俺は私で私は俺で。二人で一人の男女の、奇妙な生活。 (馬汁)
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番外編・我が片割れが縦セタを酷く恐れるようになった日。 【1/2】

番外編とは、本編に書ききれなかったり、書き損ねた小さなお話。
番外IF編はパラレルワールド。

そういう区別でおねがしま。


 

 

 最近寒くなってきた。

 エアコンは部屋にあるけれど、服装でどうにか出来てしまう物だから、基本的に稼働はせず重ね着で対応している。

 

「今日は晴れるが、特別寒いらしい……」

 

 朝、予報を見ながら呟いているのは明一。外気に触れたら死にかねないとばかりに籠っているそれが、我が片割れである。

 対して私は冷えた床の上を靴下で立ち、着替えを分けていた。夏服を仕舞って冬服を出す、という作業である。

 

「寒い……」

 

「上着」

 

 収納されている物の中から一枚上着を出して放り投げた。一応左と右に分けられているが、私達の服は同じ空間に収納されている。

 ついでに明一の分も整理してやるか。

 

「さっきのは謝るから」

 

「むうん。……おはよう」

 

「はいおはよう」

 

 十分身体は温まったのだろう。漸く彼が首から上を出して、今日初めての挨拶を交わす。

 身体を冷やしてしまえば風邪をひく。という程私達の身体が弱い訳じゃないけれど、ちょっと冷やしたくらいでは体調を崩すことは無い。

 

 ただ、今回は私の落ち度だ。寝起きに見たら、服が捲れてお腹も出てたし。

 

「……これは俺のか?」

 

「うん? あ、ほんとだ。こっちね」

 

「ん、ほれ」

 

 もう一枚投げて、さっきの一枚を貰う。基本的に持っている服の趣向は違うけど、人並みには同じデザインの物がある。人目に見せない部屋着で、その傾向が強い。

 ……同じデザインでも、サイズが違うんだけどね。左前と右前の違いもあるし。

 それでも万が一、うっかり()()()()なんてしようものなら……うん、大変だ。明一が。

 

 

 

 

「おはよー」

 

 リビングに出てみれば、キッチンで楽し気にエプロンの紐を揺らす後ろ姿が見えた。

 今日は珍しく、ママの仕事も私達のバイトもお休み。だというのに早起きしたママは、相変わらず美味しい朝食を作ってくれる。

 

「おはよう。今日は何?」

 

「ポテトサラダとシャケね。じゃがいもはもう潰しちゃったから、待ってなさいな~」

 

 私達双子が朝食が何かを聞く時、それは大抵食べるのが楽しみとかそういう意味ではなく、手伝いが要るか、といった意味での事が多い。

 

 ママがそう言うなら、と席に着く。遅れて出て来た明一も、暖房の効いた部屋でほっこりしつつ一息。けど上着は着たまま。

 

「あら明一、どしたのよ厚着なんかして。また暖房消して寝たの?」

 

「暖房は妙に勿体ない、厚着でどうにでもなる」

 

「けど寒そうじゃない」

 

「私が布団を独占しちゃったの」

 

「お陰で腹が冷えた……」

 

 うんうん……いやお腹は私じゃないが。布団を奪い取ったのは私だけれど、腹が出てたのは自分の寝相でしょ。

 私は寝てる人の服をたくし上げる様な変態じゃない。

 

 

 

 そんな朝をなんとなく過ごしていると、食器の後始末をしたママが唐突に提案を繰り出してきた。

 

「それなら買い物! 行きましょう!」

 

「それなら?」

 

 何がそれなら、なのかは知らないけど……私達としては休日は部屋の中で過ごすのが一番だ。確かに最近は家に三人揃う機会が少なかったけれど。

……それなら少しくらい良いかな、と腰を上げる。

 

「じゃあ……5分くれ」

 

「私的には10分」

 

「じゃあ合計15分」

 

「明は私の部屋で支度すれば良いじゃない」

 

 その手があった。

 

 私が身支度してる間、明一は部屋を出なきゃいけないので、15分と足し算することになる。

 出なきゃいけないっていうか、勝手に出てくっていうか。

 

「それと」

 

「うん?」

 

「30分。目一杯おめかしするから!」

 

「え」

 

 助けて、と目線を明一に。

 目を逸らされた。

 

「朝のはチャラで」

 

 合わせて私の貸しで良いから助けろ。

 

「ほら明一も!」

 

「え」

 

 ……結末は共倒れだった。

 

 

 

 

 で、二人とも目一杯おめかしされての外出である。

 

 化粧に限っては今回が初めてという訳でも無いし、私自身ある程度叩き込まれてるけど。ママ直々のともなれば、鏡を見る度に襲い来る違和感は段違い。

 と言っても悪い違和感じゃない。主観的にも可愛く仕上がってるから何も言えない。

 

 序にと言わんばかりに服装も指定。学校の制服の方がまだ自由がある。ママのキラキラした目には私ら二人も逆らえず、言われるがままであった。

 

「それで、どこに行くのか聞いてなかったが」

 

「モール行きましょモール。何をするにしてもあそこが一番なんだから!」

 

「……ショッピングモール?」

 

 まあ私達もたまにお世話になるけど。ゲームセンターとか。

 

 ただ、ママはゲームに対して疎いから、今日の外出がゲーム目的でない事は確か。私達がゲーセンのエリアに籠ろうものなら、ママが不機嫌になって色々大変になる。

 

 これでも生まれてこの方一緒に過ごしてきた家族の一員。ママの趣味は分かり切っている。

 

「新しい冬服か……」

 

 明一がげんなり。口に出ずとも、昨年ので良いじゃないかという意見が聞こえてきそう。……私も割と賛成だ。

 ほら、私ってば女としてはズボラな方に育ったから。

 

 

 気の進まない双子とうっきうきの親という陣形で、進入していくのはやはり服屋さんだ。

 衣替えの時期としては遅いけれど、品揃えは結構よさげに見える。

 

 機能面重視で物を見てしまう私らとは違って、ママはこれでもかとファッションセンスを発揮させている。

 5歩行った所にて服を物色する我らがママは、今頃頭の中でファッションショーでもしているんだろう。あるいはキャラメイク。

 

「長い買い物には理解があると勝手に思ってたが」

 

「ママは規格外だからね。レベルキャップ行った上で極めてる」

 

 今日この場で、私達の恰好をどうするのかの主導権はママが握っている。レベル差補正でダメージが自動的に1になる程度には格上だから、抵抗しようが無い。

 

 確かにゲームが進行する程、武器防具の選別で時間取られる事がある。討伐とか対戦とかに次いで楽しい時間とは言えるけど。

 でも人のそれに付き合わされるのはちょっと違う。

 

 一応、こっちもそれらしく物色してみる。何かあれば、私達も抵抗できるかもしれない。

 ……ただ。

 

「うーん……」

 

「ファッションセンスね……」

 

 理解出来ない感性ではない。

 ゲームに着せ替え機能なんかがあれば、似合う服はどれだろうと迷う事もある。

 しかしあれは、素のキャラクターの見た目が良いから成立している訳で。自己評価が「まあ不細工ではない」という程度では、私らを着飾るモチベーションにならない。

 

「ん……そうだ、お互いに飾ってやるのはどう?」

 

「俺が?」

 

「俺と私が」

 

 互いのセンスは熟知している、という程じゃないけど、把握はしている。ただ自分を着飾るには気負ってしまう。

 ならば、お互いに一番似合うであろう服を選んで、着せてやるのが最善だ。

 

「……アンタがそう言うならそうしよう」

 

「よし決まり。異性のコーナー回るのも気が引けるし、一緒に選ぼう」

 

「助かる」

 

 

 それじゃあ、とまず先に向かったのはメンズの服。高校生ともなれば大人より数歩手前くらいの背丈だから、サイズも大体問題無い筈だ。

 

「それで、完全に自分のセンスでやるんだよな?」

 

 何かを懸念する様に問いかける明一。それの何が行けないのかと思ったけど……あー。

 

「まあ……万が一好みじゃなくても、その時言えば良いでしょ」

 

「なら、良いか」

 

 でも……片割れが一番似合うと思った格好なら、ある程度許容するつもりである。ミニスカとか、肩出しとか。

 それは兎に角、今は彼の服装だ。私の好みで良いとするのであれば、私も好奇心とやる気が湧き上がる。

 

「で、だ。今まで着せてみたいなーって服はあったんだよ」

 

「あるのか」

 

「うん」

 

 冬服の時期だから、少なからず一種類は……あった。これこれ。

 

「ほらこれ」

 

「……」

 

「ん、どうした?」

 

「どうしたっていうか……女子になっても考える事は同じなのか?」

 

 と言うと。

 

「俺もこういうのを着せようと……」

 

「ああ……」

 

 となると、味気ない着せ合いになりそうだ。今更服を変える、なんて言うつもりも無いけど。

 

「私ら揃ってセーター好きなんてね」

 

 ハンガーに掛かったままの服を彼にあてがって、目を細める。もう少し胸が開いてても良いかもしれない。部屋着だし。

 でもタートルネックもそれはそれで……。

 

「……それ、裾広くないか?」

 

「これくらいが良いよ」

 

 ちょっと鎖骨が見えるくらいが良いかな、と。夏頃は兎も角、冬服を着重ねるこの季節じゃ肌は貴重だから。

 

 ……そういう事考えてるから痴女って言われるんだろうか。

 

「ズボンは……これ」

 

「んむ」

 

「うん、こんなもん。名付けてゆるふわ装備」

 

「ゆるふわ……?」

 

 俺の何処がゆるふわなんだろう。と疑問符を浮かべている所悪いけど……。服を決めたら、次にやる事は一つしかない。

 

「じゃあ」

 

「じゃあ?」

 

「試着しないと。サイズとかの確認もあるから」

 

「……」

 

「あ、店員さん?」

 

 片割れの嫌そうな顔を無視して、遠目に私たちの様子を見ていた店員さんを呼び付けた。勝手に試着するのは宜しくないからね。

 

「ハイ試着ですねーっ!」

 

 ニコニコと駆け寄ってきた店員さんを、彼は引き攣った顔で迎えたのであった。

 

 

 

 

 それはそれとして。

 

「妹さんですかー?」

 

「ん、まあ」

 

 双子と訂正する必要は無いかな、と思う一方で。服屋さんの店員ってこういう人だよなあ、と溜息を我慢する。

 

「とても優しそうな方ですねー!」

 

「……優しいかな。まあ」

 

 あの服のチョイスに滲み出る私の欲望を、彼はとっくに気付いている。何も言わないで着てくれるのであれば……まあ一応、優しさではあるのかな。

 双子、あるいは同一人物だから、という理由で気を許しているだけだけど。

 

「今お選びになってるのは部屋着ですかー?」

 

「うん、部屋着。この後私の分も選んで貰うつもり」

 

「わぁっ、それって凄くエモですねぇ!」

 

「えも?」

 

「つまり素晴らしいって事ですー!」

 

 いやエモの意味くらい知ってるけど。

 

 なんかこの店員、ちょっと普通とは違うような……。と思った所で、試着室のカーテンが開いた。

 

「……明、やっぱり首元が涼しい気がするんだが」

 

「うん、買い」

 

「聞いてないな……」

 

 聞いてる聞いてる。

 タートルネックも良いかなぁとは思ってたけど、やっぱりこういう機会だからね。

 

「これはエッ……モですねえ!」

 

「……?」

 

 やっぱりこの人ヘンだ。



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番外編・我が片割れが縦セタとか言う凶器を得てしまった日。 【2/2】



連続投稿です。
最新話リンクから飛んだ場合、今一度サブタイトルを確認してください。【1/2】を未読の場合、そちを先にどうぞ。




 

 こんな類の羞恥をここで抱く事になるとは……。

 

 鎖骨が良いとか、ダウナーな印象とのギャップが良いとか、エッ……モ(これは店員の感想)とか言われて、顔や耳を真っ赤にするほどでは無かったが、非常にいたたまれない気持ちである。

 

「で、今度は俺のターンだな?」

 

 元の服に着替えて、向かい合って言ってやった。

 初っ端からアレだったのだ。手加減無用と言外に伝える様に、趣味全開の服を与えられた。

 俺も同じように趣味全開で考えなければ、かえって失礼だ。……明に失礼も何もない気もするが。

 

「それで、変えるの? 元々セーターで考えてたんでしょ」

 

「そうだな。似た様な発想だったが……うん、変更はナシだ」

 

 俺と明の姿は寸分違わずとまでは行かないが、一目見た時の印象で兄妹だろうと見当が付けられるくらいには似ている。

 であれば、ペアルックもまあ良いだろう。

 

 ただ……、

 

「タートルネックかあ……」

 

 レディースのエリアで目星を付けた一着を広げて確認していると、後ろでぼそりと彼女が呟いた。

 

「多少露出したくらいで強調出来る程()()だろ……」

 

「うん? 喧嘩?」

 

「売ってない売ってない。失言は謝るから」

 

 ……それに、あんまり露出していると落ち着かない。俺の趣味を押し付けた所で、以後着ていく時に俺がドギマギしては損だ。

 という事で、明が推す様な胸元の見える服は真似はしない。

 

 最近は慣れて来たかも知れないが。次の夏、薄着になる時期への覚悟も出来るかどうか、というくらいだ。

 正に局所的な快晴(ろしゅつ)。なんとまあ素肌が眩しい季節ですね。……やかましわい。

 

 とにかく、露出度は控え目に。これは決定事項だ。

 

「ま、こんな所だろ。サイズは大丈夫だよな?」

 

「んー、私は良いんだけど……」

 

「む、何か躊躇するような所でもあったか」

 

「明一の趣味全開で選んでくれても──」

 

「さっさと試着してこい」

 

「──うぇえい」

 

 明を試着室に押しやる。こちとら毎朝のスキンシップでいっぱいいっぱいなんだぞ。

 

 

 

「仲が宜しいんですねぇ」

 

「え。あ、まあ」

 

 彼女が試着室のカーテンを閉めて一段落……だと思ったら、そういえばまだ店員が居た。

 俺達のやり取りに対し、一歩離れた所で黙ってくれていたが、明が試着を始めた所で話題を繰り出してきた。

 

 床屋や美容院の店員と交わす会話は苦手だ。今の状況も同じくだが……。

 

「普段こんな風に服を選ばれるんですかー?」

 

「いや、普段は各々で。あるいは母が選んだ物を……あれ」

 

 そういえば我らが母は何処に……。あ? 

 

(むふっ)

 

 ……遠くからこっち見てる。

 

(ごゆっくり~!)

 

 どっか行った……。

 なんか、面倒な事になる予感がする。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「わお」

 

 着替えている最中である筈の明が、驚いた様な声をあげる。

 やはり何かのトラブルか? と思ったが、それにしてはすこし素っ気ない声だった。

 

「ほう……なるほど」

 

「どうした?」

 

「良い趣味してるなって」

 

「え?」

 

 シャー、とカーテンが開かれる。

 母が選定したお出掛け服から変わって、俺が選んだセーター主軸の私服に……。

 

 ……? 

 

「……あ」

 

 シャー、とカーテンが閉められる。今度は俺の手で。

 

 なんだ、あの起伏は。俺は知らんぞ。

 

「あー。あの服、セーターとしては比較的タイトなんですよねー。身体のラインが出る程って訳じゃないんですけど、出るところはちゃっかり出ちゃうんですよー。編み模様もその輪郭を際立てる縦ですしー」

 

 今明が来ている服の解説が、店員さんの口から淡々と流れる。

 いや、そんなの知らなかったが。……つまり、俺はそんな服を着せたのか。

 確かに、確かに店員さんの言っていた通り、輪郭が映っていた……。

 

 

 

 ──俺達現実の人間と違って、二次元の世界に住まう創作された女性は、大抵の場合胸の輪郭がくっきりと出ている。シルエットのみで見れば水着と大差ないと言える程、服が肌に張り付いているのだ。対して俺達……いや、現実の女性の服装にその特徴を発見する事はほぼ無い。創作の世界と比べて胸が大きくないというのもあるが、そもそもの服の性質として、伸びるのである。幾らサイズの小さな服を着ようと、胸の輪郭を綺麗に描くシルエットを実現する事は少ない。それを可能としている物でも、構造上胸から下の輪郭が現れやすいタンクトップやキャミソールといった服が主であり、他にも特殊な製法による所謂“乳袋”が実現された服も存在するが、やはりどうしても少数派である。そんな世界に住まう俺は、今まで写真あるいはイラストでしか前述の現象を目撃する機会が無かった。だがあれは……、

 

 

 

 胸の輪郭が、確かに映っていた……。

 

 

 

 これは行かぬ。破廉恥である。

 ポニーテールは止めなさい。スカートは膝下2センチまでにしなさい。セーターも止めなさい。特に縦模様のセーターは止めなさい。と俺の頭に巣食う親父が念を押して制するくらいに、あれはダメだ。

 

「……むぅ」

 

 もう冬だ。夏に水着の恰好は見ていたから、明の体格に関してはある程度分かっていたつもりだが、いかんせんスパンが開きすぎた。こんなの不意打ちだ。

 

「でも大人っぽくて、それでいてふわふわしていて可愛かったですよー?」

 

「そう?」

 

「……」

 

 またカーテンが開く音が聞こえたが、俺はとっくのとうにそっぽを向いていた。水着よりかはマシだが……下手に肌面積が少ないせいで、妙に意識してしまう。

 

「明一ぃ? 目の前で着替えてる訳じゃあるまいし」

 

「目の前でッ?! エッ……モいですねぇ」

 

 エモ……? 

 いや、とにかくだ。

 

「他の服を見繕ってくる」

 

「いや、これ買うよ、二人の分一緒に。別行動してるけどママも居るから、会計はそれ待ちにしたいんだけど」

 

「ハイ構いませんよー!」

 

「ちょ」

 

 いやでも、え、俺、でも……。え……俺、あの服を着た明と一緒の部屋で過ごさなきゃいけないのか……? 

 

「呼んだかしら~?」

 

「丁度良い所に。……って、出るタイミング見計らってたでしょ?」

 

「何の事かしら? ふふっ。私もついさっきお洋服を見繕った所だから、別にタイミングを合わせてなんかいないわよ」

 

「白々し……まいっか。部屋着なんだけど、二人分買って良い?」

 

「もっちろーん! じゃあレジに行きましょっか。明一もこっち来なさーい」

 

「だってさ。ぼーっとしてないでこっち」

 

 ……頭を真っ白にしていたら、いつの間にか手を引かれて、レジに連れられていた。

 

 俺は……破廉恥では無い筈だったのだが。

 

「役得だと思って諦めたら?」

 

「万が一それで変な妄想でも始めたら自己嫌悪で三日は布団に籠るぞ。良いのか」

 

「何その脅迫」

 

「だが……」

 

「はぁ。なーんか、こういう時に面倒が無い様に、事前に決めてた事があった気がするなあ」

 

 むぐ……。痛い所を突かれた。

 だが、この場面で明の方へ天秤が傾くような決まり事なんて……。

 

「『遠慮はしない』から、明一が決めてくれた服はありがたく貰うね?」

 

「いやそんな意味の言葉じゃないだろ?!」

 

「お店の中で騒がしくしないの!」

 

「あ、ごめん……」

 

 すん。と静まらざるをえなくなる。

 

 ……あの決まり事は、絶対そういう意味を含んでないと思うんだが。





ヴァーチャルストリーマーの方を済ませるよりも先にこっちを書いてしまった。
仕方ないじゃない、このお話が思い浮かんだんだから。


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番外IF編・双子は仮想の姿を得る【1/4】

前編、中編、後編で分ける予定です。

追記 四話編成となりました。


「皆さんこんばんは! 今日も一日お疲れ様です!」

 

 パソコンの前で、明るい声で呼びかけて両手を握る。

 むん、と力む様な動作を反映して、画面の向こうでアバターが動いた。

 

「……じゃなくて、こほんっ。あなたの時間を独り占めっ! 海底の乙姫ストリーマーこと、海里鳴です!」

 

 今や普遍的な動画ジャンルである、ヴァーチャルストリーマー。最初期に現れた五人──現在は原始のV(5)と呼ばれている──を切っ掛けに、世界中で流行したという歴史がある。

 そこから二十年ほど経った今、誰でもVstreamerを名乗れる程には技術やソフトが広まっていた。今やフリーソフトのみを利用していたとしても、そこから成功者が現れても可笑しく無いぐらいには、誰もが高品質で高度な配信ができる環境となった。

 

『  :おはなるー』

『  :おはなる!』

『  :おはよう可愛い』

『  :そろそろ挨拶にも慣れないとね』

 

「うーん。まだまだはずかしいんですよね……とにかくおはようと言うことで!」

 

 そして私は、その成功者の中の一人……では無いんですけれど。

 一応収益化は果たしているものの、投げ銭してくれる頻度も値段もそう多くはなく、数週間貯めればゲーム一つ買えるかなー。くらいの物です。

 

『  :二度目のおはなるー』

『  :太陽は二度登る』

 

「はい、それでは挨拶も済みましたので……えっと、今日は水曜日ですね。私にとっても縁の深い日です♪」

 

『  :先週も聞いた』

『  :この世界……ループしている?!』

『  :水曜日だから水着もお披露目しないとね?』

『  :水着おじさんもループしてる』

 

「仕方ないじゃないですかー。毎日お話考えるのも大変なんですよ? お姉ちゃんのお話も不評らしいですし……」

 

『  :熱入ると危うい情報まで湧いて出るからダメー』

『  :無限に話せるのはもう分かったからお口チャックしようね』

 

 不評、というのも違いますけど、咎められている現状である事は確かなので、仕方無しと諦めます。

 リスナーもとい、亀さんたちの優しさと配慮には感謝ですが、それはそれとして自慢のお姉ちゃんのお話が出来ないのは残念に思います。

 

「むー……それじゃあ亀さんが話題出してください」

 

 私の考える話題ではダメという事になると、頼れるのはリスナーが話してくれる話題しかなくなってしまいます。

 リスナーさん達も同じように思ってくれているのか、幾らか話題になるような質問や情報がコメント欄に流れてきます。

 

『  :そういえば、今妙に話題になってる新人が居るよな』

 

「新人のVストリーマーさんですね。どういう方ですか?」

 

『  :知らないのかエイデン』

『  :話題の新人Vストリーマー、なんとリアルな双子なんだと』

 

「双子……ですか?」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 この世界には、俺という人物が二人居るらしい。

 教室でその事実に気付かされた日、俺たちは二人でうなり声をあげて悩んでいた。

 

 横に居るのは、玉川明。今朝突如として現れた二人目の俺であり、女性として生まれた俺でもある。

 異性とは言え、経験してきた過去はほぼ一緒らしく、考え方や価値観は殆ど同じだと思っても差し支え無い様な程度だった。一人っ子で且つ他人が好きじゃ無い俺でも、一日もせずに打ち明けることができた。

 

 そんな彼女と何を悩んでいるのかと言うと、簡単に言えばこの世界の()()()さであった。

 

 二人に増えた俺達が矛盾なく存在できるようにか、双子という関係が与えられていた。それに合わせて、教室の席順は勿論、生徒手帳だったりが改変されていた。確認はしていないが戸籍にも改変が施されている筈だ。

 我が家に関しても、当然の様に二人分寝られるサイズのベッドが用意されていたし、携帯の充電器も双子二人分が置かれていた。

 その中の例外が、俺達の生活にとって欠かせない、このノートパソコンであった。

 

「……一個しか」

 

「……ない、な」

 

 自分用のパソコンが、一個しかない。

 

 これは問題である。外で遊んだり、宿題以外に勉強する様な性格ではない俺たちは、その時間の大半をパソコンを用いたゲームに費やしている。

 このままでは、我が家に一台しかないテレビのリモコンを取り合う様に、二人で一つのパソコンを取り合う事になってしまう。

 

 一応、母からお古のノートパソコンを譲ってもらう事は出来るが、その性能はゲームを遊ぶのに十分とは言い難い。

 

「借りるのは良いけど」

 

「性能が足りない」

 

 そうなると、新しく買わないといけない……が、それも難しい。

 俺たちの要求を満たす様なパソコンを買おうとすると、少なくとも二十万円は下らない。間違いなく俺たちのお小遣いを足し算しても足りない額である。

 

「何も考えずに強請れれば良いんだが、母にはあまり負担を掛けたくないな」

 

「じゃあ、バイトする? ……いや、働きたくないな」

 

 見事に二人揃ってゲーム好きとあらば、バイトに出向く意欲だけ妙に沸いてこない。しかしそうすると、新しいパソコンの為の資金を確保できない。

 バイトか、パソコンか。この選択肢の間で、俺たち二人は揺れていた。バイトをする覚悟も、今後物足りないパソコンで遊び続ける覚悟も、なかなか出来ない。

 

 

 しばらく悩んだ末、意見を求めることにした。

 

「配信者はどうかしら?」

 

 求める相手を間違えた。

 相談相手として十分な信頼関係はある親子だと、自分らとしては自覚しているのだが、我らが母は……少し、いや些か天然な所が多い。

 しかし俺たちには知り合いが少ない。結局相談できそうなのは母だけだなと思い直して、もう一度向き直る。

 

「……もう一度聞くね」

 

「性能重視の新しいパソコンのためにバイトを考えているのだが、イマイチ踏み出せないんだ。アドバイスをくれないか? 背中を押すくらいでも良いんだが」

 

「配信者はどうかしら?」

 

「……」「……」

 

 拝啓、我らが父へ。

 母が壊れました。修理してくれませんか? あ、もう営業してないのですね。失礼しました。今の母で我慢します。

 

「はぁ……」

 

 ついつい溜息を溢す。そんな俺たちを見た母は、何が不満なのだとむすっと頬を膨らます。

 

「んもう……。バイトに踏み出せないのはよく分かるわ? だって私の子供だもの。この提案だって、それなりの理由があるのよ」

 

「理由……?」

 

「私の子供なんだから、成功するに決まってるわ!」

 

 今すぐにでも天国から我らが父を引っ張り戻したい気分だ。

 配信者としての成功に、母から受け継いだ血がどうやって作用するのかは不明だが、色々すっ飛ばした理論であることには違いない。

 

「一応聞くけど、なんで……?」

 

「私、元配信者だから!」

 

 ……ノウハウを受け継げるという事なら、確かに成功するかもしれないが。

 

「うーん……。ママとしては本気……なんだよね?」

 

「本気も本気。信じなさい!」

 

 悪いが、あんまり信じられない。母が自信を重ねれば重ねる程、反比例的に信用度が低下していくのだ。

 だが……取り敢えず、最初だけ頼ってみよう。大抵の場合、一番大変なのが始めたての頃なのだ。それぐらいなら、そうリスクも無いだろう。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 まず、それなりに高性能なマイクを渡された。母が使っていた物だ。クリップで服の襟に留めて使うタイプだが、一人分しかない。適当な本立てを机に置いて、それに留めて共有する事にした。

 次に収録、配信に使われるソフトウェアをインストール。母が使っていた物とは厳密には違うらしいが、今回のはそれの最新バージョンだ。教わる分には不便がありそうだし、マニュアルでも読み込んでおこう。

 次にカメラ。これも母が使っていた物を渡されたのだが……。

 

「……大体二十年前の物か、これ」

 

「え?! ……わあ、本当だ。よくこの状態で残ってたね」

 

 貼り付けられていたラベルを見つけて、驚く。この分だとあのマイクも同じ時期に製造されていそうだ。

 

「今も結構使ってるわよ?」

 

「よく今まで耐えられたね……」

 

「ひどい?!」

 

「いや、ひどくない。流石に古くないか? 何時壊れてもおかしく無い」

 

「この機材は当時の高級品だったの。ちゃーんと手入れもしてたし、通用するわよ!」

 

 技術は進歩しているが、スピーカーやモニターの出力に関しては、人間の認識できる範囲では真価が実感できないほどに高度化している。現在は圧縮技術、劣化防止の方向で進化し続けているが……。

 

 それを踏まえれば、機材が多少古くても問題ないかも知れない。これは実際に試さないと分からないな。

 

「分かった。取り敢えず使わせてもらう」

 

「まあ、もしダメでも投資してあげるから、気負わないでね♪」

 

「投資」

 

 まあ単語としては間違いじゃないが……投資。親子間でそんな言葉が使われるとは思わなかった。

 

「じゃ、次に用意するのはー……あ」

 

「え」「何」

 

 あ、とはなんだ。

 不安を煽るたった一文字に、俺たちは思わず身構えた。母の事だからと警戒していた筈が、気が緩んでしまった様だ。

 背筋を伝う嫌な予感が、やけに冷たく────

 

「大変! 立ち絵が無いわ!」

 

「……たちえ」

 

 たちえが無いらしい。何か重要な機材だろうか。しかし、たちえと言う単語の意味を知らない。何かの横文字だろうか。タチエ、tatie……。

 ……いや、待て。()()()? 

 

「立ち絵?!」

 

 その時、俺たちは母との間にあった認識の齟齬。誤解があったことに気付いた。

 

「まっ、Vの方でやるの?!」

 

「Vの方でやるわよ? 言わなかったかしら」

 

 一言も言っていない。

 Vの配信者と普通の配信者は結構違う。その一番の違いが……。

 

「立ち絵か……。取り敢えず、何かソフトで作ろう。収益化周りの規則も見ておかないと」

 

「流石に私の子ね。しっかりしてるわ!」

 

 母と違ってな……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 そして、時は満ちた。

 動作確認を済ませた機材を備え、起動しているアプリが仮想の映像を作り出す。

 別のPCを操作している明が、指でOKサインを作る。視聴者側からも配信画面が確認できた様だ。

 

「確認する。映像出力」 「良し」

 

「音声出力」 「良し」

 

「音声エフェクト」 「良し」

 

「アバター動作」 「……トレース精度が不安定。遅延は良好」

 

「キャプチャ画面の出力」 「良し」

 

 確認を続ける。まるで作業員の様な掛け合いに、横に佇んでいる母も丸い目をしていた。

 

「……ほぼオールグリーン。ちょっと不安な項目はあるが、何時でも配信可能だ」

 

「もうしてるけど」

 

「……そうだったな」

 

 ちょっと母と話しすぎて影響されたかもしれない。事故無く配信が終われば、母は様子見に徹してもらおう。

 

「じゃあ負荷テストに移ろう。適当なゲームを起動する。一緒にやるか? ……姉さん」

 

「よしきた、任せなさい。兄さん」

 

 ……そういえば、名前、まだ決めて無いな。

 その日のテスト配信は、明と母合わせて二人といった視聴者数のまま終了した。



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番外IF編・双子は仮想の姿を得る【2/4】

【初配信】双子の旅が、始まります。【エル・アール】

 

 

 ───── 概要 ──────

 

 双子の旅人です。「エル」と「アール」と呼んでください。

 

 フォローよろしく。

 Mumbler:httpz://──────────/────

 

 質問や話題の種、待ってます。

 マカロン:httpz://──────────/────

 

 #Vstreamer #初配信

 

 

 

 

 

「配信、始まりだ」

 

「始まったね」

 

 

『  :はじまった!』

 

 

 コメント欄に、ママ以外の言葉が流れてくる。その事実に、いよいよ始まってしまったと実感する。

 これは機材テストの為の配信でも、先刻行ったばかりのリハーサルでもない。本番だ。不特定多数の目に付く舞台に、私たちは立っている。

 

 ……不特定多数と言っても、今はママを含めてもたった二人という視聴者のみだけど。

 

「想定以上の人気だね」

 

「一応宣伝したものの、誰も来ないと思っていたんだが……まあ、とりあえず自己紹介だな」

 

 ソフトを操作し、テロップを表示。この世界における二人の名前が描かれた文字が現れる。

 ついでにメモ帳を表示させ、その中に書かれた台本を読み上げる。

 

「俺、髪の短い方がR(アール)LIGHT(ライト)。髪の長い姉さんがL(エル)LIGHT(ライト)だ」

 

「私がエル、兄さんがアールね」

 

「よろしく」

 

 追加でテロップを表示させる。アバターは画面の左右端に陣取っており、右側の俺がR、左側の明がL、と言う風に対応させている。

 

『  :アルファベット一文字とか凄い名前』

 

「お褒め頂き感謝だ。分かりやすい様にアルファベットのワッペンが胸に付いてるから、参考の程に」

 

「褒められると嬉しいね」

 

 適度なアドリブを行いつつ、台本の内容を進めていく。

 その合間にちらと別のウィンドウを見る。視聴者数は六人。少しずつ増えて行っている様に見える。

 

「さて、双子なのだが、珍しい事に男と女だ」

 

「流石に双子だから、似た者同士だって自覚は大いにあるよ。二人分の食べ物を買いに行こうと思ったら、とりあえず自分のと同じ好みだって思えばオーケーだし」

 

「後はそうだな。息の合った連携がしやすいから、戦いなんかでは、個人戦でなければ簡単に出し抜ける。その手際は近々皆に見せてやりたい所だ」

 

『  :自信満々だ』

『  :双子 確かに一体感があるような』

 

「見ての通り若者という風貌だが、実際の年齢も16だ。まあ見た目相応だと思う」

 

「誕生日は四月一日。覚えてくれると嬉しいな」

 

 実際の誕生日とは別だけど、同じ月ではあるからこっちでも覚えやすい。学校関連の行事もある日だから、当日のお祝い配信はちょっと忙しくなるけど。

 

「で、次はV配信者には必須装備だと言われている、SNS用ハッシュタグなんだけど」

 

『  :淡々と進めていくねえ』

 

 う、バレたかな? いや、台本バレは一応想定内だ、落ち着いて……。

 

「申し訳ないが、生配信中の視聴者は居ないものとしていたから、既に決めてしまっている。みんなで一緒に考えても良かったが……」

 

「と言っても、決まったらずっと残る様な物を、この人数で選ぶのはちょっと抵抗あるよね」

 

『  :大丈夫~』

『  :初見、双子だ!』

 

「じゃあ、こっちで決めていたハッシュタグを表示する」

 

「はい、どかん。どうかな? といっても、我ながら安直な命名なんだけど」

 

 配信関連は『#ツインでライトな旅路』。二次創作の絵なんかは『#ツインでライトなポートレイト』と言う風にしている。

 凝ったものにしようかと思ったけど、万が一他の配信者に似るといけないから、個性優先だ。

 

「一応言っておくが、良識の範囲内で使ってくれ」

 

「母数自体少ないから、変な事する人も居ないだろうけど」

 

「そういう所は面倒が無くてうれしいがな」

 

『  :初見』

『  :ラノベ主人公みたいな事言いやがって』

『  :初見 立ち絵は自作?』

『  :双子か。居る様で居ないジャンルだな』

『  :かなーり見覚えのある名前がログに見えるのだが』

 

 ……なんかコメント欄が賑やかになってきてるな。順調な勢い……じゃないな、ちょっと順調すぎる気がする。

 

「初見様どうも。あー、立ち絵は自作だ。フリーソフトを使ったが、思ったよりも……な、なんだか賑やかだな?」

 

『  :これが噂の双子Vストですか』

『  :顔の見分け付くかな』

『  :よく見ろ、RとLだ。RとLだ!』

『  :イヤホンかな?』

 

「あー、面白い事を言うな。イヤホンか、そういう言い方は初めてだ」

 

「私は左右対称とか言われるかと思ってたよ。こっちよりかはハイカラで良いね」

 

『  :>ハイカラだな』

『  :良いのか……?』

『  :初見 王妃さまの後継さんか何か?』

『  :独特な感性だ』

『  :え、王妃さま?』

 

「王妃……? 何を言ってるんだ」

 

「後継? 別の人とは関りを持ったことは無いんだけどな。うーん、誰かいたっけな?」

 

『  :嘘だぞ絶対関係ある』

『  :でもあの王妃さまだぜ』

『  :じゃあ多分関係ないわ』

『  :うおおめっちゃ伸びてる』

 

「……やっぱり絶対多いな」

 

『  :初見。王妃さまの紹介で来ました』

『  :蟹食い狼から来ました』

『  :別の配信者の名前出して良いんか』

『  :大丈夫やろ。大丈夫か?』

『  :ノリで言った、ダメだったらごめん』

 

 この勢いはちょっと可笑しいよね。んー、何人ぐらい来てるんだろう。

 

「えー……ん? ぇ、っさ、さんぜ、ねえお兄ちゃん?!」

 

「おにいちゃ……? 何だ姉さん、そんなに慌てて」

 

『  :イヤホン双子、これは流行る』

『  :三千人突破!』

『  :チャンネルは流行るがイヤホン双子は流行らせない』

『  :絵師さんの立ち絵使わないの?』

『  :自作の立ち絵だと』

『  :お兄ちゃん!』

『  :【朗報】同時視聴者数3000人達成』

『  :3000人おめでとう!』

 

「三千人……? ……ごふっ、こほっ、三千?! げほっ、げぼぼ」

 

「お兄ちゃーん?!」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 手が妙に震える。モニターから目を離したら、全ての物が遠く大きく見える錯覚を得る。その一方で、まるで自己を俯瞰している様に、極度に緊張していると別の意識が教えてくれる。

 

「すぅー……」 「すぅー……」

 

「「はぁっ……」」

 

 ……よし。

 

「落ち着いたか?」

 

「大丈夫、そっちは?」

 

「……現実離れした世界に包まれている様だ」

 

「うん、落ち着くまでエゴサしてて」

 

「エゴサね、了解……」

 

『  :配信中にエゴサて』

『  :ゲボゲボしなくて良かった』

『  :尋常じゃない緊張っぷりだったけど』

『  :大丈夫? きなこ食べる?』

『  :マジで緊張してるっぽい』

 

「配信中にごめんね。……はあ、まだ心臓がドガドガ言ってる」

 

『  :今来たけどなんか尋常じゃないご様子』

『  :王妃さまに紹介されて来ました』

『  :なんか有名なVストリーマーが拡散してる』

『  :ビッグファイブの一人が配信告知を紹介してた』

『  :配信のリンクだけ貼って、よろしくねって』

『  :王妃さま公認の双子、一体何の関係が?』

『  :ビッグファイブだぞビッグファイブ。またの名を原始のV(5)

『  :SNSアカウントも活動なかったのに復活して驚いた』

 

 うーん……流れが速い。心を落ち着かせても目が追い付くかどうか……。

 

「……SNSを確認したが、通知が溜まってた。なんだ四桁って、いやもう五桁になった」

 

「拡散? 一体誰が」

 

 なにか分かる事は無いかなと思って、集中してコメント欄を見る。でもやっぱり勢いが凄すぎて、そもそも集中出来ていない頭では一つも確認できない。

 

「これだな、引用投稿された様だ。名前は……王妃、ヴィクトリア・ヴァリアント・ヴァーチャルと。……とんでもない大物だ」

 

「大物?」

 

「フォロワー百万人以上」

 

「なるほど」

 

 そりゃビッグだわ。

 

「という事は、このアカウントがこの配信を紹介して……って事か。そりゃあそうなるか」

 

『  :知らなかったのか』

『  :王妃様だけじゃないで』

『  :王妃さまを知らないって、マジ? 原始のVやぞ』

『  :最近の若者は知らんやろ』

『  :でも王妃さまやぞ』

『  :王妃さまだったら分からんかも分からん』

 

「という事は、ここの人達は皆んな何処かの配信者から流れてきた……って事?」

 

『  :うちは吸血鬼から来た』

『  :私も吸血鬼』

『  :バリスタ様から』

『  :ちくわ大明神』

『  :蟹食い狼さん』

『  :名前出してええんか』

『  :誰だ今の』

『  ;ごめん王妃さまの配信のノリで』

『  :十何年越しやぞ。なしてそのノリ覚えてるねん』

 

「あー……、そういう事か。確かに色んな配信者が反応してるな。……『引退した原始のVが復活?!』とか言ってる様だが」

 

「初めての配信なんだけど」

 

「誰と勘違いしてるんだ?」

 

『  :それは、ヴァーチャルマスコミストリーマーが書いた見出し!』

『  :あの話題の摸造8割妄想5割のヴァーチャルマスコミストリーマーが!』

『  :突破してんじゃねえか』

『  :原型がなに一つ残っちゃいない』

 

 なんとなくチャット内で会話が成立している様に見えるが、問題は無いから何も言わずに進行する。成立する程の人数が集まる事自体が異常だ。

 

「まあ……俺も落ち着いたし、本筋に戻るか。……いや、沢山人が来てくれてるみたいだし、改めて自己紹介した方が良いな」

 

「そうしよう。えー、左の私がエル・ライト」

 

「右の俺がアール・ライトだ。見分け方は髪か、声か、胸のワッペンを見ると良い」

 

「うん。 それじゃあ、えーっと……どこまで行ったっけ?」

 

「覚えてない」

 

「うげ……」

 

 仕方ないな。なんとか思い出すとしよう。多分ここらへんで……

 

「コホン、えー、ハッシュタグ、の下りはもうやったっけ」

 

「誕生日の後じゃないか?」

 

「いや、多分もうちょっと後……」

 

『  :割とかなり巻き戻ってる』

『  :ハッシュタグまでやったよー』

『  :まだ挨拶しかしてないよ』

『  :告白したところから』

『  :愛の言葉を囁いた所』

『  :突如脳裏に浮かんだのは存在しない記憶!』

『  :お前ら落ち着け、実は養子で本当は血が通っていないという事実が発覚する所だ』

 

「チャット欄は……頼りにならないな。ああ思い出した。ハッシュタグの紹介までやったな。テロップもそこまで表示させてる」

 

「あ、そっか。じゃあそこからだね。……ふぅ、えっと、もし視聴者数が多い場合、少ない場合」

 

「ちょ、バカ」

 

「え? あっ」

 

 う、要らない所まで読み上げてしまった。えっと、いったん落ち着いて……落ち着かないー! というか指が震えてマウスも握れないんだけど! 

 

『  :割と最初から隠せてなかったけど』

『  :初々しいなあ』

『  :王妃さまも引退するまでこんな感じだったわ』

『  :最初の頃だけじゃなくて引退する時までなのがポイント』

『  :この子たちも王妃さまみたいにはっちゃけるのかな』

 

「あー、それじゃあ、これからの予定を語るとしよう」

 

「ちょっと待ってその分岐違う。視聴者少ないルート行ってる」

 

「あっ」

 

「えっと、いやー! 思ったより沢山人が来て驚いたなあ!」

 

『  :しらじらしい』

『  :ういういしい』

 

「どうせだ、俺たちについて聞きたい事は無いか?」

 

「私たちに答えられる範囲でだけど……えーっと」

 

 コメント欄を見る。

 この中から質問を拾って……あー、うーん、これは……。

 

「ねえ流れ早くて読めない」

 

「俺は読めそうだ、任せろ。……よし、一つ拾えた。二人はお互いを愛してますか」

 

「なんでそれ拾った?」

 

 よりにもよってこんなのを拾うなんて……。まだ落ち着いてもないのに。

 

「まあ良いだろう。俺にとって、この世での一番は俺自身だ。だから姉さんは……二番目なのか?」

 

「同意見だけど、私も兄さんが二番目なのかは……なんとも言えないな」

 

 というか、特殊な身の上事情があるからな……。また私が一人っ子だった世界に戻ったとしたら、って考えると、明一が二番目だとは言い切れない。

 ……自分の事考えて来たら落ち着いてきた。これは良い調子かもしれない。

 

『  :てえてえな?」

『  :おっとこれは不覚』

『  :コラボしてないのにてえてえが生産される』

『  :これぞ地産地消』

 

「よし、落ち着いてきた。次の質問だ。次は……」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「────だから、今後は配信メイン。内容も主にゲームを扱っていく予定だ。インディーズが多いかもしれないな」

 

 台本代わりのメモ帳をスクロールして……最後の一文まで表示されると、マイクに拾われない程度の溜息を吐く。やっとこの配信が終わる。

 私も明一も落ち着いてきて、少しだけならコメントの内容を確認できる程度にまでなって来た。

 

「さて、今後の予定も知らせたことだし……今回はお開きにしよっか」

 

「ああ、また次の配信もよろしく頼む」

 

「もし気に入ってくれたら、チャンネル登録を……うん、既に結構な数が登録してくれてるけど、改めてよろしくお願いします」

 

「初日で……この登録者数はすごいな」

 

『  :近頃のVストリーマーにしては快挙』

『  :原始のVによる力であるな』

『  :うちの蟹も忘れるな』

『  :楽しみにしてる』

『  :蟹じゃねえ狼だ!』

 

「ま、とにかく今日はどうも、それじゃあ、さようなら」

 

「さようならー」

 

 さようなら、とコメント欄を流れる別れの挨拶を見送って、配信を終了した。

 

 

 

「……はぁ」

 

「はぁ……疲れた」

 

 ヘッドフォンやらマイクやらを外して、ベッドに倒れ込み、うつ伏せになって手足を伸ばす。

 運動した後よりも疲労感が強い。精神的な疲労と言うのも、中々馬鹿に出来ないのだ。

 

 隣に倒れ込んできた明一でベッドが揺れて、うー、と息を漏らす。

 

「……次の配信からは、きっと慣れてるよな」

 

「きっとね」

 

 願わくば、他の配信者達が押し上げてきたハードルが、あまり高くないと良いな。

 

 

「……」

 

 扉の向こうから、足音が聞こえる。この家には、双子の二人と一人の母しか居ない。

 

「お疲れ様ー!」

 

「ママ」「母さん」

 

「はひっ?」

 

 ムクリと起き上がる。

 状況や、視聴者のコメントから、今回の主犯はだいたい察している。

 

 ……だけど、何も言わない。

 恐らく善意だろう。子の成功を願っての事だったのだろう。決して悪戯心ではない。私たちのママは、そう言う人だから。

 

()()()()()()、大成功だ」

 

「ありがとうね。今まで手伝ってくれて」

 

「え、ええ……」

 

「ゆっくりで良い。補助輪が外れるのを見送ってくれ。それまでは色々助けを求めるかもしれない」

 

「だからね。何も言わないで手を伸ばしてくれるのはうれしいけど、私たちも戸惑っちゃうからさ」

 

「……そ、そうね」

 

「「だから、よろしくね?」」

 

 

 

「……はぃ」

 

 

 具体的な事は、何も言うまい。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 あの後、少しだけ調べてみた。私たちの配信への反応は良さげ……の様に見えるのだけど、やっぱり王妃さまとやらとの関連性を疑る、或いは探る様な反応も多い。

 直接確認はしていないし、するつもりも無いけど、その王妃さまの正体は八割ぐらい察している。二割は「流石にそんな事は無い筈」という現実逃避に近い。

 

「……客層、と言うとビジネスみたいで気に食わないな。視聴者層は多分、元王妃さまファンが多いだろうな」

 

「いや、年数が経ってるから、原始のVを知ってるだけの人が反応してるだけかも」

 

「ふむ、そう考えるべきか」

 

 そうなると、需要はなんなのだろう。私たちが得意な配信ジャンルは、やはりゲーム配信が当て嵌まるけれど……。

 王妃さまって何やってるんだろう。配信アーカイブは残ってるかな。

 動画サイトのチャンネルを検索して、目的のチャンネルを見つける。登録者数は……よんひゃくまん。

 

「頭がバグりそう」

 

「何も考えるな。考えなければバグらない」

 

「分かった」

 

 うん、何も考えない。これぐらいのファンを得る配信者が身近に居るとか思わないし考えない。

 

「だが……一応、念のため、声を聴いておこう」

 

「大丈夫なの……?」

 

「……俺がバグったら頬を揉んでくれ」

 

「うん」

 

 明一が覚悟を決める。適当な雑談配信のアーカイブを開いて、待機時間中の場面を飛ばして……。

 

 

「おはようございま──」

 

 即動画を閉じた。やっぱり頬を揉みしだく事になった。誰の声だったかなんて、最早言うまでも無いだろう。

 きっと私たちは、母親と話すたびにこのVを思い出す事になるのだ。拷問。




やっぱり四話編成にします。満足できる起承転結に三話は足りません。


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番外IF編・双子は仮想の姿を得る【3/4】

書きたい物語を無理やり納める為、今回は長め。


『  :フェイント気味の攻撃本当苦手』

『  :これを見切るか』

『  :回復全然使ってない』

『  :だんだん正確になってない?』

 

 配信には慣れて来た。

 大量の視聴者を前に平常心を維持する程度の度胸は付いて、伴って難しめのゲームにも挑むようになってきた。

 

「来る、いち、に」

 

 回避キーを軽く弾いて、フレーム単位の無敵時間で回避する。

 隙に一太刀、モンスターの巨体を見上げつつ距離を取る。

 

 双剣と軽弩弓の編成で、前衛の俺は後衛の指示を元に動く。

 至近距離ではモーションを視る事が難しいが、後ろで支援する人が指示してくれればタイミングはつかめる。

 

「距離」

 

「ん」

 

 マイクやスピーカー越しではなく、隣から声が聞こえているからこそ出来る事だろう。

 回避では凌げない範囲攻撃から逃れつつ、スタミナゲージの回復を待つ。

 

『  :見てて気持ちの良い連携』

『  :これが初見ってマ?』

『  :ようやるわ』

 

 初見のモンスターではあるが、注視に専念すればタイミングは覚えられる。精度は減るが、軽弩弓に火力は求められていない。

 

「ヘイト移った」

 

「ん」

 

 モンスターが一声鳴いて、よその方へ行った。

 明は罠を巡らせつつ逃げ回り、敵はダメージを蓄積しつつ隙を晒す。

 

 そろそろ弱る筈だが、と相方を追いかけまわすモンスターの尻尾を眺めながら回復アイテムを選択。

 

 準備を整えたらヘイトを誘導するスキルを発動して、少し前のと同じ状況へと戻す。ルーティンワークと化けた戦略の様な物は、俺達の性格を表している気がする。

 ……もう少しで倒せそうだ。

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 モンスターハンティングが切りの良い所で終わって、普段通りの配信画面に戻る。

 今は慣れてしまったコメントの賑わいや、溜まりに溜まってしまったおひねり。しかし数字の大きさに身が震える感覚は未だに抜けず、もう数字を表示しないでくれとか思ってしまっている。

 

 他者から貰うお金と言う物の有難みと言うのは身に染みているが、それ以上に申し訳なさが目立つ。大量の視聴者に慣れても、ここだけは変わらなかった。

 なにせ、自分らがやっている事と言えば、多少媚びを売りつつ、あとは普段通りにゲームを楽しむ事だけ。それがお金になるのは、バラエティ番組のアイドル様が得る人気と似た仕組みなのだろう。俺達がアイドルとか頭おかしい。

 

「それで、えーと。楽しかったね」

 

「そうだな」

 

 ……。

 

『  :無言』

『  :無言』

『  :むごん』

『  :コミュ障』

『  :しーっ』

『  :ちょっとみんな静かにしてー! ライトくんが何か言いたいことあるって〜!』

『  :キツい』

 

 話が詰まると、大抵こうなる。視聴者達も俺たち日慣れた様だが。

 

「えー、ではおひねりコメントを読み上げさせてもらいます」

 

 今でもお題の無い雑談は苦手分野だ。それを分かり切っていた俺達は、おひねりコメントに対して返事をするのを毎配信の通例とした。

 

 

「『エルちゃんにガチ恋して良いですか?』」

 

「雑音マイクさんおひねり感謝。ダメだ」

 

「ダメ。そう言うのは大人になってから。お酒と同じ」

 

「ファンタジーの世界だと、よく15歳成人制が採用されてるがな」

 

「郷に入っては」

 

「なるほど」

 

『  :俺だってガチ恋したい』

『  :むりむり』

『  :せめてアールを倒さないと』

『  :難関な事を言う』

 

 俺は結婚反対のオヤジ枠なのか……? 

 

 思わぬ所で知った視聴者からの印象に、多少の意外さを感じつつおひねりコメントを確認する。

 一つは他愛もない一言コメント。ラーメンが美味しいのなら他所のSNSサイトで呟けば良いと思う。

 もう一つは単純な応援コメント。普通に有難い。感謝と同時、精進する意を伝える。

 その他にもまだまだ……。読み切れるだろうか? 

 

 資本主義甚だしいが、金額順で20コメントだけ。あとは名前の読み上げで良いだろうか。

 或いは独断と偏見で選んでも良いだろうか。

 

 それは次の配信から決めていくとして……ようやく最後のおひねりだ。

 

「『参加型でパーティとか組みたい』」

 

「あー、ミルク味シェービングクリームさんおひねり感謝。……正直、あんまりお薦めはしないかな」

 

「二人プラス野良で組む事があったが、置いてけぼりだったな」

 

 野良とは言ったが、あの姉妹の家に訪問した時の事である。今でもPCゲームで、オンラインで会う事がある。

 色々な事があって仲直りには成功したから、四人パーティで双子姉妹が揃う事は叶っても、足並みを揃える事は出来ていない。

 

『  :チャンピョンしたい』

『  :一緒に狩りたい』

『  :ヴァンパイアとかどうよ』

『  :絵しりとりなんかは』

 

「まあ希望されたゲームで見繕うか。……絵しりとりか? 息抜きには良さそうだが」

 

「絵かあ……」

 

 絵を描くのは苦手だ。一人遊びに慣れた俺達だが、それはゲームばかりで絵はからっきしなのだ。

 ……それはそれでウケるかもしれないが。

 

『  :コラボとかしないの?』

 

 希望されるゲームの名前が列挙する中、ぽつんと一文、疑問を浮かばせるコメントが挙がってくる。

 

「んー……来るもの拒まず、けれど追いはしない。こっちから提案する事はまず無いよ」

 

「代わりに、申し出があり次第スケジュールに組む。無条件とまでは行かないが、それも双方への迷惑を掛けず、現実世界での干渉を避ける。っていう条件だけだ」

 

『  :王妃さまに会いたい』

 

「王妃さまは諦めろ。彼女は……そう、退位なされた」

 

 引退という言葉をなんとなく使いたくなくて、代わりに王妃らしい単語を言葉にする。

 王妃さまがもし現役だったとしても、俺達の方がゴメンだ。バグる。

 

『  :でもあの三人の誰でも良いから、コラボしてほしい……。けどどっちも完全受け身の態勢なの……』

 

「ふむ? ああ、なるほど。両者ともに待ちの態勢だと完全に可能性が無いのか。であれば、その場合に限り視聴者の要望と言うことにしよう」

 

 まあ要望が多ければこっちから打診しても良いだろう。向こう側へYESかNOを完全に委ねる形となるが。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 母の名声がおひねりとなって帰って来た結果、目標であったゲーミングPCの予算は直ぐに揃ってしまった。

 庶民的でかつ高校生の金銭感覚では気が遠くなる金額が口座に積まれたが、それの三割を費やしてプロレベルの物を購入した。

 序に改造やパーツの更新用に工具も。後は知識を仕入れれば、恐らくCPUの交換まで出来るだろう。

 

 自分の手で好きなように改造できると思うと、全能感がして心地良い。

 代わりに電気代がとんでもないが、まあこの収入で充てればいいか。

 

 ゲームを終了したら節電モードにして、電気代を抑えるくらいの事はしよう。

 大きな収入とは言え、元はと言えば母の力が強い。もし何かしらの切っ掛けでこの力を失っても良い様に、蓄えておくのが良いだろう。

 

「しかし、大変だな……。名声の相続というのは」

 

「こればっかりは相続税割り増しで良いかな。ホント」

 

 税で取り上げてもらったら、俺達に還元せず謎の支出として消えて欲しい。とも願う。

 

「とりあえず、コメント欄を単語検索に掛けて……あー、異名と正式名称を把握しないと」

 

「面倒だな。こっちのパソコンで纏めて置く」

 

「だったら、加えてその人の概要もついでに」

 

「勿論」

 

 

 調べていくと、コラボ相手の希望数で1人が圧倒している事が分かった。

 原始のVの一人である、名を「ブレント・ドレーパー」。バリスタの肩書を持つ男性だ。

 

 珈琲店を営む男、という設定なのだが、評判では技術屋という側面が強いらしい。Vストリーマーの企業、団体または個人の為に、技術アドバイザーの様な事をやっているらしい。

 配信に、あるいはゲーミングに適切なパソコンの選び方を教えたり、配信ソフト等の操作方法を教えている。

 

 といった活動をしているが、彼自身は何処にも所属していない。恐らくフリーターの様に、様々な所や人へ手を貸しているのだろう。

 

「……なんだか聞き覚えのある声だな」

 

「気の所為じゃ……なさそうだね。何処で聞いたっけな……?」

 

 身近な人、ではないだろう。俺達に関わりのある人物など、母の友人かクラスメイトくらいだ。

 

 まあ気のせいだろうという事にして、連絡を試みる。

 返信は、恐らく遅いだろう。彼に秘書かマネージャーの様な人が付いているのかは知らないが、彼ほどの人気者であれば毎日何通もメールが届いているだろう。

 

 ……と思っていたのだが、直ぐに返信がなされた。

 意外だ。原始のVというのも結構暇人なのだろうか。

 

 早速と読んでみる。

 

 ……。

 

 ……ふむぅ。バリスタさんも俺達の配信を見ていたらしい。原始のVと言うのは意外と暇人だったのか。

 

 ともかく返信の内容だ。

 

 簡潔に言えば、コラボに対しては賛成。協力を惜しまないという姿勢というのが伺える。

 伴って、コラボの具体的な日時や内容、ついでに個人的なコミュニケーションの為、打合せしたいとの事だ。最後に関しては俺達の都合に合わせるらしいが。

 

 さて、向こうの提案は当然の事乗るとして、それでは打ち合わせはどうしようか、と考える。ビデオ通話か、音声のみの通話で良いだろうか。

 まあ希望が無いのであれば音声のみの通話で良いだろう。そういう内容を書き込んで、返信。

 

 またしばらくすると、直ぐに返信が返って来た。内容は……。

 

 ……? 

 

「えーっと……住所?」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 怪しい。流石の歴戦のVが相手とはいえ、これは怪しい。

 平日休日問わず何時でも来て構わない、と言った添え書きと、この住所が送られてきた。

 

 場所は近い。通学路と比べればこの住所の方が遠いが、歩いて行けない範囲ではない。地図アプリで調べると、セキュリティが堅そうなマンションだった。

 

 高校生の俺たちとて、ネットとの付き合いは長い。よく謳われるネットリテラシー等と言った心得を身に付けている俺達としては、これは相手との縁を即座に切り、現実世界でも警戒するという選択肢も在り得る。

 

 しかし、知恵をこねくり回しても所詮は高校生。そして若者が決まって頼るのは、先人の知恵である。

 

 で、俺達は母を呼び出すことにした。

 

 

 

「どうしたの~?」

 

「相談だ。配信の」

 

「ちょっと厄介事が」

 

 顔を合わせて一番にそう言うと、母は陽気に笑って見せた。まだ最悪の事態ではないし、そういう雰囲気も出していなかったが、それにしては軽すぎる態度だ。

 思っているよりも厄介だぞと言わんばかりに咎める視線を送って、それから本題に入る。

 

「まずはこのメール。相手はVストリーマーのブレント・ドレーパー。同期だろう?」

 

「そうねぇ」

 

 母の前歴については、受け入れた。もうバグらない。

 当然の様に確認をとってから、そして本題に入る。

 

「良かった。それで、私達はこの人とコラボの打ち合わせをしようとしてたんだけど……」

 

「まぁ! 私も久しぶりに顔を合わせようかしら!」

 

「……その打ち合わせ場所の提案として、この住所が送られてきた。近所だ」

 

「そうなのねぇ!」

 

 ……。

 

 ……それだけ? 

 

「いや、なんかこう、もっと思う所あるでしょ!」

 

「そう?」

 

「近所だぞ、近所。俺達の住所が近い事を知ってないと、そもそもリアルで会いましょうって提案は無い筈だ。怪しいと思わないのか?」

 

「それは当然でしょうねえ。でも大丈夫だと思うのよ」

 

 そこまで言うという事は、よほど信頼しているのか? 

 母は引退したが、原始のVの一員。同期へ向ける信頼というのは、あって当然なのかもしれない。

 

 しかし俺の顰めた面は、まだ緩まない。

 

「そうだとしても、俺達にとっては警戒するべき事だ。何かあれば一番危ないのは明なんだぞ。何かあったら耐えられん」

 

「そう! ……うん?」

 

「まぁ!」

 

 何故か母の笑顔が割り増しになる。

 

「あー……まあ? ……ママの同伴があれば、比較的安全かもしれないけど……」

 

「私も一緒にいって良いのね! 良いわよ、同伴!」

 

 同伴同伴と、母は嬉しそうに一つの単語を繰り返す。

 

「久しぶりに顔を見るわねぇ。どんな顔になってるのかしら」

 

 ……うん? 

 今、()()()()()……と言ったか。

 

 

「……すぅ」

 

「はぁ……。なるほど」

 

 気が抜けた。なるほど。妙なすれ違いという事か。

 確かに言葉が足らなかった。まず最初にきちんと聞いておくべきだった。

 

「質問、ママはこの人とリアルでの面識がある?」

 

「あるわよ?」

 

「なるほど」

 

「はー」

 

 なんか疲れた。一言が足りなかっただけで、無駄に沢山の言葉を交わしてしまった。喉が疲れる。

 と反省する反面、名前を見た時にリアルで知り合っていると言ってくれれば良かったのに、と愚痴に近い恨み言が浮かぶ。

 

 すると、何が面白いのか、いきなりふふふと母が笑い始めた。やはり、分かってて言わなかったのだ。この母は。

 そんな変な真似、珍しい事ではない。が、一応笑っている理由を聞いてみる。

 

「どうして?」

 

「何でもないわぁ。でもゴメンなさいね? 最近お話する事が少なかったから、意地悪しちゃったわ」

 

「へえ、なるほど」

 

「なるほど、そういう事か」

 

 ……これはギルティ、で良いだろう。副裁判長も頷いております。

 

「ママ」

 

「なあに?」

 

「一週間……いや、四日間。その間は家事手伝わない事にする」

 

「え」

 

「下校ついでの買い物もだ。これも四日間」

 

「……そんなぁ」

 

 確かに母に構ってやれなかったかもしれないが、それも吟味して四日間だ。

 諦めろ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 この看板は……カフェ? 

 

 確かに合流と打ち合わせをする場所としては良いかもしれない。

 現実での中の人の正体が明らかになった場合のリスクは、俺達でも十分意識している事なのだが……。この人気なら大丈夫だろう。

 それに扉に付いたベルも良い。客の入りには直ぐ気付ける。

 

 

 それで、先に待っているというバリスタ。ブレント・ドレーパーさんだが……。

 ……この店、空っぽだぞ。どの机にも誰一人いない。

 

「本当に居るのか?」

 

「居るわよー」

 

 居るらしい。

 ここからでは見えない席でもあるのだろうか。と辺りを見渡す。死角はあんまり無い。ともすれば、トイレに行っている可能性も……。

 

「チョーヤくーん?」

 

「来たか! 待ってくれー」

 

 誰だ。それは。

 

 母が名を呼んで、しかし応じて返ってきたのは声だけ。

 

 ……チョーヤくんと呼ばれた者は、母の友人という事で良いのだろう。ということは……と、推察の様な事をしていると、先に座っててねと適当なテーブル席に座らされる。

 その間に、母は遠慮なしにと厨房の方へ入っていく。……奥で何か話しているが、聞こえづらい。

 

 だがあの二人の関係性はある程度予想できる。

 成程、ここは彼のカフェなのだろう。だから、客が座る様な所に居なかったのだ。

 いやしかし、よもやヴァーチャルでバリスタかと思えば、現実でもカフェをやっていたなんて……。

 

「待たせたな。ほれ、コーヒーだ。きっと気に入るぜ。苦いのが苦手なら、砂糖とミルクを入れてみてくれ」

 

「……はい。どうも」

 

「チョーヤくんのコーヒーは美味しいのよー」

 

 苦い物は苦手では無いが、好みでも無い。でも苦い物は苦い。あと熱いと舌が火傷するから飲みづらい。

 拘った物は香りが良いとよく聞くが、それで眉が緩むかと言えば、そうでもない。

 

「おう。……お、そうだ。スープも持ってくるか? 丁度新メニューの試作品を作ってたんだ。大丈夫、タダだし、ちゃんと甘々とろとろの奴だぜ」

 

「え? ええと……お願いします」

 

 それを悟ってか、一言提案してくれた言葉に乗る。接客業としてのスキルなのか、俺達を安心させる笑顔が、ニカっと光る。

 

 あの笑顔は、配信上に映る仮想の姿の笑顔と、どこか似ていた。口調こそ配信中の彼とは違うが、気さくな返事と表情が不思議と俺達を納得させる。

 声質は画面の中の彼と似ている。兄弟を持っていたら分からないが、でなければ彼がブレント・ドレーパーだと思って良い筈だ。

 

「チョーヤさんが?」

 

「そうよー。現役でしょ?」

 

 カフェの店員として、あるいは配信者としてだろうか。

 どちらにせよ。確かにと頷く以外に、思いつく返答は無かった。

 

「……あれ、入れすぎたかも」

 

「む」

 

 明の声に気付いて、ミルクを注いでいたカップに目線を降ろす。なんだかミルキーな色へと変わっている。

 コーヒーに関する知識はあまりないが、明るい色のこれは、ラテと呼ぶべきな気がする。試しに飲んでみると、恐らく本来はあったであろう苦みは薄くなっていて、味や香りが甘味の向こうに感じられた。

 カフェの落ち着いた内装を、カップを口に運びながら眺めて待っている。と、彼が四杯のスープを持ってきた。カボチャの香りがする。

 

「お待たせ、と。いやしかし、久しぶりだな。王妃様」

 

「そんな風に言わないで頂戴。私は……そう、退()()したんだもの」

 

 その単語を選んだのは、もしかして俺達の配信からの引用だろうか。

 呆れたという気を、ラテの香りで誤魔化してしまう。もはや気にするに値しない。

 

「はぁ。ええと、このコーヒー、とても美味しいです」

 

「お、気に入ってくれたか? 有難いねぇ」

 

「はい。こちらのスープも美味しいです。カボチャの香りと甘味が良い……のですが」

 

 なんだか甘味が薄い、と言うのは失礼にあたるだろうか。……と思って、言葉にするのを止める。

 

「やっぱラテだとそこが気になるか。ラテとの飲み合わせは想定してなかったからなぁ。……客層的に、甘いドリンクとの飲み合わせを前提にした方が良いか?」

 

 腕を組んで、考える様な仕草をされる。

 言葉にはしなかったが、態度で察された様だ。

 

「美味しいと思うわ!」

 

「アンタは美味しいか美味しくないかしか言わねえだろ」

 

「そんな事無いわ! えっとぉ……カボチャの香りと甘味が、なんかこう……良いわね!」

 

「同じじゃねえか!」

 

 思わずとツッコみを入れる彼に、俺達は同調して頷く。久しぶりとは言え付き合いはそれなりに長いのだろう。母の面倒な所には、もう慣れているという感じが見られた。

 家族だからコレの苦労は良く分かる。

 

 

「……さて、と。あ、飲みながらで良いぜ。本題に入るが、そんな真面目な話にするつもりは無いしな」

 

 頷く。今までの様子からも、なんとなく、細かい事は気にしなさそうな人だとは感じた。

 

「改めて、俺は立山長也。またの名を……()()()()()()は伏せるが、二つ名はバリスタだ。今は誰も居ないが、念のためな」

 

「はい。初めまして、俺は玉川明一です」

 

「明です。親子と双子という面子なので、明、明一と呼んでください」

 

「おう、アイツの子供なのにしっかりしてて偉いぞー」

 

 反面教師は、子供の教育に有効な手段の一つである。当然だろう。

 

「まず、すまなかったな。言葉が足りなかったから、警戒させちまっただろ」

 

「いえ、気になさらず。確かに警戒しましたが、私達には相談相手が居たので」

 

「だな。こんなのでも良い親になれるもんなんだなあ。……つかよ、二人に俺の事教えなかったのかよ」

 

「え?」

 

「いや聞いた俺がバカだった」

 

 母が不満気に頬を膨らませた。

 

「それじゃあ本題なんだが、まずコラボに関しては丸々オーケー。但し特別扱いはリスナーに色々勘繰られるから、条件は一律、つまりそっちが条件を提示しても、対応はしかねる。大丈夫か?」

 

「大丈夫です。条件はあの資料の通りで良いですか?」

 

「おう。……交渉とか、異論も聞くけど、どうだ」

 

「いえ、こちらとしても、あの条件が適切だと思います」

 

「良かった。……妙に大人びてねえか?」

 

「子供の成長は早いからねぇ」

 

「……ま良いか」

 

 成長だのなんだのは置いといて……条件に関しては、あらかじめメールで既に教えて貰っている。

 お捻りの分配、コラボ配信を行うチャンネル、問題が発生した時の責任……等々。予め定めておかないと寧ろ困る様な事ばかりで、全体的に賛同している。不利な条件にされている、という事も無い。

 

 コラボをするからには、仲良しこよしで接して見せるのが良いのだが、世の中には親しき中にも礼儀ありという言葉がある。

 厳密な意味は違うだろうが、親しいからと言って則するべき常識や礼儀を欠くべきではない。

 

「俺の配信が具体的にどんなもんなのか、知ってるか?」

 

「はい。コラボの際にはお悩み相談や、人によってはゲームを一緒に、というスタイルですね」

 

「見てくれてありがとな。FPSとかアクションとかは苦手だが、ディクラ(DIG CRAFT)とかでのコラボが多いな」

 

 網羅している訳ではないが、昔はコラボ相手と冒険していたが最近は少し変化しており、彼が建設した施設をコラボ相手が見学しつつ雑談する、というパターンが多い。

 

「ディクラですね。俺達もよく遊んでます」

 

「おう、独特な共同作業が見ていて気持ち良いと評判だったな」

 

「見ているのですね。有難うございます」

 

「うんうん。良いねえ、双子仲が良いっつーのは」

 

 心底羨ましそうに、目を細められる。見た目は若いのに、言動がどこかおっさん臭い。

 

 

「……なあ王妃さんよ。昔は最悪だったんだって?」

 

「そうなのよ!」

 

 話が振られず、若干寂しそうな顔をしていた母に話が向けられる。

 

「この前の夏休みが終わったころかしら。そこから急に仲良しになっちゃって……」

 

「羨ましいもんだ」

 

「ふふふ。私も嬉しいわぁ。……そういえば、弟くんとはどうなの?」

 

「ああ、それな。まあ……」

 

 片肘を付いて、少し残念そうに答える。

 

「まだ拗れたまんまだ」

 

「そうなのねぇ。可愛くて良い子なのに……」

 

 弟がいたのか。

 雑談として、そこに関して話を深めようかと考えるが、止める。俺達の言葉は、大抵変な伝わり方をして誤解や亀裂を生んでしまう。

 

「なあお二人さんよ。どうやって仲良くなったんだ?」

 

「どうやって、ですか」

 

 黙っていようかと思ったが、問われたのであれば、考える。

 夏休みより以前の俺達がどうだったのかは、直接は知らない。改めてどうだったと母に問う事も出来なかったし、これを説明するのは難しい。

 

 と言っても、偽のストーリーは既に用意されている。

 

「……共通で遊んでいたMMOで、偶然お互いがフレンドだった事に気付いたんです」

 

「その後はまあ、トントン拍子で。ゲームの中でもフレンドにしては相性が良い方だったので」

 

「なるほどなあ。めっちゃくちゃ参考にならん。相性が良かったって事じゃねえか」

 

 元から参考になるとは思っていないが、それでも期待してしまうのであれば、彼も心から改善を望んでいるのだろう。

 

「ま、今んとこは諦めるか。って、今は配信の話だったな。何処まで行ったっけか?」

 

「確かディクラがなんだのと」

 

「そうそうそれそれ」

 

 元から気楽な打ち合わせのつもりだったのか、話が脱線しつつもゆるゆると進んでいく。

 

 

 どのようなコラボにしよう、という議題に、とりあえずディクラでという事になった。

 元々俺達はゲーム特化の配信者であり、コミュニケーションにも難がある。こちらとしても、何時もの様にゲームをしていて良いというのは気が楽だ。

 

 いや、いつも通りという訳には行かないか。

 

 粗方話しておくべきことは話したか、と区切りをつけた所で、ある事を思い出す。

 

「もしかして、増築ですか」

 

 予習として配信をちらと見たが、そういう話をしていたのを思い出した。

 

「お、見てくれていたのか。増築は正解、だが詳しい事は今は言えないな。配信前に打ち合わせしすぎると、リスナーも置いてけぼりだからな」

 

「詳しい話は配信中に」

 

「そうそう」

 

 なら良い。

 そういった内容が話せなくとも。それまでに出来る打ち合わせはしておきたい。

 

「他に気になる事は────」

 

 

 既に話すべきことは殆ど済ませた。

 世間話の様で、たまに思い出す様に配信に関わる話も上がっていた。特にありがたかったのは配信アプリの機能だ。

 予め母から教わっていたとは言え、彼女にはブランクがある。これは知らなかった、使うと間違いなく便利だ、と何度も頷きながら覚えて行った。

 

 母はまた拗ねた。

 

 

 ・

 ・

 ・ 

 

 

「それでは今日はこれで。ありがとうございます」

 

「おう、またよろしくなー」

 

 去り際の挨拶は、友人同士の別れの様に行われた。

 ……友人、と言うべき関係だろうか。あるいは同業者、と言った方が俺らには分かりやすい。

 

 数多くのコラボ相手との経験が生んだコミュニケーション能力と言うべきか、あるいは持ち前の能力によって良い人脈が保たれていると言うべきか。

 

 どっちにしても俺達には真似できないやり方だ。

 参考にするとは言わないが、助けを受ける事は出来るだろう。

 

「……アイスでも買うか」

 

「そうだね。なんだか疲れた」

 

 何はともあれ、話しすぎた。確かに美味しかったが、熱い飲み物の次はアイスが口に合う気がする。

 普段ならミントを選ぶが、バニラの方が口に残ったコーヒーの香りを狂わさずに済むだろうか。

 

「明日は休んで、明後日から頑張ろう」

 

「だねー」

 

 経験や知識を蓄え、そして相談を重ねて備えるのも良い。

 しかし俺達には、気長にのんびりやるくらいが丁度良い。




起承転結で済ませられるように四話構成にした筈が、そんなに承と転が出来てない我が技量。
無計画の為せる業である。


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双子
誰だお前、と俺は思った。


 

 日常というものは、何時だって普遍だと感じる物だ。

 母が作ってくれる朝食は、レパートリーが少ない故に食べ慣れた物ばかりで、登校するときにすれ違う人々も見覚えのある顔ばかり。

 

 夏休みを跨いだ後も、似たような顔ぶれだと思える程に、見慣れた光景だ。

 

 昨日は無かった筈の工事現場、道路を駆け渡る見慣れない野良猫。それらもきっと、日常の一部として吸収されるか、あるいは消えていくのだろう。

 

 通う学校までの距離が縮まってくると、同級生の誰かと、違う学年の誰かを多く見るようになる。顔に見覚えはあっても、その人が何年何組かさえ知らない様な関係が殆ど。

 実際に顔と名前を覚えている人は少ない。一年目の三学期に入った時期、未だにクラスの6割の顔と名前を一致させることが出来ていない。

 人間関係に関しては興味をあまり持てず、加えて記憶能力が人並み未満に留まるのが理由だろう。

 

 

 この見慣れた入り口で、履き慣れた上履きを履く。

 さあ、新学期の始まりだ。

 

 

 

「その席じゃないよ」

 

 俺にしては珍しく気合を入れたというのに、横槍を入れられた。聞けば知った声。見れば知った顔。しかし名前だけは浮かんでこないクラスメイトの言葉に、俺は首を傾げた。

 

「……?」

 

 教室に入って、小慣れた動きで机や人を避けつつ席に着いた時の事だ。

 すぐに返事の言葉を出せなかったのは、俺の記録ではここが正しい席となっていると、脳内のパラドックスにより一時停止していたから。……肝心なのが、記憶ではなく記録、という点だ。

 

 学期を跨ぐ際に移り変わって行く席順は、どうしても学期間にある長期の休みで忘れてしまう。その策として簡潔なメモを取っていた。

 

『15番席 3、3』

 

 メモ代わりのレシートがポケットから出される。夏休み前に購入された昼飯の品目と、その空きスペースに席の場所を示す情報が記されている。

 

 顔を上げて、また数えてみる。1、2、3。1、2、3。その位置は正しくこの場所だ。

 

「いや……あれ?」

 

「それメモ? 15番席……あー、メモも間違えてる」

 

 どうやら呆れられたらしい。間違いの指摘に加えて、この席に座るべきだった人の名前が上がるが……どの顔に該当する名前なのか、俺の脳内検索に引っかかる事は無かった。名前自体は聞き覚えがあるのだが。

 

「ねー、明一(めいいち)の席知ってる人居る?」

 

 彼が大声を張り上げると、窓際の方で手が上がった。

 先の彼と同じく顔と名前の一致しない()()()()にこっちだよ、と案内された俺は、礼を言いつつ席に座った。

 

 ……はあ、珍しくメモと言う行為に手を出したと言うのに、これではメモ損である。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 それにしても。メモ損と言うと、クリーンアップやデフラグを掛けてやれば直りそうな響きだな。

 

 ホームルーム中に馬鹿げた事を思っているのは、一般陰キャ高校生の俺。玉川明一(たまかわ めいいち)だ。

 残念ながら、入学から約半年を経ても友人という関係を作らずに過ごした俺は、自宅からの出発よりホームルームの点呼まで、ほぼ無言でいた。

 ……いや、さっき席を教えてくれたときに礼は言ったな。つまり席に着くまで無言だったということか。ほとんど変わらないな。

 

「玉川明一」

 

「はい」

 

 よしきた。机に両肘をついてリラックスする。一度呼ばれれば、点呼を聞き逃し、寝ているのだと勘違いされることはない。

 ホームルームの終わりまで楽にしようと、一息つこうとする。……が、

 

玉川明(たまかわ あかり)

 

「……は?」

「……はい?」

 

 リラックスするつもりだった吐息は、惚けた声として発された。

 

 いやいや、聞き違いだろうか。俺の名前の読みは「メイイチ」であって、間違っても「アカリ」では無いし、そうすると「イチ」の字はどこに消えたと言う話になるし、そもそもさっき点呼で呼ばれたよな?

 

 俺とは違って、クラスメイトどころか、同学年の全員の名前と顔を覚えている我らが担任は、同じ人の名前を2度点呼するというミスはしない筈だ。名前を呼び間違えるのも、同様に。

 人間誰しもミスはある。意識が散漫としていればそう言うこともあるだろう。

 

 だが……。ああ、これはミスでは無いのだろう。

 2人を除いて、動揺する者はいない。点呼ミスを指摘する者もいない。当然のように、担任の声とクラスメイトの声が交互する行為が続けられる。

 その中で、俺たちはお互いの目線を向き合わせていた。

 

「……」

「……」

 

 俺と同じく惚けたような調子の声だったが、一応は応答として成立した返事を返した誰か。

 見覚えはないと言うのに、馴染みのある顔。聞き覚えがないと言うのに、似通った名前の誰か。

 

 俺たちは、存在しない筈の俺たちを、初めて認識した。

 

 



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性転換したらこうなるのか、と私は思った。

 ホームルームが終わり、最初の授業までの10分間が与えられる。

 そうすると生徒たちは動き始める。教科書を机の上に置く者、友人と雑談をする者、飲み物を飲む者、提出物らしき何かを書いている者。

 その何れにも習わず、混乱した頭で椅子に腰を下ろしたままなのがこの私、玉川 明だった。

 

「……」

「……」

 

 幾らかの席を挟んで、遠めの距離の間見つめあう。その瞬間に何かを気づくと言う事はない。寧ろ疑問ばかりが深まる。

 知らない顔だが、なぜだか馴染み深いような気のする顔だ。けど知らない。名前も全く聞き覚えがない。学校に同じ苗字の人間がいるとも聞いてない。

 

 ……いくら何でも、これはおかしい。私は意を決して、見慣れない一人の席の元へ向かった。

 

「玉川 明さん?」

 

「うん。そっちは、玉川 明一……さん? その、転校生では無い……んだよね?」

 

「いや、間違いなく入学式からこのクラスだった。そう言うアンタこそ……」

 

「え、私も入学式から居たけど、アンタも私の事が知らないの……? 確かに影は薄いかもしれないけど……」

 

「名前を聞けば思い出せるし、同じ苗字の名前を忘れる訳がない。……待て、という事は同じ状態って事か?」

 

 一体どういう事だろう。

 脳みそが不具合でも起こしたのだろうか。確かに私は忘れっぽいかもしれないけど、同姓の名前は流石に覚えるし、半年にもなって聞き覚えが無いという事態にはならない筈だ。

 それに、二人そろってお互いの事を忘れるとかいう事態、想像も出来ない。あり得る話だとは到底……。

 

 周囲の反応を見れば分かるかな、と周りを見てみるが、彼を注目する様子はこれといって見られない。ホームルーム中の様子から鑑みても、明一という男への反応は、とにかく普通だった。

 ……やっぱり私の脳みそが狂ったのか?

 

 お互い頭を抱え、しばらく経ったところで顔を向き合わせる。

 

「とりあえず……周りに合わせるか」

 

「賛成」

 

 とりあえずお互い周囲に合わせる方向で決まった。

 私と同じく、彼も私の存在に関しては完全に覚えが無いらしい。対になっているだけで、私と同じ状態だ。

 

「一応言っておくか。……初めまして。俺は玉川 明一だ」

 

「ああ、うん。初めまして。私は玉川 明」

 

 

「「……なんだ、これ」」

 

 

 これ以上奇妙なファーストエンカウントも無いだろう。まだ教科書を開きもしていないと言うのに、頭痛に頭を抱えることになった。

 

「取り敢えず……今は授業の準備か」

 

「だね……」

 

 

 せめて、国語担当の教師は彼の存在に疑問の一つや二つ覚えて欲しい。と願うも、ホームルーム中の担任と同じように、果てには他の教師も同様に、私と明一は当然のように一般生徒として扱われた。

 

 一体全体何事なのやら。

 読んでいたラノベの続きが気になったり、徹夜をしてしまった時の方がまだ集中できていただろう。

 それぐらいの放心状態のまま、午前最後の授業を目前に迎えてしまった。

 ……授業に追いつけるのか心配だ、とは一度思うけど、復習予習を試みたりする事は無かった。

 

 向こうの様子を見るけども、私と同じく誰かと仲良く話すこともなく、無言で佇んでいる。よく見るとイヤホンを付けてる。

 私も休み時間中によく曲を聞くし、休み中に話をする仲の人は居ない。雰囲気もそうだが、どうも私と似ている気がする。

 飲んでる物も私のと同じミルクティーだし。

 

「……?」

 

 あ、目があった。

 ……何時もならすぐに眼をそらすけど、不思議と気まずいと感じる事がなかった。私が勝手に仲間意識を抱いているからなのか。

 また見つめ合うのもなんだから、目線を手元のノートの方に移した。……何も書いてない。今日の分の授業は置いてかれただろうな。

 

 そうしている内に午前最後の授業も後半に入って……今度は、教師の声が耳に入る事に気づく。

 この奇妙な状況に、自分なりに整理がついたのだろう。

 

 ただ、整理がついたとは言っても分からないことが多い。多すぎる。その分からないを消し去るために、ちゃんと彼と話さなければ。

 

 

 授業が終わり、机に出していた筆記用具を仕舞い始めて……そう言えばと、今度は胸ポケットから手帳を取り出す。

 

 取り出したのは、私の情報が書かれた生徒手帳だ。そうだ、これなら理解不能な現状を打破できるかもしれない。

 早速立ち上がって、彼の机に向かってからその話を切り出した。

 

「どうした?」

 

「生徒手帳を見せて」

 

「生徒手帳……なるほど、分かった。そっちのも見せてくれ」

 

 そう言われるだろうと思っていたから、手にあった物を渡す。

 

 交換する形で受け取った生徒手帳には、目の前の顔と同じ顔が写真に。そして私の名前に一の字を付け加えた様な氏名の項目がある。生年月日や、住所が……ええ?

 

 思わず彼の顔を見る、鏡の様に、彼も同じく私の顔を見た。

 生徒手帳を机に置いて、彼も同じように生徒手帳を並べて、二人そろって見比べ始める。

 

 ……やはり、一緒だ。

 名前や顔は別なのだが、生年月日と住所が一緒なのだ。番地も、部屋の番号まで。全て。

 

「待て、待て」

 

「待つも何も」

 

「とにかく頭の整理をさせてくれ。……住所が一緒ってことは、同居しているって事か?」

 

「そうとしか」

 

「だが俺の家には俺と母しかいない筈だ」

 

「同じく。私だって、認識上は母と私だけ。居候なんてのも居ない」

 

「……引っ越して、元の住所のままだったとかじゃないだろ?」

 

「うん。しっかりと今の住所。入学直前に引っ越した」

 

「引っ越し時期も同じ……? じゃあ、引っ越し前は」

 

「駅の隣。窓から駅のホームを観察できるぐらい隣のアパート」

 

「隣にコンビニがあったよな」

 

「あった」

 

「ということは……。なあ、母だけだって言ったよな。父は?」

 

「母さんは巳咲って名前。父さんは2年前の夏に病死。元々病弱だったし、病院暮らしもあって関わりは少なかったな」

 

「同じく……。同じ時期に同じ死に方。病弱なのもだ」

 

「やっぱり。じゃあ、同じ家族って事だよね」

 

 二人揃って、また頭を抱える。

 

「……俺たちは兄弟、と言うより、双子だったのか?」

 

「そんな筈は」

 

「俺だって」

 

 がくっ、と力が抜けてくたびれる。落ち着くための深呼吸が二人同時に行われて、また同じタイミングで息が吐き出された。

 

 

「……なあ、パソコンは持ってるのか?」

 

「ノートパソコンあるよ。エースってメーカーの」

 

「同じ奴だな。……やっぱり、パソコンでゲームか」

 

「うん。色々やってるけど、強いて言えばMMOを。パラレルフェイツって言うんだけど」

 

「同じのやってるな……」

 

「本当? もしかして……ねえ、好きな食べ物は?」

 

「特にこれといった物は」

 

「私も。苦手も好きも無いと言うか」

 

「そうそれ」

 

「じゃあじゃあ、音楽は何を聞いてる?」

 

「ボーカロ系が多い。マイチューブを自動再生で適当に流してるから、決まってこれといった物は」

 

「同じ感じだ。でもAbout usは一時期何度も聞いたな」

 

「一時期って、ニッコリ動画を見てた頃か。サンキャクの歌ってみたしか聞いてないけど」

 

「アレンジが極まったのを最初に聞くと、原曲にむしろ違和感があるよね」

 

「賛成。何度も聞くといえば、奴のボス戦BGMはよくループにして聴き入ってしまうな」

 

「奴って?」

 

「言わなくても分かるだろう」

 

「……確かに、そうだね。ここまで来たら、言わなくても分かる。……あの時の事を思い出すと、今にでも涙が出かねないや」

 

「何度死んだかを思い出すと……」

 

「……うん」

 

 しんみりとした空気になる。

 ムキになって何度もやり直したが、その死闘の甲斐あってエンディングまでを迎えたあの時を思い出す。涙が出そうだ。

 

 

「……それで」

 

 過去を振り返る気が無くなった頃合いで、切り替える様に明一が言う。

 

「もう、同じ結論に辿り着いていると言う認識で良いか?」

 

「そう、だね。ここまで来たら、双子だった記憶を失ったって説さえ疑わしい」

 

「だな、双子の記憶が無くなるなんて聞いたことが無い。しかも二人同時だ。これじゃあ、過去が改変されたとしか」

 

「私達が並行世界に飛んだのかもしれない。神の意思とかいう奴じゃないかな」

 

「気まぐれにも程があるな……」

 

「きっと、神の気まぐれには限界も何も無いんだろうね」

 

 ……私達が辿り着いた結論とは、『明一と明は同一人物説』である。

 

 まず最初に疑ったのが、私達が双子という事実をどういう訳か忘れ去ったという説。顔も遺伝を感じるぐらいには似ているし、父の話まではそれで通じていたのだが……パソコンの話を境に、それだけでは無理が生じてきた。

 食べ物や曲、ゲームの好みは同じ。細かい所感まで噛み合わせてみると、双子説よりも納得できる説が生じてくる。

 

 その説、同一人物説が、私たちの結論として選ばれたのだ。正直、今も疑わしいけれど……彼から感じる奇妙な親近感に、否定しきれないでいる。

 

「周囲の反応的に、双子説もまだ可能性はあるけど……。超自然的な何かを信じられるなら、同一人物説かな」

 

「……もし本当に、今までの双子としての記憶があったとして」

 

「席の数は記憶と違うし、なんなら席だって変わってるし。私達の記憶が無くなったというより、事実が変化したとしか」

 

「ああ。専門家も認めるぐらいの可能性があれば、是非ともこっちの可能性に賭けたいが……」

 

「反論材料が多すぎるね。もし双子だとしても、対人対戦のゲームをやった記憶が無いし。何なら名付けに違和感が出る」

 

「幾ら双子だとしても、明一と明だなんて名前のはな」

 

「うん。双子だからって、同じ由来で名前は付けない筈」

 

「明るい子に育って欲しい、だったな」

 

 詳しくは覚えてないけど、そんな想いを名前に込めたのにも関わらずその陰キャとなってしまったと言うのは、なんとも皮肉な顛末だ。

 ……それは別の話か。

 

 

「……とりあえず、飯にするか。何買ってきたんだ?」

 

「これ」

 

「量はちょっと少なめか。でもほぼ同じだ」

 

「ね」

 

「だな」

 

「違うのは性別と」

 

「性別に影響される物ぐらいか」

 

「……多分ね」

 

「まだ分からないが、多分、そうかもしれない」



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だからってここまで気を許せるのかと、俺は思った。

下ネタと言うか、男女間のあれこれを想像させる描写が含まれます。あれこれです。


 こういう状況になると、流石に一人で帰るという事をする選択肢が無くなってしまう。

 そもそも全く一緒の住所。お互い部活動もやっていないとの事で、別々で帰る理由の方が無いと言う状態になっている。

 

 放課後、無言のまま教室から出て廊下で合流するが……、もし細かい性格が全て俺と同じだとすれば、帰るまで無言になりかねない。

 だからと言って、なんとか話題を捻り出そうする気もない。する気は無いのだが、そういえばと、気になる事を思い出す。

 

「忘れ物は? 説の通りなら、忘れっぽいのも同じだろ」

 

「うん。忘れっぽいよ。今回は無い筈」

 

 そう思って、何度忘れ物をした事か……。と言っても、明日の登校までの間、無いと困る物といえば携帯電話と財布、そしてカギぐらいなものだ。

 一応、確認するか。

 

「はい確認、携帯」

「ある」

 

「財布」

「ある」

 

「鍵」

「……あれ? あ、鞄に入れてた。よし」

 

 良かった。一緒に俺も確認するが、大丈夫だった。

 

「セーフ」 「今回はセーフだ」

 

「まあ失くしても……悪用が心配だが、俺の分があるからな」

 

 だからって忘れても良いわけじゃないんだが……。何度も失くしたら、鍵屋にお小遣いを捧げることになる。それは勘弁だ。アパートの大家にも迷惑がかかるし。

 

「……ていうか」

 

「……あー、多分同じこと思ってる。同じ家に住んでるなら、部屋割りってどうなってるんだろう」

 

 2LDKという、二人暮らしぐらいが丁度いい具合な貸し部屋の我が家だが、三人暮らしとなると、二部屋のうちどちらかを二人部屋とするか、LDKの冷たいフローリングに横たわらなければ行けなくなる。

 夏なら丁度いいかもしれないが……。

 

 あるいは双子扱いされてるとすれば……。下手すれば狭いベッドの上で占領戦を強いられることになる。

 明も同じことを思ったのか、遠い目でうわあ、と呻いた。俺も呻いた。

 

「今から言っておくが、寝返りで頭を殴ったり胸を触れても怒らないでくれ」

 

「明確な悪意が無きゃ別に良いし、お互い様だけど……。というか、不思議なものだよね」

 

「不思議だな。ホームルームの時から今まで、ずっとそんな感じだ」

 

「それもそうだけど、……ほら、お互いって存在しないよね。認識上は」

 

「そうだな。だが、世界や人々はそうじゃない」

 

 双子と認識されているのか、似た名前の二人として認識されているかは確認していないが、主観的には異常な俺たちが、自然体で受け入れているのだ。

 一人分増えたクラス人数も、机も、授業で行われるグループ割りも、全て矛盾なく修正されている。この調子で戸籍を確認すれば、完璧な三人家族が見られるかもしれない。

 

「世界が歪んだか、正しく見える世界線へ移ったか……」

 

「パラレルワールドか……。俺たちの記憶が弄られてなければ、異なる世界線から来たという事になるんだろうな。無から出てきたとはあんまり考えたくないし」

 

「あるいは記憶を複製して分裂したのかも」

 

「なにそれ怖い」

 

 主人公とヒロインがそういう感じのゲームもあったな、と苦笑いする。

 

「まあ……そこらへんを想像するのはよしておこう」

 

 話の流れで、疑問したり悩んだり恐怖したりで忙しいが……、それにしてもなんだかんだで話が続いている。

 

 基本的に誰かと進んで話すなんてことはしない。誰にも向けられずに出てきた独り言を、誰かが拾う事はあっても、それ以外に会話の切り口を俺が見出すことはしない。

 

 ……以前誰かと一緒に下校する時があったのだが、その時は殆ど俺は受け手だった。会話が途切れることは無かったのだが。

 あの時は疲れた。趣味の事とあらば何でも話すものだから、会話を比較的苦手としている俺でさえ、別れ際直前まで話が続いていたのだ。

 

 

 まあとにかく、ここまで話の合う相手と話すのは初めてだ。何せ、異性の自分と話しているのだからな。好奇心もあるし、話しやすさもある。

 

「……女子でも、俺みたいな人間が居るんだな」

 

「否定はしない。授業以外でイヤホンを外すタイミングなんて、コンビニのやり取りぐらいだし」

 

「イヤホン双子という訳か」

 

「語感が悪い」

 

 冗談交じりの指摘に、声を上げて笑わずとも、笑みだけ浮かべて見つめ返した。

 

「言うとすれば、イヤホンツインかな」

 

「悪いが、それも語感が悪い。イヤホンツインズなら野球チームに似合いそうなネーミングになるな」

 

 同じ条件の双子を見つけないと、イヤホンツインズは名乗れそうにないな。どれだけ厳しい条件になる事やら。

 

「そうだな。方向性を変えてツインダークはどうだ」

 

「随分と変わったな。今度は同時に倒さないと攻略できなさそう」

 

 同時撃破は苦手なんだがな。と俺は、いつの間にか笑いながら話していた。 

 

 何時もより短い時間に感じる帰路の中で、随分と俺たちは楽し気に話に講じていた様だ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 さて、見覚えの強い景色の下を歩いて、見慣れたアパートの階段を上がって、何時もの足取りで自分の家の前に立つ。

 

「家だな」 「愛しの我が家だ」

 

 外観には変化が見当たらないが。

 ガチャリと扉を開けて入るも、内装も随分見慣れた状態のまま。しかし、すこしだけ慣れない空気感に、俺は疑問符を浮かべつつ鼻に空気を取り入れる。

 何と言うか……女子っぽい香り? そういえば明から感じる匂いと似ている気がする。

 

「登校する前とは空気が少し違うな」

 

「違うね。私と明一が一緒の世界に現れたのは、登校中の事だったのかな」

 

「そういえばそうなるのか。家に突然現れたり、教室に突然出現したりもしてないし。……母は居ないな」

 

「帽子が無い。買い物中だね」

 

 玄関脇のハンガーポールには、確かに母の使っているキャップ帽が無くなっていた。

 

「買い物か……」

 

「じゃあ、ゲームでもしよー」

 

「……っていうか、パソコンって二人分あるのか?」

 

 そんな疑問を浮かるが、自室に入ってみればすぐに解決した。

 一人分しかない。

 

 ……まあ、現代にはスマホという便利なゲーム機が存在する。

 

「そういえば、中古のパソコン無かったっけ?」

 

「何世代も前のOSが乗ってるようなのだな。……使い物にならなさそうだが」

 

「動画の再生ぐらいは出来るんじゃないかな」

 

 きゅーん、というPCのモーター音が止んで、PCの起動が完了する。

 そこから何度かクリックされて、気に入っているチャンネルの更新のチェックが始まる。

 

「……スマホで良いだろ」

 

「まあスマホも色々出来るしね。そっちはアプリ何入れてるの? っていうか番号一緒?」

 

「どうなんだろうな? この際だ。連絡先も交換するか」

 

「おお、異性との初めての連絡先交換」

 

「その相手というのがほぼ自分な訳だが」

 

 実際やってみれば、番号はそもそも別だった。そういえば携帯電話を買うときに、下四桁は自分で選べた気がする。

 自分の名を冠したメールアドレスも、明と明一とで差分が出来ているから問題なかった。

 アプリは殆ど一緒だ。見せてもらったが、女性向けアプリが幾つかページの隅に追いやられていた。必要かと思ってダウンロードしたが、結局使ってないらしい。

 

 そうだ、充電ケーブルも二人分無いだろうか? 改めて自分の部屋……もとい、俺たちの部屋を観察してみる。

 

 懸念していたベッドに関して見れば、先ほどの心配は無用だと分かった。サイズは少しばかり大きくなって、枕が二つ並んでいる。2人分のスペースとしては……大の字で寝れない程度だ。

 ……というか、ベッドが一つで枕が二つで、という事は、つまりはそういう事だろう。

 

 小学生ならともかく、この年で異性とベッドを共にするとか頭おかしい気がしないでもない。狭いし。

 

 自室に置かれた家具がここまで明確に変化していると、改めてこの世に起きた異変を実感する。ちゃんと充電ケーブルも二本ある様だし。

 

「……この世界だと、俺たちは2人で横に並んで眠って当然らしいな」

 

「ああ、ベッド広くなったもんね。枕も増えた」

 

 立ち上げられたゲーム画面では、無意味にダブルサイズになっているベッド見下ろす主人公の視点があった。それを操作しつつ、明は言葉を続ける。

 

「まるで、ずっと前からそうでした、みたいな感じ」

 

「だが実際は今日が最初だ。……そうすると、デリケートな問題とかあるな。大丈夫なのか?」

 

「月経とか? ……まあ当分は大丈夫。そうそう、ここのカレンダーに月経の予定日と薬があるから、変に触って失くさないでね」

 

 勉強机の隅を指さして言われる。ああ、あの薬は女の子の日用なのか。

 ……彼女がストレートに月経と言って、俺が女の子の日と言い換えるのは妙だな。

 

「ああ、分かった。その時が来れば融通は効かせよう。後それとは別に俺にもあるんだが」

 

「あるの?」

 

「ある、朝に息子が暴れたり、朝じゃなくても不定期に暴れたりとか。……そのガス抜きとか」

 

「……あー。そっちの問題か。確か興奮すると変形するんでしょ?」

 

 奇妙な言葉選びな気がするが、通じてくれて助かった。

 明は一瞬だけ手を止めて、ふうむ、と一息置くとまた動き出す。

 

「先ず第一に、私の身体は立ち入り禁止で」

 

「無論そのつもりだ。それとさっきも言ったが……」

 

「ああ、さっきの話ね。触れたり、見て致すだけならグレーゾーンかな、明一との間柄に免じて。容貌も、嫌悪感を感じない所か、我ながら悪くない見た目だし」

 

「そりゃどうも……褒めてるのか?」

 

「自分の顔を褒める人が居る?」

 

「滅多に居ないな」

 

 確かに、自分の顔を評価することはあまりない。明の顔を見つめてみるが、どうにも鏡を見ている気分になってくる。男女差もあるし、見た目では容易に判別できるというのに。

 

「理性も道徳も欠かしてない私と明一なら、嫌と言えば手は引くでしょ? ……多分」

 

「そこが曖昧だと怖くなるんだが? というかお前を……あー……、おかず、にする前提なのはどうなんだ」

 

「……確かにそうだ。あ、もしかして私って私が思ってるより不細工?」

 

「いや、別に見た目に関しては悪くないが……俺が知らないだけで、女っていうのは大体こうなのか……? こう、恋愛的なロマンとかこだわりは無いのか」

 

「そこに無ければ無いですね。ていうか大体、そっちもそうでしょ」

 

「……それはそうだが」

 

 女を守るのが男の役目だとか言う意識や、恋愛関連の願望やこだわりとかはあまりない。

 なんでも気軽に話せそうな彼女だが、この話題だとどうにも価値観の違いを感じる。

 

「だがな、銅線ばりに抵抗がないのはどうなんだ」

 

「立ち入り禁止の意思表示ぐらいはしたよ」

 

「いや、本当に最低限のラインだろ、それは」

 

「んー……分かった。具体的な私の考えを述べようか」

 

 進行していた箱庭系のゲームが、Escキーによって一時停止させられる。

 

「私にとって、明一はほぼ私。今日だけで、これはもう確信したよ」

 

「……ああ」

 

「それで、明一と私が交渉するとする。まあ、道徳的に考えて本番は抜きとして」

 

「当然の話だし、交渉するつもりもないが」

 

「それって実質自慰行為では?」

 

「なるほど我ながら下品で変態的だな。一瞬でも納得してしまった」

 

 そして納得した俺が恥ずかしい。一応反論の言葉を探すが、何分、そもそもの原因がハイファンタジーな事柄な訳だから、どれが適切な反論なのか、てんで分からない。

 

 

「変態的……ああ、なるほど。こういう問題って、確かに男の方が悪者になりがちか、だからそんなに慎重なんだ」

 

「その通りだ。加害者を作らない努力と言うのも知ってくれ。二人である以上、何かあっても自傷行為にはならないんだ」

 

「でもさ、合意すれば事件にはならないんじゃない?」

 

「……未成年が合意だの何だの言ったところで、世論はともかく法は聞いてくれないぞ。万が一、交渉の末に命中すれば、なおさらな」

 

「あー」

 

「それに、なんか違うだろ」

 

「んまあ、言語化できない何かがあるってのは伝わった。善処するよ」

 

「頼む、アンタが良くても俺が勝手に罪悪感を感じるんだ」

 

「まるで私が尻軽女みたいな扱いをされました。償ってください」

 

 ……。

 

「……」

 

「話を変えよう」

 

「ねえなんか言って?」

 

「浮かれてないか? 具体的にはゲームを立ち上げ始めるタイミングから」

 

「私の所為とは言えこの強引な話題転換。……うん、浮かれてるのは認めるよ。なにせ隣に私が居るんだ」

 

 確かに。何から何まで共通点ばかりの彼女は、言ってしまえば人生最高の友であると過言では無い。

 友人という存在をあまり理解していない俺だが、流石に彼女を友未満の存在などとは言えない。

 

「それに協力ゲームとか、1対1の対戦ゲームとか、CPU相手にしなくて済むと思うとね。特にMMO。遂に気兼ねなくパーティを連れまわせるんだよ」

 

「……本当だ。ちょっと待て、これと同等かそれ以上のPCって幾らするんだ? 場合によってはバイトも一緒にやってもらうぞ」

 

「勿論協力しよう。二人なら資金の収入も二倍で……お、もしかしたらお年玉も二倍に」

 

「それは高望みな気がしないではないが。出来るだけ早く手に入れられるのならそれで良い」

 

「よーし接客系のバイトなら任せろ。多分明一よりかはマシだし」

 

「……肉体労働系も苦手なんだが……明よりは行けるか」

 

「私だって会話苦手だよ。でも店員に対して雑談なんてしないでしょ? 店の案内と商品の相談ぐらいだよ。だったら……あ、少し自信なくなってきた」

 

 二人そろって弱点が一緒なのは仕方ないが……。俺達でどうにか出来るだろうか。

 生涯一人っ子の俺が何度か望んだ、友人との共同プレイが今叶えられると思うと、弱点の克服に結構な労力を費やせる気がした。




あれこれでした。


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ママはママで全然変わらないな、と私は思った。

 

 バイトの募集に関して、パソコンを駆使して探して数十分。後ろで時折鳴る音を聞き流しているのが私だ。

 彼の手元から銃声がパパパンと鳴って、続く爽快な効果音と足音がバタバタと続いていく。言うまでもなくゲームアプリから発される音だ。

 

「なんか悪いな。俺だけ遊んでる様で」

 

「んー、大丈夫。ランクが上がってればね。こっちの方もだいぶ纏まったし。例えばこれ、少し遠いけど、飲食店のバイト募集があるらしい」

 

「ファーストフード系か?」

 

「んーん、ファミレス」

 

「……仕事内容ってどんな風に違うんだ?」

 

「ファミレスは接客だけ務めるんじゃない? 牛丼とかバーガーとかの方だと接客と調理、一緒にやってるし」

 

 確かにそうだ。

 ネットの海に沈んでいく日々の末に得ている知識では、コンビニバイトの業務と言えば、レジ打ちに接客に在庫管理に商品羅列にと、確かそういった風だった筈だ。なんか、庶民向けの店って、店員の負担が多い気がする。

 ……別にネットに潜らなくても知れそうだけど。

 

 ファミレスに関してはどうだろう。覚えている限りじゃ、接客とオーダーの伝達ぐらいしかやっている様にしか見えないが。

 ……いや、他にも結構あるな。テーブルの様子を見てやったり、食器を配ったり回収したりと、接客とだけ言って一括りするには色々やっている気もする。

 

「なんか」

 

「なんだ?」

 

「色々考えてたら、途端にやる気が減衰してきた」

 

「確かに。まるで一本の羽を投げたような感じだ」

 

 たとえ全力で投げ飛ばしたとしても、空気抵抗をまともに受けて、結局目の前で落ちるみたいな。そんな感じでやる気が無くなってしまった。

 

「ま、一緒に頑張ろう。……って言ったら、やる気出るか?」

 

「生憎と協調性はどっかで失くしちゃったな」

 

「だろうな。二人一緒の職場だったら、協調性の問題も少し和らぐかもしれないが」

 

「……双子揃って雇う所ってあるの?」

 

 職場以外でも見たことないな。っていうか、二人揃ってる所を見かけたって、普通は双子だって気付く事ないし。

 

「……働くってのはどうにも」

 

「気が進まないものだなあ……」

 

 好きな事を仕事にすれば、長続きするとは聞くけれど。バイトと聞いて思いつくような仕事と、一般に聞く趣味が共通する所ってあまりない気がする。

 

「ああでも二人分のパソコンが欲しい……」

 

「……一回、頑張ってみるか?」

 

「頑張るぅ?」

 

「二人で、一緒に履歴書を突き出してみようか」

 

「……威力高そう」

 

 まあそういう事なら、コンビニに行って調達するまではしようかな。バイト面接のセオリーとか、そういう情報も確認しつつ。

 

「それじゃあコンビニ行ってくるから、面接の流れとか調べておいてね」

 

「分かった。……この試合が長引いたら間に合わないかもしれない」

 

「まじめに調べてくれたら膝枕してやろう」

 

「……ご褒美のつもりなのか?」

 

 とは言ってくるものの、渋々と、もとい恥ずかしそうに頷いてくれた所を見るに、効果アリで良さそうだ。

 膝枕ぐらいなら、彼の加害者意識を刺激することは無いしね。……それに、お互い友達ゼロ人生活が長く続いてるんだ。人肌が妙に恋しくなるのはわかる。

 

 母との仲はそれなりだから、甘えようと思ったら受け入れてくれるだろうけど……現状、この家族でたった一人の働き手だから、そこまで甘えられない。

 

「じゃあ」

 

「気をつけて」

 

「……あー」

 

「……どうした?」

 

「外行きの服に着替えたいんだけど、ここに居て大丈夫なの?」

 

「あ」

 

 ……やっぱり明一的にはレッドだったらしい。彼はベッドの中で毛布を被り、団子になってしまった。

 母の着替えを見ても、何とも思わないくせに。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ……そういえば、明一が持ち込んだ財布の中身。あれも大丈夫なのかな。

 国の貨幣管理的に矛盾ができる気がする。諭吉さん達……は流石に持ってないけど、野口さん達に振られた番号が被ってたりしたら、私らが2人とも捕まりかねない。

 

 今までのことを見る限り、そこらも問題なく修正されていると思うんだけど、超常的な事だからどうも信用できない。

 

 あ、こっちの棚にあったのか。……これで良いかな。

 

 目的の紙は持った、ついでに安くて多いポップコーンもカゴの中。

 三食きっちりご飯を頂いていると、あまり腹に収まらないんだよね。一つ買ったら、二日に分けて食べないといけない時もあるぐらいだ。

 今は二人いるから良いだろう。むしろ物足りないかもしれない。飲み物は水道から水をほぼタダで貰うとして……。

 

「明ちゃん?」

 

「ん……ママ?」

 

 コンビニを出ていくと、見慣れた顔が現れる。スーパーに寄っていたのか、3人分の弁当と幾らかの飲み物を入れた袋を持っていた。

 というか、今日弁当なのね。いつも作ってくれるけど。

 

「珍しいじゃない。お菓子買ってきたの?」

 

「うん。履歴書もついでに」

 

「へえ、履歴書を。……リレキショっ?!」

 

 今の声どっから出たの?

 

「えっと、私がバイト探すのがそんなに変?」

 

 もしかして、私達が増えたのが原因で、母にも何かしらの変化が?

 

「お、お金に困ってるの?! 詐欺にでも遭ったの?! それともギャンブリュっ……」

 

「……ママ?」

 

「舌いたあい……」

 

「ママ……?」

 

 やっぱり変わってない気がする……。変わってないけど、言葉を噛んで舌も噛むのは初めてだ。

 妙にキャラが濃いのは、相変わらずかな。

 

「別に大金をドブに落としたとかじゃないよ。ただ、ちょっと高い買い物をする予定が出来て」

 

「……クスリ?」

 

「パソコンだよ」

 

 鏡が無くとも自覚できる程の呆れ顔を作って、勘違いを正す。

 とんでもない事を言う、このとんでもない母は、あれでも普段は普通にママさんな一般40代女性なのだ。……なのだけど、子供に関わる事になると途端に慌てる。

 具体的には、運動会でちょっとコケでもしたら、柵を飛び越えてトラックの中に入ってくる。というか一回入りかけた。

 

「新しいのが欲しいと思って」

 

「……壊した?」

 

「今でもキュンキュンガリガリ動くって」

 

 ママも幾らかパソコンを保有してて、私が持っているのもその中古品だ。三年に一回は新しいパソコンを持ってきて来る。

 詳しい家庭内財政状況はママが把握しているから、金銭的に心配は無いと思うんだけど‥…。数割ほど安い中古品ばかり、新品でもセール品しか買ってないと言う証言も、前に一度聞いたし。

 

「私が持ってる古いの、譲るわよ?」

 

「一体幾つ古いの持ってるの? 古着みたいには行かないんだけど。……まあ、新しいの買うまでは借りるけど」

 

「はあい、データはどうするの?」

 

「そのままで良いよ」

 

 母のこういった謎の習慣もあって、パソコンの扱いは幼い頃から身についていたりする。

 一人を好む様になった要因かもしれないけど……後悔するほど嫌な思いはしていない。

 

「じゃあ帰ろ、そっちの袋持つよ」

 

「まっ。明一くんと似た事を言うのね」

 

「まあね」

 

「……あれ?」

 

 横を歩いてたママが立ち止まる。どうしたんだろう?

 

「どしたの」

 

「い、いいえ。何でもないわ。また変な事言ってるって思われちゃうもの」

 

 ほぼいつも思ってる。

 ……と言おうとしたけど、普段は大丈夫なので口を閉ざした。私だって、言って良い事と悪い事の分別が付く女なのだ。

 



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一応信じてくれる母も母だな、と俺は思った。

今回から執筆次第順次投下です。


 

 玄関が開く音がして、明が帰ってきたのだろうと最初は思ったが、何やら足音が多い。

 もしや、と思って出迎えてみると、なんと我らが母が帰宅しているではないか。

 

「おかえり」

 

「ただいま明一くん。明も帰ってきたわよ」

 

「ただいま。今日もママはいつも通りだったよ」

 

「ちょっと!」

 

「……何か勘違いして、変な事しでかしたのか?」

 

「ううん。噛んだり舌を噛んだり、極め付けには違法薬物所持の疑いをかけられて……それだけ。まあ、それはそれとして」

 

「ちょっとぉ……」

 

 と、まだ靴を脱ぎきれていないのに混沌が極まっているし、母自体も極まってる気がしないでもないが、まあいつも通りの母で安心した。

 俺たち二人をどっちも我が子として認識しているし、()()()()()()()()俺たちは双子になっていると言う事で良さそうだ。

 

「これ履歴書。でもその前にご飯かな?」

 

「そ、そうね。ねえ二人とも、今日は皆んなで食べましょ?」

 

「そうしよう」

 

「へ?」

 

「あ、ジュースとお茶も買ってきたのか。冷蔵庫に入れるか?」

 

「お茶だけ出して、ジュースは冷蔵庫。食事中にはジュース飲まないでしょ?」

 

「勿論。それと他の野菜なんかも入れておこう」

 

「あ、あれ? 明ちゃん? 明一くん?」

 

「どうした」

 

 一体どうしたのだろうと振り返ると、珍しい表情をしている母の顔があった。目が点になっていると言えばいいか。

 

「き、気のせいかしら? 何時もよりちょっと、いやすっごく仲が良くなってない?」

 

「そう言われても」 「そんな事言われても」

 

「ほら息ピッタシ! 一体どうしたの?! 今までお互い不干渉を突き通してたのに……」

 

「……不干渉?」

 

 顔を見合わせる。

 恐らく、母が語っているのは、この”俺たちと言う双子のいる世界の過去”である。確かに、この世界においては俺たちは生まれた時から双子であり、それからの経歴が現在にまで続いている筈なのだ。

 だが俺たちに覚えは無い。なにせ、昨日まで一人という世界で生きて来たから。

 

(とりあえず合わせよう) (合わせる他に無いな)

 

「切っ掛けがあってね。ついさっきまで色々話してて」

 

「それでまあ、色々話し合うようになった」

 

 同じことを言っている気がするが、まあそういう事にする。事実、仲良くなる切っ掛けがあって、語り合う事が多くなったのだし。

 母が思っているのと違うのが、その時が初対面だった、と言う点だろう。

 

「でも……十五年。ずっと仲が悪かったのに……」

 

 そこまで筋金入りだったのか。この双子の不仲は。

 俺には分からない。仲の悪い兄弟姉妹はよく聞くが、その様子を実際に見たことは創作上でしか無いし、昨日まで俺は一人っ子だ。

 一人っ子が兄弟姉妹を望み、兄弟姉妹が一人っ子を望む、という形もよく聞く。母が言うのは、そういう類の物なのだろうか。

 

「今は今だ。前の話をしても何もならない」

 

「でも気になる」

 

「この話は終わりで良いよね? ね?」

 

「えー」

 

 二人揃ってでの押しに、母は仕方なさそうに諦める。

 よし……。正直、今日より以前の話が出たら対応出来ないからな。こう言う話題は今のうちに……。

 

「……その実は?」

 

 まだ来るか! 諦めたように見せかけるフェイントに、俺は少しの時間だけ頭を働かせる。

 

「ゲームだ。よく付き合うゲーム内のフレンドが、実は明だったって言う話だ」

 

「ふーん……?」

 

 目を細めての視線が、俺を見定める。うんざり、と言う態度をして見せるが、あの眼差しは変わらない。

 

「仲が悪いからってゲーム内の連携が鈍るといけないからね。話し込んでたよ、性能の良いパソコンの事とか」

 

「……まあ、分かったわ。経緯がどうあれ、二人が仲良くなって嬉しい」

 

 明の援護射撃で、ようやく母の追及が止んだ。……助かった。

 ああいう、子供達の変化に目敏いのは、やはり母らしい所と評価できる所である。時々迷惑な時もあるのだが。

 

「それで、今晩はスーパーの弁当か」

 

「近所のスーパーで出てきた新作よ。気になっちゃってね」

 

 なるほど、興味深い。新しい物好きの母が三人分も買ってくるわけだ。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 腹拵えを終えた所で、俺たちは直ぐに紙へと向き合った。直ぐそこに母も居るから、ついでにアドバイスも受けながら書いていく。

 

 

「……顔写真か、コンビニで撮っておけば良かったかな」

 

「制服の格好じゃないと、印象悪いわよ。放課後にでも撮っておきなさい」

 

「なるほど」

 

 流石にこういった所でボケる事はなく、しっかりとした調子であれこれと指摘される。

 そのおかげもあって、20分ちょっとで書き終えてしまった。確かに悩む時間というのは時間を食うが、それを無くしただけでこの具合だ。二人だけでやっていたら、多分三倍には膨らんでいただろう。気分転換を称したサボりを含めるなら、もっと。

 

「後は練習ね。二人とも人見知りだから……学校の先生か友達に手伝ってもらいなさい!」

 

 トモ……ダチ……?

 はて、学校にはトモダチさんとか言う名前の人物はいないのだが。

 一年生も半ばだというのに、名前を覚えている人数は片手の指で数えられる程度に少ない。

 

「暇人でも捕まえるか?」

 

「この年頃の暇人は大抵遊び呆けてると思う」

 

「だよな」

 

 それじゃあ、と次に選択肢に入るのは先生方の誰かとなるが……まあ、悪くはない。

 考慮しておこう。

 

「それから、受かった後の話になるのだけど、学校の方に支障が出ないようにしなさい。バイト先との相談は必須ね。学生バイトを雇い慣れてる所なら、多分心配はなさそうだけど」

 

 ふむ。高校が近所のコンビニとかは心配なさそうだが、今回目星をつけている所はそうではない。留意しておこう。

 

 

「さて、大方終わったし」 「遊ぶか」

 

「……やっぱり仲が良すぎない?」

 

 母には悪いが、新しい俺たちに慣れてくれ。今更仲の悪い双子を演じるのも変なのだし。



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案外姉弟ごっこも面白いな、と私は思った。

 私、そして彼は、ゲームが好きだ。

 ジャンルは基本的に選ばず、やらないものがあるとすれば、PCを使わないゲームだ。例えば身体を動かすスポーツだったり、それ用の基盤等を買わなければならない将棋やチェスとかだ。

 

 だからと言って頭脳戦が苦手なわけじゃなく……と言うより、どれもこれもが苦手でも得意でもない。言うなれば、全てが並み。強いて言えば他の人より集中力はある方。

 だから、銃をぶっぱなしながら走り回るFPSや、剣や魔法で冒険するMMOなんかもやるし、戦車や戦闘機を指揮して対戦するSTGも齧ってる。

 

「で、何する? 交代交代でスマホいじるのもなんだし」

 

「パソコン単体で二人プレイできる奴があったはずだ。……探してみる」

 

 因みにソシャゲはやらない。あれは課金によって収集欲を満たす装置だ。いや……、偏見が過ぎるかも。

 

「あった、これだな」

 

「あーこれか。協力ゲームの奴」

 

「そうだ。オンライン機能無し、キーボード一つからしか入力を受け付けない協力型」

 

 個人で作ったのだとすぐにわかるこのゲーム、以前からずっと気になっていた。ついさっき話に出してみたら、彼の方も同じように思っていたらしく、一度目のゲームがこれに決まった。

 ゲーム開始と同時に、キーボードの右半分に手を伸ばす。……なんか狭い。

 

「片手で1P、片手で2Pを操る必要が無いのは良いな」

 

「良いね」

 

「でも近い。髪が耳をくすぐってくる」

 

「我慢して」

 

 髪うんぬんはともかく、向こうも同じことをやっていたらしい。無理にでも一人で攻略を目指す程、このゲームには妙な面白さがある。

 

 横スクロールアクション。右へ右へと進んでいき、出会う敵を倒すゲームだ。

 技の組み合わせでコンボを繋げていくのだが、どうしても連撃の最後に敵を吹き飛ばして、追撃出来ずにコンボが途切れるのだ。

 

「それ来た」

 

 斜め上に吹き飛ばした敵へ、その先で待ち構えていたキャラクターが追撃を掛ける。

 一人ではコンボを繋げられなくとも、二人目がコンボを引き継ぐ事ができる。そういう風に遊ぶよう作られている。

 つまり、孤独なプレイヤーには辛いゲームという事だ。

 

「もういっちょ」

 

「千切っては投げ」

 

「受け取っては千切る」

 

「おお、楽だな」

 

「一段と簡単になった」

 

 まあ一人二役と比べたらそりゃそうですよ、と言われればそうなのだが。

 ……ううん、それにしても狭いな。

 

「そうだなあ……そっちの膝に座っても良い?」

 

「は?」

 

「あ、死んだ」

 

 私の言葉に応じるように、固まった1Pキャラクターに敵キャラが突っ込んでいった。まあ即終了じゃないから良いけども。

 

「狭いんだよこっち」

 

 ノートパソコンのキーボードはコンパクトに構成されている。そこへ二人の人間が向かい合っているのだ。その上、私はその右側から、右腕を伸ばして操作している。

 ……すると、左半身がどうしても左側にいる明一に寄せられてしまう。

 

「……」

 

「良いかな?」

 

「いや……分かった。ただ、あんまり深くに座らないでくれ。男女逆転で”当ててんのよ”は勘弁願いたい。普通にセクハラなんだよ」

 

「はいはい加害者妄想ね。それ言ったら、さっきから私の胸も当たってるし」

 

「……当たっていたのか?」

 

 ……それは暗に小さいと言っているのか?

 ムキになった私は、自分のキャラクターの攻撃を味方に向けてみる。お、当たんじゃん。

 

「おい、やめろ」

 

「これでも並なんだよ」

 

「悪かったから」

 

 そんな風にやっていくと、また自分のキャラクターが倒され、ゲームオーバーと表示された。どうやら死に過ぎたらしい。……主に同士討ちで。

 

「……」

 

「……他のにしよう」

 

 

 因みに計ったことは無いが、私は少なくともB以上である。特に誰かにアピールする気は無いのだが、少なくともB以上である。そして日本人女性の平均はBかCぐらいだ。

 

「つまり私は小さくない。聞いてる?」

 

「いや何をだ」

 

 

 

 

「あー……なんとかジャモンだっけ?」

 

「なんか違うな……あ、出て来た。バックギャモンだな」

 

「”ギ”だったか」

 

 今度は(身を寄せ合う必要の無い)ボードゲームをやってみようという話になって、ボードゲームをPC上で遊べないかと探してみると、そんな名前の奴が出てきた。

 互いに所持している複数の駒をダイスで動かしていくとゲーム……という事だけ知っている。

 

「これだな。はあ、昔のOSにプリインストールされていたのか」

 

「そういえば見た事がある気がする。中古の奴で」

 

「あったな。随分と幼い頃の記憶だが」

 

 流石にPCでネットサーフィン等はしていなかったが、小学生になる前からすでに触っていた筈だ。

 そうなると、大体10年前? いや、中古だから何年か足して12年ぐらいか。

 

「うわ、この懐かしい感じ、記憶通りだ」

 

「昔の奴がそのまま残っていたみたいだな。どうだ? ルールとかは」

 

「ぜんっぜん分からない」

 

 それを予期していた彼は、詳しいルールを知るために情報系サイトを開く。

 読んでもあんまり頭に入らないから、結局遊んで覚えるしかなさそうだ……。

 

 

「……そういえば」

 

「うん、どうした?」

 

「膝枕の話、どうなった?」

 

「……黙っていれば有耶無耶になると思ったんだが」

 

 あ、あの話無かったことにしたかったんだ。別に減るもんじゃ無いでしょうに、概念的にも。

 

「今しようか」

 

「急だな」

 

「思いついたからには、忘れないうちにね」

 

 鉄は熱いうちに打て、では無いけれど。

 

「……」

 

 さて、今のうちに用意しておこう。

 まずは正座の姿勢を。床はフローリング剥き出しだから、ベッドの上にしよう。

 

「こっちまでおいでよ坊や」

 

「ノリノリだな」

 

「ねんねしな」

 

「昔話でも聞かせられるのか?」

 

「いや? でもまあ、寝やすい雰囲気にはなったでしょ」

 

「これはギャグ寄りだが」

 

「ハハハ、良いからこっち来い」

 

「ちょ」

 

 ここまでお膳立てしたんだから、さっさと食い付けっての。

 痺れを切らして、バッと両腕を彼の頭に伸ばす。

 

「何を」

 

「生首にしてでも膝枕させる」

 

「あ、ああ。分かった、分かったって」

 

 お、ようやく折れたか。

 抵抗する力を無くしたおかげで、私の力によってグイグイと膝へ頭が運ばれる。

 素直になった様子で自ら横になって、コンマ数秒の硬直の後、頭が膝の上に乗せられる。

 

「……」

 

「どう?」

 

「……慣れない枕だな」

 

「こやつめ」

 

 試しに撫でてみる振りをする。……すると彼は大人しく目を閉じて、私の掌を受け入れ様とする。

 ……我ながら可愛いな、コイツ。

 

 する振りを止めて、本当に撫でてみる。私の物と比べてやや固い髪の毛だ。

 そうしていると、そう言えば、と昔の記憶が思い出される。

 

「そう言えば、ママに向かって”弟が欲しい”って頼み込んでたな」

 

「幼稚園児の頃か」

 

「そっちはどう?」

 

「妹だ」

 

「でしょうね」

 

 確かあの頃は……朧げだけど、遊び相手が欲しくてああ言ったのだと思う。だから弟を求めて……、いや、違うかな?

 ううん、やっぱり思い出せないな。

 

「明一はなんで妹を欲しがったの?」

 

「……どうだろうな。遊び相手が欲しかったのかも知れないが、それだと妹じゃなくて弟を求める筈だよな」

 

「うんうん」

 

「もしかしたら、可愛がりたかったのかもしれない」

 

「へえ」

 

「今じゃ可愛がられてるが」

 

「そりゃ残念だ」

 

 いつか明一くんの願いが叶うと良いでちゅねー。と撫で回してみる。

 顰める眉が、なんとも面白かった。

 

「バカにされてる気がする」

 

「可愛がってるからね」

 

「高校生にもなって」

 

「お気に召さない?」

 

 そう問いかけてみると、彼がじっと私を見つめ返してきた。

 

「……さあ。だが、姉が出来た気分だ」

 

 それを言われると、本格的に明一が弟っぽく見えてしまう。こういうのを母性と言うんだったかな。

 

 

「ところで」

 

「何?」

 

「バックジャモンをやるってのはどうなった?」

 

「ギャモンじゃなかった? まあ、ルール覚えるの面倒だし、別のにしようよ」

 

「……そうするか」

 

 明一が私の手を除けつつ起き上がって、携帯を横持ちにして構える。

 

「デュオを組むぞ。今は駒や賽なんかじゃなくて、銃を振り回したい気分だ」

 

「ふん、血気盛んだね。それでこそ我が戦友」

 

 今度は逆に膝枕してもらおうかね、とぼんやりと思いながら、ゲームアプリを立ち上げた。

 さて、今夜は勝鬨を上げる勢いで敵を張っ倒そうか。




これで出会って初日かあ。


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妹がいる生活はこんな感じかもな、と俺は思った。

 

「明一くん吹っ飛ばされたーっ!」

 

 暴走車が俺のキャラクターを撥ね飛ばして、画面が暗転する。第五位という順位が表示されて、次いで車が爆発。実況は明がお送りしました。左耳が喧しい。

 

「……とんだオチだな」

 

『質量攻撃はいつの時代も強力さね』

 

 いや向こうも自滅してるが。とツッコミを声に上げたくなったのが、この俺。双子の片割れ、明一である。

 

「いや自滅してるし」

 

 代弁感謝。

 それはともかく。

 

「上手く行った方だが、やっぱり難しいな。協力連携というのは」

 

「出来てるけどね。なんというか」

 

「純粋に敵が強いだけか」

 

「それ」

 

 と言うのも、実力の指標となるランクが、一番上から数えて三番目という、ちょっとゲームが上手では済まされない所まで来てしまったのだ。

 すると強敵とやり合う機会も増え、流石にこれ以上のランクアップは。という感じで停滞している。

 そんなランクで自爆した先の暴走車には、尊敬と黙祷を捧げたい所だ。一秒ぐらい。

 

 

「もう随分と連戦したからな。気づけば寝る時間か」

 

「え、もう?」

 

「ああ。ほら、向こうを見ろ。夜行性の母が目を光らせてるぞ」

 

「……わお」

 

 俺もついさっき気付いたが、扉を半開きにして覗いている母の瞳がそこにあった。

 ホラーゲームであれば、認識した直後に何処かへ消えてしまうのだが。……見切れた母の顔は相変わらずの位置に陣取っている。

 

「ふむ……あれは狩られる四秒前と言ったところだな」

 

「狩られちゃうのか」

 

「狩らないわよ」

 

「おお出てきた」

 

 俺たちに目線を向けられて、ようやく姿を現した。

 どうやら、突然変化した仲の事が気になっていたのか、ああして覗き込んでいた様である。母でなければ110を呼んでいた。

 

「今日は随分と距離が近いのね?」

 

「そうか?」

 

「だって川の字になって寝てるじゃない」

 

「あー。……一画足りないが」

 

 強いて言えば“ハ“の字だ。平行じゃないのがポイントだ。

 距離に関しては、まあ確かに非常に近い。物理的にも、精神的にも。

 

 頭部間の距離を手のひら一個分にして並んでいるのは、二人して装着しているイヤホン越しに声を届かせる為である。こうでもしないと明の声が聞こえない。

 寝転がっているのは、座っているより楽な体勢だからだ。携帯ゲーム機ならではのプレイスタイルだ。いや本来は携帯電話だが。

 

「今日は二人とも一緒のベッドで寝るのかしら?」

 

 そんな風に質問されると、俺たちもその問いの意図について察することが出来た。

 多分、昨日までは別々の寝床で寝ていたのだろう。仲が悪いと噂の過去の双子が、一緒のベッドで眠るとは考えずらい。

 

 一応快適性を考慮して、どちらかが床で眠ると言う選択肢はあるのだが……。

 明の方を見てみれば、視界一杯に映る顔が頷く。向こうは一緒のベッドでも問題ないとの事。て言うか顔近いな。

 

「ま、そうなるな」

 

「それじゃあ、今夜は寂しくなるのね……。ううん、二人の仲が良くなったんだから、喜ばなくっちゃ」

 

「……寂しくなる?」

 

 どういう意味なのだろうか。と首を傾げ……とある可能性に気づいて、口を一文字に結ぶ。

 

「……明一?」

 

「俺じゃない」

 

 なんてこった。この世界では、俺か明が昨日まで母と並んで寝ていたのだろう。高校生にもなって。

 ああ、でも、なるほど。痛い程なるほど。仲の悪い双子とその親が2LDKの家に住むと、そんな感じの生活になるらしい。

 

 ……母の寝床に転がり込むほど嫌ってたのか。

 問題はどっちが母と寝ていたかという点だが、あえて明かすことも無いだろう。

 

 

「じゃあ、今夜はお休みなさい。私は一人で寝られるか心配だけど……」

 

「あ、そしたら私が寝かしつけたげる」

 

「それじゃあどっちがお母さんだか分からないわね。でも大丈夫、それ以上に仲直りしたのが嬉しいもの」

 

「今度は嬉しすぎて眠れないってオチか?」

 

「そうかも」

 

 面白そうにうふふと笑って、穏やかな眼差しのまま見つめる。

 こうして居れば、本当に普通に優しい母親なのに。

 

「それじゃあ、おやすみなさい」

 

「おやすみ」 「おやすみなさい」

 

 

 ……さて、定例の顔合わせも終わった事だし。眠り支度も済ませてしまおうか。

 と言っても、既に寝巻きの格好だし、やる事はちょっとした片付けぐらいだが。

 

 それにしても、今日という一日は、長い様に思える。

 基本的には、記憶に残る出来事が多いほどそう感じるのだが……。今日に関しては、過去最大と言っても差し支えない。

 

「今日は妙に疲れたな」

 

「あれだけやってりゃね」

 

「確かに」

 

 連戦によってバッテリーが無くなりかけているスマホを、ベッド傍に置いてある充電器に挿し、これ以上やる事も無いと判断して、ベッドに倒れ込む。

 

 明の方はまだやる事があるのだろうか、それとも思うところがあるのだろうか。俺を見つめて、少ししてようやくベッドに腰を下ろす。

 

 思うところがある様だ。

 

「何考えてるか、当ててみようか」

 

「当てられるに一票」

 

「そういう賭け方は斬新だな。……“寝て起きたら、もしかして元通りになっているかも。“……どうだ?」

 

「声真似が下手。部分点」

 

「そうか」

 

 部分点という事は、つまり合っていると言うわけで……。確かに、この奇妙な縁が今日限りでもおかしくない、と言うことに気づく。

 ファンタジックで魔法的な原因なのか、SFチックで科学的な原因なのか、俺たちには一切わからないのだが……。

 

「もしそうなるなら、寂しくなるな」

 

「寂しくなる」

 

「でも、そういう別れは初めてじゃないだろ」

 

「……あれを別れと呼ぶの?」

 

「……俺もそうは言うべきかは微妙だと思う」

 

 俺たちが「別れ」と呼ぶべきか悩む出来事を、お互いが経験している事だと確認して……、頭を空っぽにして眠ってしまいたいと言う欲に駆られる。

 多分、俺たちの一人を好む性格を形作る出来事で、どんな思い出よりも大事に記憶の中に留め置いている事。

 にしては、記憶が朧げすぎるんだが。

 

 

 ……そうだな、この夜を最後に明と別れるとするならば。

 

「よし、今度は俺が兄役だ。……来い」

 

「近親相姦? ダメだよ兄さん」

 

「そんな訳が無いだろう」

 

 明がスケベで変態である可能性という数値を、ひっそりと頭の中で上方修正しつつ、明が隣に寝転ぶのを待つ。

 

「……まあ、良いけど」

 

「嫌な思いをしたら、ロケットパンチでも食らわせて良いぞ」

 

「こか……んー、まあいいや」

 

 今股間って言おうとしなかったか? そこに食らわせるつもりだったら止めようかと思うんだが。

 ようやく寝転がった明だが、どうも恐ろしくて行動できない。

 

「ま、まあ、命に別条のない範囲で頼む」

 

「大丈夫だって。それで、どうするの?」

 

「……腕枕」

 

「なるほど、膝枕の次は腕枕か。じゃあ借りるよ」

 

 良かった、腕枕は明的にはセーフラインだった。

 

「で、本当は?」

 

「う、腕枕だけだが?」

 

「嘘だ。加害妄想の固まりだなあ本当」

 

 やはりバレるか。しかし今回に関しては被害妄想と言ってはくれないだろうか。彼女の言葉が、どうにも恐ろしい。

 

 でも、事実。どうなのだろうか。改めて考えると、今俺が行おうとしている行為はかなり変であるように思える。

 そしてそれを伝えるという事は、正しいのか。正しかったとして、間違い無く伝えられるのだろうか。

 

 

 ……伝える、か。

 ずっと前から、俺が苦手としている事だった。

 

 言葉を口に出して、他人に伝える。という行為が、元から上手くはなかった。

 言い間違えたり、単語を取り違えたり、あるいは相手が聞き違え、そして誤解する。結果、それに憤る者が居れば、悪い結果に苛まれる者も居た。

 

 他人の言葉を聞き、それを理解するという行為も苦手だった。単語を聞き違え、誤解し、相手が期待した通りの事が出来なくなる。

 

 

 そうだ。俺は伝える事も、伝えられる事も苦手なのだ。他人と交流し通じ合うことができない。

 

 だから俺は、コミュニケーションというものを嫌い、避ける。誤解と失意という結果をもたらすばかりの行為だから。

 

 

「どうしたの? ……黙り込んじゃって」

 

「……」

 

「もしかして、嫌な思いしてる?」

 

 そんな事、思っていない。でも今は、ほんの少しだけ居心地が悪く感じている。

 目の前の彼女と、通じ合っていない気がしたのだ。

 

 

「明は……」

 

「……うん?」

 

「俺とは違う。……そんな気がしてきた」

 

「え……」

 

 何もかも分かっていたさ、と言わんばかりの態度。やっぱり分かっていたのか、と返す相手の反応。今までも何度かあったその流れは、確かに俺達の共通項を証明していた。

 けど、俺たちの全てが同じな訳ではない。

 

 俺とは違って、彼女はやや饒舌だ。行動力も比較的ある。まるで、学校で見てきた”他人”達の様に。

 生まれは確かに同じなのだろう、育てた親も、環境も、同じなのだろう。けれど性別という差は、その人生における分かれ道で、俺とは違う選択肢へと導いてきた。

 異なる過去を歩み、至った現在。到達した所は、やはり同じでは無かった。

 

「明一……」

 

 明が俺の名を呼ぶ。気付くと、彼女がさっきまでの距離を詰めてきて……。

 

「今は寝よう。”夢の中に、一緒に行こう”」

 

 ……互いの額が触れ合う。触れる感触が、妙に敏感に感じた。

 今までよりもずっと近い距離にある顔。だというのに、女性に対するときめきだとか、興奮だとかは、今ばかりは感じられなかった。

 

「懐かしいよね」

 

「……」

 

「もう覚えてないかな? ……私も、記憶に残っているのは、こうして貰った事だけ」

 

「……この状態で眠って、一緒の夢の中へ落ちてしまうおまじない。だっていう事だけは覚えている」

 

 

 少なくとも、小学校以前の記憶だった。それぐらいの時期となれば、それまでの記憶はもはや希薄だった。六歳の頃だったかもしれないし、二、三歳だったかもしれない。十歳だった気もする。

 今でも明瞭に思い出せるのは、誰かにやって貰ったこのおまじないと、眠りの間際に言ってもらったあの言葉だけ。

 

「こうして貰いたかったんでしょ?」

 

「……そうだ」

 

「やっぱりね……。じゃあ、今は眠ってしまおうよ」

 

「ああ……。こっちは、覚えているか? ……“孤独な夢を見たのなら“」

 

「……“僕が一緒に居てあげる“」

 

「“恐ろしい夢なら“」

 

「“僕が君を守ってあげる“」

 

「“だから、おやすみなさい“」

 

 

 夢の様に消えていった、何処にも居ない誰かの言葉を共有して。

 

「明は他人か、自分か。今は、どちらとも言えないな」

 

「そんな人と離れちゃったら……、今度はハッキリと、”別れ”だって言い切れてしまえそうだけど」

 

「……そうならない事を祈る」

 

「祈ろう」



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幕間 俺と私の、無関心。

幕間だったり、番外編だったり、閑話だったり。


 俺にとって、私にとって、他人とは他人でしかなかった。

 

 誰かの喜び、怒り、哀しみ、楽しみ。そんな物は自分にとって関係の無い物だと思っていた。

 それでも、学生と言う身分が、共感性と呼ばれる物を育ませる為の環境へ連れて行ってしまう。

 

 幼い頃、ただひたすらに泣き喚く子を見かけた。理由は知らなかったが、先生を呼ぶべきとだけ判断した。

 泣く子の所へ向かう先生に連れていかれ、先生の対処によって泣き止んだ子が事の顛末を話した。

 お姉さんの悪口を言った。言い返した。そしたらお母さんの悪口を言った。ついに、とうとう泣き出した。悪口を言ったという子は、直ぐに何処かへ去っていた。

 

 それは悪い事だね、あとで私が叱っておくから、貴方のお姉さんは良い子よ。貴方のお母さんも素敵よ。

 

 ―――自分の悪口を言われても居ないのに、どうしてそこまで悲しむの?

 

 先生の後ろで、何もせず眺めていた自分は、そう思った。

 

 

 中学校になると、他人への無関心を、取り繕って隠す様になった。

 他人が話しかけると、笑顔を自ら作って、相槌を打ち最低限の言葉を返す。

 伝えたいことがある、教えてほしいことがある、やってほしい事がある。そんな時は笑顔で頷いて、行動に移す。

 そしたら皆は、こう言うのだ。

 

 私はそんな事言ってないよ。君は間違えてるよ。それは違うよ。

 

 聞き違え、意味を取り違え、言葉の内に含まれていない意図を汲み取れず。そんなやり取りを繰り返した果てに……笑顔を被る事を止めた。

 すると一年、二年もせぬ内に、皆は自分を理解して、踏み込まなくなった。

 

 しかしある日、クラスの担任は妙に思ったのか、自分に事情を聞こうとする。虐められているのかと、意図的にグループから除外されているのかと。どうして人と関わろうとしないのか。

 

「別に虐められていませんよ。何かあったんですか?」

 

 ……幾つかのやり取りを経た後、放課後を迎えて帰宅する時に、担任の行動の理由をやっと理解した。

 誰とも関わらず、意思疎通を必要以上にしない人というのは、周囲と比べて異常だという事を。

 

 きっと、その人の心配事は、虐めや仲間外れ等では無いのだ。

 他人に興味を持たず、共感せず、常に他人事として眺める私の生き方を……。担任は、そういうのを止めてほしかったんだろう。

 確かに、これは心配される事かもしれない。担任という立場なら、そういう生き方をする生徒は見過ごせない。

 

 けれど自分は、このやり方以外では上手くいかない。

 

 

 ……そうだ、これ以外に上手くいく方法が無いのだ。

 

 自分だって、一人が大好きという訳ではない。時々寂しく思う事がある。今はまだ、寂しさを紛らわせる方法はあるけど、それでも、誤魔化しきれない時がある。

 

 そういう時に、自分は思い出す。

 昔、”   ”が自分の傍へ寄り添ってくれたことを。孤独な夜を、孤独でなくした事を……。

 

 そして自分は、自らの額に掌を宛がうのだ。

 あの時、額に感じた”   ”の体温を、思い出すために……。



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姉妹
やっぱり他者というのは苦手、と私は思った。


 

 さあ問題です。

 迎えた朝、馴染みある様で見慣れない顔が目の前にあったら、私はまず何をするでしょう。

 

 考える回答者さんも居ませんし、シンキングタイム抜きで答えがこちら!

 

「腕と背中が痛い」

 

 おやおや、明一のことを見ても分からないと? 仕方ないですねえ……。

 寝ぼけてベアハグを決めました! て言うか、起きる前から抱きついてました! 以上!

 

 

 ……。

 

「いや、ごめん」

 

「これ以上に痛いハグは無いぞ……」

 

「本当にごめん」

 

「……良いよ」

 

 それでも私の頭は上がらない。カージャッキで持ち上げられようと、頭を下げ続けるだろう。

 

 具体的に何をしたかと言えば、寝起きの私が明一の身体をぬいぐるみか何かだと勘違いして、思いっきり抱き寄せてしまったらしい。

 明一が相手じゃなければ恥ずかしくて死んでた。

 

「えーっと。埋め合わせ要る? あ、逆に後ろから締め上げたら直るかな」

 

「明、まだ寝ぼけてるだろ」

 

 め、目覚めてるし。ちょっとコーヒー飲めばそれ以上に目覚めるし。でも私の腕力は色んな意味で目覚ましかった。

 じゃなくて。

 

「うん、多分寝ぼけてる。寝ぼけてるから言うけど人の体って抱き心地良いんだね」

 

「別にそれは良いんだが、そいつを知った代償が背中痛え」

 

 言葉の途中で、背中の痛みに負けて倒れる。

 あー、大丈夫かって聞く必要もないね。

 

「湿布無いか聞いてくる」

 

「頼む……」

 

 昨晩のシリアスタイムは一体どこに消えたんだろう。と、ふと思った私であった。

 ……ママなら湿布持ってるかな。

 

 

 

 

 湿布を貼った明一が、とぼとぼとリビングに出て来た。見たところ歩く程度なら支障はなさそうだ。

 既に朝食が置かれた食卓に並んで座る。

 

「収まった?」

 

「軽減はされた」

 

 それだけ痛いんですね。いや本当ゴメン。

 先ほど湿布の所在について聞いたから、明一の事は一応知っているママは……あ、なんか嫌な予感してきた。

 

「……変なプレイしたの?」

 

 ほら来た。朝っぱらからママがママだよ。

 

「今度は頭が痛くなってきた」

 

「偏頭痛?」

 

「おい、ツッコミ役を頼む。これは手に余る」

 

「ママ、ママ。今日は雨降らないし気圧も普段通りだから違うよ」

 

「それはツッコミなのか?」

 

 ごめん。私も普通に焦ってるしまだ寝ぼけてる。コーヒー何処? あ、この家族誰も飲まないから無いわ。

 

「とりあえず訂正すると、俺の体がぬいぐるみの如く締め付けられた。本物だったら腸が腹から……ゴホン、綿が溢れていたな」

 

「?」

 

「正直綿(わた)でも(わた)でも違和感が無いところだが」

 

「??」

 

「明一くんやめて、ママの頭から煙が出てる」

 

「えーっと……寝ている間に抱きしめられてたって事?」

 

 おお、今のでよく分かったね。やっぱりママはママさんだわ。

 

「でもどうやって? 相当海老反りにならないと、背中は痛めないと思うのだけれど……」

 

「……そういえば」

 

 頭が覚めた頃には離れていたから、本当に海老反りになっていたか確認はできないけど……。真実は彼の頭の中にのみある。

 本職でもないとベアハグで背中を壊すことなんて無いしなあ。……確かに気になる。

 

 すると明一が何かを察したのか、顔を逸らした。

 

「トラップカード黙秘権を発動」

 

「エリア効果民主主義を発動。私聞きたい」

 

「私も!」

 

「じゃあ二体一という事で、口を割って貰おう」

 

 罪意識はあれど、気になるものは気になる。そう思って事実を吐き出させようとする。

 明一は渋るが……。

 

「抱き寄せられると、胸が当たりそうになるだろ」

 

「うん」

 

「全力で仰け反ってた」

 

「……もしかして」

 

「明が目覚めるまで」

 

 そりゃ背中痛めるわ。

 

 

 

 背中の痛みに悩みつつ行く明一に付き添いながら、歩き慣れた通学路を行く。

 家から学校まで、誰かと足並みを揃えて行くというのは中々ない経験だ。……これから毎日二人で行くのだから、大体一週間もすれば二人分の足音も聞きなれるだろう。

 

「背中の具合はどう?」

 

「大分収まってきた」

 

「良かった」

 

 背中を壊しっぱなしじゃ悪いし、何かしてやらないとなあ。と思いつつ、学校が近くなり、合流し始める学生たちを眺める。

 

 おはよう。おはよう。昨日のアニメどうだった。今日の弁当忘れちゃった。おはよう。

 そんなやり取りをしばらく眺めて、それからある二人を見つける。

 恋人同士と思わしき男女が、恋人繋ぎする手を見せびらかすように振りながら、歩いているのを。

 

 それから明一の方を見る。

 

 ……私たちの関係性を、何と呼ぶべきか。ふと、そんな事が気になった。

 同じ寝床を共にしたり、抱きしめたりしているが、取り敢えず私達は私達を双子と称している。

 

 事実として、この世界の事実として双子と呼んでいるのだから、そうと呼ぶしか無い。だけども私たちは、ほぼ同じ過去を共有する、ほぼ同一人物であって……。

 

「……あれの真似がしてみたいのか?」

 

「え、恥ずかしい。無理」

 

「だろうな。どうして目線を俺の顔に固定したままなんだろうと」

 

「いやさ、対外的には双子になってるけど、自己認識的には同一人物な訳で…………あ」

 

「どうした? ……ああ、そういう事か」

 

 昨日の夜の事を思い出す。あの後すぐに眠り込んだが、会話の内容だけは妙に覚えていた。

 またあんな事を言う精神状態では無いと思うけれど、どうも話に出しずらい。

 

「そういえば、背中の件で言うタイミングが無かったな。一応、明のベアハグからもがいてる間、すこし考えたんだ」

 

「あ、それもごめん」

 

「本日六回目。謝るの止めるまで数えるぞ? ……で、考えた結果だが、まあ良いかと思う事にした。……あの夜は妙に頭が回ってな。余計な考えまでしてしまった」

 

「……そっか。大丈夫なのかだけ聞いても?」

 

「大丈夫だ。同一人物だとか、一心同体だとかに拘る意味も無いしな」

 

「それは良かった。……確かに、変に拘る必要も無いね」

 

 アニメやらマンガやらじゃ、双子キャラは発言から思考まで大方一致させていたが……さすがに私らはあの領域にまで行けないし、目指す意味も無い。

 

 

「……ところでなんだけど」

 

 背中から妙に感じる圧力に、あえて振り向かないまま明一に確認する。

 

「ああ、妙に目線が多いな」

 

「やっぱり。私の恰好って変?」

 

「いや、何処も異常は無い筈だ。俺のは?」

 

「社会の窓も閉じてるし、大丈夫」

 

「そうか、そういえば服が透けて下着の輪郭が見えてるぞ」

 

「あ、見えてる?」

 

「……まあ肩回りが目立つな」

 

「汗かいてるからねえ、ブラじゃないから大丈夫だけど」

 

 タンクトップが見えたところで、特に問題は無い。もしワイシャツが無くても、ジムでムキムキしている男と同じぐらいの露出度に留まる。

 ……訂正、都会の可愛らしくコーデした女の子ぐらいの露出度ぐらいに留まる。

 例え方の違いでどうしてこうも差が出るのだろう。

 

「……いやいや、妙に落ち着いてるな。納得いかんぞ」

 

「何が?」

 

「いや恥ずかしがる物じゃ……、俺の偏見だったのか?」

 

 いや知らんけど。

 

「それに、ブラじゃないってどういう事だ? ある程度成長した女子は皆付けてる物だと思ってたのだが」

 

「ああ、それはカップ付きって言って……女性用のタンクトップとかキャミソールとかは、ブラの機能も兼ねてるのがあるんだよ」

 

「なるほど、知ったところで意味は無いが。……いやいや、屋外でする会話じゃないが」

 

「あ、確かに」

 

 しかも視線増えてるし。やっぱりこの会話するべきじゃ無かったかな。

 さっさと教室に入って、ついでにクーラーで涼みたい……。

 

 

 

 

「何があったの?!」

「二人の変化には何か理由が?」

「薄い本みたいな事したの? したの?!」

 

「……は」

 

 教室に入って数分。なにやら騒がしい女グループが私の周りに集まってきた。

 いや、何事? 私何かした?

 

 一体どういう事なのかと、明一の方に目線を向けるが……。

 

「おいおいどうやって仲直りしたんだよ!」

「やったのか! ついに血の壁を乗り越えたのか!?」

「何時からああだったんだ? 何時から?!」

 

「……は」

 

 ダメだこれ。私ら共倒れだわ。

 

 私たちの関係性を改めて説く為に、慌てて説明の為の言葉を考える。その間も容赦なくかけてくる質問が……ああもうやかましい!

 

 どうやら私たち双子の仲が悪かったと言うのは、学校でも周知の事実だった様で……。それでも、一回一緒に登校しただけでこれはおかしいだろう。

 噂のスピードが、最早スーパーカー並みではないかという勢いだ。

 

 浮気現場を目撃された芸能人とはこんな気分なのだろうか。といった思考を頭の傍に置いといて、無言を貫きたくて仕方の無い私が、放つべき言葉の内容を考え終える。

 

「……ゲーム内のフレンドが明一だった」

 

「ラブコメ漫画でありそう!」

 

 私もう帰って良い?

 

 うんざりとしながら、さっきから明一に助けを求めようと何度か視線を送ってはみるものの、やはり彼も未だに同じ状況下で、物理的に到達不可どころか、むしろ人ごみに埋もれて姿が見えないという状態だった。

 

 どうにか打開する方法はないか、と考えていると、人混みの隙間から明一の手元が見えた。その手にはスマホが一つ。通話画面に私の名前を写している。

 ……なるほど。

 

 少しのタイムラグをおいてピロピロピロ、と私の携帯電話が鳴って、直ぐに電話が掛かったことをアピールして見せた。

 

「悪いけど、離れる」

 

「えー、これからが本番なのに」

「逃げても次の休みにまた捕まえるから!」

 

 あーもう懲りないなこの人達。

 取り敢えず教室を離れて、廊下の壁際にでも立ってる。じゃあ、お返しに明一の方に通話をかけ直して……。

 

 

「助かった……」

 

「こちらこそ」

 

 同じように脱出した明一が、疲れた様子で壁に寄りかかる。

 これからどうしようか、と目線を向けられて、どうしようも、と肩を竦める。

 

「どうするにしても、私たちの話題性は何処までも付いてくるだろうね」

 

「双子でしかも男女だからなあ……」

 

「不仲な双子がある日を境に仲良しこよし。そりゃあ気になるかもしれないけど」

 

 これでこの調子だと考えると、入学式直後はどんな様子だったかが気になってくる。ただし当時の様子をリプレイするのは勘弁。

 

「不干渉を貫き通す訳だ」

 

「……こんなのが理由だったのか?」

 

「さあ。でも理由の一端ではありそう」

 

 見ると、廊下に逃れて数分もしていないと言うのに、引き戸の窓越しに集まる視線がいよいよ多くなってきた。

 しかし時刻はいよいよ予鈴となる。キンコンカンコンと、小学校から腐るほど聞いた音を合図に、視線は少しずつ減っていく。

 

「これで一先ずは安心か」

 

「授業の時間の方が落ち着く日なんて、これっきりだろうね」

 

「今日だけで収まるのか?」

 

「……まだ当分ありそう」

 

「だろうな」

 

 明日が休日なら、この話題も何処かに消えるだろうに。しかし今日という日は火曜日。休日を望むには遠い。

 

 本当に、遠い。



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控えめな態度なら話し易いのに、と俺は思った。

評価の伸び様に戦慄しています。


 俺は人の感情と言うものを理解出来なかった。

 自分は自分で、他人は他人。そう考えているから、感情を理解しようとも、させようともしなかった。

 

 そんな俺にでも、いつの日か、人の感情を理解する事が出来るのだろうか。

 

「実は? 実は恋仲? 禁断の恋? きゃーっ!」

 

 出来ない。俺は断言した。

 

 昼休みで既に帰りたくなってきたが、帰れない。義務教育がそうさせてくるのだ。いや高校に通うのは義務ではなかったな。

 子供にも授業を受ける受けないを選ぶ権利があるとは聞くが、母に迷惑をかけたく無いので黙って席に留まる。

 それはそうと帰りたい。

 

「ねえねえどうやって仲直りしたのかなあ。やっぱり壁ドンとか、まさかのまさか押し倒しちゃって―――」

 

 どうしてこの子は俺の目の前で妄想を垂れ流しているのだろう。明日からはトイレで食事した方が良いのだろうか、それともあの溢れ出る妄想をトイレに流せば良いだろうか。詰まりそうだな。

 

 俺の沈黙に不満な様子だが、予鈴を合図に退散してくれた。学校の定めたスケジュールに逆らう者は、幸運にもいない。

 

 

 時は経って午後の休憩中。時の針がいくら回っても、相変わらず生徒達の目線はまだ俺たちを指している。

 一部の真面目でマトモな生徒は机と向き合ったままだが、彼らを見習おうという気は無いのだろうか。

 

「何があったんだよマジ! あんな険悪な雰囲気を持ち直すなんて、理由の一つや二つなんかじゃ納得いかねえ!」

 

 その片手にあるメモ帳は何なのやら。俺が答える気がないという事だけ書き記してくれれば、俺は大満足なのだが。

 俺の冷たい眼差しは、目の前の顔を捉えようともしない。

 無言は、教科担任の入室まで続いた。

 

 

 休憩時間中は大変なものだが、授業になると途端に平和になる。

 しかし平和な時間もこれまで。授業を終えれば放課後。暇を持て余した野次馬たちが迫ってくる。

 

「一旦別れよう」

 

「ご武運を」

 

 そうすれば追手が減ってやり易くなる。残った人数を欺く為のあの手この手で躱し、そうして校舎内を向こうからあそこまで回っていると、飽きが来たのか追手が居なくなっていた。

 

 ……ここまですっかり居なくなると、かえって怪しいが、取り敢えず下駄箱のあるエリアにまで来てみた。待ち伏せはいなさそうだ

 

 明とはまだ合流していない。とは言えここで待っていたら追っ手に見つかりかねない。こんな場所からは退散した方が良い。

 

「あの」

 

「あ」

 

「ま、待ってください!」

 

 見つかった、こんな所に隠れていたか! 咄嗟に逃げようと、乱暴に靴を履こうとして……あれ? と目の前の顔を見る。

 校舎の玄関口にて靴を履き替えている所で、この女子に控えめな声で呼び止められた。警戒していた質問攻めは、来ない。

 

「えっと……玉川さん」

 

「はい」

 

「あの……」

 

「はい?」

 

 どうにかこうにかと、言葉を続けようとする様子だ。落ち着いて見れば、今までの野次馬と比べてマトモっぽい。少なくとも本能より理性が優っているという点では。

 

 吃ると言うことは、頭の中で正しい単語を探っていると言うこと。これは理性と誠意の成せる技であり、さっきまでの暴徒……じゃなくて、生徒達には出来ていなかった。

 つまり、この人とはマトモに話せる。恐らく。

 

「……どうやって、仲直り、しましたんですか?」

 

 惜しい。まあ、俺も慌てていると変な言葉遣いになるが。

 

 珍しくマトモな態度で接してくれる彼女は、例に違わず名前を知らない。

 しかし良い加減な受け答えは憚られる。俺は他人に無関心かもしれないが、寛容ではあるのだ。

 

「……こっちに」

 

「あ、はい」

 

 とりあえず、俺は人目のつかないところを探して移動することにした。と言っても、校門脇にある木の陰だが、玄関口よりは良い。

 

 

「それで……さっきの答えだが」

 

 ……さて、どう答えるべきか。

 

 今までマトモに相手にしていなかったから、この質問の答えというのを用意していなかった。

 一番最初に話したものと同じで良いだろうか。あれもあれで即興の言い訳だから、使い続けるとボロが出そうだ。

 

「切っ掛けは、ゲーム上のフレンドがお互いだと気づいた事だった」

 

「ご、ごめんなさい、それはもう知ってて」

 

 それは残念。予め調べはしていたのか。様子を見るが、俺の答えを受けて何やら考え込んでいる様だ。

 

 

「明一、どうしたの?」

 

「明」

 

 馴染みの声が聞こえて、振り返る。今まで生徒から逃れる際に教室で別れたっきりだった片割れだ。

 

「今までのとは様子が違う」

 

「だから応対してるんだ」

 

 ふうん、と明が目線を移す。一応、女子のよしみという事で見覚えがあるか確認してみるが、知らないと言う身振りで返される。確かに俺も、男女どちらも同様に見知っていない。

 

「あ、玉川さんも……あっ」

 

 はい玉川です。まあ上で呼ぼうが下で呼ぼうが構わないが、区別したいなら下で呼ぶ方を推奨したい。

 

「私の事でしょ? ……ゲーム上で」 「もう言った」 「そっか。じゃあ……」

 

「ああいえ、二人ともそんなに考えてくれなくても良いんです。ホントに、個人的な事情で聞きたいだけなので……」

 

 今までの人達は全員個人的な事情さえも無かったから、答えを控えていたのだが……。

 この女子の言う事情。そこに踏み込む気は起きないが、さてどうしようか。

 

「……私達の話が、役に立つの?」

 

「え? ええと、その……はい」

 

 ……あー。あの明の顔は、そう言う事で良いのだろうか。

 俺達が二人だとは言え、この伝達力で以って話した所で、あまり良い結果で終わるとは思えない。まあ実行するなら付き合おう。

 

「一体どんな事情? 必要なら、聞くよ」

 

 この女子の事情というものに踏み込むのは、人情の為かもしれない。ただ、その引き換えとして、少しだけ役に立ってもらおう。

 その為に、真摯な言葉遣いを意識する。意識したところでできるとは限らない。

 ……コホン。

 

「求める答えがあるなら、聞いてくれ」

 

「はい。ありがとうございます。…… ちょっと、夏休み中にお姉さんと仲違いをしまして」

 

「なるほど」

 

 仲違いと言ったら、今度は仲直り、と言う事だろうか。それで俺達という一例を頼ったのか。

 しかし、仲直りする方法ねえ……。俺達のは、参考できる例とは言い難いな。何せ、過去の双子と言う存在は見たこともないのだから。

 仲違いとは言えないが、昨晩のアレがあっても何事も変化無いし。

 

 何よりも、原因が分からないと事は始まらない。

 

「仲違いというのは?」

 

「えっと……多分、私が余計な事を言ったからだと思います」

 

 漠然な答えだな。言葉を濁したのか、あるいは自分でもよく分かっていないのか?

 

「具体的には分からない?」

 

「はい……」

 

「相手の反応、変化は」

 

「私と話そうとしなくなって……。距離を取られたというか……」

 

「ふうん」

 

 謎解きでもしている気分だが、あまりにも証拠がない。お役立ちしたい所だが、これでは何も出来ないな。

 しかし、あんまり深い所にまで踏み込むほど彼女とは仲が良くない。そもそも名前も知らない。

 だから、これ以上の話は、俺達からは求めない。

 

「それだけだと、残念だけど力になれない」

 

「私達に言えるのは、謝って、お互いを理解するっていう、誰にでも思いつく言葉」

 

「理解できなくても、そういう物だと知って、気をつければ良い」

 

「幾ら姉妹でも、知らない事や理解できない事なんて、何十も何百もあるだろうから」

 

「は、はい」

 

「じゃあ、俺たちは行くぞ。具体的な事がわかれば、また話を聞きに来ても良い」

 

「私達は帰宅部だからね。放課後に来るなら早めに」

 

「野次馬に囲まれている限りは、暇があるとは言えないが」

 

「それ以外なら、何時でも」

 

「え、えーっと……。ありがとうございます? あの、最後に一つだけ聞いて良いですか?」

 

 最後の一つ? まあ、答えられるなら……。

 

「明さんと明一さんって、お互いをどれぐらい理解しているんですか?」

 

「どれぐらい?」

 

「どれぐらいです」

 

 目を見合わせる。どれぐらいになるだろうか。

 当初は“自分同士が出会った!“等と思っていたが、性差を中心とした違いで、限りなく自分に近いぐらいかなと思っている。

 ……一致率じゃなくて理解度の話だったな。

 

 テレパシーぐらいか? そしたら以心伝心という言葉が……、

 

「ここに居たぞ!」 「逃がさないと言ったからには!」

 

「……間が悪い」

 

「明一、ちょっと()()()()()()()()けど、良い?」

 

「いや、()()()()()で撮ろう。 悪いがまた明日!」

 

「了解。ごめんね、じゃあ!」

 

「え、は、はいっ?!」

 

 相談中だった女子に一言謝って、校門を飛び出す。道路を二手に分かれて、慣れない道に向かって駆け出した。

 

 

 

「…………あー。一心同体、くらい?」

 

 後ろで彼女が何か呟いたが、数歩駆けた向こうで背中を向けていれば、その内容を聞き取ることはできなかった。



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便利だけど当事者になるのは嫌、と私は思った。

 分かれた私達を追う為に、追手も一人と一人に分かれてそれぞれを追い掛けた。

 一度姿を消した後、殆どが興味を無くして追うのを止めたらしい。

 

 ……その話を聞いたのが、追いつかれて一方的な世間話をされた時である。

 まあ話が聞けてよかったよ。そもそも話したくもなかったけど。

 

「はあ……はあ……えほっ」

 

「いやー、それにしても体力少ないんですねえ。それでも校舎内であの大人数を振り切ったのは凄いですよ」

 

 何故だか知らないけど、咽せてたら褒められていた。いや関心されてる? でも本心だか皮肉だか知らないから、聞き流す。

 

「やっぱり身体を鍛えてない分、頭脳は強いんですかねえ。なんて言ったら、貧弱かつ馬鹿な人を馬鹿にしてるって言う人が何処からか湧くんですけれど。ああ、変に脱線しましたけど私が聞きたいのは」

 

 話が長い上に入ってこない。そもそも相手の顔もマトモに視界に入れてない。

そうだ、駅に到着したら走り出そうかな。構造を利用して距離を空けさせてから、電車に駆け込めば……。それに、急に全力疾走を始めれば、少しは距離を空けられるかも。

 ただ、彼女が電車の扉にまで着いた頃には既に扉が閉まっていて……っていうタイミングで乗車しないと、最後の逃げる機会を逃す事になる。そうすれば下車まで二人っきりだ。

 

「行き先は何処ですか? 玉川さんって電車通学でしたっけ?」

 

「……」

 

「頼みますよー。学校中で貴方の話で持ちきりなので、明日にでも記事を作らないと噂が広がりきって面倒になるんですもん」

 

「記事……?」

 

「あ、言ってませんでしたー? 私こう見えても広報メディア部でしてー!」

 

 そこは新聞部では……? しばらく思考して、そういえば入学して間も無い頃、部活動一覧にそんな物があった気がする、と思い出す。あんまり読み込んで無かったけど。

 

 ……いや、それよりも気になる事が一つある。噂が広まりきると、面倒に?

 

「改めて自己しょ」 「噂が広ま」

 

「……あはは」 「……はあ」

 

 ああ、今のは自己紹介をする流れだったらしい。気になる言葉について聞きたかったんだけれど。

 どうぞ、と発言権を譲るという仕草をすると、彼女は一度咳払いして仕切り直す。

 

「改めて自己紹介させていただくと、私は立山千夏(たちやま せんか)。一応、広報メディア部の二年生です!」

 

「……そうですか」

 

 あー、そっか。二年生か。それを聞いた私は、とりあえず敬語に直しておく。

 

「別にタメ口でも気にしませんし、私も誰彼構わずこの口調なのでなんにも言えませんし、それは兎に角ですね、一応貴方のお名前も」

 

「玉川明。それで、噂が広まり切ると、面倒っていうのは?」

 

「ははー、この類の人は初めてです! 面倒っていうのは、人々が興味を無くして記事の鮮度が落ちるっていう意味でしてー! 貴方に何かしらの面倒が起きるっていう意味では無いので!」

 

 面倒が無いなら良いや。

 思考を切り替えて、これからどうするかを考える。

 

 ……トイレを装って離脱、出来るかな。そうすると、トイレの出入り口から離れた所に待たせないといけない。難しいな。

 電話を使う? 明一が安全な状況じゃないと使えない。これは十分な時間を置くか、相手から連絡が来てから。

 ……やっぱり、駅の構造を利用して撒く方法しか無いのかな?

 

「おやおや、なにかお考えの様子! もしかして情報提供をご検討ですか? でしたら私の方からも知る限りの情報を教えちゃうかもですよ!」

 

「マスコミから逃げる方法」

 

「今のは聞かなかった事にします!」

 

「立山千夏さんから逃げる方法」

 

「もしかして玉川さんってジョークがお好きで? それはそうと今日は難聴日和ですね!」

 

 難聴日和かあ。私も今日から他人の声が全て聞こえなくなっても良いかな、なんて思ったりもするけど。

 ……ああでも、一部例外を設けたい。ホワイトリスト方式で。

 

「それにしても、どうしてそんなに話したがらないのです? 不快な内容があれば、掲載前後問わず撤回しますし、ちゃんと掲載前に確認も取りますよ」

 

「……」

 

「マスコミというは、人々が織りなす情報網。私達が用いる記事は、我ながら噂なんぞよりも影響力が大きいと自負しております! なので、貴方にも利があるんですよ!」

 

「……?」

 

「仕方ないですねー。玉川さん、遠回しな言い方は苦手そうなので、ダイレクトに言っちゃいます。貴方は今、校内限定での世論を、私を通じてですが、制御する手段をお持ちですよ」

 

 遠回しな言い方は苦手……。事前情報も無しに、初対面でそれを理解する人は初めてだ。

 

「今までみたいな質問攻めが嫌ですか? それでは興味を満たす情報をバラまいてしまいましょう! 言いたくない情報があれば、ウソの記事を学校中に張ってしまっても良いんです!」

 

「……記者が、それを言う?」

 

「だって、プロでもなんでもないので」

 

 ……奇妙な人間だ。だが、何も考えずに行動するような人では無いだろう。

 打算や、計画。そう言ったものを抱く人間は、感情ばかりを抱いて行動する人間よりも、かえって分かりやすい。

 

「協力者だという関係が欲しいのかな。それで、情報を独占する」

 

「そんな三下記者みたいな事しませんよ? ただ、センパイ達よりも先に情報を手に入れれば、ちょっと鼻を高くしても文句言われないので」

 

 顔を見ると、口の端が吊り上げられている、目はパッチリと私を見ている。鼻はそんなに高くない。切り揃えられた前髪が地味なのに対し、活力ある態度が、地味な印象を返上する。

 

 ……ん? 今までマトモに目を向けていなかったから気付いていなかったけど……、ズボン、履いてるじゃん。

 

「男の、制服? え、男?」

 

「…………私、小柄で顔も中性的なのでたまーに間違われるんですよね」

 

「あー……」

 

 気にしてるなら、一人称を無理にでも直すべきだと私は思うのだけど。

 

 とりあえず、ちょっと考える。私の言葉の代わりに、記事を用いて野次馬を満足させるというのは、十分良い案だと思える。あくまでも主導権は記者である彼なのだけど、内容に関してはある程度の裁量は任せられているとなれば……。

 

「……よし、決めた。連絡先あげるから、今日は帰って。話すより文字の方が楽」

 

「了解しました! 気が向いた時に話してどうぞですよ。けど、さっきも言ったように、あんまり遅いと記事にするにも意味が無くなってしまうので、どうかご留意くださいな!」

 

「じゃあさよなら」

 

「あーこの不愛想を二乗させた感じ! それではさよならです!」

 

 ただ、これ、ある意味では相手の思い通りなんだよね。……一応、警戒した方が良いかなあ。

 

 

 

 

 

『逃げ切った。そっちはどうだ?』

 

『話して帰ってもらった。連絡先を捧げて』

 

『悪手だな。まあ仕方ないか』

 

『多分執拗にメッセージを送ってきたりはしないと思うよ。なんかマスコミ部らしい』

 

『そんなのあったか?』

 

『あったらしい。後10分で着く』

 

『了解』

 

 電車の席で息を吐く。

 今、古い住所の近所にあるコンビニに向かっている。高校生活を始める直前、登校し易いようにと学校の近所に引っ越したのだ。

 あの時、私達……じゃなくて、当時は勿論双子じゃなかったけど、私は提案どころか、反対も賛成もしなかった。確かに、引っ越しにかかる費用は3年間の交通費に勝るかもしれないけど。

 

 窓越しに流れる景色を眺めて、数分が経つ。……そろそろ着くかな。

 

 

 

「明」

 

「やあ、私と違ってちゃんと逃げ切った明一くん」

 

 駅から降りて、すぐ近くにあるにコンビニへ向かうと、携帯を弄っていた片割れの姿が見えた。

 

「明に関しては、どんまいと言うべきか。俺は相手が女子だったからな。直線が多い路上は付き纏われたが、入り組んだ駅構内でどうにかした」

 

「やっぱり駅で勝負したんだ。私もそうしたかったんだけどなあ」

 

 話術で負けたというか、なんというか。体力勝負も、男相手だと分かってやる気が完全に無くなったし。

 夏休み直後という時期もあって、気温はまだまだ高い。走り回った後の汗まみれな姿で電車に乗るというのは躊躇する。

 

 

「……それにしても、この辺りも懐かしいな」

 

「と言っても半年だけど」

 

 目の前に見えるコンビニと、横に見えるアパートを眺める。あれから半年だが、私達が使っていた部屋は、今は誰かが使っているのだろうか。ここからはベランダが見えないから、分からない。

 

「それもそうだな。こっちはもう撮ったから、あとは明だ」

 

「はいはい」

 

 カーテンを潜って、証明写真機に乗り込む。無機質で分かりやすい音声案内に従いつつ、ポチポチと操作する。……タッチパネルの感度が、妙に固い。

 

「何か食べるか?」

 

「あ、じゃああのガチャみたいなガム販売機? それ久しぶりに食べたい」

 

「もう二人分買ったんだが。ほら」

 

 もう買ってたのか。カーテン越しに伸びる手から、球状のガムを受け取る。

 あー、この化学的な甘み。半年前を思い出させてくる。……って、夢中になって顔が傾かない様に気を付けないと。

 

「……そうだ」

 

「うん?」

 

「ここまで来たけど、あの公園も見ていく?」

 

「あそこか、そういえばプールなんかもあったな」

 

 水着は勿論無いから行けないけど、公園にある小さな川に足をさらして、涼むくらいは出来るだろう。

 

 そんな事を考えていたら、フラッシュが焚かれて反射的に瞬きする。撮影が終わった様だ。

 写り具合を確認して、十分だと判断すると印刷を実行させる。

 

「終わり」

 

「よし。……紙も出て来た、こっちで俺のと一緒にしまっておく」

 

「あい。で、明一はどう思う? 私的には、散歩も家のゲームも良いかなって感じだけど」

 

「……走って疲れたから、家で良いか?」

 

「そういえばそっちは走ってたんだっけ。よし、じゃあ帰ろ」

 

「ああ、ただ俺も気になるから、週末にでも行こうか」

 

「そうしよう」

 

 いやあ、今日は色々な事があった。とある女子との相談だったり、なんとかメディア部の誘いだったりと……。

 ……色々ありすぎて、これから逢うである面倒事を想像するだけで、精神がげんなりする。

 

「明一」

 

「どうした?」

 

「帰ったら膝枕」

 

「……俺も疲れてるんだが、まあ良いか。俺が膝を貸す側だな」

 

「うん」

 




仕事による精神負荷が中々。
それはそうと、お気に入り人数が三桁行きました。身の丈に合わない評価だなんて思ってますけど、自分なりにボチボチ書いていきます。ボッチボッチ。


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文字の長点と言えばコレだな、と俺は思った。

 帰宅して、エアコンの効いた部屋で二人してぶっ倒れる。冷気が体に染みる。今までの精神的疲労が洗い流されるようで……もうこのまま寝たくなってきた。

 

「……流石に今から寝るのは無いな」

 

「汗も流さないと」

 

 そこまで綺麗好きじゃないし、汗を流したままベッドに倒れこむのにも抵抗を感じないが、一応の生活習慣として、やっておきたい。

 でも、今は休息の時。もうちょっと休みたい、あと五分寝る。……なんて言っていると、五分後もまた同じ事を言うのが俺なのだが。

 

 

「明」

 

「はい」 

 

「一日で二つも厄介事が舞い込んできたわけだが」

 

「割とごめんなさい」

 

「別に良いんだが。と言うか7回目」

 

「いや別件じゃん。朝とは違うじゃん」

 

 確かに俺達は他人に寛容かもしれないが、苦手であることには変わりない。まるで頑張ってピーマンを飲み込む子供の様に。出来れば食べたくないのに、皿に乗って目の前に現れたからにはフォークを握るのだ。

 

「とりあえず、どんな話を伝えるかは二人で話そう」

 

「うん」

 

 話をでっちあげるというのは中々難しいが、俺達の身に起こった事実が何よりもあり得ないからな。むしろ事実を話すより嘘を話した方が楽なまである。

 と言っても、作り話が簡単になる訳じゃないんだが……どうしよう。

 

「とりあえず箇条書きで並べてみるか」

 

「箇条書きか。じゃあまずは……『ゲーム内の付き合いはかなり長かった』はどう?」

 

「とりあえず書き留める。俺からは『仲直り前までは、極力干渉を避けていた』と書いておこう」

 

「噂通りだけど」

 

「情報整理の一環だ」

 

「なるほど」

 

 そうだ、『切っ掛けは夏休み最後に行ったオフ会』とも付け足そう。肝心な所が不透明だと信用性が低くなる。

 

「『事前に同年代と知っていた』ってのも付け足して」

 

「そうだ、『今は色んなゲームを一緒に遊んでいる』とも──」

 

「それとこれも──」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

『大した恋愛小説ですね。小説家を目指してるんですか?』

 

「目指してない!」 「小説じゃないッ!」

 

 二人して叫んだ先は、明の持つスマホの画面。映るのは立山という人物とのメッセージ画面である。

 いや、いや。俺達が叫んだって、この声がメッセージとして飛んでいくことは無い。しっかりと書き起こして、しっかり否定しなければ。

 立ち直った明か、その文章を作り上げる。

 

『教えてと頼まれた、私達の事の顛末なんですが』

 

『私も結構ラノベ読みますよ』

『仲の悪い双子が友情と愛情を取り戻すってストーリーは、中々クルものがあると思います』

 

『ラノベでもなんでも無いんですが』

 

『でも、私が頼んだのは貴方達双子に起きた仲直りの実情に関する話でして』

 

『これ実話です』

 

『あ、小説は小説でも、ノンフィクションジャンルでしたか?』

 

「違うッッッ!」

 

 明が、また叫ぶような否定の言葉を吐き出す……。

 俺も同じ気持ちだから、俺の分も思う存分吐き出してほしい。

 

「明一も何か言って!」

 

 えっ、俺? 

 いや、書き手が変わっても大して変わらんが。っておい、携帯押し付けるな。

 

「どうせ私に任せっきりにしようとしたんでしょ! ほら代わって!」

 

「……代わっても言う事は変わらないんだがな」

 

「受ける精神ダメージは分けた方が良いじゃん!」

 

 確かに。

 じゃあ仕方ない、対応を代わってやるか。

 

『明一に代わります』

 

『おお! お兄さんの方ですか! いや、弟さん? 双子ってお互いをどう呼んでるんです?』

 

『名前ですけど』

 

『やはり名前呼びですか!』

『まあ当然の落し所と言った感じですかね』

『ところで、先ほどの恋愛小説の原案、もうちょっと感想言った方が良いんでしょうか?』

 

『これは小説ではありません。これは事実です』

 

『私としては』

『無干渉の関係が生まれてから今まで続いていたと言う点で、何かしらの伏線かなと思うぐらいに不自然な気がするんですけど』

 

『これは小説ではありません。これは事実です』

 

『やっぱり伏線回収まで教えてくれない感じですかね?』

『小説書きは、読者に展開の予測をされるのを嫌うって聞きますしね』

 

『これは小説ではありません。これは事実です』

 

『明一さん?』

 

『これは小説ではありません。これは事実です』

 

『……』

 

 ……。

 

『ホンキです?』

 

 よし、通じた。

 

「うわー、こんなゴリ押し初めて見た」

 

「コピー&ペーストって言うのは便利だな」

 

「我ながらその思考破棄には感心するよ。よし、私も同じ状況になったら使お」

 

 あんまり頻繁に使うと効果が薄れそうだから、控えてほしい所なのだが。

 とりあえず、話をある程度聞く気になった様子だし、こちらも思考能力を復旧させておこう。

 

『あれは事実が三割、嘘が六割。あまりにも非現実的だと思うなら、考え直します』

 

『いや』

『大丈夫です。と言うか、後の一割は何処に行ったんです?』

 

『脚色された現実です』

 

『よく分かりませんが、分かりました。分かったことにします』

『でも、まさか本気だったとは思いませんでした』

 

 ……俺達、トークルームの第一発言で恋愛小説を解き放つ人って思われてるのか? 

 流石に無い……と言いたいのだが、人の考え方は予測できないから、思われていないとも言えない。

 

『こちらも、ウケが良い様に書いてみますけど……』

『読者達も、真面目な記事だと思って読んでくれないと、貴方達の問題も解決されない恐れがあります』

『いえ、ある意味では一番効果があるかもしれませんが』

 

『質問攻めが止めばいい。誤解が残ったままでも構わない』

 

『なるほど、分かりました。一応、明さんも同じ考え方ですかね?』

 

『同じだ』

 

『了解です。ではその方針で書いてみますね』

 

『頼みます』

 

『では数時間後には下書きをお見せするので、検閲の方お願いしますね」

 

『分かりました』

 

 ……下書きとはいえ、記事って数時間で出来る物なのか? 

 まあとにかく、これで会話終了。俺としては中々のパーフェクトコミュニケーションだったな。俺達の意見は相手に伝わり、相手のこれからの方針を俺達も把握する。これぞ事務会話の極致と言った所だ。

 

 ……無駄が多い気がするが、気のせいという事にする。

 

「と言うか途中から敬語取れてるね」

 

「え? 何処?」

 

「最後らへん。……まあ、立山さんは敬語とか拘らないらしいから」

 

「そうか。……確かに、後輩相手な筈なのに敬語だしな」

 

 変な先輩さんだが……まあ、彼に助けられるのだから、多少の恩は覚えておこうか。

 記事が学校中に広がるまでには時間がかかるだろうが、これからずっと今日の様に群がわれるという事にはならない筈だ。きっと。

 

「はあ、疲れた……。テキストだったから楽とは言え」

 

「後半眺めてただけだろ」

 

「まあね。……そろそろ、お風呂行ってくる」

 

「ああ」

 

「あ、一緒に来る?」

 

「……きゃー、明さんのえっち」

 

「おっとこれは変化球な断り文句。でも男の声でそれはシュールだわ」

 

 そんなん分かってる。そっちも風呂に誘うのはどうなんだ。ちょっと前のラノベでもあるまいし。

 いや……今のも割とそんな感じか? そういう話は聞いても、読むこと自体無いからな。

 

 あ、そうだ。一応忠告しておこう。

 

「間違ってもタオル姿で部屋中を歩き回らないでくれよー」

 

「あ、タオル持ってくるの忘れてた」

 

 戻ってきた……。いや、思い出してくれて助かったのだが、もし俺が忠告しなかったら、明は裸で歩き回る事に……? 

 

「……言っておくが、裸で歩き回るのももっての外だぞ」

 

「分かってるって」

 

 本当……っぽいな。流石にそれはしない、という顔だ。

 ふう。俺の事を段々と理解してくれている様で助かる。後は冗談からの悪ふざけを実行しない事を祈るだけだ。

 

 ……お守りか何かを握ってから祈った方が、効果増えたりしないだろうか……?




(之は私の口から零れる弱音、要反転)ここまで評価が伸びると、一話一話を投稿するたびに、「興ざめだ……」と言って失望されるのを恐れるようになるんですよね。

まあ、頑張って好きな双子像やそのやり取りを書くとします。


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本当らしくないな、と私は思った。

 翌朝。寝ぼけた頭で携帯を持ち上げる。

 この前みたいに、腕枕なんかはされていないし、私から抱きついたりはしていない。まだ二日目だから、慣れたと言うつもりも無いけど……。

 隣にある、鏡を見ている気分になってくる顔を眺めて、また天井を見る。

 

「……」

 

 時刻は5時より前。普段はもう少し遅くに起きるが、どうも早起きしてしまったみたいだ。

 

 ……む、通知が入ってる。ああ、立山さんからか。原稿が出来たらしい。深夜中にでも完成させたのかな。どれ、朝まで時間があるし、ちょっと読んでみようかな。

 

「……」

 

「すぅ……」

 

 斜め読みすれば、書かれている内容は、事実とはかなり異なる記述となっているが私達の事に関して語られているのが分かる。大まかには希望通りの具合で。

 時間も余ってるし、ゆっくり、一行ずつ読んでいくか。

 

 

『犬猿の仲で知られる双子、遂に!』

『長い夏休みも明け、クラスメイトの変わった雰囲気を感じ取る人は、そう少なくないだろう。肌が焼けていたり、髪を切りイメージチェンジを図った者も居る。そんな中、一際大きな注目を集めているのが、玉川氏二名である』

 

『私たちの目が離れた隙に、なんと彼らは──』

 

『どの様にして、玉川明氏と玉川明一氏は、一心同体とも言える関係を築いたのだろうか? ──」

 

『本人の意向により、SNSアプリ上のテキストでのやり取りにのみ限られたが、詳しい話を聞く事に成功し──』

 

『まるでフィクションの様な、二人にとっての二度目の出会いは──』

 

『しかし気になるのが、あくまでも双子という枠に収まった関係なのだろうかという点であり──』

 

『双子の様子をほぼ毎日見ているクラスメイトに話を聞けば、「アレはどう見てもで──』

 

 

 電源ボタンを押す。

 画面が暗転する。

 携帯を静かに置く。

 深呼吸する。

 

「すう……」

 

「……」

 

「んうううううっ……!」 「ぬごおおおおおっ!?」

 

 ……あ、ごめん。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「ごめん」

 

「今回はわりと十割がた明の所為」

 

「うん」

 

「それも二日連続」

 

「はい」

 

「その上、拳で的確に胸を打ち抜くと来た」

 

「……」

 

「でも気持ちはよく分かる……!」

 

 分かってくれるか! 

 

「分かるでしょ! なんなのこの、この……この!」

 

「もう黒歴史でしかない……。思わず握り拳を固めて振り下ろすのもよく分かる!」

 

 しかも下世話が過ぎる! 私が検閲するまでもなく横線が引かれるべき表現が当然の様に書かれてる! これじゃあまるで……、あー……これは辞めておこう。

 

「これはもう……普段の明以上に変態的で下世話だな……」

 

「んえ」

 

 変な声出た。いや、言わないでよ。考えないでおいた意味が無いじゃないか。と言うか何故“普段の”っていう形容詞を加えた。それじゃ四六時中変態みたいじゃん。

 不満を隠さないまま明一を足で蹴る。

 

「痛いが、本当にこれで読者ウケが良くなるのか?」

 

「流すな。……まあ、ウケるんだろうなあ」

 

 最近の学生は、なんというか、こういう物に目敏いというか、そう言う事にしたがるというか。

 と言うと年寄りの愚痴っぽいが、クラスメイトの雰囲気や全体的な趣向が実際そうなのだ。こう、ゴシップ記事が生えてきたら、明日にはその話題が一日中語られるぐらい。

 

 ……まあ、あの内容で私達への被害が無くなるなら信じよう。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 その日の朝、おっかなびっくりと言う風に学校へ行ってみるが、よくよく考えてみれば朝一番から記事の内容が知れ渡っている訳が無かった。

 記事の内容に関してはOKを出したし、そう遠くない頃には記事が出回るはずなのだが。

 

「────、──────」

「──────」

 

 で、記事が出てさえもいないという事は、つまり状況は昨日と変わらないという訳で……。ああ、静かな学校生活を期待した私がバカだった。仕方ないから、腕ごと机に突っ伏して、両腕で頭を覆う様にする。そうすることで、周囲からの干渉を遮断する。

 まあつまりは机に伏せて寝込んでいる状態だ。

 

 無言の姿勢を貫けば、多少は諦めてくれる筈。諦めない人は、逆に私以上に人の事を察せない人だと思う。陽キャとはつまりコミュニケーション能力に長けている訳じゃないのだ。だからさっさと私の意思を察して帰って。ホントに。

 

 

 ……そう願いつつ机の匂いを嗅いでいると、気配が遠くなってきた。ちらっと目線を上げてみると、他の人たちは各々の縄張りに戻っていた。

 

「はあ……」

 

 良かった、人の気持ちが分からない人なんて居なかったんだ。小さく溜息を付いて、明一の方を見る。彼の方も落ち着いた様だが、まだ鎖国している。

 ホームルームもそろそろかなあ、と思って教室の入り口の方を見る。まだ担任は来ていない。代わりに何人かの生徒が入り口脇で立ち話をしてい……うん? 

 

「えっと……」

 

「……」

 

 入口から顔をだして、部屋を見渡す女子が一人いる。しかも、昨日も見た顔。例の相談を持ち掛けた人だ。

 まさか、私達に会いに来た? しばらく様子を見てみるが、他の誰かと会話を始める事は無く、目をあちらこちらと向けている。

 ……それとなく、こっちから迎えてみるか。うー、めんどうくさい。

 

「んー……あ、玉川さん!」

 

「はい、おはよう」

 

「あ、はい、おはようございます……」

 

 苗字で呼ばれて、後ろで明一が振り向く。まだ鎖国していたっぽいが、苗字に反応してくれて良かった。そっちも来てくれると都合が良い。……と思ったけど、なんだか明一から凄いオーラが出てる。

 

「……おはよう。昨日の答えか」

 

 うわあ、見るからに不機嫌。ほら、女子も怖がってるじゃないか。

 

「えっと……また放課後出直した方が良いですかね?」

 

 やっぱり怯えてるよ。あーあ、明一の所為だ。

 

「明一、顔がとっても不機嫌だよ。人が怯えるオーラが出てる」

 

「む、俺もか?」

 

「も? ……あ、私も結構不機嫌な顔してたかも」

 

「してるぞ」

 

「あーやっぱり」

 

「……えっと?」

 

 っと、私たちを目的に来てくれた女子を放置するわけには行かないな。

 

「ごめん。昨日の話の続きだったよね。どうだったの?」

 

「あ、はい。一応、言われた通りに謝って、返事も貰ったんですけど……」

 

「うん」

 

「その、答えって言うのが……」

 

「うん」

 

「……“趣味も性格も合わないから”との事です」

 

 ……趣味? 性格? 

 なんだその理由。付き合ってる男女の別れ文句みたいだ。確かに、何もかも共感出来ない人と共同生活するのは大変かもしれないけど。

 

「えっと、それ以上は聞けなかったです。関係もまだ元通りになったとは……」

 

「そっか」

 

 それが理由で距離を離したっていうんなら、仲直りをする意味もあんまり無いんじゃないかなあ。無理に趣味を合わせるってのも違うし。

 でも、だからと言って諦めろって言うのも多分違う。人間関係の面倒な所だ。それに仲直りしたいって相談されたんだから、少なくともそれを実現させないと。

 

 ……って、なんで私達はこんな真面目に考えてあげてるんだろう。

 もうわかんないし、あとでまた考えようか。

 

「ホームルームも近いし、また後でね」

 

「あ、はい……。わかりました、それじゃあ」

 

「うん」

 

「じゃあ」

 

 ……うわ、また注目されてる。なんかもう、やだ。帰りたい。いや帰らないけど。

 

 本当はこう言うの、性に合わない筈なんだけどな。相談されたからには、とは言ったけど、中々難しい問題だ。そもそも彼女の姉さんという人物は、何を思ってその様な言葉を言い放ったのだろうか。

 一時の気の迷いと言うのなら、謝罪の時点で事は終わってる筈だ。なら……。

 

 

 む、メッセージの通知だ。

 

『C組の鳴海さんに相談を受けているって言うのは本当ですか?』

 

『はい』

 

 よし終わり。そういえば名前は聞いてなかったけど、その名前が出たんならそうなのだろう。それは兎に角、彼には一刻も早く記事を広めて欲しいのだが。

 

『コンマ秒で返信されることってあるんですね』

『既読無視よりも傷つきますけど』

 

 うええ、携帯がピロンピロン鳴ってる。ここまで騒がしい携帯は初めてだ。通知設定弄ろうかな。

 

 放課後、彼女に会う機会があれば、姉の人となりや、姉の言う趣味や性格を聞いておきたい。

 客観的な助言や、役立つかは知らないが主観的な意見も出せる筈。勿論、話したく無いと言われたら尊重するが。

 それをやって、結果を聞いて、もしダメだったとしても……私たちの仕事はそれで最後にしよう。

 

『今度は未読無視ですか? 見ているのは分かっているのですよ!』

 

 まずは携帯をマナーモードにしておくか。ホームルームも始まるし。




いつもご感想ありがとうございます。それと誤字報告も。
追記・文章整形前提で書いてたのに整形実行せずに投稿してしまったのは私です。はい、修正しました。


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ここまで喋ったのは何時以来だと、俺は思った。

 水がほしい。

 俺は気怠げにお米を咀嚼し続ける。

 

 コンビニから調達したお握り二つと菓子パンが俺の基本的な昼食であるのだが、買ったときに商品棚から間違えて掴み取ってしまった辛口ツナマヨのお握りが、今日のレジ袋の中に入っていた。

 好き嫌いは特に無いが、辛い食べ物は選択肢としては避けている分野である。冬ならばともかく。

 

「……」

 

 ……お米ばかりかじったせいで、殆ど具だけになってしまった。よくよく考えたら、普通に食べたほうが辛味がお米で中和されたのではなかろうか。

 仕方ないか、と残りを口に放る。うん、辛い。

 

 さて、昼休みも半分を迎えた所で、ひょっこりと教室を覗き見る女子を見つける。

 普段はイヤホンを装備して、携帯でゲームをするか漫画やラノベを読むのだが……、誰かが来ると分かっていると、そうもしづらい。

 

「明」

 

「ん」

 

 迎えるついでに、机に突っ伏していた明を起こす。こっちは俺より早く起きたせいか、授業中も眠たげにしていた。……まあ、俺も文字通り叩き起こされたから、彼女ほどではないにしろ少しだけ眠い。

 

「今度は廊下に出よう」

 

「あ、はい」

 

 当然の様に左隣に並ぶ一人と、後ろをついて行く一人を連れて、普段使われない教室の並ぶ廊下に出る。ここは人通りが少ない。通り過ぎる教師に訝しまれるかも知れないが、俺達の噂と言う舞踏曲に乗って踊る野次馬を理由にすれば、問題ない。

 ……今の言い回し、詩的でかっこいいな。

 

 

「ここで良いか。朝は悪かった、半端に追い出してしまって」

 

「いえ、ホームルームは仕方なかったかと……」

 

 まあそうなのだが、精一杯の社交辞令みたいな物である。

 それで、何を聞くんだったか? ……ああ、相手の詳しい話だったかな。人となりを知れないとこれ以上の助言は難しい、とか思っていた筈だ。

 

「それで、聞きたいことがあってな」

 

「姉さんは具体的にどんな人か、聞かせて欲しいの」

 

「……具体的にですか」

 

 そう言葉を返した彼女は、難しそうな顔で考え込む。やはり話せないか? 

 

「無理ならいいよ。ただ、これ以上の助言は出来ないから」

 

「誰に対しても言える事はもう言った。後は相手や状況に合わせたやり方を考えるしか無い」

 

「そう、ですよね。うーん……」

 

 ……やはり、仲の良い間柄という訳じゃないし、そこまで踏み込ませてくれないか。

 それじゃあこの件は諦めるか、とその節を伝えようとして……彼女の目を見て、止めた。俺達にでも分かるぐらい、その覚悟が目に宿っていた。

 

「分かりました。お姉さんの事、話します。けど……」

 

 すると、直ぐに不安そうな顔に戻り、つぶやく様な言葉が溢れる。

 

「お姉さんの事、嫌わないでください」

 

 

 どう言う意味だと思っているうちに、彼女は少しずつ、言葉を選びつつ、姉の事を話し始めた。

 本人は善い人だ、決して誰かを害する様な人ではないと前置きがされて、今まで話すのをためらっていた理由とも言える一言が放たれる。

 

「私のお姉さんは、不良なんです」

 

 不良。という事は、所謂ヤンキーだとか呼ばれている人の事だろうか。

 なるほど、確かにそれは言い淀む事だ。そういう肩書きが付いている人は大抵避けられるし、嫌われる。

 

「でも善人……って事?」

 

「はい。私も、入学した頃に初めて知った……と言うより、その頃から不良である事を隠さなくなりました」

 

「はあ……」

 

「でも優しいところは全然変わってなくて、夏休みまでは普段通りだったんです」

 

「お姉さんは、私の知ってる誰よりも優しいんです。私が幼い頃なんかは泣いてる私を撫でてくれましたし、何を言われても怒らない人でしたし、それと……」

 

「……」

 

 ……感情が言葉に現れ始めている。そう思ったのは、必死な瞳の側に涙を溜めているのを見つけてからか。

 何故そこまで泣くのか。何が涙を誘っているのか。俺には分からないが……それを指摘するべきなのは俺ではない。

 

「落ち着いて。ハンカチは持ってる? ほら、顔を拭いて」

 

「え? あ……はい。えっと、すいません……」

 

 こう言う時、慰められる異性と言うのは家族か恋人に限られるのだが、同性ならやりやすい。明が居てくれて助かった。

 幸い、涙は自然に流れてしまったと言うだけで、子供の様に本格的に泣き出す事はなかった。……本当に幸いな事だ。女子を泣かせたら、また別の話題でクラスが沸いてしまう。

 

「……もう良いかな?」

 

「はい、大丈夫です。失礼しました……」

 

「話を戻しても大丈夫?」

 

「はい。……えっと、つまり、お姉さんは優しい人なのです」

 

「うん」 「そうだな」

 

 優しい人なのはわかった。うん。

 

「それで、具体的に仲間割れした経緯は?」

 

「あ、はい。それも話さないとですね。と言っても、ある日急にそう言われただけで……その直前は普段通り過ごしてた筈なんです」

 

 

「普段って言うのは?」

 

「えっと、宿題を少しずつ消化しつつ、漫画とか読んで……ですね。お姉さんは最初に宿題を済ませて、殆どゲームしてたり、友達さんと出掛けていたりしています」

 

 ……ふむ? 

 

「失礼しても?」

 

「はい」

 

「ゲーム趣味と漫画趣味がどうやって衝突したの?」

 

 先程聞いた不仲の訳とは、”趣味と性格が合わない“との事で……。分からない。ジャンルの違いとか、そういうものなのだろうか。

 

「それは、えっと。私も具体的には分からなくて……」

 

「……そもそも、一番最初になんて言ったの?」

 

「最初ですか?」

 

「距離を取ったのは姉の方からだろ? その時に何か言ったか?」

 

「あ、それでしたら、”絶交だ“とだけ言われました。……そう言われてからは、確かに徹底的に距離を取られてます」

 

 はあ……。

 

 明と顔を見合わせる。具体的な話を聞いたが、彼女の話は……いや、彼女の話というより、お姉さんとやらの言動の方が妙に思える。

 俺は他人の感情を理解できないタチだから、実は何もおかしくないのかも知れないが……。

 

「……どう思う?」

 

「お姉さんの方に何か都合があるのかも」

 

「そうか。……俺も、そうとしか言いようが無いな」

 

「お姉さんの都合、ですか?」

 

 そういう事だったのなら話は早い。が、確実にそうとは言い切れない。

 

「もう俺たちは何も出来ない。アンタが行動を起こさなければならない」

 

「謝罪と理解は、もう要らない。相手の意思を押しのけて、自分の意思を伝えないと」

 

「アンタは説得しなければならない。姉がなんと言おうと、姉妹としての縁を保ちたいのなら」

 

「意思を押し付けて、納得させるの」

 

「説得……」

 

 ……性に合わないな。こんな風に相手に言って説く様に喋るのは。

 でも、言葉足らずな部分を補うように、明が言葉を付け足してくれるから、伝わらない、という事はない筈だ。

 

 

 そうして、相談の件とは別に、あることに気付く。

 俺達という双子が出来た日から、以前の様な会話上の誤解、不理解、聞き落としという物が減っていることに。

 普通なら、ここまで話していたら何か一つは伝達ミスやら誤解やらをしでかすのだが……。

 

「分かりました!」

 

「ん」

 

 比較するために記憶を掘り起こそうとして、女子の声に反応して意識を現実に引き戻す。危うく会話中に深層意識へと心を落っことすところだった。

 

「こっちも、色々口を出しすぎた。本当は家族で頑張らないと行けないんだけど」

 

「頼ったのは私なので、大丈夫です!」

 

「そっか」

 

 それなら良いか。

 兎に角、これ以上の問題が浮かび上がったりして、また相談を持ち掛けられる事が無い様祈っておこう。姉妹仲が円満になってくれれば、その心配も一段と減るのだが。

 

「……頑張って」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

「うん、どうも」 「どうも」

 

「それじゃあ、今日……は駄目かもですけど、今週末にでも私の家に来てください!」

 

「……はい?」 「……なんで?」

 

 なんで? ああいや、まずは会話の流れを見返そう。

 ……なんで? 

 

「だって、二人共仲良しじゃないですか! お姉さんも、あなた達の事を見れば、考え直してくれるかな、と」

 

 つまりはアレか。勉強に乗り気じゃない子供に対して、”ほら、あの子はちゃんと勉強してるわよ“と言って、士気の上昇を試みるヤツか。どう考えても逆効果なのだが。

 

「えっと……家族の問題じゃ」

 

「家族じゃないとダメなんですか?」

 

「……確かに?」

 

「明!」

 

 気を確かに持て! 俺達双子のどちらかが崩れたら、それはつまり二人の崩壊に直結するんだぞ! 

 

「ハッ! い、いや! 悪いけれど、そこまでする程の義理は……」

 

「それに関してはごめんなさい。でも、最後のお願いです。確実に説得させないと、玉川さん達に相談してもらった時間が無駄になりますし……」

 

「……確かにそれは、やむを得ないな」

 

「明一?!」

 

「……ッ! えっと、俺達に利点が────」

 

「えーっと、確か最近、お姉さんが新作のPZ7を買ったみたいで」

 

 ……なん、だって? 

 

「PZ7だって?」

 

「はい。玉川さん達って、ゲームが好きなんですか?」

 

「まあ……」

 

「やっぱり!」

 

「……PZ7か」

 

 熟考する。一目見たい。人の家を尋ねる事に関しては抵抗があるが……その家の一員である彼女の招待があれば、十分か? 

 

「……明一」 「……明」

 

 目を交わす。

 ふむ、明も実物を一目見たいのか。いや、それならもう少し踏み込んで、遊ばせて貰うか? ……ほう、協力プレイを提案する手もあるか。どうするにしろ、不良とはいえ優しい姉さんとやらに話を通さなければならないが……。

 ……なるほど? ……ふむ、確かに同性の方が交渉した方が良いな。よし、頼んだぞ。

 

「「わかった、行く」」

 

「やった。ありがとうございます!」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「やられた……」

 

「説得を提案した直後に、私達を説得させられるなんて……」

 

 うぐう、気弱な性格だと思ってたんだが、意外な所で行動的だな、あの女子は。

 因みに彼女は、次の時間は体育だと言って教室の方へ戻って行った。思案と会話を繰り返した俺達は、壁に寄りかかってぐったりしている所である。

 

「……でもちょっと楽しみ」

 

「楽しみだな」

 

 パソコンのゲームには造詣が深いが、コンソール系にはあんまり手を出す機会が無い。

 悔しいが、新しい物への興味が強いという性は、母から受け継がれてしまっているらしい。悔しい。でも気になります。

 ……っていうか俺達、セールスとかに遭ったらとことん絞られそうだな。

 

 ぐったりと、せめて食堂の自販機に寄ってから教室に戻ろうと、歩き出す。地味に辛口のツナマヨが舌に残ってる気がする。辛味がしつこい。

 いや、きっとコレが敗北の味なのだろう。そう思うことにしよう。した。

 

 食堂に近い方の階段は、たしかこっちか。ええっと、たしかこの廊下を……──

 

「オイ」

 

「?」

 

「お前ら、ちょっと面貸せよ」

 

 




(弱音は溢れる物だが、負の感情を共鳴させかねない故に、言葉は透明なまま落ちていく。)(とってもポエミー)
俺は面白い展開の物語を書けているのか?! 否! 面白い物語を書けている気が、全くしないッッ!


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ここまでよく分からない人もそう居ない、と私は思った。

「げ」

 

 威圧的な態度に、思わずギョッとして一歩引いて……半歩前に出た明一の後ろに回る。

 私達を睨みつける目の前の人は、見た目以外は雰囲気も言動もどれも不良な人で、しかし女性だった。長い金髪と、結構な高さまで裾上げされたスカートは、それだけ見れば過激にオシャレするギャルなのだけれど。

 

「ま、態々場所を移すまでもねえか。場所も時間帯もサイコーだしな」

 

「……」

 

「お前ら、恵子と話してただろ」

 

 恵子とは誰だろう。いや、流石にこの状況だったらば、示す人物は一人しか居ないだろうな。

 

「なるほど、だんまりか……。一発ヤれば喋るか? ん?」

 

「……」

 

 しかし、不良という存在を知りはしても、実際に()()()()()を見るのは初めてだ。これは中々威圧感があるけど……。

 というか、明一が何時まで経っても喋らない。試しに後ろから突いてみる。

 

「……おい」

 

「なに?」

 

「突くな」

 

「へへ」

 

 ん、あの顔は”なんだコイツ等“って顔だ。如何にも不良って感じの顔が、困惑した様な表情を浮かべる。

 確かにこの状況でやる事ではなかった。少し反省する。

 

「それで、何が欲しいんだ。金か」

 

「要らねえよアホ。私が欲しいのは……」

 

「……」「……」

 

「あー……」

 

「……?」「……?」

 

「……オイその顔ムカつくんだよ。シンクロしたアホ面見せんじゃねえ」

 

 いやそんなつもりは無いのだけれど。

 しかし、不良さんというのはこんな感じなのだろうかと、彼女の態度に僅かな違和感を感じる。人を見る目は当然皆無だから、違和感程度に過ぎないが……。

 

「えと……あ、()()()。喉乾いた。オイ、男の方。ジュース買ってこい」

 

「……ソーダ? ジュース?」

 

「ジュースっつったろ! フザケてんのか!」

 

 今の聞き違いはよく分かる。気を抜いてると同音異義語の区別が付かなくなるんだよなあ。

 

 親切にも訂正をしてくれた彼は、しかし動こうとしない。

 もし言われたとおりに行けば、私は不良さんと二人っきりになる。コチラとしては男手が居てくれると割と安心するが。

 

 まあ、私の中で、”もしかして“っていう可能性が大きくなっているから、絶対に居て欲しいと言うわけでもない。

 この学校で不良が居るという話は全く聞かないし、見かける事もない。と言うことは、目立った事件を起こすような不良は居ないという事だ。

 ……前例がないから、今回も大丈夫。なんて考え方は、平和ボケ以外の何物でもないけど。

 

「こっちは大丈夫だよ。行ってらっしゃい」

 

「流石に少しぐらいは緊張感を抱いたらどうだ?」

 

「んーん。大丈夫だと思うけどな。ほら、行ってらっしゃい」

 

 流石に。という言葉にあった言外の意図を受けて、私は楽観的な態度のまま明一を送り出した。……めっちゃ走るじゃん。もし万が一があっても、まだまだ「万」から「一」を引いただけの数が残ってるのに。

 その横目に、ちら、と彼女の様子を見る。

 

「本当にアホか……」

 

 呆れた顔をしている。しているだけだった。感情的にはならない。

 私の思う不良というのは、人への暴力や不幸を厭わずに、自分の思うがままに行動する人種の事。この短いやり取りの限りでは、彼女はその括りに一切当て嵌まらない。

 

 ……やっぱり、大丈夫かな?

 

 

「オイ、後ろ手に持ってる奴を見せろ」

 

 と、まあそこは指摘されるよね。そんな感じで諦めた私は、『11』と表示された携帯を、見せるように持ち上げる。このまま親指を画面に触れさせれば、最後に『0』が付け足されるだろう。

 

「……」

 

「……」

 

「よりにもよって警察に……。んああ、もう!」

 

 そんな悪態を付くのは、やはり自分ではなく不良さんの方だった。

 すると、顰めた眉でシワを寄せられた額は、すっかり解けて平らになり、睨みつけていた瞳は直ぐに明後日の方に逸れていく。

 向けられる威圧感……もとい威嚇行為は、ある意味での豹変と同時に止んだ。

 

「分かった! 何もしない! ごめんなさいでした! だから呼ばないでください!」

 

「うん」

 

 少し疑わしいけど、とりあえずポケットに携帯を仕舞う。

 

「あーもう、失敗した失敗した……」

 

「……もしかして、さっきの女子のお姉さん?」

 

「そうだよ、大正解だよ! 鳴海(なるみ)百々子(ももこ)だよ!」

 

 あ、だったら完全に無害認定してしまっても良さそう。肩の力を抜いて、ふへえ、と息を抜く。

 

 

「うう……」

 

「……」

 

「せめてなんか言ってよお!」

 

「ええ……」

 

 そう言われても、私そんなにおしゃべりじゃないんだけれど。

 

「じゃあ、どんな用事だったの?」

 

「う、それは……別に、なんでもない」

 

「どうして?」

 

「何でもないって言ったでしょ!」

 

 ここまで雑なファッション不良をしてまで、”何でもない“はちょっと無理があると思う。もし本当に何でもないのなら、彼女は理由なしにこういう事をする、ただの変人という事になる。

 まあ、そういう人も居るかもしれないけど。世の中は広いのだ。

 

 用事が本当に無いんなら、それはそれで良いや。私もこの辺りに用事は無いし、さっさと教室に戻ろう。明一にも伝えて……。

 

「……」

 

「……」

 

 って、なんかすごい見てくる。見てくるけど、とりあえず携帯を弄る。

 

『無害だったよ』

 

 

 ……少し待ってみるけど、既読付かないな。私達の携帯って、普段は通知が鳴る様な事が無いから、秒で確認するんだけれど。

 って、階段の方からバッタバッタと大きな足音が響いてきた。めっちゃ走るじゃん。急いで食堂の方まで行っていたのか。

 

「はぁ、はぁ……あれ?」

 

「お帰り」

 

「……どうなっているんだ?」

 

「無害だった」

 

「……無害?」

 

「つまりはファッション不良」

 

「ファッション不良言うな!」

 

 だって他に言いようが無いし。

 

「なるほど」

 

「納得すんなし!」

 

 納得しなかったら、不良モドキと言い直す所だったのだけれど。

 そういえば、戻ってきた明一の手には二つのペットボトルがある。態々私の分まで買って来たんだろうか。走ってきたのに余裕だな。

 ……余裕と言うには息が荒いけど。喋るにも辛そうな感じだ。

 

「それって私の分?」

 

「いや、当たった」

 

「ああ、そういやルーレットあったな」

 

 とりあえず差し出された片方を受け取る。明一が買ったのはシンプルなオレンジジュースの二本だ。

 

「……え、オレンジジュース?」

 

「?」

 

 何が不満なんだろう。早速蓋を開けて飲むけれど、ファッション不良さんは目をヒクつかせて見るだけだ。

 

「いや、普通コーラとかメロンソーダとかじゃ」

 

「……ん、ジュースって言ってたよね」

 

 ほら、明一も頷いてる。

 

「記憶違いじゃない筈だ」

 

「もう分かった! 私が悪かった! もういいもん!」

 

 なんで拗ねてるんだ。この短時間で飲みたいものでも変わったのかな?

 

「要らないから、二人で飲んで」

 

「……?? まあ、分かった」

 

 私も腑に落ちないけど。明一も何も考えずに片手を引っ込めた。

 ……まあ、元々飲み物を欲しがってたのは明一の方だし、好都合か。

 

 

「それじゃあ、私達もう教室に戻って良い?」

 

 自販機に行く用事もなんだかんだ不要になっちゃったし、不良さんが私達に用事がなければ、そのまま立ち去るつもりだが。

 

「うんもうかえって……ああ待って! やっぱり待って!」

 

「ええ」

 

 なんで帰らしてくんないんだ。さっきからずっと一貫性が無いし。

 

「私、土日は家を空けるから、恵子と一緒に遊んでやって。分かった?!」

 

 ……なんで?

 って言い返しても、結局答えをぼかしてしまいそうだけど。

 

「一応聞くけど、どうして?」

 

「……やるの?」

 

 やっぱり答えてくれないらしい。仕方ないけれど、この人の意図については不明のままにするしかなさそうだ。

 

「やるけど。あ、でもPZ7遊ばして」

 

「それと幾らかのソフトを」

 

「どれでもやらせてあげるから! ……あ、セーブデータは分けてね」

 

「うん」

 

「消費アイテムもあんまりレアなのは……」

 

「うん」

 

「それと収集要素はあんまりしないでくれると」

 

「……データを分けたら問題ないんじゃないのか?」

 

「あ、ホントだ」

 

 この人一旦休ませた方が良いんじゃないかな。お互いの為に、さっさと話しを切り上げて教室に戻った方が良い気がしてきた。

 

 結局不良さんの行動の意図は教えてくれなかったけど、それがなんにしろ、あの女子の家を訪ねる理由は私達の方にもある。

 土日が楽しみになるぐらいだから、不良さんが心配する必要も無いだろう。むしろこっちが心配だが。

 

「じゃあ、教室戻るね」

 

「”やっぱり止めた“は無しだからね」

 

「ああ、男に二言は無い」

 

「私も」

 

「そっちは女でしょ!」

 

「うん」

 

「もうやだこの双子!」

 




同音異義語、言葉の綾。そこから正しい意図を会話中に汲み取るというのは、案外難しいものです。
多分。


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二人分のスペースとしては狭すぎる、と俺は思った。

息を抜く回。


 鳴海姉妹が私達に求めたのは、二人揃って鳴海宅への訪問だった。……のだが、その目的は2人で相反しており、妹は姉に対する説得であるが、姉は妹の遊び相手を望み、しかも姉は当日家に居ないと宣言した。

 

 噂に、相談事に、頼まれ事か。

 バイトの準備も進んでいるのに、学校生活が妙に忙しい。幸いにも噂の方は、先日校内で公開された記事によって落ち着きつつある。

 生徒たちが俺達に関わる事はなくなったが、一部の間で妄想が流行っているらしい。……関係のない話だ。

 

「おっと」

 

「スタン入れる」

 

「危なかった」

 

「ついでに回復も」

 

 気を抜いてしまっていた。同じ敵と連戦していた物だから、仕方ないが。

 

 後衛を務めていた皮鎧の姿が、回復スキルで俺のキャラクターを回復させる。今のうちに自分でバフも掛け直す。

 それでまた敵の巨体に接近して、懐で二本の短剣を振り回す。

 

 最後に、あの姉妹からの頼まれ事を終わらせれば、この一連の面倒事は終わる。それで俺達は、ようやく自由な生活を取り戻せる。

 ……また変な事態になるまで、だが。

 

「巻き込む」

 

「どうぞ」

 

「さんにーいちドン」

 

 合図と同時に回避動作を入れて、高威力範囲攻撃をコンマ秒に満たない無敵時間でやり過ごす。

 怯んだ敵に再接近し、また短剣を振り回して……敵の攻撃に合わせて転がり回る。

 

「そろそろ瀕死だよ」

 

 スキルのクールダウンを確認して、条件付き即死攻撃の技を用意する。瀕死であり、且つ短時間の怯みから気絶までを含む一時的な非戦闘状態の敵を処刑する。

 幸い、魔法を使う後衛が居れば後者の条件を満たすのは容易い。

 

「はいスタン」

 

「はい処刑」

 

 よし勝利。攻撃動作が分かりやすい敵は楽だな。

 中々美味しいアイテムを落とすと聞いて、二人でボスを周回していたのだが……。今回も出なかったか、まあレア物がポンポン落ちてきたらレア物とは言えないし。

 

 

「……で、なんだっけか。確か土曜日に訪問で、日曜日に面接だったな」

 

「なんだ、何に気が逸れてるんだと思ったらそれか」

 

「悪いな」

 

「確かにこんなに忙しい週末は滅多にないしね。行事くらい?」

 

 と言っても、訪問は昼飯の後に行って三時に帰るくらいだ。対して、面接の方では結果次第でその日の予定が変動すると、母を介して伝えられている。あの言い様だと、面接直後に合否が決定するという理解で良いだろう。

 

 

 周回にも飽きてきた。ゲームを終了して、PCは起動したままで、ベッドに転がる。携帯から、検索画面トップに流れるニュースをぼんやりと眺める事にした。

 ログから俺達の趣向を反映されてか、内容がサブカルチャーや娯楽に偏っている。アニメ化、映画化の話やら、新型VR装置やら、ゲーム業界周りのそういう話がトップに出ている。

 

 少しすると、明もベッドへ転がり込んできた。明が使っていたPCに、俺が使っていたPCのデータをコピーしていた様だ。

 

「あとどれぐらいだ?」

 

「残り2割って所かな」

 

 懐が痛まないフリーゲームを腐るほどダウンロードしているから、転送に中々の時間がかかっている様だ。

 昔から色々進歩して、個人制作ゲームでもサイズも大きくなっているしな。

 

 

「……カフェって、どう思う?」

 

「母がオススメだと言う話を抜きにして言えば……、まあ興味深いかな。カフェと言うからには静かな所だろうし」

 

 カフェと言うのは、母が勧めて来たバイト先候補の事だ。ネットで探っていた俺達二人をよそに、母も独自で探していたのだ。

 しかも、店に入って直接店長と話を付けただとか。

 

 人生の先輩である母の意見には従うつもりであるが……聞かされた内容を鑑みると、どう考えてもコネと言われる類だと分かってしまう。母はその事を知らせるつもりは無かったようだが、あの話しぶりからして店長が友人である事は明らかだ。

 コネが一般に悪い事かと言われれば、多分白いとしか言えないが……個人的には抵抗がある。聞いたところチェーン店ではなく個人が経営する店だから、その辺りは許容されるかもしれないが。

 

「まあ、幸運な話ではあるな。通学路から少し離れた所にある店だし、通いやすい」

 

「しかも二人同時だってね。理由は聞いたけど、逆に心配するな」

 

「ああ。自営業だし、一気に二人も雇って大丈夫なのかどうか」

 

 繁盛しているみたいだし、それで丁度二人分の人手が欲しいと言っていた。向こうがそう言うなら多分大丈夫なんだろうけど……うん。

 

「……バイト前にする心配事じゃないだろうがな。真面目にやって迷惑を掛けなければ、給料を心配する理由も無くなるだろうし」

 

「まあ」

 

「……まあ」

 

 真面目にやって失敗するのが、俺達の外交能力なのだが。

 主な失敗要因は、聞き違えや聞き落とし、頭の中にある単語辞書の齟齬。最後のは勉強不足が理由かもしれない。

 

「……ボイスレコーダーでもぶら下げて接客するか?」

 

「名案」

 

「でも音質の高いマイクじゃないと効果は薄いな。繁盛していると雑音も多いだろうし」

 

「要検証だね。……うわ、見てこれ嗅覚反映装置付きだって」

 

「うわ」

 

 我ながら直角カーブ級にひん曲がった話題もそうだが、どう見てもヤバげなVR装置の写真に思わず声を漏らす。

 端的に言えば、完全に鼻に突っ込む形状をしていた。

 

「思考操作対応の試作品の方がよっぽどマシだな」

 

「ああ、創作物にありがちな洗脳装置みたいな見た目の」

 

「それだ」

 

 刺しはしないが、無数の端子を頭部に張り付けなければならない仕様というのは、俺達の言う洗脳装置を想起させる。実際、一部で脳への影響を懸念する声もあった。

 

「アレもリング型で実用的なのが出来たみたい」

 

「どれだ?」

 

「これ」

 

「おお。……なんかSFっぽい……いや、もうSFとは言えないか」

 

「実現したSFって、もうSしか残らないもんね」

 

 技術の進歩とは、SF(サイエンス フィクション)がただのS(サイエンス)になり下がる瞬間の事を言うんだろう。

 そう言えば、俺達の関係はファンタジー以外の何物でも無いのだが。……実在するファンタジーって、どうなるんだ?

 

 なんとなく暇を持て余した俺たちは、考えるまでも無いどうでも良い議題で、数時間程盛り上がった。

 結論は、”俺達は非科学的且つファンタジーな要因で巡り合った“という事になった。……いつの間にか議題がすり替わっていたが、そういう事である。

 因みに、途中で乱入した母は頭をパンクさせて部屋に帰っていった。

 

 

 

 

 翌朝、やけに重い身体をベッドに沈めたまま、意識が覚醒した。

 

「……?」

 

 風通しの良い足の感覚からして、ブランケットは身体にかかっていない。しかし身体が冷え切っている様子もない。強いて言えば右半身が温い。

 寝る直前の記憶は明確ではない。最後の記憶として支離滅裂な会話が思い出されて、ようやく俺は話しながら眠り込んでしまったと分かる。

 まあ、そういう日は珍しくない。寝るつもりもないのに寝ていた、という経験は今までにもあった。

 

 今日は休日だ。昼に用事があるとはいえ、それまで暇……だと思ったら、空気の感じが朝ではないことに気付く。既に朝は過ぎて9時か10時ぐらいになっている様だ。

 

 まあ、まだ時間はある……。まだ起きる気の無い俺は、寝返りを打とうとする。体が動かない。まあそういう日もあるだろう、と諦めようと思ったら、何故か右方向には寝返る事が出来た。

 すると右半身の重さが明確になってきた。身体が重いというより、何かが乗っている。……が、それに疑問を持たないまま目線を天井から横に向ける。

 

「……」

 

「……」

 

 目が合った。

 寝返りを打った俺は、身体前方の全体に感じた他人の体温に気づいて、慌てて離れる。

 

「……」

 

「……」

 

 目は合ったままだ。そのお陰か、彼女の瞳に籠められた悪戯心を早々に察した。

 

「めいい」「おはよう」

 

「……別に私は大かんげ」「おはよう!」

 

「そこまで遠慮しなくても」「おはよう!!」

 

 ……。

 

「コピペの術は現実で使う物じゃないと思うんだ」

 

「はい」

 

 確かに俺もそう思います。

 

 叫んで目が覚めてしまった俺は、とりあえず起き上がることにした。

 

 

 

「それで、感想は?」

 

「……感想?」

 

「そう。私を抱き枕にした感想」

 

「一瞬だけだったんだが……。まあ、正直言って温かかった」

 

「一瞬、ねえ……。ま、そりゃあ36度前後の健康体だもの。その上既に温めてもらったからね」

 

 何だか気になる事を言ってるが、気にしないことにしてベッドから逃げる。

 

「ほう、無視かい?」

 

「全てを理解した間柄ならば言葉は不要だ」

 

「既に私が明一を抱き枕にしていた事も理解していたと」

 

 もう全て言い切ってしまっているが、知らなかったことにして自室から逃げる。

 

「おーい、逃げんなー」

 

「うるさい色欲の魔女」

 

「心外な」

 

「部屋出てる内に着替えてろ。昼も近い」

 

「むうん」



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たった一つの欲の為にこの魔境に入ったのか、と私は思った。

「待ってよお姉ちゃん!」

 

「待たねえっつってんだろ!」

 

 伝えられた住所へ訪れるため、歩いて30分程。住宅街の中に紛れて建っている、鳴海宅へと辿り着く。

 なんの変哲もない一軒家。これを含めた他の家も敷地自体は小さく、同じ様な形状の3階建ての細長い建物を並べている様だった。

 ここで騒げば、ご近所迷惑は免れないだろう。

 

「今までずっと何も口出ししなかったじゃねえか!」

 

「今回は特別! どうしても残って欲しいの!」

 

 正にあの二人の様に。

 

「どうする?」

 

「どうにも」

 

「出来ないね」

 

「手も出せない」

 

 私達に出来る事と言えば、傍観することくらいだ。下手に口を挟めば悪化しかねないから、そうするしかない。

 見れば、どちらも頑固に粘る物だから、終わる気配は全くない。

 仲裁? そういうのに関しては失敗する方が得意だから。

 

 PZ7と、この騒ぎに関わる面倒を、天秤にかけてみる。……意外と均衡する。

 

「二つに一つと言うけど」

 

「帰るか」

 

「そうしよう」

 

「帰らないでくださぁい!」 「勝手に帰るんじゃねえ!」

 

 えー。

 というか気付いてたんなら喧嘩しないでよ。プライベートだっていうのなら兎も角、少なくとも人の面前では落ち着いた振る舞いをしてほしい。私達に混沌はもう腹一杯なんだから。

 

 何故彼女らがああして喧嘩しているのかは、両者から事情を多少聞いていた者としては大体察しが付く。姉の方が出て行こうとして、妹が引き留めている。まあコレだろう。コレ以外に何があるのやら。

 

「……で、何時まで喧嘩するの?」

 

「家の中に戻ってくれるまでです!」 「コイツが諦めるまでだ!」

 

 下手したら私らが帰っても喧嘩し続けそうだな、この姉妹。

 

「聞いてくださいよ玉川さん! ずっと前から土日は家に居てって言ってるのに、いきなり朝から出かけようとするんですよ!」

 

「うるっさい! ずっと朝から引き留めるお前も頭おかしいんだよ!」

 

「え、朝からずっと喧嘩してたの」

 

 うっそ。私だったら既に撤退してるか喉枯らしてるよ。それか寝てる。

 

「お前らも言ってやれよ! 私には大事な用事で出なきゃいけないってな!」

 

「今日のスーパーのセールは5時からです!」

 

「ぜんっぜん大事な用事じゃねえじゃんか! 関係ねぇし頼まれたとしても行かねえよ!」

 

「普通にお使い行ってくれるじゃないですか! この前のセールでのんびりくつろいでたお母さんが証拠です!」

 

「ぐう……!」

 

 ぐうの音が出ちゃったよ。……本当に、なんでファッション不良してるんだろう。この人。

 聞けば聞くほど理解に苦しむ。喧嘩の理由もそうだが、両者の内心も特に。私らには人の事は理解できないが、今はもっと出来ない。これだったら宇宙の真理の方がよっぽど簡単に解き明かせそうだ。

 

「二人とも」

 

「なんですか?!」 「なんだァ?!」

 

「とにかく、家に入れてくれ」

 

 なんで二人ともキレ気味なの。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 渋々、と言った風に姉も一緒に玄関の奥へ引っ込んで、続いて家の中を案内される。

 姉妹と言うだけあって、女性の割合が多い故に花の香りが強い。と思ったら玄関先にそういう芳香剤が置かれてた。

 

「はあ、ったく……」

 

「お昼は食べました?」

 

「うん」

 

「道中で」

 

 土曜も母は仕事で不在なので、普段から週末の昼は外食である。

 

「良かったです。朝からずっとキッチンに立ってる暇が無かったので、何にも用意してなかったんです」

 

「へえ」

 

「そうなのか」

 

 ……。

 

 ぐう。と妹さんから腹の音が鳴る。次いで姉さんからぐぅと鳴った。

 

「いや」「自分の分は食べてよ」

 

「いえ、流石にお客さんを放っておいて食事にするのは……」

 

「食え」

 

「あ、はい」

 

 明一が声を低くして言ったら、妹さんがキッチンの方にすっ飛んで行った。それで良し。

 ……って、戻ってきた。

 

「あ、でもお姉さんは逃がさないでくださいね!」

 

「動物扱いかよ」

 

「お姉さんは玉川さんたちとじっくりお話しててください!」

 

 ……また行った。

 

 

「はあ……。こんなに強引なのは初めてだよもぅ……」

 

「ファッション不良しなくて良いの?」

 

「ファッショ……、まあ認めるわよ。あんな醜態晒しておいて隠し通せるとか思ってないもの。今隠す相手といったら妹ぐらいよ」

 

 ふぅん。

 

「とりあえず、妹から頼まれた事を伝えておくか」

 

「言わなくても良いわ。どんな内容かなんて分かりきってるし」

 

「一応だ」

 

「そう」

 

 無関心な様子だが、まあ頼まれ事はとりあえず済ます事にしたい。やって失敗するのはともかく、やらないという選択肢は無いから。

 

「簡潔に、妹と仲直りしてください」

 

「無理」

 

「だろうな」

 

 ま、言うだけ言った。

 

「やっぱり、ファッション不良なんかをする理由が関係してたり?」

 

「りり、理由なんて無いわよ! 元々こんなんだし!」

 

 いきなり慌てるじゃん。あんまり音量上げると妹さんに聞こえるかもしれないのだが。

 

「二人揃って睨むなぁ!」

 

 まあ、理由の件に関しては別に良いか。

 姉妹揃って踏み込ませないなら、遠慮なくそうする。

 

 しかしこの姉妹、意見が対立しているんだよね。姉が帰れと言って、妹が戻って来いと言って来れば私たちはどうしようも無くなる。今はそこのところは大丈夫だけれど……。

 どっちの言葉も無視出来れば良いんだけど、そこは社会生物としてどうなんだという感じで抵抗がある。人間であるからには、人間らしく在る義務がある。

 

「まあ、言う事は言った。で、そっちの頼み事も済ませないと行けないが」

 

 妹と遊べ、との事だ。具体的な意図は分からないが、とりあえずゲーム何かで親睦を深めるつもりである。

 で、実行するからには妹を連れ出さなきゃならないのだが。

 

「……肝心の妹は料理中だね」

 

「……」

 

 料理中の所に割り入って、「遊ぼうよ」なんて言えない。せめて代わりにキッチンに立ってくれる人が居ればいいのだが……。

 

「というか、両親はどうしたの」

 

「妹が言いくるめて、今はカフェのクーポン券でデート中よ」

 

 確かに、私達と姉さんとで三人っきりにするつもりだったみたいだし。それなら……。

 

「な、なに見てんのよ」

 

「これから姉の方から受けた依頼を行うが、肝心の妹が料理中だ。代わってくれるだろうか?」

 

「か、代わるって?」

 

「ああ」

 

 そっちから言ったことだ。協力しないだなんて事は無い筈だ。

 

「……分かったわよ」

 

「よし、代わったらこっちに来るように言ってくれ」

 

「はいはい。もう」

 

 

 それにしても、人の家に立ち入るっていうのは中々慣れない。手短な所に愛用のパソコンが無いから、暇が出来ると忙しない気分になるのだ。

 そもそも訪れる家以前に、友人というのが居なかったから慣れないのは当然なのだけれど。

 

 寛げない気分で何とか寛ごうとしていると、向こうから聞こえていた姉妹の話し声が、途端に大音量になって聞こえてくる。勿論その一番手は姉さんの方だった。

 

「良いからさっさとあっち行けって!」

 

「分かりました! 分かりましたからちょっとだけ待ってください!」

 

「料理なら代わるから、ほら!」

 

「え!」

 

 ……家の中でも騒ぐなあ、あの姉妹。

 しばらく待てば、妹さんの方が戻ってきた。何故かその顔には喜びで満ちている様に見えた。

 

「玉川さん玉川さん!」

 

 はい玉川さん達です。

 

「凄いです! 数分もしてないのにお料理を手伝ってくれるどころか、代わってくれるって!」

 

「……あー」

 

「ついにお姉ちゃんにも家族愛があるって、思い出してくれたんですよ! 玉川さん達のお陰です!」

 

 そうなるのか、そう思ってしまうのか。なるほど、私達の特殊技能『誤解』がこんな所で出てくるか。しかも姉さんも巻き込んで。

 

「そうだね」 「良かったな」

 

 とりあえずそういう事にしておいた。

 結果オーライと言う物だ。不完全に終わると思われた妹側の依頼は、思わぬところで達成した。妹の主観でだが。

 

 とりあえず話を合わせて置く。真実を告げる口は私らには無いから、思いっきりの虚実を吐き出す。

 

「でも何割かは気紛れかもね」

 

「まあ安心しきるにも早いと思う」

 

「そうですか? うーん……」

 

 ここまですっとぼけた嘘を吐くのも初めてだ。

 

「そう、かもしれませんけど……でも、大きな第一歩ですよねっ!」

 

 しかし妹さんは相変わらず前向きなオーラを滲み出している。この子には負の概念が無いとさえ思えるくらい。

 

 むなしい一歩だ。私達は目をそらした。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 完成した二人分の料理が机に並んで、二人が食事している間、私達は眺めるにもいかず、世間話をするにも気が進まない……と思っていたのだが、妹さんが色々な話題を投げかけてくるものだから、暇つぶしに携帯を弄る事も出来なかった。

 

「その時のお姉ちゃんが────」

 

「うん」

 

 それで、私達の第一目標であるPZ7なのだが。妹さんの話では姉さんの所有物らしい。事前に話は通しているが、一応使用許可をと思っておきたい。

 

「本当にカッコ良くて────」

 

「そうだな」

 

「凄い」

 

「所で」

 

「あ、アルバム見ますか?!」

 

「うん」

 

「それじゃあこの後一緒に見ましょう!」

 

「うん……」

 

 話を切り出す隙間が無い。馴染みのパターンである。

 時々、人との会話が格ゲーに似ていると思う事がある。話題の連結、派生といったコンボが継ぎ目も見えない程に続けられると、自分の行動が封じられるのだ。最悪の場合は無限コンボ。フルHPがゼロになるまで続く地獄である。或いは時間切れか。

 

「そういえば」

 

「そういえば玉川さん達ってお互いの事を何て呼んでるんですか?」

 

「……名前呼びだよ」

 

「同じく」

 

「そうなんですか! 私も名前で呼んだ方が良いんですかね」

 

「さあ」

 

「うーん……。百々子ちゃん!」

 

 姉さんが眉を顰める。なのに頬は緩んでる。

 向きを変えた妹さんの言葉の矛先に、私達は胸をなでおろす。

 

「お姉ちゃんなのにちゃん付けは違うかな……。百々子さん、も違いますね。ここはもう呼び捨て……いや、あだ名で呼んじゃいましょう!」

 

「そ、そんなのどうでも良いっての!」

 

「そんなこと言わないでよー! あ、モッコーはどう?」

 

「なんだよそのモロッコみたいな響きは! イヤだって!」

 

 妹さんから溢れる正の感情で、妙にハイなテンションだ。

 姉さんの方はかなり居心地悪そうにしている。今にも食事を中断して家を飛び出しそうだ。某王国に似た響きのあだ名も気に入らない様子。

 

「じゃあじゃあ! モモン!」

 

「あだ名なんか要らねえだろ! もう良い!」

 

 あ。

 

「あ……、あはは、行っちゃいましたね」

 

 家を出て行きはしなかったが、階段を上がって行ってしまった。少しして聞こえてきた扉の音からして、自室に籠ったらしい。

 

「……何が行けなかったんでしょう?」

 

 そんなの知らないよ。

 二人揃って目を逸らして、答えを逃れる事にした。




現実世界もいよいよ暑くなってまいりました。そんな時期にエアコンのリモコンが無くなってしまいまして。
今は扇風機が頑張っております。


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楽しい反面相手が可哀そうだ、と俺は思った。

 結局姉さんは戻ってこなかった。……と言うと、帰らぬ人となったと言う風に捉えられそうだが、ただ彼女が自室に篭りっきりなだけである。

 

 それを見届けた妹さんは、

 

「お姉さんはたまに変な所で恥ずかしがるので」

 

 と言って納得した。一方で俺は納得できなかった。

 

 それじゃあこの後どうするかと言う話になって、まあゲームを餌にした妹さんの責任もあるし、三人で遊ぼうという結論になった。

 と言っても、俺達がそう言ったのではなく、ほぼ妹さんの言葉だけだったのだが。

 

「ゲーム……」 「PZ……」

 

「ええと、それはごめんなさいです。私の部屋にスミスがあるので、そっちで遊びませんか?」

 

 肝心のPZ7は、姉さんの手によって閉じられた扉の向こうだ。代わりにと提示されたゲーム機は、某メーカーの最新ゲームハードだった。

 

「……まあ、分かった」

 

 仕方ないから、という言葉を呑み込むのが精一杯であった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「インパクトブラザーズ! お姉さん以外の人とやってみたかったんですよね!」

 

「へえ」

 

「……」

 

 淡泊な相槌である。いや、本当にそれ以外に言う事が無いのだが。

 

 複数人でワイワイやるゲームとしては、鉄板だろうか。ある程度アクションジャンルに適性のある人じゃないと、すぐに飽きてしまうかも知れ……ああ、こういう事を言葉にして返せばいいのか? ううん、対人経験値が不足している。

 

 と、俺が会話の難しさに頭を悩ませている間、妹さんは既にウキウキとゲームを起動させていた。

 

「♪ 〜──……」

 

 一瞬だけ流れるオープニング曲。起動後に流れたそれを、妹さんは一瞬でスキップした。もうコレだけでゲーマーの香りがする。まあ誰でもスキップするか。

 

「ゲームって結構するの?」

 

「お姉ちゃんと一緒によくやってきたので、お陰で割と好きな方ですね。でも基本は漫画とかです」

 

 部屋の一面に立っている本棚を一瞥する。多少の隙間が見られるが、結構な数が収められている。俺でも見知っているような有名どころから、少女漫画だったり、某小説サイトにて頻繁に見られる様な長いタイトルの漫画なんかもあった。

 視力が少しでも悪ければタイトルが読めなさそうだ。

 

「漫画も……ジャンルは選ぶ感じ?」

 

「恋愛系が好きですね。ファンタジーの冒険系もたまに」

 

「そうなんだ」

 

「あ、何使います?」

 

「……じゃあこれ」 「これ」

 

 与えられたコントローラーを握って、二人して一直線に向かったのはピンクの丸いキャラクター。ポケットに入らない方の奴だ。

 順番の都合で、俺の方はオリジナルカラー、明のは青いカラーになった。これで白がそろえばアメリカンカラーだが。

 

「おー、流石に一心同体ですね」

 

「一心同体?」

 

「玉川さん達の事を見てたら、そんな感じかなーって思ったんですよ」

 

 一心同体か……。そう言われてみると、その言葉は正しく俺達を示している気がする。

 性別に関わる事を除き、ほぼ同じ経歴を持つ俺達。見合わせれば、鏡の如く帰ってくる目線。指を差せば二本の人差し指は同じ方を向く。歩けば歩調は……体格の都合でそこは同じとは言えない。

 

 すべて同一とも言い切れないが、それでも双子としては脅威のシンクロ率と言っていいだろう。多分。俺達は他の双子と言うのを知らない。

 

「じゃあ私は魔王で」

 

 うーん妹さんのキャラと操作キャラのギャップ。何を選ぼうが構わないが……。

 

 キャラも決まり、ぱっぱとマップも決められると、カウントダウンの後に試合が早速開始された。

 

「操作の確認をさせてくれ」

 

「はーい」

 

 一旦承諾を得て、早速とキャラクターが動き回る。

 

「これが移動」

 

「ジャンプもしゃがみも一緒」

 

「それで攻撃が……この二つね」

 

「お、歩ける」

 

「何それ、スティック半倒し? そういう操作苦手なんだけど」

 

「キーボード慣れしてるからな。まあ滅多に歩きはしないだろう」

 

「大体同じタイミングで大体同じ動きしてるの面白いですね」

 

「あ、ガードこれか」

 

「ああトリガーね」

 

「確か受ける瞬間に解除でジャストだっけ?」

 

「そうだった筈」

 

「ほい」

 

 ブルーボールのちまっこいジャブが、ガード中のピンクボールに当たる。その瞬間、スパンと効果音が出てガードが解除される。

 

「あ、これ成功かな」

 

「成功だな」

 

「そんな雑な合図でジャストガード合わせるの凄くないですか?」

 

 横を見ると妹さんが感心していた。そういえば何か言っていた気がする、聞いていなかったかもしれない。と言うか聞いてなかった。

 

「まあ、そうだね」「うん、多分」

 

 とりあえず万能な返事で返しておいた。

 

 幸い俺達が妹さんの言葉を聞いていなかったのには、全く気付いていない様子だ。むしろ操作確認が終わったと見るや否や、暇を持て余していた魔王が小刻みに反復横跳びを始める。

 やる気十分、準備運動と言わんばかりの反復横跳びに連動した操作音が、横からカチャカチャと鳴る。

 

「じゃあ始めましょう! 初心者だからって手加減はしませんよ!」

 

「私も頑張るから」「初心者なりにやらせてもらおう」

 

 そして始まった。

 

 初手から動き出した魔王はのっそのっそと動くが、明らかに小手調べという風に、俺のキャラクターの目の前に躍り出て来た。

 

「喰らえ魔王キック!」

 

 喰らわない。出が遅い攻撃に、ガードを間に合わせる。それでも随分と削れたし、硬直も長かったが……っておい。

 

「追撃するな」

 

「だってチームじゃないし、乱闘ゲームだしー」

 

 明のキャラクターが、カッターを振り回して俺のキャラクターを追撃する。

 ガードの硬直も相まって中々動けないのに、またまた魔王の重い攻撃が迫ってくる。

 

「魔王玉!」

 

 妹さんは技名を呼ぶ縛りでもしているのか? 

 運良く一瞬だけ隙が出来て、予測も余裕を持って行える。あとは落ち着いてタイミングを見て、そしてガード解除。パスンと鳴った。

 

「んし」

 

「わぁ!」

 

 ガードしたまま完全に削れるとどうなるかは知っている。そうなる前に、パリィで攻撃を跳ね返して脱出する。パリィの効果で反射された魔王玉で、魔王が被弾した。結構なダメージだった。

 まあ、そういうタイミングを見極めるのは何時もやっていることだ。昨晩にやった周回で、感覚もまだ残っているし。

 

「逃がさん」

 

「なんの」

 

 包囲網から離脱しようとしたら、明が追いかけて来た。牽制して距離をとりつつ、虚を突いて弱攻撃を当てる。

 

「む」

 

 弱攻撃から続く連続攻撃の切れ目でジャンプして、素早くコンボを掛ける。

 最後のヒットで吹き飛ばされて、明のブルーボールが地面に叩きつけられるが、追撃を掛ける前に魔王が追いかけて来た。

 

「私だって!」

 

「ん」

 

「あっ」

 

「あー」

 

 俺めがけてやって来た魔王キックを避けると、ダウンから立ち上がったばかりのブルーボールに当たって吹っ飛んだ。

 軽量級に対してのパワー級のロマンキックだ、結構な距離を飛んだが、すこしすると風船のように浮きつつ戻って来た。

 

「ごめんなさい!?」

 

「いや別に」

 

 何時の間にか妹さんは一対二のつもりになってしまったらしい。

 そう思って第三者の乱入を避けつつ牽制する立ち回りを続けるが、別に一体二でもなんでもない事を思い知らせるかの様に、明のブルーボールが魔王に矛先を向け始めた。

 

「なんか動きが鋭くなってません?!」

 

 まあ慣れて来たし。

 

 距離を取りつつ明のブルーボールの動きを見ていると、次の動きで魔王が攻撃を受けて左に吹っ飛ばされる気がして、そこへ先回りする。

 

「ぎゃ」

 

 あ、やっぱり来た。事前にチャージされた溜め攻撃が解放されて、また別方向に吹っ飛ぶ。

 

「ほい」

 

「ぎゃ!」

 

 魔王を吹っ飛ばした明が、俺の溜め攻撃を見てからその方向へ位置を移していた。するとブルーボールが、予想通りの軌道で来た魔王を空中で受け止める。

 

「ほい」

 

「ぎゃあ!!」

 

 溜め攻撃の直後にダッシュで駆け込んだ俺が、受け止められた魔王を追撃する。割とリーチのある高威力攻撃だったが、ギリギリ明は巻き込まれなかった。

 結構なダメージを蓄えたが、流石に重量級ではまだまだ落ちない。

 

「なんですかその連携! なんかズルいです!」

 

 以上が、初っ端から明と共闘した者の言葉でした。

 こっちも中々ズルいかもしれないが……、まあ、経験が生きた、とだけ言っておこう。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「レース! レースゲームにしましょう!」

 

「うん」「わかった」

 

 隙あらば迫ってくる俺達二人の連携に嫌気がさしたのか、三戦程で違うゲームが提案された。

 試しに二人組を作って、交互にスリップストリームを繰り返していたら、妹さんにアイテムで執拗に攻撃された。

 お陰で分断されたが、結局順位では妹さんの方が負けた。

 

 

「今度はFPSゲームです!」

 

「FPS」「よくやるゲームだ」

 

 俺達が良くやるFPSゲームのコンシューマ版だ。スマホの操作性とは違うから混乱したが、その時に使っていた戦法が十分に通じた。

 妹さんを置いてけぼりにしてしまって、戦績が俺達二人に偏ったが。

 

 

「ぱ、パーティゲームで!」

 

「あー、これの過去作はよく遊んでたな」

 

「そうそう、ずっと同じミニゲーム繰り返して、最大記録を捻り出してた」

 

「一人でな」 「一人でね」

 

「えっ」

 

 なんで? とでも言わんばかりの顔で見られた。まあ、俺達は特殊だからな。

 ……今では懐かしい記憶だ。PCで遊ぶようになる前は、ゲーム機を使って少ない種類のソフトを繰り返し遊んでいたものだ。

 これは普通に一試合やって満足すると、妹さんが次のゲームを手に取ろうとする。

 

 ……そんな風に色んなゲームをやっていると、ある時にその手が空中をさまよって、結局何も手に取らなくなった。

 ダウンロードされているゲームも、一覧を少し眺めて、結局どれも選ばなかった。

 

「うーん……そろそろソフトが尽きてきました」

 

「別に対戦型ゲームに拘らなくて良いんだけど」

 

「でもあれです、負けっぱなしじゃないですか」

 

 意外に負けず嫌いだなこの子。

 妹さんは下手という訳じゃないのだが、俺達があの手この手で連携技を練りだすと、途端に妹さんが置いてかれるのだ。

 

「あ、そういえば玉川さん達が二人の時はどんなのを遊ぶんですか?」

 

「どんなのって……あー、気の向くままに? アクション、FPS、レース、パズル、テーブル……まあ、色々だな」

 

「雑食なんですね」

 

「付け足すとすれば、必ずしも二人一緒に遊ぶわけじゃないんだよね」

 

「そうだな。別々のゲームだったり、片方だけ遊んで、片方だけ動画を見ている事もある」

 

 まあ、今の所八割ぐらいは一緒にゲームをやるのだが。

 

 

「……いつも一緒の部屋なんですか?」

 

「まあ、一緒の部屋だね」

 

「へー、流石双子ですね。男女なのに一緒の部屋だなんて」

 

 部屋どころか、ベッドも一緒なのは言わない方が良いだろう。間違いなくこの場が混沌で満ちる。

 

「……私達も同部屋にしてもらったら、また元の仲に戻るんですかね」

 

「勧めはしないが」

 

「よっぽどの関係じゃないと、色んな意味で窮屈になるだけだと思うよ」

 

「わかってますって、そもそも二人分の部屋にするには狭い部屋しかありませんし」

 

 俺もたまに窮屈な思いをしているが……確かに、この部屋を二人で使うとなれば、俺達が経験しているのとは段違いの窮屈さを体験できるだろう。

 俺達の行動範囲はPCの前の椅子かベッドだけで、部屋内外へ移動頻度も少ないから、案外何とかなるかもしれないが……。

 

「それに、私達を参考にするのは違うと思うよ」

 

「そうだな。俺達のは特殊な例だ。真似できる所なんてのも無い筈」

 

「そうですかね……。結構お互いの趣味が影響されている事が多いので、広ささえあれば同じ部屋でも良いかなって思うんですけど」

 

 あのゲームへの熱の入れようを鑑みるに、その辺りは確かに頷ける。最初は漫画が趣味だと言っていたが、ゲームも十分楽しんでいた。

 

「まあ、二人で考えるべき話だな」

 

「今のお姉さんだったら、数秒でノーで返されそうですけど」

 

 理由は分からないが、距離を取りたがっているしな……。

 その理由さえどうにかすれば、この姉妹は、妹の言う“元の姉妹”に戻れるのだろう。

 

 

「……言っていなかったが、三時か四時ぐらいに帰るつもりだったんだ。そろそろ良いか?」

 

「あれ、もうそんな時間ですか? ……あ、確かにもう四時ですね」

 

「門限ってわけじゃないけどね。ゲーム、ありがとう」

 

「ええお構いなく。何時でも遊びに来ても良いんですよ。あとついでにお姉ちゃんも説得してくれると」

 

 ……それは考えておこう。考えるだけだが。

 それに、“何時でも”と言われるとタイミングに困る。“なぜ来ない”等と言われれば、特に困る。通学しつつ我が家で過ごすという日常を逸脱するのは、今回みたいな明確な理由でも無い限り無いのだから。

 

「玄関まで送りますね」

 

「わかった。忘れ物は大丈夫か?」

 

「よし点呼」

 

「財布」

 

「鍵」

 

「携帯」

 

「よし、帰ろう」

 

「……」

 

 今日初めて見る“何とも言えない表情”を受けつつ、俺達の貴重な経験である他者宅への訪問というイベントを終えるのであった。




作品の方向性に悩んでいるところ
他人への無関心だとか、そういったテーマにした章を重ねていくか。
或いは特殊な双子という二人の日常を、切り取る様に描写していくか。

前者はヒューマンドラマ的な感じで、後者はそのまんま日常的な感じなんですよね。
折草案で、その二種類の章を交互にやっていくのも考えているんですけども。
あとは二種類を不規則に織り交ぜつつ話を進めるか。

追記
総合評価1000に到達しました。やったー。
もしかしてと思って見れば、ランキングにもちょっと顔出してましたね。やったー。


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人として五ミリぐらいは成長したかな、と私は思った。

 友達の定義とはなんだろう。

 と、そう疑問を覚える人は大抵友達が居ないと、創作上の人物はよく口にしているが。

 

 しかし今日、私ならばこう定義するかな、というのを今日の訪問で思いついた。

 その定義とはつまり、「付き合っていて疲れない人」である。

 お互いを理解しあっていて、その上互いに尊重しあって、最低限の気遣いで十分楽しく付き合える関係は、疲れない。そんな関係が、私の思う友達だ。

 

 定義完了。

 

 お茶を一口飲んで、背もたれに体重を預ける。因みに双子の片割れ、明一は只今シャワー中だ。

 ゲームも一人でやる気が起きないから、リビングでお菓子やお茶を飲みながらぼんやりしている。

 

 

 ……その理論で行くと双子兼同一人物の明一がダントツの友達だな。

 というか友達通り越して親友だが。いやそもそも家族だった。やっぱり見直しが要るかな。

 

 あるいは、私なんかが友達を定義するなんておこがましいという事か。

 

 ふむう、と身じろぎする。

 そんな風に考えていると、玄関から乱暴な足音が聞こえてきた。足音の主は容易に想像できる。

 

「ただいまーっ!!」

 

「……ママ」

 

 やっぱり。玄関前で走るのは控えてほしい、隣人の迷惑になりかねない。

 それにしても、なにをそんな急いでいるんだろうか。

 

「どうし」

「今日友達の家に行ったのよねっ。どうだった?!」

 

「あー」

 

「ねえねえ、どんな子? どんな子?!」

 

「とりあえずおちつ」

 

「友達の家に行ったんでしょ!」

 

「……」

 

「どんな子なの?!」

 

 今日のママは面倒な方のママだ。予想はできていた。

 

 噂が広まって初日の質問攻めを思い出す。あの時は少なくとも五人以上に囲まれていたが、それと同等の威圧感をママが放っている。強い。

 見る限り落ち着くつもりはなさそうである。まあ、これもいつも通りのママだ。とりあえず椅子にでも座ってくれないだろうか。顔が近い。

 

「……まあ、姉妹? 漫画とかゲームとかが趣味だって」

 

 似たような趣味……と言っても、好むジャンルとかは違うんだけれど。私達と違って、あの妹さんはライトゲーマーって感じだし。

 

「仲良くなれそうじゃない! 名前は?」

 

「鳴海姉妹」

 

「鳴海姉妹!」

 

 ちなみに下の名前は二人とも覚えてない。私たちの平常運転といえば平常運転だ。

 

 ふと、私の友達との付き合いを想像する。

 とある休日に一緒に出掛けたり、勉強で分からない所を教え合ったり、忘れ物をして持ち物を融通してあげたり。

 今日みたいに悩み事を持ちかけられたり、逆にこっちから持ちかけたり。

 

 ……無いなぁ。

 外を出る用事なんて無いし、食べ物を楽しんだりショッピングをしたりとかには興味が無い。パソコンや周辺機器なら興味あるけど。勉強もそこまで熱心じゃないし、赤点を取るほどでもないし。

 

「期待しない方が良いと思うけどな」

 

「期待しているわよっ」

 

「はいはい。あ、今日は料理?」

 

 ギリギリ乱暴ではない程度には雑に置かれたレジ袋を見つけて、話題を逸らす。

 

「そう! 今日はすっごいの作っちゃうからね!」

 

 祝い事であるかの様に、と言うかママ的には本当に祝うべき事なんだろうけど、そういう時にママが作るのは決まってカレーである。

 ただし具沢山。と言うか具しかない。具対カレールーで言えば、八対二と言える程。

 

「やっぱりカレー?」

 

「二人が大好きなカレーよ!」

 

 好きも嫌いも無いのだが、まあありがたく頂こう。

 

「切るの手伝うよ」

 

「戻ったぞ」

 

 すると、シャワーから戻って来た明一が現れた。丁度いい。

 

「明一が切るの手伝うよ」

 

「おい?」

 

「じゃ私はシャワー行ってくるねー」

 

「……とりあえず着替えさせろ」

 

 これにはママもにっこり。それじゃあママの事は明一に任せておこう。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 まあ、そんなことをすれば、幾ら明一でも不満を買うわけで。カレーを食べ終えて自室に戻れば、母の前では隠していた不満を主張してきた。

 

「暴走状態のまま俺に押し付けるのは無責任だと思う」

 

「私達ほど連帯責任が似合う二人は居ないと思うよ」

 

「それとこれとは別だが」

 

 だってめんどくさかったし。

 

「全く。……まあ逆の立場だったら同じ事するだろうが」

 

「でしょうでしょう」

 

「だからと言って、何もなしと言う気はない」

 

「う」

 

 ですよねー。分かってましたハイ。

 それじゃあ明一は何をする気なのか。とりあえずナニ同人誌みたいな事はしなさそうだけども。

 

「ナニ考えてるのかは知らないが、絶対違うぞ」

 

「わーかってるって」

 

 まるで私が変態みたいじゃないか。

 

 

 ぼすん、とベッドに倒れこんで、携帯を持ち上げる。そういえば、最近アップデートされたゲームの更新内容を確認してない。新キャラが追加されると予告されていたが……と思ったら、私宛のメッセージが一つあった。鳴海姉妹の妹の方だ。

 

『今日は楽しかったです! もし良かったら、次もまた遊びませんか?』

 

 え、何で? ……また遊びたいと思われるほど楽しんでいたのだろうか。しかし私達は、二対一の構図でひたすらに妹さんを打ちのめしていた筈だ。改めてこう言うと酷いな。

 

「あー……」

 

「どうした?」

 

「件の妹から。また遊ぼうだと」

 

「えー」

 

「そう思うよねやっぱり」

 

 面倒なのもあるけど、あの後また一緒にやろうと言う気を起こす訳が、本当に不思議でならない。

 

「バイトの事もあるし、それを理由に断っておけばいいんじゃないか?」

 

「そうしようか」

 

 かと言って完全に断る程の気概は無い。あくまでも、『もしかしたら』としておく。

 カチカチカチ、と文章を打ち切って、そんな内容で返信する。

 

『私達バイトがあるから、もしかしたらタイミングが合わないかもしれないよ』

 

『分かりました! そちらの都合で誘ってくれて良いので、待ってますね!」

 

 なんで? 

 

 ああいや、そうか。そういう流れになるよね。

 ……でも私達の都合って言われても。私達の生態としては、好んで他人の家に訪問する事は無いのだ。あの言葉をそのままに受け取った場合、誘うタイミングは一生来ない。

 

「……明一」

 

「今度はなんだ」

 

「人付き合いめんどくさい」

 

「分かる」

 

 適当なタイミングで、多少乗り気になったタイミングで言ってみるとしよう。多分数か月後になる。

 とりあえず無難な一言で返信……と。

 

『分かった』

 

「……そうだ、こういうのも付け足したらどうだ?」

 

「どういうの?」

 

「貸してみてくれ」

 

 何かアイデアがあるらしい。明一に貸してみる。

 

『切っ掛けが無いと動かないタイプだから、期待しないでくれ』

 

「……なるほど」

 

「正直に言ってやらないと理解できないのは、相手も俺も同じだからな」

 

 最初に妹さんと話した時、同じこと言ったなあ、と思い出す。

 

 一口二口ほど言葉を交わして、それっきりの関係なのだろうと思っていたけど、思えば家を訪れるぐらいの干渉をするまでになった。

 陽キャの行動力と強制力には困ったものだ。

 

『そんな感じのタイプでしたっけ?』

 

「む」

 

 私の携帯がまたメッセージを受け取る。明一が持ったままだが、まあ返信する人がどっちでも大丈夫だろう。

 そう思って何もしないでいると、返信という行動権を押し付けられた明一が、肩をすくめつつも文字を打ち付ける。

 

『今回の件も、俺達に相談されたり頼んだりされなければ、放っておくつもりだった』

 

『?』

『……あ、もしかして明一さんの方ですか?』

 

『明一です』

 

『明一さんでしたか』

 

 代わりまして明一さんです。

 気付かれたからどうする、という事も無いから、そのまま明一に任せておこう。

 

『やっぱり仲良いんですね』

 

『まあ』

 

『お姉ちゃんにも見習って欲しいです』

『本当に』

 

『そんなに仲直りしたいのか』

 

『はい! 大のお姉ちゃんっ子なので!』

 

 それはまあ、今までの言動から既にお姉ちゃん子の気が溢れていた気がしないでもないけど。

 口を開けばお姉ちゃん、話を聞けばお姉ちゃん。零から百までとは行かないが、身に染みる程思い知っている。

 

『お姉ちゃんの悪口を言われたら、直ぐに泣き出すぐらいですからね!』

 

 泣く? それは流石の私らでも驚きだ。高校生にもなって、そんなすぐに泣くものなのだろうか。

 

『そうだったのか』

 

『はい!』

 

 ……。

 

『あ、幼い頃の話ですから! 今は流石に泣きませんからね!』

 

 なるほど。

 

『今はまあ』

『むすっとするかもしれませんけど』

 

 

「で……何時まで話していれば良いんだ?」

 

「そりゃあ、相手の気が済むまで?」

 

 そう言ってみると、明一の瞳からすっと色を失せて行った。するとまたメッセージがやってきた。

 

『明一さん達にもそんなエピソードありませんか?』

『無理にとは言いませんけど、聞きたいです!』

『あ、そういえばアルバムを見せるって言いましたっけ? 結局見せていませんでしたけど、見ますか? 見ますよね!』

『中学生の頃のお姉ちゃんで、右の方が小学生の頃の私です! この頃はまだ仲良しだったんですよ』

 

 ふむ。

 

「……もう数十分かかる様なら、交代しよっか」

 

「是非」

 

 それにしても、この添付された写真。映っている鳴海姉妹の顔に、妙な見覚えがある。

 明確に思い出せないから、過去に大した関わりがあった訳でも無いんだろうけど。




精神的にノックダウンしてました。
三度ノックダウンしたら何かある訳じゃあないですけど。まあ頻繁によくある、あるあるな事です。

それはそうと次は新しい章へと移ります。
章としてのテーマは無いです。日常パートです。
次の次の章は、ヒューマンドラマ的なテーマを盛り込むつもりです。つまりは章ごとに緩急を付けるという事ですね。


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幕間 姉妹の依存

 時々、私に対して甘える妹の事を、心配することがある。

 

 勿論、甘えられるのは嬉しい。頼られて、期待されて、そして喜ばれる。その時の妹の笑顔は、どんなゲームのエンディングよりも尊いものだと思う。

 それでも、ふとした時に、「これで良いんだろうか」と思ってしまうんだ。気のせいだと思えれば良かったけど、生憎と、予感を裏付ける証拠は十分にあった。

 妹は私の事を少しでも悪く言う人が見つけると、その人とは決定的に関係を断ってしまう事がある。陰口は確かに良くないかもしれないけど、それが原因で人間関係の形成に影響が出ていた。

 ただ、それは良い。それよりも、根本的な原因がある。妹が、私以外と積極的に関わろうとしないのだ。

 

 中学校を卒業すると、私の心配事が、やはり現実で形を成して起きてしまった。姉である私が、妹より一足先に高校へ出た事で、拠り所を無くした妹が途端に孤独に取り残されてしまったんだ。

 小学校と中学校とで別れていた頃も、気付いていなかっただけで、同じことになっていたのかもしれない。

 

 ……その事に気づいた私は、ゲームという媒体で知った、ある方法を思いついてしまった。

 よくあるでしょ? 例えば、かつての家族が実は悪の組織の幹部だった、とか。例えば、敵に寝返ってしまった仲間と、戦う話を。

 

 そんな時決まって現れるのは新しい仲間だった。家族や仲間といった拠り所を無くしつつも、主人公が自らの手で仲間を、そして絆を築き上げる。

 正にそれが、私の妹が必要としていた事だった。今の妹には、自ら進んで私以外と付き合おうとしなかった。あっても、私が仲介している様な状況でないと、成立しない。だから、私はあの子の手を放して、距離を置かないと行けない。

 

 妹が……恵子が、自分の力で友達を作れるようにならないと、私の身に何かがあった時……。

 

 

 いや、別に不治の病なんかを患っている訳じゃないけど。そうでなくとも、似たような状況になる事は十分に在り得る。

 だから私は、妹を騙す事にした。私は悪役なんだぞ、と。これからは自分の力で、何とかしないと行けないんだぞ、と。その末に私は、黒髪を金髪にして、ネイルを極彩色で染めた。制服も、校則的にグレーを踏み越えかねない程度の着こなし方を覚えた。

 

 でもいきなり距離を突き放すのも怖かった。だから、少しずつ、少しずつ、姉妹二人の距離を離していくことにした。

 

 

 そうやって長い時間を掛けて、仲が良くも悪くない姉妹から、仲の悪い姉妹へと変わろうとした。夏休みの終わる頃に、その最後の段階を迎えた。

 

 そして、新たな学期を迎えた日に、ある双子の様子が一変する。

 今年に入ってから、全学年を通じて有名になった、あの不仲な双子。名前は勿論、男女だというのに、成程双子だと思えるような雰囲気や容姿の二人。その二人が、まるで人が入れ替わったかのように、漫画の様な仲良し双子へと化けた。

 

 しかも何の因果か、恵子がその双子と接触し始めたんだ。

 

 勿論、私の目的にとっては好都合な事だけど……幾ら何でも変だ、と私は思った。万が一、心の内に邪な物を抱えていたら、恵子から遠ざける必要がある。だから私からも接触した。

 

 そうして私は……、嫌と言うほどにあの双子の変化を実感した。二人は確かに、一心同体と言っても良いぐらいの関係を得ていた。それも、どちらかに対して依存するような形じゃない。正に二人三脚の様な振る舞いで、その勢いは私の調子を狂わせる程だった。

 

 

 ……恵子と関わった事情も、盗み聞きしてみれば、双子からアクションを起こしたわけでもなさそうだと分かったし。一応、私のお眼鏡には適ったという事で、今のところは恵子と仲良くするよう釘を刺すに留めておいた。

 あの二人が、妹に良い影響を与えるかもしれない。一方的に頼るんじゃなくて、対等に助け合うような関係を、目指す様になってくれるかもしれない。

 目標としては、あの双子と仲良くなってくれるだけでも十分だけど……。

 

 奇遇にも、恵子の方も、私があの双子を見習って姉妹としての仲を取り戻してくれると願っていたらしい。

 

 でも、それは出来ない。

 少なくとも、あなたが変わってくれるまで、私も変わるつもりはないんだ。




もう厳密な伏線とか、そういうの考える気が無いですし、運悪く気付けずモヤモヤするのも勿体ないかなあと思ったので伏字しつつ言いますけど、前章の幕間で出た泣いている子、ここの妹です。

基本的に伏線とかは章を持ち越さない気でいます。章内完結です。


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残暑が冷え去る日々
母の友人だから察してはいた、と俺は思った。


予防線を貼ります。
専門知識は皆無です。
でもよっぽど変なドリンクが出てきたらご指摘ください。


「ご注文は?」

 

「アイスティーをお願いします」

 

「アイスティーを一つ。他にご希望はございますか?」

 

「それだけ。普通のアイスティーで良いわよ」

 

「はい」

 

 静寂の中、すらすらと流れる様な会話の後、カウンターの向こうに佇んでいた俺が動き出す。耳に障らない程度にカチャカチャと食器の音が鳴り始めて、それをお客が興味深そうに見てくる。

 興味津々になるのも無理はない。俺達二人は瓜二つだと言うのに男と女だ。こんな光景を見られるのは創作の世界か、この店ぐらいだろう。

 

「へえ……」

 

 感心したのか、そんな風の声がお客から漏れる。

 異世界転移、世界改変、歴史の改ざん。その何れかの理由によって、本来巡り合わない筈の俺達は、今こうして双子と言う関係を得て過ごす事と相成った。何度思い直しても不思議な出来事としか思えない。

 二人目の俺、明の事にはもう慣れたのだが。

 

「アイスティー。ストレート」

 

「ああ」

 

 戻ってきた明が注文を伝えるが、すでに動いている。注文票代わりのメモ帳が一ページ切り取られ、カウンター入り口前の机に置かれる。

 

 現在俺達は、母の紹介を経て、形ばかりの面接を軽く行った後、カフェでバイトを行っている。俺はカウンターの後ろで飲み物や軽食の準備をして、明もあちらこちらの机を回って接客。そういう分担をする形になった。

 明がカウンター入り口に立っている。こちらを呼ぶ客が居ない間の、明の定位置だ。別に待機場所としてそうしている訳ではなく、見渡しやすくて人通りの邪魔にならない所だ。お昼時でもなく、夕飯時でもない時間帯だから、店内の人口密度はそれほど多い訳じゃないのだけど。

 

「……」

 

「……」

 

 気慣れない制服を整えつつ、アイスティーの完成を待っている明を横目に、熱々な紅茶を氷が満載のコップに注いで冷やしていく。注いだ後は氷ともどもスプーンで混ぜてやれば、カランコロンと涼し気な音と共に、湯気が出なくなる。

 息を吐いてカンペとタイマーを一瞥。素人の俺ではこうでもしないとやっていけない。

 

「アイスティーだ」

 

「うん」

 

 注文の品を明に預けたら、こっちで使っていた道具を整える。茶葉で付いた香りが、次に使う飲み物に移っても困るから、作った後は直ぐに洗って、そして乾かす。紅茶の香がするコーヒーも嫌だろうからな。

 紅茶とコーヒーとで、どれも道具を共有している訳じゃないが。

 

「お待たせしました」

 

「ありがと。……同じ味とは言えないけど、ちゃんと美味しいよ」

 

「ありがとうございます」

 

「マスターもいい子達を捕まえたねえ。ちょっと安心したよ。……ねえね、二人って兄妹なの?」

 

「え? ああいや、双子です」

 

 むむ、雑談が始まった。

 共感性に欠いた俺達にとって、コミュニケーションは苦手分野だ。是非しくじらない内に会話を終えてもらいたいところだが。

 

「私、ここの常連なんだ。マスターがバイトを雇う話も聞いてて。……へえ、双子かあ」

 

「?」

 

「初めて見た」

 

「確かに、私も他の双子を知りません。ネットやテレビ越しでしか」

 

「だよね。へー、確かに凄くそっくりさん」

 

 そりゃあ実質同一人物だからな。この世界としては双子という事になっているが……。同一人物にしろ双子にしろ、瓜二つなのは当然の事だ。

 

「どう? やってけそ?」

 

「……まだ昨日始めたばかりですけど、思うほど大変では無さそうです」

 

 昨日は面接当日である日曜日だったが、面接とは名ばかりの雑談だけして、その後すぐに仕事の説明に移った。昼から晩まで教えられたものだから、仕事内容は割と頭に入っているが、転ばぬ先の……続きが思い出せない。兎に角忘れたりした時用にカンペだけ用意して、あとは仕事に専念している。味の再現のためタイマーを活用するのも忘れない。

 

 俺にあまり接客の機会は回ってこないが、注文に関わるやり取りはかなり簡潔になるから、聞き違いとかそういう物があまりなかった。必ず一度は復唱して確認するし、メモも取る。リスクが限りなく少ないのだ。

 唯一気掛かりなのが、今のような雑談なのだが……明はよくやってくれている。今の所お客の不興を買う事は無い。俺も安心して作業ができる。

 

「……ちょっとカウンター席に移らして」

 

「はい? あ、大丈夫ですけど」

 

「じゃ失礼〜」

 

 さて後処理はこんな物か、とカウンター裏の備品を見渡す。あとはコップだかカップだかを洗っておくか。

 そう思って流しの前に立つ。とはいえそれ程の量は溜まっていない。少しの時間だけ費やせば全て処理できるだろう。と見渡していると、カウンター前の席に誰かが座ってきた。

 カウンター席の客は、直接俺が接客する段取りになっている。面倒だが、仕事なので文句を言う気は無い。

 

「やあやあこんばんは少年」

 

「はい、こんばんは」

 

「ね、良かったらお姉さんとお茶しない?」

 

 俺はお茶よりコーヒーが好みなのだが。

 なんて捻くれた思考を披露するつもりは無い。しかしまさか本当に付き合うつもりもない。俺は仕事中なのだ。

 

 仕事の区切りで女性の方へ向き直ると、俺は表情の裏で眉を顰めた。さっきの女性が席を移してきただけなら別に良いのだが、あの妖しげな目線が俺に向かっている。一体なんなんだ。バジリスクでもあるまい。

 

「謹んでご遠慮します」

 

「わー、硬派。もしかして将来はマスターって呼ばれる感じの人になりたい感じ? この店には合わないから辞めときなよー」

 

「そうですね」

 

 とりあえず口角を引き伸ばして営業スマイル。これぞスマイルフリー、そして俺のストレスもプライスレス。プライスレスとは値段が付けられない程高いという意。

 

「そうだ、名前は?」

 

「玉川明一です。そちらが明です」

 

「どうも」

 

「どもども、アタイの事はリエって呼んでにー」

 

「よろしく、リエさん」

 

 あえて下の名前を呼ばせられている様だが、それを気にするほど情緒が豊かでは無い。軽く腰を曲げて、礼をした。

 繁盛していると聞くが、まさか、マスターはお客全員とこんな会話を交わしているのか? いや流石に無いか? 少なくとも顔は覚えていそうだ。

 

 

「はー、取った取った。ようお前ら、歴戦の主婦共から割引品を勝ち取って帰ってきたぜ」

 

「マスター」

 

 追加のお客も来ないので、そのまま雑談に付き合っていると、パンパンに膨らませたカバンを背負った男がやってきた。このお店のマスター、あるいは俺達の雇い主である。

 晩飯時に備えての食材では無い。今日セールとして売りに出された食材を買いに出かけていたのである。ここのメニューで使う材料が安く手に入るなら、と手段を選ばない勢いだ。

 

「おおっ、チョーヤじゃん。お帰りい」

 

「うげっ。女」

 

「リエ姉さんと呼びなさい」

 

「おい双子。変なことされなかったか? もし俺に言えない事でも児童相談所を頼るといい」

 

 たしかに時々学校でも電話番号が配られるが、全部ゴミ箱か栞代わりになっている。

 

「ちょっとー、人をペドフィリア扱いしないでくれる?」

 

「してねえ。普通ペドフィリアは中学生以下に対する性的趣向を持つヤツを示すんだ」

 

「そんな細かい話してないし、そんなに厳密な定義なんてない筈よ」

 

 ……なんか始まった。

 

「普通一般のラインだ。つまり特殊ってヤツだな。喜べ、お前は今スペシャルな特殊性癖持ちって事になる。かっけーな」

 

「スペシャルと特殊で被ってるじゃない。まさかとは思うけど、同じ意味だってわかってないの?」

 

「ちげーよ。ある英語と日本語の単語が辞書の上でイコールで結ばれたって、実際にその単語が全く同じ意味とは限らねえだろ」

 

「そのスペシャルって単語が特殊を意味していないと? それじゃあ──」

 

「お二方」「お二人さん」

 

 いよいよ目に余る。営業スマイルの上に憤怒の表情を被せて、明は冷たい笑顔をさらに冷たくして、二人に声を掛ける。

 

「「カフェではお静かに」」




こんな感じの日常回を重ねていくつもりです。

3000文字を基準に書いていると、起承転結が四コママンガくらいのスケールでまとめられて面白いですね。

それはそうと章の名付けに困ってます。


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ちょっとは気を付けるべきだったか、と私は思った。

「いい仲である程喧嘩する、って感じの言葉なかった?」

 

「あったな。諺だったか?」

 

 ピークの時間帯が過ぎて、もう人手はいらないというタイミングで帰宅させてもらったのだが、その道すがらにそんな事を聞いてみた。正確にはどんな言い回しだったかを知りたかったんだけど、この様子じゃ覚えはなさそうだ。

 

「知らないなら仕方ない」

 

「明が知らないんなら俺も知らないだろう。大抵は」

 

 酷似した過去を持っている二人ならば、まあそうだろうけど。

 

「実際そうなのかも分からないな。本当に仲良し程喧嘩しやすいのか?」

 

「どうだろうね。元生涯孤独の身には分かりそうもないや」

 

 そもそも私たちという存在が例外的なものだから、一般人に当て嵌まっても私たちに当て嵌まらない事もあり得る。

 頭上をカラスが羽ばたいている所で、明一の歩調が少しだけ遅くなっていることに気付く。

 

「……試すか?」

 

「試すって、どうやって?」

 

「とりあえず気に入らない所を指摘してみよう」

 

 明一が人差し指を立てて提案する。拳を交わし合う喧嘩とは程遠いが、まあお手軽な口喧嘩の火種には丁度いい。

 

「とりあえず一つ。セクハラ紛いの言動をやめてくれ」

 

 そして、火蓋を切ったのは明一だった。そんな不満を抱えていただなんて、思ってもいなかったよ。およよ。

 ま、それは既に自覚している。止めてやりたい気持ちは山々なんだけども。

 

「努力する」

 

「ああ、そうしてくれ」

 

 

「……」

 

「……」

 

「いやそうじゃないだろ。そこは反論するか指摘しろよ」

 

「そうだった、明一に対する不満ね。……うん」

 

 考える。明一に対して抱いている負の感情は無い。私にとって不便な事をしている様な覚えもない。バイトに関しても、カウンター裏と表とで分担している現状に不満は無い。

 しばらく考えたのち、ようやく思い立った一つを、直ぐに口に出す。

 

「口が悪い所」

 

「え、悪かったか?」

 

「いや、言い方が違うな。口調の柄が悪い」

 

「ふむ……」

 

「と言うよりも、やれやれ系のキャラクターっぽい」

 

「どれなんだよ。ていうかやれやれって言ってるか?」

 

「言ってないけど、それっぽい」

 

「はあ」

 

 感覚的な物だから、明一が分かんなくても仕方ない。そもそも言われてから考えて無理やりひねり出した答えだし。

 

「口が悪い……」

 

「付け加えれば、語尾とかなんにもない。書き言葉っぽいかな」

 

 そう言ってみると、明一は更に考える。

 男女の差、と言われればそれまでかも知れないが、口調が違うと言う点は、一体どうやって出来た差なのだろうと気になる。一概に男女差と言っても、具体的な部分もある筈だし。

 すると明一が何かを思いついたのか、私に目を合わせて口を開いた。

 

「……こうすれば良いのかな」

 

「おー?」

 

「これで少なくとも怖がらせないよね」

 

「おー」

 

 私の口調を真似たらしい。なんだか可愛いじゃん。口調と普段のイメージのギャップが。

 

「どう思うかな?」

 

「ギャップがあるね。可愛い」

 

「ぎゃ……そ、そうかな」

 

「あとどっちが喋ってるのか分かんなくなる」

 

「第四の壁を壊すな」

 

 

 

「それで、どうだった?」

 

「滞りなく、と言った所だ」

 

「面白い店主で良かったよ」

 

 本当に面白い店主だった。私の知る限りでは、母の次に個性的だと思えるぐらい。これはかなりの高評価だ。嬉しくない高評価だ。

 

「そうでしょ? 面白い人でしょ?」

 

 正直言って、第二のママさんが出現したという点では面白くない。いやもう、慣れているから良いのだけど。

 

「具体的にはどういう人なんだ? 母から聞ける範囲で良いから知りたいんだが」

 

 私達の知る範囲では……カフェの落ち着いた雰囲気に似合わない、陽気な雰囲気で、言動には青年的な部分が色濃く見られる。

 年は聞いていないが、ママの友人という事から、ママと同年代なんだろうと思う。

 

「そうねえ……。バスケ好きだったわ」

 

「ふむ」

 

「昔も今もそうだけど、人の事を見て……なんて言うのかしら? そう、人心掌握が得意みたいなのよ!」

 

「……なんだそれは」

 

 そのまま受け取るなら、店主は相手の思考を誘導したりするのが得意、という事になる。

 まあママの言う事だ。

 

「空気が読める。人への理解がある。私達みたいなのとは正反対な感じ。って所?」

 

「最後のはちょっと頷きづらいけれど……まあ、大体そんな感じ……だったわね!」

 

「はあ」

 

「……多分。ちょっと自信がなくなってきた。弟の方だったかしら?」

 

 弟の事なんて知らないが。まあ、あの雰囲気のカフェには似合っていると思う。正直、私ら二人だけだと、あのカフェに慣れているお客さんは居辛くなってしまう。

 

「うーん……」

 

「……雰囲気を明るくする努力、どうすればいいと思う?」

 

「分からん」

 

「だよね」

 

 即答。しかし明一は何も考えていない様な顔ではない。私が問い掛ける前から、既にカフェの雰囲気に対して考えたりしていた様だ。

 

「うーん……。ねえママ。この笑顔どう思う?」

 

「ふごっ」

 

 えなにどしたのママ。突然鼻を抑えちゃって。

 

「す、すすすごい……すぎょい……」

 

「……そっか」

 

 うーん、なんか妙な反応だし、完璧な笑顔とは程遠いらしい。

 

「明一も確かめてもらおうよ。お客さん達は何も言わなかったし」

 

「そうか、分かった。……こうか?」

 

「ブフッ」

 

「……?」

 

 なんかママが笑い出した。……そんなに面白い顔なのかな。私的には、別に違和感のある笑顔では無いのだけど。

 

「あ、ちょ、米飛んで来た!」

 

「ご、ごめフフッ、あはは!」

 

 なんか笑い続けてるけど、なんか止める気が起きなかったから、このまま夕食を食べ終える事にした。

 

 

 

 

「んにー」

 

「むーん」

 

 私達が部屋に戻った所で、笑顔を見せあってみたが……お互い変な感じがあるとは思えない。

 私達の笑顔は、やはり私達以外の誰かに確認してもらうしかないのだろうか。

 

 諦めて頬の筋肉を解いて、ベッドに座り込んだ。

 仕方ない、何か楽しい事でも考えよう。

 

 楽しい事、と言えば、やはりお給料だろうか。私達が待ち望んでいる給料日は、毎週土曜日となっている。どちらかの都合でその日にシフトが無い場合、後日に改めて、とも決められている。ちなみに木曜日が定休日らしい。

 

「今度の週末は楽しみだね」

 

「放課後直ぐにバイトって言うのも大変だが」

 

 バイト先のカフェが繁盛し始めるのは五時半頃だが、その忙しさはかなりのものだ。これを作ったら次はこれ、今度はこれ。メモにチェックを入れる時間さえ惜しいという程だ。

 

「確かになあ」

 

「その上、三人揃ってから食べたがる母を待たせることになる」

 

 普段の夕食に間に合わない様なシフトだから、仕方ないのだが……。母がそれに合わせてくれるというのは、なんだか忍びない。

 先に食べてしまっても良いんだけどね……なんて、普段の私達みたいな事を言う事は無い。何せ、我らがママの考える事くらいは流石に理解しているんだ。理解できなきゃ慣れもしない。嫌でも慣れるし、嫌でも理解する。

 

「私は別に気にしないわよ? なんて言いそうだね」

 

「俺達は気にするんだが。まあ、俺達と一緒に夕食を食べたいというのは分かってるから、何も言わない」

 

「まあ、嬉しい!」

 

「止めてくれ。母が二人に増えた様でぞっとする」

 

「うん、わかった」

 

 明一の言う事なら、覚えておこう。卵の賞味期限くらいには記憶が保つ筈。忘れっぽい私らにとっては割と長めである。

 

 

「……しかしなあ」

 

「どうした明一」

 

「いや……特段どうしたという訳じゃないが」

 

 言葉の後一泊置いて、また私の事を見る。まさか私が本当に二人目のママになった訳でもないだろうに。

 もしくは私の顔に何かがついているとか。それとなく顔に触れてみるけど、特に何もない。

 

「大丈夫だ、米粒なんぞついてない」

 

「じゃあ何さ」

 

「俺とは比較的にだが、母の影響を濃く受けたんだろうなと」

 

「影響?」

 

「ああ。母と娘とあれば、自然と話しやすいだろう。共通点も比較的多くなる」

 

 ……そうかも?

 そしたら明一はパパに影響を受けやすい、という事になるのかな。と思って、それは無いとすぐに撤回する。

 我らがパパは、病死する以前も頻繁に通院、もしくは入院して安静にしている事が殆どだったから、顔を合わせる機会が少なかった。私が物心ついたころには、確か既に入院していたと思う。

 そうすると、女の親と男の子供の母子家族。ちょっと住みずらい所もあったんだろうか。

 

「明一はママと距離取ってたの? それか居心地悪くなったり」

 

「距離を取ったつもりはない。関係良好な親子だと自己評価出来る程度だ。だが明程じゃない。多分」

 

「そっか。そういう物なのかな」

 

 何せ私は、この夏休み明けまでずっと母子家族を続けていたから、あんまりよく分からない。私が男になったら分かるのかなとも思ったけど、その実例が目の前の明一な訳で。

 ふと明一の事を見てみると、なにやらハッとした顔で私を凝視していた。

 

「……分かった。分かったぞ」

 

「今度は何?」

 

「成程な。成程、そういう事だったのか」

 

「どういう事だいワトソン君」

 

「簡単な事だよシャーロ……逆だ」

 

 あ、ホントだ。

 

「とにかく、俺が言いたいのは明の俺に対する性意識の薄さの所以だ」

 

「性意識って、普段明一が気にしているみたいな? 藪から棒な」

 

「そうだ。今までずっと同性の家族のみで過ごしてたんだろう? 異性に対する意識と言う物を覚えていないんだ。それか、同性への態度が身に付いてしまって、そのままソイツが俺に向けられてしまっている」

 

 はあ……つまり、女子校や男子校の生徒が、下ネタといった話題で盛り上がり易い、みたいな現象と共通しているという事か。

 女子校男子校うんぬんの話は、MMOゲーム上のフレンドから聞いたものだから、本当にそうなのかは知らないけど。

 

「つまり私は、明一の事を男として見れてない理由が、男を知らないから、と」

 

 はあ、なーるほど。

 確かに異性として意識する事は少ないような。

 

 

「なるほどねえ。……明一は私に男として見てもらいたいの?」

 

「いや、現状もある意味双子としては自然だしな。もう良いんじゃないか」

 

 もう良いってなんだよ。諦め口調だと何か引っかかるんだけど。

 

「いやいや、その話だと、明一は私の事意識してるんでしょ? 異性として」

 

「そうなるな。散々胸押し付けられたり、抱き付かれたりする俺も大変だと我ながら思っているが、明は別に悪気が無いならもう気にしないことにする」

 

「ふうん?」

 

「……だからって、やれと言っている訳じゃないぞ」

 

「さてどうだろう。私ったら、男を知らないからなあ。異性に対する恥じらいなんて無いしなあ」

 

 だからちょっと馴れ合おうかなー、なんて。

 わざとらしい態度でそんな事を言ってみたら、明一が一歩離れる。

 

「おい」

 

「なに?」

 

「噂を現実にする気か」

 

 ……私達の行動を知って、狂喜乱舞するクラスメイト達の事を想像する。秒で結論。それはフツーにやだ。

 なら仕方ない、少しは我慢しようか。我慢我慢。

 でも不満げな目線は送ってやる。あれでも私なりのコミュニケーションで、そんな性とかそういう物は意識していなかったのだ。

 

 今までの行動も、改めて思い返すと、確かに男女としては行き過ぎていた気がしないでもない。

 明一の言葉によって、彼を『もう一人の私』として見れなくなった今、これまでの行動の際どさを漸く正しく自覚する事が出来たのだった。

 

「……仕方ない」

 

「妥協してくれたようで何よりだ」

 

「私ばっかり妥協するのも不公平だけど」

 

「……じゃあどうするんだ? 流石に我慢の限界になるまで抑えろとは言わんぞ」

 

「んー、じゃあ、日替わりで交互に妥協するというのは? 今日の所は私は我慢するけど、明日は明一が抑えてもらうからね」

 

 どうかな、と如何にも名案だという自信を抱いて、考える明一の事を待つ。

 熟考と言うほど時間は掛けず、明一は直ぐに頷いた。

 

「そうしよう。明ばかりに負担を掛けるのは忍びない」

 

「まあねー。ふう、ちょっと膝借りるねえ」

 

 ベッドに腰かけていた明一の隣から、その膝目掛けて頭を乗せる。

 私達にしては珍しく話し込んだから、ちょっと疲れてしまった。

 

「はふう」

 

「……話聞いてたか?」

 

「うん?」

 

「いやもう……いいや」

 

 そう言いつつも、掌を頭に乗せてくる。

 なんだろう。いくら双子とは言え、言いたいことは言葉にしないと伝わらないのだが。なんか時々無言でも通じるけど。

 

「どしたの」

 

「なんでもない」

 

「ふうん」

 

 

 後日。

 二人揃ってどちらが我慢する番かを忘れてしまい、しまいには今回の件も頭の中から消えて行って、結局有耶無耶になってしまった。

 ……けど。まあ、余談という奴である。




追記・前回と今回であんまりにも独立しすぎたので、前回のカフェの二人の補足になる話を追加しました。

追記・伏線張っといて忘れる所業を犯したので修正しました。


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泳ぐのは今日で今年最後だろう、と俺は思った。

いつの日かと同じように、全年齢対象を言い張るにはちょっとの度胸が要る表現が含まれます。

それと、運動に関する知識はからっきしなので、妄想に近い描写があるやもしれません。




 体育の時間だ。

 まだまだ日差しが肌を焼きかねない時期で、体育の時間である。しかも日差しはほぼ垂直。一番太陽の熱を感じる時間帯でのこれは、ちょっと堪える。

 

「……」

 

 そして俺が取り出したのは、水はけの良さそうな青色のバッグだ。

 中身は水着と、ゴーグルと、タオルである。

 

 実は先日、このクラスに対して体育科目の先生から連絡があったのだが、その先生のスケジュールミスで、もう一時間だけ水泳の授業が必要になったらしいのだ。

 一体どんなミスをすればそうなるのだろう、と思ったのだが……まあ、突然双子が現れる様な世界だ。そういう事もある。

 

 幸い他の学年では水泳科目を行っていた様で、プールの準備には問題ないとの事。

 その証拠に、更衣室に入る前で先輩達とすれ違った。着替え終えた後ぐらいでプールサイドに点呼を取るから、別のクラスの水泳科目と連続していると、こうして顔を合わせることがあるのだ。

 更衣室に入れば、男達はわいのわいのと着替えを始めた。十五あるいは十六という年齢で、はしゃぎ回る者は少数派だ。

 

「なあなあ、双子の着替えって見放題だったりするのか?」

 

「……」

 

「う、凄い目……。なんでもねーぜ、あとスマン」

 

 はしゃぎ回る人間が少数派ではなく、ゼロだったならどれだけ嬉しい事か。下手したら明をも上回る変態性を持ち合わせた男を、目線で追い払う。

 顔、覚えてるからな。この日ぐらいは。

 

 青色の迷彩柄と特徴的なロゴが描かれた水着を履いて、しっかり紐を結んでしまう。しかしこの紐、どうも解け易い。結んで、試しに軽く動くと、すぐにほつれた。

 

 

「所で下着姿と水着姿の違いって何なんだ?」

 

「使用目的とか、生地じゃないのか」

 

「いや、違うね」

 

 また男どもが変な話を始めた。耳を向けるまでもない。無視して、脱いだシャツやズボンを適当にたたんでロッカーに収める。そしてまた紐を締め直す。今度は解けない。多分。

 

「露出面積という点では、下着と水着にそう違いは無い。機能もだ。下着の機能に、撥水性とデザインだけを加えた様なもんだからな。違うようで、そんなに違いは無い」

 

「そうか。……それで、何が言いたいんだ?」

 

 取り合えず紐をキツく結んで、少しの衝撃で解けない事を確認してから更衣室を出る。そこから先はもう、プールだった。

 

「パンツ一丁の俺達! ワンピースで肩から腰まで包んだ女子達! これは不公平だッッッ!」

 

 プールには着替え終わった女子が数名。背後の声に、うるさいなコイツら。と心の中で呟く。女子は眉を顰めていた。

 

「うるさいわね男子達」

 

 名も知らない他人と気が合うのは、多分今日が初めてだった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「男性陣はああ言ってるけど、明一はどう思ってるの?」

 

「答えづらい問いだな。どう、と言われても」

 

 順調に授業が進んで、後半では各自で自由に何かしらの泳法の練習をすることになる。

 割と運動は苦手な方だが、比較的やり易い平泳ぎの練習の列に並んでいる中、横から聞き慣れた声を掛けられた。プールを半分に、そのスペースを男女に振り分けて行われているが、特に厳しい入国制限があるわけではない。

 

 問いかけへの答えを控え、ちらと横を見れば水着姿の明が居た。例に漏れず地味な紺色の水着だが、以前の学校で使っていた、所謂スク水では無い。形状はスク水や競技用水着に近いかもしれないが、両脇から斜めに入れられたラインが、見た目をスタイリッシュにしている。

 

「ファッションにも、女子にも興味が無い男としては、どうにも」

 

「本当に?」

 

「興味を持っても、行動するほどの気概はない。で、そっちの方は? 人並みに身だしなみは気にしてるんだろう?」

 

「どっちかと言うと、まあ。世間体の中で無難に生きていく上で仕方なくね。ママのお陰で、やろうと思えば着飾れるけど」

 

「そうなんだな」

 

 母の影響を受けても、やはり根っこは変わらないのだろう。

 しかしそうなると、少し気になる事がある。

 

「じゃあ、それは?」

 

 目線だけで、明の水着を指す。あの言い方だと、本来なら中学のスク水でも十分だったという事になるが。

 

「ママが」

 

 なるほど。まあ問うまでも無かったか。

 大方、水泳の授業に水着の指定は無いと聞きつけて、水着の買い物に付き合わされたのだろう。勝手に水着を買ってきたという線もあるが、それなら明の水着はもっと派手になっている筈だ。

 

「でも、ママがどう思おうと最終的に買ってたと思うよ? サイズの事もあるし」

 

「サイズ?」

 

「……ゴッホン。で、そっちこそどうなの?」

 

 話逸らしたな。いや別に構わないが。

 

「水泳の授業がある事を伝えたら、明日にはコレを持った母が……」

 

「ママが? あ、なるほど」

 

 母の事だ。明も早々に察しがついたのか、苦笑する。

 

「紙袋にも入れず持って来た」

 

「そう来たか」

 

 

 そんな感じで言葉を交わしていると、順番が来た。このまま話している訳にも行かないから、水面に身体を沈める。

 

「戻らなくて良いのか?」

 

「いや、泳いでる姿を見てから戻るよ」

 

「そうか」

 

 別に泳ぎは特別得意ではないから、参考にはならないだろう。明もそれは分かっている筈だ。きっと休憩ついでに見学するつもりなのだ。

 順番を待たせる訳には行かない。すぐに片足を持ち上げて壁を蹴ると、直立姿勢で進み続ける。足を動かして、連動して手も動かして、それを反動として利用する様に顔を持ち上げて、息を取り込む。

 

「ふうん」

 

「むぐ」

 

 水が口に入りそうになりつつも、呼吸と泳ぎを続ける。

 

「思った通りに遅い」

 

「ごぼっ」

 

 今度は普通に口に水が入った。反射的に吐き出してしまって、一度息をし損ねる。それどころか息を吐ききってしまって苦しい。

 やっぱり厳しい、一度プールの底に足を付けて、仕切り直した。

 

 それを何度か繰り返しつつ、何とか反対側に辿り着く。ここが川だったらとっくに流されていただろう。

 

「はあ……」

 

 やはり疲れるな、これは。夏の暑さからは逃れられるから、身体に熱を溜め込んで消耗することは無いが……。

 

 

 息を整えながら反対側を眺めていると、丁度明の姿を見つけた。泳ぎ始めるところの様で、俺は何となく観察することにした。明が並んでいたのは平泳ぎの列だった。

 壁を蹴って初速を得て、少し進んでから手足を動かしていく。

 

「……」

 

 なんというか……思った通りと言うか、俺自身の映像を見ている様な感じがする。ほら、丁度今水を飲みかけて、ゴボっと空気を吐き出した。

 期待していなかったが、実際に見てみると参考になるな。もう少し、手足のリズムを見直してみると良さそうだ。息が乱れても、手足の動きがバラバラにならない様な意識も大事だ。

 と、偉そうに分析してみるが、俺は別にインストラクターだという訳じゃない。正確な評価は先生にでも見てもらわないと分からない。

 しかし、今俺が感じた単純な違和感ならば、単純な往復練習でどうにか出来る筈。多分。

 

「もう一回やってみるか……」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 足を付けてしまう地点の距離が伸びた。明の動作を参考にして、そして改善に成功するとは。我ながら驚きである。ただ一度に泳ぐ距離が延びた分、滅茶苦茶疲れる。

 その休憩がてらに、反対側に辿り着いた後に明の事を観察すると、向こうも同じように改善していた。今まで何度も思っていたことだが、まるで鏡みたいだな。

 

「ん……ぷはぁっ! ……ふう」

 

「お疲れ」

 

「おー、お待たせ」

 

 パチン、と、何となく挙げた俺の右手に向かってハイタッチする明。

 

「……む」

 

 その時に明の脇が見えて、全身から落ちる水滴も相まってなんとも言えない気分になる。

 

「どうだった?」

 

「あ、ああ……ゴホン。双子の成長っていうのは、なかなか感慨深い物があるな」

 

 瞼に力を込めて瞬きをする。網膜に焼きついた明の姿が消えた気がした。

 切り替えた思考で、上達した泳ぎについて考える。このまま交互に泳いでいけば、普通にクロール出来そうな気がしてくる。そうするには時間が足りないが。

 

「やっぱり距離伸びてるよね。うん、成長して……、胸じゃ無いよね?」

 

「何をどうしたらそうなる。そもそも以前の胸なぞ知らんのに、どうしてそれが成長していると言えるんだ」

 

「そっか。まあ確かに、そっちも泳げる距離伸びたもん」

 

「ああ、明の泳ぎが参考になったぞ」

 

「私は明一のを真似ただけだよ。……しかし」

 

 何故にそんな深刻そうな顔をしているんだか。それと無言で胸に手の平を乗せないで欲しい。

 今日の明は、何というか、ある意味で見ていられない。今直ぐにでも明にタオルでも被せて、心の平穏を取り戻したくなる。

 

「成長……」

 

「ぐ……それほど気にするものなのか」

 

 目を逸らして言う。身体のラインが良く見える今の恰好だと、胸の大きさは一目で分かる。それなりの胸はある筈だ。コンプレックスを感じる程でもない。

 しかし、やはりと言うか今の明を見ていると目に毒で、明の事が視界に入らない様にと、額を掻くふりをする。

 

 それとは別で視界に入ったのだが、列に並ばずプールを眺める人が増えてきた。時間も少なくなり、確かにあの列に並んでも順番は回ってこないだろう。

 

「……もう十分だろう」

 

 その言葉を聞いた明は、何を勘違いしたのか、俺の方にギョロっと振り返った。なんだ、その目で見てもレーザーなんか出ないぞ。

 

「明一?」

 

「なんだ」

 

「成長を諦めた女は、下流なのだよ」

 

「そうだな」

 

「そう流されると傷つくんですが!」

 

 ……そんな目で凄まれても、今の俺じゃあどうにも目を合わせられない。

 

「泳ぎだ。泳ぎの話を言っている、このムッツリ。もう泳ぎに行く時間も無い」

 

 誤魔化したつもりでは無い、もとからそのつもりで言っていた。勘違いはやめて欲しい。

 

 まさかとは思うが、母の厄介な特性まで引き継いでないだろうな? そう訝しんでいる俺をよそに、明はあからさまな安堵を抱いて溜息を付いた。

 

「そっかぁ。……いや絶対胸の事言ってたって」

 

「明がそう思うならもう良い。どっちにしろ事実だ」

 

 明はムッとして一歩踏み寄った。否定をしない所は評価しよう。

 

「まぁ? それならぁ? 私は別に良いんだけどー」

 

「ああ」

 

「……でもムッツリって」

 

「変態と言わないだけマシだ。そろそろ授業終わるぞ」

 

「むう」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 珍しく、明の事が疲れると思ってしまった。やはり性別に関わる部分は、自分との対話の様に行かない。

 

 更衣室に戻って、着替える前にタオルで体を拭っていると、ふとある疑問を抱く。

 もし明が身体的なコンプレックスを抱いていたとして、対して俺には何のコンプレックスもない、と言うことがあり得るだろうか? 

 

 更衣室の中、体を見下ろす。他人と比較したことが無いから、コイツが長いのか短いのかがよく分からない。確かに更衣室等と言った場でなければ、他人の物と見比べる機会がない。

 対して女性は……比較しやすい。道を歩いて、ふとすれ違った女性のと見比べるくらいは十分可能な筈だ。ひいては、もし自らのが劣っていたならば、劣等感を抱く機会や回数も増えてくる。

 多分。これは男性としての目線から成る妄想である。

 

 男が女を理解するにはやはり人生経験か、と、乾かした身体に制服を着せる。太陽光や視線を遮る衣服の安心感を取り戻して、ふう、と息を吐く。

 

 色々考察したものの、ネットで拾った雑学ばかりで、人生経験の浅い俺では、妄想か或いは妄想の域をなんとか脱した稚拙な考察にしかならない。

 そうだとしても、明は気にしすぎだと思うし、性別を気にしなさすぎだと思う。お陰で気が休まらなかった。

 

 



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これは好みじゃないのだけど、と私は思った。

例によって私にはファッションセンスが存在しませんのでご了承ください。一応調べはしたんですけども、浅漬けの知識じゃなんとも。


 我が家の厄介ごとは、大抵の場合我らがママさんが持ち込んでくる。幸運なことに、重大な何かしらを持ち込まれる事はないので、家族としてそういう所は受け入れているのだけど……。

 

「マウスが壊れたのか?」

 

「ええ、断線しちゃったみたい」

 

 三人全員、個人でPCを所有しているちょっぴり特殊な家庭だと、共通の話題がある事は潤滑なコミュニケーションに繋がる。こう言った話も交わされる事が多い。

 

「断線か。分解してゴミ掃除、じゃあどうにかなるものじゃ無いね」

 

 流石に専門的な工具や知識は我が家に備わっていない。最低限の精密ドライバーと、何の故障かが判断できる知識があるぐらいで、ケーブルの交換ができる程の用意はない。

 

「そう。だから……、はいこれ。お願いできる?」

 

「あ、うん。おつかいね」

 

 渡された紙幣を受け取って、そう解釈する。

 明日は土曜日で、ママは出勤、私達は休日ということになるから、直ぐに用意するとなったら、私たちが買いに出た方が最も早い手段となる

 。

 何気なく受け取って紙幣に目を向ける。なんだかやけに重い、と思って、綺麗に重なった紙幣を広げる。

 

「さんまっ」

 

「……数え間違えてないか?」

 

「流石にそんな事はしないわよ。この三万円で、マウス買ってきて欲しいの」

 

 どうやら、このやたらと精神的重量感を伴う三人の諭吉さんは、ママの数え間違えでも何でも無いらしい。

 ママはゲーミングマウス──高機能高性能で、プロゲーマー御用達のマウス──でも欲しがっているのか? それとも何か他の厄介ごとでもあったり? 

 

「滅茶苦茶高いゲーミングマウスでようやく二万円行かないくらいだよママ……」

 

「まあまあ、気にしないで預かりなさい! あなた達にやってもらうのはお使いだけじゃないんだから!」

 

「やっぱり厄介事の方か」

 

 けど、一度頼まれたからには、泥船にでも縛り付けられた気分で従ってしまおう。

 

「何が欲しいの? モニター? ヘッドフォン? 新しいパソコンだったら、流石に型落ちの物しか買えないけど」

 

「デートに行きなさい!」

 

 隣で明一が大きく咽せた。

 

「デート? 恋人なんか居ないんだけど」

 

「明一がいるじゃない!」

 

 咽せる明一がついに膝を付いた。

 

「ちょっと待って」

 

 私達は双子だし、そうでなくともほぼ同一人物だ。後者ならばまだチャンスがあるかもしれないが、そう認識しているのは私達だけ。私達を双子として見ている筈のママが、なぜそんなことを言うんだろう。

 

「遊びに行く、っていうんなら別に良いよ。あの辺りのゲームセンターも興味あるし。でもなんでデート?」

 

「だって最近、すっごく仲が良いんだし!」

 

「答えになってないぞ……!」

 

 復活した明一が文句たらたらと立ち上がる。仲が良い男女が出かける行為が例外なくデートと呼ばれるのであれば、少子化問題はとっくに解消されているに違いない。

 しかし私達にはソイツに貢献するつもりが全く無い。

 

 確かに、明一相手であれば色々許してしまえる気がしないでもないが、それでも恋人と呼ぶには違和感があるのだ。創作物で例えるなら、幼馴染相手に恋の感情が芽生えづらい現象に近い。

 お互いを見つめ合っている内に、鏡を見ている気分になるカップルもなんか嫌だ。一瞬だけ自分の顔だと誤認して驚く事があるくらいだし。

 ……最近は、その頻度も少なくなってきたけどさ。

 

「まあ、デートか否かはともかく、二万円で良いよ。買い替えるマウスも、同じ型で良いんだったら沢山余っちゃうし、なんなら回転寿司とゲームセンターに寄って漸く使いきれそうなぐらいだし」

 

「じゃあ非常兼予備用にプラス一万円ね!」

 

 どうしても三万円を握らせる気らしい。

 非常用と言うなら仕方なく貰うけど……。一日で三万が消費するのは逆に難しい気がする。あんまり物を買いすぎても私たちの両手が袋やらで埋まる。

 

「でさ、他に理由があるんじゃないの? 私達の復縁は、確かにママ的にも踊るほどうれしいかもしんないけど」

 

「臨時ボーナスでも貰ったか?」

 

「違うわよ? うーん……あ、じゃあ、バイト就職祝いの三万円って事にしましょっか! さあ、デートに行ってらっしゃい!」

 

「ちょっと」

 

「ああもう、分かった。明日、明日な。……はあ」

 

 嘆くべきか臨時報酬に喜ぶべきか微妙な所なのだけど、今のところ言えるのは、ママの行動を予測するには、まだまだ経験値が足りないという事くらいだった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 翌朝、週末の喜びとバイトのシフトでプラマイゼロといった気分で起き上がる。将来的にお給料でPCを買えるとはいえ、休日を返上するのは良い気分ではない。

 予定表を見て、夕飯時の前辺りにバイトが入っている事を確認する。お昼も客入りが激しいのだが、店主も一人でやるのは元から慣れている筈だから、心配はしていない。

 

「くう……はぁ。おはよう」

 

「おはよう」

 

 何時の間にか目覚めていた明一が、大きく欠伸をしながら起き上がった。

 

「今日はおつかいだな……」

 

「マウスとなると、ちょっと駅に乗っていかないと」

 

 兼デート、と後ろに付いてしまうのだけど、私達はあえてそこに触れない。

 歩いていける距離にPCや周辺機器が並んでいる様な店は無い。駅の方がかなり近いし、ショッピングモールなんかにも行けるから、余った資金を使う先にも当てがつく。

 マウスだけ買って、軽く外食しつつ帰る手もあるが、その場合母のふくれっ面を見ることになる。あんなでも、私達の事を良く分かっているから、高い確率で感づかれると思う。

 

「所で、あれは何だ?」

 

「不審物」

 

「随分と可愛らしい不審物だな」

 

 シワ一つ無い服が、カーテンのレールに掛かったハンガーにぶら下がっていた。意識的に視界から外していたけど、あんな目立つところに置かれてはかなわなかった。

 無論わたしや明一に覚えは無い。犯人に覚えはある。

 

「……ママの置き土産か」

 

「これを着ろと言うことか?」

 

 どうなんだろう。机の上には置き手紙が置いてあるから、多分ここにママの意図が記されている筈なんだけど……。

 

『ママさんオススメカップルコーディネート! もし着ないで行っちゃったら、今後一週間の食事に青汁を付けるからね♪』

 

「……母らしい」

 

「まあ、見苦しい服じゃなかったら別に良いんだけ……ど、なにこれ、破け、じゃなくて空いてる?!」

 

 なんとなく手に取った服は白と基調としたデザインで、広げてみると肩の部分が欠けていた。破けているのかと一瞬思ったけれど、所謂肩出しのファッションであるらしい。

 そこまでガッツリ空いてる訳じゃないし、袖も手首まで伸びているし、腹を出すデザインでもないから、全体の露出度はそれほど大きくなかったけども。

 

「……青汁って飲んだことある?」

 

「飲んだことないが」

 

「ぐう……」

 

 そしてやはりと言うか、一緒にあるのは男物の洋服だった。そっちは特に気取った様な恰好では無さそうだ。

 

「何だこれ……」

 

 明一的には不満らしい。まあ自分が着るともなれば、地味な物を選びたがるだろう。私だってそう。

 ……男からしたら、私に与えられたあの服はどう思うんだろうか。

 

「……」

 

「青汁か……」

 

 天秤がゆらゆらと、どっちつかずな風に揺れる。この服は避けたいけど、よっぽどではない。他人の目を気にしても、他人からの印象や評価は気にしない。

 青汁に関しては、苦く青臭いと聞く。そういう飲み物は初めてだが……。

 

「……多数決」

 

「着る」「着る」

 

 釣り合った天秤は、ほんの少し力を入れるだけで簡単に傾く。どっちでも良いかな、と思いつつ選んだ選択肢は、二人とも同じ方を指した。

 

「決定」

 

 赤信号と言うほどでもないが、二人で行けば何てことは無い。二人の意見が揃ったと来れば、実行あるのみだろう。

 自分の寝間着を脱いで、ハンガーから服を下ろして……。

 

「ばっ」

 

「あ」

 

 ……明一を部屋から出すの忘れてた。

 




アンケートは章の終わり頃に閉め切ろうかと。それまではどっちつかずな調子でいかせてもらいます。


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もう少し人気の無い所は無いのか、と俺は思った。

 我らが母は、俺達の二重の関係性を察しているんじゃないか? そう思ってしまって、いやしかしそんな筈は、とぐったりと後ろへ体重を寄せていく。ガラス窓に後頭部が付いた。

 

「ぐったりしてるなあ」

 

「明こそ」

 

 横では、明が垂直の手すりに寄りかかって、気を重そうにしている。二人して、その気怠さを隠すことなく姿勢に表していた。

 それを目撃する人は、この閑散とした電車の中に居なかった。見渡してようやく見つけられる数人の利用客は、手元の携帯に視線を注いでいる。

 

 こうもぐったりしているのは、俺たちがデートと呼ばれる行為の追いやられたからではなく、屋外の暑さにやられてしまったからである。車内の冷房が心地よい。

 

 それにしても目だけで周囲を見渡すにも、この顔の角度だと難しい。体に溜まっていた熱も冷めていったし、そろそろと息を吐いて頭の位置を戻す。

 デートだとか言われたからといって、意識する必要は無い。明の顔を見て、恋心を抱くことも無ければ、劣情も……無いとは言い切れないが、男として無意識に抱いているぐらいだ。

 とはいえ後者だけでも十分俺を悩ませるものなのだが、半分諦めている。

 

「……うう」

 

「……?」

 

 しまった、余計な事を考えていたせいで思い出してしまった。先日の水着姿だ。あれを思い出してなんとも思わない方が難しいし、表に出ない様に押さえ込むのも疲れる。それが苦なく出来るなら、そいつは特殊な訓練を受けているに違いない。

 こればかりは明のせいと非難する事はできない。俺が勝手にそう思ったのが悪いと言える。と言っても、あの姿が鮮明なまま脳裏に浮かんでくると、これはまずい、と強く瞬きして、意識を切り替えなければならなくなるのだが。

 

「んんっ。それで、本当に大丈夫なのか? その服は」

 

「着てしまえば自分の視界に入らないから、意外と。それに涼しいよ」

 

「へえ」

 

 肩の穴が空気を取り入れるからだろうか。袖口も広いから、肩から手首にかけての通気性も良さそうだ。

 確かに露出しているが、腋が見える程大げさにオープンしている訳じゃない。俺的にも目に毒って感じがしない。そりゃあ穴が閉じている方が落ち着くが、あれぐらいなら許容範囲だろうか。

 

 ……腋が見えないことに安堵してしまった。間違いなく先日の影響である。

 

「まもなく、──駅。──駅です。お忘れ物をなさいませんよう、ご注意ください……」

 

「着いたな」

 

「うむ」

 

 アナウンスを聞いて立ち上がる。目的の駅に出て、天井にぶら下がっている案内を睨みつつ出口に向かう。

 社内の冷房が恋しく思えてきてしまう。天井なんかがあるだけマシだが、日差しを直に受ければ、吸血鬼よろしく灰に還ってしまいそうだ。

 

「そっちも、暑くないの? ジャケットなんか羽織ってるけど」

 

「見た目よりは涼しい。思ったより生地が薄くて、体温が服の内に溜まっていく感じはしないな」

 

「そっか。まあ夏服だったら当然かな」

 

 見た目は落ち着かないが、着てしまえば気にならないし、動きづらいという事も無い。見た目以外には思ったより否が見当たらないのである。後は目線を集めなければ十分だ。

 

「そうだ、アレ言ってみてよ」

 

「アレ?」

 

「ヒロインが急に服に気を使い始めたら、決まって言う様なセリフだよ」

 

「ああ」

 

 ビジュアルノベルに類するゲームもやっているから、覚えはある。しかしそれを言い放つのに適した場面と言えるかは微妙だ。

 

「似合ってる。世界一可愛いよ」

 

「おお!」

 

 どちらかと驚きに近い声を上げて、面白い、という顔になる。

 

「すっごくなんとも思わない!」

 

「へえ」

 

 それなりに上手に抑揚を付けて言ったつもりなのだが、通じなかった。明らかに嘘であるのがいけないのだろうか。

 それに、明は確かに可愛いかもしれないが、世界一とは到底言えない。俺達が知る範囲の中で一番かわいいものと言ったら、実在する物で猫、創作物上でならとあるゲームのキャラクターが思い浮かぶ。

 

「でも、落ち着きはするね。似合っていないか、って言う不安は拭えるかも」

 

「そうなのか?」

 

「そうだよ。ところで明一、イメチェンした? すごくかっこいいよ」

 

 なるほど。言葉の通りに受け取る隙もなく、中身の無い嘘だとすぐ分かってしまって、神妙に頷いた。素の言葉に近い抑揚だと思うのだが、それでも意識せずとも見抜けるらしい。

 

「面白いぐらいになんとも思わないな」

 

 だが明が言っていた通りに、この格好もそう悪い物ではないと思える気がしてきた。虚言でも、認められれば自信に繋がるのだろうか。

 

「しかもなんとなく自信が付いた気がする。明の言う通りだな。自己暗示みたいなものか?」

 

 改めて考えると、色々と興味深くなってきた。また別の機会に実験してみたいのだが、今は公共の場である。そういうのは自室でやるとしよう。

 

「今は行くか」

 

「検証は後日、だね」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 十分に満たない距離を、アツアツの晴天の下で歩いて、ショッピングモールの中に逃げ込む。自動ドアを潜れば、直ぐに冷房の効いた快適な空間に迎えられた。

 どんな薄着でも、やはり暑い空気よりも冷えた空気の方が素晴らしい物である。

 

「さて、荷物になる買い物は後回しに。食事にはまだ早いが……となると」

 

「遊ぶ、食べる、買う。って順番で良いんじゃない?」

 

「ふむ」

 

 案内板を見つけて、そっちの方を見る。遊ぶ、となったら何が良いのだろうか。

 明が提案した順番に従うのなら、数時間ほど遊び続けなければいけない。べつに早めの昼飯を頂いても良いが、ショッピングモールの中にゲームセンターでも付設していれば、それなりに楽しく数時間を潰せるだろう。

 服、雑貨、家具、食器。ここは違うな。事務用品、パソコン用機器。興味があるけど後で。

 

「こっち行こ」

 

 明が指でエレベーターを指す。行先に見当がついたらしい。

 

「どこに?」

 

「ゲームセンター」

 

 本当にあるのか、ゲームセンター。一応と他の候補も探してみるが、俺たちに取っての遊びはゲームが殆どだ。興味で勝るものは見つからず、結局エレベーターに乗り込んだ。

 

 

「こう言う所って、なんだかワクワクするよね」

 

「新しいゲームをインストールしている時に似ているな」

 

 目的のエリアに踏み込むと、規則的に設置されたマシンから、混沌的に重なりあった音楽やら効果音やらが耳に飛び込んでくる。一つのマシンの目の前に立って、やっとその音が識別できる程度だ。

 

「両替機は……」

 

「お、このキャラのぬいぐるみなんかあるんだ」

 

「ん? ああ、そいつか」

 

「馴染み深い。アレじゃん」

 

 積みあがった箱とぶら下がったアームを囲うガラスに、二人して覗き込んだ。アームでは届かない所に安置された、サンプル用なのであろうフィギュアに、二対の目線を揃って向ける。よく出来ているな。

 

「よく出来てる」

 

「良いよね」

 

「良い」

 

 危うく語彙力を溶かしかねない所だったのだが、このキャラの前では致し方あるまい。とあるゲームで代表格を担っているキャラなのだが、それよりも彼女にまつわるストーリーを知っているから気に入っているという面が強い。この場ではその魅力を語る事は出来ないが……。

 

「これあのシーンじゃない?」

 

「このデザインの剣を構えて氷柱を浮かべるシーンと言うと、登場した時のイベントかな」

 

「そう思うと、なんかこの表情にも意味がある様に思えて来た。いやある」

 

「ある」

 

 今まで部屋にフィギュアなんかを置く趣味は無かったが、手に入れて机の片隅に飾ってやろうか、と思う気持ちが浮かぶくらいには、興味が沸いた。それだけキャラが好きだし、出来も良いのだ。

 しかし、二百円を使ってアームを動かそう、という気を起こさせるには少し足りない。っていうか安いな。見た目より難易度が高いんだろうか。

 

「うーん。欲しい?」

 

「見るだけで満足だな」

 

「私たちって美味しくないお客だよね」

 

 経営シミュレーションゲームの経験があるからか、その言葉に妙な納得感を得た。トレジャーキャッチャーには興味が無いが、奥にあるであろうゲームでお金を落とすつもりだから、勝手に罪悪感を抱く必要もないだろう。

 

 他にも、見知ったキャラが水着を着ていたり、有名どころのキャラがデフォルメされてぬいぐるみとなっていたりと、目を引く物が多かったのだが……やはり俺達には花より団子という考え方が染みついている様だ。

 時折足を止めて興味深そうに見るが、それも道中のよそ見に過ぎず、奥の方にある騒がしい空間に辿り着く。

 

「初めて来たという訳じゃないが……、見慣れない物が多いな」

 

「前に来たことあったっけ?」

 

「別のところなら、扉のガラス越しに」

 

「だよね。そりゃ見慣れないさ」

 

 左手には昔ながらの格闘ゲーム、右奥には特徴的且つ直感的な操作を謳うリズムゲーム。奥の方に見えるのはシートやハンドルのあるレースゲーム、俺達の興味からは外れているが、流行のソシャゲを原作としたゲーム媒体も置かれている。ここから少し離れたところに、シューティングゲームなんかもあるかもしれない。

 噂に聞くVR体験コーナーは無いかな、と見渡してみるが、恐らくこの店には無いだろう。

 

「それで、何やる? 二人プレイのやつとか無いかな」

 

「格ゲーと音ゲーぐらいか。いや、向こうのレースゲームでも対戦できるな」

 

「じゃあレースゲーム。本当にハンドル握って遊べる機会なんてこれくらいだよ」

 

「そうだな。席も二つ空いてるし」

 

 丁度いい、意気揚々と乗り込んで、目の前のモニターを見る。デカイ。家のテレビの比ではない。

 表示に従って、百円玉を投入すると、ブルンとシートが震えた。

 

「おお」「わあ」

 

 この時点でもう面白い、マッサージチェアに座って、携帯でレースゲームをしてもこうは行かない。

 次はカードの挿入を要求されたが、持っていないからスキップで良いだろうか。ハンドルで選択し、クラクションで決定という操作にも慣れない。

 それから名前の入力画面に入った。どうやら新しくカードを発行してくれるらしいが、アルファベットや記号の三文字しか入力出来ない。

 どんな名前を入れてやろうかと思って、隣を見る。

 

「……」

 

「……」

 

 足がアクセルペダルに届いてなかった。手足を一生懸命に伸ばしてハンドルを握ってるせいで、結構な前傾姿勢である。

 よく見れば明の座っているシートは、俺が座っているものよりも後ろの位置にあった。

 

「それ……調整出来ないのか?」

 

「方法があるならすごく知りたい」

 

 知っていたら教えたい所だ。手足を伸ばしている姿を見ていると、なんだか恥ずかしい気分になる。若い女の子なら可愛いで済むかもしれないが、年頃の男だったら考えものだ。

 

「……そのレバーじゃないか?」

 

「ん、これ? すっごくわかりづらいな」

 

 ふくらはぎの後ろ辺りにあったレバーを引くと、シートが動き出す。やり易そうなポジションに落ち着かせたのを見届けて安堵すると、自分のゲーム画面の方に目線を戻した。

 

 ……LIT。明かりを意味するLightの変形だ。これで良いだろう。明はどんな名前にしたのだろうか。チラッと横を見ると、明も名前をLITで決定する所だった。

 名前、被ってても特に何も起こらないのだな。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 LITの名を記憶したカードが二枚発行されて、早速と遊んだレースゲームはと言うと、中々面白い。

 

 峰でコーナーを攻めてドリフトを決める漫画が原作なのは知っていたが、初心者向けの設定にしていると、初見でも気持ちの良いコーナリングが出来て、なるほどスリリング。

 かと言って気を抜くと大きく膨らむから、この時点で上級者用の設定だったらと思うと、それはそれは恐ろしい。シートがブルブルとエンジンの振動を再現するものだから、尚更。

 

 と言ってもまだチュートリアルで、面白さの真髄はまだ別の所にあるんだろう。ゲームを始めたばかりの頃の、やっている内に手の届くコンテンツが広がっていく感覚は、何時になっても良いものだ。

 

「……」

 

 それにしても、と目だけで周囲を見る。

 妙に目線を感じる。人前でゲームをすると言うだけで落ち着かないのに、先ほどから目線というか、気配が張り付いている気がする。

 順番待ちだろうか。あるいは双子の俺たちを珍しがっているのだろうか。ならば明もこの目線を感じているかもしれない。目を向けると、目が合った。明も同じ感じがしている様だ。

 

「……」

 

 どうにか出来ないか、という願いが目線に乗って伝えられた気がする。

 俺達という双子が出会って最初の騒ぎに比べれば象と蟻の差だ。我慢は出来るだろう。それでも多少の居心地の悪さは覚えるだろうが。

 

 そうとは口にしないまま首を横に振る。明はため息を吐いた。よそ見運転は危ないぞ。

 

 それに、ゲームセンターはゲームを楽しむ場なのだから、他所へ行ってくれないだろうか。と言って非難するのも憚られる。しかし観戦専門というものを否定出来る程、俺達は偉くない。

 どうと言うにも、それは世論への大きな発言権を得てからでないと言えない。……有名動画投稿者にでもなれば良いのだろうか、想像するだけで過労死する。

 

 多少の集中力を欠いたハンドル捌きでゴールラインを通るも、後ろの気配は一切動きを見せない。耐えかねずチラと後ろを見るが、若者が数人程観戦していた。

 

「明」

 

「あいさ」

 

「チュートリアルは終わったし、残ったチケットで対戦するか」

 

「勿論だとも」

 

 それだけやって、今日はゲームセンターから逃げ帰ろう。そうしよう。




そろそろアンケート結果も固まってきましたが、本格的に反映するのは次章以降ということで。


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何をしたら長々と買い物できるんだろう、と私は思った。

 隣のシートから聞こえてくるギアチェンジの効果音が聞こえてきて、どうしようも無く右足をペダルに押し付けて加速したくなる。

 ──しかしコーナー手前に入ると、理性は減速するという決断を下して、力んだ右足をどうにかブレーキペダルに運ぶ。

 

 モニターの端に彼のマシンが映って、次のコーナーまでに再び前方へと再び抜き去るか、そうでなくともインコースを取らねばとハンドルを握り込む。

 ──しかしコーナーに入る直前に内側にいては、かなり減速しないと曲りきれないからと、彼を威圧して外側に追いやろうとする。

 

 ガコン、とシートが大きく横に揺れ、スピーカーから金属の擦れる音がする。そして背後から固唾を飲んだ音が聞こえた気がした。

 ハンドルを切りすぎて、接触してしまった。私のマシンも相手のもそうだが、こうなるとフィードバックがハンドルに伝って、制御が厳しくなる。

 

「当てるな」

 

「当ててんの」

 

「その台詞をここで聞くとはな」

 

 エンジン音越しの声だから、やや大きめの声。しかし怒鳴る様な感情は乗せず、あくまで何時もの調子だった。

 なんだか人前でいうべきでは無い言葉を発してしまった気がするけど、闘争心が止まない現状では気にする暇がない。

 お互いハンドルを押さえつけなんとかコーナーを曲がり切って、なんやかんやで速度優位の状態で抜け出せた。ただ、後続車が受けるスリップストリームの恩恵で、ずっと余裕をもって前に居られるとも限らない。

 

 せっかくの優位が……なんて思っていられるのも一瞬だけ。コーナーに入るスピードを抑える為に減速、後輪が僅かに横滑りして、ハンドルを反対方向に切る。モニターの端にあるサイドミラーの画面には、センチメートルで数える様な距離を挟んで、同じようにドリフトをして張り付く明一のマシンの姿があった。

 

「近い!」

 

「当てはしない。紳士だからな」

 

 誰が紳士だ! 私が着替えたり抱き付こうとしたら顔を赤くする癖に。

 

 コーナーを抜けて姿勢を戻す。気を入れ直してミニマップを一瞬見る。ゴールが近いが、あともう一つ緩いカーブがある。緩いけど、最高速度では滑りそうな程度だ。速度を緩めずには最速で抜けられない。

 

「……!」

 

 しかし、これはまずい。私を風避けにして追い付いた明一が、いよいよ追い抜くために左側へ出た。

 私も抜かせまいと、曲がれるギリギリのスピードを見極める。でも出しすぎて外に膨らめば、本当に抜かれる。マシン性能は同じだ。空気抵抗を回避して得た加速力も、このカーブの実質的な速度制限もほとんど同じ。差があるとすれば、集中力の差。

 

 

 コーナーを抜けた。ハンドルを真っすぐにして、アクセルペダルを押し込む。自動でギアが切り替えられて、速度計は数字を巻き上げ続ける。

 

 まだ五十m。横に明一が見える。速度は私が僅かに下。しかし位置は僅かに前。

 

 十m。横を向けば、相手のドライバーと睨めっこが出来そうだった。

 

 ゴールライン。どちらが前だったのかは、感覚でなんとなく分かってしまった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 失敗した。

 

 明一に負けたのは良い。勝敗よりも、峰を勢いよく下った爽快感で満足だった。

 しかし人前だったのがいけない。しかも背後からの視線を何時の間にか忘れて、ゴールの後にようやく気付いたぐらいだ。その分蓄積した羞恥の感情がむくむくとこみ上げてきた。

 

「……」

 

「よし、別の所に行こう」

 

「そうしよう」

 

 どこかわざとらしい言葉遣いで、観客の事を目もくれずに立ち去った。名も知らない観客達に目を合わせでもしたら気まずくて死にそうだ。

 見つけた自販機の側面に身を隠して、ぐったりと項垂れた。

 

「やっぱり目立つのかな……」

 

「だからって足を止めてじっと見つめてくるのはどうかと思うが」

 

「デリカシーがないんだよ。デリカシーが」

 

 普通の順番待ちだったら許さないでもない、と思って、自販機から顔を出して私が遊んでいた所を見る。見えづらいけど、私達が去った後の座席は埋まっている様だった。

 やはりただの順番待ちだった、と納得する理由は出来た。ならばと屁理屈で自分の頭を誤魔化して、羞恥心を抑えればヨシ。

 

「……よし、落ち着いた。何か飲み物買う?」

 

「地下のスーパーで少しは安く買えそうだが」

 

「ん、いいや」

 

「そうだな」

 

 一応新しいパソコンのために貯金はしているけど、これ元々はママのお金だし。あと十円単位の数字なんて、パソコンの数十万に比べたら端数にも満たない。

 とりあえず自分の好みで二本買って、渡した。

 

「ゲームセンターはやめておこう」

 

「楽しいかもって思ったんだけどな」

 

 残念だけど、遊ぶためにあの視線に中へ飛び込むのはそれ以上に嫌だ。天秤にかけるまでもなく、撤退に賛成した。

 

「でもどこに行く? まだ時間はあるよ」

 

「……分からない」

 

「ですよね」

 

 じゃあ、少し予定を変えて買い物だろうか。食事をする分には荷物があっても大丈夫な筈だ。

 

「買い物にするか?」

 

「そうするしかないか。とりあえずマウスを買って、他には……」

 

 何はともあれ、そういったコーナーの方に向かおうとエレベーターに向かった。

 お店を歩いているだけで注目を集める事が無ければいいのだが。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 うむ、その心配は必要なかったみたいだ。周辺機器のコーナーを歩いているだけで注目を集めるような人は、有名人ぐらいだろう。

 

「トラックパッドか……」

 

「欲しいか?」

 

「ぶっちゃけ要らない。五ボタンのマウスは無いの?」

 

「こっちにあるぞ。DPIは……低めだな。高めか、変更できる奴を探してくれるか」

 

「わかった」

 

 DPIの好みも同じだし、見つけたら二つ取ってしまおうか。

 

 えー、五ボタンで、サイズも中くらいで……あったあった、これくらいかな。

 1200くらいだとやり易いんだよね。マウスを大きく動かして、っていうのはあんまり好きじゃない。

 

「あったぞ」「あったよ」

 

 っとと。声を掛けようとしたら、明一も声を掛けて来た。タイミングが被ってしまったぞ。

 

「被ったな……。ふむ、俺のは軽量を謳っているマウスなんだが」

 

「こっちは手に吸い付く形状だって」

 

 その上カラーバリエーションもある。これは別に無作為に選んでしまっても良いんだけど。

 

「んー、どっちが良い?」

 

「……ジャンケンポイ」

 

「ホイ」

 

 選びかねて、とりあえずじゃんけんしようとするのはなんとなく察してた。右手でチョキを返せば、明一はパーを向けていた。

 

「私か」

 

「じゃあ俺のは戻しておこう」

 

「よし決まり。あとは頼まれてる方だったよね」

 

「確かこの型だ」

 

 程なく三個目のマウスを見つけて、携帯にメモした型番号と見比べてからカゴの中に入れた。後は何を買おうか。

 

「マウスパッド欲しいか?」

 

「んー。今ので十分」

 

「そうだな。USBメモリーは? 色々詰め込むもんだから、今のドライブじゃ不安だろ。特に明の奴」

 

「そうだった、少なくともテラバイト単位は欲しいよね」

 

 個人製作でさえ簡単にドデカいの作品を作れる時代だから、色々なゲームを遊んでいるとすぐに記憶容量を圧迫するのだ。

 

 それも少し探せば、直ぐに見つかった。

 性能、容量、メーカーを十分に確かめて、信頼できる物だと思った所でカゴに入れる。

 

「うーん……。ヘッドセットなんかも買いたいかな」

 

「そうだ。それも必要だ」

 

 元々携帯でイヤホンを使ってたり、パソコン用のでもヘッドフォンがあるのだけれど、マイク付きの所謂ヘッドセットは持ち合わせていない。

 いくら相手がすぐ隣に居ても、ヘッドフォンとかで耳を塞いでると声が聞こえ辛い。特にゲームの音が大きく鳴っていると。だからマイク付きがあると便利だな、と思ったのだ。

 マイクとアプリを通せば、ヘッドフォン越しでは聞けない鮮明な声を届ける事が出来る。多少の遅延は許容範囲。

 

「ヘッドセットは……これかな?」

 

「これはどうだ。上にもクッションがある」

 

「良いかも。有線式だよね?」

 

「勿論。無線式は遅延が嫌だ。例えミリ秒以下の遅延でも」

 

「PC前から動き回る事なんて無いしね」

 

 技術が進歩しているとはいえ、ケーブルを辿る電気信号より早くは伝達できないのである。

 という事で採用。同種の物で様々なデザインが並んでいたが、それ程悩む物ではなかった。

 

 さて、他に買いたい物は無いだろうか、と思い浮かべようとするが、これ以上は思いつかない。ママから与えられた潤沢な資金のお陰で、不足の無い買い物が出来てしまった。

 一応、明一の事も見てみるけど、他に欲しい物は無さそうだった。

 

「会計しよっか」

 

「もう少し時間を掛けると思ったんだが、十分程度で終わってしまったな」

 

 時間を掛けてお買い物する性質は、我らがママさんからは受け継がれなかったらしい。こればっかりは趣向の問題だと思うんだけど。

 

「会計よろしく」

 

「うむ」

 

 財布を構える。中には一万円札とポイントカードが入っている。加えて元から持ってたお小遣いが残っている。

 このカードはママから預かったものだけど大丈夫だろう。因みに残りの二万円は明一に預けている。リスクの分散と言う奴だ。

 

 レジで少しばかりやり取りを交わして、紙袋を受け取った。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 次に向かったのは洋服を売っているエリアだ。二進数を想起させる名前の某ショップに入る。私は何度か来た覚えがあるけど、明一にはその機会が少なかったのか、物珍しそうに目線をあちこちに向けている。

 この前言っていた、母との付き合いの違いという奴だろう。確かに私はママの付き添いで来る事が多い。よっぽどじゃない限り、自ら行こうという気にはなれないけど。

 

「うーん……」

 

「……なにか欲しい服はあるか?」

 

「……寝心地の良い服?」

 

 あるいは部屋着でもグッド。良く伸びる素材で、涼しいのが良い。それと下着も同じような感じのがあればなお良し。

 個人的には、家の中だったら下着無しでも気にしないんだけど、ママがうるさいのと、同室の双子(オトコのコ)の気持ちを考慮して、下着未装備は避けることにする。

 

「パジャマか、あそこら辺かな。どっち先に見る?」

 

 どっち、とはメンズかレディースかの事だ。このお店もそこらへんちゃっかり区分けしている。

 

「レディースで良い。俺はここで待ってるから」

 

「え、なんで?」

 

 見れば、明一は眉を顰めて、横目にレディースのコーナーを睨んでいた。

 ああ、なるほどな。またか。

 

「逆に何故男がそこに踏み入らないといけないんだ」

 

「私ら双子じゃないか」

 

「理由になっとらん」

 

 こうなった明一はテコでも動かない。テコ以外にもやりようはあるけど。

 

「店員に声を掛けられたらメンドくさいから、デコイになって欲しいんだなぁ」

 

「デコイって」

 

「それに明一が嫌がりそうなのがあったら指摘してくれると、双方ともに助かると思うんだよねえ」

 

「それは……。確かに、そうかもしれない」

 

 そら来た。

 貴重なチャンスを逃さまいと、手をガッシリと掴んで引っ張る。リードを離したら

 

「じゃあこっち行こ、こっち」

 

「掴むな」

 

「じゃあ逃げるな」

 

「逃げないから掴むな」

 

「そっか」

 

 明一の左手を確保したまま、パジャマの物色を始めた私であった。

 すると諦めたのか、無理に抵抗しないで付いてきてくれる。滲み出る優しさに感心する暇さえある。

 

「抵抗しないでくれるなんて、紳士だね」

 

「紳士はみだりに女性に触れたりしないし、女物の下着からも目を逸らすからな。当然だ」

 

「面白い紳士だねソイツ」

 

 

 さて、レディースとなると、成人女性が着るにはキツいものと、年齢問わず似合いそうなもののラインが明確に見えて、ちょっとだけ時間の残酷さが垣間見えたりする。

 

 因みに私は気にしない。いやー、パーカーと言う物は便利だ。よっぽど変な組み合わせをしなければ、大きな苦労無しに最低限以上のラインをクリアしてくれる。ボーイッシュ系は多少雑で良いから便利だ。

 

 多用するとママがうるさいから、たまーにママ監修のオシャレを敢行しなければいけないんだけど。今日みたいに。

 

 まあ、パジャマならそういうのも気にしなくて良い。動きやすくて快適な物、という点に絞って見渡して、目星を付ける。

 

「……ショートパンツかな」

 

 上下セットで、直ぐ傍に薄い桃色のチェック柄のシャツもある。

 

「うん。動きやすいし、寝心地も風通しも良い。蚊を気にしないといけないのが難点だけど……ウチには居ないしね。どう思う?」

 

「露出度が高い。けしからん。別のにしなさい」

 

「煩いオヤジの真似なんかしなくて良いから」

 

 ぐう、と明一が声を上げる。まさか、流石にキツかった? なんて思って若干身構えていると、遠慮がちに明一が口を開く。

 

「……俺の目に毒だ。膝上なんぼくらいの丈じゃダメか」

 

「……ふむん」

 

 我ながら可愛いなコイツ。

 

 まあ明一がそう言うのなら仕方ない。と言うか元々ある程度明一の好みに合わせるつもりだったし。

 ハーフパンツとショートパンツの間ぐらいの長さを探して、選んだ。材質もパジャマとして十分以上の質感。明一もこれなら文句あるまい。

 ほら、彼も満足そうに頷いております。

 

 一応、他に良さそうな候補が無いかと歩き回るが、一度選んでしまうと。中々候補が上がってこないものである。

 そうとくれば、これ以上悩む理由はない。次の物を探すために、また別のコーナーへ向かう。

 

「次は何を?」

 

「下着」

 

「脱出して良いか」

 

 即答であった。

 

「良いよ。別に見せるもんじゃないし」

 

 と、手綱を離せば、メンズの方面にトコトコと逃げて行った。

 

 なんか、犬みたいだな。





 やけに悩みませんね。

 女の子は買い物が長いとよく聞きますけど、信ぴょう性の検証をせずに適当に調べたところ、品物に対する評価基準の種類が多いから、らしいですね。
 ……そう考えると明は、ちょっと女子らしさに欠けている……? いや、今更な話でした。


 それはそうと、評価や感想、ありがとうございます。
 真っ赤っかな評価バーを誇りに思って、執筆させて頂いとります。


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その日が来ることは一生無いだろう、と俺は思った。

 ──それを見たら、終わり。

 

「……」

 

「やっぱりここに居た。終わったよー」

 

「あ……」

 

「明一?」

 

「青……」

 

「青? ……ああ、なるほど」

 

 察した明が、手にぶら下げていた下着を、パジャマで包んで見えない様にした。

 うん、そうしてくれると嬉しい。というか最初からそうしてくれ。携帯から目線を上げて、真っ先に目視したのが下着だったから驚いた。驚きすぎて変なキャッチコピーを受信してしまった。

 

「悪いね。いや明一も大概だけど」

 

「すまない。何時かは慣れると思うんだが」

 

「その調子じゃねえ」

 

「……数年後かも分からん」

 

 大学生にもなって女子の下着で頬を染めてたら、笑いものにされても文句は言えない。

 

「で、決めたの?」

 

「分かれてる間にな。これにしようと思って」

 

 サイズの確認をしていた所だが、これなら問題ないだろう。動きやすいように余裕も見積もっているし。

 

「下着は?」

 

「隠し持ってる」

 

「窃盗かな」

 

「うるさい」

 

 確かにこんな風な持ち方していたら、逆にやましい事をしているんじゃないかと見られるかも知れないが。でも結局は個人の自由だろう。

 

「ほら行くぞ。会計は一緒にやるから」

 

「はーい」

 

 レジにやって来ればやはり店員に好奇の目で見られたが、最初に目を見開いて驚く仕草をするだけで、常識の範囲内だった。これぐらいの反応ならばまだ許容範囲である。

 

 因みにこのお店も同じポイントカードらしい。電気製品店と服屋で丸々違う筈なのだが、詳細は謎である。

 

 会計が終わって紙袋を受け取れば、前回の紙袋と合わせて両手が埋まってしまった。何も考えずに受け取ったが、二人で一つずつ持った方が良いだろうか。

 

 と思っていたら、明がおもむろに手を伸ばして、俺の手から袋を掠め取った。

 

「どうも」

 

「固定観念は要らないよ」

 

「そうだな」

 

 

 

 

「それで、どうだった? 今日の収穫は」

 

「パソコン周りの環境が更に快適になった。その点だけでもかなり嬉しい」

 

「うんうんうん」

 

 フライドポテトを一口。太めのサイズだが、外側はさっくりしていて旨い。塩見の代わりに加えられたコンポタ風味の粉末がとても良い。

 

「明のは海苔塩味だったよな。一口貰えるか」

 

「はいよ。私もコンポタ貰うね」

 

 違う味付けを試すが、これも旨い。元々ポテトチップスとして馴染み深い味付けだが、ちゃんとフライドポテトに合う様な風味に変わっている。

 

「……もしかして、あーんとかしたかった?」

 

「いや特には」

 

「そっか」

 

「ん……むぐ」

 

 ハンバーガーも一口。このお店は、某バーガーファストフード店よりもう少しお洒落な所だ。感覚で選んだハンバーガーには、ちょっと野菜が多いかなと思えるような割合で肉と野菜が入っていたが。

 うん、旨い。貴重な機会だし、よく味わって食べておこう。と何時もより多めに咀嚼していると、明がポテトを加えたまま俺を見つめていた。

 

「んく……。どうした?」

 

「んー。私が好きになる相手って、どんな人なんだろうと」

 

「飲み込め」

 

「うん」

 

 まあ、そういう事を考えるのも分からなくはない。母にデートだのと言われて、こうして出かけているが、本来デートというのは、姉妹や兄弟、当然双子だろうと適応される単語では無いのだ。

 俺達に関しては、微妙と言うしかないのだが……。

 

「明にとっての“タイプ”は、どんなのなんだ?」

 

「どうだろう……」

 

 そういう質問をした俺も、考えてみる。

 あんまり元気な性格だと疲れる。理不尽な思考回路をしているのも困る。ただでさえ人の事を良く分かってないのに。

 それと……って、考えれば考える程引き算的な条件しか出てこないな。

 何かもっと、笑顔が可愛いとか、料理が旨いとかそういう足し算的な条件も考えた方が良いだろう。

 

 その方向でまた考えてみると、不思議と何も出てこない。改めて“タイプ”は何なんだと考えると、確信してコレだとは言い辛い。分からないのだ、相手に求めるべきハードルの高さが。

 

「うーん……」

 

「んー……」

 

 二人揃って考え込んでしまった。やはり、他人との関わりが少ない俺達には難しい質問なのだろうか。

 

「……特にコレといったものは思いつかない、けど」

 

「けど?」

 

「自分を好いてくれてる、って言うのが前提。だと思う」

 

「……自分を好いてくれる」

 

 明が挙げた一つの条件に、成程と俺は頷いた。ほぼ同一人物だから、と決めつける気は無いが、俺も同じような考え方を持っている様だ。

 

「確かに……。これは言い過ぎかもしれないが、好きと言われたら、文系理系、性格の陰陽問わず、応えてやろうという気は出るかもしれない」

 

 好意を向けられたら悪い気がしないのが普通かもしれないが。

 

「うんうん」

 

「逆に言えば、俺ばっかり片思いを向けているだけというのも、寂しいしな」

 

 ()()()()()、そうなる。

 そう、相手から好意を向けてくれているからこそ、寂しさを安心して忘れていられるのだ。

 

 しかし、そこまで考えて俺はある事に気付く。

 

「俺の性質とか性格とか、そういうのひっくるめて好きと言える相手なんて、居ないだろうな」

 

「確かにそれは厳しいや。居るとしたら一体どんな聖人なんだか」

 

 いるとしたら、アニメやゲームの中ではないだろうか。もしこの世界がもっと進んだ未来だったら、カンペキに調整されたアンドロイドに恋をしていたかもしれない。

 そんな世界になったら、確実に出生率は落ち込むだろうがな。

 

 

「……ふう、お腹いっぱい。ご馳走様」

 

「ご馳走様。片付けまでセルフサービスなのは一緒だったっけか?」

 

「多分。たしかお馴染みのゴミ箱もあったし。……ていうか、もうお腹いっぱいなの? 私よりは食べるかなって思ったんだけど」

 

「明も結構食べてたと思うぞ」

 

「そう? まあ美味しいからね」

 

「また機会があれば行きたいな」

 

「できれば貯金したいけど」

 

「分かってる。新しいパソコンを買ってからだな」

 

 そうなると、割と遠い未来の話になるが……まあ、学生の俺達には時間がある。

 

「で、忘れ物は無いな」

 

「買い物袋も、三種の神器も持ってる」

 

「三種……ああ、財布と携帯と鍵か」

 

 確かに、どっかに忘れたら困る上位三位だな。

 面白い言い方だし、毎度財布携帯鍵って言うのは微妙に長いし、良いかもしれない。

 

「俺も三種の神器は失くしてないぞ」

 

「じゃ、帰ろうか」

 

「ああ。……そういえば、今日はどれぐらい使ったんだ?」

 

「精々が一万円強だね。もし私達が浪費してたら、やっと二万に届くくらいじゃないかな」

 

 やっぱり三万円の予算は多すぎると思うんだよな……。




 本章、最後の話となりますので、今回でアンケートを締め切りとさせて頂きます。
 そういえばアンケートの選択肢の表記が無駄に捻った物だったので、改めて言いますと、
 ・一心二体:同一人物ルート(友情?)
 ・二心二体:双子ルート(家族愛)
 ・相思相愛:相思相愛ルート(恋愛)
 となります。前者二つは殆ど同じとしか思えない上に、相思相愛とかそのまんまですけど。

 今後の大まかなプロットでは二人の関係性は特に決めていなかったので、これに結果を反映とします。



 ただ、考えすぎかもしれませんが、相思相愛ルートが約五割、その他ルートが約五割(自分で考えろ択は計算から除外)なのがちょっと気になるんですよね。結局、そういう関係を望む人は五分五分じゃあないですか。


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幕間 俺と私の、無理解。

 私が理解できなかったのは、人の感情だけじゃない。俺にとって、言葉という物も理解し難い不定形な定義の様なものだった。

 

 人が何かを伝える時、大抵の場合彼らは伝わりやすい形に嚙み砕いて伝える。比喩、専門用語の言い換え、重要点の順位付け。

 恐らく普通の人間にとって、必要な事なのだろう。物事を完全に言語化して伝えるというのが難しいのは、何よりも自分自身が理解していた。

 身に染みて、理解していた。

 

「この問題の解き方は、たすき掛けという方法で……」

 

「こういった化学反応は、物々交換を想像すると……」

 

 物事が違う。想像ができない。連想が出来ない。何故算数を学んでいるのに、そうでない話が出てくるのだろうと。

 算数は算数。理科は理科。歴史は歴史。

 組み合わせる事は出来ても、一つを別の一つに変えたり、或いは代えたりする事も出来ない筈なのだ。

 

 だから先生の言葉を忘れ、教科書を見た。その方がよっぽど理解できた。

 学問はそれでよかった。しかし人間関係においては、教科書に当たる物は存在しなかった。

 

 ある日、何故か自分を含めたメンバーで、()()の公園で遊ぶことが決まっていた。

 当日、家に一番近い公園に行ってみたが、誰も居なかった。

 

 ある日、クラス内のとあるレクリエーションで、罰ゲームとして「オカマ」の芸能人の物まねをすることになった。

 しかしクラスの中では自分だけが知らず、罰ゲームは成立しなかった。

 

 あの日、行事として球技大会が行われることになっていた。

 その年に限ってはある種目だけが人気を集めていた。原因は聞いていないが、クラス中はバスケが得意な人は居ないかと騒いでいた。

 

「私が……?」

 

「うんっ。()いたんだ、──くんのお(にい)ちゃんすごいよね! バスケで優勝(ゆうしょう)したんだって!」

 

「きいたことある!」

 

「やってやって!」

 

 クラス中が湧き上がる。その何十にも重なった声で言い寄られた一人が、何かを言い淀んで、また言葉で押しつぶされる。

 

「だから、こんどの球技大会(きゅうぎたいかい)一緒(いっしょ)()てよ!」

 

 そして一人、そのチームにメンバーが加わった。

 

 思った。兄弟姉妹は、皆同じ事が出来るのかと。

 また思った。そんな筈は無いと。兄弟だろうと、姉妹だろうと、身体が別である限りは他人なのだと。

 

 他人である限り、理解が出来なければ、イコールで繋げる事も出来ないと。知っているから。

 

 そしてそのクラスのチームは、惨敗した。





友情の核心は互いの等しさということにある。
アリストテレス

男と女は、元々ひとつだったもの。
それがこの世に生まれる時、分かれたから、失った片方を捜し求めるのだ。
北村薫


あるかな、と思って格言を漁ってみました。
やたらにこういう言葉を覚えている人がたまに(アニメの中に)いますが、興味があれば幾らでも覚えられそうですね。

考慮すべきは、こうして世界中の格言を漁ってそして選別している訳ですから、決して真実じゃないという所ですね。


追記・この幕間の内容変えるかも


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兄弟
今年はそこまで辛くないだろう、と私は思った。


 カフェのバイトを始めて、少し経った頃の話。

 元々忙しい時間帯の補助として雇われていたから覚悟していたのだけれど、その忙しさは尋常じゃない……と思っていたのだが、今日に限っては妙に静かだ。全体を観察しても、程々の客入りと言う枠を出る事は無かった。

 まあ、一人では厳しいだろうか? とは思うくらいの勢いだ。

 

「カフェオレ ミルク多め……」

 

 カウンターの向こうで、メモを見た明一がつぶやいた。その傍で、食器を洗っていた店長がおや、と反応する。

 

「それって、スーツで女性のお客さんか?」

 

「あ、はい。そうですね」

 

「あの人の好みはミルク三倍だ。覚えといてくれるか?」

 

 ふむ、顔を覚えておこう……。って、そんなイチイチ覚えてられないんだけど。

 

「……努力します」

 

「まあ分かってたぜ」

 

 ミルク三倍とスーツくらいの情報で顔を覚えていられる気がしない。いや仕事ならどうだろう? とは思うけれど、自分は殆ど期待していない。

 

「うーん……。よく来るんですか?」

 

「週に三回くらい? あんまり話さないけどな。でも一回教えてくれたぜ」

 

「こういうのも覚えないと行けませんか。ううん……」

 

「規模が小さいと、常連さんも大事にしないといけないからな。ほら、ピカピカのカップを用意しといたぞ」

 

「……」

 

 普通食器洗いは私か明一では、と思うけれど、私は何も言わない。彼も言わない。明一も、代わると言ったら断られた。

 

「無言の圧力やめろ。俺だって楽したいんだ」

 

 そんな事を思う一方、店長が言っていたもう一つの言葉に、それだけで沸いてきた気苦労で空中に目線を泳がせた。

 有名チェーン店だったり、席が埋まる様な賑わいを見せる店だったらば、こっちも一人一人特別に扱う余裕は無くなる。というか理由が出来る。言い訳ともいう。

 けどこの店は違う。程々に人が少なくて、かと言って常連が少ないかといえばそうでもなく。

 

 勿論、お話を求めないお客さんも多い。複数客の場合も、その内で話すのみで、店員に話を持ちかける事は少ない。

 ただ、居るには居るのだ。

 

「すいませーん」

 

「ん、はい。只今伺います」

 

 呼ばれたから向かう。あの人の顔は、まあ覚えてる。顔のシワや白髪が多いが、雰囲気によく似合っている高齢の人だ。大抵ホットコーヒーを頼んでると思う。

 中学校の頃はよく使っていた笑顔をくっつけて、これでよし。

 

「ホットコーヒー。ブレンドで」

 

「はい、以上でよろしいですか?」

 

「ああ、それでお願い。……それで、今日の学校はどうだい?」

 

「ええ、つつがなく」

 

 目線を明一に向ける。頷かれる。オーダーを紙で渡さなくても大丈夫、という意だ。

 

「確か……そろそろ体育祭があったんじゃないかな? 近所の高校生だろう」

 

「ええ、はい」

 

「もう練習はしているのかい」

 

 老いを感じるしゃがれた声で、そんな事を聞かれる。

 悪意がなければ、他意も無い。たまたま出会った近所の子供に、世間話をしているような調子で、いつもこうして話しかけられている。

 今は余裕があるし、切り上げる事はせず付き合う。

 

「そうですね、最近は体育祭の準備や練習が度々あります。問題も怪我も、起きている様子は無いです」

 

「それは良かった。けど、練習とバイトが一緒だと大変だろう。気を付けてね」

 

 浮かべた笑みで、シワが深くなった。

 あんなシワは、仮面の上に浮かんだりはしない。流石の私にも分かる事だ。

 

「ありがとうございます。気を付けます」

 

 

「あのお爺ちゃんが、前に話してた?」

 

「はい」

 

「俺もよく話しかけられてるぜ。もし俺から相談を持ち掛けても、付き合ってくれるような奴だよ」

 

「そうなんですか。……お帰り」

 

「うん」

 

 カウンター脇の定位置で、少し欠伸をする様に身体を伸ばす。

 ああいう人との雑談というのは、他の人と比較すれば気が楽な方だが、それでも無言の方がまだ嬉しいと、私としてはそう思っている。

 

「しかし、そうか。体育祭、もうそんな時期か」

 

「確か十月に」

 

「チーム分けはもう済んでるのか?」

 

「既に」

 

 この学校のチーム分けは少し個性的で、三チームに分かれて行い、選別は個人でクジ引きとなる。

 幸い、私たち二人は同じチームになれた。出番の無い間は退屈しなさそうである。何かしたら目線を集めそうな気がするが、慣れた。少しだけ。

 

「……去年は無事だったし、気にしなくても大丈夫か」

 

「?」

 

「怪我、しないでくれよな。いや、怪我するもんは仕方ないから、教えてくれよ。二人共休ませるから」

 

「片方が出たりしなくても良いんですか?」

 

「二人でワンセットみたいな空気出してるじゃんお前ら。俺の勝手で引き剝がそうものなら、俺がすごく申し訳ない」

 

 顔を見合わせる。元々私達は群れない性質である。一人家に居る、或いは一人バイトに赴くというのには抵抗が無い。二人一緒ならブーストは掛かるだけで。

 だがマスターはこう言っている。なら甘えよう。

 

「分かりました」

 

「おう。まあ、怪我したらの話だがな。健康体が一番だ」

 

 私達も、サボれるからという理由でわざとケガするつもりはない。フルマラソンなんかを回避できるなら考えるけど。

 

「あ、そうだ。放課後の練習なんかがあったら教えてくれよな」

 

「了解です」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 と、名の知らぬお爺さんと雇い主のマスター、加えて我らがママの三名に心配のお言葉を頂き、個人に割り振られた出場種目の練習に挑む時がやってきた。

 私たちのスタミナは、五段階評価で言う所のDマイナス程度で、最悪では無いけど劣っているレベルだ。と言っても性別で分けての相対評価だから、男女混合で行けば明一はDプラスくらいは行くと思う。

 

「ふうっ。……もっと強く蹴れるかな」

 

 因みに私の走り方は、腕が外側に曲がっている様な女の子走りではない。これは走り易いから……と言うより、隣のレーンで走る相手に腕を当てたくないから、と言った方が近い。

 後、明一の真似っていうのもある。私より速いけど私に近い一人だから、いい感じに参考になる。いつかのプール授業みたいに。

 

「すごいよ明ちゃん。私よりもずっと速いよ!」

 

「え、あ、うん」

 

 声を掛けられた。名前は知らないけど、この女子は普通に運動音痴だったと思う。レーン毎に並んだ列で、私の一つ前に走っているのを見た。

 

「走り方カッコいいし! もしかして陸上部?」

 

「いや……」

 

「えーっ?!」

 

「無所属だよ、玉川さんは。しかし夏休み前から随分と走り方が変わったな」

 

 先生が割り込んできた。一気に騒がしくなってきたんだけど。私の対人通信料は高くつくぞ、良いのか。

 と、心の中で強気に脅してみるが、表面の私はただ無言である。普段からそんなものだけど。

 

「形だけ変えてみただけです」

 

「うむ!」

 

 簡潔に返答。だと言うのに先生は大仰に頷いた。

 

「形から入るのは大事だ! もっと速くなりたかったら、このバスケ部顧問の先生に聞きなさい!」

 

「別に要らなーい」

 

「えー」

 

 そこへ口を挟んだのは、さっきまで話していた女子生徒。何時の間にか、私と先生の会話は女子と先生の会話へと切り替わった。

 

「でも、やっぱり走り方変えないと速くならないんですか? 女の子走りじゃやっぱり無理ですかねぇ」

 

「身体を鍛えるのも大事だが、効率的な走り方を覚えるのも大事だぞ! 足の運び方を何度も走って覚えるだけで、筋トレせずとも早くなれる筈さ! だから……女の子走りのまま速くするのは、まだ試したことが無いな」

 

「はい?」

 

「塩原さん。ここはひとつ、アドバイスを聞いてみないか? 大丈夫! その女々しい走り方のまま陸上選手顔負けのスピードを出せるか、ちょっとチャレンジするだけさ!」

 

「なんか言い方がイヤだからお断りします!」

 

「えー」

 

 すると不思議な事に、私は完全な空気となった。勿論比喩だけど。そんな簡単に気化する様な体のつくりはしていない。

 しかしなるほど。コミュ力が高い二人が合流すると、私みたいな人はすぐフェードアウト出来る。私覚えた。戦略の一つとして有効に活用できるだろう、後で明一にも聞かせてみよう。

 

 

 その明一は……居た、練習用のレーンのスタートラインに並んでいて、私を見ている。

 どうやら話好きの女子生徒に捕まっていた所を見守っていたらしい。この学校なら、例え男子相手でも、会話程度で何か起きる訳が無いだろうに。

 

 まあ良いか。もうすぐ明一も走るらしいし、私の疾走スキルLv上昇の為に見学しよう。……なんか水泳の時の事思い出すな。

 あの時と違って上裸じゃないけど……。

 

 ……そういえば、男女が同じ屋根の下で過ごしてるのに、お互いの裸を見る機会が無い。無いというか、明一が徹底的にその機会を排除してるんだけど。

 明一は、そういった事に興味はある筈だ。私だってある。けれど踏み込まない。きっと、私が許容しても踏み込まない。

 何故なら、私が明一に求める物を知っているから。勿論、私自身も明一が求めている物を知っている。

 

 だから私は、陽光では温められない孤独の冷たさを、この手の温もりで溶かしてあげるし、溶かされる。

 それ以上に踏み込めば、完全に溶け切って、元の形が分からなくなる。孤独が何だったかも忘れてしまって、そして思い出すのが怖くなる。

 

 ……詩的だな。もしかしたら、今度の中間テストの国語は良い点とれるかもしれない。

 

「ふぅっ……。明、どうしたんだ?」

 

「今度ポエムでも書いてみない?」

 

「……流石に何故その話になったのか分からないんだが」

 

「流石に分かんないか」

 

「分からん。詩のテーマは孤独っていうのは分かるが」

 

 そこまで分かれば上出来じゃないかな。別に何から何まで通じ合ってないとダメという訳じゃないのだし。

 




まだまだ内心迷走気味だったりする。良い感じの流れがつかめない。
二人の関係性はゆっくり変わっていくつもりです。数章またぐくらい。


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折り畳みじゃなくてよかった、と俺は思った。

 日本の気候は、古来より四つの状態に分けられており、なんとその四面相を人々は楽しんでいる。春は花を、夏は海を、秋は食を、冬は雪を、という具合で。

 

 長年飽きずに自然を楽しんできた日本人達には感心する所だ、と他人事の様に感じるのも、俺たちにとっての季節は、エアコンを動かす基準という認識でしかないからだ。

 今現在は、夏と秋の間にあり、どちらかと言えば秋寄りの時期。これくらいになると、エアコンが無くとも快適に過ごせる温度になってくる。

 

「今日は涼しいな」

 

「そうだね、肌を撫でる自然の冷気が心地良い」

 

「詩的だな。俺も肌に張り付いた冷たさが気持ちいい」

 

 今日に関しては、正に冷房要らずの一日と言えよう。

 何せ今日は、地上を照らす太陽が分厚い雲の向こう側。アスファルトに溜め込まれた熱は、ざあざあと降る雨水に吸い取られていく。今居る四階の高さに居ても、地面を打つ雨音が聞こえる程の強さだ。

 ……いや、これ屋上の方から聞こえてるな。

 

 一方で俺はと言えば、全身ずぶ濡れで両手にお茶を持っていた。

 

「うん、お茶ありがとう」

 

「家族のためなら雨の中海の中火の中」

 

「着替えたら?」

 

「そうしよう」

 

 この学校は、食堂への通路に屋根を設けるべきだと俺は思う。お陰で、そこの自販機に飲み物を買いに行くだけでこのザマである。傘を取りに戻るのを面倒がった俺が悪いが。

 適当なトイレでジャージ姿に着替える。濡れた制服はどこで乾かそうか。

 

 仕方ないから窓際の方で良いか。時間はまだお昼頃。午後ももちろん授業があるが、事情を話せばジャージ姿で席に着いても大丈夫だろう。適当な先生ならば話さなくとも放っておくだろうが。

 

「ふう」

 

 着替えた服も干して、椅子に座る。さっきまで濡れた制服のまま座っていたせいで、若干湿っていた。

 

「私が行かなくてよかったね」

 

「その通りだな」

 

 個人差もあるだろうと、長めに取られた衣替えの期間。俺たちはまだ夏服を使っている。その姿で全身ずぶ濡れになれば、ワイシャツの裏を見通すのに透視能力は不要になる。

 そうすれば下着の輪郭がくっきり映ってしまう。俺なら別に良いが……。

 

「実際見たら嬉しいとか思わないの?」

 

「可愛い物を可愛いと言う感性はあるが、女体化した自分の下着を見て嬉しいとは……」

 

 一考する。見たいかもしれない。

 

「……まあ、俺はともかく、明は見せたいとは思わないだろう」

 

「興味はあるんだ」

 

 言外に隠したというのに、容赦なく引き抜かれた。分かられるのも分かっていたが、それはそれで羞恥心が心に滲む。

 ごほん、と誤魔化す様に咳払い。我は汝、汝は我的な関係の俺たちの間でも、「遠慮は不要だが道徳的な線引きは守る」という決まり事がある。決して、段階を踏めばOKという意ではない。

 

「どっちかと言えば知的好奇心だ。古くて使わなくなったパソコンとか、分解したくなるだろ?」

 

「あー」

 

 壊しても問題がないなら、見る。

 下着の場合なら、見て相手の気分を損ねないなら見る。

 

 そうすると、明の場合……。いや、忘れよう。相手が許すからって、なんでもやって良いわけじゃないのだ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 放課後になっても降り続ける雨。予報では三日後もこの調子らしく、当分は傘が手放せないだろう。

 

「結構な雨だね……」

 

「昼間もこの調子だったぞ」

 

「そりゃあ一瞬でずぶ濡れになる訳だ」

 

 下駄箱の横にある傘置き場から、自分の傘を取る。

 何故か片方の傘がなく、仕方なく一本の傘の下に二人……と言うことはならず、無事二本ともに見つかった。

 

「これで一本だけなかったら相合い傘かな」

 

「小さいから濡れそう……いや、距離を詰めれば大丈夫か。今更くっついても、って話だし」

 

 毎朝起きる時に、天井よりも先にお互いの顔を見ているくらいだ。そんな物ではなんとも思わない。

 

 

「そんなことを言えるのは、流石双子という所ですね」

 

「わあ」「うわあ」

 

 死角から掛けられた声に驚いて、振り向く。辺りでは自分ら二人しか居ないと思っていたが、そこにはマスコミ部の男子が居た。

 俺たちに関する記事を書いて、生徒たちの溢れる興味を抑え込んだ恩人である。確か名前は……立山、と言ったか。

 

「どっかに感情でも忘れてきました? 驚きの声にしては中身がスッカラカンなんですけど」

 

 頭の中から彼の名前を引っ張り出していたら、変なところに苦情を申された。これでも精一杯の悲鳴である。というか、そっちこそ何処から現れたのだ。

 

「別に盗み聞きじゃ無いですよ。廊下は声がよく響きますから。お陰様で、あなたたちの声が聞こえるな、と思えばとんでも無い事が聞こえてきて思わずツッコミを入れてしまいましたよ。というかなんですか相合い傘が今更って。付き合って何年目のカップルでもそんな事言いませんよ」

 

 相変わらず口数が多い。その癖妙に滑舌は良いから、嫌でも言葉がすらすらと耳に入ってくる。

 しかし声が響いていたか。確かにこの辺りは妙に静かだ。遠くの体育館から、辛うじて運動部の掛け声が聞こえる程度だ。

 

「カップルじゃないなら、言っても変じゃないんじゃ?」

 

「変じゃないですけど変です。はい、この話は止めです。世の双子は皆してこんな感じなんですかね? ちょっと現実離れしてて戦慄しますよ」

 

 さあ、他の双子を創作物以外に知らないから、答えようにも答えられない。

 会話の区切りに、男子が傘立てを横目に見る。しかしその中に収められた傘を手に取ろうとはせず、また俺たちの方に向き直った。

 

「記事を書いた恩で、というわけじゃ無いんですけど」

 

「はい?」

 

「傘が一本でも大丈夫なら、片方だけ借りて良いですか?」

 

「傘? まあ、良いよ」

「俺も別に良い」

 

「正に有言実行ですね。とにかくありがとうございます。……いや、少しは借りる理由とか、貸す義理はあるかとか聞いてくださいよ」

 

「そんな事言われても」

 

 要求されて、恩義はあって、断る理由はあっても代替手段はある。

 なら別に良いじゃないだろうか。これで貸し借り無しと言うのであれば、それで良いのだし。

 

「貸す義理はある。二本じゃないといけない理由も無い」

 

「本当に傘一本でも気にしなさそうな感じですね……。そういう事なら借りますけど、良いですね?」

 

「うん。あ、返す時はここに入れて良いから」

 

「了解です。相合い傘が後々恥ずかしくなっても知りませんからね」

 

「うん」

 

「では。ありがとうございます。……意外と優しいんですね」

 

「寛容なだけだよ」

 

 優しいと言うのは、少し違うと思う。

 

「寛容は優しいと同義だと思いますけど」

 

 どうだろう。俺たちの言う寛容さとは、最低限の干渉を続けるラインでしか無いから。

 だから、同義とする言葉を挙げるなら、それは無関心だろう。

 

 

「それでは……ああ、それと」

 

 それと? 

 そろそろ会話を切り上げようというタイミングで、彼は頼み事をする様に、両手を合わせて頭を下げる。

 

「え、えっと?」

 

「今まで会話もメッセージも控えてましたけど、これからはちょくちょく送っても良いですか?」

 

「ああ、それは……」

 

 明が俺を見る。

 学校の中なら別に良いが、家の中というプライベートに、他人が干渉してくる余地があるというのは、あまり良い気分では無い。

 誰かのメッセージが来ると言うのは、一人慣れした俺たちにとっては、ちょっとしたストレスになる。

 

「勿論二人の性格は知ってるので、返信なしでも構いません」

 

「良いの?」

 

 そう思っていたら、また一つ付け加えられる。

 

「はい。テニスで言う所の壁打ちです。通知も私の分だけ切っちゃって良いので。……どうですか?」

 

 そうすると、もはやメッセージを送る意味が無い気がするのだが……。後々に本格的な会話の足掛かりとするための準備だろうか。

 今はこの条件とするが、気づかれない程度に条件を変えて、いつの間にか普通に会話してしまっている。みたいな事でもしそうだ。

 

 だが、参った。

 もし彼がそんな腹積りでも、この時点で俺は断る気が失せてしまっている。

 

「そこまで有利な条件をつけられて、断るにも抵抗がある。……明は良いか?」

 

「うん。私は良いよ」

 

「と言う事だ。俺の方は登録されていなかったんだよな? ちょっと待ってくれ」

 

 メッセージアプリを開いて、確かメニュー欄の……あった。

 

「コードだ。読め」

 

「読んだら身体の傷が全部治りそうですね。でも良いんです?」

 

「明だけと言うのも不安になる」

 

「そう言う事ですか。じゃあどっちかに適当に話しかけ……いや、いっその事三人のルームを作ってしまいますか」

 

 どうしようと構わない。万が一メッセージにRやGが着きそうな画像が添付されたら、ブロックすれば良い話だ。

 

「じゃあ、もう良いか?」

 

「あ、はい。これでオッケーです。では、さようならです」

 

「じゃあ」「バイバイ」

 

 広報メディア部の男子に別れを告げる。校門を出れば反対方向へと歩き出して、俺たちも傘一本の面積に身体を寄せ、自らの帰路を辿っていく。

 

 ちょっと歩調を合わせれば歩きやすいし、明も俺よりは小柄だから、意外と狭くない。

 コンクリートの上で跳ねる雨の水飛沫で靴や制服の裾が濡れるが、これぐらいは俺一人でも珍しく無い事だった。

 




 なんとなく週一ペースだった所で、今回は二週間越し。けれど、難産という訳でもなかったです。
 一話丸ごと描き終えた所で、新たなアイデアが湧いて書き直したんです。傘もなく大雨の下を歩いていた日のことでした。二つの話を比べても、こっちの方が良いかな、と思った次第であります。



言い訳は以上です。

余談ですけど、パラレルワールド的な設定とした別シリーズとして、この双子にVtuberかYtuberになって貰うラノベが書きたくなってきました。
また風呂敷広げては、数話で更新が途絶えるのが目に見えますが。
……マトモなプロットも設計図も無いし。


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カフェって結構割高だよね、と私は思った。

 私たちのバイトは、木曜と日曜が定休日として定められている。

 定休日が存在するバイトとは何なのだ。と言う心情が私たちの中に無いわけでも無いのだけど、店主が方針として決定しているから、下っ端二人は黙って従っている所である。

 

 そして本日は木曜日。なにか特殊な事情があれば話は変わるが、それも無ければ自宅へ一直線だ。

 

「止まないなあ」

 

 むしろ雨は強く重くなっていく一方。私たちの頭上に一体どれほど分厚い雲があるのだろうと、気になってしまう。

 天気予報は見ていたが、前線やら気圧やらの情報も含まれる方の予報図は見ていないから、ここまでとは思いもしなかった。これでも並の台風を超える雨量になるのではなかろうか。

 

「ざーざーあめ」

 

「語彙力」

 

「雨量100mmは越すでしょうねえ」

 

「お天気お姉さんか」

 

「天気予報士って儲かるのかな」

 

「スーパーコンピューターに仕事取られてる印象だが」

 

「じゃあ良いや」

 

 脳死で会話してしまった。閑話休題。

 

 

「あのカフェ、一人で大丈夫なのか?」

 

「大丈夫なんだろうね。私たちが来る前の様子は知らないけど」

 

 と言って思い浮かぶのは、私たちがよくシフトとして入れられる時間帯の夕方に発生する、所謂修羅場と言う奴である。

 個人経営とはいえ、それを理由にお客を長く待たせては機嫌を損なう為、どんなにオーダーが重なろうとこなさなければならない。

 曰く、新メニューを追加した日にはもう大変だと。普段飲み物だけを飲んで行くような人もそれらを注文するから、相応の作り置きや仕込み、そして覚悟が要るとの事。

 

 それを抜きにしても、夕方の人の多さには参ってしまう。あれを一人で捌いてたの? すごいな店主。と思ってしまう程だ。

 しかし私たちがカフェの制服に着替えた途端、お皿洗いにばかり徹するから、彼の手腕を拝見することは今までなかった。

 

「……」

 

 バイト先のカフェに、たまには客として来ても良いだろう。

 無言の内に頷き合って、目的地を変えてまた歩き出す。何処に行くかなんてのは言うまでもない。

 

 

 

 

 仕事でもないのに訪れたカフェは、なんだか違って見える気がする。いらっしゃいませ、という言葉を待たずに席に着いた私は、ぼんやりとそう思った。

 因みに明一は、足に張り付くズボンの裾に、気持ち悪いという気分を隠さず座っている。

 

「店主の出すコーヒーって、飲んだことあったっけ」

 

「……そういえば、教えられるばかりで、お手本を飲ませてくれる事はなかったな」

 

 手順やコツ、抑えるポイントを全てこなせば同じ味は出せるだろう。一部の目敏いお客からは味が違うと気付かれているが、それでも美味しいとは言ってくれている。

 改めて言われてみると、元の味を知らないという現状は変な気がする。

 

 という事なら、一度は飲んでみるべきだろう。

 

「すいませーん」

 

「ああ、いらっしゃいませ! ほっぽっちゃってすいませ……双子?」

 

 カウンター裏の扉から顔を出した店主が、私たちの顔を見て固まる。

 

「コーヒー二つお願いします。角砂糖を一つ程入れて」

 

「いやいやなんで居るんだ玉川くん?」

 

 横に玉川ちゃんも居ますよ。

 

「大雨を浴びてしまったので、温かいものでもと」

 

 まあ大雨を浴びたのは昼間の話で、今はその三時間後ぐらいになっちゃってるんだけど。でも便宜上の理由としては相応じゃないかと。

 ジャージ姿というのもあって、明一が語った理由で納得した店主さんだが、一向にオーダーの用意をしてくれない。

 

「うちのバイト代でコーヒー代払われると思うと、妙な気分になるんだが」

 

 それは考えすぎだろうと思う。

 

「バイトしてるからって優遇しないかんな? ……ま、ちょっと待ってろ、適正価格で出してやんぜ」

 

「ありがとうございます」

 

「おうおう。あ、手伝おうとか言われても困るだけだからな。お前らの制服を洗濯して、今干したばっかなんだ」

 

 バイト用の制服は基本的にここに預けており、洗濯やアイロン掛けは任せている。ママの手伝いでそういった家事は一応出来るんだけど、上が決めた通りに従った方が良いだろうと思っている。

 

 店主がカウンター裏で作業に取り掛かって、私たちもこれ幸いと彼の手元をじっと見つめる。

 

「……」

 

「……」

 

 私たちがやっていることと変わりない。飽きた。正確なタイムを計ってみれば収穫はありそうだけど。

 

「めっちゃ見るじゃん。って、思ったらいつの間にか携帯弄ってら……」

 

「どうしましたか?」

 

「なんでも……。そういえば、どうして濡れたんだ? 傘立ても一本しか入ってないし」

 

 店主が僅かな手隙に、入り口横に置いてある傘立てを一瞥する。

 

「片方は他の人に貸しました」

 

「貸しただって?!」

 

「貸しました」

 

「あの傍若無人の双子が?!」

 

 割と失礼なこと言ってると思う。

 私だって、少なくとも多少の礼儀は意識する。意識したとて無礼を働かない保証はないが。

 

「なんつうか、意外だ」

 

 なんというか、心外だ。

 

「そんなに人に迷惑掛ける感じに見えます?」

 

「これでも一般常識は持っているつもりなんですが」

 

「人の名前覚えない人が一般常識とか言ったってなあ……」

 

 ……だって覚えられないんだもの。

 

「二人揃って目を逸らしちゃってまあ」

 

 痛い指摘を受けてしまって、二人で目線を横に逸らした。

 

 いや、名前に対する記憶力は怪しいのは確かだが、顔は結構覚えている。その間で線が繋がっていないだけで。

 それを人々が、名前を覚えていないと解釈しているのだ。……うん、そう解釈されて当然だと思う。

 

 

 指を揉んで精神の安定を図っていると、横からぐいと腕が割り込んできて、コーヒーカップが二つ置かれた。注文ができたらしい。

 

「どうも……」「どうも……」

 

「なんだ、妙にローテンションなハモリだな。別に覚えろーとか、そんな事言う気は無いぜ? 名前は覚えなくても顔は覚えてるみたいだしな」

 

「……? 私たち、そんな事言いましたか?」

 

「いんや。なんだ、違うのか」

 

「いえ……」

 

 店主が言ってる通り、私たちもそういう工夫をしている。メモ帳にもお客の特徴とお気に入りのメニューを記録したり、共有やすり合わせなんかもたまにやっている。

 

「じゃあオッケーじゃねえか。側から見れば分かるぞ? 三度目くらいの客となれば、顔を見てすぐに準備してる。いつもソイツが頼んでる物の準備をな」

 

「まあ……」

 

 と言っても、そんなことが出来るのは余裕がある間だけなのだが。オーダーなんかが重なって、訪れるお客の顔を見れない状態だとちょっと厳しい。

 

「学生の物覚えが良いというのを抜きにしても、俺がドリンクの作り方教える時もよくやってくれたしな。ちゃっかりメモして覚える学生なんて、今時珍しいぜ〜」

 

「……物忘れが多いので」

 

「そこは素直に褒められろよ!」

 

 褒められるのは嫌いじゃ無いけど、気恥ずかしい。またプイと目線を逸らして、コーヒーを一口啜った。

 自分で作ったコーヒーとは、確かに違う風味が感じられる。……気がする。

 正直に言うと、苦い。

 

「どうだ? お手本の味は」

 

「美味しいと思います」

 

「玉川ちゃんの方は?」

 

「多分美味しいです」

 

「なんだよ、二人とも曖昧だな」

 

 不満気にしているが、手放しで賞賛するほどでは無いのだ。そもそもコーヒーの香りで楽しむと言うのが、私たちには難しい。

 確かに良い香りがする、とかそういう事は思うけど、それよりも先じて苦いという味覚が来る。

 

「苦いか?」

 

「苦いですね」

 

「子供なら苦くないと主張するとこだぜ」

 

「じゃあ苦くないです」

 

「子供だなぁ!」

 

 ケラケラと店主が笑って、またカウンター裏に戻っていった。

 

 

 食器洗いだろうか、カウンター裏で何かしている様に見える。

 興味を抱く程じゃない、とのんびりコーヒーを啜っていると、店主が何かを持ってカウンター裏から出て来た。

 

「料金は要らないぜ、なんせ商品じゃないからな。……まだ」

 

「これは?」

 

「カボチャスープ、そしてパン。秋限定メニュー案の一つだ」

 

 オレンジ色のスープに、一つまみの青海苔の様な物がまぶされている。特に具は入っていない。

 店主が言うに、メニュー案……つまり、お客向けに出す前に、私たちに味見をしてもらおうという気らしい。

 まあ問題は無い。この後家族揃っての夕飯の予定があるが、味見用に量を少なくしているのか、これぐらいなら腹もそう膨れない。

 

「お金の代わりに、しっかり感想を言ってくれよ」

 

「分かりました。頂きます」

 

 スープとパン、となればパンをスープに浸す食べ方がまず思いつく。

 早速パンをスープに漬けて、染み込ませてから口に運んでみる。

 

「……美味しいです」

 

 しっかりカボチャの風味が強調されている。甘さもあって、さっきまで残っていたコーヒーの苦みが何処かに消えてしまった。

 

 もしかして、とある事に私が気付く。明一も同じことを思い立ったのか、またコーヒーを一口啜って、またまたカボチャスープをパンに漬けて齧る。

 

「……なるほど」

 

「どう?」

 

「単語を選ぶなら……そうだ、喧嘩していない、と言うのが分かりやすい」

 

「やっぱり! 私も……」

 

 同じ様にして味わってみると、確かにコーヒーの風味とカボチャの風味が喧嘩していなかった。

 

「よし、初味見のお前らがそう言うなら合格だな! 何回も味見してると良く分からなくなってくるからな、試しておきたかったんだ」

 

 そういう事だったのか。

 という事は、このスープも限定メニューとして採用されることになるだろう。

 

「今の所俺しか作れないが、まあ大丈夫だ。限定期間中は、席を外す用事は極力無いようにするから」

 

「分かりました」

 

 食材を安く仕入れるチャンスを聞きつけると、すぐさまお店から飛んでいく様な人だから、二人だけでやっていく場面も多い。

 だから、そうしてくれるなら私らとしても安心だ。何かあった場合に頼れるものがあると、気負う必要も無くなる。

 

「安心しろ、俺がついているぜ、ってな! まあ、そんな事言うときに限って何かあるんだが」

 

「そうですか?」

 

「知らんのか? こういうのはフラグって言うんだぜ」

 

「フラグですか」

 

 浴に言うフラグって、『出る杭は打たれる』とか言う言葉に似通っている所があるよね。容赦ない所とか。

 

「ま、気張っても仕方ないさ。っと、いらっしゃいませー! ご自由にお座りくださーい。……じゃ、お客も来たし、あとはゆっくり寛いでくれ」

 

「はい」「はい」




 まだまだスランプ気味。
 加えてやりたい事が増えてしまった。絵を描いたり、戦場を駆けまわったり、現実に直面したり。最後のは特にやりたくも無い。


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人のこと言えないだろう、と俺は思った。

ちょっと事故って投稿し直しです。
番外編がすでに投稿されているので宜しくお願いします。


「これ、返しますね」

 

「どうも」

 

 朝の学校、普段通りにやってきた下駄箱の辺りで、例のマスコミ部に迎えられる。

 こうして傘を返してくる事は、予めメッセージで伝えられていた。

 別に傘入れに置きっぱなしで良かったが、どうせならと顔を合わせたかったらしい。

 

「まだ止みませんね……」

 

 予報では雨はまだ続く。あれだけ降れば反動で一気に晴れてもおかしく無いのだが、お天気お姉さんの言葉を借りれば、『当分はポツポツ時にザーザー』らしい。語彙力。

 

「傘は見つかった?」

 

「いいえ、新しいのを買いました。こういう時に限って小柄な体には感謝ですよ。小さくて安い傘で済むので」

 

「へえ」

 

「そちらは普段通りに無関心のご様子で」

 

 まあ普段通りではある。平熱且つ体調も良好、と言った所だ。

 ただ、今に限っては、無関心という事ができない。顔合わせに応じた理由もそれだ。

 

「そういえば、昨晩のメッセージ、読んでくれたんですね」

 

「まあ」

 

「一応、読んだ」

 

 と言うのも、ゲームの合間合間に読んだ程度だ。その文章量も中々多かったから、何回かに分けて読み切った。不覚にも。

 元々そこまで読んでしまう気はなかったのだが、その内容の一部が目に付くと、無視するにも出来なくなってしまった。

 

「……所で、その手にある紙束って」

 

「お二人も気をつけてくださいね。傘を勝手に持って行かれて、やむ無く相合い傘。最悪二人でずぶ濡れコースになったら大変ですから」

 

「うん、それは良いんだけどね。あと、その紙束の事なんだけど」

 

「それではまた!」

 

「またじゃないが」「というか待って」

 

 あの小さな身体には元気が有り余っているのだろうか。

 俺たちの言葉を待たずに、階段を駆け上がっていった。小脇に抱えていた紙束は、前夜に送信されたあの()稿()がそのまま載っているのだろう。

 

 その昼、主に恋愛好きの女子や邪推したがりな男子の間で、一つの話題が沸き上がった。

 

『恋バナコーナー』

『失われた一本の傘と、男女二人が差す一本の傘』

 

 以前恋愛小説やらフィクションやらと騒いでいたが、これでは人の事言えないだろうに。

 事実二割、脚色七割、妄想一割が黄金比だと言わんばかりの内容を思い出して、溜息を吐いたのであった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 不満を露わにしてみたものの、実際はあまり気にしていなかったりする。

 と言うのも、今回の記事で、最初の頃の様な質問攻め地獄が再現されるのを危惧していたのだが、いざその記事の内容が知れ渡ると、意外にも俺たちに向けられるアクションは皆無だったのだ。

 

「約束はしてなかったけど、配慮してくれてるみたいだね」

 

「そうだな」

 

 信用していなかったが、あの件の後も俺たちが平穏に過ごせるように記事を書いてくれるらしい。書き方を変えれば、簡単にその平穏を破壊することもできる筈なのに。

 実害がないなら良し。ちょっかいを出す猿よりも、何もしない虎の方が俺は好きだ。

 

「不安やら不満やら抜きで改めて読んでみると、案外普通に恋愛物語なんだよな」

 

「少女漫画っぽいところあるよね」

 

「少女漫画。それだ」

 

 挿絵一つないあのコーナーを、少女漫画と例えるのは少し違うが……しかしどうにもその単語がしっくりくる。少女小説と言ってもなんだか妙だ。

 こうまで言わせるマスコミ男子の文才には感心するところだ。

 

「案外小説とか書いてるのかもな……と」

 

 予鈴が鳴った。ギリギリにまで話をもっていくほど重要な話題は無いし、何も言わず離れた。

 

 

 思えば、俺たち双子の距離が離れるタイミングというのがかなり限られている気がする 

 トイレ、風呂、着替え、そして授業。それを除けば、俺たちは磁石のように引き寄せられる。

 特に話す用事もない時さえそうなのだ。他人か家族か自分かという区別しかなかった俺にとっては、大きな変化だろう。

 

「玉川明一」

 

「はい」

 

「玉川明」

 

「はい」

 

 点呼を済ませて、窓を眺める。

 俺たちは二人であり、一人でもある。俺みたいな感性の人間には、そういう関係でもないと上手くいかないのだろう。

 改めて、この関係は大切にするべきだと思ったのだった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 とは言え今回の記事は半ば無許可で書かれた様なもの。今後も同じことをされる様なら溜まった物じゃないと、授業の合間に問い詰める様な内容のメッセージを送ったのだが……。

 

「返事がない。マスコミの男子に直接会いに行くぞ」

 

 目に見える様なレスポンスは、既読という二文字の小さな傍記が付いた事だけだった。

 連絡先を交換したときに、返信は不要などと宣っていたが、それが適用されるのは俺達だけではなく両者。つまり彼の逃げ道の確保の為に吐かれた言葉だったのだ。

 

 いかなる将軍も舌を巻く策士っぷりに、それはもう舌で巻き寿司でも作れそうなぐらいだった。

 

「居場所分かるの?」

「分からないな」

 

 分からないが、二年生のいる階を歩けば、会えるかも知れない。

 そう思って、階段から向かった三階の教室前廊下で、取り敢えず端から端まで行ってみることにした。

 

 廊下にまで持ち込まれたのか、少し溜まっていた雨水が所々に見える。といっても大した水たまりという物でもなく、濡れていると表現する様な、認識しても無視する程度だ。

 

「見えるか?」

 

「見えない」

 

 階段付近から見渡すだけじゃ見つからないだろう。歩き出して、取り敢えず端から端まで探してみる。

 しかし濡れている箇所が多い。

 

 そう思いつつ一歩踏み出して……。

 

 つるっ、と足が滑る。

 

「は」

 

 ……濡れた床を避けずに、そのまま踏んでしまったのが間違いだった。そのまま後ろ足を浮かしてしまい、雨水を踏んでいた前足が大きく流れる。

 

「まっ」

 

 転ぶ。そう気づくなり、何か支えになる物を掴んでやり過ごそうと反射的に手を伸ばす。……が、近くにある支えと言えば、明ぐらいなものだった。

 アクションやFPSゲームで培った反射神経が生きたのか、明が俺を支えようと手を伸ばした。俺も反射的にその手を掴んで、……それが二つ目の間違いになった。

 

「ひゃ?!」

 

 明の腕を思い切り引いて、俺は転ばずに済むも、今度は明が引っ張られて前に倒れてしまう。

 

「……!」

 

 これも思考を介さずに体が動いた。引っ張られた方向に倒れる明に対して出来たのはしかし、腕を伸ばして受け止めることだけ。

 

「めい、ぷぐっ」

 

「がっ」

 

 

 ……そうして出来上がったのが、俺を押し倒す明という構図だった。

 

「……?!」

「……!」

 

 一瞬の出来事だった。ついでに俺たちが持つ反射神経も仇となった。一人の体重を支える程の体軸が備わっていなかったのも、この結果の一因であろう。

 

 思考が回る。言い訳が回る。けれど思考と意識の大半を占めたのは、どうしてか視界一杯に写る明の顔。

 

 ──普段、俺は鏡と向かい合う事がない。身だしなみを整える目的であれば、明の方が機会が豊富だったろうが、それでも写った顔に見出すのは、無表情以外に無かった筈だ。

 ──自分が映る写真やビデオは、滅多に見ない。自分から撮るのはもっぱら風景や物体、メモ目的で文書も被写体としている。

 

 ……なぜそんな事を思い返しているんだ、俺は? 自問する俺が瞬きするも、相変わらず目の前の顔の表情は変わらない。

 

「えっと……いや、逆でしょ」

 

「なったものは……仕方ないだろう。怪我は?」

 

「多分無い。お陰で何処も強く打ってはいないけど……」

 

「俺も大丈夫だ」

 

「そっか。なら良いかな」

 

 明が先に立ち上がって、付いた埃をぱっぱと払うが、一部濡れている様だ。

 濡れていると言えば、俺も結構濡れている。さっきの拍子で腰が水たまりに突っ込んだらしく、大雨を浴びた時程じゃないがその辺りが冷たい。

 

 軽く周囲を見ると、一連の出来事を目撃していたのか、様子を見ている人が数人。誰も声を掛けてくる気配はないが、何故か両手を合わせて拝む先生が一人いる。何処かの宗教に入っているのだろうか。

 

「……はぁ」

 

 これだけ見られていると、何事も無かったかの様に歩き出すのも勇気が要る。

 ああ、こうなると知っていれば、直接会わずにテキストで済ませていたというのに。自販機に行くついで、と思って寄り道しようと思ったが最後だった。

 

 後悔先に立たず。後悔とは、メリーさんの様に後ろから忍び寄る存在であり、しかし電話一つ掛けてこない忍者みたいな奴なのだ。

 

「うわっ、あれって双子じゃん! マジすっごい似てるしウケる! しかもコケちゃってるし大丈夫?」

 

「ちょ、やめなって。あんまり騒いだり話しかけるとストレス溜めちゃうよ」

 

「なにそれ保護動物? ICUN*1のお気に入りってかウケる」

 

「あいしー……何? いや、記事にそう書いてたからさ。もう行こう」

 

 何もしてこない虎の方が好みとは言ったが、今日の虎は少しばかり騒がしい。

 まあ何かしてこないのなら十分。と思ったが、全員無視してくれるわけでもなさそうだ。

 

「はふーっ……あ、大丈夫? 怪我は無い?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 一人拝んでいた先生が、妙な溜息を吐きつつ駆け寄ってきた。確かに流石に無視するわけにも行かない立場だろう。

 

「保健室に行くなら一緒に行くけど……ああもしかしなくても邪魔かな? 邪魔よねだって双子だもんねっ!」

 

 双子という事柄からどうやってその結論に至るのかは知らないが、どっちにしろ保健室へ駆け込む程じゃない。

 

「お気遣いありがとうございます。結構です」

 

 職務上最低限必要な干渉は済んだだろう。と言わんばかりに、軽い礼をして話を切り上げようとして……振り返る。

 息遣いの荒い先生だが……探し人の名前を挙げれば、属しているクラスも教えてくれるだろうか?

 

「あの、人を探しているんですけど」

 

「立山という男子です。マスコミ部の」

 

「へ? ああ! 広報メディア部の事ね! その子ならこっちの教室よ」

 

 居場所を突き止めた。後は問い詰めるのみである。

 教えられた教室の扉の向こうへ、無遠慮に踏み入った。

*1
"International Union for Conservation of Nature and Natural Resources"の略称 国際自然保護連合



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これが私たちの距離だと、私は思った。

 踏み入った教室は、私たちのクラスの教室よりは多少落ち着いている様に見える。

 友人との語らいを楽しみ、昼休みという時間を潰す人達が居るのは変わらないが、見慣れない本を開いてノートに何か書き連ねている人も居る。

 

 二学年だというだけあって、落ち着いている……と思ったけど、ちょっと考え直すとそうでも無い。先入観と偏見による錯覚だった。ガヤガヤの音量で比べるなら同等くらいだ。

 

「立山さん」

 

「……」

 

 扉の前で名前を呼んでみたけれど、返事はない。教室を見渡して姿を探すと、見覚えのある小柄な姿が、ノートに向かって顔を顰めていた。

 扉の方からそう遠くない席だから、歩み寄ってみる。しかし気づかない様子だ。

 

「どうする?」

 

「邪魔はできないな」

 

 小さな声で考えを交換する。記事への苦情で、勉強の邪魔をするのもなんか違う。自業自得と言っておきたい所でもあるが、学生の本分である勉学の妨害をするほどじゃない。

 

 予習ではないけど、ノートの内容を少しだけ盗み見てみる。作文だろうか、数式は一切なく、縦書きで文章が長々と……。記事の下書きだこれ。

 

「お邪魔します」

 

「え?」

 

 そうと気付いた明一は、すぐに遠慮を捨て去った。我ながら流石無慈悲だ。

 

「予定が無いなら、ちょっと良いですか?」

 

「大丈夫です。話し合いの場はそちらで指定されても構わないので」

 

「な、なんですか玉川さん。直接会いに来るなんて珍しいですね」

 

 そりゃ珍しいだろう。私たちも出来ればテキストで済ませたかったけど……。

 

「立山さん」

 

「……む、無表情が怖いですよ。へへ」

 

「そうですか?」

 

 にっこり。

 

「その無理やり作った笑顔も怖いんですよホラゲですか?!」

 

 ああ、そんなに騒がれたら困る。ただでさえ私たちが目立ってるのに、大声まで足されたらちょっとした人気者だ。いや実際そうだが。

 

「不満は無い。俺たちも返信無しで良いと言ってくれてるしな」

 

「そ、そうですか? 不満たらたらのオーラが滲み出てますが」

 

「そうだよ。不満なんて無いよ」

 

「だが無視するつもりも無い。せめて線引きを明確にしたいと思ってな。……分かりますか?」

 

「取り繕った様な敬語が恐ろしいですねェ! ……あ、線引きに関しては後で詳細に話すので、トイレ行って良いですか?」

 

 そこまで言って、立ち上がって距離を取り始める立山記者を見送る。

 ……まあ、警告だけ出来ればそれで良いかな。溜息を一つ吐いてから、ひらひらと手を振る。彼はエヘヘと苦笑いと最後に見せて、教室から出て行ってしまった。

 

「……戻るか」

 

「そうね。集まる目線に慣れてしまう前に離れちゃおう」

 

 双子というだけで目立って、加えて色恋沙汰という噂で目立って、加えて立山記者の記事で目立って……。

 辛うじて直接的な接触は抑えられているけど、何が切っ掛けで面倒が起きるか。ああ、全く持って不条理だ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 後一週間もすれば体育祭を迎える。この時期となってくれば、校庭では体育祭の雰囲気を演出する飾りつけが増え、グラウンドでは200mトラックの白線が描かれる。

 

「走るのには慣れて来たな」

 

 クラウチングスタートの重心運びは、体育の時間で往復練習を行った。もう体に染みついた気さえする。体育の教師は求められない限り具体的なアドバイスを出さないが、何も言わずとも改善が見られればその節を述べつつ褒めてくる。

 

「ま、体育祭が終われば走り方も忘れるよ」

 

「その通りだな。普段なら走る機会なんて一日に10mもあれば良い方だ。体育の授業があればともかく」

 

 そう考えると、ここ数週間の私たちの運動量はかなりの量になってきている。倍率という形で比較するべきではないぐらいの上昇率だ。

 ただ、腕を使う様な競技は無いから、腕を持ち上げて上腕二頭筋の膨らみに微笑みかける事は出来ない。一方で足腰が割とがっしりして来ている気がする。がっしりというか、筋肉痛が痛いだけだけども。

 

 

 さて、実際には私たちの出る種目は少ない。男女混合の種目は少ないから一緒に出る事は叶わなかったけども。出番待ちの時間の方が長いから、私たちが分かれる時間は少ないだろうと思う。

 私が出場する予定の競技は、百メートル走、借り物競争。明一の方は、同じく百メートル走、部活動リレーだ。部活動リレーに関しては、明一は帰宅部の三番手に入れられている。

 

「良いフォームだ! 加速する時はもう少し身体を倒すともっと良くなるぞ!」

 

 今日の体育では、最近ではマンネリ化を感じるぐらいにまで繰り返してきた種目の練習を続けることになっている。

 二人でお互いのフォームを確認し合う様な練習なら、割とやりやすかったのだけど、今回はそれが出来なさそうだ。今日の明一は部活リレーに向け、バトンの受け渡しを中心に練習するらしい。

 

「……」

 

「ふへー、つかれたぁー! ……どしたの明?」

 

 名前を呼ばれて、目だけで振り返る。以前から繰り返していたお断りの言葉も空しく、先生によって女の子走りのまま高速化する訓練を施されている女子だ。

 私たちにしては珍しく記憶に残っているけど、本人は抵抗していた筈。あの様子だと結局先生の話に乗ったらしい。

 

「特には」

 

「あー、本番の種目で一緒になれないのが残念なんでしょー。このこのー!」

 

 肘で小突かれて、半歩距離を置く。如何にもトモダチ面をしているが、私はこの人の名前を憶えられていない。

 確か、梅原? いや、彼女は格ゲーとの関連性を持たない。ナントカ原だったとは思うけど。

 

「……」

 

「そんな世知辛い顔しないでよー!」

 

「……それで、どうしたの?」

 

「え?」

 

 ……何も用事は無かったらしい。そっぽを向いて練習に戻ろうとする。

 

「あ……」

 

 

「あの五文字未満の返事しかしない明が、マトモな受け答えしてくれた?!」

 

「はあ……?」

 

 すると、彼女がすかさず私の目の前に回り込んでくる。逃げられないと評判のボス戦にでも当たったのだろうか。

 

「じゃあじゃあじゃあ、質問とか答えてくれる?! えっと……例えば、えっとねー!」

 

 私が質問に答えてやるとは一言も言っていない。無視を貫いた方が良いかもしれない、と思って横を通り過ぎようとするけど……、

 

「明一が誰かと付き合ったりしたら、どう思うのかな?!」

 

 その言葉が、私の足を止めてしまった。

 

 

 溜息を一つ吐いて、相手の目を見る。好奇心に満ちた、ここ最近で覚えた目の色だ。

 

「特に何も。……おめでたい事だと思うけど?」

 

「……模倣回答だ。仕方ないなあ」

 

 満足いかない様子だが、私の気にする所ではない。

 ふむう、と意味ありげな声だけ上げて、彼女は練習に戻っていった。

 また来ないと良いのだけれど、期待は出来ない。この様子だと体育の時だけ絡んでくるみたいだが。

 

 リレーの練習をしている明一の方を見る。団体行動を苦手とする私たちでも、やる事が定められていれば、それ通りに行っている限りは上手くいくものだ。

 今丁度明一がバトンを受ける所だったが、取り落としたり転んだりすることはなく、無事に加速。すぐ前に居る人にバトンを渡す。これも無事に渡された。

 

 見えていないだろうけど、拍手を送ってやる。練習抜きでは出来ないことだ。出来ないことを出来るようにするのは面倒な事だろう。

 ……そういえば、二人で別々の事をやる事って、あまりない気がする。あ、前に同じことを考えたことがある気もする。やっぱり無いかも。

 

「まあいっか。がんばれー」

 

 聞こえないだろうけど、心ばかりの声援を小さく送って、自分も練習に戻った。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 授業から教室へ戻るついでに自販機でスポーツドリンクを買い、何時もの様に二人でまとまる。

 真夏よりかは涼しいとはいえ、やはりこの時期の運動は堪える。

 

「調子は良さそうだね」

 

「小難しい事を考えなくて済む」

 

 ごっきゅごっきゅと飲んで、五百ミリリットルの中身が半分になる。

 

「本格的な別行動をする機会が増えた訳だけど、心配する必要もなさそうだね」

 

「元々一匹狼だ。狼と言うほど強いわけでもないが、慣れてる」

 

 なるほどその通りだ。

 ふと、ある事を思いついて、冗談っぽい笑みを浮かばせてみる。

 

「じゃあ、私には慣れた?」

 

「だと思うがな。慣れたつもりで居ると、変な所で裏切られそうだ」

 

「言っておくけど、私は悪くないからね」

 

「知ってる」

 

 また明一がペットボトルを一飲み。中身が少なくなっている。

 

「私の残り、要る?」

 

「……分かってて言っているのか?」

 

「分かった上で言っているんだよ。半分じゃ足りないなら、新しいのでも買おうか」

 

「そこまで飲むなら、コンビニで二リットルのを買った方が安上がりだな……。まあ、俺はもう要らないから自分で飲んでろ」

 

 空になったペットボトルをゴミ箱に捨てて、私のほうを見る。冗談でも言いそうな笑みを浮かべて、一言放つ。

 

「まさかとは思うが、俺の事が好きなのか?」

 

「勿論。私も自分の事が大好きだよ」

 

 




番外編を書き飽きたのでこっちの連載に戻ります。本編を書き飽きたら番外編の続きを書きます。
モチベーションをアゲアゲする工夫をするのは良いんですけど、現実の都合はどうにもならないのでご理解ください。おしごとやだー


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理解とは本来難しい事だと、俺は思った。

『トイレから戻ってきたら消えてるとか止めてくれませんかね』

 

 そうメッセージで送って来たのは、先ほどクレームを寄越した相手、立山記者であった。

 そういえばトイレに行くと言って逃げた後、俺たちは戻ってくるのを待たずに自分の教室に戻った。確かにトイレから戻ってから居る筈の人が居なかったというのは、少々戸惑う事だったかもしれない。

 

『待てとは言われなかったし、長居もしたくなかった』

 

『言われなければオーケーのブラックリスト方式前提じゃコミュニケーションは成り立たないんですよ』

 

 一理ある。俺も配慮が足りなかった。

 

 

「ん、誰から?」

 

「立山記者」

 

「ふうん……。代わる?」

 

 隣から覗き込んだ明が、一言で提案する。風呂上りの湿気が漂う。

 明の後に風呂に入るつもりだったが、ちょっと間が悪い。

 

「いや、後で行こう。区切りのいい所で」

 

「あい」

 

 

『まあ良いですよ、玉川さん達のコミュ力に関しては承知の上です』

『それでは線引きなんですけど、玉川さん的にはどうしたいのですか?』

 

 一考する。周囲の人間が興味を持つのは仕方ないから、せめて話しかけられない様にしたい。と言うのが基本的な所だ。

 だが今回の件で、どうも恋愛的な記事を書かれると、他者の反応に関わず俺たちが不快に思ってしまうらしい、と分かった。思いっきり俺たちをモデルにしていたのも行けない。

 我儘かもしれないが、そういう書き方はしてほしくない。

 

 あるいは、目に付かなければ良いのかもしれない。

 

『二択』

 

『いきなり選択肢ですか』

『生きるか死ぬかじゃないですよね』

 

 違う。このやりとりに覚えがあるが、違う。

 

『冗談ですよ』

 

 流石に分かっているが、過激な冗談じゃない限り冗談だと分からない俺らでは、何一つ文句も言えない。

 言えないので反応しない事にした。

 

『一つ目。原稿の検閲を止めて、立山記者の記事と俺たちは一切関わらない』

『俺たちの最低限の要望である、せめて俺たちが話しかけられない様に人々を制御出来ていれば、干渉しない』

 

『簡単に言ってますけど、割と難しいんですよそれ』

『まあやりますけど』

 

『二つ目。検閲のハードルを上げる。俺たちの許可が出ない限り、関連する記事の掲載は許さない』

『必要に応じて内容にも口を出す。現代人の好む”表現の自由”からは一番遠ざかるが』

 

『割と前から自由にやらせてもらってますよ? ちゃんとした事実だって伝えています』

 

『イチゴの無いケーキをイチゴケーキと言い張るのを、表現の自由と言うのか』

 

 論破、という程では無いが、立山記者のやっている事はそういう事だ。

 甘い甘い妄想を乗せた記事を描き上げて、それをまるで事実であるかの様に人々に見せるのだ。

 

『……その言い回しを思いつく頭が欲しいです』

『まあ否定しませんよ。程度は弁えているつもりですが』

 

『それを見逃すのが前者の選択肢だ』

『他愛のない会話でも体力を使う俺たちとしては、こっちの方が嬉しい』

 

 そうメッセージを送って……しばらく待つが、既読はあっても返答は無い。悩んでいるのだろうか。

 なんとなく明の方を見る。向こうもぼんやりと俺の方を見ていた。

 

「どうかしたか」

 

「んや」

 

 そう言いつつ、明は俺から目線を外さない。なにか意図でもあるのかと思ったが、無い気がする。

 どうせだからと、俺も明の事を注視してみる。

 

「……鏡ごっこ?」

 

「この世で一番美しい女は誰だ?」

 

「私でございます」

 

「まさに俺の鑑のようなやつだ」

 

 このやり取りには一切の思考力も割かれていない。

 会話の中で単語を噛み砕いたり、解釈の仕方に考慮したりする必要がないのは良い。無思考でも成立してしまう会話は滅多に無いのだ。なんと言っても楽だ。

 それと何より、安心感がある。

 

 

『……今後もお話がしたいです。まだ私は貴方達を何も知れてないので』

 

 返事が来て、『分かった』と返信する。楽では無いほうの選択だが、何も言わない。

 それに、立山記者はある程度理解のある人間だ。俺たちが人との関わりを苦手としているのは、良く分かっている筈だ。

 

「風呂に入ってくる。立山記者からメッセージが来たら、適当に応答してくれ」

 

「はーい」

 

 携帯をその場に置いて、俺はその場を離れた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 その翌日、予行練習、いわゆるリハーサルが行われることになっている。プログラム進行の確認という目的が強く、実際の種目の内容はかなり簡略化されている。

 出走者は最初の数人だけ。時間制の種目は五秒程度で終わらせる。或いは一秒もやらずにさっさと次に移る種目も。

 

「楽だ」

 

 種目がなく非番の間は、待機するエリア内で座っている。周囲の人間も思い思いに話しているから、緊張感など全く無い。

 

「手元に携帯もないのが困った所だが。退屈で仕方ない」

 

「たしかに退屈だなあ。……りんご」

 

「ゴジラ」

 

「ラグドール」

 

「ルールは決めてないが良いのか」

 

「可能な限り続けたいから無制限で」

 

「ではそうするか」

 

「海草」

 

「羽化」

 

「カルタ」

 

「立山記者が向こうにいるな」

 

「何やってるんだろう」

 

 カメラを構えてあちらこちらへと視線を移している。実況や案内を担う放送委員や、教員に混じって進行の手伝いをする実行委員の様に、彼も何かしらの役割を受け持っているのだろう。

 

「……馬」

 

「ぶふっ」

 

 近くで佇んでいた女子が吹き出した。笑う程の事だったろうか。笑われて不快、とは言わないが。

 

「そういえば今後の記事の方針を決めてもらってたな」

 

「検閲する事になったのは面倒だけど」

 

「でも読み物としては面白いんだよね」

 

 ただ、その内容に対して口を挟まなければいけないのが難ありだ。自分らがモデルになっているというのも少しある。

 その点はううんと唸りたくなるが、面白さに焦点を当てれば結構な物だ。

 

「おやおや、おやおや。一年二組の皆さんが退屈そうですね〜。応援とかしてあげないんですかぁ?」

 

 立山記者がやって来た。雑談に高じていたクラスに目をつけたのだろうか。

 

「はいチーズ」

 

 そうすると、数人のノリの良い人間が振り返って、ピースピースとレンズの前に躍り出た。

 アホっぽいが、あれはあれで立派な青春である。

 

 無言で様子を見ていた俺たちは、立山記者が一瞬だけこちらへ目線を寄越したのに気付いた。しかし干渉する気はない様で、すぐに青春づくりに戻っていった。

 

「そう言えば、マスコミ部が行事の撮影とかをやってるんだっけ」

 

「ああ、そういえば先生がそんな事言ってたな」

 

 普通はカメラマンを呼ぶのだろうが、あの部活がその代わりを務めるのを認められるぐらいなら、きっと相応の実績や技術があるのだろう。

 

 カシャリ、とフラッシュは焚かれなかったが、写真を撮られた。

 

「先生から説明されてるかと思いますが、アルバムは事後しばらくした後に公開されるので、欲しい写真があったらその時に教えてくださいね。常識の範囲内で無制限に印刷しますよー」

 

 多分欲しいとは思わないな……。しかし一枚ぐらいは……いや、五枚ぐらい俺たちが被写体の写真が無いと拙いな。万が一、いや確実に我らが母上が写真を求めてくる筈だ。

 俺たちへの撮影は遠慮しない様に、あとでメッセージを送っておこう。

 

「──以降の出走者を省略します。次の種目は200m走です。速度と同時に持久力が求められる、挑戦的な種目です」

 

 放送委員によるアナウンスがなされて、簡略化されたプログラムに合わせ早めに待機に向かった人々が動き出す。

 

「……なんだったっけ?」

 

「けむし」

 

「しゃもじ」

 

「ぶはっ」

 

 近くの女子がまた噴き出した。まあ、笑いのツボは人それぞれだろう。




ここで言っておかないと私自身がヒヨって更新が滞るので、宣言します。
次の話から章テーマを前面に押し出した山場になります。

こうして宣言すると、体がサボる確率が減るンデスよ。……ゼロにはならないンデスが。


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一人じゃ何も出来ないなと、私は思った。

「ああ、塩原って言う名前だ」

 

「いきなりどうした、明」

 

「体育限定で絡んでくる女子。今思い出した」

 

「……あの女子か」

 

 指では差さないが、今丁度走り出す所だ。二百メートルのトラックに立ち、スタートの姿勢をとっている。

 二百メートル。馴染み深い百メートルの二倍、と考えると、全力で走るだけでは持たない距離だとすぐ分かる。

 

「あの子、体力あったっけ」

 

「知らないが」

 

「……確か無かった筈」

 

「そうか」

 

 心配するほどの仲じゃない。しかし不審に思った。他の出走者は運動部所属の中でも自信のある人──という印象にすぎないが──ばかりで、肉体なんかも引き締まった人が多い。

 出走者は男女混合、しかし同時に出走するのは同性同士でのみだ。そう大きな心配をするほどではないだろうけど……。

 

「……まあ、いいか」

 

 しばらくして、次の種目に参加する者が呼ばれる。スリーポイント玉入れとかいう、既存の物にちょっと手心を加えたようなルールの種目だ。

 これには私も出ることになっている。

 

「行ってらっしゃい」

 

「うん」

 

 怪我の出る様な物でも無いし、気楽にやっていこう。

 

 

 同じ種目に出るのであろう数人くらいのグループの後ろをのんびり歩いていると、各所で写真を撮っている筈の立山記者が見えた。

 一体何を気にしているのか、200メートル走をやっている向こう側を凝視している。写真を撮っている、という風には見えない。カメラを構える所か、手放しでスリングに垂らしていた。空いた両手は胸の前で組んでいる。

 

 と言っても不思議に思おうが興味までは持たないのが私たちだ。常人なら興味を持って声を掛けるだろうが、生憎と私は歩くので忙しい。

 

「あ、玉川さん」

 

 が、気付かれて声を掛けられてしまった。

 

「何? 歩くので忙しいんだけど。……ですけど」

 

「言いませんでしたっけ、敬語は要りませんよ。あとツッコミがお望みならまたの機会でお願いします」

 

「うん」

 

 ツッコミが欲しくて言った訳じゃないのだけど、確かに歩くので忙しいとは言わない。

 

「それよりも聞きたい事があるんですが、塩原さんの事は知ってます?」

 

「名前は知ってる」

 

「なるほど、そのレベルですか」

 

 それだけ聞いて、トラックの方をまた見た。丁度女子の六人が出走したところである。塩原という女子は走り終えて、順位別の列に並んで腰を下ろしている筈だ。

 

「私の知っている限りじゃ、ああいうのに出る程運動は得意じゃないんですよね」

 

「へえ」

 

 興味ない、というのを隠さない様な返答が口から出て来た。初めて知った事ではないが、知って役に立つ様な事とは思えない。

 

「……話す相手が悪すぎましたね。次の種目の準備に向かっていたんですよね? 時間には余裕がありますが、寄り道しないで向かってあげてください。遅れて来た参加者一人と入れ違いになった整理員が、クラスのところまで行って徒労に終わったり……なんてのは一回で十分なので」

 

 一回あったのね。

 

「二度目があったら可愛そうなので、今のうちに待機しておいてください」

 

「どうも」

 

「それでは」

 

 気遣いの回る記者さんだ。

 ただ、私は何も言われなくとも基本的には規則に従う様な従順ないち市民だ。不文律とか暗黙の了解とか常識とかマナーとかが良く分かってないだけで。

 

「全く。私達は無礼者なんかじゃないってのに」

 

「……」

 

 ……隣からの賛同するような言葉は無い。そういえば今一人だったわ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 スリーポイント玉入れとやらは、つつがなく終わった。敵陣に置かれた二つ目のカゴにボールを入れれば3点というルールで、外せばそのまま敵が使える玉になる。

 なんてルールは加えられてはいるが、基本的な所は変わらない。チーム戦とは名ばかりの、各人の投擲精度まかせの個人戦だから、かなり楽。とても楽。

 他人と距離を置くのも得意だから、互いにぶつかる心配もない。一つ二つ投げて終わりの短縮時間であるのだし。

 

 

「おかえり」

 

「寂しかった」

 

「澄ました顔で言われても」

 

 隣に腰を下ろす。落ち着いた。

 やはり運動しているよりも、こうしてじっとしている方が好きだ。

 

「やっほー、玉川……たち? 玉川双子って言うのも語呂悪いし……」

 

 欲を言うなら第三者が存在しない状態でじっとしていたい。だらけたかった。

 恨めしそうな目線で返しそうになるのを我慢して、塩原さんの声に振り返る。

 

「どうしたの」

 

「そうそう! 200メートルが終わったら暇だし、お話したかったんだー。明一ともね」

 

「俺か」

 

「なんだかんだ明としか話さなかったから」

 

 ……そういえば、塩原は私達が不快になる様な質問はしてこないな。いや、夏休み明けのあの騒ぎがあくまでの例外だったのだろうけど。

 若々しくバカっぽい所は垣間見えても、基本的なマナーは備えているらしい。こんな言い方をすると私達が年上みたいで変なのだけど……。

 

「どっちと話しても変わらないと思うが」

 

「それって双子自慢?」

 

 さっきの言葉がどうやって双子自慢になるのだろう。無言でハテナを浮かべた。

 

「わー、自覚無いヤツだ」

 

 どういう意味だ、解せない。といった風に思っていると、アナウンスが校庭中に響く。伝えられる種目名は、騎馬戦。終盤の目玉、男子全員参加の種目である。

 しかし今回は準備から終了までの段取りを予習するのみ。実戦は抜きで終了の予定だ。

 

「っしゃ、行くぞ男どもー!」

 

「ウォー!」

 

「……」

 

 実戦はないというのに、男子達は沸いている。当然明一は遠い目をしている。わかる。

 

「ありゃ、早速行っちゃうのか。……まあまあ程々にがんばりなよー!」

 

「聞こえたか男どもー! 女子の声援だぞ!」

 

「ウォー!」

 

 よく見れば、音頭を取っていたのは応援団長とかいう騒がしい役の一人であった。無駄に声を張られると私の耳が遠くなってしまう。

 

「テンション高いなー、男子達。移動練習だけなのに」

 

「はあ……行ってくる」

 

「行ってらっしゃい」

 

「そしてこの双子の温度差よ。窓が真っ白になるくらいの温度差」

 

「……」

 

「虚無かよっ!」

 

 ……もしかしなくても、まさか暇つぶしに私に付き纏うつもりなのだろうか。

 まあ、別に良いのだけれど。私たちは寛容だ。誇るものじゃないけど。

 

 

「……ああ、そういえば」

 

「え? 何々、あかりん」

 

 ……え、それってあだ名? まあ、とにかく。

 ふと思いついた疑問を、目の前に手軽な質問相手がいるのを良い事に、投げかける。

 

「周りの人は、落ち着いてる?」

 

「うん? ……うん??」

 

「えっと、つまり……。夏休み明け、騒がしかったよね。私たちの事で。興味が覚めてない人とか、残ってるの?」

 

 思考をこねくり回して、伝わる文章を練り上げる。反応を伺っていると、うーん、とうなりながら考え始める。

 

「……大丈夫だと思うよ? 皆あの新聞記事で気を遣う様になったし、そうしているうちに興味も落ち着いてきた感じ」

 

「そうなんだ」

 

「うん」

 

「……」

 

「……」

 

「あっ、そこで会話締めるのね」

 

 他に話題があるわけじゃない。ちょっと質問したかっただけなの……。

 

 向こうでは、騎手抜きで騎馬戦の形を取って、開始位置に付いている。先生が持つピストルの合図で開始、一発響く。そして後に、すぐ二発の合図が響いて、終了となる。

 そうしない内に明一も戻ってくるだろう。

 

「そういえば小耳に聞いた話なんだけど、立山さんに頼んでアレ書いてもらったの?」

 

「……どちらかと言うと、向こうからの提案」

 

「へえ、そうだったんだ。意外、でも無いかな。玉川たちって、自分から行動したりしないもんね」

 

「まあ。……座らないの?」

 

 周囲の女子達は体操服だ。砂埃を気にする格好でもないし、皆座っている。すぐ横にいる塩原を覗いてだが。

 立っていなければならない理由も無いだろう。まさか痔でもあるまい。

 

「んー。じゃあ、ちょっと隣に……んっ」

 

「?」

 

「……しょ」

 

 不自然な重心移動の様に見えたが、私の隣に座って来た。……まあ、座ってと提案したのは私なのだけれど。しかし隣にとは言っていない。

 

 

「……立山さんって言えばさ」

 

「ん?」

 

「どうして立山さんが嫌われてるのかって、知ってる?」

 

「……嫌われてる?」

 

「あ、初耳なのね」

 

 初耳だなぁ。

 具体的に誰に嫌われているのだろうか、あるいは彼のクラス全体からだろうか。もしかしたら学校全体から嫌われている可能性もある。

 と考えてから、彼の新聞が割と好まれているという事実から、学校全体から嫌われているという可能性は除外される。

 検討と否定は考察において重要だ。消去法とも言うけれど。

 

「確かに私も意外だったかなって思うな。あんなに面白い記事を書けるのは、すごいなあって思うし」

 

「どんな人に嫌われてるの」

 

「二年生の二割くらいかな。正確には、立山さんの同中の人達ね。因みに私も同中の後輩」

 

「はあ」

 

 同中。つまり同じ中学校から進学した者たちだ。

 その中学校で何かがあったという事なのだろう。へえ、なるほど。でもやっぱり興味が沸かない。

 

 興味がないのに、他人のエピソードを聞く必要はあるのだろうか。事情を他人に明かされるのを不快に思うのは普通だ。

 良く知らない相手が自分の事を深く知っている事には慣れているから、私に関しては別に良いけど。

 

 ただ、これから関わるであろう相手の事を知る必要はあるのかもしれない。

 

「あ、因みに私は当事者じゃないよ。聞いただけ」

 

「うん」

 

「私が知ってるのは、少なくとも私が中学校に出る時からは嫌われてるって事と、その理由が分からないって事」

 

「うん?」

 

「質問してもはぐらかされるからさー」

 

「うん……」

 

 肝心の理由が分からないのにその話を投げかけたの……。

 

「まあ、あからさまに嫌っているって様子でもないしね。私が見える限りじゃ嫌われてるなんて思えないし」

 

「うん」

 

「ただまあ、解せないかな」

 

「そう」

 

 ……興味が無さ過ぎて相槌しか打てない。興味の無い話に対して、気の利いた返答や会話をする技術は持ち合わせていない。

 早く明一が戻ってこないかな。明一も興味は無いだろうけど、もう少しマトモな会話が出来る筈なんだ。

 

「……」

 

 

「お、戻ってくる」

 

「!」

 

 ぱっと顔を上げる。ぞろぞろと戻ってくる集団の中に、明一の顔を見つけた。

 

「分かりやす。あかりんって可愛いよね」

 

「え、何?」

 

「んーん。なんでもなーい」





 難産も難産。お腹を痛めて産んだどころか、気絶しながら産み出したと言って良いくらいです。その割には品質もあんまし良くない。

 こちらの執筆が出来ていない間、第二の趣味であるドット絵描きや第三の趣味であるゲームに現を抜かしていました。大丈夫です、第一の趣味はちゃんとラノベ書きのままです。

 ただ、時間を掛ければかける程、ちゃんとしたストーリーが書けているだろうかと不安になるばかり。
 こういう時は勢いに任せて書いてしまうのが一番ですが……。


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どうせなら2人で走りたいと、俺は思った

 何やら教室の様子が妙に落ち着いている。

 翌日の朝、何時もの様に教室に入ると、感情に疎い自分でも雰囲気の変化に感付いた。

 

 というのも、聞き慣れた喧噪が今朝に限って聞こえてこないのだ。若々しい体力を、華やかな青春と言う物に投資している筈の同級生の一部が、机を囲んで話し合っている。

 そんな雰囲気だったから、入室するために引き戸を開いただけで注目を集めてしまった。勿論俺達に否など無く、その注目もすぐ散っていった。

 

「……」

 

「……」

 

 とりあえず無視を決め込んだ。声を掛けられないという事なら、俺達に関係ある訳では無さそうだ。

 

 

 席に着く俺達を咎める者も居ないが、一層と雰囲気が固いグループが話し合う声が聞こえてくる。何時ものガヤも無いから、その話はよく聞こえた。

 

 何やら、体育祭の種目で欠番が出たらしい。代走者の候補となる人の名前が幾らか挙げられている。女子の名前だけ挙がっているが。

 

 

「────玉川明に頼んでもらうのは……どう思う?」

 

 

 人の本能というのだろうか。自らの名前を呼ばれると、脊髄反射で意識がそちらに向く。最も、その名前は俺の名前ではなく、もう一方の片割れなのだが……。

 どちらにしろ、その名前が出ては無関係で居られなかった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

「すまない、玉川。二百メートルに出てくれないか? 塩原がケガしたんだ」

 

「あの人が? ……考える。あ、返事は何時まで?」

 

「当日の朝まで。欠番のままでも本番は出来るが……、返事してくれるならなるはやで頼む」

 

「分かった……」

 

 このクラスの体育祭実行委員だったか。その人が明に声を掛けた。他にも候補が挙がっていた筈だったが、誘われたのは一人だけだった。

 

 事情は兎も角、明が二百メートルか……。体力が持つだろうか、と一人考えてみるが、俺と同程度或いはそれ以下と想定すると厳しいものがある。

 

「大丈夫なのか?」

 

 明の所まで行って、話しかける。返答を待たずとも、厳しいという答えが顔から伝わって来た。

 

「百メートル前提で練習してたし、持久力なんて元から自信無し。けど……」

 

「……確かに、クラス全体で考慮すると明はマシな方だ」

 

「ん」

 

 一応、一年と半分はこのクラスメンバーと一緒に授業を受けている。どの人が運動神経が良いとか、悪いとかは、流石にある程度把握している。

 部活動の所属まではぼんやりとしか分からないが、このクラスの女子に運動部はあまり居なかった筈だ。

 

「……走りたいか走りたくないかで言えば」

 

「嫌だ」

 

「即答か。確かに疲れるしな」

 

「それもある」

 

 でも、語気の強さはそれほどでもない。重ねて頼まれたら走るだろう。

 ぶっつけ本番で二百メートルを走るのも怪我の可能性があるし、練習でこの距離に慣らす必要もあるだろう。返事は当日朝までと言っていたが、こちらの都合を考慮するなら早い方が良い。

 

「今の内に断っておくか?」

 

「まあそうなんだけど。……うーん」

 

「……ふむ?」

 

「……青春の真似事くらいは、した方が良いのかな、と思ってしまって」

 

 なんと。俺らしくない言葉が出て来た。いや、俺ではないのだが、俺に近い人間にしては意外だった。

 

「そういうのに興味が無いなら別にしなくて良いだろうが……」

 

 俺達みたいな人間にとっては未知の事柄だ。その上、これに対して好奇心も興味も抱いてこなかった。だが、明の口からそんな言葉が出て来たのなら……。

 

「どうせやるなら、俺も手伝わせてくれ」

 

「ありがとう。じゃあ、ちょっとやってみるかな」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 返事は直ぐに出来た。話を持ちかけて来た人はまだ教室を離れていなかった。

 

 となれば、問題は本番の時の事だ。

 所詮は二百メートル。されど二百メートル。単純に走るだけでは息切れしてしまうから、常に全力では居られない。

 それが出来てしまうスタミナお化けは居るかもしれないが、普通はスタミナを管理しつつ走る。

 

 スタミナを伸ばす練習時間は無い。リハーサルは済んで、今日の午後に設備や装飾の最終調整が行われて、明日にはもう本番だ。

 そこで、ペースを覚える事に専念する事が決まった。ペース配分だけでタイムは改善されるだろうし、無理な走りでケガする可能性も低くなる。

 

 疲労を明日に残しては元も子もないから、そう何度も走れないが。

 

 しかも練習時間がどうしても少ない。残念ながら体育祭の練習に利用できる体育授業が無いのだ。放課後になっても校庭は立ち入ることができない。白線が綺麗に引かれた校庭を踏み散らかす事は事前に断られている。

 

「校庭は使えないから……あの公園かな」

 

「あそこなら十分広いし、良いな」

 

「決まり」

 

 さて、それが決まればあとはお仕事である。

 一応、帰宅部にも設備や装飾の手伝いはあるっちゃある。が、昼休み上がりから始めたら二時間しないくらいに終わると聞いている。それも終われば、数時間は練習するくらいの時間が残っている。

 

「じゃあまずは手伝いを」

 

「うん、行こう。……って」

 

 

「……ども」

 

 廊下に出ようとして、丁度その出口で人と鉢合わせる。

 

「……え、居たの」

 

「居ましたー」

 

 ……塩原さんだ。

 今日は休みなのでは、と思っていたのだが、右足首を中心に包帯で巻かれている。靴もローファーじゃない。病院に寄って、それから学校に来たのだろう。片手の松葉杖が目を引いた。

 

「ケガって聞いたけど」

 

「骨がちょっと……なんて言う名前なんだっけ? まあちょっとヒビが入ってるんだってさ。踏み出しで骨がやられちゃったみたい」

 

「ヒビ」

 

「それはとにかくさ! お手伝いなんだよね? 付いて行って良いかな」

 

 ……と言われても。

 帰宅部を集めてのお手伝いという事になっているから、難しい。この人は少なくとも帰宅部では無い筈だ。

 

「そっちの方は無いの? 手伝い」

 

「足の悪い方はお断りだって」

 

「……俺達は詳細を聞いてないから、足を使わない仕事かは知らない」

 

 それに勝手にケガ人を参加させていい物か。そう考えるとこっちで断っておいた方が良い。

 

「そもそも、帰って良いと言われてるんじゃないのか? 引き留めている訳じゃないんだろう」

 

「そうだけどー……」

 

 頼まれたからって、聞き入れる必要も無い。そもそも病院からも運動は控える様に言われている筈だ。聞いてもいないが、足周りの骨をやったのならば絶対にそう言われるだろう。

 

「さあ行った行った」

「ケガ人はお呼びでないという事で、さよなら」

 

「ちょっとー」

 

 明らかに不満気、だが私たちは無視して用事のある方へ向かおうとする。関係ないし、あえて関わる事ではない。

 確か図書室前に集まるように言われていたな。

 

 

「……塩原さん」

 

「うん? あ、立山さん」

 

 歩き出した所で立山記者と鉢合わせた、が、俺達に話しかける様子が無い。これ幸いと、そのまま通り過ぎてしまった。

 





 最近二次創作にも手を出しましたが、こっちもボチボチ書いていきます。


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そういう所で心が通じるのは嫌だと、私は思った。

今回はちょっと……ふざけすぎてしまった、かもしれません。


「はっ、はっ、はっ」

 

 思考が過る余地も無く、足が回る。顔面に受ける風が妙に冷たい。顔に汗が滲んでいるからだろう。

 

「はっ。……く」

 

 ゴールラインが目前に迫る。けれど距離は分からない、故に走り続ける。

 例えメートルの数字で距離を示されたって、今の私には分からないだろうけど……。

 

「ゴール!」

 

「だあっ!」

 

「はい、お疲れ様。ほら」

 

「ん、んく……はあ。どうも」

 

 既に蓋の空けられたペットボトルを受け取って、直ぐに中身を喉に流し込む。

 甘いスポーツドリンクの味が舌にこびり付く前に、大分飲み込んでしまった。

 

「どうだ?」

 

「んあー。頭回んないや、特に後半。ペース考えるのやっとかも」

 

「普通はそれで十分だろうな。例え他の者が前に出ても、ペースを呑まれない様にするのが一番だが……」

 

「それは自信ない。引っ張られるかも」

 

「まあ、それで負けたら負けだな。それを解決させる時間は無い」

 

「んー……」

 

 不満は残るが、確かにそうだ。二百メートルの感覚が分かればそれで良い。

 さっきので三回目だ。もう十分だろう。筋肉痛になっても困る。

 

「じゃ、帰ろう。そうだ。マッサージしてよ」

 

「一人でストレッチ出来るんじゃないか? それに俺はマッサージの仕方なんて知らん」

 

「えー」

 

 残念。という風に頬を膨らましてみた。

 

 冗談めいた言葉は撤回しないまま、ペットボトルだけ返した。蓋は明一が持っているから私では閉じれない。

 

「覚えておいたら? 合法的に触れるチャンスだよ」

 

「触れるどころか、普段から覆い包まれているが。最近遠慮無くなってるだろ」

 

「何の事か知らんなあ」

 

「起きるたびに引き剥がす俺の身にもなれ……」

 

 ぷいと横を向いて知らんふり。

 それでも横目に明一の顔を見てみるが、私に刺さる目線が痛い痛い。

 

「そういえばさ」

 

「話題の先延ばしか。良いだろう」

 

「塩原と立山記者って、どんな関係なんだろう」

 

 何か違う話題、と考えてまず出て来たのが、この二人の事だ。

 あの後離れちゃったから、どんな顛末だったのかが分からない。知ろうという気が起きる程じゃないけど、放っておいたら、彼らの事情に私達が巻き込まれる気がする。

 

「……気になるのも仕方ないな。では聞いてみるか」

 

「ん、まあそれが一番早いか」

 

 メッセージアプリを開く。塩原さんとの事情に私達は巻き込まれないかの確認だ。

 明一が私達の懸念をそのまま文にして送る。数秒待ってみたら、既読が付いた。

 

『心配しなくとも貴方達の平穏を脅かすようなことはしませんよ。代走の事以外に頼むような事はありません』

 

 それは良かった。塩原さんから代走の事も聞いていた様だが、まあ良いか。

 

『他人に興味が無いのは分かっていましたけど、実害を気にするのは流石に重症と言わざるを得ませんね』

『まあ良いでしょう。二百メートル走、応援していますよ。写真もバリバリ取るので』

 

『頼みます。俺達の母は特に欲しがると思いますので』

 

『どこの母も似たようなものですよ』

 

 そういう物なのかなあ。……って、なんか寒いような。

 

「ん……うぉっ。ぶるって来た」

 

「どうした?」

 

「汗が冷えてきたかな。ジャージ返して」

 

「分かった」

 

 後ろを向いて、伸ばした右手にジャージの袖を通してもらう。もう片方の袖は自分で通す。

 ……着替えを手伝わせて貰ったの、今回で初めてかもしれない。普段は明一が部屋を出ているから機会は無かったのだけど。

 

「ふう、あったか……」

 

「召使いだー!」

 

「はい?」

 

 声変わり前の言葉が聞こえて来て、振り返る。子供が居た。小さい。私達に指さして何か言っていた。

 

「え、召使い?」

 

「あ、ちょ」

 

「めしつかいー」

「待ってー!」

 

 何か反論する前に、子供は走り去っていった。その後から、数人の子供も追いかける様に通り過ぎた。

 子供の無邪気だから、何か言う気は無いけど……。

 

「……まあ良いか」

 

 追いかけて何かするわけでも無いし。

 

「じゃ、帰ろう」

 

「畏まりました、お嬢様」

 

「……」

 

 明一が召使いねえ……。なんか、微妙に似合わない役回りだな。

 

「無言は止めないか」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「疲れた。揉んで」

 

 やっぱり疲れたわ。家に帰るまでの道、足が重いのが気になった。

 普段は体育の後は授業と言う時間があったから、少しはマシだったのかもしれない。

 

「という事で、揉んで」

 

「寝ていればいいだろう」

 

「明日に響いたらキツいし」

 

「……無理だ。方法も知らない。それと言い方を考えろ」

 

 いくら私でも胸を揉めとは言わないのだけど。

 それとも尻でも揉む気だろうか。確かに走ってれば、太ももの辺りとかが疲れてくるが。

 

「んー」

 

「諦めてゲームでもしてるんだな」

 

「……仕方ない」

 

 ベッドに転がりながら、アプリを起動させる。

 ログインボーナスとかイベントとか何やら煩いけれど、連打してさっさと試合開始のボタンを押す。

 その間にイヤホンでも……。あ、上着の中だ。

 

「ねえ」

 

「イヤホンだろ」

 

「っと、あいがと」

 

 雑に投げられたイヤホンを雑に側頭部で受け止めて、携帯に接続する。

 

「明一も分隊入ってよー」

 

「先にアンタが脱ぎ捨てた上着を洗濯機に入れてくる。その体操着もちゃんと着替えろよ」

 

「……うん」

 

 確かに体操着のままベッドに潜るのは拙いかもしれない。砂埃はあまり無かったけど、汗もたっぷり付いてたし。外歩いてる内に乾いたとは言え。

 

 ……うん、やっぱ脱いでしまおう。

 ベッドから立ち上がって、さっさと体操着を脱ぐ。うげ、下着の方は結構濡れてる。

 

 下着も替えちゃうか。部屋用の方が楽だし。

 

 で、パジャマはどこ行った? 

 そういえば朝、面倒になって適当な所に脱ぎ捨てた様な……。

 

 確か……そうそう、朝着替えた時はベッドの上に──

 

「明、体操着の方は」

 

「ばっ」

 

「ば?」

 

 あ……あっぶな! 下着見られるところだった! 

 咄嗟に毛布を被ってしまった。けど……大丈夫? バレてない? 

 

「……どうした、明」

 

「な、なんでもない。体操着はそこに置いてる。二度手間で悪いけど」

 

「問題ない、これも洗濯機に入れよう」

 

「うん。よろしく」

 

 そして、明一が扉を閉めるのを静かに待つ。

 

 がちゃ、とドアノブが元の位置に戻る音が聞こえて、ふう、と息を吐いた。

 念のため毛布に包まったまま振り返って、きちんと閉まっている事を目でも確認する。戸締りヨシ。

 

「……~~ふぅっ、危機一髪」

 

 とにかく着替えないと。

 

 パジャマは、ベッドと壁の間にある隙間に入りかけていた。あんまりにも適当な脱ぎ捨て方で、朝の私は一体どうしたのだと問いかけたくなった。

 とにかく引っ張り出して、着る

 

 ボタンを掛け間違える事も無く、無事にパジャマに着替え終わった。焦りのあまり、妙にはだけていたり……とかはしてない。ちゃんと着れている。

 妙に心臓の音が煩い気がするけど。

 

 

「……」

 

 さっきの……見られてたらどうなってたんだろう。

 いや、普通に明一の顔が赤くなって、普段みたいに逃げられていたと思う。

 

 なんだかんだで、水着以上の露出度で明一の前に出た事は無かったし。

 でもやっぱり気になる。様な気がする。……私に露出狂の気は無いってのに。

 

「はー……」

 

 心を落ち着かせる為の吐息。

 アプリの画面を見れば、既にゲームは開始されていた。

 

 ……今の状態じゃ絶対集中できないな。

 

 

 ……流石、双子って感じだ。明一の気にしすぎるところが、私にも移ってしまったかもしれない。

 

「戻ったぞ」

 

「お帰り」

 

「ん、なんだ。ゲームは止めたのか」

 

「止めた」

 

「そうか」

 

 多分明一の所為だ。ていうか絶対明一の所為だ。

 

 明一が気にしているから、私まで気にする様になってしまった。誰が悪いかと言えば、明一が悪いのだ。

 

「……目の前のバカの所為で」

 

「なんで俺がバカと呼ばれなければならないんだ」

 

「むん」

 

「……むんと言われても」

 

「じゃあマッサージ。マッサージしてくれたらいーなー」

 

「それは……むう」

 

「ほら明一も、むうって」

 

 これ見よがしにニヤニヤと笑ってやった。 

 私が心の平穏を取り戻すまで、精々慌てるのだな。




 ラブコメの参考ならないかとビジュアルノベルを遊んでたりします。
 ……Rが付いている方ですけど。

 やっぱり拙いですかね。


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母と似ている所なんてない筈、と俺は思った。

「────ふぅっ」

 

 ……前方に見える二人の背中を追って、三位の位置でゴールラインを踏む。六レーンの百メートル走ならば、良くも悪くもと言った所だ。

 走った後の待機列に連れていかれて、十何秒の運動を経た心臓を落ち着かせつつ、腰を下ろした。

 

「はーい皆さまお疲れ様です。カメラ撮りますよー。はいチーズ」

 

 そこで待っていたのは、写真を撮って回っていた立山記者だった。

 俺以外の数人がカメラに向かってポーズを取る。とても幸せそうな青春を送っている様で何よりだ。

 

 ……青春か。

 明が興味を持っていると知ったならば、俺も何かやってみたくなるというものだ。

 

「よし、撮れましたー。ご協力ありがとうございま……まぁっ?!」

 

 たった今までフレームに写されていた人達が、どうしたのと声を掛ける。

 反応らしき反応といえば、信じられないものを視る様な目だった。目線の先は、間違いなく俺だ。

 

「……真顔ダブルピース」

 

 真顔で悪かったな。

 

 

 しばらく待って、種目が終わって自らも持ち場に戻って来た。

 持ち場ではクラスが集まっているが、思い思いの位置を占有して、グループを形成していた。そしてその外れには、片割れが一人。

 

「真顔ダブルピース」

 

「見えていたのか」

 

「見逃すなんて事があると思う?」

 

「……まあ、無いが」

 

 明も出るべき種目は出て、ここで退屈している状態だ。

 俺の出ていた種目より前で行われたスリーポイント玉入れでは、左手で大量のボールを抱え上げて、右手で一個ずつ、近い方の籠に入れていくという、なんとも誠実な立ち回りだった。

 

「良い走りだったと思うよ」

 

「まだこれからだ。特に二百メートル」

 

 そう言ってみると、やはり楽しくなさそうな表情をされる。

 運動すると気が晴れやかになるとは言うが、生憎と俺達には当てはまらない。あの距離を全力で、ともなればよっぽどだ。

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫。そうする為の昨日だったし」

 

「ん」

 

 もうすぐ昼の休憩時間になる。俺達に関わる種目はそのあとになる。とはいえ、隣で騒ぐクラスメイトが大勢いるのでは、ゆっくりするにも落ち着かない。

 寛ぐに寛げない状況と言うのは、どうも苦手だ。

 

 

 しかし、しばらく経ってみれば退屈とも緊張とも取れない心境に慣れて、気晴らしに知った顔の人間を探してみたり、その様子を目で追ってみたりとしてみる。

 その中でやはり目立ったのは、カメラを抱えて辺りを練り歩いている男の様子だ。旗やらボールやらの用意をやっている人々の中に交じっているのが、妙に目立つ。

 

「忙しそう……と言うべきか」

 

 大人になれば、俺達はあんな風に働く……あるいはそれ以上の忙しさを受けつつ生きることになるのだろうか。

 想像して、我らが母の事を思い出した。母が言う所の定時から、最速で六時半ごろに帰って来る事はあるが、稀だ。ネットでよく見かけるブラック、という程帰りが遅いわけでは無いが。

 

 

「……」

 

 母の事を考えていたら、明が俺の顔を見ていた。

 覗き込むというより、道端の街灯をぼうっと見上げる様な眼差しだったが、どちらにせよそれに気づいて少し驚いた。

 

「どうした」

 

「ずるい」

 

 俺だけ走らない、という事に関してだろう。確かに不平を感じるのも無理はない。

 双子だからって何でも同じじゃ無ければならない、という事にはならない。

 

「仕方ないとだけ言わせろ。……あと、その眼差しが妙に怖い」

 

「……向こうを眺めてるのも飽きたんだけど」

 

「俺ばかり見てるのも飽きるだろう」

 

「どうだろう。明一の顔は飽きないよ」

 

「む。確かに自分の顔を指さして飽きた、とは言わないか」

 

「うん? ……うん」

 

 なんだか歯切れが悪いが。確かに明の言う事も最もな気がする。

 ただ、飽きないと言っても限度がある。

 

 

「……何見てるの」

 

「え? あーいや」

 

 ふと明が俺ではない誰かに向けた言葉を上げて、それは誰だと俺も首を回す。塩原さんが俺達を見ていた。

 その他数人も見ていたのだが、俺達が目線を返すとすぐに目を逸らした。

 

「仲良いね、あかりん達」

 

「まあ、双子だし」

 

「いやそういう雰囲気にしては違和感がー……まいっか」

 

 塩原さんは何かを考えるのを止めたかのように、肩を上げて諦める風な仕草で話を締めた。

 

「それよりもさ、メイちゃん」

 

「……?」

 

「……明一の事?」

 

「うん、明一だからメイちゃん」

 

 え、俺? 

 

「私もあかりんって呼ばれてるよ……」

 

 はあ……。

 

「ぶっちゃけー、あかりんの事どう思ってるの?」

 

 目を細めて、何処か怪し気に俺を見て来た。

 冗談めかした言葉であるのは間違いないとして、一体どのような言葉を期待しているのだろう。

 

「明の事をどう感じているか。それを当て嵌める言葉は思いつかない。双子以外には特に」

 

「そう?」

 

「そうだ」

 

「ふうん」

 

 実際にもそうだし、分かっていても教える気にはなれなかった。

 しかし相手はまだ怪しいと思っている様で、探る様な目がどうにも鬱陶しい。

 

「まあ、良いけどね。あかりんが良いなら」

 

「私が?」

 

「うん」

 

 何の話をしているのか、明も分かっていない様だ。

 

 しかし塩原さんは構わず、手を振って離れてしまった。

 昼の休憩を伝える放送が聞こえたからだ。

 

 ……やはり人の事は良く分からない。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 普段飲み物を買う時でしか立ち寄らない食堂の方へ、俺達二人で一緒にやってきた。

 随分な人数が使っているが、使える席が無いわけでもない。臨時で増設された長机があちらこちらに見える。

 

 そこで見覚えのある姿を探して、そして見つける。大の大人が肩から手首までピッチリ伸ばして、広げた手を大きく振っている。

 あれは我らが母だ。人前でああいう態度なのは恥ずかしい。

 

「まあ覚悟してたけど……」

 

 そこへ更に覚悟を重ねて、対面する椅子に腰を落ち着かせる。

 

「見てたわ! 可愛いお友達ねえ!!」

 

 叫ぶな母よ、耳に穴が開く。

 机を挟んで約一メートルと言う距離でも、その声で十分な攻撃力を発揮できるのが、我らが母である。

 

「落ち着いてよママ、うるさい」

 

「そうだ」

 

 横に居る母の友人、カフェのマスターさんも苦笑いしている。彼は母の友人だと聞くが……恐らく、強引に連れられてきたのだろう。そういう佇まいだ。

 

「マスターもお疲れ様です」

 

「ここでは立……じゃなくて、長也って呼んでくれるか? あと敬語も。今はママさんのお友達、だろ?」

 

 ふむん、たしかに事情を知らない者が、マスターという呼び方を聞きつけたら大変なことになる。ご主人様とか言っていたらもっと大変だ。

 

「分かった」

 

「聞いてよー! 立山君ったら、一緒に行こうって提案しても頑なに断るのよ!」

 

「苦言を言うなら俺も……ってオイ! 苗字言っちまったらお終いじゃねーか!」

 

「?」

 

 やはり母が彼をこの場に連れ込んだらしい。仲良しとはこういう事なのだろう、と参考にするべきではない。

 我らが母は良い反面教師である。その成果は並の母親を超えるかもしれない。

 

 ただ、それとは別に……。

 

「立山……さん、ですか」

 

「あー、しかもアイツの事知ってんのか。……なんも言うなよ。弟に俺が来てるって知られたら厄介だからな。本気で」

 

 ……っていう事は、この人は立山記者の兄、という事だろうか?

 いや、そうしたら……うん? という事は、我らが母の友人と言うのは、彼の兄にあたる、近い世代なのか?

 

 まあ、別にいいか。

 

「ね、ね、どうやって立山君と友達になったのか知りたい?」

 

「だから、ここでは長也って呼べ。聞かれたら面倒だからな」

 

「えー?」

 

 気になっていたのに気付いたのか、キャッキャとそう尋ねて来た。別に俺達にその事を知る気は無いが、不思議には思う。

 ママ友の子供だった、という事ならば成程と言えるのだが。

 

「……とりあえず、昼を貰いたいのだが」

 

「もっちろーん! はい、どーぞ」

 

「アンタと居ると滅茶苦茶疲れる……。今日は俺も持って来たぞ。ほい、この前のカボチャスープ」

 

「ありがとうございます」

 

「身体は疲れてるだろうし、あっさり目だぜ」

 

 それは助かる。水分を求める身体でトロトロシチューは、美味しいかもしれないが、少し厳しい。

 まず一口飲んでみると、確かに薄味で前よりサラサラとしていたが、甘味は据え置きだった。

 

「美味しいです」

 

「母より気が回るんですね」

 

「まあアイツよりかはな」

 

「ちょっとー!」

 

 母に不満は無いが、それはそれとして料理のレパートリーは少ない。美味しければそれでよい、という食事への価値観が俺達双子にある中、マスター……長也の賄いは新鮮だ。

 店に出している物というのもあるが、行きつけの外食先とも違う味付けが俺達の食生活を刺激する。

 

「お弁当も頂くね。これ?」

 

「あ、うん。ええと、中はミートボールとかシャケとか入れてるわよ。あと出汁巻き卵も!」

 

 母が持って来た弁当に手が届く所に居た明が二つとも取って、片方を彼女から受け取る。

 

「何時もありがとう、ママ」

 

「うん、ありがとう」

 

「ええ! ……ええ?! 初めてお礼言われた?!」

 

「人の前だからな」

 

「外向けの顔だった?!」

 

「そうそう、今年は何かあっても飛び込まないでね。絶対とは言わないけどね? でも恥ずかしいから……」

 

「もう飛び込まないわよー!」

 

「本当か?」「本当に?」

 

「んもう!」

 

 

 

「親が面白いと子供も面白いんだな……」

 

 

 騒ぎ立てる母を横目に、長也さんがそう独り言ちた。

 彼からすると俺達は面白いらしい。納得いかない。




久しぶりです。創作意欲を墓石から掘り起こした序に、二次創作にうつつを抜かしてました。
気を向いた時に書きますが、頻繁に気が向くので二週間に一回は保証できると思います。多分。


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知らないことは寂しい事だと、私は思った。

 食事を済ませて、見守られながら食堂を去る。

 学校のイベントで見に行く保護者と言うのは、高校にもなれば珍しい存在になるのだけど……我らが母は、その中の例外だ。

 

「200メートルかぁ」

 

 昼休憩明けから、幾つかプログラムを挟んでからこれが行われる。私の出番となるタイミングだ。

 

 ……まあ、やるしかないか。

 諦めの溜息を吐いて、気付いた明一が私を見る。

 

「100メートルのリレー、上手くやれそう?」

 

「ん、まあ」

 

 私一人に苦労させるのが、とても違和感らしい。そんな顔をしていた。

 友情と言うにもしっくり来ないが、苦労も楽しみも等しく分け合いたい、という気持ちがある。彼も同様に。

 

「……今日の帰り、寄り道して何か買おうよ」

 

「ん、ああ、そうだな。アイスはどうだろうか」

 

「アイス。うん、アイスが良い」

 

 今日この学校の校門から出る頃には、舌がスポーツドリンクの甘塩な味に慣れ切っているだろうけれど。多分、普段よりはおいしく感じるかもしれない。

 食事は美味しければ別に良いけれど、嗜好品に類するようなお菓子なんかは、少しだけ拘りたい。

 

「チョコミント、今日はあるかな」

 

 馴染みのコンビニには、それが置いてある日と無い日がある。

 

「無いなら無いでもバニラで満足するが」

 

「でもチョコミントが勝る」

 

「勝る」

 

 目を細めて、味を想像する。のだが、にへへと頬が緩んでしまっている気がして、直ぐに戻す。

 明一に目を向ければ、彼も目を逸らした。

 

「……」

 

「何見てるのさ」

 

「いや。なんだか成程、と」

 

「うん?」

 

「その……見ていて飽きないというのはこういう事か、と」

 

 ……そういえばそんな事を言っていた。

 けれど、それを指摘されるとなんだか気に入らない。

 

 むう、と明一の顔を軽く押し退けた。するとそこに笑みが浮かんだ様な気がした。

 傍目に見れば、きっと無表情と区別がつかないのかも知れないけれど。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 私の出番が来た。立ち上がるのにも億劫だけど、予定外の面倒事よりかは足が軽い。

 あらかじめそういうつもりで居たらならば、それでようやく立ち上がれる。

 

「じゃ、私は」

 

「ああ。受け取っておく」

 

 何処から知ったのか、ついさっきママのメッセージが携帯に届いた。自販機のスポーツドリンクは切れているから、コンビニの物を買ってきてくれるらしい。

 ママが学校に戻ってくるのは私が走った後になるだろう。

 

 放送がプログラムの進行を伝え、応じて私も離れる。

 

 

 

 馴染みに馴染んだ気配が離れていく。私の足で離れていく。

 それを寂しいと思ったのは何時からだったのだろう。

 

 列に並んで、リハーサル通りの場所に向かいつつも指示を待つ。

 

 多数の見知らぬ人々に囲まれ、それが誰かを認識するようなことはせず、ひっそりと一人。そんな風に今まで生きて来た。

 それが私の生き方だった。誰も居ない世界が、多分心地よかった。

 

「……」

 

 放送が開始を伝える。

 200mのレーンを、誰かが走っていく。私は何番目だったんだろう。もう忘れたけれど、順番が来れば分かる。

 

 

 ほら、少し待ったら見覚えのある顔がスタート位置の傍に立った。

 あの顔は私の一つ前の順番で走る人だ。であれば、私はこの次。

 

 走るコースを目で辿る。一直線とは行かず、一つカーブを挟んでまた一直線。その半ばでゴールラインが引かれている。

 

 勝負を前にして、気合やら気分やらが高揚する感じはしない。

 ただ日々を過ごす様に、言われた通りのルートを辿る。

 

 さて、順番が回って来た。

 

 ぼんやりと立っている気になれず、なんとなく彼の姿を探す。

 といっても、居場所は変わらない。すぐに見つけた明一の顔へ、目線を向ける。

 

 私の事を見ている。当然だ、私の双子であるから。人として興味がある対象など、私以外に居ないのだから。

 そして私も、誰にも興味を向けられない。明一以外に、誰も。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「はぁ……、はぁっ」

 

 繰り返す深呼吸で、体中に冷えた酸素を送る。心臓の鼓動がドクドクと頭に響くのが、少し楽になった気がする。

 

 何故だろう。この前の練習より疲れたかもしれない。ぼやけた頭で理由を考えて、午後からの種目だったからというのが有力そうな気がした。

 

「お疲れ様でーす。紳士淑女の方々ー、こちらのレンズをご覧くださーい!」

 

 立山記者が居た。また写真を撮りに来たのだろう。

 しかし、汗で参っている女子にカメラを向けるのは、普通は嫌がるらしい。一緒の順番で走っていた女子が、嫌な顔をしていたのが見えた。

 

「あ、ねえ!」

 

「っとと、NGですか? じゃあシャッターは切らないので安心してくださいねー。失礼しました」

 

「ふぅ、よかった。女子じゃなかったらセクハラで訴えてたからねー?」

 

「ねー」

「ねー?」

 

 ……立山記者は、確かに一目で男子とは言えない立ち姿だが。

 

「あはは、ソウデスネ。……」

 

 写真も撮れないなら、用事もない。と思っていたのだが、一瞬だけ私の方に目線が向けられた。

 けれど本当に一瞬で、それから直ぐに何処かへ行った。

 

 ふむん。

 

 200メートルは走り終えた。退場までスケジュール通りにこなして、それからクラスの場所に戻る。

 

 そこで早速明一の姿を探したのだが、見当たらない。タイミングが悪かったのだろうか、母が来たタイミングによってはあり得る。

 どうしようか、と思って、まあ他に選択肢も無いか、と踵を返す。校門、食堂、見当は大体付く。

 

 

 その通りに探してみるが、姿は見当たらない。もう少し向こうだろうか、と校門の方へ向かって……。何故か塩原さんを見つけた。

 探し人とは違うが、どうしよう。声を掛けてみようかと思っていると、それより先に向こうが気付いた。

 

「あ、あかりん! 見て見てこっち!」

 

「……?」

 

 導かれて、正確には手を引っ張られてその様子を見せられる。

 一体何がすごいのだ。私は明一を探さないと行けないのに、と思っていたら、まさにその明一が居た。

 他にも我らがママと、その付き添いである長也さんも居る。そして……あれは、ええと。そう、立山記者。私以外の玉川一家と立山兄弟が揃っている。

 

 そう言えば、兄の長也さんは苗字を隠したがっていた。

 

「……えっと」

 

 それで、なんだっけ。そうだ、母と明一に用事があるんだった。

 しかし今割り込むには、すこし微妙なタイミングだ。なんだか雰囲気が普通じゃない気がする。

 

「何これ……」

 

「痴話げんか?」

 

「何それ……」

 

 いや、痴話げんかは痴話げんかで違いは無いけれど、何故に。

 

「私も分かんないよ。でもなんか、面白そう」

 

「……」

 

 面白いのはゲームとアニメで十分なのだけど。

 実際の所はどんな様子なのだろうと、塩原さんの言葉を先入観として取り込まずに覗き込む。

 

 険悪な雰囲気とは言えない、なんだか静まっている。熊と人がにらみ合っている様な、緊張の走る静寂に近い。

 けれど同時に、大事な話は既に済まされた、という気配がした。

 

「──うん。それじゃあ」

 

「──怪我すんなよ」

 

 会話からも、確かに話が終わったタイミングだと分かった。ママと長屋さんが校門を出て、明一と立山記者がこっちに戻ってくる。

 

「わ、わ、逃げないと!」

 

 塩原さんは逃げるらしい。何故逃げる必要があるんだろう、と疑問に思う。

 私に関しては元々明一を追っていたのだし、彼女を真似て逃げる事も無い。物陰から出て、明一を迎える。

 

「明」

 

「お帰り」

 

「悪いな、遅れたか」

 

「いいや」

 

 キャップが取れていて、しかし中身は満杯なままのスポーツドリンクを貰って、一口飲み込む。

 

「……」

 

 その傍で、立山記者はカメラをじっと見下ろしていた。

 

 何を考えているのだろう、何を話していたのだろう。そんな事を思いついても、最初から興味の無い事であるから、すぐに忘れる。

 私達は寛容かもしれないが、お節介では無いのだ。

 

 明一が何も言わないのであれば、私もあえて干渉する必要もないという事。

 ならば、戻ろう。

 

「それじゃあ」

 

「ええ、それでは」

 

「……ああ、言い忘れていたが、俺達の写真は遠慮しなくて大丈夫だ」

 

「今言いますか? いや、傍若無人の双子ですからね、雰囲気なんて無いも同然ですものね」

 

「そうか、すまない」

 

「分かっていますよ。私は()()()()()人ですからね」

 

 ……前言を撤回しよう。

 彼らは一体何を話していたのか、聞きたい。

 

 何があったのかを明一だけが知って、私が知らないというのは、何故だか酷く寂しい気がした。




双子の世界と、兄弟の世界。
交わり、関わり合い、物語が変化してゆくのは、まだまだ未来の話。

そこまで執筆気分が乗るのかは知らんです。


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疲れるばかりでは辛いと、俺は思った。

 と言っても、あの兄弟に関してそれ程詳しい事は俺も知らない。

 明が兄弟の事情について問いかけてきて、応じて話の内容を思い出す。

 

 母からの電話での連絡を受けて、迎えに正門にまで出ると、そこでは既に長也さんと立山記者が会っていたのだ。

 どうすれば良いかとあたふたしている母をよそに、兄弟は言葉を交わしていた。

 

「まるで拗れた家族みたいだったな」

 

「へぇ」

 

 少し考えたが、拗れた家族、という表現がやっぱり適切だと思う。

 

 調子はどうだ。学校は上手くいっているか。ぽつぽつと交わされる、拙い世間話。

 何度か繰り返したのちに、そのカメラは? という質問がされた。

 

 あれは多分、気の所為じゃない。そしてカメラに関する話になってから、確かに雰囲気が変わった。

 

 人の事を誤解しないため、良く知るための道具。だと彼は言った。

 その返答はただの答えでは無かったのだろう。呆れという感情が、言葉に乗っていたと思う。そんな雰囲気だった。

 

「あのカメラ、ただの趣味じゃなかったんだ」

 

「ああ。……そういえば、あの言葉だけ敬語だったな」

 

 思い出した。あの一言だけは、あからさまに距離を取っている様に思えた。

 それで兄は何を悟ったのか、分かった様な顔をして……そこで明がやって来た。それからの短い顛末は知っての通りだ。

 店に帰ると告げ、最後に挨拶。まるで未完で終わりを迎えた連載漫画の様に、納まりが悪い最後だった。あるいは伏線なんかをおざなりにしたままの、終焉。

 

「そっか」

 

「正確に同様と言う程でも無いだろうが、きっと以前の俺達もああいう風だったんだろうな」

 

 であれば、彼らに機会は訪れるのだろうか。

 一人だった世界から二人の世界に出会うような……という機会と言うと、確率としては無に等しいが。

 

 と言っても、俺が人の関係をどれだけ気にしても、何にもならないだろうな。

 

 知ろうと思っても、俺達は何一つ理解出来ない。そういう生き物だからーーーー

 

 

「……知りたいと思えるなら、きっと近い内に」

 

「ふむ?」

 

 そう思っていた俺に反して、明は違う意見を持っていた様だ。

 確かに、一例があった。俺達と言う一例が。であれば、また別の一例があるのかもしれない。

 

「だと良いな」

 

 

 

 

 体育祭が終わった。

 運動終わりの爽快感と言うよりかは、スケジュールからの解放感が強い。

 

「とりあえず……」

 

 アイスで祝杯だ。

 残暑は少しづつ薄れ、秋の空が見られる時期だが、運動で温まった身体には丁度良い。

 他に考慮するべきは、汗に身体の温度を吸われて、体調を崩してしまう事くらいか。

 

「いえーい」 「いえーい」

 

 タオルで汗を拭って、パジャマになって向かい合う。

 アイスを掲げて乾杯をして、そのまま食べ始める。

 

 この後何するか、なんて事を考えながら食べ続ける。会話は無い。

 

 ゲーム、動画、あるいは疲れた身体をベッドの上に投げ出しても良い。

 個人的には、ベッドで休みたい。

 

 

 アイスは平らげて、それからは床に座ってぼうっとしていた。

 明はベッドに腰かけて、携帯にも触らず俺の事を見ている。

 

 何時の日からだったろうか。明が俺の方を見ている事が多くなっている気がする。

 よっぽど俺の顔が面白いのだろう。気持ちは分かるのだが、俺の方が明を見ているとやましい気持ちがある様に思われそうで、憚られる。

 

 

「……あの日」

 

 む? と顔を上げる。

 ぼんやりと眺めているものだと思っていたが、何か思う所があって見ていたらしい。

 

「最初の日か」

 

「うん。私たちってこれからどうなるんだろう、って。一人が双子になって、学校も一人じゃなくなって、そのせいか厄介事も妙に増えて」

 

「……ふむ」

 

 この傾向が今後も続くのであれば、もっと大変になるだろう。厄介事を通じて知り合った者も多く、ぼっちを自称していた頃とはかなり変化していると言える。

 

「これから、か。敢えて言うなら……良い家族になるだろうな。何方かが居ない時の時間を知っているから、手放す気が一つも起きない。だから、大事にする」

 

「……大事」

 

「ああ。何十年後も続く事を願って、大事に、大切に」

 

 もし俺が宝くじを当ててしまったら、長く続く慎ましやかな生活を続けるだろう。

 何よりも大切な物を知ってしまったのなら、それこそ家族のように、永遠の関係を望んで大切にしていくだろう。

 

「恥ずかしい事を言ってしまったな」

 

「……わた……」

 

「む?」

 

 驚いた様に見開いた瞳が、俺を刺してくる。

 花も顔を真っ赤にして恥ずかしがるような事を言ったつもりだったが、無反応である。これはちょっと予想外だ。

 

「……大事」

 

「ん、ああ、大事だ」

 

「大切、私が」

 

「そうだな」

 

 共通認識だと思っていたのだが、もしや、明はそうでも無いのだろうか。

 

 大事は大事だ。母には悪いが、家族の一員として以上に、と言っても良い。

 だがこれは現時点での話で、今後の関わり次第で、それ以下になるかもしれない。俺達の仲が今後どうなるかという予感など、ぼんやりとしか思っていないし、意識していなかった。

 

 未来を気にする事も、きっと以前は無かったと思うが。

 

「もう慣れたものだが、こうして同じベッドで寝る仲になるとは……な」

 

「……」

 

「まあ正直、今でも違和感は覚えるが」

 

 違和感に慣れた、とも言うべきか。自分以外の体温があるベッドも、今ではむしろ、無いほうが違和感ものである。

 

「……き」

 

「さて……。確か今、メルティ装備の素材を集めている所だったな。竜狩りの気分なんだが……」

 

「……」

 

 それにしても、さっきから明の様子が変だ。

 

「明?」

 

「あ、うん! メルティ装備っ、ねっ、聞いてた。うん聞いてました。耳に穴が開くほど聞いてました」

 

 なんだ、いきなり敬語とは。あの兄弟のマネだろうか。

 それになんだ、妙に声が小さいぞ。

 

「……むん。まあいいが」

 

「あ」

 

 言い辛い事でも言おうとしているのか、声が段々と小さくなっていった。明の事がなんだと言うんだ。

 

「えっと……いや、やっぱり良いや。何でもない。竜狩りね、うん。今日は私が前衛やるから」

 

 挙動不審だ。

 何が言いたかったのか、とても気になる。

 

「行かないの?」

 

「いや、行こう。軽弩で良いな」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 狩りが終わる。瀕死の敵を捕獲する準備に入り、後は消化試合のつもりで動いていく。

 

 一時間もこのゲームを続けているが、そこまで行くと、なんとなく相方の調子が分かってくる。

 

「休むか。妙に調子が悪い」

 

「疲れたの?」

 

「俺じゃないが」

 

「え、じゃあ私?」

 

 意外、とでも言いたげな顔で見られた。

 こっちは自覚が無いのだろうか。俺の方は運動で疲れている事以外、調子は悪くない。

 

「そんなつもりは無いんだけど……」

 

「自覚が無いと面倒だな」

 

「ええ?」

 

 とりあえず、明が不調なのであれば、ゲームに付き合わせる様なことはやめておこう。

 暇があれば兎に角ゲーム、とか言う不健康児である我らではあるが、流石にゲームばかりでは飽きるし疲れる。

 日光浴、或いは月光浴も中々気晴らしに良いが。

 

 しかし今回ばかりは肉体面での疲労もあるだろう。とりあえずベッドで寝てしまえば良い。

 

「とりあえず寝ると良い。運動の後は休むに限る」

 

 モニターに向かっていた顔が、ふと俺の方に向けられる。

 目が合った、と思ったら、直ぐに背けられた。

 

「?」

 

「……うん、寝よう」

 

「ああ」

 

 

 

 

 何故だか知らないが、まだ寝込んでも居ないというのに、暑い思いをすることになっている。

 

「……冬は暖房要らずだな」

 

 詳しい現状を口で表現したくはない。そういう状態で、俺は天井を見上げていた。

 

「ん?」

 

「んー……」

 

 寝た後だったらまだ良かったんだが……。意識もある内にこうされると、落ち着かない。

 ……まあ、何時か慣れるだろう。双子なんだ。時間は幾らでもある。




思う所があった様です。

私としても、関係のスピード感に悩んでいる所です。フライングしてるけど


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幕間 兄弟の理解。

 

 最初は何事かと思った。

 

 夏休みを挟んで、関係が激変する男女は多く見て来た。広報メディア部で二年過ごせば、当然だと思う。

 けれどこれは。これに関しては、私にとっても初めて目にするパターンだった。

 

 

 以前まで、あの二人の関係は酷かった。最低限の接触を徹底していて、だからといって双子以外の相手と関わるかと言えば、そうでもなかった。

 結論から言ってしまえば、あの二人の仲が悪かったというより、まさしくお互いが他人だったのだろうと思う。

 

 転機となった夏休みを迎える前。私はこの双子に興味を持って、少しだけ調べた。その過程で、あの二人と関わったクラスメイトの話を聞くことが出来た。

 

 まずあの二人の話す話は、分かりづらいらしい。口足らず、言葉足らずな印象は私にもあったから、まあそうだろうと思った。それ以外にも、話が通じづらいとも言っていた。

 もっと詳しく話を聞いて、成程、と思った。悪い言い方をすれば、雰囲気を読めない人だった。分かりやすく例えるならば、言葉を文面の様に受け取っている、と言うのが良い。

 

 一例として「あれを取って」という一言を伝えたとする。その時、相手の事を見て、仕草や話の流れが分かってさえいれば、“あれ”が何を差すのかが大抵わかる。ただしあんまりにも適当で、代名詞が通じる状況じゃないのに使うのであれば分からなくて仕方ないが、あの二人の場合、そうでなくとも通じないのだ。

 まるで、ただただ紙一枚に「あれを取って」と記して渡した時みたいに。

 そう、文面以外の情報が全く受け取れないのだ。そういう風に、あの双子はコミュニケーションしている。

 

 それだけ分かれば、新聞や趣味の小説で活字慣れした私には、余裕だった。

 

 

 まあ、そういう自慢話は別に良い。それだけ見れば、言わばちょっと物分かりの悪い人達である。

 ただ肝心の双子の関係。これだけはほとんど分からない。

 

 その人にとっての赤の他人。その二人の関係を探っても、当然何も分からないよね。と言う風に、あの双子もそう言う感じだった。

 誰から聞いても、あの双子は仲が良くも悪くもなく……という事だけ。何十人と話を聞いても、結局他人と同様の関係でしかないとしか言えなかったのだから。

 

 

 その時の事を思い出して、今の関係を当て嵌めてみると、まあ一致しない。

 

 夏休みを終え、迎えた新学期。そこには、まるで本当に双子みたいな双子が居た。

 何故だ何故だ。何時に何があった、と気になるのも仕方がない。立場を利用して色々探っても、不思議で不思議で頭がこんがらがる。

 例えるなら……そう、まるでパラレルワールドにでも飛ばされた様な気分だ。

 

 最初に異変に気付いた時、誰よりも先に話を聞こうと、クラス中の騒ぎに乗じて一人話しかけに行った。他の人では良い話は聞けない。広報メディア部の誰かか、あるいは物書き、そういう人でない限り、伝わる文面の様な会話は出来ない。

 最後には追いかけっこになったが、最終的に追い付いた。その時の様子は、本当にうんざりな様子だった。私への対応にもその態度が隠しきれて……いやそもそも隠しても無かったが、それでも交渉の末、取引の様な形で記事にする事を許された。

 

 記事にする事を許されたのであれば、勿論双子の事情も事細やかに聞ける……! と、本来はそう喜ぶ筈だけど、この話はそう簡単には行かず、記事にはあの二人が考えたカバーストーリーを記すことになった。

 こちらからの提案だったから、その事は別に良い。あの双子も言いづらそうにしていたから、それ以上に探る気は無かった。

 

 数日もすれば、クラスメイト達も私の記事で落ち着いて、誰かが馬鹿正直に問い質す事もしなくなった。同時に双子も本来の学生生活を送れるようになった。

 その様子を見た私は……やっぱり、不思議で不思議で頭がこんがらがった。

 

 息ぴったり、テレパシーかっていうくらい通じ合ってる。熟年夫婦でもああは行かない。

 学校の休み時間に、あの二人がやっているスマホゲームを後ろから覗き込んでも見たが……素人目に見ても凄かった。あれはすごい。プロだ。

 

 ……じゃなくて、あの双子の仲の話だ。

 仲が良い様に振る舞う。みたいな事をしている訳でも無く、本当に仲が良い。一緒にゲームはするし、一緒に一緒の物を買い食いしてる。その時の表情も楽しそうだ。

 

 

 それから、許可を貰って双子の続報を書き続けて日が経っていく。秋の体育祭が行われる時期だ。

 

 その時も広報マスコミ部の肩書を使って、あちこちカメラを構えて練り歩いていたが、その時も相変わらず仲良しこよし。双子に続いて女子の一人とも仲が良くなっている様で、単純な変化だけでは無いのだなと思った。

 

 ただ、個人主義な所は相変わらずだった。以前から遠目にでも分かるくらい露骨な個人主義が、二人分に合体したという感じで、他人に対する態度はあんまり変わらない。

 2人一緒になって話す事が多いから、話が通じない、というパターンも目に見えて少なくなっているが、それでも進んで誰かと話すという事はしない。

 

 何か切っ掛けがあって、大きな変化があったとしても、結局根底の部分は変わらない様子だった。

 誰だって、根っこは変わらない。私も良く知っている事実だ。

 

 

 

 

『体育祭、どうでしたか?』

 

『問題無く終わった』

 

『そんなの見ていれば分かりますよ』

『なにせ撮影してましたから』

 

『そう』

 

『そういえばあの時、撮影は遠慮しなくて良いと言ってくれましたよね。それって体育祭の後でも有効だったりします?』

 

『駄目。体育祭の写真が十分そろっていれば良い』

『今後の行事も、撮ってくれると助かる。母が嬉しがるから』

 

『分かりました』

 

 

 

『それと、私の兄の事なんですが』

『あなた達から見て、どんな印象ですか?』

『お世辞抜きで良いですよ』

 

『特には。良い雇い主だと思う』

 

『はい?』

『雇い主ってどういう事ですか?』

 

『長也さんのカフェで働いている。週末と放課後に』

 

『……初めて知りました。カフェをやっているのは兎も角、バイトを雇ってるなんて』

『でもそういう事だったら、兄の事を宜しくお願いしますね』

 

『何を?』

 

『玉川さん達の前では取り繕ってるかもしれませんが、私の兄さんは抜けているので』

『お二人さんに限っては問題無い筈ですが、何か言いたい事があれば、我慢しないで言ってやってください』

『言わなきゃ、分からない。察するなんてもっての外。……今は解消されているかもしれませんが、昔の兄さんはそういう人種だったので』





 この回でこの章は終わりです。お疲れ様、私。

 後のプロットは無い(姉妹と兄弟のキャラストーリーの終わらせ方と、双子の最終話が決まってるだけ)ので、ネタを考えつつ書きます。ラブコメ漫画とかアニメとかも見つつなので、更新速度は遅めに……と言う程でも無く、結局アイデア次第です。唸れ脳細胞。

 バレーの描写をするから私自身も実践、っていう程の行動力はありませんが、漫画やアニメくらいなら幾らでも見るので、望み薄と言う程でも無い筈。

 あ、スランプは多分脱却したと思います。主観ですが。


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温もり恋しと寄せ合う日々
意外とこういう感情はしぶといのだと、私は思った。


 

 

 今更な話なのだけど、私達は、友達という単語と縁が無い。

 そんな一方、フレンドという単語という事であれば、「それなりに」と答えられる。

 

 最近じゃ私の友達を名乗る人がクラスメイトに現れたけど、そう経たない内に飽きて離れると思う。我ながら付き合いは悪いし、話していて楽しい、なんて事も稀な筈だ。

 連絡が完全に途絶えているという訳では無いが、あの姉妹とのやり取りも減っている。と言っても向こう側も中々しぶとい。

 

 

「うげ、電池切れ」

 

「ん、クリアに間に合わなかったか」

 

「頑張って~」

 

 電池切れによって、私のキャラクターが部隊から消え去る。

 

 最近配信開始された、人気バトロワFPSのモバイル版。それを早速と試していた私達だが、やはり充電無しではあまり長続きしない。

 手持ちのモバイルバッテリーを接続していた明一の携帯はまだ生きている。バッテリー容量にもまだ余裕がある様子だし、しばらくは大丈夫な筈。

 

『アルファちゃんどったの』

 

『バッテリー切れ』

 

『あっちゃー』

 

 まだまだ元気に稼働している明一の携帯に、小さくテキストが脇に表示される。

 三人部隊のチームメイト。ランダムなマッチングによって組まされる、所謂野良ではない。

 

 私と明一の居る部隊に加わる三人目は、以前より様々なゲームでお世話になっている暇人ゲーマーSSSである。

 この暇人ゲーマーという呼び方は、聞く人によっては悪口となりかねないが、彼自身は気にしていない。自称するどころか、ユーザーネームにしているからだ。

 

 では私はどうだという話だが、まあ人の事言える立場じゃない。「輝くアルファ」と言うのが私のユーザーネームである。そして明一は「輝くマイク」。

 揃いも揃って光っているが、これが私達のネーミングセンスだから仕方ない。

 

 因みに一致については故意による物である。連帯感とかそういう意図が無いとは言わないが、どちらかと言うと、名前を決める手間が半分に減ったとか思っている。

 

 

 さて、ゲームの方も終盤戦に入ったらしい。イヤホンで銃声とかは聞き取れないが、モニターから状況を見るに、人数不利を帳消しに出来そうなポジションに陣取れてる。

 ……と思ったら、敵キャラクターのスキルでごり押しされたっぽい。そのポジションを追いやられて、そのまま挟撃されて敗北。

 一応ポイントは黒字だけど、ギリギリの所となると、むしろ悔しいものだ。

 

「じーじー」

 

「ふう」

 

 ゲームも終わったのだし、今から帰る分のバッテリーだけあれば良いだろう。

 何も言わずに横から充電ケーブルを掠め取って、そのまま自分の方に接続する。

 

「おい」

 

「良いじゃん」

 

「驚く」

 

 確かに体が少し当たったけど、気にする部位じゃないだろうに。

 最近は明一の()()()が妙に厳しい。

 

 明一の苦言をよそに、バッテリーと携帯を重ねてポケットに入れてしまう。その内勝手に再起動するだろう。

 

『お疲れ、電池切れだったら今日はお開きか』

 

『そうなる。お疲れ様』

 

『うぃ。また呼んでくれよなー』

 

 適当な距離感だが、それで丁度良い。

 部隊メンバーから一人が離脱して、それを見届けて明一もゲームを終了させた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 休日の過ごし方と言えば、ゲームか、バイトか、たまに家事。それと勉強もあるが、それは最低限。

 だと言い繕っても、やはりゲームが6、7割を占めているという事実もあり、なかなか涼しい顔も出来ない。

 

 多分、ゲームに馴染みの無い様な人間であれば、この6割は友人との交流や勉強に変換される。

 最近はSNSや漫画アプリも時間潰しの手段になっているらしい。名も知らぬ誰かがそう話しているのを聞いた。

 

 趣味は何ですかという質問であれば、ゲームだと迷わず言えるこの双子であるが、そんな二人が外出する要件と言えば、やはりその選択肢も限られる。

 外食、お使い、そしてゲームセンターだ。

 

 

 

「お二人さんは、確かゲームが好きなんだよな?」

 

「はい」

 

 夕食の時間帯が過ぎ、客足が落ち着いてくるというタイミングで、マスターが雑談を持ちかけて来た。

 雑談をするという事は、余裕があるのだろう。そろそろ私ら二人もバイトを切り上げる時間帯か。なんて事を思う。

 

「だよな。親御さんが言ってたぜ」

 

「はい」

 

 

 

「実はオレ、昼にこんな物を受け取ってな……」

 

 そう言って自慢げに掲げたのは、二枚の紙切れ。

 何処かのゲームセンターのクーポンらしい。目を細めて細かい文章まで読んでみると、これ一枚で、3回分だけゲームが遊べると書いてあった。

 

「クーポンですか」

 

「おう。クーポンだ」

 

「はぁ」

 

 双子だからと、珍しがっているのかもしれない。

 まあ、受け取れるものは受け取るけれども。

 

「私達が貰って良いんですか?」

 

「俺が使うにしても、カフェの定休日は予定埋まってんだよ。それ以前に、お二人さんに宜しくねって言って渡されたんだ。アイツの事覚えてるか? リエ姉さんっつー奴」

 

「あー」

 

 私達がバイトを始めた頃に絡んできた、マスターの知り合いと思われる女の人だ。

 あれからたまにカフェに来るから顔は覚えていたが、こっちの方からその人の事を呼んだ事が無かったから、名前だけ忘れていた。

 

「アイツがクーポンをくれたんだ。……気付いてんのか知らないが、結構気に入られてるぞ?」

 

「そうですか」

 

「無頓着だなぁ」

 

 だって名前なんかもついさっき思い出したくらいだし。

 

 

 まあクーポンは有難く貰うとして……。クーポンを貰うのであれば、多少はリエ姉さんとやらの事も知っておいた方が良い気がする。

 軽い恩とは言え、そう言うのは割と大事だとよく言われている。

 

「リエさんって、どんな人なんですか? 物を貰うなら知っておきたいのですが」

 

「あー……。学校のセンパイ、って言えば良いのか? まあそういう関係だ。性格はクッソちゃらけてて……お二人さんが苦手そうなタイプ」

 

「なるほど」

 

「確かに陽キャを自称する人は苦手です」

 

 とは言っても、そういった人が陰キャを見下すような言動が多いから、というだけなんだけど。

 陽キャだからと言って嫌うのもなんだか違う。そもそもお互いに認識している陰キャ陽キャの意味さえ違う、という事もあるんだ。

 

「はは。まあ気に入らんだろうが、貰えるもんは貰っとけ。日付指定とかは無いし、待ち伏せ何てこともねえだろ」

 

 確かに、時期が限定されていたら私らが来るタイミングも予測できるのか。

 ストーカーが出来る程の人気者って訳じゃないから、覚えておく必要も無いけど。

 

 ……あ、いや。覚えた方が良いかも。

 

「あ、メモ?」

 

「双子の関係で、学校でも色々目立ってるので。そういう事は覚えておこうかと」

 

「まあ珍しいしな。じゃ、行くんだったら気を付けろよ。……よし、今日もこれくらいで良いか。お疲れさん、上がって良いぞ」

 

「はい。お疲れ様です」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ゲーム……クーポン……。

 一枚の紙をぼんやり眺めて、次いで明一の方を見る。窓を眺めていた。

 

 私の部屋の窓は、真正面に一本の街灯が見える位置にある。雨の日に眺めると、アスファルトが濡れて良い感じの雰囲気になるのだけれど、今日は晴れだ。

 

「……」

 

 ただの深い呼吸が、無音の部屋でやけに目立つ。

 さっきまでゲームをやっていたのだけど、集中力が続かなくなって、なんとなく無言の時間を作った次第である。

 

 ちょっと前も同じ様な事があった。あの時は、私の方の集中力が続かなかった。

 

「……んー」

 

「うん?」

 

「私って……」

 

 言葉を続けようとして、詰まる。

 何を言おうとしていたんだろう。考える前に言葉を放って、何も続かなかった。

 

「何だろう?」

 

「幾ら暇でも哲学はどうかと思うぞ」

 

「いや、忘れただけ」

 

「ふむん。まあたまにあるよな。……お、猫だ」

 

「猫? 珍しい」

 

 この辺りに野良猫は居ない。他所から寄って来たんだろうか、と明一の隣に身を寄せる。

 彼の目線の先へ注視して、直ぐ見つけた。白猫だった。もっと只でさえ高いレア度が嵩増しされた。

 

「白い」

 

「ああ」

 

 にしても何を見て……って、逃げた。

 

「……こっちの方見てなかったか?」

 

「警戒させちゃったかな」

 

 だとしたら、逃げるより先に見つめ返されそうな物だけど。

 

 

 そう言えば、あのクーポンどうしようか。元々そういう事を考えてたはずだ。

 まず、使わないと言う選択肢は無い。ゲームが好きで、どうしてこのクーポンを無駄にしなければならないのだ。

 

 今週末は普段通りバイト以外に予定は無く、行こうと思えば何時でも行けるのだが……。

 

「そうだなぁ。休日は多分混むだろうし……早朝とかに行ってみる?」

 

「良いな。営業時間も朝からの所が殆どだし、問題ないだろ」

 

 そういう事になった。

 一応ママにも伝えておいて……多分、専用のコーディネートも押し付けられるだろうけど、まあそれは今から覚悟しておくとして。

 

「どんなゲームがあるんだろう」

 

 このブランドのゲームセンターに限ってでしか使えないが、中々大手の所だから、選択肢が限られる程ではない。

 であれば、珍しいゲームも置いてあるような所に行きたい。

 

 最近はVRの体験コーナーもある。検索してみると、大変興味深いことに、数駅乗った所に体験コーナーも入っている所があった。

 

「ここどう?」

 

「……おお、VRか。第一候補だ」

 

「やった」

 

「どうせ遠出するなら、近所では出来ない事がしたい。珍しい物はどんどん遊ぼう」

 

 遊ぼう遊ぼう。

 新しいパソコンの為の貯金を崩すのだから、精一杯楽しむのが吉だろう。誰かに同意されずとも、強く確信できる。

 

「うん、遊んで、楽しもう。沢山」

 

「沢山、な。……明日また一人になるという事も無いんだ」

 

「ん」

 

 今そういう事を話題にされると、不安になる。

 せっかく穏やかな時間を過ごせているのに、そういう事を意識するとこれ以上無くモヤモヤするのだ。

 

「むう……」

 

「な、なんだ」

 

「野暮な事を言う奴は、こうだ」

 

「ごふっ」

 

 胸元に頭突きしてやる。腕も使ってがっちりホールドしてやる。そしてぐりぐりと額で胸を擦り付ける。

 

 苦しかろう。息がしずらかろう。だから黙ってホールドされていろ。

 そうしてくれると、こっちが安心する。

 

 

「あー……。まだ、不安になるのか」

 

「女は不安になりやすいんだよ」

 

「そ、そうか」

 

 根拠の無い言いがかりだけれど、明一がそれを知る術は無い。

 

 別に、明一がこの懸念を一切気にしていないという事ではないのだけど。しかし最近は一人に戻る兆候も無いしで、安心している節がある。

 私も安心出来たら良いのだけれど、生憎と、私は……。

 

 ……。

 

「頭突きドリル」

 

「髪の毛がくすぐったい」

 

「じゃあポニテとかにする?」

 

「……いやいい」

 

「そっかー。うなじが気になるもんねー」

 

「おい」

 

 あ、明一も気になるんだ。

 漫画やアニメでそういう男をよく見るけど、真横に実例が居たとは。

 

「ゲーセンの時にヘアゴムでも買おうか」

 

「むう」





 ステップ1
 アンケートで二人の関係が決まる

 ステップ2
 よっしゃ距離縮めよ

 ステップ3
 色んなラブコメ見て勉強しとこ

 ステップ3
 恋愛分からん。

もしかして:ダニング=クルーガー効果


追記
深夜テンションで書くと筆が進む
ただし品質が落ちる

今回のはそれが顕著に出た気がする


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何が変わっても根は同じはず、と俺は思った。

 

 楽しい楽しいゲームセンターの日。その当日。

 俺は一人でそこにいた。

 

 ……ぼっち、である。現在形だ。

 

 

「はぁ」

 

 この日を待ち望んでいた筈の明が、ここに居ない。つまり、俺一人である。

 本来は俺と共に来るはずだったのだが、直前になって別行動を告げられた。理由は無い。しかし俺が思うに、我が片割れの明は何かを企んでいる。

 

「……」

 

 先に行って、と送られてしまったが、先にゲームセンターへ入る気にもならず、代わりにと待ち合わせ場所の位置を送り返した。

 

 ……しかし何故だ? 女子の用事と言えば女の子の日だが、明にはそうとは伝えられていないし、俺が知っている周期からは外れている。だからと言って、何かを企んでいるのだと断ずる事もできない。

 

 一番大きな可能性を予想するなら……恐らく、母だ。

 

「あの予測不能な母親は……」

 

 

 もう良い、考えていても仕方ない。立ち疲れたのだし、何か飲み物でも買っておこう。

 そうだ、明の分も買っておいた方が良いだろうか。今から買ったら、幾ら冷えた空気でも少しぬるくなってしまいそうだ。……寧ろ温かい飲み物の方が良いか? いや、冷たい方が……。

 

 ……この辺り、自販機が無いな。陰にでも隠れているのか。

 死角を塗りつぶす様に辺りを歩き回るが、見当たらない。駅前の広場だというのに、ここまで無いというのは寧ろ珍しい。そろそろ諦めても良いかと言う頃に、遠くにある自販機が見えた。けれど妙に遠い。

 

 まだ連絡も無いし、買っている内に入れ違いになる事も無い筈だ。少しくらい離れていても大丈夫だろう。

 

 

 

 

 ……大丈夫じゃなかった。

 

 

 両手にミルクメロンの紙パックを持って戻って来たが、俺達の待ち合わせの場所に誰かが居た。

 

 何故か待ち合わせの場所と決めていた目印の木に寄りかかっているし、酷く見覚えのあるカバーを付けた携帯を持っているし、カバンも俺の知ってる物。

 そして、妙に明と似ている、あの女子。彼女は一体誰なのだろう。

 

 ……いや、これだけ分かって、明だと分からないのは無理がある。しかし何でこんな恰好を? 母の影響か? 

 

「……明?」

 

「ぽっ?!」

 

「ぽ?」

 

「あいや、あー……。待った?」

 

「……シチュエーション的には、待たせたのは俺の方だと思うのだが」

 

 俺の事に気付いて、持っていた携帯で顔を隠される。今隠されても、様変わりした顔は見えてしまっていたが。

 

 しかし、成程。これが化粧と言う物か。何度も寝起きに見た顔だ。これぐらい変われば、化粧に気付ける。

 

「しかし、化粧をしていたのか」

 

「う、うん。ママに教えられて、どうせだからサプライズ、って」

 

「成程。……綺麗になったものだな」

 

「き」

 

 元々が醜悪だと言う訳ではないし、むしろ整った方ではないかと自己評価している我らの顔だが、それにひと手間加えてやるとここまで変わると言うのは、俺としてもかなり驚きだった。

 以前にお出かけしたとき、互いに“似合っている”と言い合ったが、今回は演技抜きで言える。今の明は見違って綺麗だ。可愛いと言っても良い。

 

「き……キレイ。ふうん」

 

「ああ、可愛いとも言える」

 

「ふ、ふふ、キレイ、カワイイ……。ねえねえ、私キレイ?」

 

「まあ、そうだな。綺麗だ」

 

 堪えている様な堪えていない様な、変な笑いだ。確かに綺麗だと言われ慣れていないだろうし、緊張もするだろう。

 無理やり母に化粧を教えられたのであれば、不安もあるかもしれない

 

「……しかし、顔が赤いのも化粧か? ぷっ」

 

 な、なぜ俺の目を塞ぐ……。

 

「そんな厚化粧なワケ無いでしょ。ママ曰くナチュラルメイクだってさ」

 

「はあ。しかし何故俺の目を」

 

「……我に返った?」

 

 なるほど。明は我に返ると俺の目を塞ぎたくなるらしい。

 

「……いや支離滅裂。なんなんだよ」

 

「黙秘権。ほら行こ」

 

 俺の目を塞いでいた手で、そのまま俺の手を繋いだ。

 ……彼女の手からも、嗅ぎ慣れない匂いがする。香水も付けているのか? 

 

「まあ、別に良いが……。ああそうだ、これ」

 

「ん、買ってくれたの? ありがと」

 

 両手で大事に持っていたジュースを渡す。

 別に意識していなかった筈なのだが、ストローを咥える唇に潤いのあるツヤが見えて、俺の目を惹いた。

 女子力の力とは、俺が思っている以上に強いらしい。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 俺の双子が知らない内に化粧を覚えて、いつも以上に魅力的になった明だが、その見た目以外に変化は無く、少し付き合えば気にならなくなった。

 

「ほー、大きい」

 

「色んな物がある。二階にも」

 

 ゲームの筺体がずらりと並んでいる。入口近くに掛けられていた配置図を見ると、二階も同じぐらいの密度で置かれているのが分かる。

 以前の時とは大違いだ。期待もうなぎ上りと言う奴か。

 

 少し探せば、一際目立つ筺体も見つかった。あれは多分、所謂レール式ガンシューティングという奴だ。

 大きなモニターに、備え付けられているモデルガン。実物は今初めて見たが、知識だけは持っていた。

 

「おー。おー」

 

「やるか? やるか?」

 

「やらないべからず」

 

 つまりやる他にないという事だ。

 小銭を財布から出して、早速と投入した。

 

 簡単なチュートリアルから、流れる様に本編へ入る。と、その前に選択肢が現れた。……ハードモードにすると、モニターに照準が映らず、手元の銃に付いている照準器を通して狙わないと行けないらしい。

 しかもアイアンサイト。

 

 とりあえずノーマルモードを選択して……画面に『銃を手に取れ!』という表示が出て、いよいよと俺達は銃を引き抜いた。

 偽物とは言え、こういった物はエアガンやモデルガンですら手にしたことが無いから、この重みが新鮮だ。アイアンサイトも作り込まれてる。

 ……あ、もしかしてコレはセレクターだろうか。部品の名前と機能は知っていたが……おー。

 

「すごいな、スライドも……おお、中身まである」

 

「リロードとかどうするんだろう。流石にそれは自動かな?」

 

 

『ファースト・ミッション』

『ドローン工場から脱出せよ!』

 

 と、手元の銃で遊んでいたら始まった。遊んでいるヒマは無かった。残念。

 

『製造番号042A2BF、製造番号042A2BD。両ドローンの逸脱行為を確認。セキュリティドローンに確保を命令します』

 

『ニンゲン! ニンゲン! 本機の保護を希望スル!』

『タスケテ! タスケテ! セキュリティドローンの攻撃を予測!』

 

 するとモニターの両端から二つのドローンが現れた。青い光を放っており、小動物的な可愛らしさを感じないこともないデザインだった。

 助けを求めているらしい。否定する選択肢もなく、すぐに敵らしきドローンが物陰から現れた。

 

「あれを撃てば良いのかな」

 

 とりあえず一発。すると画面端のスコアが加算された。成程。

 

「よっし、開戦だ!」

 

 照準を合わせて引き金を引く。手に伝わる反動と共に、ドローンの姿から火花が散った。

 何発か撃って打ち落とせば良いのか。そう思って連射するが、固い。

 

「撃破っ」

 

 と思っていたのだが、隣でドローンが落ちて行った。明からは銃声が2つ分しか聞こえていなかったのだが……。

 

「2発しか撃ってなかったよな」

 

「急所じゃない?」

 

「成程」

 

「多分プロペラの辺り」

 

「よし」

 

 その通りの部位を狙い始めると……成程、納得の効率だ。俺の弾丸は一撃必殺を成した。

 このゲーム、多分だが数を撃つより精度の方が重要なゲームだ。

 

「お、一発でも落ちるんだ」

 

「左右で分担、で良いか?」

 

「結構」

 

 モニターに映るレティクルで狙えるノーマルモードだから、簡単に弱点を撃てているが……ハードモードでも撃ち甲斐がありそうだ。

 

「……楽勝だな」

 

「うむうむ」

 

 とりあえず画面の半分で分担する、という行動方針で、小型ドローンを打ち落とす。

 まずステージ1。というだけあって簡単だ。

 

「お、分かった。プロペラの軸で一発だ」

 

「ナイスナイス、って難しいってそれ!」

 

「二発決め打ちした方が楽だな」

 

 パスンパスンと打ち抜いて、ガシャンドカンと爆発するドローンがとっても爽快感だ。

 運が良ければ一発一機。でなくとも二発で落ちる。

 

 ……しかし。

 

「とはいえ簡単なもんだ。ほら、まだ一発も貰ってないぞ」

 

「確かに!」

 

 唯一の気掛かりと言えば、隣の明から漂う、ほんのり甘い香りである。

 これが俺の気を散らせる。

 

 でも、楽しいというのは変わらない。

 撃って撃って、画面を彩る火花で満たしてやる。正確に打ち抜くコツが掴めれば、確実に一発で撃ち落とせるかもしれないが……。

 

『スゴイ! スゴイ! 一撃必殺!』

『ムテキ! ムテキ! 脱出ルートを変更!』

『ニンゲン達ツヨイ! 危険な近道でもアンシンアンゼン!』

 

 何を言ってるんだこのドローン達は。





 アニメ定番のナンパ被害の描写を書こうとしたんですが、書く前に脳が破壊されそうになったので省略しました。許せ。
 それはそれとしてウチのこの可愛い双子に手を出すなんてミシシッピ川でウニにデスロールされるのが相応しいと思うんです。


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連携にも限度があるのだ、と私は思った。

 

「お、近道ルートだ」

 

 通りすがる誰かの声が零れて、後ろ耳に聞こえる。

 

 私達の銃声は次々とドローンを落としていくが、最初から出現し続けていた普通の警備ドローンとは違う種類の物も現れている。

 暴徒鎮圧ドローン。耐久値は多く、弱点も無い。装甲が薄い部分を探すか、大量の弾丸、或いは高火力の攻撃ぶつけなければ撃破は難しい。

 

 しかし小型ドローンが出続ける中、一体の大物を相手にするのはキツイ。かと言ってあれを無視するのも痛手になる。

 

「サブマシンガン」

 

 けど、それも二人分のハンドガンだけでは、という話だ。

 トリガーを引きっぱなしにしても撃ち続けられるサブマシンガンであれば、直ぐに落とせる! 

 

「あいさ」

 

 トリガーハッピー! 

 そんな風に、声高らかに宣言してしまいそうなぐらい、この武器は便利だ。どれほど指を俊敏に動かせる人でも、トリガーの引きっぱなしで連射出来るのは有利だ。

 

 けれど、私がこの武器で対応できる場面は限りがある。弾数の限りもあるし、精度が悪いのもある。こういった大くて硬い敵にしか使わないようにしている。

 

 画面中央を陣取る大型の暴徒鎮圧ドローンの周辺には、普通の小型ドローンが飛んでいる。

 私が大きい方を相手取っている間、小型は明一がハンドガンで対応する段取りになっている。打ち合わせた訳じゃないけど、単純に画面左右で分担するよりやりやすいから、やっている内にこうなった。

 

「よし」

 

 暴徒鎮圧ドローンは撃破。画面全体のちまっこいのを落としてた明一は、以前まで通りに右側に専念し始めた。

 私もハンドガンに切り替える。

 

『ガンバッテ! あと少しで無法地帯!』

『ダイジョウブ! 警察や鎮圧部隊より、ギャングの方が安全!』

 

「……」

 

 全く面白いドローン達だなぁ! 

 見た目も殆ど同じだし、まるで双子……双子? 

 

 ……ふむん。同型のドローンだから同じ様に見えるのも当然かな。

 

「あ」

 

 何発か外して、私に狙いを定めていたドローンが発砲する。

 ダメージ一つ。これだけでゲームオーバーとはならないが、被弾の演出が大袈裟だから、なんか嫌だ。

 

 エフェクトで画面が見づらい。床も揺れている。筺体による演出だろうけど、驚いて転びそうになった。

 

「おい」

 

「わ、と。驚いた」

 

 転びそうになった所で、明一に支えられた。

 肩を抱きかかえられて驚きもしたけど、視界に入ったモニターの様子に、ほぼ反射で銃を抱え直した。

 画面右側のドローンに狙いを定めて、撃ち落とす。あっちが私を助けている間に、右側で攻撃を受けそうになっていた。

 

 ……にしても、片腕だけ使うのは狙いづらいなあ! 

 

「……」

 

 無理して明一を振り払う程じゃないけど……。

 

「放して良いか?」

 

「あ」

 

 私の返事を待たずに放された。

 

 ……ん  まあ? 演出の揺れは収まったし、私達が抱き合ってる間にも撃ってたから、まだ余裕はあったけど? 

 後は……って、あれは新型! 

 

『タイヘン! タイヘン! 軍事用ドローン!』

『無法地帯に配備されてる! ワスレテタ、ワスレテタ!』

 

「ポンコツドローン!」「ポンコツ!」

 

 弱点のプロペラも装甲で保護されてる。弱点は……わからん! 

 撃ちながら探すしかないかな……。

 

「そっちの武器ってマグナムだったよね?」

 

「けどあの数じゃ直ぐに弾切れになるぞ」

 

 でも私のサブマシンガンじゃ、マトモに当たらないだろうし……。ハンドガンじゃ純粋に威力不足。

 やっぱり弱点を……いや、そうだ。サブマシンガンで偶然弱点に当たるのを期待……いややっぱり当たらないって! 

 

「ムリムリマグナムお願い!」

 

「分かった」

 

 連射出来ないが、弾数も少ない。

 しかし大火力。ただ純粋に大火力。ついでに当たった個所が弱点になって、後々の攻撃が通りやすくなる。

 

 あの軍事ドローンであろうと、一撃で……。

 

「落とせない! 勿体ないから後はハンドガンで撃ってくれ」

 

 一撃で落とせない! いやでも、落とせなくても新しく作った弱点でダメージを与えられる。何とかやれる筈……! 

 

『ニンゲン! ニンゲン!』

『ダメージ、甚大! ダメージ、致命的!』

 

 でもやっぱりダメージは避けられない! 

 HPも減って、そろそろキツい。

 

 それと……。

 

「お腹空いたー!」

 

「え?!」

 

『ニンゲン! 動かない! ……動かない!』

『生体モニターを起動! 心肺停止を、確認……』

 

「あっ」「あー」

 

 ……これコンテニューの機会も無いんだ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「何時からアンタは腹ペコキャラになったんだ?」

 

「まあまあ」

 

 お昼、って程の時間帯じゃなかったけれど、私は朝からバタバタしていたからか、大分エネルギーを使ってしまったんだと思う。

 早めの食事を一緒に取る事になった。ゲームセンターからそう遠くない所にあったファミレスである。

 

「まあ、変にお高い雰囲気じゃなくて助かるが」

 

「お高い雰囲気?」

 

「化粧のお陰で妙にお上品に見えるんだよ。……黙ってればだが」

 

「ふうん」

 

 肉が旨い。母のハンバーグ(レトルト)も美味しいが、こっちも中々良い物だ。

 あと一緒に乗ってるコーンが甘いのも嬉しい。シャキシャキ甘々。明一も気に入るだろう。

 

「甘いよコレ」

 

「そうか?」

 

「ほら」

 

 スプーンに乗せて、明一の口に向けて差し出す。あーん、と口に出すまでも無く咥えられた。

 

「……ん」

 

「どう?」

 

「甘いな」

 

「でしょう」

 

 でも、こういう贅沢に慣れてしまったら、母の食事に飽きてしまうかもしれないな。

 ……いっその事、私が料理を覚えてしまえば良いんじゃないだろうか。

 

「……甘いな」

 

「うん?」

 

 甘いという言葉を二つ繰り返した明一に、どうしたんだと目線を返す。

 

「いや、香水が本当に甘い香りで……。さっきも思ってたんだが、なんだその匂いは」

 

 うん? あー、香水の事かな。

 すんすん、と腕を鼻先まで持ってきて嗅いでみる。花の香りがするけれど、このハンバーグと併せると妙な感じだ。

 

「花の名前は忘れたけど、その香りだって」

 

「そうか」

 

 勿論、これを付けてくれたのは我らがママである。

 私は慣れない香りを体に吹き付けるのに抵抗があったのだが、まあ、色々言いくるめられて、付けることになった。

 

「でも、折角のご飯が台無しだね。味の邪魔っていうか」

 

 贅沢な食事を取るのであれば、この香水は付けない方が良い。お風呂に入ったら匂いは取れるだろうけど、まさか今から水浴びに出向くわけにもいくまい。

 

「まあ、お風呂までこの匂いは我慢という事で」

 

「別に大丈夫だが」

 

「そ?」

 

「まあ、あんまりキツい匂いだったら何か言うかもしれないが」

 

 そこまでキツい香水を付けるとしたら、多分その時には私の鼻が曲がっていると思う。

 匂いの好みは大体一緒だろうし、その辺りは問題無いと思う。そもそも面倒だから、自発的には……。

 

「まあ、俺は好きだぞ」

 

 ……むん。まあ、機会があれば、付けるかもしれない。

 

「へへ……じゃなくて、コホン。今度は美味しく食べられるように、香水は無しね」

 

「まあ勿体無いしな」

 

「うん」

 

 次も、またその次も。機会は幾らでもあるもの。

 或いは、機会を待つ事をせず、むしろ自ら作るのも良いかもしれない。

 

 

 

 

「そういえば」

 

「ん?」

 

「VRの方、選べるんだよね。何する?」

 

 さっきゲームセンターから離れる時、そのポスターが目に付いた。

 

 ジャンルで分けると、FPS、レースとあった。

 どっちも興味を惹くから、繰り返し体験して網羅したい所であるけれど。

 

「……あるいは、二人で二つのジャンルを遊ぶか」

 

「なるほど」

 

 二人で一緒のジャンルを遊んだところで、協力プレイや対戦プレイなどは叶わない。シングルプレイ専用である。

 だから一つのジャンルにと拘る必要は無い。

 

「それじゃ、問題はどっちがどっちを選ぶか」

 

「ジャンケンポン」「ポン」

 

 グーとチョキ。私の負けだ。

 

「はい俺の勝ち」

 

 という事になった。勝った方が好みのジャンルという事で良いから……。

 

「じゃあ私はレースジャンルだね」

 

「そうだな。FPSは任せろ。敵をバッタバッタと撃ち倒してしまおう」

 

「ライバルの車もバッタバッタと」

 

「いやダメだろ」

 

「むん」




昔書いたラノベもどきを見ていると、よくこんなのを書く度胸と気力があったなと懐かしむこの日頃でございます。


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変わってしまったのだな、と俺は思った。


 全然おもしろく書けない!
 でも納得できるまで書き直すという気概は中々出ない……。

 作者自身が納得していない作品が受けるとは微塵も思ってませんので、まあ、今回はつまらないと思えるシーンは飛ばしてしまってください。


 次回から面白い話の書き方を考えてみます


 なんか居る。

 ちっさくて、モフモフで、白いやつ。

 ファミレスで腹を満たしてからゲームセンターに戻ってきた所で、見覚えのある猫が居座っていた。

 

「……こんな人混みの中でも平然としているんだな」

 

「まあ猫だし」

 

「都会の猫ならこんなものか」

 

 見覚えがあるとは言ったけど、この前家の窓から見かけた猫とは別だろう。

 白猫は珍しいが、唯一無二というほどじゃない。それに距離だってある。ここまで何駅も乗って来た。

 

 道端に居たのに気づいただけだから、邪魔というほどじゃない。白猫の視線が妙に刺さるが、まあ無視できる。

 いきなり襲いかかってくる事もないはず。

 

 

「で、俺が遊ぶのはFPSだったな」

 

 体験会場、と言えるくらいには大きく間取りが取られた空間が設けられていた。精一杯動き回れそうだが、この場でギリギリバレーボールが出来るかどうか、というくらい。

 体験中の人同士がぶつからないよう、柵も設けられている。スタッフだって居る。

 

「ほー」

 

 順番待ちはあるが、行列というには短い。俺たちの前に待っている人が2人居る。

 

「それじゃあ」

 

「やってみましょうか」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 程なく順番が回ってきて、明と一度分かれる。

 偶然2人同時に体験を終えたから、同時に入場する形になった。だからといって、明とマルチプレイができると言うことにはならないが……。

 

 スタッフに案内されて、バレーボールのコート程の広さの空間に案内される。隅っこには俺が身に付けるのであろう機材が置かれていて、別のスタッフが手入れしていた。

 

「もしかして、あちらの方って彼女さんですか?」

 

「え?」

 

 あちらの方、と言って目線で指したのは俺の片割れ、明である。彼女も丁度同じ様に案内されている。

 間違っても彼女、恋人と言うような関係じゃないのだが……。

 

「いえ、双子です」

 

「へえ! これは失礼しました、双子だったのですねー!」

 

 これは話好き、と言うよりかは美容院の店員を連想するノリだ。手を動かす傍ら、口も絶やさず動かす人間。

 衛生管理の一環なのか、アルコール消毒をやっている様に見える。

 

「それでは失礼しますね。こちらのヘッドセットを装着させて頂きます」

 

「はい」

 

 装置を被される。少し位置がずれるな、と思ったら、店員の方が調整してくれた。加えてベルトの様なものも首に巻かれる。

 

「これは」

 

「全身の動作をVR空間内に投影する為のセンサーですね。脊髄の電気信号を読み取るとか」

 

 聞いたことがなかった。市販されているようなVR用の装置しか知らなかったが、世の中にはそういう装置もあるらしい。

 体格に合わせたキャリブレーションなのでと前置きされてから、指示を受けながら身体を動かす。

 

「何時か漫画みたいなフルダイブ系のVRも出るんですかねえ」

 

「そうですね」

 

「私、いつかヴァーチャルな世界で理想の男の子とイチャイチャするのが夢なんですよぉ」

 

「そうですか……」

 

 店員との会話は苦手だ。

 興味のない話題には、中身のない返事でしか返せない。

 

 

 ただ、そう引き出しが多いわけじゃなかった様で、一方的な会話がすぐ終わった。

 それから少しして設定が終わり、起動。

 

 視界いっぱいに世界が広がった。

 見下ろせば身体もある。といっても輪郭だけでだが。

 試しに体を動かすが、指先の細かい動きまで正確だ。歩くと歩ける。

 

「実際に歩いての移動は出来ますが、空間の広さは限られておりますので、左手の親指で操作してくださいねー。グッジョブのハンドサインで、そのまま親指を傾けてください」

 

「む、おお。おお」

 

 その通りにやってみると、動いた。すごい。

 

「視界の動きとは反対方向に、体が引っ張られる感覚はありますか?」

 

「えー、ありません」

 

「ありがとうございます。では酔ってしまう心配は無さそうですね。その場に立っての状態での体験と、VR空間で動き回って頂く体験がありますが、酔わない体質の方は後者をお勧めします。どうしますか?」

 

「動き回る方を」

 

「承知いたしましたー! それではゲームを起動致しますので、それからの案内はゲーム内の物を参考にしてください。勿論何かしらの問題があればお呼びください。ではでは」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ────貴方は、放浪者だ。

 

 目的は無く、使命も無く、ただ放浪する者である。

 有るとすれば、それは生存本能。幸い、それを刺激する脅威は世界中にあった。

 

『背中の銃を手に取る』

 

『マガジンを交換する』

 

 目の前にガイドが出てきて、それをそのまま従う。

 銃の操作は何と無く分かる。変に未来的なデザインではあるが、共通している点は多い。

 今までやってきたFPSゲームの操作キャラがやっていた操作を思い出しながら、かちゃかちゃと動かす。

 

 しかし、世界が広がるとはこの事か。あたり一面がファンタジーな雰囲気満載の森で一杯だ。

 ゲームセンターの喧騒は、ヘッドセットで殆ど聞こえない。唯一の現実の感覚が肌から伝わる空気感だが、それが気にならないレベルの没入感だ。

 

「おー、おー。おー?」

 

「どうした、傭兵。作戦エリアにもうすぐ到着するぞ」

 

 無線のノイズ混じりに聞こえる声は、俺の事を傭兵と言った。どうやら俺はそういう立場らしい。

 

「大丈夫なのか? 素人を雇ってました、じゃあ俺の首が切られる。しっかりしてくれ。もう一度作戦内容を伝えるぞ」

 

「正門を突破し、片っ端から敵戦力を削りとれ。以上だ」

 

 ……それは作戦と言える程の物じゃないのだが。まあとりあえず、

 

「片っ端から撃てば良いか」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「敵襲! 奴め、一人でのこのこと来やがった!」

 

「警戒しろ、隠し玉を持っているかもしれんぞ」

 

 迫る銃撃が、遮蔽物の壁に跳ねる。砕けるコンクリートが視界の邪魔だ。

 

「ムーブ、ムーブ!」

 

 普通、こういう基地を1人で攻めるときはステルスで潜入してから各個撃破するものだと思うんだが、このゲームのスタイルは真逆をいく様だ。

 

 言わば、オレツエー無双的なスタイルだ。

 こうして隠れている間に、自身が持つ能力を確認。

 

 左耳を手で摘む。この動作をすると、視界が一変して透視モードになる。

 近未来的な技術による透視で、遮蔽に隠れたままでも敵の位置はわかる。

 

 状況や敵の分布は大体わかった。

 次に腰の左側の辺りから、武器を引き抜く。刀だ。

 

 近未来技術といえば、刀。まるでそれが常識で有るかの様に、俺は銃と刀を2つとも携行していた。

 

「……むう」

 

 気は乗らないが、やるか。

 

「な、お前……! ぐわーっ!」

 

 自分以外の全てが、遅く見える。

 スローモーション、一部ではバレットタイムとも呼ばられる能力で、FPSで一騎当千するのであれば、必須だ。

 

「アンドロイド……?! 速すぎる!」

「撃て、撃てぇ!」

 

 遠い距離を瞬間移動の様に跳ねるアクションもできる。ここまで無茶な動きをして気づいたのだが、どうやらこの身体は機械らしい。

 機械というには、冒頭の演出とも矛盾するが……。

 

 遮蔽から遮蔽へと瞬間移動を繰り返して、その先先で刀を振り回す。

 

 この一振りで、バサリと血飛沫が上がる。人体切断は叶わないが、敵はすぐに力尽きて倒れる。

 無双……と言うより、モンスター系のホラーゲームの敵方に回った気分に近い。

 

「もらっ、ぐはーっ!」

「ばけ、化け物!」

「撃て、撃たないと当たらないぞ!」

 

 こう、主人公の部隊が、突然現れたモンスターによって蹂躙されるシーン。

 それを思い出した。

 

「食らえ!」

 

 背後から声がして、ハンドガンで早打ち。

 ある程度のエイムアシストもあるのか、一発で顔面に当たった。勿論即死である。

 

「……」

 

 これで全員か? 

 

 ……ふむ。

 

「なんだか、つまらないな」

 

 ゲームをしておいて、虚しいと思ったのは初めてかもしれない。

 

 ……さて、依頼である基地の制圧は終わったはずだが。

 

「余裕の様だな、傭兵。そんなお前に吉報だ。援軍が接近している。これは爆撃機……いや、輸送機だ」

 

 無線の男が輸送機だと断定した直後、上空で何かが雲を引き裂いた。

 空を見上げているうちに、高速で落ちてくる物体を見つける。

 

「……コイツは」

 

 パラシュートも開かず、高速で目の前に落下してきた。

 爆撃機が落とすものであれば爆弾だったのだろうが、輸送機が落としたものであれば、きっとこれは荷物だろう。

 

「ほう。吉報が増えたか。おい、コイツはお前の同族だ」

 

 同族……。

 

「いや、お前にとっては凶報か? 良いか傭兵、任務を更新する。そいつを排除しろ」

 

 ……FPSジャンルなら、普通撃ったり撃たれたりするものだろう。

 落下物についていた扉が開いて、アンドロイドの様なモノが出てくる。

 敵であることには間違いない。俺と対面する相手が構えた獲物は……刀であった。これじゃあ、普通にチャンバラではないか。

 

「……排除する」

 

 俺の思っていたFPSと違う。

 そう思いながら、応じて刀を構えた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「はい、お疲れ様でしたー」

 

「はぁ……」

 

「お疲れのご様子ですねー。サービスでお茶を提供していますので、宜しければお飲みください」

 

「ありがとうございます……」

 

 意外と本格的……というにはちょっと異質なチャンバラだった。

 刀同士の戦いだったが、スローモーションやら高速移動やらで、やっていることはファンタジーの異能バトルと似たり寄ったりだった。

 電磁波で周囲の物体を操るとか、サイバーパンク通り越してオカルトかファンタジーだと思う。

 

「宜しければ、製品版のサイバーファンタジーも是非ご検討ください!」

 

「え?」

 

 振り向くと、スタッフが広告用のポスターのような物の隣に立って、愛想を振りまいていた。

 

「……サイバーファンタジー」

 

 なんだこのネーミングは。B級映画でも一秒ぐらいは決定躊躇うぞ……。

 

「B級臭いね、なんか」

 

「と、明。なんだ、先に終わっていたのか」

 

「お帰り。FPSはどうだった?」

 

「銃よりも刀を握っている時間の方が多かったな」

 

「やっぱり」

 

 先に終わっていたのだし、外から俺の様子を見ていたのだろう。

 VRで、実体のない剣を振り回す俺。さぞシュールだったに違いない。

 

「そっちはどうだった? レースゲーム」

 

「んー。面白かったのかもしれないけど。たしかにスリリングで、三半規管を試されるアクションが満載だったし」

 

「そうか」

 

「でもつまんなかった」

 

「どっちだ……」

 

 いや、気持ちはわかるが。

 

「やっぱり物足りないんだよな」

 

「うん」

 

 俺たち双子は、どうやらシングルプレイに物足りなさを感じてしまう身体になってしまった様だ。

 今度からゲームを探すときは、マルチプレイ対応を確認するとしよう。

 

「じゃあ、帰るか」

 

「そうだね。……クーポン、残り一回分のが二枚残るけど」

 

「ふむ」

 

 そういえば、結局二回分しか遊んでいない。ただ捨てるのももったいないし、一度使ったからと一日に使い切る必要も無い。

 ……ああ、そうだ。ゴミ箱以外の行き先に思い当たる所がある。

 

「彼女ならどうだ」

 

「ふむん?」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「い、い、良いんですか?!」

 

「そんなに驚かれても……」

 

 余った分は、鳴海姉妹に譲る事にした。

 実の価値として精々が100円か200円程度のクーポンだ。大金とはとても言えない。駄菓子屋の軍資金としてならば十分かもしれない。

 

「なるほど。これで一回分と、それが二枚。……ふへへ、良いこと思いついちゃいました。ありがとうございます、明さん、明一さん! それでは早速お姉ちゃんを誘ってみますね!」

 

「うん」

 

「頑張って」

 

 頑張って、と言うだけならタダである。むしろ発言分のカロリーで損してるとさえ言える。

 中々進展の無い姉妹ではあるが、一応の友人として、それを費やすくらいの価値はあるのだろう。

 

 

 

 後日、立山記者からクーポンを渡された。ゲームセンターのクーポン、残り一回分。

 

「……」

 

「これって」

 

「なんか廊下に落ちてました。ゲーム好きなんですよね? 賄賂代わりに進呈しますよ」

 

「……」

 

「いらない……」

 

 戦術的勝利は、姉側が勝ち取った模様。俺たちのカロリーは無駄に還っていった。



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ハッキリさせるべき物なのか、と私は思った。

知識はネットで適当に仕入れました

追記・
まって生理って三か月周期じゃなかったの?
という事で訂正と共に内容を再度編集。月1で来るんだ……


 

「明……。遂にこの時が来てしまったか」

「うん……」

 

「安心しろ。俺がついている」

「うん……」

 

「俺たちなら乗り越えられる。大丈夫、備えはあるし、経験だってある。いつだって俺が支えてやれる」

「あー……」

 

「行こう、学校へ」

「別にそこまでしなくても」

 

 今日は別にそんな重くないし。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 今日は何の日でしょうか。

 誰かの誕生日? あるいは記念日? もしかしたら誰かの特別な日かも

 

 

 答え。

 今日は月経前日です。

 私の。

 

 誕生日だか記念日だか、よしんば何かあったとしても、そのいずれも関係のない話だし何なら興味だって微塵も無い。

 

「何か手伝えれば良いんだが……」

 

「私の症状と言ったら、気怠さと腹痛くらいだよ。初日のところは、だけど」

 

 一方で、我が片割れである明一は滅茶苦茶気にしている。他人事という様な関係ではないし、当然なのかもしれないけれど、我が身の様に心配をかける様子は、逆に違和感である。

 

 今まで何度か生理はあったのだが、その日は運良く週末に纏まっていたから、特に何もなかった。

 

「それは知ってるが、平日だぞ。それに耐えながら授業を受けるって……大変じゃないか?」

 

 明一にとっては初めての平日の生理だ。そう考えると、たしかにその心配も最もだ。

 私は……、ううん。慣れたから別に大丈夫としか。

 

 確かに一番最初の時は驚いたし、その日を迎える前までの平穏な日々を羨んでたりはしないでもない。

 子孫の為の生理現象とは言うけど、それを役立てる日が来るなんて想像も付かないし。

 

「慣れたもんだよ。流石に体育とかは見学だけどね」

 

「そうか……」

 

 それにしても、心配して慌てる明一って面白いな。レアっていうか。

 朝だっちを見られて慌てる明一も面白かったし……。

 

 

 ──「あ、これは、だな。あー……、前に言ったよな? これは生理現象というやつで、性欲の有無に関係なく……所謂、あー……朝だっち」

 ──「成る程、朝勃ちじゃなくて朝だっち」

 ──「ん゛ん゛っ……!」

 

 

 おもしろ。

 

 同一人物だとはいえ、性別が違うのであればこの辺りもいつも通りとは行かない。

 現にこうして見ると、ある意味での性別的な弱みをお互い握っているわけで……。明一側のはちょっと違う気がするけど。

 

「ま、大丈夫だよ。むしろ戦力過多。一人の頃でも無事に過ごせたんだから」

 

「そうは言うが」

 

「必要な時は言うよ。けど、女の子は強いからね」

 

 特に二次元。

 二次元の世界で生きる女の子は大体強い。細い腕で岩をかち割るなんて造作もない。

 

「そうか?」

 

「そう、傍若無人の女の子であれば更に最強」

 

「ふむ」

 

 まあ私の言う事なら、と納得してくれて、予定日の明日を迎える。

 

 

 

 

 生理、月経を迎えた女の子は、イライラしててちょっと怖い。そんな印象がある……と、明一に聞いた。

 私の穏やかな気性が、これを機に豹変する……という事はなく、極めて温厚そのものである。むしろ普段より静まっていると言っていい。

 

「ふぃー」

 

「どうだ?」

 

 二つ授業を終えて、また10分間の休憩。

 心配気な明一の視線を5分毎に受けながらの授業だったから、私も釣られて集中しづらかった。元々真剣に授業を受けるっていう感じじゃ無いけど。

 

「特には。先生の話、ちゃんと耳に入ってる?」

 

「一応」

 

「良かった。で? ノートはどんな感じかな」

 

「いや、そこまで心配する程じゃ」

 

 遠慮なく覗き込む。隠される事はなく、観念した様に明一が身体をずらす。

 やっぱり、集中できていない。思いついた様に所々文字が並んでいるだけで、私が見ても役に立たないノートだと分かる。

 

「……結構聞き逃してるじゃん。ほら、これ見て」

 

「助かる。……そっちも所々抜けてないか?」

 

「仕方ないじゃん」

 

 普段どおりに集中出来ないんだし、これくらいは仕方ないでしょ。

 というか、そもそもお互い補い合う為に二人共サボらない様にしてるんだから。

 

「明一は好調なんだから、そっちこそ集中しなよ。私は大丈夫だから」

 

「まあ……。そうだな、その通りにしよう」

 

「頼んだよ」

 

 

 って、頼んだはずなんだけれどなあ。

 

「何か飲むか?」

 

「炭酸以外で。……ホントに集中してた?」

 

「務めて」

 

 手を尽くしましたが……、という奴だ。

 まあ飲み物は有難いし、そのまま送り出してやった。その間にノートを見比べておこうか……。

 

 ……と、教室の中でそんなやり取りをすれば一部の女子に察されるのも、流石の私にだって分かる事で。

 

「メイちゃんって結構軽い方なんだ。良いなー」

 

 塩原さんに絡まれた。無数の人々に絡まれるよりかは一人の方がよっぽど楽だけど。でも放っておいて欲しかった。時期に関わらず。

 

「まだ初日だし」

 

「なるほどなるほど。でも私は羨ましいよ。そういう日に面倒見てくれるカレシとか……いや、カレシに見てもらうのもなんか違うかも」

 

 カレシって……。別に男に限った話じゃないと思うけれど。

 ママに手伝ってもらった時もあるし。ちょっとしたら慣れて自分で対処できるようになったし。

 

「……」

 

 人前でゲームアプリを起動するのは流石に失礼な気がして、なんとなくニュースサイトを眺める。

 見覚えのある新型のVR機器が、記事に載っていた。

 

「ふーん」

 

「うん?」

 

「んにゃ。双子の間に恋愛感情は生まれるのかなあとか思ってたり」

 

「……」

 

「冗談冗談! そんな呆れた様な顔しないでよー。まるで私が冷たいダジャレ言ったみたいじゃん」

 

 恋愛感情ねえ。

 主観としてだけど、恋愛感情は無いと思う。こういうのって、どっちかと言うと性欲の類の様な……。

 

 達観している訳じゃないけど、恋愛と性欲の区別なんて付けられるほど、私達は長く生きてない。家族愛と異性としての恋の区別なんて言わずもがな、だ。

 

「……はぁああ」

 

「え、ため息? ヒドイなあ」

 

「いや欠伸」

 

「いや無理あるって」

 

 最近、適当な受け答えをしても面白い冗談だと受け取られるのが分かって、以前よりも会話に割かれる思考リソースが減った。

 

 

 ……恋愛感情の話の所為で、ママに言われて化粧を敢行したあの日を思い出してしまった。そういうため息だ。

 ゲームセンターで遊ぶだけだと言っていたのだけど、ママはデートだデートだと言って、私の話を聞かずに化粧を教えられた。

 

 何時も見慣れた私の顔が、あんな風になるなんて。私が驚いたのだから、明一も勿論驚いた。

 

 それで……可愛いって言われた。

 

「……」

 

 思えば、明一に可愛いと言われた事は……いや、あれが初めてではなかった。ママのマウスが壊れたから、遠くの方までおつかいに行った日だ。

 確か電車の中で、試しに互いを褒め合って……。やっぱり、状況が違うのかな。

 

「お? その嬉しそうなお顔は。と思ったら微妙な顔に」

 

「今晩はハヤシライスらしい」

 

「ハヤシライスってそんな情緒不安定になる料理だっけ?」

 

 当然の様に嘘が出てくる口に会話を任せて、本心はコイツどっか行かないかなとか思い始めた。

 

 

 

 

 早速試してみることにした。何時までもモヤっとしているのは、生理の日よりも気持ち悪い。

 

「いきなりだな」

 

「ん。まあ試しに、だよ」

 

 昼休みだと人目が面倒だから、下校途中の人が居なくなったタイミングで私の考えを話した。

 可愛い、という言葉を伝えるタイミングで、私の気持ちがどう反応するのか。

 

「俺は別に良いんだが、それが分かった所でどうするんだ?」

 

「……確かに」

 

「まあ良いんだが。今日も可愛いな」

 

「うん」

 

 

「……」

 

 

 ……驚いた。何とも思わない。

 

「どうだった?」

 

「何とも」

 

 二度目の時の様にさりげない言葉だった。不意打ちだったと言う共通点は、関係無いらしい。

 それじゃあ何だろう。環境? まさかムードじゃないだろうな。

 

「やっぱり」

 

「少なくとも、キュってなったあの時とは全然。……なんでだろ」

 

「そうか。……ん、キュっ? 何処が?」

 

 え?

 

「……あ」

 

「確かに、ゲームセンターの時は確かにへぺっ」

 

「……」

 

なへほおをつまふ(何故頬を摘まむ)

 

 何も言うな。

 

 

 ……はぁ、なんか、我に返った。あの日も同じ流れになった気もするけど。

 やっぱり一時の気の迷い、と言うべきなんだろうか。

 

 何時だったか、もしも血迷って明一と性行為をしたならば。という話をした。

 その時私は、自慰にも等しいとか言っていた。何故なら、明一が生きて来た人生は、私の物と殆ど一緒だから。まるで分裂でもしたかの様に、何から何まで同じ。性別だけが違う同一人物だったから。

 

 あの時は、冗談のつもりではなかった。

 じゃあ、今はどうだろう。

 

「……」

 

「いはい」

 

 どうしてか。それを自慰だなんて呼べなくなってきた。

 

 つまり、それは私が明一の事を同一人物だと見られないという事?

 

 ……ううん、頭痛くなってきた。

 

「あはり? ……あう。ようやく放してくれた」

 

「私ってなんだろうね」

 

「いきなり何だ。女の子の日は情緒不安定になるのか?」

 

「女子に向かってそんなこと言わない」

 

「むう」

 

 ……確かに、こういう日に考える事では無かった。

 多分、生理の所為で考えが変な方向に向いてしまうんだ。しばらくは余計な事を考えないで過ごそう。

 

「ゲームなんだけど、集中保てないから、のんびり系で良い?」

 

「勿論。建築でもするか」

 

 久しぶりにブロッククラフトだ。のんびりやるゲームだけれど、ふとした時に変な事を考えてしまう、という事はきっと無いだろう。




青春なんてものは忘れた
思春期の頃の自分は結構ヒスってたなあという思い出はあったり。あと黒歴史も。


それと、
どうにかして面白い物語を書こう書こう、と前話から意気込んでましたが。
原因。多分地の文だよなあ、と確信する程では無いですが、見当が付きました。

主人公二人が淡泊な性格である所為で、淡泊な描写をしがち、っぽいです。多分。

まあ何とかなるでしょう。
計画性はこの世のどこかに置いてきましたが。


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覚悟を決めるのなら一緒に、と俺は思った。

 

 しっかりせねばならぬと、俺は決意した。

 そう意気込んで二日目。俺の目から見ても分かる様に明の症状が変化した。

 

「おはよう」

 

「おは……」

 

 だるそうに起き上がる明だが、今朝は珍しく、明の腕から脱出する作業の必要が無かった。

 窮屈で悩ましい朝を毎日迎えるのは大変だが、無いのも無いで寂しい物である。

 

「ん、トイレ」

 

「わかった」

 

 無暗にあの部屋を独占する理由もない。

 我が家の便所には、母と明が使う生理用品が隠されもせず置いてある。具体的な使用方法は知らないが、用途に関しては大体察しが付く。

 女子の生理に関しては、ここ数ヶ月でよく理解できたつもりだ。

 

 

 すっかり二人分の自室として定着した部屋から出ると、すぐに美味しそうな香りが鼻に付いた。

 朝からキッチンの香りがするというのは、割と珍しい。普段は冷凍食品かレトルトで済ませている。

 

「おはよう。今日は……ああ。そういえばそうだったな」

 

「おはよー。今日はレバニラカレー炒めよ~」

 

 カレーとは言うが、実際にはレバニラ炒めにカレー風味の味付けをした物だ。

 妙なレシピに思えるが、明曰くこれが()()だという。俺が知らないというのであれば、つまりそういう事なのだろう。

 

「……」

 

「別の作る?」

 

「いや……大丈夫。ただ牛乳だけ貰う」

 

 香りは完全にカレーだから、食欲を刺激してしまう。

 最初にこれを食べた時、どれだけ驚いたか……。

 

「並べるのお願いねー」

 

「分かった。……う」

 

 鼻がツンとした。カレーの香りとは違う、ちょっとしたスパイスによる物だ。

 気が重い……。

 

「めいいちー」

 

「明……」

 

「へへー、呼んだだけ」

 

「まあ」

 

 明が戻って来た。トイレで色々済ませたのか、多少スッキリした顔……と思いきや。

 普段の明は何処に行った。とでも言いたくなるような表情だった。

 

 にこやかな母をよそに、何故か楽しそうに俺の名前を呼びつけた。まだ寝ぼけてるのか。

 まあ、飯でも食っている内に目も覚めるだろう。その為の味付けだ。

 

「それじゃ、頂きましょ」

 

「ああ」

 

「いただきまーす」

 

 

「……む」

 

 やはり辛い。手が震えるというほどじゃないが、舌がヒリヒリする。予めコップに満たしていた牛乳を飲み干す。

 

「もごもご……も?」

 

「辛い……」「からぁい!」

 

 かなり辛めのカレー風味。これから毎月に一度、食べることになる味である。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「うー、目が覚めた」

 

「朝に食う物では無いと思うのだが……」

 

「まあねえ……」

 

 一応、あの朝食にはちゃんとした理由がある。

 生理が重くなる日、明は寝起きが酷くなる。介護が必要なレベルではないが、トイレの部屋までフラフラと行く様子が少し心配になるくらいだ。

 

 そこで、目覚ましの辛口カレー風味の出番である。

 

「明一まで一緒のを食べる必要は無いと思うけど」

 

「仕事があるのに朝食を作ってくれてるんだ。苦労は掛けられない」

 

「ん」

 

 母は喜んで作ってくれているが、それでもだ。

 

 

「……それで、そろそろ寒くなってきたが」

 

 さっきの辛口レバニラ炒めで汗をかいてしまったが、体を冷やして体調を崩すとまずいから、タオルで拭いておいた。

 俺が心配をかけるのは、明のほうだ。

 

「厚着してるから大丈夫」

 

「んむ」

 

 この時期の女子は、身体を冷やすといけない……と聞いている。今までとは違って、重い時期に平日を迎えているのだから、俺も一層気に掛けてしまう。

 

 と、俺が幾ら心配を掛けようと、明だって16年以上は女の子をしている。自分一人でなんとでもなるのだろう。

 

 実際に、放っておいて大丈夫とも言われた。俺も最初の時は、明が言うのであれば、と思って特に大して気にしなかった。

 

「明日は我が身という話では無いけど、それでも心配だ」

 

「敢えていうなら昨日の我が身?」

 

 ついつい心配だと繰り返し言ってしまうが、この生理について調べる過程で、ある事が目に入ってしまい、明の言葉でさえ安心できなくなってしまったのだ。

 

 何処とは言わないが、その部位を全力で蹴られた時の苦痛よりも、女子の生理痛の方が上回るらしい。

 痛覚ではなく、苦痛である。想像するだけで悶絶するかと思った。

 

 つまり、ほぼ毎月蹴られるという運命を抱いているのである。何処とは言わないが。

 

「過激な対応だと思うけど、まあ、嬉しいよ。これ以上の心配をされると爆発するくらい」

 

「元同一人物にそう言われちゃ」

 

 俺も務めて安心しなければならない。

 

 ここまで心配した理由も、言ってしまった方が良いだろうか、と口が開く。

 1秒も悩む事もなく、言葉が出てきた。

 

「世の男が最も苦痛に感じるとされる事といえば、男の股を蹴り潰される時が一番に上がるが」

 

「うん?」

 

「生理痛の苦痛は、それを上回る……というのを知ったんだ」

 

「ああ」

 

 生理痛に対する薬は、コンビニに並んでいる程度には手に入れやすいものだが、明は必要な時にしか頼らないらしい。

 その基準とは、学校行事の有無だと聞いた。

 

「絶対キツい」

 

「そう?」

 

「キツい」

 

「そうなんだ」

 

 彼女は、《俺にしては》強いと思う。

 いや、思春期を迎える全世界女子と共通する運命であれば、案外簡単に受け入れられるのだろうか。

 

「本当によくやる……。すごいな」

 

「そう言ってくれるなら、耐え甲斐もあるよ」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「こういう日に限って体育なんだな……。見学するのか?」

 

「流石に。軽い日なら出るんだけどね」

 

「行けるのか……」

 

「ま、がんばれ。ボールに躓いてコケたら笑うからね」

 

 明が腹を抱えて笑った所は、実は見たことがない。

 もし本当にボールで転んで、その上顔に鼻眼鏡でも掛けてやれば、明も笑うだろうか。

 

 実際にそんなことをする意義は無いが。

 普通にバスケの授業をやって、それなりに汗をかいて、自販機のスポーツドリンク片手に教室へ戻るだけだ。

 

「それでは、今日は……」

 

 先生の話が始まる。今日は3対3の試合を何度かやって終わりとする様なのだが……。

 

「ま、やる事は前回の体育と同じ。じゃ早速遊ぶぞー!」

 

 先生が遊びだと称するのは如何なものか。

 

 日替わりで組まされるチームと合流して、左から横へと二人分の顔を確認する。

 普通なら、どちらも知らない顔だと確認さえしないのだが……。

 

「よろしく」

 

 ……知っている顔。体育祭ぐらいの頃から絡み始めた、塩原さんだ。

 何を思って俺達と関わっているのかは俺の知るところじゃないが、俺が覚えておくべき理由ではないのは確かである。

 

「よろしく……」

 

「残念だなぁ、双子と一緒のチームとか面白そうだったのにな」

 

 対して、覚えていない顔の男子が不満気にボールをドリブルする。……手慣れている。バスケ部だっただろうか? 

 

「ま、期待すんなよ」

 

 ボールを股に通しつつドリブルして言う事では無い。

 実際にこの男子が手練れだったとして、この試合の勝負に興味は持ってないから、期待する事は無いが。

 

 一定以上の点を取ったら試合終了、というルールでも無い。何をしようと五分毎の前後半で終了だ。

 

 ただ、勝敗に興味がないからってサボる訳にも行かない。

 

 

「パス」

 

 ボールを要求したり、送ったり。

 先生曰く、パスが重要らしいから、その言葉に準じて行動する。

 

 シュートだって、リングではなく板の模様を目掛けて投げた方が入るとも。

 

「うおー惜しい!」

 

「凄いじゃん!」

 

 暇があればゲームを遊ぶ様な双子だが、実は運動神経も凄い……という秘密を抱いているワケもなく。

 コツが分かってても敵チームの存在なんかがあれば上手くいかないのも当然だ。

 

 

 

「はあ……」

 

 疲れる。このコートを何往復したんだろう。

 息を整えているとコート内ではない何処かから、声が聞こえて来た。

 

「がんー」

 

 明からのやる気の無い声援だった。俺もやる気は無いし、ああも気が抜ける声が出てくるのも当然だが。

 せめて“ば”まで発音してくれないだろうか。

 

 ボールを取っては投げてを繰り返して、試合を終わらせる。これが終われば、次は審判役だ。

 

 

「ふぃー。お疲れメイちゃん」

 

「おっすお疲れ」

 

「おかえり」

 

 バスケのコートから離れ、ステージの上へ退避していた明と合流した。点数を捲る板が、ちょうどステージの目の前にあったのだ。

 

「ほい」

 

「ん」

 

 明に預けていたハンドタオルを貰う。

 

「どう?」

 

「絶不調とまでは」

 

「やっぱり強いな……」

 

 胡坐の方が楽な筈だが、体育座りでじっとしている。その体勢の方が楽なのか。

 

 

「……双子って言うけどさ、どっちが兄とか姉とかあるのか?」

 

「無いと思うよ?」

 

「そうなのか」

 

 二人で話していた俺達をよそに、ごそごそとチームの2人が話す。

 俺は別に気にしないが……。

 

「よし、次の試合始めるぞー。準備は良いか?」

 

 先生が合図を始める。

 審判役とは言え、ここで話し込む様な事は出来ない。審判、点数板、ボールを上げる担当も……。

 

「よし。スタート!」

 

「っしゃおらーぃ!」

「取ったぁー!」

 

 ……お。

 

「ちょ、何やってるの?!」

 

 どちらかのチームがつかみ取る筈だったボールが、何故か宙高く舞い上がった。

 どっちも取り損ねたみたいだ。最後に触れたのはこっちのチームだから、ボールスローは……。

 

「わー! あかりん?!」

 

 え? 

 

 何事かと後ろを振り向く。俺の後ろにはステージがあって、さっきもそこへボールが……。

 

 って、そこに明が! 

 

 

 

「っと」

 

 ……が、難なくキャッチしていた。

 

「……ナイスキャッチ。心配して損した」

 

「へへ、心配するだけ無駄だよ」

 

「良かった……」

 

 胸を撫でおろす。安心した。

 

「……ん」

 

 ん? 

 

「ズレたかも」

 

 ずれ……。え、何が?

 

 

 

 

「俺は何も聞かないぞ」

 

「これから長い付き合いだし、これくらい知っておいた方が良いと思うけど」

 

「……俺もそういう世話を手伝えと」

 

「いざと言う時はね」

 

 むう。反論できない。

 確かに、何かあれば俺が手を貸すべきなのは承知だが。しかし俺の感情が邪魔をする。

 

 これは自己中心的な葛藤だ。取り払おうと思えば、簡単だ。

 

「……俺もこれから月一で付き合う事になるからな」

 

「おばあちゃんになったら、もう手伝わなくても良いかな」

 

 この生理現象は、歳を取って行けば何時か終わりを迎えるが、それまで付き合わなければならない運命なのは変わりない。

 であれば、俺もその運命を背負うべきか。

 

 デリケートな問題だから、抵抗はあるが……。

 

「ん……そうだな。分かった、適当に改めて説明してくれ。思いつく限りな」

 

「頼りになるー」

 

 老いるまでだけじゃない、もしかしたら一生。或いはその半ばで不幸や病によって死別するかもしれないけれども。

 

「ああ、頼れ。これに関しては、今後何十年も続くんだから」




健やかなる時も病める時も……。
という感じのお話。

女性の読者さんが居れば、修正・訂正すべき所を指摘して頂ければと。
勿論匿名で指摘しても、誤りをあえて放置しても構いません。

追記・
ぶっちゃけ想像で補完してる部分も結構ある。


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動物の気持ちなんて知りようもない、と私は思った。

色んな下調べをしないで書けるって楽。前回までのは題材が題材だったのでよっぽど。


「白猫……って、あの白猫か」

 

「かなあ」

 

 噂話の様な、ごく近所で語られているその話題を私たちが知る事となったのは、我らがママがそれを会話の種として話してくれたから。食事の合間に、やや興奮気味に語っていたのを覚えている。確かママは猫好きだった。

 

 話題とは、最近になって辺りで綺麗な白猫を見かけるようになったという物。

 

「むしろあの子以外に……」

 

 少しの無言の後、やっぱりあの子しか居ないよなあ。と互いに頷く。

 私たちもたまに窓越しに見かけていたし、先日の登下校にだって合った気がする。まるでお地蔵さんの様に、道端から私たちをじっと眺めていた。

 見かける頻度は高い事から察するに、人慣れしている。誰かに餌でも貰っているかもしれない。

 

「母が言っていたが……最近と言っても、俺達は夏休み明けから見た……よな?」

 

「そうだ、確か見かけたかも」

 

 最近になって頻繁に見かけるようになったのは確かだが、あの時に一度見かける事があった。多分、同じ白猫を。

 

「あの日の朝から……同じものを見たのか」

 

「ん」

 

 恐らくこれから一生、今までで一番印象的な一日となるであろうあの日。その朝に、確か白猫を見た。

 その朝の道の様子はよく覚えているから、間違いない。

 

 

 互いに一人だった世界から、二人の世界へと移ったのは学校へ入ったその時より以前。遅くともあの道の途中からだったのかな。或いは互いの世界に同じ物が共通して存在していただけか……。

 

 と話題から逸れた事を考えて、でもそこは論点ではないと考えを本筋に戻す。

 

「猫の生態なんか知らないけど、よくある事なのかな」

 

 知らないとは言ったけど、縄張りとか、肉食動物とか、群れない生き物だとか、そういう事くらいは知っている。

 ……群れないのに猫の集会とかいう単語があるのは、何故だろう。それはつまり、群れずとも社会性がある……という解釈で良いのかな。

 

 なんか、そういうのって妙に人間臭い気がする。勘違いかも。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 話題の猫は、通学路に居座っているから私たちも毎日顔を合わせる事になる。

 最近建物のシルエットが整ってきた建築現場の近くだったり、近所の公園だったりと、出会う場所こそ違うが、出会わない日は無かった。

 

 そして、何日か経ってから私たちは、ふと疑念を浮かべる。

 

「あの猫。ずっと私たちの事見てない?」

 

「見てるな」

 

 ある日の朝に、普段通り猫を見つけた。やはりその白猫は私たちに目線を向けている。昨日も一昨日も、それ以前も私たちの事を見ていた気がする。

 

「お地蔵さんでもここまで見つめないし、するとしても少しは遠慮するよ」

 

「警戒されてるのか?」

 

「そうかなあ」

 

 少し足を止めて、もっと近くで観察してみるけど……反応は無い。

 試しに手のひらをそっと近づけても、反応は無い。

 

「……触るよ」

 

「いや、俺が。危ない」

 

「いやいやレディーファースト」

 

「ダメだ」

 

 なんでよ。

 不満気に睨んで、まあ仕方なしと手を……引かない。フェイントを掛けたその一瞬、制止が来ない隙にモフっと指先で触れてみた。

 

「あ」

 

「おっ」

 

 意外と固い。猫は液体だって聞いてたけど、筋肉が結構しっかりしているのだろうか。

 猫自体は、反応を返さない。それにホッとしてか、明一は何も言わず手を引いた。猫が私の手を受け入れているのなら、私を止める必要は無くなるから。

 

「怪我したらどうする……」

 

「どうせ嫁に貰ってもらう予定も望みも無いんだし」

 

「理由にならんだろ」

 

「あと、お互い様なんだから。互いに互いを止めてたら埒が明かない」

 

 それも確かに道理かもしれないが。といった風に渋々と明一が納得する。

 こういう会話をしている内にも、猫は相変わらず私の手を受け入れている。猫の撫で方という物は会得していないが、こういう感じが良いのだろうか。と顎の辺りを二本指で撫でてみる。

 

「大人しいなあ」

 

「他の人達が撫でたりしてたのかもしれない」

 

 撫でられ慣れている、と言えばいいのかな。

 なんて言っていたら、撫でられていた猫がフンと一息吐いて、その場から離れてしまった。

 

「……ニャンともミャーとも言わなかったな」

 

「うん」

 

 遅刻寸前という程ギリギリに家を出てはいないから、しばらくは猫を撫でられたかもしれないけど、仕方ない。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 近所における最近の変化と言えば白猫だが、学校における最近の変化といえば、ちょっとしたハロウィンの飾りつけが廊下や教室に見られる様になった事か。

 何時からあったんだろう。と周囲の様子をあまり気に掛けなかった私は思うけれど、無くなったら無くなったで直ぐに気付く事は無いかもしれない。

 

「それでさー」

 

 と、教室の飾りを眺めている私の右耳から左耳へ、すうっと流れる世間話を底なしに供給し続けるのは塩原さん。以前から仕方なしと友達付き合いを続けているが、時折明一にも流れ弾が当たっている。

 

「うん……」

 

「女子バレーのとこに男子が混じってるなんて珍しいよねー」

 

「うん……」

 

「カレシなのかなぁ」

 

 心底どうでも良い……。彼氏さんだったら勝手に二人で幸せになってくれと思う。

 ……そういえば、こういう状況を授業で聞いた。馬耳東風と言った筈。ああ、また国語力が向上した。

 

 

「あ、ねえ! あそこに居るのって猫じゃない?!」

 

 と、私の耳を馬の耳にしていたら、そんな声を不意に拾った。

 塩原さんも興味を惹かれたみたいで、話を切り上げて窓へ駆け寄った。

 

「えー! どこどこ?」

 

「ほら、校門の近く!」

 

 ねこねこねこ……なんだか最近猫の話題ばかりを耳にしている気がする。

 

 塩原さんから廊下へと避難していた明一が戻ってきた。何事だと窓際に集まる集団を見ている。

 

「猫が居るって」

 

「また?」

 

「また」

 

 しばし無言。

 お互いに頭を抱えて、またなのかと息を吐く。

 

「最近猫の話題が多いな」

 

「この辺りってそんな猫多かったっけ」

 

 なんて問いかけるけど、明一から帰ってくる答えは分かり切っている。

 確認の様な問いに頷くだけ頷いて、代わりの言葉がぼそりと零れる。

 

「ブームと言う奴か」

 

「猫ブーム?」

 

「猫ブーム」

 

 猫は気紛れだから、直ぐに過ぎ去りそうだな。それ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「えー、お昼頃から正門に猫が居る様なので、見かけても変に刺激しないでください。先生からは以上です」

 

 妙な事に、あの猫はずっとあそこにいた。一歩も動かないと言うより、正門脇の陽だまりで寛いでいた。

 白猫は珍しい筈だ。親猫の遺伝で大量に白猫の子が居る、という事もあるかも知れないけど……。

 

「同じ奴?」

 

「遠目じゃ分からん」

 

 帰宅部だし、バイトの時間には余裕がある。少しあの猫に構ってみようか。

 先生にはああ言われたけど、あの猫と同じ子だったら……。

 

 

 近くまで行ってみれば、予想通り。これは同じ猫だ! ……とまでは分からない。

 人の顔も覚えられないのに、猫の顔を見分けられるわけがない。

 ただ、私たちの事をじっと見ているっていうのは共通していた。

 

「……白いなあ」

 

「白いな」

 

 秋の少し早い日没で、折角の日向は日陰に変わっていた。日向ぼっこする場所も見当たらないが、それでもここに居座っていたのは何故だろう。

 

「……私たちを追い掛けて、とか」

 

「知らない内にマタタビでも付けてたか?」

 

 マタタビを服に付ける様な事はしていない筈だけど。

 その可能性を抜きにするなら、やっぱり私たちが懐かれているとか。……懐かれるほどの事をした覚えはないけどさ。

 

「まあ、可愛いから良いか」

 

「ここで撫でてたら先生になにか言われそうだが」

 

 それは嫌だな。

 また撫でたいなあとか思ったりしたけど、私達のバイト先は飲食店であるというのを思い出す。

 

「いや、マスターに何か言われちゃうね」

 

「マスターが? ……ああ、なるほど」

 

 猫の毛がこびり着いたまま働いては、不衛生だ。

 撫でるのも程々に。何事も無かったかのようにバイト先へ向かった。

 

 

 この日よりも後、毎朝猫と顔を合わせるようになり、それが日常となった。

 日常、と言うと退屈に思えるかもしれないが、毎日猫と触れ合えるというのは結構嬉しいかもしれない。

 学校まで追いかけてくる、妙な猫だけれど。



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とんだ物好きも居るんだな、と俺は思った。

 双子としての生活を、結構な日数重ねたと思う。

 夏の暑さが残る8月の終わりから、気付けば年末やクリスマスを意識する時期にまで来てしまった。

 

「そろそろ文化祭だなぁ」

 

 そうぼやいたのは、俺達の内の一方でも両方でもなく、空の店内を眺めるマスターさんだった。

 文化祭。年末の寸前に執り行われるこれだが、実は既に準備が佳境に入っている頃だ。

 

「あんたのクラスは何やるんだ?」

 

「顔出しパネルですね」

 

「顔出し……ああ、アレか!」

 

「はい、アレです」

 

 企画としては、様々な背景やキャラクターが描かれた看板に顔を嵌めてもらって、色々撮ってもらうという物。

 その為の看板に描く背景は、インターネット上のフリー素材から仕入れる予定であり、その素材探しと印刷の役目は俺達が担っている。

 

「……と言う感じです」

 

 概要をマスターさんに説明すると、へえと頷いてくれた。

 

「なるほどねえ。やっぱり他のクラスだと、メイドカフェとかあんのか?」

 

「あると思います。クラスは知りませんが」

 

「だろうね」

 

 文化祭の定番、ある種の憧れでもあるこの出し物は、学校中で3重以上もネタ被りするほど人気がある。

 ネタ被りした時は、どちらかが諦めて企画を変えるか、あるいは合同で執り行うという方針だ。

 けれど制約が多いのか合同で行うという例が少ない。今年もまたメイドカフェ争奪戦があったと、クラスの噂で聞いた。

 

「ま、問題無いなら別に良いんだぜ。帰宅部だから、部の展示で用意する物とか無いだろ?」

 

 勿論、帰宅部としての出し物は無い。その分の時間でバイトをするのも、家でゲームをするのも自由だったろう。

 しかし……。

 

「……いえ、放課後に用事ができるかもしれません。それに備えてシフトを控える必要が」

 

「おう?」

 

「帰宅部は雑用があるんです。先生に当分の予定を聞いてみたんですが、分からない様で……」

 

 雑用は雑用。例年やる事は似通っているとは言え、それを何時やるかはその時に見定めるから、結局未定になってしまう。……帰宅部、もとい雑用班のまとめ役である先生がそう言っていた。

 

「おー、大変だなそりゃ。おっし分かった、雑用とは言え学業優先だ。勿論シフトは空けとくぜ」

 

「助かります」

 

 話に区切りがついた頃に、店の扉から人の気配がした。お客が来れば、お喋りは無しだ。

 代わりによろしく、とテーブル席の接客担当である明に目配せする。やる事の分からない雑用よりかは、こっちの仕事の方が楽な気がする。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 文化祭の開催時期がハロウィンとクリスマスの間に予定されている。が、催し物を企画して準備する側の生徒からしてみれば、その文化祭というイベントは既に始まっている様な物だ。

 

「ベニヤ板ってこれで足りるかな」

「計算ではこれで十分だと思うけど……壊れた時に備えて追加の頼んでおく?」

「やっぱりこういうのって教室じゃなくて外に設置して……」

「風に考慮して頑丈なのを作れって先生が……」

 

 これぐらいの時期になってくると、普段授業をしている時間が文化祭の為の準備期間に充てられる。

 普通の生徒であれば、勉強をしなくても良い時間と言うのは喜ばしいのだろう。

 

「喧騒……」「騒々しい……」

 

 俺にとってはあんまり喜ばしくない。

 皆に割り当てられた仕事を全うしていると言うのは理解しているし、その全員が教室に纏まって作業しているから、声が交じりに交じって耳を塞ぎたくなる。

 

 マスターと話している時にも言及したが、俺達二人の仕事は、背景に使う画像を探す事。キャラクターだけ手書きという話になっているが、恐らく労力の削減の為だろう。

 

「まあ……互いの会話が聞こえなくなる程の喧騒じゃないな。携帯で何か探すか?」

 

「印刷の方法も確認しておきたいな。大型のプリンターとか今まで使ったことないから」

 

「それは担任に聞く必要があるな。あとは……」

 

 携帯でフリー素材サイトを巡りつつ話し合う。仕事は面倒だが、無難にこなさなければもっと面倒な事になる。

 どんなキャラクターを描くのかまだ知らないし、絵柄に合わせて背景も考えないといけない。適切なものが見つからなければ、画像を加工する必要も……。

 

 

 

「あ、明さん! ちょっと良い?」

 

 教室の隅で話していると、クラスメイトの男子が話しかけて来た。彼について知っている事はあまり無いが、精々が陽キャという括りに当てはまる人だ、という程度。

 たまたま近かったのか、呼ばれた名前は俺ではなく明の方だった。

 

「背景の話なんだけどさ。どう? 調子良さそう?」

 

「背景? ん……目星を付けてる画像はあるけど、決めてない。キャラクターの雰囲気に合わせて選ぼうかと思ったけど」

 

 よく考えると、有望な画像をあらかじめ送り付けておいた方が、事がスムーズに進みそうだ。

 キャラクターの方から合わせて行っても良い筈だ。

 

「じゃあ、候補のURLだけ教える」

 

「お! じゃあ連絡先の交換しようよ」

 

「エアドロップで良いよ」

 

「……え、ドロップ?」

 

 携帯の機種にもよるが、連絡先の交換を行わずともデータの送受信ができる機能がある。

 俺たち二人で試した事もあったが、写真等の共有をする分には手間が少なく済む機能だ。

 

「……はい、送信完了」

 

「お、本当だ。こんな機能が……。も、物知りだね?」

 

「うん。そっちでこれが良いっていうのが見つかったら、教えて。印刷まではやるから」

 

「わか……そ、それじゃあ連絡先!」

 

 ……なぜそこまで連絡先に拘るのだろうか。

 登録するのは良いのだが、そう言うのはあまり気が進まないのだ。

 

「学校外で文化祭の仕事する気無いんだけど……」

 

「えっ」

 

「毎日学校で会えるんだし、連絡はその時で良いよね?」

 

「お、おお……」

 

 

 

 ……それにしても、あの男子。挙動不審とまでは言わないが、傍から見ていると少しばかり妙に見える。

 彼と話していた明が俺の方に振り返って、愛想笑いを解く。今度は困ったような表情になった。

 

「あれ、なんだったんだろう」

 

「さあ」

 

 何を懸念していたのか、明の顔を注目しては直ぐに目線を逸らし、今度は俺の顔……を繰り返していた。ああまであからさまだと、人を気にしない俺でも気になる。

 

「……人の顔色を窺っている、って感じだった気もするが」

 

「まあ、確かに時間外労働させる側も申し訳ないのかな」

 

「あー、そうか?」

 

「きっとそうだよ」

 

 そうかもしれないが……。それとは少し違う気がする。

 

「……ふむん?」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 担任と俺たち三人で大型プリンターのある部屋へと向かって、使い方を学び、序に今後の行動指針に付いて話してから戻って来た。

 ただ、今はカラー印刷が出来ず、先生の許可を貰えるまで待たなければ行けない。

 まあ、期限に間に合いさえすれば問題は無い。

 

 ただ、個人的な問題が……。

 

 

「やっぱ諦めろって。あの双子に挟まるなんて正気の沙汰じゃない」

 

「いや、オレは愛に生きる男……。それに明一だってわかってくれる筈だ!」

 

「そうじゃなくって! 見守る派の目がヤバいんだって!」

 

 

 ……そういう類の、個人的な問題を俺達は抱えている。

 

 計らずとも教室の前で盗み聞きしてしまったのは、半開きの扉から漏れ聞こえた「双子」というキーワードに反応したからだ。無意識に足を止めて、扉を開くのにも躊躇ってしまった。

 

 見守る派とは一体何なのか……は兎も角。

 明が男子に話しかけられていた時の違和感の正体、それが判明してしまい、俺は頭から意識が抜け落ちるかと思う程の眩暈を錯覚した。

 

 つまりアレか。

 

「恋愛感情か」

 

 しかも、よりにもよって明が相手。

 

 理解しても、しきれない。なにせ明が相手だ。転じて俺が相手だと言っても差し支えない。

 とまで考えて、普通そんな考え方はしないと気付く。明はそれなりな()()の女子という風に映っていても、それは一般的にあり得る話……いや、普通の事なのだ。

 なんせ、明は俺とは違って笑顔が上手なのだから。

 

 

「……面倒だ」

 

 ああ、何故ここに明が居ないんだ。……いや、ただ普通にトイレが理由なのだが。

 ため息を一つ吐いてから、俺は漸く教室の中へ入る。俺が盗み聞きしていた事には気付いていない様子だった。

 

 

 

 頭の中で思考が回るのを感じながら、教室の隅で腰を下ろす。

 

 人と関わるのにはカロリーが要る。自ら決断して行動するのもカロリーが要る。

 今回の場合、そのどちらもが必要とされているが……。むしろ、二人分の消費カロリーとしては丁度良いのかもしれない。

 

 ……と、明が戻ってくるまでの時間を使って、軽く現実逃避。

 しばらくそうしていると、俺の隣に慣れた気配を感じた。

 

「戻って来たよ」

 

「戻ってたのか」

 

 気付かなかった……。軽い現実逃避のつもりが、割と深くまで浸かっていたかもしれない。

 俺の只ならぬ雰囲気を感じてか、また面倒事かと悟ったような顔が見えた。

 

「今度はどうしたの?」

 

 気付けば、片思いだの見守り派だのと騒いでいたグループは沈黙していた。明が戻ってきたからだろうか。

 目敏いなと半ば感心しつつも、どう説明した物かと頭を悩ませる。

 

「片思いされてるぞ」

 

 一秒だけ頭を悩ませた。この程度で悩んでも仕方ない。もっと悩むべき問題がある。

 誰かに聞かれない様、小声での……つまりは内緒話。口を耳に近づけて明かすと、それで明は三秒も思考停止した。

 

「……は?」

 

 まあ、そうなっても仕方ない。俺なんて幽体離脱するかと思う程、気が遠のいてしまったのだ。

 

「え、私が?」

 

「明が」

 

「罰ゲームとかじゃなくて」

 

「俺が見てる限りじゃ、無いな」

 

「……」

 

 絶句。

 恋愛とは無縁だと思っていた俺たちだ。

 初恋の乙女……という言葉が当て嵌まる状況ではないが、どういう反応が正解なのか。二人分の頭で考えても分からない。

 

「……因みに誰?」

 

「あのグループ。真ん中の男子」

 

「あー」

 

 視線を向ける。

 俺たちがこうやって話している間も意識を向けていたのだろう。視線に気づいた男子が目を見開いて、あさっての方を向いた。

 

「乙女、って言葉があるけどさ」

 

「ああ」

 

「なんでそれの男バージョンが無いんだろうって」

 

「現実逃避しないでくれ」

 

「だってさあ」

 

 達観しているつもりではないが、思春期の学生は面倒くさい。思春期の恋愛ともなれば、もっと面倒くさい。

 思考放棄して逃れられる問題じゃないのだ。「ごめんなさい」、「付き合えません」、「興味ありません」。そう言って振るのは簡単だが、その後に待っているのは更なる面倒事だ。高い確率で問題がエスカレートするだろう。

 

 無策のまま断って、失恋なんてさせようものなら、思春期男子はすぐさま暴走を始める……かもしれない。あくまで可能性なのだが、ひと手間加えるだけでその可能性が無くなるのであれば、しっかり考えるべきだ。

 

「……かぐや姫を参考にするのはどうだ。要求する基準を理不尽に高くして、諦めてもらう」

 

「難題? ……万が一にも成功しない方法なんてあるの?」

 

 かぐや姫の難題。その話では、姫に求婚した多く男に課した課題だとされている。当のかぐや姫は、相手の選定を目的に行っていたのか、あるいは直接的ではない方法で断る為だったのか……それは定かではない。

 しかし少なくとも、俺たちは後者の目的で、似た様な事をするつもりだ。

 

「いや、あー、なるほど。明一は良いんだね?」

 

「俺が言い出しっぺだ。勿論」

 

「それはそうなんだけどね」

 

 考えが共有できた様で結構。

 こんな事で頭を悩ませていたら、安心して夜も眠れなかっただろう。今は放置して良いという方針で決まったお陰で、随分とスッキリした。

 

 

「……まぁ、勝手に諦めたり、他の人に目移りしてくれれば、それで万々歳なんだけどね」

 

 そうするよう仕向ける選択肢もあったかもしれないが、生憎、そんな事が出来る策略家なぞ知り合いの中には居ないのだ。




伏線を回収し忘れる所か、伏線の真反対を突っ切り堂々と矛盾を生成する失態を犯してしまいました。
今は修正済みですが、前章の話であるから、割と手遅れですね。


これは余談だけど、散歩するとアイデアが湧きやすいらしい。
ヴァーチャル散歩で同様の現象が発生しないか、淡い希望を抱きつつ画策している所。……今の所成功してない。



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持つべきは友人と言うのは本当だな、と私は思った。

 

 そんなバカな。

 

 なんて一度は思ったけれど、まあ事実であるなら事実なんだろうと受け入れる。諦めの良さには自信がある。

 

 私に興味を持つなんて理解できない……等と考えようが、そもそも私たちは人を理解できる人種じゃないのだ。諦めの境地。悟りの境地。ここに至るまで約16年。二人分なので32年分。

 

 とにかく、あの男子に関しては相手の動きを待とう。という事になった。

 実はこっちの誤解だったとして、恋煩いでもなんでもなかった……と言う場合だったら、余計な労力を割いた事になってしまう。

 それに、今は他人の恋煩いなんかよりも、文化祭の仕事が大事だ。

 

「先生。印刷の準備が出来ました」

 

「お、やっと決定したんですね! 見せてもらっても良いですか?」

 

「どうぞ」

 

 あれから少し経って、印刷する画像が決定した。

 予め担任の先生から印刷の許可を貰っていたから、その日の内に印刷する事にした。

 

「ええと、一枚の看板で6枚の印刷で、計30枚……」

 

 サイズも枚数も大きいこれは時間が掛かりそうだ。

 

 付き添ってくれた先生との一方的な受け答えをしつつ、プリンターを見守っている。やっぱり、とても時間が掛かる。

 ぼんやりと待っていると、部屋の入り口から扉が開かれる音がした。

 

「失礼しまーす!」

 

「おや、木下先生。貴方も印刷に来ていましたか」

 

 二人分。見覚えのある友人と、見覚えのある先生だ。私たちと同じように印刷に来ているのだろうが……。

 

「それでは、私がそちらの印刷も見ていましょうか?」

 

「おお、助かります! 鳴海さんも大丈夫ですね? 私は職員室に一旦戻るので、では」

 

「はい! 有難うございます!」

 

 様子見の先生は二人も要らないらしい。そりゃそうだ。

 引き継がれた先生と他三人が残って、部屋の扉が閉まった。暫しの無言の後、友人の方がこっちに振り返った。

 

「こうやってお話しするのって、なんか久しぶりですね!」

 

「そうだな、久しぶりだ」

 

「普段からメッセージ送ってくれてるから、そんなに久しぶりな感じはしないな」

 

 一応、友人関係であるという認識だけれど、最近はメッセンジャーでしか話さない状態だ。その内容も、もっぱら姉妹仲の近況報告。プラスアルファでゲームの話も。

 あれ以来、彼女の自宅まで行ってゲームをする。なんて友達みたいな事をする機会も無かった。

 

 緊張でもしていたのか、先生がほっと一息。何かを察した鳴海妹が苦笑する。

 

「……そういえば」

 

 友人と言えば、私たちにも聞く聞けない質問が一つあったのだ。それも友達にしか言えない様な事。

 先生相手では勉強以外の事は聞きづらい。ママに聞くにもマジメな答えは期待できない。私たちの狭い交友関係では、話を聞ける相手があまり居ないのだ。

 

 そこで唯一の友人、鳴海さんだ。

 

「ちょっと聞きたいことがあって」

 

「相談ですか。良いですよ、なんでも聞いてください」

 

 ガリガリと音を立てながら印刷を続けるプリンターを横目に、正面から向き合う。横では先生が無言で佇んでいるが、まあ先生であれば聞かれても大丈夫だろう。

 

「後腐れなく人を振る方法ってある?」

 

「うーん???」

 

「どうも明に気がある人が居る様なんだが」

 

「ええ……なんか一発目からボディブローが来ました……」

 

 芳しくない反応。結構期待していたけど、鳴海も心当たりはあんまり無いのかも。

 私たちと同じくらい若けりゃ、そりゃ同じくらい経験も浅いわけで。

 

 うんうんと鳴海が唸って、整理が付いたのか再び口を開く。

 

「それじゃあ、答えるにも一概には言えないので、一個質問させてください。明さんって好きな人は居るんですか?」

 

「いや」

 

「ですよね。じゃあ、明さんに興味があるっていうお相手さんは、どんな人ですか?」

 

「同じクラスの人」

 

「ええ」

 

「……」

 

「……」

 

 ……無言。これ以上の答えは無いのに、答えの続きを待つ鳴海。それに気付いて、言葉を補完する。

 

「以上です」

 

「ええ……?」

 

「あ、男子だよ。一応」

 

「そりゃ男子でしょうねえ! ……え、明一さんも分からない?」

 

 私に分からんなら明一にも分からんでしょ。何を当然な事を。

 意図せずもそんな視線になってしまって、彼女が更に頭を抱える。呆れている気もする。

 

「じゃあ~……じゃあ、なんで断りたいのか。その理由を聞いてもいいですか?」

 

「理由……」

 

 そう改めて言われると、直ぐには出て来ない。……という事も無く、少し考えれば正当な理由が幾らでも出てくる。

 

「興味が無い、魅力を感じない、相手を知らない。あと……」

 

「面倒くさい、人がそもそも苦手、付き合えば寧ろ失望させる」

 

「そうそれ」

 

 言葉に詰まって、明一がその次を語ってくれた。

 

「なんで明一さんが……コホン。なるほど、その言葉のままに断れば、確かにハートはボッキボキですね……」

 

 プリンターから絵が一枚、はらりと床に落ちて、そのまま次の印刷を続行する。

 

 やっぱり。もし素直に断るなら多少の後腐れはあるだろうなあ、と考えていたけど、彼女としてはボッキボキと断言する程らしい。

 なるほど、ボッキボキ。

 

「ふむむ。恋愛相談……。如何にも責任重大そうなお題なんですよね……。まあお相手さんの失恋は確定ですけど」

 

「まあ」

 

 そう考えるとちょっと残酷かもしれないけど、少しでもダメージを和らげてあげる為の恋愛相談だ。本当にボッキボキにする必要は無いから。

 

「あ、因みに二人的にはアイデアとかあるんですか?」

 

「あるにはある」

 

「かぐや姫プラン」

 

「へ?」

 

「え?」

 

 ……聞き取れない様な滑舌だっただろうか。再びハッキリと単語を繰り返す。

 

「かぐや姫プラン」

 

「えぇ……? あの、ちょっと独創的すぎる言葉が二度聞こえてきましたけど」

 

「そうか?」

 

「そうです間違いありません。一種の月面旅行プランかと思いましたよ、かぐや姫プランなんて。」

 

「そうか……」

 

 確かにいきなりかぐや姫プランなんて言われても困るか。

 説明不足に対して軽く謝ってから、プランに関する詳しい話をする。告白が実際に行われるとき、難題を振って相手が納得する形で諦めて貰う。という物だ。

 

「あー、なるほど」

 

 ふっと目線を逸らされる。

 プランについてなにかアドバイスを貰えるのかと思っていたけど、違うっぽい。

 

「えっと?」

 

「あのですね。よくよく考えたら恋愛経験なんて皆無なので、良く分からないんですよね。なので、これから言う事が正しいのか分からないんですが」

 

「うん」

 

「もっとシンプルなやり方無いですかね?」

 

 いや知らんけど。

 首を傾げる。これ以外に思いつくものはあるが、これ以上に良い案とは思えない。

 明一の方も、何も思いつかなかった。

 

「うーん……。明さんが偽装で誰かと付き合う……てのは流石に恋愛マンガに毒されすぎてますかね」

 

「あー」

 

 それは思いつかなかった。妙案では、と思ったけど、鳴海としてはダメらしい。

 

「ううん……。思いつかないです。実際にお相手さんを見ればピンと来るかもしれないですかね」

 

「それはそれで有難いんだが」

 

「そうだ、告白されたら電話して良い?」

 

「ええ、もち……待ってください、お相手さんの目の前で掛けるつもりです?」

 

 頷く。

 そしたら、いかなり鳴海がウガーと唸りだした。何事。

 

「フー……。明一さんの方が付き添うのは兎も角、私はノーです。ノー」

 

「そうか」

 

 そういうものらしい。

 

「そもそも二対一って時点でイレギュラーなんですから……。告白に双子同伴が百歩譲って良いとして……それでも拷問ですよ。拷問でしょ」

 

「そうなの?」

 

 という風に返した私に何か思う所があるのか、目の焦点が虚空に向かって薄く長い溜息が吐かれる。

 

 またなんかやっちゃった? と明一に目配せ。

 またやったんだろうな。と帰ってくる目線。

 

 また一枚、プリンターから印刷されたものが落ちる。

 

「とりあえず、今は保留で良いですか? 私の方で案があったら、連絡するので」

 

「うん、ありがと」

 

 話は切り上げられて、三人の目線はプリンターの方へ向く。

 

「因みに後何枚あるんですか?」

 

「17」

 

「……相談との引き換えです。次の一枚で中断して私と交代してください」



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意外とサボりというのは許容されるのか、と俺は思った。

 

『学校でのお話について補足なんですけど……電話良いですか?』

 

 という前置きを、まあアドバイスであればと受けて。その通話の中で伝えられた半分は、常識の再確認であった。

 もう半分は、俺たちにとって常識として根付いていない様な事。

 

 ──いざ告白と言う時、その人を呼んだら双子が一緒……っていうのは、まあ良いやって思います。百歩譲ってですよ? 

 

 ──普通、いくら双子だと知ってても、二人揃って告白の場に来られたら困ります。譲歩して納得できるのは、私がお友達だからです。

 

 その中でも念を押されたのは、そんな事。もし同行するにしても、少し離れた所で待ってあげてくださいと、俺を名指しで言われた。

 他にも、YESとNOで済む様な話は滅多に無いと。YESにも込められた意味で何通りもあるし、NOも同様だと。

 断るにしても、友達としての付き合いをするか、あるいは断るだけして名前も覚えず話を終わらせるか、という断り方がある。勿論この二択だけとは限らない。

 

「うん。ありがとう」

 

「判断に困る様な事があったら、何時でも連絡してくださいね。……相手の目の前で連絡するのはダメですよ?」

 

「わかってる。ありがと」

 

「はい、お願いしますよ。……おやすみなさい」

 

 

 

 

 長々と続いたオンライン講義が終わって、ふうとため息。

 授業より退屈という感じはしなかったが、妙な疲れがある。

 

 通話を終了してしばらくして、ディスプレイが暗転するのを見送ってから……明の顔を見る。

 あれは纏まった思考をしていない、つまり何も考えていないような表情だ。

 

「実感でも湧いたか」

 

「実感かなぁ」

 

 事が事だから共感は難しいが、こっちもこっちで何とも言えない気分ではあるのだ。

 

 相手が何時かかってくるのかが分かれば、こっちもやりようはある。

 けど、それを知る術が無い。そういうのはマスコミのアイツがやる事だ。

 

 

「……なんというか、俺も微妙な気分ではある」

 

「寝取り?」

 

 もっと微妙な気分になるから止めろ。

 

「それに今のところは浮気程度だろう」

 

「浮気?」

 

「いや誰も付き合ってないが」

 

「自分で言ったんでしょ」

 

 むうん。

 

 とにかく、この事で議論したって仕方ない。

 ニマニマと笑われてしまったが、微妙な空気を変えられたとでも思っておこう。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 先日、印刷を済ませた時点で俺たちの仕事は終わっている。

 手が空いたからと、新たな仕事を振られるような事は無かった。

 

 これがバイトであれば、大体マスターから振られるのが会話だ。休憩時間と言わんばかりに、雑談がおもむろに始まるのだ。

 本来なら空いた時間は皿洗いといった雑用が任せられる筈だが、そっちはマスターが全部やってしまう。

 

「……何か手伝うか」

 

「そうだねぇ」

 

 仕事が欲しいという訳じゃないが、何もしないというのは違う気がする。この時間は作業用の時間であって、休憩時間では無いのだ。

 ……そうだな、看板の絵がどうなってるか見ておこう。俺らの担当と関係の無い仕事ではない。

 

 傍まで寄って確認する。当日の組み立ての為、それまで四つに分割して保管される事になるが、製作途中の今は一枚のまま作業されている。

 

「……え、えっと。どうした?」

 

 その男子が顔を上げてこっちを見た。告白してくるかもしれないと懸念している、件の男子だ。

 仕事の話ならば大丈夫だろう、と思ったが。

 

「気にしないで良い」

 

「お、おお。そっか」

 

 彼の目線は明の方へ。

 話は俺に任せるというスタンスで、一方後ろに立っていたのだが……。仕方なくと明が口を開いた。

 

「印刷した背景に何かあったら言ってね」

 

「わかった。うん、ありがとう。……うん」

 

 ……嬉しそうに見えたのは、やはり気のせいではないのだろう。

 人の事に対しては鈍感だと自覚している。勘違いなのかもしれないが……。

 

 

 

「さて、どうしようか」

 

「どうしようかな」

 

 男子に対する対応の話……では無くて、未だに俺たち二人の手が空いてしまっている状況に、俺たちは立ち尽くしていた。

 

 しばらく教室の様子を見ていたが、作業は順調だ。このペースから見ても、多少の余裕をもって完成する筈。

 そこに俺たちが混ざっても余剰戦力になるか、あるいは足を引っ張るだけか。

 

「単純労働になる所があったら、混ざってもいいかもしれないが」

 

「無いんだよねぇ……」

 

 簡単な作りの装飾は、既に必要分が完成している。

 完成させた彼らは、俺たちに無い柔軟な立ち回りで他のグループに混ざっている。真似なんか出来ない。

 

 部屋を見渡して色々考えてはみたが、良い案は浮かばない。

 

 ここまで考えて何も浮かばないのであれば、仕方無い。

 一応の纏め役である1人に声を掛ける。文化祭実行委員という奴だ。

 

「ねえ、印刷まで終わって、仕事無くなっちゃったんだけど」

 

「え? あー……分かった。けど人手が足りない所って無いんだよな」

 

 らしい。

 やはり俺たちの見解と同じだ。

 

 と思ったが、何かを思いついたのか、思考の為に伏せていた目線を「ああ」とまた上げた。

 

「ねえ宮野さん、マスコミ部に出す原稿って出来てる?」

 

「原稿? 出来てるけど」

 

 クラスメイトの一人が言って、机の中にしまっていた二枚を取り出す。原稿用紙では無いが、ノートの切り取られた一枚にびっしり文字が詰まっている。

 

「あれ? 原稿用紙は……」

 

「たった400文字分の紙二枚で足りる訳無いでしょ」

 

「ええ……」

 

「足りなかったらノートでも良いって言われてたから、問題無いよ。ほら」

 

「まあ、ありがとう……。という事で、これ届けてくれる? 確かマスコミ部員と面識があったんだよね」

 

 あると言えば、ある。

 最近は双子という話題も冷めて、連絡を取る機会も無くなったが、連絡先はまだ残っている。

 

 頷いてみせれば、A4紙二枚を手渡された。

 

「じゃあ、二人ともお願いね」

 

「分かった」

 

「それと、届けたらサボっちゃって良いから」

 

「え?」

 

 サボって良いとは、少しは責任を持つ筈の実行委員の台詞ではない様に思えるんだが。

 

「どういう……いや、そもそも」

 

「大丈夫。目に付かない所なら誰も気にしないし」

 

「はあ……」

 

 ニヤニヤと、何が面白いのか口角が上がっている。

 そんな表情の変化から何か読み取れるわけでも無く、まあそう人なのだろうと、紙を持って部屋を出て行くことにした。

 

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

「……紙二枚届けるのに二人も居る?」

 

「あの二人を別行動させるなんてとんでもない!」

 

「ああ、そう言えば見守り派だったね……」

 

「そう。しかも最近、雲行きが怪しいからね……」

 

 実行委員が部屋を見渡す。

 一見、手を持て余してる人は居ない様に見えるが、その実グループに紛れ込んでいるだけで何もしていない人が殆ど。

 今更クラス内に暇人が増えても、誰も気にしなかっただろう。

 

 だと言うのに、わざわざ目立たない様にサボれと伝えた理由……。それは、あの男にある。

 瞼を細め目線を留めた先は、最近怪しい動きを見せる男だ。

 

「雲行き?」

 

「明さんと彼を……二人っきりにさせる訳には行かない」

 

「させたらどうなるの?」

 

「僕が爆発する」

 

「何言ってるのかしら」

 

 文化祭実行委員。彼は、NTRを見てしまうと爆発してしまう類の男であった。




双子の一人称を一貫するつもりでしたが、この方針は足枷になりかねないと思い直したので、モブ視点や三人称を交える事にしました。

明の視点と明一の視点を交互に話を重ねていく方針は、そのままの予定なので、そのつもりで。


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文化祭が楽しみでも不安でもあるとは妙だ、と私は思った。

「はいはい、どうぞ入ってください」

 

「お邪魔します」

 

 まるで他所の家にでも上がっているかの様なやり取りだが、ここは校舎内。

 預かった原稿についてメッセージで連絡、この場所へ来てください、と案内されたのだけど。……ここは部室、なのかな? 

 という事は、あのノートパソコンや印刷機は部活動の道具なのだろう。ペンや紙、作図道具があったり……という先入観とは全然違った。

 

「……あ、っと。原稿、これなんだけど」

 

「はい預かりました。簡単に確認するので、待ってくださいね」

 

 待機とな。渡して終わりでは無いらしい。

 別に急ぐ事も無いから良いけれど、この部屋の物珍しさについつい左から右へと観察してしまう。

 

「こういう部屋は慣れないですか?」

 

「んまあ……」

 

「こんな所に入る機会なんて、部活動以外じゃめっきりですからね。よく分かります」

 

 目線を紙の上に滑らせつつ、話を繰り広げる立山記者。私達の好奇心に同感してくれて、何か返す言葉はと、この部屋を見た感想が出てくる。

 

「オフィスみたい」

 

「何せ広報メディア部ですからねえ。言うなれば編集部のオフィスでしょうか」

 

 編集部……聞いた事はある。漫画家や小説家を志す者にとって、仇にも味方にもなると言われていた。……気がする。なんか違うような。

 

「なんか妙な勘違いしてませんかね? 別に良いですけど……。はい、原稿はとりあえず確認しました。所で玉川さん達の出し物は順調ですか?」

 

「クラスの? まあ、それなりに。もうすぐ仕上がりだから仕事が減ってきた」

 

「そうですか。つつがなく終わらせられた様で良かったです」

 

 ……これがいわゆる世間話と言う奴かな。私達にそんな事を実現させるとは、流石のマスコミ部だ。私達の口を軽くさせる能力でもあるのかもしれない。

 

「マスコミ部は忙しく無いのか」

 

「校内の出し物全てを纏めた記事を出すので、楽では無いですねえ。原稿は各々書いてくれるのが幸いです。あと、ここは広報メディア部です」

 

「へえ」

 

 にしては、閑散としている。

 立山記者は椅子に座って、PCのフォルダを開いたり閉じたりを繰り返しているだけだし。

 

「そういえば……他に人は居ないの?」

 

「居ませんよ。と言うか、そもそも今はクラスの出し物の為の時間ですから」

 

「そっか、ならここに居ても?」

 

「はい?」

 

 虚を突かれたようなすっとんきょんな声が返ってきた。

 三人居座るだけの広さはある。暖房もあるから腰を落ち着けるには良い場所だ。二人っきりが一番楽だけれど、三人目が立山記者だったらまあ気が楽だ。廊下の人気が少ないのも良い。

 

「出し物も完成して、暇を持て余してるんだ」

 

「あー」

 

 クラスに戻っても時間を持て余す。熱心に作業している傍らで遊んでいる気にもなれない。

 それに纏め役である筈の実行委員が言った事だ。私ら二人が居なくても当然の様に仕事は回る。

 

「別に良いですが……またクラスメイトが厄介になってたりとか、そういう理由は無いんですね?」

 

「無いよ」

 

「なら良かったです。一度は約束した事ですからね」

 

 約束? そんな事あったかな、と以前までの記憶を掘り返す。しかし約束という程の何かをした時の事は思い出せない。

 私の知らない内になにか約束事でもしたのかと明一の方を見ても、首を傾げられた。覚えが無いらしい。

 

「約束なんかしたっけ?」

 

「ああ、あの時は契約とか取引とか言いましたね」

 

「あー」

 

 契約。そういえば一番最初にそんな風な事があった。記事のネタを提供して、見返りにクラスメイトの興味を薄れさせて、私達が楽に学校で過ごせるようにしてやると。

 平穏な学校生活は彼のお陰で成り立っているのか、と改めて実感する。感謝するべきだろうか。

 

「ありがとう。そういえば今までお礼言ってなかった気がする」

 

「別に要りませんよ。先輩達の長い鼻をへし折っただけで、私は大満足ですから」

 

 長い鼻……? 

 

「なんでか競争心が強いんですよ、これで満足してる私が言えた事でもないですが……ああ、こっちの話です」

 

 ふうん? なら良いや。

 

 

 

 思いついた様に時折カタカタカタと作業したと思えば、飽きたかのようにくたびれるを繰り返す立山記者。そして離れた所では、二人で固まって暇つぶし。

 キーボードの音と、携帯の通知音、私達のイヤホンから漏れる音の三つが長らく続いていた。が、とある一つの通知を受け取った立山記者が作業の手を止めた。

 

「……」

 

 長い間変化が無かったから、立山記者の様子に気付けたのはすぐだった。

 何だろう、と言葉も無しにじっと観察してみるが、一つ溜息をするだけだった。

 

「噂ですか」

 

「噂?」

 

 席を立って何処へ行くんだろうと考えていたせいでオウム返しになっちゃったけど。

 でも噂と聞いて思ったのは、記者としては美味しいネタになるんじゃ? という浅ましい考え。こうして嘆かわしげな雰囲気を纏っているのを見るに、違うのか。

 

「貴方達に関する噂です。何やら三角関係がどうの、と一部で盛り上がっている様ですよ」

 

「俺達の噂か」

 

「まるで学校のマドンナですね。たった一つの恋心で人々が盛り上がれるなんて」

 

「私が?」

 

「明が……? いたっ」

 

 明一がそういうとこで疑問符を浮かべるのは気に入らない。

 

「こういうのは記事にするにもデリケートですからねぇ……。そんな事気にしてたら記者やってませんけど」

 

「書くの?」

 

「書いて欲しいんですか?」

 

 書いて欲しくはないなあ。

 

「今の所、夏休み明けみたいな事にはなってないからな。そういう問題がない以上、要求する物がない」

 

「じゃあ軽く言及する程度で良いですかね」

 

 軽く? と聞いて驚く。立山記者の事だから、根掘り葉掘りと情報を集めて記事にするものかと。

 

「私の記事が大事の切っ掛けになっても困りますから。細々と噂になってる程度の物を無理やり盛り上げるのは、私の感覚では()()()()

 

「違う?」

 

「こればっかりは言語化が難しいですねえ。まあ便乗するスタンスが私に似合っている訳です」

 

 らしい。

 ならそこまで追求する事も無いだろう。追及する程の興味も無いけど。

 

 

「……文化祭、楽しみですか? 片思い云々の事情は耳にしますが」

 

 程々に、かな。学校を練り歩きながら、適当に楽しめれば良いと思ってる。

 出し物のスタッフとして身を置く時間帯も、一日一時間程度だし。

 

「楽しみではある。母も来る予定だし」

 

「あの癖が強い母親さんですね」

 

 アクのあるというか、なんというか。

 

「というか、知ってるんだ」

 

「あの体育祭で一度顔を合わせただけですが」

 

 それで十分。我らがママの性格を知るには10秒で事足りる。

 

「母親さんも居るなら、少なくとも二日間は厄介事を起こせないですねえ。……その日に限って、“彼”が行動に起こしたら気まずくなりません?」

 

 ……なるかもしれない。

 避けたい事だとは思う。そうなると事前に知っているなら、回避する様に行動するくらいには。

 

「流石のお二人さんも、告白を断ったら妙な雰囲気になるでしょうし」

 

「え、ならないけど」

 

「あ、ならないんですね」

 

 断った弾みで相手が自暴自棄になったり、絶望の中にでも居るような顔とかされたら困るけど。この学校のクラスメイトだし、という信用はある。この学校は治安が良い方だから。

 ママもママで理解してくれると思う。けれど肝心な所で変な事するから、こっちは信用しきれない。

 そう考えると一番危ないのはママかも。

 

「だったら……二日間学校から締め出せば万事解決だな」

 

「その手があったか」

 

「……誰を締め出すんです?」

 

「ママ」「母」

 

「止めたげてくださいよ」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 さて、と。ぶっ通しで遊んでいたから携帯のバッテリーも心もとない。かと思えば、時計も丁度良い時間を指している。

 

「そろそろ教室に戻る」

 

「はいはい。次合う時は文化祭の真っ最中ですかね」

 

 そうなるかな。いよいよ本番、と思うと祭りの前夜の様な気分になる。実際は数日を残しているけど。

 

「それでは」

 

 

 廊下に出れば、文化祭の飾りは仕上がっていた。ここに客を歩かせても違和感が無いくらいだ。

 

「文化祭だな……」

 

「アニメだと最終回になりがちだけど」

 

「俺達の戦いはこれからか」

 

 起伏の無い私達の生活がアニメになってもなあ。

 

 文化祭前日の雰囲気をそうして楽しめるのも今だけ。かと言ってわざと歩幅を短く取る必要も無い。賑やかな廊下をゆっくり進んで、教室に戻った。

 

「お、集まったな!」

 

「ん?」

 

 教室も何やら賑やかである。

 多分クラス全員は集まっているだろう、というくらいの人数は揃っている。

 

 円陣でも組むつもりなのか、あるいは演説でもするつもりなのか。一人が教壇に上がって拳を振り上げた。

 

「っしゃあ。完成を祝って、これから皆で前夜祭を──」

 

 ……前夜祭って、もしかして全員参加? このノリの中に混じるのはちょっと、付いていけないのだけど。

 それにこういうのって、予定を擦り合わせてからやる物なんじゃないのかと私らは思うけど。

 

「帰らせてくれるかな」

 

「放課後にやるみたいだし、良いんじゃないか?」

 

「えっ」

 

 という私達のやり取りが意外だったのか、横から誰かの声が聞こえた。横を見たら、例の男子だった。私に気があるらしいという男子。

 別に強制参加という事でも無いだろうし、なにも変ではないと思うけど。

 

「玉川さん……あ、ちょ」

 

「ごめんねぇ双子さん。用事があるなら帰っても大丈夫な奴だから! お前はフリーだろ。一緒に行こうぜ、なっ?」

 

「え、ええ?」

 

 唐突に彼の後ろから飛び掛かってきたもう一人が、捲し立てるように言い切った。

 突然どうしたんだろう。とは思う一方で、それを言ってくれて安心している所もある。全員参加が前提の所を抜け出して、何があったんだろうと心配させるのは望んでいない。

 

「良かった。じゃあさよなら」

 

「はーい気を付けてなー」

 

「あ、おう。じゃあ」

 

 ……明日すぐ、って訳じゃないけど。もう文化祭が始まるな……。




人が面白く思うような物書いてやろう、と無意識に思ってたのかもしれません。
そんな事考えて頭をこねくり回した所で無駄なので、傍若無人に書くつもりでやっていきますよ。

前にも同じこと決意してた気がしますが。


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幕間 大切な人との再会

 静かな世界から眺める教室が、俺にとっての日常だった。誰も居ない部屋で遊ぶゲームが、私にとっての楽しみだった。

 何時までも続く穏やかな日々。けれど記憶の奥底に仕舞われた()()()()()()()が、時々ちらついてくる。本当の孤独は寂しいのだと、思い知らせてくる。

 

 私達が物心がついた頃から、ずっと居た様な気がする誰か。あるいはそれ以前からずっと……。

 今となっては数秒も記憶の海に潜らなければ、思い出す事は出来ない。

 

 俺達の心に深く刻み込まれた誰かとの日々が、きっと人生の礎になっている。

 

 

 だというのに……、だというのに! 

 

 私達は“   ”の顔を思い出せない! かけてくれた言葉なんて殆ど覚えてない! 何をして遊んだのかも、何時“   ”という存在が目の前から消えたのかも! 

 記憶に片隅にこびり付いているのは、かけてくれた言葉と、額に感じた体温だけだった。

 

 ……実体の無い記憶に気付いて、そうやって泣き喚くには()()()()()()()

 ふと本当にそんな過去があったのかという細やかな疑問が一瞬浮かび、ぼんやりと日々を過ごす。

 

 俺にとっての日常も、私にとっての楽しみも。その人が居なくても成立していった。時々襲い来る孤独感も、許容した。

 

 

 そんなある日、じっと自分の顔を見つめてくる猫を見つけた。二人家族で出かけた時の事だ。

 目を合わせても、無防備に座っているだけ。試しに手を伸ばしても、黙って受け入れている。

 

 孤独感を紛らわす為の手段として、ペットを飼う事も考えた。けれども母子家庭という環境に猫を置くのは難しい。飼う以上、その責任を負わなければならない。

 だから諦めたのだが……、人に懐く野良猫なら、可愛がっても良いのかなと思った。

 

「あら? この猫……こんにゃくちゃん?」

 

 大きく欠伸をする仕草を見てか、母が思い出したように呟く。

 

「また会ったわねぇ……何年振りかしら」

 

 聞くと、ママも猫の世話をしていた時期があったらしい。と言っても飼い猫ではなく、家の近くに棲み付いた猫だと。

 何時の話かと聞けば、母が妊娠するよりも前の頃だという。

 

「……思い出した、もう十年もなるわね」

 

 その言葉を聞いて、思わずママの顔を見てしまった。

 何を落ち込んでいるんだろうと思っていたら、何時もの幼い私たちに物を教える口調で言った。

 

「猫の寿命はね、大体15年なの。この子は野良猫だから、もう少し短いかも」

 

 という事は。

 幼いながらも察して、何とも言えない気持ちになる。この子はもうすぐ……。

 

「もうすぐお別れね。最後に会いに来てくれたのかしら」

 

 

 

 

 ──ふと、その様子を見ていた自分は、嫌な想像をしてしまった。

 もし、もしも“   ”と再会できたとしても……。その後すぐに、別れが来るんじゃないだろうかと。



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文化祭
あれが歩き回っても許されるのだな、と俺は思った。


 長々とクドクドと、という世間の印象とは違って、原稿用紙を半分も埋められるかどうかという長さの校長の話を終え……我々は、文化祭を迎えた。

 ここでは開祭式すぐに正門が開いて、一般人客を招き入れる。朝9時から夕方3時まで解放され、その前後30分くらいは出し物の整備や調整が含まれる。何も問題なければ直ぐ帰宅できるが。

 

 というスケジュールは手元に書き残しているけれど、一度祭りが始まればそれも意識から外れる。祭りであるなら、祭りを楽しまなくては。

 

 

 と我ら双子が心に決めてから小一時間。

 

「……」

 

「……」

 

 俺達二人は、屋外に設置された顔出し看板の番をしていた。

 朝一番の時間帯にシフトが振られていた俺達は、太陽が横から差すような屋外で番をしていた。番としての仕事は殆ど無く、屋外で強風に晒されて倒れたりしない様、見ているだけ。

 

「……大人が増えて来たね」

 

「親子連れが多いな」

 

 そうすると、目の前を過ぎる人らの流れも当然目に付く。そして俺たちも注目される。たぶん。

 顔出し看板に用事はなくとも、挨拶だけ残して過ぎる人も多い。そして俺たちが挨拶を返す回数も多い。

 

「こんにちは〜」

 

「こんにちは」

「楽しんでいってねー!」

 

 営業スマイルは苦手だが、小さな笑み程度のスマイルまでなら身につけている。

 白熱電球ぐらいには明るい笑顔が横にあれば、俺のスマイルなんぞ霞んで消えてしまうが。

 

 流れる人込みに向けて何度か挨拶を返していると、体力を切らしたのか明が俯き始める。

 

「色々居るなあ」

 

「おはようございまーす!」

 

「うん? ああ、おはようございます」

 

 目をキラキラと光らせる子供が挨拶してきて、明も応じてにこやかに挨拶。やはり女子の笑顔、俺では役不足だから助かる。これを維持するのにもコストがかかりすぎるのが考え所か。

 

 そうぼんやり思ってると、明に肘で突かれる。ああ、俺も返さないとな。

 

「おはようございま」

 

「ママー見て―、ドッペルゲンガーだよー! すごーい!」

 

「ええ……」

 

 俺の挨拶が遮られる形になってしまった……。

 その上指を差されてはしゃがれるものだから、反応に困る。とりあえず手でも振っておこうか。

 

 子供に呼ばれたママさんとやらは小さく頭を下げつつ、わいわいとはしゃぐ子供に構っている。

 ……誘っても良いかもしれないな。ここの看板のデザインは、子供向けにしても良い具合の物だ。

 

「ついでに撮って行かれますか? 良ければ私らが撮りますよ」

 

「あっ、良いんですか? じゃあお願いしますー」

 

 ナイスコミュニケーション。やっぱり明に任せるに限る。

 

「じゃカメラお願い」

 

「うむ」

 

 とは言え俺もバイト経験者。悪い印象を持たれない程度の笑顔で接客する、というのが今更出来ないのではいけない。

 

「はーい、台に乗ってねー」

 

「ありがとー!」

 

「それじゃあ、撮りま……すぅー」

 

「「ちーず?」」

 

 ……なんで猫が居るんだ? 

 そう疑問符を浮かべる俺に呼応してか、カメラには疑問符を浮かべる親子二人と、澄まし顔の猫が映っていた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「ありがとー、ドッペルゲンガーのお兄さん!」

 

 返したい言葉を堪えて、黙って手を振る。俺が偽物側なんだな……。

 

「一度撮り損ねてすいません」

 

「いえいえお構いなく! それでは文化祭がんばってください」

 

「そちらこそ、楽しんでってくださいねー」

 

「猫さんバイバイー!」

 

 という風にして、顔出し看板の初仕事を終える。今後も来場者の細やかな賑やかしになってくれるだろう。

 問題はあの猫だ。見覚えのある毛並みと眼差し。俺達が通学路で毎日目にしている猫と同じだ。

 

「……で、何時から?」

 

「分からん。写真撮ったら居た」

 

「それまで気づかなかったんだ……」

 

 気配も無く顔出し看板の上端に飛び乗っていた。やはり猫の身のこなしは忍者にも等しいのではなかろうか。

 びっくりどっきりな俺達を見下ろす事もせず、のんきに毛繕いなんかもしている。余裕の態度である。

 

 とはいえ眺めるばかりにも行かない。あの場所に居座られたら危ない。

 この顔出し看板、一面にぺたりと張られた紙とほんの一部の金具以外は木製だ。勿論ちょっとした風には耐えられるとはいえ、猫の体重に対しては何も考慮していないのだ。……この看板が猫の体重で折れるとも思えないが。

 

「おりてこーい」

 

 明が猫に呼びかけてみる。少し目線をやっただけで、無反応である。

 手を伸ばしてみる。やはり無視だ。

 

「うーん……嫌われた?」

 

「諦めが早い」

 

 明がダメなら俺もダメだろうか。踏み台を使って手を伸ばしてみる。 

 

「……」

「……」

 

「……ダメか」

 

 三秒程睨みっこしてみたものの、返ってくる無感情な瞳に負けてしまった。

 どうにかして下ろす方法は無いか、と協議してみるが……良い方法が思い付かない。無理に掴もうとしても爪を伸ばされて反撃を受けるだけだ。

 

 諦めて腰を下ろす。腕を伸ばし続けるのが妙に疲れた。

 

「……」

 

「お、降りてきた」

 

「え、今?」

 

 降りるつもりだったのなら、俺たちの催促に乗ってくれても良かっただろうに……。猫の気まぐれに対して、ほんの少しだけ恨んでみる。

 降りた後何処か行くものかと思ったが、何処にも行く気配が無い。むしろ俺たちの足元で座り始める始末。

 

「ふむん。これは……仮説なんだけど、懐かれてない? 私ら」

 

 懐く……。

 確かに顔を覚えられている気はする。けどこの態度を懐かれていると解釈するかと言えば、微妙な所である。

 

「餌の一つもあげた事ないのにか」

 

「偶にはそういう猫も居るでしょ」

 

「……」

 

 ……なんか猫に睨まれてる。

 まあ触れても身動き一つしないし、この猫が傍若無人だという解釈をしないなら、懐かれたという結論に落とし込んでも良いだろう。

 

「お、気に入られたかも」

 

「どう見ても気に入ったとかいう眼差しじゃないが。あ、膝に乗るか?」

 

 猫撫で声をするでもなく、ただ地声で提案してみる。俺たちの言葉を理解しているとも思っていないから、期待はしない。

 耳も目もこっちに向けているから、通じるかはともかく、聞いてはいるのだろう。……っと。

 

「おお……明、猫が乗ってきた」

 

「え、うわ。羨ましい。代わって」

 

「……」

 

 ずい、と寄ってくる明の顔に対して、奪い合いには乗らんぞと言わんばかりの流し目を送る。なんか、妙な優越感。あと近い。

 

「そんなー……。あ、それじゃあ撫でさせてくれる? 良いのかな。じゃあ撫でるね」

 

「まだ返事してないぞ」

 

「だって猫だし」

 

 それはそうだが。

 問いかけから間も開けずに手を伸ばす明だが、猫は黙って撫でられていた。身を捩るともせず、ただ目を瞑る。

 

「おおよしよし」

 

「あら! 私も撫でて良いかしら?」

 

「ああ、って母ぁ?!」

 

「はろはろ~♪」

 

「歳を考えてママ」

 

 おおう、何時の間に……。猫ならばともかく、我らが母の気配も感じ取れなかったとは。

 ……俺達が気を取られていただけか。

 

「何時から居たんだよ」

 

「ついさっき」

 

 まあ、息を潜めて隠れていた訳でもないものな。

 交代する様に母の手が猫の背中に伸びるが、これも猫は黙って受け入れていた。

 

 我ら玉川一家の一人親、母もこの文化祭を楽しみにしている。例年通りと言えばその通りだが、今年から俺達という変化があったから……。だから少し安堵した、とは口に出したくない。

 

「良いけどさ。私達、出し物のシフトでもう少しここに居るんだ。一緒に回るにはもうちょっと待たないと」

 

「あら、そういえば顔出し看板をやってたわね」

 

 忘れてたのか……。一応話してはいたんだが、そこまで興味無かったか。

 

 もうちょっと待つ、と言っても数分くらいだ。交代でやってくる二人と顔を合わせたら、その時に代わる事になっている。あんまり厳密には定めてない。

 

「じゃあ先に行ってくるわね~!」

 

「え? ちょっと……まいいけど」

 

 後から合流すればいいし。見送る。どうせ交代が来るし、そう遠くには……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

『二人で楽しんでいって頂戴! 双子水要らずってね!』

『私も大人げなくはしゃいじゃうかもだから♪』

 

 母は何を言ってるんだ……。




なんか無性にたのしくなってきた。


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何時までも不思議な猫だ、と私は思った。

 

 やっぱり、この頃のママは私達を二人きりにしたがる。この前の買い物だってそうだし、おつかいに出された時だってそう。

 気持ちが分かる、とは言わない。子供なんて持ったことが無いから。

 

「……ママが一緒でも構わないんだけどな」

 

 むしろそうしたい気持ちがあった、というか。

 この()()()のママと改めて楽しみたい、というか。

 

 それはもしかしたら私が無意識に考える建前で、二人になるよう仕向けられても困る……というか。

 

「参ったな」

 

 私の半身、とも言うべき明一の言葉が妙に重く聞こえる。俺たちの関係をどうしたいんだ……とでも言いたそうにしている気がした。

 仕方無いと言ってしまえば、もうそこまでかな。ママの妙な行動原理は察せても察しきれないし、それなら黙って誘導に流されるよう動いているべきだ。

 

「それじゃ、二人で行っちゃう?」

 

「あとプラスで一匹」

 

「そういやどうすんのこの子」

 

 交代が来てくれて、あの持ち場から離れた今も付いてきている。

 猫アレルギーの人も居るだろうに、と懸念する私たちは、この子の扱いに頭を悩ませる。幾ら毛並みが白くきれいに整っていても、アレルギーはどうしようもないのだ。

 なんとなく屈んで、ひと撫で。相変わらずこの猫は黙って撫でられてくれる。

 

「とりあえず……かばんに押し込むか」

 

「ほ?」

 

 押し込む、と聞いてピンと来る。

 アレだ、あのゲームみたいな事するんだ。猫には悪いけど、面白そう。

 

「喋る黒猫をカバンに押し込んで、学校中を歩き回る主人公みたいな感じね」

 

「フィクションだと思って見てたが、この状況なら通用するかもな」

 

 天才か。猫も大人しいし、学校のかばんなら違和感もない。猫がカバンを気に入らなかったらそれでおしまいだけど。

 文化祭だから中に入っているのは最低限の荷物だけだし、二人分の荷物を片方に全て移してしまえば猫専用のかばんが出来上がる。

 

「と言うわけで取ってくる。猫用のは……俺のかばんの方が良いか」

 

「うん。私のとこに全部入れちゃって良いよー」

 

「分かった」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 彼がかばんを取りに行く間、私は暇と……猫を持て余していた。

 なんとも良い撫で心地の猫が手元にいるから、退屈などとは言ってられない。……撫で放題だから。

 

「……もしかして、実は初対面じゃなかったりする?」

 

 今は既に面識があるけれど、そういうことじゃなく。この秋に始めてこの白猫と出会った時の事だ。

 

 事前に私達の事を知ってなきゃ、あの時の様にじっと目線をやったりしないし、学校にまで追いかけてきたりしない。餌の一つもあげた事がないのに。

 

「面識があったところで、私にどうやって伝えるのやら」

 

 そう言えばこの子の鳴き声、聞いた事あったかな。

 

「にゃー、とか?」

 

 そこらの躾けられた飼い猫よりも静かだし……そういう性格なんだろうか。

 必要がなければ鳴かないし、意思表示もあまりしない。触れられる事はあっても常に受動的。

 

「それともにゃー、とか」

 

 声色を変えて鳴き真似をしてみる。

 それでも反応は無い、しかし何故かその点に可愛げを感じてしまった。私は不愛想なのが好きなのかもしれない。

 

「にゃー」

 

「あれ、猫?」

 

 あ。ばれた。

 思わず何でもないという風に姿勢を直したけど、猫が手元に居る状況は変わらない。というか、聞かれた……? 

 

「……」

 

「って、明さんじゃないですか」

 

「……あ、鳴海妹」

 

「はい鳴海妹です。というか下の名前もちゃんと覚えてますよね?」

 

「え」

 

「もう」

 

 だって苗字で呼べば間違いないし。私的には憶えやすい呼び方の方が最善だと思ってる。なので鳴海妹。

 

「……えへへ、冗談を言い合う友達っていうのも良いですね」

 

 あ、冗談なんだ。これ。

 

「ところでその猫はどうしたんですか? 最近噂の白猫ですよね」

 

「まあ。最近校門に居座ってる子と同じだと思う」

 

「ほえー。初めて間近で見ました。飼い猫かなってくらい真っ白です」

 

「そんなに?」

 

「少なくとも野良っぽさは感じないですね」

 

 確かに毛並みにツヤがある様な……無いような? 以前にも野良猫を見た事もあるけど、結構前だから比較するにもちょっと自信ない。

 過去の記憶を掘り出そうかと思っていると、彼女がおもむろに屈んで猫と目線を合わせた。

 

「こんにちはー、真っ白で可愛いですねー」

 

「……」

 

 鳴海妹の猫撫で声だ……。

 目を丸くした私に気付いても、えへへ? と笑みを返すだけでネココミュニケーションを続行する。

 

 まず最初の挨拶、と言わんばかりの猫撫で声と同時、そっと掌を差し出した。

 

「……その手は?」

 

「まず最初に自分の匂いを覚えてもらうと、仲良くなりやすいんですよー」

 

「へー」

 

 ……そんな過程もすっ飛ばして追われる身になったんだけどな、私ら。

 猫も応じて掌に鼻を近づける……様な仕草も無く、呆れた様に彼女を見上げた。鳴海妹はしょんぼりした。

 

「またたびでも盛れば興味持ってくれるかな……」

 

「盛る?」

 

「あ、何でも無いです。盛るとか言ってないですよ?」

 

 なんか悪い目をしてた気がする……。猫も心なしか警戒心を抱いている様である。野生の勘とはやはり鋭いらしい。

 ……あ、今度は私の方を睨まれた。

 

「明さんは懐いてるようで羨ましいです……」

 

「懐いてる?」

 

 当然の権利の様に居座ってるし、私らの事が好きなんじゃなくて、居心地の良い椅子とか思ってんじゃないかな。

 猫ってそういう生き物だって聞くし。

 

 試しに目を合わせて見るが、フンと鼻で笑われた。やっぱり馬鹿にされてる気がする。

 

「……私は懐いてるとは思わないけど」

 

「それで懐いて無かったら私は何なんですか」

 

 え、拗ねられた。そうされるとちょっと困るんだけど。

 不機嫌な感情を向けられて少し焦ったけど、呆れたのか冗談だったのか、一息吐いてからその感情を仕舞ってくれた。

 

「猫と共鳴してたくせに」

 

「共鳴って」

 

「にゃーにゃー言ってたじゃないですか」

 

「え」

 

 やっぱり聞かれてたの……。ていうかまだ不機嫌じゃん、私どうすれば良いのさ。

 

「つーん」

 

「ちょ、ええっと」

 

「良いですもん。別に」

 

 こんな不機嫌な鳴海妹初めてだから……ええ、どうしよ。

 明一なら何とかしてくれるかな、いや結局は私だからどうしようもないのか。どっちにしろ一人だとやりずらい。

 いや本当、どうしよう。早く戻ってこーい、って念を送ったところで通じるわけじゃないし……。

 

「……そういえば」

 

「ほ?」

 

「夏休みが終わった時もそうでしたけど、それから今も……また雰囲気変わりましたよね」

 

 変わったって、何が? 明らかに主語の抜けた文脈に、その代わりにかじろじろと私を見てきた。

 これはつまり、私ってことか。

 

「私が」

 

「はい」

 

「え、そうかな」

 

「そうですよ。2人とも変わったなあ、って思うには明一さんの方には会えてませんが……」

 

 自覚は無い。けれど変わったと言われても、人間どこかしら変わっていくモノでは無いか、とも思う。

 特別な変化と言うことなら、それこそ覚えがない。

 

「どう言う感じに?」

 

「うーん。言葉にするとしたら……2人って、2人って感じじゃ無いですか」

 

「なに?」

 

「でも最近は二人三脚の男子女子って感じです」

 

「……はん?」

 

 やっぱり分からない。やはり私らにコミュニケーションは荷が重いのか、気の抜けた声が出てしまう。

 

「よくよく考えたら、以前よりは明さん達のことを知れたから、そう感じただけかも知れないですね」

 

「はあ……」

 

「ちょっと抽象的が過ぎましたかね」

 

 過ぎると思う。

 頷いて答えれば、じゃあ気にしないでくださいという事で、この話題は終わった。

 

「猫ちゃん、あんまり構ってくれませんね……」

 

「多分放課後まで私らと一緒だと思う。帰りにまた改めて遊んだら?」

 

「え、それって大丈夫なんです?」

 

「大丈夫でしょ」

 

 ほら、猫も頷いておられる。

 

「わ、頷いてる、かわい……」

 

「……実は私らの言葉わかったりする?」

 

 と、猫と一緒にそうこうしている内に明一が戻ってきて、猫は無事にカバンの中に収まった。抵抗するどころか、自ら入ってくれた。

 ここまで物を聞いてくれる子なのは助かるけれど、ちょっと不思議な猫だなと思い始めてきた。いや最初から不思議な子だけどさ。



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ここまでグイグイ来られても困る、と俺は思った。

 

「何時なんだろうねぇ」

 

「てっきり文化祭の最中かその手前に来るものかと思っていたが」

 

 屋台の並ぶグラウンドから少し離れて、俯瞰する位置で話している。その内容は、明が受けるかもしれない告白の事だった。

 来ないなら来ないで良し……なのだが、今はまだという可能性が残っている以上は、まだまだ気を抜けない。

 

「そういえばまだ告白とかされてないんですね。来るなら今くらいかなー……とか思ってたんですが」

 

 鳴海妹もここにいる。

 てっきり姉さんと一緒に行きたがっているもんだと思っていたが。

 

「そういえば、お姉さんは?」

 

「今は出し物で予定入ってます。メイド喫茶やってるんですよ」

 

 メイド喫茶……。競合だらけ故に一つのクラスしか勝ち取れない出し物だ。どこのクラスが権利を得たのかは知らなかったが、鳴海姉のクラスだったらしい。

 

「来たら一緒に文化祭回ってあげないって言われちゃいました」

 

「そうか。……そうか?」

 

 一度相槌を打ってしまったが、違和感を覚えた。あの言い方では、約束さえ守れば一緒に回ってやるとでも受け取れるが……。

 

「どうしました?」

 

「いや」

 

 とは言え口に出して確認する程でも無い。

 違和感を持ったことに気付かれたが、何でも無いとはぐらかした。

 

 

「と、そうだ」

 

「うん?」

 

「蒸かし芋買ってくる。良い事思いついた」

 

 唐突だな。確かに食べ歩きを楽しむのも文化祭の醍醐味だが。

 しかし、良い事……? よく分からんが……。

 

「まあ良いか。任せた」

 

「ん。私の代わりに猫の事構っておいて」

 

「あ、それじゃあ私ももう一回……」

 

 鳴海妹が手をワキワキして、同時にカバンの中でゴソゴソと物音が。何をするつもりだか知らんが、猫も猫で落ち着け。

 

「そうだ、三人分買ってこようか?」

 

「あっはい、お願いします」

 

 待ち時間が出る様な列は見当たらないから、きっと直ぐに戻ってくるだろうが……。

 さっきまで明が猫を撫でていた所に戻って、座り込んだ。ここは人通りが居ないから、万が一の懸念はあまりしないで済む。

 

 

 覗き穴程度に空けていたカバンのジッパーを全開してやると、にゅるりと白猫の姿が飛び出てくる……かと思ったが、カバンの中に籠っている。

 

「カバンの中の具合は……良さそうだな?」

 

 一向に出て来ないから、そういう解釈で良いだろうか。

 

「……」

 

「……」

 

 この解釈は正解か、と様子を見ていたら目が合った。見れば見る程野生らしさの無い眼差しだ。

 これは……「不本意である」とかそういう眼差しだろうか。

 

「……猫と交信してる?」

 

 多分出来てない。

 俺と鳴海、横並びで腰を下ろしているが、質問にうんともすんとも言わない白猫は、のそのそと迷わず俺の膝元へ座り込んできた。

 心なしか鳴海との距離も取りつつなのは気のせいか。

 

「やっぱり懐かれてるじゃないですか」

 

 やっぱりとはなんだ。さっきまで明と同じような話でもしていたのか? 

 

「明一さんも猫の鳴き真似とかしたり?」

 

「しないが」

 

 なんの話だ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「戻ったよ。はい3人分」

 

「私の分、返しておきますね」

 

「うん、100円だったよ」

 

 流石蒸かし芋。お祭り価格になっても良いのに、銀のワンコインである。

 何気なしに一つ受け取って、早速と一口食べようとする。

 

「待った」

 

「うん?」

 

「私に計画がある」

 

 ……そういえばさっき、良い事思いついたとか言っていたな。

 一体なんだ、と明と向かい合う。

 

「計画って?」

 

「計画はね。……はい復唱、あー」

 

「あ? ごふっ」

 

「わぁっ」

 

 な、なに。何が起きた? この口の異物感……て、熱っ。

 

はひふする(なにをする)

 

「祭りでこういう物を買ったら、こういう事をするのが定番だよね。それに丁度良い」

 

 ……こういう突拍子の無い所は、母と似ている。

 

「ほ、ほぉ! これが本場の“あーん”……!」

 

「もごも……」

 

 咀嚼を続けて、ようやく飲み込む。明のヤツ、半分に割いただけのサイズで突っ込みやがった。噛みづらい……。

 

「むぐ、むご。うん……確かに丁度良いかもしれないな」

 

 サイズは丁度良くなかったが。

 明の意図に納得したとはいえ、彼女の予測できない行動に呆れたという態度を隠せない。すぐ傍では鳴海妹が目を輝かせてるし……。

 

「それで、私の分は?」

 

「そう来ると思った」

 

 同じことをしろという事だ。相手が明じゃなかったら応じないからな。

 

「仕方ない。行くぞ」

 

「それ来た」

 

 ……と、素直にやる俺では無い。半分をそのまま突っ込むのではなく、更にもう人分割。指先三本くらいのサイズのを取って、明の口に送ってやった。

 

「あーん」

 

 俺が促すまでも無く口を開いてる。なんだか、見た目より幼く見える。

 唇が閉じられて、俺も箸を引き抜く。

 

「……ん、少ない? あ、そっか。半分丸ごとは食べづらかったよね」

 

「え?」

 

「うん?」

 

 そういう気遣いをしたつもりは無かったのだが。

 逆に半分ではなく丸々一つ食わせてやれば良かったかと思ったが、それはそれで何だかな……、と思いとどまってしまう。女子に大きな物を咥えさせて喜ぶのは変態くらいである。

 

 ……この文脈に他意は無い。

 

「ほぉぉ……」

 

「……」

 

「ん、どしたの?」

 

「ちょっと感激してました……。え、初めて見たかもしれません。これで恋愛感情無いとか嘘ですよね?」

 

「それは無いと思うけど。というか明一? その顔は何さ」

 

「自己嫌悪」

 

「私何かしたかな?」

 

 割と明にも責任はある。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「明さんの言う計画って、これ……で良いんですか?」

 

 この計画、というのはイチャイチャする体を対外的に見せつける行為の事で。……と言うのが妙にパワーワードで、俺も猫もなんとも言えない顔になる。

 これを純粋に楽しんでいるのは明と鳴海妹の2人だけだ。俺と猫は蚊帳の外。

 

「私はそのつもりだけど」

 

「良い案だとは思ってるぞ。リスクもあまり無い……筈だし」

 

 一般生徒にイチャイチャを目撃されても、口を出してくる人は居ない筈。立山記者のお陰で、そういう意識付けがされているから。……少なくとも記者の彼はそう保証していた。

 これを人に見せつける必要があるから、人前では常に。例の男子の目に付かない可能性もあるが、それでも噂になって耳に届けばいい。効果は怪しくなるかもだが。

 

「男子に対するけん制にはなるかもしれませんね。これを見て告白を躊躇……あわよくば諦めてくれれば」

 

「万々歳」

 

「ですね」

 

「ただですね、これ、演技なんですよね?」

 

「俺達……俺はそのつもりだが」

 

 素面でこんな事が出来る程ラブラブしてないが。

 家族に対する距離感が近めに仕上がってる明がこの調子だから、俺が何とか付いて行っている形だ。

 

「ん」

 

「うん? ああ」

 

 無言で催促されて、途中で買っていたポップコーンを摘まんで明の口に放り込む。

 

「ごふっ。放るな」

 

「普通にやったら唾液付くだろ」

 

「私が咽る。……もいっこ」

 

「なんか一周回ってマジっぽく見えるのは気のせいですかね」

 

 しかし明の餌付けは面白い。ほら、犬みたいな感じだ。飼ったことは無いが。

 適当にポップコーン投げても忠犬は見事食いつ……かず、顔で受け止めてくれた。俺は無言で落ちた一粒を拾った。

 

「あんまり雑だと効果出ないよ。恥ずかしがらないの」

 

「む……。そう、だよな。ちゃんとこの方針で明日の晩まで……」

 

「私が告られても良いの?」

 

「……頑張る」

 

「やっぱ二人三脚の男子女子って表現は正解でしたね」

 

 なんの話だか知らんが……。とりあえず落としてしまった奴はゴミ箱に入れておく。

 

「ほれほれ、雑に投げたら食べ物無駄にしちゃうよ? ちゃーんと摘まんで……」

 

「……」

 

 めんどくせぇ。

 

「私が手本を見せてあげようか?」

 

「わぁ、明一さんがすっごい顔してます」





明「この顔おもしろ」

明一「へるぷ」

鳴海妹「わァ……!」

という一幕


因みに鳴海妹の下の名前は恵子なんですよ。知ってましたか?
私もついさっき思い出しました。正確には読み返しました。

ついでに、姉の方は百々子という名前です。


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理由さえあれば何でもできる、と私は思った。

 

 デートごっこを続けて数時間。相方の機嫌を悪くさせる程の無茶はせず、それっぽい事を何度か繰り返した。

 何か楽しくなってきた……なんて思い始めた頃に、明一からもそれっぽい事をしてくれる様になった。少し嬉しい。

 

「えーと……レディーファースト」

 

「お、これが噂のレディーファースト」

 

「これで良いのか……?」

 

 それはさながら英国紳士である。

 

 けど、私もこの行為に何の意味があるのかは知らない。先に通されただけだよね。

 こんなんで女の子はときめくのかな……。

 

 入った先は広報メディア部の写真展示場。居合わせていた他の人の視線を受けることになったが、やっている事がやっている事だから。

 それでも好奇心の眼差しが普段より多いのは、この場にいる人々が学校外から来ている所為だろう。

 

「少し、居心地が悪いな」

 

「初めの頃みたいな事にならないと良いけど」

 

「初めの頃?」

 

「え、うん、9月初めの」

 

「あー」

 

 さっきの言い方だと、鳴海的には違和感を持たれそうだったかも知れない。ちょっと危なかったかな? 第三者が居るからこの言い方は控えないと。

 実は2人とも別の世界線から来てて……なんて種明かしをする予定は無いのだ。言っても信じないだろうけど。

 

「大変でしたよね」

 

「まあね。今は落ち着いてくれて助かってるけど、本当に大変だった」

 

「本当ですね……」

 

 

 

 カメラとペンが相棒とも言える部活動なだけあって、綺麗な写真を撮るな。と眺めつつ歩けば、先の一角に異色を放つ所を見つけた。文字通りに異色であった。

 単色の緑で満たされた壁面と、それに対面するカメラマン。そして一歩隣にはパソコンがある。

 

「これは……」

 

「あ、双子だ!」

 

「うわホントだ」

 

 うわとは何だ。注目を受けるのは良いけど、そういう言われ方をされると気になる。

 声を掛けてきた2人は、それぞれ違うクラスがプリントされたTシャツを身に付けていた。二年生と三年生だ。

 

「これって、グリーンバックですか」

 

「本物の双子だぁ……」

 

「こら、止めなさい。いやどうも、うちの立山がお世話になってる様で」

 

「あ、うん」

 

 そういえば立山記者の部活だったな。

 なんか色々言われた後に改めて、グリーンバックかという問いに頷いた。追加で説明もしてくれた。

 

「毎年写真や記事だけ飾ってるのはつまらないからね。こんなのをやってみたのさ。……って、一年は去年の出し物なんて知らないか」

 

「午前の時点でも中々好評貰ってるのー」

 

「ほえー、なんか面白そうですね」

 

「やってく? カップル向けの背景も用意できるよ」

 

「カップル……」

 

「やっぱりカップルに見えますよね」

 

 男女の双子がカップリングで括られるのは珍しくない。ゲームや漫画ではよくある話だから。

 でも人に言われると不思議な気分だ。

 

「背景も選べるのか」

 

「選べるよー。因みにー、私的なオススメはこれ」

 

 展示されている写真とは別にあった、コルクボードに留められた写真のうち一つを指される。

 

 なるほど。

 

「これがカップル向け」

 

 雨とバス停の組み合わせって、カップル向けだったんだ。

 

「ってそれトロロの奴! カップル向けはこっち」

 

「えー」

 

 片方が残念そうな顔をして項垂れた。言われてみれば、確かにトトロだった。

 なんて地味な嘘を吐くのだろう。何時の間にか両手に赤と紺の傘を持っていた方の先輩は、しょんぼりという風な顔をしている。

 

「だからその傘は仕舞いなさい」

 

「ちぇ」

 

「全く……。ああ、本当のカップル向けはこっちだよ。気に入らなかったら他のも選べるけど」

 

「あ、じゃあそれで」

 

 一番それっぽい奴を選んだ。明らかに結婚式場と分かる写真だ。

 

「へえ……」

 

「大胆」

 

「結婚式場か。確かに丁度良いかもしれないな」

 

 彼も納得してくれた。

 最悪の場合は、これで撮った写真を相手に見せれば良い。確実とは言えないが、手札にはなる。 

 

「あ、もしかしてあの男子相手に使うんですか? ちょっと流石にそれは」

 

「大丈夫、最終手段だから」

 

「……最終手段とは言え大ダメージが過ぎると思うんですが」

 

 納得しきれない様子であるが、まあ撮るだけ撮ってしまおう。

 

 

 

 

「角度、ちょい下」

「はーい」

 

「2人は……なんかポーズでも取る?」

 

 撮影の準備が出来た所で、私達もカメラの前に立つが……ポーズか。

 

「両手でも繋ぐ?」

 

「こうか」

 

「いや、こう」

 

 腰の高さで手を繋いでカメラの方を見るポーズも良いけど、顔の高さまで持ち上げるのも良いと思うのだ。

 つまり、こう。

 

「な」

 

「わ、恋人繋ぎ……しかも両手」

 

「……こう言う感じのコンセプトアート無かった? 双子キャラがこんな感じのポーズ取ってるの」

 

「確かに定番かもしれないね……。というかカメラに集中しなさい」

 

「はーい」

 

 写真に写らない位置に居る三人がなんか言ってる。

 とりあえず、ポーズに関してはこれで良いのだけど。

 

「うん、これでおねがいします」

 

「な」

 

「おっけ。じゃあ撮りますよー」

 

 明一もなんか変な鳴き声出してるし。

 でもポーズはちゃんととってくれてる。顔はちょっと面白い事になってるけど。

 

「んー……よし、良い感じに写ってるね、二人とも。何枚印刷する?」

 

「一枚で」

 

「な」

 

 戻ってこーい。

 

 

 

 

 

「なにをすりゅ」

 

「戻ってきた」

 

 結局、写真展から出て廊下を歩くまでずっと手を引く羽目になった。レディーファーストは何処にやったのやら。

 はっ、と我に返った様子だけれど、私に握られた右手には気づかない。

 

「三途の川はどんなとこだった?」

 

「いや死んでないが」

 

「なら良かった」

 

「……」

 

 何かを確かめる様に右手をワキワキと握ったり開いたりしている片割れに、ようやく気付いたかと握り返す。

 

「あいたたた」

 

「手なんか気にしてどうしたの。手汗?」

 

「ちょ、止めろ。そこまで握られたらそりゃ気にするだろ。……むう、なんだその握力は」

 

「ふうん……。まあ良いか、ちょっと腕出して」

 

「うん?」

 

 包み隠さず言い放つ彼にムムムと眉を顰める事もせず、離した手を今度は腕に絡ませる。屋内だから季節の肌寒い空からは遠いけど、この体温が心地よく感じるくらいには空気が冷えていた。

 

「こ、今度はなんだ」

 

「丁度良いでしょ」

 

「動きづらいんだが」

 

「動きやすさより気にするべき事があると思うんですけれど」

 

 後ろから声が飛んでくる。目の前でイチャイチャを見せるんじゃねえです。という本音を隠している気がした。

 勿論言外の言葉など察せる筈もないから、きっと気のせいだ。

 

「ああ……確かに、告白されるのは面倒だからな」

 

「いやそういう意味じゃないです」

 

 確かにこれは歩きづらいかな。でもカップルっぽい事TOP10にはある様な行為だし……。

 んまあ、しばらくはこのままで良いんじゃない?

 

「しばらく……うん、20分くらいまでこうしてよう」

 

「長くないか?」

 

「文句言わないの」

 

 こんどは後ろからため息が飛んで来た。なにが気に入らないんだろう。

 

「……双子にもなると、胸を当てても気にしないんですね」

 

 まあ別に貴重って訳でもないしね。なんならたまに正面から押し付けてるし。朝のベッドで。

 

「そういえば最近は気にしなくなってきたかもしれない……」

 

「最初は少しでも触れるとエビ反りになってたよね」

 

 片割れが遠い目で天井を見上げる。

 規則的に並ぶ照明が視界に入る筈だけど、その目は淀んでいる様に見えた……気がした。

 

「……この調子じゃ素直にカップル扱いできないですね」

 

 ちょっと前に口にした言葉を撤回するべきかと、鳴海妹は訝しんだ。



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曖昧な代償だな、と俺は思った。

 

 猫は穏やか、俺は心中穏やかじゃない。

 時折もぞもぞと動くカバンに猫の存在を思い出しつつも、俺は自らの様子を何処か俯瞰していた。

 

 まるで恋人の様だ、と感じるのは当然だ。俺も承知でこういう事をしているんだから。

 しかし承知は納得では無い。なので落ち着かない。接触面積が毎朝の()()と同等くらいだから、半端じゃない。

 

「……」

 

「ふん……顔近いね?」

 

「近づけてくるからな」

 

 顔が赤くなる程では無い。もぞりと動けば顔の何処かが触れてしまいそうな距離で、彼女の顔を毎朝見ている。

 俺としては人前でこんな事をしている事に不安を覚えている。

 

「ここまでやって効果が無かった、なんてことは無いよな」

 

「無いと思うよ。色んな人が見てくるし」

 

「付いて行ってるだけの私も居心地の悪さを覚えるくらいです」

 

 こんな行為を取っている目的を話題に出して、気を紛らわす。

 本人も第三者もうんざりするくらいにくっ付いたんだ。これでも告白を強行して来たら、一日くらいは明の事を白い目で見る事にしよう。俺はそう決めた。

 

 

「で、次は何処にいこっか」

 

「そろそろ疲れて来たんだけど」

 

 既に食事はとってしまっている。興味のあったメイド喫茶で昼食をとっても良かったが、今回は適当なお祭り食で済ませた。焼きそばとか、ポップコーンとか、そういうもの。

 鳴海姉が妹にそう頼んでいたのもあるし、友人とも言い切れない人のバイト現場を訪ねる程、俺達は陽キャしてない。

 

「じゃ休む?」

 

 是非そうしたい。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 教室の殆どは出し物の為に様相を変えているが、空き教室は普段通りに静かな空間のままとなっていた。

 そこに備えられている椅子に座ればキシリと音を鳴らし、机も下手に触るとささくれにやられるが、基本的には施錠されることなく自由に出入りできる。

 

 少し木材の匂いがキツイが、そこまでだ。

 

「……誰も居ないな。ここならくっ付く必要も無いだろ」

 

「ん、まあ確かに」

 

 組んでた腕は解かれ、明もふへぇと椅子にもたれ込んだ。

 人が居なければ大丈夫だろうと、首を出せる程度にまで開けていたカバンを全開にする。

 

「もういいぞ、誰も居ない」

 

 言葉を理解しているのか、それとも狭い空間に飽き飽きしていたのか。ひょっとカバンの中から出てくると、暫し周囲を見渡してから、その場に丸まった。

 

「教室に猫……新鮮ですね。撫でて良いですか?」

 

「それは、っと」

 

 猫がすぐさま身を翻して俺の肩に飛び乗ってきた。そこまで嫌なのか。

 鳴海妹の鼻息があんなにも荒いと、確かに撫でられる側も困るだろうな。

 

 警戒する猫を見た鳴海妹も、何度目かのトライだと言うのに落ち込んでいる。落ち着いて撫でる分には受け入れてくれると思うんだけど。

 

「あ、肉球が肩の上に……。に、肉球ってどんな感じですか? ぷにぷにです?」

 

「どうもこうも」

 

 シャツ越しの感覚になるからそういうのは分からんが。あとちょっと重い。

 

「肩の上じゃ動きづらいから、こっち来て。こっち」

 

「……私の膝も空いてますよ?」

 

 明が自らの膝を叩いて示すと、猫はもう片方の声を無視して乗り移っていく。肩に乗られると無暗に動けなくなるんだよな。何かの拍子で落としそうで。

 黙って明の懐に収まっている所を見届けて、俺も息抜きにゲームでもやっていようかとポケットに手を伸ばす。鳴海妹の視線は無視する事にした。

 

「私にだけ懐いてくれない……」

 

 

 

 休憩時間。放送部によって紹介される出し物を流し聞きしつつ遊んでいると、ホーム画面に見つけたメッセンジャーアプリからある事をふと思い出す。

 

 やってしまっても問題無いか。

 

「ん、何してるの?」

 

「立山記者と連絡。双子が付き合ってる噂が流れてたら放っといて、と」

 

「良いね」

 

「良いんですかね」

 

 疑問符を浮かべる鳴海。何が行けないんだろうか、と首を傾げたら、直ぐに彼の返信が来た。

 

『後戻りできませんよ』

 

「……後戻り?」

 

 短い文に込められたこの意味を察しきれず、俺達は互いに片割れの方を見た。文面からして重大そうな印象がして、すこし驚いた。

 にしても立山記者にしては珍しく、言葉が足らない。あるいは言葉の通りなのだろうか。

 

『噂を下手に操ろうとしたら、振り回されるのが落ちです。私としては、嘘が真になってしまうのを歓迎しない限りは避けるべきと思います』

 

 そう思っていた俺達の内心を見抜いてか、追加のテキストが画面に流れた。

 流石にそこは記者。確信をもって言っているのだろうという感じがする。

 

「……どう思う?」

 

 猫以外に対しては正常な感性を持っているであろう友人に、会話テキストを見せる。一目だけ見れば、内容は分かったとばかりに頷く。

 

「やっぱり、こういうの流れって実在するんですね……。少女漫画で見ました」

 

 いきなり何言ってるんだ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 曰く、偽装で付き合っている内に恋心が芽生えるという流れは定石ですらなく、常識とさえ言える理論であるらしい。少女漫画での話だ。

 だいぶ偏った知識である気がしないでもないが、興味深い話ではあった。立山記者も同じことを言っているし。

 

「それで、続けるんですか? これ」

 

「んん」

 

 そうまで言われると、ちょっと判断が鈍る。俺たちとしては、恋心を抱く余地は無いと思っているのだが。

 ……思っているのだが、ふと怪しい時がある。あれを恋心と言って良いものかとも思うが。

 

「俺は別に……」

 

 もしも俺達が噂を広める切っ掛けになって、歯止め役の記者も静観させるとする。皆が俺達は付き合っていると見なすだろう。血縁のある双子がそういう関係になるのは駄目だと言う人も居るかもしれない。

 そういう認識を受けるのを嫌だとは思っていない。そうなった所で、面倒な絡みが増える訳でも無いだろうから。

 

「明は? そういう目で見られるのは」

 

「良いかな」

 

 一応の確認をしてみたが、共通の認識である事は間違いない。

 

「傍若無人……」

 

 直接絡まれなければ良いのだ。耳に聞こえる範囲で噂話される程度でも問題無い。大勢押しかけて色々問い詰めないなら、どう妄想しても構わない。と思っている。

 

 あるいは、そんな単純な話では済まないのだろうか。

 

「でも、確かに……二人ですからねぇ」

 

 細い目で俺達を見つつ、静かな確信を口に零した。なんか含みがある様な気がしたが、それを疑った所で何も分からないから、放っておく。

 

『それで、ファイナルアンサーはどうします?』

 

『決行』

『全会一致だよ』

 

 二人分のアカウントが結論を下す。

 決意、という程に重大な決断では無いが、何故か及び腰になっている彼には丁度良いと思う。

 

『分かりました。生徒達のこの様子だと、なんの記事を書かなくても噂は広がりそうなので。こちらからの行動はありません』

 

 放っておいても勝手に広まるという事か。流石に注目されているらしい。

 

 

『それと』

『告白を目論んでいるというあの男。様子や行動が妙に見えるんですよね』

 

 妙?

 一転と話が変わったように思えて、しかし現状の原因という点では話が変わらない。

 

『告白前の男子……という様子には見えないのです。私の印象に過ぎませんが、ご留意ください』

 

 ふむ、なるほど。

 告白してこない可能性が高いなら、それに越したことは無い。俺達のお付き合いごっこが無駄な苦労に終わる事を除けば、良い事尽くめだ。

 

『分かった』

 

「……よし、話は終わった。ゲームするか」

 

「よしきた。何する?」

 

「あ、私もやって良いですか」

 

「全然良いよ。たまに置いてけぼりになりそうだけど」

 

 

 

 

 ゲーム中、ふと関係のない思考が介入することがある。

 

 バトロワなら、上空からの降下を待っている時。レースゲームなら、直線距離をアクセルだけで進み続けている時。

 そう言う時に、今日に限ってはこんな思考が頭をよぎる。

 

(明と恋仲になったならば、一体何が変わるのだろう)

 

 恋人と家族とでは何かが違うのだろう。

 恋愛と家族愛と言い分けられるそれらを理解するには、やはり俺たちには難しいのだろうか。

 

 考えるには、少し時間が要る。

 ふと気が抜けた一瞬に、そう言えばと部屋を見渡す。

 

「……あれ、居ないぞ」

 

「え?」

 

 ゲームの事ではなく、この教室の中の事だ。明の肩を小突いてやれば、俺と同じように部屋を見渡して……。

 

「猫が居ない?」

 

「え」

 

 少し迷って、ゲームを中断させて立ち上がる。

 妙に大人しい猫だから問題は自発的に起こさないかもしれない。が、そこに居るだけで起こる問題と言うのもあるかもしれない。

 

 本人に悪気がなくとも、そう振る舞っているうちに問題を起こすことは少なくない。俺たちがそうだったから。




減速してます。詳細は活動報告の方で。
これからは月一も厳しいかも。けど失踪はあり得ないとだけ。


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性趣向なんて人それぞれだ、と私は思った。

ちゃんと書いてますよ。
気力の源泉は(好意的な)読者の存在感なのだと、再び実感していました。



 

 万が一にも問題を起こすと思わないけれども、一応。

 席を立ってあの白い姿を探す用意をする。鳴海妹も同じ様にして立ち上がるが、あっと何かに気づいた様な顔をして携帯を手に取る。

 

「ど、どうしましょう。これからクラスの方に行かないと」

 

「ん、出し物の当番? なら私らだけで行くよ」

 

 猫探しを理由に遅刻するわけには行かないだろう。

 それだけの重大事件とは言えないし、そもそもとして私たちが勝手に連れてきたのが原因だ。他の人を巻き込むのは、私らの価値観としては不義理と言える。……あるいは誠意がなってない? とにかくそんな感じ。

 

「うーん……でも」

 

「でも?」

 

「猫もそうですけど、双子2人から目を離すと大変な事になりそうだなー、って」

 

 それは、うん。そんな風に言われちゃうと私達も不安になるけど。

 私らってもしかして動物と同列くらいに思われてる?

 

「そしたら、えっと。……あ、そうだ」

 

「うん?」

 

「お姉ちゃんに頼んでみます」

 

「うん??」

 

 なんか、そういう話になった。

 

 

 

「なんで私が妹に頼まれなければ行けねンだよ……」

 

 入れ替わり立ち代わり。去り際に「よろしくお姉ちゃん!」と言い残された鳴海姉は、しばらくしてから荒い言葉遣いで愚痴を零した。

 それでも断らないのは、姉妹としての関係がまだまだ残っているからか。

 

 確か鳴海姉は、妹と距離を離しておきたいと言っていた筈なのだが。

 

「まだ仲良しなんだね」

 

「……」

 

 満更でもないという顔だ。私達が感じ取れるくらいには分かりやすく顔に出ている。少しは隠す努力をするべきでは無いだろうか。

 

 距離を取ろうという態度でも尚、ああまで頼られる姉と言うのも少し興味が湧くけれど。

 

「頼られるのって、どう言う気分なの?」

 

「……別に」

 

 別に、と言う顔でもない。

 けれどそこまで隠そうとするなら、敢えて突くべき話では無いのかな。この話題から手を引くとしましょうか。

 

「そ、そんでよ。午前に噂で聞いたんだけどよ」

 

 話変えるの下手かな?

 

「あ、もしかして噂を聞いたのってメイド喫茶の」

 

「黙って聞け」

 

 はい。

 

「アンタら双子、付き合ってるのか?」

 

「しばらくは付き合ってる」

 

「しばらくってなんだよ……」

 

 しばらくはしばらくだ。

 姉には妹から説明を受けていない様に見える。私たちから改めて説明するべきかなと思って……止める。

 今は猫の方が優先。

 

「猫、どうやって探す?」

 

「話変えんの下手……。猫が居そうなところって言えば、正門とかじゃないの?」

 

 どうだろう。あそこに居座ってるのって、私たちが出てくるのを待ってるだけなんじゃないか、って考察していたんだけれど。私らが正門から出ると動き出すし。

 あの猫の事だ。むしろ猫だと思わない方が良い気がする。

 

「どう思う?」

 

「探すだけ探す。だが深刻に捉える程じゃない」

 

「そんな所だよねえ」

 

 確かにあの猫は賢い。私達の言いたい事を大体理解している気がするし、暴れたりなんかもしたことがない。

 人を襲う事がなければ、自分がそこに居るだけで騒ぎを起こす可能性すら自覚しているかもしれない。

 

 けれども。

 

「そうだな。理由のない信用で放って置いたら、言い訳もできなくなる」

 

 他の人にとっては、あの猫は只の野良猫だ。私たちがあの猫に理性を感じていたとしても、やっぱり猫を猫だと思って行動した方が良いだろう。

 

「決まり」「決まり」

 

「やっぱ置いてけぼりになるよなあ……」

 

 行動の方針は、賛成2人と無投票1人で決定となった。

 さて、探すならば何処を探れば良いのやら。

 

 

 

 

 流石の私達も、猫探しとお付き合いごっこを両立する気が起きなかった。

 何かを探すならば手分けする方が良い筈。と言うことで只今は片割れと別行動である。

 

「珍しいな。あの双子が別行動なんてな」

 

「そうかな?」

 

 そして鳴海姉は私と一緒。付き合いごっこの必要が無くなったとは言え、目をつけられてるのは私なんだ。

 

「もし告白されるなら私だし、明一の事を恋敵だーって攻撃される事もない筈だし」

 

 鳴海姉が目指す様な不良像は、あの男子の様子からは感じられない。上手く隠している可能性もあるけれど、そういう性格なら人前で手を出す事も無いだろうと思う。

 

「そうかよ……。そう思うってんなら大丈夫だろうな」

 

「その喋り方しなくても良いよ? あいたたっ」

 

「うっせ」

 

 肩を強めに握られた。ちょっと痛いというか痛気持ち良い。もしかして肩もみとか上手だったりとか? っていちち。

 

「かってーな、肩。家でパソコンでもやってんのか」

 

「まあね」

 

 私の肩に何かを感じたのか、肩もみが続行される。なんか、硬いらしい。

 

「明一と一緒にやってる」

 

「双子だし、そんなもんか」

 

 まだ揉まれる。今度は両手で両肩を。

 私がそんなに硬いと言うなら、片割れもきっとそうなのだろう。後で鳴海姉に彼の事も……いやいや、それはなんか違う気がすっ

 

「おふっ」

 

「おい変な声出すな」

 

 何、今の、めっちゃ効く。勝手に肩持ち上がった。

 

 

 

 

 それっぽいところを色々探してみたが、やっぱり見つからない。

 階段裏は見た。人気のない部屋は見て回った。校舎の外も一通り。

 

「猫は何処に居るんだろうな」

 

「誰かに連れていかれてたりしてな」

 

「……ありそうだけど。あるかなあ」

 

 ちょっと愛着が湧いてたから、それは困る。猫が連れていかれるとしても、保健所とか、そういう保護施設だと良いのだけれど。

 それ以前のあの子が人に捕まる様子が想像できない。

 

「つかさ。お前はどうなんだ」

 

「うん?」

 

「告白断るって事は、他に気になってる奴とか居るんじゃねえの」

 

「うん」

 

「え、マジで」

 

 鳴海姉の目がカッ開いた。すっごい開いてる。

 この文脈で“気になっている奴”と言えば、恋愛対象の事だよね? 居るっちゃ居るけど。でも人に言う事じゃないし。

 

「ジョニーじゃくしょん」

 

「は?」

 

「ジョニーじゃくしょん」

 

「……ジャクソン?」

 

「そうそれ」

 

「いや誰だよ」

 

 知らない。答える気がないから適当なこと言っただけだから。

 答えたくない。なんて返しは場の雰囲気を悪くする。女子なりに頑張って人間関係に馴染もうとしてた頃の、ちょっとしたノウハウだ。

 私にとっての、明一よりもちょっと優れた部分だと思ってる。

 

「変な事言うんだな、お前……」

 

「たまにはね。好きな人を教える相手って、相当仲良くないとダメでしょ?」

 

「ああ、答えたくないのね」

 

「うん」

 

 色恋沙汰は人気がある。少なくともこの学校ではそうだ、って最初の頃に実感した。

 鳴海姉がどうかは知らないけど。

 

 

 雑談と言うには雑すぎる会話の区切りに、携帯の振動に気付いて取り出す。通知音がなんとなく苦手だから、電話以外の通知音は切っている。

 

 メッセージの送り主は記者さんだ。文化祭の仕事の傍ら、例の男について調べていると聞いていたんだけど……。

 

「……うわ。え? うわ」

 

 驚愕、二度見、驚愕。どっちかと言うと「引いた」に近い。

 実在したんだ。いやそんな事言ったら同性愛者さんには悪いけど。

 

「どうしたんだよ?」

 

「明一が」

 

「アイツがどうしたんだよ」

 

「告られてる。男子に」

 

「まっ、ぅえ?」

 

 気の抜けた音が、エセ不良さんの口から漏れた。

 

 

 

『件の男子に関して報告です』

『明一さんがあの男子に告白された……。と湧き立つ集団を発見しました。現在はこちらで事実確認を行っております』




重ね重ね、遅くなっていく更新頻度に関しては謝意を抱いております。
それはそれとして、書きやすいようにやっていきます。マラソンは歩いてでもゴールラインを踏まなかればならない、という心持ちなので。


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こんな間違いは人生に一度で十分、と俺は思った。

二子玉川 なんて地名だか駅名だかがあるそうですね
初めて知りました


 

「明一さん、ちょっと良い?」

 

「え」

 

 彼だ。

 顔を名前を一致させるのが苦手な俺でも、一人や二人と少しずつ覚えておくくらいは出来る。

 

 そしてこれは、間違える筈のない顔だ。この男には注意しておこうと、特に気を付けているつもりだったから。

 

「……俺?」

 

「そう、明一さん」

 

 目だけで辺りを見渡す。廊下の中堂々と呼び止められたものだから、遠巻きながらに注目する人が居るし、何故だか目を輝かせている女子のグループも居る。

 助けを求める様に黙っていても、普段から隣に居る明からの助け舟はやってこない。だって、今は別行動なのだから。

 

「俺に、用事?」

 

「うん。……大事な話だ」

 

 遠くで黄色い声が巻き上がった。キャーとか、ワーとか、そんな感じの歓声があがっている。あの声が、実は猫と遭遇した人の悲鳴だったりしないだろうか。

 きっとそうだ。と期待しても、黄色い声の元から差し向けられる目線で、まあ違うだろうなと悟る事になる。げっそり。

 

 

 

 

 結果から言ってしまえば、これは俺の想定していた告白では無かった。

 彼は俺に対して恋愛感情など抱いていて居なかったし、驚くことに、彼女にも……明に対しても抱いていなかったのだ。

 

 人通りから一歩離れて、しかし人目には付くところで、その大事な話は繰り出された。

 

「明さんは……多分、明一さんに気があると思う」

 

 何を言っているのだ。コイツは。

 

「いや、多分じゃない。絶対そうだ! 今日の様子を見て確信した。きっと明さんは今日の行事をチャンスだと思って、猛攻撃を仕掛けたんだ。君も分かるだろう?! 普段の明さんはあそこまで明一にはくっ付かなかっただろう。やはり俺の考えは間違えじゃなかったんだなって、数か月前から続いていた仮説は結論に変わったんだ!」

 

「あの」

 

「あれは双子の距離感ではないし、生来から付き合ってきた家族の距離感ではない。間違いなく()()()()()()()から始まった感情だと呼ぶ事が出来る。二人が仲を取り戻したのではなく、そこから新たな関係を築いたという仮定を裏付ける証拠が」

 

 何時まで話すんだ、コイツ*1

 

「良いか?」

 

「あ、はい」

 

「簡潔に言ってくれるか」

 

「明一さんが明さんに告白されるかもしれない」

 

 あそこまで興奮しておいて、どうして普通に簡潔な説明が出来るんだ。

 

 “大事な話”の内容がこんなにも下らない事だと知ってしまった俺は、力んでいた手指を解して、一つだけ息を吐いた。俺にしては珍しく、ちょっとだけイライラしていたらしい。

 この感情を自覚してしまえば、怒りの矛先は下げられるけども。

 

 自分の感情を客観視できてしまったのは、本当の意味で自ら(片割れ)を観察できる環境にあったからだろうか。

 であるならばきっと、俺でない片割れの感情をも理解してしまうのだろう。

 

 

「それなら」

 

 状況整理ついでの質疑応答を一つだけ。俺が彼を見ていて得られた状況証拠は、明への恋愛感情だと誤解する程には揃っていたから。

 

「この前に偶然聞いた、“愛に生きる男”を自称したのは何だったんだ?」

 

「え、俺そんなこと言った?」

 

 言ったが。

 自分で発した言葉ぐらいは覚えておいてほしい。……特に気にしていたから、俺だけが覚えていただけかもしれない。

 

「まあ言ってたとして……嘘じゃないな。ほら、愛のキューピッド的なニュアンスで」

 

「……」

 

「な、なんだよその目」

 

 相当なロマンチストだ、この人。恋のキューピッドを自称する様な人は見たことが無い。

 俺達の愛とやらを応援しようという行動を、明への感情だと勘違いしていたのか……?

 

 なんだかそれは……うぉ、うぉぉご……。

 

「え、どうしたんだよその顔」

 

 俺がカレシ面しているみたいで調子乗りすぎだと、じわじわと顔に後悔と羞恥で染まっていくのをどうにか伏せる。

 まるで俺が独占欲を発揮しているみたいで痛い痛いアイタタ。

 

「……もう、良いか?」

 

「あ、えっと。うん。なんかゴメン……」

 

 謝られても。傷は癒えない。泣いて苦痛を誤魔化すとかが出来れば良いのに、そこまでする幼さが無さすぎた。

 ……でも良かった。問題視するべき事が一つ減ったという意味では、楽になった。気兼ねなく文化祭を楽しめるだろう。

 

「あと、白猫」

 

 だからと言って、俺になんの得も無く立ち去るのは不公平だ。せめて協力を取り付けておきたい。

 

「白猫?」

 

「見かけたら明に連絡して欲しい」

 

「え? でもまだ番号教えて貰ってないんだけど」

 

「……番号?」

 

 そういえば、明との連絡先の交換を断っていたような……。あれってメッセンジャーアプリの方じゃなくて、電話番号を交換するつもりだったのか……?

 

「ご、ゴメン! 俺スマホ買ったばかりだから……色々わかんなくてさ? 電話番号さえ分かれば安心なんだけど」

 

 こいつ本当に同世代か? 

 とりあえず、俺と電話番号を交換してもらった。ちらりと見えた相手のホーム画面には、本当に最低限のアプリしか無かった。というか初期の配置の様に見えるが。

 

 

 

 

 色々勘違いしてしまったが、俺達の下らない先走りだと理解した所で、一連の問題は解決した。問題は起きないと判明する形で。

 明が告白を受ける事が無いと分かり、寧ろ俺達の行動で問題を掘り起こしてしまった気もするが、ここは諦めて受け入れる。

 やっぱり先走りすぎだよな、俺ら。

 

「良かった。もう気にしなくて良いんだね?」

 

「そうだな。さっきまでの付き合いはしなくて良くなった」

 

「そっか」

 

 電話越しに聞こえる声。つい先ほどまでの出来事を説明して、状況を共有する。二手に分かれる事自体が珍しいから、電話越しの声まで含めて新鮮な体験だ。

 

「何処にいる?」

 

「んー。そこらへん? 普段行かない様な所」

 

「そうか」

 

 と言うと、あそこらへんだろうか。普段の学校生活では、身近に思えて意識しないと行かない様な所が幾らかある。駐輪場とか。

 

「明一は?」

 

「4階」

 

「どうせ私たちのこと見下ろしてるんでしょ」

 

 まだ見つかっていないが。そもそもここから見える角度には居ないだろう。

 代わりに猫でも見つかれば良いんだがな。

 

 

「で、あと探していない所は何処だ?」

 

「んー。……校長室とか」

 

「そこを探す程じゃないな……。もう学校を出ているかもしれないし、切り上げないか?」

 

 学校を出ているのなら、俺たちが猫を気にする必要は無くなる。こっちの方が気兼ねなく文化祭を楽しめるのだが。

 

 もし後で俺たちが何か言われても、これだけ探したという大義名分がある。責任は果たしたが、見つかったかどうかは別である。

 それはそれでいい顔をされなさそうだが。

 

「そしたら?」

 

「そしたらって?」

 

「だから、これからどうするって話」

 

 ああ。これからね。

 

「ひとまず解散だな。姉さんの方の鳴海はもう帰っていい」

 

「あぷぁっ」

 

「言いたいことは分かる。けどその言い方は握りつぶしたくなる」

 

 明の妙な鳴き声と共に、三人目の声が割り込んできた。

 

「ねえ私八つ当たりされたんだけど?」

 

 なにされてるんだ明。

 

「ちょっち、手ぇ放して。……ふう」

 

「おい向こうの。そっちもどうせ肩固いんだろ」

 

「俺……?」

 

 自分の肩の事を固いと思ったことは無いが……。ああ、肩凝りの話か。

 ううん、多分大丈夫だと思うんだが。

 

「俺の肩ってそんなに固かったか?」

 

「柔らかくは無いよね? 明一以外の比較対象とか知らないよ」

 

 色々触られてるからなあ、俺。こっちも多少は触った事あるが、いちいち覚えてない。忘れようと努めてるとも言うべきか。

 

「ずっと座ってるのは良いがな、たまには運動しなさい」

 

「うう、分かった。お姉さん……」

 

「うっせぇ黙れ」

 

 俺達にしてはユーモアのある会話だったのだが、やはりお気に召さないか。

 慣れないことはする物じゃないな。

*1
明一は双子の縦セタで興奮した経歴がある。





ミスリードの描写を張り切りすぎて、ここで答え合わせをするのに苦労したのが私です。


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終わっても終わらせたくないと、私は思った。

妙に筆が乗るね……。


 

「確認だけど、貴方は明さんに恋愛感情を抱いていたり、お近づきになろうとか思っていなかったという事で良いんだね?」

 

「最初からそう言ってるよ! なんでそんな勘違いするんだよ?」

 

「やかましい。僕はNTR物は嫌いだが、百合に挟まる男も嫌いなんだ。どっちにしろ、やったことは罪に数えられる」

 

 

 いや百合って。

 私達全然百合じゃないが。あれは女子同士で成立するものじゃないの?

 

 ……でも女の子になった明一も、なんか良いな。もしそうなればそのまま私みたいになってしまうかもしれないけど、そういう意味じゃなくて。

 あの口数が少なくて恥ずかしがりな性格なまま女の子になったら、それはもう可愛らしいのではないかと私は思うのだ。

 

「って、そうじゃなくて」

 

「ん、明か。おかえり、どうしたんだ?」

 

「なんでも。それよりも、これどういう状況? 途中から聞こえてたけど」

 

「説教されてる」

 

 見れば分かる。

 逆に言えば、明一も見て分かる以上の詳細が分からない状況ということなんだろうな。

 

 納得いかない態度でありつつも、一応の謝罪を見せてくれたのに満足したのか、実行委員さんはお説教を切り上げた。

 

「っと、ごめん。変な所を見せてしまって。今まで動きづらかったかもしれないけど、二人は気兼ねなく文化祭を楽しんでくれ」

 

「あー、はい」

 

 まだ初日だが、疲れる日だった事は間違いない。明日は二人で楽しめるかなあ、と出し物のスケジュールを覚えている範囲で思い出す。

 

 まだ食べていない物も気になるし、二日目の昼にのみ行われるという、自治体主導のちょっとしたイベントも気になる。なんでも踊ったり歌ったりが達者な人たちが、ショーを開くとか。

 

「じゃあね。こっちは問題児の様子を見張っているよ」

 

「そんなぁ」

 

 あっちもあっちで大変なものだねえ……。

 

 

 

 

「今日はどうする?」

 

「もうお腹いっぱいだな」

 

 私も、かな。お腹もそうだけど、今日はこれ以上の体験をしても一杯一杯になってしまうと思う。

 多くある出し物の中には、ふっつーにカップル要素を盛り込んでいる所がある。実際あった、沢山。計画の都合もあり、そういう場所を狙っていたからね。

 その分負担も大きかったけど。……結構疲れた感じがするのは、その所為かも。

 

 カップル待遇とか恋愛応援とか、ややセンシティブな要素を、イマドキの先生なら世間の目を気にして咎めるのかもしれないが、この学校では子供も大人もノリノリでカップル要素を取り入れていた。

 子と親ではないが、似る所は似るのかもしれない。

 

「帰りの点呼は?」

 

「まだだな」

 

「うーん、もう遊ぶ気分じゃないんだけど……。って、そういえば!」

 

「うん?」

 

「ママと合流してない!」

 

「あ」

 

 揃いも揃って、文化祭に来てくれていたママの存在を忘れていた。散々猫を探していたから、すれ違っていないなんて事はあり得ないと思うんだけど。相当に巡り合いが悪かったとかじゃなければ。

 

「一応、連絡しておこうか」

 

「お願い」

 

 だからって行方不明だと騒ぐ理由にはならない。『今どうしてる?』とだけメッセージを送る。何故か無言で帰っていると考えれば、やっぱりママらしい行動だなと納得できる。

 

「……お、既読」

 

 やっぱり。直ぐに返信が来るだろう、としばらくトーク画面を見つめる。何も言わずとも、二人分の顔は一つ分の画面を注視し続け……。

 

『綺麗な白猫をお持ち帰りしちゃった! 今家に帰ってます♪』

 

 なんてメッセージに添付された画像は、強烈に見覚えのある猫とママのツーショット。猫の顔にグルグル目が張り付いているのが見えたのは、多分母の手でしっかりホールドしている状況と印象から来る錯覚だろう。

 メッセージと画像の内容を頭の中で咀嚼しきった頃には、出所不明の疲労感に倒れそうになってしまった。

 

 いやね、拾った時に連絡してよママ。

 無駄に探し回ったじゃん。

 

「ぴえん」

 

「帰りにアイスでも買おっか……」

 

「そうだな……」

 

 

 ……ん、ぴえん?

 

「なんだその目」

 

「いや、うん。明一にしては珍しい鳴き声だと」

 

「俺だって女々しく嘆きたい時ぐらいある」

 

 “ぴえん”を“女々しく嘆く”と言い換えるにはちょっと語感のギャップが深すぎるかなあ。

 号哭とかで良いんじゃないかな。逆に迫力あってアリだと思う。

 

「号哭は流石に重すぎないか」

 

「明一には丁度良いよ」

 

「なんだそれ」

 

 だって明一、いちいち価値観が重いんだもん。貞操観念とか。頭固いと言うには違うけどさ。

 

 

 ……今まで表立ってのイチャイチャを敢行していたからか、互いに軽口がすらすらと出てくる。

 まるで洋画みたいな冗談の応報。互いのセンスを知っているからこそのコミュニケーション。脚本抜きで出来てしまうのが私達。

 

 面白いけれど、何か違うと感じるやり取りだなと自覚してか、お互いの口は自然と止まる。やっぱり、口数が多いのは性に合わない。

 

「見つかったのは良かった」

 

「間違いない」

 

 今はそれで良しとしよう。

 

 

『飼って良い?』

 

 と思った所で、ピコンと通知音。

 いや、この状況だったら普通は逆の立場なんじゃないかな。別に良いけどさ。

 

 

 

 

 もはや慣れたものだと、母の奇行によって増えた白い家族と、どう関わっていこうかと考えつつ。

 何事も無く迎えた放課後で、我が家へ一直線の帰路につく。顔出し看板を仕舞う手伝いもあったが、クラスメイトが半数も居れば直ぐに終わる作業だった。

 

 今頃は、部活動の方でも出し物の調整を要している所もあるのだろう。玄関へ向かうまでに、忙しなく人が出入りする教室を見かけた。

 あれは残業……と言う奴だったのかな? いや、お疲れ様です。

 

「残業……嫌な言葉だな」

 

「部活だし、報酬も無いんだろうね」

 

 なんか闇深くない? いやでも、部活だから皆好きでやってる物だしなあ。

 ……なんか、また闇が深く見えた気がする。

 

 闇と言えば、この時点でもだいぶ日が傾いてるし。彼らが残業を終える頃には、太陽も完全に沈んでしまっているだろうなとしみじみ。

 

「気付けばもうこんな時間か」

 

「時計の上ではまだまだなんだけどね。日没が早くなったなあ」

 

 季節で言えば、もう冬。厚着して寒さを堪える季節だ。一部の女子は生足を隠してなるものかと、タイツも履かず生活してたりするけど。

 因みに私は、どす黒いくらいに高いデニールのタイツを履く。温かいよ。

 

「気が早い所はクリスマスツリーなんかも飾り出してるよね」

 

「流石に早すぎる……よな?」

 

 12月というだけでクリスマスムードになるのは、まあ分かるんだけどね。でも、それでもちょっと早いと言うか。フライング気味だと私は思う。

 せめて一週間前とかで良いよね? と思ったり思わなかったり。

 

 

 空を眺めれば、この時間帯でも太陽はまあまあ傾いていて、暗い空と夕焼けの地平線の境目が曖昧に広がる。

 四季の内では、冬が一番好きだったりする。一日の中で一番綺麗に写る空が、放課後に毎日見れるから。

 

「ねえ」

 

「なんだ?」

 

 ワザとらしく、甘い雰囲気を出して呼びかけてみる。今日、散々とやった“恋人ごっこ”の時と同じように。

 

「夕方デートってのも良いよね?」

 

「勘弁してくれよ。……確かに、綺麗だけどな」

 

「んふー」

 

 明一も大分慣れたものだ。私から絡み取った腕の先で触れた手を、何も言わずとも握ってくれた。

 

 さっきみたいな互いを理解しきったじゃれ合いも。通じ合っているからこその最低限のやり取りも好きだけど。

 やっぱり、()()()関わり方も良かった。

 

 

「ねえ」

 

「俺が落ち着けないから難しいな」

 

「まだ何も言ってない」

 

 言いたい事を分かり切ってるとしても、先取りしてしまうのは無しだと思います。

 

「明日、どうする?」

 

 それでも、言い直す。きちんと言葉にして、誤解の無いようにしておきたかった。

 少ない言葉ではそもそも伝わらないかもしれないけど……ああ、やっぱり彼は難しそうな顔をする。言葉の意味を解せないという感じではなく、()()()()()()()()()()()()()()()という感じの。

 

「難しい事を考えさせるな」

 

「まあね」

 

 普段通りに過ごしても良い。二人が一人の様に、気儘に巡っているのも楽しいかも。

 少し羽目を外しても良い。家族の明と明一とで楽しむのも、私達は好きだ。

 そして今日の、付き合っている男女、という関係も……。

 

「まあ、追々決めても良いんじゃないか?」

 

「ん……、追々ね。うん」

 

 選択肢を提示してみても、結局は後回しにしてしまったけど。

 

 

 

 何故だか、予感がする。

 今までのどっちつかずな奇妙な生活が、もうすぐ終わってしまうって。



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2日目には早すぎるだろう、と俺は思った。

恋愛のさせ方に迷いました。


 

 そういう提案が来ることは予想していた。これを恋愛感情と言うべきかは兎も角、明が抱いている感情にはとっくに気付いていた。

 

 男女の関係()()()()過ごし方をするのも楽しかった。

 明はとても気に入っていたみたいだし、俺もまあまあ好きだった。

 

 でも、そういう感情のみを抱く相手かといえば、多分違う。この関係を恋愛のみで染めても、お互いに良くない思いをしてしまう。きっと明もそう思っている。

 

 ひいては、この提案は三つ目の関係を持つという意味になる。

 俺がこれに賛成して恋愛関係になった所で、双子や同一人物という関係を捨てる事にはならない。

 

「……」

 

「どうしたの?」

 

「いや」

 

 しかし俺は愕然とした違和感を抱えたままで居た。本当に、明も同じ様に思っているのか? 

 同一人物でもあり、双子でもあり、そして恋人でもあるという()()()()()が続くと、同じ様に思っているのだろうか? 

 

 ……たまに考えている事が違う事があるから、これは確認したかった。

 

「明は」

 

「うん?」

 

「──」

 

 驚いて、言葉で喉を詰まらせた。振り返った明の顔は、見た事の無いような表情を浮かべていた。

 笑顔とも言えず、その真逆とも言えず。こればっかりは確認するべきではないと、直感した。

 

「──いや、そう、恋人。恋人って何すりゃいいんだ」

 

「ん、分かんない」

 

 そりゃそうだ。苦し紛れに出した代わりの質問は、俺にとっても答えが出ないものだ。

 これは何をするかというよりも、何がしたいかが重要だろうか。別に、恋人としての関係を進める訳でも無い。今日のは、この関係に第三の要素があるっていう事を認めたってだけで。

 ……多分。

 

「適当にしていれば良いか」

 

「だねぇ」

 

 恋人みたいな関わり方が肌に合わなかったら、今まで通りの関わり方に戻ればいい。

 ……戻れるか? ちょっと不安になってきたぞ。

 

「ううん……」

 

「そうだ、猫ちゃんはどう思う?」

 

「それって猫に聞く事か?」

 

「この猫になら聞いても良いんじゃない?」

 

 確かに。

 納得する俺が目線を寄こす先は、部屋の隅で寛ぐ猫。野良猫である筈なのだが、家の中に居ても違和感が無いくらい毛並みが整っている。

 態度や行動に、野生の猫らしからぬ何かを感じさせるこの子は、昨日からこの家に引き取られる事になっていた。実行犯は我らが母。

 

「……」

 

「ねー?」

 

「……」

 

「ねえ無視されるんだけど」

 

「反応はしてるぞ」

 

 そう言ってみると、ちょっとだけ振り向いてくれた。

 今や家族の一員……とまでは行かなくても、同じ屋根の下で生活する居候くらいの関係にはなった。

 居候の猫って何だよ、面白いな

 

「名前はまだ考えてなかったよな?」

 

「さっきママがバニラだって言ってたよ」

 

「早いな」

 

 名付けの機会がとっくに過ぎていたのは残念だが、綺麗な白の毛並みによく似合った名前だ。母にしては珍しいが。

 

「……バニラで良いんだな?」

 

 猫が振り返る、目も合った。多分あれは自分の名前として認識している。賢い奴だ。

 

 しかし声に出して呼んでみても、割と良い名前に聞こえる。

 世界線の都合かもしれないが、それでも俺達が授かった名前といえば「明」と「明一」だぞ? 年月を経てネーミングセンスが進化したと考えても、大分変わりすぎている。

 ゴーストライターならぬ、ゴースト名付け親が居るに違いない。

 

 

 なんて、陰謀論にも似たしょうもない妄想はここまでにして。……今も目下にある議題に、一つの小さな結論を下す。

 

「明日、続きをしようか」

 

「続き?」

 

「ああ。恋人らしい事なんて見当つかないが、知識で知っていることだけでも試していけば良いんじゃないか」

 

「おお? うん、良いね。その心意気や良し」

 

 偉そうな態度。俺よりも楽しみにしてるくせに。

 何処か可愛げを感じる微笑みに、俺も釣られて出る笑みを隠しもせず見せた。

 

 明がこの関係を気に入っているなら、俺はこの笑顔を気に入っているのかもしれないな。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 文化祭2日目。

 校内の様子自体には大きな変わりは無く、けども少しの変化が所々と見つけられた。

 客寄せをするあの生徒の手には手持ち看板があるが、昨日も一日中振り回していたからか、今や気の抜けたよれ方をしている。何かがあったのか、テープで修繕された跡も見える。

 誰かと引っ掛かってしまったのであろう、剥がれ掛けたポスターや飾りも……。

 

「間違い探しみたい」

 

「言い得て妙だな」

 

 そんな会話で外の様子が気になったのか、抱える鞄がもぞりと動いて、ひょっこりと白猫……もとい、バニラちゃんが顔を出してきた。

 今日もついて行く満々で玄関まで追ってきたから、俺達が鞄の中へ誘ったのだ。

 

 図らずとも昨日と同じ状況になった。唯一違うのは、こうして2人で歩く目的の有無だろうか。

 他人に見せつける様にくっついて歩く必要は無いが、俺達がこうしたいからと、腕までくっつけて練り歩いている。

 

 

「今日の当番は昼頃だったな」

 

「校庭に置いてるやつだったかな。イベントの様子も見られそうだね」

 

 ここの文化祭は、2日目に校庭様々な物が催されると聞いている。隙間なくスケジュールが詰まる程じゃないが、様々な、と付けられるくらいならば退屈しない筈だ。

 

 今も地域の何かしらの団体が踊り舞うイベントがやってある。歴史を感じるリズムの歌が聞こえてくる。

 来客も生徒も、そっちの方に興味があるのだろう。俺たちの居る一帯には人気が無い。

 

「それで」

 

「なんだ?」

 

「恋人らしい事、何かやってみよう」

 

「え?」

 

 それは……。まあ俺が言い出した事だし、そうしてみるのも良いが。

 

「早速だな」

 

「想定外?」

 

「想定内だ」

 

「じゃあ良いよね」

 

 何が? 

 と言い返すよりも先に、彼女の顔が迫る。

 その意図を理解できないほど無知では無いが、実行よりも先に理解するほどの時間は無かった。

 

 双子とは言え、身長差に差はある。しかし踵を上げて、つま先だけで立ってしまえばその距離はあっという間に縮まる。

 残りの距離は俺が彼女を見下ろして、彼女が俺を見上げれば……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

「にゃあ」

 

 無言ばかりで何も話そうとしない2人の間で、一匹の白猫から声が上がった。

 




森や山の中で迷ったのならば、一つの方向に歩き続けてください。
ならば恋愛も同じ事なんでしょうか。
ただ一方向へ、直線距離の最高速度で。

この方法が正しいと知る必要は無い。
ただこの先を知る事に興味があるだけだから。


……みたいな話。


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幕間 我は猫である。

物凄く申し訳ない。別の作品を誤って投下してしまいました。
此方が修正したものです。

作風変わりすぎだろ、って思いましたよね? すいません。


 

 我は猫である。最近はとある一家に「バニラ」と呼ばれている。

 と言うのも、数日前の出来事以降からこの家に住まう事となり……私は気に入らないが、ペットとしてここに居る。

 母子家庭特有の雰囲気は我にとっても居心地が良いが、朝と晩の頃には忙しなく扉を出入りするから、我も落ち着かなくなる。

 

「バニラちゃんおはよー。休日出勤するたぁいへんなママさんを送り出しに来てくれたんだー?」

 

 やたら長く話すが、我が猫だと理解しているのだろうか。ここの家計を支えている母は、その功労に反して頭が緩い。

 この部屋には居ない双子……彼らの性格は彼女ではなく父から遺伝しているのだろう。或いは“反面教師”のお陰か。それらを考慮しても、彼らは特に落ち着きが過ぎる。

 我が気に掛ける様な切っ掛けとは別だが、気に入る理由の一つであった。

 

 少しずつ陽が上り、時計に目を向ける。この一家の双子とは、ふだんからこの時間に会っていた。彼らの通学路、その道で私を通り過ぎる形で。

 

 ……今日は休日だが、あの双子がやってくる気配が無い。

 彼らはまだ自室に居るようだ。

 

 仕方がない。呼び起こすとしよう。

 

 

 

 

「いた、いたた」

 

「ふふ、構って欲しいのかな」

 

 こやつ等、起きていたと言うのに二人でいそいそと乳繰り合っていた。

 子供に見せられない様な事はしていないが、互いの顔を見つめ合っていたり撫で合っていたり微笑みかけたりと、我から見ても非常に居たたまれない状況になっていた。

 

 見る人が見れば微笑ましいと言うのかもしれないが、我にとっては少し事情が異なる。

 そう、我は猫であるのだ。好奇心と自己中心のマスコットとも言える動物であるから、見守らずに叩き起こすのにも抵抗が無いのである。

 

「どうしたのかなぁ。バニラくん」

 

「構って欲しいのか? ほら、おいで」

 

 彼女は兎も角、彼までもその態度だと毛が逆立つ。お前、寝惚けているだろう。

 

 

 我が特別興味を抱いている……、あるいは見守ると決めたこの二人。彼らは自覚はしている様だが、夏の()()()()()に起きた出来事の当事者である。

 それが我にとっての興味を産んだ切っ掛けであり、見守らなければならぬ理由でもある。

 

「バニラちゃん、すっかり毛並みが良くなったな」

 

「お風呂も抵抗しないし、食欲も自制してるみたいだし。すっごく頭良いよね」

 

 ……。

 

 彼らは、今でも元気にしているだろうか?

 今やこの世界から消えてしまった……いや、弾き出されてしまって以降、出会えていない我が友を思い返した。



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心近づける日々
距離感は近いほど良いという訳では無い、と私は思った。


お久しぶりです。


 

 その内にでも私らが多幸感で潰れてしまう気がするこの頃。冬休みを迎えた私達は……何もしていなかった。

 

「もうすぐクリスマスだ……」

 

 社会人である筈のママも、貴重な休日を使って家を飾り付けしてイベントの雰囲気を盛り上げている。

 この家で友人を呼ぶ予定は無いと聞いているけど、それでもママは飾り付けは断固として実行している。気持ちはわからなくもない。

 

「うん……」

 

 ニヤニヤと笑いかける。クリスマスムードの沸き立つ家の中、隣に佇む異性がとなれば、連想するべき物は一つしかない。

 ベッドの上、私たち二人の考えている事が一致するのは、当然だった。

 

「別に気分じゃないだろ」

 

「んふ。まあね」

 

 正解。連想しても、私たちが実行に移す程の興味が湧くものでは無いのだ。

 当然の言葉を返す正当者には、ぐりぐりぐりぐりと、頭を寄せてやる。どっちかと言うと押し付けてる? 

 

「……くすぐったい」

 

 不満の声が上がった辺りで、私の頭は返送されてしまった。

 それでも……、うへへ。私のパートナーは今日も可愛い。わかりやすい照れ隠しを見て、私は気持ち悪い笑みを更に深めるのだ。

 

 

 

 

 カップル生活の始まり……とは簡単に行かないわけで。

 こんな感じのコミュニケーションを続けていたら、明一からのお小言を貰ってしまった。

 

「明……。少しは抑えられないのか」

 

 むん。

 

 ちょっと裏切られた様な気分に、反論したくなる程度にムスっとする。やい、明一こそ役得だと思ってる癖に。

 

 むんむん。

 不機嫌になった私は今から2倍むんむんデーだ。

 

「嬉しくないの?」

 

「俺が喜ぶと思ってやってたのか?」

 

「私は割と自分本位」

 

 なんとも言えない顔が見えた。

 良いじゃん、ちょっとタカが外れたくらい。でも明一はそれを良しとしないらしい。何故だ、何故私と同じように考えない。

 

 ……いや、落ち着こう。一旦明一の気持ちになって考えてみよう。

 

 …………。

 

「でもやっぱり役得じゃない?」

 

「役得だな」

 

「ほらぁ」

 

 片割れは一度認めるも、私を咎める眼差しは外してくれない。まだまだ言いたいことがあるらしい。

 

「とりあえずお前は、そのやたらに高い加速度を一旦下げてくれ」

 

「加速度って……良いよ」

 

 私が思ってるより、明一と私が望んでる距離感は違うっぽい。あくまで望んでいる距離が違うだけ。

 お互いの着地点がどこか違うという事は、もう承知した。

 

 

「最近な、生活のサイクルが随分と変わってる気がするんだよ」

 

「ほん?」

 

「まず今日。朝から今まで何やってた?」

 

「くんずほぐれつ」

 

「ぐうの音が出るほど正解。その言い回しは避けられんのか」

 

「顔真っ赤」

 

 おもろ。大した事してないのに。

 

 猫に割り込まれて一回中断したけれど、やってた事はずっとソレだった。とは言ってもくんずほぐれつ止まりで、ずっこんばっこんはしていない。……やらしい単語を避けてるハズなのに、なんだかイカがわしいね? 

 

「とりあえずな」

 

「んー?」

 

 まあそこまで嫌がるなら。

 私達に嫌がる相手を無理やり押し倒す趣味は無いのだ、多分。

 

「控えるのは難しいんだな?」

 

「まあ……」

 

「代わりに……と言ってはなんだが、これを用意しようと思うんだ」

 

「え、何これ」

 

 通販サイトのページを見せられて、画面に目を向ける。

 白くて、長くて、先端が丸くて灰色。これは……──

 

「充電式のマッサージ機。もちろん防水だぞ」

 

「──アンタも大概スケベだね?!」

 

「一人で処理しても気は済むよな」

 

 うわあ。

 確信持って言われてるけど、別に女の子全員がそうとは限らないと思うよ……。

 

 とにかく盛大なる誤解を一言で蹴って、商品ページのブックマーク登録は外して貰った。なにちゃっかり保存しちゃってんのさ。

 ……エロ同人の通販サイトのリンクでも送りつけちゃおうかな。

 

「軽蔑の眼差し……」

 

 珍しいものを見た、みたいな素振りをされた。いや割と明一の所為。

 

 

 

 

 それから、私達の攻防戦は始まった。四六時中くっ付いていたい私と、たまにはゲームしていたい明一とでの対決だ。

 

「明一のやつも乗り気だった筈なんだけどなあ」

 

 奥手の明一には丁度いいだろうと思って、最初は私の方から色々やっていた。同じ事されても良いよ、と行動で示しつつでラインを引いてたつもりだ。いやそこまで深く考えてないけど。

 

 でもそういう流れだった。1度やらせた事は、2度目は直接手を掴んで誘導せずとも自ずとやってくれる。でもそれ以上はしない。まるで信用を測りかねている子犬みたいに。

 

 ううん……何がいけなかったのか。

 対人コミュニケーションに関して経験で一歩リードしている私でも、この特殊な条件下では通用しないらしい。まあ相手は他人じゃないからね。

 

「ねえねえ」

 

「何だ」

 

「どうやったら攻略できる?」

 

「何を?」

 

「明一」

 

「何で?」

 

 胡椒の大粒をつい噛み砕いてしまった様な顔をされた。口の中がピリっとしてしばらく顔顰めちゃうよね。分かる。

 攻略情報が彼の口から出てくるのを期待してしばらく。やっぱり返事を返す気がなさそうだと悟って、また手元の携帯を弄る。

 

「俺を攻略ね……」

 

「悪かったって。本人に聞くものじゃないよねそりゃ」

 

「そういう問題か?」

 

「じゃあママに聞く」

 

「やめ」

 

 

 ……私はもっと近づきたい。彼は程よい距離で落ち着きたい。

 多分、私達が持っている価値観の相違とは、そういうものなんだ。……そういう気がした。




創作意欲という名のエンジンが冷え切ってるので、更新頻度はまだまだ疎らだと思ってくだし。


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