流行らない居酒屋の話【本編完】オマケ中 (ノイラーテム)
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赤字脱却編
閑古鳥の鳴く店


 遠くでガタンガタンと列車が往来する音が聞こえる。

 締め切られた居酒屋には客が居らず、相談する二人の男がいるだけだ。

 

「これは?」

 六席あるカウンターの一つに座った男はテーブルに並べられた料理を眺める。

 丼が一つ、お茶とみそ汁が据えてあった。

 これが二人分用意されており、食事しながらお話という事である。

 奥に一卓だけある小上りは、考案されたメニューの品書きが悲しそうに積み上げられていた。

 

「昨日使わなかったマグロで作ったヅケ丼。上下で味を変えてある」

「豪勢だな。喰わなきゃ捨てるしかないってのが笑えねえが」

 店主の説明に男は丼の蓋を開きながら苦笑いを浮かべた。

 生の醤油に漬けたマグロが載っており、おそらくは飯の中ほどにも埋まっているはずだ。

 

 残り物で作ったにしては工夫が凝らしてあるが、ちっとも褒める気にはならなかった。

 何しろマグロと言えば刺身のメインを張れる王様である。

 他の料理に使えることもあり、こんなに残っていてはいけない代物だった。

 

「お前さんがオレに奢れるほど成功してるとは思えねえ。やっぱ人が来ねえのか?」

「ああ。腕は悪くないつもりだが……何が悪かったのかねえ」

 若い生醤油はいかにもと言った醤油の味がする。

 もろキュウに使うもろみの味だな。なんて男が思いつつ深い所まで食べていくと、埋まっているマグロは言われた通り別の下味で漬けられている。まろやかな煮切りの醤油に味醂やら使って濃い味付けに調整されており、上のマグロは生醤油を愉しむためのもの、挟まれている方は漬け込まれたマグロを愉しむ為の物だろう。

 

 途中でお茶を一口含むと、味の対比を確認しながら残り三分の一まで食べ進んだ。

 その段階でお茶との相性を考慮されていることに理解は及んでいるので、お茶漬けにして味の変化を愉しむことにした。

 

「何が悪いって何もかもだよ。沿線とはいえ支線も良い所でベッドタウンがあるわけでも娯楽施設があるわけでも無し。オマケに過疎化が進んで周囲はシャッター商店街と来た」

「叔父さんは此処で上手くやってたそうなんだがなあ」

 ここの店主とは昔馴染みだが、伝奇小説よろしく『叔父さんの遺産を受け継いだ』とか言って、働いていた店を円満に辞めた後で此処に店を開いたのが半年ほど前のことだ。

 以来、お客はまばらで閑古鳥がすっかり泣いている。

 男はコンサルタントをやってることもあり相談を受けたのだが、僅かとはいえ客の前でやるわけにもいかず、昼間から一緒に豪勢な残り物を片付ける事に成った。

 

 それはそれとして正式な依頼ではないのでまだ調査まではしていないが、この界隈には他にも否定すべき事案がある。

 郊外なのに工場は無い、オフィスはない、オマケにライバルにも仲間にも成れるコンビニまで少し離れた場所にあると来た。

 

「よほど上手くやってたんだろ。つーか、そもそもまだ半年だぞ? そのくらいは赤字上等なんだよ。第一、叔父さんに紹介受けたわけでも『暖簾分け』したわけでもないんだろ」

「そりゃまあそうだが……」

 店主は元から料理人だったが最初から独立狙いだったわけではない。

 良い立地と悪い立地の区別など知らず、ノウハウも持ってはいなかった。

 物覚えは良く小器用にこなす方だったので、場所に合わせて居れば何とかなると思っていたらしい。これが叔父さんの引退で入れ替わったのならば、もう少し客も居ただろう。

 

 ここから更に落とすのは簡単だが、男は良い面も口にする事にした。

 依頼料は出世払いとはいえ、依頼人には違いないし長年の友人である。

 やる気を削ぐのはどうかと思うし、改善するならばするべきなのだ。

 

「まあライバルは居ねえんだ。大通りは離れてるとはいえ沿線でバスも通る道の前、ライバル自体が居ないとそこだけ聞けば好立地なんだ。客さえつかめばどうとでもなるよ」

 まだ過疎化が進み切ったわけでもない。

 周囲もベッドタウンではないとはいえ、開発が進む可能性がゼロではないのだ。

 コンビニの立っている大通側ばかりでこちら側はそうならない可能性もあるが、大規模な投資をしたわけでもなく受け継いだだけなのだ。経験を貯めつつ場所を変更するとか、傷が深くない内にさっさと見切りをつけるとかやりようがあるだろう。

「具体的には? とりあえず色々なモンを並べてみたけどそれ以前の段階だったよ」

「そりゃな。家でも飯は食えるのに、良く知らない店で創作料理とか出されたらゾっとしねえしな。まずは定番の品に絞って、そいつがあれば安心して呑めるようにして見ろよ。お客の懐にも店にも優しい鳥料理とかサラダお勧めな」

 男はそう言いながら店主の差し出したお品書きを分類し始めた。

 食べたことがあって美味いとはしっているが、ガーリックチャーハンみたいな腹を満たす料理は除外。そういう意味ではこのヅケ丼も論外かもしれない。他にも呑み屋でよく見かける料理をことごとくサイドメニューと書き綴って分けてしまい、品書きは幾らも残らなかったのである。

「頼めばサイドメニューや裏メニューが出てくるのはいいけど、呑み屋の本命は酒。そして酒の進むアテだぜ?」

「判ってるよ。もう少し考えてみる」

 わずか数枚のメニューを見て店主は人生を否定されたような気がしてガックリと来た。

 繰り返すが彼は小器用な性質であり、一品にのめり込む性質では無かったのだ。

 これぞ! と鼻息荒くするような料理はついぞ覚えがなく、何を作ろうか迷うのであった。

 

「後はそいつを中心に据えて、飲み方に合わせたセット価格にしとけば人は来るさ。一杯ひっかけて帰る客、本腰入れる客、ダチと騒ぎたい客。みんな違うだろ?」

「だな」

 場所が場所的に席料を取るのは難しい。

 お通しは不要な客も居るだろうし、間に合わせで出すなら低価格で。

 酒を呑んだらお通しはタダということにすれば、一杯だけなら安価に見える。

 そして本命は小鉢のセットで、あとはそいつの数を出すか、それとも酒を付けるかの差でしかない。

 

 以上が友人の出した改善案であり、店主は夜までメニューの推敲に頭を悩ませるのであった。




 ふと思い立って、お試しで書き始めてみました。
キャラの個性とかは次回から。もしかしたら順番が変わって先に来るかもですが。

なお背後は別に料理屋とかやってませんし、ツッコミどころはあると思います。
何処かでみた料理ばかりに成りそうですが、笑ってスルーしていただければ幸いです。


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庭には二羽ニワトリが居る

 居酒屋の新米店主である、小沢健は頭を悩ませていた。

 絞りに絞ったメニュー造りに加えて、セットメニューの価格帯を納得するまで決めろと言われているからだ。

 

『いいか? この先、どっちも正解でどっちを選ぶかは人それぞれなんて幾らでも出て来るんだ。どっちにするかは自分の答えを見つけねえとな』

 そういって渡されたメモ書きには、『小鉢のサービスセット1000円』と書かれている。

 ただし小鉢が幾つなのか、何をサービスするのかも書いてはいない。

 友人曰く。小鉢三つで1000円なのか、それとも二つで酒を付けるのかで狙いが変わってくるという。

 

 仮に小鉢一つが400円、頼まれ易いビールや日本酒も400円くらいと仮定して……。

 どちらを選んでも200円のお得というのは変わらないのだが……。

 

 三つをセットにした場合は腹が膨れ、満足するまで酒を注文してくれる可能性がある。

 仮に定番のメニュー二つに三つ目の小鉢を店主が選ぶとすれば、余裕のある(余りがちな)食材を消費することもできる。逆に原価率の高い商品を中心に据えて、味で満足してもらう事も狙えるだろう。

 しかし馴れて来ればともかく最初から三つも欲しがる客が居るかを思えば、酒を含めて1000円を超えることもあって少々注文までの敷居が高い。

 

 一方で二つの場合は酒と料理のセットという意味では完結している。

 1000円払えば最低限の満足を得られるとあれば、客足自体の改善に繋がるだろう。

 だが逆にお客の注文はそこで止まる可能性が高い。

 この店に客が訪れない現状で心配するのは噴飯物だが、料理の味がよほど良くなければ、『この店は1000円消費して帰る店』であると発展の余地がそこで止まる可能性すらあった。

 

「……やめやめ。どっちを選んでも料理の腕を上げれば済む話だ。先にメニューだな」

 友人だってどっちでも同じだと言っていたではないか。

 健は小器用で何でもこなせる反面、この手の突き詰める作業が苦手だった。

 だからこそ友人も『まずは自信をもって進められる定番料理だけに絞って習熟した方が良い』と言ってくれたのではないのか? そう思ってメニューに向き直ることにした。

 

「まずはオススメの鶏肉として……。山賊焼きの男焼きと女焼き辺りにしてみるか。丁度良いサイズがあったっけ」

 健が用意したのは小ぶりのモモ肉だった。

 骨が付いたままの足をスパイスに漬けて焼くという流れは同じモノだ。

 物語に登場する山賊が、ガブリとやってる姿を思い浮かべて欲しい。

 

 そして一からジックリと焼くのが男焼き。

 軽く煮込んでから、表面をパリっとさせるために焙るのが女焼きと呼ばれている。

 元居た店の師匠に聞くと、お伊勢参りの途中で出て来る焼き物の魚を参考にしたらしい。

 お伊勢参りではお客が山の様に来る時がある為、時間がない時は煮込んでから表面に焦げ目だけを付けるそうだ。

 

「タレとスパイスの配合は当然変えるとして……。いっそのこと片方は骨のない肉にしてみるか。豪快な方と食べ易い方って分けれるしな」

 元の店とまったく同じことをするわけにもいかない。

 レシピを変化させつつ、途中で蜂蜜を塗ってみたり粉を振って揚げてみたりする。

 しかし最終的に辿り着いたのは、煮込む方には骨を付けないというだけの変化だった。スパイスの配合や色合いを変えておけば問題はないだろう。

 

「んー。この味付けって手羽先にも使えるかな? 片方はシンプルに塩と胡椒にして、もう片方は照り煮にするとか」

 片方は季節によって柚子胡椒だったり、抹茶を混ぜたりする。

 もう片方は食べ易さ重視でホロホロと崩れるまで煮込むか、いっそのこと圧力鍋を使ってから持ち込むのもアリかもしれない。

 他にも味噌を使ったりニンニクを自家製の黒ニンニクにしてみたりと、細かい変更をして、あくまで同じ傾向の料理だけに絞ってみた。

 そうする内に、他愛のないことだと思っていた問題に気が付いた。

「今時……男焼きも女焼きもないよなあ。それに……セットにするなら、コレと合わせる料理を用意するのか」

 名前の方は適当に付ければいいとしても、合わせる料理の方は難題だった。

 一つはサラダを組み合わせれば良いとしても、他にも幾つかないと駄目だろう。そうなって来ると味付けの微妙な差にどう合わせるのかも変わって来るのではないかと思われた。

 

「一つ考え終わるとまた新しい面倒が出て来るな。……確かにこいつはたくさん用意するより、得意分野に絞った方がいいわ。時間がいくらあっても足りそうにない」

 そう言って友人が作ってくれた簡単な看板にメニューを張ってみた。

 それは四角い板に柿渋を塗って、赤茶色に染め上げた物だ。

 その上に白い紙が載せれば鮮やかに目立つし、色合い自体は渋いので郊外の店にも似合っている。

 コレを店の外に出して目を引いておき、中で開くメニューはもっと目に優しい色にするという具合であった。

 

 そして最後に思い至ったことが一つ。

 今までは色んな料理に手を出して来たが、こだわった料理も悪くない事。

 そして作った料理を人に勧めてみて、喜んでもらうのも悪くないと思えてきたことだ。もちろん今は客が居ないからこそ、寂しかったり時間を余らせているのもあるだろうが。

 

「となるとセットメニューは小鉢三つの方だな。客に選んでもらうのと、俺がお勧めする一品くらいで行くか」

 後はどんな料理をメインに売っていくか?

 一つ課題を終わらせながら、残る課題に思いを馳せるのであった。

 

『お通し』

 200円。酒を頼んだら無料。

 

『セットメニュー』

 小鉢三つで1000円。定番メニュー二つと店主のおすすめをどうぞ。

現在は鶏の山賊焼きや手羽先の唐揚げを用意しております。

 

『大皿』

 1500円。大盛りは2000円。




 という訳で第二話はニワトリの話です。
書き始めとあってパっと書けたので、サクっと二話目になります。
料理はできても新米店主だった男が徐々に成長していく感じ。

主人公『小沢健』、そのうち出て来る妹は『美琴』。
死んだ叔父さんは『小渕猛』で名前の読み方が同じなので割りと仲が良かった。
『小崎丈』という親戚も居るとか居ないとか。
たぶん曾祖父あたりにタケルという名前のエライ人でも居たのでしょう。


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三回目はそっと出し

 まばらな客足というのは変わらないが、看板の効果が少しはあったのか徐々に増えはしてきた。

 どうしてこれだけのことで変わるのか悔しく思うが。

 たったそれだけのことを思いつけなかったのかという疑問の方が、より比重は大きい。

 

「いらっしゃい。今日は何のセットにします?」

 その日も数少ない常連の一人がカウンターに座る。

 秘かにカッパさんと呼んでいるのだが、決して頭に皿などない。

 くたびれた帽子を必ず脱ぐのだが、もちろん生え際は後退などしていなかった。

「もろキュウとキュウリのタタキ」

「あいよ」

 理由としてはその客が必ずキュウリを頼んでいくからだ。

 常連であり安価なキュウリで済ませてくれるという非常にありがたい客なのだが、心の中だけとはいえついカッパさんなどと呼んでしまうのも仕方あるまい。後光がさしているなら拝んでも良いくらいだ。

 

 ともあれ早速の注文なので取り掛かろう。

 キュウリのタタキは棒で叩いてから刻んだニンニク他と和えたもので、ニンニクの強烈な臭いが良いらしい。一度お試しで自家製の黒ニンニクを出してみたが、臭いが薄いのと甘くなるので首を振られてしまった。仕方ないので黒ニンニクは後日チーズと合わせることにする。

 

「キュウリのタタキ、おまち。日本酒で良かったですかね?」

「ああ」

 時間が掛からないこともあり先に一品出しておいて、オススメの鶏肉に取り掛かる。

 スローペースで舐める様にキュウリを少しずつ食べるので、余裕を持って間に合うはずだった。最初のキュウリが尽きた頃に、もろキュウを用意するのがこの人に対するルーチンと言えるだろう。

 

 ただそれだけでは惰性に成り果てる。

 二種のキュウリのうちどちらでも良いのに、あえてタタキの方を先に出したのには理由があった。叩いている分サイズに差ができるので、カッパさんがどの程度のサイズが好きなのかを見測る為だ。

 適正サイズを測ってから、もろキュウに使うキュウリの厚さを変化させることにしていた。

 

(不揃いのキュウリで作った浅漬けをサービスしてみるのも良いか。原価は安いもんだしな)

 鶏の骨付きモモ肉をタレに漬けてジックリと焼いていく。

 サービスというだけならば、少し大きめの肉でも良いのだが、これだけキュウリが好きなら浅漬けの方が喜ぶかもしれない。

 もっとも客が居ない事に同情して安いキュウリばかり頼んでくれているかもしれないので、油断は禁物なのだが。あるいは最初に出したのもこの山賊焼きなので、タレの甘さと喧嘩しないキュウリを選んだだけという可能性すらあるのだ。

 

 勝手な思いで折角の常連客の気分を害しても逆効果だろう。

 キュウリが好きなのか、他に意味があるのかも観察していたが、焼き上げの中でも気を付けうところに差し掛かったので考えを中断した。

 

「山賊焼きの男や……。っとワイルドです。もろキュウはもう少し後で出しますね」

「そうしてくれ。それと、次はぬる燗で」

「あいよ!」

 骨があってジックリ焼く男焼きはワイルド、骨なし肉を軽く煮込んでから焼く女焼きはマイルドと名称を変更。

 どっちも出したことがあるが、カッパさんはワイルドの方を気に入っているらしく、早速ガブリとやってから残った冷酒を呑み切りに掛かっていた。

 

 ぬる燗を供した所で、キュウリを縦に割っていく。

 横に切っても縦に切っても良いのだが、骨付き肉を喰らいながら箸休めにするならこちらだろう。醤油を作るときに出る『もろみ』を分けてもらっているので、これをベースにした物を掛ければ完成だ。友人は素人でも美味しくできる料理は厳禁だと言っていたが、コレばかりは別だと言っていたくらい酒との相性も良い一品である。

 

「今日はスティック型にしてみました。良ければ余りで作った浅漬けも一緒にいかがですか? お通しと同じでサービスしときますよ」

「もらおう」

 即座に応える辺りよほどキュウリが好きなのだろうか?

 もろキュウの瑞々しさで鶏肉の油でも流してるのかと思う程に、パクバクとキュウリを食べていく。それはそれとしてオマケで出すとはいえ、浅漬けなんかジップロックに入れて漬け込めば家庭でもできるのだが、不思議なものである。

 あるいは酒好きで好きでたまらず、時間を掛けてつまめる上に、もろみを肴にして呑めるのを好んでいるだけかもしれない。実際、指先に付いたもろみ(・・・)を舐めて酒を流し込む姿は、小説で出て来る戦国武将を思い出さなくもなかった。

 

 そんなことを思いながら昨日の残りで作ったキュウリの浅漬けを取り出す。

 料理にも使っている生の醤油を使った物で、日が経っておらず若い状態であることもありツンと香りが漂った。

 これをまずはお通し様の小皿に入れて様子を見る。

 他の料理を作った時に出る手屑で作った場合は、この程度の分量が丁度良いだからだ。

 

「気に入ったら教えてください。小鉢で用意しますんで」

「その時はもう一本付けてくれ」

 ぬる燗の入った御銚子を振りながらカッパさんが答えるが、その時になってようやくミスに気が付いた。

 もろキュウも浅漬けも生醤油と同じ味わいである。

 どうせ進めるのであれば、キュウリのタタキと前後して出せばよかった気がする。それならば山賊焼きを挟んで、味が変化するからだ。

 

 まだまだ未熟だなと思いつつ、そろそろ次の客が来ないかなと心配をし始めていた。

 ついこの間までは常連の一人でも付けば大切にすると言っていたのに、この有様とは我ながら浅ましいものである。




 という訳でわずかばかり改善。
といっても常連と言えなくもない客が現れ、少しずつ客足が出た程度ですが。
おそらくちゃんと宣伝してれば居てもおかしくない人たちが来てるレベルだと思いますが。


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四月には四月の肴を

 朝の魚市へ早めに顔を出し、人手が足りてない所で二時間ほどアルバイト。

 金でもらう方が多いのだが、今日は現物でもらう事にした。

 普通の料理屋では使わないサイズの小さなやつを選べば、それほど高くないのでお互いにウインーウインである。

 

「今日は煮付けにしてみるかな」

 健は最近になって気が付いたのだが、客の中には後味を引く肴で一杯やる者が少なくない。

 場合によってはチビチビとつつきながら、お気に入りの料理をアテにして酒をかっ喰らう。

 いや、酒飲みはそういう物だと頭では知っていたのだ。

 しかし以前勤めていた店は呑み屋遣いできるとはいえ料理屋であり、酒に合わせるなら味を濃くしろだとか、腹にたまる物は勧めない方がいいというコツの方が重要だった。

 

 そして友人が数あるメニューの中から、定番に入れても良いと残した中に魚の煮つけが幾つかあった。それは『ブリ大根』に『カレイと豆腐の煮つけ』、普通に人気のあるメニューだったから気にもしなかったが……。あれはもしかして、酒の肴としてピッタリという意味ではなかったのだろうか?

 

「この季節ならメバルだよな。押し付けられたタケノコと合わせてみるか」

 魚市なので小ぶりな魚だと驚くほどに安い。

 ちゃんと売れてくれれば赤字は出まいと思いつつ、念のために豆腐を多めに購入しておいた。煮付けと共に煮込んだ豆腐はトロリと軟らかく、これまた味が染みて美味しいのだ。もちろん盛り過ぎたら他の料理が売れなくなるが、そこは適当に見極める事にした。

 なにより酒が売れてこそ居酒屋なので、最悪、日本酒が出るなら料理には目を瞑るべきか。そういう意味で豆腐は万能なのでありがたい。

 

 そういえばこの手の魚の煮つけ。

 家庭でも十分可能な料理なのだが、最近になって難易度が上がっているらしい。家で料理をしない人が増えたからではなく、安売りの醤油で煮こんでも色合いが変わらないし味も付きにくいのだ。もちろんスーパーで買える値段としては奇跡の価格帯であり、日本人に欠かせない調味料としては素晴らしい品と言えるのだが。

 

「醤油と言えばコイツも手早く使い方を決めないとな」

 生醤油は美味しいし薫り高いが、最初の味わいが持続しない。

 消費期限は一年以上保つのだが、ピンと際立った風味は最初の一カ月だけ。それ以降はゆっくりとまろやかな味わいに成ってしまう。

 徐々に客足が改善されているとはいえ、売れ行きが底辺である以上は消費しきれないのは間違いあるまい。

 

 いっそのこと煮切って自分流の味付けまでやってしまうか?

 そんなことを思いながら健は、下処理を終えたメバルの調理に取り掛かった。

 

「しかし……。必要性に合わせて作るのは面白くないな。赤字が何とかなったら、俺が作りたい物でも作ってみるか……」

 健は小器用で教えられたことであれば大抵の料理は作れる。

 しかしコツが重要だったり、深みが重要な物になると経験が足りないのだ。

 今は赤字路線が少しだけ改善されているだけで、黒字経営にはまだ遠い。もし自分だけでやっていくのではなく、アルバイトなり雇うとしたら再び赤字に真っ逆さまだろう。

 

 だが目標が無ければモチベーションが保てない。

 そう思って作業の合間に何を作りたいかを考え始める。ある程度冷ましながら仕上げをする時など、その空白の間に余計なことばかり考えていた。もしこれが試食用でなければ、ベストのタイミングを逃していたかもしれない。

 

「俺のことだしどうせ迷うんだ。あとでゆっくり考えるか。さてと……どれがいいのかな」

 健が用意したメバルの煮付けはおおむね三種類だ。

 メバルだけを味わうため、その風味を豆腐に移した物。

 大量に採れるタケノコを押し付けられ、処分も兼ねて一緒に煮込んだ物。

 そしてタケノコも豆腐も一緒に煮込み、崩さないようにまとめて盛り付けた物になる。

 

「うーん。豆腐もタケノコも良いが、どっちかだけにした方が良さそうだ。味の濃さなら豆腐、歯応えの対比ならタケノコかな」

 メバルの味を引き出しつつ濃く味付けた後、豆腐に吸わせる形にした物は味わいが深い。

 味の濃さは鯛のカブト煮やブリ大根に劣らぬほどで、喉を焼きそうな甘辛さがたまらない。

 一方でタケノコの方は二つの素材を調整する為に、やや薄味にしあげてある。もっとも煮つけなので他の料理に比べたら濃いのは間違いないので、好みといえば好みだが(豆腐とタケノコを両方入れた物は、調整が面倒なので止めた)。

 どちらも似たような物なので悩むところだが、この日の健は判断基準を持っていた。

 

「やっぱりこっちかな。作る過程が豆腐の方がシンプルで良い。タケノコも作るけど、消費すんのはまた別か」

 一応両方作って用意はするが、多めに準備したのは豆腐の方だ。

 タケノコに合わせて調整しなくて良いのは助かるし、何より酒のアテとして見たらどっちが喜ばれるか……を想像して健は判断したのだ。

 濃い味の写った豆腐を箸で千切る様にして口に入れ、喉を焼く甘辛さをそれ以上の熱さを持つ酒で流すようにして楽しむ。

 タケノコの方も悪くはないが、どうしても歯応えを愉しむ料理になってしまいそうな気がする。

 山ほど盛ってパクパクとやるには悪くないが、酒を愉しむには豆腐の方が楽に愉しめそうだと考えたのだ。サービスで煮凝りを提供するのも面白いかもしれない。

 

 そしてその決断が、健に新しい発想をもたらしていた。

 

「濃い味付けか……。日本酒以外にビールに合わせるとしてローストビーフとソーセージに凝ってみるのも良いかもな」

 ビールの美味くなる夏前には、赤字から脱出したいと思いながら残りのメバルの下味を付けに掛かった。




 という訳で短い話と合って既に四話目です。
今回からようやく主人公に、何を判断基準にするかが決まって来ました。
自分の店の独自性を見つけるのは、まだ先に成りそうですが……。


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思わぬ誤算

 努力することが好きなら創意工夫という物は良いものだ。

 健はこれまでメニューを豊富にすることを第一にしてきたが、ひとまず深みやそのバリエーションに力を注ぐことにした。

「今日のオススメは何?」

「こいつです。煮凝りはオマケですがね」

 まずは器を三つ切りに分けた物を用意し、三種類のお通しを並べた。

 いずれも同じ料理を一口大に絞り、三形態のバリエーションで用意した物だ。

 

 一つ目は魚の煮凝り。

 二つ目は魚の味を移した豆腐の欠片。

 三つ目は魚と共に煮込んだタケノコの薄切り。

 

(豆腐が一番売れると思うんだが……。まあ今の客数だとタケノコの方でも問題ないかな)

 昼間に仕込んだメバルの煮付け。

 これを豆腐と煮込んだ物と、タケノコと煮込んだ物を用意した。味のしない豆腐の方を濃くしており、タケノコの方はもう少し抑えてある。酒に合うのは豆腐の方だとは思うが、他にも歯応えがまるで違うので後は好みの問題である。

 そし相手の利き手の位置へタケノコ側を、煮凝りを挟んで豆腐を逆手の側に置く。そうすることで味の濃い順番に食べることができる。

「お好きな方を後でお出しします。もし煮凝りがお好きな場合は、適当な食材を指定していただければ上に掛けてお出ししますよ」

「それなら熱いご飯が欲しいわね。はしたないけど最後の一杯に丁度良さそう」

 この返答を聞いて健はままならぬものだと思った。

 常連のカッパさんには『メバルは良いからタケノコだけ山ほど欲しい』なんて言われてしまった。解せぬ。やはり自分が好きな傾向の物を自分が好きなペースでつつきながら、酒を愉しむアテにするのが酒呑みなのだろう。

 

「お酒は日本酒にするとして後はそうねえ。ナムルとお刺身ちょうだいな。ナムルはもやしよね?」

「そうですね。あれが一番手が掛かりませんから。刺身とナムル一丁!」

 ナムルというのは茹で野菜にたれを絡めたサラダ系の料理だ。

 此処では生醤油と出汁醤油を適量で混ぜることで、香りの強さと甘みを調整している。今日に限ってはお勧めがメバルの煮付けで甘辛いと判っているので、出汁醤油は控えめで代わりに酢を入れてサッパリさせてあった。唐辛子とニンニクを入れてパンチを聞かせ、同じ醤油系でも甘露醤油を多めに使った煮つけとは違った辛さにしてある。

 

 そして刺身の盛り合わせをナムルの少し後に出す。もちろん丁寧に処理したメバルも入っているので、煮つけとは違った楽しみ方だ。他にはイカと貝類の中でその日の市場で手に入り易かった物を盛ってある。最後にメバルの煮つけを小鉢で出してから、飯を茶碗によそって煮凝りは別の小鉢で付けた。

 

「今日は薄味のものばかりね。こうなるとこないだのシラウオも欲しく成って来るけど」

「すいません。今日は手に入らなかったので」

 煮付けのような濃い強い料理と、味の強い赤身の刺身は並び立たない。

 もちろん酒やお冷で口を洗ってしまえば別だが、それならばいっそ最初から薄味の白身魚の方が良いだろう。その中でもメバルを刺身と煮つけの対比で演出しているので、後はイカや貝類でまとめた形になる。刺身醤油としては生醤油と甘露醤油を用意しているが、この日ばかりは生醤油がメインだ。長持ちしない生醤油の消費を測りたかったのも事実だが。

 

 最近偶に寄ってくれてるこの女性がナムルで口をサッパリさせているのを見ながら、温野菜のバリエーションを考えてみた。茹で野菜はよく使うので味の変化が欲しい。山ほどメニューを並べるなとは言われているが、定番料理としてナムルと差し替えにするのは悪くないだろう。妥当なところでチーズあたりだろうか? 野菜に合わせたチーズを選び、そのままと茹でたバージョンで……いやチーズも焼いた物の組み合わせもあるな。ニンニクは無理だろうがそういう時こそ自家製の黒ニンニクの出番かもしれない。ナシの様にシャリシャリとした歯応えと、プラムみたいな甘さを持つ黒ニンニクなら温野菜のサラダに合うはずだ。

 

「あら? 顔に何かついてる?」

「いえいえ。今度は温野菜とチーズのサラダを用意してみようかと思いまして、酒は何があるかな? とか思ってただけです」

 人の顔色をうかがうのは悪い癖だが、嬉しそうな反応を見るのは好きなので止められない。

 適当な答えで返しつつどんなバリエーションが用意できるかを考えていく。歯応えが欲しい人には切り取ったチーズを、軟らかいのが好きな人には焙ったチーズを用意する。それだけならば大した手間ではないし、常連ならば好みに合わせて予め準備することも可能だろう。

「それは嬉しいわね。完成したら教えて頂戴? 試させてもらうわ」

「その時はお通しで出しますよ。酒を呑んでくれるなら無料にしますんで、気に入ったら小鉢で頼んでください」

 愛想よく言っているだけの可能性もあるが、できれば常連になって欲しいものだ。

 そんな風に考えていた時期もあったのだが後日、臭いが薄いのに生よりも健康的であると知って、この女性が持ち帰りまで検討する程に黒ニンニクを気に入るとは思いもしなかった健であった。




 書き始めてはや五話目。
ようやくながら、ちょっとずつ傾向が見えてきた感じです。
同じ料理の細かい調整を客の好みに合わせて少しずつ変化させる感じ。
複雑なのは人数が多いと無理ですが、それは追々簡単にしていく感じで。


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偶には洋風で

 小さな瓶で1000円近くする健康食品として効用の高い黒ニンニクや黒ラッキョウ。

 ニンニクやラッキョウ特有の悪臭がせず、しかも甘さが出るとあって物凄い変化を遂げるのだ。

 幾つかの欠点を覚悟すれば、実は自宅で作れてしまう。古い炊飯器を捨てずに再利用すれば実に簡単である。

 

「もっとも、こいつが一番の難点なんだがな」

 発酵させながら悪臭の元を抜くので、当然ながら異様な臭いがする。

 判り易いのは黒ラッキョウで、ラッキョウ酢を作った時の臭いを鼻から深呼吸すると言えばどれほどの悪臭か判ろうものである。

 それでも健が自家製にハマったのは、生よりもニンニクやラッキョウの効用が強く成る事。そして悪臭が消えて甘くなるという劇的な変化が大きいことがあった。また叔父さんから受け継いだ店舗に住処を移し、元の自宅で放置して発酵させれば良いというのも大きかったろう。

 

「よし。チーズも温まって来たぞ。こいつをこうしてっと」

 チーズをアルミホイルで包んで温めていたのだが、口を開いて中にナイフを入れてみる。

 すると僅かな抵抗で刃が沈み、バターの様に使う事が出来た。

 ナイフの先で一部を持ち上げ、茹で揚げた野菜に載せて早速試食する。

「うまいうまい。ハムや茹で卵にも合うな。黒ニンニクも中々良い感じだ。クリームチーズの方が合いそうな気もするが……っと。今度は塩っ気が欲しくなるな」

 まろやかなチーズと茹でた野菜の相性は抜群だ。

 薄切りにしたハムや輪切りの茹で卵に着けてもなかなかで、ワイン辺りと相性が良さそうだがビールでも良いだろう。

 しかしチーズがまろやかなのは良いが、少しばかりまろやか過ぎる。

 

「ソーセージの研究はもうちょっと先の方が良いとして……。とりあえずはしょっぱい系のソースと……オリーブ辺りでバランスとってみるかな」

 赤字の内から冒険する訳にもいかない。

 そもそもこの料理は万能型の野菜と組み合わせる為のバリエーションでしかないのだ。ここで更なる冒険を重ねるだけの余裕などないと言っても良い。その点、塩漬けのオリーブをおいておくのは簡単で良いだろう。香辛料を混ぜたソースはそのままだとキツイので、トマトのピューレ辺りと混ぜるのも良いかもしれない。

「いや、まてよ? オリーブでバランス取れて……ハムとも相性良いんだよな。スモークサーモンやアレも悪くないな」

 さすがにスモークサーモンの買い置きなど置いてはいない。

 だが同じような食べられ方をする食材なら用意してあった。元から研究しようと思っていた料理であり、メインディッシュにも酒のアテにもなるすぐれモノだったからだ。

 

 健が取り出したのは牛の赤身を切り出してローストしたものである。

 ほどよく寝かせて置いた物だが、その内の一ブロックを取り出して切り分け始めた。そして用意しておいた二種類のソースを個別の皿に入れて、ちょこちょこと味わう事にしたのだ。

 

「思った通りローストビーフに合うな。ソースはまあ本格的なのも良いけど、和風ソースもなかなかだ」

 肉汁と赤ワインをベースに玉ねぎやニンニクを摺り下ろしたグレイビーソース。そして醤油にワサビを溶いた和風ソースを用意していたのだ。グレイビーソスの中に醤油を入れるパターンもあるが、和風ソースと一緒に選べるようにしておくので、今回はその方法は使用していない。

 

 そしてこれらを温野菜とチーズと一緒に並べて、大皿に盛ればそのままパーティ料理の一つとしても違和感がなかった。何よりも素材がどれも万能型というのが素晴らしい。これならばいつも用意する素材を利用して、その場で客の要望に合わせることができるだろう。

 

「チーズの甘さとグレイビーソースや醤油に合うのはまあ当然だよな。問題は……硬いままのチーズや茹でてない野菜と組み合わせるかどうかだ」

 温めてない硬いチーズと茹で野菜や、ローストビーフが合うのは当たり前のことだ。

 しかし生野菜とチーズであったり醤油と相性はどうだろうか? もちろんお勧めの組み合わせは決まっているが、そうでない組み合わせを好む客もいる。最初から好みのままつき通す者には問題ないが、どちらとも判らない者に『合うのか?』と聞かれた時に咄嗟に応えるくらいはしておきたいものだ。その答が例え『悪くはないが他に良い組み合わせがある』というものだとしても。好物に合わせたいと言うものはそれなりに居るのである。

 

「ここまで来ると、後は盛り方だよな」

 色々試した後で、健は同じ組み合わせを色々な皿に盛り直してみた。

 最初は大皿にまんべんなく並べていたが、それを積み上げる様に山形にしてみる。温野菜を最初に敷いて、その上にチーズ、その上に別の温野菜やハム。そしてローストビーフをドームの様に盛り上げて。あるいはいつもの小鉢に少量ずつ盛ったり、お通し様の小さな器。あるいは深皿というのもあるだろう。ガラス製の皿というのもあるか。

 

「んー。やっぱり平皿とは別に用意した方がいいかな」

 硬いままのチーズなら、チーズの上にハムや卵を載せれば済む。温野菜をその中間に置いても、スティック状にして並べたって良い。だが溶かすとどうも居心地が悪いのだ。溶けたチーズで絵を描けるような絵心がないのもあるだろう。しょっぱいソースを一緒に出す場合も、やはり個別に並べる必要があるというのも大きいが。

 

 いずれにせよ、温野菜とチーズの組み合わせは定番の一つに加わってくれるだろう。




 という訳で第六回にして洋風の料理が出てきました。
茹でた野菜にチーズ(+@)を組み合わせただけのモノですが、食べ易く飽きない味です。
個人的には青物でもポテトでも合うので結構好きですね。

ローストビーフの方は研究中の一つが軌道に乗ったと言った感じですね。
シェラスコやアサードに変化させられれば理想的なのですが、そこまでの機材が無いのが残念です。


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カイゼン

 縁が二色で彩られた真新しい紙にメニューを書き記す。

 柿渋をイメージした赤茶色の枠と、ジーンズのようなインディゴ・ブルーの枠。

 そこに記載するのは新しいオススメであるローストビーフだ。

 グレイビーソースと和風のソースの二つの味が楽しめると締めくくった。

 

「これでよしっと。本当はお通しで新メニューを試すことも書きたいんだが……」

「んな事したら内容が取っ散らかるだろ。好評だと判ってからメニューを書き直せ。こういうのは具体的で、マメさが伝わる方がいいんだよ」

 健が書き記したメニューに日付を追加してクリア・ファイルに入れる。

 バインダーの新しい場所に放り込み、古いお勧めは別のバインダーに移動させた。

「もう少し客が増えたら、表に小さい方の机を置いてメニューを置いとくぞ」

「今からやっても同じことじゃないのか? どうせなら早い方が……」

 店主である健の友人、コンサルをやってる月見里・豊(やまなし・ゆたか)は首を振って人のいない寂れた通りを顎でしゃくった。

 

「誰も通らない時に近くの中坊が『うちの中学舐めんな!』とか言って振り回しても責任取れるか? まあそんな馬鹿は今時いないと思うがね。机も客を呼び込むギミックさ。見る奴もいないのに置いて置くほどの意味はねえな」

 豊が言うには机が突き出て目を引いて、その上にあるメニューへ視線が移るとか。

 しかし人が通りもしない、それが当たり前の状態ではゴミにしか見えない。場合によっては視線を反らしすらする。だが時折客が訪れて、目を通していく光景が当たり前になってからなら意味があるという。

「そんなもんかねえ。……取りあえず食ってくだろ?」

「そりゃな。せっかくだしローストビーフを和風ソースで。もう一つはコロッケを頼むわ」

「あいよ」

 指定されたローストビーフとコロッケを用意し、オススメとしては茹で野菜とチーズを用意する。

 フライングではあるが、オススメであるローストビーフを指定したのだ。

 あえてこうなるように頼んでくれたのだろう。

 

 大き目の平皿にレタス・ポテト・オリーブ・茹で卵・黒ニンニクで輪を描くようにチョコチョコと盛っていく。その真ん中から少し逸れるようにローストビーフを載せておいた。そして二つある小鉢の片方に溶かしたチーズを入れて、もう片方には和風ソースを入れる。

 最初はワインのグラスを取り出しかけたが、次に取り掛かるのはコロッケだ。ビールの方が良いかと思い出してジョキを取り出した。

 

「茹で野菜とチーズ、ローストービーフになります。コロッケは後ほど出しますね」

「おう! 美味い所を頼んだぜ!」

 芋を潰して作るコロッケに美味い場所などあるはずもないが、健の作るコロッケには存在した。

 正確には中に入れる出汁の影響だと言えるだろう。

 健がいつも作るのはポテトコロッケなのだが、出汁を入れることで甘さを加えている。

 魚市場で食べたコロッケを真似て、芋も衣に使うパン粉も荒く挽いて歯応えを演出していた。

(……チーズに和風ソースを混ぜんな! って言いたいところだが、こればっかりは客の勝手だからなあ。しかし同じ野菜でも好みがあるんだろうな。カッパさんにはレタスじゃなくて春キャベツを入れてみるか。後はアスパラガスとか)

 豊の様子を眺めているとチーズにソースを混ぜて独自の味付けに替え始めた。

 オマケに黒ニンニクを潰してチーズへ混るほどで、確かにそういう食べ方もあるのだが、先に言ってくれればこちらでやるのに……と思わなくもなかった。

 しかし茹で野菜自体は気に入ってくれたようで、自分好みの味付けてパクパクとやっている。

 その後はローストビーフを食べたり、野菜と重ねたりしながらビールを楽しんでいた。

 

 その頃には油が温まり始めたので、コロッケを二つばかり投入して片方は実験に使う。せっかく融通の聞く友人がいるのだ、試しておいて損はないだろう。そして奥の方から買っておいた秘密兵器……ちょっとした玩具を持って来る。

 

「お待ちどうさまです、コロッケを用意しました。もう片方は試作品の無償提供ですので、ご賞味いただければ幸いです」

「……お? スポイド!?」

 どちらも出汁を利かせたポテトコロッケには違いない。

 だが片方にはスポイトを突き刺し、中に秘密兵器を入れておいたのだ。

「中に入ってるのは出汁だよ。黄色い方は辛子を混ぜてある。好みで調整しとくれ」

「あー。前に漫画でみたアレか!」

 出汁が染みた方が好きな客の為に、ちょっとした思い付きを試してみたのだ。

 豊が言う通りとある漫画で見た手法で、スポイトの中には出汁が入っている。

 これを突き刺して行う事で、コロッケの皮を湿らせさせず、また量産したコロッケの味を変えずに自分好みの調整ができるようになっているのだ。

 

「おもしれえなあ。……なあ、これってチーズは?」

「無理。もう試したけど流石にコントロールできねえよ。上手く調整できるなら使い捨てにしても良いんだけどな」

 スポイトの中に入れるモノは、ビネガーやらソースやらいろいろ試してみた。

 しかしながら溶かしたチーズを入れて、上手くコントロールすることは難しい。

 それこそ熱したチーズと、熱に弱いプラスチックの仲は犬猿の仲だ。温度が低ければ注入できず、かといって高ければプラスチックも溶けかねない。なかなか上手く行かないものである。




 という訳で友人の名前が決まりました。
月見里と書いて『やまなし』と読み、演技良さそうな感じで豊。
きっと先祖は平原部の農村にでも住んでいたのでしょうか。

ローストビーフや茹で野菜とチーズは前回の話で出したので、今回はポテトコロッケを追加。
芋とタマネギのみで作ったコロッケに、出汁を染み込ませた物になります。
万能のジャガイモを中心に使いつつ、出汁は他の料理に使う物なので原価はお安いのに、独自性が出せる感じ。
今回はとある漫画で出て来た手法をパク……オマージュすることにしました。


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足りたモノと、欠けているモノ

 頑迷な人間という物は存在する。

 その日もカッパさんはキュウリを頼んだ。いっそ清々しいまでにいつものペースである。

 お通しに出したチーズもキュウリに漬けて、『悪くはないがいつものが良いな』とのたまう始末であった。

 それはそれとして今夜の本命は、こないだの女性客だ。

 

「このお通しを小鉢に盛ってもらえる? まずは溶かした方で一皿、後で溶かさないのを野菜をできるだけ変えてもう一皿」

「問題ありませんよ。欲しい野菜や肴があれば入れ替えられますので」

 茹でた温野菜とチーズの組み合わせをスタンダードに提供し、茹で卵をオイルサーディンやハムに変えたりできる。もちろん全部野菜が良ければそれも可能だし、チーズを溶かすパターンと溶かさず切っただけのパターンも可能だ。

「それならアーモンドかクルミがあれば嬉しいわね。あるなら自家製サングリアを合わせたいところだけど」

「流石に市販のだけですね、すみません。ナッツ類は用意してありますのでちょいとお待ちを」

 今回は溶けてる方と溶かさない方を同時に頼まれたこともあり配分を考える。

 ポテト・黒ニンニク・茹で卵は前者、指定されたアーモンドやナッツは後者だ。しかしオススメにローストビーフを合わせるつもりだが(向こうもその予定だと思うが)、この組み合わせならばローストビーフよりもアサードを出したくなる。

 

 アサードというのはスペイン・アルゼンチン辺りの料理で、サラマンデルというグリルで焼く豪快な肉料理だった。ローストビーフと同じ赤身を使って作る料理でもあり、シェラスコも含めて作れるので同じ肉から作れるバリエーションとしては悪くない。問題なのは機材の方で、現時点で拡張する余裕など一切ないのだが。どうしてこんなことを思うかというと、サングリアというのがやはりスペインやアルゼンチン辺りで呑まれている果実入りのワインだからだ。

 

「臭いは薄いんで黒ニンニクを試してください。甘いからチーズに合いますよ。それと大勢で大皿を頼まれる場合は、分量または肉類をサービスさせていただきますね」

「あら、嬉しいわね。今度、友人を誘って飲みに来ようかしら」

 今のところ大皿で頼む客は一人も居ないが、うちは大皿で頼む場合は量を多めにする予定だし、パーティ-前提なら大盛りが指定できる。大皿だと1500円で大盛りは2000円だが分量は小鉢を等倍したよりも遥かにリーズナブルに設定してあった。

 だが何事にも計算違いという物はあるし、例外だの予想外という言葉は存在する。

 黒ニンニクの味と効用を気に入り、通販で仕入れたら一瓶で1000円を超えることを知って、後に大皿で頼んだり持ち帰りができないかと相談を受ける事に成った。流石に『家庭で作れますよ?』と伝えてみたのだが、『家で臭いをまき散らすわけにはいかない』とのことである程度は融通を利かせる必要が出たのは言うまでも無かった。

 

 人は相変わらずまばらではあるが、こうやって常連客が増え、一過性の客の中にも以前に見たことのあるリピーターが出て来る。こうなってくると頭の隅を横切るのがソーセージ辺りを試してみたいなという欲望とアルバイト……というか女性店員が必要かという考えだ。

 

(店自体は一人で回せるんだがな……。いかんせん俺も豊も男だからなあ。客に聞くわけにもいかんし、女性目線が気になるんだよな)

 できるだけ小綺麗にしたり、今日みたいにおしゃれっポイ料理も考慮したりと考えてはいる。

 だがそれは手前勝手な理屈でしかない可能性もあるのだ。目が行き届いていない場所や、もっと根本的な問題があるかもしれない。男性客に愛想を降らせる必要はないが、女性客から見て男ばかりの呑み屋というのは気が引けるかもしれないからだ。こればかりは俺がいくら気を付けても対処できるはずも無かった。

 

(しかしなあ。赤字が減って来たってのも俺一人だからだしなあ。人なんて雇ったらとんでもないことになるぞ。魚市でバイトしたって釣り合う訳がない)

 SNSで広めたりポップを可愛く飾ってみたりしても、所詮はおっさんたちの集団だ。

 こんな狭い場所におっさん連中が屯していて、気軽に入って来れる訳がない。むしろ目の前でサングリアを傾ている女性客の方が例外だと言えるだろう。健が前の料理屋に務めている時にだって、酒でストレス発散に来て居る女性客がいないわけではないかったが、愉しみに来ている人が多かったわけでもない。それだって大将の奥さんが居なければどれほど居たかは不明である。

(まともに店を構えたら必ず使う出費だと割り切るか、それとも非常手段に訴えるか、考え物だぞ)

 場所代を払って良い場所に出店するか、それとも妥協して郊外のもう少し良い場所にするか。

 その条件で店を構えた場合は、確実に女性スタッフを雇っただろう。そして豊が言うには半年は赤字覚悟が当然なのだとか、税務上は三年くらいみてくれるらしい。ならば今から人を雇って更なる赤字に似合っても、必要な投資だと言えるだろう。

 

 そしてもう一つ方法が無くはない。

 豊にコンサル費用を出世払いにしてもらっている様に、何らかの条件で身内を呼ぶという事だ。ただし無給という訳はいかないし、何らかの代用手段で相殺するとしたら誰でも良いわけではない。ということはかなり無茶な条件を飲んでもらう必要があるし、向こうも自分に対して無茶を要求して来るだろう。

 

(うちの妹に声かけてみるか。あいつも将来に店を持ちたいと言ってたしなあ……)

 その実験をこの店でやって良い。

 そう言えば乗ってくるかもしれないし、ダメでも女性視点での意見位は聞けるだろう。

 そんなことを思いながら、ついこの間までは思いもしなかった悩み事で頭を抱えるのであった。




 という訳で軌道に乗り始めましたが、それでも一人ゆえです。
女性視点が足りないと不安でいっぱい。
どれだけアレかというと、一昔前のゲームセンターやパチンコに女性客がどのくらい居たか?
そういうのを想像していただければ幸いです。


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助っ人交渉

 当たり前ながら少ない給料で人を呼ぶのは難しい。

 ついでに言うと労働のきつい飲食業なら猶更だ。

 仮に今は楽だとしても、将来に厳しくなるから人を増やすのである。

 

「兄貴。やりがい詐欺って知ってる?」

「詐欺は酷いな。……あまり反論は出来ないけど」

 健は料理学校に通っている妹の美琴にアルバイトの話を持っていった。

 正直に話しをしたこともあり、アッサリと否定されてしまう。

「もう少しお客が来て最低限の賃金は払えるようになってから言ってもらうとして、そのレベルじゃ普通人は来ないよ? どんな魅力があんの?」

「おお! お前なら話を聞いてもらえるとは思っていたぞ!」

 とはいえ兄妹であり、妹も進む気であった料理の道ゆえに話くらいは聞いてくれる。

 もちろん健としては幾つか首を縦に振る条件を予想しており、見込みが無かったわけでもない。そういう意味で性格が透けて見える分だけ兄妹というのは相手に理想など抱いていないとも言えた。

 

「まず料理のコツと、俺が聞いた商売のコツはみんな教えるよ」

「足りない。少なくとも月見里さんに兄貴のツケで、私がしたい商売のアドバイスを聞いてくれること。もちろんキッチンを練習に使わせてくれることも含めてね」

 ここまでは最低限の条件だ。

 情報を共有し、兄のツケで伝手を利用させてもらう。店の経営にさし障りのない範囲で食材と機材を使って、自分がしたい料理の特訓をするというのも当然のことだ。

「でもここまでならありえる範囲だよね。他には?」

「せっかく機材と食材を使うんだ。俺が使わない昼間に弁当でも作って、売ってみるってのはどうだ? 味は見てやるし何だったら俺が調理しても良い。店を出す練習になるぞ」

 うっと美琴が唸るのが聞こえる。

 兄妹で性格が似ていることもあるが、チャンスに弱いのは美琴も同じだった。

 いつか自分の店を出したい、その練習がしたいというところまでは当然として……。まさか商売の練習までさせてくれるとは思っても見なかったのだ。

 

「マジ?」

「もちろん味の保証ができた上でだがな。俺が調理するというのも、その最低限がクリアできなかたら。量が必要な時に手が足りない場合もか。……なんだったら俺が仕入れている業者や農家で必要な素材を仕入れてきても良いぞ」

 ここで重要なのは、妙な物を作るとせっかく向上している店の評判が悪くなるという事だ。

 だから下手な物を店で売って良いなどとは言わないと思っていたのだ。

 あまりにも都合が良過ぎたことで馬脚を現したともいえるが。

「……先に月見里さんへ相談したでしょ? 他に何の条件があんのよ。ここまで言ったんだし、先にいっちゃいなさいよ」

「判るか? とりあえず俺が満足できるレベルを前提として許可を出す事。免許類は俺のを使う事。そしてこれが何より重要なんだが……」

 健にここまで譲歩する頭があるはずもない。

 最初から友人である豊に、どうしても必要な『女性視点』を借りるために、何かアイデアはないかと聞いていたのだ。

 すると店が関わっているとして恥ずかしくないだけのレベルになるまでは面倒を見る事や、商売上どうしても必要な免許類の都合を健が担えばよいと伝えたのである。こればかりは美琴にできるはずがない。

 

 そして何より重要な事がもう一つ。

 

「お前、車の免許はもう取ってたよな? 仕入れ用に使ってる車で移動販売するんだよ。そしたら最低でも店の名前に傷はつかないからな。客の傾向だって事前に選ぶことができる」

「あっ! その手があったか!」

 夜間営業が基本の居酒屋が、昼間に店舗をシェアする方法は確かにある。

 だが別に店舗を使えるからと言って、必ずしも場所を同じ所でする必要はないのだ。

 特にこの居酒屋は郊外の中でも悪立地で、周囲にオフィスも工場も無いのである。こんな場所で弁当屋をやっても売れるはずがあるまい。

「よーするに、移動販売に必要な何もかもを兄貴に任せるって事ね。さすがは月見里さん、よく考えてるう」

「味の保証もな。レシピだって工場で働いている人向けなら直ぐにでも使えるはずだぞ」

 居酒屋のレシピは酒で口を洗い、酩酊することを前提にしているので味が濃い。

 そして売れ易い弁当の傾向には二種類があり、肉体労働向けの味の濃いメニューと、オフィスワーク向けの軽食のような食べ易さ向きの料理に分かれていた。

 

 居酒屋メニューの味の濃いものは工場向けの弁当用に参考にできる。

 逆にオフィス向けの軽いものは、むしろこれから居酒屋に必要な華やかな物があればお互いの参考になるだろう。その料理を作るのはこの店なので、ここへ入り浸りたいと思えるほどに環境を改善しなければ意欲の方も改善はされないだろう。

 

「そういうことならOKよ。直ぐには今のバイトからシフト減らせないし、さっきも言ったように最低限の給料が出るまで待つことにするわね。最初の意見代代わりに、何かサラダで面白い物作ってくれない?」

「ちゃっかりしてるな。ま、丁度いいちゃいいか」

 話は決まったがあくまで将来の話だ。

 今は人が居ても過剰なだけだし、必要なのは女性視点でのアイデアである。

 だからそのアイデアの料金として参考にできそうなメニューを教えろと言っているのだ。

「うちの店は同じメニューでも、出す人や要望に対して微妙に変えてある。ベーコンで言うとカリカリにまで焼くのは同じだが、厚みに差があるとかな」

 ベーコンを焼くならその脂でも良いかもしれないが、前もって軽くあぶって臭みを抜いたサラダ油を使用する。カリカリにまで焼く間、徐々に油を抜いていくが少しでも臭いを減らすためだ。その上で薄いベーコンを細切れにカットし、同様にベーコンステーキ用の厚切りベーコンをサイコロ状にカットする。

 

「面白いといえば良くある手法としては、クルトンの代わりにチップスや駄菓子の麺を使う事かな。学校のメンバーで飲み歩いたりは?」

「兄貴……あたしまだ二十歳前なんだけど。お、ベビースターって太いのもあるのね」

 それもそうかと言いながら、健はポテトチップスや駄菓子の袋を取り出した。

 棒で軽く叩いた後、袋の上からもみ解していく。

 そして薄切りベーコンの方にはポテトチップスを砕いた物、サイコロ状にした暑い方には味付け麺の方を混ぜ合わせた。

 もちろん野菜の方も微妙に違うので、トータルで言えばかなり感触の違うサラダになるだろう。

「一応はドレッシングもチーズも同じものだ。時間があるなら隠し味くらいは入れてもいいかもしれんが、客の前でする程のことじゃないな。やるなら予約の段階でやる」

「まだ予約客なんか来ないけどね? まっいーんじゃない。ドタキャンの心配も無くてさ」

 笑いながら二人は二つのサラダを小鉢に分け、それぞれ感想を言い合いながら小腹に収める事にした。




 今日は色々あって1時間ほどずれました。
妹に相談する前に、友人に口説き落とすアドバイスを聞いた感じ。

なお、最初から店先で売らせる気がないというのがポイント。
店の評判を下げるし、健自身が認めたくないでしょう。
しかし移動販売を前提として、キッチンや免許を貸す程度ならば許容範囲。
もちろん食中毒やら問題があるので、監督する必要もありますが。

ちなみに兄妹の仲は普通。
「可愛い妹に格好良い兄?」
「「そんな奴はいねえ!!」
とハモる程度には。


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予約客

 フラグという物は時折に当たるものだ。

 予約なんか当分ないだろうと言ったのに、翌日には予約が舞い込んだ。

 もっとも二人で楽しく飲むから、問題なさそうな肴を用意してくれと言われただけだが。

 

「……外国の方ですか? 英語なんかできませんよ? もちろん他の言葉も」

「そこまで期待してはしないわよ。先方は日本語できるから問題ないわ」

 新しい常連である女性客が予約の打ち合わせに来た。

 予定している日は開店しているのかという確認と、メニューを調整して欲しいというものだ。

「なら構いませんがね。希望というか……むしろ使ったらダメな物は?」

「宗教での問題とかアレルギーとかは特にないはずよ。あえていうなら、日本食初心者だけど興味津々というくらい」

 厳しい注文ではないが難しい内容だ。

 変な物を出して日本を嫌われるのも困るが、下手に遠慮してチキンと思われるのも期待外れだろう。

 

「では大皿でこないだの茹で野菜とチーズ、これにスモークサーモンを入れます。その上で一品ほど対比させましょう。例えばそちらにカツオのタタキを、先方にはローストビーフを」

「……なるほど。よく似た組み合わせで安心させて、興味をそそらせるのね」

 茹で野菜の大皿に載せる中に、欧州が本場のスモークサーモンを入れておく。

 依頼した女性には刺身としてカツオのタタキを用意し、もう一人には作り方のよく似ているローストビーフを対比させる。食べ慣れたローストビーフを口にしてもらうが、似ているから興味がそそられたら一切れ二切れくらい食べるかもしれない。要するに少しずつ興味を引くわけだ。

「盛り合わせだとしたら他に何を用意するの? 一品だけでも良いけど」

「判り易く行くならマグロと焙りマグロですかね。生の残し方をかなり減らすこともできますから。後は……」

 健は肩をすくめながら、だし巻き卵とポテトコロッケを用意した。

 

「だし巻き卵は名前の通り出汁を使います。うちのコロッケにも出汁が入ってますよね。これをそのまま出しても良いし、オムレツとクロケット辺りと対比させても構いません。正直な話、無理に刺身を勧めることもないと思うんですよ。食べたいと思えば別ですが」

 幾つかの料理を対比させて、同じようでいて全く別物を用意しても良い。

 だが日本食の面白さを語るならば、別に食べ易い物でも良いだろう。

「うちは見ての通り余裕があるわけじゃないんで、不要な物は用意し難いですがまあ、オムレツくらいなら問題ないですよ。クロケットも予約があって確実に食べきるなら一応は」

「用意だけしてもらっておいて食べないというのもどうかと思うから、その場合はお持ち帰りにしてくれる?」

 実のところコロッケの原型であるクロケットなんか思いついたのは、妹の美琴が最近チャレンジしているメニューだからだ。

 コロッケをそのまま出すのではなく、蟹クリームコロッケよりも細長く仕上げていた。

 だからそれを指導する延長で、当日のオススメにクロケットを用意することもできなくはないのだ。単にこの店の定番商品に、出汁入りのポテトコロッケがあるからやり難いだけで。

 

 それともいっそのこと定番のコロッケも、その日ばかりはクロケットの盛り合わせに入れてしまうのも良いかもしれない。細長く仕上げたクロケットを三本か四本くらい並べて、出汁味・カレー味・チーズ味などと食べ比べるのだ。その上で出汁味を多めに作っておけば問題ないだろう。

 

「せっかくのご予約ですし、その辺は数を抑えるなりセットメニューを考慮するなり工夫するなり何とかしますよ。後は唐揚げや竜田揚げまで用意するかどうかですね」

 フライドチキン・唐揚げ・竜田揚げ。

 これらもよく似た別の料理だ。日本食へ導く初歩としては悪くないが、やはり問題は鶏肉の扱いが被ることだ。用意しておくには無駄が大きくなるし、その場で揚げるには手間ばかり増えてしまう。

「んー。そこまで頼んだら悪いわね。彼女が気に行ったら次も予約させて貰う事にするわ」

「では先ほどのメニューを用意してお待ちしますね。ご予約ありがとうございました」

 正直な話、彼女の方もそこまで責任が持てるわけではない。

 縁があって居酒屋で楽しく呑むことに成っただけで、できるならば日本食を知りたいという要望に応えただけだ。必ずしも用意した料理を気に入るわけでもないだろうし、何もかも中温して消費するという訳にもいかない。客としても店主としても、お互いに重い責任を持つほどの間柄ではないのでこんなものだろう。

 

 お互いに楽しくやれる範囲で、適当な努力をするということでお勘定に成った。

 健はこの後、直ぐに妹に連絡して女性客用のアレンジやら気を付ける事を聞き出すことにした。




 という訳でフラグというか、ネタを思いついたので予約の話を。
外国の方がやってきて、日本食を食べていくという話です。
なお、「●●デース!」みたいなわざとらしい話にはならない予定。


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カイゼン2

 環境改善第一のステップは、席の配分を変える事だった。

 どこを重視するかにもよるのだが、カウンターが五席から六席。

 二・三人掛けの小さなテーブル二つかまたは大きなテーブル一つ、小上りも同様の構成だ。もっとも同じスペースを分割するので、大抵は何処かに無理が来る。

 

「やっぱり店の中がどうなってるか分かんないのは怖いもんね。外から見え易くしようよ。暫く一人って言うなら小上り無しでテーブルも減らせば随分印象変わると思う」

「まあ俺一人ならカウンターだけの方が助かるしな」

 上記に書いた席数は最大限に詰め込めば可能という程度でしかない。

 移動経路もさることながら……テーブル席と小上りはモロに競合しており、片方を二つにすればもう片方が狭くなる。間仕切りを無くして更にカウンターを減らせば何とかなるが、それだってトイレに行くたびに肘付き合わせることになるのだ。

 

 ゆえに改善点として最大人数を大幅に見切ってしまう。

 どうせ暫くの間は客数の増加が見込めないし、プライベート空間の為に間仕切りでただでさえスペースを分割する必要はない。間仕切りを最初から取り除きカーテンもシンプルで控えめな物に変更。それだけでスッキリとしたビジュアルに仕上がって見える。

 

「テーブルは外に出すなりすればいいが、小上りはどうする? その日だけなら予約席として誤魔化せもするが」

 畳敷きで一段高い小上りは座敷席の小型版である。

 ないなら無くても良いのだが、段差を作ってしまっている分だけテーブルの様に動かせない。かといって荷物置きにするのは別の心配が出て来てしまう。せっかく見渡しを良くしたのに手狭に見えるし、テーブルや椅子の予備を置くのは汚く見える。

「枠で囲んで子供の隔離スペースにしちゃお。実際にママさんが来るかは別にして、空けておく理由になるしこういうのがあれば安心できるもんね」

「そのくらいなら簡単だし、小上りを使いたい人にも見てもらえるか……」

 予約客の外国人は日本文化に興味を示しているらしいので、小上り自体は気になるだろう。

 しかし当日は足を延ばせるテーブル席の方が良いだろうし、他に客が居なければカウンターの方がリラックスできるかもしれない。

 

「あと椅子の回りも何とかしたいかな。当面は荷物入れる箱でいいけど」

「そういえば最近はそういう店が多いな。やっぱりあった方がいいか」

 カウンター六席にして入り口近くは少し広げておく。

 おかげで他に問題が出てしまうのだが、小上りを無くしてテーブル席は小さいのを一つのみ。

 これで何とか折り合いがつくのと、おそらくカウンターも満席にならないから十分だろう。テーブル席や小上りを使う様になったら、六席から五席に戻すのも良い。

「トイレはあたしが何とかしとくから、兄貴は当日のメニューを盛ってみてよ」

「やっぱり弄らないとダメか?」

「ダメよ」

 かわいらしい小物を置いたりポップでオススメメニューなどを紹介。

 以前より可愛くなっていくトイレを見て、健は居心地の悪さを感じた。カーテンや間仕切りが変わろうと何とも思わないが、滅多に行かないトイレが様変わりするといたたまれなくなるのだ。

 

 とはいえ任せると言った以上は口出しできない。

 大皿に当日使う予定の料理を盛ることで自分を誤魔化すことにした。

 

「大皿は……平皿じゃなくて少し変わってるのがいいかな」

 茹で野菜と温めたチーズをのせる皿は、白く楕円形で歪んで見える皿を選んだ。

 単純な丸や四角に盛り付けるのではなく、楕円の歪みに合わせて野菜を盛っていく。

 そして中央には大きく間を空けて、主菜として選んだ肉料理や好みのソースをタップリ載せられるようにしておく。

「ふーん。絵画で使うパレットを意識してるの?」

「まあな。小鉢のセットだったら懐石を参考にしたっていいんだが」

 懐石料理は盛り方が決まっている。

 何種類かあるが、定形が決まっているからこそ料理に合わせて参考にできる。

 しかし今回のメインは茹で野菜とチーズをつつきながら、延々と酒を呑むことを前提にしていた。

 

 その上で興味が載ったら小鉢で幾つか頼むという構成である。

 洋風料理で見られるような洒落た盛り方をするよりは、シンプルに全体が見渡せて余ったスペースを客が自分で左右できる方が良いのではないかと思うのだ。

 

「ちょっとちょっと兄貴! なんでカニカマにカマボコなんて載せてんのさ!」

「良いんだよ。こっちの皿は安心感を盛って食べれるように、馴染みの品を盛ってある。海外じゃ『スリミ』と呼ばれて人気の定番食材なんだ」

 茹でた野菜とチーズにハム・卵なんてものは欧米で幾らでも食べられるだろう。

 その安心感の延長上にカニカマとカマボコ、そしてスモークサーモンを載せてある。

 そしていよいよ小鉢の方にカツオのタタキを用意し、もう片方にはローストビーフを盛ってあった。外国のお客がローストビーフだけをつつくか、それともカツオの叩きに手を出しても良い。

「それよりもクロケットの方は大丈夫なんだろうな?」

「モチのロンよ。むわーかせて」

 美琴は細長く仕上げたクロケットを横に三本並べ、その上に一本斜めに立てかけた。

 まるで葉巻を並べた様な感じだが、それぞれに色合いが違うので別物だと判る。

 これにソースでも掛かって居ればもう少し洒落ているのだろうが、この店はソースが選べるのでやってない。

 

 最後にそれらをテーブル席に載せ、写真を何枚か撮ってノートパソコンで確認していく。

 もちろん店の外から中、中から外も映して置き、全体の印象を見比べていくのだ。

 

「一応はこんなもんかな。後で定番のレビューをでっちあげて印刷するから、他の店のページと比べて見ましょ」

「了解。なんとかなるといいな」




 という訳で、今回は前回とあんまり変わってません。
ストックしていた料理とか書く内容も切れて来たので、少しUPが送れています。

店の印象が改善されたか確認しつつ、ちゃんと紙に落として他の店とも見比べる感じです。
やはり紙の資料でみると違いますしHPに載せるのではなく、参考にするだけなら
でっちあげの記事で問題ないですしね。
この状況で確認して「あ、胡散臭すぎる」とかでなければまあまあ改善されたという所でしょうか。
やはり頭の中だけでは信用ならない物で、可能ならば第三者に見てもらうのが一番なのでしょうけど。


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杞憂と経験

 頑張った結果が通用することもあれば、残念ながら意味がない事もある。

 それでも諦めず精進して居れば、その過程も何かの役に立つことがあるだろう。

 それに悪評が立つことに比べたら努力が無駄だったというのはマシな方だ。経験値に成ったと笑えばいい。

 

「アメリカの方ですか。なるほど」

「はい。ずっと日本のことは聞いていました。カレーとラーメンはそれぞれ三回くらい連れ回されました」

 何というか予約で連れてこられた女性は大柄で、体格に比してまったく物怖じしない人だった。

 土曜の18時から始めて20時から21時に早めに切り上げると聞いていたので、てっきり留学生なのかと健は勝手に思っていた。

 そういう訳で女性目線とか気にしなくても、それほど問題なく愉しんでくれただろう。

 もちろん体格が大きかろうと気にする人はするし、他の女性の為に前回の改善は役に立つと思うので無駄足ではないと信じよう。それと間取りを広くしたことはとても役だったので意味はあったと思っておく。

「これはお通しというアミューズグールですのでお代は頂きません」

「スリミですね。聞いていた通り二種類あります」

 新しく予約客もお通しは無料に成った。

 酒を頼んだら無料というルールだったが、予約客ならば殆ど酒を呑むだろうという流れだ。ならば最初からそう言っていた方が、色々とサービスしているという証拠になる。

 

 今回用意したお通しはカニカマを変化させたものだ。

 一つは蟹足のような形状のまま焙ってタルタルソースを付け、もう片方は解して和風ドレッシングをまぶしてある。最初は大皿に盛ろうとしたのだが、写真に撮った時にいまいちだと思ったのだ。ならばお通しとして出してしまった方が良いという事に成った。

 

「頼んでいた物はあるかしら?」

「はい。こちらにご用意させていただきました」

 予定通り茹で野菜に温めたチーズを載せたものを用意。

 カニカマの代わりに用意したのは、基本に立ち返ってクラッカーである。

 安心して飲んでもらえる肴にするならば、余計なことはしない方が良いという判断だ。興味を引くのは次の皿で良いのだから。

「適当な所で次の皿を御持ちしますね。メニューや他のお客の注文で気に成った物があれば、おっしゃっていただければその都度にご用意します」

「その時はお願いするわね」

 カツオのタタキとローストビーフは予定通り、クロケットに関してはチーズ味が消えた程度だ。

 茹で野菜にチーズが付くからチーズ味が消えたというくらいで特に意味はない。もし残念なことがあるとすれば、クロケットよりも普通のコロッケの方が食べ応えがあって評判が良かったくらいだ。これはこれでまた別の場所で役に立つことだと思っておくことにした。

 

「そういえばラーメンのスープはどうしてあんなに美味しいのでしょうか? 全て飲むのは健康的ではないと判っているのですが」

「……フランス料理のソースみたいなものですね。アレを大量に欲しいという人は世の中に大勢居られるでしょうけど、やはり健康的ではないかと」

 偶に判断に困る質問もあるが、料理人に料理のことを聞く程度の会話なので困ることは無かった。

 日本語に流暢なのも周囲に在日米軍の友人が大勢いたから覚えておいたという事で、やはり何度も聞いて覚えるのが一番だと逆に教えてもらった。漫画やアニメでよくあるような怪しい外国人というのはあまりいないそうだ(発音的な物は別にして)。

「なるほど。自分のこだわりが重要……と」

「そうですね。カレーも美味しいと思いますが、辛さや揚げ物を自分の欲しいだけ追加できるのが一番です」

 当事者が居るなら聞いてみたかったのが、どうして某カレーチェーン店が人気なのかだ。

 確かにチェーン店は味の保証がされているが、健としては町の有名カレー店の方が美味しいのではないかと思っていたのである。

 

 いや、そういう意味ではまだまだ健は甘かった。

 あるいは日本の常識は世界の非常識という言葉を知らなかっただけとも言える。

「そもそも同じチェーン店で同じ味で、メニューと同じ物が出てくるのは日本だけですね。ステイツでは美味しい店は美味しいですが、ひどい店は形も味もまったく違います」

「……ははっそれは凄いですね」

 聞きたくなかった事実だが、有名ハンバーガー店でもそうらしい。

 マニュアルとかどうなってんの? と聞きたくなったが料理人ならぬ人に聞くのも野暮だろう。

 

「タケル。質問ですが、この店でカスタムのオーダーは可能ですか? オリジナルの料理は難しいでしょうけれど」

「味なら可能です。量ですと割増料金を頂きますが」

 小鉢は400円均一にしているので量を増やすならば割増料金だ。

 もちろん大皿ならば最初から量は大目だし、追加料金でかなりお得な追加をしている。

 それはそれとして味の強弱を修正したり、洋風・和風のアレンジなどは問題ない。

「量なら数を頼むので問題ありませんね。日本はチップなどがありませんのでランチでノーマルな料理なのに2000円を軽く超えるとかはあまり見ませんでした」

「その辺りは料理と地価によりますかね」

 なんでも欧米ではカレー店やラーメン店で2000円を超える事が普通らしい。

 日本だと1000円を超えると犯罪的とまで言われているのに対照的である。

 そういった例でも、やはり地価や人件費の問題がメインらしいので仕方がないのかもしれない。

 

「注文なのですが唐揚げをもう少しスパイシーにして、大皿の大盛りでお願いします」

「……も、持ち帰りですか?」

「持ち帰りOKならもう少し頼んでも良いかもしれませんね」

「持ち帰りOKなの? じゃあ私は黒ニンニクを中心に持ち帰ろうかしら?」

「器の用意がありません。勘弁してください」

 最終的にこんな笑い話に成って、そのお客は21時にならない内に切り上げた。

 理由としては簡単で、門限はもう少し余裕があるのだが緊急呼び出しがあれば一定時間内に戻らないといけないそうだ。

 電車では間に合わないのでバスで無ければならず、この辺りは郊外なので21時にはバスが終了するという理由だったらしい。

 新しい張り紙に交通機関の時間表を張っておく事にした。




 という訳で案件は無事に終了。
色々改善されてきたので、ちょっとずつ客足も増えるでしょう。


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閑話休題

 アメリカから来た客は基本的に土曜日くらいだそうだ。

 おかげで『次』まで間があるので、案件に関して相談し熟考する余裕があった。

 

「外国産の酒は手に入るレベルでいいとして、持ち帰り販売は無しの方向でいいか?」

 健は問屋にある在庫を注文しつつ、何が手に入るかその値段を確認しておいた。

 幅だけならある程度の余裕があるのだが、配送してもらうと高くつくが取りに行くと安くなる店を選んでいるので、流石に全てが揃う訳ではない。

「そうしとけ。手広くやってるわけじゃないしな。やったとしても『食中毒の心配が少ない季節に、食中毒の可能性が少ない物に限ります』って言い訳が先に必要だろ」

「となると瓶・缶に放り込めて、常連に頼まれて断り切れない物とかかな」

 コンサルタントである豊に相談すると、幾つかの面で反対された。

 居酒屋として客が増えつつある中で、テイクアウト販売に踏み切って利益が上がるかどうかが不明なこと。下手をすると来る予定の客が酒を呑まずに持ち帰って宅呑みにしてしまう可能性があるのだ。

 

 もちろん周囲にロクな店が無いため、潜在的な需要が低いわけではない。

 だが居酒屋としてそれなりに軌道に乗るまでは、手を出すべきではないし、やるとしても移動販売に併用する程度だと忠告されたのだ。

 

「それによ、在庫は受注生産で良いとしてもだ。ザっと瓶やら蓋で100円として、数百個用意したのが元採れんのは何時だよ」

「そいつを言われると頭が痛いな。いくつかは卓上調味料にしても良いんだが」

 実際にはそこまで高くないが、ラベルやら消毒やら面倒くさいことになる。

 加えて言えばもう一つ別の企画を実行中であり、安く抑えるにしても『手間』の方は増やしたくなかった。

 素人が短いサイクルで頻繁に更新するには、できるだけ作業は簡便な方が良いと言われたのだ。

「ほいよっと。簡単な内容だがホームページできたぞ。お前さんがやる更新内容はメニューだけ。あとはその都度に美琴ちゃんにでもやってもらえ」

「すまんな。ここへのアクセスとかは……おお。助かる!」

 豊に頼んで店のホームページを作ってもらっていたのだ。

 日記などは極力省き、店の外観や内装そしてメニューの一覧。

 一番重要なのはメニューを登録すると、一番新しい物は判り易いページに更新されるという項目が、素人の健でも気楽にできる事だ。

 

 後は他の店のHPと比べてみたり、料理の詳細解説をどこまでやるかの問題だった。

 その辺りの手間は暇な時にするとしても、これから暇でなくなるように努力すべきだし……。

 現在進行形で地図と外観は最重要、美琴が言う女性目線を気にするならば、内装が薄汚れておらず見通しが良いのが判ることも重要だろう。

 

「これでようやく一人前の店になれたってことか」

「そういうのは黒字に成ってから言いやがれ。まあお前さんだけでなく、美琴ちゃんも雇うなら当面先だがよ」

 まだまだ未熟ではあるがメニューにHPに内装にと、いろいろ手を尽くして来た。

 食材の廃棄を含めた、料理に関する原価率も以前よりも遥かにマシに成って来ている。

 酒の方は利益率の高い酒があまり出ているわけではないが、その辺は今後の課題と言えるだろう。

「……うーん。そいつを言われると厳しいな。そろそろソーセージの開発もしたいから、食べ歩きを復活したいところだし」

 ソーセージは簡単な様で、奥行きの広い料理だ。

 いろいろなソーセージがあるのは当然ながら、どう味付けするのかどう調理するのかなど千差万別で広すぎる。

 

「それならクラフトビールの味見もついでにやろうぜ。昔と違って色々あるからな」

「そういえば手に入るなら色々頼むって言われてたな。ここは逆に考えて、まずは気に入ったクラフトビールにあったソーセージを考えてみるか」

 クラフトビールというのは単純に言うと、地元で造られた地ビールだ。

 酒税法などの色々なルールが少しずつ変わって来て、大手メーカー以外も製造できるようになってきた。とはいえ利益が出る場所だけではないので、『職人がこだわって作ったビール』という触れ込みでごく少数が売れているに過ぎない。様々な努力で徐々に売れ行きが広がり、あるいは淘汰されて消えてはまた起業しているともいえる。

「なら幾つかコレはっ! ってのを作ってみろよ。そういうのが無いと基準に出来ねえだろ?」

「そういうと思って用意しておいた。香辛料でギリギリを攻めたチョリソと妥協点、あとは猟師さんに分けてもらった猪のクズ肉と良い所の二本立て。最後に豚で作ったオーソドックスなやつな」

 スペインやアルゼンチン辺りで食べられる極太のソーセージが二本。

 色合いの濃い獣肉のソーセージが二本、これは豚で作った物と比べて黒いというかこげ茶色というべきか。

 最後に市販品が何本か並べられて、茹たり煮込んだりしながら試食することに成ったのである。




 という訳で第一部的な完?
客足が増えてきたところで、アルバイトを増やすかそれとも色々冒険するか。
そういうのを悩めるという事は、経営が改善されてきたなあ……。という感じです。

この後は続けても良し、適当に話を作って続けても良いというところになります。


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味の双生児

 試作したソーセージは微妙だったが、目安には丁度良かった。

 美味しい物を目指したというよりは、アタリを付けて『どんな方向の改良にすべきか』を図るための物だったというのもあるだろう。

 

「猪の肉は微妙だな。良い部位は美味いが流石に指定して調達はできん。かといってクズ肉はちょっとな……」

 健は硬い猪の肉をミキサーにかけて処理していた。

 香辛料を多めに入れて獣臭さを調和したのだが、柔らか過ぎて違和感がある。

「近所の農協なりそういう所と契約して、地域おこしのイベントか何かの時に調理・納入を担当するくらいかねえ?」

「お前、よくそんなの思いつくな。俺は弁当には向かないと思ったくらいなのに」

 豊はコンサルタントなのでアイデア勝負だ。

 幾つかの腹案を用意した上でジビエ料理とか、猪駆除をした生命を無駄にはしていないというアピールに使えると提案する。自分の所の売りにするのではなく、他の団体に下請けを申し出るというのがキモだ。ウリになるかは分からないが、健が挑戦したりするのには悪くないと判断したのだろう。

 

 続いて普通のソーセージを何本か試した後、本命のチョリソに移る。

 チョリソは香辛料が強めで肉のイメージが強いソーセージだ。

 健が本命に選んだのも味が強い分だけ酒に合い、出汁のようにスープなどに使うと聞いて試してみたくなったのである。

 

「丸まる食べると流石に喰い応えがあんなー。つかスライスしたやつで十分に肴になるぜ」

「それだけに思ったほど味が強くないな。強烈だと思った方が意外といけてる」

 この間のアメリカの陣の客を意識して、かなり太目で主菜になるサイズを作ってみた。

 挽肉に混ぜる脂も強かったせいか、限界を攻めたつもりの香辛料でも悪くないレベルに収まっていた。いきなり店に出すほどの完成度ではないが、自家製ソーセージとしては十分だろう。もちろん酒があることを前提にしての評価なので、レストラン用としてはかなり味が強過ぎるのは確かなのだが。

「先のも悪くは無かったが、こいつを喰っちまうとマジで『普通』だな。商品にするにゃちと不安しかねえ」

「あの辺は美琴の弁当用にサイズとレシピを改良してくよ」

 普通のソーセージや妥協レベルで作ったチョリソは悪い味では無かった。

 しかし強烈なスパイシーさと比べては分が悪いだろう。では酒と合わせずに使えば……なんて考え始めると、いくら考えても時間が足りない。おそらくどう調整すれば納得できるかだけで随分悩んでしまうだろう。

 

「とりあえずこいつの残りで色んな調理法で試して、そこから再調整だな」

 健は軽く茹でてからもう少し茹でた物と、引き揚げて焼いた物を並べた。

 それがオーソドックスな食べ方だが、パンに挟んだりスープに入れたり、あるいは餃子の皮で包んでも良いだろう。パンと合わせるにしてもチーズを載せてピザのように食べても良い。その上で自分の店で出す時に、どんな調理が良いのかを考えて味の調整をしようとしていた。

「何か食いたいモンあるか?」

「ホットドックとスープってとこだろ?」

「あいよ」

 健はスライスしたチョリソを鍋に入れ、トマトやタマネギを煮込み始めた。

 豚に豚を重ねても判り難いだけなのでオーソドックスにチキンスープを選び、チョリソの味を追加する形式だ。その間にパンをオーブンに掛け、丸一本を載せてマスタードだけで味を付ける。ここまで来たらトマト・ケチャップなど余計だろう、酸味が欲しければスープに入れている方を愉しめばよいのである。

 

 そして健は途中でスープを二分する。

 片方はそのまま鍋で煮ていき、もう片方は片手鍋に入れて具材を追加する。

 ただしコンニャクやタコノコなどソレそのものは味が薄く、だが歯応えのある物を足していったのだ。さらにその半分を小鉢に分けると一応の仕上げ、残りにチーズを入れて煮詰め過ぎないように調整していく。

 

「まずはホットドックをどうぞ。その間にこちらを仕上げておきますので」

「おー? マカロニでも入れたらグラタンみてえだなあ」

 ホットドックをかじりながらスープを三皿用意する。

 一つはそのままのトマトスープ、一つはタケノコやコンニャクを追加した物、最後にさらにチーズを加えた物であった。

「ホットドックの方はアレだな。この味付けだとパンが負けてんな」

「チョリソの方を調整するが……味の強いパンを用意した方が面白いだろうな。スープに関しては予想の範疇だが」

 チョリソは元もとスパイシーだが、今回のはさらに強めに仕上げてある。

 ゆえにホットドックはパンが強烈さに負けていた。ここまで来るとチョリソをマイルドにするよりは、より一味を引き立てながらパンの方を良くした方が良いだろう。

 

 そしてスープの方は想定通りの味に仕上がる。

 一つ目はオーソドックスに、二つ目は歯応えが追加され、最後の一つはかなりマイルドな味わいに成った。どれが好みかは人それぞれだが、味の傾向自体は変わらない。もしいつものように二種類の差を付けるのであれば、もっと大胆な味付けが必要だろうと思われたのである。




 という訳で今回はチョリソ回です。
カラオケのマイクくらいの太さがあるチョリソを茹でて、ごろごろ焼いた感じ。
とてもスパイシーに仕上げたつもりだけど、味の深みに嵌って思ったよりも普通だった模様。
ただ食べ応えは気に入ったので、ビールにも合う事だしマイルドではなく質を高める方向へ。
合わせる具材を追加しつつ、もっと良いものを目指すことにしたようです。


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敗北の味

 最終的に健はチョリソに敗北した。

 今のところという限定はつくのだが、自力で二種類の味付けを用意することが難しかったのだ。

 そこで仕方なく昔ながらの方法で用意する事にした。

 

「トマトやタマネギを使った酸味の強いソースはこれで良いとして、甘いやつか……」

 素直に検索してデータを集めると、手元にある材料で何とか代用していく。

 トウモロコシを中心にした甘いソースである。これをそのまま使ったり、マヨネーズを追加したコーンマヨなど幾つかソースを作ってみた。

「言われてみればコンビニで売ってるパンにこういうのがあったな。合わない訳はなかったんだ」

 そんな感じで二系統のソースを用意して、ワサビ醤油を念の為に並べて置く。

 これでチョリソ自体の味付けはそれなりに選べるだろう。

 

 そして残るはホットドックに対する逆襲だ。

 少し遠出して買えるレベルのパン屋で集めたパンを使って試食になる。

 自家製のパンを安価に用意するような設備はなく、この辺りは妥協点と言えた。

 

「とはいえ前回の失敗は判ってる。出汁代わりに使えると聞いて脂身とか多く入れ過ぎたんだよな。それで限界まで行ったはずのスパイシーさも少しまともになった」

 一つ目は脂身やパプリカを減らして、香辛料もかなり減らした物を用意。

 もう一つ香辛料だけを減らして、出汁替わりにする為のジューシーな物を作っておいた。

 前者の配合率を変えた物を素直に二種用意しても良かったのだが、どうしても出汁替わりに可能という言葉が頭を離れない。それにジューシーさで攻めるのも悪くないと思えたので、前回のまま香辛料をマイルドにした物を比較対象にしたのだ。

「この辺のパンに合わせるなら脂身も香辛料も減らした方だな。無難だがチョリソ自体の味が強いから丁度良い」

 強すぎる風味と、強すぎるスパイシーさを抑えたので美味しいホットドックが出来上がった。

 もし残念なことがあるとすれば、この味なら専門店の方がよほど美味しい。もしかしたら通販で購入した品を素人が調理した物にも負けるかもしれない。

 

「味わいで言えばこっちの方が美味いんだが……やっぱりこのパンでもダメか」

 香辛料だけを減らして強烈なスパイシーさを削り、強烈な風味だけを残す。

 その辺りのパン屋で購入した、多少味の強いパンでは少し物足りないのだ。

 先ほどよりも食べてみたいという気持ちは強くなるがまだまだ微妙である。

「パンを特注できる店を探すか、それともチョリソのサイズを小さくするか。あるいはこの形式のホットドックは諦めてソースを足すか……」

 店を探す場合は近場で注文できるか判らない。

 相手の店にも都合があるし、それこそ健の居酒屋のように割に合わないからやってない可能性もあるだろう。そしてソースを使うパターンは最も簡単だが、なんだか負けた気がして選択したくないのだ。

 

 一方でサイズを小さくするのも簡単な部類だが、食べ応えが大きく減ってしまう。

 長さを大きくしたとして満足感というか、この店じゃないと近隣では頼めなさそうだというイメージが湧かないのだ。実際には他の店でも可能だと思うが、やはり独自性というものは目指したかった。

 

「せっかく小さめのハムみたいな食べ応えなんだし、このまま活かしたいよな。どうにかして……ん? そうか、ハムだと考えれば良いのか」

 健は何事かに気付くと、壁を見て表を見て最後にメニューの方を眺めた。

 そこには彼自身が調理した料理の写真があり、どんな物だったか思い出せる。

 当然ながらハムであったり、似たような味付けの食材や、似たような形状の食材もあるのだ。

「なんだ……。味付けは問題ないんだから、風味が丁度良くなる程度にスライスすれば良いだけだよな。悩んだ分だけ馬鹿みたいだ」

 太さにこだわったのはソーセージと比較しての話だ。

 極太のチョリソを全部使わずとも、スライスした肉で十分にパンは美味しくなる。

 あえていうならばホットドックの形状に引き吊られてしまったというところか。

「とはいえ絶対に、こういうパンが現地にあるだろうな。まあいいか」

 ともあれこれでパンを妥協しても問題は無くなった。

 次に遠出した時に特注できるかや値段を確認するとして、無理ならこのスライスしたバージョンで出せばよい。ホットドックに限りなく近い味わいを用意した上でなら、別にソースを使ったタイプを作っても問題ないのだ。

 

「この味を基準にしてクラフトビールも探してみるかな。まあその前にこいつを使った小鉢を工夫したいところだが」

 ここまで考えて笑える話だが、小鉢の400円に合わせるとスライスしたチョリソで妥当な金額である。食べ応え重視で丸一本のチョリソがあっても良いが、これに色々混ぜた料理もあって良いだろう。あまり創作料理に傾き過ぎない程度に、何か面白い料理はあったかなと新しく悩み始める健であった。




 という訳で個性的に負けてしまいました。
戦闘物やコンテスト物と違って、負けても良いのが日常物の良い所ですね。
別に食材と勝負して負け、検索機能に頼っても恥でもなんでもないので。


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お代わり

 狙ってない時に妙な当たり方をするものである。

 健はクラフトビールを探して右往左往する時に、妙な物を手に入れた。

 ダメもとで普段はいかない酒屋に顔を出し、とあるブツを手に入れたのである。

 

「甘いけどトウモロコシじゃないですね……何の香りでしょう」

 土曜日に訪れた例のアメリカ人の女性客が訪れたので、さっそくチョリソを丸一本出した。

 その時に赤いサルサの他に、黄色い物を用意したのだがこれはトウモロコシを使用していない。

「多分、酒粕じゃないかしら? 珍しい組み合わせね」

「御名答。クラフトビールを探している時に、とある酒屋が分けてくれたんです」

 日本酒の酒造メーカーがついでにビールを作っていることもある。

 そこであちこち顔を出してみたら、その内の一つがこれを分けてくれたのだ。もちろん気に入ったら継続購入してくれという事だった。

 

 そこでそれほど多くは無いが定期購入させてもらい、色々な料理で試している。

 今までの料理の中でも、幾つか変更した物があった。偶に買う程度ではこうはいかない。

 

「そのままじゃあ少し合わないので、味を繋ぐのにバターと味噌を使っています」

「これが日本酒のサケカスですか。廃棄処分の滓ではなく、独特の商品?」

「そうよ。あそこで食べてる『もろみ』と似たような物ね」

 視線の先にはいつも通りキュウリを食べているカッパさん。

 話題に上っても我関せずとポリポリ食べながら酒を呑んでいる。

 見渡すと常連しか居ないこともあり、せっかくなのでお通しの実験用という名目でサービスしておくことにした。

「少しずつですが、みなさんどうぞ。普通に焙ったものと、砂糖をまぶしたものです」

 二種の味を試すための器に盛り、砂糖をまぶした方を少なめにしておく。

 甘いのもいける者もいるが、あえて甘味を多くする必要はあるまい。

 

「これで何か作ってくれ」

「いいわね。私もお願いするわ」

 それはそれとして関心を覚えたのか、女性客もカッパさんも何か作ってくれと返して来た。

 おそらくはサービス料の代わりに小鉢を追加することでソレに替えたのであろう。

「ではタケノコの酒粕煮と、煮つけの酒粕バージョンを用意しますね。少々お待ちください」

 カッパさんは歯応えがある物が好きなので、タケノコを酒粕で煮込んで味を付ける。

 逆に女性客の方は、真っ黒で地味なイメージの魚の煮つけを酒粕を使ったお洒落な色合いに替えてみた。

 もちろん両方とも練習して問題なく造れることは判っている。酒粕の定期購入を決めた時点で、バリエーションとして再構築した料理だった。

「こちらにも何かお願いします。そうですね……コレと同じような、似てる物は作れますか? 二品でOkです」

「……? あ、ああ。トウモロコシのソースとさっきの酒粕ソースみたいな感じですね。ちょっとお待ちください」

 色々作る為に鍋を面倒見ていると、アメリカ人の御客が悪戯っ子ポイ顔で提案して来た。

 最初は何のことか良く判らなかったが、よく似ている料理で別物は作れないかというジョークだろう。

 

 普段ならば少し考えるところだったが、どっちを用意するか悩むことがあったので丁度良い。朝の魚市で貝が安く手に入ったので何を作るかの候補が絞れてなかったのだ。

 

「この香りはオリーブオイル……片方はアヒージョですか?」

「はい。もう片方は酒蒸しにします。付け合わせのパンの方は一つだけならサービスにしときますね」

 アヒージョというのはオイル煮のことである。

 たっぷりのニンニクを一緒に煮込んで強烈なパンチを効かせて食べるのだ。キノコの他に色々な魚介類を使うので、その日に安く手に入る物を選んで放り込むには向いている料理である。

「いいですね! ではパンも小鉢としてください。チョリソのお代わりも」

「……わ、判りました。ご注文ありがとうございます。チョリソはスライスしますが、一本で欲しい場合は言ってください」

 まるで今から食べ始めるかのような分量だ。

 うちは後から三皿になってもサービス料金にしているが、まさか二巡目が来るとは思いもしなかった。とはいえチョリソも頼むという事は、パンに挟んで食べもするのだろうと今回はスライスしておくことにする。

 

 この日はこうして好評のうちに終わり、後日もお客によっては直接に酒粕を楽しむ人も出て来た。意外だったのは、妹の美琴がチーズケーキに混ぜたことである。とにもかくにも、今は面白い食材が手に入るようになったと喜んでおこう。




という訳で、思いついたのでもう一回分。
やはり一回が身近いのと、エピソードを混ぜると作り易いので輪数が増えますね。
まあ長い話を作れば良いのでしょうけど。


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黒字への道
新定番への道


 酒粕を手に入れたことでメニューにバリエーションが増えた。

 出汁や醤油をベースにしていた物に、風味は違いながらも相性の良いものを加えた感じだ。

 

「山賊焼き、魚の煮つけ、だし巻き卵、出汁入りコロッケ、茹で野菜とチーズ、チョリソ。……うん、こんなもんか」

 健は増やしたメニューを大学ノートに文字を書きつけ、バリエーションを書き出していった。

 一番多いのはだし巻き卵で、カニカマを入れたカニ卵もどき等も考慮すれば豊富なメニューを用意できる。流石に卵は汎用性が広い。

「しかし、こうして眺めると最初に作った鶏が一番原価が高いというのも笑えて来るな」

 卵は当然安いが、コロッケに使うポテトやチョリソに使う豚も形状やサイズは無意味なので安い。また魚市でアルバイトして現物支給という手が使えるので煮つけは案外安く収まるのも大きかった。特にこだわりはなく安価で美味しい魚を狙っているからという理由もあるが……。

 

 逆の意味で鶏を使った山賊焼きは部位指定があるからコストが固定化されている。

 鶏もも肉で小さかったり輸入品で安いのを仕入れるとしても限界はある。怪しげな所だと物凄く安いらしいが、流石に何十年も倉庫で凍っていた鶏肉を買う気はない。美琴が売ろうと考えている弁当を考慮しても、それほど量産するわけでは無いからだ。

 

「鶏で何かできないかと考えたのは忠告に従ったからだが……。こいつが筆頭って事は本当に経済的だな。もう少し安価なのを考えてみるか」

 健はノータイムで鶏肉の余った部位を叩き始めた。

 軟骨も取り出して砕き、他の材料と共に混ぜると団子状や棒状にして固める。つくね(・・・)は柔らかささの中に硬さを入れた品で、同じタネで形状も変えられるし、塩焼きと照り煮で二品できるのが便利だ。

「豚はチョリソにすればいいんだが……。こっちでも作ってみるか」

 こちらも余った部位を叩くが少し粗い。

 豚の軟骨を砕いて混ぜ合わせるのだが、これは鳥の軟骨よりも硬いのだ。そこで叩き方を少し荒くしたのである。最初からミンチに練った物ではなく叩いて作っているから可能な話だ。これは肉汁が多いので塩コショウで味付ける方は少し強めに、照り煮の方はみりんを増やすことにした。

 

「豚の方が味も強いがやはり微妙だな。使い道があるのに鶏と両方用意する意味がないし……注文が無ければ作らなくてもいいか」

 最初にコンサルの豊かへ相談した時に並べたレシピを沢山省かれた。

 中には自信作もあったのだがまとめてサイドメニュー送りにされたのだ。だが定番商品と見比べてみると健にも判る。例え美味しくともなくても良い商品というのはあるものだ。つくねは鶏をメインにしておいて『もっと味の強いつくね(・・・)が欲しい』と言われた時のレシピにすれば良いだろう。

「このまま定番の品を高めつつ、色々なバリエーションを用意。季節感に関しては……魚の煮つけと刺身くらいか」

 豊や美琴からもらった改善点は少しずつ昇華している。

 料理の腕を上げたり、今のように『同じ材料』に絞ったバリエーションやサイドメニューを充実。地味ながら宣伝をして店舗は清潔感を維持している。今のところの課題は季節感の演出が多少弱いくらいだろうか?

「茹で野菜は茹でている分だけ、季節感の演出には遠いしな」

 定番とは重ねられてきたからこそ陳腐になるとも言われる王道である。

 それを繰り返すだけで深みが生じる反面、マンネリが生じると途端に飽きられてしまうとか手抜きだと思われるのだ。隠し味を改良したりトッピングを追加する程度では心もとない。新定番がいきなり増えるはずもなく、どうしても季節感を演出する方が早くなってしまうのだ。

 

「しかし魚の煮つけや刺身に匹敵する季節感ねえ。飯物は出すなと言われてるし少し難しいな……」

 そういってまずはタマネギ、そして旬が春で調整されている大根。

 その中から大きなものを用意して、可能な限り大きくスライスした。とはいえ原価を下げるためにあまり立派ではない物を選んでいるので、どうしても小振りになる。

「野菜ステーキというには少し小さいな。いっそのこと姿煮にでもするか?」

 醤油やみりん(・・・)を使って甘辛く焼いてみる。

 良く焼いたタマネギはそれだけで甘さを持つが、醤油やみりん(・・・)を塗って焼くことでとても美味しくなる。スライスしてステーキ感を出すには小さいが、むしろもう少し小さい物を丸のまま焼いたらどうかと思う健であった。

「いっそのこと摺り下ろして真薯やテリーヌみたいに固める? いかんな迷走してる」

 横目で先ほど作ったつくね(・・・)を眺める。

 アレと一緒に摺り下ろした物を何かの器に入れて固めてみるとか。しかしそれでは季節感が無いし、それならまだ茶碗蒸しなどに入れた方がまだ良いだろう。今の時代ならば家庭用のスチーマーでもあるのではないか……と思いかけたところで、それでは家庭でできる味に収まるだろうと思い直した。

 

「すべての季節に対応する必要はないんだ。無難なのを出すくらいなら、美味しくてインパクトがある方がいい。その上で味付けを考える」

 結局、野菜ステーキや姿煮の路線が無難ではないかと思い直したのである。

 キノコのホイル焼きにアヒージョ、タマネギのステーキに姿煮込み。そういった物を用意して器にチーズと共に入れたグラタン風や、カレー風などの味付けの変化を愉しむくらいが良いのではないだろうか?

 

 もっと判り易くて美味しい料理を思い付いたら入れ替えれば良い。

 作り上げたレシピをサイドメニューの欄に放り込みながら、精進が足りないなと溜息を吐くのであった。




 という訳で、功夫が足りないことを自覚した所です。
このままいけば一人なら経営危機は脱出できそうだけど、アルバイト込みだと足りない。
全体的には赤字対策ありきで黒字には程遠い。

そんな中で全体を見直して料理を見つめ直す。
定番と季節のメニューが存在して安心して飲め、頼めば自分が好きな味付けに修正してくれる店。
その途中で自分はまだまだだなと実感した感じですね。


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追加というよりは見直し

 悩みというのは当人がするもので、他人にとってはどうでも良いことがある。

 他人ゆえに深く積み上げることはないが、見え難い事をサラリと教えてくれることもあるのだ。

 

「んなもんメニュー全体で折り合いを付ければいいだろ」

 豊はノートの左側を四等分して横線を入れた。

 右側には小さく縦線を入れると、そこにコロッケやチョリソなど何時でも食べられる料理を列記していく。

 そして最後は横割りした右側四段目に『冬』と入れた後、その列に『ブリ大根』と記載する。

「こうやって四季がそれぞれ埋まってりゃ良いよ。アサリの酒蒸しなら春・秋の二つが埋まるだろ? オールシーズンで出せるようになった素材は、あえて元のシーズンのみ提供する」

 次は右の一段目に『春』『アサリの酒蒸し』と記し、同様に三段目にも『秋』『アサリの酒蒸し』と記載する。

 今のところ何も書いてない右側二番目に『夏』、『梅酒』『梅肉和え』と書いておいた。

 

 こうしてみると四季すべてに何らかの『季節の料理』が存在している。

 もちろん健ならばもっと料理思い付くので充実させることはできるだろう。

 

「なるほどな。無理に何か作るよりも、自然にメニューを用意する方がいいのか」

「そりゃそうだろ。どうせ自分が好きなもんが一番なんだし、季節の料理はあるに越したことはないってレベルだよ。それよりも狙うべき客筋の問題だな」

 豊が言うには季節感は大事だし、そういうのが好きな客もいるとのことだ。

 無理に苦節の料理を作って客に押し付ける方が問題だという。もちろんまったく固定しないよりはした方がいいし、旬の食材に季節を感じて愉しむ客には非常に重要だと告げた。

「客次第か……」

「そっ。趣味人の客を呼び込み、怠惰な主を嫌う客を逃がさないのが重要。そして獲得すべき客層にも言えるな。今まで来てないこの辺の客を狙うのか、それとも遠方の客が来るようにするのか。もちろん偶に寄るだけの客を常連に引き揚げるのも悪い狙いじゃねえ」

 増やしたい客層によって重視すべき点が違う。

 女性客などは今まで来ていない客筋だろう。遠方の客というのは何か好きな料理があるが地元にはないとか、食べ歩き自体が好きな者。そしてリピーターを増やすのも客を増やすと言えるだろう。

 

 客単価を無理に上げないことで、安心して飲める居酒屋を目指している。

 ゆえに客数を増やし消費を安定させることは何より重要だ。女性目線で入り易いようにする事や、ホームページにデータを載せるのは、今まで来ていない客や遠方の客を呼び込むためでもある。

 

「まあリピーターに関しては満足度を上げていくしかねえけどな」

「その辺は頑張ってるつもりだよ。腕を上げるのも、好みに合わせるのもな。もちろん清潔にもしてるぞ」

 クオリティ、サービス、清潔感。

 十分に美味しい料理屋が、料理以上に重要視すべき項目はこの三つだとされる。既に美味しいのであれば客が敬遠するのは接客の不備や不潔な印象からだ。

「とはいえ自分で思いつく範囲というのは限られてるからな。だからこそお前さんにも相談してるんだが」

「じゃあアレだな。美琴ちゃんみたいに別の視点で聞ける人を増やすしかないな。もちろん全部左右されると今までの客が逃げたりするから注意が要る」

 既に豊は即座に思い付く範囲のことを全て提案している。

 足で探して調べてはいないが、正規の料金を払ってるわけでもないのでし方あるまい。となると彼の視点ではここまでだ。本人ではないからこそ冷静・客観的に見えるというポイントくらいしかない。

 

「新しい視点かあ……。美琴の友人に聞くとか、いっそのこと常連に聞いてみるか」

「客にアイデアを聞くのは最後な。実行できる内容だからこそ安易に取り入れるとマズイこともある。むしろ苦言とかクレームなら客の意見こそ素直に聞くべきだが」

 この辺りは居酒屋よりもスイーツショップで考えると判り易い。

 とある客の意見で、その客が好きなイチゴならイチゴに偏ると問題が出る。これがリンゴでも同じことで、あまり一部の客に傾倒するのは良くない。(勿論、特化する気があるなら話は別だが)。

 

 逆に問題意識に気が付いておらず、指摘されることには意味がある。

 例えば少しずつ試食すると気が付かなかったが、大きなホールケーキで見るとバランスがおかしい。あるいは買い物袋が小さいなり何でも良い。問題点は幾ら改善しても良いのだ。

 

「基本的に日夜少しずつ良くしていくとして、欠点を中心に改善するしかないな。その姿勢さえあれば季節感とかは今のままでも問題ねえよ」

「とりあえずは無関係な人に聞いてみるか。美琴に成人の友達でも呼んでもらおう。豊も知り合いに飲み会好きな人とか居たら呼んでくれ。多少は驕るよ」

 都合よく町起こしのイベントやお祭りが存在するはずもない。

 そういった地域への協力は機会があった時に地道にやるとして、今は話を聞いていく事に成ったのである。




 という訳で路線がグラグラしないように、地に足を着けて地道に強化。
●●フェアとかで特定の傾向に絞って強化していくか、思わぬ改善点が無いか探る感じです。
まあ「何を望まれているか」とか「何を目指すべきか」が定まって居ないだけとも言えます。


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良薬は口に苦し

 まずは美琴の友人で成人女子の意見を聞くことに成った。

 白河玄江(くろえ)という料理学校の先輩で、店休日だが人通りのある時間帯で意見を聞かせて貰う事に成った。念のために健が店の奥側、玄江が店の入り口側という配置である。

 

「そうですわね……。僭越ながら正直に言ってしまいますと……」

 美琴の友人である玄江さんという方は実に辛辣で、歯に衣を着せぬ人であった。

 それはそれで美徳であり、時に真実は人を傷つけるが必要な事であろう。

「どうしてこの店構えで女性を呼ぼうと思ったのか不思議ですわ」

「くっ……」

 別に世間知らずな縦ロールのお嬢さまが高飛車に言っているわけではない。

 ごく当たり前の女性が言い難そうにストレートな物言いをしているだけなのが余計に突き刺さる。

 

「参考までに何が悪いのか教えていただけないでしょうか? 可能な限り改善したいのですが」

「何もかもと言いたいところですが……美琴ちゃんが頑張ったのかしら? 避けるべき要因は特にありませんわね。強いて言うならば女二人で郊外の居酒屋だと、会社の愚痴を言い合っているイメージしかないくらいで」

 話を聞いた直後は『何もかも』と言われ掛けてショックを受けた健だが、悪い部分は特にないと言われたことに気が付いた。

「悪いわけではない?」

「そうですわね。良い部分が無いだけで。私たちは研究もあって毎月一度飲み会を開きますが、幹事が連れてこない限り選ぼうと思わないだけです。そして来る気はないですが探し出した幹事を褒めはしますわ」

 正直を通り越してあけすけな物言いだが、話はそれだけ早かった。

 料理の感想としては値段は安くて美味しいとは思うがそれだけ。だが女性が来ようと思う理由がまったく無い。ということなのだ。

 

「原価を抑えていながら安かろう悪かろうにはなっておりません。料理学校の生徒が目指すべき卒業生の在り方としてなら模範的と言っても良いと思いますわよ? でもお洒落な要素もヘルシーな要素も、近所に何もないのでついでに何か可能な要素もありませんわ。これではまず女性は立ち寄りませんわ」

「ぐっ……」

 健は料理学校の生徒などではない。

 また店の改善点は全て他人に頼んだ物で、彼自身の努力ではない。味に関しては彼の努力の結果だが、もしそれだけならば原価も女性対策問題でもマイナスだっただろう。

「では何をすれば……」

「それを考えるのは私の仕事ではありませんわね。強いて言うならば先ほどの逆パターン。お洒落なテラス席なり写真に撮りたいほど素敵な料理、あるいはヘルシーで健康的……かもしれない料理。まあ、それこそ都市部でしたら用事のついでに腹ごなしに寄るとかもゼロではありませんけれど」

 言われたい放題だが事実である。

 この店に訪れたことを誰かに誇ったり、自分のプラスにする要素が無いのだ。そういう上っ面な部分も無いが……女性だってガッツリ食べたい時もある。そういう時に問題なく食べれるようなヘルシーさだとか、言い訳要素的な物が何も存在しなかった。

 

 要するにこの店の欠点は対象を絞り切れていない事だ。

 ターゲットを明確にしていないので、その層に対するアピールもまたしていない。誰からも嫌われたくないという、マイナスを減らす努力をいつのまにか前提にしてしまっていた。あえていうならば現状の客は男が多いので男性向きであるというべきか。

 

「あ、ありがとうございます……大変参考になりま……」

「……ああ、そうですわ。アイデアがあるとすれば、ここにリーズナブルな店があると周知すれば奥様方は立寄るかもしれませんわね。お昼も営業しているとか、お惣菜を買って帰れるだとか、お料理の研究会をやっているなど……告知してしまうのですわ」

 ご意見のお礼を言って送り出そうと思った時、最後の最後で爆弾を投げて来た。

 美琴に対して提案した弁当の移動販売ではなく、昼間に店をシェアして貸し出してしまえば良いと口にしたのだ。失敗すれば評判が下がるというリスクは負うが、奥様方が動き易い昼間にも店を開けておけば確かにその客層は見込めるだろう。

 

 この白河玄江という女性は美琴の味方である。

 だからこんな意見を口にしたのだが、そこには確かな事実があった。そしてもう一つ……。何かしらの方法で、周囲の町に周知すれば客が増える可能性はあるという事だ。そこに何か納得のできる理由さえあれば良いだけのこと。

 

 腕前を上げ料理を改良し、個人の好みに合わせる。

 それでリピーターは増えるだろうし、後は周囲の客層を増やすか遠方の客を呼び込むしかないのだ。要はどういった方法で周知し客層を増やすかであった。




 という訳で解決案の前半です。
マイナス要因は取り除いたので、女性客に関しては「行く理由が無い」というのが一番の問題。
お洒落なひと時を愉しめるわけでもないし、居酒屋としては安くとも料理屋としては安い訳でもない。
旦那に隠れてヒッソリこっそりガッツリ食べれる訳でもなく、お総菜や弁当を買って帰るわけでもない。
まあ呼ばれでもしない限り、行く理由は無いなあと。
(女性客に限りませんが、男性客はまだ晩酌しに行くという理由がある程度)

ぶっちゃけ一年目で一人だけなら悪くないところまで来ているなら……。
このまま何もせず、男性客と地域層だけを拡大して精進するだけでも良いのでしょうけどね。


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解決策の明示

 何を言われたかを豊に伝えると苦笑が返って来た。

 痛い所を突かれて言い返すこともままならず、やりたくはないがもっともな提案だったからだ。

 

「どうしたらいいと思う?」

「お前さんがしたいかしたくないかに尽きるな。考えは整理してやるが、決断はお前さんがしろ」

 豊はメモ用紙に三つの単語を書き込んだ。

 近隣の住人、遠方の客、女性客。

 そして遠方の客にバッサリ線を入れると、女性客に△マークを付ける。次に近隣の客の隣に少数と付け加え、次いで女性客の隣に多いかもしれないと記載してペンを置いた。

「ここは沿線だが支線のど真ん中でバスも交通する道は通ってるが狭くて、別の場所に大通りがある。バイバス道路計画でも持ちあがるか、でっかい工場でも立たなきゃ遠くから人が来ることはまず無いな」

 前にも話し合ったことを改めて告げる。

 言われなくとも痛感しているが、放っておいても人が来るような要素は何処にもないのだ。

 

 人が呼べるような観光の名所も無く、シャッター商店街をまとめて一つの不動産屋が購入すればマンションでも立つかもというくらいである。その時にはこの店も土地を売り払ってマンションの一角にでもなっている事だろう。

 

「外から来てもらう方向を諦めるのか。判らないでもないな」

「今の段階で遠くから人を呼べるようならカリスマ料理人として配信でもした方がいいぜ。だから考え方は二つ。女性客が立ち寄り易くする手に乗るか、この近隣の客をもっと呼び込むか。あとはまあ、今のまま改善を繰り返すだけってのもあるな」

 豊はペンを取り上げ『遠方の客』の代わりに『客の満足度をあげる』と付け加えた。

 つまり今の路線が正解であると捉え直して、改善を繰り返しリピーターを増やす路線だ。前に話した時はリピーターを増やす路線も検討していたので、それプラス@というべきか。

「リピーターを増やすだけじゃなくて、客に客を呼ばせる。満足できる場所を他人と共有したいって思わせる訳だ」

「ああ。土曜に来るアメリカ人の客みたいな感じか」

 数少ない女性客が常連になるついでに友人を呼んでくれたのだ。

 最初に聞いた時は外国人の客で居着いてくれるとも限らないから緊張したものである。それが今では土曜日オンリーとはいえ半ば常連化している。付け加えて言えば体格に見合ったレベルで食べるし、アメリカ本土の金銭感覚なので沢山食事してくれるありがたいお客である。

 

「そっ。満足度の高い客はリピーターになるだけでなく客を呼ぶからな。その女性の場合は友人だったが、嫁さんや近所の住人を呼ぶ可能性がある」

「なるほど。かなり良さそうな案に聞こえるが……」

 とはいえ、もし本当に妙案ならば最初から本命としていの一番に紹介しただろう。

 そうでない理由はただ一つ。可能性は可能性に過ぎず、満足度というものは目に見えないからだ。

「感情なんて目に見えねえからな。常連化するほど回数を増えるとかならともかく、ダチやカミさん呼ぶなんてほどの気持ちを態度で判れなんて無理な話だ」

「確かに。頼めば呼ぶとかは最後の手段だろうし、ねだるのは気分は良くないだろうからな」

 それに比べれば近所の客や女性客というのは、潜在的なモノに過ぎないがある程度は調べる事が可能であった。

 近所の客であれば家を調べてチラシを配るなり、それこそ地元で顔が広い人に紹介してもらうとかできなくはない。その全員が来るとも限らず客として居着くかは判らないが、知ってもらえれば何%かは呼び込める可能性があるだろう。

 

 そしてそういう潜在的な客筋を調査し、隠れた需要に見合った料理を提案するとすれば豊が金をもらって仕事として取り組む時だろう。仕事ならば責任もって歩き回って傾向を調査し、有効な手段を自分以外でも会社の人間と話し合うはずだ。今は友人として相談に乗っているだけなのでそこまではやって居ない(豊の方も相談だけなら責任を取らずに済む)。

 

「だから満足度を上げるのは地道に行う基本路線として捉え直すべきだな」

 豊は『満足度を上げる』という文字から矢印を隣のページに描いた。

 新たに上から下まで矢印を描き『常に改善を続けて満足度を上げることを目指す』と書き加えたのである。

「あえて付け加える事じゃなくて、基本として捉え直すか。納得だ」

「おうよ。その上でどこの層を狙う戦略を組むかが重要なんだ。仮に女性客を狙う場合な」

 そう言いながら健が聞いた話を書いたメモを見直し、豊は幾つか文言を選び出す。

 リーズナブル、健康的でヘルシー、おしゃれ、女性がガッツリ食べれる。とメモのあちこちに配置して、その周囲にメニューを書き込んでいった。サンドイッチ、ポテトの盛り合わせ、何種類ものサラダ、パスタ、ケーキセットなどなど。いくつかはどう考えても居酒屋風ではないが……

 

「おしゃれってのは難しいから除外にするにしても、幾つかは普通に取り入れられるよな。そんで、路線を拡大するならそっち向きの料理やセットも充実させる。藪蛇を避けて入れないというのも立派な選択だ。何となく入ってないんじゃなくて、理由があって入れないんだからな」

「美琴に昼間を貸すなら別だが、ケーキセットは無いな。酒に合うデザートもあるんだろうが」

 ポテトの盛り合わせやサラダの種類拡充くらいならば可能だろうか?

 他にもサンドイッチも茹で野菜とチーズに添えたりチョリソと一緒にホットドック風にすることもあるので可能ではある。しかしデザートとなると作れなくはない……というレベルなので無理には目指さない方が良いと思える。それこそ梅でゼリーを作るとかくらいなら難しくはないが。

「こうしてみると女性客を狙うのは難しいか?」

「だな。意見を取り入れながら共用で使えるメニューを増やすとか、リーズナブルさやヘルシーさを取り込むくらいかな。お前、ポテトやサラダってどのくらい増やせる?」

 豊の質問に健は軽く首をひねって何事かを考え始めた。

「本格的なのは数種ってとこだが、触感やフレーバーを変える程度なら幾らでも行けるぞ。そういった意味でもセンスの方が重要だな」

「美琴ちゃんの友だちも美琴ちゃんありきで忠告したんだろうしなあ」

 リーズナブルなポテトの盛り合わせでも調整できる範囲は色々とある。

 例えばチーズ味にカレー味や、変わり種でアンチョビ・ソースというのもあるだろう。カタクチイワシをはじめとした小魚を使ったソースの事だが、酒に合うこともあって考慮に入れていたのだ。他にも太さ細さに皮付きを選べるようにできるし、じゃがバターも形状とフレーバーを同時に変えた品だと言えなくもない。

 

 この話を聞いて豊は新たにページをめくり、皿の絵を描いて『●●種類のフレーバーを指定可能!』と記載したのである。

 

「ポテトつまみながら駄弁りたい客や自分好みの味を探している奴は多いからな。偶にそういうフェアを開いてもいいかもな。普段は二・三種類くらい指定できりゃあ十分面白しれえ」

「なるほど。そのくらいなら居酒屋に合っても不思議じゃないし、知れば来ても良い奴は居るか」

 サラダにしてもポテトにしても常に用意する万能系の食材だ。

 さすがに青物の野菜は数を控えめにするとしても、他の料理に使えるから無題には成り難い。よく使う幾つかを重視するだけで、その他の野菜は特定の日だけ増やすなら外しても問題は少ないだろう。

「前に難しいと言ってた持ち帰り、このフェアの日に特定の品目だけならどうだ?」

「ん~。傷み易い商品とかは基本ダメってことを言い含めてれば問題ねえか。特定の日の特定の料理だけ持ち帰り可能ならその辺コントロールできるし家族が居るなら宣伝にもなるしな」

 もちろん今までのメニューと相談して、共食いになる商品に関しては考慮を考えなければならない。それこそリーズナブルにしたポテトの盛り合わせと、もろキュウ辺りがバッティングすればせっかくの常連客が一人減ることになる。無数の客が来てくれるなら問題ないとしても、砂を欠けて追い出すようなことはしたくないものである。だがそういう意味でも、特定の日の特定の商品であれば計算可能なのだ。

 

 またチーズ味ならチーズ味で複数のチーズを用意し、濃厚さの方も変える事だってできる。いつもやりたいことではないが、たまにやるフェアならば問題ないだろう。そのチーズをポテトに使ったりサラダに使ったりできるというだけで、ちょっとしたお祭りに見えるから不思議であった。それでいて既存の客にはまるで影響ないのが素晴らしい。

 

「ここまで来たら基本に色々と充実させて、徐々に女性客向きやご近所向きの料理を増やした方がいい気がしてきたな」

「やってみろよ。この方式なら失敗しても困りゃしねえからな」

 女性の入り易い店構えやメニューを用意すると、失敗した時に既存の客が引くこともある。近所の客が酒いっぱいで延々と居座るのも問題だろう。だが店を徐々に良くしていく過程で、女性向けやご近所さん向けの料理があるだけならば何の問題も無い。一部のメニューが増えただけに過ぎず、フェアのみならば翌日には存在しないのである。

 

 そして考えるべきは、何のフェアを最初にやるかであろう。




 という訳で悩みは一応解決。
次回はフェア商品の考慮と準備会に成ります。

どっち付かずの対応とも言えますが、女性客やご近所さんへの積極的な対応は採らない。
地道に質を向上させつつ、試したいことはフェアをやる流れ。
六月には梅酒フェアとか、寒い時はシチューフェアでもするのでしょう。
(フェアの参加料がお酒かドリンク一杯頼むこと。みたいな制限があるでしょうが)

昼間のシェアとか総菜屋をやる事への懸念は、単純に線引きが難しくなるとか
あまりにイメージが違うので戸惑ってるとかその辺もあります。
持ち帰りの方は。単純に持ち帰り商品だけ買われて酒を呑まないとか、食中毒怖いだけですが。


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代入とテスト

 方針が決まれば早速行動だ。

 健はノートを見ながら少しだけ思案した。

 

「まずはポテトの山盛りでいいか?」

「時間もないしその辺が無難だろ。だが重要なのは、問題が無いか色々と代入してみることだぜ。そういう意味で悩むくらいならまず受け入れられ易いポテトだ」

 どうせならば十分な期間があり、節目がある方が丁度良い。

 現在は四月の中頃であり、四月末~五月頭をターゲットにする場合は考えている余裕は無かった。そこで通年で栽培されるが旬は今からのポテトはうってつけだ。居酒屋にあっても不思議ではなく、仮に持ち帰りとして選ばれても問題の無い品である。

「真っ先に気を付けるところとして、共食い対策だな。最初に山盛ポテトを頼んで後は知らねえとか言われても困るだろ?」

「それならファミレスにでも行ってその都度に頼む方が経済的だと思うが……。まあ言いたいことは判る」

 この手の問題で失敗し易いのが共食い問題である。

 商社で例えると新しく出した新製品が、ほかならぬ自分の会社の主力商品のシェアを食ってしまうという事だ。ここは料理屋なので一番の問題は酒が出なくなることだろう。

 

 普段の日々で考えてみた場合、400円の山盛りポテトを小鉢で出す。

 仮に細切りと厚切りのみを選べるようにして、暇ならサイズや皮つき・皮なしを指定できる程度とする。日常だから複雑で高価な調味料など使わないし、安価な材料以外は殆ど手間賃の問題になる。これだけなら黒字ではあるのだ。ファーストフードよりも多いがファミレスよりも少ない分量なのだから。

 

「ポテト単体なら黒字も良い所なんだがなあ。……酒が出なくなるのが問題か」

「料理がコイツだけになるが、酒は何杯か頼むってんなら問題ねえんだがよ」

 そう言って豊は何事かを思いついたのか、意地悪そうな笑みを浮かべた。

 ロクでもない事に違いないが、やって欲しくないことをピンポイントで思いついたのだろう。

「パスタのボロネーゼを頼むわ。それと喰い終わった後で良いから、細切りの山盛りポテトな」

「……お前。それは例えが酷いぞ」

 ボロネーゼはミンチの入ったソースをたっぷり使ったパスタである。

 何が言いたいかというと、余ったこの肉のソースを使ってポテトフライをチビリチビリと食べるのだ。塩を舐めながら日本酒を飲むよりは豪勢な……というべきか。少なくともポテトが亡くなるまでは、次の注文をしなくても良いのは確かだ。

 

 健は溜息を吐くとキッチンに向かい、残った食材にミンチを足してソースを作り始めた。

 

「イタリア風の坦坦麺お待ち!」

「こりゃボロネーゼじゃなくてプッタネスカじゃねえか。まあソースがタップリあれば例えとしちゃあ問題ねえけどな」

 プッタネスカは魚も肉もソースに入れたパスタである。

 日本では娼婦風パスタとも呼ばれるが、娼婦がもてなすために作ったとも力をつける為に食べたとも言われるパスタだ。健はそれに引っかけて、イタリア風の坦坦麺だと言ったのである。

「しかもお前……それ、シリシリ用のだろ」

「手に入れたからには使ってみたくてな。どうせ貧乏飯にして時間稼ぎの真似事するなら、これでいいだろ」

 健はスライサーの一種を使って、ジャガイモを細くスライドしていく。

 そして通常よりも若干、薄味に仕上げておくことにした。細い分だけ調味料を強く感じることもあり得るし、どのみち多めに作ったプッタネスカのソースを付けて時間を潰すのである。実験としてはそれで丁度良いだろう。

 

 しかし悪徳こそは最高の調味料である。

 こんな食べ方をしてたらそりゃ食事を追加しなくても良いかと思えてしまう。お茶を入れればそれだけで完結してしまい、もはやビールを飲む必要すら無いと思えて来た。

 

「とりあえずなー。この状態を攻略しねえとマズイぞ。フェアだけなら大皿とかセット前提にして酒が無いと喰えないようにするとか、当日は参加料に酒かドリンクだけは一杯必ず頼ませても良いけどよ」

「悪い例を前提にするのはどうかと思うが……酒が無いと食えないようにするのはアリかもな」

 妙な満足感に包まれた中で、健は新しくポテトの調理に入った。

 酒を前提にする場合は味を濃くしないとバランスが取れない。ならば最初から味が強くスパイシーに仕上げるのである。居酒屋の山盛りポテトなのだから違和感が無いのが良い。ひとまずはこれで完成という所だろう。ファミレスで徹夜する大学生みたいなことを居酒屋で警戒することはないのだ。全てはお客さんに楽しく呑んでもらえばそれで収まるのである。

 

 その後にポテトチップスを思わせる薄切りやブロック状、じゃがバターなどを用意しながらビールを取り出したのであった。




 という訳で最初のフェアの準備という感じですね。
普段は細ギル・厚切りの二種、フェア中破チップス状・ブロック状やじゃがバター状を追加。
味付けも普段が二種としたら、フェア中は五種類とその薄味・濃味と指定できるようにする予定です。
まあ普通の料理を食べる人の方が多いと思いますけどね。


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ポテト祭り

 最終的に共食い問題は可能性に過ぎない事もあり、対策だけして全体で吸収する事にした。

 この店のセットは小鉢二つと店長のお勧めの小鉢一つという事に成っている。酒も小鉢も400円の均一なので小鉢扱いとし、セットの中に原価率の良いチューハイ系を入れることで回収するのだ。ポテトと飲み物はセットなので違和感は無いのが良い。もちろん共食いが起きなければ無理に進めはしない。

 

「本当に塩だけで三種類ありますね。まずは海塩とマスタードで一皿ずつ、皮付きとチップス型でお願いします」

「なら私はいつものと、ポテトは細切りをモンゴル塩でもらおうかしら。シェアしても良いのね?」

「別に構いませんよ。少々お待ちください」

 アメリカ人の女性客は相変わらず健啖家だ。

 前々から宣伝していたこともあり、試してみたい味付けで色々愉しんでくれるようだ。ちなみにカッパさんはこの日ですらいつものようにキュウリ構成だったので、キュウリにも合う海塩で味付けたポテトを勧めておいた。もちろん食べ応えのある皮つきポテト状態である。

 

「もう一種類の塩は抹茶塩ですけど、柚子胡椒とか用意しなかったの?」

「秋にもやるつもりなんで、楽しみにしててください」

 この日はポテトの出が狙い通りに多いので、御客には基本的に肉を進めている。アメリカ人の女性に方にはチョリソを勧め、常連の女性客の方はやはりローストビーフをお勧めしておいた。友人二人で連れ立っている事もあり、取り分け用の小皿は多めに付けておくのも忘れてはいけない。

「次のフェアは何ですか? 気に成ります」

「最初はサラダだけにしようかと思ったんですが、居酒屋ですからね。同じく微妙なパスタも合わせてフェアにしました」

「まあ、お洒落な組み合わせね」

 居酒屋でサラダは定番だが、フェアをやるほどかと言われたら微妙になる。

 同じく微妙なパスタのフェアも同時に開催し、二つ合わせるとお洒落に見えなくも無いという塩梅だ。どのみち用意する調味料は似たようなものになるし、結果的にお洒落に見えるならば女性向けにもなるだろう。

 

「大将、じゃがバターを大丸でな!! あとは基本のソースも追加で頼む! 酒もじゃ!」

「あいよ!」

 指定された調味料と形状とは別に、マヨネーズやケチャップなどのディップは無料で添えている。

 中にはモリモリ食べて無くなる人も居るので、そういう時は頼まれたら追加するようにしていた。もちろん大皿の方は指定するタイプの調味料もディップ状でサービスしていた。

「ありがたい限りですが、ほどほどにしておいてくださいよ。ご隠居」

「ふん。まだまだ若い者には負けんわい!」

 駅前シャッター商店街の良い所は、駐車場が無いのがデフォルトである。

 誰からも文句は言われないが、車で客が来ないのは欠点でもある。だが飲酒運転が法令的に厳しくなったことを考えれば、車に乗らないお客だけが酒を呑むという意味では安心だろう。平成の時代には注意を呼び掛けても、『トラックの中で酒が抜けるまで寝るから大丈夫!』なんて言って即座に乗る客も居たそうだが、そういう客が訪れないのは良い事かと思っておこう。

 

 もっとも猟師(本業は農家で現役)を引退したというこのご隠居のように、まだ若いと言って無茶をしたがるご老人も居る。下手をすると申告してないだけで糖尿の可能性もあるので、その辺りは注意だ。酒と料理だけ提供して居れば良い訳ではないのが難しい。

 

「ポテトのアンチョビ・ソースとチーズの絡める方で二種類とも小丸の串でお願いします。あとテキーラはありますか?」

「追加承りました。すみませんがテキーラは入れてないですね。ボトルキープされるなら注文しておきます」

 この日ばかりは温度の関係もあり、大皿よりも小鉢の連弾が多かった。

 いつもは他の物を食べるであろうお客にも、お試しで色々試せるのは好評だったようだ。その確かな証拠として、いつもは使ってない調味料のほうが売れている。形状も太さいか細いかの差しかなかったが、今日だけは色々な形状で出ていた。以外にも、お通しに出したシリシリ用のピーラーでスライスした物も好評だったようだ。

 

 最初のフェアであるポテト祭りは居酒屋にマッチしている事もありなんとか成功に終わった。

 いつもの延長上なのに少し変わったことができる、自分の好みを探せるというのが大きかったのだろう。次回のフェアにも期待したいところだが、さすがにパスタとサラダでは微妙なので何かのアイデアが欲しい所である。




 という訳でちょっとした試みは、ちょっとしたレベルで成功。
特に大成功という程ではありませんが、フェアという形を覚えてもらえた模様。
色んな形のポテトを、色んな調味料で食べたい。というのは私の希望でもあります。
手早くパパっと出せるのがウリのポテトで、手間暇かけると面倒そうなのが残念ですけどね。


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時として計画は変わる物

 初めてのフェアであるポテト祭りは成功に終わった。

 だが重要なのはここからで、その経験を活かすために健は豊と話し合う。

 

「もっと面白い調味料は無いかとか、何時も頼みたい以上のマイナスは無かったと思う」

「やっぱり日常の延長ってのが良かったんだろうな。違和感がねえからワザとらしさを感じねえ。いつも食ってる物にバリエーションが増えるだけだ」

 フェアという程のナニカをしたわけではない。

 だが話題造りをマイナス無しに盛り込めたことはとても大きい。何度も繰り返せば飽きられるだろうが、当面は他にも計画があるし数回に一回のペースならば好評のまま運営できるはずだ。

「懸念してた話は?」

「酒も飲まずに居座る客はいなかったし、無茶振りする客も居なかったよ。要望もこっちの想定内で収まってくれた」

 今回の計画を立てた時、幾つか問題点が考えられた。

 顕著な例が共食い問題だが、もう一つは無茶振りであったり境界線のあやふやに成りそうな要望の連続である。

 

 健は多少の要望なら叶えられる技量はあるが、『アレが良いならコレだって良いだろ』という所まで行ってしまうと何処かで破綻する。それこそ『客なのだから言う事を聞け』だとか『近所のよしみで宣伝してやるから、あれをやれこれをやれ』などと押し込まれるのは大問題なのだ。仮に健が要望を捌けても、アルバイトに入る美琴が頼まれた時に可能とは限らないのだから。

 

「なら次は次回へ持ち越す教訓だな。何か気が付いた事はあるか?」

「そうだな。……サラダとパスタへの反応がいまいち薄い気がする」

 ひとまず成功に終わったモノとして、次回に繋げて経験を活かす。

 その上で気が付いた事を修正し、全体計画をブラッシュアップする予定だった。健がこの時に考えたのは、先月とフェア中の反応の差であった。

「このセットじゃないと駄目か?」

「飲み会で定番のポテトと少しパンチの弱いサラダやパスタじゃ比較できねえのは最初から判ってたろ? だかこそセットにするんだろうがよ。後へのヒキにも一応なるしな」

 この話は既に散々話し合った事であった。

 ポテトは酒と一緒に愉しむことが可能だが、サラダとパスタは微妙な気がした。

 だからこそその二つを同時開催することで、互いの弱さを補いつつ、お洒落さを演出しつつもワザとらしくないようにしようとしたのだ。ホームページへ載せておけば少なくともお客が飲み会をする時の参考資料にはなる。それなのにどうして否定しようとするのか?

 

「それは判ってるさ。だがポテトの時はセットなら殆どが頼んでいたし、頼まなくともお勧めで入れても感触は良かった。だがその二つはどっちも頼まない可能性があるし、喜ばれない可能性もあるぞ?」

「そりゃまあそうだが……『他の計画』にすんのか? 時期がまだ悪いぜ?」

 もっともな話だったので健の話に豊は頷いた。

 だが先ほども言ったが散々話し合った事だ。時期の悪い食材やもっと良い時期のある食材は避けているのだし、一朝一夕に新しい計画は生まれたりはしない。そんなに都合の良い計画があればとっくに採用している。

「微妙な計画に他の計画をくっつけるというのは悪くないと思うんだ。特定の酒類はどうだ?」

 健の脳裏にあったのはアメリカ人の客が頼んだテキーラという酒の事だ。

 主にメキシコで造られる強烈な酒で、その強さを愛好する者も多い。この居酒屋では酒とビールが主体なので手広く置きはしないが、フェアの期間中や注文の品だけなら悪くないと思えた。

 

「例えば六月頭はサラダと洋酒。七月頭はパスタとクラフトビールという風にするんだ。日本酒は他の季節かな」

「ふん。……お前さんにしちゃ悪くないアイデアじゃないか。現行のアイデアと比較してみるか」

 散々計画した内容を否定することをアッサリと受け入れた。

 元から健の店で彼個人の伝手で頼まれただけだ。責任が無いのもあるし、珍しく友人が言い出したことならばそれを助けるのも仕事だろう。もちろん意味のない計画ならば止めさせるが、この段階では悪くなさそうに見えた。少なくとも居酒屋でパスタとサラダの組み合わせよりは良いだろう。

「悪いな。せっかく色々刷ってもらってるのに」

「構やしねえよ。コンサルタントにとって重要なのは依頼人のやる気だしな。それに微妙だってのはお互いずっと考えてたろ」

 店に張ったり、持ち返ってもらうためのチラシは既に考案してあった。

 完成稿ではないので大量印刷はしていないが、ここまで用意する段階で大変だっただろう。それでも計画が直前で変わるのは良くあることだと豊は笑って見せた。

 

 そしてメモに並べられたのは三つの項目だ。

 一つ目は従来通り『サラダとパスタ』、二つ目は『酒類』、三つ目は『まだ見ぬ新アイデア』。そして酒類の脇から、『サラダと洋酒』『パスタとクラフトビール』と記載していく。

 

「待てよ? 仮に変更するとしてサラダは七月にしねえか? つーか枝豆もサラダの一種に数えりゃ面白くね?」

「ああ! 確かにその方がセット感があるな! 何で思いつかなかったのか……」

 途中でサラダとパスタの上に、お互いを向いた矢印を入れた。

 実際に枝豆の塩茹でをサラダに数えるかはともかくとして、これから暑くなる時期に『ビールと枝豆』はつきものである。七月頭のフェアで紹介するのは理に叶っていた。

「何なら今から時間を掛けて枝豆の種類を探していいしな。その点パスタはオールシーズンだから移動させんのは楽なのがいいな」

「アサリを使う事を考えれば、春か秋にしたいところだけどな。……あとは鮎か」

 二人は思い付いたアイデアをベースに色々と話し合った。

 何が良いかと言ってポテトの盛り合わせのように、居酒屋で用意するフェアとして違和感がない事だ。料理の分類としてフェアを考えていたから思いつかなかったが、枝豆とビールであればポテトに匹敵するパンチ力があった。

 

 他にも鮎とビールの相性が良いがこちらは原価の問題が存在した。年々採れなくなる鮎は高騰するし、釣った物を直接分けてもらうにしても限界がある。

 

「フェアとしてはサラダなんだし、鮎に関しては赤字覚悟の数量限定で良いだろ。となると六月の再調整と検討だな」

「がっつり食えるパスタを前提として、ワインか何かをメインに幾らか洋酒を入れるとして。あとは別件で、一年物の梅酒で洋酒をベースにしたやつが考慮の範囲かな」

 計画はまず七月を固定とした。

 その上で六月を穴埋めと思わせないように、良い計画を立てる必要がある。もちろんもっと良い料理や目玉になる食材があれば、六月の構想からパスタを外しても良い。先ほど言ったようにパスタはオールシーズンなのだから。

 

 こうしてフェアの運営は順調に進み、アイデアを豊に頼っていた健も徐々にだが成長していったのである。




 という訳で『サラダとパスタ』から、酒類を交えへ分割。
お洒落なイメージを無理には出さずに、違和感なく溶け込ませていく感じ。
そして店主である健も徐々に成長が見え始めて、ストーリーに締めが近づいてきた感じですね。


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そして動き出す

 計画を仮決めすると推敲しながら細部調整を進めていく。

 以前に訪れた酒屋や醸造所にクラフトビールや洋酒を日にち指定で注文できるか、幾らくらいなのかを尋ねる。

 

「叔父さんも?」

「ああ。君と同じように鮎を分けてくれってね。こういうところは似るんだねぇ」

 妙な所でなくなった叔父さんの知り合いに合った。

 釣りキチの中にはアユ釣り舟を個人所有する者も多く、特に元は教職員や公務員だった面々はあまり異動が無い事もあって定年後に購入することがあるようだ。

「もっと早くに教えてくださればよかったのに」

「ワシもタケ坊と忌んだ猛が叔父甥とはこの間知ったからのう。読み方は同じでも漢字は違うし、苗字もそうなのじゃから気が付けというのも酷じゃろう」

 この日は御隠居の伝手でそう言った人を紹介してもらった。

 この間の猪もだが現金ならば幾ら食事代ならば幾らと話を詰めたのだ。お互いに無理をしない範囲であくまでついで、狩猟や仕出しなど何かを要求する時は割増条件で……としておいた。そして猪のソーセージなどジビエ系の保存食は供給が安定しないので積極的に商品とはせず、基本は町内会や農協の催しなどにそのまま流れる事にした。

 

 ジビエの処理や注文で保存食を作っても特に儲けなどないが、こうした集まりに顔を出して話を聞くのは面白かったし、その流れで知り合った人々へ結果的な宣伝ができる方が大きかったと言えるだろう。

 

「へえ。やっっぱり叔父さんは一人でやってたのか」

「みたいだよ。夏祭りとか収穫祭みたいな時だけ知り合いに頼んでたらしい」

 当時を知る人に話を聞けたのは大きかった。

 昭和の時代は今より人通りが多かったらしいが、それでも平成に入ってからは見込みよりも人が減ったのが大きいらしい。昔に導入した高価な調理器具の返済や店舗を補修したりと費用がかさむこともあり、気軽に楽しくやる為に一人だけで店を回していたらしいのだ。

「となると上手く行っても人を雇うのは難しいってことか?」

「どうだろうな? 倉庫兼仮眠室だけ存在してる二階部分を改装して、ちゃんとした住居にするか古民家カフェみたいにするか悩んでたらしいから、貯金はそれなりにあったと思うよ」

 実際の話、健は遺産分けで店を指定しただけで、他の者は扱い易い金銭や物を指定していたはずだ。今思えばその中には改装費用や、場合によっては新しい機材の代金。もしかしたら良い銘柄の酒やアンティークの器か何かもあった『かも』しれない。

 

 もちろんそこまで大層な品は存在しないだろうし、金も改装費用の頭金くらいだろう。健が受け取ったのは店だけだし、他人に渡った物を勘定しても意味がないので忘れる事にした。

 

「どのみち俺の腕とお前のアイデア次第だろうな。この辺の開発計画も聞けたけど玉虫色らしいし、地道に頑張るとするよ」

「それが一番だろ。頑張れば美琴ちゃんのバイト代くらいは出せるだろうぜ」

 ここで重要なのは一人でも十分に回せる店構えだったということだ。

 叔父さんの時代から住民が減っているのは確かだが、その当時はそれほど集客努力をしたわけでも傾向と対策を建てたわけでもない。減っていく人々に合わせて貯金しながら色々と考え、イザ今から何かしようという所で亡くなったようなのだ。店を他に移すという計画で無かった以上は、それなりに採算が見込めるという事だろう。

「まあな。どっちかといえば美琴に古民家カフェの話を知られる方が怖いよ」

「ははっ。叔父さんの遺志だとか言って乗り込んで来そうだしな」

 そういって健は茹で終えた麺を小さく小分けしていった。

 本来ならばフライパンで野菜を炒めながら味を付けるところだが、今回は色々なソースを試すために小分けしていく。普通流行らないが蕎麦のように浸して味見することにした。ソースの種類は豊富だし、お通し用・小鉢用・大皿と分量を見分けておかねばならないからだ。

 

 麺は普通のスパゲッティだが、当日は形状や味の差という意味で穴の開いたペンネと芋を使ったニョッキも用意する。ソースはトマトソースやクリームソ-スなどのソースベースを用意して、フライパンや片手鍋で追加の味を足してソースを完成させる方式だ。

 

「酒は?」

「定番だが今日はワインだな。当日までにウオッカやテキーラなんかも少しずつ用意する。自家製はサングリアと梅酒を注文だけした」

 パスタ祭りには洋酒を合わせるので色々用意するが、サングリアと梅酒のみ自家製を発注したのは理由がある。

 サングリアはフルーツを漬けたワインであり、梅酒はもう少し酒の種類がバリエーションに富み梅を色んな酒で漬け込んだ物。今回は手に入れ易い物を選んだので一酒ずつしか頼んでないが、余った洋酒で試すつもりなのだ。豊の指導よろしく在庫管理は徹底しているし、免許は持っているので店で出だけならできる。もし好評ならば梅酒祭りを拓くことも可能かもしれない。




 という訳でようやく亡くなった叔父さんの話が出てきました。
知っている人は客に居たけど、話に出して無かったから気が付かなかっただけ。
聞いてみたら叔父さんがやってたことも地道な努力というか、一人で楽しんでただけですね。
店舗に借金なかったのは改装費用を貯蓄してたからですね。

なおこの店は基本一階建てで、ちょこんと二階のようなナニカが載ってる形式。
普段は仮眠室にするか、使わない調理器具やらテーブルを放り込んだらいっぱいいっぱいに成ります。


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変わっていくもの

 タイプの違う酒フェアが続くと修正の告知をしてから食いつきが違った。

 パスタとサラダの時は口では『へー』とか言ってる割りに無関心に見えたのが、パスタと洋酒・サラダとクラフトビールに変えてからしょっちゅう質問が来る。宣伝用のポップを新調してパスタとワイン、そして枝豆へビールを合わせた絵を載せたことも影響しているかもしれない。

 

「兄貴。お酒残ったら少しもらえない? みんなで試飲してみたいんだけど」

「梅酒にする予定だから少しだぞ」

 無事に美琴も成人を迎えてプチ贅沢。

 この店で誕生日会をやるという話を嫌だとは健も言えなかった。貸し切りでもなく宣伝を兼ねた友人連れで女子会をやってくれてるので、文句を言い難いというのもある。

「最初は一皿280円の店でオーダーバイキングした方がコスパ良いって話だったんですけどね。3つ毎にセットメニューで安くなると聞いて、なら同じじゃんって話になったんですよ~」

「ええと……好みで修正してもらえるって話じゃないですか。そういうの大事だと思います!」

 友人だからだろうか、あけすけに物を言うのは他の女性陣も変わらない。

 佐官屋の娘さんと花屋の娘さんだそうで、料理がダメだったら二人合わせてプチ造園業のパートナーだと笑い合っていた。どうしてうちの入り口や、狭苦しい二階の方を見ているのだろうか。

 

「メニューの豊富さはあちらの方がダントツだと思いますけど、そう言っていただけるとありがたいですね」

「身の程を弁えた良い反応かと思います。個性を活かせばよい店だと思いますわよ」

 この間の玄江さんも来ていたが、この人も相変わらず歯に衣を着せない。

 悪い点も良い点も隠さずに平然と口にする奇妙な人である。そういえば素敵なテラス席でもあれば人が来るかもと言っていた気がする。他のアイデアも美琴推しであった事を考えれば、あそこの二人がそういうことをしてみたいと思っているのかもしれない。

「それはどうも。お通しのジェノヴェーゼ二種です」

「おっ。緑の方と茶色の方が両方揃ってますねー」

「日本だと緑の方だけが有名なのがおかしいですよねっ」

 料理学校の生徒だからか、この辺りの基本はちゃんと知っているようだ。

 日本でジェノヴェーゼというと、緑色のペスト・ジェノヴェーゼの方が有名になってしまった。そういえばイギリスで日本式のカレー、特に揚げ物を載せたカレーを全てカツ・カレーと呼ぶのも定着したそうだし一度広まるとそうなってしまうのだろう(肉はともかく豆腐でもカツ・カレーらしいのが解せぬ)。

 

「こちらは御予約の方にはお題は頂きません。それではご注文が決まりましたら、よろしくお願いします」

 そう言って下がるのだが、彼女たちの会話がいつもの客と違う気がした。

 純粋に食べるための興味よりも、メニューの造りやお品書きの内容からどんな修正をするのか想像しているのではないかと思うのは健の気のせいだろうか?

「これがお通しってことはオススメは放っといたらパスタですよね。あんまり見たことないのを頼むとして、どうしましょう……」

「そういう時は注文を盗めばよいのですわ。アレをお願いできます? ってね」

「茹で野菜とチーズですね? あいよ!」

 変わった物を頼もうとする子に対し、玄江さんは常連の女性客が頼んでるいつものを指さした。

 偶に単語の判らない場所に行ったら良くやるやつだ。健は溶かしたチーズを小鉢に用意して、他にもう一種類ほど辛めのソースを用意しながら、妙な注文が来た時に断るべきかを悩んだ。常連だろうが知り合いだろうが線引きは重要だが、それこそ簡単な修正だと断るのもなんだろう。

 

「あの、すいません。この和風マッシュポテトってなんですか?」

「うちで出してるコロッケには和風出汁を入れて甘めに仕上げてるんですが、それの衣が無いバージョンですね。サラダ・フェアに先行して少しだけ出してます」

「甘いサラダいいですね! じゃっ、それとコロッケを! 衣があるかどうかで比べちゃいましょー!」

 こうしてみていると三人の性格が判って来る。

 花屋の娘さんはリストを眺めて検討するのは好きだが決断力が無い。逆に佐官屋の娘さんは何でも試してみないとすまないタイプ。玄江さんはお姉さんタイプで何のかんのと面倒見が良いのかもしれない。美琴が妙な事にこだわるタイプなので合わせればバランスが良いのだろう。

 

(兄貴兄貴。HPのポテト祭りの欄にあったシリシリ風って作れないの?)

(できなくはないが際限無くなるので人前ではやってない。お客さんが居なければ別だがな。こんど自分で作れ。ピーラーなら貸すぞ)

 さすがに弁えていたのか、注文外の注文は小声で話しかけてきた。

 健は他のお客の手前一度断り、誰も居なければ可能だとコッソリ教えておく。注文する時も声高に告げるのではなく念のために呼んでくれと忠告は忘れない。簡単に作成できる物は裏メニューのようなものだが、平常化するとフェアのありがたみがなくなるからだ。

 

 そして洋酒のフェアやクラフトビールのフェアで知った酒の内、ボトルをキープするなら酒類の取り寄せが可能な事を告げてこの日の誕生日会への対応は終わった。

 

「賑やかに成ったわね」

「おかげ様で。指さして申し訳ありませんね」

 常連の女性客に詫びを入れつつスタンダードなジェノヴェーゼを持っていく。

 肉をワインで煮込んだ茶色いソースが美味しいパスタで、今夜は妹たちの詫びも含めて自腹で白ワインを奢ることにした。まあ一杯400円の原価のみなので安いものである。首傾げる彼女に対し健は詫びの件を告げながら軽く頭を下げた。




 という訳でつなぎ会ですね。
微妙な「パスタとサラダ」フェアよりも、「パスタと洋酒フェア」の方が人気ある。
あとは妹キャラの年齢経過に合わせて女子会という名の女性客が通ってもおかしくない雰囲気造り。

なお今回の四人はどこかの漫画の四人組から持って来てますが
・美琴:B型
・玄江:AB型
・佐官屋さん娘:O型
・花屋さんの娘:A型
 という感じの割り振りで作った後、そういえばどこぞの四人組が居たなあと流用した次第。
まあ兄はタケルで妹はミコトという和風の適当キャラ名から派生したので、今回も適当ですけどね。


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強引グ、マイ、ウェイ

 二回目のフェアに際して大きな変更は、組み合わせ以外にもう一つあった。

 それは期間中に限り、セットの中にアルコールが入る可能性があるという事だ。洋酒やクラフトビールを紹介するフェアなので違和感がなく、原価率の良い酒を自然にお勧めできる。

 

「ほう……。うまいな」

「へへーでしょー。あたしもこれでバイトしたことありますからね~」

 フェア当日の開店前、健と一人の女性が暗がりで話し込んでいる。

 店先に座ってペチャペチャと音を立てて、ナニカを操っていた。シャッシャと音が走るたびにそこにナニカが誕生する。

「あんたら何やってんのよ?」

「コテ絵だとよ。最初はコンクリの状態が悪くて相談したんだがな。こんなんで絵が描けるもんなんだな」

「ですです。セット一回分の料金でちゃちゃっと仕上げちゃいました」

 美琴がやって来て覗き込むと、つい先日までへこんでいた場所が直っている。

 入口の脇で直接困らないから小さなテーブルを置いて誤魔化していた場所に、カエルが相撲を取ったり酒を呑んでいる絵が描かれていた。それもセメントで描かれた物であり、乾けば苦労して掘ったかのように見えるかもしれない。

 

「そういえば健さんってどうしてこんな感じのお店にしたんですか?」

「……ハンバーガーショップで思ったことはないか? あの店のハンバーガーとこの店のポテトが同時に買えたら面白いなって」

 佐官屋の娘は思わずキョトンとした。

 他愛ない質問に他愛ない言葉が返って来た。普通はありえない話だ。今みたいに大型スーパーにフードコートができる時代でも、できるだけ同業者は並べて入れないことが多い。

「要するに自分好みに合わせたかったのさ」

「あはは! 判ります! コンビニでもありますよねー。あそこのチキンとケーキがあれば完璧だとか!」

 好きな料理を『適当』に用意したかった。

 ただそれだけのことであるが、なんとなくニュアンスは伝わる物だ。誰だって自分好みの食べ物だけを食べて居たい。

 

「約束通り今夜のフェアでは好きな物を三品驕るよ。せっかくの腕前の代金には釣り合わないけど」

「そんなー。あたしも稼業だけど専門家ってわけじゃありませんしね。とりあえず今日は上から下まで制覇する予定です!」

「馬鹿な事いってんじゃないわよ。アル中で死ぬって」

 ノリの良い話題に美琴が苦笑を入れた。

 今日のフェアではどんなパスタがあるのか、どんな酒が人気あるのかを知りたかったのだ。これが大都市の居酒屋ならその二つで結構回るはずなのだが……。問題はここが郊外の中でもハズレの方だということだ。

(趣味の問題よりもこの辺だと自宅で食べるとか、帰宅前に会社の近くで食べて帰って来るって人多いでしょうしね。どんなもんかしら)

 美琴はここの昼間を借りて店をやりたいと思っているが、流石に無謀ではない。

 兄の店で居酒屋がやらない昼間だから安価に借りれる……というかアルバイト代で相殺できるから考えているだけだ。そもそも自分のやりたい店の方向性と、この地域が合わなければ無理をする気は無かった。

(でも店をやりたい理由かあ……なんだったっけ……兄貴がやりたいとか言ってた影響受けたとか……?)

 誰かが古民家風で隠れ家のような店を持ちたいと言ってたような気がするのだ。

 自分もそれに賛同し、隠れ家のような店がいいなと共感したことを思い出した美琴であった。

 

「私はいつものを。お酒はサングリアで」

「私はチョリソとテキーラでお願いしますね」

 常連の女性客たちが顔を出すと、パスタには目もくれずに好きな料理と新たに酒を頼んだ。

 今宵ばかりはセットに酒が入ると聞けば、やはり頼める中で好きな酒を飲みたいものだ。どうせ店長のお勧めはパスタになるのだろう、あまり気にする事ではない。

「あいよ。ちょいとお待ちを」

 健はわらってそんな二人へいつもの料理でもてなすことにした。

 当然ながらこれまでの付き合いで、チーズならばどの程度を融かしておけばよいのか、チョリソならば香辛料をどの程度追加して焼けばよいのかを聞き出している。彼女たち好みにし上げながら、お勧めのパスタは何が良いかと考え始めた。

 

 それはいつもの光景であり、合わせるおすすめ料理は千差万別に変化する。

 健が求める日常と、そうでない変化の両方を味わえる瞬間だ。

 

(ねえ兄貴。あの二人ちょっとペース早くない?)

(外国人のお客な。あの人は仕事の関係で門限が早いんだと。何も無きゃいいが、緊急連絡が来たら時間内にすっ飛んでいかないといけないそうだぞ)

 テーブル席に陣取って杯を傾ける二人を見て、美琴がコッソリ尋ねて来た。

 お客の事なので詳しくは話さないが、門限のことくらいは良いだろうと健はコッソリ応じた。早めに初めて早めに終わる人間というのは限られるものだ。黙っていて探られるよりも、最低限の情報で黙らせておこうという事だろう。なお……。

「ナイスチューミチュー! ちょーっといいすかー!」

「ハイ?」

 目を離した瞬間に躊躇やためらいを置き去りにしたナニカが突撃していった。

「こら! なに人様に迷惑かけてんのよ」

「あらあら。構わないわよ。何が聞きたいのかしら」

「それはですねえ。この店で好きな料理と、お勧めの料理を聞きたいかなって。どうしてか気になるじゃないですかー」

「それはですねえ……」

 ここから健にとって聞きたくないような、聞きたいような不思議な空間が始まる。

 いずれにせよこの女性客たち以外のお客が現れ、救いの神となるのはまだ先のことであった。




 という訳でパスタと洋酒フェアの話です。

まあその前半というか、動機の話ですが。
自分好みの品揃えで、何を重視するかは自分で決めたい。
その上でどちらでも可能な事を、お客に選んでもらおうというのが主人公の望みですね。

例えのハンバーガーショップに関しては、私の趣味です。
モスのバーガーとマクドのポテトと朝マック、あるいはサブウェイのサンドイッチとモスのクラムチャウダー。
そういうのを好きな組み合わせで食べたいなあ。とか思ったことがあったのでついでに書いた感じですね。


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微速前進

 改めて店を見渡すと、客層ごとに来店時間は異なる。

 早い段階から来ているのは店主の身内、そして門限の関係上で手早く帰る必要のある者だ。

 

「本日のお通しです。料理も間もなくお持ちしま……」

「これこれ。コレが美味しいんですよー」

「あら。かわった形の麺……ね? 片方はマカロニの仲間みたいだけど」

 今回はパスタと洋酒フェアなのでパスタ類のお通しになる。

 代わり麺の紹介も兼ねているので、一風変わった麺を出してソースの方は牛筋をトマトで煮込んだラグーソースに共通しておいた。味そのものはミートソースと同じだがトロリと煮込んだ牛筋の触感がたまらない。

「仲良くなったみたいだし、解説を頼めるかな?」

「ラジャっす! マカロニに似てるけど溝が付いてるのはペンネと言って少しでもソースが絡み易いように。もう片方の四角い団子状のはニョッキといって芋を混ぜたこれもパスタの仲間ですね」

「イエス。アルゼンチンにはニョッキの日がありますね」

 ペンネは歯車を長くしたような形状で、中の穴とギザギザの溝で解説通りソースを絡める為だ。

 ニョッキはジャガイモと小麦を混ぜた団子状のパスタで、腹持ちが良く昔は断食前だとか安価な保存食として給料日前に食されたという。

 

 共に今日のパスタ祭り部分を担い、一風変わったお祭り感を演出している。

 お通しは酒を呑めば無料なので無理なく紹介できるし、麺のバリエーションとしてはその面白さが即座に判るというのが大きい。パスタそのものはソースの味付け自体は定番なので、こうした部分で目新しさを出そうというのだろう。それに麺を変更するだけなので簡単なのが良い。

 

「……もう始めてるんだな。いつもので」

「あいよ」

 次に訪れるのは夕食に来ている者だ。

 カッパさんと名付けられた男は、こんな日でもいつものようにキュウリで二品頼んだ。以前はもっと後に酒を呑むために訪れていたが、最近ではお勧めに食事類を入れる事が多いのでこの時間になっている。

「お勧めのクリームスープ・スパゲッティとサラダ・スパお待ち!」

「これお洒落でいいですね! あたしも……」

「それならシェアしましょ? 後で貴女のをもらうから気にしないで」

 常連の女性客に用意したのはスープ状にしたスパゲッティ。

 茹で野菜を優雅に食べている彼女に、温かい物をという配慮。対してアメリカ人の方は延々とチョリソを筆頭に肉類を頼むので、口のスパイシーさを洗い流す意味でもサラダ・スパだ。小さくまとめて野菜を添えて、オリーブオイルでチョリソの強烈な香辛料を相殺する。

 

 シェアして分け合うと聞いたので小鉢を追加しつつ、カッパさんの為のメニューに移った。

選ぶ麺は一口でも千切っても食べられるニョッキを選ぶとして、先行して食べているキュウリの味を損ねない物が良いだろう。色合い的にもアレだと、バジルの香りを立て始めた。

 

「本日のお勧めでニョッキのパスタ・ジェノエヴェーゼです」

「置いといてくれ」

 緑の色合いで塩辛いペスト・ジェノヴェーゼ。

 この色のジェノヴェーゼは日本でよくみられるタイプだが、ニョッキで出てくる事は珍しい。食べてればモチモチとした歯ざわりがするので、キュウリの硬さと硬軟を楽しめるだろう。

「あー。それ頼もうとしたんだけどな~。でも同じのを頼むのもな~」

「シェアする訳で無し、同じので良いと思うんだが」

 美琴もペスト・ジェノエーゼのニョッキを頼もうとしたのだが考えを変えたようだ。

 妙なこだわりがあるタイプには二種類があり、いついかなる時も自分の考え方を変えないタイプと、他人と被らないことを前提に自分らしさを追及するタイプが居る。

「まあそうなんだけどね。今日は珍しいのを見たいって言うのが先なのよ。……決めた。ナポリタンで面白いのってできる?」

「作れと言われれば作るが、パスタ祭りにナポリタンを頼まなくても」

 ナポリタンは日本で派生した簡易パスタだ。

 トマトソースで煮込みながら炒めるという過程を省いて、ケチャップで味付けをした物である。本場の人間にとって貧乏飯はペペロンチーノが最底辺なので、ケチャップで味つけだけというのはとんでもないという事らしい。

「そりゃそうなんだけどさ。珍しいものが見たいから頼んでるの。文句を言うくらいなら、面白いのを作ってみてよ」

「あいよ」

 なお、ナポリタンが簡易的なパスタだったのは当初の話である。

 日本人は何でも魔改造したがる癖があるので、当然ながらナポリタンだって改良されていくのだ。なんでもナポリタンを競う大会もあるそうで、いずれは日本独自のバリエーションとなる日も来るのだろう。

 

 ともあれオーダーはオーダーである。

健は注文に対応すべくチョリソを手に取った。肉厚のソーセージをスライスしてその一部を使い、同時に湯煎している茹で野菜用のチーズをやはり一部取り分ける。そしてトマトソースをたっぷりと取り分ければ殆ど完成である。

 

「つけナポリタンお待ち。このフェスの為に味実験した時に気が付いたんだが、意外といけるぞ。調べたら本格的な店もあると知って驚いたくらいだ」

「へえ。麺の方には茹で卵だし、これだけ見るとラーメン屋って感じだけど……」

 麺の方には茹で卵と、一風変わった所でレモンが載っている。

 トマトソースの入った小鉢には溶けたチーズとチョリソが入っており、チーズは甘く逆にチョリソはピリ辛さを演出していた。いや、思ったよりも辛いので唐辛子も入っているかもしれない。

「ん……悪くないわね。レモンは味変かしら? 麺に絡めるの? それともソースの方に?」

「その辺は御随意に。ただその後を考えたら麺の方がいいかもな」

 美琴の質問に健は笑って親指を傾けた。

 その方向には佐官屋の娘さんが笑顔で美琴の様子を眺めている。ニッコニッコの笑顔は生来の性格だけではなく、過分にアルコールの影響であろう。

「みっことさーん。なーに食べてるんですか!? あたしにも一口くださいよっ!」

「ちょと! 待ちなさい。先に私が……」

 何てやるのを横目に見ながら、健は徐々に増えて来たお客に対応する事にした。

 いつもはこのペースで人が増えることはまだないのだが、どうやら洋酒を試しに来た客が居るようだ。

 

「大将。コレ、ある? それとも来月かな?」

「ありますよ。ライムもちゃんと用意してます。コロナビール一丁!」

「あ、私もお願いします」

 コロナビールというのは呑み易くすっきりした飲み易いビールだ。

 ライムを切って小瓶の口に添えておく。そして飲む際に瓶の中に入れて、ラッパ飲みするのが特徴である。最初はクラフトビールのフェアに混ぜようかと思ったが、結局、洋酒の方に統合したのである。アルコールや苦味が強くない事もあり、ビールを飲むと言うよりも炭酸水を呑むようなイメージに近い。

 

 その日もそこそこのお客が来て、そこそこの成功に終わった。

 しかしフェアを始める前に比べて多い客であり、二連続でフェアが成功したことは大きいだろう。そして何より、好評を博した洋酒の中には常備を決めた物や、仕入れてボトルキープするという者も現れたのである。




 という訳でパスタと洋酒フェアの後半。しれっとセットメニューに酒を加えたり。

色んなパスタがあることを紹介しつつ、メインは洋酒を愉しもうという話。


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閑話休題2

 無事に二回目のフェアを乗り切った健だが、思わぬところで案件が持ち込まれた。

 それ自体はどうでも良い話なのだが、無碍にするのも後を引きそうだという妙な話である。

 

「それで、この海老を何とかしたいと」

「はい。こんなに大量にもらっても使い切れませんし、かとって御裾分けするにも近所が遠くて」

 健が昼間に準備をしていると不意にインターホンが鳴った。

 出てみると美琴の友人で、花屋の娘さんがクーラーボックスを片手に困っていたという塩梅である。

「食材として買い取るには微妙な量で、かつ、貰い物を売るのも憚られる。と。……まあ事情は分かった。しかし、君は選択肢が迷うタイプだな」

「はへ? はい! そーなんです。色々可能だと、つい迷っちゃいまして」

 持ち込まれた海老は個人で使うには大量だが、居酒屋のメニューとして使うにはちと足りない。

 まあこの店ならば十分な気もするが、貰い物を右から左に商売に使うのもどうかと思う。第一『鮮度は保証します!』と言われてはいるが、残念ながら信用する訳にはいかない。向こうも売ったり見せに出すのは心苦しいようなので丁度良いのだが。

 

 溜息を吐きながら健は二・三考えた。

 もちろんメニューの心配ではなく、この娘さんを無碍に扱って気難しい妹が癇癪を起こさないかどうかである。できれば自分の店にも有益な方法を思いつくのが一番なのだが。

 

「では幾つかお勧めの方法を教えてあげよう。代わりに忙しくて、それなのに美琴がヘルプに来れない時にでも力を貸してくれればよいよ」

「すみません! その時はきっとお手伝いしますから!」

 そういって健は大量の海老を七つに分け始めた。

 それだけで扱いに困る分量が、むしろ少ない量に成ったような気がした。

「今から料理を七つ作ってみてくれ。作り方を知らなければ教えるから」

「はっはいっ……って七つう!?」

 幾ら何でも無茶振りが過ぎたのか、反応が止まった。

 人はマリにも無茶振りが過ぎると思考回路がショート寸前になるものである。

 

「それなら迷って何を作ろうか悩むことも無いだろう? とりあえず二山以外は冷蔵庫にしまっておくか」

「ででで、でも……七つもいきなり思付けませんよ!?」

 健は何も言わないことを良いことに、五杯分の海老を冷蔵庫にしまい始めた。

 そしてアタフタする様子を無視して、海老の下処理に入る。

「さて、思いつかないなら解決手段を提示しよう。この頭は焼くか揚げてスナック状にする。寿司屋に行くと偶にやってくれる店があるだろう?」

「え? ああ。そうですね。じゃあ油とニンニクを用意しますね」

 戸惑っていたのだが一品ほど説明すると、テキパキと用意を始めた。

 この娘は判断力と決断力が遅いだけで、他の要領は良いのだろう。何というか佐官屋の娘や美琴が率先して課題にアイデアを出し、この娘と玄江がフォローする姿が容易に思い浮かぶ。

 

「一山目のガラと、二山目の頭・ガラを使ってビスク・ソースを作る。スープにする場合は、残りの海老の頭やガラも使ってしまおう」

「それは良いですね! 凄いです! 身を全然使っても無いのにもう二品ですよ!!」

 健の言葉を聞いてフライパンで焼いてた娘は、視線だけを動かして擂り粉木やミキサーを探し始める。

 その間も基本的には火の確認をしており、ウッカリと焦がしたりすることもない。これだけ手際が良いのに、どうしてあれだけ決断力が無いのか不思議なものである。A型人間の提携だと仲間たちは言うのだが。

「困ったら焼く以外にも揚げるとして、ひとまずは他の料理で考えるか。まずは三品目に頭と尻尾を残したエビフライを作ろう。その計算をしないと、ビスクへの下処理を先にしてしまうからな」

「そうですね。じゃあひとまずそこの身はお刺身にしちゃいましょうか。これで四品目……」

 油を切る用意をしながら、皿も用意して配膳の準備。

 ビスクは後回しでも良いと仮定して、剥き出しのままになってる海老の身を皿に盛り始めた。その様子を見た健はもう一度苦笑いを浮かべて、この娘の性格を悟った。

 

「君は少ない判断材料なら的確に思いつくな。パズルとか好きだろう?」

「よ、よくわかりましたね。あれは答えが決まってるから考えるの楽なんですよね」

 やはりそうかと言いながら、健は海老の身が盛られた皿の横に調味料を並べていく。

 しかし不思議な事に、生醤油以外にも胡麻ドレッシングやポン酢を置いて行った。

「刺身の身だけでは味気ないな。一部はシャブシャブにしよう。これで五品目。あと二品しか残ってないな。では何が作ってみたい? 普段は教えてもらえなかったり、滅多に食べないような物でも良いぞ」

「良いですね! なら海老のアヒージョを! さすがに女の子がニンニク臭いまま町を歩けませんからね」

 こうなってくると後は簡単だ。

 海老の頭を焼いた物とアヒージョでニンニク系はもう沢山。刺身とシャブシャブで生から派生する物も打ち止めにしておこう。この上で寿司というのは被り過ぎだ。ではビスク・スープまたはビスク・ソースのナニカを作り、エビフライが控えている。残るは何を作れば面白いだろうか? せっかくなので健が言っている様にあまりやらないものの方が大白いだろう。

 

「最後の一つは?」

「海老真薯を作ろうと思います。……ということは先にこっちをやった方が良さそうですね。ビスクは味が強過ぎますから」

 真薯というのは山芋や卵を繋ぎに使った練り物だ。

 それほど味が強い物ではないし、頭やガラを外して磨り潰すから流用するのに目安が立て易い。

「うん。こういう商売だと注文順だし普通は仕込みを先にするが、一辺にやらないといけない時は優先順位を作るのは正しいな。ビスクは最悪、全部作った後に作って持ち帰ればいい。所詮はガラの再利用だからな」

「はい!」

 答が出たことで遠慮のなくなった二人は、手分けして七品を一気に仕上げた。

 そして健の仕込み時間を使ってしまった責任を取り、そのまま夜の準備をしつつ冷めたら美味しくない物を食べながら作業したのである。




 という訳でオマケというか、時系列の関係ない外伝的な話。
洋酒回にアヒージョ入れようかと思いましたが、別の日にした感じですね。
オリーブオイルでニンニクともども煮込み、残った油にパンを漬けて食べても美味しい一品です。
ビールでもワインでも合うし、なんならキノコとかで量を増やすのもアリですね。


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古い課題の終わりと、新しい課題の始まり

 次のフェアであるサラダとクラフトビール祭り。

 その細部調整を行いながらポップの絵を微妙に変化させた新しい物に変えて、少しずつだが進歩しているというのをうかがわせる。枝豆に追加してバターコーンや鮎の絵程度だが、それでも見る物が見れば使い回しではないことが判るだろう。

 

「ぐぬぬ……。これが200円のデザート……」

「そっ。美琴ちゃんには悪いけど、少なくともこの味を超えないと厳しいよお~」

 次のフェアへの話し合いの最中、業務用スーパーで購入して来たデザートが並べられた。

 牛乳1ℓパッケージと同じサイズが二つに、弁当箱より小さいサイズの長方形が二つ。それぞれコーヒーゼリー・杏仁豆腐・レアチーズケーキ・チョコブラウニーとなる。これに生クリームを追加したとしても1000円程度だろう。

「この辺のどれかをチョイと切り分ける。生クリームを足せば立派なデザート皿になる。まあこれだけだと小鉢の400円均一にゃあ難しいが、コーヒー豆の深煎り・浅煎りと酸味の強め弱めを指定注文して買い置きしとけば十分だ」

「きぃ~。判ったわよ! 思い付くまで当面デザートフェアは諦めるから!」

 なんというか美琴がフェアのアイデアを思いつき、そのうち出来ないかと相談して来たのだ。

 この店にはデザートが無いので、アルバイトを始めるタイミングで幾らか導入。秋口までに案をまとめてみたいと申し出て来たのである。これに対する豊の回答が、この有様であった。

 

「私のアイデアが未熟だったって事で仕方ないけど、豊さんなら他にどんなデザートを用意するの?」

「そうさなあ。駄菓子屋の問屋に直接話をして、珍しい所を盛るかな。単品はともかくアソートなら400円で300円分なくたって頼んでみたい」

 諦めきれない美琴に対して、豊の回答はそっけなかった。

 デザートを造るのではなく狩って来るだけで済ませる辺り、自分の腕がなくても可能な範囲で選択しているのだろう。美琴には料理の腕があり、豊かには腕は無いがアイデアはあると端的説明して見せたのだ。

「ちょっと! 駄菓子って薄利多売なんでしょ? 目分量でも300円前後を盛ったら儲けなんかないんじゃないの?」

「そりゃそうさ。この場合は在庫管理と人件費の問題対策だな。この方法なら明日からでもできる」

 可愛いデザートを作れるという方向で斬り込もうとする美琴に、どこまでも豊は淡泊だ。

 この居酒屋の経営が安定してきた段階であり、美琴の発言力が高くなって、妙な提案を採用されると困るからだろう。彼女の強みをことごとく叩いている。もちろん他のアイデアがあれば別の対応をしただろう。

 

「冷蔵庫は基本は肉か魚で一杯だからなあ。そりゃ分量を減らしても良いが、臭いとか問題になるだろうし」

 健としては採算が取れ、お客が喜ぶならどっちでも良いのだが……。

「兄貴は黙ってて! だいたい、その辺は飲み物の方を使うから大丈夫よ!」

「おやおや。女性向けにソフトドリンクとかカクテルに使えそうなの増やせって言ってなかったっけ?」

 こっちの二人にとってはそうでもなかったようだ。

 美琴は自分の作りたい物の為に気合を入れ、豊は採算の為にガス抜きをしている。儲けの出るアイデアを思いつくか、さもなければデザートを注文する客が増えてこないと難しいようだ。

「とりあえずその件はまた練り直して来ればいいだろ。ひとまず来月の詰めと、その次の話だ」

「判ったわよ!」

「はいよ。今度はお前さんの課題だな」

 このまま延々と続けられても困るので、健は話を切って本筋に戻した。

 そして豊の方は改めて健に出しておいた課題に向き合う。

 

「来月の詰めはまあ無茶な話じゃなきゃ良いだろ。枝豆の種類を増やすとか、ビールの買い置き増やすくらいの話だし。で、お前さんは八月頭に何をしようって?」

 豊かはコンサルタント会社に勤めており、このまま延々と関わり続ける時間があるわけでもない。

 クライアントが遠方だったら飛ばされて戻ってくるまで時間が掛かる時もあるはずだ。出張で二・三日などというペースで戻って来れたら奇跡だろう。だからこそ豊は今の内に健自身で、ある程度のアイデアを出せるように注文しておいたのである(美琴はこの話を聞きつけたと言える)。

「暑い時期だからな。いっそ安直に納涼系で締めようと思ってる。冷奴に素麺を主力として、その種類やタレの類を増やす事になるか」

「まあいいんじゃね? 手は掛からないしその辺の原価は知れてるからな」

 幾つかの組み合わせを試した上で、お勧めに何種類か用意しておく。

 仮に冷奴であるとしたら、豆腐の種類を三種から五種類程度用意して置き、その内の二種を選べても良いだろう。掛けるタレの方も生醤油・出汁醤油・ドレッシング系・コチュジャン・肉味噌系など色々用意しておけば良い。

 

 普段は食べられない組み合わせというのは、それだけで食欲をそそる。

 豆腐やタレなど一つ一つは今時は通販で頼むこともできるが、複数種類を一度に試すのは同じメーカーでもなければ流石に難しい。

 

「あえて言うならサラダとクラフトビールフェアで人気のあった枝豆やビールを増やしとくくらいかねえ? あ……そういや枝豆タレとか枝豆豆腐みたいな変わったのも食ってみてえが」

「そういうのも一応は用意できるようにはしとくよ」

 健は豊かの反応以外にも、バッサリ切られたばかりの美琴が何も言わないのでホッとしていた。

 安易すぎるとかアイデアを先にもらったのではないかと言われそうな気がしたからだ。

 

 もちろんもっと良いアイデアがあっても、クライアントである健に遠慮した可能性もある。しかし最低限の計画は店主である健が立てる事が出来、その穴を補強すればよいと思ったのは確かだろう。

 

 この店の相談を始めた当初と比較して、健にも少しずつ見るべき物が見えて来たのかもしれない。それは古い課題の終わりであり同時に新しい課題の始まりなのだろう。




 という訳で一応の形を付けてみました。
赤字だらけでどうしようもない時期が終わり、黒字を目指す時期に入った。
でもそれは一人だけの話なので、アルバイト込みでまだまだ頑張らないと。
それが終わったら次はコンサルとの相談なしに、自分で何もかも決めて行かねば。

という感じで一つ終わればまた一つ始まるというサイクルになるのではないかと思います。
このまま続けることもできますが、毎日書けるなら書く。
という流れは此処で終わりたいと思います。

ご拝読いただき、誠にありがとうございました。


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オマケ
オマケ1


 七月のサラダとクラフトビールフェア、そして八月の納涼フェアに向けて動いている。

 遠方の豆腐屋にサンプルとして幾つか通販購入。その間に近場の豆腐屋で購入した物を味見。内の一つに面白い物があってので流用してみた。

 

「このテリーヌって兄貴が作ったの?」

「こないだ豊が置いてった業務用レアチーズケーキがあったろ? それと豆腐を足して仕上げてみた」

 用意したのはテリーヌ状のレアチーズケーキだ。

 テリーヌというのは四角い器に色々な食材を練って入れて焼く料理。食材次第で前菜にも菓子にもなる料理である。今回はレアチーズケーキを作ってみたのだが、案外うまくいったようだ。

「近くの豆腐屋で仕入れたやつなんだが、ちょいと味が薄いのを逆用した」

「時短レシピかつヘルシーって感じ? ……まったく。経験の差って嫌になるわね」

 経験値という意味では健よりも、このレシピを参考にさせてもらった素人の奥様だろう。

 もちろん健が不倫しているという訳ではなく、最近は奥様やお母さんたちが機転を利かせて作成した傑作のレシピがネットに溢れているのだ。健はそれを料理人の腕で再現し、手直しできるところは手直ししてみたに過ぎない。

 

「せっかくだからいただくとして、他になんか面白いコツとかある?」

「そうだなあ。コーヒーとのバランスとかはお前に教えるまでも無いだろうし……。ああ、そうだ。習った知識が入り口でしかないという例で、酒に合わせる味の強さや香辛料の話しな」

 この日に淹れたコーヒーは最近試している専門店で発注したものだ。

 試していると言ってもお客が頼むレベルで、豊が言ったように深煎り浅煎りや酸味の強弱を試しているだけだ。どうせリラックスする為に飲むなら、実験もやっておこうという算段である。

「酒を呑む人には濃い味でってやつでしょ? さすがにそのくらいは知ってるわよ」

「それはそうなんだが、金科玉条にやるのは良くないって話な」

 呑み屋では基本であり、料理学校でも教えてくれるところは教えてくれる基礎知識だ。

 酒を呑むと味の濃いものが欲しくなるのと、舌がアルコールで鈍る為に、少し強めで味付けしろと言われることになる。

 

 だが、それを定例通りやったのでは問題が出ることもあるという。

 

「例えば寿司のワサビを強くしたとして、酒を後回しにして食べ始めたらどうなる?」

「そりゃワサビの盛り方次第じゃ大変な事になると思うけど、対処するのは難しいんじゃない?」

 酒を呑むと思ってワサビの分量を増やしたとして、常に先を第一に呑むとは限らない。

 その状態を適正と見誤った場合、酒を呑まずに普通に食べられると強烈な刺激を与えてしまう。場合によっては気に喰わない相手にワザと盛ったと思われかねなかった。だがそんなことを予想しろというのは難しい話だ。何しろ居酒屋には酒を呑みに来る訳だし、まず酒を呑まないなど想像しようがない。

 

「お通しを出して最初の料理を出す前に、右左どちらが利き腕か確認する。その上で利き手の側から、徐々にワサビの盛り方を増やしていくんだ。昔の江戸前ならそんな事をしなくても白身から味の濃い魚になっていくから、誘導しなくても途中で呑むだろうけどな」

「なるほどねえ」

 もちろん一例だし、先にお酒を呑むのを確認すればそこまで気を使う必要もない。

 とはいえここではコツという物があるというのを教えたわけで、話の入り口としては十分だろう。

 

「他には? 料理の方が聞きたいかな」

「うーん。……居酒屋に栄養を取りに来る客はいないからな。味と見栄えを重視する為に、全ての材料をそのまま使わない手もあるというところか」

 健はこの間、海老の処理に困っていた美琴の友人を思い出した。

 あの日は結局、何とかなったがどうしても思いつかない場合は教えようかと思った裏技がある。美琴には少ないアルバイト代の穴埋めに、コツを教える事に成っていたので丁度良い。

「そのまま使わない?」

「ああ。煮物だと形が崩れることはよくあるし、魚介類は身が硬くなる物が多い。だが煮込めば煮込むほどに味は出るし、その辺は矛盾しない程度にバランスを見るわけだ。しかし全部を使わなければいい」

 この日仕入れた中に海老もあるのだが、当然安値で探したので不揃いで小さい物が多い。

 テーブルの上に海老を出すとは『特大』エビフライを用意することにした。

 

 まず比較的大きいが形の悪い海老のガラを向いて下処理を行い、頭と尻尾は切り離すが残しておく。そして小さい海老の中で形の良い物はアヒージョに、形の悪い物は二つに分けて下処理を行う。

 

「例えばこの海老で特大のエビフライを作るが、ここで『テンプラ』をやる」

「この場合は、誤魔化す方の『テンプラ』よね?」

 天麩羅といえばフライと同じく衣を付けて揚げる美味しい料理だが……。

 この場合は衣の暑さを増やして中身を誤魔化す手法のことである。天麩羅の衣に引っかけたネタなのだが、これを健オリジナルで味付けするのだ。

「この二つに分けた方の小エビは、片方を磨り潰して『テンプラ』の身にする。残りは形を残してぶつ切りにすることで、歯応えを残すという塩梅だ。成型肉ならぬ成型エビだな」

「うわっ。贅沢……っていう程でもないのか」

 小さく歪な海老を磨り潰し、あるいはぶつ切りにして混ぜ合わせる。

 そして割りと大きな海老の周囲に巻き込み、頭と尻尾を取り付ければ完成だ。次は、同じような造りだが最初に海老の身をギュっと握り潰して骨の様に縮めてしまった。さらに今度は海老の頭と尻尾だけを残し、全て練り物とブツ斬りで作り上げた大海老の本体がまるでない物を作り上げる。

 

 これで僅かにある大きな海老を使って、三種類のエビフライを作り上げてしまったのである。それぞれに微妙に触感が違う為、普通に食べるだけでも楽しめるだろう。

 

「こいつはエビフライだからやらないが、天麩羅でやる場合は海老のすり身を煮込んで煮凝りを入れても良いな。すると味わいが強くなる」

「料亭じゃとても出せないだろうけど、なんかすごいわね……」

 これも居酒屋では栄養なんか求めていないからこそできる技である。

 もちろんエビの身を減らすこともできるだろうが、それがバレたら大変なのでやりはしない。一尾だろうが二尾だろうが400円で特大エビフライなんか出てくるはずもないが、嘘はよろしくはあるまい。

「大量に作る煮物の場合は材料からやっても良いな。若鶏と老鶏という例えなら、美琴も過ぎに気が付くだろ?」

「そりゃね。老鶏を煮込んで濃い味を出して、肉は若鶏を後から入れるんでしょ」

 ここまで来れば美琴にも想像は出来た。

 老いた鳥獣で良い出汁は出るが身は固く食べ難いというのは良くある話だからである。

「かき氷にフルーツをジュース状に入れて、一部を果肉のまま残したのを喰った事もあったな。あっちで例えれば良かったか」

「あったあった。イチゴとかマンゴあったわよね。あれも台湾式になるのかしら」

 そんなことを言いながらこの日の営業に向けて仕込みに入ったのである。




 話の流れとしては終わったのですが……。
思いついたというか、メモとして残していたけど使ってない話を思い出したのでオマケ回です。
今日は嵩マシのテンプラではなく、超テンプラ。
エビのすり身・ぶつ切り・煮凝りを作って、巨大な偽物の大海老を成型する感じですね。

ちなみに業務用スーパーのデザートは愛用しております。
僅かな値段で購入できるのと、コストコよりも少量かつ日本人好みなので。
これをサイコロ状に切って、コーヒーと一緒に食べると安価で美味しいです。
チョコブラウニーやコーヒーゼリーの場合は、生クリームを添えても良いですね。


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オマケ2

 何を野菜として捉え、どう使えばサラダになるか?

 それは個人や文化圏ごとのイメージにもよるので一概には言えない。とはいえそれを他人から聞くのは面白い話である。

 

「コーンがこれほど日本人に好まれているとは知りませんでしたね。ステイツでは家畜の餌でしたから」

「それを言えば大豆もでしょ。油を取ったら家畜の餌だものね」

 サラダとクラフトビールのフェアで、お通しには削ぎ切りにしたトウモロコシと定番の枝豆を出した。するとこんな話が聞けたのは面白かった。用意した物が家畜の餌と言われて怒る者も居るのだろうが、今回は蘊蓄を聞かせてもらう立場なので健に取っては気にならなかった。

「日本では大豆から何でも作りますからね。日本人からしたら信じられません」

「そうですね。豆腐も今ではベジタリアンには必須の食材です。昔はなんでこんなものをと思いましたが、ちゃんと調理された豆腐は最高です」

 この日のお勧めは豆腐を中心に据えた野菜ステーキである。

 脇には長芋とタマネギの輪切りもステーキにして、肉味噌風のアンをたっぷり掛けている。今日のフェアはわりと安い物が多いので、原価率に気を使ったということもある。また枝豆やバターコーンの様な軽い物が人気になると判っているので、こういった物でバランスを取っているとも言えた。

 

「認識の差と言えば映画で見たリンゴや生卵の差も大きいわね」

「リンゴをマズそうに吐き捨てるのは、挑発の意味もありますが野菜に近い甘さですからね。日本のリンゴやイチゴはとてもジューシーで甘いことに驚きました。サルモネラが居ないとはいえ、生卵を常食するのはビックリどころではすみませんでしたが」

「なるほど、納得です。リンゴもですが生卵を呑むのがどうして特訓か首を傾げましたから」

 そんな話をしながら提供する酒だが、今夜ばかりはクラフトビールが多い。

 いつもは定番の酒を呑む物も、フルーティなビールやスッキリしていると聞いて試してみたくなったらしい。……まあ何時もの酒を頼む者も居るのだが。

「長芋のステーキだけくれ」

「あいよ。他の代わりに少し多めにしときますね」

 カッパさんはいつものように日本酒とキュウリで楽しんでいたが、今回のお勧めは気に入ってくれたようだ。

 肉味噌を掛けた小鉢の他に、バターで焼いた後に出汁醤油をかけた小鉢を出して二種類の味付けて提供しておいた。それらを一通り片付けてから、甘口のクラフトビールを頼んだのは義理だろうか、それとも興味だろうか?

 

「美琴、何を考えてるんだ?」

「さっきの話を聞いててさ。昔は野菜みたいだったフルーツがあるなら、来月の納涼フェアにフルーツを使ったサラダってのも面白いかと思って」

 最近になって美琴はアルバイトではいるようになった。

 サラダとクラフトビールフェアでは混雑も予想されたので頼んでいたこともあり、給仕の一部を頼んでいたのだ。とはいえ言う程人は来ない為、無聊を囲っている間に何か考えていたらしい。

「止めはしないが……」

「判ってるわよ。豊さんが散々言ってる予算とか独自性ってやつよね。本当は海外でも人気のデコポンとか使いたいけど、夏みかんとかオレンジをメインに組むから」

 どうやら美琴はこの間の薬が効きすぎて居るようだ。

 無理にサラダにしなくとも、安く仕入れたフルーツを盛り合わせれば良いのではないかと思うのだ。それこそゼリーなり寒天を浮かばせてデザートにしてしまっても良い。フルーティなクラフトビールも案外人気があるので、納涼フェアの時だけなら悪くないと思ったのだ。しかし美琴はいつもと違い、デザートではなくサラダに頭が行ってしまっている。

 

 難しく考え過ぎて足元が見えなくなってる美琴を見ながら、以前の自分もそうだったのだろうなと溜息を吐く健であった。

 

「大将! ビールと枝豆追加! どっちもいつもの方で」

「わしはバターコーンを頼むぞ! この板になっとるやつじゃあ!」

「あいよ!」

 とはいえ健も最近になって、ようやく必要な事が見えてきたような気がするのだ。

 客が望んでいるのは酒やビールであり、それを楽しく呑める『場』なのであろう。フェアを楽しみ次のフェアは何かと尋ね、あるいは自分が好きな物を確かめて注文を繰り返す。枝豆を小鉢に盛り、スライスした当もろ恋を焙りながら笑って客の注文に応えた。

 

 今日はクラフトビールフェアだと言うのに常連には普通のビールが売れ、一部の新し物好きや話を聞きつけた連中だけが珍しそうに頼んでいる。売り上げ自体は上がっているはずだし、客もきっと微妙に増えているに違いない。その努力は無駄では無いと信じたいが、重要なのは『場』を盛り上げて維持していく事なのだろう。

 

 次のフェアのみならず、いつもの日々も楽しくやれたらと今更のように思う健であった。




 という訳でオマケ回の2回目。
サラダとクラフトビールフェアとか言いつつ、普通に枝豆とビールが売れた日です。
「このビールを入れといてくれ」とか「持ち帰りOK?」とか尋ねる人は一定数いるわけですが。

●家畜の餌とか野菜扱い
 日本のピザで偶にみる、トウモロコシのピザとか
コンビニのマヨネーズとトウモロコシのパン。ああいうのは向こうの人間には信じられないそうです。
ちなみにキューピーマヨネーズに嵌ると信仰のように崇めるのは共通。
「今まで食べて来たマヨネーズは何だったんだ!?」
「MSG、MSG」
「うるせえバカ野郎。俺はキュピーを愛してるぜ! マジ天使!」
「これがないと生きていけません―!」
 となるのは何かの冗談なのでしょう。きっと。

 ちなみに日本のフルーツはめちゃくちゃ糖度が高いので、向こうのレシピを信じると危険。
アップルパイに砂糖を盛ったプレートとか死ねます。

ブドウにリンゴにナシにあとは人気の高級焼き菓子でも盛ったら、王族にも出せるんじゃないかな。
ドバイとかに出店とか空輸したけど、フルーツの方は輸送費が合わないそうですが。


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オマケ3

 順調と言えば順調に、順調ではないと言えば順調ではなくなった。

 何が言いたいかというと、美琴に亡くなった叔父さんの計画がバレたのである。予定という程固まってはいないが願望という程に小さい物では無かったために、その件を知る者は多かったというのもある。健も口留める様な性格をしていないのも大きいだろう。

 

「どうして黙ってたの?」

「悪い悪い。話を聞いた段階で、その叔父さんの計画を真似るのは無理って判ったからさ。ガッカリさせまいと話さなかったんだ」

 プンプンと怒る美琴に対して豊は肩をすくめて苦笑いを浮かべた。

 面倒くさい方向に話が転がらないようにしただけだとは思うが、嘘という訳でもないのだろう。

「じゃあ教えて。本当にそうなら黙ってる必要もないでしょ?」

「判ったよ。資料が無いから当たるも八卦の予想になるけどな」

 そんなことを言いながら試し飲みしている自家製梅酒を傾けた。

 洋酒フェアの時に残った酒に梅を漬け込んだ物で、味が良く分量がある酒は納涼フェアで出す予定である。今の内に試飲する意味はある……と理由を付けて昼間から酒を呑むとは良い御身分である。

 

「古民家カフェを昼間にやりながら、無理ならタクシー登録して休みの日にヘルプで入るってとこかな」

「タクシー? もう完全に別業種じゃないの」

 豊は頷きながら、仕入れて来た食材を指さす。

 それは健が車で市場や農家まで購入しに行ったものだ。

「あくまで古民家カフェも上手く行かなかった場合だぜ? 大前提としてそれなりに大きな車で仕入れに行く訳だから車のサイズに余裕はある。ということはお年寄りを含めて送迎するには難しくないってこった。忙しい日にはバイトを雇うって話だったし、留守番は出来るだろ」

「なるほど。副業としてやるのか。俺には無理だが叔父さんは運転が丁寧だったしなあ」

 居酒屋も毎日やってるわけでもないし、昼間が完全に開く日も出る。

 もちろん休まずに働けば体調が悪くなるだろうが、叔父さんが生きていた当時はそこまで経営が悪化して居なかったはずだ。

 

 あくまで古民家カフェを並列し、それでも駄目ならタクシー運転手にも手を出す。

 そんな二段構えの戦術でなんとか採算を確保しようとしたのかもしれない。

 

「でも場所を覚えたりとかは?」

「野菜を買いにあちこち農家まで行くんだ。少しずつ覚えるくらいは大丈夫さ。なんだったら先に宅配業者のバイトに募集しても良い。荷物一個で何十円だか百円だかしらないが、一日に二十軒くらい回っておけば覚えるさ」

 今回の話が美琴にバレたキッカケは、叔父さんを知る人の伝手で農家を紹介してもらった事だ。

 ご隠居達の中には釣り師が居て話をしに行ったし、その関係上、農家をしながら釣りに嵌っている人の元へ行き……。数珠繋がりに知り合いであるという農家を紹介してもらったのである。文字通り芋づる式という程多くは無いのだが。

「それに重要なのは『顔』を売る方だぜ。道を間違えて数が減っちまっても良いのさ」

「顔?」

「知り合いが増えると、つい寄りたくなるだろ? カフェにしても居酒屋にしても顔は広いに越したことはないからな」

 豊の言葉に美琴が首を傾げたので健が説明してやった。

 滅多なことではアルバイトの為に客は来ないが、腕の良い板前であったり全体的に気に行った店には客が訪れる物だ。名物店にまで行かずとも、自分で行ったり友人を誘い易くなるのだ。

 

 判り易い例でいえば常連の女性客だろう。アメリカ人の客が自分のこだわりに合わせて修正してくれるこの店を気に入ると知って呼んだのだと思われた。

 

「そうそう。もうちょっとしたらこいつを借りてくと良いぜ。下手すると向こうの方から寄って来てくれる」

「何この写真?」

「……ポン菓子か? 確かに今時見ないな」

 豊が用意した二枚の写真は、コメの様なお菓子と大砲の様な機械だった。

 それは昔ながらのお菓子であり、主にコメを膨らませて作る。もちろんコメ以外の穀類でも可能だし、味わいは薄いので色んな調味料を使う事で、甘くも辛くもできる優れ物だった。

 

 そして他にも特徴的な部分がある。製造時にボンと音がしてウルサイ、あるいは楽し気であることだ。

 

「偶にコンビニでも売ってるだろ? コメを膨らませた菓子だよ」

「へー。こんな形状の機械なのね」

「こいつをもって農家を回ってくりゃあ、話の為に作ってくれとなるさ。機材自体はレンタルショップでも借りれるが、農協とかの団体で倉庫に眠らせている場所もあるはずだぜ。日程次第じゃショップよりも安く貸してくれる」

 古い物はドカンと大砲みたいな音がする。

 お菓子が珍しい時分からあった機会だが、その面白さで人気を博していた。今では菓子の多様性に追いやられて不人気だが、それでも農協や町内会主催のお祭りなどでは見られることもあった。

「こいつも顔を売る為か」

「そうそう。ただ顔見知りの業者よりも、自分たちの為に菓子を作りに来てくれる奴なら融通してくれるさ。いつまで機会を借りてるとかも伝えておけば、皆な時にここに寄る事だってあるだろうしな」

 実のところ農家にとって業者に売る作物は形状重視である。

 農薬だってタップリ使っているし、形状を固定する為にいろいろ工夫している。その一方で不揃いであったり色合いの悪い物は出荷できないので、自分たちで食べるわけだ。もちろん美味しいなら農薬を抑えた低農薬くらいまでなら買い取る業者がいたり、形状をそのままの方が美味しい場合は別なのだが。

 

 ここで重要なのは、居酒屋で食べる分には形状などあまり関係ないことだ。どうせスライスするなり磨り潰してしまうし、見栄映えが重要な料理は魚の方が多いのもあるだろう。御裾分けに期待すると分量を買えないが、それなりのお金を出せば取り置きしてくれる可能性は高かった。

 

「まあ暇な時ならそういうのも良いかもな。……しかしこうなると、夏祭りに出す料理は考えなくても良かったか」

「十分夏祭りの風物詩にはなると思うが……何か作ったのか?」

 健の呟きを拾った豊に、鍋の底から面白い料理が引き揚げられてきた。

 色合い的には山賊焼きに使う醤油タレに漬けた肉料理に見えるのだが……。

「うん? この形……まさか」

 色から見ても骨付きの山賊焼きに似ている。

 あえていうならば煮込むタイプの山賊焼きには骨を付けていない。だからここで意味があるのは骨付き肉であることなのだが、供された料理を持とうとして豊も気が付いた。

 

 この肉は片手で持てるほどに骨が大きく、肉の形状が丸いのである。

 

「漫画肉か!?」

「そうだ。何種類かテストしてるんだが、ミンチを付けて煮込むタイプが一番簡単でな。だが色や形状を考えると、もっとソレらしくしたい」

 健が夏祭りの為に用意した料理は、昔から漫画で登場する面白い形状の肉だ。

 片手で持てるが妙に肉付きが良く、あるいは断面にすると輪っかのような形に見える。それを踏まえてやるとまだ肉巻きの方がそれらしいのだが、残念ながらあまり上手く行っていない。ただ巻いているだけになってしまったり、上手く造ろうとミンチになってしまうのだ。

「何が面白いんだが……」

 溜息を吐いて見守る美琴に男性陣は唸りながら試食を行っていたのである。

 




という訳でオマケの3回目。
もはやここまで来ると第三部な気もしますが、特に目標があるわけでもないので外伝的です。
とりあえず思いつく限りというか、他の案を形にするまでは暇に合わせて書くのではないかと思います。


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オマケ4

 夏祭りに向けてちょっとした準備を始める。

 シャッター商店街の中でも、まだ店の開いている駅前中心で屋台を開くからだ。もちろん来てもらった的屋・地元店が優先なので、健の店はハズレの方になる。

 

「で今のところ漫画肉の具合はどうよ?」

「まずは煮込みで味を固定して形状を試している所だな。前も言ったが肉を巻く方が難航してる」

 原作によっても変わるのだが、漫画肉にはある程度の種類と応用がある。

 食べれば歯形が残るようなタイプはミンチで成型できるので楽だ。健はこれを鶏肉で成型し、片手で食べる物を完成させていた。こちらは色合いも単一なことが多いので、煮込みで味付けすればよいだろうとの見込みである。

 

 一方で他の種類の漫画肉、たとえば年輪の様な輪があり、食べれば筋繊維が付いてくるタイプ。

 こちらは肉巻きで作っている最中なのだが、いまいちノリが良くない。スライスした肉を巻き付けても食べれば解け易いし、肉を食べている感がいまいち薄いのだ。

 

「別にこんなもんで良いと思うけどな。漫画肉はロマンだろ?」

「そうなんだが……。今のままだとハンバーグや角煮でも食った方が美味いだろ? 片手で食う方は見た目からして鶏肉だから鶏肉ハンバーグでも良いんだが」

 そう言いながら健は溜息を吐いて用意しておいた二つの試作品を取り出した。

 それを豊には試食させず、以前からの試作品の方を食べさせた。確かに漫画肉を食べているようには思えない。となると興味があるのは、用意された新しい試作品の方だ。

「遠目でいいならこんなもんなんだろうけど、祭りは見たままだからな。……味を気にしないならこっちの外見は問題ない」

「お? 生焼けがある? 豚じゃないにしても……大丈夫か?」

 もう一つの試作品を頬張って見せると、今度は漫画肉にカブリついている雰囲気が感じられた。

 ただし中は焼けてないように見える上に、健が試食させなかったのだ味にも問題があるのだろう。ローストビーフくらいの焼き加減にしているとは思うのだが……。

 

「簡単に作るために煮込んでるから生じゃないよ。これは色を付けて強引に問題を解決したんだ」

「なるほど、赤いソースを作って煮凝りみたいに混ぜ込んだわけだな」

 山賊焼きで女焼きと呼んでいる手法を使い、一度煮込んでから表面を焼いているという。

 中からしたたり落ちているのは着色したソースであり、最初の状態では肉を固めておく効果もあるのだろう。

「冷たいままハムだと思って食べるならこれで問題ない。問題はこっちだな。煮凝りだから温めると……この通りだ」

 もう片方を渡されたので食べてみるが、断面を間近で見ると確かに歪だ。

「んー。なんだか不格好だな。隙間が空く分だけ少し問題があるか。まあスライスを巻いてるだけよりマシじゃあるが」

「後はもう温めても粘着性のあるモノを繋ぎに使うしかないな。下手をするとチーズ味の肉に成ってしまうのが難点だが」

 解決方法は幾つかあるのだが、それぞれに欠点があるのがもどかしい。

 

 そんな二人に美琴が声を掛けて来た。

 これまで黙っていたのだが、口を挟む気になったようだ。

 

「なら冷たい方で良いじゃない。氷を並べてマンモスの肉のローストビーフってイメージで売れば良いでしょ。あれは冷製で食べることもあるんだし。その上で温める方の研究続けたら? 冷製の方は納涼フェアにも出せるでしょ」

「そいつは名案だ! 焼きたてというイメージじゃなくて、保存食にしちまうのか!」

「……確かにその手しかないな。俺は暖かい方のソースを考えてみるよ」

 普段は味付けで二種類を用意しているが、温製・冷製で別ければいい。

 それなら簡単だという美琴に対し、アイデアマンである豊は納得したようだ。一方で健は一度試して失敗したのか、肉の味のするチーズソースを試すことに成った。

 

「ひとまず肉の方はこんなもんだろ? 菓子はどうなってる?」

「俺の方は一通り回って来たから集められた。ポン菓子の味付けは、砂糖か水飴くらいしか思いつかなかったがな」

「こっちはカットフルーツのゼリー寄せね。納涼フェア様に用意したの使えるから」

 菓子類は安定して人を呼ぶことができる。

 ポン菓子に至ってはそのまま町内会のスペースにも置いて良いとの事だ。ゼリー寄せはそのままパインやオレンジをカットして、ゼリーで閉じ込めた一品である。こちらは冷たさとのど越し重視で、暑い夏の夜にはピッタリだろう。

「……でやっぱり梅酒を使うのは駄目? 何なら梅だけでも」

「ダメダメ。味の深みは足りないしいぜ。納涼フェアで試飲用で販売するとしても、来年に向けた発注用ってとこかな」

 この間、豊が試飲した梅酒はやはり微妙であった。

 六月頭に余った酒に漬け込んだばかりだ。七月末の夏祭りに間に合うはずがない。一週間後の八月頭であっても怪しい所だろう。

 

「そっかー。フルーツが一品足せると思ったんだけどな」

「そんなに欲しいならクエン酸を使った梅ジュースのならどうよ? あれならどっかで売ってるだろ」

「最悪、通販でも売ってるとは思うが……。道の駅で良ければ探してみるよ」

 美琴は夏祭りには改訂版が間に合わないだろうことを悟った。

 おそらくは納涼フェアに完成品を出すだろうなと思って、溜息を吐いたのである。




 という訳で次回作が固まらないのと、漫画肉に付いて思いついたので出してみました。
ネットのレシピにある漫画肉ではなく、冷製の料理として完成させる感じですね。
赤い出汁で煮凝りを作ってそれで肉を固める感じ。
ギャートルズ辺りで雪に埋めて保存しているマンモス肉のイメージになります。


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オマケ5

 過疎地の夏祭りにアバンチュールも何もなく、大過なく平穏に終わった。

 漫画肉とフルーツのゼリー寄せはそこそこに好評を博し、当たり前ながら一番の売れ行きは枝豆であったという。

 

「無難と言えば無難だという気もするわね。正直、そういうの判らないもの」

 常連の女性客は周囲を眺めながらお通しの豆腐を口に入れた。

 今納涼フェアでのお通しは豆腐に練り梅やワサビ醤油を掛けたものだ。いつもの茹で野菜を注文しつつ、面白がって注文する男性陣の様子を眺めている。

「私としてはこのサイズが丁度良さそうですけどね。もう少し数が多ければ言う事はありません」

「こちらとしてもそうしたいのですけどね。生憎と日本は肉が高くて」

 アメリカ人客の方は早々と漫画肉のマンモス風を注文した。

 こちらは冷製ゆえに準備が早いのと、彼女自身が大振りでスパイシーな肉類が好きだからだ。小皿だとそれなりのサイズで何とか両手持ちできるくらいだが、大皿で頼むと大の大人が豪快に被り付けるサイズであった。さながらアメリカのバーベーキューに出てくるようなサイズであり、彼女の食べっぷりには違和感がない。

 

「おお。口の中で溶ける出汁が美味しいですね」

「そう言ってくださると苦労した甲斐があります」

 滴る赤い汁は血の様だが実際には出し汁だ。

 肉汁をベースに作ったグレイビーソースの亜種で、色合いを血の色に近づけて煮凝りにしていた。パクリと一口やれば口の中で溶け出し、良く見れば煮凝りで繋いだ肉の断層からも滴り落ちている。もっとも彼女は漫画肉の出て来るコミックはあまり読んだことがないそうでそれほど興味はないとの事。

「わっかんないわね~。居酒屋に来てまで冷奴も何も無い物でしょうに」

「まあな。とはいえ取り寄せ注文できるかとか住所や宛先を聞かれたし、普段食べる時の延長なんだろうよ」

 美琴や健が思ったよりも売れ行きが良いのは冷奴だ。

 お通しで出したワサビ醤油を掛けたものが意外に健闘している。対照的に練り梅は殆ど出ることはなく、フルーツのゼリー寄せと同じくらいに低迷している。

 

「すまんが大将! この豆腐でマーボー作ってくれんか?」

「……生憎と量が無いので、田楽になりますがそれでもよろしければ」

 恐ろしい事を考える者も居るようで、ご隠居は突如としてマーボー豆腐を頼んできた。

 言われてみれば暑い時期に冷たい物ばかりというのもどうかと思い、いっそ辛くて暑い物を食べたい人も居るのだろう。

「ミンチやスープストック自体はあるからな。後は豆板醤が無いくらいか」

 とはいえ材料はともかくマーボー豆腐に使える調味料など用意しているわけでもない。

 手持ちで誤魔化すためには少量で勝負する必要が出て来る。味噌と唐辛子で即席豆板醤を作成し、酢やチキンのスープストックを利用して大まかな味付けを整えた。そして小さく切った豆腐・コンニャク・ナスを串に刺し、上から垂らしたのである。

「あいよ。マーボー風味の田楽お待ち!」

「うむ! これは美味そうじゃ! いやこのマーボーの味は格別じゃのう!」

 実のところそんなに味が変わるわけはない。

 だが自分が好みで選んだ豆腐に自分好みの味付けをしてもらった愉快ではないわけがない。結局のところ、自分の狙いが見事に嵌ったということを喜んでいるのだろう。

 

 しかし健は思うのだ。愉快さの共有こそが酒場の雰囲気に浸る一番の理由ではないかと。美味しい物を飲み食いするだけならば、今の時代なら自宅で可能である。だからこそ楽し気な空間を維持する事こそが重用なのだろう。マーボー風味の田楽を咄嗟に作った事よりも、場の雰囲気を壊さず、客のごり押しに流されない程度の自己主張は重用だったのかもしれない。

 

「そういえば日本酒のフェアは何時頃なのかの?」

「今は何時でも作ってるみたいですが、新種は寒い時期の様ですね。秋には栗に唐揚げのフェアをやって、冬入りと同時にするかそれとも新年まで待つか悩んでる所です」

 現在やってるフェアを置いておいて未来の話をするのは本来ならば良くない。

 鬼が笑う来年の話ではあるが、この楽し気な雰囲気の延長であれば良いだろう。駄目な場合と良い場合の差などそれだけの差でしかない。もし今やってる納涼フェアを目一杯に楽しんでいる人がいれば、流石にご隠居の方が自重するのだろうから。ゆえに健はまだ決まって居ない未来の話だとボカし、それ以上の追及を避けるだけで終わった。

「新酒と言えばヌーヴォーは十一月でしたっけ」

「確か第三でしたね。うちの店では十二月以降に入れると思います」

 そして他人の話を受け継いで別の話へ。

 日本酒の話からワインの話へ話題が移る。ワインのフェアだけでは話題が薄いので、おそらく他のフェアと一緒にやるだろうと告げた。こうして巡り巡り行く話題は仲間たちで共有する思い出となり、この居酒屋を楽しい憩いの場にするのだろう。

 

 今年の酒もまたアタリ年でありますように。みなの一年もアタリ年でありますように。

 

 一言でいうとヴィンテージ・イヤー。

 そんな他愛ない祈りの言葉を聞いて納涼フェアもまたいつも通りに終わった。




 という訳で懲りずにオマケ回です。
タイトルも「第何回」は楽でいいなあと思い始めてきたところです。
今回は特にテーマはなく、時系列の中間点を入れただけの回ですね。


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オマケ6

 九月はともかく、九月頭というのは割りと微妙な時期だ。

 本当はちゃんと美味しい物が採れるのだが、イメージ的に秋の作物は月半ばから収穫されると思われてしまう、まだ暑さの名残もあるので重たい物もまだ早い。

 

「そこでオールシーズンの鶏を中心に、揚げ物の中で軽いイメージの物を用意する」

「海老とカボチャの天麩羅ね。どっちも甘くて美味しいから判る気はするわ」

 九月頭のフェアは揚げ物祭りだ。

 好みに合わせて鶏は唐揚げに天麩羅やフライドチキン。油を使うから特に軽いという訳でもないのだが、サイズを変化させて作れる上に原価も安いので中心に据え易い。海老は小さく形の悪い物を選べばそう高くないので、サイドを張るには十分だろう。これにカボチャやサツマイモの天麩羅などを並べれば、ホッコリと甘く幸せな気分にしてくれる。

 

「他にもイカや……竹輪の磯部揚げなんかも良いな」

「ん-。どうせなら野菜にノンフライヤーとか使ってみない? スナックみたいで美味しいと思うわよ」

 候補を色々と並べていると美琴が多めに仕入れた野菜を持ち上げる。

 夏祭りでポン菓子を作る際に、コメ以外で変わり種を作ったのだ。同じようなノリで準備して置けばお通しにも使えて良いだろう。

「そうだな。色々用意するとして……どうせ準備を増やすならホルモンも揚げておくか」

 ただしホルモンをそのまま揚げるのではなく、油を切って干しておくものだ。

 煎じてスパイスを馴染ませて保存食状にすることで、本来ならば軟らかく煮込んで一口で食べられる肉が、硬さを保ったまま調理するので長持ちする。噛めば噛むほどに味が染みて来るし、何より保存食なのでお通しとして即座に出せるのも良かった。

 

 当日は野菜のスナックを少々と、この干し肉を一切れほどお通しのセットで出せばバランス良いだろう。メインに誰もが好きな鶏の揚げ物を据えて、各種調理法で推していくだけでも十分は作れる。一応はこれで揚げ物フェアそのものは準備OKだ。

 

「普通に行くなら問題ないはずなんだがなあ……。もう少し何か考えるか悩むところだ」

「でもポテトのフライは推さないんでしょ? そんなに良いアイデアって残ってる?」

 ひとまずスムーズに整ったが物足りない気がしてくる。

 これまでが苦労の連続だからそう思うのかもしれないが、妥協の産物な気もしてくるのだ。場の雰囲気が重要だと判ったから余計な手は尽くさず、判り易く食べ易い物で固めはしたのだが。

「前に教えてくれたジャンボ海老フライのスペシャル版でもやってみる?」

「それは要望されたらやる裏メニューだな。既にジャンボ海老自体は入れてるし……。しかし加工系というアイデア自体は間違ってないとは思うんだ」

 そうそう良いアイデアなど転がっている筈はない。

 テンプラ化したジャンボ海老自体は既にメニューの中に入れているので、海老が安く大量に手に入る時でもなければサービスする程でもないだろう。

 

 しかし一品で話題を盛って来れるような話は……。

 そこまで考えた段階で、健は美琴の友人である花屋の娘を思い出した。正確にはあの娘に教えた色々な料理法である。

 

「海老を増やして余らせた頭でフライ? 逆に小エビに何かまとわせて……。いや、余計な事はしないと決めた。ならむしろ……」

 あの時は海老の加工法だけを追求した。

 頭の体操を兼ねて様々な加工で幾つものレシピを教えたのだ。頭のフライ・普通のエビフライ・刺身・シャブシャブ・アヒージョ・ビスク・海老真薯。こういう感じで同じものを追求してナニカできないか? 今回は揚げ物なので考えるのはそのバリエーションだけで良い。

 

「よし、串揚げにしよう」

「はっ? 何言ってんのよ! 400円じゃ何本も用意できないでしょ? 野菜ばっか用意する気?」

 健は首を振りながら実際に食材を調理し始めた。

 海老の頭を何本か切り取り、ガラを外して身もぶつ切りにする。そして奥の方からチーズや野菜に色々な肉を取り出した。共通しているのは試食用やお通しに使う、切り落としとか手屑と呼ばれる端っこの食材だ。

「ミニ串揚げの盛り合わせにする。フォンデユでも食べるつもりでな。なんだったらフルーツがあっても良い。もちろん油の使い回しは止めないと駄目だが」

「あー!? その手があったか!」

 普通の串揚げは焼き鳥のように何ブロックもの肉を一串に刺している。

 だがチーズフォンデユなどにする場合は、食べ易くディップを漬け易いように一切れだけだ。この方法で一口大の食材を揚げていき、原価に見合うように『適当』に盛り合わせれば良いのである。

 

 もちろん各人の好みは反映させるが、その日に余った食材を利用することも原価を調整することもできるだろう。様々な食材を紹介できるし、腹具合に合わせて軽重も弄れるのが丁度良かった。

 

「あとはディップだな。ポテトフェアの時みたいに塩やソースを中心に幾らか用意するか」

 




 という訳で次回は揚げ物フェアです。
弁当に付き物の唐揚げや竜田揚げ、フライドチキンにテンプラなどなど。
これをメインに海老とカボチャの甘味系や、一口フライなどがサブに成ります。


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オマケ7

 とても厳しい現実が目の前にあった。

 業務用スーパーで売ってる『メガ盛りパック』の味付け焼肉一つで大人三人が満足してしまう事実である。

 

「あたしはもう無理。お腹いっぱい」

「いや、最近の業務用は凄いね。お前さんのアレンジもあるんだろうがさ」

「殆どそのままだぞ。後味とかは変化させたがな」

 早々と美琴がリタイヤし、残り二人はレタスに肉を挟んで片付け始めた。

 メガと呼称するだけに量があるというのもあるが、あまり食欲が回復していないことも大きい。それほど食欲がないのにこの有様である。分量からくる満足感と、秋口の腹具合という物は侮れまい。

 

「と、言う訳でこのレベルがライバルになるわけよ。対策とか何かしてる?」

「それなんだがな。……一応は考えはした」

 食後のデザートにフルーツのゼリー寄せ。

 美琴が作ったやつの残りだが、甘味漬けとはいえそろそろ処分しないと厳しいのでさっさと始末する。とはいえそろそろ飽きて来たので、お試しに買った梅シロップで酸味を施して一度凍らせたものだ。それを考えればゼリーというよりはシャーベットとでも言うべきか。

 

「揚げ物フェアはこないだ話した通りなんだがな。一度完成させた物が最初は微妙に思えたんだ。そしてこいつを追加する事にした」

「おっ。串揚げを小さくしたのか。こいつは考えたな」

 食事に満足した所で追加で揚げ物を始める。

 この状態で食事したいとは思えないが、海老の頭やチーズを揚げ始めれば気分が変わってくるから不思議だ。もう何本かくらいならば食べても良いかもしれないと思え始めて来た。

 

「今までと明らかに毛色の違う味だし、欲しいだけ選んで食べられる。甘い物があればくれよ」

「今日はこんな所だな」

 海老の頭は軽くて触感がサクリとし、チーズは逆にトロリとしてる。

 それを食べている間に追加して、サツマイモの欠片と果実の欠片を揚げた物を追加してビールで流し込んでいった。

「何が良いかって、お前さんなら味の保証があると判った上で、どんなのがあるか試しながら行けるのがいいぜ」

 一口大だから食べ易い。

 物足りないかもしれないが値段も手ごろだし、そもそもお酒のアテなので困らない。

「一応はポテト祭りの時を参考にしたよ。バリエーションはないがこちらの方が種類は多いしな」

「そのくらいで良いんじゃねえか? こいつも揚げ物のバリエーションだ、そこから派生する必要はねえさ」

 ポテト祭りの時はメインは素材の切り方の差であり、皮つき・細切り・太切り・丸のままくらいだった。

 それに塩コショウやケチャップ・マヨネーズなどの各種ディップを用意し、自分で好みの味を選べるようにしたのだ。一応は他のポテト系の料理も一時的に増やしたが、一番売れたのはやはりフライドポテトであった。今回も基本的には唐揚げが一番売れると思われている。

 

 ゆえに串揚げの盛り合わせは余技であり、唐揚げの延長線にあるものだ。用意した素材を一口大に切って、様々なお試しができるだけに過ぎないとも言えたのだから。

 

「もう気が付いてるとは思うが、世の中はモノ消費じゃなくてコト消費に成ってんだ。お前さんの料理なら保証できる、この店ならば愉快な思い出が作れる。その一環なら問題ないと思うぜ」

「そうだな。段々と判ってきた気もするよ」

 居酒屋で凄い料理を出す必要はない。

 美味しく食べられる料理があり、酒がある。その保証があって安心して店を訪れる事が出来て、この店ならば楽しんで酒が飲めると判っているから来るのである。ここは料理と酒というモノを消費する場所ではなく、楽しい時間を共有するというコトを消費する場所に成りつつあるのだ。

 

 冒険というのはその延長上であるべきなのだろう。新しい料理のお試しをするとしても奇妙な料理ではなく、今回みたいにいつもと変わった作り方や味わい方であれば安心できるのだから。

 

「今更だが、そうだと判ってればフェアは二カ月か三カ月に一回で良かった気もするな」

「まあそうだがよ。お前さんがどんな奴か判るにゃ必要だったんじゃねえか? まあ来年からは好評な内容は残して、一部上書きにしとけば良いさ」

 重要なのは健が活気のある店を作る為の材料だ。

 普段はいつも通りの店であり、新しい試みはフェアで行う。

 

 今のところ毎回毎回、何をするか苦労している。

 だが一年も経てばみんなフェアに慣れて来るだろう。そしてそのフェアも新定番で組み直し、惰性で料理してないことを示す程度に新しい試みを試せばよい。今までの苦労はそのための時間であるのだと思えてきた健たちであった。




 そろそろオマケではなく章の名前を付けるべきかと思えて来たこのごろです。
今回の内容は大した話ではありませんが、「モノ消費からコト消費へ」
という有名な言葉を主人公が自覚したという回に成ります。


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オマケ8

 揚げ物フェアは予想通りに唐揚げが大人気だ。

 ポテトフェアの時は塩だけで三種類用意したように、今回も色々なディップを用意して飽きないように味を変えられるようにしている。

 

「前の岩塩はモンゴル塩だったけど、今日のは少し違うわね」

「みたいですね。偶々フランス産の塩が手に入ったんで使ってみました。普段使い出来る量じゃありませんでしたが、こういう時くらいならと思いまして」

 なんて会話をしてみるが言う程に二人とも判っているわけではない。

 お試しで仕入れた塩の味など朧げにしか覚えて居まい。抹茶塩を作る代わりに仕入れた塩麹との差くらい差があれば別だが。

 

「バター揚げできますか? こちらでは見たことが無くて」

「……申し訳ありませんが、お年寄りが真似したら困るので出来かねます」

「ワシを引き合いに出す出ないわ!」

 世にも恐ろしい血管を詰まらせるレシピを注文した客が居た。

 バターを凍らせてからパン粉をまぶして揚げる料理なのだが、健としても興味があるからと言って素直に頷けない。それこそ御隠居が倒れて困るのは店主である健なのだ。

 

「仕方ありませんね。ではスパニッシュ・フライドエッグをあの鍋でお願いします」

「あいよ!」

 今度の注文は普通の料理であった。

 卵を多めの油で揚げ焼きにする料理のことだが、今日に限っては唐揚げ用に使っている油でそのまま揚げてくれという事だ。硬いパンであるバゲットをオーブンで焼きながら、形が崩れないようにして卵を揚げていく。

「スパニッシュ・フライドエッグとバゲットです」

「ありがとうございます。思った通り良い味が出ていますね」

 卵は半熟でフォークで突くと意味がトロリと溢れる。

 付け合わせたフランスパンに残った部分を吸わせても良いし、口の大きさに自身があるならば一口で食べてしまうのも手だろう。卵の味や油の味を楽しみながら食事ができる。

 

「ふーむ。なんだかお洒落ですねぇ。私も頼んじゃおうかなー」

「それが良いんだが、注文は決まったのかい?」

 美琴の友人である佐官屋さんの娘は、『それがですね~』と頬を掻いていた。

 どうやら目移りしたようで、どの料理を頼むか……ではなく、ミニ串揚げの盛り合わせというところまでは決まっているのだ。しかしながら色々な具材を試しても良いと聞いて、基本のセット以外に何を頼むかを悩んでいるらしい。

「よし、仕方ない! ここは大皿の大盛りでお願いします! 試せるやつは全部! あとさっきの卵も!」

「……あいよ。くれぐれも食べ過ぎないようにね」

 ミニ串揚げの盛り合わせは一口サイズの串揚げを、400円分ほど小鉢に盛った物だ。

 この店での大皿を大盛りで頼むと2000円だが、小鉢を単純に六つ頼むよりも量が多いのである。ビールか何かも飲むだろうし、相当な量になるだろう。

 

「そこは大丈夫です あっ。でも一気に食べきる自信はないんで、順次お願いできますか?」

「心配しなくても良いよ。せっかくだし、こうして判り易くしておこうか」

 基本は大皿があまり出る店でもないので、皿の数には余裕がある。

 カウンターに座っている事もあり目の前に大皿を一つ。そこに一度全ての具材を載せてから、順次揚げつつ彼女の前にある別の大皿に移動させていうというスタイルである。

「ありがとうございます。でも、こうやって食べるとなんだが串揚げのコースって感じですねっ!」

「何言ってんのよ。串揚げって元からこんな感じじゃない」

「そうでもないぞ。呑み屋だと自分が好きな単品だけという方が多いんじゃないか?」

 ジャガイモやカボチャの様な野菜から順番に揚げていく。

 海老の頭や身から始まる魚介類を置いた後は、チーズを休憩に挟んでから肉類に入る。最後はフルーツになる予定なのでコースの様だと言ったのだろう。

 

「まあ本気でコースをやるなら全体のバランスやら酒の方も気を付けないとダメだろうな。今のところそこまで注意してやれないよ」

「でもこうやって目の前に並べてもらえたら、好きなのとか嫌いなのを選べるのはいいですね」

 健としても小鉢の方は定番だし、嫌いな物や好きな物を配慮して並べている。

 だがこうやって大皿で一通り頼むと言われたら、何も考えずに次々並べていくしかない。言われてみれば串揚げ屋でもないから数も少ないのだし、リストから苦手な物が無いかくらい聞けば良かったと思った。専門店ならそういう部分に注意が割けるのか、相性の良い酒やデザートにも気を配れるのかと疑問を抱いてしまう。

 

 とはいえ今はこれが精一杯。ひとまずは楽しんでもらえたようで十分だと思う事にした。

 

「すまんがこのでっかいソーセージを揚げてくれんか? こっちでやるから切らんでいい」

「あいよ。ちょいとお待ちを」

 結果としてこの日は予定通りに終わった。

 あえていうならば時々、他人が食べている物を指さして、アレを揚げてくれと興味本位の注文があったくらいである。




 偶には理論とかそういうのを抜きで、ただ食べるだけの話を。
ネタ枠としてはアメリカ迷産のバター揚げ。
最初に聞いた時はどうしてそのようなシロモノが!? と驚いた物です。
ある程度は溶けて衣に使ったパン粉と交じり合うと聞いて、揚げパンの仲間なのかなとか
現実逃避をしたこともありますが。


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オマケ9

 十月頭のフェアよりも先にやるべきことがある。

 美琴が本格的にアルバイトや意見出しに協力することに成ったので、代価としてそのやりたい事を色々と支援して行かないといけない。

 

「定番は単品の主人公を押した安くてボリュームある弁当と、ワンコインよりも安価に抑えて栄養価のある弁当だな」

「ジャンクだけどすっごい安さね」

 豊が参考として用意した弁当は非常に極端な例だった。

 ハンバーグ弁当が300円だと主菜はもちろんハンバーグで、副総菜やキャベツが少々とマッシュポテトが付けばよい方。他にも唐揚げ弁当や焼き肉弁当もあるが、似たようなものだという。

 

 これに比べれば440円でチマチマとバランスよく入った弁当は、非常にインパクトが欠けると言わざるを得ない。

 

「まあ当然こっちに目が行くよな。人気があるのは当然こっちだし間違っちゃいない。ちなみにもう片方は地方の商店街殺しじゃあるが弁当としてはいまいちだ」

「商店街殺し?」

 疑問の答えとして豊が見せたのは、栄養価や納入会社まで明示された資料だ。

 専門の栄養士を使って全国区で管理し、あらゆる素材や調味料を何処で調達したのか一目瞭然である。

「これが何か凄いの?」

「そりゃ凄いさ。何しろ契約している納入会社は全て大手。そこから仕入れるという事は途切れる事が無いし、これだけの量だと大量仕入れで安くなる。真面目にこの弁当を作ったらワンコイン近いぜ。何が酷いかというと、地方商店とは絶対に契約しないんだ」

「安くなるなら当然の……」

 豊の言葉に健は何処から仕入れているかを思い出して青くなった。

 漁師や蔵元と直接交渉した方が良い品を安く手に入れられるというのもあるが、この会社はそういった場所と絶対に交渉しない。その上で同じ商圏で同じ様な会社に対して、圧倒的に安い値段で営業を掛けるのだ。地方の弁当屋や社内食堂が500円近く掛かる弁当を、全国区の店は440円で販売する。勝てるはずがないではないか。

 

 その結果、地方の弁当屋は潰れて、そこが仕入れている漁師や蔵元は困ることになる。地方にある弁当屋や社内食堂の類が、全て潰れたら蔵元だろうと漁師だろうと食ってはいけない。

 

「まあこっちの話はひとまず置いておこうや。こういう弁当屋も個人で持ち込む弁当が増えたり、移動販売やコンビニに押されてるからな」

「なら脅かさないでよ……」

 厳しい現実を見せて置いて、豊は実際の内容に入ることにしたようだ。

 美琴が考えているのはこちらに近い事を見抜いて、勝負しても勝てない事を悟らせたのだろう。

 

「こっちの移動販売に関しては、大手に負けそうな地方の弁当屋が良くやる手だな。大手だったり妙な流通だったり差はあるが、大量を前提に物凄く安価に手に入れて、代わりに品目を絞る。今回のは極端だが、サイドはあっても二・三種ってとこか」

 家族経営だから人件費や輸送費は必要以上に掛からない。

 だからメインの食材にだけ極力コストを割り振り、場合によっては味付けも絞って労力も抑えているのだろう。この店の小鉢は400円だが、味が劣ろうとも税込み300円でなら買っていく者も多いだろう。実際、ハンバーグのサイズは割りと大きいし味付けも悪くは無いように思える。

 

「お前さんならどんな味付けにする?」

「そうだな。ハンバーグは照り焼き、またはおろし。カツ系はソースカツかガーリック風味だけ。サイドはキンピラごぼうとか簡単な天麩羅くらいか? 飯もこれだけ入ってるなら十分に満足できるだろう」

「味気ないけど300円ならそんなもんか」

 茹で卵なり目玉焼きであったりすることもあるだろうが、それほどサイドは多くないだろう。

 どうしても主采とライスに比重が取られてしまう為、それほどおかずに割けはしない。メインだって季節によっては魚も選べるかもしれないが、近頃は冷凍込みでオールシーズンになっている鯖の味噌煮やらカツの種類をハムやら何やら変えるくらいである。

 

「と、まあ脅しはしたが、このレベルの物を『適切な場所』に持って行けば間違いなく売れるぜ。ライバルさえいなきゃコレと勝負する必要はないしよ」

「そうなんだが……どうしても意識してしまうな」

「……」

 あまりのインパクトにもはや黙るしかない。

 そこで豊は笑って、美琴の頭にデコピンを入れて笑って道を示した。

「あいた!?」

「何を黄昏てるんだ? こいつに対抗できるようにするのが美琴ちゃんの役目だろ? 要するに、この値段設定を参考に高くても売れる物を考えるか、逆にボリュームを少なくしても売れる品を考えればいいのさ。それこそコレって男性視点しか入ってねえしな」

「ああ、そうか。確かにこれを買うのは男が多いだろうな」

 主に働く男性用のボリューム弁当である。

 会社や工場の差はあれこの手の料理を好むのは男性が基本だ。その筋が多いのでメインに据えるとしても、対抗する料理を調整するのは健で良い。それだけならば同じような物を工夫して、違う場所に持って行けば良いのである。それこそ目玉焼きや茹で卵の形状を変化させ、ちょっとした工夫を凝らすだけでも大違いである。

 

「うー。判ったわよ! ……ところで豊さんならどんな工夫を考えるの?」

「俺か? 俺は料理できねえし……そうだな。豚汁かコーヒーを100円、セットでなら50円で売るな。儲けは取れなくても弁当の方を目当てに買いに来てくれる」

 これもまた考え方の差という奴だろう。

 豊はコンサルであって料理人ではない。料理人ではないからこそ、こんな考え方の突破口があるのだ。美琴に求められるのは、女性ならではの視点であろう。




という訳でつなぎ回になります。
話の筋で女性視点の話をした時、協力に答える代わりに条件を出していたので
その話を回収した感じ。


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オマケ10

 弁当業界の過酷な現実を見て、気の重くならない訳がない。

 居酒屋経営が伸びなかったら、弁当を売るなりカフェでも同時やれば良いと思っていただけに深刻だ。そんな計画は無意味だったかもしれないのだから。

 

「このくらいか?」

「かも。……栄養価を考える方は全然だめよね」

 まずは判り易い栄養価を考えて、色々盛り込んだ方を作ってみた。

 美味しそうだが500円は取らないと元が取れそうにないし、一つ一つの料理がチマチマとして『これは!』というウリがまるでない。豊がサンプルに手に入れて来た弁当と比べて、美味しいがそれだけだ。ここから400円台に落とそうと思えば相当な劣化を招くだろう。

 

「こうしてみると、このボリューム弁当に行き着いた理由も判るな。インパクトはあるし自分が好きなメニューを選んでローテーションして行けばいい」

「正直な話、酢の物とか別に好きじゃないしね」

 一方でボリューム弁当の方は良い感じに見えた。

 健がハンバーグ弁当をまず真似し、近所の農家で手に入れた米を二種。普通のモノとクズ米配合版で原価と味を試してみる。ソースも豊かに言った通り、照り焼きと大根おろしの二種を用意し、画一的ながらも低予算で良い味に仕上げている。

 

 そして美琴が考案したのがクリケットを並べて、ご飯またはパンを選べるものだ。こちらは以前に作った細いクリケットをチョイスして、基本二種・カレーの三味構成にしてあった。

 

「兄貴。こっちのハンバーグって豚や牛以外にも使ってんの?」

「むしろ鶏がメインだな。安く仕入れられるからどうしてもそうなる。実のところ照り焼きの方も同じだから、単純に大根おろしだと気が付き易いだけだ」

 試食を始めると美琴が首を傾げた。

 いつもと違う味になるのは仕方がないとしても、混ぜるミンチの配合が明らかに違ったからだ。通常は牛と豚で油の味を変えるためにどちらかが多くなるのだが、コレは明らかに風味が違うのである。

「合わないか? 安さ狙いで代用品に偏り過ぎたかもしれんが」

「んー。そうでもないけど……むしろ隠すよりも、鶏メインってことを表に出さない? つなぎに豆腐を入れてヘルシー路線とかね」

 言い方や見出し方で印象は変わるものだ。

 後から鶏ベースのハンバーグだとバレるよりも、最初から公表してヘルシーさで売る方が安全である。

 

 お茶で口を洗った後に照り焼きソースへ小指だけ付けて、ペロリと舐めて味を確認してみる。そして色合いを見ながら額に皺を寄せると、改めて箸を使って試食を再開する。

 

「やっぱりこの照り焼きソースだと濃い過ぎるわ。ちょっとクドと思う。むしろこのハンバーグなら薄味でヘルシーさと値段のW推しが良いんじゃないかなあ」

「言いたいことは判るがボリューム感が落ちるぞ? 満足感が得られんと思うんだが」

 弁当のハンバーグといえばコッテリ感とクドさで瞬間的な満足感を得るものだ。

 レストランなら豚を控えめにしたハンバーグステーキというのもアリかもしれないが。健としては弁当ならば醤油強めの照り焼きか、いっそデミグラスソースを作る方がよさそうな気がする。

 

「そこは逆に小さくしてしまうのも手じゃない? 思うんだけど弁当一つで済ませるってのも古い気がするのよ。考える事が増え過ぎちゃうし……」

 そういって美琴は試食で小さくなった残りのハンバーグをナイフでカットする。

 そして付け合わせのポテトも除けてしまい、下敷きにしたキャベツのみをお供とした。それだけでなく、自分が作ったクリケットの方もナイフで半分くらいのサイズにしてしまう。

 

「私としてはこの位のサイズでちょい足しにするかな。これならご飯やパンは別売りでいいわ。豊さんが言ってた豚汁とかコーヒーも合わせて、セット価格にしちゃうの」

「用意するのは構わんが……なんだか菓子類が年々目減りして行く感じを思い出すな」

 気が付けば分量的には当初の三分の二、または半分程度に見える。

 まるで原材料費が高騰したり勢が上がるたびに、ポテトチップスやパンが少しずつ減っていく様子を思い出させて悲しくなった。

 

「後はこれが重要なんだが……。確か女子も普通に喰うし満足感を求めてるって話じゃなかったか? これじゃ足りんだろ」

「これでいいの。ううん、これがいいのよ。さっきも言ったでしょ、これは『ちょい足し』なの」

 対格差はあれど女性が食事を食べないという事はない。

 ダイエットであったり見栄であったりと、食べない様子を見せることはあるが、体力維持の為にそれなりに食べているとのことだ。男子が判り易く味の強い食事をガッツリするのに大して、女性は考えながら食べているというだけだと美琴は言っていたはずなのだ。

 

「ちょい足し?」

「そう! 自分のお弁当や、他の店だったりこっちで用意した普通のお弁当。そういうのに物足りない部分を出すのよ。それなら少量で自分好みの味を足せるほうがいい。それこそ、お結び一つとコレを合わせた食事を二回すれば良いだけだしね」

 美琴は手を洗って塩を用意すると、ご飯を小さく俵型のお結びで作り始めた。

「一回目は鶏と豆腐のハンバーグと一緒に。二回目はクロケットと一緒に。これなら違う味を頼めるし時間もかからない。形状にこだわればオシャレにだって見える。満足するまで食べたきゃ、ご飯だけ家から用意することもできるわ」

「二回食べるならいいのか。二回……不思議な感覚だな」

 どうして一回の分量を減らし、食事時間も減らす必要があるのか健には分からなかった。

 だが美琴としては他の用事を熟したりする為にも、パパっと食べて栄養と気力を補充。他人からは少食に思われつつ作業をこなし、暇を見つけてまた食べるという方が良いのではないかと言い出した。

 

「まあいいんじゃないか? 小さくするというアイデアは俺としては目新しいし、これなら確かに余計なサイドメニューも要らんしな」

「あ、そうそう。普通の弁当も用意するだけ用意しといてね。選べる、自分で選んだ自分だけの正解ってのが重要なんだからっ!」

 狐につままれたような気分だが、美琴の為の計画なので健も納得する事にした。

 




 という訳で弁当に対する回答回です。
ガッツリ食べられるボリューム弁当を用意した上で、小さく値段の安いモノも用意する。
そちらは物足りなさそうだけれど、小腹を落ち着かせたり、他の弁当に組み合わせるには十分。
「ちょい足し需要」を狙ったミニ弁当に成ります。
狙いが外れたら大変ですが、そこは普通のボリューム弁当も置けばよいので。

ボリューム弁当(300円)、ちょい足し弁当(200円)、豚汁・コーヒー(100円)。
こういうのが揃ってる移動販売のワゴンがある感じですかね。
ボリューム弁当以外は、「弁当と同時に買えば50円引き」と書いてある感じで。
ちょい足し弁当二つの場合は両方値引きで300円、ちょい足し弁当とコーヒーは250円ですね。


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オマケ11

 弁当に関しては幾つかの料理を試作し、その組み合わせや形状を洗練する作業に入った。

 ここからは美琴が努力し、納得する作業なので健はすることがない。結果的に本来の仕事である十月のフェアに向けて動き出すことになる。

 

「へえ。意外と善戦してるなあ」

「しかし売れるのか、というより満足可能なのか?」

 秋の幸フェアの料理を試食する豊に健は首をひねった。

 美琴が用意している弁当はいずれも軽く、例えばガーリック風味の味付けなどは排除されているのだ。パンチ力があり引き付けることのできる味を最初から外しても大丈夫なのかと健としては不安なのである。

 

「別に問題ねえだろ。この場合は『ちょい足し』という『追加の選択肢』であるってことなんだよ。自分の弁当としてはそこそこ満足している状態で、付け足しを狙うんだ。悪く無いと思うね」

「そうは言うがなあ……」

 不安がる健に豊は仕方なく簡単な例を示すことにした。

 半端に切られたバゲットを勝手知ったる場所だとばかりに取り出すと、試食に合わせるために用意したコーヒーの脇に置いた。

「いいか? 例えば奥さんから渡された小遣い2万円の旦那が、節約の為にコンビニで買ったパン二つとコーヒーで済ませると思ったとする。この段階で300円ちょいだ。用意した弁当とコーヒーのセットもそのくらい」

「まあそれは判るよ」

 ボリューム弁当とコーヒーまたは豚汁のセットは350円になるように計算している。

 もちろんコーヒーを家からポットに入れて持ってくれば、300円にもできるし、豚汁の方を買うという決断もできるわけだ。

 

 そうなるように豊から案を出されて、ボリュームも十分。何とか味の方も整える事には成功した。

 

「だが飯を自分で箱に詰めて持ってくれば、ちょい足しのおかずと豚汁の250円で済む。最初から決断はしているし、ソレで完成するように計算してるんだ。もちろん簡単なおかずも自分で詰めたっていいよな。昨夜の残り物とか」

 そういって豊はバゲットの上に、健が料理を作った時に出した手屑を載せた。

 肉や野菜の切り落としだが、量を載せればそれなりのおかずになる。そもそもコレを使ってお通しを作ることもあるので、味だって整っているはずだ。

 

「これがリーマンの旦那じゃなくて忙しいOLならもうちょっとマシなのを自作できるかもな。サンドイッチなら手間いらずだ。そこにハンバーグなりコロッケが追加できるなら問題なんかねえよ」

 ハムとレタスを挟んでマヨネーズ、そんな簡単なサンドイッチを用意する。

 そして美琴が用意するクリケットや、健が用意するハンバーグなり唐揚げを追加で並べるのだ。最低限でしかなかった料理が、立派な弁当に早変わり。

 

 もしこの計画を立てた時点で、パンチ力が足りなければ自分で追加して用意するはずであると豊は言うのだ。マヨネーズだけではなく辛子やチーズを入れるとか、ツナの缶詰を開けて入れるなど幾つかの例を付け足しておいた。際所から満足した状態で、より満足する為に購入するから問題ないのだと。

 

「ま、こういう感じで自分の計画を修正する為のツールが『ちょい足し』需要ってことさ。本来は物足りない既存のメニューを買って、付け足す物なんだがよ。普通の品に加えて、ちょい足し『も』あるのが重要なんだ」

 最初から変化球では狙いを外した時が怖い。

 だが直球である普通のボリューム弁当も用意した上で、おかずだけを安価に用意するちょい足し『も』あるというラインナップだ。外したとしても『ボリューム弁当だけの方が利益が多かったはず』程度に収まるのが大きい。

 

 しばらく試してみて需要が多ければ増やし、全くなければ減らせばよいだけの事だ。

 

「ちょい足しにはちょい足しのライバルが居るけどな。ひとまずお前さんは自前の心配をしとくだけでいいと思うよ」

「判ったような判らないような……まあ、納得することにしとくよ」

 対抗馬はコンビニの揚げ物などのラインナップになる。

 お握り二つと揚げ物、あるいは大き目のお握りと揚げ物の組み合わせで勝っていく者が多い。夏場であれば蕎麦やウドンとの組み合わせもあるだろう。そういった需要と殴り合うには、職場の近くだとか味や値段が良いなどの勝負になるので一概には言えなくなってしまうのだ。健が口を出す段階ではないと言えるだろう。

 

 そして話は戻るが、健には健の勝負が待っている。

 十月頭に成ったことで本格的に秋のシーズンだ。豊富なので『秋の幸フェア』としたが、豊富なだけにインパクトを与えなければフェアにした意味がない。美琴に関わって居られる余裕はないだろう。

 

「判ってるよ。その為に用意したんだ」

 そこにあったのは栗の他、無数のキノコ類だ。

 魚介類に比べて事前に準備し易く、焼いても良し似ても良しと扱い易い。これに九月から仕入れているサツマイモを含めれば秋の味覚としてのイメージは十分である。その上で仕入れ易い魚介を用意すれば、食材という意味では問題ないだろう。

 

 旬の写った海老からキノコに入れ替えたアヒージョでビールを一杯。

 あるいはホイル焼きで蒸し焼きにして、出汁を入れた酢醤油を掛けて日本酒というのも良いだろう。もちろんバター焼きや酒蒸しというのも良いだろう。そういう意味では二回目の旬が訪れるアサリを忘れることはできない。普段はメインの肉類を差し置いてコレなのだ、秋の味覚がいかに豊富か判ろうものである。

 

「問題は……」

「主役に何を据えるかだな」

 様々な食材が一斉に旬を迎えるからこそ、メインに何を据えて宣伝するかが問題だ。

 どれでも良いし客の方も好きな物を注文するだろう。だがそれはそれとして、ホームページやパンフレットに主役として載せる効果は捨てがたいのであった。

 




 という訳で弁当の話は終わって、本格的な秋の話。
あれも旬、これも旬、旬はまだだけど出回り始めた、逆にまだ出回ってるけど旬は終わった。
無数の食材の溢れる秋ノシーズンです。
これが家庭だとかもっと寒ければ「鍋でいーじゃん」になるのでしょうけど。


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オマケ12

 風が吹けば桶屋が儲かるという謎の言葉がある。

 何が言いたいかというと、何かの理由で美琴の狙いが当たってしまったのだ。結果的にちょい足し弁当の売り上げが上がり、健たちの元には幾つかの問題が巻き起こった。もちろん一つ一つの事象は原因の積み上げなのだろうが。

 

「今月の集計が終わったら美琴の奴、ふんぞり返りそうだなあ。まあ失敗して大損よりマシなんだが」

 どうして売れ行きが良いのか首を傾げる健は難しい顔をしていた。

 原因の一つは今回の成功で美琴の発言力が上がってしまい、力を借りるにしてもアルバイトとして使うにしても、待遇を良くしないと行けなくなったことである。

 

「そういうなよ。美琴ちゃんの成功は美琴ちゃんの努力の結果さ。少しばかり力は貸したがね」

「それは判ってるさ。お前のデータあってのこととはいえ、あいつがどれだけ頑張ったかはな。あれほど売れるとは思わなかったし……使わずに残るとは思わなかっただけで」

 今年は寒くなるから暖かい物が欲しくなるとか、不景気な業界があると豊が調べて来たのだ。

 そこで味噌汁以外にもスープを用意し、場所を選んでヤマを張ったのだ。

 単純にこれが当たったのもあるが、元から移動販売が無いエリアだったのも大きいだろう。需要を掘り起こして鉱脈を当てただけで、他の業者がやってくれば当然競争になって売り上げは急加工するだろう。書いてからすれば安くて美味しければどちらでも良いというのが心情であるのだから。

 

 それよりも思わぬ波及効果があった。

 目下の課題としては余った食材をどう消費するかが問題だろう。

 

「まさか米がこんなに余るとはなあ……」

「普通の飯屋なら何の問題もないんだけどな」

 ちょい足し弁当はライスがなく副総菜が少なくて200円である。

 普通の弁当の比重が下がれば、米を使わなくなるのは当然の摂理と言えた。

「いっそポン菓子のバーゲンセールでもするか?」

「無理だな。秋祭りのシーズンに入ったから稲荷系や明神系で大忙しだよ」

 何が問題かというとこの居酒屋ではライスはメインではない。

 仕方なく夏祭りで使ったポン菓子製造機を借りようと思っても、収穫祭に使用されて既に安価で借りるのは難しいという。もちろんレンタルショップならば借りる事が可能なはずだが、米の処分に追加予算を使う事に成ってしまうのだ。

 

「ここは例外って事にしてよ、秋の幸フェア限定でメニューにライスを加えるってか?」

「混ぜてる屑米が無ければの話だな。最初は弁当のバランス調整用だったんだ。そいつを普通に出したんじゃ、詐欺くさい以前に美味くも何ともないぞ」

 農家を回って米を安く仕入れ、頼みを聞く形でクズ米の処分も引き受ける。

 味を調えた上で値段を非常に下げた弁当に使うなら問題ないと思っていたのだが、まさか大量に余るとは思いもしなかったのであった。

 

 重要なのは『処分』といっても捨てるという意味ではない事だった。

 農家と約束したのも『捨てると惜しいから、何かに転用する』ことを前提に非常に安く仕入れたというだけだ。そのまま捨てたらもったいないオバケが出る以前に、信義というモノが傷ついてしまう。何らかの使用法を見つけるのは大前提だろう。

 

「んじゃ何か良いアイデアがあんのか?」

「むしろ消去法だな。ポン菓子ほどじゃないが、加工を前提に美味くなる料理を考えるしかない。炊き飯とかな」

 屑米と言っても美味しくないとか古い、あるいは砕け易い米の事だ。

 簡単な方法としては炊き飯やリゾットなど味を付けたライスにして、課程を丁寧に調理していく事だろう。とはいえ秋の風物詩なので炊き飯がそれなりに注文されるにしても、全てを捌ききれるか微妙な所である。

 

 何しろ弁当ならば大量に使うからということで、屑米を混ぜても問題ない比率で購入しているのである。

 

「こうなったらもう全員にお通しで配っちまうとか? いや、ダメか。酒を飲む前に腹が太るよな」

「晩酌を考えれば一人一杯くらいなら問題ないとは思うが……。なんだか居酒屋っぽくないな。面白いからと好評なら構わないんだが」

 とはいえ突破口などそうそう思いつかないものだ。

 炊き飯やリゾットをポップに加えて推すことにして、何らかの方法で処分しようと方法を探し続けるのであった。




 という訳で妙な方向からのピンチです。
妹の始めた弁当屋が当たってしまい、発言力UP。
でもライスを漬けないちょい足しなので、米が大量に余ってしまったという。


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オマケ13

 消去法で行くと全ての回答が埋まっている事もある。

 大量に米が余り、しかも屑米が多いとなればフェアで消費するしかない。そして屑米となれば加工しなければまるで美味しくはない。

 

「クオパー。それしかないのは判ってるんだが……」

「なんだそりゃ? 中華っぽい響きだけどよ」

 健は電子釜の底を指さした。

「中華風おこげのことだよ。ゆるめに炊いてから焼くので、ゆるめに焚かねば屑米が砕けるという今回の条件に合致する。具だくさんのアンを掛けて食べるから秋の味覚でまとめればいい」

「ああ! そういえば何処かで聞いたような気がしたんだよな!」

 実際にやってみようと水を多めにして米を炊き、実験用に電子レンジで少量を用意する。

 これを四角く加工すれば(あくまで実験用なので二枚か三枚という所だが)、中華屋でよく見る中華風アン掛けだ。

 

 試作の為に用意している材料の中から、アヒージョ用に準備したキノコや魚介類を取り上げた。

 四角く成型したライスを鍋でジックリと焼き上げながらアンも作っていく。そのアンを三つの片手鍋を使いキノコ・海鮮・混合の三つ用意してみた。

 

「おっ。これならいけるんじゃね? 炊き込みご飯より軽いし、何よりアンを後から用意するから味を変えられるから無駄もねえぜ」

「まあそうなんだがな」

 豊の反応は良かったが健の方は難しい顔をしたままだ。

 そもそもポン菓子の様な加工が必要だと思い、そこに炊き込みご飯やリゾットのイメージを加えた。

 この段階で中華風おこげに思い至りはしたのだ。そもそも中華風リゾットと言っても良い物である。消去法的にはこれが一番の回答例だと判ってはいるのだ。

 

「何が問題なんだよ?」

「居酒屋っぽくないのは、まあ炊き飯やリゾットの段階で既にしてるからまあいいんだ。問題はこいつの音と匂いからして、イメージを全部持って行きかねないぞ。こいつを主題にするしかなくなる」

 中華風おこげはアンを掛けた時、猛烈な音とむせかえるような香りがする。

 本職がやるわけではないのでバチバチという音は控えめかもしれないが、それだってあちこちで音がすれば気になる者もいるだろう。

 

 そして重要なのはこの居酒屋が狭い事である。

 カウンター六席に小さめのテーブル一つ。子供の遊び場なり荷物置き場として封鎖している小上りを使うとしても、それほど広い訳でもない。

 

「今からでも中華風おこげフェア……。いや、秋のおこげフェアにでもしちまうか?」

「どうにもならなかったらそうするしかないな。そうなるとその手の料理が好かない人向きに色々考える必要も出て来るが」

 中華風おこげは中華丼や中華風リゾットへの変化も含めれば、人気の高い料理であるともいえる。しかしながら誰もが好きな料理とは限らない。普通に肉へかじりつく事が好きな者も居れば、麺を啜ったり、肴で酒を呑むだけの方が好きな者も居る。このままいくと、おこげを勧めるのは仕方がないだろう。

 

 ならば他の料理を好きな物にも、楽しめるような食べ方を用意しておきたいのだ。

 

「この際、アヒージョとか他の料理にも合うような改良をしてみるか。おこげの方を弄るか、それともアヒージョとかの方を弄るか判らんが」

「まあ頑張ってくれや。その辺の細部調整はお前さんの仕事だしな」

 判り易い例としては、おこげその物に味を付けることだ。

 そのまま食べても良いし、チョリソやコロッケを上に載せて食べても良い。そこからアヒージョに漬けたり、できるならばフランスパンをスライスするバケットの様に提供することも可能だろう。

 

 ただその場合は白米を焚くだけと違って微妙な調整が必要になる。

 塩を入れるとか醤油を塗るなりした後で、それがアヒージョや山賊焼きの味を損ねないようにしなければならない。仮に味の調整をしないのであれば、強烈な個性を持つ居酒屋の料理と合うような方法を考えなければならないだろう。

 

 色々考えた揚げく、健が選択したのはスナック状に薄くした物と厚い物を分ける事だ。

 煎餅ほど密度を持たせず、薄い場所はそのまま食べ易いカリカリとした触感になる。薄い分だけ味が載り易いし腹にたまり難いのが特徴だ。逆にガッツリとおこげをリゾットにして食べたい場合は、厚い方を要求すればいい。もちろん熱い分だけモッチリしているし、焼いてある分だけ最初はカリカリとしており、アンをかけたらゆっくりと触感が変わってくことになる。

 

 そしてもう一つ。客が要求するならば皿のようにして重ね、他の食材を上に載せれるようにしたのだ。割って食べても良いし、チョリソや山賊焼きの肉汁やタレが染み込むまで待っても良いだろう。西洋ではパンを皿のように使ったという故事に習った物であった。




 すっかりバレていますがお米の使い道は、おこげになります。
その厚さを変えて微妙に味付けし、そのままスナックにしたり、何かに入れたり
あるいは汁物に漬けて食べることも可能。


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オマケ14

 杞憂という物は何にでも存在する。

 健が心配しているよりもライスはアヒージョに合った。というよりガーリックライスという物が存在する以上、ニンニクをオリーブオイルに入れて煮込むアヒージョにライスが合わないわけではないのである(そのまま食べると脂っこ過ぎだが)。

 

「本日のお通しは中華風おこげのクオパーです。小鉢で必要な場合は厚さを変えて数枚盛り合わせます」

 クオパーとアン掛け自体はやはり微妙な売れ行きだった。

 好きな者は好きだが大量に出る程ではなく、それはそれとして存在感が強いので気にはなるというレベルだ。

「このおこげお皿みたいですねっ!」

「実際、そういう事も可能だよ。昔のパンを参考にしたんだ。アン掛けにする時に焼きたてが欲しい場合は注文してくれれば用意するよ」

 美琴の友人である佐官屋さんの娘は、むしろ自分で作りたそうだった。

 セメントを塗る時の手つきで右左に手を動かしているのが面白い。

 

「他にも米粉クレープやライスペーパーもありますよね。作り方はあんまり知りませんけど」

「難易度を考えれば一部だけ普通のクオパーにして、残りは米粉にしてしまう方が楽ですわね」

 他にも美琴の友人たちが色々な意見を言い合う。

 それというのも美琴の弁当屋が成功裏に進んでいるので、お祝いを兼ねているとのことだ。

「こう考えてみると今時、米なんかなくても良いかと思ったけど色々と面白い使い道ができるわね。昔と比べてパン食の方が楽になってるけど、弁当はともかく食事だと色々考えられるし」

「腹持ちや場持ちも良いですものね」

 今日ばかりは美琴もアルバイトではなくお客様。悲しいかなこの居酒屋には客が少ないからこそ許される。

 しかしメニューの組み合わせに思考が及ぶあたり、色々と気には成っているのだろう。それが五人も居ない客を増やす為か、それとも自分の弁当屋でもっと売り上げを増やす為か判らないが。

 

「山賊焼きはクオパーの上にも載せられますが、どうします?」

「載せてくれ」

 カッパさんは今日も相変わらずだが、クオパーの触感を試す気には成ったらしい。

 お通しのクオパーに山賊焼きのタレを掛けて食べる気の様だ。間髪入れずに応えた後、まずは素の状態を確かめようと端っこの方をかじっている。

「タレを付けるなら厚い方が。肉を削いで載せるなら薄い方がいいですよ」

「……」

 頷きはするが自分の舌で検証する方がお好みの様だ。

 まあ時間潰しというか味比べというものは、他人よりも自分の手間暇を掛けてこそだろう。

 

 わずか数人の反応で判断するのもどうかと思うが、おこげの方がアン掛け自体よりも気に入られたのは単に自分の趣味に取り入れられるからだろう。気に入った料理と組み合わせ易いというだけで、バリエーションというのは広がる物だ。アン掛けはアン掛けで美味しいのだが、イメージが強すぎて限定されてしまうのもあるかもしれない。

 

「そう言えばコレって甘い物載せても大丈夫なんですかね?」

「ちょっ……それは流石に止めておいた方が良いと思いますわよ」

「アハハ。薄い塩味というか調整した胡麻油で焼いているみたいだから、ちょーっと難しいんじゃないでしょうかね」

 という感じの恐ろしいアイデアも珠に出て来るが、意外とこれは的外れでは無かったりする。

 おこげはニュートラルな味わいなので、どんな物にも合い易いのだ。もちろん調整は必要であろうが。

「で、どうなのよ兄貴?」

「クドイくらい甘い方が合うな。考えてみれば当然だがチョコバーの類にそんなのがあったろ」

「そういえばそんな駄菓子もありましたねー」

 これからも美琴が弁当屋をやる限り定期的に米を購入し、それなりに消費する必要はある。

 そこで色々試したのだが、その中に甘いものもあった。流石に健も試してはいないが、ポテトチップスのチョコ掛けフレーバーとか最近はコンビニにも売っている。甘じょっぱい物というのは意外と美味しいものなのだ。

 

「他にもスープやサラダにも合うぞ。まあ大きなクルトンだから合わない訳もないんだけどな」

「それいいわね。今度少しだけ弁当と一緒に置いてみようかしら。いまスープが売れてるから、案外悪くないかも」

「コンビニでサラダを買っていく人も居ますしね。値段次第という事ではないでしょうか」

 こうして秋の幸フェアは微速前進ながら悪くない滑り出しであった。




 思い付くので続けてますが、今日も元気です。

ストーリーとしては浮き沈みしながらも、なんとか継続中。
真面目な話、売れ行きが上がったと言っても微妙ではあります。
常連の客が喋る時は別にピックアップしているわけでもなく、実は多くないです。
カウンター六席と小さなテーブルだけなので、当然と言えば当然なのですが。
最近は途切れずに誰かが来て、一人2000円くらい飲んでいくので大赤字ではない感じですね。
これが満席ならかなりの黒字でしょうし、せめて複数人のお客が常時来てくれれば……。
という段階になります。


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オマケ15

 フェアの最中でも中々に満席になる事はない。

 だがこの日は珍しく満席近くまで人で賑わった。いつもこのくらい居れば良いのにと思わなくもないが、美琴たちがテーブル席を予約してなければあり得なかったのでまだまだ遠い日の話だろう。

 

「おや、満席とは珍しいわね」

「妹が友達を連れて予約してまして。狭かったら言ってください。奥の小上りを解放しますんで」

 常連の女性客とその連れであるアメリカ人女性がやって来た。

 一つにしているテーブル席をいつもは使用しているのだが、カウンターを使うかそれとも封印している二つの席を使うかという選択肢も存在はする。

 

 奥の小上りは座敷というには小さい畳間で、小さなテブルと間仕切りをおくか、それとも大きなテーブルを一つかできる。それとは別に表のメニュー置き場にしている小さなテーブルを使うのもアリだろう。

 

「まだ大丈夫ですね。それと別に外でテラスというのも良いですよ?」

「それをやるにはもう少し飾り立てが必要でしょうね。一応考えてはみますよ」

「その時は言ってくださいねー。あたしはちゃちゃっと縫ったげますから!」

 表に置いているテーブル席には二つの意味がある。

 一つは確かにメニューを置くことだが、傷んだ表口やら足元の恥隠しでもあった。近頃に成って周囲に知られて、ようやく市民権を得て昼間からテーブルを置いてもよさそうな雰囲気ではあった。しかしまだまだその辺りを改装するほどの余裕はない。

 

 もう少し売れ行きが上がってくれればその余裕が出るのにと思いつつ、美琴のアルバイト代の賃上げも含めてまだまだその余裕はないとも言える。もしその辺りを投資して客が増えると見込みが出るのであれば、投資として割り切れなくもないのだろうが。

 

「お通しのクオパーはライスバゲットというべきもので、そのままで食べられますがチョリソを載せたりスープに入れたりできますよ」

「私はそうね……お醤油を塗って焼いてくれる? 焼きおにぎりとか御煎餅みたいに。あといつものを」

「私はお勧めに従ってチョリソを。それとクラムチャウダーか何かをお願いします」

 現時点での収益ラインは既に限界と言えるだろう。

 この二人は割りと頼んでいるペアだが、常連の女性客は小鉢の三つのセットに洋酒類を二杯で2000円ほど、土曜日のみのアメリカ人のお客さんはそれに加えて気分が載れば小鉢をもう幾つか頼んだり、大皿で頼んだりしてくれる。

 

 その他のお客は流石にここまで頼むことはあまりなく、常時埋まる席は一~二席が精々。むしろ時間単位で2000円行くと仮定すれば、割りと計算し易いのではないかと思える程度の客入りでしかない。以前はもっと少なかったがフェアで平均を保ち、今ではようやくフェアを含めずにそこまで来たかというレベルなのだ。

 

(少しずつ増えて来た客も固定されて来たし、単独客では残念ながらここまでだな。となると新しい客層の開拓か)

 一人でフラっとやって来る客ばかりだが、その顔もだいぶ覚えて来た。

 常連という程に頻繁には来ないが、近所で『偶には外で呑むか』と思うような客にはおおよそ覚えてもらったという事だろう。それ自体は良い事なのだが、それでも経営が微妙なままだという事は、単独客メインのままでは収益が上がらないという事だ。

 

(一つは女性客だな。今のまま女性が来てもおかしくない雰囲気を保っていろいろ手を打っていく)

 そう思いながら女性陣の顔ぶれを失礼でない程度に眺める。

 基本的にこのメンバー以外に女性客はあまり居ない、常連と呼べるのはここに居る者たちだけだ。それも美琴の友人たちは全員が全員寄るわけではない。

(後は友人や夫婦連れなどの複数客の呼び込み……かな?)

 この女性陣は複数客の枠でもある。

 一人の客に比べて料理や酒が出る量が多いし、一人が一人だけ連れてくるという訳でもない。この周囲の客だけに限らないってのも大きいだろう。アメリカ人客などその一人だし、美琴の友人の中でも黒江は離れた場所人間らしい。さかにゃの娘や花屋さんの娘が偶に寄るのに比べてあまり見ないのはその為だ。

 

 女性客向けのメニューと店構え、そして複数客向けのメニューと店構え。

 考えることは多いなと思いつつ、封印している席を開放するか、それとも本格的に外にテラス席でも作るかと悩み始める健であった。




 という訳で順調ながらも上を見ればキリが無いという段階です。
まあ女性客が入り易い状態にして、複数客を狙うという所だと思いますが。


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オマケ16

 女性客か複数客か、ある程度迷った所で健は複数客に目を向ける。

 その上で豊に相談した所、用意されたのは二種類の晩酌だった。

 

「友人や家族連れを狙う場合に一番のライバルは宅呑みだ。普段はこっちでちょっと贅沢したい時はこっちな」

 一つはファーストフードの牛丼に発泡酒という安価な組み合わせ。

 もう一つは生ハムにチーズとワインが並ぶ少しだけ贅沢な組み合わせである。

 

「牛丼の方はよくあるファーストフードだが安く済む。スパゲッティの詰め合わせみたいなコンビニ弁当でも良いけどな。酒の方は大瓶の焼酎でも良い」

「まあ、流石にこの組み合わせと比べる気はないさ。相手が悪い」

 食べる物が牛丼だろうとスパゲッティだろうと、飲む物が発泡酒でだろうが焼酎だろうが関係ない。こちら組み合わせに関しては最初から予算を使わないことを念頭に置いている為、最初から居酒屋に来て呑む気はない。

 

 もちろん普段から節約して何か欲しい物を買うとか貯金するとかした後で、残りの金で偶の贅沢として呑みに行くことはあり得る。呼び込むならその時に引き込むくらいだろう。

 

「それじゃあこっちだな。二人でワインを一瓶か二瓶空けるとして、生ハムなりチーズを買うのも業務用スーパーまで行けば、ブランドの端っこに引掛かってるレベルのを適当な値段で買う事もできる」

 生ハムはコンビニで売っているより量が多く、それでいて美味しそうだ。

 よく見れば量が多いのではなく二種類用意されており、サッパリとしているが塩味の強いハムと、ねっとりとした触感と薄い塩味のハムがある。そのまま食べたりフルーツに合わせても良い。ただ家庭で上手く組み合わせるならばフルーツよりも、バゲットやクラッカーのような物を用意する方が簡単だろう。これにチーズを組み合わせれば、お洒落でありながら程ほどの金額で済む。

 

「4000円弱……いや3000円強というところか?」

「酒をどのくらい飲むかにもよるけどな。まあ二人で割ればこんなもんさ。人数居るなら鍋の方が安上がりじゃあるんだが」

 せっかくなので生ハムを食べ比べてみようと二種類用意されていたが、つまみなら別にナッツ等でも良い。ひとまず800円くらいのつまみを三種類で2000円前後。これに2000円前後のワインを一瓶付けるか、1000円前後の安い物を二瓶くらいというところだろう。市販の物をそのまま買えば4000円はしそうだが、最近は業務用スーパーもあるので侮れなかった。

 

 ちなみに鍋の場合は鶏の水炊きや魚介類で済ませれば、四・五人前でも3000円いかずに作れたりする。プチ贅沢したい場合は合鴨や冷凍のカニ脚ポーションという手もあるだろう。この場合は酒はチャンポンになり易いので、日本酒かワインを一瓶にビールが一人二本くらいと考えると判り易い。いずれにせよ人数で割れば、かなり安く済ませられるのが宅呑みである。

 

「安く済ませようと思えばもっと安くなるし、良い物を目指せばキリがない。とはいえこの位がお前さんの店のライバルってとこだな」

「ああ……。このレベルだと、単純に不景気だから宅呑みと考えたら危ないな」

 ブランド物は品質保証されているからブランド物なので、買って来たつまみでも生ハムは美味しい。それはチーズも似たような物であり、夫婦で安価に試せるとしたらこういうのも悪くないと思う家庭も出て来るだろう。もちろん学生が鍋パーティというのは定番で、こちらは味の保証はないがそれでも一人1000円ちょっとで痛飲できるのは脅威であった。

 

「……で、どうよ。何とかなりそうか?」

「一応は見えてきたような気がする」

 まず大前提で高価な物や珍しい物で推すのは不可能だ。

 不景気なのもあるが一点物に絞れば、業務用スーパーなり通販などで一流どころが購入できてしまう。逆に安価に抑え過ぎると、安かろう悪かろうになってしまい『これならもう二度と行かない』という選択肢にされてしまうだろう。

 

 その上で生ハムや鍋の例をアイデアとして分離してみる。

 前者は単品でありバリエーションが余りにもないし、同時に他の料理を試すには向かない。後者に至っては技術が居る料理は難しいし、鍋と酒で1000円だというならこの店は小鉢のセットで1000円という比較になる。酒の分だけ負けているとも言えるが、逆に言えば選べる料理の種類という意味では勝るだろう。

 

「リーズナブルで素人には出来ない料理? いや、それだけだと前と同じだ。……この場合は小分けし易い料理かな」

 人を呼べる料理を目指して来たので、今の不景気の中でも対応はしている。

 だがそれだけならばもっと人は来ていたはずだ。今まで来ていない複数客を呼びたいのだから、その筋に対応した料理を増やすべきだろう。

 

「でもよ、そういうのは腹が太りそうだぜ?」

「大皿限定やセット限定にするとかだろうな。元から量はサービスくらいのつもりで盛ってるし、食いながら愉しんでくれればいう事はないよ」

 困るのは費用の共食いになってしまい、酒が出なくなるのでは意味がない。

 極論を言うと腹が膨れるタイプの小鉢一つを分け合われて料理が出なくとも、客がそれをつまみに酒をグビグビ呑むのは問題ないのだ。分け合う事を前提に複数の客が複数の酒を飲むことは考慮から除外して良い。

 

 だから実際に問題なのは、比較的利益率の悪い酒類が僅かにしか出ないことだろう。

 腹の太る料理を盛った小鉢一つを分け合って、ジョッキのビール二杯よりも安い瓶ビールを分け合うといった事だけを警戒しておけば問題ないのだ。

 

「そもそも複数客が来てくれれば、今までよりも客が増えるって事だからな。多少安く済ませられても構わないさ」

「お前さんが納得してるんなら良いと思うぜ」

 そもそもこの居酒屋は満席になったことはないし、この間になってようやくその可能性が見えた程度だ。一人一人の間取りを取るのを重視するなら、封印している小上りを元に戻すのも躊躇われるくらいである。今増やすならば提案通り外にテラス席という方がまだあり得たくらいである。

 

 こうして徐々に複数客を呼ぶための努力が始まったのである。




 という訳で複数客を呼ぶための話に入ります。
女性客に対する反応は、複数客を呼ぶことで入り難くならない程度で。

今回で発案、次回で料理、その次でセット・サービス価格の考慮ですかね。
それとは別に、十一月は煮物フェアとポテトフェアを並行する感じで行きます。
鍋フェアは十二月の予定ですが、複数客対策の話でチラっと出ては来ると思います。

●豊さんの懸念はセコくない?
 腐ってもコンサルなので、一番困るところから警戒してる感じです。


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オマケ17

 まずは豊かの用意したライバル的存在のメニューを健の腕で上書きしてみる。

 同じ物を独自のこだわりで作り直して早くも挫折した。正確には良い物を作るまではできるのだが、予算がオーバーしたり分量が足りなくなるのだ。

 

「判ってはいたけど、これだと本物の店に行けばいいしな。ワザワザこんな場所で食べる必要はない」

 残り物の肉を使って牛丼を作り発泡酒を空けて晩酌にした。

 どう考えてもこれを500円以内に抑えるのは無理だと感じられ、つくづく大手の凄さを見せつけられた気分だ。

「まだマシなんじゃない? 私がレアチーズケーキ見せられた時は不可能だと初見で判ったわよ」

「真似するとしてもその時点で無理だからな。最後は業務用のアラカルトになったっけか」

 前に美琴が相談した時に、豊はモデルケースとして業務用のレアチーズケーキを持って来た。

 他にもチョコブラウニーや杏仁豆腐があり、単品でソレを超える自作は不可能だと判断したのだ。そこで豊が『駄菓子の盛り合わせなら行ける』とか言った言葉をヒントに、業務用菓子のアラカルトで『一応は魅力的に見せる』事を考え付いたのが精々であった。

 

 問題なのはこの辺りには気の利いたファーストフード店も大型スーパーもないが、車を出すなら適度な位置に存在する。真似た所で本業を超える魅力が無ければ、この店で代用品を食べていく必要はないのである。何しろ本来ならば必要な物だけを買っていけるが、居酒屋で食べれば不要なものまで食べてしまうのだから。

 

「まあ、こっちは無理だとわかってたからいいんだ。そっちはどうだ?」

「そりゃ兄貴の料理だしね。美味しいとは判っちゃいるわよ……」

 美琴に食べさせているのは、小鉢のセット内容を意図的に固めた物だ。

 常連の女性客が頼んでいる茹で野菜の盛り合わせに溶かしたチーズを掛けた物・スライスしたチョリソ・スープ。複数人で別け易いこの組み合わせから量を少しずつ減らして、四品目としてバゲットを加えてある。セットは三つで1000円にしているお得商品だが、四品あることやあえて追加するか悩むパン類を加えてみたのである。

「ダメか?」

「さっきと同じね。普通のよりはセット感が出るけど、これならスペイン料理……はこの辺にないけどイタ飯屋にでも行けばいいわ。それか業務用を買って自分の内でゆっくり。むしろその方が自分が好きな物を食べられるかも」

 判っていた事だが、少し味を良くする程度では意味がない。

 他の料理でも良いがあえてこの組み合わせにしたのは、豊が用意したモデルケースと比べ易くするためだ。同じ傾向なので粗がハッキリと判る。

 

 あえて牛丼の場合と違って良い点は、味と値段の問題が解決されている程度。

 『専門店に行けばよい』とか『車を出す時に一緒に買って来ればよい』という点を越えられないのである。真似すれば内包されている需要を掘り起こすことは可能かもしれないが、専門店や自由さには叶わないのである。

 

「確認するがスープを季節限定の物、バゲットの代わりにパエリアにしたらどうだ? それなら業務用では用意し難いだろ?」

「うーん。それでもイタ飯屋でいい気はするけどね」

 選ぶ内容を変えることで業務用スーパーに関してはクリアできそうだ。

 だがやはりというか専門店という壁は越えられない。車を持っていない人には良いかもしれないが、そういう人が市街地の中心に行った時に有名店に行く可能性の方が大きいだろう。その改良でもまた、僅かに需要を掘り起こす程度に収まってしまうと思われた。

「まだ駄目か。……ただ季節物と手間が居る物は悪くない気がするんだよな。となると固定セットが駄目なのか……」

 業務用スーパーでも季節物は売っているだろう。

 しかしその手の需要は気分で変わり易い。車を出して念の為に買っておいた時と、封を開けて温めて食べる時では同じ気分とは限るまい。その点は居酒屋でリアルタイムに欲しい物を選べるという点が勝ると思われた。

 

 そしてパエリアという物は料理し難い物だ。

 米料理という点はまだしも、魚介を準備して焼き上げるのに時間が掛かる。作り置きして冷凍した物を解凍できなくもないが、適温に調整するのは面倒だろう。また内容も業務用では画一的な物になり易いが、この店ならある程度の注文で具材を調整できる。魚市で手に入れた物なのでどうしても偏るが、好みで嫌いな魚介を減らしたり好きな物を足せるのは大きいだろう。

 

「念の為に少しセット内容を変えてみるか」

 そしてメモに向かってい来るかの傾向を書き始める。

 先ほどはスペイン料理だったので、中華や和食で固定セットを考えてみたのだ。今のままだと怪しい気もするが、他の傾向で判断してみて駄目だと思えてから考え直すことにした。

 

「餃子は中華屋じゃ出さないサイズとして、チャーハンとエビチリ。トンポーローというところか? 和食で攻めても……駄目だな。やはり固定セットは止めておこう」

 固定セットにこだわるのは、どちらかといえば原価管理と宣伝のやり易さだ。

 ある種プチ・フェアの様な売り方をすれば宣伝し易いし、三品目の値段のまま四品選べたり原価率の高い良品を混ぜても元が取り易いからだ。だがこのままでは人呼ぶのは難しいと思われた。元よりこの店では手間暇を惜しんで居ないので、『好きな料理二品と店長のお勧め』という路線に戻す方が良いだろう。

「和食も洋食も中華も選べるなら専門店とは違うとはいえ、手間のかかる料理じゃないと業務用と差別化できん……加えて腹持ちを考えるとこうするしかないか」

 健はまず『セットメニューまたは大皿のみ』という言葉をメモに書き加える。

 これならば手間暇の掛かる料理を作っても問題はないし、腹にたまるメニューを用意しても問題が無い。現状の客数では複数客が居座っても困らないので、最低限の利益をセットなり大皿で確保してしまえば良いだけだ。

 

 ではどうして最初からやらなかったかというと、この方針には致命的な欠陥が存在した。

 複数客にとってお得なメニューが増えるとしても、それが『別に複数客が目を付ける要素にはならない』ということである。お得感だけでどれだけ呼べるかというと、選べるメニューが多いだけでは難しいだろう。




 という訳で複数客獲得までは困難が続きそうです。

イタリアンとか中華とかプチ・フェアにすれば友人連れや夫婦向けのメニューに見えなくもないです。
しかしソレでゃ専門店や業務用スーパーで買って来ればいいことになってしまう。
(客層が増えなくもないけど)
かといって選べたり手間暇かかるバラバラのメニューにシフトすると、今度は宣伝文句が無くなってしまう……と。

ひとまず今までの延長で可能な「セット以上のみ選べるメニューの方を行うとして
何とか宣伝文句とか組み合わせを思いつけないか、四苦八苦する感じになるかと。


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オマケ18

 迷っていた方針を一本に絞り、複数客狙いはセットメニューや大皿でのお得感とした。

 それに合わせて一部メニューの切り方を工夫したり、追加メニューの味を調整してみる。その上で改めて豊に相談してみる事となった。

 

「確か前の段階でセットや大皿限定にするとか言ってなかったっけ?」

「そうなんだが色々試した結果で出戻った感じだな」

 豊としては既に出た結論であり、今回はソレを出発点に改良された物が出てくると思っていた。

 それが改めての品評からやらさると思ってみなかったに違いない。この味で良いかなど専門の料理人である、健と美琴の二人で十分に決められる物だからだ。

 

 料理そのものは美味しい。時間の掛かるトンポーローやパエリアがあるのも判る。餃子のサイズも専門店で見ないものだ。

 しかし何の点で相談したいかを言われなかった為、尋ねてみるしかないのであった。

 

「俺に喰わせたって美味いとかこれならイケる以外に言葉が出てくるわけねえだろ。何を相談したいんだよ。別に俺へ奢りたかったわけでもないだろ?」

「そこなんだがな。……ダチと呑みに行きたいほどのメニューか気になってな」

 要するに複数客を呼ぶに値するメニューかどうかが心配になったわけである。

 三品でセットの量を減らして四品にする場合と違って、お得なメニューがウリになるかどうかがいまいち不安であった。

 

 この店に来ている客ならば、お得を感じてくれるかもしれない。いつも選べないメニューに心惹かれるかもしれない。しかしながら呼びたいのは来ていない人であり、今までの客に新しい満足を与えるのは二次的な目標である。

 

「また面倒くさい悩みを……。言われてみりゃあ再び赤字続きになったお前さんを連れてまで、『こういう店ができた』とかいって誘うかと聞かれたら悩むが」

「だろ? 自分で言うのもなんだが、妥当以上じゃないんだ」

 小鉢三つで1000円、これに瓶ビールかワインで二人が愉しめる。

 料理の内容もビールならビールに合わせた物を選ぶことが出来て、ワインにはワインにあった料理が選べはする。しかしながらソレはいつもの延長であり、いつもと違ってメニューが増えているなど常連でもなければ気が付かないだろう。

 

 はっきり言うと答えの出ない問いである。

 このメニューを見て魅力的に思うかどうかなど、当人たちに聞かねば判らない事なのだ。食べてもらいさえすれば、酒を合わせて1500~2000円で満足できる内容だとは思われる。一人頭1000円前後の晩餐であれば悪くないし、足りないだけならもう一品・二品足したところで一人あたりは大したことはない。

 

「……ま、俺ならこうするかな」

「メニューを二つに?」

 豊は並んでいるメニューを二つ手に取り、判り易くカウンターの上に並べた。

 一冊は今まで通りだと言わんばかりに開いておき、もう一冊にメモ帳を挟む。

「こっちはいつも通りのメニュー表。できるだけ判り易く、一目でウリが分かるように作る。こっちは複数客向けで、表にもそうだな……直球で書いちまおう。日本人のよくやる婉曲的な表現ってのは伝わり難いからな」

「それはそうだが……改めて書く事か?」

 豊はもう一冊のメニューの上に新しいメモ用紙を張り付けると、上から文字を付け加え始めた。

 それも単刀直入に『二人で呑む為のお得メニュー』と書いてしまったのだ。判り易い事は判り易いが、ここまで直球でも良いのか不明であった。

 

「いつもの方はシンプルにすべきだから余計な事は書かねえ。だけどこっちは色々増えた部分を載せるからな。このくらい書かねえと判らねよ。特にお前さんが断念した四品のセットだっけ? あっちもあった方が確実だからな」

 そう言って二つのメニューはいつも外に出しているテーブル席の上に置いた。

 代わりに持って帰る為のチラシは少し離れた位置にズラしておく。

「基本的にはアレを外に出しておいて、同じものを目立つようにテーブル席なり小上りに置いとけばいい。いつものお客さんでも欲しい人とか、大量に食べたい人だっているだろ?」

「そりゃまあな。複数客じゃなければ駄目って事はないさ」

 メニューを二つにするだけなら別に健も反対はしなかった。

 それだけならばチェーン店に行けば良くあることだからだ。場合によっては下敷きのような一枚物のパンフレットを用意している方が多いだろうか?

 

 だがしかし、メニューが増えただけの内容で『二人の為』と号するのはどうかと思ってしまう。

 

「あのな。俺の尊敬する人の言葉にこんなのがある。『良い物だから売れるなどと、センチメンタルな考えは捨てろ』ってよ。人は知らなきゃ選びもしねーんだよ」

「それは……鮮烈な言葉だな」

 要するに料理だけで行けるかと考えるのは思い上がりだという事だ。

 ポップを工夫しメニューを改良し、お品書きで判り易く推していく。場合によってはどうして良い物なのかも説明し、二次元には記載するが言葉で押し付けない程度の引き際。そのくらいで丁度良いのだと豊は告げたのだ。

 

「まあこの位なら気に入らねえ奴は見なきゃ済むだけの話さ。見ただけで出ていく奴はいねえよ。その上で今より来客数が多少でも増えるか、リピーターが増えりゃ御の字だろ」

「それもそうか。……ひとまず俺は次のフェアでも考えながら細部調整することにするよ」

 豊は不安ならば写真か絵を付属させ、カップルでスペイン料理を食べ、友人たちが中華をつつくシーンでも入れれば良いと付け加えた。

 こうして複数客対策はこのままの路線で行くとして、並行作業である煮物フェアとポテトフェアの準備を始めることになる。

 




 という訳で豊くんの助言は『直球で宣伝する』でした。
もはやメニューを微妙に良くしているだけなので、そう口にしないと伝わらない。
だけれども『二人で2000円前後出せば美味しい晩餐が食べられる』と判れば
十分に客が増えるのだと判断した感じになります。

なお豊くんが尊敬するのはラーメンハゲ。


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オマケ19

 複数客対策に関しては少しずつ改良として、当面の課題として十一月のフェアに目を向ける。

 幸いにもポテトフェアの二回目と煮物フェアを同時開催という事なので、急遽、複数人対策を同時に兼ねたとしてもやるのは難しくないと思えた。むしろこの機会に常連に尋ねて実験する時かもしれない。

 

「そんなに気になるなら、煮物なんかやることないんだし終わらせちゃったら?」

「そうもいかんだろう。基本となる味は同じだからこそ調整が重要なんだ」

 複数客向けの料理が気になっていると見て、美琴は兄にそう主張してみた。

 だが健の方は難しい顔で残り物を煮付けている。一般家庭と違うとすれば『片手鍋』で煮ているというくらいだろうか? 一から全て煮込むわけにはいかないので、どうしてもある程度の量を先に煮込んでおく必要がある。軽く煮て置いて、注文が入った分だけ片手鍋で煮直して調理するのだ。

「でも淡口か再仕込みかの差でしょ? あとはデミグラスソース系くらいで。サイズの最適解とかもないしさ」

 世に煮物は無数にあるし、繊細な味付けも多い。

 しかしながら居酒屋で用意可能な品目というのは限られているし、その中でも人気があるのは一握りだ。店としてもどの料理を推すか絞っていた方がやり易いので、どうしても品数が限られてくる。最終的に考慮する料理は消去法であると言えた。後はその中から何を推すかを決めるだけなのだ。

 

 ちなみにサイズの最適解というのは、料理の大きさや一口でどの程度を口に含むかの事である。味の染み込み方や舌の当たり方によって微妙な差が出る為、料理によっては大きくてはいけない物やや逆に小さくては最大限味わえない物も存在する。もっとも煮付けになると均一化してしまうので殆ど同じになってしまうのだが。

 

「今のところ苦労してるのは通常メニューやフェア同士のバランスだよ。いつものと被っても困るし、フェアで出した物はそのままじゃ使いにくいからな。かといって要望されたら出さない訳にはいかない」

 こう言っては何だが煮物にし易い料理という物は内容が決まっている。

 淡口醤油を使った色合いを残す物よりも、味を濃く甘く煮付ける料理の方が人気が高い。ただ普段は山賊焼きを提供しているし、トンポーローあたりを出すと甘辛い味付けがとてもよく似るのだ。幸この二つは触感がまるで違うので差は出せるが、日本酒で一杯やるときなどほぼ同じシチュエーションになってしまう。それこそ豆腐や大根を一緒に煮る魚の煮つけなども同じ枠になってしまう。

「あー。来月は鍋のフェアだっけ」

「それも大きいな。味噌はともかく醤油で煮込む鍋だ。来月も今月も同じ魚というわけにはいかんだろう」

 理論的には別の魚を出せばいいだけのことだ。

 しかしながらこの居酒屋では朝の魚市で安く仕入れられる魚を選ぶため、近隣の漁港で水揚げされる魚はどうしても似通ってしまうのだ。薄味である水焚きと甘辛い煮つけは違うものだが、流石に同じ魚で同じ醤油味となれば気になる人もいるだろう。その辺もあって、ある程度の味の差であったり、煮込むときの形状を分けておきたいのである。

 

「加えてポテトフェアも同時開催だからな。流石に芋の煮っころがしを頼む人は居ないと思うが」

「頼まれても出来ません。で良いと思うんだけどねえ」

 煮物はある程度を煮込んでおいて、後から煮直すとはいった。

 しかしながら出ない可能性の芋の煮物など用意しておけるわけがない。ゆえに頼まれたら最低限、どのくらいの時間がないと味が落ち着かないかを説明出来ないのである。もちろん最初から断るのも手だが、それでも説明だけは必要だろうと健は思った。

 

「それはそうと、複数客の方はサービス料金にするとかじゃダメなの?」

「既に引いているからな。これ以上、料金面でサービスすると材料の質が問題になる」

 この店では酒を頼むと、お通し200円が無料になる。

 これに加えて小鉢のセットも400円が三つで1000円になるようにしている。しかも最初に小鉢一つで頼んで、後からやっぱり追加する場合もセットに含めて良いと細かいところでサービスしていた。もちろん飲食業なので原価率は低く抑えているが、それだって限界がある。

 

 となると材料を共通化させて用意できる料理と用意しない料理を分けるか、あるいは質の悪い材料を仕入れて調理する羽目になるだろう。いや、そうでなくとも客の方がそう思ってしまうかもしれないのだ。

 

「まあボトルキープやら酒の発注やらで優遇するとかそのくらいかな? 予約なら過去のフェアでやった料理を出しても良い気もするが」

 そう言いながらフェアに向けたお通しとして、インゲン豆を淡口醤油で煮た物と大根を魚と共に煮た物を盛ってみる。

 色合いの良いインゲンと醤油の色に染まった大根が対照的で、触感もだいぶ差をつけた。後は当日を待つだけだと思いながら悩み続ける健であった。




 今回はつなぎ回になります。
特に環境が良くなるわけでもなく、やっておかないといけない部分を消化したのみ。
まあいきなりフェア当日で、はい次! でも良かったのですが。


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オマケ20

 煮物とポテトのフェアの日、複数人向けのパンフも置くことにした。

 ただ事態の変化はさして予想を超える物ではない。特に変化がないか、忘れていたことを思い出す程度の差であった。具体的に言うと複数人用の得点について、新規客ではなく顔なじみたちから尋ねられたのだ。

 

「これは一人で頼んでも良いの?」

「予約していただけるなら構いませんよ。作業が面倒になるのとやり易くなるのが相殺できますからね」

 常連の女性客は荒沢と名乗り、予約を入れるようになった。

 複数客用の特典として小鉢の小分けを調整できるほか、最初は健が諦めた指定四品のセットを結局導入することにしたのだ。荒沢さんはスペイン料理セットをメインに頼むお客さんとなったわけである。

 

「良かったんですか? いつものと変わらないような気もしますが」

「そうね……。大将のお勧めが嫌いな訳でもないけれど、こっちをメインにしておく方が好みなのよ。その上で欲しければ人の注文を見て頼めば良いのだし」

 指定四品は基本的に定番の四つを入れてある。

 いつも頼んでいる物との差と言えば、三品目にスープかバゲットのどちらかを頼んでいるのが、両方を少しずつ頼めるようになったというくらいだ。

 

 ただ言われてみれば小鉢のセットは店長のお勧めが入ることになる。

 必ずしも原価調整用の品を入れたり、季節の品を入れるわけでもない。だが人によっては全ての品を自分好みで選びたいという者が居るという事なのだろう。

 

「タケ坊。こいつをもらって行っても構わんかの」

「持ち帰り用のパンフですからね。お気になさらず」

 実際に頼むわけではないが気になって居るのがご隠居であった。

 しきりに気にしていたパンフを帰りの際に懐に放り込む。

「珍しいですね。どなたかを招待されるのですか?」

「家内を……な。偶には連れて来てやろうと思うんじゃが、ようわからんから不安じゃと言っておったのよ」

 若干恥ずかしそうな老人の顔は笑っていた。

 いまどき老人同士のデートが恥ずかしいと言っている。だがこういうものは幾つになっても良い物だと健は思う。

 

 そして気が付かされたのは、不案内な人に指定品目が決まっている事は割りと大きいのだと気が付かされた。このパンフレットはお通しやセットも含めてどのような特典であるのか、どういう指定ができるのかを事細かに書いてある。例えば飯物は小分けできる他、和食であれば寿司なのか散らし寿司なのか、中華であれば焼き飯なのか天津飯なのかなどを選ぶこともできると記載してあった(流石に複数客でも予約推奨であるが)。

 

「そういえば山椒醤油や大蒜醤油は売らんのかの?」

「うちは居酒屋が本業なのもありますが、そうそう出る商品じゃありませんからね。ラベルを作る方が一手間になってしまいます。農家に出入りする時に、物々交換くらいなら構いませんが」

 煮物フェアでは味わいが固定されてしまうので、小技として醤油に自家製の味付けがしてある。

 色を薄く仕上げる淡口醤油には山椒を漬け込み、甘辛い再仕込み醤油にはニンニクを漬け込んであるのだ。もちろん素のままで弄っていない醤油もあるので、同じような味わいでも微妙な差をつけていたのである。

 

「それにご隠居のところなら自分で漬けられるでしょ?」

「いやあ。それがのう。腰の問題で少しな。かといって小瓶一つで済ませると味気なくてのう」

 昔はどこの家庭でも詳細な味付けは自分でやって居たそうだ。

 しかしながら1リットル100円のバーゲン品が出回り、買い置きをしなくなったこともあってフラットな味付けのままであることが多いそうだ。それでもご隠居の家くらいならばやっていたのだろうが、寄る年波には勝てなかったそうである。

 

「さすがに法律違反はできませんがね。ご隠居と付き合いのある所に行くときは連絡を入れときますよ。代わりに野菜でいただければ構いません」

「そう言ってくれるとありがたいのう」

 加工品販売の許可自体は取ってあるが、売るならば成分表示や原産国の表示義務がある。

 さすがに居酒屋をしながらラベル製作までは手が回らないし、一瓶二瓶の為に時間を割くのも惜しいのもあった。

 

 ちなみに話の転び方は判らない物で、美琴のやってる移動販売で黒ニンニクの瓶が売れるよう成ったそうである。気が付いたらラベルも製作してありニンニクのゆるキャラまで描いてある力の入れよう。女性の美容に対する思いは改めて凄いのだと思い知らされたのであった。

 




 複数人対策の話はゆるやかに動き出した……という感じですね。
パンフを置いたり告知をしても、いきなり人は来たりしません。
しかしながら既に来てるお客さん自体は、気にする人は気にする感じになります。


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オマケ21

 十二月はとても忙しい。仕事納めのある月であるが、翌月が新年なので月末にもフェアをやるからだ。

 一月頭が開店休業になってしまう事もあり、年末の忘年会時期は忙しい……と想定されている。

 

「煮込みハンバーグ弁当を増やす?」

「うん。こないだ少しだけ入れたでしょ? あれが好評だったから」

 困ったことに美琴の弁当屋の売れ行きが上がってしまった。

 世間様が不景気であることも影響しているのかもしれない。おかげで健の居酒屋の方は、頑張っている割りに客は増えていないのだが。

 

「それにしても横ばいかと思ったらまた増えたのか?」

「あー言ってなかったっけ? もう一か所ほど寄る場所を増やしただけよ」

 何の事はない、前と同じ場所での客自体はあまり増えていなかったのだ。

 単純に他の場所に足を延ばし、売れるかどうかを繰り返した結果だそうな。もっともそれもまた営業努力なので、美琴の行っている努力が実を結んだとも言えるのだろう。

 

「この間の煮物フェアではあまり出なかったんだがな……複雑な気分だ」

「そりゃロールキャベツと人気が分かれたんだし、仕方ないんじゃない? 逆に弁当の方は最初からアレやってないもん」

 なんのかんのと問題は、売れずに残る食材がある事だろうか。

 できるだけ廃棄せずに翌日の朝食や昼食にしているが、用意する量に比べて一部でしかない。おかげで朝の魚市のアルバイトもちっとも減って居なかった。

 

「それで月頭はともかく、月末の方はどうすんの? 今回はまだ予定聞いてないけど」

「時間もないし日本酒フェアとテイクアウト料理フェアにしたよ。今までの料理の中で、持ち帰っても問題ない物を手直し。今回だけは購入して帰れるようにしとく」

 十二月頭の方は鍋物フェアなので、それほど悩むことはない。

 幾つかある鍋物の中から、人気のある物をピックアップするだけだ。おおむね魚介類や鶏の水炊きやアラ炊きが多いので食材をギリギリまで残せるのが大きかった。むしろホルモンを煮るモツ鍋の方が準備に手間取るだろう。

 

 そして月末のフェアがこうなったのは、ある種、美琴の影響もある。

 そちら向けに時間を取られ、用意するのに手間取ったこともあった。また今までも『持ち帰れないか?』と聞かれたこともあったので、せっかくなのでまとめて見た感じである。

 

「ひとまずどんな状態でテイクアウト料理として詰め合わせるかを見せて、需要があれば年末年始の仕出しとして用意する感じだな」

「仕出し弁当というか、クリスマスと御節を一緒にしたような感じね」

 手抜きではないかと呆れそうになるが、自分のせいなので美琴も黙っている。

 また『持ち帰れないか?』と尋ねられたのは美琴の記憶にもあった。それもあって妥協点としては良いのではないかと思い直し、納得して自分の作業に入る。

 

(今のうちにポイントを絞り込んで、ルートを決めないとね)

 売り上げが上がったのは確かに場所を増やしたからだが、そこには健に話していない裏技があった。

 友人たちを動員し、何か所かで試験販売をやった結果なのだ。これも移動販売が短時間で済むからアルバイト代が少なくて済むのと、友人たちも料理学校の生徒だから経験を積みたかったという理由もある。何時までもこのままにはできないだろう。

 

 ただ美琴にとって幸いなのは、自分たちが直撃世代だということだ。

 自分たちが食べたい物をリスト化し、仮に自分たちがOLだったら限られた予算で何を買いたいか? それらをアンケートにするだけでもデータが獲れるからやり易かった。食べたいとは思うがこの予算では無理だと料理学校に通いながら、財布の中身を比べた思い出がそのまま経験値になっていた。

 

「ひとまずこんなものか。ここから修正するとして……次はホルモンの脂落としだな」

 健は残り物を使ってテイクアウト料理を作ってみた。

 元から大した差ではないが、時間経過や食中毒対策を考えながら味を付け直したり食材をチョイスしてある。冬なので大丈夫だとは思いつつ、傷み易い魚料理を避けるなどス個ずつ工夫を凝らしていた。もちろんその場で食べたいと思うからこその料理は最初から入れていない。

 

 そして鍋料理の一つであるモツ鍋は、ホルモンを一度煮込んで脂を落としたものだ。

 そのままではクドイので脂を減らしてから食材にしてある。これを醤油味と味噌味とし、小鉢一つの場合・大皿の場合でどの程度にすれば良いかを図り、ライスまたは麺をサービスで付けるか付けないかを考えてくことになる。




 という訳で小説内時間が年末に。
ネタも尽きてきて新鮮味が減ったこともあり、この辺で二回目の終わりに向けて……でしょうかね。
パパっと続けられるから続けてきましたが、延々と描くかと思えば微妙なので。


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オマケ22

 鍋物フェアそのものは平穏無事に終わった。

 鶏肉や魚介類などいつもの材料による水炊きがメインで、特別に用意する物もモツ鍋くらいなので材料の推移に予想が付くからだ。イザとなったらモツ鍋に使うホルモンだって揚げ物にできる。

 

「年末の仕出しフェアって、どういうサイクルになるの?」

「当日に食べて味見をして、必要なら詰めて帰ります。その後に数日居ないならば指定日と指定量で予約できますよ」

 一月頭にフェアが無いため、十二月は頭と下旬で二回のフェアがある。

 月末のフェアは時間がない事もあり持ち帰り可能な仕出しフェアなのがだが……。不思議なのはこんな風に、気にするお客が多かったことだ。

 

「じゃあその日に自分で食べて確認。良いと思ったのを持って帰って家族や友人で味見して、好評だったものを買いに来れるって事ね?」

「そういう事になりますね。流石にあまり多いと色々な意味で困りますが」

 仕出しフェアではいつもの料理を、長期保存向きで調整して出す予定だ。

 冬場に加えて食中毒が起き易い食材や調理法を避けるので、割りと長持ちできる。持って帰って冷蔵庫に入れておけば数日ならば余裕だ。何なら味の劣化し易い飯類なども避ける手が使えるだろう。美琴のちょい足し弁当ではないが、直ぐ味の落ちるライスは要望次第で入れなくても良いのだ。

 

 弁当的な使い道もできるし、年末ならば職場で食べるなり宴会に使えもするから、味を知っているお客にはそれなりに人気が出るのも判る。客の少ない居酒屋なので手間も気にしなくて良いが、あえて健が警戒するとすれば、ドタキャンで十数人分が無駄に成ったら致命的な大赤字になるくらいだろうか。

 

「逆に料理を指定して、初日から持ち帰り前提で頼むことはできるかのう? 家内が喜びそうな煮物中心のつもりじゃが、孫が来ると判れば追加でハンバーグや唐揚げを頼む感じになるやもしれん」

「それも予約さえいただければ構いませんよ。ご隠居ならご自宅にお届けもできますしね」

 どうしていつものフェアよりも人気があるのか察することができた。

 この辺りにはスーパーや夜も開いてる食事処もないのである。離れた場所にコンビニがあり、もっと離れれば大型スーパーも存在はする。だがパっと酔ってパッと買って帰る店は少なく、コンビニでは味気ない……そういう人たちが購入を考えているのだろう。

 

 おせち料理はキチンとしたところに頼むだろうが、忘年会代わりにちょっと特別な料理を頼むと思えば判る気もした。豪勢な料理だと値段も張るが、ここの料理ならば小鉢一つが400円だしセットなら1000円だ。比べるのはフライドチキンの山盛りや揚げ鶏なので、十分に勝負できるだろう。

 

(それを踏まえるとここから加える改良や用意するセットは何かな? できれば必要以上に豊には頼りたくないしな。聞くとしてもおおよそ固まってからだ)

 何時までも頼めないし、頼むとしたら正規料金を払ってから頼みたいものだ。

 まず保存に向くと言っても、家で食べるならばナッツや干物類は不要だろう。客に頼まれでもない限りはその辺りは避けて、この店ならではの物を中心に据える。ローストビーフやチョリソに山賊焼きなどパーティ系に向く物と、先ほどご隠居が頼むかもしれないと行った煮物やハンバーグに唐揚げなどは仕出し料理の定番である。

 

 それだけならば特に考える必要はない。

 おおよそのメニューは既に考えていたし重視する内容だって大きくは変わらない。

 

(重要なのは客が頼み易くすること、持ち返って家族と食べたいと思えるようなキッカケだ。仕出し料理だから食べたいわけじゃない。年末で特別な料理が食べたいと思う気持ちや、その興味を湧かせる対象だ)

 そう言って健はパンフレットやポップを見直す。

 複数客狙いのセットを考えた時もそうだが、豊はこういった物を用意して情報を増す必要があると口にしていた。そして判り易くシンプルにする部分と、数を増やして参照できる総量を増さねばならないとも。

 

 料理の内容は既に決まっているのでその辺りを増やす必要はない。

 増やすとしたらセットや予約に関する項目だろう。写真部分は年末向きの料理を載せておけば良いとして、『予約するなら何時まで』か『予約すればどんな特典があるのか』ということなど、客にとって安心できる項目が並んでいれば良いかもしれない。それを表のテーブルと中の小上りに置いて沖、誰でも手に取れるようにしておく。

 

 あとは売れるからと言って無闇に仕出しフェアをやるのではなく偶に、今回の様に忙しかったり、季節の折り目などお客が欲しがる時機を見計らうべきか。

 

(だいぶ形になって来たな。相談するとしたらその辺が完成した後。……来年はもうちょっと何とかしたいものだ)

 この一年を振り返り、ようやく見えてきた黒字経営目指して気合を入れ直す健であった。




 という訳で年末の所まで書いてエンドとなります。
これまでお付き合いありがとうございました。
書くだけならばまだ書けそうですが、ネタも無く成って来たので惰性になりそうです。

もしまた書くとしたら別のネタが浮かんでからでしょうね。
その上で次は『美味しそうな描写』を頑張って居れてみようかと思います。
設定的に帳尻合わせたり、可能な限り短い周期で労力入れずに……と執筆方面の努力はしましたが。
料理物なのに美味しそうかどうかは二の次居なっていたような気がします。
次回なり、他の作品での料理描写なり、美味しそうにしたいものです。


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