さて、突然だが此処で質問。
ウマ娘が走る上で重要なのは一体何だろうか。
走る技術? それとも知恵? 質の良いトレーナー? 確かにそれらは必要だろう。いや、無くてはレースに勝つことなんてきっと無理だろう。
だが、ここで忘れてはならない。走る為には技術も必要だが、それを実行する肉体も必要である。
だからトレーニングを積むわけなのだが、只々トレーニングをするだけでは効率が悪い。
ええい! 面倒なので、先に答えを教えよう。もう焦らすのは飽きた。
必要なのはニンジンである。否、それ以外は認めぬ──
ー
日本ウマ娘トレーニングセンター学園。通称“トレセン学園”
齢18にしてニンジンの品種改良に成功。量産も可能にし、世界から『ニンジンの申し子』と呼ばれたあなたは、今日もトラックにニンジンを積んでトレセン学園に向かっていた。
煮れば蜂蜜のように甘く、炒めれば万能の野菜と変貌。スティック状に加工すれば、もうドレッシングなんて必要がない。ご飯にも合い、どんな調理をしても必ず旨くなる。あなたのニンジンは世界で大人気。勿論、値段は気にしてはならない。
そんなニンジンを積んだトラックは、走る度に甘い香りを乗せていた。
そんな匂いに釣られてお腹の減ったウマ娘達が、可愛らしい年相応の表情を引っ提げて、今日もあなたの所にやって来るそうです。
──疲れた……
父親からの申し付けで一人、トラックを走らせてトレセン学園へ。あなたの家は府中からは遠く、運転によって凝った肩を叩きながらトラックを降りた。
これから積んだニンジンを運ばなければならない。そう思うと、あなたはちょっぴり怠くなってしまった。
ただ、これも仕事。自分はこれでご飯を食べているのだと自覚し、疲れた体に鞭を打つ。よし、気合は入った。
「あっ、農家さん!」
──やぁ、スペちゃん。おはよう。
「おはようございますってもうそろそろお昼ですよ?」
黒い鹿毛に前髪のメッシュが特徴的なスペちゃん──スペシャルウィークが、ニンジンの匂いに釣られてやってきました。
彼女からスペちゃんと呼ぶ様に言われたあなたは、恥ずかしながらも呼んでいます。そんなあなたの声に表情を綻ばせるスペちゃんでしたが、あなたは偶々見ていません。スペちゃん、頑張れ。
彼女はトレーニング中以外だと最も現れるウマ娘の一人です。食いしん坊がきっと影響しているのですが、あなたは彼女が部屋でニンジンを齧る情報しか知りません。乙女として、食いしん坊は隠したいのでしょうか。
「えへへ、一箱貰っていいですか?」
──いいよ。スペちゃん用に用意してあるからね。
「やったあ! ありがとうございます!」
ちょっぴり照れながらも、一箱受け取るスペちゃん。
かなりの本数が入った箱を軽々と持ち上げるスペちゃんに、ウマ娘はやっぱり違うなと思うあなた。
そんなあなたを見ていたのか、スペちゃんは恥ずかしそうに此方に話しかけてきました。
「……力持ちの女の子は嫌いですか?」
──いや、良いと思うよ。寧ろ欲しい。
「ええっ!!? ほっ、欲しいって言うのはその……」
──農家はとても疲れるからね。僕もスペちゃんみたいな力があればなぁ。
「やっぱりそうですよね……」
がっくしと言わんばかりに肩を落としたスペちゃん。
そんな彼女に疑問を持ちながら、あなたは食堂へ運ぶ為に箱を持った。余談ではあるが、作物というのは重い。箱いっぱいに入ったニンジンの重さなんて知りたくない程には。
手に軍手をはめて、箱が滑らないようにがっしりと掴んだ。
──よし、じゃあ行こうか。
「はい……所で農家さん」
──どうしたの?
「ええっと……」
ぽしょぽしょと小声で話すスペちゃん。心なしか顔も赤いように見えるが、体調が悪いのだろうか。そういえば、あなたと話す時、スペちゃんはいつも赤い気がする。あなたは自分が嫌われているのかと、少し不安になった。
無理もない。ニンジンだけが取り柄の男なのだからと、自分を戒め、彼女の話に耳を傾けた。
「大食いの女の子ってどう思いますか?」
──大食い?
「いっぱい食べる子ってどうかな〜なんて。あはは、ごめんなさい。変な事聞いちゃいましたよね……」
──僕は良いと思うよ。
「ふぇ……!?」
あなたとしてはニンジンを美味しく食べてくれるのが一番の幸せだ。努力に努力を重ねた結果のニンジン。ひたすらに美味しくなる方法を模索し、時にはおかしくなりそうな時もあり、それが実を結んで今のニンジンがある。
他の作物もきっと同じだ。農家からすれば、いっぱい食べてくれるというのは、つまりおいしいと同義である。他の農家がどうかは分からないが、少なくともあなたにとっていっぱい食べてくれるというのはとても嬉しいことだ。
「そ、そうですか……私がいっぱい食べててもおかしくないですか?」
──うん。スペちゃんは美味しそうに食べてくれるし、笑顔いっぱいに食べてくれるのは、農家冥利に尽きるよ。
そう答えると笑いながらも、どこか悲しそうなスペちゃん。また、何かしてしまっただろうかと悲しくなるあなた。
──そういえば、最近の味は大丈夫?
「味ですか? はい! いつも通り美味しいですよ!」
──よかった。
ホッとするあなた。僅かなミスでも味が変わってしまうあなたのニンジン。とても繊細だが、それを求められているあなたは、いつも気を張りながら育てていた。
ニンジンを好むウマ娘の一人であるスペちゃんに美味しいと言われれば、きっと大丈夫だろう。今回も失敗していない筈だ。
──? どうしたの? そんなにこっち見て。
「い、いや何でもないですっ!」
──そう? それなら良いんだけど。
目を逸らしながらそう答えるスペちゃん。
そんな話をしながら、食堂の裏口に辿り着いた。此処からニンジンを搬入する為、スペちゃんとは此処でお別れだ。午後にも向かう所がある上、帰ったらニンジンの世話であなたは大忙しだ。
──ありがとうね。今日も話に付き合っててくれて。
「そんな! 私が話したかったから話していたんです!」
ニンジン箱を抱えながらそう言うスペちゃんに思わず笑みが溢れる。
食堂に入口をノックすると、中からおばちゃんが現れて、ニンジンの箱を受け取って行った。
これから何十箱ニンジンを運ばないといけないと思うと体が重い。
気怠そうにしているあなたに気が付いたのか、スペちゃんは箱を置いて、あなたの手を握った。
「がっ、頑張って下さい!」
──ありがとう。お陰で頑張れるよ。
ウマ娘は人間と比べて超人的な力を保持しているが、あなたの手を握ったスペちゃんの手は柔らかく、どこからそんな力が出てくるのだろうと思った。
ぎゅうぅぅと握り、全く離す様子のないスペちゃん。
その後ハッと気が付いたのか、慌てて離す。顔が真っ赤に染まっていく様を見ていると、スペちゃんはニンジンの箱を抱えて大急ぎて走って行った。
「さ、さようならー!!!!!」
──またね、スペちゃん。
「はいっ!!!」
そんな彼女の可愛らしい声が聞こえた所で、あなたは再びニンジンを運ぶ為にトラックへと向かった。
─
優しいニンジン農家さん。
レース前にも励まして貰ったり、優しい言葉をかけて貰ったり。
べ、別にニンジン目当てじゃないですよっ! というか、最初の頃はニンジン目当てでしたけど……
でも、最近は農家さんと話すのが目当てっていうか……うぅ、恥ずかしい。
優しい優しいニンジン農家さん。
いつも笑顔で話してくれるあなた。
いっつも貰ってばかりだから。
偶には、何かお返しさせて下さいね!
スペちゃんが引けたら続き描きます。
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帝王
ある日、ニンジンを運び終え、トレセン学園のベンチに腰を下ろしていた時。
あなたは非常に疲れていた。朝から運転。そして搬入。終われば待っているのは簡素な昼食と、午後のハードスケジュール。家に帰ればニンジンが待っており、好きでやっている事ではあるが、億劫になっていた。
どうも気分が上がらない。好きな事を長時間やっている間に嫌いになりそうなアレだ。ゲームとかでも一緒だろう。
兎も角、疲れ切っていたあなたは空を仰いだ。雲一つない晴天があなたを見下ろしていた。
ふぅと一息付き、薄型の携帯を取り出して、時間を確認しようと──
ぴとっ
──うわぁあああ!!!!????
「あははは! そんなに驚くとは思わなかったよ!」
あなたは首筋に感じた冷たい何かに思わず驚いて大声をあげてしまう。その拍子に投げてしまった携帯を何とかキャッチし、その声の主の顔を見る為に振り返った。
──テイオーか。
「そうだよ! 農家さん、びっくりした?」
そこには悪戯大成功と言わんばかりに笑顔を浮かべたテイオーことトウカイテイオーがいた。
皆にテイオーと呼ばれているからと言われたあなたは、彼女の事をテイオーと呼んでいた。
そういえば、トウカイテイオーのテイオーは『帝王』から来ているのか。ふと考えたあなただったが、話しかけてくるテイオーに意識が向いた。
「はいっ! これ、喉渇いたでしょ?」
──僕に?
「そうだよっ。他に誰がいるのさ」
──ありがとうね。
「どーいたしまして!」
ニシシと笑う彼女の好意に甘え、スポーツドリンクを受け取ったあなたは、その冷たさに縋る様に煽った。
冷たいスポーツドリンクが喉を流れて行く。
ふと気が付いた時には、かなりの量を飲んでいた。ここまで喉が渇いているとは自分でも思わなかった。
飲み口から口を外すと、テイオーがボーッと此方を見ていた。彼女も今日の熱にやられてしまったのだろうか。心なしか顔も赤い。
──テイオー?
「うわぁっ! びっくりしたなぁ! 飲み終わったなら飲み終わったって言ってよ!」
まるで忍者の様に、かなりの速度で後退りした彼女は、大声でそう言った。いやいや、流石に自分は悪くないよなと思うあなた。
「うぅ……恥ずかしい所見られちゃったよ……。」
──テイオー、ありがとう。
「う、ううん! 農家さんがいつもボク達のために頑張ってくれてるのは見てたし、偶にはお礼もしなきゃってね!」
なんて良い子なんだ……と涙がホロリと流れそうになる。
疲れている人の為に飲み物をあげることが出来る者が一体どれだけいるのか。その親切さは、きっと稀なものな筈だ。
そこでふと気が付いた。あなたが受け取ったスポーツドリンクはかなり冷たかった。勿論冷蔵庫から出してきたのかも知れないが、自販機で買ったのならばお金を返さなければならない。働いている自分とは違って、彼女はまだ学園に在籍するものなのだ。バイトがどうとか関係なしに、働いているものとしての矜持だ。
──テイオー、いくらだった?
「ええっ? 良いよ別に。そんなに大した額じゃなかったしね」
──いや、それでも払いたい。
「うーん、そこまで言うなら……でもボクの財布は心配しなくて大丈夫だよ?」
──財布の心配もしてるけど、テイオーに感謝したくて。不器用だからさ、お金払うぐらいしか気持ちを伝える手段が見つからなくて。
あなたは本心を吐露した。
「じゃ、じゃあさ……」
あなたの言葉に対して、頬を染めたテイオーは、ごにょごにょと呟きながら、あなたの隣に座った。
身長は勿論、座高もあなたの方が高い。下からうるうるとした目で、何か懇願する様なテイオーの姿に、あなたは思わず顔が熱くなった。
「頭、撫でてよ……」
思わず息を呑む。
彼女達はウマ娘。人間とはやや異なるとはいえ、あなたから見れば、立派な可愛らしい少女だ。
そんな少女があなたに向かって頭を撫でて欲しいと言っている。彼女を作った事などまずなく、プライベートで仲の良い女友達などいないあなたにとって、この状況はまずかった。
どうすれば良いか分からない。撫でれば良いのか。いやでもそれは恥ずかしさと、ここまであなたに慕ってくれている感謝と……様々な感情が溢れてごちゃ混ぜになっていた。
いや、男として。頼まれたのだ。腹を括るしかない。少女の頭を撫でるという、偉業を成し遂げる為に。
手が綺麗かを直ぐに確認。大丈夫。
隣に座ってきゅっと目を瞑りながら待っている彼女の頭へ。鹿毛の髪へと手を伸ばして──
「な、なーんちゃってっ!」
──へ?
「『帝王』の頭をそう簡単に撫でられると思わないでよね!」
詰まる所、また彼女の悪戯だった。
多大な心労があなたにのしかかる。いや、撫でなくて良かったのかも知れない。この先、撫でるなんて、現在地よりもワンステップ進んでしまえば、どうなるかは分からない。
自分は農家で、彼女は将来有望なウマ娘。きっと彼女には良い相手がいるのだろう。優しい子だし、性格も良い。自分が隣に立つなんて、そんな幻想が少しばかりでも浮かんでしまった自分が恥ずかしい。こんな出涸らしの自分にとって高嶺の花。だから──
「じゃあまたね!」
──うん、またね。テイオー。
テイオーが走り去って行く。
あなたは寂しそうな笑顔を浮かべた。
言葉に乗る寂しさに、テイオーも気が付いたのか。はっとした顔をし、そして走っていた筈の足を止めた。
くるりと体を翻し、そのポニーテールを空に揺らしながら、口を開いた。
「待ってるから。ずっと」
再来した顔に宿る熱に、あなたは思わず天を仰いだ。
手に持ったぬるくなったスポーツドリンクを頬に当てる。彼女から貰ったそれが、自分の熱を奪って行く。
キャップを開け、残りを流し込んだ。ぬるいばかりのスポーツドリンクはあまり美味しくなかったが、
──追いつくよ。きっと。
今日だけはいつもより甘く感じた。
ー
最初はただ単純に凄い人だと思った。
一言で言えば、非常識を常識に変えた人。
誰かの為に、その努力を惜しまなかった人。
世間からは天才だと言われているけれど、ボクはあなたの話を聞いて、天才と揶揄するのは失礼だと感じた。
あなたはとっても努力をしていたんだって。ボクが言いたかった。
でも、あなたは凄い人だ。到底今のボクでは隣に立てない程に、凄い人なんだ。
カイチョーも勿論目標だけれど、あなたも。いや、あなたの隣に立っても恥ずかしくないウマ娘になるのがいつしかボクの目標になってた。
今日はちょっと背伸びしようと思ったけれど、恥ずかしかった……えへへ。
でも、今のボクにはそんな資格ないから。待ってるなんて言ったけど、追いつかないといけないのはボクの方だ。
だから、今日はお預け。
いつかボクが無敗の三冠ウマ娘になる事が出来れば。
その時は撫でてくれるかな。
トウカイテイオーを当てたら、この世界線の続きを書きます
イラストとか感想とかなんでも良いので、Twitterで関わってくれると喜びます。
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黒い刺客
天才とあなたは呼ばれている。
農業に発展をもたらしたあなた。その技術を応用すれば、きっといつか他の野菜達も非常に美味しくなる事間違いなしだ。
天才という言葉は、大抵の場合埋もれた努力を否定する言葉だ。努力の痕跡なんて見えない。ぽっと出の革新に、人々は天才と名付けるのだ。
無理もない。常に見ている訳ではない。天才と呼ばれる人は、呼ばれるまではただの人に過ぎない。功績を挙げてきた訳でもなく、活躍していた訳でもなく、ある日突然何もないところから非常識が生まれるから天才なのだ。
さて、天才がどうやって生まれるかは話したが、天才がこれからどうなっていくのか。
答えは非常に簡単である。孤独と嫉妬のブレンドだ。
両方合わさって襲いかかるストレスに、あなたは悩まされていた。
──……地道に直すしかないか。
畑が、荒らされたのだ。
育て途中のニンジンは穿り返され、折られ、見るも無残な形になっていた。
非常に悲しい光景だ。手塩にかけて育ててきたニンジンがこうなるとは。明らかに野生動物の仕業ではない。意思を、いや悪意を持った人間の仕業だ。
幸い幾らかは残っているが、総量は随分と減ってしまった。
父は激怒し、警察署へとすっ飛んで行ったが、あなたには怒る気力すらなかった。
只々虚しさだけが、心を支配していた。
どうしてこうなってしまったのか。理由なんて幾らでも思いついた。
素晴らしいニンジンを開発した。そしてそれを卸し始めた。となれば、買い手側にも優先順位がついた。
簡単に言えば他の農家のニンジンが売れなくなったのである。
勿論、農家にも生活がある。今まで売れていた物が、新参者に席を奪われて売れなくなっては非常に困る。
だが、相手は稀代の天才。どう足掻いても技術で勝てる気がしない。そうして、他の農家はニンジンに注目したのだろう。
家を空けている隙の犯行だった。対応出来なかった、そして対策すらしていなかったあなたは、自分に嫌気が差す。
今日も昼に持っていく筈だったトレセン学園には、昼には持って行けないと言うと、温かい言葉を貰った。涙が出そうになる。
人の温かみに改めて触れたあなたは、夕食までには間に合う様に配達すると伝え、急いで箱詰めを始めた。
ー
急いでトレセン学園に着いたあなたは、トラックの荷台の軽さに俯くが、気持ちを切り替えて笑顔で運び始めた。
いつもより少ない量だったが、食堂のおばちゃん達は喜んでくれていた。これが欲しかったのだと。これで皆の笑顔が見れると。
溢れそうな涙を抑えつつ、感謝の気持ちを伝えたあなたは、食堂を後にし、少しばかりトレセン学園で休憩して行くことにした。
父からの連絡には、犯人は見つかったので安心しろと。電話越しの父は未だに怒り心頭だった。
自販機で買ったブラックコーヒーを飲みながら、あなたは携帯をしまった。コーヒー独特の苦味が鼻腔を支配し、今日あった事をまじまじと想起させた。
なんだか、自分のやってきたことは正しかったのだろうか。
そう思っていると、コツコツと地面を鳴らすローファーの音が聞こえた。
伏せていた目を上げてみると、そこにいたのは黒い鹿毛、右目を髪で隠したライスシャワーだった。
「お兄様?」
──ライス。トレーニングは終わったの?
「うん……午後は授業だったから」
儚げな瞳を揺らして、ライスは側に寄ってきた。
心配そうな表情を見て、自分が陰気臭い顔をしていたかと反省をする。ウマ娘に心配をかけてはならない。精神状況も彼女たちのコンディションに関係してくる。自分程度で精神が揺らぐとは思わないが、それでも笑顔に越した事ない。
「ねぇ、お兄様。聞いても良い?」
──? どうしたの?
「無理して……笑ってる?」
──無理してないよ。
見抜かれた。あなたは思った以上に高い洞察力に舌を巻く。誰にもバレなかった笑顔の仮面。慕ってくるウマ娘達にもバレたことはなかったのに。
ライスにそう言われ、困った様な表情を浮かべるあなた。このまま嘘を貫き通して──
「嘘。お兄様、ライスに話してくれる?」
木に寄りかかっていたあなたの右側にくっ付くライス。
いつもと違う彼女の雰囲気に押される。彼女の目は本気だ。
コーヒー缶を片手に、あなたはぽつりぽつりと話し始めた。
ニンジン畑が荒らされた事。
それを見て犯人に怒りすら浮かばなかった事。
そして、自分が彼らの幸せを奪ってしまったかもしれない事。
──きっと犯人にも養わなければならない人がいたんだ。赤子かもしれない。育ち盛りの子供かもしれない。或いは病気を抱えた人がいたかもしれない。
「…………」
──僕はそんな人の未来を奪ったんだ。もしかしたら途方に暮れているかもしれない。
「……それで、お兄様はどう思ったの?」
──僕は、作るべきじゃなかったのかもしれない。誰かの幸せを奪うぐらいだったら──
「そんな事ない」
苦しい気持ちが溢れ出て止まらない。
それを止めたのはあなたの隣にいるライスだった。
力強く紡いだ言葉が、あなたの心を優しく包む。
「……実はライスもね。お兄様と似た様な経験をしたんだ」
──ライスも?
「うんっ……菊花賞でブルボンさんの無敗の三冠を阻止した時、みんなからライスは祝福されなかったんだ。レースに勝って、笑顔で喜ばれるって思ってたのに」
ぽつりぽつりと語り始めたライスの表情は苦しそうだった。その頃を想起させているのか、若干の憎しみを混じらせながら、それでもライスはあなたの為に語っている。
「もう辞めようと思った。走りたくないって思った。あんなに頑張ったのに、酷いことも言われて悲しかった。ライスを誰も認めてはくれなかった」
──ライス……
涙が頬を伝って落ちた。持っていたコーヒー缶にあって、涙は溜まることなく弾けていく。
「でもね、そんな時にブルボンさんに言われたの。“あなたはヒーローだ”って。目標であり、希望を与えてくれたって」
──ヒーロー……?
「うん、とても嬉しかった。もう一度だけでも頑張ろうって。どんなに言われても、ライスはヒールじゃない。ヒーローなんだって」
ライスはどこか覚悟を決めた様な表情を浮かべたが、あなたは見ていない。いや、もう目の前が霞んで見えなかった。
「だからね。お兄様に誰も言ってくれないのなら、ライスが言うね」
涙は止まらなかった。
「お兄様はライスのヒーローだよ」
首をこてんと倒して、あなたの肩に寄せるライス。
「お兄様がいたから、あの時も頑張ろうって思えたんだよ」
涙は止まらない。
「だからね。お兄様、泣かないで」
──ライスも泣いてるよ……!
「ううん、いいの。これはお兄様の為の涙だから」
夕焼けに照らされて、彼女の涙が茜色に光った。
左手を胸の前でキュッと握り締めながら、ライスは笑みを浮かべてあなたに言う。
「ライスがどんな時も側にいてあげるから」
「泣かないで。お兄様」
ー
笑顔のお兄様が好き。
どんな時も笑ってくれて、勝ったって言ったら人一倍喜んでくれた。
苦しい時だって、きっとお兄様は笑ってくれるから。それだけでもう一踏ん張りできた。
みんなはお兄様のニンジンばかり評価するけれど、ライスはずっとあなたを見ていたよ。
ライスは悪い子だけれど、お兄様の側にいる時だけは良い子になれた気がしたよ。
だからね、お兄様。そんな悲しそうな顔しないで。
ライスはお兄様の笑顔が好きだよ。
どんな事があっても、ライスは側にいるから。
だって、お兄様はライスのヒーローだから。
ライスで別シチュエーションは、うまぴょい見たら書きます
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帝王 〜After〜
「えへへ♪ 農家さん、農家さん!」
──どうしてこうなったんだろうか。
あなたは甘えてくるテイオーの姿をチラリと見ながら、そう呟いた。
ここはトレセン学園。
いつも通りに配達を終えたあなたは、のんびりと帰宅をしようとしていた。夕飯は何にしようとかなんて考えながら。
それが今では、近くのベンチに座って甘えるテイオーに、あなたは顔を赤くしていた。
どうしてこうなったのか、時間を少し巻き戻してみよう──
ー
トウカイテイオーが無敗の三冠ウマ娘を達成した。そんなニュースがあなたの耳に舞い込んだのは、その偉業を成し遂げてから実に2日後だった。
あなたはテレビの前で手を叩いて喜んだ。大声で叫んでいた為、父親に怒られたのは秘密である。
自分も頑張らねば。そう思ったあなたは、ふとテレビの向こうのテイオーと目があった気がした。
ニシシと笑ういつもの笑みが、何故かあなた自身を見ている気がした。
いや、思い込みだ。ミスタープラシーボなのだと言い聞かせる。それでも、うっとりとした乙女の目をしたテイオーから、目が離せなかった。
それからいつも通り、トレセン学園へとニンジンを運ぶあなた。
「農家さーん!!!!!」
──うおっ、テイオー?
「そうだよっ! 見ててくれた?」
いつものジャージじゃない。帝王を模した様な勝負服を着たテイオーが、此方を見つけるなり走ってきた。
そしてそのまま、あなたへ飛び込み、思い切り抱きついた。
女の子特有の柔らかさがあなたを襲う。
頬をあなたに擦り付ける様にすりすりしながら、笑顔のテイオーを見て、あなたも思わず笑顔が浮かんだ。
「ボク、勝ったよ。すごいでしょ!」
──頑張ったね。凄いね。
「だからね、えっと、その……」
ふと、あなたから顔を離し、ぽしょぽしょと俯きながら言葉を紡ぐテイオー。だが、恥ずかしいのか、上手く言葉が出てこない。
指の先をツンツンしながら吃るテイオーに首を傾げるあなた。
そして意を決した様に顔を上げたテイオーは、言った。
「甘えても……いい?」
羞恥と期待の混じった上目遣いがあなたを見つめる。心地良い風が吹き抜け、あなたとテイオーを包んだ。
他の学生がキャーキャー言っている声なんて、あなたの耳には届かない。ただ、目の前のテイオーから目が離せなかった。
勇気を出してくれた。あの日から、彼女はきっと頑張って、そして見事に成し遂げた目標。ならば、それに応えるのはあなたの役目だ。
──いいよ、おいで。
「農家さんっ!!!!」
がばっと抱きついてきたテイオーの頭を撫でる。頑張ったねと声をかけると、彼女は嬉しそうに頬を染めた。
ベンチに座り、彼女を撫でた。さらりと、よく手入れのされた髪が、太陽に照らされて輝いた。
「ボクっ、頑張ったよ!」
──頑張ったね。
ゆっくりゆっくり、彼女の髪を乱さない様に丁寧に撫でる。
「えへへ♪」
そして冒頭に戻る。完全に緩み切った表情を浮かべるテイオー。
ぽそりと聞こえた声に顔を上げると、別なウマ娘が、歓喜の声を振り絞る様に呟いていた。思わずその声の方向に向くと、彼女は口パクであなたに何かを伝えた。
──よろしくお願いします。か……
「? どうしたの? むっ、今よそ見してたでしょ!」
──してないしてない。ずっと、テイオーを見てるよ。
「そ、そうだよね! 他の子を見るなんて許さないからねっ!」
頬をぷくーっと膨らませて、不機嫌ですアピールをするテイオーにそういうと、嬉しそうに笑った。「にへへ……!」なんて言っているテイオーを見るのは初めてかもしれない。
「行きますわよ、ゴールドシップ」「……そうだな、ゴルシちゃんも流石に邪魔出来ないな」そんな会話が聞こえてくるが、今だけはテイオーを見ていよう。
「ボクの事、ずっと見ていてね?」
すっとテイオーが顔を上げて言う。
丁度あなたの顔の前。いつもは身長差で叶わなかった、目線の高さが、今合う。
彼女の瞳に吸い込まれる様な気がした。鹿毛も、彼女の前髪のメッシュも。そして、柔らかそうな唇も。あなたの視界にはテイオーしか映っていない。
それはテイオーも同じだった。あなたを目標に頑張ってきた。
後数センチでくっついてしまう様な距離。彼女たちの時間は止まった。
今勇気を出せば……叶う。あなたとの恋が始まる。テイオーは思う。
僅かな距離な筈なのに、今までのどんな距離よりも遠く感じる。でも、テイオーはその為に頑張ってきた。
怪我をしても、諦めなかったのは、あなたがいたおかげだから。
だから、テイオーは一歩踏み出した。
「好きだよ」
「ボクは、あなたが好き」
頬に柔らかい感触がした。
「ボクの事をもっといっぱい知ってほしい。ボクの事だけを見てほしい。ボクの事を好きって言って欲しい」
耳元で囁かれる蜜の様な言葉。眼前で見る彼女の顔は、誰よりも美しかった。
だからこそ、あなたは返事を返した。
──好きだよ。
「えっ……」
──もっとテイオーを知りたい。ずっとテイオーを見ていたい。テイオー事が好きだ。
「ボ、ボクなんかでいいの……? ほらっ! 他の子とかの方が可愛いし、ボクなんかそんなオシャレでもないし──
──テイオーが良いんだ。テイオーが好きなんだ。
歓喜と言わんばかりに体を震わせるテイオー。ぽたぽたと音がしてみれば、テイオーは嬉しそうに微笑んでいた。
もう後戻りは出来ない。あなたはテイオーの事が大好きだ。
「大好きっ! もう絶対離さないからね!」
強く抱きしめてくる。あなたはそれに返す様に、テイオーを包み込む様に抱きしめた。
熱が混じる。もう既に学園の外にいる事なんて忘れていた。誰が見ているとか、今何時とか、関係ない。
あなたにとって、テイオーがいればそれで良かった。彼女の熱を感じている間が幸せだった。
「えへへ……なんだかちょっと疲れちゃった」
──大丈夫?
「うんっ、だって幸せだから」
──そっか……
2人は顔を見合わせて笑った。
幸せに包まれた彼女の表情に、あなたも優しい気持ちになった。
ただ、どんな幸せな時間も終わりが来る。
あなたは帰らないといけなくなってしまった。勿論テイオーにも予定はある。
そっと2人が離れる。空に漂って消えた熱に、思わず寂しさが込み上げる。
あなたは人間で、テイオーはウマ娘。このまま一緒に帰る訳にもいかない。
「なんだか寂しいね」
ベンチから立ってあなたを見るテイオー。両手を後ろで結び、儚げな表情を浮かべる。
所々皺になった勝負服も、こうしてみれば如何にも『帝王』らしかった。
ベンチから立ち上がる。テイオーを見下ろす様な形になったあなたは、改めて彼女との身長差を感じた。
「じゃあね……」
──うん、じゃあね。
「……やっぱり離れたくないや……」
悲しそうに笑うテイオー。
寂しい気持ちがあるのはあなたも一緒だ。
だから、と言葉を続けたテイオー。
「あなたがまた会いたくなる様に、おまじないかけてあげるからっ!」
──おまじない?
「もーっ! 早く目を瞑ってよ!」
──分かった分かった。
なんだろうと思いつつ、あなたは目を閉じた。
そして、
「またね」
その声の後、あなたは──
ー
大好きなあなた。
ボクの事をずっと待っててくれた。
これでボクもあなたの隣に居られるかな。
これからどんな事があるか分からないけれど、それでもボクはあなたを離さないから。
だからね、あなたもよそ見しちゃダメだよ?
ボクのこと、ずっと見ててね?
好きだよ。
誤字報告ありがとうございます。ものすごく助かってます。
ネタを募集してます。
好きなウマ娘、シチュエーションなんでもいいので、活動報告若しくはTwitterの方に送ってくれると投稿ペースが上がります。
フォローや感想もTwitterでもお待ちしております。読了ツイートもありがたいです。
https://twitter.com/kurotakemikou
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超光速のプリンセス
タキオンより頭が悪いので、書けないと思いましたが、登場人物の頭を軒並み悪くする事によって、難産ですが書く事に成功しました。
いつもニンジンの世話で早起きをしていたあなただったが、今日はより早くの起床だ。
寝惚けた顔に冷たい水が沁みる。
何とか目を覚ましたあなたは、早めにニンジンの世話、そして箱詰めを開始した。
というのも、とあるウマ娘と約束をしてしまったからである。勿論デートなんて大層なものではないが、経験のないあなたにとって少しどきどきの展開でもあった。
どうしようかと悩みつつ、あなたは丁寧に手を洗った。
そして、『お弁当のおかず』と書かれたレシピ本を手に取り、慣れない手つきで弁当を作り始めたのだった。
ー
時は移り変わってお昼時。次いでに自分用のお弁当も作っていたあなたは、待ち合わせ場所に来ていた。
ただ、約束した彼女はその場にはいなかった。きっと遅れているのだろう。そう思ったあなたは、先に食べていようとお弁当箱を取り出し──
「やぁ、すまないね。遅れてしまって」
背後からの柔らかい感触に、思わずお弁当を落としそうになった。
振り返ってみれば、あなたの乱れる姿が面白かったのか、口元に袖を当てながらクスクスと笑うタキオンの姿があった。
彼女はトレーニング用にジャージではなく、白衣姿でやってきた。研究をしているとだけ聞いていたあなたは、タキオンの白衣はとても似合っていると思う。
「約束通り用意してくれたのかい?」
──まぁ、頼まれたし。
「見せてもらおうじゃないか……って、これはこれは。随分と綺麗に出来ているじゃないか」
──食べさせるものだしね。慣れない間は少しでも綺麗にしようかなって意識したんだ。
ぱかりと蓋を開けたタキオンは、そんな感想を述べた。その目はいつもよりキラキラしているようにも見える。
彼女に箸を渡し、いただきますと言ったあなたとタキオンは、お弁当を食べ始め──
「そうだ、折角だから、君が食べさせてくれよ」
──はい?
「こんな可愛い女の子に食べさせる経験など、そうそう味わえるものじゃないぞ?」
──いやでも、タキオン自分で食べられるでしょ?
そういうと、若干頬を膨らませたタキオンは、渋々といった様子で理由を述べ始めた。
「……実験さ。最近感情が与えるエネルギーについて研究していてね。ただ。あまり羞恥という感情は自分でも味わいたくない。そこでデータ取りと食事を同時に行えれば、効率が良いと思ったんだ」
──なるほど……
彼女の言っている事はよく分からなかったが、とりあえず実験らしい。それならば協力してあげるのが、彼女の為だろう。
でも、自分の箸を使うのはまずい。という事でタキオンの手から箸を取り、自分の弁当を傍に置いた。
「あっ」
──どうしたの?
「な、何でもないさ! さぁ、さぁ!」
やけに気合の入っているタキオン。ぽっと頬を染めた事にも気が付かず、あなたはニンジンを使った金平牛蒡をタキオンの口に運んだ。
ぱくっと可愛らしく口を閉じたタキオンに、思わず心臓が跳ねる。
「……なかなか美味しいじゃないか。才能あるんじゃないか?」
──一応レシピ本見て作ったしね。ニンジンが美味しいってのもあるかもしれない。
「成程……もっと研鑽を重ねれば美味しくなりそうだな」
──またお弁当作るの?
「当たり前じゃないか。これからもずっと作ってもらうからね」
何かぼそぼそと言っていて聞こえなかったが、とりあえずまた弁当を作る事は確定したらしい。まぁ、彼女のお気に召したのであれば、作った甲斐がある。それに褒められた事は嬉しい事だ。
再び目を閉じて口を開けるタキオンは、ふと何かを思い出したのか、持っていた小さいバックから小型の機械を取り出した。
──何それ?
「心拍計だ。持つだけで測れる上、何と数値が上がれば音までなる優れものだよ。折角だから持っててもらおうかなって」
──分かった。
測ってどうするのだろう……そんな疑問は口から出ていかず、心の中に留まる。
まぁ、いつも難しい事を言っているタキオンの事だ。きっとこれも何かに使うのだろう。彼女が悪人ではない事を分かっていたあなたは、タキオンからの申し出に快諾した。
左手に心拍計を持ち右手に箸を持ったあなたは、タキオンにお弁当箱を持ってて貰う。
卵焼きを箸で掴み、目を閉じて口を開けるタキオンに、食べさせてあげた。
ぴーぴーと心拍計から音が鳴る。どうやら恥ずかしくないと思っていたが、体は嘘をつかないらしい。
ただ、タキオンは音に気が付かないのか、美味しそうに頬を緩めているだけだ。
うっとりとした目を開け、そこで気が付いたのか、悪戯っ子の様な笑みを浮かべるタキオン。
「鳴っているけどドキドキしたか?」
──まぁ、そりゃあ……ね。
「そうかそうか。君に持たせた甲斐があったというものだ」
嬉しそうに笑うタキオン。そんな彼女を見てこれで良かったのかと首を傾げていると、ポケットに入れている携帯がぶるりと震えた。
携帯を取り出すと、父親に今すぐ帰ってくる様にとの連絡。
あなたの携帯を覗き込んだタキオンは、少し寂しそうな顔をすると、あなたの手から箸と心拍計を取った。柔らかい彼女の手の感触が、あなたに寂しさを覚えさせた。
「まぁ、ある程度データも取れた。よし、もう大丈夫だ」
──そう? それなら良かったんだけど。
何が参考になるのかは分からないが、満足そうなので良いのだろう。
食べるどころか、ほぼ手の付けていない弁当箱を仕舞おうとして、横から手が伸びた。
タキオンは、仕舞おうとしたはずの弁当箱を掻っ攫い、ぱかりと蓋を開けると、タコさんウィンナーを取った。
「ほら、どうせだから少しぐらい食べたまえ」
──えっ?
「ほらほら、こんな美少女があーんしてくれるんだぞ? 良い機会じゃないか」
思わず恥ずかしくなるあなただったが、タキオンがそう言ってくれているのだ。好意に乗ろう。モテない人生でこんな経験は二度とないのかもしれないのだから。
箸を突き出してくるタキオンに向かって口を開けようとすると、タキオンの真っ赤に染まった顔が映った。
だが、その瞬間に口にねじ込まれたタコさんウィンナー。箸の抜かれる感触と共に口を閉じると、満足そうに頷くタキオンの姿。
「ほらほら、そろそろ行かなければならないのだろう?」
──そうだった! ごめん、タキオン。
「いいさ、君がお弁当を作ってきてくれた時点で、私はもう大満足さ。それにデータも取れたしね」
一緒に彼女とお弁当を食べる事は達成されなかったが、それでも良い思い出ができた。
急いで身支度を終えたあなたは、心に残る寂しさを押し切り立ち上がって──
──タキオン?
「なっ、何でもないさ! 早く行きたまえ!」
箸の先をボーッと見ているタキオン。心なしか幸せそうに見えた。
声をかけると慌てて行くように促された。そんな彼女にさよならとだけ言うと、あなたは学園前に止めてあるトラックの元へと向かった。
そういえば、あなたの耳には、タキオンの握った心拍計の音は聞こえていないようだ。単純に鳴らなかったのか、それとも──
ー
親愛なる君。
すまないね、嘘をついてしまって。
私はあまりこう言う事には疎いのでね。ちょっと騙させてもらったよ。何、私とて初めての経験だ。思った以上だったがね。
勿論あんな方法ではデータは集まらない。というか数値を取って行動させる事で初めてデータとなり得るのに、ただの心拍数を測って何になると思ったのだろう。
君は非常に人を信じやすいのかもしれないな。
……あまりこういうのは私っぽくはないのだが、
側にいてあげた方がいいのかな?
お気に入り1000件ありがとうございます。励みになってます。これからも頑張りますのでよろしくお願いします。
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ミスパーフェクト
この作品初の二部構成です。なので短いです。
因みにこの話の次に続きが必ずしも来るとは限らないので、待っててくれると幸いです。
「よしっ……!」
ダイワスカーレットの朝は早い。
日光を浴びるためにカーテンを開け、尻尾についた癖を櫛で丁寧に直していく。日課となった動きに、迷いはないはず……だった。
だが、今のスカーレットは、誰がどう見ても緊張していた。耳も固まり、起きた時からガチガチなスカーレット。
今日こそ今日こそとぶつぶつ呟くスカーレットが煩いと、同室のウオッカは思う。だが、彼女が今までどれだけ失敗してきたか。妥協の嫌いなスカーレットが妥協しそうになっていた時は、ウオッカが励ました。
幾度の失敗を乗り越えて、今現在がある。ウオッカは寝ぼけ眼だったが、今日こそは成功するのではないかと、ふと思った。
「行くわよアタシ! 絶対にアイツとデ……出かける約束を取り付けるんだから!」
そこはデートって言えよと思うウオッカだった。
ー
最近スカーレットの様子がおかしい。そうあなたは思う。
以前まではよく笑う彼女だったが、近頃はキーキー言っている事が多い。動きも何処かぎこちないし、もしかしたら怪我をしているのかもしれないと不安が過ぎる。
だが、彼女に怪我をしているのかと聞くと、何かを呟いた後に走り去ってしまうのだ。
ううむ、もしかして何かしてしまったのだろうか。今までの行動を振り返るが、笑いかけたり、頭を撫でたり……それぐらいだ。もしかして、下手に触れるのはタブーだっただろうか。心なしか顔も赤くしていたし、怒っていたのかもしれない。
今日怒っていたら謝ろう。そう思いつつ、ニンジンを運んでいく。
運び終えたあなたは、今日はスカーレットはいないのかと思い、辺りを見渡すと、木の影に見慣れたツインテールが──
いや、気が付いていないふりをしてあげよう。
「お、おはよう! 良い天気ね!」
──おはようスカーレット。もう昼だけど。
「細かい事は良いのよっ!!」
ぴこぴこと耳を動かしながら、スカーレットは言う。
そのまま「来なさい!」と言われ、ベンチに腰をかけるように指示をされる。
とりあえず言われるがままに座るが、肝心のスカーレットは座らないようだ。
──隣、空いてるよ?
「分かってるわよ! 心の準備が必要なの!!」
心の準備とは一体。と思っていると、勢い良くスカーレットが座った。
そのまま彼女に目を向けるが、やっぱりいつも通りぎこちない。やっぱりどこか──
「今日もニンジン運んでたの?」
──え? まぁ、それが仕事だからね。
「ふぅん、いつもお疲れ様」
──ありがとう。
そっぽを向いたままであるが、労ってくれるスカーレットに感謝の言葉を告げるあなた。
余談ではあるが、尻尾と耳が激しく動いていたらしい。どんな意味があるかは知らないが。
「……ねぇ、一つ聞いても良い?」
──どうしたの?
「アンタってニンジンが好きなの? そ、それとも──
──いや、ニンジンは実はあんまり好きじゃないんだ。
「ほぇ?」
ニンジンが好きではないことを告げると、呆けた様な声を漏らすスカーレット。
恥ずかしさからか頬を染めたスカーレットに気が付かず、あなたは語り始める。
──元々は、ウマ娘達の力になりたかったんだ。僕が塞ぎ込んでた時、必死に走って、喜んで悔しがるウマ娘達を見て、僕も何か出来ないかって思ったんだ。
「それでニンジンを……」
──だからまぁ、自分の好物を作るんじゃなくて、ウマ娘達の好物を作りたかった。それで少しでも速く、そして美味しく食べてくれれば良いなって。
「……そ、それじゃあさ。もしも、もしもよ」
ぽつぽつとスカーレットは言葉を紡ぐ。
耳はぴたりと止まり、不安そうな彼女の顔があなたの目に飛び込んできた。
きっと、何か大事な事を言おうとしているのだ。思わず背に力が入る。
「アンタはニンジンが作れなくなったら、どうするの?」
──その時はお客さんとしてレースを見に行くさ。応援したいからね。
「でも、こうやって話す事は──
──出来ないね。トレーナーになる選択もあったけど、僕には才能が無かったから。
スカーレットはそれを妥協だとは思わなかった。
トレーナーの才能がないから、必死にニンジン作りに励んだ。一体どれ程の人間が、そんな事を成し遂げられるだろうか。ニンジン作りだって茨の道だった筈だ。
だから、スカーレットはあなたの事を好いた。
──そういえば、今更なんだけどさ。もう直学園には来られなくなるんだ。
ふと思いだしたついでに、仲の良かったスカーレットに言う。
「……え?」
スカーレットは先程とは違い、重くそして不安そうな声色で声を出した。顔が心なしか青い気がする。
──僕も結構忙しくて。代わりに運んでくれる人が見つかったんだ。
「…………」
──そうすればもっと改良出来るかもしれないし、もっと雇って拡大させる事も出来る。そうすれば──
「……だ」
──へ? す、スカーレット?
「嫌だっ!!!」
がばりと顔を上げて、あなたの手を掴むスカーレット。その目には涙が溜まっていた。
何が嫌だと言うのか。あなたは持ち前の鈍さを発揮していた。
「どうして急に言うのよ! そんなの……心の準備が出来てないわよ!!」
涙を溜めたスカーレットは、何かを決心したかの様に、立ち上がってあなたの事を指差した。
「約束よ!!!!」
有無を言わさない彼女の勢いに、押し負けたのか頷くあなた。
「今度の休みの日。私とデートして」
──で、デート?
「そう。朝早くに待ち合わせして。買い物をして。美味しいものを食べて」
「一緒に夕焼けを見るの」
美しく笑う彼女の顔が目に焼き付く。
年相応ではない背伸びした表情に、思わずあなたの心臓が跳ねる。頬が熱くなった。
手を優しく握り、心からの約束にあなたは頷いた。
「それじゃあ約束よ!」
ぱっとあなたから手を離し、離れていくスカーレット。
彼女の温もりが、空に溶けていく。あなたはそれがとても寂しく感じた。
「アンタのこと、絶対に諦めないんだからっ!」
ー
愛しいアイツ。
気が付けば好きになっていた。
ひたむきな姿勢。どんなに苦難があっても諦めない心持ちに惹かれたのかもしれないわね。
前々からで、デートに誘おうとしてたけど、恥ずかしかったし……って、ウオッカ! 何笑ってるのよ!!!
……まぁ良いわ。って良くないのよ。どうやらもうそろそろ来れなくなるって言うじゃない。
そんなの許さないわ。まだ、アイツにアタシを知ってもらってないもの。
まだ、アイツの笑顔を見ていたい。
まだ、アイツの声を聞いていたい。
まだ、アイツの温もりを感じていたい。
まだ、アイツと離れたくない。
その為のデートよ。
アタシを刻んで、知ってもらって。
絶対に忘れられない存在にして。
離れても絶対に迎えに来てもらうんだから!
続きを書くか、新しいウマ娘を書くかは気分です。
感想やリクエストはTwitterでも受け付けてます。リプでもDMでも大丈夫です。フォローしてくれるとやる気が湧きます。
後、私用で申し訳ないのですが、金曜日がダントツで忙しく、更新できない可能性の方が高いです。今回はTwitterで告知しても明らかにこちらの方が見ている方が多いので、寝ぼけ眼を擦りながら必死に書きました。なのでちょっと短めです。後で加筆もするかもしれないです。
なので金曜日に更新されるかどうかは、下記のURL先のTwitterを見てくださると幸いです。更新前には必ず予約投稿のツイートをするので、21時までにツイートがなかった場合は更新がないと思って下さって大丈夫です。
ご迷惑をお掛けしますが、これからも拙作をよろしくお願いします。
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名優
「〜ですの」と「〜の」は結構違うけど、「〜の」の方が本心が出てるっぽくていいよね。
因みに過去一難しかったです。
ティーカップを揺らす。ゆらりと紅茶が、カップの側面をなぞる様に撓んだ。
落ち着かない。あなたの感想は一択であった。いつもならば実家の縁側。自室、そして畑にしかいないあなた。
そんなあなたが、優雅なティータイムなど、自分でも似合わないと思う。全く知らない植物が生い茂る植物園の様な場所。
どうやらメジロ家の私有しているものらしく、彼女の家が改めて大きいのだと知る。
そんなあなたを誘った彼女、メジロマックイーンは、苺の乗ったショートケーキの先端を、フォークで切っていた。
「って、話聞いてますの?」
──う、ごめん。中々落ち着かなくて。
「全く、そんなに緊張しなくても、ここには私とあなたしかいませんから」
だから緊張するんじゃないか。そんなあなたの言葉は出てこなかった。
せめて誰かいれば、ある程度は解れたかもしれないのに、燕尾服を着た執事の様な人は、マックイーンが帰してしまった。
彼女は小さく切ったケーキを口に入れ、その美味しいに頬を緩めた。落ちそうなほっぺたを押さえながら。
そういえばどうしてあなたが呼ばれたのだろうか。呼ばれたというか、ほぼ強制という言い方だったが、別段予定もなかったし……
「最近の調子はどうですの?」
──最近? まぁ調子はいいかな。ニンジンも問題ないし。
「それは良かったですわ。あのニンジンは、ケーキの様に甘く、それでもって健康にも良い。感謝してますわ」
──まぁ、それでもケーキには勝てないけどね。
そんな事を言いつつ、あなたは目の前に置かれたケーキを食べた。
甘い。いや、甘いだけじゃない。クリームの味、そしてスポンジが見事にマッチしている。それに上に乗っている苺も、クリームに負けない程甘い。
とても上品で美味しいケーキ。はて、益々分からなくなってきた。どうしてあなたが呼ばれたのか。頭を捻ってみるが、あなたには予想がつかない。
「あなたには言ってなかったけれど、実はあなたの研究にメジロ家が投資してますのよ?」
──えっ、もしかしてあの多額の投資は。
「そう、私がおばあさまに言いましたの」
勿論あなたの努力が大半を占めるその功績。だが、投資がなければ達成出来ていなかったのは事実だ。
研究初期、資金難に陥っていたあなたを助けたのは、何処からともなく舞い降りたお金であった。
マックイーンの指示だと聞き、驚くあなた。それに、あの頃は無名であったはずだ。今でこそ名の売れたあなたであったが、昔はただの土いじりをしている若者という認識しかされてなかった。
──何故、僕に?
「ふふっ、噂を聞きましたのよ」
──噂?
「ええ。無理だって言われた事をやり続けるお馬鹿さんがいるって」
間違いなくあなただ。
ニンジンを甘く、そして健康に良く。どんな料理をしても合う様な素晴らしいニンジンを作るなんて、物語でも書けばいいのにと馬鹿にされたことがあった。無理だと周りから言われ、まだ夢を見ているのかと罵られた事もあった。
でも、不可能はないって思っていた。奇跡は起きるんだって信じていた。その結果が、現在だ。
「そんなあなたの噂を聞いて、きっと出来ると。何となく……いや、確信しましたの」
──そのおかげで美味しいニンジンを作れたよ。
「えぇ、あなたは不可能だと言われた事を可能にした。奇跡を起こした」
ティーカップとソーサーがかちゃりと、音を立てて置かれる。
紅茶を口に含み、マックイーンはいつになく真剣な顔であなたを見つめた。
「私、もう走れないかもしれません」
──えっ……?
あなたは自分の耳を疑った。
「繋靭帯炎を患ってしまって……今では立つ事も難しいから」
──そんな……
「そんな悲しい顔をしないで下さいな」
決死の覚悟と言った表情であなたに告げるマックイーン。
今でも痛むのかもしれない。こうしている間にもかなりの激痛が、彼女を襲っているのかもしれない。
それでも毅然とした態度で、あなたに臨むマックイーン。
「もう無理だと。諦めようとした時、あなたの事を思い出しましたの」
──僕?
「えぇ、何の変哲もない学生が、非常識を常識に変えた様を。不可能を可能にして、奇跡を起こしたその物語を」
そう言われると恥ずかしいが、事実だ。
「努力を重ねて、何処からかの支援もあって。あなたは遂に成し遂げた」
──そうだね。マックイーンには感謝してるよ。
「ならば、私も奇跡を起こしましょう」
「痛みで辞めたくなるかもしれません。辛くて、諦めるかもしれません。それでも、私は走りたいと思った」
マックイーンの気持ちが伝わってくる。辞めたくない。諦めたくない。
「奇跡は、それを望み奮起した者の元に届きます。だって、あなたがそう教えてくれたから」
──マックイーン……
思わず言葉が漏れる。その表情は、あなたが見てきた誰よりも美しかったから。
「だから、あなたには助けて欲しいの」
──助ける?
首を傾げると、マックイーンはふわっと笑った。
「えぇ、私が、メジロ家があなたに投資をした様に。今度はあなたが私を助けて」
──でも、僕には何も──
「違うの。あなたがいいの」
──僕が?
ちょっぴりだけ朱に染まるマックイーンのほっぺた。
テーブル越しに手が差し出される。トレーニングの過酷さの伝わる、可愛らしい手だ。
「あなたがいてくれたらそれでいいの。何か…… いや、それはまだ早いですわマックイーン! 」
──?
「こほん! 決して何か特別な事をして欲しい訳じゃありませんの」
一気に染まる頬を見て首を傾げるが、咳払いと共に彼女の調子が戻ってくる。
差し出された手が、あなたに近づいてくる。
「私の側で笑ってくれれば、一緒に話してくれれば、きっと私も頑張れると思うから……」
儚げに笑うマックイーン。あなたは此処でその手を取らないと。彼女が消えてしまいそうだった。
ただ、テーブル越しはあまりにも遠い。手は確かに伸ばせば届く。ただ、違う。マックイーンが手を伸ばして得る物は、あなたではない。奇跡が寄り添った勝利ではならない。
だから、あなたは席から立ち、マックイーンの側に寄った。
そして驚いた表情のマックイーンの手を取る。緊張が顔に表れていたのか、くすりと笑うマックイーン。
「ふふっ、もしかして緊張してますの?」
──当たり前だよ。だって手を握るのだって初めてだし。
「大丈夫ですわ」
そう言ったマックイーンは恥ずかしそうに笑った。
「だって、私もですから」
そう言ったマックイーンの手は温かった。
ー
最愛のあなた。
初めは唯の夢を見ている人かと。
ただ、夢を見るのと夢を叶えるのでは違う。私はそんな叶えたあなたに惹かれたのかもしれません。
いつしかあなたの姿勢に、そしてその笑顔に、私は虜になっていましたの……って何を言わせるんですのゴールドシップ!!
何々? その内このビデオを見せるって……駄目! 消しなさい!
だって恥ずかしいんですもの。それにメジロ家として、気品溢れる立ち振る舞いをしなければなりませんから。
でも、もしも。
そんな関係になったとして。あなたが望むのであれば。
メジロ家の一員ではなく、
あなたのマックイーンとして、寄り添いますわ。
日間一位感謝。これも読者の皆様のおかげです。ありがとうございます。
次は同作品一位を目指して頑張ります。
因みに感謝の課金をしたらテイオーが出ました。しかも前衣装。
書けば出るので、みんなでウマ娘二次増やしていくぞ
フォローや読了ツイートありがたいです。また、感想やリクエストはTwitterリプやDMでも大丈夫なので、どんどん送ってくれるとモチベが上がります。
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ミスパーフェクト 〜After〜
ツンデレキャラを書くのは7年書いてきて初めてだったりします。
──よしっ。
デートに誘われたあなたは、鏡の前で気合を入れた。
あの後、直ぐにお洒落な友人に頼み、マシな格好にしてもらった。そこそこの額は財布から消えていったが、仕方がない。酷い格好で向かえば、自分だけでなく彼女にも恥をかかす。そんなわけにはいかない。
緊張が身体を突き抜けていく。だが、彼女はきっと楽しみに待っている筈だ。
デートプランも考え、出来るだけ彼女の意思を尊重しよう。そんな事をぶつぶつと呟きながら、あなたは待ち合わせ場所へと向かった。
ー
余程早く来てしまったらしい。待ち合わせ場所に彼女の姿は無く、あなたは薄型の携帯を取り出して暇潰しを始めた。が、どうにも集中できない。
人生初デート。それはあなたに想像以上に重くのしかかっていた。
ただ、今日の役目はスカーレットを楽しませること。それだけを念頭に置いていれば良いのだ。
「おまたせっ!」
若干急いだ様子のスカーレットが、あなたに声をかけた。フリルのついた白いブラウスに、青いチェックのロングスカート。
豊満な胸が揺れ、思わず目を奪われそうになるが、胸への視線は女性は感じるから見るなとの助言を思い出す。
破顔一笑。笑顔であなたの側に駆け寄ったスカーレット。
「ごめんっ……ってもしかして、結構早く来てた」
──ちょっと緊張しちゃってね。
「そ、そう…… アタシで緊張してくれたんだ……えへへ」
──スカーレット?
「な、何でもないわよ! ほらっ!」
顔を赤くしながらそっぽを向くスカーレット。そんな彼女から差し出された手。
あなたはそんな彼女の手を握った。が、うまく握れず、手と手が何度も絡み合う。スカーレットの方もどうやって握ればいいのか。いや、そうではない。
あの握り方をして良いのか。それだけがあなたを支配していた。
それでも、あなたは握るべきだと思った。彼女が一番喜ぶ。そして、現状から一歩進む為に。
「えっ……」
──行こう。スカーレット。
「う、うん! 行きましょっ!!」
恥ずかしそうにしながらも、満面の笑みを浮かべた彼女。
恋人繋ぎの手をチラッと見た彼女は嬉しそうな表情を浮かべていた。
頭の中で練っていたデートプランを思い返しつつ、あなたは覚悟を決めた。
ー
ブティックでは。
「ほ、ほらっ! アンタはこっちの方が似合うんじゃない?」
──そうかな。じゃあ着てみるよ。
「ふへへ……」
──スカーレット?
「なっ、何でもないわよ! さっさと買って来なさい!」
彼女の選んだ服を買い。
「ど、どうかな……」
──可愛いよ。
「そ、そう? じゃあこれにしようかな。アンタが可愛いって言うなら……」
ぽしょぽしょと顔を赤らめながらいう彼女に、服を買ってあげたり。
何度も何度も手を絡めあいながら、ぎこちなさが滲み出ても、手を繋ぐ。
何度も見た笑顔。いつしかあなたはスカーレットから目が離せなくなっていた。
可愛いと言われて嬉しそうに笑うスカーレット。
クレーンゲームで落とし、悔しそうにするスカーレット。
美味しい食事に頬を緩ませるスカーレット。
それでも、どんな事があっても彼女はあなたに笑いかけていた。
そして気が付けば日が沈み始め、あなたはデートプランの最後。遊園地の観覧車に来ていた。
正午から入った遊園地も、気が付けば少しずつ人が減り、いつしかカップルの方が目立つようになって来た。
そんなカップルと遜色ない状態に、あなたは改めて彼女とデートしているのだと理解した。
学園の事。レースの事。そんな他愛の無い話をしながら、あなたは彼女と観覧車へと向かう。
──乗ろうか。
「……うん。これで最後なのよね」
──そうだね。時間的にもこれで最後かな。
寂しそうに笑いかけながら、スカーレットとあなたは観覧車に乗った。
扉がゆっくりと閉まり、ゆっくりと浮上し始めた。
空に浮く感覚に2人で驚きながら、そんな顔を見て2人でくすりと笑った。
夕焼けが差し込む。
そろそろ、本番にして終盤だ。心臓が跳ねる。
「ねぇ」
──えっと……
言葉が被る。
ここはスカーレットに譲ろう。
そう告げると、短く感謝の言葉を述べつつ、スカーレットはぽつりぽつりと話し始めた。
「今日はありがとう。アタシの我儘に付き合ってくれて」
──いや、僕も楽しかったよ。
「そう? それならよかったんだけど……」
いつに無く弱気なスカーレット。
儚げな表情は、沈もうとしている夕陽へと注がれていた。
「アンタがもう学園に来なくなる……もう会えなくなるって思ったから、少しでも思い出を作りたくてね」
──スカーレット……
「アンタのことを絶対に諦めたくないって思った。どんな事をしてでも迎えに来てもらう。それぐらいアタシを見て欲しかった」
目に涙が溜まっていた。
「これからアンタはもっと色々な人に関わって、きっとアタシより可愛い子なんていっぱい現れる」
「でもね、もしもアタシが好きなら……きっと迎えに来てくれる、そう思って今日はデートに誘ったの」
スカーレットは迎えに来て欲しかった。誰でもないあなたに。スカーレットが好きなあなたに。
だが、あなたはこれからどんどん忙しくなる。トレセン学園にも来れなくなる。そして、きっとスカーレットを忘れてしまう。その為に思い出作りとしてスカーレットはあなたをデートに誘ったのだ。
もし、他に出会って。それでもスカーレットが好きならば、忘れられないのであれば迎えに来てくれる様にと。
スカーレットの番は終わった。次はあなたが、彼女に想いを告げる番だ。
──誘ってくれてありがとう。
「ううん、こちらこそ来てくれてありがとう」
──今日は楽しかった。スカーレットの色々な表情が見れたしね。
「なっ、忘れっ……て欲しくはないわよ」
どんどん下がるスカーレットの声。
そんな彼女の手を奪った。決して離さないように、痛くないほどの力を込めて。
──多分これから僕は忙しくなる。仕事も増えて、会える日も減る。
「そうよね……」
──それでも、僕はスカーレットに会いたい。
「えっ?」
──はっきりと言うよ。
待ち望んでいた言葉。スカーレットはその言葉を察し、彼女の目から涙がツゥーと流れる。
意を決した。心に決めた。彼女が好きだって。あなたは口を開いた。
──スカーレット、好きだよ。
「嘘……」
──嘘じゃない。笑った表情も、怒った表情も。走ってる姿も、全部好きだ。
「でも、これから忙しくなるんでしょ! きっとアタシの事なんて──
──忘れない。忘れるはずが無い。
もうスカーレットは涙でボロボロだった。綺麗な顔が歓喜の涙で埋まっていく。
──だって、スカーレットが一番好きだから。
「アタシでいいの? だってそんなに可愛くないし、素直じゃないし……だってほら、もっと他に素直で可愛い子なんていっぱい……」
自虐の止まらない彼女。
ふと、友人のアドバイスを思い出した。こういう時は、幸せで自分が信じられなくなっているからと。だから、あなたの取る行動は一つだと。
対面に座る彼女の体を抱きしめた。ふわりと香る歓喜の匂い。驚いた様に反応した彼女の体も、それが嘘ではないと実感する様にゆっくりとあなたの背中に手を回した。
──スカーレットがいいんだ。
「好きっ……! 大好きっっ!!!」
彼女の温もりが、あなたを支配する。
ガラスから差した緋色の光が、あなたとスカーレットを包み込んだ。
「いっぱい喧嘩するかもしれない」
──その時は一緒に謝ろう。
「しばらく会えないかもしれない」
──それ以上に愛すよ。
「もう離さないわよ」
──僕も離さないよ。
「ねぇ、あなた」
──何? スカーレット。
僅かに離し、あなたとスカーレットの目線が合う。潤んだ彼女の目があなたをずっと見据えていた。
そして距離が縮まる。鼻と鼻がぶつかる様な距離まで──
「だーいすきっ!!」
ダスカ編はこれで終わりかな。ありがとうございました。気が変わったらダスカ書くかもしれないです。個人的に一番推しなので。
Twitterでも感想及びリクエスト受け付けてます。誤字報告もものすごく助かってます。また、フォローもありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
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超光速のプリンセス 〜誕生日〜
タキオン誕生日おめでとう。という事でタキオン編です。
今日は四月十三日。タキオンの誕生日だ。去年は聞いた時には既に過ぎており、お祝いのできなかったあなただったが、今度こそは祝ってみせようと意気揚々と臨むあなた。
だが、タキオンの好みは分からない。一年間仲の良かったあなただったが、タキオンが好きなものといえば実験とお弁当ぐらい。お弁当はいつも作って行ってるし、趣味嗜好を変えたとしても、お弁当の範囲は超えないだろう。それでは誕生日の特別感がない。
うむむ、困った。
「で、君は酔狂になってしまったと」
──酔狂とは失礼な。
「だって、自分を好きにしていいなんて。小説の中ですらあまり見た事がないぞ?」
結論から言えば、あなたは自分を好きにして良いとタキオンに言った。勿論、タキオンの実験台。そしてご飯を作ることや物を運ぶ事など全てをひっくるめての発言だ。
これならばお弁当を超え、そして何でもする男が1人現れた。誕生日には相応しいのでは? と思った次第。
いやいや、可愛いものとかあるだろう。タキオンに似合うアクセサリーとか。でもあなたは、その様な物をあげても喜ばないのではと一抹の不安があった。
「はぁ……とりあえず確認だ。
──うん、大丈夫。
「私は学園内ではあまり好まれないマッドサイエンティストだぞ? 君にどんな薬やらを飲ませるか、何をするかも分からないぞ?」
──だって、タキオンはそんな事しないって信じてるから。
タキオンが唾を飲んだ。
きゅっと赤くなった顔を隠す様に咳払いをし、タキオンは白衣のポケットから小さな瓶を取り出した。
中にはピンク色の液体が入っている。タキオンが傾けると、粘性が高いのかゆっくりとガラスの壁面を流れていく。
もしかして劇薬では? この提案は不味かったかと思うあなた。
一方のタキオンも、これを渡そうか迷っているのか、あなたに差し出せないでいた。
──それは?
「…………一種の自白剤の様な物だ。効果は既に実験済み。ただ他にもデータは欲しいのだよ」
──なるほど、分かった。
「本当に分かっているのかい? 君はこれから質問された事に対して隠せなくなる。秘密のニンジンの製法だって聞き放題だぞ?」
──いいよ。そもそもタキオンには隠し事なんてないし。君が知りたいのなら、教えるよ。タキオンは悪用しないって分かるから。
「……全く君には敵わないな」
タキオンはやれやれと言わんばかりに首を振る。刹那、決意を目に宿らせた。
そして瓶の蓋をくるりと開け、そしてタキオンは自分自身の口の中に液体を流した。
当然あなたが飲むと思っていた。突然の行動に驚きを隠せない。
──なんで?
「ふふっ、君になら全てを曝け出してもいいって思ったからさ。おっと、一つだけ忠告だ。よく聞いてくれ」
──何?
「私が何を言っても、君は受けて入れてくれるかい?」
──勿論だとも。
「そうか……っ」
くらりとタキオンの体が揺れる。
風に靡く白衣を目にし、あなたは慌ててタキオンの体を支えた。細身だが、しっかりと鍛えられた体だ。とても自室にこもっている様な体つきではない。
すると、タキオンは、あなたの首の後ろまで手を回した。立ちながら行うその様子は、抱きついている様に見える筈だ。
──大丈夫?
「ああ……ふふ、こんな気持ちになるんだな。すっきりとした世界だ。思考もまとまる。君への気持ちもはっきりと分かる」
──タキオン?
「おっと失礼、君を置いてけぼりにしてしまった様だ。さて、それじゃあ……いつマイホームを買おうか」
──タキオン?????
話の意図が分からない。マイホーム? 何の話だろうか。
するとタキオンは、分からないと言わんばかりに首を傾げるあなたを不機嫌に思ったのか、可愛らしくぷくーっと頬を膨らませて話し始めた。
「むぅ……いきなりはダメか。私が研究して、君がご飯を作る。常に同じいる空間にいる幸せ。呼んだら君が来てくれる幸せ。私は良いと思ったんだけどな」
──ねぇ、タキオン。さっき飲んだ薬について教えて。
タキオンが言っていた通り自白剤の様な物であるのならば、きっと質問した事は全て教えてくれる筈だ。今日のあなたは何故か冴えていた。
「さっき飲んだのは、私が作った素直になれる薬だよ。スカーレット君に試したら結構上手くいってね」
──それでマイホームってのは?
「聞かなくても分かるだろう? 私と君の愛の巣だよ」
あっけらかんと言うタキオンに、思わず顔が熱くなる。
素直になる薬と言ったが、ここまで直球に来ると心臓に悪い。タキオンは何がいけないのかと首を傾げているほどだ。
だが、これがタキオンが考えている事だと言うのは明白だった。
「ふふふ、考えるだけでも幸せだ。だけれども、順序は踏まないといけないね、失敬失敬。君といるのが幸せすぎて、思わず過程を飛ばしてしまった様だ」
──過程?
「そうだとも。まずはそうだな、君からプロポーズしてくれ。勿論私からでも良いのだが、私は包まれる方が好きだ。受け身でありたいのだよ」
なんだろう。
「そしてだ。研究を一緒にやるのも良いな。いや、お洒落なカフェでのんびりと話すのも良いな。うーん、君が好きなのを選んでくれ」
今日のタキオンは甘い。ものすっごく甘い。
「君が好きならば、私も好きな筈だ。だってそうだろう?」
──そうかな。
「そうだとも。だって君は私が好きな人なんだから、当たり前だろう?」
予期せぬ言葉に思わず詰まるあなた。
タキオンは言葉を重ねると、少しずつ抱擁を強くしていく。ぎゅっと離れないぞという意思がひしひしと伝わってくる。
彼女の甘い吐息が首に掛かる。
「ふふ、好きだぞ」
「この時間がずっと続けば、私は何て幸せなんだろうか」
いつもらしく理性のないタキオンの姿。
これが、この言葉全てがタキオンが今まで留めていたもの。彼女が一体どんな気持ちでいつもあなたを待っていたのか。彼女に聞かなくても明白であった。
「ぎゅっとして?」
──分かった。
「あぁ、君の熱を感じるよ。私が思っていたよりもずっと温かい。うん、このまま君に連れ去ってもらいたいね。私はプリンセスなのだから」
──連れ去るって。悪役っぽいね。
「勿論悪役からさ。お姫様抱っこで、愛の逃避行も悪くない」
だが。と言葉を続けるタキオン。心なしか頬が赤い。
タキオンの熱が離れる。とっとっと、そんな音を鳴らしながら、タキオンは一歩二歩と後ろに下がった。
笑みを浮かべたタキオンは、あなたに向かって
「……そろそろ行かないとね」
──お誕生日おめでとう。
「あぁ、気持ちは受け取ったさ」
くすくすと笑うタキオンに、あなたは何故か安心感を感じた。
それから恥ずかしそうに体を縮こませると、タキオンはぽしょりと口を開いた。
「君が好きだよ」
そんな言葉が風に乗ってあなたに運ばれてくる。いつもならば聞き逃す筈のそれを、あなたは聞いていた。
だから、あなたは声で返すのではなく、思いで返した。
口を開き、口パクで返事を返す。
受け取ったタキオンは、羞恥に頬を染めながらも、幸せそうな表情を浮かべて帰って行った。
タキオンはその言葉を噛み締める様に、ゆっくり、ゆっくりと歩く。
寂しさと幸せを噛み締めて。
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驀進王 〜誕生日〜
遅れました(1敗
バクシンオーはまだ普通には書いてませんが、今日はお誕生日なので。
今日は待ちに待ったバクシンオーの誕生日である。
学級委員長である彼女はきっと多くのウマ娘からお祝いされているだろうが、それはあなたがお祝いしない理由にはならない。
バクシンオーは何が欲しいのか。そう考えたあなたは一つの結論に辿り着いた。
「それで今日ここに来たという訳ですか!」
──うん、勝手に買って合わなかったら大問題だし。
バクシンオーとやって来たのは練習用のシューズショップ。走る事が大好きなウマ娘達だが、バクシンオーはイメージ的に良く走っている気がする。「バクシン! バクシン!」とか言いながら。
そんな想像をしたあなたは、休日に2人っきりで出かける用事をした。快諾したバクシンオーの手を引っ張り、そしてここへやってきたという訳である。
「ふむふむ……こういうのはよく分からないですが、とりあえず履いてみましょう!!」
──分からないの?
「勿論ですとも!」
何故彼女は得意げなのだろうか。因みに彼女のトレーナーから、分からないと言った時用にこれが良いというのを伺っている。心配が勝ったのだろうが、あなた的には感謝しかない。
たったったと店に入って行き、物色を始めるバクシンオー。ふむふむと言いながら見て回っているが、本当によく分かってなさそうだ。それは長距離用のシューズではないのだろうか。
素人のあなたよりも分かっていなさそうなバクシンオー。下手なのを選ばれても、履かずに眠るのでは買うあなたも寂しいので、トレーナーのメモを頼りに選ぶ事にした。
──バクシンオー。
「おやっ、どうしました?」
──折角だから、僕が選ぶよ。幾つか選ぶから、走りやすかったのを選んで欲しい。
「成程! それではお任せしましょう!!」
よし、とりあえず選ぼう。
デザイン……は置いといて、とりあえず機能性からだ。
バクシンオーは短距離。そして逃げを得意としている。
あなたはバクシンオーの手を引っ張り、短距離シューズのコーナーへと進んだ。
「あのっ」
──? どうしたの、バクシンオー。
「い、いえっ! とりあえず向かいましょう!!」
「落ち着くのです……私は学級委員長学級委員長……
」
ぶつぶつと呟くなんて彼女らしくない。と思いつつ進んで行くと、辿り着いた。
様々なバリエーションの靴が置いてあり、カラーリングも多種多様であった。
ピンクなんてバクシンオーに似合うななんて思いつつ、あなたは候補を選ぶ。
──ほらっ、どう?
「……なんだかよく分からないので、履いてみましょう!」
──そう言うと思った。
あなたは店の店員さんに断り、店の外にある試走コーナーへと向かった。
他のウマ娘はいなく、広いトラックはあなたとバクシンオーしかいない。
芝の生えたトラックに、ピンク色のシューズを履いたバクシンオーが入る。
──どう? 履き心地は。
「結構良いですね! まぁ、走ってみないと分かりませんが!」
──それじゃあ短くで良いから走ってみて。
「分かりました! バクシ──ン!!!!!」
大地を蹴り、バクシンオーが駆け出す。
彼女から出たとは思えない振動があなたに伝わる。言葉通りの驀進王。あなたはその光景に圧倒されていた。
いつもの可愛らしく元気な彼女からは見れない様な真剣な表情を浮かべ、バクシンオーは戻ってきた。
あっという間だった。
──どう?
「結構走りやすいですね! うん、これにしましょう!」
──えっ、それで良いの?
「勿論ですとも。だってあなたが選んでくれましたから!」
彼女の笑顔が飛び込んでくる。思わず熱くなった顔を隠す様に、口元を押さえていると、バクシンオーも自分の発言に気が付いたのか、顔を赤くさせてぽそぽそと呟いていた。
気まずい時間が流れる。双方羞恥に顔を染め、次の話が切り出せない。
先に口を開いたのは、バクシンオーであった。
「とととと、とりあえず! これを買いましょう!」
──そ、そうだね。それじゃあお会計に向かおうか。
「えぇ! そうしましょ──
刹那、バクシンオーの言葉が途切れた。あなたが振り返ると、バランスを崩したバクシンオーが、顔面から地面に向かっている。
まずい、怪我をしては彼女の選手生命に関わる。些細な事から怪我に繋がる。大袈裟かもしれないが、それほどあなたにとってバクシンオーの走りが見れなくなることは、悲しかった。
だから、いつにない速さで彼女の元へ。そして転ぶバクシンオーの体を抱え、そして共に地面に倒れ込んだ。
鈍痛が背中に走るが、無事に彼女の怪我は防げたらしい。迫る衝撃に備えていたのか、キュッと桜色の目を瞑ったバクシンオーは、来るはずのものが来ない事を不思議に思って目を開けた。
「あっ」
彼女の吐息混じりの声が聞こえる。
ふわっと温かい風が包み込む。バクシンオーとあなたの距離は、僅かになっていた。
あなたにはバクシンオーの可愛さと美しさを兼ね備えた顔が、そしてバクシンオーにはあなたの顔が。
ちょっと上から押されて仕舞えば、口と口がくっつくことも辞さない距離感。誰も見ていないからこそ、許された距離感だった。
あたりの音が消えた様な気がした。
「あの……」
──ご、ごめん。直ぐに立たせるから──
「いえ、なんだか不思議ですね」
──えっと……
「どうしてこんなにも心が温かいのでしょうか。手を繋いだ時も、あなたは気が付いてはおりませんでしたが、私は……」
──バクシンオー、とりあえずこの体勢は。
頑なに退こうとしないバクシンオー。
どうしたのだろうか。
「ドキドキしてました。こんな感情は初めてです」
──バクシンオー……
あなたはバクシンオーを地べたに座らせ、そして彼女の隣に座った。ぺたりと可愛らしく座る彼女は、いつものバクシンオーっぽくない。
「いつもは学級委員長として、頑張ってきました。でも、ずっと気を張っているのも、中々疲れるんですよっ」
だから。と、彼女は言葉を続ける。
「今日は、今日だけは頼れる学級委員長のサクラバクシンオーは辞めにして……」
「あなただけのサクラバクシンオーになってはダメですか?」
潤んだ目があなたを貫く。
「なーんて、まだ言えませんねっ!!!!」
──え?
「まだ、未熟者ですから!」
そう言った彼女の顔に浮かぶ残念そうな表情。
だが、それも一瞬の内に消え、満面の笑みがあなたに向けられる。
「さて。それでは今度こそお会計に向かいましょう!!!」
バクシンオーに促されるままに立ち上がるあなた。先程までの弱々しいバクシンオーの姿はなく、いつもの頼れる学級委員長の姿があった。
そしてぎゅっとあなたの手を握ると、バクシンオーは走り始めた。
「バクシンバクシィィィン!!!」
──待って手を繋いだままだとまず──
弱さを少し見せる学級委員長でした。
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黄金の不沈艦
お待たせしました。
机作ったりひぃひぃ言ってて遅れました。
ちなみに難産です(いつも通り
トレセン学園は景色が良い。
ニンジンを運び、暫く経ったあなたが見つけた小さな秘密だ。特に夕陽が地上を照らす日なんて。きっと、その光景はちっぽけかもしれないが、忘れられないものになるだろう。
あなたはそんな秘密を抱え。今日も疲れた体を癒す様に、その光を浴びていた。汚れた作業着が際立ち、あなたがそこにいるのだと再確認させてくれる。
コツコツコツ。そんな音が背後から響く。既にトレーニングを積んでいたウマ娘達は寮に帰っているはずだ。では、一体誰だろう。
振り返ってみると、そこにはまごう事なき美女が立っていた。白く輝く髪を下ろし、ゆっくりと寄ってくる彼女。頭を見るとウマ耳が。生徒だろうか。いや、長く通っているが見た事はない。
大人の優雅な雰囲気を携えたまま、彼女はあなたの隣に立った。そして、沈んで行く夕陽を見る。別れを告げる様に落ちて行くそれを見ながら、彼女は此方を向いて笑った。
爆笑でも嘲笑でもない。ただただ、ふふっと優美に笑う。あなたはそれが非常に──
──ってゴルシちゃん。どうしたの。
「…………はて、生憎ですが
──いやいや、どう見てもゴルシちゃんじゃん。
たらりと額の汗が流れる美女……もといゴルシちゃん。
きっとなんかの悪戯なのだろう。他のウマ娘と違い、破天荒で賢いゴルシちゃんだからこそ、あなたは悪戯の線を疑わなかった。
見抜かれた。騙せないと感じ取ったのか、儚げな雰囲気を崩し、いつも通りの色が戻ってくる。
長いため息を吐くと、どんよりとした顔を此方に向けてくる。
「どーしてわかったんだよぉ……結構自信あったぞ?」
──まぁ、ゴルシちゃんだし。
「くっそー! だぁああぁぁ……」
実は何度も悪戯されているが、そのたびにあなたは飄々と切り抜けてきた。
その度にゴルシちゃんは悔しそうに顔を歪めるのだが、ふと気になる。
何故、こんなにもしつこく悪戯を仕掛けてくるのか。
──そういえばなんで僕にばっかり?
「あん? そりゃあ……まぁ、別にお前にばっかりってわけじゃないけど……」
──そうなの?
「マックイーンとか結構良い反応するぜ? でも、一度も引っ掛からなかったのは、お前が初めてだ」
なるほど。たしかに一度も引っ掛からなければ、引っかかった時のリアクションを見たくなるのか。
そこでふと思い付く妙案。いつも悪戯を喰らっているあなただ。ちょっとした趣向返しで、仕掛けてみる事にした。
──でも、最初は分からなかったよ。
「……へぇ」
──だって、こんなにも綺麗な人見た事なかったから、目を奪われてたんだ。
「…………へっ?」
あなたは敢えて彼女の顔を見ずに、夕陽を眺めながら述べる。
──最初は夢かと思った。幻想かと思った。消えてほしくないって思った。
「……………………」
──でも、よく見ればいつも話してるゴルシちゃんで。でも、ゴルシちゃんでよかったって思った。
「………………………………」
──だって、ゴルシちゃんは消えないでしょ?
──だからよかったって思っ──
言葉半ばでゴルシちゃんへと顔を向けて、そして彼女の鬼灯の様に紅くなった顔が飛び込んできた。はて、これは夕陽の所為か。それとも、彼女の心の内か。
ボーッとしながら、あなたの言葉を噛み締めていくゴルシちゃん。いや、ゴールドシップは、ゆっくりゆっくりとあなたの顔を見つめていく。
そのパーツを舐め回す様に、一つ一つ吟味していく。ゴールドシップが再び口を開いたのは、既に夕陽が沈み切ってからだった。だが、顔の紅潮は未だに引かず、それがゴールドシップが感じている気持ちだと、あなたは思った。
だからこそ、次の言葉が出ないあなたの顔は、いつになく熱くなっていた。
「ごっ、ゴルシちゃんはそろそろ行かなきゃなー」
棒読みが過ぎるぞゴールドシップ。
あなたの手が空を切る。嫌だ、もう少し話していたい。折角なら、もう少し心を開けたい。
だが、そんな願いは虚空に消え、少しずつ離れて行くゴルシちゃんの影を掴まない。
「そ、それじゃあ……」
──また……
お互いに離れたくない気持ちが募る。だが、それよりも、ゴールドシップはその気持ちに名前を付けられないでいた。
ー
ゴールドシップは走る。気持ちを流す様に。へばりついた幸せを剥ぎ取る様に。
ゴールドシップは走る。その不可解なものを流す様に。自分ではない自分を剥ぎ取る様に。
「何だよっ……何だよこれっ……!」
離れれば離れる程苦しくなる。胸をキュッと抑えながら、ゴールドシップは走った。
ふとそこで、見覚えのある背中が映る。これを解決してくれるのなら、誰でも良いと思っていたゴールドシップは、彼女に話しかけた。
「マックイーンッ!」
「おわあぁあ! ってゴールドシップさん!? どうしましたの!?」
「なぁマックイーン! 教えてくれよ! なぁ!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて下さいまし! って随分と顔が紅──
肩をがっしり掴んで、ゴールドシップは叫ぶ。
「分からないんだ! あいつと離れたらどんどん苦しくなって……ッ!」
「……あいつ?」
「そうだよ! もっと話したいって、離れたくないって! でも恥ずかしくなって……もう分からないんだ!」
「……なるほど。一旦整理しましょう」
何か分かったのか、マックイーンは一旦ゴールドシップを落ち着かせる。
肩で息をするゴールドシップ。何とか落ち着いたのか、マックイーンの瞳を見る。
「あなたの言う『あいつ』はどんな人ですか?」
「あいつは優しくて、悪戯しても何回も躱されて……」
「では、『あいつ』と離れたらどんな気持ちになりましたの?」
「嫌だって。寂しいって、もう少し一緒にいたいって」
「成程……最後に」
ゴールドシップは唾を飲んだ。
「私と一緒に『あいつ』がいたら──ッ!」
マックイーンは言い淀んだ理由は一つ。
それはゴールドシップから感じ取った怒気。だが、それも一瞬の間に霧散していく。
ちょっと安心したマックイーンは、そして目の前の光景に驚きを隠せないでいた。
いつも騒がしく、色々と引き起こすトラブルメーカーのゴールドシップ。そんな彼女が──
「あぁ、そっか……」
いつになく幸せな表情を浮かべていた。柔らかい笑みを浮かべ、うるりとした目をここにはいないはずの『あいつ』へと向けていた。
元々ゴールドシップを賢いと思っていたマックイーンは、ヒントを与えればきっと己で辿り着くであろうと思っていた。が、まさかその過程で怒りが発せられるとは思ってもなかった。
それほど大事に思っているのだろう。そんな相手がいるゴールドシップの事が少しばかり羨ましくなった。
一方のゴールドシップ。胸に手を当て嬉しそうに微笑んでいた。感情を全面に出し、雰囲気さえも和んでいく。元々絵画に出てくる様な美女であるゴールドシップが笑うと、より一層絵になる。
ゴールドシップは、隣にマックイーンがいる事も忘れ、只々己に芽生えた感情を大事そうに温めていた。
「アタシ……あいつのこと、好きなんだ」
その芽が花を咲かす日も、近いかも知れない。
ゴルシちゃん編はまだあります(歓喜
そういえば、鬼灯って花言葉に偽りとか自然美とか。はたまた誤魔化しなんて意味があるらしいですね。書き手の解釈は話しませんが、ご自由に解釈頂いて構いません。
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帝王 〜誕生日〜
誕生日って書いてありますが、誕生日要素全くないです(??????)
でも、許して。
実家から離れ、一人暮らしを始めていたあなた。
ニンジン農家として実際に畑に行く事はあるが、以前ほど頻度は減り、今では信頼出来る人に任せている。というのも、その功績を讃えられ、講演会などの話す様な行事が増えたためである。
非常に慣れないなと思いながらも、話し続ける日々を送っていた。
慣れない事をするという事は、非常に疲れることでもある。というわけで、毎日死んだ様に眠っていたあなたに、久々の休日が訪れた。
畑の管理は任せて休んでくれという言葉に感謝しつつ、久しぶりに酒を浴びて眠った。
勿論だが、家には誰もいないはずだった。
「ほらー! 起きてよ〜!」
──……んむぅ……?
あの声が、好きな人の声が聞こえる。
いや、そんなはずは無い。何故なら彼女はトレセン学園にいるはず……。
微睡む頭のまま、あなたはぼやける目を開けた。
テイオーが笑顔で覗いている。あぁ、きっとこれは夢なのだ。神様が頑張っているあなたに見せた夢。こんな幸せな事はない。
「あっ、起きた? おはよっ!」
──……ていおー
「わっ! んもぅ……」
笑顔を向ける彼女を抱える。久々の彼女の柔らかさに心が癒される。
そんな抱きついたあなたに対して、彼女は慈愛の籠った笑みで頭を撫でる。
彼女のポニーテールがゆらゆらと揺れ、少しずつ意識が覚醒してくる。
すると、あっ! と声を上げるテイオー。抱えていたあなたの頭をベッドに寝かせ、慌てた様に体を翻した。
「ご飯作りっぱなしだった! 起きたらリビングに来てねー!」
たったったっと彼女の去る音が聞こえる。
寝室の扉が音を立てて閉ざされ、漸くあなたはそこで彼女の温もりを淋しがった。
離れてゆく熱を逃さない様に、あなたは再び布団をかけて。
──あれ?
そこで漸く夢では無い事に気が付いた。
テイオーが自宅に来ている。しかも、ご飯を作りっぱなしだったって?
寝ている場合では無いのかもしれない。ベッドに腰をかけ、伸びをする。音を立てる背骨を労りつつ、あなたはリビングへと向かう事にした。
あなたの長くて短い一日が始まる。
ー
「起きたー?」
──うん、おはよう。テイオー。
「えへへっ、もうご飯出来てるからね!」
──ありがとう。
2人がけのテーブルに座り、テレビのリモコンを手に取った。そしていつも通りテレビを見ようとして──やめた。
味噌汁の匂いが漂っている。炊き立ての白米が湯気を上げ、焼き魚が香ばしい匂いを発する。スタンダードだが、非常に懐かしい食事。実家にいる時、いつも母親が作ってくれていた朝食だ。
テイオーが持ってきたプレートには、あなたの作ったニンジンが煮物として姿を表した。テイオーの朝食だろうか。
──いただきます。
「召し上がれ〜。頑張って作ったんだからね!」
味噌汁の味は、あなたの家のとほぼ同じだった。家に味噌を買って置いた記憶もないのだが、もしかしてテイオーが買ってきてくれたのだろうか。
「実はね〜、あなたのお義母さんに教えてもらったんだよっ!」
お母さんのニュアンスのズレを感じる。
そんな細かい事はどうでもいいが、態々習いに行ったのだろうか。
「ボクは花嫁修行もしてないし……どうしようって困ってたら、教えてくれたんだ!」
──うん、立派なお嫁さんだね。
「えへへ……いつでもいいよ? ボクは」
せめて卒業までは待とうか。
嬉しそうに微笑むテイオー。甘々さは残っているが、以前に比べて随分と余裕が見える。テイオーの自覚がそろそろ花を咲かせているのか。
かくいうあなたも、自宅で朝食を作ってくれるという行動に、あまり違和感を感じていなかった。
これが自然なのだと。脳みそがそう認識している。
エプロン姿のテイオーも。味の感想をドキドキしながら待つテイオーも。美味しそうにご飯を頬張るテイオーも。何故か不思議な感じはしなかった。
──ああ、そっか。
「どうしたの? もしかしてなんか変だった?」
──いや、幸せだなって。
「そうでしょそうでしょ! 頑張ったかいがあったよ! あなたにそう言ってもらえて!」
にっこりと笑う彼女には敵わないな。
そう思いながら、あなたはテイオーの作った食事を噛み締めていった。
ー
今日はなんと外に出る気分ではないらしい。
疲れていたあなたを気遣ってくれたのかと思ったが、そうではないらしい。
単純に、この自宅に一緒にいるという日常を楽しみたかったのだとか。
「もっと撫でてよ〜!」
彼女の鹿毛をわしゃわしゃと撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。
現在、リビングのソファに座り、映画を見ていた。テイオーが持ってきた映画。内容は恋愛もので、離れ離れになったウマ娘とトレーナーが、数年後に出会って無事にゴールインするものだ。
かなりのヒット作だったが、あなたは忙しかったので、見ていない。気になってはいたので、幸運な事だ。
映画で若干過激というか、年頃の女の子が見れば「きゃー!」目をハートにしながら叫びそうな描写が多々あるが、そんな事が起きる度にテイオーはそれを強請る。
「ほらほらっ! 壁ドンしてよ!」
──うーん、そんなに良いかなぁ?
「いいからいいから!」
頼まれてやってみると、こつんと鼻と鼻がくっつく距離に。
それでも以前みたいに臆する事なく、テイオーは嬉しそうに微笑むだけだ。
一方のあなたは慣れていなく、その度に顔を赤らめてテイオーに撫でられる。
撫でる側が撫でられる側に。テイオーの余裕を益々感じる。
あなたはもっと照れるテイオーを見たい。その気持ちが募る。
「うーん、なんで離れ離れになったんだっけ?」
首を傾げるテイオー。
──確か、留学とかじゃなかったっけ。
「あぁ、そうだった! えへへ、忘れてたよっ!」
笑顔の後、テイオーは己の瞳に大人の余裕を宿した。
いつもとは違う彼女の瞳があなたの奥底を見透かす。ぐいっと迫るテイオーに、あなたは目が離せなかった。
「でも、ボクは離れないよ。ずっと、ずぅっと」
──僕も離れないよ。
「うんっ! 一緒に居ようね!」
ふっと彼女の炎が消え、何事もなかったかの様に映画が動いてゆく。
気が付けばもうクライマックスのシーンだ。留学から帰ってきたウマ娘が、凄腕のトレーナーのスランプを助け、そして一生添い遂げると誓うシーン。
映画の中の俳優の影が重なる。暈した描写ではあるが、あれはきっと間違いない。
テイオーが。いや、帝王があなたを覗く。
テイオーが帝王に変わる瞬間。あなたはそれを見計らっていた。
あなたが見たいのは。あなたが好きだと思ったのは。
帝王じゃない。
トウカイテイオーなんだ。
「うむぅっ!!!?」
彼女の驚く顔。
映画のエンドロールを傍目に、彼女との温もりが交差する。
それでも、あなたはテイオーから目を離さなかった。
彼女の息継ぎと同時に、離れてゆく。真っ暗になったテレビの画面に反射して、あなたとテイオーの顔が映る。いつになく、幸せそうな顔が──
「すきっ」
──僕もだよ。
そしてもう一度。何度も。幾たびも。
ー
「結局やられっぱなしだったよ……」
──まぁね。僕の方が歳上だし。
「もー!」
ぽかぽかと叩いてくるテイオーを撫でる。
疲れているあなたに対して、何かしてあげたい。リードしたい。というのが今回のテイオーの魂胆だったらしい。
いつも受け身になるから、偶には大人らしく振る舞う事で余裕を見せようとしたとか。
でも結局あの後、むすっとしながら甘えてきたし、諦めたのだろう。
テイオーの帝王らしさ。それも良いなと思ったあなたであったが、でもやっぱり──
「んぅ? なぁに?」
──何でもないよ。
「むっ! もっとちゃんと撫でてよね! 帝王の頭を撫でられるのはあなただけなんだからっ!」
甘えてくるテイオーの方が好きだ。
誕生日回で誕生日ネタ出してないのは詐欺じゃないか?誕生日記念回って事にすれば良いか(震え
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皇帝
いつものがっつりじゃなくて、まったりとしたいちゃいちゃです。
今日も無事に運び終えたあなた。
そんなあなたに生徒会室へくる様にとの知らせが来た。十中八九、彼女の仕業だろう。という事はエアグルーヴも、誰もいないという事。
こんな汚れた格好でも良いのかと思うあなただったが、行かなかった時の方がきっと面倒くさい事になるだろう。
とりあえずいつも通りゲストの札を貰い、すれ違うウマ娘達に挨拶をしながら、あなたは生徒会室の前までやってきた。
重厚な扉をノックすると、中から彼女の声が聞こえた。
──失礼します。
「何、そんなに固くならなくて良いさ。誰もいないからな」
──というか、ルドルフが呼ぶ時は大体いない時でしょ。
そう言いながら扉を閉めると、むすっとした顔のルドルフがいた。
トレセン学園の制服に身を包んだ彼女は、いつもの表情とは真逆。幼なげに見える表情をあなたに向ける。
そして、漸くどうして拗ねているのかが分かった。
──あー、えっと……ルナ。
「なんだい?」
語尾が上がっているぞ皇帝。
にっこりと笑ったルドルフは、たったったとリズミカルに足音を鳴らし、あなたの腕にくっ付いた。
あなたは『ルナ』と呼ぶのは恥ずかしいのだが、彼女がそう望むのなら仕方がない。引っ張られるがままに、備え付けのソファに身を沈める。
「んっふふ〜」
──どうしたの?
「いやいや、久しぶりだろう? 次いつ会えるかわからないから、こうして君の成分を吸収しているんだよ」
──成分って……
呆れ顔ながらも、そんな彼女を愛おしいと思う。
頬擦りをしながら気持ち良さそうに目を細めるルドルフ。いつもの生徒会長としての顔はなりを顰め、年相応の表情を見せる彼女がいた。
そんな彼女を呆れながらも笑顔で眺め──頭の上で動く耳が気になった。
恐る恐る撫でようとして──いや。きっとデリケートな部分だ。そんな事を思いながら伸ばした手を、彼女の目はバッチリと捉えていた。
「どうしたんだ、撫でないのか?」
──いや、びっくりするかなって思って。
「嬉しくてびっくりするかも知れないが……ほらほら」
ぐいっと頭を差し出すルドルフ。期待の眼差しがあなたを貫いている。
恐る恐る彼女の頭に手を置き、そしてゆっくりゆっくりと撫で始めた。
「んふふ……」
微笑みながら、ぎゅっと力を込めてくる。離さないと言わんばかりの力が、あなたを縛り付けていた。
声が漏れている事にも気が付かず、ルドルフとあなたのゆっくりとした時間が流れる。
次に口を開いたのは、彼女の方だった。
「……最近、あまり休めてなかったんだ」
──そうなの?
「あぁ、ずっと気を張っていた。恥ずかしい所を見せない様にね。私は全生徒のお手本にならないといけないから」
──そっか。
「だから……こうして君に甘えるのが、どんな事よりも幸福さ」
こてんと首を倒し、あなたの肩に寄りかかるルドルフ。
窓からは日が差し込み、あなたとルドルフを照らす。彼女の輝く瞳が、そっと閉じられた。
「こんな皇帝を見れるのは、君の特権さ」
──そうなの?
「勿論だとも。トレーナーにも見せた事ない。ちょっと。恥ずかしいからな……」
ぽしょぽしょと言葉が小さくなり、赤みを帯びるルドルフ。
かわいい。
「ふふっ、幸せすぎて夢かと思ってしまうよ」
まったりゆっくり。そんな時間も幸せだが、もっと恥ずかしがるルドルフも見たい。あなたは芽生えた悪戯心を使う事にした。
ゆっくりとソファから立ち上がると、はてなマークを浮かべるルドルフの手を引っ張り、立ち上がらせた。
「どうしたんだ急に──
そしてそのまま正面から抱き締める。彼女の体を抱き寄せ、そして鼻と鼻がくっつく距離まで詰める。
突然の事に脳が処理出来ていないのか、口をパクパクとさせ急に顔を紅潮させる。
彼女と生徒会室で出会う様な関係になってからだいぶ経った。もうワンステップ進めたい。そんなあなたの気持ちが乗った結果だ。
「ふえっ!!? いや、あの、そのだな……ま、まだ早いんじゃないかそういうのは私はもっと色々なところに出かけたりとかしてだなもう少し距離を詰めてからというかいやいや別に嫌なわけじゃなくてあっ今の
──ルナ。
「ひゃい……」
真面目な顔で見つめると、可愛らしい声をあげ、そしてきゅっと目を瞑った。
ちょこんと口を差し出す様な表情で固まり、あなたを待っている。いつもは見せない彼女の可愛らしさ。あなたにしか見せない表情。
恥ずかしさがあなたを襲う。でも、待っている彼女を蔑ろに出来るか。
温もりが交差し、そっと目を開いたルナと目があった。
一歩進んだ彼女の瞳は、あなたをじぃーっと見つめている。
そして、へにゃりと表情を崩したルナは、あなたの胸に頬擦りを始めた。
「えへへー」
──ル、ルナ?
「もう絶対離さない。嫌だ、このままずぅーっとずぅーっと君といる」
嫌だ嫌だと駄々をこねる様に紡ぐルナ。
皇帝の仮面を剥がし、初めて彼女の本来の姿を見た様な気がした。
そして涙で潤んだ瞳を此方に向け、そしてもう一度顔を近づけてくる。
もう、全てをあなたに見せたルナに、躊躇いなど存在しなかった。
ー
愛しい君。
両親以外にこんなに見せたのは初めてさ。
ってどうしたエアグルーヴ。何? 生徒会室に部外者を呼ぶのはって?
いやいや、彼は立派なトレセン学園の関係者さ。
それに、彼は一般の農家。私はトレセン学園の会長。同じ世界に住んでいる筈なのに、何故か遠い。
私にはそれが悲しかった。
職権濫用は認めるさ。ただ、それでも彼に会いたかった。
どうしたエアグルーヴ。そんな驚いた表情をして。
顔? あぁ、そうか。
皇帝ではない、ただの私を見てくれる彼を思うと。
胸が愛おしく、温かくなるんだ。
嬉しくなると会長らしくなくなる会長の話でした。
Twitterのフォローありがとうございます。励みになってます。誤字報告も物凄く助かってます。
それと、お気に入り3000件ありがとうございます。これからもネタが尽きるまでは書くので、お気に入りしてくれるとありがたいです。
更新するかしないかはツイートするので、良ければフォローして見に来てください。
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追記 テキストライブでネタ切れを補充しながら書く枠やってます。是非、Twitterから遊びに来てください。
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常識破りの女帝
書く前「よーし、書くぞ!」
書いた後「え、誰これ」
あなたは慣れない手つき……いや、玄人の様に洗練された動きでサイリウムを振る。会場全体が一丸となって、勝利を飾ったウマ娘を祝福する。光の波が気持ちを押し出すように奔流となって流れた。
──凄かったね〜。
「なっ……! 見に来てたのか!!?」
そんな話をトレセン学園で出会ったウオッカに振ると、彼女は恥ずかしそうにしながらそう答えた。
そう、あのウイニングライブのセンターはウオッカだ。仲良くしている彼女が勝利したと聞き、レースは生で見れなかったがせめてライブはと駆けつけたのだ。
『うまぴょい伝説』を踊るウオッカを見るのは初めてだったが、かなり練習したのだろう。キレッキレのダンスを見せ、笑顔で終えた彼女に対する声援はかなりのものだった。
──ウオッカのライブ見たかったしね。
「ああもう……」
顔をぐしゃぐしゃとしながらそう呟くウオッカ。レースの時に着ていた勝負服ではなく、彼女はトレセン学園の制服に身を包んでいた。
恥ずかしさからかそっぽを向いてしまったが、ちらちらと此方を見ている。
「それで、どうだったんだよ」
──何が?
「らっ、ライブの感想だろ! もっとなんかあるだろ……こう、凄いとかだけじゃなくてその……」
──可愛かったよ。
「かわっ……かわいいって言うなぁ!」
真っ赤に染めながら叫ぶウオッカ。どうやら彼女はかわいいと言われるのが恥ずかしいらしい。
顔をぱたぱたと仰ぎながら、キッと睨むウオッカ。
「ったく……折角ならかっこいいって言ってくれよな」
──いやいや、ほら。
あなたは薄型携帯でウオッカのライブを再生した。余談ではあるが、会場で見れなかった人向けにこういったライブの配信も行われている。勿論あなたは現地に行ったが、仕事が忙しい時などはこうして配信で見ていた。
画面の向こうのウオッカが、アップにされてそして投げ──
「ああもう! 見たんだろ! もう見なくていいだろ!!!」
──何でさ。かわいいじゃん。
「だって……かわいいって言われるの恥ずかしいだろ……」
──かわいい。
「だぁー! もう! 慣れてないんだよ、照れるだろ! 分かれよ、 バカ……
」
恥ずかしさがピークに達してしまったのか、頭から湯気を出しぽしょぽしょ呟くウオッカ。両手の人差し指をつんつんと合わせながら、縮こまっている。
素直に言っただけなのだが困らせてしまったか。申し訳なさを感じ、謝ろうと彼女の方を向くと、潤んだ目が此方を見ていた。上目遣いがちらちらと垣間見える。
「かわいい?」
思わず息を呑んだ。
男勝りな彼女から、年相応の可愛らしい表情が。あなたの胸にキュッと響いた。
質問に対して答えを待つウオッカ。まるで子犬が頭を撫でて欲しそうに尻尾を振っているようだ。かわいい。非常にかわいい。
──かわいいよ。
「えへへ……そっか」
胸に手を当て、その温かさを逃さないように大事そうに抱き締めるウオッカ。
いつもの表情は消え、そこには只々言葉を噛み締める少女の姿があった。
「俺さ……ずっとカッコいいって言われたくて。だからかわいいとか言われるのあまり慣れてなくてさ」
「でも、なんだろう……お前にかわいいって言われるとさ。やっぱり、は、恥ずかしいんだよ……」
滲み出る恥ずかしさを抑え、溢れ出る幸福を抱き締めた。
カッコよさを追い求めるウオッカ。彼女を知っている人がこの光景を見たら、きっと驚いていたであろう。
乙女の表情はあなたを見ている。
「そっか、俺。嬉しいんだ」
「お前にかわいいって言われるのが。なんでだろうな、よく分からないけど」
ウオッカは一歩踏み出した。恥ずかしさを乗り越え、嬉しさをあなたに伝える。
とくとくとくと心臓の音が響く。だが、心地の良いものだった。
昔の自分が今の表情を見ればなんというか。カッコいいとは言わないだろうと思うウオッカ。でも、きっと羨ましがる筈。
「……なんか吹っ切れたな。もうかわいいって言われても照れないぜ俺は」
──かわいい。
「うっ……やっぱり恥ずかしいな」
照れながら髪の毛を弄るウオッカ。
それでも目を逸らさず、彼女ははにかむ。
すると突然。名案が浮かんだと言わんばかりに、ウオッカは手を叩いた。
「今度どっかに出かけね?」
──どっか?
「そうだな〜まぁ、買い物でも良いや。休日に食事でも行こうかな〜って思ったんだけどな」
それは、つまり。
──デートって事?
「そうだな、ってなんだよ〜照れてんのか?」
──いいや、全然。
「なんだよ〜顔赤いぞ〜!」
頬をツンツンしてくる。こんなにウオッカはぐいぐいくるウマ娘だっただろうか。
少年の様な笑みを見せながらも、時折見せる少女の表情があなたを惹きつけた。
──じゃあ行こうか。
「おっし! そんじゃあ楽しみにしてくれよな!」
──うん。
「へへっ……ってなんだよ。そんな目で見て」
──いや、変わったなって。
「なんだよ。俺を変えたのはお前だぞ?」
ぐいっとあなたの肩を持ち、下に押すウオッカ。どうやら少し屈んで欲しいらしい。
お望み通りに少ししゃがむと、ウオッカはそっとあなたの耳に口を寄せた。生温かい吐息が掛かり、ゾクっとした感触が走る。
「俺を変えた事。後悔しろよ」
「これからいっぱい、いーっぱい俺のかわいいところ見せるからな」
「勿論カッコいい俺もお前に見て欲しいけど……」
周りの音が消えた。
「かわいい俺から目を逸らすなよ」
ウオッカが離れてゆくのは分かった。が、余韻があなたをその場に縛り付けている。
たったったと足音が離れ、あなたは漸く遠くに行ってしまったウオッカの姿を見た。
心地良いほどに軽快な足音だった。
ー
もう恥ずかしさなんてねぇ。
最初は言われ慣れてないってのが大きかったけど。それでもかわいいと言ってくれる人がいた。
カッコいいウマ娘を目指す夢はまだ諦めてない。勿論、それは揺るぎない軸だ。
でもよ。
まぁなんだその……偶にだ。偶には、お前がかわいいって褒めてくれるならそれでも良いかなって。
って、何鳩が豆鉄砲を食ったような顔してんだスカーレット? って協力? なんだよそんなに急に乗り気になって。
でもまぁ協力してくれるなら、是非してくれ。
あいつをアッと驚かせたいからな!
レポートとゼミから逃げ回ってます。
感想やTwitterのフォローありがとうございます。励みになってます。
更新雨するかしないかはTwitterにて呟いてるので、よければフォローして見に来てください。
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後、オリウマ娘ものの新作書いたんで呼んでくれるとありがたいです。
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異次元の逃亡者
発表が終わった→モンハン!スマブラ!書き方忘れた!
やっとかけました。クオリティには期待しないでください。久しぶりなので。
休日。なんと素晴らしい響きなのか。
疲れた体に休憩を。疲れた心に休息を。
今日は何も予定はない。ならば遅く起きても問題はない。なんなら二度寝でも構わない。ニンジンの世話は信頼出来る仲間に任せた。というかいい加減休めと言われたのが今日の休日の真実であった。
運び、世話をし、話をしに行き……そういえば最後に休んだのは何時だろうか。
まぁ、仕事の話はやめよう。何故ならば今日は休日なのだから。
だが、毎日の早起きの所為でうまく昼ごろまで眠れない。身に付いた習慣は中々強敵であった。
なら、何処かにでも出かけようか。そう思った矢先、携帯にメールが来ている事に気が付いた。
──トレーナー?
仲の良いトレーナーからだった。数多のウマ娘を育てる敏腕トレーナーである彼から何故連絡が……?
心当たりのないままメールを開いた。
メールには集合場所。時間、そして服装の指定があった。服装に関しては、何とも彼らしい『かっこいいやつ』といった大雑把なものであった。
はて、一体何処へ行くというのだろうか。スーツとかではないので恐らくであるが何処かへ遊びにでも行くのだろうか。
まぁやる事もなかったあなたは、持っている服の中で一番出掛けるのに適した物を掴んだ。髪を整え、簡単に朝食を食べ、そして出掛けることにした。
一体何の用事かは全く見当のつかないまま。
ー
──スズカ?
「すみません、突然の事で」
待ち合わせ場所の駅前に向かうと、そこに居たのはトレーナーではなく、彼が見ているウマ娘の一人。サイレンススズカだった。緑のついた半袖のブラウスにエメラルドグリーンのプリーツスカート。
休日の人混みに溶ける事なく存在感を放っていた彼女は、あなたの顔を見つけるなり、申し訳なさそうにこちらに駆け寄ってきた。
「トレーナーさんには昨日連絡するように言ったのですが……」
──いやいや、暇だったし大丈夫だよ。
どうやら犯人はあいつらしい。
まぁそれは置いといて、何故スズカが? 何か行きたい場所でもあるのだろうか。
──それで、今日はどうしたの?
「……もしかして、何も聞いてませんか?」
──駅前に集合で〜としか。
「トレーナーさん……」
──笑顔がこわいこわい。
目が笑っていない。頰に手を当てどうしましょうと言わんばかりに黒い笑みを浮かべるスズカ。
見られていた事に気が付いたのか、恥ずかしそうにポッと頬を染めると、何でもないと言わんばかりに首を振った。
「今日は遊園地にでも行こうかなって思って……」
──よし、じゃあ行こうか。
「えっ、でも突然で迷惑じゃ……」
──ううん、スズカが行きたいなら行こう。
「はいっ!」
よかった、いつものスズカになってくれた。
年相応の笑みを見せる彼女にホッとしつつ、あなたとスズカは電車に乗るべく駅へと歩みを進めた。
当然、空を切る彼女の手の行方に気が付かないまま。
休日だからか、電車は相当混んでいた。学生の頃は満員電車によく乗っていたが、まさか今になって乗るとは思わなかった。
空いた扉の向こうにぎゅうぎゅうの人。若干嫌な表情を浮かべそうになったが、隣でスズカは小さく「遊園地……! 遊園地……!」と言っている。きっとかなり楽しみなのだろう。そんな彼女に気を遣わせないためにも、あなたは覚悟を決めた。
はぐれないようにスズカの手を引っ張り、電車へと乗った。
「あっ」
──大丈夫?
「……はい、大丈夫──きゃっ!」
思わず転びそうになってしまうスズカの体を支え、反対のドア前まで行った。調べた限りだと遊園地のある駅は入り口とは反対側の扉が開く。このままいれば、降りる際にはずっと楽が出来るはずだ。
スズカをドアに寄り掛からせ、あなたは他者からの視線を遮る様に彼女の壁になった。掴んだ手はスズカがきゅっと握っていた。
電車が出発する。揺れが激しくなり、踏ん張るために足腰に力を込める。が、疲れからか思わずよろけてしまった。
右手はスズカと繋いでいる。彼女の体温がダイレクトに伝わってくる。
よろけた体をなんとか左手で──結局左腕をドアに押し付ける様になってしまった。寄りかかってくる他の人からの圧を感じさせない様に、あなたはスズカの壁になった。
──大丈夫?
「は、はいっ…… あなたが守ってくれるから……」
返事をしてくれたスズカの顔は先ほどよりもずっと染まっていた。いつもならば機嫌でも悪いのかとか考えてしまうが、あなたは朴念仁ではない。ではないからこそ分かってしまった。彼女が意識して仕舞えば、あなたも意識してしまう。
ぽしょりと呟いた言葉も、消える事なくあなたの耳に届く。それに何とか反応しないふりをして、優しく微笑んだ。
──うわっ!
「きゃっ!!」
もう一回。電車が揺れる。
眼前に広がった翡翠の様な瞳。こつんと甘く当たる鼻。
もう距離はゼロに等しかった。
ー
甘い雰囲気もなんとか。ぷしゅーと言いながら空いたドア。
慌てて下車し、駅を後にした。周りには見られてないだろうか。いろいろ心配事はあるが、とりあえず遊園地に向かう事にしよう。そうしよう。
遊園地の入り口、チケットカウンターへと向かう。人の少ないところへ並び、チケットを買おう。
「今ならカップル割りとかもありますけどー!」
──いや、僕らは──
「カップルです」
──え?
「カップル割りで」
一歩前に出てそう告げるスズカ。強く言うスズカに訂正出来なかったあなたは、受付の人にお金を渡し、無事に入園した。
「ほら、カップル割りの方が安いですから……迷惑でしたか?」
──いいや、大丈夫だよ。
「ふふっ、カップル…… カップル」
チケットを見て笑みを溢すスズカ。
そんな彼女を見て、カップル割りで良かったと思い、あなたはパンフレットを手にした。勿論、右手で。左手はスズカのものなのだから。
コーヒーカップで回し過ぎたスズカが「先頭の景色が──」とか、驚いた拍子に置いていかれたりとか様々なハプニングはあったものの、遊園地を満喫したあなたとスズカ。
今は閉園前に遊び過ぎて楽しめなかった園内のチュロスをスズカが楽しんでいる所である。因みにあなたはカッコつけて買ったコーヒー。本当ははちみーの方が甘くて好きなのだが、可愛い女の子の前で見栄を張りたい欲が出てしまった。まぁ、飲めなくはないのだが、少しずつしか飲めない。ベンチに座りながら、ちびちび飲む。
砂糖が多めにまぶしてあるチュロスを咥えながら、スズカは夕焼けを見ていた。そんな彼女の隣でコーヒーと格闘するあなた。
──美味しい?
「美味しいです。今日は、ありがとうございました」
──僕も楽しかったしね。
「でも、お金まで出してもらって……」
──いいって。こんな事でしかカッコつけられないんだからさ。
もぐもぐもぐ。長いチュロスがスズカの口へ消えていく。
夕陽に照らされた彼女は、視線に気が付いたのか、恥ずかしそうにそっぽを向いた。染まっているのは夕焼けの所為かどうか。
「久しぶりに遊園地に来て楽しかったです」
──前にも来たことあるの?
「はいっ……両親と幼い頃に。あんまり覚えてませんけど」
コーヒーはあと半分。もうすぐ食べ終わるスズカ。
閉園まであまり時間がない。最後に観覧車に乗るのだと決めたのだ。早く飲まなければ。ちなみに捨てるという選択肢はない。これは食を作る物としてのちっぽけなプライドだ。
ぐびぐびと飲むが、どうしても苦い。すると、苦そうにするあなたに気が付いたのか、スズカが心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫ですか……?」
──うん、でもやっぱり苦いのはあんまり得意じゃないや。ガムシロップでも貰えばよかったかな。
「そう……ですか」
──どうしたのスズカ──ッ!
潤んだ瞳が広がる。いつになくずっとずっと近くに彼女を感じた。籠る熱があなたに自覚させた。コーヒーの苦味が消えて行く。口を甘さが支配するが、それはチュロスの砂糖か、それとも──
「これで、甘いですよね」
熱が離れていく。口に残った甘さだけが、今の出来事を現実だと言っている。
ベンチから立ち上がったスズカは、夕焼けへと駆ける。人間のあなたでも追えるぐらいの速度で。
「どうしたんですか、そんなに惚けて」
スズカがくすりと笑う。あなたにしか見せない笑みで。もう他の音なんて聞こえなかった。
「早くしないと、置いて行っちゃいますよ」
ー
私の大切なあなた。
レースで勝つ私よりも喜んでくれたあなた。
辛い時は応援してくれたあなた。
どんなに自分が辛くても決して弱音を吐かなかったあなた。
些細な事だけど弱みを見せてくれたあなたに、お返しがしたかったんだけど……やっぱり恥ずかしいわ……
でも、後悔はしてない。
前を走るあなたを捕まえるのは私だから。
私とあなたの景色は絶対に譲らないから……!
逃げるスズカを捕まえるのはあなたか。
ありがとうございました。久しぶりなんで心配ですが、何とか書きました。
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閃光の切れ味
待たせたな!甘いはずだ!
トレセン学園の食堂にて。配達を終えたあなたは、食堂のおばちゃんのご好意に甘え、トレセン学園の学食をいただいていた。数々のウマ娘達の舌を唸らせたその食事に、舌鼓を打っていたあなた。
食事を終え、席を立ち上がろうとすると目の前から一人のウマ娘がやってきた。
漆黒の髪を持ち、右耳には飾りを付けた少女。知り合いのエイシンフラッシュだ。手にはこれから昼食なのか、定食の乗ったお盆を持っていた。
「こんにちは、農家さん」
ーこんにちは、フラッシュ。午前中のトレーニングは終わったの?
「えぇ、完璧にスケジュールをこなしました。これから昼食を取り、14時から17時までトレーニングです」
ここ座っても良いですか? と尋ねてきたエイシンフラッシュに快く返事を返すと、手に持ったお盆を机に置き、そしてゆっくりと座った。
コップに入ったお茶を飲むと、エイシンフラッシュは食事に手つけ──る前に、あなたの顔をじっと眺めた。
──どうしたの?
「いっ、いえ……あの……いただきます」
手を合わせてそう呟いた彼女は、食事を始めてしまった。なにか言いたそうにしていたが、気の所為だろうか。
食事を既に終えたあなたは、のんびりと時間の過ぎる空を窓から眺めながら、今日の今後の予定について考えていた。何かするべき事はないか、そう考えてしまうのはあなたの性だ。
そしてふと時間を確認しようと腕時計を眺めた時だった。その様子をエイシンフラッシュはめざとく見つけたのか、質問を投げかけてきた。
「お仕事の途中でしたか?」
──いや、もうやる事は終わったよ。
「そうでしたか。時間を確認していたので、もしかしたら……と」
──職業柄時間に間に合わせて配達するからね。癖のようなものだよ。
成程と呟いたエイシンフラッシュは再び黙々と食べ始めた──と思っていたのだが、気が付けば彼女の目の前の皿には、既に何も乗っていない。エイシンフラッシュに目を移すと、満足そうな顔をして口を拭いている最中だった。
「……食事が終わったとはいえ、女性の顔をあまりジロジロ見るのはいただけないですよ?」
──ごめん、ただ食べるの早いなって。
「……はしたなく見えましたか?」
──うん?
「すみません、気にしないでください」
食器をかたして来ますねと言い残したエイシンフラッシュは、そのままトレーに皿を乗せて去ってしまった。
気でも悪くしただろうか。ちょっとばかしやってしまったと反省するあなただったが、それと同時にいつもの彼女とは少し違う様に感じた。何というか、余裕がない様に見える。気の所為だと良いのだが。
少しして戻ってきたエイシンフラッシュは、再びあなたの前に座ると、ゴソゴソと自身のポケットを探った。手に取ったのはシックなデザインのメモ帳とペン。
「一つお聞きしても良いですか?」
──どうしたの?
「いえ、その……来週の予定について何ですが……」
──予定?
はて、予定かと考える。配達の仕事はあるが、来週は土日にお休みを貰ったのだ。最近休んでいない自分を気遣ってくれたのか、一緒に働いている農家の友人が配達をやってくれるとか。全部やっとくからお前は休めとありがたい言葉を受けた。
──来週の土曜日と日曜日なら空いてるけど。
「そっ、それでしたら!」
音を立てて立ち上がり、顔をずいっと向けてくるフラッシュ。彼女の麗しい顔立ちが眼前に溢れた。
そしてハッと気が付いたのか、顔を真っ赤にするとゆっくりと座り、フラッシュはその口元をメモ帳で隠してしまった。
「一緒に、お出かけに行きませんか?」
──うん、僕で良ければ。
花を咲かせたかの様に笑顔を見せたフラッシュは、微笑みながらメモ帳に何かを書き込んでいく。勿論あなたは対面に座っているので中身は見えないが、恐らく来週の予定を書き込んでいるのだろう。これだけ嬉しそうにしてくれると、空いていると言って良かったなとあなたは思う。
──そうだ、折角だから連絡先も交換しておこう。
「連絡先ですか!?」
──うん、当日逸れたりしたら大変だし、それに何処行きたいとか予め決めときたいかなって思って。
予定をきっちりと決めるフラッシュの事だ。もっと綿密に予定を立てたい筈だが、これからトレーニングが控えている彼女に今そんな時間はない。フラッシュ自身で全て決めて──というのも悪くはないが、あなたは曲がりなりにも年上だ。少しばかりはエスコートぐらいはさせて欲しい。
そんな思いが伝わったのかどうかはわからないが、必死に理性で己を制するフラッシュは、ゆっくりと携帯を取り出すと、そのまま携帯を貴方に近づけた。
電子音と共にフラッシュの連絡先が追加される。満足気にあなたは頷くと、ポケットに携帯を滑らせ、そしてフラッシュへと顔を向けた。
そこには顔を綻ばせ、携帯をにやにやと眺めるフラッシュの姿が──
「そそそ、それじゃあまた連絡しますので!」
──あぁ、うん!
ぷるぷると顔の火照りを冷やす為か首を振ったフラッシュは、そのまま体を翻し、駆けて行ってしまった。
珍しく噛んでいる様にも見えたが、大丈夫だろうか。
とりあえずもうやる事は終わったし、家に帰る事にしよう。そう思った時、あなたに足音が近づいて来た。
「農家さん!」
──えっ、おわっ!
フラッシュの声だと思えば、肩に彼女の手が乗り、そして力強く下に押された。思わず膝を追ってちょっとしゃがんでしまったあなたは悪くないだろう。
そして彼女の吐息があなたの耳に近付く。
「Ich habe mich in dich verliebt」
──えっ?
「ふふっ、何でもありません。言いたかったんです」
きっと彼女のことだから……ドイツ語であるだろうと推測するあなた。だが、英語すら怪しいあなたに習った事のないドイツ語は分からなかった。
それでも満足そうに微笑み、礼儀正しくお辞儀をして去っていったフラッシュを見て、まぁ良いかと思う。
──とりあえずちょっと調べようかな……。
そう思い、そしてドイツ語が堪能な友人に聞いて、あなたが顔を染めるのはまた別な日のお話──
ー
学園内で困っている私を助けてくれた日。
あなたはもう忘れているかもしれませんが、私は鮮明に覚えています。
あの笑顔を浮かべて差し伸べてくれた手。
きっとあなたの事だから、他の娘にも同じ様な事をしているのでしょうけれど。
でも、別に良いです。優しいのは分かっていたから。
それに、きっと予め決まっている様に、
最後にはあなたの隣には私がいますから……ふふ。
ありがとうございました。ぼちぼち書きます。
Twitterフォローしてくれると滅茶苦茶嬉しかったりします。実は。
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超光速のプリンセス-2
トレセン学園には様々な施設がある。学生寮だったり食堂だったり。或いはトレーニング用の部屋があったり。流石日本の誇るトレセン学園。他の学校にはない充実さだ。
そんなトレセン学園にも理科室というのが存在するのだが、理科室は他と比べてあまり使われていなかった。
そんな理科室の前に配達を終えたあなたはいた。手にはニンジンの詰まった段ボール。かなりの重さであるが、慣れた貴方にとってはたいした事ない重さだ。
さて、何故使われていない理科室の前にいるのか。使われなくなった理科室の後には実は続きがある。
箱を足元へ置き、がらりと扉を開ける。中は薄暗く、どうやらカーテンが閉め切ってあるらしい。ただ、多種多様な色に輝く液体達のおかげで足元ぐらいは見える。
その中に佇む一つの影。理科室と言えばの白衣を着て、試験管を片手で揺らす。栗毛の少女はハイライトのない目を此方に向け、そしてやっと来たかと言わんばかりの表情であなたを迎えた。
──タキオン。
「やぁやぁやぁ! やっと来たねモルモット君!」
──モルモットは君のトレーナーじゃなかったっけ?
そんな軽口を交わしながら、あなたは空いている机の上にニンジンの詰まった箱を置いた。
彼女はアグネスタキオン。理科室を私室へと改造し、只管実験を繰り返す学園の“問題児”だ。
──そういえばどうして急にニンジンを?
「何、皆が皆素晴らしいニンジンだと言うものだから、もしかしたら他と違う成分が含まれているんじゃないかと思ってね」
何かウマ娘の身体能力に影響を及ぼす成分があるんじゃないかと思って。とタキオンは言う。別にそんな筈はないんだけどなと思うあなた。
あなたのニンジンは他と一線を画したものであるのは周知の事実だ。しかも発明してからかなりの時間がかかっているのに、何故このタイミングで調べようと思ったのだろうか。
まぁタキオンの考える事は理解の範疇を越える事はあなたは分かっていた為、特に気にする事はなかった。
「ちょっと箱の中を見ても良いかい?」
──どうぞどうぞ。
此方に寄ってきて箱を開けるタキオン。いつもと違う甘い匂いが、辺りを漂っている。何か香水でも付けたのかと思うあなた。
「ふぅン……」
品定めをするかの様にまじまじと見始めるタキオン。
丹精込めて育てた物をじろじろと見られるのは、少しばかり緊張する。落ち着かない様子のあなたを見兼ねたのか。タキオンがそういえばと声を漏らし、自分達とは反対側にあるテーブルを指差した。
「モルモット君も暇だろう? 何、ちょっとした実験に協力して欲しいだけさ」
要するに飲んでみてほしいと言うのだろう。察したあなたはテーブルへと向かい、瓶に入った液体を眺めた。
黒い瓶に入っている為色は分からないが、ちょっと手に取ってみると重い。ずっしりとした液体の様だ。どろどろとでもしているのだろうか。
タキオンの事は信用しているし、危ないものは今まで飲んだことのないあなた。慣れた手つきで瓶を手に取り、キャップを開け、そして口に入れようとした時──此方をチラチラと見るタキオンの姿が目に入った。
──タキオン?
「なっなんだい!? 早く飲みたまえモルモット君!」
──?
慌てた様子だったが、特段気にせずあなたは液体を喉に流し込んだ。甘ったるい味が口の中を支配する。重みのある液体が喉を流れる感覚はあまり良いものではなかった。半分くらい飲んだ所で、あなたは口を離した。
……特に何も起こらない。タキオンのトレーナーは飲んだ瞬間に七色に光出したりしているが、あなたはそんな事は起きた事ないし、今回もそうはならなかった。
「ど、どうだい……?」
──特に何とも……。
「そんな筈は……」
首を傾げるあなたに、タキオンは幾つかの質問をすると言った。問診の様な物だろう。
タキオンがニンジンの箱の前からゆっくりと此方へ近付いて来て、紫色に光る薬品達が、彼女の顔を真っ赤に照らした。
「わ、私の事、どう思うかい……?」
──どう……って?
「ほら! 色々あるだろう? その……えっと……」
──?
「可愛いとか……」
ぽしょぽしょと小さく言葉を紡ぐタキオンだったが、生憎あなたの耳には届いていなかった。
首を傾げるあなたにしびれを切らしたのか、タキオンは吹っ切れた様に唸り始め、そしてあなたが手にしていた瓶をひったくる様に奪った。
そしてそのまま、残った液体を喉の奥へと流し込んだ。
勢い良く飲み、酔っ払いの様に雑に瓶をテーブルに置くタキオン。ちょっとばかし怖くなったあなただったが、半ばやけくそに見える彼女を心配する。
──大丈夫……?
「フフフ……モルモットくぅん。心配してくれるのかい?」
──当たり前でしょ?
あなたがそう言うと、嬉しそうに笑いあなたの首に手を回してくるタキオン。倒れそうになる体をテーブルに腰掛けて支えた。身を捩る事で何とか密着を逃れたあなただったが、タキオンはお構いなしに己の体を押し付けてこようとする。大人の理性と、人としての矜持がそうはさせまいと叫んでいた。
そんな事になっているとは知らずに、タキオンは先ほどとは打って変わって余裕な笑みを浮かべながら、その口を開いた。
「それで、どうだい?」
──どうだいって……何が?
「私の事だよ、モルモットくぅん……」
ちょっとばかしの心配と、妖艶さを絡み合わせてタキオンが訪ねてくる。
あなたはテーブルに腰掛けた事で目線が揃ったタキオンを眺める。そのハイライトのない目が此方を見透かす様に見てくる。
「ほら、モルモット君が来るから色々と準備して来たのさ。髪とか匂いとか。柄にもない事をしたとは思ってるよ」
「それで、ここまで努力した一人の女性に対して、何も言わないのかい……?」
それはある種の期待であった。
潤んだ瞳があなたを貫く。彼女の熱を近くで感じる。
口が開き、何か言おう──
──タキオン……かわい
──とした所で理科室の扉が勢い良く開かれた。
丁度あなたから見て正面の扉が開かれた。扉から入って来た者から見ればタキオンがあなたを押し倒している様にも見えるだろうか。
「タキオンさん……あなたが渡してくれたあのドリンクですが……」
ギギギギギと壊れた機械の様にタキオンの首が回る。
タキオンと仲が良く、お目付け役として任命されたマンハッタンカフェが居た。
そして現状。つまりタキオンがあなたを押し倒している様な風景を見て、カフェはしまったと言わんばかりの表情を浮かべた。
「……ごゆっくりどうぞ……」
そして出ていくカフェ。先程の表情とは打って変わって、汗をダラダラと流し、焦った表情のタキオン。困るあなた。
「カフェくーん!!???」
訂正しようと飛び出していくタキオン。走らないこと! の張り紙を無視して、ウマ娘の全速力でカフェを追いかけていくタキオン。
一体何だったんだろうか……残されたあなたはそう思い、ふと床に何かが落ちているのを見た。
拾って手に取ってみると、『薬品みたいなジュース! これであなたも科学者気分!』と書いてあるラベルであった。
──ジュース飲んだだけ……?
タキオンの様子を鑑みるに、もっと他の意図があった様に見えたのだが……気のせいだろうかと思うあなたであった。
──ー
「カフェ!」
「すみませんタキオンさん……まさかもう来ているとは」
「全く! 実験は成功したが、は、恥ずかしい思いをしたじゃないか」
「その実験ですが……恐らく失敗しているかと」
「え?」
「その……先程買って来たジュースと、素直になる薬を間違えたみたいで……私のトレーナーが飲んでしまいました」
「え?」
「すみませんタキオンさん……大事な時に間違えてしまいました」
「あ、あぁ。いや、良いんだカフェ」
「タキオンさん……? どうして……というか何でそんなニヤニヤしてるんですか……? すっごく嬉しそうですけど」
「なぁに、怪我の巧妙……かな」
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