貞操観念逆転世界におけるニートの日常 (猫丸88)
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第1話 ヒキニートになる覚悟を決める

 

 

 

 目が覚めてすぐに病院だと分かった。

 白を基調とした清潔な一室。

 薬品や消毒液の独特な香りを感じた僕はしばらくぼんやりと天井を眺める……1分、2分とゆっくり周囲を見渡した。

 5分ほど経過しただろう辺りで直前の記憶を辿りながら枕元のナースコール用のボタンに手を伸ばす。

 すぐに人がやってきた。

 かなり慌てた様子の白衣の女性から話を聞けば、どうやら僕は生死の境を彷徨っていたらしい。

 それなりに危ない状態だったらしく、この後すぐに行った精密検査で何一つ問題が見つからなかったのは奇跡だと言われた。

 病院というある意味非現実的な場所にいることに緊張なのか興奮なのか、あるいはその両方のような感情を抱いた。

 ……けど、それも初日だけだった。

 

「退院ってまだできないんですかね?」

 

 僕が意識を取り戻してから既に数日が経った。

 このままだと寝てばかりの生活に順応して、退院後が辛くなりそう……問題がないなら退院させてほしいけど、まだ時間が掛かるのだろうか?

 

「大鳥さんは男性なのでそんなに簡単には無理ですよ」

 

 美人と言っても差し支えのない端正な顔をなぜか少しだけ赤く染めた女性の担当医がそんなことを言ってくる。

 意味はよく分からなかったけど申し訳なさそうな顔を見て無理なんだということだけは伝わってきた。

 高校入学を来月に控えた時にこんなことになるとは運がない。

 寝坊というには長く寝すぎてしまっていたようで入学式はもう何日も前に終わっている。

 やることもないからテレビをつけ特に興味もないニュース番組をしばらく眺める。

 あ、そういえばここWi-Fi繋がってたよね。

 傍にあったスマホを手に取り検索する。

 この前気になるネット小説を見つけたからそれを読もうかな。

 貞操観念逆転物のラブコメハーレム小説だ。

 

【貞操観念逆転世界】

 

 一言で説明するなら男女の貞操観念が逆転してる世界のことだね。

 よくあるパターンだと男女比が偏ってるとか。

 そのネット小説の展開で例えるなら――

 

 男の子が事故に遭って貞操観念逆転世界……つまりパラレルワールドに行ってしまうんだ。

 そこは男が少なく貴重な世界で、女の子はどれだけ可愛くて美人でもモテない童貞みたいな扱いを受ける世界。

 そこで主人公はハーレムをつくるなり、可愛い女の子とのラブコメを楽しむなりするわけ。

 貞操観念逆転世界で美少女や美女の価値はかなり低いからね。

 釣り糸を垂らしたら入れ食い状態って感じ。

 

 まさに貞操逆転のテンプレって感じの話だったけど、構成力が高いのと登場するヒロインが可愛いということもあり一目で気に入っていた。

 世界観も丁寧で心理描写も上手かったのですぐにその世界に入り込めたのだ。

 

「えーと、あれ? ないな……どこだったっけ」

 

 スマホ片手に小説サイトを探していると毒にも薬にもならないことを垂れ流していたテレビからニュースが聞こえてきた。

 

「近年女子高生による男性へのセクハラ被害は悪化の一途を辿っており男性専用車両の警備強化といった対策が――」

 

 強い違和感にぴたりと手が止まった。

 なんだろう、女性専用車両と聞き間違えたのだろうか。

 続けて流れてくるニュースは女の人が喋っていた。

 いや、今時女性のアナウンサーなんて珍しくもない。

 だけど、なぜか目が離せなかった。

 慌ててチャンネルを変える。

 女性芸人、しかもかなりレベルの高い美女が結構きわどい格好でお決まりの熱湯風呂をやらされていた。

 マラソンの中継、昼ドラ、ニュース、バラエティに食べ歩き番組。

 女の人しか出ていなかった。

 僕は病室を飛び出して院内を見て回った。

 走ると危ないと注意されたので謝りながらも、それでも少し早歩きで進んでいく。

 やはり女性しかいなかった。

 おい……いや、待って待って……これまさか本当にひょっとしてひょっとするんじゃ。

 待合室に読みかけの新聞があった。

 持ち主は見当たらず、誰かが忘れていったもののようだ。

 僕は新聞の一面を開いた。

 

【男性の出生率は年々減少傾向にあり――これを受けて国会は男性に対する補助金の増額を決定】

 

 オタク趣味拗らせすぎだとは思うけど僕はこの段階でかなり確信に近い予感を抱いていた。

 あまり長々と説明するのも面倒だ。結論から話そう。

 どうやら僕は本当に貞操観念逆転世界に来てしまったようだ。

 

 

 

 

 数日後。

 そうだな、どこから話そう。

 歴史的な差異については長くなるので置いておこう。

 とても一言では説明できない。

 重要なことから簡潔に話すと……この世界の男は働く必要がないのだそうだ。

 女性に養われることが当たり前。

 それどころか男ってだけで国から補助金がもらえたり。

 どうやら本当に男女の価値が大きく変化しているらしい。

 男女比が大きく偏ったこの世界では男は男というだけで国から保護されるレベルの希少生物。

 男と比べたら性別が女というだけでどんな傾国級の美女でもどこにでもいる凡人に成り下がる。

 そんな、何もせずとも得をする世界に生きていれば当然人間の男なんて生き物は勘違いをする。

 自分は偉いんだ、凄いんだと。

 一人だけ歳の近い男の子がいたので話しかけてみたら凄かった。

 傲慢が服着て歩いてる感じって言えば伝わるかな。

 同じ男としてちょっとだけ複雑な気持ちになったよ。

 

 恐らくこの世界の価値観に染まっていない僕がちょっと優しくすればどんな美少女だろうとすぐに心を許すだろう。

 本当に歪すぎる世界だ。

 けど……やばいよ、何ここ楽園だよ。

 そこで僕は決意をする。

 ハーレム主人公になって可愛い子たちとイチャイチャ――なんてことはなく。

 

「引き籠ろう、誰とも関わらずにニートになろう」

 

 引き籠る決意を固めた。働かなくても良いって最高じゃないだろうか。

 一生遊んで暮らせるお金のアテもある。

 少し前まで学校面倒だな~なんて考えてたけど、それももう関係ない。

 今の僕の心はとても晴れ渡っているんだ。

 貴重な男としてこの世界では価値のない美少女たちとのラブコメハーレムも捨てがたい気はするけど、それよりも24時間365日何もしなくていい逆転世界の男の希少性に惹かれた。

 良く考えたら無理に関わる必要もないからね。

 

 これは貞操観念逆転世界にやってきた大鳥奏と言う少年が世界との関わりを断ち部屋からほとんど出ない物語。

 貞操観念逆転世界のハーレム主人公を拒んだ僕という人間の引きこもり譚である。

 え? それ何が面白いのかって?

 

 シャラップ!

 

 

 

 



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第2話 ニートの日常

 

 

 

 

 

 総合病院の自動扉を抜けると、心地良い日差しが目に入った。

 あれから僕は数回の精密検査と経過観察を経て無事に退院。看護師さんたちにやたらと惜しまれたのはやはり男だからなのだろう。

 ちょっと日常会話をしただけで男に優しくされるなんて初めてだと言って感激してくれる人が多かった。

 さすがに手が触れただけで鼻血出されたのは驚いたけど。自惚れかもしれないのを承知で言うけどあの顔は僕のことを完全にそういう対象として見てたんじゃないだろうか。

 顔合わせて挨拶するだけで美人な看護師さんたちが頬を赤く染めて挙動不審になる姿はちょっとした男としての優越感を感じた。

 

「またいつでも来てくださいねえええええ!!」

 

「ハンカチありがとうございましたあぁーー!!」

 

「好きですー!」

 

「私もーっ!!」

 

 だからってまさか総出で見送ってくれるとは思わなかった……

 いつでも来てくださいって、仮にもここ病院だからあんまり洒落になってない気もするけど。

 というか見送りは絶対やめてくれって言ったのに……

 恐らく主犯である主治医を見ると親指を立てて満面の笑みを浮かべてきた。

 あの笑顔引っ叩きたい。顔を引き攣らせながら、それでも何とか笑みの表情を作って手を振り返した。

 ワァー! と歓声が聞こえてきた。気を取り直して歩き出してこれからのことに想いを巡らせる。

 

「よし、まずは準備だね」

 

 まずは学校中退の手続きと補助金の申請をしないとな。引き籠るための食糧などを買い込み、ちょっと古かったパソコンも新しいゲーミングPCへと買い替えた。

 この世界のことを調べるために図書館へ向かったりもした。

 男女の比率は実に女性100人に対し男性が1人。男はかなりの希少生物として女性から見られている……たまに怖いと感じる視線もあったけどもう僕には関係ない。

 なぜなら今の僕はニートなんだからね。あとやっぱり病気は怖いし、部屋の清潔さとか食べ物の栄養にも気を遣いたいね。

 というよりこの世界の僕って学校通ってなかったんだね。今の僕には無関係だけど心臓が弱かったこともあり通学は難しかったのだそうだ。中退の手間はこれで省けた。

 それと補助金の話。この世界の僕が生前から申請していたらしい。それに加えて保険で入院費などを払っていたようだ。

 但し補助金を申請するなら成人後の精子バンクへの精子提供が義務になる。

 まあまだ何年か猶予あるしその間はニートさせてもらおう。

 

 

「そこは蘇生じゃなくて全体回復で戦況を安定させるべきでしょ」

 

 パソコンの前で僕は同じパーティー仲間のコマンド選択に文句を言った。

 聞こえないとは思うけどそれでも20分近くかけて行ったボス戦でのミスは大きかった。

 案の定仲間たちは総崩れ。蘇生させた仲間もすぐに死亡して残ったのは僕の前衛キャラが1人だけ。

 ヒーラーを失ったそんな状況で前衛職が戦い続けることなんてできるわけもなく……

 

「あー……負けた」

 

 パーティー解散後に軽く挨拶をするとゲームの電源を落として、そのままベッドへと横になった。

 柔らかい音を立てて体が布団へと沈み込む。

 

「もう2年か……」

 

 この世界に来て早くも2年。僕は変わらずニートだった。

 幸い家族どころか、逆転世界にありがちな可愛い妹すらいないので全力で孤独を謳歌しているというわけだ。

 ほぼ24時間いる自室内の目立つものは漫画本とPCくらいだろうか?

 それ以外はスマホやリモコンなどというちょっとした小物が並んでいる。

 片づけるのが面倒だからという理由で必要じゃないものは買わないようにしているのだ。

 散らかってるよりはいいけど我ながら何とも飾り気のない部屋だなと思う。

 

「っと、忘れてた」

 

 宅配された飲料水のダンボールが玄関口に置いてあるので外に誰もいないことを確認してからこっそり部屋へと運ぶ。

 さすがに警戒し過ぎかとも思ったけど、ここは貞操観念逆転世界。男として警戒するに越したことはないだろう。

 僕の平穏なニート生活の為である。ダンボールを畳んで再び自室へと戻った。相も変わらず殺風景なマイルーム。

 放置途中だったゲームを再び動かす。よーし、次こそは勝つぞと意気込んだ。

 そんなところへスマホにやってきた通知音。

 なんだろうと思い見てみると【ドラゴン・オブ・ファンタジー】略して【DOF】のフレンドさんから【DM(ダイレクトメッセージ)】が届いていた。

 

『カナデさん、これから炎の魔龍の周回討伐に行くんですけどどうです?』

 

 【DOF】は、基本料金無料のMMORPG(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)なんだけど……まあ、平たく言えばネトゲだ。

 知らない人とネットワークを通じることで協力してモンスターを倒したり、競争したりするゲームだと思ってもらえればいい。

 最近はこういうゲームの普及も増えてきたので、聞いたことすらない人のほうが少ないんじゃないだろうか?

 ニートの心強いお供である。すぐさま返事をした。

 

『おー、いきますいきます。僕は何のジョブで行けばいいですか?』

 

『アーチャーで後方から耐性支援とかできます?』

 

『りょ!』

 

 再び【DOF】を起動。やっぱりネトゲは楽しいね。前の世界でもやってたけど、こうして時間を気にすることなくプレイ時間を積み重ねれるってのは最高だ。

 入浴してるときみたいなまったりとした時間の流れ。うんうん、これぞまさにニート。

 ゲームを起動して中央広場へと向かうと既に先ほどのメッセージの相手である【クロロン】さんがログインしていた。

 中央広場はいつものように様々な個性を持った装備を身に纏ったプレイヤーたちで賑わっている。

 全体チャットである白色の文字が飛び交う中でPT申請を出してそれを【クロロン】さんが了承。すぐにチャットを打ち込む。

 

『こん~』

 

『こんちゃ!』

 

 定型文で挨拶をする。

 軽く雑談を交えてから二人で攻略作戦の相談を始めた。

 

『誘っておいてなんですけど炎の魔龍強いから怖い……』

 

『ミスったらフォローするんで大丈夫ですよw』

 

『ありがとうございます。あ、シンポ何個あります?』

 

『シンポ?』

 

『神級ポーションのことです』

 

『中々斬新な略称ですね……200ありますよ』

 

『ちょw多すぎませんかww』

 

『バザーでなんか大量に安売りしてたんですよ』

 

『mjk』

 

 フィールドを進んで行くとボスマップへの転移ポータルがパソコンのディスプレイに映った。

 

『準備おk?』

 

『おけい』

 

 ボスである炎の魔龍が迫力のある咆哮を出す演出と同時に戦闘開始。火山系のフィールドでキャラクターを動かしサクサクと進めていく。

 たまに【クロロン】さんが取り巻きの雑魚モンスターの処理をミスるけど、そこはPT仲間の僕の出番だ。取りこぼしがない様に1匹1匹片づけていく。

 

『サンクス!』

 

『ういうい』

 

 MP管理も疎かになっていたので傍にキャラクターを寄せてマナポーションを使用。

 普通こういう時ってそこそこ隙ができるんだけど、予めアイテムの使用速度を上げるスキルを使っていたので問題なし。

 

『ありです!』

 

 【クロロン】さんの言葉を聞きながら軽く横に移動。

 ボスの視線を見るとどうやらターゲットが僕に変更されてしまったようだった。

 

『壁お願いします~』

 

『おk』

 

 なんてことがありつつも、その後からは特に大きなミスもなく順調に相手のHPを削っていった。

 

 

『乙~』

 

『お疲れ様です』

 

 そして、10分ほど掛けて炎の魔龍を討伐。

 ドロップ率5%のレア素材がドロップしたのでちょっとだけテンションが上がったり。

 そういえばお知らせ掲示板に今日はドロップ率アップのイベント日だと書いてあった。

 そのおかげかもしれない。何にせよこれが出るのは嬉しい。

 

『幸先いいね!』

 

『神が祝福しているのかもしれない』

 

『なにそれw』

 

 その後、5戦くらいしたけど討伐失敗もなかった。軽くチャットをしてその日は解散。

 寝て起きたら深夜だったのでフレンドさんは一人もログインしてなかった。

 寝る時間は調整するべきだったかな……と、少し寂しい思いをしながらもソロでレベリング。

 生活時間はめちゃくちゃなので軽くご飯を食べてお風呂に入ったらもう朝だった。

 今日も僕のニート生活に幸あらんことを。なんてわけわからないことを考えながら牛乳を飲み干した。

 

 ……この物語は果たして誰得なんだろう?

 

 

 

 

 

 



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第3話 ヒロイン登場(ただし出会わない模様)

 

 

 

 

 とある女子高生視点

 

 

「ふう」

 

 移動授業を終えて教室へと戻る。

 まだ半数ほどは戻ってきていないようで席は疎らに空いていた。

 教科書の類を鞄に仕舞って時間割を確認する。

 確か次は現代文だったか……そうして自分の席で授業の準備をしていると近付いてくる人影が視界の端に入った。

 

「今日いつ頃インする~?」

 

 クラスメイトの椚木優良がいつものように語尾を伸ばしながらそんなことを聞いてきた。

 インとはログインのことだ。

 私こと黒崎加恋はこの鈴ヶ咲高校に一緒に通っている何人かの友達と【ドラゴン・オブ・ファンタジー】というMMORPGをプレイしている。

 LEINグループも作っていてよくそこで攻略情報を交換したりする。

 グループ名は【ゲーマー美少年捜索隊】だ。

 【DOF】をプレイしている美少年を探すことが目的だとかグループ創設者は言っていた。

 無理だと思うけどなぁ……あのゲーム男の人には人気ないし。

 そもそも趣味の共有ができる美少年自体が都市伝説だ。

 でも気持ちは分からないでもなかった。

 

「帰ったら速攻でログインかな。炎帝装備作りたいし」

 

 実は今日は【DOF】のドロップ率アップイベントの日なのだ。

 ドロップ率が高くなり、レアアイテムも落ちやすくなる。

 これを逃す手はなかった。

 

「雷魚姫の涙が欲しいんだけど手伝ってもらえないかな?」

 

「あーあれね」

 

 ドロップ率の低い面倒な素材だ……だけど他ならぬ友達の頼みを断ることなんてできるはずもない。

 私は装備を作り終わってからならいいよと頼みを引き受けた。

 

 

 

 

 迎えた放課後。

 下校途中のコンビニエンスストアで飲物とスナック菓子を購入。

 そのまま小走りで5分ほどすると見覚えのある住宅が見えてくる。

 少しだけ早くなった脈拍を落ち着けながら、玄関のドアを開いた。

 

「あ、お姉ちゃんおかえり」

 

「ただいま~」

 

 妹との会話もそこそこに階段を上がり2階にある自室へと籠って制服を脱いだ。

 皺になるといけないので丁寧にハンガーに掛ける。

 鞄も勉強机の横に退かすと、そのまま私はタンスの中に仕舞ってある上下赤色のジャージに着替えた。

 何とも色気のない格好だとは思うけど、私みたいな生娘の色気が増したところで誰得なんだと思う。

 私としても自分の顔は悪くないと思うんだけど如何せん出会いがない。

 まあ、出会いがあったところで平凡な女の私なんて一瞥されるだけで終わる気がするけど。

 ……駄目だ悲しくなってきた。

 ゲームをしよう。

 自虐的なことを考えながら長めの黒髪を髪留めで結んで準備万端。

 パソコンを起動して【DOF】のショートカットをクリックした。

 

「……誰もいない」

 

 ログインしているフレンドが1人もいなかった。

 【ゲーマー美少年捜索隊】のメンバーもいない。

 今朝手伝いを頼んできた優良もまだ帰宅していないのかログイン中のフレンド一覧にはいなかった。

 参ったなと少しだけ考え込む。

 欲しい素材は炎の魔龍のノーマル素材【魔龍の鱗】【灼熱の龍角】と、レア素材の【深淵の炎核】だ。

 装備作成に必要な素材なのだけど……あのボスは私一人では手に余る。

 

「カナデさんもいないとは……」

 

 【カナデ】という1年ほど前から仲良くしてもらっているフレンドさんがいる。

 野良で知り合ってそのままフレンドになった。

 基本カナデさんは毎日いる。

 稀にいないこともあるけど、ログイン時間は私よりも遥かに多い。

 何してる人なんだろう? と思わないでもないけど聞いたことはない。

 リアルの事情に深く触れないのはネットゲーマーのマナーだと思っているから。

 

「メッセージ送ってみようかな……それでいなかったらどうしようもないけど」

 

 パソコンでメールを作成しメッセージとして送信した。

 そして、丁度スマホかパソコンでも見ていたのかすぐに返事が返ってくる。

 

『おー、いきますいきます。僕は何のジョブで行けばいいですか?』

 

 カナデさんは自分のことを【僕】と呼ぶ所謂ネナベだ。

 女の人なのになぜか男の人のふりをしている。

 偏見かもしれないけどそういう人とはちょっとだけ話しにくい。

 なんというか自分を偽っている感が凄いのだ。

 信用されてないのかなと不安にもなるし、違和感が強いため心からチャットを楽しめない。

 だけどカナデさんとのチャットは楽しかった。

 上手くは言えないけど自然体……っていうのかな?

 ほんとに男の人なんじゃないかとさえ思えてしまうほどに。

 

 あ、カナデさんが何でネナベって分かったのか。

 理由はいくつかある。

 1つはこのゲーム【DOF】のキャラクターメイキングが理由だ。

 女キャラもだけど男キャラはシュッと細身だったり、筋肉質だったりバリエーション豊かで、服装や装備に至っては下着までメイキングすることができる。

 さすがに股のところとかは見れないけど、美麗なグラフィックと相まって女性プレイヤーからやたらと支持されているゲームなのだ。

 反面男性からの人気は低い。

 ただでさえ少ない男の人がさらに敬遠するゲームが【DOF】というわけだ。

 男の人はそういう性的なことを極端に嫌うから当たり前と言えば当たり前だけど……でもMMORPGとして純粋に面白いと思っているから少し残念。

 食わず嫌いで好きなゲームがプレイされないというのも寂しいけど、こればっかりは好みもあるから仕方ないかな。

 

 ちなみに【ゲーマー美少年捜索隊】の何人かはカナデさんを本当に男なんじゃないかと言っている。

 無理があると思うなー……

 これが2つ目の理由なんだけどカナデさんは優しすぎる。

 男の人は傲慢というか女を見下す傾向があるというか……

 クラスにも一人男子生徒がいるけど挨拶するたびに舌打ちを返されるのは中々心にくるものがある。

 そりゃあ貴重な男の子として親に女は狼だって言われて育ってきたんだろう。

 警戒するのは当然だし正解だとも思う。

 けどやっぱり私としては男の子と親密になりたいわけで……

 それが無理でもお話できる関係にくらいはなりたいと思っている。

 いや、ごめん嘘だ。結婚がしたい。

 どこかにいないかな……一緒に【DOF】をしてくれるイケメンなゲーマー美少年……って、話が逸れた。

 

 このゲームは男キャラが多いけど、ちょっとした好奇心でマイページを見てみたらほとんどが女性プレイヤーだということが分かった。

 そこまでして持ち上げられたいのか。

 ゲームをしなさいゲームを。

 私もサブに男キャラいるから人のことは全く言えないけど。

 だけど、カナデさんは……そう、そういう妙な下心が全く感じられないのだ。

 純粋にゲームを楽しんでるんだなっていうのが伝わってくる。

 ほんとに男だったらいいのに……で、理由3つ目。

 それはアカウントの性別設定だ。

 カナデさんのアカウントで女性設定してあったときは、ああやっぱり……って感じだった。

 課金すればアカウントの設定も変更できるけど、設定の変更料金はちょっと高い。

 最初から違う性別で登録してるという可能性もあるにはあるけど、わざわざそんなことするだろうか?

 それならカナデさんが登録だけは普通に済ませてネナベをしていると言われた方が説得力があった。

 アカウント登録は設定の際に性別のところはちゃんと女の人は青色ので、男の人は赤色のチェック項目があるし、これだけ分かりやすく色分けされてるなら間違えようもないだろう。

 

あ、色々と否定的なことは言ったけどカナデさんに不満があるというわけでは勿論ない。

遊ぶ際にはとても良くしてもらっているし、優しいから女の人だろうと私はカナデさんが大好きだ。

まあ、だからこそ男の人だったらなーなんて願望が顔を覗かせるんだろうけど。

 男の人と仲良くしたいとは思うんだけど、こちらの下心を見抜いているのか大抵はそっけなくあしらわれるか侮蔑の言葉が返って来るだけの結果に終わるんだよね。

 無視という場合もあったりする。

 うぅ、でも男の人とイチャイチャしたい……性格が良ければ最高なんだけど、そんなアニメみたいな男の人いないよね。

 オタクの妄想を具現化したような人がいるなら……って、また話が逸れた。

 

『アーチャーで後方から耐性支援とかできます?』

 

『りょ!』

 

 すぐにキャラクター選択画面でメインキャラの【クロロン】を選択。

 中央広場でカナデさんのログインを待った。

 

 

 

 

 カナデさんは操作が非常に几帳面で丁寧だ。

 プレイは常に安定していてPTメンバーへのミスのカバーも完璧。

 視野が広いんだと思う。

 こちらが失敗してもすぐにフォローしてくれるし、それを鼻にかけることもない。

 とてもいい人だ。

 

『サンクス!』

 

『ういうい』

 

 そうしてボス戦も終盤……だけど問題発生。

 

「あ、MPやばい、かも?」

 

 そちらの回復を忘れていた。

 マナポーションは持っているけど終盤のボス狂化状態の時に前衛職がいちいちそんな細々としたことをしている暇はない。

 炎の魔龍はHPが10%を割ると行動回数と行動パターンが1つずつ増えるのだ。

 しかもダメージも25%増加というおまけ付き。

 こうなる前にある程度回復をするべきだったことを思い出す。

 攻略情報を確認していなかった私の怠慢だった。

 MPの管理ミスによる討伐失敗という最悪の想像が頭に浮かんだ。

 しかし、そう思った時には既にカナデさんが傍に寄ってきていた。

 

「おぉ、さすがカナデさん」

 

 気が利くというかなんというか……2人だけのPTとはいえ、カナデさんがいるなら安定感は抜群だ。

 戦闘中なので長文は打てないから短い文面で謝っておいた。

 けど高額なマナポーションを使わせてしまったことを少しだけ申し訳なく感じる。

 あとで返そうかなと思ったりするけど、カナデさんはそういうことを好まない。

 基本的にそういうお返しは受け取らなかった。

 利害だけの関係になるのが嫌なのだろうけど、そういうところも好感が持てた。

 

『乙~』

 

『お疲れ様です』

 

 カナデさんのフォローのおかげもあり難なく討伐。

 お返しできないならせめてこれくらいはともう一度チャットでお礼を言った。

 それから5回討伐に付き合ってもらえた。

 カナデさんは良く人の手伝いをしているところを見る。

 手伝うのが好きなのだと言っていた。

 ほんとにいい人過ぎる……聖女?

 性別が同性なのが心から悔やまれる。 

 もしも男の人だったら全力でオフ会のセッティングをするんだけども……なんて冗談交じりにそんなことを考える。

 

『カナデさんって知り合いに男の人っています?』

 

『ん? いや、いないけど何でですか?』

 

『ネトゲで仲良くなってからそれ繋がりからのオフ会で美少年とムフフな関係になりたいなっていうのは女の夢だと思うんですよね』

 

 男の人にこんなこと言おうものなら確実に引かれるだろう。

 女同士だからこそ気安い会話ができるのだ。

 そこに関してはカナデさんが女の人で良かったなと思ってたりする。

 

『いいですね~、僕も恋人いる人とか羨ましいですよ』

 

『ですよね~』

 

 やっぱりカナデさんも彼氏とか欲しいんだなと思うと親近感がわいた。

 猥談や恋バナで女同士仲良くなれるのはやはりネトゲでも共通なんだろう。

 

『あ、そろそろご飯なので落ちますね、また遊びましょう~b』

 

『はーい、またよろしくです』

 

『ノシ』

 

 私はそのままパソコンの電源を落とした。

 LEINグループの会話を見ると優良はどうやら夕食後にインするらしい。

 それまで私もお風呂やご飯を済ませようかな。

 宿題もあったしそれもやらないと。

 

「オフ会か……」

 

 それもいいかもしれない。

 ネトゲで知り合ったフレンドさんたちとワイワイ騒いだり……

 ちょっとだけその光景を想像してわくわくするのを感じた。

 

 

 

 

 



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第4話 チャットH

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 【DOF】プレイ時のことだ。

 この日は、私こと黒崎加恋の操作する【クロロン】、同級生の【りんりん】、フレンドの【カナデ】さんの3人で【ギレール活火山】へと来ていた。

 目的はマップ奥地に出てくる高経験値モンスターを利用したレベル上げだ。

 カナデさんがアーチャーで後方支援をして前衛の私が壁役、それを後ろからメイジの【りんりん】が一掃する作戦だった。

 椅子に座りながらペットボトルのお茶を一口。

 喉を潤して二人とのチャットを楽しむ。

 

『彼氏欲しい』

 

『イケメンで優しい美少年』

 

 【ゲーマー美少年捜索隊】のメンバーの一人である篠原百合の【りんりん】がそんなことを言い出した。

 アニメの見過ぎだろう。

 そんな希少種が現代にいるわけがない。

 

『あと身長175cm以上』

 

『夢見すぎで草』

 

 どれだけ高望みするんだろうか。

 そんな雑談をカナデさんを交えながらすることしばらく。

 経験値が貯まりレベルアップが見えてきた頃だった。

 

『チャットHがしたい』

 

 彼女の操作するメイジの【りんりん】が目の前のモンスターを範囲魔法で一掃した後の一言だった。

 敵が消えてひと段落した後なので敵の再沸きまでの時間はあった。

 すぐに返事が返ってくる。

 

『チャットHとは?』

 

『いやいや、カナデさん気にしなくていいですよ。りんりんは欲求不満なんですよ』

 

 わざわざ拾ってくれるカナデさんに言っておく。

 というか百合もなんでわざわざレベル上げの最中に……いや、でも彼女は元々そういう子だった。

 学校にも平気でエロ本を持ってくるし、中々レベルの高い変態だった。

 どこの狩場でレベルを上げたのか教えてほしい。

 ちなみに【りんりん】を操作する篠原百合はリアルでは清楚で大人しい深窓の令嬢みたいな『見た目』をしている。

 もしかしてどこかのお嬢様? みたいな感想が真面目に出てくる容姿の女の子。

 そんな大人しそうな顔から凄い下ネタが飛んでくるのだ……絶対見た目詐欺だと思う。

 

『いや、チャットHってなんなのかな~って』

 

 カナデさんはチャットHを知らないらしい。

 そういう私も知ったのはつい最近になって百合に教えてもらった時だけど。

 それを見た百合の【りんりん】が得意気に……か、どうかは分からないけど返事を返した。

 

『喘ぎ声とかをチャットで打ち込むんです』

 

『官能小説のチャット版みたいなものですかね?』

 

 ピンと来てない様子のカナデさん。

 やはりというべきかイメージのし辛いことなのかもしれない。

 確かにちょっぴり変わった趣味だしね。

 

『んー、ちょっと違うかも……やってみた方が早いかもしれませんね』

 

 下ネタを嫌う女はいない。

 いるのはムッツリかオープンのどちらかだけである。

 ちなみに百合は言うまでもなくオープンだ。

 カナデさんはどちらだろう?

 たぶんムッツリ派だとは思うんだけど、下ネタ言ってもまったく動揺しないし現実では意外とオープンスケベさんなのだろうか?

 

『いいですよ、やってみますか』

 

『おお!』

 

 百合が興奮しているのが画面越しに伝わってくる。

 いや、もうすぐでモンスターが沸くんだけど……と、言いつつも興味はあった。

 本来は交互にチャットを打ち込むんだけど、今回はお試しということでまずは百合が一人でやることに。

 

『あー』

 

『ああん! あん!』

 

『うああー』

 

『ふひぃー!』

 

 味気がまったくなく淡々とした喘ぎ声の奔流がやってくる。

 ……なるほど。

 私はすぐさま百合のチャットHに対して感想を述べる。

 

『ぎこちなさすぎww』

 

『いやいや、結構上手かったと思うけど?』

 

 今のが上手いって、百合は一体どういう感覚をしてるんだろう。

 

『りんりんそういうの下手だよね……ちょっとしたホラーだったよ……』

 

『(´゚д゚`)エー』

 

 そんなやりとりをしていると、カナデさんが間に入ってくる。

 

『僕もやってみていいですか?』

 

 その発言を待ってましたとばかりに百合がテンションを上げた。

 【りんりん】を操作して大魔法を放ち、煌びやかなエフェクトがモニターに広がる。

 盛大なMPの無駄遣いをした百合はマナポーションを使用して回復し、高いテンションのままに言ってくる。

 

『GO!』

 

 今のMP無駄遣いは何のアピールなんだろうか。

 だけど私も興味がある。

 というか普通に楽しみ。

 

『おーいいですよ。わくわく♪』

 

 リアリティのあるネナベのカナデさんがどんなことを言ってくれるのか。

 モンスターの数が増えてきたので、今度はキャラクターを岩場の安全地帯に動かす。

 

『なんか今更ですけど……恥ずかしいですねw』

 

『やってるうちに気持ち良くなってきますよ』

 

 やはり百合は変態だった。

 やや抵抗感は見られたけど、さっそくカナデさんがチャットを打ち込んだ。

 

『えっと、じゃあズボンを脱ぎます』

 

 おっと、喘ぎ声であんあん言うだけかと思ってたけど状況も説明してくれるのか。

 実況するみたいな感じだろうか?

 ちょっと思ってたのとは違うけど嬉しい誤算だ。

 私はそっちのほうが興奮できる。

 しかも男視点というのはさすがネナベさんと言ったところか。

 さてさて、御手前は……

 

 …………

 

 ………………

 

 ……………………

 

 全てを聞き終えると同時にカナデさんが『どうでしたか?』と、感想を求めてきた。

 私はと言うと半ば放心状態。

 まさかここまでとは思わなかった。

 完全に想像を超えてきた。

 男女の出生率が偏ってきた昨今においてここまでリアリティのある生々しい男性の描写を作り上げることができる人がいたなんて。

 カナデさんは男性とそういう経験がある人なのだろうか? いや、それにしたってここまで詳細だとは……

 感情の昂ぶりを抑えきれない。

 こちらの不審に気付かれないように私は『良かったですよ』と返事を返す。

 ちょっとそっけなかったかもしれないけど、それどころじゃなかった。

 

『すみません、ちょっと休憩しませんか』

 

『いや、ここまでにしましょう』

 

『そうですね。経験値もだいぶ稼げましたし』

 

『分かりました。乙です~ノシ』

 

『ノシ』

 

『ノシ』

 

 …………

 

 ………………

 

 ……………………

 

 翌日の学校で。

 百合と私は顔を合わせてお互いの目の下にある隈を見た。

 そんな寝不足の顔で昨夜の出来事を察する。

 

「ねぇ……もしかして加恋も?」

 

「……うん、何がとは言わないけど凄い捗った」

 

「カナデさんって官能作家さんなのかな?」

 

「そうかもしれない」

 

「また頼みましょう」

 

「賛成」

 

 うん……あれは、とても良いものだ。

 女の友情みたいなものを感じながら私たちは、ガシッと手を握り合った。

 

 

 

 



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第5話 美少年説

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 昼休憩。

 鈴ヶ咲高校の学食は非常にリーズナブルで財布に優しい値段のものが多い。

 特に日替わり定食はたったワンコインで満足できるほどコスパが良い。

 今日の日替わりメニューはひき肉をたっぷり使ったハンバーグ定食だったのでそれを注文。

 席を取ってもらっていた友人たちの所へ向かうと食べるのもそこそこに二人が言ってきた。

 

「カナデは男だと思う」

 

「完全に同意ですね」

 

 付け合わせのニンジンを口に運びながら私は2人をまたか……と、ジト目で見た。

 

 やや癖のあるショートヘア。

 相変わらず巨乳がうっとおしいのか制服の胸ボタンを1つ外しているヤンキーっぽい子が【早乙女晶】。

 晶の方は名前が中性的なので名前だけを聞いた時に、男か!? と期待してしまったことがある。 

 高身長で声もハスキーボイスなので生まれてくる性別を間違えたのではないだろうかって感じだ。

 言葉遣いも男みたいなのでたまに後輩の女子から告白されているらしい。

 【DOF】のプレイヤーにして【ゲーマー美少年捜索隊】のメンバーでもある。

 

 眼鏡をかけた三つ編みの地味っ子が【西条薫】。

 薫は実はかなりの隠れ美少女だ。

 一度眼鏡を外して三つ編みも解いてもらったことがあるけど「誰!?」って言ってしまった。

 重度のオタクでアニメや二次元のような美少年との出会いをいつでもウェルカムだと公言しているちょっと変わった子。

 こちらも【DOF】プレイヤーで【ゲーマー美少年捜索隊】の方にも所属している。

 

 【ゲーマー美少年捜索隊】で【カナデ】さん美少年説を至極真面目に信じているメンバーの内の2人である。

 ほかにもメンバーはいるけど長くなるので説明は割愛しよう。

 

「……それに関しては結論出たでしょ?」

 

「それは私と晶のいないメンバーの間ででしょう?」

 

 うんうん、と晶が頷く。

 だけど――と、私が何か言おうとしたのを晶の言葉が遮った。

 

「いや、アタシには分かる。普通ネナベなんてやってるやつは独特の雰囲気がするんだ。カナデは……いざ言葉にすると難しいんだけど本当に男みたいなんだよ」

 

「それは分かるけどさ……」

 

 確かに自然体ではある……けど、その反面あんなに優しい男の人がいるわけないっていうのも理解している。

 でも、晶は妙なところで勘が鋭い。

 野生生物じみてるとすら思うこともある。

 ここまで自信満々に言われると本当にそんな気がしてくる、ようなしないような。

 

「実際カナデも否定してないんだろ?」

 

 うーん。

 そこは確かに自分も不思議に思っていた。

 カナデさんは嘘をつくような人じゃない。

 だけど以前性別をそれとなく聞いた時は否定しないし。

 ちょっと曖昧な返事だったけどそこはこちらも曖昧に聞いてしまったからなのか……謎な人である。

 本当はズバッと聞きたいんだけど、曖昧になってしまったのは仕方ないと思う。

 性別聞くのってなんか失礼な気がするし。

 あ、それならばと名案が浮かぶ。

 

「それならボイチャは?」

 

「あーボイスチャットか」

 

 ボイスチャットとは、その名の通り声で行うチャットのことだ。

 簡単に言うと電話みたいな。

 電話と違うところは色々あるけど、一番の利点は無料通話があるところだろうか。

 手が塞がらないので同時に違うことをしながらでもできたりする。

 そのためネットゲームではよく利用されていて、私も以前知った時は便利そうだなと印象に残った記憶があった。

 確かビデオ通話機能もあったはずだ。

 それならカナデさんの性別の確認もできるし、【DOF】中のチャットによるタイムロスも省ける。

 

「苦手なんだよな……」

 

 そう言って苦々しい表情を浮かべながら頭の後ろを掻いた。

 晶は自分の声がコンプレックスだと言っている。

 凄い格好良い男の人みたいなハスキーボイスだと思うけどあまり好きじゃないのだそうだ。

 無理にとは言わないけど……

 

「私は反対です」

 

 意外なことに薫も反対らしい。

 理由を聞いてみる。

 

「絶対カナデ様争奪戦が勃発すると思うので」

 

 薫はカナデさんを信仰するあまり様呼びだ。

 今では慣れたけど当初は驚いた。

 いや、というか引いた。

 

「カナデ様が本当に男だった場合、私たちの友情に亀裂が入ると思うんですよね」

 

「その時はみんな仲良くカナデさんと」

 

 駄目ですよ! と、また遮られる。

 やや身を乗り出し気味に薫が言ってくる。

 

「カナデ様こそ私の王子様! カナデ様を信じることができないような雌豚共には渡せません! 私が! カナデ様のオンリーワンになるんです!」

 

 両手の拳をそれぞれぐっと握りしめての力説。

 もう完全に独り占めする気満々なのね……というか興奮すると友達を雌豚って呼ぶ癖は直した方がいいと思う。

 100%男の人に引かれると思うから。

 

「だからこそ私はお前たちに言い聞かせているのです! カナデ様は男性です! もう私だけの御方なんですうぅっ!!」

 

 一夫多妻の現代でこういう考え方は珍しいと思う。

 仮にそう思ってはいても主張する人は稀。

 何番目でもいいから愛してほしいっていうのがほとんど共通認識に近い考えだから。

 だけど、薫は独占欲が強い上に頻繁に暴走する。

 今みたいに。

 

「う、うん、分かった分かった。一旦落ち着こう? 凄い見られてるから」

 

 薫を座らせて落ち着かせる。

 なんだろうと、こちらに視線を向けてくる同じ高校の仲間たちの視線が恥ずかしくて少しだけ声を落とした。

 未だに息を荒くしてるクラスメイトを心配に思いながら提案する。

 

「私が確認しようか? ボイスチャットで」

 

「駄目だって言ってるじゃないですか!」

 

 薫曰く抜け駆けが怖いのだそうだ。 

 だけどこれは私にも言い分がある。

 

「なら薫が確認する?」

 

 うぐ……と、頬が赤く染まる。

 そのままモジモジとし始めた。

 

「そ、それは……」

 

 そうなのだ。

 薫は超の付く変人さんだけど、それと同時に超が3つ付くほどリアルの男の人に免疫がない初心な子でもあるのだ。 

 オタクとか処女を拗らせすぎてる色々と勿体ない隠れ美少女なのである。

 だから男の人と話ができるのは【DOF】の中だけ。

 前に勇気を出してクラスの男子に話しかけていたけど可哀想なくらいテンパっていた。

 その後、緊張と興奮のあまり鼻血出すし、男子からはキモいって言われるし……散々な結果に終わっていた。

 それから風邪で1週間寝込んだのはおそらくそれがショックだったのだろう。

 不調になるほど落ち込むなら最初から声かけなかったらいいのに……なんて言うのは簡単だけど理解はできる。

 やっぱり男の人と仲良くしたいっていうのは、どんな女の人だろうと思ってることだろうから。

 

「どうせこのままだと平行線でしょ?」

 

「……分かりました。だけどもしも男性だった時は……」

 

「はいはい、その時は譲るわよ」

 

「言いましたね!? もし嘘だったら乳首引き千切りますからね!?」

 

 なんて恐ろしいことを。

 薫なら本当に実行するんじゃないかって思えるから笑えない。

 私は苦笑いを浮かべながら頷いた。

 

「大丈夫大丈夫」

 

 この時の軽口を私が後悔することになるのは――もう少しだけ先の話だ。

 

 

 

 

 

 



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第6話 ボイスチャット

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 学校から帰り自室に籠る前に、そういえば飲み物を忘れていたと一旦キッチンへと向かった。

 冷蔵庫からお茶を取り出して階段を上る。

 私の部屋は2階にあるので何度も上り下りをするのはちょっと面倒だ。

 階段を上る前に立ち止まって他に必要なものを忘れていないかと考えていると、廊下の先からぱたぱたとスリッパの足音が聞こえてきた。

 

「あ、お姉ちゃん丁度良かった!」

 

 そこで何やら嬉し気な妹と遭遇した。

 まだ学校から帰ったばかりなのか中学の制服姿だ。

 高めのテンションで話しかけてくるけど、何か良いことでもあったのかな。

 けど私の方でもすぐに咲の変化に気付いた。

 

「あ、カチューシャ変えた?」

 

「分かる? えへへ、ちょっとネットで友達にアドバイスもらってさ」

 

 似合ってるかどうか聞かれたので素直に答える。

 妹は私よりも背が低く、あどけなさが残る顔をしているので、大きな黒いリボン付きのカチューシャはとてもよくマッチしていた。

 というより咲にネットのフレンドなんていたんだ。

 あまりそういうことに詳しくないからネットゲームやチャットルームは利用しないイメージだったけど。

 咲は嬉しそうにはにかむと「あ、そうそう」と、続けた。

 

「この前漫画借りてたでしょ?」

 

「ああ、うん。読み終わった?」

 

 買ったばかりの漫画を妹に貸していたのだ。

 読み終わったのかな。

 

「それはまだだけど誰かと話したくてさ。実は男でした展開は最高だね!」

 

 お、我が妹ながらよく分かっている。

 ずっと一緒に居た仲の良い幼馴染が実は異性だったことが判明するのが最新刊の展開だったはずだ。

 それまでは、いつ主人公が気付くのかとヤキモキしてたけど……

 

「今回ので一気に話が進んだ感じだね」

 

 だけど読み終わってないなら迂闊なことは言えない。

 ネタバレしないように言葉選びに気を付けながら相槌を打った。

 

「うんうん、どこまで読んだ?」

 

「丁度そこまでかな。もう少しで読み終わると思うよ」

 

 ならほんとにあとちょっとで読み終わる感じかな。

 すると咲が興奮冷めやらぬ様子で聞いてきた。

 

「お姉ちゃんにはそういう人いないの?」

 

 いたら紹介してよ、ってことかな。

 確かに漫画に憧れて影響を受けるってのはよくあることだよね。

 でも残念ながらそんな相手がいたら、処女なんてとうの昔に捨てている。

 そう答えかけたけど喉元まで出た言葉が止まった。

 カナデさんが脳裏に浮かんだからだ。

 

「実はどっちか分からない人がいるんだよね」

 

「ん? なにそれ?」

 

 咲が話に食いつく。

 どうやら興味を惹かれたようなので、ちょっとだけ見栄を張りつつ答えた。

 

「ネトゲで男の人みたいな人がいるんだよね」

 

 咲にはどうせ真実かどうなんて分からないんだし、強がってもバレないよね。

 

「あーはいはい」

 

 すると興味を失ったように咲がぶらぶらと手を振った。

 

「何その反応……ほんとに男の人だったらどうするの?」

 

「はいはい。こういうの出会い厨って言うんだっけ? 乙~」

 

 適当過ぎる反応にムッとした。

 咲はあまりゲームをやらない子だ。

 多少はやったりするけど方向性は別なので一緒にプレイしたりすることは少ない。

 咲にもネットゲームの良さを語ってあげるべきだろうか。

 そしたらきっとこんなネットゲーマーを小馬鹿にするような軽口も言えなくなるはずだ。

 1時間とかでも私は語り尽せない自信があるけど?

 すると咲は私から不穏な気配を感じたのか慌てて訂正するように言ってくる。

 

「ごめんごめん。でもお姉ちゃんって昔はゲームとか嫌いじゃなかった? いつからそんな廃ゲーマーになっちゃったの?」

 

「いや、廃じゃないから。ライトなエンジョイ勢だよ私は」

 

「その辺よく分からないけどさ……でもわりと前から不思議に思ってたんだよね」

 

 それに対してはノーコメント。

 色々あったんだよ、と言って曖昧に濁した。

 

「そうなの?」

 

「そうなのそうなの」

 

 適当な話題で逃げると、そのまま自室へと向かった。

 さっそくパソコンの電源を入れて【DOF】を起動した。

 だけどまあ、あり得ないことではあるけど……もしもカナデさんが男だったらどうしよう。

 

「いやいや……」

 

 自分でも、ないない……と煩悩を振り払った。

 カナデさんは大切なフレンドだ。

 それはこれまでもこれからも、きっと変わることのない事なのだろう。

 

 ぴろりん!

 

 LEINがやってきた。

 グループではなく薫個人からのメッセージだった。

 

『加恋、お願いしますよ?』

 

『分かってるって』

 

 直前で念押ししてくる薫のLEINに苦笑した。

 個人のLEINで送ってきたのは他の皆に知られないためにってことかな。

 私もさすがにそのくらいは分かっているので簡単に薫へと返事を送る。

 LEINアプリを閉じて、さっそく【DOF】のキャラクター選択を行うと、軽く挨拶の定型文のやり取りを繰り返しながら直前の薫からの言葉を思い出した。

 

「んー……考えすぎだと思うけどな~」

 

 装備作成ができる装備屋の工房で炎帝装備一式の素材を確認すると、残りの必要素材の数は少数だった。

 でもこの前のドロップ率アップのイベントで完成しなかったのは痛かった。

 どうするかとフレンド一覧を見ると丁度カナデさんがインしてきた。

 タイミングよくログインしてくれたので、これ幸いにとPTに誘ってみる。

 炎の魔龍だったり、この配信者の攻略動画が面白かったーとか色んな事を話すと、カナデさんはいつものように男の人のふりをしながら話してくれる……やっぱりこの人話しやすいな。

 そして、装備の相談がひと段落した辺りで、それとなく聞いてみた。

 

『そいえばカナデさんってVCやってます?』

 

 

 

 

 大鳥奏視点

 

 

『やっぱり炎耐性は必須ですよね。最近は属性攻撃のボスも増えてきましたし』

 

『僕は気絶耐性が欲しいですね』

 

 夕方の午後17時。

 社会人や部活動に励んでる人はまだ頑張ってたりするんだろうけどニートには関係なかった。

 今日も今日とて【クロロン】さんと【DOF】だ。

 なんか最近この人とばかり遊んでる気がするけど……まあいいか楽しいし。

 

『中途半端になりますけど両方取るとかは?』

 

『いっそ攻撃を全部避けるというのはどうでしょう』

 

『www』

 

 ちょっとしたボスでの戦闘とその後のレベル上げもひと段落。

 まったりとゲーム内にあるマイハウスで【クロロン】さんと耐性装備の相談をあーでもないこーでもないとしていると不意に彼女が言ってきた。

 

『そいえばカナデさんってVCやってます?』

 

 チャット欄に表示された【クロロン】さんの一言に僕は首を傾げる。

 VC? なんだろう、新しいネトゲか何かのタイトルだろうか。

 

『ボイスチャットのことですね、スケイプとか知りません?』

 

 あーなるほど。 

 やったことはないけど聞いたこと自体はある。

 それがどういうものなのかも知識としては知っていた。

 

『お互い通話できるなら連携も取りやすくなると思うんですよね』

 

『確かにそうかも……やってみますか?』

 

 確かにチャットしながらキャラを動かしてスキルを使用したりアイテムを使うよりかは言葉で話した方がやりやすいだろう。

 通話オンリーのPTも見たことはある。

 【クロロン】さんとはそれなりに長い付き合いになってきた。

 それに通話に抵抗もないしやってみようかな?

 

『あ、でもカナデさんってマイクありますか?』

 

『確かこれパソコンに内蔵されてる型なので大丈夫だったはず、たぶん』

 

 あ、でもこの世界って貞操観念逆転してるんだよね。

 その辺どうなんだろう?

 

「あー」

 

 スマホで録音して他人から聞こえる僕の声を確認する。 

 うーん、やや中性的だけど女性の声には聞こえないな。

 少し悩む……けど、まあいいか。

 ネットゲームに性別が関係ないのはいくら希少でも共通のはずだ。  

 それに【クロロン】さんに対して僕はずっと自分のことを【僕】と言っていた。

 向こうも男だと分かっているはずだし何の問題もない。

 

『了解です、待ってますね』

 

『はーい』

 

 検索エンジンにキーワードを打ち込んだ。

 公式サイトへ飛ぶとダウンロードページがあったのでそこを表示。

 どうやらスケイプは有料版と簡易無料版の二つがあるらしい。

 お試しとして無料版の方をダウンロード。

 ダウンロードを終えるとデスクトップにショートカットが出てくる。

 クリックして情報を設定し、登録完了。

 さっそく【クロロン】さんのスケイプIDを登録して無料通話をところをクリック。

 

 てれれれれん♪

 

 メロディが流れ始める。

 電話してるみたいだななんか。

 ちょっとワクワクしてきた。

 

『こんにちは、カナデさんですか?』

 

 おーこれが【クロロン】さんの声なのか。

 良く通る可愛らしい声だ。

 アニメキャラクターにこんな声のヒロインがいた気がする。

 声を聞いた感じ歳はそこまで離れてない。

 というか以前に高校生だと言っていたことを思い出した。

 

「はい、こんにちは、そちらはクロロンさんですよね?」

 

『え』

 

 向こう側で息を飲むような音が聞こえてきた。

 そのまま沈黙。

 あれ? もしかして相手間違えた?

 

「? すみません、間違いでしたかね?」

 

 咄嗟に確認のために登録名を見るけどそこにはいつも遊んでいるフレンドさんのキャラ名があった。

 事前に聞いていたものと同じ名前。

 一見間違いなんて無いように思えるけど……それでも不可解な通話相手の反応に首を傾げる。

 

『あ、いや、いえ……クロロンです……』

 

 なぜか歯切れの悪くなった【クロロン】さん。

 つっかえたような喋り方で僕も気になる。

 

『あのっ、つ、つかぬことをお伺いするのですが……』

 

 妙に畏まった様子の【クロロン】さんに思わず笑みがこぼれる。

 

「あははっ、なんですかクロロンさん。いつもみたいに話してくださいよ」

 

 慣れない通話に緊張しているのだろうか。

 

『あ、あははははは……えーと、カナデさんって』

 

「はいはい、なんでしょう?」

 

『……いえ、す、すみません! なんでもないです!』

 

 慌てた様な動揺が伝わってくる。

 それから二言三言話してみるけど全部上の空みたいな感じ。

 不思議に思いながらも会話を続ける。

 

「今日はなにをしましょう?」

 

『…………』

 

「クロロンさん?」

 

『あっ、いえ! ごめんなさい! ちょっと用事を思い出しました!』

 

「? 分かりました。また宜しくお願いします」

 

『はひ! お、お疲れ様でしゅ!』

 

 

 ――……通話を終了しました。

 

 

「なんだったんだろう? 変なものでも映っちゃってたかな?」

 

 部屋にある姿見を覗き見ても変なところはない。

 部屋も片付いているし、自分の顔もいつも通りだ。

 というかそもそもこれはビデオ通話じゃないから顔は映らない。

 

「んー? まあいいか」

 

 僕は特に気にすることなくスケイプを閉じた。

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 動揺のあまり嘘をついてしまった。

 何をやっているんだ私は。

 いくらなんでも失礼だ。

 今度謝らないと……で、でも。

 中性的、しかし女性とは決定的に違う声のトーン。

 

「男……?」

 

 いや、待て待て待て。

 カナデさんはネナベだったはずだ。

 実際にそう言ったわけではないけど……あれ?

 私の勘違い!?

 

「お、おおおぉ、落ち着きなさい黒崎加恋……! これはあれよ、母性……っ、いやっ、父性……でもなくてっ、な、こっ、これなに!?」

 

 自分の感情が分からない。

 むず痒くて妙にソワソワする。

 部屋の中をぐるぐるうろうろ。

 

「お姉ちゃん? 借りてた漫画だけど……って、どうしたの?」

 

 ノックしなさい妹よ。

 そんないつもすらすら出てくる言葉も出てこない。

 今ばかりはそんな些細なことは気にならない。

 

「咲……ずっと仲の良い女友達だと思ってた幼馴染が実は男だった時の主人公の気持ちを述べなさい……」

 

「え? さっきの漫画の話?」

 

「うん……そんな感じ」

 

「それはあれだよ。恋愛感情とエロい気持ちの」

 

「あ゛あぁぁ゛ぁ……」

 

 言葉を遮るような呻き声しか出ない。

 妹が変人を見る目で見てくる。

 

「ど、どうしよう、どうしたら……あああ、やばいやばい」

 

 男だったらいいなと思ったことはある。

 それは正直な気持ちだ。

 ただカナデさんが男だったとしても異性としてはそこまで意識することはないだろうと思ってた。 

 あくまでもゲームという現実の延長線上にはないはずのものだった。

 所詮は電子空間の中の話――

 

 なんて、そんなわけはない。

 

 だって、よく考えてもみてほしい。

 今までロクに仲良くしてこなかった……いや、できなかった男の子。

 男の人と仲良くしたいと思いながらも勇気を出したら対価として返ってくる舌打ち。

 私は心のどこかで男を怖がっていたんじゃないか?

 だけど、そう思えば思うほど積み重なっていくモヤモヤとした感情。

 身を焦がすような異性への欲望。優しい男なんていないと分かっていたのだ。

 仲良くしたいのにできないという、そんなどうにもならない絶望的な現実から逃避するしかなかった。

 だけどカナデさんは違う。男の人、それも普通にお話のできる二次元みたいな人だった。

 今までのカナデさんとの楽しい会話が走馬灯のように脳内を駆け巡る。

 思い出されるのは直前まで聞こえていたカナデさんの優しそうなイケメンボイス。

 カナデさんと今まで以上に仲良くしたい。

 

「オフ会……とか」

 

 ……いや、待て馬鹿か私は。

 そうやってすぐに下半身に直結するのは悪い癖だ。

 薫じゃないんだから。

 どれだけ単純なんだ……飢えすぎだろう。これではまるで出会い厨ではないか。

 だけど、もしもこのことを薫が知ったら……いや、さすがの薫もゲームの中の相手には……

 

「……やる気がする」

 

 私ですらここまで意識してしまってる。

 カナデさん信者のあの子なら絶対やる。

 全力でカナデさんを自分の現実に引きずり出すと思う。

 というか実際それは口癖レベルで公言してるし。

 え、でもそうなると薫とカナデさんが恋仲になる場合も……あ、無理、それは無理。

 もしそうなったら嫉妬で人を呪い殺せる。

 私もどうやら薫のことは言えなかったようだ。

 だけどそれは向こうも同じはず。

 今更『男だって分かったから私も狙っちゃうね!☆(`ゝω・´)vキャピィ』なんて言ったら……『(*'д'c彡☆))Д´)パーン』こうなる!

 あああ、薫に寝取られる……別に私のものでもないけど……!

 なんであんな簡単に言っちゃったんだろう。

 彼女の言っていたことは事実だった。

 私たちの友情に亀裂が入る事案だった。

 

「乳首引き千切られる……ど、どうしよう咲……っ」

 

「あの、状況が全く呑み込めないんだけど……?」

 

 

 

 



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第7話 異性ってだけで何かソワソワするアレ

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 起床時間はちょっと遅めの朝7時20分。

 まだ寝ている頭で目覚ましのアラームを止めるとしばらく布団の中でもぞもぞ動く。

 やがてちょっとずつ頭が起き始める。

 ベッドから起き上がりググッと体を伸ばした。

 

「んー……」

 

 ごしごしと半分くらい閉じてる目を擦りながら昨日のことをぼんやりと思いだした。

 昨日のカナデさんの衝撃事実のせいで中々眠れなかった……

 結局ゲームをするような気分にもなれずに部屋の中でゴロゴロしてたし。

 自分でもよく分からないけどとにかく落ち着かなかったのだ。 

 寝ぼけ眼でスマホを見る。

 

「あ、メッセージ入ってる」

 

 スマホで時間を確認すると【DOF】のフレンドさんからメッセージが入っていた。

 なんだろう? 昨日は珍しくインしなかったから誰かが心配してくれたのかな?

 って、カナデさん?

 相手の名前には確かに【カナデ】の3文字が。

 不意に胸が締め付けられるような不思議な感覚がした。

 少しだけ心音が高鳴る。

 

「………」

 

 なんとなく……特に意味はないんだけど鏡を見て前髪を整えた。

 無意味にばっちり寝癖を直してからカナデさんからのメッセージを確認する。

 

『こんばんは、クロロンさんの欲しがってた黄金蛙の勾玉が偶然ドロップしたんですけどいりませんか?』

 

 おぉ……何か妙な感じ。

 いつもならやっぱりカナデさん優しいなーで終わるメッセージだけど、男の人だと分かってから見ると無性にクルものがあった。

 メッセージの来た時間は昨夜21時。

 どうやら私はゴロゴロするのに夢中で気付かなかったようだ。

 急いでメッセージを作成する。

 今更急いでも遅れ過ぎてる気はするけど……

 

「えーと、おお、ありがとうございます……っと」

 

 メッセージを作成。

 よし、あとは返信を……のところで少しだけ冷静になる。

 もう一度文面を確認してみた。

 

『おお、ありがとうございます! 千寿の魂と交換でどうです? 今なら女子高生がついてきますよ?w』

 

 ……慌てて全文を消去する。

 どうやらまだ寝ぼけているらしい。

 こんなセクハラメールを男性に送ったらいくらなんでも引かれるに決まってる。

 再び文面を作成する。

 

『おおー! ありがとうございます! カナデさん愛してるー!』

 

 いや、これも駄目な気がする。

 なぜここで愛の告白を……どうしたんだ私。

 まだ起きていないのか、ぼーっとするし……両手で頬を叩いて頭を完全に起こした。

 

『返事遅れてごめんなさーい! おはようございます! 千寿の魂と交換でどうです? 確かカナデさん必要だって言ってましたよね?』

 

 するとすぐにカナデさんからの返信が。

 

『おはです。おお、ありがとうございます! ぜひお願いしますb』

 

 なんだろう、無性に顔が熱い。

 表情筋が緩んで口がニヤニヤしてしまう。

 相手が異性というだけでこうも印象が変わるものなのか。

 

「お姉ちゃーん? ご飯だってさー!」

 

 下の階から妹の声が聞こえてくる。

 どうやら中々起きてこない私を起こしに来たらしい。

 すぐ行くと起きてることをアピールして、カナデさんにそれを伝えた。

 

『そろそろ支度しないとなので行ってきまーす!』

 

『はーい! 頑張ってくださいね! いってらっしゃい~』

 

 ……うん、なんだか新婚みたいな感じがする。

 男の人とこんな風に穏やかに会話しながらおはようからいってらっしゃいまで……むずむずする。

 胸の奥からよく分からない感情が込み上がってきた。

 

「ぐふぅ……っ!」

 

 私は熱を持った顔を枕にうずめていた。

 そのまま足をバタバタさせる。

 こういうの凄く良い。

 そういう事実はないけど、恋人同士みたいな。

 私はなんとなく照れ臭くてお母さんが呼びに来るまでずっとベッドの上で悶えているのだった。

 

 

 

 

「……おはよう、加恋」

 

 教室を開けて自分の机へと向かう。

 最初に声をかけてきたのは落ち込んだ様子の優良だった。

 

「うん、おはよう優良。って、どうしたの? なんか元気なくない?」

 

「九条君におはようって言ったら死ねって言われた……」

 

 あー……ご愁傷様。

 九条君はこのクラス唯一の男子生徒だ。

 性格はちょっときつめ……というか今の会話で分かる通り女子を憎んでるんじゃないかってくらい嫌っている。

 目には目を、歯には歯を、挨拶には舌打ちを、みたいな感じの男子だ。

 顔は可もなく不可もなくと言ったところだと思う。

 それでも一定以上の人気が常にあるのはやっぱり男の人だからなのだろう。

 いつもなら九条君を見て私も心を潤すけど今日はそんな気にはならなかった。

 理由は間違いなくカナデさんだろう。

 男の人とあんなに温かみのあるやりとりをした後なのだ。

 もう私の心は潤いきっていた。

 

「加恋、どうでした?」

 

 振り向くとカナデさん信者である薫の姿が。

 その隣には相変わらず制服を着崩した晶もいた。

 どうやら気になって隣のクラスまでわざわざやってきたようだ。

 挨拶を軽く済ませると待ちきれないようでさっそくボイスチャットの結果を聞いてくる。

 

「うん、凄く可愛い女の人の声だったよ」

 

 予め考えておいた嘘を口にする。

 ふっ、ごめんね薫。

 私はカナデさんを狙っている貴女のことをもう友達として見ることはできないかもしれない。

 カナデさんを狙っているのはもう薫だけじゃないんだよ。

 ちょっと申し訳ない気はするけど、私だってカナデさんともっと仲良くしたい。

 これからは宿敵、ライバルとして――

 

「加恋は嘘を付くとき絶対にちょっとニヤけるんですよね」

 

「…………」

 

 新事実だった。

 縋る様に優良を見る。

 

「うん? 私もそれ知ってるよ? 加恋以外みんな知ってるんじゃない?」

 

 OH……私は顔を引き攣らせる。

 

「……いや、違うのよ」

 

 スッと目を細める薫。

 それはまるで蛇のように暗く、鷹のように鋭い眼差しだった。

 完全に裏切り者を見る目。

 

「晶、乳首引き千切り器を用意してください」

 

 乳首引き千切り器ってなに!?

 そんな私の当然の疑問は関節を極めに来た晶によって言葉にできなかった。

 

 

 

 

 



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第8話 尋問

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 クラスメイト達が何事かと見てくる中、空き教室へと連行される。

 扉が閉まる音が死刑宣告に聞こえた。

 

「服を脱ぎなさい雌豚」

 

「そういうのってクラスメイトからは絶対に聞かない台詞だと思ってた」

 

 HRまではまだ時間がある。

 どうやら薫はその短い時間の間に私から色々聞き出すつもりらしい。

 あ、ちなみに服を脱げ云々は冗談だったらしく、今私は普通に制服姿だ。

 いや……対応間違えたら本当に脱がしに来そうな気迫は感じるけど。

 目の前に机と椅子をそれぞれ持ってきて私の前で座った。

 何か面接受けるときみたいな。

 けど鈴ヶ咲高校の面接なんて比じゃないくらいの圧を感じる。

 面接官……いや、もう尋問官とでも言うべきだろうか。

 尋問官は3人。

 カナデさん信者の西条薫。 

 カナデさん美少年説信奉者の早乙女晶。

 偶然その場に居合わせたクラスメイトの椚木優良。

 

「まずこの尋問は非公式なものであり黒崎加恋の身の安全は保障されないものとします」

 

「捕虜の虐待は禁止されてると思うんですけど……」

 

 私がせめてもの抵抗にと小声で反論した瞬間、がん! と、机を叩く音が部屋に響いた。

 

「許可のない発言は慎むように」

 

 逃げたい……帰って【DOF】でカナデさんに癒してほしい。

 でもたぶん無理そう……晶がいるし。

 晶はその見た目通り活発で運動が得意なのだ。

 短距離走でも私が中間地点でよたよたしてる間にいつの間にかゴールしてる感じ。

 逃亡を図ってもすぐに捕えられるだろう。

 その高身長なモデル体型が羨ましいと思わないでもないけど……なんて、それどころじゃない現実を思い出す。

 

「カナデ様は男性だったと、これで宜しいですね雌豚さん?」

 

「…………」

 

 早口気味に問い詰めてくる薫。

 私が黙秘権を行使していると薫がぱちん、と指を鳴らした。

 

「晶、乳首引き千切り器を持ってきてください」

 

 だから乳首引き千切り器ってなに!?

 それどこの拷問器具!?

 

 ぽんっ

 

すると後ろから肩を叩かれる。

体が恐怖で強張り動かない……そのまま背後から耳元に囁かれた。

 

「アタシの指先で加恋の乳首を千切るんだよ」

 

「え、嘘でしょ?」

 

「できないと思うか?」

 

「やらないと信じたい」

 

 確かに晶は足の速さだけじゃなく力も強い。

 私の乳首なんて簡単にねじ切ることができるだろう。

 そんな晶が私の恐怖心を煽るように指先をじりじりと胸の方へと寄せてくる。

 なにこれ怖い。嫌な汗が滲んでくる。

 唯一味方に思える優良に目線で助けを求める。

 

「~♪」

 

 スマホを弄っていた。

 【DOF】の攻略情報でも見ているのかこちらのことは気にもしていない。

 優良はちょっぴり天然さんが入ってる感じの子だ。

 基本常識人なんだけどたまに掴みどころがないことをする。

 味方がいないことを悟った私は薫を何とか説得することに。

 

「か、薫? 私たち友達だよね?」

 

「そうですね。カナデ様を譲ってくれると約束していたはずの友達でしたね」

 

 うぐ……っ。

 それを言われると私は弱かった。

 確かにカナデさんが男性だった場合のことは何度も薫から言い聞かされていたし、それに対して肯定もしていた。

 約束を破ったのは間違いなく私からだった。

 少し抵抗はあったけど、良心の呵責から正直に言うことにした。

 

「うぅ……分かったわよ……男の人の声だった、と思う。私には男の人の声に聞こえた」

 

 すると勢いよく薫が立ち上がった。

 その衝撃で椅子が後ろへと倒れる。

 

「あああ! カナデ様! やはり貴方は私の王子様だった! 私は間違っていなかった! こうなったら全力でカナデ様のネトゲライフをお手伝いしなくては! そうして少しずつ親密になった私たちはオフ会で出会い惹かれあってリアルでも親密な関係に……――」

 

 感激したようにくねくねと自分の腕で自分を抱きしめる薫。

 晶もやっぱりかって顔で頷いている。

 二人のその目には雄を狙う捕食者のような獰猛な光が宿っていた。

 ぐるん! と薫の顔だけが再びこちらを向く……ホラー映画みたいで怖かった。

 

「分かってるとは思いますけどこのことは誰にも言わないように。グループの皆だろうとそれ以外だろうと」

 

「さすがにそれくらい分かってるわよ……」

 

 カナデさんが男だと知れたらどうなるか想像もつかない。

 特にカナデさんとほとんど関わりのある【ゲーマー美少年捜索隊】の皆には言えない。

 ライバルが増えるのは目に見えていた。

 優良をここに連れてきたのも口止めをするためだと思う。

 しかし、そこで優良が「え?」って、顔を上げた。

 

「どうした優良?」

 

 晶が言うと優良が「ご、ごめん」と返した。

 嫌な予感を感じた私たちの視線に対して申し訳なさそうに優良が口を開いた。

 

「もうLEINで皆に教えちゃったんだけど」

 

「「「え」」」

 

 私たちは慌ててそれぞれ制服のポケットからスマホを取り出して【ゲーマー美少年捜索隊】の通知を見た。

 確かに一つだけ未読メッセージがあった。

 

『カナデ本当に男の人だったらしいよ~!』

 

 するとメッセージの送信取り消しをさせようとする間もなく、すぐに既読が付いたようだ。

 返事が返ってくる。

 

『は? え? マジ?』

 

『妄想乙ww』

 

『ヾノ ゚ω゚ )ナイナイ』

 

『ないと思う……ちなみに情報源は?』

 

 あれ、意外とみんな否定的……?

 興味はありつつも信じてないって感じ。

 ……それはそうかもしれない。

 いきなり何の根拠もなしにそんなこと言われても信じれないのは分かる。

 これならまだ誤魔化しが……なんて。

 

 そんなわけはない。

 

 ネトゲで仲の良かったフレンドさんが男だった?

 しかも、優しくて紳士的。

 そんなアニメの世界のヒーローみたいな人が実は身近にいた。

 

『とりあえず』

 

『『『詳しく!!!!』』』

 

 LEINから一斉にやってくるメンバーたちの反応を見て思う。

 う、うん……なんとなく分かってた。

 やっぱり興味がない女の子なんていないよね――

 

「くっ、雌豚共め!」

 

 薫のいつもの口癖が聞こえてくる。

 やめた方がいいと思ってたけど。

 今ばかりはちょっとだけ同じことを言いたかった。

 

 

 

 

 大鳥奏視点

 

 

 仮眠を取っていたらもう昼過ぎだった。

 

「あー……良く寝た」

 

 ふあっ、と欠伸を一つ。

 鏡を見て身だしなみを整える。

 外に行くわけでもないのであくまでも軽くだ。

 

「我ながら中々のイケメン」

 

 誰も言ってくれないから自分で言うけど、この顔はモデルをしててもおかしくは……やめよう。

 本当に虚しくなってきた。

 どうせニートなんだしね。 

 

「あれ? 【DOF】のメッセージ? って、うおっ」

 

 ちょっと驚いた。

 【DOF】フレンドさんからのメッセージの通知が10件以上も入っていたから。

 

『カナデさん神貝の採取にいきませんか?』

 

『カナデ様、良ければ夕方から遊びたいのですがどうでしょう?』

 

『カナデ~一緒に遊ぼっ!(*´∀`*)』

 

『おはよう、カナデはどこか行きたいところあるか? 今日の夜遊びに行かないか?』

 

 そこから下にもズラーっと並ぶ遊びの誘い。

 ……何があったんだろう?

 

「一体何が……?」

 

 よく分からないけど、とりあえず僕は一通ずつメッセージを返していくのだった。

 

 

 

 

 



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第9話 情報の共有

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 カナデさんが男だという事実がグループ内で拡散して数日。

 私、黒崎加恋は放課後の教室で【ゲーマー美少年捜索隊】の面々と話し合っていた。

 教室で話し合っているのは家に帰るまでの時間を惜しんでのこと。

 すぐに決めなくてはいけないことを話し合うためだった。

 この場にいるのは私を含めて椚木優良、篠原百合、西条薫、早乙女晶の5人だ。

 ほかの皆は委員会とか部活の野暮用で遅れるらしい。

 今回の議題は一つ。

 

 

――『チャットH』だ。

 

 

 カナデさんが男だったという事実。

 それを譲るという約束を裏切った私は当然薫から恨みがましい呪詛のような言葉を言われることになった。

 私としても後ろめたさはあったのだ。

 それを許してもらうための交換条件として提示したのが少し前に【カナデ】【りんりん】【クロロン】の3人のプレイヤーで行ったチャットHの情報提供だった。

 その情報が有益なものだと認められれば私の今回の不義は許してもらえるらしい。

 司法取引みたいな。

 ちなみに百合は証人として呼ばれた感じである。

 

『へぇ? 面白そうなことやってんだな』

 

 今回のやり取りは全てLEINグループ内にてLEIN上のログとして記録されるらしい。

 全員がカナデさん男説の真実を知った今となっては隠す意味も少ない。

 みんなも用事の隙を見て参加するとか言っていた。

 ちなみに今の発言はLEIN上での晶のものだ。

 

『その時のスクショは残っていますか?』

 

『うん、残ってるよ』

 

 百合がスマホに残していたログ画像をLEINグループに貼りつけた。

 なんでわざわざスマホの中に残してるのか……いや、私もパソコンの中に保存してるからあんまり人のことは言えないけどさ。

 

『おぉう……これは』

 

 LEINグループの一人が呟く。

 貼られた画像の詳細を見た薫がギリッと歯軋りのような音を立てた。

 

『こんな大事なことを隠していたとは……うふふふ、はははははは!』

 

『怖いから(;゚Д゚)』

 

『その時は加恋はカナデをまだ男だと思ってなかったから仕方ねーんじゃねーの?』

 

 晶からのフォローもあり、薫の感情もすぐに鎮静化。

 果たして私は有罪か否か。

 ジャッジが下される。

 

『仕方ありませんね。分かりましたよ……加恋が誓いを破ったことは一旦許します』

 

 一旦、という余計な一言は気になったけど、私は安堵の息を吐いた。

 なんだかんだ言いつつ薫は友達だ。

 関係がギクシャクするのは嫌だったからね。

 LEINの中の皆の興味もチャットHのログ画像へと移り賑やかなやり取りが繰り返される。

 

『にしてもかなり過激だねぇ……』

 

『やばい、興奮してきた』

 

『本当に男の人だったって分かった今ならこの精度も納得できるね』

 

『もう一度言おう、興奮してきた( *´∀)』

 

『特に最後のところの描写がリアルすぎて……っふう』

 

『おい、今こいつなにした?』

 

『ww』

 

『またカナデにやってもらおうよ』

 

 ぴたりと思わず指が止まった。

 最後のは優良の発言だった。

 誰も言えなかったことをこうもあっさり言うとは……さすが天然。 

 我が友人ながら恐ろしい。

 LEINから一度顔を上げて優良を見る。

 

「ん?」

 

 首を傾げて不思議そうな優良。

 ああ、これは普通に気付いてないパターンだ。

 もう一度LEINに視線を移してそれに対する返事を書きこんだ。

 

『あの時はカナデさんが女の人だと思ってたからできたんだよ!?』

 

『男の人だって分かってから頼むのはさすがに勇気がいると思う……』

 

『カナデさんに嫌われたらもう生きていけない。主に全員が』

 

 他の皆からも似たような意見が書き込まれる。

 そうなのだ。

 カナデさんが女だと思ってたからあの時は言えた。

 女は猥談が大好きだから。

 下半身に直結する話が大好きな下ネタっ子たちだから。

 カナデさんは男だった。

 それならどう思われるか。

 いや、というよりあの時どう思われていたのか……考えるだけで恐ろしい。

 

『んーでもさ』

 

 優良が一呼吸おいてLEINに打ち込む。

 

『ログ見る限りそんなに嫌がってない気がする』

 

 え――

 全員に衝撃が走る。

 ログをもう一度確認する。

 さっきまでエロな部分に集中してた意識がエロに行く前の部分へと向けられた。

 

『確かに……普通にリアクションしてますね』

 

『下ネタに寛容な男の人ってこと?』

 

『いやいや……え、マジ? それこそ理想の……』

 

 ありえない、とは思いつつも普段のカナデさんとのチャットや【DOF】でのことを思い出す。

 優しかった。

 男の人とは思えないほどに。

 だからこそ今の優良の言葉が信憑性を増していた。

 しばらく話し合い一つの結論が出る。

 

『それを確かめるためにも加恋と百合に頼んでもらいましょう』

 

 今のは薫の発言。

 咄嗟に反論した。

 

『なんで私が?』

 

『同じく、なんで私がそんなことを?』

 

 メリットがない。

 いや、カナデさんのチャットHがもう一度見れるのは美味し過ぎるけど嫌われるかもしれないなんてリスクが大きすぎる。

 その瞬間を想像して思わず背筋が寒くなった。

 

『加恋、私は貴女のことを本当の友達だと思ってたんですよ? 約束、したのに……』

 

 こ、この女……!

 同情を誘う作戦にでてきた!

 いやいや、そんなキャラじゃないでしょ!?

 大体さっき許してくれるって……一旦とは言ってたけど。

 

『加恋、百合、逝ってこい!』

 

『犠牲は無駄にしないよ(゚∀゚)』

 

『結婚式には呼んであげるからさ!』

 

 く、駄目だ。

 一度矛先が向くと分が悪い!

 こっちの罪悪感につけ込む卑劣な作戦……けど、確かに有効な手だった。

 

『いやいやいや、それならなんで私も? 関係なくない?(´゚д゚`)』

 

 百合のごもっともな言葉に対して今度は一斉にLEINが返ってくる。

 

『百合ってそういうキャラだと思うの』

 

『確かに言い出しても一番違和感がないな』

 

『嫌われるリスクが少ない』

 

 おおぅ……味方がいない。

 だけど私にとっても有難い申し出だった。

 百合からしてみたらリスクはあるけど、私にとっては自分のリスクの半分を百合が背負ってくれることになる。

 それに一度目のチャットHは百合から言い出したことだ。

 二度目も百合が言いだすのが流れとしては自然だろう。

 

『……ならジャンケンで負けた方が言いだすのはどう? 私と加恋で勝負してさ』

 

『えー……』

 

 それってもし負けたら……って、駄目だ……変な流れができてしまっている。

 【ゲーマー美少年捜索隊】の皆は一人残らず乗り気だった。

 自分たちには関係ないと思って……

 百合を見ると負けられない顔をしていた。

 そんなの私だってそうだ。

 というか百合はなんでそんなにジャンケンに乗り気なの?

 あ、そういえば百合って何気にこういう運勝負強かったんだっけ。

 それでか……あんまり勝負したくないけど薫を見たら怖い顔で威圧してきてた。

 地味っ子なのに元の素材が良いせいで迫力があった。

 ……やるしかないのか。

 渋々立ち上がる。

 

「……いくよ」

 

 私は覚悟を決めてジャンケンの姿勢を取った。

 最初はグーから始まる。

 手を握り締めて気合を入れる。

 いざ……!

 

「じゃーん」

 

「けーん」

 

「「ぽんっ!」」

 

 

 

 

 

 

 



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第10話 ギルド

 

 

 

 大鳥奏視点

 

 

「なんか最近みんなのイン率が高いような……?」

 

 フレンド一覧を見てぼそっと呟く。

 やたらと金策やレベル上げに誘われるし。

 元々遊ぶ頻度は高かった面々だけど、最近は特に多かった。

 まあ悪いことでもないと思う。

 向こうにも遊びたい時とか、ストレス発散したいときとか、そういう時期だってあるはずだ。

 現実に影響が出ていないなら僕が口を出すことでもない。

 

『カナデさん(。≧ω≦)ノコンチャ!! 』

 

『こんばんは!』

 

 ギルドチャットで挨拶がやってきた。

 軽く挨拶をするとチャットが飛び交い賑わいを見せる。

 ギルドの皆はリアルでも交友関係があるらしく、所謂リアフレというやつなのだそうだ。

 そんな中に僕が参加してもいいのかと思わないでもないけど、リアフレで集まって遊んでるだけでそういう縛りとかルールがあるわけではないらしい。

 楽しそうなやり取りで賑やかなギルチャ欄を見て、しみじみとここに入って良かったなと思ったりする。

 みんな気の良い人ばかりだしね。

 たまに掲示板なんかである程度人間関係が構築されてるギルドは新参の人は置いていかれる、みたいな愚痴を聞いたりする。

 だけどそんな疎外感は全くなかった。

 僕が加入した頃から皆よく話しかけてくれたしアットホームな雰囲気で居心地が良かったのだ。

 

 一応説明しておこう。

 【DOF】というゲームには【ギルド】というコミュニティを作れるシステムがある。

 ようするに仲の良いメンバーと集まって情報やチャットの共有がしやすくなる……まあ、大規模な非戦闘用PTみたいな感じだね。

 チームとかルームとかそういう呼び方も一部ではしてる人もいたりする。

 僕のメインキャラクターの【カナデ】もギルドに所属している。

 ギルドは何個かシステム上のルールがあるんだけど……まあ、その辺りの細かい説明は今はいいだろう。

 で、僕が所属しているギルドというのが【クロロン】さんに誘われて加入したギルド【グリードメイデン】というわけだ。

 直訳すると【強欲な処女】

 あまりにもあまりなネーミングに思わず笑ってしまったのはいい思い出である。

 

『カナデさん、この前のやつまたやりません?』

 

 と、そこで【りんりん】さんが僕に言ってくる。

 しかし、僕には意味が分からない。

 この前の? なんのことだろう。

 

『ほら、なんかやってたじゃないですか、あんあんって』

 

 ……あんあん?

 

『なんでしたっけ、ほら、あの凄いやつ』

 

 要領を得ないチャット欄の言葉に僕は首を傾げる。

 ギルメンの皆も何を言ってるのか分からない【りんりん】さんが気になるのか、いつの間にかさっきまで賑わっていたチャット欄は静まり返っていた。 

 なんだろう、妙な緊迫した空気を感じる。

 よく分からないのでプレイしながら考えることに。

 ゲーム内通貨のゴールドを引き出してバザーを見る。

 目ぼしい安売りアイテムなどはないようなので、バザーから離れた。

 そうしている間にも【りんりん】さんは喋っていた。

 

『やー、カナデさんやばかったですね。私またやりたいですねー、ほら、あんあんって』

 

『下手か!』

 

 なぜか【クロロン】さんが突っ込んだ。

 

『ごめんなさい』

 

 意味が分からなかったので素直に謝る。

 続けてチャットを打ち込んだ。

 

『あんあんってなんですか?』

 

 あ、顔文字つけるの忘れてた。

 短い文面の疑問文って場合によってはちょっと冷たく見えないこともない気がするけど僕だけなんだろうか?

 ちょっとそっけない感じになっちゃったかも。

 

 ………

 

 ………………

 

 ……………………………

 

 やけに不自然な沈黙が続いたあとで、ようやくチャット欄の時間が動き出した。

 なぜか【クロロン】さんが答える。

 

『りんりんが言ってるのはチャットHのことだと思います。カナデさん上手かったのでまた聞きたいんじゃないかと』

 

 ああ、なるほど。

 僕が内心納得していると再び【りんりん】さんが発言。

 

『いや、なんというか、好奇心というか、純粋な興味といいますかwww所謂知識欲ですよねwww』

 

『んで、ちょっと詳しく調べたらやっぱり経験するのが一番だって言うじゃないですかwwwww』

 

『友達も言ってたんですよwwwカナデさんに頼んだらどうかってwww』

 

『どうですかね!?(「゚Д゚)「』

 

 やたらと早口で喋られた気がする。

 こんなに草生やす人だったっけ……なんかキャラ違ってないだろうか?

 けど……んーチャットHか。

 改めて思い返すと結構恥ずかしいんだよね。

 あの時は、貞操観念逆転してるし大丈夫だろうという謎の根拠に突き動かされてた気がする。

 でも僕個人としては楽しめた思い出なのでやってもいいと思う。

 きっと【りんりん】さんもそう思ってくれてたってことなんだろうし。

 

『じゃあ個チャで話しますか』

 

 ギルドチャットで皆に聞かせるようなことでもないしね。

 こういう下ネタが苦手な人もいるだろう。

 しかし、再び不自然な間が空く。

 誰も何も喋らない。

 【りんりん】さんも肯定どころか否定もしないし、他の【グリードメイデン】のメンバーも一言も喋らない。

 

『どういうシチュがいいです?』

 

『選ばせsってもらえるんでsか?』

 

 選ばせてもらえるのか? ってことかな。

 僕としても喜んでもらえた方が嬉しいからね。

 『いいですよ~』と、チャットを打ち込む。

 

『分かりました。それでは個人チャットのほうで、二人っきりで話しましょう(・∀・)』

 

 個人チャットとはその名の通り個人とするチャットだ。

 フレンドが対象になるため別名フレンドチャットなんて言ったりもする。

 ほかのプレイヤーには見えないし、秘密の話って感じで僕もちょっとドキドキするんだよね。

 するとギルドチャットが一気に賑わいを見せた。

 

『裏切者』

 

『てめえ、明日覚えてろよ』

 

『りんりんは呪われた』

 

『りんりん足臭い』

 

『気になってたんだけどりんりんってちょっと臭いよね』

 

『りんりんの臭いってなに? 加齢臭?』

 

 なぜか急に罵声を浴びせられる【りんりん】さん。

 ど、どうしたんだろうか。

 

『女子高生を縛ってひーひー言わせる鬼畜美少年みたいなのってできますか?』

 

 しかし、【りんりん】さんは気にもしていなかった。

 勝ち誇ってる気配すら感じられる……いや、なんとなくだけどさ。

 個人チャットからやってきた要望を少しだけ脳内で考える。

 

『できますよ、得意分野です』

 

『っそおおおい!! (゚∀゚)キタコレ!!』

 

 その日は、遅くまで【りんりん】さんとのチャットを楽しんだ。

 

 

 

 

 



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第11話 ギルド(ヒロイン視点)

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

「ふうっ」

 

 鞄を投げるとベッドがぼふっと柔らかい音を立てた。

 まさかジャンケンで百合に勝てる日が来るとはね。

 いつものジャージに着替えてさっそくパソコンを起動した。

 パソコンの起動を待ちながら手を出した自分の右手を見る。

 我ながら自分のカナデさんへの愛が恐ろしい……そこまでして嫌われたくないのかと。

 百合には悪い気がしないでもなかったけど、これでだいぶ気は楽になった。

 私は百合がカナデさんからチャットHを聞き出すのを高みの見物といこうかな。

 

『クロロン』

 

『ん?』

 

 【DOF】にログインした直後。

 その時を待っていたかのようにチャットが飛んでくる。

 クラスメイトにして敗北者である篠原百合の【りんりん】がギルドチャットで話しかけてきたのだ。

 なんだろう?

 

『代わってくれたりとかはしない?』

 

『しない』

 

『(´;ω;`)』

 

 道連れは御免だ。

 そもそもジャンケンは百合から言い出した事。

 それを後からどうこう言うのは筋違いというものだ。

 しかし、百合はそれでも諦めきれないのか提案してくる。

 

『じゃあせめてやらかしそうになったらフォローしてくれない?』

 

 少しだけ考え込む。

 妥協点としては悪くない。

 私としても百合が失敗してチャットHが見れなくなる事態は避けたかった。

 そんな私の思考に切り込むようにさらに百合がチャットを送ってくる。

 

『私が盛大にやらかしたらカナデさんがこのギルド抜けちゃうことになるかもしれないんだよ!?』

 

『(;゚Д゚)!』

 

 言われてみれば……いや、というかなぜその可能性を考えなかったのか。

 カナデさんのチャットHが魅力的過ぎてそんな簡単なことにも思い至らなかったようだ。

 女性からのセクハラ……ギルドの脱退理由としては十分すぎる。

 その話を聞いていたギルドのメンバーたちも会話に参加し始めた。

 

『いいじゃねーかクロロン。そのくらいしてやれよ。ほんとにいざって時にはアタシ達だって動くからよ』

 

 見た目とは裏腹に面倒見の良い晶のメインキャラ【ラブ】が百合を援護する。

 本人とキャラ名のギャップに密かに笑ってしまったのは墓場まで持って行こうと思っている事実だ。

 絶対何かしらの暴力が降りかかるだろうから。

 

『こんつぁー!』

 

『(。≧ω≦)ノコンチャ!! 』

 

『間に合った! こんちゃー!』

 

 そうこうしているうちにほかのメンバーもログインしてくる。

 何人かいないメンバーもいるけどほぼ全員だろう。

 イン率は元々高いギルドだったけど、同じ時間帯でここまでのインは珍しいかもしれない。

 言うまでもなく皆カナデさんのチャットHに吸い寄せられてきたのだ。

 

『カナデさんは、まだログインしてないみたいだね』

 

『もういつ来てもおかしくないと思う。油断しないように』

 

 いつもなら平気で下ネタが飛び交うおちゃらけたギルドとは思えない緊張感。

 作戦やどんなことを言ってもらおうかという計画を綿密に立てる。

 

『カナデさんがギルメン以外とPT組むとまずいよねやっぱり』

 

『うん、一度誰かがPT組むっていうのはどうかな』

 

『それだとPTチャットで話すことにならないかな?』

 

『確かに……全員が恩恵を得るならPT組まれる前にギルチャでそういう方向に持って行くのが無難かな(。-`ω´-)』

 

『やっぱり皆もリアルタイムで聞きたいよね』

 

『うんうん、ログも美味しいけどね』

 

『まあ、元々チャットHってチャットでするHだしね。私たちのリアクションに合わせて貰った方が絶対いいよ』

 

『ドキドキしてきた(・∀・)』

 

『準備万端』

 

『全裸待機なう』

 

『同じく全裸待機なう』

 

『全裸ブリッジ待機なう』

 

『なんか一人だけレベル高いww』

 

『そこまで持って行けても好きなシチュエーションをどうやって言ってもらうかだよね』

 

『とりあえず意見まとめてみる?』

 

『カナデさんの股間情報とか聞き出せないかな?(*‘∀‘)』

 

『不良な女子高生を調教していく超絶イケメン教師とかどうだろう。最終的に二人は結ばれる壮大な感じの』

 

『チャットということを忘れないように! カナデさんの負担になりすぎるのはNGだよ!(`・ω・´)ノ』

 

『お医者さんごっこみたいなのはどうだろう。すごいイケメンのドクターが出てきたり』

 

 

 

――『カナデ』がログインしました。

 

 

 

『レッドハリネズミの皮何気に出ないよね』

 

『あー今日も困ってる初心者の人沢山いた』

 

『ちょっとだけならってあげたせいで残りが2枚しか( ´゚ェ゚)』

 

『結構使う頻度高いからね』

 

『あ、そういえば西の草原のミラージュアルマジロがさー』

 

 フレンドのログイン通知設定をオンにしていた私たちは即座に話題を切り替えた。

 超速の反応速度。

 この辺りはさすが歴戦の処女と言ったところだろう。

 あんな会話男性のカナデさんには刺激が強すぎて聞かせられない。

 

『こんばんは!』

 

 にやっ、と自分でも気持ち悪いと思うんだけど笑みが零れた。

 クラスの男子九条君とだとこんなやりとりできないよね。

 これだけでもカナデさんの性格の良さが伺える。

 文字だけなのに無性に可愛く思える。

 しかし、これは顔を合わせないオンラインゲーム。

 処女たちがいくら気持ち悪く悶えても相手にはバレない。

 ニマニマと緩んだ口元を引き締めながら、すぐさま返事を打ち込んだ。

 

『カナデさん(。≧ω≦)ノコンチャ!! 』

 

『こんばんは!』

 

 あらかじめ決めておいた話を振るタイミングはログイン後しばらくしてから。

 突然だと向こうも怪しむだろうからね。

 しかし、カナデさんが誰かとPTを組んでからじゃ遅い。

 かと言って慌ててはいけない。

 まずはちょっとずつ自然な流れでチャットHに持って行かないと。

 【ゲーマー美少年捜索隊】のLEINグループを開く。

 

『焦っちゃ駄目だよ……まずは関係ない話題から入ろう』

 

『がっついたら本当に終わりだからね』

 

『百合は少しだけ待ってて、最初は私たちが話しかけるから』

 

 皆の意見も同じような感じらしい。

 まずは関係ない話題から慎重にチャットHに持って行く方向で落ち着いている。

 百合の【りんりん】には【DOF】での待機が命じられる。

 けど――

 

『カナデさん、この前のやつまたやりません?』

 

「ちょ!?」

 

 リアルで声を出してしまった。

 思わず椅子から立ち上がりモニターを凝視する。

 い、いきなり切り込んだ……?

 私たちの間に緊張が走った。

 暴走した百合。

 フォローは頼まれているけどいきなりすぎる発言に私は動けない。

 

『ほら、なんかやってたじゃないですか、あんあんって』

 

 あんあん……いや、言いたいことは分かるけどギリギリ理解してもらえるかどうかだと思う。

 少なくとも私がカナデさんなら分からない。

 いきなりあんあんがどうこう言っても絶対に変な奴に思われる。

 

『なんでしたっけ、ほら、あの凄いやつ』

 

 しかも口下手!

 いつの間にか皆もチャット止めてるし地獄のような空気だった。

 なのに百合は滑った空気を誤魔化す女芸人のように無理矢理チャットを続けていた。

 

『やー、カナデさんやばかったですね。私またやりたいですねー、ほら、あんあんって』

 

『下手か!』

 

 駄目だった。

 我慢できずに思わず突っ込んでしまった。

 あ、しまった。

 ギルドチャットじゃなくて個人チャットで言えばよかった。

 何か企んでいるのがカナデさんにもバレてしまうのでは……

 

『ごめんなさい』

 

 カナデさんのシンプルな一言。

 サッと背筋が冷えた。

 その一言を見た瞬間最悪の想像が脳裏を過ぎる。

 慌てて謝ろうとするが次の言葉はカナデさんの方が早かった。

 

『あんあんってなんですか?』

 

 そこから百合の【りんりん】は動きを停止した。

 しばらく待ってみるけど何も言う気配がない。

 スマホを見るとLEINに一通の未読メッセージが。

 すぐさまLEINのアプリを起動。

 案の定百合が泣き言を言っていた。

 

『ムリムリムリムリ!! もう無理! 一度空振りしたらもう無理! 心臓キュッてなったぁああ!!』

 

『大丈夫! たぶんまだいける! そこまで変に思われてないはず!』

 

『凄い純粋そうに聞いてきたね……(((( ;゚Д゚))))』

 

『この疑問はどっちのテンション? 嫌悪? 侮蔑? 怒り? それとも……あああ、駄目だ分からない! 顔が見えないって怖ぃぃいッ!!』

 

『そもそもなんで早まったのか……』

 

『極度の緊張とチャHへの期待で頭の中が訳分からないことになって……ごめん、反省はしてる……』

 

『加恋、フォローしてあげなさい』

 

『ここで!?』

 

『確かに元々そういう話だったしな。百合が逝った今お前しかいない!』

 

『加恋お願い! 一度が限界! モニターの向こうでカナデさんがどんな顔してるか分からないってすごく怖い!』

 

『そりゃネトゲってそういうものだし(´゚д゚`)』

 

『加恋、私たち友達だと思ってたのに……』

 

『いつまで引っ張るのそれ!?』

 

『でも今カナデさん返事待ちだし……どれだけ待たせるのって感じになってるけど?』

 

 悔しいがその通りだった。

 早く返事をしないと余計に怪しまれる。

 男の人へのセクハラ発言は怖すぎるけど、これ以上は待たせられない。

 私は恐る恐る補足を入れた。

 

『りんりんが言ってるのはチャットHのことだと思います。カナデさん上手かったのでまた聞きたいんじゃないかと』

 

 多少【りんりん】を強調してしまったのは仕方ないだろう。

 私は悪くない。

 しかし、それに焦った百合の発言が凄い勢いでチャット欄を埋め尽くした。

 

『いや、なんというか、好奇心というか、純粋な興味といいますかwww所謂知識欲ですよねwww』

 

『んで、ちょっと詳しく調べたらやっぱり経験するのが一番だって言うじゃないですかwwwww』

 

『友達も言ってたんですよwwwカナデさんに頼んだらどうかってwww』

 

『どうですかね!?(「゚Д゚)「』

 

 凄い早口だった。全力で捲し立てている。

 汗をだらだら流して顔を引き攣らせてる百合が見えた気がした。

 カナデさんの答えを待つことしばらく。

 5秒くらいですぐに返ってきた。

 

『じゃあ個チャで話しますか』

 

 ぴろりん!

 

 ぴろりん!

 

 ぴろりん!

 

 連続レベルアップの音みたいにLEINにひっきりなしに通知が来た。

 内容を見る前から理解できた。

 きっと同じ気持ちなのだと思う。

 

『百合! 個チャじゃ意味ない!』

 

『軌道修正を!』

 

『えぇ!?』

 

『お前にそんなアドリブ力がないことは分かってる! だがやれ!』

 

『さりげなく貶された……orz』

 

 生チャットHを聞くなら百合とカナデさんの個チャでは意味がないのだ。

 カナデさんとのリアルタイムでのチャットHのほうが興奮できる。

 だけどそれにはなんとかしてカナデさんをその気にさせる必要があった。

 おそらくだけどカナデさんはギルメンの皆のことを気遣ってくれたんだと思う。

 どれだけ優しいんだとは思うけど今はその優しさが憎い。

 全員で構いませんよなんて言うわけにもいかない。

 百合はそういうキャラだからまだいいとしても、ギルメンが一人残らず変態だなんてカナデさんに思われたらそれこそ本当にギルド脱退まであり得る。

 難易度は高い……けど、百合がなんとかするしかないのだ。

 しかし、次の瞬間のカナデさんの一言で全てが決まった。

 それは夢が詰まった希望の一言であり、ある意味絶望の言葉でもあった。

 

『どういうシチュがいいです?』

 

 なん……だと?

 まさか好きなシチュエーションを選ばせてもらえるという?

 どうやって好みのシチュを言ってもらおうかとあれこれ画策していた生娘達を一笑に伏すような一言。

 好きなおかずが選び放題……しかも相手はカナデさん……

 刹那の沈黙。

 すぐに百合の【りんりん】がそれに答えた。

 

『選ばせsってもらえるんでsか?』

 

 その瞬間、凄い勢いでLEINに通知が飛び交った。

 

『おい、待て百合! 早まるな!』

 

『落ち着こう、冷静になろう』

 

『私たち友達……いや、親友じゃないか!』

 

 百合からのLEINはない。

 嫌な予感がする。

 その瞬間。

 私は確かに『ごめんね』と、儚い笑みを浮かべる百合の姿を幻視した気がした。

 モニターを見る。

 そこには【りんりん】が確かに私たちへの裏切りに等しい言葉を発していた。

 

『分かりました。それでは個人チャットのほうで、二人っきりで話しましょう(・∀・)』

 

 その時私はどんな顔をしていたのか。

 モニターをクラッシュしたくなったのは人生でこれが初めてだったと思う。

 皆も同じ気持ちだったのだろう。

 ギルドチャットが湧いた。

 勿論悪い意味で。

 

『裏切者』

 

『てめえ、明日覚えてろよ』

 

『りんりんは呪われた』

 

『りんりん足臭い』

 

『気になってたんだけどりんりんってちょっと臭いよね』

 

『りんりんの臭いってなに? 加齢臭?』

 

 しかし、【りんりん】からの返事はない。 

 カナデさんも黙ってしまった。

 いや、おそらく二人きりで話しているんだろう。

 羨まし過ぎる。

 せめてもの嫌がらせにチャットで悪口を言うけど音沙汰はない。

 今頃百合はどんな楽園にいるのだろうと想像して無性に悔しくなった……

 

 

 

 

 余談ではあるけど。

 

 

 ぴろりん!

 

 空気が読めない百合からLEINの通知が来た。

 苛立ちながらそれを見る。

 

『やあやあ孤独の味を噛み締めているかいグリードメイデン諸君、カナデさんとの甘い時間を過ごしている私からせめてもの贈り物だよ。これを見て延々と枕を濡らし続けるといい(*`∀´*)ケケケッ』

 

 ぴろりん!

 

 数枚のスクショが送られてくる。

 LEINに貼られたカナデさんのチャHログ。

 私は初めて無性に人を呪い殺したくなったのだった。

 ちなみにとても捗った。

 そこだけはグッジョブ。

 

 

 

 

 

 



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第12話 乙女心と草マーク

 

 

 大鳥奏視点

 

 

「んー」

 

 洗面所で歯磨きをしながら昨日のことを思い出す。

 【りんりん】さんとずっとチャットしてた。

 チャットが終わってからもずっと【DOF】やったり攻略動画を見てたので寝て起きたら気づけば夕方過ぎだった。

 カロリーメイツで栄養補給。

 ポリポリと噛み砕くとしっとりしたクッキーみたいな風味が口いっぱいに広がる。

 ちなみに最近のお気に入りはチーズ味だ。

 唯一の難点は口が渇くことだろうか。

 コップに注いだ牛乳を一気に飲み干した。

 

――ゥ゛ン。

 

 自室へと戻るとパソコンの前に座りさっそく起動する。

 ハードの電子的な起動音をBGMにしながら時間を確認した。

 

「6時半過ぎ……夕方か」

 

 いや、ギリギリで夜だろうか? 

 窓の外を見るとちょっとだけ夕日が見えるからやはり夕方?

 でも見えるといっても本当に少しだけだし。

 

「判断に迷うね……」

 

 そんな誰も得をしないようなことに思考を割きながらマウスを操作する。

 公式サイトのお知らせ情報を確認してからゲームスタートだ。

 いつものように【ドラゴン・オブ・ファンタジー】にログインをすると、キャラクター選択画面で【カナデ】を選択。

 自身の分身が【DOF】の世界へ降り立つと【グリードメイデン】の皆のチャットが聞こえてきた。

 

『こんちゃー!』

 

『カナデさんこんばんは!(*゚ェ゚*)ノ』

 

『こん(`・ω・´)ゞ』

 

 こうしてネトゲで同じ時間を共有すると孤独なニートにも仲間がいるんだと励まされる。

 皆は学業や部活動に励んでいる女子高生だ。

 交わるはずのない時間軸。

 それがこんな風に一緒にいられるというのは奇妙な縁みたいなものを感じるね。

 

『家族の皆にシチューつくってあげた~』

 

『私は照り焼きハンバーグ。良い色に焼けたよ!(ノ∀ ̄〃)』

 

 料理か。

 おそらくリアル関連の話なのだと察した僕は、自分が出しゃばることでもないなと成り行きを見守ることにした。

 聞いているとどうやら通っている高校で家庭科の授業があったらしい。

 ギルメンの皆は家事のことや料理のことについて語り合っていた。

 

『今日は部屋の掃除したから疲れたよ……』

 

『掃除は少しずつでも毎日やるといいよ~』

 

『ホホゥ(o-∀-))』

 

 僕の場合は掃除してるけど、ついゴミ捨てを後回しにしちゃってるんだよね。

 外に出るのは嫌だけどこればっかりは仕方ない。

 今度の可燃ゴミの日にまとめて捨てないとな……

 

『お母さんに良いお嫁さんになれるって褒められた~!(゚∀゚)アヒャ』

 

 と、今のは皆の話題に乗った【りんりん】さんの発言。

 元々よく話すフレンドさんの一人ではあったけど、昨日の遅くまでのチャットでさらに仲良くなれた……っていうのは思い込みじゃないと信じたいな。

 彼女さえよければまたやりたいなって思ってたり。

 【りんりん】さんの可愛らしい笑顔が浮かんで来るようなチャットをもう一度見て内心ほっこり。

 すぐに皆からも返信がやってきた。

 

『ヾノ ゚ω゚ )ナイナイ』

 

『りんりんはまず体臭をどうにかしたほうがいいと思う』

 

『お前をハンバーグにしてやろうか?』 

 

 ……な、なんでそんな【りんりん】さんにだけ辛辣なんだろうか。

 リアルで何かあったのかな?

 喧嘩とかにならないといいんだけど……

 僕が現実で顔を引き攣らせていると【りんりん】さんは何故か余裕を見せた。

 

『おおっと、そんなこと言ってもいいのかな? んん? 例のスクショは一部だということを忘れてはいないかい?』

 

 スクショ?

 スクリーンショットのことだよね。

 ゲームのプレイ画面を保存した画像の略称だ。

 僕には分からないけど、皆には何のことか分かったらしい。

 チャットから動揺が伝わってくる。

 

『く、卑怯な……!』

 

『りんりん絶対ロクな死に方しないと思う』

 

『(`д´)ケッ』

 

 さっきはびっくりしたけどやっぱり皆は仲が良い様に見えた。

 リアルで付き合いがあるとこうして気安いやり取りができるんだな。

 望んでヒキニートになった僕もこればかりは少し羨ましいかも。

 そうしていると再び【りんりん】さんのチャットが打ち込まれた。

 

『カナデさんカナデさん』

 

『ん?』

 

『やーあれですね』

 

 突然会話の矛先が此方へと向けられた。

 ……あれと言われても、どれだろう。

 僕が首を傾げていると続けて文字が打ち込まれる。

 

『いや、ふと気になったんですけどね、カナデさんはどんな女の子が好きなのかな~って』

 

 ラブコメ系の話題か……随分と急な話題転換。

 突然のことだったのでちょっとだけタイピングの手が止まった。

 

『ん~そうですねぇ……』

 

 恋バナは苦手ではないけどニートなんてしてるから答えに迷う。

 ニートが人を好きになっていいんだろうか。

 ……いや、そりゃいいだろうけど何か妙な罪悪感とかそういうあれがさ……

 駄目だ、ちょっと長く引き籠りすぎたせいで卑屈気味になってきた。

 気合を入れ直さなくては。

 

『逆にりんりんさんはどんな人が好きなんですか?』

 

 そして、沈黙。

 最近こんな沈黙が多い気がする。

 たっぷりカップ麺と同じ時間待ってからようやく返事が返ってきた。

 

『私の好きな人はカナデさんに決まってるじゃないですか~w』

 

 おおっと、告白されてしまった。

 これは恥ずかしい。

 ……なんて、チャットでの冗談を真に受けるほど童貞を拗らせてはいない。

 中学時代の黒歴史を思い出しそうになったよ。

 いくら貞操観念逆転世界でもネトゲで告白なんてあるわけないからね。

 けどなんて答えようか迷う冗談ではある。

 真面目に答えて白けさせるのも忍びない。

 僕はアイテムボックス内の不要アイテムを整理しながら無難に答えた。 

 

『ww』

 

 困った時は草マーク。

 ネットで草マークってほんとに便利だよね。 

 どんな会話にもある程度対応できるし。

 けどこれが嫌いな人もいるから気を付けないといけない。

 普段からネトゲしてる人はそこまで抵抗ないとは思うけどそれでも使いすぎには注意である。

 

『りんりんさん、氷の巨神兵倒しに行きませんか?』

 

 アイテム整理を終えると【りんりん】さんを最近行ってなかったボス戦へ誘ってみた。

 しかし、【りんりん】さんは答えない。

 最近の不思議な間の空き方といい回線が不安定なのだろうか?

 もしそうなら業者に頼まないといけないけど。

 まあ、しばらく待てば回復するだろう……だけどいくら待てども【りんりん】さんが発言する気配はない。

 

『りんりんさん?』

 

『あ、ごめんなさーい! ちょっと電話が掛かってきてて! 用事ができたので一旦落ちます!』

 

 ああ、そういうことか。

 ひょっとして僕が【りんりん】さんを嫌ってるみたいな意味に取られたのかと不安になったよ。

 何かしらフォロー入れないとって思ってたけど杞憂だったならいいだろう。

 僕は胸を撫で下ろしながら、バザーで安売りアイテムを買い漁った。

 

 

 翌日。

 早朝の鈴ヶ咲高校の教室にて――

 

「うぅぅ」

 

 百合が盛大に落ち込んでいた。

 机に突っ伏してうーうー言ってる。

 男の人の実体験を交えたエロスをチャット上のやり取りで教えてもらえる。

 世にも珍しい男性というだけで付加価値がものすごいことになってるカナデさんのチャットログ。

 それを一人占めした百合は許せない、なんてことになってたんだけど……

 

「うぅう、ああぁ~……」

 

 こうなってしまったクラスメイトを責めることなんてできるわけもなく。

 今では百合がカナデさんを一人占めにしたことは不問でいいんじゃないかって空気になっている。

 そう、百合のあの草を生やした冗談のような言い回しの告白はどうやら本気の本気だったらしく……私も初めて聞いた時は驚いた。

 百合はそういった言い回しが致命的に下手なところがある子ではあるけど、まさかあそこまで下手な伝え方をするとは思わなかった。

 あれこれ揉めてた皆も今では百合を見るたびに肩を叩いて元気付けている。

 

「百合……だ、大丈夫だよ~……カナデも冗談だと思ってるんじゃないかな……」

 

「あれで気付けってのは無理があると思うが……」

 

 優良と晶がやってきて元気付けようとしてくれる。

 そんな言葉にも百合は呻くだけだ。

 代わりに私が答えた。

 

「いや、何かカナデさんが本気で自分に惚れてるって思ってたらしくてさ」

 

「は? なんでだ?」

 

「チャットした時に下ネタな話題にも対応してくれたから、って」

 

 男の人と夜遅くまでの意思の疎通。

 羨ましいことこの上ないが、百合は相手がカナデさんだということを忘れていたのだ。

 信じられないことではあるが今となっては疑いようもない。

 カナデさんは女の人にも寛容な男性だ。

 処女丸出しの下ネタにもある程度対応してくれる。

 それ故の勘違いだった……でも私も同じ立場だったらどうなってたか分からない。

 相手が自分への好意を持ってると思っても仕方ないと思う。だってあんな遅くまで猥談やチャットHに付き合ってくれたんだし。

 女が誤解する男性の行動はそれこそ星の数ほどある。消しゴム拾ってくれただけで惚れてしまうこともあったり。

 女とはそれだけチョロい生き物なのだ。生娘ならば尚更だろう。

 ただ冗談っぽい言い回しだったとしても告白は告白。

 チャットだったとしても本気の告白があっさりと躱された百合は理解したのだ。

 思っていたほど好かれているわけではなかったのだと。

 

「ま、まだ分からない……ギルチャだったから返しづらかったのかもしれない」

 

「いや、そもそも告白だとさえ気付いてなかったと思う」

 

 恐らく……たぶんだけど百合は悩んだのだと思う。

 頭の中で葛藤した。

 その結果があの冗談っぽい言い回し。

 草マークを使っての保険だったんだと思う。

 もし万が一にも好きじゃないって言われたときに『冗談ですよ』と冗談っぽく言えるように。

 失敗しても最低限の交友関係を保って首の皮一枚繋がるために。

 その保険の結果1ミリも想いが伝わらなかったのは皮肉だけど。

 

「草生やしたせいで伝わらなかった、とか」

 

「それはある」

 

「じゃあ脈は……?」

 

「それはない」

 

 ぐはあ! と、百合が吐血する幻が見えた。

 

「少しでも脈あるならあの言葉に草マークは返せない気がする」

 

「私だったら冗談だって分かってても意識するね」

 

「だよねー」

 

 ぐさぐさと言葉の刃で全身を貫かれる。あの反応を見る限り断言まではできないけど異性としての好意は見られなかった。

 そう考えると冗談として受け取られてよかったんだと思う。告白失敗した男女が同じギルドに所属だなんて気まず過ぎる。

 そして、百合は心の底から悔しそうに――

 

「絶対愛されてると思ってた……」

 

「すげえ自信だな」

 

「もう過去形だけどね」

 

 冷静な一言に百合はまた「う゛ぅう」と、呻き声をあげるのだった。

 

 

 

 

 

 



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第13話 愛を囁かれたい

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 ある日の昼休憩。

 いつもの【ゲーマー美少年捜索隊】の面々との教室での食事中のこと。

 

「そういえばネットゲームって主人公喋らないよね」

 

「言われてみればそうだね。予算とか容量の都合とかかな?」

 

 会話に聞き耳を立てながら、パンの包装を開けた。

 力を込め過ぎたせいでちょっとだけソースが手についたのでティッシュで拭う。

 私はイメージの問題だと思うな。

 自キャラの個性が強すぎると自己投影できないから、世界観に入り込みたいって人には不向きなんだと思う。

 普通のストーリー重視のRPGと世界観が強い傾向の大人数用のMMORPGはやっぱり別物だし。

 そんなことを話している時だった。

 唐突に篠原百合が立ち上がる。

 

「閃いた」

 

 それを聞いて心なしか何人かはちょっと呆れた様子。

 またか……という心境なのだろう。

 優良が野菜ジュースを飲んでいたストローから口を離し、皆を代表してそのまま聞き返した。

 

「何を閃いたの?」

 

 百合はオープンな変態さんだ。

 彼女がこう言う時は決まってそっち方面のろくでもない話題だったりする。

 とはいえ私自身もエロエロな妄想をするムッツリなので興味はある。

 

「カナデさんの声でエロいことできないかな?」

 

 百合はチャットHで味を占めたのか、それとも告白失敗で開き直ったのか、最近はそんな感じのことばっかりだ。

 現実ではカナデさんと何とかあれなことをしたい、下ネタを言い合いたいと言っている。

 ちょっとだけ羨ましい。

 百合以外のメンバーは私も含めてまだそこまで堂々とできないから。

 そういう意味ではまだぎこちなさはあってもカナデさんと素のチャットができる百合が一歩リードというところなのだろうか。

 まあ【DOF】内では今ほど大胆な発言はできてないようだけど。

 

「ボイスチャットってこと?」

 

 私たちも年頃の女子高生だ。

 性欲旺盛で年中頭の中がピンク色という自覚はある。

 だけど百合はレベルが違う。

 私たちですら知らない下ネタ知識をいくつも持っている。

 前にも言ったけどチャットHについて私に教えてくれたのも実は百合だったりするのだ。

 

「音声合成! だよ!」

 

 どどん!

 そんな効果音が付きそうなドヤ顔で百合は言い放ったけど私たちの頭にはクエスチョンだ。

 

「私が色んな画像を組み合わせてエロコラを作ったり、イラストソフトで成年漫画に登場する男の人の股間のもっこりを自分好みに調整してるのは知ってると思うけど」

 

 ……うん、それはちょっと知らなかったかな。

 百合は一体どこへ向かおうとしているのだろうか?

 だけど話の腰を折るのも藪蛇になるので、私はスルーした。

 皆も同じ気持ちだったのだろう。

 ひとまず百合の閃いたらしい話を聞くことに。

 

「画像だけじゃなくて音声とかも最近は結構簡単にできるらしくてね? そこで! カナデさんの声を録音したのを編集したり繋ぎ合わせたりして色んな台詞を言ってもらおうってわけ!」

 

 要約するとつまりカナデさんが言った言葉を繋げて意味のある台詞として再生しようということだろうか?

 例えば『好き』と『クロロンさん』の2つを繋げて『クロロンさん好き』とか。

 

「いくつか質問があります」

 

 そこでそれまで黙っていた薫が手を上げた。

 カナデさん信者の薫にとっては許容できないことだったのかもしれない。

 

「素人にそんなに都合の良い合成ができるんですか? そもそもどうやってピンポイントに狙ったワードを言って頂くんですか? 誰がやるのかも考えないといけませんし……」

 

 違った。

 むしろとても乗り気ですらあった。

 真面目に質問する薫は心なしか鼻息も荒い気がした。

 

「勿論問題はいっぱいあるよ? だけど、どれだけ難しくてもやる価値はあると思う。想像してみてよ。カナデさんのイケボで優しく愛を囁かれるところを」

 

 百合の言葉に私は惣菜パンを口に運んでいた手を止める。

 少しだけ迷いが生まれた。

 そのまま心の中で感じた疑問をぶつける。

 

「合成音声でそんなこと言われて皆は嬉しいの?」

 

「「「嬉しくないとでも?」」」

 

 愚問だった。

 迷いのないある意味純粋すぎる瞳。

 ノータイムでの即答に私は何も言い返せない。

 それどころか何を躊躇していたのかとハッとさせられた。

 私自身も想像してみる。

 

『クロロンさん、愛してますよ』

 

 ……いいかもしれない。

 いや、凄く良い。

 この台詞をカナデさんのあのイケメンボイスで囁かれたら私は一体どうなってしまうのか。

 皆もいやらしい想像をしているのか頬を赤く染めて鼻を抑えていた。

 それはそうだ。

 だって今までの人生で男性に愛を囁かれたことなんて一度もないのだから。

 興味だってあるし、その言葉に全員が飢えているはずなのだ。

 同性の身悶えるところなんて見たくないけど気持ちは十分理解できた。

 カナデさんの声がどんな声なのかは私以外には知らないけど、そこは処女の妄想力で補っているのだろう。

 私も以前凄く格好良い声だったって言った記憶があるからそこも妄想を捗らせているんだと思う。

 

「じゃあ、カナデさんとボイスチャットするってことで決定ね。台詞のサンプル収集は加恋に任せるってことでいいかな?」

 

「え、私?」

 

 突然降りかかった重大任務。

 疑問を口にするもみんなはそれでいいと口々に言う。

 

「晶はボイチャ苦手だし、薫は免疫0だし、優良は天然だし、私はアドリブ利かない変態だし」

 

「確かに……というか加恋だけが唯一カナデの声知ってるんだよな」

 

「他のメンバーだと初めて聞くカナデさんの声にテンパってまともに会話できない気がする」

 

 うーん。

 確かにそう言われると私が適任なのだろうか。

 私は不安半分期待半分で頷いた。

 ちょっと心配だけど、私ももう一度カナデさんとボイチャできるのは楽しみだったから。

 ただ独占欲の強いカナデさん信者の薫が何も言ってこないのは意外と言えば意外だった。

 

「それじゃあ皆はそれぞれ言ってほしい台詞をメモして放課後までに加恋に渡すこと。LEINで伝えてもいいけど誤字脱字とか変換ミスには気を付けてね。沢山の音声パターンが欲しいから加恋は同じ単語や台詞でも出来るだけ一杯集めてほしいの」

 

「全員分のキャラ名もだよね?」

 

「勿論」

 

「分かった。やれるだけやってみる」

 

 要はカナデさんとお喋りして目的の言葉を断片的にでも喋ってもらえたらいいんだよね。

 ちょっと荷が重い気はするけどそれよりも期待の方が勝った。

 あれ以来カナデさんとボイチャできてなかったから心残りがあったのだ。

 今回はグループの皆が御膳立てしてくれる。

 やらない理由はないだろう。

 カナデさんと久しぶりに出来ることになるボイスチャットを想像して私は胸を高鳴らせるのだった。

 

 

 

 

『これからそのピ―――にたっぷりピ――――!』

 

『*******!!!』

 

『ピ―――――! ピ―――――――――――!』

 

『**************!!*******!!』

 

『***********!! ピ――――!』

 

『この変態がッ!』

 

 【ゲーマー美少年捜索隊】の全員から集めてほしいと頼まれた音声サンプル用の台詞メモ。

 それらにしっかりと目を通す。

 見間違いじゃないことを2度3度読んで確認。

 グループ全員分のメモ用紙を自室の机に置いてゆっくり大きく息を吐くと私はそのまま頭を抱えた。

 そうだった。

 百合が濃すぎるから普段意識しないけど全員変態だった。

 

 そして、理解する。

 いくら緊張するからとはいえ……

 男性なのに優しいという女の妄想が具現化したようなカナデさんとの楽しい会話をするチャンス。

 抜け駆けできる口実が与えられる【ゲーマー美少年捜索隊】グループ全員が公認している機会。

 それをなぜ私だけに譲ったのか。

 私は自分に背負わされたあまりにも重い超高難度任務に絶望した。

 

 

 



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第14話 フレンドと友達

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 だけどいつまでもこうしてはいられない。

 即座にLEINへの送信。

 

『騙された』

 

 すぐに複数の既読が付いて返事がやってくる。

 

『どうしたの加恋?』

 

『何か問題でもあったか?』

 

 白々し過ぎる【ゲーマー美少年捜索隊】の友人たち。

 私は感情のままにLEINへと文字を打ち込んだ。

 

『ピー音と問題しかないんですけど!?』

 

 百合が【DOF】内でカナデさんとやり取りする下ネタを交えた会話。

 それに危機感を覚えなかったと言えば嘘になる。

 あの優しいカナデさんも画面の向こうでは内心思うところがあるんじゃないかって不安になることもあった。

 百合の【りんりん】がリアルよりは控えめなものとは言え、カナデさんにそっち方面の話題を振るたびにこちらは現実で冷や汗ものだったのだ。

 いくら優しいカナデさんでも……なんて思ったり。

 しかし、これはレベルが違う。

 次元が違うなんて言葉が生易しく思えるほどの超超超超高難易度クエストだった。

 報酬は美味し過ぎるけど、私一人が背負わされるには荷が重すぎた。

 

『言いたいことは色々あるけど……例えばこの『これからそのピ―――にたっぷりピ――――!』って台詞だけど』

 

『ピーピー言われても分からないけどたぶん私のかな? 囚われのヒロインって興奮するよね』

 

『なら……えーと『この変態がッ!』って台詞とか』

 

『それは私。やっぱりシンプルな言葉責めが一番グッと来るんだよね』

 

『この変態がッ!』

 

『いや、加恋じゃなくてカナデさんに言ってほしいんだけど』

 

 私はスマホを窓から投げ出したくなった。

 

『加恋、落ち着きなさいって』

 

 むしろ私はなんで皆がそんなに落ち着けてるのかが分からない。

 さすがにこれは無理だ。

 カナデさんだってこんなこと言わされたら怒るに決まってる。

 それが私たちみたいな女の欲望のために利用されるのだって絶対嫌なはずだ。

 いや、今更ではあるんだけどさ。

 だけどこれはいくらなんでも度を超えている。

 すると百合が言ってくる。

 

『じゃあ加恋はどんな台詞を?』

 

『『大好きですよクロロンさん(はぁと)』とか』

 

『…………』

 

『…………』

 

『…………』

 

『何か言ってよ!?』

 

『言われてみれば確かに難しいよね』

 

『カナデさんの言葉が断片的過ぎても繋げれないしね』

 

『加恋一人に押し付けたのはそりゃあ悪いとは思うけどさ』

 

『スルーもやめて!?』

 

 冷静になると無性に恥ずかしくなった。 

 慌てて先ほどの台詞を送信取り消ししてLEIN上から削除した。

 

『加恋って何気に純情なところあるよね(* ̄з ̄)ププッ』

 

『はぁとwwww』

 

『www』

 

 私は手で顔をパタパタと扇いで顔の熱を落ち着かせる。

 先ほどの発言を誤魔化すように本題に入った。

 

『こんな言葉言わせたらほんとに嫌われちゃうかもしれないんだよ? それでもいいの?』

 

 カナデさんのいない【DOF】。

 男の人ってだけだからじゃない。 

 あの優しいフレンドさんがいなくなった【DOF】を想像して胸にぽっかりと穴が開いたような虚しさを感じた。

 グループの皆もそれは分かっているはずだ。

 少しだけLEINの時間が止まった。

 

『言いたいことは分かる、でも私だって何も考えてない訳じゃないよ』

 

『というと?』

 

『チャットHでも分かった通りカナデさんはエロに寛容だよ』

 

 うん、それは分かる。

 少なくともチャット上での抵抗感は見られなかった。

 

『だから加恋に確かめてほしいの。カナデさんがどれだけ許容してくれるのかを』

 

『……確かに、相手が優しいからって調子に乗ってたらいつか不満爆発、なんてこともあるかもしれないしな』

 

『現実でもあり得るけど、ネットゲームは顔も見えないし』

 

『チャットは文字だから相手がどんな感情でやってるのか分からないもんね』

 

 そう言われて私は咄嗟に動けなくなった。

 百合は何も考えてない訳じゃなかった。

 むしろカナデさんと真剣に向き合っていたのだ。 

 それはいっそ私よりも。

 ただのオープンな変態だと思ってた。

 でも違った。

 偏見だけで友人を見ていた自分が恥ずかしく……あれ? でもちょっと待ってよ?

 

『下ネタをやめたらいいんじゃ……?』

 

『それはできないの……私が私である限り、ね』

 

 前言撤回。

 それらしいことを言っただけでやはり変態だった。

 

『だけど一理はあると思うぞ』

 

 LEINに表示された晶の言葉を見て確かに……と、感じた。

 カナデさんは優しい。

 だけどさっきも言った通りどんな人なのかが顔も知らない私には分からない。

 私たちが女であることをカナデさんがどう思ってるのか。

 性別が違うことがいつか致命的な事態を生むんじゃないかと。

 それを私は考えないようにしていたのかもしれない。

 

『できないならそれでもいい。だけど私は知りたいの……カナデさんの優しさが嘘じゃないってことを信じたい。カナデさんが素の私たちとのチャットを心から楽しんでくれてるって思いたいの』

 

 ネットゲームは怖い。

 いくらフレンドなんて言葉を使っても現実とは決定的に違う関係性。

 フレンドと友達は別物だ。

 そう割り切ってる人もいるんだろう。

 向こう側に生身のプレイヤーがいても現実とは違うんだと。

 所詮はゲームだけでの関係だって言う人もいるんだと思う。

 だけど私にとってそれは現実となんら違いはない。

 カナデさんは大事なフレンドで友達だ。

 

 

――クロロンさん、こんにちは~!ヾ(´∀`)ノ

 

 

 あの優しい言葉が偽りじゃないことを信じたい。

 カナデさんだってそれを望んでいるんだと思いたい。

 ボイスチャットなら声が聴ける。

 カナデさんの気持ちを感じ取ることもできるかもしれない。

 そして、きっとこれは皆も同じ気持ちなのだろう。

 私はスマホを持つ手に少しだけ力を込めた。

 

『分かった、やってみる。絶対カナデさんに聞いたこともないような下ネタ言ってもらうよ』

 

『ここシリアスシーンなのかどうなのか分からなくなってきたw』

 

『酷い字面だ』

 

『駄目だちょっと面白いww』

 

 

 

 

 

 

 

 



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第15話 ネトゲではよくあること

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 休日の昼過ぎ。

 私は自分の部屋で頭を悩ませる。

 中々名案が出てこない私は椅子に座ってゲーム起動画面のところでマウスカーソルを止めていた。

 まずはカナデさんとボイスチャットをする方向に持って行かなくては。

 多少緊張で上手く話せないかもしれないけど2度目なので、他のメンバーがやるよりはまだマシなはずだ。

 だけど問題はそこからだった。

 

「一番多いワードは……これかな?」

 

 性器関連の単語が一番多い。

 2番目に多いのが言葉責めに関連するワードだろう。

 できるだけ多くのサンプル収集が望まれる。

 だけど一番難易度が高いのもそれらの言葉だ。

 性器関連は言わずもがな、カナデさんが誰かの悪口を言うところが想像できない。

 

「なら、多少優先度が低くても言ってもらいやすい言葉を先にクリアするか……んー」

 

 しかし、それでも難易度が高いことには違いない。

 目的よりも先に手段を考えるべきなのかもしれない。

 例えばで考えてみよう。

 

【この変態がッ!】

 

 これは一番文字数が少ない。

 だからと言って簡単というわけでもないけど……

 この変態というワードを口に出す状況……例えば、えーと、例えば……

 あれ? 日常ではまず使わなくない?

 

 ぴろりん! 

 

 【ゲーマー美少年捜索隊】の一人からLEINが送られてくる。

 優良からだった。

 

『カナデログインしてきたよ~』

 

『了解、今行く』

 

 朝から昼まで考えても結局名案は浮かばなかった。

 それならいっそ流れに身を任せるのもいいかもしれない。

 名案ではないけどまったくの無策って訳でもないしね。

 

「ふう……」

 

 ちょっと怖いけど……深く息を吸い込む。

 そのまま【DOF】の世界へと降り立った。

 前回のログアウト場所に自身の半身とも言える【クロロン】が光の粒子のようなエフェクトと共に出現した。

 フレンドから飛んでくる挨拶を軽くやり終えた私は次にギルメンの皆にチャットを送った。

 

『こんにちは~』

 

『こんちゃ!』

 

 うん、挨拶はいつも通り無難にこなせた。

 【ゲーマー美少年捜索隊】の面々も大勢いる。

 いざというときは彼女たちからもフォローしてもらえることになっている。

 私はさっそくカナデさんに話しかけた。

 

『カナデさん、久しぶりにボイチャしませんか?』

 

『いいですよ~丁度マイクも専用のやつを買ったんですよね』

 

 意外なほどあっさりと事が運んだ。

 しかも専用のマイクを買ってくれているらしい。

 自惚れかもしれないけどまた私とボイチャするためにとかだったら……あ、やばいやばい、顔がにやける。

 ゲームを起動したままスケイプを開いた。

 

 てれれれれん♪

 

 カナデさんからのコール音。

 1コール、2コールで、何とか気持ちを落ち着ける。

 3コール目が鳴り終わろうとしたところで通話許可をクリックした。

 

「こんにちは」

 

『どもども、お久しぶりです……ってわけでもないですけどやっぱりボイチャやると不思議な感じですね』

 

「ですね~」

 

 よ、よし!

 自分でも意外なほど落ち着けている。

 やはり一度目と違い心の準備ができていることが大きいのだろう。

 あの時は色々と不意打ち過ぎた。

 聞こえてくるのはやはり男性の声。

 柔らかく優しいトーンのイケメンボイス。

 多少余裕がある今なら分かるけど同い年くらいに聞こえた。

 パソコンにダウンロードしておいたボイスレコーダーのソフトを起動。

 声の録音を開始した。

 

「と、ところでカナデさん……!」

 

『はい、なんでしょう?』

 

 ちょっと言葉に詰まりながらも口を開く。

 ここからが肝心だ。

 私は一息に言葉を伝えた。

 

「実はイヤホンの調子が悪いんですよね……もしかしたら何度か聞き返すことがあるかもしれません」

 

 これなら自然な流れで同じ言葉を言わせることができるはずだ。

 我ながらナイスな作戦だと思う。

 

『そうなんですか? それならボイチャはまたにしたほうがいいですかね?』

 

「っ!?」

 

 予想外の言葉。

 私は内心焦りながらなんとか話題の方向性を修正していく。

 

「あ、いっ、いえ、聞こえにくいと言っても少しだけなので大丈夫だと思いますよ!」

 

『了解です。何かあれば遠慮なく言ってください』

 

 ふう、優しいカナデさんを騙すのは心苦しいがこれも全ては今後のため。

 カナデさんを理解するために必要なことなのだ。

 心の中で言い訳をしながら軽く雑談を交える。

 【DOF】の方では軽くフィールドを移動してレベリングをしながらだ。

 元々スケイプはチャットをしながらのプレイを短縮するためだったし。

 夢見の鍵を使って【夢の境界】と呼ばれるマップへと転移した。

 

『お、夢イルカの巣は空いてますね。昔と比べて効率は落ちましたけど案外ここ穴場なんですかね?』

 

「人気の狩場だと中々戦えませんもんね……それならいっそ経験値低くてもこっちの方が効率はいいのかも?」

 

 このマップはアイテムを消費しないと行くことができない代わりに経験値が美味しいモンスターが多い。

 と言ってもそれは少し前までの話で今では新マップの高経験値モンスターに取って代わられた感じだけど。

 最新とは言えない一昔前のマップなので慣れないボイチャをしながらのプレイには丁度いい難易度のフィールドだった。

 効率そこそこの弱いモンスターを狩りながらカナデさんとスケイプでの会話を試みる。

 

「りんりんはまだインしてないみたいですね」

 

『そうですね、りんりんさんとはここ最近は良く遊んでたのでちょっと寂しいですね』

 

「そういえばラブはいますか?」

 

『ん? ラブさんですか? えーと、今はインしてないみたいですね』

 

 私はまずキャラ名を口に出してもらう作戦に出た。

 多少ぎこちないところはあるかもしれないけど、そこまで違和感もないはずだ。

 そうして雑談することしばらく。

 ようやく【ゲーマー美少年捜索隊】のメンバー全員分の名前をカナデさんの口から聞くことに成功する。

 一旦机の上に置いてあったペットボトルに口を付ける。

 落ち着け……ここからだ。

 まずは最初の台詞。

 

 

【この変態がッ!】

 

 

 これである。

 なんて強烈な言葉だ。

 これをカナデさんの口から言わせるのかと思うと興奮……いや、違う違う。

 緊張で精神状態がおかしくなってきた。

 

「あ、あー……カナデさん?」

 

 一旦モンスターを一掃する。

 沸くまでのタイミングに予め考えておいた話題を口にした。

 

「実は近所で不審者が出たらしいんですよね」

 

 スケイプの向こうで不思議そうにするカナデさんの息遣いが聞こえてくる。

 ちょっといきなりすぎただろうか……いや、もう言ってしまったのならこのまま行くしかない。

 

『そうなんですか? 怖いですね……クロロンさんも気を付けてくださいね?』

 

「ぐっ」

 

『ぐ?』

 

 心配してもらえたことに胸が高鳴った。

 どうしよう、凄く嬉しい。

 何だろうこの気持ちは。

 萌えとか恋とかその類の感情だと思う。

 それと同時に嘘をついていることへの強烈な罪悪感。

 

「カナデさんは不審者についてどう思います?」

 

『不審者ですか? んーそうですねぇ、やっぱり怖いですよね。何するか分からない人って感じがしますし』

 

「そ、そうですよね~しかも露出魔らしいんですよ。それについてはどう思います?」

 

『? あまり遅くまで出歩かないことが大事だと思いますよ。特にクロロンさん女の子なので気を付けないと』

 

 私が女であることと、気を付けないといけないことがいまいち結びつかなかったけど心配されてることはよく分かった。

 カナデさんこそ男性なので気を付けてくださいね、と言ったところでこの話題は終了。

 駄目だ。

 これ以上は引っ張れない。

 変態という一言はひとまず諦めないと。

 

『そういえば昨日部屋の大掃除したんですよね。やっぱり部屋が綺麗になると気持ち良いですね』

 

「そうなんですか……カナデさんは綺麗好きなんですね~」

 

『クロロンさんは掃除とかどうしてます?』

 

 私は次の台詞サンプルのメモを手に取った。

 

 

【けひひっ、このムチで抵抗する気力がなくなるまで嬲ってやるよ。精々いい声で鳴いてくれよぉ?】

 

 

 けひひって笑う人見たことないよ……

 というか台詞が大分マニアックなんだけど。

まさかのSM関連。

 裏面の名前を見る。

 そこには椚木優良の名前が書かれていた。

 友人の性癖に内心ショックを受けながらも何とか任務を遂行するために引き攣った口を開いた。

 

「そ、掃除ですか~そんなことよりムチの話しませんか?」

 

『ムチ……?』

 

「いや……なんというかですね……そ、粗大ゴミってことですよ! 捨てるの大変じゃないですか?」

 

『ああ、なるほど。確かに大きいゴミってそれだけで面倒ですよね』

 

 だ、駄目だ。この台詞は無理だ。

 慌てて方向転換。

 友達がSM好きとかショックが大き過ぎて何も言えない。

 そもそも日常でムチの話題なんてどう処理すればいいのか。

 すぐに思考を切り替える。

 

『粗大ゴミもですけど掃除で大変なのは他のゴミ捨てもですよね。僕つい忘れちゃうんで来週の可燃の日に捨てないとな~って思ってて』

 

 次の台詞だ。

 

 

【君の顔も声も体も、その全てが愛おしいよ】

 

 

 裏面を見る。

 不良っぽいボーイッシュ少女の早乙女晶だった。

 意外にもまともすぎる台詞に私は感動した。

 何気にああ見えて純情系なのだろうか?

 

「えーと、全てが愛おしくなることってありませんか?」

 

『……? いや、ないですかね? やっぱりごみは捨てないと』

 

「いや、顔とか声とか体とか」

 

『? 誰のです?』

 

 つ、次の台詞!

 

 

【薫、君のその全てが欲しいんだ。ほら、薫の大事なところに僕の指が触れようとしているよ? 鳴いてごらん? その可愛い声を僕に聞かせておくれよ。ああ、僕の最愛の人。僕は君に出会うために生まれてきたんだね。一緒になろう? 薫のここももう我慢できないみたいだよ? 僕ももう我慢ができないんだ。薫を見ているだけで僕の欲望ははち切れそうなんだ。さあ、僕のこの醜い情欲を受け入れてくれる唯一の(以下略】

 

 

「長いわ!!」

 

『な、なにがですか?』

 

「いやっ、あー、えっと、ですね……す、すみません! イヤホンの調子が悪いのでちょっとだけ待っててください!」

 

 一旦スケイプの通話を中断した。

 【DOF】の方でも安全地帯にキャラクターを動かしてレベリングを中止。

 カナデさんには少しだけ待ってもらいその間にLEINアプリを起動すると【ゲーマー美少年捜索隊】の皆に助言を求めた。

 

『私なに言ってるの!? 情緒不安定!?』

 

 自分で自分にツッコミを入れる。

 すぐに既読がついて返信がやってきた。

 

『お、おう? どうした?』

 

『加恋が壊れた(;゚Д゚)』

 

 心配をしてくれるメンバーたちへの返事を後回しにしながらこの計画の立案者の百合の名前を呼んだ。

 しかし、待てども百合からの返事はない。

 そういえば音声を編集するために色々調べると言っていたような……気付いていないのだろうか?

 

『百合ならさっきりんりんでインしてたけど? 確かスマホの調子が悪いから何かあればそっちでチャットしてくれって』

 

 む、そうなのか。

 【DOF】のフレンド一覧を見ると確かにそこには【りんりん】の名前が。

 すぐに【DOF】で【りんりん】へのチャットを打ち込んだ。

 

『りんりん! 変なこと言い過ぎて私おかしい人になってるんだけど!? 絶対変な奴って思われてるよこれ! エロいこと言ってもらうの無理そう!』

 

 …………

 

 ………………

 

 …………………………

 

『りんりん? 聞いてる?』

 

 なぜかチャットが返ってこない。

 答えない百合の【りんりん】に焦れて私が二度目のチャットを打ち込んだ時だった。

 

 ぴろりん!

 

 ぴろりん!

 

 ぴろりん!

 

 LEINがやってきた。

 今までの比じゃないくらいの通知量。

 ちょっとびっくりしながらも何だろうとLEINアプリを起動した。

 

『違う待って』

 

『個チャ違う』

 

『やばい』

 

『加恋、それギルチャ』

 

『ギルドチャット』

 

『加恋ギルチャで言ってる』

 

 

 

 



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第16話 スペース一文字

 

 

 

 

 大鳥奏視点

 

 

 人と人の繋がりは見えない。

 それはたった一言で崩れるほど脆い関係性。

 こちらが気にしないことでも向こうにとってそうじゃないことっていうのは結構あったりする。

 そして、人間関係っていうのはそんな些細なことで修復できなくなることが多々ある。

 僕自身もそうなった人を何人か見たことがあった。

 

『りんりん! 変なこと言い過ぎて私おかしい人になってるんだけど!? 絶対変な奴って思われてるよこれ! エロいこと言ってもらうの無理そう!』

 

 まずこの時点で僕は色々と察した。

 最近の皆の言動や行動とかを思い出しながら、ああ、そういうことかって思った。

 断片的にだけど点と点が繋がった気がした。

 次に静まり返ったギルドチャット欄を見てこれが予期せぬチャットミスの事故であることも理解した。

 貞操観念の逆転した世界で今の現状が何を意味するのかも。

 色々と繋がったからこそ手が止まった。

 それはたぶん向こうにとっても同じなのだろうけど……

 

(……これは、ちょっと困った)

 

 前の世界の記憶の面影が一瞬だけ重なった。

 この世界へ来る数日前の出来事。

 仲が良かった幼馴染のリアフレと一緒にやっていたネットゲーム。

 誘ってくれたのは向こうからだった……嬉しかったし楽しかった。

 だけどある日、チャット欄から流れてきたチャットミス。

 

『カナってほんとウザいよね』

 

 そんなつもりじゃなかったのは分かっていた。

 ちょっとした愚痴みたいなものだったのだろう。

 だけど言ってしまったチャット欄の言葉を取り消す機能なんてものはそのネットゲームには存在しなかった。

 スペース1文字だけの入力を連続で繰り返して必死にチャットの言葉を流そうとする友人。

 見ないふりをした方が良かったんだと思う。

 だけど……それでギクシャクすることになった人間関係。

 少しだけぎこちなくなったギルドチャット。

 ネトゲにインしたらギルドを除名させられていた。

 フレンドも何人かいなくなっていた。

 何があったのかは分からないけど、僕との関わりを断つことを選んだ人がいるのは紛れもない現実のようだった。

 僕は自分があまりそういうことを気にしない人間だと思っていたけど……ショックだった。

 そんなことを考えながらだから事故に遭った。

 突っ込んでくる乗用車に気付かなかった。

 だけどそれ以上に、それがどうでもいいと思えるほどに……そんな曖昧な関係だったことに苛立った。

 友達だと思っていたのに。

 いや、友達ではあったんだと思う。でもだからこそ、友達だったからこそ許せなかった。

 たったそれだけの関係だったのだと言われた気がしたから。

 

 だから思ったんだ。

 フレンドだろうと友達だろうと変わらない。

 そんな括りに意味なんてない。

 同じだ。

 どちらも簡単に壊れる。

 その場で草でも生やして謝ってくれればよかった。

 次に会った時に「ごめんごめん」って言ってくれたらそれで良かったんだ。

 帰り道でジュースの一つでも奢ってくれたら僕は何も気にしなかったのに。

 その程度で壊れるなら、と。

 そう思ってしまった時。

 

 

 人と関わるのが馬鹿らしくなった。 

 

 

 だけど、それでも。

 結局元には戻らなかったけど、あの時の空白の言葉は……

 チャットを流そうと必死にスペース1文字だけを入力してくれたのは……きっとなかったことにしたかったからなのだと信じたかった。

 スペース1文字分くらいには、僕たちの友情は本物だったのだと信じたかったんだ。

 【クロロン】さんの発言を最後に動かなくなったチャット欄。

 彼女はどうなんだろう。

 僕は【クロロン】さんと仲良くできていたのかな。

 あの時みたいにスペースは打たれないけど、今にも壊れそうになってるけど……ちゃんと僕たちは友達だったのかな?

 

(本当に……困った)

 

 ただの冗談……って訳にもいかないんだろうな。

 例えるなら元の世界での女子へのセクハラに近いはずだ。

 だけどそれは向こうにとっての話だ。

 この世界の人間じゃない僕にしてみたらどうということでもない。

 色んな事を話し合った。

 馬鹿みたいな事も、楽しい事も、嬉しい事も。

 時には真面目な相談だってした。誰かが落ち込んだ時はそれを他の皆で慰めた。

 友達みたいだった。

 毎日同じ時間を重ねたんだ。

 楽しかったんだ、本当に。

 なのに……なんでこの程度で揺らぐんだよ……

 

「クロロンさん」

 

 名前を呼んだ。

 慌てているのか泣きそうな声で拙い言葉が返ってくる。

 前と同じだ。

 きっと僕が何もしなければこの関係には亀裂が入る。

 そこの亀裂から歪み始めて、しばらくすれば消えてなくなるんだろう。

 たったそれだけの関係なのだ。

 現実でもネットゲームでも。

 人の関係なんて所詮その程度のものなんだ。

 もう世界の何処にも居ない友達を思い浮かべながら……僕はそんなことを思った。

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 ぴろりん!

 

 ぴろりん!

 

 ぴろりん!

 

 ひっきりなしに鳴り響く通知音。

 だけど、私は動けなかった。

 感情がごちゃごちゃする。

 現実味がなさすぎて頭の中が真っ白になった。

 

『クロロンさん』

 

 通話途中で放置していたスケイプからカナデさんの声が聞こえてきた。

 いつもは優しい声。

 それが少しだけ硬く聞こえた。

 

「あ、あのっ」

 

 感情が言葉にならない。

 それでも何か言おうと無理矢理喉を震わせた。

 

「違うんですっ! いや、違くはないんですけど……その、友達が、ですね……いつも変なこと言うんですよ! そんな感じで……」

 

 何を言っているんだ私は。

 上手くまとまらない。

 慌てて言おうとするけど墓穴を掘ってる感じがした。

 

「それで、あの……上手く言えないんですけど……え、っと……ゆっ、許してもらえたらなって」

 

 ああ、駄目だ。

 やっぱり言葉にならない。

 なんだか情けなくて涙が出てきた。

 

「ご、ごめんなさい……っ」

 

 涙声でそれでもなんとか謝れた。

 言い訳のような謝罪。

 皆には悪いことをした。

 もっとしっかり確認すればよかった。

 いや、そうじゃない。

 そもそもこんなことを考えなければ……もう遅いけど。 

 遅すぎるけど……

 

『クロロンさん、ギルチャ見てください』

 

 恐る恐る顔を上げる。

 モニターを見た。

 そこにカナデさんはいないけど。

 困った笑い顔を浮かべる優しそうな男の人が見えた気がした。

 

 

 

 

『やばい、超あるあるですよそのミスwww』

 

 

 

 

 その言葉は――

 ギルチャから流れてきたカナデさんの言葉は……私たちを嫌悪するものではなかった。

 ただ優しいだけの、私のミスをからかうだけの一言。

 いつものやり取りのような、いつも通りの言葉。

 だからこそ一瞬何を言われたのか分からなかった。

 

『というかクロロンさん意外にムッツリだった!?(ノ∀≦*)ノぷぷ~っ!』

 

 私をからかい、大袈裟に草を生やしてログを流してくれた。

 チャットが流れて消えていく。

 

 静まり返ったギルドチャットの中で――よくある事だと、彼は笑った。

 

 何も変わらないカナデさん。

 茶化すようなそのチャットを見て理解した。

 全部分かったんだ。

 私が馬鹿だったことも。

 カナデさんの優しさは本物だったことも。

 確かめる必要なんてないくらい、カナデさんはいつものカナデさんだった。

 カナデさんが男の人だからとか、私たちが女だからだとか……何も関係なかったんだ。

 それに対して色んな感情がごちゃごちゃして……嬉しくなった。

 嬉し過ぎてまた涙が出てきた。

 

『ムッツリスケベなクロロンさん……いや、これからはエロロンさんとでも呼びましょうか(。-`ω´-)』

 

 チャットは続く。

 冗談交じりの言葉がログを埋めていく。

 カナデさんの『何か問題でもあったか?』と言うようなその優し過ぎる言葉が……時を止めていたギルドのチャット欄を再び動かした。

 

『エロロン!』

 

『似合い過ぎてるw』

 

『どうしよう、違和感がない(;゚Д゚)』

 

 ギルドチャットの賑わいはいつもの日常のようだった。

 何事もなかったように流れていくチャット欄。

 下卑た欲望に利用されていたこと。

 女にこんなことされて怒っても良いはずなのに。

 彼は全部承知の上で許してくれたのだと分かった。

 今までにない感情が沸き上がる。

 それは今までも感じていたもののはずだった。

 男の人というだけで盲目的に抱いていた恋愛感情。

 だけど、それとはハッキリ違うと分かった。

 カナデさんがカナデさんだからこそ感じる気持ち。

 私の心の奥深くがそれを理解する。

 

「……カナデさん」

 

 名前を呼んだ。

 切なくて苦しくなった。

 堪えきれない感情がせきを切ったように溢れ出てくる。

 

『はいはい、なんでしょう?』

 

 穏やかな声。

 それに答えるように。

 カナデさんに少しでも今の感情を知ってほしくて……私は一言だけ伝えた。

 

「……ありがとうございます」

 

『いえいえ』

 

 滲む視界の中、私はLEINを開いた。

 通知はもう鳴らない。

 そこに一言打ち込んだ。

 

『やばい』

 

 既読が付く。

 そこへ続けて打ち込む。

 ネットゲームでよかった。

 

『カナデさん好き過ぎて辛い』

 

 とてもじゃないけど……今の顔は見せられないだろうから。

 

 

 

 

 



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第17話 やはり誰得だったのかという

 

 

 

 大鳥奏視点

 

 

『クロロンさん? 敵来てますよ?』

 

 前衛の壁役をしていた【クロロン】さんが敵を素通りさせているのを見てチャットで言葉をかける。

 すぐに謝罪がやってくる。

 PTは持ち直したけど、それでも【クロロン】さんのミスの影響は大きかった。

 ポーションを消費しながら戦況を立て直す。

 最近こんな感じのことばかりだった。

 レベル上げ中に突然止まったり。

 チャットが返ってこなかったり。

 装備の耐性違ってたり。

 HPのポーションとMPのポーション間違えてたり。

 【クロロン】さんはお世辞にもプレイヤースキルが高いとは言えない人だ。

 なので数回くらいならあり得るのかなとも思ってたんだけど……

 さすがにそれ以上になれば何かあったのかと心配にもなる。 

 しばらく続けていたけどやはりミスが目立った。

 

『ごめんなさい、今日は落ちますね』

 

 そう言って【クロロン】さんは今日もログアウト。

 心なしかチャットにも元気がない気がした。

 

『おつぅ!』

 

『ノシ』

 

 【クロロン】さんがログアウトしてフレンド一覧の名前の中から彼女の色が消えて行く。

 その時を見計らってギルドの皆に聞いてみた。

 

『最近クロロンさんの様子がおかしい気がするんですが』

 

『あー』

 

『あー……』

 

『ああ……』

 

 同じような言葉がギルチャ欄に並んだ。

 やはり何かあったのか。

 あまり踏み込むべきではないかもしれないけど……さすがにこれは心配にもなる。

 お節介だとは思ったけど聞いてみた。

 

『もしかしてリアルで何かありました?』

 

『まあ……リアルにも影響は出てますけど』

 

『あんまり話しかけないであげたほうが良い感じですかね?』

 

『それはそれで落ち込みそうなのでいつも通り接してやってください』

 

『ふむ?』

 

 よく分からなかった。

 僕が心配するようなことでもないのだろうか?

 

『ひょっとしてこの前のチャットミスまだ気にしてます?』

 

 過ぎたことだから、気にし過ぎないでほしいけど……

 

『いえ、それに関しては大丈夫です』

 

 それはどうやら考えすぎだったようだ。

 僕にはどうすることもできないことなのかな。

 だけど、それと心配しないってのは別問題だ。

 

『カナデさん』

 

『ん?』

 

 【りんりん】さんからだった。

 僕はすぐにチャットを打ち返した。

 

『クロロンはちょっと色々あってですね』

 

『fm……』

 

『よければ元気付けてあげてもらえませんか?』

 

『勿論構いませんよ』

 

 僕は迷うことはないと即座に答えた。

 

『ありがとうございます。明日は私たちはインしないのでその時にでも』

 

『分かりました』

 

 どうやら明日は僕と【クロロン】さんの二人きりになるらしい。

 ほかの【グリードメイデン】のメンバーもそんなことを言ってくる。

 皆も何か思うところがあるようだった。

 僕は【クロロン】さんのことを任された。

 皆がログアウトしていき僕と【りんりん】さんが残った。

 そうして【りんりん】さんが最後に聞いてくる。

 

『あの、カナデさん』

 

『はい?』

 

『もしクロロンが本気で悩んでたらどうしますか?』

 

『僕にできることならなんでもしますよ』

 

 咄嗟に答えていた。

 ……ちょっと格好つけすぎただろうか。

 顔も知らない相手にこんなこと言われても信用できないかもしれないけど。

 間違いなく本心ではあった。

 

『ありがとうございます。カナデさんで良かったです』

 

『? 何がですか?』

 

『なんでもないです( ̄∀ ̄〃)』

 

 よく分からないけど……今の答えで良かったのだろうか。

 それから皆と同じように【りんりん】さんもいなくなる。

 

『お疲れさまー!ノシ』

 

 ちょっと遅れたけど聞こえただろうか?

 ログアウトする【りんりん】さんを見送り、フレンド一覧を開く。

 いつの間にか僕一人だけだった。

 さっきまで賑わっていたチャット欄はもう静まり返っている。

 それを見て胸の奥に穴が開いたような感覚を覚えた。

 

「……寝ようかな」

 

 なぜかソロでゲームをする気分にはなれなかった。

 たぶんフレンドさんが困っているからなのだろう。

 僕も少し気持ちが落ち込んでいるのかもしれない。

 【クロロン】さんが悩んでるなら助けてあげたい。

 話くらいは聞いてあげられるだろう。

 

「…………」

 

 なかなか寝付けなくて寝返りをした。

 ヒキニートなんてしてるとたまにこんな気持ちになる。

 無性に誰かと会いたくなる。

 いつものことだ。

 人と会わないヒキニート特有の発作みたいなものだ。

 そのうち治まるだろうと僕は布団を被り直した。

 だけど、本当にそれだけなのだろうかと……そんな疑問が浮かんだ。

 

 僕はなんで【クロロン】さんに対して何も言わなかったんだろう。

 元々怒ってなかったからとか。

 いつも仲良くしてもらってるからとか。

 まだギルドの皆と遊びたいことが沢山あったからだとか。

 理由はいっぱいある。

 そのどれもが正解に思えた。

 でも、一番は違う気がした。

 

 僕は元々ソロプレイヤーだった。

 そっちの方が気楽だからって自分に言い聞かせた。

 引き籠ったこともそうだ。

 自分勝手な理屈で独りを選んだ。

 

 けど、たまにだけど考えてしまうことがある。

 もしかしたら、僕がもう少しだけ頑張っていたら……あの幼馴染で友達だった彼女の隣に僕はまだいることができたのだろうか。

 あの時、今にも泣き出しそうだった彼女に冗談交じりに笑いかけていたら――

 前の世界でまだくだらないことを言い合えていたのだろうか?

 これは思春期を拗らせたヒキニートの独り善がりの感傷で、また違った結末もあったんじゃないかって……

 自分の中にそんな後悔だけが残った。

 そのたびに誰が得をするのかも分からない嘘で、誰も聞いていない独り言を口にした。

 

 仲の良いギルドのメンバーとPTを組んでる人が羨ましかった。

 フレンド同士で楽しそうにチャットをしている人を気付けば目で追っていた。

 2年前この世界にやってきた時からそう決めていたのに。

 望んで孤独になった癖に。

 このまま僕はずっと一人なんじゃないかと……そんな不安に駆られた。

 

『あの、もしよかったら私と――』

 

 いつか【クロロン】さんが言ってくれたチャット欄の言葉が脳裏を過ぎった。

 怖かったんだ。

 孤独に死んでいくその瞬間を想像して恐ろしくなった。

 だから僕にきっかけをくれたあの時の一言が。

 僕は――……

 

「………………」

 

 いつの間にか眠っていた意識がゆっくりと覚醒した。

 随分と懐かしい夢を見ていた気がする。

 まだ夜明け前なのか、薄暗く白い天井が視界に広がる。

 僕は枕の上で顔を動かして視線を横に向けた。

 何も映さない液晶テレビとデスクトップパソコン。

 飲みかけのお茶が入ったペットボトル。

 積み重なった漫画本。

 充電中のスマホが小さく点滅していた。 

 誰もいない部屋。

 自分だけしかいない世界。

 

 だけど。

 

 不意にギルドの皆が浮かんだ。

 やってくる何度も繰り返したお決まりの定型文。

 無性に皆とチャットしたくなった。

 また【クロロン】さんの声が聞きたくなった。 

 

 あの変なギルド名は誰が考えたんだろう。

 今度誰かにこっそり聞いてみようかな……

 

 【ラブ】さんは言葉遣いは荒いけど凄く乙女なところあるよね。怒られそうだから言わないけどさ。

 ギルドに入ったばかりの時に気に掛けてくれたことが嬉しかったのを覚えてる。

 

 【レン】さんはなんで僕を様付けで呼ぶんだろう。

 皆は草生やして面白がってたけどあの時は本当にびっくりした。

 もっと気楽に接してほしい気もするけど、慣れちゃったからそうなった時は少し物足りなく感じるかも……僕って結構面倒な奴だよね。

 

 【ゆーら】さんは絶対天然だと思うんだ。

 黄金蛙はカエルだよ……初めて遊んだ時にタヌキって言ってけど、どうやって間違えたんだろう。

 本当に面白い人だよね。

 学校でもそんなキャラなのかな?

 

 前に皆が料理の話をしてるのを聞いて自分でもちょっとだけやってみたんだ。

 意外とハンバーグが上手く作れなくて……よかったら今度教えてほしいな。

 

 エロいことって何を言わせようとしてたんだろう?

 実は結構気になってたんだ。

 たぶんだけど【りんりん】さんが言い出しっぺだと思うんだ。

 当たってるかな?

 

 そうそう。

 そういえばこの前……

 

 ……まだいっぱいある。

 まだまだ皆と話したいことが沢山あるんだ。

 今度は皆もボイチャしようよ。

 皆の声も聞かせてほしいんだ。

 また、皆で――

 

「なんだよ……」

 

 皆の顔文字交じりの言葉を思い浮かべた時、本当に今更過ぎることを自覚した。

 自分を偽った言い訳でムリヤリ誤魔化していた感情に気付いてしまった。

 いつも心の中にあった感情を見ないように、必死に顔を背けて気付かないふりをしていたのに。

 皆といることが楽しかったのも。

 チャットでのミスのことも。

 何よりも僕が彼女達との繋がりが切れることを恐れたのは……

 

「やっぱり寂しいんじゃないか」

 

 

 

 



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最終話 ログイン

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 ネットゲームが嫌いだった。

 始めたばかりの初心者だった時に操作が上手くいかなくてイライラした。

 グラフィックが綺麗だったからちょっとだけワクワクしたけど……それだけだった。

 私はゲーム下手だったようで、上手くモンスターが倒せなくて。やることが多すぎて何をしたらいいのか分からなかった。

 攻略サイトを見てもピンと来なくて、野良でPTを組むたびに馬鹿にされていた。

 立ち回りだとか、相性だとか、効率だとか、何を言われているのか分からなかった。

 その度に訳も分からず謝って……

 友達に誘われて始めたネットゲームだったけど……やめようかなって本気で思ってた。

 そもそもなんでゲームを知らない人とやらないといけないのかなって。

 友達がやってるからってだけで無感情に続けてた。

 ログインが少しだけ苦痛だった。

 何が面白いのか……私には分からなかった。

 

『ごmrんなさい』

 

『初心者さんなら仕方ないですよ』

 

『ありgtうございまう』

 

『チャットゆっくりでおkですよ(´∀`)b』

 

『はい』

 

 いつかのチャットログを思い出す。

 初めてだった。それが初めてネットゲームをやっていて楽しいと感じた記憶。

 どんなレアアイテムよりも、どんな高性能の装備よりも。

 ビギナーズラックだとか、転生モンスターだとかよりも。

 チャットをゆっくりでもいいと言ってもらえたことが……あの時優しくしてもらえたことが何よりも嬉しかった。

 フレンドの一覧に表示されたカナデさんの名前を見て少しだけログインが楽しみだと思えた気がした。

 

『99個集まりましたよー』

 

『ありです』

 

 一緒に序盤のマップでグミゼリーを集めた。

 今思えばあの人にとってはなんでPTでやる必要があるのかも分からないアイテムだったはずなのに。

 一人でも作れるような装備だったのに。

 いつか野良で誰も手伝ってくれなかったことを手伝ってくれた。

 少しずつ【DOF】を楽しいと思えば思うほど、なんで手伝ってくれるのかが分からなくて……好奇心で聞いてみた。

 

『手伝うの好き過ぎる』

 

『www』

 

 初めて草マークというものを生やした。

 その人にとっては当たり前のことだったのかもしれないけど、私にはその在り方がとても眩しく思えた。

 それからフレンドも沢山できた。学校であまり話さなかった人ともゲームのことで仲良くなれた。

 気付けばチャットを打つのも少しだけ早くなって。

 序盤で困ってる人を見かけて懐かしい気持ちになったり。

 手伝ってお礼を言われることが嬉しかったり。

 いつの間にか毎日ログインするようになっていた。

 思えば初めて出会った時から惹かれていたのかもしれない。顔も知らないのにおかしいとは思うけど……

 それでも、私は――……

 

 ぴろりん!

 

 思考が通知音で遮られる。

 スマホを見ると未読メッセージが沢山溜まっていた。

 既読を付けてからそのまま私は机に突っ伏す。

 ここ最近は勉強にもゲームにも身が入らない。

 何をするにも上の空だった。

 そして、その原因は明白だった。

 

「はぁ……」

 

 ため息が零れる。

 カナデさんの声を思い出す。

 いつものやり取りが浮かんだ。

 それがなんだか切なくて、やっぱり苦しくなった。

 

「放課後に一人残って何してるのかと思ったら……」

 

 友人の声。

 百合だということが分かった。

 続けて名前を呼ばれる。

 私は顔を上げずに聞き返した。

 

「……なに?」

 

「カナデさんのことなんだけど」

 

 がばっ!

 

「か、カナデさんがどうしたのっ?」

 

 私の勢いに若干引いたような百合を見てハッとなる。

 こほんと咳払い。

 今更取り繕っても遅い気はするけど……

 

「いや……なんか加恋が心配だってことで、大丈夫かってメッセージ来たんだけど」

 

 スマホを見せてくる。

 そこには確かにカナデさんが私を心配するメッセージが。 

 

「ふへっ」

 

「……えっと、加恋? その顔は18禁だよ?」

 

 百合の呆れた声。

 そんな友人の声も耳に入らなかった。

 

「まあ……気持ちは分からないでもないけどさ」

 

 数日前のカナデさんとのチャットミス事件。

 間違えてギルドチャットでのセクハラ発言をしてしまった私を許してくれたカナデさん。

 それを思い出すだけで顔が熱くなる。

 あれ以来自分の気持ちを強く自覚することになった私は【ゲーマー美少年捜索隊】の皆から心配される日々を送っていた。

 

「それとさっきも言ったけどもう放課後なんだけど」

 

「え?」

 

 言われてみればと周りを見渡す。

 ほんとだ……もう誰も残ってない。

 ボーっとしすぎていたようだ。

 慌てて鞄を手に取ると、それから私は教室を出た。

 同じ学校に通う女子生徒たちの声を聞きながら下駄箱で靴を履き替える。

 聞こえてくるお決まりのBGM。

 この日の放課後のメロディが不思議と耳に残った。

 

 

 

 

 私はどうすればいいんだろう。

 いざ気持ちを自覚して分からなくなった。

 色々と考えたら顔も知らない相手を好きになるなんて失礼なんじゃないかって。

 そんなこと考えもしなかった。

 ただ付き合えたらいいなって。

 男の人とそういう関係になりたかったはずなのに。

 本当に本気でそうなりたいと思った時からどうしたらいいのか分からなくなった。

 

「ただいま~」

 

「おかえり、冷蔵庫にプリンあるってさ」

  

 妹の咲がプリンを食べながら言ってきた。

 そう言われても食欲が出なかった。

 台所へは向かわずにそのまま自室へと歩いた。

 

『加恋今日も駄目そうだったね』

 

『ここ最近カナデさん関連の話題にしか反応しないし……』

 

『カナデさんって言うたびにピクピクするのはちょっと面白かったねw』

 

『もう告白すればいい気がする(;´∀`)』

 

『んーでも薫が許してくれるかどうか……』

 

『乳首引き千切りますよ?』

 

『やめたげてw』

 

 LEINを見ると未読メッセージが30くらい溜まってた。

 いつものような賑やかなLEINでのやり取り。

 私は不思議と返信する気力が沸かなかった。

 教室の時と同じように既読だけつけてパソコンを起動する。

 【DOF】へログインすると【クロロン】を選択。

 ゲームの世界へと自身のメイキングしたキャラクターが降り立った。

 

『クロロンさん、こんにちは~』

 

「……ッ!」

 

 カナデさんが挨拶をしてくれる。

 胸が尋常じゃないくらいドキドキし始めた。

 フレンド一覧を見るとカナデさんしかいなかった。

 

「ど、どうしよう……っ!」

 

 不意打ちだった。

 ボーっとし過ぎていつもみたいにカナデさんがいることを失念していた。

 いや、いるかもしれないとは思ってたけどまさか二人きりだとは。

 なんで今日に限ってカナデさんしかいないのだろう。

 二人きりというのは珍しいことではないけど随分と久しぶりのことだ。

 そわそわする。

 高くなった脈拍を落ち着けているとカナデさんからのチャットが届く。

 

『クロロンさん大丈夫ですか?』

 

『え? 何がですか?』

 

『いや、なんというか最近プレイが上の空と言いますか』

 

『おぉう……す、すみません……』

 

 慌てて謝る。

 確かにそれは一緒に遊んでくれてる人には失礼だったかもしれない。

 カナデさんも怒らせてしまったのだろうか?

 なんて、分かってて言ってみる。

 

『いえいえ、大丈夫ですよ~』

 

 やっぱりカナデさんは怒らなかった。

 気持ちが矛盾してるみたいな感じがする。

 ドキドキするのに……カナデさんと話してると不思議と安心できた。

 感情があちこちをぐるぐるしてよく分からない。

 だけど、嫌な感じはしなかった。

 

『あの』

 

『ん?』

 

 少しだけ気持ちを落ち着けながら、チャット欄に言葉を打ち込む。

 

『炎の魔龍行きませんか?』

 

『りょ!』

 

 いつかのカナデさんとのPTを組んだ時を思い出す。

 もう炎帝装備は完成していた。

 行く必要はなかったけど……なぜか私はそう言っていた。

 

『クロロンさん好きなんですか?』

 

『なぶがでっすsか!?』

 

『豪快なチャットミスですねw』

 

 うぐ……焦りすぎた。

 少し恥ずかしくなりながらも打ち直す。

 

『えーと、なにがですか?』

 

『炎の魔龍』

 

 ああ……

 がっくりと肩を落とした。

 てっきり気付かれたのかと……

 なんだろう。

 安心したようなちょっと残念だったような……

 

 …………

 

 ………………

 

 …………………………

 

『サンクス!』

 

『ういうい!』

 

 いつかと同じようなチャットをしながら討伐成功。

 レアアイテムがドロップしたのを見てお互い喜んだ。

 もう必要ない素材だったけど、カナデさんと一緒に取ったアイテムなんだと思ったら不思議と捨てる気にはなれなかった。

 アイテムを整理してそれを拾った。

 

『おつ~』

 

『乙です!』

 

 カナデさんはやっぱり上手だった。

 色々間違いだらけの私を手助けしてくれる。

 私の方はいつにも増してプレイがふわふわしてたけど……

 

『クロロンさん』

 

『はい?』

 

『僕で良かったら悩みくらい聞きますよ』

 

 察しが良い人だと思ったけど、そりゃ最近の私を見てたら心配の一つもされるか……

 でもメッセージ送ってくるほど私は……うん、おかしいのかもしれない。

 それでも本人に『好きな人ができました』なんて、言えるわけもなかった。

 

『えっと、じゃあちょっといいですか?』

 

 だけどせっかくのご厚意だ。

 私は大事なところは省いて相談してみることにした。

 本人に恋愛相談って変な感じがするけど……

 

『色々と自覚しちゃったんです』

 

『ほう』

 

『そしたらなんというか……自分でも自分が分からなくなっちゃって……』

 

『というと?』

 

『つまりですね……んと、何て言っていいのか分からないんですけど……あばばばば(;゚Д゚)』

 

『ww』

 

 上手く言葉にできない。

 だけど、ただ話せることが嬉しかった。

 胸が苦しくて痛いくらいに高鳴る。

 カナデさんが私とチャットしてくれてるというだけで顔が熱を持った。

 私はカナデさんとどうなりたいんだろう。

 いや、本当は答えなんて分かってる。

 それでも……って思ってしまう。

 ネットゲームで知り合っただけでリアルのこと何も知らないし。

 だけど凄い好き。

 色んな事をしたい。

 付き合いたいし、エッチなことだってしたい……そういう関係になりたい。

 だからこそ怖かった。

 もしも断られたら……

 そもそもカナデさんは顔も知らない私となんて……ああ、駄目だ。

 またゴチャゴチャしてきた。

 

『大丈夫ですよ』

 

 その時カナデさんからチャットが飛んできた。

 一瞬心を覗かれたのかと思った。

 チャットで言ってしまったのだろうかと不安になって慌ててログを読み直した。

 

『ミスったら僕がフォローします』

 

 少しだけ呆気に取られる。

 手が止まり自然と自分の顔に笑みが浮かんだ。

 この人はいつもそうだ。

 私はあまりプレイヤースキルが高くなくて……野良PTで馬鹿にされていたところを庇ってくれたのがカナデさんだった。

 その時の光景が浮かんだ。

 

 

――あの、もしよかったら私とフレンドになってもらえませんか?

 

 

 いつかのチャットでの一言。

 頑張って慣れない長文を打ち込んで、打ち間違いがないことを何度も確認した。

 勇気を出してフレンド申請をして……

 今でも思い出せる。

 少しだけ悩むように間が空いたことが怖かった。

 もしかしたら断られるんじゃないかって。

 だけど……

 

 

――おお、いいですよ。こちらこそ宜しくお願いします。

 

 

 そう言って貰えたことが本当に嬉しかった。

 昔より操作慣れしてからも私は下手なままで、いつもミスばっかりだ。

 MP管理もずさんで、ボス戦も頻繁に失敗ばかりする。

 肝心なところでチャットミスだってする。 

 それを助けてくれるのはいつだってカナデさんだった。

 

『いつもありがとうございます(´゜∀゜`)』

 

『(`・ω・´)b』

 

 なんだろう。

 そんなことを言ってもらえて……色々と悩んでた自分が馬鹿らしくなった。

 

「……カナデさん」

 

 チャットではなく口にしてみた。

 名前を呼ぶだけで不思議と勇気が出てきて……なんだか色々と元気付けられた。

 うん、やっぱりそうだ。

 ネットゲームだからとか、顔も知らないとか。

 そんなの関係なかった。

 私はこの人のことが好きだ。

 男の人なのに優しいことも。

 ネットゲームを楽しいと思わせてくれたことも。

 チャットミスを許してくれたことも。

 好きな顔文字が似てたことも。

 装備のことで相談に乗ってくれることも。

 何時間も素材を探したのに結局場所を間違えてたことを笑い合ったことも。

 作ったばかりの武器を装備して喜ぶ意外と子供っぽいところも。

 色んな事全部含めて私はカナデさんが大好きだ。

 

『カナデさん』

 

 今度は【DOF】で名前を呼ぶ。

 すぐに返事が来た。

 

『はい、なんでしょう?』

 

 それなら少しだけ自分に正直になってみるとしよう。

 大丈夫だ。怖くない。

 何かミスをしても……きっといつものようにカナデさんがフォローしてくれるだろうから。

 

『オフ会とか興味ありませんか?』

 

『む、オフ会ですか』

 

 少しだけ手が止まる。

 止まった手は震えていた。

 カナデさんのいつかの声に背中を押されるように。

 私はエンターキーを押した。

 

『そこで聞いてほしいことがあるんです』

 

『お、結構真面目な話ですか?』

 

『そうですね。真面目な話です』

 

 キーボードに……

 チャットの空白に文字を入力する。

 

『どうでしょう? お会いできないでしょうか?』

 

 あの時と同じ少し悩むような間が空いた。

 直接会うのはカナデさんも不安なのかもしれない。

 考え込むような沈黙が怖かった。

 だけど、いつかのように。

 それでもきっと同じような言葉を返してくれるんだろうなと……何の根拠もなく思った。

 

 そうして、私は。

 ゆっくりと聞こえないであろう言葉を紡いだ。

 いつかカナデさんにフレンド申請をした時と同じように。

 ちょっとだけ勇気を出した。

 

 

 もしよかったら、と――

 

 

 感情のままに想いを口にした。

 カナデさんには聞こえない言葉。

 近い未来に自分が口にすることになる言葉。

 どんな返事がもらえるか分からないけど。

 もしかしたら望んだものではないかもしれないけれど――

 

『ちょっと緊張しますけどいいですよ(´∀`)』

 

 それが同じ言葉であることを願った。

 皆と当たり前のように楽しいことを言い合える日常の中にカナデさんがいることを。

 そこに最愛の人がいる未来がやってくることを。

 もしそうなったのなら。

 そんな未来がやってきたのなら……

 きっとそれはとても幸せなことなのだろうなと。

 そう思った――

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーFinーーー

 

 

 




ここまでお付き合い頂きありがとうございます!
これにて完結です!


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after1

人によっては結構な蛇足かもしれません……
特に山場を考えているわけでもないので、キリ良く終わりたい人は最終話辺りまでが丁度いいかも。
作者の余裕がある時に自己満足でゆるゆるその後の日常を描くだけになりそうです。


 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 高校2年生になってから色々な事件を経てしばらく。

 初夏の訪れを感じさせる風が植えられた街路樹の深緑色の葉を揺らす。

 赤色に変わった信号を待ちながら周りを見渡すと、通勤途中のOLや、他校の制服を着た学生たちが同じように立ち止まっていた。

 同い年くらいの女子高生たちの会話をぼんやりと聞き流しながら、暇なのでスマートフォンを取り出して、ほんの前日に行ったチャットのログ画像を確認した。

 

『今週の連休とかどうですか?』

 

『おkです。そちらに合わせるので詳しいことが決まったらまた教えてください~』

 

『了解です』

 

 私には好きな人がいる。

 【ドラゴン・オブ・ファンタジー】と呼ばれるMMORPGで共に遊ぶフレンドのカナデさんだ。

 現実での面識はなく、精々がボイスチャットで声を聞いたことがある程度。

 顔も知らない相手をこんなに好きになる日が来るとは思わなかった。

 私が知ってるカナデさんの情報と言えば、声が格好良くて、優しくて……そのくらいだ。

 これだけの情報でこれほど夢中になるのは我ながら惚れっぽい気もする、けど後ろ暗い感情はない。

 色々あった結果、私はカナデさんへの好意を自覚したんだけど、それに関して迷いはなかった。

 気付けば信号も変わっていたので、スマホを仕舞って通学路を歩く。

 大まかな日程は決めたけど、詳細はまた後日ということになった。

 勝負は今週末。

 そこが私にとって人生の分岐点になる。

 絶対に成功させないと――

 

 

 

 

「おはよー!」

 

 勢い付いた言葉に教室中から視線がやってくる。

 学友たちの意識がこちらへと向けられたことに臆することなく自分の席へと向うと、その途中でも傍を通ったクラスメイト達から挨拶がやってきた。

 それに対して満面の笑みと共に返すと、戸惑い気味に「ど、どうしたの?」とか「機嫌良さそうだね」なんて言われる。

 テンション高めに窓際へと向かった。

 けどいつもと教室の空気が違う気がする。妙にソワソワしてる気配というか。

 

「何してるの?」

 

 後方の席で何やらクラスメイト達が集まっていた。

 私の方にも気付かないほど熱中してるというか、なんかコソコソしてるけど。

 人だかりに声を掛けてみる。

 

「ッ……!? って、なんだ加恋か……」

 

 人の顔を見てなんだとは失礼な。

 露骨に安堵の表情を浮かべるクラスメイト達は、そのまま視線を元の位置へと戻した。

 そこにはヨレヨレのアダルト写真集……俗に言うエロ本があった。

 

「どうしたのそれ?」

 

「ツッキーが今朝登校する途中に公園で見つけたんだってさ」

 

 普段手に入らないお宝に浮足立っているクラスメイトの皆はツッキーの愛称で親しまれているクラスメイトの手元を凝視していた。

 何人かは見張り役なのかもしれない。誰かが来るのを恐れるかのように教室の入口を確認している。

 

「次っ、早く早く」

 

「ちょ、もうちょっと待ってって」

 

「ふおおっ……タンクトップエロい……! 隙間から乳首見えそう……!」

 

 教室の隅で欲望のままに盛り上がる皆を一歩引いて眺める。

 盛り上がってるなー……興味がないと言えば嘘になるけど我慢した。

 カナデさんとは、まだそういう関係ではないけど浮気みたいな真似はしたくない。

 だけど我慢は容易だった。思ったほどの興味が沸かない。

 今までの私は男の人に憧れてた。男の人と関係を持ちたかったのは女として当然だと思う。だけど、カナデさんの優しさに触れた今となっては、俳優だろうと、クラスメイトだろうとそんな対象で見れるはずもない。

 カナデさん以外とだなんて、そんな風には思えないし、思えるはずがない。

 声を思い出すだけで胸の奥が締め付けられ……な、なんて、朝からなに言ってるんだろ。

 教室でだらしない顔をするわけにはいかないと表情を引き締めた。

 その時だった。やや乱暴に扉が開いてクラスメイトの一人が顔を出した。

 

「あ、九条君来たよ」

 

 ふと呟くようにそう言うと、ふわぁ……とタンポポが綿毛を飛ばすように静かに散っていく。

 その場にはワタワタと慌ててエロ本を机に仕舞うツッキーだけが残されていた。

 皆必死に隠蔽しようとしてる。

 長期の休みだったわけではないけど、事件もひと段落したお陰なのか、いつもの賑やかな日常が始まったんだと妙にしみじみとした。

 

「お、おはよう九条君! いい天気だね!」

 

「うるさい」

 

 今日も九条君の好感度を稼ごうとしたクラスメイトが1人崩れ落ちた。

 九条君に挨拶を無視されてガッツリ凹む皆を横目に自分の席へと座ると、窓の外の自分の心を表すような晴れ模様へと目を向けた。

 ハッキリ言って絶好調だ

 今ならなんでも出来る気がする。

 

「おはよう、加恋」

 

 教科書とノートを整理して、1限目の授業の準備をしているといつの間にか目の前にクラスメイトの一人である篠原百合が居た。

 

「百合はさっきのよかったの?」

 

 さっきの場には居なかったし、性欲を拗らせてる百合にしては珍しいこともあるものだと感心する。

 

「ん? なにが?」

 

 もしかしてエロ本のことは知らないのかな?

 変なテンションになられても困るので、何でもないよと誤魔化しておいた。

 簡単に挨拶を返して、そういえば心配させてしまっていたことを思い出す。

 

「ありがとね、私ならもう大丈夫だよ」

 

 百合だけじゃない。

 この数日は学校でもゲーム内でも色んな人に迷惑や心配をかけてしまった。

 本当に良い友人たちに恵まれたことを再認識する。

 

「お、だいぶ元気出たみたいだね」

 

 心なしか柔らかい笑顔を百合は浮かべる。

 お礼を言うと「うんうん」と、満足そうに百合は笑みを深めて頷いた。

 

「ところでさ……」

 

 百合が少しだけ声を落としてきた。

 耳元に顔を寄せてくる。

 カナデさん関連のことかな?

 私たちが【DOF】で男の人と関わりがあるというのはLEINグループ【ゲーマー美少年捜索隊】の中で秘匿された重大な事実だ。

 教室の中心で無意味にライバルを増やすようなことはできないからこその配慮なんだと思う。

 

「カナデさんとどんな話したの?」

 

 あれ、なんで知ってるんだろう。

 なんて思ったけど、ここ数日の私がおかしくなった原因はカナデさんだし、結びついてもおかしくはないか。

 けど、いくら心配させてしまったとは言っても、オフ会のことを伝えるべきかどうかは悩む……

 さすがに皆が居たらそういう雰囲気にもできないし、告白だって恥ずかしい。

 ここは誤魔化しておこうかな。

 

「背中押してもらっただけだよ」

 

「へー? どんな風に?」

 

「まあ、何かあっても大丈夫とかなんというかそんな感じで」

 

「具体的には?」

 

「えっと……カナデさんが、ほら、ね?」

 

「詳しく」

 

 す、凄い聞いてくる。

 

「あの、どうしたの? そんなに気になるところ?」

 

「んー私もまさかとは思うんだけどね……薫が疑ってるんだよ」

 

 薫? 疑うって何をだろう。

 もしかしてカナデさんとオフ会をやることがバレて……いや、さすがにそこまでは辿り着いていないはずだ。

 どれだけ想像を張り巡らせても、確信にまでは行くわけがない。

 気を持ち直して気丈な態度で挑む。

 すると百合が言ってくる。

 

「私たちに黙ってオフ会とかするんじゃないかなーとか」

 

「そんなわけないじゃないですか」

 

 動揺のあまり敬語になってしまった。

 え、というか薫凄くない? エスパーなの?

 そんな私のちょっとした動揺を百合は見逃さなかった。

 

「あれ? これもしかしてほんとに黒?」

 

 百合の瞳の色に確信のようなものが宿った気がした。

 すると肩に優しく触れる百合の手のひらの感触。

 私はその優しさに不穏な物を感じて体が震えてしまった。

 神妙な面持ちで百合は諭すように語りかけてくる。

 

「加恋……私はね。ずっと心配してたんだよ? 色々気を回したりとかして」

 

「そうだったの……?」

 

「うん、凄く心配してたの。話しかける時も気を遣ったり、ゲームでカナデさんと加恋が二人きりになれるようにしたりとかね」

 

「そうだったんだ……ていうかそれ自分で言っちゃうんだ……」

 

 あの時ほかの皆が居なかったのはそういうことだったらしい。

 だいぶ露骨だけど、そこまで言われるとなったら私の方でも思うところはあった。

 改めて考えてみる。

 散々心配をかけてしまった友達を無碍にするのは果たして正しいのだろうか?

 皆に何も言わずにオフ会をしたとして上手くいった時……私は素直に喜べるだろうか。

 それは何か違う気がした。

 心配をかけてしまった友達にくらいは言ってもいいんじゃないだろうか。

 

「そうだね……ごめん、私が間違ってた」

 

「お、ってことはオフ会することになったって認めるんだね?」

 

 百合の言葉に頷いた。

 仕方ないかな……それに皆だって応援してくれるはずだ。

 

「そっか、うんうん……そうだよね。やっぱりそうなるよね……」

 

 しきりに頷く百合。

 何かを考え込んだ後で――

 

「晶、お願い」

 

「……?」

 

 百合の口から出てきた名前に首を傾げる。

 一瞬本気で意味が分からなかった。

 晶の姿なんてどこにも……

 

 ぽんっ

 

 後ろから肩を叩かれる。

 ビクン!? と体が跳ね上がった。

 慌てて立ち上がろうとしたけどビクともしない。

 逃亡を諦めて、恐る恐る後ろを見る。

 

「お、おはよう……晶、さん」

 

 猛禽類のような鋭い眼光が私を睨みつけていた。

 高身長の晶から見下ろされて、私は縮こまる。

 その両隣には優良と薫の姿もあった。

 

「詳しく聞かせてもらいましょうか?」

 

 とてもいい笑顔で薫が眼鏡の端を指先で持ち上げた。

 

「ちょっ、ひゃあぁ!?」

 

 全員が私の体を担ぎ上げる。

 ちょ、スカートが! パンツ見えるってこれ!

 さっきのアダルトな本に盛り上がっていたクラスメイト達も何事かとこちらを見てくる。

 そのまま私は4人がかりで神輿のように担がれながら空き教室へと連行されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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after2

 

 黒崎加恋視点

 

 

 そうして、空き教室の扉をくぐると、雑にポイッと投げ捨てられた。

 運動音痴の私は華麗に着地なんて出来るはずもなく、すぐに落下の衝撃がやってくる。

 軽く打ち付けたお尻を涙目で撫で擦りながら周囲に目を向けると、いつものメンバーが勢揃いしていた。

 

「どうだった!?」

 

 唖然としていると、待ち受けていたグループの一人が興奮気味に私を担いで来た4人へと問いかける。

 今の状況を理解できずに私は混乱していた。

 パニック寸前の私を放置したまま、優良が拳を上へと持ち上げて高らかに叫びながらそれに答えた。 

 

「オフ会だ~っ!!」

 

「「「オオオオォォーーーーー!!!!」」」

 

 雄叫びの咆哮を響かせる【ゲーマー美少年捜索隊】のLEINグループメンバー達。

 まだ授業どころかホームルームすらも始まっていない朝の時間だというのに、皆の高揚と昂ぶりは最高潮に達していた。

 この後には授業も控えているというのに、ここで体力全てを使い果たしてもいいと言わんばかりの凄い熱気だ。

 打撲した部分を抑えて若干気圧されながら控えめに手を上げる。

 

「あの、ちょっといいかな……?」

 

「ん? あーそうだね」

 

 百合がパンパンと手のひらを叩いて皆の注目を集める。

 

「誰もいない教室だけどそんな大声出したら聞こえちゃうよ。気を付けないと」

 

 百合のもっともな意見に全員が声のボリュームを少し下げた。

 それはそうなんだけど……ね?

 私が言いたいのは違うことというか……

 ともかく私の意見が反映されていないことに対して不満を口にした。

 

「皆ついてくるつもりなの……?」

 

 私は当然だけど告白のこともありカナデさんと1:1のオフ会を想定していた。

 だけど皆は……これは同行する気満々なのだろう。

 さすがに全員では無理がある気がするけど。

 

「オフ会のメンバーは厳選するべきだと思うんだよね」

 

「9人全員は無理かぁ……ちょっと残念」

 

「カナデさん男の人だからさすがに怖がらせちゃうだろうしね……何人くらいだろ?」

 

 あ、全員ではないんだね。

 そうだよね、少人数ってことならカナデさんも安心……って、違う違う。そうじゃなく。

 

「あの……」

 

 現状の流れを食い止めたい一心での発言は、誰の耳にも届くことなく……あるいは聞こえていて敢えてスルーされているのか、返事が返ってくることはなかった。

 一人だけ無視されてる現状に疎外感を感じる。

 私が皆の輪から外れたところにいると、不意にこちらに振り返った薫が「そもそも水臭いですよ」と不満を零した。

 

「え?」

 

 ビシッと指を指される。

 突然のことに驚いていると、皆も薫の咎める言葉に同調するように私に目を向けてきた。

 

「確かに心配はしてましたが、一人で勝手にオフ会は身勝手だと思いませんか?」

 

「う……それはごめん」

 

 皆もしきりに頷いている。

 確かに勝手に暴走したのは反省しないとだ。

 それに関しては私が悪かったと思う。

 

「私も色々考えてたんですよ?」

 

「考えてた……って何を?」

 

 オフ会のこととか?

 すると、私の問いかけに薫はその脳内の妄想を誇らしそうに語ってくれた。

 

「家庭を築く光景。ローンで買った新築の白い家。仕事から帰った私を出迎えてくれる旦那様……」

 

 違った。その更に先の話だったらしい。手を組んで顔には恍惚の表情が浮かぶ。

 その周りでは、うんうん……と深く同意する面々がいた。

 どうやら彼女たちも同類だったらしい。昨日の私と同じようなことを考えていた。

 薫に合わせるようにメンバーたちは口々に理想を語っていく。

 

「寝るときは一緒に寝て、起きてる間は可能な限り一緒にいてずっとイチャイチャするの」

 

「手を繋いだり、愛の言葉を囁いたり」

 

「定期的に一人の時間も作るけど、その間は趣味のゲームをしながら後で一緒に何をするのか考えたり」

 

「一人の時間が愛を育む」

 

「子供が3人くらいで犬が1匹」

 

「むしろ私が犬でいい」

 

「「「分かる」」」

 

 姦しい会話だった。

 皆その時を想像して凄い楽しそうに「うへへ」と涎を垂らしている。本当に犬みたいだ。

 さ、さすがに犬は嫌だなぁ……カナデさんに首輪をつけられて管理されるなんて……いや、ありか?

 散歩に連れて行ってもらったり、撫でてもらったり、夜は秘密の主従プレイ。

 最初は否定したけど、そんな未来もそれはそれで悪くない……

 って、そうじゃなく。

 

「で、でもさ、今回はカナデさんにも真面目な話があるって言っちゃったんだけど」

 

 つまり告白はもう確定しているのだ。

 皆には悪い気もするけど、今回に限っては応援してほしい。

 

「……加恋?」

 

 不穏なトーンで薫が口を開く。

 かつかつと靴音をわざと鳴らしながら近づいてきた。

 彼女の後ろ側が謎のオーラで揺らめいて見える……こ、怖い。

 

「先走り過ぎでは……?」

 

「お……うん。ご、ごめん」

 

「まさか自分が一番だと思ってるんじゃないでしょうね?」

 

 言葉に詰まった。あの人への感情は誰にも負けない自信がある。

 だけどそれを口にするのはあまりにもタイミングが悪いように思えた。

 

「そ、そこまでは思ってないけど……」

 

 どうにか否定したけど、それでも私の反応は分かり易かったらしく、薫は怒っていた。眉根を寄せて不愉快そうにしている。

 

「そうですか? ですが、もしそう思ってるならそれは自惚れですよ」

 

 返す言葉もなかった。

 皆もカナデさんのことが好きなんだ。私だけだなんて自惚れるのは傲慢だ。

 だけど少しだけ重くなった空気を察した晶がフォローに回ってくれる。

 

「加恋の気持ちも分かるけどな」

 

「えぇー? 晶はこの暴挙を許してもいいと思うの?」

 

 だけどその時、ぽつり……と。

 

「……これ失敗するんじゃない?」

 

 それまで黙っていた百合が聞き逃せないことを言ってきた。

 皆の視線がそちらに向けられる。薫の意識が逸れたことに安堵するけど、すぐに私も百合の言葉について言及した。

 

「失敗ってなんで? オフ会初めてだし、その上始まってもないんだよ?」

 

 この後どうなるかは未知数だと思うけど。

 すると百合は言い辛そうに口籠った。だけど、それもしばらくのこと。

 やがて「だからだよ」と続けた。

 

「初のオフ会で、しかもある意味初対面の男の人相手に告白は失敗する気がするんだけど」

 

 ……ん?

 

「今回はかなり特殊な例だし、異性として見られてることはたぶんないと思うんだけど……」

 

「…………」

 

 あれ、意外と……いや、普通に正論だった。

 もう一度だけゆっくりと冷静に考えてみる。

 カナデさんのことは大好きだ。

 なんだったら結婚したいし、何をされてもいいくらい私の好感度は振り切れている。

 だけどカナデさんにとって私は……?

 ……もしかしなくてもこれってただのネトゲのフレンドで止まってる?

 その事実に思い至ると、ダラダラと嫌な汗が流れ出した。

 皆からも納得するように「あー、確かに?」と聞こえてくる。

 先程の妬みや先走ったことに対する不満の視線が一転した。

 

「言われてみれば女の方が意識することはあり得ても逆はないかも……?」

 

「普通のオフ会ってことで今回はやり過ごすとか……」

 

「え、でももう真面目な話があるって言っちゃったんだよね?」

 

「あれ、もしかしてこれ詰んでる?」

 

 

 

 

 



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after3

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 全ての授業を終えて迎えた午後16時過ぎ。

 皆が一旦自宅へと戻り、現地集合という形で雑貨店などが立ち並ぶ繁華街へと私たちはやってきた。

 あまり大人数での移動となると他の人の迷惑になるということで、何人かごとの組に分かれて見慣れた街並みを散策することになったのだった。

 目的はオフ会に着ていく服や、その他必要な物の買い物だ。

 ちなみに私は百合と優良の二人と一緒にアロマ雑貨専門店へとやってきていた。

 強い匂いではないけどハーブの類を扱っているので花や木の香りで店が満たされている。

 

「香水ってこんなにいっぱいあるんだね~」

 

 専門店というだけあって様々なアロマ製品が並べられている。

 香水だけではなく、アロマキャンドルやルームスプレーなども置いてあり、それらを自作できる手作りキットなんて物もあった。

 棚に並べられたアロマ製品を眺めながら三人で店内を歩いた。

 見慣れた制服ではなく、私服姿の百合が香水のサンプル品を手に話しかけてくる。

 

「お、これとかいいんじゃない? ニュージーランドの天然水をベースに使用して特別な精油を配合した……何か凄そうだね。種類も沢山あるよ」

 

「そうだね……でもカナデさんが香水苦手だったらどうしよう……」

 

 百合がサンプル品の香りを吟味している。

 優良もその隣で香水の匂いを楽しんでいた。

 

「確かに香水って苦手な人もいるよね~」

 

「そこも気を付けないとだね。匂いきつすぎてカナデさんに距離置かれたりしたくないし」

 

「うぅ、カナデさぁん……」

 

「ごめん加恋、一旦離れようか」

 

 私はガシッと百合の肩を掴んだ。

 

「ねぇどうすれば!? どうすればいいの!? 嫌だよぉーー!! カナデさんと微妙な関係になんてなりたくないーーっ!!」

 

「おぐっ!? かれっ、か、加恋っ、揺らっ、揺らさない、でっ、ほ、ほんとにっ、うぷっ」

 

 勢いに任せて弱音を叫び、がっくんがっくんと百合を揺らす。

 百合をガクガク揺らしていると優良が間に入って来た。

 「ま、まぁまぁ、落ち着いて~?」なんて言ってくるけど、そんなほんわか言われても今の私の心は和やかになんてなれない。

 そもそもカナデさんクラスの超優良物件と、私みたいな平凡を地で行く女が恋人同士になろうなんておこがましい話だったんだ。

 百合から手を離しいじけると二人が困ったように顔を見合わせた。

 

「あー駄目だねこれは……一旦外に出ようか」 

 

 肩を貸されて店の中から外へと連れていかれる。

 そのまま外に置いてあった公共のベンチへと座らされた。

 百合が傍に設置されていた自販機でスポーツ飲料を買って渡してくれたので、お礼と共に自棄気味に一気飲みをする。

 そして、どんよりとした重苦しい溜息を吐いた。

 

「振られたくない……振られたくないよぉぉ……」

 

 朝の元気はどこへやら。

 今現在の私は絶不調だった。

 そんな私を心配してか、気を遣った優良が右隣から言ってくる。

 

「ん~逆に考えたらどうかな?」

 

「……逆って?」

 

 優良の言葉に耳を傾ける。

 

「振られてもいいって考えるんだよ。別に死ぬわけじゃないんだしさ」

 

「えー……」

 

「それにほら、もしかしたらカナデが凄いオッサンかもしれないし?」

 

「それは無理あるよ……」

 

 カナデさんの声を知らない優良がそんなことを言ってくるけど、あの声はたぶん同い年くらいだ。

 くたびれた感じもしなかったし、10も離れてはいないはずだ。

 それに万が一にオッサンだとしても問題なんてないし、振られてもいいなんて思えない。

 私は相手がカナデさんでさえあればなんでもいいのだ。

 だけど優良は不審そうに声をあげた。

 

「カナデが凄い年上のおじさんでもいいの?」

 

「おじさんでもいい」

 

 今の時代、恋愛で歳の差があることは珍しくない。そもそも付き合えること自体稀なことだ。

 大抵は顔も合わせたことがない人の子供を精子バンク経由で受精すると聞く。

 たぶん恋愛を経験してる人たちは歳の差なんてどうでもいいと思えるくらい相性がいいと思えたってことなんだろう。

 あるいは単純に女の人にとって多少歳が離れてても付き合いたいってことなんだと思うけど。

 私も同感だ。

 カナデさんが相手だと思えば歳の差なんて関係ない。本心でそう思える。

 さすがに50とかになると話は別だけど。

 付き合いたくないとかそういう意味ではなく、そういう関係になってもエッチなことは難しいだろうし先立たれて一人残されることになるのは寂しいなってことでね。

 

「え~? 奇跡の不細工でも?」

 

「奇跡の不細工が何なのかは分からないけど……まあ、うん」

 

「実はドが付くほどのサディストだったらどうするの?」

 

「それはむしろご褒美」

 

 とにかくそれだけ私はカナデさんに……まあ、今更改めて言うのも気恥ずかしいけど夢中だったりする。

 だからこそ今ではオフ会が怖い。

 今朝と違い振られる未来しか想像することが出来なかった。

 

「そんなに好きなの?」

 

 百合が呆れた様に聞いてくる。

 

「……うん」

 

「……ぉん」

 

 そして照れたように顔を逸らされた。

 

「何そのリアクション?」

 

「いや、思ったより乙女な顔されてびっくりした」

 

 そう言われても自分では分からない。

 ムニムニと頬を触ると、ちょっとだけ熱かった。

 もう一度顔を伏せて私は唸った。

 そんな私を尻目に二人が話し合う。

 

「ねぇ、百合。どうしよう?」

 

「んーこのままだとオフ会にも影響出るよね」

 

 百合が「仕方ないなぁ」と、大きく頷いた。

 

「ハァ、分かった……そこまで言うなら私が一肌脱ぐよ」

 

 

 

 

 



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after4

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 百合はスマホを取り出し何かを操作する。

 画面を見せてきた。

 

「なにこれ? DM画面?」

 

 【DOF】というゲームは相手へとスマホやパソコンを介してログアウト時の相手にも直接メールのようなものを送ることができる機能があった。

 所謂【DM(ダイレクトメッセージ)】というものだ。

 これは【DOF】のアプリ版をダウンロードしてる人なら誰でも利用できる機能だ。

 私は緊急の用件や、ちょっとした約束事をログアウトしている相手に伝える際に使用していた。

 簡単にまとめると【DOF】ユーザー専用のメールみたいな感じ。

 

「これでカナデさんが加恋のことをどう思ってるのか確認するんだよ」

 

「あー」

 

 つまり百合が私のことを聞いてくれるってことかな?

 いい案かもしれない。少なくともこのままうじうじしてるよりかは前向きだと思う。

 

「……頼んでいい?」

 

「任された」

 

 百合がDM画面から簡単な文章を作成して送信する。

 

『こんにちは~』 

 

『お、りんりんさん、こんにちは。どうしました?』

 

 気になったので私も隣から覗き込むと、1分もしないうちに返事がやってきた。

 カナデさんはこういう返事も小まめにしてくれるから安心できるんだよね。

 話してて楽しいし……最近私の中でカナデさんが何をしても好感度上がってる気がする。

 

『クロロンのことなんですけどね』

 

 ちょっと緊張してきた。

 カナデさんは私をどう思ってるんだろう。

 普段は仲が良いという自負はあるけど、実はあんまりよく思われてないとかだったら何日か寝込むかもしれない。

 

『クロロンさんのこと? 何かあったんですか?』

 

『いえ、クロロンは元気でやってますよ。ただちょっとクロロンについて話したいな~と』

 

 百合は軽快な動きで文字を打ち込む。

 慣れているのかその指遣いに迷いは見られない。

 大丈夫かな。もうちょっとゆっくり考えて打ち込んだ方がいいんじゃ……今更ながら不安になってきた。

 

『クロロンのことはどう思』

 

 私は百合の手を取り止めた。

 

「ちょ、何するの。変なところで送信しちゃったんだけど……」

 

「いや、ストレート過ぎない?」

 

「そう?」

 

 さすがに告白前に気持ちがバレるとなると、オフ会どころじゃなくなっちゃうんだけど。

 だけどそうして逡巡してる間に百合が私の肩を叩いてくると、そのまま快活に笑ってきた。

 

「大丈夫だよ。何かあってもなんとかなるって」

 

 気楽にいこうと笑う百合。

 なんだかんだで応援してくれてるんだよね。

 神経質になり過ぎてたんだろうか。

 友達のことをもうちょっと信用してもいいのかもしれない。

 

「……分かった。お願いね」

 

 まだちょっと不安だけど……

 こちらが迷ってる間にも百合は打ち込む。

 

『クロロンって凄い美少女なんですよね』

 

『そうなんですか?』

 

『手足も長いですし、胸なんてGカップはありますよ。肌も白くて凄い美肌なんですよね。立つ姿はさながら慎ましく咲き誇る芍薬のような愛らしさ、座れば異性を魅了する牡丹の花。歩く姿はまさに周囲を虜にする百合のような可憐さですよ。世界三大美女に数えられてもいいと思います。有名人にも似てるんですよ。誰だと思います?』

 

「誰なのっ!?」

 

 私は勢いよく突っ込むと同時にスマホを奪い取った。

 反論しようとした百合の背後にあった壁に拳を叩きつける。

 壁ドンをまさかこんなところでやることになるとは思わなかったけど、それよりも、だ。

 

「百合さん? ハードル上げすぎじゃないですかね?」

 

 至近距離で凄んだ。百合が「そ、そう……?」と震える声を出す。

 というかこれ本当に誰? もはや別人だと思うけど。

 

「い、イメージ少しでも上げとこうかなって思ったんだけど……あと加恋何か怖くない……?」

 

「胸とかGもないよ? この前採寸したらDカップだったし、思ったほどじゃないなってガッカリされたらどう責任取ってくれるの?」

 

「あ、結構あるんだね。私Bだけど」

 

 いや、そこは興味ないから聞きたくない。

 

「で、でもさ、手足は本当に長いと思うよ? 肌も綺麗だしさ」

 

 そりゃ毎日ゲームばっかりしてるから日焼けなんてしないだろう。

 手足に関してはありがとう。ちょっと嬉しい。

 だけど……

 

「いやいや、こんなに褒められても、実物見た時になんか違うってなったらどうするのさ。あと何この中盤辺りのポエムみたいなやつ」

 

 後半もツッコミどころ満載だ。

 私みたいな平凡なジャージ女と並べられても三大美女の人たちだって困るだろう。

 

「どうどう、落ち着いて~」

 

 そうして言い争っていると優良が仲裁してくる。

 いつもの間延びしたような物言いに少しは冷静になれたけど私は馬じゃないよ?

 というより百合に任せたのは失敗だったかもしれない。

 今からでも優良に代わってもらおうかな。

 

「ん?」

 

 あ、怖い。

 優良の真っ直ぐ見つめてくる瞳が薄暗い穴を覗いてる気分になった。

 こっちも駄目だ。優良は天然行動が怖いし、不安要素が多すぎる。

 百合に頼るしかないのか……

 他に頼れる人はいないものかとLEINを確認した。

 

「あ、けどカナデさんから凄い好印象みたいだけど」

 

「え?」

 

 いつの間にかやり取りをしていた百合がDMの画面をこちらに向けた。

 

『何か照れますね……いざ会った時にちゃんと喋れるか不安なんですけど』

 

『お? やっぱりカナデさんも緊張を?』

 

『そりゃそうですよ。仲は良いですけど、実際に会うとなるとどう思われるかなって』

 

 百合が「カナデさんも緊張してるって、何か新鮮だね」と言っている。

 

「ね? 少しは解れたんじゃない? 向こうもきっと同じように緊張してるんだよ」

 

「お、おぉ……」

 

 私は両手で顔を覆った。

 顔が熱い。予想外の言葉にバクンバクンと鼓動が鳴り止まなかった。

 

「加恋……? どしたの?」

 

「カナデさんも私に好意持ってくれてたのかな……?」

 

「へ?」

 

 だって、こんな風に意識してくれてるって嬉しすぎる。

 普通男の人が何とも思ってない女相手に意識なんてするだろうか?

 これはもう幸せなのでは? ゴールインなのでは?

 

「落ち着いて、それあるあるだから」

 

「後になって黒歴史になるやつだね~」

 

 顔を引き攣らせる百合。その隣では優良も苦笑いを浮かべていた。

 以前百合が告白を草マークで返されて落ち込んだ事件を思い出す。

 確かに女は肩が触れ合っただけで「あ、この人私のこと好きなんだ」ってなるちょろい生き物だけど、今回はそれよりも信憑性が高いように思えた。

 

「普通に考えて男の人が緊張するなんてあり得る?」

 

「あり得ると思うけど……」

 

「カナデさんだよ?」

 

「カナデさんを何だと思ってるの?」

 

 そんな時DMの通知音が聞こえてきた。

 どうやらカナデさんの方からもDMを送ってきたようだった。

 

『でも元気出たみたいで良かったですね。りんりんさんもずっとクロロンさんのこと心配してましたもんね』

 

 咄嗟に百合を見た。

 え、そうなの?

 そういえば今朝に私のことを心配してたみたいに言ってた。

 あの時は冗談っぽく言ってきたから意識してなかったけど……思えば二人きりになるようにしてくれたのも百合だったっけ。

 目を向けたら百合はどことなく居心地が悪そうにしていた。

 

「いや、まあ……それよりなんて送ろう?」

 

 照れ臭さを誤魔化すように、慌てて促してくる。

 ワタワタと落ち着きなくジェスチャーを送ってくる様子が可笑しくてちょっと笑ってしまった。

 少しだけど、気持ちが落ち着くのを感じた。

 

「色々ありがとね」

 

 そうだよね。何人かは抜け駆けした私に不満を持ってる。でも全員じゃないけど、百合や優良みたいに心配してくれる人だっているんだ。

 ここでうじうじしてるのは女らしくなかった。

 カナデさんからいい返事をもらって皆に祝福されようってくらいの気概は持つべきだろう。

 

「でもやっぱり問題は薫だよね」

 

「薫?」

 

 だって薫はカナデさん信者だ。他の皆もだけど一番の関門は彼女だと思う。

 このままあっさり許してくれるはずがない。

 丁度この場に薫はいないし、何の気なしに二人に相談してみた。

 

「どうやって説得しよう?」

 

 友達とギクシャクなんてしたくないし……

 すると百合は腕を組んで悩んだ様子を見せた。優良の方も歯に物が詰まった様な曖昧な態度。

 どうしたんだろうと不思議に思っていると、二人共しばらく迷った後で百合が言ってくる。

 

「あー……もう言っちゃうけどさ、私たちに加恋のフォロー頼んできたのって薫だよ?」

 

「へ?」

 

「正直意外過ぎたけどね、今回の件で加恋のこと一番心配してた気がする」

 

「そうなの……?」

 

「うん、だから大丈夫だよ。色々言ってたけど他の皆も本当は加恋のこと応援してくれてるよ」

 

 何か……なんだろ。思わぬ事実に目頭が熱くなった。

 皆ツンデレ過ぎる。特に薫だ。

 そんなに心配してくれてたなんて意外どころの話じゃない。

 

「そっかー、そうだったんだ」

 

 しばらく私の中で事実を噛みしめる。

 自分のことながら情けないなと、俯いていた顔を上げその場から立ち上がった。

 

「ん? あれ、もういいの?」

 

「うん……ほら、前のチャットミスのこともあるしさ、やっぱり顔が見えないからって好き放題するのは良くないかなって」

 

 それにこのままウジウジしてるのも皆に悪い。

 心なしか広くなった視界で二人が私を見上げるようにしていた。

 

「……何か吹っ切れた?」

 

「お陰様でね」

 

 今度は自分のスマホでLEINを開いてメッセージを確認する。

 未読メッセージから既読メッセージまで今日の分に目を通した。

 

『加恋どうなるかな?』

 

『とりあえず失敗した時の二番手決めとこうか』

 

『縁起悪いw』

 

 皆からの言葉。

 余裕がなかった少し前までは気付かなかったけど、私を気遣ってくれるLEINメッセージもいくつか確認できた。

 皆だってカナデさんが大好きな癖に応援してくれてる。

 お人好しな友達ばっかりだった。

 

「まあ元気出たならいいのかな?」

 

「空回らないといいけどね~」

 

「大丈夫。いける気がする!」

 

 後悔なんてしたくない。

 ここで下を向いて落ち込んでるくらいなら前を見よう。空元気上等だ。

 私にはカナデさんだけじゃない……頼もしい友達だって沢山いるんだから。

 

 

 

 

 



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after5

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 時間は瞬く間に過ぎていった。

 服もお洒落な物をお小遣いで購入。

 色々と準備を整えて皆と計画を立てて……そんなこんなで祝日を含めた3連休の初日。

 私は自分の通っている鈴ヶ咲高校の近くにある街中の大きな時計塔のモニュメントの前でソワソワしていた。

 学校へ行ったりちょっとした買い物をする以外の理由での外出は久しぶりだ。

 いっつも引き籠ってゲームしてたし……

 

「すー……はー……」

 

 深呼吸をして緊張する自分を落ち着ける。

 しかし、そんな抵抗も虚しく約束の時間が近づくにつれて心臓の鼓動は激しさを増していく。

 

「まだかなぁ……早く来ないかなぁ……」

 

 そう言いつつ時計塔のほうに目を向ける。

 7時56分。

 カナデさんと会うまで2時間以上もある。

 いくら会うのが楽しみだからといっても早く出て来すぎてしまった。あと2時間も心臓が持つ気がしない。

 カナデさんどころか【ゲーマー美少年捜索隊】の皆もまだ来ていないようだった。

 期待や不安が胸の内で渦巻く。

 だけど、今更引き返すわけにはいかないし、そんなつもりは毛頭ない。

 今日は私の想い人であるカナデさんと初のオフ会。

 そこで私は想いを告げるつもりだ。

 まだ時間もあるし時間潰しに時計塔の周りを少し散策する。

 いつも見慣れている景色のはずなのになんだか新鮮というか、見慣れた街じゃないというか、そんな感じがした。

 

「あと2時間……」

 

 携帯型の手鏡を取り出して色々とチェックする。

 引き籠りの代償でありちょっとした自慢の焼けてない白い肌。

 ここで少しでもカナデさんの気を引けたらいいなぁ、なんて……

 髪の毛も跳ねてないか全部チェックしてある。

 よし、大丈夫……問題はない。

 昨日はのぼせあがるまでお風呂に入って、その際にシャンプーと石鹸もいつもよりいい匂いのするものをわざわざ買って使った。

 睡眠もたっぷり8時間とったし、朝になってからもう一度30分以上かけてお風呂に入った。 

 普段はやらないお化粧もやってみたし……

 お化粧に関してはあまり詳しくないのでナチュラルメイクな感じで軽くお母さんにやってもらった。

 あんまり変わってない気もするけど顔が変わるくらいやっても意味ないからね。きっとこれくらいでよかったんだろう。

 お母さんには勘繰られたけどそれどころじゃなかった私はどう返したかよく覚えていない。

 服装ももちろん気を遣った。

 こんな時にジャージなんて着れるわけもないし……

 今の私は白い清楚っぽく見えるロングのスカートを履いている。

 さすがにミニスカートだとちょっと軽薄そうに見えるかな? なんて心配したりしたのでこちらの露出は少なめだ。

 上は桜色のチュニックシャツを着ている。

 

(あと1時間45分……)

 

 確かカナデさんは有名なロゴの入った黒い帽子を被ってるんだよね。

 どんな人なのかな。

 雑貨屋のショーウィンドウの前まで小走りで走り、身嗜みをチェックした。

 くるりと回って後ろも確認する。

 よし……たぶん大丈夫。今日の為にも万全を尽くした。あとは全力で楽しむだけだ。

 

 ぴろりん!

 

 カナデさんだろうか? とも思ったけど、今のはLEINの通知だ。

 なんだろうとスマホを見た。

 

『ちょっと欲しいアイテムがあるんだけど、手伝ってもらえないかな~?』

 

 優良の発言だった。

 いつでもどこでもマイペースな優良らしかった。

 ちなみに今回のオフ会メンバーは6人。カナデさん、私、篠原百合、椚木優良、西条薫、早乙女晶だ。

 人数が多いと移動の時にも他の人の迷惑にもなるし、カナデさんにだって大人数の女が相手だと身の危険を感じさせてしまうのでは? ということでだ。

 他の参加権を得ることが出来なかったメンバーは血涙を流す勢いで悔しがっていた。気持ちは分かるけどさ。

 

『ごめん、今外なんだよね』

 

 ということで私はゲームに関しては不参加だ。

 

『外?』

 

『うん、待ち合わせ中』

 

『……? あれ? ゴメン確認なんだけどオフ会の待ち合せって10時じゃなかったっけ?』

 

 そのくらいは知ってる。

 優良の言葉に補足を入れるようにLEINに送信。

 早めに待っていることを伝えた。

 すると皆から返信がやってくる。

 

『早すぎて草』

 

『2時間前は重いww』

 

 ……そう言われると張り切りすぎて恥ずかしい気がしてきた。

 だけど実際それくらい楽しみにしてたし、万が一の時にカナデさんを待たせたくなんてないし……何より男の人より早く待ってるのは女としては当然だし。

 

『気の張りすぎも良くないと思うよ?』

 

『カナデさんが相手じゃなかったらガッツリ引かれてるところだよ……』

 

『でも加恋の気持ちも分からないでもないよね』

 

『確かに……早く会いたいって気持ちは分かるよ』

 

『カナデさん絶対イケメンだよね』

 

『性格イケメンは確定してるからね』

 

『カナデさんどんな顔なのかな?』

 

『もしかしたら妄想の2割増しくらいイケメンかも?』

 

 皆がカナデさんの容姿について盛り上がり始めた。

 よかった。やっぱり気になってるのは私だけじゃなかったんだね。

 カナデさんはどんな人なんだろうか。

 私はカナデさんがどんな顔でも間違いなく受け入れることができるだろう。

 だけど……もしもイメージの中みたいなイケメンだったら――

 

『あれこれ予想するのもカナデに悪いし、会った時の楽しみにしといた方がいいんじゃないか?』

 

 浮かれたことを考えているとそんなLEINがやってきた。

 そうかも……晶の言う通りだ。

 気にはなるけど、ここはグッと堪えよう。

 でも……

 

『何か色々と想像したら緊張してきた』

 

 さっきよりも緊張の度合いが高まった気がする。

 どうしよう。カナデさんが相手ならと顔にそこまでの拘りはなかったけど、ビジュアルを意識した途端顔が熱くなってきた。

 先ほどのメンバーの発言に感化されて、私のイメージの中のカナデさんが2割増しくらいで格好良く美化されていく。

 心拍が上がって、手もちょっとだけ震え始めた。

 

『素数数えるといいらしいよ?』

 

『2、4、6、8、10、12』

 

『なんか違うw』

 

 そ、素数ってなんだっけ。

 皆から落ち着けとLEINがやってくるのでそれに返事をして少しでも気を持ち直す。

 

『とりあえず一度戻ったら? さすがにまだカナデさん居ないでしょ』

 

 百合に言われて少し悩む。

 うーん、重い女だなんて思われたくはないし……よく考えたら2時間も前から待ってるわけもないよね。

 こんな状態でこれ以上耐えられる気がしないし。

 周囲を見渡しても女の人ばっかり。

 

『ん?』

 

 ちらっと見えた人影が黒い帽子を被ってたような……

 とはいえほんの一瞬だ。

 見間違いの可能性もあったけど、もしもあれがカナデさんだったなら……なんて、想像しただけで心臓が高鳴る。

 

『いたかもしれない』

 

『え』

 

『ホントに? 早くない?』

 

『人違いじゃ?』

 

 LEINで色々聞かれるけど、私は返事をすることなくアプリを閉じた。

 なんにせよ確認しなくては。

 私は向こうの背丈を知らないから何とも言えないところだけど、もしも本人だったなら早く話したい。

 高揚してソワソワする気持ちを落ち着けながら先程のカナデさんらしき人物を追いかける。

 広場の街路樹沿いに進み、ショッピングモールの手前で曲がると、やや高めの身長の黒い帽子の人物がいた。

 

「あの! カナデさんですか?」

 

 思ったよりも大きな声が出てしまった。

 咄嗟の大声に目の前の人物は驚いたように振り返り私を認識する。

 

「は? 誰?」

 

 あ……間違えた。その人は女性だった。

 間違えられたことに少し苛立った様子で私を睨んでくる。

 気持ちが逸りすぎて帽子だけで判断してしまったけど、もっとしっかり確認するべきだった。

 

「ご、ごめんなさい。人違いでした」

 

 失礼なことをしてしまったと、慌てて謝った。

 その場をすぐに去ろうとして――腕を掴まれる。

 ふくよかで力のある腕が私の手首を逃がすまいと捕らえた。

 

「まあ待ってよ。なに? そのかなで? って男?」

 

「えっ、ま、まあ……」

 

 咄嗟に答えてしまったけど、正直に言う必要もなかったかもしれない。

 あんまり男の人が外出するなんて周りに知らせてもいいことになるとは思えないし。

 だけどそれは後の祭り。私が肯定したのを聞いて彼女は粘着質な笑みを浮かべた。

 

「私も混ぜてよ」

 

「は、はい?」

 

「いいじゃん。出会い系? それともレンタル? 顔……はまあいいけど、お金はいくらくらい必要だったの?」

 

 失礼な物言いにムッとする。

 だけど周りを見渡しても路地裏の入り口辺りなので人は少なかった。

 助けを求めても周りの人たちは気付いていない様子で歩いて行ってしまう。

 

「す、すいません。そういうのじゃないんで……」

 

 掴まれた腕を振り払おうとするけど、私の非力ではどうすることもできなかった。

 彼女の手はビクともしない。

 

「あーいいからそういうの。あんたみたいなのでもいいなら私でもいいでしょ?」

 

 ちょっとずつ路地裏に引っ張られていく。

 本当に怖くなってきた。

 目尻にちょっとだけ涙が滲むけど、こっちの動揺を悟られないように抵抗をする。

 

「あんたさー……いい加減にしないと」

 

 私の行動をどう思ったのか、相手の声が1トーンほど低くなった。

 向こうの力が強いのでどんどん引っ張られる。

 人の影はなく何をされても気付かれないような場所。

 恐怖に目を瞑ったその瞬間――シャッター音が聞こえた。

 

「ッ!」

 

 へ? と私から間の抜けた声が出る。

 

「僕の連れが何かしましたかね?」

 

 聞き覚えのある声だった。

 優しくて温かみのある男の人の声量。

 一瞬で目を奪われた。それと同時に理性ではなく本能的に理解した……この人だ、と。

 予め聞いていた通りの黒い帽子も確認できた。

 ゴシゴシとしつこいくらい目を擦り再度見た――言葉を失った。

 

「う、ぉ……」

 

 後光が見える気がする。

 人のことは言えないけど、まだ1時間以上もありますよ……?

 もしかしてカナデさんも私と同じくらい楽しみにしてたのかな……なんて、都合のいい考えも浮かんだ。

 時間の感覚がなくなり目を奪われること数秒、あるいは十数秒。

 たぶんカナデさんを目にした私と隣の彼女の思ったことは一致していたんだと思う。

 

「あ、あのさ、こんな女より私と遊ばない? これでもお金はそこそこあるんだけど」

 

 そんな緊張したように強張った言葉が隣から聞こえてきた。それに対して目の前のカナデさんが一歩こちらに歩みを進めた。

 高い……たぶん頭1つ分以上違うから170以上ありそうかも。

 さすがに男の人の力には適わないだろうし、カナデさんに声をかけた彼女も少し威圧された様子だ。

 

「無理ですね」

 

 にっこりと温和な笑み。だけど何となく……初めて会うから本当になんとなくだけど、カナデさん怒ってる?

 断られた彼女はそれが意外だったのか唖然とした様子。

 そんな一瞬の隙にカナデさんが私の手を握り引っ張ってくれた。

 

「あっ、ちょっと!」

 

 私の手を引いて路地裏から出ていく。

 私はそれに慌ててついて行って……何か漫画の中のヒーローみたいだな、なんてチープな感想を抱いた。

 

「クロロンさんですよね?」

 

「え?」

 

 その場から離れながらカナデさんは私に言葉をかけた。

 違いましたかね? と不安そうな声。

 

「ち、違わない、です」

 

 走りながらだったから、息が切れる。

 だけどそれ以上に過度な心臓の高鳴りがすぐに私から体力を奪っていった。

 よたよたと転びそうになりながらもついて行く。

 

「あ、ごめんなさい。ここまで来れば大丈夫ですかね?」

 

 気付けば約束の時計塔の前だった。

 急ぎ呼吸を整えて、高鳴る脈拍を落ち着けながら熱くなった顔で目の前の想い人へと視線を向けた。

 お互いに向かい合うと、彼はとびきり嬉しそうな笑顔で名を名乗った。

 

「カナデです。初めましてクロロンさん」

 

 とりあえずあれだ。

 皆には伝えなくてはならない。

 

 2割じゃなくて3倍だった、と――

 

 

 

 

 



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after6

 

 

 

 

 大鳥奏視点

 

 

 はー……つ、疲れた。

 外出と走ったのが久々過ぎて息切れが……格好付かないかもだけど、少し息を整えさせてもらおう。

 我ながらさっきのは中々鮮やかだったんではないだろうか。

 ポイント稼げた気がする。なんのポイントかは知らないけど、印象は上げておくに越したことはないだろう。 

 出会ったばかりだけど、【クロロン】さんから少しでもいい人だなと思ってもらえてると嬉しい。

 というか今日暑くない? 熱中症になったらどうするんだ。倒れそうなんだけど。

 いつもエアコンのついた室内にいたから体力が落ちてるのかもしれない。

 夏は苦手だよ……Gとか出やすくなるし。

 まあそれはさておき先程のは絡まれてたってことでいいんだろうか。

 咄嗟に助けに入ったけど友達って空気でもなかったしな。

 しかし、【クロロン】さんは口を開かない。

 こちらを見据えたままぼぅっとしていた。

 

「?」

 

 だけどしばらくして僕が不審に思っているのが分かったのか、すぐにハッとして慌てた様子を見せた。

 

「あ、は、初めまして、あの、助けて頂いてあり、ありが、とう……ご、ございます」

 

 噛み気味で顔を染めてワタワタする美少女。それを見て妙に感慨深くなった。

 改めてその姿を認識する。

 肩口まで伸びた艶やかな髪の毛。見てると落ち着く優しそうな二重の瞳。

 睫毛も長いし、鼻筋が通っているし、パーツの一つ一つのバランスが整っていた。

 この人が【クロロン】さんかぁー……え、めっちゃ可愛くない?

 何かこの世界に来てから会う人皆レベル高いけど、【クロロン】さんはずば抜けてる気がする。

 単純に僕好みの顔というのもあるだろうけど。

 数日前に【りんりん】さんからDMで聞かせてもらっていたけど、肌も白いしアイドルみたい。

 ……僕は何を考えてるんだろう。暑さで頭がぼーっとしてるのかな。

 こんなゲスなこと考えてるのがバレたらさっき上げた印象も地の底に落ち沈むだろう。

 頭を振って煩悩を払った。

 

「あ、あの?」

 

「ああ、すみません。なんか感動しちゃって」

 

「感動?」

 

「この人がクロロンさんなんだーって」

 

 彼女は納得した様子で「な、なるほど」と頷いた。

 しかし、挙動は見るからに不審でさっきから視線があちこちを彷徨っていた。

 髪の毛の先を指でくるくるとしている。

 

「で、でも、カナデさん凄かったですね……もしかしてそういう経験があるんですか?」

 

 さっきのことだと察したけど……経験? とは?

 

「人助けが趣味とか」

 

 何その聖人君子。

 

「いや、そういうのはないですかね?」

 

「あ、違いましたか。親切にするのが癖になってたり?」

 

 なんでこの子僕の評価こんなに高いの?

 そんな高尚な趣味も癖もない。友達が困ってたから声かけたくらいだ。

 久しぶりに人と話す言葉は意外なほどあっさりと出てくる。

 案の定【クロロン】さんは僕に対して意識してるけどこのくらいは逆転世界ということで想定内。

 まずは何を話そうか。無難に天気の話とかはちょっとありがちすぎるかな?

 色んな話題を思い付き、浮かれている自分に気付く。

 ようやく会えた。今はそのことが只々嬉しかった。

 少しだけ滲んだ視界。【クロロン】さんにバレないように袖でこっそりと拭った。

 気恥ずかしくて誤魔化す様に距離を詰めた。

 

「……ッ!?」

 

 硬直した【クロロン】さん。その様子が何とも可愛らしくて少しだけ笑ってしまった。

 楽しみだな。

 

「今日は宜しくお願いしますね」

 

「は、はひっ!」

 

 友達と遊ぶのは本当に久しぶりだ。

 

 

 

 

 

 




感想マジありがたいっす。
元気出ます(゚∀゚)


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after7

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

◇◇◇

 

『カナデさんですか? 初めまして、クロロンです』

 

『あ、あなたが、クロロンさん……!?』

 

『ふふっ、そうですよ。イメージと違ってましたか?』

 

『い、いえっ! そんな、むしろイメージより……』

 

『え?』

 

『な、なんでもないです!』

 

◇◇◇

 

 

 妄想ではこんな感じだった。

『ふふっ』とか、もはや誰? って感じではあるけど。というか妄想中のリアルではむしろ『ふへへっ』だったと思う。

 私は自分を見て顔を赤くしたカナデさんとオフ会をする想像をしていたのだ。

 こっちを見ながら視線を彷徨わせるカナデさんと、たまに手が触れ合ったり、目が合ったりなんてして……カナデさんは緊張しながら私とお話をするのだ。

 常に優位に立ちながら男性を優しくリードするデキる女を演出したかった。

 イメージは出来ているつもりだった。

 ちょっと自分に都合のいい妄想ではある気はするけど……

 まあ処女の妄想なんてそんなものだ。たぶん皆もやっている。

 でも……

 

「今日は宜しくお願いしますね」

 

「は、はひっ!」

 

 前日の妄想が馬鹿らしくなるくらいの美少年様が笑いかけてくれる。

 この世界は二次元だった? なんてことを至極真面目に考えてしまうほどカナデさんという存在は現実離れしていた。

 優位? リード? 私が? 鼻で笑われるよ!

 上は濃い青色の半袖、下は少しゆったりとした長ズボン。頭にはロゴの入った黒い帽子。

 予め聞いていたものと同じ服装だった。

 整った鼻梁。少しだけ垂れ気味な目尻が、穏やかな雰囲気をさらに柔らかく演出している。

 目の前にいる実物のカナデさんを見て改めて思う。やっぱりこの人がカナデさんなんだ……凄い。

 足が長くてスタイルいい……本当に線の細いイケメンって感じ。

 初対面ではあるけど、元々友達みたいなものだからか、少し固さはあるものの自己紹介はスムーズだった。

 だけど問題はここから。

 

「いつも一緒に遊んでますけど、やっぱりゲームとは違いますね」

 

「で、ですね。毎回チャットやボイチャでしたから……」

 

 カナデさんって俳優さん? いや、俳優どころじゃない。このレベルは世界を狙える……って、私は何を言っているのだろう?

 お、落ち着こう。

 エンカウントした相手のレベルが想定よりも高かっただけだ。

 序盤の村から出ていきなり魔王が現れたくらいの急展開だけど。

 やることは変わらないと覚悟を決める。

 想定より大分イケメンだったけど、ここは女として頼り甲斐のあるところを見せないといけない。

 男性のエスコートは女の役目。絶対に成功させる。

 

「時間までまだありますね。どうします?」

 

 カナデさんからの軽いジャブが飛んできた。

 落ち着け私。大丈夫だから……動揺して髪の毛の先くるくる弄ってる場合じゃない。

 

「レンさんの喫茶店でやるんでしたよね」

 

 【レン】は、薫のメインキャラクター名だ。

 好きなキャラクターから名前を取ったらしいけど、薫のアニメ知識は深すぎてどのキャラなのか見当もつかない。

 そして、西条家は家族で喫茶店を個人経営している。

 今日は定休日なんだけど、今回はオフ会のために特別に貸し切り状態で使わせてもらえるらしい。

 男の人が普通のお店に行ったら目立って落ち着けないだろうということでの配慮だった。

 

「そ、そうですね。レンのお母さんが経営してるお店で……さっき到着を伝えたんですけど、皆が向かったそうです」

 

「僕が早く着きすぎたせいですかね。すみません……遠出が久々なので感覚ズレてました」

 

「いえいえっ、全然いいんですよ。その、私も楽しみでしたし……」

 

 元々多少時間が前後するかもしれないとは聞いていたのでこのくらいなら気にするほどのことでもない。

 

「でも家族で喫茶店経営って夢があっていいですね」

 

 ……なんかエロい。エプロン姿のカナデさんが脳裏に浮かんだ。

 いやいや、ほんとに落ち着こう。さすがに本人を目の前にした妄想はアウトだろう。

 慌てて思考を切り替えた。

 

「えっと……場所はここなんですけど」

 

 スマホを取り出してマップアプリを起動した。

 画面を拡大して現在位置と、目的位置をカナデさんに見せる。

 

「ここってどっち側なんですかね? 駅の近くですか?」

 

「ふひい!?」

 

 急に顔が接近してきてびくんと肩が跳ね上がった。

 カナデさんの吐息が耳にかかってぞわぞわと……というか変な声でた。

 

「?」

 

「いえっ、な、なんでもないです。すみません……」

 

 スマホを横から覗き込まれて凄いびっくりした。

 いや、私から見せたからそうなるのは予想して然るべきだとは思うんだけどさ。

 けど……ち、近いし。カナデさん男の人なのに警戒心なさすぎる。

 未経験の女子高生には刺激が強い。

 というか……あ、あれ? もしかしてこれ脈あり? いくらなんでも気のない相手にここまで接近はしないはず。

 こっそり手が触れ合ったり……あわよくばそのまま繋いだりなんて……

 ほ、ほら! はぐれないようにとかさ!

 

「ん?」

 

 ……すみません。

 自分という人間が酷く薄汚れた存在に思えてきた。

 カナデさんの笑顔に浄化された気がする。

 というか男の人って何でこんな良い匂いするんだろ。

 そんなに良い匂いされるとこっちが臭い気がしてくるけど……いや、大丈夫だ。ここで卑屈になってどうする。

 お風呂には入ったし、きつすぎない程度に香水もつけている。

 今の私から普段ほどの体臭はしない……はず。たぶん。

 こっそり腕を寄せて嗅いでみた。

 うん、ほんのり香る程度のアロマの匂い。変なフェチズムを疑われるくらい妹にも確認してもらったし臭くはないはずだ。

 

「ここがあの信号ですよね? ってことはここ曲がってから……ショッピングモールがこれで……」

 

 真面目にスマホを覗き見るカナデさんを隣からチラ見する。

 イメージ以上に優しそうな顔を見てるだけで胸が締め付けられるようだ。

 

「ん、大体分かりました。他の皆はそこにいるんですよね?」

 

「そっ、そっすね」

 

 言葉に詰まり過ぎて態度の悪いアルバイターみたいな返事になる。

 覚悟を決めたばかりだというのに、相手をほとんど直視できない。

 喉に綿が詰まったかのように、声の方も思うように出てこない。口の中が緊張で乾いてしまう。

 それでも何とかコクコクと頷いた。意識をしてしまうと、高鳴った心臓が緊張に拍車をかけ、顔がどんどん紅潮していくのが分かった。

 

「あの……クロロンさん大丈夫ですか? 顔真っ赤ですけど、もしかして熱があるんじゃ?」

 

 大丈夫じゃない。ドキドキが収まる気配が全くない。

 カナデさん格好良すぎない? もしかして本当にモデルさんなのでは?

 そんな言葉が自然に浮かんでくる。

 チラリとカナデさんに目を向けると柔和な顔立ちが視界に入った。

 駄目だ! 眩し過ぎる!

 というかほんとに近いです。まつ毛長いし、良い匂いするし、肌白いし、凄く綺麗だしで、私の頭はてんやわんやだ。

 女は狼なので食べられちゃいますよ。

 

「やっぱりクロロンさんも緊張してます?」

 

 たはは、と照れ臭そうに笑うカナデさん。

 都合よく勘違いしてくれてるのでそれに乗せてもらうことにした。

 

「そ、そうですね……人生初のオフ会ですからね」

 

「やっぱりそうなんですね……僕なんて昨日中々寝れませんでしたし」

 

 私たちに会うのを楽しみにして布団の中でワクワクするカナデさんが脳裏に浮んだ。

 だらしない笑みが零れそうになるけど何とか自制した。

 気を取り直して目的地へと向かう。

 

「レンさんのお店のメニューってどんなのがあるんですか?」

 

「えっと……コーヒーとか、イチゴミルクとか、ミルクセーキとか、飲物は結構種類多いですよ。最近だとタピオカミルクティーが人気ですね」

 

「ああ、話題のやつですか。いいですね。僕も一度飲んでみたかったんですよ」

 

 生のカナデさんと二人きりで会話出来てる。

 そのことが妙に嬉しくあり……感動すら覚えた。

 緊張するけど、シミュレーションはバッチリだ。

 当然カナデさんと二人きりになる状況も想定している。

 好きな物、嫌いな物、得意な事、苦手な事、好みの異性に、苦手な異性。

 どんな質問でもばっちこいだ。

 逆に相手を不快にさせない質問もネットで調べてある。

 

「クロロンさんは何が好きなんですか?」

 

 不意に飛んできたカナデさんからの質問。

 さっそく好感度を上げるチャンスがやってきた。

 食べ物とかのその他の好物は大体横文字のものを答えておけばいい。ヴァイツェンブロートとかどうかなって思ってる。食べたことないけども。

 ちなみにドイツの小麦パンらしい。昔は高貴な人や裕福な人が食べていたパンで、庶民には縁遠いパンだったそうだ。

 だけど、私が本当に好きなパンは焼きそばを挟んだコッペパンだ。あれは何か安心する。

 一応横文字ではあるけどさすがにコッペパンはないだろう。いや、コッペパン美味しいけどさ。

 なんにせよここは印象を上げる最初のチャンス。可愛らしさを意識した答えを口にした。

 

「犬が好きです」

 

「……食べるんですか?」

 

 予想しない方向に勘違いされた。

 さすがに若干引いた様子のカナデさん。

 けど今の言い回しではそうなるか……斜め上に間違え過ぎた。どこの原住民族だろう。

 慌てて訂正した。

 

「ち、違うんですよ。カフェラテアートみたいなのがありまして、そのイラストで好きな絵柄が子犬というだけで」

 

 早口に捲し立てる私を見てカナデさんも「ああ」と、納得してくれた。

 

「そこって食べ物はあります? 朝あんまり食べ過ぎないようにしたのでお腹空きそうなんですよね」

 

「飲物ほどじゃないですけど色々ありますよ」

 

「おーそれは楽しみですね。クロロンさんが好きなメニューとかってあります?」

 

「サンドイッチとか、甘味ならパフェも美味しいですよ」

 

 嘘です。ほんとは焼きそばが好きです。

 薫の喫茶店の焼きそばってモチモチしてて、味もソースの味がしっかりしてるしで凄く美味しいんだよね。

 でもお洒落な方を口にしておく。横文字の食べ物はお洒落という雑なイメージによるものだけど。

 この人はたぶん横文字の食べ物しか食べない。そんなはずはないのだけど、眩いばかりのイケメン顔がそう錯覚させてくる。

 ……私は何を言ってるんだろう? なんか混乱してきた。軽くパニック状態だ。

 カナデさんがそれを聞いて頷く。

 

「そうなんですかー。あ、でも気分的には麺類とか食べたいですね。ナポリタンとか焼きそばとか」

 

「ま?」

 

 しくじった。まさかそこで気が合うとは思わなかった。

 痛恨のミスだった。どういう運命の悪戯だろう。

 気を利かせてくれた恋愛の神様申し訳ありません。嘘はつかないのでもう一度チャンスを下さい。

 

「あ……」

 

「?」

 

 今更ながらカナデさんに車道側を歩かせてしまっていることに気付いた。

 言い訳になるけど、男の人のエスコートは初なので気が回っていなかった。

 万が一にもカナデさんに怪我なんてさせられない。

 

「あのっ、そっち側だと」

 

 あれ? そういえば……と、もう一つの事実に思い至る。

 ネット情報ではあるけど、男性と歩く時は出来るだけ相手に歩幅を合わせないといけないと書かれていた。

 だけど私はいつものと同じ歩幅のペースで……もしかしてカナデさんずっと私に合わせてくれてた?

 そう考えるとこの位置関係も偶然じゃないように思えてくる。

 顔が熱くなる。

 早く入れ替わらないといけないのに、そのことが口から出てこない。

 現状を嬉しがっている自分がいた。

 

「あ、暑いですねー」

 

 誤魔化すようにそう言った。

 天気予報では今日は午後から涼しい日になると言っていたのに、私の顔の熱は一向に引かない。

 理性では駄目だと分かっているのに、今はカナデさんの優しさに甘えていたいと思ってしまったのだった。

 

「そうですね。都心に近いと人も多いですし熱気がありますよ。倒れないように気を付けないとですね」

 

 リードされてる。嫌ではない。

 だけど女としてはちょっぴり複雑だった。

 こんな不甲斐ない私をカナデさんはどう思っているんだろう。

 チラチラと隣を見ると、カナデさんは嬉しそうにニコニコとしている。

 そんなカナデさんを見てるだけで何だか満たされてきて……ずっとこの時間が続けばいいのに。

 カナデさんにも楽しんでもらいたいと、歩きながら話題を考える。必死に悩んでいつもと同じ話題が浮かんだ。

 ゲームの話とかどうだろう。

 プレイするコンテンツの系統は似ているので、話をするならそっちのほうが相性はいいかもしれない。

 

「そういえば今朝お知らせ更新されてましたよ」

 

「お、どんなこと書いてました?」

 

 元々意識さえしなければ話しやすい人なんだし、会話も慣れれば自然に出来る。

 カナデさんとの間に自然な笑いも増えてきたしホッと一安心。

 あながち毎日の妄想も無駄ではなかったということか。

 毎日ゲームで遊んでたのも大きいのだろう。

 少し歩く頃にはお互いの妙な硬さも抜け始めて、ゲームの話題に花が咲いていた。

 仲良く話せば話すほど、それを見た周りから「えっ?」て、視線も飛んでくる。

 それはそうだ。私だってこんな美男子と冴えない女子高生が並んで歩いてたら同じ気持ちになるだろう。

 

「今度新しい職業が出るらしいです」

 

「あ、それは聞いたことあります。魔法職ですよね。りんりんさんがようやくメイジより上の魔法職が来たって喜んでました」

 

 歩いていくうちに栄えている大通りから外れ、気付けば西条家の経営する喫茶店が見えるところまでやってきていた。

 シャッターが閉まっているところもちらほらある商店街の一角にその喫茶店はあった。

 

「あぅ……もう終わりですか……」

 

 カナデさんには聞こえない程度の声量でぽつりと呟く。

 楽しい時間はあっという間だった。

 寂しい気はしたけど、オフ会はまだこれからなんだ。頑張ろう……両手をぎゅっと握って意気込んだ。

 大きく息を吐いて【LAPLACE】の文字が書かれたドアを開けると、入り口のベルがカランコロンとどこか懐かしい音色を響かせる。

 コーヒーの芳ばしい香りが漂う店内には柔らかな日の光が窓から差し込み、ワインレッドのソファーと年季を感じさせるテーブルを照らす。

 穏やかな空間。ここだけ時間が止まっているような感覚に陥る。

 そんな落ち着いた雰囲気の喫茶店の入り口付近で私たちを友人達が騒がしく出迎えてくれた。

 

「絶対! 絶対土下座したほうがいいですって!」

 

「だーかーらぁ! んなことしたらドン引きされるっつってんだろうが!」

 

「怪しい人の言うことは信用しない方がいいよ~?」

 

「7ちゃんねらーに悪い人はいません!」 

 

「それが怪しいんだっての! いいから土下座はすんなよ!?」

 

 ドタバタと賑やかなやり取り。

 今土下座とか聞こえたけど大丈夫かな……?

 恐る恐るカナデさんを見る。

 

「やっぱり皆イメージ通りですね」

 

 眩しいものを見るように目を細めている。

 さっきまでと同じ優しい笑みのはずなのに、なぜかさっきよりも魅力的に映った。

 理由は分からない。けど、その時のカナデさんの嬉しそうな顔が不思議と私の印象に残ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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after8

 

 

 

 大鳥奏視点。

 

 

「ぉ……うぉぉ……」

 

 三つ編み眼鏡の女の子が溜息を零した。この人は? と尋ねると【クロロン】さんが教えてくれた。

 どうやら彼女が【レン】さんらしい。今回この喫茶店をオフ会の会場として提供してくれた張本人。

 お礼を言わないとな。なんて考えていると突然【レン】さんは頭を下げた。膝を喫茶店の床へと下ろすとそのまま緩やかに両の手を――

 

「おぉいっ!? やるなっての!」

 

 即座にカジュアルな格好をしたモデルと見紛うような美少女がそれを止めた。

 跪かれても僕としてもどうしたらいいか分からなかったから助かった。

 ぱっと見の第一印象だけで言うなら彼女が【ラブ】さんだろうか?

 襟を掴まれた【レン】さんが、ぐぅっ! と苦しそうに呻く。

 だけど苦しさ以上に土下座を止められたからか悔しそうに【ラブ】さんをキッと睨んだ。

 

「は、離してください! ラブだって見惚れてたでしょう!? どうせ同じこと考えた癖に!」

 

「土下座はしねーよ!」

 

 お、やっぱり彼女が【ラブ】さんか。

 というか見惚れてたのは否定しないんだね……何か恥ずかしいんだけど。

 逆転世界だから多少意識されるのも慣れてたけど、それでも知り合いからそういう目で見られるのはまた違った感じがした。

 

「ってことは……ゆーらさんですか?」

 

 桃色の髪色の女の子。ゆるふわな感じで印象もそのままだ。

 だけど意外なことに【ゆーら】さんは二人の背後にいるだけで近づいてこない。

 ありゃ、もしかして警戒されてる?

 初対面だからありえるとは思うけど、それが【ゆーら】さんだというのはちょっと意外だった。

 

「ご、ごめん……ほら、ちょっと前のトラウマがさ~……」

 

「トラウマ?」

 

「クラスの男子に話しかけた時に消臭スプレーで撃退された時の……」

 

 ああ、と【クロロン】さんが苦笑いを浮かべる。

 僕の知らないところでそんなことがあったのか。というか消臭スプレーって酷くない?

 それって男女どうこう以前の問題では。

 

「大丈夫ですよ。ほら、何も持ってないでしょう?」

 

 両の手をひらひらさせて安心させるように笑いかけている。

 おどおどと前に出てくる彼女にもう一度「大丈夫」と言ってあげた。

 

「そうだよね……うん、カナデが酷い事するわけないよね!」

 

 お、案外早めに警戒を解いてくれたらしい。

 重心は後ろ側にあるけど、それでも歩み寄ってくれたことが嬉しかった。

 

「リアルで会うのってネットとはまた違いますもんね。大丈夫ですよ。これから慣れていきましょう」

 

「ふおお~なんか感動……カナデ本当に男の人?」

 

 まあこの世界の男としては違和感はあるよね。

 彼女に心を許してもらうためにも、冗談めかした言葉を返す。

 

「実は女だったらどうします?」

 

「一人ショック死すると思う」

 

 ……うん? ちょっと今のはよく分からなかった。

 【クロロン】さんに目を向けると慌てたように小声で【ゆーら】さんに何か言っていた。

 ごめんごめんと謝ってるけど、僕には彼女が何を言ったのかは聞こえなかった。

 

「とりあえず、くっ……座ろうぜ」

 

 【レン】さんの関節を極めながら【ラブ】さんが提案してくれた。

 久々の遠出でちょっと疲れたから、有難い申し出だったかも。

 見たところテーブル席とカウンター席に分かれている。

 テーブル席は6人用のものが窓際に並んでいて今回はぴったり座れそうだ。

 僕と、【クロロン】さんと、【ラブ】さん、【レン】さん、【ゆーら】さん、それと……あれ?

 同じ疑問を抱いたようで【クロロン】さんがキョロキョロ辺りを見回していた。

 

「あれ? りんりんは?」

 

 今更だけど5人しか居ないことに気付いた。

 それに対して【ラブ】さんが答える。

 

「用事ができたらしい」

 

「え、じゃあ不参加?」

 

「いや、それが終わったら来るとは言ってたな」

 

「なんかお母さんに大事な書類を届けてくるんだってさ~」

 

 そうなのか……【りんりん】さんに会えるのも楽しみにしてたんだけどな。

 間に合えばいいんだけど、書類というと仕事関係かな?

 聞いたところ、会社は電車で1時間ちょっとの場所にあるらしい。

 往復で3時間弱。届けるだけなら間に合うだろうけど、それでも昼間は過ぎるかもしれない。

 【クロロン】さんから「そのうち来ますよ」とフォローが入る。

 気を取り直して、さあ何をしよう? となった。

 

「あ、その前にレンさんのお母さんにご挨拶してもいいですかね? 確か今日一日お休みなのにお店開けてくれたとか」

 

「それならついでに飲み物も頼みます? 今日はアルバイトの人たちお休みなのでレンのお母さんが注文を取ってくれるらしいですよ」

 

 【クロロン】さんはそう言って僕にメニューを渡してくれた。

 メニュー表を受け取って一覧を眺める。んー、カフェオレにしようかな。と決めたところで丁度奥の方から一人の女性が姿を現した。

 髪を下ろした【レン】さんとでも言えばいいんだろうか。

 面影はあった。20台前半と言われても違和感はない女性が「はじめまして」と、頭を下げた。

 

「あなたがカナデさん?」

 

「あ、はい。この度はありがとうございます」

 

「ふふっ、ご丁寧にありがとう。でもそんな硬くならなくてもいいんですよ? 我が家だと思ってのんびり寛いでください」

 

 おっとりした不思議な声だった。

 なんか落ち着くな……【レン】さんが大人になったらこんな風になるんだろうか。

 その【レン】さんはといえば鼻にティッシュを詰める作業に忙しそうだった。

 出血の量がえぐいけど大丈夫だろうか?

 

「……レンさんどうしたんですか?」

 

「ちょっと許容量を超えたみたいですね……そのうち治まると思うんで大丈夫ですよ。たぶん」

 

 【クロロン】さんの言葉を聞きながらこの世界に来たばかりの頃に、主治医の人に鼻血を出されたのを思い出した。

 今頃元気かなぁ。お医者さんは大変な職業だし、体壊してないといいんだけど。

 というか皆この状態の【レン】さん見ても平常だね? もしかしてよくあることなんだろうか。

 

「とりあえず自己紹介でもするか?」

 

「そうですね。一応顔合わせは初ですからね」

 

 席に座って一息ついたところで【ラブ】さんが言う。

 反対する意見が出ることなく順番に名乗ることになった。

 それに加えて彼女の提案で名乗った後に質問タイムを設けることに。

 普通に名前だけ言うより面白そうだし、有りかもしれない。

 【ラブ】さんがお冷を喉に流し込むと、そのまま名乗った。

 

「ラブだ。よろしくな」

 

 すると間を置くことなくさっそく【ゆーら】さんが挙手をした。

 

「私いいかな? ずっとラブに聞きたいことあったんだけどさ」 

 

「おう、なんだ?」

 

「なんでキャラ名が【ラブ(LOVE)】なの?」

 

――ピシッ

 

 空気が硬直した気がした。

 【ゆーら】さんめっちゃ自由ですね。それは皆が気になりながらも、誰も聞けなかった闇の部分だと思うんですけど。

 オフ会という空気がそうさせるのか、普段遊ぶネットゲームの中よりも奔放な行動をしてる気がする。

 だけど【ラブ】さんは、僅かに頬を朱色に染めると律儀にも答えてくれた。

 

「……そういう趣旨だと思ったんだよ」

 

「趣旨?」

 

「だからな……ほら、LEINのグループ名だよ」

 

 グループ名? そういえば聞いたことあるな。グリードメイデンの皆は【DOF】をプレイしてる友達同士でLEINのグループを作ってるとか。

 寂しいと思わないでもないけど、僕がそこに入りたがるのも違う気がしたので、あまり気にしないようにしている。

 

「グループ名とは?」

 

「ゲーマー美少年捜索隊」

 

 何その名前……

 ギルド名といい変なネーミングセンスの人いるよね。面白いけどさ。

 

「出会い目的の遊びだと思ってたんだよ」

 

 それを聞いて明らかに【クロロン】さんが動揺を見せた。

 

「……え? ちょっと待って。もしかして私ゲームに誘った時、そんな風に思われてたの……?」

 

「ああ、ゲームだと分かるまで、なんだこのビッチは? ってずっと思ってた」

 

 ってことは【クロロン】さんが【ラブ】さんを誘ったのか。

 ちょっとした裏話が聞けたみたいで嬉しい。

 

「適当にあしらうつもりだったけどな。ま、今では楽しませてもらってるよ」

 

「へーそうだったんだね!」

 

 ショックを受けている【クロロン】さんの隣で【ゆーら】さんが納得していた。

 楽しそうですね。

 

「ゲームだって分かってたらこんな似合わない名前なんて使わなかったんだけどな」

 

「そうですかね? 似合ってると思いますけど」

 

 自嘲した【ラブ】さんに言っておいた。

 

「そうか?」

 

 素っ気ない返し。

 ガシガシと頭の後ろを掻いている。でも分かる。あれは照れてる。

 平静を装ってるけど、凄い嬉しそうだ。

 尻尾があればぶんぶん振られてる気がする。

 

「つ、次いこうぜ」

 

 そんなこんなで自己紹介は進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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after9

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 誤魔化すように晶が促す。

 いつもはクールな友達の珍しい姿をもうちょっと見てたかった気もするけど、からかい過ぎると怒られるだろう。

 優良が続いて名乗った。

 

「私はゆーらだよ~。質問ばっちこ~い」

 

 優良か。リアルの情報が出る質問というのもカナデさんが困るはずだ。

 さっきと同じように私たちに共通するゲームの質問が良いかも。

 しばらく悩んでから、それならばと聞いてみた。

 

「ゆーらってドレア好きだよね。いつも見た目変更してるけど、好きな衣装とかってある?」

 

 ドレアとはドレスアップの略称――つまりキャラクターの着せ替え機能のことだ。

 自身のメイキングしたキャラクターに自分の好きな装備などを着せて遊ぶことをドレアと言った。

 ステータスや、装備の強さとは無関係だけど、ゲーム内でもオシャレをする人は常に一定以上いるため人気のコンテンツだった。

 そして、優良もその一人なのである。

 ちなみに私自身も最近になってドレアに興味を持ち始めたプレイヤーの一人だ。

 だからこそ参考に聞いてみたんだけど返ってきた答えは予想とは違ったものだった。

 

「んー下着かな?」

 

「……下着?」

 

「細かいところだからこそ大事にしたいんだよね」

 

 優良は一人で深く頷く。

 確かに【DOF】は下着もメイキングできるけど、普段は装備の下に隠れているので重要度は低い気がする。

 まあ、どうメイキングするかは人によるし、無粋な質問だったかもしれない。

 デフォルトが多いけど、それでも拘りがある人はあるんだろう。

 

「今日のクロロンと同じだよ~」

 

「? なんのこと?」

 

「勝負した」

 

「うぉおい!? ちょ、お、な、なんで知ってるの!? それ何で知ってるのっ!?」

 

 慌てて優良の口を塞いだ。

 恐る恐るカナデさんを見る……ちょっとびっくりしてるみたいだけど……聞かれてないよね?

 いや、聞かれてないはずだ。そう思いたい。

 万が一のホテル直行を期待してるなんて、さすがに幻滅される。

 

「?」

 

「し、勝負……そ、そう! 勝負したがってるんですよね! 最近PVPに興味を持ち始めまして!」

 

「ああ、PVPも面白いですよね。あのゲーム上手な人多いので中々ランキング上げられなくて参ってます」

 

 雑な誤魔化しだったけど、カナデさんが話題に乗ってくれたおかげで事なきを得た。

 あるいは私の焦った様子から敢えてスルーしてくれたのだろうか。

 何にせよ追及がなかったことはありがたい。

 た、助かった?

 けど危なかった……私は優良の耳元に顔を寄せた。

 

(お願いだから余計なことは言わないでね?)

 

(ダイエットのことは?)

 

(それも駄目、できるだけ印象は上げたいの)

 

(靴が厚底なことは?)

 

(それもできれば……というか本当になんで知ってるの!?)

 

 揉めてる間も晶はニヤニヤと楽しそうだ。

 見てないで助けてほしい。今この場でフォローできる良心は晶くらいだし。

 

「次はクロロンだな」

 

 と、察してくれたようで晶が私の名前を呼んでくれた。

 落ち着こうと、気を取り直す。

 下着とかの件はあとで詳しく優良に聞くとして……

 ふぅ、と荒くなった呼吸を整えると言い間違えの無いように名乗った。

 

「クロロンです。宜しくお願いします」

 

 真正面の想い人を前にして期待に胸を高鳴らせる。

 さあ、なんでも来いですよカナデさん!

 と、気を引き締めたところで薫のお母さんが注文した飲物を持ってきてくれた。

 カナデさんが一瞬だけ薫を見た。

 面影はあるから気になったんだろう。目元とか似てるし。

 

「頑張ってね」

 

 薫に耳打ちをしてエールを送っていた。

 応援を送られた方はガチガチに強張って油の切れたロボットみたいになってるけど。

 というかさっきからほとんど会話に参加してない。

 鼻血は止まったようだったけど、小声で「やばい、やばい」って言うのはやめてほしい。怖いから。

 そんな娘の姿を見ても薫のお母さんは優雅に微笑むだけだ。対比が凄い。

 それから気を利かせてくれたのか軽く頭を下げて「ごゆっくりどうぞ」と、言っただけで下がっていく。

 薫も大人になったらあんなお淑やかな美人になるのかな……元々隠れ美少女だからそれだけのポテンシャルはありそう。

 皆で乾杯して仕切り直しってなったところで手が挙げられる。カナデさんだった。

 

「僕から一ついいですかね。質問って言っていいかはかなり微妙なんですが」

 

「ど、どうぞ」

 

 背筋を伸ばして身構える。

 何だろう……今更だけど悪い方に色々浮かんできた。

 ちょっぴりつけてきた香水がきついとか、値札が付いてるままだとか……付いてないよね?

 さりげなく首の後ろを確認しておいた。

 

「ホントに体調大丈夫ですか? なんかずっと赤いんですけど、熱あるんじゃ?」

 

 ツボに入ったようで晶が小さく吹き出していた。

 空気が少しだけ弛緩する。ここまで来て私の心配をしてくれるのは嬉しいけど、今はそうじゃないんですよカナデさん。

 くくっ、と頬杖をついた晶が悪戯っぽい笑みを浮かべてきた。からかうような視線に顔が熱くなる。

 矛先を逸らすように「だ、大丈夫ですよ。今日は暑いですからね」とその場をうやむやにした……というかまだ赤いんだ私の顔……お母さんにお化粧頼んだ時にチークつけ過ぎたってわけでもないだろうし、まだ緊張してるのかな。

 グラスのアイスティーを一気飲みして火照りを冷ました。

 

「あんま飲み過ぎると腹壊すぞ?」

 

 晶にお母さんみたいなこと言われた。

 緊張してるとホントに喉乾くんだよね……比較的涼しい日と言っても夏は気温も高いし。

 

「鍛えてるから大丈夫だよ」

 

「そうか」

 

 言った後で、鍛えてるって何? って思った。

 晶も「そうか」じゃないよ。ツッコんでよ。

 消化器官が鍛えれるのかどうかは知らないけど、恥ずかしくなってきた。誤魔化すように残ったアイスティーを飲み干した。

 

「そういえばクロロンがアイスティーって珍しいね」

 

 隣の優良がこちらを覗き込んでくる。

 彼女の疑問は当然だ。アイスティーなんて頼んだの初めてだし。

 だけどここは当然のことのように堂々とする。

 フッと、優雅に微笑み淑女然として答えた。

 

「ふふっ、そう? 最近よく飲むよ?」

 

「でもこの前、青汁が」

 

 優良の脇腹に勢いよく手刀を入れた。

 美容を意識して飲み始めたら意外と美味しかったんだけど、それはシークレット情報だ。

 呻く友人へのダメージを無視して、先ほどのイメージを取り繕った。

 

「ほ、ほら、私外国の食べ物とか好きでしょ? ティラミスとか」

 

「焼きそばパンは?」

 

「ちょっと表出ようか」

 

 なんでことごとく邪魔をしてくるのか。

 天然というか悪意があるとしか思えない。

 すると耳元に顔を寄せてきて小声で言われる。

 

(気持ちは分かるけどさ、ここで嘘は駄目だと思うよ? いつかバレたらそっちの方が嫌われるよ?)

 

 お、おぉ……? 意外にも正論。

 その通りかもしれない。

 仲良くなるならいずれバレることだった。

 チラリとカナデさんを意識して、正直に言ってみた。

 

「……ほんとは焼きそばパンが好きです」

 

「? 別に隠すようなことでもないと思いますけど。美味しいですよね焼きそばパン」

 

 白状した。だけど、拍子抜けするほどカナデさんはあっさりしていた。

 考えすぎだったかもしれない。

 好みくらいで私たちを判断する人じゃないってことくらい分かってたはずなのに。

 だけどそれなら遠慮しなくてもいいかな。

 立てかけてあったメニューを手に取る。

 

「ん? クロロン何か注文するの?」

 

「うん、後で焼きそば頼もうかなって」

 

 ペラペラとページを捲って目当ての焼きそばを探す。

 ずっと減量を意識してたし、お腹空いてきた。

 我慢する必要がないなら遠慮なく頼みたい。

 

(やめた方がいいと思うよ?)

 

(ん?)

 

 メニューを広げた私に優良が小声で耳打ちしてきた。

 頭にはてなマークが浮かぶ。

 さっきと言ってること違くない? 嘘はよくないって言ってたのに。

 

(歯に青のり付くよ?)

 

(やめます)

 

 メニューを置いた。カナデさんが不思議そうにしていたので「風水的に良くない位置だったので」と、自分でもよく分からない言い訳をしておいた。

 そうこうしている内にいくつかのやり取りをして、私への質問タイムが終了。

 アピールできたかどうかは微妙なところかな……

 今後の展開で頑張らないと。

 

「次はレンだね」

 

 隣を見るとそこではガチガチに緊張した薫が喉を鳴らして飲物を流し込んでいた。

 コトッ、とグラスをテーブルに置くと、薫が気を取り直すために咳払い。

 勢いよく口を開いた。

 

「はじ、はじめまして! あ、わた、げほっ、げほ、ぅっ!?」

 

 咽返っていた。言葉も噛み噛みだ。

 大丈夫かな……今日一日も遊べるんだろうか。

 隣にいた私は背中を擦る。落ち着いてきたようで薫が名前を口にする。

 

「れ、レンです。質問はお手柔らかに……」

 

 すると次はカナデさんが質問をするようで手が上がると、その瞬間、ビクーン! と、視界の端で薫が体を強張らせるのが見えた。

 

「じゃあまずは無難に、好きな食べ物とか」

 

「ティ、ティラミスです!」

 

「それ私のなんだけど」

 

 ティラミス好きの権利を主張したけど、別にティラミスは誰のものでもなかった。

 それにさっき優良にも言われて嘘はつかないと決めたんだった。

 大人しく薫の自己紹介を見守る。

 だけどカナデさんを前にした薫は次第に緊張の度合いを増していく。

 その様子にいつかクラスメイトの男子に話しかけて鼻血を出した事件を思い出した。

 

「ひっ、ひっ、ふー! ひっ、ひっ、ふー!」

 

「……大丈夫か?」

 

 過呼吸気味に吸って吐いてを繰り返す薫の背を、再び私が撫で擦る。

 晶も声を掛けてくれる。皆も心配していた。

 大丈夫かな。カナデさんに不審がられてないだろうか……

 薫の方はこのままだと本当に倒れそうだったので次に順番を回した。 

 トリを飾ることになったカナデさんが名乗る。

 

「カナデです。何でも聞いてください」

 

 来た来た。 

 ついにカナデさんの番。聞きたいことは山ほどある。

 胸の奥が不意にワクワクと鼓動を高めてきた。

 差し当たっては、交友関係だろうか。

 主に女友達が何人いるのか。それと好みの異性の情報も知りたいところ……

 だけど直接聞くような愚行はできない。

 遠くから攻めていこう……あ、休日は何してますか? とかどうだろう。

 普段の行動から何人くらい友達がいるかが分かれば――

 

「はいはい! しつも~ん!」

 

 一番手に挙手したのは優良だった。

 ソファから立ち上がって食い気味に手を上げる。

 今日くらいは譲ってほしかったけど、全く遠慮しないね……そこが人によっては愛嬌だと受け取る部分かもしれないけど。

 私も何だかんだでずっと友達をしてるから慣れはある。

 いつもの事なので、仕方ないな、と内心で諦めた。

 それに私にメインを譲ってくれたと言っても優良だってカナデさんとのオフ会を楽しみたいだろうし。

 

「カナデってゲームとか好き?」

 

「ん? 好きですよ。皆といつもやってますからね」

 

「ん~そういうのじゃなくてさ」

 

 すると優良は自分の鞄をガサゴソと漁り始めた。

 さっきから気になってたけどやたら嵩張ってるし、何が入ってるんだろう?

 

「これとかどう? オフ会といえば、みたいなゲームいっぱい持って来たんだ」

 

 優良が取り出したのは1リットルのペットボトルほどの太さの黒い筒だった。

 筒にはいくつかの棒のようなものが入ってる。

 くじ引きに使われそうな形状だった。カナデさんが「これは?」と、優良に尋ねた。

 

「王様ゲームで使うやつ」

 

「それ合コン」

 

 しかも今時は、合コンでも使われなくなったゲームだ。

 そもそも男の人に命令するなんて畏れ多い。

 実際、命令された男の人が帰ってしまいお通夜のような空気になったみたいな話も王様ゲームがまだ普通に行われていた時にはあったとネットで聞く。

 何故知ってるかというと私もオフ会で何か使える物はないかと思って調べたから。

 なのでこういった男女の集まりで王様ゲームがタブーであることは理解しているつもりだ。

 だけどカナデさんってガード緩いし、もしかしたらやってもらえるかも。

 ムフフな展開に持って行けたり……って、いやいや、カナデさんの優しさに甘えたら駄目だ。

 煩悩を振り払う。

 

「他にも色々持ってきたんだよ?」

 

 優良は、ガサゴソと鞄の中を漁ると、その中からゲームに使われるだろう物を取り出した。

 中には一見すると用途のよく分からない物とかもあったけど……これ全部何かの遊びに使えるものなのかな。

 

「皆が良いなら遊びたいな~って思ってさ、どう?」

 

 オフ会と言えば遊んでるゲームの話で盛り上がるイメージがあった。

 実際そういうものだと思う。

 だけど、優良の提案も悪くないかもしれない。

 王様ゲームはさておき、これだけ色々と用意してあるならカナデさんが気になるのだってあるだろう。

 

「本当はもっといっぱい持ってきたかったんだけどね。入りきらなくてさ」

 

「詰めすぎだよ……ポーチもそのまま入ってるし……あ、トランプもあるね。これは何?」

 

「タロットだよ。占いとかに使うんだ」

 

 そんな中でカナデさんが手を伸ばしたのは――

 

「これはなんです?」

 

 何かを手に取った。それが何なのかはパッと見では私にも分からなかった。

 興味深そうに長方形のケースを手の中に収めている。

 アルファベット表記で書かれた小さな箱のようなもの。

 なんだろう? 見覚えがあるような気もするけど……

 

「え゛っ」

 

 何気なくそちらを見てギョッとした。

 まだ誰も気付いていない。

 呑気に黒ひげ危機一髪のゴム製ナイフをぐねぐね曲げて遊んでいる優良の肩をちょんちょんと指先で突いた。

 

(ね、ねぇ……あれ、ピルに見えるんだけど……)

 

 尋ねても本人は、そんなまさか、と言わんばかりの余裕な表情。

 それを見て安心する。

 そうだよね。まさか避妊薬があんなところに無造作に入れてあるわけないよね。

 ならあれはなんなんだろう? 優良がそちらを確認する。

 

 動きが止まった。

 

 優良が一点を見据えたまま動かなくなる。

 私の願いも虚しく隣から小声で「あ、やば……」と、聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 



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after10

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 え、嘘でしょ……?

 内心で冷や汗をかいた。

 避妊薬――読んで字の如く避妊するための薬。

 通常のピルは痛みの軽減。生理周期をずらしたり整える目的でも使用されるけど、あれはアフターピル。確実に避妊用だ。

 全員が気付いたっぽい……当然皆驚いてるし、優良に至っては分かり易く慌てていた。

 

「どうやって遊ぶんですかね」

 

 カナデさん、違います。それ玩具じゃないです。

 目線で優良に問う。

 優良は目を泳がせていた。あ、見覚えがある。チャットで誤爆した時の私だこれ。

 たぶん今頃優良の頭は真っ白なんだと思う。

 あと男の人にはあまり縁がないからなのか、カナデさんが気付いた様子はなかった。

 薬品名をそのままアルファベットの筆記体で表記していることも、こちらにとっては都合がよかったのかも? パッと見は何の入れ物なのかは分からない。

 晶が顔を引き攣らせながらこちらに視線を投げかけてきた。

 

 おい、どうすんだこれ……と。

 

 なんであんなところに入れてあるのかは置いておこう……

 実は優良が一発狙っていた疑惑についても、この際置いておく。

 問題は、あの爆弾クラスの危険物がカナデさんの手の中にあることだった。

 状況を確認する。

 優良は真っ白で、薫は咽てる。

 動けるのは私と晶くらいだ……咄嗟に話題を繰り出した。

 

「あ、そ、そう、いえば……ですね……カナデさん?」

 

 途切れ途切れの言葉。

 必死に頭を回す。

 

「ん?」

 

「……実はですね」

 

「なんでしょう?」

 

「実は……」

 

「実は?」

 

 実は、えーと……え、えぇと。

 

「最近、ですね……楽しみにしてることがありまして……」

 

「楽しみですか。何をです?」

 

 カナデさんの気を逸らすべく、必死に話題を模索する。

 何も思い浮かばない。それどころか焦るばかりで関係ないことばかり浮かんでくる。

 

「えーと、散歩……」

 

 おばあちゃんかな?

 勿論いつもゲームばかりしてる私にそんな健康に良い楽しみなんてない。

 

「へー、健康的でいいですね」

 

 カナデさんは私の不可解な言動に不思議そうにしていた。お陰で手元は見てないけど……でもいつ気付かれるか分からない。

 あんなものを持ってきてるとバレたらどうなるか……

 仮にカナデさんが受け入れてくれたとしても単純に気まず過ぎるし、その逆の展開は考えたくもない。

 慌てて言葉を続けた。

 

「散歩、を……してるとですね……」

 

「ん?」

 

「……気持ち良いですよね」

 

「そうですね」

 

 挙動不審な私にカナデさんはずっと小首を傾げている。

 だ、駄目だ。話題が全く広がらない。

 尚もカナデさんの手の中にピルの小箱はある。メタリックな表記が窓から差し込む陽光を反射していた。

 キラキラと輝く銀色の文字が私たちを挑発しているようだった。

 間は繋げたけど状況は変わっていない。くっ、どうするか……

 するとソファーから優良が立ち上がった。

 バン! と手をテーブルについて大きく音を立てる。

 

「カナデ! あ、あれ見てよ!」

 

 優良が窓の外を指差す。相変わらずいい青空だった。

 

「……? いい天気ですね?」

 

「それにほら! 鳥! 鳥がいるよ!」

 

「鳥……? いますかね。どこです?」

 

「あ……ごめん違った。電柱だった」

 

「凄い間違え方しますね……」

 

 薄い会話が繰り広げられる。でも雑ながらもファインプレーだ。

 優良に気を取られてるうちに回収しなくては。

 二人から意識を逸らすと、向かい側にいるカナデさんの手の中を注視した。

 気付かれないようにと、こっそり手を伸ばす。

 指先がゆっくりとカナデさんの手の中に近付いて行き――腕がグラスに当たってしまった。

 氷がカランと涼やかな音を響かせた。

 

「ん?」

 

 気付かれる。慌てて急激な方向転換。

 右側にある胡椒や塩などの調味系のあれこれが置いてあるスペースへと手が向かった。

 あくまで自然体で、最初からそこを狙ってましたよ? みたいな顔をする。

 だけど、頭の中は何も考えていない。

 どうしていいか分からず手が宙を彷徨い、割り箸と醤油の上空でフラフラと揺らめき、その末に何を血迷ったのか醤油瓶を手に取った。

 

「クロロンさん? それ醤油ですよ?」

 

「え、ええ。醤油ですね」

 

 咄嗟に返事をしてしまう。ここで間違えたと言えばまだよかっただろうけど、そんな判断力はこの時の私には残っていなかった。

 当たり前のように醤油を手元へと手繰り寄せてしまった。

 僅かな静寂が訪れて、それどうするの? みたいな視線をひしひしと感じる。

 飲物しか来ていないのに、なぜ醤油? 自分でも不思議に思う。

 結局どうすればいいのかと悩んだ末に、私はそのまま醤油の容器をゆっくりと元の位置へと戻した。

 

「…………」

 

 変な空気が流れる。何がしたかったの? みたいに思われてるんだろうなと考えたら羞恥心で死にたくなった。

 最悪醤油を口に入れる展開も考えたけど、絶対に頭がおかしい奴だと思われそうなのでやめておいた。

 

「か、カナデ様っ! これ、面白そうだと思いませんか!」

 

「お、タロットですか。実物は初めて見ますね」

 

 薫が誤魔化すようにたどたどしい動きでカードの束を手に取った。

 声は裏返ってたけどこれも紛れもなくファインプレーだった。

 一瞬だけトランプにも見えたけど、大きさが違うことからタロットだと分かる。

 私も普段見ることのない珍品に意識を奪われるけどそれもすぐの事。

 再度切り替えた私はカナデさんの手の中の爆弾に手を伸ばす。

 細心の注意を払いながらゆっくりとカナデさんへと接近していく。

 今度はグラスに気を付けながら――

 

「ん?」

 

 時間を掛けすぎたせいか、また気付かれる。

 方向を変えて、醤油瓶を手に取った。

 

「…………」

 

 私はゆっくりと醤油の容器をその場でくるくると回転させる。

 無意味に瓶を半回転させると、それ以上は何をするでもなく手を離した。

 ちょっと自分でも自分が分からなくなってきた。

 

「み、南向きが良いかなって」

 

 カナデさんの純粋な疑問の視線に耐えきれず謎の言い訳で開き直った。

 風水なんて全く詳しくない癖に、私は何を言っているんだろうか? そもそも醤油と風水に何の関係が?

 それとよく考えたら南は反対側だった。

 そして、今のはさすがに大らかなカナデさんでも誤魔化されなかった。

 不審に思ったのか同じ場所へと手を伸ばす。

 

「これがどうかしました?」

 

 ひょいっと瓶を持ち上げるカナデさん。

 それと入れ替わるようにピルの入った小箱がテーブルに置かれた。

 チャンスだ!

 晶がこちらにアイコンタクトを送ってきた。

 対象の注意を逸らせ。とのこと。

 おkおk、了解だ。

 

「……カナデさん」

 

「ん?」

 

「ワタシ、醤油、スキ」

 

「そ、そうですか。なぜ片言……?」

 

 意識は逸らした。けど……だ、駄目だ。これ以上は無理だ。カナデさんさっきからずっと首傾げてるし。

 どうにか打開策を練っていると、カナデさんが再び体をそちらへ向けようと動き出す。

 晶が、ヤバ! って顔をする。体も硬直していた。

 咄嗟にこちらを見た晶と視線が交わる。緊急時の第六感でも発揮できたのか、刹那のアイコンタクトで即座に理解する。

 

(加恋! 何か頼む!)

 

 急な無茶ぶり。な、何かってなにさ!?

 

(一発ギャグとかあるだろ! なんでもいいから手持ちのやつ!)

 

(そんなの持ってないよっ!?)

 

(醤油でも流し飲みすれば何だコイツってなるだろ!)

 

(何だコイツってなるじゃん! 嫌だよっ!?)

 

 そうこうしてるうちにギリギリのタイミングになる。

 二人が交錯する直前に、ヤケクソ気味に思い切り立ち上がった。

 注意を引くためとはいえ驚かせてしまう。カナデさんがびくっとしていた。

 言葉が上手く出てこない。自分の口元がピクピクするも、この場を収めるような一言は欠片も浮かんでこない。

 最近、何も考えてない状態で注目を浴びることが多い気がする。

 アドリブ力が鍛えられてるんじゃないだろうか。別にそこまで欲しくもないけど。

 

「ど、どうしました?」

 

「……あの、えと」

 

 私はどうすればいいんだろう。特に話題も浮かばない。

 どうしよう。醤油飲むの? これ一発ギャグって言うの? 塩分過多で体壊しそう。

 仲間達に助けを求めるように視線を向ける。

 しかし、皆も何を言えばいいのか分からないのだろう。結局助け舟が出ることはなかった。

 私は回らない頭で必死に言い繕う言葉を模索した。

 

「す、好きです」

 

 皆から「嘘でしょ?」とか「え、ここで?」みたいな視線がやってきた。

 私も同感だ。完全に血迷った。

 自分は何を言っているんだろうか。なぜここで告白?

 いや、さすがにこれはない! 慌てて別の言葉を繋げた。

 

「食べるの大好きです」

 

 但し、その後の言葉が正しかったのかと聞かれたら微妙なところだろう。

 だけど、私は食いしん坊キャラになるという犠牲を払ってどうにかこの場を乗り切ることに成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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after11

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 カナデさんがお手洗いへと向かったのを確認したところで、優良が大きく息を吐いた。

 

「あああ~よかったよぉお~!」

 

 全員が一斉に安堵の息を漏らした。

 

「お前なぁ……なんてもん持ってきてんだ」

 

「うぅ、ごめん。昨日色々詰めた時に間違えたみたい……」

 

 晶から避妊薬を受け取った優良がポケットへとそれを仕舞う。

 

「加恋もごめんね?」

 

 だけど私は俯いたまま顔を上げることができなかった。

 自分の嗚咽が聞こえる。

 

「終わった……」

 

 私はこれからカナデさんに腹ペコの食いしん坊キャラとして見られていくんだ。

 これは確実にマイナス点だろう。幸先の悪すぎるスタートだった。

 

「ご、ごめんってば~」

 

「いいよ……仕方ないよ。それにピルなら私も持ってきてるし」

 

「持ってきてるんだ……」

 

 そりゃまあ避妊は女の責任だし、いざという時の義務とも言えるだろう。

 今回は露見したかどうかの違いだけ。持ってきたこと自体を責めることはできない。

 

「そうそう。それに前に私もチャットミスしたしおあいこだね」

 

「め、目が全然笑ってないよ……?」

 

 だって笑えないよこんなの。好きな人からの印象が食いしん坊キャラとか嫌すぎる。

 果たして私は今後異性として見てもらえるんだろうか? 不安だ……

 そんな空気を変えるように薫がスマホに目を向けながら話題を変更した。

 

「話は変わるのですが、電車が止まってるらしいですよ」

 

「そうなの?」

 

 薫がスマホ画面を見せてくる。

 【ゲーマー美少年捜索隊】のグループLEINだ。そこには百合からのメッセージが何件がやってきていた。

 私の方でも、詳細を確認する。

 

 

 

 

『ごめん、オフ会のメンバーに伝えたいことが』

 

『お? たぶん今薫の喫茶店にいるんじゃないかな。どうかしたの?』

 

『車両トラブルがどうとかで電車止まってる』

 

『まじ? それそこそこ大事では』

 

『オフ会間に合わないってこと?』

 

『わ、分からない。あんまり遅れるようだったら、ちょっと遠いけど歩いて戻るよ』

 

『ここで間に合わないとか悲惨すぎるもんね』

 

『オフ会参加組は上手くやれてるのかな?』

 

『割り込み御免。加恋です』

 

『お、加恋。オフ会は?』

 

『今カナデさんお手洗いに行ってる』

 

『ああ、なるほど』

 

『ところでカナデさんの顔写真とか撮ってない?』

 

『確かに気になる……!』

 

『了解。あとで撮らせてもらうよ』

 

『よっしゃ! これで今夜のあれこれが捗る!』

 

『それで何かゲームでもしようかってことになってる』

 

『ゲーム? DOFとは関係なく?』

 

『王様ゲームとか候補にあがってる』

 

『ふぁっ!?』

 

『それは王様が絶対の命令権を持って相手に命令できるという素敵ゲーム……?』

 

『なん、だと……!?』

 

『今から私も行く三┏( ^o^)┛』

 

『私も三┏( ^o^)┛』

 

『私も三┏( ^o^)┛』

 

『大人数はカナデさん怖がらせるから却下で』

 

『orz』

 

『orz』

 

『orz』

 

『いやいや、そんな都合の良い展開あるかな?』

 

『確かに。違うゲームと間違えてたりしない?』

 

『きっと加恋たちが土下座してカナデさんに頭を踏まれるゲームの事だと思う』

 

『何そのゲームw』

 

『カナデさんが相手なら有り』

 

『www』

 

『加恋が最近性癖を隠さなくなってきてるw』

 

『あ、カナデさん戻ってきた。行ってくるね』

 

『カナデ様とのスウィートタイムを過ごしてきます』

 

『って言っても薫ほとんど喋れてないけど大丈夫?』

 

『…………』

 

『ご、ごめんて……黙らないで。怖いから』

 

『www』

 

『優良は、もう変なもん持ってないよな?』

 

『大丈夫!』

 

『おk、後半戦といきますか』

 

『百合も間に合うといいね』

 

『うい……』

 

 

 

 

「百合は下手したら間に合わないかもしれないね」

 

 スマホ画面から顔を上げた。

 百合って変なところで運が悪いよね。せっかくオフ会の参加権を勝ち取ったのに、ここまで来て遅刻とか。

 

「あいつたまに運が良いのか悪いのか分からなくなるよな……」

 

 何にせよ間に合うといいな。彼女だってずっと楽しみにしてただろうしね。

 

「そういえば告白ってオフ会の最後にするの?」

 

「そりゃそうだろ。失敗したらお通夜みたいな空気になるしな」

 

「ま、待って待って。今告白の事は言わないで。胸の奥がキュッてなる。吐きそう……」

 

「プレッシャー感じてるね……」

 

 皆から大丈夫か? みたいな視線がやってくる。こんな調子で今日のオフ会は乗り切れるんだろうか。

 弱気が脳裏を過ぎるけど、今考えても仕方のないことだとは思う。ひとまずはオフ会を楽しもう。

 じゃないと本当に緊張で吐きそうになる。

 

「この後は何をしましょう? ゲームとか?」

 

 すると優良が「あ!」と、何かを思い出したように声を上げた。

 皆でそちらに注目すると鞄に手を入れてガサゴソと漁り始めた。

 先ほどのピル事件のこともあり私たちは警戒気味だ。何が出てくるんだろう?

 

「ただいま戻りました」

 

「あ、おかえりなさい」

 

「? なんですそれ?」

 

 カナデさんが戻ってきた。それと同時に優良が鞄から取り出したのは見たことのない玩具だった。

 指先程の大きさ。二つの溝があって小さなランプがちかちかと点滅している。

 

「嘘発見器!」

 

「……何か漫画とかで見たことありますね」

 

 カナデさんが何とも言えない顔をしている。

 気を遣わなくても大丈夫ですよ。私も胡散臭いって思ってますから。

 

「100均で買ったんだけど、凄いんだよこれ~」

 

「当たるんですか?」

 

「そうなのそうなの~」

 

 例えば……と、優良がカナデさんの指にそれを装着する。

 サイズは丁度良さそうだ。指を溝のところに入れると、優良がさっそく尋ねた。

 

「はい、って答えてね。カナデは実は女の人?」

 

「はい」

 

 ビーーーーッ!

 

「ね? こんな風に嘘をついたら反応して音が鳴るんだ」

 

 ふ~ん? とはいえやはり胡散臭いという思いは拭えない。

 100均で入手したというのもそれに拍車をかけていた。

 けど余興としては面白いんだろうか?

 

「あ、クロロン信じてないね?」

 

 そんなことを考えていると顔に出たのか優良が頬を膨らませていた。

 カナデさんが装着していた嘘発見器を取り外して今度は私の指に取り付ける。

 

「じゃあ次クロロンね。はい、質問タイム~!」

 

「はいはい、でも何聞くの?」

 

 ん~、と頭を捻らせる優良。しばらく待って思いついたのかすぐに私に問いかけてくる。

 

「これって指で間接キッスだな、って思ってちょっと興奮してる」

 

 指で間接キッスってなに? そりゃ確かにこの発見器はさっきカナデさんもつけてたけどさ。

 それじゃあまるで変態みたいだ。

 

「いや……そんなわけないじゃん」

 

 ビーーーーッ! 

 

 景気よく電子音のブザーが鳴り響いた。

 妙な間が空いて、変な空気が流れる。

 晶から「レベル高いなお前……」と、呆れたようなツッコミが入った。

 

「クロロンが変態だった件について」

 

 優良がやや引いたように発した声もやけに大きく聞こえた気がする。

 

「……ち、違うし。そもそもこれ玩具でしょ? そんなに精度高くないと思うよ?」

 

「えー? それ言ったらこの遊び何も出来なくなっちゃうよ?」

 

 まあそうなんだけどさ。

 だけどできればこれはやめておきたいかな。

 カナデさんへの印象がどうなるのか未知数でちょっと怖い。

 それならばと優良が鞄に手を入れる。

 次々と物が出てくる優良の鞄はまるで異次元なんじゃないかってくらい色々入ってる。

 そうして次に出てきたのはウィッグだった。結構リアルな作りでパッと見だけど本物の髪の毛に見える。

 奥に押し込んでいたせいで何本か毛が跳ねているのを優良が手櫛で直していった。

 

「カナデのために買ったんだよ!」

 

 カナデさんはピンと来ていないようだったけど、私たちの方はすぐに分かった。

 言われてみればカナデさんは女装も変装もしていないので、男の人だと一目で分かってしまう恰好をしていた。

 男性の自衛のための女装が推奨されている近年においては、カナデさんの振る舞いは危機意識が甘いと言える。

 だけど、もしも何かの拘りがあってその上で女装をしていないのなら失礼になっちゃうかも……大丈夫かな?

 

「女装するのが普通なんですか?」

 

「警護をつけないなら確かに女装くらいはしたほうがいいかもしれませんね」

 

 言っちゃえばカナデさんが心配なのだ。

 トラブルに巻き込まれないとも限らないし可能ならば気を付けてほしい。

 

「ですか……こっちではそういうものなんですね」

 

 後半は小声で良く聞こえなかったけど、どうやら気分を害した様子もなく受け入れてもらえたらしい。

 カナデさんって優良と同じようにちょっと天然さんなのかな? 常識ズレしてるような気がするけど、どこかの御曹司だったりとか……

 そうだと言われても違和感はなかった。

 

「お借りしても良いですか?」

 

「うん!」

 

 慣れていないからなのか手間取っていたようだけど、どうにか装着してもらえた。

 留め具で固定して、セミロングヘアーの女の人に変装する。

 

「……どうですかね?」

 

 おぉ……と感嘆の息が零れた。

 どこからどう見ても――とまではさすがに言い過ぎかもしれないけど、パッと見は長身の女性にしか見えなかった。

 カナデさんは元々中性的な顔立ちをしているので違和感は少ない。顔をよく見られたらバレてしまうかもしれないけどね。

 優良がさらに使い捨てのマスクを手渡すと、カナデさんに着けてもらった。

 顔の半分が隠れたことでさらに違和感はなくなる。

 

「ひょっとしてカナデお姉様もありだと思ってる?」

 

 優良が冗談っぽく言ってくる。

 私の方も、さすがにないない、と冗談めかして答えた。

 

「いやいや、思ってないから。そこまで見境なくないよ」

 

 ビーーーーッ!

 

「…………」

 

 外すの忘れてた。

 

「けどよ、確かにちょっと危ないと思うぞ?」

 

「あー……そうなんですかね?」

 

 晶の言葉にカナデさんが困った様子を見せている。

 変装用の道具とか何も持ってきてないのかな?

 

「せっかくだしショッピングしない? カナデも少しくらい顔隠す小道具持ってた方がいいと思うし」

 

 オフ会の途中だけど、優良は「これもオフ会だよ~」と、言っていた。

 相変わらず適当というか自由というか……カナデさんがいいなら私としては問題ないけど。

 外に出たらここに行きたいな、みたいなのだっていくつかピックアップはしている。でもやはりその意見を通すかどうかはカナデさん次第だろう。

 チラリとそちらを窺った。

 

「僕なら構いませんよ」

 

 まあ、確かにずっと男の人の格好のままは危ないと思う。

 見たところ警護もつけてないみたいだから、どんな事件に巻き込まれるか分からないしね。

 

 

 

 

 

 

 



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after12

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

『この世には私とカナデさん以外いらないと思わない?』

 

『ちょっと何言ってるか分からない』

 

『その世界は嫌すぎる』

 

 百合の発言とそれに対する反応だった。

 特に大事な用件というわけでもなかったのでオフ会に参加しているメンバーたちは既読を付けてスルーした。

 発言の病み具合からして百合はまだ引き留められているのだろう。

 こんな日に予定が入るなんて気の毒過ぎる……

 というか通知はもう切ったほうがいいのかもしれない。

 グループLEINの通知音をミュートにしておいた。

 

「いらっしゃいま――せ!?」

 

 場所は変わりやってきたのは服屋さん。

 20後半くらいの女店員さんがカナデさんを二度見した。

 ぎゅるん! と首をカナデさんのほうへと回して驚いている。

 カナデさんは貴重な男性でしかも美男子。目立つのも当然だろう。

 なんというか心地良い優越感だった。

 

「お客様。何か御入用でしたら何でもお気軽にお申し付け下さいませ」

 

「え? はい、ありがとうございます」

 

 店員の女性は熱っぽい上目遣いでカナデさんを見つめながら手を取った。

 何故手を取る必要があったのか。カナデさんもカナデさんですよ。振り払ってもいいんですよ?

 

「そうそう。購入するとポイントが付くのですが、専用のカードはお持ちですか?」

 

「カードですか……持ってないですね」

 

「今からでもお作りしませんか? こちらで用意を進めておきますので、お会計の際に申しつけて下さればあとは御名前の記入だけで終わりますよ?」

 

「んー」

 

 ……それはいいんだけど長くない?

 いつまで手を握っているんだろうか。

 わ、私ですらあそこまで触ったことがないのに。完全にセクハラ案件だ。

 なのにカナデさんはニコニコと「カードですか……」なんて悩んでいる。

 そして、それが許されると分かった女店員はさらに激しくカナデさんの手をにぎにぎと……

 

「あのアマ……」

 

 今のは私ではない。隣の薫から発せられた声だ。

 しかし、地獄の底から響くようなその声色に気を取られてそちらを見ると、そこでは鬼の形相をした薫が佇んでいた。

 恐ろしい表情。般若でさえもう少し優しい顔をしているだろう。

 ここの商店街のお店は提携している場所が多く、ポイントも共有できるところが多かった。

 でもカナデさんはこの近辺には住んでいないので関係ないはず。にも拘らずやりたい放題されているのはやはりカナデさんの優しさというステータスが高いという事に尽きるだろう。

 接客の範疇を超えていると思い、声を掛けようとしたところでカナデさんが口を開いた。

 

「すみません。やっぱりカードはやめておきます」

 

「いえ、お気になさらず。何かあればお気軽にどうぞ。私の名前を出せば……あ、申し遅れました。私、近藤綾香と申します」

 

「カナデさん、行きましょう」

 

 さすがにこれ以上は――ということで無理矢理引き離した。

 カナデさんの手を消毒して私の手で上書きしてあげたいけど、独占欲を剥き出しにしたせいで嫌われたくないのでやめておいた。重すぎる女とも思われたくないし……

 それよりも、だ。他のお客の人からもカナデさんへのいやらしい視線がやってくる。

 今からでもウィッグをもう一度被ってもらった方がいいかもしれない……しかし、当のカナデさんはそんな視線も気にしていないようで皆と盛り上がっていた。

 

「ふへへ」

 

 奥に戻る際に、店員はにんまりといやらしく笑みを浮かべたのを私は見逃さなかった。

 薫も面白くなさそうにしている。今にも舌打ちをしそうな形相だ。

 

「ちょ、近藤さん!? ズルいですよ! なんですか今の美少年!」

 

「持ち場に戻りなさい。あの方たちは私が担当するわ」

 

「横暴! 横暴ですよ! 完全に職権乱用じゃないですか!」

 

 そんな声が聞こえてくる。もう今度からこのお店に来るのやめようかな……なんにせよ変な虫が付かないように私たちで警戒しないと。

 

「あの女はあとで処理するとして、今はカナデ様に楽しんでもらいましょう」

 

 怖い怖い。処理って何するの……?

 ただ気にはなったけど、正論でもあった。今はこちらを気にするとしよう。

 せっかくなので、本格的に女装してもらおうという事でやってきた有名なお店。

 帰る際にも危ないだろうし、私たちからのプレゼントだ。

 正直私としては一人で贈りたかったかも……カナデさんが相手ならいくら貢いでもいいと思える。創作の中でしか見たことないけど、ホストクラブで男性に巨額を貢ぐ女性の気持ちが今なら分かる。

 ふむ……カナデさんが接待してくれるお店か、ちょっと想像してみる。

 

「……ッ」

 

 だ、駄目だ! これはやばい!

 顔を赤くして一人悶える。

 そうこうしてる間にも晶によるカナデさんのコーディネートが行われている。

 って、私もカナデさんに似合う服を選ばなくては。

 私だって自分の選んだ服をカナデさんに着てほしい。晶と優良の2人とファッションの話が盛り上がっているうちに探すとしよう。

 と、その時――

 

「あの!」

 

 やけに強張った声が聞こえてきたのでそちらを見る。

 女の子が緊張した面持ちで試着室の前でウィッグを外しているカナデさんの前に立っていた。後ろには一緒に来たと思わしき子が2人……中学生くらいだろうか?

 

「あ、握手をして頂けませんかっ!」

 

 突然の申し出に面を食らった様子だけど、カナデさんはいつもの柔和な笑顔でそれに応じていた。

 彼女は握った手をじっと見つめて感激したように何度も頭を下げる。

 

「ありがとうございます! この手もう二度と洗いません!」

 

「手は洗った方がいいと思うけど……」 

 

 苦笑と共に、顔を引き攣らせるカナデさん。

 それから残りの2人とも軽く握手を……アイドルの握手会みたい。

 カナデさんが手を握ると、やはり感激したように女の子は頭を下げてきた。

 

「ふ、ふほおぉ……! あ、ありがとうございますっ! グッズ絶対買いますね!」

 

「……グッズは売ってないよ?」

 

 その言葉に中学生たちはぽかんとしていた。気持ちは分かる。私だって最初は俳優じゃないかと疑ったくらいだ。

 でもグッズが売っていたらお小遣い全てを使っていたかもしれない。この人のグッズか……どうしよう、欲しい。

 中学生たちは無性に嬉しそう。憧れの男性に優しくしてもらえてどこか熱っぽい表情をしていた。

 

「クロロンもしたいんじゃない?」

 

 言外にあの子達に嫉妬したんじゃ? と言われる。

 

「ふふっ、中学生に目くじら立てるほど子供じゃないよ」

 

「クロロンがニヤける時って大体嘘なんだよね」

 

「…………」

 

 そ、そんなに分かり易かっただろうか? というかその癖本当にどうにかしたい。前もそれで薫に乳首引き千切られそうになったし。

 

「でもカナデ本当に抵抗しないよね~」

 

 確かに今時珍し過ぎるくらい珍しい。いったい今までどんな生き方をしてきたんだろうか。 

 カナデさんが、去っていく子達に軽く手を振っていた。

 だけど思ったより注目を集めてしまっていた。帰宅の際の心配事もなくなったし、一度戻って喫茶店で遊ぼうという意見に落ち着くのだった。

 

 

 

 

 

 



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after13

 

 

 

 

黒崎加恋視点

 

 

 それからもオフ会はつつがなく進行していった。

 軽く街を散策してから薫の喫茶店に戻り軽食をしつつ、まったりした時間を過ごしていた。スタンダードな遊びではトランプやったり。

 今は私たちがプレイしているMMORPG【ドラゴン・オブ・ファンタジー】について話しが弾んでいる。

 

「レアドロ装備は高すぎだよね~……レアドロ落ちやすくなるのは確かにありがたいけどさ。この前レアドロの準理論値で5000万ゴールドとかあったよ……失敗品は50万もいかないのにさ」

 

「5000万はどうなんでしょう。準理論と思えば安いんですかね? まあ、どっちにしろ買えませんが……」

 

「絶対使ったゴールドの方が高い気がするんだけどな~」

 

「ロマン装備ですからね。あるあるですよ」

 

 今は優良とカナデさんが金策の話で盛り上がっていた。

 晶は聞きに徹してくれている。たまに会話に参加しつつも、皆の飲物に気を配ったり、テーブル拭いたり、話題の方向性を私に向けてくれたりと、フォローに忙しそう……お母さんかな?

 薫も最初ほどの緊張はなくなったらしい。今では自然に――とは言わないまでもたまに話に混ざっている。

 基本は、優良と私がカナデさんと話してる感じ。

 

「通常ドロップで我慢ってわけにもいかないもんね」

 

「通ドロは相場安いですからね」

 

「数が多ければいいんだけどね。鬼獣の爪とかは通ドロでも高かったよね」

 

「でもあれって、モンスターが強いからじゃないですか。再沸きも遅いですし、そんなポンポン倒せませんよ?」

 

「だねぇ、結局ゲームでも美味しい話はないってことなのかな……」

 

 頷く優良。

 これぞオフ会って感じの会話だった。やっぱりこういうの楽しいな。

 ゲームだって勿論楽しいけど、こうして顔を合わせるのは新鮮味がある。

 だけど、本来の目的を忘れるわけにはいかない。

 時刻はまだ正午過ぎだけど、そろそろ覚悟決めないとかな……

 

「やっぱり何をするにしてもゴールドあれば潤いますね。また金策行きましょうよ」

 

「うんうん、その時は皆も誘おうよ」

 

「そうですね」

 

 するとカナデさんは話題を変えるように一言。

 

「そういえば、りんりんさんは今日来れないんですかね?」

 

 それに関しては何とも言えなくて、曖昧な返事をしてしまう。

 百合も今日のオフ会は楽しみにしてたから来たいはずだ。

 私だってせっかくなんだし百合も入れて皆で遊びたい。

 

「りんりんは肝心なところで運が悪いですよね」

 

「面白いよね~」

 

 薫の言葉に同意する。オフ会参加権利をせっかく得たのに肝心なところで用事は運が悪いとしか言えない。

 けど、たまに思うけど優良って結構いい性格してるよね。

 

「りんりん来れるといいね」

 

「あいつも楽しみにしてたからな」

 

「僕もですよ。りんりんさんってなんだか昔の友達に似てるんでどんな人か気になってたんですよね」

 

「へ~下ネタ言ったり?」

 

 優良の何気に失礼な発言にカナデさんは苦笑を返した。

 でも、百合と言えば確かに印象はそのくらいだ。

 下ネタ好きで、エロくて、処女で……そんなイメージばっかりだ。

 私も大概失礼かもしれない。

 

「なんというか雰囲気が似てるんですよね。女の子なのに下品なこと言ったり、優しくて変なところで真面目で……」

 

 カナデさんはしみじみと何かの思い出に浸っているような、そして同時に何かを懐古しているような、そんな表情を浮かべていた。

 その表情の奥にはどんな感情が眠っているのか、私には分からない。できたとしても、それは憶測に留まるだろう。

 

「幼馴染ってやつですか?」

 

「そうですね。幼馴染でした」

 

 続く言葉は過去のものだということを示していた。

 あんまり触れたら駄目なことなのかもしれない。

 そんなことを考えていると、何とも言えない悲しさを顔に滲ませながら、少しだけ寂しそうにしていた。

 ちょっとしんみりしそうになったので話題を元に戻して場を濁した。

 何かしら察したのか皆もそれに乗ってくれる。

 話がひと段落すると、優良が2杯目になる飲物のグラスをテーブルに置いた。

 その瞬間を見計らって私から提案する。

 

「カナデさん、ちょっと皆をお借りしてもいいですか?」

 

「ん? いいですよ。いってらっしゃい」

 

「すみません。すぐに戻ります……」

 

 カナデさんは不思議そうにするも、納得してくれた。

 皆も皆でどうしたのかと、首を傾げながらも少し離れたところに私を中心に集まってくれる。

 カウンター席の奥の方で円になるような形で集合。

 

「どうした?」

 

「カナデ様を放って私たちだけで密談は不敬なのでは?」

 

 薫は本当にカナデさんの信者だね……友達同士の会話で不敬なんて出てくるとは思わなかった。

 けど言いたいことは分かる。私としても現状は本意ではない。時間だって勿体ないし単刀直入に切り出した。

 

「そろそろオフ会もお開きが近づいてきたしさ、ほら、あれをどうしようかなって」

 

 あれ、という代名詞に皆は一瞬考え込むも、すぐに思いついたらしい。

 一人スマホを操作しているカナデさんをチラ見して、晶が言ってくる。

 

「告るのか」

 

「う、うん」

 

 いざ言葉にされると、胸が締め付けられるように痛くなった。

 緊張なんて言葉が生温いほど鼓動を高めた心臓。

 口の中がカラカラに乾いていく。

 平静を装うけど、声が小さく震えているようだった。

 

「早くないかな~? まだ時間あると思うけど」

 

「さっきね、飲物取ろうとしたらカナデさんと手が触れ合ったんだけどさ」

 

「うん?」

 

「すごい良い匂いしたの。もう一度あの香りを嗅いだら駄目になるって予感があるの。絶対に告白どころじゃなくなる」

 

「友達が段々変態チックになっていってる件について……」

 

 要するに私の方に余裕がなくなってきたってことだよ。

 時間はあるけど、何か予想外のことがないとも限らないし。

 あと匂いフェチは訂正したい。なんだろう、カナデフェチ?

 

「その前に言っておきたいことが、加恋が失敗した場合は私たちも攻めますがいいですか?」

 

 そうだった。今回皆が控えめなのはこのオフ会のメインを私に譲ってくれているからだった。

 そうなると私が告白ミッションを失敗した場合、皆がカナデさんに……

 

「失敗しました、で済めばいいよね。最悪加恋とカナデの関係ギクシャクするよね」

 

「最悪というか、十中八九そうなるだろうな」

 

 優良と晶の言葉がこれでもかと心臓に重圧を与えてくる。

 

「ねぇ、加恋……やっぱり告白はまたにしない?」

 

「でも、真面目な話があるって言っちゃったし……」

 

 ああ……と、皆が口を揃える。

 私もなんであんな簡単に言ってしまったのか。あれだよね。その場のノリというかさ。

 だけど、晶から別の意見が挙げられる。

 

「違う相談に差し替えれないか?」

 

「ああ、それは有りだね。他に困ってることがあればそれを聞いてもらえばいいし」

 

「……それは無理だと思う」

 

「ん? なんで?」

 

「私直接会って相談するレベルで困ってることないんだよね」

 

 あんまりカナデさんに大事なところで嘘をつきたくないというのもある。

 

「どれだけ単純に生きてるんですか」

 

 薫の呆れた声。なんにせよここで引き下がることはない。

 初めてネットゲームを楽しいと思わせてくれたこと。

 それから沢山の時間をあの人と過ごした。

 現実では今日初めて会ったけど、あの人への想いはさらに増していくばかりだ。

 手のひらを強く握った。

 

「言うよ。私やっぱりあの人のこと大好きだから」

 

 

 

 

 

 

「あ、クロロンさん。話は――」

 

「か、カナデさん!」

 

 カナデさんの言葉を遮って、大声で叫んだ。

 ビックリしてる相手が目に映る。

 ふー、と息を吸って吐いてを繰り返した。

 頭の中は混乱状態。今にも真っ白になってしまいそう。

 それでも、ただ相手への気持ちだけがハッキリしている。

 

「どうしました?」

 

 いつものように優しい声。今ばかりはそれが怖かった。

 後ろを振り返ると、喫茶店の奥から皆がこちらに視線でエールを送ってきている。

 晶が頷く。優良が親指を立ててきている。薫は中指を立てるくらいはしそうだと思ってたけど、意外なことに心配そうにこちらを見てくるだけだった。

 独占欲の強い薫が今回のオフ会の目的になんで文句を言わないのか不思議なくらいだった……でも、ずっと応援してくれてたんだ。

 薫ってツンデレだよね。これが終わったらからかってあげよう。

 お礼も言わないとだ。

 優良と晶はどんな顔をするだろうか。遅れてきた百合には悪い気もするし、なにか奢ってあげよう。

 他の皆にも。きっと成功したら大騒ぎして喜んでくれるはずだ。いつもみたいに……当たり前のように。

 もう一度カナデさんを見る。真っ直ぐに見据えてから――伝えた。

 

「カナデさん。ちょっと付き合ってもらえませんか?」

 

「いいですよ。どこにですか?」

 

「…………少々お待ちを」

 

 そそくさと離れてこちらを窺っていた皆の元へと戻った。

 全員から咎めるような視線がやってくる。

 

「いや、今のは加恋が悪いよ……何あの軽いノリ」

 

「し、仕方ないじゃん! 怖かったんだよ!?」

 

「もっかい行ってこい! 戻ってくるな!」

 

「む、無理ちょっと待って。今MPが足りない」

 

 心臓が大変なことになってる。ばっくんばっくん言ってる。

 晶がお冷をコップに入れて渡してくれる。

 飲み干して喉を潤して、気持ちを落ち着けた。

 

「今更だけど大丈夫かな? 振られないかな? ネトゲのフレ止まりなのにいきなり告白って変な奴だって思われないかな。直結厨みたいな」

 

「この話題デジャヴなんですが……」

 

「大丈夫だよ。振られても友達ではいられるんだしさ」

 

「いやいや、振られて友達同士って気まずくない? 皆だってこの前はそう言ってたじゃん。優良も同じこと言ってたと思うけど? それにそもそもこれから永遠にカナデさんの彼女になれないって状態が嫌じゃない? ギスギスなんてしたくないし、どうせなら隣には私が居たいと思うんだよね。そりゃあの人と友達でいられることだってもちろん嬉しいけど、私としてはカナデさんと恋人になってキャッキャウフフしたい。あの人以外とだなんて絶対に嫌。皆だって好きな人が出来たらきっと同じ気持ちになると思うよ?」

 

「凄い喋るね」

 

 

 

 

 

 



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after14

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

「ほら、深呼吸して深呼吸」

 

 木枠の窓から夕焼けが差し込んできている。

 陽の光が喫茶店内を照らす。時間ももうあまり余裕がない。言われた通り一度深呼吸をした。

 ついでに手のひらをにぎにぎする。

 

「あれ? 何かカナデこっちに来たよ?」

 

 そう言われて振り返ると、確かにカナデさんがスマホ片手にこちらに近付いてきた。

 ほんとだ。聞かれてないよね……?

 咄嗟に声を抑えた。

 

「どうした?」

 

 晶が声をかける。

 オフ会も終わりが近づいてきた頃。カナデさんが不意に言ってきた。

 

「クロロンさん。少しだけ付き合ってもらえませんか?」

 

「なっ、え――ハッ!?」

 

「落ち着けって……どっかついて来てほしいところがあるってことだろ?」

 

 呆れたような晶の言葉。ああ、そういうことかと私も落ち着きを取り戻した。

 

「はい、そうですけど……どうかしました?」

 

「あーごめんね? ちょっと今クロロンはね……過敏になってるんだよね」

 

 優良の説明に、過敏? と首を傾げるカナデさん。

 確かに今のは過剰反応だったかも。

 不審がられない内に、カナデさんを見て続きを促す。

 

「どこに行くんですか?」

 

 私の問いかけにカナデさんは外を見る。

 行きたいところでもあるのかな?

 でも、カナデさんはこの近辺に住んでいるわけではないので、詳しくはないはずだし……

 

「お店の前で大丈夫ですよ。ちょっとだけ話したくて」

 

「なるほど、分かりました。先に行っててもらってもいいですか? 私もすぐに行きますので」

 

 

「カナデさんも私のことが好きだったのかな?」

 

 3人から一斉に「狂ったのか?」みたいな目を向けられる。

 失礼な。

 友人たちの視線に胸を張って答えた。

 

「いや、根拠がないわけじゃないよ? 今更改まって言うことって告白以外にありえなくない?」

 

 完璧な理論な気がする。

 私だけを呼んだというのはそういうことなのだろう。

 

「加恋にとってはそうだろうけど、もっとあると思うよ?」

 

「だいぶ視野狭まってるな」

 

「これだから恋愛脳は」

 

 一斉に否定される。でも、実際問題告白の可能性がないわけじゃない気がする。

 そもそも二人きりで話したいなら真面目なことだと思うし。

 ……さすがに都合よく考えすぎだろうか?

 

「なんにせよせっかく向こうから二人になりたいって言ってくれてるならチャンスだと思う。伝えるならここだよね」

 

 優良の言う通りだ。

 勇気を出すなら今しかない。

 私はカナデさんの待っている喫茶店の外に向かうため友人たちに背を向ける。

 いよいよ告白。時間的にも最後のチャンスだ。

 最後に後ろの皆にちょっとした頼み事をする。

 

「みんな、ちょっと気合い入れてもらっていい?」

 

「いいの?」

 

「うん、本気でおねが――『ズトッ!!』

 

 

 

 

 

 

 扉を開けると、黄赤色に視界が染まった。

 喫茶店の前の通りでは同じような飲食店や色んなお店が立ち並んでいる。

 いつもは人通りが多めな時間帯。だけど今は偶然なのか人は少ない。

 夕日に照らされながら、傍にあるベンチに座ったカナデさんを見る。

 近くの自販機で買ったのか飲みかけのジュース缶を片手に持っていた。

 

「ぅ、お……お待たせしました」

 

「……背中どうかしました?」

 

 ヨロヨロと背中を抑える私を見て心配してくれた。

 ダメージが大き過ぎてしばらく動けなかったんだけど……こういうのはムードが大事なので言わなくてもいいことだろう。

 というか晶の一撃は本気で死ぬかと思った。

 川の畔が見えた気がしたよ。

 カナデさんの隣に少しだけスペースを空けて座った。

 なんか距離が近すぎてソワソワする。

 チラチラ隣を見ていると、カナデさんが何かに気付いたように言ってくる。

 

「クロロンさんも飲みます?」

 

「えっ……の、飲みますっ!」

 

 食い気味に答えていた。

 カナデさんのガードが緩いことは今までで散々理解してきたけど、まさか間接キスを許してくれる男性がいたとは。

 驚きを隠して努めて冷静な振りをして答える。

 カナデさんは、どうぞと言って缶ジュースを渡してきた――未開封の物を。

 

「ですよねー……」

 

「もしかしてリンゴジュース苦手でした?」

 

「いえ……まあ、いえ……ありがとうございます……」

 

 まさか飲みかけを期待していたとは口が裂けても言えず、私はカナデさんからジュースを受け取った。

 プルタブを開けてちびちびと中身に口をつけた。

 冷たくて美味しかった。喉が潤ったところでさっそく本題に入る。

 

「そ、それで、話というのは……」

 

 上擦った声で、期待半分に聞いてみる。

 本当に告白だったら嬉しいけど――

 

「クロロンさんにずっと伝えたかったことがあるんです」

 

「ほ、ほぅ?」

 

 夕陽に照らされた想い人の顔が幻想的に映った。

 綺麗な瞳が真っ直ぐ私を見吸える。

 え? え、えっ!? ま、まさか本当に……? いや、これはありえる。本当にワンチャンある気がする。

 期待を込めてカナデさんを見つめ返した。

 

「あのゲームで初めて出来たフレンドがクロロンさんなんですよ」

 

「……そうなんですか?」

 

 違った。あまり関係なさそうな話題だった。

 でも思っていた話とは違ったけど、意外な事実に一瞬呆気にとられる。

 カナデさんならもっと沢山フレンドがいると思ってたのに。

 でも嬉しくないわけがなかった。

 この人の初めてが自分というのは、それがどんなことであっても幸せな気持ちになれる。

 

「お礼を言いたくてですね。ありがとうございます。嬉しかったです……本当に」

 

 想像通りではなかったけど、カナデさんの嬉しそうな表情を見ていると、不思議と水を差す気にはなれなかった。

 

「いえ、そんな……私の方こそあの時は嬉しかったですっ!」

 

 名前を呼んで見つめ合う。

 時間が止まったような感覚だった。

 い、いけるんじゃないだろうか。これは告白したらあっさり成功しちゃう展開なのでは……

 カナデさんは照れ臭そうに「それでですね」と、続けた。

 

「真面目な相談があるって言ってましたよね? もし他の皆に聞かれたくないことならって思ったんですけど」

 

 ……どうやら気を遣われてしまったらしい。

 予想とは違ったけど相変わらず優しい人だなと思った。

 言おう。高鳴る胸の鼓動を抑え込む。

 

「……もう少しだけ話しませんか?」

 

「いいですけど、何をですか?」

 

「ほら、ビギナーの頃に色々手伝ってもらったじゃないですか」

 

 カナデさんが懐古するように表情筋に嬉しそうな笑みを浮かべた。

 それを見て色々な光景が脳裏に浮かんだ。

 

「あの頃はずっと一緒に遊んでましたよね」

 

「そうですね。お互いフレンドも少なかったでしょうし」

 

「ギルドに誘ってからは二人だけで組むことは減りましたね」

 

「ですね~」

 

 友達のギルドに入ってからメンバーも増えた頃を思い出す。

 教室の隅にいた晶や薫を誘ったりして……そのギルドにカナデさんも誘って……懐かしいなぁ。

 

「あの頃はボスモンスターが怖かったです」

 

「そうなんですか?」

 

「はい、でもカナデさんは強い相手と戦いたがらない私とも毎日遊んでくれましたよね」

 

 他にも色々遊びはあるって言ってくれて……それがきっかけでいつかはこの人と行ってみたいって思うようになったんだ。

 

「深緑の聖剣を作るときに場所間違えてたこと覚えてます?」

 

「あーありましたね。結構探したのに出なくておかしいなーってなってましたよね」

 

「ですね。ネットで調べたら隣のエリアだったとか」

 

「あれは面白かったですね」

 

 くくっ、と愉快そうにカナデさんは笑う。

 本当はあの時怒られるんじゃないかって怖かった。

 アイテムの出現場所を調べたのは私だったし。

 だけど、カナデさんは怒らなかった。草を生やして笑ってくれた。それが何だか嬉しくて私も一緒に笑ったんだっけ。

 

「最近だと炎帝装備も作りましたよね」

 

「ああ、炎の魔龍ですか。ずっと通いましたね」

 

「いつも周回に付き合ってくれましたよね」

 

「こう考えるといっぱい遊びましたねー」

 

「……私はまだ遊び足りませんよ?」

 

 男の人だって分かってからも色々あった。失礼なこともしちゃったけど、この人はそれも許してくれたんだ。

 貴方にはまだいっぱい話したいことがあるんです。

 色んなことを伝えたい。沢山の話題が浮かんでくる。

 ずっとずっと一緒にいたい。ゲームでも、リアルでも。

 

「お、今日の夜もやります? なんでも誘ってくださいよ」

 

 グッと高鳴る鼓動を抑え込む。

 隣のカナデさんに向き直る。

 その拍子に空き缶がカランと音を立てて転がった。

 咄嗟に拾おうとした手が偶然カナデさんと重なり、僅かな沈黙が場を支配した。

 

「……あのっ、クロロンさん!」

 

「えっ!? は、はい!?」

 

 重なったままの手が握りしめられた。

 意を決して口を開こうとしたら、それをカナデさんが遮ってくる。

 妙にカナデさんの顔が真剣そうで……見惚れているとその頬がほんのり赤いことに気が付いた。

 なんだろう。強い意志を感じるというか。

 

「実は今日はお願いがありまして」

 

 お願い……? カナデさんからのお願いを断るなんてことはよっぽどのことがない限りありえないけど。

 だけど今更改まって何だろう。

 告白は中断されてしまったけど、それ以上に目の前のカナデさんが真剣で、それはまるでさっきまでの私みたいに……

 

「…………ッ!?」

 

 ま、まさかカナデさんも本当に私のことが?

 いや、あり得る。というより一度そこに思い至ったらそれしか考えられない。

 カナデさんを見つめると綺麗な瞳が私を映していた。

 その眼差しに胸が大きく跳ね上がった。

 今日一日の危機感のなさも私に対する好意の裏返しなのだとしたら……?

 再度名前を呼ばれる。珍しくカナデさんは言葉を詰まらせた。

 

「ずっと言いたかったことがあるんです……」

 

 真っ直ぐに目を見据えられて確信する。

 これ本当に告白だ。

 そう理解した時、私は自然とその言葉を口にしていた。

 

「わ、私も同じ気持ちです!」

 

「本当ですか!?」

 

 ぱぁっ、と表情を明るくさせるカナデさん。

 

「実は真面目な相談ってそれだったんですよ」

 

「え、そうだったんですか?」

 

 驚かせたくて白状すると、カナデさんは僅かに目を見開いて驚いてくれる。

 まさか本当に気持ちが通じ合うとは。

 握り締めた手の熱がこの夢のような現状をリアルなのだと伝えてくれる。

 

「なんか照れますね……」

 

 私も照れる。言った後でむず痒くなってきた。

 相手が頬を指で掻く仕草。優しそうにはにかんだ表情。その一つ一つが堪らなく愛おしい。

 飛び上がりそうなほど感情が揺さ振られる。同時に泣きたくなるくらい嬉しい。

 これから私はカナデさんと――

 

「友達としてこれからも宜しくお願いしますね」

 

 そう、友達として――

 

「……ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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after15

 

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 カナデさん帰宅後。

 私はいつもの面々に自慢気に話していた。

 

「いやー参った参った。友達になれちゃったね! 少しずつだけど確実に距離を縮めちゃったよ」

 

 オフ会は無事に終了した。

 振られて気まずくなることもなく、皆笑顔で大団円だ。

 いきなり恋人へのステップアップは出来なかったけど、これはこれで悪くないんじゃないだろうか。

 

「見てよ! LEINも交換したんだよ? いやはや、皆にも私のあの雄姿を見せたかったね。これは脈ありなんじゃないかなって」

 

 すると優良がジトッとした目で言ってくる。

 

「そもそも告白するんじゃなかったの~?」

 

「完全にチキったよなこれ」

 

「うっ」

 

 気まずさから顔を逸らした。髪の毛をくるくる弄りながら言い訳のような言葉を口にした。

 

「み、皆だって言ってたじゃん。いきなり告白なんて成功しないって」

 

 確かに告白は出来なかった。だけどいきなり告白が変なやつだと思われるのも事実。これはこれで最良の結果だったんじゃないだろうか?

 それにあの流れで告白はそこそこハードルが高い。

 

「それはそうだけどさ~ここまで来て友達からって……」

 

 優良の苦言に後悔が浮かんできた。もしあそこで告白してたらどうなってたんだろう? って。

 だけどカナデさんが嬉しそうにしてたから水を差せなかった……

 あの人が喜んでるとこっちまで幸せな気持ちになるというか。

 

『じゃあこれからは友達同士なんですね』

 

 カナデさんの照れた笑顔を思い返す。

 私はそれが嬉しかった。恋人にはなれなかったけど、カナデさんが私との関係の進展を……例えその気がなかったとしても喜んでくれたってことだから。

 

「今はこれでもいいよ。なんか……カナデさん本当に嬉しそうだったし」

 

 晶は苦笑しながらも優しくフォローをしてくれた。

 

「ま、気持ちは分かるけどな。良かったじゃねーか。友達からでも関係は進んだってことだろ?」

 

 私は深く頷いた。

 小さな一歩でも確実に前に進んだことには違いないからだ。

 ふと会話に入ってこない友達が視界に映った。

 

「そういえば薫は静かだね? どうかしたの?」

 

 一人カウンター席でスマホをジッと見ている薫に声をかける。

 ずっとスマホと睨めっこしてるけど、どうしたんだろうか?

 

「薫?」

 

「ふふっ、ふふふっ……カナデ様と関係を進めたのが自分だけだと思いますか?」

 

 ん? なにそれどういうこと?

 薫も何かあったの?

 ゆらり……っ、と立ち上がる。

 するとスマホをタップして画面を見せてきた。

 そこには間違いなく【カナデ】という名前がLEINの友達一覧に――って、は!?

 

「な!? いつ!? というかなんで!?」

 

 慌てて詰め寄ると、薫はどこか自慢気に胸を張った。

 

「フッ、帰り際にカナデ様に御願いされて交換しました。友達にも、とね」

 

「な、なな、な……!?」

 

 な、なにそれ……てっきり私だけだと思ってたのに。

 でも思えば皆を仲間外れにするというのは確かにおかしかったけど。

 ということは……?

 恐る恐る残った二人の方にも目を向けた。

 

「あ、私もお願いされたよ~」

 

「アタシもだな」

 

 うぐ、やっぱりか。

 でも皆いつの間にそんなことに? 

 

「帰り際にさ、せっかくなので皆さんも~って」

 

「ま、アタシとしては嬉しかったぜ? 加恋には悪ぃ気がしたけど、リアルで会えたのにこのままってのはな」

 

 う、うぅん……帰り際ってことは私がオフ会の終わりに夢見心地でふわふわしてた時だよね。

 あの時か……別に皆とカナデさんが友達になることが駄目なわけじゃないけど。

 

「まぁまぁ、悔しいのは分かるけど、参加すら出来なかったメンバーもいるんだしさ」

 

「ああ……」

 

 すぐに誰の事か分かった。

 LEINの交換どころか参加すら出来なかったというのは、なんとも……

 

 

 

「間に合ったああああああああっ!!」

 

 

 

 ガラーン!! と、扉のベルが勢いよく鳴り響いた。

 滑り込む様な勢い。百合がようやくやって来たらしい。

 だけど悲しいかな、オフ会は既に終了しているし、カナデさんも帰ってしまっている。

 

「……間に合ってないよ?」

 

「1時間くらい前に終わったところだな」

 

 すると百合は汗だくの笑みを浮かべた顔をしわしわと萎れさせていく。

 い、一気に老け込んだね。

 瞬間、百合は崩れ落ちた。

 

「おぼふぇふぐぐふふふぅぅぅ……っ!」

 

 地面に膝をついて泣き(?)出してしまった。

 なんて言っていいか分からなくて、皆で黙った。何とかフォローしたいけど、上手く言葉は出てこない。

 

「ま、まあ座ろうぜ……な?」

 

 とりあえずソファーに座らせた。

 肩を貸してあげて、よろよろと起き上がらせる。

 何気に軽い百合の体をソッと下ろした。

「オフ会が……オフ会がぁぁ」と、メソメソしている百合の気を紛らわせようと別の話題を振ってみた。

 

「そういえばLEINは見てなかったの?」

 

 一応【ゲーマー美少年捜索隊】のグループの皆には伝えておいたんだけど。

 

「充電切れたの……」

 

 ほら、と見せてきたスマホ。確かにうんともすんとも言わない。

 ずっと百合が使ってるスマホ。長年の使用でバッテリーが消耗しているのかもしれない。

 何にせよ、オフ会が終わったことに気付くことなく走り続けた百合は哀れだった。

 晶が汗だくの百合にタオルを渡していた。

 

「ふぅ、まあ終わっちゃったなら仕方ないかな……」

 

 そう言って切り替えようとする百合。

「よかったの?」と、聞いてみる。

 

「よくはないけど、仕方ないよ……」

 

 っと、失言だった。どうやら空元気だったらしく、再び表情に陰が落ちる。

 私の方でもなんとかフォローしようと目を彷徨わせる。

 

「疲れたんじゃない? 飲物でも頼んだら? 奢るよ」

 

「うん……」

 

 それでも覇気のない百合。

 どうしたものかなー、と、私も対面に座った。

 

「抹茶オレとかどう? 好きじゃなかったっけ」

 

「そうだね。じゃあそれにするよ……」

 

 やっぱりショックは大きいみたいだ。

 百合がもう一度溜息を吐く。

 ふと、スマホに着けられた可愛らしい花のストラップが目に入った。

 

「あ……それ紐が千切れかかってない?」

 

 紐が古びて小さい花も色落ちしていた。

 

「ぐすっ……ああ、ほんとだ……」

 

 百合が解れた紐を弄りながら結び目をもう一度結び直していた。

 

「あっ、もしかしてそれ【DOF】の?」

 

 【DOF】で出てくる花のアイテムにそっくりだった。

 ぐしぐしと目元を擦ると、百合は気を取り直したように「え、ああ。似てるけど違うよ」と、言葉を返した。

 ちょっと痛々しかったけど、せっかく元気を出してくれようとしてるわけだし、目元が赤くなってることには触れないでおいた。

 続く百合の言葉を待った。

 

「子供の頃に貰ったんだよね。仲の良かった友達がいてさ」

 

「へぇ」

 

 百合に幼馴染がいたとは初耳だった。

 漫画とかでは良くあるパターンだ。今でも関係は続いてるのかな?

 

「もう疎遠になっちゃったけどね。仲は本当に良かったよ」

 

 幼馴染かぁ。異性が相手なら垂涎もののシチュエーションだけど。

 優良が「どんな子だったの?」と、聞くと百合はしばらく考え込む様子を見せた。

 

「一言で言うなら王子様って感じの子だったね」

 

 その言葉に全員の注目が集まる。

 

「え、男の人なの?」

 

 驚いていると百合はニヤリと自慢気に笑った。

 

「そう! 私には幼い頃一緒に過ごした王子様がいるんだよ!」

 

「名前は?」

 

「名前はちょっと覚えてないかな」

 

「格好良い?」

 

「顔も思い出せないかも」

 

「得体が知れない人だね……」

 

 覚えてないのか……子供の頃って考えたら仕方ないけどさ。

 私も昔の事なんていちいち全部覚えてないしね。

 百合は続ける。

 

「美しい思い出があるんだよこっちには」

 

 何処となく嬉しそう。

 だから百合の態度は控えめなんだろうか? 思えば私が好意を自覚してからはガツガツ来てない気がする。

 けど私としては「あれ?」ってなった。

 

「その割にはカナデさんにチャットHとかネトゲで告白とか色々……」

 

「愛と性欲は別物だよ」

 

 欲望に忠実すぎる……

 私が引いていると、薫が飲み物を持ってきてくれた。

 

「抹茶オレ持ってきましたよ」

 

 百合は一口だけ口をつけてカップをソーサーに下ろす。

 ほんの僅かな沈黙。

 

「でも終わっちゃったんだねぇ、オフ会」

 

 優良の言葉。込み上げる感情が胸を締め付けた。

 こういうのなんて言うんだっけ。なんか日曜日が終わる夕方みたいな感じ。

 皆を横目に今日一日の成果を噛み締める。そして、ふと言いたくなった。

 

「というかカナデさん格好良くなかった!?」

 

「分かります!」

 

 薫が私に同調してくれた。

 ガシッと手を握り合わせる。

 

「ほんとどうなるかと思ったよな。優良がピル入れてた時とか」

 

「うっ、ご、ごめんってば~」

 

 皆が慌ただしく盛り上がる中。

 そういえばと目を向けると、百合が一人頬杖を突いて、ティーカップの中身をくるくると回しながら外を眺めていた。

 窓の外、沈んでいく夕日が横顔を照らして影を作る。百合のその横顔はどこか切なげなオレンジ色に染まっていた。

 

「まあ百合もさ。次があるよ次が」

 

 というか幼馴染の人が少しでも気になってるなら、カナデさんのことは譲ってもらえないだろうか?

 一夫多妻とはいえライバルは少ないに限る。

 

「カナデさんのことは私に任せてよ。絶対幸せにするから」

 

「えー、ズルくない? 私だってちょっとはカナデさんとエロいことしたいんだけど」

 

「いやいや、他に気になってる人がいるなら不貞だと思うよ? その人といつか再会できた時の為にも浮気は駄目だと思うな。その人も悲しむだろうしさ」

 

 けど、百合は力なく首を振った。

 

「向こうは私のことなんて覚えてないよ」

 

 寂しそうに笑い、百合は残った飲物に口を付けた。

 そうして彼女は不意に「あ」と、思い出したように――

 

「そうだそうだ。確か……おおとり君、だったかな。元気にしてるかなぁ」

 

 

 

 

 

 

 



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after16

 

 

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 連休の明けた翌週の登校日。

 授業開始まで残り20分ほど。読書をしている友人や、相変わらず猥談や恋バナの話題に花を咲かせているクラスメイト達。

 そんな中、教室の窓際の席の4人の程の集まりの中に私、黒崎加恋はいた。

 周囲に聞こえないように注意しながらではあるものの、LEINグループ【ゲーマー美少年捜索隊】のメンバーが私へと詰め寄ってきている。

 

「何か申し開きは?」

 

「忘れてた。ごめん」

 

「カナデさん見たかった……っ!」

 

 悔しがるメンバーたちの嫉妬の視線を受ける。

 そう、友達になれたことが嬉しすぎて写真を撮るのを忘れていたのだ。

 

「いや、ほんとにごめんって」

 

 平謝りすることで何とか許してもらう。

 次のオフ会では絶対に撮っていいか聞いてみるからさ、と伝えたところ「また参加するつもりなの!?」と驚かれた。

 え、するつもりだけど……?

 まあ参加できなかったメンバーたちは優先的に参加できるようにすることになるかもだけど。

 

「しかも超イケメンだったんだよね?」

 

「贔屓目抜きにしても人類最高峰クラスじゃないかな」

 

「くぅぅ」

 

 悔しがる彼女たちを横目にスマホを起動すると、さっそく交換したばかりのLEINのやり取りを見た。

 そこには昨夜にDMとは違うアプリで交わしたカナデさんとの会話があった。

 顔が思わずにやけてしまう。このLEINは友達の証だ。今までとは違うやり取りに新鮮味を感じた。

 何より関係の進展具合だ。このまま順調にいけば恋人としてイチャイチャ出来る日も遠くはないだろう。

 

「完全に自然受精狙ってる顔だね」

 

「悪い顔してる」

 

 友人たちの言葉を軽く流し余裕を返した。

 

「ふふふ、進展が順調過ぎて怖いよ」

 

「でも最初はLEIN送るの凄い怖がってたよね」

 

 そんな時、横から入ってきたのは百合だった。

 いきなり現れた友人の姿に少しばかり驚く。

 

「な、なに急に? 何のこと?」

 

「1時間くらいウジウジしてたし、送ったら送ったで既読がなかなか付かないってことで30分くらいずっと『怖い怖い』って言ってたし」

 

「うぐ……だって相手はあのカナデさんなんだよ? 少しくらい緊張しても仕方ないと思うんだけど」

 

「まあ、気持ちは分かるけどね」

 

 百合はスマホを制服のポケットに仕舞った。

 

「だけどオフ会の日に勝負を決めれなかったのは迂闊だったね。ここからは私たちも攻めまくるからね!」

 

 私のためだと言っていたのはオフ会の日までだ。

 そうなるとグループのメンバーたちがカナデさんを奪い合うライバルとして参戦してくる。

 そのことにちょっと弱気になったりもした。だけどこっちだって何もしてないわけじゃい。

 カナデさんとお友達になることに成功したんだし、LEINでの会話だって問題なし。友人としてLEINを交換したメンバーが他にもいるのが唯一の懸念だろうか。

 

「あ、そうそう。話変わるけど【DOF】で今度新しいボス出るじゃない? 今夜カナデさん誘ってボスに向けたレベル上げに行かない?」

 

「それなら私も行きたいかも」

 

「あーごめん。私はちょっと難しい……今日は先約があって」

 

「加恋はどうする?」

 

 誘われてしまった。カナデさんが参加するなら当然私も行く。

 友達と一緒にPTを組むのも随分と久しぶりなことのように思えた。

 オフ会の日はカナデさんとずっとLEINしてたし。

 

「あ、でも大丈夫?」

 

「? なにが?」

 

 百合の言葉にそちらを見る。主語がなく心当たりもないので何の事なのか分からない。

 

「テスト」

 

「え」

 

 聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。

 虚を突かれて、百合を二度見した。

 

「週末の学力テストだよ、加恋ってば、ずっと上の空だったからそれも心配だったんだよ?」

 

 自分の顔が引き攣るのが分かった。

 周囲を見る。

 皆の「え、知らなかったの?」みたいな反応と視線が集まった。

 知らなかった。私の成績は普通……だけど、最近はお世辞にも勉強に身が入っていたとは言えない。

 カナデさん男説の真実。チャットHにボイスチャット。さらには畳みかけるようにチャットミス事件。好意を自覚してオフ会が決まって……

 これだけイベントが重なってしまえば集中なんてできるはずもない。

 いつもやってた家での予習に至っては、最近はまったくやってない。

 問題の出題範囲によっては、赤点を取る可能性は十二分にあり得た。

 

「確か最近やった範囲を中心に1年のところからも適当に出していく、みたいなこと言ってた気がする」

 

 それって全部じゃ……?

 しかも最近の範囲が重点的に出されるというのは無視できない情報だ。

 よりにもよってカナデさんとのあれこれが重なった最近の範囲というのは……

 

「……補習とかあったり?」

 

「補習に加えてプリントも渡されるんだってさ」

 

 補習……それに加えてプリントというのは随分と自由時間に制限ができてしまう。

 いや、問題はそこじゃない。ゲーム関連のあれこれで成績が落ちたなんてお母さんに知られたらゲーム禁止令が出る可能性もありえる。

 そうなるとカナデさんとしばらく話せなく……だ、駄目だ! カナデ欠乏症にかかってしまう!

 顔色を悪くする私を見かねたのか皆が百合と私の間に入ってくる。

 

「大丈夫だよ。加恋成績悪くないでしょ?」

 

「この前の英単語テストは何点だったの?」

 

 英単語テスト……ど、どうだったっけ。

 確かに丁度チャットミス事件の辺りで抜き打ちのテストがあった記憶が本当に薄っすらとある。

 点数に関しては全く覚えてない……怖すぎるけど鞄からテスト用紙を教科書の隙間から探していく……あった。

 

「お、何点?」

 

「4点」

 

 スッ、と音もなく逃げ去ろうとした百合の袖を掴んだ。

 明らかに気まずそうな顔をしているし、ちょっと引かれている気もする。

 

「いやいやいや、私だってそんなに成績良くないんだよっ!? 4点の人に勉強教えてたら私まで補習組になるからっ!」

 

 そんなことは分かっている。

 だけど今逃がすわけにはいかなかった。

 

「だ、大丈夫だって! あれでしょ? どうせあの事件でテストに集中できなかったとかそういうことでしょ?」

 

 分かってるなら逃げないでほしい。

 というか今逃げられたら本当に終わる。

 20点満点のテストとはいえ4点なんて取ったことがない。

 自業自得なのは分かってるけどこんな成績で一人放り出されたら、カナデさんに幻滅される事態になってしまう。

 

「ならさならさ~皆で勉強会しない?」

 

 声の方向に顔を向けるとそこにはのほほんとした笑顔を浮かべる椚木優良の姿があった。

 ビックリした。神出鬼没だね優良は……しかし、この時ほど優良に感謝した日はないかもしれない。

 私が必死に視線で訴えかけると皆は「やれやれ」とか「仕方ないなー」みたいなことを言いながらも同意してくれた。

 

「自信がないメンバーに成績上位のメンバー数人で教える感じかな?」

 

「そうだね。多すぎても場所がないし」

 

 人数はある程度絞るらしい。

 確かにLEINグループ全員では無理だよね。

 となると薫と晶が教えてくれるのかな?

 グループメンバーで一番成績が良いのはあの二人だし。

 薫と晶の予定が空いてて受けてくれるのなら、だけど。

 あとは場所かな……?

 すると、手が上がった。

 

「場所なんだけど私の家とかどうかな? お母さんがしばらく出張でいないんだけど」

 

 そう言って立候補してくれたのは百合だった。

 

 

 

 

 



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after17

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

「お邪魔しま~す」

 

 自分の家のように靴を揃えずに脱ぎ捨てた優良を注意してから、私も自分の靴を脱いだ。

 以前遊びに来たことがあるので知ってはいたけど、改めて見ても開放感のある間取りだった。

 百合のお母さんは仕事の都合で今はいないようだけど、家に一人でいるのはちょっと寂しそうだ。

 もしかして百合が私たちをこの家に誘ったのはそういう気持ちがあったから……っていうのは考えすぎかな。

 百合に案内されるままにリビングへと向かうともうグループの皆は集まっていた。

 部活動や委員会で来ることの出来なかったメンバーはいるから全員で7人。

 どうやら私と優良で最後だったらしい。

 

「飲物入れて来るから待ってて、お茶でいい?」

 

「うん、ありがと」

 

 そう言って飲物を取ってくる百合。

 その背中を見送ってからもう一度部屋を眺めた。

 

「相変わらず家大きいね~」

 

 というよりは、リビングが広いのかな?

 リビングの壁紙だけ真新しい感じがするしもしかしてリフォームとかしたのかな。

 百合の家ってもしかしてお金持ち?

 って、あんまりジロジロ見るのは失礼だよね。

 優良の言葉にそうだね~と、返してさっそく鞄から筆箱などの勉強道具を取り出した。

 

「あ、その前にさ」

 

「ん?」

 

 すると教科書を取り出した私に対してグループの一人が待ったをかけてくる。

 

「百合のことだからどこかにエロ本とか隠してないかな?」

 

「リビングにはさすがにないんじゃない?」

 

「いやー分からないよ? 親がいないからって案外ここのおっきい画面でAV見てたりとか」

 

 ぴっ――

 そんな冗談と共にリモコンを押した瞬間DVDレコーダーの中身が再生された。

 そこから再生されるのはお腹の弛んだ中年らしき男性と年若い20代くらいの女の人が絡み合う動画だった。

 

「うおっ、ほんとにあった」

 

「相変わらず百合はブレないね……」

 

 皆の視線と意識はDVDへと向けられる。

 友達のいる前でというのも恥ずかしい気はするけどやっぱり皆ソワソワしていた。

 そりゃこんな刺激が強いものが目の前にあったら気になるよね。

 この場にいるのが処女の集まりなら尚更だ。

 

「んーだけどさすがにこれは微妙かなー……」

 

「かなり昔のやつだね」

 

「最近は男性保護法とか厳しくなってきたからね」

 

 画質はとても古くノイズが酷い。

 しかも、少しだけ見えた男の人の局部周辺は大きなモザイクで隠されてしまっていた。

 カメラの視点移動も男の人の顔が映らないように気を遣っているのでこれで興奮できるかと言われれば微妙なところだろう。

 処女真っ盛りの皆でもさすがにこの映像では意見が分かれているようだった。

 

「ん? どうした加恋?」

 

 私はというと目を手で覆って映像が視界に映るのを防いでいた。

 

「私浮気はしないから」

 

 カナデさんにAVなんて見てると思われたくないし。

 やっぱりカナデさんがいると思うと罪悪感が沸いてしまうのだ。

 興味がないと言えば嘘になるけど、鋼の精神で煩悩を振り払った。

 

「加恋ってほんとにカナデさんにぞっこんだよね」

 

「あれだけ格好良かったら惚れるのも分かるけどね~」

 

 いやいや、私があの人を好きになったのは顔だけが理由じゃないからね?

 そもそもの話カナデさんを好きになったのは顔を知る前だ。

 言ってしまえばこれは純愛なのである。

 そう言ったところ皆は「えー?」と、声を上げ疑ってきた。

 

「じゃあ、エロいことはしたくないの?」

 

「それはしたいけど」

 

「なら不純なのでは……」

 

 一途かどうかってことだよ。私の性欲の方向はカナデさんにしか向かない。

 まあカナデさんがエッチなことが苦手な人なら当然我慢するけど……

 話してる間にも一人がキョロキョロしていた。どうやら他にも何かないか探しているようだった。

 

「おっ、棚の裏に何か落ちてる?」

 

「ちょっと、失礼だよ?」

 

 遠慮のない友人たちに苦言を呈した。 

 そんなことを話していると飲物を持って百合が戻ってきた。

 

「なんの話?」

 

 ……自分の所有しているAVが再生されてて全く動揺を見せないのはさすが百合だった。

 家探ししているメンバーたちを百合が見た。

 

「ああ、別にいいけど大した物ないんじゃない? ちょっとずつだけど定期的に掃除してるし」

 

「棚の裏側に何か落ちてるんだよね」

 

 どうやらそれが気になるらしい。何とか手を伸ばしているけど届かないようだ。

 無遠慮なメンバー達に苦笑した。本人の許可が出たこともあってさらに遠慮がなくなっている。

 そうしてから百合からコップを受け取る。

 氷で冷たくなったお茶を一口飲んで喉を潤した

 

「それより百合ってここでAV見てるの?」

 

「お母さんが家にいない時くらいだけどね」

 

 百合といえどもそちらの羞恥心は残っていたらしい。

 エログッズを親に見られるのは抵抗があるようだ。

 

「そろそろ始めませんか? あまり長い時間居座るわけにもいきませんし、加恋は余裕もないでしょう?」

 

 薫の言葉に忘れかけていたことを思い出す。

 そうだった。今日は勉強会をするために集まったんだった。

 百合のお母さんが家にいないとはいえ、あまり遅くまでいるのは当然迷惑になるだろう。

 今のうちに分からないところを聞いていかないと。

 けど、薫が私を心配してくれるのは意外だった。

 てっきり私の邪魔をしてくるのではとさえ思ってたのに。

 同じような感想を抱いた百合が薫を揶揄うように言った。

 

「なんだかんだ薫ってツンデレだよね」

 

「引き千切りますよ?」

 

「それ気に入ったんだね……」

 

 

 

 

 

 

 



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after18

 

 

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

「えーと、この水の分子量が18.0だから……?」

 

「ああ、あとはそこから水1.00L分の中の水分子のmol数を求めて、それを電離度の公式に当てはめれば答えが出るはずだ」

 

 晶は頭がよく回る。

 見た目は不良みたいなのに何気にハイスペックなんだよね。

 今は皆がそれぞれ苦手な科目に分かれて、高得点組に教えてもらっている。

 優良には文系を得意科目にしている薫が、私と百合には先述した通り全体的な成績の良い晶が教えてくれている。

 

「あれ、電離度の公式って電離したやつの方が分母だったっけ?」

 

「いや、逆だ。分母には溶媒に溶けた電解質の物質量がくる」

 

 晶はその性格通り説明も丁寧で分かりやすい。

 人に頼られれば断れないところもあるんだよね……頼る側としては心強かった。

 

「正答率低い問題でも、基礎ができてれば解けるんだけどな」

 

 ちゃんと授業聞いてたのか? と、苦笑いされた。

 

「う……面目ない……」

 

 確かにここの授業を聞いてなかったのは事実だし、気まずさもあって素直に謝っておいた。

 百合も自分の問題を解きながら会話に入ってくる。

 

「でもこれって習い始めたばかりのところだよね。基礎って言っても晶も良く覚えてるね?」

 

「覚えるも何も授業聞いてれば忘れないだろ」

 

「わー……出たよ。勉強できる人の授業聞いてればできる理論」

 

 晶は何でも要領が良いんだよね。

 【DOF】も、始めたのは私より後だというのにプレイヤースキルはかなりのものだった。

 そんなことを考えていたからか不意にお知らせ掲示板に出ていたアップデート情報を思い出す。

 ちょうど問題もひと段落したので話題に出してみた。

 

「そういえば今度新しいエンドコンテンツのボスが出るんだっけ」

 

 エンドコンテンツというのは、一通りのコンテンツを終わらせたプレイヤーのための要素だ。

 最高レベルに達した人に向けたものなので当然それらのボスはガチ勢と呼ばれる上位のプレイヤー陣の人たちでも苦戦する難易度だったりする。

 私はレベルやら装備やら実力やらが足りないのでまだ無理だろうけどいつかは……なんて思ってたり。

 やっぱりRPGはやり込んでこそだしね。

 

「ああ、確かカナデがやりたいとか言ってたな」

 

 カナデさんは私たちよりもレベルが高い。

 装備の耐性も高いし、もしかしたら攻略できるかもしれない。

 

「うー……ゲームの話してたら遊びたくなってきた」

 

「駄目ですよ。何のための勉強会だと思ってるんですか?」

 

「だけどもう3時間くらい休憩もなしで勉強してるし、さすがに集中力が……」

 

 そう言って時計の方に目をやると針は既に19時を指していた。

 長時間の勉強で疲れが出始める頃だった。

 百合はもう集中力が限界らしい。

 

「あ、そういえば家からパソコン持ってきたんだよ~」

 

 どうやら優良は鞄の中にノートパソコンを入れてきたらしい。

 てれれ~ん、と口ずさみながら機嫌よさげにパソコンを取り出した。

 わざわざ一度帰ってから持ってきたのってパソコンだったんだね……

 

「やろう! カナデさんに癒してもらおうよ!」

 

 百合は乗り気なようで優良にWi-Fiのアクセスポイントとパスワードを教えていた。

 皆の方も疲れも溜まってきたし少しくらいはいいんじゃないかって空気になってきている。

 私もちょっとだけなら……なんて誘惑に負けてしまう。

 さっそく優良が電源を繋いで、パソコンを起動。

 優良のパソコンの壁紙は二次元の萌え絵だったようで、イケメンが子犬と戯れている画像が目に入る。

 そのままカーソルを動かして、ショートカットをクリックしていた。

 ゲーム起動画面で優良がアカウントIDとパスワードを打ち込むと、【ドラゴン・オブ・ファンタジー】のスタート画面が表示された。

 

「カナデさんインしてる?」

 

「城塞都市にいるみたい」

 

 優良が素早くキーボードにチャットの文字を打ち込んだ。

 現実で見る他のプレイヤーのプレイ画面ってなんか新鮮。

 動画投稿サイトで攻略動画を見るのとも違った面白味があった。

 

『こん~』

 

 するとカナデさんから返信がやってきた。

 

『こんばんは、今日は人少なくて寂しいですね~』

 

 勉強会に関しては知らせていないので当然だけど、カナデさんは私たちが一緒に居るとは思ってないらしい。

 すると百合が背後から優良の肩を叩いた。

 何やらあくどい顔をしている。

 

「ちょっとだけ私のことアピールしてくれない?」

 

「アピール?」

 

 優良が小首を傾げた。

 

「こういうのは地道な積み重ねが大事なんだよ。前やったイメージアップ作戦みたいな感じで私のこと褒めちぎって欲しいの」

 

「うーん」

 

 しかし、首は縦には振られなかった。

 まあ優良は結構律儀なところあるからね。

 自分から何の理由もなく嘘を付くのは抵抗があるのかもしれない。

 普段の天然行動も決して悪気があったりするわけではないし、基本いい子なのである。

 

「じゃあ本当のことだけでもいいから!」

 

 百合が「お願い!」と、手を合わせて優良に頼み込む。

 それを見た優良がようやく頷くと百合がガッツポーズをして喜んだ。

 大丈夫かな……オフ会前に私が怖かったのは優良の天然行動だ。

 作戦自体はいい手だとも思うけど、どうなることやら。

 カタカタと優良がチャットを打ち込む。

 

『カナデ~』

 

 さっそく個人チャットでカナデさんに【ゆーら】が発言する。

 

『りんりんってね、凄い映画好きなんだよ』

 

『映画ですかー、ジャンルはなんでも見るんですか?』

 

『男の人と女の人が絡み合う大人のラブストーリーが好きなんだ~』

 

「そおおおおいっ!?」

 

 すぱーんっ!

 百合が教科書を丸めてチャットを打った優良の頭を引っ叩いた。

 

「ご、ごめんっ、違ってたっ!?」

 

「違ってないよ! むしろ1ミリも違ってないからマズいの! ていうかなんでそれ言おうと思ったの!?」

 

 確かに否定できる要素はないけど、さすがに気の毒すぎた。

 カナデさんは笑ってくれているけど百合は「フォローしてぇぇっ!」と、焦ったように優良の肩を掴んでいた。

 

「で、でも映画好きは異性には好印象だってネットで」

 

「AV好きとか好感度が地に落ちるよ!」

 

「かなりぼかしたけど……」

 

「そのまんまだったよ!? お願いだから誤魔化してえぇ! じゃないと積み上げてきた清楚なイメージがあぁぁっ!!」

 

 そんなイメージ最初からないと思うけど……

 もしそうだと思われててもさっきので完全に崩壊したんじゃないかな。

 同情的な視線が百合に集まる。

 ガクンッガクンッと揺らされながら優良が再チャレンジ。

 

『ごめん間違えた。りんりんって本当は映画なんて見ない普通の子なんだよ』

 

『え、そうなんですか?』

 

『うん、リアルではそんなにエッチじゃないんだ』

 

 絶対無理がある。

 AV持ってない女なんてこの世にいないと思うけど。

 でも男の人にとっては良いことなのかな……?

 カナデさんだって抵抗が少ないだけで、まったくないってわけではないと思うし。

 

『そうだったんですか……チャットHも実は無理させちゃってたんですかね……』

 

『うんうん、あんまり誘わないであげぐぇえrr』

 

 優良が続けて打ち込もうとしたところで百合が羽交い絞めにしていた。

 変なところでチャットが打ち込まれておかしなことになっている。

 

「優良、違うの……そうじゃないの……もっとこう……私のプラスになるようなことをね?」

 

「えっと? やっぱり変態だって言えばいいの?」

 

「いや、変態じゃないって言ってほしいんだけど、その上で私への好感度を上げつつチャットHはまたする方向に持って行ってほしいの」

 

「そ、それは難しいよ~」

 

 そう言いつつも話題を修正。

 結局百合はいつも通りのキャラだということで落ち着いた。

 そうして三度目の正直。

 百合が指示を出して、それを間違えないように注意しながら優良がチャットを打ち込んだ。

 

『リアルでは可愛い見た目してたりするんだよ~』 

 

 今度は上手くいったようだ。

 ちなみに普段の言動から騙されそうになるけど本当のことだ。

 百合の見た目は、美少女と形容しても間違いのない容姿をしている。

 

『おーそうなんですか。またオフ会する時が楽しみですね』

 

 それを見た百合が今度は、ぐへへ……と気持ちの悪い笑みを浮かべてゴーサインを出していた。

 ぐへへって……

 

『髪もサラサラなんだ~』

 

『凄い褒めますねw』

 

 だけどそんなリアルの百合のことはお構いなしにチャットは進んでいく。

 イメージアップに繋がってるかは分からないけどマイナスイメージにはなっていない。

 うーん、やっぱり私のことも頼もうかな。下準備も大事だよね。

 印象操作ってずるい気もするけど、恋愛にだってそういう搦め手は必要なのかもしれない。

 いざって時に後悔なんてしたくないし……

 チラッと視線を向けると優良の背後で百合がうんうん、と満足そうに頷いていた。

 

『りんりんさんって何気にスペック高い人ですよね。一緒に居たら楽しそうですし』

 

『うんうん』

 

 いつの間にか百合はクッションに顔を埋め、ハァハァと生温かい呼吸音を立てながらうつ伏せに倒れていた。

 もしかして興奮してる……?

 興奮するのは分からないでもないけど、ここまでなるかな普通……

 だけど基本的に褒めてるのは優良の方だけど、カナデさんも相槌で褒めてくれてるし、ちょっと羨ましい。

 けど心配になるくらい呼吸を荒くする百合は大丈夫なのかな……まぁ、百合だしいっか。

 

「百合が気持ち悪いことになってきたぞ」

 

「体から変なクリーチャーとか生まれてきそうですね……」

 

 現実世界のこっちでは散々な言われ様だった。

 そんな時、私のスマホにLEINの通知がやってきた。

 優良とチャットをしているはずのカナデさんからだった。

 なんだろうと思い見てみるとそこには――

 

『クロロンさん、生命のシルク集めに行きませんか?』

 

 チャットをしながらとはなかなか器用な……と思って優良の方をチラ見すると、どうやら装備の作成素材を調べているらしい。

 なるほど、カナデさんとのチャットは一旦中断してるのか。

 皆が作りたい装備のことでワイワイとしている後方でカナデさんへのメッセージを作成した。

 

『ごめんなさい。実は今度テストがあるのでその勉強をしてまして』

 

『あ、そうなんですか。それは大変そうですね』

 

 特別なことなんてない普通の会話だけど、カナデさんと話してるだけで幸福感が胸を満たして表情が緩んでしまう。

 やっぱり私この人のこと好きなんだな~なんてちょっぴり気恥ずかしいことを再認識。

 

『また行ける時にでも遊んでやってください』

 

『了解です。テストが終わったらぜひ』

 

 ニヤニヤと緩む口元をなんとか引き締めながらカナデさんとLEINでのやり取りをすることしばらく。

 

「百合~そろそろ勉強に戻るよ~?」

 

 百合を揺すって起こしてる……けど復活にはまだ少しだけ時間が掛かりそうだった。

 

「体の震え方が妙にリアルで嫌なんですが……」

 

 皆はもうそろそろ勉強しようか、なんて空気になっていた。

 百合は興奮によってうつ伏せで小さく悶えるというよく分からない状態。

 私もカナデさんに『そろそろ勉強に戻りますね』と、伝えてスマホの電源を……そう思ったところでもう一つメッセージがやってきた。

 もしかしたらカナデさんからの応援メッセージかな?

 カナデさんから頑張れと一言貰えるなら私はどんな無茶だろうと出来る気がする。

 少しだけ期待にソワソワしながらメッセージを開いた。

 

『あんまり無理し過ぎないで下さいね』

 

 

 

 

 

 

「おい、なんか加恋も同じことになってるんだが」

 

「……この症状って伝染するの?」

 

「何それ怖い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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after19

 

 

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 平日の授業合間にある休憩時間。

 ログインのためにこの時間も利用して勉強に励んでいた。

 急に優等生になった私を見てクラスメイト達が何があったのかと不思議そうにしている。

 素行不良とまでは言わないけど、ここ最近ゲームの方で色々あった私は不真面目に見えていたのかもしれない。

 

(早いとこ挽回しないとなー……)

 

 すると、友達が「ねぇねぇ」と、声をかけてくる。

 

「加恋に朗報なんだけどさ~」

 

「ん?」

 

 そんな椚木優良の一言が始まりだった。

 

「どうしたの?」

 

 顔を上げると優良は、ここじゃちょっと……と、声を抑えてきた。

 なんだろ。私に朗報でここで話せないこと……カナデさん関連?

 廊下にまで出ると、優良は周囲を確認した。私の耳元まで顔を寄せて言ってくる。

 

「カナデにそっくりな男優さん見つけたんだよね……商店街の外れにあるコンビニに並んでたんだけどさ」

 

 どうかな~凄くない? と、得意げな優良に私は素っ気なく返した。

 男性が少ない昨今。R18向けの雑誌、写真集は確実にその生産量を減らしていた。

 男優という仕事は超が付くほどの好待遇らしい。女性側から必死に頭を下げて撮影に挑むとか。

 昔ネットで調べた時に知ったんだけど、女の人達は奴隷なんじゃないかってくらい酷使されているらしい。

 だというのに男性の仕事量は雀の涙ほどに微量なんだとか。男の人の裸と言っても顔も映ってないことが多いし、昔より肌色少なめだし。

 興味がないわけではない。だけど、最近はエロ本も相当減ってきたよねーくらいの感想しか抱かない。

 

「……カナデに似てるんだよ?」

 

 意外そうに聞いてくる優良。だけど私からしたらそれは心外というものだ。

 だって似てるって言ってもカナデさんじゃないんだよね。興味0とまでは言わないけど、似てるなんて言われても……って思っちゃう。

 確かに今時のコンビニのエロ本の表紙がイケメンなら貴重ではあるけどさ。

 成年誌コーナーってほぼ漫画だし、リアルな写真とかだと万額普通に超えるし。

 

「それはそうだけどさ……でも100年に一人の逸材みたいに書かれてたよ?」

 

「うーん、でもなんか気が引けるかな」

 

「そっか~……なんか段々開き直ってきたよね加恋って」

 

 一途と言ってほしい。

 なんて話をしていると同級生が近づいてきた。

 あれは確か隣のクラスの子だ。咄嗟に声を落とすと彼女は優良を呼んできた。

 

「椚木さーん! ちょっといいかなー!」

 

「は~い! じゃあ行ってくるね。加恋も暇なら見に行ってよ。ほんとにちょっとだけど似てるんだよ!」

 

 そう言って慌ただしく去っていく。

 廊下を小走りで走る優良の後ろ姿を確認して、私は教室へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 放課後を迎えて帰宅途中。

 そうこうしている内に目的のコンビニが見えてきた。

 ここ数日ほどで勉強の疲れが一気に出てきた気がする。ということで栄養ドリンクでも買おうと入店した。

 休憩時間まで使うのはさすがに詰め込み過ぎたのかもしれない。知恵熱が出そうだよ。

 ドリンクコーナーに向かうと色んな種類の飲物が並んでいた。

 滋養強壮、タウリン配合、疲労回復、色々なキャッチコピーがある。

 どれがいいんだろう。全部同じように見えるけど。

 

「すみません。失礼します」

 

「あっ、ごめんなさい」

 

 気付かず道を塞いでしまっていたらしい。

 咄嗟に謝った。

 OLっぽいスーツ姿の女の人はそのまま私の隣を通ってお手洗いへと駆け込んだ。

 

 

――カナデにそっくりな男優さん見つけたんだよね。

 

 

 いや……まあ、うん。

 そうだよね。ここまで来たらそりゃさすがにちょっとは意識するよ。

 優良の言葉を思い返して、僅かばかりの好奇心が沸き上がってきた。

 コンビニの隅。視界に入ってしまったお手洗い前に設置された雑誌コーナーにチラリと目を向ける。

 中学生の頃を思い出す。

 夜の遅い時間に、こっそり見に来たら変なテープが貼ってて中を見れなかったんだっけ。

 それでも表紙を飾る異性の裸に当時は大いに興奮した記憶があった。

 あの時は捗ったなー……

 いや、でも置いてあるのは別人。私はカナデさん以外に興味なんてないし……万が一カナデさんに知られたらという不安だってあった。

 

「…………」

 

 もし、仮にだけど――本当にカナデさんに瓜二つだったらどうしよう。

 違う箇所もあるだろうけど、でも……と、期待してしまう。

 カナデさんにそっくりな男の人の裸体なんて捗るなんてレベルじゃない。

 私のちっぽけな理性が消え去ってしまうことだろう。

 周囲を確認。

 知り合いは……見当たらない。人も少ない。

 

「これは……そう、不貞行為じゃないの。知的好奇心というかさ、私だって一人の女として普段見ることの出来ない異性の体の構造には興味があったんだよね。人体模型を見るみたいな感じ」

 

 誰に言うでもない言い訳をぶつぶつと呟く女子高生。

 不審者以外の何者でもないだろう。

 勿論相手がカナデさんじゃないことは理解している。だけどそこは処女の妄想力がある。

 日頃から鍛えているカナデさんとのシミュレーション。それを全開にすれば本当にカナデさんだと錯覚することは造作もないだろう。

 そういえば今週はいつも読んでる週刊誌の発売日だったなー、あの続き楽しみだったなー、みたいな顔をしながら少女向けの漫画雑誌を手に取った。

 

「…………」

 

 ぺらりとページを捲っていく。

 だけどその情報は私の頭に殆ど入ってこない。

 作者の方には申し訳ないが、私の視線は別のところに向けられている。

 じりじりとすり足で距離を縮めて、優良の言っていたタイトル【美男子の淫らな性の悩みフルコース】を手に取った。

 右手には漫画雑誌。それを利用して隠すように成年向けの雑誌――エロ本を持ち上げる。

 中は未成年だから見れないけど――ということで表紙だけを確認。頭部がチラッと見えた。

 

「あ、加恋じゃん」

 

「!?」

 

 同級生だった。声を掛けられて体が、ビクン!? と文字通り宙に浮きそうなほど跳ね上がった。

 その様子を見て学友の月島綾香ことツッキーが「ほほぅ?」と、ニタニタしたいやらしい笑みを浮かべる。

 

「いやー分かってる分かってる」

 

「わ、いやいや、な、何が……?」

 

「加恋も女だったってことだね。大丈夫だよ誰にも言わないから」

 

 なんか全部理解してますよ? みたいな優しい顔で見られた。

 

「最近はそういう話に乗ってこないから心配だったんだよ? もしかして加恋ってレズの気があったんじゃ? みたいな噂も一部ではあったり」

 

 そんな不名誉なことになってたの?

 ツッキーは「どれどれ?」と、私の手から離れたR18の雑誌を手に取る。

 

「おおっ! イケメンじゃん! ちょっとレベル高いね……」

 

「お、う、うん……ちょっと待って。心の準備が」

 

「いひひっ、ほらほら、凄いよ。乳首は隠れてるけどそこが逆にエロいよね」

 

 期待を高めてその人物を見た。ドキドキ……

 表紙を飾っていたのはカナデさん――

 

「…………」

 

 とは似ても似つかない青年だった。

 鼻は僅かに低い。太めだし、不健康そうだ。

 基準がカナデさんだから、そう見えるんだろうけど、それでも私はこの人をカナデさん似の美男子だとは思えなかった。

 何より一番の違和感はその瞳だった。

 目がこちらを見下すような感じで印象が宜しくない。

 確かにカナデさんの面影があると言えばあるかもしれないけど、これがカナデさんに”そっくり”だ。という情報には断固抗議したい。

 良く言えばカナデさんの面影があるようにも見える気がするぽっちゃり美男子(?)。悪く言えば女を見下すありふれた男の人だった。

 というか優良ってそういうところあるよね。口にする情報が適当というかさ。 

 情報伝達は正確に行なってほしい。

 

「良い趣味してるねぇ、というか隙間から見れないかな」

 

 お店の商品だし、そういうことはやめたほうがいいよ。

 閉じた雑誌の隙間を指先でこじ開けようとするツッキーを私はどこか冷静に見ていた。

 なんかどうでもよくなった。いくらそっくりでも、カナデさん以外の異性に興味を持つなんて本当にどうかしてた。

 唆されたなんて言い訳にもならない。あれこれ意識してソワソワしてた自分が恥ずかしく思えてしまう。

 そんな私の感情を察したのかこちらを振り向いたツッキーが「あ、あの、加恋?」と、名前を呼んでくる。

 

「……なんでそんな冷めてるの?」

 

「え、別に」

 

「別にじゃないよ。一瞬本気で別人かと思ったんだけど……」

 

「これからツッキーのあだ名は【フルコースさん】だね」

 

「なんで私だけ!?」

 

 店内でツッキーの「理不尽だよっ!?」と言わんばかりの声が響いた。

 ハイテンションなクラスメイトとは反対に私の心は冷え切っていた。

 ここ公共の場だから静かにね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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after20

 

 

 

 

 篠原百合視点

 

 

『消しゴム忘れたあああああ!! 誰か貸してえええええ!!』

 

『徹夜なんてもう二度としない……』

 

『ねぇ、ここの問いの答えって……あああ、間違えたああああ!!』

 

 学校での光景を思い出しながら眠りから覚める。

 まだ意識は夢と現の間を彷徨っているのか、どうにも思考がまとまらない。

 倒れ込むように変な体勢で寝ちゃってたせいで体が少しだけ痛かった。

 ふあ……と、欠伸をしながら体を伸ばす。制服のまま寝てしまったようで少しだけ皺になっていた。

 窓から見える夕焼けがほんのりと暗い色に染まり始めているのを横目にカーテンを閉める。

 今自宅には私一人だ。お母さんは出張業務があるとかでしばらく家にはいない。

 たまに徹夜で朝帰りもあるので家に1人でいるのはいつものことだ。とはいえここまでの長期間は珍しいけど。

 時計を見ると19時過ぎ……思ったより寝てしまっていたらしい。勉強疲れかな?

 スマホでLEINアプリを起動して【ゲーマー美少年捜索隊】のグループメッセージを確認した。

 名付け親は私だけど中々なネーミングな気がする。何故だか皆には不評だったけれども。

 

『名前……書いたっけ?』

 

『ちょ、不安になるww』

 

 相も変わらず賑やかなメンバー達を微笑ましく思う。

 LEINに既読を付けると、もう一度体を伸ばした。

 段々と頭も冴えてきたことで思い出す。

 

「あ……夕飯忘れてた」

 

 慌ててキッチンへと向かった。

 途中洗面台で顔を洗って完全に頭を起こすと、冷蔵庫の前までやってくる。開けてビックリだった。

 

「卵と飲物と……もやし」

 

 さすがに成長期の女子にこれだけは厳しいだろう。

 もやし炒めとスクランブルエッグという選択肢も浮かんだけどやはりメインになる肉か魚がほしいところだ。

 今ならスーパーはギリギリ開いてるはずだ。ちょっと面倒だけど何か材料を……あるいは惣菜という手もあった。

 我が家では基本お母さんが用意してくれているけど、家にいないときも多いので、その際には私が自炊する。

 将来的なことも考えると自炊できるというのはポイントが高いはず。

 カナデさんとのムフフな蜜月を脳裏に思い浮かべてだらしない顔になった。って、いけないいけない。あまり時間もないわけだし急がないと。

 少し皺になった制服を脱ぎ捨てた。後でアイロンをかければいいだろうから折りたたむ必要もない。面倒だし。

 私服に着替えて財布を持ち、そのまま玄関口へと向かった。

 

 ぴろりん!

 

「ん?」

 

 グループLEINでまた誰かが発言したのかとも思ったけど、今回は個人LEINだった。

 加恋がまたカナデさん関連で惚気ていた。どうやらカナデさんとの将来設計を真面目に考えたようで、それに対して意見が欲しいとのことだとか。

 お、重いよ加恋……まだ付き合ってさえいないのに。

 私だってカナデさんを狙ってるけど、加恋ほどの想いがあるのかと問われれば疑問が残るところだ。

 カナデさんが大好きすぎる友人は、どうやら本当にカナデさんの事しか考えていないらしい。

 こうなるとまともに付き合えば何時間も時間を取られるので適当に返事した。

 あとでまた聞くから許してほしい。スーパーは20時までだからそこそこギリギリなのだ。

 けど加恋がカナデさんに入れ込むのも分かる。

 あれだけ性格が良くて、加恋曰く完璧らしい長身イケメン。しかもあのチャットミス事件。

 惚れるなというのが無理な話だ。

 

『百合~』

 

 もう一度通知音が響く。

 珍しいことに優良からの個人LEIN。

 時計を見ると19時半。うーん、微妙な時間帯。

 まあ……最悪コンビニ弁当で済ませられるからいいけどさ。というよりそっちが手っ取り早いかもしれない。今から下準備もなく夕食を作っていたらゲームをする時間なくなりそうだし。

 

『この前百合の家に行ったの覚えてる?』

 

『うん、覚えてるけどどうかした?』

 

『パソコンと一緒に持って行ったUSBケーブルがどこにもないんだ。時間ある時にでも探してみてくれないかな?』

 

『おk、そのくらいなら今探してくるよ』

 

『ありがと~』

 

 USBケーブルは小物とは言えないし、あんな大きいものならすぐに確認できるだろう。

 リビングに戻ってあちこちを探した。

 

「っと」

 

 あったあった。やっぱり分かりやすいところに忘れられていたようだ。

 屈んでテーブルの下にあったケーブルに手を伸ばす……けど、微妙に届かない。なんであんなところに忘れたんだろう?

 優良の行動はたまに謎だから考えても仕方ないかもしれないけど。

 あともうちょっと……よし、取れた。

 

「痛っ」

 

 狭いところに無理やり体をねじ込んだせいで頭を裏にぶつける。涙目になりながら引っ張り出した。

 優良に忘れ物を見つけたことを伝えた。やれやれだ。

 探し出せたのはいいけど、ちょっと埃が……掃除もついでにしちゃおうかな。

 帰ってきた時に汚れてたらお母さんに小言を言われてしまう。

 で、掃除機をかけて、軽く整頓して、粘着ローラーで細かい汚れを取って……今日はコンビニ弁当確定かもしれない。

 

 

 

 

 

 

「疲れた……」

 

 明日から土日だから余裕はあるけど、夜にすることじゃなかったかもしれない。

 普段お母さんがいる時には掃除しないリビングなので、この際だから徹底的に清掃した。なんか掃除したら、他に気になる所が出てきて、そこを掃除したら他のところもという悪循環。

 気合を入れ過ぎた。もう10時だ。

 そのせいで体の節々が痛い……明日は筋肉痛だろうか。

 けど収穫もあった。

 随分と懐かしいアルバムとかも出てきたし、失くしてたシャーペンと黄ばんだ紙切れも出てきた。手紙だろうか?

 以前気心の知れた友達が落ちていると言っていた物はこれだったようだ。

 ソファーに座り込んでアルバムを手に取る。

 掃除で出てきた漫画やアルバムに目を通すのはあるあるだよね。過去の記憶に懐かしさを感じながらページを捲った。

 

 エロ本だった。

 

「お母さん……」

 

 驚いた。いや、分かるけどさ! まさかアルバムの中身をくり抜いて隠していたなんて。

 我が母親ながらなんとも……

 親の性癖を意図せず知ってしまった。これ小学生の頃だったら軽くトラウマだったと思うんだけど。

 気を取り直す。もう片方の手紙っぽい便箋の方はどうだろうか。

 随分と古ぼけた物で、それだけ長い間見つからなかったことが不思議に思えた。去年の年末に大掃除したけどその時には見つからなかったし。

 あ、だけど以前にリフォームした際にあちこちに物を動かした記憶が……たぶんその拍子に何処かから落ちたんだろう。

 封をしているシールは完全に粘着力がなくなっていた。簡単に開いてしまう。

 どうやら何枚か入っているようで1枚目を見ることに。

 

『ぼくはゆりちゃんのことがだいすきです。

 おとなになってもずっといっしょにいたいです。

 おおきくなったらぼくとけっこんしてください』

 

「お、おぉ」

 

 無性にキュンとした。これはおおとり君、だったかな。彼からのラブレターといったところだろうか。

 私がモテモテでラブレターを違う男の子からもらった可能性も否定はできないけど、そんな事件があったら確実に覚えているだろうから、たぶんおおとり君だ。

 該当するような記憶も彼くらいしかいないからね。

 しかし、随分と年季の入った骨董品だ。

 男の子からのラブレターとかこれが最初で最後だろう。

 もう会うこともない過去の思い出だ。

 

「……でへへ」

 

 子供だからだろうけどストレートな愛情表現が心に響く。

 男の人からの好意がこれほど心地良いものだとは。

 いや、これは逆に子供だからいいのかもしれない。

 ショタっ子幼馴染かぁ……ふふっ、おっといけない。アダルトな妄想に耽りそうになってしまった。

 口の端の涎を拭う。

 ただ加恋には悪い気もする。カナデさんにもだ。

 結局のところ私はカナデさんを、自分の中の理想と重ねて代用しているだけなのだ。

 そのことに罪悪感が湧き上がる。

 きっとそれはとても失礼なことなんだろう。

 だから私はカナデさんを加恋に譲ろうと思っている。

 何かあれば応援だってする、加恋は私の大事な友達だ。恋路は全力で支えてあげたい。

 但しあわよくばおこぼれを狙ってるのは否定しない。女としての本能もあるからその辺は許してほしいところだ。

 ふと、顔も覚えていない少年の輪郭が想起される。おおとり君が脳裏に浮かんだけど振り払った。

 流石に今更おおとり君の方も私がどうこうなんて思ってないだろうし。

 私の方も――

 

「…………」

 

 何となく、本当に何となく……悲しくなった。

 胸を抑える。視界が滲んだ気がした。

 

「ハァ」

 

 いやいや、何しんみりしちゃってるんだろう。

 昔に戻れるなら仲良くしたままでいたいけど……そういえばそもそもなんで疎遠になったんだっけ?

 2枚目の手紙を見た。

 2枚目と3枚目には一緒に遊んだことが記されていた。

 拙い文章。文脈もどこかぎこちないし、何より字が汚い。

 だけど、本当に私のことが好きだったんだなって伝わってくる。

 これが萌えなのか恋なのか……よく分からないむず痒さだ。

 だけどこの幼馴染の少年が今でも私のことを忘れていなかったとしたらどうなるんだろう。

 ……本当に今更かな。縁が途切れた今となっては考えても無意味なこと。

 寂寥感に胸を締め付けられながら便箋の裏を見た。

 そこにはミミズが這ったような文字で名前が記されていた。

 

「へ……?」

 

 手から手紙が滑り落ちた。

 だけどそれ以上に私の脳内は混乱状態だった。

 数秒、あるいは数分か。しばらく固まった後ようやく時間が動き出す。

 慌てて落とした便箋を拾った。

 パニックに陥った私とは裏腹に、その文字はただ事実だけを伝えてくるのだった。

 

『ゆりちゃんへ

 おおとりかなでより』

 

 

 

 

 

 

 

 



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after21

 

 

 

 

 

 

 篠原百合視点

 

 

『ああああああああああああああああああああ!!』

 

『うるさw』

 

『お、百合じゃん。テストお疲れ様。赤点回避できそう?』

 

『うん、それはなんとか……』

 

『それはよかった。ところでどうしたの?』

 

『急に喘がれるとビックリするんだけど』

 

『今の喘ぎ声だったんだw』

 

『www』

 

『冗談は置いといて聞いてほしいの! 緊急事態! 緊急事態なんだよ!』

 

 どこから説明しよう。いや、なんて説明しよう。

 私の方でも頭がごちゃごちゃなのだ。上手いこと説明できる自信がない。

 だけどこれは完全にキャパオーバー。私一人の手に余ると思い【ゲーマー美少年捜索隊】の皆に助けを求めた。

 ネットゲームを介したものではなくLEINグループでの相談だ。当然カナデさんには聞こえていない。

 

『あ、百合。さっき送った私とカナデさんの将来設計は見てくれた?』

 

 ご、ごめん加恋、さすがに今は面倒臭い!

 そのメッセージを既読無視して本題に――入ろうとしたところで手が止まった。

 ……ちょっと待ってよ?

 私の初恋の人がカナデさんで、しかも幼馴染というトンデモ展開。

 両想いだった二人が再会するとか全世界の女の憧れのシチュエーションだ。どんな確率だろうかと私だって未だに信じられない。

 だけどだからこそ――もう一度冷静に考えてみよう。

 本当にそんなことがあり得るのだろうか?

 幼馴染の少年の名前が【おおとりかなで】だというのは手紙にもある通り間違いないはず。問題なのはカナデさんの方だ。

 キャラクター名としてはそこまで珍しいものではない。むしろありふれた名前だとさえ思う。

 ならただの偶然という可能性があるんじゃ……

 

『カナデさんと私って幼馴染なんじゃって思って』

 

 すると案の定否定的な意見が出てくる。特に加恋に至っては目聡く反応してきた。

 『ついに妄想と現実の区別が……?』なんて言われる。

 やはり信じてもらえない。確かに逆の立場だったら信じなかったかもしれないけど……

 だったら確認だ。事実を確かめてからでも遅くはない。

 念のため保険をかけておこう。

 

『じゃあさ、もし私たちが幼馴染同士だったら何か言うこと聞いてくれない?』

 

『言うことって? 例えば?』

 

『そんな重く考えなくても大丈夫だよ。ちょっと手伝ってほしい時に応援してほしい感じ』

 

『まあ別にいいけど。逆に幼馴染じゃなかったら何してくれるの?』

 

『学食のデザート三日間奢るよ』

 

『そこそこ自信あって草』

 

『www』

 

 これでよし。

 皆は疑ってるけど、私はあり得ないことだとは思わない。思えばカナデさんと記憶の少年の性格は一致している。

 正直まだ半信半疑ではあるけど……

 でも……もしも本当に幼馴染の少年がカナデさんだったらどうしよう。

 もう一度会える。話が出来る。

 そして手紙に書いてある感情が欠片でもカナデさんの心の片隅にあるのなら……?

 

「ッ!」

 

 な、なんか顔が熱い。

 カナデさんはカナデさんだ。

 だけどカナデさんが幼馴染の少年かもしれないと考えた瞬間から心臓の鼓動がドクンドクンと早鐘を鳴らしている。

 何これ……妙にソワソワする。 

 挙動が落ち着かなかった。

 

 

 

 

 

 

 大鳥奏視点

 

 

『こんばんはー』

 

『こんちゃー』

 

『こん!』

 

 挨拶をするとギルドチャット欄にずらりと皆からの返信が並んだ。

 テストだったんだよね。

 赤点回避のために【グリードメイデン】の皆はずっとログインを控えていた。頑張ってたみたいだしその努力が報われることを願うばかりだ。

 

『カナデさん』

 

『お、どうしましたクロロンさん』

 

 以前のオフ会でリアルでの交友関係を結んだ【クロロン】さん。

 僕たちの現状を思うと何だか感慨深い。

 今僕と彼女はネットでも現実でも友達なんだよね。思わず笑みが零れた。

 

『今度のアプデに向けて金策に行きたいんですよね』

 

 お金がないってことか。もちろんここはゲーム内通貨って意味だ。

 リアルマネーのことじゃないからね。

 ……僕は誰に言ってるんだろう? 一人引き籠ってると本当に独り言増えるよね。

 となると今日は【クロロン】さんとゴールド稼ぎに行くことになるのかな。

 

『それでですね』

 

『はい』

 

 そこで僅かに間が空いた。

 しばらく待つけどチャットはこない。

 

『クロロンさん?』

 

『金策行ってきます……』

 

 あ、お誘いじゃなかったんだ。

 今の流れだと絶対に誘われると思ってたのに。

 すると【クロロン】さんから続けてチャットがやってくる。

 

『りんりんはいつか地獄に落ちると思う……』

 

『何故w』

 

 何かの冗談だと理解したので簡単に草マークを生やしておいた。

 それにしても【クロロン】さんは今日は遊べないのか。

 やりたいことがあるなら仕方ないけどね。

 だけどせっかくテストが終わったなら久々に皆と遊びたいな。誰か誘って闘技場にでも行こうかな。PVPとなると【ラブ】さんだろうか?

 

『カナデさん』

 

 今度は【りんりん】さんからだった。

 オフ会に来ることが出来なかったギルドのメンバーの一人。

 もう一度オフ会をする時には、今度こそ彼女にも会いたいな。

 次のオフ会は約束したわけではないけど……ほら、友達だしさ。何度やったっていいよね。

 

『子供の頃の事って覚えてます?』

 

『ん?』

 

『仲の良い友達っていませんでしたか?』

 

 質問の意図は分からなかった。

 それを聞かれる理由も、彼女がそれを気にする理由も。

 だけど、仲の良い友達と聞かれたら浮かぶのはただ一人。

 前の世界で別れたっきりの一つ年下の女の子。

 

『幼馴染が一人いましたね』

 

 結局チャットミスが原因で疎遠になっちゃったけど、忘れたことは一度もない。

 

『どんな子でしたか?』

 

『んー、どんな子……』

 

 花が好きな子だったかな。多趣味で色んなことに誘ってくれたんだっけ。

 懐かしいなぁ。今頃元の世界で何してるんだろう。

 

『あの、その人の名前とかって教えてもらえませんか?』

 

『ん?』

 

 実名に関したやり取りはネットゲームではあまり良しとはされない行為だ。

 人によっては忌避される行為でネットゲーマー間のマナー違反。

【りんりん】さんも分かってると思うけど……

 

『ああ、えーとですね。変な意味はないんですけどね。ただなんというか……』

 

 こちらの沈黙をどう捉えたのかぎこちないチャットで補足してくる。

 そんなに慌てなくても大丈夫なのに。

 

『りんりんまだ言ってるw』

 

『気にしなくても大丈夫ですよカナデさん』

 

 ふむ? よく分からない。彼女たちの側で何かあったみたいだけど……

 しかし、実名か……彼女たちになら教えても大丈夫かな。

 悪用もされないだろうし、何より幼馴染だったあの子はもう何処にもいないのだから。

 

『いや、すみません。忘れてください』

 

【りんりん】さんが発言を撤回してきた。

 別にこのくらいなら構わないのに。

 

『いえ、構いませんよ。といっても長いこと会ってないんですけどね。一応個チャでいいですか?』

 

『あ、そうですね。配慮させちゃってすみません』

 

『いえいえ』

 

【りんりん】さんへの個人チャットへと切り替える。

 そして、僕は何の気なしに名前を打ち込んだ。

 

『百合って子ですね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 篠原百合視点

 

 

 通知がスマホから鳴り響く。

 その音に誘われるようにLEINアプリを開いた。

 

『デザートって何でもいいの?』

 

『既に勝利確信は草』

 

『まあ今回はさすがにね』

 

『で? どうだった?』

 

 露骨に小馬鹿にしたような態度の友人達。

 奢られるはずのデザートについて思い思いに喋っている。だけどそれはもう無用な心配だった。

 チャットログを保存したスクリーンショットを画像データとしてグループに送信する。

 

『……ん?』

 

『((ノェヾ))ゴシゴシ』

 

『あれ? コラ画像?』

 

『え、でもこれ……』

 

 戸惑い、困惑、疑惑、そんな感情が見て取れる。

 しばらくして一斉に通知がやってきた。

 爆発したんじゃないかってくらい皆の反応は劇的だった。

 

『ふぁっ!!?!?』

 

『えっ、は、え!?』

 

『百合! 説明欲しい!』

 

『偶然同じ名前という可能性は!?』

 

『え、待って待って待って待って待って』

 

『ええええええ!?』

 

『そもそも百合はなんでカナデさんを幼馴染みだと思ったの?』

 

『さっきはバカにしてごめん! 詳しく!』

 

 大パニックだ。

 だけど当人である私の衝撃はそれ以上だった。思考力が落ちて、頭が真っ白になる。

 覚悟はしていた。だけどそんな身構えは一瞬で塵のように消し飛んでいた。

 

『百合! これどういうこと!?』

 

 そんな中【ゲーマー美少年捜索隊】のメンバーの中でも加恋の慌てっぷりは凄かった。

 連続して長文の質問が次々にやってくる。

 私はどこかふわふわしながら返信を打ち込む。

 

『ああ……加恋。ごめんさっきは無理矢理チャットに割り込んで』

 

 流石に将来設計の暴露を盾にしたのはよくなかった。

 そこは反省している。友達とはいえ親しき仲にも礼儀ありだ。ちゃんと謝っておかないと。

 

『いやいやいや、そこは今どうでもいいよ! 幼馴染云々について詳しく!』

 

『金策行きたかったんだよね? 私の用事は終わったからもう大丈夫だよ』

 

『大丈夫じゃないから! 答えてよ!』

 

『どうすればいいんだろう……』

 

『聞こうよ!?』

 

 私はスマホの電源を落とした。

 正直なんで皆との連絡を断ったのかはこの時の私には定かではなかった。

 少し静かに一人で考えたかったのかもしれないし、カナデさんとの恋路を応援すると決めていた加恋に対する負い目もあったのかもしれない。

 それに加えて情報過多もあったんだろう。

 皆も混乱してるだろうけど、私だって落ち着いてない。

 顔が熱い。胸が切なくて苦しい。

 速くなっていく肺の機能。呼吸が浅く繰り返されていく。

 

(カナデさんがおおとり君だった……)

 

 別に、それで何が変わるというわけでもない。

 おおとり君はおおとり君で、カナデさんは変わらずカナデさんだ。

 何も変わらない。何一つ変わっていない。

 変わったのは私の方だ。

 その事実を知ってしまったからには今まで通りじゃいられない。

 オフ会の日。私が会うことのできなかった男の人。

 

『私には幼い頃一緒に過ごした王子様がいるんだよ!』

 

 あの人は私の王子様だった。

 幼かったからなのかもしれないけど、それゆえに純粋な処女雪のようだった無垢な少年。

 男なのに誰にでも優しい彼が私は大好きだったんだ。

 

『向こうは私のことなんて覚えてないよ』

 

 忘れてなんていなかった。

 初恋の人は私のことを今も覚えていてくれた。

 泣きたくなるくらい嬉しくて、心がきゅーって切なくなる。

 心音はさっきから息苦しいくらいずっと鳴りっぱなし。

 なんというか……その、凄い気になった。

 

「うぅぅー!」

 

 ベッドに横になる。枕を抱き締めてゴロンゴロンと転がり回った。

 今までは男の人だから気になってた。

 エロエロな妄想をしておかずとしてカナデさんを使わせてもらっていた。

 今回は違う。下心がない……か、どうかは分からないけど、そんなのを抜きにした感情だった。

 今更なんだけど……今更過ぎるんだけど……

 どうやら私はこの時初めてカナデさんを本当の意味で異性として意識してしまったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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after22

 

 

 

 

 

 

 篠原百合視点

 

 

 結局あの後は当たり前のように何一つ手に付くことはなかった。

 土日はずっと悶々してたし、カナデさんを意識するあまりゲームへのログインも出来ず……

 今日は日直という事もありいつもより早い。高校への通学路を一人ぼんやりと歩いていく。

 下駄箱で靴を履き替える。

 教室への扉を開けると何人かが一か所に集まっていた。どうしたんだろう?

 私に気付くとそのうちの一人から手招きされた。

 

「どうしたの?」

 

「ツッキーがまた公園でエロ本拾ってきたんだってさ」

 

「あの公園は凄いね。私の推測だと一度に捨てきれなかったエロ本をもう一度捨てに来たんだと思う」

 

 な、なるほど?

 言いぶりからするに以前にも捨てられていたんだろうか。

 

「ほら、百合も見てよ。前よりは肌色少な目だけどイケメン指数はこっちの方が高いよ」

 

 ふへへ、とだらしない顔のツッキーこと月島綾香。

 私の方へとアダルト写真集を見せつけてくる……けど。

 

「ごめん、今日はいいや」

 

 その瞬間、教室が騒めいた。

 鳩が豆鉄砲を食ったよう、とはまさにこのことだろう。

 意外そうに、または訝しそうに心配される。

 

「百合がエロに反応しない……?」

 

「あの処女王が?」

 

 何その不名誉なあだ名……

 ただ言わんとしてることは理解できた。

 私でも自分の行動に違和感を感じる。ただ、なんだろう。なんとなくそういう気にならなかった。

 

「あー、えっと、ご、ごめん、今日日直だから!」

 

 自分でも自分がらしくないのは分かってる。

 だけどあの事実が分かった日から、カナデさんのことが頭から離れない。

 教室内を見渡してみるとまだ半数以上が来ていない。来ているのは少数。

 そんな数人のクラスメイト達から逃げるように日誌を取りに向かった。

 

「あ、百合~」

 

 廊下から小声で名前を呼ばれた。のほほんと間延びした声は優良のものだった。

 日誌を一度教卓に置いた。

 

「優良?」

 

 手招きをされたのでそちらへと歩を進めた。

 きっとカナデさんとの関係について聞きたいんだろう。

 なんとなく話し辛い気がした。悪いことをしたわけではないけど、自分の中でも整理できてないことをどう伝えたらいいのか分からなかったから。

 教室の扉を潜って廊下に出た。

 

「百合ィィ……!」

 

 ビックリした。そこにいたのは恐ろしい形相をした薫だ。

 じりじりとにじり寄ってくる。

 

「説明してもらいましょうかぁ、ふひひっ」

 

「お、おん……おはよう薫……ちょ、落ち着いて、怖い怖い」

 

 あまりの恐怖に後退る。

 身の危険を感じて一歩一歩ゆっくりと距離を取った。

 その時、私の肩に手が置かれた。何となく予想はできていた。後ろを見ると薫と同様に扉の影に隠れていたであろう加恋の姿があった。

 

「百合? 話聞かせてもらいたいな」

 

 物凄い笑顔だ。しかし、心なしか青筋が立っているようにも見える気がする。

 ゆらゆらと背後が陽炎のように揺らめいていた。

 

「お、落ち着こう。逃げないから、大丈夫大丈夫。逃げない逃げない……うひゃあっ!?」

 

 そんな私の体を誰かが担ぎ上げた。こんなことを軽々できるのは晶くらいのものだろう。

 持ち上げられた私はそのままいつかの加恋と同じように空き教室へと連行されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこにいたのはいつものゲーム仲間達。【ゲーマー美少年捜索隊】の面々だった。

 一人残らず揃っていた。

 私はといえば、何故か椅子に縛り付けられている。

 おずおずと発言をすると、薫が睨みつけてきたので大人しく黙った。

 

「何故こんなことになっているか分かりますか?」

 

「幼馴染だったことだよね……?」

 

「その通り!!」

 

 ズビシ! と、仰け反った薫が変なポーズを取りながら指をさしてきた。

 皆も詰め寄って来る。

 

「あれだけの爆弾投下しておきながらその後LEINに既読すらつけないとか!」

 

「カナデさんに聞こうにも事情が全く分からないからその話題には触れないし!」

 

「私たちはまだいいよ。いや、よくはないけど特に加恋なんて百合とカナデさんのブライダルエンドを想像してストレス感じてたよ」

 

「土日の間ずっとオロオロしてたよね」

 

 顔を寄せてくる友人たちから距離を取ろうとするも、体を拘束されていては逃げられなかった。

 引き攣った顔で何とか説得を試みる。

 

「ご、ごめん……でも仕方なかったんだよ。私の方でも整理できてなかったっていうか」

 

 するとそれまで黙っていた晶も話に加わる。

 

「とにかく説明してくれよ。こっちは訳が分かんねーんだ」

 

 説明といってもそこまで多く説明することはなかった。

 ただ昔の手紙を見つけて、そこに書かれていた名前に【おおとりかなで】と書かれていたので、もしかして? と思っただけ。

 それだけだ。

 確かめたらずばりだったわけだけど……

 すると加恋がガシィ! と、私の肩を掴んだ。

 指が肩に食い込んでくる。

 ちょ、痛い痛い!? どれだけ力込めてるの!?

 

「私が聞きたいのはそこじゃないの! その……お、幼馴染って……どのくらい仲が良かったの……?」

 

 上からな物言いになっちゃうけど、要するに怖いんだと思う。

 漫画とかで良くある展開だ。幼馴染は疎遠になってからもずっと一途にお互いを想い続けていたパターン。

 現実では難しい展開に思えるけど相手はあのカナデさんだ。どんな感情を私に抱いていてもおかしくはない。

 そのことを考えてむず痒くなった。

 

「えっと……話すからこれ解いてくれない……?」

 

「チッ!」

 

 そう言って薫は私の手足を縛っていた縄を解いてくれる。

 今の舌打ちは必要だったのだろうか?

 でも薫の心情は察することが出来る。あれだけカナデさん信者だった薫の事だから、心中穏やかじゃないんだろう。

 自由になった手足を擦る。ちょっと照れ臭いけど私は答えた。

 

「け、結婚の約束はしてたみたい」

 

 ばたーん!!

 

「わああ!? 加恋が倒れた!?」

 

 

 

 

 

 



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after23

 

 

 

 

 

 篠原百合視点。

 

 

「終わった……」

 

 加恋がガッツリと落ち込んでいた。

 それはもう酷い凹みようで、体育座り状態の友人は質量を伴っているかのような負のオーラを撒き散らしている。

 

「まさかの伏兵が……うぅ、百合の裏切り者……」

 

 そんな加恋の状態を見て皆から何とかしろ的な視線がやってくる。

 何か言ってあげたほうがいいよね。

 まあ……うん、そうだよね。これは私のせいだろう。

 でも、どうにかしたいところだけど、私結構な口下手だし、なんて言って慰めたらいいんだろう。

 

「えっと、ごめん」

 

「ほんとだよ……卒業まで恋人をつくらない誓いはどうしたの?」

 

「心当たり無さ過ぎる……」

 

 すると加恋はがばっと顔を上げると、恐る恐るといった様子で聞いてきた。

 

「ま、まあでも子供の約束……だよね? 百合も本気にはしてないでしょ?」

 

 ……いや、それはどうだろう。正直カナデさんにその気があればすぐにでも処女をもらってほしいくらいには意識している。

 言葉に詰まった私を見て加恋がまさに絶望といった表情を浮かべる。

 私は慌てて身振り手振りで嘘八百を並べた。

 

「いや、違うよ? あわよくばなんて考えてないよ……たぶん」

 

「たぶんって! たぶんって言った! 聞こえたからね!?」

 

 加恋には悪いけど、カナデさんを譲るなんて考えは既に欠片も私の中にはなかった。

 カナデさんの迷惑にならないなら私だって狙いたい。

 そして、あの人の一番になりたかった。

 幼馴染と発覚しただけでここまで意識するなんて我ながら現金だなと思わないでもないけど……

 

「でもそれならどうしよう?」

 

「なにが?」

 

「百合とカナデさんのことだよ。この事ってカナデさんに言ってもいいのかな?」

 

 そんな会話が聞こえてきたので、慌てて皆を止めた。

 

「あー、それは……待ってほしいかな」

 

「ん? なんで?」

 

 だ、だって照れ臭いし。10年以上前の幼馴染だなんてお互いに分かってしまったら、どうやって話したらいいのか分からない。

 私の方から一方的に理解してるだけならまだ大丈夫……だとは思う。

 発覚してからまだ実際に話してないから分からないけど。

 それでもカナデさんの方がいつも通りに接してくれるなら、こっちもまだ冷静になれる気がする。

 

「そうだね。うんうん、その通りだと思うよ。絶対に言わない方が良いと思う」

 

 加恋が何度も頷いていた。

 勢いよく首を振っている。

 

「確かに私たちにとってはその方がありがたいよね」

 

「そりゃ幼馴染なんてジョーカー切られたら一気にリードされるもんね」

 

「百合はそれでいいの? いや、ありがたいけどさ」

 

 迷いはあったけど、頷いておいた。

 以前加恋を見て意識し過ぎじゃ? なんて思ってたけど今となってはそんなこと言えないし、馬鹿にも出来ない。

 これは確かに意識しちゃうね……

 

「でも1個お願いがあるんだけど……」

 

「?」

 

「カナデさんとのことで手伝ってほしいことがあるの」

 

 幼馴染発覚前の事だけど、私は信じてくれない皆に『本当に幼馴染同士だった場合に言う事を一つ聞いてもらう』という約束をしていた。

 ちょっとした応援程度のニュアンスではあったけど、せっかく協力してくれるならその権利はここで行使しておこう。

 

「私はそれ関係してないんだけど?」

 

 すると加恋は不満げな表情で協力を拒んできた。

 いやいや、今更それは無しだよ。

 

「でも否定もしなかったよね?」

 

 既読もつけていたことはあの時に確認済みだ。

 

「それはそうだけど……」

 

「加恋がメインのオフ会は全面的に協力してあげる約束したのにな~!」

 

「ゆ、百合は間に合ってなかったじゃん!」

 

 それはそうだけど平等じゃないと思うんだよね。

 だけど加恋にとっては自分で自分の首を締める行為は出来ないんだろう。

 うーん、どうやって言い包めようか。

 すると違う方面から援護がやってくる。

 

「確かに加恋の時だけってのは不公平かもな」

 

 晶だった。その正論に加恋も思わず押し黙る。

 悔しそうにうーうー言いだした。ここまで来てもまだ悩んでる。どれだけ協力したくないんだろうか。

 だけどそこはグループ一の常識人の晶と言うべきか妥協案を提示してきた。

 

「決めるのは内容聞いてからでもいいんじゃねーか?」

 

「うー……分かったよ。でもそんな大したことは出来ないよ? それでもいい?」

 

 このくらいが限界かな。私は自分の考えを皆に伝えるのだった。

 

「とりあえず私の過去の……これまでの下ネタに関してフォローを入れてほしいの」

 

「……フォロー?」

 

「私って自慢じゃないけどカナデさんに結構な頻度でどぎつい下ネタ言ってきたでしょ?」

 

「本当に自慢じゃないね……それで?」

 

 まずはイメージを払拭する。

 

「リアルの私は聖女の如く性欲が薄いって伝えてほしいの」

 

 オフ会に参加してないから現実での私のイメージは伝わっていない。

 だったら意識させるならココだと思う。

 しかし、私は全員から「それは無理……」「ハードルが高すぎて見えない」と一斉に突っ込まれるのだった。

 え、そうかな?

 

 

 

 

 

 

 



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