かつての悪鬼による、退屈しのぎの鬼退治の話 (ちなみ)
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神様

 平安時代、確かに神は存在していた筈なのに、今はさっぱりその姿はない。

 京の都を襲った朱点童子が打ち取られて後、鬼も神もいつの間にか消えていた。

 

 当時確かに天から下る神々を、人を襲う鬼どもを見た筈なのに、気づけば誰もがそれはただの御伽噺だと思って居た。

 鬼と総称されたモノは皆、病や天災の比喩だったのだろうと言われ、姿かたちの伝承は個々に名が与えられ、人間の創造力の種となった。

 

 確かに居て、人間を守ろうとした神々も、既に捨てられた。

 人は神の力や干渉を物ともしない位置へ、恐ろしい速さで進み、神も鬼も関係ない所で殺しあい、そしてもっともっと先へ進んで行こうとした。

 

 その時代に『人を愛しいと思えぬ』との言葉と共に最高神の座を譲られた女神さえ、人へ感情を失いそうに成っていた。

 

 だから神々は決めた。

 自分達も人を捨てようと。人間を捨て、天を閉じ、永遠を抱えて眠ろうと決めた。

 天界を二分し、下界を混沌に陥れた、ある種の情熱はとうに枯れ果てていた。あれ程までに荒々しかった火の戦神も、あれ程最高神へ楯突いた女神も、皆何も言わずに頷いた。

 

 神々は人との縁を切った。

 当然、同じ起源を持って居た『鬼』も二度と産まれる事は無かった。

 

 閉じてしまったものだから、神々は気づきはしなかった。

 己たちの騒ぎに躍起になっていたものだから、人間同士の小競り合いなど気づかなかった。

 神々の闘争とほぼ同時期に、『共食い』をして強くなるような『鬼擬き』が生まれている事など知りもしなかった。

 

 

 

「まあ、私はなんとなく知っていたんですけどネ」

 

 骸が転がり夥しい血が飛び散る只中で、妙に呑気に明るく軽い声がする。

 屍の一つが、ゆらりと立ち上がりからりと明るい表情でこの惨状を作り上げた男を見詰める。見詰める瞳が、金色に輝いて居る。

 何の特異もない、詰らないばかりだった筈の娘が陰惨なその場で、春の陽光の様に微笑んでいる気味の悪い光景。

 

 じゅっと男の、鬼舞辻無惨の顔が焼ける。

 まるで日に焦がされた様に、少女の視線に焦がされる。

 

「とても、とても素敵な人間達だったのに、とても暖かい人達だったのに……ああ、とても残念です。もう神は人に干渉しないと誓ってしまったんです」

 

 ぐらぐらと致命傷を抱えた死体が動き、喋る。『鬼』の始祖の存在等意にも返さず、独り言だとでもいう様に語り続ける。

 

「ですが安心してくださいね! 人としてなら、いくらで関わってあげますから!」

 

 底抜けに明るい声をだす少女が一歩踏み出せば表皮を焼き、じりじりと肉が燻り、後退せざるおえなくなる。

 

「では、また会える日をバーンとォ!! 期待して居てくださいね」 

 

 それを最後に、体は正しくそうで摂理の通りにぐらりと崩れ落ちる。

 少女が纏っていた日光の様な空気も霧消した。

 



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復讐鬼

「よッ! 炭治郎、ひさしぶり」

 

 雪の山を下り、炭を売りに町まで一人やって来た炭治郎は呼び止められた声に振り返り、相手と同じ様に手を上げて名前を呼ぶ。

 

「黄川人! と、イツ花さんも!」

 

 この寒空に随分と丈の短いズボン姿の洋装で明るい髪色の同い年位の少年と、その彼と並んで着物の裾も気にせず元気に手を振る眼鏡の少女。

 

「お久しぶりです炭治郎さん! これからお宅にお伺いする所だったんですけど……なーんとォ! カステラでーす! 皆さんへのお土産です」

 

「姉さん、煩い」

 

 笑顔で駆け寄って来た炭治郎に負けない位に、屈託なく笑い、イツ花は大事に抱えて居た包みを示す。最後に会ったのが、年単位での過去だが相変わらず彼女は元気なようだった。

 往来で明るい声に、大きな身振りで話すイツ花は見ている側も元気になって来るが、弟としては恥ずかしい様で、黄川人に小さく肘で小突かれた。

 

「そんな、お土産なんかいいのに! 二人が来てくれるだけで皆喜ぶよ」

 

「欲がないねぇ。まッ、そういうトコボクは嫌いじゃないぜ。姉さん先行っててよ。ボクは手伝って一緒に向かうから」

 

 親し気に肩を組み、残りの炭の量を確認してイツ花へしっしっとでもいう様に手を振った。

 

 

 

 炭治郎とイツ花、黄川人が出会ったのは、うんと昔だ。

 当人も小さかったので、具体的な歳は覚えていない。次女の花子がまだ赤ん坊だったくらいだ、という漠然とした感覚だ。子供にとっては、一年がうんと長い。

 

 ともかく、子供にとってのうんと昔、イツ花と黄川人の姉弟は今時の様な冬の山中で出会った。炭治郎と同い年位の黄川人と、いくつか上のイツ花が深い雪の中で防寒もなくぽつりと佇んで居た。

 

 そんなものを放っておける訳もなく、二人は竈門家へ招かれ一年程過ごした。

 何故冬の中の雪山に子供二人だけで居たのか、理由は決して語らなかった。妙に大人びた所もあり、どこか不思議な雰囲気を纏っていた。

 

 二人とも、炭治郎や他の弟妹達に混じりせっせと手伝いをしながら、炭焼きの仕事を何故か酷く嬉しそうに眺めていた。

 そう言えば、黄川人は燃える炎のような香りを纏っていたしイツ花はもっと鮮烈な、まるで太陽の様な匂いがしていた。それは今でも変わらない。

 

 二人の従姉妹を名乗る、翡翠の髪に流水の青を目に宿した女性が迎えに来る一年ほどを共に居た。

 

 後から振り返り、竈門家では二人は火の神様だったのではないか、何て話すほどに、その一年は幸運が重なった。

 それでも、それを否定して、実在する当たり前の人間なのだというように姉弟からは数か月に一度は手紙が届き、数度程土産を持って現れた。

 

 炭治郎も、弟妹達も母も、亡き父も、イツ花と黄川人を好いて居た。

 

 だから決して、彼を責める事は出来なかった。

 

「ごめんよ。ボクが道草食ったせいだ……」

 

 姉の骸の前で項垂れる黄川人のせいだなんて言えるわけが無かった。

 

 人懐っこい笑顔に、お喋りも聞くの上手な黄川人も加わり炭は予定より驚くほど早くに全てなくなった。

 

 世話になってる人達の手伝いをこなしたってまだまだ想定よりも時間が有ったもので、黄川人が労う為に炭治郎を引っ張って、菓子を買って一息着いて、長めの休息を取らせた為に、結局一人で売って回った時間と同じ成った事など責められない。

 

 日が暮れたら危ないから、と二人を止めた三郎爺を責めるなんて出来る訳もない。

 

 誰も悪くなんか、ない筈だ。

 

 どす黒い血が雪を染める中、倒れる大切な人や、立ち尽くす長男に弟。その場の誰にも落ち度なんて無かった。

 絶望が来る前に、大きな衝撃に呆然とするしかない惨状。温かな幸福が、完膚なきまでに崩れた現状。

 その中で、幽かに息のあった禰豆子は、小さな灯のようだった。

 

「炭治郎、早くいきなよ。おばさんや、チビ達はボクが見てるからサ。姉さんは、もう、駄目だから」

 

 唯一、息の有った妹の止血をしながら、でも、と炭治郎は戸惑う。

 倒れ伏して、冷たく成ったイツ花を見詰める黄川人の顔が、正しく『復讐鬼』のそれなのだ。そんな彼を一人、放り出す事なんか出来はしない。それでも、抱きしめた妹は……。

 

「ボクは君たちが大好きだったのサ。だから、頼むよ。これ以上大切な人間を減らさないでくれ」

 

 その言葉に頷いて、何度も何度も頷いて、瀕死の妹を背負って駆けだした。

 

 

 

 

 

「姉さん。なぁにやってンだい?」

 

 人間が誰一人いなくなり、屍ばかりが転がる中で、酷く不機嫌な顔をした黄川人がイツ花だったものを見下ろしてとげとげ強い声を出す。

 

「仕方ないじゃないですか。人としてのイツ花何て、抵抗出来っこないんですから」

 

 響いた明るい声は倒れ伏した亡骸からではない。

 ふわりと、黄川人の背後に形成された朧げな人型。酷く不安定な人型なのに真夏の日差しのように存在感のある姿。

 確かに姿かたちは、竈門家の人々が見知ったイツ花に似て居るが、明らかに違うナニカ。

 神々しく眩い、金色の瞳に荘厳な白の衣装を纏った女神がそこに居る。

 

「これを人間がやったって言うのかい? 鬼なんて呼ばれた頃のボクといい勝負な死臭じゃないか」

 

 不鮮明な女神へ、人の肉を被った黄川人は鼻を鳴らし、皮肉気に肩眉を上げて見せる。

 

「間違いなく人間ですよ。ただちょーっと、おかしな人でしたね。神でも私達の言う『鬼』でもない、何とも憐れな人ですよ」

 

「ふーん。そう。で? そのカワイソウな人をどうするんだい?」

 

「どうしようかなんて、決まっているじゃありませんか」

 

 くすり、とこの国の最高神は笑む。

 自身を切り殺し、母を嬲った盗賊を天へ召し上げ利用し、泣きながらだって弟を封印し、放る子と罵られながらも天界の頂点に君臨した精神力を持った女神が笑む。

 

「そう来なくっちゃ! ボクはすっかり変化の無い永遠にウンザリしていたところなんだ」

 

 天界序列二位の火の神は破顔する。

 嘗て都を混沌へ導いた復習鬼、悪鬼の頭目だった少年も愉快そうに、この先に待つ愉しみへ胸躍らせて声を上げて嗤った。



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カゾク会議

初代当主は『初代』と書いてハツヨです。一応人間ではありません。生まれ変わった訳でもないです。

勝手に殺しあって、じゃんじゃか発展して、人殺しの武器が生まれて、利己的な人殺し(鬼も含む)が増えて、もう疲れ切ってる神様と当主さま。


「初代ー、ちょっとボクに剣の扱いを教えてもらえる?」

 

「ぶっ殺すぞ貴様ぁ!」

 

 こじんまりとした店内の疎らな客は、店主の唐突な暴言にも驚きはしない。この一見小娘にしか見えない、年若い女店主は基本的に粗雑で喧嘩っ早い。その豪胆さでも無ければ、若い女一人で飲み屋の酔いどれを相手にするのは難しいのだろう。それ位で丁度いいのかもしれない。

 そもそも、突然に妙な事を言って入店してきた赤毛の少年とはしょっちゅう言い合いをしている。別段珍しい光景でもない。

 そんな少年と彼の姉とが、時たま給仕の手伝いをしながら賑やかに軽口を叩き合う。常連には実に見慣れたいつもだ。

 

「申し訳ない。おれはちょっと急用だ……こっちので適当にやっていてくれ。ここの酒も好きに飲んでくれ」

 

 疎らな客たちの前に手早く料理を出し、数本の酒を並べ拝む様にしながら少年の腕を引っ掴んで住居に成っている奧へ引っ込んでいく。

 

 勝手知ったる他人の店と化した、既に出来上がってる常連共は陽気に頷き店主と少年へ、雑に手を振る。

 

 

 

 

 見るからに不機嫌な、片羽ノお輪の娘とのほほんとミカンの白い筋を取る片羽ノお業の娘に、楽しそうににやにやとするお業の息子。

 

 お輪とお業を、一柱と勘定するのならその場の一触即発な三人は同じ神から産まれた姉弟と表現できるが、あまりに因縁と確執と殺意を抱いてきているのでそれは難しい。

 あまりにも怨嗟を積み上げて、殺しあって、人に疲れた永遠の時間の中で慣れ合っている。

 

「よし……まず何がどうなってんだか説明しろ」

 

 真っ先に口を開いたのは、一等不機嫌だった初代。

 自身の出自から既に仕組み利用したイツ花……昼子を指さす。

 

「二人で出かけたと思ったら、なんかコイツ死んでるし! イツ花死なせやがって!」

 

 そしてもう片方の手で、両親の仇で自身にも呪いをかけた黄川人も指さす。

 

「このクソ野郎は突然剣の扱いを教えろとか言う! どういう状況だよ!? 剣士舐めてんのか!?」

 

 まあまあ、と相変わらずのほほんとしながら昼子は綺麗な橙色になったミカンを割って従妹の口に放り込み、残りを弟の手に乗せる。

 

「それが突然やって来た不審者に殺されたんですよー。神としては人間に手を出さないと決めていたので、そりゃあもう、あっさりと。あ、でも大江山の時よりは体が大きいので、多少持ちましたよ」

 

「でもまた、自分含めて誰も助からなかった訳だ。学ばないねぇ」

 

 けらけらからからと、表面上は酷く楽しそうに笑う姉弟に初代は顔を歪める。

 

「お前ら心臓に毛でも生えてんの?」

 

「いやサ、二年生きられるかどうかな命を子供や子孫に背負わせて、戦い続けさせる道を選んだ君も相当な神経してるぜ?」

 

「凄い執念ですよネ!」

 

「どの口が言ってんだ!? また5、6回ぶっ殺すぞ!? 天界の事知った後でも未だにお前らに蟠り有るんだからな!?」

 

 凄い音で机を叩き、目を剥いて睨みつける初代に、黄川人がどうどうとと手で制する。

 

「そういう事だよ。君やボクはとっても復讐心が強くて、執念深い! 何が何でも、恨みを晴らしたい! そういう事で、姉さんの仇を討ちたいんだ。人間としての方法でね」

 

 大仰な動作で歌う様に告げる黄川人を数秒見詰めて、ふぅ……と初代は息を吐き出す。

 そう。自分もこの嘗ての悪鬼と同じくらいに執念深い。否定が出来ない。都とそこに住まう人々の安寧よりも、両親の仇を願って子供達にも呪いと過酷な運命を押し付けて、怨敵の討伐を願った。

 身勝手な神に人に嫌気がさした、幼い黄川人は己の憤怒で都も天も無に帰そうとした。

 

 昼子だけが、父母を奪い弟も自分も利用しようとした天で『神の勤め』として人間を救う事を選んだ。手段を選ばない感は酷かったが、確かに昼子だけは復讐という道を選ばなかった。

 

「……おれからしたら、お前らへの嫌悪感はどっこいだけどな。まぁ、確かに、イツ花を殺されたのは腹が立つ」

 

「初代さん! そんなに私の事を大切に思って居てくれたなんて……!」

 

 弟そっくりな芝居染みた動作で、昼子がしな垂れかかって来るのを物凄く嫌そうな顔で初代は押し返す。

 

「お前じゃねーよ! イツ花部分だけだわ! というか、人間としてったって、敵討は禁止になただろ。あー40年位前……に?」

 

「それがですね、なぁんと! 合法……では無いみたいですが、事実上合法なんです!」

 

 じゃーんと腕を広げる昼子にわーと盛り上げる黄川人が、もうどうせ人のガワが死んでるなら、昼子は一回くらい殺しても良いかなと睨みつける初代へ当世の『鬼』や『鬼殺隊』の話しをする。

 

「……経緯と理由は分かった。けどさ、お前が? 剣士? というかおれが教えた所で、成れないだろ? 馬鹿なの?」

 

 朱点童子が武器を握っていた印象はない上に、黄川人はと言えば、なよっちい中性的な少年だ。どう考えても剣士は向かない。

 

「ああその辺は何とかするよ。それっぽく見えるようにしたいだけなんだ。それに君はそこまで強くないだろ?」

 

 とうとう無言で立ち上がり握りこぶしを作り振りかぶる初代を、昼子が羽交い絞めにして宥める。

 

「お前は良いのか!? 害悪振りまいた自己中心的クソ餓鬼でも、一応弟だろ!? せっかく人らしく生きてたのに、死ぬぞ!?」

 

「いいんですよ」

 

 羽交い絞めにしているせいか、静かな昼子の声が初代に届く。

 

「夕子様は『人々を愛しいと思えぬ』と言って、その位を私に譲りました。それが今はどうです?私も、貴女でさえ人への愛着が潰えかけている有様です」

 

 人間味のない冷えた吐息が漏れる。

 

「数百年ぶりに、愛おしい、守りたい、平穏であって欲しいと願える人間達が居たのに、それが失われてしまったんです」

 

 最高位の火の神から、凍てつくような言葉が吐かれた。

 

「そうすると、何だかもう、どーでもよくなっちゃいましたよネ!」

 

 最後にとって付けた様な明るい声をだし、すっかり落ち着き、どころか淡々と表情の抜けた初代を放す。

 

「ボクは元々、あんまり興味無いしね。これで死んだら、ボクらも眠る心算なのさ。その最後に、人間らしい怨恨を片付けておこうかとおもってね」

 

 鬼退治をしたいなどと宣う、嘗ての悪鬼の言葉に、その時代都の英雄であった鬼狩り一族の始祖は、そうか。とだけ頷いた。

 

 

 




でもどうせ、また鬼殺隊の人達に触れたら人間に甘くなるんでしょ?
(または鬼も含めて『人間』カウントしているので一層遣る瀬無く成って日本が焼ける)


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鬼狩りの一族

 

 白衣に白袴。

 一見神職のような恰好の翡翠髪の女と、赤毛の中性的な美少年が連れ立って歩く姿は人目を引く。

 

「へー随分と変わったもんだ」

 

 明治二年に首都機能が東京府へ移るまでの千年程を、この国の中心として在ったかつての都へ訪れ、その件の都を荒し回った当人がぐるりと辺りを見渡し、感嘆を装った無関心に霞む言葉を吐く。

 

「頼むから余計な事言うなよ」

 

 ただでさえ遺恨を抱えた者と二人きりで、不機嫌そうだったものが一層眉間に皺を寄せる。そんな初代がやって来たのは大昔の我が家、三人の我が子とたった一年ほどだけ居た屋敷。

 

 現在は神社だが。

 

初代(しょだい)様……!」

 

 鳥居をくぐり数歩も歩かない内に参道を掃き掃除していた白作務衣姿の十歳程度の少女が、握っていた箒を投げ捨てその場に膝を着く。

 

「良心が痛むからやめろ……。手紙書いた通りだけど、当主いる? 随分美人さんになったなあ」

 

 僅かに緑を帯びた黒髪の少女はぴょこりと頭を上げて破顔し、初代の手を握って勢いよく引っ張る。まるで良く遊んでくれる親戚のおばさんへの懐き方だ。

 実際、この少女は初代の子孫だ。

 

「おーい、天界序列二位もいるんだけど?」

 

 完全に無視された形の黄川人へ視線を向けた少女は、チッ、と憚る事無く舌打ちをする。あまりにも隠す素振りの無さに、いっそ気分良さそうに笑い、少女の頭をわしわしと撫でる。

 

「申し訳ありません。朱星ノ皇子様。私の血統的な物が貴方に対して死ね糞野郎が、とおもうので、触んな」

 

 わしゃわしゃと撫でまわす手を、少女は遠慮容赦無く叩き落しながら、初代の腕のみを引いて社殿からそれ、幾度も修繕がさたとは言え随分と古い屋敷へ案内する。

 

 

 初代の父源太は時の帝さえも名を覚えている程の武士であり、三人の子供達から連なった短命な一族は鬼狩りの武家として在り、朱点童子討伐の後も、今度は御所番として仕えていた。

 

 そんな、ごりごりの武官一族だったのに、いつの間にか神職にになっていた。

 

 確かに神との繋がりは深かった。呪いが解けた後、普通に人と交わる事ができるようになっても重ね続けた神の血は遺っていた。

 そもそもの『朱点童子』がそうであるように、人と神が交わって出来た子供は稀に神さえも凌ぐ力を持ち、朱点を倒し(ついでに昼子にお礼参りとばかりに殴り込みを行っ)た時点では最早人とは言い難い者達になっていた。

 大方、そんな者共が人を名乗り傍に居る事を恐れた連中に、内裏から追い出されでもしたのだろう。それでも、濡れ衣着せられて、一族悉く抹消されるよりは随分と平和的に違いない。

 そして神官と言うのは、存外重ねた血に合ったのだろう。気付けば千年も続く由緒正しい、神の血を引いた神職になっていたようだ。

 

 視界の端で『じゃれる』を通り越して、全力で黄川人に殴り掛かる少女が映る。血気盛んな部分も健在のようだが……。

 

「当代の『初代(はつよ)』です」

 

「急に悪いな」

 

 通された座敷の隅でじゃれてる少年少女を無視して、当主、というよりも今は宮司なのであろう『初代(はつよ)』を名乗る二十代後半程の女に軽く頭を下げる。

 髪や肌からは既に神気の色は抜けて居るが、瞳はまだほんのりと火の色があった。

 

「……あの子の子孫か。最近はどうだ? 皆元気? ごはんは美味しく食ってるか?」

 

「お陰様で、皆恙無く。寿命も漸く人と変わらない程になりました」

 

 永遠を抱えた神と交わり続けて、短命の呪いが解けて見れば、人生五十年などと言われる時代に悠々と百を超え、その上でまだ剣を振るえては気味も悪いだろう。

 都の英雄としての功績と、万一敵対した際の恐ろしさに表立って迫害はされなかったが、それななりに周囲の人間からは浮いて居た。

 それが真っ当に人との婚姻を結び、胎で子を育て産み、血を繋げて来た現在やっと穏やかに人としての安定した『一生』を手に入れられた。

 

 剣士と当主を継がせた末娘の子孫の頭を無意識に撫でている初代の横で、黄川人に適当にあしらわれた少女が、とうとう癇癪を起して床の間に飾られた刀を引き抜居ている。が、初代(はつよ)二人は止める気はない。

 

「あの、はい、ご飯も美味しいです……ええっと、それで、お手紙にあった当世の鬼狩りの話ですが」

 

 既にいい歳なのに、見た目だけでは年下の女に撫でられるのに何ともいえない気恥ずかしさから逃れる様に、当主は口を開く。

 

 語れる事の大体は天橋立から見下ろして居た昼子の話しと大差はない。

 

「産屋敷の方々とは……朱点討伐から数えた方が近い位の世代に、こちらに嫁いで来られた方が居る位で……」

 

 当主は何か言いずらそうにし、視線を彷徨わせる。

 

「当時の当主は『呪いの上、更に業まで子孫に背負わせるのは止めろ』と、おしゃったそうでこちらから嫁がせる事はしなかったそうです」

 

「……すまん」

 

 始祖の初代は両手で顔面を覆い、突っ伏した。

 己が選んだ(それしか無かった)道はやはり子孫達に『業』と受け取られたようだ。改めて突き付けられた事実に胸が痛む。

 

「やっぱり君も相当な狂人だったみたいだ」

 

 暴れる少女をひっくり返し、くすぐり転がしながら黄川人はケラケラ笑う。

 

「黙れ元凶」

 

「あんなの、ほぼ夕子のせいだろう? それに、種絶の呪いを掛けたのはあいつ等だぜ? しれっとボクのせいにされてるけどサ。それに、当時の一族だって本音は我が身可愛くて、ってやつだぜ! 漸く因果が絶てたってのに新たな厄介ごとなんか、嫌に決まってるさ」

 

 だから気にすんなよ、と言うがどう考えてもその言葉は慰めなどではない。

 擽られひぃひぃ笑い疲れた少女を放してやりながら、よっこいしょ、と黄川人はわざとらしい掛け声と共に、当主の前に立ちはだかり、見下ろす。

 

「つまんない話はいいからさ、結論だけ言ってよ。君らは今の『鬼』狩の一族に話をつけられるのかい?」

 

 神でも鬼でもない、ただの人を繕っている筈の少年から何とも言えない圧が有った。

 

 それもその筈、『朱点童子』は神でも人でもない。

 幼い頃に神と人とに別れてしまったイツ花や、特出した力を持てなかった初代(しょだい)とは違う。黄川人は『朱点童子』として、三例の中で最も力を持って居たのだから。

 

 

 

 

 

 呑気に出された煎餅を齧りながら、少女に背中をげしげしと蹴られながらも相変わらず適当に構い返している黄川人を遠目に、初代は暗い表情の当主の横へそっと座る。

 

「おれは初めから自分勝手だったが……おれはまた自分勝手にお前らだけは守るからな」

 

 今度は意図して現当主の背を労わるように撫でる。

 

「神でも当世の鬼でも、人でも。何が敵に成ってもおれは、お前ら一族が平穏に生きられる事だけを願うからな。おれの母さんが敵でも。お前らの安寧を選ぶ。きっと清明もな」

 

 今回の事に巻き込んでしまった己の子孫達の平穏だけは、何を、誰を犠牲にしてだって死守するという気迫が、既に異質だった。

 この件で地上と人間に、完全に愛想を尽かした天界序列上位に君臨するいとこ共が、何かやらかすのだとしても、と。

 

 それでも、確かにこの始祖からの血脈を受け継いでいるせいか、安堵を覚える。

 幼子にとって絶対的な、それこそ神様のような『母』に対する信頼感。

 当主は始祖の『朱点童子』の言葉にこくりと頷いた。

 



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場違い

基本的に神様は身勝手です


 相変わらず昼間から開く飲み屋の狭い厨房で、女二人でのんびりと作業をしている。日中だって疎らに居る客の姿は今日はない。世間的な駄目人間が少し減ったのかもしれない。

 

「なかなかやべぇ光景だよなぁ、最高神が襷かけて飯炊きしてんの」

 

 夕時からなら後ろめたさ無しでやって来る客の為に、仕込みを手伝う昼子を見て呟く。

 

「そうですか? ちゃぁーんと当主様のお世話、してたじゃないですか」

 

 手を動かしながら、昼子は楽しそうに笑う。

 

「イツ花がな。あと当主呼ぶな」

 

 確かに顔立ちは殆ど同じ筈なのに、イツ花は人らしい当たり前の少女の可愛らしさで、何処か幼い印象があった。背丈は変わらない筈なのに、昼子は大人の女性という印象が強い。金の瞳も相まり……或いは漏れ出る神気のせいか神々しいのだ。

 そんなのが、小さな飲み屋で襷を掛けている違和感。

 酔いどれ共は若い綺麗なおねえちゃんが、にこにこと元気に給仕すれば上機嫌で、あまり気にしては居ないようだが。

 

 ついでに初代と昼子が、老けない事も気にしていない。

 確かに女子の成長の方が早くに終わり、老ける何て明確な変化も無い程度の『若さ』を呈して居ればそこまで違和感を覚えないだろう。

 問題は、育ち盛りの年齢を装った黄川人の方だ。あんまり何年も、成長期のツラをしていては一所に居続けられない。

 

「お前弟にさぁ、真面目にやれって言えよ」

 

「あの子が私の言う事聞くと思ってるんですか?」

 

 今を生きている人間の子孫を頼り、暇を持て余して復讐に託けた駄々っ子な悪鬼を、何とか鬼殺隊に押し付けようと画策した。

 当代の初代が話を通してくれたのはいいものの、鬼殺隊を名乗る以上戦力として最低限は満たさねばならず、最終選別を他の者と同じ条件で通過出来れば、との事だ。

 人として関わる以上、殆どの神が眠りについて居る今術などは機能しない現状では、黄川人も得物握るべきだろうと、子孫達の管理する神社で「フリだけでいい!? 剣士舐めてんのか!?」「朱点は何度ぶっ殺しても足りないよなはっはっはっ!」「父さんウザいキモい近寄らないで」と実に楽しそうに境内で氏神三人と追いかけっこをしている。

 

 もう既に一年ほどを、だ。

 初代にしてみれば、我が子と共に在れた時間より長い。

 

 永遠なんてものを得てしまったせいか時間の経過に疎く、価値が低く成って居るのかも知れない。或いは『知古』と戯れるのを愉しんでいるだけ、という可能性もある。

 あまりにものんびりし過ぎて、現行一族のあの末娘の花嫁姿を拝む事になりそうだ。あるいはその子が産んだ赤子の顔を見れるかもしれない。

 

 祀っている氏神本人たちとは言え、穢れを忌避する神域内で殺意を玩具に暴れ回る戦神紛いの先祖と、天界序列二位が暴れていては迷惑だろうに、何だかんだと、一族達も馴染んで居る。

 

 彼らは初代の子孫であると同時に、太照天昼子、朱星ノ皇子と交神して産まれた子の子孫も居る。ちょっかい掛けて、構いたく成ってしまうのだ。

 

 出来ればこうして自分達の子孫と戯れて、仇討ちとか忘れてくれれば楽なのだが……。

 

 変化を失ったその先は破滅しかない。可愛い子孫達と戯れる。この程度の変化で、『また』天界も救われるのなら、面倒な事は何もない。

 

「そうだ。ボク、明日辺り出から。暫くは留守にするよ」

 

 などとのんびり過ごしてるある晩に、店じまいを手伝いながら黄川人がなんて事無いように呟いた。

 洗った食器を拭き、残る食材を確認し、と各々動いていた姉と従妹が一瞬手を止め、無言で視線を交わす。

 

「一回死んだら諦めて帰れよ」

 

「そのまま癇癪起して地上を焦土とか、駄目ですからね? もう一回封印するの、面倒くさくてやる気も起きませんので」

 

「ああ、それから死んだ後全裸を晒すな、これ厳守な」

 

「『鬼』も人の内ですから、神として関わらないでくださいね。万一起き出してる誰かに見つかったら、面倒ですから」

 

「バレなきゃいいって事かい? 任せてくれよ」

 

 一瞬静止した後、また各自仕事に戻りながら、黄川人への心配など一切なしに淡々と注意事項を述べる二人に、当人は良い笑顔で請け負う。

 何一つ任せてはいけない顔だ。

 

「そんな事よりサ、聞いてくれよ! 君の子孫ボクに餞別だなんて、ボクの首を切った刀渡して来るんだぜ? どんな神経してんだい?」

 

 嫌われてんじゃないの? と初代は適当に返す。

 

 一年も戯れておいて結局黄川人が満足したら、子供を転ばす様にあっさり負かされてしまえば、当てつけの様に手前の首を討ち取った刀でも叩きつけたくなったのだろう。

 氏神たちだってただの刀で(かつての悪鬼を斬った名刀でも)現代の『鬼』を討てないのは知って居るのだから、純然たる嫌がらせだろう。

 

 その割には、楽しそうだったが。

 

 やはり停滞は良くないなのだ。何も動かなけなけらば、英傑たちの心だって死ぬのだろう。他の神と同じに、再び天界へ戻ろうとする氏神たちは下天した時に比べ表情は柔らかかった。

 

「……死ななくても、満足したら戻って来て構いませんからね?」

 

「えっ、普通に姉さん殺した奴殺すけど? 少なくとも捨丸位愉快な感じで殺すけど?」

 

 暗にあまり無理はするなと、一片の弟への心配を覗かせた昼子に、同じ金色の目をぱちくりと瞬かせておどけて見せるだけだ。

 

 ここ一年で、永遠の虚無を埋める足しには成らなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 最終選別のその場で誰もが、場違いなその姿に驚き思わずじぃっと視線を向けた。

 

 視線の先には異質な姿の、美しい中性的な少年。

 

 年齢は別段異質ではない。子供と言っていいほどの年齢が多い中では、そこまでおかしな事ではない。

 服装は、途轍もなく異様だが。

 鮮やかな狩衣の上衣のみを着て、白く細い足は剥き出しに、極めつけには素足でふらふらと緊張感なく歩きまわっている。それなりに値の張りそうな着物の後ろを地に引き摺りながら、ふらふらと。

 まるで見事な藤の海に惹かれてやって来た、部外者なのではと疑う程に、なんの緊張感もない。

 

 そして何よりも、美し過ぎるのだ。

 剥き出しの白い足も、汚物でも摘まむように不本意そうに抱えた刀を持つ指も、細く作り物のようなのだ。少数ながら居る女子と比べたって、頼りなさ過ぎる。とてもではないが、鬼殺の剣士を志してやって来た人間には見えない。

 

 今まで自身に向けられた視線など、気にも留めていなかった筈なのに、なんの気まぐれかその少年がくるりと振り返る。

 

 金色の双眸が、にっと笑みの形に細められた。

 

 決して敵意はない筈なのに、見返された面々はひっと息を飲み、慌てたように視線を逸らせた。

 




特に本編に関係ないおまけ

初代当主ハツヨ 女3番風髪土肌水目
子供三人
宇佐ノ茶々丸 第一子 男
陰陽児中 第二子 男 
十六夜伏丸 第三子 女


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「永遠って信じますか?」

 はぁ、と重いのか軽いのか分からない溜息を吐きながらここ数日所在不明と成っていたイツ花改め昼子の来訪に初代は掃除の手を止め、嫌そうな顔でそちらへ目を向けた。

 便宜上、イツ花と黄川人の保護者的な役割を担っては居たが、昼子に関しては知ったこっちゃない上に、黄川人は既に『就職』して独立予定だ。

 

「聞いてくださいよー、初代さん」

 

 何も答えず勝手に進めろと言う様に、昼子とは違い重い溜息で先を促す。

 

「元々、全員が閉じてしまった訳では無かったんですけど、それこそお蛍さんとか……氷ノ皇子辺りの『優しい方』はひっそり見て居たようで」

 

 優しい、という言葉に少々含みがある気がしないでも無いが何も言わないでおく。基本的にどんな思惑だって、神が人にちょっかい掛けるとロクな事に成った試しがない。

 

「まあ、その辺り経由で、私が死んだのに未だにこっちでふらふらして居るのが、バレちゃったみたいなんです」

 

 ちょいちょい、と手招きしどうにも昼子には似合わない、淡い桃色の着物の襟もとを示す。

 細く白い首に禍々しく朱色の線が一本入っている。

 

 面倒臭そうに視線をやった初代がちょっぴり目を見開いた。自身が屋敷に住まい、出陣をこなしていた時分には、一度しか目にしなかったが、存在は知っている。

 朱の首輪だ。

 

「大丈夫なのかソレ?」

 

「心配してくださるんですか? ありがとうございます」

 

 先ほどの溜息はやはりただのフリだった様で、からりと陽気に笑う。

 あまりイツ花に似た表情を作られるのは、嫌だな、と初代の方は更に難しい顔になる。

 

「大丈夫ですよ。ただの通行手形のようなものです。殆ど呪力はありまんから」

 

 それでも少しは違和感を抱くのか、朱色の線をなぞる。

 

「まあ、相互監視の様なものですね。絶対に神として関わらないために」

 

「……それってさ、それさえ着ければ誰でも下って来れるって事になんじゃねぇの?」

 

「それなんですよー!」

 

 ニコニコと語っていた昼子が突っ伏しながら嘆く。

 皆、退屈で平坦な永遠に乾いて居ようが、人間には辟易したていた。今さらちょっかい掛けようという連中は早々居ないだろう。だからこそ不干渉を誓うなんて事が出来たのだが……それでも絶対何てことはない。

 いくら昼子も朱星も、ただ人としての時間を望んだけと言ったって、千年前の大騒動が有れば、訝しんで下りてくる者が出るかもしれない。

 

「黄川人はいいのか? なんだ……最終選別? だかに出ていつ頃帰るのか知らねーけど」

 

「天界から見張りが行くみたいですよー。知りませんけど」

 

 突っ伏したまま、ぷいとそっぽを向く。

 

「ああ、それより最近晴明さん見かけました?」

 

「それこそ知らんわ。四、五世紀位見てねぇな。この前の戦争ン時にちらっと探したんだけどな。あいつ、おれの娘(子孫)の一人連れ回してんだよ」

 

 何だかやる気も削がれた。とでもいう様に布巾放り腰を下ろし、初代もだらけた体勢になる。

 

「連れまわしているというか、万年新婚旅行ですよね、アレ」

 

「本気で一万年位見つからなそうだからヤメロ。お前、清明と仲良いのか? おれは知らねぇけど、御前試合でか?」

 

 初代の声にちょっと視線を上げた昼子は意味ありげに、ニッと笑う。

 

「ちょぉーっと、清明さんと『ある外法』を探しているだけですヨ!」

 

 なんとも胡散臭い笑みに、初代はちょっと身を引くが、過程は兎も角も昼子なら世界を脅かす事はしないだろうという妙な信頼感はあった。

 過程と手段はともかく……。

 

 

 

 

 碧玉色の長髪に、整った顔立ちの男が静かに歩む。

 さっぱりと地味に面白みのない装いだが、それなりの値の物で品もいい。そんなのとすれ違い、思わず振り返る人物は多いが端整な顔を見た後に、彼の抱えた物を見て慌てた様に視線を逸らし、小走りになり距離を取ろうとする。

 

 見目麗しい男が抱えて居るのは骨壺だ。

 

 祭儀の帰りという訳でもなく、ただの散歩の様子で歩き、時たま抱えた骨壺に話しかけて居れば、正常な市民達は気味悪がり関わるまいと逃げていく。

 

「おや、お久しぶりです。何年振りでしょうか? 五十年程?」

 

 件のすれ違う人々に気味の悪さを味わせていた男、阿部晴明が片手で足りる程の数少ない知人に声を掛ける。

 声を掛けられた、また種類の違う美丈夫は心底面白く無さそうに顔を歪める。視線で人が殺せるのではという程の剣呑さだが、晴明はそんな事は気にしない。

 片手で足りる知人の内、半数がそういう顔をする。

 

「お前はまだ生きて居たのか」

 

 残念ながら、と本心の見えない笑みを見せる晴明に相対する怜悧な美貌の男は表情を歪め、桁が一つ違うと苦々し気に言う。

 実に五百年振りの再会だが、感動など微塵もない。そう言えば、こんな気色悪い奴居たな、程度の感慨とも呼べない浅い思考。

 鬼舞辻無惨は阿部晴明という意味の分からない生き物が心底嫌いだった。ついでに阿部晴明も鬼舞辻無惨という『人間』が心底理解出来なかった。

 

 片や永遠を望み、片や不死の身を恨んでいる。

 死にたいだなんて、狂ってる。

 永遠が欲しいだなんて、狂ってる。

 

 あまりにも真逆を向いているものだから、合う訳もない。

 むしろ合わな過ぎるせいか、カッとなった拍子に殺そうがけろっと生き返られ馬鹿々々しくなったり、自身の生にも他人の生にも興味が薄い為に、ただの古い知人という認識しか出来ないせいか、のらりくらりと古い付き合いに成っていた。

 

 それはもう、古い付き合いだ。

 晴明は陰陽寮に属していたし、無惨は臥せってばかりの時間を過ごしていた辺りから、面識はあった。あまりにも寛解する兆しのなさに、妖の類かと呼ばれた陰陽士が晴明だった。

 

 そんなのもが、実しやかに信じられていた時代だった。

 清明はざっぱりと、ただの虚弱体質と言いきったが。

 

 気づけば朱点童子の騒動が収まってすぐ、帝の信任厚き陰陽士は突如失踪し、その他有象無象に興味の無かった公家の若様は鬼となって都を追われた。

 その後、数十年から数百年周期で、出くわす。最初こそ姿かたちの変わらない互いに若干の驚きは有ったが、互いに『精神疾患抱えてそうな不可解で頭可哀想な奴』という認識のもと、少々の惨事を起しつつ今に至る。

 

 




氷ノ皇子様、ラスボス製造機。そしてラスボスは全裸を晒す。

このお話は清明居ますが俺屍2とかいう事象は発生していません。
清明が居るのでネグレクト親は存在しますが、出て来ませんし親衛隊とか居りません!!!!
ラスボス製造機に出会う前に、朱点討伐して呪いの解けた一族の女の子が「お前が(朱点討伐)できただろ!?」と押しかけて殴り合ったりなんなりして、俺屍2正史から逸れました。天界に昇って居ません。
死んでも死んでもどんなに惨い死に方でも生き返ってしまう生き地獄タイプの不死なので、無惨様に対して永遠が欲しいとかこの人ドMなのかな?と思ってます。

焼身自殺全裸はやっています。


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おにさん、どちら

ひよひよ


 全くもって失礼な話だが、あの従妹は自分が見た事ないってだけで、黄川人が剣を握れないと思って居る。

 確かに『剣士』などを名乗っていた彼女に言わせれば、扱えてはいないのだろうが、そこはまあ『朱点童子』である。ただ握って振るうだけでも戦神と打ち合え、打ち負かす事もできる。最初からそういうものだ、と理解して挑んでくる有象無象の神とは違い、周りは黄川人をただの人間としか見ない。

 

 ある程度取り繕ったってその道を極めた者が見れば、その異常さは一目瞭然だろうけど。

 

 そう言った意味では、やはり黄川人は剣を扱えない。

 

 取り繕う程度の事はできるようにして来たが、人目が無ければ気を使ってやる必要もない。

 

 最終選別の行われる藤襲山で七日間生きていればいいのだそうだ。わざわざ生け捕りにした、弱い鬼が放たれているらしいが、徒党を組めば楽なのだろうに、皆各々散ってしまっている。

 

 促してやる謂れもないので、黄川人も他の連中に習い一人でふらふらとしてる訳で、取り繕う必要もない。

 

 男子にしてはほっそりした素足で、四肢を斬り飛ばし地べたに転がした鬼の横っ面を足蹴にする。

 決して現代に蔓延る鬼を仕留める事の出来ない、体格に不釣り合いな太刀を手に、嘲笑をもってじたじたと藻掻き、睨みつける顔をのぞき込む。

 

「君らを殺す事は出来ないが、千年前の名刀だぜ? なんたって大江山の朱点童子を討ち取った刀だ」

 

 華奢な少年が足を添えただけの筈なのに、殆ど人間と変わらない形をした鬼の頭蓋が軋み、眼球を吐出させ、ぱんっと、爆ぜる音を立てて頬骨が砕け顔の形が歪に拉げる。

 

「弱い鬼だけとは聞いてたけどサ……これ程とはねえ」

 

 離れた場で口惜しそうに藻掻く四肢に、押し潰れた頭部という状況でも、ちゃんと生きている様で直ぐ傍に屈みこみ覗き込む黄川人へ憎悪を向け続けている。

 

 ただそれだけで、どっかの陰陽士やっていた奴よろしく瞬く間に修復されることもない。個体差が激しいのだろうか、と考えながら無様に転げる達磨の額をピンと弾く。

 明らかな見下す態度に、鬼の怒気が膨らむ。

 

 何らかの罵声を発しようにも、それは黄川人の耳に入る前に、水風船が爆ぜる様な音に掻き消される。

 

 ふわりと、仄暗い輝きでもって足元に広がる血溜まりが光ると同時に、既に歪んでいた頭部が、かぱりと真っ二つに割れ、そこから生々しい肉色を持った何かが這いだして来る。

 

 オギャッ……オギャァア……。

 

 まだ完成しきってない薄く血肉の色を透けさせる皮膚でありながら、血管は不自然に発達し、体中に浮き出させた小さな四つん這いの何かは、猫の仔に良く似た耳障りな泣き声を上げる。

 目玉は白濁しながらもぎょろりと飛び出し、辺りを伺うように動く。

 這い進む為に差し出す手は小さく頼りない筈なのに、向けられれば嫌悪感を抱く。

 

 朽ちかけの羊膜を被ったままの様な生臭さを持ち、脳髄と脳漿をこびり付かせて、がぱりと割れた鬼の頭部から悍ましい赤子が産み出され、断末魔染みた産声を響かせる。

 

 どの程度の数の鬼が放たれているのかは定かでないが、目的無く彷徨っているだけでかち合う程度だ。

 こうして検証がてら一体を切り刻んでる内に、共食いでも始めそうな程に餓えた鬼がまた、血に引き寄せられたのか飛び掛かって来た。

 

 が、標的の黄川人にその爪が届く前に、血だまりからも這い出す赤子が齧りつく。

 

「なっ、何だこゥギャァ!?」

 

 母を求めるかの様に手を伸ばし、しがみ付き齧りつく赤子はそのまま柔らかな肉と細い骨を内側から爆ぜさせ、掴んだ鬼の足も吹き飛ばし、体勢を崩させる。

 己だって、日常を生きる人間からしてみればバケモノの類だろうに、新たに現れた鬼も次々と割れた頭や血だまりから這い出して張り付き自爆する、不気味な赤子に悲鳴を上げ狂った様に暴れ、地べたを転げまわる。

 

 オギャアッ、ギャァア……。

 

 肉塊の様な気味の悪い赤子は続々と血だまりや、割れた鬼の頭から這い出し、辺り一帯を不気味な泣き声で埋め、その合間にばちゅり、と血肉の爆ぜる音を響かせる。

 

 未熟で柔らかな赤子の肉と、断たれて尚動く鬼の肉とが山中の只中に撒き散らされて行く。

 あっと言う間にその場は血の池地獄の様相を呈した。

 

「うんうん。やっぱり鬼ってのは、こういうモンだよ」

 

 夜の山中、赤子の声が響く中に黄川人は何ともしんみりとした表情を作り、腕組みしてこくこくと頷く。

 

「それにしてもこの山、やたら子供の魂が多くないかい?」

 

 丁度いい強さにする為に『餌』をやってる訳でもあるまい。まさかまさかそんな、わざわざある程度の鍛錬をこなして来た人材をほいほいっと放り込み、必要以上に減らして居てるのでは?

 

「ハハハ! そんなまさか!」

 

 日の光を浴びるか、日輪刀で首を刎ねなければ死ねないせいで、次から次へととり付き自爆をする赤子に正に阿鼻叫喚を体現している鬼どもを無視して、独り言を零しながら黄川人は再びふらふらと目的地無く、歩み始めた。

 

 

 

 

 

 その最終選別では皆酷く憔悴しながらも大きな傷も無く、多くの者が七日間を生き残った。むしろ、欠けた者を数える方が早い程に、多くが生き抜いた。

 しかし無事に生き残った者達は尋常でない怯え方を、最早正気とは言えない態度を取る者が殆どだった。確かにここまで来ても、実際に鬼と太刀合う恐怖を実感し、隊士は務まらないと辞退する人間も少なからずいる。

 

 だがそれとも違う。

 

 口に出す事さえ恐ろしいとでもいう様に、見た物を忘れる為に誰もはっきりとは語らなかったが、ぽつりと一人が零した。

 

「地獄の『鬼』が嗤っていた」

 

 

 




鬼の頭からひよひよがでてきたら、鬼ひよ?余っちゃった貞八かわいそう。

ひよひよはスタッフ(初代と武闘派子孫)が全部回収して回りましたので、次の時には普通に鬼しか居ないのでだいじょうぶです。通常通りに人はいっぱい死にますが、人間の生者として地獄の一端はみちゃったりしないので正気は保たれます。あんしんですね。


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変わらない神様の変わった所

 炭治郎が黄川人と最後に言葉を交わしたのは、彼に禰豆子だけでも助けろと促された時が最後だ。

 家へ戻って見れば、荒れた家は整えられ、家族の遺体は死に化粧まで済んで寝かされていた。しかしそれを行った筈の黄川人は既にいなくなっていた。

 

 代わりに、見た事もない綺麗な人がひとり、炭治郎の帰りを待って居た。

 流水の様な青い髪に、冬の中花を付けた一枝を携えて、ふわりと舞う季節外れの蛍を連れた不思議な人だった。黄川人の知り合いだと言う、『お蛍』を名乗る彼女から手紙を受け取ったのが最後だった。

 

 それには時々届くイツ花と黄川人の手紙と同じ、何時もの筆跡で気負いなく『姉さんと帰る』『復讐はいつかきっと果たす』と綴られていた。

 

 あまりにも急に様々な事が起こったせいで、こんな短時間で子供一人で、などと言う疑問は取り敢えずわかなかず、唯一となってしまった家族の為にできることを、と動いた。

 

 もちろん鱗滝左近次に師事し始めたから、近況を伝える手紙を幾度か綴ったが決して黄川人から返事が届く事もないまま最終選別へ向かった。

 

 そんな風にすっかり音信不通だった友人が、手を振っている。

 

「やぁ! 久しぶり!」

 

 黄川人が全くもって変わりのない、軽い調子で現れては、驚きもする。

 本当に何も変わっていない。スラリと炭治郎より身長が高かった筈なのに、今は並んでいる。明るい声の調子も変わっていない。

 ただ、黄川人が纏って居るのは自分が支給されたものと同じ……同じ? やたら下の丈が短くて、これも以前通りに足は丸出しだが、確かに鬼殺隊の隊服を着ている。

 

 そんな姿を見れば、妹を抱きしめて、さらに纏めて鱗滝にぎゅうぎゅうと労う様に抱きしめられた状態で、ポカンと見上げるしかない。

 呆気に取られた様子の炭治郎に、黄川人はありゃ? と首を傾げる。

 

「事前に手紙は出してたンだけど? 届いてない?」

 

 同じように頭上から振って来る声に表情は見えないが、鱗滝も記憶をたどる様に僅かに首を傾げた。

 

「あれか。最終選別へ送り出した後だったからな……炭治郎宛かと」

 

「おっと、入れ違ってたか。おっさんが開けてくれて構わなかったのに」

 

 ふと、快活に笑う黄川人の背後にひっそりと人影が佇むのに気づく。

 

 あの時の水髪の綺麗な女性が、静かに背後に佇んで居た。名前を呼べば、ぺこりと頭を下げる。彼女もあの時と変わりなく、ふうわりと蛍をまとわせていた。

 一、二……十三、そこまで数えた筈の蛍がすっと消え失せる。

 鱗滝もふわりと舞う蛍を目で追い、それらを連れていた女へ視線を向ける。 

 

「朱……、黄川人…さん、私はこれで失礼致します」

 

 お蛍当人は小さく会釈だけし、黄川人に声を掛け暮れかけた山を一人で降りて行こうとする。

 

「うん。案内ご苦労さん」

 

 それを気にした風もなく、見向きもせずにひらひらと手を振る友人を呆気に取られて眺めるしかなく、

 

「元気そうで、良かった」

 

 という一番に出て来た言葉を発するので精いっぱいだった。

 

 本当に変わりなく元気そうだった事に炭治郎は心底安堵した。

 既に一年程も、鬼殺隊に居たいう話も随分大柄な『黒蝿』という名の、妙に流暢に話す彼の鎹鴉が任務を伝えなければ、沢山話したい事があった。

 

 聞きたい事も、沢山あった。

 

 家を焼き、街を焼き、生活を焼き、人を焼き、怨嗟の煙を立ち昇らせる悪意を持って放たれた炎は、きっとこんな臭気なのではないかと思う臭いを黄川人は纏って居た。 

 もう二度と会う事の叶わないイツ花によく似た、純然な力とし炎の匂いがしていたのに……。

 

 

 

 

 

「お前さんの友達なんて、どんな性悪かと思ったが、真逆の奴だったな」

 

 既に暮れた山道を背後から、揶揄う様な大人の男の声が着いて来るのに、黄川人はむすっと唇を尖らせたまま、もくもくと歩き続ける。

 まるで生意気盛りの小僧を揶揄う様な手つきで、わしわしと頭をなでるのも気に食わない。古い神は天界二位の実力だろうが、たかだか誕生して千年程の神など子供に見えるのだろう。

 

 先ほどまで鎹鴉ぶって居たやたノ黒蝿が、今は黒い羽を背負った山伏のような姿をしている。

 

「まったく、ヤになっちゃうよ。天界からも人間からも見張られて息苦しいったりゃありゃしない」

 

 むっとした表情で成人男性の大きな手を払いのけ、じとっと見詰める。

 

「おまけに天界の見張りは嵩張るし」

 

 また豆粒位までに握りつぶしてやろうか、という様にぎゅっと拳を作ってみせる黄川人にからからと黒蝿は一つ笑い、再び大柄な鴉の形をとりすっかり暗くなった空へと舞いあがる。

 

「俺は確り伝えたからな。一応上司なんだろう? 憎まれ口を叩くのも程ほどにな」

 

 お節介な言葉を残し、言の葉を運ぶ神は飛び去って行く。

 

 相変わらずむっとした表情でそれを見送った黄川人は、大人がする様にため息をついてやれやれとでもいう様に肩を竦める動作をする。

 あの人間の監視もそれなりに嵩張る上に煩いんだよなぁ、ともう一度息を吐いた。全く。神様なんてのも面倒だが、鬼狩りも中々面倒だ。

 




意地でも黄川人の美脚は晒していく。
下着も多分履いてない。


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人間の味方とは言い切れない

 片羽(・・)黄川人。

 

 最終選別は通過しているが、育手の元を通過せずに鬼殺隊へ入った少年。

 赤い髪に、金色の瞳。左の目元に痣があるが、そんな物では霞もしない、中性的な美貌の少年。

 

 鬼の爪や牙さえ通さない、特別な繊維で作られた隊服の下を極端に短くし、白く細い足を剥き出しにしてその恩恵を無にしている。

 それでも傷一つ負っていない。いつまでも白く細やかな皮膚で、ほっそりとした指先は到底剣を握る者とは思えない程に滑らかだった。

 佩いた日輪刀は、脇差とも呼べない一尺未満の刃渡り。装飾もなく、揃えこそは実用的な物でしかないが、まるで神事の際に使う様な両刃の剣を下げ、妙に流暢に話す随分と大柄な鎹烏を連れている。他の鎹烏はその大鴉を避ける……というよりも恐れている素振りを示す。

 

 いい意味ではなく、目立っていた。

 

 合同任務を嫌がり、彼の戦う姿を見た者は殆ど居ないのもその一因だろうが、確かに鬼を殺し、勤めは果たしているのは確かだ。

 

 そんな彼は入隊して早々に、炎柱、煉獄杏寿郎に預けられた。

 

 しかしそれは彼の血縁者、件の平安の時代から続く『神職』の家系、当主の『初代』の指名で有るらしい。戦い方以前に、太刀筋などと言う物もなく、適性を示す呼吸もない。

 だが炎柱が名指されたのだという。

 武の心得など無い筈のその宮司の当主がわざわざ、炎柱、煉獄杏寿郎を選び、願い出たというのだ。

 

 一体どんなやり取りが有ったのかは定かではない。

 当然柱は多忙だ。何やら訳ありでは有るのだろうが、特出すべき物もないいち隊士をわざわざ柱に預けるというのは中々奇妙な話だ。

 

 奇妙ではあるが、それは鬼殺隊を束ねる産屋敷耀哉直々に口添えがあったのならば、そこには確かな理由が有るのだろう。

 

 だが別段、黄川人へ教えを授けろということでも無い。ただ『見て居ろ』と。

 その言葉には確かに、親類縁者を心配する色もあったがそれ以上に懐疑があった。黄川人という少年への不信感が滲んでいた。

 なんとも、表現しがたい感情を抱いて居るのが見て取れた。

 

「ああ、本当だ。魂に火の気配がある。これなら、万一が有っても大丈夫そうだ。多少気に当っても、平気だろう。悪いな。あのクソガキを見て居てやってくれ」

 

 簡素に過ぎる白の着物を纏った、翠髪の女がじっと青い目で杏寿郎を見詰めて頷いた。彼女が件の宮司の当主だろうか。

 それにしては、どことなく佇まいに剣士に近い物を感じたのが記憶に残っていた。

 そんな女が不可解な事を言い残していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「呼んだかい?」

 

 一年前初めて引き合わされた時と同じように、黄川人は気負う風も、敬う素振りも無く軽い調子で現れた。

 一年経っても、成長期である筈の彼の身長はちっとも変って居ない。それなりに鬼を殺している筈なのに、体格がしっかりしてくることも無い。

 日々成長している弟を見て居る分、杏寿郎にとって黄川人は一層奇妙に見えたいた。

 

「ああ! これから任務だ」

 

 知古が最終選別を越えたので、会って来ると言ってふらりと出て行った筈が任務とだと呼び付けられれば、すっとそこへ現れる。それも不自然で奇異な事だが一度もそれを追求した事はない。

 

 奇妙な事があろうが、鬼殺の隊士としてやることはやって居るのだ。間違いなく黄川人の働きで鬼の被害に遭う人間は減っている。

 

 全ての任務を同行した訳ではないが、共に戦った場は決して少なくはない。柱の地位にいる杏寿郎が繰り返して見ても、何故彼が鬼に打ち勝てるのか、理解出来なかった。

 姉を手に掛けた張本人以外はどうでもいいとの、自己申告の通りに彼の態度にはやる気がない。命がけで鬼と太刀合う隊士達を馬鹿にしたように、一切の覇気も闘志もなく、殺せと指示されて、殺せるので殺している。正にそんな有様。

 

 人とは思えぬ奇異な存在。しかし鬼とも違う。

 

「……まったく、よっぽどボクが信用ならないらしい」

 

 改め今回の任務の内容と各々の役割を語る杏寿郎の視線に、何かを拾いあげたのか本当に嫌そうに、重々しい息を吐く。上官を敬うような態度はあいも変わらず存在しない。

 

 一度会ったきりのあの翠髪の女の言葉が思い起こされる。

 

 見てやってくれと言った。

 アレが、祟り神に……復讐鬼()にならんように、見て居てくれ。

 

 ああ確かにこれは、見て居なければならない。そう何度目になるのか、心中でのみ大きく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この世に神や仏は居るのだろうか」

 

 短命の呪いにより、余命幾ばくもない男が問うた。

 

「居る」

 

 短命の呪いにより、二年生きる事無く死んだ女が断言する。

 

「だが奴らは人間なんぞを救いはしない」

 

 まるで神と呼ばれる者共を知っている口ぶりで、吐き捨てるように言い切った。

 

 

 

 

 

 

 片羽(・・)黄川人が鬼殺隊に入る際、彼の血縁たる件の神職の人間が訪れた。大昔に産屋敷家から嫁いだ人間が居るが、それっきり。別段親族としての付き合いはない。

 

 そこにどんな意味が込められたのか、定かではないが代々当主は男も女も『初代(はつよ)』を名乗る。

 白衣白袴の簡素に過ぎる出で立ちで現れた、『当主』の『初代』は深々と耀哉の前に手をついて頭を下げた。

 

 束ねる事なく自然なままに流された翠の髪が、その動きにそって流れて小さく床を撫でる音がした。

 

「最初に謝罪を。おれ達はあんたらに、勝手な理由で、身勝手なあれらの様に関わろうとしている」

 

 固い声は謝罪を、との言葉とは裏腹に情動は殆ど読み取れない。諦観と、罪悪感に近しいものが混じっている。しかしそれはこちらには向いていない。その罪の意識は、はるか遠くへ向かっている。

 

「だが確実に、あんたらは強力な力を手に入れられる。探し当てられさえすれば、もしかしたらあんたらの仇を仕留める事があるかもしれない」

 

 僅かに女の声が震える。

 いい辛そうな言葉を無意識に先送りにする様に、とつとつと語る。

 耀哉は女が核心に触れるのを静かに待つ。

 

「……なあ一つ聞かせてくれ。97代目の当主様。あんた、こんな事を始めた初代を恨んだ事はないか? 何故悲痛な別れと重い責務が確約された、辛い生を我が子に課さなきゃならない血を継いだんだと、呪った事はないか……?」

 

 



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下天

 イツ花を害されへそを曲げた祟り神悪鬼を無事、鬼殺隊に押し付ける事に成功し、産屋敷家へ一応の挨拶を行ってから数か月。初代のどこか人心地ついた様子に昼子は首を傾げた。

 

 一応は成人の形をとっていた彼女がイツ花と黄川人の保護者を名乗った。が、実際の産まれた順で言えばこの従妹が一番年下だ。本来の年長者である昼子は下の子二人の機微には敏感な心算でいたし、あの荒れに荒れていた天界の頂点に居ただから、他人の心情を慮る事はそれなりに得意だ。得意ではあるが、別にその為に気を使ったりはしない。利用したり、知った上で力技に訴えたりしているだけだ。

 

 そんな察しのいい昼子は、イツ花の殻が有る時から、がさつに大雑把にお気楽な言動を取る初代が、滞り淀んだ天界とはまた別方向に、なにやら鬱屈としているのは知っていた。

 というよりも、約千年程経とうというのに未だに『己の復讐の為に呪いを継いだ子供を作った』事を悩んでいた。何も思わないでもないが、仕掛けた当人が言及して藪蛇になっても面倒なので、黙っていた。

 

 それがどういった形でか、その蟠りが軽減されたのなら良いことだ。

 

 腐っても恨んでも呪っても殺しあっても、従妹ではあるので彼女の心が晴れたのなら喜ばしい。相変わらず実弟は音沙汰(人間としての死も含め)ないので、今日も今日とて初代と二人、小さな飲み屋の準備中だ。

 

 ふと、空の彼方から飛来する神気に葱を刻む手を止めた。

 

「おわっ!? って……やたノ黒蝿様!? あの野郎何した!」

 

 数秒後初代の驚いた声が聞こえへ、厨房から顔を出せば椅子を振り被った初代と、小さなふわふわの首根っこを掴んだ大鴉が居る。

 初代は飲食店に乗り込んで来た烏をぶん殴ろうとして、それが神である事に気づいたらしい。天界からの見張りに彼の男神が向かった事は初代も知っていた。その為わざわざやって来たのは、押し付けた駄々っ子が何かした為かと察しをつけ、すぐさま怒りの声を上げた。

 

「どうしました? 黄川人がどうかしましたか?」

 

 古い神は割烹着を着けて出て来る最高神に、表情筋に縁遠い鳥類の顔で笑んだ気配を作る。

 

「いやいや。今日は客を連れて来たんだ」

 

 そう言って、摘まみ上げていた小さな生き物を放す。

 大人しく大鴉に運ばれていたもの、大きなたれ耳の兎がぴょんと跳ねて初代の腕に飛び込んだ。 

 

「……茶々丸様……?」

 

 ぴすぴすと小さな亜麻色の兎が鼻をならす。

 

 わなわなと顔色を青くしながらも最初の交神相手である、ふかふかの可愛いだけの生き物になってしまった男神をやんわりと抱えたまま、初代は昼子を振り返る。

 

「昼子……お前さ一回天界戻った後、何て言って下ってきたんだよ……」

 

「特別な事は何も言ってませんよ。今まで通り、もう『神は』人に関わらない。それだけですよ」

 

 にっこりと自身の首元にもある朱の首輪に手を添えて、昼子は答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒヒ、やっちまったなァ。おまえ、あの女を殺しちまったんだってな」

 

 妙に甲高く、耳障りで不快な声だ。ケケ、と明らかな嘲笑の色が含まれる。

 

「女なは怖いぞ。特にあの女は恐ろしさといったら」

 

 そこに居るのは紛れも無い鬼だ。いや、勿論、鬼舞辻無惨から産まれたという訳ではない。人々が思い描く様な、妖怪的な、百鬼夜行の絵巻の中に住まう鬼だ。

 

 皮も肉もない剥き出しの骨の骸。カタカタと下顎を鳴らし不快な嘲笑を投げる頭蓋の額には、二本の角が生えている。どこからどう見ても化生のそれが、立派な袈裟を掛けて、品の無いと言っていい笑いを上げながら無惨を見詰めていた。

 

 あの気色の悪い陰陽士の例もある、だから、まれに『そういう存在』が在るという事は認識して居た。だがそれはそれ、普通に腹が立った。そして普通に死んだので、何か妙な妖物だったのかと思い数百年ぶりに再会した陰陽寮の要に語ってみたのだ。

 

 人目を避けられ、かつ、万一詰らない事を吹聴されても、簡単抹消できる様な所謂そういう下賤な店だ。自分は真っ当に清く正しく生きていますと厚顔を晒す人間は、どうでもいい場所だ。

 

「普通妻同伴の男をこんな店に入れます?」

 

 嘗ての優秀な陰陽士の一言目の言及は、鬼の祖の問いとは全く関係ないものだった。しかもその件の妻とは骨壺の中身の事である。

 相変わらずこの男は頭と精神が狂って居るな、と思ったがそれは互いが相手に抱く印象なので、それについての議論は無益でしかない。

 遠い昔、発端が何だったのかは思い出せないが、とうとう武力的な大喧嘩に至った際は、焦土と全裸の男二人が残るという悲惨にすぎる大惨事が完成した。当人達が死ななくとも、衣服の命は儚い。

あまりにも馬鹿々々しいので、二度と取っ組みあうことはしないと双方ひっそりと心に決めた。本当に、徒労感が凄まじかった。

 

 何故自分の周りには使えな奴か、頭とか精神がオカシイ奴しか居ないのだろうか、ひょっとして世界は変人の魔窟なのだろうか、という気分を無惨は味わう。

 

「私の話を聞いていたのか?」

 

「聞いてはいましたよ。消えたなら良いじゃないですか。心当たりもない……ああ、でも昔そんな噂が流行りましたね」

 

 この二名の間で交わされる『昔』など下手をすれば数百年単位で過去になる。

 

「居たでしょう。何某か……朝敵を討ったとかで公家に養子に入った武士だかが、怪死した話。余りにも異様な死に様に、高僧の姿に飾り立て弔ったとか」

 

 化けて出るのを恐れたのに、結局鬼変じただとか……覚えてませんか? と世間話のように晴明は首を傾げる。噂、特に他人の醜聞を好む公家連中の好きそうな話題だ。だが生憎とそんなものに聞き覚えは無かった。他人に興味が無かったともいう。

 

「いつの話だ……」

 

「私がまだ帝に仕えて居た頃です」

 

 知るか馬鹿。とう気分で皺の深まった眉間を押さえ天を仰いだ。

 そんな様子を、こいつ、無駄に時間があるくせにいつも切羽詰まったように苛立っているな、と晴明などは思う。別に毎日苦しんで死ぬ訳でも無いのだから、千年生きればもう更に千も二千も変わらないだろう。

 

 まあ、片や至れない死を待っているだけ。片や追って来る死から逃げているのだから焦燥感は異なる。そんな訳で決して相容れない。

 

「役に立てる助言も出来なかったので、代わりにこれを差し上げますよ」

 

 晴明が一巻の古びた巻物を差し出す。

 

「何だ、それは」

 

「外法です。少々条件が厳しいですが、手順を踏めば間違いなく転生できますよ。打開策が見つからなければもういっそ産まれ直してみては? 本当は、別の方が探していたのですがその方に会う前にあなたに会ったので」

 

 眉唾にも程がある。

 だが稀代の、千年も生きている陰陽士の寄越す物だ。何か、使い処があるかもしれないと一応で受け取る。

 

 

 

 

 

 

 

 真冬の雪の中のに居る様に指先がかじかむ。いくら夜の山中とは言え、こんなに冷えるのはおかしい。

 足元に広がる霜を踏み砕きながら蟲柱、胡蝶しのぶは冷気を辿る。

 

 鬼の巣食う那田蜘蛛山。

 本来群れる筈のない鬼が群れ、隊士達に甚大な被害をだしていた。

 先ほど仕留めた鬼も血鬼術を使うものだった。自然現象とは到底思えないこれも、恐らくその類だろうと、その根源を探る。

 

 冷気の流れる先を辿ればそこには家があった。廃屋、の筈なのだがそれは全て分厚い氷に包まれている。ただの朽ちかけの筈が、表面の彫刻も美しい立派な氷柱に支えられ、まるで御殿の様相を呈していた。

 

 凍てつく御殿の只中に、女が一人。白い息を吐き寒さに頬を赤くしたしのぶを見て小首を傾げる。

 

 雪の様な白い肌の女。色の白さを褒める為の形容詞などでなく、真実雪と同じ血気の色いの顔。氷で出来ているのかの様な髪が束ねられる事なくざらりと流され、顔の半分を覆う。ちらりと覗く瞳は妙に婀娜っぽく、男を誘う色がある。なのに目に映る色は何処までも寒々しい。ただ一つ、首元にぬらりと朱の一線だけが目に痛い。

 

 まるで、良くある怪談の雪女だ。

 

 男を憑り殺す印象の通りに、見つけたしのぶが女だと分かったのか詰まらなそうに視線を逸らし、ふう、と息を吐いた。吐き出される呼気は外気温より低いのか小さな氷の粒を閃かせる。

 

「鬼狩りの方でしょうか?」

 

「はい」

 

「あの子を殺しに来たのですか? あんなに愛らしいのに」

 

「仲良くなれるなら、それに越した事はなんですけどねぇ。残念ですが鬼は人を襲いますから」

 

 もちろんあなたも、人を殺したのなら、これからも殺す気で居るのなら。穏やかな笑みのままにそう付け足すと、ほう、とため息が返された。

 

「人も人を殺すでしょう? 遥か昔から、ずっとずっとそう在ったでしょう? 鬼が人を殺すよりも人が人を殺して来たでしょう?」

 

 雪女は何とも気だるげに、或いは全てを諦めてしまったような表情で、今度はしっかりとしのぶに向き直る。

 

 一帯の気温が更に下がった。

 

「今の私はあの子を愛でていたいのです」

 

「……っ!」

 

 その言葉と同時に地面が軋み、割れ、しのぶを取り込もうとするように幾つもの氷柱が突き出した。




宇佐ノ茶々丸さま
チュートリアル10円神様。
最初は軽い感じのする交神台詞。書いている人の友人で、茶々丸が大好きで席次をとんでもねぇ事にした人がいる。ケモナー一族に貢がせた可愛い兎さんの神様。

初代の最初の交神相手。

大江ノ捨丸さま
小さな普通の可愛い弟抱えて逃げた女の子を殺して、おっかない女神を爆誕させ、祟り神悪鬼に愉快に殺されて、おっかない女神にこき使われた神様。
なんか自分と同じくらい愉快な死に方しそうな奴を見に来た。今後にわっくわっくどっきっどき。

六ツ花御前さま
雪女郎の中のひと。惚れっぽいしヤンデレ属性があるかもしれい(交神台詞)
美童趣味をオープンにしたら生き易くなった。累くん可愛いねよちよち。2はこの世界では起きていない事象だけども声が誰かに似ている。
予行練習をさせてくれる優しい神様。
累→可愛い 伊之助→育ちすぎ


阿部晴明
親ガチャ大爆死した。
ごらん、累くん、こうゆう事例もあるんだよ…。



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