Kämpfe gegen die Erde (Kzhiro)
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本編
ディストピア・ギャラクシア 上


クライス氏の短編「地球教勝利END」と同じ内容です。
執筆者はクライス氏。


 毎日朝六時にけたましいサイレンの音が鳴り響き、私をはじめとする恭順者たちの一日は始まる。一〇年ほど前から建設されはじめた集合団地『サーヴァント・エリア』は常に拡大を続けているが、すべて突貫工事で作成されていて、よくマンションが崩れたりするが修復されることは一切ない。ここの人間が住まいに不安を抱えていようと、向こうは知ったことではないのだろう。

 

 

 

 サイレンにたたき起こされると私は急いで身なりを整え、マンションの前に他の住人と一緒に整列し、宗教警察の点呼を受ける。そして点呼が終わると全員で一緒に省庁街へと向かう。われわれ恭順者はいついかなる時にでも勝手に移動することを赦されておらず、常に団体行動をすることが義務付けられていた。

 

 

 

 私の名はヴィルヘルム・ダトラー。一四年前まで帝国の学芸省で政権に都合の良い歴史解釈をすることを課せられた歴史研究家をやっていた。いや、本当に一四年前かどうかは自信がない。この地球で仕事をするようになってから毎日に彩りというものがなく、似たような仕事を延々と繰り返しているものだから時間の感覚というものが曖昧になり、ここで暮らすようになってから無限に等しい、あるいは一瞬しか過ごしてないように思えるのだ。

 

 

 

 だからカレンダーに書かれてある年と自分が帝国を退職した年を比べて一四年という答えを出しているだけなのだ。だからもしカレンダーのほうがどれほど現実と違うものであったとしても、それを元に計算して自分はここで暮らし始めてから一年とでも三〇年とでも答えることだろう。

 

 

 

 カレンダーに書かれている暦は慣れ親しんだ帝国暦でもなければ、大昔に銀河連邦が利用していた宇宙暦でもなく、それよりはるか昔に人類社会で利用されていた西暦という暦である。といってもどの暦を使おうが年度が変わるだけで月日の構成は変わらないから、相互の暦で今が何年か計算するのはすごく楽だが、そんな大昔の暦が再び人類社会でひろく使用されるようになったのは、地球教という宗教が政治に大きな影響を与えるようになってからだ。

 

 

 

 そう、地球教。あいつらは唐突に政治の世界に現れ、そして唐突に人類社会を征服してしまった。いや、征服したのは地球教ではない。形式上、銀河帝国を自由惑星同盟が征服したということになっているが、その頃には既に連中はすっかり地球教の操り人形と化していた。いや、自由惑星同盟だけのせいではない。銀河帝国とてそうだった。あれは本当に起こったことなのだろうか? あまりにも華麗かつ壮大で、演劇を見せられているような気分であった。

 

 

 

 ……決して口には出さないが、その変化に私たちが気づく前から、長い年月をかけて秘密裏に状況は変化していたのだと思う。実際、私も地球教徒とよく会うようになったことにひっかかりを覚えたこともあったが、永続化したように思えた同盟との戦争の被害者が宗教に救いを求めること自体は珍しくなかったので、地球教は人気のある宗教だ程度にしか思わなかった。だから、私を含めた多少は権力の側にいた者達が最初に気づいた明らかな変化は自由惑星同盟におけるある出来事であった。

 

 

 

 同盟の地球勢力が私欲にまみれた多党制の政治を声高に批判し、これを穢れなき信仰心により一掃して“聖地奪還”を成し遂げるとして地球愛党という新党を立ち上げ、選挙で圧勝して地球教政権を樹立させた。地球は帝国の辺境に位置していたから、当然帝国の首脳部は同盟の大侵攻を警戒した。地球教本部も「同盟が武力によって強引に聖地を奪わんと目論むなら、われわれは断固帝国を支持する」と宣言した。

 

 

 

 ところが政権を握った地球愛党は帝国に対して特にアクションを起こさず、国内の腐敗一掃と地球教の推奨活動に専念した。帝国側も国内の地球教徒の数の多さを鑑み、いらぬ反感を買うことを恐れて同盟側に攻撃することもなく、奇妙な平和が訪れた。

 

 

 

 そして二年後、地球愛党は地球教への信仰心に突き動かされた民衆の圧倒的支持の下、他政党をすべて地球愛党の支配下におく法案を議会と国民投票で通過させ、大昔の政治学者ジョヴァンニ・サルトーリが唱えた政党政治区分で言うところのヘゲモニー政党制へと移行。簡単に説明すると事実上の一党独裁の宗教一致体制の共和国へと変貌を遂げ、銀河帝国皇帝を超えるほどの支配力を手に入れた地球愛党主席兼最高評議会議長が全宇宙に向けて高らかにこう宣言した。

 

 

 

「母なる地球の教えの下、人類は皆兄弟である。よって帝国の兄弟たちよ、ともに手を携え、人類すべての魂を導く地球を中心とする平和で平等な社会を築こうではないか。それこそが人類の歩むべき道である」

 

 

 

 この珍妙な宣言に帝国首脳部は阿呆らしいと失笑したが、噂という形でそれを知った帝国の民衆は歓声をあげて賛意を示し、帝国政府に対して同盟側の提案に従うよう要求するデモが多発した。そうした危険な噂やデモを取り締まるべき社会秩序維持局をはじめとする内務省もまた、秘密裏に地球教の勢力が深く浸透していたので止めるどころかそのデモを煽るほどであった。

 

 

 

 事ここにいたり、帝国首脳部は放ってはおけないと判断し、内務省の親地球教勢力を大量処刑し、軍事力を用いてデモを弾圧する決定を下したが、それは裏目にでた。身の危険を感じた多くの官僚と一割近い帝国軍将兵が離反して多くのレジスタンスを結成。しかもそれらのレジスタンスが同盟や地球教本部と接触、地球教統一戦線を構築し、新しく地球愛党の主席に任じられた地球教総大主教は人類の聖戦を宣言し、地球教を否定するすべての勢力に対する宣戦布告を行ったのだ。

 

 

 

 そこからはもう一方的だった。帝国領土防衛の要であるイゼルローン要塞は要塞司令官が同盟側に裏切って駐留艦隊が同盟艦隊の迎撃に出たところをトール・ハンマーで薙ぎ払って壊滅させ、やってきた同盟軍を招き入れて陥落。その二時間後には第三勢力のフェザーンは自治領府が地球統一戦線への全面支持表明を行い、同盟軍に対してフェザーン回廊の自由な往来を全面的に認めた。

 

 

 

 両回廊から侵攻してくる同盟の大軍と国内で多発するレジスタンスのテロ行為。外側と内側両方からの圧力で帝国はろくな抵抗もできないまま多くの屍を積みあげることとなり、帝国の未来を見限った者達による離反者が相次いだ。自分、ダトラーもその一人である。

 

 

 

 やがて、帝国首脳部も勝算がないことを悟り、当時の皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世の名の下、銀河帝国は自由惑星同盟に降伏。エルウィン・ヨーゼフは降伏を主導した功績に免じて同盟政府によって助命されたが、それ以外の帝国の文官や帝国軍の将兵は全員戦犯と背教の罪で裁判にかけられ、六割近くが死刑に処された。裁判すら行われることなく殺された捕虜の数も含めるとどれだけ膨大な数になるのか見当もつかないが、五〇〇万は下るまい。

 

 

 

 もっともこうした推測に意味があるかは不明だ。開廷された裁判の内、自分も元同僚や上司が被告の裁判に証人として出廷したが、それはおよそ裁判といえたものではなかった。被告には一切証言や反論をさせず、証人たちが徹底的に被告を罵倒し、地球教の主教でもある裁判長が何度も頷いて「死刑」と宣告する。毎回そのパターンだった。そのときに他の証人から聞いた話なのだが、すべての裁判が一時間もせぬうちに結果がでているそうで、これでは死刑宣告されたのが全体の六割であるという地球教の機関紙『母星新聞』の情報もどこまで信用できるか怪しい。

 

 

 

 こうして地球教を信じない、ないしは信じているフリをしなかった人間の屍を大量に積み上げた同盟政府は地球へ遷都することを表明。そして人類がここまで闘争的で道徳的に堕落した原因であるとしてシリウスと銀河連邦による脱地球的秩序を声高に批判し、誤った暦であるとして宇宙暦と帝国暦を廃し、西暦の復活が厳かに宣言され、国名も自由惑星同盟から神聖地球同盟へと改名された……。

 

 

 

 それ以来、地球的秩序の復活と人類社会全般への普及は神聖地球同盟の国是である。地方の役所で事務仕事をしていた自分をはじめとする、聖戦宣言以降に転向した学のある恭順者たちが大量に地球へと強制移住させられた。どうも聖戦以降に地球教を信じだした者達を地球教のお偉方は警戒しているようで、こちらの状況など一切斟酌せず命令してくるし、命令に背けば即刻処分してくるから拒否権はなかった。

 

 

 

 神聖地球同盟政府――地球教の神殿という側面も兼ね備えているので、やたらと巨大な石造の建築物で神聖さと威圧感を与える――の人類史編纂委員会歴史教化局軍事史担当第二一六班に所属している自分の今の立場である。およそ一般人にはまったく意味がわからない役職であろうが、やっていることは簡単に言うと歴史の改竄である。

 

 

 

 地球を全面的に正当化し、シリウス戦役において地球は一方的な被害者であった……。そうするために、ありとあらゆる記録を修正するのである。西暦二六〇〇年代から現代にいたるまで、およそ一〇〇〇年に渡る歴史を書き換えるのだ。項目も多岐にわたる。政治史、文学史、経済史、精神史、教育史、科学史、芸術史――その中の軍事史を担当する二一六番目に設立された班、それが人類史編纂委員会歴史教化部軍事史担当第二一六班だ。

 

 

 

 ひとつの担当に対し、何百何千個の班が設置されているのかはしらないが、マンションの住人との世間話で知ったことで確かめたことなのだが、ひとつの班に所属する人員は二〇人前後で、班長を除けば全員が恭順者である。そして班長も地球教内部であまり高い位置にいるというわけではないようだ。

 

 

 

 いつも上層部からその日に修正する分の記録が提示される。いくつか種類があるが、おおよそ三種類に分類できる。今日の分の仕事を例にだすと以下のようになる。

 

 

 

A.三二〇一年のヴェガ紛争記録に著しい偏見あり。修正。

 

B.シリウスの残虐なる虐殺事件の詳細とは、どういったものがあるか。

 

C.シリウス軍のD-一八型ミサイルの記録に矛盾発覚。B-六二ミサイルの記録と照らし合わせ、再修正。

 

 

 

 Aは非常にわかりやすい。ヴェガ紛争とは、ゴールデンバウム王朝時代にヴェガ星域で起きた貴族の私設軍と帝国正規軍の管轄争いから発生した軍事衝突事件の記録なのだが、この戦役の記録にはたいてい地球軍連携不足と練度不足でシリウス軍に大敗した第一次・第二次ヴェガ星域会戦のことを揶揄したり、比較したりして地球を嘲笑するがごとき記述が多いので、その点を改善せよという意味である。

 

 

 

 また逆に地球の不名誉な事件――一番象徴的なのは二六九一年のラグラン市事件――の記録に著しい偏見があるとして修正せよという場合もある。どちらの場合でも注意しなければならないのは地球は善であり被害者であるということを見る者に伝えることであり、かつ可能な限り自然な風を装い、露骨にしてはいけないということである。

 

 

 

 地球を美化する記述が露骨に過ぎれば、第三者がそれを見た時に逆に疑いを持つと地球教の上層部は思っているようだ。そしてそんな露骨な記述をする者は本心では地球教に反感を持っているに違いないと確信しているようで、以前、そんな記述をしたという罪で同僚だった恭順者の一人が宗教警察にしょっぴかれてしまい、それ以来見ていない。

 

 

 

 Bは歴史と矛盾しない形で事件をゼロから創造しろということである。どれだけ美化してみせようとも結果として滅んでしまっている以上、地球統一政府が傲慢だったのは糊塗しきれないと思っているようで、そこで当時敵対していたシリウスをはじめとする植民惑星の暗黒面を誇張することによって、相対的に地球は間違っていなかったが、やりすぎてしまったのであるという風に見せかけようという試みのようである。

 

 

 

 つまり当時の地球の悪業は反省すべき点が多々あるが、敵対していた星々も同等以上に悪業を犯していた。つまりそれは当時の時代全体が狂っていたというわけで、地球が一方的に悪いというわけではない。そのようないささか強引な論法を採用しているのである。

 

 

 

 だからシリウスには地球がラグラン市で大虐殺をやらかしていた頃から、同じくらいの悪業をやっていてもらわなくてはならない。というわけでそういった事件を想像して描けということである。もちろん歴史書を参考にして大きな矛盾が発生しないように調整しなきゃいけないので大事件は作れないが、小事件を乱発させ、その報復で地球軍がやりすぎて大虐殺をやらかした、という解釈である。

 

 

 

 CはAとBの作業で生じた記録同士の矛盾を整合せよというものだ。今回の場合、だれかが捏造した事件で現実に存在しなかったミサイルをシリウスが使用したという形で記述したのであろう。その結果、武器記録の修正が必要である、というわけだ。

 

 

 

 毎年神聖地球同盟公認の歴史書が発行されているが、その内容を決めている人類史編纂委員会がこのような作業をしているので、毎年内容に少なからぬ差がでているが、だれも大きく気にしていない。というのも、聖戦の頃から……同盟領ではそれ以前からそうだったようだが、狂信者たちで編成されたファイアマン部隊と呼ばれる同盟軍部隊が誤った歴史を正すという名目の下、占領地域で記録データや書物類を民衆が所有することを認めずに略奪してまわり、一部だけ本部に送りつけてそれ以外は全部燃やし尽くしてしまったからである。

 

 

 

 そうして集まった記録をすべて神聖地球同盟政府が一括的かつ包括的に考察し、疑いのない真実の記録を編纂して完璧な歴史書を編纂する。しかしあまりにも参考にすべき記録が膨大であるため、途中経過の歴史書を毎年発表するが、あくまで途中経過であるために修正されることがあるので、信頼度はいまのところ薄いという形をとっているのだ。ちなみに人類史編纂委員会の公式見解によると歴史書の完成版が発行されるのはおよそ六〇年後である。気の長すぎる話だ。

 

 

 

 また自分たちが恭順者がなかば囚人のような扱いを受けているのは、地球教が自覚的にこうした作業を行なっているということをまわりに漏らすまいという意図によるものなのだろう。実際、同盟政府の管理下から逃れようとしたサーヴァント・エリアの住民は、宗教警察によって容赦なく射殺され、交差点の中央などで吊り下げられるのが常態化している。おかげでサーヴァント・エリアの衛生環境も物凄く悪く、疫病にかかる者もいるのだが、働かないと殺されるので働くしかない。まるで消耗品のような扱いである。

 

 

 

 午前中の仕事を班長に報告すると、彼から今日の分の食券が与えられ、食堂で利用して昼食をとる。昼食のレパートリーは曜日ごとに決められており、全七種類である。もうすでに辟易しているが、それ以外のものを要求することなどできない。栄養バランスはちゃんと考えられたものであることが唯一の救いであるが、あまりにも刺激がなくて困っている。

 

 

 

 そうした刺激を期待するなら、夕食の時間ということになるだろうか。夕食は配給制でたまに嗜好品の類が支給されることもある。配給されるものは個人個人で違い、たしかなことはわからないが、マンションの隣人と確認しあったところ、どうも仕事での貢献具合で配給に差がでているらしい。現に熱を出して出勤しなかった者にはなにも配給されていなかったから、おそらく間違いはあるまい。

 

 

 

「今日の調子はどうだい?」

 

 

 

 自分と同じ席に座ったのは、どこか疲れ切った顔の中年男性で、頭部が禿げきっていた。彼の名はユーリィ・セレブリャコーフという名前のフェザーン人で、本人の言葉を信じるのであれば元々はやり手のビジネスマンであったらしいが、そのような才気は今ではまったく感じられない。むしろ凡庸といった印象すら他人にあたえるが、それは必ずしも彼のせいであるとはいえなかった。

 

 

 

 フェザーンは名目上は帝国の自治領であったが、帝国の干渉を受けることなく独立した主権を確保しており、帝国と同盟が延々と戦争を続けているのを横目に平和と繁栄を享受しており、フェザーン商人はすべからくそのことを誇りに思い、独立不羈の精神が非常に旺盛であった。だからフェザーン自治領主府が自由惑星同盟に完全に味方し、その精神を踏みにじったことに多くのフェザーン人が驚愕した。

 

 

 

 当然、そのような恥知らずな決定をしたことに対して多くのフェザーン人たちは反感を募らせ、いくつもの都市が抵抗運動に加担した。だが、それは悲劇のはじまりだった。抵抗運動に対するフェザーン自治領主府と同盟軍の対応は容赦という言葉が微塵もない悲惨なものだった。

 

 

 

 自治領主府によって作成された危険人物リストを参考に、同盟軍が反抗的と思わしきフェザーン人を拘束・殺戮してまわった。そして抵抗運動の根拠地となったメトロポリスをはじめとする五つの大都市には衛星軌道上から同盟軍艦艇によって熱核攻撃が加えられ、億単位の人間が殺戮された。長い平和にならされすぎていたこともあって残されたフェザーン人たちは恐怖ですくみあがり、生きたまま焼き殺されるかもしれないという圧倒的恐怖から多くの人間が保身に走って抵抗運動が内部崩壊し、唯々諾々と同盟軍の指示に従ったという。

 

 

 

 セレブリャコーフはその保身に走った人間の一人だ。抵抗運動に参加していたが、途中で離脱して同盟軍に協力した者は救済されたわけであるが、その過程で同盟軍がかつての仲間たちを地獄においやる片棒を担がされることになったのだ。だからまだ三〇代だというのに初老の気配を纏っているのは、そうした悲惨な経験によるものなのだろう。

 

 

 

「いつもどおりさ。そっちは?」

 

「最悪だよ。今日の母星新聞は読んだ?」

 

「いや、まだだね」

 

「じゃ、見てみろよ」

 

 

 

 そう言ってセレブリャコーフは脇に抱えていた母星新聞を机に置いた。その紙片に書かれている文字を読み上げ、何故彼の機嫌が悪いのかが理解できた。その新聞にはこう書かれていたのである。「シャンプールでテロ発生。ド・ヴィリエ一派の犯行」と。

 

 

 

 ド・ヴィリエ一派とは、全人類共通の敵であり、良き人間を堕落の道に引きずり込む悪魔のごとき異端者であると神聖地球同盟政府と地球教の影響下にあるすべての組織が盛んに喧伝しているテロ・グループである。その目的は一〇〇〇年の間に流された血と涙によって築かれた現在の平和を破壊し、信徒間の友愛関係を破壊し、不信感を蔓延させ扇動することによって、人類社会を再び永遠とも思える戦争が続く地獄へと戻そうとしている、ということになっている。

 

 

 

 盟主であるド・ヴィリエは地球教の大主教で、若くして地球愛党のナンバー・ツーの座を確保し、巧みな手腕で人類社会の平和的統一と地球への遷都に尽力したという。しかし、度し難い闘争心と人間の破滅を好む倒錯的趣向を有していたため、自ら築いた平和に満足できず、地球教を二分して再び戦乱を起こそうと目論んだところを総大主教に察知され、すべての公的な肩書を剥奪された上、地球教と地球愛党から永久除名処分を受け、神聖地球同盟政府から指名手配されている。

 

 

 

「本当に最悪だね」

 

 

 

 平静を装ってそう口には出したが、じつのところ、自分の気分は高揚していた。ここで働くようになってから、ド・ヴィリエ一派の活躍を新聞や立体TVで知ることが、ほとんど唯一の楽しみとなっている。こうした勢力が存在するということ自体が、自分にとっての喜びであり、その活動を知ることが地球教に対する鬱憤晴らしなのだ。

 

 

 

「だろう?」

 

 

 

 しずかな怒りを堪えるような態度でセレブリャコーフがそう言った。同盟軍による悲惨な殲滅作戦をその目で見てきた彼はすっかり反抗心というものが折られてしまい、地球教を否定するなんてことは考えるだけで身の毛がよだつ所業であるらしい。彼は身の安全が保障されるならどのような扱いを受けてもいいから、何も変わってほしくないと強く願っており、そういう考えを持つ恭順者は多い。

 

 

 

 しかし地球教に対する反発(面に出したら宗教警察に捕まってどんな目にあわされるかわからないので絶対にださないが)を抱えているにもかかわらず、自分は彼らに同情的である。納得できなくても感情的に彼らの思いに共感できてしまうのだ。あまりにも途方もなく完璧な方法で、一切の反撃を許さず。まるでこの世の真理を司る神や悪魔といった超常的存在が本当に地球教に偉大なる加護を与えているのでは、と、思わずにはいられないのである。

 

 

 

 だが、仮にそうだったのだとしても、人間は神や悪魔を轢殺し、人間の世界を作ることができるはずだ、と、自分は信じたいのだ。徹底的に管理され、同じ仕事を繰り返し、時間の感覚が曖昧となり、時として自分は生きているのか死んでいるのかといった疑問さえ抱くことがある状況が打破される日が遠からずくると信じたいのだ。

 

 

 

 銀河帝国の学芸省で権力者の都合の良い歴史家をやっていた頃、幸福であったとは言うまい。愚かしい貴族に媚を売り、あほらしい命令に忠実に従い、それでろくな成果をあげることができなかったら自分のせいにして激しく怒り狂う貴族どもに対して、ストレスを多く溜め込んでいた。しかしそれでも、自分というものを感じることができていたはずだ。自分は人間なのだと思うことができたはずだ。だが、今の自分は……!!

 

 

 

 自分は都合の良い道具ではないはずなのだ。いや、都合の良い道具であったとしても、自分は人間であるはずなのだ。生きているはずなのだ。休日に自由に街中を散歩し、すれ違った人間と挨拶を交わして世間話を興じ、馬があえば友誼を結び一緒に酒場で飲みあって連絡先を交換する。そんなありふれた日常は、学芸省の道具であっても享受することができたはずなのだ。

 

 

 

 だからこそ、ド・ヴィリエ一派にしずかな期待を寄せずにはいられない。おお、大神オーディンよ、どうか、彼の者達に地球教を打倒させたまえ。この牢獄のような世界を崩壊させたまえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宗教警察は神聖地球同盟政府最高意思決定機関である最高評議会直属組織であり、絶大な権限が与えられている。背教者を捜索するあらゆる行為を正当化する権利から始まり、背教者と思わしき者を拘束する権利、背教者かどうか尋問する権利、背教者であることを確認したらその場で銃殺刑に処す権利――つまり、一組織で逮捕から処刑まで流れを完結させることができるという凄まじい権利である。

 

 

 

 彼らは非常に凶暴な猟犬であり、しかも最悪なことに優秀で、多くの背教者たちの屍を積み上げ、同盟軍と並んで地球教政権の恐怖政治を支える大きな柱となっていた。宗教警察の指揮官クラスは地球人や本部から認められた敬虔な信徒ばかりで、狂信的にもほどがある選民思想と信仰心を例外なく有しており、背教者に対する敵意を全身から漲らせていた。

 

 

 

「どこだ!!」

 

「こっちに逃げたはずだ! 急げ!!」

 

「向こう! 向こうにいます!!」

 

「そうか! 邪魔だ! 道を開けろ、貴様らぁあああああ!!」

 

 

 

 屈強な体をした地球人の宗教警察官が銃を乱射して道路を移動していた民間人を銃撃し、強引に道をつくって背教者を追跡する。背教者を追跡するさいに邪魔な民間人を排除することは、背教者を捜索するあらゆる行為を正当化する権利として最高評議会から認められており、彼らの蛮行は法律的には疑いの余地がないほど合法的であった。

 

 

 

 追跡の過程で約五〇人の民間人が銃撃されて傷を負ったが、宗教警察は追跡していた相手をとらえることができなかった。そのことに激怒した指揮官たちは部下の巡査たちを一列に整列させた。そして、大きく声をあげて追跡の先陣に立っていた若い巡査を名指して一歩前に立たせた。

 

 

 

「なんでしょうか……」

 

「ほう、わからんのか。本当に?」

 

 

 

 宗教警察警部が無表情でそう告げるが、若い巡査は青い顔をするばかりで、なにも言わない。

 

 

 

「おまえはこれまで多くの背教者を逮捕しているな。その功績はこの部署でもトップクラスだ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「近々、巡査長に昇進するかもしれないと選考中とか。我らを想像してくださった母なる星への感謝を一〇〇〇年も忘れ、聖戦が始まってから逃げるように地球への愛を唱え始めた貴様ら恭順者にとっては、望外の出世だ。のう?」

 

「……この恩恵は決して忘れません。絶対に母なる惑星の恩に報いる働きをしてみせます」

 

「そうか、では、いますぐに恩恵に報いろ」

 

 

 

 そう言い捨てると警部はブラスターを抜き放って若い巡査の頭部を銃撃した。即死である。

 

 

 

「いいか、こいつはたしかに多くの背教者を逮捕してきた。しかしそいつらはどいつもこいつも小物ばかりで、肝心のド・ヴィリエ一派を追跡するときになるとまったく成果をあげない! おそらくこやつは唾棄すべき輩と通じていたのだろう。いいか、ド・ヴィリエ一派の甘言や誘惑には決して耳を傾けるな! ド・ヴィリエ一派のリストに載ってる奴は、一度見つけたら必ず拘束しろ! 拘束が難しいなら射殺したってかまわん! それさえできれば貴様らも新地球人としての権利を認めてやる! いいな!!」

 

 

 

 新地球人とは聖戦が宣言される以前から地球教に入信していた者達に与えられた権利である。少なくとも彼らには地球教のミサに参加し、政府の命令に忠実に従うのならば、人間として一定の権利が保障されていた。恭順者にとって、その立場になることは人間であることを取り戻すという意味で、悲願であった。

 

 

 

「散れ! 絶対このあたりに潜伏してるはずなんだからな!」

 

 

 

 警部の怒声で警官たちはその場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宗教警察が執拗なまでに背教者狩りに精を出している惑星の地下で、ダトラーが将来に期待しているド・ヴィリエ一派の会合が開かれていた。

 

 

 

「まったく宗教警察の鼻は鋭すぎるな。昨日、こちらに協力していた巡査の一人が処分された」

 

 

 

 やれやれと言った調子で肩を竦めてそう言うのはヨブ・トリューニヒトである。かつては自由惑星同盟の最高評議会議長を務めたこともある政治家であるが、地球愛党が一党独裁体制を敷く過程で立場を失い、それ以来ド・ヴィリエを盟主とする地球教世俗派に匿われていた。しかしド・ヴィリエも地球教内で立場を失ったので、彼の暗躍に力を貸している。

 

 

 

「まったくだ。あれほどの権力を握っていながら、なぜ大して腐敗することもなく動けるのやら」

 

 

 

 トリューニヒトの言葉に同調するのはアドリアン・ルビンスキーであり、五代目にして最後のフェザーン自治領主であり、フェザーン回廊の通行を同盟に無制限に認め、フェザーンを亡国の道に歩ませた人物である。彼はその後も地球教世俗派に属して一定の権勢をふるっていたのだが、世俗派が粛清されてやはり立場を失っており、宗教警察から追われる身である。

 

 

 

「……原理派は教義に忠実だ。そして地球教の教義は勤勉と清貧を推奨している」

 

「地球教の理念がなせる技とでも言いたいのかね?」

 

 

 

 馬鹿にしたような口調でそう言うトリューニヒト。崇高な理念なんてもので人間の欲望が抑えられるようなものではあるまい。彼が自由惑星同盟は国父アーレ・ハイネセンから高尚な民主共和主義を唱え、それを実践しているとうそぶいていたが、トリューニヒトが政界で活躍していた当時、それは建前だけで実質は腐敗の限りを尽くしていた。だから人間の欲望の前にはそんなものは無力であると確信している。

 

 

 

 だが、そんなことはド・ヴィリエも弁えている。いかに自分達世俗派を蹴落とした原理派の連中が狂信的であるとはいえ、人間の醜悪な欲望と無縁であるような人間は絶対的少数派であろう。だが、地球教内部で人生のほとんどを費やしてきたド・ヴィリエには信仰心とは別のものが欲望を抑えていると考えることができた。

 

 

 

「理念だけなら欲望に屈するだろう。だが、それだけではない」

 

「ではなにがあるというんだね?」

 

「同調圧力、あるいは地球教団に蔓延している空気、とでもいうべきものだ。それがゆえに宗教警察の連中は腐敗しないのだ」

 

 

 

 地球教団は聖職者は清貧であるべき、あらねばらなぬというのが常識である。そしてその常識から外れることはまわりから信仰心が疑われることである。そしてそのような行為を見つければ異端であるから告発せよと地球人の聖職者たちは幼少期から教え込まれる。だから、同じ聖職者は信頼できない。できないから、清貧を装って欲望を抑え、勤勉に働いて周囲に信仰心をアピールし、おのれの身の安全を守らなくてはならない。

 

 

 

 そんな空気が蔓延していたから、ド・ヴィリエが出世の階段をのぼる過程で、世俗的欲望をある程度肯定する聖職者を集めて世俗派を形成するのは非常に神経を使う仕事だった。自分が地球教の頂点に立っても、地球教の偏狭な教義に縛られていては自分の俗なる欲望を満たすことなどできなかったからだ。まあ、それも原理派が支配的になってしまったせいで、何の価値もなくなってしまったが。

 

 

 

 だから彼らは必死で自分の欲望を抑えつづけねばならない。そのストレスが彼らの攻撃性を強めるが、信徒同士は固い信頼で結ばれているという前提があるから、その攻撃性は主に背教者狩りに熱意を燃やすことによって消化される。いわば連中の背教者へのヒステリックな敵意と憎悪は、普段のストレスの発散行為なのだ。

 

 

 

「泥水で穢れを洗い落とすような麗しい信仰の力だな。そこまで狂っているなら場当たり的な対処に終始してほしいものだ。憂国騎士団の馬鹿どもみたいに」

 

「狂っているからと言って知性が劣弱なわけではないのだ。それでなくては数世紀にわたって陰謀の糸を張り巡らし続け、地球による人類社会の支配を達成させるなどという大それたことができるわけがない」

 

「……それはわかっているつもりだがね」

 

 

 

 ルビンスキーの指摘に、トリューニヒトは不愉快そうに同意した。フェザーン成立時から続いていた地球教との公でない関係があったことを承知しており、ド・ヴィリエほどではないにしてもルビンスキーが地球教の内部事情に通じているのは当然であった。というよりこの三人の中ではトリューニヒトが一番、地球教のことを知らないのである。

 

 

 

「トリューニヒト。シャンプールの収容所の囚人たちを解放してくれたのはありがたい。不足がちだった人員がある程度補充できた。礼を言う」

 

「なに、私には心強い魔術師が部下にいるんでね」

 

「なるほど。今回もあやつの活躍か」

 

 

 

 ド・ヴィリエは納得したようにうなずくとルビンスキーに問うた。

 

 

 

「そちらの方はどうなっている?」

 

「うちの若いのが、新地球人が経営している企業から資金の融通をしてくれるように話をつけた。また、同盟軍にいる同志との連絡手段もある程度は安全な方法で確立できている」

 

「ほう、そいつはミューゼルというおぬしの懐刀か」

 

「ああ、あれに目をかけたのは正解だった」

 

 

 

 ルビンスキーはニヤリと笑みを浮かべた。これほど絶望的な状況でもゲームを楽しんでいるような感覚になれるのは彼の特筆すべき長所であるといえよう。

 

 

 

「同盟軍か。あそこには昔の空気がまだ色濃く残ってるし、ドーソン君をはじめ、私に近かった軍人が多く残ってるから、地球教の連中は軍を宗教警察ほど信頼していないし、警戒も厳しいはずなのだが、大丈夫なのか?」

 

「われわれフェザーンの暗躍能力を舐めないでもらおう」

 

「そこまで言い切れるのではあれば、不安はない。そうではないかトリューニヒトよ」

 

 

 

 彼ら三人は別に高尚な理念を共有しているわけではない。それどころか平時であれば危険人物として認識されることもありうる者達である。彼らを結び付けているのは、どうしようもなく人間的な低俗な理由であり、それが地球教が支配するこの世界では叶えられることはないから、この世界をぶっ壊そうという紐帯で結ばれているだけに過ぎないのだ。

 

 

 

 その低俗な理由は単純明快である。彼らは大きい権力を握り、恣意的にそれを行使して贅沢したい。

 

 

 

「「「地球教打倒を誓って!」」」

 

 

 

 議論も終わると、三人はそう唱和して高級ワインで乾杯した。地球教を打倒して新しい権力者になったら、とりあえず飽きるまで酒を浴びるように飲みたいなと、はからずも同じ思いを抱きながら……。




本作「Kämpfe gegen die Erde」はクライス氏作の短編「地球教勝利END」の続編として有志の皆様の協力のもと制作しました。
有志の皆様にあらためて感謝の言葉を捧げたいと思います。ありがとうございます。

https://togetter.com/li/1685095
こちらも読んでね。


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ディストピア・ギャラクシア 下 あるいはその影に潜むデウス・エクス・マキナ

執筆者はJava-lan氏。


「しかし、あの強固な地球教をどうやって打ち崩す?」

乾杯を終えたグラスをテーブルに置くと、当然のようにトリューニヒトが質問する。

地球教…今や神聖地球同盟となり、盤石の体制となったその組織を打ち崩せるとは、到底思えない。

 

ここにいる三人は、間違いなくこの宇宙でも屈指の謀略者であることは疑いようがない。

だが、それも、相手に隙があればこそできる。だが現状ではそのような隙も、かの組織に見出すことはできない。

 

だが、その質問にド・ヴィリエは不敵な笑みを浮かべた。

「崩せないのなら、楔を打ち込むだけだ。」

「ほう…面白いネタを有しておられるようだ。」

ルビンスキーの太い眉毛が一瞬動く。

 

「地球教総大主教はロボットだ。」

 

トリューニヒトとルビンスキーは声を失った。動揺しないのはさすがであろう。

 

もっとも、ド・ヴィリエの口から出なかったのであれば、「総大主教はロボットである」などという言葉は戯言として一笑に付したことは間違いない。

 

それほど滑稽かつ現実味のない言葉である。

「悪魔と取引をした」と言われたほうがまだ信憑性があるだろう。

 

「それは比喩的表現ですかな?」

「そこは問題ではないな。」

 

ルビンスキーの言葉と意をはぐらかし、笑みを浮かべたド・ヴィリエは再びグラスを傾けた。

明らかに二人の反応を楽しんでいるようであった。

 

「素晴らしい。流石は我々『ド・ヴィリエ』派のリーダーだ。そのロボットであるという発言の真意をぜひともお聞きしたい。」

 

ド・ヴィリエの姿に不快感をおくびも出さずトリューニヒトは手を叩いて称賛した。

相手の望む反応をしつつ、情報を引き出すのも政治家というものだ。

 

「まったくトリューニヒト殿は人を乗せるのがうまい。良いでしょう。カードは共有したほうがやりやすい。」

 

ド・ヴィリエが語ったのは、忘れられた地球教の過去であった。

 

そもそも、ド・ヴィリエは最初から総大主教をロボットだと思っていたわけではない。

 

「世俗派」のリーダーとして、自分が地球教の頂点に立つための武器を得るべく、地球教の組織構造を調べているうちに発見したのだ。

 

それは総大主教が扱う『コンピュータ』であった。

 

そもそも、宇宙時代にあってコンピュータシステムに頼るのは別段不思議な話ではない。

この高度に複雑化した社会では、機械の計算なしでは何事もなしえない。

 

そういう意味では自分の判断を行う情報を得るために機械を頼るのは当たり前のことであり、総大主教が教団の演算システムを利用したところで、気にするものなどいないだろう。

 

だが、総大主教が情報を得るために使っていた機械は、明らかに「異質」であった。

 

地球教本部の奥深くに設置された全地球環境改善(ReTerraforming)システム、「リテラ」。

人工知能搭載のタワー型巨大コンピュータである。

 

元々、この「リテラ」は核戦争後の地球環境改善のために建造されたものであった。

構想自体は西暦1960年代のアメリカ合衆国の頃から存在していると言われており、核戦争後に起こりうるであろう放射能と核の冬を改善するために必要なモノであると考えられていた。

 

この「リテラ」の最大特徴は今までのコンピュータと違い、人工知能と疑似人格を搭載されていたことである。

 

当時から自我を持つ人工知能は危険性が叫ばれてはいたが、核戦争後、地球の人口は激減し研究者も少なくなるという状況下では、そのような問題は些事であった。

 

現実的に、地球環境を人工的に回復するための膨大な計算と、そのロジックの開発に、超AIを使用するという方向をとらざるを得なかったのである。

 

そして西暦2039年に現実に核攻撃が勃発、「13日戦争」が発生し、地球が汚染されつくされた。

西暦2129年、地球統一政府が樹立されると世界が破滅し、食料生産もままならない状況で『リテラ』は人類最後の希望として扱われるのである。

 

一刻も早く復興を!人類の再興を!それこそが重要であった。

この地球環境改善システムの運用により、地球環境は効率的かつ迅速に改善され、放射能と岩石に塗れた地表は、何年もしないうちに再び緑豊かな大地へと劇的に改変されていった。

 

このシステムは人格部分を排除され、後に宇宙開拓時代において各惑星の地球化(テラフォーミング)技術の礎になったことは言うまでもないだろう。

 

地球統一政府が発足し、地球環境の改善も一区切りついた後、このシステムの大半はヒマラヤ山脈に設置された統一政府本部の核シェルター地価のさらに最奥部に移された。

 

この場所であれば、どのような状況になったとしても、地球環境を守り続けることが可能であるためだ。

 

そして、自我を持つ人工知能『リテラ』は特に人類に敵対することもなく、皆が危惧するような危険な状況には陥らなかった。

地球人類の良き隣人、良き友人、そして仲間として地球環境の安定化のために常に最高のパフォーマンスを発揮し続けたのである。

 

そう、あの時までは…

 

西暦2704年、シリウスを盟主とする反地球植民星連合軍。黒旗軍は、地球に対して無差別全面攻撃を行った。

地球統一政府司令本部の人々は悉く死に絶え、そしてこの際に『リテラ』も機能を停止したと言われている。

というのは、当時の資料が全くと言っていいほど存在しないためである。

 

だが、『リテラ』は機能を停止してはいなかった。

スリープモードに移行し、最小限の電力で活動し続けたのである。

 

地球環境を守るために外部システムが停止し、彼には考える時間が無限にあった。

 

地球は再び汚染された。

それも地球の外にいる人類の手によって。

 

リテラはその長い睡眠のさなかに「次に」どのようにすれば地球環境を守れるのか、新たなロジックを計算し始めた。

 

彼の導き出した答えは4つであった。

1、すべての人類に地球を、人類を生み出した聖地として尊重させること。

2、人類の知識を支配者に限定し、一般人の知恵を地球環境を汚させないレベルにまで落とすこと。

3、地球以外の外部勢力から攻撃を受けさせないこと。

4、そのためにも、地球以外に存在するすべての人類に地球尊重の考えを植え付けること。

 

そして地球統一政府が消滅して幾百年、地球教の開祖である聖ジャムシードが現れた。

彼は統一政府総司令部跡地に存在していたいくつかの機械を起動させた。

そしてその中に『リテラ』の存在があった…

 

全ての説明を聞いた後、ルビンスキーは眉を細める。

「つまり、地球教とは、『地球保全』を使命とする機械により生み出された、と。」

トリューニヒトも、渋い顔を隠さない。

「筋は通っている気もするが、しかし、これは…」

 

二人とも不快なのだ。機械によって生み出された狂気の思想が蔓延しているという話に。

仮にこれが現実だとしたらなんとも滑稽で哀れで救いようのない話ではないか。

人類は、自ら生み出した道具に支配されて、歴史を作ったなどと。

 

だが、その感情こそはド・ヴィリエの望む「楔」の一撃となる。

「そうだ。そして、今二人の気分を全宇宙の者たちが味わうことになる。」

ルビンスキーはグラスを傾ける。

「証拠はあるのか。」

「証拠も何も、別に隠してはいない。」

 

ルビンスキーとトリューニヒトの二人は驚く。

ド・ヴィリエはその姿に笑みを浮かべる。

 

そう、今の話は別に地球教団は隠しているわけではない。教団の図書館に足を向けて、その歴史が書かれている本を見れば別項に普通に書かれていることだ。

 

ただ、今まで誰も気にしなかっただけである。

多くの者たちは歴史を流し読みし、ジャムシードが再起動させた機械の一つとしか認識していない。

 

ド・ヴィリエも、このような事態に陥るまではそうであった。

こじつけといえば、こじつけである。

 

だが、小さい隙間であれば、そこの足先を入れて勝利へのドアを開くこともまた可能ではあるまいか。

 

「大事なのは、この話を総大主教、そして地球教団の創設と結びつけることだ。」

「なるほどな。」

ルビンスキーとトリューニヒトは納得したようにうなずく。

 

この話の肝は『リテラ』そのものにあるのではない。

『リテラ』に地球教総大主教が操られている、と繋げることが重要なのだ。

 

「地球教団はいくつかの思想をもとに作られた。その中にリテラのロジックもあった。」

のではなく

「リテラという巨大マザーシステムに洗脳された人間が作った組織であり、総大主教はその操り人形に過ぎない。」

というように解釈し、流布すればいい。

 

「我々は、帝国も同盟も『人間中心』という社会に固執している。」

 

それはルドルフ大帝の大いなる呪縛であったかもしれない。

健全なる人間こそが、社会の主足りえる。それを疑うこともしなかった。

 

ルドルフの直系の子孫である帝国のみならず自由惑星同盟もそうであった。

本来ならば、人的資源の損失を機械(例えば人工生命体)などで補填するやり方もあったはずである。

だが、彼らはそれを行わなかった。なぜなら、彼らもまた人間こそが社会の中心であるという考えが根底にあったからだ。

 

しかし、今や世界を支配する神聖地球同盟が人間ではなく『機械によって支配されている』と分かったら、帝国は元より同盟の人間たちもよしとしないだろう。

 

この二人――ルビンスキーやトリューニヒトのように、猛烈な不快感に支配されるはずだ。

 

トリューニヒトは、この場にいる三人のグラスに酒を注ぎこむ。

 

「なるほど、総大主教が機械に支配される傀儡(ロボット)であるかは確かに問題では無い。そうであると周囲に知らしめることによって、内紛を引き起こせるかもしれないということか」

 

「…ふむ」

 

トリューニヒトとド・ヴィリエは、その方向で納得していたが、ルビンスキー一人だけが、少し違う考えをしていた。

 

『もし、仮に本当にそのリテラが総大主教を操りに人形にしていたら』

 

『そのリテラと呼ばれる機械こそが、本当に地球教を支配していたら』

 

(…交渉が可能かもしれん)

 

かつて、ルビンスキーは地球教に対して、このような考えを持っていた。

 

――地球は聖地として宗教の中心地であり、巡礼が絶えない場所であるのは良い

しかし、権力と財政は別の誰かが持つべきである――

 

彼の失脚と共に消えた考えであったが、本当に『地球保全のみを優先する機械』によって運営されているのであれば交渉の余地がある。

 

すなわち

 

『権力闘争によって地球に危機が訪れる可能性がある』

 

という認識をもたらせば良い。

 

さすれば、権力を放棄し、権威だけを持つ存在として生き残るという考えに誘導することもできるだろう。

 

ローマ教皇のように。あるいはテンノーのように。

 

機械の目的が『地球環境の永続的な改善』であれば、権力の放棄も、また、容易であるはずだ。

 

なぜならば権力などは目的を実行するための、ツールでしかない。

 

ならば、目的のためにツールを捨てるのも合理的な判断として出来るはずだ。

 

そのためにも、まず今の地球教をひっかき回す必要がある。

 

交渉とは、すくなくとも対等な力関係でなければ成し得ないものなのだ。

 

「それでは、もう一度乾杯といきましょう」

 

トリューニヒトの音頭で三人は再びグラスを掲げた。

 

戦略は決まった。あとは実行あるのみである。

 



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保身を図る第五列

執筆者はクライス氏。


現在、神聖地球同盟国防軍統合作戦本部の頂点に君臨しているのは、ドーソンという男であり、同盟が地球愛党を指導政党とするヘゲモニー政党制に移行する前から軍の高官であったという、非常に珍しい経歴の持ち主であり、地球教の築いた理想社会に順応できぬ者たちからは虚栄心の強い卑劣漢と見做されていた。

 

それは故のないことではなかった。彼は元々ヨブ・トリューニヒトに近しい軍人として頭角を現し、地球愛党が政権与党になった段階では国防委員会情報部長の中将であった。にもかかわらず、地球愛党の一党独裁体制が確立され、党が地球教にとって不都合な人材を政治と軍事の双方の上層部から一掃しようと企図した時、ドーソンはその流れに迎合して職権を乱用し、ロックウェルなどを始めとする同じトリューニヒト派軍人の追放活動に加担したのである。

 

その“貢献”によって、ドーソンは大将に昇進し、後方勤務本部長と統合作戦本部次長と兼任し、対帝国の聖戦時には、軍上層部が何を企んでいるか重々承知の上で、その非道極まる軍事作戦や宗教警察による特殊作戦を兵站面で強力に支える活躍をし、地球教上層部からも高評価をされるようになっていた。

 

そして戦後の地球教世俗派の領袖ド・ヴィリエが平和に対する罪を犯した大罪人、背教者として教団から永久助命処分されるようになると、ドーソンはまたしてもその流れに乗っかり、軍内における世俗派の大粛清の主犯格の一人に名を連ねたのである。

 

大粛清で処刑された将官の内、実に五割近くの意思決定にドーソンは参加していたと言われており、佐官以下の処刑にはいったいどれほど関わっていたのかは判然としないが、ひとつだけ確実なこととして、世俗派のグループに属していたとされる息子の死刑執行サインを、ドーソンはしたということである。

 

いや、それだけにとどまらず、ドーソンは自分の息子が背教者と関わっていたことに怒り心頭であったらしく、息子の軍籍を剥奪するよう働きかけ、更には私的にも絶縁の申請を役所で行い、徹底的に息子の罪が自分に及ばぬように万全の措置を取った上で、息子の処刑執行人もドーソンがしたということだ。

 

処刑執行の際、ドーソンは顔を真っ赤にして息子を怒鳴り続け、徹底的にこき下ろした。そして息子から呪いの言葉を呟かされても、何の痛痒も感じなかったように死刑を執行したと多くの者が証言しており、疑いの余地はない。

 

そこまでして自分たちへの忠誠心を示してみせたドーソンに、地球教は厚く報いた。元帥に昇進させ、統合作戦本部長の椅子を与えたばかりか、地球愛党の党籍を与え、同盟議会議員の役職をも与えたのである。

 

といっても、今や同盟議会は年末に一日だけ開かれ、政権の全て提案を全会一致で賛成するという形式だけの存在と化しており、議員職など名誉職でしかないのだが。

 

こうした経歴の為にドーソンは虚栄心の強い卑劣漢であると反体制派からは見做されている。そして地球教側もそうした風評を十分に承知しているので、まさかドーソンが今なおトリューニヒトとの間に連絡ラインを持っているなどと想像する者は皆無ではないにせよ、限りなくゼロに近かった。

 

そんなドーソンが地球に移転された同盟政府の神殿の廊下を歩いていた。国防委員長に呼ばれていたのである。執務室の扉をノックして、ドーソンは入室した。

 

「ああ、よく来てくれた。急な案件で汝と相談したいことがあってな」

 

部屋に入るなり挨拶もなしに話しだした国防委員長の姿を確認して、ドーソンは不快感を抱く。神経質で規律屋な彼としては、国防委員長の肉付きが薄く血色が悪い青白い顔と長いだけで手入れがされていない黒い髪に、不潔さを感じてしまうし、熱帯雨林地帯の太陽を思わせるような刺々しい光を宿す青い目は不気味に思えて苦手だった。そんな内心を隠し、慇懃に敬礼をする。

 

「なんでございましょうか、デグスビイ国防委員長閣下」

 

「以前より枢機局で議題にあがっていたことなのだが、宗教警察の下に新たな軍事組織を新設するという話があっただろう。総大主教猊下が裁可してしまったので、汝と善後策を検討したいのだ」

 

「なんですと。閣下のお力でも阻止することができなかったのですか」

 

「ああ、残念なことにな、私も必死に意見を主張したのだが、宗教警察長官の意見の方が枢機たちの賛同をえてしまってな……」

 

デグスビイの表情には無念さが滲み出ていた。現在の同盟において、閣僚の地位にあることは、必ずしも政治的影響力の持ち主であることを意味しない。宇宙暦時代の自由惑星同盟ならいざしらず、西暦が復活し神聖地球同盟となった現在、地球愛党の事実上の一党独裁体制が敷かれており、地球愛党の決定は政府に圧倒的に優越するからである。

 

帝国を滅ぼした聖戦後は、地球愛党と地球教本部の一体化がはかられ、党上層部と地球教上層部のメンバーが完全に一致しているなど、もはや両者を識別する必要性すらあるのか疑わしいことになっており、実質的に地球教本部が同盟政府を指導しており、政府閣僚であるだけでは実権のないお飾り扱いされるのである。

 

しかしデグスビイは地球教大主教の位階にあり、教団においては総大主教を輔弼する枢機局に勤めており、名実ともに現在の人類社会における権力の頂に近い地位にいる人物であった。ドーソンが度重なる軍部の大粛清を免れ、統合作戦本部長の椅子に座れたのは、彼の信任を得られたからという理由も大きい。

 

「宗教警察長官の言い分もわかる。軍の中堅以下の人員は、信心が不確かで信頼ならぬ者が多い。よって敬虔な地球教徒からなる聖なる軍隊を持えようという発想は順当なもので、さして飛躍したものでもない」

 

「ですが、それでは既存の軍と新たな軍の間で様々な軋轢を生みますし、この問題は世代が変わるほどの時間をかけて、徐々に軍の人員を入れ替えていくのが、最も穏当で、確実な方策であると小官は思っていたのですが……」

 

仮に宗教警察軍なるものが新設されたとして、最初から同盟軍と同規模の練度と規模を持ち、同盟軍に取って代わることなど不可能だ。宗教警察軍は同盟軍に比べて小規模の存在として始まり、徐々に人員を育成し、規模を拡大させていくといったプロセスを踏むを必要があるだろう。

 

そうなると同盟軍と宗教警察軍は互いに予算や人材、装備などを奪い合う険悪な関係になるのは避けられないし、さらに宗教警察軍は同盟軍の存在意義を奪い取るための組織ということになるので、両軍組織高官の感情的対立すら巻き起こす可能性が想定されたので、ドーソンはかねてよりデグスビイにその旨を進言していたのである。

 

「わかっておる。我々はこの人類社会から不道徳で不信心な戦争狂どもを一掃し、築き上げた平和をより完璧なものとし、永遠不変のものとしなくてはならぬ使命を帯びているのだ。にもかかわらず、我々が内紛により崩壊したとあっては、数百年にわたって母なる地球の加護を受けられず、わけのわからぬ帝国の悪政や民主共和政の奴隷となって、死んでいった者たちの魂があまりにも報われぬ。だが、汝がいうような危険性も提言された賢明なる議論の末に総大主教猊下が決断なされたのだ。ならば、その方針に従った上で最善を尽くすが聖職者の務めであろう」

 

そう語るデグスビイの瞳には高邁な理想を実現せんとする真摯さと宗教家としての潔癖さが内包しているようにドーソンには思われ、内心で感じる寒々しい虚しさを悟られないように苦労しなければならなかった。

 

彼ら地球教の聖職者は今の人類社会が“平和”であると当然のように主張するのである。戦争的とか、反道徳的とか、背教的とか、さまざまな理由をつけて規制を張り巡らせ、地球教の理念に沿わないあらゆるものが禁止され、過去の記録すら地球教の理念に沿うように改竄し、異を唱える者には誰であろうと呵責なき弾圧を加え、公開処刑される。そして街をゆく人々の表情から、感情らしきものが日に日に消えていく昨今の人類社会が。

 

最初は冗談で言っているか、ただの建前であるとドーソンは思っていた。だが、長く付き合っている内に彼らは自らの語る理想社会を、人類の理想の社会の在り方だと本当に信じており、その実現のために我が身を犠牲にすることすら惜しまぬ熱意と献身性を持っているのである。少なくとも、地球教の理念に心酔しきっている連中は。

 

その平和に対する狂気の前に、銀河帝国も自由惑星同盟も飲まれ、その過程の中で自分は我が子にすら死を宣告せざるを得ない状況に追い込まれたのだ。ドーソンは今でも自分は何か出来の悪い夢の中にいるのではなにかと思ってしまうことがある。早く覚めろと願い、そして現実なのだから覚めるわけがないと何度思い知らされたことか。

 

デグスビイと宗教警察軍との軋轢を最小限に抑えるための善後策を数時間にわたって討議した後、統合作戦本部へと戻り、自分の執務室にある特殊コンピュータを起動した。

本部へと戻り、自分の執務室にある特殊コンピュータを起動した。

 

「……今回の情報は、もしかするとド・ヴィリエー派にとって非常に有益な情報かもしれんな。ま、私には関係のない話ではあるが」

 

そう呟きながら、情報漏洩を阻止するためにいくつも情報的防衛プログラムを仕込んだ上で、宗教警察の管理下で新たな軍隊が設立されるという機密情報が、幾つものカバーを経た上でトリューニヒトに届くように送信した。

 

自分は小物な臆病者だ。自分の生命は惜しいし、今の体制に叛旗を翻したところで勝てる気がしないので、正式にド・ヴィリエ一派に加わるつもりはないし、自分への連絡方法も与えてやるつもりもない。保身のためにも組織的な規律に従い、これまでと変わらず政権にとって最善と思う発言をし、そのために働き続けるつもりだ。

 

にもかかわらず、ドーソンがトリューニヒトへの情報提供をやめようとしないのは、彼が現状に絶望して諦観しており、滅ぼせるものなら自分ごと滅ぼしてみろというヤケクソじみた感情からくる惰性的な行為にすぎない。

 

今回の情報提供も、今までの情報提供と同じで大勢が変わるような材料にはなるまいとドーソンは思っていた。

 

が、この時、ちょうどド・ヴィリエ一派内で共有された「リテラ」の存在、そしてそれを前提として戦略を練っていた時であり、本当に劇的に情勢が変化する一因になることを、ドーソンはまだ知らなかった。

 

 



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「シロンにおける農業、及び食糧事情についての報告書」、及び不義者の末路

執筆者はmeteor氏。
文字数が足りない分は私が加筆しました。


「いやまあ商売あがったりですよ。同盟の農業は土の上で育てるのは高級品で基本的には『野菜工場』『穀物工場』といった水耕室内生産ですからね。今から土で育てろと言われても...もともと土の上で育てている上に人件費が安いオリオンの作物と比べたら輸送費込みでも価格競争に負けますよ」

 

ここは惑星シロン。同盟本土でも屈指の農業惑星であるが最近は景気後退の真っ只中だ。

 

「私」はフェザーン商人という表の顔を使って同盟本土ーサジタリウスの諸星系の情報を収集している。自治領主、いや、元自治領主の命で調査しているが、やはり地球教の出した「作物は母なる地球、またやむを得ない事情によりそれが出来ない場合は地球の兄弟たる惑星の地上の土で育ったもののみを口にすべし、聖職者は必ず地球産の作物を食すること」という新しく布告された律法(教義と同様に扱われる法律のことだ)は不評であった。

 

特に聖職者(中央政府及び星系政府の公務員も聖職者と見做される)たちの間には。

 

地球教上層部でも農学と農政の専門家と名高いダージリン主教シオン氏の「地球の農業生産は全聖職者に必要なカロリーを供給出来ない」という声を押し切って制定されのだが、案の定不足をきたした。流石に同盟中央政府――というより地球教本部もサジタリウスに向けて配給を開始したが全く量が足りず公務員達は闇市場に頼る有様である。

 

しかも、これはほんの一例にしか過ぎない。他にもサジタリウス(そして恐らくオリオンでも)の実情を真空にでも放り投げたような「律法」がどのような過程を経て地球愛党中央委員会と同盟議会を通過するのか全貌は誰も掴めないだろう複雑怪奇な権力闘争の過程を経て次々制定されているのだから。

 

社会の底の方ではすでに不満のゼッフル粒子が蓄積している、誰かがマッチを擦れば大爆発するだろう。

 

私はどうルビンスキーに報告したものかと考えながらベリョースカ号へと帰ることにした。ヤンの奴はあのロクデナシ共の穴倉に放り込まれて大丈夫だろうか。

 

 

 

今日も人間が武装した男たちに出荷される子牛の如く連れ去られる。

 

彼らは神聖地球同盟、ひいては地球教団が制定した「律法」をどのような形であれ破った人間たちである。

 

「律法」を破った人間には男も女も、老いも若きも、そして故意であろうが不本意であろうが関係ない。平等に神聖地球同盟の特別行動部隊に連れ去られていく。

 

彼らの行き先は「律法局」と呼ばれる地球教団の部局が管理する「再教育キャンプ」。ありていに言ってしまえば強制収容所の類であった。

 

彼らはこの再教育キャンプで地球教の教義や思想を徹底的に叩き込まれ、「芳しくない」とみなされれば最悪殺されるというある種の地獄じみた環境に放り込まれるのだ。

 

最も、このキャンプを「生きて」帰った人間などいない。「芳しくない」と見做されて殺されるか、もしくは帰ってきたときには既に本人の人格そのものが死んでいることになっているのだから。

 

彼らを憐れむものなどいなかった。憐れんだところで何になるというのだろう。まずお上に届くことはまず無いし、最悪あの隊列に加わることになってしまう。彼らは俯いて黙っているしか術はなかった。

 

「おらっ!この不義者め!早く車に乗れ!」

 

「捕まったのが俺たち律法局で良かったな!宗教警察だったら撃ち殺されていたぞ!」

 

「まあいい!お前ら不義者にはこれから地球教の素晴らしい教えを、そして『聖女様』の素晴らしき考えをみっちりと叩き込んでやる!」

 

「聖女様のお考えの素晴らしさをしっかりと理解すれば、お前らは不義者から見上げた信徒になるのだ!」

 

職員たちはそうして律法を破った哀れな人間たちを家畜運搬車を改良した収容車に押し込め、あぶれた不義者がいないことを確認すると、車を西へ、『再教育キャンプ』へと進めていった。



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堕ちた魔術師とウェンリスタ達

執筆者はクライス氏。


同盟政府、あるいは地球教団にとり、ド・ヴィリエー派は不倶戴天の勢力であり、人類の平和を脅かす怨敵である。すべて等しく例外なく抹殺対象でしかないのであるが、それでもド・ヴィリエー派の中でも最も忌むべき相手を選べと問われたら、教団上層部から圧倒的多数票を得て選ばれるであろう人物がいる。

 

同盟の政治家であり自分たちの協力者であったヨブ・トリューニヒトであろうか。それとも旧フェザーン自治領の領主であるアドリアン・ルビンスキーであろうか。いや、そのそんな大幹部ではなく首領、かつては総大主教の懐刀であったにもかかわらず母なる地球の恩恵に背を向け、反体制派の最高指導者になりおおせた醜悪な裏切り者ド・ヴィリエであろうか。だが、その三人の内のいずれでもおそらくはないだろう。もちろん、彼らに対する拒絶感情は、地球教の開祖ジャムシードの広めた教義に基づく価値観に生きる地球教の高位聖職者たちにとって、強烈極まりないものであろうが、それ以上の存在がいるのである。

 

その者は軍人であり、戦争において多くの罪深い所業に手を染めたのみならず、地球教による全人類社会の平和が確立された今もなお、稀代のテロリストとして醜悪な罪業を積み重ね続けている悍ましい存在である。現在の同盟政府が、このトップクラスに罪深い男に最高額で懸賞金をかけるほどである。しかも「生死問わずに全額支払う」というのだから、地球教的価値観ではいかに嫌われているかが伺える。

かが伺える。

 

その者は、今現在は宇宙船の艦橋の船長席に座りながら紅茶をすすっていた。左頬から鼻先にかけて残っている目立つ傷跡は、戦いの中でついたものである。現代の医療技術をもってすれば、その傷跡を消すのはたやすく、それだけの設備をド・ヴィリエー派ならば用意できるのであるが、本人の強い希望により、あえて残しているのである。

 

この男こそはヤン・ウェンリー。元自由惑星同盟軍の将校にして、現在は多彩極まるテロ手法の多様さから『魔術師』の異名で呼ばれている、この時代最強のテロリストである。

 

「とてもじゃないが信じられませんな」

 

「ああ、俺も同感だ。地球教が『13日戦争』以前に人類が建設した自律思考の環境改善システムで、総大主教を傀儡として今もなお地球教を動かす真の支配者なんてな」

 

「立体TVの三流ドラマの脚本じゃあるまいし……まあ、今の立体TVじゃそんなの拝めやしないが。クソつまらん説教番組と政治報道しかしてないしな」

 

「いや、案外トリューニヒトが寄越した情報が正しいのかもしれないよ」

 

カチャリ、とコップを置いて喋り出した自分たちの冷徹な上司の声に、二人は反射的に背を正した。

 

「地球環境改善システム『リテラ』と、その導き出した結論について、若干の疑問はあるが、筋が通っているし、今の同盟政府、ひいては地球教上層部の行動と照らし合わせても筋が通っている。私としては、何百年も自意識を持つ“なにか”が地球教の真の支配者であり、だからこそ恐ろしく迂遠で壮大な陰謀を完遂させることができたのだと言われると、納得感がある」

 

むしろ人から人へとあの狂気に満ちた理念を全く歪めることなく継承しつづけてきたのだと考えるよりは、合理性があるとすらヤンには思えていた。

 

そう言われると二人の部下はやや深刻そうに考え込んだ。この二人にとって、自分たちの上司が絶対に間違えている考察をするなどありえないと考えているので、そう言われたらありうるかもしれないと思ってしまうのであった。

 

だが片方の彫りの深い顔をしたゲルマン系の男はふとあることに疑問を抱き、口を開いた。

 

「先ほど若干の疑問があると閣下は仰せになられましたが、なにに疑問を抱かれたので?」

 

「ああ、そうした物語だと自律思考の管理システムが出す結論って、もはやお約束地味ているものがあるんだけど、シェーンコップはわかるかい」

 

「……自分たちに全ての仕事を任せ、問題ばかりを起こす人類そのものが不要、ってやつですか」

 

「そう、それだよ」

 

ヤンは深く頷いた。

 

「本当にただただ地球の自然環境の改善・維持の為を目的にした心のないシステムの出した結論としては、あまりに非合理すぎるし、費用が膨大すぎやしないか。人類がまだ地球から抜け出せていなかった頃から、一部の人たちが主張していたことであるが、純粋に自然環境の改善のみを目的とするのであれば、人類を滅亡させるのが一番手っ取り早い。人類ほど広範囲の活動圏を持ち、大規模な自然破壊を行う生命など他に存在し得ないのだからと」

 

なのに『リテラ』とかいう自律人工知能が出した結論は、『全ての人類に地球を聖地として尊重させる事』『人類の知識層を支配者に限定する事』『地球以外の外部勢力からの攻撃を受けさせないこと』であり、そのための方法として選んだのが『全人類の再教育であり、思想の強制』であるというのだ。

 

ヤンからすると、それはあまりに人間中心の考え方すぎるように思われる。機械というのは、非人間的なまでに機能を全うすることのみに重点が置かれるものであり、機械に人間に対する配慮など存在せず、使う側の人間が危険性をわきまえた上で使うもの、それがヤンの機械に対する認識だ。

 

「だが、それはセーフティとして、あらかじめ人類が滅ぼさないという絶対条件を『リテラ』は植え付けられていたのではないか?」

 

「キャゼルヌ先輩の言う通りかもしれません。ですが、私は何か違和感を覚える。その違和感が何かとなると、ちょっと情報不足すぎて……。直接、情報源であるド・ヴィリエの野郎を尋問できればいいんですが」

 

サラリと自分たちの勢力の頂点に立っているド・ヴィリエを貶す発言をしたが、シェーンコップもキャゼルヌも何ら反応を見せない。ヤンがド・ヴィリエのことを嫌っているのは承知しているし、それは至極当然だと思っていた。

 

なにせ、同盟において地球教政党による一党独裁体制が確立された時、ド・ヴィリエは名実ともに地球教のナンバー・ツーであったのだ。ヤンにとって大切だった人たちが、宗教警察の手により粛清されたのはその頃であるのだから。

 

それでもヤンがド・ヴィリエの下に就くの許容してやっているのは、ただでさえ厳しい状況下であって反地球教勢力同士で対立するなど利敵行為という考えがあってのことである。いや、それでも色々と世話になっているトリューニヒトの必死の説得がなければ、許容できたか怪しいが。

 

とはいえ、現在人類社会を私物化しているともいえる地球教勢力を打倒した後も、ド・ヴィリエを指導者として認め続けるという思考はヤンにはない。状況が整えば、ド・ヴィリエのごとき輩は排除して、信頼するトリューニヒトを上に押し上げるつもりである。

 

「忌々しいことですが現状ではド・ヴィリエから直接情報を聞き出すのは難しいですね。『リテラ』とやらについて知っていそうな高位聖職者の身柄を確保して、情報を引き出した方がよいかもしれませんね。シェーンコップ、次の作戦は高位聖職者、できれば地球教の枢機局メンバーあたりを拉致する方向で作戦を練りましょう。トリューニヒトには情報の裏どりのためとでも説明しておきます」

 

「了解した」

 

「それとキャゼルヌ先輩、シャンプールの収容所から救出した囚人たちのことですが、調査は終わりましたか」

 

「ああ、これが憲兵たちによる調査報告書のリストだ」

 

キャゼルヌから手渡された分厚い紙の束を受け取ると、ヤンは紙面に視線を走らせ、一枚三秒程度のペースで紙をめくっていく。時折、ペンで資料に印をつけたりする作業を交えつつ、一〇分ほどかけてすべての資料をチェックした後、その資料の束をキャゼルヌに渡した。

 

「では、印をつけた者たちはいつも通り『処分』しておいてください」

 

「……毎度のこととはいえ、慣れないな」

 

「……私だってしたくてやってるわけじゃないですよ。ですがこんな状況です。地球教なんてものが自由惑星同盟を乗っ取らなければ、彼らも法や人権に庇護されて、相応の扱いをすることができたかもしれない。だが、神聖地球同盟なんてゲテモノが誕生し、人類社会から民主主義も人権思想も法治の概念も丸ごと消し去ったこの末世では、そんなこと気にしてる余裕が我々にはないんです。気にしていたら、その隙を連中は卑劣にもついてきて、我々が滅んでしまいます」

 

「まったくですな。地球教の連中に比べれば、帝国の連中はまだしも紳士的なものでしたからね」

 

「シェーンコップの言う通りさ」

 

それで話は終わりだと言うように船長席に座りなおし、足をコンソールの上に乗っけた行儀の悪い姿勢で紅茶を飲み直し始めたヤンを見ながら、キャゼルヌは寂寥の思いを禁じ得なかった。

 

 



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オーディン炎上 上

執筆者は私ことkzhiro。


「同志ハンソン、もうすぐです!」

 

元弁護士であり現在はあまり似合っていない革命家をしているジークフリード・キルヒアイスは自分より何倍もの体格を持つ男、オリオン腕における反地球教の旗主、全オリオン腕人民の希望である社会主義者、カール・ハンソンを背負い込みながらそう言った。火事場の馬鹿力なのかハンソン自身が怪我をしているためなのか、それとも華奢な体格の彼でも容易に背負うことができた。

 

「敗戦国」である銀河帝国における神聖地球同盟に対する反抗運動はある意味無節操で、しかして激しいものであった。皇族、貴族、富裕商人、労働者、農民、学生などが身分の差の壁を超えて手を取り合い、一つの戦線のもと一致団結して狂信者達に果敢に立ち向かっているのである。

 

戦線、即ちオリオン腕全臣民解放戦線はその始まりこそ地球教による私有財産の回収に反対したカストロプ公爵による私利私欲のための組織であったが、ド・ヴィリエの世俗派を除いて公然と反神聖地球同盟を掲げる組織であり、高い福利厚生を完備しているというのもあり、戦犯追及を逃れたい貴族や職にあぶれた労働者、食糧生産統制により明日の食事を用意できるかもわからない農民や思想犯罪者の烙印を押された官僚などが続々と合流し、今ではオーディンで一大ゼネストはおろか、艦隊と一大陸上部隊を展開し、それを護衛できるほどの大組織として成長するに至った。

 

が、今ではそれは過去の話になりつつあった。新しく新設された宗教警察軍はオーディンに展開した解放戦線のゼネスト群衆に対し容赦なく発砲、徹底的な殲滅戦を仕掛けてきたのである。今キルヒアイスはそのゼネストの首謀者、解放戦線の幹部であるカール・ハンソンを背負って安全地帯に展開しているシャトル群まで運び込もうとしていた。即席司令部として展開しているシャトル群になら医療部隊が展開しているはずである。

 

そこまで運び込めることができればなんとか助かるかもしれない。

宗教警察軍の一部隊が見せしめにどこかに放火したのか、既に市街地には火の手が回っており、何かが焼ける匂いが時々彼の鼻腔を誘った。早く、早いところ合流しないと...

 

「同志キルヒアイス...ここでいい...もう下ろしてくれ...」

 

ハンソンは弱々しい声でそう言った。

 

「同志ハンソン、何を仰るのですか!生きていれば...生きてさえいれば必ず再起は叶います!さあ、あと少しでシャトルに到着します!頑張って!」

 

「生きてさえいれば...か。そうしたいのは山々だが...もう持ちそうにない。気を緩めれば意識を失ってしまいそうだ...」

 

ハンソンは弱々しい声で赤毛の同志に言う。確かに、今にも意識が絶えそうな様子であり、なんとか気力で耐えているのがよく分かった。だがしかし、それもあと何十分かすれば限界に陥るだろう。

 

「駄目です...貴方が生きていないと...貴方が生きていないと...これまでの犠牲はなんだったのですか...」

 

キルヒアイスはもう腕の限界が訪れたのか、息も絶え絶えにそう言った。そもそも華奢な体格の彼がハンソンを持ち上げられたのがある種の奇跡であったのだ。キルヒアイスは二、三歩ほど歩くと地面に膝をつきかけた。

 

「同志キルヒアイス...いや、ジーク!もう...やめるんだ!このままだと2人とも狂信者の餌食になって終わりだ!私を下ろしていけ!君だけでも...君だけでも生き延びるんだ!」

 

「そういう訳には行きません。貴方が、貴方が死んだら...殿下をはじめ、大勢の人が悲しみますから...」

 

キルヒアイスはなんとか堪えて、疲れに抗いながら一歩一歩、地面を踏みしめて歩き出した。

 

「っ...!!馬鹿野郎!お前のような希望に溢れた若者が、こんなところで死んでいいはずがねぇっ!」

 

ハンソンは無念に思った。何が革命家か。ゼネストに参加した同志達はおろか、希望に溢れた赤毛の若者1人を救えなくて何が革命家なのか。

 

「居たぞ!不信心者ハンソンとキルヒアイスだ!」

 

「不信心者に慈悲はいらん!殺せ!」

 

後ろから男2人の声が聞こえる。どうも宗教警察軍に見つかったようだ。

 

「...!!ジーク!俺を置いて逃げろ!お前だけでお前だけでも、お前だけでも生き延びるんだ!」

 

「そういう訳には...いきません...皆が悲しみますから...それに...まだ飲んでいないお酒があるんでしょう?私も付き合いますから...」

 

「この大馬鹿野郎...!!」

 

ジークフリードは息も絶え絶えにそう言った。ここをなんとかやり過ごせばあと少しでシャトルだ。声の大きさからいって男達とはまだ距離がある。ここをなんとかやり過ごせば...なんとかやり過ごすことができれば...出来るのだろうか?

 

ジークフリードの耳には男達がこちらに走ってくる音が聞こえる。この足取りでは追いつかれるだろう。

 

(...父さん...母さん...)

 

彼の脳裏によぎったのは今は亡き父と母であった。帝国の司法官吏であった父は占領統治に反発して思想犯の烙印を押され母ともども殺された。

 

自分もそれに倣うことになるかもしれない。キルヒアイスは深く目を瞑った。

 

その時であった。何かの発砲音とともに男達の短い断末魔が彼の耳に入ってきた。

 

「同志キルヒアイスと同志ハンソンを発見しました!これより保護に移ります!」

 

誰かと通信していると思わしき声。ジークフリードはゆっくりと目を開けた。

 

黒の強化外骨格に身を包み、こちらに歩み寄る男達が彼の目に写った。あれは確か...

 

「黒の軍勢...遅いじゃないか....ブラ公の美味い飯でも食って鈍ったのか...?」

 

背中のハンソンが弱々しく、そして嬉しそうにそう言った。

 

黒の軍勢、即ち解放戦線の主要幹部であるブラウンシュヴァイク公爵の精鋭陸戦部隊である。ここにいるということは逃げ遅れた同志を救出する任務を受けたのだろう。

 

隊員が1人こちらに歩み寄ってきた。装備からしておそらく衛生兵だろう。

 

「アンスバッハ司令から同志キルヒアイス、同志ハンソンの救出の任を受けました。後のことは我々に任せて、本部と合流してください。」

 

隊員はそう言って後ろの担架を指し示した。キルヒアイスは頬を綻ばせて担架に歩み寄り、ゆっくりと大柄の革命家を下ろした。

 

 

 



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オーディン炎上 下

執筆者はクライス氏。


かつての銀河帝国の首都オーディンは、赤色に輝いていた。オリオン腕全臣民解放戦線が主催したゼネストを粉砕してから三日も経過しているのに、宗教警察軍将兵による虐殺行為がそこら中で継続して行われ、歴史的建造物の多くには火を放たれていたのである。それはこのような命令が、司令部から出ていたからである。

 

「帝国首都オーディンの名を永久に抹殺し、彼の首都がかつて存在したことを思い出させるすべてを抹殺しなければならない。この罪深きオーディンの街は、存在したこと自体が何かの間違いなのである。神聖なる使命を帯びた将兵には、この街のすべてを火中に投じ、徹底的に清めねばならぬ義務があるのだ」

 

ゼネストを粉砕した後に、ある程度オーディンの街並みを破棄することは、元からの既定路線ではあった。自分たちが滅ぼした悪の帝国の首都だった街に、派手なゼネストを起こした上に、公然と護衛と称して私兵を展開し、ヴァルハラ管区の統治責任者であったゴドウィン大主教以下、少なからぬ身内が犠牲になったとあっては、見せしめのためにも徹底的な膺懲が必要であろうというのが、地球教団枢機局の総意だったからである。

 

だが、これほどまで徹底的なものとなったのは、ゼネストの首謀者であるカール・ハンソンを取り逃がしたことが宗教警察軍司令部の者達に筆舌に尽くしがたい屈辱感を与え、その空気を敏感に感じ取った司令部内の最過激派であるジャンボダン参謀長が腹いせの意味も込めて派手にオーディンを燃やす作戦を提案し、司令部全員が了承したからであった。

 

「とは言っても、流石にやりすぎじゃないかなぁ〜。君はどう思う?」

 

燃え盛る新無憂宮を宗教警察軍総旗艦の艦橋から見物しながら、濃灰色の将官服を着込んだ優雅な雰囲気の男は、まるで世間話をするように副官の男に問いかけた。

 

「帝国の遺産を燃やすのに、やりすぎるくらいがちょうどいいのではないでしょうか。ここから眺めるに、かつて帝国の象徴であった新無憂宮が、さぞ鮮やかに赤く燃えているのでしょうね。私には赤い輝きを楽しむことができませんが」

「まあ、そうだろうな」

 

宗教警察軍司令官の副官を務めるモーリッツ・フォン・ハーゼは、かつては優秀な若手帝国軍士官であったが、生来の色盲であり、帝国では劣悪遺伝子保持者として犯罪者扱いされて、収容所に送りになっていたところを地球教によって救出され、以来地球教のために忠節を尽くしてきた経歴の持ち主である。

 

「愚かなことだ。色盲などという当人に何ら責任のないことを罪とみなして犯罪者扱いなどと。人類は皆地球の子であり兄弟だというのに。

 

まあ、だからこそそんなバカな理屈を唱えて五〇〇年も悦に入っていた帝国は天罰を受けて滅んだのは当然だし、そんなちょっと考えればわかることすらわからん解放戦線とかいう輪にかけたバカどもが変に騒ぐから、その残滓である旧都すらこうして炎上するわけだ」

 

「大神オーディンも同じようにおっしゃるに違いありません、エンリコ・マクスウェル大主教猊下」

 

ハーゼの断言ぶりに、マクスウェルは愉快そうに口の端を歪めた。彼は地球教が運営していた孤児院で生まれ育ち、そこから地球教の聖職者としての道を歩んできたのだが、その人生で帝国のクソさ加減はよく理解していたし、帝国なんぞに郷愁を抱くゴミクズどもは何兆人だろうが死ぬべきだし、人類平和を願う梵祭の薪の代わりにしてやるのが慈悲というものだろうとごく自然に思っていた。

 

さながら天罰の代行者のごとき心情の司令官は、副官と和やかに談笑しながら、燃ゆる旧帝都を見下ろしていたが、第三者が艦橋に早足で入ってくるのを認めると、そちらに意識を払った。青白顔の将校は一度敬礼すると、口を開いた。

 

「マクスウェル司令官閣下。宗教警察総本部より連絡であります」

「総本部から?いったいなんだ?」

 

「今から二時間後に長官閣下がオーディンに着く予定なので、司令部要員を集めておけと」

 

「えらい急だなッ!?」

 

思わずそう叫んだ司令官だったが、すぐに冷静さを取り戻した。

 

「いや、ホンパン長官閣下はそういう御方だし、いつものことだった。オーベルシュタイン、申し訳ないがボダン参謀長以下、今も元気に現場でやってる司令部要員を連れ戻してきてくれ。私は私で長官歓迎の準備をしておくから」

 

「はっ」

 

宗教警察軍司令部所属パウル・フォン・オーベルシュタイン作戦主任参謀はいつも通りの鉄面皮で命令に服したが、マクスウェルの目には若干嫌そうな表情を浮かべているように感じられ、たぶんそれは間違いではないだろうと思った。

 

オーベルシュタインにとって、地球教はあくまで自身の復讐のために利用している相手のつもりであり、現在の立場にはいささかの不満があった。そもそも彼はとある事情から、ルドルフの作り出したゴールデンバウム朝銀河帝国を心の底から憎んでおり、これを滅ぼしたいと常々願い、できることなら自分自らの手で滅ぼしたいと思ってきたが、自らにはそれを実現する器量が欠けていると知り、ならば誰かに倒させようと考えてきたのである。

 

故に地球教の勢力が隠然と帝国のあらゆる公的機関に浸透してきているのを比較的早い段階で見抜き、その裏には巨大で綿密な計画があることを察した時、彼が地球教の仲間の側に属することに躊躇いはなかった。別に心から地球教の信者になろうとなど思ったことはないが、その理念は明確なまでに反ルドルフ的で、ゴールデンバウム朝を完膚なきまでに破壊する猛毒たり得ると確信し得たからである。

 

そうして地球教が語るところの『聖戦』の際には、大量に誕生した親地球レジスタンス組織の内のひとつを率いて活躍し、その時の冷酷無比で能率的な帝国要人の確保から処刑の手腕を評価されて、戦後は宗教警察のポストが与えられて、反地球教勢力狩りに従事してきた。

比で能率的な帝国要人の確保から処刑の手腕を評価されて、戦後は宗教警察のポストが与えられて、反地球教勢力狩りに従事してきた。

......もっとも、現在の地球教政権の振る舞いにもそれなり思うところはあるので、上層部にバレない程度には手を抜いており、ゴールデンバウム朝の残党勢力一一代表格はオリオン腕全臣民解放戦線――への弾圧くらいしか真剣に取り組んではいなかったが。

 

そんなオーベルシュタインであるが、つい最近までは宗教警察中堅幹部くらいの扱いに過ぎなかったのだが、なぜに新設された軍事部門において、作戦主任参謀などを任されることになったのかというと、今目の前にいる女性のせいである。

 

「ようこそおいでくださいました、ホンパン閣下! そして同時に謝罪を。オーディンを騒乱に陥れ、大量の人民を迷信への道に誘った主犯であるカール・ハンソン以下、数名の重要人物を取り逃がしてしまいました。処罰はいかようにでも」

 

「いいのよ、マクスウェル。むしろ初陣にしては上々の成果ではなくて。正直なところ、設立して一月程度の急造軍隊だから、解放戦線の艦隊に多少は苦戦するのじゃないかしらって心配してたのよ?それが蓋を開けてみれば鎧袖一触で半壊させて、その勢いのまま地上も焼き払ったなんて。ほんと、大したものよ」

 

「ありがたきお言葉!」

 

マクスウェルが平身低頭している闇のように黒い髪の毛とそれ故に目立つ紅き輝きを持つ双眼をが特徴的なこの妖艶な女性こそ、宗教警察長官ホンパン・スーである。現体制の全貌など、おそらくすべての頂点に君臨する総大主教でもなければ把握不可能な程度には謎に満ちているが、その中でも特に得体が知れない宗教警察の頂点に君臨するのが彼女であった。

 

彼女が最初に人類社会の表舞台に出たのは、まだ同盟が自由惑星同盟として名実ともに存在していた頃、地球愛党の主席としてである。

 

美しい容姿と演説上手なことから民衆人気を集めたが、そんなものはオマケみたいなもので、彼女の本領はオルガナイザーとしての才能であり、組織運営者としての才能である。

 

彼女は小さな政党に過ぎなかったはずの地球愛党を、毎年党員と支持者を乗倍でもさせているのかと言いたくなるような速さで党を拡大させていき、結党から一〇年で政権与党、そこから二年で地球愛党を同盟の指導政党にまで押し上げるという、空前絶後の大偉業を成し遂げた。

 

そしてそれだけにとどまらず、彼女は度重なる粛清も実施し、党と国家を崩壊させることなく地球教団にとって万事都合が良い方向へと自由惑星同盟を改編していき、現在の社会体制が成立する礎を築き上げた地球教にとっての英雄である。

 

『聖戦』後、地球愛党と地球教本部の一体化がはかられていく中で、党主席と最高評議会議長の座は総大主教へと譲ったが、代わりに副議長を与えられ、地球教大主教という聖職者としての位階も与えられて、教団枢機局の一員となるなどむしろ彼女の権威と権力は増大した。

 

数年前のド・ヴィリエが率いた世俗派の大粛清にも辣腕を振るったとされ、現在は地球教政権における堂々たるナンバー・ツーの地位にいると周囲からは見なされている。敵対者からはその容姿と実績からか【吸血鬼】などと蔑まれる一方で、これほどのことを成し遂げた政治手腕と組織運営者としての卓越ぶり、彼女に心酔する者も少なくないという、女傑といってさしつかえない人物なのである。

 

「もうオーディンには十分な懲罰を加えましたし、任務は完了したものとみなしてよいでしょう。次の一―」

 

「お待ちください!!」

 

突然上がった大声によって、話を遮られたにもかかわらず、ホンパンは微笑んでその声の主人を見た。

 

「なんですか、ボダン参謀長」

 

「まだオーディンにはゼネストなる反平和的行為に参加した邪教徒どもがうようよおる! なにせまだ一億程度しか殺しておらんのだ! この星で暮らしていた住民を皆殺しにしなければ、この星に溜まった邪念は浄化されぬ!!」

この星で暮らしていた住民を皆殺しにしなければ、この星に溜まった邪念は浄化されぬ!!」

 

「そうは言われても、律法局からあまり殺さないでほしいとクレームが入っていまして」

 

「この戦争の狂気が根絶されつつある平和の世にあっても、自発的に改宗しない愚者が説法なんぞで改宗するものか! 拷問によらぬ改宗など信じられぬ!!」

 

ボダンの絶叫に、ホンパンは苦笑した。律法局は地球教に対する反逆者を再教育するための施設——言葉を飾らなければ強制収容所の全てを監督する部局だ。異教徒は即座に殺せという極論に走りがちなボダンにとっては腹立たしいことこの上ない部局だろう。

 

だが、ボダンが律法局のことを嫌うのは、決してそれだけが理由ではなかった。

 

「第一、まだ二〇代の若造ごときが大主教、それも枢機局の一員たりえていることがおかしいのだ。いくら優秀で実績があるとはいえ、ド・ヴィリエの二の舞にならぬ保障が何処に――」

 

「ボダン参謀長、発言に気をつけなさい。それ以上続けると、宗教警察長官としてあなたを逮捕しなくてはなるわよ」

 

ボダンは慌てて口を閉ざした。現在の律法局の長は、総大主教が特に評価して抜擢した若手である。仕事ぶりではなく、人事そのものを否定するような発言をすれば、総大主教に対する誹謗と受け取られる可能性があった。

 

「ボダンのそれは無用な心配というものよ。仮にあなたが懸念するようなことが事実としても、ド・ヴィリエの時みたいに証拠を掴めば、私たち宗教警察が動かぬ理由がない。違って?」

 

「それは……たしかにそうですが……」

 

喘ぐような態度のボダンを、ホンパンは若干不憫に思ったのか、付け加えるように別のことを言った。

 

「ついでだし、あなたのもう一つの無用な心配も解いてあげましょう。地球教を、平和を愚弄するようなことをしたオーディンの連中を、私も許す気は無いわ。だからモズグス主教をこの管区の責任者と推薦し、了承も得てあるわ」

 

「おお! 【血の教典】を! それなら確かになにも憂う必要はありませんでしたな!」

 

ボダンは心の底から納得したように微笑んでいるのを見て、オーベルシュタインはなんとも合理的でえげつないと感じた。

 

モズグス主教は、立派な聖職者として名高い男ではある。真面目で信心深く、親切で公正で優しいという評判がある。が、それが向けられるのは地球教徒に限定されており、異教徒に対しては徹底的に残忍で、彼が改定した異端審問で死んだ人間の数たるや、数十万数百万単位であろうとすら言われる男である。

 

この業火の中で生き残ったオーディン市民は、厳格な基準で博愛精神と加虐精神を使い分ける統治者の下におかれるわけだ。となれば、生き残るためには是が非でも地球を祈るより他にない。それも演技とは思えぬほどに。演技だと見抜かれればモズグス主教率いる異端審問官たちによって凄惨な目にあうだろう。

 

「元より殺人という人間として許されざる大罪を犯した我ら、死後は地獄に堕ちることが決まっているとしても、人を殺す回数は少なければ少ないほどいいというのは疑いの余地がありませんからね」

ホンパンがしみじみとそう呟いた後、少し顔を綻ばせながら言った。

 

「話を戻しましょう。あなた達には、主にオリオン腕全臣民解放戦線の相手をしてもらうことになるでしょう。その方が、あなた達にとっても、やりがいがでるでしょう?」

 

「......お戯れを」

 

マクスウェルがそう言って頭を下げ、ボダンが「異教徒なら誰であろうが刑罰を下しに行きますぞ!」と元気よく言っているのを見聞きしながらオーベルシュタインは内心冷や汗をかいた。よもや、自分の本心も見抜かれているのだろうか?

 




他作品からのキャラがゲスト出演していますがまあ、その、暖かい目で見てやってください。


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解放戦線御前会議において

執筆者は兵部省の小役人氏


オリオン腕全臣民解放戦線――それはある種”ルドルフ風”官僚組織としての完成形といえるかもしれない。

 

ビョークルンドはそう内心考えていた。

 

この地下組織......国家を動かすのは官僚でも軍人でもなく、全てを一纏めにした官僚組織――否、皇帝と文武幕僚団が一体となった組織そのものが有機的にオリオン腕に散らばった組織を動かす、その中枢では”代替可能な綺羅星”が皇帝を取り巻いている――

 

皮肉なことであるが独裁者が求められる時が訪れた。

 

その時に寡頭的かつ複合的な“ルドルフの作り上げた統治機構”の理念が再建されたのかもしれない。

 

いや、それはそうか。何しろルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは軍人であり“敵と戦う組織”を作り上げることに才智を注に続けたのだから。

 

「首脳部を代替可能だと言えるのは君が“この国”の官僚だからだよ。国家の利とあらば皇帝と同じ方を向く。天命を革めようとする奸臣であろうとも危機とあらば机の下で蹴りあいながらも手は握る」

 

若き保安官僚は皮肉っぽく財務担当の雑談に合いの手を入れた。

 

悪癖、腐敗が根を下ろし、衆愚が繋がれて土を耕し、商売人は自由を求め、革命主義者は帝政を打倒しようとする、それは“国の中”の出来事だ。

 

「なんとも驚くべきことに革命屋も自由主義者も【オリオン腕とサジタリウスに国がある】ことにおいては同意しているのですね」

 

ビョークルンドと改革の為に手を組んだ弁護士、ケレンスキーは苦笑した。

 

「それでは状況を確認するとしましょう」

 

持ち回りで行う部門間協議......通称御前会議が始まった。

 

「現在、我々はオリオン腕内で正統な政府として活動しています。つまりは“サジタリウス腕より流れ込んできた叛乱軍”に占拠された土地と星間航路の奪還に向けて活動しています」

 

ビョークルンドが目配せに気づいたケレンスキーがしれっと口を挟む。

 

「奪還の暁には復興のために“ライヒスターク”の設立のお約束をいただきたいものですが......」

 

ハンソンとカストロプが口を開こうとするがゲオルクとオフレッサーが咳払いをして止めた。

 

「......本題に入れ」

 

「オフレッサー上級大将、順番が前後して申し訳ない。ですがこれも本題の一環です。地球教は恐るべき敵ではありましょうが我々の組織拡大につながる手段を発見しました」

 

「“反教権運動”とのネゴシエイトが本格化しつつあります、同志ハンソンが危険を冒して動いてくれました」

 

謝辞に返ってきたのは“さっさと続けろ”と言いたげな不機嫌な視線であった。

 

“ナグルファルの船頭”カール・ハンソン、労働者運動の最過激派でありプロレタリア独裁を唱えている。中産階級主導の改革の為にリヒテンラーデや豪商と手を組み動いていたビョークルンドは政敵である、本来は。

 

「フェザーンの旧財閥と旧世俗派、同盟軍のアナキスト被れの私兵達の集まりであった連中は現状では所帯はそれほど大きくありませんがサジタリウス腕とフェザーンの地下ネットワークを築き上げています」

 

「口だけではないのかね?」

 

宇宙軍統括、航路を動くという最も危険で情報が頼りとせねばならないシュターデンは懐疑的である、思想ではなく実務的な態度を崩さないのは美点だ。

 

「共和主義者は――」

 

ゲオルグは口を開いた。

 

「共和主義者はその政体上、各地域に平時でも組織を持つ、叛徒の首魁に一度はなったトリューニヒトとやらが健在であり、あのカルト共と敵対するのであれば、そのネットワークは“根絶”は難しいだろう」

 

だが、と言葉を続ける。

 

「手を組むのは魅力的でしょうが、情勢が動いた場合、あの手の世帯の小さな組織は何をするかわかりません」

ビョークルンドは頷いた。

 

「機会主義者の集まりなのは間違いないが現在、我らが手を組みうる地下組織として最も統制された組織でもあります」

ハンソンが舌打ちをしつつ頷いた

 

「同意する、飛び切りの腐敗ブルジョアの集まりだが、であろうと徐々に再建が進む我々の組織において彼らが作り上げたネットワークが大いに役立つのも間違いない」

 

ビョークルンドは黙りこくる内部統制担当に視線を向ける。中道派であるからこそ、このような役回りを期待され財務担当になったのだ。

 

「ヘル・ラング。貴方は合流した際に彼らを扱えますか?」

 

「率直にお答えするが、彼らの私兵隊は彼ら個人に忠誠を誓っている可能性が高い。その手の輩は自由を謳っていますが彼らは彼ら個人を滅却して従っているものです。取り込む際には慎重に扱い、組織を解体することが必須となるでしょう。そしてその際に彼らは抵抗、いやあるいは我々の組織により広大な根を張ろうとする事もありうる…その手の輩は既にいくらでも取り込んでおります」

 

ハンカチで汗を拭うふりをしながらラングはカール・ハンソンに鋭い視線を向けている

 

本来であればこの場で殺し合いが始まってもおかしくない。

 

「目的とするネットワークは奴らの組織に依存したものだ。上から乗っ取る気でかかれば間違いなく痛い目を見る」

 

「だが組織飛躍のためには彼らのネットワークは必須だ、オリオン腕と接触するには特に」

 

「その交渉の為には例え口約束であろうも“戦後”を口にせねばなりません。例え――」

 

ビョークルンドは見回す、自由主義者、社会主義者、農民運動家、公安官僚、大貴族元盆暗息子、叩き上げの陸戦屋と艦隊屋、官僚肌の艦隊参謀......そして皇帝の外戚に......血塗れの改革者。

 

この寄せ集めでありながら奇妙な団結を見せた組織がそれを口にするのも......毒盃か、それとも新たな国の雛形を作るのか。

 

「我々の組織にとってギャラルホルンとなろうと」

 



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外交の要石、あるいは地方の抵抗者たち

執筆者は私ことkzhiro。


「...以上が連絡官キルヒアイスから送られてきた今月の分の『オリオン便り』です。」

 

眼前の峻険な山を思わせる皺の張った顔と目の奥にある種の狂気を宿したいかにも胡散臭く見える部下、ペルムハイム『侯爵』の報告を聞きながら、薄暗い部屋の主は書類に刻まれている文字とそれが伝えるはるか星の海の向こうの事象を舐め回すように眺め、その優れた頭脳で噛み砕いていった。

 

「解放戦線主催のゼネスト鎮圧に関する諸行動によって死者1億人以上、オーディン中央市街区はほぼ全壊、ね。新設されたばっかの組織だというのに、なかなか派手にやってくれるじゃない。さしずめ『平和の敵を打ち倒す無敵の矛である』と喧伝するでしょうよ。ああ、その前に『虐殺などなかった』か『虐殺はあったが微々たるものである』と付けるのが先か。」

 

「変に感心している場合ではありませんぞ!解放戦線はいわば反地球教の同志!彼らの独善的な全体主義体制を打破すべく我らは160年の怨恨を超えて手を結んだのであり...」

 

「サンドバッグの間違いなんじゃないかしら。」

 

部屋の主は目の前の自称貴族が熱弁を振るうさまを見ながらそう呟いた。

 

(思えばこの男とは長い付き合いね。もうかれこれ10年近くになるかしら。)

 

部屋の主はふと過去に思いを馳せた。

 

ペルムハイムは地球愛党が同盟全ての政治的実権を握るまで自分を貴族家の末裔と称し、同盟帝国連盟なる極小政党を率いてきた男である。

 

帝国と同盟は人種的に考えて同胞、故に争いを収めなければならないという眉唾物の主張を繰り返していた彼らは795年から一転して注目される存在となった。言わずもがな、地球愛党の政権奪取である。

 

ペルムハイムは聖戦などという馬鹿げた行為を止めるために反対者に転じた。だが議席が存在しない政党の悲哀か、その声は届かず、とうとう当局から思想犯罪者として追われ、今に至っている。

 

部屋の主の私見としてはペルムハイムは面白い男であった。彼はどこぞの国立大学の古ゲルマン史を治めており、なおかつ完成度の高い論文を書き上げていることが彼女のお気に召したところであった。ただでさえ少ない彼女の組織である。共通の話題で話せる人間は貴重だった。

 

「...故に何かしらの支援を解放戦線に送るべきなのであります!彼らと我らが共倒れになるその前に!」

 

そんなことを考えている間にペルムハイムの長ったらしい演説は終わったようだ。彼は言葉を占めるとともに一つの計画書を執務机に置いた。

 

「彼らに軍需品を中心とした支援船団を送ることを提言します!一刻も早く軍事的損失を立て直し、早急に神聖地球同盟政府に打撃を与えてもらわねばなりません!」

 

彼女は書類をざっと見渡し、一瞬ため息がつきそうになる衝動に駆られた。『三巨頭』への根回しはペルムハイムにやってもらうとして、解放戦線の実質的最高指導者、血濡れの改革者、黒薔薇の冷血姫と顔を合わせるのは、慣れているとしても心に来るものがある。

 

「...サンドバッグが早めに倒れられても困るしね。何かしらの支援を送る、という案自体は賛成よ。『三巨頭』との詳しいすり合わせ、および船団に関しての計画立案は侯爵、貴方に一任するわ。」

「このペルムハイムにお任せあれ!陛下の命であれば何なりと行いますぞ!」

 

ペルムハイムは満足そうにそう言うと、大股で部屋の外へと出ていった。

 

部屋の主はカップに入っている冷めた紅茶を一口喉に流し込むと机に備え付けられているラジオに手を伸ばした。

 

『...銀河統一及び平和到来記念日を目前に控え、各地の都市部では熱狂に包まれています。各地の星都では記念式典のために警備を厳重に行うということで、一部に交通規制が...』

 

『また当日は世俗派残党系列組織及び解放戦線の攻撃が予想されており、ホンパン長官は宗教警察軍を一部サジタリウス腕に派遣する見込みであると表明し...』

 

「...ほんと、どこも同じような放送ばかり。」

 

部屋の主、マンフレート亡命帝の血筋にして798年まで全ての亡命者の希望であり、そして今やトリューニヒトらに外交的な面で協力する地方の反対者たちの頭目ということになっているツー・アルレスハイム博士ことマリアンヌ・フォン・ゴールデンバウムは、そう呟きながらサングラスを外してから椅子にもたれかけた。そういえばアンドレイの部隊は今回はどれだけ神聖地球同盟の手垢がついていない歴史的文献を持ち帰ってくれるのだろうか。帰ってくる時が楽しみである。そう思い、彼女は10分の仮眠に入った。

 

オリオン腕全臣民解放戦線への支援船団派遣が承認されたのはその月の定例会議においてであった。

 

 




明らかに別の世界線で活動している人がいますが異なる経緯を辿った並行世界の同位体ということにしておいてください()


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地球教徒の枢機卿会議

執筆者はクライス氏。


神聖地球同盟の首都星は地球であるが、更にその中で宗教的、あるいは政治・軍事の中枢を擁している主要地はどこであるかというと、南半球オーストラリア大陸東岸地区に建設された、巨大な石造りの大聖堂、ブリスベーン大聖堂である。

 

地球教本部としての宗教組織としての機能のみならず、地球愛党本部の党施設、神聖地球同盟中央政府としての機能を兼ね備えており、その大聖堂の総面積は百キロ平方キロメートルにも及ぶとも言われ、つい先日に宗教警察軍の手によって灰燼と化した帝国宮廷のノイエ・サンスーシすらをも上回る巨大建造物なのである。

 

大聖堂の名称といい、その位置といい、明らかに地球統一政府の首都を連想させるものであり、事実、地球教の指導者たちはそれを意識していた。別に自らを地球統一政府の後継者であると定義しているわけではないが、統一政府が誕生した経緯と理念——十三日戦争以来続いた混迷の世に終止符を打ち、戦争のない平和的新秩序建設せん!――は、純粋に地球教徒たちが共感できるものであったからである。

 

これには地球教の開祖ジャムシードも触れており、故にこそ当初の理念をどこかに投げ捨てたとしか思えない中期以降の振る舞いは全否定の対象ですらあり、どのようにすれば「平和への信念」を代を継いで後世に継承していけるのかあれこれと考えるようになった。少なくとも、地球教の聖書にはそのように記されている。

 

そんな大聖堂の住民たちは、皆多くの仕事を抱えていて忙しい身であるが、全体的な傾向をあげるのであれば、顔色が明るい者が多いということであった。それもそうであろう。彼らの主観からすれば至極当然のことである。

 

四〇〇年前より始まった人類救済計画は成就し、人類全体が戦争という業悪に苦しみ続けた暗黒時代は終わりを告げ、母なる星への信仰を土台にした輝かしい平和の時代がやってきたのだ。七〇〇年も前からそうだった地球と比べると、ずいぶんと遅いなという気持ちもなくはないが、一人の人間として喜ばしいことであるに違いない。それが平均的な地球人の感想であった。

 

「いったいどういうことですか!?」

 

地球教団の頂点に位置するのは当然、最高位の聖職者である総大主教であるが、その諮問機関として枢機局という機構が存在し、実質的に地球教団の最高幹部たるを務めるのが聖ジャムシード以来の伝統である。現在においては、枢機局員と地球愛党の幹部たる中央委員会常務委員の顔ぶれは完璧に同一であり、また現在の同盟の国法では地球愛党の指導性が確立されており、枢機局員は皆国家においてそれぞれに重要な地位にあることから、人類社会の権力の中枢でもあった。

 

…もっとも、現在の体制下において、地球教団、地球愛党、神聖地球同盟を厳密に区別する必要が、はたしてあるのかは果てしなく謎であるが。

 

「いくらゼネスト弾圧のためとは言え、一億もの人間を殺したのですかッ!」

 

そんな枢機局の会議において、舌鋒鋭く声を張りあげるのは、まだ二〇代の、容姿にもどこか幼さが残る若い大主教、スピカ・エインスワースである。敬虔な信仰心と、莫大な実績と信徒を心酔させる聖職者にふさわしい自負心、そして総大主教からの高い評価によって、若くして枢機局の一員となった『現代の聖女』である。

 

しかし彼女に糾弾されているホンパンは、エインスワースの舌鋒になんら感心した風もなく、平然と嘯いた。

 

「なにを騒ぐことがあるのかしら。オーディンで平和を破壊せんと目論む愚者どもを徹底的に膺懲せよというのが、枢機局の総意ではなかったの。私はその時の会議は参加してないから詳細は知らないけども、宗教警察軍はその役目を完璧以上に果たしただけではなくて?」

 

事実として、ホンパンは神聖地球同盟が成立して以来、あまり政治的方針の決定には深く参与していなかった。地球教団総書記、地球愛党副主席、最高評議会副議長など、名実ともに総大主教に続く政権のナンバー・ツーの立ち位置にいる彼女であるが、彼女は宗教警察の指導者として反体制分子を弾圧するのに忙しく、それにかかわらない事柄の政策方針に興味が薄いようなのであった。

 

今日、こうして会議に顔を出しているのも、今回が総大主教直々の召集であったからで、普段の定例の枢機局会議には、宗教警察長官としての仕事の都合にあえば出席するが、基本的に欠席するのが常態化しているほどであった。

 

それでも他の枢機局員と駆け引きできるのは、ホンパンの並外れた優秀さもさることながら、宗教警察を介しての情報収集・分析を日々怠らず、また総大主教から深い信任を得ているためであった。

 

「しかしそれでも一億は殺しすぎではないか。此方としては二〇〇〇万程度で十分であったとも思うのだが」

 

「ええ、私も想像以上で少し驚いたわ。急造の新設部隊の実験運用という側面もあったのだけど、最高のパフォーマンスを発揮してて……あれなら三日も時間を与えずによかったかもしれないわね」

 

「たしか数時間程度で解放戦線の艦隊を一網打尽にしたのじゃったか? いや、よくもそんな練度の艦隊を短期間のうちに創出できたものじゃ」

 

そうしみじみと呟く老人はラヴァル大主教である。現在は同盟議会議長の地位にあり、各議員の陳情を受け付けてその代弁者たることが多い為、内外から穏健派とみなされる古参の大主教であるが、若い頃から地球教の秘密計画に参加し、多様な貢献をなしてきた古強者である。

 

高齢すぎるがために総大主教が、宗教警察の仕事優先のためにホンパンが、枢機局会議を欠席しがちである為、ナンバー・ワン、ナンバーツーに代わって枢機局会議の議事進行は彼の役目となりつつあり、ホンパンがたまに出席しても面倒だからとその役目を押し付けられていた。

 

「ホンパン大主教の手腕は羨ましいな。汝のところの艦隊を、そのまま軍の正規艦隊として欲しいくらいだよ」

 

「そんなこと言われてもあげないわよデグスビイ大主教。ゼロから艦隊を作るのに人材探しからなにからとっても苦労したんだから」

 

「......わかっている。冗談だ。だが、軍部の士官人材の不足は深刻でな。使える人材があるというのなら欲しくなってしまうのだ」

 

デグスビイの嘆息に、多くの枢機局員が共感した。同盟軍の質的な低下は慢性的な問題であった。原因は長きに渡る戦争による消耗――ではない。自由惑星同盟時代の気風がそれなりに残っている同盟軍将校に対し、地球教は度々大粛清の大鉈を振るってきた為、将校の質が低下しているのであった。

 

この欠点を補う為に、アーサー・リンチ中将を司令官とする地球教の価値観として論外な連中を集めた犯罪者艦隊である第一三艦隊を設置するなどの苦肉の策をとったりしているほどなのであった。

 

「デグスビイ大主教の懸念はもっともですけど、その悩みは数年もしない内に解消すると思いますよ?」

 

「どういう意味だ? 汝の律法局で進展でもあったのか?」

 

「詳細は言えません。秘密です」

 

人差し指を口元に立ててそう語るエインスワースは、どこか小悪魔的雰囲気があった。彼女は教団律法局の長官であり、各地に建設されている改宗のための強制収容施設すべての管理・運営を担当している。そのため、デグスビイとしては回収させた同盟軍や帝国軍の将校を融通してくれるのだろうかと期待したのだが、曖昧に濁されたので困惑した。

 

「話を戻すけど、オーディン・ゼネストを粉砕した宗教警察軍の行為については、私はなんとも思っていないわ。あんな用意周到に準備していたとしか思えないゼネストの参加者も、それを黙認した者たちも、その悪業に相応しい報いを受けた。ただそれだけのことよ。これをどのように公表するのか、あるいは秘匿するのかという話であればわかるけど」

 

「其方としてはどのように考えておるのだ?」

 

「そうね、解放戦線なんて一大戦争勢力が誕生して、どうも私たちが『聖戦』の頃に教敵をどのように扱ってきたのか忘れられつつあるみたいだし、包み隠さずに国営放送で人類社会全域に流せばいいのではなくて?もともと敵への威圧を目的としての容赦なき弾圧という方針だったのだし」

 

解放戦線の末端組織に浸透させている宗教警察のエージェントからの情報によると、半端な覚悟で反対勢力に与した物の数は意外に多いらしい。聖戦が終わってから、街ごと焼き尽くすような背教者弾圧政策は極力控えてきた方針が裏目に出て、舐められているといってもいいだろう。そうであるならば、連中に恐怖の味を思い出させてやるのも一案であろう。

 

それで正道へと戻ってきた者たちについては、慈悲深い扱いをしてやれば、それだけで解放戦線とかいう反動勢力の土台に釘を入れることも不可能ではないだろう。慈悲深い扱いの具体的な内容については、エインスワースに丸投げすればいい。彼女、人を優しく諭すのが得意な善性の塊のような聖職者だし。

 

「ってことは、俺の出番だな! 最近の重要案件といえば食料輸送問題くらいで、やや退屈していたんだ!! しかし映像はあるのか? 番組を作る上で実録映像が欲しいんだが!?」

 

「……私の部下たちが報告用に撮影したものでよければ提供するわ」

 

「おっしゃあ、腕がなる! 恐怖を煽るっていうのなら、いくらか数字を水増しした方が効果があるかな!?

 

『平和への叛逆勢力、解放戦線の抵抗運動に正義の鉄槌が下り、死者五億!』とか!!」

 

そのように嬉々として語るのは、現在の情報交通委員長であるダンドレジー大主教である。元々市井の立体TV局にいた人間であるが、どこか論理感が崩壊しているところがあり、とにかく人々の心を動かす報道をする魅力に取り憑かれており、地球愛党が同盟の独裁政党となるのに大いに貢献した人物の一人である。

 

ほとんど信仰心がないと他の者たちから見做されており、胡散臭く思われているのだが、芸術的・実務的才能は文句なしに高く、地球教全体に多大な貢献を成してきたのもたしかで、さらに地球教としてもメディアの重要性は理解していたから、仕方なく大主教・枢機局員に任じたという特殊な人物である。

 

「やめんかッ! いかに不信心者どもとはいえ、一億もの人間の死を嬉々として語るではない!」

 

「やっ、申し訳ない……言いすぎた」

 

あまりの不快さに激怒したデグスビイに一喝されて、ドンドレジーは気まずそうに黙り込んだ。

 

「ドンドレジーの言い草は不快であるが、私も概ねその方向では問題はないと感じる」

 

しわがれたかすれ声が部屋に響いた瞬間、枢機局の全員が弾かれたように直立し、声の主人の姿を確認すると即座に彼に向かって拝跪した。

 

「総大主教猊下ッ!」

 

入室したきたのは地球教総大主教であった。すでにいつ天寿を迎えてもおかしくないと思えるほどの老齢の身であるが、現人類社会の頂点に君臨している老人であり、この老人の聖断によって地球教は右にも左にも動くと言われるほど、全聖職者からの尊敬と忠誠を一身に集める偉大な老人であった。

 

「よい、席に戻れ」

その声を聞き、元々座っていた席へと戻る。総大主教は当たり前のように、議長席に座り、そこに座っていたラヴァルはその左隣へと席を移した。

 

総大主教がなにか喋ろうとしたかに見えたが、すぐに激しく咳き込んだので、枢機局員たちは顔色を変えたが、総大主教が手をあげて彼らの動揺をしずめた。

 

「かまわぬ。死病だ。あらゆる生命が死する運命にあると同じく、私にもその時が迫っていると言うだけのこと」 

 

「……滅多なことをおっしゃいなさいますな」

 

ラヴァルの震えるような声に、総大主教は穏やかに笑った。

「何を言うか。我らの偉大な開祖ジャムシードとて避けられなかった道理、どうして私だけが例外でいられようか。人はいつか死なねばならぬ。故にこそ、永遠の母なる地球を崇めながら、天寿を迎えるまで生を謳歌することは尊いのじゃ。このような教えの基礎の基礎を大主教が、それも枢機局の一員が弁えておらぬでどうするか」

 

「わかっておりますが、人情というものでございますれば」

 

「ふむ、それもまたそうよな」

 

総大主教は納得したように頷き、枢機局員の顔を見渡した。

 

「じゃが、その時を迎えるまでに解決しておきたい問題も多々ある。特に身内の恥であるド・ヴィリエのこと、そして例の詳細不明のままである大量破壊兵器、反物質弾道弾の件じゃ」

 

総大主教のその言葉を聞き、ホンパンが口を開いた。

 

「既にご存知のことと思いますが、かつての世俗派の残党、通称『ド・ヴィリエー派』についてですが、オリオン腕ではなく、主にサジタリウス腕にて活動しているものと推測されます。例の魔術師ヤン率いる部隊のテロによって、数多くの宗教、政府施設が破壊されており、宗教警察としても対策に乗り出しておりますが、成果は芳しくありません」

 

「ド・ヴィリエ率いていた世俗派は、概ね旧帝国側で活動していた者ばかりだから、いくらド・ヴィリエが地下活動の達人とはいえ、サジタリウス腕では勝手が違ってうまくいかないものだろうと思うておったが、どうしてああも縦横無尽に動けるのだ」

 

「トリューニヒトとルビンスキーが加わっているのだから、彼らがそのあたりのフォローをしているのでしょう。そして彼らを追い詰める上で、宗教警察の増派をしたいところですが、そうなるとオリオン腕全臣民解放戦線への対処が疎かになりかねません。

 

デグスビイ大主教の同盟軍が即座に連中の本部を壊滅させてくれれば話は別ですが…」

 

「無茶を言わないでくれ! こちらは航路図すらろくにないのだから、完全に地の理が取られた状況で戦わざるを得ないのだぞ!!討伐行為は慎重に進めるより他に良策がない!」

 

デグスビイの叫びに、ホンパンは内心同意した。オリオン腕全臣民解放戦線は、旧ブラウンシュヴァイク一門と旧カストロプー門の貴族たちの領地を根拠地として活動している勢力であるが、その区域の航路データが不足すること甚だしいのである。

 

これはゴールデンバウム朝銀河帝国が封建国家だったからであり、中央政府といえども貴族領の地理をしっかりと把握できていなかったのである。これで【統覇帝】 フリードリヒ四世と【魔女】 アグネスの兄妹が主導した改革によってかなり改善された方というのだから、それ以前はどんな惨状だったのかと同盟の指導者をしていたホンパンは思ったものである。

 

「サジタリウス聖務公院のエドワーズ総裁からの報告によると、既存の不満分子と結びついて、ド・ヴィリエー派は無視し難い勢力を築きつつあるとか。無論、こちら側の解放戦線ほどの規模はないようですが、十分な脅威と言えましょう。もしド・ヴィリエが反物質弾道弾の情報を秘匿していたと想定するなら、かなりの危険度になりますが……」

 

「ラヴァル大主教、さすがにそれは考えすぎではないでしょうか。皆さんもド・ヴィリエの性格はよくご存知だと思いますが、あいつが本当にそんなものを持っているのだとしたら、とっくの昔にハイネセンあたりで炸裂させてますよ」

 

エインスワースの発言には説得力が伴っていた。あのド・ヴィリエがここまで追い詰められてなお、切り札を温存しているとはとても思えないというのは枢機局員たちも共感するところであった。

 

「もともと反物質弾道弾は帝国側の技術であり、あの罪深い【血塗れ】のアグネスあたりが秘匿していると考えた方が自然だと私は考えます。だとするならば、ド・ヴィリエー派を追い詰める為に、解放戦線への圧力を弱めるのは危険です。熱核兵器やガス兵器の類であれば、多少の対策がこの大聖堂には施されていますが、反物質弾道弾は使用回数が少なすぎることもあって、ろくな対策がとれていません。連中が包囲網をくぐり抜け、地球に一発撃ち込んできたら、取り返しのつかないことになります」

 

「私もエインスワース大主教の意見に同意。現状況下でド・ヴィリエー派への対策のために、解放戦線への圧力を弱めるべきじゃないわ」

 

ホンパンはエインスワースの意見を支持したものの、内心疑問があった。解放戦線側とて、あれを使うのを躊躇うものだろうかと。それこそ、オーディン・ゼネストの時に持ち込んでいて、ゼネストが失敗した時のために宗教警察軍もろとも自滅をはかるために使っていても不思議はないではないか。

 

無論、解放戦線の視点では「取り戻すべき郷土」なのだから、軽々には使えないという理屈もわからなくはないが……どうにも違和感がある。だからこそ、自由に使える艦隊戦力が欲しいと思い、総大主教を説得して宗教警察内に軍事部門を新設したのだ。

 

これが要らぬ杞憂ですめばいいのだが……とホンパンは内心、母なる地球とリテラに祈った。

 

 



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第二次ダゴン星域会戦 〜戦乙女(ワルキューレ)の騎行〜

執筆者はロロナ氏。


「中将。報告にあった『謎の船団』を見つけたのはこのあたりだと……」

 

「わかった。……にしても、今日は一段と太陽嵐が酷い。警戒は怠らないように」

 

「はっ!」

 

そう言いながらブーフホルツは考え込む。

 

どういうわけかイゼルローン回廊を越えてサジタリウス椀にやってきた『謎の船団』を捕縛、撃滅すべくブーフホルツ指揮下の第一〇艦隊が引っ張り出されたことに一番苛立っていたのは彼自身であった。

 

戦争が終わり両椀の反抗勢力の掃討、と意気込んでいたところに突然『半個艦隊に満たぬ規模の船団』を探せとの命令、これで気落ちしない方がおかしい、と普通のものは思うだろう。

 

だがしかし、よりにもよってダゴン星域に逃げ込んだその船団が如何なるものか、幕僚らは若干の嫌な予感を感じていた――

 

そして、警戒を続けて早三日が経とうとしていた。

 

「まだ、見つからないのか?」

 

「は、はい、しかしながら他の星域で見たとの報告もなく……」

 

「御託はどうでもいい!たかだか五千隻未満との報告だぞ!?その程度の船団に手を焼いていては我々の立場というものがだな!」

 

「しかし見つからぬものは……」

 

ばん、とコンソールを叩く音が響く。

 

「だが、これ以上待っていても仕方がない!どうせここまでこそこそと逃げ隠れている、ということは弱体に違いないのだろう!なら全艦隊で一気に叩いてしまえばいい!」

「……はっ」

 

そうして、第一〇艦隊は索敵を行っていた駆逐艦を戻し、全艦隊で動き出す。

――それが、運命の分かれ目とも知らずに。

 

 

 

 

オトラン槍騎兵艦隊旗艦、【ギェヴォント】。地球時代に『国が滅ばんとした時に現れる、伝説の騎士の住まう山』の名を冠したその船の艦橋は、空調の音が響くほど静まり返っていた。

 

「ヨハイーナ、どうやら『敵艦隊』が動き出したみたいだが……」

 

そう、もはや家宝とまで呼べそうなほどに古い『望遠鏡』を眺めながら桃色の髪の参謀がこの艦隊の主に語りかける。

 

ヨハイーナ・フォン・オトラン。銀河帝国の大貴族、オトラン伯爵家最後の生き残りたる彼女は、美しき銀髪を手で弄りながらこう言った。

 

「どうやら、彼らは過去に何があったかを忘れたのか、或いは二の轍を踏まないと思ったのか……ですが、助かりました。

……コホン、奮戦するは今!オトラン槍騎兵の戦い方をその身を以て教えて上げましょう!」

 

「「はっ!」」

 

そうして、三千隻余の『巨大なワルキューレ』は遂に動き出した。

 

 

 

――――――

――――

――

 

「一体、どういうことだ!?」

 

酷い汗を流しながらもブーフホルツは燃える僚艦を尻目に叫ぶ。

 

ほんの半刻前にはいなかったはずの艦隊が突如背後から襲いかかってきたのだから。

 

ましてやその艦隊が『大量の曳光ミサイルをぶちまけてきて、一瞬で味方の千隻余がスクラップにされた』のだから。

 

しかも旗艦にすらミサイルが直撃、脱出挺は燃え盛っており、炉の爆発も間近だ。

 

逃げ場なき棺桶の中で、ブーフホルツは何故こうなったのか必死に考える。

が、結論を出す前にひしゃげた柱がこちらに向かって倒れてくる。

 

「くそったれ」

 

そう漏らす前にその肉体は形を崩した。

 

 

 

「敵旗艦、大破確認!」

 

そう参謀が叫ぶと、ヨハイーナはこう告げた。

 

「今です!更に一撃を叩き込みましょう!」

 

そう言うが早いか、オトラン有翼槍騎兵艦隊は頭なき肉体を蹂躙しに、一斉突撃を行う。

 

即ち、この戦いの雌雄は決した。

 

そして、爆発音のファンファーレが奏でられるのであった。

 

――第二次ダゴン殲滅戦。後にそう呼ばれる戦いはここに始まり、そして終わった。

 

その作戦は至って単純で、油断しきったところに大火力を叩き込み旗艦他を沈黙させることで士気を下げ統制出来なくする。

 

その後、混乱した敵残存艦隊を突撃により沈める。

 

この単純な戦術こそオトラン有翼槍騎兵の特徴であった。

 

そして、この戦いでブーフホルツ中将は戦死、第一〇艦隊は残存艦艇数隻、しかもその艦艇も長期修理が必要というレベルまでダメージを受けた。

 

対してオトラン有翼槍騎兵艦隊の損壊は僅か数隻のみであった。

 

五倍近い戦力差をひっくり返して一方的に殲滅したオトラン有翼槍騎兵艦隊は殲滅後即座にオリオン椀に戻っていった。

 

かくて、オトラン有翼槍騎兵艦隊はその有用性を証明して凱旋したのであった。



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解放戦線の貴族たち

執筆者はクライス氏。


オリオン腕全臣民解放戦線。おおよそ反地球教以外の共通点を持たぬ雑多な寄せ集め勢力であり、幾多の派閥の思惑が絡み合ってその実態を把握することは困難だが、その派閥を大別すると領邦組と外様組のふたつに分けることが可能である。

 

 もとよりオリオン腕全臣民解放戦線の母体となった組織は、オイゲン・フォン・カストロプ公爵が帝国政府の降伏後も自らの財産と特権を守らんが為に設立を宣言した抵抗組織であり、そこには帝国政府からある程度の独立性を保っていた諸侯貴族が合流して一大勢力となって抵抗を続けていた。これが領邦組である。

 

 一方、外様組というと旧帝国中央政界で活躍していた者たちや共産党系人士のことだ。彼らは地球教勢力のオリオン腕進出の過程で大損害を被り――共産党系勢力は、その高い隠蔽力と弾圧に場慣れしすぎてたこともあってさほど損害を被ってはいなかったが――オリオン腕各地を転々とし、離散集合しながら抵抗を続けていた者たちである。

 

 当然、この二系統の勢力の合流は反地球教の観点から望ましいと考える者たちは少なからずいたが、領邦組抵抗組織の首領であったオイゲン・フォン・カストロプは彼らとの合流をとにかく嫌がった。彼の目から見れば、旧中央の改革好きの連中はあれこれと圧力をかけて自分から特権と財産を不当に奪い取ろうとしてきた仇敵であったし、共産党系の連中に至っては地球教団との差がまったくわからない危険な思想犯罪者集団にしか見えなかったのである。

 

 あくまで自己の利益を最優先している彼は、このような劇物どもを領邦組抵抗組織内に入れるのは断じて不可なりと頑迷なまでに拒絶した。ひとつにはオイゲンは帝国全土を地球教の魔の手から救おうなどという考えは持ってはいなかったことがあげられる。自分の所領を守るだけならば、別にそのような劇薬に手をつけずとも守りきることができる。少なくとも、自分が寿命を迎えるまでは間違いなく、今の環境を維持することは十分以上に可能であるという計算があってのことであった。

 

 そんなオイゲンがある日突然前触れもなく()()()し、その後抵抗組織内に主導権を握ったのがオイゲンの子マクシミリアンとフレーゲル男爵であり、彼らが外様組との合流を主導し、旧中央の者たちや共産党系人士を迎え入れ、全国的な抵抗組織であるオリオン腕全臣民解放戦線が誕生したというわけであった。

 

 当然、フレーゲル男爵が外様組との合流を決断したのも相応に計算があってのことである。解放戦線の統治が及ぶ領域は、すべて元々自分たち領主貴族の領地であり、自分たちの基盤そのものである。外部における活動拠点をいくつか有しているとはいえ、自分たちの勢力圏内の本拠地とする以上は、外様組は居候になるわけであり、大幅に譲歩せざるを得ないだろう。ましてや、外様組は自分たち以上に共通の価値観を有しておらず、当然派閥対立も激しいはずで、足並みを揃えて自分たちに対抗するなど到底できまい……。

 

「それで卿らはハンソンめの責任を追及するなというのかッ! これほどの失態を犯したあの男を!!」

 

 解放戦線の本部になっているカストロプ公爵邸の一室で怒鳴り散らしながらフレーゲルは過去の計算違いを思い出していた。そう、外様組の連中など簡単にコントロールできると思っていた。しかしあの【滅びの皇女】を軽視しすぎていたと思い知らされる日々が、解放戦線を旗揚げしたその日から現在まで続いていたのである。

 

 いや、軽視したつもりはなかった。むしろ過大と思えるほど過大に評価したつもりであったし、あの女傑を相手にするのは一筋縄でいかぬだろうと覚悟もしていた。なにしろ自分が物心つくかつかないかの頃から、宮廷の有力者であった亡き叔父上たちが恐れていた独裁気質の皇族である。警戒して警戒しすぎることはあるまい。だが、その予想すらも超えるほど彼女は政治的怪物だった。

 

 いったいどのような手管を用いたのか、彼女は自分たちの視点で見ても寄り合い所帯の権化としか言えない外様組の利害を巧みに調整して意思統一を行ってはしきりにこちらに噛みついてきたし、基本的に防衛が中心であるが故に目立つ成果をあげにくい領邦組とは異なり、帝国各地に活動拠点を利用して華々しい戦果をあげて発言権を強化し、彼女は解放戦線副盟主の地位を、事実上の指導者職を奪い取って行ったのである。

 

 もちろん、フレーゲルとて必死に食い下がり、解放戦線においてはアグネスに次ぐナンバー・スリーの地位である盟主特別枢密顧問官として権力を維持できているが、それは地盤に圧倒的なハンデがあってこそ維持できる自覚があった。だからこそ、外様組に攻撃する機会を虎視眈々と狙っていたフレーゲルとしては、明白な失敗であるオーディン・ゼネストの一件は是が非でも糾弾すべきことであった。

 

 そうしたフレーゲルの心情をある程度察しているゲオルグは、なだめるような口調で諭した。

 

「なにも糾弾するな、と言うわけではない。だが、あれは激論の末に我々全員がやると決めて決行したことであろう。その時点で、地球教徒どもがあそこまで強硬な手段を取るなぞ誰も想定しえなかった。ゆえにハンソンだけに責任を押し付けるのは筋が違うと殿下は考えておられる。ついでにいえば、私も同意見だ」

「だが、だれにも責任をとらせぬというわけにもいくまい。アルフレット! 例の映像を」

 

 親友のフレーゲルの言葉を受けて、ランズベルクは機材を動かして立体映像を再生した。それはここ数日、立体TVで頻繁に報道され続けている旧帝都オーディンにおける神聖地球同盟の公式報道映像であった。

 

『ご覧下さいこの凄惨な光景を! 解放戦線を自称する戦争勢力がゼネストという反平和的活動を行なったが故の結果であります! 再び人類全体を戦争の惨禍へと導こうとする悪辣な企てに対し、激しい全人類の戦争勢力への怒りの心が、宗教警察軍という代行者の姿を借り、炎となって燃えあがったのです! 当局の発表によりますと、この措置によりオーディンだけでおよそ五億の死者を出し、またそれに付随してゼネスト関係者がその数倍の数で宗教警察により拘束されたとのことです!』

『この膺懲作戦を指揮した宗教警察軍艦隊司令官エンリコ・マクスウェル大主教のコメントが届いております。「この種の措置が、人民大衆に大きな痛みが伴うことは否定できない。しかし全人類の平和と安寧のためには、やむをえない状況でした。当然、我らを賛美せよとは言わぬ。諸君らは教義と矛盾する罪にまみれた軍人を憎悪し軽蔑する資格があり、いかに我らに正義があったとはいえ、殺人を成した我らは地獄へと赴く義務があるのだから」と述べられたとのことです』

『この一件に関し、宗教警察はこの惨事を招いた責任を問うべく解放戦線という戦争組織の情報を今まで以上に求めております。解放戦線に属した者であっても、有益な情報提供をするならば、寛大に処す意向であると。聖書に曰く、自ら過ちを正す者を更に罰するは母なる地球の意思に背くことであると――』

 

 ひと通りの映像が流された後、フレーゲルは挑むようにゲオルグを睨みつけた。

 

「帝都炎上。それも中心街丸ごと消し飛ぶほどの炎上ぶりだ。この報道を見て、組織の末端構成員もいくらか浮足立っている」

「組織の引き締めについてはラングが対処していると聞いているが……」

「それだけで対処するにも限度があろう。最低でもハンソンめが責任をとって、組織化部門統括の地位を退かぬ限り、下に対して示しがつくまい」

 

 これに黙っていられなくなったロマノフスキーが口を挟んだ。

 

「今ハンソンに責任をとらせる、という選択は共産党系の者たちを離反させるだけではないか?」

「ハンソンが統括でなくっても、まだマオが統括だろうが。それに何も処刑しろだとか追放しろだとか言っておらぬ。大幅に降格させる程度でよい」

「はたしてそれで共産党系の者たちは納得するものやら……。それにオトラン女伯が正規艦隊を叩き潰したのだからそれである程度埋め合わせできているのではないか?」

 

 この言葉にフレーゲルは顔を真っ赤にして反論しようとしたが、それより先に怒声をあげたものがいた。

 

「まったく埋め合わせできておらぬわ! 地上軍総監として見識が疑われるぞロマノフスキー!!」

 

 その声の主人は軍事部門統括マクシミリアン・フォン・カストロプである。彼の口論への参戦に全員が揃って面倒なことになったという顔をした。フレーゲルも例外ではない。マクシミリアンの手には輝かしい元帥杖が握られていた。何を隠そう解放戦線最高幹部の全会一致によって任命された現状唯一の『元帥』である。

 

 そのことについて、苦々しい思いを抱く者は多い――彼の盟友であるはずのフレーゲルでさえ、多少は思うところがあるほどだ。しかしそれは、実力が元帥の階級に釣り合っていないから、というわけでは必ずしもない。元々軍事的に高い才能を持っていたマクシミリアンは軍の統帥者として、申し分のない実績を残していた。帝国政府の降伏後も一支配圏内に入らない領域を占領するべく攻めよせる同盟軍に、寡兵ながら勢力圏を数年に渡って防衛しているのは、マクシミリアンの将帥としての才覚が並外れていることを証明している。

 

「いいか、こちらは正面から地球教の正規艦隊と五分に渡り合える正規艦隊は四つしかないのだ。その内のひとつであるワーレン艦隊をおまえたちの要請を受けて、あれこれと戦線整理をしてやりくりして派遣してやったのだぞ? それが壊滅的打撃を受けて戻って来た。司令官のワーレン中将も重傷を負って復帰には時間がかかることだろう。一時的に抜けるだけの穴だと思っていたワーレン艦隊の分を抜きで、今後の勢力圏防衛戦略を練らねばならんのだぞ。オトラン女伯のあげた大戦果は賞賛に値するが、そもそも第一〇艦隊は我らへの圧力のために用いられていなかった敵戦力なのだからな」

「だが、敵の戦力が低下したことは間違いない。連中が壊滅した第一〇艦隊の穴埋めの為に、こちらへの圧力分から戦力を引き抜く可能性もあろう」

「それは可能性の話だろう? それに彼我の総戦力差も考えよ。第一〇艦隊を失ったとはいえ、敵はまだ正規艦隊だけでも約一〇個艦隊近い戦力が残っているはず。それを踏まえれば、受けた損害の数は同数だとしても、こちらの方が比率の上ではこちらの方が損害が大きく、それでいて取り返しがつかない。それがわからんとは言わせんぞロマノフスキー」

 

 そう言って睨め付けてくるマクシミリアンに対し、ロマノフスキーは有効な反論をすることができなかった。彼の言葉は、正に正論のそれであったからだ。

 

 人類社会のほぼ全域を支配している神聖地球同盟であれば、そのリソースは莫大であり、人材育成の手間はあるにしても、損失分の軍艦の再製造にはさほど手間取らないだろう。一方、こちらのリソースは相当に限られており、軍艦を製造・修理する工廠の能力だって需要に供給が追いついているとはいえないのが現状なのだ。

 

 ロマノフスキーが歯噛みしているのを見たフレーゲルはここで畳み掛けるべきと口を開いた。

 

「仮に卿の言う通り第一〇艦隊の壊滅により、オーディンでの損害の埋め合わせができていたとしても、それはオトラン女伯の功績であって、ハンソンの功績ではない。その功績で失態の埋め合わせというのもおかしな話だろう。それに例の叛徒どもの使者もあの一件に参加していただろう?」

「ジークフリード・キルヒアイスのことか」

「そうだ。そいつが危うく殺される寸前まで追い詰められていたというではないか。これから共闘していく可能性が高い以上、あちらに誠意を見せる必要があろう。既に旧フェザーン系の勢力からの山のような抗議書が届いているのだからな」

 

 フレーゲルも神聖地球同盟を打倒し得たとして、今更かつてのゴールデンバウム朝の体制を復活させることができるとは考えていない。かつては激しくて敵対してきた共産主義者どもや中央の改革派と手を組むことを決めた時点で覚悟はしているし、サジタリウス腕は共和主義者どもの自治領ということで認めてやってもいいと思っている。

 

 だが、それでもゴールデンバウム朝こそが人類社会の中心に立つ存在であるべきだ。五〇〇年の歴史と伝統を担う帝国貴族の一員として、そこは断じて譲る気は無く、サジタリウスを国として認めても帝国よりは格下の存在であらねばならないと信じている。ゆえにド・ヴィリエ一派の立場を相対的に向上させるような事態は避けたいのであった。

 

「依然、ハンソンが失敗の責を負うべきことは変わらぬと私は考えるが? むしろ、統括職より退くだけですませるのは、かなり温情ある措置とすら私は思っているが」

「先ほども言ったがオーディン・ゼネストの失敗は彼だけの責任ではあるまい。実施者としても、ワーレン艦隊が宗教警察軍に一方的にしてやられたこともあるし、地上で民衆の護衛にあたっていた我々地上軍も部分的な責任がないわけではないかもしれない。サジタリウスの者たちに誠意を示すとしても、それでは……」

「ではロマノフスキーとワーレンもカール・ハンソンとやらと一緒に辞職してもらう方向でよいのではないか?」

「「待て待て待てッ!」」

 

 ロマノフスキーは色んな派閥から信頼されている変えがたい人材であり、ワーレンにしても平民からの人気が高い提督である。ハンソンに加えてその二人もまとめて幹部陣から追放してしまえば、組織内の派閥対立が激化の一途をたどり、解放戦線が内部崩壊しかねないと即座に理解できたフレーゲルとゲオルグが声を揃えて叫んだので、マクシミリアンは驚いて目を丸くした。

 

 マクシミリアンが面倒な相手と思われるのはこれで、政治的才覚がほとんどゼロなのである。いや、それだけならば良くはないにしても、まだ良いのだが、ある種の政治的怪物であった父オイゲンの息子として周囲から忖度され、しかも領地暮らしを続けていたせいか、フレーゲルをして時折ドン引きするくらいには時代錯誤的貴族特権を無邪気に信じ、疑いすらしないのである。

 

 自分くらいの年齢の貴族はアグネスが主導した改革の影響で、自分たちの貴族特権が不安定なものになっていることを自覚し、特権を失わぬよう警戒心を培ってきたものであるが……。オイゲンの死後、「面倒だからお前に任せる」の一言で政治的実権を投げ渡してきたことといい、軍事的才覚と政治能力がまるで釣り合っておらず、実に怖いのだった。

 

 マクシミリアンが元帥になったのも「なんで私が成り上がりのオフレッサーと同階級なんだ。名門公爵家当主である私が軍で一番の要職に就くのは当然として、階級の上でも頂点に立つのが道理だろう! でないと合流なんて認めない!」と外様組に対して駄々をこねまくったからである。しかも何か狙いがあってのことではなく、素直に本心を述べていただけのつもりだったらしく、フレーゲルとしてはあの頃からマクシミリアンの軍才を利用しつつも、胃痛が絶えない日々を送っているのだった。

 

「結局のところ、フレーゲルらにとって重要なのは、組織内部における共産主義思想の蔓延なのだろう? その点、ハンソンに組織内でそのようなことするなと誓約させるあたりが落とし所ではないか? 脅しの意味を込めて、ラングの部下何人か行動を共にすることをハンソン自身に承服させることも含めて。あんな逸材、遊ばせておく余裕など我々にはないのだ。サジタリウスの共和主義者どもへの誠意の示し方については、今度の御前会議の議題として追加しておくということでどうだ」

「……わかったその方向で話を進めてくれ。エリザベート陛下には私から報告しておく。元帥もそれでいいな?」

「ん? 話がまとまったなら、それでいいぞ」

 

 平然とそれ言って了承してのけるマクシミリアンに、その場にいた全員が脱力感を感じ、示し合わせたわけでもないのに全員がため息をついた。戦略レベルでも戦術レベルでも緻密で精巧な軍事的手腕を有するくせに、この何も考えていないとしか思えない言動はなんだろうか、と。

 

 会議が終わり部屋を出た後、ロマノフスキーはある懸念を同行していたゲオルグに述べた。

 

「……本当にハンソンに監視役をつけるつもりか?」

「ああ、実は最初からこの辺りを落とし所にしようと思っていた。事前にラングにはある程度話は通してあるんだ」

 

 黙っていて悪いが向こうに気取られたくなかったので許してくれとゲオルグは微笑んだが、ロマノフスキーは深刻な顔をして続ける。

 

「それはいい。ただでさえ、カストロプやフレーゲルらと共同戦線を敷くのに、共産主義者たちにはかなりの我慢を強いている。この上、さらに強く思想の啓蒙を禁じ、彼らの指導者であるハンソンに監視役をつけるとなると、彼らが暴発しかねんぞ」

「その辺は考えてある。……そこでひとつ問うが『共産主義思想を蔓延させるような行為』の具体的な定義ってなんだ?」

「は?」

 

 いきなりよくわからない問いを投げられ、ロマノフスキーは困惑した。

 

「それが答えさ。そんなことに誰もが納得する統一的な定義などない。なので自然、綱紀粛正部門から派遣される監視役の主観的判断によるところが大きくなるわけだが、ラングに()()()()()()()()()()()()()()()()()よう取り計らってくれと言ってある。事実上、フリーハンドを与えるわけさ。だが、監視役は監視役であり、上司のラング、ひいては私やアグネス殿下の意向、もしくは統括たちの動向によっては監視役はそうじゃない奴に変わるかもしれない……それがハンソンへの無言の圧力になるさ」

「……ここまで計算していたと?」

「いや、カストロプ元帥閣下の登場は予想してなかったが……結果だけ見ればそうか」

 

 平然とそう語る年下の青年貴族はどこか虚無感を漂わせており、地上軍総監は目の前の青年の生い立ちについての流布している噂と照らし合わせ、内心恐怖と哀れみの目でその背を見つめていた。

 



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外伝
とある政治家についての回顧


執筆者は前半部分は悠久なる書記長氏、後半部分はクライス氏。


「一宗教に過ぎない地球教が『絶対正義』を気取ってやりたい放題など、放置して良い問題ではありません!

政府は道徳教育の推進の下、あらゆる自由を奪いました!今やウォッカすら飲むことが許されないのです!

このようなことが許されて良いのだろうか!アーレ・ハイネセンが掲げた【自由、自主、自尊、自律】はどこに行ったのか!

自由惑星同盟は時代に取り残された。もはや時代遅れです! しがらみに縛られ、沈んでしまう船ならばいっそ壊してしまえばいい。

私自らの手で、皆さんの手でこの旧時代の遺物に NOを突き付けようではありませんか!全宇宙の市民よ、団結せよ!自由万歳!」

 

グレゴリー・カーメネフは壇上でそう叫び、自由惑星同盟である「自由の旗、自由の民」を歌いだし、同じく進歩党議員達も一斉に歌いだした。すると傍聴席からも歌声が出はじめ、遂には本会議場全体に響き渡った。それは自由惑星同盟議会の葬送曲と呼ぶべきものだったのだろう……。

 

グレゴリー・カーメネフはこれを最後に逮捕され、異端審問官に引き渡されたのであった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

第114649教化収容所は、自由惑星同盟時代に建設されて予算的な問題で放棄された人工衛星を、地球愛党政権が改装する形で開設された収容所のひとつである。

 

教化収容所はその名の通り「極めて悪質な人間を収容し、徹底的な道徳教育を行い、人として正しい信仰心を目覚めさせる」という、かつての銀河帝国矯正区収容所と性質的にはほとんど変わりがない。

 

「そして施設の腐敗具合もほとんど変わりがない、というわけですか」

 

「いや、他のところもすべてこうなら有り難いのだけどね。残念ながら腐敗具合は収容所ごとで色々と違ってね。腐敗が著しい収容所もあれば、その存在意義にどこまでも忠実な収容所もある。まあ、ここみたいなことになってる収容所はかなり珍しい部類で、両手の指で数えきれるくらいしかないけどね」

 

トリューニヒトはそう言いながらふたつのグラスに酒を注ぎ始めた。

 

「いえ、それでも随分と気が楽になりますよ。自分が対峙する敵といえば、宗教警察とかそのあたりのイカれている連中が圧倒的多数派なものですから、長くテロの第一線にいると、どうにも狂人か味方で物事を考えがちになってしまうので」

 

「……それはいけないな。ある程度ルーティンで休息をとらせ、こちらのシンパたちと交流する機会を作った方が良いかもしれんな。無論、機密漏洩などの危険性についても考慮して考えなくてはならんが」

 

そう言ってトリューニヒトはヤンに酒の入ったグラスを差し出した。

 

二人は今後のテロの方針について擦り合わせを行うべく、収容所所長以下ド・ヴィリエー派に取り込まれている者たちばかりで、隠れ家のひとつとして機能するようになっていたこの第114649教化収容所で密会しているわけであった。

 

さしだされたグラスをヤンは呷り、そしてやや複雑な顔をしてグラスを眺めた。

 

「ん?どうしたんだい」

 

「いえ、これってウォッカですよね」

 

「ああ、そうだが……」

 

「地球教に粛清された、ウォッカ好きの飲み仲間のことを少し思い出していただけです」

 

「…」

 

だれのことをヤンが言っているのか、トリューニヒトは察して黙り込んだ。その男は、トリューニヒトにとっても飲み仲間であったし、抱いている政治思想で異なる点が多々あったが、自分が政治のイロハを教えて可愛がっていた弟分でもあったのだ。

 

「最初に会ったのはエル・ファシルの英雄として私が持て囃されていた時だったな。いきなり『弟を救ってくれてありがとうございました!!!』って土下座してきて、お礼の品だと言って酒瓶を押し付けるように渡してきて、そのくせ『俺もそれを飲みたいんだよ』とか言って、官舎に入ってきて。初対面なのに、とんでもなく図々しい奴だなぁって思いましたよ」

 

「……なんというか、実にグレゴリー君らしいエピソードだな」

 

トリューニヒトは喘ぐようにそう言った。自分が初めて会った時には、既にヤンと謎の繋がりを開拓していたので、グレゴリー・カーメネフがいかにしてヤン・ウェンリーと飲み仲間として関係を築いたのか、知らなかったのだが……控えめにいって、問題がありすぎる距離の詰め方ではないかそれは?

 

ヤンは再びウォッカを呷り、軽く息を吐いた。

 

「だから進歩党なんて政党が出来た時に、私は柄にもなく喜んで、選挙の時には清き一票を進歩党に入れましたよ。党総裁がグレゴリーさんでもホアンでもレベロでもなく、トリューニヒトの野郎だったことは大きな不満点でありましたけど」

 

「当人を前にして言うのはひどくないかね?」

 

「言ってませんでしたっけ? 私はあなたのことが現在に至るまでずっと嫌いですよ」

 

「……私は君に全幅の信頼をおいているつもりなのだがね?」

 

「それは私もそうですよ。あなたのことは信頼していますが、嫌いなものは嫌いです。どうしようもないですよ」

 

トリューニヒトはふてくされたようにウォッカを呷った。だから、わざわざそれを当人に向かって言う必要がどこにあるんだとツッコミを入れたくて仕方なかったのを、アルコールの魔力を借りて我慢したのである。

 

「なのに進歩党政権は長く続かず、地球愛党に選挙で負けて政権を奪われたばかりか、例の独裁法案審議でグレゴリーさんが……」

 

「待て。あの場に居なかった君がなんであの光景を知って……いや、そういえば、あの頃はまだ議会中継が普通に立体TVに流されていたのだったな」

 

地球教は宗教政党たる地球愛党を作り、合法的でオーソドックスな方法で自由惑星同盟を乗っ取ったのである。独裁化するまでは、同盟のルールの枠内での行動しか公然とはしていないのだ。故に当然、議会中継を阻む合法的方法など、当時の地球教勢力にはなかったのである。

 

逆にいえば、ある意味正攻法で同盟の民主主義は地球教という狂気の前に敗れたわけであり、当時の無力感は深刻極まりないものがあったのだ。

 

「私もあそこで『自由の旗、自由の民』を歌った議員の一人だが……。議決直後に議場に踏み込んできた宗教警察の連中がグレゴリーくんを逮捕していくのを眺めていることしかできなかった。もはや議員活動で連中を止めることはできぬとド・ヴィリエの世俗派と手を組み、地下活動へと移ったのだが……結局その世俗派をも権力層から失墜して、今のところ散々な有様だがね」

 

「進歩党があった頃が懐かしいですね……」

 

「いや、一応まだ進歩党はあるぞ。レベロ君が総裁をしていたはずだ」

 

「地球教の支配体制に組み込まれた衛星政党としての進歩党に希望なんかないんですよ! レベロもレベロだ!あんな形骸でしかない党を守って何になるんだ?!」

 

「レベロ君としては、地球教を滅ぼす武器としての役割を担うよりかは、少しでも民衆を守る盾としての役割を果たしたいのだろう。どれだけ心もとないとしても、意味がないとは言い切れんさ」

 

トリューニヒトは嘆息する。思うに、人民多数は決して地球教の支配を受け入れているというわけではない。

 

もちろん、地球教党が政権与党となり、さらには独裁政党となり得たのは、少なからぬ支持基盤があったからであるし、人気があったからでもある。「政権を取れば数年のうちに、戦争を終わらせて平和を勝ち取る」という主張から、同盟の現状に失望していた者達からの票もかき集めたからというのもあろう。

 

そしてその主張は決して嘘ではなかった。ただそれを具体化させる方法はとなると、奇想天外にもほどがある手法であり、おおよそ常識とされる呼ばれていたものを踏み潰して成し遂げてくスタイルであり、その方針に歯向かう者には容赦がないという表現では足らぬほど残虐であった。

 

それを受けて多くの人間は恐怖と絶望を抱き、なにより地球教勢力が絵空事のような方針を強引な方法であっても次々と成功させていく無多さに飲まれてしまっている。地球教の世界観にのまれてしまっている。逆らって何になる。唯々諾々と従順であれば、貧しくとも生きては行ける環境くらいならあるという希望が故に、抵抗には億劫になる。

抵抗に億劫になる。

 

そうなってしまった者たちに、レベロなりに別の希望を見せようとしているのだろう。どんなに心もとなく思われようとも、民意の汲み取りに奔走し、地球教の狂信者たちと折衝し、多くは叶わずとも一部は叶うことを見せつけて、決して地球教とて無謬ではないということを示そうと。非常に迂遠ではあるが、自分たちが協力者を集める下地作りを手伝っているともいえなくはない。トリューニヒトはそのように思っていた。

 

「しかしあの頃を思うと、見事な落ちぶれっぷりに泣きたくなってくるな。私はこのザマだし、レベロ君は衛党進歩党の党首、グレゴリー君は地球教に処刑され、 ホアン君やアイランズ君に至っては生死すらわからん。処刑されたのか、どこかの収容所に幽閉でもされているのか、それとも.……」

 

トリューニヒトはそこで口を閉ざした。その続きを語る必要性を感じなかったのである。

 

「だが、それでも今一度『自由の旗、自由の民』を同盟議会議事堂で高らかに歌うために、戦い続けるしかない。今度は葬送曲としてではなく、生誕歌としてね。それが散っていた進歩党員たちの……いや、自由惑星同盟の政治家たちの願いに違いないのだからな」

 

「……本心から言っているか非常に怪しいですが、あなたのことですからそう言う状況まで推移すればやるんでしょうね。パフォーマンスにもなりますし」

 

「なんだ、お見通しか」

 

トリューニヒトは唇をへの字に歪めていた。

 



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或る地上軍将校の苦労について

執筆者はロロナ氏。


ーーかぷり。

 

かつての自宅の数千分の一にも満たぬ狭さの、唯一の自由空間で、さして質のよいわけでもないベッドに腰掛けながらパイプをふかす男が一人。

 

名は、エミール・フォン・ロマノフスキー。

 

かつては銀河帝国地上軍第一師団長を拝命していた将軍であり、今や銀河帝国地上軍を統べる者であった。

 

が、現実はその肩書きに比べて酷く見劣りするものであった。

ロマノフスキーは、「あくまで皇帝陛下にお供すべき」と考えていたものの、部下の

 

「閣下は、あのカルトどもに屈するのですか?閣下は我々のことを考えていたのは知っております!ですが、閣下の理屈に基づけばカルトどもに屈することを私達第一師団は望んでおりません!皆の署名も集めております!閣下、ご判断を!奴等がオーディンに来るまで時間があります!オーディンを捨て、後方の惑星で最後の抵抗をしましょう!」

 

との叫びに屈し、近衛師団等からも志願した有志を統合して脱出を果たした彼らはその後、オリオン腕においてゲリラ的に抵抗を続けた末、オリオン腕全臣民解放戦線へと流れ着いた。

 

その結果、彼はいつの間にか「マトモな地上軍将校」として地上軍統括を任されてしまった。

 

そんな彼は、解放戦線高官としては面倒な立場にあった。

 

装甲擲弾兵を率いるオフレッサーが「れっきとした」上級大将にあったのに対し、彼は「地上軍統括に任じられた際に賜った」上級大将の地位にあったこと、共産主義者から自由主義者、全体主義者に反動主義者、民主主義者までいる解放戦線の中でも、表立って出さないとはいえ「血濡れ」に否定的な穏健的改革派の自由民主主義者という立場は、権力バランスにおいて面倒な影響をもたらしていた。

 

これは、何時でも高官らを拘束しうる地上軍のトップが、よりにもよって財務と近い、ということに加えて下手すれば忠誠心すら怪しいというのだ。

 

更に、オフレッサーに比べて二階級低い中将であった、というのが人望、戦闘力においてオフレッサーに劣るロマノフスキーの立場を尚更厳しくしていた。

 

尤も、ロマノフスキーの強みは「何をやらせても問題なく出来る」ことであり、武勇に全てを振り切ったオフレッサーと比較するのは双方に失礼であるとはいえ、この強みは今のところ活用されていないのが面倒であった。

 

とはいえ、地上軍統括として政治体制に口を出す場合は「組めるものとは組むべきであり、最悪、『ゴールデンバウム朝を軸とした立憲君主制の民主主義連邦国家としての銀河連邦帝国』も考えるべきである」と発言するのみであったが。

 

そんな彼は、軍の指揮系統再編を任されており、如何に共産党系民兵と既存の軍組織両方の不満を抑えつつもこれを回すかを考えていた。

 

(オフレッサー他の意見は「共産党による軍の共産主義蔓延の阻止」であり、かといって「軍事的合理性を欠いてはならない」、そして「上下関係を保ち、一本化された指揮系統」か......せめて数年あれば「元共産党員の教育された将校と兵士による部隊」を作れたものだが、すぐとなれば困るのが、共産主義思想を持つ将校はアグネス殿下が殺してしまったからな...かといってサジタリウス椀の亡命将校なんて更に嫌われるだろう。さて、どうしたものか...)

 

いつの間にかパイプの火が消えて尚、彼は考え込んでいた。

 



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黒薔薇の冷血姫、あるいは偉大なる新生の始まり

執筆者は私ことKzhiro。


(よもや、ここまでとは。)

 

そう、目の前で青の目をらんらんと輝かせて何かを進言しようとする女性――見た目も『中身も』別人のような妹アグネスを見て男は思う。

 

この銀河で一番の権力を振り翳せる者、即ち銀河皇帝に即位したばかりの男、フリードリヒ4世は眼前の金髪の女性、即ち彼の妹にあたるアグネス・フォン・ゴールデンバウムが本当に本人であるかを一度疑ってしまった。

 

彼女はあまりにも変わりすぎたのだ。あの弱々しく、人形のようで、父オトフリート5世の独善的な、彼女のためなら他人を害することも厭わない深い深い溺愛の籠に囚われた妹。それがフリードリヒにとってのアグネス・フォン・ゴールデンバウムの印象であり、変えられない現実であった。

 

だが、今目の前にいる女、アグネス・フォン・ゴールデンバウムは明らかに違う印象を抱かせた。

 

青い目はらんらんと生の喜びと使命感で輝きを増し、所作の至る所から生き生きとした人間的な躍動感を感じ、一種の気迫さえ感じてしまうほどであった。

 

一体何が彼女を変えてしまったのだろう。前の彼女であれば、父の独善的な愛に囚われた彼女であれば、絶対にこの姿はありえないことであった。

 

「兄様。」

 

アグネスの凛とした声がフリードリヒとアグネスしかいない玉座の間に響く。この場には事前に人払いを済ませており、彼以外にその凛とした声を聞く者はいなかった。

 

「この国を根本から浄化してやりましょう。徹底的に、念入りに、抜かりなく。」

 

「ア、アグネス...」

 

フリードリヒはアグネスの言葉に一種の躊躇いを覚えた。彼の覚えているアグネスなら絶対に言わなかった、その言葉を耳にして。

 

「貴族の専横、割りを食う一部の臣民たち、汚職、腐敗、逸楽。この国は銀河全てを統べる国でありますのに、今や帝室はそれすら支障を来す始末。ならばいっそのこと全て浄化して、改めて帝国を立て直そうと言うのです。」

 

冷徹に、なおも言葉の一つ一つに情熱が篭った言葉をアグネスは兄に対して紡ぎあげるように進言した。兄は未だに驚愕の表情を見せるだけで何も言わなかった。

 

「帝国のどこに問題があるかはカール・ハンソンが指し示してくれました。その問題を解決するための叡智と権力はお父様から与えられました。ならばもはや私は帝国の未来のため、躊躇うべき理由などありません。」

 

カール・ハンソン。オリオン腕の全ての共産主義、組合主義運動会全ての父にして偉大なる革命家、帝室を脅かす大犯罪者の中の大犯罪者。

 

(まさか、彼が彼女をここまで変えたと言うのか?)

 

フリードリヒは驚愕した。彼女はハンソンと親交を持っていると思しきことは聞いたが、よもやここまでとは。

 

つくづく、人払いをして良かったと思った。こんなことをリヒテンラーデかそこらあたりが聞いていたら宮廷を揺るがす大騒動になっていたことは、誰でも予想がつくことであった。

「兄様。」

 

フリードリヒは妹の凛とした声で驚愕から現実に引き戻された。見ると、彼女の青い、らんらんと輝く目はじっとこちらを見つめていた。

 

「父上が崩御なされた今、これが私に出来ること....いえ、命にかけてやらねばならぬ事なのです。しかし私の力だけでは何処か必ずで躓きましょう。他ならぬ兄様の力が必要なのです。帝国を、再び美しき薔薇の如き帝国にするためには。」

 

ですから兄様、どうかご助力を、とアグネスは再びひざまづいた。

(...もしかしたら、もしかしたならば。)

 

フリードリヒは彼女の言葉を一通り聞いてある一つの結論に至ろうとしていた。

 

(これ以上の血が流れずに済む世の中を作り上げられるかもしれない。)

 

血の繋がり、縁の繋がりの複雑な絡まりからなる帝国を、一つの帝冠、一つの血筋、そして一つの皇帝の元に動かせる帝国に生まれ変わらせることができるかもしれない。それは無駄な政争を今よりも抑制出来ることにつながる。ロスジェーン公爵家の、リューデリッツ伯爵の、そしてアグネスの悲劇を。私の代で終わらせられるのかもしれない。

 

(ならば結論は一つだ。)

 

フリードリヒは今この瞬間、決心した。それは一つの歴史が変わる瞬間であったのかもしれない。

 

「アグネス。」

 

フリードリヒは口を開いた。

 

「お前の進言、受け入れようと思う。帝国の諸問題を須く浄化することによって帝室の権力が強くなるなら、そしてロスジェーン公爵家のような者が再び現れぬ世界を作れるのならば、私はいくらでもこの力を振おうではないか。」

 

アグネスはこの言葉を聞いて喜色満面の笑みをフリードリヒに向けた。到底、昔ならありえなかった光景である。

 

「兄様、私は信じておりました!兄様なら私の使命を理解してくださると。私は感無量でございます!」

 

彼女は元気はつらつとした声でそう言うと、再び頭を下げた。

 

これでいいのだろうか。フリードリヒは一瞬後悔に襲われたが振り払った。これでいいのだろう。1人の皇帝として、そして1人の兄として、妹がやりたいことを全力で支援してやろう。そして彼女を不快と思う輩から守ってやろう。1人の兄として、フリードリヒはそう思った。

 

後に「アウグスト帝以来の大虐殺者」「血によって帝国に安密をもたらした者、 「統覇帝」とも呼ばれるフリードリヒ4世の最初の事業である政治的大粛清、すなわち元帥5名のうちの3名、領地持ち貴族のうちの62%、将官級文武官406人中220人を殺害した【白薔薇の散る夜】が起こるのは、この4年後、帝国暦に換算して460年のことであった。

 

 

 



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アルフォンス・ナヴァロの神聖地球同盟美食行脚

今日は給料日なので久方ぶりに外食と洒落込むこととした。

 

神聖地球同盟が成立して以来、いや、もっとさかのぼれば地球愛党が与党となって以来、メディアはある意味で潤った。プロパガンダである。私が所属する新聞社もその恩恵を受けており、莫大な補助金と引き換えに市民に「平和的な」報道を毎日行なっている。お陰でここ10年の給料は使い切れないくらいだ。…やっていることはプロパガンダであるが。

 

最近の食事は質、量と共に不満の声を上げざるを得ないものばかりである。それまでの工業的食糧生産方式から有機的栽培に移行していくばくか経つが、なにぶんサジタリウスにおいて「土の上の農業」は高級品に限るものであったため試行錯誤しながら行なっているという面が否めず、未だして闇市場に頼らざるを得ない状況であった。かくいう私も自炊で美味しい料理を作ろうと思ったら闇市場に駆け込む始末である。宗教警察に見つかって律法局管轄の教化収容所送りにならないか心配である。

 

しかし最近そんな不満を払拭するかのような美味い料理を出してくれる店を同僚が見つけてくれた。立地こそあまり人の寄らない区画の、それも路地裏であるという最悪の立地というのに目を瞑れば、不満げだった私の舌を唸らせる最高の店であると言えよう。

 

人目を気にして当の路地裏に差し掛かる。闇市に行くと勘違いされたら厄介だ。宗教警察を差し向けかねない。つくづく思うのだがどうしてこんな路地裏に店を構えているんだろうか?食材を闇市に依存しているとか、そんなところなのだろうか?

 

そうこうして考えを巡らせていると当の店が存在すると思しき雑居ビルの前に出た。当の店は地下に存在するようであり、私は階段を降りていった。

階段を降りたら古めかしい木の扉の前に出た。確か同僚が言うには…9回ノックして「正しさ」と聞かれたら「愚かさ」と答えるんだったかな?なんでこんなプロセスを踏む必要があるんだろうか。

 

どうも合っていたようだ。扉の前に控えていたであろうウェイターが開けた扉を潜ると、小洒落たパブと思しき内装が目に飛び込んできた。不思議なことに客のほとんどの目線がこちらに向いていることを除けば、評価できるものだった。

 

カウンター席に腰掛けて、適当にメニューを眺める。ピザやグラタン、フィッシュアンドチップス、飲み物はウイスキーやワインなどの、一般的なパブに取り揃えていそうなメニューであったが、確か同僚が勧めていた組み合わせは…

 

私はマルゲリータピザとスパイシーフライドチキン、フリコとウイスキーを注文した。一瞬バーテンダーが怪訝な表情をしたが、すぐにこやかに対応してくれた。

 

料理を待っている間は客のこちらを見ながらのひそひそ話が気になって仕方がなかったが、料理がテーブルに届くとすぐに気にならなくなった。一般的な、10年前ならどこにでもあるようなマルゲリータに、鶏肉に、フリコに、そしてウイスキー。ここ数年かは粗食の割合が多かった私にとっては、黄金に等しかった。

 

早速私はピザカッターに手を取り、均等に切り分けてマルゲリータを一切れ口に入れた。うん、この濃厚なチーズの味、主張を隠さないトマトの味、アクセントのバジルの味、そのどれもが協調してえも言わぬ味わいを…

 

ここで私の意識は途切れた。そういえばド・ヴィリエ派が隠れ蓑にしている店があると聞いたことがある。そもそも変な立地や合言葉の時点で気がつくべきだったのだ。だが今私が手錠でしっかりと固定されている冷たい鉄製のベッドの上で何回か後悔してももう後の祭りで合った。



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