世界を越えし自由の翼 (絢瀬 悠凪)
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第1話 転生者と女神

 私は、私と私の環境である――オルテガ・イ・ガセット。

 我々人類は常に自分自身のことを「私」と表現しているのだが、この「私」とは一体、誰のものなのか。「私なんだから、当然『私』のものだ!」と、恐らくは9割9分の人類がそう考えていると思う。しかし私は違う。

 

 私は「私」を環境によって規定されているものだと考えている。

 例えば、生まれた国や話している言葉、性格など。これらは全て私が望み、私が選択したものかと言えば、そうではない。これらは全て、環境によって決められているものだ。

 

 つまり「私」とは、私を取り巻く環境と中での関わりによって形成されているというわけだ。

 そしてもし、この環境を救わないなら、私をも救えない。我々人類は自分の意志で、己の本質を決めることができ、創造的な生を送ることができる「自由」な存在であるはず。なのに私は自分の生を支配できず、毒親や周りの環境に忍従の生を強いられていた。

 

 そんな忍従の生を日々送っている私は、生きている心地がしなかった。

 何故なら、忍従は堕落である。相手が誰であろうと、盲目に服従してはいけない。自分が認めていない者は、尚さら服従してはならないと私は思っている。この忍従の生はとっくに終わっているのだが、この出来事のおかげで、私は自由を追い求めるようになってしまった。

 

 創造的に、もとい自由に生きる為には、人は自らを支配するか、あるいは完全に認めている者に服従するかだとオルテガは言った。むろん私は、前者の方を選ぶ。

 

 とある天才科学者の名台詞を借りよう。

 この世界で、私に命令できるのは、私だけなのです。

 

 私の名は絢瀬悠凪。普通の社会人で彼女なし独身の男だ。

 アニメとゲームが好きで、趣味の為に仕事してる。特にガンダムシリーズやSAO関連がお気に入り。プラモデルやエロゲ、抱き枕カバーなどのグッズも沢山集めた。社会の中枢が道徳に欠ける「大衆」によって支配されている現実の中に、一時の癒しと安らぎを与えてくれるものだ。

 

 そんな私は昨日、親友である風間隼人と食事をしている最中に突如意識を失い、次に目覚めた時には、周囲が自然に囲まれた緑豊かな森林になっていた。そして、私の目の前には学園制服を身に纏い、長い金髪と青い瞳を持つ美少女が立っている。

 

「君は……何者だ?」

 

 私が問う、少女が答える。

 

「私はカレン。この空間を創造した神ですわ」

「神だと? 俄かに信じがたい話だな。君が神だと言うのなら、神としての力を見せて欲しい」

「いいでしょう。貴方に『創造の力』をお見せましょう……」

 

 そう述べると、カレンと名乗る少女は左手を振りかざした。

 すると、彼女の掌に光の粒子が集まっていき、次第に棒状に変わっていく。

 やがて光が消え、粒子で構成された棒状の物体が白銀のレイピアへと変化した。

 

「これで信じて貰えるのかしら?」

 

 レイピアを握るカレンは、ドヤ顔で私を見つめながら、言った。

 無から有を生み出す、それは神のみができる所業だ。

 こんなのを見せられたら、信じたくなくても信じざるを得ない。

 

「分かりました。貴女が神であることを信じます」

「それはどうも」

 

 そう言って笑みを見せるカレンはとても美しかった。どう見ても美少女そのものだ。

 それにしてもあの制服、何処かで見たことがあるような気がする。それにカレンという名前……確か、この前購入したエロゲ……彼女と瓜二つの姿と同じ名前を持つヒロインが表紙に見た覚えがあるのだが、タイトルを忘れてしまった。未開封のゲームだし、まあ良い。

 

「このレイピアを手に取りなさい」

「分かりまし――たぁ⁉」

 

 渡してきたレイピアを手に取ろうとした時、私の身体に異変が生じた。

 右手でグリップを握ろうとした瞬間、手が剣身をすり抜けてしまい、身体も半透明になっているのだ。予想外の状況に面食らった私に、カレンがある言葉を言い放った。

 

「一つ言い忘れたことがありました。この場所は転生の間で、貴方は既に死亡しています」

「こっ、これは一体、どういうことですか⁉」

「貴方の食事に毒が盛られたのです。それを食べた貴方は多臓器不全を起こし死亡しました。毒を盛った張本人は――」

「隼人……ですか?」

「はい。貴方のご友人、風間隼人です」

 

 そういえば、私が食事に口を付けた瞬間、隼人は意味ありげな微笑みを浮かべてたが、私は気にしてなかった。まさかあの微笑みに殺意が込められていたとは。

 隼人に殺されたのは予想外だった。理由は多分、嫉妬と逆恨みだろう。何故なら、先日は些細なことで口喧嘩してたからな。

 振り返ってみると、隼人が作ったプログラムに致命的なバグがあったと私が指摘したが、それを認めない彼と口喧嘩をしてしまった。最終的に社長は、私の作ったプログラムを採用したのだが、そこで隼人の恨みを買ってしまったのだろう。

 

「死んだなら仕方ありませんね。どうせ元の世界にはもう帰れません、そうでしょ?」

「ええ、そういうことです。あら、大抵の人なら状況が受け入れなくて発狂するんですが、貴方は意外と冷静なんですね」

「元の世界の社畜生活には、随分前から飽き飽きしていたんですよ。しかもいい思い出より、悪い思い出が圧倒的に多いし……それに人はいつか死ぬ、命あるものの宿命ですから」

「そうでしたか、貴方は既に元の生活に退屈してましたね。では、私が貴方をアニメやゲーム作品の世界へ転生させましょう。それと、貴方は犯罪により死刑に処せられた犯罪者ではないので、私からの『転生特典』も貰えますよ」

「所謂『チート』ですか。それは有り難い提案です、そうしましょう」

「では、行きたい世界となりたい容姿、その他諸々教えてください!」

 

 行きたい世界の候補が多すぎで迷ってしまうな。

 ガンダムシリーズだと『ガンダム00』と『ガンダムSEED』の世界が第一候補で、次は宇宙世紀0123年「コスモ・バビロニア建国戦争」の頃が第二候補だ。

 

 エロゲ作品だと『金色ラブリッチェ』が第一候補で『花咲ワークスプリング』が第二候補。

 『SAO』世界に行って、ユージオやキリトたちと会ってみたい。

 

 それ以外は、軌跡シリーズの世界だ。

 『閃の軌跡Ⅲ』の最終章で灰色の鬼と化したリィンとヴァリマールの結末も知りたい。

 

 不味いな、このままだと私が選択困難症に陥ってしまう。

 いや待てよ……『クロスアンジュ』に登場する「真実のアルゼナル」が位置する「時空の狭間」に拠点を構えられたのなら、行きたい世界にいつでも行けるんじゃないか?

 

 拠点はファンタジー風の浮遊城が欲しい。

 100層あるアインクラッドは大きすぎるから、リベル・アークならちょっといいか。

 

 そう考えつつ、私は自分の要望をカレンに提出する。

 

・拠点は『空の軌跡SC』に登場する浮遊城リベル・アーク。所在位置は時空の狭間で、城内には食料や日用品のなどを生産する施設の他、MSを製造・整備・運用する施設の追加や、施設警備や整備用の自律型ロボットを多数配備すること。

・身体能力の強化。具体的に言うと逆シャア時代のアムロ・レイ並の戦闘能力、容姿は今のままでいい。

・最初から魔改造フリーダムガンダム。コズミック・イラ74年、宇宙世紀0130年までの技術全て。

 

「ふむふむ……え? じ、時空の狭間⁉ どうして特定の世界ではなく、時空の狭間に拠点を構えたいのですか?」

「あの空間なら全ての並行世界を観測できますし、行きたい世界にいつでも行くことができるからですよ。それに私は、どの世界に属するつもりはありませんので」

「まさか時空の狭間の性質を理解していたなんて……!」

 

 私の答えに驚いたのか……面食らった表情をしたカレンは、持っていたレイピアを落としそうになってしまった。手からずるりと滑り落ちるレイピアのグリップを慌てて持ち直すと、彼女は剣を鞘に納めた。その後、ハッと気を取り直した彼女は、私にもう一つ質問をした。

 

「その……フリーダムガンダムについてですが、具体的にどのように魔改造したいですか?」

「そうですね……」

 

 先ずは動力だが、核分裂エンジンでは力不足だ。

 全てのガンダムの歴史を終わらせる機体であり、黒歴史の象徴でもある∀ガンダムには「DHCGP」という縮退炉が搭載されている。あれと同等以上の性能を持つ動力機関をフリーダムに搭載しておきたい。

 いや、いっそのこと『スパロボOG』に登場するぶっ壊れ超兵器――グランゾンの縮退炉を搭載しよう。グランゾンは縮退炉以外にも、内部から発生するエネルギーを推力に変換する推進機関、ネオ・ドライブも搭載されているから。

 これさえあれば推進剤が必要なくなるし、機体重量は軽くなる。そして軽くなった分で機動性と運動性も上昇するので、メリットしかない。

 

 次は武装だ。フリーダムは完全に射撃戦寄りの機体として開発されたMSで、近接白兵戦用武装は腰に装着される二本のビームサーベルのみ。

 射撃戦・近接戦の両方をこなせるオールラウンダーの機体として仕上げるには、白兵戦用武装を追加する他ない。インフィニットジャスティスの膝からつま先に設置されているビームブレイドが丁度いい、ビームサーベルの出力も強化したほうがいいだろう。

 そういえば、こいつは古い方の「MR-Q15A」だったな。ファトゥムー01のウイング部に設置されている新型「MR-Q17X」と交換しよう。

 併せてラミネートアンチビームシールドをビームキャリーシールドに交換しとこう。グラップルスティンガーの使い勝手を試してみたい。

 

 それとソードスキルの使用を想定して、機体のムーバブル・フレームは激しい動きに耐えられるようにしなければならない。フレームはVPS装甲素材にした方がいい、ついでに装甲もだ。

 そしてソードスキルをダイレクトに発動できるようにするには、MFのモビルトレースシステムを搭載するのが一番だろう。

 だが、このシステムを搭載することは、コックピットを丸ごと交換するのを意味する。

 嫌だな……それに、あのファイティングスーツが好みじゃないので、この案はなしだ。

 

 パイロットが思考した操縦イメージをサイコ・フレームに受信させて、機体をダイレクトに操縦する「インテンション・オートマチック・システム」を採用するのがいいだろう。サザビーと同樣に、コックピット周辺や駆動系にサイコ・フレームを埋め込んでおこう。

 このシステムを採用することで、もし初撃を外してしまったとしても、すぐさまキャンセルして回避行動を取れるし、被弾されるリスクも少なくなる。

 しかし問題は、私にNTの素質があるかどうかだ。このIASを扱うには、特殊な脳波を発するNTや強化人間でなければならない。普通のパイロットでは絶対無理だから。

 

 そして全部纏めると――。

 

・核分裂エンジンをグランゾンの縮退炉、推進機関をネオ・ドライブに改造。

・ムーバブル・フレーム及び装甲素材をVPS装甲に改造。

・両脚の膝からつま先に「MR-Q17Xグリフォン2ビームブレイド」を増設。

・ラミネートアンチビームシールドをビームキャリーシールドに交換。

・IASを搭載、コックピット周辺と駆動系にサイコ・フレームを埋め込む。

 

「あら……これでいいのですか? まだまだ改造の余地がたくさんあるのですが……」

「これでいいんです。関連技術も貰えるので、後でいくらでも改造することができます」

「そうでしたか、分かりました。今準備するので、少々お待ちくださいね」

 

 そう返事をすると、カレンは何もない空間からタブレットを取り出して操作し始めた。

 

「ところで、私にNTの適正があるのでしょうか?」

「それについては心配ありませんわ、貴方には適正があります。ただ、今の貴方では数字を超える感応波を発せられないようですね」

「そうですか……それを聞いて安心しました」

 

 IASとサイコ・フレームが無用の長物にならなくて良かったが、しかし今の私ではカミーユやバナージみたいには成れないようだ。

 でも、戦闘能力はアムロ・レイと同等なら、まだやりようがある。魔改造したフリーダムの性能も相まって、並のエースを瞬殺することができるだろう。

 

 例えば、ジョシュア・エドワーズやイオク・クジャンなどのネムードキャラくらいだろう。

 だが、ヤザンやラカン、サーシェス辺りはさすがに無理だと思う。何故なら、彼らは一般人ではなく「逸般人」だからだ。アムロご本人でも簡単には倒せないだろう。

 

 そして、時間が過ぎ去っていき――。

 

「準備が終わりましたわ。私がボタン一つを押すと、貴方はリベル・アークに転送されますわ」

「いよいよですか……」

「最後に転送する前に、貴方に伝えたいことがあるんです。貴方の為に、ささやかなプレゼントを用意したのですわ。後で確認してくださいね!」

「プレゼントか。それは楽しみですね」

「私はいつも、貴方のことを見ています……では!」

「えっ……ななっ、なんですかそのストーカーじみた発言は⁉ 光が、広がっていく?」

 

 カレンのストーカー発言に驚く間もなく、私の体は眩いほどの真っ白な光に包まれた。

 そして、私は静かに目を閉じた。新しい人生に希望を持ちながら、祈るように。

 

 でも、女神にストーカーされるのは、少々不安を感じた。

 急に目の前に現れるかもしれないし、念のため今後は周りを警戒しておこうか。

 

 閃光を越えた先は、暗闇だった。いや、私がずっと目を閉じていたな。

 私がゆっくり目を見開くと――夢なのか現実なのか、白と青を基調とした学園制服を纏い、長い栗髪と碧い瞳を持つ美少女が、笑みを浮かべながら私を見下ろしていた。

 

「(でかい……じゃなくて誰だ⁉ ていうか後頭部から伝わってくるこの柔らかい感触……まさか膝枕されてる⁉)」

「おはようございます、悠凪くん」

「き、君は……!」

 

 私の名前を知っているとは。

 

 栗色の髪にターコイズと同じ碧色の瞳、それにこの制服は……そういうことか!

 この瞬間、私はあることを思い出した。転生前の私が毎晩彼女に抱きしめて寝るから。一番思い入れのあるキャラの名前を忘れるわけがない。

 

 カレンの言う「ささやかなプレゼント」は間違いなく、彼女のことだろう。

 そう、彼女の名前は――。

 

「美玖……鳳凰院美玖」

「はい! またお会いできて嬉しいです、悠凪くん!」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 人間の価値をはかるには、ただ努力させるだけでは駄目です。

 そう、力を与えてみればいいのです。

 

 法や倫理を超えて自由を手に入れた時、その人間の魂が見えることがあります。

 絢瀬悠凪。貴方は、私に何を見せてくれるのでしょうか?

 

 つづく



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第2話 浮遊城リベル・アーク

 ええと……まず、状況を整理する。

 今、私がいるこの場所はリベル・アークの居住区画《クレイドル》に位置する、2階建ての屋敷内の一室だ。

 机の上にはノートパソコンがあり、ソファや本棚などの家具が揃っている。この大きなベッドには大人3人が寝れるスペースがある。生活感のある部屋だ、必要な家具がちゃんと揃えてある。

 それらに加えて、開放的なバルコニーからは外の景色を眺めることができ、反対側にある部屋はシャワールームのようだ。

 

 そして私は今、美玖に膝枕されてる状態だ。甘い匂いが鼻孔をくすぐり、後頭部から伝わる柔らかくきめ細かい肌の感触は、起き上がることを拒んでしまう程の抗い難い誘惑へ誘う。

 美玖の膝の感触をもうちょっと堪能したいのだが、一つ確かめなければならないことがある。

 ゆっくりと身を起こすと、私は美玖に一つの質問をする。

 

「美玖、私たちは初対面のはずなんだが……『また』とはどういうことだ?」

「4年近く一緒に過ごしていたこと、お忘れになられたのですか?」

「では聞くが、最初の日の日付きは、いつだ?」

「2017年6月16日です」

 

 6月16日……確かに、発売日当日に届いたな。

 抱き枕カバーだった頃の記憶を引き継いでいるのか。もしそうだとしたら、彼女が「私の知っている美玖」ということになる。ここは質問をかえよう。

 

「私の帰宅時間、覚えてるか?」

「平日なら、悠凪くんの帰宅はいつも夜11時頃ですが、昨晩が帰ってきてなくて……」

 

 これで決まりだ。もうこれ以上、質問をする必要はない。ここにいる美玖は、間違い無く「私の知っている美玖」だ。しかも、元の世界の記憶まで引き継いでいる状態だ。

 あの神様って本当に何でもありだな、と感心しているこの瞬間、美玖はすぐ泣きそうな目で私を見つめた。

 

「カレンさんから聞きました、悠凪くんが何者かに殺されたって。そして転生した後、独りぼっちで大きい城に住むことになるから、きっと寂しいなーと思って、わたしをここに呼び寄せました」

「そうなんだ……」

 

 私がそう言うと、美玖は私の肩に身体を預けるのだった。そんな悲しいそうに話す美玖を無性に抱きしめたくなってしまった。その衝動に駆り立てられた私は、彼女を抱きしめるように、身体を密着させる。

 

「ゆ、悠凪くん……⁉」

 

 服越しに伝わる暖かくて柔らかい感触、女の子特有の甘い匂い、紛れもなく本物だ。衝動に駆り立てられて行ったそれを驚きつつも、彼女は嫌がる素振りを一切見せなかった。

 それどころか、私の背中に腕を回してきつく抱きしめてきた。今の彼女は、美玖はもはや抱き枕ではなく、ただの普通の女の子だ。

 

 お互いに身体を密着してから一分後、美玖はある言葉を言い放った。

 

「いいですよ……」

「え?」

「もっと触ってもいいですよ」

 

 そう言って美玖は顔を赤くしながら私の右手を取って、自身の胸の膨らみに押し当てた。それは途轍もなく柔らかくて、同じ人間とは思えない感触だった。いや、右手だけじゃない、触れているところ全てが柔らかい。

 

「(このままでは流石に不味いか……!)」

 

 このままでは理性が持たないと感じた私は、美玖の胸に当てた手を離し、シャワールームで顔を洗うことにした。少し落ち着いてから、私と美玖は一階にある台所に向かい朝食を作り始める。

 

「あの場面で悠凪くんがどんな反応をするのだろうと知りたくて、ついやっちゃいました……」

「まさか君が私を試すとはな。その、ありえないほど柔らかいから、理性が吹き飛びそうだ」

「悪ふざけをしてごめんなさい……実は、あのまま同人誌みたいに、乱暴なことされるんじゃないかなーと思って、少々不安を感じました」

「乱暴なんてしないよ……」

 

 そう言って私は美玖の頭をポンポンと撫でてあげた。

 

「もう、子供扱いしないでください!」

「嬉しそうに笑った癖に」

「えへへ……」

 

 ポンポンと頭を撫でられて、美玖は満足げにはにかんだ。

 口が嫌だと言っても、身体は正直なものだな。

 

 朝食を済ませた後、私たちは今後の予定について話し始める。

 

「悠凪くん、これからはどうなさいますか?」

「先ずは浮遊城の各区画の把握、次はフリーダムのチェックだな。転移テストはその後だ」

 

 この巨大な浮遊城には、五つの区画が分けられている。

 

 先ずはこの居住区画《クレイドル》だな。

 あの馬鹿でかい邸宅以外にも、幾つかの小さな屋敷とメディカルルームが存在している。地下道やレールハイロゥを使えば、他の区画へ移動することができる。

 

 次は公園区画《カルセイユ》だ。

 緑豊かな草地に、見渡す限り覆い尽くされた花畑が広がる区画、それ以外には変わったところはない。さっさと次に行こう。

 

 三つ目は工業区画《ファクトリア》だ。

 ここが食料や日用品のなどを生産する施設の他に、MS・MAや戦艦を製造・整備・運用する為の施設が集中的に建設された区画だ。

 それ以外にも、ありとあらゆる野菜と果物を栽培する為の工業温室や、色んな水産動植物が養殖されている巨大な水槽が複数設置された部屋が存在する。

 水槽の中からチラッと見えた俊敏な黒い影は恐らく、ウナギかな?

 

 生産施設を一通り見まわった後、私と美玖は反対側にあるMS格納庫に向かった。中に足を踏み入れる瞬間、私たちはMSハンガーに待機しているフリーダムガンダムの姿を目にしたのだった。

 近づいて観察して見ると、頼んでもいないのに外見がプラモデルマスターグレード2.0の姿になってるとは驚いた。他に何かの機能が追加されたと考えた方がいいだろう。

 

「ん? なんだ?」

 

 フリーダムを観察している最中に、何やら後ろから物音が聞こえてきた。振り返ると、少し遠くからこちらに向かって、一つの正体不明の丸い物体がゴロゴロと転がってくるのが見えた。やがてゆっくりと減速し、美玖の足元に転がった。

 

「あ、ハロ!」

「ハロ、ミク、ユウナギ!」

 

 無機質な機械音声を発する丸い物体に近寄ると、美玖はそれを抱え上げた。

 それは初代ガンダムの主人公、アムロ・レイが所持しているペットロボット「ハロ」だった。

 自立型ロボットの配備をカレンに頼んではいたが、まさかハロを用意してくれたとはな。

 

「ハロ、ナカマ、イッパイ!」

 

 ハロがそう言ったそばから、格納庫の地面にある隠し扉のが開き始めた。

 その中から現れたのが、大勢な小型ハロだった。灰色、水色、黄色、茶色の四種類がある。

 

 ハロたちは役職ごとに色分けされている。

 

 美玖が抱えている大きなハロは「マスターハロ」という。その名の通り、全てのハロを統率する存在だ。

 灰色のハロは整備担当で、水色は警備担当、黄色は食料生産担当、茶色は運搬担当だ。格納庫の地下一階はハロたちの専用格納庫になっているようだ。さっと見る限り、ここに集まったハロは、軽く百体を超えていると思う。

 

 次はこの工業区画の片隅にある倉庫だ。

 体積50x50x50メートルの正方形の建物のようだが、内側は外から見えるよりも広くなっていて、格納庫へと繋がる資材搬出路も備わっている。資材や弾薬、機械部品の他にも、ZGMF-Xシリーズ専用のMS埋め込み式戦術強襲機「ミーティア」もここに収納されている。

 

 サイズ的に入れる筈のないものまで入れられるとは、まるで何処かの未来からやってきた、猫型ロボットが持っている四次元ポケットそのものだな。

 

 フリーダムのチェックは後回しにして、今は次の区画へ行こう。

 

 四つ目はリベル・アークの中心に聳え立つ巨塔、中枢塔《アクシスピラー》だ。

 塔の内部が六階層に分けられていて、最上階にはリベル・アークの心臓部にあたる区画――根源区画《テメリオス》に直通する高速エレベーターと……見慣れない装置があるな。

 

「あれは、なんの装置でしょうか?」

「ちょっと調べてみる、美玖はここで待ってて」

「うん、分かりました」

 

 私が装置を近づいた瞬間、目の前にホログラフィックのような青色のウィンドウとキーボードが浮かんだ。特に危険なものではないと思うので、私はキーボードを操作し始めた。

 

「なるほど、この装置の正体が分かったぞ」

「一体なんの装置でしょうか?」

「このリベル・アークの通信システムの制御ユニットだ」

 

 この装置の正体は、ありとあらゆる世界のネットワークに介入することができる「次元通信システム」の制御ユニットだった。しかも、この中枢塔自体が送受信アンテナとして機能している。

 この通信システムを使えば、並行世界の情報を何時でも閲覧することができるし、ハッキングに使ったとしとも、向こう側に察知される心配もない、とんでもない優れものだ。

 

 そして、この最上階は剣帝レーヴェとヨシュア一行が激戦を繰り広げた場所で、各区画を見下ろせる場所でもある。

 

「綺麗な景色だな」

「もしこの空が本物だったら、もっと綺麗だったのに……」

「偽りの空……この空はカモフラージュだったのか?」

「はい。部屋内にあるコンソールの設定を変更することで、本来の姿を現すことができますわ」

 

 なるほど、後で試してみるか。今は根源区画へ向かうとしよう。

 

 エレベーターから降りた先は狭い一本の通路となっている。この先にある部屋に何がいるのか、私にはもう知っている。

 通路の先にあるのは高台と階段が設置された部屋だった。中央の階段を登ると、私と美玖は高台の真ん中に浮かんでる「金色の環」に目をやった。

 

「あれが『空の至宝』か」

「ええ、あれこそが空の女神から授かったとされる七の至宝の一つ、輝く環ですわ」

「美玖、私より詳しいじゃないか」

「悠凪くんは『空の軌跡SC』を四周してましたから、嫌でも覚えてしまいますわ」

「そ、そうか……」

 

 そんな細かいことまで覚えてたとは想定外だった。それはさておき、私は環を触ってみることにした。

 この輝く環は浮遊城の機能を維持する他に、住人たちの願いを叶え続けていた……だが、意思を持たず抑制は利かなかった為、住人たちを肉体的にも精神的にも堕落させてしまった。

 最終的に、セレスト・D・アウスレーゼたちが立ち上がった、至宝への抵抗組織「封印機構」によって、浮遊城ごと時間的にも空間的にも封印された。これは原作で実際に起きた出来事だ。

 

 私は与えられて満足するような安っぽい人間ではない。

 カレンから与えられた力がどれだけ強力だろうと、磨けなければいつか腐り落ちてしまう。

 そうならない為にも、己を磨き、更なる高みを目指すしかない。

 

 人は、努力を知らないと駄目なんだ。

 

「悠凪くん……ずっと環を見つめていて、どうかしましたか?」

「この環に秘めた奇跡の力を使わない方がいいと思うんだ。このまま浮遊城の機能を維持する為のジェネレーターとして、この部屋内に封印しよう」

「人は努力を知らないといけない……そういうお考えですか?」

 

 美玖の質問に、私は頷く。そして輝く環を元の場所に戻すと、私たちは部屋を後にした。五つの区画を一通り回るのに、半日くらい使ったな、美玖も少々疲れ気味だ。

 まあ、百層あるアインクラッドと比べれば、このリベル・アークなんてちょろいものだ。

 

 部屋に戻った美玖はハロを抱えたまま、ぐったりとベッドに倒れ込んだのだった。そして身体を子猫みたいにクルっと丸めて、小さな寝息を立て始める。

 彼女のあまりにも無防備な寝姿に、理性が揺るぎそうになるのを私は感じた。

 

「もう少し警戒しろ……」

 

 ピンク色の下着がチラッと見えているが、私は敢えてそこから目を逸らし、彼女に毛布をかけてあげた。

 再び屋敷の外に出た私はフリーダムのチェックをすべく、地下道経由で工業区画に位置するMS格納庫に足を運んだ。

 

 フリーダムのコクピットに乗り込んだ私は、即座にオペレーションシステムを起動させる。

 しかしOSは核動力機に搭載されたものではなく、別のものになっていた。

 

 MOBILE SUIT NEO OPERATION SYSTEM

 

 Generation

 Use by Newtype

 Degeneracy reactor

 Assault

 Module

 

 G.U.N.D.A.M Complex

 Ver.1.0.0 Freedom LA-SE3P

 

 翻訳すると「縮退炉を使っているニュータイプ専用強襲モジュール複合体」になる。

 強そうどころかCE世界で無双できる機体だと私は確信している。

 

 そして機体の武装構成はこうだ:

 

・MMI-GAU2 ピクウス76mm近接防御機関砲×2

・MA-M20 ルプス・ビームライフル×1

・MA-M01D ラケルタ・ビームサーベルD出力強化型×2

・MMI-M15 クスィフィアス・レール砲×2

・M100 バラエーナ・プラズマ収束ビーム砲×2

・MR-Q17X グリフォン2ビームブレイド×2

・MX2002 ビームキャリーシールド×1

 

 さらに詳細なデータを見ると、バラエーナの射撃モードが「通常射撃」と「高出力砲撃モード」の二種類を使い分ける仕様となっていて、それ以外にも幾つかの本来存在しない機能が追加されている。

 

 ミラージュコロイド・ステルス。これはブリッツガンダムに搭載されたコロイド粒子を機体表面に定着させることで可視光線や赤外線をはじめとする電磁波を偏向させ、機体の隠匿が可能となる電磁光学迷彩システムだ。PS装甲との併用はできないから戦闘では使わないのだが、機体を隠すにはちょうどいい機能だ。

 

 エクストリームブラストモード。これはデスティニーガンダムに搭載された最大稼働モードで、機動性を向上させる他、ミラージュコロイドを広域散布することで周囲の空間上に自機の光学残像を形成する事が可能となっている。

 フリーダムに本来備わっている「ハイマットモード」と併用することで、従来のモビルスーツを遥かに凌ぐ機動性と加速性能を獲得することができる……いわゆる「キランザム」ってやつか。

 

 次元転移システム「クロスゲート」。その名の通り、異なる世界を繋ぐ「門」を開くためのシステムだ。説明文には幾つかの注意事項が書いてあった。このシステムは既に観測された世界にしか転移できない、さらにデータ不足分によって転移先の座標にズレが生じる可能性があるらしい。

 

 クロスゲートか……『無限のフロンティア』と『スパロボOG』に登場するあの「門」と同じ名前だな。形状も同じなのかは分からないが、確認は転移テストの時にしよう。

 

 今は……そうだな、ソードスキルを格闘プログラムとしてフリーダムに実装しよう。

 先ずは片手剣の基本技と四連撃技だな、そして実戦で使えるかどうかを戦闘シミュレーションで確認してみよう。

 

 しばらく経った後、私は戦闘シミュレーションを開き、この格闘プログラムが実戦で使えるかどうかの検証を開始する。仮想敵はフォースインパルスガンダムで、武器の使用制限は白兵戦用武装のみ。なお、インパルスには二振りの対艦刀を持たせている。マップは空中に設定する。

 

「さあ、始めようか」

 

 コンソールのボタンを押すと同時に、インパルスガンダムは両手にある「エクスカリバーレーザー対艦刀」をこちらに向けて構えた。

 

 異なるガンダム作品のビームサーベル同士が鍔競り合えるかどうかは分からないが、コズミック・イラにおけるビームサーベルは、ミラージュコロイド用の磁場形成理論の応用技術によってビームを刃状に固定したもので、互いに反発する性質がない為、刃がすり抜けてしまう。

 

 従って、此度のシミュレーションは盾で剣を防ぐことも重要だ。

 

 巨大な二振りの対艦刀「エクスカリバー」を両手に持ち構えて、インパルスは真っ直ぐこちらに突進してきた。私もラケルタ・ビームサーベルを引き抜いて応戦する。

 己の間合いに入った瞬間に、インパルスは二振りの対艦刀を大きく振りかぶって、こちらに斬りかかってきた。振るわれる斬艦刀を、私は「ビームキャリーシールド」で弾き返す。

 

 得物が弾かれて体勢が崩れた所に、私はすかさず追撃を行った。ビームサーベルを持った右腕を機体に引き付けてから、スラスターを全開にして後退しようとするインパルスとの距離を詰める。

 間合いを詰めると、私はインパルスの機体に目掛けて「ソニックリープ」を放った。咄嗟にスラスターを噴かして、インパルスは機体を左旋回させることでこの一撃を避けて見せた。

 

 着地して体勢を立て直したインパルスは二振りの対艦刀を連結させると、再び攻勢に出た。私はビームサーベルを構え直すと、急接近するインパルスにフリーダムを正対させる。

 お互いの間合いに入った瞬間、インパルスは対艦刀を大きく振り被って、フリーダムに目掛けて渾身の一撃を放った。私は即座にフリーダムのスラスターを瞬かせ、機体を旋回させることで斬撃を躱すと同時にインパルスの背後に回り込み、そのガラ空きな背中に目掛けて蹴りを入れる。

 

 蹴られたインパルスは姿勢制御を行い、体勢を立て直すことを試みるが、そんな余裕を与えるほど私は甘くないのだ。スラスターを全開にしてインパルスに肉迫し、その機体に目掛けて「バーチカル・スクエア」を放った。

 

 上段斬りを放ち、そして垂直で斬り上げる。インパルスの両腕を切断したと同時に、すぐさまスラスターを噴かして、機体を右回転しつつ強烈な横薙ぎを二度繰り出す。四回の連続攻撃の後、空に描かく斬撃の軌跡が、ピンク色の光に輝き拡がりながら消散する。

 

 瞬く間に、機体がバラバラになったインパルスは、巨大な火球に転じた。

 実戦には使えそうだが、まだ改良の余地がたくさんある。二刀流ソードスキルも格闘プログラムとして実装しておきたいから、次は実戦で運用データを収集するとしよう。

 

 MS格納庫を後にした私は、地下道を通って居住区画にある馬鹿でかい邸宅に帰宅した。2階の部屋に入ると、美玖は相変わらず小さな寝息を立てていた。目も口も閉じて、心地よく寝ているような綺麗な表情をしてる。

 

「(今は寝た子を起こさないでおこう……)」

 

 そう思うと、私は隣にあるソファーに腰を掛け、彼女の可愛らしい寝顔を見つめるのだった。

 

 つづく



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第一章 機動戦士ガンダム00ファーストシーズン
第3話 転移テストと遭遇戦


 朝になって目が覚めると、いつの間にか美玖に抱き枕にされた。起きようとしても、がっちりと抱きしめられて、動くにも動けない。

 でも悪い感じではなく、むしろ非常に気持ちよかった。何故なら彼女の全身が柔らかくて暖かいから。ずっと彼女とこうしていたい、この時間が永遠に続いたらいいと心から思った。

 

 長い髪の毛をそっと触れると、ほんの僅かに表情が動いた。もう少し触れてみたいので、今度は彼女の頬をつんつんしてみたが、眠り姫のごとく起きる気配がなかった。

 

「(ちょっとだけイタズラをしよう……)」

 

 そう思うと、私は彼女の身につけた制服に手を伸ばした。その首元に結ばれたリボンを解こうとした瞬間、目を閉じていた彼女は、驚いたかのように目を見開いて私を見つめた。

 

「お、おはよう美玖」

「おはようございます……今、わたしの服を脱がそうとしてましたよね?」

「君が起きないから、ちょっとだけイタズラをしようと思って……」

「イタズラで人の服を脱がすのですか⁉ 悠凪くんになら、いつ脱がされても構いませんが、その前に声をかけて心の準備をさせてください!」

「済まない……」

 

 反則級な台詞を言い放ちながら、顔がトランザム状態になった彼女は私を抱きしめた手をそっと離し、ソファーからゆっくりと起き上がるのだった。

 首元のリボンを結び直すと、彼女は何事もなかったかのようにこちらに向きなおしてきた。

 

「さて、朝食にしましょう。悠凪くんは何を食べたいのですか?」

「そうだな……野菜のサンドイッチを頼む」

 

 彼女が朝食を用意している間に、私は部屋に戻って、コンソールの設定を弄ってみた。空のカモフラージュが解除されると、そこに現れたのが、無数の地球が映った星空だった。

 

 青い地球の他にも、海が赤く染められた地球や、海が枯れた地球も映っていた。

 粉々に砕けられた地球の姿も確認された。

 

「(あれは多分、一部の人間の利己的な環境破壊活動によって汚染された地球であろう。しかし、粉々に砕けられた地球は一体?)」

 

 一体どうやったら直径12,742kmの惑星を粉々に破壊できるだろう?

 まあ、今考えても無駄か。

 

 この時空の狭間はエンブリヲのいた「あの空間」と同じ作りとなっていることが、今はっきりと分かった。本来の設定に戻すと、私は一階の台所に戻っていった。

 

 ゆっくりと朝食を済ませた後、私たちはレールハイロゥを乗って、工業区画にあるMS格納庫へ向かった。此度の転移テストはハロだけを連れていくつもりだったが、美玖が一人で寂しいと言うので、一緒に連れていくことにした。

 

 フリーダムのコクピットに乗り込むと、美玖は手に抱えたハロをシートの後ろに置いてから、私の膝の上に座った。こうして私は、美玖と狭いコックピットで密着しながら、次元転移システムのセッティング作業を行なった。

 

 セッティングを終えると、私はメインモニターの画面から『機動戦士ガンダム00』の世界――西暦2307年を選択する。それから数秒が経った後、フリーダムの真上から巨大なリング構造物が現れた。

 その形状は『無限のフロンティア』と『スパロボOG』に登場する異なる空間同士を繋ぐ時空間ゲート「クロスゲート」そのものだった。

 

「では、行こうか」

「はい!」

 

 操縦桿をゆっくりと動かし、フットペダルを踏みつける。

 フリーダムを移動させつつ、宙に浮かぶクロスゲートに飛び込んだ。

 

 ゲート内部の境界空間を通り抜けた先に広がる景色は、青き空と海だった。サブモニターに表示された座標から察するに、どうやらフリーダムは太平洋上空に転移したらしい。

 そして遠くに見える頂上が見えないほど高く、空へと続く柱は恐らく「軌道エレベーター」だ。

 

 間違いなく、この世界は『機動戦士ガンダム00』の世界だ。

 機体をオート操縦に切り替え、メディア回線を開くと、気になるニュースが流れていた。

 

『……合同による、大規模な軍事演習を行うと発表しました。ユニオン軍報道官の公式コメントによると、この軍事演習は、軌道エレベーター防衛を目的とし、各陣営が協力して、さまざまな状況に対処する為の訓練を……』

「これは、三大国家群の共同軍事演習に関するニュースのようですね」

「ということは、今はアニメ第14話のところか……」

 

 ん? 不味いな、今太平洋上空にいるとあのガンデレ上級大尉の隊と鉢合わせることになる!

 と思った矢先に、美玖はくいくいと私の服を引きながら、言った。

 

「6時の方向、数は15機……」

「真後ろから?」

 

 その直後にコクピット内に警告音が鳴り響き始めた。すぐさまレーダーを確認すると……本当に真後ろから15機の飛行物体がこちらに向かって接近している。スピードから察するに、恐らくはMSの編隊だろう。

 

「美玖、分かるのか⁉」

「なんとなくなのですが……わたしのことを、気にしなくていいから、悠凪くんは戦闘に集中してください」

「分かった、飛ばすからしっかりつかまってて!」

「うん……」

 

 

 

 

 

 少し前、太平洋で航行中の空母。

 グラハム・エーカー上級大尉を始めとする「オーバーフラッグス隊」のフラッグファイターたちは、来るべき共同演習に備えるべく、ブリーフィングルームで休息・待機していた。突如、艦内に警告音が鳴り響き、同時に艦橋クルーからの通信が入ってきた。

 

『グラハム上級大尉、上空に不明構造物が観測されました。メインモニターに出します!』

 

 そう観測士が報告した後、ブリーフィングルームに設置されたメインスクリーンには巨大リング構造物の映像が映し出された。だが、グラハムが気になったのは巨大リング構造物ではなく、その中心から現れた白い機影であった。

 

「映像を拡大してくれ」

『了解しました』

 

 最大まで拡大すると、リングの中心から現れた機影の正体が明らかになった。

 四本のブレードアンテナと黄色のツインアイ。その特徴は、現在世界に混乱をもたらす私設武装組織「ソレスタルビーイング」が所有する機動兵器「ガンダム」と一致している。

 

「ハワード、ダリル、この機体どう思う?」

「この機体は……ガンダム⁉」

「それにしても今までのガンダムとは違いすぎます、新型なのでしょうか」

「だろうな。フラッグファイターたちよ、予定より早いが、戦場を駆け抜ける時だ!」

 

 待機中の隊員たちはグラハムの指示に従い、格納庫へ一斉に足を運ぶのだった。

 

 

 

 

 

『見つけたぞ! 新型のガンダム!』

「外部スピーカーからだと⁉」

 

 先頭の1機が編隊から突出して空中変形を行うと、右手でプラズマソードを引き抜き、こちらに猛然と接近してきた。

 咄嗟の判断でオート操縦からマニュアル操縦に切り替え、左腕に装備されたビームキャリーシールドを展開して斬撃を防ぐ。

 

「このパイロット、左利きか」

 

 この瞬間、私は一つのことに気付いた。

 このフラッグは他の機体と違い、リニアライフルを左手に持たせていた。つまり、パイロットが左利きであることを意味している。しかも、空中変形を用いて攻撃を仕掛けてくるとは……こんな戦い方をするパイロットは、あの男しかいない。

 

「ということは、グラハム・エーカーか!」

 

 私は確信した。目の前にいるこのフラッグのバイロットは、あのガンデレ上級大尉、グラハム・エーカーだ。よりにもよってこんなところでこの男と出くわすとは……戦いを挑まれた以上、応戦するしかないな。

 

『ガンダムよ、その美しい翼、手折れさせてもらう!』

「では、私の初戦相手になってもらうぞ、ユニオンの上級大尉殿」

 

 つづく



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第4話 フリーダムVSオーバーフラッグス隊

『まさかな、こんな場所で新しいガンダムと巡り合えるとは……。乙女座の私には、センチメンタリズムな運命を感じずにはいられない。それとも、光の粒子を出していなかったから見つけられたのか……おそらく後者だ!』

 

 うわぁ……まさか外部スピーカーを通してこちらに精神攻撃を仕掛けてくるとは。

 あまりの喧しさと暑苦しさに、私は思わず眉を顰めた。

 

「この変人め! これだけ近いなら、バルカンで!」

 

 カーボンナノチューブの20倍の引張り強度を持つEカーボン装甲とはいえ、三大国軍のモビルスーツに使われているものはCB製のものより脆い。

 それにフラッグは、装甲を削って機動性と運動性を重視した設計のモビルスーツだ。そう、いわゆる「紙装甲」ってやつだ。近接防御機関砲でも致命傷を与えられるはず。

 

 目の前にいるグラハム機に照準を定め、私はトリガーにかけた指に力を入れる。フリーダムの頭部に内蔵された「ピクウス76mm近接防御機関砲」が火を噴き、至近距離から射出された弾丸の嵐は、グラハム機に降りかかる。

 

『なんとぉ!』

 

 その瞬間、グラハム機がスラスターを噴かして急速に遠ざかってゆく。即座に右腕に装備されたディフェンスロッドを回転させ、近接防御機関砲の弾丸をことごとく弾き飛ばしていく。

 

『あまりに非力だ……まるで深窓の令嬢のようだよ!』

「な……なんなんですか、この人……!」

 

 何が「深窓の令嬢」だ! ガンダムを女性扱いしているなこいつ!

 同時に、この発言を聞いた美玖はドン引きしたように身体を震わせた。

 

「(もうこれ以上付き合っていられない、さっさと片付ける!)」

 

 そう考えると、私は素早くコンソールを操作して、フリーダムのAAWを広げさせ、機体の稼働モードをハイマットモードへ移行させる。すかさずにスラスターを噴かせて、グラハム機の間合いから離脱する。

 グラハム・エーカーもそうやすやすとこちらを見逃すはずがなく、すぐ追いかけてきた。急接近するグラハム機にフリーダムを正対させると、私はビームライフルの銃口を向けた。

 その黒い機影がこちらの射程圏内に捉えた瞬間、私はためらうことなく、トリガーにかけた指に力を込めた。

 

「狙い撃つ!」

 

 銃口から放たれた光条が、グラハム機に向かって一直線に殺到する。

 グラハムは即座にディフェンスロッドを回転させビームライフルの光条を受け流すが、桁外れの出力を持つビームに耐え切れず、溶解してしまった。

 

『よくも……私のフラッグを!』

『た、隊長ぉ!』

『グラハム隊長、援護します!』

『我々も続くぞ!』

 

 今度はスピーカーからではなく、言葉が走って聞こえた。

 フリーダムに搭載されたサイコミュがやつらの声を拾ったのか?

 

 損傷したグラハム機を援護すべく、ダリル機とハワード機を先頭に14機のオーバーフラッグはフォーメーションを組み、リニアライフルで波状攻撃を仕掛けてきた。

 私は操縦桿を強く握り締め、ペダルを踏みつける。機体を180度反転させて、迫り来るリニアライフルの銃弾を躱しながら姿勢制御を行なう。

 背後から迫るグラハム機が放つ銃弾を横ロールで回避してから、両翼に収納された二門の「バラエーナ・プラズマ収束ビーム砲」を展開させ、オーバーフラッグの編隊に向けて一射した。

 

 トリガーを引くと同時に砲身内部のエネルギーが一気に放出されて、巨大な光軸が一直線に空を切り裂き、オーバーフラッグの編隊に殺到する。

 

『全機散開!』

「まただ。また言葉が走って聞こえた……!」

 

 グラハムの命令に従い、編隊を散開してバラエーナの光条を回避する。次いで14機のオーバーフラッグは速やかに編隊を再集結し、再び攻勢に転じた。私が機体を一回転させ、襲来するリニアライフルの銃弾を宙バクで回避すると、美玖は辛そうな表情を浮かべていた。

 

「美玖! 大丈夫か⁉」

「ちょっとめまいがしただけです……」

 

 美玖の体調が心配だ。ここは、一気に片付けるとしよう。

 私は最小の動きでリニアライフルの集中砲撃を回避しつつ、両腰部の「クスィフィアス・レール砲」を展開させ、フリーダムのマルチロックオンシステムを起動させる。

 

「ターゲット、マルチ・ロック……!」

 

 迫り来る14機のオーバーフラッグに照準を定め、翼を全開にして全砲門一斉射撃を行う必殺技「ハイマット・フルバースト」を連続で放った。放たれた砲撃が青空を走り、オーバーフラッグの編隊に殺到する。

 

『ハワード、ダリル!』

『クソ……右手がやられたっ!』

『推力低下、これ以上は無理か』

「ん、当たったのは、ハワード・メイスンとダリル・ダッジの乗機か」

 

 バラエーナの光条がダリル機の右腕を掠め、その高熱が右腕とリニアライフルをぐずぐずに溶かした。その一方、ハワード機の両脚はレール砲の砲弾に吹き飛ばされ、飛行もままならない状態に陥ってしまった。

 その他2機は其々バラエーナとビームライフルの直撃を受け、火球となって爆発四散した。

 

『ハワードとダリルは下がれ! 戦闘可能の各機はフォーメーション――』

『――フン、隊長面して!』

『ジョシュア! フォーメーションを崩すな!』

 

 矢庭に、グラハムの命令を無視したオーバーフラッグが1機、空中変形を魅せつけながら迫ってきた。変形を終えたそのオーバーフラッグは、左手でプラズマソードを引き抜いて、こちらに挑みかかってきた。

 

「ジョシュアって……あのジョシュア・エドワーズか」

 

 彼は傲慢な自信家だが、それに見合うだけの高い操縦技術は持っており、グラハムしかできないとされている「グラハム・スペシャル」も習得している。しかし、功を焦ってフォーメーションを崩して単機でガンダムデュナメスに肉薄し、返り討ちに遭い戦死したバカな人だ。

 

「本来の歴史より一日早いが、今日が貴様の命日だ。ジョシュア・エドワーズ!」

 

 私は腰に装備されたビームサーベルを引き抜き、二本の粒子束を交差させる。

 この瞬間、異なるガンダム作品のビームサーベルが鍔迫り合うことができると明らかになった。

 

 それから数秒も経たずに、オーバーフラッグの左手にスパークが走り、プラズマソードの出力も弱まっているようだ。そのまま、フリーダムのビームサーベルの出力をフルに引き上げると、オーバーフラッグの左手をプラズマソードごと斬り裂いた。

 

「仕留める!」

 

 左手を切断して体勢を崩した直後、私はその機体に目かけてソードスキル「ホリゾンタル・スクエア」を放った。

 右側から斬りつけると、すぐさまに反対側から斬る。スラスターを噴かして機体を一回転させ、左から斬りつけ、最後は右から左上へ斬り上げた。同時に聞こえたジョシュアの声は、無線の混信によるものか、聴覚以外のなにかが捉えたものか。

 

『な、なにぃぃっ⁉』

「また、言葉が……」

 

 オーバーフラッグの装甲を切り裂き、コックピットにまで達したビームサーベルは、彼の肉体を瞬時に蒸発させ、機体そのものを解体したのだ。それなのに、ジョシュア・エドワーズという男の断末魔の声がはっきり、聞こえてきた。

 空中分解したオーバーフラッグの機体は、そのまま地球の引力に引かれて墜落した。焼け焦げた切断面から火花を爆ぜらせつつ、太平洋の藻屑になっていった。

 

『ジョシュア! っく、全機撤退だ!』

 

 自機を含めて2機小破、1機中破、3機撃墜……状況が不利だと判断したグラハムは隊員たちに撤退を命じた。やっと引いてくれた、と遠ざかっていく編隊を眺める私は、ほっと安堵した。

 

「美玖、大丈夫か?」

「うん。少しだけ寝かせて……」

 

 美玖はそのまま、私に寄りかかって眠りについた。私はコンソールを操作して、システムを自動操縦に切り換える。この海域から離れ、フリーダムの進路を経済特区・日本へと向けた。目的地に着くまで、美玖の可愛らしい寝顔を見つめ続けている私は、前世の人生の出来事を振り返る。

 

 子供の頃からいじめられ続けてきた私は、力ばかりを追い求めていた。成すべきと思ったことを成し、自由を追い求め、己の信じる道理や正義を貫き通すには、どうしても力が必要だから。

 

 力なき者は自由も正義も語れないし、己の生を支配することもできない。いじめっ子どもや手を差し伸べてくれない毒親への復讐を終え、社会人になった私は穏やかな生活を送りながらも、よくこれらについて嘆いていた。

 しかし、女神様であるカレンと出会ってしまったことで、運命は予想もしなかった方向へと動き出した。欲しがっていた力より遥かに強大な力を与えられ、フィクションの存在だったはずの美玖とも出会えたのだ。

 

 成すべきと思ったことを成し、自由を追い求め続け、信じる道理や正義を貫き通す為の力。

 彼女が、カレンが与えてくれたこのフリーダムガンダムは、その為の力だから。

 

 

 

 

 

 一方その頃、王留美が所有する別荘。

 ソレスタルビーイングのメンバーはタクラマカン砂漠で行われるテロ活動への武力介入に備えるべく、この場所に集まっていた。

 

「スメラギさん! ヴェーダからの緊急情報です! メインスクリーンに出します!」

 

 クリスティナ・シエラがそう報告すると、ヴェーダから送られてきた情報を屋内の超大型メインスクリーンに映し出した。

 その内容は、ユニオン軍の第8独立航空戦術飛行隊「オーバーフラッグス隊」が太平洋上空にでアンノウンモビルスーツと交戦している映像だった。

 映像の中に映っていた蒼き翼を持つ機影に、この場にいる全員の注目を集めた。

 

「この機体は?」

「ガンダムだ!」

「刹那……?」

「あれはガンダムだ! 間違いない!」

 

 その中で、ガンダムエクシアのマイスター、刹那・F・セイエイは蒼き翼の機体をガンダムだと断言し、ロックオン・ストラトスとアレルヤ・ハプティズムもその判断に同意し、頷いた。

 

「みんな、作戦に変更はないわ。明日は予定通りテロ行為に対して武力介入を開始する。王留美、そのガンダムに関する情報を集めて貰えるのかしら?」

「わたくしにお任せください、スメラギさん」

「(計画に存在しない非太陽炉搭載型のガンダム……独自開発した機体か、それとも……)」

 

 

 

 

 

 同時刻、東ヨーロッパに位置するPMCトラストが所有するMS工場内には、1人の男が椅子に座って足を組み、液晶スクリーンを見ながら「モビルドールシステム」をヘリオンにインストールする作業を行っていた。

 少し休憩しようと思った瞬間、男はとある人物からの極秘通信を受信した。その内容を閲覧すると、男は驚きを隠せないように少し眉間に皺が寄っていた。

 

「馬鹿な、フリーダムガンダムだと⁉」

 

 フリーダムガンダム……それは、本来この世界に存在しないはずのモビルスーツだ。

 この瞬間、男は自分以外の「イレギュラー」が、この世界に介入していることを確信した。男もある程度は予想していたが、映像に映ったフリーダムのパイロットが、自分と同様に転生者である可能性が高まったからだ。

 

「ミスター・カザマ、外人部隊のゲイリー・ビアッジ少尉が到着しました」

「(ようやく来たか、焼け野原ひろし。確か俺の仕事は、あいつにアグリッサを譲渡する事だったな……)了解した、直ぐ行く」

 

 フリーダムの件は一旦棚上げにして、ミスター・カザマと呼ばれた男はとある人物からの依頼をこなす為に、「焼け野原ひろし」なる人物と落ち合うべくMS格納庫に足を運んだのだった。

 

 つづく



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第5話 もう一人の転生者(Side:風間隼人)

「検察官、論告をどうぞ」

「論告は以下の通りです。公訴事実についてはその証明は十分と考えます、被告人は殺意を持って被害者を毒殺したという事実は明白です。本件は、被害者を逆恨みして殺害を決意し、劇薬を準備して犯行現場におびき出したという事案であり、周到な計画に基づくものです。また、不法な手段を用いて劇薬を調達し、それを含む食事を被害者に提供しており、犯行態様も悪質です。従ってその刑事責任は誠に重く、被告人を死刑に処するのが相当であります!」

 

「弁護人、弁論をどうぞ」

「公訴事実について、被告人が殺意を持って被害者を毒殺したという事実は明白ですが、犯行後は自ら警察に自首をしており、被害人を殺害したことを深く反省しています。また、被告人はまだ若く、今回の犯行を心から反省していること、前科がないことも合わせて考慮の上、寛大な判決をお願いします!」

 

「それでは被告人、もう一度前へ出てきてください」

 

 検察官と俺の弁護人、お互いの最終意見陳述を終えた後、俺は裁判長の命令に従い、席から立ち上がり前へ出た。

 

「被告人。最後に何か言っておきたいことはありますか?」

「……検察の論告に異論はありません。全ての責任は自分にあります。自らのしてきた事に、深く後悔しています」

「それではこれで、閉廷します」

 

 そしてその翌日、俺は死刑判決を言い渡され、数週間後に控えた刑の執行への時間を過ごす為に刑務所へ収監された。

 鉄格子の窓から青い空を見上げながら、俺は自分の凶行を振り返る。

 もし俺の作ったプログラムが採用され、世界中に公開されれば、俺は次期社長になれると考えていた。だが、それを提出しようとしたとき、プログラムに致命的なバグがあると悠凪に指摘され、最終的に採用が見送られることになった。

 

 出世の道を阻まれた俺は、悠凪の殺害を決意した。

 当時の俺は「お前が余計なことをしなければ、俺はとっくに出世したんだぞ!」なんて考えていた。本当にバグがあるかとうかも検証ぜず、ただ憎しみに身を任せたまま「親友殺し」という凶行へと走った。

 

 だけど、毒入りのご飯を食べた直後に地面に倒れこむ悠凪を見て、嬉しい感情が一切生まれはせず、ただ虚しさだけを抱いた。その虚しさを抱いたまま、俺は自らの足で警察に行き、自首したのだった。

 

 収監されてから2日後、死刑囚の俺に面会を求める者がいた。面会室に足を運ぶと、そこに俺を待っている人物は社長だった。

 数回に渡る検証の結果、俺の作ったプログラムに幾つかの重大なバグがあったと社長が言った。

 そう、悠凪の指摘は間違っていなかった……間違っていたのは、バグの問題を解決せず、後先も考えず凶行に走った俺の方だった。

 

 死刑が行われる日の夜明け、俺は後悔と自責を背負いながら、絞首台に足を運んだのだった。

 そこにある粗いロープに首を絞められ、19年という人生に幕を閉じた。

 

 ――はずだった。

 

 目が覚めたら、俺はいつの間にか自然に囲まれた緑豊かな場所にいた。

 ここは天国なのか地獄なのかは分からないけど、眼前に広がる自然の景色に、俺は思わず「綺麗だな」と声を上げたのだった。

 

 そして俺は、自ら神と自称する美少女と出くわすことになった。

 

「ようやくお目覚めになられましたか、風間隼人」

「ちょ、お前は誰だ⁉ なんて俺の名前知ってる?」

「私はカレン、この天界を司る神ですわ」

 

 それから、俺を別の世界に転生させることができると彼女は言った。もちろん、アニメやゲーム作品の世界へ転生させることも可能だ。

 そこで、俺は自分の生きていた時代と同じ年号を持つガンダム作品『機動戦士ガンダム00』の世界に、容姿と年齢を維持したまま転生させることをカレンに頼んだ。

 普通なら「転生特典」を貰って、最初から強い状態で新しい人生を始めることができるが、俺は有罪判決によって死刑に処せられた犯罪者なので、それを貰う権利がないとカレンは言った。

 

 だけど俺が「親友殺し」という凶行を行ったことに後悔の意を示したため、彼女は俺に「慈悲」を与えることにした。

 彼女は擬似太陽炉搭載型のガンダム「ガンダムスローネフィーア」と『ガンダムW』に登場する超高性能AI「モビルドールシステム」の関連技術を俺に与えた。欲しいものではないけど、何もないよりマシだ。

 

 これを使って何をするかは俺の自由で、CBに協力するもよし、国連軍に参加するもよしとのこと。あの下衆大使や自称救世主のイノベイドに協力したくないので、国連軍に参加するという選択肢は、なしだ。

 CBにスカウトされるには、先ずは自分の知名度を上げなければならない。転生したばかりの俺の最初の商売は、性能を本来の半分以下に落とした「モビルドールシステム」をPMC経由で三大国家軍に販売することだった。

 

 性能を半分以下に落とした理由だが、本来の性能を維持したMDを搭載したモビルスーツが大量生産されたとすれば、チームプトレマイオスが早期に壊滅してしまう可能性があったからだ。

 

 それから一週間が経つと、案の定というべきか、ユニオンに所属する国連大使で、CBの監視者でもある二つの顔を持つ男――アレハンドロ・コーナーが俺の所にやってきた。その傍には、汚いアムロ……もとい、イノベイド――リボンズ・アルマークの姿があった。

 

「ミスター・カザマ、この世界に変革をもたらす為に、私に力を貸す気はないかね?」

「コーナー大使。正直に言って、貴方が一体何を言っているのか、自分には解りかねます」

「それもそうだな。では、分かりやすく説明しよう。私はユニオンの国連大使であり、ソレスタルビーイングの監視者でもある。世界を変革させるためには、斬新的な技術が必要だと私は考えている。モビルドールシステムを開発した君なら、私の言葉の意味が理解できるはずだ。どうかね?」

 

 なるほど、そうきたか。

 大使とリボンズに協力なんてしたくないんだけど、断れば間違いなく殺される、ここは……!

 

「分かりました……ソレスタルビーイングに協力します」

「賢明な判断だ。組織の一員として、君を歓迎しよう」

 

 それから俺はCBの監視者として活動することになったけど、表向きは国連の一員となっているので、日常生活に支障をきたすことは無かった。

 そして三大国家軍の共同軍事演習が行われる直前……俺は本来この『機動戦士ガンダム00』の西暦世界に存在する筈が無いモビルスーツを、目にしてしまったのだ。

 

 ZGMF-X10A フリーダムガンダム

 

 これを見た瞬間、俺は自分以外の転生者がこの世界に入り込んでいたことを確信した。

 大使から提供された映像を見る限りでは、あのフリーダムは敵の武装やメインカメラではなく、コックピットばかりを狙って攻撃していた。

 バラエーナに腕を吹き飛ばされたフラッグが一機いたけど、あそこで回避行動を取らなければ、とっくに消し炭または爆散していただろう。

 

「コックピットを狙っている……ということは、乗っている奴は絶対にキラ・ヤマトじゃない……もしかしなくても、俺と同じ『転生者』だったりするのか?」

 

 風間隼人はその答えとなる人物と出会い、真実を知ることになるのだが、それは先の話になる。

 

 つづく



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第6話 介入の始まり

 この世界にで活動するには、個人IDカードが必要だ。

 

 私は空白のIDカードを用意した後、ハロに内蔵されたノートパソコンを開き、マニュアル操作でユニオン政府の人口管理サーバをハッキングしようとしているが、ハロは10秒も立たずにサーバのセキュリティを突破して見せた。

 

「セキュリティ突破完了! セキュリティ突破完了!」

「24世紀のセキュリティもそこまで頑丈ではないようだ……いや、カレンの作ったハロが強すぎたか」

 

 カレンの作り上げたハロの驚異的な性能に感心しつつ、私は予め用意した個人情報をサーバにアップロードした。

 

 履歴や家族構成はともかく、名前に関しては偽名を使ってもどうせバレるので堂々と本名を使う方が良い。美玖もそれを了承しているので問題ない。

 

「よし、出来た」

 

 私は2枚のIDカードの内1枚を美玖に渡す。

 

「もはや犯罪行為ですね……」

「分かっているさ……でも私たちはこの世界の外からやってきた異邦人だ。この世界の社会に溶け込む為には、こうするしかない」

「うん……」

 

 仕方ないとは言え、罪悪感を感じて暗い顔をしている美玖に、私は彼女の頭をそっと撫でてやった。

 

「もう、子供扱いしないでくださいって言ったじゃないですか……えへへ」

 

 口では嫌だと言いながらも、彼女は嬉しい笑顔を浮かべた。

 その笑顔は天使のように愛らしく、こうして見ているだけで、先程の戦闘で蓄積された疲れが吹き飛び、癒されていくように思えた。

 

 さて、IDカードも電子マネーも用意できたので、市街地に行ってこの24世紀の日本を観光しよう。フリーダムはミラージュコロイドによって姿を隠されているので、誰かがこの森の奥まで来ない限り、見つかることはまず無いだろう。

 

 市街地に繋がる道を歩いていると、空に向かって聳え立つ高層ビル群を視界に捉える。車は大通りを行く、中心部に近づくにつれ通りには人があふれ、道を走る車も増えてくる。3世紀前の日本にも見慣れた光景だ。

 美玖を連れて軌道エレベーターを登り、低軌道ステーションから地球を眺めたい所だが、明日には三大国家軍の共同軍事演習がタクラマカン砂漠で行われるので、()()が終わってから登る事にしよう。

 

 いくつかの角を曲がり、お洒落な商店街に入ると、美玖は私の手を繋いできた。あまりにも突然で、私はびっくりしてしまった。

 そして、彼女は私の手を繋ぎながら、照れたように口を開いた。

 

「こうして手を繋いでいると、傍から見たら恋人同士に見えるかしら?」

「きっとそう見えてると思う。それに私は、超絶美少女の君が恋人で鼻が高いよ」

 

 美玖に対する感想をそのまま呟いて、私は彼女の手をより強く握ったのだった。

 

「悠凪くんの手、大きいです。わたしの手、包み込んまれるみたいになってて……しっかりした感触や骨格が分かっちゃいます」

「分かるよ……美玖の手の華奢さも、くんにゃりした柔らかさも」

 

 その一言を聞き、一気に焦り始めた美玖だったが、私が顔中で微笑みを見せると、バラのようにふんわりと頬を染めて息を呑んだ。

 そして俯くと、もじもじし始めて「そう言われて嬉しいです」と小さく呟いた。

 

「悠凪くんと手を繋いでる感覚、もっと感じたいです」

「私だけじゃなくて良かったな。じゃあ、このまま商店街を一周回ろうか?」

「はい、よろしくお願いします……」

 

 手を繋いで歩くこと数十分、そろそろステップアップしてもいいのでは? と考えていた美玖は得意げに首を傾げ、嬉しそうな笑顔で私を上目遣いで見上げる。そして指を絡めた手に力を入れて恋人繋ぎにしてきた。

 流石に恋人繋ぎはそういう名称だけあって、密着感が今までとはまるで違う。

 彼女の積極的なアプローチもあって、繋いだ手を安易に離せなくなってしまった。

 

 そして恋人繋ぎで歩くこと数分後――。

 

「――悠凪くん……大好きです」

 

 天にも昇らんばかりの幸せそうな表情になっていた美玖は、そっと宝物を渡すかのように囁いてくれた。もう、可愛い過ぎるだろ! 私を悶えさせて理性を壊す気か⁉

 

 それからしばらく経って、私たちは其々アイスティーを買い求め……

 

「ふふっ、わたしはアイスミルクティーにしましたわ」

「意外だったな、私と同じくアールグレイで来る思ってたが」

「ミルクの甘い味が好きなんです……はい、悠凪くん」

 

 そう言って美玖はさらに身体を密着させつつ、私にアイスミルクティーを差し出してきた。

 

「飲ませてくれるのか?」

「はい、悠凪くんにも一口飲んで欲しいです……間接キスになりますが、相手が悠凪くんなら、わたしは構いません」

「そう言われたら、飲まないわけにはいかないな……いただこう」

 

 アイスミルクティーを一口味わう。

 香り豊かな紅茶の味とミルクの甘さが口の中で広がり、スッと喉を奥へと通っていった。

 

「なかなか美味しいな。美玖、このアールグレイを飲んでみて」

「ええ、いただきます! うぅ……味はちょっと苦いですね」

「砂糖抜きだから、まったく甘味はないよ」

 

 商店街の喫茶店を後にした後、私たちは恋人繋ぎしたまま街中を散策し続け、夕方7時頃になったら大通りの高級ホテルに泊まることにした。

 

 ホテルに入ると、周りの視線が気になった……私を警戒しているようだ。

 十中八九、私のことを「女子高生をホテルに連れ込まんと企む、いかがわしい輩」と勘違いしているに違いない。

 私の服装はスーツに灰色のコート、美玖はいつもの制服を着ているので、誤解されてしまうのも致し方ないか……。

 

 まさか、この世界のこの時代でも、こんなことが続いているというのか?

 そして宿泊手続きをする際、1人のスタッフが私と美玖に尋ねてきた。

 

「お客様、失礼ながらお尋ねいたします……お二人はどのようなご関係ですか?」

 

 その無粋な質問に対して、私と美玖はこう答えた。

 

「彼女は私の恋人だ」

「彼はわたしの恋人です」

「そ、そうでしたか、大変失礼いたしました!」

「お客様、お部屋の用意ができました。こちらへどうぞ……」

 

 部屋に案内されて暫くすると、別のスタッフが夕食を運んできてくれた。

 食事を済ませてから2時間後、美玖は枕を抱きしめたまま、ベッドの上で眠りについた。

 相変わらず無防備な寝姿を見せてくれる美玖を見ると、またイタズラをしたくなった。

 

 だが、この前は注意された為、彼女が嫌がる事をしたくないので、止める事にした。

 

 明日にはタクラマカン砂漠の共同軍事演習が行われるし、三大国家陣営の戦力も把握しておきたい。そう考えた私はハロに内蔵されたノートパソコンを開き、必要な情報を集めることにした。

 

 調べた結果、やはりテロリストを利用してソレスタルビーイングを誘い出し、あらかじめ砂の下に埋めた双方向通信用端末を通じてガンダムの位置を探知し、全方位攻撃を行い、マイスターたちを疲弊させてガンダムを鹵獲する作戰だった。ここまでは原作通り。問題は――。

 

「(参加モビルスーツの総数が……2000機を超えているだと⁉)」

 

 原作では部隊数52、参加モビルスーツ総数が832機に対して、この世界では部隊数160、参加モビルスーツ総数が2112機と3倍近い数になっていた。

 それに加えて、第五次太陽光発電紛争で使われたモビルアーマー――アグリッサが32機も配備されている。

 

 私がこの世界に介入した事で本來の歴史に影響を与えたのか? それとも別の原因か……いずれにしても予定に変更はない。

 チーム・トリニティより先にソレスタルビーイングを助け、話し合いの機会を作る。

 

 それと、今後の行動方針も考えないといけないな。

 

 

 

 

 

 同時刻、タクラマカン砂漠に位置するユニオン軍の駐屯基地。

 

「おいおい……幾らなんでも増産しすぎだろ! 国家間戦争でも始めるつもりか⁉」

 

 PMCトラストから送られてきた生産報告書を閲覧した隼人は驚きの声を上げて、机に拳を叩きづける。

 生産されたMD搭載型ヘリオンの数は1000機。此度の軍事演習を参加するモビルスーツ総数の半分近くをこれが占めている。しかも、その全機をこの軍事演習に投入することが既に決定している。

 

 モビルドール。

 それは疲労を知らず、死すら恐れず、下した命令を忠実に遂行する機械兵士だ。

 このままでは4機のガンダムは物量に圧倒され、確実に鹵獲されてしまう。そして世界は、アレハンドロ・コーナーを始めとする俗物たちの支配下に収まってしまう。

 そんな世界は御免被る。そう考えた隼人はこの瞬間から、徹夜で策を練り始めた。

 

 その考えた策の内容は三つ。

 一つ目が本命だ。

 

・フリーダムがこの軍事演習に介入してくることを想定し、介入してチームプトレマイオスのガンダムを救助した場合、こちらは介入せずに様子を見守るに留める。

 

 そうでなかった場合に備え、もう二つ策を練った。

 

・フリーダムがこの軍事演習に介入しなかった場合、監視者権限を行使して原作通り「チームトリニティ」を派遣し、チームプトレマイオスのガンダムを救助する。さらにガンダムスローネドライ経由で「アンチMDウィルス」を戦域全域に発信し、MD搭載機の機能を停止させる。

 

・フリーダムが介入し、さらにチームプトレマイオスのガンダムに攻撃を仕掛けた場合、自らガンダムスローネフィーアで出撃し、これを撃退または撃墜を試みる。

 

「(この先がどうなるか、何が待っているのかは分からない。今はフリーダムが味方であることを祈るしかない……)」

 

 

 

 

 

 翌日、タクラマカン砂漠。

 

「デュナメス、目標を狙い撃つ!」

 

 ガンダムデュナメスのGNスナイパーライフルが火を噴く。放たれた粒子ビームは濃縮ウラン埋設施設を破壊しようとしたテロ組織のモビルスーツを次々に撃破し、人員輸送車に至っては跡形もなく消滅させた。

 

「テキセンメツ! センメツ!」

 

 オレンジハロからの攻撃対象全滅の報告により、ミッションは完了した。

 スメラギ・李・ノリエガが提案したミッションプランは一撃離脱。キュリオスにテールユニットを装備させて飛行形態のままSFSとして運用し、その上にデュナメスを乗せる。空中からの超長距離狙撃で速やかに目標対象を撃滅し、現場から撤収することになっていた。

 

 そう、わざわざ袋叩きにされるのを待つ必要などないのだ。

 

 だが、あらかじめ砂の下に埋めた双方向通信用端末によって、ガンダムの位置は既に三大国軍に知られていた。

 

「ミッション終了、離脱するぞアレルヤ!」

「了解!」

 

 アレルヤの返答と共に、キュリオスは加速していくが、作戦空域から離脱しようとした瞬間、2機のコックピット内に警告音が鳴り響いた。

 

「敵襲⁉」

「くっ!」

「ミサイルセッキン! テキセッキン!」

 

 デュナメスはキュリオスのテールユニットから離れ空中に身を躍らせ、襲来するリアルドとミサイル群に向けてGNスナイパーライフルを連射しながらGNミサイル全弾を放つ。

 キュリオスはテールユニットのミサイル発射口を開き、積載した誘導ミサイルの全弾を撃ち尽くした後、テールユニットをパージした。

 

 2機のガンダムから放つ砲火が、迫り来る敵機とミサイルを捉え、空中に巨大な煙の塊が出来上がった。

 リアルド部隊が爆煙をあげながら、飛行型態のキュリオスに肉迫してくる。

 しかも、減速する気配がない。

 

「こいつは……特攻か⁉ 避けろアレルヤ!」

 

 敵の意図に気付いたロックオンはGNビームピストルに持ち替え、優先攻撃のターゲットを飛行形態のリアルドに切り替わるが、撃ち漏らした3機のリアルドがキュリオスに衝突し、巨大な爆発を引き起こした。

 その直後、キュリオスは飛行形態のまま地面へ自由落下した。

 

「アレルヤ!」

 

 だが、心配している暇は無かった。ロックオンがアレルヤに気を取られた隙に、別の方角からモビルスーツ形態のリアルドがデュナメスに接近してきた。

 ロックオンは対応が遅れて、デュナメスは2機のリアルドに組み付かれてしまった。

 

「組み付かれただと⁉」

 

 そう吐き捨てると同時に、ロックオンは2機のリアルドがコックピットを含む下半身を分離させ、爆発寸前の危険物から離れるように距離を取るのを見た。

 

「こいつらはまさか……自爆する気か⁉」

 

 次の瞬間、巨大な爆発はデュナメスを飲み込むのだった。

 

 一方、リアルドの特攻を受けて地上に降下したキュリオスはシェルフラッグ部隊と交戦する最中に、シェルフラッグ部隊は別方角から撃って来た一筋の光に飲み込まれて、跡形もなく消滅した。

 アレルヤは知っている、これはティエリア・アーデの駆るガンダムヴァーチェからの砲撃だ。

 

 そう、作戦プランはB2へと移行したのだ。

 

 同時に空中に巨大な爆発が広がり、爆煙の中から現れたのはゆっくりと落下していくデュナメスだった。

 

「ロックオン!」

「大丈夫だ……プランはB2に移行した、これより離脱する!」

「了解……!」

 

 

 

 

 

 少し前、タクラマカン砂漠の一角に待機している刹那とティエリア。

 

 ファーストフェイズの終了予定時刻を過ぎた。だが、作戦終了を報せる通信は未だに届いていない。デュナメスとキュリオスが撤退に失敗したと判断し、ティエリアは操縦桿を握り締め、GNバズーカの砲口を、2機のガンダムがいる方角へと向けた。

 

「GNバズーカ・バーストモード……圧縮粒子、完全解放!」

 

 トリガーを引くと同時に、機体に蓄積された圧縮粒子が一気に放出され、それを引き受けた巨大な粒子ビームの光軸が砂漠の大地を焼き、向こう側にあるシェルフラッグ部隊を文字通り完全消滅させた。

 

「ファーストシュート完了……GN粒子、チャージ開始……」

 

 GNバズーカ・ハイパーバーストモードでロックオンとアレルヤの撤退ルートを確保したガンダムヴァーチェは、圧縮粒子を再チャージすべくその場に待機していた。隣には刹那・F・セイエイの駆るガンダムエクシアが護衛に付いている。

 

 この時、2機のコックピット内に警告音が鳴り響いた。

 そして2人が目にしたのは、上空から大量のミサイルが降りかかってくる光景だった。

 

「この物量は⁉」

「対応が早い……!」

 

 刹那はGNソードライフルとGNバルカンでミサイルを迎撃するが、圧倒的な物量の前に迎撃が間に合わず、エクシアとヴァーチェはミサイルの飽和攻撃を受けてしまった。体勢を立て直すと、刹那とティエリアは既に8機のアグリッサと合計100機以上のイナクトとヘリオンで構成された大部隊に包囲されていた。

 

「このままでは、包囲殲滅される!」

「突破口を開く、刹那・F・セイエイ……フォーメーション・S32だ!」

「……了解した!」

 

 ティエリアの提案に従い、刹那はエクシアをヴァーチェの後ろへ下がらせる。同時にティエリアはヴァーチェのGNフィールドを展開させると、敵の編隊へ突撃していった。

 ヴァーチェが敵機の攻撃を引きづけている間に、エクシアは折り畳まれていたGNソードを展開し、行く手を阻む敵を手当たり次第に斬り倒していくのだった。

 

 

 

 

 戦闘開始から4時間が経過し、砂漠は夜闇に包まれていた。

 タクラマカン砂漠に位置するAEUの駐屯基地、その中央に聳える指揮管制塔では、作戦指揮官であるカティ・マネキン大佐が1人のAEU兵士に現在までの戦況を報告するよう命じた。

 

「戦況を報告しろ!」

 

 呼ばれた兵士は挙手敬礼をし、報告を読み上げる。

 

「ハッ! 第72モビルスーツ隊から、デカブツガンダムの鹵獲に成功したと連絡がありました。近接タイプのガンダムは外人部隊と交戦中、人革連は羽根つきのガンダムを追跡中、狙撃タイプのガンダムはユニオン軍の第8独立航空戦術飛行隊と交戦中、以上です!」

 

 4機のガンダムは分断され、デカブツのガンダムは既に鹵獲してある。その報告を聞いたマネキン大佐は勝利を確信したように微笑みを浮かべた。

 

「ここまでのようだな、ソレスタルビーイングも……」

 

 この時、通信士は別の報告を読み上げた。

 

「大佐! 戦闘空域に接近する機影があります……ユニオン軍から提供された情報にあった新型ガンダムです!」

「味方を助けるつもりだな。だか1機だけではどうにもならない! モビルスーツ隊を発進させろ! 敵は1機だ、包囲して殲滅しろ!」

 

 何の兆しもなく、突如姿を現した5機目のガンダム。ユニオン軍から提供された戦闘映像を見る限り、あの機体は今までのガンダムと違って、光る粒子を放出する特殊な機関が搭載されていないことが分かった。

 高速機動をしながら複数の敵に精密射撃を行う戦闘スタイルから察するに、あの機体は多分「単機で戦況を覆す意図したワンオフの高性能機」として開発した機体であろう、とカティ・マネキン大佐はそう考えている。

 

 MDを搭載したヘリオンもまだまだ残っているので、慎重に対処すれば、問題なく撃退できるのだろう。上手く対処できれば、あのガンダムを鹵獲することも可能だ。

 

「出番だぞ、少尉。期待している」

「ハッ!」

 

 パトリックはカティに挙手敬礼をし、司令棟を出てモビルスーツ格納庫へ向かった。

 

 

 

 

 

 私がタクラマカン砂漠に着いた頃は、既に日が暮れる時間だ。フリーダムのコックピットから周りの景色を見渡すと、そこは砂漠の荒野と散乱するモビルスーツの残骸だらけだった。

 まるで、戦いに敗れたモビルスーツの墓場のようだ。

 

「ん? センサーにモビルスーツ反応……前方か!」

 

 私は映像をモニターに出すと、反応が示したのはAEUイナクトとヘリオン、アグリッサ6機を含む大部隊だった。部隊の中央には電磁パネルに囲まれて身動きが取れないガンダムヴァーチェの姿があった。

 

 そして別方角には、その部隊を追いかけているガンダムエクシアと、その行く手を阻むアグリッサの姿が確認された。

 あのアグリッサが気になる……動きが素速い。パイロットはアリー・アル・サーシェスなのか?

 

 いずれにせよ、世界の害悪でしかない存在を殲滅する事に変わりはない。

 

「ターゲット、マルチ・ロック……!」

 

 私はマルチロックオンシステムでAEU軍の機体に照準を定め、フルバーストを連続で撃ち放ったのだった。

 

 

 

 

 

『逝っちまいな!』

 

 サーシェスの声と共に、アグリッサの脚部から青白い光が灯る。直後、青白いスパークが雷の乱舞となってエクシアに襲い掛かった。

 

『どうだ、アグリッサのプラズマフィールドの味は? 機体だけ残して消えちまいな、クルジスのガキかぁ!』

「うわああああぁぁっ⁉(俺は……死ぬのか……この歪んだ世界の中で……)」

 

 刹那が悲鳴をあげ、死を覚悟したその時、AEUのモビルスーツは次々と撃破されていき、電磁パネルに囲まれて身動きが取れないヴァーチェも、先程の砲撃によってイナクトとヘリオンが撃破された事で解放された。

 

 エクシアをプラズマフィールドで閉じ込めていたサーシェスのアグリッサも例外ではなく、盛大に爆炎をあげた直後、アグリッサから分離脱出したサーシェスのイナクトが撤退していった。

 

 爆煙に遮られた視界が風で振り払われ、刹那とティエリアが見たものは、空に浮かぶ蒼き翼の機影だった。

 

「ガンっ……ダム……!」

「あのガンダムは……!」

 

 その機体は、ヴェーダの報告にあった太陽炉非搭載型のガンダムだった。

 そしてそのガンダムから、通信が入ってきた。

 

『大丈夫ですか? エクシアとヴァーチェのパイロット……』

 

 つづく



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第7話 世界を渡る者と天上人(前)

『大丈夫か? エクシアとヴァーチェのパイロット……』

 

 ゆっくりと降下して着地し、地面に倒れていたエクシアに、フリーダムは手を差し伸べる。

 刹那は迷うこと無く差し伸べてきた手を掴み取り、エクシアの機体を起こした。

 同時に、エクシアとヴァーチェのコクピットモニターに通信ウィンドウが開かれ、そこに映し出されているのは、顔立ちが整っている銀髪紫眼の青年だった。

 

「お、お前は……⁉」

「何者だ⁉」

『私は絢瀬悠凪、この機体……フリーダムガンダムのパイロットです』

「フリーダム……ガンダム? そんな機体……聞いたことがない、それになぜ我々を助ける?」

『それは……ん?』

 

 悠凪が話を進もうとする時、3機のコックピットに警告音が鳴り響いた。AEU軍の駐屯基地が位置する方角から、多数のモビルスーツが迫ってきた。

 その正体はイナクト31機、ヘリオン169機、合わせて200機のモビルスーツで構成された大部隊だ。さらにその後続には6機のアグリッサが追随している。

 

『早く体勢を立て直してください! 敵が来ています!』

「ティエリア!」

「わ……分かった!」

 

 砂地を蹴って身を躍らせたフリーダムに、エクシアとヴァーチェは背中のコーン型スラスターからGN粒子を放出させると、その行動に追随した。

 悠凪はその場でフリーダムの全砲門を開き、マルチロックオンシステムで迫りくるAEUのモビルスーツ隊に照準を定める。

 

 この時、プラズマソードを引き抜き、フリーダムに目掛けて真正面から突っ込んでいったイナクトから、外部スピーカーで声が発せられた。

 

『見つけたぜ! 今までのやつらとは違うタイプだが、お前もガンダムなんだろ⁉ なら俺の敵に決まってるだろうが!』

 

 そのイナグトのパイロットは「最初にガンダムに介入され、ボコボコにされた男」として、当て擦りでその名が広まっている人物、自称・AEUのエース――パトリック・コーラサワーだった。

 

「なんだ炭酸か……」

 

 無表情でそう呟いた悠凪はトリガーにかけた指に力を込め、迫り来るAEUのモビルスーツ隊に向けてフルバーストを連続で撃ち放った。

 雨あられのごとく放たれ続けた砲撃は夜空を照らし、AEUのモビルスーツを正確に捉え、次々と撃破していく。

 後方に控える6機のアグリッサは、その図体の大きさゆえ回避に間に合わず、フリーダムに手も足も出ずに全機撃破された。

 

『うわぁ⁉ なんだこいつ、強すぎだろ⁉』

 

 フリーダムの圧倒的な性能に驚かされ、一瞬動きが鈍ったパトリック。

 再び警告音が鳴り響き、我に返ったパトリックが目にしたのは、真正面から迫り来る赤いビームの光条だった。

 

『なんじゃそりゃー!』

 

 咄嗟に回避行動を取るものの間に合わず、機体はビームの光条に貫通され、あっけなく墜落してしまった。地面に激突した機体は大破しているが、コックピットだけは無傷のようだ。

 

 MSの爆発が生み出す火球は放射状に連鎖して、人間が作りうる限りの絢爛たる炎の宝石細工を生み出した。だが、それらの宝石の内部には優美でも華麗でもない生と死の姿があることを、悠凪は知っている。

 そしてフリーダムは1分間フルバーストを撃ち続け、最後の1機のヘリオンを葬った瞬間、砲撃が飛び交う戦場は静寂な砂漠へと戻っていった。

 

「(たった1分で200機のモビルスーツを……!)」

「(なんという性能だ! こんな機体、ヴェーダにも情報がなかった……!)」

 

 スメラギ・李・ノリエガとイアン・ヴァスティから提供した分析データによると、蒼き翼のガンダムはGNドライヴを搭載していないにもかかわらず、キュリオスの数倍以上の運動性、エクシアの倍以上の機動性、デュナメス並みの射程とヴァーチェに次ぐ火力を同時に備わっている。

 

 さらに、高機動戦闘しながら複数のターゲットに向けて同時に精密射撃を行うことができることから、イアンに「単機で戦場を支配できる究極のガンダム」と称された。

 

 だが、最も恐ろしいのは、こんな複雑な機体を扱いこなしているパイロットだ。ある意味人間の枠を超えていたのかもしれない。

 

 実際にフリーダムの戦い方と地面に散乱する残骸を目にした刹那とティエリアは、操縦桿を握る手を震わせながら、呆然として息を呑んだ。

 データ以上の性能だ。こんな機体が存在していたとは思ってもみなかった。

 

 気を取り直したティエリアはコンソールを操作し、再びフリーダムとの通信回線を開いた。

 

「改めて聞く、何の目的で我々を助ける?」

()()()()のガンダムは一体何の為に戦っているのかを知りたい。だから私は、君たちを助けたのです』

 

 悠凪の返事を聞き、刹那とティエリアは困惑の表情を示した。

 

 ソレスタルビーイングが掲げる「紛争根絶」という理念は、AEUの新型MS披露会への武力介入と、軌道エレベーターを襲撃するテロリストの殲滅を行った直後に、イオリア・シュヘンベルグのビデオメッセージと共にメディアに報道され、世界中に知り渡っているはず。

 

 なのに悠凪は「一体何の為に戦っているのか」とこちらに問いかけてきた。

 そして「この世界」という言葉が引っかかる……まるで自分がこの世界の外からやってきた人間であることを示唆するような物言いだった。

 

「この世界のガンダム? 一体何を言っている……ティエリア、お前はどう思う?」

「この男がふざけているとは思えない、それに信用できると思う……上手く言えないが、そういう感じがする(にしても、この頭に伝わってくる『奇妙な感覚』はなんだ? 脳量子波に似ているが、まるで違う……この男は一体?)」

「そうか……お前がこの男を信じるというのなら、俺も異論はない」

 

 先程の行動を思い返せば、悠凪は敵ではないことが明らかになっいる。でなければ、地面に倒れたエクシアに手を差し伸べるはずがない。それに、もし悠凪が敵だったら、自分たちはとっくに撃墜されていただろう、と刹那はそう考えている。

 ティエリアの判断に異論はないが、「この世界」という言葉がどうしても引っかかってしまう。

 敵ではないとはいえ、刹那は悠凪のことを完全に信じることができなかった。

 

『君たちのガンダムは4機いる筈ですが、他の2機は?』

「北西5kmに位置する山岳地帯に敵と交戦中だ」

『なら急がねば……!』

 

 聞きたいことは山ほどあるが、今はロックオンとアレルヤの救援が最優先だ。

 悠凪の事は一旦棚上げして、刹那とティエリアは、山岳地帯に向けて飛んでいったフリーダムの背中を追随した。

 

 

 

 

 

 同時刻、北西の山岳地帯。

 三大国家軍の奇襲を受け、撤退中のデュナメスとキュリオスは敵の攻撃によって分断され、キュリオスは山岳方面へ、デュナメスは渓谷方面へ、それぞれ撤退を試みることになってしまった。

 

 追撃部隊を振り切ったアレルヤが、安全な代替ルートを模索している最中に、別の方角から接近する敵部隊の反応をEセンサーが捉えた。

 

「うあああぁぁぁっ! この感覚は……超兵が、来る……!」

 

 その正体は人革連の超兵1号……ソーマ・ピーリスが所属する部隊だった。

 彼女から発せられる脳量子波を感じ取り、頭が割れそうな激痛に襲われたアレルヤは、凄まじい絶叫をあげながら、自分の頭を両手で抑える。

 

『見つけたぞ! 被験体E-57!』

「く、来るな……来ないでくれ!」

 

 物理的な距離が近ければ近いほど、頭痛の痛みが更に増していく。

 その激しい頭痛に支配されたアレルヤは操縦桿を握る力すら残っておらず、機体の操縦が不可能になってしまった。

 

 この時、アレルヤは自分の内に潜む「凶暴性を備えたもう1人の自分」に声をかけられた。

 

「(ったく、仕方がねぇ……さっさと身体を寄こせ、アレルヤ!)」

「(ハレルヤ⁉)」

 

 はっきりと声が聞こえた瞬間、身体の主導権が奪われ、アレルヤの意識は深く沈んだ。

 身体の主導権を得たハレルヤはすぐさま操縦桿を握り締め、迫り来る紅梅色のティエレン「ティエレンタオツー」にキュリオスを正対させると、その機体に目掛けてGNサブマシンガンを撃ち散らした。

 

「ハァッハァッハァ! かかったな女ァ!」

『ッ……! 急に動き出した⁉』

 

 咄嗟の判断で機体を捻らせ、ビームの銃弾を回避しながら、ピーリスはキュリオスに向けて滑空砲を連射する。

 放たれた砲弾は正確にキュリオスの胴体に命中するが、ダメージは与えられなかった。

 

『少尉、一旦下がれ!』

『了解です、中佐』

 

 セルゲイ・スミルノフ中佐の命令に従い、ピーリスは即座に機体を後ろに跳躍させ、キュリオスの間合いから離れるが、機体が着地した瞬間の僅かな硬直を狙ったかのように、キュリオスは猛スピードで肉迫してきた。

 間合いに入ったキュリオスはGNシールドに内蔵された細身の剣「GNシールドニードル」を飛び出し、ティエレンタオツーの左腕に目掛けて突き出した。

 

『なに……⁉』

 

 突然の奇襲攻撃に対応できず、ティエレンタオツーの左腕が串刺しにされ、シールドクローに引き裂かれたうえ、ついでとばかりに蹴り飛ばされる。

 蹴り飛ばされたティエレンタオツーのコックピットが激しく振動し、ピーリスの身体は左右に激しく揺さぶられる。その隙にティエレンタオツーはキュリオスに地面に押さえつけられ、胴体を踏みにじられる。

 

「よう女ァ! あのクッソたれな研究施設にどれだけの数のガキが人体実験で死んだか、テメェは知ってるか?」

『貴様の言葉に耳を傾ける程、私は愚かではないぞ!』

 

 そう吐き捨てると、ピーリスは右手でキュリオスの脚を引き剥がそうとするが、うまくいかなかった。

 

『少尉はやらせん!』

『中佐⁉』

 

 次の瞬間、セルゲイの声と共に連続して放たれた滑空砲がキュリオスを命中し、機体のバランスを崩した。その隙に乗じて、ティエレンタオツーはキュリオスを蹴飛ばすようにして脱出した。

 それと入れ替わりでセルゲイの駆るティエレン高機動B指揮官型と、数十機のティエレン地上型から放つ滑空砲の嵐が、キュリオスに降りかかっていった。

 キュリオスは背中にある飛行形態時には機首となる部分を起こし、機体を覆うGNフィールドを展開させ、迫り来る砲弾を防ぐ。

 

 そのとき、ハレルヤの頭の中に声が響いた。

 

『(ガンダムのパイロット、その場から防御態勢を維持してください!)』

「あァ? なんだテメェは……⁉」

 

 そして数秒が経った後、遠い空の向こうから2つの熱線が真っ直ぐ、セルゲイの駆るティエレン高機動B指揮官型に向けて飛来した。

 あまりにも突然の攻撃に、セルゲイは避けきれずにその攻撃を受けてしまった。

 

『馬鹿な……超長距離射撃だと⁉』

 

 一直線に飛ぶ熱線はセルゲイ機の右半身を掠め、ビームの高熱と飛散した紫電がセルゲイの機体をぐずぐずに溶かしていく。右半身を失って、身動きが取れなくなったセルゲイ機を、ピーリスのティエレンタオツーは支える。

 

『中佐⁉ ご無事ですか!』

『私は無事だが、機体はもう動けん……』

 

 セルゲイの無事を確認し、安堵に胸を撫で下ろす間もなく、見えない敵からの砲撃が再び仲間を襲う。漆黒の夜空から放たれた赤色のビームの光軸に、仲間たちの機体が次々と撃破されていく。

 

『スミルノフ中佐! 我が隊はすでに壊滅寸前です! これ以上は……』

『やむを得ん、全機撤退しろ!』

 

 もはや、ここまでだ。これ以上の戦闘行動は、ただ兵を無駄死にさせるだけだ。

 見えない敵に不意を突かれ、部隊が壊滅寸前に追い込まれたセルゲイは、ピーリスと残存するティエレンと共に撤退していった。

 

 ハレルヤの窮地を救ったビームが飛来した方向からエクシアとヴァーチェ、そしてアンノウンの反応をEセンサーが捉えた。

 

「あのメガネの仕業じゃねえな……やったのはあのガンダムだな!(んじゃ、俺は寝るから、後はテメェに任せたぜ、アレルヤ……)」

 

 ヴァーチェに次ぐ大出力の砲撃が可能な機体、恐らくはセンサーに表示されたアンノウン……

 蒼き翼を持つガンダムだ。

 

「無事か! アレルヤ・ハプティズム!」

「ああ……なんとか。ところでティエリア、さっきの砲撃は一体……?」

『撃ったのは、私です』

 

 蒼き翼のガンダムからの通信が割り込んできて、コックピット内の通信ウィンドウにはパイロットと思わしき青年が映し出された。

 

「救援を感謝する……えっと、一つ質問していいか?」

『ええ、手短にお願いします』

「さっき僕に語りかけてきたのは、もしかして君か……?」

『そうです。どうやら、君も()()()()()を持つ人間のようですね……それはさておき、最後の1機は何処に?』

「僕と別れた後は、北にある渓谷地帯へと向かっていた」

 

 アレルヤと合流した後、4機のガンダムはロックオンの駆るガンダムデュナメスを救援すべく北にある渓谷地帯へと進路を取っていた。

 

 

 

 

 

 一方その頃、ロックオンはユニオン軍の第8独立航空戦術飛行隊と交戦を続けていた。

 

「指先の感覚が……!」

 

 迫り来るオーバーフラッグの編隊に、ロックオンはGNスナイパーライフルで迎撃するが、敵機は夜空で自由自在に動いて照準を絞らせず、長時間の戦闘で疲弊していたロックオンは弾を外してしまう。

 

「コウホウチュウイ! コウホウチュウイ!」

「AEUのヘリオンだと⁉ 包囲されたか……!」

 

 渓谷の出口を封鎖するように陣を構えたヘリオンの編隊は銃弾をばら撒き、デュナメスの退路を封鎖する。それに呼応するかのように、渓谷上空にいるオーバーフラッグス隊もリニアライフルで一斉攻撃を行った。

 デュナメスが足止めを食らった隙に、1機のフラッグが急に編隊から離れ、スラスターを全開しながら、猛スピードでデュナメスに接近する。

 ロックオンはすぐさまGNスナイパーライフルを連射するが、粒子ビームが尽く回避され、虚しく宙に消えていった。

 

「こいつの動き、見覚えがあるぞ……! まさか、アザディスタンの時の……!」

『抱きしめたいな、ガンダム!』

 

 真正面から接近していたフラッグは高速で低空飛行しながら変形し、リニアライフルを地に突き立てて、勢いのままデュナメスを張り倒していた。

 

「ぐあぁっ!」

 

 コックピットが激しく振動し、ロックオンは失神した。

 デュナメスを張り倒したフラッグは、両膝をついて動かないデュナメスの頭部を鷲掴みにした直後、そのパイロットは「ある言葉」を言い放った。

 

『まさに……眠り姫だ!』

 

 その正体はユニオンのトップガンであり、変態だった。

 

 

 

 

 

 それからしばらくが経つと、無力化されたデュナメスはリニアシールドを搭載した4機のヘリオンに鹵獲され、連行された。

 この時、グラハムは司令部との通信を試みるが、ノイズが走るのみで応答がない。何かに通信を妨害されていると判断したグラハムは、有視界通信で隊員たちに警戒の指示を出す。

 

 ノイズが徐々に増していき、全ての無線通信が遮断されてしまった。もしや他の3機のガンダムがこちらに近づいているのか、と思った矢先に、部下からの有視界通信が入ってきた。

 

『緊急事態です、グラハム上級大尉! 後方から接近する機影あり……こいつは、ジョシュアをやったあの蒼き翼の……うわあぁぁぁ!』

 

 突如、一筋の赤色の光軸が遠方から飛来し、グラハムに通信を送っていたフラッグの上半身をパイロットもろとも焼き尽くした。残った下半身は真っ直ぐ地面へと激突し、火球に転じる。

 

『来たか、新型のガンダム……なに⁉』

 

 赤色の光軸が飛来した方向に振り向くと、グラハムは驚きを隠せないように目を見開いた。

 こちらに接近してきたのは新型だけではなく、その後ろには確認済みの3機のガンダムが追随している。

 しかもその中には、自分の心を射止めた「近接タイプのガンダム」の姿を捉えた。

 

 同時に、グラハムはこの不毛な渓谷に多数のガンダムと巡り会えることを、女神のくれたチャンスと捉えた。ならば、望むのはガンダムとの心躍る戦いのみ……!

 

「ガンダムよ……この想い、今日こそ君たちに!」

 

 スラスターを全開にしたカスタムフラッグは、地に突き立てたリニアライフルを回収すると、力強く地を蹴って身を躍らせた。

 リニアライフルの射撃モードを「連射モード」に切り替えると、空に浮かぶフリーダムに目掛けて弾丸を撃ち散らす。

 

『太平洋での借りを返させてもらうぞ、蒼き翼のガンダム!』

「来るか、グラハム・エーカー!」

 

 スラスターを軽く噴かして、それを横ロールで回避したフリーダムはすかさずビームサーベルを引き抜き、真っ直ぐカスタムフラッグに肉迫し「バーチカル・スクエア」を放った。

 グラハムは咄嗟にプラズマソードを引き抜き、連続で振るわれる光刃を受け流す。青とピンクの光刃が激突し、三度、四度と干渉光を瞬かせる。

 

「全部受け流された⁉ やはり……強い!」

 

 ソードスキルの格闘プログラムによって繰り出された四連撃が全部受け流されたことに、悠凪は驚きつつも、グラハムの卓越した技量に納得と感心の意を示した。

 

『隊長を援護する! 撃ちまくれ!』

『『了解!』』

 

 ダリル・ダッジの呼びかけに応じ、11機のオーバーフラッグはフォーメーションを組み、リニアライフルでフリーダムに波状攻撃を仕掛ける。同時に、地上にいるヘリオン部隊もその銃口をフリーダムに向けた。

 銃弾が放たれたその瞬間、フリーダムはカスタムフラッグの下半身に目掛けて左足を蹴り上げ、その反動を利用して後退する。蹴られた衝撃がカスタムフラッグのコックピットを貫き、グラハムの体を激しく揺さぶられる。

 

『くっ……足癖が悪いな、ガンダム!』

 

 一瞬だけ意識を失いかけ、気がつくと翼を大きく広げたフリーダムが全砲門を開き、こちらにその銃口を向けていた。

 

「ターゲット、マルチ・ロック!」

『いかん! 全機散開!』

 

 即座に指示を飛ばすが、それを即座に対応できる隊員は殆どいなかった。迫る砲弾を高速機動で回避しながら、フリーダムは全砲門を斉射したのだった。

 連続で放たれた砲撃に、地上にいるヘリオン部隊が次々と撃破されていく。グラハムたちは回避だけで精一杯で、反撃する暇もない……動きを止めると、一瞬で撃墜される。

 

『なんなんだあの動き、普通のパイロットが耐えるはずが……うわあぁぁぁー!』

『クソ、避け切れない! うわあぁぁぁー!』

 

 砲撃が続いた約30秒、地上に展開しているヘリオン部隊があっけなく一掃され、2機のオーバーフラッグも回避に間に合わず、フリーダムの放つ光線に捉えられてしまい、撃墜された。

 こうして、オーバーフラッグスはまた2人のフラッグファイターを失った。

 

『くっ……ガンダムゥ!』

 

 堪忍袋の緒が切れたグラハムの怒鳴る声が、外部スピーカーを通じて戦闘区域に響き渡る。そう叫んだグラハムはリニアライフルを捨て、もう1本のプラズマソードを引き抜いき、スラスターを全開しながらフリーダムの懐に飛び込むが、その行く手は刹那の駆るエクシアに阻まれた。

 

「アレルヤたちの後を追え! こいつは俺に任せろ!」

『済まない……!』

 

 通信を済ませると、悠凪はアレルヤたちの後を追い、デュナメスの救援へ向かった。

 フリーダムが飛び去った後、GNロングブレイドを引き抜いたエクシアは、緑色のツインアイを輝かせ、猛スピードでカスタムフラッグに肉迫した。

 

「お前の相手は、この俺だ!」

 

 両機が鍔迫り合いになったその時、カスタムフラッグから外部スピーカーで声が発せられた。

 

『我が愛しのガンダムよ、君にも逢いたかったぞ!』

「また、この男か……!」

『どれだけのガンダムが現れようと、私の心を射止めたのは君……美しき光と共に我が眼前に降り立った君だ! あの日の甘美なときめきが、今の私の胸にある! そう……それこそが私をこうも突き動かす!』

「なっ、なんだこの男は⁉ 付き合っていられん、さっさと片付ける!」

 

 その喧しさに驚いた刹那は、即座に外部音声を遮断し、ユニオンの変態やその取り巻きたちとの戦闘を繰り広げ始めた。

 

 

 

 

 

 一方、フリーダムが地上のヘリオン部隊を一掃した直後、キュリオスとヴァーチェはデュナメスを救援すべく、別ルートでデュナメスの位置が確認された座標へと向かった。

 

「あれは……ロックオン! 今助ける!」

 

 デュナメスを視認したティエリアは操縦桿を握り締め、デュナメスをリニアシールドで拘束しているヘリオンに狙いを絞り、両肩に装備されたGNキャノンを一射した。粒子ビームの光条が闇を走り、寸分の狂いもなくヘリオンの背中に命中し、撃破した。

 他の3機はすぐさまヴァーチェの方に振り向くが、動きが止まったその瞬間、キュリオスのGNサブマシンガンから放つ光弾に撃ち抜かれ、相次いで火球に転じた。

 

 爆発の衝撃がデュナメスのコックピットを揺らし、失神していたロックオンが意識を取り戻す。

 

「……何が起きている?」

「キュリオス! ヴァーチェ! キテクレタ!」

 

 ロックオンはモニターから外の状況を確認する。オレンジハロの報告通り、キュリオスとヴァーチェが自機のすぐ傍にいる。同時に、両機からの通信が入ってきた。

 

『『ロックオン、無事か?』』

「ああ……おかげで助かったぜ、刹那はどうした?」

『ユニオンの部隊と交戦中だ、これより彼と合流する』

 

 来た道を戻ろうとするとき、3機のコックピット内に電子警告音が鳴り響いた。全方位から多数のモビルスーツが大きな波のように、こちらの位置に押し寄せてきた。

 その正体はヘリオン140機、アグリッサ10機、合わせて150機のモビルスーツで構成された大部隊だった。ヘリオンだけならなんとかなるが、アグリッサが10機を含んだ場合は、こちらにとって非常に分が悪い。

 

『馬鹿な……! まだあれだけの数がいるなんて!』

『僕たちを嬲り殺す気か⁉』

「このままじゃ、俺達は……!」

 

 突如、ハロが両目のLEDを点滅させながら「アンノウン接近中!」の報告を上げた。同時に包囲網の外から、尋常じゃないスピードで接近する1機のモビルスーツをEセンサーが捉えた。

 

「アオイツバサノガンダム! セッキンチュウ!」

「あの未確認のガンダムか⁉」

『来てくれたのか?』

 

 3人がフリーダムを目視したとき、こちらに押し寄せてきた敵機はすでにフリーダムから放たれた砲撃に次々と撃破されていく。その動きはどっても綺麗で、まるで夜空に舞う機械仕掛けの天使のようだった。

 この光景を目にしたロックオンは、驚きが隠せないように口を開き、もう全部こいつ1機でいいんじゃないかな? と思った。

 

『これからは敵の足止めをしている彼と合流する予定だったんですが……もうその必要はなかったようです』

「どういうことだ⁉」

『すでにこちらに向かっています、その後ろに敵機の反応がありました』

 

 悠凪がそう言った後、エクシアとそれを追いかけてるフラッグの編隊を4人が視認した。ティエリアは先頭のカスタムフラッグに目掛けてGNバズーカを一射し、ロックオンもGNスナイパーライフルを連射する。

 

 飛来した強烈な粒子ビームに阻まれたことで、オーバーフラッグズの隊員たちは追撃を断念するも、先頭のカスタムフラッグはGNバズーカの一撃を横ロールで回避し、すぐさま空中変形「グラハム・スペシャル」を行う。

 

『突出し過ぎです! グラハム隊長!』

『隊長ぉ!』

 

 隊員の呼びかけに耳を傾けず、プラズマソードを引き抜いたカスタムフラッグは急加速しながらエクシアに猛接近した。

 相対距離は50m以下、回避は間に合わない。そう判断した刹那はGNロング・ショートブレイドを引き抜き、急接近するカスタムフラッグにエクシアを正対させた。

 

 大きく振るわれるプラズマソードをGNショートブレイドで捌きながら、刹那はその右手に目掛けて斬撃を繰り出す。咄嗟の判断で機体を捻らせるグラハムだったが、躱しきれずに右手が切断され、手にしたプラズマソードもこぼれ落ちてしまった。

 

『それでこそ、私が生命を懸けて恋焦がれるだけの相手だ!』

「くっ……しつこい!」

 

 宙を舞うプラズマソードを左手で掴み取り、再びエクシアに斬りかかろうとするも、今度はフリーダムのビームライフルから放つ光条によって阻まれた。気がつくと、前方には5機のガンダムが集結して、こちらに武器を向けていた。

 

『隊長ぉ! ここは後退を!』

『AEUから提供された無人のヘリオンはすでに全滅です! それに周辺区域の友軍が撤退を開始しています! 我々でだけでは勝ち目がありません!』

『ここは引く勇気が必要か……全機撤退せよ!』

 

 半壊した部隊で5機のガンダムに戦いを挑む無謀な人間はいない。

 それに、これ以上貴重なフラッグファイターを失うわけにはいかない。そう判断したグラハムは隊員たちに撤退指示を出した。

 

『では、また会おう! 我が愛しのガンダムたちよ!』

 

 そう言い残して、グラハムは隊員たちと共に作戦空域から離脱した。

 太平洋方面へ向けて脱出した後、悠凪はコンソールを操作し、4機のガンダムに有視界通信を送った。

 

「全員無事で何よりです……さて、場所を変えて話し合いましょう……」

『ちょうどいい、我々も貴方に聞きたいことがある、話し合いましょう』

 

 ティエリアがそう返事を告げると、王留美の別荘にいるスメラギたちに連絡したのだった。

 

 後編へ続きます。



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第7話 世界を渡る者と天上人(後)

 5機のガンダムがタクラマカン砂漠から撤退した後、王留美が所有する別荘でマイスターたちの帰りを待ち続けていたスメラギたちに「ガンダム全機、戦闘区域からの離脱に成功した」という旨のメッセージがティエリアから届いた。

 

「スメラギさん! ガンダム全機、無事に戦闘区域から離脱しました!」

「そう……良かった、みんな無事で……」

 

 マイスターたちの無事を知り安心した途端、クリスはティエリアからもう一つのメッセージを受信した。その内容を閲覧した彼女は、驚きのあまりに「ええ⁉」と声をあげてしまい、スメラギは不思議そうな顔でクリスを見つめる。

 

「クリス、一体どうしたの?」

「スメラギさん、これを見てください……」

 

 そう言ってクリスは受信したメッセージをスメラギに見せる。それは「蒼き翼のガンダムと同行し、そちらに向かっている。パイロットは話し合いを所望する」という旨の内容だった。

 

「向こう自ら連絡してくれて手間が省けるわ……クリス、マイスターたちに誘導の指示を伝えて、ラッセとリヒティは客室の準備をお願いね」

「オッケー、行くぞリヒティ」

「了解っす!」

 

 ラッセとリヒティが客室の準備を進めている最中に、王留美からの通信が入ってきた。

 

「スメラギさん、王留美からの通信です。メインスクリーンに出します」

 

 そうフェルトが報告した後、部屋内に設置された大型メインスクリーンには王留美と、彼女に仕える忠実な執事で彼女の兄、紅龍が映し出された。

 

『スメラギさん、蒼き翼のガンダムのパイロットとその同行者の正体を掴みました』

 

 王留美の報告と共に、スクリーンには2枚の写真が表示された。1枚目の写真には銀髪紫眼の青年、2枚目には栗髪碧眼の美少女が写っている。見たところ、2人は刹那、フェルトやクリスと同じ十代で若く見える。

 

『男性の名前は絢瀬悠凪、彼があのガンダムのパイロットです。女性の名前は鳳凰院美玖、彼女が現在確認された唯一の同行者です』

「やだ、イケメン……ねえフェルト、あの子は私たちと同じくらいの歳なのに、胸の膨らみがスメラギさんより凄いよね!」

「大きい……ちょっと悔しい」

 

 クリスとフェルトはスクリーンに表示された写真を見ながら、感想を述べるのだった。2人の感想に、スメラギは苦笑いしながらも頷く。

 

『両名の個人情報を調べたところ、特におかしい点がありませんでした。ですが、あのガンダムに関する情報……特に製造経緯についてを調べる必要があります。先ずは女性の方を拘束し、情報を吐かせることを提案します』

「その提案、却下させてもらうわ」

『何故ですか?』

「私たちはすでにあのガンダムのパイロットとコンタクトを取っているわ。マイスターたちが帰還次第、この別荘で会談を始めるつもりよ。余計な真似であのパイロットを刺激するわけにはいかないわ」

『そうでしたか、申し訳ありませんでした』

 

 危く会談を台無しにするところだった。もし彼女を無理やりに連れ去ったことを発端に、ソレスタルビーイングがそのガンダムのパイロットと敵対関係に陥ってしまったら、チームプトレマイオスはもちろん、自分でもただでは済まないだろう。

 そんな未来を思い描き、王留美は冷や汗をかきながら、スメラギの発言に納得の意を示す。さらに話を進めると、スメラギは王留美に一つの依頼を出す。

 

「王留美、一つ頼みがあるの」

『何なりと』

「その美玖って女の子をこの別荘に連れて来て貰える? ただし、本人が断れば無理に連れてこなくてもいいわ。丁重にお願いね」

『分かりました、すぐに手配します』

 

 スメラギはこう考えていた。

 美玖は民間人とはいえ、そのガンダムのパイロットの唯一の同行者だ。彼女に同席してもらい、そのガンダムに関する情報を聞き出すことが目的だが、拒否された場合は無理に連れてこなくてもいい、という要望も王留美に伝える。こちらにとっては、か弱い少女に無体を働くのは避けたい。

 これを了承した王留美は「迎えの飛行機を手配しなさい」と紅龍に命じ、その命令を承った紅龍は丁寧に一礼をしてから、部屋を出ていった。

 

『それともう一つ、ヴェーダによって隠蔽された情報があります』

 

 スクリーンにさらに2枚の写真が表示された。写っているのは正体不明のリング構造物と、そのリングの中心から現れたモビルスーツ……蒼き翼のガンダムだった。

 ヴェーダがこの情報を隠蔽した理由は「もし公開された場合、今の世界に新たな混乱を招きかねない」と王留美はそうスメラギに説明した。

 

 確かに、ソレスタルビーイングでさえ実用化されていない「未知の技術」が使われたガンダムの存在が世に知られたら、未曾有の混乱を招くだろう。そしてこのガンダムの存在はまったくのイレギュラーなもので、イオリア計画の障害にもなりかねない。

 そう判断したスメラギは、王留美の説明に納得したように頷く。通信を閉じた後、部屋の片隅に王留美から送られてきた写真を見つめ続けていたイアンは、スメラギに声をかける。

 

「ミス・スメラギ、ちょっといいか?」

「イアン? 何か気になることがあったの?」

「あのリングについてだが、ワシはあれがワームホールの一種ではないかと考えているんだ」

 

 ワームホール。それは時空構造の位相幾何学として考えうる構造の一つで、時空のある一点から別の離れた一点へと直結する空間領域でトンネルのようなものである。

 イアンの話によると、20世紀末ではワームホールについての調査研究を進めており、2091年ではイオリア・シュヘンベルグが発表した論文によって、その存在が証明された。だが通過可能なワームホールを開くのが当時の技術では不可能だった為、研究が打ち切りとなった。

 

 そのリング構造物を通過可能なワームホールと仮定したとすれば、向こう側にあるのは地球から離れた場所か、それとも別の次元か……考察すれば考察するほど、イアンの技術者としての好奇心がくすぐられる。

 だが、もうじきにそのガンダムのパイロットがこの別荘にやってくるので、そのリング構造物を含めて、全ての謎が解き明かされるだろう。

 

 

 

 

 

 同時刻、経済特区・日本。

 ホテルのレストランで夕食を済ませ、ハロを連れて商店街を散策している美玖は違和感に気づいた。この時間帯では一番人が多いはず、なのに今は自分以外の1人もなく、付近の車道には車すら走ってない。

 あまりの静けさに不安を感じ、美玖はすぐに来た道を引き返すことにした。しばらくすると、街の角から数人の黒服の男性と、1人の青い長衫を身に纏った男性が彼女に近づいてきた。

 

「どなたですか?」

「我々は、ソレスタルビーイングです」

 

 ソレスタルビーイングに見つかるのは予想してたが、まさかこんなに早いとは、美玖は思ってもみなかった。

 美玖は怖がっていた。見知らない男たちに囲まれたうえ、頼れる唯一の男性が傍にいないこの状況で、ここから逃げ切れるかどうかは分からない。

 一応マスターハロには相手を殺傷せずに無力化する為の武器が内蔵されているが、一度も使ったことないので、通用するかどうかは未知数だ。

 

 だが冷静に考えてみると、この男たちは何も言わずに自分を取り押さえることができるはずなのに、何もしてこなかった。しかも、組織の名を正々堂々と名乗っている。

 見知らぬ男たちに囲まれて怖がっている美玖だったが、そんな気持ちを抑えて、彼女は男たちに用件を尋ねることにした。

 

「えっと……わたしを、どうなさるおつもり……ですか?」

「ご安心ください、貴女に危害を加えるつもりはございません。絢瀬悠凪との会談に、貴女にもご同席いただきたいとのご要望が、戦術予報士からありまして、こうして貴女をお迎えに来ました。ご同行願います」

 

 声が震えてる美玖に、長衫の男は紳士的な対応を行う。

 内容から察するに、悠凪はすでにソレスタルビーイングと連絡を取っており、彼らは会談の要請に応じていた。そして男たちの目的は、その会談に自分を同席させることである。

 

「(悠凪くんはソレスタルビーイングと接触したんですね)分かりました、同行します」

「すでに移動手段をご用意しました、こちらへどうぞ」

 

 その後、美玖を乗せた車は近くにある空港に向けて走って行った。

 

 

 

 

 

 CBのメンバーがいる別荘に着いた頃は、すでに夜の10時だった。息を整えて、フリーダムのコックピットから降りると、4人のガンダムマイスターが待ち構えていた。

 

「救援を感謝する。俺はロックオン・ストラトス、狙撃タイプの……デュナメスのマイスターだ」

「マイスターの正体はSレベルの秘匿義務がある、素顔を晒すのはよくない……」

「ちなみにこの堅苦しいやつはティエリア、デカブツのガンダムのマイスターだ」

 

 ヘルメットを取り外したロックオンは、親切に自己紹介をしてくれた。自ら正体を明かすことをティエリアはよく思わないが、ロックオンは気にせずに彼のことも紹介してくれた。

 別荘の客室に足を踏み入れると、ソレスタルビーイングの戦術予報士、スメラギ・李・ノリエガが席から立ち上がり、こちらに歩いてきた。

 

「初めまして、私はスメラギ・李・ノリエガ、ソレスタルビーイングの戦術予報士です」

「絢瀬悠凪です。此度の会談に応じて頂き、ありがとうございます」

 

 私とスメラギは、お互いに挨拶を交わして握手を交わした。このまま会談を始めるつもりだったが、突然背後から声を掛けられた。しかもそれは、聞き覚えがある声だった。

 

「悠凪くん!」

「……⁉」

 

 確かめようと振り返った直後に、声の持ち主……美玖に正面から抱きしめられた。

 美玖の身体の震えが伝わってきて、その振動は私の心も震わせた。そして彼女の怖がってる表情を見て、彼女は無理やりここに連れて来られたと思い込んだ私は、反射的にスメラギに事情の説明を求めた。

 

「なぜ彼女がここにいるのか……説明してもらえないでしょうか?」

「私がエージェントに頼んで彼女を日本から連れて来ました、身勝手な行動で申し訳ありません」

「あの、わたし……無理やり連れてこられたじゃなくて、自分の意志でここに来ました。ただ知らない人が隣にいると、どうしても緊張してしまいまして……」

「彼女に危害を加えない限り、私は何もしません。では、話し合いを始めるとしましょうか」

 

 そう言いながら、震え続けている美玖の頭をポンポンと軽く撫でてやった。すると、彼女は安心したかのように微笑みを浮かべ、いつもの和やかさと穏やかさに戻った。

 用意された席につく。美玖が落ち着いた頃を見計らって、スメラギは先に口を開き、私に問いかけてきた。

 

「単刀直入に聞きますが、貴方の行動目的とそのガンダムの開発経緯について、教えていただけますか?」

「教えるのは構いませんが、その前に一つ質問をしたい……君たちは『並行宇宙』の存在を信じますか?」

 

 その単語を聞き、4人のガンダムマイスターを始め、CBの面々は驚きを隠せない様子で、特に刹那とティエリアの表情が印象的だった。どうやら、私が通信で言い放った「あの言葉」の意味を2人が悟ったようだ。

 

「まさか……お前たちが、本当に並行世界からやってきたのか⁉」

「はい。わたしと悠凪くんは、この世界に属する人間ではありません」

「ええ、その通りです、君は確か……」

「俺は刹那・F・セイエイ、ガンダムエクシアのマイスターだ」

 

 本当は知っているが、あえて知らないふりをした。さっきから自己紹介してないやつの名前、知るわけがないだろ? 迂闊なことを言ってボロが出たらまずいのだ。

 

「俄かに信じがたい話だ、何か証明できるものはないのか?」

「それならあるわ。フェルト、あの写真を」

 

 スメラギの指示に頷くと、フェルトはその「写真」を客室に設置されたモニターに映し出した。

 それを見たティエリアは「なるほど」と納得したかのように呟いた。

 

「君が『この世界のガンダム』という言葉を使った理由が分かった。ところでスメラギ・李・ノリエガ、この情報はいつ手に入れたんだ?」

「貴方たちがこの別荘に来る途中で、王留美から送られてきたのよ。撮影した時間は彼がユニオンの部隊と交戦する直前よ」

 

 なるほど、前々からこちらを監視していたか。流石はイオリア・シュヘンベルグが作った量子型演算処理システム「ヴェーダ」だ、その情報収集能力は伊達じゃない。

 リベル・アークにも増設して置きたい施設だ。

 

「じゃあ、あのリング構造物の向こう側には……?」

「別の次元と繋がってます。そこはどんな場所なのかは教えることはできません」

「マジかよ……つまり、お二人さんはこの世界にやってきた直後に、ユニオンの部隊と鉢合わせとなって交戦状態に陥ってしまったってことだよな?」

 

 ロックオン・ストラトスの質問に、私は眼を合わせたまま、真顔で返事を告げる。

 

「その通りです……できれば、この世界の住人とは戦いたくはなかったのですが、転移した直後に戦いを挑まれてしまいました。そして、私は知りました。この世界にも『ガンダム』の名を冠したMSが存在しており、それを運用するのは『紛争根絶』という理念を掲げる私設武装組織『ソレスタルビーイング』……世界は、君たちのことをテロリストと呼ばれていますが、実際は本当にそうなのでしょうか? 私は君たちが戦う理由を知りたいので、先程の戦いに介入し、君たちを助けたのです」

 

 そう返事を告げると、ガンダムマイスターたちを始め、スメラギもその理由に納得したかのように大きく頷いていた。

 こんな突拍子もない話、普通なら納得するわけがないのだが……まさかあんなにあっさりと納得てくれるとは思わなかった。王留美が彼らに送っていた「写真」のおかげだろう。

 

 ソレスタルビーイングの掲げる理念は「武力による紛争根絶」である。

 戦いで戦いを止める、存在自体が矛盾しているような気もするが、すでにイオリア計画の全貌を把握している私には、彼らの掲げる理念を理解できる。

 

 イオリア計画。

 人類が争いの火種を持ったまま外宇宙に行かないようにする計画で、大きく分けて三段階ある。

 

 第一段階はソレスタルビーイングによる武力介入で世界の統合を促すことが目的で、その終焉にはCBに対抗すべく国連軍を結成し、一致団結してCBを葬り去ることで世界統一に繋がっていくことも想定されていた。

 第二段階は統合しつつある世界の持続と統合を加速させるために、ヴェーダとイノベイドによる援助を実施する。ツインドライヴシステムを搭載したガンダムにより、全人類の意思の統一を図ることも想定されていた。

 第三段階は意思の統一を成し遂げた人類を外宇宙へ進出させ、未知の生命体との接触を図る。

 その牽引役となるのは「純粋種イノベイター」として覚醒した刹那・F・セイエイ。

 

「絢瀬悠凪、お前に聞きたいことがある。お前の世界にとって、ガンダムはどのような存在だ?」

「私のいた世界では、ガンダムは強力な兵器であると同時に……味方に希望を、敵に絶望を与える存在です。では逆に聞きましょう……刹那、君にとってガンダムとは何でしょうか?」

「嘗て、俺は神を信じていた。だが、この世界に神はいない……ガンダムがそれを成す!」

「(ガンダムという兵器に神を見出すのか……)それが君の答えですか、把握しました」

 

 まだ少年兵だった頃の刹那は、グルジスで自分を助けた0ガンダムを神に代わる救世主、戦争を終わらせる実在する神として憧れた。

 刹那が「俺がガンダムだ」という謎台詞を口にした理由だが、この世界のガンダムは「ソレスタルビーイングの理念を発現する機体」であり、さらに刹那はマイスターに就任している。

 そして刹那にとって、ガンダムは「神に代わる存在」なので、これらに照らし合わせると「俺が紛争根絶を体現する者(ガンダム)だ」となる。

 

 今はそれでいいかもしれない。だが刹那、君が自分を助けた神(リボンズ・アルマーク)の思惑を知ってしまったら、君はこれまでの自分と決別し、ガンダムを乗り越えなければならない。

 それを成し遂げる瞬間、君と君のガンダムは()()()

 

「話がだいぶ逸れてしまいましたが、そろそろ本題に戻りましょう」

「ええ、貴方が私たちを助ける理由は理解しました。では、貴方のガンダムについて教えていただけますか?」

「名はフリーダムガンダムで、殲滅型対MS戦用MSとして開発された、私の専用機です」

「見たところは太陽炉を搭載していないが、何の動力で動いていますか?」

「先ず、太陽炉とは何ですか?」

 

 GNドライヴのことはもちろん知っているが、ここは知らないふりで行こう。

 

「太陽炉……GNドライヴとは我々が所有している4機のガンダムの動力源よ」

「なるほど、把握しました。フリーダムには太陽炉というものを搭載していません。動力源は縮退物質を利用して電気を始めとするエネルギーを発生させる半永久機関、その名は縮退炉です」

「なんと……!」

 

 縮退炉。それは縮退物質を燃料にしてエネルギーを発生させる半永久機関である。

 ブラックホールは、周囲の質量を吸収することによって成長する一方、ホーキング輻射によって質量をエネルギーに変換しながら蒸発しており、ブラックホールの質量が小さければ小さいほど、その蒸発速度は大きくなる。

 従って、極小のブラックホールに適切な量の質量を投入し続ければ、その成長と蒸発が平衡状態になり、常に一定の大きさを保つことができる。

 しかも、理論的には投入された質量が全てエネルギーになり、核分裂エンジンと違って廃棄物が全く残らないうえ、質量さえあれば何でも燃料にすることができる。

 

「なんじゃとぉ⁉ ワシらの世界では確立されていない技術が、あんたの世界ではすでに実用化しているのか⁉」

「その通りです、貴方は……」

「ワシはイアン・ヴァスティっていうもんだ、ガンダム4機の整備を任されている」

 

 全員が絶句する中に、少し驚きしつつも自己紹介してくれたイアン。

 技術者として、縮退炉というスーパーテクノロジーに興味を示さないはずがない。

 だが、今はその情報を開示するわけにはいかない。もしヴェーダにアップロードされ、リボンズや大使らに知られてしまったら困る。

 

「それと……この際はっきり言っておきましょう、私はCBの敵になるつもりはありません」

「そいつは良かったな」

「ですが、完全に味方というわけではありません」

「なに……?」

「今の私は組織としてではなく、一個人として行動しています。君たちと敵対しないことはお約束しますが、もし君たちの組織内の誰かが、私または彼女に危害を加えようとする場合、私は躊躇なくその者を討つ……他に聞きたいことはありますか?」

 

 その時、アレルヤが席から立ち上がった。彼が何を聞きたいのかは想像がつく……きっと特殊な脳波のことだろう。

 

「さっきからずっと気になるんだけど、君も僕と同じ脳量子波を使えるのか?」

「君の言う脳量子波とは性質が似ているが、本質的には全く別のものです。過酷な宇宙環境に進出・適応した人類の中に、稀に特殊な脳波を扱える者たちが現れます、私のいた世界では彼らを『新人類』と定義してます。他者との意思疎通や直感能力が並みの人間より鋭いが、決して万能な力ではありません。君と意思疎通することができたのも、感応波の性質が似ているからでしょう」

「稀に現れる……もしかして人工的な操作ではなく、自然発生する進化によるものなのか?」

「ええ、その通りです……ん? どうしたの美玖?」

 

 美玖は突然私の腕を抱きかかえた。急にどうしたのと尋ねると、彼女はアレルヤの背後にオーラのようなものが見えたと、少し震えた声で言った。あれは間違いなく「ハレルヤ」だろうな。

 

「ようお嬢ちゃん、俺を呼んだのか?」

「うぇ⁉ あ……あの……えっと……」

「どうやら、おめぇも俺と同じ脳量子波を扱えるようだな!」

「おい! やめろハレルヤ!」

 

 ハレルヤの意識が表に出た瞬間、美玖はひどく怯えるように身体を震わせながら、私の腕をより強く抱き締めた。それから、美玖の元にゆっくりと迫ってきたハレルヤは、ロックオンとスメラギによって制止された。

 にしてもハレルヤの言葉が引っかかるな、美玖も脳量子波を……つまり特殊な脳波を発することができるのか?

 

「彼は自分の存在を察知できる人がいて嬉しく思って、君に挨拶しようと出てきたみたいで……驚かせてすまない!」

 

 申し訳無さそうに謝罪するアレルヤに、美玖は一言も言わず、ただ黙って頷くだけだった。

 このビビり具合から察するに、もしかして美玖は、ハレルヤのような荒々しい性格の人が苦手なのかな?

 

「……私の話は以上ですが、まだ何か聞きたいことはありますか?」

「お二人に聞きたいことが色々ありますが、今日はこれで終わりにしましょう。それと、これは組織のエージェントの連絡先です。もし協力が必要であれば、()()に連絡してください」

 

 話が終わり、別荘から立ち去ろうとしたとき、スメラギに1枚の紙を手渡してきた。

 紙にはCBのエージェントの連絡先が書かれている。スメラギはエージェントのことを「彼女」と称したな……もしかしてこの連絡先は、王留美のものなのか?

 協力が必要と判断した時に確かめよう。

 

 

 

 

 

 午前1時、経済特区・日本、高級ホテル。

 部屋に足を踏み入れると、肉体的にも精神的にも疲れを感じた私は、ため息をつきながらベッドに倒れ込んだ。すると美玖は割座、いわゆる女の子座りで私に膝枕をしてくれた。

 太ももの柔らかな感触が後頭部を包み、上を見れば圧倒的な質量を誇る胸。それは天国と言っても差し支えない至福の時間だった。

 

「お疲れ様です、悠凪くん」

 

 労いの言葉をかけてくれながら、美玖は私の頭を優しく撫でてくれた。

 嬉しいと同時に、なんだか少し照れくさく感じた。美玖の膝枕を堪能しながら、私は目を閉じて、今後の行動方針を考える。

 

 タクラマカン砂漠での武力介入では、アリー・アル・サーシェスを取り逃がしてしまった。できれば、国連軍が結成される前にやつを仕留めておきたい。奴が消えれば、ロックオン・ストラトスは死なずに済む。

 

 次は、共同軍事演習に三大国家陣営に1000機にも及ぶモビルスーツを提供した者の正体を探ることだ。私はその人物をPMCトラストの関係者、または国連大使の息がかかった者だと考えている。

 だが一番気になるのは、それらのMSの生産に使われた資材と資金の出所だ。どこで、どのような手段で確保したのか……サーシェスの行方を含めて、きちんと調べる必要がある。

 

 さらに、チームトリニティを味方に引き入れれば、ヴェーダのメインターミナルユニットの回収はもちろん、後に行われるフォーリン・エンジェル作戦での戦いはCB側に有利になるはずだ。

 だが、国連軍がどんな手を打ってくるのか分からない以上、憶測は止めた方がいい。

 

 最後は国連軍を退けた後、フォン・スパークより一足先に月の裏側に隠されたヴェーダの本体からメインターミナルユニットを回収する。ロックの解除にはイノベイドの協力が必要不可欠で、このことに協力できる人物はティエリア・アーデとネーナ・トリニティの2人のみ。

 

「悠凪くん、何かお考えことですか?」

「私の介入によって、この世界には新たな戦いが始まる。私はこの世界に介入する『自由』を選んだ、その『責任』は果たさなければならないと思うのだ。もし私が道を踏み外し、自由と責任を履き違えた悪人になってしまったら、君には私を撃てるか?」

 

 その言葉を聞いた美玖は無言のまま、私の上に乗かってきた。あまりに突然の出来事に、私は只々呆然していた。そして、私を馬乗りにした美玖は、涙がこぼれそうな顔を見せながら、口を開いた。

 

「悠凪くんが道を踏み外さない為に、わたしは悠凪くんの傍にいると決めました……」

 

 そう言って目の前の彼女は、私と唇を重ねてきた。ただ唇を重ねているだけなのに、思考が真っ白になる。体は浮いているように気持ちがいい。何より、彼女が自ら唇を重ねてきたのは流石に予想外だった。

 重ねてきた唇を離すと、美玖は私の顔をじっと見つめながら、言った。

 

「わたしの気持ちは、悠凪くんに伝わりましたか?」

「ああ、ちゃんと伝わってきたよ……さっき変なことを言って、済まない」

 

 謝罪の言葉を述べながら、私は彼女の頭をポンポンと軽く撫でる。すると、さっきまで泣きそうだった顔があっという間に笑顔になった。

 そっと私の上から降りた彼女は、ギュッと私を抱きしめてきて、脚を絡ませてきて、暫くすると小さな寝息を立て始めたのだった。

 

「(また抱き枕にされた……でも、これはこれでいい!)」

 

 つづく



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第8話 動き出す世界

 ソレスタルビーイングのメンバーがフリーダムのパイロットと邂逅した翌日、富士山の北西に位置する「青木ヶ原樹海」の地下に建設された秘密基地には、1人男が革製の椅子に座って足を組み、コーヒーを啜りながら、コンクリートの壁面に設置された大型スクリーンに流された戦闘映像を見ていた。

 

「刹那たちはフリーダムに救助されたか」

 

 チームプトレマイオスのガンダムたちの無事を知り、男は安心したかのようにそう呟いて、手にしたコーヒーカップを机に置いた。

 

 おかげで、こんな早期に切り札のアンチMDウィルスとメインプログラムの脆弱性、そして自分が所有するガンダムを世界に晒さずに済んだ。

 刹那たちを救助したフリーダムのパイロットに心から感謝しつつ、男は再びキーボードを打ち始め、与えられた仕事をこなしていくのだった。

 

 そんな中、男はキーボードを打ちながら、一つのことを思いついた。

 

 アンチMDウィルスはアレハンドロ・コーナーらや国連軍に対する切り札であるが、その作用はMD搭載機の機能を強制的に停止させるだけで、乗っ取ることはできない。

 

 先日、多数のMD搭載型ジンクスの生産が間もなく開始される報告を、自分と同じくCBの監視者の1人であるラグナ・ハーヴェイから知らされていた。

 そして自分自身に与えられた仕事は、MDのメインプログラムのアップデート、及び三大国家陣営から提供されたエースパイロットの戦闘データをMDにインストールさせることである。

 

 この機会を利用しない手はない。

 

 そう考えた男は、MDのアップデートと見せかけてメインプログラムにバックドアを設置した。

 このバックドアを使えば、リモートアクセスでシステムを乗っ取ることができ、最終的にそれらの機体を自分の制御下に置くことができる。その原理は、ガンダムナドレに搭載された「トライアルシステム」とよく似ている。

 

 これにより、ウィルスをばら撒いてMDをシャットダウンさせるもよし、バックドアを利用して機体を乗っ取るもよし、戦略の幅が広がった。

 そしてしばらく経った後、男がバックドアを設置したメインプログラムをラグナ・ハーヴェイの管轄下にある兵器工場に転送した直後に、通信が入ったことを示すビープ音が響き渡った。

 

 受信ボタンをタップした後、机の上に設置したスクリーンにはアレハンドロ・コーナーの映像が映し出された。

 

『ミスター・カザマ。チームトリニティを派遣し、ユニオン領内にあるアイリス社の軍需工場への武力介入を開始させろ。それと、周辺区域への被害は気にしなくていいぞ』

「民間人に被害が出ますが……」

『君はまだまだ若いな、世界の変革には犠牲は付き物だぞ』

「分かりました、コーナー大使。直ちにチームトリニティに出撃命令を出します……」

 

 通信を切ると、ミスター・カザマと呼ばれた男はチームトリニティのリーダーを務めるガンダムマイスター、ヨハン・トリニティに武力介入の指示を出した。

 

「ヨハン、お前らの最初の仕事は、ユニオン領内にあるアイリス社の軍需工場への武力介入だ。攻撃対象はあくまで工場の生産施設だから、周辺地域への被害は抑えろよ。それと、攻撃を行う前に退避勧告を出しておけ!」

『ハッ、了解しました!』

『手ぬるいね、隼人の旦那。さっさと工場をぶっ壊して撤退すりゃいいのに……』

「軍需工場とはいえ、働いているのは民間人だぞ! 俺にとって、罪のない民間人を殺すのは流石に気が引ける……もしやらかしたら、罰として今日の晩御飯のデザート抜きだからな!」

『ええ⁉ デザート抜きなんてあんまりだよ! ミハ兄、隼人さんの言う通りにしようよ!』

『分かった、分かったから服を引っ張るなって!』

 

 スクリーンにはヨハンしか映し出されてない。だが、聞こえる会話から察するに、ミハエルはネーナに服を引っ張られてるみたいだ。

 そしてしばらく経つと、スクリーンに映っているヨハンは、隼人に軽く一礼をしてから、通信を切ったのだった。

 

「(クソ大使め、デメェの思い通りにはさせねえぜ!)」

 

 アレハンドロ・コーナーから言い渡された指令を、隼人は快く思わなかった。

 なぜかと言うと、原作知識を持った隼人は、既にアレハンドロの計画を知っているからだ。

 

 チームトリニティによる過激な武力介入により、ソレスタルビーイングに世界中の憎しみを向けさせ、三大国家に人類団結の象徴とも言える軍隊「国連軍」の結成を促す。

 最後は用済みとなったチームトリニティとチームプトレマイオスを処分し、自ら世界の支配者に君臨する、という「イオリア計画」を乗っ取る為の壮大な計画だった。

 

 元々モビルドールをPMC経由で三大国家軍に販売した理由は、隼人が自分の名声を上げる為の手段だった。隼人は最初から、アレハンドロに協力する気は無かったのだ。

 だが、アレハンドロがこれを利用して、モビルドールの軍勢を作り出そうとしている。もし、そのような軍勢をアレハンドロが作り上げてしまったら、CBの壊滅はもちろん、機械による無作為の粛清もこの世界に起きかねない。

 

 その光景を想像するだけで、隼人は背筋が寒くなるように感じた。これは、まともな人間のすることではないと考えている。

 

 そんなことは、絶対にさせない!

 

 アレハンドロとその背後に暗躍するイノベイド勢力を何とかしたい気持ちはある。

 だが、今の自分は1人で、仲間はいない。

 

 一本の矢は簡単に折れるが、三本の矢を束ねるとそう簡単には折れない。

 共に戦う仲間が必要だと考えた隼人は、チームトリニティ以外に、もう1人の謎の人物を仲間に引き入れる計画を立てることにした。

 

 その人物とは、タクラマカン砂漠の共同軍事演習に介入し、刹那たちの窮地を救ったフリーダムガンダムのパイロットである。

 

 三大国家軍を退けた後、5機のガンダムが一緒に行動している所は戦闘映像で確認済みだ。

 チームプトレマイオスはフリーダムと、そのパイロットに関する情報を持っているかもしれないと考え、隼人は彼らとの繋がりが深いエージェント、王留美と連絡するのだった。

 

『こんにちは、ミスター・カザマ。今日はどのようなご用件でしょうか?』

「タクラマカン砂漠の共同軍事演習に介入した、あの謎のガンダムとそのパイロットについて知りたいんだが」

『あのガンダムのことですか……開示できる情報はごく一部だけですが、よろしいでしょうか?』

「ああ、一部だけでも構わない」

『分かりました、資料を後ほど送りします』

 

 だが、一度別れた道が再び一つに交わろうとしていることを、この時の隼人はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 一方その頃、高級ホテル付近の商店街には、いい感じのペースでデートをしている男女がいた。

 

「悠凪くん、あーんして」

 

 様々な声が飛び交う賑やかな商店街で、私と美玖は手を繋いで歩いていた。

 彼女は先ほど店で買ったいちごクレープを差し出してきて、私に「あーんして」と食べさせようとした。差し出してきたクレープを一口かじった後、彼女は私の口の端に付いた生クリームを親指で拭うと、自分の口に運ぶ。

 

「ふふっ、また間接キスをしちゃいました……」

「私は間接キスより、普通のキスがいいと思うんだ。ああ、昨夜のことを思い出すな」

 

 ――昨夜のことを思い出すな。

 その言葉を聞き、美玖の顔はバラのように真っ赤になっていく。思い返してみると、昨夜の彼女の行動はいつもより積極的かつ大胆で、いつも以上に可愛かった。

 

 もう一度、彼女の唇を堪能したい。そんな気持ちに駆り立てられるまま、私は美玖の両肩に手を置き、ビルの壁に彼女の背中を押し付けた。

 

「きゃ……ゆ、悠凪くん⁉」

 

 無言で押さえつけられ、彼女はびくりと震えて、小さな声で喘ぐ。

 可愛い声と小動物みたいな反応に、余計にキュンとしてしまった。もう、我慢が限界だ!

 そのまま美玖の唇を奪おうとしたが、あと一歩のところで、彼女は私の胸に手をあて「待って」と小さな声を出した。

 

「キスをしてもいいですが……その前に、ひとつ約束をしてくれますか?」

「約束?」

「もう二度と、あのようなことを言わないでください……悠凪くんを撃つなんて、できるわけないじゃないですか!」

「約束する。もう二度と言わないよ……」

 

 私がそう言うと、美玖は自ら唇を重ねてきた。

 彼女の唇から伝わる感触は温かくて柔らかく、鳥肌が立つほどの快感を私に与えてくれた。

 このキスの味を、私は一生忘れない。

 

 こうして私たちは、周囲の視線を気にせずに、2人だけの世界を展開していくのだった。

 

「ねえ沙慈、チューして!」

「ええ⁉ こんな所で⁉」

「ほら……あそこのカップルもキスしてるし、何が問題あるのよ! 早くチューして!」

 

 美玖の唇を堪能している最中、後ろから沙慈・クロスロードとルイス・ハレヴィの声を聞こえてきたことに、ふと気が付いた。しかもその2人、こちらを見ているようで、ルイスは沙慈にキスをねだっているようだ。

 

 原作でチームトリニティのせいで、人生を狂わせたこの2人を救いたい、という気持ちは私にはある。

 

 スペインの保養地の襲撃事件。

 この事件は、ソレスタルビーイングの理念に沿わないネーナ・トリニティの独断行動とストレス発散による惨劇だった。

 この出来事はルイスの人生を狂わせただけでなく、沙慈にも強い影響を与え、世界がガンダムとCBに憎悪を抱かせる要因になっている。

 時機を見計らって介入すれば、沙慈の姉の生存も含めて、この惨劇を防げるはずだ。

 

 そっと唇から離れると、美玖は私に問いかけてきた。

 

「悠凪くん、何かお考えことですか?」

「今後の行動についてだが……ん? あれは……!」

 

 彼女の問いに返事しようとしたとき、高層ビルの外壁に設置された超大型テレビには、気になるニュースが流れてきた。私と美玖だけではなく、沙慈とルイス、そして周囲の人々も、流れてきた映像に目を奪われた。

 

『緊急ニュースです。たった今、ユニオン領内に位置するアイリス社の軍需工場が未確認ガンダムによる襲撃を受けています。こちらが現場の映像です。ユニオン軍に救助された現場責任者によると、ガンダムのパイロットは攻撃を行う直前に、退避勧告を出していたとのことです……』

 

 退避勧告を出していただと⁉

 元々チームトリニティの武力介入は、徹底的に相手を潰すという非常に過激なものだった。退避勧告を出すなんて、ありえないことだ。

 だが、そんな不可能だと思われていた出来事が今、実際に起きている。共同軍事演習に参戦したMSの総数が3倍近い数になっていたことを含めて、私と美玖以外の誰かが、この世界に介入している可能性も否めない。

 

 そして、チームトリニティの最初のミッションは、チームプトレマイオスの救助だった。

 だが、私の介入によって、刹那たちを救援する必要が無くなり、アイリス社の軍需工場の襲撃に変更されたのだろう。

 

 もしこれからの流れが原作と同じだとすれば、次のミッションは恐らく……レイフ・エイフマン教授の抹殺だ。

 

「(レイフ・エイフマン教授……死なすには惜しい人材だ)」

 

 それぞれの思惑が、今まさに交錯しようとしていた。

 

 つづく



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第9話 フリーダムVSチームトリニティ

 アイリス社の軍需工場の襲撃が行われた1時間後。

 チームトリニティの武力介入の結果と、隼人の命令違反に不満を抱いているラグナ・ハーヴェイとアレハンドロ・コーナーは、隼人に問いただすべく映像通信で尋問を行っていた。

 

『貴様ァ! 何故我々の命令を無視した!』

「民間人の犠牲を避ける為ですが、何か問題ありましたか?」

『問題あるに決まってんだろう、この青二才めが! 貴様は道を歩く時は蟻を踏まないように気をつけて歩くのかい? 世界変革という大義に比べれば、人命なんて蟻っころ同然だ! それが分からんのか!』

『ラグナ、もうよい。ミスター・カザマはまだ若い、まだ我々の理想を完全に理解していないのだろう。よって今回は、我々大人たちが手本を見せる時だ。チームトリニティは一旦、ラグナの管理下に置く、異論はないな?』

「異論はありません……(チッ、このクソ共が!)」

 

 スピーカーを通じて部屋中に響くラグナの怒鳴り声に対して、隼人はイラついていた。

 心の底から愚痴をこぼしながら、通信を切るのだった。

 

 先程の通信で、ラグナは「世界変革という大義の前に、人命なんて蟻っころ同然だ」と言った。

 だが、ラグナは自分の命が、アレハンドロにとっては蟻っころ同然だったということをまだ知らない。ジンクスの生産を終えたその時、用済みとなった彼は、アレハンドロから派遣される刺客・サーシェスによって無残に殺害される。

 

 実に哀れなやつだ。

 他者の命を軽視していながら、自分の命が誰かに軽視されていることを全く気づいてない。

 

「サーシェスのクソ野郎に殺されるなんて真っ平御免だ。そろそろあの3人と一緒に身を引く準備をした方が良いかもしれないな……」

 

 そう考えながら、隼人はチームトリニティの3人の姿を思い浮かべる。原作知識を持った隼人は既に知っている。彼らの正体は、戦う為に作り出された、使い捨てのガンダムマイスターだ。

 彼らを仲間に引き入れ、原作の悲惨な結末を回避する為にも、隼人は自分自身のできる限りの最善を尽くすつもりだ。

 

 移動中の3機のガンダムスローネとの通信回線を開き、隼人は自分の伝えたいことを、そのまま3人に伝えることにした。

 

「ヨハン、ミハエル、ネーナ。他の監視者の意向により、お前たちは一旦、ラグナ・ハーヴェイの管理下に置くことになった。だけど俺は、お前たちを見捨てたりしない。もしやばい状況に陥ったら、何時でも俺を呼べ」

 

 マイクを取り、それだけ言い切って、隼人は通信を一方的に切った。そして、王留美から送られてきた資料を読みながら、小さく呟いた。

 

「まさかフリーダムのパイロットが、お前だったとはな……悠凪」

 

 王留美から送られてきた資料から、隼人はフリーダムのパイロットの正体を知ってしまった。

 その正体は、前世で自分の余りにも愚かな理由で殺害した親友だった男だった。元々仲間に引き入れるつもりでいたが、その正体を知ってしまった隼人は、躊躇いの表情を見せた。

 

 自分の前世の行いを鑑みて、もし悠凪が自分と同じく前世の記憶を引き継いでいるのなら、絶対に自分を許してくれない。会った瞬間、いきなり鉛玉をブチこんでくるかもしれない。

 でも、やはり話してみないと分からないし、その行動の真意も知りたい。そう考えた隼人は勇気を出して、嘗ての親友・絢瀬悠凪と連絡を試みるのだった。

 

 

 

 

 

 一方その頃、アメリカに位置するMSWAD基地。

 ビリー・カタギリはグラハムから送られてきた、新型ガンダムとの戦闘で得られたデータを元に作成した報告書を、基地司令塔に居るレイフ・エイフマン教授に提出した。

 

「カスタムフラッグの戦闘データと損傷状況によると、新型ガンダムはカスタムフラッグの10倍以上の出力を有していることが判明しました。さらに太平洋での戦闘で撃墜された3機のオーバーフラッグの残骸を調べた結果、ビーム兵器の威力はデカブツガンダムと同等かと」

「まさか、これ程の性能とは……だがワシは、このガンダムがソレスタルビーイングが作ったとは思えん。アイリス社の軍需工場を襲撃した真紅の粒子を放つガンダムと、そして今までのガンダムと比べると、コンセプトが違いすぎじゃ」

 

 ビリーから手渡してきた報告書を読み終えると、エイフマン教授は自分の見解を述べる。

 

 最初に出現した4機のガンダムは其々、白兵戦能力と機動性、超長距離射撃能力、強襲能力と運動性、火力と防御力に特化したコンセプトになっている。アイリス社の軍需工場を襲撃した3機のガンダムもそうだった。

 それに加え、これらのガンダムは「光る粒子を放出する機関」を採用しており、背中のコーン型スラスターから放出した粒子は一定範囲内の無線通信を妨害・遮断する性質を持っている。

 

 だが、太平洋上空で突如現れた謎のリング構造物から出現したガンダムは、この特殊粒子を放出する機関を搭載してないにもかかわらず、最初に出現した4機のガンダムの特性を同時に兼ね備えている。それに加え、単機で圧倒的多数の敵を殲滅することができる。まさに「一機当千」のMSである。

 さらに報告書には「新型ガンダムはカスタムフラッグの10倍以上の出力を有している」と書いてある。その圧倒的な戦闘能力と、報告書の文章から察するに、このガンダムが今までのガンダムと比べて、一味違うものであることが分かる。

 

「ビリー君、このリング構造物についての君の見解を聞かせてほしい」

「正直に言いますが、このリングは一体何だったのか、私には検討がつきません……」

「これはワシの推測じゃが、このリングはワームホールを開く為の装置ではないかと」

 

 エイフマン教授はそう言いながらキーボードを打ち、大昔の研究資料のコピーを部屋のメインモニターに映し出す。それは今から2世紀前の2091年、イオリア・シュヘンベルグが発表した、ワームホール理論に関する論文だった。

 しかしながら、ワームホールの存在を証明できたものの、通過可能なワームホールを開くのができなかった。研究資料によると、ワームホールを開く為の装置が、当時の技術では製造できないとのことだった。

 

「待ってください! もし本当に教授の推測通りだとすれば、あのガンダムは()()()()()()()()()から転移・出現したことになります! こんなことは本当に可能なんでしょうか⁉」

「ワシはそれは可能だと考えておる。現にイオリア・シュヘンベルグは、ワームホールの存在を証明してくれたのじゃ。もしかすると、あのガンダムは別の次元からワシらの住む世界に訪れてきたのかもしれんじゃのう……」

 

 ビリーにとっては信じ難い話だったが、世界的に有名な技術者であるエイフマン教授の言葉を無下にできないので、ここはエイフマン教授の見解を尊重することにした。

 そしてビリーが立ち去った後、エイフマン教授は再びキーボードを打ち、ガンダムの特殊粒子についての調査を再開するのだった。

 

「(ワシの仮説通り、ガンダムのエネルギー発生機関がトポロジカル・ディフェクトを利用しているなら、全ての辻褄が合う。ガンダムの機体数が少ない理由も、200年以上もの時間を必要とした事も……あのエネルギー発生機関を作れる環境が整う場所は、常に高重力に晒され続ける惑星に絞られる。この条件に見合う地球に一番近い惑星は木星……まさか⁉)」

 

 この時、レイフ・エイフマン教授は気付いた。今から120年前の2187年に行われた「木星有人探査計画」はガンダムの開発に関わっていた。

 そして、イオリア・シュヘンベルグの目的は「紛争根絶」ではなく、真の目的は他にある。

 だが、これまでの思案が確信に変わったこの瞬間……目の前のメインモニターには文字が浮かび上がってきた。

 

You have witnessed too much...(あなたは知りすぎた……)

 

 同時に敵襲警報が鳴り始める。

 

「ん? 何事じゃ⁉」

『観測室より通達! ガンダムと思われるMSが3機、当基地に向けて進行中!』

 

 エイフマン教授はすぐさま窓から外を見渡す。基地の上空には、真紅の粒子を放つ、3機の新型ガンダムの姿があった。しかも先頭の一機は砲撃態勢を取っている。狙いは……この司令塔だ。

 

「(どうやら、ワシは知りすぎてしまったようじゃ……!)」

 

 司令塔から脱出しようとしたが、唯一の出入口であるエレベーターが何者かにロックされていることに気付いた。2世紀前の天才が生み出した壮大な計画の本質を掴んだこの瞬間、今代不世出の天才の命運もここまでのようだ。

 

 もう逃げ道はないと知り、己の運命を受け入れようとするエイフマン教授はふと、気付いた。

 いつの間にか、基地上空には巨大なリング構造物が現れた。その中心から飛び出した「何か」が凄まじいスピードで3機のガンダムに向けて真っ直ぐに突撃していった。

 

「あれはビリー君の報告にあったリング構造物……! まさか⁉」

 

 どうやら、この基地に襲来してきたのは3機のガンダムだけではないようだ。

 

 

 

 

 

「目標ポイントに到着……ネーナ、ドッキングしてくれ!」

「了解!」

 

 スローネドライは右腕に装備されたGNハンドガンの銃口をスローネアインの背中にあるプラグに差し込み、高濃度圧縮粒子をアインに転送する。

 

「圧縮粒子、転送完了!」

「スローネアイン、GNメガランチャー……撃つ!」

 

 ターゲットが居る基地司令塔に照準を定め、ヨハンがトリガーにかけた指に力を込めようとしたとき、凄まじいスピードで接近してくる物体をEセンサーが捉えた。その方向は、自機の直上だ。

 

「ヨハン兄、危ない!」

「不味い! この状態では回避できない!」

「兄貴! ネーナ!」

 

 アンノウンの接近を察知できたものの、メガランチャーの発射態勢に入ったスローネアインはそれを回避できず、GNメガランチャーの砲身が切断されてしまった。隣に警戒態勢を取っているスローネツヴァイさえ、この奇襲攻撃に対応できなかった。

 さらに、発射直前の砲身内部には高濃度圧縮粒子が充満している為、砲身が切断された瞬間に大きな爆発を起こした。爆発によって巻き起こる猛烈な爆風がアインのコックピットを揺らし、爆煙はヨハンの視界を遮る。

 

「くっ……何者だ⁉」

 

 スローネドライとのドッキングを解除した後、ヨハンは後退しつつ、モニターから周囲の状況を確認する。次の瞬間、右手にビームサーベルを構えた蒼き翼のガンダムが爆煙を突き破り、アインに挑みかかる。

 

「フリーダムガンダムだと⁉」

 

 急接近するフリーダムを視認したヨハンはすぐさまGNビームサーベルを引き抜き、連続で振るわれる斬撃をやり過ごす。

 数回の斬撃を辛うじてやり過ごした後、フリーダムから有視界通信が入ってきた。

 

『レイフ・エイフマン教授を殺させはしない!』

「フリーダムのパイロット、我々の邪魔をするというのか!」

『そうだ。君たちの企みは、ここで阻止させてもらう!』

「仕方ない……ミハエル、ネーナ! 応戦しろ!」

「「了解!」」

 

 二人がそう返事をしたと同時に、3機のガンダムスローネはフリーダムに目掛けて各々の火器を撃ち放つ。殺到する真紅の粒子ビームを、フリーダムはビームサーベルで斬り払う。

 粒子ビームを全部斬り払うと、フリーダムはビームキャリーシールドに内蔵された拘束用アンカー「グラップルスティンガー」をスローネドライに向けて射出する。拘束するには叶わなかったが、右脚の装甲を破損させた。

 

「きゃあああ!」

「ネーナ! テメェやりやがったな! 行けよファング!」

 

 ミハエル・トリニティ怒鳴り声と共に、スローネツヴァイのサイドアーマーから6機のGNファングが射出された。

 

「死にな! このフリーダム野郎が!」

 

 裂帛の叫声がコックピットに響き渡り、6基のGNファングが一斉に粒子ビームを撃ち出す。後退したフリーダムがビームサーベルを振り回し、殺到する粒子ビームを尽く捌いていく。そして両翼に収納された2門のバラエーナを展開し、GNファングの群れに向けて一射した。一直線に飛ぶビームの光軸は6基のGNファングを飲み込み、その存在を塵ひとつ残さず消滅させた。

 

「まだあるんだよぉ!」

『そんなもの、止まって見えるぞ!』

 

 スローネツヴァイは残りの2機のGNファングを射出するが、しかしそれらはフリーダムに近づくことなく、クスィフィアスから放つ砲弾によって撃破された。

 

「そんな、ファングが全滅だと……⁉」

 

 スローネツヴァイの動きが止まったこの隙に、フリーダムは右手が持ったビームサーベルの柄を右サイドアーマーにマウントしているもう一本と連結させ、片方のビーム刃だけを放出させる。

 刃渡り40メートルの巨大ビームサーベルを両手で構え直すと、フリーダムはオールレンジ攻撃手段を失ったツヴァイに肉迫していった。

 

 スローネツヴァイはGNバスターソードを引き抜き、振るわれる巨大なビーム刃を受け止めて見せる。だが、連結されたビームサーベルの出力が通常より高いため、GNバスターソードがそれに耐え切れず、ビーム刃と接触した剣身部分が少しずつ溶解していく。

 

「こ、このままではやられる……!」

「ミハ兄ー!」

「ミハエル! 今行く!」

 

 ミハエルの危機を救うべく、スローネアインとドライはGNビームサーベルを引き抜き、フリーダムの背中に回り込み、その翼を斬り落とそうとするが――。

 

『――フッ、甘いな!』

 

 悠凪がそう呟くと、右脚に装備された「グリフォン2ビームブレイド」を発振させ、スローネツヴァイの左脚に目掛けて蹴りを入れる。その左脚を切断して体勢を崩したこの瞬間、悠凪は連結されたビームサーベルを分離させる。

 そして機体を一回転させ、そのまま二刀流ソートスギル「エンド・リボルバー」を放った。

 

 大きく振るった2本のビーム刃は、フリーダムの周囲に斬撃を走らせる。アインは間一髪で斬撃を避けたが、ツヴァイは右脚、ドライは左腕が切断された。

 

「ミハエル、ネーナ! 撤退だ!」

「くっ……了解!」

 

 任務の遂行は既に不可能……それに、今のガンダムスローネの状態ではフリーダムには絶対に勝てない。

 ガンダム同士が戦っては、今後の計画に支障を生む可能性もある。そう判断したヨハンは、ミハエルとネーナに撤退の指示を出した。

 

「クソが……この借りは必ず返すからな! 覚えとけよ!」

 

 そう吐き捨てると、ミハエルは2人と共に基地から撤退していった。3機のスローネが撤退したのを見届けた後、悠凪は操縦桿を動かし、フリーダムを基地司令塔に向けて移動させつつ、外部スピーカーを通してとある人物に声を掛ける。

 

『窓を割ります。そこにいると危険ですよ、エイフマン教授』

 

 それを聞いたエイフマン教授は、悠凪の言う通りに部屋の奥へ下がる。それを確認した悠凪は操縦桿を握り締め、ゆっくりと最上階の窓ガラスをフリーダムの指で破壊する。そして、割れた窓口にマニピュレーターを差し伸べる。

 

『初めまして、エイフマン教授。突然ですが、貴方には私と一緒に来てもらいます』

「何故ワシを連れて行こうとする? 君はワシを殺しにきたではないのか?」

『私はソレスタルビーイングではありません。故に、貴方を殺す理由がありません。貴方は技術者でありながら、イオリア・シュヘンベルグの真の目的と、CBのガンダムの主動力機関の秘密を突き止めたのです、ここで死なすには惜しい。そういう訳で、貴方が何と言おうと、私は貴方を連れて行きます。ここにいても、次に派遣される刺客によって殺されるだけです』

「どうやら、ワシには拒否権はないようじゃな……良かろう。だが少し待ってくれ、部下に書置きを残す」

 

 悠凪がエイフマン教授を連れ去る目的は、もちろん勧誘である。

 原作ではイオリア計画の秘密を知りすぎたせいて、アレハンドロとリボンズによって暗殺された惜しい人物だ。「もしエイフマン教授が生きていたのなら、この世界の未来は大きく変わる筈だ」と考えた悠凪は、エイフマン教授を助ける計画を立ち上げ、実行に移したのだ。

 

 ビリーへの書置きを残した後、エイフマン教授はフリーダムのマニピュレータの上に乗り移った。悠凪は慎重に操縦桿を動かし、エイフマン教授をコックピットに誘導・収容する。グラハムの率いるオーバーフラッグズ隊が帰投する前に、フリーダムは基地から飛び去るのだった。

 

 つづく



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第10話 第二局面

 フリーダムがMSWAD基地から飛び去った3時間後。

 エイフマン教授がガンダムに連れ去られた報せを受けたグラハム・エーカーは、事の顛末と詳細を知るべく、頼れる親友であるビリー・カタギリの元に赴く。

 

「カタギリ!」

「グラハム、ドアを閉めてくれないか? それと、ここから先の話は内密に頼みたい」

「分かった……」

 

 ノックもせずに部屋に入ってきたグラハムに、ビリーは冷静な声でドアを閉めるように頼んだ。

 グラハムがドアを閉めた後、ビリーはエイフマン教授の残した書置きをグラハムに提示した。

 

 書置きには「ワシを殺そうとした者は身内にある、よってワシは身を隠すしかなかった。そしてワシを保護した蒼き翼のガンダムは、ソレスタルビーイングに属する機体ではない」という旨の内容が書かれていた。

 文章から察するに、真紅の粒子を放つガンダムがこの基地を襲った理由はエイフマン教授の抹殺であることが分かり、さらにユニオン軍の内部にCBの内通者がいることが分かった。

 そして最も驚くべきはエイフマン教授の推測通り、蒼き翼のガンダムがCBに属する機体ではないという衝撃的な事実だ。

 

「まさか……あの鋼の天使がCBではないとは、この情報は何処で手に入れたんだ?」

「あれに乗っているパイロットがスピーカー越しに言ってたよ。その声から察するに、若い感じの日本人男性だったよ」

「ほう、興味深いな……それはさておき、軍にCB内通者がいることは事実なのか?」

 

 そう問いかけてきたグラハムに対して、ビリーは基地司令塔のセキュリティログを部屋のメインモニターに映し出す。そしてモニターを見やすくするように、部屋の明かりを少し暗くした。

 メインモニターに表示された文字を目で追う内に、グラハムは次第に眉間に皺を寄せていた。

 グラハムは基地の敵襲警報の発令と、基地司令塔のエレベーターのロックが連動するように設定されていることをログから確認した。

 

「こんな致命的なミスがあるとは思ってなかったな……」

「これはうちのプログラムマーのミスではないよ、エイフマン教授の抹殺を企んだ者たちが意図的に仕組んだものさ」

「なるほど……カタギリ、セキュリティシステムが外部からのハッキングを受けていた可能性はないのか?」

「その可能性はないよ、この基地のセキュリティシステムは外部と独立した『内部ネットワーク』で構築したものだ。システムに変更を加えるには、管制室で端末を操作するしかない」

 

 ビリーの返事を聞いたグラハムは、ユニオン軍内部にCBの息がかかった者たちが潜んでいることを確信した。

 

 だが、思い返して見れば、蒼き翼のガンダムの行動は、まるでエイフマン教授が殺されることを予見していたようなものだった。何故なら、戦闘に介入するタイミングが良すぎたのだ。

 さらにグラハムは、そのガンダムの行動には些か裏の事情があると見ているが、どのような事情なのかは依然として不明だ。

 いずれにせよ、今は恩師を保護したそのガンダムに感謝するしかない。

 

「(鋼の天使よ、君に借りができてしまったな……)」

 

 だが、これらの情報を上層部に報告したら、自分たちもエイフマン教授と同様に内通者から派遣される刺客によって殺されかねない。そう判断したグラハムとビリーは敢えて上層部に報告せず、二人だけの秘密にしたのだった。

 

 

 

 

 

 一方その頃のリベル・アーク。

 私はエイフマン教授を案内しながら、この空間の構造と浮遊城の各主要施設を簡潔に紹介していた。そしてフリーダムに搭載された動力源と装甲の材質、ビーム兵器の仕組みと特殊機能を知った瞬間、興味津々で話を聞いていたエイフマン教授の目が光ったかのように見えた。

 

「まさか縮退物質を利用した装置を搭載しているとは、これは驚いた! 電流を流すことで相転移する特殊な金属でできた装甲に、ガス状のコロイドを磁場で機体表面に定着させる電磁光学迷彩、そしてコロイド磁場形成理論を応用したビームサーベル……どれも魅力的な技術じゃ! 絢瀬君、君のガンダムを調べてもいいか?」

 

「それは構いませんが……その前に、現在貴方の置かれている状況を説明しなければなりません。貴方の命を狙っている者はユニオン政府の関係者で、CBとの繋がりを持っています。貴方が命を狙われている理由は、貴方自身がよくご存知のはずです」

 

「理由は、ワシがイオリア・シュヘンベルグの真の目的に迫ろうとしていたことじゃな」

「それもありますが、他にも色々あったのでしょう。ですがご心配は無用です。この浮遊城は貴方の命を狙う連中の手が届かない場所です。今しばらく、この浮遊城にて身を隠してください」

 

 私が提示した条件はこうだ。

 エイフマン教授の身の安全を保障する代わりに、この浮遊城の機能改善と技術協力、及びフリーダムの強化改修を手伝ってもらうという条件で、リベル・アークの技術主任に就任してもらった。

 後にヴェーダのメインターミナルを手に入れた暁には、エイフマン教授に建設の担当を依頼するつもりだ。

 

 もちろん、エイフマン教授はこれらの条件を全部飲んだ。

 

「ところで、絢瀬君は先程の娘とはどういう関係かな?」

「彼女は、私と将来を誓い合った恋人です」

「ほう……これが若さか」

 

 

 

 

 

 そして翌日、私は倉庫からエイフマン教授が興味を持てそうなものを選び、それを持って格納庫に赴いた。私の選んだものは『逆襲のシャア』に登場したあのT字部材だ。

 

「絢瀬君、このT字部材はどういうものかな?」

「これはコンピューターチップを金属粒子レベルで鋳込んだモビルスーツ用の構造部材で、その名は『サイコ・フレーム』といいます。このT字部材はその試料です」

「サイコ……精神か。随分と珍しい名前じゃのう、これはどういった機能があるのかな?」

「それはですね……」

 

 私はサイコ・フレームの主な機能をエイフマン教授に説明する。

 

 一つ目は、感応波の受信だ。

 サイコ・フレームは搭乗者の発する感応波、及び周囲の人間の感応波を受信し、搭乗者にフィードバックすることで機体の反応速度を向上させたり、搭乗者の感知能力を先鋭化させたり、遠く離れた人に自分の意思を伝えたりすることができる。

 

 二つ目は、素材の軽さと物理強度だ。

 サイコ・フレームは従来の構造部材よりも軽量で、フリーダムのコックピット周辺及び駆動系にこの構造部材を採用したとこにより、本体重量が本来より軽くなっている。

 さらにこの部材の強度は凄まじく、爆発に巻き込まれても破壊されず、稼働にも支障をきたさなかった。発光状態になると、その強度はさらに増加し、物理法則を飛び越えて異常に固くなる場合もある。

 しかしながら「破壊されない」というわけではなく、高出力ビームなどの直撃を受けた場合は普通の構造材と同様に破壊される。言い換えれば、サイコ・フレームは普通の部材と比べて壊れにくい部材だ。

 

 三つ目は、思考による機体制御とオールレンジ攻撃兵装の操作だ。

 サイコ・フレームは高度化したサイコミュであり、搭乗者の感応波を直接駆動系に伝達でき、機体の追従性を大幅に向上させることができる。

 機体駆動系に組み込めば、操縦桿を介さずにMSの操縦することが可能となる。小型攻撃端末に組み込めば、オールレンジ攻撃を用いた変幻自在な戦法も駆使できる。

 フリーダムに搭載された「インテンション・オートマチック・システム」は、この特性を利用したサイコミュ思考操縦システムだ。3機のスローネとの戦いでは、私はこのシステムを通して未実装の二刀流ソードスキルを、脳内でイメージする形で発動させている。

 

「なるほど……このサイコ・フレームは単なる部材ではなく、構造材と電子機器としての機能を兼ね備えておったか。しかも発光するとは、これは斬新的なものじゃ!」

「しかしサイコ・フレームはなぜ光るのか、作った技術者たちにも分かりませんでした」

 

 そう言いながら、私は箱にある試料を手にした。エイフマン教授の手のひらにある光を一切発していない試料に対して、私が手にしたサイコ・フレーム試料は()()()()()()を発している。

 

「これが発光状態のサイコ・フレームか、益々興味が湧いてきた! この部材を、ワシの研究材料にしてくれないか?」

「もちろん構いません。ですがサイコ・フレームに関連する実験を行う前に、必ず私に知らせてください。この発光現象を含めて、色々未解明なものがありますので、重大な事故が起きるかもしれません。声をかけていただければ、場所を用意します」

「ふむ、分かった」

 

 この時、美玖は紅茶を運んできた。

 

「悠凪くん、紅茶をどうぞ。エイフマン教授もどうぞ、お召し上がりください!」

「わざわざ運んできてくれてありがとう、頂こう」

「ではワシも頂くとしよう……ほう、とても上品でいい香りじゃ」

 

 私とエイフマン教授が美玖の淹れた紅茶を堪能している時、美玖は机の上に置いてある箱にあるサイコ・フレーム試料に目をやった。

 彼女は好奇心に駆り立てられるまま、箱にあるサイコ・フレーム試料を持ち上げて、観察するように眺める。その瞬間、手にした試料が異変を生じた。

 

「えっ……光ってる?」

「(なんという眩しさだ! だとすれば美玖は……ニュータイプ⁉)」

 

 美玖が手にしたサイコ・フレーム試料は()()()()()()を発しているのを見た。その光が徐々に増していき、刹那、広大な格納庫を照らした。

 この前の会談では、アレルヤ・ハプティズムの裏人格、ハレルヤは美玖が脳量子波の類を使えると言った。いや、それ以前に……彼女は敵機がフリーダムのセンサーに引っかかる前に、その方角と数を正確に把握していた節がある。そしてこの発光現象から察するに……

 

 この瞬間、美玖が私以上のニュータイプ素質を保有していることが明らかになった。

 

 それから彼女が手にした試料は、より一層強い光を放ち始める。突然のことに驚かされた美玖は反射的に試料を手放し、私に抱きついてきた。

 手放した試料はそのまま地面に落ちていき、物音が響くと同時に発光現象も停止したのだった。

 

「美玖、大丈夫か?」

「急に光り始めたから、ビックリしただけです……」

「すみません、教授。話はまた後ほどで……さあ美玖、部屋に帰って休もう」

「うん……お先に失礼します」

 

 

 

 

 

 美玖を部屋に寝かせた後、私は本棚に置いていた書類を取り出した。

 その書類は、私の考案したフリーダムガンダムの強化改修プランが記されているものだ。

 

 私の考案した改修プランはこうだ。

 携行火器を失った状況を想定して、マニピュレーターにも内蔵武器を搭載する必要がある。

 二刀流ソードスキルの実装と伴い、取り回しの悪いビームキャリーシールドを取り外すことになる為、アームウェアは攻防一体のパーツと交換することが望ましいだろう。

 

 アームウェアはデスティニーガンダムのものと交換し、肩部に搭載された「フラッシュエッジ2ビームブーメラン」に連結機能を追加させる。攻防一体かつビームブーメランが搭載した腕パーツは、これしか思い浮かばないから。

 そして試験目的で両サイドアーマーとレールガンをストライクフリーダムガンダムのものに換装させ、ビームサーベルも「シュペールラケルタ・ビームサーベルD出力強化型」と交換する。

 

 最後は、2門のバラエーナを凌駕する威力と射程を持つ対艦・対MA用の超長距離射撃武装だ。

 名は「ハイパー・メガ・バズーカ・ランチャー」という、かの有名なハイニューガンダムがアクシズの核パルスエンジンを破壊する為に使用した大出力ビーム砲だ。

 元々は戦艦からのエネルギー供給無しに運用がままならない武装だが、膨大な発電量を誇る縮退炉を搭載したフリーダムならば、単機でも問題なく運用できる。

 

 この書類をエイフマン教授に提出した後、私はアリー・アル・サーシェス及びジンクスの製造工場の情報を求めるべく、ソレスタルビーイングのエージェントと連絡した。

 

『こんにちは。初めまして、ミスター・アヤセ』

 

 案の定というべきか……スピーカー越しに少女の声が聞こえてきた。

 やはりこの連絡先は、王留美のものだったか。

 

「まさか王家の当主が、ソレスタルビーイングのエージェントだったとはな」

『あら、わたくしのことをご存知でしたか。それでミスター・アヤセ、今日はどのようなご用件でしょうか?』

「AEU軍の外人部隊に所属するゲイリー・ビアッジ少尉の行方と、新型モビルスーツを製造している工場についての情報を知りたいんですが」

『申し訳ありません、それらに関する情報はわたくしも持っておりませんでした。情報を収集するには時間がかかりますが、よろしいでしょうか?』

「ええ、構いません」

『では、情報が入り次第に連絡します』

「了解しました、よろしくお願いします」

 

 そう言って私は通信を切るのだった。

 

「(ここから先は第二局面だ。王留美から提供される情報を元に、ジンクスの製造工場を見つけ出して、破壊する。アレハンドロ・コーナーに処する対策も、その中で自ずと見えてくるだろう……だが、その前に、宇宙に漂流しているガンダムラジエルを回収しておかないといけない)」

 

 GN-XXX ガンダムラジエル

 

 この時点でCB製の第三世代ガンダムを研究したいなら、この機体を回収する他ない。

 ラジエルをCBのサポート組織「フェレシュテ」に返還したい、という個人的な理由もある。

 

 このガンダムはエクシア、デュナメス、キュリオス、ヴァーチェの後に開発された第三世代ガンダムで、マイスターはグラーベ・ヴィオレントというイノベイドだ。

 ヴェーダ主導で開発されたガンダムである為、型式番号が伏せられている。

 

 刹那たちが武力介入を開始した5年前、ビサイド・ペインの駆る1ガンダムとの戦いでは「GN粒子貯蔵タンク」を動力にしているが、元々は0ガンダムのGNドライヴを搭載していた。

 

 私の記憶が正しければ、当時の事件の顛末はこうだ。

 ビサイドが反乱を起こす際に、グラーベはビサイドに操られたヒクサーによって撃たれた。その際致命傷を負ったが、JB・モレノ先生の処置により一時的に蘇生した。だが、この時のグラーベの余命は残りわずかだった。

 後にGN粒子貯蔵タンクを搭載した「セファーラジエル第2形態」で無理を押して出撃し、1ガンダムの撃破に成功したものの帰還は果たせず、粒子を尽きたラジエルは息を引き取たグラーベと共に漆黒の宇宙へと消えていった。

 

 原作では、ラジエルは2314年で木星周囲に漂着する。機体の漂流速度、及び地球と木星との距離を計測すると、おそらく今頃は、火星と木星の中間にあるアステロイドベルトに漂流しているかもしれない……海から針を探すように探し回る事になるが、やってみる価値はある。

 

 次にやるべき事を決めた私は、即座に行動を起こすのだった。

 

 つづく



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第11話 闇の胎動

 地球と月の重力場、そして遠心力の拮抗点であるラグランジュ・ポイント。

 五つあるそのポイントの一つ、地球と月の間に挟まれる位置にラグランジュ1がある。

 

 そこにある一つの資源衛星には、CBの所有するスペースシップ「プトレマイオス」が、強襲用コンテナの換装と、補給物資及びガンダム用の追加装備を搬入するために係留されていた。

 

 そして、艦内のブリーフィングルームでは4人のマイスターと、クリスとフェルト、スメラギとイアンが壁面モニターに映し出された新型ガンダムの戦闘映像を眺めていた。

 

「連携は取れているが、ガンダムの性能に頼り過ぎている」

 

 戦闘映像を眺めながら、ティエリアは自分の見解を述べる。

 アイリス社の工場施設を完全破壊した直後に現れたユニオン軍を殲滅すべく、砲撃戦仕様のガンダムは他の2機と共にその編隊へと立ち向かうのを確認した。

 だが、彼らの戦い方は機体性能でゴリ押ししていくようなものだった。

 

 特にバスターソードを装備したガンダムが、リニアライフルの集中砲撃を物ともせず装甲で受け止めながら、リアルドの編隊の真ん中に突っ込んで行った。その無謀ぶりが、この場にいる全員を呆れさせた。

 

 太陽炉を搭載したガンダムは装甲にGN粒子を纏わせることで、物理強度と耐弾性能を飛躍的に向上させることができるが、材質は三大国家陣営の量産機と同じEカーボンを採用しているため、GN粒子の恩恵を受けたとしても、決して「破壊されない」というわけではない。

 

 今は機体性能というアドバンテージのお陰で無傷で済んだが、ガンダムと同等性能を持つ機体が相手なら、ただでは済まないだろう。

 この機体性能頼りの戦い方から、搭乗者の実力や練度はそれほど高くないことが窺える。これを聞いた全員はティエリアの見解に同意し、肯いた。

 

「もし相手も同じガンダムだったら、確実にボコボコにされるな」

「全くロックオンの言う通りだ。フェルト、王留美から送られてきたMSWAD基地での戦闘映像を出してくれ」

「了解、映像を出します」

 

 フェルトがそう頷くと、先ほど王留美から送られてきた戦闘映像を壁面モニターに映し出す。

 

「フリーダムガンダム……今度はあの男が相手か」

「これが、ガンダム同士の戦い……!」

 

 モニターから流れてきたのは今から12時間前、アメリカ本土に位置するMSWAD基地を襲撃した新型ガンダムと、それと交戦するフリーダムガンダムとの戦闘映像だった。

 3機の新型ガンダムは3対1という数的に優位な立場にいながら、フリーダムに一方的に翻弄されて圧倒されていた。フリーダムは戦闘開始から2分も経たずに、3機の新型ガンダムを撤退させてみせた。さらに、基地には一切の被害を受けていない。

 

「おいおい……瞬殺かよ⁉」

「いくらガンダムでも、パイロットが性能を引き出せなければ意味がないね」

「それもあるが、パイロットの技量も違いすぎるぜ。粒子ビームをビームサーベルで斬り払うなんて、あの男の動体視力が人間離れしているな! それはさておき……刹那、あの3機についてお前の見解を聞かせて欲しいんだが……」

 

 自分の見解を聞かせて欲しいと問いかけてきたロックオンに、刹那はこう答えた。

 

「……⁉ ガ、ガンダムだ……っ!」

 

 咄嗟に意味不明な言葉を口走ってしまった。

 いつもの無愛想と見せかけて内心で焦りまくる刹那に、ロックオンは得心したように苦笑した。

 

「シンプルな答えだな……(刹那らしいというか……)」

「太陽炉を搭載したガンダムとはいえ、僕たちと同じCBに所属するとは限らない」

「アレルヤの言う通りだ。それにあの男は、新型と敵対している……何か裏がある」

 

 悠凪が新型ガンダムと敵対していることに対し、刹那は何か裏があると感じたが、これ以上は本人に問い質さないと分からないことだった。今は考えでも埒が明かないので、この難問を一旦棚に上げることにした。

 その後ティエリアは、スメラギに彼らが太陽炉を持っていたことについての見解を尋ねる。

 

「ところでスメラギ・李・ノリエガ、我々の知る限りでは、太陽炉は5基しかないはず。彼らは一体どこで太陽炉を調達したのか気になる……」

「私も気になるんだけど、情報が少なすぎで何とも言えないわ」

 

 太陽炉……GNドライヴは5基しか存在しない。

 4基はそれぞれエクシア、デュナメス、キュリオス、ヴァーチェに搭載している。そして最初に作られた0ガンダムのGNドライヴは現在、CBのサポート組織「フェレシュテ」の所有する資源衛星に保管され、同組織の所有する第二世代ガンダムの動力源として運用されている。

 全員が知ってる通り、GNドライヴから放つ粒子は綺麗な緑色で、禍々しい赤色ではない。それに加え、太陽炉1基を生産するには、最低限でも数十年の時間がかかるため、イアンは新型ガンダムの動力機関を「GNドライヴに似た動力機関」だと推測している。

 

 それから戦闘映像を最後まで見ると、3機の新型ガンダムが撤退した直後に、フリーダムは奇妙な動きを取った。

 

「ん? 爺さんを掌に乗せて撤退したぞ……どうなっているんだ?」

「基地の関係者を連れ去った? やはり、何か裏がある……!」

 

 フリーダムは基地司令塔の最上階の窓ガラスを割って、白髪の老人を掌に乗せて撤退した。

 そしてその老人は、スメラギ・李・ノリエガがよく知っている人物だ。

 

「(エイフマン教授⁉ そんな……!)」

 

 悠凪がエイフマン教授を連れ去った理由は不明だ。

 次に会う時は、彼に問い質す必要があるとスメラギは思う。

 

 それから1時間が経ち、ブリッジの艦長席に座っているスメラギにラッセ・アイオンからの通信が入ってきた。

 

『ミス・スメラギ。強襲用コンテナの換装、及び『アヴァランチダッシュ』と『ガスト』の搬入が完了した!』

 

 搬入されたガンダム用の追加装備は、以前発生した資源衛星群の落下事故「メテオーアナハト(流星の夜)」で地球に落下する破片の破砕作業を行うために使用された装備で、前者はエクシア、後者はキュリオス用の追加装備だ。

 異世界のガンダム及び新型ガンダムの出現により、今後の武力介入はより一層厳しくなると考えているスメラギはヴェーダに進言し、これらの追加装備を持ち出した。

 

「了解、残りの補給物資の搬入が完了次第出航するわ」

 

 そう言い終えると、スメラギは通信を切るのだった。

 搬入終了の報告があるまで、スメラギは艦長席にあるコンソールを操作し、ヴェーダから提示された作戦プランをブリッジのメインモニターに映し出す。

 その中には、フリーダムガンダムを鹵獲するための作戦プランが幾つかもあった。この前却下したにも拘らず、ヴェーダが再び提出したプランだ。

 

「ごめんねヴェーダ、今回も却下させてもらうわ……」

 

 もちろん、スメラギはこれらのプランを採用する気はなかった。何故かというと、これは恩を仇で返すに等しい、卑劣極まりない行為だ。

 何よりも、スメラギ自身もマイスターたちと同じ、異世界からやってきた悠凪と戦いたくない気持ちを抱いている。それに悠凪は、こちらと敵対しないことを約束したのだ。

 

 スメラギはそう思いながら、これらの作戦プランを三大国家陣営への武力介入プランと入れ替えるのだった。

 

 

 

 

 

 時を同じくして、悠凪は宇宙に漂流しているガンダムラジエルを捜索すべく、火星と木星の間にあるアステロイドベルトに赴く。だが、ゲート内部の境界空間を通り抜けた先にあるのは小惑星帯ではなく、太陽系の中で一番飛び抜けて大きい巨大ガス惑星だった。

 

『悠凪くん……聞こえますか? 悠凪くん!』

「ああ、聞こえてるよ……美玖」

『地球圏以外の場所への転移が成功したんですね、良かったです……』

 

 その声に答えると、通信の向こう側にいる美玖が安堵したかのようにそう言った。

 

「いや……今フリーダムの現在位置は火星と木星の間にある小惑星帯ではなく、木星付近だ」

『うぇ⁉ エイフマン教授、これってもしかして……』

 

 フリーダムが木星付近に転移したことを美玖に伝えると、安堵した彼女は再び焦り始め、すぐ傍にいるエイフマン教授に原因を尋ねる。

 即座にシステムログを調べ、その原因を究明したエイフマン教授は私にこう伝えてきた。

 

『どうやら転移先の座標にある小惑星が多すぎで、ゲートを開くことができないようじゃ。だからシステムが勝手に転移先の座標を一番近い惑星の付近に変更したのじゃ』

 

 先ずは状況を説明する。

 転移先の座標に小惑星が多すぎたため、次元転移システムが「障害物が多すぎでクロスゲートを展開できない」と判断し、転移先の座標を本来の座標と一番近い木星の付近に変更したとのこと。

 まあ、クロスゲートを通り抜けた直後に衝突事故が起きたら不味いし、言わば安全装置といったところかな。

 

『ところで絢瀬君、近くに何か珍しい物体があるのか?』

「珍しい物体ですか……ん? 宇宙船の残骸があります!」

『……! 絢瀬君、その映像を見せてくれ!』

 

 エイフマン教授の要望に応じ、私は目の前で漂流している宇宙船の残骸の映像をリベル・アークに送信した。この映像を受け取った美玖は目にも止まらない速さでキーボードを打ち、宇宙船の詳細情報を調べる。

 

『最も酷似しているのは船籍番号9374……木星有人探査船……『エウロパ』です!』

「この船が……あの『エウロパ』だったのか⁉」

『まさか120年前に木星圏を目指して航行された探査船を目にすることができるとはのう……』

 

 木星の第2衛星「エウロパ」の名を冠したこの探査船は、今から120年前に行われた「木星有人探査計画」との名目で調査隊が乗り込んでいたが、到着直後に事故で失われたとされている。

 だが実際は事故自体が偽装であり、ここで建造された5基の太陽炉を地球圏へ射出した後に機密保持のため、開発メンバーを全員抹殺したうえで事故を装って自沈したのだ。

 そして調査隊のメンバーがCBとその協力者だけでなく、イノベイドも紛れ込んでいた。原作で確認された個体は、リボンズやビサイドと同じ塩基配列パターンを持つ「スカイ・エクリプス」だけだった。

 

 それから刹那たちが武力介入を開始した82年前の2225年、コーナー家の調査団がこの船の残骸を捜索し、紫色のハロ――HAROと初期型太陽炉の開発データを地球圏に持ち帰った。

 

「(船を持ち帰ることはできないが、記念として写真を撮っておこう……)」

 

 探査船の写真を保存した後、私はフリーダムの進路をアステロイドベルトに向け、ガンダムラジエルの捜索を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 一方、レイフ・エイフマン教授の抹殺に失敗したチームトリニティに、ラグナ・ハーヴェイからの映像通信が入ってきた。

 

『ターゲットの抹殺に失敗したうえ、機体まで損傷しただと⁉ この役立たず共めが! これでは私は、あの青二才に嘲笑われるのではないか⁉』

「ラグナ総裁、誠に申し訳ありません……っ!」

 

 怒鳴りを散らし、隼人を侮辱するラグナに不満を感じながらも、ヨハンは謝罪の言葉を述べた。

 

『機体の修理が終わり次第、貴様らは宇宙に上げ次の指示を待て!』

 

 そう言い残して、ラグナは通信を一方的に切るのだった。

 ラグナの威圧的な態度に嫌気をさしたミハエルとネーナは、それぞれ愚痴をこぼす。

 

「あのオッサン、ウザすぎてモニター越しに殴りたくなったぜ!」

「隼人さんを青二才呼ばりするなんて、一体何様つもり⁉」

 

 自分たちを対等に接してくれた隼人に対して、ラグナの態度は威圧的で高圧的だった。同じ監視者でありながら、自分たちに対する扱いは天と地ぐらいの差がある。

 ラグナの下に働くことに不満を抱いているものの、この決定は監視者たちの意向によるものだったため、実行チームである自分たちは黙って従うしかなかった。

 

「ミハエル、ネーナ。スローネを貨物コンテナに積み込め!」

「「了解……」」

 

 それからしばらくが経つと、ヨハンたちは修復された3機のスローネを、ラグナがあらかじめ用意した貨物コンテナに移動させ、軌道エレベーター経由で宇宙に上がるための準備を整う。

 

 そして宇宙に上がった直後、ガンダムを起動した3人に「CBのサポート組織『フェレシュテ』の所有する資源衛星に保管されている0ガンダム、及びGNドライヴを回収せよ」という旨のメッセージと、資源衛星の座標データがラグナから届いた。

 

 ミッションの内容を把握した3人は、0ガンダムと太陽炉を回収すべく行動に移るのだった。

 

 つづく



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第12話 プルトーネ再び

 フェレシュテ。

 それは、突如世界に姿を現し、僅か4機のガンダムで圧倒的な世界の軍事力に対して武力介入を行うソレスタルビーイングを裏からサポートする下部組織である。

 

 組織管理者は元第二世代ガンダムマイスター、シャル・アクスティカ。

 

 彼らの任務は後方支援に留まらず、紛争地域の事前調査、残敵掃討、戦闘痕跡の消去や目撃者の抹殺など多岐に及ぶ。その為、同組織には第二世代ガンダムの4機に加え、動力源となる太陽炉1基の所有が許可されていた。

 

 それらのガンダムに登録されたマイスター、フォン・スパーク。

 

 本名はロバーク・スタッドJr。元反ユニオンのテロリストという異色の経歴を持つガンダムマイスターで、KPSAに所属していたサーシェスと共に活動していたこともある。

 13歳でテロリストのリーダーを務めていた頃では、アグリッサの先行生産モデル「タイプ7」でガンダムラジエルを鹵獲しようとしたことから、同機のマイスターであるグラーベにその能力を評価され、ソレスタルビーイングに勧誘された。

 ガンダムマイスターとなったものの、嘗ての経歴を危険視されたフォンは任務時以外は常に手錠つき、さらに首には爆弾付きの首輪を嵌められた。

 

 そして、ソレスタルビーイングの行動により、世界は少しずつ変化していく……

 

 

 

 

 

 中東のアザディスタン王国で発生したマスード・ラフマディー拉致事件。

 この事件は、国内のバランスを崩壊させることを目論む首謀者が、外国からの支援を望む改革派の犯行と見せかけ、保守派の宗教指導者ラフマディー氏を拉致したテロ事件である。

 このテロ事件を紛争幇助と判断したソレスタルビーイングは、ラフマディー氏の救出ミッションを断行する。救出に成功したその翌日、刹那・F・セイエイは彼を直接アザディスタン政府に引き渡すべく、非武装のガンダムエクシアで王宮へと向かう。

 

 この無謀な行為に対し、フォン・スパークは「あいつは己の力と信じるモノで世界を変えようとしている」と評していた。

 

 ラグランジュ1宙域で発生した資源衛星群の落下事故。

 後に「メテオーアナハト(流星の夜)」と呼ばれるこの事件は、コロニー建設の為ラグランジュ1に運び込まれていた資源衛星の一つが、なんらかの原因により地上への降下を開始してしまった地球規模の重大事故である。

 この資源衛星はソレスタルビーイングの施設であったことと、分解した破片によって地上には甚大な被害が生じることから、作戦行動中のティエリア・アーデを除く3人のマイスターは破砕作業を敢行する。

 事故の翌日、同じく破砕作業を行われていたユニオン側では、この事故をソレスタルビーイングのテロ行為と報道した。だが、多くの市民がガンダムによる破砕作業を目撃した為、その目論みは失敗に終わった。

 

 これらの事件によって、世界からソレスタルビーイングの印象は良い方向に変化していく。

 だが、4機の新型ガンダムの出現により、世界からの印象に変化が生じた。

 

 三大国家陣営による史上初の合同軍事演習。

 2000機以上にも及ぶ圧倒的な戦力を投入した合同軍事演習の裏に隠された真の目的は、ガンダムの鹵獲である。その圧倒的な戦力差を前に、ソレスタルビーイングの4機のガンダムは全滅を覚悟しての武力介入を敢行する。

 

 鹵獲寸前までに追い込まれた4機のガンダムを、蒼き翼を持つガンダムが救う。

 

 ソレスタルビーイングさえも把握していなかった「フリーダムガンダム」と呼ばれる存在と、その翌日に現れた真紅の粒子を放つ3機のガンダムは世界の変化を更に加速させ、時代を新たな局面へ誘った。

 

 

 

 

 

 ラグランジュ1から少し離れた宙域には、一つ巧妙に隠された資源衛星がある。そして内部の管制室では、ソレスタルビーイングのサポート組織「フェレシュテ」のメンバーたちが、新たに現れた4機のガンダムについて議論していた。

 

「新たなガンダム?」

「えぇ……三大国家陣営の合同軍事演習に介入した『フリーダムガンダム』と、その翌日にアイリス社の軍需工場及びユニオンの基地を襲撃した3機のガンダムよ」

「あのフリーダムガンダムは、確か異世界からやってきたガンダムですね?」

「そうよ。あのパイロットはCBの掲げる理念を理解しようとして、彼らを手助けしたのよ。しかし、後に現れた3機は、どういった理由で行動しているのか未だに分からないけど……」

 

 エコ・カローレの問いかけに対し、シャル・アクスティカはヴェーダ経由で知り得た情報をそのまま彼に伝える。だが、真紅の粒子を放つ3機のガンダムに関する情報は一切なかった。

 3機のコーン型スラスターから放ち出した真紅の粒子はGN粒子であることが明らかになっているが、シャルと仲間が開発したガンダムの中に、そしてヴェーダのデータベースにも該当する機体は存在しなかった。

 それでも一応ガンダムタイプである為、シャルは3機をCBに所属する機体と判断した。

 

「味方だろうと敵だろうと関係ねぇ。そいつらもヴェーダによって動いているだろう?」

「その筈だけど……」

「その後、ヴェーダからの指示はどうなってます?」

「私たちには、宇宙での待機命令が出たままね」

「気にいらねぇな! 俺は勝手にやらせてもらう!」

 

 ヴェーダからの待機命令を良しとしないフォンは独自行動を宣言するが、ヴェーダの許し無しでは、付けられた手錠を外すことはできない。

 

「フォン! 手錠を付けたまま行動するつもりか⁉」

「やりようは幾らでもある!」

 

 それでも己の意志を曲げないフォン。

 

「やめときなよ、フォン。師匠は言ってた、ヴェーダに従うのが我々のルールだって」

「シェリリン……俺はルールでは縛られない! それにヴェーダだって絶対じゃない、ハッキングされた可能性だってあるぜ?」

「ヴェーダがハッキングされたなんて、そんなの……」

 

 ヴェーダがハッキングされた可能性を否定しようとしているシェリリン・ハイドに、フォンはいつもより真剣な顔で彼女を見つめ、自分の推測と見解を述べる。

 

「ありえない、と考えた方がおかしいぜ……ヴェーダはどれだけスゲーコンピューターだろうと、所詮は人間が作ったモノだ。人間が作ったモノが完璧であるはずがねぇ! あの3機だって、ハッキングされた産物かもしれねぇだろ?」

「うん……フォンの言葉に一理ある。実はあの3機について、トレミーにいる師匠からこっそり聞いてみたんだけど、どうも太陽炉に似た動力機関を積んでいるらしいの」

「太陽炉に似た動力機関……言わば『擬似太陽炉』ってところかしら」

「それってフォンの言う通り、ヴェーダがハッキングされた可能性があるって事かな?」

 

 フォン・スパークの言い分はこうだ。

 ヴェーダはイオリアがCBを創設した数百年前から計画を管理するために作った量子型演算処理システムとは言え、所詮は人間が作ったモノだ。そして、人間が作ったモノが完璧であるはずがない。それにCBという大掛かりな組織は一枚岩ではなく、複数のチームが存在している。

 それに加え、CBの最高機密である太陽炉と似た特性を持つ「擬似太陽炉」を建造できる技術とノウハウを持つ者は、組織内部の人間以外ありえない。

 従って、3機の新型ガンダムは組織内の誰かが計画を加速させる、または乗っ取る為に用意した機体だと考えられる。

 

「ヴェーダはプランを遂行する根幹を成すシステムです。常に完全です」

 

 この時、ヴェーダに直接アクセスできるガンダムマイスター874(ハナヨ)は、フォンと真逆の見解を述べた。

 

「ハナヨ……?」

「ヴェーダは異世界のガンダムを含む、4機のガンダムを容認しています。私はヴェーダの指示に従えます」

「お前も騙されてるんじゃないか、ハナヨ。いい加減親から離れろ……お前はお前でヴェーダとは別の思考を、自我を持ってるんだ」

「私はフェレシュテとヴェーダを繋ぐ端末でしかありません……」

「違う! ハナヨはシェリリンの友達でしょ?」

 

 自我を否定し、己を「端末」と規定しているハナヨに、フォンはある言葉を言い放った。

 

Cogito,ergo sum.(我思う、ゆえに我あり)

「はぁ? 何それ……?」

 

 エコは困惑していたが、フォンは構わずに続ける。

 

「そしてお前はそこにいる、違うか? ハナヨ……」

 

 ハナヨが口を開き、フォンの言葉に返事しようとした時、ヴェーダから新たなの指令が届いたことを示すビープ音が管制室に響き渡った。シャルが受信ボタンをタップした後、コンソールに設置したスクリーンには文字が浮かび上がってきた。

 

「なっ⁉ この指令は……⁉」

 

 ヴェーダから送られてきた指令を閲覧したシャルの顔が徐々に青ざめていき、次の瞬間、彼女は力が抜けたようにその場で膝をついた。

 

「フェレシュテの解散と……0ガンダムを太陽炉と共に……引き渡す⁉」

 

 ヴェーダの命令は絶対だと考えているシャルさえ、この突然の命令に納得できず、決断に苦しんでいる様子を示した。

 フェレシュテは「プルトーネの惨劇」で亡くなられた「2人のマイスター」の想いを受け継ぎ、実現する為に設立した組織だ。この組織を解散したら、彼らの想いと今までしてきたことを全否定することになる。

 

 ヴェーダからの命令は絶対とは言え、仲間への想いはシャルにそれを許してはくれなかった。

 

「何かがこちらに近づいています!」

「あの紅い粒子は、新型のガンダム⁉」

 

 シャルが失意に陥ったその時、シェリリンとエコは真紅の粒子を放つ3機のガンダムがこの資源衛星に近づいているのを見た。その直後、先頭にいる砲撃戦仕様のガンダムからの通信が割り込んできた。

 

『失礼する、ヴェーダからの指令が届いたと思う。貴方がたが保管している0ガンダムを引き渡してもらう、もちろん太陽炉を含めてだ!』

「ふざけるなよ! 太陽炉を失ったら、俺たちのガンダムはどうやって起動すればいいんだ⁉」

『心配はいらない。フェレシュテは解散と決定している!』

「きっとフォンのせいだ! あいつが勝手なことばかりするから、フェレシュテは……って、フォンとハナヨ、シェリリンは何処に行った⁉」

 

 すべての原因をフォンに擦り付けるエコだったが、気がつくとフォンとハナヨ、シェリリンの姿はいつの間にかこの管制室からいなくなっていた。

 

『これはヴェーダの決定事項だ。指示に従って――』

『――そいつはどうかな?』

 

 と、もう一つの通信が割り込んできた。同時に、管制室にいるシャルとエコはメインスクリーンから3機の新型ガンダムと対峙しているガンダムプルトーネの背中姿を目にした。

 

 

 

 

 

「フォン・スパーク! 何故プルトーネで出撃したのですか……っ⁉」

 

 GNY-004 ガンダムプルトーネ

 

 このガンダムはソレスタルビーイングがGNフィールドの制御テストを目的に開発した第二世代ガンダムの4号機で、ガンダムナドレ及びヴァーチェの前身である。

 腰部に大型GNコンデンサーを搭載している他、胴体部には太陽炉とマイスターの回収の為に「コア・ファイター」という脱出ポッドに分離・変形する機能を持っている。

 

 今から12年前の2295年、ヴェーダが察知した人革連の軌道エレベーターに対するテロ行為を阻止すべく、シャルはガンダムプルトーネで出撃する。

 当時の作戦の全容は、プルトーネのGNコンデンサーを暴走させ、自爆させることでGN粒子を広範囲に散布し、粒子の特性によりテロリストの機体を行動不能に追い込み、シャルはコア・ファイターで脱出するという作戦だった。

 

 だが、高濃度GN粒子の散布には成功したものの、プルトーネの動作不良により脱出が不可能となってしまった。シャルは同行していた2名のマイスターにより救助されたが、高濃度GN粒子を浴びた2名は即死し、シャルも毒性の影響でナノマシンを含んだ薬がなければ生きていけない身体になってしまった。

 

 この「プルトーネの惨劇」以来、シャルはプルトーネを「仲間を死なせた忌々しい機体」と見做している。何故フォンがアストレアタイプFではなく、この忌々しい機体で出撃したのか、この時のシャルは知る由もなかった。

 

『ほう……フォン・スパークか……いや、ロバーク・スタッドJr』

『こいつか? 元テロリストのガンダムマイスターってのは!』

『ふーん……悪党なんだ!』

 

 3人が言い終えると、フォンはGNビームライフルの銃口を彼らに向けて、返事した。

 

「良くご存知じゃねぇか!(レベル7の機密を知っているとは、こいつら普通じゃねぇな!)」

 

 そう言ってフォンはGNビームライフルを撃ち放ち、直後に操縦桿を握りしめ、プルトーネの機体を加速させる。急加速で回避したスローネアインの動きを予測し、続けて二発目を叩き込む。

 一直線に走る粒子ビームの光条はアインの左腰を掠め、その体勢を崩した。その隙にフォンはライフルを捨て、GNビームサーベルを引き抜いた。追撃をかけるようにアインに肉迫しようとするが、その行く手はスローネツヴァイによって阻まれた。

 

『テメェ! プルトーネでお出ましとは反抗的すぎるだろうが!』

「あげゃげゃげゃ! ここでガンダムを失うわけにはいかないんだよ!」

『面白れぇ! だったら俺が相手になってやるぜ! いいだろう? 兄貴!』

『いいだろう……彼の相手をしてやれ』

「あげゃ! まずはお前からだァ!」

 

 ターゲットを割り込んできたスローネツヴァイに変更したフォンは、その機体に目掛けて右手のGNビームサーベルを上に払った。ツヴァイはすかさずGNバスターソードを引き抜き、振るわれる光刃を防ぐ。そして機体の粒子放出量を増加させ、力任せでフォンの駆るプルトーネを圧倒しようとする。

 

 機体性能は間違いなくツヴァイの方が上だが、パイロットの技量と実戦経験はフォン・スパークの方が圧倒的に上だ。

 

『ヘッ! 刻んでやるぜぇ!』

「あげゃ! 力任せじゃ俺には勝てねーぞ!」

 

 機体性能の差が、勝敗を分かつ絶対条件では無い。

 フォンは左手のGNシールドを捨て、もう1本のGNビームサーベルを引き抜く。その行動に驚かされたミハエルはすぐさま機体を後退させ、待機状態のGNファングに攻撃命令を送った。

 

『ぶっ潰してやるよ! 行けよぉ、ファングゥゥッ!』

 

 射出されたGNファングが一斉に動き出し、プルトーネの機体を取り囲む。そして、一斉に粒子ビームを撃ち出す。フォンは自機に急制動をかけ、機体を捻らせて粒子ビームの閃光を躱し、左手のGNビームサーベルをツヴァイに向けて投げつけた。

 投擲した光刃は、寸分の狂いもなくツヴァイの左腕関節を突き刺し、爆発を巻き起こした。爆発の振動はツヴァイのコックピットを貫き、ミハエルの身体を激しく揺さぶられる。

 ツヴァイが動きを止めた隙に、フォンは先ほど放り捨てたGNビームライフルを掴み取り、宙に漂うGNファングに向けて連射する。放たれた光条はGNファングを正確に捉え、次々と破壊して行く。

 

『クソ! 骨董品の分際で……!』

『そこまでだ、ミハエル』

 

 ヨハンはフォンの戦闘能力を甘く見ていた。このまま戦闘を続ければ、ミハエルは撃墜される可能性がある。そう判断したヨハンは再び攻勢に出ようとするミハエルを引き留め、フォンとの通信回線を開いた。

 

『フォン・スパーク、直ちに戦闘行為を中止せよ。分かっていると思うが、命令違反の場合、君の首にセットされた爆弾が……』

「違反行為だぁ⁉」

 

 その言葉に耳を傾けず、フォンはツヴァイに向けてGNビームライフルを撃ち放つ。粒子ビーム光条が、ツヴァイの左足をかすめた。

 

『聞き耳を持たずか……仕方ない。HARO、ヴェーダに報告を……』

『ナンダヨ! ナンダヨ!』

『フォン・スパークはヴェーダに対し反逆行為を行ったとな』

『ワカッタゼ! ワカッタゼ!』

 

 ヨハンの指示により、紫色のハロはフォンの違反行為をヴェーダに報告する。次の瞬間、小さな爆発音と共に、通信モニターに映るフォンのヘルメットが内側から赤く染まる。

 

「フォン・スパーク、頸部拘束具炸裂! 炸裂! 失血多量、失血多量! 血圧急低下!」

『さらばだ、フォン・スパーク……ミハエル、0ガンダムの太陽炉を回収しろ』

『了解だぜ、兄貴……なに⁉ こいつ、まだ動いてやがる⁉』

『ええ⁉ まさかお化けとなってガンダムを動かしている……⁉』

 

 3人はまだ知らない……いや、知るはずがない。ガンダムプルトーネにはフォン・スパークだけでなく、もう1人のガンダムマイスター、ハナヨも同乗していたのだ。

 

「このままではフォンが死ぬ……」

 

 彼女は意識を失ったフォンの代わりにプルトーネを操作し、コア・ファイターを機体から分離させる。そして……プルトーネの機体を自爆させた。

 膨れ上がる爆発の光が宇宙の闇を照らし、スクリーンと人間の網膜を灼いた。ハナヨはこの爆発に乗じて、フォンと共にこの宙域から離れた。

 

『我々は一旦引きます。貴方がたの今後については指示があるでしょう(フォン・スパーク、太陽炉と共に宇宙を彷徨う覚悟か……甘く見ていた!)』

「フォンは、きっと私達が見つけてみせます」

『いいでしょう、見つけたらヴェーダに報告してください。ミハエル、ネーナ、撤退するぞ!』

 

 太陽炉のない0ガンダムを持ち帰っても意味がない。

 ヨハンはミッションが失敗したと判断し、ミハエルとネーナに撤退の指示を出した。

 

「(私から仲間を奪ったプルトーネ……貴方が今度は私の仲間を助けてくれだなんて……)」

 

 

 

 

 

 一応は人工冬眠状態で出血を止め、体内のナノマシンによる血管の修復作業も行われたが、それでも時間稼ぎでしかない。何処かで本格的な治療を受けない限り、フォンは確実に死ぬ。

 

「ヴェーダを介さずトレミーと接触することはできない、いっそヴェーダに助けを……」

 

 いや、どう考えても無理だ。フォンを反逆者と判断したヴェーダはこちらに救いの手を差し伸べてくるはずがない。ヴェーダには善と悪も感情もない、只のデータの集合……あるのはイオリア計画をより良い方向へと進める為の選択肢だけだ。

 

 そして、自分自身と太陽炉の位置は常にヴェーダに把握されている。

 だが、ハナヨはあの3機が追って来ていないことに不思議を感じた。

 

 もしかして、自分の行動がヴェーダに許されている?

 

「ヴェーダ……私はどうしたら――」

 

 ――お前はお前だ、自分の判断で決めろ。

 

「フォン? うん……決めたわ。私は……絶対に貴方を助ける。これは私の意志……!」

 

 フォンを助けることを決意するハナヨ。

 だがコア・ファイターの損傷が激しく、ラグランジュ1にある秘密ドックに辿り着けるかどうかも分からない状態だ。

 コックピット内に響き渡る警告音を聞き、サブモニターに表示された損傷箇所を見て、ハナヨはより一層不安を感じた。

 

 そんなハナヨの不安を吹き飛ばすかのように、1隻の宇宙船が彼女の目の前で通過していた。

 

「あれは……CBS-70プトレマイオス!」

 

 プトレマイオスのEセンサーがコア・ファイターの反応を捕捉えた瞬間、ブリッジにいるクリスはスメラギに報告を上げていた。

 

「スメラギさん! 3時の方向に味方反応あり! これは……GNY-004……?」

「形式番号から察するに、あれもガンダムかしら?」

「……! ガンダムプルトーネだと⁉ 何故この宙域にいる⁉」

 

 その番号を聞いたティエリアは、驚きのあまり思わず大声を上げた。

 

「ティエリア、あの機体のことを知っているの?」

「あれは第二世代ガンダムで、ヴァーチェの前身にあたる機体だ」

 

 武力介入が始まった数年前に加入したスメラギは知らないが、ヴェーダ経由でガンダムに関する情報を知り尽くしているティエリアは知っている。

 

「光学映像、出ます!」

 

 クリスがそう報告すると、外部カメラで撮影した光学映像をメインモニターに映し出す。

 

「この戦闘機が……ガンダム?」

「不味い! あの損傷では長くは持たない! 僕が出る……!」

『エクシア、味方の救助の為に発進する』

 

 そう言ってティエリアは床から身を躍らせ、壁を蹴ってブリッジを出ようとするが、刹那はすでに一足先に出撃し、ガンダムプルトーネの救助へと向かった。

 

「刹那・F・セイエイ、頼む!」

『了解!(ガンダムでガンダムを助ける……以前、あの男がそうしたように)』

 

 

 

 

 

 一方その頃、火星と木星の中間にあるアステロイドベルト。

 大小数多の様々な小惑星が飛び交う小惑星帯にてガンダムラジエルを捜索している悠凪には収穫があった。

 

「やっと見つけた……ガンダムラジエル!」

 

 小惑星にぶつけられたのか、機体のあちこち傷だらけだが、原型は留まっている。ビサイドとの戦いでは、グラーベはGN粒子の消費を最小に抑える為、GNビームサーベルを除く全ての装備をパージした。その為、今ここにいるのは素のガンダムラジエルだ。

 

 まあ、後でテータを解析すれば、リベル・アークの技術でGNセファーを生産できるかもしれないし、5年前の戦いの真相も知ることができる。

 GNセファーはガンダムラジエル専用の支援機とされているが、実際は世代を問わず、コーン型スラスターを採用しているのなら、GNセファーとドッキングすることができる。

 

「よし、持ち帰るとするか……」

 

 私はそう呟くと、操縦桿を動かし、ラジエルを連れて小惑星帯から離脱した。

 そしてクロスゲートを開き、リベル・アークへ帰還するのだった。

 

 つづく



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第13話 神秘の天使

 悠凪がガンダムラジエルを捜索している頃、格納庫の隣に増設された性能実験施設では、美玖とエイフマン教授はフリーダムの改修プランについて話し合っていた。

 

「ほう……絢瀬君の改修プランを基に、メインスラスター及び全身のアボジモーターの推力を強化し、さらに頭部の複合センサーを多層マルチアレイ化させる改装か」

「ええ。本来フリーダムは高機動射撃戦に特化した機体ですが、悠凪くんはいつも近接戦闘をしていますから、スラスターとアボジモーターを強化して、姿勢制御と近接戦闘能力を向上させたほうがいいと思います。そして複合センサーの多層マルチアレイ化は、フルバーストモードと精密射撃モード時の精度と情報処理能力を向上させる為の改装です。教授は如何と思いますか?」

 

 美玖がエイフマン教授に持ちかけたプランは、悠凪が書類に記された改修プランとフリーダムの戦闘データを基に、自分の判断で手を加えたものである。

 高機動射撃戦に特化したフリーダムにデスティニーガンダムのアームウェアを装備させることから、悠凪はフリーダムをよりオールラウンダーの機体に昇華させようとしていることが窺える。そこで美玖は、悠凪から受け継いだガンダム作品の知識と書類に記されたプランを基に、機体性能を十二分に発揮できる改修プランを考案し、エイフマン教授に提出した。

 

 戦闘においては無力だったが、それでも自分なりに悠凪の役に立ちたいという想いから、このプランを考案したのだ。

 

「ふむ、悪くない提案じゃ! 後で絢瀬君と話しておこう」

 

 記された図面と説明文を閲覧したエイフマン教授は、喜んで提案を快諾した。

 

「ありがとうございます、教授!」

 

 美玖は軽く一礼をして、感謝の言葉を述べる。

 それから椅子に腰を下ろした美玖とエイフマン教授は熱い紅茶を啜りながら、指令室の窓ガラス越しに生産されたばっかりのパーツと、小型ハロたちの働く景色を眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 1時間が過ぎて、フリーダムは1機のモビルスーツを抱えたまま帰還した。

 モニター越しにそれを見たエイフマン教授は、驚きを隠せないような表情をしながら、性能実験施設を出て格納庫へと向かう。美玖は空いた紅茶のカップを片付けると、その背中についていくのだった。

 

 MSハンガーに固定されたモビルスーツは青と白を基調とした機体で、頭部のⅤ字ブレードアンテナとツインアイから察するに、ガンダムタイプであることが窺える。

 そして機体各部の設計や両肩のバーニアを見て、エイフマン教授は一つ大胆な推測をした。

 

「絢瀬君、この機体はもしや……ソレスタルビーイングのガンダム⁉」

「お察しの通りです、教授」

 

 エイフマン教授が私の持ち帰ったガンダムラジエルを興味津々に眺めている一方で、美玖は私の服の袖をツンツン引っ張りながら話しかけた。

 

「中にいるあの人、ずっと宇宙を彷徨っていました……悲しいです」

「(美玖の言うのはグラーベのことだな)中にはパイロットの亡骸があるかもしれません。エイフマン教授、コックピットハッチの強制解放をお願いします!」

「……! 分かった、ワシに任せておけ!」

 

 エイフマン教授は返事して頷くと、携帯式の断層撮影装置で機体内部をスキャンする作業を開始した。普通ならGN粒子の影響でエラーが表示されるが、粒子が尽きた状態だと問題なくスキャンできる。

 コックピットブロック周囲の装甲を少し削って、ケーブルを内部の電子基板と接触する。作業を次のステップに進もうとした時、エイフマン教授は目の前にいるガンダムの装甲材質が、三大国軍の主力量産機に使われたものと似ていることに気づいたようだ。

 

「(この硬さはもしや、Eカーボン⁉ 後でじっくりと調査しよう……)」

 

 切り取った装甲の破片を足元にあるグレイハロに預けると、エイフマン教授はタブレットを操作し、ハッチの強制解放作業を開始するのだった。

 そして作業開始から5分が経つと、強固に閉めたハッチが開かれ、コックピットの内部にはパイロットの亡骸が確認された。

 

「(彼が、グラーベ・ヴィオレントか)亡骸は冷凍保存する。ハロ、冷凍カプセルの用意を!」

「リョウカイ! リョウカイ!」

 

 その後、グラーベの亡骸は冷凍カプセルに積み込まれ、メディカルルームに運び込まれた。

 

 グラーベ・ヴィオレント。

 元々は人間のガンダムマイスターをスカウトする為に作り出されたイノベイドだが、事前準備として「人間」を理解する為社会に送り込まれ、ユニオンの人類歴史研究所で学芸員として働いていた。

 後に第二世代ガンダム開発と伴い、ヴェーダからの指令によってイノベイドとして覚醒し、ガンダムマイスター候補者を直接スカウトするべく行動を開始する。

 行動の最中に、フェルトの両親であるルイードとマレーネ、第三世代ガンダムマイスターであるロックオンとアレルヤなどの人材をCBにスカウトし、フォンをマイスター候補者としてシャルに推薦した。

 

 プルトーネの惨劇の後、シャルがフェレシュテを設立した暁には友人であるヒクサーと共に協力する約束を交わした。しかし、グラーベはイノベイド主導の武力介入を企むビサイドとの戦闘で命を落とし、その約束は果たせなかった。

 

 ラジエルのコックピットに記録された最後の戦闘映像には、ビサイドの駆る1ガンダムと、その随伴機であるGNキャノン2機、そして3機の猛攻によって中破させられたガンダムアルテミーが映っていた。

 1ガンダムと2機のGNキャノンに搭載された太陽炉は元々エクシア、デュナメス、キュリオスのもので、ビサイドはこれらを極秘施設から盗み出したのだ。

 

 そう……この戦いは、歴史上初の太陽炉搭載機同士の戦いでもある。

 

 ハナヨの駆るガンダムアルテミーはトライアルシステムを起動し、2機のGNキャノンの機能を停止させ、ビサイドと一騎打ちまで持ち込んだ。しかしその直後、トライアルシステムが強制解除された。

 その原因は、ハナヨより上位の権限を持つティエリア・アーデが、別の場所でガンダムナドレのテストとしてトライアルシステムを起動した為だった。これは偶然ではなく、ビサイドがナドレのテスト日程を操作したことによって引き起こされた結果だ。

 

 それから、1ガンダムのGNビームライフルから放つ光軸が、アルテミーの機体を貫こうとしたその時、瀕死状態のグラーベの駆るラジエルはこの戦闘に介入した。

 グラーベの目の前には3機のオリジナル太陽炉搭載機、それに対してラジエルの動力はGN粒子貯蔵タンクで、稼働時間は数十分にも満たない状態だった。

 

 この絶体絶命の状況に、グラーベはGN粒子の消費を最小に抑える為GNビームサーベルを除く全ての追加装備をパージし、機体をアステロイドの上に降下させる。

 だが、この行動を挑発と見なしたビサイドは逆上した。ビームライフルを投げ捨てると、2機のGNキャノンを後ろに下がらせた。2機のガンダムはそのまま白兵戦に持ち込む。

 

 激戦の末、腰を境に真っ二つにされた1ガンダムは爆発四散し、巨大な火球に転じた。

 奇跡というべきか、1ガンダムに搭載されたオリジナル太陽炉は無傷の状態だ。

 

 そして戦闘が終えたその直後、映像から男の声が流れてきた。

 

『生きろ』

 

 この言葉は、グラーベが通信でヒクサーに対して言い放った言葉であり、彼の遺言でもあった。

 少しの間を置き、モニターが真っ黒となり、グラーベ・ヴィオレントというイノベイドの人生の終わりを告げた。

 

 私はイノベイドとしての役目を忠実に果たし、人間のガンダムマイスターたちを後押ししようとした彼に敬意を払うつもりだ。

 

「君の亡骸は修復されたガンダムラジエルと共に、君の仲間の元に届く……絶対に」

 

 カプセルを眺めながら呟くと、私はメディカルルームを出て性能実験施設へと戻っていった。

 

 だが、この大きな犠牲を払っても、ビサイド・ペインを完全抹殺することができなかった。

 1ガンダムに搭乗していたビサイドはサブボディで、オリジナルのビサイドは、GNキャノンの内の1機に搭乗っていたのだ。

 そして彼は、リボンズに自分が死んでいると思わせる為にサブボディのふりをしつつ、秘密裏に回収していた1ガンダムに人格データのバックアップを残し、自らヴェーダの初期化を受けた。

 

 ヴェーダにより上書きされた人格……その名は「レイヴ・レチタティーヴォ」という。

 近い将来に、ビサイドは彼と、彼の元に集う仲間たちによって打倒される。

 

 ビサイドへの対処は、彼らに任せるとしよう。

 

 

 

 

 

 指令室に戻ると、エイフマン教授は美玖により手を加えられた、フリーダムの改修プランを私に提示した。記された図面と説明文を見ると、以下の変更が加えられた。

 

 スラスターとアボジモーターの推力強化により、姿勢制御能力、及び近接戦闘における機動性は飛躍的に向上し、インフィニットジャスティスにも引けを取らない性能を発揮できる。

 そして頭部の複合センサーを多層マルチアレイ化させる改装は、射撃精度と情報処理能力を向上させる為の改装である。この改装により、頭部の外見がストライクフリーダム寄りになってしまうが、それは許容範囲内である。

 

 この改装により生じるデメリットは……一切なしだ。

 

「悠凪くん、この改修プランはいかがだったでしょうか?」

「これでフリーダムの性能はさらに大幅に向上する。ありがとう、美玖」

「悠凪くんの役に立てて、嬉しいです!」

 

 そう言って笑顔を見せる美玖に、私は頭を撫でた。すると美玖は「えへへ」と照れたように微笑んだ。その数秒後、美玖は自分の唇に指を当てながら、私の方へゆっくり寄ってきた。

 

「キス……して?」

 

 そして頬を少し染めながら、やや照れたような声でそう言ってきた。

 どうやら彼女は頭を撫でられるより、キスが好きようだ。

 

「ほう、若いっていいのう……」

 

 エイフマン教授が満面の笑顔でこちらを見ているし、キスは……部屋に戻ってからにしよう。

 

 そして部屋に戻った直後、私はちょっと欲求不満な美玖にベッドに押し倒された。

 え? と思う間も無く、美玖に抱きつかれて、そのままキスをされた。彼女の唇から伝わる甘い刺激は、私の体中の神経を一瞬にして麻痺させ、思考力と理性を急速に奪っていく。

 

 今すぐにでも襲いたい気分だが、彼女が嫌がる事をしたくないので、我慢だ。

 

「ふふっ……ごちそうさまでした!」

 

 たっぷり数分のキスを終え、美玖はそっと唇を離して、満足げな笑顔でそう言った。

 見た目は清楚で上品な感じの可愛らしいお嬢様なのに、ここまで大胆かつ積極的とは思わなかった。でも、彼女の普段とは違う一面を見られて、すごく得した気分になった。

 

 こんな反則級に可愛い恋人が傍にいて、私は幸せものだ!

 

 

 

 

 

 チームトリニティとの戦いで重傷を負ったフォン・スパークがプトレマイオスに救助された一方で、地球では不穏な空気が漂っていた。

 

「そんな……該当データが一切存在しないなんて!」

 

 王留美は悠凪からの依頼により、AEU軍のデータベースからゲイリー・ビアッジ少尉に関する情報を検索していた。しかし、該当する情報は一切存在しなかった。

 以前、監視者である隼人からその名を聞いたことがあるので、その人物が本当に実在するのかを確かめるべく、留美は迷わず隼人に連絡することにした。

 

『王留美か……お前から連絡してくるとは珍しいな、何かあった?』

「突然の連絡で申し訳ありません……AEU軍の外人部隊に所属する、ゲイリー・ビアッジ少尉のことについて聞きたいのですが、ミスター・カザマは何かご存知でしょうか?」

『あの野郎はAEU軍にいたじゃなかったのか? 軍のデータベースを漁れば見つかると思うが』

「ですが、軍のデータベースにこの方の個人情報が見つかりませんでした……」

『……っ⁉ ちょっと待ってろ!』

 

 隼人がそう返事すると、端末からガサガサと何かを漁っているような音が聞こえてきた。留美は机の上に置いてあるドリンクを啜りながら、隼人の返事をゆっくりと待っていた。

 

 それから数分が経ち、端末から再び隼人の声が伝わってきた。

 

『奴は合同軍事演習の後にAEU軍を辞退し、ラグナの私兵となったのだ! 情報が見つからない理由はラグナの手下が軍のデータベースをハッキングし、個人情報データを削除したからだ!』

「そうでしたか……情報の提供、ありがとうございます!」

『それと王留美、あの野郎のことに気を付けたほうがいいぜ。奴の仕事は、ラグナの商売ライバルの暗殺だ。最近、大手企業の株主が殺されたことが報道されているんだろう? 殺ったのは奴だ。しかもその株主は、ラグナと同様CBの関係者でね。多国籍企業の当主であるお前もターゲットになるかもしれない、身の回りに気を付けろよ』

「お気遣いありがとうございます、ミスター・カザマ……貴方って、優しい人ですね」

『それはどうも、何かあったらまた連絡しろ』

 

 その後、留美は通信を切って、ラグナの管轄下にあるMS工場にて情報収集している紅龍に撤収の指示を出す。しかし、2人は自分たちの会話が筒抜けになっていることに全く気付かなかった。

 

 計画を乗っ取った者たちの凶刃が、2人に迫っていた。

 

 つづく



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第14話 悪意の矛先

 留美との通信を終えたその翌日。

 隼人はアレハンドロの命令により、国連の軍事条約調査チームに所属するテストパイロット、デボラ・ガリエナをラグナの管轄下にあるMS工場に案内するべく、自動車で彼女が指定した待ち合わせ場所に向かっていた。

 

 高速道路に入った直後、隼人は操縦システムを自動操縦に切り替える。そして隣の助手席に置いてあるノートパソコンを開き、彼女の乗機となる新型MSの詳細データを眺めていた。

 

「形式番号GNX-509T、機体名はスローネヴァラヌス……こんな機体あったっけ?」

 

 機体の形式番号から察するに、ジンクスシリーズの内の1機であることが分かる。

 全体的外見はガンダムスローネと似ているが、頭部の形状はジンクスの物に近い仕様で、両肩と両腰には大型のGN粒子発生装置が取り付けられている。さらに左肩にはユニオンやAEUの制式量産機に採用された防御兵装――ディフェンスロッドが装備されている。

 

 この時、外伝作品を読んだことない隼人は、この機体を自分がこの世界に介入したことによって生み出されたものだと思い込んでいた。

 

「攻撃用武装はGNロングバレルライフルとGNビームサーベル、そして左腕にマウントしたGNチェインガンだけか……にしても、V2ガンダムみたいに肩から突き出した大型GN粒子発生装置が目立ちすぎで相手に『狙ってください』と言っているようなもんだぜ。しかも破損したら姿勢制御に影響が出るじゃないか! 大きければいいってもんじゃない、開発担当がアホすぎるやろ!」

 

 機体の被弾率を上げるような設計に呆れた隼人は愚痴を零し、そのファイルを閉じるのだった。

 

「暇だな……あいつらは今どこで何をしているのかな?」

 

 チームトリニティの最初の武力介入では、隼人は命令違反により指揮権を剥奪され、アレハンドロとラグナにパシリにされた。一応3人と定期的に連絡を取っているが、その内容はラグナの威圧的な態度に対する愚痴ばっかりだった。宇宙に上がった後、彼らからの連絡が全くないので、事故にでもあったのでは? と隼人は心配していた。

 

「それにしても悠凪のやつ……この世界に武力介入しながら可愛い女の子とイチャついているとは羨ましいぜ! ていうかあの子、乳めっちゃでけぇな! 沙慈の彼女もそうだけど、最近のJKってこんなに発育が良いのか?」

 

 隼人は留美から提供された街中の防犯カメラの映像から、悠凪が栗髪の少女をビルの壁に押さえつけ、そのまま熱いキスを交わしたのを見た。背丈と顔立ちから察するに、十代の女子高生のようだが、年齢に似つかわしくない抜群のプロポーションを持っている。

 

 それを羨ましいと思う隼人は、可愛い彼女を作りたいと思った。

 

 だが隼人が一番気になるのは、空に突如出現した謎のリング構造物だ。フリーダムがあれに飛び込んだ直後に信号が消え、機体を追跡することが不可能となった。その為、今になっても悠凪と連絡を取れていない。

 

 以前、留美に連絡してもらうように頼んでいたが、ずっと連絡がつかないままだった。

 

「ちょっと王留美に聞いてみるか……」

 

 そう呟くと、隼人はキーボードを打ち、プライベート回線で留美との通信を開いた。

 

「よう、王留美。フリーダムのパイロットと連絡を取れたのか?」

『いいえ、こちらから彼と連絡を取る手段がありません。彼と連絡を取れる方法は、向こうが自らこちらに連絡するか、フリーダムが再びこの世界に現れるその時まで待つしかありません』

「ちょっとよく分からないんだけど……この世界に現れるってどういう意味だ?」

『それは……申し訳ございません、詳しい事情は教えることができません。これはミス・スメラギからの指示ですので、どうかご理解ください』

「うーん……ミス・スメラギの指示なら仕方ないか。連絡を取れたら、俺に知らせてくれ」

『ええ、分かりました』

 

 留美の返事に納得できないものの、CBのメンバーは特定の情報に対し守秘義務がある為、隼人はこれ以上の追及をやめることにした。

 だが、「この世界に現れる」という言葉を文字通りに受け取れば、悠凪の駆るフリーダムは別の空間からこの世界に現れることになる。だが考えれば考えるほど、隼人は自分自身が何を考えているのか分からなくなった。

 

「どうなってんだこりゃ、俺の知らない機能でも内蔵されてんのか?」

 

 そう吐き捨てると、隼人は考えることを放棄した。

 

 隼人が悠凪と急いで連絡を取りたい理由はもちろん、悠凪を仲間に引き入れる為だ。

 CBの監視者という自分の立場もあって、エイフマン教授は助からないと思ったが、悠凪はチームトリニティと敵対するまでしてエイフマン教授を助けた。この行動から察するに、悠凪は自分と同じく「原作改変」を狙っていることが窺える。

 タクラマカン砂漠の合同軍事演習への介入を含めて、やっていることは全てCB側に対して有利である。故に、彼と敵対する理由はない。

 

 もし悠凪がモビルドールのことについて質問してきたら、隼人は全てありのままに答えるつもりだ。たとえ悠凪に殺される可能性があったとしても、隼人は自分のしてきたことに、責任を持つべきだと考えている。今回の人生は、逃げることは許されない。

 

 そう考えている内に、車がゆっくりと減速していき、車道の路肩に駐車した。

 

「もう着いたのか。さて、デボラ・ガリエナさんは何処にいるかな?」

 

 車の窓から外をのぞくと、隼人は高層ビルのエントランスの奥から、1人の茶髪女性がこちらに歩いてきたのを見た。その女性が車まで近寄ると、運転席に座っている隼人に話しかけた。

 

「貴方は、国連理事会のハヤト・カザマさんですね?」

「ええ……貴女がデボラ・ガリエナさんですね。コーナー大使から話を聞いています、どうぞ後ろの席にお乗りください」

 

 デボラ・ガリエナ。

 彼女は国連の軍事条約調査チームに所属するテストパイロットで、国連加盟国による新型MSの条約規定への抵触をチェックする任を受け持っていた。仕事の性質上、加盟国各国のMSを搭乗する機会が多く、操縦方法も熟知していることから、パイロットとしての技量は非常に高い。

 此度はアレハンドロ・コーナーにその技量を買われて、スローネヴァラヌスのテストパイロットに任命された。

 

 その後、隼人はラグナの管轄下にあるMS工場に向けて車を走らせた。

 

 

 

 

 

 MS工場の格納庫では、数十名の技術者がスローネヴァラヌスの最終調整を行っていた。そして隣にある控え室には、アレハンドロとラグナが開発資金を提供した数名の監視者を部屋に集め、彼らに「褒美」を渡そうとした。控え室の片隅には、秘書であるリボンズの姿があった。

 

「さあ、諸君らの働きへの褒美だ。あの世でゆっくりと休みたまえ!」

「コーナー大使! 貴方というお方は――カアッ⁉」

 

 ご褒美と言いながら、アレハンドロは懐から黄金の拳銃を抜き、ガシンと安全装置を解除する。

 そして、最初に口を開いた監視者の男に向けて撃ち放った。放たれた銃弾は一瞬で男の眉間を撃ち抜き、動かぬ骸を作り上げる。

 

「これは粛清だ!」

 

 次の瞬間、再び十数発の銃声が響き、控え室内には殺戮の嵐が吹き荒れていた。

 

「諸君らはよく頑張った。だが、残念ながら統一世界を統べるのは、このアレハンドロ・コーナーだ! アハハハハァ……!」

 

 無残に転がった死体を見て、アレハンドロは愉悦のあまりに高笑いをした。今この瞬間、彼らが残した財産は統一世界への布石となるのだ。

 

「ラグナ、死体の片付けは任せる。リボンズ、彼らの全財産を私の名義に変更しろ」

「ハッ! お任せを、コーナー大使」

「畏まりました、アレハンドロ様」

 

 数秒経ってから我に返ったアレハンドロは、すぐさまリボンズとラグナに次の指示を出す。そして血まみれになった控え室を出て、格納庫へと向かった。

 隼人とデボラが格納庫に到着した頃は、全ての死体が片付けられた後だった。

 

 それから数時間が経ち、アレハンドロが隼人と留美を粛清すべく傭兵を派遣した直後、リボンズからの通信が入ってきた。

 

『お待ちください、アレハンドロ様』

「どうした、リボンズ?」

『風間隼人と王留美が、フリーダムのパイロットと連絡を取ろうとしている情報がありました。これは我々にとっても、あのガンダムを手に入れる千載一遇のチャンスと思いますので、今は事態を静観することをおすすめします』

「そうか……彼らにはまだ利用価値がある、ということかな?」

『はい、彼らの監視は自分にお任せください。フリーダムのパイロットとの接触を確認した次第にご連絡します』

「ありがとう、リボンズ。君は私のエンジェルだよ!」

 

 通信を切ると、リボンズの提案を一考に値すると思うアレハンドロは、ラグナから借りてきた傭兵たちに作戦中止命令を下した。特徴的な逆三角形の顎髭を持つ1人の傭兵は作戦中止命令に不満を抱いているが、クライアントから高額の違約金を貰えると聞いて、大人しく撤退した。

 

 

 

 

 

 アレハンドロが粛清を行う少し前の頃。

 0ガンダムとオリジナル太陽炉の回収に失敗したチームトリニティは、ラグナの指示によりスペイン領内に降下し、次の任務地点へ向かっていた。

 

「ミハエル、ネーナ。ラグナから次のミッションが入った、これより目標ポイントへ向かうぞ」

「はぁ⁉ 補給もなしに次のミッションかよ⁉」

「やだぁ……ここんところ働き詰めじゃない! 早く隼人さんのところに帰りたいよー!」

「後で隼人に連絡する、今はミッションを完遂することだけを考えろ」

 

 ヨハンの言葉に、ミハエルとネーナは嫌そうな顔をしながら不満を漏らす。

 ユニオン軍のMSWAD基地での武力介入はフリーダムに邪魔されて失敗し、さらに前回0ガンダムとオリジナル太陽炉の回収も失敗したことをラグナに責められたことから、2人はいつも以上にストレスが溜まっていた。

 

「……ん?」

 

 と、そこで何かに気づくネーナはモニターの映像を拡大する。

 眼下にある大きな邸宅の中庭では、たくさんの人が集っていた。映像をさらに拡大すると、どうやらその邸宅には、結婚式が行われているようだ。参加者はみんな笑って楽しいんでいる。

 

「なぁにそれ⁈ こっちは必死でお仕事やってんのに能天気に遊んじゃってさ! あんたら分かってないでしょ? 世界は、変わろうとしてるんだよ……!」

 

 ネーナはスローネドライの進路をその邸宅に向ける。

 

 こちらが忙しく動き回っているのに、呑気に遊んでいて、世界は平和だと勘違いする平和ボケな連中がいるから、世界はいつに経っても変わらない。

 こんな連中は早めに粛清した方がいいと、ストレスが限界に溜まったネーナはそう思っている。

 

 だから、そう――。

 

「――みんな、死んじゃえばいいよ」

 

 ネーナはGNハンドガンを式場に向け、躊躇い無くトリガーを引いた。

 だが、式場に向けて放たれた粒子ビームの光条は、1機のMSによって阻まれた。

 

「あいつは……フリーダムガンダム⁉」

 

 スローネドライの前に立ちふさがるMSは予告なしに姿を現し、こちらの武力介入を邪魔した異世界のガンダム、フリーダムガンダムだった。

 

 

 

 

 

 予告なしに姿を現したフリーダムは左肩に装備された「フラッシュエッジ2ビームブーメラン」を引き抜き、真紅の粒子ビームを斬り払ってから、それを回転するように3機のガンダムスローネに向かって投擲する。

 そして、リアアーマーにマウントしたビームライフルを取り出し、宙を舞うビームブーメランに向けて一射した。

 

『ビーム・コンフューズ!』

 

 ブーメランのビーム刃とライフルのビームがお互いに干渉し合い、石竹色のエネルギー波が周囲に反射拡散する。MSを破壊できる程の威力は有していないが、その動きを封じることができる。

 エネルギー波を浴びた3機のスローネが動きを止まった瞬間、悠凪は機体を加速させ、宙を舞うビームブーメランさっと掴み取り、サーベルモードへと切り替える。

 

 スラスターを全開にしたフリーダムはスローネドライ懐に飛び込み、剣状に収束した光刃を振り下ろし、あっさりとその右腕を切断した。

 

「きゃああああ! あたしのドライがっ!」

「ネーナ! あのフリーダム野郎ぉ……今日こそぶちのめす!」

 

 ネーナが悲鳴を上げている一方で、体勢を立て直したミハエルはすぐさまGNバスターソードを引き抜き、猛スピードでフリーダムに肉迫する。

 一瞬のうちに距離を詰めたスローネツヴァイが間近に迫り、悠凪は咄嗟に急制動をかけ、振るわれるバスターソードを左手で掴み取る。

 

『罪のない民間人を殺すことが、紛争根絶に繋がるとでも思ってるのか⁉』

「えっ、民間人……?」

 

 3機が有視界通信から悠凪の声を聞こえたその時、ツヴァイのバスターソードは「何か」に撃ち抜かれた。あまりにも突然の状況に理解できず、ミハエルは急速に機体を退避させる。

 次の瞬間、ヨハンはフリーダムに向けてGNランチャーを放つ――が、その粒子ビームの光軸は手甲部から発生した「光る盾」によって防がれた。

 

「あれは、GNフィールドに似たバリア⁉ 機体の粒子残量は残り53%、補給なしでは勝てないか……ミハエル、ネーナ! ここはひとまず退け!」

「りょ、了解……!」

「あたし……民間人を殺そうとした……隼人さんに怒られる……!」

 

 冷静になって考えて、ネーナは自分の愚かな行為に気がついた。

 

 自分は今、何を撃とうとしたのか?

 それは、なんの罪もない民間人たちだ。

 

 紛争幇助対象者がいたわけでもなく、自分勝手な理由で彼らの命を奪うとした。

 その行いは、無差別テロ襲撃を行った「国際テロネットワーク」などのテロリスト集団よりタチが悪い。余計な犠牲を嫌っている隼人に怒られるのは確実だ。

 

「(ごめんなさい……ごめんなさい……)」

 

 機体の操縦を紫色のハロに任せたネーナは心の中でそう呟きながら、ヘルメットを外して自分の頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

 チームトリニティを退け、式場にいるルイス・ハレヴィとその家族たちの無事を確認した悠凪はその場から立ち去り、王留美との通信を再開した。

 

「王留美……先ほどの話の続きですが、私に会いたい人物は何者ですか?」

『国連理事会の風間隼人氏です』

 

 名前は同じ……同姓同名の人物か、それとも元の世界にいた彼か。

 いずれにせよ、一度会ってみないと分からない。後者の可能性を否定できない以上、用心するに越したことはない。拳銃以外に、非殺傷武器を内蔵したマスターハロも連れて行こう。

 

「会談は応じます。ですが、会談の場所を日本領内に指定していただきたい」

『もちろん構いません。後ほど改めてご連絡します』

 

 絢瀬悠凪と風間隼人。

 別れた道が再び交差する時、運命が激しく動き出す。

 

 2人は果たして、分かり合えるだろうか?

 

 つづく



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第15話 共同戦線

 王留美が用意した場所は、日本支社ビルの地下500mに位置する防空壕だった。

 

「ミスター・アヤセ、お嬢様がお待ちです。どうぞこちらへ」

 

 エントランスに足を踏み入れると、私は紅龍と数人の黒服に案内され、エレベーターで地下3階へと移動した。エレベーターの門には凝った彫り物がされて、壁には綺麗な絵画が飾られていた。高級感はあるが、私の家(リベル・アーク)と比べればレベルが低い。

 

 ふとエレベーターが止まり、固く閉ざされた門が開いた。

 私を待っている人物は王留美と、前世では友人だった男――風間隼人だった。

 

「ソレスタルビーイングの秘密基地へようこそ、ミスター・アヤセ」

「こうして直接会うのは初めてですね、王留美。さて、私に会いたい人物は彼ですか?」

「ええ、改めてご紹介します。風間隼人氏は国連理事会のメンバーであり、最年少の監視者でもあるお方です」

 

 私は名前を名乗り握手の意を込めて手を伸ばすが、隼人の動きが止まり握り返す素振りはない。

 どうかしましたか? と問うと隼人はやっと握手に応じ、自己紹介をした。

 

「王留美、俺は絢瀬さんと単独で話したいことがある。部屋を借りるぞ」

「あっ……はい、了解しました。しかしその前に、お二方の武器をこちらに渡してください。そのペットロボットも、ここに置いておいてください」

「(いいだろう、その誘いに乗ってやる!)……了解しました」

 

 持っていた拳銃とハロを黒服に渡した後、私と隼人は王留美が用意した部屋へと向かった。この部屋は作戦会議室のようで、中には超大型スクリーンと、高級感のあるテーブルと椅子が設置されていた。シェルターというより豪邸という感じだな。

 

 部屋の自動ドアが閉められた瞬間、私は隼人の首元を掴み取り、片腕で隼人の上半体を机の上に押さえつけた。これは、私なりの「挨拶」だ。

 

「久しぶりだな、隼人」

「……っ⁉ 俺を殺すつもりか⁉」

「そうだ。だが、殺す前に聞いて置きたい事がある。私の質問に答えてもらうぞ!」

「分かった……」

 

 このまま隼人を窒息死させるつもりだったが、国連理事会に所属しているのなら、大使の計画に関する情報を持っている可能性が非常に高いと思うので、殺すのは後回しにした。私の意図を理解した隼人は少し怯えたように首を縦に振り、話し合いに応じるのだった。

 

 先ずは……三大国家陣営に1000機にも及ぶヘリオンを提供した者の正体についてだ。

 

「単刀直入に聞くが、タクラマカン砂漠の共同軍事演習……参加MSの総数が原作の3倍近い数になっていたことについて何か知っているか?」

「832機は有人機で、その他は全部あのクソ大使がPMCトラストに発注した無人機だ!」

 

 西暦世界の無人機技術はアフターコロニー世界のように発達していないはず。一応、暴徒やテロの鎮圧を目的に開発されたオートマトンはあるが、あれのソフトウェアはMSのような精密機械を動かすことができない。

 

「無人機には、どんなOSを搭載している?」

「ガンダムWに登場したモビルドールシステムだ……」

「なんだと⁉ では、その提供者は?」

「……俺だ」

 

 それを聞いた途端、私は怒りのあまりに隼人を殴り飛ばした。殴り飛ばされた隼人は、受け身も取らずに顔から地面に突っ伏し、流血す。広がる血液が、床を赤く染め上げる。

 強力な打撃を受けながらも、隼人は辛うじて身を起こし、悲しげで後悔の表情でこっちに振り向いてきた。

 

「あんな危険なものをアレハンドロ・コーナーに提供するとは……なんてことをしてくれたんだ、貴様! 無人MSによる大虐殺をこの世界で再現しようとしているのか⁉」

「違う……! 俺の話を、最後まで……聞いてくれ……ゴホッ、ゴホッ!」

「死ぬ前の遺言か……いいだろう、聞いてやる!」

 

 モビルドールシステムの関連技術は女神――カレンから貰った転生特典で、隼人がPMC経由で三大国家軍に販売した理由は、CBを自分に注目させる為だった。

 そして販売した1週間後、望み通りにアレハンドロにスカウトされ、CBの監視者兼チームトリニティの指揮官となった。彼らが原作と違う行動を取った原因は、間違いなく隼人にある。

 誘いを断れば即座に殺される点については、肯定だ。アレハンドロとリボンズの独善的かつ傲慢な性格を考えれば、確実にその手段を取る。

 

「しかし、その結果、参加MSの総数が原作の3倍近い数になって、刹那たちを危険な目に遭わせた! 後にジンクスに搭載されたらCBところか、この世界も破滅一直線だぞ! 後先を考えずに行動するところは相変わらずだな……この世界に生きる人々をなんだと思っているんだ、貴様!」

「だから俺は策を用意した! あのクソ大使に提供したMDには、バックドアが設置されている。ボタン一つでMD搭載機の機能を停止させる、又は俺の制御下に置くことができる、トライアルシステムと似たものだ。俺は最初から、あのクソ大使に協力するつもりはないんだ!」

 

 まだまだ甘いな……リボンズがバックドアの存在に気付かないと思っているのか?

 いや、リボンズの性格や行動原理を考えれば、気づいたとしても敢えて放置するだろう。やつがアレハンドロに近づく目的は、計画を奪取する為だから、わざと助ける道理はないはずだ。

 

 よく考えると、ここで隼人を殺したところでMDが消えるわけではない。

 そう、問題の解決には繋がらないのだ。

 

 それに個人的な事情より、今はこの世界のことを優先すべきだ。選べる最善の選択肢は――。

 

「おい悠凪……お前はどうしても、俺を殺すというのか?」

「……いや、やめた。君を殺したところで何も変わらない。アレハンドロとリボンズに協力するつもりはないのなら、私と手を組まないか?」

「お前……!」

「君を許すつもりはない。ただ、個人的な事情より、今はこの世界のことを優先すべきだと私は考えている。君は自分のしてきたことに責任を感じているのなら、私と共に来い!」

 

 そう言って私は、憎むべき相手に手を差し伸べた。

 隼人は迷うことなく私の手を掴み取り、痛む身体をゆっくりと起こした。

 

「お前は、俺を恨んでいないのか?」

「恨んでいないと言うのは嘘になるな。君を仲間に引き入れる理由は、アレハンドロ・コーナーを打倒する為だ。MDをこの世界に公開した責任を取ってもらうぞ、隼人!」

「俺には拒否権はないな……分かった、協力する(元々そのつもりだしな)」

 

 突如外から銃声と、王留美の悲鳴が聞こえてきた。

 

『きゃあああ!』

「ちょ、王留美!」

 

 隼人がそう叫びながらドアを大きく蹴り開け、部屋を飛び出していった。私も隼人の背中についていくのだった。

 

 

 

 

 

 周りを見回すと、分厚いコンクリートの壁がいつの間にか穴だらけになっていた。通路には数人の黒服の死体が散乱し、床は血液で汚れていた。まるで地獄絵図のような光景だった。

 

「処分対象――風間隼人を確認!」

 

 通路の角から姿を現した迷彩服の男が、こちらにアサルトライフルの銃口を向け、隼人の命を狙う。はっとして顔を上げた隼人は戦慄した、男が手にしていたアサルトライフルの銃口から弾丸が飛び出してくるのを目にしたからだ。

 

 この瞬間、頭の中で「バリン」と何かが割れた音が聞えた。

 続いて思考もクリアになっていく、不思議な感覚だ。

 

「下がっていろ、隼人!」

「おい! 1人では無茶だ!」

 

 咄嗟の判断で私は隼人を先程の部屋に突き入れ、迫りくる無数の銃弾を素早く躱しながら迷彩服の男に肉迫する。その背後に回り込み銃を持った腕を掴み上げ、アサルトライフルを奪取する。

 男がこっちに振り向いた瞬間、私は躊躇うことなくその心臓を撃ち抜く。ドドドドと銃撃音が響いた後、撃たれた男は無言で血を垂れ流し、その場にグッタリと横倒れになった。

 

「……容赦ねぇな、お前」

「私は不殺主義を掲げるキラ・ヤマトと違って、向かってくる敵は徹底的に叩き潰す主義だ。見逃した敵はいつか身内を、自分自身を殺すかもしれないのだから。さて、この話はさておき……今は王留美とハロを探さないと!」

「おう、了解だぜ! 俺も武器を探さないとな……」

「武器か。そこら辺の死体を漁れば見つかると思うが」

 

 隼人は先ほど倒された迷彩服の男から拳銃と手榴弾を奪い、私の背中についてくる。

 わざと無防備な背中を晒しているが、彼は食いついてなかった。どうやら今の隼人は、私を撃つ気はないようだな……先に進もう。

 

 エレベーター乗り場に着く私と隼人は、王留美を守りながら武装した男たちと戦う紅龍と、非殺傷武装で彼を援護しているハロの姿を目にした。紅龍とハロは善戦しているが、人数差があまりにも大きく、太刀打ちできない状況だ。

 

「2人とも伏せろ!」

 

 隼人がそう叫んでから、手にしていた手榴弾を迷彩服の男たちに向かって投げつけた。隼人の意図を理解した紅龍は王留美を庇うように身を伏せ、爆風と破片から逃れる。かなりの距離があったお陰で、小さな破片は降り注ぐが、幸いにも怪我はなかった。

 

「王留美、紅龍さん! 無事か⁉」

「わたくしは無事です。それより、お二方が無事で何よりですわ」

「ハッ、自分は大丈夫です。これは先程、お二方から取り上げた拳銃です」

「ハロ! ハロ! ダイジョウフダヨ!」

 

 王留美の無事を確認した紅龍は、取り上げた武器を私と隼人に返還する。

 その後、私は手榴弾の爆発から生き残った迷彩服の男を捕らえ、事情を伺うことにした。

 

「誰の差し金だ?」

 

 さて……拷問の時間だ。

 人は恐怖と対面した時、自らの魂を試される。

 何を求め、何をなすべくして生まれて来たか――。

 

 その本性が今、明らかになる!

 

「し、死んでも言わねぇよ!」

 

 自らの置かれている状況を弁えていない強情な男に、私は手にしていた拳銃を向け、その両脚を撃ち抜く。男は防空壕に響き渡るような凄まじい悲鳴をあげ、惨めに命乞いしながら依頼人の名前を白状することにした。

 

「わ……分かった、言うから殺さないでくれ! 俺たちの雇い主は、リニアトレイン公社のラグナ総裁だ! 風間隼人と王留美の処分と、栗髪の小娘の誘拐を引き受けていたんだ!」

 

 雇い主はラグナだと言ったが、奴は只の小物で、真の雇い主はそのバックにいるアレハンドロとリボンズ一党だ。雇い主をこうも簡単に売る傭兵なんて、遅かれ早かれ殺されるだろう。

 

 ならば、私が引導を渡そう!

 美玖に危害を加えようとする不届き者なら、なおさら生かしては置けないな!

 

 そう考えた私は、弱っていた迷彩服の男の眉間に冷たい銃口を突き付けると、零距離で拳銃を咆哮させた。乾いた銃声が響く瞬間、男はその場に息絶えた。

 

「わたくしだけでなく、ミスター・カザマも彼らの粛清対象になっていたなんて……」

「オマケに悠凪の彼女までターゲットだったとは……腐っているな、あの野郎!(もしかしてあのクソ大使は、あの子を取引材料にしてフリーダムを手に入れるつもりなのか?)」

「王留美、ここから安全に地上に戻る方法はありますか?」

「都市近郊部の森林地帯へと繋がる緊急用通路があります!」

「(私がフリーダムを隠していた場所に近い)分かりました、案内をお願いします!」

 

 それから王留美は全員を案内し、緊急用通路を通って地上へと脱出した。

 私は夜の森を警戒しつつ、彼らをフリーダムが隠していた場所に連れていく。

 

「ミラージュコロイド、解除……フェイスシフト、アクティブ……」

 

 私がそう呟くと、何もないはずの空間から私の愛機――フリーダムガンダムが姿を現し、同時に機体の装甲も灰色からカラフルへと変化した。

 

「あら、以前より形が変わってますね」

「うわぁ……(ニンジャのビームブレイドだけでなく、両手がデスティニーのものに換装していたのかよ! しかも、ミラージュコロイドが使えるなんて聞いてねぇぞ!)」

「ここから離脱します。3人とも、掌に乗ってください」

「悠凪、富士山の青木ヶ原樹海に向かってくれ。そこにある秘密基地には武器や食料などの補給物資と、俺のガンダムがある! それと……安全運転を頼む」

「安全運転だな、了解した」

 

 3人がフリーダムのマニピュレータの上に乗り移った後、私は操縦桿を動かして機体を上昇させつつ、海岸線を迂回して低空飛行し、隼人の指定した座標へと進路を取っていた。

 

 

 

 

 

 L1宙域に潜んでいるプトレマイオス。

 フォンはモレノ先生の懸命な処置により、何とか一命を取り留めることに成功した。

 その一方で、ティエリアとハナヨはヴェーダがハッキングされている可能性を検証すべく、艦内に設置されたヴェーダのターミナルユニットで情報を調べていた。

 

「先ずは、レベル1から開始する」

「了解……これより、データの検証を開始します」

 

 レベル2クリア……レベル3……レベル4……次々と上位レベルにアクセスしていき、そして最高位であるレベル7に到達したその時、ハナヨはそこにある情報の一部が、何者かに改竄されていることに気づいた。

 

「待ってください! レベル7の領域のデータが一部、改竄されている痕跡がありました!」

「本当だ! このデータ領域は一体……?」

 

 ティエリアとハナヨがその領域をアクセスしようとした瞬間、ヴェーダとのリンクが強制切断された。再度アクセスしようとしても、閲覧することができない。

 

「そんな、ヴェーダが私たちを拒否するなんて……!」

「拒否された⁉ 最高レベルのアクセス権を持つ我々が……⁉」

 

 確実に何かが狂っていると、2人はそう思った。

 

 つづく



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第16話 未来の分岐点

 あれから数時間後、私たちは隼人の所有する秘密基地にたどり着いた。

 多国籍企業を運営している王家の当主から転落し、追われる身となった王留美は、隼人が用意した個室に引き籠って落ち込んでいた。

 

 さらに紅龍の話によると、王家の所有している資産が全て銀行によって凍結された。

 その原因は、王留美が先程の襲撃事件の中で命を落としたニュースが、襲撃が行われた直後に世界中に大きく報道されたからだ。

 一応、本人の生存が確認された場合は資産の凍結を解除できるが、生きていることをアレハンドロらに知られたらまた殺される。その為、今の彼女は死んだふりをしなければならない。

 

 彼女はたった数時間で全ての財産と地位を失った、何もやる気が起きないくらい落ち込んだのも当然だろう。兄である紅龍が傍についているとはいえ、立ち直るのは時間がかかりそうだ。

 

「凍結された資産はあのクソ大使に接収される可能性がある……クソが!」

「隼人、詳しく説明してくれないか?」

「これはつい最近の出来事だ。大手企業の株主である企業家たちが、何者かに暗殺されたニュースが報道されているんだろう? 彼らを殺ったのはAEU軍を辞退し、ラグナの下に働いているひろしだぜ。しかも殺された企業家たちが全員、CBの関係者だったのだよ! そして、殺された奴らの資産は――」

「――粛清された者たちの資産はアレハンドロに接収され、兵器の生産に使われると……」

「ああ、そういうことだ。十中八九、今度もMD搭載機の生産に使われるのだろう」

 

 隼人の情報のお陰で、大量のMSを生産する為に使われた資金の出所と確保手段、そして共同軍事演習の直後に行方を眩ましたひろし――アリー・アル・サーシェスの居場所が分かった。

 

 時系列から察するに、アレハンドロとラグナはジンクスの先行試作機――スローネヴァラヌスのテスト運用を行っているはず。

 その一方で、チームトリニティはヨーロッパから北大西洋を横断し、アメリカに位置するアイリス社の軍需工場に襲撃を仕掛ける。そして、原作通り駆けつけてくるグラハム・エーカーによって撃退されるだろう。

 

 刹那たちがどう動くかは気になるが、その前に「ある人物」の死を回避しなければならない。

 

「次に殺される人物は恐らく、沙慈の姉――絹江・クロスロードだ」

「CBの秘密に首を突っ込んだせいで、ひろしの野郎に殺されたっけ?」

「そうだ、彼女を助けるついでにサーシェスを排除する。サーシェスが消えれば、ロックオン……ニール・ディランディは死なずに済む。それに彼女が生きていれば、沙慈は普段の生活を送ることができるし、ルイスとイチャイチャし続けることもできる」

 

 私は殺菌消毒布でハロについた返り血を拭き取りながら、スペインにてチームトリニティと遭遇したことと、彼らを撃退してルイスとその家族たちを守ったことを隼人に伝えた。私の言葉に対して、隼人は「そうか……」と小さく頷いた。

 

「分かってくれ……あそこでネーナを止めなければ、ルイスは負傷してしまい、原作通りアロウズに参加することになる」

「俺は怒っちゃいねえわ、むしろネーナを止めてくれたお前に礼を言いたいくらいだ。俺が指揮権を剥奪されたせいで、あの3人は原作通りラグナの下に働くことになったんだ。この事件は予想していたさ……って、この時点でひろしを仕留めれば、ミハエルも死なずに済むってことだよな?」

「ああ、そういうことになる」

「んじゃ、明日に行動を開始するとすっか(これから、俺の贖罪が始まる……)」

 

 

 

 

 

 翌日の朝、私と隼人がリニアトレイン公社の本部ビルに赴く前に、隼人は王留美にひとつ頼みをした。

 

「王留美、お前には俺たちのオペレーターになってもらいたい」

「ごめんなさい……わたくしには、もう……」

「世界の歪みを正す為に、俺たちの力になってくれ、王留美!」

 

 隼人は必死に力になってくれと彼女に頼むが、王留美はそれでも頭を縦に振らない。

 

「この世界に属さない悠凪さえ、俺たちに惜しみなく協力している! この世界の人間であり、CBのエージェントでもあるお前は、ここで立ち止まっていいのか? お前は世界を変える為に、組織に参加したんじゃないのか⁉」

「……っ! そうですね、ミスター・カザマの仰る通りですわ。世界を変える為にも、わたくしはここで立ち止まるわけにはいかないわ……行きましょう、紅龍」

「ハッ、お嬢様の仰せのままに」

 

 何とか説得することができたが、彼女は未だに元気がないように見える。

 

 沙慈の姉を救い、サーシェスを排除するのは私と隼人の2人だけで、王留美は隼人のガンダムに搭乗し、フリーダムの次元通信システムを介してこちらをオペレートする。これはアレハンドロらに乗っ取られたヴェーダに傍受されない為の処置だ。

 格闘技が得意の紅龍を戦力に入れたいのだが、王留美の調子があまり良くないので、紅龍にはハロと共に彼女の護衛に専念することにした。

 

「おい悠凪! ひろしが現れたぞ!」

 

 隼人は手にしていたバレットM82のスコープレンズを通して、エントランスに入っていったサーシェスの姿を目にした。それにしても、1990年に行われた湾岸戦争に運用された狙撃銃が未だに現役だったとは驚いた。

 

「そう焦るな、今仕掛けるとこっちの位置がバレでしまう。王留美、引き続き周辺警戒をお願いします。もし写真に映った女性――絹江・クロスロードが本部ビル付近に現れたら、直ちに知らせてください」

『分かりました、引き続き周辺警戒を継続します』

 

 現在、私と隼人のいる場所は、リニアトレイン公社の本部ビルから500メートル離れた駐車場の最上階だ。ここで奴を狙撃することが可能だが、銃声だけで警備員や警察をおびき寄せてしまうので、止めることにした。

 

「にしてもあの野郎、スーツを着たうえ髭も剃ったぞ。ラグナの野郎にでも会いにきたのか?」

「その可能性は非常に高い……いや、確実だ。流れから察するに、沙慈の姉は後で来るかもしれない、サーシェスを排除すると同時に彼女を救うのだ。それと、疲れたら変わってもいいんだぞ?」

「んじゃ、30分後に交代だ」

 

 

 

 

 

 2人の転生者がリニアトレイン公社の本部ビルを監視している一方で、L1宙域に潜伏しているプトレマイオスに客人が訪れていた。

 

「ICUカプセル作動しよっと……今度は助かるぞ」

「ありがとう、イアンさん」

「礼を言いたいならジョイスと刹那に言え。全く、こんな無茶なことをするとは……」

「身勝手な行動を取ってしまい、すいません」

「貴方が謝ることはないよ、ハナヨ。フォンが一命を取り留めたのは、貴方のおかげよ」

「せっかく懐かしいメンバーが集まったのだが、再会を祝う暇はなさそうだな……シャル」

「ええ……計画の根幹であるヴェーダがハッキングされた件を含めて、いろいろミス・スメラギと相談しなくてはなりません」

 

 本来、サポートチームが実行チームと接触することは計画内に入っていない。

 フォンの推測は杞憂であって欲しいが、シャルはプルトーネの通信記録から、相手のマイスターたちがレベル7の情報を把握していることを知ってしまった。さらに、最高レベルのアクセス権を持つハナヨから、ヴェーダ内の情報の一部が改竄されていることを知られてしまった。

 

 フォンの推測した通り、ヴェーダは何者かにハッキングされたのだ。

 ヴェーダからの指令はもはや信用できないと考え、シャルはハナヨを通じてトレミーに連絡し、スメラギたちと相談することにした。

 

 それからシャルがトレミーの面々と話している最中に、エージェントからの定期連絡が入ってきて、その中には悪い知らせしかなかった。

 

 エージェントからの定期連絡には、真紅の粒子を放つガンダムがスペインのリゾート地を襲撃未遂と、トレミーと深い繋がりのあるエージェント――王留美がテロ襲撃に遭い、命を落とした報告が記されていた。

 

「クリス、その場所には軍隊や政府要員など、ヴェーダの武力介入対象となる者がいたのか?」

「いえ……情報によると、その場にいる人々は全員、民間人です」

「意味もなく民間人を攻撃するなんて……そんな!」

「一般市民を攻撃⁉ 何やってんだあいつら、無差別テロと変わらねぇじゃねぇか! もしあの男が介入していなかったら、今のところは大惨事だぞ! にしても王留美の件は突然すぎるぜ……一体何がどうなってるんだ?」

 

 全員が報告の内容に愕然している中、ロックオンは怒りに任せて拳を壁に叩きつけた。

 

「僕には確信はないが……王留美の死亡は、ヴェーダが何者かにハッキングされたことと関係しているような気がする」

 

 ティエリアは王留美の死亡を、ヴェーダがハッキングされたことと関係していると考えている。

 2人が自分の見解を述べたその直後、ずっと無言で話を聞いていた刹那が口を開いた。

 

「あの男は行動で示してくれた。今ははっきりと分かる、あの男はガンダムだ! だが、あの3機は決してガンダムなどではない!」

「あの3機は一応、太陽炉を搭載した機体だけど――」

「――太陽炉を持とうと、奴らはガンダムではない!」

「ちょっと貴方、何を言っているの……?」

 

 一見、意味不明な言葉だが、話を聞いてみると内容はこうだ。

 刹那にとって、ガンダムは神に代わる救世主にして、戦争を終わらせる実在する神であり、争いを引き起こすものではない。故に、意味もなく攻撃を仕掛け、争いの狼煙をあげようとする3機は決してガンダムなどではない。

 その一方で、悠凪は民間人を彼らの攻撃から守り、争いを未然に防いだ。その行動は、嘗てグルジスで自分を救った0ガンダムと連想させてくれた。この為、刹那は悠凪のことを「ガンダム」と評した。

 

「おい! 何処へ行くんだ、刹那!」

 

 意味不明な言葉を言い終えた後、刹那は床を軽く蹴ってブリッジを出ていくのだった。

 ロックオンは刹那を呼び止めようとしたが、刹那はすでにこの場を後にした。

 

「スメラギさん! 強襲用コンテナのハッチが強制解放されています!」

『アヴァランチダッシュ……刹那・F・セイエイ、出る!』

「ちょっと刹那! なに勝手なことをしてるのよ、やめなさい!」

「通信、切れています……」

 

 無断出撃した刹那はコンソールを操作してトレミーとの通信を切ると、即座に機体を加速させて地球へと飛翔するのだった。

 

「フェルトとクリスは、エクシアのシグナルを追跡して! ロックオンはデュナメスにて待機!」

「あのきかん坊め……了解だ! 行くぞハロ!」

「イアン、TYPE-Dの整備をお願い!」

「GNアームズを使うか……了解だ!」

 

 スメラギは刹那の行き先を追跡するようフェルトとクリスに指示を出した一方で、ロックオンには出撃の準備をさせた。

 場合によっては、完成されたばっかりのGNアームズを実戦に投入することになるかもしれないので、イアンに「いつでも出撃できるように」と整備の指示を出した。

 

 

 

 

 

 30分後、私は隼人から狙撃銃を渡され、監視役を交代した。私は黙ったまま、スコープレンズを通して本社ビルを監視し続けた。

 そして2時間余り経ったころ、通信機から王留美の声が伝わってきた。

 

『お二方、絹江・クロスロード氏が姿を現しました。場所は正面エントランスです』

「こちらも視認しました。隼人、双眼鏡で周囲を偵察しろ」

「オッケー……沙慈の姉さん以外に、警備員が16人いる。ひろしはまだ出てきていない」

 

 スコープレンズを通して、彼女がジャーナリストの取材許可証らしき書類を玄関前に立っている警備員に提示したのを見た。しかし、その警備員は書類を地面に捨て、彼女を追い払うよう手を回していた。もう二度と来るなという露骨な嫌悪感を露わにしていた。

 

 例えサーシェスが出てきたとしても、衆人環視の中で奴を狙撃するのは得策ではない。

 それに沙慈の姉に自分が何に首を突っ込んでいるのかを理解させる為には、サーシェスに殺される直前に助けるしかない。でなければ彼女は状況を理解できず、再び調査を再開し、最終的には原作と同じ結末を迎える。

 

「おい! 右側の通路から赤い車が出てきたぞ……乗っているのはひろしだ!」

「視認した。王留美、玄関前に止まっている赤い車をマーキングしてください」

『了解しました。座標データは後ほどGPSに転送しますので、そちらに確認してください』

 

 沙慈の姉がサーシェスの車に乗ったのを確認した私たちは、すぐさまあらかじめ用意した車に乗車する。運転席に座った隼人は急いでエンジンをかけ、駐車場を飛び出した。

 

「奴の車はインターチェンジから都市高速に入った!」

「オッケー……飛ばすからしっかり捕まっておけよ!」

 

 隼人は強くアクセルを踏み込み、速度を上げてサーシェスの車を尾行し、インターチェンジから都市高速に入る。

 こちらに尾行されていたことに気づいたのか、サーシェスの車はこちらを振り切ろうと速度を上げ、時速200キロくらいのスピードでどんどん前車を追い越しながら、高速道路を爆走する。

 

「っ野郎、待ちやがれ!」

「急かすな、GPSは奴の位置を我々に教えてくれる。ところで、M82以外の武器はあるか?」

「それなら後部座席の下にあるぜ、SMGやAR、手榴弾などが」

「では、使わせてもらうぞ」

 

 私が武器を選んでいる間、隼人は王留美の指示で高速を降り、市街地に向かう。

 王留美が交通管制システムをハッキングしたお陰で、道中の赤信号が全て緑となり、サーシェスを追いつくことに成功した。

 

 我々が現場に到着したその時、睨みつける先には拳銃を手にしたサーシェスと、殺害される直前だったのか、怯えた様子で壁にもたれかかる絹江・クロスロードの姿があった。

 

 

 

 

 

 サーシェスは手にしていた拳銃を絹江に突き付け、黒くて凶悪な微笑みを浮かべる。

 

「ボスのご命令だ……悪いが死んでもらうぜ――」

「――そこまでだ! アリー・アル・サーシェス!」

 

 引き金を引こうとしたとき、後ろから2人の男が現れた。サーシェスは反射的に拳銃を声の持ち主――悠凪に向けるが、照準を定めた瞬間、手の中にあった拳銃が弾き飛ばされ、カタッと地面に落ちた。

 

「なっ⁉ こいつ、俺より速いだと⁉」

「その首、置いてけッ!」

 

 驚く間もなく、もう一つの男――隼人は手にしていたUMP45を構え、9ミリのパラベラム弾を撃ち散らす。サーシェスはコンクリート壁の背後へと回り込み、掃射を凌ぐ。その一方で、悠凪は絹江を保護し、その場から離れさせた。

 

「見覚えがあると思ったら……銀髪は異世界のガンダムのパイロット、黒髪はソレスタルなんたらのメンバーかい! 喜べよ姉ちゃん、そいつらはお前さんが探していた連中なんだよぉ!」

 

 そう言い残して、サーシェスは夜色に紛れてこの場から逃げ出した。私は奴の後を追いかけていくが、サーシェスの姿は何処にもなく、代わり地面には血の跡のような真っ赤なシミがあった。奴は先程の戦いで負傷した、と考えていいだろう。

 

 だが、奴の生存能力は非常に高く、弾丸に撃たれたくらいで死にはしない。次はMS戦で決着をつけるしかなさそうだ。

 沙慈の姉はこのまま解放するつもりだったが、彼女は色々と知り過ぎた。放っておくと確実に殺されるので、彼女を隼人の秘密基地に連れて行こう。

 

「絹江・クロスロードさん、貴方には我々と一緒に来てもらいます」

「拒否権は、ありませんね……分かりました」

 

 

 

 

 

 2人の転生者の行動により、また一つの平行世界が生まれた。

 だが、この世界が間もなく「裁定」の対象となることを、2人の転生者と、この世界に生きる人々はまだ知らない。

 

 無数にある平行世界の狭間に潜む脅威の手先――黒き地獄が今、目覚めようとしていた。

 

 つづく



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第17話 絆

 アメリカに位置するアイリス社の軍需工場の上空では、グラハムの駆るカスタムフラッグは2機のスローネと激しい空中戦を繰り広げていた。

 

「どれほどの性能差であろうと……!」

 

 カスタムフラッグのパイロット――グラハム・エーカーは左手のプラズマソードを引き抜き、スローネアインに斬りかかる。プラズマソードはアインのGNビームサーベルで受け止められ、そのまま2機は鍔迫り合いになった。

 

「今日の私は……阿修羅すら凌駕する存在だッ!」

 

 カスタムフラッグは大きく腕を振り抜き、スローネアインの体勢を崩した。

 グラハムはこの隙を見逃さず、すぐさまもう1本のプラズマソードを引き抜き、機体のスラスター全開しながらスローネアインへ斬りかかる。アインはGNビームサーベルで2本のプラズマソードを受け止めて見せるが――。

 

「――ハムキック!」

 

 そう叫んだグラハムは足技を披露し、GNビームサーベルを握るスローネアインの左腕を蹴り上げる。すかさず2本のプラズマソードを手放し、宙を舞うGNビームサーベルを掴み取り、その右腕をGNビームライフルごと斬り落とす。

 

『ば……バカな⁉』

 

 明らかに格下の機体にダメージを与えず、一方的に圧倒された。ヨハンが目の前の状況に戸惑っている一方で、機体を不時着させたグラハムはヘルメットのバイザーを開け、ごふっと吐血した。

 

「この程度のGに体が耐えられんとは……」

『兄貴! テメェ、死になぁ!』

 

 ミハエルは怒りの咆哮を上げながら、唯一残された武装――GNビームサーベルを引き抜き、ヒビが入った地面に不時着したカスタムフラッグにとどめを刺そうとビームの光刃を突き刺そうとするが、しかしその進路は、上空から撃って来た粒子ビームによって阻まれた。

 

『なにっ⁉』

『この粒子ビームは……⁉』

「来たか、我が愛しのガンダムよ! やはり私と君は、運命の赤い糸で結ばれていたようだ!」

 

 四方が火の海と化したアイリス社の軍需工場の上空、追加装備「アヴァランチダッシュ」を装備したガンダムエクシアのコクピットで、刹那は沸々と湧き上がる怒りのままに、2機のスローネを見遣る。

 

 民間人への攻撃未遂。そして、今回もまた民間人の働く施設への攻撃。

 このような紛争を繰り広げる行為は決して、ガンダムのすることではない。

 故に、彼らはガンダムではない。

 

 刹那は操縦桿を握り締め、目の前にいる2機のスローネに通信を繋げつつ、宣戦を布告する。

 

「2機の新型ガンダムを紛争幇助対象と断定……アヴァランチダッシュ、目標を駆逐する!」

 

 エクシアが折りたたまれていたGNソードを展開すると、2機のスローネが戦闘態勢に入る。

 歴史上初に確認された太陽炉搭載機同士の戦いが今、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 双方が交戦を開始した瞬間、宇宙にいるプトレマイオスもエクシアの行き先を掴んだ。

 

「エクシアが大気圏に突入し、アメリカに位置するアイリス社の軍需工場へ降下! 新型ガンダムと思われる2機と交戦状態に入った模様です!」

 

 クリスの報告を聞き、スメラギとシャルはびくりと体を震わせた。

 新型ガンダムの行動は、刹那にとって許しがたいことであるのは理解できるが、王留美を始めとした有力なエージェントたちが殺害された今、地上に降りたら二度と宇宙に戻れなくなる。

 

「これでは二度と宇宙に戻れなくなるよ! どうしてエクシアのマイスターがそのような事――」

『――それでも刹那は行くさ、ガンダムの存在意義を確かめる為にな。俺も、覚悟を決めたのさ』

 

 コックピットに待機しているロックオンがシャルの疑問に返答すると、スメラギは微笑みを浮かべながら、ロックオンに出撃の指示を出す。

 

「デュナメス、GNアームズとドッキングして出撃! ロックオン、できることなら戦いを止めて欲しいの。ただし、現場の状況によっては貴方の判断に任せるわ」

『(要するに好きにしろってことだな……)了解! ロックオン・ストラトス、出撃する!』

 

 ロックオンはスメラギの指示に苦笑いしながら、操縦桿を動かしてGNアームズとドッキングしたデュナメスを発進させた。そして地球へと向かう途中で、後方から高速で飛翔してくる機影をEセンサーが捉えた。

 

『この戦い、僕たちも参加させてもらう!』

『TYPE-Eに乗っているのは俺だ!』

「ティエリア、ラッセも来たのか……!」

 

 その機影はGNアームズTYPE-Eとドッキングし、ティエリアのガンダムヴァーチェを積載した強襲用コンテナだった。

 

 

 

 

 

 両脚に装着した「ダッシュユニット」を機体の重心から離すように展開して「高機動モード」に移行したエクシアはGN粒子の質量変化を利用し、空を滑るように一瞬でツヴァイとの間合いを詰め、GNソードで斬りかかる。

 振るわれるGNソードを、ツヴァイはGNビームサーベルで受け止める。互いの剣が激しくぶつかり合い、エクシアが上から抑え込む形で2機は鍔迫り合いとなった。

 

『テメェ……なにしやがる⁉』

『聞こえるか、エクシアのパイロット! なぜ行動を邪魔する? 我々は紛争根絶の為に――』

「――違う!」

 

 刹那はヨハンの言葉を遮り、叫ぶ。

 

「貴様らは……貴様たちはガンダムではない!」

 

 そう叫んだ刹那は両肩のGNパーニアを展開し、粒子が噴き出したと同時にGNソードを持った右腕を大きく振り払う。途轍もない推力に押されたミハエルは機体を後退させ、エクシアとの距離を引き離す。

 

『あっぶね……こっちはガンダムなんだよ! テメェ、気でも狂ってんのか⁉』

『錯乱したか、エクシアのパイロット……ミハエル、応戦しろ!』

 

 ガンダムに向かってなに言っているんだ? と刹那が錯乱していると判断したヨハンはエクシアとの通信を切って、ミハエルに交戦の指示を出した。

 

 ヨハンはGNランチャーの砲口をエクシアに向け、一射した。刹那はGN粒子の慣性制御を利用して空中でくるりと機体を捻らせ、アインの砲撃を回避する。

 機体の体勢を立て直しつつ、刹那は両脚のダッシュユニットの先端にあるGNクローに内蔵されたGNビームサーベルを発振させ、ウエポンアームに装備されたGNビームサーベルを左手で引き抜くと、再びツヴァイへ挑みかかった。

 

「アヴァランチダッシュ、敵ガンダムタイプを圧倒する!」

『ちょ……四刀流だと⁉』

 

 ミハエルはコックピットのスクリーンから、四本の剣を構えて真っ直ぐ自機に突っ込んでくるエクシアを見た。これを喰らったら、いくらガンダムでも耐えられるはずがない。ミハエルは全速力でエクシアの斬撃を躱し、回避に専念することにした。

 

 その一方、離れた無人島で兄たちが苦戦しているのを見たネーナは、ヨハンの待機命令を無視して戦闘に加わった。

 

『兄兄ズはやらせないよ!』

『ネーナ、何故⁉』

「クッ、3機目か!」

 

 フリーダムとの戦いで右腕を失ったが、右肩部に装備されたGNシールドポッドは健在だ。エクシアが自機に背を向けた瞬間、ネーナはポッドのハッチを開き、内部に積載されたGNミサイルを全弾、エクシアに向けて発射した。

 しかしミサイルがエクシアの機体に命中する直前、突如撃ってきた粒子ビームに飲み込まれて跡かたなく蒸発された。

 

『ええっ⁉』

『援軍だと⁉』

「この粒子ビームは……!」

 

 ヨハンとネーナが驚いている一方で、刹那は短く呟き、ミサイルを撃墜した粒子ビームが飛来した方向を確認する。

 刹那は知っている、これだけの大出力の砲撃が可能な機体は異世界のガンダムであるフリーダムを除けば、1機しか存在しない。

 

「ヴァーチェ……目標を破壊する!」

 

 エクシアを襲うミサイルを撃墜した機体は、黒と白の巨体を持つガンダム――ティエリアの駆るガンダムヴァーチェだった。

 

「ティエリア・アーデ……!」

 

 モラリア共和国の一件が理由で反目していたにも関わらず、この場に駆けつけてきた。

 刹那はティエリアの行動に僅かに戸惑うも、すぐにその答えが分かった。

 

 ティエリア・アーデもまた、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターだから。

 

 

 

 

 

 ティエリアが戦闘に参加する少し前の頃。

 

「ロックオン・ストラトス……僕は徹底的にやらせてもらう!」

「おい! ティエリア!」

「行っちまったな、ロックオンはどうする?」

「ロックオン、ドウスル? ドウスル?」

 

 ロックオンは大気圏を突入した直後にコンテナから出撃し、全速で戦闘空域に突っ込んで行ったガンダムヴァーチェを見ながら、ハロとラッセに答える。

 

「ぶっちゃけ撃つ気満々だ!」

 

 スメラギは判断に任せると言ってくれた、つまりは好にしていいという意味であるが、できれば戦いを止めてほしいという要望も一応聞く。

 新型ガンダムの過激なやり方はCBの理念、そしてガンダムの存在意義を歪んだ。ロックオン自身もまた、彼らやり方に怒りを感じていた。それにティエリアは、彼らを徹底的に叩き潰す気だ。

 

 チームプトレマイオスの総意、と言っても問題ないだろう。

 

「刹那の気持ちも分かるさぁ……アイツはガンダムそのものになろうとしている、紛争根絶を体現する者にな……行くぜ! ハロ!」

「リョウカイ! リョウカイ!」

 

 続いてGNアームズとドッキングしたデュナメスも戦闘空域に突入し、ラッセの駆る強襲用コンテナもその隣についていくのだった。

 

 

 

 

 

「フォーメーションで行く、S32!」

「了解!」

 

 ティエリア提案に、刹那が即座に応じる。

 エクシアがヴァーチェの背後に回り、スローネアインのGNランチャーから放った粒子ビームをヴァーチェのGNフィールドが防ぐ。そのまま粒子ビームを防ぎつつ突進するヴァーチェの背後からエクシアが飛び出し、アインに斬りかかる。

 

 アインがそれを間一髪で回避すると、隙ができたエクシアにツヴァイがGNビームサーベルで斬りかかるが、エクシアは慣性制御を利用して右脚を蹴り上げ、GNクローに内蔵されたGNビームサーベルでそれを斬り払う。

 

 その瞬間を狙っていたヴァーチェがGNビームサーベルを引き抜き、アインの後方にいるドライに目掛けて斬撃を放つ。

 

『そんな機動性では……!』

『いただき!』

 

 ヴァーチェの斬撃が空を切った瞬間、ヨハンはGNランチャーの砲身をその巨体に向け、ミハエルとネーナも其々GNビームサーベルを引き抜いた。

 3人にとって、今はこのダンゴを仕留める絶好のチャンスだが、ティエリアにとって、これは彼らにソレスタルビーイングの切り札を見せるときだ。

 

「今だ! ナドレ!」

 

 ティエリアの虹彩が金色に輝く、そして叫ぶ。

 

 ティエリアの声に応じ、モニターの背景が赤色に変化する。

 その中央に「GN-004 NADLEEH」の文字が浮かぶ。

 

 ガンダムヴァーチェの装甲が瞬時にパージされ、内部のGN粒子供給コードを世界が嫉妬する髪のように靡かせる痩身の白いモビルスーツが現れた。

 

 このガンダムこそ、ソレスタルビーイングの最高機密――ガンダムナドレだ。

 

 不時着したカスタムフラッグのコクピットスクリーンを通じて、この場面を見たグラハムは一言を放った。

 

「柔肌を晒すとは……破廉恥だぞ! ガンダム!」

 

 カスタムフラッグのパイロットは変態だった。

 

 ガンダムナドレのツインアイが光を灯す、目には見えない特殊なフィールドを展開する。

 次の瞬間、3機の操縦システムに異変が起きた。3機のガンダムスローネが突然重力に引かれたかのように墜落し、受け身も取れずに地面に激突する。

 

『システムダウン! システムダウン! クルシイ! クルシイ!』

 

 3人は操縦桿を必死に動かすが、まったくもって意味が無い。

 

「ヴェーダとリンクする機体を全て制御下におく。これが、ガンダムナドレの真の能力……ティエリア・アーデにのみ与えられた、ガンダムマイスターへのトライアルシステム!」

 

 トライアル(審判)システム。

 それが、暴走したガンダムマイスターへ制裁を下す為のシステムだ。

 

「君たちはガンダムマイスターに相応しくない……」

 

 まるで法廷の裁判長のように、3人へ判決を言い渡すティエリア。ガンダムナドレがGNビームサーベルを構え直し、行動不能となったスローネアインを冷たく見据える。

 

「そうとも、万死に値する!」

 

 ティエリアの言葉と共に、ガンダムナドレは急降下を開始する。紛い物の太陽炉ごとスローネアインのコックピットを貫く為に突進するが……ビーム刃の先端がアインの装甲を貫こうとするその時、異変が起きた。

 突然ヴェーダとのリンクが途切れ、トライアルシステムが強制解除させられた。金色に輝く虹彩もノーマルに戻っている。

 

「トライアルシステムが強制解除された⁉ 一体、なにが……」

 

 ティエリアはヴェーダに記録された情報、その中で最も重要であるレベル7――ガンダムマイスターの個人情報を始め、歴代ガンダムやGNドライヴの建造データなどが収められたそのデータ領域の一部が、何者かに改竄されていたことを思い出す。

 

 レベル7のデータ改竄、ヴェーダのアクセス拒否、トライアルシステムの強制解除、そして新型ガンダムの存在と擬似太陽炉。

 この瞬間、ティエリアは確信した。やはりヴェーダは何者かにハッキングされていると……

 

 そこで、ナドレのコクピットにアラートが鳴り響き、ティエリアは我に返った。トライアルシステムの支配を脱した3機のスローネは素速く機体を上昇させる。その中、スローネアインはナドレにGNランチャーを向けている。

 

「クッ……やられる!」

 

 と思ったその瞬間、遠方から高出力粒子ビームが飛来してアインの左脚を吹き飛び、ツヴァイの左リアアーマーを掠めて損傷させた。

 粒子ビームが放たれたその先にある機体は、GNアームズとドッキングしたガンダムデュナメスと、ラッセの駆る強襲用コンテナだった。

 

「どうにか間に合ったようだな」

「新型の3機以外に、ユニオンのフラッグもいるようだ」

 

 ロックオンとラッセは戦況を確認しつつ息をつく。

 

 地面にはユニオンのフラッグが1機を確認された。動く気配がないが、とりあえず警戒しておこう。それにしても、刹那とティエリアが殆ど無傷に対して、向こうはボロボロである。凄い一方的な戦いだったことが分かる。

 

「(4対3か……フェアじゃねぇな……だが俺は容赦するつもりがねえ!)」

 

 エクシアとナドレはデュナメスの隣に並び、その後ろには強襲用コンテナが控えている。双方が睨みあい、対峙する。

 その後、撤退するような挙動を見せる3機に、ロックオンが有視界通信で呼びかける。

 

「逃げんのかい?」

『我々と敵対するつもりか、ロックオン?』

「じゃなきゃ、地球まで出張ってこねえよ!」

『君は私たちよりも先に戦うべき相手がいる。ロックオン……いや、ニール・ディランディ』

 

 ヨハンから自分の本名を聞いたロックオンは驚きを隠せなかった。

 ガンダムマイスターの個人情報は太陽炉と同じレベル7の最高機密。一介のマイスターでは知るはずがない。それなのに、彼らは知っていた。

 

 やはりフェレシュテの管理者――シャル嬢の言う通り、こいつらは普通じゃねえ!

 

「貴様! 俺の個人情報を……!」

『君がガンダムマイスターになってまで復讐を遂げたい者の一人は、君のすぐ傍にいるぞ……』

「なんだと……?」

『クルジス共和国の反政府ゲリラ組織、KPSA……その構成員の中に、ソラン・イブラヒムがいた……コードネームは刹那・F・セイエイ』

「刹那だとぉ⁉」

『そうだ、彼は君の両親と妹を自爆テロで殺した組織の一員。君の仇というべき存在だ』

 

 ヨハンたちが撤退した後、場が静寂に包まれた。

 チームプトレマイオス一行は付近の無人島に降下し、ロックオンは刹那に事情の説明を求めた。

 

 

 

 

 

 沙慈の姉――絹江・クロスロードを保護した後、我々は隼人の秘密基地へ帰投する途中だった。

 彼女は現在、隼人と王留美、紅龍と共にスローネフィーアに同乗している。彼女が死んだはずの王留美と会った瞬間、そのビックリした表情がとても印象的だった。

 

『おい悠凪! 11時方向にある島、緑色の粒子だ!』

『風間さん、この海域には他のガンダムが潜んでいたのですか⁉』

『ああ、そういうこった』

 

 隼人の言う通りに11時方向の無人島の映像を拡大すると、森の向こう側からGN粒子が噴き出しているのを見た。緑色のGN粒子は、間違いなく刹那たちだ。彼らと接触して、王留美が生きていることを彼らに伝えたほうがいいだろう。

 

「私も視認した、接触するか?」

『ああ、俺も彼らと接触したいと考えている。王留美はどうする?』

『いいでしょう、彼らと接触しましょう』

 

 王留美が同意したのなら、後は簡単だ。さて、刹那たちに会いに行こう……!

 

 

 

 

 

 転生者……いいえ、並行世界の旅行者へ警告します。

 争いの権化と欲深き者を打倒したとしても、この世界への裁定を阻止することはできません。

 貴方が紡いできた「絆」が、この世界に裁定を下す存在を消滅させる「鍵」となるでしょう。

 

 私はいつも貴方を見守っています……憎むべきはずの相手に手を差し伸べた、貴方を。

 

 つづく



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第18話 集う戦士たち

 太平洋に浮かぶ無数の島々には「ミッドウエー島」と呼ばれた島があった。

 20世紀に行われた「太平洋戦争」ではアメリカ海軍の管理下に置かれたが、現在は放棄されており、寄りつく者のいなくなった島は、さながら無人島と化していた。

 

 ヴェーダがハッキングされていたことと、協力者たちが裏切り者によって殺害されたこともあって、地上の拠点も制圧されていたのかもしれない。この為、チームトリニティを退け、アイリス社の軍需工場から離脱した刹那たち一行はこの島を臨時拠点として使うことにした。

 

 ヨハンから刹那の過去を知ったロックオンは刹那に事情聴取すべく、場所を森林に移した。

 最初は冷静に事情聴取をしていたロックオンだが、刹那からヨハンの言っていたことが全て事実と知った途端、怒りを抑えられなくなったロックオンは、腰につけていた拳銃を引き抜いた。

 

「刹那……お前がKPSAに利用されていたことも、望まない戦いを続けていたことも分かっている。だが、その歪みに巻き込まれ、俺は大切な家族を失った……失ったんだよ!」

「だからロックオン、君はマイスターになることを受け入れたのか?」

「ああ、そうだ」

 

 ティエリアの言葉に、ロックオンは僅かに頷く。

 

「矛盾してることも分かっている。俺のしていることはテロと同じだ。暴力の連鎖を断ち切らず、戦う方を選んだ。だがそれは、あんな悲劇を二度と起こさない為にも、この世界を根本から変える必要があるからだ。世界の抑止力となりえる圧倒的な力があれば――」

「――圧倒的な力……それが、ガンダム」

「そうだ。人を殺め続けた罰は、世界を変えてから受ける。だが、その前にやることがある……」

 

 そう言ってロックオンは、刹那の眉間に狙いを定める。

 

「止せ、ロックオン!」

 

 ティエリアが制止の声を上げるのを聞きながら、それでも拳銃を下ろさないロックオン。

 

「刹那……俺は今、無性にお前を狙い撃ちたい! 家族の仇を討たせろ、恨みを晴らさせろ!」

 

 刹那は何も言わず、受け入れるかのように目がまっすぐ、ロックオンを見つめ返していた。

 次の瞬間、乾いた銃声が森中に響いた。

 

 

 

 

 

 刹那・F・セイエイは生きていた。

 ロックオンは銃弾が発射される直前に、わざと刹那の眉間から照準を外したのだ。そして撃ち出された銃弾は刹那の僅かに斜め後ろの木に命中し、幹の表面に小さな穴が開いている。

 

「嘗て、俺は神を信じていた……信じ込まされていた……」

「だから『俺は悪くない』ってか?」

「違う……」

 

 刹那は首を横に振り、思う。

 

「この世界に神はいない……」

 

 小さい頃の刹那はとある人物の狂言に誑かされ、神の戦士として選ばれる為に、己の両親を自分の手で撃ち殺した。最初は神々の聖戦に参加できたことに誇りを感じていたが、仲間の死を次々と目の当たりに見た刹那は、あることに気づいた。

 

 死の果てに神はいない。

 

「答えになってねーぞ!」

 

 刹那は僅かに顔を俯け、そしてもう一度ロックオンに向き直る。

 

「俺は神を信じ、神がいないことを知った。あの男がそうした……」

「あの男?」

「KPSAのリーダー……アリー・アル・サーシェス」

「アリー・アル・サーシェス……? 誰だそいつは⁉」

「奴はモラリア共和国のPMCに所属していた」

「民間軍事会社に?」

 

 確認するように問いかけてきたティエリアに、刹那は小さく頷く。

 

「モラリアの戦場で、俺は奴と出会った……」

「そうか! あの時、君がコックピットから降りたのは――」

「――奴の存在を確かめたかった。奴の神が何処にいるのか知りたかった。もし、奴の中に神がいないとしたら、俺は……いままで、なぜ戦ってきたのか……」

 

 ロックオンは刹那に向けた拳銃を下ろし、言う。

 

「ゲリラの次は傭兵か……ただの戦争中毒じゃねーか! 奴のことはさて置き……刹那、一つ聞かせてくれ……お前はエクシアで何をする?」

「戦争の根絶」

「俺が撃てばできなくなる」

「構わない、代わりにお前がやってくれれば……この歪んだ世界を変えてくれ。だが、生きているのなら俺は戦う。ソラン・イブラヒムとしてではなく、CBのガンダムマイスター――刹那・F・セイエイとして」

 

 ソラン・イブラヒム……いや、刹那・F・セイエイは戦うことしか知らない。

 争いを否定したいのに、己の過去を変えたいのに、それでも戦うことしかできない。

 

「ガンダムに乗ってか?」

「そうだ」

 

 俺にとって、ガンダムも同じだ。

 紛争を根絶する為に作り出された兵器も、戦いを止める為に戦う俺自身も矛盾している。

 

 クルジスで俺を助けた0ガンダムも、そしてエクシアも、俺と同じだ。

 だから、そう――。

 

「――俺が、ガンダムだ……!」

 

 そう言い終えると、刹那はロックオンの拳銃を見つめる。

 申し開きや命乞いをするつもりはない。ロックオンが遺志を継いでくれるのなら、ここで撃たれても構わない。

 

 撃たれる覚悟は、とうにできていた。

 

「……アホらしくて撃つ気にもなんねえ!」

 

 ロックオンがそう言うと、手にしていた拳銃を腰のホルスターに戻す。

 

「まったくお前は、とんでもねえガンダムバカだ!」

「ありがとう、最高の褒め言葉だ」

 

 刹那が微笑んで、ロックオンは呆然とした。

 そして、無言のまま数秒が経った後、ロックオンは体を折り曲げて呆れたように笑った。

 

「は、ははっ……はははっ……」

「フッ……これが、人間か……」

『そうです、ティエリア・アーデ。人間は弱くて、不完全で、矛盾だらけな生き物だとしても……それでもお互いを笑い合い、支え合うことができます。そんな存在が、人間なんですよ』

 

 ようやく場の雰囲気が落ち着いたとき、上空から機械の駆動音と男の声が聞こえてきた。

 3人が頭を上げると、そこには蒼き翼のガンダム――フリーダムガンダムと、先ほど戦った新型ガンダムに似た外見を持つ未確認ガンダムの姿があった。

 

 

 

 

 

 地面に機体を着地させると、私はコックピットから降り、刹那たちに挨拶する。続いて隼人も機体のコックピットから降りてきた。

 

「お取り込み中のところ失礼します。君たちにはもう知っていると思いますが、組織内に裏切り者が出て、関係者たちが次々と殺害されています」

 

 刹那たちは何時でも拳銃を抜けるように身を構え、警戒を強める。彼らは私を警戒しているのではなく、私の後ろにいる隼人を警戒しているのだ。

 

「その情報は、君も把握していたのか……絢瀬悠凪」

 

 問いかけてきたティエリアに、私はその瞳を見つめながら返事する。

 

「そうです。そして裏切り者の正体を知っているのは私と、私の後ろにいる彼と、そのガンダムに同乗している者たちです」

 

 以前、俺は「異世界の来訪者」と自称したこの男がふざけていると思っていたが、実際はそうではなかった。この男は行動で示してくれた……そう、この男――絢瀬悠凪は信用できる。

 それにソレスタルビーイングに裏切り者が出た以上、さらなる事態の悪化を防ぐ為には、今は少しでも情報が欲しい。

 

 絢瀬悠凪が連れてきたあの男も、信じていいだろう。

 そう考えた刹那が警戒を解くと、ロックオンとティエリアも警戒を緩めた。

 

「降りてきていいぜ、王留美! 紅龍さんと絹江さんも!」

 

 機体の方に振り向いた隼人は大声を上げ、コックピットにいる王留美たちに呼びかける。

 

「バカな⁉」

「なっ……王留美だと⁉」

 

 3人がスローネフィーアのコックピットから降りてきたのを見た瞬間、ロックオンとティエリアはポカンとして口を開いた。その表情と反応は、沙慈の姉――絹江が死んだはずの王留美を見た時と同じだった。

 

 降りてきた王留美はゆっくりとこちらに歩いてきて、丁寧に挨拶の言葉を述べる。

 

「お久しぶりです、皆さん」

「まさか、生きていたとは……!」

「裏切り者に殺害されそうになった所を、この二方が助けてくださいました」

 

 それから王留美は、今まで関係者たちを殺してきた裏切り者はCBの監視者であり、リニアトレイン公社の総裁でもある人物――ラグナ・ハーヴェイとその裏に潜む国連大使一党であることを、刹那たちに伝える。

 隼人も自分自身がCBの元監視者であり、新型ガンダムと呼ばれた「ガンダムスローネ」を所有している「チームトリニティ」の元指揮官であることを、刹那たちに明かした。

 

「監視者ともあろう者が、計画に介入するとは……!」

「それに風間隼人、聞いたことある名前だぜ。確かドンでもないものを作った――」

「――モビルドールシステムっていう、無人で自律行動可能なMS用高性能AIだ」

「ヴェーダには作業用AIだと記されていたが、MS用だったのか⁉」

 

 ティエリアの言葉と反応から察するに、誰かが意図的にヴェーダにあったMDの関連情報を改竄したに違いない。それを行ったのは誰なのか、言うまでもないだろう。

 

 その事実に驚きを隠せないティエリアに、隼人は冷静に説明を続ける。

 

「タクラマカン砂漠の武力介入は覚えているか? 投入されたMSの総数は2112機だけど、有人機は832機のみ……それ以外は全部、MDを搭載した無人機さ!」

「そういうことか! だから数百機のMSでこちらに攻撃を仕掛けることができたか……」

「おいおい……俺たちが包囲殲滅されそうになった原因を作った野郎はお前かよ⁉」

 

 あの戦いの裏に隠された真実を知ったロックオンは隼人を非難するが、隼人はロックオンの言葉に反論することなく、ただそれを受け入れるように見つめ返した。

 

「許されないことだって、分かっている……あれを世に解き放っちまったのは俺の責任だ。自分の生み出した歪みを、自分の手で断ち切るのが筋ってもんだ! だから俺はここにきた!」

「(まさか、君の口からその言葉を聞けるとは。やはり人は、変わっていくものだ)」

 

 今の彼は昔と比べると、まるで別人のようだ。

 以前の隼人なら、自分の責任を他人に擦り付けるだろう。

 

 この世界に転生したことと、チームトリニティと出会ったことによって、隼人は変わろうとしている。私も隼人に対する恨みを捨てられるのか? もし、それができないとしたら、私は……

 

 私が思考に陥ったとき、無言で話を聞いていた刹那は隼人の面前に歩いていき、真面目な顔で意味不明な言葉を言い放った。

 

「風間隼人……お前はガンダムではない」

「は、はい⁉」

「ならば、お前はガンダムになれ!」

 

 何言ってるのか全然分からんぞ! やっぱこいつは、どうしようもねえガンダムバカだ!

 

「刹那はお前に『行動で示せ』って言っているようだ……」

「何のことだ? まるで意味がわからんぞ!」

 

 ロックオンは刹那の言葉を翻訳するが、それを聞いた隼人は更なる困惑に陥った。その一方で、隼人の傍にいる王留美はクスクスと笑いながら、困惑している隼人の顔を眺めていた。

 

 その後、刹那はここからそう遠くない所にある巨木にもたれかかる絹江の元に歩いていった。

 

「アンタのことは沙慈・クロスロードから聞いている。ただ、一つ聞かせてくれ……アンタはなぜ絢瀬悠凪と一緒に行動している?」

「私がソレスタルビーイングの情報を調査している途中で、ラグナ氏に雇われた傭兵に捕まえられて、殺されそうになりました。そこで私を助けたのはその二方、絢瀬悠凪氏と風間隼人氏です。ところで貴方、沙慈と面識があったのですか?」

「ああ、俺は沙慈・クロスロードと会ったことがある。そして彼からアンタのことを聞いた。アンタがこの場にいる以上、守秘義務は遵守してもらうぞ」

 

 刹那の言葉を聞き、自分の置かれている状況を理解した絹江は了解するように頷く。

 

 しばらくが経つと、遠いところにある草むらからカサカサと音がして、ティエリアはゆっくりと音のする方へ足を向けた。次の瞬間、草むらの中からトレミーの砲撃手――ラッセ・アイオンが出てきた。

 

「ティエリア、ナドレの調整が終わったことを報告しに来たんだが……っておい! あれは⁉」

 

 ラッセが睨みつける先にはフリーダムガンダムと、刹那たちが交戦したガンダムと似ている未確認ガンダムと、死んだはずの王留美の姿があった。ラッセは事態をうまく飲み込めず、ただ呆然とその光景を見ている。

 

 

 

 

 

 悠凪一行が刹那たちと話し合っている一方で、軍需工場から撤退したチームトリニティは太平洋上空にて彷徨っていた。

 

 3人は休息も補給も受けられないまま武力介入を継続していた為、パイロットも機体もボロボロな状態だ。ヨハンは隼人の秘密基地に救難信号を送ったが、まったく返答がないままだった。

 

「太陽炉の粒子発生率が20%、そろそろ限界か……」

 

 このままでは数時間後、擬似太陽炉が稼働限界時間を迎える。

 機能を停止したガンダムスローネはそのまま太平洋に墜落し、海の藻屑になってしまう。

 

「ったく、隼人の旦那は何してるんだよ⁉」

「もしかしてあたしたち、隼人さんに見捨てられ――」

「――そんなはずがない!」

 

 それでもヨハンは、隼人のことを信じている。

 

「ん? 接近中の機体……1機だけ?」

『よお! 世界を敵に回して難儀してるってのはアンタらか?』

 

 通信から声が聞こえたとき、3機のスクリーンには1機のモビルスーツが映し出された。

 それは擬似太陽炉を搭載した、ミハエルのスローツヴァイに似たガンダムだ。

 

「何者だ?」

『アリー・アル・サーシェス……俺は傭兵だ。スポンサーからアンタらをどうにか(皆殺しに)してくれって頼まれてな!』

 

 チームトリニティは全員、生き残ることができるか?

 

 つづく



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第19話 蒼と赤の剣舞

 スメラギはシャルの依頼を受け、フェレシュテの資源衛星内に保管している第二世代ガンダムと補給物資を回収する為に、プトレマイオスをラグランジュ1へ向かわせた。

 幸いなことに、この資源衛星は未だに裏切り者に占領されていないので、スムーズに回収作業を行うことができた。

 

「ガンダムサダルスード、及びアブルホール……コンテナへの積載が完了しました」

「残るのは倉庫内の補給物資とガンダムアストレアだけです」

「分かったわ、引き続き作業を続けてちょうだい」

 

 クリスとフェルトがそう報告すると、スメラギは返事しつつ特製ドリンクの入ったボトルを2人に渡した。

 

「あ、助かります」

 

 クリスが微笑して、スメラギからボトルを受け取る。

 

「フェルトもね」

「助かります、スメラギさん」

 

 艦長席に座ったスメラギがドリンクを一口飲むと、資源衛星内の格納庫との通信回線を開く。

 

「イアン、TYPE-F2の改修状況は?」

『突貫作業でやっている。しかし、最低でも12時間が必要だ』

「なるべく早めにお願い! いつ敵が来るか分からないから……」

『……分かった!』

 

 イアンがそう返事すると、スメラギは通信を切るのだった。

 そして艦長席にあるコンソールを操作し、シェリリンから提案された「アストレアTYPE-F2」の改修プランをブリッジのメインモニターに映し出す。

 

 改修プランの内容はこうだ。

 完成から15年を経て老朽化していた部品や腕部と脚部のハードポイント、グラビカルアンテナをエクシアの予備パーツと交換し、さらにガンダムであることを隠す為のセンサーマスクを取り外す。これらの改良により、機体の粒子制御能力が40%以上向上することになる。

 

 元々シャルはマスクを取り外すことを反対していたが、ハナヨが「フォンならそのマスクを取り外すと思う」と進言したことにより、これを仕方なく了承した。

 

 スメラギが資料を閲覧している最中に、ブリッジ左舷の通信席にいるクリスがドリンクボトルに口をつけ――。

 

「――ブハッ⁉ ……スメラギさん! このドリンクって……お酒じゃないですか!」

 

 クリスは息を吐き出して、ドリンクボトルを突き出しつつ抗議する。

 

「美味しいでしょう? 私の特製ドリンク」

「もう……スメラギさん!」

「……ふふっ」

 

 フェルトが控えめに笑い、スメラギとクリスはお互い目を合わせて微笑み合い、ブリッジは柔らかな雰囲気に包まれた。しかし、そんな雰囲気を破るかのように、通信が入ってきたことを示す断続的なビープ音がブリッジに響き渡った。

 

「スメラギさん、アレルヤからの定期連絡です……周辺宙域に異常なしとのことです」

「些細なことでもいいから、変化があったら直ちにこちらと連絡するよう、アレルヤに伝えて」

「了解!」

 

 スメラギの指示に頷くクリスは、警戒の為に出撃していたアレルヤに伝える。

 その後、ブリッジ内にいる3人は気を引き締め、周辺警戒しながら作業を継続するのだった。

 

 

 

 

 

「おや? 近くで戦闘が行われているようだ」

「赤い粒子ビームって……まさか、ヨハンたちが⁉」

 

 刹那たちがガンダムの調整を行っている最中に、私と隼人は宙へ消えて行った真紅の粒子ビームを目視した。

 チームトリニティが誰かと交戦しているかもしれない。そう判断した隼人はすぐさまガンダムに乗り込み、機体を発進させた。

 

「絢瀬悠凪! 今のを見たか?」

「ええ、この海域で何者かが戦闘を行っているようです。隼人は既に先行しています、我々も行きましょう!」

 

 走りながら声をかけてくる刹那に、私は僅かに頷き、刹那に出撃を要請する。

 

「分かった! 俺は仲間たちに知らせてくる!」

 

 刹那がそう返事すると、仲間たちに情報を伝えるべく来た道を引き返して行った。

 私はフリーダムのコックピットに乗り込み機体を発進させ、隼人のガンダムスローネフィーアが飛んで行った方向にある場所――クレ環礁へと向かった。

 

 

 

 

 

 世界で最も北にあるクレ環礁の上空で、アリー・アル・サーシェスはチームトリニティに怒涛の猛攻を仕掛けていた。

 

「貴様……何故私たちを!」

『生贄なんだとよ!』

「そんなことが……!」

『同情するぜ、可哀想になぁ!』

 

 アインがサーシェス機の繰り出した斬撃を辛うじて回避すると、GNビームサーベルを引き抜いたツヴァイはサーシェスの駆るガンダムに斬りかかる。しかし、サーシェスはそれを予見していたように回避して見せ、隙ができたツヴァイを蹴り飛ばすように右足を蹴り上げる。

 

「クッ……この野郎!」

「私たちは、ガンダムマイスターだ!」

 

 体勢を崩されたツヴァイを援護すべく、ヨハンは雄叫びのような声を上げながらGNランチャーを連射するが、その砲撃が尽く回避され、粒子ビームの光軸は夕焼けの空に消えていった。

 

「この世界を変える為に!」

 

 GNランチャーの砲撃を全て回避したサーシェスは操縦桿を握り締め、乗機の粒子放出量を増加させながら向きを変え、アインに向かって速度を上げ、叫ぶ。

 

『御託は、沢山なんだよぉ!』

 

 神速で己の間合いに入ると、サーシェスは機体の右肩部に装備されたGNバスターソードを引き抜き、アインのGNランチャーの砲身を両断する。そのまま勢いを付け機体を一回転させ、アインをツヴァイに向けて蹴り飛ばすように左足を蹴り上げる。

 

 蹴り飛ばされたアインはツヴァイと衝突し、2機は組み合ったまま太平洋へ落下していく。

 

『ハハハッ! 月を見ぬまま地獄に堕ちなぁ!』

 

 狂気の笑顔でその一言を言い放ったサーシェスがGNバスターソードを構え直すと、組み合った2機にとどめを刺そうと飛び込むが、しかしその進撃はGNビームサーベルを引き抜いたドライに阻まれた。

 

『死に急ぐか? ならば望み通りにしてやるよぉ、お嬢ちゃん!』

「やれるもんなら……やってみろよ! このクソ男が!」

 

 元々は兄たちを始末した後、ネーナみたいな小娘をたっぷりと甚振ってから始末するつもりだったが、彼女が自ら死を求めるのなら仕方ない。そう思ったサーシェスは機体を加速させ、ドライの機体を真っ二つに斬り裂くように剣を振り下ろすが――。

 

『――これ以上はやらせはせんぞ! ひろし!』

『なに? ……くぉぉぉっ⁉』

 

 通信から声が聞こえてきたと同時、ネーナはスクリーンから1機のガンダムが自分を庇うように身を挺し、手にしていたGNバスターソードをサーシェス機に叩きつけたのを見た。

 強く叩きつけられた反動で、サーシェス機は後ろへ大きく吹き飛ばされ、手にしていた両手剣もこぼれ落ちてしまった。

 

「遅れて済まない……お前はヨハンとミハエルの所へ行け! こいつは俺たちに任せろ!」

「隼人さん……はい!」

 

 強敵に追い詰められ、深い失意と絶望に陥った3人に希望を与えるかのように、通信に再び声が響く。その声の持ち主は自分たち兄妹を対等に接してくれた、美味しいご飯を食べさせてくれた、そして見捨てたりしないと約束してくれた最高の上司――風間隼人だった。

 

 

 

 

 

 夕日が沈み、夜が訪れた。

 

「まさか、イナグトではなくスローネヴァラヌスでお出ましとはな!」

 

 隼人はサーシェスの乗機が本来の歴史と異なっていることに驚きを感じた。

 胴体部分はジンクスの先行試作機――スローネヴァラヌスのものではあるが、両肩と両腰の大型GN粒子発生装置が取り外されており、頭部と四肢、そして武装はツヴァイの部品をそのまま流用している。機体のカラーリングが統一されていないことから、急造品であることが窺える。

 

 ひろしがここにいるってことは、ラグナの野郎はもう粛清されたと考えた方が良い。ヴェーダもそろそろ、あのクソ大使に完全掌握されるだろう……まあ、対策を考えるのは後にして、今はこのクソ野郎をぶちのめすのが先だぁ!

 

『この俺を邪魔しやがって……テメェ、洒落にならねえぞ!』

 

 不機嫌な声でそう言ったサーシェスは機体を加速させ、フィーアとの距離を詰めながら、左手でGNハンドガンを連射する。隼人はGNバスターソードを構え、雨のように押し寄せる粒子ビームの奔流を巨大な剣身でやり過ごす。

 

 左腕のGNハンドガンを連射しながら接近してくるヴァラヌスに、隼人は回避する素振りは一切見せず、ただ防御に徹している。まるで「何か」を待っているようだった。

 

『おらおら! どうした、ビビってんのかい?』

 

 と、通信から挑発の声が聞こえる。

 

 そしてヴァラヌスがGNビームサーベルを引き抜いた瞬間、夜空の向こうから九つの光軸が真っ直ぐ、ヴァラヌスに向かって飛来した。咄嗟にそれを回避したサーシェスはすぐさま機体を後退させ、スクリーンを確認する。

 

『翼持ちと、ソレスタルなんたらのガンダムだとぉ⁉』

「テメェをぶちのめしたいやつは、俺だけじゃないってことだ!」

 

 サーシェスはスクリーンから、こちらに高速で接近してくる機体はフリーダムと、その背中を追随しているエクシア、デュナメス、ナドレ、そして強襲用コンテナの5機を視認した。

 本来は虫の息の兄妹にトドメを刺すという楽な仕事だったが、ガンダム5機と戦うことは予想してなかった。流石に分が悪いと思ったサーシェスは急いで撤退するが――。

 

 ――しかし、そんな機会を与える程、我々は甘くないのだ!

 

「ロックオンとティエリアは、ここで敵に牽制射撃をお願いします。隼人、奴のファングコンテナを破壊するんだ!」

「了解だ! 牽制は俺たちに任せろ!」

 

 デュナメスはGNツインライフルとGNキャノン、ナドレはGNビームライフルでヴァラヌスを牽制している一方で、隼人が周辺の環境テータをコンピューターに入力すると、待機中のGNファングに攻撃指令を送る。

 

「環境テータ入力……よし! 行けよぉ、ファングゥゥッ!」

 

 鋭い叫び声がコックピットに響き渡り、2基のGNファングが射出される。ヴァラヌスが小刻みな動きでデュナメスとナドレの牽制射撃を回避している間に、GNファングはヴァラヌスの側面に回り込み、そのままの勢いで特攻を仕掛ける。

 

 この攻撃に気づいたサーシェスはすぐさま回避行動を取るが、その動きよりも隼人の牙が届く方が早い。高速で飛行する牙がヴァラヌスのサイドアーマーと衝突し、膨脹する火球に姿を変え、両側のファングコンテナを完全破壊する。

 

 その爆発を合図に、エクシアとフリーダムは一斉に動き出し、オールレンジ攻撃の手段を失ったヴァラヌスに肉迫する。高速移動モードで一気に距離を詰めるエクシアはGNソードを展開し、一気呵成の勢いで斬りかかる。

 

『クッソたれが……邪魔すんなよ、クルジスの小僧が!』

 

 なっ、この声は⁉

 何故だ……何故このような下劣な男がガンダムに乗っている!

 

「アリー・アル・サーシェス! 何故だ、何故貴様がガンダムに!」

「なっ……サーシェスだと⁉」

 

 通信から響く声に、ロックオンは絶句し、怒りを露わにした。

 まさか、こんな所で家族の仇と出くわすとはな……!

 

 突き飛ばすようにしてヴァラヌスとの距離を離すと、ライフルモードに切り替えたGNソードを連射する。エクシアの動きに呼応して、背中の翼を大きく広げたフリーダムはビームサーベルを引き抜き、ヴァラヌスに挑みかかる。

 

「もう逃げ場はない、観念しろ! アリー・アル・サーシェス!」

 

 急加速で間合いを詰めたフリーダムは、剣を持った右腕を大きく振り上げ、片手剣七連撃ソードスキル「メテオブレイク」を繰り出す。

 サーシェスは唇を噛み締め、その連続攻撃を辛うじて防ぎながら、叫ぶ。

 

『クソ! どうなってやがるんだこいつは⁉』

 

 あまりに先の読めない機動に、サーシェスは攻勢から守勢に転じざるを得なくなった。猛烈な勢いで振るわれる斬撃をGNビームサーベルでやり過ごしていると、別の方角からナドレがGNビームライフルを向けていた。

 

「今だ! 絢瀬悠凪!」

 

 感応波を通して、ティエリアの意図を悟った私はメテオブレイクの第七撃目を即座にキャンセルして、ヴァラヌスをナドレの射線に向かって蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされたヴァラヌスはナドレの射線に入り、粒子ビームに右足首を貫かれた。

 

 サーシェスが機体の姿勢を安定させると、背後からエクシアとフィーアが斬りかかる。

 

「貴様のような男が、ガンダムに乗るなど……!」

『チッ……テメェの許可が要るのかよぉ!』

 

 GNソードを振り上げ、己の間合いに入ったヴァラヌスに斬りかかるが、それに合わせるように振るわれたGNビームサーベルに斬り払われ、体勢を崩してしまった。エクシアに追い打ちをかけるように、ヴァラヌスは左足を振り上げ、GNソードをエクシアの右腕から蹴り飛ばす。

 

「もらったッ!」

 

 フィーアが両肩のGNビームサーベルを引き抜くと、背を向けているヴァラヌスに向かって突進する。サーシェスは急接近する敵機にヴァラヌスを正対させ、振るわれた粒子束を斬り払う。

 

『動きが丸見えだよぉ!』

 

 そう叫んだサーシェスは機体を上昇させ、フィーアの左肩を踏みつけてから180度反転、そのまま一気に加速して離脱を試みるが――しかし、そこに強襲用コンテナから放たれた粒子ビームが飛来する。

 

『カトンボが! 目障りなんだよぉ!』

 

 サーシェスはその射線を見切ると小刻みな動きで躱し、GNハンドガンで応射する。

 

「なんて正確な射撃だ⁉」

 

 緊急旋回してそれを辛うじて回避したラッセの声が響き、ロックオンは長砲身のGNツインライフルを掲げ、その砲口をヴァラヌスに向け、撃ち放つ。巨大な光条が夜空を裂き、ひらりと身を躱したヴァラヌスの機影が宙に浮かび上がった。

 

 ヴァラヌスのコックピットに、ロックオンの声が響いた。

 

「KPSAのサーシェスだな⁉」

『クルジスのガキに聞いたかぁ!』

「クッ……アイルランドで自爆テロを指示したのはお前か! 何故あんな事を!」

 

 怒りを抑えられなくなったロックオンは機体のGNフィールドを展開し、離脱しようとするヴァラヌスに体当たりを仕掛ける。

 

『俺は傭兵だぜ……それにな! AEUの軌道エレベーター建設に、中東が反発すんのは当たりめーじゃねぇかぁ!』

 

 それを難なく回避したサーシェスがそう言い返すと、水平方向を制御して機体を旋回させたデュナメスはGNアームズの左側面に装備された大型ミサイルコンテナを展開し、積載されたGNミサイルを斉射する。デュナメスの行動に呼応するように、フリーダムは全砲門を開き、ヴァラヌスに目掛けてフルバーストを放つ。

 

「関係ない人間まで巻き込んで!」

『テメェらだって同類じゃねーか、紛争根絶を掲げるテロリストさんよぉ!』

「咎は受けるさ……お前を倒した後でな! この戦争中毒めがぁ!」

 

 そのどれもが広範囲を制圧する攻撃。回避するのは至難の業だ――しかし、ヴァラヌスは全弾を回避して見せた。スクリーンからその機影を見たロックオンは、心の中で舌打ちをした。

 

 ソレスタルビーイングは紛争根絶という理念の為に戦っている。

 ハッキリした信念はなく、争いの火種を撒き散らすテロリストなどと一緒にされては困る。

 

「我々を貴様のような男と一緒にされては困るッ!」

 

 そう叫んだティエリアはGNビームサーベルを引き抜き、GNビームライフルを乱射しながら、ヴァラヌスに挑みかかる。サーシェスは機体を傾けて回避するが、胸部装甲を掠めてサーベルとの間に火花とスパークが飛び散る。

 

「ティエリア、下がれ!」

 

 刹那がそう叫ぶと、左ウエポンアームにマウントされた2本のGNブレイドを引き抜き、ヴァラヌスの背後から斬りかかる。

 しかし、それを予見していたのか楽々回避してみせたサーシェスが機体を急速に後退させ、エクシアの間合いから離脱する。

 

 そして5機のコックピットに、サーシェスの声が響いた。

 

『ガンダム……こいつはとんでもねぇ兵器だ、戦争のし甲斐がある!』

 

 ヴァラヌスがもう1本のGNビームサーベルを引き抜き、二刀を構えて突進する。

 

『テメェらのガンダムもその為にあんだろぉ!』

「――違うッ!」

 

 左手のGNショートブレイドで斬撃を受け流そうとするが、その全力を込めた突きに受け流しきれずに剣が弾かれてしまう。

 

「絶対に違う! 俺たちのガンダムはッ!」

 

 確かにガンダムは兵器だ。だが、使い方次第では人を守る力になりうる。

 絢瀬悠凪はそれを証明してくれた……どんな力であっても、結局はそれを使う人間次第だ。

 

 そう……俺はこの力を、紛争根絶の為に使う!

 俺たちのガンダムは、その為に存在している!

 

 しかし、GNロングブレイド1本だけでは、2本のGNビームサーベルには敵わない。

 手にしていたGNロングブレイドはあっけなく弾き飛ばされ、さらに背後を取られた。

 

 この瞬間、刹那は死が間近に迫っているのを感じた。

 

『こいつで終わりだぁッ!』

 

 しかし、X字に振るった2本のGNビームサーベルが、空を切った。

 

 

 

 

 

 アリー・アル・サーシェスは絶句した。

 確実に仕留めたはずが、何の手応えもなかった。

 

『なんだ? どうなってやがる⁉』

 

 サーシェスはふと、視界の端を何かがよぎったような気がした。

 

『そこか!』

 

 サーシェスは振り向きざまにGNハンドガンを乱射する。

 しかし、粒子ビームを放つ瞬間、もう既にそれは消えている。粒子の軌跡を追って機体を旋回させ、GNハンドガンを乱射し続けるが、尋常じゃない速度で動くそれを当てることはできない。

 

「エクシアが消えた? どうなっているんだ⁉」

「いや、エクシアは消えていない。それにしてもこのスピード……速すぎる⁉」

「(よし、トランザムの制限が解除された……!)」

 

 ロックオンは目視でエクシアを探しているが、見つけることができなかった。

 その一方で、高速で飛行しているエクシアの反応を3機のEセンサーが捉えた。

 

 今のエクシアは、基本スペックの2倍近いスピードで飛行している。

 

「(封印が解けるか……)」

 

 心からそう呟くと、私はコンソールを操作して、エクストリームブラストモードを起動させる。

 同時に、私の頭の中にある「何か」が割れた。

 

 その直後、フリーダムの機体が淡い銀色に光り、背中の翼が蒼く輝き始める。

 2本のビームサーベルを引き抜くと、それを二刀に構えたフリーダムは残像が見える程のスピードでヴァラヌスに肉迫していった。

 

 一方で、刹那はコックピットのスクリーンを呆然と眺めていた。

 サーシェスの攻撃を、そのまま受けるつもりは勿論なかった。例えエクシアに重大な損傷を受けようとも、刹那は応戦しようとしていた。

 

 しかし、エクシアは想像を絶するスピードで刹那の思いに応えてくれた。

 そしてサブモニターには今まで見たことのないインタフェースが表示されていて、中央にはCBのエンブレムと「TRANS-AM」の文字が表示されている。

 

「このガンダムは……!」

『GNドライヴを有する者たちよ……』

 

 突如、コックピットの通信モニターに映像が割り込んできて、映像に映し出された老人はCBの創設者――イオリア・シュヘンベルグだった。

 

『君たちが、私の意志を継ぐものなのかは分からない。だが、私は最後の希望を……GNドライヴの全能力を君たちに託したいと思う。君たちが真の平和を勝ち取る為、紛争根絶の為に戦い続けることを祈る。ソレスタルビーイングの為ではなく……君たちの意思で、ガンダムと共に』

 

 やはりイオリア・シュヘンベルグの計画は、紛争を拡大するようなものではなかった。

 

『どんな手品か知らねぇが――なにッ⁉』

 

 静止したエクシアの背後から、ヴァラヌスが躍りかかったが――その進撃は蒼く輝くフリーダムに阻まれる。種割れ状態の悠凪が操縦桿を握り締め、二刀流上位ソードスキル「スターバースト・ストリーム」を発動させる。

 

 全ての追加ユニットを展開して「GN粒子最大開放モード」へ移行したトランザム中のエクシアはGNクローに内蔵されたGNビームサーベルを発振させ、ウエポンアームに装備された2本のGNビームサーベルを引き抜くと、目にも追えないスピードでヴァラヌスに飛びかかった。

 

「うおぉぉぉぉっ!」

 

 直後、サーシェスの駆るスローネヴァラヌスは蹂躙された。

 蒼く輝くフリーダムに全身を斬り刻まれ、赤く輝くエクシアに打たれ、蹴り上げられる。

 

『――ぬがあああああっ⁉ こっ、この俺がぁぁっ⁉』

 

 スローネヴァラヌスのコックピットには、サーシェスの悲鳴が木霊する。

 

「刹那! その者にトドメを……!」

「了解……アヴァランチダッシュ、争いの権化を駆逐する!」

 

 宙に舞い上げられたヴァラヌスに向かって、4本のGNビームサーベルを構えたエクシアが飛翔し、その機体を四つに斬り裂く。

 

『まだだ! まだなんだよ! 俺はまだ満足しちゃいねえんだ――くそがぁぁぁっ!』

 

 斬り裂かれたヴァラヌスの機体がX字に割れ、巨大な火球に転じる。擬似太陽炉の真紅の粒子が空中に散布される。

 

 刹那は自らの手で争いの権化に引導を渡し、自分の過去と決着をつけることができた。

 そしてしばらくが経つと、黒い爆煙の中からエクシアが姿を現す。

 

「これが、トランザムシステム……俺は、俺たちは、託されたんだ!」

 

 

 

 

 

 戦闘が終えると、我々は海上にある無人島に不時着したチームトリニティの元へ向かった。

 

「あいつらをお前の拠点に?」

「そうだ、そこなら機体の修理や補給、そして改造を行うことができる」

「俺は賛成だけど、お前らはどうする?」

 

 隼人がそう問いかけると、兄妹3人は首を縦に振り、賛成の意向を示した。

 

「ソレスタルビーイングの皆さんも、私と一緒に来てもらえませんか? 君たちに是非、お見せしたいものがありまして」

「我々に見せたいものとは?」

 

 確認するように問いかけてきたティエリアに、私は答える。

 

「……ガンダムです。火星と木星の間にあるアステロイドベルトで発見され、私が回収しました」

「なら、我々も行こう。後でスメラギ・李・ノリエガに報告する」

「了解だ、ティエリア」

 

 私は次元転移システムのインタフェースを開き、クロスゲートを空中に出現させる。ふと周りを見ると、全員が驚きを隠せないように、口をあんぐり開けていた。

 

「うわぁ……(やっばり俺の知らない新兵器か⁉)」

「改めて見ると、やっぱスゲーもんだな……」

「そのゲートを通り抜けた先が私の本拠地です、行きましょう」

 

 これだけのガンダムを目にしたら、エイフマン教授がどんな反応を示すのか、楽しみだ。

 美玖はきっと、寂しがってるんだろうな。

 

 つづく

 



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第20話 旅行者の居城にて(前)

今回はR-17.9要素が少し含まれています。


 トランザムシステムの使用が可能となった一方で、回収作業を行っているプトレマイオスにイオリアのメッセージとトランザム、そして「ツインドライヴシステム」なる太陽炉の新運用法のあらゆるデータが送られてきたのだった。

 

 警戒の為に出撃していたアレルヤに帰還命令を出すと、スメラギは全員を艦内のブリーフィングルームに集合させ、緊急ブリーフィングを始める。帰還したアレルヤがブリーフィングルームに入ると、スメラギはそれらの解析図を床面のスクリーンに映し出す。

 

 ツインドライヴシステムは機体の設計と開発も間に合わない以上、必然的にトランザムシステムに注目が集まる。

 

「機体に蓄積された高濃度圧縮粒子を全面解放し、一定時間スペックの3倍に相当する出力を得るシステム。しかし、使用直後は機体性能が極端に落ちる……まさに諸刃の剣ね」

 

 スメラギは胸元で腕を組みながら、そう呟く。既にシステムの概要は把握していた。

 

「これが、オリジナルの太陽炉にのみ与えられた機能……トランザムシステム」

「まさかGNドライヴにこんなシステムが組み込まれていたとは……!」

 

 アレルヤとイアン、そしてシャルは真剣な瞳で解析図を眺める。

 このトランザムシステムはガンダムのOSに搭載していたものではなく、オリジナルの太陽炉にブラックボックスとして搭載されていたシステムだ。だが、現存のいずれのガンダムにおいても想定されていなかった装備である為、任意でのシステム解除が出来ないという欠点がある。

 

「機体の出力が通常の3倍になるとは言え、一時的なパワーアップでしかありません。それに任意解除が出来ない以上、使いところを考えないといけありませんね」

「しかし、このシステムを上手く使えば、数的な不利がひっくり返せそうだな」

 

 イアンの言葉に、3人は頷く。

 突如、通信が入ってきたことを示す断続的なアラームがブリーフィングルームに響き渡った。

 

「スメラギさん、通信が……えっ、これは⁉」

「どうしたの?」

「絢瀬悠凪さんからの通信です! 繋ぎますか?」

「クリス、すぐにメインスクリーンに出して!」

 

 スメラギの指示に頷くと、クリスは映像通信を壁面のメインスクリーンに映し出す。

 

 

 

 

 

 映し出された映像の中央には悠凪と美玖、その傍には刹那とロックオン、ティエリアとラッセ、死んだ筈の王留美と紅龍、そして悠凪に連れ去られたエイフマン教授の姿があった。しかも教授の隣には、初対面の方々が4人いる。

 

「なっ……⁉」

 

 目の前の映像に、スメラギは驚きのあまりに声が漏れた。王留美が生きていたことは予想外だったが、何よりスメラギを驚かせたのは、こんな形で自分の師であるレイフ・エイフマン教授と再会することだ。

 

「お久しぶりです、スメラギ・李・ノリエガさん」

『えっ、ええ……あの会談以来ですね、絢瀬さん。鳳凰院さんも、お久しぶりです』

 

 挨拶の言葉を述べると、美玖は微笑んでこくりと挨拶を返した。

 スクリーンから見る限り、トレミーのブリーフィングルーム内にはスメラギとアレルヤ、クリスとフェルト、そしてイアンと……銀髪の女性がいるな。ん? 顔に傷の跡があるな……彼女はもしやフェレシュテの創設者――シャル・アクスティカなのか⁉

 

「長い銀髪のお嬢さん、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

『初めまして、絢瀬悠凪さん。私はCBのサポート組織――フェレシュテの創設者、シャル・アクスティカです。貴方のことはミス・スメラギから聞いております。以後、お見知り置きを』

「……! こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 トレミーとフェレシュテ、本来なら出会うはずがない実行チームとサポートチームが合流していたとは、これは驚いた! この世界の歴史が、本来とは違う方向へ発展していく……このまま事を進めば、新たな並行世界が生まれるに違いない。

 

 お互いに挨拶を交わすと、本題に入る。

 先ずは、エイフマン教授と王留美の暗殺についてだ。

 

「貴方も知りたいでしょう。なぜ私がレイフ・エイフマン教授を連れ去ったのか、なぜ死んだはずの王留美が生きていたのかを……」

『その話、詳しく聞かせてください』

 

 そう言ってスメラギは小さく頷く。私は把握している情報をそのまま彼女に伝える。

 

「3機の新型ガンダム――ガンダムスローネがMSWAD基地を襲撃した理由は、GNドライヴの秘密を突き止めたレイフ・エイフマン教授の暗殺です。死なすには惜しいので、私が連れ去りました。そして、スローネのパイロットは教授の隣にいる3人で、暗殺を計画した首謀者はリニアトレイン公社のラグナ総裁と、ユニオンに所属するコーナー大使です。この2名は社会を動かす者であり、CBの監視者でもあるのです」

『そんな……! ラグナ総裁と国連大使は、王留美の暗殺にも関与していたのですか?』

 

 問いかけてきたスメラギに、私は小さく頷いて返事をする。

 

「その通りです」

 

 私が返事すると、スメラギは頷いて了解の意思を示す。

 

 実際、彼らの暗殺対象はエイフマン教授と王留美だけではなく、隼人を始めとした監視者たちも対象に含まれていた。そして美玖の誘拐も企んでいた……貴様は私の逆鱗に触れた、楽に死ねると思うな、アレハンドロ・コーナー!

 

 王留美が私の肩に手を当て、言う。

 

「ミスター・アヤセ、後はわたくしが説明いたしましょう」

 

 私が頷くと、王留美は私に軽く一礼をしてから、スメラギに現在の世界情勢と、アレハンドロ・コーナーの目的を説明する。

 

「コーナー大使の目的は、世界を牛耳ることです。その為に彼はヴェーダを乗っ取り、CBの関係者たちを無残に殺害して、奪った資産で人類史上最大規模の軍隊を作ろうとしています。人類を支配する為に……!」

 

 それを聞いたスメラギとシャルは口元を押さえ、驚きと怒りの入り混じった、複雑な表情を見せる。一方で、彼らの非道な行いに驚かされたフェルトとクリスは身体を震わせ、怯えたような表情を浮かべた。

 

『まったく胸クソ悪い連中だ……こりゃ武力介入するしかないよな! スメラギさん』

『ええ、そうね。彼らを野放しすることができないわ』

『亡くなられた仲間たちの犠牲を無駄にしない為にも、フェレシュテも全力を尽くします』

 

 イアンの言葉に、スメラギとシャルは頷いて賛同の意思を示す。

 

「なあ、ちょっといいか?」

 

 隼人がそう言うと、足を前に一歩踏み出す。どうやら言いたいことがあるようだ。

 それを察した王留美は小さく頷いてから、隼人の後ろへ下がる。

 

「俺の名は風間隼人。元監視者であり、こいつらの元上司でもあるんだ」

「スローネアインのガンダムマイスター、ヨハン・トリニティです」

 

 隼人が自己紹介をした後、ヨンハはそう礼儀正しく挨拶し、続いてミハエルもニヤッと笑いながら名乗り、ネーナは普通に挨拶をした。

 

「スローネツヴァイのガンダムマイスター、ミハエル・トリニティだ」

「スローネドライのガンダムマイスター、ネーナ・トリニティよ」

『みんなも若いのですね。それに名前が……』

 

 スメラギの疑問に、ヨハンは生真面目に答えます。

 

「血が繋がっています、私たちは実の兄妹です」

 

 頷いて了解の意思を示すと、スメラギは隼人に問いかける。

 

『ところで、元監視者とは一体……?』

「俺とヨハンたちも、あのクソ大使に殺されかけたんだよ。今は監視者じゃなくなっているが、少しでも長く生き伸びる為に、あのクソ大使をぶちのめす為に、悠凪と共に行動している。それと、あのクソ大使が作ろうとしている軍隊は、無人MSを主に構成される大軍勢だ」

『無人MSには、どのようなOSを搭載する予定なんですか?』

 

 確認するように問いかけてきたスメラギに、隼人はコクリと頷き返事をする。

 

「無人MSに搭載されるOSの名前は『モビルドールシステム』という。ちなみにこれを世界に公開した野郎は俺だ。このOSが搭載された1000機のヘリオンも、タクラマカン砂漠の共同軍事演習に投入されていた」

『おいおい……機械兵士による世界戦争でも始める気か⁉』

「あのクソ大使なら、やりかねないぜ」

 

 なぜ三大国家陣営が2000機にも及ぶMSを投入することができたのか、これでハッキリと分かった。しかし、ヴェーダには作業用AIだと記されていたはずだけと、MS用だったとは。情報が最初から間違っていた?

 いや、ヴェーダがハッキングされたことから考えて、情報が改竄されていたのかもしれない。

 

 真相を知ったスメラギは、マイスターたちを危険な目に遭わせた原因を作った隼人を非難しようとするが、非難した所で何も変わらない。むしろ今はお互いの情報を交換することが重要だ。そう考えたスメラギは気を取り直して、話を先に進める。

 

『監視者たちが計画を干渉していたなんて……!』

「もう一つ驚いてもらうぜ。3機のスローネはハッキングされた産物だ!」

『まさか、オリジナル太陽炉まで⁉』

「いや、ハッキングされた産物は機体だけだ。太陽炉は……実際に資料を見た方が分かりやすい」

 

 そう言って隼人はネーナからHAROを借り、中に記録されている「初期型太陽炉」の解析図をトレミーに送信する。

 

「オクッタゼ! オクッタゼ!」

「サンキュー、HARO」

 

 と、送信した資料がブリーフィングルームの壁面スクリーンに映し出された。

 

『なるほど……オリジナルがTDブランケットの使用によって半永久的にGN粒子を生成できるのに対し、こいつはそれがなく、活動時間に限界がある。言わば模造品ってことか』

「模造品と言うより、こいつは初期型太陽炉だぜ? イアンさんよ。GN粒子生成の手法として先に生まれたのはこいつだ。詳しくことはエイフマン教授が説明したほうがいいかと……」

 

 隼人が下がると、エイフマン教授は初期型太陽炉の仕組みをトレミーの面々に説明する。

 

「この初期型太陽炉は、電力を使って特殊粒子を生成する変換炉じゃ。君たちが使っているものと同じ性質を持つ粒子を生成できるが、トポロジカル・ディフェクトを利用してない為、その運用には電力を必要とする。この仕組みの動力機関は、地球圏での生産が可能じゃ!」

『つまりこいつは偽物ではなく、我々の使っているGNドライヴのプロトタイプってことか』

 

 オリジナル太陽炉と違って地球圏での生産が可能。なぜ3機のガンダムスローネが突如現れたのか、その理由が分かった。だが――。

 

『――もしこんなものが大量生産されたら……!』

 

 初期型太陽炉とそれを運用するMSが量産されたら、CBの壊滅は避けられない。

 

「初期型太陽炉を搭載した量産試作MSは、すでに生産されています。我々は太平洋上空にてその機体と遭遇・交戦し、刹那が撃墜しました」

「しかし、その機体と交戦している最中に、エクシアは奇妙な発光現象が起きていた。刹那の話によると、トランザムシステムというものが戦闘中に突如起動したのが原因らしい。イアン、何かを知っているか?」

 

 ティエリアがそう問いかけると、スメラギはトランザムシステムの解析図をこちらに送信し、イアンは刹那たちにシステムの仕組みを簡単に説明する。

 

「トランザムがあれば、俺たちのガンダムは戦える」

「ハッ、イオリアのじいさんも大層な置き土産を残してくれたもんだ」

 

 概要を把握した刹那が呟き、ロックオンが笑みを浮かべる。

 次は、ガンダムラジエルの件だな。

 

 

 

 

 

「次は……そうですね。イアンさんにお聞きしたいことがあります」

『ワシに聞きたいこと?』

「このガンダムは、CBの所有物なのでしょうか?」

 

 そう言いながら、私は性能実験施設に搬入されたガンダムラジエルの映像をメインスクリーンに映し出す。ラジエルの姿を目にした瞬間、イアンとシャルは驚きのあまり口をぽかんと開けて私を見つめた。

 

『ちょ……ラジエルだと⁉』

「アステロイドベルトで発見された機体は、ガンダムラジエルだったのか⁉」

 

 隣にいるティエリアも同じ反応を示した。

 

「ええ。しかもコックピットの中に、パイロットの亡骸がありました」

『グラーベ……!』

「それってもしかして、グラーベ・ヴィオレントのことか?」

 

 ロックオンの言葉に、ティエリアは僅かに頷く。

 

「そうだ。彼はガンダムラジエルのマイスターを務めていた」

「ロックオン、知り合いか?」

「いや、グラーベさんは俺をCBにスカウトした人物だ」

『そして、居場所のない僕をスカウトした人物でもある』

 

 この場にいるロックオンと、スクリーンの向こう側にいるアレルヤは、グラーベとの関係を明かした。本来はレベル7の機密情報だったが、ヴェーダがハッキングされた時点で、すでに機密ではなくなっている。それにラジエルがこの浮遊城にいる以上、もう隠し通すことはできない。

 

「私はガンダムラジエルとそのパイロットの亡骸を、CBに返還する用意があります」

 

 私がそう言うと、スクリーンの向こう側にいるシャルが真っ直ぐ私を見つめた。スクリーン越しでも、彼女の視線を感じる。

 

『グラーベとラジエルを見つけてくれて、本当にありがとう。ですが今は、貴方の拠点に保管してもらいたいのです。こちらの拠点の殆どが、裏切り者によって占領されています。機体が裏切り者に奪われる可能性がありますので、だから――』

「――了解しました、シャルさん。グラーベさんの亡骸とガンダムラジエルは引き続き、私の拠点で保管します」

 

 その要求を了承した後、シャルは私に向かって深々と一礼した。

 シャルの言葉から得た情報によると、CBの拠点の殆どが大使の手先に占領されていた。我々に残された時間はそう多くはない。それとMD搭載機が大量投入されることを想定して、広域殲滅能力を持つ「ミーティア」や新装備などをフォーリン・エンジェル作戦に投入することも視野に入れるべきだろう。

 

 それからティエリアがスメラギに定期報告を提出し、暫くここに滞在するとスメラギに許可を求める。スメラギはこれを快諾し、ガンダムのある程度の整備も許可してくれた。研究材料が増えたことに、エイフマン教授は大変喜んでいる。

 

 

 

 

 

 全員が退室した後、エイフマン教授はスメラギと1対1で話し合っていた。

 

「久しぶりじゃのう……クジョウ君」

『お久しぶりです、教授。まさかこんな形で貴方と再会するなんて、思ってもみませんでした』

「ワシもそうじゃ。君がCBのメンバーになっていたとは、ビリー君もきっと驚くじゃろうな」

 

 ビリーの名を聞いた途端、スメラギは僅かに顔を俯け、視線を横へ逸らした。何か言いたくない事情があるのだろう、と思ったエイフマン教授はビリーの話を棚に上げ、話題を変える。

 

「クジョウ君。君はまだ『あの事故』を気にしているのかな?」

『……はい。そのことを、今でも気にしています』

「だから君は、CBのメンバーになることを決意したのか?」

 

 エイフマン教授の言葉に、スメラギは小さく頷く。

 

 大学を卒業した後、スメラギ……リーサ・クジョウはAEU軍に参加し、戦術予報士を務めていた。しかし、とある作戦では味方同士の連絡ミスにより同士打ちとなる事故を起こして多くの死傷者を出し、彼女の恋人もこの事故で亡くしてしまった。

 この事故以来、彼女は軍務や戦術予報から退いたが、CBに勧誘された件を切っ掛けに紛争根絶を強く望むようになった。

 

『はい……CBに参加したことを、私は後悔してません。自分が選んだ道なんですから』

 

 モラリアがCBの武力介入によって降服した以降、エイフマン教授はCBが滅びの道を歩んでいると考えていた。だが、暗殺事件を経験し、その裏に隠された真相を知った今、その考えが180度変わった。

 

 CBという組織は悪ではあるが、必要悪だった。

 法律では裁けない悪を裁くには、彼らのような存在が必要不可決だ。

 

 今までの行動から察するに、CBは自分たちが世界共通の敵と認識される事により、全人類を一つにまとめようとしているのかもしれない。しかし、歪みを内包したまま統一された人類は、果たして未来があるのか? イオリアはきっと、そんな世界を望んでないはずだ。

 

 紛争根絶はイオリアの計画の一つの段階に過ぎない、真の目的は他にある。

 その目的は何なのか、この目で確かめたい。

 

「ならそれでいい。君たちの戦いの先にある未来を、ワシにも見せてくれ」

 

 スメラギがエイフマン教授に微笑みながら頷くと、通信を切るのだった。

 

 

 

 

 

 刹那たちとトリニティ3兄妹、隼人と王留美、紅龍と絹江を居住区画の屋敷に案内した後、私と美玖はあの馬鹿でかい邸宅に帰宅した。そして階段を上り、2階の寝室に入ると、美玖はベッドの上に座り、私に「おいで」と手招きをした。

 

「(美玖の膝枕を楽しみでもするか……)」

 

 そう思うと、私は大人しく美玖の膝に頭を預ける。

 誘ってきたからには、存分に味わうつもりだ。

 

「お疲れ様です、悠凪くん」

 

 労いの言葉をかけてくれながら、美玖は私の頭をそっと撫でてくれた。

 私は欲求不満なのか、美玖の膨大な質量を持つ双丘を見ると、無性に触りたくなった。

 

「いつも美玖に癒される……」

 

 疲れが取れていくのを感じる。だが、美玖を思いっきり押し倒したい気持ちが高まった。

 

「疲れてますね。それに悠凪くん、色々溜まってますよね?」

「……気付いたのか」

「えっ……ぎゃあ⁉」

 

 次の瞬間、わたしは突然起き上がった悠凪くんに押し倒され、馬乗りにされました。

 しかも、悠凪くんに左胸を鷲掴みにされました。今日の悠凪くんはいつもより強引で、わたしの胸を掴む手の温度はいつもより熱くて、ちょっとドキドキしちゃいました。

 

「はぁ……はぁ……ゆ、悠凪……くん……」

「ん? 強引は嫌なのか?」

「いいえ……ただ、急に押し倒されるなんて……思ってなくて、ビックリしました……うぅ」

 

 悠凪くんはわたしの首元のリボンを解き、制服を脱がそうとしました。

 

「……ッ⁉ ダメです!」

 

 相手は大好きな悠凪くんなのに、何故か怖く感じました。わたしは悠凪くんの手を掴み、拒絶の声を上げました。悠凪くんを拒絶したせいか、眼から涙が溢れていました。

 

「君を泣かせて、済まない……」

「キスをしてもいいですが、それ以上の行為はダメです!」

「……うん、分かった」

 

 悠凪くんがわたしの瞳から零れる涙を指で優しく拭き取ると、わたしの口を塞ぐように唇を重ねてきました。ただ唇を重ねているだけなのに、思考が真っ白になり、身体は浮いているように気持ちよかったです。

 

 2人きりの寝室で誰にも邪魔されず、わたしと悠凪くんは長い、長いキスを交わしました。

 

 悠凪くんとキス以上の行為をしたくないわけじゃないんですが……

 ただ、心の準備ができていないだけです!

 

 

 

 

 

 観測者とその恋人がイチャイチャしている一方で、城内を散歩したい隼人は地下道を通って工業区画へ移動した。

 

「まるで迷路みてえだな……えっと、ここは何処だっけ?」

 

 ファンタジー作品に登場する浮遊城だけあって、階段や部屋が迷路のように連なっている。特に変わった所はなかったが、通路の端の所にまた一つ扉があった。それを出口だと思っていた隼人は扉を押し開き、中に入る。

 

「く、果物の樹⁉」

 

 扉の先に広がるのは、果物の樹がいっぱい植えている大きな果樹園だった。目の前にある樹に近づいて観察すると、その果樹の正体は梨の樹だった。空腹感を感じた隼人は迷うことなく一番大きな梨を摘み取り、一口かじる。

 

「へー、なかなかうめぇな! あっ……早く出口を探さないと」

 

 それから隼人は格納庫への出口を探しながら、見つけた果樹から果物を取り、食べる。

 迷子になって、果物をつまみ食いした隼人には、どんな運命が待ち構えているのか?

 

 後編へ続きます。



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第20話 旅行者の居城にて(後)

ガンダムアメイジングエクシア
GN-001A+GNR-001A

全高:18.3m
重量:56.2t(ブースター装着時は62.5t)
装甲材質:Eカーボン
動力源&推進機関:GNドライヴ

搭乗者:刹那・F・セイエイ

▼武装
GNバルカン×2
GNビームサーベル・ダガー×2
GNショートブレイド×1
GNロングブレイド×1
アメイジングGNソード×1
アメイジングGNシールド×1
トランザムGNブレイド×2(ブースター装着時限定)

▼特殊機能
トランザムシステム
オーバーブーストモード
GNフィールド(ブースター装着時は広域展開が可能)

▼特殊装備
トランザムブースター

 リベル・アークで製造されたパーツを装備したガンダムエクシアの強化改修型、2307年に現存する全てのCB製ガンダムを凌駕する性能を有している。トランザムブースターを装着した状態なら単機で大気圏突入・離脱が可能。
 本来の形式番号はPPGN-001だが、この世界ではGN-001A、トランザムブースターの形式番号はGNR-001Aとなっている。Aは「驚異」を意味する。
 外見はプラモデルマスターグレード基準。


 美玖の唇を思う存分に味わった後、私は邸宅を出て性能実験施設の指令室へと向かった。

 

「エイフマン教授。スローネのGNドライヴを取り外したのですか?」

 

 ハンガーに固定された4機のスローネは破損した装甲だけでなく、胴体部のGNドライヴも取り外されていた。その行方を知るべく、私は作業中のエイフマン教授に問いかけたのだった。

 

「ああ……GN粒子に含まれた毒性を除去する為に、ワシが機体から取り外したのじゃ」

「GN粒子に毒性があるのですか?」

「ワシが簡単に調べたところ、このGN粒子は濃度や純度、粒子の圧縮率等によって、その特性が変化するのじゃ。通常は無害じゃが、特定の環境においては人体のテロメアや細胞を破壊し、再生を阻害する毒性を発揮するのじゃ!」

「細胞分裂に関係するテロメアを損傷し、再生を阻害する。付けられた傷は一生治らない上に再生治療もできないでしょう」

「ふむ、浴びた量によっては即死もありえるのじゃぞ」

 

 現物を簡単に調べただけでGN粒子の毒性に気付くとは……この爺さんチート過ぎない?

 砂糖2個入りのコーヒーを一口飲むと、話を続ける。

 

「強い力、弱い力、電磁力、そして重力……自然界の基礎的な力をすべて内包した原初粒子を発見し、それを生成する動力機関を設計したイオリア・シュヘンベルグの目的は、本当に『武力による紛争の根絶』なのでしょうか?」

「イオリアの目的は紛争根絶だけではない。真の目的は他にあるとワシは考えておるんじゃ。その答えの手掛かりは、GNドライヴにあるとワシは思う」

「それがエイフマン教授の見解ですか、把握しました」

 

 エイフマン教授の返事は、私の予想した通りだった。

 飲み干したコーヒーカップを机の上に置くと、私はふと、壁の向こう側に人の気配を感じた。

 

「(この感応波は……ティエリア・アーデか)」

 

 私と美玖以外に、NTの感応波に似た脳量子波を扱える者は2人いる。

 それがティエリアとネーナだ。タクラマカン砂漠で感じた波動に似ているので、前者だと思う。

 

「立ち聞きは感心しませんよ、ティエリア・アーデ」

 

 私がそう呼びかけると、ティエリアが壁の向こうから姿を現し、指令室に入ってきた。

 ティエリアは眼鏡を指で押し上げると、口を開いて、言う。

 

「済まない、立ち聞きするつもりはなかった。実は、我々のガンダムに搭載されている太陽炉から放出されるGN粒子も毒性が含まれていたが、今は技術向上で毒性が解消されている」

「ほう……アーデ君、もっと詳しく聞かせてもらえんかね?」

 

 エイフマン教授の言葉に頷いてから、ティエリアは通信システムを貸して欲しいと私に求めてきた。私はこれを了承した。00世界にいるトレミーとの通信が確立されると、メインスクリーンにトレミーの整備士――イアン・ヴァスティが映し出された。

 

『GN粒子の毒性を除去する手順か。今そちらにデータを送る、確認してくれ』

「協力を感謝する、ミスター・ヴァスティ」

『礼には及ばん。手を組んている以上、情報を共有するのが当たり前のことだ。それとワシのことはイアンと呼んでくれ、プロフェッサー』

 

 通信を切ると、エイフマン教授はイアンから提供されたデータを元に、スローネの太陽炉の毒性除去作業を開始する。折角の機会なので、GN粒子の発光色を毒々しい赤色から綺麗な緑色に変更しておこう。

 

 

 

 

 

 エイフマン教授が作業を進めている間、警備担当の水色ハロから「工業温室に異常あり」という報せを受けた私は、異常の正体を確かめるべく温室へ足を運ぶ。

 

「フシンシャ、ハッケン!ハッケン!」

 

 広大な果樹園の中で歩き回っていると、水色ハロはラグビーボールのように跳ねながら、電子音声で叫ぶ。どうやら、目の前でブルーベリーをつまみ食いしている男が「異常」の正体のようだ。

 

 にしても、見覚えのある背中姿だな。

 

「隼人、こんなところで何をしているんだ?」

「散歩したいんだけど、気づいたら迷子になっちゃってさ。それから腹が減ったのでつい――」

「――果物をつまみ食いしたな?」

 

 ちょっと威圧を込めた声で問いかけると、隼人が頷く。頷くが、なんだか青ざめた表情で私を見つめていた。立ち姿がいつも通りに見えるが、全身が小刻みに震えている。

 

「ここは私の城だ。だから、ここにある資源は全て私の物……分かるな?」

「サーセン、もうしません!」

 

 隼人は大きく頷いて謝罪し、もう二度としないと約束してくれた。

 しかし、謝ればいいってもんじゃない……つまみ食いしたからには働いてもらうぞ!

 

 その前に、味の感想でも聞いてみようか。

 

「で、味は?」

「美味すぎで言葉が出ないレベルだった!」

「そうか……ではつまみ食いした分を働いてもらうぞ、隼人!」

 

 そう言って私は隼人の腕を掴み取り、性能実験施設の指令室へと連行していくのだった。

 

 

 

 

 

 改修プランその1。

 スローネドライのミサイルボットに「ビーム攪乱幕ミサイル」を搭載する。

 ビーム攪乱幕は宇宙世紀由来の武装で、ガス状の特殊な気体を散布して、ビームの威力を大幅に減衰・無効化することができる。国連軍の主力量産機――ジンクスはビーム兵器を主武装にしている為、ビーム攪乱幕の前では無力な存在でしかない。

 ビーム攪乱幕の影響を受けた状態で唯一使える兵装はGNクローだが、近づかれたら回避行動などで距離を取れば対処できる。

 

 改修プランその2。

 スローネアインの追加装備である「トゥルブレンツユニット」をリベル・アークの設備で再生産し、フォーリン・エンジェル作戦に投入する。

 このトゥルブレンツユニットを構成するパーツは、設計図の記されている通りに製造される。

 唯一の変更点は、腰部のGNファングコンテナにGNファングが搭載されること。

 

 改修プランその3。

 エクシアの追加装備である「アヴァランチダッシュ」をも凌駕する性能を持つ装備を作る。

 

「アヴァランチダッシュを超える装備って、GBFのユウキ・タツヤが作った()()を作ればいいんじゃないかな?」

「アメイジングエクシアのバックパックか。GNセファーのデータを流用すれば作れるだろう」

 

 隼人の提案を取り込み、作業を始める。

 前世の記憶とエクシアのデータ、そして隼人の献身的な協力のおかげで、設計図を速やかに完成させることができた。現在、隼人は机の上に突っ伏して寝ている。余程に疲れているのだろう。

 

 城内の通信システムでここに来るようにと刹那に呼びかけると、私は00世界にいるトレミーと連絡を取る。エクシアの改修プランをイアンに提出し、その許可を貰うのが目的だ。

 

『ほう……エクシアの改修か』

「ええ、アヴァランチダッシュのデータを閲覧させていただきました。この装備の欠点として、各GNコンデンサーへのチャージに時間がかかる他、蓄えられたGN粒子は10分で完全放出される為、稼働時間が短いので、長期戦に向いてません。そこで私は、アヴァランチダッシュ以上の継戦能力と突破力を持ち、さらにエクシアの白兵戦能力を最大に発揮できる支援機と武装を考案しました、設計図をご覧になりますか?」

 

 イアンが興味津々に頷くと、私はアメイジングエクシアとトランザムブースターの設計図をメインスクリーンに映し出す。

 

 トランザムブースター。

 形式番号はGNR-001A。GNセファーのデータを元に設計されたこのブースターは機動力や運動性の強化の他、大型GNコンデンサーを内蔵している。その為、トランザムシステムの稼働時間を大幅に延長させることができる。

 ブースターの両翼はクラビカルアンテナとして機能する。GN粒子の質量変化を利用することで粒子を一切消費することなく爆発的な加速力を生み出し、高速移動を可能となる。

 さらに、ブースターには大型実体剣「トランザムGNブレイド」が装備されている。この武器はグリップを引き出すことで手持ち武器として使用できる。

 

 アメイジングGNソード。

 刃はGNコンデンサー内部に採用されている半透明の導熱素材を改良した新素材で、GN粒子を熱変換すると同時に、接触した物質を超高温で溶断することができる。

 さらにライフルモードの銃口が3門に増加し、GNキャノン並の火力を有する。

 

 アメイジングGNシールド。

 取り回しに優れた小型のGNシールド。表面にGN粒子を纏わせることで攻撃を防ぐ他、側面のパーツを展開することで打突兵器にもなる。

 

 エクシア本体の露出したGNコードはすべて装甲内に収納し、防御性能を向上させる。さらに一部の装甲を流線形状構造のものに交換し、機体の空気抵抗を軽減させる。但し装甲の交換により、両肩後部にあるGNビームサーベルは取り外される。

 

 なお、改修後のエクシアをアメイジングエクシアと命名し、形式番号をGN-001Aとする。

 

『こんな素晴らしい発想があったとは……刹那に見せたのか?』

「いいえ、まだです」

 

 と言ってる側から、ドアが開き、刹那が指令室に入ってきた。机と床に散らばっていた書類を見て、刹那は戸惑っている様子だったが、次第に荒れた部屋を片付けるのを手伝ってくれた。

 

「助かります、刹那」

「俺をここに呼んだ理由は、あの設計図のことだろう?」

 

 刹那はメインスクリーンに映っていたアメイジングエクシアの設計図を見上げながら、私に問いかけてきた。私は頷いてから、イアンと共に記された内容を刹那に説明する。

 

 私とイアンが内容を説明していくと、刹那の目がキラリと輝きはじめる。

 

「絢瀬悠凪、エクシアの強化改修を頼む!」

『刹那がそう言うのなら、ワシも文句は言わん。ミス・スメラギにはワシが話をつけておく!』

「感謝します、イアンさん」

 

 パーツの製造は今すぐにでも開始できるが、換装や調整作業はすべてエイフマン教授頼りだ。待機中のハロたちに製造の指示を出し、無重力区画のEカーボン製造施設をフル稼働させる。教授にメッセージを残しておこう。

 

 その後、私と刹那は眠っていた隼人を起こし、3人で指令室を出て格納庫へ向かった。

 

 

 

 

 

 一方、悠凪がお留守の間に、邸宅に客人が訪れていた。

 

「お茶かコーヒーでもいかがですか?」

「コーヒーでお願いするわ」

「分かりました。紅龍さんも一杯いかがですか?」

「いえ、自分は結構です」

 

 その客人とは、CBの元エージェントである王留美と、彼女に仕える執事の紅龍だ。浮遊城の主がお留守と聞いて帰ろうとするが、美玖は2人を引き留めた。

 

 お湯が沸騰するのを待っている間、美玖はソファーに座る王留美を観察する。

 

 彼女は莫大な財産と権力、そして人脈と地位を持ってる。

 それなのに、もっともっと欲しがっている。

 彼女の心中には、底の知れない虚無が広がっているようだ。

 

 その財産と地位は、この前の暗殺事件で失われたと聞いたが、それ以前の問題だと思う。

 

 自分と同じ十代の少女なのに、一体何が彼女をそうさせたのでしょう?

 そして、彼女がエージェントとしてCBに参加した理由は何でしょう?

 

「王留美さん……つかぬ事を聞くですが、どうして貴方がCBに参加したのですか?」

「それはもちろん、この歪んだ世界を変える為ですよ」

 

 美玖の質問に対して、王留美はむすっとした顔で答える。

 しかし他人の想いを知り、感じることのできる精神感応力を持つ美玖にとって、王留美の答えは嘘だとすぐに分かった。

 

 王留美はCBの掲げる紛争根絶には興味を持っておらず、寧ろ武力介入によって世界が変わっていく様子を楽しんでいるようだった。

 彼女が変えようとしているのは歪んだ世界ではなく……もしかして、自分の人生?

 

「貴方が変えようとしているのは世界と言うよりも、自分の人生なのでしょうか?」

「……ッ⁉ どうして、それを……!」

 

 自分の考えが目の前の少女に筒抜けになっていることに、王留美は驚きのあまりに絶句した。

 同時に、お湯が沸騰したことを知らせるピー音が客室中に響き渡った。

 

「遠い昔、とある王国には王女がいました……」

「えっ……?」

 

 美玖は細かく挽いたコーヒー豆をドリッパーに入れると、話を続ける。

 

「元々は一般家庭に育ち、音楽の道を志す普通の女性でしたが、国家の議会が形式的な王制を復活させた際に、嘗ての王族の血筋を引いていた彼女は、王女に担ぎ上げたのです」

「担ぎ上げられた……本人が望んでもいないのに、国の象徴に選ばれたのですか?」

 

 王留美の言葉に、美玖はコーヒーを淹れながら頷く。

 

「ええ。自分が望んだ人生ではないと分かりながらも、彼女は国家と国民の為に尽くし、国を立て直す為に世界各地で援助を求めました。しかし、彼女の国は経済困窮の小国である為、大した成果は得られませんでした。やがて親しい側近が去り、戦火に国を焼かれ……それでも彼女は、奮闘を続けました」

「彼女をここまで駆り立てるものは何でしょうか?」

 

 その質問に、美玖は微笑んで返事をする。

 

「それは『強い信念』だと思います」

 

 この時の王留美は、自らの姿を物語の王女に重ねた。

 何故なら、自分も望んでいない人生を歩んでいるからだ。本来ならば王家を継ぐのは紅龍だったが、先代の身勝手な判断で紅龍を当主の器ではないと見限り、王留美を後継者に選んだ。

 そして後継者として選ばれた王留美には自由が一切なく、四六時中、王家の当主となる為の徹底した英才教育を施していた。

 その後、虐待にも等しい環境で育てられた王留美は、自分の人生を歪ませた王家への鬱憤から、世界の変革を強く望むようになった。

 

 世界がどんな風に変わっても問題ない。歪められた自分の人生をやり直せればそれでいい。

 当時はそう思っていたが、考え方が変わった。

 

 その女性は王女に選ばれてしまった運命に逆らわず、受け入れ立ち向かうのに対し、自分は「人生をやり直したい」という適当な理由で逃げようとしている。今のままでは、自分はこの王女以下の存在ではないか?

 王留美が思考に陥ったその時、美玖は口を開き、言う。

 

「王女は独りで奮闘を続けましたが、貴方は独りではありませんよ。王留美さん」

 

 そう言い終えると、美玖はカップに淹れたコーヒーを差し出す。

 王留美は感謝の言葉を述べると、美玖から受け取ったコーヒーに口をつける。

 

「美味しい……上手く表せませんが、悩みが消えていく気がしました」

「それは良かったです!」

 

 王留美がコーヒーを啜っていると、外から甲高い電子音声が聞こえてくる。

 

「オレハ、オマエの兄サン、ジャナイ!」

「兄サン、記憶ガ。兄サン、記憶ガ……」

 

 音の正体が気になった美玖がマスターハロを連れて邸宅を出ていくと、ロックオンの相棒であるオレンジハロはごろごろとこちらへ転がってきた。

 

 美玖はオレンジハロを拾い上げる。

 

「ストラトスさんのハロ……どうしてここにいるのかしら?」

「おい!ハロ!」

 

 その声がした方へ振り向くと、ロックオンとトリニティ3兄妹がこちらに走ってきたのを見た。

 ネーナの足元には、HAROの姿があった。

 

 その後、美玖はオレンジハロをロックオンに手渡し、ロックオンは優しく微笑んで受け取る。

 

「えっと……かなり騒がしい声が聞こえたのですが、何かあったのでしょうか?」

「ハロは紫色の奴が自分の兄さんだと言い張ってさ、でも紫色の奴がそれを覚えていない。その後はハロ同士の喧嘩にまで発展したのさ、ははっ……」

 

 ロックオンは苦笑いしながら、美玖に事件の顛末を話した。トリニティの長男――ヨハンの話によると、HAROのメモリ領域が破損していることが原因かもしれない。

 

 元IT関係の悠凪なら直せるかも……?

 

 

 

 

 

 翌日、格納庫。 

 エイフマン教授の突貫作業のおかげで、エクシアの改修が僅か1日で完了した。目がキラキラと輝いている刹那は、生まれ変わったエクシアを見上げる。

 

「アメイジングエクシア……異世界の技術を取り入れた機体……俺のガンダム!」

 

 つづく



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第21話 開戦直前

 アメリカ本土にて繰り広げられたガンダム同士による戦闘のニュースは、瞬く間に世界中の知るところとなった。ユニオン軍から提供された戦闘映像を世界中の報道機関が挙って報道し、SNSでも爆発的に拡散され話題となった。

 

 CBは内輪揉めしているような状態だ、と世界はそう見ている。

 さらにガンダムスローネが民間人に発砲したことにより、世界からCBの印象は徐々に悪い方向に傾いていく為、ガンダム打倒の声が日増しに高まっていく。

 

 しかしそんな世の中にも関わらず、ガンダムに称賛を贈る者も少なくなかった。

 その中には、ルイス・ハレヴィと彼女の両親も含めていた。ハレヴィ夫妻とルイスが記者会見を開き、自分たちを守ったフリーダムガンダムを英雄のように持ち上げたのだ。

 

 だが、エイフマン教授を誘拐したガンダムが英雄のように持ち上げられたことを、ユニオン政府は快く思わなかった。せっかく世論がCBとガンダム打倒の方向に傾いていたのだ、大衆に覆されるわけにはいかない。

 日本で記者会見を開いたその翌日、ハレヴィ夫妻とルイスはユニオン政府によってでっち上げられた罪状で逮捕された。その罪状は、テロリストとの癒着と戦争幇助だった。

 

 この逮捕はユニオン政府がその権力を用いて、大衆の言論の自由に対する弾圧であることが誰の目にも明らかになっている。その日、ハレヴィ家の釈放を求める抗議デモが日本とアメリカ各地で行われた。

 そして12時間後、ユニオン政府はデモ活動および大衆感情の高まりを鎮火させる為に、無実の罪で逮捕された3人を慌てて釈放した。

 

 一方、ニュースから恋人とその両親の無事を知り安堵すると同時に、沙慈・クロスロードの携帯電話に着信が入ってきた。電話の画面を見ると非通知だったが、それでも沙慈は迷わず通話ボタンを押した。

 

『初めまして、沙慈・クロスロード』

「ど、どなたですか?」

 

 聞き覚えのない、若い男の声だった。

 訝しげにその正体を問いかける沙慈に、電話の向こうにいる男はこう答える。

 

『名前を教えることはできません。ただ一つ言えるのは、私が君の姉の身柄を預かっています』

「姉さんの身柄……どういうことですか⁉ あなたは一体――」

『――沙慈、落ち着いて私の話を聞いて!』

 

 沙慈が驚く間もなく、電話の向こうから自分の姉――絹江・クロスロードの声が聞こえてきた。

 

「ね、姉さん⁉」

『心配をかけてごめんね、沙慈。今まで起きたことを話すから、落ち着いて話を聞いて』

「はい……」

 

 慌てた沙慈が落ち着くと、絹江はCBの情報を調べている途中で傭兵に殺されそうになったことと、今自分の傍にいる男性に命を助けられたことを沙慈に説明した。

 沙慈はいつも危険な橋を渡り、家庭より仕事を優先した絹江を非難するが、絹江は沙慈の言葉を直ちに受け入れ、謝罪の言葉を口にした。

 

『本当にごめんなさい、沙慈。私が取材を優先したばかりに、皆の忠告を聞き入れずに突っ走ったせいで、この結果を招いてしまった』

「でも……姉さんが無事で、本当に良かったです」

 

 絹江は自分の行いに後悔していた。CBが出現してからは、同組織の創設者であるイオリアに興味を抱き、彼の経歴を調べる形でCBの謎を追い取材を続けていた。上司や同僚からも危険な取材は控えるよう釘を刺されているものの、自分は彼らの忠告を聞き入れてなかった。

 

 そしてサーシェスと名乗った傭兵の車に乗った直後、初めて「好奇心は猫を殺す」という言葉の意味を理解した。

 自分が首を突っ込んではいけないことに首を突っ込んでしまったのだ。そのせいで、関わった人や自分に影響が出てしまっている。傭兵に殺されそうになったことや、ガンダムのパイロットに命を助けられ、半端軟禁状態にされたことも含めて、全ては自業自得な結果だと言える。

 

『私は暫く家に帰れないから……沙慈、あのルイスって子と付き合うのなら、彼氏としての責任をちゃんと果たしなさい!』

「うん。分かっているよ、姉さん。ところでさっきの人は、今も姉さんの傍にいるのですか?」

 

 絹江の言葉に返事した沙慈がそう問いかけると、電話の向こうから再び男の声が伝わってくる。

 

『私に用事ですか?』

「姉さんを助けてくれて本当にありがとうございます。名前を教えてもらえないんですか?」

 

 執拗に名前を聞きたがる沙慈に、男は冷静沈着な声で答える。

 

『私はレイフ・エイフマン教授を誘拐した人物、と言ったら分かると思いますが』

「あ、貴方は……!」

 

 その返事を聞いた瞬間、沙慈は驚きのあまりに床に携帯電話を落としてしまった。

 レイフ・エイフマン教授を誘拐したのは、蒼き翼のガンダムだ。つまり自分の姉の身柄を預かっている者はガンダムのパイロット、ということになる。

 沙慈はすぐさま携帯電話を拾い上げ、問いただそうと耳に当てても返答はなく、すでに通話が切られた後だった。

 

 

 

 

 

 浮遊城リベル・アーク、居住区画の一番大きい邸宅では、ロックオンと隼人、そしてトリニティ兄妹が雑談しながら、美玖の淹れたコーヒーを味わっていた。

 

「ロックオン、君たちの個人情報を閲覧したことを済まないと思っている」

「今は仲間同士だ……そんなことはもうよせよ、ヨハン」

 

 これまでの非礼を謝罪するヨハンに、ロックオンは謝罪しなくてもいいと寛容な態度を見せる。

 ヨハンが軽く頭を下げてから、机においてあるコーヒーカップに手を伸ばす。ロックオンは手にしていたコーヒーカップに口を付ける。

 

「やっぱりインスタントよりレギュラーコーヒーの方が美味しいよな」

「ええ、風味や香りがしっかり感じられる」

 

 インスタントコーヒーとはその名の通り、豆の抽出液を乾燥させて粉末状に加工した即席インスタント食品だ。俺たちガンダムマイスターはゆっくりとコーヒーを淹れる時間はないから、いつもそれを飲んでいる。

 新鮮なレギュラーコーヒーを飲むのは久しぶりだ。しかも、こんな可愛らしいお嬢さんが直々に淹れてくれるなんて、こりゃ贅沢だな!

 

 ロックオンとヨハンがコーヒーを堪能している一方で、ミハエルとネーナ、そして隼人は客室でニュースを見ながら、お菓子を食べていた。テレビに流れているニュースは、ガンダムのマイナス面を全面に押し出した形の報道ばかりだった。

 

「ガンダムが完全に悪者扱いされているよね……あたしのせいだけど」

「悠凪が来なかったら今頃は大惨事になっていた。もう二度とあんなことをするなよ、ネーナ」

「うん……」

 

 隼人の言葉に、ネーナは小さく頷く。

 そしてネーナの隣に座ったミハエルは、隼人にツヴァイの新装備についてを尋ねる。

 

「ところで隼人の旦那、俺のツヴァイには新装備あるのか?」

「ビームライフルを持たせたうえ、ファングの機動性を4%向上しておいたからさ」

「えっ……それだけ?」

「ああ、それだけだよ」

 

 アインにはトゥルブレンツユニット、ドライにはビーム攪乱幕ミサイルとアンチMDウイルスがあるに対して、ツヴァイの新装備はGNビームライフルだけだった。

 一応GNファングの機動性が向上されているが、それでも物足りないとミハエルは感じた。

 

「ビームライフルだけかよ……なんか物足りねえな」

「あのビームライフルは特別製らしいぞ?」

「へー、そいつは楽しみだ!」

 

 悠凪から聞いた話によれば、あのビームライフルはニューガンダムに装備されたモノをGNドライヴ搭載機でも運用できるように改良したカスタムモデルだったらしい。

 GNビームサブマシンガンのような高速連射が可能で、高出力ならばGNキャノンにも匹敵する威力を発揮する。しかも、ガンダムスローネ全機分が用意されている。

 

「あっ……飲み干しちゃった」

 

 そのままもう一口コーヒーを飲もうとし、飲み干していたことに気付く。

 

「風間さん、コーヒーのおかわりはいかがですか?」

「あ、美玖ちゃん、おかわり頼むわ!」

 

 隼人は斜め後ろを振り向きながら、空になっていたカップを美玖に差し出す。しかし、カップを手渡した後も、隼人は美玖の豊満な胸を真っ直ぐに見つめて、顔もどんどん赤くなっていく。

 まるで魅了されたかのように、彼女から目を離すことができなかった。

 

「隼人さん……美玖さんの胸をガン見しているよね?」

 

 顔が熟したトマトのように真っ赤になった隼人を、ネーナは突き刺すような視線で見つめながら問いかけた。

 

「ち、違うわぁ! 見てねえし、全然見てねえし!」

「じゃあなんで顔が赤くなったの? やっぱおっきいのが好きなの?」

 

 隼人は慌てて否定するが、ネーナは納得できない様子で不満そうに眉を寄せて、問い詰めるように畳みかけた。

 

「あ、あわ……か、風間さん⁉」

「隼人の旦那の悪い癖がまた出てしまったな!」

 

 ネーナの発言を聞いてしまった美玖の目は、分かりやすく動転していた。コーヒーを一口啜ったミハエルはニヤッと笑いながら、隼人に追い打ちをかけた。

 

「スケベ! スケベ!」

 

 隼人をいじるかのように、甲高い電子音声を発するHARO。

 

「おい、そこの丸いの! 今なんつったッ!」

「イテェ!」

 

 強い羞恥心を覚えた隼人は、迷わずその外殻を軽く叩いた。

 

「ったく、なにやってんだ」

「さあ……」

「あう、うぅ……」

 

 お嬢のスタイルがミス・スメラギより抜群のは確かだが、じっとガン見してもいいってわけじゃないだろ、と呆れた様子を隠そうとしないロックオンと、苦笑しながらコーヒーを飲むヨハン。

 そして、胸をガン見されたことに動揺した様子を隠せない美玖。

 

 新鮮なレギュラーコーヒーを飲みたいので邸宅に寄ってきたのだが、この展開は予想外だった。

 動揺している美玖を落ち着かせる為に、ロックオンは別の話題を振った。

 

「なぁお嬢、刹那とティエリア、そしてラッセが何処に行ったのか知ってるか?」

「えっと、多分、格納庫にいらっしゃると思います。ハロ、格納庫を調べてみて」

「リョウカイ! リョウカイ!」

 

 それからハロは悠凪と刹那、ティエリアとラッセ、そしてエイフマン教授の5人が格納庫で機体の調整を行っていると、美玖とロックオンに報告したのだった。

 

「仕事熱心だね、あいつら。機体のチェックは大事だが、休むことも大事なんだ」

 

 ロックオンの言い分はこうだ。

 機体を万全な状態に整備することは無論大事だが、それ以上大事なのは休息を取ることだ。

 近いうちに、三大国家が大きな動きを見せるかもしれない。これから続く世界との戦いに備える為にも、休める時に休んだ方がいい、とロックオンはそう思っている。

 

 美玖とヨハンも頷き、ロックオンの言葉に同意の意を示す。

 休むのはパイロットの仕事だと、ヨハンはそう考えている。一方で美玖は、限られた時間で悠凪と2人きりで過ごしたいと願っている。

 

 何故なら美玖は、悠凪が()()()()()()()()()()()()気がしたからだ。

 

 

 

 

 

 そして8時間後、ガンダムスローネ全機の修復が完了したと同時に、客室のテレビには一つ、気になるニュースが流れていた。

 

『ソレスタルビーイングによって度重ねて行われている凶悪なテロ行為に対して、ユニオン、人類革新連盟、AEUは軍事同盟を締結。国連の管理下でソレスタルビーイング壊滅の為の軍事行動を行っていく事を、この場で宣言いたします!』

 

 この瞬間、人類史上最大規模の軍隊である「国連軍」は結成された。同時にイオリア計画の第一段階は歪みを内包したまま終了し、第二段階へと移行した。

 

 一方、ユニオン軍のMSWAD基地では、グラハムとハワード、そしてダリルがガンダムの装甲とビームサーベルの調査結果を確認すべく、基地内の格納庫へ赴いた。

 

「カタキリ、新型ガンダムから奪取したビームサーベルと、デカブツガンダムがパージした装甲の調査結果だが――」

「――いや、それどころじゃないよ」

「何かあった?」

「これを見てくれ、CBの裏切り者から提供されたガンダムと同タイプの動力機関と、それを搭載するMSの図面だ」

 

 スクリーンに映し出されていたのは、ガンダムの背面についていたものと全く同じ円錐型の動力機関と「GNX-603T」という形式番号を有するMSの図面だった。そのデザインは現存するMSとも、そしてガンダムとも異なっていることに、3人は驚きを覚えた。

 

 3人が図面を眺めていると、ビリーは壁面スクリーンに指を差しながら、言う。

 

「先に提供してきたのは30機。後に100機以上が提供してくれるらしい。だからこそ、あんな発表もできるのさ」

 

 ビリーが指差した壁面スクリーンに映し出されていたのは、国連軍結成のニュースと、ハレヴィ夫妻とそのご息女がユニオン政府に逮捕されたニュースだった。それを眺めていると、3人の顔には政府と軍のやり方に対する不満を覗かせている。

 

 グラハムにとって、新型たちと意中の相手(エクシア)、そして鋼の天使(フリーダム)が一緒くたにされて批判される今の世界の状況が面白いはずがない。そしてガンダムを悪者に仕上げる為に言論弾圧を行い、鋼の天使の行動に称賛を贈る者たちを逮捕する手段を取った政府に、グラハムは嫌気をさした。

 

 これから行われるガンダム殲滅のうえで、世論は今のままの方が都合がよい、と政府と軍はそう考えているのかもしれない。

 

「ガンダム打倒の為に真実を捻じ曲げるとは、この国はどうなっているのでしょうか?」

「気に食わねえけど、これは俺たち軍人が関与できることではねえ……」

 

 その真実はありのままに報道されるべきだ。このような筋の通らない行いはグラハム、ハワードとダリルにとって、納得できるものではない。

 上のやり方には納得できないが、軍人としての役目を果たすつもりだ。

 

「因みに、提供された機体のパイロットはオーバーフラッグズ隊員から選ばれることになる。もちろん隊長は君だよ、グラハム」

「……断固辞退しよう。私はフラッグでガンダムを倒したい、これは私の執念だ」

「しかし隊長、フラッグの性能ではガンダムに――」

「――ハワード、ダリル。機体の性能差が、勝敗を分かつ絶対条件ではない。すでに覚悟を決めた身だ、今更引くつもりはないよ」

 

 結局、ハワードとダリルを始め数人のフラッグファイターが転属となり、オーバーフラッグズ隊にはグラハムだけが残ることになった。

 それからビリーはグラハムの要望により、裏切り者から提供されたGNドライヴとなる動力機関をフラッグに搭載する作業を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 イオリア、君の計画は大きく歪められている。人を信じたい君の理想は間違っていたよ。

 

 人類は優れた支配者によって統治され、初めて恒久平和を実現することができる。216年前のあの日、私は君にそう忠告したのに、君は私の忠告を聞こうとはしなかった。実に残念だ。

 

 いや、今更はどうでもいい。この世界はもうすぐ、終焉を迎えるから。

 勝つのはこの世界の人類か、それとも終焉を齎す黒蛇か……精々私を楽しませてくれたまえ。

 

 つづく



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第22話 フォーリンエンジェルス

 地球と月の重力均衡点の一つ、地球から最も離れた位置にラグランジュ3がある。

 そこには「クルンテープ(天使宮)」という名のスペースコロニーがあった。直経1km、長さ500mの円筒形の居住区を中心として、先端部に巨大な傘のような形の太陽電池パネルを持っている。

 人が住むコロニーとしては最低限のサイズでしかなかったが、まだ宇宙開発が本格化していないこの時代においては、このサイズで十分だった。

 

 表向きは各国の企業が参画したごく普通のコロニーだが、内部の隠しドックではCBの秘密基地となっている。そしてこの基地は、ガンダムが生まれた場所でもある。

 

 フェレシュテの基地から出航したプトレマイオスはクルンテープに立ち寄り、コンテナに積載していた第二世代ガンダムとメディカルカプセルに眠っているフォン・スパークを仲間たちに預けると、L5経由で決戦の地――L1宙域に向けて航行していた。

 

 一方その頃のリベル・アークでは、全員は国連軍との決戦の準備を整っていた。

 格納庫の片隅にある大型クレーンを操作して、砲身が二つに折り畳まれていたハイパー・メガ・バズーカ・ランチャーを強襲用コンテナに積載した後、ラッセはエクシアの足元に座っている刹那に声をかける。

 

「答えは出たのか、刹那」

「……わからない」

 

 ガンダムが何の為にあるのか確かめたいと、そう思って出撃した。しかし刹那は、先程の戦闘でそれを見つけ出すことは叶わなかった。

 

「だが……俺たちは、イオリア・シュヘンベルグに託された。なら、俺は俺の意志で、紛争根絶の為に戦う。ガンダムと共に」

 

 刹那がそう言うと、鋼鉄の柱に背を預けるラッセはある種の諦観を含んだ声で答える。

 

「……正直、俺は紛争根絶ができるなんて思っちゃいない」

 

 ラッセの言葉に、刹那は反論しなかった。

 

 人がいるから、争いが起こる。

 世界から争いを無くすのは簡単ではないことを、刹那も重々承知している。

 

「だがな……俺達のバカげた行いは、善きにしろ悪しきにしろ人々の心に刻まれた。今になって思う……俺達は、存在することに意義があるんじゃないかってな」

「存在する意義……」

「人間は経験した事でしか、本当の意味で理解しないということさ」

 

 ラッセの言っていることは分かる。

 人間は経験したことでしか理解できない。しかも痛みを伴っていれば、なおさら効果的だろう。

 

 確かにCBの武力介入は世界中の人々に「紛争根絶」という理念を強く心に刻みつけた。すでに多くの報道がなされ、多くの人命が失われている。

 しかし、このバカげた理念は訴えかけるだけで満足すべきものではない。実現させるこそが価値があるものなのだ。たとえそれが辛い道であっても、それでも自分はこの道を突き進む。

 

 それがあの日、空に浮かぶ「人ならざるモノ(0ガンダム)」の姿に憧れた自分の選んだ道だ。

 もはや後戻りなどはできない。そう、自分は戦い続けるしかないのだ。

 

 戦って、勝利して、その理想を実現させる。

 

「刹那、ラッセさん! 国連軍の艦隊がプトレマイオスを捕捉しました、我々も急ぎましょう!」

 

 反対側から走ってきた悠凪がそう伝えると、刹那とラッセの表情がにわかにこわばった。

 そして、すぐさま各々の乗機に乗り込んでいく。悠凪がフリーダムのコックピットに乗り込もうとするところ、後で駆けつけてきた美玖に呼び止められた。

 

「悠凪くん! 待ってください!」

「すまない、美玖。話は後にしてくれ」

 

 悠凪は振り返りもせずにそう返事を告げると、フリーダムのコックピットに乗り込み、ハッチを閉じるのだった。

 そして機体の装甲が灰色からカラフルへと変化し、格納庫の出口へと歩いていった。刹那と隼人たちのガンダムはその背中をついていくのだった。

 

「(まださよならも言ってないんです、これで別れだなんて……絶対認めません!)」

 

 国連軍との決戦の前に、美玖は悠凪と二人きりの時間を過ごしたいと願っていた。しかし、その願いは虚しく叶えられなかった。

 心からそう呟く美玖は、出撃していくガンダムたちを見送りながら、その後ろ姿を祈った。

 

 どうか無事に帰ってきて、と。

 それが、今の美玖の「たった一つの望み」である。

 

 

 

 

 

 航行中のプトレマイオスに接近する艦隊は、ユニオンのヴァージニア級宇宙輸送艦3隻。二つのMS格納庫を持つ大型輸送艦で、キャリアスペースシップとも呼ばれる船だ。

 ユニオン軍は1機のジンクスの解体、及び擬似太陽炉の解析研究の代償として、3隻を国連軍に提供したのだ。

 

 対するプトレマイオスはGN粒子を散布しつつ後退し、国連軍の艦隊との距離を保った。L5とL1宙域の境に存在する資源衛星群に身を潜ませ、虚空に浮かぶ巨大な岩石群を障壁代わりにしたのである。

 

 スメラギはテールブースター、及びGNロングバレルキャノンを装備したガンダムキュリオスに出撃の指示を出した。

 

『アレルヤ、トレミーに近づく敵機を撃墜すればいいの。深入りしすぎないように注意して』

「了解。キュリオス、アレルヤ・ハプティズム、迎撃行動に入る!」

 

 飛行形態のキュリオスが出撃した数十秒の後、戦闘が開始された。

 

「敵の数は30機……先制攻撃で数を減らす!」

 

 キュリオスのGNロングバレルキャノンによる先制の一撃が、逃げ遅れたジンクスの2機を巨大な火球に変える。今の爆発光の照り返しを受けて、トレミーに近づくジンクス部隊はターゲットを変え、キュリオスに向けて突進していった。

 

 28機になったジンクス部隊から、キュリオスに向けて、怒涛のような粒子ビームが放たれる。

 

「テールブースターで機動性は上がっている!」

 

 そう呟いたアレルヤが操縦桿を動かし、キュリオスの機体を加速させる。迫りくる粒子ビームの雨を高速機動で回避し、再びGNロングバレルキャノンを見舞った。ジンクス部隊が散開してキュリオスの砲撃を回避すると、そこでキュリオスは2門のGNビームキャノンを放つ。

 

 放たれる粒子ビームの光軸が2機のジンクスを消滅させ、射線にある岩石を一文字に貫く。反対側の表面に大穴が開き、砕かれた岩の破片と衝撃波がそこから噴き出すと、周囲のジンクスへ降りかかっていく。

 

 撃破するには至らなかったが、動きを妨害するには十分だ。

 アレルヤは操縦桿を動かし、ジンクス部隊と距離を取るように機体を後退させる。

 

「(ったく、まるで木偶人形を相手しているような感覚だぜ!)」

「ああ、規律がありすぎて人間が乗っているとは思えない……!」

 

 この時、アレルヤの内にある存在、そして自分自身も敵機の動きに違和感を覚えた。

 先程交戦していたジンクスがほぼ全機、同じ動きをしていた。砲撃の間隔、そして行動パターンもだ。あまりにも規律がありすぎて、まるで「魂のない人形」のようだった。

 

 一方、ブリッジのメインモニターを通じて戦闘を観測しているスメラギも、アレルヤと同じ見解を示した。それらの機体は全て「モビルドール」を搭載したMSだ。

 機体がガンダムと同性能とはいえ、遠距離から放ったGNビームキャノンの砲撃さえも避けられないことから、その反応速度が並みのパイロットより劣ることが窺える。

 

 キュリオスの性能とアレルヤの技量を持ってすれば、対処は容易だ。それに――。

 

「――機械が相手なら、遠慮は要らない!」

「(人形どもをバラバラにしてやれ、アレルヤ!)」

 

 穏やかさを信条としているアレルヤにとって、この類の人間だけを殺す機械は自分が罪悪感なく倒せる数少ない存在だ。

 

 キュリオスが再び岩石の陰から姿を現すと、ジンクス部隊の各機がキュリオスに目掛けて各々の火器を放つ。アレルヤは操縦桿を握ってキュリオスの機体を加速させ、迫りくる粒子ビームの狭い間隙を縫うよう飛行しながら、GNビームサブマシンガンを撃ち散らす。

 

 姿勢制御の途中に粒子ビームの光弾を浴びた1機のジンクスは文字通り蜂の巣になり、穴だらけになった機体を爆散させた。ジンクス部隊はすぐさま後退して、キュリオスの射程から離脱しようとするが、そこでキュリオスは一斉射撃を放つ。

 三つの銃口から迸った粒子ビームは真っ直ぐ3機のジンクスの胴体を突き抜き、その編隊を分断した。アレルヤはこの勢いに乗じて、ジンクス部隊に追い討ちをかける。

 

 直後、22機になったジンクス部隊は、たった1機のガンダムによって蹂躙されたのだった。

 

 

 

 

 

 プトレマイオスが身を潜んでいる資源衛星群の外では、セルゲイ・スミルノフ中佐が率いる部隊が待機していた。

 

「所詮は人工知能……ガンダムの相手にならんか」

 

 MDで構成された先遣隊が全滅させられたことを知ったセルゲイは、呆れたようにそう呟いた。

 タクラマカン砂漠の敗北を喫してもなお、MDの実戦投入を認めた国連軍の上層部に、セルゲイは疑問を禁じ得なかった。

 

 ガンダムは数だけで勝てる相手ではないことを、上も重々承知しているはず。

 それにも拘らず、プログラム通りにしか動けないMDを貴重なジンクスに搭載し、実戦に投入した。その結果、30機のジンクスがたった1機のガンダムによって撃破された。

 上の命令に異論を唱えないが、虎の子であるジンクスを犬死にさせるような行為に、セルゲイは気に食わなかった。

 MDといった人工知能より、熟練の兵士をジンクスに乗せた方がいいと、セルゲイはそう思っている。いくら機体が良くても、乗り手が性能を引き出せなければ意味はない。上の連中が理解できないかもしれないが、戦いは量より質が重要だ。

 

「先程の戦闘で、ガンダムとそのパイロットもかなり消耗しているはずだ。全機、前進せよ!」

「了解です、中佐!」

「見ててください、大佐。この機体で、必ずやガンダムを……!」

 

 セルゲイの鶴の一声と共に、29機のジンクスが一斉に動き出す。ピーリス機はセルゲイ機の傍についていく。パトリックは機体を最大加速させ、仇敵を倒すべく資源衛星群に突入していった。

 

 

 

 

 

 時を同じくして、こちらに接近するセルゲイ隊の反応を、キュリオスのEセンサーが捉えた。

 

「新手か⁉ うああぁぁっ……この感覚は、まさか⁉」

 

 アレルヤが脳を直接針で刺されたような激痛に襲われたと同時、キュリオスの機体が激しく揺動された。サブモニターの表示により、追加装備であるテールブースターに粒子ビームを被弾した事を察知する。

 

「超兵が、来る……!」

 

 頭への激痛とコックピットを走らせる振動に、アレルヤは身体を仰け反られた。キュリオスの動きが鈍った隙に、GNビームサーベルを引き抜いたピーリス機がキュリオスに肉迫していった。

 急速に接近する敵機を見て、アレルヤは被弾したテールブースター、及び左手に装備されたGNロングバレルキャノンを分離し、MS形態に変形させてGNビームサーベルで受け止めた。

 二振りの粒子束が斬り結ばれた瞬間、分離したテールブースターが一瞬膨張し、火球に転じた。

 

『見つけたぞ、被験体E-57!』

「……ソーマ・ピーリスか……!」

 

 アレルヤは接触回線から自分の同類――ソーマ・ピーリスの声が聞こえてきた。

 ピーリス機と剣を交えていたそこに、傍らから2機のジンクスによる粒子ビーム砲撃を受けた。

 

『タイミングを合わせてくれ、ハワード!』

『了解だ、ダリル!』

 

 その2機は、ハワード・メイスンとダリル・ダッジの駆るジンクスだった。2機から放つ熱線の乱打を受け、キュリオスは錐揉み状態に陥った。

 

『今だ野郎ども! やっちまいな!』

 

 そんな状態で流されていくキュリオスに、パトリック機を含め12機のジンクスが大挙して粒子ビームを浴びせかけ、ピーリス機がGNビームサーベルを振り上げて斬りかかる。

 

『落ちろぉ! ガンダム!』

「クッ……やられる!」

 

 動きが制限された今の状況では、その光刃の間合いから逃れることはできない。何処か確実に斬られる。損傷箇所によっては戦闘不能に陥ってしまう可能性もある。

 急加速で己の間合いに入ったピーリス機がGNビームサーベルを振り下ろす――が、その剣先は虚空を切った。

 

『なっ、消えた⁉』

 

 勢い余った機体に急制動をかけたピーリスは戸惑い、絶句した。目の前にいるキュリオスの機体が突如、消えていた。まるで最初から、そこにいなかったかのように。

 

 否、消えたのではない。

 アレルヤは使ったのだ、オリジナル太陽炉のみに与えられた機能――トランザムシステムを。

 

「何とか躱したけど、次は受け切るしかなさそうだ……!」

 

 キュリオスのコックピットで、アレルヤは額を抑えながら、顔を顰めてそう呟く。

 危機を脱したとはいえ、咄嗟にトランザムシステムを使ってしまった。しかし、この機能は諸刃の剣だ。機体のGNコンデンサーに蓄積された高濃度圧縮粒子が尽きるまで、どう対処するか決めなければならなかった。

 

 頭を苦しめる激痛は未だに続いている。しかし、ここで引くわけにはいかない。

 刹那たちが戻ってくるまでの間、持ち堪えなければならないのだ。そう思ったアレルヤは機首を翻して攻勢に出る。

 すると、ふいに痛みが消え、視界と思考がクリアに澄み渡る。

 

「ず、頭痛か……」

「(脳量子波は俺が遮断しておいてやったぜ!)」

 

 疑問を口にするアレルヤに、自分の内にある存在――ハレルヤが答える。

 直後、ハレルヤは凶暴な言葉でアレルヤを鼓舞した。

 

「(ブチ殺せよ、アレルヤ!)」

 

 どのような方法で痛みを引かせたのかは分からないが、これでジンクス部隊と対等に戦える。

 いや、トランザムシステムが発動している分、こちらにアドバンテージがある。そう考えたアレルヤは操縦桿を握り締め、ジンクス部隊に挑みかかった。

 

『各機、陣形を維持しつつ一斉射!』

 

 全身を赤色に発光させたキュリオスを捕捉したセルゲイが隊員に攻撃命令を送ると、自機を含め29機のジンクスから放つ粒子ビームの豪雨が、キュリオスに降りかかる。しかし、見る者の目に残像を映すほどのスピードで飛行しているそれを命中することはできない。

 

「この機動性なら、一気に……!」

 

 紅蓮に染まったキュリオスの機体が宙を舞うような軽快さで交差する光条の間をすり抜け、応射したGNサブマシンガンが次々と敵機に着弾の炎を上げていく。トランザムシステムの影響で武器の威力が大幅に向上していた為、放たれた光弾は敵機の四肢を穿ち、その戦闘能力を確実に削り取っていった。

 

 それはGNビームサーベルを引き抜いて、挑みかかってくるピーリス機に対しても同じだった。

 GNビームサブマシンガンの光弾がピーリス機の右脚を損傷し、彼女の援護に入ったもう1機のジンクスの胴体を撃ち抜き、膨張する火球に姿を変える。

 再びピーリス機に狙いをつけると、GNビームサーベルを構えたセルゲイ機が背後から肉迫してきた。

 

『これ以上はやらせんぞ、ガンダム!』

「……背後から⁉」

 

 接近する敵機を察知したアレルヤは背後に機体を捻らせ、GNビームサブマシンガンを撃ち散らす――が、振り向きざまの銃撃が全て回避され、振るわれた光刃に銃身を両断されてしまう。

 

「なっ、サブマシンガンが……!」

 

 咄嗟の判断で機体を後退させると、アレルヤは虚空を漂う長砲身の銃に目をやった。

 それは、先程の戦闘でパージしていたGNロングバレルキャノンだった。

 

 鉄くずとなったGNビームサブマシンガンを捨てると、アレルヤはぐっと操縦桿を握り締め、虚空を漂う長銃をさっと掴み取り、振り向きざまにセルゲイ機に狙いを定める。

 

 キュリオスの高濃度圧縮粒子残量を示すゲージが既に点滅し始めていた。撃てるのは一発のみ。

 そう、この一発で勝負を決めるしかないのだ。

 

「一発勝負だ、行けぇ!」

 

 アレルヤの叫び声と共に、キュリオスの右腕がGNロングバレルキャノンのトリガーを引いた。

 粒子ビームの光芒がセルゲイ機の左腕を破砕し、飛散した高エネルギー粒子はセルゲイ機の装甲を穴だらけにしていった。

 

 残り僅かの高濃度圧縮粒子を込めた一撃を以てしても、目の前の敵機を倒しきれなかった。

 その後、トランザムの限界時間を迎えたキュリオスに、ジンクス部隊が取り囲み、各々の火器を向けていた。

 しかし、追い詰められたアレルヤの危機を救うかのように、一筋の光柱が無音の闇を切り裂いて疾走し、ジンクス部隊を半壊させた。

 

 

 

 

 

 悠凪一行がクロスゲートを通り抜け、戦闘宙域の外に到着すると、フリーダムは強襲用コンテナに積載していたハイパー・メガ・バズーカ・ランチャーを取り出し、持ち構える。

 キュリオスの周囲を取り囲んでいるジンクス部隊に照準を定めると、悠凪はエネルギーの充填を開始させる。そして砲身内部のエネルギーが100%に達したその瞬間――。

 

「――エネルギー充填100%……ハイパー・メガ・バズーカ・ランチャー、発射!」

 

 悠凪の言葉と共に、砲口から石竹色の光柱が放たれる。ガンダムヴァーチェのバーストモードを彷彿させる凄まじい閃光がジンクス部隊に殺到する。

 セルゲイが即座に回避の指示を出すものの、それでも12のジンクスが回避に間に合わず、光柱に飲み込まれて宇宙の塵と化した。その威力にひやっとされた一般兵が逃げ惑い、部隊が総崩れになってしまった。

 

『まだ、ガンダムにしてやられたか……全機、撤退しろ! 急げ!』

 

 撃ったのは例のデカブツか、それとも別のガンダムか、考える余裕はなかった。

 このまま戦っては、こちらがガンダムに全滅させられるに違いない。これ以上の戦闘行為は兵を無駄死にさせることだと判断したセルゲイは、部隊に撤退の命令を下した。

 

『クソ! 覚えてろよ、ガンダム!』

 

 パトリックが捨て台詞を吐き捨てると機体の向きを変え、本隊と共に撤退していった。

 安堵したアレルヤが遠ざかっていく敵部隊の背を見送っていると、ビームの光柱が飛来した方向から、エクシアらしき機影が近づいてきた。

 

「アレルヤ、無事か?」

「僕は大丈夫だ、刹那。ところで、このエクシア一体……?」

「異世界の技術を取り入れた、俺のガンダムだ」

 

 疑問を口にするアレルヤに、刹那が答える。

 同時にアレルヤはコックピットのメインスクリーンから、GNアーマーTYPE-Dとガンダムナドレ、緑色の粒子を放つ4機のスローネと強襲用コンテナ、そして長砲身のビームランチャーを携えたフリーダムガンダムを視認した。

 仲間たちが新しい力と共に帰還し、さらにこの上なく最高の援軍も来てくれた。この戦い負ける気がしないと、アレルヤは心からそう思った。

 

「僕は一旦トレミーに帰還する。イアン、予備の追加装甲は?」

『もう用意している、早く来な』

 

 通信ウィンドウに映し出されたイアンがそう返事すると、ナドレは追加装甲を装着すべく、一旦プトレマイオスに帰還した。フリーダムは長砲身のビームランチャーをプトレマイオスに預けた。

 一方、艦を護衛するキュリオスと3機のスローネが飛び回り、資源衛星群の周辺宙域を哨戒していた。

 

「ヨハン、トレミーの護衛はお前たちに任せる。国連軍の部隊は俺と悠凪が叩く!」

「なら、俺とロックオンも行こう。スメラギ・李・ノリエガ、問題はないな?」

『問題ないわ。敵部隊への対処は、貴方たちに任せるわ』

 

 刹那の提案に、スメラギが頷いて同意の意思を示す。

 すると、刹那とロックオンはフリーダムとスローネフィーアの背中を追い、国連軍を掃討すべく機体を飛翔させた。

 

 

 

 

 

 国連軍の増援部隊が待機している宙域付近では、1人の紳士が己の乗機の左肩に立ち、醜い争いを高みの見物をしていた。

 

 頭頂高7.5m、全長7.8mの機体には黒と紫が混ざり合ったカラーで塗装されており、頭部にはⅤ字ブレードアンテナやツインアイなど、ガンダムを彷彿とさせるデザインがなされている。さらに背中には六枚羽の黒い翼を備えている。

 そしてこの機体は、その肩に立っている長い金髪の紳士しか座れない至高の玉座でもある。紳士はとある事故で超常的な力を獲得してしまい、宇宙服なしでも真空の宇宙空間を活動できるようになった。

 

 その軽蔑の眼差しで見つめるものは、軍勢の中心に浮かぶ黄金の巨体と、それを囲むよう陣形を組む12機の黒いガンダム、そして100機以上の雑兵。これらの機体は全て、嘗ての盟友であるイオリア・シュヘンベルグが発明した半永久機関を組み込んだ兵器だ。

 

「イオリア、確かに君は天才だ。だが私から見れば、君は人を信じ過ぎている、ただの愚か者だ。君の真意を理解できない人類は、君の発明を争いに使った……実に可笑しい光景だよ。嘗ての盟友として、君に代わってこの世界の終焉を見届けてあげよう」

 

 嘗ての盟友を嘲笑うかのように、紳士はそう呟いた。

 

 つづく



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第23話 終焉の始まり(前)

内容盛りだくさんなので、今回も前後編に分けて投稿します。


「ロックオン・ストラトスより報告。L4方面に敵大型輸送艦を発見!」

「スメラギさん! 敵MSが16機、こちらに接近しています!」

「敵が引き返して来たわね……ガンダム各機、迎撃に備えて!」

『『了解!』』

 

 フェルトとクリスがそう報告すると、スメラギはアレルヤとティエリア、そしてトリニティ兄妹に迎撃の指示を出す。

 

 一方、デュナメスのコックピットでは、ロックオンはメインスクリーンに映る敵大型輸送艦を見据えていた。

 虚空に浮かぶ巨大な岩石、その陰に潜む敵輸送艦は、ユニオンのヴァージニア級宇宙輸送艦。

 正面から見ると二つの大型コンテナが左右に分かれて扇子状に配置されているのが特徴で、一つのコンテナがMS5機分の収納スペースがある。

 数は3隻、恐らくはアレルヤと交戦していた敵部隊の母艦であろう。そう考えたロックオンは敵の輸送艦に照準を定め、トリガーにかけた指に力を込める。

 

「悪いが、落とさせてもらうぞ!」

 

 長砲身のGNツインライフルから一気に迸った太い光軸が虚空を切り裂き、岩石の陰に潜む輸送艦隊の1隻に突き刺さり、艦体を真っ二つに引き裂いて爆散させる。

 敵輸送艦の爆発を合図に、フリーダムとアメイジングエクシア、そしてフィーアは戦闘宙域へと突入し、生き残った2隻の輸送艦はすぐさま応戦を開始する。

 

 戦闘宙域へと突入したフリーダムのコックピットで、私は輸送艦の残骸を見つめていた。

 ピンポイント攻撃で敵艦を撃沈する。ロックオンにとっては大した戦果ではあるが、同時に艦に乗っている乗組員の命を百人単位で消滅せしめたことになる。

 

 虚空を漂う残骸と死体を目の当たりにして、ロックオンと刹那は何を思うのだろう。

 敵兵を葬ったことに対して歓喜と達成感を覚えるほどの異常な精神構造をしているサーシェスと違って、彼らはCBの理念を実現する為に、その覚悟をして参加しているのだ。彼らの心の中にあるものは「罪の意識」かもしれないが、正確な答えは本人のみぞ知る。

 そして私は、この世界に介入した責任を果たす為に、CBに全面協力することを約束した。

 

 自由には責任が伴う。

 私はこの世界に介入する「自由」を選んだ。幾度も戦闘状況に介入した。その上で強力な武器を持ってだ。それで救われた者もいれば、命を絶たれた者もいる。

 敵味方に関わりなく、私は既に大勢の人々の運命に介在しているのだ。だから、その「責任」を果たす必要がある。

 

 戦い続けた今までも、私は後悔していない。

 最後にはいつも、自分で選んだ道だから。

 

 私はリニアキャノンを掃射してくる2隻のヴァージニア級に目を向ける。

 

「バラエーナ、高出力砲撃モード……発射!」

 

 そして片方のヴァージニア級に狙いを定め、トリガーを引く。2門のバラエーナから迸った熱線が艦体を貫き、一瞬だけの恒星に変えた。

 振り向きさまに最後の1隻に照準を定めると、コックピットには敵部隊がこちらに接近していることを示す警告音が鳴り響いた。

 

「ほう、国連軍の増援部隊が現れましたか」

「おいおい、100機以上いるぞ!」

「来やがったな、クソ大使!」

「あれは、国連大使の率いる増援部隊……! しかし妙だ、動きが単調すぎる!」

 

 ヴァージニア級の撤退を援護しつつ、こちらに攻撃を仕掛ける部隊は、100機以上のジンクスで構成された大部隊だった。だが、動きがあまりにも単調すぎて人間味がなかった。

 通信から刹那の言葉を聞いた隼人は、一つの推測をした。

 

「あれは多分、MDを搭載した無人機だろうな。試したいことがある、お前らは下がってろ!」

「何をする気だ、風間隼人⁉」

 

 単機でジンクスの群れに突撃していったフィーアを見て、刹那は隼人呼び止めるが、隼人からの返答がなかった。

 一方、フィーアのコックピットでは、隼人はコンソールを操作してバックドアプログラムを起動させていた。このプログラムを起動すれば、この場にいるジンクスを自分の駒として操作することができる。しかしながら、操作できる数は最大50機だ。

 

 ならば、システムを狂わせて同士討ちを誘発させよう。

 

「セットアップ完了……ポチッとな!」

 

 粒子ビームの豪雨が襲いかかるが、隼人は素速く操縦桿を動かして機体を翻せる。攻撃を躱したと同時に、バックドアプログラムの起動ボタンを押した。

 次の瞬間、100機以上のジンクスで構成された大部隊は混乱を起こして、同士討ちを始めた。木偶人形たちがお互い潰し合っている隙に、我々は後方に控える黒幕――アレハンドロ・コーナーを打倒すべく、L4方面へ機体を飛翔させた。

 

「前方になんか馬鹿でかいのがいるぞ!」

「馬鹿でかいやつ? なっ、まさか!」

 

 ロックオンの言葉に、隼人は怪訝な表情を示すが、スクリーンに映し出された映像を見ると、直ぐにその正体が分かった。

 黄金の機体を左右に展開した12機の黒い機体と比較するに、縦は2倍、横は4倍軽く超えてるだろう。中央には髑髏の口を模したようなスリットがあり、その上には2門のビーム砲らしきものが備わっている。そして、機体の向こうには黄金のGN粒子の輝きが見える。

 

 そのデカブツの正体は、擬似太陽炉を7基搭載した巨大MA――アルヴァトーレだ。

 

 4機のガンダムが近づいていることを察知したのか、黄金の機体のスリットが開き、その奥から大口径の砲口が現れた。アルヴァトーレが巨大GNビーム砲の発射態勢に入ったことを感じ取った私は、すぐさま3人に回避の指示を飛ばす。

 

「敵の砲撃が来ます! 全機散開!」

「あのデカブツ、デュナメス以上の射程を持っているのか⁉」

 

 ロックオンがそう言い放った時、その砲口の数倍以上、戦艦を丸ごと飲み込んで余りある光柱が放たれ、漆黒の宇宙空間を切り裂いていく。

 全機がそれを難なく回避した後、隼人は皮肉めいた笑みを浮かべてそれを見送った。

 

「大外れだ、このクソ大――」

「――いや、その方向には!」

 

 刹那は隼人の言葉を遮り、叫ぶ。同時に隼人は、自分の誤りに気付いた。

 敵の粒子ビームが向かった先にあるものは――。

 

「――トレミーか!」

 

 ロックオンの声が答えを叫んだ。

 

 

 

 

 

 幸いにして、プトレマイオスは直撃を免れた。

 だが、膨大な粒子ビームの奔流は艦の左後方を掠め、左舷のメインスラスターである第一粒子出力部が使い物にならなくなった。

 一応、ネーナの駆るスローネドライが予めビーム攪乱幕ミサイルをばら撒いているが、それでも完全に防ぎ切ることができなかった。

 

「第一粒子出力部への粒子供給をカット、全ての粒子供給を第二粒子出力部に回して!」

「了解ッス!」

 

 スメラギの指示に従い、リヒティは機能停止した第一粒子出力部への粒子供給を切断し、粒子を全て第二粒子出力部に回すように操艦システムを再設定するが――しかしそこで、見えない敵から放たれた第二波が迫る。

 

「粒子ビーム、真っ直ぐこちらに向かっています!」

「大丈夫だ、クリス。今度は避けて見せるさ!」

 

 リヒティの巧みな操艦によって第二波砲撃は無事に回避、その余波によって艦全体が激しく振動したが、損害はゼロだった。リヒティは宣言通り、敵の砲撃を回避して見せた。

 スメラギは即座にプトレマイオスを岩石の陰に隠すよう指示を出すが――そこで1機のジンクスが岩石の陰から出現し、ブリッジにGNビームライフルの銃口を向ける。

 

「敵の別働隊⁉」

「粒子ビーム、来ます!」

 

 全員が死を覚悟したその瞬間、銃口を向けていたジンクスが横から飛来した粒子ビームに胴体を貫かれ、爆炎を上げて塵と化した。

 

 ジンクスを撃破したのは、頭頂部から迫り出している鋭利的な鶏冠のようなパーツ、額の部分には黄色のV字ブレードアンテナ、右手には携行式の大型粒子ビーム砲を握っており、背中には飛行ユニットらしき大型パックバッグを装着している黒いガンダムだった。

 

「プトレマイオス、今のうちに後退を!」

 

 通信から声が聞こえた時、黒いガンダムのシルエットがスメラギたちの視界に入った。

 黒いガンダムは、ヨハン・トリニティの駆るガンダムスローネアイントゥルブレンツだった。

 

 岩石を迂回してくるジンクス部隊の前に飛び出し、右手に握っている大型粒子ビーム砲――GNブラスターによる先制の一撃を加えたアインは、続けてGNファングを射出した。

 アインの腰に垂れ下がっているスカート状の装甲から踊り出した八つの牙は、自在に宇宙空間を駆け回り、目にも止まらないほどの速さで、瞬く間に2機のジンクスを葬った。何とか対応しようとした1機も続けざまに爆散させる。

 

『仲間がやられた⁉ た、退却だ!』

「俺たちから逃げられると思うなよぉ!」

 

 仲間たちがあっけなく撃破されたところを見て、後続の2機は退却を試みる――が、そこで緋色のガンダムが背後から躍りかかってきた。

 右肩に装備している両手剣を持ち構えたそのガンダムは、2機のジンクスの胴体に目掛けて巨大な剣を横薙ぎに振るった。次の瞬間、2機は胴体を境に真っ二つに折れ、生き別れになった上半身と下半身が相次いで爆発し、火球に転じる。

 

 緋色のガンダムは、ミハエル・トリニティの駆るガンダムスローネツヴァイだった。

 

「へへッ、刻んでやったぜ!」

 

 ミハエルがそう息を吐いた瞬間、最後の1機のジンクスが薄くなった煙を突き破り、GNビームサーベルを振り上げてツヴァイに斬りかかる。敵機を視認したミハエルは、すぐさま機体の向きを変えて応戦するが、そのジンクスはプトレマイオスの陰から踊り出たワインレッドのガンダムから放った粒子ビームに太陽炉を貫かれ、爆発四散した。

 

「助かったぜ、ネーナ!」

「後ろにも気を付けてよね、ミハ兄! にしてもこの新装備、本当に凄い火力だよね……」

 

 ワインレッドのガンダムは、ネーナ・トリニティの駆るガンダムスローネトライだった。

 その左手に握っている黒と白を基調にしたビームライフルは、悠凪がトリニティ兄妹の為に用意した新装備だ。GNビームサブマシンガンのような高速連射が可能で、高出力ならばGNキャノンにも匹敵する威力を発揮する。この為、ガンダムと同等の性能を持つジンクスをいとも簡単に撃破することができた。

 

 

 

 

 

 一方、ティエリアはパトリック・コーラサワーの率いる部隊と戦闘を繰り広げていた。

 

 2丁のGNバズーカから放った熱線が敵機を外れて宇宙の果てに消えると、岩石の陰より4機のジンクスが姿を現した。各々の銃口から粒子ビームが迸り出る。

 敵に半包囲され、集中砲撃を浴びるに至って、ティエリアは防戦を余儀なくされた。ヴァーチェのGNフィールドは敵の粒子ビームから十分に耐えていたが、敵弾の勢いに段々と押されていく。

 

『動きが鈍いんだよ、このデカブツが!』

「くっ……!」

 

 操縦桿を動かしつつ、ティエリアがちらりとサブモニターに目をやる。

 そこに表示されているのは――トランザムシステムの起動ボタン。

 

 だが、敵はまだ5機残っており、増援部隊がないとは限らない。トランザムで全機を撃破したとしても、敵の増援部隊の前にシステムが限界時間を迎えてしまえば、機能低下したヴァーチェは敵に袋叩きにされるだけだ。

 

「トランザムには早すぎる……!」

 

 ティエリアの顔には、焦りの色が浮かんでいた。

 

 ヴァーチェが敵部隊の攻勢を凌いでいる一方、セルゲイの率いるもう一つのジンクス部隊は岩石の陰を移動しつつ、姿を隠したガンダムキュリオスを追跡していた。

 5機で構成されているこの部隊には、ピーリス機も含まれていた。先頭で部隊を率いている機体は自分の上官――セルゲイ・スミルノフ中佐の乗機で、彼女が2機目だった。

 その後ろにはハワードとダリル、そしてヘンリーの3名の元フラッグファイターの駆るジンクスが追随している。

 

 突如、ヘンリー機の動きに妙というか不穏なものを彼女は感じた。

 

『……どうした?』

 

 機体を振り返らせて、最後尾にいるヘンリー機の様子を窺う。

 するとピーリスは、ヘンリー機の胸元からオレンジ色の金属片が突き出しているのを見た。次の瞬間、その金属片が真ん中からばかりと割れると、其々が上下に広がってヘンリー機を真っ二つに両断した。爆煙の奥から、猪突猛進するようにオレンジ色の機体が姿を現し、ピーリス機に迫る。

 

「ハッハッハッハァッ!」

『羽根付き……! 被験体E-57!』

 

 その機体は、アレルヤの内なる存在――ハレルヤの駆るガンダムキュリオスだった。

 

『おのれ、よくもヘンリーを!』

『今度は逃がさないぞ、ガンダム!』

 

 仲間が成す術なく撃破されたのを見て、激怒したハワードとダリルは右手にGNビームサーベルを抜かせる。凄まじい勢いで突進してくるキュリオスに、真っ向から挑みかかった。

 

「雑魚は引っ込んでな!」

 

 2機はキュリオスの胴体に目掛けて斬りつけようとしたが、その前にクロー状に展開されたGNシールドに打ち払われて剣を落としてしまう。

 

 ハワード機とダリル機を無視したキュリオスは腰部後方の装甲裏に装備したGNビームサーベルを引き抜き、ピーリス機に向けて加速しながら左右に振った。

 機体に急制動をかけたピーリスは左手にGNビームサーベルを抜かせると、振るわれる粒子束をそれで受け止めた。

 

『この至近距離なら!』

「遅ぇよ!」

 

 右腕を翻して至近距離からGNビームライフルでキュリオスに狙いをつけるが、トリガーを引く前にクローに変形したGNシールドに手首を挟まれ、勢いで放たれた3発の熱線は見当違い方向へ飛び去っていく。

 一連の攻勢を凌いだキュリオスはピーリス機の下半身に目掛けて足を蹴り上げ、その反動を利用してピーリス機の間合いから離れ、牽制のGNビームサブマシンガンを撃ち散らす――が、そこでセルゲイ機がGNビームサーベルを振り上げて斬りかかる。

 

『その左手、もらった!』

「動きが見えてるんだよぉ!」

 

 キュリオスは機体を翻らせると、セルゲイ機の斬撃を回避し、飛行形態に機体を変形させて離脱した。集結した4機のジンクスはすぐさま追撃を開始するのだった。

 

 

 

 

 

「デュナメスの射程距離に入った!」

 

 GNアーマーTYPE-Dのコックピットにいるロックオンが、サブモニターで相手との相対距離を確認しながらそう呟く。

 サブモニターには、黄金の機体と自機との相対距離や二次元グラフィックスなどの詳細データが映し出されている。距離は十分。

 

「GNキャノン、GNツインライフル、チャージ開始、チャージ開始」

 

 ハロの声と共に、GNアーマーTYPE-Dのビーム兵器のチャージが開始された。

 そして武器の粒子供給が100%に達した瞬間――。

 

「――デュナメス、目標を狙い撃つ!」

 

 GNアーマーTYPE-Dの右側面に備わっているGNツインライフル、そして中央上部にある2門のGNキャノンが火を噴き、砲口から迸った熱線が闇を疾走し、黄金の機体に殺到する。

 だが、黄金の機体は、自機を丸っきり包み込む球形をした黄金の領域を張り、膨大な威力を誇る粒子ビームを完璧に防ぎきる。霧散した粒子ビームの高熱は、敵機に届いてないようだった。

 

「バカな、防いだだと⁉」

 

 GNアーマーTYPE-Dの全力砲撃を防いだ敵機に、ロックオンは驚きを隠せなかった。

 

「あれは、GNフィールド⁉ どうやってあんな出力を……!」

「擬似太陽炉を7機搭載しているんだ、このくらい当然だ!」

 

 領域の正体を一瞬で看破した刹那が呟き、隼人が答える。

 擬似太陽炉を複数搭載し、GNアーマーTYPE-Dの全力砲撃を防ぎきる程のGNフィールドを展開したとはいえ、この技術は元々CBのものであり、マイスターたちはその仕組みと対処法も心得ていた。

 

「刹那、何故エクシアに実体剣が装備されているか……その理由、忘れたとは言わせないぞ!」

「その理由、俺は覚えている」

 

 イオリア計画の中には、対ガンダム戦も入っていた。エクシアのGNソードは、GNフィールドに対抗する為にある。それに最大の切り札であるナドレのトライアルシステムが使えない今、強化改修されたエクシア――アメイジングエクシアはCBの切り札となる。

 

 球体を形成する圧縮粒子の流れを、GNソードによって斬り裂いてやればいい。

 

「奴の懐に飛び込む!」

「行きましょう、刹那!」

 

 アメイジングエクシアが折り畳まれていたGNソードを展開すると、フリーダムも2本のビームサーベルを引き抜いた。2機のガンダムは黄金の機体に向かって加速していく。右肩に装備されたGNバスターソードを両手で構えると、フィーアは先行した2機を追随するのだった。

 

 しかしそこで、巨体の背後から12機の黒い機体が姿を現し、各々の銃口から真紅の粒子ビームが迸り出る。

 隼人が機体に急制動をかけて粒子ビームの掃射を躱した一方、私は2本のビームサーベルを振り回し、迫りくる粒子ビームを斬り払う。刹那の駆るアメイジングエクシアはGNフィールドを展開し、粒子ビームの豪雨を防ぐ。

 

「あれは、黒い……アストレア⁉」

 

 メインスクリーンに映し出された黒い機体を見て、刹那は驚きの声でそう呟いた。

 アメイジングエクシアの前に立ちふさがる敵機は、真紅のGN粒子を放ち、装甲が真っ黒に塗装されたガンダムアストレアだった。

 その後ろには同じく黒に染まったサダルスード、アブルホール、プルトーネが控えていた。其々3機ずつ、合計12機いる。

 

 擬似太陽炉を搭載した第二世代ガンダムのレプリカ――ブラックシリーズ。

 これはリボンズの差し金か、それともアレハンドロ・コーナーの独断で生産された機体か。そう考えている内に、私を不快にさせる声が通信に割り込んできた。

 

『――フハハハハハッ!』

 

 刹那とロックオンにとっては聞き覚えのある声ではなかったが、私と隼人は知っている。

 この声の持ち主は、その趣味の悪いMAに乗るパイロット――アレハンドロ・コーナーの声だ。

 

『忌々しいイオリア・シュヘンベルグの亡霊どもめ、そして裏切り者のハヤト・カザマめ……この私、アレハンドロ・コーナーが、貴様らを新世界への手向けにしてやろう!』

「何が裏切り者だ! テメエの仲間になった覚えはねえよ、このクソったれが!」

 

 隼人が凶暴な言い方でそう言い返すと、12機の黒いガンダムが一斉に動き出し、後方に控えるアルヴァトーレは22門の側面ビーム砲を乱射する。

 

「この程度の砲撃……!」

 

 刹那と隼人は熱線の軌跡を見切ると小刻みな動きで回避し、各々のライフルで応射する。

 アメイジングGNソードライフルのマズルから迸り出た三つの熱線がブラックプルトーネの機体を穿ち、その後方に控えるアルヴァトーレに殺到する――が、相手のGNフィールドのあまりの強固さに虚しく弾かれる。フィーアのGNビームライフルから放った高出力粒子ビームも、同じ結果に辿った。

 

 一方で、ロックオンはGNアーマーTYPE-Dの左側面に備わっている大型ミサイルコンテナを展開し、積載されたGNミサイルをアルヴァトーレに向かって斉射するものの、黄金の装甲に命中する直前にGNフィールドに阻まれ、光球の群れと化した。

 

 薄くなった爆煙の向こうには、両腕を広げ、未だに無傷の敵がいる。

 

「アメイジングエクシア……」

「フリーダム……」

 

 奴は敵だ。イオリア計画を……そして、世界を歪めた者。

 ならば、倒さねばならない。

 

「「――目標を駆逐する!」」

 

 後編へ続きます。



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第23話 終焉の始まり(後)

 悠凪と刹那がアルヴァトーレを対処している一方で、昏睡状態から目覚めたフォン・スパークはシャルの指示により、ラグランジュ4の外縁に位置する国連軍の補給基地に急襲をかけた。

 

「テメェらに割いてる時間はねぇんだよォ!」

 

 コックピットを狙って放たれたGNビームライフルを回避する為に、オービットフラッグが下に潜り込むように回避するが、そこでスラスターを全開にしたアストレアF2が粒子ビームに紛れるようにして突っ込み、プロトGNソードを振り上げて斬りかかる。

 

「こいつで終わりだぁ!」

 

 プロトGNソードの斬撃を、オービットフラッグはなんとかプラズマソードで受け止めてみせる――が、機体性能に差がありすぎてプラズマソードごと機体を両断されてしまう。

 こうして、腰を境に真っ二つに割れた最後のオービットフラッグが爆発し、宇宙の塵と化した。

 

「3分以内に全ての敵を殲滅しました」

「へへッ……まぁ、こんなモンだな!」

 

 ハナヨが報告を上げると、フォン・スパークが不敵な微笑みを浮かべながら答える。

 補給基地の破壊に成功したフォンは、このままシャルの作戦プランに従いチームプトレマイオスと合流するつもりだったが、そこに敵機が近づいていることを示す警告音がコックピット内に響き渡った。

 

「フォン、何かがこちらに接近しています。GN粒子の反応あり!」

「来やがったな、国連軍の虎の子のMS!」

 

 フォンがそう言うと、資源衛星の陰から4機のジンクスが姿を現し、一斉にGNビームライフルを放った。フォンが即座に操縦桿を動かし、下方向に向けてアストレアF2を加速させ、迫りくる粒子ビームを回避する。そして――。

 

「――使わせてもらうぜ、トランザムッ!」

 

 機体を赤に光らせたアストレアF2が残像が生じる程の速度で上昇すると共に、GNビームライフルを構える敵機の上半身を両腕ごと、すれ違いざまにプロトGNソードで斬り裂ぐ。

 更に左腕のGNバルカンでもう1機を牽制しつつ機体の向きを変え、2機目の右腕をGNビームライフルごと捥ぎ、胴体を真っ二つに両断する。

 

 3機目がGNビームサーベルを引き抜いて挑みかかろうとするが、未熟なパイロットが超加速で迫るそれを対応できずに斬撃を受けてしまい、機体を四つに斬り裂かれて爆発四散した。

 そして4機目は煙を突き破り、牽制のGNビームライフルを撃ちながらアストレアF2へと突撃する。フォンは岩石の陰で射線を切りつつGNランチャーで応射する――が、粒子ビームの熱線が回避され、宇宙の闇へと消えていった。

 

『あっぶね……当てられるところだったぜ!』

「あげゃ、いるじゃないか。腕の立つのが!」

 

 岩石の陰から踊り出たアストレアF2が2本のGNビームサーベルを引き抜くと、迫りくる4機目のジンクスに向かって突進する。

 

「ガンダムの力ァ、その身に刻めぇ!」

 

 フォンがそう言い放つと、その迫力に気圧された敵パイロットは一瞬反応が遅れてしまい、両腕を切断されて体勢を崩してしまった。

 

『な、なんだこいつ……速い⁉』

 

 この機を逃さず、アストレアF2は右足を蹴り上げ、ジンクスの機体を尖った岩石に向けて蹴り飛ばす。岩石と激突したジンクスは衝撃でバラバラに解体され、疑似太陽炉も機能を停止した。

 

「周辺に敵の反応ありません」

「あげゃげゃげゃ! さぁ、次行こうか!」

 

 周辺に敵影なし。

 操縦桿で向きを変えると、フォンはラグランジュ1に向けてアストレアF2を飛翔させた。

 

 

 

 

 

『その程度の攻撃でアルヴァトーレに対抗しようなど……片腹痛いわ!』

 

 アレハンドロ・コーナーの言葉は、大げさでも嘘でもなかった。

 高出力モードに切り替えたアメイジングGNソードライフル、GNアーマーTYPE-Dの全力砲撃。そして、フリーダムの必殺技とも言える「ハイマット・フルバースト」による十重二十重の集中砲火も、尽く強固なGNフィールドに阻まれ、掠り傷一つ負わせることはできない。

 

 私は唇を噛んだ。

 膨大な発電量を誇る縮退炉を搭載したフリーダムの火力でも、アルヴァトーレのGNフィールドにまったく通用しない。

 だが、ミーティアの圧倒的な火力なら、奴に有効打を与えられるかもしれない。

 そう考えると、私はリベル・アークにいるエイフマン教授に通信を送った。

 

「エイフマン教授、ミーティアの射出準備をお願いします!」

『うむ、分かった。3分待て!』

 

 通信を切ると、我々の無力さを嘲笑うかのように、アルヴァトーレは片側11門、両側22門の側面ビーム砲を掃射した。私と刹那の機体は、その織り目にある僅かな隙間を潜り抜けてアルヴァトーレに接近する。

 

 アメイジングエクシアは右腕のGNソードを振り上げ、アルヴァトーレに斬りかかる。

 

「ここは……俺の距離だ!」

 

 超高温に加熱されたアメイジングGNソードは巨体を包み込む圧縮粒子の流れをすり抜け、黄金の装甲を斬り裂く――しかし、致命傷にならなかった。そしてGNフィールドの出力が弱っている瞬間、私はフリーダムを加速させつつ、アルヴァトーレの右側クローアームの関節部分に目掛けて二刀流ソードスキル「ゲイル・スライサー」を繰り出す。

 

『お、おのれ!』

 

 右側クローアームを切断されたアルヴァトーレは、反対側のクローアームを振り上げ、追い討ちをかけようとするアメイジングエクシアを叩き潰す勢いで振り下ろす。

 刹那は素速く機体を退かせはしたものの、躱し切れずにアメイジングGNシールドが粉々に粉砕されてしまう。左腕に残っていた破片を振り払いつつ、アルヴァトーレの間合いから離れる。

 

「刹那、一旦下がってください!」

 

 そう呼びかけた私は機体を後退させつつ、牽制のバラエーナとクスィフィアスを連射する。

 

「了解……!」

 

 アメイジングエクシアが離れると、アルヴァトーレを包んでいたGNフィールドが消失した。

 疑似太陽炉が活動限界を迎えたのではなく、奴は恐らく大型GNファングを射出するつもりだ。

 

「あの武器は……スローネと同じ!」

「(やはりGNファングを使うか)」

 

 私の予想通り、GNフィールドの消失はアルヴァトーレの攻撃を示す兆候だった。

 機体の尾ひれに当たる部分が開き、六つの物体が飛び出してきた。金の延べ棒らしき物体は其々後方からGN粒子を噴出し、先端から粒子ビームを迸らせながら縦横無尽に急迫してくる。

 

「刹那、ここは私が……!」

 

 GNファング――ガンダムスローネツヴァイとフィーアにも装備された鋭い牙。

 しかし、アルヴァトーレに搭載されたGNファングは砲撃威力と稼働時間を重視した大型タイプであり、1門のビーム砲以外の機能を排除した簡素な設計になっている。さらに大型の故、運動性は本来のGNファングより遥かに劣っている。

 

 墜とすのは容易い。ならば――。

 

「――ビーム・コンフューズ!」

 

 2本のビームサーベルを腰に収まると、私はフリーダムの右肩に装備されたビームブーメランを引き抜き、迫りくるGNファングの群れに向けて投擲する。そして、回転するビーム刃に目掛けてビームライフルを一射した。

 

 石竹色のエネルギー波を浴びた6基のGNファングが相次いで炸裂し、オレンジ色の火球を膨れ上がらせる。私が虚空を舞うビームブーメランを回収すると、通信からアレハンドロ・コーナーの声が聞こえてきた。

 

『アルヴァトーレを相手にここまで対抗できるとは、流石は異世界のガンダムだ!』

「アレハンドロ・コーナー! 貴様のエゴによって、今また世界が歪められようとしている!」

『フッ、私を旧世界の独裁者と同じだと考えてもらっては困るな。世界は私の指導によって、より良き方向へと変革していく。言わば、私は時代の救世主だ!』

「俗物が、救世主を僭称するな! 貴様のやろうとしていることは、私利私欲にまみれた支配でしかない……貴様のような支配者を、私は否定する!」

『正当なる指導者である私を俗物呼ばわりするとは、身の程を弁えていないようだな、ユウナギ・アヤセ。己の非礼を、あの世で詫びるがいい!』

 

 アルヴァトーレが全砲門を開き、フリーダムとアメイジングエクシアに向けて斉射した。

 

 

 

 

 

 一方その頃、隼人とロックオンは残り11機のブラックシリーズを対処していた。

 

「クソが! 何てアンチMDウィルスが通用しないんだッ⁉」

 

 迫りくる11機の黒いガンダムに、アンチMDウィルスも、そしてバックドアプログラムも通用しなかった。メインプログラムの脆弱性がアレハンドロによって対処されたか、それとも11機の黒いガンダムはMD搭載機ではなかったか。

 

 しかし、先程のジンクスに通用したことから察するに、メインプログラムの脆弱性は対処されてないことが明らかになっている。となると恐らくは、後者だ。人が乗っているのかもしれない。

 

 それを確かめる方法は、一つしかない。

 

 隼人が操縦桿をぐっと動かして機体を翻らせると、3機のブラックアブルホールから放ったGNミサイルの弾幕をひらりと回避し、両腰のスカート部から六つの光を走らせた。

 

「GNファング、射出!」

 

 緑色の粒子を噴出し、無軌道に迫ってくる六つの牙に、3機のブラックアブルホールはGNバルカンで応射する。二つまでは撃破したが、残りの四つを撃ち漏らした。

 ガンダムアブルホールは15年前に建造された第二世代ガンダムである為、機体性能に置いては第三世代ガンダムのデータを基に建造されたスローネより劣るのは明らかだ。宇宙の海を縦横無尽に飛び交う四つ牙が内1機のコックピットハッチを抉り、両脚のGNバーニアを故障させた。

 

 一瞬のうちに、故障したGNバーニアが小爆発を起こし、機体のバランスを崩した。

 

「その面、拝ませろやぁあ!」

 

 隼人はこの隙に乗じてそのブラックアブルホールに急迫し、破損したコックピットハッチを強引にこじ開ける。中にいる「存在」を目にした瞬間、隼人とロックオンは顔を歪めた。

 

「女の子⁉」

「ネーナ、なのか……⁉」

 

 コックピットの中にいるのは、黒いパイロットスーツを着た少女だった。控えめにそばかすが散らしている頬と、目尻の跳ね上がった小悪魔的な大きな瞳。ネーナと瓜二つの顔だ。

 しかし、その瞳にハイライトがなく、まるで空洞のようだった。感情もなく意思もない。映像をさらに拡大すると、彼女の四肢が鎖のようなもので縛られているのを見た。

 

 隼人の推測通り、このブラックアブルホールはMD搭載機ではなかった。

 他の10機と、刹那が撃墜した最初の1機も同じなのか……?

 

 突如、通信から少女の声が聞こえた。

 

『殺シテ……』

「何だ⁉」

『オネガイ……()()()()()()、殺シテ……』

 

 発信源は、目の前に漂うブラックアブルホールだった。

 ネーナと瓜二つの顔を持つ少女は、死を望んでいた。それを知った隼人がGNビームライフルの銃口を向けたものの、トリガーを引くことを躊躇った。

 

 しかし瞬く間に、隼人の甘さを嘲笑うかのように、真紅の粒子ビームが横から飛来し、ブラックアブルホールの胴体を貫通した。型をとどめていた機体が爆発し、少女の意識と肉体が灼熱の炎に焼かれ、この世界から消滅した。

 

『さっさと撃てば良かったのにね』

「味方を撃つとは、まともじゃねえな……!」

「だ、誰だテメェは⁉」

 

 隼人とロックオンは、ブラックアブルホールを撃破した粒子ビームが飛来した方向を見遣る。

 サブモニターに「GNY-004B」と標記されたその機体――ブラックプルトーネ。

 

『僕はヒクサー・フェルミ。そしてもう1機のプルトーネには僕の親友が乗っているよ』

『グラーベ・ヴィオレントだ……』

 

 前者は初耳だが、後者は知っている名前だった。

 グラーベ・ヴィオレントは5年前の戦いで命を落としていた。そして彼の亡骸と乗機であるガンダムラジエルは悠凪によって回収され、リベル・アークにて保管されている。

 今、ここで自分たちと対峙しているグラーベは一体「何者」なのか、と隼人とロックオンは驚きを隠せなかった。

 

「バカな……グラーベ・ヴィオレントは死んだはずだ!」

『僕の()()()が蘇らせたんだ。イオリア計画をより効率的に遂行する為にね』

 

 蘇らせたと言うより、その創造主が新たに作り出したクローンだろう。

 そしてグラーベがイノベイドであることを悠凪とシャルさんから聞いている。となると……その創造主とやらは、リボンズ・アルマークだ。

 もしかすると、このヒクサー・フェルミと名乗った人物も、ネーナと瓜二つの顔を持つ少女も、リボンズが作り出したクローンかもしれない。

 

「待てよ……アブルホールに乗っているのはネーナのクローンなら、アストレアとサダルスードに乗っているのは――」

『君は鋭いね、ハヤト・カザマ。アストレアにはミハエル・トリニティ、そしてサダルスードにはヨハン・トリニティが乗っているよ。ちなみに僕の言うことを聞かないと困るので、精神操作の薬を投与してあるよ』

 

 何という非道な行為だ。だからあのネーナは「あたし達を殺して」と俺に願ったのか。

 モビルドールというとんでもないAIをこの世界に公開した俺は、奴らを批判する権利も資格もないけど、あのネーナの願いを叶えてあげようと思っている。

 

「おいテメェ、ヒクサー・フェルミと言ったよな……」

『どうしたんだい?』

 

 隼人の問いかけに、ヒクサーは快活な声で答える。すると――。

 

「今からテメェをぶちのめす、覚悟しな! ロックオン、援護を頼む!」

「了解だ、任せろ!」

 

 スローネフィーアがGNビームライフルを向けると、2機のブラックプルトーネがGNシールドを構えて戦闘態勢に入る。

 ロックオンはGNツインライフルと大型GNキャノンの照準を2機のプルトーネに絞る。2機が動き出した瞬間、ロックオンはトリガーにかけた指に力を入れ、フィーアはGNビームライフルを放つ。粒子ビームの閃光を合図に、他の8機も戦闘に加わり、双方は乱戦状態に陥っていた。

 

 

 

 

 

 アルヴァトーレとの戦闘は、未だに続いている。

 

『ガンダムエクシア、確かマイスターのコードネームは刹那・F・セイエイ……』

「組織の裏切り者……アレハンドロ・コーナー!」

『フッ、裏切りなどではない。私はただ、イオリア計画を時代に沿った形に修正しただけさ!』

「貴様のような支配者に、その権利があるのか!」

 

 側面ビーム砲の掃射を高速機動で躱しながら、刹那はアレハンドロとの口論を続けた。

 しかし、お互いに語言という意思疎通の道具を持っていたとしても、相容れることのない思想を持つ2人は最初から、分かり合えるはずがなかった。

 

『私にはその権利がある。それはコーナー家200年の悲願――』

「――どれだけ大層なことを言っても、貴様がやろうとしていることはただの支配でしかない!」

 

 その戯言が耳に入り、堪忍袋が限界に達した私は両者の通信に割り込んだ。

 

「絢瀬悠凪……?」

「刹那、もう良いでしょう。例え言葉が通じ合っても、分かり合えるとは限りません」

『分かり合えないから争いが起こる! だから人類は、世界は私のような一握りの指導者によって統治され、初めて恒久平和を得ることができるのだ!』

 

 戯言も甚だしい。

 一握りの人間だけで統べるほど、世界は小さくないのだ。

 

 これ以上、世直しなど考えていない俗物と話しても無駄だ。それに時間は――。

 

「ちょうど3分経った……アレハンドロ・コーナー、もう貴様は消えて良い!」

 

 私がそう吐き捨てると、コックピットのコンソールを操作してフリーダムから1km離れた後方にクロスゲートを出現させた。すると、ゲートの中心部から灰色に塗装された、全長70m超えの巨大ブースターが飛び出してきた。

 

 GNアームズを超えた大きさを持つ巨大ブースターに、刹那は面食らった顔をしながら、通信で私に問いかける。

 

「絢瀬悠凪、あれは……⁉」

「フリーダム専用のMS埋め込み式戦術強襲機『ミーティア』です。一言でいうと、君たちが開発したGNアームズとよく似たものです」

 

 刹那の問いかけに返事すると、私はミーティアにドッキングの指令を送る。

 

「ドッキングセンサー!」

「援護は俺に任せろ!」

 

 アメイジングエクシアが前に出てGNフィールドを展開し、フリーダムに向けて飛来する熱線を防ぐ。この機に乗じてミーティアが慎重に、かつ迅速にフリーダムの背後から接近してくる。

 巨大ブースターに似たミーティアが変形を開始し、左右に突出している巨大なウェポンアームはそのままに、左右へと展開していく。翼の位置を上方向へ調整すると、その中央にある固定アームへフリーダムが背中を押し込み、エネルギー供給を開始させる。

 

「これが、お前の切り札か」

 

 ドッキングが完了した。その姿は、フリーダムが自機より五周ほど、大きな重兵装のユニットを背負った……或いはその重兵装のユニットにフリーダムが取り込まれたように見えた。

 これを目の当たりにした刹那は、思わず感心の言葉を呟いた。

 

「世界の歪みを断ち切る為に……行きましょう、刹那!」

「ああ、行こう!」

 

 私の呼びかけに、刹那は了解の意志を示す。

 ミーティアのメインスラスターが閃き、側面ビーム砲の掃射を超加速で潜り抜けたフリーダムはアルヴァトーレの背後に回り込み、集中配置された7基の疑似太陽炉に目掛けて全砲門一斉射撃を行う必殺技「ミーティア・フルバースト」を放った。

 

 連続で降りかかってくるミサイルとビームの嵐を、アルヴァトーレはGNフィールドで辛うじて防いだが、次第にGNフィールドの強度が徐々に弱まっていく。

 それを見抜いた私はウェポンアーム先端中央に備える大口径ビーム砲「120cm高エネルギー収束火線砲」の照準をアルヴァトーレの左側面の破損箇所に絞る。そして、トリガーを引いた。

 

 放たれた熱線は縮退炉によるエネルギーの恩恵によって陽電子破城砲以上の威力を発揮し、アルヴァトーレの強固なGNフィールドを一瞬で貫き、黄金の機体を中破させた。

 

『おのれ! やってくれたな、ユウナギ・アヤセ!』

 

 機体が半壊状態に陥ったアルヴァトーレはすぐさま向きを変え、フリーダムに反撃しようとする――が、そこに周囲に散らばる爆煙を突き破ったアメイジングエクシアが斬りかかる。

 

「――うおおおおおおっ!」

『なっ、エクシアだと⁉』

 

 刹那は雄叫びを上げ、アルヴァトーレに向かってアメイジングエクシアを突進させた。アルヴァトーレは迎撃するようにビーム砲を向けたが、時はすでに遅い。

 超高温に加熱されたアメイジングGNソードが黄金の装甲に深々と突き刺さり、横に薙いで創傷をつける。しかし刹那の攻勢は、それだけにとどまらなかった。

 

「GNブレイド、セット……斬り裂く!」

 

 左手にGNロングブレイドを抜かせると、刹那はアメイジングGNソードで斬った箇所に向けて剣を横一閃に振るった。そして横に、縦に、2本の剣で無数の斬撃を浴びせていく。

 敵にまだ十分なダメージを負わせていないと判断した刹那は、操縦桿を動かしてアルヴァトーレから離れると、アメイジングGNソードライフルと左腕のGNバルカンで追い打ちをかける。

 輝かしい装甲に無残な傷跡を幾重にも付けられ、各所から煙とスパークを散らす。

 

 それでも2機のガンダムの攻勢は、止まることはなかった。

 

 ミーティアとドッキングしたフリーダムが右側のウェポンアームを振り上げ、戦艦をも一刀両断する威力を持つ超巨大ビームソードを顕現させる。

 

「デッド・エンド・スラッシュ!」

 

 決め台詞を言い放つと、虫の息となったアルヴァトーレに目掛けて唐竹割りに振り下ろす。

 斬り裂かれた機体が盛大な爆発をあげる。さらに二発、三発と閃光が瞬き、溢れ出す黄金のGN粒子と爆煙が、アルヴァトーレの機体を包み込んだ。

 

「終わった……のか?」

「いいえ、まだです!」

 

 私が刹那の疑問に返事するとほぼ同時に、アメイジングエクシアのコックピットではロックオンされたことを示す警告音が鳴り響いた。次の瞬間、黄金の熱線が虚空を走った。

 小刻みな動きでそれを回避すると、刹那は機体を振り向かせ、粒子ビームの飛来した方角を見つめる。爆発四散したアルヴァトーレの残骸から、黄金のMSが1機、姿を現した。

 

 刹那が即座に身構え、黄金のMSが右手のGNビームライフルを投げ捨ててGNビームサーベルを引き抜くと、GN粒子を噴出しながら突進してくる。

 振るわれる粒子束を、アメイジングエクシアはGNソードで受け止める。

 

『時代に取り残されたガンダムが、ここまで私を苦しめるとは』

「生きていたのか、アレハンドロ・コーナー!」

 

 これ以上、言葉を交わす必要などない。

 俺たちのすべきことは、この男を――世界の歪みを打倒することだ。

 

 アメイジングエクシアのスラスターが閃き、敵の斬撃を弾き飛ばす。間髪を入れず、黄金のMSがアメイジングエクシアの腰を強かに蹴りつけた。慣性によって飛ばされた機体に急制動をかけると、刹那はGNソードをライフルモードに切り替えて連射する。

 

 そこに黄金のMS――アルヴァアロンが翼を前面に回してGNフィールドを展開した。

 

『無駄だよ! このアルヴァアロンにもアルヴァトーレと同等のGNフィールドがある!』

 

 粒子ビームがあっけなく弾き飛ばされ、あらぬ方向へ飛び去っていく。

 しかしこの瞬間、フリーダムからの通信が割り込んできた。

 

「同じ防御手段が二度も通用すると思っているのか?」

 

 瞬く間に、刹那は超巨大ビームソードに左半身を斬り裂かれたアルヴァアロンを目にした。

 勝機は、ここにある。

 

「エクシア、セブンソード・コンビネーション!」

 

 急接近するアメイジングエクシアに、アルヴァアロンはGNビームライフルを連射する。

 しかし、GN粒子の質量変化を利用して尋常じゃないスピードで飛行しているそれを足止めすることはできなかった。

 

 アメイジングエクシアには、7本の剣が装備されている。GNロングブレイドを引き抜き、肉迫していたアルヴァアロンのGNフィールドに鋭い剣先を突き立てた。

 その直後、高周波で振動する刃は黄金の領域を突き破り、その胴体に刃を突き込ませる。

 

『貴様っ……!』

「武力による紛争根絶……それこそが、ソレスタルビーイング!」

 

 続きざまにアメイジングエクシアがGNショットブレイドを引き抜き、その右腕を刺し貫いて背中の翼に縫い付ける。同時に、アルヴァアロンの黄金のGNフィールドが消失した。

 

「ガンダムがそれを成す! 俺と共に!」

 

 刹那はそう言いながら、機体の腰背部にある2本のGNビームサーベルを両手に抜き、その胸元に突き立てる。さらにトランザムブースターに装備されている大型GNブレイド「トランザムGNブレイド」を両手に抜き、アルヴァアロンにX字斬りを見舞う。

 

「そうだ……俺が!」

 

 2本の大型GNブレイドを手放し、折り畳まれていたアメイジングGNソードを展開する。

 そして、アルヴァアロンの胴体に目掛けて剣を縦一文字に薙ぐ。

 

「俺たちが、ガンダムだッ!」

 

 7本の剣による斬撃を刻み付けられたアルヴァアロンは、損傷箇所からスパークと火花を散らしていた。

 一方、血まみれとなったアルヴァアロンのコックピットでは、GNロングブレイドに身体を突き刺されたアレハンドロに、一つの通信が入った。

 

 

 

 

 

 ヒビが入ったサイトモニターには、微笑みをたたえた青年の顔が映し出される。ミント色の髪と大きな目、形の良い鼻筋……その青年は、リボンズ・アルマークだった。

 

「り、リボンズ……」

『アレハンドロ・コーナー、貴方はいい道化でしたよ』

 

 咄嗟に何を言っているのか理解できなかった。

 

「……なに⁉」

 

 モニターに映るリボンズの微笑が、徐々に悪意の滲んだものになっていく。

 

 リボンズが、私を裏切った?

 それとも最初から、私を利用していたのか?

 

 イノベイターである彼を見つけ出し、保護したのは私だ。

 彼の能力に気付き、ヴェーダを掌握させたのも私だ。

 クレーエ・リヒカイト医師に彼の遺伝子を調査させ、トリニティたちを作らせたのも私だ。

 

 ラグナ・ハーヴェイを仲間に引き入れたのも。ハヤト・カザマ(風間隼人)を勧誘したのも。曽祖父の代から続けられていた疑似太陽炉の建造を引き継いだのも、国連軍に譲渡したのも。ミク・ホウオウイン(鳳凰院美玖)という小娘を誘拐する計画と、異世界のガンダムを手に入れる為の計画を立てたのも私だ。

 

 全ては私がやった。私がやったんだ……それが違うというのか⁉

 私は最初から、リボンズに選ばされていたというのか⁉

 

『これはイオリア・シュヘンベルグの計画ではなく、僕の計画になっていたのさ』

「リボンズ……貴様、我がコーナー一族の悲願を……!」

『そういう物言いだから、器量が小さいのさ』

「……リボンズーッ!」

 

 自分を愚弄し、利用したリボンズに対する怒りが頂点に達したアレハンドロは、残り僅かの気力を振り絞り、リボンズの映る画面に拳を叩きつけた。

 しかし、拳を叩きつける間もなく、アレハンドロの肉体は爆発によって塵と化し、その醜い野望と共に宇宙の海へと消えていった。

 

 アルヴァアロンの機体が一瞬だけの恒星となって、そして消滅した。

 だが、戦いはまだ終わっていない。

 

 地球方面から、1機のMSがアメイジングエクシアに猛接近していた。

 

「ユニオンのフラッグ……疑似太陽炉を搭載している⁉」

 

 それは背中に疑似太陽炉を積み、真紅のGN粒子を放出するユニオンフラッグカスタムだった。

 

『会いたかった……会いたかったぞ、我が愛しのガンダムッ!』

 

 つづく




ガンダム00ファーストシーズン編完結まで、あと2話です。


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第24話 完壁を為す蒼き一角獣(前)

ユニコーンガンダム ペルフェクティビリティ
RX-0

全高:19.7m
重量:53.4t
装甲材質:超抗力ガンダリウム合金
動力源:超小型縮退炉×2
推進機関:ネオ・ドライブ

搭乗者:ユウ・シラカワ(白河悠)

▼武装
60mm近接防御機関砲×2
ビーム・サーベル×4
ビーム・マグナム(+リボルビング・ランチャー)×1
アームド・アーマーHJ×1
アームド・アーマーBS×1
アームド・アーマーVN×1
アームド・アーマーDE(+テール・スタビライザー)×2

▼特殊機能
NT-D「ニュータイプ・ドライブ」
La+「ラプラスデモンタイプ・コンピューター」
インテンション・オートマチック・システム(IAS)
次元転移システム「クロスゲート」
歪曲フィールド

▼特殊装備
アームド・アーマーXCⅡ

 本来とは違う歴史を歩んでいる宇宙世紀に、日本海からサルベージされた「蒼き魔神」の残骸をユーゼス・ゴッツォ博士が解析し、設計段階の本機をベースに「蒼き魔神」及び本人の虚憶で覚えている因縁深い存在「風を宿し魔装の神」のデータを流用して基礎設計に手を加え、アナハイム社がそのデータを基に建造した単機で戦場を支配できる究極のモビルスーツ。
 同型機は2機が建造されており、本機はその1号機である。
 後に2機のデータを流用し、地球連邦軍が独自に建造した3号機も存在する。

 動力は従来のモビルスーツが採用したミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉ではなく、「蒼き魔神」が搭載されている縮退炉を基に改良・小型化した「超小型縮退炉」である。小型化したにも拘わらず、ベースと同等のスペックを有している。
 ユニコーンガンダムは2基を搭載し、それを並列で稼働させることから素手でモビルアーマーの分厚い装甲やコロニー外壁を叩き壊せる程のパワーが発揮できる。
 さらに縮退炉から生み出す莫大なエネルギーはビーム兵器の火力を底上げしており、ハイパー・メガ・ランチャーなどジェネレーター直結式のビーム兵器では銃身が持つ限り最大出力で連射することが可能になっている。

 縮退炉から生み出すエネルギーを推進力に変換する推進機関「ネオ・ドライブ」を搭載したことにより、従来のモビルスーツと違い推進剤の充填が不要となる。
 さらに従来のモビルスーツができなかった変形・オプション無しでの単独飛行は、この推進機関を搭載したことにより実現している。

 駆動内骨格であるムーバブルフレームを全てサイコフレームで構成した「フル・サイコフレーム構造」を採用しており、従来のモビルスーツを遥かに凌ぐ追従性を獲得している。
 装甲に使われている「超抗力ガンダリウム合金」は素粒子レベルから強化された装甲材であり、ドゴス・ギア級の主砲の直撃さえも耐える程の強度を有している。
 シールドに内蔵された「歪曲フィールド」と合わせることで鉄壁の防御力を発揮する。

 搭載された「La+」はパイロットの感応波次第で全ての因果律を計算し、ありとあらゆる事象を予測することができる。追加装備であるアームド・アーマーXCⅡと連動させることでより精確な事象予測を行うことが可能。
 さらに1号機には、ユーゼスの意向により開発中の「クロスゲート・パラダイム・システム」の次元転移機能が密かに搭載されている。

 元々サイコフレームの発光色は赤。後にパイロットの影響を受けて発光色は青に変化した。その世界に行われた人類同士の最後の戦いでは、用意された増加サイコフレーム兵装であるアームド・アーマーを全て装備しているこの姿で出撃し、ネオ・ジオンの総帥であるフル・フロンタル大佐と和解を果たし、連邦軍の主戦派を単機で殲滅して1人の少女を救い出した。

 その後はユーゼスの駆るオリジナルのジュデッカと諸共に()()()()に飛ばされ、ほとんどの武装を失いながらもアームド・アーマーVNで突撃し、ジュデッカに修復不可能な致命傷を負わせた。
 激戦の末、意識を取り戻したユーゼスにより、本機に密かに搭載された次元転移システムが起動され、元の世界への帰還を果たした。

 帰還後、本機は修復され、新生地球連邦政府及び軍上層部の許可を得て邸宅の地下シェルターに封印された。
 2年後の宇宙世紀0099年、主戦派の残党による大規模デロに際して、ユウ・シラカワの手で封印は解かれ、4機の量産型ジュデッカを含む、総数200機で構成された大軍勢を一蹴し、その圧倒的な戦闘能力を世に知らしめた。

 それから半年後、ユウ・シラカワは並行世界に迷い込んだ量産型ジュデッカの存在を知った。
 これらの全機を破壊する為に、可能性の獣は主と共に数多の並行世界を駆け抜けて行った。


 宇宙世紀0097年。

 連邦政府を覆す程の力を持つ「ラプラスの箱」を巡る第三次ネオ・ジオン抗争が終結した1年。

 連邦改革派、及びミネバ・ザビの率いる穏健派の働きかけにより、ジオン共和国はネオ・ジオンに改名し、サイド3に新政権を樹立する。

 

 ネオ・ジオン初代首相――フル・フロンタル大佐。

 その傍にはザビ家の遺児――ミネバ・ザビの姿があった。

 

 3年後、宇宙世紀0100年。

 お互い平和条約を締結した地球連邦政府、並びにネオ・ジオンは「戦乱の消滅」を宣言する。

 一年戦争以後に起きたジオン残党を中心とした戦乱、そしてティターンズ(主戦派)残党によって引き起こされた反乱も終息し、地球圏に真の平和が訪れた。

 

 だが、長年に渡る宇宙と地球の戦争に終止符を打った英雄は、未だに戦い続けている。

 

「頭を撃っても死なないか……最初は半信半疑だったが、まさか本当だったとはな!」

「これで理解しただろう、ユウ・シラカワ(白河悠)准将。君では私に勝てんよ」

 

 横倒れの死体が消え、眉間を撃ち抜かれたはずの紳士が復活し、ユウの背後に回り込んだ。

 それに反応したユウは振り向きさまに拳銃を向ける。

 

「じきに大いなる戦争が起こる。赤い彗星の出来損ないが、黄金の不死鳥を求めるべく動き出す。地球が壊されないように、精々気を付けることだな。フフフッ……」

「待て、エンブリヲ!」

「私はとある盟友が住んでいた世界の破滅を見届けないといけないのでね。よって今は、君と事を構えるつもりはない。近いうちにまた会おう、准将閣下」

 

 そう言い残して、長い金髪の紳士――エンブリヲの身体が透明となって、消えていった。

 ニュータイプとしての直感が、時空の枠を超越しているこの男は危険だと知らせている。そしてエンブリヲと遭遇した翌日、ユウは准将権限で地球圏全域に指名手配令を発布し、ロンド・ベル隊旗艦――ラー・カイラムにエンブリヲを追跡するように派遣した。

 

「(エンブリヲの言う『黄金の不死鳥』は恐らく6年前の暴走事故で行方不明となったフェネクスだろう。しかし『赤い彗星の出来損ない』とは誰を指す言葉なのか?)」

 

 フル・フロンタルが地球連邦政府に宣戦布告する理由は、もうないんだ。例えフェネクスの存在を知ったとしても、捕獲しようなどの行動に出る可能性は非常に低いはず。

 もしフル・フロンタルがそのような行動に出たら、ミネバ姫は全力で阻止にかかるだろう。

 

 その「赤い彗星の出来損ない」とやらは、別人かもしれない。

 でも、もし本当にそうだとしたら、()()()に似せて作り上げられた強化人間はフル・フロンタルだけではない、ということになる。

 

 この推測を確かめるには、もう一度モナハン・バハロ元外務大臣の背景を調べる必要がある。

 

 

 

 

 

 ラー・カイラムを派遣した翌日。

 

 日本静岡県の西部には、淡水と海水が入り交じっている鹹湖――浜名湖がある。

 そして湖の北側に位置する丘では、一軒の白亜の邸宅があった。この邸宅はユウの婚約者であるミク・ホウオウイン(鳳凰院美玖)の両親が所有するもので、ユウは戦いで疲弊した心身を癒す為に、0097年から3年間、この邸宅にミクと同棲生活を送っていた。

 

「お兄ちゃん、紅茶をどうぞ」

「……ありがとう」

 

 ソファーで寝落ちしたユウを呼び覚ましたのは、出来立ての紅茶を運んできたミクだった。

 怠そうな声で礼を言うと、ユウはミクから受け取った温かい紅茶に口をつける。ミクが微笑みを返すと、テーブルの上に散らばっている本の一冊を手に取り、本棚に戻す。

 全部片付けるまで、これを数十回繰り返していた。ほぼ毎日こんなことをしているので、もはや日課と言っても過言ではない。

 愚痴をこぼしてもおかしくな状況だが、ミクは敢えてそうしなかった。何故なら、ミクはユウが疲弊していることを知っているからだ。そして、ユウの心身を癒せるのは自分しかいない。

 

 ユウが飲み干した紅茶のカップをテーブルに戻すと、本の片付けを終えたミクはソファーに腰を下し、ユウの傍に付き添うように身体を寄せた。

 すると、ユウはミクを抱き寄せるように背中に腕を回す。そして指先を走らせ、その華奢な腰に触れる。制服越しでも伝わる温かい感触に、直接触れたらどんな感触なのだろう、と想像する。

 

「お兄ちゃんがそう望むなら、もっと触ってもいいですよ」

 

 その意図を察したミクはやや照れたような、恥かしいような表情を浮かべながら言った。

 

「(据え膳食わぬは男の恥)では、そうさせてもらう……」

 

 ミクの言葉に焚きつけられたユウはその美麗な太ももに手を這わし、さらに内腿へと手を回す。

 同じ人間とは思えない柔らかな感触。すべすべした肌。自分の知るもの、そして持っているものとは明らかに違う感触だった。

 

「ひゃっ! あぅ、そこは……」

「ほう、いい反応だ。ミクは内腿が性感帯のようだな。次は、耳にしよう」

 

 恥ずかしさで顔を真っ赤に染めて悶える姿が、とっても色っぽくて可愛らしい。艶めかしい矯声を上げるミクに、ユウはその耳たぶに温かい吐息を吹きかける。

 すると、ミクは「ひゃあっ⁉」と悲鳴を上げ、身体がピクリと跳ねた。そのあまりの愛しさに我慢できなくなったユウは、背中から回した手を内腿から豊満な胸へと移動させ、鷲掴みにしようとする――が、そこに映像通信が入ったことを示すビープ音が、部屋中に響いた。

 

 いいところなのに、一体誰からの通信だ? と少々不機嫌な表情をしたユウだったが、着信者の名前を見た瞬間、その不機嫌な表情は真顔へと変わっていった。

 

「ローナン議員からの映像通信⁉」

 

 それは、地球連邦政府中央議会議員――ローナン・マーセナスからの映像通信だった。

 普段、こちらに定期連絡してくる人物はローナン議員の息子であり、私人秘書でもあるリディ・マーセナスだ。ローナン議員ご本人から直々に連絡してくる状況は滅多になかった。

 

 これは恐らく、緊急案件だろう。

 ミクを解放したユウが受信ボタンを押すと、PCのモニターにローナンの顔が映し出された。

 ユウは即座にヘッドフォンを耳にかける。

 

『こんにちは、シラカワ准将』

「ローナン議員から直々にご連絡をいただけるとは……何か緊急の案件ですか?」

『ええ、准将のお察しの通りです。観測班から、並行世界に迷い込んだ量産型ジュデッカの反応を捕捉したと報告がありました。先ずは、次元観測システムからの観測データをご覧ください』

 

 ローナンがそう言うと、モニターに座標を意味する数字の羅列と、蛇のような巨大MAが映った映像が表示された。それらに一通り目を通した後、ユウは映像に映った機体が、間違いなく量産型ジュデッカであることを確信した。

 それ以外に、緑色の粒子を噴出する、ガンダムらしき機影が映った映像が幾つもあった。量産型ジュデッカが迷い込んだ並行世界にもMS……ガンダムが存在している、と考えていいだろう。

 

『ドクター・エンブリヲの追跡は、ノア大佐やバウアー氏らにお任せください。シラカワ准将には量産型ジュデッカの対処を頼みたい。あのような魔物を、これ以上野放しには出来ませぬ!』

「ええ、承知しております。直ちにユニコーンガンダムで出撃します」

 

 ユウがそう返事すると、ローナンが頷いてから通信を閉じるのだった。

 

「……お出かけですか?」

「ああ、探していたものがようやく見つかった」

 

 ソファーに横たわったミクが問いかけると、既に支度をしていたユウは振り向き様に答えた。

 

「探していたものって……もしかして、コッツオ博士が作り出した『黒蛇』ですか?」

「そうだ……君に教えてないのに、どうして分かるんだ?」

「お兄ちゃんのことなら、ミクにはなんでもお見通しなんですから!」

 

 そう言ってミクはソファーから腰を上げ、華奢な腕を伸ばして、ユウを強く抱きしめた。

 そして優しく唇を押しつけながら、ミクは囁く。

 

「――お早いお帰りを」

「うん、行ってくるよ」

 

 ユウが返事すると、微笑みを見せるミクは静かに顔を寄せ、ユウの唇に自分の唇を重ねた。

 それから数秒後、ミクは密着していた身体を離し、ユウは部屋を出ていくのだった。テーブルの方へ振り向くと、ミクはテーブルの下に一冊の本が落ちていたことに気付いた。

 

「あら、こんな所に本が落ちていたなんて……」

 

 そう呟いながら、ミクは床に落ちていた本を拾い上げる。

 タイトルから察するに、この本は並行世界を題材にしたSF小説のようだ。

 物語の梗概は、並行世界に迷い込んだ主人公が、自分とそっくりの顔を持ったもう一人の自分と出会い、時に対立し、時に共闘する物語だった。

 

 多元宇宙論。

 元々は複数の宇宙の存在を仮定した、物理学による仮説だった。だが、ユーゼス・ゴッツォ博士がクロスゲートを作り出したことによって、この仮説は現実となった。

 今は並行世界を観測する為の装置のプロトタイプが建造され、地球連邦軍により試験運用されている。宇宙世紀が始まって一世紀が経過したこの時、人類は並行世界を巡る宇宙大航海時代の幕を開けようとしているのだ。

 

 だが、並行世界の同一人物は、果たして皆が同じ容姿や能力を持っているのか?

 

「もし別の世界にもわたしの同一人物が存在していたら……彼女はどのような姿をしているのか、どのような生活を送っているのかしら?」

 

 疑問を口にするミクは再びソファーに腰を下ろし、空の紅茶カップに温かい紅茶を注ぐ。

 紅茶にマドレーヌを浸して、口に含んだ。そして拾い上げた本を開いて、読み始めるのだった。

 

 

 

 

 

 ヒクサー・フェルミの率いる黒いガンダム部隊との戦闘は、未だに続いている。

 

 隼人はGNバスターソードを両手で構えたフィーアを突進させて、ヒクサーの駆るブラックプルトーネに斬りかかる。だが、フィーアの挙動を察知したヒクサーは、GNバスターソードの刃先が到達する直前に機体を後退させ、致命の一撃を回避した。

 それと入れ替わりで3機のブラックサダルスードから放つリボルバーバズーカの弾が、フィーアに降りかかっていった。迫りくる弾を剣身で受け止めながら、隼人は3機のブラックサダルスードへターゲットを変える。

 

「くっ……許せ!」

 

 急加速で間合いを詰めたフィーアはGNバスターソードを振り上げ、正面にいる1機のブラックサダルスードを唐竹割りで斬り裂いた。すると、爆発寸前の機体からの通信が入ってきた。

 

『アリガトウ……』

 

 隼人は彼らを救いたい気持ちはあるが、今の状況は隼人にそれを許してはくれなかった。そんな彼らを救う方法は、機体を撃墜するしかなかった。

 3人の遺伝子を元に作り出されたクローン体とはいえ、殺したことに罪悪感を感じた。身勝手な理由で悠凪を手にかけた時と同じだった。

 その上、命を奪ったのに礼を言われて、自己嫌悪の気持ちが益々大きくなっていた。

 

「……この後味の悪さと不愉快さは、なんなんだ⁉」

 

 負の感情に支配されて、心が壊れ始めていた隼人は、無意識に操縦桿を手放してしまった。

 フィーアが動きを止まった隙に、別方向にいる2機のブラックアストレアがプロトGNソードで斬りかかる――が、そこにロックオンがGNキャノンのトリガーを引いた。

 極大の粒子ビームが宇宙空間に2本の線を描き、それに飲みこまれた2機のブラックアストレアが大熱量に溶解して爆発を起こした。

 

「何をぽっとしているんだ、隼人!」

「ロックオンか……す、済まない」

 

 ロックオンの呼びかけにより、我に返った隼人は即座に操縦桿を動かして機体を後退させる。

 すると、2機のコックピットに、ヒクサーの声が響いた。

 

『彼らを手にかけた感想はどうだい? ハヤト・カザマ、そしてニール・ディランディ』

「よく喋る野郎だ……気分最悪に決まってんだろうか!」

「人の命や感情を弄びやがって……!」

 

 このヒクサーって野郎はある意味、アリー・アル・サーシェス以下の最低野郎だ。生命の重さと尊さを分かっていない。そんなヒクサーの言動に、隼人は苛立ち、怒りの声で問いかける。

 

「――テメェの血は何色だーッ⁉」

 

 そしてフィーアを全速力で突進させ、GNバスターソードを振り上げて斬りかかる。

 

『愚問だね。赤に決まってるだろう』

 

 隼人の問いかけに、ヒクサーは醜悪な笑みを浮かべながら答えた。そしてGNビームライフルの照準を接近してくるフィーアに絞り、トリガーを引く。

 フィーアは軽やかな動きでそれを回避した。その回避した先に銃口を向けてGNビームライフルを連射したものの、尽くGNバスターソードによって阻まれ、機体にダメージを与えられない。

 

『接近戦になるか……ならば!』

 

 射撃武器では意味をなさないと判断したヒクサーが、左手にGNビームサーベルを抜かせると、迫ってくるフィーアに挑みかかった。フィーアはGNバスターソードを両手で振るって、粒子束を跳ね返す。その勢いに負け、GNビームサーベルがブラックプルトーネの左手から弾かれた。

 

「おらあっ!」

『くっ……人間の分際で!』

 

 返す刀で襲いかかる斬撃は左腕のGNシールドで受け止めたが、フィーアは強引にGNバスターソードを振り回してGNシールドごとブラックプルトーネの左腕を切断する。

 その動きは、明らかに先程と比べて鋭くなっていた。何故イノベイターである自分が、高が人間如きに追い詰められるのか。しかし驚く間もなく、体勢を崩したブラックプルトーネの顔面にGNバスターソードの切っ先が迫る。

 

 イノベイターである僕が、下等な人類に押されてるだと⁉

 バカな……こんな、こんなことがあってたまるか!

 

『人間如きに……やられてたまるか!』

 

 ヒクサーは機体を傾けて回避しようとするが、その行動よりもフィーアのGNバスターソードの切っ先が届く方が早い。頭部を貫かれたブラックプルトーネは小さな爆発を起こし、それに慌てたヒクサーは即座に機体を後退させ、フィーアの間合いから離れる。

 

「首置いてけやおらぁ!」

 

 隼人の怒鳴り声と共に、フィーアはブラックプルトーネに向けて速度を上げる。

 しかしそこで、もう1機のブラックプルトーネが両者の間に割り込み、ヒクサー機を庇うように身を挺し、その貧弱な機体でGNバスターソードの重い一撃を受け止めた。一瞬の後、真っ二つに斬り裂かれた機体が盛大な爆炎を上げ、無惨な残骸と化した。

 

『2人目のグラーベちゃんも壊れちゃったか』

「……なに⁉」

 

 そして、隼人はフィーアの間合いから離れたヒクサー機からの通信で衝撃な事実を知った。

 刹那が撃墜した最初の1機も、自分が撃墜したブラックプルトーネも、グラーベ・ヴィオレントのクローンが搭乗していたのだ。

 剣を振るった瞬間の僅かな硬直を狙ったかのように、2機のブラックサダルスードがリボルバーバズーカを放ち、別方向にいる2機のブラックアブルホールが両翼のミサイルポッドに積載されたGNミサイルを全弾撃ち出す。

 だが、それらを見切った隼人は砲撃が命中する前に、すでにそこから遠ざかっていき、両腰のスカートから四つの牙を射出させた。

 

「行けっ、ファングゥ!」

 

 俺が指定したターゲットは、ブラックサダルスードとブラックアブルホールだ。

 彼らを殺したくないけど、俺に声をかけてくれたあのネーナが安らかに眠れる為に、そして彼らがこれ以上あの野郎の言いなりにならない為に、最後までやり遂げねばならないのだ!

 もちろん狙うのはコックピットだ、せめて苦しまずに沈めてあげる……!

 

 無軌道に飛び回る四つの牙が其々4機の死角に回り込み、そのままの勢いで特攻を仕掛ける。

 そして、見事に4機のコックピットハッチを抉り、先端部のビームサーベルがコックピットから太陽炉まで貫いた。太陽炉を貫かれた4機が爆炎を上げ、彼らの肉体と意識が灼熱の炎の中で焼き尽くされた。

 

 この時、フィーアのGNファングの残弾数が0となり、悠凪が用意した特別製のGNビームライフルが唯一の射撃武器となった。

 虚空を照らす四つの火球を目撃したヒクサーが驚きつつも、隼人の行動に称賛の声を上げる。

 

『あっはははっ! 思い切りがいいね、ハヤト・カザマ』

「俺がどんな思いで彼らを手にかけたか、気にもしないくせに!」

「野郎……俺たちをコケにしやがって!」

 

 称賛と言うよりも、煽りや挑発と言った方が正しいかもしれない。

 その減らず口を、すぐに黙らせてやる!

 

 フィーアがGNビームライフルを連射し、GNアーマーTYPE-Dは別方向からブラックプルトーネに接近する。ロックオンがフィーアの粒子ビームを躱したブラックプルトーネにGNツインライフルの照準を合わせると、オレンジハロが「敵機接近!」と甲高い電子音を上げ、敵機が接近していることをロックオンに知らせる。

 

「……最後のブラックアストレアか!」

 

 速度を上げて猛接近してくるブラックアストレアに、ロックオンは機体の足を固定するユニットの爪先に装備されたGNクローを展開させ、ブラックアストレアの機体を拘束する。

 機体が拘束され、動きを制限されたブラックアストレアはほぼゼロ距離でGNビームライフルを撃ち、デュナメスはフロントアーマーに内蔵されたGNミサイルを斉射し、ブラックアストレアの機体に突き刺さる。

 

 爆発による衝撃は凄まじかった。GNフルシールドの表面装甲だけを破損したデュナメスに対して、ブラックアストレアは頭部と両腕を失い、機能不全に陥ってしまった。

 ヘルメットを叩きつけられ、バイザーが砕ける。ミハエル・トリニティのクローンが額に受けた鋭い痛みと飛び散る赤い液体の粒から流血を知った。それでも、辛うじて意識を保ったミハエルはデュナメスに通信を送った。

 

『オレヲ……コロシテクレ、タノム』

「辛かっただろうな、お前たち……」

 

 左手にGNビームピストルを抜かせると、そう呟いたロックオンはブラックアストレアのコックピットに照準を定める――が、ロックオンがトリガーにかけた指を引こうとしたその瞬間、異変が起きた。

 

「……な、何の光⁉」

 

 動けなくなったブラックアストレアの機体が突如、爆発した。爆発の振動がデュナメスのコックピットを揺らし、スクリーンを照らした爆発光がロックオンの視界を灼いた。

 サブモニターの表示により、デュナメスもGNアームズも大した損傷はなかったが、対する爆発したブラックアストレアの機体は、無惨な残骸と化していた。

 

「俺はまだ撃ってないぞ……?」

 

 妙だな……あの損傷では爆発しないはずだが、なぜ急に爆発するんだ?

 

 まさか、自爆?

 本人の意志で機体を自爆させたのか、それとも誰かの手によって自爆させられたのか?

 

 そしてロックオンの抱いた疑問は、フィーアのGNバスターソードに右脚を切断されたブラックプルトーネの通信で氷解した。

 

「あの爆発はまさか⁉」

『最後のアストレアを遠隔操作で自爆させたんだ。これでロックオン……ニール・ディランディは死んだ。次は君の番だよ、ハヤト・カザマ』

 

 そういうことか……とんでもないクソ野郎だな、こいつは!

 にしても俺とデュナメスも随分と甘く見られていたもんだな。MSの自爆で倒せる程、ガンダムは脆くねえぞ!

 

 メインモニターに映るGNバスターソードを振り上げて猛接近するフィーアを見て、ヒクサーはGNビームライフルを撃ちながらフィーアとの距離を取る。だが、フィーアは大きく機体を動かすわけではなく、粒子ビームの射線を見切るとGNビームライフルで応射した。

 速射された粒子ビームがブラックプルトーネの右腕を粉砕し、その戦闘能力を奪った。驚愕したヒクサーが機体を急速に後退させると、虚空を漂うGNアームズがサブモニターに映った。

 

『デュナメスがない⁉』 

 

 この時、ヒクサーはデュナメスがGNアームズとのドッキングを解除したことに気付いた。

 

「人の命や感情を見下しているテメェを……」

 

 通信からロックオンの声が聞こえた瞬間、時はすでに遅い。

 GNスナイパーライフルの銃口が、とっくにブラックプルトーネに向けていた。

 

「――俺は狙い撃つ!」

 

 そう呟くと、ロックオンはトリガーを引いた。

 GNスナイパーライフルから放たれた粒子ビームは、ロックオンの意志が顕在化したかのように闇を照らす一筋の光となって真っ直ぐ、ブラックプルトーネに伸びていく。ブラックプルトーネは粒子ビームから逃れようと機体を加速させたが逃げきれず、粒子ビームに太陽炉を突き刺された。

 

『バカな! イノベイターである僕が、人間如きにやられるのか?』

「人間を舐めているから、こうなるんだよ!」

『この、人間風情が! こんな結果、認めるものか!』

 

 自分の()()()から「イノベイターは人間を超越した絶対的な存在」と教え込まれていたヒクサーは首を横に何度も振り、人間に敗北したという現実を受け入れずにいた。

 

「うるせぇ野郎だ……」

 

 流石に見苦しすぎる、と思った隼人が冷徹な声でそう呟くと、GNバスターソードを構え直したフィーアの機体を加速させ、爆発寸前のブラックプルトーネに飛びかかった。

 

「さっさとくたばりやがれッ!」

 

 そして、斬り裂く。

 

『嘘だ……こんなの嘘だぁ! 僕は負けるはずがない、負けるかずが――』

 

 ブラックプルトーネの機体が縦真っ二つに分かれ、巨大な火球に姿を変える。

 晴れつつある爆煙の中から、右手にGNバスターソードを提げたフィーアが姿を現した。

 

「あばよ、クソ野郎。あの世で彼らに詫び続けろ」

 

 

 

 

 

 SVMS-01X ユニオンフラッグカスタムⅡ

 

 またの名――GNフラッグ。本来のプラズマジェットを用いるはずの推進部に疑似太陽炉を無理やり載せた改造機である。スローネアインから奪取したGNビームサーベルを有線式に改造した物を持たせており、両膝側面にはディフェンスロッドが装備されている。さらに、右手にはカスタムフラッグに装備されていたリニアライフル――トライデントストライカーを提げている。

 

 無理な改造が施された本機は一見アンバランスな機体に見えるが、その総合性能は並みのMSを遥かに凌駕している。そして本機はビリー・カタギリ技術顧問が親友に請われ、連日の突貫作業で作り上げた最高傑作である。

 

 GNフラッグのコックピットでは、グラハム・エーカーは求めるべき好敵手――ガンダムの姿を視認していた。周囲に味方の姿がなかったが、それでも構わない。

 

 グラハム・エーカーが求めているのは――ガンダムとの真剣勝負なのだから。

 

『会いたかった……会いたかったぞ、我が愛しのガンダムッ!』

 

 この瞬間を待ち望んでいた。

 今の私は軍人以上に、好敵手であるガンダムに戦いを挑む戦士だ。

 

 あの日、私はガンダムの圧倒的な性能に心を奪われた。そして気がついた時、私はもうガンダムを夢中になって、ガンダムを好敵手として認めた。ガンダムに対する興味も、そして軍人としての矜持も、私をこうも突き動かした行動の源であるが、所詮は建前でしかなかった。

 

 心の底に秘めたときめきの感情は、誤魔化しようもないのだよ。

 私はこの機体を持ってガンダムと戦えることに、この上ない悦びを感じている!

 

 GNフラッグの背中に付いている疑似太陽炉が左肩に移動した。左手に握られ、ケーブルで接触されているGNビームサーベルが、禍々しい赤い光で形作る。グラハムはアメイジングエクシアに向けて機体を加速させながら、トライデントストライカーで牽制射撃を行った。

 

 連続で放たれた弾がGNフィールドに弾かれた。

 グラハムはその真紅の粒子束に自分の想いを乗せて、切っ先を領域の表面に突き立てる。

 

『その堅牢な領域、私の想いで貫いてみよせよう!』

「これは……ビームサーベル⁉ なんて出力だ!」

 

 その出力の高さに驚かされた刹那は機体を後退させると同時に、展開していたGNフィールドを解除する。そして折り畳まれていたアメイジングGNソードを展開して、それを受け止める。接触する二振りの剣の間から、凄まじいスパークが散っていく。

 

 すでにガンダムとの接触回線は開いてある。

 軍人の……いや、戦士の礼儀として、名乗りを上げさせてもらう。

 

『私の名はグラハム・エーカー。ガンダムのパイロットよ、名を聞かせてもらうか!』

「……通信?」

 

 突如の通信に、刹那が訝しげな表情を浮かべるのも、受信ボタンを押した。

 すると、黒と白を基調としたパイロットスーツを着た男が、通信ウィンドウに映し出された。

 

「貴様は……!」

『なんと、あの時の少年か!』

 

 一方、そこに映し出された青いパイロットスーツの少年を見て、グラハムは眼を瞠った。

 うねりのかかった黒髪、意志の強そうな褐色の瞳……忘れるわけがない。アザディスタン王国の内紛の時、現地で会った少年だ。

 現地人を装い、背中に拳銃を隠し、臆することなくグラハムを睨みつけていた、あの少年だ。

 グラハムのことを思い出した刹那も、大きく目を見開いている。

 

 そして、刹那は名乗った。

 

「――俺のコードネームは、刹那・F・セイエイ」

『よくぞ名乗ってくれた、少年……いや、刹那・F・セイエイ。やはり私と君は、運命の赤い糸で結ばれていたようだ。そうだ……私たちは、戦う運命にあったのだ!』

 

 グラハムは機体の出力を上げ、アメイジングエクシアを突き飛ばし、GNビームサーベルを振り下ろす。振るわれた光刃を、刹那はすかさず左手にトランザムGNブレイドを抜かせ、それを受け止める。互いの刃が激しくぶつかり合い、GNフラッグが上から抑え込む形で2機は鍔迫り合いとなった。

 

「援護します、刹那!」

 

 そこにフリーダムが交戦中の2機に急接近し、ミーティアの両側面に備えるビーム砲「93.7cm高エネルギー収束火線砲」をGNフラッグに目掛けて放とうとする――が、そこで刹那が阻止の声を上げる。

 

「手を出すな、絢瀬悠凪。これは……俺の戦いだ!」

「刹那……分かりました」

 

 刹那とグラハムの対決に割り込むことは無粋か。ここは刹那に任せるとしよう。

 事情を理解した私がそう返事すると、スメラギの声が通信に響いた。交戦中のアメイジングエクシアも、その通信を受け取った。

 

『絢瀬さん、刹那。トレミーがアンノウンの攻撃によって、撃沈されました』

「トレミーが撃沈された⁉」

「ば、バカな……⁉ スメラギ・李・ノリエガ、クルーは全員脱出しましたか?」

『全員は強襲用コンテナで脱出しましたが、リヒティが負傷しています。かなりの重傷です!』

 

 リヒティを死なせるわけにはいかない。

 これは緊急事態だ。一刻も早く、強襲用コンテナをリベル・アークに避難させる必要がある。

 

 だが、気になるな……プトレマイオスを撃沈したアンノウンとはなんだ?

 

「スメラギ・李・ノリエガ、そのアンノウンとは?」

『……蛇のような黒い巨大MAです』

 

 黒蛇のような巨大MA……ガンダムシリーズにそんな機体が存在しないはず。

 あれは国連軍の新型か、それとも第三勢力に所属する機体か、この目で確かめてやろう。

 

『アンノウンが我々と国連軍の双方を攻撃。チームトリニティは現在、アンノウンと交戦中です』

「では、私がチームトリニティの援護に向かいます。刹那、その敵は君に任せました。但し……」

 

 死ぬなよ、と言いたいところに、刹那が私の声を遮り、返事を告げる。

 

「ガンダムの存在意義、戦いの意味……その答えを見出すまで、俺は死なない」

 

 覚悟を固めた刹那に言い残す言葉は、もうない。

 私がフリーダムの向きを変え、後ろにある資源衛星群に向けて機体を飛翔させたその際、刹那の声が再び通信に響いた。

 

「お前の方こそ、死ぬなよ」

 

 中編へ続きます。




※2021年11月7日更新
内容盛りだくさんなので、三つのパートに分けて投稿することにしました。


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第24話 完壁を為す蒼き一角獣(中)

※予定変更のお知らせ
内容盛りだくさんなので、三つのパートに分けて投稿することにしました。



量産型ジュデッカ
AGX-14[M]

全長:70.3m
重量:274.6t
装甲材質:ガンダリウム合金ナノスキン複合材
動力源:プラズマ・ジェネレーター(第二世代核融合炉)
推進機関:光波推進システム

搭乗者:得体の知れない結晶体に侵食されたバイオ脳

▼武装
ハンド・ビーム・ガン(+ハイパー・ビーム・ソード)×4
腹部ハイ・メガ・キャノン×1
ファンネル×12
有線式大型ファンネル・ビット×8

▼特殊機能
グラビティ・テリトリー
ナノマシン自己修復機能
クロスゲート・パラダイム・システム(未完成)

 本来とは違う歴史を歩んでいる宇宙世紀に、虚憶に取り付かれたユーゼス・ゴッツォ博士が開発した超巨大モビルアーマーで、同型機は7機が建造されている。本機は宇宙世紀0099年に行われた、連邦主戦派の残党による大規模デロの直前に起動事故に遭い、平行世界の狭間――量子の海で消息を絶った3機の内の1機である。
 ガンダム00の西暦世界に姿を現した時点で、機体を動かすバイオ脳は、すでに得体の知れない結晶体に侵食されており、当初の仕様になかった性能を発揮している。


 ティエリア・アーデは未知の存在――黒蛇と対峙していた。

 突如乱入してきた黒蛇が自機を取り囲んだコーラサワー隊を壊滅させると、ヴァーチェに向けて突撃していった。ティエリアが2丁のGNバズーカと、両肩に装備されているGNキャノンで迎撃するものの、黒蛇の進撃を止めることは叶わなかった。

 

「この距離では避けられないか。ならば……!」

 

 機体に蓄積された圧縮粒子をGNフィールド発生装置に回すように設定し、そして叫ぶ。

 

「――GNフィールド、最大展開!」

 

 一瞬の後、黒蛇の機体がヴァーチェのGNフィールドと衝突し、ヴァーチェの機体がその衝撃によって後ろへ大きく吹き飛ばされてしまう。黒蛇は大きく体勢を崩したヴァーチェに追撃をかけることなく、岩石の陰に隠れた青白色の宇宙船に向けて機体を加速させた。

 

「クッ……トレミーはやらせん!」

 

 GNフィールドのお陰で、機体に損傷はなかった。すぐに体勢を立て直し、こちらに背を向けた黒蛇に目掛けて2丁のGNバズーカを一射した――が、粒子ビームの光軸がその装甲に命中する直前に見えない斥力場によって軌道を逸らされ、有らぬ方へと飛んでいった。

 ティエリアはその進撃を阻止すべく黒蛇に向けてヴァーチェの機体を加速させるが、そこに黒蛇の背中から六つの黒い漏斗が射出され、ビームを乱射しながらヴァーチェに迫っていった。

 

 形状は違うが、ガンダムスローネに搭載されているGNファングと同じ特性を持つオールレンジ攻撃兵器、と判断していいだろう。ティエリアは再びGNフィールドを展開し、四方八方から襲来する漏斗のビームを防ぐ。その飛行軌道を予測し、両肩のGNキャノンを斉射する。

 

 一つが消滅し、続いて放たれたGNバズーカによって三つが消滅した。残り二つ。

 そして二つの漏斗が一直線に重なった瞬間、ティエリアは再びGNバズーカを一射した。巨大な光軸が虚空を裂き、その奔流に飲みこまれた二つの漏斗が溶解し、爆発した。

 

 ティエリアが足止めを喰らった隙に、黒蛇がすでにプトレマイオスの間近に迫っていた。

 もう手遅れだ、と思ったその時、プトレマイオスの陰から躍り出たスローネアインから放たれたGNミサイルの嵐が黒蛇を襲いかかる。膨れ上がる爆発光が周囲の宇宙空間を照らし、黒蛇の巨体を虚空に浮かび上がらせる。

 続けざまに放たれたGNブラスターの一撃を易々と回避し、黒蛇は岩石群の中に消えた。チームトリニティと合流したティエリアは、トレミーの周囲を索敵するようネーナに指示を飛ばす。

 ネーナがそれに頷くと、HAROが即座に索敵を開始する。

 

「HARO、黒い蛇の居場所が分かったの?」

「……真下! 真下! 撃って、撃って! 撃っちまくれ!」

 

 HAROが甲高い電子音声を上げると、ヴァーチェと3機のガンダムスローネはトレミーの真下から猛接近してくる黒蛇に向けて各々の火器を撃ち放つ。だが、機体をサソリ形へと変形し、その巨体に似つかわしくない俊敏さを見せた黒蛇を命中することはできない。

 瞬く間に、猪突猛進の勢いで4機の弾幕を突破した黒蛇が機体の先端にある尖った部分でプトレマイオスの艦体中央部に突き刺してから、四つの掌に内蔵されているハイパー・ビーム・ソードを発振させ、青白色の艦体にX字斬りを見舞った。

 

「プトレマイオスが……!」

「こいつ、化け物かよ⁉」

 

 止められなかった。

 艦体を真っ二つに割れたプトレマイオスが宇宙空間に盛大な爆発の花を咲かせる。さらに二発、三発と閃光が瞬き、その度に艦体は漏出するGN粒子に埋もれていった。ティエリアは味方を救助すべくヴァーチェを爆煙の中に突入させ、トリニティ兄妹は黒蛇への追撃を開始した。

 

 

 

 

 

 クリスはゆっくりと目を開いた。

 

「あれ……わたし、どうなったんだっけ?」

 

 どうやら少しの間、意識を失っていたらしい。

 頭がぼんやりとしていながら、クリスは意識を失う前の記憶を、手探りで紐解いていった。

 

 ガンダム4機の分厚い弾幕を掻い潜り、艦の側面に黒い蛇のような巨大MAがやってきたことが覚えている。そして、4本のビームサーベルでトレミーの艦体を真っ二つに斬り裂いていた。

 そう、トレミーは前半と後半に割れたんだ。それからリヒティが操舵席から飛び出して、わたしを通信席の電子部品の爆発から庇ってくれたんだ。

 それから、わたしとリヒティは、爆発の衝撃で宇宙空間に投げ出された。

 他のみんなは……無事なんだろうか……。

 

 そこまで思い出したところで、クリスは自分の前に佇む人の影――リヒテンダール・ツエーリに気かづいた。バイザー越しに見える薄茶色の髪、いつも微笑んでいる目が憔悴しきっており、口はべったりと血に濡れている。

 

「リヒティ……」

 

 不意に違和感を覚え、クリスはリヒティの右半身に着目する。

 そこでクリスは驚愕の余りに目を見開く。リヒティの右半身――肩から腰に至るまでのノーマルスーツが引き裂かれたかのように破れ、皮膚の一部が焼かれたかのように黒焦げになっていた。

 そして、その皮膚の下には黒い光沢を放つ機械の肢体があった。皮膚の残片を貼り付けたままの機械の右手は、手首から先が欠損していた。

 

 リヒティが、サイボーグ⁉

 その言葉がクリスの脳内をよぎった。

 

「だ……大丈夫っすよ……」

「リヒティ!」

 

 衰弱しているリヒティが弱々しい声で言うと、クリスが声をあけた。

 闇暗の宇宙空間の中で、リヒティが喘ぐように言葉を途切れさせながら話した。

 

「親と一緒に……巻き込まれて、身体の大半がこんな感じに……ごふっ……」

 

 リヒティは自分の機械の身体なら、わたしを守れると思ったのかもしれない。

 だが、重要なのはそれではなかった。リヒティが命の危機を顧みずにわたしの盾になろうと飛び込んでくれたことが重要なのだ。

 

「わたしって、本当にバカね……すぐ近くに、こんないい男がいるのに……全然気づけなくて」

「……ホントっすよ」

 

 やっと気づいたのか、といった口調で言うと、リヒティが血のついた唇でニッと笑った。

 人生の最期に、意中の女性に自分の気持ちを伝えることができて、本当によかった。

 

 クリスも微笑みを向け、リヒティの身体を抱きしめると、彼の瞳から光が消えた。

 自分に好意を抱く男性と一緒に人生の最期を迎えるつもりだが、クリスには心残りがあった。

 

「(デートぐらいさせなさいよ、バカ……)」

 

 クリスが個人の心の声を漏らすと、光る粒子を放つ何かが視界の端をよぎった。

 それは、背中から緑色の粒子を放出する、黒と白の巨体を持つガンダム――ガンダムヴァーチェだった。機体のコックピットでは、ティエリアは宇宙空間を漂流している2人を視認していた。

 両手に所持しているGNバズーカを手放し、2人をマニピュレーターに乗せると、ヴァーチェは強襲用コンテナが待機している場所へ向かった。

 

『ティ……エリア、クリスと……リヒティは……見つかったの?』

「ああ。だが、リヒティが負傷している。今すぐ治療が必要な重傷だ!」

 

 ノイズ混じりのスメラギの声がヴァーチェのコックピットに響き、ティエリアが答える。

 すると、ラッセの声が通信に響いた。

 

『本格的な治療が行える場所は……あの城しかいねえ!』

「ああ……リベル・アークなら、リヒティの治療を行うことができる」

『フェルト、絢瀬さんに連絡を!』

『は、はい!』

 

 強襲用コンテナの中で、スメラギの指示を了解したフェルトは、すぐさまフリーダムとの通信を試みるのだった。

 

 

 

 

 

 プトレマイオスを撃沈し、トリニティ兄妹と交戦している黒蛇の正体は「黒き地獄」だった。

 正式の名称――ジュデッカ。ゲーム作品『スーパーロボット大戦 α』に登場する星間帝国「ゼ・バルマリィ帝国」に属する天才科学者――ユーゼス・ゴッツォが独自に開発した機動兵器だ。

 この機体は、この世界に属する存在ではない。そして奇妙なことに……ジュデッカから乗り手の意思――悪意のようなものが感じられるが、命の息吹が全く感じられない。

 

 何故この世界にいる、何処から来た、その中には誰が乗っている……?

 いや、考察しても無駄だ。ジュデッカは如何なる危険な機体なのか、私は知っている。速やかに排除しなければ、この世界は破滅一直線だ。

 

 強襲用コンテナはすでにリベル・アークに避難した。

 モレノ先生も無事生存しているので、リヒティは確実に助けられる。

 

 今は、ジュデッカというイレギュラーの排除に専念するとしよう。

 

 フリーダムと3機のスローネが、ジュデッカに向かって突っ込んでいく。

 ビームの光条が縦横無尽に飛び交う宇宙空間の中で、お互いに決定的な一撃を加えられないまま交戦を続けていた。ミーティアとドッキングしたフリーダムを脅威と判断したジュデッカは3機のスローネを無視し、フリーダムに目掛けてハンド・ビーム・ガンを連射する。

 

「私に狙いをつけたか……躱して見せろ、フリーダム!」

 

 インテンション・オートマチック・システムが悠凪の感応波を拾い上げ、マニュアル操作を無視したフリーダムが左へ右へと横ロールする。一拍遅れてビームが飛来し、皮一枚で躱したビーム光を装甲に反射させる。

 

 機体の姿勢を安定させると、私は照準画面に拡大された黒蛇――ジュデッカを睨みつける。

 数においてはこちらが有利。だが、相手の戦闘能力は未知数だ。勝てるかどうか分からない。

 本来の設定では、ジュデッカの掌には内蔵兵器が搭載されてないはず。なのに、このジュデッカの掌にはビーム砲が内蔵されていた。4本の腕があるが、右上側の腕が他3本の腕と同じ形をしており、大きい蛇の頭のような形ではなかった。

 従って、目の前にいるジュデッカは、私の知っているジュデッカではない可能性が非常に高い。

 ビーム砲以外にどんな武器があるか分からないので、攻撃の仕方を探ってみる必要がある。

 

「ヨハン、ミハエル。GNファングの残弾数は?」

『ハッ、全基健在です』

『こっちもだぜ!』

「先ずはGNファングによるオールレンジ攻撃で奴を翻弄する、続いてGNブラスターとGNミサイルを叩き込め。ネーナには2人のフォローを頼む」

『『了解!』』

 

 私の通信に、3人が即座に返答する。

 アインがツヴァイの背後に移動するのを確認してから、ミハエルは機体の右肩にマウントしてるGNバスターソードを引き抜いた。ジュデッカから放たれたビームが厚い剣身によって防がれる。

 

「行くぜ、兄貴ぃ!」

「ターゲット・ロックオン、GNファング……射出をする!」

 

 2機が両腰のスカート部から全てのGNファングを射出させると、GNバスターソードを構えたツヴァイはジュデッカに向かって突進していき、接触間際、背中からアインが踊り出てジュデッカに発砲し、縦横自在に飛び交う16基のGNファングも一斉射撃を行った。

 だが、四方八方から放たれた粒子ビームが見えない斥力場によって軌道を逸らされ、ダメージを与えられなかった。その背後に回り込んだツヴァイがGNバスターソードを振り上げて斬りかかる――が、ジュデッカがその斬撃を予見していたように滑らかに機体を捻らせ、掌から光る粒子束を顕現させる。

 

「あれは、ビームサーベル⁉」

 

 掌にはビーム砲だけでなく、ビームサーベルを発振させる機能も備わっていた。

 辛うじてビームサーベルの切っ先をツヴァイが躱し、空振ったジュデッカの側面から、ドライが十分にGN粒子をチャージしたGNビームライフルを発射し、アインがGNミサイルを斉射する。

 だが、放たれた粒子ビームとGNミサイルが見えない斥力場によって弾かれ、連続する爆発光の波濤が4機のスクリーンを占拠した。

 

「ビームサーベルだけでなく、実弾とビームを弾くバリアもあるのか……!」

 

 爆発光の最後の余光が消え去り、宇宙が原初の闇へ回帰すると、メインスクリーンに目をやった私は「120cm高エネルギー収束火線砲」の照準をジュデッカに絞る。

 メガランチャークラスの武器が決定打を与えられないのなら、陽電子破城砲を上回るこの一撃はどうだ? という疑問を抱いたまま、私はトリガーにかけた指に力を込める。放たれた最初の一撃がバリアによって阻まれたが、続けざまに放たれた二撃目がバリアを貫通し、ジュデッカの尻尾に創傷をつけた。

 そのバリアは無敵ではなかった。GNフィールドと同様に、強力な攻撃を数回食らわせれば貫通できることが、今はっきりと分かった。実弾とビームを弾けることから、もしゲームの設定と同じ防御機能を備わっているのなら、このバリアは恐らく重力障壁……その名は「グラビティ・テリトリー」という、全ての攻撃を一定値まで無効化するバリアだ。

 

「よし、やったぜ!」

「えっ……なに、あれ?」

「……白い粉だと?」

 

 ジュデッカがダメージを受けたことに喜ぶミハエル。

 だが、次の瞬間、ネーナとヨハンは驚愕の余りに目を見開く。

 

「バカな……再生しただと⁉」

 

 ジュデッカの全身から白い粉状の物質が噴出され、本来そこにあったパーツの形を取り、肉眼で視認できる程のスピードで、損傷箇所を再構築していく。その光景に驚かされた私は、思わず心の声を漏らした。

 

「(装甲に使われている素材は、ズフィルード・クリスタルではなかったのか⁉)」

 

 ズフィルード・クリスタルとは、ゼ・バルマリィ帝国の機動兵器に使用されている自律・自覚型金属細胞である。この金属素材は『機動武闘伝Gガンダム』に登場する「DG細胞」に似た性質を備わっている。そして機体の再生が行われる時、破損箇所から紫色の結晶体を生やして該当部位を再構築するはず。

 あの得体の知れない白い粉状の物質は何だったのか、今の私には検討がつかなかった。

 でも、このジュデッカは、私の知っているジュデッカではなかったことが今、明らかになった。

 

 私は4門のビーム砲を乱射しながら接近してくるジュデッカに向かって、2門のクスィフィアスとバラエーナ、そして4門の高エネルギー収束火線砲から、砲弾と高出力ビームを迸らせた。

 強烈な砲撃の嵐が襲いかかるが、ジュデッカはその巨大さに似つかわしくない高速機動で機体を翻せると、それを躱し、背中から六つの漏斗を走らせた。

 

「(クッ……ファンネルまであるのか!)」

 

 ファンネルとは、宇宙世紀より登場する無線式のオールレンジ兵器である。

 ジュデッカの背中から射出されたファンネルが漏斗型であることから、ハマーン・カーンの乗機――キュベレイに装備されたものと同型であることが分かった。

 まさか宇宙世紀の技術を取り入れたジュデッカが存在しているとは、思いもしなかった。

 

 無軌道に迫ってくる六つのファンネルに、私が2門のバラエーナのトリガーを引く。

 二つまでは撃破したが、残り四つを撃ち漏らした。ミーティアとドッキングしたフリーダムは、図体の大きさゆえに被弾しやすい為、ファンネルから放たれたビームを回避することだけで精一杯で、応射する暇はなかった。

 しかしそこに、傍らから8基のGNファングが飛来して全てのファンネルを撃破し、数発の粒子ビームがジュデッカに命中した。

 

『悠凪さん、援護はあたしたちに任せて!』

『あの化け物をぶった斬れ、旦那ッ!』

 

 トリニティ兄妹が援護してくれたお陰で、この状況から脱することができた。

 ジュデッカが3機のスローネに気を取られた隙に、私は右ウェポンアームを振り上げ、ビームソードのリミッターを解除し、通常3倍の光刃を顕現させる。

 

「デッド・エンド・スラッシュ!」

 

 黒き地獄――ジュデッカが相手だと、無性にこのセリフを言いたくなった。

 ジュデッカの開発者であるユーゼスに利用され、駒にされたあの男――イングラム・プリスケンの決めセリフと共に横一閃に振るった、長さ300mに及ぶ光刃が周囲のデブリを薙ぎ払い、重力障壁を破り、その巨体を真っ二つに両断した。

 瞬く間に、生き別れになったジュデッカの上半身と下半身が相次いで爆発を起こし、視界を灼き尽くすかのような爆発光がスクリーン上で脈動する。

 

「倒した……のか?」

 

 それは言ってはいけない言葉だった。

 爆発の余光と煙が消え去り、途方もない殺気を放つ黒蛇――ジュデッカが、再び攻勢に出た。

 

 その殺気が装甲を透過してコックピットに押し寄せ、私は反射的に2門のバラエーナのトリガーを引いた。放たれた光条が虚空を漂う岩石を粉砕し、新たな粉塵を吹き散らせる。

 機体を修復したジュデッカは予期していたようにフリーダムの側面に周り込み、スカート部の裏から二つの槍頭を射出させた。ケーブルで接触された円筒型の槍頭が先端から熱線を迸らせながら急迫してくる。

 

 有線式であることから、この武器は恐らく、有線式遠隔攻撃端末「インコム」だろう。

 だが、次の瞬間、私は自分の判断の誤りを知る。

 

 近接防御機関砲で一つを撃破したが、ミーティアの右ウェポンアームが機関砲の掃射から逃れたもう一つの槍頭に取り付かれてしまった。槍頭の内部から三本爪のワイヤーアンカーが放出されたのを目の当たりにした瞬間、私はすぐにその正体が分かった。

 

 インコムだと判断したそが、ネオ・ジオングの有線式大型ファンネル・ビットだった。

 

 スローネドライから放たれた粒子ビームによってケーブルが切断されたものの、この武器は本体から切り離された状態でもジャックした機械をコントロールできる特性がある為、ネーナの行動は徒労でしかなかった。

 

「右ウェポンアームをパージする……!」

 

 ジャックされた右ウェポンアームをミーティア本体から分離させると、私は左側の高エネルギー収束火線砲のトリガーを引いた。ビームの直撃を受けたそれが瞬時に炸裂し、膨れ上がった爆発の光輪がその痕跡を残らず消し去っていった。

 

「あの武器に気を付けろ。あれに取り付かれたら、機体の操縦システムがジャックされてしまう」

『そうなんだ……だから悠凪さんはウェポンアームを切り離したんだね』

『取り付かれたら終わりってことだな、了解だぜ!』

 

 私の通信に、ネーナとミハエルが返事し、ヨハンが頷いて了解の意志を示す。

 機体各部のチェックを終えると、私は薄くなった爆煙の向こうにいる「怪物」を睨みつける。

 

 ビーム刃を発振させた4本の腕をいっぱいに開くと、ツインアイを閃かせたジュデッカの背後でスラスター光が閃き、私もミーティアのメインスラスターを点火させる。

 先行した3機のスローネに、ジュデッカは腹部にある発射口を開き、MSを飲み込んで余りあるビームの奔流を吐き出す――が、その一撃はあっけなく躱され、隙ができたジュデッカは3機から応射された粒子ビームによって、次々と着弾の炎を上げていく。

 ジュデッカが3機と撃ち合っているところに、私は左ウェポンアームを振り上げ、ビームソードを発振させて斬りかかる。

 

 その再生能力は確かに脅威だが、再生できない程の大ダメージを一気に与えれば倒せるはずだ。

 SRXはこのシンプルな方法で再生能力を持つ強敵――ソルグラビリオンを攻略している。

 そう、やりようはある。

 

 それに我々の敗北は、この世界の破滅を意味する。故に敗北は許されない。

 この戦い、負けるわけにはいかないのだ……!

 

 悠凪の決意を拾い上げたフリーダムのサイコ・フレームは、赤い燐光を煌めかせ始めた。

 

 

 

 

 

 刹那とグラハムの戦いは、未だに続いている。

 

『この間合い、君の吐息すら聞こえてきそうだ!』

「クッ……!」

 

 機体の出力を上げ、アメイジングエクシアを突き飛ばし、GNビームサーベルを振り上げて斬りかかる。目の前に詰寄る禍々しい光刃が刹那の視界を塞ぎ、舌を噛みそうな衝撃がコックピットを揺さぶった。

 サブモニターの表示により、刹那は左肩の装甲が破損したことを察知する。戦闘に支障をきたす程の損傷ではなかった。機体を横に一回転して続けざまに振るわれた光刃を躱すと、アメイジングエクシアが右腕を振り上げる。

 

 超高温に加熱されたGNソードの刃先が緑色の蛍光を放ち、アメイジングエクシアの右腕と共に振り下ろされる。GNフラッグも左手のGNビームサーベルを上に払った。両者の獲物が激突し、強烈なスパークの閃光が膨れ上がる。

 

 たったこれだけの動きで骨が軋み、筋肉が悲鳴をあげる。

 このままGNフラッグに乗り続ければ、私の肉体はどのようになってしまうのか。

 

 だが、私はガンダムとの真剣勝負を望み、この機体に乗った。

 この戦いには、命を捨ててしまえる程の価値があるのだ!

 

 ようやく理解した……この感情を!

 

『私は君の圧倒的な性能に心を奪われ、魅了された……!』

 

 飛散するスパークの中で、グラハムが自分の想いを告白する。

 

『この気持ち――まさしく愛だッ!』

「愛だと⁉」

 

 戸惑いの表情を見せる刹那に、グラハムが微笑みを向け、言う。

 

『そうだ。私の中にある戦士の魂が、君を好敵手として求めているのだよ!』

 

 ガンダムに対する異常な執念。

 この男もまた、俺たちによって歪められた存在……!

 

「貴様が戦いを望むのならば、俺は――貴様のその歪みを、断ち切るッ!」

『よく言った、ガンダム!』

 

 一瞬の後、GNフラッグがアメイジングエクシアに突き飛ばされ、バランスを失う。体勢を立て直す前に、エクシアのGNソードが最短距離の軌道を描いて飛んでいった。先ずは右、返して左へ横一閃に行き、GNフラッグの右脚を斬り飛ばした。

 

 肉体の限界を超える負担を強いながらも、グラハムは己の意志でそれをねじ伏せ、GNフラッグを急反転させてアメイジングエクシアに突進する。

 鋼の天使と剣を交えることは叶わなかったが、今は意中の相手との真剣勝負を楽しもう。自分の愛と想いをGNビームサーベルに乗せ、斜め上段から袈裟斬りに振り下ろす。

 

 GNビームサーベルの刃先がGNソードと衝突し、確かな手応え――鍔迫り合いの感触があったと思った瞬間、アメイジングエクシアの左脚がGNフラッグの下半身を強かに蹴りつける。衝撃がコックピットを激しく振動させ、臓腑まで突き抜ける感覚を味わったグラハムは堪えきれずに悲鳴をあげた――が、同時にグラハムは、身体中の血液が沸騰しそうな興奮に襲われた。

 

 肘鉄を受けたからこそ、燃え上がるものもある!

 我が魂を揺さぶるこの気持ち、剣に乗せて君に届けたいのだよ、ガンダム!

 

『これが、魂を揺さぶる剣戟だッ!』

「うおぉぉぉぉっ!」

 

 お互いに獲物を引き抜いた2機が、高速で移動しつつ剣戟をくり返す。

 交じり合う2機のコーンスラスターが余光を引き、資源衛星群へと飛び去っていくのだった。

 

 

 

 

 

 一方、負傷したリヒティは、すぐさまリベル・アークのメディカルルームに運び込まれた。

 プトレマイオスの船医であるJB・モレノ先生は、リヒティの傷口に手速く処置を施し、鎮静剤を打って、メディカルカプセルに彼の身体を移した。

 バイタルは安定しているが、損傷してしまっていた機械の肢体を新造しなければならない。彼の容態を聞いたクリスが安堵の息をつき、それと同時に表情を曇らせるのだった。

 

「あの……モレノ先生、傷の再生までの時間は?」

「最低でも一ヶ月が必要だ」

 

 クリスの問いに、モレノは振り返りもせずに答える。

 

「この重傷だと、カプセルに入っていることが望ましい」

 

 リヒティの傷が完治するまで、メディカルカプセルから出られない。

 その言葉の意味を理解したクリスは、静かに頷いてから軽く一礼をし、メディカルルームを出て性能実験施設にある指令室へ足を運んだ。

 

「リヒティの容態は?」

「バイタルは安定していると、モレノ先生が言いました」

 

 スメラギの問いに、通信席に着いたクリスが振り返って答える。

 一方、フェルトが大型モニターに映し出された戦闘映像を見つめながら、戦況報告をあげた。

 

「エクシア、疑似太陽炉搭載型のフラッグと交戦中。キュリオスは依然、国連軍のジンクス部隊と交戦中。デュナメス、ヴァーチェ、スローネフィーアが黒い蛇と接触、交戦状態に入りました!」

 

 現在の戦況を把握したスメラギが頷くと、続けざまにクリスも報告をあげた。

 

「戦闘宙域に接近する機影があります。この機体は……ガンダムアストレアです!」

「フェレシュテにいる彼が、来てくれた……!」

 

 シャル・アクスティカの指示により、フォン・スパークのガンダムが戦闘に加わった。

 だが、それは焼け石に水でしかなかった。8機のガンダムから放たれた十重二十重の砲火は黒蛇の機体を確実に削っていくが、黒蛇はその優れた再生能力で素速く機体を再構築していき、抵抗は無意味、という現実をガンダムの乗り手たちに突きつけた。

 やがてミーティアが破壊され、スローネのGN粒子残量が危険域に達し、それでも彼らは諦めていなかった。装甲の隙間から、赤い燐光が滲み出しているフリーダムを中心に陣形を組み、8機のガンダムは黒蛇と交戦を続けるのだった。

 

 

 

 

 

 その一方で、この西暦世界に降り立った白亜の機影が、戦闘宙域に接近していた。

 機体のコックピットでは、パイロットは画面に拡大表示された蒼き翼の機影を眺めつける。

 

 4本のブレードアンテナにツインアイ。あの機体は間違いなく、ガンダムだ。

 そして、装甲の隙間から発したあの光……色は違うが、性質は全く同じだ。あの時、アクシズを包み込んだ「宇宙の虹」と。

 

 そう、同じ性質を持つ光を、俺は見たことがある。もっと大きな光をだ。

 ニューガンダムとナイチンゲールのサイコ・フレームを媒介に、恐らくは億単位の人間の意思を取り込み、物理的パワーに変換したのであろう光。

 人の心の善意や希望、そして可能性を具現化し、地球へ落下中の小惑星・アクシズの片割れをも押し返した、星より強い七色の光。

 

 蒼き翼のガンダムもまた、人の心に反応するマシーンか……。

 

 

 

 

 

 無数の光輪と光軸を高速機動で躱しながら、フィーアのコックピットでは、疲弊している隼人が苦しげな息を吐き出し、途切れ途切れの声を重ねた。

 

「ったく、まさかこの世界で……デビルガンダム以上の化け物と、戦うことになるとは……!」

 

 その驚異的な再生能力は『機動武闘伝Gガンダム』に登場する悪魔の名を冠した怪物より遥かに上回っている。このままでは埒が明かないと考え、隼人は通信で悠凪に打開策を尋ねる。

 

「おい悠凪、打開策はあるのか?」

『再生できない程の大ダメージを一気に与えれば、倒せるかもしれない……』

「かもしれないって……それでも、やるしかねえよなぁ!」

 

 不確実だが、倒せる可能性がある。

 ならば俺も全力でやってやる……あんな化け物に負けたら、ガンダムの名が泣くからな!

 

 接近するジュデッカが再びハンド・ビーム・ガンを撃ち、ビーム光がフリーダムの装甲を照らすのを見た隼人は、息を詰めて応戦のトリガーを引いた。その行動に呼応するように、デュナメスがGNスナイパーライフル、3機のスローネが各自の火器を発砲し、交錯する粒子ビームが十字砲火を形成する。

 襲いかかるビーム光を回避し、両手に握ったビームサーベルを発振させた悠凪は、フットペダルを踏み込めるだけ踏み込んだ。マニュアル操作に感応波が相乗し、一気に急加速したフリーダムがジュデッカに迫り、片手剣四連撃ソードスキル「バーチカル・スクエア」を放った。

 

 右手を振り上げて上段斬りを放ち、すかさず垂直斬り上げを見舞いする。

 続けざまにスラスターを噴射して機体を右へ2回転しつつ、横薙ぎを2度繰り出し、黒い光沢を放つ機体に創傷をつける。フリーダムがビームサーベルを振り回す度に、黒蛇の装甲は次々と削り落とされていく。

 

 全身を斬りつけられ、2本の腕を失ったジュデッカが機体を仰け反らせる。

 だが、フリーダムの攻勢は、それだけにとどまらなかった。

 

 ――ここで負けたら、今までしてきたことが無駄になってしまう!

 

 ――計画の為に、そして未来の為にも……僕たちは、負けるわけにはいかないのだ!

 

 ――あんなのに負けてて、ガンダムのパイロットが務まるかぁ!

 

 ――そうだ……私たちは、ガンダムマイスターだッ!

 

 ――己の力であの蛇野郎をどうにかしたいお前は、嫌いじゃないぜ……フリーダムさんよぉ!

 

 この場にいるガンダムマイスターたちの想いを取り込み、飽和した思惟が光となってフリーダムのサイコ・フレームから放射される。流れ込む「熱」が全身に行き渡り、悠凪は操縦桿を握る手にさらに力を込め、今必要なイメージをインテンション・オートマチック・システムに送る。

 

 ――スキルコネクト(剣技連携)……ノヴァ・アセンション!

 

 感応波を拾ったシステムがサイコ・フレームを駆動させ、制動をかけた機体がビームサーベルを持った左手を振り上げる。そして縦に、横に、手速く10回の斬撃を浴びせていく。

 立て続けの斬撃を受け、防戦一方になったジュデッカが気圧されたかのように後退り、背中から六つの大型ファンネル・ビットを射出させ、反撃を試みる。

 

 だが、その行動は隼人とフォンに察知された。

 

「見えているんだよ!」

「大人しくしやがれ、この蛇野郎ぉ!」

 

 射出された大型ファンネル・ビットに、素早く持ち上がったアストレアF2の右手がGNビームライフルのトリガーを引く。放たれた粒子ビームの光軸が、円筒型の槍頭を真正面から貫き、膨れ上がった火の玉がジュデッカの漆黒の機体を照らし出す。

 さらにフィーアのライフルから3発の粒子ビームが撃ち出され、それに貫かれた円筒型の槍頭が相次いで爆発し、闇暗を照らす小さな光となって、そして消えていった。

 

 逆噴射して機体を後退させると、悠凪はティエリアに通信を送った。

 

「今です! ティエリア・アーデ!」

『了解……トランザム!』

 

 悠凪の呼びかけに呼応し、ティエリアがヴァーチェのトランザムシステムを起動させる。

 機体を赤色に光らせたヴァーチェは左手のGNバズーカを手放し、右手のGNバズーカを両手で握り、胸の前にしっかりと構えた。砲口にある上下の部品がスライドして伸ばし、バーストモードへ変形する。解放された高濃度圧縮粒子が、砲身内部にチャージされていく。

 

 当たれば、ジュデッカを倒せるかもしれない。外れれば、こちらが確実に負ける。

 事をここに至って、躊躇う理由など何もない。さらに両肩のGNキャノンの照準をジュデッカに絞ると、ティエリアはトリガーを引いた。

 

「これで決める……フルバースト!」

 

 GNバズーカと、2門のGNキャノンから迸り出た粒子ビームは、比喩抜きで一つの資源衛星を完全消滅させるほどの巨大なエネルギーの奔流だった。退避しようとしたが逃げきれず、拡大する粒子ビームに呑み込まれたジュデッカの機体が高熱によって溶け始め、機体の各所が次々と爆煙をあげたり爆発を起す。

 灼熱の奔流の中で、爆発寸前のジュデッカは、最後の悪あがきを見せる。ヴァーチェに目掛けて腹部のビーム砲を撃ち放った。だが、照準を絞らずに撃ったそれは命中するはずもなく、闇暗へと消えていった。

 瞬く間に、白熱化した機体が爆発四散し、スクリーンから差し込んだ閃光が8機のコックピットを塗り込めた。

 

 

 

 

 

 だが、悪あがきだと思ったその一撃が、セルゲイの率いるジンクス部隊と交戦しているガンダムキュリオスに命中した。

 

「チッ……しくじったぜ、ったく」

 

 機体のコックピットでは、ハレルヤは自分の悪態をついた。

 キュリオスは現在、資源衛星の陰に機体を潜ませていた。索敵範囲の外にいる未知の敵が放った砲撃によって右半身を欠損し、GNサブマシンガンも失っている。残っている武器は、2本のGNビームサーベルとクローに変形できるGNシールドだけだ。

 

 4機のジンクスは今頃、キュリオスの姿を求めてこの宙域を捜索していることだろう。

 プトレマイオスは撃沈されたが、スメラギたちはリベル・アークに避難している。だが、国連軍の作戦目的は「CBの殲滅」であり、こちらを見逃す道理はない。

 

 この状況を打破する為には――。

 

「(ハレルヤ……今は刹那たちと合流すべきだ!)」

「俺もそうしたいんだけど、そんな機会はなさそうだな……」

 

 ハレルヤ自身も、身体の内にあるもう一つの人格――アレルヤと同じことを考えていた。

 だが、想定外の状況は自分にそれを許してはくれなかった。

 

「お前も感じているんだろ、相棒。ドス黒い悪意の塊を!」

「(ああ。絢瀬悠凪でも、ソーマ・ピーリスでもない。悪意の塊がこちらに近づいている!)」

 

 独語めいた思考を頭の中で呟いた。

 ハレルヤはふと、視界の端で不気味な光がよぎったような気がした。

 

「こいつはやべぇな……!」

 

 瞬く間に、それが岩石を迂回してキュリオスの面前に姿を現した。

 4本の腕を持つ、大蛇のような黒い機体だった。装甲のあちこちに亀裂が入っており、剥き出しの胸元から内部に組み込まれたガラスの容器が見える。よく見ると、中には人間の大脳らしきものが入れられており、容器の底には黒く濁った()()()()()がある。

 そして、容器の周囲には、得体の知れない()()()()()()がついている。不気味な光を発しているそれらから放射されるドス黒い敵意と悪意は、ハレルヤとアレルヤの芯を震わせた。

 

 反射的にGNシールドを突き出し、その場から機体を離脱させたハレルヤは、脳量子波を通して相手の悪意と殺意を感じ取った。一瞬の後、黒蛇の掌から黄色いビームが発射された。正確な射撃だった。放たれたビームは、狙い違わずキュリオスに向かって突き進んでくる。

 

「直撃コース……」

「避けて見せろよ!」

 

 マニュアル操作に2人の脳量子波が相乗し、キュリオスがそれに従うように鋭角的な動きでその一撃を躱す。続けざまに黒蛇がビームを乱射してきたが、キュリオスはそれら全てを易々と躱し、敵機に向かって加速していく。

 

「軸線を合わせて、足とビームサーベル!」

「――同時攻撃を!」

 

 間合いに詰め寄るキュリオスに、黒蛇が掌のビームサーベルを発振させて斬りかかる。

 だが、ビームサーベルを発振させた時には、キュリオスの機体がするりと側面に回り込み、黒蛇の腹部に電撃的な蹴りを見舞うと同時に、GNビームサーベルを振った。

 視界の片隅を飛ぶ黒蛇の右腕を見て、ハレルヤはGNシールドをクローモードへ変形させた。

 

「――シールドニードル!」

「こいつはかなり効くぜ!」

 

 脳味噌らしきものが入っている容器を壊せば、この化け物を止められるんじゃない?

 そう考えたハレルヤはクローモードに広げたGNシールドを剥き出しの胸元に突き込ませ、GNシールドニードルで容器の破壊を試みる。この武器の切れ味は折り紙つきだ、きっと上手く行けるはず。だが、ニードルの切っ先が容器の表面と接触した瞬間に、想定外の異変が起きた。

 

 GNシールドニードルの剣身が、紫色の結晶体から放つエネルギーによって侵食され、錆びた剣となって崩壊した。この隙に乗じ、黒蛇は掌に内蔵されたビーム砲をキュリオスに向ける。

 突然の事態に驚いたハレルヤは、キュリオスの脚部を飛行形態に変形して射線を逃れると、旋回して再びMS形態へ戻し、詰寄る黒蛇に機体を正対させる。

 

 虚空に静止したまま、ハレルヤはキュリオスの左腕にGNビームサーベルを引き抜かせた。

 この時、ハレルヤの顔面から余裕が消え去り、とても真剣な表情に変化していた。

 

 

 

 

 

 敵味方は関係ない……世界の危機を前に、人類には一致団結して立ち向かう強さがある。

 背中から真紅の粒子を放つ機体が、緑色の粒子を放つガンダムと共闘している光景は、あの時の光景とよく似ている。

 

 アクシズの分断に成功したものの、片割れが地球の引力に引かれて落下を開始。ラー・カイラムのクルーたちは、あの人の手伝いをしてしまったことに動揺を隠しきれなかった。しかし、そこに1機の青白色のガンダムが、アクシズを押し返すべく取りついた。

 

 その機体は、グリプス戦役で俺と一緒に戦った歴戦のニュータイプ――アムロ・レイの搭乗機、ニューガンダムである。その献身的な姿に心を打たれた者たちは敵味方関係なく、次々とアクシズに取りすがった。あの時、Zガンダムに搭乗している俺も、その1人だった。

 

 そこまで振り返ったところで、パイロットは照準画面に表示されたジュデッカを眺めつける。

 爆散したはずの機体が、何らかの「力」によって無理やり本来の形を維持している。ユーゼス・コッツオ博士が作り出したオリジナル機にもなかった機能が、量産型が備わっていた。

 

 蒼き翼のガンダムと、その仲間たちは善戦しているが、徐々に戦力を削り取られている。

 重厚な装甲を持つガンダムが大破され、モスグリーンのガンダムが身を挺してそれを守る。緋色のガンダムが蒼き翼のガンダムと連携してジュデッカに大ダメージを与えたが、損傷箇所がすぐに修復され、全ては無駄になった。

 

 見る見るうちに、大型実体剣を構えた青白色のガンダムと、真紅の粒子を放つ黒い機体が戦闘に加わった。機体を赤色に光らせた青白色のガンダムは、残像が生じる程のスピードで、ジュデッカに向けて機体を突進させた。黒い機体はすかさずその行動に追随するのだった。

 

「俺たちも行くぞ……ユニコーン!」

 

 思惟がサイコミュを駆動させ、白い装甲が立て続けにスライドする。

 額の一本角がV字に割れ、露出したサイコ・フレームが青色に輝き、ガンダムの形を得た機体が全身のバーニアを噴かす。同時に背部に装備した2枚のシールドが弾け飛び、装甲をスライドしたシールドのサイコフ・レームが青色の光を放射した。それ自体に機動力があるかのごとく、戦域へ突入する白亜の機体――ユニコーンガンダムの傍に追随していくのだった。

 

 後編へ続きます。



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第24話 完壁を為す蒼き一角獣(後)

 何処から撃ってきたビームによって中破された羽根つき――ガンダムキュリオスは何とか味方のガンダムと合流し、荒れ狂う黒蛇と交戦状態に入った。

 後に駆けつけてきたピーリス機のコックピットでは、ソーマ・ピーリスは黒い蛇と交戦している蒼き翼のガンダムを眺めつける。

 

 彼女は、そのガンダムから発した赤い光に目を奪われた。

 羽根つきのように全身を赤く光られたそれとは違い、装甲の隙間から漏れ出した赤い光。

 

『何だ……あの光は?』

 

 世界の秩序を守る軍人にとって、ガンダムは世界の安寧を乱す悪である。

 だが、蒼き翼のガンダムから発した赤い光を見ていると、何故か彼らを助けたくなった。

 

 ――あの機体は危険だ。ここで倒さなければ、この世界は滅亡してしまう。

 ふいに、言葉が走ったように聞こえた。

 

 ガンダムは敵……倒すべき敵だ!

 なのに今の私は、敵であるはずのガンダムを助けたいと思っている⁉

 

 ピーリスは、巨大な思念エネルギーが蒼き翼のガンダムを中心に広がっていくのを感じた。

 あの光から敵意や恐怖などを感じない。むしろ暖かくて、安心を感じる。途轍もない殺意と敵意を放っている存在は、むしろ黒い蛇の方だった。

 

『(私は超兵……私の敵は……ッ!)』

 

 そんな葛藤を繰り返しながら、ピーリスは操縦桿を強く握り締める。

 機体のGN粒子を温存し、消耗している隙に一網打尽にするのは合理的な選択だが、ガンダムを助けたいという感情が先立っていた。そんな感情に駆り立てられるまま、彼女は画面に表示された黒蛇に向かって機体を突進させながら、GNビームライフルを連射する。

 

『少尉、何をするつもりだ⁉』

 

 セルゲイの声が無線越しに弾けて、ピーリスがそれに返答する。

 

『ガンダムを援護します!』

『なんだと⁉』

 

 その返答に、セルゲイは驚愕を覚えた。

 ガンダムを敵だと認識している彼女が、何故このような行動を取ったのか?

 

 少尉は戦場に乱入し、分隊を壊滅させた黒い蛇を、ガンダムと共闘することで対処できると考えているのかもしれない。その行動はある意味正しい、ある意味間違っていた。でも、現場の指揮官である自分は、彼女の行動が正しいと考えている。

 何故ならセルゲイも、同じことを考えていたのだから。通信回線を開くと、後ろに追随しているハーワド機とダリル機に指示を出す。

 

『これより我が隊は、ガンダムと協力してアンノウンの対処にあたる。敵を間違えるなよ!』

『了解しました、中佐!』

『りょ……了解!』

 

 上官の命令に従うのが軍人の務めである。セルゲイの命令に、2人は異論を唱えなかった。

 一瞬の後、急加速した3機がキュリオスの隣を通過し、ピーリス機の軌道を追った。敵機が接近してきたことを察知するアレルヤはGNシールドを前面に突き出して身構えるが、敵機がこちらを無視したことに、アレルヤは疑問を感じていた。

 

「国連軍がどうして……?」

「向こうの指揮官が有能で助かったぜ……後ろから撃たれる心配はなくなったぁ!」

 

 黒蛇が対処されるまでの間、こちらが標的にされることはない。

 そう……敵同士でも、共通の敵が現れた時は協力して撃退せざるを得ないこともあるわけだ!

 

「おら、ちんたらやってんじゃねえ! 俺たちも行くぜ、相棒!」

 

 内にある相棒の声に従い、アレルヤは操縦桿を握り締め、キュリオスをの機体を加速させた。

 一方、ピーリス機の接近を察知した黒蛇が瞬時にターゲットを切り替え、ハンド・ビーム・ガンの銃口を向ける。

 

『クッ……化け物め!』

 

 むらと殺気が立ち昇り、黒蛇の掌から光条が噴出する。直前に回避行動を取ったものの、各部に損傷を受け、不均等に質量変動した機体は思うように動いてくれず、躱しきれないビームの光条がピーリス機の装甲を焼いた。 

 加えて、こちらの攻撃によって破壊された装甲が次々に自己修復されていく。このまま続けても埒が明かない状況は、ピーリスに苛立ちを覚えさせた。左手にGNビームサーベルを抜かせると、ピーリスは黒蛇に向けて機体を突進させた。

 

『――落ちろ!』

 

 ピーリスは操縦桿を引き、照準に捕捉した黒蛇にGNビームサーベルを振り下ろした。

 だが、スラスターを噴射した黒蛇が滑るような動きで斬撃を回避し、剥き出しの胸元から紫色の光沢を放つケーブル――触手らしきものを伸ばした。

 躱しようとしたが躱しきれず、触手らしきものによってコックピットハッチを斬り裂かれ、機体からコックピットが露出してしまった。衝撃がピーリス機のコックピットを揺らし、彼女に悲鳴を上げさせた。

 

『がぁぁ……っ⁉』

『少尉はやらせん!』

 

 ふと、セルゲイの声が無線を劈いた。ピーリスは思わず顔を上げ、左右を見回す。

 自機に迫ってくる触手が、セルゲイ機の粒子ビーム砲撃によって撃ち落とされていく。ピーリスはこの機に乗じて機体を後退させる――が、そこに黒蛇の腹部から放たれた閃光が迫る。

 だが、その一撃はピーリス機とセルゲイ機に命中する直前に、シールドを突き出したオレンジ色のガンダムによって防がれた。

 

『何故……ガンダムが⁉』

『被検体E-57、何故我々を助ける⁉』

「テメェを倒すのはこの俺だッ! こんな化け物にやられるのは、俺が許さねえ!」

 

 口はそう言っているが、彼女を助けた理由は他にあった。

 剥き出しになったコックピットから見えたパイロット、その顔は――成長したとはいえ、間違いなくマリー・パーファシーだったからだ。

 

「どうしてマリーが、こんな所にいるんだ……!」

 

 彼女の顔を目の当たりにしたアレルヤの口は、同じ言葉を繰り返している。

 しかし、それは愚問だった。彼女も超人機関の出身者で、戦う為に作り上げられた兵士だ。戦場にいることに何ら不思議はないのだ。

 でも、ソーマ・ピーリスがマリーだったなんてことは、アレルヤは考えたこともなかった。

 

「ハレルヤ……君はこのことを、知っていたのか⁉」

「教えたら、お前は戦えねえだろう……」

 

 ソーマ・ピーリスの正体がマリーであることを、ハレルヤはとうに知っていた。でも、この事実を敢えてアレルヤに知らせないことにした。それは自分が生きる為、アレルヤを殺さない為の最善の選択だったからだ。

 

「マリーが記憶を失い、ソーマ・ピーリスになったとしても、お前は彼女を守るのかい?」

 

 ハレルヤの問いかけに、アレルヤはしばらく沈黙したが、やがて決意の込めた声で答える。

 

「ああ、守るさ!」

 

 そう答えると、アレルヤの脳内に優しい少女の声が聞こえる。

 ――ありがとう……アレルヤ。

 

 同時に、ピーリスは自分の脳内に違和感を覚えたが、すぐに治まった。

 

「フッ、珍しく気が合うじゃねぇか……!」

 

 ハレルヤが操縦桿を握り直し、GNビームサーベルを構え直したキュリオスを突進させた。

 

 

 

 

 

 装甲を淡い銀色に、翼を蒼色に光らせたフリーダム。

 そして、紅蓮を纏ったアメイジングエクシア。

 

 残像が生じる程のスピードで飛行している2機は、虚空に蒼と赤の軌跡を描いていた。

 フリーダムのビームサーベルが振り下ろされ、受け止めたジュデッカのビームサーベルとの間にスパーク光を爆ぜさせる。漆黒の躯体を焼き尽くすような、鮮烈で激しい光だった。

 

 ジュデッカが後退すると、フリーダムも後方に飛び退り、同時に放たれた近接防御機関砲が細い火線を交差させた。続いてビームサーベルを抜き放つタイミングもまったく変わらず、2機が光刃を斬り結ばせる。

 しかし、異常の出力を持つ光刃を受け止めきれず、フリーダムの右肩部を光刃が掠める。溶けた装甲からガスの血を靡かせ、素早く身を捩ったフリーダムがジュデッカから離れると、それと入れ替わりでアメイジングエクシアとGNフラッグが斬りかかる。

 

「アメイジングエクシア……目標を駆逐するッ!」

『異形の者よ、この世界に君の居場所はないな!』

 

 もはや多く語るまい……今は、我が意中の相手と共闘しよう。

 我らの戦いを邪魔する者は、光る刃に斬られて地獄に落ちると思え!

 

 ジュデッカが牽制で放ってくる粒子ビームを躱し、アメイジングエクシアとGNフラッグが連携攻撃を仕掛けていく。サーベルで弾いたものの、体勢を崩した黒蛇がぐらりと揺らぐ。

 アメイジングエクシアとGNフラッグによる斬撃、直後に機体を移動させての防御、GNソードとGNビームサーベルの攻撃を辛うじて受け流しているが、反撃には至っていない。

 

 敵の動きが完全に封じされている。

 流石は我が好敵手――ガンダムだ!

 

 アメイジングエクシアの存在は、グラハムにとって勝利を確信する一助けになっていた。

 それは「信頼」と呼ぶべきもの……そう、今の私と少年は、互いに命を預け合っているのだ!

 

 接近する2機の行動を予測し、4本の腕からビームサーベルを伸ばしたジュデッカが、計4本の光刃を閃かせて闇を裂く。3機の間でスパーク光が連続し、一進一退の剣戟を繰り返す三つの機影が目まぐるしく虚空を駆ける。

 ジュデッカがアメイジングエクシアとGNフラッグに気を取られている隙に、フィーアとキュリオスが斬りかかり、フリーダムとアストレアF2、そして3機のスローネが、各自の火器を向けていた。一瞬の後、この場に駆けつけてきた4機のジンクスがライフルを撃ち、それを合図に全機がジュデッカに集中砲火を浴びせる。

 

『――砲撃が来るぞ、少年!』

「分かっている!」

 

 4機が後退り、前方からフリーダムのフルバーストが閃光の嵐を浴びせかけ、左からアストレアF2がGNランチャーの炎の舌を吐きつけ、右と背後から3機のスローネ、4機のジンクスが粒子ビームの火線を立て続けに連射する。視界を灼き尽くすかのような爆発光が連鎖し、集中攻撃の的となったジュデッカの巨体は、拡散する爆煙に包み込まれた。

 

『触手が来るぞ、ハワード!』

『迎撃する!』

 

 だが、次の瞬間、十数本の触手らしきものが爆煙を突き抜け、敵と認識している全てを排除する為に躍り出た。迫りくる触手に、私はフリーダムの両手に持ったビームサーベルを振り回して斬り払いながら、接近する機会を伺う。

 一方、近接戦闘が得意の刹那とグラハムは何とか対処しているが、長時間の戦闘で疲弊しているせいで反応に遅れてしまい、触手に掠められた機体の装甲が少しずつ削り取られていく。

 

『ハワード! ダリル!』

 

 鞭のように振るわれた触手をサーベルで斬り払いながら、グラハムはハワードとダリルの乗機に目を向ける。信じられない光景だった。触手に貫かれそうになった2機を、ビームシールドを展開したフリーダムが身を挺して庇ったのだ。

 

『我が戦友を助けるとは……また君に借りができてしまったな、鋼の天使よ』

 

 状況は状況だが、わざわざ敵の命を助けるとは、グラハムは思いもしなかった。

 それだけじゃない……粒子を放出する動力機関――GNドライヴを搭載していないにも拘らず、今までのガンダムを圧倒する程の性能を有していた。そして度重なる意味深な行動と、装甲の隙間から漏れ出している赤い光……その全てがミステリアスに包まれてるのだ!

 

 もし先に出会っていたら、私の心を射止めたのは君だったかもしれないな、鋼の天使よ!

 

 

 

 

 

 こちらの意図を理解した国連軍のセルゲイ・スミルノフ中佐が、我々を援護してくれた。

 

「援護を感謝します、セルゲイ・スミルノフ中佐」

『礼は不要だ。あの化け物を倒した後、改めて貴様らの罪を問うことになる』

 

 指揮官がこの男であることは、不幸中の幸いだった。お陰で三つ巴にならずに済んだ。

 だが、全体的な状況は決して良くなく、戦況は悪化していく一方だった。迫りくる触手をビームサーベルで斬り払いながら、私は苛立ちを含んだ声で呟いた。

 

「爆発四散した状態から再生できるとは想定外だったが、アウルゲルミルみたいに触手で攻撃してくるなんて聞いてないぞ……⁉」

 

 ヴァーチェはGNフィールドで防ごうとしたが、フィールドごと機体を貫かれてしまった。

 幸いティエリアは無事だったが、ダルマにされたヴァーチェはもう戦えない。

 

 この触手は、GNソードと同様に実体剣とビームサーベルの特性が兼ね備わっていた。

 そして、本来のジュデッカにはなかった武器でもある……厄介だな。

 

 一方、隼人は詰寄る触手に手こずっていた。そこに、ジュデッカは戦域から遠ざかっていく3機のスローネに目掛けて腹部のビーム砲を発射した。粒子残量が危険域に達していた3機は応戦する力はなく、このままでは撃破されるだけだ。

 

 隼人は急転進して3機のスローネの元へ向かった。だが、無軌道に迫ってくる触手によってGNバスターソードの分厚い剣身が二つに割れた。剣身ごと両断されたフィーアの右手首が視界の片隅を飛ぶ。でも、今の隼人にはそんなことを構う余裕はなかった。

 

「させるかよ、この化け物めがぁ!」

 

 せっかくここまで来れたんだ、ここでネーナたちを死なせてたまるものか!

 俺は転生者――この世界に存在しないはずの者だ。しかも俺の前世は「親友殺し」という重罪を犯した死刑囚なんだ。MDというドンでもないAIをこの世界に公開したのも俺のせいだ。責任は取るって悠凪と約束したんだけど、それは果たせそうにない。

 だけどせめて、ネーナたちの為に、この命を使う。あとは、あのお人好しに任せるとするか。

 来世はまともな奴になって、美玖ちゃんみたいな超絶美少女と付き合いたい――。

 

「(結局俺は、またお前を裏切ってしまったな)」

「まさか……自分の身体を盾にするのか⁉」

 

 両手をいっぱいに開き、3機のスローネを庇うように機体を拡げたフィーアが、高出力ビームの直撃をその身で受け止めた。瞬時に下半身を蒸散させ、上半身だけになった機体がつかのま虚空を漂うと、膨れ上がった爆発の光輪がフィーアの痕跡を残らず消し去っていった。

 

「……隼人⁉」

「おい、嘘だろ⁉」

「隼人さん……いや、いやぁぁぁーっ!」

 

 拡大する爆発光に、兄妹たちの叫び声が重なる。

 同時にリベル・アークでは、スローネフィーアのシグナルが消失したことを、指令室にいる全員がモニター越しに観測した。ずっとモニターを眺めている王留美は、彼の名前を叫ぶ。

 

「――ミスター・カザマ!」

 

 19歳という若さでCBの監視者に就任した青年。チームトリニティを纏める人物で、兄妹たちの信頼が厚い人柄である。不本意だったとはいえ、MDがコーナー大使の手に渡ってしまったことを罪と意識している。言葉遣いが少々荒いが、根は優しい人だった。

 殺されそうになった自分に救いの手を差し伸べてくれたこともあった。背中を押してくれたこともあった。彼とは決して親しい関係ではなかったが、暗殺事件以降、妙に意識してしまったことがある。ただ、それだけの関係だった。

 

 しかし、どうしてなんだろう。

 どうして、この目から溢れてくる涙は止まらないのだろう。

 

「お嬢様、これをお使いください」

 

 彼女の傍にいる紅龍がハンカチを差し出し、それを受け取った王留美が目元に溢れた涙を掬う。

 王留美が誰かの為に涙を流すことは、一度もなかった。紅龍は思う、留美は風間隼人に何らかの特別な感情を抱いているのではないか?

 

「王留美さん……」

「すいません、鳳凰院さん。このままいさせてもらえないでしょうか」

「ええ、構いませんよ」

 

 悲しみに顔を曇らせた美玖が王留美の手を掴むと、その「熱」を感じ取った王留美がそっと美玖に身体を寄せる。だが、悪化している戦況が、彼女に悲しむ時間を与えるはずもなく、新たな悪い知らせが届いた。

 

「スローネ、GN粒子残量が残り5%未満!」

「スメラギさん、キュリオスが大破されました!」

 

 虚空を舞う触手によって左腕を切断され、キュリオスの戦闘能力が完全に奪われてしまった。

 粒子残量が残り僅かの3機のスローネをデュナメスが援護し、大破したキュリオスとヴァーチェを連れて戦闘宙域から離脱していった。

 

「アレルヤ、生きているか?」

「ああ、生きているぜ……スナイパーさんよ」

 

 ロックオンの問いかけに、表に出たハレルヤは弱々しい声で答える。

 全機が資源衛星群の外側へ移動した後、ロックオンはデュナメスを資源衛星群へ引き返させた。

 

「ロックオン⁉」

「刹那と悠凪が心配だ……それにデュナメスの損傷はそこまで激しくない。まだ戦える!」

 

 ヴァーチェを庇った時、紫色の触手によって左側のGNフルシールドを斬り裂かれたが、戦闘に支障をきたす程の損傷ではなかった。GNスナイパーライフルはまだ使えるので、刹那たちの援護も可能だろう。そう思ったロックオンはデュナメスを資源衛星群の方へ引き返していった。

 遠ざかっていくデュナメスの機影を、ティエリアは見守ることしかできなかった。ロックオン・ストラトスの技量は確かだが、戦う相手が常識を超えた化け物だ。無事の保証はない。

 

 デュナメスの背中を見つめながら、ティエリアは心から祈った。

 どうか無事に帰ってきて、と。

 

 

 

 

 

 黒き地獄との激戦は、未だに続いている。

 スクリーン越しにフリーダムを眺めつけながら、刹那・F・セイエイは疑問を口にする。

 

「フリーダムから発した光がさっきより強くなっている……どういうことだ?」

 

 装甲の隙間から赤い燐光を漏らしたフリーダムが、両翼から伸ばしたビーム砲を撃ち放つ。回避した黒蛇がスラスターを噴かし、ボロボロになった機体をひらりと翻す。瞬く間に、互いにビームサーベルを発振させた2機が、高速で移動しつつ激しい剣戟を繰り返していた。

 

「速い! 誤射の恐れがある……!」

 

 刹那はGNソードライフルの照準を黒蛇に絞る――が、援護射撃をする間を与えずに、殆ど一体となった二つの光点が衝突を繰り返す。この状況でむやみに撃てば、フリーダムに当たってしまう恐れがある――と思った瞬間、フリーダムからの通信が入ってきた。

 

「刹那……ライフルの照準をフリーダムに絞ってください」

「なっ、何をする気だ⁉」

 

 聞き返すより先に心臓が跳ね、刹那は絶句した顔をフリーダムに向けた。

 いや……この男のことだ。何を考えているに違いない。

 

「――了解した!」

 

 それを頷いた刹那は、エクシアをフリーダムの斜め後方に定位させ、ライフルのチャージを開始させる。その意図を理解したアストレアF2と4機のジンクスも、同じ行動を取っていた。

 

 振るわれた光刃をビームシールドで受け流すと、悠凪は感応波で機体を駆り、ジュデッカの死角にフリーダムを滑り込ませた。スクリーンとシンクロした目を凝らし、その巨体に目掛けて二刀流上位ソードスキル「スターバースト・ストリーム」を叩き込む。

 

 立て続けの斬撃を叩き込まれた機体を仰け反らせ、ジュデッカが身悶えするように頭部を上方に向ける。反撃しようとするも動作が間に合わず、フリーダムの攻勢に押される一方だった。

 手速く16連撃を叩き込むと、両脚のビームブレイドを発振させたフリーダムがジュデッカの腹に目掛けて右脚を蹴り上げる。その反動を利用して後退り、悠凪は刹那に射撃の指示を出す。

 

「今です!」

「狙い撃つ!」

 

 6機の銃口から粒子ビームが迸り、フリーダムが射線から退避する。

 一直線に飛ぶ六つの光条がジュデッカの機体に着弾の炎を上げ、両翼を大きく広げたフリーダムが2本のビームサーベルの柄を連結させ、両手で構える。

 

「星をも動かしたサイコ・フレームよ……」

 

 数十億単位の人間の意思を取り込み、星をも動かした光。

 サイコ・フレームという物質がそれを為したのなら、そこには神秘が介在する余地はない。奇跡もまた人の為せる業であるという単純な事実があるのみだと、悠凪は思う。

 

 サイコ・フレームから発した光は、とても美しかった。この場に集められた人々の意思、人肌の温もりを伝える柔らかさがあった。宇宙のような苛酷な環境で、遠く離れていた他人同士の感性が触れ合い、共振をする。

 

 そして、そこに敵味方は関係ない。宇宙の広さに分け隔てられてしまった心が、広大なスペースを埋め合わせようとするかのように……これが、イオリア・シュヘンベルグが夢見た「人の革新」の形の一つだったかもしれない。

 

 そう……この光は、私自身だけが生み出しているものではない。

 マイスターたちも、国連軍の兵士たちも、仲間の為に身を挺した隼人も、この中にいる!

 

 サイコ・フレームに集められた思念が機体を駆動させ、フリーダムが巨大ビームサーベルを振り上げながらジュデッカに突進した。グラハムのGNフラッグの後退を確認すると、瞳孔が拡大した悠凪は、その光刃を突き出した。

 

「――我が力となりて、人類の敵を討ち滅ぼせ!」

 

 爆発的な閃光がフリーダムから迸り、ジュデッカを刺し貫いたビーム刃を膨脹させる。限界値を無視した出力で発振された巨大ビームサーベルは、その切っ先を数百メートルも伸ばした後、片方の柄を溶解させながら消失した。溶解した柄をパージし、まだ使える柄を左手に持たせる。

 

 殆ど消し飛ぶように弾けたジュデッカが、千々に引き裂けた破片を虚空に放散させ、星々の隙間にその無残な姿を溶け込ませていった――が、次の瞬間、ジュデッカの機体から禍々しい紫色の光が滲み出していた。

 

「バカな……これでも倒せないのか⁉」

「諦めるのはまだ早いんだぜ、フリーダムさんよぉ!」

 

 励声を相乗させたフォンが、ワイヤーで繋がれた棘付き鎖鉄球――GNハンマーを取り出す。

 悠凪もリアアーマーにマウントしていたビームライフルを構える。そして鉄球が振り投げられたと同時に、銃口から迸り出たビームが一直線の軌道を描き、ジュデッカに急迫する――が、ビームの熱線がジュデッカの機体と接触した瞬間に霧散し、GNハンマーの構造が崩壊してしまった。

 

「なん……だと……⁉」

「攻撃が来ます。回避して!」

 

 驚く間もなく、紫色の光が消え去り、復活したジュデッカがスラスター光を爆発させる。巨体に似つかわしくない加速性能を示し、それはアストレアF2の面前に迫って4本のビームサーベルを振り上げた。

 

「フォン・スパーク!」

 

 と呼びかける間もなく、ジュデッカが4本のビームサーベルを交差させ、アストレアF2の四肢を溶断していた。一瞬の後、赤色のガンダムから盛大な爆発が起こる。GN粒子を含んだ爆煙が、アストレアF2を覆い隠した。

 

「戦闘続行は不可能……フォンの安全を第一に考慮し、撤退行動を開始します」

 

 ハナヨが報告を上げると、負傷したフォンが「ちっ」と舌打ちをする。

 これはハナヨに対する不満ではなく、突如の状況に対応できなかった自分への怒りである。

 

 大破したアストレアF2が煙に紛れて撤退し、同時に虚空を走る一条の粒子ビームが悠凪の網膜を刺激した。すんでのところで回避したジュデッカを追い、さらに二方向から飛来した粒子ビームの光軸が錯綜すると『刹那、悠凪! 大丈夫か⁉』と通信から聞こえる声が鼓膜を震わせる。

 

「ロックオン・ストラトス……!」

「デュナメスか」

 

 瞬いた目に光を映し、後方から接近するモスグリーンの機体――ガンダムデュナメスを捉える。

 

『全機、踏み込め!』

 

 中年男性の声が無線を劈き、悠凪と刹那は反射的に上昇の挙動を取った。飛び退ったフリーダムとエクシアの間を、ジュデッカが撃ち放ったビームが行き過ぎ、続いて駆けつけてきた4機のジンクスがすり抜けていった。彼らの行動を目の当たりにしたロックオンが、思わず声を漏らした。

 

「国連軍の機体も……!」

 

 鮮やかに散開し、ジュデッカを挟んでGN粒子の軌跡を伸ばした4機のジンクスが粒子ビームの十字火線を交錯させる。躱したジュデッカの軌道を読み、先回りしたGNフラッグが、手に持ったGNビームサーベルを一閃させ、デュナメスがGNスナイパーライフルを連射する。

 

 装甲の隙間から赤い光が滲み出したフリーダムが前進し、その輝きに心を打たれた刹那は本能に衝き動かされるままフリーダムとの距離を詰めた。蒼と赤の軌跡が交差し、すれ違いざまの斬撃をジュデッカに繰り出す――が、致命傷ではなかった。

 

『少年!』

 

 グラハムの叫び声が無線を劈き、高速で飛びかかってきたGNフラッグがGNビームサーベルを振り被り、ジュデッカの4本の腕を一気に切断していた。このまま一気に畳みかける――と操縦桿を動かそうとする瞬間、禍々しいオーラ光がジュデッカを核にして膨脹し、自機を取り囲む機体に浴びせていった。

 

『き、機体の装甲が……⁉』

「クッ……トランザムブースターが!」

「非常識すぎんだろ、この化け物は!」

 

 得体の知れない「力」に打ち据えられた機体の装甲が徐々に崩壊していく。だが、赤色の力場に包み込まれたフリーダムには一切のダメージを与えられなかった。コックピットを満たす赤い光がさらに輝きを増し、フリーダムはビームサーベルを振り出しつつジュデッカに突進した。

 

 ――たとえ勝ち目がなくても、戦わなくてはならないときがあるんだ!

 

 思惟の力で飛ぶ機体がサイコ・フレームを白熱させ、激突する光と闇が一際大きな火花を虚空に散らした。GNソードとトランザムブースターを損失した刹那は、スクリーン越しにそれを見守ることしかできなかった。

 だが、心に秘めた思いが、すでにフリーダムのサイコ・フレームによって受け止められていた。

 

 

 

 

 

 奇跡はいつだって、代償を必要とする。

 アクシズの片割れを押し返したサイコ・フィールドを発生させ、人の心の光を世界に示した代償として、アムロ・レイとシャア・アズナブルの魂がサイコ・フレームに吸い込まれ、宇宙の深遠を永遠に彷徨うことになってしまった。

 

 多重のサイコ・フィールドを展開し、コロニーレーザーの照射からメガラニカを守り切った代償として、完成されたニュータイプという「境地」に至ったバナージ・リンクスの思惟がユニコーンガンダムと同化されて「ユニコーンガンダム」という新たな生命体になってしまった。

 

 その超常的な力を行使している悠凪も、彼らと同じ結末に辿るのか?

 

 ――そんなのは嫌です!

 スクリーンを見つめながら、愛する人を喪いたくない栗髪の少女は、心から祈った。

 

「(誰でもいいから、悠凪くんを……みんなを助けて!)」

 

 一瞬の後、クリスとフェルトが報告をあげる。

 

「戦闘宙域に接近する物体が……早すぎます⁉」

「ひ、光に近い速さです……!」

 

 2人の報告を受けたスメラギがスクリーンを見上げると、ジュデッカが2枚のシールドによって突き飛ばされた瞬間を目撃してしまった。資源衛星の表面に衝突した黒蛇が、金縛りにあったかのように硬直し、青い燐光を放つ白亜の機影が、少女の「たった一つの望み」を叶えるべく、戦場に降臨した。

 

「あれは、ガンダム⁉」

「綺麗……!」

 

 クリスとフェルトが驚きの声をあげ、栗髪の少女――鳳凰院美玖がぎょっと目を見開いた。

 直線と平面を多用した装甲を纏い、洗練され尽くした工業製品は芸術品になり得る事を証明する優美かつ複雑なフォルムを持つ白亜のマシーン。

 伝説の獣の名を冠され、宇宙世紀を揺るがす秘密を内に秘めたガンダム。その名は――。

 

「ユニコーン……ガンダム」

 

 美玖は譫言のように呟いていた。

 王留美とスメラギが揃って振り向き、怪訝な顔を見せたが、取り繕う神経も働かなかった。戦場に降り立った純白の機影を追い、美玖は大型スクリーンを凝視し続けた。

 

 

 

 

 

 増設サイコ・フレーム兵装であるアームド・アーマーを全部載せたこの形態は、プランB。

 いや、よく見ると、アームド・アーマーDEには尻尾のような姿勢制御スタビライザーが付いている……この形態はプランBではなく、ペルフェクティビリティだ。

 

 静止したユニコーンガンダムが右手を振りかざし、それに応じた2枚のシールドが背中のハードポイントにドッキングした。

 

「互いにサイコ・フレームを搭載した機体に乗っていたのが、幸いしたな」

「君は誰だ……誰なんだ⁉」

 

 ふいに、サイコ・フレームを通して、ユニコーンガンダムの乗り手の意識が流れてきた。

 

「手を貸す、黒き地獄を消滅させる為に」

「……ッ⁉」

 

 驚くことに、ユニコーンガンダムのパイロットは、バナージ・リンクスではなかった。

 しかもジュデッカのことを知っている。私と同じ転生者か、それとも……いや、今はそんなことを考える場合じゃない、ジュデッカを倒すことが先だ。

 

 その正体は一旦棚上げにし、フリーダムはユニコーンとの距離を詰める。

 一瞬の後、両機のサイコ・フレームが共鳴し合え、星を動かすようなサイコ・フィールドが形成され、フリーダムから発した燐光が赤色から青色に移り変わる。

 

 サイコ・フレームの共鳴。これが人の想いによって生じるものなら……!

 悠凪は目を閉じ、迸る「気」を機体に送り込んだ。総毛立った全身がフリーダムガンダムと一体になり、インテンション・オートマチック・システムを通し、機体の隅々にまで通った神経が真空の冷たさをも体感させる。

 

「まだ動けるのか……ならば!」

 

 敵機の殺意を拾ったシステムがサイコ・フレームを駆動させ、飛来するビームを紙一重で躱したフリーダムが右腕に持ったビームライフルを突き出す。悠凪の指がトリガーを引き、銃口が灼熱の光線を吐き出す。同時にユニコーンガンダムが、右腕のアームド・アーマーBSを一射した。

 同時に放たれたビームが一直線の軌道を描く。それは融合し、巨大なエネルギーの奔流となってジュデッカを光の渦の中に呑み下した。

 

 だが、下半身を吹き飛ばされたそれが、なおも這い上がってくる。

 溶け崩れた上半身が蠢き、原型すら留めていない機体を推進させたが、それはもはやスラスターの光ではなかった。黒と紫が混じり合ったオーラ光が滲み出し、物の怪の如きシルエットを浮かび上がらせる。死してなお生きているそれが、まるでSF映画に登場するゾンビのようだった。

 

 だが、その進撃はもはやここまでだ。

 

「亡霊は――」

「虚空の彼方へ消え去れッ!」

 

 乗り手の声に押し出され、ユニコーンとフリーダムが前進する。

 フリーダムが牽制のビームライフルを撃ち、ユニコーンがハイパー・ビーム・ジャベリンを振り出しつつジュデッカに突進した。白熱化したサイコ・フレームが纏わりつく闇を瞬時に蒸散させ、横一閃に振るった槍の切っ先がジュデッカの胴体を斬り裂いた。

 

「フルバーストモード!」

 

 続けざまにフリーダムがフルバーストを撃ち、フラッシュエッジを投げつけた。立て続けの攻撃を受け止めた機体をぶるりと震わせ、ジュデッカが苦痛に身悶えするように後退る――が、そこにユニコーンが背中のシールドを飛ばした。

 

「ここはアームド・アーマーDEで……!」

 

 虚空に躍り出し、するりと機体の傍らに移動した2枚のシールドが先端に備わるメガ・キャノンを照射する。1発が頭部を、1発が胸部装甲を貫通し、その機体に創傷をつけた。

 無残な機体に急制動をかけ、剥き出しの胸元から触手を伸ばしたジュデッカが、スラスター光を爆発させる。常識を覆す程の性能を示し、それはフリーダムの背後に回って攻撃を仕掛けた。

 

「後ろだ!」

「――回り込まれた⁉」

 

 悠凪は反射的に手を伸ばし、片腕のシルエットを掴み取ろうとした。合わせて動いたフリーダムの右腕が持ち上がり、開いた五指から七色の波動を放出する。振り向きざまに放った波動を浴びたジュデッカが金縛りにあったかのように硬直し、身動きが取れなくなった。

 

「動きが止まった」

「ヴァイブロ・ネイル、アクティブ!」

 

 畳み掛けるようにユニコーンが左腕に固定されたアームド・アーマーVNを構え、先端から伸ばした4本のクローを振動させながら、ジュデッカの懐に飛び込んだ。

 獅子の牙を模したそれが、黒蛇の身体を噛み砕く。胸元から露出した容器をマニピュレーターで鷲掴むと、内側から発した虹色の波動が虚空に波紋を拡げていった。一瞬の後、ジュデッカの機体を始め、宇宙に散乱している尻尾や腕の残骸が相次いで内側から瓦解し、灰塵となって宇宙の海へ消えていった。

 

「あの光は……ソフトチェストタッチ⁉」

 

 敵意や殺意などの負のエネルギー思念が、ユニコーンガンダムから放たれた「熱」によって浄化され、それに連動してジュデッカも浄化されるように崩壊し、灰塵となった。その散り様を間近で目撃した私は、思わず感嘆の声を漏らした。

 

 手に持ったサーベルの柄を腰のラックに収めると、コックピットを満たす青い輝きがゆっくりと引いていき、私は気を吐き出し切った身体をシートに沈み込ませた。

 肩で息をしつつ、こわ張った掌に視線を落とす。疲弊を訴える腕も、長時間の戦闘でジンジンと痺れる骨身も、間違いなくこの意識と共にある。私が握り締めた掌の感触を確かめる一方、白亜の機体――ユニコーンガンダムからの通信が入ってきた。

 

「俺は、ユウ・シラカワ(白河悠)。君の名を聞かせてもらえないか?」

「――私は悠凪……絢瀬悠凪だ」

「ユウナギ・アヤセか。その名、覚えておこう」

 

 サウンドオンリーである為、顔を拝めることはできなかったが、冷静沈着な声だった。

 互いに名前を名乗ると、ユニコーンガンダムが肉眼では捕捉できない程のスピードでこの宙域を飛び去っていった。青白いスラスター光の軌跡を眺めつけると、その声が再び脳内に響いた。

 

 ――俺たちはいずれ再会する。それは明日かもしれない、10年後かもしれない。

 

 再会する……だと?

 

 ――だが、急ぐ必要はないんだ。俺たちには……十分時間がある。

 

 この言葉は、心に留めておこう。

 と思ったその瞬間、ユウ・シラカワは感応波を通して「ある事」を私に伝えてきた。

 

 ――君の仲間……緋色のガンダムの乗り手は、まだ生きている。

 

 緋色のガンダムは2機いる。それはミハイルのツヴァイと隼人のフィーアだ。

 そして、スローネフィーアはジュデッカとの戦いで撃破された。これらを全て纏めると「隼人は機体の爆発で宇宙空間に投げ出されたが、まだ生きている」ということになる。

 

 限られた時間の中で、広大な宇宙空間に投げ出された人を探し出すなんて、普通なら正気の沙汰とは思えないだろう。だが、宇宙世紀の歴史の中には先例がある。シーブック・アノーはF91のバイオ・センサーを通し、宇宙に投げ出されたセシリーを見つけることに成功している。

 人間の脳波も電気信号の一種だ。それに反応するサイコ・フレームがフリーダムには搭載されている。きっと上手く行けるはずだ。

 

 だが、これだけ大規模な戦闘が行われた以上、国連軍は援軍を派遣しているかもしれない。隼人を捜索する前に、刹那たちをリベル・アークに退避させる必要がある。そう考えると、私は操縦桿を握り締め、刹那たちと合流すべくフリーダムを資源衛星群の外へ移動させるのだった。

 

 

 

 

 

 隼人が気づいた時には、すでに彼の身体は爆散した機体から投げ出されていた。

 爆発の炎と衝撃に打ち据えた身体が激痛を訴え、バイザーの下半分が真っ赤に染められた。

 その赤い染みを見つめながら、隼人は目を細めた。薄い笑みが、その顔には浮かんでいる。

 

 暗闇の宇宙空間で、たった一人で死を待つ。

 それは、親友を裏切った犯罪者に最も相応しい死に方だ。

 

 瀕死状態の隼人は、自分の人生を振り返る。

 親から否定され続けた環境の中で育ってきた自分は、周りから認められたかった。

 だから、がむしゃらに頑張って出世しようとした。いままで散々バカにしてきた親に息子である自分の価値を認めさせる為に。だが、あと一歩のところで、親友である悠凪に道を阻まれた。

 

 お前まで、俺を否定するのか⁉

 自分のことを思って指摘してくれたのに、それをアドバイスとして受け止められずにいた。

 否定された怒りに突き動かされたまま「親友殺し」という凶行を犯し、死刑を処せられた。

 

 転生の女神――カレンに新たな人生を与えられたのはいいが、まだやらかしてしまった。

 CBを自分に注目させる方法は、他にもあったかもしれない。だが、自分はMDシステムというドンでもないものを公開・販売する方法を選んだ。

 

 不本意だったとはいえ、あのクソ大使の計画に協力してしまった結果となった。

 バックドアを設置したり、アンチMDウィルスを用意したりもしたが、後に対策されるだろう。

 

 リボンズがMDシステムをどう使うつもりなのかも分からない。

 反政府組織(カタロン)の粛清……奴ならやりかねないな。

 

 時は戻らない。過去は変えられない。故に犯した過ちは正せない。

 取り戻したくても、手に入らないものはあるのだ。

 

「ん……光が、近づいている?」

 

 ふと、視界の端に宇宙空間を流れる一筋の軌跡を見た。

 あれは青白いスラスターの噴射光。隼人はゆっくりとそちらに目を向けた。

 朦朧な視界の中で、辛うじてその機体が見えたような気がする。

 

 蒼き翼を持つ機体――フリーダムガンダム。

 

 見殺しにする選択肢は、悠凪にはあったはず。

 それなのに、彼は二度も裏切った相手を助けることを選んだ。

 

「お前は……昔から変わらないな……お人好しの所が……」

 

 自分のことを思っている友が、すぐ傍にいるのに、自分は彼に酷い仕打ちをした。

 今までの行いを振り返ると、己の愚かしさに嫌気を差した隼人は、涙を零した。

 

 

 

 

 

 ユニコーンガンダム……ユウ・シラカワの介入は予想していた。

 だが、当初の仕様になかった性能を発揮しているジュデッカは、エンブリヲの興味を引いた。

 

 平行世界の狭間――実空間を構成している要素の最小単位を0として位置つけたとき、マイナスのエネルギーでのみ構成された無限の広さを持つ空間である。

 時空の狭間とも呼ばれるこの特別な空間を、前文明の科学者たちは「とある名前」をつけた。

 

 量子の海、またはディラックの海。 

 

 そんな無限の広さと深さを持つ量子の海には、数多の平行世界が存在している。

 これらの世界は大きく3種類に分かれる。

 

 虚数の樹に属さない独立の世界と、虚数の樹から生まれた世界。

 そして虚数の樹によって剪定され、量子の海へ零れ落ちた世界――世界の泡。

 

 虚数の樹は量子の海の深層部に存在する特別な場所で、独立の世界とは違う法則が働いている。

 ジュデッカが行使した力は、虚数の樹から観測された世界にしか出現しないものだった。

 

 エンブリヲはこう考えていた。

 もしかして、あの超エネルギーは、木の外の世界に漏れ出しているのか?

 

「フフフッ……素晴らしい……素晴らしいぞ! フハハハハハッ!」

 

 世界の破滅を招きかねない力と知りながらも、エンブリヲは狂喜のあまりに高笑いを上げる。

 その力を手に入れば、既存の世界を作り直す手段が一つ増えるのだから。

 

「ソドムを燃やす天火よ……」

「なに⁉」

 

 突如、高みの見物をしている金髪の紳士――エンブリヲに襲いかかる者が現れた。

 後ろに振り向くエンブリヲが目の当たりにしたのは、炎で形作った両手剣と、それを両手で持ち構える金髪の少女。互いの視線が合ったその瞬間、炎の刃はすでに脳天の間近に迫っていた。

 

「――悪しき調律者に聖なる裁きを!」

「この武器はもしや、前文明の民が作った……うあぁぁぁっ!」

 

 切っ先に脳天を叩きつけられ、灼熱の炎に呑み込まれたエンブリヲが断末魔の叫びをあげながら四肢を散らし、高熱によって炭化したヒステリカと共に身体を逆光の中に霧散させていった。

 あったものがなくなるというだけの消滅――それを見届けた少女は剣を片手に提げ、サラサラの金髪をもう片方の手で払うと、遠い場所にある蒼き翼の機影に視線を向ける。

 

「仇を恩で報いる……それが貴方の選択ですか、絢瀬悠凪」

 

 その機影を見つめながら、少女は小さく微笑んだ。

 時空の狭間――量子の海の特性を理解しているだけでなく、平行世界を彷徨う黒き地獄をも打ち倒して見せた。何より少女の心をくすぐられるのは、憎むべき相手に手を差し伸べた行動だった。

 

「(今まで出会った転生者の中で、貴方は一番素敵です)」

 

 と、少女は心からそう呟いた。

 ふいに、不安の水位が上昇し、悪意とも言える寒気が指先まで行き渡っていく。

 

「全く……随分と乱暴な挨拶だな、カレン」

「エンブリヲ……!」

 

 声が聞こえる方へ振り向くと、復活したエンブリヲとヒステリカはそこにいた。

 変な髪型でニヤニヤしてて、常に斜に構えてる不遜な態度がカレンの神経を苛立たせ、落着きを失わせた。何よりカレンの勘に触るのは、自分の身体を舐め回すかのような下品な視線だった。

 

「君の怒ってる表情も素敵だ。ところで、私の妻になる気はあるか?」

 

 露骨に不快な表情を表しているカレンに、エンブリヲは唐突なプロポーズをしてきた。

 

「貴方の妻になるなんて、真っ平御免ですわ!」

 

 この男に何度プロポーズされても、その返事は変わることはない。

 

「厳しいな、カレン。君と私が結ばれる事で、前文明の民の魂も慰められよう」

「戯言を……前文明の民を皆殺しにしたくせに!」

「君の『創造の力』を持ってすれば、彼らを生き返らせることも簡単だろう」

 

 エンブリヲは何も分かってない……消滅した魂の再生はほぼ不可能なことよ。

 たとえ再生できたとしても、失われた記憶は戻れない。同じ姿を持った別人になるだけ。

 

「宇宙を創造することは、生命を創造することを意味する。その力を行使する君は、新世界の母に相応しいよ。さあ……今こそ私の求婚を受け入れてくれ、カレン」

 

 何の想いもこもっていない言葉。それはエンブリヲの薄っぺらな本性を表している。

 呆れたかのように息を吐きつつ、カレンは手に持った両手剣を振り上げる。

 

「――頭に来ました」

 

 エデンを守る炎の剣、ソドムを燃やす天火……。

 数え切れない程の戦いで、その威光を描いた「神の鍵」の模造品とはいえ、この外道を葬り去るには十分すぎる威力を持っている。

 カレンはありったけの「気」を両手剣に送り込んだ。灼熱な炎が切っ先から迸り、ヒステリカの機体を丸ごと飲み下した火焔を膨脹させ、無限に拡大する火光が虚空を漂う岩石を溶解させた。

 

 炎の余光が消え去ると、カレンは警戒するように周囲を見渡す――が、エンブリヲとヒステリカの姿は何処にもなかった。復活する気配もない。

 

 気を落ち着かせると、カレンはクロスゲートに飛び込む直前のフリーダムを眺めつける。

 

「(彼に新たな力を与える必要がありますね……)」

 

 意中の転生者に期待をかけながら、カレンは心からそう呟いた。

 

 つづく




 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 ガンダム00ファーストシーズン編は、これにて完結です。
 次回はヴェーダのメインターミナルを回収し、金色ラブリッチェとガンダムビルドファイターズをクロスオーバーさせた「融合世界」に行きます。

 投稿ペースは可能な限り二週間に1度としたいですが、リメイク前の作品を参考にリニューアルした結果、内容が倍以上になり、校正や推敲にどうしても時間がかかってしまいます。今後も遅くなるかもしれませんが、次話の投稿をお待ちいただけると幸いです。



 今回は、物語の鍵となる人物が3人登場しました。

 女神、カレン。

 一角獣の騎士、ユウ・シラカワ。

 時の調律者、エンブリヲ。

 その中に、カレンがエンブリヲと交戦している場面で使った力は、物語の世界観の設定に大きく関わるものです。彼女が第二章で再登場する際には、この力と、物語の最初に使った「創造の力」を含めて、一部の世界観の設定について解説しますので、ご期待ください。

 エンブリヲは数多の平行世界を行き渡り、多方面にちょっかいを出しています。
 リメイク前のエクストラエピソードでは名前しか出てきませんでしたが、今作では第二章にでも顔見せ程度で登場します。

 ユウ・シラカワに関しては、リメイク前の作品を未読の方への配慮(ネタバレ防止)の為、彼の一部の情報を伏せさせていただきました。なお、大幅にリニューアルしたエクストラエピソードは別作品としてピクシブとハーメルンにて投稿しますので、興味ある方はチェックをお忘れなく。

 最後に一言。
 読者の皆様、今後ともよろしくお願いします。


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第25話 新たな世界へ

※お知らせ
ピクシブの感想には「ガンダム作品以外の要素が含まれている為、その作品の原作知識が無ければ物語の理解が難しい」という指摘がありました。

そこで、クロスオーバー元の作品名を小説のあらすじに表記することにしました。
作品名は物語が進むにつれて追加し、設定集も公開する予定です。

※お知らせ・その2
今回は視点が頻繁に変わらないように意識して書いてみました。
その地の文やセリフが誰のものなのか、口調などから察することができると思います。
今後もキャラごと視点が変わることがありますが、なるべく分かりやすいように書いていきます。


 戦いは終わった。

 ガンダム掃討作戦の為に出撃し、100機以上に及ぶジンクスを乗せて戦闘宙域まで運んできた3隻のヴァージニア級宇宙輸送艦――その内に生き残ったのは、たった1隻だけである。

 

 帰投してきた4機のジンクスとフラッグカスタムⅡは、すてに全機コンテナに収容していた。

 輸送艦のブリッジで、カティ・マネキン大佐は大型モニター越しに星の海を眺めていた。多くの仲間たちが命を落とし、撃破された乗艦や乗機と共に宇宙の藻屑となった。

 輸送艦2隻、ジンクス159機――有人機が25機、MDが搭載された100機以上の無人機が全滅させられたとの報告を受けている。

 

 旗艦である彼女の艦は撃沈を免れたが、それは彼女にとって何の慰めにもなっていなかった。

 

「我々の敗北だ……!」

 

 眉間に刻まれた皺をさらに深くさせながら、彼女はそう呟いた。

 ガンダム1機も撃破できず、突如乱入してきた大蛇のような黒いMAによって、こちらの戦力が十分の一以下にまで減らされてしまった。

 常識外れの能力を持つ大蛇を撃破すべく、スミルノフ中佐はガンダムとの共闘を選び、辛うじてこれを撃破。共通の敵を前にして、相手と共闘することはある意味、正しい判断である。

 

 少なくとも自分は、スミルノフ中佐の判断が正しいと思っている。

 だが、国連軍の上層部はどう思うだろうか……?

 

 さらにスミルノフ中佐から、こういう報告があった。

 太陽炉が搭載したガンダムが赤色に発光し、機体性能を飛躍的に向上させる特殊機能や、蒼き翼のガンダムが装甲の隙間から漏れ出した光、及びそれに伴い発生した数々の超常現象――具体的に言うと「こちらの装甲を崩壊させる程の攻撃を無効化するバリア」や「手を振りかざて虹のようなオーロラを放ち出し、大蛇を行動不能にさせた」や「ビームサーベルが一瞬だけ、数百メートルの長さまで伸びた」などの不可解な現象だ。

 

 その他には……装甲の隙間から青い光を発した、謎の白いガンダムが1機。

 推進力のない大型シールドを宙に浮かせ、攻撃手段として運用したそうだ。

 

 あれらは何だったのか、と兵士から問われたら、知らなかったでは済まされない。

 何より、死んでいった兵士に申し訳が立たないのだ。もし事前に知っていれば、手の打ちようはあった――が、今さら言っても、どうにもならないな。

 

 これは指揮官である私の落ち度だ。故に言い訳はしない。

 上官の不毛な抗弁は、部下たちの士気と信頼を損なうだけだから。

 

「マネキン大佐!」

「――どうした?」

 

 Eセンサーを監視していた兵士から呼びかけられ、彼女は応えた。

 

「本艦へと向かってくるジンクスを捕捉」

「生存者がいたのか」

 

 カティがメインモニターを見ると、接近してくるジンクスの機体が映し出された。

 上半身を丸ごと失ったが、その他の部分はほぼ無傷のようだ。

 

「機体照合……AEU所属、パトリック・コーラサワー少尉の機体です」

 

 それを聞き、カティは安堵と呆れが入り交じったような短い息をついた。

 帰投した機体に自称「AEUのエース」の兵士が含まれていないと知り、奴の幸運も尽きたかと思っていたが、どうやらまだ底をついていなかったようだ。

 

 瞬く間に、サブウィンドウが開き、パトリックの顔が映し出された。

 

『すみません、大佐。でかい蛇にやられちゃいました……』

 

 謝罪の言葉を述べるパトリックの表情は、まるで子供が自分の不出来を謝る時と似ていた。

 

「心配させおって……バカ者か……」

 

 そう言ってカティは表情を崩して小さく笑った。

 

 一方、ガンダムの急襲を受けて全滅させられたと思われる補給基地の守備隊に、1人の生存者が国連軍の捜索隊によって発見・救助された。

 

 エイミー・ジンバリスト――「鋼鉄のカウボーイ」と呼ばれるユニオンのエースパイロット。

 後の世で彼は「統一世界の悪魔」と呼ばれ、畏怖の対象となるのだが、それは先の話になる。

 

 

 

 

 

 ソレスタルビーイングのメンバーたちは、リベル・アークへ帰還した。

 広大なMS格納庫には、エクシアとデュナメス、そして3機のスローネが5機並び、各々のMSハンガーでグレイハロたちの整備を受けている。対する四肢を損失したキュリオスとヴァーチェが座礁したように倒れ込み、ワイヤーによって固定された。

 

 MSハンガーの鉄骨に背を預け、刹那・F・セイエイは深い思考に陥っていた。

 フリーダムと、謎の白いガンダムから発した光は、とても暖かった。人の善意――プラスの面が光となって広がっていくようだった。

 

 そこには敵味方という枠が存在せず、その場にいる人々の思いが重なり合っていた。

 俺たちも国連軍も、俺をしつこく追い回してきた、あのフラッグのパイロットも一緒くたに。

 あの光は、人の善意と可能性の具現化――そんな可能性が、人には持っているんだ!

 

「なのに何故、人は戦いを止められないのか?」

 

 無意識に口が動き、刹那は疑問を含んだ声で小さく呟いた。

 だが、刹那の抱えた疑問は、それだけではなかった。

 

 何故、俺の住む世界はこうも歪んでいるのか?

 その歪みは、何処から来ているのか?

 

 何故、人は支配し、支配されるのか?

 何故、傷つけ合うのか?

 

 疑問に疑問が重なり、疑問はまるで大きな波のように刹那の思考を呑み下していく。

 

「……声が、聞こえる?」

 

 ふいに、スラスターの駆動音が聞こえた。

 刹那は自らの思考を封じ、音がした方へ振り向くと、青と白の装甲を纏ったそれは背中に広げた翼を収納して着地し、片膝をついた。

 

「フリーダムガンダムが帰還した……!」

 

 それは浮遊城リベル・アークの主――絢瀬悠凪の乗機だった。

 一瞬の後、フリーダムは左手の甲を地面に向けたまま、その手を緩やかに降ろした。何かを持ち帰ったのか、と気になった刹那がフリーダムの元に駆けつける。

 そして、掌の上に倒れた人を眼前にした瞬間、刹那は驚きと関心が入り交じった声を上げた。

 

「お前は、風間隼人を……連れ帰ってきたのか⁉」

 

 血まみれのノーマルスーツを身に纏ったそれは、戦死したと思われる男――風間隼人だった。

 隼人のヘルメットを取り外し、刹那は彼の首元に指を当てる。かなり衰弱しているが、まだ息はある――そう、風間隼人はまだ生きている!

 

「刹那、隼人をメディカルカプセルへ!」

「――分かった!」

 

 フリーダムのコックピットから飛び降り、悠凪は刹那に呼びかける。了解の意思を示した刹那は悠凪と力を合わせ、重傷状態の隼人をカプセルに積み込む。その後、カプセルは待機中のブラウンハロたちによって、メディカルルームへ運び込まれるのだった。

 

 

 

 

 

 私と刹那が格納庫を離れると、近くにあるレールハイロゥ駅で仲間たちと出くわした。

 

「君たち……!」

 

 フリーダムの帰還を目の当たりした彼らは、私を出迎えるべく、ここに来たのようだ。

 

「お出迎えだよ、悠凪」

 

 ロックオンが言い終えると、人群れから栗髪の少女が走り出し、私をギュッと抱きしめた。

 

「お帰りなさい、悠凪くん」

「――ただいま、美玖」

 

 強く抱きしめられた腕と、互いに密着した身体から、美玖の熱と鼓動が伝わってくる。

 彼女から感じられる温かさは、幻覚でもなければ、意識だけの存在でもない……こうやって抱くことができるんだから。そう思うと、私も美玖の背中に手を回し、抱きしめるのだった。

 

「ったく、見せつけてくれちゃってよぉ!」

「ラブラブですね、お二人さん」

 

 気がづいた頃は、ロックオンとクリスを始め、全員がニヤけ顔でこちらを見ていた。

 無口で無愛想な刹那と、だんまりしているティエリアを除いて。

 

「「ハロ……ハロ……ハロ……!」」

 

 さっきから3体のハロがラグビーボールのように跳ね続けている。

 これは、ハロ特有の感情表現かな?

 

「ほう、お前もニヤけているな。アレルヤ」

「他人事は楽しめるタイプなのさ……それに、ハレルヤも楽しんでいる」

 

 アレルヤ・ハプティズムよ、他人事みたいに言えるのは今のうちだぞ。

 君がソーマ・ピーリス――マリーを取り戻した瞬間、君は傍観者には戻れない。私と同じリア充の道を歩むことになるのだ。その日が来るのを心から楽しみにしている。

 

「美玖、みんなが見ているよ」

「ごめんなさい……ついに……」

 

 しばらく続いた後、やっと周りの視線に気づいた美玖は慌てて抱きしめた手を離し、恥ずかしさに顔を赤らめた。そこで刹那は何か言おうとしているようだが――。

 

「ん……発熱か?」

「ち、違います!」

 

 美玖は混乱して否定の言葉を放ち、刹那の鈍さに呆れたロックオンは、思わず声を上げた。

 

「あのな、刹那……そういうリアクションはねえだろう!」

 

 自覚なくボケた発言をした刹那に、ロックオンは「やれやれ」と頭を抱え込む。

 一方、スメラギを始め、クリスとフェルト、そしてネーナも呆れたように苦笑いを浮かべた。

 

「(刹那、君は天然なのか⁉)」

 

 ガンダムのことしか考えていない故……かもしれないな。

 気を取り直して、私はヨハンたちに隼人がまだ生きていることを伝える。

 

「隼人はメディカルルームに運ばれた。ヨハン、見に行ってやれ」

「本当なんですか⁉ ミハエル、ネーナ。メディカルルームに行くぞ!」

 

「ミスター・カザマが……! 紅龍、わたくしたちも行きましょう!」

「畏まりました、お嬢様」

 

 それを聞き、王留美と紅龍はヨハンたちについていった。

 5人がメディカルルームへ足を運んだ一方、刹那たちは其々手配された部屋に戻り、私と美玖は宅邸の寝室に戻るのだった。

 

 寝室の明かりを消し、私は大きなベットの上に寝転がった。

 併設されたシャワールームの中から、澄んだ水音が聞こえる。美玖は入浴中のようだ。私が目を瞑ると、同時にとろりと眠気が襲ってきて、そのまま寝落ちしてしまった。

 

「悠凪くん……」

 

 それから何時間経ったのかは分からないが、美玖の声が聞こえた。

 ゆっくりと目を見開いた私の視界に、自ら制服をはだけさせた美玖の姿があった。

 

 美しい、という一言だけでは済まされない程の美しさだった。

 閉め損ねた窓の隙間から差し込む月光に照らされ、真珠のように滑らかな光沢を放つ肌。澄んだ栗色のサラサラとした長い髪に、ターコイズと同じ碧色の瞳。そして高品質の下着に包み込まれた大きな乳房――その年齢に似つかわしくない色香を放つ身体が、私を陶然とさせる。

 

「み、美玖……急にどうしたんだ?」

「このままずっと、悠凪くんと一緒にいたいんです」

 

 それはこちらも同じさ。

 勢いよく抱きしめてきた彼女を、私も強く抱きしめ返す。

 

「モノだった頃のわたしを、こんな風に抱きしめたことを、覚えてますか?」

「えっ? これってもしかして……仕返し?」

「ふふっ……優しくしてくださったお礼です」

 

 美玖がそう言うと、私を抱きしめる手に更なる力を込めるのだった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「(身体が、さらに……熱くなって……うぅ……)」

 

 悠凪くんと身体を温め合っているからじゃなくて……胸の奥に、火が灯ったみたいに。

 顔だけじゃなくて、耳の先まで真っ赤になっています。

 

 男性としては体格は細い方だと思ってましたが、それでも大きいです。

 それに硬くて、頼りがいのあって……すでに熱かった身体が、さらに熱を帯びます。

 

「悠凪くん、一つ聞いてもいいですか?」

「何を聞きたい?」

 

 自らの理性を蝕む情欲に耐えながら、わたしは疑問を口にしました。

 

「どうして……抱いてくださらないのですか?」

 

 悠凪くんは口元に柔らかな笑みを浮かべると、わたしの唇に優しく口づけをしました。

 何度も触れた愛しい人の唇はとても柔らかく温かくて、わたしの胸をより一層熱くさせました。

 

 唇をそっと離し、悠凪くんは穏やかな眼差しを向け、わたしと視線を合わせます。

 

「それは子供を授かる行為だから。以前は君を思いっきり……なんてことを考えたが、私は子供の父親になる覚悟はまだ出来てない。それに君は、そういう行為を嫌がってたんじゃないか?」

「わたしはただ、心の準備が出来てなかっただけです! 決して嫌がってるわけじゃありません! それにこの行為は、お互いの愛を深める行為でもありますから。でも――」

 

 さらに強く抱きしめると、わたしは悠凪くんの耳元に囁きました。

 

「そういう所に気を遣ってくれる悠凪くんが、大好きですよ」

「――寝る前に、おやすみのキスでもしようか?」

 

 悠凪くんはやや強引に、わたしをベッドに押さえつけました。

 そして、わたしの顎を指先で持ち上げると、再び唇を重ね合わせました。さっきより激しく唇を押し付けて、わたしとキスをしているのが自分だと主張するように――。

 

「っ、ん……ゆ、悠凪くん……」

 

 キスに応えるように悠凪くんの首に腕を回すと、悠凪くんはわたしの後頭部をぐっと押し寄せてきました。このまま抱かれたら、今夜のことを一生忘れられなくなる自信がありました。

 

 でも、わたしの乳房に触れたり揉んだりしたものの、それ以上の行為をしてくる気振りは見られませんでした。キスを終えると、満足した悠凪くんはすぐに眠りにつきました。

 

「ふふっ……おやすみなさい。わたしの、悠凪くん」

 

 

 

 

 

 翌日、メディカルルーム。

 

「ドクター・モレノ。ミスター・カザマの容態は?」

「安定している。外傷はともかく……酸欠と内臓出血に見舞われた状態でよく生きているものだ」

 

 王留美の質問に、報告書を作成しているモレノ先生は振り返りもせずに答える。

 それを聞き、王留美は安堵したように頷いた。

 

 リベル・アークのメディカルカプセルは、外傷やその他の疾病に対して、患者個人の治癒能力を高めることができる。この点だけはプトレマイオスのメディカルカプセルと同じだが、特筆すべき機能は、メディカルナノマシンを投入して体内器官の機能を維持し、再生を促進させることだ。

 

 投入されたナノマシンが隼人の命を維持していると言ってもいい。

 もちろん、リヒティにも同じ処置が施されている。

 

 王留美は隣の椅子に腰を降ろす。

 

「は……ごほん、ミスター・カザマが無事で、幸いでした……」

 

 彼女がそう呟いた、その時だった。

 誰かが喋っている――隼人は瞼を開け、傍にある椅子に座る王留美を見上げた。

 

「やぁ……王留美、じゃねえか……」

「はや……み、ミスター・カザマ⁉」

 

 隼人の声が聞こえて、それに驚かされた王留美は思わず呼び捨てにしてしまった。

 傍にいる紅龍も、王留美と共にカプセルに横たわる隼人を見つめる。

 

 この時、隼人は王留美の頬に涙の跡があったことに気づいた。

 王留美は、自分のことを心配している。しかも、泣いていた。

 

「……心配、してくれて……ありがとうよ……」

 

 弱っている隼人がそう言うと、自分の左手をカプセルのガラス面に当てる。

 それに合わせて王留美も自分の右手を同じ位置に置き、重ねる形となった。

 

「絢瀬くん、すぐにメディカルルームに来てくれ! 風間くんの意識が回復したんだ!」

『そうなんですか……分かりました、すぐそちらに向かいます!』

 

 モレノ先生がこの件を城の主に知らせ、ここに来るように伝える。

 数分後、絢瀬悠凪と鳳凰院美玖、そしてトリニティ兄妹がメディカルルームに入り、隼人の元へ駆けつけるのだった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 私たちがメディカルルームに入ると、兄妹が私と美玖より先に隼人の元へ走っていった。

 診療机を前にするモレノ先生と、カプセルの傍に立つ王留美と紅龍が同時にこちらを見、「皆さん!」と言った王留美の目が丸く見開かれる。

 

「隼人!」

「隼人の旦那!」

「隼人さん!」

 

 カプセルの方に押し寄せ、3人がそう叫び出した。

 すると、隼人は「よう……お前ら……」と弱々しい声で返事をした。

 

 私は美玖の傍で包帯まみれの隼人を眺めつける。

 瀕死の重傷を背負いながら、リヒティより先に目覚めるとは驚いた。

 

「思ったより早いお目覚めだな、隼人」

「ああ……お前のお陰で、俺はまだ……生きている……ありがとう」

 

 こちらに視線を合わせると、隼人は私に感謝の言葉を述べた。

 別に礼を言われたいというわけではないし、MDを販売したことを許すつもりもない。

 でも――。

 

「礼は不要だ。仲間を助けるのは当たり前のことだろう?」

「お、お前……!」

 

 今の私たちは仲間同士で、君のことを思っている人たちがいる。

 それに、君が身を挺してトリニティ兄妹を庇った時点で、もはやあの時の隼人じゃない。

 君は私を毒殺した、あの憎むべく風間隼人じゃないんだ。

 

 君は変わったんだ。それが、君を助けた理由だ。

 

「ところで、私と刹那がアルヴァトーレと戦っていた時、君とロックオンは11機の黒いガンダムを対処していたな?」

「ああ、そうだ……」

 

 隼人が頷き、私が問い続ける。

 

「11機の黒いガンダムを動かしていたのはモビルドールか、それとも人間か?」

「そうだな……お前ら、それに王留美と……紅龍さん。悪いけど、席を外してもらえないか?」

 

 一瞬、彼らは困惑の表情を見せたが、すぐさま隼人の言う通りに席を外し、外に出ていった。

 空気を読んだモレノ先生は部屋の片隅に席を移し、ヘッドフォンを耳にかける。

 

「では、わたしも席を外しますね。失礼します」

「ああ……隼人、言っていいぞ」

 

 軽く一礼をし、美玖も王留美たちと一緒に退室した。

 察するに、その答えは……彼らに聞かれたら困るものだった、かもしれないな。

 

「信じられない……かもしれないけど、内の9機に乗っていたのは、ネーナたちのクローンで……最後の2機にはヒクサーというクソ野郎と……グラーベのクローンが……ごほん⁉」

「なるほど。普通なら信じられないが、私は君の言うことを信じるよ。喉が痛いなら少し休め」

 

 私がそう言うと、隼人は苦しそうに咳をしながら、手で顔を拭った。

 

「もう、何も言うな……今は休め」

「……あ、ああ……」

 

 11機……いや、刹那が最初に撃墜したブラックプルトーネを含めて12機か。

 第二世代ガンダムのレプリカにトリニティ兄妹のクローン、おまけにグラーベ・ヴィオレントとヒクサー・フェルミまで……彼らに聞かれたくないのも理解できる。

 

 これだけのものを用意できるのは、恐らくはあのミント頭――リボンズに違いないだろう。

 

「聞きたいことは聞いた。じゃあ――」

「ちょ、ちょっと待ってろ……!」

 

 私がメディカルルームを出ようとした時、隼人が消え入るような声で私を呼び止めた。

 

「お前はまだ……俺のことを、恨んでいるのか?」

「――最初はそうだったかもしれない。でも、今の君は……あの時の風間隼人じゃない」

 

 隼人の問いに、私は振り返りもせずに答えた。

 そしてドアが開き、席を外したみんなが再びメディカルルームに入ってきた。

 

「(証人が入ってきたな……)」

 

 この瞬間、私は隼人に「ある質問」を投げることにした。

 コーナー大使の元で働いていた上、原作知識も持っている隼人が、それを知らない訳がない。

 それに私の口からより、隼人の口から言った方が信憑性あるし、私が怪しまれることもない。

 

 刹那たちがこの場にいないのは残念だが――。

 

「あっ、危うく聞き忘れるところだった……ヴェーダの所在地を知っているか?」

「ラグランジュ2……月の、裏側だ。っておい、お前は……どうするつもりだ⁉」

「――その量子コンピューターのコアを頂くだけさ」

 

 驚愕の表情を見せた王留美と紅龍、そしてヨハンたちに背を向け、私と美玖はメディカルルームを後にしたのだった。次は、刹那たちにヴェーダ本体の居場所を知らせるとしよう。

 

 イノベイターへの進化を遂げる為に、刹那には倒すべき敵を知る必要がある。

 そしてドアのロックを解除するには脳量子波が必要だ。ティエリアとネーナも連れて行こう。

 ガンダムの修復が完了し次第に行動を開始する……そうしよう。

 

 

 

 

 

 一週間後、フリーダムのオーバーホールが完了し、解体決定になったヴァーチェ以外のガンダム全機が修復された。私たちは予定通りにヴェーダのメインターミナルを回収すべく、月の裏側――ラグランジュ2に向かった。

 

 本来は私と刹那、そしてティエリアとネーナの4人だけだが、ロックオン・ストラトスもついてきていた。理由は「爺さんの計画を乗っ取った敵をこの目で確かめたい」とのこと。

 因みに、大破したヴァーチェが解体決定になった為、ティエリアはデュナメスに乗っている。

 

 月の裏側――月の自転周期と公転周期が地球と一致している為、地球上から絶対に観測することができない場所だ。そして、この場所には、長年に隠されていたものがあった。

 

 人知れずに建造され、月の地下深くに存在する巨大建造物。

 知恵の宝庫にして偉大なる頭脳。

 ソレスタルビーイングの計画を為す根幹――その本体が、ここにあったのだ。

 

「うーん……あたしじゃ無理みたい。そこのメガ……じゃなかった、ティエリアさんは?」

「今からロックを解除する。5秒待て!」

 

 ネーナの言葉に返事すると、ティエリアの虹彩が金色に輝く。

 そして5秒後、奥に続く扉がゆっくりと開かれた。

 

「部屋と呼ぶには、あまりにも大きな空間ですね」

「なぁ悠凪、ファンタジー風の大きな城に住むアンタがそれを言うのかよ⁉」

「ははっ……それも、そうですね」

 

 全くロックオンの言う通りだ。リベル・アークに住む私が言える言葉ではない。

 気を取り直して、私たちは広大な広間に足を踏み入れる。

 

 宮殿の大広間を思わせる作りの広間は、床面が分厚い強化ガラスで敷き詰めていて、その下には燐光を放ちながら稼働している巨大な球形構造物が見える。入り口から奥に向けて赤いカーペットが真っ直ぐ伸びている。

 

 そして、部屋の中央には三段作りの台座があり、その上にはコンソールパネルが鎮座している。

 最奥部の壁を凹ませて作られた祭壇のような空間は、ここを大聖堂と思わせる雰囲気があった。

 

「これが……ヴェーダの本体!」

「イオリア計画の根幹を為すシステム――ヴェーダ!」

 

 広間を見渡しながら、刹那とティエリアが半ば驚き、半ば感心したように呟いた。

 

「こんなもんを月に隠していたなんて……イオリアの爺さんもやるね!」

「机上の空論で2世紀先の技術を予見した天才は伊達ではない、ということですよ」

 

 私とロックオンが話している傍に、ネーナとHAROはコンソールパネルを弄り始めた。

 

「ティエリアさん、ここのシステムはまだ使えそうですよ」

「よし、アクセスを試みる!」

 

 ティエリアがネーナに協力し、ロックオンが「手伝ってやれ」とハロに言った。

 HAROが「オレハオマエの兄サンジャナイ!」と叫んだものの、ハロの助けを拒まなかった。

 

「おいお前ら、何か妙だぞ⁉」

「(やっとお出ましか……リボンズ・アルマーク!)」

 

 驚愕に目を見開いたロックオンが叫び、展開を予想していた私は心から呟く。

 祭壇の奥を彩っていた壁面が乱れ、壁際に現れたデータ表示も乱れが生じる。異常に気づいたネーナとティエリアが周りに目を走らせるその時――。

 

『今日は千客万来だね……』

 

 声が聞こえた。

 彼らにとっては聞き覚えのある声ではなかったが、私は知っている。

 

 この声は、リボンズ・アルマークの声だ!

 

『刹那・F・セイエイ、ロックオン・ストラトス、ティエリア・アーデ、ネーナ・トリニティ……そして、絢瀬悠凪。ヴェーダへようこそ』

 

 コンソールから手を離し、怒りの表情を見せたティエリアが声を荒げる。

 

「貴様か! ヴェーダを乗っ取った黒幕は!?」

『それは違うよ、ティエリア・アーデ。元々ヴェーダは僕のものだ』

 

 身勝手な理論を並べる声の持ち主に、ロックオンとネーナも怒鳴り声を上げる。

 

「ふざけんな! デメェのもんじゃねぇだろうか!」

「ドロボーが……偉そうに言ってんじゃないわよ!」

 

『本来、計画の功労者である君たちは一週間前の戦いにで滅びていたはず存在だ。しかし君たちは絢瀬悠凪の介入によって生き残ってしまった。使い捨てのチームトリニティも生き残っていたとは本当に驚いたよ……だけど、モビルドールを開発した風間隼人は死んだ。実に残念だよ』

 

 リボンズは、隼人が戦死したと勘違いしているようだ。

 ならばずっと勘違いし続けろ、このミント頭め!

 

 私がそう考えていると、さっきからだんまりしている刹那が口を開いた。

 

「イオリア計画を乗っ取り、俺たちを利用して……貴様は何が目的だッ!?」

『計画をより効率的に進めるだけさ……来たるべき未来の為にね。そう言えば、君と言葉を交わすのは初めてだったね、刹那・F・セイエイ。いや――』

 

 続けざまに言い放ったのは、刹那を愕然とさせる言葉だった。

 

『――ソラン・イブラヒム』

「なっ……俺の、名前を!」

 

 それは、刹那――ソラン・イブラヒムの生み親が彼に与えた名前……本来の名前だった。

 

「貴様は……何者だ!?」

『君をマイスター候補者としてヴェーダに推薦した者さ、6年前の出来事だったけどね』

 

 しばらくの沈黙の後、声の持ち主――リボンズが私に語りかけてきた。

 

『さて、絢瀬悠凪……僕は君と君のガンダム、そして君と付き添いの少女――鳳凰院美玖に興味があってね。僕と手を組めば、この世界をより良い方向へ導けると思うよ』

「無理だな、私は仲間を裏切らない。君の言葉には未来の可能性を感じない。何より、美玖に手を出そうとした時点で、貴様は私の敵だ!」

『そうか。それは誠に残念だ』

 

 ふいに、壁際に現れたデータ表示が更なる乱れが生じ、部屋の明かりが点滅し始めた。

 恐らくデータの削除が開始されただろう。遺憾ながら、止める手段はこちらにはない。

 

「これは、一体何か!?」

『驚いたのかい、ティエリア・アーデ。ヴェーダは巨大なネットワークだ。そのコアとなるメインターミナルは一つだが、予備があってね。すてにそちらに全機能を移す準備を進めていたんだ』

 

 突如の状況に見舞われ、ティエリアとネーナは浮足立った。

 

「クッ……何もできないのか!?」

「これもダメ……あっちもダメ……操作が受け付けないのよ!」

『それでは、ご機嫌よう。君たちは本当によくやったと思うよ』

 

 リボンズがそう言い残して、電源が切られているらしく、突然パッと明かりが消えた。

 同時にヴェーダも完全に機能停止し、抜け殻になってしまった。幸い施設内の予備電源が生きている。ティエリアとネーナがコンソールを操作し、掌サイズのメインターミナルを、球形構造物の中にイジェクトすることに成功した。

 

 

 

 

 

 そして、持ち帰ったメインターミナルを解析すると――。

 

「アーデ君。残念じゃが、データは完全に消去されたようじゃ」

「そうでしたか、プロフェッサー・エイフマン……」

 

 しかし、このメインターミナルは量子コンピューターの根幹部分に当たる部品だ。

 それなりのメモリーを用意できれば、こちらも同じものを作れる。

 

 このメインターミナルを、設計中のプトレマイオス2に搭載する案もあったが、イアンに「メモリーを積み込むスべースがない」という理由で却下された。それは当たり前だろう、全長250m前後の戦艦にそんなスペースなんてない。

 

「ヴェーダのメインターミナルを……絢瀬悠凪に預けることを提案します」

「俺もミス・スメラギに賛成だ。今の俺たちに頼れるのは、悠凪しかない」

「俺も同意見だ。あの男もガンダムだから」

 

 投票の最中に、刹那が咄嗟に何を言っているのか理解できなかった、が――。

 

「意味不明ですが……褒め言葉として受け取っておきますよ、刹那」

 

 この後、ロックオンが心底呆れ果てたというような、ため息交じりの失笑を漏らした。

 スメラギとアレルヤ、堅物のティエリアまでクスッと苦笑いをしたのだった。

 

 それから投票の結果に従い、ヴェーダのメインターミナルを私に託すことにした。このメインターミナルは、量子演算システム兼次元観測システムのコアとして有效活用させてもらう。

 

 

 

 

 

 CBは表向き壊滅したことになったが、フェレシュテはまだ健在だ。

 一方、国連軍は旧式MSで反体制派の粛清を行っているが、特に大きな動きは見られなかった。

 

 だが、プトレマイオスという移動拠点を失った以上、武力介入は難しいとスメラギが判断した。

 この為、新しい戦艦とガンダムが完成されるまで、刹那たちはここに滞在することになった。

 

 フェレシュテが健在なら、武力介入を行う為のMSが必要だ。そこで私は、修復されたラジエルを返還することをシャルに打診し、彼女がこれを快諾した。加えて絹江・クロスロードも向こうの世界に送り返すことにした。ラグナとサーシェスが消えた以上、殺される心配はもうない。

 

 もし彼女がまだ危険な取材を行って命を落としたら、それは自業自得としか言いようがない。

 自覚がなければ、反省のしようもないから。彼女がそういう人間じゃないことを祈っている。

 

 そして2日後、私は新しい世界を探索する為に、ハロを連れてフリーダムで出撃した。

 アロウズが結成されるまで、新たな戦いが始まるまでの時間を有效活用するつもりだ。

 

「絢瀬悠凪、フリーダムガンダム、出る!」

 

 第二章につづく




 第一章完結しました。
 次回は00ファーストとセカンドの間の物語――金色の恋物語とガンプラバトルが始まります。


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開発報告書 ダブルオーガンダム

 形式番号:GNー0000

 

【概要】

 

 ダブルオーガンダム(以下:ダブルオー)は、刹那・F・セイエイが搭乗する前提で設計された「ツインドライヴシステム」搭載型ガンダムで、ガンダムアメイジングエクシアの後継機です。

 

 2基のGNドライヴを同調させることで、稼働率を高める「ツインドライヴシステム」によって粒子生産量を2乗化させ、これまでのガンダムとは一線を画す性能を発揮します。

 

 しかしながら、各太陽炉ごとの微細な個体差がある為、二つの太陽炉を同調させるのは難しく、シュミレーションで最も同調率が高いとされるエクシアと0ガンダムの太陽炉をシュミレートした結果、粒子融合率が60%に停滞、完全稼働には至りませんでした。

 

 

 

【MCA構造の導入】

 

 問題を解消すべく、イアン・ヴァスティはダブルオー専用の支援機であるオーライザーにツインドライヴの安定制御機能を導入することを検討しました。

 だが、この案を採用した場合、オーライザーは設計当時に想定した運用法ができなくなります。

 

 そこで、絢瀬悠凪はサイコ・フレームのマイクロチップ技術を応用したアイデアを提供します。

 

 MCA(マルチプル・コンストラクション・アーマー)構造。

 機体を制御する電子部品を金属粒子サイズの電子回路として装甲やフレームに鋳込み、それらに電装機器や電子回路としての機能を付与し、余った内部スペースにツインドライヴの安定制御機能に必要な部品や回路を組み込むアイデアです。

 

 シュミレートの結果、ダブルオーは機体強度を維持したままツインドライヴシステムの完全稼働に成功し、装甲そのものをセンサーにするなど、複合的な機能を付与する可能性を示しました。

 

 なお、機体構造に大幅な変更があった為、ダブルオーを最初から再設計することにしました。

 担当者はイアン・ヴァスティ、レイフ・エイフマンの2名です。

 

 

 

【ガンダム・セブンソードを継ぐ機体】

 

 ダブルオーは、刹那・F・セイエイが搭乗する前提で設計された機体である為、ガンダムアメイジングエクシアのコンセプトを継承した「専用格闘兵装群」も考案されています。

 

 GNビームサーベル×2

 後腰部に2本装備される基本武装です。

 刃を短くしダガーとして使用することも可能です。

 

 GNソードⅡロング×1

 GNロングブレイドから発展した武装です。

 刀身は長くなり、刃の側面にビーム砲が内蔵されている設計です。

 

 GNソードⅡショート×1

 GNショートブレイドから発展した武装です。

 刀身は短くなり、先端部はワイヤーアンカーとして射出できます。

 

 GNカタール×2

 アメイジングGNソードの剣身に使用された半透明の導熱素材で制作する短剣です。

 

 アメイジングGNソードⅡ×1

 右前腕に装備される大型実体剣で、折り畳むことで銃身を展開するライフルモードになります。

 切断能力は強化されていますが、外見に変更はありません。

 

 アメイジングGNシールドⅡ×2

 両肩のGNドライヴの下部に懸架され、先端がGNブレイドとなっている小型シールドです。

 連結して腕に所持する他、両腕に装備してブレイドとして運用するのも可能です。

 

 

 

【追記】

 

 並行で設計作業を行っている他の3機(ケルディム、アリオス、セラヴィー)も、ダブルオーに導入される「MCA構造」を導入する予定です。

 

 

 

 報告は以上です。



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第二章 金色ラブリッチェ&ガンダムビルドファイターズ
第26話 ソルティレージュの姫君


第二章の始まり。
ここから先は『金色ラブリッチェ』と『ガンダムBF』のクロスオーバーシナリオです。


 メインターミナルの回収から帰還した後、刹那は新たな疑問を抱いた。

 

 ――そう言えば、君と言葉を交わすのは初めてだったね、刹那・F・セイエイ。

 

 ――君をマイスター候補者としてヴェーダに推薦した者さ、6年前の出来事だったけどね。

 

 あの声の持ち主が俺に言った言葉は、どうしても頭から離れなかった。

 

 俺は、奴に会ったことがあるのか?

 もし会ったとしたら、6年前のクルジス?

 

「セイエイさん……何か、考えことですか?」

「おい刹那、ぼっとして……どうしたんだ?」

 

 気がついたら、鳳凰院美玖が淹れ直したコーヒーを俺に差し出して、傍に座るロックオンが俺の肩を軽く叩いた。止め処ない思考から復帰した俺は、考えていることを口にした。

 

「ヴェーダの本体で、俺たちに語りかけてきた……あの声の持ち主が、気になっただけだ……」

「そりゃ気になるよな……俺たちを嵌めた黒幕だからな、あの野郎は」

「――いや、ロックオン。それだけじゃない」

 

 俺は温かいコーヒーを一口啜り、話を続ける。

 

「奴は……自分が6年前、俺をマイスター候補者としてヴェーダに推薦した張本人だと言った」

「確かにそんなことを言ってたな。そう言えば、刹那……6年前の2301年に、お前は……」

「アリー・アル・サーシェスに誑かされ、最初から存在しない神の為に、KPSAの少年兵として戦った。あの時、戦場を逃げ惑い、生と死の狭間を彷徨っていた俺を救ったのは――」

 

 あの時……クルジスで俺を救った灰色の機影――天使の翼を彷彿とさせるGNフェザーを背中に広げ、人間の戦場に降臨し、圧倒的な力を持って紛争を根絶する実在の神にして、現存する太陽炉搭載機の始祖に当たるガンダム。その名前は――。

 

「0ガンダム」

「おいおい……マジかよ!?」

 

 俺が言うと、ロックオンが目を丸くさせた。

 そう、これは今まで、誰にも言ってなかったことだから。

 

「もしあの声の持ち主が、0ガンダムのマイスターだとしたら――」

「ちょっと待て、刹那……お前はどうして、そう思うんだ?」

 

 ロックオンの質問に、俺は視線を交えながら答える。

 

「俺は奴と会ったことがない。だが、奴は俺の見えない所で俺を見ていた。そして、6年前という時期は……0ガンダムが俺の前に現れた時期と一致している。今でも記憶に新しい」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 あれだけ少ない判断材料で、そこまで辿り着くとは……。

 感情に対する鈍さは筋金入りだが、ガンダム絡みになると勘が鋭いな、刹那。

 

「その0ガンダムに救われた君は、ガンダムという兵器に神を見出しました。そして、君は平和の体現の依り代であるガンダムで戦っていれば、自分が望む『紛争根絶を体現する者』になることができると考えていました。違いますか?」

 

 そう言い放った私が出来立ての魚料理を机に置き、刹那がやや驚いた表情で私を見、ロックオンとその対面席に座る美玖が微笑みを私に向けた。美玖の傍の席に座ると、刹那が真っ直ぐな視線で私を見つめてくる。

 

「ああ……お前の言う通りだ、絢瀬悠凪。俺は戦うことしかできない破壊者、だから戦う。争いを生む歪みを破壊する為に、俺なりの平和の実現を目指す為に……たとえ窮地に立たされようとも、俺はガンダムと共に戦い続ける――今までは、そう思っていた」

 

 刹那は僅かに顔を俯け、そしてもう一度私に向き直る。

 幼い頃に抱いてた理想への憧れが崩壊し、信じていた「神」に裏切られたような、絶望と困惑に満ちた瞳だった。

 

「だが……俺を救い、俺を導き、俺にこの生き方を与えた0ガンダム……そのマイスターが、この争いを引き起こした元凶だったかもしれないんだ。もし本当にそうだとしたら、俺は今まで、何の為に戦ってきたのか……」

 

 それから刹那は、今まで抱えていた悩みを告白する。

 私と美玖、そしてロックオンは数十分の間、彼の悩みを聞き続けた。

 

「何故、人生すら狂わせる存在があるのか。何故、人は傷つけ合うのか。何故、人は支配し、支配されるのか。何故、人はこうも……生きようとするのか」

「刹那……その答えを出すのは容易ではありません。いや、答えなんてないかもしれません」

 

「なら、俺たちが今までやってきたことは……」

「その結果は、自分の目で確かめてください。君の戦いは、まだ終わったわけではないのです……君はここに生きて――存在しているのですから」

 

 刹那が深い思考に沈み込み、私はある言葉を彼に送った。

 

「もし答えがないのなら、自分で見出してください」

「分かった。人と人の分かり合える道、その答えを」

 

「悠凪くん、セイエイさんにストラトスさんも、冷めないうちに頂きましょう」

「んじゃ、頂くとすっか!」

「あ、ああ……う、この魚……美味い!」

 

 刹那、君がガンダムに生かされた以上は、必ず意味があるはずだ。

 その意味を辿り、自分を救った「神」と世界と対峙し続ければ、君と君のガンダムは変わる。

 

 

 

 

 

 さて、残る不確定要素は一つ――王留美だ。

 彼女は世界変革に興味がなく、歪められた自分の人生をやり直せればそれでいい、という考えを持っている。原作では、CBに協力していると見せかけて、密かにリボンズらにトレミーの情報を提供し、衛星兵器「メメントモリ」の建造費用も出資している。

 

 彼女を何処まで信じていいのか……いや、信用すべきなのか。

 そんな考えを抱きながら料理を完食し、皿を全て台所に戻すと、私の考えていることを見抜いた美玖は耳元で囁いた。

 

「今の王留美さんは、信用できると思いますよ」

「……どうして、そう思うんだ?」

 

 そう問いかけた私に、微笑みを見せた美玖は答える。

 

「本来の歴史にはなかった出来事を経験し、その際に人生と価値観を見直したらしいですよ」

「人は変わっていくもの……か」

「ふふっ……変わったのは王留美さんだけではありません。風間さんも、そして悠凪くんも」

 

 得意げに首を傾げ、満面の笑顔を見せた美玖は、洗い物をしていた私を後ろから抱きしめる。

 彼女から伝わる暖かな体温と柔らかい感触が、私の全身を満たしていく。

 

「どうして、風間さんを助けたのですか?」

「最初は、隼人にはMDを00世界に公開した責任を取らせるつもりだ。だが、彼が自分を犠牲にするまでしてトリニティ兄妹を助けた。それに、彼のことを思っている人たちがいる。宇宙に放り出されて尚も生きている彼を見ていると……つい、な……」

 

 私が深い溜め息をつくと、話を続ける。

 

「一度自分の命を奪った者を助けるなんて、奇妙だと思わないか?」

「いいえ、全然奇妙だとは思いません。寧ろ、この行いをする悠凪くんが素敵だと思います」

 

「そ、そうなのか……」

「誰かが誰かを許すことは、とても難しいことだと聞いたことがあります」

 

 そう言って美玖は、私を抱きしめる手に力を込めた。

 

「こうして抱きしめると、悠凪くんの気持ちが分かる気がします。悠凪くんは、風間さんのことを許していたんじゃないのかな――」

「私は……隼人を許していたと?」

 

 MDを00世界に公開したことを許すつもりはない。

 だが、心の底にあった、毒殺されたことに対する憎しみはもう消えていた。

 

 美玖の言う通り……私はすでに、隼人を許していたのかもしれない。

 でも、許すという言葉を口にするのは、どうしても抵抗感があった。

 20歳を過ぎて大人になったつもりだが、その辺りはまだまだ子供だな、私は……。

 

「ふふっ……悠凪くん」

「み、美玖!?」

 

 ちょうど皿を全部洗い終えたその時、私は美玖に壁ドンされた。

 状況を把握する暇もなく、彼女は唇を重ねてきて、同時にロックオンと刹那の声が聞こえた。

 

「悠凪、ケルディムの武装についてアンタの意見を――なっ……せ、刹那は入らなくていい!」

「えっ……ろ、ロックオン?」

「お子様には早いって……!」

 

 遠くから眺めるロックオンの視線に気づき、顔を赤らめた美玖は慌てて唇を離した。

 頭を撫で、美玖を落ち着かせると、私はロックオンと刹那と共に性能実験施設へ向かった。

 

「いやはや……まさかアンタが壁ドンされる側だったとはね」

「そ、それ以上言わないでください。恥ずかしいですよ……」

 

 それにしても、未成年の刹那に気を遣っているロックオンが、まるでお父さんのようだ。

 身長の差も相まって、素性を知らない人から見れば、普通の親子にしか見えないだろう。

 

 

 

 

 

 沙慈の姉――絹江・クロスロードを向こうの世界に送り返し、修復されたラジエルと新造のGNセファー、そしてグラーベ・ヴィオレントの亡骸をシャルに引き渡した2日後、私は新しい世界を探索する為に、ハロを連れてフリーダムで出撃した。

 

 クロスゲートを通り抜けた先には、青い空が広がっていた。

 機体に制動をかけると、私はコックピットに差し込む光源に目を向ける。宇宙空間で見る高熱の恒星ではなく、日差しと表現すべき暖かな光。大気層を透過して地表に降り注ぎ、地球上の生命に恩恵を与える太陽の光が、そこにあったのだ。

 

 そう、ここは地球だ――が、外気圏の外側に設置された軌道エレベーターのオービタルリングが見当たらなかったので、ここは00世界の地球ではないことが分かった。

 徐々に高度を下げて、行き過ぎる靄がスクリーンの外を流れ、何も見えない白い闇がフリーダムを包む。迅速に下がる高度計を視野に入れつつ、私は濃密に渦巻く雲を見据え続けた。

 

「現在高度は30,000ft……そろそろか」

 

 そして巻積雲を突き抜けた先に広がるのは、ぽつぽつと浮かぶ積乱雲と、その下に広がる広大な大海原だった。大洋は青く透明なガラス板になって地球の表面を蓋い、弧を描く水平線がその先に横たわり、空と海――緩やかに入り混じる二つの青が世界の際を浮かび上がらせている。

 

 旅客機の窓口からでも見れる景色だが、コックピットのメインスクリーンから見るこの景色は、それとは比べ物にならない程の壮大さがあった。

 

 だが、私が眼前の景色を堪能しているそこに、コックピットに警告音が鳴り響いた。

 

「近くに飛翔体を探知……方向は真下、こちらに向かっているのではない。一般通過か」

 

 瞬く間に、その飛翔体の3D画像と「B747-400」の名前がサブモニターに表示された。

 どうやら、フリーダムの真下を通過した飛翔体は「ハイテクジャンボ」と呼ばれる大型ジェット旅客機だったようだ。

 

「こいつが現役の旅客機だったとしたら、ここは20世紀末期か21世紀の地球……!」

 

 急いでコックピットの電子時計を確認すると、私の推測が的中した。

 日付きは西暦2017年8月18日で、時刻は日本標準時10時51分と表示されていた。

 

 これでは不味いな、人間は本能的に未知のものを恐れるんだ。ガンダムみたいな巨大ロボットが頭上を飛んでいたら、きっと大騒ぎになるに違いないだろうな。

 

 幸い近くに陸地があったので、私はフリーダムを地上に降下させることにした。高層ビルが立ち並んでいる市街地を迂回し、フリーダムの進路を()()()()()()()()()に向かわせ、北側の丘にある森林地に着地するのだった。

 

 

 

 

 

 フリーダムを高い木が密集する場所に移動させると、片膝をつかせてミラージュコロイドを散布させ、森の中に隠匿した。コックピットから飛び降りた私は、マスターハロに備わっているノートパソコンを使い、この世界の情報を収集することにした。

 

 24世紀のセキュリティを僅か10秒で突破して見せたハロにとって、21世紀のセキュリティなんて容易いものだ。ネットワークのセキュリティを突破した直後、私は予め用意した個人情報を政府や銀行のサーバにアップロードする。

 

「これが、この世界の地図か」

 

 私がよく知っている時代ではあるが、地名の表記に違いがあった。

 ざっと地図を見る限り……ここは日本の静岡県浜松市西区で、近くにある湖は「浜松湖」という名前だそうだ。

 

「浜名湖ではなく、浜松湖か……まさかと思うが、この世界はもしや――!?」

 

 検索、キーワード入力。

 シルヴィア・ル・クルスクラウン・ソルティレージュ・シスア……。

 

 一瞬の後、ノートパソコンのスクリーンに色んな情報が表示された。

 その中には幾つ、気になる情報があった。

 

 日本外務省と北欧に位置する「ソルティレージュ王国」に関する外交文書はもちろんだが、私の気を引いたのは――ヤジマ商事のプラフスキー粒子に関する研究報告だ。むろん、書類の作成者は「アーリージーニアス」の二つ名を持つ少年――ニルス・ニールセンだ。

 

 ニルスをエイフマン教授に会わせたら、面白いことが起こりそうだな。

 それはさておきとして――。

 

 この世界はガンプラバトルが世界的に普及している世界であると同時に、私が一番お気に入りのエロゲ『金色ラブリッチェ』の要素も含まれていた。私が知っている複数のアニメやゲーム作品を内包したこの世界を「融合世界」と称してもいいだろう。

 

 ネットワークの記事によると、シルヴィは北欧の代表として第七回世界大会に参加し、使用ガンプラはRGウイングガンダムゼロEWで、戦績はベスト8。最後の試合の相手は3代目メイジン・カワグチで、使用ガンプラはHGケンプファーアメイジング。

 

 ツインバスターライフルを最大出力で連射させ、ケンプファーアメイジングを撃墜寸前まで追い込むものの、ウイングゼロは連射の反動を耐え切れず、機能停止に陥った為バトルを棄権か。

 

「あのユウキ・タツヤを撃墜寸前まで追い詰めたとは、彼女は強いな」

 

 シルヴィのファイターとしての実力を感心しつつ、ハロを持ち上げた私は丘の下にある商店街に向かうのだった。

 

 この世界は「融合世界」である為、たとえ彼女が原作のシルヴィと同一人物だとしても、原作と同じ行動を取るとは限らない。彼女がピアノだけでなく、プラモデルにも興味を持っていることが何よりの証拠だ。何れにせよ、彼女とは一度会うべきだ。

 

「(さて、シルヴィはエルと護衛たちを振り切って、メロンパンを買いに来るか?)」

 

 商店街を散策していると、店の外に数十人が並んで立っているパン屋が視界に入った。

 店の外に置いてある看板には「デラックスメロンパン、お一人様2個まで」と書いてあった。

 

 メロンパンか……彼女の大好物だな。

 売り切れを想定して、私も列に並んでデラックスメロンパンを二つ買った。

 

「にしてもこのメロンパン、随分と大きいな……」

 

 成人男性の掌以上の大きさを持つメロンパンに対する、私の感想だった。

 その後、私はパン屋の隣にあるプラモ屋に入店し、RGフリーダムとデスティニー、そしてRGエクシアのプラモを購入した。エクシアは刹那に贈るつもりだ……興味があればいいのだが。

 

 プラモ屋を出ると、大通りの反対側から青と白を基調とした制服を身につけた金髪翠眼の少女が走ってきた。パン屋の前で立ち止まり、落ち込んだ表情で「売り切れ」の看板を見つめる。

 

「メロンパンが、また売り切れちゃってる……うぅ」

 

 間違いない、彼女がシルヴィだ。

 私の予想通り、エルと護衛たちを振り切ってメロンパンを買いに来た。

 

「失礼……シルヴィア王女殿下とお見受けしますが、相違ございませんか?」

「……っ!?」

 

 私が話しかけると、シルヴィは少し驚いたように振り向いて私を見上げた。

 

「列に並ぶ人がいつもより多くて、メロンパンがあっという間に売り切れてしまっていましたよ。もし良かったら、これを――」

 

 そう言いながら、私はレジ袋から先程のパン屋で購入した、ビニール袋で包装されたデラックスメロンパンを取り出し、シルヴィに手渡す。

 

「わたしがもらっちゃって……いいの?」

 

 シルヴィの言葉に、私は頷いて微笑した。落ち込んだ表情をしていたシルヴィが笑顔を浮かべて「ありがとう」と礼を言いながら、デラックスメロンパンを両手で受け取った。

 サラサラとした長い金髪を指で梳き、エメラルド色の瞳で私を見つめながら、彼女は丁寧に自己紹介をした。

 

「わたしはシルヴィア、シルヴィア・ル・クルスクラウン。長いからシルヴィって呼んでくれたら嬉しいわ。貴方のお名前を教えてもらえるかしら?」

 

 ここは一人称を変えよう……「私」ではなく、普遍的に使われている「俺」の方が自然だろう。

 そう言えば、アセムが通う学園に潜入したゼハートも同じことをやってるな。

 

「俺は悠凪……絢瀬悠凪です」

 

 つづく



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第27話 ガンプラバトル

※お知らせ
主人公の一人称が2パターンある理由につきましては、前話のラストを参照してください。


 太陽に惹かれる、笑顔に満ちた太陽に。

 シルヴィの笑顔は、いつも私を癒してくれる美玖とは別の美しさを感じさせる。

 

 青い空の日光に照らされ、私は彼女の顔を見下ろした。風で乱れた長い髪は美しい金色で、肌理の細かい肌は透き通るように白い。網膜に焼きついているエメラルド色は、先程より鮮烈な光彩が咲いている。その高貴な美しさに、私は思わず見とれてしまった。

 

「ハロ……ハロ……」

「あら?」

 

 ふいに、無機質な声が耳を駆け抜ける。

 メロンパンを受け取ったシルヴィは、私の足元にいる丸い物体に視線を向けた。

 

「この子は、もしかして……ハロ!?」

「ハロ! シルヴィ!」

 

 ハロは上部の左右に付いている二枚のカバーを鳥の羽のようにバタバタさせ、両眼に内蔵されたLEDライトを点滅させながら、シルヴィに挨拶をした。一瞬驚いた表情を見せたシルヴィは一歩引いてから、ハロを睨みつける。

 

「この子は喋れるんだ……市販品、じゃないわよね?」

「ええ、友人から貰った贈り物です」

 

 私がそう言うと、シルヴィは興味深げな表情を浮かべて、私の目を見上げていた。

 

「そうなんだ! もう少し話を聞かせてもらえるかしら? 貴方の事と、ハロの事を」

 

 麗しき王女からの誘いだ。断る理由なんてない。

 

「それはありがたき幸せ――」

「うーん……わたしが王女だからって、そんなに畏まらなくていいんだよ、悠凪さん」

「じゃあ、俺のことも呼び捨てでいいぞ、シルヴィ」

「ええ、そうさせてもらうわよ、悠凪!」

 

 午後1時、どこのレストランもサラリーマンで満杯という時間は終わり、商店街は一時の閑暇期を迎えている。とろとろと行き来する子供連れの主婦や高齢者たちに混じり、私とシルヴィは当所なく商店街を歩きながら、メロンパンを食べていた。

 パン屋に本屋、洋装店に食材店。通りの両側に並んだ店先からは、時折ホットドッグの香ばしい匂いや、油をたっぷり使った唐揚げの香りが漂ってくる。

 

「あれって……ソルティレージュのお姫様!?」

「肩を並んでいる男は護衛の騎士さんかな?」

「足元のハロを見ろ! あいつ……動くぞ!」

 

 すれ違う人々が少し窺うような目をこちらに向けてくるが、我々は気にしなかった。

 

「ねえ悠凪、このハロを贈ったご友人は――」

「機械いじりが好きな女の子だ。また会えるかどうかわからないが……」

「会いたいけれど、会えないお友達かしら?」

「ああ、そういうところだ」

 

 と、適当に誤魔化した。

 

 機械いじりが好きかどうかは分からないが、無から有を生み出す女神なのは確かだ。

 別れる際、カレンはストーカーじみた発言をしていた。いつか再会できると、私は信じている。

 

「もしキュロちゃんが傍にいたら、ハロに紹介できたのに……」

「キュロちゃんって、チョコボーロというお菓子のマスコットキャラか?」

「ええ、そうよ! わたしの一番のお友達なの!」

 

 キュロちゃんのことはもちろん知っているが、私はあえて知らない振りをした。

 

「あれは、喋れないぬいぐるみ……じゃなかったのか?」

「ふふっ……わたしのキュロちゃんは、喋れ動けるように改造が施されているのよ!」

「ジオン、ではなく……『ソルティレージュ驚異のメカニズム』……と言うべきか?」

 

 そう言って私が微笑む。

 こちらに見上げたシルヴィは一瞬ポカンとしていたが、すぐにぱっと笑った。

 

「……ふっ、ははっ……この前、お友達からも……言われてたわよ……ふふっ!」

 

 それから商店街を抜け、大通りに足を踏み入れた我々は、そこにあったプラモ屋に目を付けた。

 メロンパンを食べ終えたシルヴィは、私が手に持っている大きな袋を眺めつける。

 

「悠凪は……ガンプラバトルに参加したことがある?」

「いや。興味はあるが、一度も参加したことがないぞ」

 

 私が返事すると、シルヴィは微笑みを浮かべながら、両手を後ろに組み、意味ありげな眼差しでこちらを見上げた。

 

「なら、わたしが悠凪の相手をしてあげるわ!」

「それはありがたいんだが……学校の方は大丈夫か?」

「大丈夫、時間にまだ余裕があるわ。行きましょう!」

 

 

 

 

 

 シルヴィの誘いを受けた私は、彼女に引っ張られたままプラモ屋に入店した。

 パン屋の隣にあったプラモ屋より規模が大きく、店の最奥には中規模のバトルシステムが三つも備わっている。

 

「あっ、今日はスノーホワイトを持って来なかったな……」

 

 スノーホワイト……聞いたことがある名前だが、どの作品の機体だ?

 と、私が考え込んでいる間に、シルヴィはカウンターの端で店員に声をかけていた。

 

「すみません、バトル用のガンプラをレンタルしたいんですが……」

 

 シルヴィがレンタルできるガンプラから『敗者たちの栄光』に登場するウイングガンダムEWを選んだ。私はフリーダムが欲しいんだが、すでに他の人に貸し出されていたので、シンプルで使いやすいのエールストライクガンダムを選んだ。ちなみに両機どもRGだ。

 それから、我々は店員に案内され、プラモデルがいっぱい飾っている店内を進み、最奥の部屋に通された。部屋の中央には、中規模のバトルシステムが設置されている。

 

 店員がバトルシステムを起動させると、「ガンプラバトルをどうぞ、お楽しみください」と言い残して退室したのだった。

 

「さあ、ガンプラバトルを始めましょう! 悠凪!」

「ああ……シルヴィ!」

 

 先程シルヴィが言った「スノーホワイト」がどの作品に登場する機体だったのか、この時の私は思い出せなかったのである。

 

『Gunpla Battle combat mode, startup. Model damage level, set to C.』

 

『Please set your GP Base.』

 

 バトルシステムから発した英語の機械音声が、部屋中に響き渡る。

 私がシステム音声の指示通りにGPベースを設置すると――。

 

『Beginning Plavsky particle dispersal.』

 

 バトルシステムから大量のプラフスキー粒子が放出され、バトルフィールドの生成を始める。

 光の粒子がキラキラと輝き、幻想的な星空を彷彿とさせる。プラフスキー粒子はGN粒子並みに綺麗な粒子だと、私は思う。

 

 GN粒子はイオリア・シュヘンベルグが発見した変異ニュートリノ(中性微子)である。プラフスキー粒子は反粒子同士の結合によって生成された、ガンプラの素材になっているプラスチックにのみ反応する粒子で、両者の性質や作用が少し似ているが、本質的に異なるものだ。

 

『Field 1, Space. Please set your Gunpla.』

 

 指示通りにエールストライクをGPベースの前方にあった空きスペースに設置する。

 バトルシステムによってスキャンされたエールストライクのツインアイは金色に発光し、普段は動かないガンプラが、プラフスキー粒子によって命が吹き込まれたのだ。

 

 そして、私の前方に三つのモニターと球状のコントローラー――アームレイカーが生成された。

 リ・ガズィやニューガンダムのコックピットにも採用したものだ。フリーダムのレバー式操縦桿とは勝手が違うが、使いこなして見せるさ!

 

『Battle start.』

 

 アームレイカーを手に握った瞬間、バトル開始の知らせが響いた。

 

「シルヴィア・ル・クルスクラウン、ウイングガンダム……行きます!」

「絢瀬悠凪、ストライク、出る!」

 

 エールストライクがバトルフィールドに進入した直後、私はプラフスキー粒子により生成されたアームレイカーを左右に動かしながら、機体の動作を確認する。

 

「流石はRGだ。関節可動域、反応速度、旋回性能は申し分ない」

 

 ガンプラバトルにおけるガンプラの性能は、その情報量や完成度に比例する。

 RGはHGと違って「本物であること」を追求し、HGと同じスケールでありながら、情報量はMGと同等かそれ以上という非常に緻密なモデルだ。デカールを貼って、スミ入れや艶消しなどを施しただけで、その完成度は並の改造ガンプラを凌駕する。

 

「(動かし方は本物のMSとほぼ同じ……ただ、操縦桿がアームレイカーになっただけか)」

 

 エールストライクを操作してフィールド内を飛び回っている最中に、サブモニターに接敵警報が表示され、シルヴィが操るウイングガンダムEWの姿がメインモニターに映し出された。

 

「……俺を待ってたのか?」

『ええ、実際にガンプラを動かして、どうだったのかしら?』

「今まで遊んだゲームとは勝手が違うが、やりようはある。それに、こいつはハマる!」

『それは良かったわ。さあ、始めるわよ!』

 

 

 

 

 

 天使の羽根に似たスラスターを閃かせ、デブリを飛び石伝いに渡りながら、ウイングガンダムがしなやかに宇宙を跳んだ。私は一瞬よぎった白い機影をモニターの中に追った。だが、流星に似たそれは二度と姿を現さず、新たに起こった爆発が、白い光芒を虚空に閃かせた。

 

「なっ、バスターライフルの砲撃!?」

 

 シルヴィは機体を後方へ下がらせたと同時にバスターライフルでデブリ帯を一掃したのだ。

 細かな塵を蒸散させながらこちらに殺到したが、私はぎりぎりのところでそれを躱し、57mm高エネルギービームライフルで応射する――が、代わりに直撃を受けた岩塊が砕け散り、灼熱した破片が四方に飛散する。

 

 ウイングガンダムはその破片の一つを蹴り、バードモードに変形してから離脱していった。

 だが、その軌道は見切っている。己の直感に従ってアームレイカーを握り、機体を移動させつつビームライフルを撃つ。緑色の光条が虚空を裂き、ひらりと身を躱したウイングガンダムの機影がデブリの中に浮かび上がった。

 

「ライフルを速射モードに――当たれっ!」

 

 速射モードに設定された光弾がバスターライフルの銃身を掠め、誘爆させた。バスターライフルを損失した以上、残った射撃武装は2門のマシンキャノンのみ。ウイングガンダムがやむなく後退すると、私はエールストライクの速度を上げて、追撃に転じる。

 

『初めてバトルをするのに、悠凪は強いな……』

「この試合……勝たせてもらうぞ、シルヴィ!」

 

 私が左腕の対ビームシールドを投げ捨て、左手でエールストライカーバックに装備されたビームサーベルを引き抜いた。対するシルヴィのウイングガンダムもビームサーベルを引き抜き、こちらに向かって突っ込んできた。

 

『初心者が相手でも、わたしは負けないんだから!』

 

 斬り結んだサーベルが反発し合い、残粒子を火花のように散らしながら互いの機体が離れる。

 即座に体勢を立て直して、照準画面の向こうにいるウイングガンダムを見据えた私は、シルヴィとの通信回線を開いた。

 

「そう言えば、シルヴィ。君がガンプラに興味を持ち始めたきっかけはなんだ?」

『これは数年前の出来事なんだけど。わたしが本国にいた時は、ガンプラの話になると早口になる殿方にプラモのお店に連れ込まれちゃったのよ。それから紆余曲折があって、ガンプラとガンプラバトルに興味を持って始めた……ふふっ』

 

 ガンプラの話になると早口になる男か。心当たりがある――そう、イオリ模型の父子だ。

 まさかと思うが、シルヴィに名前を伺ってみるか。

 

「そ、そうなんだ……その男性の名前は、今も覚えてるか?」

『その殿方はセイ君のお父さん……イオリ・タケシさんよ!』

 

 やはりあの人だったか……!

 それにシルヴィはイオリ・セイのことを「セイ君」と呼んでいる、どうやら知り合いのようだ。

 

『さあ、ここからは本気で行くわよ!』

「その本気……俺の本気で答えるぞ!」

 

 喜悦に満ちたシルヴィの声と共に、手近にあるデブリを蹴った勢いで反転したウイングガンダムがまっすぐ、こちらに突っ込んでくる。足元に回り込まれたと思った時には、下からすくい上げるビームサーベルの光刃が私の視界を占拠した。

 

 ――ここは、ホリゾンタル・スクエアで決める!

 

 鋭敏に覚醒している意識が対処を促し、アームレイカーを握り締めた私がビームサーベルを振り上げ、片手剣ソードスキル「ホリゾンタル・スクエア」を繰り出す。二振りの粒子束が激しくぶつかり合い、爆発より鮮烈な閃光をデブリの海に押し拡げた。

 

「(行ける……このまま一気に押し込む!)」

 

 だが、戦局はクライマックスを迎えたこの瞬間、突如現れた巨大な手がフィールドに侵入したと同時に――。

 

『Battle aborted.』

 

 バトルが強制的に中止されたのだった。

 周囲を見渡すと――いつの間にか、シルヴィの隣に騎士を思わせるような赤銅を基調とした鎧のような服を纏い、腰に騎士剣を携帯した金髪美女が立っていた。そんな金髪美女は、怒りの表情でシルヴィを眺めている。

 

「シルヴィア様……学園を抜け出してガンプラバトルをしていたのですか?」

「あっ、エル……ご、ごめんなさい……」

 

 その金髪美女の名前は、エロイナ・ディ・カバリェロ・イスタ。

 愛称はエル。シルヴィの近衛警護を務める女騎士で、実の姉でもある。

 

「さて……貴公を拘束させていただきます。異論は認めません」

 

 その後、私はこの金髪美女――エルに身柄を拘束された。老執事と数人の黒服は私が持っているガンプラが入った袋を調べている。刃物を突きつけてくる黒服を、全員無力化して脱出する自信はあるが、ここはじっとしておこう。

 

「シルヴィア・ル・クルスクラウン・ソルティレージュ・シスア様は、誉れ高きソルティレージュ王国王家、シスア家のご息女であらせられる、ソルティレージュ王国の第九王女。即ち、我が祖国ソルティレージュの至宝とも呼ぶべきお方なのだが……そのことを知っていたか?」

 

「もちろん、存じております」

 

「そうか……ボラルコーチェ、袋の中身はなんだったのです?」

「ほっほっほ……そう警戒なさる必要はなかったようですな。袋の中身は、危険物の類ではございません。ガンプラです」

「もうエルったら、悠凪を解放しなさい! わたしにメロンパンをご馳走してくれたのよ、悪い人じゃないだもの!」

 

 袋の中身は危険物ではなかったと知り、エルはすぐに警戒を解いた。そしたら、隣に立っている黒いコートを着た女性は私の拘束を解いてくれた。事情を理解したエルは、申し訳なさそうな表情を浮かべながら頭を下げた。

 

「申し訳ありませんでした。数々のご無礼を、どうかお許しいただきたい……」

「エロイナさん。貴女はただ護衛としての職務を全うしているだけです。謝る必要はありません」

 

「ですが……王女殿下から目を離さないようにした方がよさそうですよ」

「ご忠告、感謝します」

 

 そう言い残して、私はガンプラの入った袋を手に取って、ハロを連れて部屋を後にした。

 

「悠凪……待って!」

 

 だが、突然後ろから声をかけられ、振り返ると、シルヴィが立っていた。

 

「わたしたちは……また、会えるの?」

「俺たちはいずれ再会する。急ぐことはないんだよ、シルヴィ」

 

 シルヴィは笑顔を浮かべながら「じゃあ、約束ね!」と別れの挨拶をしたのだった。

 

 つづく



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第28話 ガンダムマイスターの反応

読者の皆様、新年あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします!

作品に対するご感想は、筆者のモチベーション向上に繋がっております。
皆様のご感想をお待ちしております。


 シルヴィ一行と別れた後、私は愛機と共にリベル・アークに帰還した。

 

 彼女の笑顔とガンプラバトルのことを思い浮かべながら、寝室のドアを押し開いた。

 私の眼差しの先には、アームチェアに座って静かに眠っている美玖の姿があり、隣の机の上にはしおりが挟んである分厚い本と、紅茶のカップとポットが置いてあった。

 

 彼女の美しい眠り顔を眺めていると、思わず触りたくなった。

 すると、彼女がゆっくりと目を開け、私が慌てて彼女から手を離した。

 

「……お帰り、悠凪くん」

「た、ただいま……美玖」

 

 気だるそうな美玖が返事すると、座っていたアームチェアから立ち上がった。

 左手で目を擦りながら「わたし……寝ちゃってたんだ」と小さく呟いてから、私を見あげる。

 

「悠凪くんは嬉しそうですね。新しい世界で何かいいことでもあったのかしら?」

「それはな……面白い遊びを見つけたんだ。私が説明するより、映像を見た方が分かりやすい」

 

 美玖にそう尋ねられると、私は机の上に置いてあるノートパソコンを起動させ、第七回ガンプラバトル選手権世界大会の映像を美玖に見せる。彼女は返事をせずに、興味津々にディスプレイから流れる映像を見つめた。

 

 彼女が映像を観ている間に、私は机の方に振り向いて、上に置いてあった本を持ち上げる。

 タイトルから察するに、どうやら平行世界を題材にしたSF小説のようだ。物語の主人公が並行世界に迷い込み、自分と同じ顔を持つもう一人の自分に出会い、時に対立し、時に共闘する……。

 

 中々面白い構成だな、と心からそう思いつつ蓋を開けようとした瞬間――。

 

「悠凪くん、この書類なんですが……」

 

 美玖は一枚の書類を手にして、笑顔を見せながら私に尋ねてくる。

 その書類は、私が向こう側から取り寄せてきた、私立ノーブル学園の入学申請書だった。

 

「もしかして、学校に行きたいのですか?」

「ああ……前の人生の高校生活には、いい思い出がなかったからな」

 

 シルヴィとの再会を果たしたい、学生の身分を利用して向こう側の世界情勢を調べたい、などの理由もあるが、一番の理由は「もう一度高校生活を体験したい」ということだ。

 

 前の人生の高校生活で、自分が非常識なクラスメイトや三流教師たちからどんな仕打ちを受けていたのか、今になっても覚えている。

 迫害されたことも、全員を机で思いっきりフルスイングしたこともだ。暴力はよくない、なんて言う者もいたが、心身が疲弊していた当時の私にとっては、ただの綺麗事でしかなかった。

 

「もし機会があれば、もう一度高校に行ってみたかったんだ――」

「そうなんですか。では、わたしも連れてってもらえませんか?」

 

 私の腕をしがみつき、胸を押し付けてきた美玖は、上目遣いで私を見上げる。

 もう、可愛い過ぎだろう! こんな風におねだりされたら、私は断れないな。

 

「ああ、いいよ。君が傍にいてくれれば、きっと何があっても私は前を向くことができる」

「ふふっ……やった!」

 

 と、美玖は嬉しそうに呟いた。

 彼女がノーブル学園の制服を着た姿が見たい、という個人的な欲望もあるのだがな。

 

「相手との関係の欄はどうしようかな……?」

「うーん、恋人や婚約者とか書いたら、学校側に怪しまれてしまいますわね」

 

 思考の末、私の脳内にはある案が思い浮かんだ。

 

「なら……血のつながりのない『義理の兄妹』ってのはどうだ?」

「悠凪くんがお兄ちゃんですか……ふふっ、それもいいですね!」

 

 そう言えば、隼人は中卒止まりだったな。

 高校行きたいのに、毒親のせいで高校行けなかったと、前世で私にを溢したことを思い出した。

 これはチャンスだ。彼がカプセルから出られたら、この話を持ちかけてみるか。

 

 

 

 

 

 それからしばらくが経つと、刹那にエクシアのプラモを渡すべく、私は直接刹那とロックオンが泊まっている部屋を訪ねることにした。

 長い舗装路を歩きながら、美玖が何故私についてくるのか疑問に思った。

 

「ふっ、ふふっ……」

 

 さっきから私の腕にしがみついて歩く美玖が、満面の笑みで笑っている。

 胸の感触が柔らかくて気持ちいいのは確かなのだが、ちょっと手に力入れすぎだろ!

 

「み、美玖……?」

 

 恐る恐る彼女に尋ねてみると、彼女がはっとした顔をして私を見上げて「セイエイさんがどんな表情をするのか、楽しみです!」と今更ながら、愛らしい笑顔を浮かべて私に返事をした。

 

「……そ、そうか」

 

 震える声で答えると、ふいに美玖が「着きましたわ」と私に伝える。

 そう、眼前に見える小さな建物が、刹那とロックオンが泊まっている屋敷だ。

 

「刹那、君に渡したいものが――」

 

 そう言いながら「トントン」とノックするとドアが開かれ、我々は互いの顔を見合わせた。

 

「絢瀬悠凪に、鳳凰院美玖か……ん、その袋は?」

「私が探索先で手に入れたものです。君に渡したいと思いまして――」

 

 そう言うと私はRGエクシアの入った袋を刹那に渡す。

 一瞬の後、袋の「中身」を取り出した刹那の目が、キラキラと輝き始めた。

 

「ガンダムのプラスチックモデル……向こう側では『ガンプラ』と呼称しているオモチャです」

「……こ、これは……エクシアの、プラモデル⁉」

 

 箱に印刷されたエクシアのイラストを眺める刹那は、驚きと喜悦が入り混じった表情を浮かべていた。えっと、これは「ガンダムバカ」が「ガンプラバカ」への進化を遂げた瞬間か……と心からそう考えている間に、美玖はもう一つの袋からニッパーとスミ入れペンを取り出した。

 

「セイエイさん、こんなところで立ち話もなんですし……部屋の中でお話しましょう!」

「あ……うん、分かった」

「さあ……悠凪くんも!」

 

 我に返った刹那が小さく頷き、私は美玖に手を引っ張られたまま部屋に入っていくのだった。

 RGキットをプラモ初心者である刹那に作らせて大丈夫なのか、と少し心配していたが、余計な心配だった。箱の蓋を開き、取扱説明書を見ながらランナーを確認し、慎重にパーツをニッパーで切り取る刹那の一連の動きに、迷いは一切なかった。

 

「あっ……セイエイさん。パーツとランナーを繋ぐゲートは少し長めに切り、はみ出た部分をもう一度切る『二度切り』が効果的ですよ」

「そうなのか。分かった、やってみる」

 

 ガンプラ初心者がよくやらかすミスの一つは、パーツをランナーから直接切り出すことだ。

 幸いゲート処理を始め、美玖がしっかりフォローしているので、心配する必要はなかった。

 それから刹那がスミ入れペンを取り、パーツにスミ入れしながら「そう言えば」と、私に一つの疑問を投げかける。

 

「俺たちの戦いは、別の世界ではフィクション作品として描かれていたのか」

「ええ……正直、私も驚きましたよ。もしかすると、私と美玖の旅も何処かの世界でフィクション作品として描かれていたのかもしれません」

 

 刹那は一瞬だけ、驚いた表情を見せたが、すぐに冷静な表情に戻って「そういう可能性もあったかもしれないな」と、小さく呟いた。しばらく私と刹那も黙っていたが、やがてパーツの後処理を行っている美玖がクスクスと笑い出した。

 

「その作品を描いた作者さんが、空想の存在であるはずのMSが別の世界では実在している事実を知ってしまったら、どのような反応を示すのでしょうか……ふふっ……」

「ガンダムを目の当たりにした瞬間に発狂するか、又は卒倒しそうだな」

 

 と、美玖と私が言うと、刹那が微笑みを浮かべたまま口を開いた。

 

「向こう側からすれば、創作物に登場する兵器が現実世界に現れたから、当然の反応だと思う」

 

 それから話を進めると、私と美玖は刹那から、00世界にもプラモデルが販売されていることを知ってしまった。しかしながら、販売されているのは軌道エレベーターやスペースコロニー、資源衛星群などの建築物のプラモデルのみで、軍用MSのプラモデルは販売されていないようだ。

 

「最後はこのパーツを取り付けて――」

「ええ、これで完成ですね!」

 

 約3時間後、我々は机の上に並んでいる2体のガンプラを凝視していた。

 私のRGフリーダムはともかく、刹那が組み上げたRGエクシアはガンプラ初心者とは思えない程の見事な出来栄えだった。美玖がしっかりフォローしてくれたおかげでもあるが、刹那も意外と器用だな、と私がそう思った瞬間――。

 

「これが、エクシア……俺のガンプラ……!」

 

 エクシアを凝視しながら、ガンダムバカが何かを呟いていた。

 まるで空想癖の少年でも見守る微笑ましい気分で、私は笑い、美玖は口を開いた。

 

「ふふっ……セイエイさんは嬉しいそうですね」

「エクシアを見ていると、何故か……今までにない達成感が湧き上がってくるのを感じた」

 

「それは自分で作ったガンプラだからでしょうか?」

「いや、お前たちのおかげでもある……ありがとう」

 

 あの無口で無愛想な刹那が言うような言葉とは思えなかった。しかも、満面の笑顔で。

 本来の歴史の刹那に比べたら、随分と丸くなったような気がする。我々が組み上げたガンプラを観賞している最中に、部屋の外からドアをノックする音と、ロックオンの声が聞こえた。

 

「刹那、起きているのか?」

「ロックオンか……入ってくれ」

 

 振り向きざまに刹那が返事すると、ドアが押し開けられ、ロックオンが部屋に入ってきた。

 美玖が席から立ち上がって「こんにちは、ストラトスさん」と丁寧に挨拶し、片手を上げて挨拶を返したロックオンは、すぐこちらに視線を向けた。

 

「ロックオン・ストラトス……」

「へー、悠凪もいたのか。お二人さん揃って――こ、これは⁉」

 

 机の上に並んでいるフリーダムとエクシアのガンプラに目を奪われたロックオンだった。

 こうして、机の前に座って、2体のガンプラを観賞する人が、また一人増えた。

 

 ロックオンは興味津々に2体のガンプラを睨みつけながら「こりゃすげぇな、何分の1スケールなんだ?」と私に尋ねてきて、私は「1/144スケールです」と返事をした。

 

「なあ……このエクシアを作ったのは刹那なのか?」

「いや、絢瀬悠凪と鳳凰院美玖と一緒に作った……」

 

 刹那が微笑む。

 その表情を見て、ロックオンは始めポカンとして、それから刹那の肩を叩いて言った。

 

「年頃の青少年らしくなったじゃないか、刹那。今すごく自然でいい笑顔だったぞ!」

「そ、そうなのか。ロックオン」

「ああ、お前だって見たこともないようないい笑顔だった」

 

 ロックオンが笑っていた。

 嘗てはクルジスの少年兵として戦場を駆け抜け、まともな生活を過ごせなかった刹那が同じ年の青少年のような笑顔を浮かべている。刹那は良い方向に変わっている、実に微笑ましい光景だ。

 

「そう言えば、刹那。向こう側の世界に行ってみたいと思いませんか?」

「ああ、行ってみたいと思う。ガンプラのある世界に……」

 

 振り向いて即答する刹那。

 

「行きたいって……まさか、ガンダムで行くつもりじゃないだろうな⁉」

「それは目立ちすぎますね……だが、他の移動手段が――」

 

 私が言うと、ロックオンが何かを思い出したように私に言った。

 

「いや、手段はある。プロフェッサー・エイフマンとイアンさんが作った『アレ』ならば――」

「ロックオン・ストラトス……『アレ』とはなんでしょうか?」

「アンタが出かけていた間に、二人が公園区画に建てたリング型の機械だ。直接見た方が早い」

 

 その直後、我々はレールハイロゥに乗って公園区画に移動したのだった。

 

 

 

 

 

 ロックオンの話によると、リング型の機械は公園区画の最奥に建造されたらしい。

 そして最奥に向かって歩いてくと、草地に設置されたクロスゲートの形を模倣した、直径約2mのリング構造物が視界に入ってきた。周囲をよく見ると、ここはアルセイユが不時着した場所だ。

 

 クロスゲートらしき構造物の周りには、数十機のグレーハロが手を伸ばして「ハロ、ハロ!」と無機質な機械音声を発しながらゲートを整備している。

 私にとっては見慣れた光景だが、はたから見れば相当シュールな光景かもしれないな。

 

 そして、その付近には、タブレットを操作しているエイフマン教授とイアンさんの姿があった。

 そこから遠くない場所には机が置いてあり、スメラギたちがモニターを眺めている。アレルヤはトリニティ兄妹と共に、機材を運搬しているようだ。

 

「エイフマン教授、これ機械は……?」

「これはフリーダムの次元転移システムを解析し、その機能を可能な限り再現した転移門じゃ」

「絢瀬さん、これが転移門の図面です」

 

 エイフマン教授が返事すると、クリスが転移門の図面を呼び出し、それを見て私は息を呑んだ。

 この転移門は、フリーダムに搭載された次元転移システムと同じ原理で動くものだったからだ。

 

 しかしながら、この転移門には幾つかの欠点があった。

 フリーダムの次元転移システムと同じく、既に観測された世界にしか転移できない。データ不足分によって転移先の座標にズレが生じる可能性もあった。それに加え、移動中の物体内部にワームホールを開くことができず、出口のワームホールは30秒しか維持できないとのこと。

 さらに……こちら側に戻るワームホールを開くには「特別な装置」が必要のようだ。

 

「教授、ここに書いてあった『特別な装置』とは何ですか?」

「それは次元アンカーじゃ……ハプティズム君、箱の中身にあった棒とコンソールパネルを持って来てくれんか?」

 

 エイフマン教授の頼みに、アレルヤが頷く。

 地面に置いてあった箱から長さ50cm程の金属棒2本とコンソールパネルを取り出し、エイフマン教授に手渡した。手にした2本の棒を連結させ、コンソールパネルを先端に取り付くと、それを草地に突き立てる。

 

「イアンよ、転移門を起動してくれ。リンク先はこの次元アンカーじゃ」

「……起動完了っと。フェルトとクリス、モニターから目を離すなよ!」

「「はっ、はい!」」

 

 転移門の金属フレームが鈍く輝き始め、ワームホールが形成された。

 同時に、草地に突き立てた次元アンカーも、銀色に輝き始めた。

 

「よし……絢瀬君、ワームホールを一回通過して見てくれ」

「分かりました……」

 

 私が教授の指示に従い、転移門が生成したワームホールを通過する。

 すると、次の瞬間――私は美玖の正面に立っていたことに気づいた。

 

「ゆ、悠凪くん⁉ いつの間に⁉」

「あっ、驚かせてしまったかな?」

 

 不本意ながら、美玖を驚かせてしまったようだ。

 

「もう……悠凪くんったら、意地悪いですね」

 

 と、頬を膨らませてそう言った後、美玖がワームホールの方へ歩いていき――。

 

「――先程の仕返しです!」

 

 後ろから声が聞こえる――振り返ると、草地に突き立てられた次元アンカーの隣にワームホールが開かれ、間髪入れずに美玖が飛び出てきた。身体をぶつけられて、バランスを崩してしまった。

 

 花畑に倒れた私は、まんまと美玖に馬乗りにされてしまった。

 そう、仰向けの男の上に女が跨るという構図だ。

 

「んふ、美玖さんは相変わらず大胆だよね……」

「見ているこちらも恥ずかしくなる雰囲気だわ」

 

 それは、ネーナとスメラギの感想だった。

 

「フェルトは未成年だから、見ちゃダメよ!」

「そう言えば刹那も未成年だ。こっち来い!」

 

 顔を真っ赤にしたクリスが、フェルトの目を手で覆う。

 その一方で、慌てたロックオンが刹那をクリスたちの方に連れて行った。

 

「えっ……ろ、ロックオン?」

「だから、お子様には早いって……!」

 

 ロックオン・ストラトス……君は刹那のお父さんなのか⁉

 

「ったくよ……そこのお二人さん、乳繰り合うなら部屋でやんな!」

「ち、乳繰り――急に何を言い出すのですか、ハプティズムさん⁉」

 

 いつの間にか、ハレルヤまで出てきた。

 その言葉にいじられ、恥ずかしさに顔を赤らめた美玖は、振り向きざまに言い返した。

 

「ほっほっほっ、若いってのはいいのう……」

「全くだぜ、見ているだけで若い頃のワシとリンダのことを思い出すな!」

 

 エイフマン教授とイアンさんまで……もう、ツッコミはやめた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 それにしても、データを解析しただけでここまで再現するとは。

 やはり、この二人は……凄い!

 

 その後は調整を行いつつ、起動テストを繰り返していた。

 美玖がクリスやネーナと一緒に、ハロをバスケットボールのようにワームホールに投げ込んだりしていた。本人たちが楽しんでいるので、見ているこちらも楽しい気分になった。

 

「ロックオン、ハロを……貸してもらってもいい?」

「ははっ……ハロ、フェルトとみんなと遊んでやれ」

「ワカッタ、ワカッタ!」

 

 ロックオンからオレンジハロを借りたフェルトも、ボール合戦に参戦した。

 女子4人が仲良し。傍から見ているだけで、思わず微笑んでしまう光景だ。

 

「この転移門を使えば、俺たちも元の世界に帰ることができるんだな。スメラギさんよ」

「ええ、ラッセの言う通りよ。でも、帰った瞬間に捕まえられてしまう可能性があるわ」

 

 ラッセとスメラギが話していると、ハロをフェルトに貸したロックオンがこちらに歩いてきた。

 

「俺たちは国連軍に壊滅させられたことになっているんだ……今は、ここでじっとした方がいい」

「そうね。それにトレミーを失われた以上、例え武力介入できたとしも、補給には問題があるわ」

 

 彼らの悩みも理解できる。

 遊撃戦や後方支援目的で活動するフェレシュテと違い、チームプトレマイオスはガンダム4機とトレミーという移動拠点があればこその部隊だ。拠点という要を失われた以上、活動に支障が出るのも無理はないだろう。

 

「転移門の調整が終われば、向こう側の世界に行けるようになるな、悠凪」

「ええ……刹那の社会勉強の為に、ですね?」

 

 私がそう言うと、ロックオンが身体を折り曲げて笑い出した。

 

「社会勉強ねえ……確かに、あのきかん坊には必要なものだな……ははっ……はははっ……」

 

 

 

 

 

 2日後の昼、私と美玖は刹那とロックオンを連れ、エイフマン教授によって調整された転移門で向こう側の世界に転移した。

 

 生成されたワームホールを通過した先に広がるのは、浜松湖の景色だった。後ろに振り向くと、豪奢な建物が我々の視界に入ってきた。外は一面の緑に覆われており、建物内に人の気配はまるでなく、鳥の囀り声だけが散漫に空気をかき回している。

 

 3階建ての建物は高級感のある白い大理石で作られており、幅は200m近くある。正面玄関の前に車寄せを備えている。柵付きの壁は、長い風雨に耐えてきたことを教えて灰色に染まり、その背景には青空と雲が広がっている。広場の噴水が動作しているさまを見るに至っては、私の脳内に「富裕」の二文字を浮かび上がらせる程の壮大さがあった。

 

 そして、門の横に立ててある看板には「私立ノーブル学園」と書いてあった。

 そう、ここはシルヴィが通っている、貴族たちの通う学園だ。

 

 今日は8月20日――日曜日だから、中に誰もいないのは当然か。

 

 学園を離れた我々は、丘の下へ続く舗装路を通って、商店街にあるプラモ屋に辿り着いた。

 この前、私とシルヴィがガンプラバトルを行っていたお店だ。

 

「どうしたんだ、刹那?」

「このガンプラは、0ガンダムに似ている」

 

 店内に入った途端に、刹那は棚に飾っている、0ガンダムに似たガンプラに目を奪われた。

 全身を灰色で塗装されたガンプラは、平坦かつ直線多めで構成されており、ガンダムタイプではあるが、量産品的な硬さを感じさせる。右手にライフル1丁、左手にシールド1枚という一般的な武装しか持たず、サーベルを2本マウントしている以外は0ガンダムと完全に一致している。

 

 小説版ファーストガンダムではアムロ・レイの搭乗機となるガンダム。

 その名前は――。

 

「形式番号はRXー78ー3。機体名はGー3ガンダムです」

「そうなのか。だが、形式番号に3を付けられていることは、このガンダムは――」

「ええ……劇中では、同型機が複数生産されています。Gー3は、その3号機です」

 

 私が説明すると、刹那は棚に飾っているガンプラをしげしげと観察し始めた。

 彼の視線を追い、ロックオンはガンプラから目を離せずに「ガンダムってのは色んな種類があるよな」と驚きと感心の入り混じった声で呟いた。

 

「こちらの棚には悠凪くんのフリーダムと、ストラトスさんのデュナメスが飾ってありますよ」

 

 声をかけてきた美玖の方に近寄ると、我々は棚の最上階を見上げる――「自由の翼」と「深緑の狙撃手」は、そこにあった。

 

「デュナメス! デュナメス!」

「あっ、本当だ……!」

 

 軽快に床を跳ねるオレンジハロが叫び、ロックオンが小さく呟く。

 

 背中の能動性空力弾性翼を大いに広げ、ビームサーベルを構えたフリーダムの姿は、戦場に舞い降りる機械天使そのものだ。一方、デュナメスの腰部スラスターとなる部分が、キュリオスのGNミサイルコンテナになっており、その手に構えた巨大なビームライフルは――。

 

「まさか超高高度狙撃銃までご丁寧に再現されているとはな……!」

「えっと……『天を穿つ深緑の狙撃手』と名付けてはいかがでしょうか?」

「へー、お嬢はセンスがいいね」

 

 成層圏の向こう側まで狙い撃つ男(ロックオン・ストラトス)にとっては、この上なく相応しい異名だった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 それから私が店員に「バトルシステムを貸していただきたい」と声をかけると、全員が中規模のバトルシステムが設置されている個室に案内された。

 

「君の対戦相手は私がしますよ、刹那」

「――ま、まさか⁉」

 

『Gunpla Battle combat mode, startup. Model damage level, set to C.』

 

 英語の機械音声が部屋中に響き渡り、それに驚かされた刹那が私を見つめる。

 

「が、ガンプラ……バトル⁉」

「そう……これは、自分で作ったガンプラを操縦して戦うゲームです」

 

 そう言いながら、私はポケットに入っているフリーダムを取り出す。

 私の意図を理解した刹那は迷いなく、エクシアを取り出した。

 

「挑戦を受ける!」

 

 私と刹那がバトルシステムの指示通りにGPベースを設置すると――バトルシステムから大量のプラフスキー粒子が放出された。

 横で見ているロックオンは、難しそうな顔をしながら、腕を組んで考え込んでいるようだ。

 

「どうかしましたか、ストラトスさん?」

「なんだか、GN粒子に似ているな……」

 

「ちょっと違いますわね。このプラフスキー粒子は反粒子同士の結合によって生成された、プラスチックにのみ反応する粒子だそうですわ」

「そうなのか……お嬢は物知りだな……」

 

 美玖とロックオンが粒子の話をしてる間に、フィールドの生成が完了した。

 

『Field 3, Forst. Please set your Gunpla.』

 

 指示通りにガンプラをバトルシステムに設置する。

 私がアームレイカーを手に握った瞬間、バトル開始の知らせが部屋中に響いた。

 

『Battle start.』

 

「エクシア、刹那・F・セイエイ、出る!」

「絢瀬悠凪、フリーダム、出る!」

 

 つづく




戦闘シーンをもっと迫力を持たせるように書きたいので、ガンプラバトルは次回お預けです。


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第29話 ガンプラマイスター

お題が思い浮かびませんので、今回は読者の皆様の感想から拝借させて頂きました。


「エクシア、刹那・F・セイエイ、出る!」

 

 刹那が左右のアームレイカーを押し上げて、自分の愛機のガンプラ――ガンダムエクシアを発進させた。背中のコーンスラスターからGN粒子を放ちながら、エクシアの機体が森林の上空を駆け抜けていった。ブラフスキー粒子によって生成されたメインスクリーン・モニターの映像が流れ、自然の景色が刹那の網膜に映る。

 

 ブラフスキー粒子によって生成されたフィールドの景色とはいえ、本物と見違える程のリアルさを感じさせる。3つのスクリーンに映し出された青き空と広大な森林を見ていると、まるで自分がエクシアのコックピットに乗っているかのような錯覚さえ覚えた。

 

「操縦方法は本来のエクシアと大差ない。武装は――」

 

 刹那がアームレイカーを動かすと、サブモニターに武装の選択画面が映し出された。

 1番目のスロットはGNバルカン、続いて2番目はGNビームサーベル・ダガー。3番目はGNソード、4番目はGNロング・ショートブレイド。そして、5番目のスロットはエクシアの最大の切り札――トランザムシステムである。

 

「武装の構成はエクシアと全く同じか……ん、接近警報?」

 

 突如、警報音が鳴り響き、正面のスクリーンに拡大投影された目標の数は、一つ。

 センサーが捉えられるぎりぎりの距離である為、まだ粗い映像でしかないが、照合データに表示された「ZGMFーX10A」の形式番号は明瞭に読み取れる。

 背中の翼を大いに広げ、まっすぐこちらに向かっているその機体は、世界を越えた戦友であり、自分が友人だと思っている男の愛機――フリーダムガンダムである。

 

 映し出されたフリーダムが手に持ったビームライフルを構え、こちらに向けて一射した。

 フリーダムは射撃戦に特化した機体である為、遠距離に於ける戦闘は白兵戦に特化したエクシアにとっては非常に分が悪い。何とか距離を詰めないと厳しい、と判断した刹那は、自機に急制動をかけた。GNシールドを突き出しながら、直進する熱線に向けてエクシアを突進させ――。

 

「エクシア、戦闘を開始する!」

 

 と、刹那は口中で呟いた。

 背中のコーンスラスターからGN粒子が噴出し、ビームの熱線を防いだエクシアはフリーダムに向けて速度を上げ、折り畳まれていたGNソードを展開するのだった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「まっすぐ突っ込んでくるか……ならば!」

 

 牽制のビームライフルを連射するものの、刹那が操るエクシアは減速の気配を見せず、まっすぐ相対距離を詰めてくる。ここから先は白兵戦になると判断した私は、右手にビームサーベルを抜かせると同時に、2門のクスィフィアスを斉射する。

 

 レールガンの砲弾は通常の実弾兵器より弾速が速い上、貫通力にも優れている。その為、直撃時の破砕力はビーム兵器より大きい。シールドを破壊できなくとも、爆風や衝撃で体勢を崩すことができる。そして、エクシアが砲弾の直撃を受け、ガード体勢が解かれた瞬間――。

 

「もらいましたよ、刹那」

 

 と、呟いた私は、照準のサークルをエクシアの腹部に合わせる。

 グリップからビームが発振され、刀状の粒子束を形成すると、文字通りサーベルとなったそれをエクシアの腹部に打ち込む。だが、確実に腹部を捉えたと思った斬撃が空を斬ってしまった。

 

『――背中は、もらったッ!』

「ほう……対応が速いですね」

 

 僅か一瞬で、刹那に背中を取られてしまったが、事前に動きを読んだ私は最小限の動きでそれを回避した。刹那も回避されるのを予想していたらしく、GNバルカンを目くらましに使うと、スラスターを噴かしてフリーダムの上を取る挙動を見せる。

 

『――これで!』

 

 と、機体を上昇させたエクシアは、腰部にマウントしたGNショートブレイドを投擲してきた。

 投げナイフのように投擲してきたそれを、私は即座に左手のビームライフルで狙撃する。彼方に咲いた爆発の光輪を目撃した瞬間、それを突っ切ったエクシアが突き飛ばすような勢いで間合いを詰めてきて、私もフリーダムの機体を加速させた。

 

 ――武装選択……フルバーストモード!

 

 エクシアとすれ違いざま、機体を回転させながらほぼ直角に進行方向を転じた直後、その頭上に目掛けてフルバーストを撃ち込んだ。GNシールドを突き出して防いだものの、フリーダムの全力砲撃を耐え切れないエクシアのGNシールドが爆発四散し、無数の細かな破片と化した。

 

 GNシールドを損失したとはいえ、エクシアの本体は無傷だった。

 風が黒い煙を吹き払い、右手にGNソード、左手にGNロングブレイドを提げたエクシアが姿を現し、こちらに突進してきた。

 背中から大量のGN粒子が噴き出し、その中央にある頭部のデュアルアイ・センサーがキラリと輝く。ライフルモードに切り替えたGNソードを連射しつつ突っ込んでくるエクシアに、私はあらゆる火器を操って応射する戦法を取る。

 

 そう、エクシアが放ってくる粒子ビームを、こちらのビームで撃ち落としてやればいいのだ。

 

 

 

 

 

 それから2機のガンダムは、森林の上空を縦横無尽に駆け回りながら、互いにビームライフルを撃ち合っていた。背中の翼を大いに広げ、ハイマットモードに移行したフリーダムは、エクシアが放った粒子ビームをピンポイントで次々と撃ち落としていく。

 

 衝突した熱線の奔流が一瞬だけの閃光となって、そして消えていった。

 

「悠凪くん、凄い……!」

「ピンポイントでビームを撃ち落すとは……こりゃすげぇな!」

 

 と、横で観戦している美玖とロックオンは半ば驚き、半ば感心したように呟いた。

 

 悠凪が操るフリーダムは、小刻みに動いて的を絞らせず、左手に持ったビームライフル、2門のバラエーナと2門のクスィフィアスを巧みに操り、エクシアに波状攻撃を繰り出す。GNシールドを損失した上で遠距離からの砲撃に翻弄され、エクシアは回避を強いられることになった。

 

「ん……刹那が、笑っている⁉」

 

 そこでロックオンが、刹那の表情に気づく。

 悠凪と一戦を交えることと、そして「ガンプラバトル」という遊び自体に、刹那は興奮を覚えたのかもしれない。これは、一種のトランス状態だったと言ってもいいだろう。

 そして、その顔に浮かべた笑みはいつもとは違い、外見や本人の過去からは想像もできないほど幼く、何より純粋だった。そう、刹那はこの状況を、この遊びを心から楽しんでいるのだ。

 

 あの無口で無愛想な刹那が、年頃の青少年みたいに笑えるようになり、丸くなっていた。

 最大の功労者は、間違いなくこの二人だ……そう、今でも言える――。

 

「(アンタとお嬢と出会えて、本当に良かったな)」

 

 ロックオン・ストラトスは、万感の想いを込めて心中に述べた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 その一方で、戦況はクライマックスへと突入していた。

 

「撃ち合いではこちらに分が悪い、ならば……!」

 

 フリーダムの分厚い弾幕を突破し、こちらの間合いに入り込みさえすれば勝機はあると、刹那は考えていた。その手段はエクシアにはすでに持っており、刹那もその使い方を心得ていた。

 

「回避だけでは、私には勝てませんよ。刹那」

「ああ、射撃戦ではお前には敵わない。だが、俺のエクシアには――切り札がある!」

 

 刹那の言葉と共に、機体を赤色に光らせたエクシアはジグザグの軌道を描き、折り畳まれていたGNソードを展開してフリーダムに斬りかかった。だが、それ以上に素早く行動したフリーダムに先手を取られ、後退をかける間もなく「アンビデクストラス・ハルバード」に掠められた。

 

 今は両端からビーム刃を放出するモードに設定されているが、これは通常MSの身長の倍以上の刃渡りを持つ巨大ビームサーベルにもなれることを、刹那はとうに知っている。それでも、刹那は臆することなく、フリーダムに向けてエクシアを突進させ――。

 

「うおおおおおっ!」

 

 裂帛の気合いと共に、互いの獲物が衝突する。一時的とはいえ、トランザム中のエクシアの機体性能は、フリーダムを上回っている。機体性能のアドバンテージのお陰で、何とか間合いを詰めることができたが、どんな手を打ってくるか分からない。

 

 ならば、こちらから先制攻撃を……!

 鍔競り合いをしているそこで、刹那は左手に握ったGNロングブレイドを横薙ぎに走らせ、連結ビームサーベルを掴んでいたフリーダムの右腕が、上腕部から切り離される。

 左腕のみになったフリーダムが素速くエクシアのから離れていく。宙を舞うサーベルの柄を回収すると、フリーダムは追撃しにきたエクシアに機体を正対させる。

 

「やりますね……刹那」

「それはお前も同じだ」

 

 互いに実力を認め合う二人。

 そう言い終えると、フリーダムは左手に持ったビームサーベルを掲げる。

 

「宴は必ず終わりがあります、それは試合も同じですよ」

「ああ、決着を付けよう!」

 

 ガンプラバトルにおけるガンプラの性能は、その情報量や完成度に比例する。両機ども同一規格なら、トランザム中のエクシアの性能にアドバンテージがある。だが、パイロットとしての技量は悠凪の方が一枚上。どっちが勝つのか。正直、予想するのは非常に難しいと、美玖とロックオンも同じ意見を出した。

 

 刹那は左手のGNロングブレイドを振り上げ、接近してきたフリーダムに振り下ろした。

 だが、フリーダムがビームサーベルを振るって、刃を跳ね返す。

 

 その勢いに負け、GNロングブレイドがエクシアの左手から零れ落ちた。

 

「――まだだ!」

 

 刹那の攻勢は、まだ終わっていない。

 機体を横ロールさせ、フリーダムが回避運動に入る。その姿勢制御スラスターの光から次の移動軌道を読み、エクシアのGNバルカンが先回りの火線を閃かせる。

 

 そしてフリーダムの機影を追っていくと「ほう……」と弾けた無線の声を刹那は聞いた。感心と喜悦が入り混じった悠凪の声にひやっとし、彼は本気を出し切っていると思った途端、不意に身を翻したフリーダムが斬撃を繰り出してきた。

 

「(あの構え方は、ソードスキル⁉)」

 

 刹那とロックオンにとっては、只の連続攻撃にしか見えないのかもしれないが、美玖にとっては見慣れた光景だ。ビームサーベルを肩に担いで腰を落とす――この構え方は、ソードスキルを発動する直前の姿勢である。

 一体どんな攻撃を繰り出すのだろう、と思った途端に、袈裟斬りの勢いを殺さずに腕ごと大きく振った二撃目を目撃した美玖は、一つだけの答えが脳内に浮かんだ。

 

 片手剣七連撃秘奥義「シャドウ・エクスプロージョン」

 ゲーム作品『SAOReHF』に登場するオリジナルソードスキルで、特定のクエストをクリアすると使用可能な必殺技とされている。悠凪はこの技で、勝敗を決めようとしているのだ。

 

 三撃目まで防いだエクシアだったが、次第に体勢が崩れてしまい、フリーダムがエクシアを両断するように袈裟斬りに光刃を走らせる。だが、それは刹那が咄嗟に引き抜いたGNビームサーベルによって止められた。

 

 すかさず機体を転回させたエクシアが、素早く間合いから離れる。

 その挙動を逃さず、スラスターを焚いたフリーダムが瞬時にエクシア背後を取り、四撃目を叩き込む。後ろに向き直ったエクシアはGNソードで受け止めて見せるが、スっと切れ目が入ったかと思うと、剣が真っ二つに断たれた。

 

 スクリーン越しに折れたGNソードを眺める刹那は、ある事に気づいた。

 

「全く同じ場所に、三回の斬撃を打ち込んでいたのか⁉」

 

 武器破壊――これは偶然なのか、それとも狙っていたのかは分からない。

 だが、戦えば戦う程、刹那は悠凪の技量に感心せざるを得ないのである。

 

「私の攻撃は、まだ終わっていませんよ。刹那」

 

 一瞬、フリーダムのデュアルアイ・センサーがキラリと輝き、ビームサーベルの光刃が足元から掬い上げてくる。それに驚かされた刹那は、夢中でアームレイカーを引いた。間に合うタイミングではなかったが、一拍早く機体を上昇させたエクシアは危険域から離脱していた。

 

 五撃目が紙一重の差で空を斬り、石竹色の残光を青空に刻む。

 だが、続けざまに振るった六撃目を躱し切れずに、左腕を丸ごと持っていかれてしまう。

 

「これで、終わりです!」

 

 驚く間もなく、ビームサーベルの光刃がスクリーンと、刹那の視界を占拠した。

 負けた、と覚悟した刹那だったが、直後にシステムの機械音声が部屋中に響き渡り――。

 

『Over the time limit. Battle ended.』

「「時間キレ! 時間キレ!」」

 

 ハロとオレンジハロが復唱している中、バトルシステムが機能を停止したのだった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「エクシアもフリーダムも、無傷だと……⁉」

「ダメージレベルは『C』に設定してますので、ガンプラ本体にダメージはありませんよ」

 

 破損されたはずの箇所が完全に無傷のままだったことに、刹那は疑問を禁じ得なかった。

 後に私が説明すると、刹那は安心したようにため息をつき「そ、そうなのか」と呟いた。

 

「あと1秒残っていたら、俺は負けていた」

「ならば、今回は引き分けとしましょうか」

 

 そう言って私と刹那は、握手を交わした。

 

「――わたしも、悠凪くんと一戦交えたいですわ」

「でも、君はガンプラを持ってないな。お店のガンプラをレンタルするか?」

「うん……悠凪くんはここで待っててください、すぐ戻りますから!」

 

 我が妻の要望に応じて、二回戦のガンプラバトルを行うことになった。

 ガンプラを持ってない彼女はバトル用のガンプラをレンタルすべく、部屋を出ていった。

 

 美玖がどんなガンプラを選ぶのか……楽しみだ。

 

 

 

 

 

 バトル用のガンプラを物色している美玖は、棚の最上階に飾っているガンプラに魅了された。

 

「金色の、ガンプラ……!」

 

 金色――それは何者にも侵されない、一辺の曇りもない無垢な輝きである。

 

 直線と平面からなる量産品的な輪郭を持ちながら、装甲全体に渡って複雑な面構成と鏡面加工が施されており、金色の彫像といった繊細な印象を保っている。額から突き出た、鶏冠をモチーフにした一本角もオブジェのような面妖さで、神秘的な面持ちをこのガンプラに与えていた。

 

 縦に屹立する大型シールドを2枚、背部に負って立ち尽くすさまは、両翼を閉じた鳥の姿を想起させる。その下部には、鳳凰の尾をイメージしたテール・スタビライザーが取り付いている。

 

 白き一角獣と黒き獅子、彼らにつづく三人目の兄弟であると同時に、ソロモン72柱に登場する不死鳥がモチーフとなっているガンダム。

 

 そして、偶然ながらも、自分の苗字と同じ名前が冠されたガンダムでもある。

 

「ユニコーンガンダム3号機――フェネクス(鳳凰)

 

 つづく



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第30話 黄金の不死鳥

 美玖が選んだのは、金色のガンプラだった。

 宇宙世紀0095年、試験用に先行納入されたフル・サイコフレームの素体を元に、白い1号機と黒い2号機の建造データを反映して、地球連邦軍が独自に組み上げた金色のユニコーンガンダム3号機――フェネクス。

 

「なぁ刹那……あの金ピカって、あの時のガンダムに似ているよな?」

「――いや、2枚のシールドはあるが……形が全然違う」

 

 あの戦いを思い出したロックオンに答えつつ、刹那は納得いかないという顔で頭を掻かく。

 美玖の掌にあるこのガンプラは、間違いなくあの戦いに現れたユニコーンガンダムの同型機ではあるが、ユニコーンタイプには二つの形態がある。

 

 それはガンダムの記号が隠れる一本角の「ユニコーンモード」と、ガンダムであることを完全に現す「デストロイモード」の二つの形態だ。

 今のフェネクスは前者だから、刹那に形が全然違うと言われても仕方ないと思う。

 

「そう言えば、お嬢……このガンプラはなんて名前なんだ?」

「ユニコーンガンダム3号機――フェネクス、だそうですわ」

 

 美玖が答えると、ロックオンがフェネクスを見つめて、言う。

 

「へー、苗字繋がりか」

「そうですね……まあ、一応フリーダムもありますが、悠凪くんと被るのは嫌だから――」

「だから君は、自分と苗字繋がりのフェネクスを選んだのか?」

 

 私がそう言うと、美玖はゴクリと頷いた。

 確かに、機体が被ったらややこしくなるから、違うガンプラを選ぶのも理解できる――が、よく見たら、アームド・アーマーDEの内側に青色のクリアパーツと可動ギミックが付いている。

 

 このフェネクスは、デストロイモードに変身できると考えていいだろう。

 HGは変身できないから……もしかすると、RG?

 

「美玖、ちょっとフェネクスを貸して」

「あっ、はい。どうぞ……」

 

 慎重にフェネクスを受け取る。

 そして、肩のパーツを軽く引っ張ってみると――装甲の拡張と共に、内部に隠されていた青色のクリアパーツが露出し、外から見えるようになった。これで、このフェネクスはRGであることがはっきりと分かった。

 

「ねえ、悠凪くん……わたし、もう待ちきれませんから、早く始めましょう!」

「じゃあ、早速ガンプラバトルを始めるとしよう」

 

 

 

 

 

『Battle start.』

 

 と報告した英語の機械音声が、バトルシステムから発せられた。

 

「絢瀬悠凪、フリーダム、出る!」

「鳳凰院美玖、フェネクス、行きます!」

 

 フリーダムを発進させると、宇宙に散乱する戦艦の残骸が視界に入ってきた。

 いつでもビームライフルを撃てる態勢を維持したまま、私はセンサーで捉える距離までそれらを凝視した。マゼラン級戦艦と、サラミス級宇宙巡洋艦の残骸のようだ。

 このフィールドはルウム戦役の跡地がモチーフとなっているのかもしれない。

 

「さて、フェネクスはどう出て――」

 

 ふいに、微かに閃いたスラスター光が虚空に尾を引き、私は先の言葉を呑み込んだ。一瞬の後、遠方から飛来する金色のビームが残骸を穿ち、爆発光が闇を灼いた。引き裂かれた残骸が、爆風に乗って奇怪な舞踊をしつつ、高速で飛散する。

 

 先手を取られた、と驚愕のあまりに機体を後退させて周囲に目を走らせた私は、爆発光とは違う青い光を視界の端に留めた。爆発光ともスラスター光とも違い、燐光に似た青い光を纏った金色の機影が、こちらに接近してくる。

 

「――速い⁉」

 

 続けざまに飛来するビーム光にひやりとしつつ、私は口中に呟き、反撃とばかりに応射のビームライフルを放った。一撃、二撃、フリーダムのビームライフルが火を噴く。緑色の閃光が一瞬だけ閃き、蒸散した細かなデブリが無数の光輪を弾道に刻む。

 

 ――追われる側でなく、追う側に回るんだ!

 そのつもりでライフルを撃ち続けたが、宙を舞うような軽やかなステップを見せたフェネクスに命中するはずもなく、ターゲットロストの警告がメインスクリーンに表示された。

 

 索敵センサーに反応なし。

 どっと冷汗が噴き出すのを感じながら、私は左右のスクリーンに目を走らせた。

 

「(何処だ……何処にいる……?)」

 

 と、焦りに駆られて三撃目を放ち、すかさず機体を横ロールさせた私は、斜め後ろで凶暴な光が爆ぜるのを見た。至近距離を掠めたビームがフリーダムの全身を照らし、装甲に当たった残粒子がカンカンと小石のような音を立てる。

 

 一瞬、メインスクリーンにフェネクスの機影が映り、私はアームレイカーを握り締め――。

 

「そこだ、当たれ!」

 

 フリーダムを移動させつつ、バラエーナを一射する。

 赤色の光条が虚空を裂き、ひらりと身を躱したフェネクスがデブリの中に浮かび上がった。

 

「……ん、外れたか」

 

 再びビームライフルのトリガーを引く。機体の向きをこちらに正対させたフェネクスが、右側のアームド・アーマーDEを突き出して、ビームの軌道を屈折させた。間違いなく直撃コースだったにも拘らず、まるで見えない力場に弾道を捻じ曲げられたかの如く。

 

 その力場の正体は「Ⅰフィールド・バリア」

 ビーム兵器に対し鉄壁な防御性能を誇るバリアだ。

 

 間髪を容れず、フェネクスは左腕に装備したビームサーベルを引き抜き、背部スラスターを全開しながら近づいてくる。懐に入り込まれた、と思った瞬間、美玖の息づかいが通信に響き『当たらなければ――』と、微妙に得意げな声音が私の耳を打った。

 

『どうということはありませんわよ!』

 

 それはファンから「赤い三冠王」と呼ばれる男――シャア・アズナブルの名台詞だった。

 同時にフェネクスのデュアルアイ・センサーがキラリと輝き、すれ違いざまの斬撃を繰り出してきた。咄嗟の判断でアームレイカーを動かして、危険域から離脱することができたが、ビームライフルを両断されてしまった。

 

 ――武装選択……ビームサーベル!

 

 断たれたビームライフルを投げ捨て、ビームサーベルを振り出しつつフェネクスに突進する。

 こちらに合わせるかのようにフェネクスもビームサーベルを抜き放ち、ぶつかり合うサーベルの干渉波が人工の雷鳴を轟かせていた。2本の光刃が矢継ぎ早に交錯し、飛散した高エネルギー粒子が光の鱗粉になって周囲に降り注ぐ。

 

「当たったとしても、さっきのようにⅠフィールドに防がれてしまうだろうな」

『ふふっ……』

 

 美玖の微笑む声が耳に響き、同時にフェネクスの装甲の隙間から青い燐光が染み出し――。

 

「なっ、なにぃ⁉」

 

 見えない斥力場に弾かれたように、フリーダムが後方に大きく吹き飛ばされた。

 こちらが体勢を立て直すと、虚空に静止しているフェネクスが――。

 

 

 

 

 

 悠凪くんに尽くしたい、全てを捧げたい……今でも、そんな気持ちが一杯です。

 そして今、わたしは――この試合で悠凪くんに勝ちたい!

 

「悠凪くん……わたしの気持ちを、ちゃんと受け止めてくださいね」

 

 サイコ・フィールドの斥力場に吹き飛ばされたフリーダムを凝視しつつ、美玖はアームレイカーを繰り、武装選択の画面から「NT-Dシステム」を選択する。

 一瞬で、メインスクリーンの中央に「NT-D」の文字が浮かび上がり、ガンプラの状態を示すコンディション・モニターに図示される機体のシルエットが見る見る変化していく。

 

 各部装甲がスライドし、背面に収納されたビームサーベルのグリップが持ち上がる。続けざまに二つに裂けた一本角がV字に展開し、併せて頭部両脇のパーツが半回転する。フェイス・マスクの下から現れたデュアルアイ・センサーが人間の目を模して閃くと、スライドした各部装甲の隙間から青い燐光が迸り――黄金の不死鳥が今、ガンダムへと変身した。

 

「へ、変形……いや、変身したのか⁉」

「色は違うが、あの時のガンダムだ……間違いない!」

 

 一本角が左右に割れ、ガンダムに姿を変えたフェネクスを眺めつつ、ロックオンは驚いたように呟く。刹那は自分たちの窮地を救った、謎の白いガンダムを思い出しながら呟いた。

 

 背部に装備した2枚のアームド・アーマーDEが弾け飛び、鳳凰の翼のように展開したそれらのサイコフレームが青色の光を放射した。それ自体に機動力があるかの如く、するりとフェネクスの傍らに移動してフリーダムのフルバーストを弾く。

 

「――オールレンジ攻撃か」

「そのようだな。まるでケルディムのシールドビットのようだぜ……!」

 

 2枚のアームド・アーマーDEがファンネルさながら縦横に飛び、Iフィールド・バリアが受け止めたビームを偏向させる。もはや射撃武器は用を成さず、メインスクリーン越しにフリーダムを目視した美玖は、右腕を振りかざしてビームトンファーの粒子刃を顕現させた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 美玖の公式設定には「隠れインドアゲーマー」と書いてあったが、ゲームが上手いという設定はなかったような気がする。でも今は……眼前の現実を、受け入れるしかない。

 

 私は美玖に押されている。劣勢に陥っている。

 ガンダムになったフェネクスではなく、彼女の実力に圧倒されているのだ。

 

 ビームトンファーが一閃し、アンチビームシールドが真っ二に割れた。フェネクスとの間合いを離してバラエーナを叩き込むものの、金色に輝く不死鳥を取り囲み、自在に躍る2枚のアームド・アーマーDEがこちらの火線を弾き、ダメージを与えられなかった。

 

 射撃が効かないなら、ソードスキルで決めるしかない!

 それしか思いつかない私はアームレイカーを動かしてフリーダムを突進させ、右手に握り締めたビームサーベルを突き出して「ヴォーパル・ストライク」を繰り出す。

 これなら届ける、と思った瞬間、残骸の陰から飛来するアームド・アーマーDEにぶつけられて体勢を崩してしまい、右手に握った筈のビームサーベルも零れ落ちてしまった。

 

『ソードスキル……悠凪くんならそう来ると思ってましたわ』

「まさか、私の動きを予想していたのか?」

 

 2枚のアームド・アーマーDEがフェネクスの背中に戻ると、美玖の声が再び耳に響き――。

 

『それはもう、悠凪くんのことならば、美玖は何てもお見通しですよ!』

 

 美玖が言うと、デュアルアイ・センサーを輝かせたフェネクスが虚空を蹴り、右腕のビームトンファーを振り出しつつ突進してきた。私はスラスター光からフェネクスの軌道を読み、残る1本のビームサーベルを抜き放つ。

 

 ――片手剣十連撃ソードスキル……ノヴァ・アセンション!

 

 一撃、二撃、三撃――連続するスパークが閃き、互い一進一退の剣戟を繰り返していく。美玖もソードスキルで打ち返してくる事に、私は驚きを隠せなかった。だが、どんなスキルなのかまでは判別できなかった。

 

 細剣スキルの「カドラプル・ペイン」……いや、五撃目が繰り出しているから、違うか。

 再び交差するビーム刃がぶつかりあって弾け、スパークの閃光を虚空に爆ぜらせる。立ち続けに六撃目、七撃目に見舞われ、これは「スター・スプラッシュ」と思っていた――が、九撃目が繰り出されたのを見た瞬間、私は自分の予想がまた外れたことを知る。

 

「なっ、十一撃目だと⁉」

『この技はマザーズ・ロザリオ……知らないなんて言わせませんよ!』

 

 スラスターを光らせたフェネクスがまっすぐ、こちらに突っ込んでくる。

 そして、真正面から迫るビームトンファーの刃が私の視界を占拠し――。

 

『Battle ended.』

 

 追う側に回るつもりだが、劣勢に強いられたまま負けてしまった。

 さっきから観戦しているロックオンが、少々面食らった様子で「いやはや、これは予想外の結果だぜ!」と、私と視線を合わせながら言った。

 

「まさか美玖に負けるなんて、私も思いもしなかったんですよ」

「「ユウナギが、負ケタ! 負ケター!」」

「ちょっとハロ、復唱しなくていいから!」

 

 と言ってる傍から、美玖がこちらに歩いてきた。彼女は何だか物足りないような、大事な何かが欠けているような、そんな気分を感じさせる表情をしていた。どうしたの、と尋ねてみると――。

 

「自分で作ったガンプラじゃないから、悠凪くんに勝利しても満足感がなくて……」

「なるほどな……」

 

 やはりガンプラバトルは――自分で作ったガンプラと共に勝利を掴み取るのが一番だな。

 

「ねえ悠凪くん……わたしも、自分のガンプラが欲しいです」

 

 甘えた声でおねだりしながら抱きついてくる美玖。

 どんなガンプラが欲しいのか、と尋ねてみると、彼女はフェネクスに指差した。

 

「でも、RGフェネクスのキットはネット通販の限定商品だから、あんまり期待するなよ?」

「うん……分かりました」

 

 ロックオンもガンプラバトルをやりたい様子だったが、本人は「ここはレディ・ファーストで、お嬢の欲しいガンプラを探しに行こう」と紳士的な対応をし、刹那はそれに頷いた。

 

 

 

 

 

 だが、部屋を出た途端に、我々は大きな物音と子供の泣き声が聞こえた。

 

「何かあったのでしょうか?」

「ちょっと店員さんに聞いてみるか。あの、すいません――」

 

 店員さんの話を聞いてみると、どうやら豚のように太った中年男が子供たちのガンプラバトルに乱入した上で、こっそりとダメージレベルを「C」から「A」まで引き上げたらしい。その子供のガンプラはバトルの最中に撃破され、原型を留めない程に破壊されてしまったようだ。

 

「いじめかよ……いい年して大人げねえな!」

「「大人ゲナイ! 大人ゲナイ!」」

 

 ハロたち復唱しているそこで、美玖は子供の傍に歩いていき「もう泣かないで」と、子供を落ち着かせるように肩を撫でながら言った。刹那は一瞬だけ、躊躇いの表情が浮かんでいたが、すぐに美玖の背中を追っていった。私とロックオンもついていくのだった。

 

「わざと子供を泣かせるなんて……大人として恥ずかしくないのですか?」

「うるせぇぞ小娘! 言いたいことがあんなら俺に勝ったからにしなぁ!」

 

 と、中年男が乱暴な口調で答えつつ、自分のガンプラをGPベースの上に乗せる。京紫色に塗装されたその巨体は「HGUCサイコガンダム」のようだ。そして、中年男の次の発言は――。

 

「そうそう、もし負けたら……その制服を脱いでもらうぜ、ククク……!」

 

 私にとっては、聞き捨てならない言葉だった。

 あまりの下品さに、美玖は思わず身構えてしまい、中年男に軽蔑の視線を向ける。

 

「子供を泣かせた上で、私の女にちょっかいを出すとは、いい度胸だな!」

「俺も加勢するぞ、絢瀬悠凪」

 

 勢いあまりに中年男に宣戦布告をし、刹那も私についてきた。

 だが――。

 

「お姉ちゃんの彼氏に……せ、刹那・F・セイエイ⁉」

「わー、まるでご本人様みたい!」

 

 刹那を見た途端に、子供たちが騒ぎ始めていた。

 まあ、ご本人様ではあるが……この世界に生きる人々からすれば、刹那は「刹那・F・セイエイというアニメキャラに成りきっている青年」と認識しているだろう。

 

「あっち見て、ロックオンもいるよ!」

「ほ、本当だぁ!」

 

 指を指してきた子供に、ロックオンは片手を上げて挨拶を返した。

 このまま眼前の中年男をガンプラバトルで懲らしめるつもりだったが、美玖のフェネクスはお店から借りたガンプラである為、ダメージレベル「A」のバトルに使う訳にはいかない。

 

「どうしましょう。お店から借りたフェネクスが破損してしまったら――」

 

「それについてはご心配なく。このバトルは、わたくし共が許可致します」

「壊れたら私が直す。だから少女よ、心置きなく戦うがいい!」

 

 横からスーツを身に纏い、エプロンを着用した、お店の店長らしき男性が出てきた。だが、隣にいる黒いコートを纏い、グラサンを掛けている男が私の注意を引いた。ガンプラ制作のプロであり有名人……名前と正体はとうに知っているが――。

 

「――三代目メイジン・カワグチとお見受けしますが」

「ご覧の通り、私は三代目メイジン・カワグチ。今回のバトルの立会人だ」

 

 ユウキ・タツヤと出くわすのは想定外だった。

 まあ、それはさておきとして……今はガンプラバトルに専念するとしよう。

 

『Field 9, Canyon. Please set your Gunpla.』

 

 指示通りにガンプラを設置すると――。

 

『Battle start.』

 

「サイコガンダム、行くぜ!」

「エクシア……目標を駆逐する!」

「フリーダム、出る!」

「フェネクス、行きます!」

 

 バトル開始の直後、こちらを炙り出すつもりなのか、MAに変形したサイコガンダムが、腹部に搭載された三連装拡散メガ粒子砲を乱射し始めた。刹那が操るエクシアは、渓谷の地形を利用して身を隱し、攻撃の機会を伺うことにした。

 

「美玖、私に合わせてくれ!」

「うん……行きましょう、悠凪くん!」

 

 その一方で、私と美玖は真っ向からサイコガンダムに挑みかかる。

 

『――死にに来たかぁ!』

 

 暴虐の象徴の如く、サイコガンダムの三連装拡散メガ粒子砲が、再び咆哮をあげる。私はアームレイカーを動かして掃射を回避する。高速機動で身を躱したフェネクスが応射のメガ・キャノンを放ったが、Ⅰフィールド・バリアがその程度の攻撃で揺らぐものではなかった。

 

 ――武装選択……クスィフィアス・レール砲。

 

 2門のクスィフィアスの照準を、サイコガンダムの腹部に合わせ、トリガーを引く。発射口から砲弾が放たれ、厚い装甲の及ばないメガ粒子砲口に直撃し、その爆圧によって墜落していくサイコガンダムの巨体が――人型に変形して、砂地に巨大な足を踏みつけるのだった。

 

「フェネクス……わたしの想いに応えて!」

『おのれ、小癪な真似を――な、なにぃ⁉』

 

 損傷したせいか……両脚の関節部からスパークを散らし、感電したように両脚を震わせたサイコガンダムが膝をついていた。そこにガンダムに姿を変えたフェネクスがビームトンファーの光刃を右腕から噴出させ――振り出すと同時に、それは限界出力を超えた巨大ビーム刃となって、サイコガンダムの左腕を丸ごと切断していった。

 

 なら、右腕は私がやろう。

 ――武装選択……アンビデクストラス・ハルバード!

 

 斬り裂く、と呟いた私が片方のビームサーベルだけを放出させ、フリーダムをサイコガンダムに向けて突進させた。そして、静止した巨体の右肩関節に光刃を突き込ませてから、下から上方向に掬い上げ、その右腕を切断せしめた。

 

「刹那……今です!」

「――エクシア、目標を完全破壊するッ!」

 

 と、岩石の陰から躍り出たエクシアが2本のGNブレイドを引き抜いて――。

 

「これで決める……セブンソード・コンビネーション!」

 

 ひびが入っていた腹部に2本のGNブレイドを突き込ませ、それを蹴って宙を舞い上がり、GNビームダガーを投擲する。間髪を容れずに、折り畳まれていたGNソードを展開し、空中で機体を数回縦回転させてから鋭い斬撃を繰り出す。

 

「これが、俺のガンプラだッ!」

 

 刹那の言葉と共に、サイコガンダムの手前に着地したエクシアが両腕を交差させ、肩後部に装備された2本のGNビームサーベルを抜き放ち、京紫色の巨人にX字斬りの痕跡を残したが――撃破するには至らなかった。

 

「トドメを刺します。悠凪くんとセイエイさんは下がってください!」

「ああ、分かった」

「……了解した!」

 

 美玖の呼びかけに応じ、私と刹那は機体を後方に下がらせる。

 するとフェネクスの右腕が持ち上がり、開いた掌から虹色の波動を放出する。七色のオーロラがフィールド中に広がり、それがサイコガンダムを打ち据えると、光に搦め取られた巨体が感電したように青いスパークを散らし、次第に巨大な火球に姿を変えた。

 

『Battle ended.』

 

 このバトルは、我々の圧勝に終わった。

 我々に敗北した中年男は涙目しながら、粉々になったサイコガンダムの破片を手に持って「ちくしょーめぇ!」と叫びながら慌てて店を出て行った。なお、我々のガンプラは無傷である。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、凄かったよ!」

「悪いオジサンをやつけてくれてありがとう、お姉ちゃん!」

 

 礼を言ってくれた子供たちに、私と美玖は微笑みを向ける。

 そして周りに目を走らせると、いつの間にかユウキ・タツヤが居なくなっていた。このまま子供たちと一緒に遊んでもいいが、先にやるべきことがあるので、私は店長に声をかけた。

 

「ところで、店長――」

「はい、何かご用でしょうか?」

 

 RGフェネクスのキットは取り扱っているのでしょうか、と尋ねてみると、少々お待ちくださいと、店長は店の奥に歩いていった。そして数分後、灰色一色の箱を一つ持ってきた。

 

「お求めの商品はこちらになります」

 

 ユニコーンガンダム3号機フェネクス(ナラティブVer.)

 お値段はジャスト1万円なので、札1枚で会計を済ませた。

 

「悠凪くん、帰ったら一緒に作りましょう」

「ああ、いいよ。帰ったら、一緒に作ろう」

 

 その後はダメージレベルを「C」に戻し、美玖と刹那は子供たちを相手にガンプラバトルを再開した。2人がガンプラバトルをしている間、喉が渇いた私はプラモ屋を出て、近くのコンビニまで足を運んだ。

 

 

 

 

 

 ペットボトルの緑茶3本にコーラ1本、そしてXLサイズのポテチが入ったレジ袋を手に持ってプラモ屋へ戻る途中で、私はとある人物と再会することとなった。

 

「もしかして、悠凪?」

「ん、貴公は……!」

 

 後ろから声をかけられた。

 振り向くと、そこにいるのは金髪美少女と美女の姉妹だった。

 

 水色と白を基調とした華やかなドレスに、宝石が編みこまれているティアラ。今日のシルヴィはドレス姿か。何という美しさだろう、言葉なんていらないな。そしてエルはいつもの騎士の正装を身につけている――何故なんだろう、彼女から鋭い視線を感じる。

 

「2日ぶりですね、王女殿下」

「そんなかしこまらなくていいんだよ、悠凪。気軽いにシルヴィと呼んで欲しいわ」

「じゃあ、シルヴィ――」

 

 そう言いようとするが、エルが刺すような視線を向けてきた。

 ここは礼節を保って――。

 

「――ア、様……」

「ンもう、エルったら……」

「おーい、シルヴィ!」

 

 後ろから少女の声が聞こえた。振り向くと、ギャルって感じの金髪美少女がシルヴィを呼びかけながら、こちらに走ってきた。白いシャツに、紫色のチェック柄のミニスカート。そして、水色に緑がかかったパーカーを着た少女だ。金髪で髪型はポニーテール――彼女が妃玲奈なのか?

 

「王女殿下のご学友ですか?」

「ええ、紹介するわ。彼女は(きさき)玲奈(れいな)、わたしのクラスメイトでお友達よ」

「シルヴィ……もしかして、このイケメンが?」

「ええ、ガンプラバトルでわたしと対等に渡り合った殿方よ!」

 

 シルヴィの言葉を聞いた玲奈は、まじまじと私の顔を見つめていた。そしてパーカーのポケットからスマートフォンを取り出して、言った。

 

「ねぇねぇイケメンさん……あたしと一緒に写真撮らない?」

「あっ……ああ、いいよ」

 

 すると、私は玲奈に腕をしがみつかれたまま、一緒に写真を撮った。

 何枚か写真を撮った後、黒塗りの高級車が車道の端に止まっていた。

 

「迎えの車が来ました。シルヴィ様、妃殿――」

「じゃあまたね、悠凪!」

「それでは、()()()()()

 

 シルヴィ一行と別れた後、私は来た道を戻ろうとするが……通りがかりにすれ違った人影が私の気を引いた。サラサラとした長い金髪に、サファイアと同じ青色の瞳。そして、制服を着ても隠しきれない抜群のスタイル。私を転生させた女神――カレンと全く同じ容姿だ!

 

 それに気づいた私は全方位に目を走らせたが、彼女の姿は何処にもなかった。

 私の見間違いのか、それとも……?

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 始まりも終わりもない永遠の中、人類という種は安寧の一生を過ごすのでしょう。

 されど人々の視線の届かないところで、女神と呼ばれる()()が夢に飢えています。

 

 5万年前に紡がれた希望の火種を消されない為に。

 人類の文明を幾度となく葬ってきた「崩壊」に打ち勝つ為に。

 私を生み出した神に反旗を翻した私は、この為に生きてきました。

 

 絢瀬悠凪、私たちは間もなく再会します。

 貴方に「崩壊」と対抗しうる力を与える為に。

 

 つづく




 今回のラストシーンに、悠凪と女神――カレンはすれ違っていましたね。
 カレンと関わるメッセージについては、ミホヨの『崩壊3rd』の設定を熟知していない読者様には分かりづらいかもしれません。
 彼女が正式に再登場する時に、彼女の過去を含めてそれらを解説します。


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第二章 金色ラブリッチェ(入学編)
第31話 私立ノーブル学園


 今回は入学編が始まります。
 時系列は原作主人公――市松央路が入学する一週間前(原作開始前)です。

 注意点としては:
・悠凪は金恋GT未プレイという設定のため、絢華の過去を知らないし、理亜のもう一つの結末も知らない。
・クロスオーバーシナリオであるため、一部のイベントはガンプラバトル関連のものに置き換えることになります。

 予めご理解くださいますよう、お願い申し上げます。


 街の端にある高級住宅地の一番奥には、周りの高級住宅と比べると遥かに立派な3階建ての館があった。落ち着いた雰囲気の白いレンガの塀に囲まれた、中世ヨーロッパ風の館である。

 正面の入り口に立派な門が建たてられており、その横に立ててある金属製の看板には「ソルティレージュ王国領事館」と書いてあった。

 

 館の中の一室で、シルヴィア王女の近衛警護を務める女騎士――エロイナ・ディ・カバリェロ・イスタは黒革の椅子に腰をかけ、情報部から送られてきた報告書を読んでいた。

 

「絢瀬悠凪。宗教的経済的に、特に危険思想らしき面は見られない。家族構成は、血のつながりのない妹が1人――」

 

 そう呟いて、彼女は報告書のページをめぐり、次のページに目を走らせる。

 

「名前は、鳳凰院美玖。他には……特になし」

 

 パタンと静かに報告書を閉じ、机の上に置くと、彼女は部屋の天井を見上げながら呟く。

 

「私の考え過ぎか。いや……」

 

 この男――絢瀬悠凪は、一見普通の青年だが、騎士たちに身柄を取り抑えられ、サーベルを突き付けられた時の反応があまりにも冷静すぎる。どこか場慣れしたような雰囲気を持っており、年齢の割には大人びていて落ち着いた面も感じさせる。

 

 さらに、ボラルコーチェは「かなりの手練れの方ですな」と、この男を評していた。ただの青年なのに、身に纏うオーラがただならぬ雰囲気があった。この男は、危険かもしれないと、護衛騎士としての勘が私にそう告げている。

 

 私の勘違いかもしれないが、シルヴィ様のためにも、用心するに越したことはない。

 シルヴィ様のご学友になる者ならば、なおさら精査が必要だ。

 

 そこまで振り返ったところで、彼女は強い眠気に襲われ、頭がぼんやりした。

 壁の掛け時計を見上げると、現在時刻が午前3時30分になっていた。

 

「もうこんな時間か……」

 

 机の上に置いてある報告書と、空に浮かぶリング構造物が写っている写真を本棚に戻し、彼女は再び椅子に腰をかける。テーブルランプの灯りを消すと、静かに目を閉じ、休息を取っていた。

 

 

 

 

 

 そして日が昇り、また新しい一日が始まる。

 

 私立ノーブル学園。

 その教育方針の基盤は「ゆとり教育」――無理のない学習環境で子供たちが自ら学び、思考力の育成を目指した教育である。いわゆる「反詰め込み教育」というものだ。

 

 年長者たちが「最近の若い奴らは……」の代わりに使う言葉となった「ゆとり」なのだが、本旨としては「教育にゆとりを持たせる」のではなく、「ゆとりを持たせた時間で他の勉強をさせる」となっている。

 

 言い換えれば、夏休みの宿題から問題集を減らし、自由研究を増やす。というものだ。

 

 事前に集めた情報によると、「ゆとり教育」が「ゆとり」なんて名前を付けたのは、政治主導で行ったのが「教育時間を減らす」ことしかできなかったかららしい。

 つまる所、そうして削ってできた時間を、個人の得意分野に割り当てるところまで政治では口を出せなかったためだが――そこまで口を出すのがこのノーブル学園。

 

 即ち「エキスパート教育」である。

 この学園では通常の授業が1日の半分で、残る半分は全て個々人の選択分野の授業となる。

 

 聞くだけだと「部活を少し多く取ってる学校」だが、1日の半分とした授業も決して量を減らすことがない。つまりは「ゆとり」を持たせない。それでいて選択授業には、学校が持ちうる政界や財界のコネを総動員して、各々の分野のエキスパートを先生に用意するらしい。

 

 ゆとり教育は早々に潰れたが、この学園の教育方針が子供を特別に育てたい人々には好評だったようで、政治家や金持ちの連中が挙ってこの学園に集まる。

 

 エリート教育機関――それが、このノーブル学園である。

 偏差値70以上だけあって、入学テストに大学受験レベルの問題が混じっていた。だが、前世の知識のお陰で、今は千人に1人も入れないこの学園の入学テストに満点合格し、学生寮に入居する権利を得た上で通うことになった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「ねえ、悠凪くん――じゃなくて。この制服、わたしに似合うのでしょうか、()()()()()?」

 

 ダンスを踊るように一回転すると、微笑みを見せた美玖は私に感想を求めてきた。

 

「そうだな――」

 

 青と白を基調とした高級感のあるデザインで上品で清楚な雰囲気が漂いながら、ミニスカートと黒いニーハイソックスの間から露出する太ももの部分はセクシーさもアピールしている。

 

 豊かな胸をさらに突き出させるようなコルセットを締めていたので、身体のラインがしっかりと浮き出る姿は、彼女の色香を増幅させている。さらに、首元の大きな赤いリボンは彼女の可愛さを一段と引き立たせている。

 

「――反則級に可愛すぎて語彙力を失いそうだ」

 

 そう聞いた美玖は少し照れながら「ありがとう、嬉しいです」と、上目遣いで礼を言った。

 

「教室へ案内します。絢瀬君、鳳凰院君、私についてきてください」

「分かりました、先生」

 

 入学手続きを全部済ませた私と美玖は、担任の先生に呼ばわれ、配属されるクラス「2-A」の壇上に立っている。教室内を見渡すと、シルヴィ、エル、玲奈、菊千代、そして城ヶ崎――原作に登場する面々が揃っている。だが、原作主人公――市松央路らしき人物は見当たらなかった。

 

 と、シルヴィと玲奈はニコニコしながら手を小さく振っていた。

 それに気づいた私は、視線で挨拶を交わした。

 

「えー、今日からみなさんと学習を共にする、絢瀬君と鳳凰院君です。何かご挨拶を……」

 

 さて、自己紹介の時間だ。

 

「本日付けでノーブル学園に転入になりました、絢瀬悠凪です。こちらは自分の妹――鳳凰院美玖です。よろしくお願いします」

「鳳凰院美玖です。よろしくお願いいたします」

 

 と、私と美玖は軽く会釈する。しかしながら、原作の展開とは違って、我々が庶民であることを嘲笑う者はいなかった。それどころか、周りの反応が私の予想を超えていた――。

 

「おい玲奈、あのイケメンって……」

「え……えっ⁉ まさかのご本人⁉」

「ガンプラバトルでクルスクラウンさんと対等に渡り合った殿方は、彼だったんですね」

「あの子は見覚えがあるぞ! この前、初心者狩りのオッサンをとっちめたフェネクス使いだ!」

「やべー、めっちゃ可愛い!」

 

 生徒たちが騒いでいる中、先生は「二人に何か聞きたいことなどありますか?」と、構わず進行する。すると、鹿苑寺菊千代ともう一人の男子生徒が手を挙げ、私に質問を投げてきた。

 

「失礼ながらお尋ねします。髪の色も氏名も違いますので、お二方は――血のつながりのない兄妹なのでしょうか?」

「お察しの通りです。自分と美玖は血のつながりのない兄妹です」

 

「はいはいはーい! 絢瀬さんと鳳凰院さんの両親のご職業は?」

「それにつきましては、お答えしかねます」

 

 彼らの精神年齢を考慮すると「もうこの世にはいない」と返事したら、即座に馬鹿にされるかも知れないので、この返事は一番だと思う。

 

 美玖は緊張しているらしく、肩のあたりが微かに震えていた。

 これ以上余計な質問をされたら不味い、と思ったその時――。

 

「――みなさん、お静かに!」

 

 私が一番嫌いなタイプの女――城ヶ崎絢華が席から立ち上がった。

 容姿は美玖並みに最高だが、性格が非常に悪い。言い換えれば、顔と身体だけがいい女だ。

 

 原作では主人公――市松央路の身分が庶民であることを理由にして嫌味を言ったり、他の生徒を扇動して央路に嫌がらせや誹謗中傷など、法律に反する行為を行わせた。

 だが、どうして彼女があそこまで庶民を嫌うのか、詳しい事情は原作では語られていない。

 

「興味は尽きないのでしょうが、曲がりなりにも新しい仲間です。先ずは歓迎しませんと、我々の品位に関わります。初めまして、絢瀬さん、鳳凰院さん。わたくしは、クラスの委員長を務める、城ヶ崎絢華と申します」

 

 仲間……ねえ。庶民を見下しているくせに、よくもぬけぬけと言ってくれる。

 それはさておきとして――。

 

「城ヶ崎……そうか、君がホシテレビ会長のご息女でしたか」

「あら、絢瀬さんは意外と物知りですね」

 

 家柄を知っていると分かった途端に、城ヶ崎は意外そうな顔で私を見上げた。

 

「あれ、珍しいな。庶民の家でもテレビがあるなんて」

 

 と、そこに一人の男子生徒が横から割り込んできた。

 あまりにも不遜な態度にイラッとした私は、その男子生徒を睨みつけて――。

 

「他人の会話に口を挟むことが、貴族の流儀ですか?」

「ひっ! す……すみませんでした!」

 

 少々、威圧めいた口調で言ってしまったが、男子生徒は謝罪の言葉を述べた。

 それから気を取り直して、城ヶ崎に手を差し出して握手を求め、彼女はそれに応じた。

 

「失礼……少々取り乱してしまいました。改めてよろしくお願いします、城ヶ崎さん」

 

 そう言って握手を交わすと、彼女の手が震えてるのに気がついた。

 どうやら……先程のやり取りが彼女を怯えさせてしまったようだ。

 

「どうかしましたか、城ヶ崎さん? 手、震えていますよ?」

「あっ、いえ……何でもありません。よろしくお願いします」

 

 私と握手を交わした後、城ヶ崎は美玖と握手を交わした。そして軽く一礼をし、席に座った。

 原作みたいに「教室の格差が激しいので――」なんて言い出すと思っていたが、何も言わずに座った。まあ、これはこれでいい。

 

「他に質問は……なさそうですね。それでは二人共、空いている席についてください」

「はい」

 

 先生に指示された席に向かう途中で、玲奈が軽く挨拶をしてきた。

 

「ウース……気をつけて」

「……なに⁉」

 

 玲奈に気をつけてと言われたが、恐らくは西郷隆の罠だろう。

 まあ、足を引っ掛けられるつもりはない。

 

「なん、なんだよ……」

「その足は邪魔です。人が通るので、そこをどいてくれませんか?」

 

 と伝えたら、素直に足をどいてくれた。

 だが、事態は思いがけない方向へ転がり始める。西郷の狙いは私ではなく、美玖だ。

 

「きゃっ!」

 

 美玖は驚きの悲鳴を上げた。一瞬で状態を把握した私は素早く振り向いて、足を引っかけられて転びそうになった美玖の身体を支える。

 

「美玖、大丈夫か?」

「うん……ありがとう、お兄ちゃん」

「おっと、脚が当たってしまった。気をつけてくれよ、僕のズボンは――」

 

 なるべく穏便に済ませたいのだが、堪忍袋の緒が切れてしまった。

 私は美玖を支えたまま、犯人である西郷に殺意を込めた視線を向け――。

 

「――黙れ。この下衆が……!」

「言ってくれるな! お、お前の妹が、僕の足を踏んだのが先だろうが!」

 

「言い訳をするとは見苦しいですよ、西郷殿」

「え、えっ……か、カバリェロさん!?」

 

 こんな不穏な空気の中、突如割り込んできたのはエルだった。

 エルのような心清く正しい騎士にとっては、西郷の行いは許し難い行為だろう。衆人環視の中でその罪状を指摘していくエルに、反論すらできない西郷の顔が徐々に青ざめていき、次第に西郷の行為を非難する生徒の声も出始めた。

 

「やりすぎだよ、西郷君」

「鳳凰院さんを怪我させようとするなんて、西郷君って最低だわ……!」

 

 非難の声に耐えられなかったのか、西郷は「お、俺が悪かった。すいません!」と慌てて謝罪の言葉を述べ、私は「二度目はない」と言い残し、ふらついている美玖を支えて席に向かった。

 

 そして席に着いた同時に、シルヴィは心配そうな顔で駆け寄ってきた。

 

「悠凪! 妹君の具合いは、大丈夫だった?」

「まだ足首が少し痛いですが……大丈夫です」

「王女殿下……大変お見苦しいところをお見せしてしまいました」

 

 私がシルヴィに呼び捨てられたことに、周りの生徒は動揺していた。

 でも、シルヴィは彼らの視線を気にせず、話を続ける。

 

「もう……今日からはクラスメイトだから、そんなに畏まらなくてもいいんだよ。この前みたいにシルヴィと呼んで欲しいわ。妹君は、下の名前で呼んでいいかしら?」

 

「じゃあ、そうさせてもらうぞ。改めてよろしくな、シルヴィ」

「ええ、構いませんよ。よろしくお願いいたします、シルヴィ」

 

 その後、シルヴィは自分の席に戻る。生徒たちが落ち着きを取り戻したのを見計らって、先生は授業に入った。授業の内容のほとんどが前世で学んだものなので、今の授業はそれらの知識を復習するみたいなものだ。聞いて損はない。

 

 

 

 

 

 やがて授業が終わり、昼休みの時間になった。

 私と美玖はシルヴィの誘いを受け、エルと玲奈と合わせて5人で学園内の食堂で食事をすることにした。ちなみに、シルヴィは最初からメロンパンを食べたいと言いつつ、玲奈と共に学園を抜け出すつもりだったが、エルに捕まえられて仕方なく諦めた。

 

「まさか悠凪が妹君と一緒にノーブル学園に転入してくるなんて……思いもしなかったわ」

「色々あって、転入することになったんだ。まさか君と同じクラスになるとは、驚いたよ」

「わたしもそうよ……あの約束がこんなにも早く実現するなんて」

 

 シルヴィがそう言うと、美玖がジト目で私を睨んでいた。

 

「詳しいお話を聞きたいのですが、よろしいでしょうか。お兄ちゃん?」

「あ、ああ……も、もちろんだ……っ!」

 

 追及するようなジト目で睨まれて、思わず焦ってしまった。

 シルヴィとの「再会の約束」についてのことを美玖に話したら、美玖はやきもちを焼いたように頬を膨らませた。それを見た玲奈はニヤケた顔を見せ、缶ジュースの残りを飲み干して、言う。

 

「あら、今の美玖ちんの顔って、まるでやきもちを焼いた奥さんみたい」

「れ、れれれ玲奈!? 急に何を言い出すのですか!? わ、わたしとお兄ちゃんが強い絆で結ばれているのは事実ですが、えっと、そ、その……まだそういう関係じゃ――」

 

 顔を真っ赤にしながら弁解する美玖を見ていると、少しいじりたくなってしまった。

 

「奥さんか……美玖と結婚するのも悪くないと思うんだ」

「うぇ!? ゆう……お、お兄ちゃん!?」

 

「お二人さんは血のつながりのないってのは分かるんだけど、今の話はガチなのか?」

「まあ、今は冗談だが……いずれは、な……」

 

 そう言いながら、私は空いた手を美玖の身体に回して抱き寄せた。

 すると、美玖は身体をさらに寄せてきて、蕩けるような微笑みを浮かべて呟いた。

 

「お兄ちゃん……大好きです!」

 

 この桃色の雰囲気に耐えられなくなったのか……エルは頬を紅く染めながら、視線を下に向けていた。私もこれ以上は不味いと思うので、美玖の悪ノリを諌める。

 

「美玖、悪ノリも程々にな……冗談だって分かっていないのも約1名いるようだから」

「え、えっ、冗談でしたか?」

 

 とエルは言いながら、視線を彷徨わせつつ頬を赤くしており、そこで玲奈とシルヴィが助け舟を出した。

 

「エルちんはいつも真面目なんだから」

「ふふっ、これがエルの持ち味だよね」

 

 と、2人が言い、私も少々苦笑い気味にエルを見ると、さらに顔を紅く染めたエルだった。

 

「そう言えば……エキスパートプランについてだが、君たちはその時間、何をするのか?」

 

 ちょっとしたショートコントを終えた後、私は気になっていたエキスパートプランについて彼女たちに聞いてみた。話によると、シルヴィは音楽総合で、玲奈は被服業総合に参加するそうだ。

 そしてエルは体育総合――フェンシング部の練習に参加すると聞いた。この学園にプラモデル部はあるか、と尋ねてみたら、予想外の答えが返ってきた。

 

「先輩の方々から聞いたんだけど、プラモデル部はPPSE社がヤジマ商事に買収された日、前任生徒会長に廃部通知を言い渡され、強制的に解散させられちゃったのよ」

「そうなのか……」

 

「でも、プラモデル部を復活させる方法が一つあるわ」

「シルヴィ、その『方法』とは?」

 

「静岡県のガンプラバトル大会に優勝することよ。それが今の生徒会長が提出した条件ね。今まで成し遂げた方は一人もいないんだけど……悠凪は、挑戦してみたいと思わない?」

「ああ……挑戦してみたいと思う。強敵との戦いは、楽しめそうだからな……!」

 

 大会に優勝すれば、プラモデル部は復活し、私も部長になれると考えていいだろう。

 この条件を提出した現任の生徒会長にも一度会ってみたいものだ。だが今日は、3人のいずれの1人と一緒にエキスパートプランに参加した方がいい。

 

 ルート分岐は三つ。さて……どうする?

 

 つづく




 最近体調が優れないため、執筆ペースが落ちてます。
 さらに、ハーメルンでは感想がこなくてモチベーションが下がってきました。

 ゆっくりと書いていきますので、気長に待っていただけると嬉しいです。
 皆様のご感想をお待ちしております。


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第32話 エキスパートプラン

※お知らせ
体調が少し回復したので、執筆を再開いたします。
読者の皆様、コロナワクチン接種後は身体の変異等の副反応に気を付けてください。


 昼休みが終わり、いよいよ自由研究の時間がやってきた。

 ルート分岐は三つ。被服業にあんまり興味がないので、この選択肢は除外だ。シルヴィと一緒に音楽堂に行くも良いが、エルと一緒にフェンシング部の練習に参加するのも悪くない。

 

 よく考えてみたら……今日は、身体を動かしたい。

 フェンシング部の練習に参加しようか。

 

 剣の戦いには個人的に興味があるし、かっこいいだと思う。これをきっかけにSAOにハマってしまった。それに、一年戦争の最終決戦では、アムロ・レイとシャア・アズナブルは大破した機体を乗り捨て、宇宙要塞ア・バオア・クーの一室でフェンシング対決を繰り広げていた。

 

 その中、彼らはこんなやり取りをしていた。

 

 ――ニュータイプでも身体を使うことは普通の人と同じだと思ったからだ!

 

 ――そう、身体を使う技は、ニュータイプと言えども訓練をしなければな!

 

 あの女神――カレンが力を与えてくれたからこそ、今の私がある。

 強大な力ではあるが、磨かなければ腐り落ちる。その時、守りたいものも守れなくなる。

 

 古往今来、強大な戦士たちは常に己を磨き、更なる高みを目指している。

 シルヴィを守る騎士であるエルもそうだったに違いない。彼女と一緒にフェンシング部の練習に参加すれば、何か新しい収穫を得られるかもしれない。例えば、彼女の剣技とか。

 

「剣の戦いに興味があるので、今日はカバリェロさんについていきたいと思うが――」

 

 そう言いながら、私はエルの反応を伺う。

 すると、彼女は――。

 

「そうなんですか……絢瀬殿の実力を確かめるのに、いい機会かもしれませんね。それと絢瀬殿、鳳凰院殿。私のことは気軽にエルとお呼びください」

「――ッ!? ああ、今後もそうさせてもらう。エル」

 

 私が返事すると、シルヴィと玲奈の間に挟まっている美玖が小さく頷いた。

 親しい関係ではない女性を愛称で呼び捨てるのはマナーに反していると思うが、ご本人は嫌がる様子はなかった。にしても、彼女のような堅物が自ら申し出るのは予想外だった。

 

「って、美玖ちんはどうする?」

「わたしは、シルヴィについて行きますわ」

 

「それじゃあ音楽堂に案内するわ。行きましょう、美玖!」

「うぇ!? シ、シルヴィ!?」

 

 玲奈と別れると、美玖はシルヴィに手を引かれたまま音楽堂の方へ走って行った。

 その一方で、私とエルは学園の敷地内にある屋内道場に足を運ぶのだった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 流石は貴族たちの通う学園。この道場は全校生徒の倍の人数を収容できるスペースがある。

 そう言えばこの道場……原作主人公である市松央路が腕を切り取られかけた場所だったな。

 

「フェンシング部は、いつもここで練習するのか?」

「いえ。本来は別の場所で練習してたのですが――」

 

 エルの話によると……この道場は元々剣道や柔道の練習が主な場所だが、フェンシングの需要が高まってきていることにより、部長が生徒会長を通じて道場を貸してもらうことになった。今日はフェンシング部の貸し切りとなっているが、練習のない日は他の部活に使わせるとのこと。

 

「なるほど。ところで、この学園の生徒会長は何者なんだ? ちょっと、気になっててさ」

「現在の生徒会長は3年A組の篠原聖奈殿です。日本防衛大臣のご息女であらせられます」

 

 それを聞いた途端に、思わず心臓が跳ねてしまった。

 原作では語られていない所に足を踏み込んだ上、生徒会長の身分が「防衛大臣のご息女」という予想斜め上のものだった。こちらの「事情」もあるし、用心するに越したことはないだろう。

 

「それでは、用意しましょうか。貴公の分の着替えがこちらです」

「ありがとう」

 

 生徒会長の件は一旦棚上げにし、更衣室で着替えを済ませる。

 渡された服は白一色で、胴体の部分が通電仕様のメタルジャケットに覆われている。

 そう、切っ先が当たったら音が鳴るやつだ。

 

「あっ! 今日はカバリェロ様がいらっしゃってるわ!」

「今日はフェンシングを取ってればよかったな……」

 

 私が戻ると、先に着替えを済ませたエルに対する黄色い歓声が道場に飛び交っていく。道場内に飛び込んできた女子生徒が外までビッシリと埋め尽くしており、大きいカメラを担いでいる女子もいた。彼女たちの反応は、まるで男性アイドルに出会った時のそれだった。

 

「――って、カバリェロ様の隣に男がいる!?」

「彼は、今日2年A組に転入してきた噂の転校生ではなくて?」

「ガンプラバトルでクルスクラウンさんと対等に渡り合ったという……」

「プラモデル部は潰されたから、そんなのどうでもいいわよ!」

 

 と、私の存在に気づいた途端、女子たちが騒ぎ始めていた。

 

「彼女たちにとって、俺がいると何か不都合でもあるのか?」

「絢瀬殿、気にせずこちらへ」

 

「――突然の事で驚かせてしまい、申し訳ありません。この方は私が呼んだ客人です。今日は彼も一緒に練習に参加させて頂きたい……迷惑でしょうか?」

「あっ、いえいえ。カバリェロ様がそう仰るのなら……」

 

 騒いでいる女子生徒たちにどうしようかと思ったが、エルの鶴の一声で場が収まった。

 

「それでは改めて、練習を始めましょう。絢瀬殿は皆さんの動きを見様見真似でいいので、やってみてください」

「分かった。やってみる」

 

 私はエルの指示に従い、フェンシング女子たちの動きを真似てみることにした。

 格闘プログラムでソードスキルの動きを再現して見せたが、実際に剣を握るのは初めてだ。

 

 ちょっとワクワクしてきたので、私は身体の中心に剣――フルーレを構え、捻り入れつつ前方に突き出し、すかさず斜め上へ二撃目を突き出した。ただ、これをやって見たかっただけだ。

 

 細剣ソードスキル「パラレル・スティング」

 SAOのヒロインであるアスナが『SAOプログレッシブ』にて使ったソードスキルだ。

 

「見事な剣捌きです。絢瀬殿、フェンシングは初めてではないのですか?」

 

 と、やっている傍から、エルがこちらに歩いてきた。

 

「昔、ちょっとな……」

「そうでしたか。ウォーミングアップはここまでにして、そろそろ勝負に参りましょうか」

「ん、勝負とは……?」

「一対一の試合です。私は貴公の実力に興味がありますので」

 

 と、試合を挑まれてしまった。

 ソードスキルの動きは私の脳内に入っているが、剣技に対する造詣が浅い――素人同然だ。

 何より、私のやったことは所詮「物真似」でしかなく、剣の戦いにおいては、本物の騎士である彼女に敵うわけがない。でも、私とてガンダムのパイロットだ。ここで引く訳にはいかない。

 

「分かった。試合を受けよう」

「因みに、貴公の電極は切っておきますので、ご安心を。所謂『ハンデ戦』というものです」

 

 ハンデ戦か……これではエルの実力を体験できないな。

 

「いや、電極のスイッチをオンにしよう。君との勝負は、予想以上に楽しめそうだから」

「……いいでしょう。ならば私も本気でお相手いたしますが、構いませんか?」

「ああ。そうでないと困る」

 

 傍から見れば、私は生意気なことを言ってるかもしれないが、エルが本気を出さないと、新しい収穫を得られないと判断したからだ。まともにやっても勝てないかもしれないが……まともにやらないときっと後悔する。だから、この試合――全力で挑ませてもらう!

 

 

 

 

 

 その後、私はエルに連れられ、競技スペースに敷かれたカーペットの上に立つ。

 

「ルールはフルーレ。つまり切っ先を胴体に当てれば勝ち、という内容でいかがですか?」

「ああ、それで構わない」

「剣を構えてください。それでは――始め!」

 

 エルが掛け声をした瞬間、一気に間合いを詰めてきた。

 

「はっ!」

「せい!」

 

 エルの出方を探る為に、私はわざと攻撃権を彼女に譲った。アムロ・レイの戦闘能力を獲得したお陰で、動体視力が強化され、その動きは止まっているように見えた。彼女が真っ直ぐ放ってきた突きを、私は剣の切っ先を当てて軌道を逸らす。

 

 だが、エルはすぐさま体勢を立て直し、一直線に突きを放ってきた。

 迫りくる切っ先と対峙し、鋭敏に覚醒している意識に対処を促された私は、反射的に細剣ソードスキル「ストリーク」を繰り出してしまった。でも、彼女の剣を斬り払うことに成功した。

 

「流石はフェンシング世界大会で銀メダルを獲得した選手……手強いな!」

「ご存知でしたか。それより、貴公も中々やりますね。その反応速度、並大抵ではないんです」

 

 ここで互いは一旦距離を取ったが、エルは更に踏み込んできて剣を突き出す。攻撃手段がルールによって制限されているせいか、動きが単純で直線的すぎる。ならば、こちらも攻勢に――。

 

「ここだ!」

 

 マスク越しにエルの目から「こちらの左肩を狙っている」ことが分かった途端、私は手に持った剣を素早く突き出し、それを斬り払う。刃が跳ね上がり、エルが体勢を崩してしまった。

 

「隙を見せたな……ならば!」

「なっ!?」

 

 勿論、体勢を立て直す時間は与えない。与えるつもりはない。

 エルが驚きの声を上げたそこに、私は身体の中心に剣を構えて、捻りを入れつつ真っ直ぐ彼女の胸元に目掛けて細剣ソードスキル「リニアー」を繰り出し――。

 

 切っ先がエルの胸元に当たったと同時に、有効判定を示すピー音が道場に響き渡った。

 

「カバリェロ様が……負けた!?」

「えっ、嘘でしょ!?」

「速すぎて剣先が見えませんでしたわ。あの庶民は一体何者?」

 

 エルの敗北を目の当たりにし、観戦している女子たちが騒然となる。

 

「もしルールという縛りがなかったら、負けたのは俺の方だったかもしれない」

「何にせよ、貴公は実力を持って私を負かしたのです。そう謙遜なさらなくても結構ですよ」

 

 と言いつつ、マスクを外した彼女の方から握手を求め、私はそれに応じて手を差し出した。

 

「そう言えば、絢瀬殿。どうして私の狙いが分かったのですか?」

「ん? 何のことだ?」

「先程は貴公の左肩に目掛けて剣を突き出したのに、どうして予測できたのですか?」

 

 私は僅かに顔を俯け、そしてもう一度エルに向き直る。

 

「マスク越しても、君の目が見えたから」

「なっ、視線で攻撃を読んだのですか!?」

「このスティール網に覆われたマスクでも、まるでルビーのように光輝いている君の目までは隠せなかった。だから予測できたんだよ……」

 

 事実をそのまま伝えるつもりだが、エルは照れたように視線を逸らし「そ、そなんですか……」と返事をした。そして気が付いたら、周りの女子から刺すような視線を感じた。

 

「そうだ、エル。まだ時間はあるし、これからは音楽堂に行ってみたいと思うんだが」

「えっ、そうですか。では、私もお供いたしましょう」

 

 なぜ女子たちが刺すような視線を送ってきたのかは知らないが、とりあえず道場を離れて音楽堂に向かうことにした。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「そう言えば、絢瀬殿――」

 

 音楽堂に向かう途中、エルが急に話を切り出してきた。

 

「昨日、貴公と妹君の個人情報を精査したのですが……何かを隠していませんか?」

「ん、何のことか? 具体的に説明してもらえると助かるが――」

「貴公が個人情報を偽っている可能性があると言っているのです」

 

 これは驚いた。どうやら、ソルティレージュの情報部は伊達ではないようだ。

 個人情報を偽っていることは事実だが、今は彼女に、この世界の人々に秘密を知られるわけにはいかない。この世界の人々は、まだ()()()と対面する準備ができてないだから。

 

「あのさ、エル。仕事熱心はいいことだが、他人の秘密に足を踏み入れるのはどうかと思うぞ」

「それは失礼しました。ですが、シルヴィ様をお守りする身として、それらは必要な仕事です」

 

 と言いつつ、彼女は頭を下げた。

 

 どこまでも真面目で実直な性格。

 それが彼女の――エロイナ・ディ・カバリェロ・イスタの魅力の一つと言ってもいいだろう。

 

「それが君の職責であることは分かっている。だから、その……非難するつもりはないよ」

「……ご理解いただき、ありがとうございます」

 

 エルは私の言葉を聞くと、下げた頭を上げる。

 

「もし状況が俺に隠し事を許してくれなかったら、その時は君とシルヴィに全てを話そう」

「えっ……本当に、いいんのですか?」

「ああ。でも、その日が永遠に来ないことを切に願っている」

 

 この話は、これで終わりだ。

 

 

 

 

 

 その一方で、音楽堂では二回目の演奏が始まろうとしていた。

 

「ねえ美玖……演奏に参加してみたいと思わない?」

「ヴァイオリンで参加したいのですが、レンタル可能な楽器は音楽堂にあるのでしょうか?」

「それならあるわ。ついてきて!」

 

 始めから観客席で演奏を鑑賞する美玖だったが、シルヴィに誘われて、二回目の演奏に参加することになった。美玖は演奏用のヴァイオリンを選ぶ為に、シルヴィと一緒に音楽堂の裏にある楽器置き場に移動した。ここは、数え切れない程たくさんの楽器が保管されている場所だ。

 

「美玖、使いたいヴァイオリンを選んで」

「……うーん、どれにしましょうかな?」

 

 物色の末、美玖は棚に置いてある多数のヴァイオリンではなく、棚の裏に隠されていた年代物の白いヴァイオリンに注目した。その異質さに惹かれる美玖は、白いヴァイオリンを持ち上げた。

 

「あら、少し埃がついてますね……」

 

 ついていた埃をハンカチで丁寧に拭い取ると、美玖はしばらくの間、白いヴァイオリンをじっと観察していた。高級感のある白い本体は、灯りの下に淡い銀色の光を放っているよに見え、顎当てとペグ、指板は本体と対照的な艶有り黒塗装が施されている。

 

 この白いヴァイオリンは楽器というより、むしろ芸術品のような美しさを放っている。

 弓を手に持って、試しにE線だけを弾いてみると――きれいに澄んだヴァイオリンの音色が楽器置き場の中に響き渡った。非常に聴き心地のいいチューニングだ。

 

「このヴァイオリン、気に入った?」

「ええ。この子にしますわ!」

 

 二人は他の生徒たちと共に、二回目の演奏の準備に取り掛かるのだった。

 その一方で、この学園の生徒ではない金髪の少女が音楽堂の片隅に身を隠し、美玖を眺めながら「私の()()()()よ。そのヴァイオリンの音色を、私にも聴かせてください」と心中で呟いた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 この学園の音楽堂は、大昔にこの地に建てた教会をそのまま再利用されたものだ。

 エルの話によると、建物自体は改築されていないが、室内に防音と反響を抑える壁材と天井材が新しく敷き詰められており、現在は小型のホールとしても使えるとのこと。

 

「……これは、楽器の音か」

「どうやら演奏の真最中のようですね。さあ、中へ入りましょう」

 

 私が分厚い門を押し開くと、色んな楽器の音色が聴こえた。ピアノにヴァイオリン、吹奏楽器が数種類。そして舞台に目を向けると、私は中央に立つヴァイオリンを弾く少女に魅了された。

 

「(美玖が、ヴァイオリンを弾いている!?)」

 

 彼女がヴァイオリンを弾けるなんて知らなかった。思いもしなかった。

 だが、綺麗なものだ。ピアノを演奏しているシルヴィはもちろんだが、美玖からどうしても目が離せなかった。彼女が弓を滑らせる度に、しっとりとした音色が音楽堂内に広がっていった。

 

 華麗なる音色が耳に響き、陶然たる思いが、私の全身を満たしていく。

 とにかく、聞いていて心地よい。音がするすると耳に滑り込む。もはや言葉が要らないと思えるほど、この演奏は素晴らしかった。エルも感心したように舞台に立つ生徒たちを見つめている。

 

 何より、二人共ダントツで美少女でスタイルも抜群。シルヴィはピアノに手を置くだけで一枚の絵画にしたいくらい美しい。そして美玖は、ただヴァイオリンを弾くだけではなく、楽曲のリズムに合せて緩く身体を動かしていた。美人でシルヴィよりスタイルがよくて、上品かつ優雅な仕草は「美しい」という単語だけでは表現しきれないものだった。

 

「流石はシルヴィア様、とてもお上手ですわ」

「ええ、ピアノってこんなに滑らかな音が出るものなのね!」

 

「鳳凰院さんは、なんて美しいのでしょう!」

「それだけじゃない。彼女はシルヴィア様と……周りと合わせている」

「初めてヴァイオリンを弾く者の実力ではありませんね……」

 

 様になっている、上手い。そして何より美しい。周りからの評判も上々のようだ。

 そう、異彩を放つ二輪の花はご本人でも気づかないうちに、観客たちの注目を集めていた。

 

 やがて演奏が終わりを迎え――。

 

「ブラヴォー!」

 

 咄嗟にイタリア語を口にしてしまった。

 拍手しながら私が席から立ち上がり、次々に周りが模倣する。

 

「「ご静聴、ありがとうございました!」」

 

 万雷の拍手を浴びながら、美玖とシルヴィを始め、舞台に立つ生徒たち全員は輝くような笑顔で深々と一礼をした。

 そして、こちらに歩いてきた美玖とシルヴィを、私とエルは拍手で出迎える。

 

「細かいことはよく分からないが、素晴らしい演奏だった」

「とても素敵な演奏でした。シルヴィ様、鳳凰院殿」

 

「ふふっ、来てくれてありがとう!」

「ありがとう……お兄ちゃん、エル」

 

 と言っている傍から、後頭部に水色のリボンがついている女子生徒がこちらにやってきた。

 サラサラの銀髪を指でクルクルと巻きながら、彼女は美玖に声をかけた。

 

「まさかその骨董品が日の目を見ることになるなんて」

「……貴女は、どなたですか?」

「あっ、篠原先輩は今日も来てくれたのですね!」

 

 シルヴィの言葉から察するに、目の前にいる銀髪の少女はノーブル学園の生徒会長――篠原聖奈のようだ。エルに勝るとも劣らない程の容姿で、淑やかな大人の魅力を感じさせる。

 

「自己紹介が遅れたわね。わたしは篠原聖奈、このノーブル学園の生徒会長を務めているわ」

「本日付けで転入になりました、鳳凰院美玖と申します。よろしくお願いします、篠原先輩」

 

 と、美玖は礼儀正しく挨拶を交わし、篠原先輩は「そう畏まらなくてもいい」と返事した。

 

「そう言えば、篠原先輩は先程、このヴァイオリンは『骨董品』と言いましたよね?」

「ええ、それはね――この白いヴァイオリンは理事長のコレクションで、2世紀の年月が経っても誰にも弾かれずにお蔵入りしていたのよ。フランスの骨董屋に大金で購入したと理事長から聞いているんだけど……実際はとあるドイツ貴族が所有していた遺産だそうよ」

 

 話を聞いているこちらも驚きを隠せなかった。

 こんな貴重な楽器を生徒の手が届く場所に置くとは、何を考えているんだここの理事長は!?

 

「そうなんですか。でも、どうしてこのような貴重なものが楽器置き場に置かれたのですか?」

「さあ……多分理事長は、このヴァイオリンを弾ける若い世代の演奏者を待っていると思うわ」

 

 と、篠原先輩がその話を終えると、笑顔で私の顔を覗き込んできた。

 彼女が付けているらしい甘い香水の匂いが漂ってき、強烈な芳香がプンと鼻をついてくる。

 

「貴方が絢瀬悠凪ね。お噂はかねがね聞いているわよ」

「あの……篠原先輩、顔が近いですよ?」

 

 浮気だと思っているのか、美玖がジト目で私を睨んでいる。ここは距離を離れた方がいい。

 すると、篠原先輩が不満そうに頬を膨らませた。

 

「はぁ、釣れないわね。絢瀬君ってさ、プラモデル部を復活させたいと思わない?」

「復活させたいと思います。その条件について、貴女とお話がしたいのですが――」

「それでは翌朝、生徒会室まで来なさい。これは会長命令よ、いいわね?」

 

 ウィンクしながら命令を下してきた篠原先輩に、私は「分かりました」と返事する。これを受け取った彼女は「では、また明日ね!」と言い残して、満足げに音楽堂を立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、わたしたちも教室に戻りましょう」 

「いや、俺はしばらく校内を散策したいので、美玖はみんなと一緒に教室に戻っていってくれ」

「そう……分かったわ。美玖、エル。教室に戻りましょう」

「では、絢瀬殿。また後ほど」

 

 去っていく3人の背中を見送ると、私は校内散策を開始した。

 いや、散策というのは嘘で、真の目的は「人探し」だ。しかもそれは、普通の人間ではない。

 

 さっきから、遠くから誰かに見られていることに気付いてた。

 あのサファイアと同じ青色の瞳、忘れるわけがない。商店街の時はすれ違っていたが……今度は逃がしはしない。そして、広場の噴水付近まで歩くと、急に後ろから声をかけられた。

 

「――もう探さなくて結構です。私はここにいますよ、絢瀬悠凪」

 

 私はその言葉を聞いて、一瞬心臓が跳ね上がってしまった。

 そして後ろを振り向いた私は、世界の外の存在――神との再会を果たした。

 

 つづく




 リメイク前と違い、悠凪VSエルのフェンシング試合にSAO要素を導入してみました。
 原作のシーンも確認しながら執筆しましたので、いかがだったでしょうか?
 物語の内容に関するご感想を頂けると幸いです。

 なお、今回に初登場の生徒会長――篠原聖奈ちゃんは本作のオリキャラです。
 画像が見たい方は下記のリンクをご覧ください:
・https://twitter.com/ChristopheASE/status/1283086151725662208

 ラストにカレンとの再会を果たしはしましたが、彼女から力を貰うのは先になります。
 ミホヨの『崩壊3rd』の設定を熟知している読者様なら、もう察しがついていると思います。


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第33話 女神の告白

今回は女神――カレンの話がメインとなります。
本作の世界観と核心部分に関わる内容であるため、前話未読、または『崩壊3rd』未プレイの方などは読む際にご注意ください。


「ちょっと君、ノーブル学園の生徒ではありませんね。どうやって敷地内に――」

 

 学園の男性教師に発見されたカレンだったが、彼女は慌てる様子を見せずに制服のポケットから「花」のような小道具を取り出し、駆けつけてきた教師の面前に差し出した。

 

 すると、彼女が口を開き――。

 

「今は彼と大事な話をしていますので、私のことは見逃してください」

「――あっ……わ、分かりました」

 

 カレンの言葉は「依頼形」ではなく「命令形」だった。

 にも拘らず、男性教師はまるで催眠術にかかったかのように従順に返事し、フラフラと教育棟へ歩いていった。彼女は、人の意識や意志を操る術を持っているのか⁉

 

「貴女は今、何をしましたか?」

 

 その疑問を抱いたまま問いかけると、教師の背中をしばらく見つめてから、こちらに向き直った彼女はこう答える。

 

「この花は『渡世の羽(とせいのはね)』という、他人の大脳信号を操作し、意識を掌握することができますわ」

 

 どういう理屈で動いているのかは知らないが、作用を聞いただけで空恐ろしい感じがした。

 人の意識を操るなんてことを平然とやっている彼女に、思わず身構えてしまった。

 

 だが、何だろう……妙に違和感がある。

 この()の外観を持つ小道具を「渡世の()」と命名するのか?

 普通には考えられないネーミングだな。

 

「あっ、貴方に使うつもりはありませんから、そんなに身構えなくても――」

「そうですか。ところで、貴女は何をしに、ここに来たのですか?」

「貴方と美玖、そして隼人に会いにきただけです……と言いたいところですが、先ずは貴方に謝罪しなければならないことと、伝えなければならないことがあります」

 

 女神が謝罪を……一体どういうことなんだ、と私は疑問を禁じ得なかった。

 校門の噴水付近で立ち話もなんだし、とりあえず近くのベンチに座ってから話を聞こう。

 

 

 

 

 

「ねえ、黒き地獄――ジュデッカとの戦いは、まだ覚えてますか?」

「忘れるわけがありません。あの機体は特殊すぎますからね……!」

 

 常識外れの性能といい、紫色の結晶体で出来た触手といい。特殊すぎて今でも記憶が新しい。

 と私が言うと、カレンはひどく真剣な顔で私をじっと見つめながら話す。

 

「あのジュデッカは貴方の知る本来のジュデッカではなく、枝が分かれた宇宙世紀世界に転生したユーゼス・ゴッツォが作り上げた機体です。外観はそのまんまですが、中にはMSやMAの部品が使用されております。貴方が遭遇したユニコーンガンダムも、その世界に属する機体ですわ」

 

 枝が分かれた世界――並行世界の宇宙世紀にユーゼス・ゴッツォ、そして転生か。

 これらのキーワードを纏めてみると、私が戦ったジュデッカは「本来とは違う歴史を歩んでいる『並行世界の宇宙世紀』に転生したユーゼスがその世界の技術で作り上げた機体で、何らかの理由によって00世界に転移・出現してしまった」と考えていいだろう。

 

 そして、ユニコーンガンダムとユウ・シラカワは、ジュデッカを追って00世界にやってきたと考えられる。つまり、あの男は異世界からやってきた転移者で、ユニコーンガンダムはフリーダムと同じかそれに準ずる転移システムが搭載されているかもしれない。

 

「そんなことが……信じ難いというよりも、想像を絶するくらい驚きました」

「では、巨大な木を想像してみてください。頂点は目に見えないほど高く、葉は空をも隠す。木の下にあるのは無限の深さを持つ海で、その境界を触れることもできない――」

 

 と言いながら、カレンが私の傍に付き添って、私の手を握りる。

 一瞬、眼前の景色が一変し、私は広大な海に聳え立つ桜の木らしき巨木が見えてしまった。

 

「――あの木は⁉」

「海は広がり続け、木は根を伸ばして成長し続けます。そして海水が染み込んだ木は無数の歳月を経て、無数の枝に分かれ始め、無数の花や葉(並行世界)を実らせました」

「この終わりのない長い過程の中で生えた芽に、人類という名の文明が生まれたんですね?」

「ええ、その通りですわ。やはり貴方は……素晴らしいです」

 

 褒めてくれたのはいいが、なぜ距離を詰めて私に胸を押し付けるんだ?

 流石に不味いと思った私は、近づいてくるカレンとの距離を保つように離れる。

 

「あっ、その、困りますよ。私は……!」

 

 私が言うと、彼女がむすっとした顔を見せ――。

 

「あら、女神である私がお嫌いですか?」

「いえ……ただ、美玖に怒られますので」

 

 と聞いた彼女が「そうなんですか」と言いながら意味深な微笑みを見せ、話を切り替える。

 あの微笑み、きっと何か考えているに違いない。

 

「貴方が交戦したジュデッカは、その木から観測された並行世界に侵入し、一度はヨルムンガンドという現地組織を率いる盟主によって撃破されました。しかしながら、その残骸は崩壊エネルギーによって侵食・汚染されてしまい、復活を遂げたのです」

 

 話を聞くと、ジュデッカは一度「盟主」とやらに撃破されたが、その残骸は「崩壊エネルギー」という謎のエネルギーによって侵食され、再生して復活を遂げたようだ。

 その後にジュデッカは私の面前に現れました、と彼女に聞いてみると、彼女小さく頷いて「その通りです」と返事をした。

 

「そう言えば、あの木の名前は何です? それに『崩壊エネルギー』とは何なのですか?」

「ふふっ……貴方は良い質問をしますね。あの桜の木は『虚数の樹』という、量子の海――貴方が時空の狭間と称する空間の深層部に存在する特別な場所で、通常の世界とは全く違う法則が働いています。そして『崩壊エネルギー』は、虚数の樹から観測された世界しか発現できないエネルギーで、神秘や災厄、または『魔法』と呼ばれるような事象を引き起こせる性質がありますわ」

 

 これらの全てを聞いた途端、無秩序だった全てが突如綺麗に並べられていて、暗闇の中で延々と続く小さな道が見える。並行世界の誕生や継続などの仕組みと、戦ったジュデッカの秘密。

 その「崩壊エネルギー」に侵食・汚染されてしまったからこそ、ジュデッカは常識外れの性能を発揮することができた。これで、私の心中にある一部の疑問が解き明かされた。

 

「聞くだけだと、周囲に放射能をまき散らす原発以上に危険なものですね」

「その認識は間違ってませんよ。人類の文明を幾度となく葬ってきた、災厄のエネルギーなんですから。でも、この崩壊エネルギーを正しく扱えば、崩壊に打ち勝つことも可能のはずですわ」

 

「目には目を、歯には歯を、そして崩壊には崩壊……ですか?」

「そう……崩壊には崩壊をぶつけて対抗するしかありません。そして、私が貴方にこれらのことを教えたのは、崩壊に染められたジュデッカが貴方を襲ったことが、私にも責任があるからです」

 

 カレンは真剣な口調で語り出した。

 神という存在はだいたい傲慢でプライド高いのが印象だったが、彼女は違った。

 丁寧に相手を尊重しつつも、親近感のある態度だ。もう少し話を聞いてみるか。

 

「貴女にも責任があるとは……どういうことですか?」

「私がフリーダムガンダムに組み込んだ転移システム『千界一乗』こそが、一連の出来事の発端になっていたのですから。その特殊な性質のせいで、ジュデッカを誘き寄せてしまったのです」

 

 千界一乗(せんかいいちじょう)。初めて聞く名前だ。

 フリーダムに搭載された転移システムは「クロスゲート」ではなかったのか?

 

「それは……どういうことですか?」

「ご存知だと思いますが、人類は往々にして、変化や未知のものを恐れます。貴方が使うのを躊躇わないように配慮するつもりで、システムの名前を変更しましたが……結果的に貴方に嘘をついてしまい、このような事態を招いてしまいました。本当に申し訳ございません。もし、謝罪だけでは足りないというなら、私の身体を好きにしても――」

 

 顔を赤らめたカレンが、私に向かって頭を下げながら言い放った。

 誰もそんなことは求めてないのに、急に何を言っているんだ、この女神は⁉

 

「ちょ……それはいいですから! それより、千界一乗の詳細についてお聞きしたいですよ!」

「えっ、うん。少々ややこしくて長い話になりますが、最後まで話をきちんと聞いてください」

 

 

 

 

 

 フリーダムに組み込まれていた「クロスゲート」の正体は「千界一乗」という名の巨大な装置のブラックボックスで、正式名称は「永劫の鍵・千界一乗」だそうだ。彼女が先程に見せた渡世の羽とは同じ時代に製造されたもので、本来は崩壊エネルギーを動力源としていた。

 

 時空の狭間に拠点を構えることで、全ての並行世界を観測できるうえ、行きたい世界にいつでも行くことができる。私が言い放ったこの言葉がきっかけとなり、彼女は千界一乗を転生特典として私に譲渡することにし、私がよく知っているあの門に――クロスゲートに名前を変えた。

 

 動力源が崩壊エネルギーから縮退炉から生み出した電力に変わったものの、千界一乗の特殊性や門を開けるなどの機能がそのままだったせいで、崩壊エネルギーに侵食・汚染されたジュデッカを誘き寄せてしまった。でも、あれを倒した以上、もう襲撃される心配はないとカレンは言った。

 

 そして、千界一乗のブラックボックスが組み込まれたフリーダムガンダムは、全ての並行世界において虚数の樹への門を開ける唯一無二の「次元移動用広域殲滅型MS」となっていた。根源区画《テメリオス》の高台の中央に浮かんでる環は「千界一乗」のビーコンで、本体は通路の反対側の隔壁裏にあるとのこと。

 

「待ってください! あの環は『空の至宝』ではなかったとしたら、リベル・アークの電力は何処から供給されたのですか⁉ 私には全く検討がつきませんよ!」

「ビーコンから発する微弱な電磁波と光を部屋の隔壁が吸収し、そこから()()()の増殖原理を応用して消費した以上の電力を生成――貴方は理解できましたか?」

 

「FBRって……高速増殖炉!」

「相変わらず理解が早いですね」

 

 学校では教えられていないが、本で読んだことがある。

 FBRとは――劣化ウランで炉心の周辺を囲み、この中のウラン238がプルトニウム239に変化して燃料となり、エネルギーを発生しながら消費した以上の燃料を生成し続ける原子炉だ。

 

 つまるところ、リベル・アークの電力供給システムはウランやプルトニウムなどの放射性物質の代わりに、電磁波や光と言ったグリーンなエネルギーで発電していると同時に、消費した量以上のエネルギーを無限に増殖し続けることになる。そして輝く環――ビーコンが安置された部屋自体が動力炉であることが、私に予想以上の衝撃をもたらした。これらは数世紀先の技術だ。

 

「今更聞くんですが、どうして私にこれらのものを与えたのですか?」

「それはもう……貴方が正しく使ってくれると信じてますからですよ」

 

 それは、とてもシンプルな理由だった。

 私は「そうなんですか」と答えつつ、彼女の方に向き直る。

 

「貴女はどういう判断基準で物事を判断するのかは知りませんが……私に力を与え、本物の美玖に会わせてくれたことに感謝してます。お陰で私は窮地を乗り越えることができました」

「ふふっ、それはどうも。近い内に、私は貴方に崩壊などの超常的な力を振るう存在に対抗できる『力』を与えるつもりです。ですがその前に、貴方には私の質問に答えてもらいます」

 

 と言いつつ、彼女は女神としての威厳を感じさせるような、真剣な眼差しを向けてきた。

 これまでにない真剣さに心を打たれた私は、思わず息を呑んでしまった。

 

「そう緊張しなくても結構ですよ。答えに間違いなど存在せず、あるのは態度の違いだけです」

 

 言葉から察するに、彼女は私がどう「選択」するのかを知りたいだけかもしれない。

 私が「了解しました」と言いながら頷くと、彼女は最初の質問を投げてくる。

 

「崩壊エネルギーに侵食・汚染されたジュデッカは貴方とユニコーンガンダム、その世界に生きる戦士たちが撃破しました。では、この事件を終わらせた鍵は誰だと思います?」

 

 サイコ・フレームから発した暖かい光が、すでに答えを物語っている。

 あの光は、私自身だけが生み出したものではない。刹那たちも、フォン・スパークも、国連軍の兵士たちも……そして隼人も、ユウ・シラカワもあの中にいる。

 

 そう、この質問の答えはとうに決まっているのだ。

 

「――その場にいる全ての人々です」

「それが貴方の答えですか、把握しました」

 

 彼女が一瞬だけの微笑みを見せると、次の質問を投げてくる。

 

「貴方が一度自分を殺害している風間隼人の命を助けた理由は、何なんでしょうか?」

「人は変わっていくものからです。悪い方向に変わっていく者がいれば、良い方向に変わっていく者もいます。そして今の隼人は後者に当てはまります。だから私は彼を助けたのです」

「そうなんですか……貴方の答えは、把握しました」

 

 そして、彼女が投げてきた三つ目の質問は――。

 

「貴方は今後、私が与えた力をどう行使するつもりですか?」

「数多の並行世界に旅をし、まだ見ぬ未来を見る為に……!」

 

 私が答えると、表情をゆるめた彼女がさらに問いかける。

 

「面白い答えですね。詳しく教えてもらえますか?」

「人生は物語のようなものです。その中に不愉快や悲しいことが多く、真っ暗な空のような暗くて美しくない人生を送る者がたくさんいます。人類は常に運命に抗おうとするが、その抵抗は徒労に終わるか、最初から諦めて受け入れるのが多いです。でも、今の私は無力ではありません――」

 

 私がそう言うと、そっと遠くにある虚数の樹から視線を外し、カレンの方に向き直る。

 

「世界の外から、私は新たな人生と、他人の運命さえも変えうる力を与えられたのです。この力で空を包む暗闇を払い、光をより彼方へ届け――美しくない世界を望むものに変えてみせます!」

「……ふふっ、貴方の旅の続きがとっても待ち遠しいです。その答え、きちんと把握しました」

 

 エイフマン教授と沙慈の姉、そしてロックオンたちを生存させ、00世界の行く末を変えた理由は、当事者がそう成りうる可能性の未来を見る為だから。そして介入したからには、最後までその結末を見なければならないことも分かっている……それは、当たり前の責任だ。

 

 身勝手なことだとも分かっている。

 それでも私は前へ進む。美しくない世界を望むものに変える為に。

 

 そして、この世界にも救済対象が1人いる。金恋のヒロイン――僧間(そうま)理亜(りあ)だ。

 彼女の抱える持病を根治させ、必ず全員が望む「ゴールデンタイム」へたどり着いて見せる。

 

「次に会う時は、美玖と隼人にも会わせてください。二人に伝えたいことがありますので」

「分かりました、この後は二人にそう伝えておきます」

「では、お話はこのくらいにしましょう。()()()()が貴方を呼んでいますわ」

 

 

 

 

 

 と、気がついたらカレンの姿は何処にもなく、代わりに「お兄ちゃん。絢瀬殿……」と女の声が聞こえている。驚きの声が喉から出そうになって、私は目を見開いた。

 

「心配しましたよ、お兄ちゃん」

「……やっと起きたわね、悠凪」

「うーん、どうしてこんなとこに寝てんだよ。風邪ひいちゃうよ?」

 

 最初に視界に入ったのは、余計な心配をさせてしまったか、泣きそうになった美玖とシルヴィの顔だった。2人の後ろに玲奈が立っている。3人に声をかけようとする時「やっとお覚めですか」という声がすぐ傍に発し、学園制服を身につけた金髪美女――エルが視界に割り込んできた。

 

 どうやら私は、ベンチに座ったまま眠ってしまったようだ。

 先ほど話していた女神は何処にもいなかった。まるで最初から存在しなかったかのように。

 

「絢瀬殿……校内を散策したいと聞きましたが、どこか具合が悪いのですか?」

「いや、ただ歩きすぎて足が疲れただけさ。心配をかけて済まない、4人ども」

 

 適当な理由で誤魔化し、慎重にベンチから起きる。すると――バスケットボール大の球体が飛びかかってくる。咄嗟に受け止めながら「ハロ⁉」と私は反射的に応えてやった。どうやって学園の敷地内に入ってきたんだ……荷物と一緒に寮の部屋に置くとラッセさんに依頼したはずだが。

 

「お兄ちゃんが元気で良かったんです。ところでハロ、どうして部屋を抜け出したのですか?」

「寂シかったカラ、寂シかったカラ!」

 

 美玖がむすっとした顔で言い、ハロがカバーをバタバタさせながら合成ボイスを繰り返す。

 

「あっハロ、あたしのとこにおいて!」

「ハロ、ハロ?」

「ハロは今日も元気だよね」

「うむ。シルヴィの言う通り、ガンダム原作と同等の可愛さだね」

 

 と、玲奈の腕の中に収まられたハロだった。

 

「ふふっ、悠凪も元気で良かったわ。そう言えば……悠凪と美玖は玲奈と同じ、学生寮に住むことになるでしょ。もし良かったら、お二方のお部屋に行ってみたいな」

「うん。わたしは構いませんが……お兄ちゃんはどうされますか?」

 

 それを聞くと、私は「構わない」と頷いてから答える。

 この後、シルヴィはエルに公務の予定を尋ねるが、そのような予定はなかったとエルが言った。

 つまり本日放課後のシルヴィは暇、ということだ。

 

「ねえ悠凪。わたし、誰かの私室に入ったことがあまりないの。あるとしてもお姉さまや妹たちの私室ばかり。男性の私室は初めてだわ……だから、その、そこはよろしくね」

 

 目がキラキラと輝いているシルヴィが言い放った。

 この様子だと、今日の学生寮は大騒ぎになりそうだな。

 

 

 

 

 

 闇に包まれた部屋に、スクリーンに図示されたデータを眺めながら、カレンが小さく呟く。

 

「崩壊には崩壊をぶつけて対抗するしかありません。貴方に与えられる武器はこれしか――」

 

 嘗ての仲間――サクラが使っていた太刀「御霊刀・寒獄氷天」の建造データを基に、世界の泡に存命しているアナ・シャニアテから譲渡されたフロストジェム(律者コア)を融合させ、加えてナノロボットで作られた金属「魂鋼」を混ぜて鍛造する、冷気を操れる新たな「神の鍵」。

 

 外見はSAOのメインキャラ――ユージオが使用するあの剣の外観を模倣する予定だ。

 データ上では天火聖裁と同じ破壊力を有しているとされているが、鍛造するに必要な素材が不足している――眠りに入った律者コアを再活性化させる為の「触媒」が必要だ。

 

「雪山を舞う結晶体……氷元素に満ちているあの結晶なら、触媒として使えますわね」

 

 思考の末、彼女はもう一つのスクリーンに目をやりながら呟いた。

 その画面に映し出されたのは、一点の曇りもない白い世界だった。そして中央に拡大表示された青色一色の物体は、八つの立方体で構成された巨大で奇妙な生物で、その世界に生きる学者たちに「ダレット」というコードネームを付けられた。

 

「テイワット……方舟と呼ばれる世界。まさかもう一度赴くことになるなんて」

 

 と苦笑をしながら、次の目標を定めたカレンは即座に行動を起こすのだった。

 

 つづく




▼永劫の鍵・千界一乗(レプリカ)
外見は全高10メートル以上の巨大な装置で、列車の車両を彷彿とさせる横長の外観を持つ。
前文明では量子の海の探索に利用され、無数の並行世界を観察するに使用された。
カレンが悠凪に渡したものが模造品であるものの、機能はオリジナルと全く同じ。
現時点では唯一、カレンが完全複製に成功している「神の鍵」である。

▼破壊の鍵・天火聖裁(レプリカ)
第24話ラストで、エンブリヲを成敗する為にカレンが使用した武器。
普段はコアを分割し出力を抑えた双銃形態だが、二丁を合体させて大剣にもなる「神の鍵」。
この模造品は火属性の帝王級崩壊獣のコアが二つ組み込まれており、オリジナルとの差が天と地があるものの、それでも通常兵器を圧する凄まじい破壊力を有している。
なお、この天火聖裁は模造品である為、第零定格出力は使用できない。

▼意識の鍵・渡世の羽(レプリカ)
羽が舞うと共に対象の精神に強烈に働き掛ける能力を持つ「神の鍵」。
他人の大脳信号を操作し、その意識を掌握できるが、強靭な精神力を持つ対象に効果はない。
なお、この渡世の羽は模造品である為、洗脳以外の機能が全てオミットされている。


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第34話 学生寮の一日

今回はミナが初登場。
茜ちゃんも登場させたかったんですが、次回に持ち越しになりました。


「そうか、ご苦労だった。私の荷物はそのままで構わない……」

 

 午後4時15分。

 俄かに光量が落ち始めた太陽の下、女神の言葉に悩まされながらも、私はスマホに労いの言葉を吹き込んでいた。『はーい!』とネーナの朗々した声が応じる。

 

『そうだ、悠凪さん。あたしも自分のガンプラが欲しいです』

「……そうか。そう言えば、君たちはいま、学生寮にいるんだよな?」

『うん、そうですけど――』

「今そっちに向かっている。後でお金を渡すから、好きに使うといい」

 

 そう言ってスマホの通話を切るのだった。

 すると、美玖が私の方に寄ってきて――。

 

「今のは……ネーナですか?」

「ああ、ガンプラが欲しいという要望があった」

 

 と言いつつ道路から分かれた坂道を進むと、 あっという間に学生寮の玄関前広場に到着した。

 

「着きましたよ。ここがノーブル学園の学生寮です」

 

 エルが寮を紹介してくれた途端に、玄関前の女子生徒たちが騒ぎ始めていた。

 

「見て、今日転入してきた噂の兄妹だわ。本当に先生の言った通り、ここに住むことになるんだ」

「ちょ、ちょっと……ここって、女子寮じゃありませんの⁉」

「絢瀬さんが悪い人じゃなさそうですし、いいんじゃない?」

「この寮はさぁ……元々男女全員が入れる仕様なんだよ」

「それより、クルスクラウンさんとカバリェロさんもいらっしゃってますわ!」

 

 気にせず4人と一緒に学生寮に入る。

 室内を見渡すと、壁や天井、床や建具など……どこを眺めてもワンランク上の上質なデザインが施されており、上品で落ち着いた雰囲気を感じさせてくれる。さらに、壁や天井に使われた装飾も凝っている。ここは学生寮というより、高級ホテルと言っても過言ではないだろう。

 

 そして地上階には、カフェテリアとコンビニ、自販機も備わっている。

 食生活に困ることはなさそうだ。

 

「あっ、言い忘れてしまったわぁ。この寮に住む最初の男子は悠凪だから――」

「なんだと……この学生寮は女の園だったのか⁉」

 

 ずっとハロを抱えている玲奈が咄嗟に言い放った。

 この寮の実態をとうに知っていた私は、わざと驚いた顔で対応した。

 

「絢瀬さん、鳳凰院さん。学生寮へようこそ」

「……城ヶ崎か」

「こんばんは、城ヶ崎さん」

 

 と、見知った顔が迎えてくれた。

 

「寮監先生から貴方と鳳凰院さんは本日からこの寮にお住まいになる旨を聞きましたので、改めてご挨拶に参りました。クラスだけでなく寮生としても同窓ですね、よろしくお願いします」

「……改めてよろしくお願いします、城ヶ崎さん」

 

 この女は苦手だが、社会人としての最低限の礼儀を守らないといけない。

 私はとりあえず挨拶を返した。すると、彼女はすぐにコンビニの方に顔を向け、言う。

 

「ところで、運搬業者の皆さんが貴方をお待ちしております。コンビニの方におりますわ」

「分かっています。じゃあ、美玖は皆と一緒に、先に上で待っててくれ」

「では、また後ほど。行きましょう、みんな!」

 

 と、シルヴィ一行は美玖について行った。そして王女と騎士の存在に気づいた途端、女子生徒がキャーキャーと黄色い叫び声を上げていた。道場の時より凄い反応だった。

 転入初日で有名人2人と仲良しする美玖に羨望の眼差しを送る女子生徒がいる一方で、嫉妬する生徒も数少ない。城ヶ崎絢華という女も例外ではなかった。まあ……度が過ぎた行為をしてこない限り、こちらは何もしない。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「ご苦労様です。ラッセさん」

「いえいえ。何か手伝うことがあればいつでも言ってくれ!」

 

 コンビニに入店した私は、カウンター席にいる灰色の工作服を着た男に労いの言葉をかける。

 すると、男――ラッセ・アイオンが笑顔で言い返してきた。

 

「刹那とネーナも、ご苦労様です」

「……また手伝うことがあれば、遠慮なく言ってくれ」

「えへへ。できれば美玖さんとお話ししたかったなぁ」

 

 と、刹那とネーナは返事をした。

 ネーナの要望は、後で美玖に伝えるとしよう。

 

「ドウイタシマシテ! ドウイタシマシテ!」

 

 紫色の球体に仕込まれた2枚の円盤を耳のように跳ね上げながら、HAROが合成ボイスを張り上げる。悪人の顔を模したようなデザインをしていながら、割と礼儀正しいHAROだった。

 

「そうだ、ネーナ。この封筒の中にあるお金は好きに使うといい」

 

 と言いつつ、10万円が入った封筒をネーナに手渡した。

 どうせガンプラ以外のものも買うことになるから、このくらいの金額なら大丈夫だと思う。

 

「わーい、ありがとう! これで兄兄ズのガンダムのプラモも買えるわ」

 

 まるで子供みたいにはしゃいでるネーナを見ていると、ラッセは「子供の面倒を見ているような感覚だぜ」と小さく呟き、さっきから無表情だった刹那がわずかな笑顔を口元に浮かべた。3人と別かれると、私はコンビニでリベル・アークでは生産されない食材――牛乳を購入し、手配された部屋に足を運ぶのだった。

 

 

 

 

 

 テラスの階段を上がり、長い廊下を歩いていくと、美玖とシルヴィ一行の姿が見えた。

 シルヴィがハロを抱きしめながら天真爛漫な笑みを浮かべているのを見ていると、思わず口角が上がってしまった。そして、その傍にはエルと玲奈……おや、銀髪の少女がいるな。

 

 肩程まであるピンクがかった銀髪に、アメジストのような紫色の瞳を持つ美貌の少女。ノーブル学園の制服を身に纏っているが、その雰囲気から王族の高貴さと威厳を感じさせる。顔が小さくて身体も細く、その華奢な身体全体が、まるで猫のような柔軟さを持っているようだ。

 

 彼女はシルヴィの妹で、ソルティレージュ王国の第十王女であらせられる少女。

 その名前は――カミナル・ル・プルテア・ソルティレージュ・シスア。

 

「お待たせ、皆。おや、そちらの方は……」

 

 初対面の相手だから、先ずは敬語で挨拶をしないといけない。

 

「カミナル王女殿下とお見受けしますが、相違ございませんか?」

「お初目にかかりますわ、絢瀬様。わたくしはカミナル・ル・プルテア、ソルティレージュ王国の第十王女です。以後、お見知り置きを……」

 

 彼女がそう言うと、短めのスカートの裾を摘み上げる。片足を斜め後ろの内側に少し引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま優雅にお辞儀をした。

 これはヨーロッパ及びアメリカにおいて「カーテシー」と呼ばれるお辞儀だ。その一連の動作に澱みなく優雅であり、謙る礼でありながら見る者に高貴さを感じさせる舞のようでもあった。昔は格下の者が格上の者に対して行うお辞儀だったが、今は王族や貴族が客人などに面会する際に用いられるお辞儀となってきている。

 

「ふふっ……気軽に『ミナ』って呼んであげて、悠凪」

「と言っておりますが――」

 

 そっと彼女の表情を窺うと、彼女は笑顔で「ええ、それで結構ですわ」と返事をした。

 しばらくして、後ろから背中をツンツンされ、玲奈の声が聞こえた。

 

「ほら転校生さん、早く部屋に案内しようよ」

「……美玖の部屋はもういいのか?」

「ええ、そうよ。お姉様や妹たちの部屋と大差なかったけど、とても素敵な部屋だったわ」

 

 どうやら、私が刹那たちと話している間に、彼女たちは美玖の部屋を一通り見回したようだ。

 

「あっ、そうだ。ミナもご一緒してもいいかしら?」

「もちろん構わないよ」

 

 後ろに振り向き、私は褐色のドアを目前にした。

 部屋の番号は手渡されたカードキーの番号と一致しているので、この部屋に違いない。

 

「きらきらきら……期待の目線」

 

 シルヴィからの目線を感じながら、私が黒いセンサーパネルにカードキーをかざし、ドアノブを掴むと、解錠されたドアは軋む音を立てて押し開かれた。そして、買ったばかりの牛乳を玄関前の小型冷蔵庫に入れる。

 

「へえー、これが殿方の……悠凪の部屋なんだぁ」

 

 定期的に掃除されているのか、部屋に黴臭さは感じられなかった。カーテンの閉じた窓ガラスも綺麗に磨かれている。カーテンを開ける気になれず、隙間から差し込むわずかな光を頼りに部屋を見回った我々は、本棚に並べた本と、机の上にある二つのアタッシュケースに目を止めた。

 

 刹那たち3人が整理してくれたのか、全ての本が大きな本から順に、左から並べている。

 よく見ると本棚だけでなく、机の上に飾ってある小物まで綺麗に整えている。見る者に清潔感や規則性を感じさせるような置き方だった。

 

「あら、書物がいっぱい並んでありますわね。絢瀬様は読書家ですの?」

「俺はそれほど熱心な読書家というわけではないが、本を読むのが好きなだけさ」

「ふふっ……お兄ちゃんは昔から、本を読むのが好きでしたね」

「ああ、全ては中学生の頃から始まった――」

 

 中学生になった頃から、本を読むのが好きだった。

 読書が私の生活の一部だったと言っても過言ではない。特に、週に一度の図書館通いが何よりの楽しみだった。当時は日本だけでなく、海外のSF娯楽小説も読んでいた。大人になっても、本を読む習慣は変わってない。

 

「こんなことを言うのもなんだけど、紙の本より電子書籍の方がいいんじゃない? 安いし、場所取らないし、スマホを取り出せばいつでも読めるんじゃん」

「玲奈、君の言い分は分かるよ。でも、紙の本と電子書籍の間には決定的な違いがあるんだ」

 

 ミナと玲奈と話している傍から、シルヴィとエルがこちらに寄ってきて――。

 

「どういう違いがあるかしら……聞いてて気になってきちゃった」

「その違いに関しては、私も気になったところです」

 

 と、2人は興味津々に尋ねてきた。

 

「本をぺらぺらめくる時の動作と、スマホの画面をスクロールする感覚が違いすぎる。この感覚の違いは致命的だ。紙に指で触れている感覚や、本をぺらぺらめくった時に瞬間的に脳の神経を刺激する感覚は、電子書籍では絶対に味わえないものだ」

 

「……そういうものなんですか?」

「本はただ読むだけじゃない、自分の感覚を調整する為のツールでもあると俺は思うんだ」

「精神的な調律――言わば『チューニング』みたいなものなんでしょうか?」

「ああ……調子の悪い時に、本の内容が頭に入ってこないことがある。そういう時は、何が読書の邪魔をしているか考える。逆に調子が悪い時でもスラスラと読める本もあるんだよ、エル」

 

「なんだろう……聞いていると、あたし今までの人生、ずっと損をしてたような気分になるわ」

「考えすぎですよ、玲奈」

「そっ、そうかもね……」

 

「絢瀬様は読書に強いこだわりをお持ちですわね」

「俺は紙の本派だから。でも、電子書籍のメリットを否定するつもりは毛頭ないよ」

「なるほど……悠凪はガンプラ以外に読書も趣味だよね。ところで、これはなにかしら?」

 

 と、シルヴィがアタッシュケースの電子ロックに指差ししながら尋ねてきた。

 中には拳銃と薬莢が収納されているから、見せるわけにはいかない。このケースが開かれる日が来ないことを願っている。なぜならケースが開かれることは、事故発生を意味することだから。

 

「これ、電子ロックじゃん。高そうなブツでも入っているのかな?」

「ブツ言うな。ケースの中身についての詮索は遠慮してもらいたい」

 

 確かに玲奈の言う通りだ。所有しているだけで違法行為になる危険物が入っている。

 私に断れたのか、玲奈は少し興ざめたように静かになった。その一方で、シルヴィはもう一つのアタッシュケースに目を止めて「こちらは開けてもいいかしら?」と問いかけてきた。

 

「そちらは開けても大丈夫ですよね、お兄ちゃん?」

「ああ。いま電子ロックを解除するから、少し待っててくれ」

 

 満面の笑顔を向けてくる美玖に返事しつつケースを解錠し、蓋を開ける。

 

「これは、フリーダムガンダムのガンプラだわ」

「お姉様のスノーホワイトのような出来栄えではありませんけど、丁寧に作られておりますね」

 

 お姫様たちがガンプラを観賞している一方で、私は再び思索に入った。

 「スノーホワイト」はどのガンダム作品に登場する機体だったのか、と。私は何か大事な知識を忘れてしまったかもしれない。なかなか思い出せないので、シルヴィに聞いてみることにした。

 

「なあ、シルヴィ。その『スノーホワイト』はどの作品の機体なんだ?」

「小説作品『フローズン・ティアドロップ』に登場するウイングゼロよ」

「――プロドゼロ1号機か」

「ええ、そうよ」

 

 シルヴィのヒントのお陰でやっと思い出した。

 作中では、この機体は元々ドクターJが開発したMSで、そしてある日……ヒイロの訓練相手を務めていたヒイロのクローン人間「アルファ」によって持ち去られた。そんな彼と共に宇宙空間を漂流していた所に、近くにあるウィナー家の所有する資源衛星に拾われた。

 

 その後、彼はプロトゼロを捨て、どこかへと姿を消した。残されたプロトゼロはカトルの父――ザイードの命令で解体されることになった。そして、解体されたプロトゼロをリビルドした機体がスノーホワイトだ。ファンの間では「白雪姫」とも呼ばれている。

 

 ソルティレージュは北ヨーロッパに位置する国だから、冬になると雪がたくさん降る。

 そして、シルヴィはその国のお姫様だ。雪の国の王女は「白雪姫」と意味が近いこともあって、天使を模した外観を含め、彼女の人物像と絶妙にマッチングしているガンプラだと思う。

 

「できれば、君の作ったスノーホワイトを見ておきたかった」

「じゃあ、明日持ってくるわ――」

「いけません、シルヴィ様。ガンプラを学校に持ち込むのは校則違反です」

「プラモデル部が解散させられる前は違反じゃないんだけどなぁ……」

 

 エルに校則違反だと叱られ、シルヴィはしょぼんと肩を落とした。その直後に玲奈が言い放った言葉が私の気を引いたが、その前に――。

 

「なんで俺のベッドにダイブしているんだ君は。それに、いつまで美玖を抱きしめるつもりだ?」

「はーい、初ベッドとお宅の妹さんを堪能しておりますっ!」

 

 いつの間にダイブしたのかは知らないが――。

 

「初ベッドか、随分と不思議なこだわりだな。それより美玖が嫌がっているから、いい加減――」

「おっぱい気持ちいいから、もうちょい堪能させてよ」

「れ、玲奈……もう、許してください……っ!」

 

 男として、玲奈の言い分に完全同意せざるを得ない。

 だが、それは度が過ぎたボディタッチだったようで、美玖は恥ずかしくて嫌がっている。そんな変質者めいた行為をする玲奈に、ミナとエルも呆れたような顔を向けていた。

 

「鳳凰院殿が嫌がっております。ほら妃殿、離れてください!」

「え、ええー⁉」

「はぁ……はっ……た、助かりました、エル……」

 

 2人をやや強引な手段で引き離すエルだった。

 にしても、美玖の喘ぎ声が色っぽいな。少しでも気を抜けば理性が吹き飛びそうだ。

 

「相変わらずはしたない女ですこと」

「うーん、カミにゃんって辛辣……」

「ケンカは、良くナイ、良くナイ!」

 

 と、2人の間に割り込んだハロが愛想を振りまく。少し強張ったミナの口元が僅かに緩み、その手がハロのボディを包むようにした。可愛らしい笑顔だった。

 

「お姉様のキュロちゃんと似ておりますわね。このハロは絢瀬様が自作したロボットですの?」

「いや、このハロは友人からの贈り物だ」

 

 シルヴィと玲奈だけでなく、ミナまでハロに興味を示している。

 そんなミナがハロを抱え、黄緑色の球体を頬でスリスリしながら楽しんでいた。今更だが、ハロのようなマスコット的な存在が、常に年頃の女の子に好かれる気がする。

 

 さて、それはさて置きとして、玲奈にこのノーブル学園のことについて聞いてみるか。

 

 

 

 

 

「さっきの話の続きだが……玲奈、昔のプラモデル部について何かを知っているか?」

「うん……そうね、その時の部長とほぼ話したことないんだけど、3人だけの部活で、全員がガンプラバトル地区大会の常連選手ってとこね。でもね、1年前の静岡県大会でオネェみたいなやつに負けちゃった以降は衰退し始めたわよ」

 

 オネェみたいなやつ。

 まさかと思うが、一応名前を聞いてみるか。

 

「なるほど。ところで、その『オネェ』は――エレオノーラ・マクガバンという名前なのか?」

「あっ! 確かそういう名前だった気がする!」

「マクガバン殿ですか……変わった趣味の持ち主、という印象の方でした」

「かつてはガンプラ塾の講師さんだったけど、今は塾を離れ別の職に就いたって噂があったわ」

 

 エレオノーラ・マクガバン。塾の生徒から「エレ男」という二つ名を付けられる女装男。

 女性的な容姿と服装、そして口調から「女性」だと思われがちだが、実際の性別は男だ。二代目メイジンの勝利を至上とする思想に心酔しており、バトルで敗れた者のガンプラを試合終了と同時に処分するなど、過激な行動をする狂人でもある。

 

 話に割り込んできたシルヴィとエルの言葉から察するに、2人はエレ男と面識があると見ていいだろう。しかし、シルヴィはソファーの上に座り込み、気分が悪そうな顔をしていた。

 

「シルヴィ、急にどうしたんだ……顔色が悪いぞ?」

「ううん、何でもないわ。ただ、マクガバンさんのことが苦手なだけよ」

「その人物と面識があるのか?」

「昔はガンプラ塾で一度会ったことあるけど、怖い人だったから、その……」

 

 と言いつつ、シルヴィは視線を下に向けていた。まあ……ガンプラバトルを「殺し合いの場」と捉えているような異常者だから、シルヴィが怖がるのも無理はないだろう。そして、先程から話を聞いていた美玖がお水を差し出し、それを飲んだシルヴィがようやく落ち着きを取り戻した。

 

「シルヴィ、少しは気分良くなりましたか?」

「ええ、ありがとう。美玖」

 

 と、シルヴィが礼を言い、美玖が微笑む。

 エレ男の話はこのくらいにして、私はプラモデル部が強制解散させられた原因を詮索する。

 

「そう言えば、プラモデル部が解散させられた原因は、大会に敗北したことと関係あるのか?」

「それもあるけど、一番の原因は前任生徒会長の考え方よ。あいつが会長やってた頃、シルヴィはまだ転入してないから知らないと思うけど、プラモデル部の解散は独裁政治が横行した結果よ」

 

 玲奈の尖った口調から、前任生徒会長への不満が感じられる。

 しかも「独裁政治」という言葉まで出てきた。どうやら、前任はろくでもない人のようだ。

 

「玲奈、前任はどんなやつだった?」

「そうね――自分が気に入った部活だけを至高のものとし、自分に合わなかった部活を決して認めない性格。言ってしまえば『傲慢』の二文字を具現化したような人ね。『プラモデルは子供のオモチャ』といちゃもんつけて廃部決定とか、乱暴すぎてドン引きしたわ、全く!」

 

 はぁ……聞いているこちらも怒りを覚えた!

 プラモデルはただのオモチャじゃない、組み立て方次第では芸術品にも成れる。まさかガンプラバトルが流行っている世の中に、またこういう想像力不足と感性不足な輩がいるとは。

 

「ああいう性格だから、きっと多くの生徒の怒りを買ったんだろうな」

「うん、被服部も被害あってたわ。けれど、解散させられてないのは不幸中の幸いってね」

「事情は理解した。篠原先輩が会長の座に就いた今は、そういう問題はなくなったのか?」

「そう、前任と違っていい人だよ。性格いいし、美人だし、何よりおっぱいでかいし」

 

 と、玲奈がそう言いつつ、スマホに表示された篠原先輩の写真を私に見せる。

 エルに勝るとも劣らないほどの美貌の持ち主で、大人の魅力を感じさせるような女性だったのは分かったが、いちいち胸の豊かさを強調しなくても良いのでは……?

 

「おい、反応なしかよ。てっきり会長がタイプだと思ってたわ」

「今の俺は美玖しか眼中にないから、他の女で俺を惑わせると思うな!」

 

 と、心の声が漏れてしまった。

 そして気づいたら部屋内の雰囲気が桃色になっており、女子全員の頬を赤らめ、恥じらうようにしている。不味いな……これは、やっちゃったパータンだぁ!

 

「ちょ……えっ、ええー⁉」

「ゆ、悠凪くん……じゃなくて、お兄ちゃん⁉」

「絢瀬様と鳳凰院様は血の繋がりのない兄妹とお聞きしましたけど……」

「どうやら、昼休みの時のやり取りは、冗談ではなかったんですね」

 

 ミナとエルが頬を紅く染めながら視線を逸らし、シルヴィが私の方に寄ってき――。

 

「ふふっ、悠凪は美玖に一途だね。恋って本当に素敵だわ!」

「シルヴィったら、茶化さないでくださいっ! わたしとお兄ちゃんは、あの、その……」

「ほう……お熱いですねお二人さん。結婚式はいつになります?」

「あのさぁ、悪ノリはここまでにしてもらおうか!」

 

 現在時刻は夜7時20分。

 もうこんな時間だから、シルヴィたちを領事館に帰らせた方がいいと思うのだが、私が自爆してしまった1分足らず、何故かキャッキャウフフな百合展開になっていた。

 

「柔らかくて暖かい、まるで抱き枕みたい!」

「はぁ……ん、はっ……シルヴィまで……んん……」

「いい声をしてますな、美玖ちん」

 

 恥ずかしがってる美玖がサンドイッチの具材のように、シルヴィと玲奈の間に挟まれていじられていたのだ。エルとミナも止めようがなく、眺めることしかできなかった。

 

 よく考えてみたら、このまま眺めてるのもいいか。

 でも、翌朝は生徒会室に出頭しなければならないので、美玖を助けることにした。

 何故なら、遅刻はよくないのだから。

 

 つづく



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第35話 夜中から朝まで

 シルヴィ一行とお別れした途端、部屋の中が一気に静かになった。

 時計の秒針の音しか聞こえない静寂の中、玲奈は私のベッドで高いびきだ。ここに泊まるつもりなのか、と私が追い払うように声をかけて、ごめんごめん、と玲奈は謝罪しながらベッドから起き上がる。玲奈の寝返りが激しかったせいか、整えたはずの白いシーツが乱れている。

 

「美玖の件を含めて、よくも好き勝手してくれたな……玲奈」

「うぅ……美玖ちんが抵抗してないし、それに加害者に王族1人いるから、いっかなーって」

「明らかに嫌がってるだろ! 見て分からないのか?」

「ごご、ご、ごめんなさぁいぃぃー!」

 

 余計な言い訳をする玲奈に不快を覚え、思わず声を荒げてしまった。

 しかし怖がらせてしまったのか、玲奈の目から雫が溢れ、頬を伝ってしたたり落ちた。

 

「あの……玲奈のことを責めないでください、お兄ちゃん。玲奈は悪気がないんだから――」

「たとえ悪気がなかったとしても、やっていいことと悪いことがあると思うんだがな」

 

 私がそう言うと、玲奈が美玖の方に振り向いた。

 

「ごめん、美玖ちん……」

「いいんですよ、玲奈。わたしは嫌がってるんじゃなくて、ただ急に触られると身体がほっとしてしまい、変な感じになっちゃいます。だから次は、事前に声かけてください」

「うん、次はそうするね」

 

 どうやら美玖は、女の子同士のボディタッチを嫌ってるわけじゃないようだ。

 それを知り、私は深く追及しないことにした。欲望に駆られて、キャッキャウフフな百合展開を指くわえて眺めるつもりだったが、明日遅刻しないためにエルと共にやや強引な手段でシルヴィと玲奈を制止することになった。

 

 でも、2人を制止したことに、私はほんの少し後悔の念を抱いた。

 正直に言って、健全な男として、もうちょっと百合展開を見ておきたかった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 やがて夜8時を過ぎて、眠気に襲われた玲奈が「んじゃ、また明日ねぇー」と別れの挨拶をして自室に帰って行った。楽しかったが、大変な一日だった。がっくり肩を落とし、クローゼットから着替え用の服を引っ掴んだ私は、忍び足でバスルームに向かった。

 

 着替えをぱっぱと終えてから、洗面台の鏡を覗き込む。

 深い紫色の瞳に、東洋の血統を受け継いだ色みがかった肌。ウェイブのかかった髪は澄んだ銀色――間違い無く自分の顔ではあるが、今さらながら「転生前より3歳程度若返りしている」ような気がする。そう訴える感覚が頭を擡げかけたが、それは顔を洗い終えるまでのことだった。

 

 ぱんぱんと軽く頬を張ってから、私はバスルームを出た。

 ソファーに座ったまま眠っている美玖の様子を確かめ、横抱きで彼女を抱き上げて音を立てずにドアの方に向かうと、床に転がるバスケットボール大の球体に足を引っかけてしまい、間の抜けた電子音が足元でわき起こった。

 

「蹴ラレタ、蹴ラレタ! 痛イ、痛イ!」

 

 蹴られたショックで合成ボイスを張り上げるハロだった。

 

「ハロ、静かに……」

 

 と、低く怒鳴りつけるが時はすでに遅く、眠っているはずの美玖が目を見開いた。

 

「悠凪くん、わたしをどうなさるおつもりですか?」

「君を部屋まで運ぶつもりだが――」

 

 私がそう言うと、美玖がやや照れの混じった笑顔を浮かべる。

 

「お姫様扱いされるのも悪くありませんね。では、お願いします……わたしの王子様」

「――我が姫の仰せのままに」

 

 再び目を閉じた美玖を横抱きしたまま歩き出すと、ハロが腕を延ばしてドアを開いてくれた。

 しかし、長い廊下を歩き、角を曲がろうとした瞬間、私は1人の女の子と鉢合わせになった。

 

「ひゃ、なななななっ……⁉」

「き、君は……!」

 

 腰まである長い朱色の髪を一本の三つ編みにしている女の子だった。瞳は深い紫色で、白いミニワンピースを着ており、その上に黄色のジップパーカーを纏っていた。外見はお淑やかなお嬢様の多いノーブル学園には似つかわしくない雰囲気だが、その肢体には健康的な魅力が感じられる。

 

 彼女の名前は――栗生(くりゅう)(あかね)

 一年生、陸上部所属。原作では市松央路の後輩で、攻略可能ヒロインの1人だ。

 

「その、こんば――」

 

 同じ寮生として挨拶しようとするが、彼女は顔を赤らめながら、慌てて走り去っていった。

 こっちが女の子を横抱きしているせいかもしれない。まあ良い、と取り繕う声を出しつつ、私は美玖の部屋に足を運ぶのだった。

 

 

 

 

 

「ロックを解除スル……カンリョウ」

 

 ボールの如くドアの前に転がったハロが解錠を行うと、私は美玖の部屋に足を踏み入れた。

 身に覚えのある空気が私を押し包んだ。机の上にある物品といい、シーツや寝具といい、全ては我が家から持ち込んだ高級品で、家具の置き方も宅邸の寝室と大部分一致している。

 

 この部屋にいると、何故か我が家に帰ったような気分になった。

 

 すぅすぅと可愛らしい寝息を立てている美玖をベッドの上に横たわらせ、おやすみと言い残して立ち去ろうとするところ、美玖に手を引っ張られて、そのままベッドに倒れ込んでしまった。

 

「今夜だけでいいですから、わたしの傍にいてもらえますか?」

「う……うん……分かった」

 

 いやはや、寝息を立てているからてっきり寝ていると思っていたが、これは一本取られた。

 甘えた声でおねだりしてきた美玖に、私には拒むことができなかった。その華奢な腕に抱きしめられ、全身に伝わる柔らかい感触と、麝香のような甘え匂いに包まれた私はすぐに何にも考えられなくなってしまい、本能的に腕を彼女の腰に回してしまった。

 

「本日もお疲れのようですね、悠凪くん。やはり何かあったのですか?」

 

 秘密の呪文を教えてくれるかのように、美玖は囁くような口調で言った。

 女性の観察力と直感力にはすごいものがあると聞いたことがある。女性は見抜いていないような素振りをしながら、実はしっかりと物事の本質や真実を見抜くのだ。そして、美玖がニュータイプである故、その直感力――つまり第六感というようなものがいつも異常に働いている。

 

 疲れていないふりをするつもりだったが、美玖の前では無意味なことだった。

 ここは、素直に認めるしかあるまい。

 

「ああ……課外授業が終わった後、私は校内を散策したいと言ったよな」

「うん、悠凪くんは言ってました。それで何か――」

「その最中に私を転生させた神と出会ってしまった」

「えっ、カレンさんと会ったのですか⁉」

 

 ひどく驚いた表情で問いかけてきた美玖に、私は頷いてから話を続ける。

 

「ああ。私は神と出会ってしまった上、理解し難い知識を教えられてしまった」

「そうですか……お疲れでしたら、何も考えずに休みましょう」

 

 そう言った途端にキュッと、さっきより強く抱きしめてくる。

 

「これから少しずつでも考えていれば、きっとカレンさんの言葉を理解できるはずですから」

「そうだといいんだがね――あっ、そうだ。ネーナから君と話がしたいという要望があった」

「では、今週末はネーナをこちら側に招待しましょう」

 

 そう言い終えた美玖が「おやすみなさい」と言って、目を閉じた。着替えもせずに制服姿のまま寝てた美玖を見ていると、何故かいつもの逆パターンをしたい気分が高まってきた。

 

 抱きしめられる側ではなく、抱きしめる側になるんだ。内なる欲望と衝動に駆り立てられるまま美玖を抱きしめると、彼女の身体の柔らかさが服越しに伝わってきた。片方の胸を鷲掴んで揉んでみたが、彼女は熟睡したままで、起きる気配がなかった。まさに、眠り姫だ。

 

「おやすみ、我が愛しの姫よ」

 

 と、彼女の耳元で囁いた。むろん、熟睡している彼女からの返事はなかった。

 その可愛らしい寝息を聞きながら、私はゆったりと押し寄せてきた眠気に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 しんと静まり返った部屋に、電子時計の音だけが響いていた。

 午前6時。ピーピーと部屋中に響き渡る時報を聞きながら、ベッドから起き上がった私は窓際に歩み寄り、ガラス越しに外の光景を見渡した。太陽がゆっくりと東から昇り、辺りは金色の日光に照らされる。遠いところに聳え立つ高層ビルや、外縁の森林も視認できるようになった。

 

「そろそろ学校に行くとするか」

 

 素早く自分の部屋に戻って朝の身支度をぱっぱと終えてから、私は来た道を戻り、いまだ眠りの最中にある美玖の様子を確かめる。相変わらず熟睡している。温めた牛乳と書置きを机の上に置くと、私は左手で鞄を持ち、右手でハロを抱えて部屋の外に出た。

 

 廊下にハロを放ってから、私はスマホを手にし、エイフマン教授から送られてきた簡潔な報告書を読み始める。つい昨日、セラフィムガンダムのフレームの建造が完了したようだ。

 

 地上階に続く階段を下りていくと、私は再び朱髪の少女と鉢合わせになった。今は体操服を身に纏っているから、朝のラジオ体操に参加しに行く途中のようだ。

 

「おはようございます、絢瀬センパイ!」

「おはよう。君は昨日の――」

「栗生茜っていいます。昨日は、本当に失礼いたしました……!」

 

 と、申し訳なさそうに頭を下げる茜。

 

「気にするな、俺は気にしてない」

 

 私が言うと、茜は下げた頭を上げる。

 しばらくすると、体操服を身に纏った茜を認識したのか、ハロは「ハロ、アカネ」と二つ並んだ光学センサーを白く点滅させながら挨拶をする。茜が姿勢を少し低くして「おはよう、ハロ!」と挨拶を返すと、私の顔を見上げてきた。

 

「本当に玲奈センパイの言った通り、喋れ動けるハロなんですね」

「その……茜は、ガンダムシリーズに興味があったのか?」

「いえ、興味がないんですけど、ハロのことは一応知っています。マスコットキャラですから!」

 

 さっきから閑散としているテラスだったか、突如外から「いっちにっ、さーんし」と女子たちの声が聞こえてくる。ラジオ体操がすでに始まっている。茜はすぐさま外へ走っていき、私はハロと揃ってガラス張りの自動ドアをくぐり抜けた。

 

 玄関前広場の中央に目を向けると、30人程の女子が整列して、ラジオ体操をしている。さっき外へ走って行った茜も、その中に加わっていた。ラジオ体操をやるのは小学生か、職場のルールでやらされてる中年のおっさんくらいと思ったが、お嬢様もやるらしい。

 

「声出てないよー」

「「にーにっ、さんーし!」」

 

 良い眺めだが、今は学校に急ごう。

 

「ん?」

 

 と、3年生の先輩に気づかれてしまった。

 

「おはよう、絢瀬君」

「おはようございます、先輩」

「今は皆でラジオ体操をしてるとこだけど――おや、今から登校するかい?」

「ええ、篠原先輩に呼び出されましたので」

 

 私が言うと、納得したように小さく頷いた先輩が「聖奈ちゃんに呼び出されたなら、早めに登校した方がいいよ」と言い残し、再びラジオ体操の指揮を執る。玄関前広場を離れた私は学校に続く坂道を登った。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 3階に続く階段を昇ると、廊下に並ぶドアの一枚が開いているのが見えた。そして戸口に歩いていくと、机の端に腰を掛けた生徒会長――篠原聖奈の姿が見えた。腰まで届く銀髪を青いリボンで纏めており、すらりとした手足と背筋の伸びた身体が、凛とした雰囲気を醸し出している。

 

 エルに勝るとも劣らない容姿の持ち主だが、気取った印象は見受けられず、初対面で普通に会話したのを今でも覚えている。肩肘を張らない――それが彼女の魅力の一つと言えるだろう。

 

「おはよう、絢瀬君。随分と到着が早かったわね、入ってちょうだい」

「……おはようございます、篠原先輩」

 

 と、挨拶を返しつつ生徒会室に足を踏み入れる。

 ハロが椅子の上に飛び上がり、それを見た彼女はフッと優しく微笑んでから話を続ける。

 

「早速だけど、これは静岡県ガンプラバトル大会の参加申込書よ」

 

 私は彼女が差し出した書類を受け取り、個人情報を記入しながら注意事項を読み始める。

 試合形式は一回戦から決勝まですべて1対1のトーナメント方式で、参加選手は16人。モードダメージレベルはBに固定。使用するガンプラはHGかRGに限定で、MAの使用は禁止、という旨の注意事項が書かれていた。なお、大会開始日は――。

 

「開始日は、今週の土曜日ですか」

「そうよ……前もって準備や練習などをする暇は殆どないけど、自信はあるかしら?」

「全力を尽くして勝利を掴んでみせますよ」

 

 と言いつつ、記入済みの書類を彼女に手渡した。

 すると、彼女は口を開き――。

 

「ここだけの話なんだけど……プラモデル部を立て直すには、周りを説得する必要があったの」

「その手段は――大会に優勝し、目立った実績を残すことですね?」

「うん。それなりの実績を残していれば、誰も文句は言えなくなる」

 

 プラモデル部に所属していた部員は全員、ガンプラバトル地区大会の常連選手であると、玲奈は言った。そして1年前の大会に「エレ男」に打ち負かされた以降は衰退し始めた。つまり、実績がなかったことが、強制解散させられた理由の一つと考えられる。加えて前任生徒会長の考え方にも問題ありで、プラモデル部の処遇はあまりにも不憫だと言わざるを得ない。

 

「ところで気になったのですが、篠原先輩は前任生徒会長をどう思って――」

「もう卒業したけど大嫌いよ。あんな変態とはもう二度と会いたくないわ!」

 

 こっちが質問を言い終える前に、声を荒げながら即答した篠原先輩。

 前任生徒会長は余程の嫌われ者であることが窺える。

 

「すみません。先輩に嫌なことを思い出させてしまって」

「あ、いえ……絢瀬君に謝ることはないわ」

 

 にしても、変態か。ただのろくでもない独裁者だと思っていたが、職権乱用して性的犯罪に手を染めていた可能性もあるようだ。まあ、ご本人は卒業したし、これ以上の詮索はやめておこう。

 

「ところで、ガンプラは当日持って行っても大丈夫ですね?」

「ええ。でも、大会途中での変更は認められないから、ガンプラは1体しか使えないわ」

 

 ならば、使い慣れた機体のガンプラで大会に参加しよう。

 リベル・アークにある超精密高速成形機を使えば、我が愛機――フリーダムガンダムのパーツを完璧に作り出すことが可能だ。放課後は一度、我が家に帰還するとしよう。

 

 つづく



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第36話 事前準備

 ついに完成した。

 軌道エレベーターの構造材からMSの装甲に至るまで、様々な分野で活用されている素材であるEカーボンをプラスチック樹脂に封入し、フレーム強度を重点に置いて生産したリベル・アーク製のRGガンプラ。大会を制覇する為に作られた、私の愛機のガンプラだ。

 

 24世紀初の最先端技術……これをガンプラに応用する日が来るとは思ってもみなかった。

 だが、せっかく手に入れた技術だ。これを使わない手はない。試合の相手は全力で挑みかかってくるから、こちらも持っている技術を詰め込んだガンプラで応じなければならない。それが大会に参加する人々に対する敬意だと思っているからだ。

 

 ついてに美玖の為に、フェネクス用のEカーボンパーツも生産しておいた。

 これさえ組み込めば、フェネクスは他のガンプラと一線を画す圧倒的な性能が得られる。

 

「これが最後のランナーだな……よし」

 

 超精密高速成形機から排出された十数枚のランナーをアタッシュケースに収納すると、私は来た道を戻る。その途中で、私はMSハンガーに固定されたフレームだけの機体に目をやった。頭頂高16m程度のこの機体は、間違いなく報告書にあったセラフィムガンダムだ。

 

「絢瀬悠凪、そのケースに入っているものは……?」

 

 ティエリア・アーデの声を聞き取った私は、気配がした方へ振り向いて答える。

 

「ガンプラのパーツですよ。それよりティエリア、その本はどこから手に入れましたか?」

「これか……刹那たちが別の世界から持ち帰った小説だ」

 

 表表紙にはエクシアと刹那、そしてアザディスタン王国の第一王女――マリナ・イスマイールのイラストが印刷されている。ティエリアが手にした本は小説版『ガンダム00』の第1巻。刹那がこの本を持ち帰ったのは予想外だったが――。

 

「ティエリア、君はその本に書かれた内容をどう思いますか?」

「僕たちの戦いが、別の世界では文学作品として描かれていた……只々驚くばかりだ」

 

 そう言ったティエリアは一度俯き、そして顔を戻して――。

 

「だが、刹那が何故ああいう行動を取ったのか、少し理解できたような気がする」

「刹那の……例えば、どんな行動ですか?」

「マイスターの正体は太陽炉と同じくSレベルの秘匿義務がある。にも拘らず……刹那は戦闘中にコックピットハッチを開き、交戦中の敵に正体を晒した。あの時は馬鹿馬鹿しいと思ったが」

「――でも、その本には刹那がその行いをした『理由』が書かれていました。違いますか?」

「ああ、まさにその通りだ」

 

 これはモラリア共和国での戦闘の出来事であることを、私はとうに知っている。

 

「そうそう、ティエリア……本の内容はあまり真に受けない方がいいと思いますよ」

「……ん?」

 

 と戸惑う声を出したティエリアに、私は話を続ける。

 

「本に書かれた内容はあくまで『物語』です。君たちがこれからたどり着くであろう未来への予言かもしれませんが、未来を決めるのは予言や運命ではなく、今後の行動にかかっています」

「この先どうなるかは我々次第……その言葉、しっかり心に留めておこう」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 読書中のティエリアと別れると、私はメディカルルームに足を運んだ。

 解錠を告げる電子音が、ノックの代わりだった。中に足を踏み入れた私は、数人の人影を視界に入れた。隼人は未だにカプセルに横たわっており、ネーナと王留美、紅龍が傍で見守っている。

 

 その一方で、リヒティはもう起きていた。

 だが、Eカーボン製の義肢は未だに完成しておらず、今は車椅子に乗せられている。傍らで彼を介護しているのはクリスだ。彼女は細麺状のパスタをリヒティの口に運んでいるところだった。

 

「体調はいかがですか、リヒテンダール・ツエーリ」

「傷はすっかり完治したっス。あとは新しい義肢を装着すれば元通りっス!」

 

 と元気に返事してくれたリヒティだった。

 私はクリスに軽く挨拶してから、隼人の方へ向かった。

 

「気分はどうだ、隼人」

「……前よりマシになったけど、まだカプセルから出られねえわ。パスタ食べてぇよ」

 

 と言いつつ、隼人はリヒティとクリスの方へ羨望の眼差しを向ける。

 

「全快したら、あたしが作ってあげるわよ」

「ネーナ、わたくしを忘れては困りますよ」

「美玖さんからコツを学んだことあるわ、あたし。温室育ちのお嬢様は料理できるかしら?」

「――で、できますわよっ! そんな簡単なことを!」

 

 突如、王留美とネーナが言い争い始めた。

 これはどういうことですか、と紅龍に尋ねて見ると「隼人がカプセルに横たわっている日から、王留美はほぼ毎日ここに来て、彼の介護をしていた」という情報を得た。ネーナと言い争うようになったのは数日前からのこと。原因が分からなかったと紅龍は言い張るが――。

 

「これは大胆な憶測ですが、王留美は隼人に対し『恋愛感情』を抱いているのではないかと」

「れん……ほっ、本当にそういうものですか⁉」

「相手の気を引き、自分の良いところを見せつけようとするから、他の同性に尖った態度を取るのです。そして王留美とネーナの態度は、隼人を独占しようとする側面も見受けられます」

「りゅ、留美が――お嬢様が、恋に落ちていた……っ!」

「君たち王家にとってはよろしくないかもしれませんね」

「ええ。ですが、これがお嬢様が望んだことであれば、自分は一切口を挟ません」

 

 王家にとっては都合が悪いかもしれないが、紅龍にとってはそうではなかった。

 本来、王家当主の座を継ぐのは紅龍だったが、それから紆余曲折があって王留美が後継者として選ばれた。それ以降、紅龍は自分の不出来で妹の人生を歪めてしまったことに自責の念に苛まれていた。紅龍はきっと、妹が家に縛られずに生き、自分だけの幸せを掴むことを望んでいるはずだ。

 

 だが、恋愛経験ゼロの隼人が王留美の思いに答えるかどうか……私には分からない。

 

「悠凪さん、さっきから紅龍さんと何を話してるの?」

「ただの男同士の話だよ」

「……そ、その通りです」

 

 とりあえず適当に誤魔化し、紅龍が私に合わせてくれた。

 王留美は一瞬だけ紅龍にジト目を向けていたが――「お前ら……もう喧嘩すんなって昨日言っただろ。どっちが作ったパスタでも食べてやる」と隼人の声を聞き取った瞬間、嬉しいそうな笑顔で向き直った。恋する乙女の笑顔だった。

 

「そうだ悠凪、お前が探索に行った並行世界はガンプラが普通に売ってる世界だよな?」

「ああ、プラフスキー粒子を応用したガンプラバトルも体験できるぞ」

「俺も一回行ってみてぇな。あっ、そう言えばお前の服、どっかの学校の制服なのか?」

「その世界に存在する日本一有名な高校の制服だ――」

 

 そう答えると、私は彼に「もし高校に行ける機会があったら、君は行きたいと思うか」と提案を持ちかける。驚きで目を大きく見開いた隼人は「行きたい!」と即答した。毒親のせいで高校行けなかった隼人にとって、これは失われた青春を取り戻すチャンスかもしれない。

 

 だが、偏差値70以上のノーブル学園……その入学テストには大学受験レベルの問題が混じっている。基礎知識のない隼人にとって、そのテストの難易度は「ハードコアモード」に等しい。彼がカプセルから出られたら、問題の解き方や要点を纏めたメモを渡しておこう。

 

 女神の言葉を隼人に伝えたかったが、部外者がいるので、次の機会に持ち越すことにした。

 

 

 

 

 

 寮に戻る前は刹那と会ってみたいだが、彼はロックオンとアレルヤと映画鑑賞している。

 ――撃ってしまった……大佐の戦場を汚してしまった。私に撃たせたなぁ! とスピーカーから登場キャラの台詞が聞こえる。彼らはOVA版『ガンダムUC』の第2話を視聴している。

 

「この男……歪んでいる」

「というか病んでいるな」

 

 それは正確な評論だった。

 アンジェロ・ザウパーという男は精神的に病んでいるし、しかも身体中色々歪んでいる。優秀なパイロットではあるが、若さゆえにすぐに頭に血が昇ってしまう――危険極まりない男だ。

 

 今考えてみると、彼らが『ガンダムUC』を選んで視聴するのは、ユニコーンガンダムのことが気になったかもしれない。後に感想を聞いてみるとし、今は邪魔しないでおこう。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 部屋を出て、廊下を歩いていくと――。

 

「やっと見つけたわね、絢瀬君」

 

 ふいに背後で声がした。咄嗟に振り向いた私は1人の女子生徒に壁ドンされてしまった。

 壁に背中を預けた私は一瞬息を呑んだが、落ち着いて面前の女子の顔をよく見ると――。

 

「し、篠原先輩⁉」

「何よその反応。まるでわたしが絢瀬君を怖がらせているみたいじゃない」

「みたいじゃなくて、まさにそうなんですが」

 

 私が口答えすると、彼女は「は?」と眦がぴくっと跳ね上がりながら言った。

 

「えっと、何かご用ですか?」

「絢瀬君にとっての『良い知らせ』と『悪い知らせ』があるよ。どっちを先に知りたい?」

「……良い方から、お願いします」

「じゃあ、これを見てちょうだい」

 

 と言いながら、手に持った書類を突き付けてくる篠原先輩。

 その途端に、彼女が付けている甘い香水の匂いが、私を優しく包んだのを感じた。女の匂いでもあった。白い滑らかな膚、襟から覗く細い首筋、制服の上からでもはっきりと分かる柔らかそうな二つのマシュマロン――それらの誘惑に耐えながら、私は書類の内容に目を落とす。

 

「大会へのエントリー申請が……受諾された!」

「そうよ。でも、ここからは悪い知らせよ――」

 

 彼女が書類のページをめくり、私は次の行へ目を走らせる。

 記されている内容は、私を含む全ての出場選手の名前だった。その中「ヤサカ・マオ」の名前が私の視線を釘付けにした。『ガンダムBF』の強者たちと戦えるかもしれないのだ。そう思うと、思わず口角が上がってしまった。

 

 彼女の言う『悪い知らせ』は強敵に遭う可能性があること。

 だが、私にとって、これは朗報でしかなかった。

 

「何を笑っているの?」

「第七回世界大会のベスト16と戦えるかもしれないことに、悦びを感じているだけです」

「……今の絢瀬君って、まるでバトルマニアみたい」

「先輩からは、そう見えますか。そう言えば、他に注意すべき選手はあるのでしょうか?」

「ヤサカ・マオ以外はプロのファイターであるクズノハ・リンドウ、彩渡商店街ガンプラチームに所属するサツキノ・ミサ。この2人はかなりの実力者だから、注意が必要よ」

 

 聞いたことがない名前だが、たぶん女性のようだ。

 それから篠原先輩から書類を受け取り、選手リストを一通り再確認するが、最後の欄に記された名前が私の目を丸くさせた。彼が大会に出場するとは、全く想像がつかなかった。

 

 その彼とは『金色ラブリッチェ』の原作主人公――市松央路(いちまつおうろ)だ。

 この世界の彼は野球だけでなく、ガンプラとガンプラバトルにも興味を示している。彼がどんなガンプラで出場するのかは楽しみだが、私はある予感がしていた。

 

 彼はこの大会で敗北を喫する可能性が非常に高い、というか……ほぼ確実。

 そして、この敗北はシルヴィと再会し、ノーブル学園に転入するきっかけとなるかもしれない。

 確証はないが、何故かそういう予感がする。

 

「ところで、篠原先輩――」

「他に何か聞きたいことあるの?」

「いや。俺はさ、先輩に壁ドンされて胸が高鳴って……」

 

 さっきからこの体勢で話を続いているからな。彼女に自覚があるのかは分からないが、ちょっとからかってみることにした。一瞬ぽかっと口を開けた彼女だったが、次第に顔を赤らめて――。

 

「壁ドンって……えっ、ええ⁉ こ、これは違うわよ!」

「さて……何か『違う』でしょうね?」

 

 私がそう質問すると、彼女の顔が瞬時に沸騰した。

 どうやら、私に指摘されるまで、彼女は自分が何をしているのかを自覚してないようだ。

 

「まさかとは思いますが、先輩……こんなところで告白するつもりですか?」

「こ、告白っ⁉ わたしが絢瀬君に⁉」

「この体勢だと、そういうことになりますよね?」

「ち、違う……絢瀬君、これは誤解だよっ!」

 

 どんどん彼女の顔が紅潮していく。恋愛系の話題には弱いのようだ。

 ここは、もう少しからかってやるとしよう。

 

「リボンで髪を纏めるより、今のロングヘアがよほど綺麗ですよ」

「き、綺麗って……何を言っているの!」

「率直な感想を述べるだけです。それに篠原先輩に告白されるなんて、俺は嬉しいです」

「違う……違うってば!」

「篠原先輩は俺を弄んだですか。これは、いただけませんね……」

「いえ、そうじゃなくて――というか、わたしは告白するよりされたいし!」

 

 盛大に自爆する篠原先輩。

 

「なんと……⁉」

「壁ドンされるとか、強引に押し倒されて迫られるとか、わたしの夢の一つだし……!」

 

 篠原先輩がどんどん墓穴を掘っていく。

 このまま見てるのも面白い、もとい興味深くはあるが、美玖に見られたら確実にシメられる。

 そう、私が美玖にシメられるのだ!

 

「篠原先輩……!」

 

 そろそろ、この茶番に終止符を打つとしよう。

 

「あ、絢瀬く――きゃっ⁉」

 

 私は素早く彼女の手を掴み、左肩を押し、その身体を壁に押さえつけた。呆然とする篠原先輩に笑みを向けると、私は指先で彼女の顎を引き上げた。俗に言う「顎クイ」という仕草だ。

 

「絢瀬君って、わたしの唇を奪うつもりなの……っ⁈」

「――そのつもりはありませんよ」

「え、えっ?」

「もうこれ以上、俺をからかわないでください。先輩」

「わたしをからかったのは絢瀬君なのにぃ!」

「フッ、先に壁ドンしてきたのは先輩ですよ」

「わたしが悪かったよ……ごめんなさい。そろそろ、解放してもらえる?」

 

 篠原先輩が上目遣いでお願いしてくる。

 今の彼女から大人の余裕が微塵も見受けられず、可愛らしい乙女にしか見えなかった。その肩を掴んだ手を離すと、照れて顔を赤らめている彼女は早歩きで歩き去っていくが――。

 

「――勝利を勝ち取りなさい。これは会長命令よ!」

「命令がなくとも勝ち取ってみせますよ、篠原先輩」

 

 そう言い残した彼女が階段を降り、返事をした私は手に入れたリストに目を走らせる。

 市松央路、私は君との出会いを心から楽しみにしているよ。心からそう呟き、リストを再確認しながら廊下を歩いていくと、1人の女子生徒が私の視界に入ってきた。

 

「あら、絢瀬さん」

「……城ヶ崎絢華」

「土曜日に行われる静岡県のガンプラバトル大会に出場するのですね、応援しますよ」

 

 口ではそう言っているが、その口調に刺々しい響きがあった。「それはどうも」と私が軽く礼を言い、彼女の隣を通りすがった。しかし何故か、彼女が私についてくる。

 

「なっ、隣だと⁉」

 

 城ヶ崎は私の部屋の隣のドア……その鍵を回した。

 

「言ってませんでしたわね。絢瀬さんの隣に住んでおられる生徒はわたくしです」

 

 そう言い残し、中に入った彼女は片手でそっとドアを閉じた。

 お隣さんは誰なのか、気になっていたが、まさかこの女だったとはな!

 できれば関わりたくないが、まあ、挨拶くらいはしておこう。

 

「さて、飲み物を買ってから我が愛機のガンプラを組み立てるとしよう」

 

 独り言を呟きながら、私はゆっくりと階段を降りていくのだった。

 

 つづく



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第37話 大会の幕開け

※お知らせ
『ガンダムブレイカーモバイル』より、クズノハ・リンドウをゲスト参戦させました。
彼女が物語に絡んでくるのは37話と38話のみです。ご注意ください。


「ハロ、掌のパーツを」

「ワカッタ、ワカッタ」

 

 傍に待機しているハロが耳をばたつかせながら返答すると、内蔵された手を伸ばしてアタッシュケースから小さな箱を持ち出した。中に積み込んだものは掌を構成するパーツと、パルマ・フィオキーナの発射口となるEカーボン製の金属パーツだ。

 

 情報量が多いければ多いほど、それを比例にガンプラの性能も高くなる。

 我が愛機のガンプラはリベル・アークに保存された設計図と、この世界にて販売されているRGキットを参考に、外装から内部構造まで完璧に再現されたPG以上の情報量を持つガンプラ。

 この為、一部のパーツがミリサイズで生産されている。パーツ数が非常に多く組み上げる難易度もPGより高いが、幸い各パーツの色分けがきちんとされているので、塗装する必要はない。

 

 だが、フレーム強度や性能を重点に置いて生産したことが裏目に出てしまい、パーツが多すぎて胴体を組み上げるのに半日もかかってしまった。しかも徹夜したせいで、美玖だけでなくシルヴィとエル、そして玲奈と篠原先輩にも余計な心配をさせてしまった。

 

 ここ数日、受業後は食堂で昼飯を済ませて、すぐに寮に戻ってガンプラを作る毎日だった。

 美玖とシルヴィの演奏を、聴きたくても聴けなかった。そして、部屋に引きこもる時間が増えたせいか、最近は心身が疲れやすくなっている。

 

「さて、現在時刻は――」

 

 組み上げた掌を前腕部のジョイントに差し込み、午後4時35分を指す壁時計に目をやる。

 今日も午後のエキスパートプランをまるまるサボってしまった。でも、きちんと担任の先生から許可を得たので、無断欠席にはならない。

 さらに、担任の先生もガンプラに興味ありで「作品が完成したら見せてください」という要望が届いている。そう、今の私は、教師からにも期待されているのだ。

 

「本体はこれで完成……残るのはビームライフルだけか」

 

 手を伸ばしてランナーを取ろうとするが、不意に衝撃的とも言える空腹感に襲われた。喉も渇いていた。こんな状態では集中力も下がるし、カップ麺でも作ろうか。と、私が行動に移ろうとした瞬間に、外から少し急いた足音が聞こえ、ノックの音がしないままドアが押し開かれた。

 

 そこに入ってきたのは――。

 

「ただいまー、お兄ちゃん!」

「あっ、お……お帰り、美玖」

 

「――今日も来ちゃったわよ、悠凪!」

「絢瀬殿。準備中のお忙しい時に、お邪魔してしまい申し訳ありません」

「ほう、シルヴィとエルも来たのか。遠慮せず入ってくれ」

 

 我が愛しの妻が帰ってきた。しかも、今日は高貴な客人を連れてきた。そして美玖が手に持った袋からは、油をたっぷり使った中華料理の芳香が漂ってくる。

 やっと空っぽの胃袋を満たすことができる、と思いながら、私は美玖に袋の中身を尋ねる。

 

「いい匂いだ。どんな食べ物なんだ?」

「葱油餅と揚げ餃子です。お兄ちゃんはきっとお腹が空いていると思って買ってきましたよ」

「チョコ味のメロンパンもあるわよ!」

 

 それら全ては、油や砂糖をたっぷり使った食べ物だった。

 

「お兄ちゃん、あーんして」

 

 と、美玖は一対の箸で揚げ餃子を挟んで、私の口元に運んできた。

 

「うむ……なかなか美味いな」

「お口に合ってよかったです」

 

 それを一口で食べると、シルヴィは美玖の真似をして半分に割ったメロンパン差し出してきた。

 

「今度はわたしの番ね。悠凪、あーんして」

「ちょ、ちょっと、シルヴィまで……っ⁉」

 

 これは流石に不味いと思うので、私はそっとエルの表情を窺った。

 私の視線に気づいたようで、ソファーに座った彼女は「やれやれ」と溜息をついてから、小さく頷いた。シルヴィ様の我儘に付き合ってやってほしい、と言っているかのような表情だった。

 普段なら止めに入るのだが、彼女はそうしなかった。というか「止める気力がなかった」と見ていいだろう。寝不足らしい青白い顔をし、磨き抜かれたルビーのような瞳も光を失っている。

 

「ほら、早く口開けて。わたしが食べさせてあげるんだから」

「分かった、頂こう――」

 

 メロンパンを一口かじってみると、強烈な甘さが口の中に広がっていく。

 まるで砂糖の塊を口に入れたような感覚だった。

 

「これは常連のお店の最新作なんだけど、味はどうだったかしら?」

「全体的には美味しいが、甘さ控えめが好きな俺にはちょっと合わなかったな」

「そうなんだ。じゃあ、次は悠凪が好きそうな味のメロンパンを買ってくるわ」

 

 と言いつつ、シルヴィは半分になったメロンパンをさらに半分に分けて、美玖に差し出した。

 

「揚げ餃子と葱油餅も美味しいんだけど、やっぱりあのお店のメロンパンが一番美味しいよね」

「ええ。チョコの味が濃厚で、甘くて美味しいです!」

 

 どうやら、美玖もシルヴィも甘党のようだ。

 2人が食事を楽しんでいる一方、私はエルの方に寄って「隣でいいか?」と尋ね、彼女が「構いませんよ。ここは貴公の部屋ですから」と返答すると、私はソファーに腰を下ろす。

 

「お疲れのようですね、絢瀬殿」

「ああ……疲れてはいるが、君ほどじゃないな。ここ数日、君も徹夜してただろ?」

 

 私が言い、差し出した葱油餅を食べ終えた彼女がハンカチで口を拭くと、小さく頷いた。

 

「――騎士団の、仕事で、徹夜しただけです」

「それは、大変だったな」

 

 その顔を窺うと、眠気に襲われたような朦朧とした表情で、いつ寝落ちしてもおかしくない状態だった。やがて空腹が満たされて急にだるくなったのか、彼女の身体がかくんと崩れ――。

 

「大した、こと……では……すぅ、すぅ……」

 

 と言い終える前に、私の肩に体重を預けてくるエルだった。

 いつも凛々しい顔立ちが、子供みたいに隙だらけになっている。寝顔と寝息も可愛くて、思わず見とれてしまう。今更だが、このギャップ、いくらなんでも反則すぎるだろ!

 

「うーん、寝ってしまったか」

「ふ、ふふっ……」

 

 私が呟き、ぺろりと食事を平らげたシルヴィが楽しそうに笑う。

 こいつ、私の分の揚げ餃子まで完食しやがったな。でも、いっぱい食べる彼女が可愛いから。

 気づかないふりをしておこう。

 

「わたしを警護してるはずの時間帯に寝ちゃうなんて、初めてじゃないかしら」

「へー、初めてじゃないんだ」

「昔はね……わたしがピアノの練習をする時よく寝落ちするのよ、エルは――」

 

 寝ってしまったエルを起こさないよう、我々は小声で会話する。

 

「ただ、ここ最近、エルはいつもより寝落ちの頻度が多かったわ。よっぽど寝不足なのかしら」

「シルヴィ、エルを数日、休ませてあげてみては如何ですか?」

「そうね……最近のエルは書類ばかりに気を取られているし、そうするわ」

 

 あっさりと美玖の提案に頷いたシルヴィ。

 再びエルの顔を窺うと、未だにすぅすぅと寝息を立てて寝ている。これでは身動きが取れそうにないので、私は彼女をソファーに横たわらせる。そしてクローゼットから引っ張り出したコートを布団代わりにかけてあげた。

 

「でも、エルの寝顔を知っているのはわたしだけだったのに、悠凪と美玖にも知られちゃった」

「まるで大事なものが、わたしとお兄ちゃんに取られちゃったかのような口調ですね」

「ち、違うの! 怒らないでね美玖!」

「怒ってませんから、ふふ。それにしても、お兄ちゃんは相変わらず紳士なんですね」

「エルに素敵なお布団をかけてくれてありがとう。あっ、そう言えば――」

 

 エルの寝顔を眺めているシルヴィだったが、突然何かを思い出したように、私の方を振り向いてきた。急にどうしたんだ、と尋ねてみると、彼女はガンプラの話を切り出してきた。

 

「大会用のガンプラを製作してるって美玖から聞いたのだけれど――」

「本体はもう完成したよ。今持ってくるから、ちょっと待ってて」

 

 組み上げたばかりのフリーダムをシルヴィに見せると、彼女の目がキラキラと輝やいていた。

 

「凄い……MGのギミックをRGに導入するなんて。指は、全指可動の構造になっているわね」

「ああ、パーツの強度はしっかり保たれているから、そう簡単には折れないよ」

「そうなんだ。デスティニーの腕に、あら? レールガンはストフリのものになっているよね」

「こっちの方が見栄えも性能もいいから、入れ替えたのさ」

 

 私が説明し、シルヴィはフリーダムをしげしげと観察し続ける。その視線を追いながら、美玖もフリーダムから目を離せずにいる。ふとフリーダムから目を上げると、シルヴィは難しい顔をしていた。というか「何か物足りない」と感じているような顔だった。

 

「凄く出来のいいガンプラではあるけれど、ガンダムの世界観に囚われすぎているって感じね」

「うん、確かにそうかもしれないな」

 

 自分の乗機のガンプラで大会に出場するつもりだが、傍から見れば世界観に則ったコンセプトのガンプラにしか見えないだろう。イオリ・セイがこのフリーダムを見たら、きっとシルヴィと同じことを言うに違いない。でも、それでも、私はこの道を突き進むつもりだ。

 

「だがな、シルヴィ。俺にとってガンダムは――モビルスーツは兵器なんだ。その本質をより深く掘り下げ、より多くの人々にその素晴らしさを伝えたいのだよ。それに、三代目メイジンは『ガンプラは自由だ』と言ってたしな」

「そうね。悠凪の好きに作れば、それでいいんじゃない。それは悠凪の『自由』なんだよね!」

 

 そうだ、ガンプラをどう作るかは私の『自由』だ。

 誰に何を言われようと、それに左右されずに己の信念を貫き通すことが重要だ。

 他からの束縛や干渉を受けず、自分の思うままに振舞えることこそが『自由』なのだから。

 

 

 

 

 

 美玖とシルヴィの協力を得て完成した携行武器をフリーダムに取り付けると、壁時計の針は午後7時を指していた。ボーン、ボーンと部屋中に響き渡る時報を聞きながら、シルヴは未だに眠っているエルの方に歩み寄り、彼女を起こそうと、その頬を指でつんつんする。

 

「うーん、いつまで寝ているのかしら。ほらエル、起きなさいエル!」

「ちょ……寝た子を起こすなって」

 

 指でつんつんされ、眠りを妨害されたエルは起こされてしまい――。

 

「シル……もうちょっと寝かせて」

 

 聞き間違いではなかった。今、エルはシルヴィのことを「シル」と呼んでいた。

 それは彼女が今置かれている立場では、絶対に許されない呼び方だった。

 

 シルヴィとの関係が「姉妹」から「主従」へと変わった今、この呼び方だと不敬罪に問われるのだが、シルヴィは笑っていいのかわからないというような複雑な表情をしていた。その眼から零れ落ちた粒を見ているうちに、なんとなく理解できた。

 

 王族といい政治といい、いつの時代でも変わりなく複雑なものだな、と。

 

「はっ、しまった! つい寝落ちして――」

「もう夜の7時になってたよ、エル」

「す、すいません……あら、このコートは誰のものでしょうか?」

「それはね、悠凪がお布団の代わりにかけてあげたのよ」

 

 シルヴィの言葉を聞いた途端、ソファーから立ち上がったエルは、私のコートを胸に抱きしめるようにして、顔を赤く染めて俯いていた。

 

「ちゃんとお礼を言いなさい、エル」

「うぅ、えっと――ありがとう……」

 

 と言いつつ、エルはコートを綺麗に畳み直し、私に手渡してきた。

 ぶむ、もじもじと恥じらっているところも可愛いな。

 

 コートをクローゼットに戻すと、私は窓ガラス越しに外の光景を見渡した。

 日はすでに地平線に沈み、あたりは一面の闇の掌中にある。周囲に設えられた街灯が仄かな光を放ち、羽虫を呼び集めてはいるものの、玄関前広場を照らすには心もとない。まるで、極端に星の少ない宇宙を見ているかのようだった。

 

 外縁の森林も暗闇に沈み込み、微かに暗さの違う闇の塊としか見えない。

 何やら寒々とした気分になり、私は室内に目を戻すと――不意に腹の虫が騒ぎ出してきた。

 

「お腹がすいたのですね。晩御飯にしましょう、お兄ちゃん」

「そうだな。今日は……カルボナーラパスタを頼む」

 

 美玖が晩御飯を用意している最中に、カーテンを閉めた私はシルヴィの方に歩み寄り――。

 

「外は、もう夜だ……領事館に帰らなくていいのか?」

「もうちょっとお二人と一緒に居たかったのにな……」

「そう我儘を言わないでください、シルヴィ様。明日は大会の開始日であることをお忘れになられましたか? このまま居続けると、絢瀬殿にご迷惑をかけることになります」

 

 エルはああ言っているが、でも私は迷惑など微塵も感じない。

 ダージリンティーの入った紅茶のポットと、人数分のカップを机に置くと「晩御飯を食べてから帰れば?」と二人を誘う。するとシルヴィは「やった!」と、とても嬉しそうに笑っていた。

 

「えっ、よろしいのですか?」

「俺には構わない、むしろ大歓迎だ。さあ、紅茶を飲んでリラックスしよう」

「では、頂きます――これは、ダージリンティーですね。とても良い味です」

「この生き生きとした風味……とても美味しいだわ」

 

 二人が紅茶を堪能している最中に、私は食材の下処理をしている美玖の方に振り向いて「というわけで、さらに2人分追加だ、美玖」と伝えて「はーい」と彼女は振り向きもせずに答えた。

 

 やがて用意した食事が平らげられ、時刻が10時を過ぎた頃、二人は専用のリムジンで領事館に帰って行った。今日も楽しかったが、大変な一日でもあった。ただ、おふざけが好きな金髪ギャル――妃玲奈がこちらに来なかったのは意外だった。多分、買い出しに行ってたかもしれない。

 

「明日は大会だから、早めに休んで備えよう……」

 

 と呟きながら、私はベッドに倒れ込むのだった。

 

 

 

 

 

 大会当日の土曜日。

 

 駿府城公園――それは、駿府城の跡地を利用して整備された公園である。春には桜の名所として知られるのだが、処暑の季節に入った今、その景色は見当たらなかった。だが、私の目指す目的地はそこではなく、北御門橋付近に位置する静岡市中央体育館が目的地だ。

 

「おいおい……街が埋め尽くされているではないか⁉」

「ここにいる人々は皆、これから行われる大会を楽しみにしているんですよ」

「それも、そうだな」

 

 私は出場選手だから、早めに到着しないといけないのだが、体育館外の駐車場と城北通りは既に大勢の観客に埋め尽くされていた。これでは中に入れそうにないな、と困っているところに、黒のグラサンをかけた男が私に声をかけてきた。

 

「あの時の少年と少女か……そう言えば、名前を聞いてなかったな」

「先週以来ですね、メイジンさん。自分は絢瀬悠凪で、彼女は自分の妹――鳳凰院美玖です」

 

 挨拶を返した私が名乗り、隣にいる美玖が軽く一礼する。

 

「絢瀬悠凪……そうか、君がこの大会の出場選手の一人か。私が選手専用入口へ案内しよう」

「どこから入ればいいか分からなくてちょうど困っていたところです。では、お願いします」

 

 凄まじい観客の群れを迂回して、我々は体育館側面にある専用入口へ向かった。途中、すれ違う観客が、少し窺うような目をこちらに向けてくるのが気になる。ユウキ・タツヤに――三代目メイジン・カワグチに気を取られているか、それともノーブル学園の制服が目立ち過ぎたか。もしくは美玖の足元に転がっているハロが気になったのか。

 

「熱いな……私服で来ればいいのに、なんで制服で――」

「篠原先輩がそう指示しましたから、仕方ないんですね」

 

 もし篠原先輩の「会長命令」がなければ、今頃は私服で来ていた。

 今朝は「なぜ制服で来なければならないんですか」と尋ねたが、彼女は何も語らなかった。

 でも、この命令はきっと何かの意味があると思う。

 

「絢瀬君、大会に出場するのは初めてなのか?」

「ええ。ガンプラ歴は7年程度ですが、ガンプラバトル大会に出場するのは初めてです」

「では聞くが、君のガンプラバトル歴はどのくらい?」

「1ヵ月未満です」

「これは驚いた。君がシルヴィア王女と対等に渡り合えるとは、ある少年の事を思い出すな」

 

 それは誰の事なのか、ちょっと気になったので、私はメイジンに問いかけることにした。

 

「その『少年』は、誰のことなんです?」

「第七回世界大会の優勝者……スタービルドストライクのファイターを務める、あの少年だ」

「確か――レイジ、という名前でしたね」

「ああ。バトル未経験でありながら、卓越した才能を持っていた。君はレイジ君と似ている」

「そうなんですか……」

 

 実際、私は本物のMSを操作する経験を持っているから、バトルをスムーズにすることができたのだが、こちらには「事情」があるから、そう簡単にメイジンに教えるわけにはいかない。通路を抜けてロビーに足を踏み入れた私は、カウンター前に立つ女に目を付けた。黒髪ロングだ。

 

「あれは……城ヶ崎絢華か」

 

 そう、私の苦手なあの女も来ていたのだ。彼女はホシテレビ会長一族の人間だから、テレビ局の仕事を任されて、ここに来たのもおかしくないか。とりあえず挨拶くらいはしておこう――と私が声をかけようとしたところ、美玖が私より一足先に挨拶をした。

 

「おはようございます、城ヶ崎さん」

「ほっ、鳳凰院さん⁉ おはようございます……」

 

 黙々と何かに集中しているのか、声をかけられてビックリする城ヶ崎だった。

 

「おはよう。まさか君も制服で来たとはな」

「おはようございます、絢瀬さん。これは、その――し、篠原先輩の、ご命令ですので」

「そうか。俺たち以外にも、この『会長命令』が知れ渡っているのか」

「え、ええ……『来場する生徒は必ず制服を着るように』って、そういうご命令でした」

 

 私と美玖だけでなく、他の生徒にも通達されていた。

 となると、王族であるシルヴィとミナ、そしてエルも正装ではなく制服で来るかもしれない。

 

「あ、危うく忘れるところでした。カワグチさん、関係者の方々が放送室でお待ちです」

「分かっている。用が済んだら直ぐに向かう――」

 

 メイジンが答えると、こちらに振り向いて「絢瀬君、もう少し話をしよう」と言い――。

 

「正直、ノーブル学園の生徒が再び地区大会に出場するとは、私は心底から嬉しく思う」

「再び? その、メイジンさんは……昔のプラモデル部について、何かご存知ですか?」

「当時部長だった真田君は大会常連選手であり、私の後輩だった。()()()()()()()()()()、きっと君を応援するに違いない。健闘を祈る、絢瀬君」

 

 そう言い残したメイジンが城ヶ崎と共にロビーを去り、私は衝撃の情報に心を揺さぶられる。

 昔のプラモデル部の部長、その姓氏は真田という。しかも、すでに他界している故人だ。

 どういう人だったのか、ちょっと気になってきた。大会の後は篠原先輩に聞いてみるか。

 

 

 

 

 

「皆さん、お待たせしましたー! 本大会の司会を務めるキララでーすっ!」

 

 案の定というべきか……司会は「ガンプラアイドル」として知られているキララだった。

 そんな彼女があざとく「キララン☆」と挨拶をすると、観客席から大勢の観客の黄色い叫び声が湧き上がる。美玖しか眼中にない私は、黙々とその顔を眺めることにした。

 

「それでは、本大会のルールについてご説明しまーすっ!」

 

 観客たちが静まるのを見計らって、マイクを握った彼女は大会のルールを説明する。

 彼女の説明を聞いている内に、後ろから背中をつんつんされて――。

 

「ふふっ、絢瀬君みっけ!」

「なんだ、篠原先輩ですか」

「なんだってなによ! わざわざ試合を観に来たのに、冷たいな……」

「それはすいませんでした。そう言えば、今日も髪を下したんですね」

 

 私が言うと、篠原先輩が照れたようにそっぽを向きながらチラ見して――。

 

「今日は、お気に入りのヘアピンも付けたから、えっと……その――」

 

 よく見ると、左前髪にウィングヘアピンが付いている。天使の羽を模した金属ヘアピンにリボン結びの装飾が合わさったものだ。落ち着いた照明の光が、表面に反射している様は実に神秘的だ。銀色の長髪に金色に輝くヘアピンの組み合わせは、客観的に見ても美しいと思う。

 

「――絢瀬君は、どう思う? わたしに似合うかしら?」

 

 そうか、篠原先輩は私に感想を求めているのか。

 でも、玲奈や他の女友達に聞いて見ても良かったのに、何故わざわざ私に聞くんだ?

 

「銀色の長髪に金色のヘアピン、絶妙に似合っていると思いますよ」

「そう、ありがとう。うふふっ……」

 

 私から褒められて、嬉しそうに微笑む篠原先輩。

 不意に、背後に発した人の気配に気を取られ、私が振り向くと――そこには美玖と玲奈、そしてネーナが立っていた。彼女が来ていたことは、刹那たちもこの体育館内にいるに違いない。

 

「お兄ちゃん、飲み物を買ってきましたわ――あら、篠原先輩もいらしたのですね」

「うふふっ……お兄ちゃんって、まあ、そういうことにしておくわ」

 

 美玖が缶コーヒーを差し出し、ネーナが小さな声で笑いながら呟く。

 あのさぁ、私は聞こえているから、もう笑うなよ全く。

 

「さっきリストを見たんだけど、悠凪は第一試合に出場することになったらしいよ」

「そうか。そう言えば玲奈、シルヴィたちはもう着いたのか?」

「とっくに着いてたわよ。2階のVIPルームにいるんだけど」

 

 居場所は分かった。なら、一回戦が終わったら会いに行くとしよう。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

『只今より、静岡県ガンプラバトル大会、第一試合を始めます』

 

 やっと始まるか、私のデビューバトル。

 

「ガンダムファンの皆さんーっ! 第一試合はプロのファイターであるクズノハ・リンドウが出場します。彼女の実力は折り紙つきです。でも、対戦相手の絢瀬悠凪も侮れませんよ。彼はノーブル学園の生徒で、しかも初出場で聞きましたが、しかしガンプラバトルの実力に、キャリアとは全く関係ありません! さあ皆さん、盛大な拍手で二人を歓迎しましょう!」

 

 キララの気合いの入った演説に動かされ、観客席から万雷の拍手が起こった。観客の拍手喝采を浴びながら、私は悠然とレッドカーペットを歩いていく。そして中央に設置された大型バトルシステムで、対戦相手の女性――クズノハ・リンドウと目を合わせた。

 

 長い黒髪に紫色の瞳、端正な顔立ちで凛とした雰囲気を持つクールビューティーだ。

 使用するガンプラは、薄紫と白のツートンカラーで塗装された、HGCEインパルスガンダムがペースとなった改造ガンプラのようだ。

 

 篠原先輩の言う、ベスト16のヤサカ・マオ以外に注意すべき強者の内一人。

 どんな戦い方をするのか、楽しみでたまらない!

 

『Field 5, City. Please set your Gunpla.』

 

 今回のフィールドは市街地――スペースコロニーの内部のようだ。

 コロニーに穴を開けないように気を付けないとな。

 

『Battle start.』

 

「クズノハ・リンドウ、エンツィアン、行くわよ!」

「絢瀬悠凪、フリーダム、出る!」

 

 つづく



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第38話 フリーダムVSエンツィアン

 背部のメインスラスターを点火させ、フリーダムはコロニー内に面した搬出入口に向けて一気に加速した。コロニーの先端部、内壁から各区画に至る険しい斜面は、剥き出しの岩肌とすり鉢状の気密壁に覆われており、内と外を往来する運搬船の搬出入口も複数設けられている。そのひとつを通り抜けたフリーダムは、コロニーの中心を縦貫する柱――人工太陽に沿って前進した。

 

「細部までリアルに作り込まれているな、このフィールドは。さて、下にあるのは――」

 

 右手に持たせたビームライフルを射撃位置に保持しながら、私はサブスクリーンに映し出された映像に目を走らせる。巨大なクレーンが設けられ、大量のコンテナが散らばっている区画で、その中にハンガーに固定されたMSが2機確認された。

 

 装甲がメタリックグレー……ディアクティブモードになってはいるが、映像を拡大すれば直ぐに正体が分かった。片方はストライクで、もう片方はイージスだ。このコロニーは「ヘリオポリス」であることを物語っている。

 

「なんだ……この鳥肌が立つような感覚は?」

 

 ふと、コロニーの空の一点に鋭い何かが凝り、私の肌を鳥肌立たせた。

 

「――そうか、ここにいては不味いか!」

 

 鋭敏に覚醒している意識に対処を促され、私は左右のアームレイカーをグッと前に押した。

 フリーダムの機体を人工太陽の柱から離脱させる。一瞬で、飛来した黄色いビームが人工太陽の表面を掠め、爆発の光と衝撃波が足元で炸裂した。たちまち遠ざかる人工太陽を眼下に、ビームが飛来した方向に目を走らせた私は、飛散する破片の中を駆け抜ける紫色の機影――エンツィアンに狙いを絞る。

 

 そこだ、と呟いた私は発射トリガーに指をかけた。

 フリーダムのマニピュレーターが、ビームライフルのトリガーを引く。緑色の光軸がコロニーの空を走り、それが大きめの破片に直撃すると、瞬時に灼熱して爆散した破片が無数の光芒を周囲に拡散させ、破片の群れに紛れた敵機をも巻き込んで衝撃波を押し拡げた。

 

「フッ、ククク……流石は我が愛機。凄い破壊力だ!」

 

 と、思わず自画自賛してしまった。

 この想像外の破壊力に戸惑ったかのように、竜胆の花の名が冠された敵機がすぐさま体勢を立て直し、紫色の装甲に爆発光を映して回避運動に入る。私は追撃とばかりにバラエーナを連射した。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「あのフリーダム、なんて性能なの……っ!」

 

 緑色の光軸に続き、2門のバラエーナの火線が数センチと離れていない空間を掠め、クズノハ・リンドウは戦慄を覚えた。エフェクトは通常のビームでありながら、その威力はメガランチャーに匹敵する程で、バラエーナの威力に至っては、ビーム・マグナムと同等かそれ以上だった。

 

 二撃、三撃と続くバラエーナの火線は脅威で、威力も凄まじくて油断はできない。どこかに隙を見つけないと、口中に呟いてアームレイカーを握り締めた瞬間、再び膨大なエネルギーが迫り来るのをリンドウは見た。

 

「直撃コース⁉ だけど、避けて見せるわ!」

 

 両翼で瞬間的な急制動をかけたエンツィアンが身を躱し、直撃弾だったそれは左手の機動防盾を掠めて過ぎた。ライフル弾なら軽い火傷で済むのだが、それから飛散する高エネルギー粒子は盾の表面を溶かし、一瞬の間にぐずぐずに崩れたスクラップと化した。

 

「か、掠めただけで、この損傷……⁉」

 

 エンツィアンの機動防盾は、インパルスの用いているものと同一の盾ではあるが、複数枚の薄いプラ板を積層させて、被弾時に一枚ずつ自ら破壊されることで破壊時のエネルギーを分散処理してダメージを相殺・軽減できるように改造を施している。

 にもかかわらず、ビームを掠めただけで破壊された。絶句したリンドウの目前で、スクラップと化した機動防盾は爆散していった。その爆発光を背に、彼女は再び戦場に目を走らせる。何度目かの光芒がコロニーの空を揺さぶり、人工太陽の破片と思しきデブリを直撃した。

 

「初心者だと思ったけど……なかなか、やるわね……っ!」

 

 対戦相手の強さに感心しながら、リンドウはサブモニターに目をやった。

 ここからでは粗いCG画像にしかならないが、背の両翼を大いに広げだその機影は、間違いなく対戦相手のフリーダムガンダムだ。私立ノーブル学園のプラモデル部、その部長を務めていた男性――真田選手の実力は折り紙つきだったが、彼の後輩もまた凄腕のファイターだった。

 

 その驚異の操縦技術はもちろん、ガンプラの完成度も世界レベルだ。

 なぜ学園側がプラモデル部を廃部にしたのか、その理由には疑問を禁じ得なかった。

 

 昔の出来事を少し振り返ったところ、リンドウは右手に持たせたバスターライフルの銃口を黒と灰色の爆煙に向け、発射トリガーを引き搾った。

 

「その向こうに隠れているのは分かっている!」

 

 索敵センサーに表示された位置情報を信じて放つ一撃は、視界を妨げる煙を払った。

 だが、フリーダムの姿はどこにもなく、代わりに2本のビームブーメランが高速で回転しながら迫ってきた。迎撃とばかりに2門のCIWSを掃射するものの、堅牢に作られているブーメランが豆鉄砲くらいで揺らぐものではなかった。

 

 ――CIWSでは効かないなら、バスターライフルで薙ぎ払ってやるわ!

 だが、バスターライフルのマガジンは3発しかなく、それに自分は、すでに2発を無駄使いしてしまっていた。ここで使ってはいけない、と判断したリンドウはビームサーベルを抜き放ち、飛来するビームブーメランを打ち返していた。

 

 なんとか凌いだ、と思ったその時には、下からすくい上げるビームサーベルの光刃がリンドウの視界を占拠した。目前に迫る光刃に、リンドウは機体を後方に飛びすさって躱し、右手のバスターライフルを反射的に撃ち放ってしまった。

 

 思わずにトリガーを引いてしまい、リンドウは弾切れを示す警告音が聞こえた。

 しかし、事前に予想していたのか、眼前のフリーダムは最小限の動きでそれを回避し、すかさず二本のビームサーベルの柄を連結させた。回避されることを予想していたリンドウは、CIWSを目くらましに使うと、機体の姿勢制御バーニアを噴かせてフリーダムの上を取る挙動を見せた。

 

 ここから先は、人型の兵器が重宝される理由を証明するかのような、数多のガンダム作品によく見られる典型的な白兵戦になった。

 

 

 

 

 

 流石はプロだけあって、動きに無駄が少なく、遠距離射撃も非常に精度が高い。

 だが、それだけに先を読みやすい。

 

「能動性空力弾性翼……展開を確認。全スラスター及びAMBAC……全て正常。行ける!」

 

 フリーダムの稼働モードをハイマットモードに移行させ、牽制の76mm近接防御機関砲を撃ち放つ。背中のスラスターを全開にし、こちらの上を取る挙動を見せたエンツィアンを照準に捉えた私はフリーダムをさらに突進させた。

 

 ビームサーベルを抜き、こちらの斬撃を受け止めたクズノハ選手の声が無線越しに弾ける。

 

『貴方のガンプラとの相性は最悪だけど……でも、それを負けの言い訳にはしないわ』

 

 と、彼女は冷静な声で言い放ってきた。

 

『わたしにはプロの……ファイターとしての意地があるだから!』

「その意地、確かに受け取りました。クズノハ選手!」

 

 二振りの光刃が二度、三度と干渉の光を閃かせ、雷鳴を彷彿させるスパーク光をコロニーの空に押し拡げた。不意にエンツィアンがこの至近距離でCIWSを叩き込んできたが、ガンプラの状態を示すコンディション・モニターに「ノーダメージ」の英語が表示される。流石は我が愛機だ。

 

『やはり、本体も硬いか』

「このフリーダムは特別製ですからね。さて――」

 

 続けざまに放たれたCIWSを素早く回避し、姿勢制御バーニアを噴かせた私が連結したビームサーベルの柄を分離させる。照準のサークルをエンツィアンの胴体に合わせ、二刀流ソードスキル「ダブル・サーキュラー」を叩き込む。

 

「――ここは、俺の距離です!」

 

 握り締めた二本のビームサーベルで水平に薙ぎ払うと、私はすかさずに後続の斬撃をキャンセルするようにアームレイカーを繰り、同じく二刀流ソードスキルである「シグナス・オンスロート」を繰り出した。十字の軌跡を刻みつけられ、エンツィアンは後ろに大きく吹き飛ばされた。

 

『きゃあっ……これは、剣技⁉ 貴方は一体……⁉』

「試合が終わったらお答えします。それより、体勢を立て直さないと一瞬で撃破されますよ?」

 

 ――武装選択……フルバーストモード!

 二本のビームサーベルを素速く腰のラックにマウントさせると、私は全火器の照準を体勢を立て直しているエンツィアンに絞る。その「忠告」を言い終えた瞬間、私はトリガーを引いた。

 五つの砲口から迸った火線と砲弾が、コロニーの空を切り裂き、遠方にいるエンツィアンに襲いかかる。一つ、二つ。彼方に咲いた爆発の光輪を確かめるまでもなく、エンツィアンの機体が四散したであろう、と判断した私は、判定が下されるのを待つことにした。

 

 だが5秒経っても、試合終了の判定が下されていない。

 

「判定が下されてない。ということは、仕留め損ねたか」

『――見事ね。剣技のコンビネーションにさっきフルバーストモード……ふふっ、やられたわ』

 

 メインスクリーンに目を走らせた私が呟くと、クズノハ選手の声が無線越しに聞こえる。

 彼女の声には、感心と称賛が込められているようだ。

 

 やがて黒煙が払われ、私は大破してもなお右手のビームサーベルを掲げるエンツィアンに意識を凝らした。スラスターが損傷しているのに減速の気配を見せず、まっすぐ相対距離を詰めてくる。クズノハ選手が白兵戦で勝敗を決したいならば、こちらはこの武器で――。

 

「右手パルマ・フィオキーナ……アクティブ。リミッター解除、出力……120%」

 

 イタリア語で「掌の銛」の意。「デスティニーフィンガー」とも呼ばれている。こいつは中距離射撃もできるように作られているのだが、私は敢えて密着状態で発砲する使い方を選んだ。

 何故なら、いま行っているのは戦争ではなく、ガンプラバトルだ。相手が白兵戦を所望しているのなら、それに応じるのが礼儀というもの。そう……レナート兄弟のように、遊びの範疇を超えた戦い方はできないのだ。

 

『でもわたしは、まだ負けてはいないわ!』

「ならば、この一撃で勝負を決めましょう」

 

 ビームサーベルを突き出し、徐々に相対距離を縮めつつあるエンツィアン。私もパルマ・フィオキーナの照準をその胴体に重ね合わせ、フリーダムを突っ込ませていった。センサーで捕捉できる距離──至近と表現するべき距離まで近づくと、発射口から顕現させた短距離型ビームソードを、その胴体に打ち込もうと手を伸ばした。

 ビームソードの切っ先がビームサーベルの切っ先と衝突し、雷鳴のような音を立てながら青白いスパークを散らせた。そして数秒が経ち――損傷が激しかったせいか、エンツィアンのビームサーベルが突如粒子となって霧散し、消えていった。

 

 クズノハ選手が機体を後退させようとしたようだが、それは遅すぎる反応だった。

 厚さ2cmのプラ板を一秒未満で切断する光の剣がエンツィアンの胴体を貫き、プラスチックが壊れる衝撃――手応えのようなものがアームレイカーの振動を介して私に伝わった。

 

「トドメだ……砕けろッ!」

 

 勝利を確信して叫びながら、私はトリガーを引いた。

 

『Battle ended.』

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

『第一試合、勝者――絢瀬悠凪』

 

 アナウンスが流れた瞬間、観客席から熱狂的な拍手喝采がわき起こった。

 

「見事な戦いだったわ。今回は、わたしの完敗ね」

 

 そう言って彼女は握手を求めるように手を出してきた。「クズノハ選手のような強者と刃を交えられたことを、自分は誇りに思います」と、私が言いながら握手を返した。我々がお互いを好敵手と認めた瞬間であった。

 

「貴方ほどの実力者を抱えながら、どうして学園側がプラモデル部を廃部にしたのかしら?」

「それは学園側ではなく、前任生徒会長の独断と聞いたことがあります」

「そっ、そうだったのか。ところで……少し、時間をいただいてもいいかしら?」

 

 彼女が言うと、私が左手の腕時計を眺める。

 

「――10分くらいなら」

「ええ、それで十分だわ」

 

 メインホールを出て敷地内の喫茶店へ向かうと、私は紅茶を嗜みながらバトルの最中に交わした「約束」を果たすべく、彼女が知りたいことを話せる範囲で話した。剣技をガンプラバトルに応用するテクニックや、ゲーム感覚でガンプラを操作した感想など、彼女は聞きながら面白そうな表情を浮かべた――が。

 

「クズノハ選手は、プラモデル部の部長だった真田先輩のことを、どこまでご存知ですか?」

「真田選手は優秀なファイターだった。前向きな性格で、ガンプラとガンプラバトルを心から愛していた……エレオノーラ・マクガバンに敗北するまでは。彼は今、どうなったのかしら……」

 

 真田先輩の話を切り出した途端、クズノハ選手の表情が一変した。

 長い付き合いの友人を、惜しい好敵手を失ったかのような、残念そうな表情だった。

 

「今のところは消息不明……ですか」

「ええ……残念ながら。お役に立てず、ごめんなさい」

「いえいえ、十分に役に立っています。クズノハ選手に謝ることはありません」

 

 ちょうど10分が過ぎた頃、彼女は「次の試合は応援に行くから、頑張って」と言い残して立ち去り、私は体育館2階にあるVIPルームに足を運びながら、貰った情報を整理する。

 

 真田先輩がお亡くなりになったことを、クズノハ選手は知らなかったが、三代目メイジンであるユウキ・タツヤは知っていた。つまりこの件は、特定の人物にしか知らされていない。

 その次に、玲奈は真田先輩とほぼ話したことがなく、留学しにきたシルヴィに至っては面識すらなかった――だが、篠原先輩はどうだ?

 プラモデル部を復活させる案を持ちかけてき、私をこの大会に参加させる為に色々根回しをしていた篠原先輩はきっと、この件について何かを知っているに違いない。そういう考えが頭を擡げていたが、それは初老の声が聞こえるまでのことだった。

 

「お見事な戦いでございました、絢瀬様」

「貴方は、ボラルコーチェさん。それに騎士団の方々……」

 

 シルヴィを仕える慇懃な老執事と数人の黒服、もとい従騎士たちが出迎えてくれた。

 

「シルヴィア様がVIPルームでお待ちしております。どうぞこちらへ」

 

 

 

 

 

「久々に、戦慄が走った」

「この大会で一番優れたガンプラは、恐らくはシルヴィアさんのクラスメイトが製作した――」

「せやな……きっと、あのフリーダムガンダムです!」

 

 VIPルーム内の話し声がドア越しに伝わってくる。

 その中の1人はユウキ・タツヤだが、残る2人は誰なんだろう……やがてボラルコーチェさんが両開きの立派なドアを押し開き、私は声の持ち主と相見えることになった。トレードマークの帽子を被っている少年と、『Zガンダム』の主人公――カミーユ・ビダンに似た容姿を持つ少年だ。

 

 だが、ミナと玲奈がこの場にはいない。

 外に出ていたかもしれない。

 

「シルヴィア様。絢瀬様をお連れ致しました」

「ありがとう、みんな」

 

 報告を上げたボラルコーチェさんが丁寧に一礼し、シルヴィが労いの言葉をかけると、こちらに寄ってき――私の腕にしがみつくようにギュッと抱きついてきたのだった。

 

「あのクズノハ・リンドウに勝っちゃうなんて、本当に凄かったわ!」

「流石はお兄ちゃんです……って――」

 

 ソファーに座ったエルに助けを求めるつもりだが、寝落ちしていたので仕方なく諦めた。今度はその隣にいる黒いコートを着た女性――エキスナさんに助けの視線を向けてみたが、介入する気がなかったようだ。

 

「――シルヴィったら、抜け駆けなんてずるいです!」

「ありがとう、シルヴィ。それと、急にくっついてくるのはやめてもらえるか?」

 

 やきもちを焼いたのか、腕を組んで頬を膨らませている美玖。

 約5秒が経つと、シルヴィは「えへっ」と笑い、やっとしがみついた手を離してくれた。しかし今度は美玖にくっついていった。二人の笑顔を眺めていると、心が穏やかになり、疲れが癒されるのを感じた。百合はいいものだ、と私は心の中でそう思った。

 

「一時はどうなるかと思ったけど、絢瀬君が勝てて良かったわ」

 

 と、優美に長い足を組んでいる篠原先輩がそう言うと「絢瀬君の実力なら、彼と対等のバトルができると思うわ」と付け足して、トレードマークの帽子を被っている小柄な少年に目を向けた。

 篠原先輩の視線を感じたせいか、その頬がほんの少し赤くなっていた。気持ちを取り繕うように帽子をいじると、少年は「初めまして、絢瀬はん」と、関西弁で挨拶をした。

 

「まさか君は、第七回世界大会の、ベスト16……!」

「そう、そのまさかや。ワイの名前は――ヤサカ・マオ!」

 

 気合の入った声で自己紹介をすると、マオは珍妙なポーズを取って言葉を付け足した。

 

「世界一のガンプラビルダーを目指しとる、ガンプラ心形流の正当後継者や!」

「……絢瀬悠凪だ、よろしく。ヤサカ君、っていいんだな?」

「いえいえ、こちらこそ。それとワイのことはマオっていいんです」

 

 ヤサカ・マオと握手を交わすと、私は彼の傍にいる、カミーユ・ビダンに似た容姿を持つ青髪の少年に目を向けた。すると「申し遅れました」と言った少年の視線が、私に向けられた。

 

「初めまして、絢瀬さん。僕は、イオリ・セイって言います」

「第七回世界大会の優勝ビルダーと相見えるとは、光栄の極みです」

 

 会いたかった……会いたかったぞ、イオリ・セイ!

 この喜びと高ぶる気持ちを抑えながら、私はセイと握手を交わした。

 

 私が篠原先輩の隣にいる席に着くと、セイはやや畏まった口調で「突然なんだけど、絢瀬さんのフリーダムを、僕たちに見せてもらえないでしょうか?」と、お願いしてきた。もしかして、緊張してるのか。一瞬、セイの異常を見抜いたのか、美玖とシルヴィがこちら寄ってきた。

 

「どうしたの、セイ君。そんなに畏まっちゃって」

「もしかして、緊張します?」

「その、絢瀬さんは僕より年上ですし、何とも言えないオーラを感じますし……ついに」

 

 震えそうな指先をきつく握りしめ、目を逸らさずに答えるセイに「感じる、か……まるでニュータイプかのような物言いだな」と、私は苦笑混じりの声で言った。子供じみた妄言、という意味で言ったのではなく、ただ気分を和ませるつもりでガンダムネタで言い返しただけだ。

 

 一瞬だけポカンとしたセイだったが、次第に緊張した神経を解して「えへへっ」と笑い、そっとセイの肩に手を乗せたシルヴィは「気軽いに下の名前で呼んであげて、セイ君」と言いながら私に目を向ける。その方が気楽でいい、と即答した私は我が愛機のガンプラを机の上におき「何という完成度だ!」と、グラサンを外したユウキ・タツヤはやや驚いた声で言った。

 

「こうして間近で見ると分かる、凄い完成度だ! フリーダムをペースにストライクフリーダムとインフィニットジャスティス、デスティニーの要素を取り入れたオールラウンダー機。こんな複雑な構造をしていながら、プラの強度対策がしっかりしている……このガンプラは、凄い!」

「それだけやないで、セイはん。悠凪はんのフリーダムは、全てのパーツがフルスクラッチで製作されとる。細部が市販品とちゃいますから、一目で分かりますわ」

「え、そうだったのマオ君⁉ わたしは一度触ったことあるのに、全然気づかなかったわ」

 

 スクラッチビルドとは、プラモデル製作方法の一つである。

 市販品のキットを作るのではなく、ありとあらゆる材料を用いて、プラモデルを自作することを指す。スクラッチと略されることが多いが、一部ではなく完全自作する場合は特にフルスクラッチビルドと言う。シルヴィは気づかなかったが、糸目が開眼したマオはこれを一目で見抜いた。

 

「マオの言う通りだ。このフリーダムは、市販品のRGとMGキットを参考に、俺が完全自作した1体しか存在しないガンプラだ。だが……その製作過程や方法を教えることができない」

「まあまあ……誰にも言われへん秘密はあるから、悠凪はんが気にする必要あらへんよ」

「待て、これらのパーツに塗装された痕跡がなかったし、その色合いも成型色に――まさか⁉」

 

 我が愛機のガンプラは並みのフルスクラッチモデルではないことを、セイは気づいたようだ。

 

「どうしたんだ、セイ。そんな大声を出して」

「悠凪さんは、もしかしてガンプラのパーツを成型する技術を、掌握したんですか?」

 

 しかも現在から3世紀先の技術が使われている、なんてことは教えられないから。

 そこで私は、社会人がよく使う言い訳で誤魔化すことにした。

 

「それは、君の想像に任せるよ――」

 

 と言いながら、私はセイの耳元で続きの言葉を囁いた。

 

「この件を秘密にしておきたいから、これ以上の詮索は無用に願いたい」

「……わっ、分かりました。詮索はやめます」

 

 自分の席に戻った途端に『第二試合は、まもなく始まります』とアナウンスが流れてき、マオは「こっからはワイの出番です!」と言いながら外へ走って行った。「マオ君、ファイトだよっ!」「頑張って、マオ君」と、シルヴィとセイは励ます言葉をかけてあげた。

 

 そしてセイはこちらに振り向いて――。

 

「悠凪さんのフリーダムを見て思ったけど……オリジナル武装がなく、単に他の機体の要素を組み込んだだけで、何だか――ガンダムの世界観に囚われすぎているって感じがします」

「そうか。セイからもそう見えるか。実は全く同じことを、昨日シルヴィにも言われてたよ」

 

 額に汗を浮かべ、少し目を逸らしたセイが「そっ、そうだったんですか」と言い、すると美玖は「お兄ちゃんは怒ってませんから、そんなに身構えなくていいのですよ、セイくん」とセイを落ち着かせるように言った。私は全然怒っていないのに、不機嫌そうに見えてしまう顔が最近多かったようだな。

 

 連日の疲れがまだ癒えてないのかもしれない。

 寮に帰ったら、美玖に癒してもらうとしよう。

 

「絢瀬君の作ったフリーダムは昔の部長が作ったガンプラより精巧で、とても素敵だと思うわ」

「お褒めに預かり光栄です、篠原先輩」

 

 と、真田先輩のことを、名前ではなく「昔の部長」と称した篠原先輩。

 彼女が知らないはずがないのだが、何か言いにくい事情があると見ていいだろう。この件を一旦棚上げにし、私は中央のバトルシステムに目を向けたのだった。

 

 

 

 

 

 マオはガンダムX魔王で出場すると思っていたが、持ち出したガンプラはクロスボーンガンダムだった。胸部のパーツが巨大な髑髏になっていたそのガンプラは――。

 

「マオのガンプラは、X1をベースにしたの改造機か」

「はい。その名前はクロスボーンガンダム魔王という」

 

 ベースとなったガンプラは、クロスボーンガンダムX1ではあるが、全面的にガンダムX魔王の機能を継承していることはもう知っている。そして一番特筆すべき武装は、胸の髑髏に装備された本機の必殺技とも言える「スカルサテライトキャノン」だ。

 

 内蔵型になったことで射角が機体前方に固定され、ストフリのカリドゥス複相ビーム砲のように構えずに撃てるのだが、依然として粒子供給に関する弱点が残っているから連射はできない。胸の髑髏の口が開く動作は発射の合図だから、事前に察知すれば回避も可能だ。

 

「見て、セイ君。クロスボーンの髑髏が開かれたわ」

「対戦相手の機体を視認してないのに、サテライトキャノンを撃つつもり⁉」

「いや違う。マオはすでに、相手の居場所を把握している!」

 

 そうでなければ、サテライトキャノンを撃つなんてことはしない。

 クロスボーン魔王のデュアルアイ・センサーがぎらりと輝き、胸から迸ったサテライトキャノンの火線が灰色の装甲を照らし、フィールド上のオブジェクトを薙ぎ払っていった。そして次の瞬間には、試合終了の判定が下された。私の考えた通りだった。

 

「うふふ、本当に絢瀬君の言った通り、マオ君は相手の居場所を把握していたのね」

「相手のガンプラを設置物もろとも薙ぎ払うなんて、とても豪快な戦い方でしたわ」

「えへへ、マオ君らしい戦い方というか……」

 

 だが、この出力のサテライトキャノンなら、連結ビームサーベルで斬り裂くことが可能だ。

 我が愛機のガンプラはそれができる。いや……正確には、できるように作られていた。

 

「ねえ絢瀬君。もし試合でマオ君とぶつかったら、勝算はどのくらい?」

「篠原先輩は心配性ですね。相手がマオとクロスボーン魔王でも、勝利するのは俺です。それより先輩、いつまで俺の腕にしがみつくつもりですか?」

 

 私が言うと、顔が瞬時に沸騰した篠原先輩が後ずさり「またやっちゃった……」と呟いた。反応から察するに、無我夢中でしがみついてきたらしいのだが、やきもちを焼いた美玖の視線が彼女に向けられた。例のジト目だった。

 

「篠原先輩、わたしのお兄ちゃんに何をなさってるんですか?」

「ご、ごめんなさい……」

 

 あっさりと謝罪の言葉を述べる篠原先輩だった。

 再び外に目を向けると、ちょうど第三試合が始まる頃合いで、第二試合に勝利したマオもVIPルームに帰ってきた。その後に続いて入ってきたのはミナと数人の従騎士だった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「ミナ、さっき何処に行ってたんだ?」

「間近で絢瀬様とヤサカ様のガンプラバトルを見学する為に、1階の観客席へ参りましたわ」

「そうか。バトルを夢中になって、ミナのことを気づかなかった」

「お気になさらず。紅茶をどうぞ、絢瀬様」

 

 と、ミナが砂糖とレモンスライス入りの紅茶を差し出してくれた。

 湯気の立つそれを啜って「中々美味しいな」と私は目を細めた。テラスに持ち出すこともできるお茶用のテーブルに紅茶のセット、おまけにクッキーまで持ち込んでいた。こういったイベントは大体「飲食物持ち込み禁止」なのだが……どうやら「例外」もあるようだ。

 

 まあ、十中八九は「王族パワー」で主催側にこれを認めさせたのだろう。

 詳細は気になるのだが、私は敢えて触れないことにした。

 

「そうだ、ミナ。玲奈はどこにいるか知ってるか?」

「1階の観客席におりますわ。今もネーナ・トリニティに似た女性とご一緒してるはずですわ」

「……それって、コスプレイヤーか?」

「ええ。しかもその女性のコスは、ご本人様と見間違えるほどのクオリティでしたわ!」

 

 クッキーを食べたミナが嬉しそうに言い、私はネーナと玲奈の姿を脳内に思い浮かべる。

 服のセンスといい、ギャルっぽい容姿といい、何だか色々と趣味が合いそうだな。お互いに良い友人になれそうだな、この二人は。

 

『只今より、第三試合――サツキノ・ミサ対、市松央路の試合を行います』

 

 そしてアナウンスが流れた途端、私は驚きのあまり声が漏れた。

 

「なっ、市松央路⁉」

「絢瀬様の知り合いの方ですの?」

「いや……そうじゃない」

 

 気持ちを取り繕うように紅茶を一口飲むと、私は再びミナに目を向けた。

 

「この前の野球試合の選手リストに同じ名前が載っていた。確か縞投良と同じチームだったはず」

「お兄ちゃん、多分このリストだと思います」

 

 と、美玖が自分のスマホを差し出してきた。

 スクリーンに表示されているのは、今年の全国高校野球選手権大会の選手リストだった。全員が写真付きでリストに記載されており、央路の所属するチームが初戦で敗退したことも分かった。

 そして、リストに記載された資料によれば、元々キャッチャーだったはずの央路が予備役として試合に参加した。この世界の央路も、監督にパワハラされた挙句に降板されたか。

 

「やはり、彼だったんだな……」

 

 しかしその処遇は、原作と同様に不憫すぎる。

 

「試合が始まりましたわ、絢瀬様」

「ああ、分かっている」

 

 手にしたスマホを美玖に返すと、私はバトルシステムに目を向ける。

 サツキノ・ミサの使用するガンプラはブレイジングガンダムという、HGFCゴッドガンダムがベースとなった改造ガンプラのようだが、対する央路の使用するガンプラは――。

 

「あの機体は、ガンダムMk-Ⅱの改修型か」

「そのようだけど、両腕のパーツがドーベン・ウルフのものに交換されてます。左手にグローブのようなパーツを装着してますし、それに右手のライフルは……び、ビーム・マグナム⁉」

 

 ビーム・マグナムを携えたMk-Ⅱか。もしかすると『UC』の後日談に登場するあの――。

 

「セイ、あのMk-Ⅱは『獅子の帰還』に登場する、リディの眼前に現れた機体だな?」

「はい……バナージ・リンクスが搭乗する、メガラニカ所属のガンダムMk-Ⅱです!」

 

 私の疑問に対するセイの答えは、肯定だった。

 ふいに、大型スクリーンに映し出されたブレイジングガンダムのセンサーが輝き、両手首を合わせて拳からビームを撃ち放った。対するMk-Ⅱは防御の素振りを見せず、ただ左手を前方に伸ばしただけだった。あのグローブに「何か」仕込んでるのか?

 

「なにやっとるんだあの人、このままだとやられちゃいますわ!」

「待てマオ君、あのグローブに何か光って――」

「みんな見て、ブレイジングガンダムのビームがかき消された!」

 

 シルヴィは「ビームがかき消された」と言っているが、「グローブがビームを吸収した」の方が正しい。あれは、スタービルドストライクに搭載された、相手が放ったビーム攻撃に使われる粒子を変容・吸収し、無効化した上で貯蔵する、セイが作ったオリジナルシステム――。

 

「あれは、アブソーブシステムか」

「はい……吸収量がコスモスより劣っていますけど、グローブは頑丈に出来ています」

「お兄ちゃん、セイくん。Mk-Ⅱが攻勢に転じました」

 

 戸惑った挙動を見せたブレイジングガンダムに、央路のガンダムMk-Ⅱがビーム・マグナムの銃口を向け、撃ち放った。シールドを持たないブレイジングガンダムは、回避を強いられることになり、やがてビーム・マグナムの火線に機体を掠められてしまい、地面に墜落し始めた。

 

 そこで、地面に降下した央路のガンダムMk-Ⅱが、ある行動を見せる。

 グローブから放出されたプラフスキー粒子を右手に集中させて、それが金色に輝くボールに姿を変えた瞬間、Mk-Ⅱは機体の上体を逸らし、左足を空に掲げた。そして、ボールを投げる瞬間に地面を踏み込んだ。一連の動作に無駄がなく、まるで野球書籍に載っている見本のようだった。

 

「あの体勢は、野球でピッチャーがボールを投げる時と同じ!」

「フッ、どうやら勝負あったようだな」

 

 私が言い終えたその時、両腕のビームトンファーを展開し、ボールを防ごうとしたブレイジングガンダムの両腕が粉砕されて撃破された。例え小さなボールでも、その質量に速度を掛け合わせた力で激突した結果は、破壊的な反作用をガンプラにもたらすのだ。

 

「まかさな、本気でガンプラに野球をやらせる人がいるとは」

「僕は一度だけ、経験したことがありますけど――」

「第七回世界大会の時だろ。しかも、君たちの対戦相手はタイ代表のルワン・ダラーラさん」

「はい……あの戦いは、今も記憶に新しいです。市松さんのバトルを見ていると、レイジと一緒にもう一度やってみたいなって思いました……えへへ」

 

 レイジ、か。

 いつ会えるか分からないが、その時が来るのを楽しみにしている。

 

 それにしても央路は凄いな、野球のテクニックをガンプラバトルに応用した上でサツキノ選手に勝利したとは。だが、サツキノ選手は篠原先輩の言う「警戒すべき強者」の内一人。そんな彼女が央路に倒されたいま、私は央路というダークホースを警戒しなければならなかった。

 

 それでも私は、君とのバトルを楽しみにしているよ……市松央路。

 

 つづく



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第39話 予期せぬ再会

金恋の原作主人公――市松央路が初登場する回です。
現在スランプ中でなかなか執筆が進まなくて、更新が遅れてすみません。
皆様のご感想をお待ちしております。


 準々決勝の対戦相手が使用するガンプラは、火星独立ジオン軍仕様に改修された朱色のガンダムF90だった。しかしその武装構成は、本来とは異なっている。

 ミッションパックがGファルコンのように、機体の胴体部を前後から挟み込むようにドッキングしており、左腕にはZガンダムのシールドに似た専用シールドをマウントしている。そして右手のビームライフルの銃身には、小さなデバイスが複数マウントしているようだ……あれらは何だったのかはまだ検討がつかない。

 

「……来たか」

 

 サブモニターから顔を上げた私が呟くと、高速で飛来するF90に目を凝らした。

 そのスピードは、確かに並みのガンプラを遥かに凌ぐものだった。機体とドッキングした専用のミッションパックに備わった高性能のスラスター・ユニットが成さしめることだが、それだけではない。相手は進路上のデブリを蹴り、その反作用力を推力に掛け合わせる術を心得ていた。

 

「あれでは、まるでフル・フロンタルだ」

 

 赤い彗星の再来と言われる男を彷彿とさせるマニューバを見せる朱色のF90に、私はFCSをビームライフルに切り替え、照準のレティクルをその機影に重ね合わせ、すかさず発射トリガーを引いた。だが、高速で直進するビーム弾と言えども、それを上回るスピードで移動し続ける物体にそうそう当たるものではない。

 

 F90は横ロールでビームを避け、速度を落とすことなくこちらの上を取る挙動を見せた。何をする気だ、と疑問を口にした瞬間に、対戦相手の声が無線の底で立ち上がり『初出場でクズノハ・リンドウを打ち負かすとはな――』という鋭い声が、私の耳朶を打った。

 

『ノーブル学園の青二才にしてはなかなかやる。しかし、俺に出会ったのが運の尽きだッ!』

 

 右手のビームライフルを真上へ突き出したF90のツインアイがぎらりと輝くと、その銃身から6つの小物がパージした。慣性運動に従い、F90の周囲に束の間滞空したそれらは直ぐに自らのスラスターを焚いて動き始め、先端からビームサーベルを発振させると同時に猪突してきた。

 

『さあ……俺の踏み台となれぇ、青二才ぃぃ!』

「フッ、貴方は相当な自信家ですね。でも――」

 

 あれらはファンネルに似たオールレンジ攻撃兵装だが、ビーム砲としての機能は搭載されてないようだ。自由に動かせるビームサーベルという、AGE-FXのCファンネルのように相手に突き刺さって攻撃を行うことしかできない、と考えていいだろう。

 オールレンジ攻撃兵装の対処方法は、とっくに心得ている。そもそも、こういう相手を見下して勝ち誇る傲岸不遜な輩には、絶対的な実力差を見せつけねばならないな。

 

「――勝ち誇った時点で、貴方にもう勝ち目はなくなりました」

『アホ抜かしてんじゃねぇ! 突き刺せ、ヒルトファンネル!』

 

 ――武装選択……フラッシュエッジ2ビームブーメラン。

 この武装はオリジナルと違って、二つのブーメランの本体部分をドッキングすることで「ツインエッジ」として使えるように再設計してる。これをファンネルの群れに投げつけると、私は石竹色のビーム刃に目掛けてビームライフルを連射した。

 

「ビーム・コンフューズ!」

 

 一つ、二つ、三つ。石竹色のエネルギー波が広がり、それを浴びたヒルトファンネルが相次いで炸裂し、鮮烈な爆発光をデブリの海に押し広げた。『なっ、ファンネルが全滅だと⁉』と対戦相手の慌てた声が無線を弾け、同時に機体を反転したF90が、大きめのデブリの後ろに回り込もうとスラスターを全開にした。

 

 しかし、わざわざ背中を見せた敵を見逃すほど、私は甘くはないのだ。

 アームレイカーを繰り、武装の選択画面に「アンビデクストラス・ハルバード」をクリックすると、私はF90の背中を追うようにフリーダムを突進させた。ゼロに近い距離まで近づくと、その機体を両断するように剣を横一閃に振るった。だが、致命傷が間一髪で躱され、損傷させたものの撃破するには至らなかった。

 

『は、ハルファイターが……クッ、踏み台の分際で、よくもやってくれたなぁ!』

「よく言えますね。では、この一撃でお終いにしましょう」

 

 対戦相手を見下したり暴言を吐いたり、相手のことを眼中にない不遜な態度。

 この男もまだ、二代目の思想に影響された被害者かもしれない。まあ、倒すことに変わりはないが、今度はソードスキルではなく、別の技を試してみるとしよう。

 

「受けるがいい、終焉の十字――」

 

 手近なデブリを蹴り、その勢いで距離を引き離すと、私は右手に持たせたアンビデクストラス・ハルバードを振るって静止したF90に目掛けてX字状のエネルギー波を飛ばした。

 

「――デッドリー・クロス!」

 

 この技はソードスキルではなく、ゲーム作品『閃の軌跡』に登場する主人公の友人――クロウ・アームブラストのSクラフト。ソードスキルの秘奥義に相当する必殺技とも言える。

 瞬く間、石竹色に輝くエネルギー波がF90の機体を4つに裂き、決着が付いたことを知らせる大いなる爆発光の花が宇宙の虚空に咲いた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 勝利したのは良いが、相手が弱すぎて肩慣らしにもならなかった。

 大口を叩くしか能が無く、最初の試合で戦った、クズノハ・リンドウの足元にも及ばないくらい弱かった。勝利していても物足りなさと口惜しさが残る。これが強者との戦いを求める、私の傲慢だとでもいうのか。そういう思考が頭を擡げたままバトルシステムから離れると、見知った少女と先輩、そして知り合ったばかりの青髪の少年が出迎えてくれた。

 

「お見事な戦いぶりでしたわ。流石は絢瀬様です!」

「ありがとう、ミナ」

「本当に凄いです、ビーム・コンフューズでファンネルを一掃するなんて!」

「一つずつ落とすより、この方法が効率が良いので咄嗟にやってみたが、結果オーライだな」

 

 実際、咄嗟の判断でやったのではなく、何度も同じことをやっていた。しかも、実戦でだ。

 私にとっては当たり前のことだが、セイにとっては違うだろう。

 

「順調に勝ち進んでいてよかったわ。だけど……」

 

 と、篠原先輩が言いながらくっついてきた。

 柔らかい感触が私の腕にかかり、思わず篠原先輩の身体に目が行ってしまった……でかい。

 

「……先輩、急にどうしたんですか?」

「もし負けたら承知しないからね。その代わり、絢瀬君が優勝したら――」

「約束通りプラモデル部を復活させる、ですね」

「その通りよ。さらに、おまけに――」

 

 そう言葉を付け足した篠原先輩がさらに寄ってきて「わたしのことを好きにしていいよ」と私の耳元で囁いた。艶かしい声が耳元で囁かれ、私はどくんと心臓が脈を打つ音を聞いた。

 

「ごふっ……なっ、なにっ⁉」

 

 それと同時に、私は咳き込んでしまった。

 好きにしていいってことはつまり……という不純な考えが頭を擡げながら、再び篠原先輩の身体に目が行ってしまう。胸や腰の曲線が魅力的なのはもちろんだが、ぷるんとしていて艶々な薄桃色の唇に、短いスカートの下から覗くむちっとした太もも、しかも生足とか反則すぎる。

 

 他の男子なら一発で堕とされるかもしれないが、私には無効だ。

 何故なら私は……美玖のことしか考えられないからだ!

 

「絢瀬君が優勝したら、ご褒美として壁ドンでも顎クイでも好きにするといいわ!」

「いや……それは先輩の欲望なのでは?」

「ちょっと、先輩に口答えしないのっ!」

 

 篠原先輩は明らかに、誘っているな。

 さっきから一瞥したミナとセイだが、ようやく事情を飲み込めたのか、篠原先輩の大胆な発言に驚きと赤面を隠せずにいた。数人の黒服――もとい、従騎士たちは一瞬だけお互いに顔を合わせると、私と篠原先輩に視線を向けてきた。グラサンをかけているので、表情が分かりづらいが、多分ミナとセイと同じであろう。

 

 ただ、ずっと気になっていたことがある。

 なぜ篠原先輩は、こうまでして私を誘おうとするんだ?

 

 私が美玖しか眼中にないことを彼女は知らないわけあるまい。知った上で誘ってきたのか、それとも私に何かを求め・期待しているのか、その本心がまだ見えない。そもそも、一度ならず二度もからかってきて、もう我慢が限界だった。色々狙いすぎてドン引きしてしまったんだ。

 

「もういい加減離してください、迷惑ですよ!」

「……痛っ⁉」

 

 彼女の手を振り下ろそうと思い切って腕を振ったが、力加減を誤って彼女を突き放すような形になってしまった。身体を震わしながらよろよろと後退った彼女だが、今度は通路脇に置かれた看板に足を引っ掛けてしまう。黒服たちもこれを察知したのだが、距離は私の方が近い。

 

「あっ、ぎゃっ⁉」

「篠原さんが転んでしまう!」

「――先輩!」

 

 他の面々が驚愕している中、私は転びそうになった篠原先輩の腰を支え、そのまま横抱きに抱え上げた。目を奪われる胸の大きさわりに軽い、この点は美玖に似ているな。

 

「すいません、先輩。俺はそんなつもりでは――」

「ううん……たっ、助けてくれて……ありがとう」

 

 お怪我されなくてよかった。彼女は私に横抱きにされたまま、小さな口を開いて速い呼吸を繰り返す。目が虚ろで、身体もブルブルと震えている。かなり突然だったので、驚かせてしまったかもしれない。とりあえず近くの空き席に座らせよう。

 

「大事に至らなくて幸いでしたわ。絢瀬様、今後は気を付けなさいな」

「ああ、気を付けるよ。じゃあ、また後で」

 

 篠原先輩は気にしてないようだが、気まずい雰囲気は残り続けた。今よりもまずい雰囲気にならないために、この場を一時的に離れることを決めたのだが「お待ちください、絢瀬様!」と、駆け寄ってきたミナが、私を引き留めようと服の袖を引きながら言った。

 

「次の試合はもうすぐ始まります。絢瀬様は、どちらに行かれるのですか?」

「会場の外を散策しに行くだけさ、準決勝が始まる前に戻ってくる」

「分かりましたわ……お姉様と鳳凰院様にもそう伝えておきますね」

 

 そのまま出口へと向かったが、ふいに後ろからミナの声が聞こえて――。

 

「絢瀬様、どうかご自分を責めないでくださいまし」

 

 と、ミナが慰めの言葉をかけてくれた。

 危うく篠原先輩を怪我させそうになったことに自責の念に苛まれていたが、ミナの言葉のお陰で少し心身が軽くなった。礼を言う、ミナ。

 

 

 

 

 

 数時間前では大勢の観客に埋め尽されていたはずの広場が、今は閑暇期を迎えている。人の気配はなく、車の音も聞こえず、鳥の囀り声だけが散漫に空気をかき回している。心身を落ち着かせるには丁度いい環境だ。私は広場の縁を半周ほど歩き、自販機横の木製ベンチに腰を下ろした。

 

 吹きつける心地よい風を感じながら、私は目を閉じて休息を取る。

 

「(これは……楽器の、ヴァイオリンの音色?)」

 

 ふいに、ヴァイオリンが鳴っているのが聞こえる。知らない曲だが、静かでもの悲しく、胸の内を波立たせずにおかない狂おしい音色が、無限の広さを持つ漆黒の異空間に広がっていく。そして私が顔を上げると、広大な海に聳え立つ桜の巨木――虚数の樹が見えてしまった。

 

「(なぜ今になって……これはまさか、神との再会が間近に迫る前兆⁉)」

 

 いや待て、今度は何か違う。なぜ私を転生させたあの女神が姿を現していない?

 それにあの虚数の樹、サイズが前より小さく見える。

 

「(一体どうなっているんだ?)」

 

 その疑問を抱えたまま、私は足を踏み出して音がする方に向かう。すると巨木の枝に吊るされた鉄製の鳥籠が、私の視界に入ってきた。中に閉じ込められている、白いヴァイオリンを弾いている金髪の少女は、私を転生させた女神――カレンだった。

 

「とりあえず、登ってみるか。でも、どうやって――」

 

 と、私がそう呟いた瞬間にヴァイオリンの音が途絶え、変わりにカレンの叫び声が聞こえる。

 

「木に登る為の道具を、梯子などをイメージしてみてください!」

 

 梯子というより、階段の方がよっぽど良い。

 私が鳥籠のところに直接登れる階段を脳内でイメージすると、それが現実となって現れた。どうやらこの異空間は、脳内でイメージした物件を具現化する性質を持っているようだ。私がイメージした通りだな、と呟いた私は鋼鉄製の長い階段を登っていった。

 

「こ、これは……言いにくいですが、目のやりどころに困ります」

 

 鳥籠のところに着いた私は、カレンのあられもない格好を目にしてしまった。

 身に着けている制服がボロボロで、フリルの下着が丸見えになっている。スタイルが抜群すぎて思わず見とれてしまったが、一瞬で我に返った私は白いヴァイオリンに目をやった。美玖が使っていた例の白いヴァイオリンと同一モデルだった。こんな偶然あるのか、と私は疑いを感じた。

 

「数日振りですね。まさかこんな形で、貴方と再会するなんて――」

「そんなことはいいんです。それより、この鳥籠はどうやったら壊せるんですか?」

「この銃を……天火聖裁を、使ってください。出力を三割に抑えて、鳥籠を……撃つのです」

 

 弱っているカレンが答えつつ、黒と白を基調とした二丁拳銃を手渡してきた。銃を握ると、じんわりと暖かい熱が伝わってきた。言われた通りに「出力を三割に抑える」と念を入れながら、私は手にした二丁拳銃――天火聖裁の発射トリガーを引いた。

 

 放たれた炎の弾丸が鳥籠の縁を焼き、次第に小さな炎が大いなる業火となって、鳥籠を焼き尽くした。鳥籠から放り出された身体を押し留めるものはなく、落下して行くカレンを受け止めようと手を伸ばすと、ふいに一瞬の浮遊感が私の身体を包んだ――。

 

「あ、足場が……⁉」

 

 具現化した鋼鉄製の階段が光る粒子と化し、跡形もなく消滅したのだ。幸いカレンを抱き寄せることができたが、このままでは二人揃って量子の海に落ちてしまう。海の下がどうなっているのか分からない。それに今は死ねない、まだその時ではないのだ。

 

「ごめん、なさい。急に、厄介事に巻き込んで……しまいまして」

「そんなことより、ご自慢の『創造の力』は使えないのですか?」

()()()調()()()に待ち伏せされ、力を消耗し過ぎて……今はしばらく、無理です」

「そんなことが……!」

 

 無から有を生み出す「創造の力」を持つ彼女を打ち負かした調律者とやらは何者だ。その正体が気になったが、恐らく今の私が太刀打ちできない理外の存在であろう。彼女が「創造の力」を使えない今、私が何とかするしかない。

 

「この異空間が、脳内でイメージした物件を具現化する性質を持っているなら――」

「えっ、何をなさるおつもりです?」

 

 本来は戦う為の兵器だが、サイコ・フレームを搭載したことにより、その性質が一変した。

 そう、我が愛機は人の意思を感じ取れ、それを増幅するマシーンとなっているんだ。

 

「――我の元に来い、フリーダム!」

 

 無心に念じた言葉を唱え、どくんと脈打つのを私は知覚した。次の瞬間にオオォン、と咆哮ともつかない機械音が空間を揺らした。顔を上げると、両翼を広げ、空気への抵抗面を大きくした我が愛機がアポジモーターを噴かしつつこちらに接近し、コックピットハッチを解放した。

 

「しっかり捕まっててください!」

「……は、はい!」

 

 カレンを一気に引き寄せ、倒れ込むようにコックピットの中に入った。その魅力的な身体を全身に受け止め、シートに収まった私はまずはハッチを閉めて操縦桿を握る。私の胸に額を押し当てて「はぁ……」と息を吸い込んだカレンの体温が、制服越しにも伝わってくる。

 

「(なんだ、この抱き心地の良さは⁉)」

 

 心身が打ち震え、一も二もなく抱き竦めたい衝動に駆られたが、それができる状況でないことは分かっていた。具現化したフリーダムで、この空間を脱出することが先決だ。

 クロスゲート――もとい、千界一乗は使えるか、と焦りに唇を噛みしめた私が次元転移システムのインターフェースを呼び出すと、カレンは「私にお任せください」と言いながら目が回るような速さでキーボードを叩いた。入力したものは、数字の羅列だった。

 

「ゲートの出現は5秒後、その瞬間にゲートに飛び込んでください」

「……わ、分かりました」

 

 よく分からないが、私は彼女の言う通りにした。ゲートが出現した瞬間にフリーダムを内部に突っ込んませていく。そしてゲート内部の境界空間を通り抜けた先にある場所は――。

 

「リベル・アークだと⁉」

「どうやら、上手く……いったよう、です……ね」

 

 見覚えのある浮遊城、間違いなく我が家だ。唐突にスマホの着信音が鳴り、通話ボタンを押すと電話口から『絢瀬君、大変じゃ!』と、エイフマン教授の焦った声が聞こえてくる。

 

「どうかしましたか、エイフマン教授?」

『君の機体が――フリーダムが突如、消えてなくなったのじゃ!』

 

 これは驚いた。

 今乗っているフリーダムは具現化したものではなく、私と共に戦い抜いてきた本物だった。

 

「えっと、教授。そちらはアクシスピラーの頂上が見えますか?」

『アクシスピラーの頂上か、少し待て』

 

 しばらくの沈黙の後――。

 

『なるほど、とんでもない事故だと思っておったが、君が転移実験を行っていたのか。そう言えば今日は、そちらはガンプラバトルとやらの試合の最中ではなかったのかね?』

「それは……ちょっとした事情がありまして。教授、格納庫のハッチを開いてもらえます?」

『お、おう、分かった……』

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 無事に帰ってきたのは良いが、出迎えてくれたエイフマン教授とイアンさんが、面食らった顔で私を見ていた。制服が破られているカレンを横抱きしているから、かもしれない。

 

 爺さんたちはお互いに顔を合わせると、にぱっと笑って「はははっ、これが若さか」「英雄色を好むとやらじゃのう」とニヤニヤ笑っている。今の私は、完全に浮気していると勘違いされているようだ。美玖がこの場にいないのは幸いだった。もしいたら土下座だけでは済まない、シメられてしまうのだ……私が!

 

「あの、お二方は何かを勘違いして――」

「随分と激しいプレイをしたもんだ。まあ、心配すんな……この件は秘密にしておく」

「絢瀬君、体調にはくれぐれも注意するのじゃぞ。いいか、いいな?」

 

 どうやら、爺さんたちの誤解を解くのは無理のようだ。それに下手な弁解は事をややこしくするだけだ。そもそも今は、こんなことをする場合じゃない、一刻も早く会場に戻らないと。

 カレンを寝室のベッドに座らせると、クローゼットから持ち出したノーブル学園の制服を彼女に渡した。サイズが合うか分からないが、彼女に着せられる女物はこれしかなかったから。

 

「これにお着替えください」

「え、ええ……この制服は、貴方が美玖の為に用意したもの、ですか?」

「そうです。さあ、お早く。外で待ってますので、着替えを終えたら声をかけてください」

 

 正確には美玖の予備の制服だ。

 事情があるとはいえ、後で美玖に謝っておこう。

 

「もうよろしいですわ」

「では失礼します――」

 

 と言いつつドアを開けると、私は彼女の美しさに目を奪われるた。

 金髪ロング繋がりで、しかもノーブル学園の制服を着ている故か、大人になったシルヴィと対面しているような錯覚さえ覚えた。目の色が違う以外は、顔たちがシルヴィと少し似ている。制服のサイズがピッタリなので、スタイルは美玖とほぼ同格。女神の名に恥じぬ美しさだ。改めて彼女を規格外の美少女だと認識した瞬間だった。

 

「あの……絢瀬悠凪。頼みがあるんですか――」

「もしお泊まりでしたら、この部屋を好きに使ってください」

「……ありがとうございます」

 

 そう来ると思った。力の回復には時間がかかるから、彼女がリベル・アークに泊まることをもう予想していた。どのくらいの時間がかかるか分からないが、彼女を追い出す、または拒む選択肢は私にはないし、そもそも道理に合わない。

 

「お礼なんて不要ですよ。この浮遊城は貴女が創造してくださったものですから」

 

 そう、彼女は私以上に、この浮遊城に住む権利があるのだ。

 スマホの画面に表示された時計を見ると、現在時刻は昼の12時になっていた。会場に急がないと、早歩きで寝室を出ようとするが、私はふと思い出して「ある事」をカレンに尋ねてみた。

 

「そう言えば……その、一つ質問してもいいですか?」

「ええ、何なりと」

「私たちと異なる空間にいるフリーダムが、どうして私の声に応えてくれたのですか?」

 

 質問を聞いたカレンはしばし沈黙し、それから私に寄りかかってきた。

 

「サイコ・フレームと神の鍵を搭載した今、貴方のフリーダムガンダムはもはや兵器の枠から外れていますよ。しかも、今のフリーダムガンダムは貴方という乗り手を得て、当初の仕様になかった性能を発揮しつつあります。ジュデッカとの戦いを、思い出してみてください」

 

 確かに彼女の言う通り、あの戦いの最中、フリーダムはすでに幾つかの超常現象を引き起こしている。だが、それらの現象は全て、サイコ・フレームを媒介に引き起こしたものだ。それに今回のように次元や空間を越えて駆けつけてくる事例は一度もなかった。

 もしかすると……今回の現象は、サイコ・フレームと千界一乗がシナジーを起こした結果、奇跡かもしれない。何の根拠もなかったが、そんな考えが頭を擡げて来たのであった。ちょうどそんな時に、彼女は私の頬に唇をつけて――。

 

「ななななっ、何をするのです⁉」

「うふふ、助けてくれたお礼です」

 

 チュッと頬をキスされて、思わず照れてしまったが、そこで彼女は「試合、頑張ってください」と、私の耳元で囁いた。我に返った私はすぐさま部屋を出ていき、公園区画に設置された転移門に足を運んだのであった。

 出る前に「隼人はメディカルルームにいる」ことを、カレンにも伝えておいた。カレンは「後に会いに行きますわ」と私に返事をした。隼人が彼女を見たら、さぞ驚くだろうな。

 

 

 

 

 

 ワームホールを通過した先にある場所は、体育館隣の駐車場だった。歩道を抜けて、広場に足を踏み入れた私は、遠方から走ってきた人影に目を凝らした。女の子のようだが――「悠凪くん!」と呼びかけの声が聞こえた瞬間、彼女が誰なのか一瞬で分かった。

 

「どうしたんだ、美玖。そんなに慌てて」

「だって悠凪くんの気配が、急に消えましたから……」

 

 と、泣きそうになった美玖が言いながら、私に抱きしめてきた。

 

「神に呼び出されただけさ。余計に心配させてしまって済まない」

「ううん……カレンさんが悠凪くんを呼び出すなんて、少々驚きました。ところで、カレンさんと何かあったのかを、わたしに教えて、もらえますか?」

 

 私を上目遣いで見ながらお願いしてきた美玖。

 元々そのつもりだったので、今まで起こった出来事を洗いざらい話すことにした。

 

「そんなことがあったんですか。その、カレンさんに傷を負わせた『調律者』とは一体……?」

「私にも分からない。それにあの女神は、何も言及してなかった。だが、心当たりはあるんだ」

 

 調律者を名乗る者なら、一人だけ心当たりがある。

 それは『クロスアンジュ』に登場するラスボス――「眼力だけで服を脱がすマン」の異名を持つ卑劣漢、その名前は「エンブリヲ」という。だが、あの女神をここまで打ち負かした「調律者」が本当にこの男かどうか分からないので、私はこの話を一旦棚上げにした。

 

「……どうかしましたか、悠凪くん?」

「あっ、いや……この話はこれで終わりたいと思う。それと制服の件は――」

「それはいいんです。わたしは全然気にしませんから」

「うん。ところで、誰かに見られているな。私たちは」

 

 さっきから、人の視線を背後に感じた。明らかな意志を持った視線だった。

 

「この気配は、門柱の陰に隠れていると思います」

「そのようだな――」

 

 不用意に近づく愚は犯さず、私は美玖の華奢な腰に手を回したまま「門柱の陰に隠れているのは分かっている、出て来い!」と大きな声を上げるのだった。すると、そこから現れた大男が身体を震わせながら「あの……準決勝に進出した絢瀬悠凪さんですよね?」と、私に尋ねてきた。

 

「そうだ――ん、君は、縞投良⁉」

「俺のことを知ってるんですか!」

 

 チームメンバーが全員写真付きで選手リストに載っているから、知らないわけがあるまい。

 しかし、強壮な体格わりに弱気な性格だな。

 

「ああ、君の野球チームが初戦で敗退したことは知っているぞ。それで……何の用だ?」

「その……あの、おっ、お願いします!」

 

 そう言いながら、投良は私の前に土下座をした。

 突如の行動に私だけでなく、美玖も面食らったように絶句した。

 

「お願いです! 今度の準決勝、市松央路に勝たせてください!」

「フッ、随分と勝手なことを言ってくれるな。自分が何を言っているのか分かっているのか?」

「央路は野球試合で敗退した責任を取る形で、ガンプラバトル部に転部させられたのです。監督の命令によれば、もし優勝できなかった場合は退学させるって――」

 

 未だに土下座をしている投良は言いながら、ぽろぽろと涙をこぼした。

 その真剣な眼差しから察するに、央路を退学させたくないという気持ちは本物のだったかもしれない。それでも私にも負けられない理由があるのだ。それに央路が退学しなければ、原作が始まらないから。要求を断るつものだが、そこに突如「頭に来ました」と、美玖の声が聞こえる。

 

「……っ⁉」

 

 流石の美玖も怒りの表情を浮かべて投良を睨んだ。

 今さらだが、美少女の怒りは迫力が違うな。私もその気迫に圧倒されてしまった。

 でも、私の為に怒ってくれて、ありがとう。

 

「だから、わたしのお兄ちゃんに『大人しく負けろ』とおっしゃるんですか?」

「無理なお願いだということは、十分承知しているつもりです! 央路も俺が、こんなことをしているなんて知りません。でも央路を退学させたくない俺はこうするしかないです!」

「それは縞さんのエゴです! そのエゴをお兄ちゃんに押し付けないでください!」

 

 まさに美玖の言う通り、これは投良のエゴでしかなかった。

 投良は央路を退学させたくないという気持ちだけが先に走って、他人の利益については一切考えていなかった。それに「央路も俺が、こんなことをしているなんて知りません」と言い放った時点で、投良は央路の気持ちさえも考えていなかったことが窺える。全く、身勝手なやつだな。

 

「――何やってんだ、投良!」

 

 ふいに、青年の怒鳴り声が聞こえる。

 

「お、央路⁉ お、俺は……」

 

 こちらに走ってき、濃い赤紫のパーカーを着た黒髪の青年は市松央路だった。彼は静かな怒りの表情を土下座している投良に向けて「余計なことをしてくれたな!」と怒声を張り上げる。精神面が脆い投良が耐えられるはずもなく「俺はお前の為だと思って……」と泣きながら央路に言い訳をするが、しかし今の央路は、聞く耳を持たなかったようだ。

 

「もういい加減にしろ!」

「――えっ、お、央路?」

「押し付けの善意なんて、悪意となんら変わりがない。俺はいつ、お前にこんなことを頼んだ?」

 

 央路に問われて、投良は返す言葉を失ったのだった。

 しばし沈黙してから、再び口を開いた央路は追い討ちをかけるように言い続ける。

 

「勝っても負けても、俺は自主退学するつもりだ。もう俺を放っておいてくれ」

「そっ、そんなぁ……お、央路、お前は本気なのか⁉」

「――ああ。俺はさぁ、お前たちを見限ったんだよ!」

 

 そう投良に一喝すると、央路は私と美玖に向かって「ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございません」と深々と頭を下げた。一方、土下座をやめた投良は両手で頭を抱え込み、訳の分からない言葉を呟いていた。こいつは放っておいて良いだろう。

 

「頭を上げてくれ、市松央路……君に謝ることはないんだ」

「見苦しいところを見せてしまいました。えっと、絢瀬さんっていいですよね?」

 

「呼び捨てでも構わないのだが、まあ良い。それにしても、野球のテクニックをガンプラバトルに応用するとは見事だった。流石は元キャッチャーだと言っておこう」

「あ、言い忘れてしまいました。お兄ちゃん、市松さんは準決勝の対戦相手です」

 

「そうだったのか……俺は手加減しないから、全力でかかってこい!」

「俺も、そのつもりだ。じゃあ、2時間後にまた会おう、悠凪さん!」

 

 つづく



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第40話 準決勝戦

お久しぶりです。筆者の絢瀬悠凪です。
スランプから脱した、とまでは言いませんが、これからは精神的健康に注意を払いつつ書いていくので、今後も投稿が遅れる場合がありますが、ゆっくりお付き合いいただければ幸いです。

筆者はポジティブな感想を貰えるとモチベが上がるタイプなので、読んでいただいたらなるべく、書き込んでいただけると幸いです。それは筆者の「たった一つの望み」でもあります。


 市松央路の人間関係が、原作本編より酷かった。

 目覚めた瞬間、先程の央路と投良のやり取りを振り返った私はそう思い、次に美玖の豊満な胸を見上げる。まさに絶景と呼ぶに相応しい景色だった。それに頭をなでてくれて、膝枕をしてくれたのは本当に癒される。お陰で連日の疲れが、まるで嘘のように消えていた。

 

「現在時刻は昼の12時45分ですよ、悠凪くん」

「そうか。私は20分ほど寝ていたか」

 

 優しく頭を撫でてくれながら、現在時刻を知らせてくれた美玖。何だか、自分が子供扱いされている気分だ。再びその胸を見上げると、無性に「揉みしだきたい」というみだらな思いが頭を擡げてきた。沸き立つ思いに駆られるまま、私は美玖の胸に手を伸ばして――。

 

「この柔らかい感触、本当に癖になるな……!」

「……っ⁉ ゆ、悠凪くんったら、真っ昼間にこんな……あっ、んっ……ああっ⁉」

「実に色っぽい声だ。君がヴァイオリンを奏でるように、私も君を奏でたいと思っているよ」

「奏でたいって……もうっ、変な言い回しは……やめて、くださいっ!」

 

 と、美玖が喘ぎ声混じりに言いながら、手にしたスマホで私の顔面を叩いた。しかし、全然痛くなかった。それにスマホの発熱具合から察するに、ゲームをしている最中かもしれない。

 

「胸を触ったことは謝る、済まない。ところで、スマホ熱いな。ゲームでもしていたのか?」

「ううん、野球試合の動画を見ていました。市松さんが所属していた野球チームの試合です」

「……ちょっと見せてくれ!」

 

 試合の動画を最後まで視聴すると、私はあることに気づいた。それはキャッチャーを降板された央路が最後まで、出る幕がなかったことだ。余程のことがない限り選手交代はしないのは分かっているが、央路は出場してなかったから、役立たずと見なされて責任を問われたかもしれない。

 

 しかし私から見れば、責任を取るべき者は央路ではなく、ピッチャーである投良だ。何故なら、高校球界「期待の名ピッチャー」の名が聞いて呆れるくらい凡ミスが多かったからだ。彼のせいでチームが敗北したことは誰の目にも明白だ。そう、央路は敗北の責任を擦り付けられたのだ!

 

「――下衆どもめ、私が央路だったら今頃、貴様らを半殺しにしてやったぞ!」

「ゆっ、悠凪くん……急にどうしたのですか?」

 

 こんなの、理不尽すぎる。なぜ央路が、こんな仕打ちを受けなければならないんだ!

 監督にパワハラされて降板された挙句に敗北の責任を擦り付けられた――原作本編では語られてない経緯を知ってしまった途端、私は下衆どもに迫害されている央路を、高校時代の自分と重ねてしまった。瞬時、視界が暗闇に包まれて、嘲笑うような高笑い声が私の耳朶を打った。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 次に目覚めたのは、異常なまでに静寂な灰色の空間だった。

 何も無く、ひたすらに灰色が続いている空間だが、ふと人の話す声が聞こえてくる。

 その中に、自分の声も混ざっていた。

 

『俺たち最近、手持ちが少なくてさぁ。金があんなら出せよ、持ってんだろ?』

『金欠とかいちいち言ってくるな、貴様らに渡すお金なんてない!』

 

 それは、高校時代の私をATM扱いしていた男子生徒の声だった。

 私に拒絶されて逆上した彼は、私の顔に修正パンチを食らわせたことを今でも覚えている。

 仕返しとして机でフルスイングしてやった下衆どもの一人だ。

 

『厚い本読んでいるね、俺に貸せよ!』

『ちょっと……貴様、その本を返せ!』

『なんだよこれは、全部英語じゃねぇか。陰キャのくせにカッコつけやがって、どうせお前なんぞ読んでも分からねぇだろう。お前の代わりに俺が捨ててやんよぉ!』

 

 次に聞こえたのは、当時の私が大好きな本『パンセ』を破り捨てた男子生徒の声だった。

 暴力で問題を解決することを躊躇った私は、ただ見ていることしかできなかった。この出来事をきっかけに、私は「お人好しだと人にいじめられる」という真理を理解した。もし、言葉が通じるのなら、暴力沙汰は起こらずに済む。しかし残念なことに、私の言葉は彼に通じなかった。

 

 力なき正義は無能であり、正義なき力は圧制である――ブレーズ・パスカル。

 『パンセ』に記されたこの言葉が、まさに当時の私の置かれている状況を物語っている。

 

 力なき正義は反対される。何故なら悪党がいつもいるからだ。

 正義なき力は糾弾される。しかし力ある悪党はこれを闇に葬ることができる。

 だから私がどれだけ訴えても学校側は対応してくれなかった。文科省に通報しても揉み消されてなかったことにされ、いじめに加担する先生に「嘘はよくないな」と言われる始末だった。

 

 主張がいかに理に適っているとしても、力なき者の言葉には誰も耳を傾けようとしない。相手が権力者だった場合は揉み消され、最悪の場合は世界から存在を「抹消」されることもあるのだ。

 従って、正義と力を一緒に置かなければならない。その為には正しいものが強いか、強いものが正しくなければならない。

 

 正義は議論の種になるが、力は非常にはっきりしている。その為、人は正義に力を与えることが出来なかった。何故なら力が正義に反対して、それは正しくなく、正しいのは自分だと言ったからだ。斯くして人は正しいものを強くできなかったので、強いものを正しいとしたのだ。

 

 「力」は暴力だけではない。金銭も学歴も人脈も、人々が話し合う為に使う言葉も、力の一種に分類される。本来なら暴力は避けるべき手段であるが、心身共に追い詰められた当時の私は暴力を選ぶことしかできなかった。いや、選ぶことを強いられていたんだ。

 

 昔から人々は暴力に訴えてきた。それは、自分が信じている道理や正義を守る為に、ありとあらゆる手段を使い果たした後の最終手段だった。暴力とはすなわち、激昂した理性であると同時に、最後の理性でもあったのだ。

 

 そして人も獣も、躾に最も効果的なのは「痛み」と「恐怖」だ。だから私は「暴力」という純粋かつ絶対的な力で、この問題を解決することを踏み切った。私は弱者ではないことと、いじめっ子どもに恐怖を植え付けて自らの愚かしさを知らしめる為に。そして、私の正義を執行する為に。

 仕返しとして彼の全指を折った上、階段から突き落として大怪我をさせた。その後は日常生活に支障をきたす程の後遺症が残ったと聞いて、私は無上の愉悦を感じた。その愉悦感はまるで脊椎に電流が走ったようだった。多分これが、正義が執行された感覚だろう。

 

『どんなことがあっても、暴力はいけないことだぞ、絢瀬君』

『この傍観者め……今さら綺麗事を並べて、一体何になるって言うんだ!』

『正義と称しても暴力は所詮暴力だ。それに私は校長だぞ、目上の人には敬語を使いなさい』

『違うな、貴方は間違っている。正義の為の暴力は即ち正義だッ!』

『この私を平手打ちするのか……くっ⁉』

 

 今度はいつでも見て見ぬ振りをしながら、我慢の限界が来た私が暴れ出した途端に説教してきた校長先生の声が聞こえた。あの時は厚かましいなこいつ、と思って殴ってしまったが、しかし当の本人は責任の追及をしなかった。それどころか、いじめ事件への対処を怠ってしまっていたことを謝罪してくれた。事件の中で唯一、私に謝罪をした人だった。

 

 そこまで振り返ったところ、少し息が詰まる気がする。この澱んだ黒い感覚に、ドス黒い感情に染まっていくことに、意味なんて無いんだ。思い出したくなかったのに、どうして今さら……。

 両親の無関心と怠慢も、校長先生の働きかけにより検察官から「起訴猶予処分」を言い渡されて不起訴となったことも、頭の中にフラッシュバックしてくる。続いて足を踏み出す度に黒闇の霧が広がり、自分が自分でなくなっていく不安を感じる。ふと立ち止まり、もう一度遠いところにある影を振り返ってから再び歩き出そうとすると、足首が急に誰かにつかまれた。

 

「き、貴様は⁉」

 

 ぎょっと振り返ると、かつてのいじめっ子の一人の手が、足首をつかんでいる。大きく逞しい手だが、驚くほど冷たい。皺が増えて、骨ばっている。その先にある顔もすっかり歳を取って、頭はほとんど灰色だ。地面に倒れ伏し、私の足首を掴みながら、青ざめて死人のようになった顔が私を見ている。『お前が憎い』と半ば形が崩れ、地面と一緒くたになりかけたいじめっ子が言う。

 

「過去の亡霊め……忌まわしい記憶と共に消え去れッ!」

 

 怒り混じりの叫びをあげながら、私はその首を足で踏み潰した。

 次の瞬間に金色の閃光が闇を砕き、膨れ上がる光が辺り一帯を照らし尽くした。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「悠凪くん、悠凪くんってば!」

「う……みっ、美玖?」

「あら、やっとお目覚めですか」

 

 誰かに呼ばれたので、私は目を見開いた。今のは夢だった。

 自動販売機や千の葉を持つ大きな木、鳥の囀り声が空気をかき回している広場の一画に、声の主たちの顔があった。ベンチから立ち上がり、心配そうな顔で私を見るカレンと、膝枕をしてくれている我が妻である美玖。カレンの顔を見た途端に、思いも寄らず胸が一杯になり「どうして貴女がここに……」と、返した声が喉に詰まった。

 

「城にいると退屈なので、来ちゃいました。ところで、悪い夢でも見ていたのですか?」

「ええ。貴女に転生させられる前、高校時代の出来事が夢に出てきましたよ」

「そうですか。貴方にとって、それは『一番思い出したくない記憶』ですね」

 

 ば、バカな。何故彼女がそれを知っている?

 

「……貴女はそれを、知っていました⁉」

「貴方の過去を、記憶を覗いたことがあります。だから私は、貴方の苦しみを知っています」

「お力を疑うつもりはありませんが、私の過去について簡単に述べてもらえますか?」

「貴方は親に恵まれず、高校時代では一部のクラスメイトや教師に迫害されて、不遇な少年時代を過ごしました。そして新たな人生を得た今も、貴方はそれらの出来事に苦しめられています」

 

 それらは全て、私が過去に経験した出来事だった。彼女は全てを知っているのだ。

 他人の記憶まで覗けるなんて、この女神は本当になんでもありだな、と彼女の能力に私は驚愕を隠せなかった。再びベンチに腰を下ろしたカレンは「今は少し、頭を冷やしなさい……」と優しく微笑んで、そっと頭を撫でてくれた。その慈愛に溢れた姿は、私を包み込んでくれるような母性を感じさせる。以前の私がずっと欲しかった、心から求めていたお母さんの姿だった。

 

「もう、カレンさんったら……後で代わってください!」

 

 やきもちを焼いたように頬を膨らませた美玖が言い、カレンは得意げな微笑みを浮かべ、粘りのない金色の長髪が少しだけ揺れた。日光を受けて輝き、金色の光沢を持つ美しい髪だった。

 

「君たち二人が傍にいてくれたお陰で、今は少し気が楽になった」

「それは良かったです。そう言えばカレンさん、どうして悠凪くんが急に悪い夢を……」

「私から見れば、ストレスが原因かもしれませんね。ここ数日、徹夜してたんでしょ?」

 

 美玖の言葉を遮り、カレンは淡々と言った。私は顔を上げてカレンの瞳を見た。

 

「ええ、徹夜してましたよ……大会用のガンプラを製作する為に」

「そう……目先のことに夢中になるのはいいですが、しっかり休むことも大事ですよ」

「分かってはいますが、非常に期限が切迫していてさ……」

 

 振り返って見れば、大会の開始日までの期間が一週間もなく、それに加え我が愛機のガンプラは作りやすさを度外視してバトルにおける性能面を重点に置いて生産したから、徹夜をしないと先ず間に合わない。今考えれば、私は凄く馬鹿なことをしたかもしれない。でも、その性能には申し分なく、満足に戦えるものだった。

 

「まあ、それはさておきとして、次の試合まであと1時間あるし、今は休んで備えましょう」

 

 カレンがそう言うと「では、大好きな悠凪くんをお返ししますね!」と小悪魔的な口調で言葉を付け足し、優しく頭を撫でた手を離した。それと入れ替わりに美玖が、私の頭をポンポンと撫でてくれた。おまけに四つのマシュマロンを眺められるので、我ながら至福のひと時だった。

 

 

 

 

 

 あれから1時間が経ち、美少女二人(中に神様一人)に腕を抱きつかれ、両手に花のまま体育館内の会場に帰っていった。右手に美玖、左手にカレン、しかも両肘にとてつもなく柔らかいものが当たっているので、何だか余計に照れてしまう。

 すれ違う観客と会場スタッフが、少し窺うような目をこちらに向けてくるのも気になる。美少女二人の美しさに見とれてしまったかも、と思っていた途端に後ろから雑談の声が聞こえる。

 

「ほらほら、あいつだよ。私立ノーブル学園の……」

「ああ、知ってる。初出場でクズノハ・リンドウに勝ったという」

「しかも色っぽい美少女が二人……なんて羨ましいやつなんだ!」

「流石お金持ちの学園だけあって、女の子のレベル高けぇな」

 

 それを聞いた私はそっと後ろを振り向き、美玖とカレンは平然として声の主を眺める。

 

「あの身体目当てのような眼差し、嫌いですわ」

「ええ、早く行きましょう。ほら悠凪くん、立ち止まらないでください」

「あっ、はい……」

 

 視線に不快感を覚えた二人の美少女に引っ張られたままロビーを通り抜けるのだった。

 

「ん、誰だ?」

 

 突如、人の視線を左前方に感じた。

 敵意はないものの、明らかな意志を持った視線だった。そして「へえ、両手に花か」と聞き覚えのある声が聞こえ、同時に声の主であるロックオン・ストラトスがこちらに歩み寄り、その後ろには刹那とアレルヤが控えていた。

 

「君たち……試合を観に来てくれて、ありがとうございます」

「ごきげんよう、皆さん」

「ところで、ティエリアとミス・スメラギは来てなかったんですか?」

 

 お互い挨拶を交わすと、私はティエリアとミス・スメラギたちについてロックオンに尋ねる。

 

「ティエリアなら、人気の多いところが好きじゃないって言って一人でどっか行ってたよ。ミス・スメラギは急な用事が出来ちゃってフェルトと一緒に帰った」

「ん……その『急な用事』とは、一体なんですか?」

「詳細は分からない。向こう側絡みかもしれないから、大会が終わったら一度帰った方がいい」

「ええ。私も気になったので、そうしましょう」

「ねぇ、悠凪の知り合いの方ですか?」

 

 カレンの疑問に、私は頷いてからその耳元に「彼らは向こう側の、西暦世界の戦士たちです」と小さい声で囁いた。さっき彼女から下の名前で呼ばれたが、私は敢えて気にしないことにした。

 

「そう言えば順調に勝ち進んでいるようだが、次の試合も勝てそうか?」

「私は勝たなければならないんですよ。とある女性に優勝を約束しましたから」

「そうか。ところで、その金髪のお嬢ちゃん、外国人かい?」

「ごきげんよう。私はカレン、フィンランドからの留学生ですわ」

 

 咄嗟に思いついた身分を伝えるカレンだった。まぁ金髪だし、怪しまれることはないだろう。

 ロックオンが少し窺うような目を美玖とカレンに向けて数秒後「話があるんだが、こっち来い」と言いながら私の肩に手を回し、壁際に寄ろうと目で語りかけてきた。二人に聞かれたくない話がしたいようだ。

 

「急にどうしたんですか?」

「ちょっと気になっててさ、あのカレンっていう北欧美少女とはどういう関係なんだ?」

「……彼女は、ただの女友達ですよ」

「そうかい……でもさ、あの子がアンタの腕に抱きついてる時、顔がとろんとしてたぜ」

「そっ、そうだったんですか。全然気づけませんでしたよ……」

 

 歩いている時ずっと美玖に目が行ってたから、全然気づかなかった。我ながら痛恨のミスをしてしまった。気高き女神であるカレンのとろんとしてる顔は、きっと可愛いだろうな。

 

「お前さぁ、嬢ちゃん以外の女には鈍感だな。というか興味ねぇってか?」

 

 と、横から急に口を挟んできたアレルヤ。

 いや、この荒々しい口調から察するに、今表に出ているのはハレルヤだ。

 

「そうではありません。ただ、今の私は――」

「お嬢に一筋、だな?」

「ええ、その通りです。ロックオン・ストラトス」

「そっかそっか。つまりこれからハーレムに発展する可能性があるってことだな!」

 

 ハレルヤの言葉を聞いてイラッとした私は、彼の肩を掴んでから手に少し力を込めた。

 

「アレルヤ・ハプティズム。いや、ハレルヤ……君は一体何を言っているのかね?」

「くっ、うぅ、動かねぇ……ってキレすぎだろお前ぇ⁉」

 

 大昔からハーレムは、男の夢だと言われている。

 もちろん昔の私も考えたことはあるが、最愛の女性である美玖に嫌われてしまうので、私はその考えを心の底に沈めた。もし美玖がハーレムを認めるのなら――しかし当然、遊び半分で付き合うではなく、相手の人生に対して最後まで責任を持たなければならない。

 

「ちょ、痛い……痛いって! 早く俺を助けろ、スナイパーさんよぉ!」

「変なことを言うから、こうなるんだよ」

 

 と、ロックオンが呆れたような口調で言うと「悠凪、そろそろ放してやれ」と私に頼んだ。私が手を放すと「ったく、なんて怪力だ⁉」と毒づいたハレルヤの声が聞こえた。全力の1割も使ってないのに……そう言えば私の身体能力は確か、転生前より強くなっているな。

 

「すいません、力加減を誤ってしまいました」

「あっ、いえいえ――」

「……お前、アレルヤだな?」

「もちろんだよ、ロックオン……か、肩が、痛いー!」

 

 一瞬でアレルヤと人格を入れ替えたハレルヤだった。続いて、会場内に『準決勝第一試合、絢瀬悠凪対、市松央路の試合がまもなく始まります』というアナウンスが流れた。

 

「時間ですね。もう行かないと……」

「悠凪、健闘を祈る」

「ありがとう、刹那」

 

 応援してくれた刹那に礼を言うと、美少女二人に腕を抱きつかれたまま歩き出したのだった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「えっとね悠凪くん、ストラトスさんとハプティズムさんの会話……聞いてしまいました」

「……どどど、どこまで聞いた⁉」

「最初から全部です。ねぇ、カレンさん?」

 

 そっと美玖の顔色を窺ってみると、顔は笑っているのに、目が笑ってない。何故か少し怖い。

 

「ええ、私も聞いちゃいましたわ。ハーレムのことについてね」

 

 一方、カレンの言葉が火に油を注ぐことになり、流石に怒ったのか、美玖が私の腕に抱きついた手に力を込めた。痛くはないが、右腕から頭にかけて痺れるような戦慄が走りっぱなしだった。

 

「美玖、少し落ち着いて冷静に――」

「何をおっしゃってるんですか、悠凪くん。わたしは冷静ですよ?」

「(自覚が無いのかよ⁉)えっと、ハーレムについて言及していたことは認める。でも私はそんなことをするつもりはないし、そもそも今の私には君がいるのだから」

「嬉しい……でも、カレンさんに抱きつかれた状態で弁解しても説得力がないんです。まあ、悠凪くんがわたしのことを忘れない限り、別に目を瞑っても構いませんからね!」

 

 例え美玖の許可を得たとしても、それをしたくない自分がいる。

 

「あらあら、これは『正妻の余裕』というものですか?」

「……貴女は少し黙っていてください!」

 

 と、悪ノリをするカレンを黙らせるように言った。したらば彼女は「女神である私に対してその態度はないでしょう!」と頬をぷくっと膨らませつつ抗議する。抱きついた手を少し緩めた美玖がクスクスと控えめに笑ったが、私から手を放そうとする様子はなかった。

 

 それから当然のごとく、他の男性観客から羨望と嫉妬の眼差しを向けられ、次に1階の観客席に偶然居合わせた玲奈から「ウチにこんな美人あったっけ?」と疑われてしまった。当の本人であるカレンは「諸事情で長い間登校できませんでしたが、つい先日復帰しました」と適当に誤魔化し、玲奈はあっさりとそれを信じた。もし相手が篠原先輩だったら通用しないだろう。

 

「そうなんだ……それでカレンちん、悠凪とはどういうご関係で?」

「悠凪とは古くからの知り合いです。困っていた私に優しくしてくださった……うふふ」

 

 と、とろんとした顔で言いながら、寄り添ってくるカレンだった。色っぽくて可愛い。

 そして案の定に美玖にジト目で見られてしまい、気が付くと玲奈とネーナがニヤリと笑った。

 

「へえ、悠凪さんって結構モテモテなんだね」

「そうそう……寮の女子たちをメロメロにさせた挙句、北欧のお姫様と大人な生徒会長さんをテレさせたんだぜ。可愛い妹しか眼中にないって言い張ってるのに案外やるもんだねぇ!」

 

 ポテチを堪能しているネーナが言い、玲奈が大盛りに盛った話をネーナに伝える。

 

「あのさぁ玲奈、いくら何でも盛りすぎだろう! そもそも、事実無根のことを――」

「ぬひははっ、みんないつも笑える方へ笑える方へ話は盛ってくかんねー。えへっ☆」

「なっ……『えへっ』てなんだよ! 俺にとっては笑えない話だ。それに、まるで俺が『シスコンを装った喰いまくり野郎』みたいな言い方ではないか⁉」

「あーらら、シスコンの自覚あるんだ、このお兄さんは」

 

 振り返ってみると、確かに戸籍上では美玖は私の義理の妹になっている。

 さらに自分の今までの行いや発言から察するに、裏の事情を知らない他人からすれば、私は妹を過保護に溺愛する兄にしか見えないだろう。しかし、まんまとこいつの誘導尋問の罠に嵌められてしまった。我ながら不覚を取ってしまった。

 

「あれ、だんまり?」

「まさか誘導尋問をしてくるとは……やるな、玲奈!」

「そっちが勝手に自爆したのに、あたしのせいにするんかい⁉」

「お、おのれーっ!」

「月の御大将みたいに叫んでも無駄だぞ」

 

 玲奈のドヤ顔を見ていると、何故か神経が苛立ってしまった。

 

「もうっ、玲奈ったら、あまりわたしのお兄ちゃんをからかわないでください」

「じゃあ次は……うふふ、美玖ちんをからかうかな?」

 

 察してくれた美玖が玲奈の悪ふさげを諌めるのだが、逆に彼女のターゲットになってしまった。

 

「れ、玲奈、そこはダメって……んっ、あ、ああっ⁉」

「おいおい……腰を触っただけなのに、この反応は反則っしょ!」

「なんか楽しそう。玲奈、あたしも混ぜてよ」

「いいわよ、ネーナちん」

 

 あーあ、また始まってしまった。

 前回と同じだった。美玖はサンドイッチの具材のように、玲奈とネーナの間に挟まれていじられまくられてる。二人にあちこち触られて「ああっ……いや、くすぐったいってば!」と言いながら色っぽい喘ぎ声をあげた。しかし、本人が嫌がる様子はなかった。

 

「ねえ、あの二人を阻止しないのですか?」

「美玖が嫌がる様子はなかったし、それに百合が咲き誇る光景を眺めるのも一興ですので」

「百合って……うふふっ、これまた変わった趣味をお持ちですね」

 

 と言いつつ、カレンは意味深な微笑みを浮かべた。

 ニヤニヤしていて何を考えているか分からないが、深く聞くのはやめておこうか。やがて時刻が午後2時を迎えた頃『只今より、静岡県ガンプラバトル大会、準決勝第一試合を始めます』というアナウンスが聞えてき、私は即刻その場を立ち去るのだった。

 

 プラモデル部を復活させる為に、そして君がノーブル学園に入学するきっかけを作る為に。

 悪いが央路、この試合は勝たせてもらうぞ。

 

 

 

 

 

 準決勝戦のフィールドは、遠く地平線まで連なる一面の砂漠だった。

 周囲は見渡す限り砂、砂、砂……赤茶色の砂に半ば埋もれたボロボロな建物や柱のような物体はあるものの、遮蔽物として使うには心もとない。成熟した果実のような太陽を背に、帯状に連なる砂丘群の上空を通過すると、オートで作動したセンサーが前方から接近する一つの機影を捕捉したらしく、サブスクリーンの一画に拡大ウインドウを開いた。

 

 敵の識別信号を出すその機影はドダイ改に搭乗し、ビーム・マグナムを携えたガンダムMk-Ⅱだった。フリーダムとの機動力の差や、空中戦闘能力を補う為にSFSを用意するのは正しい選択ではあるが、しかし試合結果は変わることはない。何故なら、勝つのは私だからな。

 

 ――武装選択……バラエーナ・プラズマ収束ビーム砲。

 すでにMk-Ⅱがビーム・マグナムを両手で保持して射撃体勢を取っている。照準レティクルがロックオンを告げるや否や、押し寄せる気配に衝き動かされた私は、トリガーを引き搾った。

 しかし、ビームの熱線が直撃する直前に、Mk-Ⅱが背部と脚部のスラスターを焚いてドダイ改から飛び上がった。準決勝まで勝ち進んだことだけあって、いい腕をしている。と私が央路の操縦技術に感心しているそこに、落下コースに入ったMk-Ⅱがビーム・マグナムを撃ち放った。

 

「いい判断だ。しかし……!」

 

 フリーダムの機体を横ロールさせ、ビーム・マグナムの光軸を回避する。続いてMk-Ⅱの姿勢制御バーニアの噴射光から次の移動軌道を読み、その進行方向にビームライフルを向けて撃とうとするが、別方向から接近するドダイ改がミサイルを撃ち込んできた。

 

「こちらと交戦しながらSFSに攻撃指令を送るとは、なかなかやるじゃないか」

 

 しかし、その程度の攻撃では私には傷一つ付けられないのだ。フリーダムの機体を半回転させてミサイルの嵐を回避すると同時に、左手で握ったビームサーベルを発振させ、飛来するドダイ改に目掛けて振り下ろした。すれ違いざまの斬撃がドダイ改の機体を真っ二つに溶断し、その大きさとほぼ同格にまで膨れ上がった火の玉が炸裂する。

 

『対応された⁉ やはり悠凪さんは、強いんだ』

 

 突然、通信から声が聞こえてくる。

 

「市松央路……?」

『悠凪さんには敵わないかもしれないけど、それでも……!』

 

 央路の叫び声と共に、背中にビーム・マグナムをマウントしたMk-Ⅱがビームサーベルを引き抜いて挑みかかってきた。斬り結んだ粒子束がスパークの火花を散らしたのも一瞬、私は弾かれた勢いで身を翻し、返す刀をMk-Ⅱの左肩に突き立てた。

 

「ん、浅かったか」

『まだだ、まだ終わってない!』

 

 切断することはできなかったが、左肩のカバーは破壊した。後方へ飛びすさるMk-Ⅱに照準を重ね合わせ、私は追撃とばかりにビームライフルを一射した。案の定、左手のグローブに内蔵したアブソーブシステムを使って、こちらのビームを吸収してみせた。

 しかし続けざまに放った二発目を、落下中のMk-Ⅱは吸収せずに回避行動を取った。そのまま急降下して平かな砂地に着地したMk-Ⅱは、グローブから放出されたプラフスキー粒子を右手に集中する挙動を見せた。央路は野球勝負がしたいようだ。折角だし、その誘いに乗ってやろう。

 

「さあ、投げて来い! 君自慢の野球テクニックを、俺に見せてくれ!」

 

 そう言い放った私はフリーダムを地上に降下させ、片方のビーム刃だけ発振したアンビデクストラス・ハルバードをバットのように構えた。すると『ガンプラに野球をやらせたい人って、俺だけじゃなくて良かった』と央路の声が明瞭に耳朶を打った。

 

「第七回世界大会の優勝コンビは同じことをやっていた。俺も一度やってみたかったんだ」

 

 メインスクリーンの向こうにあるMK-Ⅱを見据えた私は『ああ、覚えてる。あの二人の相手はルワンのおっさんだったな』と央路の声が聞こえ、それと同時にMK-Ⅱは機体の上体を逸らして左足を空に掲げた。

 

『この野球バトルに乗ってくれて……ありがとう!』

 

 と、央路が礼を言い、MK-Ⅱは空に掲げた左足を地面に踏み込んだ。超高速で飛来する金色のボールに狙いを絞り、私はアンビデクストラス・ハルバードを野球バットのように振るう。一瞬の後に、強い打撃音と共に打ち返されたボールは、砂に半ば埋もれた建物に直撃した。

 プラフスキー粒子により形成された小さなボールとはいえ、その質量に速度を掛け合わせた力で生み出した衝撃波は、凄まじいものだった。ボロボロな建物が一瞬で倒壊し、強烈な衝撃波が砂を巻き上げ、風圧にも似た砂嵐が機体を揺さぶるのに終始した。

 

 機体にダメージはなかったものの、砂嵐が収まった頃にはフリーダムの両足が半分砂に埋まっていた。背部のスラスターを噴射して脱出すると、私はメインスクリーンに目を凝らしてMK-Ⅱの様子を確認する。片膝をついたそれは左腕が丸ごと外れており、装甲も一部脱落している。

 

「あの壊れ具合、何かおかしいな?」

 

 と、首をひねった私は手早くスクリーンに映るMK-Ⅱの機体を拡大表示する。左肩の破損箇所のみならず、機体のあちこちに瞬間接着剤を使った跡があり、脱落したパーツには経年劣化で黄ばんだものが多数あった。このMK-Ⅱは中古品なのか、と私は疑問を感じた。

 

「そんな中古のガンプラで、準決勝戦まで勝ち進むとは……!」

『いや……こいつは中古じゃなくて、寄せ集めたジャンクパーツで作ったガンプラだ』

「そうだったのか。しかしこのMK-Ⅱはもう戦えそうにない」

『ああ、左半身がほぼ動かない状態だけど、それでも俺は降参するつもりはないッ!』

 

 その決意を込めた声と共に、ビームサーベルを抜き放ったMK-Ⅱが背部のメインスラスターを噴かして、まっすぐこちらに猪突してきた。アームレイカーをグッと動かし、フリーダムの背部と脚部のスラスターを点火させた私は機体を後退させる。MK-Ⅱのビームサーベルが紙一重の差で宙を斬り、桃色がかった残光を虚空に刻む。

 

「勝ち目がなくても諦めない、か。何が君をそうさせたんだ?」

『尻尾巻いて逃げるより、強い人と戦って負けたほうがずっとマシだと思う。それに俺は――』

 

 再び猪突してきたMK-Ⅱが頭部バルカン・ポッドを撃ち放つ。右足で地面を蹴り、右へ左へと飛ぶMK-Ⅱを照準に捉えた私は、飛来する豆鉄砲を躱してから、フリーダムの機体をさらに突進させた。続いて互いのビームサーベルが激突し、斬り結んだ二振りの光刃から熱波と干渉波が膨れ上がり、激しい閃光が互いの面相を照らし出す。

 

『――俺は、金色であり続けたかった。何ものにも恥じない、そんな時を歩みたかったんだ!』

「金色……ぶっちゃけ言って、君はかっこつけたかったのか?」

『そっ、それもあるけど……しかし今の俺は、悠凪さんとのバトルを楽しみたいと思っている』

「ならば嫌なことを全部忘れ、今は我らのバトルに――『ゴールデンタイム』に浸るといい!」

 

 叫び、ライフルのトリガーを引く。同時に──いや、コンマ1秒早くMK-Ⅱの指先がビーム・マグナムのトリガーを引き、爆発的に膨らんだ粒子の奔流が押し寄せてくる。この距離だと回避は間に合わないと判断した私は、左手のビームシールドを展開させた。

 

「君が初めてだよ。この大会で、俺にフリーダムのビームシールドを使わせたのは!」

『ビームシールドとはいえ、マグナム弾を防げるわけが――』

「フッ、それはどうかな?」

 

 ビーム・マグナムの弾はビームシールドの表面に直撃し、灼熱する高エネルギー粒子がシールドを突破しようとするが、しかしモノフェーズ光波シールドをベースにビーム・実体弾を問わず遮断できるように作られた「ソリドゥス・フルゴールビームシールド」を破るには足りない。

 瞬く間、押し寄せてきた高エネルギー粒子が、まるで央路の考えを否定するかのように霧散して消えていった。未だに信じられないのか、無線から『そんなバカな⁉』と央路の声が聞こえた。

 

 続けざまに放った最後の一発もこちらに躱され、弾切れとなったビーム・マグナムを放り捨てたMK-Ⅱは再びビームサーベルを引き抜いて、挑みかがってっきた。互いの間でスパーク光が連続し、一進一退の剣戟を繰り返す。央路はこちらの動きについてこようとするが、しかしボロボロになっているガンダムMK-Ⅱは、彼の思いに応えられなかった。

 

『だっ、ダメだ……追いつかない!』

「もう少し楽しみたいのだが、どうやらここまでのようだ」

 

 メインスラスターを全開にし、加速の勢いを借りてアンビデクストラス・ハルバードを横一閃に振った。MK-Ⅱの右腕がビームサーベルごと切断すると、私はビームブレイドを発振させた右足を蹴り上げ、残った両足を切断した。満身創痍のMK-Ⅱから漏れるスパークが周囲に散り、次第には内部から誘爆を引き起こして四散し、巨大な火球に姿を変えた。

 

『Battle ended.』

 

 

 

 

 

 準決勝戦は私の圧勝で幕を閉じた。これで央路は退学、『金色ラブリッチェ』の序章も間もなく始まる。なぜ央路があんなガンプラで大会に参加するのか気になるのだが、原作開始前の央路との過度な接触は避けるべきと考えた私は、別れの挨拶をしてから彼が会場を去るのを見送った。

 

 会場から来た道を戻りながら腕時計を見ると、現在時刻は2時20分。決勝戦の対戦相手はマオ以外ありえないと考え、それに試合開始まであと1時間あるので、冷たい何かが飲みたい私は会場内のカフェテリアに向かうことにした。

 

 そこで私は、私が苦手なあの女と出くわしてしまった。

 

「絢瀬さんのようなビギナーが決勝戦まで勝ち進むなんて、正直、考えていませんでしたわ」

「ん……奇遇だな城ヶ崎。君も休憩か?」

「ええ。折角ですし、ご一緒にいかがですか?」

「いいだろう、付き合おう」

 

 彼女が何を企んでいるか分からないが、とりあえず誘いに応じてみるか。

 

「初出場でクズノハ・リンドウを打ち負かし、続いてガンプラ塾の卒業生をも打ち負かした。絢瀬さんのお陰で、今回の大会の視聴率が過去最高記録を更新しましたわ」

「そうか、それは良かったな」

 

 仕事に使っているノートPCをこちらに向けられた。

 その画面に映っているのは、とある大手動画サイトの生中継映像で、そしてコメント欄には私に関するコメントが多数書き込まれている。有望な新人や、真田選手の再来などの肯定的なコメントが殆ど。私を貶めるコメントはあるが、しかし絶対的な実力の前にはなんの意味も成さない。

 

「ヤサカ・マオの試合が始まりましたわ」

「分かった、画面を戻す」

 

 スマホを眺める彼女が言い、アイスティーを啜ってから返事した私はコメント欄を閉じ、画面を生中継映像に切り替える。しかし、この試合はあっけないものだった。マオは、クロスボーン魔王のサテライトキャノンで、対戦相手のガンプラをフィールドの構造物諸共薙ぎ払ったのだ。

 

「二回戦に使った戦法と同じ、か。眼立ったところはないな、手の内を見せないつもりか」

「突然こんなことを言うのもなんだけど、絢瀬さんがヤサカさんに勝つイメージが湧きません」

「ほう、どうして俺はマオに勝てないと言い切れるんだ?」

「わたくしの中には貴方が勝つイメージが全くありません。ただ、それだけですわ」

 

 と、コーヒーを飲み干してから、生意気な口調で言い放ってきた城ヶ崎。

 神経が苛立ってしまい、今すぐこの女をわからせたい思いが頭を擡げてしまった。

 

「君がそう思うなら、そうなんだろうな」

「あ、絢瀬さん……っ⁉」

「しかし、それは君の中ではだろ?」

 

 沸き立つ思いに動かされ、椅子から立ち上がった私は彼女に壁ドンした。

 

「ななっ……何をするつもり、ですか?」

「1時間後の決勝戦、俺は優勝を勝ち取るから、絶対に目を離すなよ」

「うぅ、はっ、はい」

「よろしい。では、また後で」

 

 城ヶ崎が頷くと、私は彼女を解放してカフェテリアを後にした。

 しかし、思い返してみれば、さっき城ヶ崎の恥ずかしがってる表情って、意外と可愛いな。もし彼女の性格がああでなかったら、最初から私の攻略対象になっていたのだろう。清楚可憐な美少女なのに、残念だっ!

 

 つづく




本作のメインヒロインである鳳凰院美玖に関しては、読者の皆様もご存知だと思いますが、彼女は筆者の完全オリジナルではなく半オリキャラです。しかしながら、オリ主を転生させた女神であるカレンを掘り下げると、物語の設定上、美玖のことも一緒に語らなければならない為、アンケートの「回答3」では二人となっています。

ユウ・シラカワに関しては、宇宙世紀側の出来事は別作品として、ピクシブとハーメルンにて投稿することを決定している為、アンケートから除外しました。本作のお気に入り数が500超えたら公開設定します。

なお、アンケートの期間は金恋入学編が完結するまでとなります。
最後に一言、皆様のご感想をお待ちしております。


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第41話 カレンの真意

「風間隼人に殺される前に、すてに絢瀬悠凪は二度殺されていました」

「カレンさん、そのお話は……!」

 

 お互いに肩を寄せ合った二人の美少女の身体つきは、10代のものとは思えなかった。顔立ちが非常に綺麗で、制服を着ていても隠しきれない抜群のスタイルはすれ違う通行人に、特に男性から視線を集めてしまう。加えて、ミニスカートと黒ニーハイソックスの間から露出する太ももの部分は、どこか扇情的でさえある。

 

 口説きたい輩は少なからずいるが、しかし二人の美少女にもう男がいることを、すてにSNSで広まっていた。その男とは、初出場でプロのファイターであるクズノハ・リンドウを打ち負かした期待の新人――絢瀬悠凪だ。その為、二人を遠くからただ眺めるしかできず、手を出して我が物にすることは許されない。まさに「高嶺の花」だ。

 

「まずは両親の無関心と無理解によって心を殺され、その次に学校という『小さな社会』によって魂を殺されました。あの決戦で人の心の光を見たとしても、その傷は未だに癒えていません」

「うん、そのことは存じております。悠凪くんは前世の記憶と知識を引き継いだ同時、嫌な思い出も引き継いでしまっています。そして悠凪くんの心を癒す為に、わたしは()()()()()()()()

 

 美玖が言うと、カレンは美玖の反応を待たずにその手を優しく掴んだ。指が絡み合って、さらに身体を密着させた二人は、お互いの豊満な胸を押し付け合っている格好になった。身体を微動だにせず、カレンの穏やかな笑顔に、照明の反射光を浴びている。その目にあるのは、親が血を分けた本当の娘を見ているような、暖い眼差しだった。

 

「そう落ち込まないで、私の持つ音楽の才能を受け継いだ最高傑作。美玖は人類の自然そのままに生まれた者ではないとしても、私は美玖のことを『一人の人間』として思っていますわ」

 

 虚数の樹から観測された、無数にある並行世界の一つで、カレンは人類を破滅に追い込む「崩壊現象」と戦う秘密組織「天命」の現指導者と協力関係を結んでいる。見返りの一つとして、指導者の男性からクローン関連の技術を提供された。自分の権能とその技術に合わせ、鳳凰院美玖という少女は生み出された。しかし、生まれたばかりの美玖は、ある「力」を覚醒してしまった。

 

 それは宇宙世紀に由来する、金属粒子サイズのコンピューター・チップを無数に鋳込んだ特殊な構造材を光らせる能力だ。生まれたばかりにも拘らず、普通に言葉を話せるうえ、優れた洞察力と状況把握力も有している。無数にある宇宙世紀の並行世界の一つを訪れたことがある為、カレンはすぐ「力」の正体が分かった。

 

 そう、美玖は宇宙空間での認識力を拡大させた人に、ニュータイプに覚醒してしまったのだ。

 

 コズミック・イラの科学者たちがコーディネイターを作るように遺伝子に手を加えることは一切なく、天命組織の指導者のように肉体に崩壊エネルギーを注入することもない。美玖をごく普通の女の子として生みたかったのに、しかし自らの予想に反してニュータイプに覚醒してしまった。

 

 予想外とはいえ、この力は今後、悠凪の助けになるかもしれないと考えたカレンは、予定通りに美玖を悠凪の元に送り出した。傷ついた心や孤独を癒す為の「ささやかなプレゼント」として。

 

 楽器で奏でる音楽は心を癒す効果がある為、送り出す前に自分の音楽の才能を保存している缶詰知識を、美玖の脳内に直接刷り込んだ。その缶詰知識はカレンが別の世界に旅をしていた時、滞在していた国を統べる神「知恵の主(ブエル)」から贈られた大切な餞別だったので、美玖に使ったことに勿体ないと後悔していた。でも、この前の演奏を聴いた今、そんな後悔はとうに消え失せていた。

 

 何より、美玖はその力で、本来では味方になるはずがない少女を悠凪の味方につけたり、戦いで疲弊していた悠凪の心身を癒してあげている。そして悠凪も美玖のことを大切にしており、二人は将来について語り合ったこともあった。実に微笑ましいことだ。

 

 無理やり人間をやめさせられ「律者」という神の代弁者に生まれ変わってしまってから数万年が経った今、二人を観察しているうちに、カレンは再び男女の恋愛に興味を持ってしまった。

 しかし、意中の相手が美玖の大好きな「彼」である為、カレンは美玖に伝えるかどうか少し躊躇する様子を表す。そこに微笑みを見せた美玖が口を開いて――。

 

「ありがとう、カレンさん……ううん、お母様」

「お、お母様って……いっ、いつものように名前で呼んでいいですから!」

 

 急に「お母様」と呼ばれて混乱してしまい、カレンは自らの過去を口に漏らしてしまった。

 

「そもそも私、まだ人間だった頃は、結婚ところか恋すらしてませんし。お母様だなんて――」

「わたしを生み出してくれたカレンさんには感謝してます。でも、結婚や恋をしたことがないからといって、わたしから悠凪くんを掠めようとするのは、例えカレンさんでも許しませんから!」

 

 と言いながら、至近距離まで顔を詰め寄る美玖だった。

 心が読まれている。背筋が一瞬ひやっとしたカレンだったが、NTに覚醒した美玖に心を見透かされることに何ら不思議はないと改めて実感した。自分が創造主とはいえ、美玖から最愛の男性を掠めるのは許されないことだと、もちろん分かっている。親が子供の物を、ましてや恋人を掠めるのは下衆の極みだ。やってはいけないことなんだ。

 

「えっと、大好きな悠凪くんを掠めたりはしませんから、そこは安心しなさいね」

「それを聞いて安心しました。それでカレンさん、一つ頼みがあるのですが――」

「う、あ、ええ……そ、その頼みとは何ですか?」

「力が回復するまでの間でもいいから、わたしと一緒に、悠凪くんを支えてもらえませんか?」

 

 その誘いを断る理由なんてなく、カレンは即座に「無論ですわ!」と頷いた。しかし、お互いの顔が近すぎて危うくキスするところだった。少し距離を離すと、すれ違う観客やスタッフが、少し窺うような目をこちらに向けていることに気づいた。

 

「うぅ、嫌な眼差し……」

「あの男ほどではありませんが、かなり下品ですね」

 

 その中に美玖に不快感を覚えたのは、自分たちでいかがわしい妄想をしている中年男性の下品な眼差しだった。この場所に居続ける気になれず、二人で会場を歩き回りながら雑談したいと考えた美玖は、カレンの手を引いて「他の所に行きましょう」と言い、この場を二人揃って後にした。

 

「最初は絢瀬悠凪に酷いことされないか心配しましたが、無用な心配で良かったです」

「うーん、まるで誰かが誰かに、酷いことされる場面を目撃したような口調ですね?」

「勘が鋭いですね……確かに美玖の察した通り、私は美玖のような自分が生み出した命が、転生者たちに酷い扱いされる場面を、目撃したことがあります」

 

 そう返事してから、カレンは悲しげな表情で語り続ける。

 

「しかも一回ではなく、数えきれないくらいに見てきました……っ!」

「カレンさん……それって……」

「それはね、少し難しいお話になりますが――」

「わたしでよろしければ、遠慮なさらず話してください。カレンさん」

 

 それでも美玖は気にせず、カレンの難しい話に付き合うことにした。

 

「人間の価値をはかるには、ただ努力させるだけでは駄目だと考えた私は、人間に『力』を与えることにしました。数多の死者の中から前科のない者だけを選別し、彼らが欲しがる『力』を可能な限り与え、欲望を満足させ、転生者として新たな人生を謳歌するように手助けをしました」

 

「なるほど。弱者が強者になった時、善良な人が暴力を振るう自由を手に入れた時に何が起きるのでしょうか。カレンさんはそれに興味があって、だから彼らに『力』を与えたのですね?」

 

「うん、その通りよ……法や倫理を超えて自由を手に入れた時、その人間の魂が見えることがあります。私は人の魂の輝きが見たかった、それが本当に尊いものだと確かめたかったのです」

 

 3年前、ある転生者は「愛されたい」と自分に願った。その願いに応えるべく、彼が生きていた世界で大人気のアニメのメインヒロインのそっくりさんを、付き添いとして生み出した。当事者はそのアニメの大ファンだったので、とても喜んでくれた。

 だが、彼女を大事にすると言っておきながら、結局彼にとって彼女は性欲発散の為の道具でしかなかった。度重なる暴行に耐え切れなくなった彼女はある日、自宅付近のマンションから飛び降り自殺した。それを観測した自分もショックを受けてしまった。何とも、嘆かわしいことだった。

 

 3年の時間が経っても記憶に新しい事件だった。

 その光景を振り返って、涙をこぼして歯がゆがるカレンは、思わず大きな声で叫んでしまう。

 

「でも、殆どの転生者が結局――善人の仮面を被ったロクデナシよっ!」

「それでも、全員じゃないんでしょう?」

「絢瀬悠凪のような、己の内に秘めた残虐性を正しく自覚し、それを律する良識と知性と自制心を持つ転生者は確かに、彼を含めて数人います。しかし、現在生き残っているのは悠凪だけです」

 

 カレンの言葉には、彼らを殺害した「とある者」への怒りと、自分が期待を寄せていた彼らの死への悲しみが入り混じっていた。その様子を見るに耐え切れず、彼女の頬に手をあてた美玖は親指を優しく動かし、涙を拭き取った。すると、カレンがほのかに微笑った。

 

「味を知らないなら、誰も蜂蜜を盗もうとはしません。そして、社会のレールに沿って生きてきた従順な子羊も、きっかけさえあれば狂犬に変わります。私はずっと、そう考えてきました」

「えっ……ゆ、悠凪くん!?」

「ど、どこまで聞いてました?」

 

 と、言っている傍から、先程の話題の中心となった人物が廊下の角から現れた。

 

 

 

 

 

「そうですね……貴女が『人間の価値をはかる』について言及しているところからです」

 

 彼女に善悪の概念は存在せず、力を与えられた人間がどのような行動をするかを観測し、それを趣味としていると思っていたが、実際はそうではなかったようだ。

 

 転生者に「力」を与え、それをどう使うか、どのような選択をするかを見守ることから、彼女は他者の自由意志を尊重するが、しかし先程の話を聞くと、彼女は力を与えると同時に「当事者には善行を行ってほしい」という密かな願いがあった。

 

 しかし、彼女が転生者に「力」を与えた根本的な理由は「価値をはかるため」だ。

 その価値を知った後はどうするのか、非常に気になる。

 

「貴女は彼らに心の暗部と対面させるきっかけを与え、それを律する良識と理性、自制心を培うと同時に、その価値をはかろうとしました。しかし、殆どの転生者は貴女の願いに反し、与えられた『力』で様々な悪事を働いてましたね?」

 

「え、ええ。確かに貴方の仰る通り、彼らに『力』というきっかけを与え、勝手に期待し、勝手に失望したのは他でもなく私です。私のせいで、大勢の無関係な人まで、命を落として――」

 

 と言いながら、これは自分の責任だと思っているか、また泣き出してしまったカレン。

 しかし私は、彼女に非があるとは思わない。というのも、与えられた「力」で悪事を働くことを選んだのはあのロクデナシ共の意志であって、彼女の命令ではないからだ。

 

「涙は貴女に似合いませんよ」

「あ、な、何を……あんっ!?」

 

 今すぐ抱きしめたい衝動に駆られて、そのままカレンの腰に手を回してしまった。

 美玖が傍にいると分かっているのにも関わらず、悲しんでいるカレンのことをどうしても放っておけなかった私は、勢いのままカレンを強く抱き寄せ、ハンカチで涙を拭き取ってあげた。美玖に怒られると分かっていながら、私は抱きしめる手を緩めなかった。

 

「彼らは己の意志で、悪事を働く自由を選んだのです。きっかけを与えたとはいえ、貴女には何の責任もありません。いつか彼らは、その自由の代償を支払うことになるでしょうね」

 

「果たして、そうなんでしょうか。しかし私には……」

 

「人間は己の意志で、自らの本質を決めることができる『自由』な存在だと、サルトルは考えていました。彼らが己の意志で悪事を働くことを決めたのなら、それは彼らの自由です。つまり貴女に責任があるとするならば、それは貴女が彼らの自由意志に干渉したことが前提です」

 

「しかし、カレンさんは彼らの意志に干渉することなく、ただ力を与え、その使い方を当の本人に委ねましたね?」

 

 美玖の言葉に、私の胸に顔をうずめたカレンが肯定の意を示すように頷く。

 少し美玖の顔を窺ってみると、怒っていると思ったが実際は怒っていなかった。いつもと変わらない穏やかな笑顔だった。その一方でカレンは恥ずかしそうに顔を赤く染めており、三つの質問を投げてきた時に見せた威厳が見受けられず、可愛らしい美少女にしか見えなかった。

 

「ありがとう……お陰で、悩みが一つ消えたようです」

「なら良かったです。それでカレンさん、いつまで悠凪くんと抱き合っているつもりですか?」

「もうちょっとだけ悠凪を抱きしめて欲しいです……ダメ、でしょうか?」

「構いませんよ。そもそも、最初にそうしたのは私ですからね。さあ、美玖もこっち来て――」

 

 そう言いながら、空いた手をやきもちを焼いている美玖の腰に回すのだった。

 しかし、抱き寄せようとした際に偶然、美玖のお尻を触ってしまった。

 

「あ、あんっ、もう……悠凪くんったら!」

「この柔らかくて温かい感触は、本当にたまらないな」

 

 と、率直な感想を述べる私だった。

 しかし、言動が度が過ぎた自覚もあって、今度こそ怒られるんじゃないか、と美玖の顔を窺ってみると、本人に嫌がる様子がなく、すっと力が抜けたように私の肩に頭をもたせかけた。

 

「悠凪くんになら、どこを触られても構いません……でも、それは寮に戻ってから、ですよ?」

「分かったよ。今夜は寝かせないから、覚悟しておいてね」

「うぅ、うん。その時は、優しくしてくださいね」

 

 美玖は顔を赤らめてそう言った。

 あぁ、今夜は楽しみだ!

 

「えっと、わ、私、お先に失礼してもいいんですか?」

「逃がしませんよ。貴女にお聞きしたいことがありますので」

 

 この雰囲気に耐えられなくなったのか、逃げようとするカレンだった。

 そこで私は、カレンが逃げられないように腰に回していた手に力を込めた。もしカレンが全盛期だったら、今すぐ私を殴り飛ばせるかもしれない。しかし、力が回復していない今の彼女はあまりにも非力だ。男の力にあっさりと抑えられる、ただの「深窓の令嬢」だった。

 

 しかし何だろう、この癖になるような触り心地。

 カレンの腰に手を回していたはずだが、この途轍もなく柔らかいものはなんだろう?

 

「あ、いやーん……い、いつまで胸を触ってる気ですか……あんっ!?」

「まさかカレンさんにまで手を出すなんて、悠凪くんってもしかして、欲求不満?」

「違うと言えば、嘘になるな……しかしこれは、不可抗力というか、不慮の事故というか」

 

 不本意とはいえ、女神であるカレンに不埒な行為を働いてしまった。

 そして当然の如く美玖からジト目で見られた。

 

「やめてよそのジト目、すごく傷つくんだが」

「言い訳する悠凪くんが悪いんです!」

「ふ、二人共、済まない……っ」

「まあ……助けてくれたんだし、今回だけは許します。それで、私に聞きたいことは何です?」

 

 当の本人が許してくれたので、美玖も追及をやめることにした。

 さて、ふざけるのはこのくらいにして、本題に入ろう。

 

「貴女が転生者に『力』を与えた理由は『価値をはかるため』と聞きました……その価値を知った後は、どうするつもりですか?」

「悠凪のような合格した転生者には崩壊と対抗できる武器を与え、観察を続けます。しかし、そうではない転生者はそのまま切り捨てます。程度が酷かった場合は、この手で、制裁を……!」

 

 うまい話には必ず裏がある、ということか。

 不合格の転生者はそのまま切り捨て、犯行の態様があまりに悪質だった場合は制裁を加える――殺すということかもしれない。その正義の判断基準は恐らく転生者の転生先の世界の法律やルールに準ずるのだろう。しかし、カレンが何人の転生者に制裁を加えたか、いつから始まってしまったのかは深く聞かないでおこう。

 

 私以上の悲しみを抱えている彼女を、これ以上泣かせてはいけないと、そう思ったからだ。

 

「そうですか。合格と認めてくれたのは嬉しいですが、私はまだ見ぬ未来を見る為に、自分の知的好奇心を満たす為に、様々な世界を旅しながら干渉することを、もうご存知のはずでしょう」

 

「ええ……私が三つの質問をした時、悠凪はそう答えましたね」

 

「私はこれからも、己の好奇心を満たす為に様々な世界に干渉するのでしょう。そして、絶対的な正義は存在しないから、私が正しいと思っていることは貴女からすれば正しくないかもしれませんし、逆のパターンも起こり得るでしょう。でも、これだけは伝えておきたいのです――」

 

 少し息を整えると、心の底にある言葉をカレンに伝える。

 

「誰かに何を言われようと、私はこれからも、自由を追い求め続け、自分の信じる正義を貫き通します。貴女が与えてくれた、次元の壁を越えられる『自由の翼』と共に」

「揺るぎなく、確固たる信念を持つ……私は悠凪のそういうところが、好きですよ」

 

 さらに身体を密着させてくるカレンだった。彼女の甘い匂いが私の鼻腔を刺激し、その温もりが胸いっぱいに広がってきた。しかもその愛嬌のある声を聞けば聞く程、昔プレイしたあるエロゲのヒロインを思い出してしまう。何せ、声が似すぎているからだ。

 

 『金色ラブリッチェ』が発売される2年前、同じ会社が作ったエロゲ。

 そのタイトルは『花咲ワークスプリング』という。

 

 同じ金髪青瞳だから、ツインテールを結んだ上で長いアホ毛を付けて、コルセット付きの鈴ヶ丘学園の制服を着替えれば完全にあの子だ。そうだ、あの子の名前は――琴吹ヒカリ。

 

 ん……ちょっと待て!

 カレンにコスプレさせようとするとは、私は一体何を考えているんだ?

 というか、何故このような考えが頭をよぎっただろう?

 

「悠凪ぐん、どうかしましたか? 今、ぼーっとしてましたよ」

「う、いや……えっと、何でもないよ美玖」

「あら、カレンさんにコスプレさせることを考えていたじゃないですか?」

「何故バレた――あっ!」

 

 心が読まれていた。やはり美玖には誤魔化せないか。

 

「私にコスプレさせたい、ですか。い、いいでしょう」

「ん……えっ、ほ、本当にいいんですか!?」

「そっ、そ、それは、悠凪が望むことであれば……っ」

 

 カレンがおどおどしながら言つた。私も妙に照れてしまって、上手く言葉が出なかった。

 にしても、この照れ方がヒカリちゃんとそっくりだった。天使と言っても過言ではないと思う。

 

「詳細について詳しくお聞きしたいのですが、そろそろ試合のお時間ですわ。悠凪くん」

「そう言えば、現在時刻は――」

 

 左手の腕時計を見ると、試合開始の時間まで、残り3分しかなかった。美少女二人と過ごすのが楽しすぎて、危うく時間を忘れそうになってしまった。私は二人に連行されるような恰好で1階に到着するなり、一足先に通路で待っていたシルヴィ一行と鉢合わせになった。

 

 

 

 

 

 全員が揃った、というわけではない。ヤサカ・マオはここにはいなかった。きっと決戦の舞台に私を待っているだろう。大勢のガンダムファンの前で、決勝戦という最高の舞台でマオと戦えると思うと、口角が思わず上がってしまった。

 

「どうしたの悠凪。出口を眺めながら笑って……」

「シルヴィ……えっと、マオと戦えると思うと、楽しくて待ちきれないだけさ」

「うふふっ、悠凪はお強いお方と戦うのが好きなんだね」

「マオ君は悠凪さんと戦う為に、クロスボーン魔王にとっておきの追加装備を用意したんだ」

「そうなのか、セイ。そいつは楽しみだな」

 

 なるほど、マオがここにいない理由が分かった。

 どんな装備なのかは聞かないでおこう。聞いたら心のワクワク感がなくなるから。

 

「もう、また笑ってる……どこからどう見てもバトルマニアじゃないか!」

 

 急に横からツッコミを入れる篠原先輩。

 

「先輩がそう思うなら、そうでしょうね」

「うぅ……まあいいわ。ところで、絢瀬君と二人きりの話がしたいけど、いいかな?」

 

 私は頷く。そして篠原先輩と共に曲がり角まで向かう。

 

「先輩、俺に話したいことは何ですか?」

「さっきは……からかってごめんなさい」

「謝るのは俺も同じですよ。不本意とはいえ、先輩を突き飛ばしてしまったから――」

 

 そう言って頭を下げて謝罪しようとしたが、篠原先輩に止められた。

 

「でも、絢瀬君は助けてくれた。それに、わっ、わたしを……」

「先輩……?」

「わっ、わたしを、お姫様抱っこしたのは――絢瀬君が初めてなのよっ!」

「そうですか」

「ちょっと、反応が冷たいんだけど!」

 

 サラサラとした銀色の髪の毛を指でくるくるしながら、声を大きくして言い放った。

 それにもじもじと恥じらっているようにさえ見える仕草が可愛くて、思わず見とれてしまう。

 

「冷たいですか。もしかすると先輩は、正直な感想が聞きたいですか?」

「違うわよっ……さあ、そろそろ、時間だし、クルスクラウンさんのところに戻ろう」

「分かりました、先輩」

 

 露骨に話を逸らす篠原先輩についていくのだった。みんなのところに戻ると、女子全員が群れてコソコソと何かを話しているようだ。一瞬の後、私と篠原先輩が戻ってきたのを気付いたか、私が苦手なあの女、城ヶ崎絢華がいかにも不審者を見るようなジト目を向けてくる。

 

「レディの話を盗み聞くなんてほめられませんよ」

「悪いが、俺にそんな趣味はないな」

 

 その一方で、シルヴィの数歩離れた所に控えているボラルコーチェさんが満面の笑みを浮かべている。エキスナさんはどこに行ってたのかは分からないが、男性勢であるユウキ・タツヤとセイがこちらをチラ見して苦笑いを浮かべていた。

 

「あの……セイ、それにメイジンさん?」

「よく分かりませんけど……」

「彼女たちは、君について話しているようだ」

 

 うーん、ちょっとよく分からない。

 

「まぁまぁ、悠凪と関係ある話だし、こっそり本人に聞かれても問題ないじゃん」

「俺に関係ある話だと? それはどういうことだ、玲奈」

 

 何の話だ、と戸惑っている私が問いかけると、全員の視線はエルに向いていた。

 瞬時、エルの顔が熟れた林檎のようにかあっと赤くなる。

 

「ねぇ悠凪、エルちんを口説いたってのは本当?」

「口説いたって……何のことだ、一体!?」

「フェンシング部の女子から聞いたよ、エルちんの目が綺麗だなーって言ってなかったぁ?」

 

 ああそれ言ってた。めっちゃ覚えてる。

 スティール網に覆われたフェンシングマスクでも、まるでルビーのように光輝いているエルの目までは隠せなかった。だから彼女の攻撃を読むことが出来、勝利を納めることができたのだ。あの時は「攻撃を見切ることができた理由」としてエルに言ったのだが、どんな言葉でも、人によって捉え方が違うということか。

 

「なるほど、そういう捉え方もあるんだな」

「やっぱ言ってたの? エルちんの目が綺麗って」

「ああ、認めるよ。君と語り明かしたいのは山々だが、今は試合を優先しなければならない」

 

 そう言い残して、出口に向けて歩き出す。

 

「絢瀬君は女運に恵まれてるな。これも若さ故か」

「あの、メイジンさん……急に何を言っているのですか!?」

「――強張っていた頬がようやく緩んだな。健闘を祈る、絢瀬君」

「頑張って、悠凪さん!」

「ありがとうございます。メイジンさん、それにセイも!」

 

 そうか、ユウキ・タツヤは私をリラックスさせる為に言ったのか。

 

「悠凪、ファイトだよ!」

「絢瀬殿、ご健闘を祈る」

「絢瀬様、ご健闘をお祈りしておりますわ」

「ご健闘をお祈りしておりますぞ、絢瀬様」

「うふふっ、ファイト、ファイトぉ!」

 

 二人の姫君、女騎士に慇懃な老執事、そして金髪ギャルが応援してくれた。

 

「頑張ってくださいね、お兄ちゃん!」

「私の思いは、貴方と共にありますわ」

「約束とは言葉ではなく、行動なのよ。だから絢瀬君、絶対に勝って……!」

 

 続いて愛しき妻に神様、そして約束を交わした生徒会長も応援してくれた。

 

「ありがとう、みんな。それと、先輩……」

「ん、どうしたの?」

「先程の言葉は、サルトルからの引用ですね?」

「そこに気づくなんて、絢瀬君は本を読むのが好きなんだね」

 

 しかしそんな中、私に尖った言動を取る者がいた。

 

「無駄口叩かないでさっさと出場しなさいよ!」

「分かっている。城ヶ崎、君はただ見ていればいい……()の戦いを」

「今、一人称が――」

「うぅ、何でもない。早く行くぞ」

 

 出口をくぐり抜けると、私を待っているのは、観客からの熱烈な拍手喝采だった。万雷の拍手を浴びながら、私と城ヶ崎はレッドカーペットを歩いていく。そして真ん中に設置されたバトルシステムで、私はマオとフルクロスを装着したクロスボーンガンダム魔王と対面することになった。

 

 いや、あれはフルクロスというより、フルクロスに似せて作られた追加装備のようだ。

 形状がオリジナルと少し違うし、ピーコック・スマッシャーも所持していない。右手に持たせた武器はムラマサ・ブラスターに似ているが、ビーム・ガンの口径が本来より大きいので、違うものだとはっきり分かる。どんな戦い方をするのか、見極めさせてもらうぞ!

 

『Field 1, Space. Please set your Gunpla.』

 

 今回のフィールドは宇宙空間か。

 いや、デブリや石ころがあっちこっち散乱しているので、こいつは暗礁宙域だ。

 

「ただ見ていればいいと言ったが、君がこんなに近くで見たいとは思わなかったぞ」

「わたくしが絢瀬さんのオペレーターになることがご不満ですか?」

「いや……そもそも、そんなことは一言も言ってないのだが」

 

 この女の沸点がよく分からない。

 それはさておきとして、今は決勝戦に集中するとしよう。

 

『Battle start.』

 

「ヤサカ・マオ、クロスボーン魔王フルクロス、行きます!」

「絢瀬悠凪、フリーダム、出る!」

 

 つづく



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第42話 決勝戦 VS海賊の魔王

リアルで色々あってメンタルが病みかけていて、最新話投稿が遅れてしまいました。
近況報告はこちら:https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=300453&uid=160245

◇◆◇◆◇

クロスボーンガンダム魔王フルクロス
XM-X9999

操縦者:ヤサカ・マオ

▼武装
ヒート・ダガー×2
ビーム・サーベル(ビーム・バルカン)×2
ビーム・ザンバー×1
スカルサテライトキャノン×1

・バタフライブラスター×1
古い火縄銃の形をした可変速ビーム・ライフル(ヴェスバー)である。ベースとなった武器はCBガンダムX-0のバタフライバスターBであるが、サーベルモードは廃止されている。攻撃対象に応じて高収束で貫通力の高いビームから、低収束で高威力のビームを撃ち分けられる。

・多目的攻撃兵装「クジャク改」×1
ビーコック・スマッシャーとムラマサ・ブラスターを一つにした武器。近接の「バスターモード」と、ボウガン状に展開する「スマッシャーモード」を使い分けられる。オリジナルとの外見の差は殆どないが、マオの独自改造により、スマッシャーモードではある程度の追尾機能を持つハモニカブレードを発射できる。

▼特殊機能
サテライトシステム

▼特殊装備
リフレクターパネル
スカルヘッド・ユニット(Iフィールド)×2

・ABC積層装甲板(サイコプレート)×16
本機の対ビーム用防御ユニット「フルクロス」を構成する16枚の装甲板。1枚は其々、何枚もの薄いプラ版を重ねたもので、表面にビーム・コーティングを施したことも相まって、ビーム兵器に対して非常に高い防御性能を持つ。しかし、実体弾に対する防御性能はチョバムシールドと大して変わらない。マオの独自改造によりファンネルとしての機能を付与されている為、分離・射出した後は縦横無尽に飛び回るサイコプレートと化す。


 バトルシステムに予め備わっている録画機能をオンにすると、城ヶ崎絢華は試合に集中しているクラスメイトの男子――絢瀬悠凪に目をやる。今までは「ただの庶民」として見ていたが、プロのファイターであるクズノハ・リンドウに偶然に勝利したくらいで調子に乗って「ヤサカ・マオにも勝ってみせる」と大口を叩くことから、彼は世間知らずで傲慢な庶民であることが窺える。

 

 それに、前の第七回世界大会の優勝ファイターであるレイジと違って、プロからの指導を受けた事はない。ただの駆け出しファイター、ガンプラバトルの初心者だ。対するヤサカ・マオは第七回世界大会のベスト16であり、ガンプラ心形流の門下生だ。環境も経験も差がありすぎて、試合が始まる前にもう勝敗が決しているのだ。

 

 ヤサカ・マオにも勝ってみせるって、どこからその自信がくるのか全然分からない。

 

「(全く馬鹿ばかしいわ……)」

 

 と、心中で呟いた絢華はにっこりと腹黒い微笑みを浮かべた。

 

「どうした、何か可笑しいか?」

「なっ、何でもないわよ! わたくしに構うより、試合に集中したら?」

「余裕があるから、こうして君に話しかけているんだよ」

「あらそう。余裕ぶってると、足をすくわれるかもしれないわよ?」

「そうか、忠告ありがとうな」

 

 と返事しながら、ピーコック・スマッシャーらしき武器から放たれたビームの弾幕を巧みな高速機動で回避し、躱しきれないビーム弾をビームサーベルで捌いていく。ガンダムについてはあまり詳しくないのだが、これは二ヶ月前の実況番組で、三代目メイジン・カワグチが見せたことのあるテクニックだったことを、絢華ははっきり覚えている。

 

「(所詮はカワグチさんの物真似。ヤサカ・マオにどこまで通用するのかしら)」

 

 そのテクニックを真似できる最低限の実力はあるようだが、訓練や実戦経験に圧倒的な差がある以上、ボロを出すのは時間の問題だろう。絢瀬悠凪がヤサカ・マオに優勝を取られて、篠原先輩を失望させたことを悔しがる無様な様子を想像すると、思わず口角が上がってしまった。

 

「(あら、いけない。今は我慢しないと……)」

 

 嘲笑ってやりたい気持ちを抑える絢華だった。

 

「その微笑み、やはり『何か』考えているな。城ヶ崎」

「貴方には関係ないでしょう。それより、さっさとビームシールドを構えなさい!」

「分かっている!」

「(わたくし、なんてアドバイスしちゃったんだろう。絢瀬さんに負けて欲しいのに……)」

 

 一瞬で我に返り、絢華は自分の発言が本心と矛盾していることに気づく。しかし、それを考える暇もなく、追尾機能を持つ刃状のビームを防いだフリーダムがスラスターを噴射し、クロスボーン魔王との距離を一気に詰めて居合い斬りを放った。

 

「ほう、避けたか」

 

 しかし、残念なことにそれが上手く行かず、クロスボーン魔王はそっと身を躱してフリーダムに広い空を切らせた。その隙にピーコック・スマッシャーらしき武器を本来の形に変形させ、外縁に14本のビーム・サーベルを一気に顕現させると、それをフリーダムに目掛けて叩き込む。

 

「ムラマサ・ブラスターとピーコック・スマッシャーを一つにした武器か。これは確か、失われたはずのクロスボーン・ガンダム……そう、X-0の武器『クジャク』だったかな?」

『ご名答ですぅ。しかもワイが作ったクジャクは、ハモニカ砲の機能も盛り込まれてますっ!』

「なるほど。だからブレード状のビームが撃てるわけだ」

 

 無線で雑談を交えながら一進一退の剣戟を繰り返す二人。ヤサカ・マオはともかく、絢瀬悠凪が何故そんなに余裕でいられるのか。相手を過小評価しているのか、それとも本当に余裕がある状態なんだろうか、と絢華は首をかしげながら思った。

 

 刻々と位置を変える二機のガンダムに意識を凝らし、絢華はデブリの一端から突き出す大型砲塔らしき残骸に視線を転じた。次の瞬間、その残骸付近に爆発の光が生じ、トラス構造の鉄骨が引きちぎられると、二つの光点が縺れ合うように虚空に躍り出ていた。

 

「あれは絢瀬さんのフリーダム……えっ、クロスボーン魔王の左足が損傷している!?」

 

 ただ装甲が抉られただけで、戦闘継続に支障はなかったようだ。両翼を広げたフリーダムがもう一本のビームサーベルを抜き放ち、その光刃をスレスレで回避したクロスボーン魔王が背中のX字スラスターを噴射して機体をひらりと翻すと、フルクロスの装甲板を全部パージした。

 

「この早い段階でフルクロスをパージするのか!?」

「待って、絢瀬さん。フルクロスの装甲板が光ってます!」

「こ、この光は……サイコ・フレームの光!」

 

 16枚の装甲板が一斉にパージされ、身軽になったクロスボーン魔王が空いた手でビーム・ザンバーを引き抜く。メインスクリーンに拡大投影されたフリーダムをひと睨みしてから、糸目が開眼したマオは、ずっと言いたかった決め台詞を叫ぶ。

 

『月よ、宿せっ!』

 

 濃いグレーの装甲板に赤い燐光を相乗させ、クロスボーン魔王の周囲に束の間滞空したそれらはすぐに自ら動き始め、一瞬に「海賊の魔王」の背後に半月状に形を取った。

 

「これは驚いたな。フルクロスにムーンガンダムのサイコプレートの機能を付与したのか」

『こっからは全力で行かせてもらいますぜぇ、悠凪はん!』

「ああ、望むところだッ!」

 

 愉悦そうに返事しながら、アームレイカーを握りしめた悠凪はフリーダムを突進させた。半月を背にしたクロスボーン魔王のデュアルアイ・センサーが緑色に光ると、それに連動したかのように赤い燐光を放つ半月が16枚の板に分離し、魔王の露払いのために目標に猪突していった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 本来はコックピットの胸部中央にサテライトキャノンを内蔵したり、フルクロスの積層装甲板にサイコプレートの機能を付与して攻防一体の兵装として仕上げたりする辺りに、マオの「原作設定に囚われない自由な発想」が垣間見える。

 

 兵器として再現不可能に近いものや、設計に無理があって現実的ではないもの、言わば「ロマン兵器」と思われるものを自分で組み立てて動かせるのが、ガンプラとガンプラバトルである。

 それに、これはガンプラ同士の戦い――単なるスポーツ、遊びだと定義づけてもいい。ガンダム世界で実際に行われたMS戦と違って死人は出ない。だから私は遠慮なく本気で戦えるんだ。

 

「フッ、クククッ……心が踊る!」

 

 私の待ち望んでいた試合である。選手リストにマオの名前が載っていたのを見た時に、こうなることを予想はしていたが、ここまで激しい試合になるとは予想していなかった。だが私は、第七回世界大会のベスト16であるマオと刃を交えることに、この上ない悦びを感じている!

 

「後方5時の方向よ、注意して!」

「回り込まれたか!」

 

 こちらがサイコプレートに気を取られているそこに、マオのクロスボーン魔王が背後から迫ってきた。二刀流ソードスキル「エンド・リボルバー」で四方向から襲来するサイコプレートを一気に弾き飛ばすと、私はメインスクリーンに映し出されたクロスボーン魔王に意識を凝らした。

 

 ――武装選択……バラエーナ・プラズマ収束ビーム砲。

 しかし、放たれた高出力ビームが案の定、スカルヘッド・ユニットに内蔵されたIフィールドに阻まれた。私は追撃とばかりにもう一発撃ち込み、今度は「防ぐ」ではなく「避ける」ことを選択したクロスボーン魔王の右脚を掠め、それに伴う小さな爆発が、その軌道を狂わせるのを見た。

 

「Iフィールドが動作しなくなった……?」

 

 疑問を口にすると、クジャクとビーム・ザンバーを二刀流に構えたクロスボーン魔王がこちらに肉迫する。高熱の粒子束が激しくぶつかり合い、雷鳴の光をデブリの海に押し拡げた。

 

『Iフィールドがこうもあっさり破られるのは予想外やったわ』

 

 マオのビルダーとしての能力を考えれば、この細かいところまで丁寧に作られているフルクロスのIフィールドの強度はそこそこあると思うのだが。どうやらこちらの火力が強すぎたようだ。

 

『しかし、背中はガラ空きなんだぜ、悠凪はん!』

「フッ、そうかな?」

 

 斬り結んだ粒子束が反発し合い、残粒子を火花のように散らしながら互いに距離を離す。即座に体勢を立て直し、照準画面の向こうにいるクロスボーン魔王を見据えた私は「全方位から攻撃――早く避けなさい!」と発した城ヶ崎の声にぎょっとなった。

 

「慌てることはないさ。サイコプレートは全部、撃ち落とす!」

「撃ち落とすって、どうやって?」

 

 オールレンジ攻撃兵装の対処方法は、とっくに心得ている。しかし、このビームサーベルを叩きつけてもびくともしない硬さを持つサイコプレートは、ビーム・コンフューズで撃ち落とせるものではない。ビームは効きにくいのだが、実体弾――クスィフィアス3ならどうだろうか?

 

 ただ、距離を離してからレール砲を直撃させるには、サイコプレートの反応速度を超える必要がある。少し早いが、温存していたジョーカーを切るとしよう。

 

「私の『切り札』を見せてやろう。エクストリームブラストモード、起動!」

 

 

 

 

 

「フリーダムが、消えた!?」

 

 沸き立つ歓声の中から玲奈の声が浮き立ち、傍で観戦する美玖はぎょっと振り向く。

 柵を握ったまま、バトルシステムに真上に設置された超大型モニターを見上げ「本当だ、どこに消えたのかしら?」と、すぐに首をかしげたシルヴィアが続いて言った。

 

「ううん……違います。シルヴィも玲奈も、デブリの陰をよく見て」

 

 美玖が落ち着いた声で言うと、デブリの陰から現れる光点に指差しをした。次第に光点が大きくなり、両翼が蒼に、本体が鈍い銀色に輝くフリーダムの機影が明瞭に見えるようになった。

 

「えっ、ちょっとあれって……質量を持った、残像だって言うの!?」

「恐らく違います、妃さん。あれはデスティニーガンダムに搭載された最大稼働モード――」

「うん、あれは多分『エクストリームブラストモード』だと思うわ。そうでしょう、美玖?」

「ご名答です、シルヴィ。そしてセイくんも」

 

 自分より年上の美少女に褒められて、セイは思わず「えへへ……」と照れてしまった。ピュアで奥ゆかしい微笑みが魅力的で、しばらくこのまま眺めたい気分だったが、それは観客席から熱狂的な歓声が沸き起こるまでのことだった。

 

「なんと、高速で飛行するサイコプレートに、レール砲を直撃させるとは!」

 

 グラサンをずらしたメイジンが驚いたように言い、その視線を追ったセイは上下左右、三次元に高速で飛び交うサイコプレートの体当たり攻撃を残像が生じる程の高速機動で回避したフリーダムガンダムが、姿勢転換した同時に両腰のクスィフィアス3レール砲を遠くにあるサイコプレートに直撃させるところを目の当たりにしてしまった。

 

「あの動き、ユウキ先輩のようなベテランでもなければ……!」

 

 ガンプラバトルに触れたばかりの人ができるわけがないはず。周りからもそう思われるのだろうが、しかし絢瀬悠凪のような例外的な人は、自分はとっくに出会っていた。その人物とは、自分とススムのバトルに乱入し、その卓越した操縦技術に魅せられた自分から選手権への参加を持ちかけられる赤髪の少年――レイジである。

 

「絢瀬君の実力は、我々やレイジ君以上かもしれん」

「う、レイジ……って、ユウキ先輩がそこまで言うんですか!?」

「これまでの操作を見せた絢瀬君を例えるなら、SEEDを発現したキラ・ヤマト、純粋種として覚醒した刹那・F・セイエイ、逆襲のシャア時期のアムロ・レイといったところか」

「エースパイロット……ううん、主役級の実力者!」

「そうだ。今の絢瀬君は、己の実力で戦場を支配し、ヤサカ君を少しずつ追い詰めている」

「僕やレイジより、強い人……」

 

 だが、親友との思い出を振り返る余裕もなく、セイは超大型モニターに映し出されたハイマットモードになったフリーダムに意識を凝らした。姿勢制御をしたクロスボーン魔王からビームが斉射され、フリーダムを狙う。浮遊するデブリがその直撃を受け、複数の爆光を虚空に膨脹させた。

 

 白色の光輪を背に、フリーダムと分かるシルエットがクロスボーン魔王に急速に近づく。残った4枚のサイコプレートに追撃させつつ、ビーム・ザンバーを収めたクロスボーン魔王は古い火縄銃のような形のロングライフルを左手で構えると、フリーダムに目掛けて一射した。

 

 回避は間に合わないと判断したのか、体当たりしてきたサイコプレートを二刀流で弾き飛ばしてからレール砲で撃ち落としたフリーダムは減速し、左手のビームシールドを前に突き出して砲撃を防ぐ。続いて畳み掛けるように襲来するサイコプレートを、巧みな剣捌きで斬り飛ばす。耐久度が限界に達したのか、斬り飛ばされた中の1枚がデブリに衝突して粉砕された。

 

「絢瀬様、本当にお強いですわ」

「あの流れるような剣捌き、お見事としか言いようがありません。どの流派の剣技でしょうか」

 

 カミナルが賞賛の言葉を述べ、エロイナは悠凪と出会って以降の出来事を振り返る。

 こちらの勘違いによって身柄拘束された時、自分の部下だちにサーベルを突きつけられても動揺しない冷静沈着さといい、相手の視線から攻撃を予測するテクニックといい、そのどれもが普通な青少年の持つものではなかった。個人情報を偽っていることを疑っていたが、本人は誤魔化すことなくこれを認めた。状況が隠し事を許してくれない時に全てを話すことも約束してくれた。

 

 最後に「その日が永遠に来ないことを切に願っている」と言ってきた辺りから察するに、何かの事情で身分を偽らざるを得ないと見ていいだろう。だが今は一先ず、棚に上げるとしよう。

 

「(貴公が何者であろうと構わない。今後ともシルヴィ様と仲良くして差し上げて下さい。そして貴公が、此度の試合の勝利を収めることを、心から願っています)」

 

 と、ビームサーベルを二刀流で構えるフリーダムを見上げながら、エロイナは心中で呟いた。

 

「剣を二本持つような者は、我が国では格好つけたいだけの酔狂者と相場が決まっていますが」

「しかし絢瀬様は、妙に様になっていますわね」

「カミナル様も同じご意見でしたか」

「ヨーロッパでは、大昔のローマに二刀使いの剣闘士が居たとされていることを、カバリェロさんもご存知かと思いますが、日本では宮本武蔵が有名だそうですよ」

「どちらも存知でおります、カレン殿。歴史教科書で学んだことがありますので」

 

 ほんの少し雑談をすると、メイジンの例え話を振り返るカレンは、クロスボーン魔王とつば競り合っているフリーダムに目を凝らした。本人はガンダム作品のキャラクターで悠凪を例えるつもりだろうが、実際言っていることは的を射っている。

 

 何故ならヤサカ・マオが戦っているのは、ある意味アムロ・レイご本人である。

 

 元々動体視力と反射神経が人並み外れて、NT適正も持っている悠凪の脳内に29歳のアムロ・レイの戦闘技術を保存している缶詰知識を刷り込んだことは、ただでさえ強い鬼に金棒を持たせるようなものだ。そんな彼は、戦いの中で自分独自の戦い方を編み出し、SEEDを発現したことも幾度かあった。悠凪に自覚があるか分からないが、もしも彼が風間隼人に殺されることなく安寧の一生を過していたら、秘められた種は永遠に芽生えることはないだろう。

 

「(宇宙に適応した新人類の素質と、SEEDを兼ね備えている転生者、ですか……)」

 

 類い稀な転生者と出会ったことを、カレンは幸運に思っている。それに絢瀬悠凪と一緒に過ごすこの時間は、自分が律者としての使命や、神様という表向きの身分を棚に上げることができ、ごく普通の女の子で居られる。その上、細部まで作り込まれているガンプラを見たら、自分も作りたくなってしまった。もうしばらく彼の傍にいたいと、恋心をくすぐられたカレンはそう思った。

 

「ガンプラを組み立てるだけでは物足りないと思いますが……」

「ひゃっ……み、美玖、どうして!?」

 

 美玖に耳元で囁かれてびっくりするカレン。

 

「ねえ、カレンさん。ガンプラバトルを、やってみたいと思いませんか?」

「そうですね。こんな楽しいお遊び、やらないと損しちゃいますよね」

「その時は、わたしと美玖が相手になってあげるわ!」

「お二人が相手になってくれるのは嬉しいのですが……みっ、密着しすぎですっ!」

 

 でも、悪い気分はしなかった。寧ろ遠い昔を思い出させてくれた。お茶会でエリシアとエデンにこんな風に、左右から密着されながら洋菓子を食べさせられていた。あの頃が、恋しかった。あれからもう5万年以上経っていましたね。と、嘗ての仲間たち――自分を含めて英雄に成れなかった「火を追う英傑たち」との思い出を振り返ったカレンは、再び超大型モニターに目を向ける。

 

「あら、クロスボーンのリフレクターパネルが光って――」

「マオ君は、プラフスキー粒子を圧縮して衝撃波を放つつもりです!」

「そういう使い方もできるんだ。ということは、相手のガンプラを吹き飛ばしてからのサテライトキャノンのコンボもできるのかしら?」

 

 ハロを抱えている聖奈の考察に、セイは「ええ、できます」と頷いて同意の意思を見せる。

 

「あっ、絢瀬様!」

「クロスボーンの髑髏が口を開けた……!」

 

 ミナとメイジンが驚きの声を上げ、その視線を追う全員が超大型モニターに意識を凝らす。

 つば競り合っていたフリーダムが衝撃波に吹き飛ばされ、クロスボーン魔王のX字スラスターがそれぞれレーザーめいた光の柱が放たれ、背中にXの字が浮かび上がる。続けざまに胸部の髑髏に露出した発射口から一本の極太ビーム――サテライトキャノンが発射された。

 

 しかし、姿勢制御を行い、再び四方八方から飛来するサイコプレートを全部捌いたフリーダムは回避や防御する素振りを見せず、ただその場に、片方のビーム刃だけ発振した連結ビームサーベル「アンビデクストラス・ハルバード」を構えて静止した。その不可解な行動に、美玖以外の全員は疑問を抱いた。

 

「直撃したら、どんなガンプラでも消し炭になっちゃうのに。どうして避けようとしないの?」

「あのような卓越した操縦技術を持っている絢瀬殿には、きっと彼なりの考えがあるはずです」

「そうね……悠凪は無駄なことをするようなお方じゃないわ」

 

 スペースコロニーを一撃で破壊できるほどの威力を持っているサテライトキャノンの砲撃をどう対処するのだろうか。聖奈が少しおどおどしながらも、超大型モニターに意識を凝らした。やがてフリーダムが、自機の倍以上の刃渡りを持つ巨大ビームサーベルを真っ向唐竹割りに振り下ろす。その瞬間、全員が目にしたのは、生涯忘れられないであろう光景だった。

 

「え、フリーダムが、クロスボーン魔王のサテライトキャノンを両断している!?」

「ニルス君の戦国アストレイの刀と同じ能力……ということは、あのビームサーベルは!」

 

 あれはただのビームサーベルじゃない。サーベル自体に粒子変容機能を付与することでビームを簡単に切り裂いたり、切れ味を劇的に増幅させることができる。解を口にしようとしたその時に、微笑みを見せた美玖は「粒子変容サーベル……それが、わたしのお兄ちゃんの、もう一つの切り札ですわ」と、セイより一足先に解を口にしたのだった。

 

 二人の姫君とそれに付き添う女騎士がそろって振り向き、驚いた顔を見せたが、取り繕う神経も働かなかった。サテライトキャノンの奔流を両断したフリーダムの機影を追い、美玖は超大型モニターを凝視し続けた。

 

 

 

 

 

『これはすごい! フリーダムがクロスボーン魔王のサテライトキャノンを両断していますっ!』

 

 エコーのかかったキララの声が会場に響き渡り、それに続いて観客席から飛び交う歓声と喝采がより一層大きくなった。目の前で起こったことが信じられずにいるのか、城ヶ崎は「そんな、一体どうやって……」と疑問と驚愕が入り交じった表情でこちらを見ている。

 

「サーベルに粒子変容機能を付与したのさ。ニルス・ニールセンの戦国アストレイの刀と同じね」

「そのような作り込みを……貴方は、本当に初心者なのですか⁉」

「私はバトル歴1ヶ月未満の初心者だが、ガンプラ歴は7年だぞ」

 

 私が答えると、城ヶ崎は目を丸くして沈黙した。

 そして数秒が経ち、虚空の一点に鋭いなにかが凝り、私に背筋を粟立たせた。素早く照準画面を開いた私は、真っ直ぐ突っ込んでくる機影「海賊の魔王」をマルチロックシステムで捕捉する。

 

「フルバーストモード……狙い撃つ!」

 

 と叫んだ頭が白熱し、私はアームレイカーの発射トリガーに指をかけた。5つの光軸がデブリ帯を走り、散乱するデブリや岩塊に直撃すると、瞬時に灼熱、爆散したそれらが無数の光芒を虚空に拡散させる。それらは光の渦と化し、マオのクロスボーン魔王をも巻き込んで衝撃波を押し拡げたが、目立ったダメージを与えられず、装甲の表面に小さな亀裂が入る程度だった。

 

『まだまだぁー! バタフライブラスター、シュート!』

「それなら、ビームシールドで!」

 

 あの古い火縄銃、名前はバタフライブラスターだったのか。どうやら、バタフライバスターBを元に改造した物のようだ。放たれたビームをビームシールドで防ごうとしたそこに、それがビームシールドを貫通してフリーダムの左肩の装甲に着弾し、私の心にほんの少しの戦慄が走った。

 

『一度も被弾しなかったフリーダムに、クロスボーン魔王が初めて、直撃を喰らわせました!』

 

 エコーのかかったキララの声が再び会場中に響き渡り、観客席から絶叫と言っても過言ではないほどの喝采が湧き上がった。観客の皆が盛り上がっていて何よりだ。

 

 しかし、ビームシールドを貫通するとは。ということは、このバタフライブラスターは――。

 

「その古い火縄銃は、手持ち式のヴェスバーだったのか!」

『ご名答です。どう、ぴっくりしました?』

「ああ。さっきのように防ぐつもだったのだが、これは一本取られたな」

 

 ヴェスバーの直撃を喰らったが、左肩の装甲が小破した程度だった。ビームシールドを貫通できたとしても、その威力はシールドによって減衰される。しかし、そんな理屈はもはやどうでも良いのだ。今は速攻で、この試合を終わらせよう。

 

「今度は、こちらの番だッ!」

 

 アンビデクストラス・ハルバードを構え直し、フリーダムを加速させてクロスボーン魔王に肉迫する。もらったぞ、と思ったそことに、ビーム刃が岩塊の表皮に突き刺さり、噴き上がった砂塵が爆発的に拡がった。攻撃が外れたこと知った私は機体を旋回させ、上下左右に目を走らせた。

 

「対物センサー、熱源センサー、どちらも反応なし、か……」

 

 無数のデブリが周囲を流れ、センサー画面をほとんど真っ白に塗り潰しているが、クロスボーン魔王は確実に近くのどこかにいる。心を研ぎ澄ませ、意識とガンプラが完全にシンクロし、周囲に漂うプラフスキー粒子を通してガンプラの隅々に自分の神経が張り巡らされているのが分かる。

 

「う、この気配は……!」

 

 瞬時、肌が音を立てて粟立ち、すかさずフリーダムを横ロールさせた私は真っ正面でX字の光が爆ぜるのを見た。反射的に近接防御機関砲のトリガーを引いてしまい、扇状に散布された実体弾の火線が、高速で肉迫してくるクロスボーン魔王の胴体に直撃の閃光を散らす。

 

「豆鉄砲では止められないか」

『クジャク、セフティー解除。行けぇぇぇぇーっ!』

 

 先端から大型ビームサーベルを発振させたバスターモードのクジャクを構え、こちらに真っ直ぐ肉迫してくるクロスボーン魔王。その勢いは、0ガンダムを串刺ししようとするガンダムエクシアリペアⅡのそれだった。突如、オートで機動したフリーダムがデブリ帯から離脱し、マオの攻撃に空を斬らせた。妙だな、まだアームレイカーを動かしてないのに、一体どういうことなんだ?

 

「城ヶ崎、さっきの動きは君がやってくれたのか?」

「貴方が避けられそうにないから手伝ってあげただけよ」

「そうか、礼を言う」

「別にお礼なんていらないわよ。礼を言う暇があったら試合に集中しなさい。もし負けたら、絢瀬さんがわたくしを壁際に押しつけて不埒な行為に及ぼうとしたことを、学校中に暴露しますから」

 

 と棘のある口調で言いながら、腹黒い微笑みを浮かべる城ヶ崎。壁ドンされた件で私を脅迫するつもりだろうが、しかし残念ながら君の思い通りにはさせない。何故なら、勝つのは私だから。

 

「怖いことを言うね、君。しかし、君にはそんな機会は訪れないことを断言しよう」

「絢瀬さんは自信家ですね。自分に自信があるあまりに傲慢になってしまっていますわ」

「ならばこの試合の勝利を持って、君の考えが間違っていることを証明しよう」

 

 何故なんだろう、城ヶ崎の嫌味を聞けば聞くほど、彼女をわからせたい気持ちが、ますます強くなってきた。私は女を陵辱する趣味はないので、言葉でわからせようと思っている。しかし、今はそれを想像する状況でないことは分かっていた。

 

「マオのクロスボーン魔王は……そこか!」

 

 スラスター光を間欠的に噴射させ、デブリの狭間を滑るクロスボーン魔王。確かに速いが、その軌道は読めないこともない。方向転換する為に減速するところを見計らって「今なら当てられる」と、ビームライフルのトリガーを引こうとした途端、不意に身を翻したクロスボーン魔王が手近なデブリを蹴り、その勢いで反転して、バタフライブラスターで応射してきた。

 

 この距離なら余裕で躱せる、と思ったその時、照準画面の向こうにクロスボーン魔王を見据えた私は「足裏に注意して!」と発した城ヶ崎の声にぎょっとなった。

 

「クロスボーンの足裏から、小さいもの……?」

 

 咄嗟にフリーダムを垂直方向へ移動させると、不意に身を翻したクロスボーン魔王が、足裏から何らかの小物を射出した。よく見ると、あれはヒート・ダガーだった。撃ち落とす、と叫んだ思考が私に近接防御機関砲のトリガーを引かせ、二軸の火線が飛来するヒート・ダガーを狙う。

 

 二門の近接防御機関砲で迎撃しているそばから、機体を急加速させたクロスボーン魔王が別方向から襲来する。二本のヒート・ダガーが火球に姿を変え、デブリが黒い染みになってモニター内に浮き立ったことを確認した後「次は君の番だ、マオ」と白熱する脳内に叫んだ私は、クロスボーン魔王が制動をかけた瞬間にバラエーナとクスィフィアス3を斉射した。

 

「全砲門、一斉射撃……狙い撃つ!」

 

 狙いを定めてトリガーを引き、フリーダムの機体を後退させる。死角に滑り込んだクロスボーン魔王が応射のビーム・バルカンを放ち、扇状に拡がった弾幕と干渉し合った砲弾がスパークの光を連鎖させる。ストロボに似た爆発光が連続して咲く中、視界を端を板状の何かがよぎったのを私は見た。瞬く間にフリーダムの直下に潜り込んでいったそれは――。

 

「あれは……サイコプレートなのか⁉」

「今確認しましたわ。もしかして絢瀬さん、何枚落としたのかを数えてませんでした?」

「ああ、試合に集中しすぎて数えてなかった」

 

 私が返事すると「あらあら、不用心ですね」とジト目を向けてくる城ヶ崎。

 

「あれが最後の一枚よ、さっさと撃ち落として試合を終わらせなさい」

「言われなくても分かっている!」

 

 サイコプレートは、真下にいるな。それに表面がひび割れているので、ビームライフルでも破壊できるはず。そう思った私はビームライフルの銃口を赤く輝くサイコプレートに向ける。突として斜め下に回り込んだクロスボーン魔王から一撃が加えられ、直撃を受けたビームライフルが、一瞬ぐにゃりとひしゃげた。

 

「当てられた⁉」

「あっ、誘爆するわ!」

 

 咄嗟にライフルを手放したが、それでも殆どゼロ距離で膨れ上がった爆発の暴威から逃れることはできなかった。防眩フィルターでも減殺しきれない閃光がスクリーンを照らし、衝撃波を浴びた機体がみしみしと軋む。

 

『もらったぜ、悠凪はんっ!』

「良い攻めだ。しかし、その程度の攻撃では私は倒せん!」

 

 爆発の煌めきを突き破って、赤く輝くサイコプレートが真っ直ぐ突っ込んでくる。マオの戦意がスクリーン越しに吹き抜け、頭皮が引っ張られるような緊張感を私は知覚した。左手に持った連結ビームサーベルで最後のサイコプレートを両断するが、気がついたら外縁に15本のビーム・サーベルを展開したクロスボーン魔王のクジャクが、こちらに押し当てようとしていた。

 

 やられる――目前の対戦相手から発散する戦意が風になり、頭皮ごと髪を引っ張られる圧迫感に晒された一瞬、私は頭の中で何かが「パリン」と割れたのを知覚した。

 

 アリー・アル・サーシェスを仕留めようとした時から……いや、もっと前だ。王留美の所有する秘密基地に、隼人を侵入者からかばおうとした時も同じ感じがした。思考が徐々にクリアになっていくのを感じる。わずか一瞬、現状を打破する為の手段が、私の脳内に浮かび上がった。

 

 クジャクはムラマサ・ブラスターと同様、実体剣にビームサーベル発振器を付けた複合兵装ではあるが、ビーム刃は実体剣全体を覆っているわけではないので、実体剣の部分を叩き斬れば簡単に壊せる。斬り結んだサーベルが反発し合い、クロスボーン魔王が少し後ろに仰け反るそこで、私は二本のサーベルを分離させてから、左手に持ったサーベルを横薙ぎに振るった。

 

『しまった、クジャクが!』

「さあ、クロスボーンのビーム・ザンバーを抜け、マオ!」

『それじゃ、お言葉に甘えさせてもろうて!」

 

 このままソードスキルの連続技で撃破まで持ち込むことはできるが、私は敢えてマオにビーム・ザンバーを抜く時間を与えた。抜いたビーム・ザンバーを一閃し、鉄骨の支柱が溶断される。吹き飛んだ柱が別のデブリを突き破り、それらが崩壊していく光景を見ずに、私は真っ向から突進してきたクロスボーン魔王の動きだけに意識を集中させた。

 

 こちらが両手に持ったビームサーベルを目にも留まらないという表現のまま振り回す。最小限の振幅で矢継ぎ早の斬撃に対応しつつ、クロスボーン魔王も右手に持ったビーム・ザンバーを縦横に振るう。三本の光刃が次々にぶつかり合い、スパークや爆発的な閃光をデブリ帯に明滅させると、互いに弾かれあった機体がそれぞれデブリ帯の端まで吹き飛ばされた。

 

「この距離なら、撃てる!」

 

 機体の姿勢制御を行った私は二門のバラエーナを一射した。撃ち出された光軸が射線上のデブリを貫通してクロスボーン魔王に迫る。衝撃波が残骸の外板を弾き飛ばし、ぎりぎり回避したクロスボーン魔王の機体が破片の奔流の中に見え隠れする。

 

 虚空に散乱するデブリの影響を受け、画面を真っ白に塗り潰している索敵センサーがアラームを鳴り響かせたが、かまうつもりはなかった。サーベルの刃を収め、物陰に機体を寄せた私は熱感知センサーを使い、クロスボーン魔王のおおよその位置を推測する。

 

「三時の方向よ。クロスボーンとの距離はおよそ120cm」

「近いな。助かったぞ、城ヶ崎」

「べっ、別にお礼なんて要らないわよっ!」

 

 なんだこの性悪女、ツンデレなのか……いや、今はそんなことはどうでもいい。

 居場所さえ分かれば落とせる。妙にクリアになった意識に促され、熱感知センサーの照合データに従ってクロスボーン魔王が隠れるであろう場所を目掛けて発砲する。ビームの光軸が再度デブリ帯に漂うの残骸を貫き、わずかに残った破片を更に粉々に砕いた。ばっと飛び散った破片に紛れ、背中のX字スラスターを閃かせた機影が残骸から離脱する。隠れん坊は終わりだ。

 

 機動力の違う相手から距離を取ろうとしたところで、徒労にしかならない。動きの癖をつかみ、移動予測地点にビームを撃ち込んでやればいいのだ。バラエーナとクスィフィアス3を交互に連射しつつ、その進路を封じ、続いて二本のフラッシュエッジ2ビームブーメランを投擲した。

 

 マオは左手に持ったバタフライブラスターで迎撃しようとするが、しかし、トリガーを引く前にその銃身がブーメランのビーム刃によって両断され、続いてもう一本のビームブーメランがクロスボーン魔王の右脚を切断していき、それに伴う大きな爆発が機体の体勢を崩したのを見た。

 

『まだや! ワイはまだ……!』

「いや、マオ。これで終わりだ」

 

 ビーム・ザンバーを構え、徐々に相対距離を縮めつつあるクロスボーン魔王。私も二本のビームサーベルの照準をその機体に重ね合わせ、フリーダムを突っ込ませていった。至近距離まで近づくと、私は二刀流ソードスキル「ジ・イクリプス」を叩き込む。

 

「――我が剣を受けよ!」

 

 初撃はビーム・ザンバーによって防がれたが、ガード態勢を崩すことに成功した。叩き斬る、と攻撃色に染まった思惟が叫び、それに駆り立てられた私は、怒涛の27連撃をクロスボーン魔王に浴びせる。続いて二本のビームサーベルを再び連結させると、フィニッシュとして胴体中心の髑髏に目掛けて剣を右横薙ぎに振るった。

 

『まさか手も足も出ぇへんとは……悠凪はん、お見事や』

 

 無線越しにマオの感心した声が聞こえ、ダルマにされていたクロスボーン魔王の機体がスパーク光を爆ぜさせると、一瞬の間に呆気なく爆発の火球に包まれた。巨大な光輪がフリーダムの鼻先で膨れ上がり、デブリ帯の虚空を照らしていった。

 

『Battle ended.』

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

『静岡県ガンプラバトル大会決勝戦、優勝者は――絢瀬悠凪選手に決まりました!』

 

 エコーのかかったキララの声が会場に響き渡った途端、会場全体から気狂いにでもなったような拍手喝采が湧き上がった。拍手喝采を浴びている中で、こちらに歩いてきたマオはニコニコ笑ってみせたりしながら、私に握手を求めてきた。

 

「良い試合だったぞ、マオ」

「ボロ負けしたけど、満足なバトルが出来て楽しかったですわ」

「俺もだ。久々に心が満たされているのを実感した。ところで、これから予定があるか?」

「これからは各地に回ってガンプラの修行を続けるつもりです」

「そうか。修行頑張ってね、マオ」

「ありがとう、悠凪はん。縁があったらまた会おうぜ!」

 

 お互い握手を交わすと、クロスボーン魔王をポケットに収めたマオは会場を去っていた。

 マオが立ち去ったのを見計らって、城ヶ崎は私の方に歩み寄ってきた。

 

「優勝おめでとうございます。絢瀬さんのことを、見誤っていました」

「ありがとう。意外と素直に非を認めるんだな、君は」

「うぅ……まるで普段のわたくしが、素直じゃない人間のような言い方ですね」

「さあ、どうだろうね。この言葉をどう捉えるかは君の自由だ」

「あらそう。テレビ局の仕事がまだ残っていますので、わたくしはこれで失礼致しますわ」

 

 始終まで無表情だった城ヶ崎が立ち去り、今度はキララが私にマイクを突きつけてきた。

 

「絢瀬悠凪選手、優勝おめでとうございます!」

「ありがとうございます」

「新チャンピオンにお聞きします。つまり、勝因は?」

「勝因……難しいですね。強いて言うなら『幸運』でしょうか」

「なるほど。それでは、この勝利を誰に捧げたいですか?」

 

 この勝利を捧げたい相手は、彼女しかいない。

 プラモデル部を復活させる案を持ち掛けてき、私をこの大会に参加させる為に色々根回しをしていた先輩の女性――篠原聖奈。

 

「キララさん、マイクを貸してください」

「あっ、はい。どうぞ」

 

 石竹色のマイクを受け取る。

 

「篠原先輩、どうぞこちらにお上がりください」

 

 そして彼女がいる方へ目を向けると、彼女はにやけた顔をした玲奈とシルヴィに背中を推されたまま階段を登った。指名されて落ち着かないのか、銀色の長い髪を指先でくるくると巻きながら、こちらに歩いてきた。よく見ると、顔が少し赤くなっていて、なんだか可愛らしかった。

 

「先輩のお陰で、自分はこの大会に参加することができました。本当に、感謝しています」

「ううん……絢瀬君、それはこちらのセリフよ。わたしの夢を叶えてくれて」

 

 自分の夢だと言っているが、これは彼女だけの夢ではないことを、私は知っていた。

 真田先輩のことは、もう三代目メイジンとクズノハ選手から聞いている。このことを篠原先輩に伝えるべきだ。衆人環視の中にいることを分かっていながらも、私は彼女の腰に手を回して、抱き寄せてから小さな声で囁くように言う。

 

「これは先輩の夢だけではなく、他界された真田先輩の夢でもありました。違いますか?」

「絢瀬君はもう、知っていたのね。できれば隠したかったけど……」

 

 なぜ隠したかったのか、ちょっと気になったのだが、今は敢えて聞かないことにした。

 

「それでは、チャンピオンにはこちらのトロフィーを授与します!」

 

 続いてキララからハロの形をした金色のトロフィーを授与された。台座は木製で、その上に載せられたハロは真鍮製のようだ。先輩と一緒にそれを手に取ると、観客から拍手と歓声が送られた。授与式終了後、私と先輩は美玖たちに合流した。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「このトロフィーは、先輩に預けますね」

「うん。確かに預かったわ」

 

 大切なものを抱えるように、トロフィーを抱きしめながら微笑む篠原先輩。

 

「ねえ、みんな。せっかく静岡に来たんだから、ホビーセンターに行ってみない?」

「あっちは確か何かのイベントやっているよね。あたしはシルヴィに賛成!」

「駅前の実物大ガンダム立像、一度は間近で見てみたいですわ」

 

 シルヴィの提案に賛成する玲奈。その一方、ミナの言葉が私の気を引いた。

 どうやら、この世界の東静岡駅前に建てられたガンダム立像は撤去されてないようだ。

 

「俺はちょっとした用事があるので、みんなは先に行っててね」

「用事、ですか。分かりました、お兄ちゃん。カレンさん、セイくん、行きましょう」

「はい。僕は何度も行ったことありますので、案内は僕に任せてください!」

「じゃあ案内よろしくね、セイ君。悠凪、また後でね!」

「ああ。後はホビーセンターで落ち合う」

 

 みんなと別れると、私は予め指定された場所に足を運び、エイフマン教授が開いてくれたワームホールを抜けて、リベル・アークに帰還する。ロックオンの言う「急な用事」とは一体何だろう、と色んな推測をしながらスメラギさんがいるであろう性能実験施設に足を運ぶのだった。

 

 つづく




この後は悠凪&カレンの話を一話挟んでから金恋の序盤に入っていきます。
第43話投稿後は、下のアンケートを終了致します。


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第43話 入学編 エピローグ(前)

本来ならもう数ヶ月早く投稿する予定でしたが、諸事情により今になってしまいました。


 ソレスタルビーイングは表向きでは壊滅、世界は国連の統治下に置かれることとなった。

 そして、新たな時代が幕を開けようとしていた。

 

「なるほど。間もなく国連が『地球連邦政府』に再編されるのですか」

『ええ。新政権の樹立に伴い全ての正規軍が解体され、政府直属の『地球連邦平和維持軍』として統合再編されるとの情報も、潜入活動中のエージェントから寄せられています』

 

 それにしても早すぎる。

 本来、地球連邦政府が樹立される年は2311年で、軍隊はその一年後の2312年だ。

 どうやら、私や隼人の介入によって未来が変わってしまい、その結果の一つは、地球連邦政府と平和維持軍がこの早い時期に樹立されることか。だとすれば「アロウズ」も、フォン・スパークがアステロイド爆破テロを起こす前に設立されるかもしれない。

 

「地球連邦平和維持軍……それは平和維持を目的とする軍隊か、それとも権力者の私兵か」

「もしも、アレハンドロ・コーナーのような野心家が権力を握れば、後者になるでしょう」

「スメラギさんのおっしゃる通りですわ。コーナー大使の息がかかった者たちが政府の運営に参加される可能性がありますので、平和維持を建前に政見が異なる団体や、加盟の意志がない中立国を制圧する為に軍隊を差し向けることも起こりうるでしょう」

 

 と、スメラギさんの意見に同意しつつ、その上で自分の意見を述べる王留美。

 

「ところで、ミスター・アヤセ。ガンダムとプトレマイオス2の建造状況はどうなってます?」

「ゲルティムとセラヴィーはフレームを組み上げた状態です。新型トレミーは突貫工事で建造していますが、艦船用の大型GNドライヴの製造を含めると、完成は早くても半年かかるでしょう」

 

 私が言うと、王留美は興味の微笑みをその瞳に閃かせ、兼ねてからの願望を口にした。

 

「よろしかったら、見せてくださらない? GNドライヴの製造過程を……」

 

 それを聞いた私は壁際に控えているエイフマン教授とイアンさんに目をやり、それからにやりと笑みを浮かべた二人が横にあるコンソールを叩くと、大型スクリーンの映像が切り替わる。

 続いてスクリーンに映し出されたのは、エイフマン教授が浮遊城の内部に新しく建てた「高重力区画」の内部にある工場。トポロジカル・ディフェクトを活性化させる為に、木星圏の高重力環境を人工的に再現している。生身の人間が立ち入り禁止の区画だ。

 

 今はトレミー用の2基の他に、ガンダム用のGNドライヴが8基も並行して製造している。

 

「緑色の粒子……この10基はすべて、オリジナルGNドライヴでしょうか?」

「ええ、そうです」

「オリジナルGNドライヴの製造には、半世紀以上の年月が必要だと聞いておりますが」

「お嬢様、長い時間がかかったのは地球と木星との往復だけで数十年を費やしたからだ」

「しかし絢瀬君のお陰で、環境も必要な設備も、全てこの浮遊城に揃っておる。全ての製造工程が同じ場所で行うことができた今は、わずか数ヶ月で作れるようになったのじゃ」

 

 わずか数ヶ月という短い時間でオリジナルGNドライヴを製造できると聞き、王留美は目を丸くし、通信画面の向こうにいるシャルも驚きを隠せずにいたようで、口を半開きにしていた。

 

 本来の歴史では、輸送船に擬似太陽炉を搭載することでトランザムによる往復時間の短縮が可能や、施設を再利用することで年単位でも製造できるようになった。そこで私はこう考えた。

 もしも、全ての工程を行える環境が整ったのならば、製造に要する時間を半年以内に短縮できるのではないか。私がこの考えを二人の爺さんに提示してみらたら、木星圏の高重力環境を人工的に再現する「高重力区画」という、予想斜め上のものが出来上がったわけだ。

 

「というわけで、シャル嬢」

『あっ、はい!』

「最初に製造される2基は、優先的にフェレシュテに引き渡しますので、その時は――」

『分かっています。その時は0ガンダムと太陽炉をリベル・アークに引き渡しますので』

「それと、このリストにある補給物資を全部用意するには二週間程かかりますので、今日中は食品や医薬品といった必要性の高い物資をそちらに送ります。MSのパーツは後回しになりますが」

『差し支えありません。ミスター・アヤセが物資を提供してくれただけでありがたいです』

「では、引き続き国連軍がジンクスを生産できないよう、施設への潜入や妨害工作をお願いね」

『我々フェレシュテにお任せください、ミス・スメラギ』

 

 その言葉を最後に、通信は終わった。

 補給物資を向こう側に搬送することを王留美に任せると、美玖たちと落ち合う前に怪我人である隼人とリヒティの様子を今一度確認した方がいい、と思った私はメディカルルームに赴いた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「美味しい……これ、めちゃ美味しいっすよ!」

「リヒティ、そんなに一気に食べたら喉に詰まっちゃうよ」

 

 カーテンの裏側からリヒティとクリスの声が聞こえる。どうやら、食事をしているようだ。

 二人に挨拶をしたいと思い、私は「失礼、お邪魔します」とカーテンを引き開けた。

 

「ひゃあ!?」

「あ、あぅ、ぐっ!」

 

 カーテンが開けられたことに驚いたのか、クリスが叫び声を上げ、緑色の茶そばを美味しそうに啜っているリヒティが急に胸を抑えて苦しみ始めた。そばが喉に詰まった、と一瞬で判断した私はお水をクリスに手渡し、小さく頷いて礼を示したクリスはそれをリヒティに飲ませた。

 

「はぁ……し、死ぬかと思ったっス」

「なんと、睦み合っている最中でしたか」

「あ、いや、俺とクリスはまだそういう関係じゃないんっス」

「今さら何を否定しているのよっ!」

 

 口を膨らませ、カップル関係を否定しようとするリヒティをジト目でひと睨みすると、クリスは照れ顔を見せたリヒティの手首を掴み、所謂「恋人繋ぎ」をするのだった。

 

「こ、これは恥ずかしいっス……っ」

「ちょっとぉ、男なんだから、勇気を見せなさいよ!」

「うぅ、えっと……」

 

 おどおどしながらも気持ちを整えようとするリヒティ。

 したらば「あの、絢瀬さん」と気合いの入った声で私に話しかけてきた。

 

「意を決したようですね、リヒテンダール・ツエーリ」

「はい……お、俺はつい先日から、クリスと付き合うことになりました!」

「お二方、お付き合いおめでとうございます」

 

 私がお祝いの言葉をかけると、二人は照れ、お互いの顔を見る。

 そして、繋いだ手を強く握り「ありがとうございます!」と、二人は声を揃えて言った。

 

「視察はまだ終わってませんので、私はこれで失礼します」

 

 愛する人と過ごす時間は非常に大切だと、私も知っている。これ以上このカップルの邪魔をするのはよくないと思う私は、別れの挨拶をしてから隼人が泊まっている病室に入っていった。

 よく見ると、最奥に置いてあるメディカルカプセルの中に人がいなかったので、隼人はもう外に出られるようになったと考えていいだろう。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「あの、モレノ先生。隼人の容態はどうなっていますか?」

「カレン嬢が提供してくれた薬のお陰で外に出られるようにはなったが、まだ歩けないから、暫く車椅子に乗らなきゃいけない。しかし凄いなぁこの薬、後で成分を調べないと……」

 

 ヨハンとモレノ先生が喋っている。風間隼人は瞼を開け、天井に灯る蛍光板を見上げた。最初にこの城のメディカルルームで目覚めた時に見たのと同じ、遮光フィルターが張られた蛍光板だ。

 

「そっか、他に注意すべきことはあるっすか?」

 

 ミハエルの声も聞こえた――内容から自分のことを話しているのも察しがつく。眠りから醒めた頭がゆるゆると回転し始め、隼人はベッドに横たわったまま顔を動かした。天井板から吊り下がるカーテン越しに「そうだな、今の風間君の状態だと……消化しやすい食べ物しか食べられないな」と言ったモレノ先生の落ち着いた声が鼓膜に伝わる。

 

「んじゃ、ネーナにパスタ作ろうって言っておくかな」

「パスタは穀類だが、消化しにくい食品とされている。今の隼人に食べさせない方がいい」

 

 ふと、知っている声がカーテン越しに聞こえてくる。

 

「(げぇっ……ゆっ、悠凪も来てたのかよ!?)」

 

 悠凪がここに来たということは、向こう側の大会はもう終わってるな、と隼人は思った。

 自分は王留美から「悠凪はガンプラバトルの試合に参加される」と聞いて興味が湧いてテレビをつけて観戦はしたが、最後まで見てなかった。何故なら、女神様が用意した「特効薬」を飲んだら頭がクラクラし始め、そのまま寝落ちしてしまったのだ。

 

「お前、試合はどうなったか?」

 

 気がついた時には、口が動いていた。

 だるい上半身を起こし、隼人は一気にカーテンを引き開けた。

 

 診療机を前にするモレノ先生と、その脇に立つ悠凪が同時にこちらを見「優勝を勝ち取ったよ」と言った悠凪の目がまるく見開かれる。それはすぐに翳に呑み込まれ「せっかくだし、2017年の静岡に行ってみないか?」と優しく誘ってくるのだった。

 

「いいぜ、俺も外に出てみたい気分だ。それに車椅子がありゃ、何とかなるんだろう」

「では、自分とミハエルが持ってきます」

「あいよ兄貴」

 

 軽く一礼をしたヨハンが病室を出ていき、呼ばれたミハエルはその後を追うのだった。

 

「しかし美玖とネーナ以外に数人のクラスメイトもいるから、全員の了承を得ないと……」

「なあ、ちょっと聞いていいか?」

「どうしたんだ?」

「お前の連れのクラスメイトに女の子いる?」

「全員とびっきりの美少女だ。あとクラスメイトではないが、先輩の女性と可愛らしい幼女がそれぞれ一人、ガンダム好きなショタが一人いる。あとは、彼女だな――」

 

 と言いながら隼人にスマホを突きつける。スクリーンに表示される「私たちを転生させた女神のことだ」の文字を見た隼人は「げぇっ」という形のまま口を大きく開けてしまった。

 

「あの女、俺の見舞いに来た後はお前のとこに行ったのかよ」

「そうだよ。ところで、彼女と話したのか?」

「ちょっとだけ話した。あの女から『これからどんな選択をするのか』って聞かれたんだ」

「よう、悠凪の旦那、車椅子を持ってきたぜ」

 

 ミハエルが言い、ヨハンは新品のスーツを隼人に手渡す。「さっさと着換えろ。君の選択は後で聞かせてもらうよ」と悠凪は隼人に言うと、二人を連れて病室を出ていった。「分かった」とのんびり応じた隼人は、三人がドアの向こうに消えるのを見計らって着換えを始めた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「ヨハン、ミハエル。フェレシュテの物資が底をついていることを、もう知っているな?」

「ええ。つい先ほど、ミス・スメラギから聞いています」

「ならば話は早い。今日中はそちらに必要性の高い物資を送ることを決めた。すでに王留美に一任したのだが、君たちには彼女の手伝いをしてもらいたい。頼めるか?」

「それがご命令であれば」

 

 今になっても、まだ誰かの頼み事を「命令」や「指示」と捉えるか。

 野心を成就するための道具として作り出され、精神衛生に悪い環境で働かされ、戦わされていた彼ら兄妹にとって、偉い奴に絶対服従するのが当たり前だと教えられ、というか「頭に刷り込まれている」かもしれない。私はこのリベル・アークの主、この城で一番偉い人なのだが、しかし私は彼らに命令したいわけではないし、命令するつもりも毛頭ない。

 

「君たちにアレハンドロ・コーナーの言いなりになってほしくなかった。でもだからと言って私の命令に従ってほしいわけでもない。だから、今の言葉を上司からの命令ではなく、仲間からの頼みとして受け取ってほしい」

 

 私は誰かに命令されるのが非常に嫌いだ、だから誰にも命令をしないように努力している。

 この思想は、私の「黄金律」と言ってもいい。昔は「幹部」という立場上、命令を下さなければならない場面をたくさん直面したのだが、それでも私は、この考えを貫きたいと思っている。

 

「仲間からの頼み……か」

 

 ヨハンとミハエルが目を丸くして私を見つめる。一方、着換えを終えた隼人が自分を乗せている車椅子の車輪を回しながらこちらに来て「命令だとか指示だとか、あのクソ大使やラグナの野郎がうるさく言っていたけど」と穏やかな声で言った。

 

「俺は、お前たちに『これは命令だ』とか言ったことがあるか?」

「一度もない、よな。なぁ、兄貴?」

「そうだな。隼人は立場上では私たち兄妹の上司だが、命令だとか一度も言ってなかった」

「ああいう上下関係は結構前から飽き飽きうんざりしていたんだよ、俺は。だから同じ目線でお前たち兄妹と接することにした。だって肩書きを外せば、俺もただの人間なんだから……!」

 

 こんな言葉を隼人の口から聞けるなんて、予想外すぎて思わず絶句してしまった。しかし改めて今の隼人は、もはや昔の隼人ではないことを確信した。そう、隼人は変わったんだ。しかも、良い方向へと進んでいる。

 

 そう言えばシルヴィやエルも、王族でありながらクラスメイトと接する時に「お姫様」や「護衛騎士」の身分を持ち出さなかったし、シルヴィに至っては可愛い彼女みたいに急に抱きついてくることもあった。それでも「王族」という身分の特殊性から、周囲から敬遠されがちなのだが。

 

「それと言っておくけど、俺は悠凪についていくことに決めたんだ」

「お、それってどういうことだよ、旦那」

「リベル・アークに正式的に参加するってことだ。向こう側の出来事に決着が着いたら、俺はソレスタルビーイングを離れてリベル・アークにつく。その時、お前たちはどうする?」

「その時、私たち兄妹は二人についていきます!」

「(リベル・アークに参加する――それが君の選択か、隼人)」

 

 隼人の問いかけに即答するヨハン。続いてミハエルは首を縦に振って頷く。

 チームトリニティも参加してくれるのなら、歓迎しない理由はない。

 

「では、リベル・アークの主として、チームトリニティの参加を歓迎しよう」

 

 もちろん、上から言うつもりは毛頭ない。

 ヨハンもそれを分かっているようで、手を差し出して握手を求め、私はそれに応じた。

 

「んじゃ、そっちは頼んだぜ」

「ああ、任せてくれ」

「そうだ、隼人。ネーナの意思確認もしないとな」

「分かっている。後でちゃんと聞くから」

 

 ヨハンとミハエルに別れを告げると、私は隼人を連れて転移門を抜けていった。

 

 

 

 

 

 そしてワームホールの先にある場所は、東静岡駅内にある行き止まりの通路だった。

 人気がなくて幸いだったが、駅前の広場が混雑していて美玖たちと合流するにはもう少し時間がかかりそうだ。しかし、この30周年を記念する為に建造されたガンダム立像、写真はネット上で何度も見たことあるが、前世では色々あって現場に来ることができなかったので、実物を見るのは今回が初めてだ。なんと壮観な、と私は立像を見上げながら心中で感慨を深めた。

 

「初代ガンダムの立像!? 2011年のイベントの後、撤去されたはずじゃなかったのか?」

「こちら側は私たちの居た世界とは違うということさ。もちろん歴史も、地域名もね」

「なるほど。浜名湖が『浜松湖』になっていて……おっ、札幌市が『沙幌市』になってるのか」

 

 と、地域名が気になっていて手渡されたスマホで地図を確認する隼人だった。

 隼人を乗せている車椅子が人にぶつからないように制御し、ガンダム立像を眺める観客の大群を抜けていく。だが、人が密集しすぎて炎の匂いが染み付いてなくてもむせそうになっていた。

 

「暑苦しいな、もう! なぁ悠凪、美玖ちゃんとあの女はどこで待ち合わせしてる?」

「そうだな、待ち合わせ場所は確かこの辺のはず――」

 

 スマホを持ち出して待ち合わせ場所を再確認しようとしたところ、後ろから目を隠された。

 

「突然ですがクイズです!」

「――この手、だれの手?」

 

 カオスヘッド風みたいな言い回しやめんか!

 と言いたいところだが、美玖の声が前方から聞こえ、カレンの声が後ろから聞こえたから、私の目を隠している手は誰のものなのか、もう分かっていたのだ。

 

「貴女の手でしょう。カレン」

 

 手をそっと退かし、後ろを振り返るとカレンがいた。

 

「うふふ、正解です。悠凪には簡単すぎましたね」

「お待ちしてました、悠凪くん、風間さん」

 

 美玖が礼儀正しい挨拶をすると、ぱっと笑顔を見せたカレンが踊るように軽快な足どりで美玖に近づき、その華奢な腰に手を回すのだった。恥ずかしがっている美玖をお構いなしに、さらに身体を密着させた二人はお互いの胸を押し付け合う恰好になった。

 

「かっ、カレンさん、恥ずかしいですっ!」

「でも、美玖の大好きな悠凪くんは、こういうシチュエーションが好きだそうですわ」

「認めよう。私は美少女が仲良く抱き合っている光景を見るのが大好きだ」

「あっさりと認めるんですね……」

「だって事実ですから」

 

 押し付け合ったおっぱいが潰れ、その柔らかさとボリューム感を纏めて強調する非常に刺激的な光景を見るていると、私の気分が高揚する。それに、上半身の露出度が低い制服を着ていることも相まって、服の下を想像したくなってしまうし、揉みたくもなってしまう。

 

 二人の胸を揉みしだきたいと考えていると、私は股間が苛立ってしまっている事に気づく。美玖ならお願いしたら一晩中揉ませてくれそうなのだが、カレンはどうだろうか。数時間前は間違えて揉んでしまったが、今度やったら怒られそうなので、私はこの不埒な発想を心の底に沈めた。

 

「えっと、風間さん。鼻血が出ています!」

「あれ、ほっ、本当だ……!」

 

 流石に刺激が強すぎたのか、隼人の鼻から鼻血が出ている。

 量は少ないが、とりあえずテッシュを鼻の穴にぶち込んで止血しておいた。

 

「風間さんの具合はまだ悪いのでしょうか」

「心配すんな美玖ちゃん。この程度、どうってことないわ」

「フッ、この程度で鼻血が出るとは。君はまだまだ青いね、隼人君」

「なんだよ、その年季の入ったおっさんみたいな言い方は……すっげームカつくんだけど!」

 

 鼻の穴にぶち込まれたテッシュをいじりながら、隼人は抗議の声を上げる。

 

「後で『いい物(薄い本)』をいっぱい推薦してやるから、あれらを見て耐性を付けておけ」

「それって、どんな物なんだ?」

「子供には早すぎるものだが、大人は無意識のうちに性欲に従って手にして読むものだ」

「そっか、あれか……フッ、ククククッ……!」

 

 さっきまで抗議していた隼人だが、「いい物」の正体を察したのか一瞬で上機嫌になった。

 隼人が上機嫌になったのはいいが、今度は美玖とカレンが怪しい人を睨みつけるようなジト目を向けてきた。嫁と女神様に見抜かれているな、私の考えが。

 

「やめてください、そのジト目。すこく、傷つくんですが」

「けっ、健全な男性は『いい物』が好きなのは分かっています。蔑むつもりはないんです!」

「わたしがいるというのに……もうっ!」

 

 まさか、怒っているのか?

 と思いながら美玖の表情を伺ってみると、怒っていると言うより、頬をぷくっと膨らませて不満そうな顔をしていた。しかし流石は我が妻、不満そうな顔もとてつもなく可愛い。

 

「すまない……この話はやめておく」

「いいえ、悠凪くんを怒っているわけじゃないです。そういう欲求は、誰にもあることもちゃんと分かっています。ただ、悠凪くんがわたし以外の女性に目が行っていると、妬けちゃいます」

「私はこれからも、他の女性に目が行ってしまうだろう……だが、これだけは宣言する――」

 

 私は毒両親との縁を切ったばかりの頃を振り返る。

 奴らの顔色を伺うことなく自由に生きていけるのはいいが、一人だと寂しいのは否めない。心的病気にかかったこともあって、睡眠に支障が出る時期もあった。そんなある日、ネットサーフィンをしている最中に、私は美少女抱き枕カバーの通販サイトのリンクをクリックしてしまった。

 

 こんなオタグッズもあるんだな、と気になってて商品ページを見てみると、健全なものから衣服が乱れていたり、全裸だったりなど破廉恥なものも揃えている。普段はガンプラしか買わない私も性欲に動かされるまま、自分の性癖にぶっ刺さったカバーをタペと一緒に購入してしまった。

 

 鳳凰院美玖……珍しい苗字はともかく、絵柄や構図、キャラのデザインが私好みで、中でも私が一番目を奪われたのは、あの大きくて魅力的なおっぱいだった。やわらかく弾力のある本体に装着したら抱き心地が良さそうだし、何よりあの巨乳から母性を感じたから。

 実際、まさにその通りだった。抱き心地がとてつもなく良く、毎晩美玖を抱きしめて寝ると快眠しやすくなった。勉強や仕事の疲れも癒されて、性欲と睡眠欲が満たされているのも感じた。

 

 新世界の扉を開いてしまった私はその後も気に入ったカバーを見つけ次第、給料と相談した上で買うようになり、R18美少女ゲームにも手を出すようになった。そして、私が最初にプレイするのは『金色ラブリッチェ』という、メインヒロインが全員金髪の美少女ゲームだ。

 しかし、当時の私は金髪が目当てではなく、黒髪ロングの美少女――城ヶ崎絢華が目当てでこのゲームを購入したのだ。何故なら彼女のイラスト担当が美玖を描いた絵師さんだから。蓋を開いてみればなんと攻略不可、しかも性格が悪く、顔と身体だけがいい性悪女だったとは思ってなかったので、推しを明るくてお転婆なシルヴィに乗り換えた。

 

 そうだ。美玖がいるにも拘らず、私はあれからも多くの女性に目がいっているのだ。

 太陽のように明るいシルヴィはもちろん、エルの巨乳に目を奪われて一時期浮気していたこともあったり、ミナが私の義理の妹になったことを夢見て妄想する時期もあった。

 それでも私は、美玖のことを忘れられなかった。というより、忘れようがないのだ。人生で一番落ち込んでいた時期に癒しを与えてくれた女性を、忘れるわけがない。シルヴィのことを「太陽」と例えるのなら、美玖は「月」だ。夜の暗闇を照らす月の光、それは元々太陽の光を反射したものだが、しかしその光のお陰で、私は人道を踏み外すことなく苦境を乗り越えることができた。

 

 だから、これからハーレムを築けることになったとしても、正妻の座は美玖だけのものだ。

 他の女はもちろん、私を転生させた女神だろうとこの座は渡さない、奪わせもしない!

 

「私が一番大事なのは君だ。君と出会えなかったら、私は今頃ここに立ってはいないだろう」

「嬉しい……わたしも、悠凪くんが一番大事です!」

 

 と言いながら私にべったりとくっついてくる美玖。声も表情も蕩けていて可愛らしかった。

 しかしさっきまで明るく振る舞っているカレンが、何故か落ち込んだ顔をしている。

 

「どうかしましたか? 落ち込んでいるように見えますが」

「ちょっと、妬いちゃっただけです……」

 

 なるほど。落ち込んでいるのではなく、私が美玖とイチャついているのを見てやきもちを焼いたのか。あのおどおどした照れ具合といい、やきもちを焼いて頬を膨らませている様子といい、可愛すぎて頭をなでなでしたくなってしまうのだが、神様にこんなことしてもいいのかな?

 

「えっと……では、貴女はどうしたいか聞いてもいいですか?」

「これから私のことを『カレン』って呼んでいただけたら、嬉しいな」

「分かりました。では、カレン……」

「それと私に敬語を使うのもやめて、よそよそしくて嫌です!」

 

 そうか、カレンは「神様」として敬られるよりも、対等に接されることを望んでいたのか。

 振り返ってみると、あの謎の空間を脱出した以降は「助けてくれたお礼」と言いながら私の頬に唇をつけたり、慈母のように膝枕をしてくれたり頭も撫でてくれたり、そして今は胸を当ててくるようになった。もしや私のような人間に、好意も抱いているんじゃないだろうな。

 

 彼女を抱き寄せてその顔をじっくり見てみたい、何より彼女の気持ちを確かめたい。

 そんな思考に駆り立てられるまま手を出してしまい、両手に花の恰好になった。

 

「カレンがあまりにも可愛かったから、つい……もし嫌だったら、すくやめるよ」

「嫌じゃないんです……むしろ、こういうことを期待してました」

 

 カレンの腰に手を回してしまったが、嫌がる様子はなくてよかった。

 真近でじっくり見ると、声だけではなく、頭にアホ毛が生えていないことを除けば容貌もヒカリちゃんに似ている。私を見上げるサファイア色の瞳孔がとても綺麗で、恥ずかしがりながらも次のアプローチを期待しているような眼差しも相まって、少女らしい可憐ささえ感じさせる。

 

 できることなら、このままカレンを自分の傍に引き留めておきたい。神様として信仰するのではなく、一人の女として愛したいと思っている。それに彼女もその気はあるので、これ以上遠慮するのは逆に失礼だろうし、情けない男だと思われてしまうかもしれない。

 

「カレンさんの想いを、ちゃんと受け止めてあげて。悠凪くん」

「う、受け止めるって……美玖はいいのか?」

「いいんです。ただし、わたしが一番であることを忘れないでくださいね」

 

 まったく怒っていないどころか決断の後押しをしてくれた美玖。これで私は、心置きなくカレンの想いに答えられる。言葉より行動で示すことを好む私は、頬を赤く染めたカレンの唇を奪おうと顔を近づけるのだが、それもなにか不味いものでも食ったようなしかめっ面を見せた隼人が視界に入ったまでのことだった。

 

「何だその顔は、不味いものでも食ったのか?」

「違うわ。ただお前ら、イチャつきたいなら余所でやれよ。独身の俺のことを考えろよ!」

「それはすまなかった。今後気を付けるよ」

 

 二人の美少女に気を取られて隼人のことをすっかり忘れてしまった。とりあえず気分を悪くしてしまったことを謝罪し、混雑になる前にホビーセンターへ入る正面の門をくぐり抜ける。車椅子の操作をしばらく美玖に任せることにし、私は再びカレンに目を向けた。

 

「ど、どうしたんですか? 私の顔に、何かついてました?」

 

 視線を感じた彼女は髪を指先でくるくると巻きながら、恥ずかしそうに私を見上げる。

 何か落ち着かない様子だった。さっきの私の行動に驚かされたのか?

 

「いや……君の顔が赤かったし、どこか落ち着かない様子だったからな」

「だって、ほら。ゆっ、悠凪がさっき、私にキスしようとしたでしょ!」

「ああ、キスしようとした。もし嫌だったら、すまない」

「ううん、嫌じゃないんです……ただ、衆人環視の中でされるのが嫌なだけですっ!」

 

 どうやらカレンは「場の雰囲気」が大事だと思っているようだ、危うくやらかしてしまうところだった。そのまま彼女の唇を奪ったら、平手打ちされるのはまだいいが、最悪の場合は命に関わるかもしれない。そう思うと、今回は隼人に助けられたと言っても過言ではないな。あの不味いものでも食ったような面に気を取られてなかったら、私はやらかしていたに違いない。

 

「だから続きは人気のない場所で、二人っきりで……っ」

「分かった。今は我慢するとしよう」

 

 

 

 

 

「悠凪くん、エレベーターで上がるとイベント会場に着きますわ」

「上の階か、分かった」

 

 ガンプラの販売コーナーの横を行き過ぎ、二階までエレベーターで上がると、私はフロア中央に設置された超大型バトルシステムに真っ先に目を向けた。観客の大群に視界を遮られて、今バトルしてるのは誰なのか見えなかったが、続いて「ガンダムエクシア、怒涛の猛攻撃でプロヴィデンスガンダムに大ダメージ!」とエコーのかかった司会の声が聞こえると、一瞬で検討がついた。

 

「もしかして、刹那か!」

「セイエイさんだけではありませんよ。ストラトスさんたちもバトルに参加してますわ」

「そうなのか。ソレスタルビーイング対ザフトか……これは、夢の対決だな!」

 

 天上から吊り下げられた超大型モニターに目を向けると、プロヴィデンスの援護に回った二機のゲイツが石竹色の粒子ビームに撃ち抜かれて爆散したのを見た。やったのは十中八九、ロックオンのデュナメスだろう。続いて、爆発の硝煙を突き破り、GNシールドニードルでプロヴィデンスを串刺しにしようと左手を突き出すキュリオスが映っていた。

 

 咄嗟に身を躱してキュリオスに空を斬らせ、続けざまにプロヴィデンスは複合兵装防盾システムのサーベルで反撃するが、キュリオスのGNシールドに防がれてしまう。バトルに魅入られた私はモニターに目を凝らしたのだが、それも篠原先輩と妃玲奈の声が聞こえたまでのことだった。

 

「やっとお兄さんを連れてきたわね、美玖」

「美玖ちんとカレンちんが離れている間、ソランくんたちはもう最終ステージに進んだわよ」

「ごめんなさい。会場の外が思ったより混雑していて」

「(ソラン……刹那が本名を名乗ったか)遅れてしまいすみませんでした、先輩」

「気にしない、気にしない。こちらの男性は絢瀬君のお友達、風間さんですね?」

 

 敬語で隼人に挨拶をする篠原先輩。

 そっと隼人の顔を窺うと、頬が真っ赤だった。しかも篠原先輩の胸をガン見してる。美女の胸に目が行ってしまうのは、人間の三大欲求に従った行動ではあるが、度が過ぎると嫌われるぞ。

 

「あっ……俺のことは、隼人っていいんだ」

「じゃあ、わたしのことも聖奈っていいわ。そして彼女が絢瀬君のクラスメイト、妃玲奈よ」

「玲奈だよ、よろ。ところで、顔が赤いんだけど大丈夫?」

「いやいや、大丈夫だ。二人が美人すぎて、つい見とれてしまっただけさ……ははっ」

 

 隼人が照れ隠しに言うと、二人は声を立てずに笑った。

 

「ありがと。ちょっち嬉しいな」

「ふふっ、ありがとう、隼人君。さあ、クルスクランさんたちが待ってるわ。行きましょう」

 

 篠原先輩と玲奈に案内され、シルヴィたちが控えているVIPルームに入った途端「悠凪ったら遅いなぁ、何をしているのかしら」と缶ジュースを飲み、ちょっと不機嫌そうに呟くシルヴィの声が鼓膜に伝わる。風船のように膨らませた頬をつんつんしたいのだが、その傍に控えているエルに叱られそうなので諦めることにした。

 

「待たせてすまないな、シルヴィ」

「え、ううん、気にしないで。そんなに待ってないからね!」

 

 私が声をかけると、ご機嫌斜めだった姫君が一瞬で上機嫌になった。セイとネーナがこの部屋にいないので、二人はどこに行ったかについて皆に聞いてみると「ネーナが新しく作ったデスサイズヘルの脚関節が緩々で自重保持が出来なかったので、一階にあるガンプラ製作室に修理に行った」とのこと。つまり私は、二人とすれ違っていたのかもしれないということだ。

 

 それにしても随分と意外な組み合わせだ、ネーナとデスサイズヘル。

 

「こちらの方は、悠凪のお友達の風間隼人さんだね」

「あっ、どうも。俺のことは隼人っていい」

「ならわたしのことも気軽にシルヴィって呼んでね。そしてこちらの二人は――」

 

 それから、シルヴィはエルとミナのことを隼人に紹介する。三人が挨拶を交わし終えたのを見計らい、シルヴィは椅子から立ち上がり「今は『Gクエスト』という新型アトラクションの体験イベントを開催しているんだけど、悠凪も一緒に参加してみない?」と笑いながら誘ってきた。

 

「なるほど、外でやってるバトルイベントが『Gクエスト』だったか」

「ええ、システムがランダムで生成する4つのステージのクリアを目指すお遊びなのよ!」

「そう言えばセイとネーナも一緒に参加するのか?」

「ええ。今のところはわたしとカレン、あとはセイ君とネーナの4人ね。参加者の上限は5人なんだから、悠凪にも参加してほしいなっと思って」

「このチラシにイベント戦のルールが書いてありますわ、絢瀬様」

 

 マスターハロを抱え、笑顔でGクエストのチラシを渡してきたミナ。

 

「ありがとう、ミナ。ところで、ハロのことを気に入っているのか?」

「ええ。転がったり跳ねたりしていて、会話機能もついていて、お姉様のキュロちゃんに似た所も沢山ありましてとても気に入りましたわ!」

「ハロとキュロちゃんが似ている、か。早く会ってみたいものだな!」

「キュロちゃんは本国に点検整備に出していたから、会えるのは多分来週になると思うわ」

「ほう、来週が楽しみだな」

 

 頷いて了解の意志を伝えると、私はミナに渡されたチラシに目を走らせる。

 書かれた規則や注意事項を読んでみると、Gクエストは従来のPVP形式ではなく、ファイター同士が協力して戦う共闘コンテンツ。言わばPVE形式のバトルイベントで、参加者は最低2名で最大5名までとのこと。使用可能のガンプラはやはりHGとRGに限定されているが、大型MAの使用は可能だ。ただしその場合、参加者は最大3名まで(MAが1機、MSが2機)になる。

 

「シルヴィ、ちょっと聞いていい?」

「どうしたの?」

「君が誘ってくるということは……今日は、スノーホワイトを持ってきてるのか?」

「今は、手元にないわ。実は悠凪と別れた後、エキスナに持ってくるように頼んだのだけど」

 

 と言ってる傍から部屋のドアが押し開けられ「お待たせしました、シルヴィア様」と黒コートを着た女性――エキスナさんが入ってき、小さな木箱をシルヴィに手渡した。ありがとう、と労いの言葉をかけると、シルヴィは丁寧に木箱を開けた。中身はガンプラだった。

 

「このガンプラが、シルヴィのスノーホワイトか」

「そうよ。前の大会で一緒に戦ったウイングゼロをベースに改修した、わたしのガンプラよ!」

「白と空色か……派手とは言い難いけれど、上品なカラーリングだね」

「ありがとうございます、先輩」

 

 机の上に置かれたスノーホワイトを皆と一緒に観察する。

 白一色だと思っていたが、実際はそうではなかった。青色だった部分が空色に、足の赤色だった部分が白灰色に塗装されている。肩や胴体に金色の線で装飾されていることも相まって、見る者にドレス姿のシルヴィを想起させるカラーリングだった。

 武装は元々持っているツインバスターライフルやビームサーベル以外、6つのメッサーツバークらしき武装が取り付いている。しかしこの形、何だかフィン・ファンネルに似ているな。

 

「ほう、美しい……ドレス姿の君を想起させるカラーリングだな」

「エルちんに飽き足らず、シルヴィにまで口説いてやがったなこのお兄さん!」

 

 ふざけたように言う玲奈に、驚きと羞恥で顔を真っ赤に染めた二人の姫君と女騎士。

 

「妃殿、誤解を招く言い方はおやめください!」 

「絢瀬様がお姉様に口説いたですってぇぇー!?」

「落ち着けミナ、これは冤罪だ」

 

 とりあえずミナを落ち着かせるために自己弁護をした。

 

「おのれこのリア充め、これでもシラを切るつもりか!」

「ところでシルヴィ、このメッサーツバークらしき武装、実はファンネルだったりするのか?」

「って無視すんな!」

 

 このままこの話題に乗ったら金髪ギャルの思う壺になってしまうので、私は敢えてしかめた顔で問い詰めてくる隼人を無視することにした。無言でジト目を向けてくる美玖とカレンに「あはは」と微苦笑いを返すと、シルヴィが助け舟を出してくれた。

 

「えっとね、悠凪が誰かを褒める時は偶に独特の言い回しを使うの。口説くというか、ただ単純に本心から相手を褒めていると思うわ。そうでしょ、美玖」

「言われてみればそうですね。わたしも昔、そのように褒められたことがありましたし」

「なぁ玲奈ちゃん。このお姫様って、単純というか純粋すぎたと思うわ」

「あたしも時々そう思った。陰湿な男に後ろからパクッと食べられちゃうのが心配だわ」

「ご心配なく。シルヴィ様を良からぬ者共からお守りするために、私たち護衛騎士がいます!」

 

 自信満々のドヤ顔で言うエル。続いて部屋の隅に控えている黒服、もとい護衛騎士たちも一斉に「シルヴィア様の為に!」と声を上げて敬礼するのだった。シルヴィの人望が厚いことが伺えると同時に、騎士たちが彼女に心酔していることも感じる。えらいカリスマだ。

 

「さっきの話に戻るのだけれど、この子の腰に着いた板状の物はね――本来のメッサーツバークを取って代わる、わたしが考えたオリジナル武装。名は『シュトゥルムパールヴァティー』ね」

「なるほど、暴風とシヴァの妻の名が冠された武装ですね。さぞ強力な武装でしょうか」

「その凄さはこれからのバトルでお披露目するわ。それと、この武装はニューガンダムのフィン・ファンネルに似せて作られているのだけど、ファンネルとしての機能は備わってないわ」

「そうなのか、それはお楽しみだ――ところで、外がさっきより騒がしいような?」

 

 観客たちの叫び声がさっきより大きくなっており、壁越しでも聞こえるほどになった。「ソランくんたちの試合が終わったよ」と玲奈が窓の外に向けて指差しながら言うと、私は「わたしたちの番が回ってきたわ、行きましょう!」と笑顔を向けてくるシルヴィに手を引かれたまま、みんなと一緒に部屋を出ていった。見る者に元気を与え、幸せな気持ちにしてくれる笑顔だった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「そういえばカレン。さっき皆と一緒に作ったガンプラ、まだ絢瀬君に見せてないんでしょ」

「俺が隼人を迎えに行った間に作ったのか。どんなガンプラなんだ?」

 

 篠原先輩が何かを思い出したように言う。それを聞いた私はカレンに問いかけると、にっこりと微笑みを見せた美玖が手持ちのカバンからガンプラらしきものを取り出し、カレンに手渡す。よく見ると、蝶の羽を連想させる赤き翼を持つガンプラだ。その名も、私はとっくに知っている。

 

「デスティニーガンダム……それにこのデカール、RGなのか!」

「ええ。実は、このガンプラはね――」

 

 と言いながら私の傍に寄ってくるカレン。この人数だから、RGのガンプラをこの短時間で完成させるのは簡単だろう。続いて「悠凪が寝室の棚に置いた、あの未開封のガンプラですよ」という言葉が彼女から耳元で囁かれた瞬間、私は驚きのあまりに目を見開いて固まってしまった。

 

「ごめんなさい、事前に悠凪の同意を得るべきでしたね」

「私は気にしてない。今からこのガンプラは君のものだ。Gクエストを皆と一緒に楽しんでね」

「うん、ありがとう」

 

 頬を赤らめた彼女が言うと、寄りかかっていた身体を離す。

 

「ねえ、悠凪も一緒に参加します?」

「いや、大会で目一杯バトルをしたからな。この機会を――美玖に譲ろうと思うんだ」

「お兄ちゃん……!」

「この前は一緒にフェネクスを作るって約束したのに、結局は俺の都合で後回しになってしまったからな。それに俺は、美玖には皆と一緒にこのイベントを楽しんでほしいと思うから」

 

 愛機のガンプラを美玖に手渡すと、私はその頭をゆっくりと撫でてやった。

 

「だから、フリーダムを君に貸すよ」

「ありがとうございます。お兄ちゃんみたいに、フリーダムを上手く扱えるか分かりませんが、全ステージ制覇を目指して頑張りますから。だからわたしのことを、ちゃんと見ててくださいね」

「美玖は謙遜だな。ガンプラバトルで一度、俺に勝ったことがある君ならば、きっとフリーダムを上手く扱えるはず。期待しているよ」

 

 気が付いたら、シルヴィたちが目を丸くしてこっちを見つめている。この件は当時人である私と美玖を除けば、その場に居た刹那とロックオンしか知らないことだから、皆が驚くのも無理はないだろう。しばらく沈黙の後、玲奈は美玖の後ろに回って「美玖ちん、どうやってお兄さんに勝ったのかを教えてー」と言いながら腰に両手を回すのだった。

 

「あっ、あの時はただ運が良かっただけですっ!」

「こら玲奈、美玖を離してあげなさい。これは会長命令よ」

「はーい、分かりました」

 

 篠原先輩の会長命令によって、玲奈はすぐざま美玖を解放することにした。

 

「気になるのは私も同じですが、今は詮索する場合ではないはずです、妃殿」

「セイ君とネーナは、きっと会場でわたしたちを待っていると思うわ。早く行きましょう!」

「それじゃあ、車椅子の操作は玲奈ちゃんに任せなさい!」

「ああ、頼む。玲奈ちゃん……」

 

 美玖が後ろから胸をわしわしされるという百合展開を少し期待していたが、篠原先輩のおかげで事無きを得た。我々が会場に着いた頃は、セイとネーナはすでにそこで待っていた。

 

「お待たせしました、セイくん。それにネーナ、デスサイズヘルはどうなってました?」

「いいえ、僕たちも着いたばかりですから」

「緩んだ関節が全部セイが直してくれたわ。もう大丈夫よ、美玖さん」

「なら良かったです」

 

 しばらくすると『バトルシステム点検は完了いたしました。次に参加するチームはどうぞ、中央舞台へお上がりください』のアナウンスが流れてくる。シルヴィ、美玖、カレン、ネーナ、そしてセイは足を揃えて歩き出し、舞台へ上がる。

 

 ソルティレージュの姫君に第七回世界大会の優勝ビルダー、おまけに美少女が三人いる。豪華なメンツに司会も観客も驚いた様子で、満員の観客席から湧き上がる大歓声は、バルトが開始された後もひとしきり止むことはなかった。

 

 後編へ続きます。



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