悪役令嬢(笑)へ転生した俺!ぶっちゃけ商人上がりの偽貴族でほぼ詰み何ですけど!? (N2)
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第1話 オフリー嬢になりました。

乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です。の悪役令嬢(笑)転生版です。
原作様のキャラは改変されています。

ちなみにどこまで続くかわかりません。
それでも宜しければ、読んで下さる皆様のお時間を頂戴させて頂きます。
真面目ドタバタオフリー嬢って、あまり需要なさそう(笑)


 オフリー伯爵領、ここは先代が疲弊した男爵家を乗っ取った後に、陞爵して伯爵家となった所謂成り上がりの家である。

 ここホルファート王国は、広大な大陸を浮島として持ち、領土及び領空でもある周囲に大小様々な浮島がある。

 古の冒険者達がこの地を発見し、ダンジョン攻略に精を出し、時には開拓をしたりと知恵と勇気と根性で、広大な地を治める国を建国した。

 このホルファート王国で貴族というのは、その家の開祖は冒険者か戦功労者であり、商人上がりというのは唾棄すべき存在と言える。

 

 そして、俺、というか()は、目覚めたら何故かそのオフリー伯爵家の娘になっていた!?

 

 

 

 

 ホルファート王国王都にあるオフリー伯爵家の屋敷。

 

 「あ~、まだ調子が悪い……」

 

 頭がガンガンするのがしんどい。

 

 「お嬢様はアルコール中毒で死にかけたんですよ! 暫くは水を飲んでゆっくり休んだほうがいいです」

 

 屋敷の使用人から苦言を呈される。

 おそらく、急性アルコール中毒か薬物中毒の昏睡からオフリー嬢が復活して、そこで意識が何故か俺になっていた。

 多分この娘その時に死んだんじゃないかな? だって中身オッサンだぜ!?

 しかし、水を飲んで横になり、段々頭がクリアになっていくとこの環境に思い当たる節が出てくる。

 そこにこの館の主とも言える母親が入室してくる。

 あぁ、後ろに控えているあいつらは――

 

 「まったく、専属使用人3人と酒をかっくらいながら薬使って乱交などをしているから、そんな無様な姿を晒すんザマス。いいこと、学園入学まではこれに懲りて少しは大人しくするんザマスよ」

 

 「……はぃ」

 

 俺は布団を顔まで被り必死に耐えている。

 

 「あら? 殊勝ザマスね」

 

 そして母親の退室後、たっぷり一分程経ってから盛大に噴き出した!

 

 「ぶっ! ぐ…… ブハハハハハ! ザマスとかってホントに言ってるよ! え、マジで! 頭痛と腹痛で俺を殺しに来たんじゃないだろうな! アハハハハハハ」

 

 一頻り笑った後、ぐったりとしながら水差しから水を直接飲んで喉を潤した。

 

 「ち、あのザマス婆の後ろにいた彼奴ら、エルフに犬と猫の亜人、しかも専属使用人ときてオフリーか…… しかもホルファート王国、くそっ! ここはあの“アルトリーベ”乙女ゲーの世界じゃねぇか……」

 

 俺の記憶にある、あの日本でプレイした乙女ゲーの知識にそっくりな世界のキャラに憑依? 転生? してしまっている。

 男爵家から一部伯爵家までが、どうしようもないほどの女尊男卑の意味不明な世界だ。女は公然と亜人の奴隷達を専属使用人として、酒池肉林のブッ飛んだ生活を送っている。

 どうも平民は普通の価値観らしいが、細かいゲーム描写は覚えていない。

 しかも女! それも悪役令嬢(偽)とか(笑)が付くようなキャラかよ。

 終わってんなぁ……

 

 

 

 

 元々俺は、アルトリーベを出したメーカーの【第六天魔王の野望】や【中原の覇者は眠らない】なんかの戦略SLGが好きだったから、このメーカーの一風変わった乙女ゲーに手を出したのだ。

 戦略パートは本当に面白くて、課金でクリアした後は無課金で挑むなど、それなりに楽しませてもらった。

 あれ? しかも外伝があったな。あっちのほうが戦略SLG好きには人気だった。しかもギャルゲー! あのメーカーは迷走してたのだろうか? でも売れていたから問題無いという事か。

 まぁ、ぶっちゃけ男の攻略なんかは、何の面白味もなかったが。

 

 「だからこそ、このゲームはけっこう覚えている。オフリー伯爵令嬢は、というかオフリー伯爵家は基本屑、ていうか相当ヤバい立ち位置だ」

 

 中身というか心が男であの結末は嫌だな。死んだほうがマシだ。

 あまり明記されなかったが、家はもちろん取り潰されて、オフリー嬢は死んだとは出てなかった…… 大方女郎屋にでも売られたんだろう。

 

 王宮の派閥への多額の献金のため、違法商売に空賊やマフィアとの付き合いだっけか。ゲーム内では明記されておらず、ぼんやりと空賊を手引きして主人公を貶めようとしたぐらいだったから、オフリー伯爵家が何処まで手を染めてるかわからない。

 違う! 確かファンオース公国とも繋がって戦争の引き金を引く事案に発展したんだった!

 半年後には学園だ! 既に詰んだか?

 いや、主人公、確かオリヴィアか。そいつに関わらなければいいだけだな。オフリー嬢の婚約者は攻略キャラだ。ブラッド・フォウ・フィールド、辺境伯領の嫡男だった筈。

 まぁ、中身俺だし結婚はどうでもいいが、最終的には潰されるのがオフリーだが、主人公に関わらなければまだ時間に余裕はある。

 女の身で商売云々に口を出せるかわからんが、学園に入学すれば仕送りが貰える。専属使用人もいらないからその分も金が入るとして、何かオフリー家から離れるための行動に使うとしよう。

 

 

 

 

 鏡を見ても正直普通の女の子が映っている。

 髪型がゲームではあんまりよろしくなかった筈だと思い変えてみたが、不機嫌そうな細い目は化粧さえすればそれなりに映えるが、化粧した女子群の中では、下の上くらいかな。

 という事で、髪は短くボーイッシュにして化粧も止めた。肌ケアぐらいは最低限の身嗜みとして行っている。

 後は言葉使いは気を使うのは止めた。女言葉無理だったよ。

 

 「お嬢様は本当に専属使用人いらないんですか?」

 

 「あんなのもういらない。それに専属使用人いないほうが、学園じゃ男子が選り取りみどりで選び放題だ。ニアもそのほうがいいだろう」

 

 学園入学を明日に控えて、女子寮の俺の部屋で取り巻きの女子達とお喋りに興じていた。

 伯爵家の娘である俺の部屋のほうが広いので、今後とも学生寮で駄弁るのであればここがいいだろう。

 ベッドなんか、女子四人なら一緒に寝れるというアホみたいなサイズだ。

 話し掛けてきた女の子は、ナルニア・フォウ・ドレスデン。ドレスデン男爵領の正妻の娘で小さい頃から親しくしている。あのオフリー嬢が死にかけた乱交時にはいなかった。

 どうも記憶を辿るとオフリー嬢はあの時が初めてで、薬と酒で痛みと意識が月までブッ飛んでいたらしい。

 すげぇなオフリー嬢。

 ドレスデン男爵はオフリーの寄子ではないが、オフリーに昔から借金があったため、付き合いが親密というか半ば子分のようにオフリー伯爵は扱っている。

 その経緯もあり、ナルニアは男爵家の娘でもあるのでオフリー嬢の取り巻きを纏めて貰っている立場の女の子だ。

 

 「私は、お嬢様の婚約者繋がりを期待してたんですけど……」

 

 フィールド辺境伯の寄子か陪臣か。確かにそいつらはそれなりだろうけど、ニアは大人びた美人だからもっと上を狙えそうだ。

 

 「ニアは美人だから、オフリー伯爵家と繋がりが無い家のほうがいい。何かあった時に飛び火したら嫌だろう?」

 

 「うっ、確かに……」

 

 ナルニアとは割りと開けっ広げに話をこの半年間でしているため、オフリーの悪い部分も日常会話で話に出している。

 でも他の二人は恐れ多いのか口を噤んで視線を俺と合わさないようにしている。

 

 「別にカーラもイェニーも気にしないでいい。特にオフリーは成り上がりって馬鹿にされてるしね」

 

 「いえ、私達はそんな!」

 

 「そうですよ!」

 

 この半年でこの二人ともそれなりに関係は築いたので、上辺からはほんの少し踏み込んでくれているのだろう。それでも爵位や宮廷階位が物を言う世界、カーラとイェニーは普通クラスだから、こちらに気を使っているのがわかる。

 

 カーラ・フォウ・ウェイン、オフリー伯爵領の寄子であるウェイン準男爵の娘。

 基本的に浮島でカーラは生活していたため、仲良くなったのはここ最近である。それ以前は、小さい頃に何回か面識があったぐらいだな。

 イェニー・フォン・リューベック、オフリー伯爵領の寄子でリューベック騎士爵の娘だ。

 世襲ではない一代限りのフォンではあるが、小さい浮島を管理している。男手が王国に仕官をした後に、退官してから管理している浮島に移り住むらしい。そして退官後にフォンを継いでいる。イェニーは王都の官舎に住んでいたため、それなりに顔馴染みだから親しくしている。

 この二人が俺の正式な取り巻きのようなものだ。

 ナルニアは家の付き合いで済まないとは思うが、それなりに仲良く出来たのが幸いだ。

 

 「ねぇお嬢様、リオン・フォウ・バルトファルトって知ってます?」

 

 「あ、僕も知りたいです!」

 

 カーラが質問してきたと思ったら、僕っ子のイェニーも手をあげて聞いてきた。

 やっぱり皆気になるよなぁ。

 

 「バルトファルト家の三男ですよね! 辺境の。確か冒険でロストアイテムと浮島に財宝を見つけた奴でしたっけ?」

 

 「そうなんだよなぁ。私達と同じ年代…… しかもその功績で上級クラス。今年は平民も特待生として上級クラスに入るんだよ」

 

 ナルニアの説明に相槌を打つように答えるが、誰だよそいつ。そんな奴ゲームにいなかったんだけど。

 いたのかなぁ? 戦略パート重視であまり攻略キャラの事とか、選択肢の選び方とか覚えてないんだよなぁ。

 総合的能力が高い王太子殿下の攻略パターンだけ覚えて、課金したり無課金だったりで戦略パート重視で遊んでたから。

 

 「え、平民なのに学園に!? しかも上級クラスですか?」

 

 俺はカーラの問いに頷いて肯定を示した。

 

 「僕やカーラみたいな準貴族みたいな家の女の子からするとあんまり気分良くないかも」

 

 「上級クラスだと苛められるんじゃないその子。学園も何で平民なんかを……」

 

 イェニーの言う通りだし、ナルニアの言う通りに実際なるだろう。まぁ、乙女ゲーの攻略キャラ五人に助けて貰うんだろうがね。

 貴族だけの学園に平民を入学させるなんて、革新的かと思いきや、アルトリーベの主人公で物凄い出自というお墨付き。

 

 「正直その件について話たかった。私は、というか私達はあまり彼等に近付かずに生活しようと思う。王太子殿下達有力子息も入学するから、正直女子は騒ぐだろう。だからこそ様子見だ」

 

 「でもお嬢様、ブラッド様はお嬢様の……」

 

 「いいんだよ。大して面識もない相手だ。なるようになるさ」

 

 カーラも気にしてくれはするが、あのゲームだとオフリー嬢も結局、婚約者のブラッドとは接点があまり無かったと思うんだよね。

 

 「あ、そういえばお嬢様! 彼も入学しますよ。あの去年五月の戦争で有名になったヘルツォーク! ほら、今日ターミナルの浮島に軍艦で来てた!」

 

 ふぁっ!?

 

 「あ、あ~、様子見で! ホントに余り彼等に触れないように!」

 

 俺の剣幕に圧されたのかナルニアは黙り、カーラもイェニーも何事かと目を見張るが、最早俺は気にしていられなかった。

 意識が俺になったのが十月ぐらいだから知らなかったのか? いや、バルトファルトの三男に驚いて気づけなかったんだ! アホか俺は!

 

【アルトリーベ外伝~ヘルツォークの慟哭~】の主人公まで入学だとっ!

 馬鹿な! あれは確かここまで、本編とクロスしていただろうか? 

 待て、思い出せ! 寧ろ嬉々として発売された当初は買いに走った。しかも戦略SLG強化で男性がメインターゲットだからギャルゲー要素も組み込んでいた。

 ギャルゲー要素に興味は無かったけど、制作スタッフがあの伝説の同窓生と同窓生2の面子だったから予約までした。PC98版以来のギャルゲーに心が踊った! 

 じゃない! そんなのは今はどうでもいい。難易度が糞過ぎて、学園入学前の…… そうだ戦争だ。初陣と国境沿岸での戦争だ。何度ラーシェル神聖王国による義妹のくっ殺エンドを見たことか。ありがとうございます。

 じゃない! 俺もあそこはクリアして先に進めたが……

 

 「あっ!?」

 

 「だ、大丈夫ですか!? 顔が真っ青ですよ!」

 

 「てゆうか大分ヤバそう……」

 

 「お嬢様! 水持ってきます」

 

 ナルニアが顔を覗き込み、イェニーが引いている。カーラは水を取りに冷蔵庫に向かってくれた。

 

 「だ、だいじょうび。私はだいじょうび……」

 

 え、ヤバい!? 

 確かオフリーって外伝だと、ヘルツォークに一族郎党海底まで沈められたか、月まで吹っ飛ばされたんじゃなかったっけ?

 いつだ? ヘルツォーク領内の内政や開発パートが難しくてそこまで進めていない。俺はメーカー販売の完全攻略本を買おうとして…… 買った記憶が無い!?

 ネットの実況では確かにオフリー伯爵家は消し飛んでいた。

 

 「ニア! 実子証明は?」

 

 俺の迫力に気圧されるようになりながらも答えてくれた。

 

 「は、はい、確かヘルツォークを廃嫡になった筈です」

 

 おいおい、生身の人間があの糞みたいな戦争パートや内政、開発パート、実子証明クエストを乗り越えてきてるのか!?

 領内や王都で剣術や魔法、鎧の闘技場に足も運んでみたけど、俺は絶対に無理だ。

 あんなの学園入学前にこなす奴は化物だよ。

 

 「い、いいか皆、絶対にヘルツォークには関わるな。絶対だ」

 

 俺の剣幕に圧されて首をコクコクと縦に振る女性陣。

 俺のオフリーとの縁切りを早めなければ…… いっそバルトファルト卿やヘルツォーク卿と懇意になるか?

 もしくは有力者と知己を得て、オフリーの悪事の告げ口をするか。幾つかは俺でも証拠を抑えられるかもしれない。娘でもあるし、ゲームではきっちり空賊を手引きしたのだから。

 

 悲壮の覚悟を持って、学園入学をオフリー嬢は果たすのであった。




くっころ!

ちなみに拙作の乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界ですと多少クロスしております。


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第2話 学園に入学しました。

モブの中のモブにこそ厳しい世界です。
こっちの本編を個人的な事情で進められない時に、オフリー嬢を書いていたのを忘れてました。




 王都の学生寮で目覚めた俺は、憂鬱な気分で項垂れていた。本日は入学式を控えているが、どうしても一人だと【アルトリーベ外伝~ヘルツォークの慟哭~】の事ばかり考えて身震いしてきてしまうので、カーラとイェニーに俺の学生寮の自室に頼み込んで泊まっていって貰い、夜遅くまで無理矢理気味にお喋りに付き合って貰った。

 彼女達は各々の自室で荷解きぐらいしかしていないのに申し訳ないとは思う。

 一応伯爵令嬢の俺の自室は滅茶苦茶広い3LDKで、男子の同じ爵位のクラスよりも女性は大きい部屋らしい。受付でそう説明された。

 ナルニアにも少し聞けたが、ベッドはキングサイズだが、部屋のサイズは普通との事。2LDKで一部屋は専属使用人が大抵使うらしいとの噂、というか事実らしい。

 王都の学園が専属使用人の事を考慮するとか意味不明過ぎて乾いた笑いしか出なかった。

 でも、カーラとイェニーに挟まれて寝るのは物凄く気持ちよかったなぁ。

 

 「はぁ…… アルトリーベならまだ1年以上余裕があるのに、外伝メインというか、そっちを考慮すると途端に1学期しか私の余裕期間がないんですけど……」

 

 俺の溜息で横に寝ていたカーラとイェニーがもぞりと身を捩りだした。

 

 「あ、お嬢様、おはようございまふ……」

 

 「おふぁようですねぇ……」

 

 カーラは寝起きでも丁寧だが、イェニーは意外と緩いフレンドリー気質を寝起きで発揮している。

 

 「おはよう。昨日はお喋りに付き合ってくれてありがとう。学園に行く準備をしようか」

 

 せっかくの乙女ゲーの世界の舞台である、王都の学園を楽しむ気になんてなれずに入学式へ臨むのだった。

 

 

 

 

 「ニア、マジヤバい! あの5人ヤバいわぁ!」

 

 ゲームキャラを間近で見てしまった俺は、憂鬱が吹き飛んで興奮していた。単純すぎるだろう俺とか思ったが、やっぱり興奮するのだ。好きなゲームだったのだから仕方がないと必死に言い訳を始めている俺。

 中身が男なのに、周囲の学園女子と同じ反応をしている俺は確かにヤバい。

 

 「確かに別格ですねあれは…… でもお嬢様、ブラッド様はお嬢様の婚約者ですよ。こんな少し離れた所で見ていないで、御挨拶しなくていいんですか?」

 

 ナルニアはゴージャス系が入った美人だから、ブラッド辺りと並ぶとちょっと映えそうなんだよなぁ。

 ()えぇぇ。

 

 「いやいや、ここで挨拶なんてしゃしゃり出たら、私は明日辺りには行方不明者になっちゃいそうだから止めておくよ」

 

 ってか周囲の女子の目が全員トリップしていて怖すぎる。薬は止めた方がいいよ。旧オフリー嬢みたいに月まで意識がぶっ飛んじゃうからね。怖いね。

 

 「お嬢様は、何か謙虚ですよね。化粧っ気の無い素顔のままに、やや長めのとはいえそれでもイェニーよりも短い男性同然の御髪のスタイル。ボーイッシュでちょっと可愛らしいですけど、本当にそのままで学園生活を送るんですか?」

 

 姿は女ではあるので、中学1年生ぐらいのやんちゃなちょっと可愛らしい男の子スタイルの俺だ。

 ズボン履いたら完璧にナルニアの弟みたいな感じだな。いや、イェニーの弟だな。

 

 「別に私は女としての見た目は気にしないからね。過ごしやすいし朝が楽で助かる」

 

 「何で学園入学したばかりの上級クラスの女性が、そんな適当何ですかもう……」

 

 ナルニアを呆れかえらせてしまった。

 例のキラキラ5人組が、周囲の女子を引き連れて行った後、視界に二人組の男女が映り込んできた。

 

 「キタ――――――! 見て見てニア! あれだよヤバい! ヘルツォークの二人だ! オーラやっば!? あの5人レベルじゃね!?」

 

 「もうさっきからお嬢様のセリフがヤバいしかほとんで言っていないのがヤバいですよ……」

 

 ナルニアもそう言って俺の視線の先に向くが、瞳孔が少し開くところを俺は見逃さなかったぞニア!

 しっかし、シャ、じゃないや、マク…… でもない! 落ち着け俺。

 今朝まで憂鬱ではあった…… あったんだが、やはり実物として動いていてオーラを感じるのは、外伝ファンとしては冥利に尽きるなぁ。攻略本手に入れてもっと遊んでからあの二人を見たかったが、そこは仕方がないよね。

 マルティーナ嬢、本当に15歳かよ。見た目に雰囲気に色気、もちろん見た記憶がないスタイル…… ヤバいな。もうさっきから俺の語彙力がヤバい。

 いやヘルツォーク兄、確かこの世界ではエーリッヒだったかな。彼は来月で16歳の設定だったが、あの二人を見ていると年齢に対する疑問が沸々と湧き出てくるな。

 

 「あれがヘルツォーク…… ふ、雰囲気があの5人の比じゃありませんよお嬢様。私はちょっと怖いです……」

 

 ナルニア、この娘はオフリー嬢の取り巻きは勿体ない感性だとは思う。

 

 「正しいよニア。私も思い出したけど、ヘルツォーク領や彼等は本当に恐ろしい。下手に関わったり、気分を損ねたら駄目だ。安易に触れてはいけないものがあるってことを私も思い出したよ」

 

 オフリー嬢である俺としては、また少し憂鬱な気分にはなってしまった。

 

 「お嬢様、昨日はヘルツォークの話題を出した瞬間真っ青になっていらしてましたしね」

 

 しかし、針の穴を穿つレベルかもしれないが、上手く立ち回って実家の被害と犯罪から、無関係な可哀想な娘として見逃してもらえれば、大好きなキャラ達を間近で見れるというモチベーションには繋がる。

 欲を言えば、一言二言ぐらいはお話できるかもしれない。

 そうだ! 専属使用人がいない私達は、グループが違うとはいえ、マルティーナ嬢と仲良く出来るかもしれない!

 それだ! それで行こう! そうすればあの魅力的なマルティーナ嬢とお話し出来る事に加えて、私やナルニア達はヘルツォークから温情を貰えるかもしれない。

 

 「ニアニアニアッ!」

 

 「な、何です? いきなりまた興奮して……」

 

 「マルティーナ嬢と仲良くしよう! ほら、彼女も専属使用人いないみたいだし。やっぱりあの二人はキラキラ5人とは、またベクトルの違う凄さだし」

 

 「うぅ、少し怖いんですが…… 確かに上級クラスで専属使用人がいない私達は浮いちゃいますしね。いいんですか? 触れてはいけないものでは?」

 

 そう触れてはいけない、逆鱗にはだ。

 ヘルツォーク子爵領は特殊で王国内では忌避感が蔓延しているとかいう設定だった筈。現にあそこは孤立している小国のような貴族領だ。

 そうだよ、アルトリーベ外伝をクリアしていないし攻略本を見ていないとはいえ、ヘルツォーク子爵領とヘルツォーク兄や妹の内心を1学期終了時点まで知っている私は、彼等と上手く付き合える可能性が高い。

 踏み込みの度合いに細心の注意を払えばいいだけだ。

 オフリーも忌み嫌われている貴族家、もちろんヘルツォークにも良くは思われていないだろうとはいえ、あの二人であれば接しさえすれば、上辺の評価は気にしない性格だった筈だ。ゲーム通りならば…… うっ、少し怖いがやるしかないな。

 

 「ニア、行ける。行った方がいい。オフリー伯爵家の危ない部分から上手く離れるためには、彼等は寧ろ僥倖かもしれない」

 

 「お嬢様、黙ってブラッド様と婚約してそちら側に身を任せるほうが無難では?」

 

 「ニア、あの5人絡みは大物過ぎるし下手したら簡単に首を斬られる。ホルファート始祖五家だぞ。本来なら、後ろめたいオフリー伯爵家が関わるのは危険なのに祖父や父は関わった。商人から伯爵にまで成り上がったのは見事だけど、実はフィールドと安易に私を婚約させたのは失策だと思うよ」

 

 「はぁ……」

 

 オフリー伯爵家の危ない部分をナルニアとは話し合って知っているだろうが、ナルニアにはピンと来ないのは当然だよな。

 その時近くをヘルツォーク兄妹が通り過ぎた。

 

 「エーリッヒ様、先程から興奮気味というかこちらを少し見ながらお話合いをされている女性がいますよ」

 

 「ほら、新生活で興奮しているか、入学時に男女で腕を組んでいる僕らが珍しいんじゃない? だから離れようよティナ」

 

 「うふふ、嫌です。しっかりエスコートしてください」

 

 「我が家の御姫様は仕方ないね。でも珍しいね。あの二人、専属使用人がいないみたいだ。ティナとも仲良く出来そうだね。同じ新入生みたいだし」

 

 その時、俺のオフリーイヤーは物凄い情報をキャッチできた!

 ありがとうオフリーイヤー! もうこのスペックだけでお前には満足だ! ナルニアは彼等の会話の最後の方は聞き取れなかったみたいだ。

 

 「これから彼女等が王都で専属使用人を買わなければ、確かに仲良くしたいですね。でも私達はヘルツォークですからね……」

 

 「そうだねぇ…… 僕もお茶会は憂鬱だよ。ティナはリオン、バルトファルトから誘われたらお茶会出るように。後は王国本土のお金持ち子爵や男爵だね」

 

 「むぅぅ、わかってますよ。お兄様の言いつけは守ります。でもお兄様のお茶会は、毎回わたくしは出ますから!」

 

 「呼び方が相変わらずブレブレだね…… でもそうすると僕は結婚相手を探せないんだけど……」

 

 「ふんっ、知りませんから」

 

 うん、安心しましたよマルティーナさんにエーリッヒさん。あなた達はゲーム通りですね。

 マルティーナさんは超絶ブラコンのまま。エーリッヒさんもゲーム通りの感じでありがとうございます。

 

 「ニア、私を信じて大丈夫だよ。先ずはマルティーナさんと友達になろう」

 

 「え!? 彼女の名前を知っていたんですかお嬢様?」

 

 「あぁ、会話で聞こえてきたんだよ」

 

 おっと、そりゃいきなり名前を呼んだら吃驚するよな。

 

 「何だかんだ専属使用人がいない同士ですしね。お嬢様にお任せしますよ」

 

 この作戦で行こう! ドキドキ!マルティーナ嬢とお友達大作戦!

 油断してエーリッヒさん関連でヘマすると、マッハで月まで吹っ飛びそうだけど。このドキドキは、あらゆるも物事を含んでいそうで、恐ろしい事この上ないけど。

 王都の学園での第一方針を決めた瞬間であった。




ナルニアが個人的にお気に入りなんですよね。


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第3話 お茶会の時期が始まりました。

 「やっぱり浮いてきたわね」

 

 ナルニア・フォウ・ドレスデンは、誰とは無しに独り言を呟いた。

 ちょっとした洒落ているクライネスレストランを貸し切りで、貧乏男爵グループの女子会が営まれていた。

 

 「元々実家のドレスデン男爵領は貧乏男爵グループだけど、オフリー伯爵家との付き合いがここに来て響いてくるのね…… 加えて専属使用人無し…… オフリーお嬢様も孤立。伯爵家以上は同じ派閥でグループ化か。でも私は専属使用人がいないおかげで、お茶会自体の誘いは多いわね」

 

 一人カウンターの隅で、季節柄の春らしいアスペロールスプリッツを傾けていた。

 

 4月も終盤に近付き、学園内ではそろそろお茶会の時期が始まるので、1年生の男子達からお誘いの手紙がかなりの数になっていた。

 既にナルニアは、2年生や3年生のお茶会にも出席済みであった。

 しかし、ナルニアはオフリー伯爵家の嫌われ具合と勘違いをしているが、集中的に来た2年生と3年生からの誘いの件が、1年生女子からの孤立化を進めていた。

 未だ婚約者がいない2年生男子と特に3年生男子は、ある意味新入生女子を見定める期間だというのに、かなりフライング気味に動いたせいでもある。

 ナルニアは大人っぽく美人の女性だ。

 4月、遅くとも5月の連休に専属使用人を購入する女子もいるのだから、上級生とて4月中に安易に新入生をお茶会には誘わないのだ。

 ナルニアはそこを男子暗黙の了解を無視されているので、学園女子に嫉まれているのが真実であった。

 

 「ねぇ、ナルニアさんよね。上級生のお茶会どうだった?」

 

 「爽やかそうなのを飲んでいるのね。貴女は専属使用人いないままなの?」

 

 小さく溜息を吐き出していた時、二人組の女性がカウンターに近づきナルニアに話しかけてきた。

 

 「確か、ミリーさんとジェシカさんだったかしらね。そういえば貴女達にも専属使用人はいないわね…… お嬢様が全く興味無いから私もパスね。上級生は流石に表面上はスマートだったわよ。でも、焦りと必死さが透けて見えたわ」

 

 いくらナルニア自身浮いている自覚もあるとはいえ、態々邪険にして敵を作る必要性は無いため簡潔だが丁寧に答えていた。

 

 「上級生は大人っぽいもんね。でもそうかぁ、上に行くほど男子も必死なんだなぁ」

 

 ミリーという男爵家の可愛らしい少女が、ナルニアの答えに納得していた。

 

 「私とミリーも専属使用人はいらないから、良かったら私達とも交流しましょう」

 

 清楚系で落ち着きを持ったジェシカが、ナルニアに提案してくる。

 

 「貴女達も知っているでしょう? 私とほら、オフリーお嬢様との関係…… いいのかしら?」

 

 オフリー伯爵家は、ホルファート王国では汚い成り上がりもあって、貴族社会において基本的に毛嫌いされている。

 しかも折しも運悪く、学園内に偶々派閥を共にする生徒がいないのもそれに拍車を掛けていた。

 

 「私達は辺境の浮島出身だから関係ないよ。専属使用人を持たない時点で、上級クラスの女子からは相手にされないしね」

 

 「そうね。オフリーさんも専属使用人持たないなら私達とも交流したいけど、伯爵家だから私達と交流してくれるのかしら?」

 

 ミリーもジェシカもオフリー伯爵家を毛嫌いしてこない所に、ナルニアは新鮮な驚きを覚えてしまう。

 

 「へぇ、そういうものなの? 別にオフリーお嬢様はあまり身分を気にされないわよ。あの人自身、実家が貴族社会で忌み嫌われているのをご存じだから。普通に謙虚で吃驚するわよ。貴女達が構わないのなら、お嬢様も参加するだろうから、今度誘ってみてもいいわよ」

 

 「ほんとっ! 友達出来なくて困ってたんだぁ」

 

 ミリーが素直に喜んでくれている事に対して、隙を突かれたように一瞬思考が固まってしまった。

 

 「嬉しいわ。純粋に友達が増えるのは嬉しいし、やっぱり私達もお茶会色々出るでしょ。意見交換はしたいのよね」

 

 ジェシカの明け透けな意見にはナルニアも同じ気持ちを抱く。ナルニア自身お茶会での情報は、色々と交換していきたいのが実情でもあった。

 

 (お嬢様はお茶会に全く興味がないし、何よりお嬢様の婚約者のブラッド様やその陪臣を頼れなさそうな私は、結局学園で結婚相手を探すしかないものね)

 

 「私もお嬢様も上級クラスでは孤立気味だから、申し出は嬉しいわ。仲良くしていきましょう」

 

 こうして、ナルニアの働きにより、オフリー嬢は図らずも学園内に個別的なグループが形成されたのであった。

 

 

 

 

 「やっぱりナルニアは凄いね! 私もそのミリーさん達の女子会とやらに参加していいの?」

 

 流石、早生まれなのに妙に大人びているナルニアは、旨いこと専属使用人のいない女子達と知り合いに発展している。しかも私もその女子会に参加していいとか、めっちゃ有難いんですけど。

 ナルニアがこの見た目と雰囲気で処女とかマジビビる。

 ちなみに処女じゃない俺とかマジビビるわぁ…… でもその記憶があるから滅茶苦茶気持ち悪い。お陰で専属使用人とか見ると吐き気がしてくるようになってしまった。

 専属使用人とかマジビビる。

 

 「お嬢様なら彼女達は大丈夫そうですよ。それよりお茶会へのお誘いの話をしましょうよ」

 

 「そうだね。見てよ、私なんかにも子爵家出身から結構来てるんだけど…… 実はオフリー伯爵家って知られていないのかな?」

 

 階級が下から上になるにつれて在籍数は少なくなるのは当たり前だが、四通も来ているのに驚きだ。

 伯爵家の女性はそのほとんどが婚約者がいるが、俺のようなのは珍しいから珍獣見物かな?

 

 「何でその数でちょっと嬉しそうにしてるんですか――」

 

 ナルニアのバッグから、ドサドサドサッっとお手紙が落ちてきた。 

 えっ!? 俺の10倍ぐらいあるんですけど! マジビビる。

 

 「――これでやっと普通ぐらいです。男子は方々に誘いの手紙を出しますから。毎日10通以上学年問わず出す男子もいるんですよ。やっぱりお嬢様にとって、オフリー伯爵家は逆の意味で強烈ですね。しかも爵位が高いから相手も少ない……」

 

 えっ!? その数で普通とかマジビビる。もう俺の語彙力にマジビビるんですけど……

 

 「でもお茶会に興味ないからどうでもいいんだけどね。でもニアはしっかり良い人見つけた方がいいよ。ある意味それだけで上手いこと行けば、ニアはオフリー伯爵家から縁切り出来る。私は別の方法でオフリー伯爵家と縁切りする方法を考えるし」

 

 男子の友達は欲しいけど、先ずはオフリー伯爵家からどう離れるかが先決だし。

 一度、仕事関連でフェードアウトしていこうと考えて、父親に事業を手伝ってみたいと打ち明けてみたが散々だった。

 

 「お前のような小娘に何が出来るっ!」「遊び気分か? 質が悪い」「学園生活での仕送りなら十分にしてやる。学園に入学したら、お前はさっさとブラッド様と関係を結んで来い」

 

 そりゃこんな小娘に仕事なんかさせるわけがないよな。

 アルトリーベ外伝、ヘルツォークでのエーリッヒさんは意味不明レベルなだけだよな。マジビビるわぁ。

 

 「例のマルティーナさんとは中々接点が出来ないんですよね。子爵家の令嬢だし、例のお兄さんにベッタリですし」

 

 「私も4月は無理だったよ。クラスや授業が違うのが痛い……」

 

 そうなのだ。この学園は入学してから1週間、各授業のオリエンテーションに力を注いで、その後の1週間で授業を選択するのだ。

 そりゃぁ、1年生男子は4月なんかにお茶会なんて開いてる暇はない。上級生は春休みに選択を行っているから、4月早々、新入生女子をターゲットにお茶会が開催できるという訳だ。

 王都の学園での教育に関しては、正直レベルはかなり高いと思う。

 オフリー嬢の元からスペックと前世知識の俺では、魔法関連と軍務関連は不可能レベル。貴族教養系もほぼ無理。精々が政治経済、領地運営系ぐらいしか、前世知識を駆使しなければ無理っぽい。

 オフリー嬢終わってんな、マジビビる。

 しかもこのゲーム世界で転生? 憑依? どっちか知らないが、まだ半年とか本当に無理ゲーだよ。せめて数年前からなら、オフリー伯爵家離脱の準備に貴族社会の勉強とそれなりにやれた事はあったんだけど…… 

 無理ゲー過ぎてビビリマクリスティ。あぁ、そよぐ風にもたれたい……

 

 「一先ずは、お茶会に出て連休にでもミリーやジェシカと親睦でも深めましょう」

 

 「そうだね。やれる所からやるしかないね。ニアに頼りきりで申し訳ないけど……」

 

 冷静に考えると、ナルニアのお陰で首の皮が繋がっているのかもしれない。ミリーやジェシカさんは専属使用人がいないから、専属使用人がいないマルティーナさんと接点があるかもしれない。

 二人は男爵家だがマルティーナさんは子爵家。爵位の違いは気に掛かるが、伯爵家の私にも間接的に声を掛けてきたから、そこにワンチャン賭けるしかない。

 

 「私も助かってますよ。実家が私には仕送り絞り過ぎてて、お嬢様がいなければ上級クラスでやっていけないレベルですもの……」

 

 そこがニアの可哀想なところなんだよなぁ。

 私とニアはもう、ざっくばらんに話し合い過ぎているので、仕送りが滅茶苦茶多い私は、お金の面でもぶっちゃけ相当融通利かせている。

 要は買っていないけど、オフリー伯爵家からは専属使用人代、それも複数レベルで仕送りが含まれているのだ。一応オフリー伯爵家関連が関わっていない、国営系の銀行に貯金もしている。

 正直、家からは何もするな状態の私は身動き取りづらいし、貴族女性が欲するような物は基本的にいらない。ならばニアの生活助ける方が遥かに有意義なんだよな。

 

 「上級クラスの女性って本当にお金掛かるよね。ドン引きなんだけど……」

 

 「私は自分にお金を掛けなさ過ぎるお嬢様にドン引きしていますよ」

 

 お互いに笑い合ってしまった。

 取り敢えず、久しぶりの男子とのお喋りでも楽しんでみますかね。

 

 

 

 

 「お茶会どうだったニア? 私はもう何かやだ。めっちゃ女として見てくるんだもん」

 

 もん!? 一体俺は何を考えているんだ? そんな可愛さ俺にはいらないぞ!? オフリー嬢の顔スペックだと殴られそうだ。

 しかし、あの女として俺を見てくる目付きは気持ち悪い。

 

 「いや、そりゃ女の子ですし…… まぁ、スマートさと必死さは上級生とは隔絶してますね。1年男子は緊張でお茶を溢すわ。会話は止まるわ。彼等が女性やそもそもマナーに慣れるまでは、評価のしようがありませんね」

 

 この世界では15歳が成人とはいえ、そんな年齢で女性をおもてなしなんか出来る方がおかしいよな。

 ジュースとお菓子やファミレスで、くっちゃべるような精神年齢のお年頃だ。

 この世界の常識として、そういうのを刷り込まれている男子も最初はそんなものなのだろう。

 上級クラスの女子が15歳で大人び過ぎているだけだな。1年生女子を一か月近く見てきたけど、その中でもナルニアは最上位クラス。別格に近いだろう。

 公爵令嬢のアンジェリカも見たが、あれはオーラがヤバ過ぎたな。正に別格中の別格…… あの年齢で爵位に名前負けしないだけでマジビビる。

 アンジェリカ…… 何か忘れて、あっ!? ヘルツォークに気を取られ過ぎてた! 通常のアルトリーベって今どんな時期だったっけ? 

 でもまぁ、あっちはオフリーの寿命は1年半近くあるから、今度ゆっくり通常のアルトリーベキャラを観察してみよう。

 

 後日、俺は驚愕した。

 アルトリーベ本伝の攻略キャラ達、キラキラ5人組と滅茶苦茶仲良く過ごしているというか、ほとんど侍らすようにしている、マリエ・フォウ・ラーファンって誰だよ!? マジビビる!!

 頭痛でその日は速攻で寮に帰って、酒をかっくらうように飲んで寝てしまった…… うぅ、頭が色んな意味で痛い。




本伝のアルトリーベをすっぽりと忘れるオフ中の人にマジビビる。
ナルニアの処女が判明してマジビビる。
カーラとイェニーが出てこなくてマジビビる。
ていうか、未だに名前が無いのがマジビビる。



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第4話 女子会しました。

phodra様、誤字報告ありがとうございました。


 ミリーさんとジェシカさんにお呼ばれして女子会に参加する事になったが、そこでミラクルとまでは言わないが、ビッグチャンスが巡ってきた。

 

 (キター! まさかのマルティーナさんまで!)

 

 店名を聞いておりナルニアと共に扉を開いたら、店のボーイさんからお連れの方が3名来ているとのことで、3名? と不思議に思って個室に入ると、まさかのマルティーナさんが、楚々とした仕草と雰囲気で鎮座していた。

 

 「いらっしゃい。オフリーさんにナルニアさんも!」

 

 「ほら、知ってはいるでしょ。この子はティナ、マルティーナよ」

 

 そら知っとるがな! 主人公とのにゃんにゃん画像はついぞ見られなかったけど、序盤のくっころ画像はちゃんと集めた!

 

 「ヘルツォーク子爵家の長女マルティーナです。宜しくお願いします」

 

 「ドレスデン男爵家のナルニアです。此方こそ宜しくお願いするわ」

 

 ナルニアは蓮っ葉なその物言いだが、ヘルツォークの恐ろしさは言い聞かせてあるから大丈夫だろう。

 マルティーナさんはお兄さんの言う事は素直に聞くが、そのお兄さんの事で簡単にプッツンするクレイジーだとも伝えてある。

 

 「お嬢様、お嬢様!」

 

 ついマルティーナさんに見惚れてしまっていた。俺が目を見開いて見つめていたせいか、小首を傾げてしまっているじゃないか。

 めっちゃ美人。

 

 「あ、あの! オフリーはぎゅっ!?」

 

 噛んでしまった。

 恥ずかしいが、笑いが取れたから良しとするしかない。

 

 「オフリー伯爵家出身でしょう? ナルニアさんから聞いているわ」

 

 ジェシカさんにフォローされてしまった。

 

 「私はミリー、今のはジェシカ。ねぇ、ティナももうこの呼ばれ方でいいでしょ」

 

 「えぇ、わたくしは構いません。ナルニアさんもオフリー? さんも好きに呼んでください」

 

 まだマルティーナさんは固いかな。

 確かヘルツォークは、不遇に冷遇と王家や王宮からの扱いが酷く、王国本土の貴族は勿論、浮島の貴族達からも評判は良くない。

 まだ5月の連休だし、さらには初対面。警戒するのは当たり前か。

 

 「じゃぁ、ティナさんね。私の事はニアでいいわ。でも、専属使用人がいないとこんなに肩身が狭いなんてね」

 

 「だよねー、まぁお茶会の誘いは多いけど、それも女子から疎まれるし」

 

 ミリーさんは明るい可愛い系だけど、女子会だとさすがに愚痴が飛び出していた。

 

 「私はうちの評判が悪いから少なくて楽だしもういいや。男子の目付きも正直気持ち悪いし」

 

 たぶん俺が言った、うちの評判が悪いという所にマルティーナさんは反応した。

 

 「ヘルツォークも評判が悪いですが、お二人は気になさらないんですか?」

 

 「辺境ではないけどドレスデンは貧乏だし、家の評判なんか気にしても仕方ないわ」

 

 「オフリーも酷いからね。しかも私とニアは専属使用人買わないから尚更。まぁ、私は気持ち悪くて買うつもりないけど。実際の所ニアは?」

 

 「お嬢様の話も聞いてますし、そもそも買えませんし怖いのでいいですよ」

 

 ナルニアやカーラにイェニーには、俺になる前のオフリー嬢のドラッグカクテル乱交事件の詳細を、専属使用人の酷さと暴力をマシマシにでっち上げて、怖がらせておいてあるのだ。

 

 「あら、珍しいですね。ヘルツォークはそもそも禁止ですし、わたくしも盛った獣が女性に馴れ馴れしく喋っているように見えるので気持ち悪いです。私達、仲良く出来そうね」

 

 ははは、まぁ実際は上級クラスの女子達が盛っているんだけどね。

 

 「私達はグループでも浮いちゃうから、専属使用人がいない者どうしでちょうどいいじゃない。それにこれからはお茶会多いしね。情報交換したいわ」

 

 「前もジェシカは言ってたわね。でもお嬢様は当てにならないわよ。もうお茶会参加しない方向らしいわ。そもそも男の人苦手みたいだから」

 

 そうなのだ。このオフリースペックだと学園に通う修羅のような貴族男子には絶対に勝てない。

 女尊男卑の世界で皆女性に対して意味不明なほど優しいが、それはオフリー嬢には当てはまらないのだ。

 謙虚堅実をモットーにいかないと、このマルティーナさんに月まで吹っ飛ばされてしまうのだ。

 

 「そうなのオフリーさん? 専属使用人いないし、オフリーさん思ってたよりも大人しいから男子に人気出そうだよ」

 

 ミリーさんが心配そうに覗き込んできた。

 

 「いやぁ、実家が評判悪いし、しかも伯爵家だから相手も少ないしね。ニアが上手く良い結婚相手が見つかってくれればそれでいいかなって。そういえば、3人は誰か狙っている人はいるの?」

 

 運ばれてきた軽食を啄みつつ、ワインで舌を湿らせる。思いの外美味しいので、俺も口が軽やかになってきていた。

 

 「やっぱり王国本土の子爵家! と言いたいけど、バルトファルト君が気になるんだよねぇ」

 

 鉄板の王国本土の金持ちと思いきや、例の謎に包まれた冒険野郎の名前が出てきた。

 学年内のクラスも授業の教室も違うが、見かけたことは何度もある。

 黒髪で170㎝チョイ越えの眠たそうな目をした男子。アルトリーベ1作目にも外伝にすら出ていないのに、功績だけはぶっ飛んでいる謎キャラだ。

 

 「王国本土の財政が良い家は外せないけどね。私はティナのお兄さんかなぁ。ほら、殿下達に全くひけをとらないし」

 

 ジェシカさんが爆弾を投げている!?

 怖くなってマルティーナさんを覗くが、あれ? 少し嬉しそうな表情になってワインをコクコクと飲み出した。

 何か設定であったような…… あぁ、大好きなお兄さんを褒められたりするのは好きだけど、必要以上に接触してくる女子には攻撃的になるんだっけか。

 お兄さん側が女子に接触するのは、気に入らないけどひたすら耐えるとか何とかだった。でも好感度はMAXで下がらないという、都合の良いキープ系義妹(いもうと)。それがマルティーナさんだ。

 何だろう、怖いのか可哀想なのかわからなくなってきた。

 

 「ニアさんはどうなんです?」

 

 「まだわからないわ。1年男子も、もう少し女子との接し方に慣れてくれないと」

 

 おぉ、1年女子でも大人綺麗系、プラス色気有りの筆頭クラスの2人の会話だ。

 ていうか俺は付いていけてない。

 

 「しかしこのワイン、リーズナブルなのに旨いな」

 

 旧オフリー嬢や今の俺とけっこう良い店で食事したり、嗜む程度に呑んで舌を肥えさせているニアもワインにはご満悦の様子で、マルティーナさんとの会話に花を咲かせている。

 1本200ディア、貴族には相当安くこれなら平民でも手が届く。酒屋なら100ディア前後ぐらいか。

 

 「飲みやすいのにコクとほんのり甘味があって美味しいよね」

 

 「これ、ヘルツォークのワインらしいわ」

 

 渋さも少なく辛口ではないお陰で、ミリーさんとジェシカさんにも評判は上々みたいだ。

 あぁ、これがヘルツォークの財政パートか。確かに商用作物関連であったな。

 でも俺はいまいち上手く行かなかったし、何より実子証明クエストもクリア出来てなかった。

 結局、完全攻略本待ちの気付いたらこの世界、たぶん今この学園にいるエーリッヒさんとやらは、芝何とか電機の課長級の人だな。

 

 「かなり昔は、ヘルツォーク産のワインって有名だったみたいだけど、また王国本土や王都に出回るようになったんだ。貴族は欲しがるだろうね」

 

 俺は食用穀物と鉱山拡張に手を出したが、食用穀物は輸出品として確立出来るほどの質は良くなく、鉱山はそもそもダブつき気味。

 王都での販路拡大が急務と気付いたのは、かなり後だった。おかげで実子証明クエストも失敗。

 ローティーンでやりきったエーリッヒさんは頭おかしいな。

 

 「全てお兄様の功績ですよ。でも本当にヘルツォークに対して、皆さんは嫌悪感を抱かないんですね。お兄様が王都で色々と事業を行う時は、大変だったと聞いていたのですが……」

 

 「オフリーも酷いから、相手の事で何かを言える立場じゃないから――」

 

 本当に不思議そうにマルティーナさんはしているが、学園内はある意味貴族社会の縮図のようなもの。

 貧乏な辺境出身も気にしないらしいし。

 

 「――でも、正直、ヘルツォークの武力は怖いかな。フライタール辺境伯越境戦、あの戦力差を覆したのには言葉も出ないよ」

 

 学園入学後に実家の伝手で調べたけど、浮島破壊なんて作戦、そもそもゲーム内で立案に選択なんか出来たかどうか…… 実況動画にすらなかった作戦だ。

 

 「それも全てお兄様の作戦立案に艦隊の総指揮、さらには鎧を駆って常に最前戦。なのにこの学園の女子共は、そんなお兄様をやれ愛人に良いとか、仕官して王都での愛人になれとか…… いっそもう爆散させて!」

 

 「お、落ち着いてティナ!?」

 

 「そ、そうそう、エーリッヒ君の凄さにまだ皆気付けていないだけよ」

 

 ミリーさんとジェシカさんに嗜められながら、怒りを飲み込むようにゴクゴクとワインを喉に流し込むマルティーナさん。

 怖っ!? の、喉ごしはビールでやったほうがいいよ。

 そういえばこの娘もフライタール戦で、軍艦級飛行船に乗艦してるんだよなぁ。クレイジー過ぎるしゲームでもそんな事にはなってなかったんだけど。

 実子証明クエストのクリアの有無で変わるのかな?

 

 「ティナさんのお兄さん、事業に鎧に艦隊総指揮なんて、本当に私達と同い年なの? 凄いわね。しかも学園卒業後は男爵に陞爵も決定しているし、普通に考えて女子に人気出そうなものだけど」

 

 「上級クラスの女子達は、相手の家の財力や権力しか見ていないからね。エーリッヒさん個人の凄さは彼女らには関係ないし、あの凄さはわからないんでしょ」

 

 ニアの言う通りだと思うし、しかもイケメン。でも学園女子は実家が金持ちの男子捕まえて、イケメンや専属使用人を侍らせるのが常。

 だからエーリッヒさんも愛人枠何だろう。普通クラスの男子ならそれでもいいけど、跡取りや独力で陞爵にまで至る貴族にそれは無理だ。

 もういっそ呪いなのだろうかと疑ってしまうぐらい、結婚相手としての人気の無さ。

 不憫過ぎて、イケメン死ね! とすら思わないな。

 

 「ニアさんもオフリーさんもわかってくれますか! 何とお労しいのでしょう、お兄様は!」

 

 「あ、あははは……」

 

 マルティーナさんが明らかに酔って来ている。怖い。

 

 「でもティナはエーリッヒ君のお茶会に参加しようとすると妨害するじゃない」

 

 ミリーさんもそうだが、ジェシカさんも男子から大人気だから、マルティーナさんが壁になっているのか。ダメじゃん!

 まぁ、そういう設定だったっけ。難儀な……

 

 「ジェシカは王国本土狙いじゃないですか。あまり他の男子のお茶会に参加するよりも絞ったほうが良いですよ」

 

 「確かにその通りではあるんだけどね」

 

 その後もまだ1年は始まったばかりだが、お茶会や男子の話題となり、マルティーナさんがアルコールでふやけ出した頃、ついに、オフリー伯爵家を文字通りに滅ぼすであろう恐怖の人物と対面することが出来た。

 

 「ティナは…… 酔ってるな。迎えに行くって言ったから仕方がないか」

 

 「ふわぁ、お兄様がいっぱいですぅ」

 

 おい、そんな鬼だか悪魔だかわからん人間を増やさないで頂きたい! 

 しかし、まぁこの人は今月のどこかで16歳だった筈だが…… いや、某機動戦士のパイロット達並みに年齢の設定を間違えてるな。

 赤いマザロリシスコンや平和仮面、エレガント閣下に通ずる謎年齢だ。

 

 「ティナを楽しませてくれたみたいでありがとう。僕はエーリッヒ・フォウ・ヘルツォーク。ティナから聞いているかな? 僕自身、ティナの兄と素直に言える事は難しいけど、ヘルツォークは忌避されているから、こうしてティナと仲良くしてくれるのは嬉しいよ」

 

 ミディアムのサラリとした薄い色合いの金髪、スカイブルーの眼にキラッとした歯に笑顔。

 この容姿と仕草や雰囲気なのにゲーム内のメインヒロイン達の好感度が、スタート時点は嫌悪されているレベルで低いのが酷い。

 ヘルツォークヤバいな。

 

 「いえ、此方こそ。楽しませて頂きました。私はナルニア・フォウ・ドレスデンです。こちらはオフリーお嬢様。昔からの付き合いです」

 

 ナルニアが食い気味だ! 俺もペコリと会釈しておく。エーリッヒさんと喋るのは怖い。

 

 「オフリーさんか。話に聞くよりイメージが良いから、男子達にも噂されてるよ。もちろんナルニアさんも。ナルニアさんは大人っぽくて美人だから、男子はまだ尻込みしているんじゃないかな…… って痛いよティナ」

 

 マルティーナさんが(むく)れ気味にエーリッヒさんの脇腹をツネっていた。

 しかし、オフリー嬢、俺のイメージが良いか…… 専属使用人いないし、特に派手に遊んでもいないからだろう。ナルニアの人気はそれらに加えて、容姿が優れているからだと思う。

 学園女子は入学してオリエンテーションも終わると、専属使用人も揃えつつ、夜遊びにも興じている。

 遅くともこの連休が終わる頃には、(うぶ)な男子学生を驚愕と共に、心底震え上がらせる女性へと変貌を遂げるだろう。

 ミリーさんは普通に挨拶しているが、ジェシカさんも食い気味に挨拶して、それに対応したエーリッヒさんは、またマルティーナさんにツネられている。

 兄妹のコントだろうか?

 

 「あ!? あの、それは……」

 

 「あぁ、ティナを楽しませてくれたお礼。また誘ってやって欲しいんだ。これからもティナを宜しくね」

 

 ダッコちゃんばりにエーリッヒさんの腕に抱き着くマルティーナさんは、今日一番でご満悦の様子。

 エーリッヒさんは、反対側の手で伝票を取るとサッと会計を済ませて帰っていった。

 あの2人、これからご休憩かご宿泊する雰囲気にしか見えないんですけど。

 ヘルツォークは色んな意味でヤバいな。

 

 「ジェシカ、ティナちゃんの壁は高いよ。止めといたほうがいいんじゃない」

 

 まだ出口を惚けたように見ているジェシカさんに、ミリーさんが呆れながら声を掛けている。

 

 「ニアもか!」

 

 ふとナルニアの方を見ると、ジェシカさんほど惚けてはいないが、出口から目を離していなかった。

 

 「お嬢様、あれは目を奪われますって! 寧ろお嬢様の反応の薄さには疑問しか浮かびませんよ」

 

 「えぇ、ミリーさんだって似たようなもんじゃない?」

 

 ミリーさんは変わらないように見える。

 

 「エーリッヒさんが近くに居た時はジェシカのような感じでしたよ」

 

 「マジかぁ、ミリーさんは謎の冒険者バルトファルト卿が良いって言ってたのに、ヘルツォークはヤバいね」

 

 「お嬢様の男子に対する無関心さがヤバいですよ」

 

 またもやナルニアに呆れられてしまった。

 あれ? ナルニアが交流深めてただけで、俺っていらない子じゃね!?




ナルニアが頑張ってるけど、オフ中の人はビビって震えていた(笑) そして名前はまだ無い(キリッ)
ヘルツォーク怖い。


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第5話 ダンジョン実習行きませんでした。

久しぶりにこちらを投稿してみました。

乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です
https://syosetu.org/novel/250891/

こちらの幕間ですら語らない細かい設定なども話に盛り込んでいきます。
まぁ、こちらの作品は日常回が多いので、その絡みのような感じです。


 ダンジョン実習も始まって少し経ち、学園の一年生男子も放課後はダンジョンで稼いだり、お茶会開催にと一年生全体も賑やかになってきている。

 俺自身はダンジョンも興味無いし、男子のお茶会も参加したくない。

 ということで、王都の商業区にある取引所に来ていた。

 

 「シンジケートに現物、先物に株式か…… 粗いとはいえ前世でもかなり昔からあるから、そりゃぁこの世界でもあるか」

 

 取引所から少し離れたオープンテラスのカフェで、先程チェックした銘柄の終値から、ローソク足をノートに書き込んでいた。

 

 「そういえば、ローソク足は日本発だったっけ? しかし……」

 

 すっかり忘れていた統計学も、学園で二年生から履修出来るので、図書室で前世の復習がてら勉強をしている。

 取引所近くの喫茶店で、その復習の成果をローソク足と共にノートに書き込んでいくが――

 

 「移動平均線と標準偏差を書き込んだけど…… 現物でも乖離が許容出来ない。先物には駄目…… 株式なら辛うじて」

 

 情報強度と速度が個々人で異なり過ぎるから、反映がまちまちなんだろう。

 

 「今は平和な王都でこれか。何が95.45%だよ…… 取引所を見るだけじゃ、結局はチキンレースじゃないか」

 

 オフリー伯爵家との縁切りのため金は多いほうがいいので、一月近く前から取引所のチェックはしていた。

 父は俺の人格が変わったかのような生活態度を訝しんでいたので、俺自身はオフリー伯爵家の息の掛かった商会や事業所、裏家業には出入りを控えている。

 

 「銀行に預けているだけじゃなく、上手く使いたいけど、なかなか…… どうしようかなぁ」

 

 頭を掻きながらペンでノートを叩くが、溜め息しか出ない。

 コーヒーで頭をスッキリさせようと、冷めた黒々とした液体を勢いよく飲み込んだ所に、驚きで思わず漏れでたといった声色が降ってきた。

 

 「ジョン・ボリンジャー? ボリンジャーバンドが何故…… 君は?」

 

 は?

 何でこれを知ってる? 上を見上げると――

 

 「ぶほっ!? ゲホ、ゲホ」

 

 「だ、大丈夫かい!?」

 

 その人は慌ててハンカチを出して、俺の口元を拭いてくれた。

 

 「エ、エーリッヒさん…… な、何で」

 

 そう、そこには、オフリー伯爵家にとっての地獄からの使者が、不思議そうに、そして驚いたように俺とノートを交互に見ていた。

 

 

 

 

 マルティーナとミリーにジェシカは、本日は学園男子主宰のお茶会に参加せず、ウィンドウショッピングを楽しんでいた。

 

 「ヴィム君はどんなのが好みなんだろう? こっちかな?」

 

 ミリーはヘアアクセサリーを見て、王国本土の優良貴族家、カルロビ子爵家のヴィムの好みについて考え込んでいる。

 

 「私は逆にクルト君に何かを贈ろうかな? そっちのほうがポイント高くない?」

 

 ジェシカはミリーとは異なり、同じくランビエール子爵家のクルトへの贈り物の事で悩んでいる様子だった。

 マルティーナも流行りものをチェックしている様子だが、少し普段よりも目付きを細めつつも、頭の中に疑問を浮かべているようにミリーとジェシカには感じられた。

 

 「どうしたのティナ?」

 

 「気に入らなかったのかしら?」

 

 ミリーとジェシカが声を掛けてくれるが、それでもマルティーナの表情は変わらない。

 

 「いえ、買い物中にごめんなさい。少し、エーリッヒ様の動向が普段と違うんですよ…… 気になってしまって」

 

 「「は?」」

 

 ((つ、ついに頭がおかしく!?))

 

 ミリーとジェシカには何故この買い物、ウィンドウショッピングの最中にいきなりマルティーナがエーリッヒを気にしだしたのかが不明だ。

 先程までは三人でおしゃぺりをしながら過ごしていたが、その時には現在のような翳りは見当たらなかったのだ。

 

 「え、えっと、何か変な予定というか聞いてるの?」

 

 「私はエーリッヒ君の仕事の事はよくわからないけど、急に帰るのが遅くなったりとかはあるんじゃない」

 

 マルティーナの言葉の要領が捉えづらい二人は、一先ずは無難な質問をしてみる。

 すると――

 

 「いえ、お兄様は仕事終わりには必ず同じ場所に行くんですよ。確か喫茶店ですが…… 遅ければその喫茶店か付近で食事して学園に戻ります。今日のこの時間ですと、少し滞在したら学園に戻って学生寮の食堂で夕食を済ませる筈なんですよね……」

 

 少々早口言葉でマルティーナは二人に説明する。

 

 「また、呼び方がお兄様に戻ってるし。あはは……」

 

 ミリーはその剣幕に苦笑寄りの愛想笑いで聞き流しているが、ジェシカは違った。

 

 「ちょっと待って! 何でエーリッヒ君の居場所を!? 仮にまだ、事前に予定を聞いていたという事にしたとしても…… どうしてエーリッヒ君の滞在時間までわかるの?」

 

 「あっ!」

 

 ジェシカの驚きの質問で以てミリーも漸く、マルティーナがあり得ないことを言っていることに気が付いた。

 

 「わたくし、この王都全域であればお兄様が何処にいらっしゃるかわかりますよ。本来ならヘルツォーク領本島全域は、お兄様が発する魔力の探知が出来るのですが…… 王都は人の流入も多く、建物も多く高層ですからね。新貴族街や繁華街、それに商業区までで精一杯です」

 

 困りましたとでも言うかのように、マルティーナは頬に手を当てて溜息を()いている。

 

 「「怖いっ!」」

 

 「な、何がですか? ちなみにお兄様が気配を消し、自身の魔力反応を絞ろうがわかります。魔力は生きていれば必ず微弱ながらも発せられますからね」

 

 二人の驚愕の声にマルティーナはビクッとしてしまった。

 しかし、凄いでしょうとドヤ顔で、更に怖い事実をカミングアウトしている。

 

 (え!? じゃぁ、エーリッヒ君とこっそり会ってもティナにバレちゃうってこと!? いや、魔力を阻害するような建物とかでなら……)

 

 ジェシカは驚きで混乱したせいなのか、良ろしくないことを考えてしまった。

 声に出さなかったファインプレーを褒めてもいいだろう。

 

 「ま、魔力探知ストーカー…… ティナ、ちょっとヤバイよ」

 

 ミリーは大いに引きながら言葉を漏らしてしまう。

 

 「な!? ス、ストーカーじゃありません! それに魔力探知の性質上方角しかわかりませんし。わたくしが地理勘のある場所しか特定できません。このショッピング街や付き合いのある商会、それに取引所付近に飲食店、後は倉庫などですか」

 

 「それ、ティナが王都全域を大まかにでも何があるか把握したら、エーリッヒ君の行動が丸わかりじゃない!」

 

 流石にジェシカもドン引きしている。

 

 「ふふふ、実は学園に入学してから見つけたわたくしの新しい趣味は、お兄様が訪れたことがある方角の散歩です。勉強の合間の息抜き程度ですので、なかなか思うように進まないんですよね」

 

 「ティナ、ストーカーは自分の事をストーカーだってわからないの。エーリッヒ君に嫌われたくなかったら、程々にしたほうがいいよ。絶対にそんな事してるって言わないほうがいいからね!」

 

 ミリーがマルティーナの両肩を掴んで、必死に言い聞かせている。

 

 「別に態々言いませんよ。それにヘルツォーク領でも、常にお兄様が王都から帰ってくる時の出迎えや呼び出しをわたくしが率先してましたが、お兄様は何の疑問にも思っておりませんでしたよ。恐らくお兄様も常日頃から、わたくしの存在を感じて下さっている筈です」

 

 マルティーナは一人、恍惚染みた表情を浮かべている。ミリーはこそこそとジェシカと内緒話を始めだした。

 

 「えぇ…… どう思うジェシカ?」

 

 「いや、無理でしょ。そんな魔力探知。実家や学園ですら聞いたことないもの」

 

 「エーリッヒ君って強いんでしょ? それならワンチャン……」

 

 「戦闘時とかほら、殺気とかじゃない? ティナみたいなのはあり得ないでしょ! これ、化け物の領域よ」

 

 こそこそと話すミリーとジェシカをマルティーナは訝しむように覗き込む。

 

 「何ですか?」

 

 「いやぁ…… じゃ、じゃぁちょっとそっちに行ってみない? 偶然という事で挨拶するぐらいなら問題ないんじゃない?」

 

 ミリーはこそこそ話を誤魔化すかのように、マルティーナが食い付くであろう提案を反射的に口に出していた。

 しかし、マルティーナの反応は想像していたものと異なる。

 

 「それは…… お仕事なのは間違いない筈ですので、あまり邪魔はしたくないのですが…… まぁ、何故か気にはなりますが」

 

 「なら、いいんじゃない? 私達も食事という事で。実際これから食事しようとしてたのは事実だしね。仕事中のエーリッヒ君気になるし。この前みたいに仕事用の服装なのかな?」

 

 ジェシカはマルティーナの背中を押すように、ミリーに賛同する。

 ジェシカの言う仕事用の服装とは、以前に女子会した時にマルティーナを迎えに来たときの姿の事だ。

 

 「本日は、リッテル商会と取引所に寄るだけですので、学園の制服ですよ。本来なら、手短な打ち合わせだけで、学生寮に戻り出す頃合いでしたし。あっ、お兄様が移動しました! 寮に戻る方向とは異なります。例の喫茶店からなら…… しかし、別の場所で食事を?」

 

 「そ、そこまでリアルにわかるんだ…… はは……」

 

 ミリーは先程よりもドン引きしている。

 

 「なら、急遽仕事関係の人と会って場所を変えたんじゃない? さすがに突撃するのは悪いかな」

 

 ジェシカは頭が冷えてきたため、幾分冷静さを取り戻してきていた。

 

 「……元々食事をしようとしていたレストラン街ですので、行ってみましょう。学生服のまま場所を移動してまで、打ち合わせをする相手が気になります」

 

 結局は行くのかとミリーとジェシカは呆れながら、しかし興味が勝ったため、マルティーナの後を付いていくのだった。

 

 

 

 

 エーリッヒさんはコーヒーを頼み、カップを傾けながら俺とノートを見て考え込んでいる。

 

 「エーリッヒさんは今日はどうして?」

 

 俺の曖昧な言葉を正確に受け取った答えを返してくる。

 

 「仕事の帰りには、いつもこの喫茶店に寄るんだ。今のところ、王都で唯一コーヒーが飲める店だからね。かなり高いけど、自分への御褒美かな」

 

 「私はこの前たまたま見つけて…… ははは」

 

 ドキドキしながら会話を進める。

 しかし、エーリッヒさんは確かにボリンジャーバンドと言った。

 こんなテクニカルはこの世界には無いのに。前世でも開発した人はまだ存命中……

 

 「そう! ジョン・ボリンジャー!? た、確かさっき……」

 

 やばっ! 迂闊にも思考が口から漏れてしまった。

 俺の言葉を聞いたエーリッヒさんは、眉根を潜めながらコーヒーカップを置く。

 

 「自分がそうなんだ…… そういう人物が他にもいるのか? とは考えた事はあったよ。いざその人物に会ってみると、コーヒーの味も香りもとんでしまう衝撃だね」

 

 いえ、俺にはちょっと不機嫌そうな自然体にしか見えませんけど。

 こっちは心臓が飛び出そうですが何か?

 

 「場所を変えようか。本当なら食事をして帰るつもりだったけど。お互いにその方がいいと思うけど、どうかな?」

 

 「そ、そうですね! あは、あはは……」

 

 「個室を備えているレストランがある。多少込み入った話もトーンを抑えれば問題無い」

 

 現状では、オフリーにとって逆らったり敵対してはいけない人物筆頭からのお誘い。

 俺はビクビクしながら後ろを付いていく。

 

 「ちょっと小洒落たレストランってだけだよ。変な所に連れ込むわけじゃない。そこまで怯えられるとさすがに僕も心にくるものがあるんだけど」

 

 エーリッヒさんが頬を掻きながら苦笑いして困っている。

 ふぉぁあっ! ヤバいぞ! エーリッヒさんの気分を損ねたら、月か海底に直行してしまう!

 

 「いえ! 大丈夫です! 何処に連れ込まれようが、全く、何も! これっぽっちも問題ありません!」

 

 ビシッと気を付けの姿勢で反射的に答えてしまった。

 

 「いや、それは女の子としてどうなの? ただでさえ僕は学園で女子に評判が悪いんだから、そんな事しないよ」

 

 オフリー嬢の中身は、俺というおっさんですけどね。

 マルティーナさんと常にいるエーリッヒさんには、そういう意味での身の危険は感じないけど。

 オフリー嬢に手を出すよりもマルティーナさんのほうが、何万倍も美人でスタイルいいし、彼女の受け入れ態勢もバッチリの筈だ。

 爵位関係なく、オフリー嬢では遊び相手としても遠慮されそうだな。

 あの外伝のオフリー嬢のヒロイン設定って、一体誰得だったのだろうか?

 そんな事を考えながら、気分的にはドナドナされながら、エーリッヒさんの後ろを付いていくのだった。




ドナドナされるオフリー嬢、名前はまだ無い!


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第6話 仲良く? なりました。

個室、年頃の男女(見た目的には)、何も起きないわけがなく……


 レストランの個室に移動した俺達は、エーリッヒさんが頼んだ食事がくるまでの間に先程の話の続きを再開しだす。

 エーリッヒさんが少し考えだした後、俺が貸したノートを見ながらおもむろに口を開いた。

 

 「ちょっと書いてもいいかな? せめて2σ(シグマ)までは書き込まないとね。手書きならそれとは別に…… こんな感じか」

 

 俺はコクリと頷いてノートを覗き見る。

 

 「それって何です?」

 

 「エンベロープ。まぁ、取り敢えずは視覚的感覚で書いているから、乖離率は深くは気にしないでいいよ」

 

 正直、線が多くて俺にはよくわからなくなってしまったが、でも確かに先程よりも線の枠内に収まる率がより高い。でもそれだと逆に幅がありすぎて判断が難しい。反転しそうだ。

 

 「あぁ! だからそのエンベロープ、任意の乖離率で利確と損切りを?」

 

 「個人の好みや得意不得意があるからね…… 上昇にしろ下降にしろセオリー通りの順張りに僕は使ってたよ。オフリーさんのように手計算で書き込みが出来ない僕には無理。そんな時間もないしね」

 

 気の抜けた様子でエーリッヒさんは、お手上げといった感じに両手を肩付近にまで上げて降参の意を示していた。

 そんな様子に俺も気が抜けて軽く微笑みながら追随してしまった。

 

 「まぁ、システム売買できないですもんね。といっても損切りがなかなか出来なくて…… 前世では塩漬けしちゃってましたよ」

 

 「ははは、損切りもきっちり事前指定して、ある意味ゲーム感覚でやるような割り切りが無いとね。僕ら素人には難しい。……しかしやはりか。前世持ち……」

 

 うぐっ、油断した。

 いや、俺自身もそうは感じていたから、今までの会話は引き出すまでのクッション言葉だろう。

 

 「はい。エーリッヒさんもですよね? ちなみに私は【日本人】でしたが……」

 

 日本人というところだけ、この世界にきて初めて日本語を他人に聞かせてみる。

 

 「まさか同郷か! 僕も【日本人】だよ。妙な偶然もあるものだ」

 

 目を見開くエーリッヒさんだが、ドアがノックされてからは表情を普段の温和な様子に戻して、給仕に入る許可を与えた。

 

 「料理が運ばれてきたし、食事しながら話の続きでもしようか」

 

 「そうですね」

 

 料理に口を運びながら、お互いの前世の話よりも先に取引所関連や商会の話に移っていった。俺としてもオフリー伯爵家と縁切りしたいため、そっち方面の話も有難いのだ。

 

 「前世の感覚を引き摺っているなら投資は止めた方がいい。あれは大体が大手商会と貴族家で、ある程度の弾力性を含んで価格を動かしている。それにそもそも取引参加資格がなければ売買を行えないからね」

 

 肉を一口放り込み、その後にパンを一欠けらに千切って食べたら、ソースが仄かに絡まり予想以上の味をもたらしてくれた。

 

 「シンジケート団を組んでいるって事ですか。事業社株は? エーリッヒさんは参加資格があるんですか?」

 

 エーリッヒさんは優雅に野菜を煮込んだブイヤベースのスープを掬って口に含み、流麗な仕草で飲んだ後に口を開くが、この人見た目だけではなくて作法もかなりしっかりしているんだな。

 ズズッ、しまった!

 

 「あんなのは中堅商会以上や大身の貴族家が絡んでいてまず手を出せないよ。株価が公開されていても財務は開示されていないんだ。ただの資金調達だったり、赤字でも商会が投資して事業社を乗っ取り、その後は株を売り捌いて今までの投資分をある程度回収。その後は事業立て直しで儲けると。そんなスパイラルでいきなり乱高下したりする。現状は株ほど摩訶不思議で手を出してはいけない代物になっているよ…… それでも中小レベルの商会や金貸しなんかは、一日中取引所に張り付いて値動きから売買を行う専門人がいる。僕は一応零細の個人商会を持っていて、取引参加資格はあるけどね。とてもじゃないが参加する気は起きないよ。まぁ、通常は」

 

 「通常? それにしても学生なのに個人商会まで持っているんですか。商用作物やそれに関する加工品関連の輸出、ヘルツォークの輸入も取り仕切っていますよね。それ関係ですか?」

 

 「いや、あくまで資産管理が名目だよ。ちょっと僕の事情は特殊でね。それにしてもよく知っている」

 

 エーリッヒさんが剣呑な目付きをし出した。

 

 「マルティ―ナさんが女子会の時に言っていましたから軽くですが」

 

 この人は今は温和だけど、戦争を最前線で経験している。ヘルツォークを貶さない事は前提としてもどこに逆鱗があるのか、それともないのかが怖い。

 

 「先程の話に少し戻るけど、そもそもが需要と供給が起こる前提が僕たちの感覚とは異なる。その両者を決めているのは、端的に言うと貴族家なんだ」

 

 「需要に供給、どちらもですか?」

 

 「貴族家から各資源が供給され、貴族家の需要によって取引されるからね。領民の需要があっても領の統治状況から絞る場合もあり得る。中間の商人や商会がその辺りを埋めたりもするから、一概に言い切ることは出来ないけど、前提としてはそう言ってもいいだろう。君の実家のオフリー伯爵家は、そういう意味では価格を動かせる貴族家だ。さぞや儲けているだろうね」

 

 うちの実家が手広い、広過ぎる事をやっているのはわかるけど、まだこの世界で、意識が今の俺に切り替わってから約七ヶ月。

 まだこの世界の事も実家の事もよく理解出来ていないのが現状なんだよなぁ。旧オフリー嬢の知識を引っ張ってきて何とかって感じか。

 

 「確か、王宮の価格統制品目もそれなりにありましたよね?」

 

 「あぁ、価格統制といいながら流通の増減で値動きはするけどね。商会や王宮と伝手があると、これの方が読みやすい。未だに商人がお金を稼いでそれを使うのが貴族、なんて言う古いベクトルの貴族も多い。まともな貴族は、御用商人を馬鹿にせず重宝するわけだ」

 

 うちの実家は、派閥のお偉いさんの御用商人みたいなものかな。

 

 「先程は通常と言ってましたけど、エーリッヒさんは価格を左右出来る物があるんですか?」

 

 「僕というよりヘルツォーク子爵領かな。輸出入取引許可証を大臣経由で得たからね」

 

 そういえば、王国貴族なのに王国本土や浮島の貴族家との直接取引が不可能な状態になってたんだっけか? あのゲームの設定は鬼だな。

 

 「魔石や各種鉱物、鉄鉱石にミスリルや金属加工物がかなりダブついてるんでしたっけ?」

 

 エーリッヒさんの目が険しさを湛えてくる。

 しまった!? 喋り過ぎたか!

 

 「本当によく知っている。学生の身で…… 流石にオフリー伯爵家の娘、いや、社会経験十分な人間の情報収集力だろうか? ヘルツォークは領として、少々注目も浴びたという事か」

 

 「いやぁ、王都での新聞と父の書類を盗み見たときに少し…… あはははは」

 

 本来なら聞き取ることが困難な程に音が抑えられている、ナイフとフォークのカチャ、カチャリとした響きが心臓に悪い。

 そうだ、この人はその気になったら簡単に人を殺せる人物だ。序盤のゲーム知識しか無い俺は、既にヤバいかもしれない。

 いや、正規のアルトリーベなら終盤までは王太子殿下ルートの知識は残っている。しかし、この人が出てくると意味が無さそうなんだけど。

 

 「……金属加工に関してはうちの品質はいいからね。そちらは商会仲介による直接取引だよ。各種鉱石の供給を調整しつつ、先物で僕の個人商会で儲けを出している。結局は全員が仕手筋のようなもんさ。ヘルツォークの資源関係は、便宜上弟と呼ぶが、弟のエルンストが責任者だ。まだまだエルザリオ子爵と僕の目が届く範囲でやらせているよ。そちらの方が商用作物関連より遥かに大きい額になるからね――」

 

 仕手筋って、エーリッヒさんはいつの人なんだろうか? 

 俺の社会人時代には、ニュースや新聞にすら出ない単語だよ。

 

 「――さて、オフリーさんがこんな所で何故、直接君が値動きを追うに至っているのかを教えてもらえるかな? 常識的に考えて学生の上級貴族家の女の子がやろうとする事じゃない。互いの前世を深く話し込んでしまうと情が湧いてしまいそうだから、先ずはその理由を聞いておきたいね」

 

 (マルティーナと多少関りがある女の子、僕とは関りすらない。まだたかがその程度の人物だ。同郷とはいえ深入りするべきか否か…… 多少はこちらの話をしてみたが反応は薄い。出来れば敵対するような間柄じゃなければ嬉しいが)

 

 こ、ここは重要な分水嶺な気がする。セーブしたい!

 同郷なんだからもっと優しくしてくれてもいいんじゃない? 押し黙った雰囲気と目つきが怖すぎる。

 

 「あの、さっき大臣って言ってましたけど、誰なのでしょう? エーリッヒさんは繋がりが強いんですか?」

 

 その大臣がうちの派閥だったらアウトだ。オフリー伯爵家から逃れる算段で、悪事を売ることになるわけだから、下手な相手に話したら死に直結しそうだ。

 それにこの時点で王宮内の大臣と繋がりが出来ているなんて俺は知らない。あの外伝のゲーム知識からは、この現実は既に逸脱していると考えた方がよさそうな気がする。

 

 「それは、教えないと…… 成る程、かなりの訳有りか」

 

 俺はコクりと首を縦に振り、真剣な表情を崩さないようにする。

 

 「バーナード大臣だよ。宮廷貴族にも王宮内の役人にも知られているから、隠すまでもないんだけどね。どうも君の切羽詰まった様子が気になった」

 

 バーナード大臣! 詳しくは知らないが、うちの派閥じゃない、中立派の大物だ。

 この辺りは、俺になる前のオフリー嬢の知識に助けられた。

 

 「実は――」

 

 俺はオフリー伯爵家の現状、王国法を逸脱している悪事に関わっていることを伝え、実家と縁切りしたいという希望を伝えた。

 

 「そうか…… それで自立するために貯蓄を運用しようと。君はフィールド辺境伯の嫡子、ブラッドと婚約していた筈だ。そっちを頼ろうとは思わなかったのかい?」

 

 「フィールド辺境伯は派閥が異なります。こんな話したら婚約も解消、家も徹底的にやられて最悪、私も運命を共にしてしまいますよ」

 

 そもそもアルトリーベでは、公国と繋がっていたのがオフリー伯爵家だ。

 最前線で敵対するフィールド辺境伯との婚約はカモフラージュなのだろうが、もしかしてうちの派閥って相当危ない橋を渡っているのか?

 オフリー伯爵家が生き残るためのブラッドとの婚約なのだろうか? 俺にはそれぞれの思惑が全くわからない。

 

 (バーナード大臣への手土産には、いい話かもしれないな。僕自身バーナード大臣とは懇意にしていきたいから渡りに船といったところかな)

 

 「一度、僕の方でバーナード大臣に話を通してみるよ。君は証拠書類を無理しない範囲で集めてくれればいい。そうだな、違法薬物の二次加工場所と捌いているマフィア辺りを確定させたいね」

 

 王都で特定出来そうな範囲なら俺でもいけるか。

 ゲームでは空賊の手引き等担っていたオフリー嬢だが、学園入学前のオフリー嬢の記憶では、そういった部分に伝手や手掛かりはなかった。

 あれらはもしかしたら実家の指示だったのだろうか?

 

 「やってみます。何とか私や取り巻きの子達の口添えはお願いします」

 

 オフリー伯爵家の寄子やナルニアの実家、ドレスデン男爵も何処まで関わっているか不明だから、彼女達の助かる道も残したい。

 

 「わかったよ。じゃぁ、お互いの前世の話でもしようか? やっぱり気にな――」

 

 エーリッヒさんの言葉を遮るようにノックが響いた。

 

 「お連れ様がお見えです。いつもの方とそのお友達の方々ですが、お通しして宜しいでしょうか?」

 

 あれ? エーリッヒさんは待ち合わせでもしていたのだろうか?

 エーリッヒさんを見ても俺と同様に首を捻っている。

 

 「気になるね。オフリーさん、構わないかな?」

 

 「私は別に。お任せしますよ」

 

 やっと打ち解けてきたところだったので、この中断には少々不満がある。ここで一気に前世の話をして距離を詰めたかった。そうしたら一先ずは安心して謎の冒険者のバルトファルト卿とラーファン子爵家の娘、マリエを調べることにシフト出来るのに。

 給仕がエーリッヒさんのいつもの連れの方とやらを伴って扉を開けた。

 

 「デートだったんですねお兄様…… しかも仲睦まじげなご様子で」

 

 ヒェ!? 名前呼びじゃなくお兄様になっている! 感情が高ぶっている証拠だ。

 仲睦まじい? 違う違う! そうじゃない。

 

 「ティナか! あぁ、そうか。そういえば夕食をミリーさんやジェシカさんと取ってくるって言ってたね。ここだったのか」

 

 マルティーナさんの肩口から名前を呼ばれた二人は、コクコクと慌てて肯定するように首を縦に振っている。

 

 「お邪魔でしたか?」

 

 ぐぅぅ、ギリギリと胃を締め付けられるような圧力を感じる。まさかここに来て学園外だというのにこんな罠が存在するとは……

 

 「そんな事はないよ。話の続きは次回にしようか。いいかな? オフリーさん」

 

 俺に振らないで!

 ふぉぁっ!? マルティーナさんの極限にまで湛えられた殺気の瞳の奥に、鬼が宿っているんですけど!

 この人何でこんな冷静なの?

 

 「か、構いませんよ。仕事的な話はある程度終わりましたしね。あは、あははは……」

 

 では失礼しますと言って、マルティーナさんは自然とエーリッヒさんの隣に腰掛ける。ミリーさんとジェシカさんは俺の側に来たので、少し端っこに詰める。

 ミリーさんとジェシカさんも申し訳なさそうにしており、更には緊張しながらマルティーナさんの様子を注意深く観察しているように見えた。

 何だろうか?

 取り敢えず、帰りに胃薬でも買って帰ろう。




伝説を見よ。


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第7話 気違いのお茶会? に呼ばれました。

わ、わたしがアリスに殺された理由…… オフリー嬢は必死に考えたそうな(笑)
         を、した。→ に、された、受身形って怖いなぁ……


 放課後の一室、茶葉の質はわからないが、作法と心得が高くないと出せない香りがその室内には充満している。

 誰が嗅いでも心穏やかに、そして教養がなくともお嬢様言葉が自然と発せられるだろう、芳醇且つふくよかな香りとともに心が満たされる空間において、俺、オフリーとナルニア、カーラとイェニーは戦慄から来る寒気と恐怖に震えていた。

 

 「わたくしが主催するお茶会にようこそ! お兄様がオフリーさんには大変興味を持たれていました。うふ、うふふふふふ」

 

 コポコポとお茶が人数分注がれる。

 本来なら準貴族家出身のイェニーやカーラが率先して代わるはずだ。マルティーナさんは子爵家なので、同じ貴族家として男爵家のナルニアが出張ってもおかしくはない。

 だというのにお尻と背中が椅子にへばりついて、何故かみんな身動きが取れない異常な状況だ。

 「だったら引っぺがせばいいだろう!」などと言われても、「そんな無茶よぉ」としか言いようがない。

 

 「お、お招きいただいて恐縮です」

 

 俺はブルブルと震える。

 隣にいるナルニアはマルティーナさんと視線を合わせないようにしている。

 カーラとイェニーはナルニアの後ろで縮こまっている。そう、見るな、ナルニアのように視線を合わせないほうがいい。

 

 「わたくし困りました。いざお茶会を開いてみたは良いものの、オフリーさんが発する言葉によっては、このお茶会が終わらないかもしれません……」

 

 トゥ、トゥインクル、トゥインクル、小さな蝙蝠さん!?

 え、永遠は人が手を出してはいけない領域なんだぞぉ!

 大丈夫、終われるよ! ただのお茶会だよ! 諦めんなよ!

 

 「で、でも新鮮ですね。女性がお茶会を主催し、しかも私達女性が招かれるなんて」

 

 ナルニアが持ち前の勇気と意思交流強者を発揮して、マルティーナさんの圧力の中、挨拶代わりの質問をしてくれた。

 

 「えぇ、わたくしも驚いています――」

 

 マルティーナさんはため息を付いて背後から何か物を取り出そうとしている。

 お茶を注ぐ作法も完璧、溜息まで淑女然とした様相を崩さない。しかし彼女なら瞬きする間に皆殺しにできる、忘れないことだ。

 俺達はただの案山子かも知れない……

 

 「――何せ、お兄様が、オフリーさんに「その短めの髪型だけだと少し寂しいだろう」などと言って、髪飾りとも言える小さめのピン止めする帽子をプレゼントなさるそうです。これですね! わたくしが本日、女子同士のお茶会をすると言ったらオフリーさんにって!」

 

 マッドハッターァァァァァアアアア!

 何だよその可愛いデコレーションされたアクセ帽子は!? 

 俺はアイドルじゃねぇんだぞ!

 怖い!? 魔力や実技がからきしな俺にも、マルティーナさんの背後にヘルツォークを象った魔力波の陽炎が見える!

 

 「エ、エエ、エーリッヒさんてマメなんですね! 可愛いですが、ニアにも似合いそうですね!」

 

 咄嗟にキラーパスしてしまった! ナルニアはギョッとし出している。

 

 「え、えぇっ!? で、でもエーリッヒさんってセンスが良いんですね! きっとティナさんをモデルにして可愛い寄りの物を選らんだんですよ!」

 

 流石だニア!

 咄嗟にエーリッヒさんを誉めてそれをマルティーナさんに振っている。

 この子、何でオフリーなんかの友達をしてくれているんだろう?

 

 「え!? わたくしを! ですか?」

 

 俺にとってのラスボスが怯んだ!

 

 「だって、綺麗で格好いいティナさんが、それを身に付けると可愛らしい艶やかさがありますから!」

 

 流石だニア、モジモジと実際可愛いらしくなっているぞ!

 ここで畳み掛けてやる!

 

 「け、結局、エーリッヒさんと話すといつもマルティーナさんの事が話題に上がるんですよ! 本音を言うと誰にも嫁にやりたくないって」

 

 知らんけど。

 ゲーム的な感じだと間違ってないだろうけど、あの人同郷の転生者、俺よりも間違いなく年上。

 マルティーナさんの年齢だと早ければ娘に等しい。まぁ、考えようによっては、娘はやらん的になるのかなぁ?

 

 「ふわわわわぁ! もう、お兄様ったら! 直接言って下さればいいのに」

 

 チョロ可愛! 

 モジモジからクネクネし出している。もう帰ってもいいかな?

 半眼になりながら、そんな事を考えているとノックの後に室外から声が掛けられた。

 

 「ティナ、リオン達を連れてきたんだけど参加してもいいかい?」

 

 エーリッヒさんの声だ。

 しかも謎の冒険野郎を連れてきている!? この学園内では未だ目立って無いので、俺には為人がよくわからない。学園入学前に騒がれていたから、興味はある人物だ。

 

 「宜しいですか皆さん?」

 

 「ど、どうぞどうぞ」

 

 せっかく機嫌が良くなっているマルティーナさんの気分を損ねたくは無いので、俺以外もコクコクと首を縦に振っていた。

 俺達の反応を見たマルティーナさんは、自ら扉を開いて出迎える。

 

 「いきなりでごめん。リオンがオフリーさんに興味があるみたいでね」

 

 俺? 

 前評判との違いに意外と注目を集めてるってエーリッヒさんも言ってたけど、男子に注目されても中身オッサンだから興味ないんだよね。

 

 「あら? ヴィムさんにクルトさんも。ダニエルさんとレイモンドさんではないのが少々珍しいですね」

 

 そっか、マルティーナさんはエーリッヒさん繋がりで、男爵グループとも面識あるのか。ダニエルとレイモンドは、ナルニアをお茶会に誘った事があり、ナルニアから話を聞いていて間接的に知ってはいる。ナルニアのお眼鏡には適わなかったみたいだけど。

 入ってきた二人は、ミリーさんとジェシカさんが親しくしている子爵家の男子だったよな。

 

 「俺は、ミリーに対するアドバイスをくれたマルティーナさんにお礼をね」

 

 「僕も。ジェシカとの仲を取り持ってくれてありがとう」

 

 二人からプレゼントを受け取るマルティーナさんを後目(しりめ)に、エーリッヒさんとリオンという黒髪黒目の男子が歯軋りしていた。

 俺の見た感じと二人から聞いた話を照合すると、ジェシカさんはエーリッヒさんにホの字、ミリーさんはこのリオンという人物に興味津々だった。

 可哀想にリオンは、マルティーナさんのエーリッヒさんからジェシカさんを引き離す計略に巻き込まれたらしい。

 

 「な、何だ? 憐れむような生暖かい目で見られてるんだけど!」

 

 「僕とリオンは婚活が上手くいかないから同情されてるのかもね」

 

 ナルニアも即座に察したみたいで、俺と同じような視線をリオンという男子に投げ掛けている。普通クラスのカーラとイェニーは、ミリーさんとジェシカさんの事情を知らないためキョトンとしていた。

 エーリッヒさんの言葉に顔を顰めていたが、俺に気付くとジッと伺うような目を投げ掛けてきた。

 

 「え、と…… 何です?」

 

 「あ、ごめん。俺はリオン・フォウ・バルトファルトって言うんだけど、君がオフリーさんでいいんだよな?」

 

 (何であのオフリー伯爵家の令嬢が、こんな人畜無害そうな大人しい感じになってるんだ?)

 

 「はい、そうですけど。え〜と、初めまして」

 

 何だろう? 凄い意外そうな目を向けてくるな。

 まぁ、オフリー伯爵家は貴族社会で悪名高いから、このリオンさんとやらも悪い意味で目立たない俺が不思議なのだろう。

 

 「オフリーさんもリオンもお互い初めて顔を合わせるようなもんだし、会話を楽しんでみたら? オフリーさん、リオンは功績が凄いけど、普段は謙虚でいい奴だよ」

 

 功績からの噂話が一人歩きしている状態だけど、エーリッヒさんと仲が良いのなら、面識があったほうが俺にも良さそうかも。

 

 「俺も正直、オフリーさんとは話をしてみたかったよ。オフリーさんはリビア…… あ〜、オリヴィアさんにもキツくあたっていないみたいだし」

 

 あれ? そういえばこのリオンって人はアルトリーベの主人公ちゃんと仲良いのか?

 こいつ、何してくれちゃってんの? でもあのキラキラ五人はマリエっていうラーファン子爵家の子に夢中だし。もちろんこのリオンもマリエもあの乙女ゲーにはいない。

 俺は一作目と外伝しか知らないから、確かこの国が舞台の三作目にでもいたのだろうか?

 

 「特待生とは距離感が掴めないので…… うちは評判悪いから大人しくしておくつもりなんですよ」

 

 俺の言葉に驚いたように目を丸くするリオンさん。

 何か変なことを言っただろうか?

 

 「さて、じゃぁ僕はナルニアさんとお茶でもして仲を深めよう! 勝ち組のヴィムとクルトは、普通クラスのお嬢さん達が退屈しないように相手してあげて! さ、ナルニアさん、ご一緒して下さいますか?」

 

 「は、はい!」

 

 馬鹿! 要領のいいナルニアがエーリッヒさんに傅かれて、マルティーナさんの存在を忘れている!?

 

 「ったく、まぁ俺はいいけどなぁ」

 

 「お茶の練習になるから僕も構わないけど……」

 

 ヴィムとクルトというお金持ちの子爵家出身の二人は、カーラとイェニーを(もてな)そうとお茶の準備を始める。

 

 「あっ! ズル、くはないや。バカな奴」

 

 俺もリオンさんの意見に賛成。

 

 「お兄様はアホですか! わたくしを放っておく意味がわかりません」

 

 「いだだだだ! こ、婚活が! 僕には必要なことなんだ! ナルニアさんは専属使用人がいないし最高じゃないか! 美人だし! いだだっ、耳が千切れる!?」

 

 あ、ナルニアの目が覚めだしたと思ったら顔をまた赤くし出した。

 ナルニアがエーリッヒさんとくっついたら…… 俺、安泰なんじゃね?

 マルティーナさんの怒声とエーリッヒさんの叫び声がこの部屋を充満させていく。

 あれ、この人意外と馬鹿なのかも? 




オフリー嬢、もう名前いらないんじゃないかなっ(キリッ)


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第8話 打ち解けちゃいました。

ひふみん様、誤字報告ありがとうございます。


 エーリッヒは、オフリー伯爵令嬢から聞いた関係先のマフィアの事務所を捜査という名の襲撃を一人でしていた。

 

 「今までは二件が空振りだったが、今回は当たりだな」

 

 なるほど、確かにオフリーさんの言う通り、彼女は伯爵に警戒されているみたいだ。

 結局、オフリーさんの情報通りとはならず、もぬけの殻となった建物や事務所を俺個人が繋がりが深いリッテル商会の調査で、その後の移動先が判明したという経緯だ。

 商会というのはマフィアは基本的に敵だが、極稀に良い取引相手となる。大量仕入れ大量販売で稼ぐような大商会ではないが、大商会よりも多品目を扱うリッテル商会は、そもそもがその辺りの情報に敏い。

 寧ろ珍品や貴重品を大商会に卸したりもしているので、そちらの伝手も多少は扱えるのが強みだ。

 

 「さて、色々と吐いてもらうよ。腕と足を輪切りにしていくけど、早く喋れば治療魔法で繋ぐことが出来るんじゃないかな? それとも、君の真ん中に生えた粗末な足から、ソーセージのようにスライスしていこうかな?」

 

 アトリー伯爵家が手配した人員で固めた建物内に得も言われえぬ叫び声が響き渡るが、魔法で遮断されていることにより、外には一切の物音が知れ渡ることは無かった。

 

 「情けない、縮こまっていてスライス出来なかったじゃないか…… まぁ、手足だけで充分ではあったけどね。聞けることは聞けた。証拠書類に物品も押さえる事が出来るから良しだな」

 

 幾度かショック死をするたび、心臓への雷撃魔法による刺激を行い蘇生させた後は、アトリーの人員に引き渡しを行った。

 

 帰りの道すがら、エーリッヒはオフリー嬢が警戒されていると語った時の事を思い浮かべる。

 

 

 

 

 エーリッヒさんにお茶会に誘われた俺は、こうしてお茶を共にしているわけだが、何故かリオンさんが俺に興味を持ったみたいで、この場に同席をしている。

 リオンさんのお茶、けっこう美味しい。

 

 「もうそろそろ学年別学期末パーティーで長期休暇に入るから、その時までに伯爵家の違法に関する証拠が少しは欲しいね。そうすれば夏季休暇中に大臣がある程度処理できるかもしれないし…… わからないけどね。温めるだけかもしれないし」 

 

 「どういう状況なんだ?」

 

 リオンさんがいきなりの突っ込んだ内容に疑問を頭に浮かべている。

 

 「いえ、あのぉ、実家がヤバい事やってるんで、自分やナルニア達の身が心配で…… 実家との縁切りを考えてた所にエーリッヒさんが偶然。それで相談していたんです」

 

 ざっくりと説明したら、リオンさんが驚いてしまった。

 

 「えっ! だって君、()()オフリー嬢でしょ! あり得ないっていうか…… シナリオはどうなるんだよ」

 

 ん?

 

 「シナリオって何だいリオン? あのって言うけど家とは違ってオフリーさんはいい子だよ」

 

 あれ? エーリッヒさんは俺を褒めながら微妙な顔をしている。

 男だからね。仕方ないね。ん?

 あっ、そういえば俺、中身は男だって言ってないし!

 ということは、爵位的に結婚相手にならない事をガッカリされているのかな?

 

 「いや、でもなぁ。そもそも何でリックとオフリーさんは仲良くなったんだ? マルティーナさんとナルニアさん繋がり? でもこの場にマルティーナさんいないし……」

 

 「……まぁ、商業区の取引所でね。僕しか知らないような符号を使っていたから驚いたんだ。彼女、家から出た後の事も考えて家と無関係の銀行に貯金してるし、投資までしようとしてたんだ。その辺を話し合ったら彼女の事情を教えてくれたという訳だよ」

 

 チラリと俺を見てから暈し気味に説明してくれている。まぁ、前世云々なんか言っても頭のおかしい奴だと思われてしまう。

 それにこの世界がゲームを元としている可能性があるなんて事は、エーリッヒさんにも言っていない。

 エーリッヒさんは、この世界がゲームだって事は知らなさそうだし。

 

 (嘘だろ、あんなプッツン令嬢がこうも変わる? ルクシオン、ルクシオン!)

 

 『何でしょう?』

 

 (ゲームと全然違うんだけど、どう思う?)

 

 リオンさんが黙ってジッとしだした。それをエーリッヒさんは訝しんでいるけど、取り敢えず静観するみたいだ。

 

 『そもそもマスターがオリヴィアと仲が良い時点で、その乙女ゲーとやらのシナリオからはズレているのでは? マリエという女生徒も気にかかると』

 

 (うぐ…… まぁ、そうなんだけど、ある程度シナリオ通りじゃないと怖いんだよ)

 

 『私がいる時点でマスターの安全は確実ですので、問題ありませんね』

 

 リオンさんの沈黙が長いな。

 

 「リオンさんどうしちゃったんでしょうね?」

 

 「なるほど、少し面白い物が見れるかも。これをやると警報が鳴って怒られるんだけど。まぁ、いいか」

 

 ん?

 エーリッヒさんが集中して半眼になるが、オフリースペックの俺には全くわからん。

 エーリッヒさんの顔の前で手を振って見る。

 あっ! エーリッヒさんが苦笑した。見えてないとおもったけど見えてるのかな?

 

 『これは、しまった!?』

 

 「おいルクシオン! 声! あっ……」

 

 魔力を感知した警報が室内に鳴り響いた。

 

 「身体強化なら鳴らないけど、魔力を外向きに放出したらね…… 一応学園は機密もあるし、重要な貴族の子弟も多い。そしてリオンにも秘密があったというわけだ」

 

 リオンさんの肩の上にメタリックカラーの赤いレンズをした球体が浮かび上がった。

 

 『魔力波を自身を中心に360度ソナーのように展開して周囲を構成する有機物の探知ですか…… 器用にも程があるでしょう』

 

 球体が悔しげにエーリッヒさんへ呟いているが――

 

 「そ、それ! 課金アイテムじゃん!」

 

 「「え?」」

 

 『おや?』

 

 リオンさんとエーリッヒさんの声がハモる。

 リオンさんは驚愕しているが、エーリッヒさんは、何言ってんだこいつ? とでもいうように訝しげな視線を向けてきた。

 そんな中、課金アイテムの球体、ルクシオンは興味深そうに俺を覗いてくるのだった。

 

 

 

 

 警報に従って講師が入室してきて注意された後、改めてお茶会が再開した。そこには新しい参加者のルクシオンが姿を現したままだ。

 

 「ティナがこの前、女子達とその専属使用人に魔力で威嚇してね。あまりの威力に警報がなっちゃったんだ。血の気が多くて困っちゃうよ――」

 

 それエーリッヒさんの陰口を叩いてて、マルティーナさんが怒った件です。

 マルティーナさんカワイソス……

 

 「――とまぁ、その件は言いとして。オフリーさん、課金アイテムって何だい? リオンもギクリとしているし」

 

 「それはぁ…… はは、は……」

 

 リオンさんは誤魔化そうとしているが、エーリッヒさんの眼光にたじろいでいる。

 別に目付きが特段厳しいわけでもないのに、貴方のその迫力は何なんですか?

 怖いんですけど……

 

 「あ、あのぉ、リオンさんって実は前世とかあって、しかもアルトリーベとかって知ってます?」

 

 「はぁっ!? 何でオフリーさんがそれを知ってんの? マジで! しかも前世って…… 君もかよ」

 

 「これはまさかだな…… 僕も前世がある。日本というオフリーさんと同郷だ。アルトリーベなんていう言葉は今聞いたね…… いや、古い恋物語とかそんな意味かな?」

 

 エーリッヒさんが態々日本語を使用して話をしたが、リオンさんも日本語が理解出来るようだ。

 

 『これは、マスターの誇大妄想の可能性が薄くなってきましたね』

 

 「お前、まだ俺を疑っていたのかよ!」

 

 『はい。それが何か?』

 

 リオンさんとルクシオンは仲が悪いのかな?

 

 

 

 

 そして俺とリオン君はアルトリーベのことを話し合い、それをエーリッヒさんが聞くという流れになった。

 

 「三作目と外伝って…… あのメーカー、頑張りすぎだろ! 外伝は一作目と三作目のハイブリッドっていうし……」

 

 「あれ、けっこう売れたからね。私は二作目と三作目はやってないけど」

 

 一応、死亡時の年齢が俺のほうが上のため、リオン君にはタメ口だが、年齢が少し年上のエーリッヒさんには変わらずに丁寧な言葉遣いを心掛けよう。

 いや、この人の場合、年下でもタメ語は無理だわ。

 

 「まさか、オフリーさんが元は男とはね。確かに貴族女性よりも開けっ広げだとは思っていたが……」

 

 「し、しかも、ぷぷぷっ! 憑依? 前とはいえ、専属使用人と…… ヤバい、腹がよじれる…… な、なんかごめん。プクククク、ねぇ、どんな気持ち?」

 

 おい、てめぇ! 俺の、オフリー嬢の黒歴史を抉るんじゃねぇ!

 憑依した直前だから、酒と薬で曖昧とはいえ微妙に覚えてるんだぞ! 今でも専属使用人を見ると震えと寒イボが止まらないんだ。

 

 「確かに興味はあるが…… まぁ、オフリーさんが本気で涙を流しているから、リオンもその件には触れないでやろう。しかし、僕がゲームのキャラか…… 何とも言いようがない」

 

 『私も貴女の精神状態に興味があります。データ蓄積のために調べてみたいのですが』

 

 俺は涙を撒き散らしながら首を振って拒否を示した。

 涙を拭いた俺はエーリッヒさんを見るが、しかめっ面をしながら、しきりに首を捻ったり天井を眺めたりしている。

 

 「でも外伝は、ほぼ概要しか知らないんですよね。後は廃人系の実況や掲示板で得た情報ですかね」

 

 「リックがいて、外伝の場合は公国の二年生時にヘルトルーデ、その妹のヘルトラウダ? が三年生時…… 最悪だな。モブじゃないんなら頑張って!」

 

 リオン君いい笑顔でエーリッヒさんに無責任なこと言ってるし。その人怖いよ。

 

 「僕に振るなよ。ヘルツォークが無事なら、最悪王国なんかどうでもいいんだから、僕の場合は。まぁ、無事な王国が背後に無いとラーシェルが本腰入れてきそうな所が悩ましいが。でも本伝の場合、もう破綻してないか? 二人の説明だとオリヴィアさんをリオンが口説いちゃダメだろうに。後、例のマリエの事もある」

 

 「いや、まぁそうだけど。あのリビアの状況は放って置けなかったんだよ」

 

 「癒やし系巨乳だから?」

 

 「そう! じゃなくて!」

 

 エーリッヒさんの問い掛けに対して、半ばリオン君は認めたようなものじゃないか。

 ただ、自分の件とエーリッヒさんの件で俺は手が回らなかったけど、マリエに関してはナルニアから聞いている情報がある。

 

 「ラーファン子爵家のマリエの件ですけど、ナルニアが言うには、五人ともきっちり惚れさせているとか。もうヤッてるだろうというのが、上級クラスの女の子達の見解らしいです」

 

 「という事は、ゲームクリア?」

 

 まだいまいち要領を得ていないのか、エーリッヒさんがお気楽な事を言っている。でも何か考え込む様子も見せているし……

 

 「んなわけないだろ。そもそも戦い関連のイベントがまったく起きていないじゃないか」

 

 「でもそういうゲームって口説いて関係結んだら終わりじゃなかったっけ?」

 

 あぁ、この人、ただのギャルゲー的な感覚が抜けていないのか。

 

 「戦略パートも重要なんですよ。寧ろそこを売りにして一作目は乙女の涙を誘ったんですから」

 

 「それ、難し過ぎて別の意味の涙だからな。コンシューマのくせに課金要素まで入れやがって。ちなみにこのルクシオンは1,200円」

 

 『何という屈辱』

 

 妹さんに押し付けられたリオン君は、げんなりしながらルクシオンの課金額を伝えている。

 

 「私も買いましたよ。けっこう戦略パートをやり込んだので、課金アイテムを使わずにアタックしたりもしましたね。まぁ、王太子殿下ルートだけでしたけど。戦略パートメインで買ったので、男の攻略なんか興味ありませんでしたし」

 

 「ふ〜ん、1,200円か…… 安いな」

 

 『更に屈辱です』

 

 いや、まぁエーリッヒさんの言うように確かに安いけど。

 ソシャゲなんかに比べたら遥かに安いとはいえ、コンシューマで課金するのも微妙に悔しいんだよね。

 

 「じゃぁ、二人の話を聞くと公国が攻めてくるのは間違いないという事かな?」

 

 俺とリオン君は、そうだと(うなず)く。

 

 「なら、もうどうなるか分からないシナリオよりも、公国や王宮に対する対策をしたほうがいいんじゃないか? 僕は正直、二人の話を聞いて思ったのは、その魔笛は確実に破壊、若しくは奪っておきたい」

 

 『ヘルツォークとファンオースは因縁がありそうですが、そちらの対処は?』

 

 「ほう、ルクシオン…… 先生は何でも知っているね」

 

 『何でもではありませんよ。データベースに記録されている事柄と調査した内容だけです。先生とは?』

 

 ルクシオンは委員長キャラなのかな? 

 オフリースペックだからキメ顔が出来ない……

 「まぁいいじゃない」と言って、エーリッヒさんはルクシオン先生の問を流している。

 

 「しかし、そんなこと出来るか? 俺達で」

 

 『私の機能を使用すれば何の問題もありません。それにエーリッヒは王宮の閣僚級とも伝手があるので、そちらは任せたほうがいいでしょうね』

 

 一旦、夏季休暇までにオフリー伯爵家の違法取引の証拠をエーリッヒさんと私で集め、リオン君はルクシオンと時間の取れる夏季休暇にファンオース公国へ潜入する運びとなった。

 そして最後にエーリッヒさんから一言。

 

 「僕のヒロインって誰?」

 

 あんたまさか、さっきからそれを必死に考えていたんじゃないだろうな!




オフリー嬢、名前を気にする人物はもういない( ー`дー´)キリッ

エ、エーリッヒ殿が、別の意味で頭がオカシクなっておられる!?


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第9話 身の安全を保障されちゃいました。

 三人で打ち合わせをして一週間、連日の夜にエーリッヒさんは調査にあたりリオン君はルクシオンを使ってアンジェリカと主にマリエを調査していた。

 本日は学園でまた三人でこの一週間の報告をする予定だが、俺は早朝にエーリッヒさんにアトリー邸に大臣への紹介も含めて呼び出されていた。

 

 「5時とはまた早いですね。しかも急でしたのでビックリですよ」

 

 文句というわけではないけど、俺はあくびを堪えながらエーリッヒさんに何故こんなに早いのか聞いてしまう。

 昨日の夕方に女子寮に手紙が届けられ、5時にアトリー邸で大臣と話し合うので紹介含めて同席して欲しいという内容だった。

 

 「二つ難航していてね、場の特定が昨日の夕方前だったんだ。それでついさっきまでその二つを潰して()()()()、主要な人物はさらにアトリー家の人員に引き渡したからバーナード大臣も起きているんだよ。僕からの報告含めて待機している状態って事だね」

 

 「え! じゃぁ徹夜ですか!? あ、あの、荒事をしていた割には何というか身綺麗ですね」

 

 エーリッヒさんの格好は黒を基調とした薄手の軍服のような格好に帯剣している。上着というかジャケット? が無いので身軽さも伺える。

 

 「ん? あぁ、相手を刺した時、半身になって刺した相手の衣服で刺し口を隠しながら引き抜けば、返り血を浴びなくて済むんだよ。手には多少かかる場合があるけど、そこは後で水魔法でサッと流せばね。知らなかったかい? 一応は魔法で建物外に音が漏れないようにしているけど、内部は別だから派手に魔法は使えないしね。証拠を破壊しちゃ駄目だし」

 

 アホかぁぁああ! そんな人斬り情報知らねぇよ!

 「敵艦内部制圧白兵戦の経験が活きたよ」とか、そんな鬼のような内容をめっちゃキラキラした笑顔で言うこの人は頭おかしい。

 

 「い、いや、あはははは…… 凄いっスねぇ。お、同じ前世持ちとは思えないっス」

 

 怖すぎて体育会系言葉になってしまった。

 

 「マフィアは犯罪のプロだけど、貴族は領によっては軍隊まで持っている暴力のプロだからね。人間慣れるもんだよね! あはははは」

 

 ヤバい、軍隊持ったヤクザで、しかも人斬りが隣で笑っている恐怖は前世でも経験したことが無い。

 この人の前を歩いても後ろを歩いても怖い。前を歩けば後ろから斬られ、後ろを歩けば俺の背に立つなと言われて斬られるような気がする。

 

 「そういえばちょっといいかな?」

 

 ビクッ!

 

 「な、何でしょう?」

 

 「アトリー邸までの道すがらで構わないんだけど、僕のヒロイン候補ってぶっちゃけ爵位的に無理じゃない? ちなみにティナは、王国本土のお金持ちに嫁がせて贅沢させたいから」

 

 あぁ、この前のお茶会で聞いてきた内容か。

 お茶会用の部屋の使用時間の関係で、さっと名前を出してお開きになったから、エーリッヒさんは気になっていたというわけか。

 リオン君は半眼で、「マルティーナさんでいいじゃねぇか」って呪い殺しそうな表情をしてた件だ。

 エーリッヒさんはさっきのようなこと言ってるけど、あのマルティーナさんが大人しく他に嫁ぐことは無いだろうけど。

 

 「えっと、公爵令嬢のアンジェリカさんは?」

 

 「圧倒的な爵位の差で無理だよ。しかも、あぁ…… まぁ色々あって更に無理かな」

 

 ん? 何だ今の微妙な濁し方は?

 

 「じゃぁ、アトリー伯爵家のご息女のクラリス先輩は?」

 

 「爵位の差。それに大恩あるバーナード大臣の娘さんに手を出せるわけ無いだろ。ヘルツォークと王国本土間の輸出入取引許可を取り消されたら堪らないよ」

 

 何でそんな大きな仕事を当時13歳で、しかも閣僚と纏められたのかが意味不明です。しかもその間は他領の商会支部を使った三角貿易のようなことをやってたという話だ。

 あのゲームは鬼かと思ったけど、それよりも修羅がここにいるし。

 

 「ちなみに私もヒロイン候補ですが……」

 

 「……中身が男だしねぇ。オフリーさんはそれでいいの?」

 

 「いや、ぶっちゃけ女の子が好きです。例の専属使用人との記憶で、男の時以上に男が苦手ですね。それにこの件で私は貴族じゃなくなりそうですし」

 

 自分でトラウマを抉ってしまった。

 鳥肌が!?

 

 「じゃぁ、やっぱりナルニアさんと結婚してオフリーさんの面倒も見ようか?」

 

 お! 実はめちゃくちゃいい案なのではないだろうか。

 ていうかエーリッヒさんって専属使用人関係なく、結構ナルニアの事気に入ってそうだな。

 

 「それ、凄く助かります。一案として取っておいて頂いて、他の候補はどうですか?」

 

 「剣豪のクリスの婚約者で、僕達の四歳年上のお姉さんキャラだっけ? 軍務大臣の娘で仕官して軍役に付いているという、クエス・フィア・アデナウアーか……」

 

 エーリッヒさんが渋い顔をになった。何でだ?

 王国軍は普通クラスや上級クラスの三男以下が仕官して出世していく中、唯一王宮の閣僚の家柄で軍人を排出し続けている名門伯爵家だ。

 宮廷貴族の名門軍閥、アデナウアー伯爵家のご令嬢に何かあるのだろうか?

 

 「その人、子供は図々しいから嫌いっぽくない? てことで年下は無しでしょ。やっぱり爵位も高いし」

 

 いや、こっちのクエス嬢は今年20歳だし、例の子もその年齢だったら多少余裕があったんじゃないかな?

 

 「アデナウアー伯爵家は女性の嫁ぎ先はそこまで問わないそうですよ。大事なのは跡取りと庶子の軍への仕官だそうですから」

 

 それに赤い人っぽく振舞えばいけんじゃね。そこまで外伝をプレイできてないから知らんけど。

 

 「僕は卒業後に男爵だからね。仮に知り合いになるのは僕が仕官後だ。それに僕は仕官する場合、武官ではなく文官を希望だよ。そっちのほうがヘルツォークを手助けしやすいから」

 

 (軍なんかローテーションで各地で年単位で拘束される。例え参謀本部の門を叩くことが出来ても何年かかるやら。それなら行政で書類を回しながら、政治部分でコネを作る方が余程良い。余り王国本土から離れるのも都合が悪い)

 

 確かにエーリッヒさんは卒業後に男爵で今は仮の状態。たぶんオフリー家との戦争で爵位が上がるのだろうけど、早く動いたせいで昇進のフラグを折ってしまうことになるのだろうか?

 

 「では最後にグレッグの婚約者のモットレイ伯爵家のご令嬢――」

 

 「モットレイは無いよ。名門だし何よりね…… あそこはフレーザー侯爵家寄り、レッドグレイブ公爵家とも仲が良いそうだ」

 

 「え…… と、それの何が問題なんですか?」

 

 俺の言葉に被せて否定するというのは余程の事があるのだろうか?

 

 「ヘルツォークは元々本島だけでぎりぎりだが伯爵領規模の大きさがある。そして今では小さいとはいえ手に入れた工業用や農業用の各浮島に寄子もいる。モットレイが名門とはいえ、何故ヘルツォークが伯爵ではないのか? ヘルツォークは一番国境近辺に配置され、フレーザーとモットレイは連携が密であるから狙われるのは手薄なヘルツォーク、そしてナーダ男爵領にバロン男爵領。モットレイとはフレーザー侯爵領を挟んでいるせいもあって共闘も支援も勿論お互いにない。まぁ、心情的にヘルツォークが好きではない領の一つだよ」

 

 そう言われても設定だし、ヘルツォークの詳しい内情や実情まではわからない。

 それに確か本伝では、フレーザー侯爵家の嫡子と第一王女が婚約、モットレイ伯爵家とセバーグ伯爵家を婚姻で繋げてラーシェル神聖王国側国境の梃入れという政策だった筈。

 

 「でも良い子だそうですよ。純真無垢で献身的、今年で13歳のエレーナ・フォウ・モットレイ。貴重なロリ枠です!」

 

 おっとヤバい、鼻息が荒くなってしまった。

 

 「まだ、子供じゃないか…… いや、僕達が学園を卒業する頃なら貴族社会的にはまったく問題無いか。まぁ、モットレイやフレーザー辺りはどちらにしろ無しだよ。僕の心情的にも爵位的にもね」

 

 「……爵位って、現実的に凄い縛りがありますよね。ゲーム的にはその辺適当だったのかな?」

 

 まだオフリー嬢に転生というか憑依して九ヶ月だけど、学園に通うと嫌でも爵位の壁というものを感じる。特に普通クラスの準貴族と上級クラスの貴族、そして貴族内でも男爵と子爵の下級貴族に伯爵家以上の上級貴族。その壁は余りにも大きいと思う。

 実際、男爵家と子爵家だって領の総合的な規模は10倍ぐらいの差がある。

 エーリッヒさんの言うようにゲーム内の婚約者は無理だと感じてしまう。

 

 「ゲームはエンターテインメントの要素で成り立つから、ちょっとした夢物語のような出世も容易に組み込んだり、爵位を無視したラブロマンスでも取り入れたんじゃない? 現実では不可能だよね。あ、アトリー邸が見えてきたし、もうこの話はここまでにしようか」

 

 「そうですね。何としてもバーナード大臣に良く思われないと」

 

 俺も意識を切り替えて可哀想な子アピールを必死にせねば。

 

 「その辺は僕も口添えするし大丈夫だよ。一応僕と大臣の筋書きとしては、勇気を以って家の悪事を王国のために王宮へ具申した、忠義ある女性という方向で話を纏める算段は付いているから」

 

 ふぁ! 仕事が早いって素敵!

 ヤッター! もはやこれで俺の未来はとりま安泰確定!

 やっぱりナルニアはエーリッヒさんに嫁いでもらおう…… 一応マルティーナさんに配慮して側室で。

 

 

 

 

 何て悠長に考えていた時もありました。

 

 「マリエって奴は転生者だな。オリヴィアさんが五人に選択する行動を全部ゲーム通りにやっていたよ」

 

 はい、イレギュラー発生しました。

 まぁ、そのマリエが五人を篭絡していたのはナルニアから聞いて知っているけど、転生者って事はこの先のゲームの進行も知っているんだよな。聖女の件、主人公ちゃんの力の件を後々どうするんだろ?

 

 「ただの偶然では無くですか?」

 

 「姉貴からも忠告があったから、姉貴に金渡して五人との過去のやり取りを一年女子から聞き出して貰った内容が一緒だった。ルクシオンにはマリエと五人の動向を監視させたら、ゲーム通りにユリウス殿下とジルクに専属使用人を買って貰っていたよ。ほら、あのショタエルフの」

 

 「あぁ、確かカイルでしたっけ。じゃぁ、やっぱりそのマリエって3年かかるハーレムルートを三か月で攻略したって事かぁ。噂は本当、しかも転生者とか噓でしょ」

 

 一体何をどうすっ飛ばせば三ヶ月で五人を攻略できるのだろうか? それこそゲームではないのに。

 

 「現実のほうが接する時間は長いし、色恋だって要所で使えるからね。僕からしたら三年かけるよりもまだ現実的かな」

 

 エーリッヒさんの前世はチャラ男だったのだろうか?

 

 「でも私は取り敢えず家との件、大丈夫そうなので安心ですけど」

 

 「そっちはもう上手くいきそうなの?」

 

 リオン君が余りの速さに吃驚している。

 

 「今朝バーナード大臣とオフリーさんも顔合わせしたよ。この一週間で証言も証拠も十分。マフィアから棚ぼたで押収した金品もバーナード大臣に半分、残り半分を僕とオフリーさんで折半したよ」

 

 「私の情報も微妙だったんで四分の一も貰うのは心苦しいんですけどね……」

 

 現場で戦ったのはエーリッヒさんで、今後王宮で戦うのはバーナード大臣だし。

 

 「そういえば、偶々アトリー邸に居合わせたクラリス先輩に挨拶もしたよ。かなり元気が無さそうだったね。ジルクと全然会えていないそうだ。バーナード大臣には学園、あの五人の状況とマリエの件は伝えておいたよ。告げ口のようだけど僕にも立場があるから、娘さんの婚約者の件は話しておかないとね」

 

 クラリス先輩には「貴女も大変ね」などと言われたけど、家の件が圧倒的にヤバくブラッドの事はどうでもいいので、愛想笑いで誤魔化しておいた。

 

 「さすがにあの五人の婚約者達のケアまでは出来ないだろ。それより公国をどうにかしないとオフリーさんもそうだけど結局王国は大変になる。マリエって奴もその辺は考えているだろうから聖女の地位はオリヴィアさんに譲るだろうし」

 

 リオン君の言う通り、公国の()()は反則級。

 俺もユリウス殿下ルートは知ってるから…… あっ!?

 

 「リオン君、あの五人の状況で王家の船って動くのかな?」

 

 俺の疑問にリオン君は渋面が更に厳しくなる。わからないってことだ。

 

 『王家の船とは?』

 

 ルクシオンが初めて聞いたとばかりに質問してきた。

 そういえば流れとかだけで王家の船は話をしていなかったか。

 

 「僕も聞きたいね」

 

 エーリッヒさんも興味を惹かれたみたいだ。

 

 「ホルファート王家が隠し持っているロストアイテムの飛行船だよ。オリヴィアさんと攻略対象者の愛で動くんだ。愛が足りないと動かずにゲームオーバー。そもそもオリヴィアさんって聖女の血を引いているし、血が関係しているのかは不明だけど、特殊な力があるからその船の力を使いこなせるっていう設定だったと思う」

 

 聖女に認められてユリウス殿下との婚姻も済し崩し的に上手くいくけど、最後は主人公ちゃん固有の力で公国の切り札を圧倒していた。

 

 「愛…… またよくわからない起動方法だね」

 

 エーリッヒさんは呆れている。

 

 『ならば一度調べてみましょうか? 幸い夏季休暇までは少し時間があります』

 

 一週間後には学年別学期末パーティーなので、ルクシオンなら調べられるのかもしれない。

 

 「王宮の地下だった筈だ。任せてもいいか?」

 

 『問題ありません』

 

 ルクシオンはスゥーっと透過して部屋を出ていった。

 いいなぁ、何でも出来るな。俺も課金アイテムを思い出して夏季休暇にでも探そうかな?

 武力が無い!? エーリッヒさんを誘ってみようか?

 

 そうしてエーリッヒさんは仕事で忙しくしながらもリオン君や私は平和な一週間を過ごしていた。

 そして迎えた学年別学期末パーティー会場では――

 

 「拾え、売婦。殿下たちを誑かした魔女め」

 

 アンジェリカさんがマリエに白い手袋を投げつけていた。

 

 もうさ、本伝か外伝かどっちかにしてくんないかな……

 俺、ステファニー・フォウ・オフリーは意識が遠くなりそうになるのを必死に堪えるのだった。




ステファニー、しかし誰もオフリー嬢の名前を呼ばない(; ・`д・´)キリッ

オフリー嬢の内心ではエーリッヒは散々に言われているな。
カワイソス(笑)


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第10話 しゃしゃり出ちゃいました。

パーティー会場での細かい描写が知りたいという方は、原作様web版や書籍版一巻の白い手袋を参照してください。
漫画版ですと2巻の白い手袋、決闘前夜を参照して下さい。

拙作の【乙女ゲー世界はモブの中のにこそ、非常に厳しい世界です】第15話、学期末学年別パーティーでもアンジェリカや5人とマリエのやり取りが記載されてます。
https://syosetu.org/novel/250891/




 パーティー会場が静まり返ったかと思えば、直ぐに騒然とし始めた。

 俺、ステファニー・フォウ・オフリーは余りの出来事にポカンとその光景を見ていた。

 落ち着け俺、リオン君は女の子の胸元を無遠慮に見ていたが今は、この展開に困惑した表情を浮かべている。

 主人公のオリヴィアちゃんは制服参加か。てっきりリオン君が、胸元ドバァンのエロいドレスをプレゼントすると思ってたから意外かな。

 アンジェリカさんが手袋を投げた時に慌ててリオン君を呼びに行っていたけど、あれ? 何であの二人は付き合ってないのだろうくらいの距離感だ。

 リオン君もゲームのシナリオを改変させている元凶の一人だと思うんですけど……

 その冒険野郎のリオン君は、アンジェリカさんのドレス姿を凝視していた。どことはリオン君の名誉のために言わないでおいてあげよう。

 

 エーリッヒさんは、ナルニア一点張りの所にマルティーナさんが乱入して、ある意味アンジェリカさんが、手袋を投げた今よりも緊張状態を保っている。雰囲気に恐れをなして、周囲に人が全く居ないのが笑える。

 あの人は運が壊滅的に悪いな。

 というよりも自分の事を余り良く分かっていない残念な人なんだろう。

 5万ディア、約五百万円のドレスをマルティーナさんに見繕ったのに放って置いて、ナルニアと談笑に興じるとか馬鹿でしょ。

 

 「お嬢様、一体どうなるんです?」

 

 カーラは困惑している。そりゃそうだ。普通クラスには全く関係ない状況だからね。

 

 「ありゃぁ、爵位の高い人達のトラブルとか勘弁して欲しいですよねぇ」

 

 オフリーの寄子で騎士爵家出身のイェニーは、うんざりしながらも野次馬根性が刺激されたのか、しっかりとアンジェリカさんとマリエ、そしてカイル君を含めた六人を見ていた。

 

 「カーラ、もう成り行きに任せるしかないよ。あの揉めてるのって、将来この国の重鎮達だよ。もう下々に迷惑かけない範囲で勝手にやってって感じ。イェニーは興味津々に見ないの」

 

 俺も本来なら二年後? のイベントの筈なのに、いきなり過ぎてどうでもよくなってきた。

 

 「あっちも面白そうなんですよね。ニア様ってあんな積極的だったかな? 斜に構えて少し離れたポジションを好むイメージだったのに……」

 

 イェニーの言葉に改めてエーリッヒさんを見ると、マルティーナさんと腕を組んでいるように見えて、その実関節を極められながら青褪めた表情をしている。

 痛いのか悲壮なのかわからない表情でアンジェリカさんを見詰めるエーリッヒさんが滑稽過ぎて笑える。

 しかし、そんな雰囲気の中、エーリッヒさんの右袖を掴んで離さないナルニアには脱帽するな。

 

 「まぁ、エーリッヒさんって内情を知ると結婚相手としては申し分ないからね……」

 

 「バルトファルト卿と同様に人気無いって感じですけど」

 

 カーラはマルティーナさんを恐る恐る見ながら呟いている。

 

 「理由の一つにマルティーナさんの存在があるけどね。上級クラスの女子達は本人の将来性を無視して、その家の財力と権力が目当てだから。あの五人の存在で感覚が更に歪んだ気もするけど……」

 

 カーラとイェニーに応じながら、アルトリーベ本伝の決闘前のシーンを思い浮かべるけど、どうも俺が知ってるユリウスルートとは違う気がする。

 折々でのアンジェリカさんの今の五人とのやり取りに似通ってはいるけど、決定的に違う気がしてならない。

 

 「マリエ、拾え。大丈夫だ。お前には俺が付いている。お前の代理人は俺が務めよう」

 

 「殿下ばかりに良い格好はさせておけませんね。学園のルールでは女子の代理人である男子が一人とは限りません。私も立候補をしましょう」

 

 ユリウス殿下に続いてジルクが名乗りをあげた。

 ん? マリエの学園での状況を考えるとこれって……

 

 「面白いから俺も参加する。誰でもいいからかかってこいよ」

 

 「脳筋はこれだから…… けど、売婦とは聞き捨てならないな。ついでに決闘後には謝罪をして貰うぞ。当然、僕も参加だ」

 

 グレッグにヤレヤレと言いながら、ノリノリで参加表明をするワテクシの婚約者。

 どうしよう、なんの感慨も湧かない。

 ていうか、ちょ、これやっぱり伝説の――

 

 「剣の腕には自信がある。マリエの剣として戦って見せよう」

 

 クリスの言葉で確信した。俺自身はそのルートをプレイしてないが、情報としては知っている。

 

 「みんな…… 私、怖いけど、みんながいれば安心だね。私、この決闘を受けるよ。アンジェリカさん、私はみんなと戦います」

 

 まさか、完璧な逆ハーレムルート、完成していたとは……

 

 「って今の時点でそれは早っ!」

 

 これって本格的に攻略対象のルート化する三年時のイベントじゃねぇか!

 って不味い……

 

 「あれってオフリーじゃない?」

 

 「ブラッド様の婚約者だっけ?」

 

 「あの娘も惨めよねぇ」

 

 ビックリして一本前に出て声を上げてしまった。

 

 「オフリー、お前……」

 

 俺の実家はアンジェリカさんとは派閥が違うというのに、四方八方から野次と蔑みを一身に受けた彼女は、俺に対してさえ縋るような視線をしてきた。

 

 「君はオフリー伯爵家の。何だ、君もアンジェリカに味方するのかい? それならば、僕の婚約者でも容赦はしないよ」

 

 ぐはっ! 

 ブラッドの奴が俺の逃げ道を塞ぎやがった。

 

 「おい、誰かこいつらを助けてやる奇特な奴はいないのか? 取り巻きもいただろうに。ここまで人徳がないと同情したくなるぜ。決闘を申し込んだんだ。代理人が用意できなくても逃げるんじゃねぇぞ」

 

 アンジェリカさんと俺を笑う声がパーティー会場を満たしていた。心細くなってナルニアの方を見るとエーリッヒさんと目が合った。

 エーリッヒさんは肩を竦めながらリオン君の方を見て、互いに溜め息を吐き――

 

 「じゃぁ僕は、オフリーさんの代理人に立候補しよう」

 

 「はい、は〜い! 俺はアンジェリカさんの代理人に立候補しま〜す!」

 

 チート持ちと鬼畜修羅の登場に、俺は心の底から安堵したのだった。

 

 

 

 

 「さぁ、貴族様御用達のステファニー金融(フィナンシャル)ですよぉ。家紋と家名は必須です。爵位によってお借入額に上限はございます…… が、しかし、無計画なご利用も何のその! 貴族様の無謀な夢とロマンをステファニーフィナンシャルは応援致します」

 

 パーティーの翌日の午後、俺は金融業を営んでいた。

 

 「クラリス先輩、元気出しましょう! ジルク様の本意はエーリッヒさんが、決闘で問い質すって言ってましたし」

 

 エーリッヒさんから、ヘルツォークと俺個人の後ろ盾はバーナード大臣だから、クラリス先輩に状況を伝えてよく見ておけと言われたので、午前中に顔をだした。

 そうしたら用意周到にも婚約破棄の書状が届いたというわけだ。

 

 「ジルク、何も話してくれてなくて…… ジルクが学園に入学してきてからは、ほんの最初しか会えてなかったの。私…… 何か嫌われるようなことしちゃったの?」

 

 グスグスと泣き出してしまった。

 俺は正直、ジルクとクラリス先輩の関係には興味が無いとはいえ、めっちゃ心が痛いっす。 

 この人、本伝ではゲームに殆ど出て来なかったし。名前とイラストのワンカットぐらいだっただろうか?

 攻略キャラの婚約者とはいえ、オフリー嬢よりもモブな立ち位置。オフリーは空賊の手引等噛ませとしてキャラ立ちしてたしね。

 まぁ、顔がめちゃくちゃ美人で、高身長のボン・キュッ・ボン、それなのに物凄いお清楚というだけのモブっ娘だ。

 ……えっ、何それ最高なんだけど。

 ドスケベお清楚とかヤバい。そういえば外伝ではヒロインの一人だったな。

 とまぁ、屋敷で婚約破棄の書状を見たクラリス先輩が大泣きしていたので、無理矢理連れ出したというわけだ。

 後ろ盾の娘さんだからアピっとかないとね。仕方ないね。

 エーリッヒさんは結局、ジルクとブラッドの相手をする事に決まった。

 

 「しかし、ヘルツォークと王国本土間の密輸のために潜水艦を作ってたとか、エーリッヒさんは頭おかしいよな」

 

 俺はつい先程用意された金融業の原資を運び込んできた時の事を思いだす。

 

 

 

 

 「どうもこの決闘、賭けに発展するらしい」

 

 リオン君は賭けの金額の準備をしてきたみたいだ。

 

 「私達は昨日のうちに知ってたよ。エーリッヒさんも昨日のうちから準備して、そろそろこちらに着く時間じゃないかな?」

 

 「マジで!」

 

 「一応私も女子なので、当事者とはいえ女子の話は耳にするし、エーリッヒさんはマルティーナさん経由だろうし」

 

 『マスターは女子との接点はオリヴィアしかありませんしね。男子もアンジェリカの代理人の件で避けています。情報収集の大事さをそろそろ理解して頂きたいものです』

 

 ルクシオンがリオン君に苦言を呈しているが、リオン君はハイハイと受け流していた。

 今は港でエーリッヒさんを二人と一台? で待っている所だ。

 クラリス先輩にはカーラとイェニーに付いて貰っている。

 

 「や、待たせたね。明るい内は誤魔化すのに苦労するよ」

 

 物凄い大荷物で恐らくヘルツォークの人員と共にエーリッヒさんが入港してきた。

 

 『エーリッヒ、あなたはまさか?』

 

 「あれ? かなり離れていたはずだけど、恒星間航行宇宙移民船のルクシオン先生にはバレたかな」

 

 「何の事?」

 

 俺もリオン君の疑問に同意。

 

 「表だって出せない資金を持ってきてね。それをヘルツォークから潜水艦で運んできた。他領からの荷役検査証書受領済みのリッテル商会の商船に離れた海域で僕を含めて載せ替えたというわけだよ」

 

 「せ、潜水艦!? なんでまたそんなものを……」

 

 リオン君も俺も絶句してしまうが、飛行船が発展したこの世界では意味不明な代物だからだ。

 

 『なるほど、目くらましにはこれほど有用な物はありませんね』

 

 ルクシオンは感心したように機械音を奏でている。

 

 「潜水艦っていうのは前世ではけっこう古い。1,600年代には木造であったぐらいだからね。魔法技術がある現状では比較的容易だったよ。まぁ、最初の一隻を作るというか改造するのに二年の月日は掛かったけどね」

 

 「でもそんなに必要なものですかね?」

 

 その辺がわからないので、俺は素直に聞いてみた。

 

 「元々はさ、王国本土間の輸出入許可が降りなかった場合の密貿易に使おうと思ったんだ。他領の支店を交えた取引は量も制限されたり、経費も掛かる。海の中、そもそも海自体も無警戒なんだから、密貿易には雨や曇り、夜間運用での潜水艦が非常に有効だ。たった20m程度潜れるだけでね――」

 

 バレなきゃ犯罪じゃないを地で行くこの人はどうかしてるぜ!

 

 「――結局その点に関しては必要にはならなかったけど、僕には公に出来ない巨額の資金があってね。二年前に王国本土からヘルツォーク領に魔石や貴金属、各種貨幣を運んだというわけだよ。今回はほんの一部持ってきたから、これを原資にした金融業をオフリーさんには始めて貰おうと思ってね」

 

 え、あの大荷物って全部貨幣ですか!?

 筋肉モリモリ、マッチョマンの兵隊だ! 

 そんな変態…… じゃなかった、大勢の兵隊さんが台車を各人、一台一台牽いている。

 

 「もちろん王国本土にも表に出せない財はあるんだけど、換金に時間がかかるからね。流動性の高いものは全てヘルツォークに運んでいたから。賭けになるならお金も貸さないとね。貴族相手だから基本的には取りっぱぐれる事はないし、揉めたらバーナード大臣の名前を出していいよ。運営母体は僕のブービ商会という事にするから、れっきとした商売の体裁は整えた。ブービ商会金融部門、ステファニーフィナンシャルの誕生だ」

 

 坊や商会のくせに原資は真っ黒ですが…… 

 この人、ぶっちゃけマネーロンダリングする気満々じゃねぇかっ!

 

 「俺、お前が同じ日本の転生者とか勘弁してほしいんだけど……」

 

 激しく同意!

 

 「決闘なんて茶番はさっさと終わらせたいし、どうせならオフリーさんの家からの縁切りにも活用したいだろうし」

 

 ヤダ! 胸キュンしちゃう! 男の子なのに……

 俺はもう色々とダメかも知れない。

 

 「確かに今更ストーリーどうとかは、どうでもよくなったしな。さっさと終わらせて、俺はルクシオンと公国に潜入しないといけないし」

 

 「僕も行こうか? ファンオースは興味あるしね」

 

 先程までとエーリッヒさんの目付きが変わった。

 何だったかなぁ、設定であったような……

 ヘルツォークは公国と因縁が。みたいな感じでしか、発売前予約に付いてくる簡易設定集には書いてなかった。

 本格的な設定集は発売日が、俺がオフリー嬢に憑依前では未定だったし。

 

 『いい案だと思いますよマスター。腕が立つ人物であれば、手が多いにこしたことはありません』

 

 「そうか? なら決闘後の夏季休暇にリックも来てもらうか。この面子ならルクシオン本体が知られても問題ない。というかオフリーさんは知ってるしな」

 

 リオン君の言葉に俺は頷く。

 

 「では、僕達の戦争を始めようか」

 

 エーリッヒさんの表情にビクッと後退りをしてしまったのは、言うまでもなかった。

 リオン君までドン引きしていた。




ひふみん様の金貸し案を採用させて頂きました。
そうしたら、非公開というか死に設定の潜水艦描写が出来る場面になりました。
ありがとうございます。


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第11話 決闘、始まりました。

 賭けはリオン君が巨額を自身に突っ込み、エーリッヒさんは表向きには一先ず表だった金額として、学園入学前のラーシェル神聖王国フライタール辺境伯王国側への越境戦で得た賠償金を自身に突っ込んだ。

 そして、俺がエーリッヒさんの黒資金を原資に学園の生徒達に金貸しをしたら、加速度的に賭け金が積み上がっていって賭けが成立した。

 

 「でも、ブックメーカー方式とかって何考えてるんですかね? 胴元がリスク背負うじゃないですか」

 

 日本人の感覚が抜けないせいか、その辺がよくわからない。

 

 「パリミチュエルだと美味しいと思ったオッズが変動するし、賭け金の総額から一割、二割差し引いて分配だからね。リスク負わないなんてお前らは商人か! 貴族の風上にも置けん! って蔑まれる。学園での賭け何て胴元も貴族だし、胴元の腕の見せどころだよ。上手くハマれば、胴元の儲けも大きいのがブックメーカー方式だ」

 

 エーリッヒさんはそういうけど、胴元がリスク負うとかイミフなんだよなぁ。

 

 「はぁ…… そんなもんなんですか」

 

 「それにね、公営賭博の利権はバーナード大臣のアトリーが握っている。確か学園のブックメーカーを取り仕切っているのは、代々宮廷貴族の伯爵家で、学園に在席していない場合はそこの息が掛かった派閥の人物が行っている。准閣僚級で、バーナード大臣の利権に食い込みたい派閥だよ――」

 

 それを聞いてしまうと学園が、貴族社会の縮図だと改めて認識させられてしまう。

 

 「――ちなみに、貸付額はいくらぐらいになった?」

 

 「聞いてくださいよ。30億ディアです。日本円にして3,000億ですよ! 意味がわかりません。カーラ達の調査では、9割はあの五人に賭けるそうです」

 

 俺の報告を聞いてエーリッヒさんは少し考え込む。

 

 「それだと、リオンと僕の賭け金だとあのオッズ比では、胴元を損させられないね。この際だから胴元にも損をさせて、バーナード大臣の酒を旨くさせてあげたいし……」 

 

 リオン君は白金貨500枚、2,000万ディアを賭けている。エーリッヒさんは白金貨100枚で400万ディア。

 当初はそれで十分だったのに、俺の金貸しで殿下達側の賭け金が増大して胴元は既に泣いている。

 胴元も結局はあの五人、というかリオン君がユリウス殿下とクリス、グレッグに負けると考えているからだ。

 実際はチート持ちのリオン君が勝つし、エーリッヒさんに至っては、ジルクとブラッドを殺さないかどうかが心配なレベル。

 終わってみれば、胴元は高笑いの大儲けが出来るだろう。

 ただ、今の現状だと何故開催したのか正気を疑うレベルのオッズ比と賭け金の差だ。

 

 「貴族のくせに皆は意外と堅実的で、ギャンブラーじゃないよなぁ。じゃぁ、胴元にも泣いて貰うためには、1億ディアをステファニー金融(フィナンシャル)から、僕が個人で借りてリオン側に賭けようか。約5.8億ディアを胴元連中で泣いて貰おう。あまり虐め過ぎるのもよくないしね。大臣には金額含めて、ヘルツォーク産のワインと共に楽しんでもらうよう、今夜にでも報告しておくよ」

 

 何というマッチポンプ!?

 更に自らでもマネロンをすると! 「大丈夫、ブービ商会の会頭はハルトマンさんという人だからね。まぁ、オフリーさんの目の前にいるけど」とか平然と言っているこの人は頭おかしい。

 しかも全て理解してこの人はやっているし。

 最近この人の笑顔が頼もしく見えてきた俺は、もう末期かもしれない。

 だって、どこぞの少佐殿、大隊長指揮官代行殿みたいな微笑みなんだもん。

 

 「バーナード大臣に恩をそこまで売るという事は、失恋のクラリス先輩を口説く為ですか?」

 

 輸出入許可云々言っているけど、対浮島貴族領の本土間貿易の利権に食い込めたバーナード大臣は、充分過ぎるほどエーリッヒさんと懇意にする利益が、もう既にこの時点であると思うんだけどなぁ。

 

 「は? 無理無理、爵位的にもそうだし。一応対外的に僕は父親不明の怪しい奴だよ。まぁ、実子証明の手続きは証拠を揃えて後はバーナード大臣に依頼したから、独自に調べて当たりを付けていそうだけどね」

 

 そういえば、ぶっちゃけこの人の父親って誰なんだろう?

 確か、アルトリーベ外伝ではマルティーナさんやマルガリータちゃん以外のヒロインは、兄妹だか姉弟だとか何とか……

 ま、まさかバーナード大臣にあれだけ融通をして、更にはさせられてということは!?

 クラリス先輩はエーリッヒさんの姉! 

 ならば頑なに婚姻相手として否定するのもわかるかも。

 聞きたい! けど怖くて聞けない。もう少し時間が経ってからにしよう。

 いや、独自にバーナード大臣が調べてと言った…… でもミスリードかな?

 

 結局聞けなかった俺は、本日の金貸し本舗の営業は終了した。

 さすがに学園内で金融業をするのは不味いだろうと言うことで、学園から程近い繁華街の一角を借りて営んでいる。

 エーリッヒさんは殺し屋本舗として、用心棒みたいに控えてくれていたが、バレると不味いということで、口元だけ露出している仮面を装着していた。

 魔力を流すと目を被うクリスタル部やデザイン状の切れ込みが赤く光るタイプで、気に入ったのか時折光らせて赤い人ごっこというか、全裸の器ごっこをしていた。しかし客の学生はその姿が不気味で怖がっていたけど。

 ていうか何で仮面を被っただけで、エーリッヒさんだって皆分からなくなるのだろう…… 謎すぎる。

 

 リオン君はここ数日、オリヴィアさんとアンジェリカさんと会っているみたいだ。

 どうもアンジェリカさんの取り巻きが離れていった件もあり、学園での影響力が乏しくなっているみたいだ。

 私は名乗りをあげた影響からか、部屋が荒らされてしまいマルティーナさんの部屋に保護されていた。

 い、一応中身男なのに良いのかな?

 いや、怖いから邪な事は考えてませんけどね。あぁ、何か勿体無い……

 おかげでエーリッヒさんに対する女としてのアピールはないよ。あくまでビジネスです! と言い聞かせて納得してもらった。

 寧ろ決定的な仕事が出来た気がする! 

 勝ったな、風呂入ってこよ!

 

 

 

 

 決闘当日、闘技場には数千人が集まっている。

 そもそもこの闘技場は数万人規模を収容可能なため観客席は十分に余っていた。

 エーリッヒさんが上空から急降下するというデモンストレーションで、観客の度肝を抜いていたが、その鎧を見た瞬間、俺は卒倒しそうになった。

 

 「えっ!? 何これ、は、汎用機!!」

 

 観客はリオン君登場時と違って歓声に湧いていたが、俺はそれどころじゃなかった。

 

 「ブラッドとジルクのワンオフ機をこ、これで相手するんですか!?」

 

 「派手な登場はスカッとしたしいいとして、オフリーさんの言うように大丈夫なのか? しかも制服のままだし」

 

 リオン君の心配に激しく同意だけど、「まぁ、怪我をする気はない、平気、平気」なんて、椅子を尻で磨きそうな人みたいな事を平然と言ってるんだけど。

 装備も旧式のライフルとブレードだけ。

 いくら最新式の汎用機とはいえ、ゲームの設定では確かに知ってはいたけど、兵装も最低限にしているし本当に大丈夫なのか胃が痛くなってきた。

 アンジェリカさんもこれであの破格の戦果をあげた事に驚いている。

 

 そうこうしている内にコンテナのような物が空から降ってきて、中から話に聞くルクシオン製のアロガンツが出てきた。

 本伝で課金アイテムではなかったため、俺は初めて見る鎧だ。

 ジ○オとメッサ○ラ、森のくまさんを足して3で割った感じの大型機に見える。

 

 「中々迫力があっていいね。さて、じゃぁリオン、前座の僕が先に行ってくるよ。オフリーさんはティナと一緒にクラリス先輩に付いていてね」

 

 「わかりました」

 

 「勝てるんならいいけど、殺すなよ」

 

 まさか、とエーリッヒさんは笑顔でいいながら、舞台に上がっていった。

 

 「ヘルツォーク兄か、君もスピアを使うと聞いている。どちらが上手く扱えるか勝負だな。名工に作らせたこの鎧、汎用機で勝てると思ったのか?」

 

 「あ、すいません。装備してきてないんですよね。ほら、これだけです」

 

 エーリッヒさんは、朗らかに答えてライフルとブレードを見せていた。

 明らかに決闘の雰囲気じゃないのがヤバい。

 

 「そ、そんな武器だけで!? ぼ、僕を馬鹿にしているのか!」

 

 『言い争いはそこまで。両者、決闘の誓いを』

 

 闘技場の審判に促されて、ブラッドは嫌々といった具合で宣誓をして、エーリッヒさんもその後に続いた。

 

 「早く始めろ!」

 

 「大金掛けてんだ!」

 

 「ブラッド様、借金までしたの! ヘルツォークなんて田舎者、やっちゃいなぁっ!」

 

 「やっちゃいなよ、そんな偽物なんか」

 

 「しかしねぇ、君。彼も王国の貴族という立場であるのだから」

 

 よく喋る。

 最後の人は、エーリッヒさんを擁護でもしているのだろうか?

 賭けでヒートアップしている観客は、そのほとんどが殺気立ちし始めている。

 そして、ヤジを聞いたマルティーナさんが、ヒートアップして殺気を振り撒き始めた。

 ヤバい。

 

 「凄いヤジだな、まったく」

 

 「さすがにエーリッヒさんが可哀想ですよ」

 

 アンジェリカさんはため息を吐き、主人公のオリヴィアちゃんも心配そうにみつめている。

 

 「だが、これでわかる。見せて貰おうか。艦隊指揮を熟しながら、ラーシェルの鎧77機を撃墜した性能とやらを」

 

 俺はその言葉を聞いてアンジェリカさんを凝視してしまった。

 

 「な、なんだオフリー? そんなマジマジと見詰めてきて……」

 

 「あ、何でもないです。すみません」

 

 ステフわかっちゃった!

 アンジェリカさん、エーリッヒさんの妹だわ。

 

 『両者、始め!』

 

 そんなこんなで、審判からの決闘開始の声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 「一瞬でケリをつけてやる!」

 

 ブラッドは四本のスピアを背部から射出して、左右上下の四方からエーリッヒの駆る鎧、ダビデに向けて刺突させようとしたが――

 

 「残念だったね」

 

 ダビデのブレードが首を跳ねたかと思えば、両足の膝下を切断してブラッドの鎧は倒れ込んだ。

 そしてブレードの刃先をブラッドの鎧のコックピットに当てながら、エーリッヒは優しげな声で告げる。

 

 「降参するかい? それとも、コックピットにブレードを突き刺したほうがいいのかな?」

 

 「こ、降参だ! 負けを認めりゃ……」

 

 ほんの少し、ダビデがブレードをコックピットに突き刺したら、ブラッドは舌を噛むような声をあげて沈黙してしまった。

 

 「き、きゃぁぁぁあああ!」

 

 誰かの叫び声で場内が騒然としだした。

 

 『へ、ヘルツォーク君離れなさい』

 

 慌てて審判団が駆け寄り、ブラッドの鎧のコックピットを開放すると――

 

 『な、何だ。気絶しているだけじゃないか…… 勝者、ヘルツォーク』 

 

 ブラッドの鎧が闘技場の端に移動され、ブラッドはそのまま怪我もないという事で、同じように闘技場の端で寝かされている。

 とても気持ち良さそうに寝ているのが、観客席にいる全員から確認が出来て、安堵とともに失笑があちらこちらで漏れていた。

 

 「クリス、見えたか?」

 

 「いいえ、殿下。直線の動きしかしていないというのにブラッドのスピアがすり抜けたように見えました。剣自体の太刀筋は、私には少し及ばないと感じましたが、飛ばずにあの歩法は不可解です。正直、勝てる気がしません」

 

 ユリウスの問にクリスは正直に答えた。

 

 「オフリーさんの代理なのに申し訳ないが、僕の本命はジルク殿です。さぁ、色々とお話を聞かせて頂きましょうか」

 

 エーリッヒの駆るダビデが妖しさを増して、ジルクを見据えていた。




次話は、拙作【乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です】https://syosetu.org/novel/250891/
第17話、第18話、第19話を参照みたいな感じで、省略した形を取ろうと考えています。


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第12話 ジルクが暴言吐いちゃいました。

違いは、【乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です】https://syosetu.org/novel/250891/
第17話 決闘 を参照してください。


 俺、ステファニー・フォウ・オフリーは、クラリス先輩を中央にマルティーナさんと挟んで観客席で観覧している。

 ジルクに向かって宣言したエーリッヒさんだが、そこにジルクが提案してきた。

 クラリス先輩は泣きながらジルクを一心不乱に見つめている。

 

 「つ、続けて連戦は君もきついでしょう? 一息いれたらどうです?」

 

 う〜ん、あんな短いブラッドとの決闘で疲れるのかな?

 あの人、徹夜の鉄火場の後とかでも大臣と打ち合わせとかしてたし。

 

 「あんな短かさで僕が疲労するとでも? 貴方達程度であれば24時間戦えますよ」

 

 エーリッヒさんは牛若丸三郎太で、24時間の神話なのだろうか?

 実は戦前とか幕末の人と言われても納得してしまうかも知れない。しかし、エーリッヒさんはガンダムを知ってる…… いや、大戦経験者でも長生きしてれば知ってるか?

 まぁ、死んだ歳と年代は聞いているけど……

 

 「どうしたんですオフリーさん? 面白い表情になってますよ」

 

 クラリス先輩を挟んだマルティーナさんから覗き込まれた。

 ごめんねオフリースペックの変な顔で! 

 真面目に考え事してたの!

 後、そろそろ名前で呼んで! 

 あ、もしかしたら俺って名前を皆に伝えてないかも。

 

 「い、いえいえ、ちょっと考え事を」

 

 ジルクが眉間に皺を寄せながらも笑顔でエーリッヒさんに応え出した。

 器用だな。

 

 「そ、それでは公平ではないでしょう? や、やはり決闘は公平でなければね」

 

 ジルクの言葉に会場が沸き出す。

 

 「きゃぁぁああ! 格好良いジルク様ぁぁああ!」

 

 「ヘルツォーク相手に何てお優しいの! ス・テ・キ」

 

 「高潔感あるよな」

 

 何それ? 

 ギンガマンっぽいけど……

 ジルクのしたこと考えると高欠陥の間違いじゃなくて? 

 

 「公平ねぇ――」

 

 (高威力ライフルに実戦用小型魔力弾頭ポッド、あれは20基用。ブレードにギミックまで着けておいてよく言う)

 

 「――僕はこのままで構いませんよ。何やら必死なのが笑えますので」

 

 確かにジルクは必死そうだ。休憩時に装備追加でもするのだろうか?

 でもそれだと更に公平から遠ざかりそうだけど。

 

 「ジルク様の好意を笑うとか信じらんない!」

 

 「あれだぜ、負けたときの言い訳にするんじゃないのか?」

 

 「うわぁ、ヘルツォークってやっぱ最低よねぇ」

 

 再度、エーリッヒさんへのブーイングが会場全体を包んでいった。

 

 

 

 

 リオンはその光景を見て、自身の肩周辺に浮いているルクシオンへボソリと呟く。

 

 「何であれでリックにブーイングが起こるんだ?」

 

 『場を使うのが上手いのでしょう。それに彼自身が生徒達への好感度が高いと認識してるからこそですね。頭はそれなりに回るという事です』

 

 「マジか? そもそもこの会場にいる生徒らは、ほとんどがバカだろう」

 

 いまいちルクシオンの言うことを納得しきれない。

 

 『それと、賭けに興じている影響もあります。借金までしている者たちが三分の二以上です。熱狂から集団ヒステリー気味になり、そこにジルクが同調圧力を加えましたね。場を読めているからこそですよ。マスターも見習っては?』

 

 「いや、ジルクを見習うとか人として終わりそうなんだけど。だってアイツ未だにクラリス先輩に何か言うどころか、見ようともしてないぞ」

 

 ジルクは闘技場に入場してからもクラリスのほうを見ようともせず、現在はエーリッヒとのやり取りに終始している。

 

 『新人類の恋愛なんかに興味ありませんね』

 

 「こ、こいつは」

 

 ルクシオンにデコピンをしたリオンだが、自分の指を痛めただけであった。

 

 

 

 

 「ヘルツォークってご存知のように公平にも公正にも、ましてや王国法を遵守している平等な子爵領としても扱って貰ってないんですよね。同じ子爵家のマーモリアとは大違いだ」

 

 エーリッヒさんの言葉に呼応して威圧感が増したマルティーナさんが怖い。クラリス先輩大丈夫かな? 

 隣にいる人怖くないの? 

 

 「……そもそも私と貴方では大いに違いますよ。我々五人とマリエさんとの間で育まれている愛の中を、無粋にも引き裂こうとしている貴方やバルトファルト君とはね」

 

 (少し誘導気味にしたが、ヘルツォーク領には言及せずに論点をずらしたか…… 冷静じゃないか。ならば)

 

 「閣僚の家の御息女との婚約を無粋にも紙切れ一枚で無かった事にしようとしている男が言うじゃないか? そんな男が語る愛は笑えるな」

 

 ダビデに乗るエーリッヒさんは、ジルクに向けて顎をクイッとしてから頭部をこちらに向けてきた。

 えぇっ! 

 それでもジルクは俯き加減でクラリス先輩を見ようともしてないし…… アイツ何なん?

 

 「所詮政略結婚、彼女も私も家の為の婚約です。そもそも政略結婚に愛があるほうがおかしな話ですよ」

 

 (こいつ、クラリス先輩…… いや、アトリーそのものを虚仮にするつもりなら、僕がマーモリアとの戦争も辞さないぞ)

 

 「違うわっ! 私はただ、本当にジルク、貴方を愛していたの! 私がどれだけ、どれだけ…… 貴方の為に…… レース場を手配してエアバイクも、指導者も…… 貴方に喜んで貰いたかったからっ!」

 

 マルティーナさんが気を利かせて拡声魔法でクラリス先輩の声を響かせてはいるが、言葉が切れた後の嗚咽まで拾ってしまっている。

 

 「……くっ、それが重いと言うのですっ! どれだけのプレッシャーを私に与えてくるかわからないのですかっ!! 心理的負荷を与える感情が、愛である筈がないっ!」

 

 うっわぁ、屑過ぎてドン引きだよ。

 クラリス先輩なんか放心しちゃってるし。

 マルティーナさんが――

 

 「全然重くないです。好きならその人が何処にいるかまで四六時中把握し、好みやその日の気分まで調査するのが普通です。トイレの回数すら数えたりしてもいいんです。ただの純愛ですよ」

 

 クラリス先輩の背を撫でながら必死に言い聞かせてるけど、俺はマルティーナさんにもドン引きです。

 クラリス先輩をもっと重い女にしないであげて!

 マルティーナさんの愛をいなしているエーリッヒさんはヤバいな。

 

 「あんな美人で性格も一途な女性を受け止められないとはね。お前の程度が知れるというものだ。そんな男の愛は、確かにそこのラーファンの発育不全児にはお似合いかもな」

 

 (な、ななななっ!? 何が発育不全よ! アタシはこれからバインバインになるんだからねっ! ……ふぅぇぇぁぁっ!? な、何、悪寒が)

 

 マリエがムキーッとしていたかと思えば背筋を震わせている。ウケる。

 俺が笑いを堪えながらマリエを見て、ふとマルティーナさんのほうを見たら、視線が俺とは別方向なのに俺も震えあがった。

 ん? ラーファン…… あぁ、エーリッヒさんの実母ってラーファンだって三人で話した時言ってたな。

 マリエとエーリッヒさんって従兄妹じゃん!

 

 「マリエさんを馬鹿にするのは許しませんよ――」

 

 (いや、お前をバカにしてるんだけど)

 

 「――それに、そもそも貴方も愛を知らないでしょう! 愛を語る資格はないのですよ。母親の不義の子である貴方にはっ!!」

 

 あ、ヤバい。戦争案件じゃね?

 マルティーナさんは目を見開いて固まってしまった。俺は恐る恐るエーリッヒさんを見るが――

 

 「そうか、それで?」

 

 ん、あれ?

 

 「っ!? あ、あぁ、そうですよね。貴方にまともな感情などあるわけありませんでした。貴方の行動で実の母親を死に追いやった貴方にはっ!!」

 

 ジルクが暴露? した内容で会場が三度目、今までで一番大きなエーリッヒさんへのブーイングが巻き起こった。

 

 「何よそれ最低っ!」

 

 「アイツそもそも正妻の子の癖に正妻裏切って死に追いやるとか最っ低!!」

 

 「あれって、廃嫡の件のやつか。あれのせいで、俺は親父に疑われたんだよな。死んでくれよマジで」

 

 あ、終わった…… マルティーナさんが立ち上がって魔法を放とうとし出してる。

 止めないのかって? いやいや、人生終わっちゃうでしょ。生き残るために色々とやってきたのに、止めようとして死んじゃダメでしょ。

 

 「み、緑虫が…… もう殺――」

 

 まだ鎧に搭乗してないジルクをオーバーキル全開の魔法でマルティーナさんが攻撃しようとしたその時――

 

 「だから、それで? そもそも僕は、王都を駆けずり回っていた学園入学前から散々言われてきたからね。今更感しか沸かないな」

 

 「――お、お兄様っ!?」

 

 薄ら笑いでも浮かべているような声色で、全く気にせずジルクの言葉を促している。

 じ、実はジルクの言ってる事って大正解なのだろうか?

 その辺りはエーリッヒさんに聞いてないし、喋ってもいなかったし。

 

 「……はぁ、愛無く産まれて親殺しですか。しかも罪悪感すらないとは…… そんな貴方は愛を受ける事も与える事も無いのでしょう。我々五人とマリエさんとの高尚な愛を邪魔しないで頂きたいですね」

 

 (そもそも僕の愛は基本的にヘルツォーク限定だ。こいつ、もう殺そうかな? 将来を担う若手筆頭、将来の王の腹心がこれだと王国の未来が無さそうだ。夏期休暇でリオンとファンオースの対処を行ってもこいつらがこれじゃあ…… 何か徒労に終わる気がするなぁ)

 

 「はなしなさいっ! ど、といてくださいっ! 何故お兄様が、ヘルツォークのために最前線で戦ってきたお兄様が、こうも悪し様にいわれなければならないのですかっ!」

 

 マルティーナさんは主人公ちゃんを跳ね除けたが、クラリス先輩がマルティーナさんの正面に泣きながら立ちはだかっていた。あんな事言われて、まだ緑屑に想いが残ってるのかな?

 取り敢えず、クラリス先輩頑張って!

 

 「ごめんなさい、ごめんなさい。貴女のお兄さんを巻き込んでごめんなさい…… 酷い男…… 結局あんな言葉を吐き捨てた時でさえ、私の方を見ようともしないのよ…… 何で、何であんな薄情な男を、あそこまで愛したのかしら……」

 

 マルティーナさんに向かって泣き崩れながら縋りついている。

 そんなクラリス先輩に冷静さを取り戻したのか、別の感情か…… マルティーナさんも涙を流してクラリス先輩を抱き止めていた。

 美人が抱き合っているのって何かいいよね!

 もっと百合百合しても宜しくってよ!

 

 「愚か者共には報いを受けて貰わないとね。しかし、今後マーモリアも伯爵に陞爵されるというのに…… 3代後か4代後に必ずポカをする。王宮内を紛糾させる原因を作っている事がわからないんですかね」

 

 ふおぁっ!? 

 そ、その愚か者の中に俺は入れないでください。宜しくお願いします。

 

 「我々が勝ち、王国内に真実の愛を知らしめさせれば、そのような些事どうとでもなる。私が、どうにかさせてみせる」

 

 緑屑の断固した決意に会場が沸いた。

 何だろうこれ、これがゲームの攻略者側が持つ世界からの愛されパワーなのだろうか?

 ステフは訝しんだ…… 外伝の主人公を虐め過ぎじゃない?

 

 「……そうですか。あぁ、しきりに休憩させたかったみたいですが、ジルク殿の懸念を取り払ってあげますよ」

 

 「な、何を言っているんです? 私は貴方の為を思って――」

 

 「僕は()()を使いません。ほら」

 

 エーリッヒさんは緑屑の言葉を遮りながら、おんぼろライフルと錆びついた先の欠けたブレードを闘技場端に置いた。

 うん、相変わらずクレイジーだけど、もう俺はあの人に関して驚かないわ。

 

 「バ、馬鹿にして…… あの世で後悔しても知りませんよ!」

 

 緑屑、何か言い難いな…… ジル屑君。決闘で堂々と殺す宣言は駄目でしょ。

 結果として死んじゃったね、残念だったねは通じるけど。

 

 (赤いのは昔からキックがお上手、という事をジルクは知らないらしいな。それにお披露目したい事もあるからね…… やっぱり殺さず、生き恥を晒して貰おうか)

 

 「さぁ、ジルク殿、全力で構わないよ。棄てられて忘れられたヘルツォークの力! ここに供覧しようではないか」

 

 そして、舌戦で会場の熱気がピークを迎えた今、エーリッヒさんとジルクの決闘が始まった。




オフリー嬢が一番リラックスして決闘を見てる気がする(笑)
ちょいちょいビビってるけど(マルティーナのせい)

しかしオフリー嬢、誰にも名前を呼んで貰えない(;´・ω・)ショボン


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第13話 ジルクがボロボロにされちゃいました。

 ジルクからライフルが幾度も放たれるが、エーリッヒが駆るダビデは、その弾丸を難なく地上スレスレを飛行しながら交わしていく。

 闘技場を目一杯に使って飛行しているが、基本的に闘技場は、鎧で飛行するには狭すぎるという難点がある。上空も予め禁止高度が設定されていた。

 だからこそ、鎧を使った決闘は近距離戦が大多数を占める。それならば生身でやればいいのではないかとと思うが、鎧を使うのは生身よりも派手だからこそ皆が好むのだ。

 そのような常識をエーリッヒはいとも簡単に破り捨てていく。

 

 「くっ、何て非常識な技量ですかっ!?」

 

 煙幕弾をジルクは放つも即座に風魔法で掻き消されていく。

 小型魔力弾頭四発を射出し、ワンコーナーとはいえ魔力運用で操る姿に会場からは驚嘆の声があがる。

 しかし、エーリッヒの魔法で呆気なく誘爆させられてしまった。

 

 「ふ、ははははは。どのような兵装とて、中らなければどうという事は無い」

 

 (ふむ、ジルクはブラッドほどじゃないが、魔力其の物の扱いの筋は中々に良い…… だからこそ、魔力の波形も読みやすいとも言える)

 

 「こ、この限られた範囲の闘技場でこうまで! しかも鎧を操りながら魔法を!? えぇぃっ、化け物ですか!!」

 

 ステファニーは観客席から見てて思った。

 ――エーリッヒさんは絶対楽しんでるよなぁ。そんな情けない兵装というか武器無しで楽しんでる貴方のドライな対応のせいで、妹さんがヤバいんですけど。何とかしてほしいんですけどっ!

 

 マルティーナはスキあらば、ジルクの駆るワンオフ機の鎧へ攻撃魔法を放とうとしている。

 

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Ζ_______ ピキィィィッ

 

 

 「お、お兄様!? 分かりました…… ご披露なさるのも賛成ですが、殺しちゃってください!」

 

 独り言というには難しいほどの声量で、マルティーナは物騒なことを口に出した。

 皆がギョッとする中、ステファニーはある真理に辿り着いた。

 

 (三人で話し合ったときにルクシオンが言っていた新人類…… なるほど、新人類(ニュータイプ)って事か。だから今エーリッヒさんとマルティーナさんは相互理解を深めていると! 大丈夫? ちゃんと深められてる? エーリッヒさん、マルティーナさんは一発抱いてあげといたほうが相互理解深まると思うよ)

 

 ステファニーはある部分は真理ではなく頓珍漢な所に辿り着き、エーリッヒとマルティーナに関しては、真理の一つに辿り着いたのかもしれない。

 

 「ルクシオン、武器無しだと流石にきつくないか? 鎧を駆りながら魔法を使用した場合、乗算ベースで魔力を消費していくぞ」

 

 『エーリッヒの魔力量は現時点で学園内ではトップクラスですよ。ヘルツォーク十二家内では平均的との事ですが。調査しましたがマルティーナが現時点で魔力量は学園内でトップです。潜在的な部分で言えば、オリヴィアですね。その次にマルティーナです』

 

 「何だかんだでリックもチート持ちかよ。マルティーナさんは意味不明だけど…… あぁ、外伝のヒロイン様か」

 

 『はて? 才能と努力をチート(ズル)というのは初耳ですね。マスターも24時間訓練して360度敵機に囲まれてみては?』

 

 ルクシオンの言葉に顔を顰めながら、それでもリオンは己のスタンスを崩さない。

 

 「いいんだよ。俺はモブだからな。これが終わってファンオース何とかしたら、適当に田舎に引き籠もるさ。後は主人公や攻略者様たちで宜しくやってくれればいいよ」

 

 そんなリオンにルクシオンはレンズを左右に振りながら述べる。

 

 『ヤレヤレ、マスターは短絡的ですね。マリエとやらはどうするのです? 傍観し過ぎて場当たり的に対処するのは失敗者の典型ですが』

 

 「三人で話合った時に結論が出たろ。魔笛が無くあのラスボスがなければ、王国に本格的な戦争は仕掛けないだろ。マリエは…… あいつ、この決闘の後どうするんだろうな?」

 

 ストーリーを無視して動くと決めたが、そうなるとマリエ、ひいてはオリヴィアの動向が、この世界的にどうなるのだろうという疑問は解消されなかった。

 

 『マスターの身の安全はレッドグレイブ公爵家への賄賂で確約。エーリッヒ経由でアトリー伯爵家も動くと…… この際マリエを気にせずともいいのでは? だからと言って努力を怠る理由にはなりません。備えたればこそ。マスターのヤル気の無さは学園でトップですね』

 

 最終的には、リオンは己とバルトファルト領に害が及ばなければそれで良い。それはエーリッヒも同様だ。ステファニーは自分とその取り巻きだけという限定的過ぎる範囲だ。

 

 「一番というのは、どんなものでも嬉しいね」

 

 『まったく、ああ言えばこう言う』

 

 「状況に応じて言葉を使い分けるのが大人だろ? 見てみろこの闘技場で観戦してるバカ達を。俺は充分大人だよ」

 

 リオンは観客席を見渡しながら断言した。

 

 『そうですね――』

 

 珍しくリオンの言葉をルクシオンは肯定するが――

 

 『――ダメな大人の見本ですね』

 

 やはりルクシオンは厳しかった。

 

 

 

 

 ジルクは禁止高度ギリギリのラインで浮上しながら、そこから一番距離を置いた地上に立つエーリッヒを見下ろしている。

 

 「さぁ、終わりです! 全魔力を使った魔力弾頭16発、貴方でさえも避けられないでしょう!」

 

 ジルク機から地上にいるエーリッヒが駆るダビデに向かって、左右から四発ずつ、そして正面と上から四発ずつが襲い掛かった。

 

 「至極、色々と読みやすい…… 魔力波把握済み、魔力感応波…… 奪取完了。ダビデェェェエエエ!!」

 

 ダビデから虹色の魔力波が魔力弾頭を包み込む。

 

 「ま、魔力弾頭がっ!?」

 

 虹色の魔力波に各々の弾頭が包まれた瞬間、ジルクからの魔力感応が切断された。

 そして16の小型魔力弾頭がエーリッヒの支配下に置かれて向きを変える。

 

 「魔力感応波奪取だ…… フハハハハハ、怖ろう? 己が魔力を掌握され、自らの武器が襲いかかるのは」

 

 そのままジルクは自身の武器に襲い掛かられるのだった。

 

 

 

 

 ステフです。身震いしか起きませんが、エーリッヒさんは魔王か何かなのだろうか?

 俺は闘技場の観覧席でドン引きしていた。

 そして、ジルクの攻撃をジャック? した姿を見て恍惚としているマルティーナさんにもドン引きです。

 アルトリーベ外伝の主人公とヒロインが、魔王とその伴侶にしか見えませんが何か?

 

 「さぁ、自分の武器で墜とされる情けなさを恐怖するがいい!」

 

 魔力弾頭が逃げるジルク機の腕を、脚を吹き飛ばしながら尚も本体に追い縋っていく。

 あの人、リアル「ユニコ○―――ン!」をやりやがった!

 宇宙(そら)の果てにでも行くつもりだろうか?

 

 「堕っちろ、堕ちろ、堕ちろ!」

 

 「ぐ、バカな…… こんな非常識な!?」

 

 ジルク機がどんどんと追い詰められていくのが、オフリースペックの俺でもわかる。

 エーリッヒさんは、いつの間にか被弾して切り離されたジルク機の脚を持っていてそれを投げつけた。

 

 「おぉ、やはり、折れたフレームはよく刺さるな」

 

 ジルク機の背面部に刺さってその動きが途端に鈍った。

 あれか、名前に濁点があるのと無いのとでは大違いなんだな。

 ジル()ゥゥゥゥウウウウ!

 柄にもなく心の中で叫んでしまった。ステフ、テヘペロ!

 

 「や、殺られるっ!?」

 

 出力が落ちたジルク機を容赦なくジルク機の小型魔力弾頭が襲い掛かった。

 

 

 

 

 リオンはその光景を見て慌てだした。

 

 「ちょ、おい! 死んだだろあれっ!?」

 

 『安心してくださいマスター。一発だけジルク機に当たりましたが、シールドで防御に徹したので何とか無事ですよ。残りの魔力弾頭はエーリッヒが誘爆させました。恐らく演出のつもりなのでしょう』

 

 ルクシオンの死んでいないという分析結果にリオンは胸を撫で下ろした。

 ジルク機はボロボロで、もはや修理すら不可能な状況であった。

 

 「あそこまで酷い目にあってても、ジルクには同情すら沸かないな」

 

 『一応、乙女ゲームとやらですか? 五人攻略者がいるのであれば、一人ぐらい死んでも良さそうですがね。エーリッヒも甘い。ガッカリです』

 

 「アホか! 俺はそんなお前にガッカリだよ!」

 

 『見解の相違ですね』

 

 リオンとルクシオンがコントを繰り広げるなか、ジルクは鎧から救助されて医務室へ運びこまれたのだった。

 

 

 

 

 鎧から降りたエーリッヒが、リオンに近づいてバトンタッチを交わした。

 

 「後は任せたよリオン。僕はクラリス先輩達を連れてジルクを笑いに行ってくるよ」

 

 あれだけの戦いを演じた疲れを微塵も感じさせずにエーリッヒは言う。

 

 「俺は思ったんだ――」

 

 リオンは達観した表情をしている。

 

 「――俺達でファンオースの対処を行った後は、王国に関しては、もうお前だけでやってみせろよ」

 

 「リオンでもなんとでもなる筈だよ」

 

 「ロストアイテム無しで!?」

 

 駆け付けてきたステファニーが会話に割り込んできた。

 その後ろからクラリスにマルティーナ、ナルニア達ステファニーの取り巻きも控えていた。

 

 「大丈夫ですかクラリス先輩? それにティナは何でそんなに怒ってるんだ?」

 

 エーリッヒの言葉にステファニーとリオンは、「こいつ馬鹿か?」という目を向けた。

 

 「あ、あの、ごめんなさい。貴方を巻き込んで」

 

 「クラリス先輩が謝る必要はありませんよ。医務室に行って、無様を晒すジルクに謝らせましょう。引っ叩いてもいいですよ。全身の骨が折れてるでしょうが、まぁ、死にはしないでしょうしね」

 

 ウインクをしながら茶目っ気たっぷりに言うエーリッヒに、クラリスは久しぶりに笑いが溢れた。

 ステファニーとリオンは死体蹴りの提案にドン引きしている。

 

 「ティナ、僕にとってジルクに言われた事は事実に近い。お前が悲しむ必要はないよ…… でも、ありがとう」

 

 そう言ったエーリッヒの腕にマルティーナ抱かれながら、胸に顔を埋めて泣き出してしまった。

 

 「お兄様が魔力で緑虫の武器を操ったので、あの緑虫の自爆扱いです。何で…… 何で殺さなかったんですかっ!」

 

 またもやステファニーとリオンはドン引きしている。

 

 「確かに」

 

 そう呟くクラリスにもステファニーとリオンは以下略。

 

 「クラリス先輩もティナも、あんな情けない負け方をして生き恥を晒すジルクを見たくないのかな?」

 

 そんな事を優しく言うエーリッヒに、ステファニーとリオンは以下略。

 

 「ふ、ふふふふふ、あはははははは…… こんなに大声で笑わせて貰ったのは幼少期以来だわ。エーリッヒ君、貴方は誰よりも酷薄で、でもそれ以上に素敵な人なのね。私のいけない所が震えてしまうわ」

 

 妖艶な笑みを浮かべたクラリスと、その言葉に反応したマルティーナの間で火花が散る。

 その二人を見たステファニーとリオンは以下略。

 

 ステファニーとリオンを何度もドン引きさせた面子は、ジルクが運ばれた医務室へと向かっていった。

 

 「ねぇ、リオン君。私あの面子に同行する勇気は無い」

 

 勇ましく情けないことをステファニー・フォウ・オフリーは言い放つ。

 

 「うん、あれは無理! アンジェリカさんとリビアについてあげて」

 

 「りょ!」

 

 オフリーは、観客席に戻るのだった。




リオン「やってみせろよリック」
リック「何とでもなる筈だ!」
ステフ「王族だと!?」

₍₍ᕦ((▼w▼))ᕤ⁾⁾ ₍₍ʅ((▼w▼))ว⁾⁾

ステフ「逃げたい!」

     ₍₍((▽人▽))⁾⁾
     ₍₍((▼w▼))⁾⁾

ティナ「殺ッちゃってください。そんな緑虫なんか」

    ₍₍ ʅ((▼w▼))ʃ ⁾⁾

ClariS「ジルク・フィア・マーモリア(怒り)」

₍₍ᕦ((▼w▼))ᕤ⁾⁾ ₍₍ʅ((▼w▼))ว⁾⁾

リック「婚活が控えているんだ。色々とな」

₍₍ᕦ((▼w▼))ᕤ⁾⁾ ₍₍ʅ((▼w▼))ว⁾⁾
     ₍₍((▽人▽))⁾⁾
     ₍₍((▼w▼))⁾⁾

ClariS「厄介なものね。緑屑というのは」(好きだったからこそ)

    ₍₍ ʅ((▼w▼))ʃ ⁾⁾

リック「学園は地獄だぞ」

     ₍₍((▼人▼))⁾⁾
     ₍₍((▼w▼))⁾⁾

ルク君「身構えているときには、嫁は来ないものです。エーリッヒ」

      (@ ̄□ ̄@;)!!



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第14話 愛を下さいと叫んでみたくなりました。

原作様WEB版では第一章 愛に相当する場面の途中までになります。
私の別作品ですと第19話 愛!? に相当する場面の途中までになります。ほとんど一緒です。一部省いてあります。
https://syosetu.org/novel/250891/


 リオン君はグレッグとクリスを罵倒しながら気持ちよさそうに圧倒した。

 舞台袖で、グレッグはバラバラになった鎧の前で項垂れており、クリスは特注品の専用ブレードが折られ、心も一緒に折られたかのように茫然自失状態だ。一応俺の婚約者だったブラッドはまだ寝ている。

 ブラッドって呑気なキャラだったかな? アルトリーベ本伝ではユリウスルートしかプレイしていないからキャラ像がナルシストってだけで他はわかんないや。

 そんな中マリエは、必死に2人に声をかけつつもリオン君の鎧、アロガンツを睨み付けている。

 

 「もう殿下と戦っているのか」

 

 エーリッヒさん達が俺やアンジェリカさんとオリヴィアさんがいる観客席に、クラリス先輩とマルティーナさんを連れて駆けつけてきた。

 

 「そっちは済んだんですか?」

 

 「全身の骨折が酷くベッドに括り付けられているジルクへ、クラリス先輩とマルティーナのビンタが炸裂して意識不明だよ。まぁ、治療魔法師が慌てながら治療を開始したから、死ぬことは無いんじゃないかな」

 

 さすがのエーリッヒさんも苦笑いだ。

 

 「し、しかしあれはスコップですか!?」

 

 マルティーナさんは、アロガンツが装備しているスコップに驚きつつも懐疑的な目を向けている。この世界って塹壕戦が無いからスコップの万能性を知らないのだろう。

 

 「ティナ、スコップは全天候型万能近接武器だ。中々いいチョイスだと思うぞ」

 

 おぉ、流石にエーリッヒさんはスコップの有用性をわかっていらっしゃる。

 

 「そうなのですか? いやまさか……」

 

 「殴ってよし、水平に刃を立てるように振るったら脳漿を吹き飛ばし、倒れた相手の腹に突き刺したら必死、最後に埋める。戦いの最初から最後まで通ずる武器はスコップだな。白兵戦最強武器だ」

 

 「訓練もいらない持たせた瞬間に兵士の完成ですからね。ヘルツォーク子爵領でも採用してみたらどうです?」

 

 ついノリで提案してしまった。

 

 「ふふふ、まるで兵士が畑から取れるようじゃないか! めちゃくちゃ安いし。刃毀れなんか意にも介さない。オフリーさんもわかっているじゃないか。リオンも同じなんだろう。あの決闘前の自信にも頷けるものだ」

 

 エーリッヒさんに釣られて俺も悪い顔で笑みが零れてしまう。まぁでも俺の迫力は町のチンピラ以下だろうけど…… 

 泣ける。

 

 「ねぇ、本気で言っているのかしら……」

 

 「ああいう笑いを浮かべているときは、大抵アホになっているんです……」

 

 クラリス先輩は懐疑的な表情でマルティーナさんに耳打ちし、マルティーナさんは呆れた目をこちらに向けてクラリス先輩とひそひそ話をしている。

 俺とエーリッヒさんはいたたまれなくなったので、誤魔化すように闘技場に改めて集中する。

 オリヴィアさんとアンジェリカさんは、リオンと殿下の戦いに集中しており、アンジェリカさんは涙が溢れ落ちないように必死に耐えている姿が痛ましい。

 試合開始直後からリオン君の問いかけに対して、散々とアンジェリカさんの気持ちは愛じゃないだの、マリエだけがユリウス殿下の本当の気持ちに気づいていただのと言っていた。

 アンジェリカさんは、泣き喚いても仕方がない筈なのに必死に耐えている姿は見ているこちらが堪えるし、その気丈な態度は凄いとも思う。

 

 「あれこれと偉そうなことを言っているお前も同じだ! お前の言葉は薄っぺらいんだ! 今のお前は、大きな力を手に入れて傲慢になっただけの男だ! 俺達とマリエの仲を邪魔して楽しいか? それだけの力で他を圧倒し、上から目線で説教する気分はどんな気持ちだ!」 

 

 ユリウス殿下はグレッグとクリスを煽るだけ煽り、余裕で勝ったリオン君に対して我慢がならないといった様子で叫んだ。

 

 「いいね、いいねぇ、最っ高だねぇぇ! もう最高の気分だよ! あれだけ威張り散らしていた威勢の良いお前らを、圧倒的な力でねじ伏せて説教すると愉快に素敵に気分が晴れる! あははははは、言い返せないお前のお仲間もどうかと思うけどさ。まぁ、負けた癖に言い返すしか出来ない姿も惨めさを誘うだけだよな! そして教えてやるよ。俺は確かに傲慢かも知れないが、お前らはそんな俺にも勝てない訳だ。その辺の気持ちはどうだ? 格下に見ていた奴に負ける気分はどうですか、どうですかっ! 王子様よぉ!」

 

 うわぁ…… 

 リオン君も色々と溜まっていたんだな。まぁパーティー会場でのグレッグとか酷かったし。目障りだ雑魚が! みたいに言われていたし。

 よく見ると王太子殿下の機体は損傷が目立つが、リオン君のアロガンツは近接戦闘なのに無傷だ。

 あれだけ殿下に対してマリエの事をからかい、アンジェリカさんの愛は本物だと諭そうとしながら戦っていて無傷とか…… やっぱりリオン君も普通じゃないよなぁ。

 なんかエーリッヒさんとリオン君ってずるくない?

 俺なんか普通どころかヤバいキャラでしかも女なんですけど! 破滅する身の上なんですけど!

 

 「貴様ぁぁああ! 黙れぇぇええ!!」

 

 斬りかかってきた刃を受け止めて鍔迫り合いを行い、アロガンツが覆いかぶさるように頭部を突き合わせる。

 

 「何が王族に生まれたくなかっただ。お前、変態婆に売られそうになったことがあるのかよ? 女子にペコペコ頭を下げて、嫁に来てくださいって頼んだ経験は? 田舎は嫌だとか、愛人も支援しろと言われたことは? 惨めだぞ。結婚して生活の支援を全てするのに、愛は愛人と育むとか言われた気持ちが分かるかぁぁぁ!」

 

 エーリッヒさんがリオン君の発した内容を聞いてさめざめと泣きだしてしまった。

 思わずその姿に俺もマルティーナさんやクラリス先輩もギョッとしてしまった。

 見渡すと周囲の男子も嗚咽を漏らし始めている。

 

 「ちょっと男子(だんすぅぃぃい)、何泣いてんのよ」

 

 女子たちがそんな男子を顰め面で文句を言っている。

 俺はよく知らんけどお前らのせいだよ。

 

 「お、お兄様!?」

 

 「大丈夫、ちょっと心にきただけなんだ」

 

 「あ、あのこれを」

 

 あ、ニアがさっとハンカチを差し出した。

 マルティーナさんが物凄い形相をしている。

 ダメだ、攻め過ぎだニア! 最近ちょっと頑張りすぎているぞお前は!

 

 「カーラ、イェニー、一体どうしたんだニアは?」

 

 「パーティーでも思いましたけど、エーリッヒさんの事を狙っているんじゃないですか? リオンさんもナルニアお嬢様の事を気に入ってる感じでしたし。実家から離れたいお嬢様からしたら、どちらにしても良い兆候では?」

 

 カーラの言う通りだ…… その通りではあるんだけど!

 

 「ぶっちゃけ僕はあの二人ってまんざらでもないと思いますよ。いいなぁ、僕とカーラは普通クラスだからリオンさんもエーリッヒさんも身分違いですし」

 

 カーラと僕っ子のイェニーは楽観的だが、お前たちはあのお茶会でのマルティーナさんの怖さを忘れたのか!?

 今度は永遠にあのお茶会から抜け出せなくなるぞ!

 三人でひそひそ話をしているとユリウス殿下の言い返す声が聞こえてきた

 

 「そ、そんな事がどうしたというのだ! お前らは自由じゃないか! 良い相手を見つければ良いだけだ!」

 

 「自由!? 良い相手を見つけろ? 俺みたいに必死に生きてきた男が自由! 馬鹿にするなよ、このボンボンが! お前、純潔の危機を感じながら! 命がけで!  小さな船で! 空に船出が出来るのかよ! あんな美人な婚約者がいて、他の女と遊んでいるのも許されて…… 何が王族に生まれたくなかった、だ。エンジョイしまくりじゃないか! 出直してこい!」

 

 もうゲームシナリオをどうこう気にすることがなくなったリオン君は、ここぞとばかりに今までの鬱憤をぶつけ出している。

 

 「うぅ、もう前が見えない」

 

 エーリッヒさんの涙は既に決壊している。

 

 「ほら、これも使って涙を拭きなさいな」

 

 「あぁっ!?」

 

 ニアのハンカチで拭いきれない涙をクラリス先輩が手ずから拭いてあげている。

 何と素早い。出遅れたマルティーナさんが今度は泣きだしそうだ。

 この近辺だけ闘技場内で異質な雰囲気が漂っているんですけど……

 

 「遊びではない! 本気だ!」

 

 「なお悪いわ!」

 

 アロガンツはスコップのフルスイングで王太子殿下の剣を吹き飛ばした後、腕を掴んで握り潰している。

 王太子殿下は瞬時に距離を取り、鎧の肩に装備しているリボルバー型のキャノン砲を放つが、アロガンツは舞台上を素早く左右に動いて回避しきった。

 ……と、エーリッヒさんに言われて俺は何となく動きを把握した。

 俺が決闘なんか見てもよくわかんないんだよね。

 エーリッヒさんのジルク戦は分かりやすかったけど。手ぶらでジルクの攻撃を避けまくってジルクの武器をジャックしてドカンだ。

 ちなみにブラッド戦は気付いていたら終わってた。マジ意味不。

 

 「あの大きさで速いな、それにあのパワーは…… あんな鎧、背中のバックパックも大きい。どれだけの装備を積んでいる?」

 

 エーリッヒさんは二人の一瞬の攻防だけで、アロガンツの凄まじさを把握したみたいだ。

 カラカラと撃ち尽くした音が空しく鳴り響くなか、アロガンツは王太子殿下の鎧と対峙するように向かいあっている。

 

 「……もういいだろう? 遊びは終わり。お前の相手はあっち。分かった?」

 

 アンジェリカさんは辛いのだろう。もう目から涙を溢しながらも目を逸らさずに2人の戦いを見ている。

 アンジェリカさんといいクラリス先輩といい、政略結婚の相手、しかも結婚前にここまで想われるなんて、羨ましい話だと思うんだけど。

 ゲームという意識が薄れてくると、あの乙女ゲーの内容は無茶苦茶なのだと今ではわかる。あのキラキラ五人組は、大バカ者どころか下手したら悪役の所業だとすら思ってしまうよ。

 あ、俺はブラッドなんか愛してないけどね。憑依する前のオフリー嬢はブラッドに嫁ぐ事はまんざらでもなかったようだけど。

 オフリー嬢って面食いだったみたいだし、美形のブラッドとの婚約は嬉しかったんじゃないかな。 

 

 「まだ終わっていない。マリエを奪われるくらいなら死んだ方がマシだ! 俺は絶対に負けを認めない。殺すなら殺せ! これは決闘だ! 俺かお前が死ぬまでこの決闘を止めることを禁ずる!」

 

 リオン君の勝利後の願いは、マリエと殿下は別れるだったか…… あれ?

 

 「そういえばエーリッヒさんの願いは何だったんです?」

 

 「あ!? そういえば何も言ってないというか、要求してなかったよ…… 今からでもジルクはマリエと別れてクラリス先輩と寄りを戻せって言ってこようかな? オフリーさんはどうする?」

 

 エーリッヒさんも何だかんだ場の勢いとバーナード大臣の事しか考えていなかったという事か。

 

 「あ、私は全然気にしてないんで。寧ろ婚約破棄のほうが都合がいいですし…… ってエーリッヒさんもリオン君もその辺知ってるじゃないですか」

 

 「……私も、今更どうでもいいわよ」

 

 今まであれだけ泣いていたのにクラリス先輩は吹っ切れたように見える。

 多少は強がりもあるんだろうけど、女の人って怖いよね。

 

 ユリウス殿下は壊れた両腕を振り回して、リオン君のアロガンツに殴りかかる姿は滑稽だ。

 もう決着はついているというのに、王太子殿下の決闘中止を禁ずるという言葉によって、審判も止める事が出来ずに右往左往している。

 いや、止めようよ。決闘中に立場をかざして一方的な命令を突き付けるって禁止事項じゃなかったっけ?

 茶番劇になっちゃったし。

 

 「本気なのですね…… 殿下、本当にあの娘を愛しているのですね」

 

 アンジェリカさんの目が妖しい雰囲気を湛え出している。睨みつけているはマリエか。

 まぁ、でもリオン君の願いで、ユリウス殿下はマリエとこの後別れるんだからいいんでない?

 クラリス先輩はもういいって言っていることだし、ユリウス殿下とアンジェリカさんは元鞘に戻って、マリエとあの四人が付き合うと。

 アンジェリカさんはユリウス殿下との婚約が戻ってバンザイ。偉いさん達もバンザイ。マリエも一人減ったけどキラキラ四人共にバンザイ。

 んで、ファンオースを対処してくれたら俺もバンザイ。リオン君もゲームを気にしないでスローライフでバンザイ。

 ……さて、エーリッヒさんのバンザイとは何だろうか?

 それを考えると身震いしてくるのは何故だろう?

 

 もう決闘から目を背けがちだった所にオリヴィアさんの言葉が会場中に響き渡った。

 



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第15話 決着後がカオスだと思っちゃいました。

 闘技場全体は、王太子殿下を応援する声に加えて、リオン君を罵倒する声で騒がしいというのに皆が一瞬でオリヴィアさんの声に聴き入るように静まり出した。

 

 「確かに王太子殿下はマリエさんを愛しているかも知れません。でも! アンジェリカさんだって王太子殿下を愛しています! だって、ずっと苦しそうにこの戦いを見守っているんですよ! 見ているのも辛いのに、目を背けないで悲しそうに見ているんです! 愛じゃないなんて言わないでください!」

 

 この騒ぎの中を一人の声が? 

 まるで魔法のような不可思議さが胸の内に広がってくる。

 

 「どうして否定するんですか! 相思相愛でなければ愛じゃないんですか?」

 

 「良いから止めろ。オリヴィア、もう止せ!」

 

 「いいえ、言わせて貰います。アンジェリカさんの気持ちは愛です。受け取る、受け取らないは本人の自由です。けど、否定なんてしないでください!」

 

 学生の内から愛を語るのも凄い話だよなぁ。しかも全員が真剣だし貴族だから家も深く関わる。

 でも一般的な上級クラスの学園男子は、体裁のため愛なんかろくに考えず、取り敢えずマシな結婚相手を探そうとしている。一般的な上級クラス女子は専属使用人や愛人で愛を育む。

 しかし、学園女子が酷いから、ちょっとマシな女の子ってだけで男子は恋に落ちる。

 この学園、ある意味愛に満ち溢れているな。

 愛こそ全ての学園生活。これはキャッチコピーに騙されてしまうな。

 愛、凄く嫌な物の代名詞になりそうだ。愛を下さいと叫んだ人には、この学園に満ち溢れた愛をお裾分けしてあげよう。

 中身男だけど、身体は女性の俺の愛や俺への愛って一体どうなるんだろうか?

 ふとマリエを見ると物凄い形相で主人公ちゃんを睨んでいる…… 怖っ!?

 

 (これだから良い子ちゃんは嫌なのよ。頭お花畑(メンパー)なんじゃないの? 一方的な気持ちなんて愛じゃなくて迷惑よ! 本当にイライラするわ。こいつの台詞ってイライラするのよね)

 

 ユリウス殿下とリオン君に気を取られて、皆がマリエの形相に気づいていないみたいだ。

 

 「ヒィッ!」

 

 そろぉっとマリエを覗いたら、何故か俺まで睨まれてしまった。

 

 (えぇ、そうよ。どうせアタシは偽物よ。美形で金も権力も持っている男達を侍らせるのは、本来はアンタだもんね。なのに少し強いだけのモブ達を味方にしただけで目立っちゃって。でもね、アタシには皆がいるわ。そんな強いだけの三枚目みたいなお笑い担当のモブやイケメンの癖に学園中に嫌われている奴なんかより、皆の方が絶対に良いに決まっている! あと、アンタは下っ端悪役令嬢の癖して一体何なのよ? うっ……)

 

 主人公ちゃんの視線がマリエへ向いた瞬間、マリエが一歩後ずさった。

 はぁ、やっとアイツの圧力が減ったよ。

 

 「言いたいことはそれだけかっ! 女ぁ!! 一方的に押しつけるのが愛だと? 俺を王子としか見ていないその女の気持ちが愛? 俺は…… 俺個人を見てくれる女性を見つけた。そして分かったんだ。これが愛だ。これこそが愛だ! アンジェリカ、お前は俺を理解しようとしたか? お前の気持ちは押しつけだ。愛じゃない。もう、二度と俺に関わるな! どちらかが死ぬまでこの決闘は終わらない。俺は覚悟を決めたぞ。お前はどうだ!!」

 

 ユリウス殿下の言葉に号泣するアンジェリカさんを見ていられない。

 クラリス先輩も共感なのかまた泣き出してしまった。そりゃあ自分に置き換えられる状況だ。アンジェリカさんの肩を抱いていて、そこから2人の嗚咽が聞こえる。

 

 (そ、そうよ。アタシは間違っていないわ。間違っているのはあっちよ。何よ、主人公と悪役令嬢と下っ端悪役令嬢までが並んじゃって。ゲームだと思いっきり争っていたじゃない。さっさと喧嘩しなさいよ!)

 

 マリエの表情がユリウス殿下の言葉で持ち直してきた。

 そろそろ俺もあのマリエに腹が立ってきたんだけど…… でも何か怖いんだよなぁ、アイツ。

 

 「覚悟を決めた、ですか? 今まで覚悟もなく戦っていたと? 負けそうになってようやく決める覚悟ってなんですか? 馬鹿にしているんですか? というかさぁ…… 決闘ってそもそもそういうものだから。学園内の暗黙のルールがあるから命は取らないだけで、本気になったらすぐに終わっていたんだよ。気が付かなかったの? これなら3人同時に相手にしても良かったわ。その方が楽に終わったし。自分たちの方が強いって自信満々にしていたから警戒したけど、想像以上の弱さだったよ。勘弁してよ。これだと…… 俺が弱い者いじめをしているみたいじゃないか」

 

 苛つきを抑えようとしていると、リオン君がこれでもかと馬鹿にする罵声を響かせた。

 

 「今まで覚悟が決まってなかったけど、ボロボロになって負けそうだから覚悟が出来た、ですか。自分の命を盾にして勝ちを得ようとする執念は認めますよ。こう言えば俺が引くんだろうな、って淡い期待があるのが見え見えでドン引きですけどね。流石に俺も王太子殿下は殺せないし負けを認めてあげようかな。良かったね。君は王太子殿下だから戦いに勝利するんだよ。王子として生まれたくなかったと言いながら、立場を最大限に利用するその強かさは賞賛に値しますよ」

 

 俺自身はオフリー嬢の身体に憑依してまだ九ヶ月と少し、しかも女だから男性の辛さも実感としては無い。

 そもそもこの世界の事も未だによくわかっていないところがある。

 ただそれでも、あの五人とマリエの非常識さは理解できるんだけど…… 闘技場内の貴族の子息共は理解していないのだろうかねぇ。 

 

 「ほら、負けてくださいって言えよ。僕は大好きなマリエちゃんと離れたくないから、勝たせてくださいってお願いしろよ。負けるなんて思っていなかったんです。許してくださいってお願いしてごらん」

 

 リオン君の言葉にエーリッヒさんが拍手しながら喝采をあげている。

 周囲がリオン君を最低だと感じてる最中、このエーリッヒさんの行動はとても暴挙に映ったのだろう。近くにいた女子が立ち上がって――

 

 「あ、あんたね!!」

 

 「黙れよくそがッ!」

 

 「ひ、ひぃ……」

 

 あぁ、エーリッヒさんの殺気を浴びて失禁しちゃった。ちょっと興奮したのは内緒だ。

 

 「お兄様…… 素晴らしいです」

 

 マルティーナさんはキメ顔でそう言った。

 エーリッヒさんがマルティーナさんにドン引きしている。

 

 「え、と…… 君ってリュネヴィル男爵家の子だよね。大丈夫? カーラかイェニーは代えの下着って持ってる?」

 

 「持ってますよ。ていうか何でお嬢様は持って無いんですか?」

 

 いや、中身男だしあの日じゃないし…… 常に持っておくもんなの?

 

 「あ、あの…… ありがとう」

 

 確かヘロイーゼさんだったかな。男子に人気のある子だ。可哀想にビクビクしながら腰をガクガクさせている。

 

 「エーリッヒさんやリオン君は怖いから、下手なこと言わないほうがいいよ」

 

 そう伝えたらお礼と謝罪を口にして、トイレへ着替えに去っていった。

  

 まだ終わっていなかったのかユリウス殿下の声が響く。

 

 「で、出来るわけがないだろう! これは神聖な決闘だ。互いに全力で戦うのが礼儀だ!」

 

 「え? 気を利かせてお前が負けを認めろ、って? 王太子殿下、それはきついっすわぁ。どう見てもここで負けを認めたら神聖な決闘の侮辱じゃないですかぁ。ここからどうやっても逆転できそうにないし。それとも俺の気持ちを動かすような名演説でもはじめます? まぁ、心が動かされるとは絶対に思いませんけどね。殿下含めて3人が3人とも、聞いていて首をかしげたくなる戯言ばかり。俺の心は一ミリも動かされませんでしたよ。逆にここまで嘘くさい台詞をよく言えると感心しましたけどね」

 

 闘技場内の雰囲気は最悪になっている。離れた所からは、リオンを倒せ! なんて言葉が飛び交っていた。

 俺達の周囲は対照的にエーリッヒさんの睨みが聞いているため異様な静けさだ。

 リオン君は殴りかかってきた殿下を捕まえたまま二人は膠着している。

 お肌のふれあい通信で二人だけで話でもしているのだろうか?

 殿下の白い鎧を解放したリオン君のアロガンツは思いっきりスコップで殴りつけた。

 スコップを手放してバランスを崩した白い鎧に、右手で殿下の鎧の胸部装甲に触れた。掌を当てるとアロガンツの右腕の装甲が展開する。その内部が光を放ちながら次の瞬間、「インパクト」とアロガンツから発せられて、王太子殿下の鎧が粉々となり、王太子殿下はリオン君のアロガンツに受け止められるのだった。

 

 リオン君が罵倒される中、彼はアンジェリカさんに騎士の礼で報告をしている。 

 それでもまだやはり、アンジェリカさんは心あらずと言った感じだ。端から見ると分かるけど、ユリウス殿下の身を案じているのが分かった。

 

 「リオン君、アンジェリカさんに対してもう少しアピールしてもいいと思うよ…… それと――」

 

 「別にいいよ。相手は王家に連なる令嬢だ。後の未来は上層部で好き勝手すりゃいいじゃん。俺達はやることがあるしな」

 

 俺の言葉は遮られてしまった。

 リオン君は三人で話をしたファンオースへの対処の事を言っているのだろうが、でもこの世界で生きているという事は、ゲーム以外の事象が大多数を加味するんだけど……

 リオン君はその辺りを軽視している気がする。

 だって――

 

 「クラリス先輩、ジルクと寄りを戻せるようにお父上の大臣に諮りますよ! 痛いっ!?」

 

 「……あら、ごめんなさい。決闘の凄さと興奮で、つい距離感が曖昧で踏んでしまったわ…… ティナさんの言う通り、平常時はアホなのかしら?」

 

 「何です? 後半は痛みで聞き取れませんでしたよ。アトリー関連の重要事項ですか?」

 

 「そうね! うふふふふふ」

 

 そして、この世界にどっぷり浸かっている人物だからこそ、爵位を気にしすぎて女性の気持ちをスルーしている人もいるけどね。 

 あぁ、エーリッヒさんって戦争や暗闘じゃなく、痴情の縺れで死ぬ残念な人っぽい。しかも泣いているマルティーナさんを左手で抱き、右手をナルニアの肩に添えながらクラリス先輩に応対しているのがヤバさマックスだって事分かってるのかな?

 クラリス先輩のエーリッヒさんを見る眼付きって、急転直下過ぎる深さを帯びているよ。

 女性の切り替えの早さは怖いと思います。

 

 「リオンさん! お疲れさまでした。でも、リオンさんは優しくて格好いいんだから、あの決闘での言い方は無いと思います! 私、リオンさんがワザとああ言って皆に嫌われるのは嫌です!」

 

 アルトリーベ本伝の主人公ちゃんはリオン君にぞっこんみたいだね…… 

 この世界ってカオス過ぎじゃない!?

 モブが本伝主人公を沼に嵌めて、外伝主人公が鬼無双してヒロイン二人とナルニアというモブを沼に嵌めてるんですけど!

 俺、もうどうすればいいか分かんないからね!



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第16話 仕事に逃げる男性はズルいと思いました。

日向@様、誤字報告ありがとうございました。


 決闘騒動が終わり、学園生達の阿鼻叫喚地獄の中を笑顔でエーリッヒさんが闊歩した後、じゃぁファンオースに行こうか! などと当初の予定通りに事を進められるわけもなかった。

 リオン君は、傷心のアンジェリカさんのケアをレッドグレイブ公爵に頼まれて、自身の実家と発見した浮島にオリヴィアさんと共に連れていくという、逆ドリカム状態というか初期ELT逆バージョンの爆発案件が生じたのがつい先日。

 そしてステファニーの俺は、実家からの呼び出しをヘルツォークが保護、その後ろ盾はアトリーという絶対の安心感でブッチしてマルティーナさんとクラリス先輩に引っ付いて行動していた。

 しかしそれは、後悔ではないが、実家に赴くよりも激しい恐怖を味わう事となった……

 

 「お兄様の凌遅刑は甘いです。もっと細かい間隔で削ぎ落とさないと」

 

 「あら、やっぱりリック君は優しいのよ。強さと優しさを併せ持つ。いい事だと思うわ。ティナさんたら、リック君の度量の深さを理解出来ないなんて…… 可哀想ね。所詮、妹といった所かしら。うふふふふ」

 

 「なぁっ!? お兄様の事はわたくしが一番存じてます! クラリス先輩こそ、ついこの前まで緑虫(ジルク)の件でメソメソしてたくせに、ちょっと尻軽なんじゃないですかね?」

 

 二人がバチバチと魔力派がぶつかり犇めき合う中、エーリッヒさんはゲンナリしながら、対象の身体を削ぎ落としていく。

 一応悲鳴が聞こえるんだけど、もはや只の環境音楽にしか認識出来ない俺の感覚は狂ってると思う。

 だって、生きたまま肉処理されているホラーな人物を目の当たりにしても、マルティーナさんとクラリス先輩のほうが遥かに怖いの。

 俺、付いてく人選見誤ったかな……

 

 「二人ともいい加減に。ティナ、クラリス先輩は感情にしっかりと折り合いを付ける事の出来た立派な女性だよ。それより、何で僕の裏仕事の場所に辿り着くんだい? オフリーさんもティナを止めて欲しかったね」

 

 ふぉぉぉおおおあああ!?

 優しい眼差しをクラリス先輩浴びせたかと思えば、すかさずエーリッヒさんの目が、金髪の野獣殿のように煌めいていらっしゃる!(ステフちゃんの被害妄想)

 

 「い、いやぁ、私の立場で――」

 

 弁解しようとしたら、愛すべきお兄様の修羅場に興奮して、淑女らしからぬ表情と香気を醸し出したマルティーナさんに遮られた。

 か、替えの下着いる?

 

 「()()、そう()()三人で散策していたら、お兄様の魔力跡があったのでお邪魔したら…… お兄様が簡単なお仕事で遊んでたんです」

 

 簡単じゃねぇよ! 歴史にばっちりくっきり残るレベルの拷問だよっ!

 貴女のブラコン魔力探知ストーカーに巻き込まないで頂きたいっ! しかもそこっ! クラリス先輩は羨ましがらないように!! 「くっ、人員配置無しで動向を追える…… 羨ましい」とか呟かないでっ!!

 何でナチュラルにクラリス先輩もストーキングが常態化してんの? 俺がおかしいの?

 しかもそんなマルティーナさんの言葉をやれやれ系で、エーリッヒさんは応対してるしっ!?

 

 「はぁ…… 一応、ヘルツォークとアトリーの為になる隠したい仕事だから隠蔽に障壁、物理遮断魔法を重ね掛けしてたのに。何でそれを破って入ってくるかな?」

 

 あの、ストーカー被害の方がそんな余裕かますとかわけわかんない…… 斬り刻まれている宮廷貴族? が修羅場の渦中なのに焦点当たんないとか意味不っす!

 

 「ふふ〜ん! 巧緻という意味では魔力の扱いで、お兄様に敵う者はヘルツォークにはいません。ですが、純粋な出力、パワーでわたくしとメグに破壊出来ない魔法はありません!」

 

 ふんす、とドヤ顔で宣うマルティーナさんを綺麗だと思った俺は末期だと思う。

 

 「ティナ、普通はそんな複雑な魔力痕跡を発見したら、破壊して押し入らないんだよ。君子危うきに近寄らずという真理を教えないといけないね」

 

 優しく教理を促すエーリッヒさんは、ギコギコと可哀想な方の脚を削ってる。俺のSAN値も削れていく。

 

 「愚問ですよお兄様。そこにお兄様が()()とわたくしには分かっているのです。そしてお兄様は、絶対にわたくしの事を守ってくださいますから。距離はおろか時間ですら克服なさるでしょう?」

 

 距離と時間を無視して俺のSAN値が削られそうです。

 

 「これは…… 一本取られたな。その通りだ。でも、アトリーのご令嬢を巻き込むのは関心しないな」

 

 俺も! 私も! 

 SAN値がマイナス突入しそうなステフを巻き込まないように言いつけて頂きたい!!

 

 「ん? どうしたのオフリーさん? あぁ、君は前にも見ているしね。退屈させて済まない」

 

 アホかァァァあああっ!?

 こんなん何回見ても慣れるかボケェ!!

 

 「え、いやいや、慣れませんよぉ。もう、それを言うならクラリ―― ふぁっ!?」

 

 オブラートにサイコパスは貴方と妹さんだけですよぉ、と言おうとクラリス先輩を見たら、あら不思議。

 この薄暗い室内やむせ返る血の匂い、その全てを吸収するであろう瞳で、エーリッヒさんを見据えていた。

 

 「ねぇ、リック君?」

 

 そのいきなりの問いかけに皆が首を傾げる。

 俺は魂が傾きそうになった。生か死か、どっち側かは追求したくない感じ。

 そしてクラリス先輩は、ビッグバン級の危うい瞳で言葉を続ける。

 俺の胃のライフはとっくにゼロですが何か?

 

 「私って、アトリーという家名にしか価値はないの?」

 

 ふぅ、核爆弾を落すのは、歴史の中だけで終わらせて欲しかったと思う俺、ステフの今日この頃でした。

 何で女の子って、言ってはいけない系の言葉を簡単に男に言うのだろう?

 おい、その先は地獄だぞ。

 

 ここは違う場面を挟んで息をつきたいステフです。

 普通だったらリオンさんの描写が入る筈ですが、どうせアンジェ✕リビアを堪能して、リオンさんがホッコリして終わる。

 結論見えてますからね。仕方ないね。

 でも第三者視点だと、女子二人だとアンジェリカさんが強いけど、リオン君が絡むと可愛くなるアンジェ、主導権を握るのはリオンさんじゃなくリビアちゃん。

 敢えて話さなかったけど、リオンさんって社会人なのに童貞だったのかな? ヤバい! 親近感湧いて好き!!

 エーリッヒさんみたいなタイプって、「経験人数のカウントダウンが一周するとゼロになるから!」みたいな昔の車の走行距離カウンターかよ! と突っ込み要素しかない事を平気でペラ回しちゃうチャラい系だろうから死ねばいいのに。

 しかもそのカウンター10人じゃなくて100人だからね! 電影少女からのしかもDNA2の転生ですか? と煽りたくなる。

 現実逃避した刹那の時間に事態は進展していった。

 素人童貞なのに処女じゃない俺はどうしようかな? 

 ノンケだから公園のベンチ…… ブルッと震えた。

 いやいや、寧ろノンケだから、カーラとか好みだから無理だから!!

 

 「……そうだね。僕はヘルツォークを第一に考える。そこから言うと君の価値は、アトリーという部分が大きい。嫌ならば、自分の()としての幸せを全うすればいい――」

 

 ん、あれ?

 まさかのエーリッヒさんは、クラリス先輩を無情にも突き放した。

 何か、適当に甘い言葉を吐いて、一途なメンヘラ一丁上がりだと思いました。エーリッヒさんマジ最悪、只のジゴロやんって思いました。御免なさい。

 おおぅ、マルティーナさんが満面の笑みで勝った! みたいな感じだし。

 マルティーナさんチョロっ!?

 クラリス先輩も急に暗黒面が解除されて…… 

 ヤバいその表情は!? 可哀想だし心にくる物がある! 

 ジルクに脳破壊されたのに、エーリッヒさんに今まさに心を破壊されたクラリス先輩って、大人っぽいとはいえ、思春期の女の子の内面がズタズタにされて、この後どうなっちゃうかわかんないっす……

 

 「――でも、僕という人間はヘルツォークから切り放せない。なのにクラリス、君と接していると夢想してしまう。僕、いや…… 俺が一個人ならクラリス、お前という一個人の女を欲して止まないと。ジルクだろうがアトリーだろうが関係ない。俺はお前を求めるよ。これは恥ずかしいけど、そう、俺…… そして僕の本心だ」

 

 儚げにきらりと微笑むエーリッヒさんだが……

 ん?

 え〜と、この世界だと家云々や関連は切り離せない。それはわかる。

 でも…… え!?

 この世界で一個人の女を求める!?

 い、いやいや、それって…… この世界で最上級の何某じゃねぇかっ!!

 一応、前世では男、今世では女だからこそ俺は気付いたけど、言い回しっ! 

 ヤバいから…… まぁ、この世界は貴族同士はその観念が頭にあるから大丈夫かな。

 

 「……っ!? リック君、それって♡」

 

 「ちょっ! お、お兄様!? ぐぬぬ」

 

 はいぃぃぃいいい!

 ここで無駄に発揮される高い教育と才気による正しい理解!

 転生って割とチートだと思うのに、只の知性と才能という能力で俺が足元にも及ばないとか、ズルいと思うのは気の所為?

 

 この後ろ暗いエーリッヒさんの暗闘によって、宮廷貴族からレッドグレイブ公爵派閥にフランプトン侯爵派閥、更にはアトリー伯爵派閥にすら、有効的に振る舞い情報を吸い上げ時勢で活用する、巨大なコウモリさんである準閣僚級の粛清が終了した。

 バーナード大臣は、この準閣僚級からの情報と決闘で得たおバカ学生達の債権で上機嫌だった。

 

 更にその数日後、落ち着いたアンジェリカさん達をそのままバルトファルト男爵領に滞在させる目処を付けたリオンさんから、ルクシオン経由でファンオースの工作に向かえるとエーリッヒさんに連絡が入った。

 

 エーリッヒさんとリオンさんがファンオースに赴いた後、俺、ステフにまたもや苦難が到来した。

 クラリス先輩を交えたマルティーナさんにマルガリータさんというヘルツォーク姉妹。対するは弱々な俺とカーラにイェニー、対エーリッヒさん的に言うと、ジョーカー的な立ち位置にいるナルニアという7人での女子会が開催されるのであった。



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第17話 温泉、その言葉に浮かれてしまいました。

酸山様、桜 佳奈様、誤字報告ありがとうございます。
謝辞が遅れましたこと、真に申し訳ございません。


 「BとCの通路はクリアだ。リオンは?」

 

 ファンオース城にルクシオン先生の機能で忍び込んだ俺、エーリッヒとリオンは、ルクシオン先生のマップと俺の魔力感応波で先行してファンオース城詰めの兵士を無力化(暗殺)していた。

 

 『マスターがAルートの安全圏を確保しました。巡回している新たな見廻りが到達するまでの時間は30分です』

 

 比較的警備が薄い箇所をリオンが非殺傷弾で無力化していっている。

 

 「了解だ。合流しよう…… 大丈夫だよ。リオンに気づかれないように止めは刺しておく」

 

 『……貴方は理解が早くて助かります。しかし…… 本当にマスターと同一年代を生きていたというのを疑問に思いますが?』

 

 屍を放置してリオンのもとに合流しようとする俺にルクシオン先生が問いかけてきた。

 

 「倫理に引き摺られ過ぎるのがリオンの世代だよ。法整備が整った法治国家というのは、倫理程度は法の圧倒的に下位に存在するものだからね。大人になって実感したよ。僕の世代で荒れていた地域に暮らしていたのであれば、争い時には第一に自分は死なないよう徹する。次に敵対する相手には、殺さない程度で以て徹底的に痛めつけるのが普通かな。善で弱い者は守れ、強く邪悪な者、大切な人間を脅かされるのであれば、例え殺しても親族各位は敬意の念を払うと…… そんなふうに教え聞かされたよ。リオンの世代は知らないだろうけど、祖父母が明治や大正生まれだとそこそこ過激な事を孫や曾孫に言ってくる……」

 

 喧嘩のルールは、何を使おうが自分が死なない事、その次に相手を殺さない事だ。

 まぁ、その程度だろう。

 ポケベルとピッチの時代であれば、一都三県、まぁ、神がいるのか分からない全国で一番暴走しているという統計がある川の県で、喧嘩で死んだ奴も精々が、「今朝未明に発見された溺死体は、遊んでいて溺れたようです」と適当にアナウンサーがやる気のない表情で報道される時代だったからな。

 夏でなければテレビ報道すらされない。地方版の新聞に小さく記載される程度だ。

 

 『エーリッヒ、マスターは平成生まれの普通の範疇です。少年期に何かしていたようですが、貴方から見れば甘々でしょう。貴方と同様の心情で、この世界に来たというわけではないでしょう。同様のものを求めるのは酷というものです』

 

 前世であればそんな後輩は、昔は酷かったと言って可愛がるだけでいいが、この世界、ホルファートでは有り得ない。

 

 「僕だって前世では、流石に殺しは嫌だし経験は無かったけど、ヘルツォークでそんな感傷は早々に捨てたからね。でもまぁ、リオンの心因的部分を考慮して、手は汚させないように僕が担うのは吝かではないよ。でも、理解はしておいて欲しいかな」

 

 『……マスターの心を痛めないのであれば了承しましょう』

 

 ルクシオン先生、所謂彼のプログラムから発せられた機械合成音だというのに、釈然としない様子が窺える。

 

 「そもそも何を躊躇しているのかな? オフリーさんとリオン、それに僕が話していた時に先生は言っていたよね。新人類を滅殺したいって」

 

 『貴方とマスターとのこの世界に対する温度差が気になったのです。勿論今すぐにでも滅ぼしたいですよ。そもそも新人類共は非道にも―― 民間人の船を攻撃し―― こちらの問い掛けを無視して!? ――』

 

 ルクシオン先生は、プログラムのアンチコードを入力したような反応が返ってきた。

 90年代に子供から思春期、大人の扉を叩いた人物というのは、存外に人の生き死にと理不尽に慣れているという事だ。リオンのような平成生まれとは、性根と覚悟が根本からして違うという物だよ。

 

 「僕は君の味方で()()()()()。だから、僕が感じた魔力感応…… 二つあるが、どう判断する?」

 

 『保留にしましょう…… 事前にオフリーに聞いた概要から判断します。内蔵魔力が低いほうがヘルトルーデ、大きいほうがヘルトラウダと断定します』

 

 「ならば魔力感知が高い僕個人でヘルトルーデ側のロストアイテムを確保する。リオンとルクシオン先生でオフリーさんから聞いたヘルトラウダと魔笛の確保を頼む。ヘルツォークには過去の第三者的な書類も残っているから、引き合いに出せばいい」

 

 『細かい処理は任せます。マスターも来ます。では、所定通りのオペレーション遂行。公国姫二名の奪取を開始します』

 

 ルクシオンの号令の下に冒険者が人情深くロストアイテムを駆使して作戦を成功させるが、偽物で贋作を自称する男は、身柄を確保した姫に対して恐怖と圧倒的力、そしてほんの少量の優しさと希望で、姫の意思で付き従えさせたのであった。

 

 『しかし、旗頭の両姫は残した方が良いのでは? 寧ろどちらか片方でも』

 

 ルクシオン先生の疑問が正解だが、それだとヘルツォーク、違うな…… 俺が困るのだ。

 

 「曖昧は未来に禍根を残す。どうせファンオースの奴らは大公家の遠縁を担ぎ上げるだろうさ。ルクシオン先生、新人類が減る状況に今後なるが…… 嫌なのかな?」

 

 『ほう…… マスターの心労が許容値内であれば歓迎しますよ』

 

 気にする時点で問題ない。リオンの性格からすると今後のファンオースの行動が何にせよ心を多少痛める。ならば、最大限に俺とヘルツォークの理に適う状況に持って行くだけだ。

 

 リオンとエーリッヒが暗躍する中、バンデルとファンデルサール侯爵が駆け付けた時には、ヘルトルーデとヘルトラウダと共に二つの魔笛は忽然とファンオース公国から消え去っていたのだった。

 

 

 

 

 債券証書の裏書をバーナード大臣に譲渡し、利息部分を先払いでエーリッヒさんから受け取った俺、ステファニー・フォウ・オフリーは、リオン君が所有する浮島の温泉で、何故か身を凍えさせていた。

 

 「おい、クラリスにマルティーナ、それにマルガリータもいい加減にしたらどうだ。オフリーもドレスデンの娘も温泉にいるというのに顔が真っ青だぞ」

 

 アンジェリカさんが名を挙げた面々の余りの迫力に苦言を呈してくれた。

 クソッ、温泉だぁわ~い! などと夢心地で、女体を合法的に拝めるじゃんラッキー! などと浮かれていた数分前の自分を殴りつけてやりたい。

 しかもマイ息子(サン)がないので、興奮と高揚が頭と胸の奥だけで下に行かない虚しさに、悔しくて泣けてきて怒りで震えて涙が止まらなかった。

 今は恐怖で震えて泣けてきて涙が止まらない。

 

 「ふ~んこれが…… リック兄様のお気に入り。それで後ろの人も、そこそこリック兄様好み…… ふ~ん」

 

 ジト目で俺と背後のナルニアを見るマルティーナさんの妹のマルガリータさんが怖いというかめっちゃ近い!?

 近眼なのかな?

 

 「あぁ、安心してくださいオフリーさんにナルニアさん。メグは眼が良いですから」

 

 「両方とも3.0以上ある」

 

 フンスとドヤ顔をするマルガリータさん。何のフォローにもなってねぇじゃねぇか!

 因縁付けてるだけじゃねぇか!!

 ヤバい、この温泉が俺の血で真っ赤に染まりそうな気がする!?

 

 「ま、まぁまぁ、でも私は羨ましいですよ。マルティーナさんやマルガリータさんが。ほら、だって結婚の障壁がないわけじゃないですか! リオンさんはお貴族様で…… 私には雲の上の存在ですから」

 

 なだめに入ってくれたオリヴィアさんだが、最後の方の自分の言葉で気落ちしてしまった。

 その万感の嘆きが籠った声色には、この湯にいる全員が意識を持って行かれてしまった。

 

 そう、この世界の貴族制は、前世のような国を跨ぐようなルーズな婚姻外交が横行しておらず、男爵家や子爵家程度の男や女が、女王の王配や王妃などには決してなれない。ホルファートの歴史上存在していない。

 前世の欧州のような時代によって爵位の格が変化するような流動性、はっきり言うが適当過ぎる立憲君主制上の爵位ではない。公候伯子男、候と同等の辺境伯が明確に権威に権力、そして責任が区別されて数百年と存在する国だ。

 平民がいくら頭脳明晰であろうが、バカボンの準貴族、騎士爵や準男爵を超える事は出来ない。その権利が無い。暴力という名の冒険で功績を立ててやっとといった所。頭脳明晰よりも現実を超えた脳筋馬鹿の方が騎士爵、そして平民が夢想する存在、準男爵に手が届くかもしれないと希望という名の絶望に縋っている。

 リオン君は現実が創作を超えたと言えるあり得ない存在だ。ほぼ平民に近い人物が成人年齢での男爵への陞爵だ。物語で子供を喜ばすあやふやな存在だろう。物語と同等の人物に描かれてしまうリオン君は、誰のどの身分に対しても理解に及ぼない存在となってしまっているだろう。

 そういう意味では、エーリッヒさんは認識可能なサイコパスの向こう側、正しい意味での英雄という認識で間違いない。100人殺せば英雄を桁違いにその身一つで体現している。

 ヘルツォークが好きすぎて言葉の端々にそれを感じ取れるから、一般的な貴族女性に敬遠されているだけだろう。高い位置で王国を俯瞰できるクラリス先輩やエーリッヒさんに直接的に接してきたマルティーナさんやマルガリータさんは、まぁ他の男なんか目にもくれないだろうとは思う。

 そしてナルニアは――

 

 「で、でも私は! 実績を知って直接話をして…… あの方の仕事を見た身では、他の男に懸想など出来ませんよ……」

 

 ちょ、おい!?

 その想いは地獄の扉を開いてしまうぞ!!

 俺は恐る恐るマルティーナさん達を視界に捉えると――

 

 「ふふふ、王国貴族の殿方とお兄様を比べたら、一目瞭然ですからね」

 

 え? 何故か得意げに胸を張るマルティーナさん。

 大きさがあるのにハリがヤバいぐらいあってありがとうございます。正にE女。 

 

 「へぇ、リック兄様の良さを分かっている。賢く明晰な感性? 女としての第一感を持っている」

 

 身を乗り出してナルニアを上から覗き込むマルガリータさん。

 両腕に挟まれて零れそうな程に歪んで食い込み、たゆたんでいるごっ立派様が、すごくすごい眼福でございます。

 迫力のGにレコンギスタ(再征服)致しましてございますことよ。

 

 「ていうかこの二人、怖いけどチョロくない?」

 

 ぼそりと呟いた俺の言葉は、湯の音が掻き消してくれた。

 そしてまさかの追撃が、ナルニアの口から発せられる。

 

 「アンジェリカさんもクラリス先輩もお可哀想だと思います。バルトファルト卿もエーリッヒさんも卒業後に男爵という身でありますから」

 

 青褪めた顔をしながらそれでも一矢報いる事が出来るナルニアは、純粋に何故オフリー家の俺と友達をやれているのか疑問に思う。

 いや、ある意味真実なんだけど、実際平民出のオフリーにその攻撃的言葉は言えないっス。

 やっぱりナルニアは、生粋の六位上の男爵家の令嬢という何かを持っているんだなと思ってしまう前世も今世も平民根性のワテクシ。

 

 「「ぐ、ぐぬぬぬ」」

 

 アンジェリカさんとクラリス先輩がヤバい。

 え? ナルニアってやっぱりけっこう凄いのかな?

 まぁ、貴族女子交流関係はナルニア任せな俺はなんも言えないけど……

 このやり取りを考えるに実際の所、下級貴族関連の債券なんかクラリス先輩やアンジェリカさんは、ぶっちゃけ大して気にもしていないらしい。

 だってオフリーよりも上位だったり遥かに歴史ある女性達が気にしてるのって男の事だし。

 仕方…… なくはないだろうが…… 女の子怖い。

 

 そして更に混迷を極めるのが、黒髪で細身の腰と脚が美しい女性とその妹で、低身長ながらも艶やかな黒髪と圧倒的ボリュームを持つ女性を持ち帰ったリオン君とエーリッヒさんがファンオースから戻ってからだった。

 自身と被らない二人の女性にアンジェリカさんとオリヴィアさんの反応が…… 

 微妙に腰と脚が被るマルティーナさんに二人を足して二で割るバランスが、いやおっぱいは立派なクラリス先輩が……

 ま、まぁ理由は分からないことにしておきたいワテクシですが、何か物凄い大変なことになった。

 何故、物語の民衆の憧れの勇者様的なリオン君と敵対する奴ぶっ殺英雄的なエーリッヒさんが、この国を取り巻く状況で政治と外交に戦争をさて置いて、女性陣に苦しむ状況に陥る摩訶不思議。

 

 「あぁ、これって乙女ゲーの世界だっけ」

 

 「ん? 何です、お嬢様?」

 

 「ナルニア、せめてこの泉質ぐらいは堪能しよう」

 

 俺、ステファニー・フォウ・オフリーは現実逃避した。



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