遊戯王 神秘眼の姫君 (ヴィルティ)
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産まれ落ちし神秘

「ああ……どうか無事に産まれてきておくれ」

 

とある部屋の外。

一人の男が外をうろつきまわっていた。

普段ならその青い瞳は美しいと言われるような物だろうが、今落ち着きなく歩き回っているこの男の眼は焦りに満ち溢れており、とても美しいと断言できるものではなくなっている。

 

「落ち着いてください、アレン国王陛下。初めての御子のご誕生の瞬間がもう間もなくとはいえ、そのような落ち着きのない姿を国民が見られたらどう思われますかな?」

 

アレンと呼ばれた男を老人が窘め、一瞬足を止める。

 

「むぅ……」

 

 

広大な大陸『デーリング大陸』。

この大陸には様々な国が跋扈していた。

ここはそんな大陸に存在している、小さな一国『アルトマ王国』。

その王国では今、女王が御子を出産しようとしていたのだ。

そして国王であるアレンは女王が御子を産むのを今か今かと待ちわびていたのだ。

 

「ヘレナも、どうして私が立ち会うというのを拒んだのだ」

「それは……女性の出産の際、女性はとてつもない激痛に見舞われ、子を産むと言われております。故に激痛に苦しんでる様子を夫であるアレン国王陛下にお見せしたくないのでしょう」

 

老人が説明すると、突如大きな赤子の鳴き声が聞こえてきた。

アレンはもちろんのこと、老人の顔もぱっと明るくなる。

 

「アレン国王陛下、おめでとうございます。無事にヘレナ女王が女の子をお産みになりましたよ」

 

とある部屋から老婆が顔を見せる。

その顔は満面の笑みに溢れていた。

どうやらヘレナの身にも何も問題はないことがその顔から伺えた。

 

「顔を、顔を見せてもらうわけにはいかないのか?」

「もちろんよろしいですとも。さあ、お入りになってください」

 

アレンが部屋に入ると、ベッドに横たわっているヘレナが赤子を抱いているのを見た。

その顔は疲弊しきっていたが、愛すべき子を産んだ幸せからか、先ほどの老婆以上に笑顔に溢れていた。

 

「よく頑張ったぞ」

「ええ、あなた」

 

アレンが感極まった表情でヘレナの手を取り、赤子を見る。

赤子は先ほどの大泣きほどではないがまだ少し泣いていた。

 

「おお、よしよし」

 

アレンが赤子の額を撫でると、赤子が泣きつつも眼を開く。

 

「これは……」

 

アレンの顔が幸せいっぱいの顔から驚きの顔になった。

赤子の瞳はアレンの瞳の色である青色と、ヘレナの瞳の色である赤色の二色だったのだ。

いわゆる『オッドアイ』と呼ばれる瞳である。

 

「この子はもしや……」

「ええ……」

 

 

アルトマ王国にはとある伝承が伝わっていた。

二色の眼を持つ者が現れたとき、世界は運命の分岐点に立たされると。

その片方の瞳は希望の未来を映し、もう片方の瞳は絶望の未来を映すのだという。

その者がとる選択こそが、世界を大きく様変わりさせるのだという。

 

「まさか私たちの子が、伝承通りの子になるのか?」

 

アレンがそう呟くが、ヘレナは首を横に振る。

 

「もう、あなたったら。それはあくまで言い伝えであって、事実ではないのでしょう。今ここにいるのは私とあなたの子供。心から愛しましょう?」

「そ、そうだったな」

 

アレンが改めて赤子を見ると、赤子はいつの間にやら泣き止んでおりアレンに笑顔を見せた。

この時、アレンもヘレナもこの愛おしき子を心から愛すると決めたのであった。

 

 

オディアナと名付けられたこの赤子は当初、伝承の子だと周りの者に悟らせないように魔法をかけ、瞳の色を黒に変色させたのだ。

このことでこのオディアナ姫がアレン国王とヘレナ女王の子ではないのではないかと囁く者もいたが、それらの意見はアレン国王とヘレナ女王がオディアナに対して愛情を注ぐ姿を見せていたのを知ると同時になくなっていった。

 

 

それから15年後。

 

 

「はあっ!」

 

石畳が広がる広い空間。

空は曇り一つない青空が広がっており、そこではとある一人の女性が巨大な槍を手にし、とある兵士と戦っていた。

 

「うわああっ!」

 

兵士の手にしていた剣が槍によって弾き飛ばされ、瞬間女性が手にしていた槍が兵士の首元に向けられる。

 

「ひっ」

 

兵士は恐怖が顔面いっぱいに広がり、足腰を震わせた。

それを見た女性がふぅと一息つき、槍を兵士の首元から地面に向けなおした。

 

「死による恐怖を感じる、か。無論生きる人間においては当然の感情だ。王族や民たちを守る兵士として勇猛であってほしいが、かといって死すら恐れない感情なき兵士とならないでほしい。君はその点優秀だな」

「あ、ありがとうございます」

 

兵士はほっと安心した顔で立ち上がり、ぺこりと一礼し女性の元から去っていく。

女性は兵士たちとは違い赤色のマントを羽織り、その下には薄手の鎧と赤色の半パンツを着用し、マントによる動き辛さを少しでも軽減させるかのような格好をしていた。

 

「相変わらず凄いよな、シーア様」

「ああ、女性であり19の年齢でありながら王族の護衛を務める『アルトマ親衛隊』の隊長と、兵たちの教育をなさる立場になっているんだよな」

「しかも、噂によると『デュエルモンスターズ』と呼ばれるカードを使い、魔物を呼び出したり魔法を使ったりして戦うことも出来るとか」

「しかもそれらのカードは確かアレン国王陛下から直々に受け賜わったものだとか」

 

兵士たちがそんな話をしているのを当然シーアは聞いており、地面に突き刺した槍を一瞬で消滅させ、代わりに剣をどこからか出現させそれを別の兵士に向ける。

 

「そこ、訓練中に私語は慎みたまえ。さぁ、次の訓練の相手は君だな」

「はい」

 

兵の一人が慌てて背を伸ばし、腰にしていた剣を手にする。

だが、その兵がシーアの背後から忍び寄っている手に気づき、眼を丸くする。

 

「む? 一体どうした」

 

その様子に気づいたシーアが兵士に質問すると同時に。

 

「えいっ、隙あり」

「ひゃんっ!?」

 

その忍び寄っていた手がシーアの胸を何度も揉み、シーアが顔を赤くし可愛らしい声を上げた。

それを見ていた兵をシーアが睨みつけ、兵士は慌てて顔を逸らした。

 

「もー、訓練に一生懸命なのはいいけど私の事にも気づいてほしかったな」

「オディアナ姫。いきなり私の胸を揉むのはお止めくださいと、しかも兵たちが見ている中で」

「いいじゃないの。堅苦しい雰囲気で訓練をするんじゃ、兵たちが緊張して実力を発揮できないじゃない。だからまずはシーア、あなたを解さないと」

 

だったらもうちょっと別のやり方をしてほしいと思いつつ、後ろを振り返り満面の笑みを浮かべているオディアナ姫を見る。

燃えるような赤い色の髪の毛が肩までかかっており、その身はドレスなどではなく、動きやすさを重視した黒の長袖長ズボンという、姫とはとても思えない格好をしていた。

 

「こ、これは姫様」

「今日もご機嫌麗しゅう」

 

兵たちが突如現れたオディアナ姫に向かって一気に頭を下げる。

 

「もう、皆そんな一気に固くならないで。ほら、リラックスして。そうしなきゃシーアだって全力を出せないじゃない」

 

さすがにいきなり身分が一回り以上違う者がいらっしゃって固くならない方が無理があるとシーアは思う。

オディアナ姫はまるでどこの街にでもいるような娘のように天真爛漫で、身分の違いを鼻にかけたりはしない。

そのうえで自国の民たちが暮らしている街に出向き、民たちの生活を目にする。

その都度新たな政策を父であるアレン国王に提案している。

それらの政策は苦しい生活をする民たちの税金を下げたり、戦うことがない兵士たちを街の農作業などの力仕事に向かわせたりするなどといった、民たちの為になる政策だった。

 

「い、いえ、私めは貧しい民でありながらオディアナ姫に兵士に迎えてもらった身、態度を崩すなどとても恐れ多くて」

 

兵の一人がオディアナに向かって告げると、オディアナがその兵の元に近寄り、にっこりと笑顔を向ける。

 

「私に対して恩を感じてるのだったら、なおさらフレンドリーに接してほしいな」

 

その笑顔を向けられたことで兵は顔を赤くし、他の兵たちはその兵に対して羨望の眼差しを向ける。

兵たちの一部は貧しい暮らしをしている民たちをオディアナが引き抜いたというのもある。

故に兵たちも民と同じようにオディアナを慕っており、その身を守る『アルトマ親衛隊』に就けることはこの国の兵の一番の幸せだとも噂されるほどだった。

 

「さぁ、皆とびっきりの笑顔になったことだし、シーアも兵士の皆も頑張って」

 

そしてオディアナがぱぁと笑顔でその場に座り込む。

どうやら、訓練を見届けるつもりらしい。

 

「……さぁ、姫の前で手を抜くといったみっともないところは見せられないな?」

 

シーアも厳格な態度を崩し、戦いを楽しむ者の顔になる。

 

「そうですね」

 

 

こうしてオディアナが見守る中、兵たちの訓練時間が終わったのであった。

 

「お疲れ様、シーア」

 

シーアが汗をタオルで拭いていると、オディアナがシーアからタオルを引ったくり、そのままシーアの顔を拭く。

 

「オディアナ姫、そのようなことは」

「もー、いいじゃない。あなたは私が昔から親しくしてるんだし、兵士の皆も私とシーアの仲は知ってるわ。だからあなたと私の尊厳が下がることはないわ」

 

シーアが兵たちを見ると、兵士たちはうんうんと姫の言葉に同調していた。

 

「むしろオディアナ姫とシーアの可憐なやり取りをしている中、俺たちのような者が間に挟まるなどおこがましいことです」

 

などと宣う兵士もおり、シーアが思わず溜息をつきかけたがオディアナ姫の前でそんな態度を見せるわけにはいかないので我慢した。

 

「さ、行きましょうシーア。なかなかいいお茶菓子を輸入したのよ。私の部屋で一緒にいただきましょう」

「ありがとうございます」

「他の兵士たちの分は城の食堂に確保してあるわ。皆も落ち着いたら召し上がってください」

 

兵士たちの顔が綻ぶのを確認し、シーアも笑顔になる。

 

「じゃ、行きましょうシーア」

「オディアナ姫、手を引っ張らなくても大丈夫ですよ」

 

オディアナが笑顔でシーアの手を引っ張っていき、城内へと戻っていく。

 

「いいよなぁ、オディアナ姫」

「ああ。シーア様もオディアナ姫の幼馴染で全面の信頼を置かれている」

「アレン国王陛下もヘレナ女王様もオディアナ姫に負けず劣らずの良き人だ。間違いなく『アルトマ王国』は素晴らしい国だ」

「ああ、俺たちこの国に住めて幸せだな」

 

兵士たちがそんな会話を交わし、この『アルトマ王国』の未来は輝かしい物であることを信じて疑っていなかった。

 

 

その未来が、その日のうちに崩壊してしまうことになるなど、兵たちは夢にも思っていなかったのである。

 

 

「んー、おいしー」

 

オディアナはいちごジャムが乗ったクッキーを口の中に放り込んでいく。

美味しそうに食べているのはいいことなのだが、姫としてもうちょっとお上品に食べるように進言するべきなのだろうか。

シーアは迷いつつもクッキーを口の中へと運んでいく。

 

「失礼します、オディアナ姫。おや、シーア様もここにいたのですね。ちょうど良かった」

 

ドアが数回ノックされた後、老婆がドアを開く。

この老婆はオディアナ姫が産まれたころから世話をしており、オディアナが信頼を置く人物の一人でもあった。

 

「どうかしたの?」

「アレン国王陛下とヘレナ女王様がお呼びです。シーア様もご一緒するようにとのこと」

「分かりました。では、行きましょうシーア」

「はい」

 

 

老婆によって案内され、オディアナとシーアが王室に入る。

玉座にアレンとヘレナが座っており、2人の姿を確認するとゆっくりと顔を上げた。

 

(お父様もお母様も今日は何か違うわね。いつもだったら私が部屋に入ると幸せそうな顔をするのに)

(オディアナ姫、声を謹んで)

 

オディアナがシーアにこっそりと話しかけるのをシーアが窘める。

その会話が聞こえていたのか、アレンが咳払いをする。

オディアナとシーアが背を改めたのを確認し、アレンが話を始める。

 

「オディアナ、シーア。ここに呼び寄せたのは他でもない」

「何か問題があったのですか?」

 

シーアが尋ねると、アレンがヘレナに顔を向ける。

 

「いや……ヘレナ」

「はい」

 

ヘレナが手にしていたのは、カードの束。

 

「これって、確か」

「ああ、シーアに託したのとはまた別の種類のモンスターの力が封じられている『デッキ』だ。オディアナ、これは『アルトマ王国』に伝わるデッキの1つだ。これをお前に託す」

「お父様、私がですか!?」

 

オディアナ姫がここまで驚くのを見るのは初めてだとシーアは思う。

もっとも、自分もオディアナ姫によって兵に推薦され、ここに呼ばれて同じようにアレン国王からデッキを受け取った時はほぼ同じ反応をしたと思い出した。

 

「うむ。お前ならきっとこのデッキに宿る『声』を聞き、力を引き出すことが出来る」

「さぁ、手にして頂戴」

 

ヘレナが笑顔でオディアナに向かってデッキを差し出す。

 

「はい、お母様」

 

そして、シーアはここに呼び出された意味を理解した。

もし、オディアナがデッキに選ばれず暴走したとき、デッキを持ち戦う力を持つ自分が止めろ、ということだ。

 

オディアナはそんなシーアの心境を知らず、ヘレナからデッキを受け取る。

 

「……わぁ」

 

数秒沈黙した後、オディアナはぱっと笑顔になる。

 

「ふむ……どうやら、無事にこのデッキはオディアナを主と決めたようだな」

「良かったわ」

 

アレンとヘレナが緊張を解き、笑顔でオディアナを見る。

オディアナはそんな2人を見て笑顔を見せつつも、デッキの方に意識を向けているようだった。

 

(どうやら……問題なさそうだね)

 

「……にしても、オディアナよ。その格好はどうにかならぬか」

 

だが、アレンはオディアナの格好を見るなりはぁと溜息をついた。

 

「えー、お父様の勧めるドレスとか、すっごく動きづらいんだもの。シーアだって動きやすい格好をしているのに」

「いやいやいや、オディアナ、お前は姫であり可愛い女の子なのだぞ。だからこそ」

「やー」

 

オディアナがシーアの後ろに隠れ、じっと様子をうかがう。

アレン国王はいつもオディアナにドレスを着せようとする。

それを嫌がるオディアナとそのオディアナをかばうシーア、そしてそれを笑顔で見守るヘレナ、というのがこの王族のいつもの光景となりつつあった。

 

 

(…………)

 

そして、その会話を聞いていた何者かの存在にも気づくことはなかったのだった。

 

 

「全くもう、お父様には困ったものだわ」

「いえいえ、オディアナ姫に綺麗な格好をしてほしいというのが親心なのですよ」

「でも、シーアは動きやすそうで格好いい服をしてるじゃない。私だってシーアのような格好をしたいわ」

 

オディアナはこの件に関してだけは結構不満を持っている。

だが、シーアとしてはアレンの親心、そして姫として格好を整える大切さが分かっているだけにどちらの味方にもつけず、少し困っていた。

 

「まあ、無事にデッキも受け取れてよかったですね」

「うん! そうだ、確かシーアもデッキっていうのを受け取っていたのよね。確か、デッキを持つ者同士はデッキを使い、戦うことが出来るんだって。ねぇ、戦わない?」

「いけません、オディアナ姫」

 

シーアが真剣な顔で否定したのを見て、思わずオディアナがびくっとなる。

そのオディアナのリアクションを見たシーアがしまったという顔をして頭を下げる。

 

「……怯えさせてしまい、申し訳ありません。ですが、私がアレン国王から受け賜わったデッキは王族を守るための力であり、決して私利私欲のために使うものでは、ましてやオディアナ姫にその矛を向けるわけにはいかないのです」

「そっか……ごめんね。でも、シーアがそこまで私やこの国のことを思ってくれてるって知れて、嬉しい気持ちもあるんだ。さぁ、部屋に戻ってあのお茶菓子をもっと食べましょう」

「はい、オディアナ姫」

 

オディアナとシーアは他愛もない話をしながら部屋へと戻っていった。

 

 

その日の夜。

 

アルトマ王城の城門の前に、何者かが立っていた。

門番たちは血を流し倒れており、すでに息絶えていた。

 

「……美しいオディアナ姫。だが、あの愚か者たちがあの力を渡してしまい、しかも無事にそれを受け継いでしまうとは……なら、もう猶予はならぬ。王族たちには死の制裁を」

 

あの時王族との会話を盗み聞いていた何者かの手には、1枚のカードがあった。

その顔はフードによって覆われており、見えるものではなかった。

 

「行け『グリーディー・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン』よ。滅びを」

 

何者かのカードから巨大な毒竜が現れ、その全身から紫色の弦を伸ばしていく。

その弦はまたたくまに巨大な王城を包み込んでいく。

 

「……ふふふ、ははは、はーっはっはっは!」

 

何者かは紫色の弦で包まれた城を見届け、高笑いをする。

 

「さて、これで……いや、念のため使いを残すとしようか」

 

何者かが指をパチンと鳴らすと、紫色の仮面を被った白き人形が現れる。

 

「さて、お前の役目はこの城から出てくる者がいれば滅ぼすことだ。分かったな」

「分かりました……」

 

人形が呟いたのを聞き、何者かは闇に飲み込まれ姿を消していった。

 

 

(……なんだよ、あれ。あの城にいきなり変な力が……しかも、確か滅びとか言ってた……まずい、街のみんなに知らせなきゃ)

 

ボロボロのマントを来た少年が、何者かが起こした惨劇の一部始終を見届け、そのまま城下町へと戻るべく走っていった。

 

 

 

「…………ん?」

 

ふと眼を覚ましたオディアナは一瞬で目を見開くことになった。

見慣れた部屋が、紫色の植物の弦で覆われていたのだから。

 

「こ、これは一体何!?」

 

扉を開けようとしたが、その扉すらも弦に覆われ開くことは敵わなかった。

 

「ど、どうすればいいの」

 

オディアナが困惑していると、部屋の外から足音が聞こえてきた。

そして数秒もしないうちに扉が勢いよく開かれた。

 

「オディアナ姫、ご無事ですか!?」

「シーア!」

 

いつも見慣れて、心から信頼している黒髪の女性。

シーアの姿を見届けオディアナの心に一瞬だけ安堵が広がっていく。

 

「一体何があったの!?」

「私も分からないんです。私も見張りの交代まで眠っていたのですが、目を覚ましたら植物に覆われていて」

「兵士やお父様、お母様は!?」

「申し訳ありません、真っ先にオディアナ姫の元へと走っていったので。一緒に確認に参りましょう」

「うん」

 

シーアがオディアナの手を取り、部屋から出ていく。

 

 

部屋の廊下も植物の弦に覆われ、美しい城の名残など何一つなかった。

 

「…………」

 

ふとオディアナの手が震えているのが伝わり、ぎゅっと優しく握り返す。

 

「大丈夫です」

 

まず真っ先に向かったのは王と王妃が眠る寝室だった。

そこも植物の弦で覆われていたが、シーアが手に黒き槍を出現させ、弦を切り開く。

 

「アレン国王、ヘレナ女王、ご無礼を!?」

 

部屋に入ったとき、そこは異様な光景があった。

アレンもヘレナも、植物の弦に巻きつかれた状態でベッドに横たわっていた。

その顔色は紫色となっており、一目見て人間の肌色ではないことがよくわかった。

 

「お父様、お母様!」

 

オディアナが慌てて駆け寄り弦を引きちぎろうとしたが、とてもじゃないが引きちぎることは出来なかった。

 

「……失礼」

 

シーアがアレンの胸元に耳を寄せる。

すると、ほんの少しだが心臓が揺れる音が聞こえた。

 

「オディアナ姫、どうやら眠りに着いているみたいです。ひとまず死んではいないかと」

 

それを聞きオディアナが涙をぬぐう。

とても無事とはいえる状態ではないが、死んでいるという最悪の状態ではない。

 

「そう……良かったぁ」

 

オディアナがへなへなと崩れ落ち、シーアが頭を下げる。

 

「申し訳ございません、オディアナ姫。王族を守る護衛隊長でありながら、お二方をお守りできませんでした」

「いいの、シーア。まだ死んでないし、私は無事。それに何より、部屋に閉じ込められて何もできなかった私を助けてくれた。それで今は十分よ」

 

オディアナがシーアの頭を撫で、すっくと立ち上がる。

 

「落ち込んじゃいられないわ。お父様とお母様が死んでないなし、もしかしたら無事な兵士たちがいるかもしれない。今すぐ行くよ」

「はい」

「お父様、お母様。今は失礼しますが、必ずこの異変を解決し、無事に目覚めさせてあげますの、その時までどうかご無事で」

 

オディアナが眠りについている2人に頭を下げ、シーアと共に場を後にした。

 

 

シーアが何度も同じように弦を切り裂き、兵たちや城で住み込みで働く者たちを助けようとした。

だが、皆同じように弦に巻きつかれ眠りに着いており、死人こそいなかったがオディアナとシーアのように無事な者も一人もいなかった。

 

 

「……オディアナ姫、これからどうしましょうか」

「決まり切ってるわ。もしこの異常がこの城だけじゃなくて、城下町、いや、王国領内全てに起こった異変なのかを確かめに行く。そして、お父様やお母様、城の皆を助ける手段を探しに行くわ」

「かしこまりました。では、このシーア、護衛隊長としてオディアナ姫にお供いたします」

 

シーアが頭を下げると、オディアナがほんの少しだけ笑う。

 

「良かった。シーアと一緒なら怖いモノなんて何もないわ」

「そう言ってくれると嬉しいな。じゃ、まずは城を脱出して、近くの城下町へ行きましょう」

「ええ」

 

 

城門の扉を強引に切り開き、オディアナとシーアが城門の外に出た。

 

「おやおや……どうやら、生き残りがいたようですね。始末するよう命令されております」

 

紫色の仮面をかぶった白き人形がオディアナとシーアの姿を確認し、近寄る。

 

「命令……だと? お前にそれを命令したのは何者だ!」

 

シーアが槍を向けると、白き人形がくくくと笑う。

 

「これから死ぬお前たちに言うことはない。行け」

 

白き人形の後ろに意思で作られた戦闘兵……ゴーレムが現れ、シーアに向かって拳を振り下ろす。

 

「姫に手出しはさせない」

「ほう……だが、残念。お前はそのゴーレムの相手に追われて、どうにもできまい。その隙に私がその女をデュエルで始末するのみ」

「デュエル……だと? まさか貴様、デッキを持っているのか」

 

シーアが慌てて白き人形に剣を向けようとしたが、ゴーレムが立ちはだかる。

 

「シーア、この国の姫として初めてあなたに命じます。その化け物を倒しなさい。あなたが戦ってる間に私がこの者をデュエルで倒します」

「ほう、やる気か。良かろう、相手になってやろう」

「オディアナ姫、まだデュエルをしたことがないのに」

「大丈夫。デッキの中の子たちが色々と教えてくれた。だから大丈夫」

 

オディアナ姫の腕に円盤のような機械が現れ、そこにデッキがセットされる。

人形の腕にもいつの間にか同じような物がセットされており、デュエルが開始された。

 

 

「「デュエル」」

 

「まずは俺のターン。俺は魔法カード『おろかな埋葬』を発動。デッキから『シャドール・リザード』を墓地へ送る。そして墓地へ送られた『シャドール・リザード』の効果発動。このカードがカードの効果によって墓地へ送られた場合、デッキから『シャドール』と名の付くカード1枚を墓地へ送る。俺が送るのは『シャドール・ファルコン』だ」

 

人形のデッキから飛び出した糸で操られたヘビのような魔物が黒い鳥の人形を体に巻き付け墓地へと飛んでいく。

 

「その『シャドール・ファルコン』もカードの効果によって墓地へ送られた。となると効果があるのですね」

「ご明察。このカードが効果で墓地に送られれば墓地から裏守備で特殊召喚できるのさ」

 

墓地から鳥の人形が糸に釣り上げられ、人形のモンスターゾーンに裏守備で置かれる。

 

「そして俺様はカードを2枚セットしてターンエンドだ」

 

人形 LP8000

 

モンスター:シャドール・ファルコン(セット)

魔法・罠:セットカード2枚

手札:2枚

 

「さて、次は私のターンですわね。ドロー」

 

オディアナが可憐な仕草でカードを引く。

 

「私はペンデュラムゾーンにスケール8の『オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン』とスケール4の『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』をセッティング」

 

緑色の竜と赤色の巨竜がそれぞれ光の柱にセットされ、その下に8と4の数字が描かれる。

 

「オッドアイズ……もしやオディアナ姫は」

 

シーアがゴーレムと戦ってる中、オディアナの目を見る。

その瞳は黒ではなく、赤と青色の『オッドアイ』だったのだ。

 

「あの目……もしや王国に伝わる――!」

 

 

「これで私はLV5から7までのモンスターを手札からペンデュラム召喚できます」

 

オディアナは目を見開く。

 

(うん、行こうオディアナ)

(僕たちがサポートするよ)

(さぁ)

 

デッキの中の『オッドアイズ』モンスターたちがオディアナに語りかける。

 

「行きます。ペンデュラム召喚! 二色の眼を持つ者たちの、始まりの竜――『オッドアイズ・ドラゴン』!」

 

二色の眼を持つ、赤い竜。

その赤い竜がオディアナの場に降臨し、敵である白き人形を睨みつける。

 

(我が目に捕らえしあの者……オディアナよ)

「うん、一緒に戦おう、皆」

 

 

二色の神秘の眼を持つ、綺麗な姫君。

その姫の最初の戦いが、ここに幕を開けたのだった――

 

 



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希望への旅立ち

「バトルフェイズ。『オッドアイズ・ドラゴン』で裏守備モンスターに攻撃!」

(おう!)

 

オディアナの命に従い、オッドアイズ・ドラゴンが口から炎を吐く。

その炎は容赦なく糸に絡みとられた影の鳥人形を焼き払う。

 

「ふん。守備モンスターに攻撃したところで戦闘ダメージは入らない」

「だけど、効果ダメージはどう? 『オッドアイズ・ドラゴン』は戦闘で相手モンスターを破壊した場合、その元々の攻撃力分の半分のダメージを与えるの」

 

オッドアイズ・ドラゴンがさらに炎の球を人形に向かって吐きかける。

人形は回避することが出来ず、炎の球が足に直撃する。

 

「ふん」

 

人形 LP8000→7700

 

「これで場はがら空きになった……え?」

 

だが、オディアナの目に映ったのは空っぽになったはずのフィールドに『シャドール・リザード』が息を潜め、裏守備になっていた光景だった。

 

「残念だが『シャドール・ファルコン』はリバース効果と呼ばれる、裏側から表側になったときに発動する効果もある。その効果で墓地に存在していた『シャドール』と名の付くモンスターを裏守備で蘇生したのだ」

「そう簡単に場はがら空きにしないってわけね。メイン2、カードを1枚伏せてターンエンド。エンドフェイズ時に『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』のペンデュラム効果を発動します。このカードを破壊してデッキから攻撃力1500以下のペンデュラムモンスター1体を手札に加えます」

 

オディアナの手に『オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン』が加わり、次の一手を用意し終えた。

 

オディアナ LP8000

 

モンスター:オッドアイズ・ドラゴン

魔法・罠:セットカード1枚 オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン

手札:3枚

 

「次は俺様のターンだな、ドロー」

 

人形がカードを引き、仮面の奥底でにやりと笑う。

オディアナは仮面の奥底の表情を読み取れるほどまだ大人ではない。

故に、これから起こることがまだ予測できなかった。

 

「まずはそいつを破壊させてもらおうか。『シャドール・リザード』を表側攻撃表示に変更。そしてリバース効果で相手の表側表示モンスター1体を破壊する!」

 

息を潜めていた『シャドール・リザード』がオッドアイズ・ドラゴンの首めがけて飛んでいく。

そして一瞬のうちに首を締め落とし、オッドアイズ・ドラゴンががくんと頭を垂れる。

 

(無念)

「ううん、よくやってくれたわ」

 

オディアナに声を掛けられオッドアイズが満足げにしながら消えていった。

 

「そして私は魔法カード『影依融合』を発動。手札の『シャドール・ビースト』と『シャドール・ヘッジホッグ』の2体で融合」

「む、リバース効果とやらで戦うわけじゃないのね」

 

オディアナが警戒心を強めるが、その間に人形の手札に存在していた虎と針鼠の人形が無理やり合成されていく。

 

「シャドールは属性の力を糸に絡め、強大な力を操ることが出来るようになる。融合召喚。出でよ『エルシャドール・ミドラーシュ』」

 

人形の場に現れたのは、巨大な竜の人形に乗った巫女の人形。

竜にも巫女の胴体にも糸が絡みついており、闇の力を糸から受け取っていた。

 

「む……」

「ふふ、どうした? 融合召喚を目の当たりにして驚いているのか?」

「いえ……虎の人形と針鼠の人形が合体して、どうして巫女を乗せた竜の人形になるのか、イマイチ理解が追いつかなくて」

「オディアナ姫、今はそんなことどうでもいいですから集中してください!」

 

ゴーレムと戦っていたシーアが考え事にふけるオディアナに忠告する。

シーアの忠告を聞き、改めてデュエルに集中しなおす。

 

「融合はカードの効果によって行われる行為。そして『シャドール・ビースト』が効果で墓地へ送られたことで1枚ドローし、『シャドール・ヘッジホッグ』が効果で墓地へ送られたことでデッキから『シャドール』と名の付く効果モンスター『シャドール・ドラゴン』を手札に加える」

 

融合素材とした2枚分の手札が一瞬で補充されなおす。

 

「そして『シャドール・ドラゴン』を召喚」

 

ミドラーシュの竜とはまた違う、獅子を模した竜の人形が糸に絡みとられカタカタと動く。

 

「バトル。『エルシャドール・ミドラーシュ』でダイレクトアタック」

 

竜が巫女の指示に従い綺麗な動きでオディアナに近づく。

そしてその尻尾でオディアナを吹っ飛ばす。

 

「ッ!」

 

オディアナ LP8000→5800

 

「オディアナ姫!」

 

シーアが心配のあまりオディアナの名を叫ぶ。

だが、シーアの予想に反してオディアナは気丈にも立っていた。

 

(大丈夫、オディアナ?)

「ええ、ありがとう皆」

 

どうやらオディアナのデッキの霊魂たちがオディアナをモンスターの攻撃による衝撃から身を守ってくれたらしい。

それを見たシーアがほっと一息つくと、改めてゴーレムに向き合う。

 

「王族の護衛隊長として、いつまでもお前の相手をしているわけにはいかないんだ!」

 

そして黒き槍を強く握り締めなおし、ゴーレムの頭に向かって思いっきりジャンプした。

 

「はああっ!」

 

ゴーレムがゆっくりと頭を上げた瞬間には、もう勝負はついていた。

黒き槍がゴーレムの頭部を完全に貫き、その機能を完全に破壊していた。

ゴーレムは頭部からバラバラに崩れ去っていき、やがてタダの土の塊となった。

 

「よし」

 

シーアが一息つき槍を消し去り、改めてオディアナに向かい合う。

 

「オディアナ姫、こちらの決着はつきました。思う存分戦ってください」

「うん、分かった!」

 

オディアナがぱっと笑顔になるが、そのオディアナの元に『シャドール・ドラゴン』が迫っていた。

 

「ゴーレムはやられましたが、あなたを始末した後その生意気な女も倒してあげますよ」

 

シャドール・ドラゴンの頭から突っ込んでくる体当たりを受けてもオディアナは少しひるんだ程度で済んだ。

王家から代々伝わってきた『オッドアイズ』のデッキの力は凄いのだと改めてシーアが認識する。

 

オディアナ LP5800→3900

 

「リザード!」

 

リザードも体当たりをするが、やはりオディアナはひるまない。

 

オディアナ LP3900→2100

 

 

「ふん、いくらデッキの霊に守られたところでLPが削られてしまっては意味がない。メイン2、俺様はこれでターンエンド」

「エンドフェイズに罠カード『戦線復帰』を発動します。墓地から『オッドアイズ・ドラゴン』を守備表示で蘇生します」

 

再び『オッドアイズ・ドラゴン』がオディアナの場に舞い戻り、オディアナに向かって頷く。

 

人形 LP7700

 

モンスター:エルシャドール・ミドラーシュ シャドール・ドラゴン シャドール・リザード

魔法・罠:セットカード2枚

手札:1枚

 

 

「そして私のターン、ドロー。私はペンデュラムスケール1の『オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン』をペンデュラムゾーンにセッティング」

「これで今度は7から1までのモンスターがペンデュラム召喚可能になったというわけか」

 

人形が忌々しそうに呟くが、オディアナはそれとは対照的にふふーんと笑う。

 

「ええ。そして今度のペンデュラム召喚は一味違います! ペンデュラムモンスターは場から墓地へ送られる場合、代わりにEXデッキへと送られます。そしてペンデュラム召喚はそのEXデッキで待つ魂を改めて呼び戻す神秘の召喚法です!」

「なっ、ということは」

「ええ。ペンデュラム召喚! EXデッキより戻ってきてください『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』!」

 

オディアナのEXモンスターゾーンに『オッドアイズ・ドラゴン』よりも派手な装飾を身に着けた竜が君臨する。

 

(ペンデュラムの力を身に着けた俺、行くぞ)

(ああ、無論だ)

 

「『オッドアイズ・ドラゴン』を攻撃表示に変更しバトルです。『オッドアイズ・ドラゴン』で『エルシャドール・ミドラーシュ』に攻撃します!」

 

オッドアイズ・ドラゴンの口から吐かれた炎がミドラーシュの体を完全に焼き払う。

 

人形 LP7700→7400

 

「そして、忘れたわけではないですよね」

 

オッドアイズ・ドラゴンの効果でミドラーシュの攻撃力の半分、1100のダメージが人形に入る。

その眼は怒りに燃え、人形自身も焼きつくす炎を吐く。

炎をまともに浴び人形が苦しみもだえる。

 

「ぐああああっ」

 

人形 LP7400→6300

 

「次に『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』で『シャドール・ドラゴン』に攻撃します!」

 

闇の螺旋光線が竜の口から吐かれ、シャドール・ドラゴンが光線に貫かれあっという間に木っ端みじんに破壊された。

 

「そして『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』はモンスター同士の戦闘によって発生する戦闘ダメージを倍にします」

 

攻撃力の差は600。

そしてその2倍である1200ダメージが人形に入る。

 

「おのれっ!」

 

人形 LP6300→5100

 

「よし。メイン2、カードを1枚伏せてターンエンドです」

 

オディアナ LP2100

 

モンスター:オッドアイズ・ドラゴン

EXモンスター:オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン

魔法・罠:セットカード1枚 オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン

手札:2枚

 

「くくく……よくもやってくれたな。だが、今の攻撃があなたをピンチに陥れたんだぜ! 俺のターン、ドロー! 俺は『影依融合』を発動!」

「それは先ほど発動した融合魔法! 2枚目を引いていたのですか!?」

 

オディアナの驚いた顔を見て、その顔が見たかったと言わんばかりにくくくと笑い声を漏らす。

 

「いーや、さっきの攻撃がピンチに陥れたと言っただろう。『エルシャドール・ミドラーシュ』の効果を発動していたのさ。こいつは墓地へ送られた場合、墓地の『シャドール』と名の付く魔法・罠カードを手札に戻すことが出来るのさ」

「ですが、先ほど見た限り、融合をするにはモンスターが必要なはず。ですが、あなたの場には『シャドール・リザード』しか存在してないですし、手札も2枚。その2枚の中にモンスターカードがあるというわけですね」

「いいや『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』はEXデッキから呼び戻されたモンスター。『影依融合』は相手の場にEXデッキから特殊召喚されたモンスターが存在していれば、デッキからも融合素材に出来るのさ」

 

その言葉通り、人形のデッキから1枚のカードが飛び出していく。

 

「俺様はデッキの『シャドール・ドラゴン』と『マスマティシャン』を墓地へ送り、融合召喚!」

 

先ほどシーアが破壊したゴーレムの土が人形の場に現れた糸に向かって飛んでいく。

糸が土を取り込み茶色に染まっていき、その糸が突如現れた巨大な機械を縛り付け、その機械の上に女神を象った人形が座り込む。

 

「出でよ『エルシャドール・シェキナーガ』」

 

その女神人形がふふんと笑い、オッドアイズたちを見下ろす。

 

「攻撃力2600……! オッドアイズたちを上回ってる」

「そして墓地へ送られた『シャドール・ドラゴン』の効果でそのセットされた魔法・罠カードを破壊させてもらうぜ」

 

墓地から飛び出した竜の人形の牙が伏せられていたカードの突き刺さる。

 

「破壊される前に永続罠カード『ペンデュラム・スイッチ』を発動します! ペンデュラムゾーンの『オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン』を守備表示で特殊召喚します!」

 

光の柱から顎が鋭利な緑色の竜が飛び出していき、オッドアイズたちの間に割り込む。

 

「ふん、だが関係ない。『エルシャドール・シェキナーガ』で『オッドアイズ・ドラゴン』に攻撃!」

 

シェキナーガが座る機械からビームが放たれ、オッドアイズ・ドラゴンが光線を回避することが出来なかった。

だが、そのオッドアイズの姿が一瞬で消えていく。

 

「何!?」

「『オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン』のモンスター効果を発動しました。オッドアイズと名の付くペンデュラムモンスターが存在していたことで、オッドアイズ1体を破壊から守ったのです。無論、戦闘ダメージは受けますが」

 

オディアナにほんの少しだけ痛みが走るが、大事な仲間を失うことに比べればどうということはなかった。

 

オディアナ LP2100→2000

 

「ぐぬぬ……そのような効果を発動していたとは」

「生憎、さっきあなたも効果発動を宣言しませんでしたからね。これでおあいこです」

 

オディアナがまるで悪戯をした子供のように笑う。

こんなところもまた人気があるところなのだとシーアは思う。

 

土から産まれた人形。

故に、シャドールの元々の闇以外には土に纏わる力しか使いこなせない。

 

「さて、次はどうするのです?」

「このまま……ターンエンド」

 

人形 LP5100

 

モンスター:エルシャドール・シェキナーガ シャドール・リザード

魔法・罠:セットカード2枚

手札:2枚

 

「私のターン、ドロー。私は魔法カード『螺旋のストライクバースト』を発動します。私の場に『オッドアイズ』モンスターが存在していれば、相手のカードを1枚破壊できます。破壊するのは当然『エルシャドール・シェキナーガ』」

 

シェキナーガがオディアナの放った魔法から放たれた闇の螺旋に飲み込まれる。

巨大な体が螺旋に貫かれ、胴体に風穴が開いた瞬間爆発四散した。

 

「シェキナーガにも墓地の『シャドール』と名のつく魔法・罠カードを手札に加える効果がある。『影依融合』を手札に回収する」

「ミラージュを攻撃表示に変更しバトルフェイズ。『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』で『シャドール・リザード』に攻撃」

 

闇の螺旋がリザードを貫き、効果も含めて大ダメージを与える。

 

「ぐああああっ」

 

人形 LP5100→3700

 

「『オッドアイズ・ドラゴン』! ダイレクトアタック!」

 

オッドアイズ・ドラゴンが炎を吐くが、その瞬間巨大な影が人形の足元に現れる。

 

「罠カード『影光の聖選士』を発動! 墓地の『エルシャドール・シェキナーガ』を守備で蘇生させる! 守備力3000を突破できると思うなぁ!」

 

巨大な影からシェキナーガが飛び出し、人形を守る盾となる。

 

「構いません。チェーンして速攻魔法『虚栄巨影』を発動します。攻撃宣言時に私の『オッドアイズ・ドラゴン』の攻撃力を1000アップさせ、3500にします」

 

オッドアイズ・ドラゴンが一瞬だけ巨大化しさらに巨大な炎をシェキナーガに浴びせかける。

いくら巨体なシェキナーガでも、さらに巨体な竜の炎を浴びればどうしようもない。

 

「そして『オッドアイズ・ドラゴン』の効果で1300ダメージ受けてもらいます」

 

オッドアイズ・ドラゴンの炎の余波が人形を襲う。

 

「ぐうううっ」

 

人形 LP3700→2400

 

「墓地へ送られたシェキナーガの効果で『影光の聖選士』を墓地から回収」

「追撃です! ミラージュ!」

「いい加減にしろよクソがぁ!」

 

今までの冷静さはどことやら、今まで正体を明かそうとしなかった伏せカードに手を伸ばした。

 

「永続罠カード『影依の原核』発動! こいつは守備力1950のモンスターとなって俺の場に特殊召喚できる」

 

ミラージュが走って人形に顎を突き刺そうとしたが、無数の糸が生えた謎の物体により阻まれ、その攻撃は届かなかった。

 

「くっ。私はこのままターンエンド」

 

オディアナ LP2000

 

モンスター:オッドアイズ・ドラゴン オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン

EXモンスター:オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン

魔法・罠:オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン

手札:1枚

 

(まずいな。LPこそ姫が逆転したが、『影依融合』と『影光の聖選士』が手札に戻った以上、すぐに場を立て戻される)

 

姫がこちらを見て動揺させないようにポーカーフェイスを保っていた物の、その内心には少しだけ焦りが浮かんでいた。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は魔法カード『影依融合』を発動! デッキから『シャドール・ファルコン』と『増殖するG』を墓地へ送り2体目のシェキナーガを融合召喚!」

 

再びシェキナーガが人形の場に君臨し、オッドアイズたち3体を見下ろす。

 

「墓地へ送られた『シャドール・ファルコン』の効果で場に再セット。そして『影依の原核』を攻撃表示に変更しバトル! 『影依の原核』で『オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン』に攻撃!」

 

無数の糸がミラージュに襲い掛かるが、そのミラージュは幻影となりて糸を回避した。

 

「ミラージュの効果で自身を破壊から守ります」

 

オディアナ LP2000→1750

 

「シェキナーガで『オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン』に攻撃!」

 

シェキナーガのビームがオッドアイズ・ミラージュ・ドラゴンの胴体を貫く。

 

(ぐっ。みんな、オディアナを頼んだよ)

 

オッドアイズ・・ミラージュ・ドラゴンがそれだけ言い残し消滅していく。

 

オディアナ LP1750→350

 

「何、そいつの効果は1ターンに何度でも使えるのではないのか?」

「誰もそんなこと言った覚えはないですよ。先ほど、リザードでミラージュを攻撃しておけばよかったのに」

 

LPが少なくなりつつも、オディアナは戦う態度を崩さない。

 

「なるほど、なかなかしたたかだな。ちゃんと効果を確認しなかった俺が悪いわけか。メイン2、カードを2枚伏せてターンエンド」

 

人形 LP2400

 

モンスター:エルシャドール・シェキナーガ 影依の原核

魔法・罠:セットカード2枚 (影依の原核)

手札:2枚

 

「私のターン、ドロー」

「姫、今がチャンスです! 『影依の原核』が攻撃表示の今なら!」

 

だが、シーアの助言を聞いた人形が仮面の奥で口元を歪ませる。

 

「そんな穴を残すと思うか? 俺は速攻魔法『神の写し身との接触』を発動。手札の『シャドール・ビースト』と場の『影衣の原核』の2体を融合。『エルシャドール・ミドラーシュ』を守備表示で融合召喚する」

 

2体目の竜の巫女人形が降り立ち、シェキナーガと共に決闘者である人形を守る。

 

「墓地へ送られたビーストの効果で1枚ドローし、原核の効果で原核以外の『シャドール』と名の付く魔法・罠カードを回収する。『影依融合』を手札に戻す。これで穴はないぜ」

 

人形が仮面の奥底から高笑いをするが、オディアナはほっと息をつく。

 

「それで終わりですか?」

「な、何が言いたい!?」

「私はペンデュラムスケール4の『オッドアイズ・ファントム・ドラゴン』をペンデュラムゾーンにセッティングします。そしてバトルフェイズ」

 

オディアナがシェキナーガを見据えると、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンが勢いよく走っていく。

 

「オディアナ姫!?」

「血迷ったか!? 攻撃力が100足りないぞ!?」

「いいえ、これでいいんです。『オッドアイズ・ファントム・ドラゴン』はペンデュラム効果により、もう片方のペンデュラムゾーンに『オッドアイズ』モンスターが存在してれば、攻撃宣言時にそのモンスターに1200の攻撃力を与えます」

 

(行け……我……力を貸す)

(ありがたい!)

 

ファントムが後ろから亡霊のようにペンデュラム・ドラゴンに憑依し、闇の螺旋に勢いを加えた。

 

「攻撃力3700になれば『シェキナーガ』も仕留められる!」

「それだけじゃありません! 2枚目の『虚栄巨影』発動! さらに攻撃力を1000アップ!」

 

シェキナーガの余裕を携えていた表情が一瞬で闇の螺旋に貫かれ、粉々に砕かれた。

 

「そして『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』の効果を忘れたわけではないですね!」

「ぐ、し、しまったあああああ!」

 

戦闘ダメージを倍にする効果。

2100のダメージが倍になれば、4200。

 

それは、人形のLPを0にするのに十分な数値だった。

 

「うあああああああああっ!」

 

人形 LP2400→0

 

ミドラーシュも消え、人形ががっくりと膝をつく。

 

「教えなさい。お父様とお母様、そして兵や城に住む者をこんな目に遭わせたのは一体誰なの」

「ははははは……教えてやるものか。だが、我らのマスターに歯向かうことは……死を意味すると同義……お前らがどうしようが自由だが、な」

 

それだけ言い残すと人形の体がガラガラと崩れていき、地面に落ちた仮面はまるで地面に溶けるように消えていった。

 

「オディアナ姫、初陣お見事でございます」

「うん、褒めてくれてありがとう。オッドアイズたちも力を貸してくれたから何とか勝てたけど……」

 

オディアナの顔は弦に包まれた城に向けられていた。

その顔つきは勝利に浮かれた顔ではなく、残された者たちを思う憂い顔だった。

 

「シーア……私はこれから、城の皆を救うための方法を探すのと、それから皆をこんな目に遭わせた人を倒しに行く……もしかしたら、とんでもない苦難の道になるかもだけど……それでも、付いてきてくれる?」

 

オディアナの声が震えており、それでもシーアにまっすぐ瞳を向けていた。

先ほどデュエルをしていた時と違い、瞳の色は元に戻っていた。

 

「私は王族の護衛隊長であると同時に、オディアナ姫によりこの城に推薦された身。オディアナ姫が為そうとしてることを全力で補佐することこそ、私の存在意義」

 

そこまで言ったところでシーアが息をつく。

 

「ああもう、固い言葉は好きじゃないな。姫のためならどこまでも付き合いますよ」

 

シーアが告げると、オディアナがシーアの手を取り喜ぶ。

 

「良かった。でも、私が間違えた道に進もうとしてるのなら、ちゃんと窘めてね」

「もちろんです。では、行きましょうか。まずは城下町へ向かい、そこで改めて休息を取りましょう。それから今後の予定を立てましょう」

「うん、分かった」

 

オディアナが頷くが、シーアの顔はイマイチ晴れなかった。

 

「ここから城下町まで馬車を使えば数十分程度なのですが……今から徒歩で城下町へ向かうことになりますが、姫。体力は大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ」

 

オディアナの返事を聞き、シーアが覚悟を決めた顔になった。

 

「では、行きましょうか。ここから長い旅路になるかもしれませんが」

「うん」

 

オディアナは改めて城を見る。

 

(待ってて、皆。皆を救うための方法を見つけて、堂々とした笑顔で戻ってくるからね)

 

そして改めて夜道を見る。

先が見えない、真っ暗な道。

これから進もうとしてる旅路を示してかのようでオディアナは少しだけ不安になる。

 

(ううん、大丈夫)

 

「オディアナ姫?」

「あ、ごめん」

 

でも、シーアもいるし、デッキの『オッドアイズ』たちもいてくれる。

何も一人で見えない道を進むわけではない。

心から信頼できる者たちと共に進むことが出来る、それがどれほど頼もしいことか。

 

 

オディアナはシーアと共に、城下町に続く夜道へ進んでいった。

 

 

 



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夜道の合間に

暗い道をただひたすらオディアナとシーアは歩く。

当初は何も見えず真っ暗だったが、やがて目が慣れてきたのかほんのうっすらだが、先の道は見えるようになってきた。

ひとまずの目的地は城下町。

その道のりはシーアもオディアナも詳しいため、特に問題なく進むことが出来ていた。

 

「ふぅ」

 

しばらく歩いたところでオディアナは一息つき、立ち止まる。

先行していたシーアがオディアナの足音が聞こえなくなったことで振り返り、オディアナを見る。

 

「オディアナ姫、大丈夫ですか?」

「う、うん。ちょっと疲れたから休んでただけ」

「そうですか。ちょっと休みますか?」

 

シーアが提案するが、オディアナは首を横に振る。

そして歩こうとするが、ほんの少しだけふらついたのをシーアは見逃さない。

 

「やっぱり少し休みましょう。辛いのに無理して歩いてもむしろ到着時間が遅れますよ」

「……うん、分かった」

 

シーアの発言は自分を思いやってくれてのこと。

オディアナはそれが分かっていたからこそ、素直に従うことにした。

 

「今までは馬車を使って城下町を訪れていたけど、やっぱり歩くとそれなりに距離はあるものね」

「そうですね」

「シーアは特に疲れてない?」

 

オディアナが尋ねるが、シーアはどんと胸を張りながら笑う。

 

「問題ないですよ。いつも兵たちとトレーニングをしているので」

「そう、やっぱりシーアは凄いわね。国が無事元に戻ったら、私も皆と一緒にトレーニングをしようかしら」

「いやいや、さすがに兵たちと同じ内容だと姫がすぐにギブアップしちゃいますよ」

 

シーアが慌てた様子を見せたのでオディアナが思わず笑ってしまった。

 

「でもまあ、それでも姫が頑張りたいというのなら、専用のメニューをお作りいたします」

「ふふ、お願いね」

 

シーアもオディアナもお互い笑い合う。

 

「さてと、そろそろ出発しましょうか」

 

オディアナが立ち上がり、先に歩き出す。

先ほどとは違いよろめいた様子も見せない。

 

「そうですね」

 

シーアも立ち上がり、即座に姫よりも先に足を進める。

そして夜の道をひたすら歩いていく。

 

「そういや思い出したことがあります」

「何?」

 

先を歩いていたシーアがふと話を始める。

一体何を思い出したのだろうかとオディアナは耳を傾ける。

 

「私が14歳かそこらぐらいだったかな? オディアナ姫と一緒にこっそりと城を抜け出して、野原へと遊びに出かけたことがありましたね」

「……あの時のことね。確か、お父様に城の外へ出てはいけないときつく言いつけられていたわ」

「うん。でも、その時の私はオディアナ姫が外をぼんやりと眺めてたところを見つけたんです」

 

シーアは当時を思い出してるのか、楽しそうに話をしている。

こんな暗い夜道、自身の国が滅びの危機に瀕している。

気も滅入るし、何より本当に皆は大丈夫なのだろうか、とネガティブな考えばっかり浮かんできてしまうだろう。

シーアはオディアナ姫がそうならないように昔話をして、気をまぎらわそとしてくれているのだ。

 

(本当、優しいわシーアは)

 

その気遣いが嬉しいし、何よりシーアがこうやって昔のことを思い出して楽しそうに話をするのも久しぶりだった。

 

「オディアナ姫に、当時まだ城仕えをしていなかった私が姫にただ純粋な好奇心で話しかけたんですよね」

「うん、私もあの時、どうしてこの城に少し年上の女の子がいるんだろうって不思議に思ってたわ」

「私はそんな姫に対して、綺麗な花が咲いてる野原があるから一緒に見に行きませんかって誘ったんですよね」

「うんうん。でも、今にして思えば誘拐犯だと疑いそうになる発言よね」

「……言われてみれば」

 

確かにその誘い文句だけ聞けば誘拐犯が姫を連れ出すための虚言だと取られかねない。

当時の自分の失態を思い出して何とも言えない気分になりつつ、シーアが話を続ける。

 

「でも、実際私は自分だけの特別なあの野原に、オディアナ姫を誘いたくなったんですよね。なんというか、外に対して憧れでも持ってるように見えましたから」

「うんうん」

「で、姫の手を取り門番の兵士たちの目を盗んで姫を外に連れ出し、野原へと連れて行った」

「その時は今ほど歩かなかったけど、それでも私にとっては十分な冒険だったわ」

「野良の狐とか狸も見れてオディアナ姫、興奮してましたからね」

 

城には飼っている動物や家畜、ましてや野良の生き物など庭に入り込んで来る小鳥ぐらいしかいない。

だから当時のオディアナは他の動物に遭遇出来てテンションが上がっていたのだ。

 

「で、その時見た野原に咲くいろんな花は本当に綺麗だったよね」

「うん。私が気に入る理由もそれだったからな」

 

野に咲く一面の花。

それを見た当時のオディアナ姫の笑顔は今でも忘れられないとシーアは思う。

 

「今もその野原、残ってるよね」

「ええ。姫が12になりアレン国王陛下から供をつけることで外出を許可されるようになった時から、私がお供に付くとき、見に行ってますよね」

「うん。そうだ、お父様とお母様、それから兵士の皆とお城が元に戻ったら、お父様とお母様とシーアと一緒にあの野原で一緒にご飯でも食べましょう?」

 

オディアナはぱっと顔を明るくする。

今、不思議な魔術により永遠の眠りに就いてる者たちを救った後のことを前向きに考えている。

 

(案外、私が過去の思い出話をしなくてもオディアナ様は希望を見据え、最初から暗い考えに囚われてなかったのかもな)

 

シーアがオディアナの希望に満ち溢れた態度を見てそんな風に考えた。

 

「ええ、そうですね。まあ、姫と私の特別な場所ですが、アレン国王陛下とヘレナ女王なら教えても差し支えなさそうですね」

「うんうん。よーし、目標も出来たことだし早く皆を元に戻さないとね!」

「……ええ」

 

オディアナの足取りは軽く、シーアの隣を歩いていく。

希望に満ち溢れ、前に進むオディアナのなんと凄いことか。

 

(私の方がむしろ助けられたかもな)

 

オディアナを連れ旅をしても、もしかしたら城の皆を救う方法が見つからないかもしれない。

そう思いつつもオディアナ姫の顔を曇らせるわけにはいかない。

なので冷静に振舞っていた。

だが姫の諦めない前向きな姿勢に触れ、むしろシーアの気分の方が明るくなった。

 

「そういえば、その時の話で気になることがあるんだけど」

「どうかしましたか?」

「私はその時、シーアのことが気に入ってお父様とお母様にわがままを言ってシーアをこの城の兵に取り立てたんだけど」

「今にして思えば、結構びっくりしましたよ。まさか城の下働きではなくて、兵士としてスカウトされましたもの」

「だって、王族の護衛をする『アルトマ親衛隊』にシーアが入隊すればシーアともっともっと一緒にいられると思ったんだもの」

 

オディアナから知られざることを話され、シーアが少し驚いていた。

だが、オディアナが聞きたい本題はまだ話せていない。

少しだけ咳払いし、オディアナが尋ねる。

 

「どうしてシーアってあの時城の中にいたの?」

「ああ、そのことですか。あの時、私は城で働いていたとある人にお届け物をする用事がありまして。そのお届け物が終わった帰りに姫がぼんやりしていたのを見つけたんです」

「そうだったんだ」

「まあ実際姫の見る目は正しく、最初はただの一般兵士として雇用されて親衛隊の隊員に出世して、今ではアルトマ護衛隊の護衛隊長であり、兵たちの指導も受け持ってますからね」

 

まあそこまで出世するのにも色々と苦労があったわけだが。

それは別にオディアナに言うほどではないのでシーアはそれ以上は何も言わなかった。

 

「しかもお父様から直々に『デッキ』も受け取ってるんだよね?」

「ええ。女、しかもまだ子供の身でありながら並みの兵士よりも上の実力を持っていたことでその才能を見込まれて、受け取りました」

「さすがはシーアだよ」

 

オディアナに褒められ、思わずシーアが笑みをこぼす。

こうやって褒められて喜ぶとは単純だと思いつつ、やっぱり悪い気はしない。

 

「っと、そろそろ城下町ですよ」

「うん」

 

ほんのぽつ、ぽつとだが光が見え、城下町は無事だということが分かった。

それを見たシーアがほっと一息つく。

もしかしたらアルトマ城だけでなく、その城下町、しいてはアルトマ国領全ての村に異変が起こっていたのではないかと思っていたからだ。

 

「では、行きましょうか」

「まずどこに行くの? 宿屋で一休みするの?」

 

オディアナの問に対してシーアは首を横に振るNOの態度で返す。

 

「もしかしたらと思いますけど……少し行くところがあるので」

「分かった」

 

シーアがそう言うのなら間違いはないのだろう。

シーアと共にオディアナはアルトマ城下町へ入る。

 

 

 

「ふぅ」

 

アルトマ城下町の、とある酒場。

そこで3人の男が酒を飲んでいた。

 

「いやぁ、さすがはアルトマ国の酒は上手い」

「ええ、この国は酒、そしてそのお酒を造る果物の名産地ですからね」

「『レッドベリー』に『トゥルーブルーベリー』だろ? そいつで作る酒はこのアルトマ国の名産品であり、しかもアルトマ城の魔術師たちが創り出す水と良い出来の果物たちで酒を作ろうものなら、高級ワインですら子供だましのシャンパンに思えるほどの品になるからな」

 

妙に説明口調な事を言いながら体格が良い男が『レッドラーム』というラベルが張られたビンを開け、グラスに酒を注ぐ。

 

「まったく……明日からまたお城で仕事だというのに」

 

眼鏡をかけた男が一口豆をつまみ、溜息をつきながら呟く。

 

「そう言うなって。ちゃんとセーブはしてるさ」

「そうだそうだ。トールも飲めって」

 

そんな会話をしていると、酒場の扉が開かれる。

 

「やっぱりここにいたか」

 

シーアの声が響き、3人の顔が驚愕に染まる。

 

「しししし、シーア護衛隊長!?」

「まだ未成年なのに、どうしてここに!?」

 

驚くポイントそこなのかとシーアが訝し気にしていると、トールがオディアナの姿を見つけ更に目を見開く。

 

「しかもオディアナ姫まで!?」

「えええええ!?」

「姫も未成年ですよね!? アレン国王とヘレナ女王にこのことが知られたらどうするつもりですか!?」

 

事情を知らないとはいえ、好き勝手を言う。

 

「皆」

 

オディアナがぽつりと呟き、トールがびしっと背を伸ばす。

 

「わ、分かっています。私もクルドもユアンもほどほどにして、明日には酒を残さないようにいたします故」

「いえ……そのことなのですが」

「オディアナ姫、ここは私が」

 

シーアが事情を説明すると、3人、それから酒場のマスターが唖然と口を開けながら呆然とする。

 

「し、シーア隊長。それは本当のことなのか?」

 

体格の良い男……クルドが尋ねるとシーアが頷く。

 

「残念なことにな。だが、幸いなことにもお前たち『アルトマ護衛隊』の隊員たち数名に休暇を取らせていて、こうやって無事だったことは喜ばしいことだ」

「隊長」

「城の他の皆は眠りについて、城自体も弦に包まれて大惨事になってる。よほどの魔力の持ち主でもない限り、あの城に入ることすら難しいだろうな」

「俺たちの城がそんなことになっていたなんて」

「クルド、ユアン、トール」

 

オディアナに名前を呼ばれ、3人がびしっと背を伸ばす。

 

「これから私とシーアで城を元に戻す手がかりを探しに行きます」

「……分かりました。このクルド、全力で2人のサポートをさせていただきます」

「クルド、違います。クルドとユアン、トールの3人には城の見張りを頼みたいのですが……給料も出せず、ただ働きとなってしまいます。それにいつ終わるかも分からない……嫌だと言うのでしたら、無理強いはいたしません」

 

オディアナがしゅんとしながら言ったのを聞き、ユアンが全力で首を横に振る。

 

「とんでもない! 俺たちの仕事仲間たち、国王陛下たちが悲惨な目に遭わされたのですよ!」

「親に捨てられ、このアルトマ城下町で貧乏な暮らしをしていた私の魔術の才能をシーア様が見いだしていただき、あの城で働き、お酒を作る仕事にも従事させていただいた。その恩を返すときです」

「おうよ! オディアナ姫は力仕事しか出来ないこの俺様を兵として迎え入れてくださった。その恩返しの時だぜ。それに高級酒を作る城お抱えの魔術師はシーア様とトールを除いて全滅しちまったってことだろう? だとしたら俺様の大好物の1つがなくなっちまう危機でもあるわけだ」

 

クルドが己の欲丸出しなことを言いつつも、3人はオディアナの申し出を快諾した。

 

「ありがとうございます」

 

シーアが1枚の札を胸ポケットから取り出し、ペンで呪を書いていく。

反動で胸が揺れたその動作をクルドがじろじろと見ておりユアンがそんなクルドの後ろ頭を小突く。

 

「トール、これを」

「これは?」

「何か異常があったとき、これに魔力を注いでくれれば私が即座に反応できる。改めて、クルド、ユアン、トール。城の見張りをお願いします」

「お任せください、シーア護衛隊長」

「ええ。どうかご無事で」

「オディアナ姫とシーア様が無事に戻ってくるのを楽しみにしてるぜ」

 

 

(……えっと、な、なんか凄いことになっちゃってるよねこれ)

 

国を揺るがす重大な事件をただ一人聞かされたマスターが展開についていけず呆然としていた。

 

「えっと」

「え、あ、はい!?」

 

そんなマスターにオディアナが声をかけ、マスターが慌てて挙動不審となってしまった。

 

「落ち着いて……相当な大事件だけども、ちゃんと私もシーアと一緒に城や皆を復活させてくるから。このことはいずれ民たちも皆知ると思うけど、動揺しないで、ちゃんとお酒をふるまって、この酒場に訪れる者たちの心に癒しを与えてね」

「か、かしこまりました!」

 

マスターが全力で頭を下げ、オディアナが微笑む。

 

「そ、そうだ。何か一杯、ご馳走いたしますよ」

「あら、本当? クルドがこの酒場の酒は上手いってよく同僚に話してるのを聞くけど」

「オディアナ姫、いけません!」

「そうですよ。まだ姫もシーア様も未成年なのですから! 俺様が貯めてる貯金でシーア様と姫にいつかこの酒場の酒をご馳走したいとは思っていましたが、それは大人になってからです」

 

シーアとクルドに必死に止められ、オディアナがほんのちょっとだけ不満そうな顔をした。

代わりにオディアナとシーアにはマスター秘伝のブレンドジュースを振舞われ、歩いてきて疲れた体にそのジュースが染みわたったという。

時計は夜2時近くになっていたので、5人が外を出る。

 

「では、私とオディアナ姫は宿で休んだ後、出発する」

「ええ。私たちも一眠りした後、城の守りを頑張ります」

「よろしく頼みます」

 

姫に頭を下げられ、クルド、ユアン、トールの3人がそれぞれの家に向かってその場を後にした。

 

「とりあえず、これで城の守りは安心ですね」

「うん。ふぁ……」

 

さすがに夜道を歩き、ジュースを飲んで一息ついたところで眠気が来たのだろう。

 

「行きましょうか、姫」

「うん」

 

シーアが眠気に耐えているオディアナを連れ、この城下町の宿屋へと向かっていった。



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腕を試そうか

「シーア、起きて~」

 

オディアナが眠っているシーアの体を揺らす。

シーアがぱちりといきなり眼を開き、彼女を起こそうとしていたオディアナが逆にびっくりした。

 

「おはようございます、オディアナ姫様」

「うん、おはよう。目覚めぱっちりだったね」

「ええ。部屋の中に誰かが入ってきたら即座に目を覚ますことが出来る訓練を積んでますので。ですからこうやって起こそうと体を揺らされたらすぐに目を覚ますことが出来ます」

 

シーアがそう言いながらゆっくりとベッドから起き上がる。

すごいなとオディアナが思っていると、ゆっくりとポットに入っていたをマグカップに注ぎ、一気に飲み干す。

 

「……やっぱり夢じゃないよね」

 

オディアナが目を覚ました時、宿屋の天井が視界に入ってきたことで昨日の出来事は夢ではなく、現実だったと認識した。

そして、昨日は宿屋に入る前に眠ってしまったような気がしていたが、そこら辺は曖昧になっていた。

 

「ええ。残念なことに。さて、まずはこれからの予定を――」

 

シーアがきりっとしながら言ったが、同時にお腹が鳴る。

 

「聞こえましたか?」

「うん、ばっちり。ごめんね。朝ごはん、食べようか」

 

宿の部屋にはリンゴなど、季節に応じた果物が泊まる部屋に置かれている。

 

「姫、リンゴの皮をむきましょうか?」

「うん、お願いしてもらってもいいかしら」

 

オディアナがシーアにリンゴを渡すと、目にも止まらぬ速さでナイフをさばき、皮をむき食べやすい大きさにカットする。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

 

姫が嬉しそうにリンゴを食べ始めたのを見て、シーアも満足げにリンゴを食べ始めた。

 

 

「では、改めてこれからの予定を決めましょうか」

「うん」

 

シーアが机の上に地図を広げ、オディアナが地図を覗き込む。

 

「まず、ここが『アルトマ城下町』。これから目指すのは魔法国家『エルディーム』です」

 

アルトマ城から結構離れた西。

そこに『エルディーム』と書かれた場所があった。

一応同じデーリング大陸に面している国ではある。

だが、普通の馬車でさえ往復するのに1週間以上はかかる距離である。

なので歩きだと相当な旅路になるだろう。

 

「『エルディーム』に到着するまでにいくつか村があります。そこで休息を取りながらエルディームまで行きましょう」

「『エルディーム』は魔法国家だから、城を襲ったあの異常な現象が分かるかもしれない、ってことね」

「ええ。幸い『アルトマ王国』は『エルディーム』にも酒の貢ぎ物を贈り、エルディームからも魔術師が何度か来訪しており、交友関係があります。ですから、姫様と私が国を救うための調べ物をすると言えば、許可をいただけるかと」

 

シーアがきっぱりと言い切ると、オディアナの顔に少しだけ笑みがこぼれる。

 

「よーし、じゃ早速出発しようか」

「ただ、問題は移動の方ですね。歩きで村まで歩き渡るのもいいのですが、途中、村から村まで歩き渡すのに距離が相当かかるところもあります」

「じゃあ、どうするの?」

「幸いなことに、村と村の間の移動で馬車を利用しているところもあります。そこはそれで問題ないのですが、ないところもあるので」

「そこは歩きで行かなきゃいけないってわけね」

 

オディアナが納得するとシーアがこくんと頷く。

シーアとしてはオディアナが歩きのことを素直に納得してくれないケースも想定していたため、あっさりと納得してもらえてほっと一安心していた。

 

「まずは『アルトマ城下町』から近くにある村『イードス』に向かいましょう」

「うん、分かった」

 

イードスはまだアルトマ王国領内にある村だ。

だから姫が来たところで無碍にはしないだろうし、むしろ歓迎されるだろう。

 

「ただ、城に起こった問題はなるべく秘密にしていきましょう」

「え、どうして?」

「村の中に他の国や大陸から来た者がいないとは限りません。そのような者たちがアルトマ城が危機に陥ってることを聞けば」

「……侵略の可能性があるってわけね」

「ええ。幸いなことに、まだこの城下町の人々はそのことを知らないはず」

「なら、今すぐ出発しないとね」

 

オディアナが椅子からすっくと立ち上がり、旅支度を始める。

 

 

「主人、ありがとう」

「いえいえ、シーア様」

 

宿屋の主人にシーアが頭を下げると、宿屋の主人もニコニコと笑顔でシーアに頭を下げる。

そしてシーアがオディアナと一緒に宿屋を出ると。

 

 

「おいおい、本当かよ?」

「嘘じゃないって、私本当に見たんだ。アルトマ城が変な弦に覆われてしまうところ」

 

城下町の真ん中で、頭に赤いバンダナを巻いた女の子が街の人たちに城に起こった異変のことを話していた。

それを聞いたシーアとオディアナがお互い顔を見合わせる。

 

(どうしよう?)

(……まあ、城下町の皆にはいずれ知れ渡ることでしょうし)

 

「そんなことになったら、この国はいったいどうなっちまうんだ?」

「アルトマ城の兵たちがこの国で取れた果物を加工してくれたり、警護に当たったりしてくれたのに」

「国の守りも酒の商売も危機に瀕しちまうんじゃねぇか?」

 

女の子の話を聞いた街の人たちが動揺を隠せず、ざわざわと騒いでいた。

 

「いい加減にしろよ、小娘。出まかせ言って皆に迷惑をかけようとしてるんじゃないだろうな?」

「嘘じゃないもん」

「ええ、その通りです」

 

オディアナが凛とした声で言うと、一斉に視線がオディアナに集まる。

 

「お、オディアナ姫!?」

「ほらみろ、城が弦に覆われるなんて異変が起こってるのに姫は無事じゃねぇか」

 

民たちの一部が女の子に怒りの目を向ける。

 

「オディアナ姫様、無事だったんですか?」

「私とシーアだけが無事でした。ですが、この女の子の言ったことは事実です。アルトマ城は今、謎の弦に覆われ兵やお……国王と女王は皆、いつ目覚めるか分からない眠りについてしまいました」

 

姫がきっぱりと言い切ると、ざわざわと混乱の声が広がっていく。

 

「ですが、皆様安心してください。今これより、私とシーアとで魔法国家『エルディーム』へと向かい、城に起こった異変を解決する手段を探しに行きます。そして、必ずや城の皆を救い出すことをお約束いたします。ですから騒ぐのを止め、その女の子を責めるような眼で見ることをお止めなさい」

 

オディアナがきっぱりと告げると、女の子に向けられていた疑惑の目は一瞬で消える。

 

「……すまんかった」

「いいよ、私の話を信じてくれるなら」

 

先ほどいちゃもんをつけた男が女の子に謝罪し、女の子がちゃんと許す。

それを見ていたオディアナがにっこりと微笑む。

 

「それに、すでにこの城下町で休暇を取っていた兵士の数名が今、城の守りに向かっている。そして何か異変があれば、すぐに私とオディアナ姫に知らせるよう手はずを整えてくれている」

 

シーアが補足するように言うと、民たちの混乱が徐々に治まっていく。

だが、それでもやはり不安そうな顔をしている民は数人ぐらいいた。

 

「……オディアナ姫。旅へと向かってください」

 

そんな中、一人の男がぽつりと呟く。

オディアナとシーアがそちらに顔を向けると、男は決意を固めた表情でオディアナたちを見る。

 

「俺たち『アルトマ王国』の民は皆、国王陛下や女王様、姫、それから兵士の皆に十分色々な施しを受けた。その恩を返す時が来たんだ。なぁ、みんな」

「ああ、そうだな。街が大雨で洪水の危機に瀕したとき、国王陛下たちは民たちを城に迎え入れ、そのうえ洪水であった被害を片づけるため、兵たちを向けてくれた」

「俺たちが栽培した果実を美味しいお酒やジュースに変え、民たちに振舞ってくれた」

「体の調子が悪い民たちのために、医療施設も建ててくださった」

「俺たちの国を今まで城の皆が守ってくれた。その皆が苦しんでる今、俺たちが自分の国を自分で守らないでどうするんだ!」

 

民たちが全員城の者たちに対する感謝の言葉を述べ、姫に向かって頭を下げる。

 

「俺たちの国は、俺たちが出来る限り守ります。ですから姫は私たちのことを心配せず、エルディームへと向かってください!」

「皆……ありがとうございます」

 

オディアナ姫が感極まり、思わず泣きそうになる。

 

「ほらほら、姫。泣かないでくださいよ」

「そうそう。姫に泣き顔は似合いませんよ。笑っていてもらった方がいいってもんですぜ」

「ええ、そうですね。ですが、命の危機に瀕することがあったとしても、死んでもいいなんて思わずその時は逃げてください。土地など生きていればいくらでも取り返しはつきますが、命は無くなってしまえば、どうやっても取り返しはつかないのですから」

 

その言葉を聞き、民たちもまた頷く。

 

 

「では、気を付けて!」

「頑張ってきてください!」

 

オディアナとシーアが城下町から出ていくのを、民が全員で見届けてくれた。

 

「本当、オディアナ姫は民の皆から慕われていますね」

「うん……本当、嬉しいね」

 

オディアナもシーアも民たちに見送られ、不安なく旅立つことが出来た。

 

 

(……ほう、いいことを聞いた。早速ボスに報告だ)

 

2人を見送る民たちの中、こっそりと一人だけ別の方向から城下町から出ていく。

だが、姫たちを見送ることに夢中になっていた民たちがそれに気づくことはなかった。

 

 

オディアナとシーアがイードスの村へと向かうべく、野原を歩いていく。

 

「今までは馬車を使ってこの先の野原を見ていたけど、こうやって歩きながら野原を見るのは新鮮ね」

 

オディアナがそんなことを言いながら野原を見る。

原っぱの中にいくつか花が咲いており、風が心地よく吹いていた。

 

「幸いなことに、今日は晴れております。イードスには早ければ夕方ごろには到着するかと」

「そう。民の皆にもあんなに盛大に見送られたんだもの。早く堂々と戻ってきて皆を安心させなくちゃ」

 

そんなことを言いながら歩いていると、ふと風向きが変わる。

シーアがほのぼのとした顔から一変、戦う兵士の顔つきに変わる。

 

「どうしたの、シーア?」

「いえ……あそこを見てください」

 

シーアに言われ、指さした方向を見る。

原っぱをかき分け、黒い鎧を来た男たちが数十人歩いてくる。

 

「あれって、一体何?」

 

オディアナが少し不安そうな顔をしている中、シーアが彼女をかばうように立つ。

 

「姫、下がって。おい、お前ら」

「おっ、気づいてくれたようだな。話が早いぜ」

「こちらにおわすのはアルトマ王国のオディアナ姫だ。この国の民ならば、知らないわけがないだろう」

「ええ、もちろん。知らないわけがないですぜ」

 

男たちはにやにやと笑いながらオディアナとシーアを見る。

 

「なら、その格好はなんだ? 到底ピクニックに向かったりとか、そんな呑気な格好ではないはずだ」

「ふふ……分かってくれて幸いですぜ。何も俺たちは姫やシーアさんに手荒な真似をしようってわけじゃねぇんですぜ」

「何?」

 

シーアがほんのわずかにだが警戒を緩める。

すると、男たちの後ろからひときわ大きな男が現れ、シーアに向かい合う。

 

「お前たち王族は民たちには優しい。だが、こっそりと住み隠れしてる連中のことには気を配らないみたいだな」

「それはどういう……?」

 

オディアナが怪訝そうな目をリーダー格の男に向ける。

 

「俺たち『ゼステム傭兵団』の存在なんか知らないってことだろうぜ」

「……いや、噂には聞いたことがある。アルトマ王国領内のどこかに根城こそ持っているものの、他国に向かい、様々な依頼人から受けた悩みを解決している傭兵団があると」

 

シーアが呟くと、リーダー格の男がにやりと笑う。

 

「そう、俺たちはその傭兵団だ。だが、今まで受けてきた悩みは今まで一般の民やいけすかねぇ貴族ばっかりでね。だが、さっき俺様の部下の一人が『アルトマ城』に変な弦が覆い、城兵や国王陛下たちが危機に瀕してると聞いた。だから、俺たち傭兵団を城の警護に買わないか?」

「なるほど、腕を売り込みに来たってわけか」

 

シーアが納得すると、改めてリーダー格の男を見る。

 

(確かに今のところ、城に直に守りに当たらせてる兵士は、魔術師がいるとはいえ、3人と少し心無いと思っていたところだ。城下町も民たちが守ってくれると言ってくれたものの、やはり戦う力があるわけではない)

 

悪い話ではない、とシーアは思う。

旅の間、故郷の守りを固めてくれる存在がいるというのはありがたい。

 

「城の状態が分かっているのなら、即座に報酬を用意できるわけがないと知ってるだろう?」

「ええ。無論。だから城が無事に解放された後、報酬を支払ってくれればいい」

「いくらだ?」

「3000マニィだ」

 

それを聞いたシーアが少しばかり考え込む。

 

「3,3000マニィ!?」

「王族ならそれぐらい何とかなるだろう?」

「それは時間がいくらかかっても増やしたりしないだろうな?」

「無論。食料などを要求したりも当然しねぇ。傭兵団の仕事は信頼が第一だからな」

 

オディアナが驚いている中、シーアが考え込む。

城の兵1人あたりの給料が1か月だいたい200マニィ。

だが、安心が買えるなら決して高すぎるというわけではない。

 

「ふむ、悪くはない」

「おっ」

 

シーアが傭兵団の提案にのっかってきたのを聞き、オディアナが驚き、リーダー格の男はにやりと笑う。

 

「だが、直に腕を見てるわけではない。失礼を承知で言わしてもらうが、傭兵団の腕がなまくらでは買う気もまったく起きないというものだ」

 

それを聞いた男たちが一斉に不満顔になる。

 

「んだと!?」

「いくら王族の護衛隊長だからって調子乗ってるんじゃねぇか?」

「女のくせに生意気な!」

 

そして文句を垂れ始めるが、リーダー格の男が一喝する。

 

「黙れてめぇら。文句を言うってことは、腕に自信がねぇってことを認めてるようなもんだ。商売相手に格下に見られるような真似はするな」

「だけど、ボス」

「黙れと言ったはずだが」

 

リーダー格の男の睨みを受け、他の団員たちがあっさりと黙り込んだ。

 

(なるほど、リーダーには絶対忠誠を誓ってるってわけか。なら、リーダーさえ納得させてしまえば他の団員の裏切りはありえない、か)

 

「なら先ほど文句を言ってた者たちよ、かかってくるがいい。その腕がなまくらでないことを証明してほしい」

「シーア」

 

オディアナとしても、確かに3000マニィは高いが国の危機を守ってくれるのなら別に高すぎるわけではないし、事態が解決すればちゃんと払うつもりではある。

だが、そのためにシーアが危険な目に遭うのかもしれないのであればさすがに黙ってはいられなかった。

 

「すみません、オディアナ姫。勝手なことを。ですが、私たちの大事な国の守りを託す、しかも大金が絡んだ問題なのです。少々危険な目に遭うのは必然なのです」

「シーアがそう言うなら信じるけど……だけど、うっかりでも大怪我とかしたらダメだからね」

「ええ、努力します」

「ふむ、いい主従関係だな。よし、俺たちも負けちゃいられねぇ。お前ら、腕を見せてこい」

 

リーダー格の男に言われ、鎧を着た男たちが一気に走りこんでくる。

 

「オディアナ姫、失礼」

 

シーアが1枚のカードを出現させた瞬間、オディアナをガラスのような綺麗な球体が包み込む。

 

「では、腕を試そうか。参る」

 

 

それから数十分後。

 

「ふぅ……なるほど」

 

シーアがふぅと息をつき手にしていた槍をしまう。

 

「ほぅ……俺は傭兵団の団員たちが弱いと思ったことはない。なるほど、王族を守る護衛隊長の名は伊達じゃねぇってわけだな」

「すみません、ボス」

 

勝負を挑んだ傭兵団の兵士たちは全員息を荒げ、ほとんどが伸びてしまっていた。

大怪我とかをしているわけではないが、さすがに戦う力はほとんど残っていなかった。

 

(城の守りをまかせてる3人よりも腕は劣るが、一般兵たちとほぼ互角、といった所か。さすがは色々な国を渡って仕事をこなしているだけのことはある)

 

どうやら口だけではないということも分かり、シーアが呟く。

 

「今のところ、2000マニィに値下げ交渉してしまうかもしれないが、それで引き受けてくれないか?」

 

さすがにシーア一人に倒されてしまった団員たちは文句を言うことは出来なかった。

だが、リーダー格の男は首を横に振る。

 

「ふむ……なら、俺様の腕を示せばいいんだな」

「ええ、お手合わせ頼みたいですね」

 

シーアが呟くと、リーダー格の男が1枚のカードをどこからともなく取り出す。

シーアとオディアナが驚いていると、男の腕が巨大な鉄腕へと変化する。

 

「さぁ、行くぜ」

 

男が鉄腕を振り上げ、シーアに殴りかかる。

その巨大な鉄腕から到底想像できない速さであり、シーアが槍で受け流す。

 

(なるほど)

 

そしてシーアが槍で反撃に打って出るべく鎧の胸元を突くが、鉄腕により防がれる。

槍が折れることはなかったが、槍がはじかれシーアがゆらっと体を揺らす。

その隙を逃さず男が蹴りを入れ、シーアも蹴りで応戦する。

 

「おらおらおら」

「はぁ!」

 

それから数回お互いの得物で応戦するが、一進一退の攻防が続きお互い距離を取る。

 

「やるねぇ」

「そちらこそ。どうやら、姫様相手にあの無礼な態度を取り、仕事を引き受けてもらおうとするだけのことはある。実力は確かなようだ」

「だが、どうやらお互い全力でやろうとすると、間違いなく軽い怪我じゃすまねぇだろうな」

 

それを聞いたオディアナ、それから団員達の顔色が変わる。

 

「だとしたら、やることは1つだ、な?」

「ああ、そのようだな」

 

リーダー格の男とシーアの手にそれぞれデッキが握られる。

 

「な、あのシーアって女もちゃんとデッキを持ってるのか!?」

 

男の腕に黒い円盤のような物体が装着され、そこにデッキをセットする。

 

「シーア、お前の『デュエルディスク』は?」

「必要ない」

 

シーアが空中にデッキを置くと、まるでそこにテーブルがあるかのようにカードが宙に浮いていた。

 

「わっはは、さすがはアルトマ王国の護衛隊長ってわけね」

「褒めていただいても、2500マニィより値上げるする気は起きませんよ?」

「ほう、何気に値を上げてはくれているのか。結構結構。ちゃんと腕を見せて、当初の予定通りの金額で引き受けてもらうよう力を示そうか。ゼストマ傭兵団団長、ゼストマ。いざ参る」

「アルトマ王国護衛隊長、シーア。参る」

 

お互い名乗りを終え、デッキからカードを5枚引いた。

 

 

「「デュエル」」

 

先攻はゼストマから始まる。

 

「俺は『古代の機械猟犬』を召喚」

 

機械仕掛けで出来た猟犬が現れ、ガウガウと機械音声で吠える。 

 

「こいつは召喚に成功したとき、600ダメージを与える」

 

機械交じりの不協和音の吠えを聞き、シーアが思わず耳を抑える。

 

「イヤな音だな」

 

シーア LP8000→7400

 

「そして猟犬は1ターンに1度、手札か場のモンスターを素材にして『古代の機械』融合モンスター1体を融合召喚できる。俺は場の『古代の機械猟犬』と手札の『古代の機械熱核竜』を素材にし『古代の機械魔神』を融合召喚!」

 

猟犬と熱核竜が空中で混ざりあう。

複数の歯車が組み合わさり体が構成されている魔神が空中から落下し、ゆっくりと頭を上げた。

 

「せっかくの融合モンスターだが、守備表示だし、守備力1800。どんな効果があるんだ?」

「こいつは1ターンに1度、1000ダメージを与える効果がある。喰らってもらうぜ」

 

魔神の体の歯車が一つ射出され、シーアを襲う。

シーアが後ずさりして回避するが、ルール上ちゃんと1000ダメージは受ける。

 

「なるほど、先攻でもちゃんとダメージを与えてくる、というわけか」

 

シーア LP7400→6400

 

(豪快そうな見た目の割に堅実だな)

「はっはっは。最初の先制ジャブはこんなもんじゃろう。カードを2枚伏せてターンエンドじゃ」

 

ゼストマ LP8000

 

モンスター:古代の機械魔神

魔法・罠:セットカード2枚

手札:1枚



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シーアの実力

 

「では、私のターン。ドロー」

 

シーアがカードを引き、手札を一瞥する。

 

(そういや、シーアがデュエルをするのは初めて見るわ)

 

オディアナは今までシーアが兵士たちに武器の使い方や模擬戦などといった戦う姿は見てきた。

だが『デュエルモンスターズ』を使った戦いを見るのはこれが初めてだった。

シーアが一体どんな戦いを見せてくれるのか、それもまた楽しみのうちだった。

 

 

「私は魔法カード『ペンデュラム・コール』を発動。手札を1枚捨て、デッキから名称が異なる『魔術師』ペンデュラムモンスター2体を手札に加える」

 

手札を1枚捨て、2枚のカードをデッキから加える。

そしてそれらはオディアナが使っていた『オッドアイズ』と同じく、ペンデュラム効果も持ち合わせるモンスターたちだった。

 

「私が手札に加えるのは『慧眼の魔術師』と『調弦の魔術師』だ」

「ふむ。ここからどうする気だ?」

「私はペンデュラムスケール1の『紫毒の魔術師』とペンデュラムスケール5の『慧眼の魔術師』の2枚をペンデュラムゾーンにセッティング」

 

顔を覆面で隠した魔術師と怪しげなマスクを装着した魔術師がそれぞれ浮かび上がり、5と1の数字が描かれた光の柱を築き上げた。

 

「これで私はLV4から2までのモンスターを同時に手札から特殊召喚可能。私は手札の『調弦の魔術師』を守備表示でペンデュラム召喚する」

 

シーアの手札から飛び出したのは、巨大な音叉を模した武器を持つ可愛らしい女の子。

シーアのような凛々しい女性が使うには少しミスマッチなモンスターだ。

 

「ほう、可愛い女の子か。しかしわざわざペンデュラム召喚したのが攻撃力も守備力も0のモンスターとはな」

「ふふっ。この子は手札からペンデュラム召喚したとき、デッキから『魔術師』ペンデュラムモンスター1体を効果を無効にして特殊召喚するのさ。呼び出すのはLV4の『黒牙の魔術師』だ」

 

巨大な音叉を何度も叩き、その音に導かれ筋骨隆々な魔術師がシーアの場に降り立つ。

 

「私はLV4の『黒牙の魔術師』と『調弦の魔術師』でオーバーレイ! 2体でオーバーレイネットワークを構築。エクシーズ召喚。出でよ『星刻の魔術師』」

 

宇宙を模したローブを着た魔術師の周りに2つの闇の球体が飛び回る。

 

「次はエクシーズ召喚か。攻撃力2400のモンスターとなったか」

「『星刻の魔術師』の効果発動。オーバーレイユニットの『調弦の魔術師』を1つ取り除き、デッキから闇属性・魔法使い族モンスター1体を手札に加える。私が加えるのは『EM ドクロバット・ジョーカー』」

 

星刻の魔術師が杖を高く掲げシーアのデッキに向かって紫色の稲妻を放つ。

その稲妻がシーアのデッキから『EM ドクロバット・ジョーカー』のカードを1枚引き寄せ、シーアがそれを空中でキャッチする。

 

「そしてそのままドクロバットを召喚」

 

怪しい仮面を被り、ボロいピエロ衣装を着た道化師がシーアの場で跳ね回る。

 

「ドクロバットが召喚に成功したとき、デッキから『魔術師』『オッドアイズ』『EM』と名の付くいずれかのペンデュラムモンスター1体を手札に加える。私はデッキから『黒牙の魔術師』を手札に加える」

「シーアという女、さっきからデッキからカードを手札に加えてばっかりだな」

 

シーアの戦術を見て団員たちがどよめく。

だがシーアは特に動じた様子もなく、ゼストマだけを見る。

 

「バトルフェイズ。『星刻の魔術師』で守備表示の『古代の機械魔神』を攻撃」

 

星刻の魔術師が杖を振り上げ、先ほどドクロバットを手札に加えたときと似たような紫色の稲妻を放つ。

だが、先ほどの稲妻とは違い複数の稲妻が違う方向から襲い掛かり、魔神がそれに対応できず全ての稲妻を受け、全身がショートし爆散した。

 

「『古代の機械魔神』の効果発動じゃ。こいつがモンスターとの戦闘で破壊された場合、デッキから『古代の機械』と名の付くモンスターを特殊召喚可能じゃ。デッキから『古代の機械飛竜』を守備表示で特殊召喚させてもらおうか」

 

魔神が爆発した跡地からいきなり機械仕掛けの飛竜が飛び立つ。 

 

「そして『古代の機械飛竜』が特殊召喚に成功した場合、デッキから『古代の機械』と名の付くカード1枚を手札に加える。手札に加えるのは『古代の機械箱』だ。こいつがカード効果で手札に加わったことで効果発動。デッキから攻撃力か守備力500以下の地属性・機械族モンスター1体を手札に加える。加えるのは『古代の機械騎士』だ」

 

先ほどまでのシーアの動きに対応するかのように一気に手札を増やしていく。

これによって手札が残り1枚だったのが一気に3枚へ増えた。

 

「いいだろう。ドクロバットで攻撃だ」

 

ドクロバット・ジョーカーが軽やかなステップで飛竜の周りを飛び交う。

飛竜が対応に間に合わず、ギギギと音を鳴らしながら首を動かす。

その隙にドクロバット・ジョーカーの蹴りが飛竜の首に炸裂し、首がボキリと折れ、首と別れを告げたボディが地面に落ちて爆散する。

 

「よし、これでOK。カードを2枚伏せてターンエンド」

「エンドフェイズに永続罠カード『古代の機械蘇生』を発動。こいつは俺様の場にモンスターが存在していない時、墓地から『古代の機械』と名の付くモンスター1体を特殊召喚できるぜ」

 

ゼストマの言葉通り、先ほど倒した『古代の機械魔神』がボコボコと音を立てて地面から這い上がってきた。

それを見てもシーアの顔には特に焦りはない。

 

シーア LP6400

 

モンスター:星刻の魔術師 EM ドクロバット・ジョーカー

魔法・罠:慧眼の魔術師 紫毒の魔術師 セットカード2枚

手札:2枚

 

ゼストマにターンが移る。

 

「俺のターン、ドローだ。俺は『古代の機械魔神』の効果発動だ。1000ダメージを与える」

 

再び古代の機械魔神の体から歯車が放たれ、シーアに襲い掛かる。

 

「先ほどと同じ手か」

 

シーア LP6400→5400

 

「そして手札から『古代の機械箱』を召喚だ。そして俺様は『古代の機械魔神』と古代の機械はこの2体をリンクマーカーにセット」

 

突如現れたサーキットに2体の『古代の機械』モンスターが吸い込まれていく。

 

「召喚条件は地属性・機械族モンスター2体。リンク召喚。出でよ『古代の機械弩士』」

 

巨大な弓矢を構えた機械仕掛けの兵士がゼストマの場に降り立つ。

 

「こいつがリンク召喚に成功したとき、デッキから『歯車街』もしくは『古代の機械』と名の付くモンスター1体を手札に加える。手札に加えるのは『歯車街』だ。そしてそいつをそのまま発動だ」

 

周りの原っぱが一気に歯車で出来た街を模した風景に変わる。

それに団員達とオディアナは驚くが、デュエルをしてる当人たちはいたって冷静にデュエルを続ける。

 

「こいつは俺が『古代の機械』と名の付くモンスターを召喚する際に必要なリリースを1体少なくすることが出来る。だが、今はその効果はあんまり関係ない。『古代の機械弩士』の効果発動。俺様の『歯車街』を破壊し、お前の『星刻の魔術師』の効果を無効にし、ターン終了時まで攻撃力と守備力を0にする」

 

星刻の魔術師の胴に的確に矢が貫かれ、星刻の魔術師が動きを止める。

致命傷にならないように敢えて矢尻が錆びている物が使用されたのだ。

 

「そして『歯車街』が破壊されたことで効果発動。このカードが破壊された時、デッキから『古代の機械』モンスター1体を特殊召喚できる。出でよ『古代の機械熱核竜』」

 

歯車街が破壊された瞬間。

街を作り上げた歯車が空中で合体していき、巨大な竜の姿へと変貌した。

 

「攻撃力3000か」

 

だが、シーアは巨大な竜を見ても動じるどころか、むしろ面白い物を見たと言わんばかりの表情だった。

 

「ほぅ、その態度。さすがは王族の護衛隊長を務めてるだけある、肝が据わっているようだ」

「褒めていただき光栄だな」

「そして魔法カード『オーバーロード・フュージョン』を発動! こいつは場と墓地のモンスターを除外することで闇属性・機械族モンスターを融合召喚することが出来る! 墓地の『古代の機械魔神』『古代の機械熱核竜』『古代の機械猟犬』『古代の機械箱』の4枚を除外し『古代の機械混沌巨人』を融合召喚するぜぇ!」

 

先ほどまでの古代の機械たちとは違い、一回り大きく紫色の最新型ボディの人型の巨人がゼストマの場に降り立った。

 

「攻撃力4500!?」

「ひゃっほう、出たぜボスの切り札!」

「しかもボスのエースの『古代の機械熱核竜』まで姿を現してる!」

 

オディアナが驚いている中、ゼストマの部下である傭兵団団員たちは大興奮しゼストマの場に並び立つモンスターを見る。

 

「さぁ、俺様の腕を認める気になったか!」

「どうだろうね?」

 

シーアが敢えてとぼけた様子を見せると、ゼストマがにやりと笑う。

 

「なら、こいつらの力を受けてもらおうか! バトルフェイズ!」

 

その発言を聞いた瞬間、シーアが伏せていたカードの1枚に手を伸ばす。

 

「バトルフェイズのスタートステップ時に罠カード『威嚇する咆哮』を発動だ。これにより相手はこのターン、攻撃宣言を行えない」

 

シーアの足元から不気味な唸り声が響き渡る。

その唸り声は心を持たないはずの機械の竜の動きを止めた。

 

「おうおうおう、シーアとやら! ボスのモンスターにどうして攻撃させねぇんだ!」

「臆病者がぁ!」

 

団員たちが文句を喚くが、当のシーアはやはり一切表情を変えない。

 

(……ただ勝てばいいと思っていたが、どうやらただ勝つだけじゃダメみたいだな)

 

「ふん、小賢しいカードを使うな。にしても俺様の部下のヤジを受けても何一つ動じないとはな」

「私がどう言われようと、それらの言葉を受け止めるのは私の心だ。私の心はそれぐらいじゃ響きやしないし、ましてや傷つきもしない」

 

それを聞いたオディアナがほっと安心した顔をする。

ただ単に1枚のカードを発動しただけなのに色々文句を言われ、シーアがひるんでないかどうか心配していたのだ。

だが、それは杞憂に終わったのだった。

 

「ならしょうがねぇ。このままターンエンドだ」

 

ゼストマがターンエンドを告げた瞬間、シーアが1枚のセットカードに手を伸ばす。

 

「エンドフェイズに永続罠カード『時空のペンデュラムグラフ』を発動する。このカードは私の場の『魔術師』ペンデュラムカードと相手の場のカードを1枚対象として発動し、それらのカードを破壊する。この効果に対して何かカードを発動するか?」

「ぐっ、何もない」

 

シーアが対象となったペンデュラムゾーンの紫毒の魔術師が光の柱から飛び出していき、ゼストマの場で対象にした『古代の機械蘇生』を手にした鞭で何度もたたきつけ破壊した。

 

「そしてこの効果で1枚でもカードが破壊できなければ、場のカード1枚を選んで墓地へ送る」

「なんだと!?」

「『ペンデュラム・コール』の効果で私のペンデュラムゾーンの『魔術師』ペンデュラムカードは次の私のターンまで破壊されない。よって『時空のペンデュラムグラフ』でも破壊できない。よって追加効果が適用される」

 

紫毒の魔術師がゼストマの場に残されたもう1枚の伏せカードも連続で鞭を叩きつけた。

鞭連打を浴びた『リミッター解除』が何もされることなく破壊された。

 

「伏せていたのは『リミッター解除』か。確か自分の場の全ての機械族モンスターの攻撃力を倍にする効果だったな。どうやら『威嚇する咆哮』が発動されていなかったら私は負けていたかもしれないな」

 

それだけ言い、シーアがふぅと一息つく。

 

「いや、待て。『時空のペンデュラムグラフ』をモンスターたちに発動しなかったのはなぜだ? それで俺の場の『古代の機械』モンスターたちを破壊すれば良かったじゃねぇか」

「確かにそれも出来ただろうが、力で攻めるように見せかけて手札補充を行ったり一気に戦力を整えたりと、ただのパワー馬鹿ではないと思ったんでね。だったらエンドフェイズにセットカードを破壊するという奇襲を仕掛けた方がいいと判断したんだ」

「なるほど、だが俺様がここまで巨大な攻撃力を持つモンスターを並べるとは思ってなかっただろう?」

 

ゼストマのその一言に頷き、ゼストマが満足そうな顔をする。

 

「俺はこれでターンエンドだ」

 

ゼストマ LP8000

 

モンスター:古代の機械混沌巨人 古代の機械熱核竜

EXモンスター:古代の機械弩士

手札:2枚

 

(さて、相手の手札には『古代の機械箱』で加えた『古代の機械騎士』と、残り1枚だけ分からない。だが、あれほどの力を持つモンスターを並べた腕を持つ相手に、時間を稼がせたらダメだな)

 

だが、シーアは『時空のペンデュラムグラフ』で『古代の機械』たちを破壊する戦術を取るのは止めた。

相手はパワーを自慢としている。

そんな相手モンスターを罠で破壊したところで心から納得はしないかもしれない。

相手はお金で動く傭兵。

モンスター同士のパワーで倒した時こそ、ゼストマに対する信頼を得られるだろう。

 

「私のターン、ドロー。私は『星刻の魔術師』の効果でデッキから『アストログラフ・マジシャン』を手札に加える」

 

シーアがそのカードを手札に加えた瞬間、オディアナの心がちくりと痛む。

 

(……何だろう、今の?)

 

だが、ほんの一瞬だけの痛みだったのでオディアナはそれ以上気に留めることもなくシーアの方に目を見やる。

 

「そして『慧眼の魔術師』のペンデュラム効果発動。もう片方のペンデュラムゾーンに『魔術師』ペンデュラムカードが存在していることでこのカードを破壊してデッキから『魔術師』ペンデュラムカードを張る。デッキから『黒牙の魔術師』を張る。そして私の場のカードが破壊されたことで手札から『アストログラフ・マジシャン』の効果発動。このカードを手札から特殊召喚する!」

 

シーアの手札から銀河を模したローブを来た魔導士が飛び出していく。

そしてその片手には『慧眼の魔術師』のカードが存在していた。

 

「このカードは特殊召喚と同時に、このターン破壊された私のモンスターカード1枚をデッキから手札に加えることが出来るんだ。そして『黒牙の魔術師』のペンデュラム効果発動。相手のモンスター1体の攻撃力を半分にしてこのカードを破壊する。対象にするのは『古代の機械弩士』」

 

黒牙の魔術師が槍を投げ、古代の機械弩士の胴体を槍で串刺しにした。

 

「さっき矢で貫かれた『星刻の魔術師』のリベンジってわけか?」

「いや。狙いは別にある。『黒牙の魔術師』が破壊されたことで墓地の『刻剣の魔術師』を特殊召喚」

 

現れたのは黒いバンダナを頭に巻いた子供の魔術師。

 

「そんな奴、いつの間に……はっ」

 

シーアの最初のターンに『ペンデュラム・コール』で捨てた1枚のカード。

あの時からすでに布石は整えていたのかとゼストマは感心する。

 

「なるほど、やってくれる……だが、最初の『調弦の魔術師』といい、なかなか可愛らしいモンスターじゃねぇか」

「いえいえ。見た目で侮らないでいただきたい。『刻剣の魔術師』の効果発動。私の場のこのカードと相手の場のモンスター1体を対象にし、それらのモンスターを次の私のスタンバイフェイズまで除外します」

「えっ!?」

 

ゼストマが驚愕する間もなく、ターゲットにされた『古代の機械弩士』が『刻剣の魔術師』と共に除外されていった。

 

「あっさりとボスのモンスターが」

「見た目の割になんてガキだ」

 

ゼストマを含む団員たちが動揺している中、ゼストマだけは怪訝そうな顔でシーアを見る。

 

「なぜ俺様の『古代の混沌機械巨人』や『古代の機械熱核竜』を対象にしなかった?」

「そのモンスターたちこそあなたの切り札。パワー自慢のあなたのモンスターを除外して倒したのでは、あなたとあなたの部下である団員さんたちが納得しないと思ったんで」

「ほう、だが攻撃力4500で魔法・罠が通用しない『古代の機械混沌巨人』をどう突破する?」

 

確かに腕を売り込む以上、シーアの信頼を勝ち取ることは必要だ。

だが、いつの間にかシーア自身が自分や団員たちの忠誠心を得ようと、まさかの力勝負を挑もうとしている。

確かに先ほどのやり方で『古代の機械混沌巨人』か『古代の機械熱核竜』を突破したところで団員たちは納得しないだろう。

なんせ『威嚇する咆哮』という1枚のカードを発動しただけで文句を述べた者たちなのだ。

そんな者たちを納得させるのなら、確かに『パワー』を見せて屈服させた方が早いというものだとゼストマは納得する。

 

(さて、どう来る?)

 

シーアが『慧眼の魔術師』を発動させる。

 

「さっきと同じスケールを並べたということは」

「ええ。私はEXデッキで表側表示になっている『黒牙の魔術師』をペンデュラム召喚させてもらいます」

 

シーアのEXデッキから『黒牙の魔術師』が飛び出していく。

 

「そして私はLV4の『黒牙の魔術師』と『EM ドクロバット・ジョーカー』でオーバーレイ。2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築。エクシーズ召喚」

 

シーアのEXデッキから闇が広がっていき、シーアの場に広がっていく闇が竜の姿をかたどっていく。

 

「主に対し反逆する者は許さない。出でよ『覇王眷竜ダーク・リベリオン』」

 

緑色のラインが体に走る、顎が鋭利な角のようになっている黒き竜がシーアの場に降り立った。

 

「そして『慧眼の魔術師』のペンデュラム効果でデッキから『紫毒の魔術師』をデッキから張る。これで下準備は終わった。さて、バトルフェイズだ。『アストログラフ・マジシャン』で『古代の機械混沌巨人』に攻撃。ダメージ計算前に『紫毒の魔術師』のペンデュラム効果発動。戦闘を行う闇属性・魔法使い族モンスターの攻撃力を1200アップさせる」

「それが2枚ペンデュラムゾーンにあるということは……!」

「そう、2枚同時に発動させれば攻撃力を2400アップさせ『アストログラフ・マジシャン』の攻撃力が4900になり『古代の機械混沌巨人』を戦闘で破壊できる」

 

アストログラフ・マジシャンが『紫毒の魔術師』たちから力を受け取り、強大な闇の魔法弾を混沌巨人にぶつける。

混沌巨人が一瞬で闇の魔法弾に飲み込まれ、消滅していった。

 

「ボスの切り札が……」

「なんて女だ」

 

ゼストマ LP8000→7600

 

「『紫毒の魔術師』はペンデュラム効果を使った後、破壊される。そして破壊された時、表側表示のカードを破壊する効果があるが、使わない」

「何?」

「ボスの『古代の機械熱核竜』を破壊されば一気に2体で攻められるのに」

 

団員たちがシーアのプレイングがおかしいことにようやく気づき始めた。

 

「そして『覇王眷竜ダーク・リベリオン』で『古代の機械熱核竜』に攻撃。ダメージ計算前にオーバーレイユニットを1つ取り除き効果発動。戦闘を行う相手モンスターの攻撃力を0にし、その元々の攻撃力分ダーク・リベリオンの攻撃力がアップする」

「何っ!」

 

ダーク・リベリオンの体の緑色のラインから稲妻が放たれ、古代の機械熱核竜の体に稲妻が直撃し体がショートする。

 

覇王眷竜ダーク・リベリオン ATK2500→5500

古代の機械熱核竜 ATK3000→0

 

そして隙だらけになった瞬間、ダーク・リベリオンが顎の部分を突き刺し、そこから更に稲妻を放つ。

一瞬で熱核竜の体全身に電流が走り、黒焦げになって地面へと落下していく。

 

「なるほど、すげぇじゃねぇか」

 

ゼストマ LP7600→2100

 

「そして『星刻の魔術師』でダイレクトアタック」

 

攻撃力2400の星刻の魔術師が杖から闇の稲妻を放ち、それがゼストマに直撃した。

 

「俺の負けか」

 

ゼストマ LP2100→0

 

 

デュエルが終わり、ゼストマがシーアの元へと歩いていく。

 

「いやぁ、参ったぜ完敗だ。他にももっとスマートな勝ち筋はあっただろうに、俺様をただ負かすだけじゃなく、パワーが自慢の俺様のモンスターたちを敢えてパワーで倒す。すげぇじゃねぇか」

 

ゼストマが握手を求め、シーアが快く応じる。

 

「ええ。さすがに苦労しましたよ」

「ははっ。まあこれで団員達の中に文句が言うような奴がいたら俺が黙らせてやる」

「いやいや、文句なんて何もないっすよ」

「ボスのモンスターたちを敢えてパワーで倒すその姿、凄かったっす」

 

最初罠カードの1枚で文句を言っていた団員たちが凄い心の変わりようだとシーアが苦笑する。

まあこれでゼストマの信用は十分手に入れられたから良しとするとシーアは割り切る。

 

「だが、攻撃力3000オーバーのモンスターを手札を整えつつ消費を少なく場に出すその腕は中々見事だった。3000マニィでその腕を買わせていただこう。今回の事態が終わったら支払うと約束しよう」

「よし、契約成立だな」

 

無事に交渉が終わり、オディアナがほっとし、団員たちも笑顔になる。

 

「よっしゃあ」

「大型契約だな」

「で、これから城に向かってもらうけど、3人の兵が城の見張りをしている。その見張りたちにこの紹介状を見せれば納得してくれるだろう」

 

シーアがいつの間にやら取り出した札をゼストマに手渡す。

 

「分かったぜ。アルトマ城を救う旅、頑張って来いよ。俺たち傭兵団とその見張りの兵たちとで城、それからサービスついでに城下町も守り抜いてみせるからな」

「うん、頼みます」

「よろしくお願いします」

 

シーアとオディアナが頭を下げると、ゼストマと団員たちが笑顔で応える。

 

「で、今回の問題が解決したらだ。シーアさん、俺たちの傭兵団に来ないか?」

「え」

 

シーアがデュエル中一切見せなかった間の抜けた顔を見せる。

 

「あ、そんな顔も出来たのか……いやまあ、あれほどの腕。もったいないぜ。ぜひとも傭兵として色々な世界を回って、その腕で」

「ダメーっ!」

 

突如オディアナが叫び、全員がオディアナの方を見る。

 

「シーアは私……やお父様、お母様の護衛隊長だもん。譲れないの」

 

オディアナがシーアの腕をがっしりと掴み、ゼストマを睨みつける。

 

「……というわけだ。申し訳ないが、そのスカウトは断らせていただきます」

 

シーアが嬉しそうに笑いながらゼストマに申し出る。

ゼストマの方は申し出を断られたにも関わらず、一切気にした様子はなく豪快に笑う。

 

「はっはっは。確かに後からかっさらうような真似はいけねぇな。残念だが、諦めるとしよう」

 

 

ゼストマたちが去っていったあと、シーアが一息つく。

 

「まあこれでアルトマ城と城下町は一安心でしょう。さて、行きましょうかオディアナ姫」

「うん。それにさっき言ったのは本当のことだからね。絶対にシーアは譲れないもん」

 

オディアナが頬を少し膨らませながらシーアの手を取る。

 

「……分かっていますよ」

 

シーアがオディアナの手を優しく握り返す。

それを受けたオディアナがぱっと顔を明るくする。

 

「さぁ、行きましょうか。予定より少し遅れてしまいましたね。少し急ぎますよ」

「うん」

 

オディアナとシーアの故郷を救うための旅は、まだ始まったばかりだ。

 



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ドラゴンメイドの求め

『イードス』の村にたどり着くまで、オディアナとシーアは野原を歩く。

 

「おっ」

 

道中、シーアが何かに気づいたような声を出す。

 

「どうかしたの、シーア?」

「いや、どうやらゼストマの傭兵団とクルドたちが合流したようです」

 

シーアはアルトマ城に何かあったとき、報告用の札をゼストマとクルドたちに渡していた。

そしてその札に対して念が送られると自然と持ち主であるシーアに状況が報告されるのだ。

 

「そう。何か問題とか起こってないかなぁ?」

 

オディアナが少し不安げに尋ねるが、シーアが少しばかり苦笑しつつも首を横に振る。

 

「いえ……クルドとゼストマが意気投合したのはいいのですが、筋肉の素晴らしさについて語り始めたとのこと」

「何をやってるのよ」

 

オディアナも呆れ気味にシーアの報告を聞く。

まあ、くだらないことで笑い合えてるのなら今のところ問題は起きていないということだ。

 

「3000マニィの報酬は安くはないですが……城下町まで追加で守ってくれてるんです、感謝しかありませんね」

「うん。だからといって私たちの旅がのんびりしていいわけがないわ。早いところお父様やお母様、城の皆をあの弦から解放しないと」

「そうですね」

 

オディアナが少しばかり歩を早くする。

シーアもオディアナの歩くスピードに遅れないように歩いていく。

 

「ふぅ。にしてもやっぱり動きやすい格好はいいわね」

 

オディアナが歩きつつそんなことを口にする。

いつも城で過ごしていた時のように、上下ともに黒で統一されたジャケットとズボンだ。

国王陛下はオディアナに女の子らしい格好をしてほしかったみたいだが、この旅の時は女の子らしい格好よりもこういった格好の方が歩きやすい。

 

「まあそうですね」

「この旅が終わったら、お父様にちゃんと言おうっと。動きやすい服のおかげで早いところお父様たちを救い出すことが出来ましたよって」

 

オディアナが少し楽しげに言う。

やはり国王たちを無事に救えると信じている。

その前向きな姿勢はオディアナ姫の持ち味だとシーアは改めて再認識する。

 

「でも、たまに、本当にたまにはそういった格好もしてあげたらいかがです。別に国王陛下だって意地悪で言ってるわけではないでしょうし」

「……でも、ミニスカートとか恥ずかしいし」

 

オディアナが少しばかり顔を赤くする。

そう言われてみれば、オディアナ姫はどんな服を着ててもあんまり肌を露出させていない物を好んで着ている傾向がある。

 

「まあ確かに。あんな少し激しい動きをすれば下着が見えてしまいそうな服、私は着用できないですね」

 

シーアは城の兵として戦うとき、激しい動きをする。

そんな中でちょっと動いただけで下着が見えてしまいそうになるミニスカートなど論外な服装である。

 

「そうよね。世の中の女性には男を誘惑するためにミニスカートを着用する男もいるらしいけど」

「少なくとも私たちには必要ない物ですね」

「……シーアって、好きな男の人とかいるの?」

 

オディアナがおずおずと尋ねると、シーアが首を横に振る。

 

「あはは。王族を護衛したり兵士たちを鍛えたりすることに気を配りすぎてて、そういったことはまったく考えてませんでした」

「そうなの」

「そういうオディアナ姫はどうなんですか?」

 

シーアが逆に聞き返すと、オディアナがぷくっと頬を膨らませる。

 

「あんまり城の外に出たことがないし、いい出会いなんてするわけがないわよ」

「そうでしたね。これは失礼しました」

 

シーアが頭を下げると、オディアナがシーアの手を取る。

 

「姫?」

「……シーアがいい人を見つけても、私たちを見捨てないでね」

「何を当たり前のことを」

 

シーアがきっぱりと告げると、オディアナがどこか安心した顔を見せる。

ゼストマにスカウトされたのはきっぱりと断ったから心配ないはずなのだが。

そう思いつつも自分のことをこんなに信用できる兵だと思ってくれているのは嬉しい限りだとシーアは思う。

 

「……まぁ、今はそもそもそんな浮ついたことに意識を向けている場合じゃないですよ。早いところアルトマ城を救う手立てを見つけないと」

「うん、そうね」

 

オディアナが気を引き締めた顔をしたのを確認し、シーアが頷く。

そして村に向かって歩きを進めていく。

 

 

そして途中休憩も挟みつつ歩き続け。

『イードス』の村に到着したのは、太陽が傾いてきた夕方ごろだった。

 

「やっと到着したね~」

 

アルトマ城下町よりも派手さはないが、まばらに民家などがあり、宿屋や店などもちゃんと存在している。

アルトマ城下町、それからアルトマ城に向かうために一番近い村がここであるため旅人たちが最後の休憩を迎えるのには最適な村だ。

 

「そうですね」

「おや、あそこにいるのは」

 

村人の一人である男性がオディアナの姿を確認する。

すると一気に近寄ってきて挨拶をする。

 

「オディアナ姫じゃないですか。どうしてこんな所に? もしかして視察ですか?」

「まあそんなところですね」

 

オディアナがアルトマ城に起きた惨劇については一切話さず言葉を濁す。

この村の中にも他の国に繋がる内通者がいないとも限らない。

余計な火種を増やさないためにも、村の者たちにはあくまで視察ということで話を進めることにしようとシーアと決めていた。

 

「そうですか。ちゃんと栽培業も順調ですし。つい最近国王陛下がこの村に建造してくださった医療施設もあり、怪我人もすぐに治療が出来るようになりました」

「そう。村に家なきものは」

「当然おりません。皆ちゃんと食を取り、無事に過ごしております」

 

男がきっぱりと告げ、オディアナがにっこりと笑顔を浮かべる。

相当昔は家すらなく、食事すらも満足に取れる者がいなかった。

そういった民たちのために先代国王陛下はアルトマ王国の領内に保護施設、そして城下町からそういった者たちの世話をするための人を派遣したという。

おかげでアルトマ王国領内の村においては浮浪者などはいない。

 

「ですが姫、お供の者が護衛隊長であられるシーア様だけとは」

「あまりにも大勢で訪れればお忍びの視察の意味がなくなるであろう。私たちがあらかじめ来ると分かっていたら、不都合なことがあっても誤魔化されてしまう」

「ごもっともで。ところで宿屋はやはりこの村で?」

「そのつもりだ。今からチェックインしてくるところだ」

 

シーアがきっぱりと告げると、男性がぺこりと頭を下げ話を切り上げる。

そして宿屋へと向かうべくオディアナとシーアが村の中を歩く。

男が言っていた通り、村の中はきちんと整備されており、村の中を歩く民たちの中にもみすぼらしい格好をした者はいない。

 

(良かった)

(ですが、もしアルトマ城が危機に陥ってるなどと他国の者に知られ、戦を仕掛けられてしまえばこの村も被害に遭ってしまう)

(分かってるわ)

 

そんなことをひそひそ話で済まし、宿屋でチェックインを行う。

 

「これはこれはオディアナ姫。視察ですか、ご苦労様です」

「そう固くならなくてもいいわ」

 

オディアナがにっこりと笑顔になると、宿屋の主人もまたぱっと笑顔になる。

 

「今すぐに一番良い部屋と豪華な食事をご用意いたします」

「いや、普通の部屋を頼む」

 

シーアがきっちりと10マニィを机の上に置く。

 

「かしこましました」

 

宿屋の主人が驚きつつも、渡された料金分の部屋の鍵を渡す。

 

「食事は後で食堂に食べにくる」

「分かりました。では、ごゆっくり」

 

主人が改めて頭を下げたのを見届けた後、姫たちは渡された鍵に対応した部屋へと向かっていく。

 

そして部屋の鍵を開け、中へと入る。

 

「疲れた~」

 

オディアナが部屋の中のベッドに思いっきりダイブする。

世間一般的な姫は清楚なイメージがあるが、今この場においてはこれほど一般的なイメージから離れた姫はいないだろう。

そう思い、シーアが生暖かい笑みを向ける。

 

「もう、どうしたのシーア? 休まないの?」

「いえ、では失礼して」

 

姫に続くかのようにシーアもまた別のベッドに飛び込む。

固すぎず、柔らかすぎず。

いい材質のベッドを使用しているなとシーアは思いつつ、息をつく。

 

「さてと、まずはシャワーでも浴びようか」

「そうですね」

 

この宿屋には浴場はなく、それぞれの部屋にシャワーとバスタブが割り当てられている。

まあアルトマから遠く離れた辺境の国ではそういった物すらないと聞くので、こういった物も結構贅沢に当たるのだろうと思う。

 

「では、まず姫からどうぞ」

「うん、分かったわ」

 

 

オディアナもシーアもシャワーを終えた。

歩いてきて汗ばんでいた体もきれいさっぱり流し終わり、爽快感があった。

 

「気持ちよかったね」

「そうですね。では、夕食を取る前に明日の予定を立てましょうか。次に向かう村は『ザーストリム』。幸いなことに、この村からザーストリムに向かってはちゃんと馬車が出ています。明日、その馬車に乗っていきましょう」

「うん、分かった」

「もし余裕があれば『ザーストリム』から次の村である『エイストール』へと向かいましょうか。ザーストリムからはまた歩きになります」

 

オディアナがシーアが指さす移動経路をじっと見る。

その視線に気づいたシーアがふぅと息をつく。

 

「まあ『ザーストリム』で疲れを癒してから改めて『エイストール』へと向かうという移動方法もあります」

「いやいや、大丈夫だよ」

 

オディアナがきっぱりと告げるが、シーアがつんとオディアナの太ももあたりを突く。

それほど強く突かれたわけでもないのに、オディアナの足をずきんとした痛みが走る。

 

「あ、あれ?」

「歩き終わって少ししても疲れはあんまり感じないものですが、疲れというのは後からじんわりと出てくるものなのです。ですから今日ちゃんとゆっくりと休み、それで足に痛みが走らないようでしたら『エイストール』へと向かうルートを取ります。筋肉痛を起こしていたら『ザーストリム』で滞在ルートを取ります」

「でも、早いところ移動しないと城の皆が」

「姫も私もボロボロの状態になって城の皆が救われても、城の皆は心の底から『ありがとう』とは言ってくれないでしょう。助けられた側も助けた側も心の底から感謝が言える状態でなければ、本当に救われたとは言わないのです」

 

シーアがオディアナを窘めるように言う。

皆を助けるために無茶をしたと聞けば、きっと城の皆は罪悪感に囚われ、心の底から感謝が出来ないだろう。

 

「それに急いては事を仕損じる、とも言います。無茶をしすぎて体を壊し倒れてしまい、何日も何日も時間をロスしてしまう方がよっぽど時間の無駄になってしまいます」

「……うん」

「分かっていただけたようで何よりです。では、お腹も空きましたし食事を取りにまいりましょう」

 

オディアナが何度も頷いたのを見届け、シーアがにっこりと笑顔で立ち上がる。

 

「そういうシーアは大丈夫なの?」

 

先ほどの意趣返しとばかりにオディアナがシーアの足を何度も突くが、シーアは特に堪えた様子はない。

 

「私は時間があればウォーキングをして長期の移動にも耐えられるように訓練していますので」

「やっぱりシーアは凄いや。私もシーアのその訓練に付き合おうかな」

「今回の問題が解決したら、いくらでも。では、改めて行きましょうか」

「うん」

 

 

食堂に到着し、オディアナとシーアが食堂で食事を受け取る。

オディアナがオムライス、シーアは焼き魚や肉、サラダや野菜炒めにご飯などとにかくボリュームがある量をお盆に乗せ席に座った。

 

「……すごいね」

 

そのボリュームある食事を見たオディアナが少し驚いたように呟く。

シーアが食事をするのを何度か目撃したことはあったが、その時は他の兵と同じぐらいの量しか食べていなかった。

だからこれほど食べようとするのを目撃したのは初めてのことだった。

 

「いえ、普段はこれほどは食べないのですが、傭兵たちと魔術を交えた戦いもしましたし、ゼストマとデュエルもしたりもして結構エネルギーを消費してしまいましたから」

 

そう言われてみれば、自分はシーアが張ったバリアに守られていたけど、シーアはかなり激しく動いていた。

それでいて足に痛みもないからすごいなとは思っていたけど、やっぱり結構体力を使っていたんだなと思い、少し申し訳ない気分になる。

 

「ごめんね」

「何も謝ることはありませんよ。姫を守るため、それから城を守るための戦力を補充することに力を使えたのです。それが王族護衛隊長である私の役割ですから。むしろ感謝してもらった方が私としては嬉しいですね」

「シーアって正直だね。普通そこは謙遜するものじゃない?」

「そんな申し訳なさそうな顔をされるよりは遥かにマシです」

「そっか。じゃ、頑張ってくれてありがとうねシーア」

 

オディアナがにっこりと笑顔を浮かべながら呟くと、シーアもまた笑う。

そして食事を始めたのだが、シーアの食べるスピードがこれまた結構早かった。

皿に乗っていた野菜などが勢いよくなくなっていくのに目を奪われ、オディアナが手を止めた。

 

「ん、どうしました姫?」

「あ、いや」

 

姫の視線に気づきシーアの手が止まったのを見て、オディアナが慌ててオムライスを食べるのを続ける。

結局オディアナがオムライスを食べ終わるころにはシーアもほとんど食べ終わっていた。

そして勢いよく味噌汁を飲み終わり、シーアが息をついた。

 

「ふーっ、ごちそうさまでした」

「ごちそうさま……凄い食べっぷりだったね」

「そうですね」

「もし城の兵士たちがこの光景を見たら、すっごく驚くだろうね」

「そうかもしれませんね」

 

シーアが少し恥ずかしそうに笑っていると、机の上にそれなりな量のクッキーが乗った皿が置かれる。

 

「いい食べっぷりだったね。ほれ、結構な量を注文してくれたお客様にサービスのクッキーだよ」

「いいんですか?」

「いいんだよ。私が作ってくれた食事をあんなに美味しそうに勢いよく食べてくれるのを見たら、作った甲斐もあるというものさ。そのお礼も兼ねて、ということにしておくれよ」

 

食堂で料理を作ってくれていたであろうおばちゃんが朗らかに言う。

そこまで言ってくれて堅苦しいことを言って断る方がむしろ失礼だ。

シーアもオディアナもその好意をありがたく受け取ることにした。

 

「おいし」

「そうですね」

 

クッキーの中には最初からアーモンドが乗っていたり、クラッシュされたナッツが入っていたりしてかなりの種類のクッキーがあった。

 

「少し水をもらってきますね」

「うん、いってらっしゃい」

 

シーアが席を立ったのを見届け、クッキーの皿に手を伸ばそうとした。

すると、机の傍から別の手が伸びていたのを見てオディアナがぎょっとする。

 

「バレないよね……?」

 

そんな声が手の元から聞こえ、その手がクッキーを数枚鷲掴みする。

オディアナが思わずその手を取ると、机の下からガンっ、と何かが勢いよくぶつかる音がした。

 

「どうかしましたか!?」

「シーア、いつの間に」

 

水が入ったコップを手にしたシーアがすでにオディアナの傍に立っていたことに驚きつつ、机の下をのぞき込む。

 

(うぅ~、痛いよぉ)

 

机の下には緑色交じりの金色の髪が特徴的な少女が頭を押さえていた。

だが、その少女にはそれ以上に目を引く特徴があった。

 

「……なんでメイド服?」

「それにドラゴンの尻尾も生えてますね……一体何者でしょうか?」

 

オディアナもシーアも珍しい物を見たと言わんばかりの好奇心たっぷりの目をその少女に向けていると、少女がはっとした顔をする。

 

(ねぇ、あなたたち私のことが見えてるの?)

「うん」

「見えてますよね、オディアナ姫?」

 

オディアナもシーアも頷くと、机の下から少女が勢いよく飛び出してくる。

 

(良かった! この村の人たち、私の姿を認識できなかったから。お願い、助けて!)

 

ドラゴンの尻尾を生やしメイド服を着た少女が勢いよく頭を下げる。

だが、オディアナもシーアも何が起こったか分からず戸惑っている顔をしている。

 

「えっと、まずあなたは一体? どうして私たちのクッキーをつまみ食いしようと?」

 

オディアナが尋ねると、少女がぺこりと頭を下げる。

 

(申し遅れました。私は『ドラゴンメイド・パルラ』と言います)

「じゃ、パルラちゃんでいいかな?」

(はい)

「そのパルラさんがどうして姫や私たちのクッキーをつまみ食いをしようと? それに助けてほしいとはいったい」

(あそこから逃げ出してきて、ここにたどり着いても誰も私のことを認識してくれなくて。で、ここからいい匂いがしたから入ってきたら、クッキーが乗っていたから、悪いことだとは分かっていたけど、我慢できなくて)

「逃げ出してきて?」

 

その物騒なワードを聞き、オディアナもシーアも真剣な表情になる。

だがパルラの目は何度かクッキーに向けられ、そのたび慌てて2人に顔を向ける。

 

「とりあえずそのクッキーをつまんでいいよ」

(ありがとうございます)

 

パルラが勢いよくクッキーを手にして食べ始めた。

城にいるメイドたちにこんな元気のあるメイドはいなかったなぁとオディアナとシーアは思う。

そしてクッキーを食べ終わり一息つくと、パルラが頭を下げる。

 

(どうやらお姉さんたちは私のことが見えるみたいだから、お願いがあるんです)

「お願い? さっきの逃げ出してきて、というのと関係がありそうだな」

(はい。私のご主人であるハスキミリア様と、私たちドラゴンメイドはこの村はずれのお屋敷でこっそりと暮らしていたんです)

 

そんなお屋敷があるとは聞いたことがない。

だが、ドラゴンメイド・パルラが認識されていなかったという話から聞くと、遠くからは見えない魔法などでもかかっていたのだろうと思い、話の続きを聞くことにした。

 

(ハスキミリア様はドラゴンが大好きであり、私たちドラゴンメイドたちにも並々ならぬ愛情を注いでくれて、ほとんど外の世界とは触れることはありませんでしたが、幸せな日々を過ごしていました。ところが、つい数日前にそんな屋敷にあの下劣な男が来たんです)

 

パルラの声に怒りが混じり始める。

オディアナもシーアもその並々ならぬ雰囲気を感じ取る。

 

「下劣な男?」

(男はザイバと名乗りました。あろうことか、ハスキミリア様や私たちドラゴンメイドを見るなり『これは良い』などと下品な顔をしてハスキミリア様をいきなり捕まえて、人質にして他のメイドたちも言いなりにしようとしてるんです)

「どうしてパルラちゃんだけここに?」

(隙を見てティルルがこっそり逃がしてくれたんです。ハスキミリア様や私たちを助けてくれる人を見つけて来てくれと。で、なんとかこの村に来たんですが、誰も私のことを認識できなくて困っていたんです」

「で、この宿屋から漂う美味しい匂いに誘われてクッキーを見つけて手を伸ばそうとしたと」

(うん。お願いがあります。どうかハスキミリア様を、メイドの皆を助けていただけないでしょうか?)

 

パルラが土下座をしたのを見て、慌ててシーアが彼女の体を起こす。

 

「……いくら認識阻害の魔法がかかっていたとはいえ、アルトマ王国領内にそんなお屋敷があるのを知らなかったとは。この王国の王族として恥ずかしい限りです。そして同じ王国の民が困っているのなら、助けないと」

「そうですね。それにそのサイバという男、どうせそのハスキミリア様やドラゴンメイドたちを従わせて『ご主人様』などと呼ばせているんだろう。そんな下品な男は私は嫌いだ」

 

オディアナとシーアがお互い顔を見合わせ頷く。

 

「今すぐ案内してくれもらえないでしょうか?」

「その下品な男、私たちがさっさとぶっ飛ばす」

 

パルラがぱっと顔を明るくする。

 

(ありがとうございます。この御恩は一生忘れません!)

 

 

そしてパルラに言われて外に出て、オディアナとシーアが外に出る。

すでに日は沈み、夜の帳が降りていた。

 

(では、行きましょうか)

 

パルラが一瞬緑色の光を放つと、みるみると体を大きくしていき、緑色の巨大な竜になった。

 

(どうぞ私の背中に乗ってください)

「うん、分かった」

「では、失礼します」

 

シーアとオディアナがドラゴンに変化したパルラの背中に乗る。

 

(しっかり捕まっててくださいね!)

 

そして空高く飛び立ち、ハスキミリアのお屋敷向かって飛んでいく。

 

「私、ドラゴンに乗って空高く飛ぶなんて初めて」

「私も初めてですよ」

 

オディアナとシーアがパルラの背中に乗りながらそんな感想を述べあう。

 

(私もハスキミリア様以外を背中に乗せて飛んだのは初めてですよ)

 

パルラもどこか感慨ありげに呟いた。

 

 

そしてしばらく飛んだあと、ぼわっとした感触に一瞬突っ込んだとオディアナたちが感じた後、少し大き目な古ぼけたお屋敷に到着した。

 

(着きました。降りてください)

 

オディアナとシーアがパルラの背中から降りると、パルラがドラゴンの姿からメイドの姿に戻る。

 

(慣れ親しんだ屋敷ですが……サイバが何か細工をしたかも分かりません。気を引き締めていきましょう)

 

パルラの決意にオディアナもシーアも同意する。

 

そして、パルラが屋敷の扉を開き、3人が屋敷の中へと突入した。

 



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竜捕らえし闇の機竜

「皆ー、いるー!?」

 

屋敷に入るなりパルラが大声で叫ぶ。

 

「パルラさん、ご主人様や仲間が心配なのは分かりますけど、いきなり大声を上げるなんて」

「すでに敵の手に落ちてしまったのなら、わざわざ敵に存在を教えるのは問題だぞ」

 

オディアナとシーアがパルラを咎める。

彼女はしまったと言いながら口を抑える。

 

「……まぁ、やってしまったものはしょうがない。とりあえず探してみるとしよう」

「そうですね。にしても、立派なお屋敷ですね。よく他の人たちが気づかなかったね」

 

オディアナが屋敷の中をきょろきょろと見渡す。

中は電気もちゃんと通っており、闇が暗闇をもたらしてもこの電気が屋敷を明るく照らす。

町はずれの森の中にあるだけに、明かりが灯る屋敷が存在していれば誰かが気づくはずだ。

 

「えへん、私たちのメイド長であるハスキー様が結界をお張りになったんです。ですが、その結界もザイバに見破られて、今では奴がこの屋敷を……」

 

パルラが握りこぶしを作り、ぷるぷると震わせる。

誰が見ても怒りの感情に満ち溢れていることが分かる。

そんな彼女を見て何も感じないほどオディアナとシーアは薄情な人物ではない。

 

「なら、早いところそのザイバって奴をとっちめないとな」

「ええ。行くわよ、シーア」

「はい。オディアナ姫とパルラさんは私の後ろに」

 

シーアが先頭に立ちオディアナとパルラを連れ屋敷のメインホール内を歩く。

 

 

「……今の声」

 

眼鏡をかけた黒髪の少女がゆっくりと顔を上げる。

それと同時に、首につけられていた鉄の首輪と鎖がじゃらりと鳴る。

首輪をつけられ、天井から垂れ下がっている鎖に首と両腕を繋がれ、動けないようにされていた。

そんな彼女の顎を、金色の瞳を持つ白髪の老人はゆっくりと撫でる。

 

「ふふふ、せっかく上手いこと逃げられたのに戻ってくるなんて馬鹿な子だ。過去のご主人のことなんて忘れて新しいご主人に尻尾を振っていれば、今の君のような目に遭わずに済んだものを」

「くっ」

 

ハスキミリアが老人……ザイバを睨みつける。

 

(お嬢様に手を出すな!)

(この……)

 

ハスキミリアが成長しドラゴンになったような見た目の女性……『ドラゴンメイド・ハスキー』と白髪のドラゴンメイドである『ドラゴンメイド・チェイム』がザイバを睨みつける。

 

「おっと、これ以上近づこうものなら君たちのご主人様がどうなってもいいと?」

 

ザイバがハスキミリアの首に手をかけると、ハスキーとチェイムが悲痛な顔で「やめて」と叫ぶ。

それを聞いたハスキミリアが申し訳なさそうに首を垂れ、その光景を見ていたザイバがにたぁを笑う。

 

「さて、すでに他のメイドがパルラを迎えに行ってくれている。その後は……くくく」

 

ザイバがにたにたと下品な笑みを浮かべ、目を閉じる。

 

「まあ待てばよい。馬鹿な小娘を捕らえた後、ゆっくりと可愛がってやろう」

 

 

屋敷の中の廊下を歩き、シーアが前方に注意を払う。

パルラが後ろを確認し、間にいるオディアナがシーアの背中をじっと見る。

 

「シーア、大丈夫?」

「今のところ敵襲はありませんね。この廊下の先の部屋から探していかないと」

「分かったわ」

「皆、大丈夫かな」

 

さっきの反省を活かし、パルラが小声で呟く。

 

「……ザイバとやらの目的は皆殺しとか、命を奪う目的ではないだろう」

 

シーアがぽつりと呟き、パルラとオディアナがシーアの背中を見る。

 

「どうしてそう思うの?」

「ここに来るまで、屋敷の中から血の匂いを一切感じなかった。屋敷の中を支配こそすれど、誰かを傷つけたりといったことはしてないんだろう」

 

シーアがきっぱりと言い切ると先に進む。

 

「とはいえ、パルラさんを手中に収め目的を果たしたら、次の目的が殺戮行為とも限らない。とりあえず被害者が出る前に解決しないといけませんね」

「頼りにしてるわよ、シーア」

 

オディアナが呟いたところでシーアがほんの一瞬足を止める。

それを見逃さないほどオディアナとシーアの付き合いは短くない。

 

「シーア?」

「……何かが近づいてきますね」

 

シーアの足取りが少し早くなる。

それに付いていくようにオディアナとパルラは彼女の後を付いていく。

 

「後ろからは一切気配はありません。ですが、いつ挟み撃ちにされてもおかしくはない……おや?」

 

シーアが少し戸惑ったような声を出し、オディアナが思わず立ち止まる。

後ろからきていたパルラが足を止めきれずオディアナの背中に顔を突っ込む。

 

「いひゃい」

「ごめんね、パルラちゃん。どうかしたの?」

「近づいてきたはずの3つの気配が一か所で止まりました。このあんまり広くない廊下だと1VS1になるだろうと予測したからでしょうか?」

「この先は……私たちとご主人様がお食事をする大広間だ」

「なるほど、そこで私たちを仕留める気ね」

 

オディアナの言葉にシーアが同意する。

 

「そのようですね」

「とりあえず廊下を進んで2番目の角を右に曲がってまっすぐ進んだところに大広間があるよ」

「丁寧な案内、さすがはメイドですね助かります」

「えへへ」

 

シーアに褒められパルラが照れつつも笑顔になる。

 

「じゃ、行きましょうか」

「はい」

 

 

そしてパルラに案内された道を歩き、オディアナたち3人が大き目な扉の前で立ち止まる。

 

「行きますよ」

「うん」

 

オディアナが扉を開くと、大きなテーブルが部屋の中央を占めていた。

そのテーブルの前に3体のドラゴンメイド……赤い髪の毛とロングスカートメイド服の『ドラゴンメイド・ティルル』、青い髪の毛と割烹着メイド服の『ドラゴンメイド・ラドリー』、ピンク色の髪の毛とナースメイド服の『ドラゴンメイド・ナタリー』がいた。

 

「な、何あれ?」

 

だが、オディアナはとある異様な光景に目を奪われる。

ドラゴンメイドたちの頭の上には竜を模したかのような黒い機械が存在しており、その機械から触手が伸び、ドラゴンメイドたちを捕らえていたのだ。

 

「皆、大丈夫!?」

「いやあれどう見ても大丈夫には見えないと思う」

 

パルラが叫ぶ中、シーアが思わず口を挟む。

そしてシーアの言葉通り、ゆっくりとラドリーが口を開く。

 

「ぱ、パルラさん……? た、助けてほしいです」

「ラドリー!?」

「私たち、この機械竜に囚われて」

「さっきからこいつらを殺せという声が頭の中で大音量で響いてるんです」

「い、イヤです」

 

ラドリーがそうつぶやいたのと同時に、上の機械竜の部分が目を光らせる。

 

「来ます!」

 

細長いヘビのような見た目をした機械竜……『サイバー・ダーク・キール』が口から水を吐き出し3人の視界を奪う。

 

「これってラドリーの!?」

「舐めるなっ!」

 

シーアが手にした槍で水を切り開き、キールに切りかかろうとする。

だが竜の角を模した機械竜『サイバー・ダーク・ホーン』が口から炎を吐きシーアを襲う。

 

「危ない!」

 

オディアナの呼びかけを聞き左へ側転し炎を回避する。

そして急いでオディアナとパルラの元へと戻っていく。

 

「あんなことが出来るのか、あの機械竜たちは」

「おそらくだけど、皆の力を使ってる」

 

そして竜の翼を模したような機械『サイバー・ダーク・エッジ』がピンク色の光を放ち部屋を一瞬光で染める。

 

「姫、パルラさん!」

 

オディアナとパルラが眼を開いたとき、自分たちの体は光のバリアに包まれていたのがまず確認できた。

だが、シーアはそのバリアの中におらず、接近してきていた『サイバー・ダーク・ホーン』と『サイバー・ダーク・キール』を槍で相手していた。

 

「シーア!」

「大丈夫です、姫!」

 

シーアが槍でなんとか機械竜を切ろうとするのだが、その瞬間に触手で絡めとっているドラゴンメイドを盾にする。

そして一瞬手が鈍った隙に残りの2体がシーアを襲撃する。

そのトリオ戦術でシーアは上手いこと攻めに転じることが出来なかった。

 

(今日の傭兵の時だってそうだった。シーアに戦わせてばかり。王族護衛隊長として守ってくれるのはすごく嬉しいけども、私だってなんとか戦うことが出来れば)

(オディアナ)

 

ふとオディアナが左手あたりにじんわりと暖かい何かが存在していることに気づいた。

 

(あなたたち?)

(オディアナがちょっと疲れるかもしれないけど、オディアナが戦えって命じてくれれば私たちは力を奮う)

(いいの?)

(もちろん。デュエリストというのはデッキと心を通い合わせる者のこと。その主人が戦いたいと望むのなら、いくらでも力を貸すよ)

(だったら、お願い。シーアに力を貸してあげて)

(了解!)

 

 

オディアナが目を閉じ、ほんの少しだけ紫色の光が放出された。

 

「今のは」

 

パルラが尋ねようとした瞬間、シーアの隣に『オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン』と『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』が姿を現わす。

 

(オディアナを守る人は僕たちの仲間!)

(シーア殿、助太刀いたす)

 

ミラージュたちを見てシーアが一瞬だけ驚くが、こくんと頷く。

 

「ああ、ありがたい。ただ、オディアナ姫が限界を感じるか危機に陥ったときは即座に戻ってくれ」

(分かったよ!)

(では、参る!)

 

 

オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴンがサイバー・ダーク・エッジに向かっていく。

ナタリーが目を見開かされたと同時にピンク色の光が部屋内に満ち溢れそうになる。

 

(おっと)

 

だがミラージュが淡い緑色の球体型のバリアでエッジを包み込み、光が球体の中だけで満ち溢れた。

 

「眩しっ」

 

意識を奪われていたナタリーすらも思わず意識を取り戻すほどの光を浴びナタリーが目を閉じた。

 

(今だ!)

 

ミラージュの顎がナタリーを捕らえていた触手を切り裂き、ナタリーが地面へと落下していく。

その瞬間、先ほどと同じようなバリアがナタリーの体を包み込む。

 

(えーい!)

 

寄生先を失いおろおろしていたエッジの体をミラージュの顎が貫く。

エッジがバチバチと音を立てショートし、そのまま爆発した。

 

(よし!)

 

 

(ほぅ、面白い)

 

ティルルを乗っ取ったホーンが口から炎を吐き、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを襲う。

 

(我らの始祖『オッドアイズ・ドラゴン』は炎を武器とする。その始祖にペンデュラムの力を宿した私相手に炎でお相手してくるとはな)

 

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの赤い瞳の部分が赤く光り、それと同時にオディアナの片方の目も赤く光る。

 

(行くよ)

 

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンも口から炎を吐き、ホーンが吐く炎とぶつかり合う。

炎がぶつかり合ってはその場で消えていく。

だが、その炎同士が発する熱は消えることはなく、むしろ増していき部屋内の温度が上がる。

 

「……熱っ!?」

 

機械で出来た触手にも熱が広がり、それで捕らわれていたティルルが意識を取り戻す。

だがその触手はティルルを離そうとしない。

だが意識を取り戻したティルルが何度も熱い熱いと叫び、、ホーンの支配力よりもティルルの生存本能が上回る。

 

「離しなさーい!」

 

そしてやがてティルルが腕を全力で振り、触手を力づくでぶっ壊した。

 

(火事場の馬鹿力、とはよくいったものだ)

 

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンがそんな諺があったなと思い、ふっと笑いながらティルルを見る。

 

「あ、熱かったぁ。助けてくれたのは感謝するけど、他にもやり方があったでしょ?」

 

ティルルが文句を垂れるのを聞き、大丈夫だと判断したオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンがさらに勢いよく炎を吐く。

ティルルから炎の力を奪い取れなくなったホーンの吐く炎が徐々に消えていき、やがてホーンがエネルギー切れを起こした。

こうなってしまえば、どちらが勝つかは火を見るより明らかだった。

 

(トドメだ!)

 

炎に闇のエネルギーを込め、黒きエネルギー波がホーンの体を包み込む。

ホーンの体が炎が籠った闇に耐えきれず爆発した。

 

 

「っと」

 

キールが水の球を発射しシーアを牽制する。

たかが水、されど水だ。

水を利用したウォーターカッターはダイヤモンドすら切断するほどの力を持つほどだ。

それにはさすがに劣るものの水の力でシーアに向かっていく。

 

「あ、あうっ、そんなところ触らないで」

 

だがキールの触手がラドリーからエネルギーを補給しようと彼女の体をまさぐる。

それの動きにびくっと反応し、ラドリーが顔を赤くする。

それを見ていたシーアが嫌悪感を抱きつつ、ふととあることに思い至る。

 

(やってみる価値はあるか。勝負は一瞬の隙)

 

そう考えている間に水の刃がシーアを襲う。

シーアが刃を槍で受け止め、漆黒の槍の穂先に全力を込める。

 

「くおおおおおっ」

 

シーアが踏ん張り声を上げ、攻撃を耐える。

お互い体を震わせつつその場から一歩も動かない。

 

「シーア、頑張れ」

「ええ、頑張ります!」

 

オディアナから激励の声を受け、シーアが一層腕にと槍の穂先に力を込める。

水の刃がうっすらと切れていき、やがて水の刃が消え槍の穂先が空中を切った。

そして触手がもぞもぞと動き出す。

 

「やだ、また」

 

力を補給しようとラドリーの体をまさぐろうとするその瞬間が決定的な隙だった。

シーアが手にした槍を床に突き刺し、手に力を入れる。

 

「はっ」

 

シーアが紫色の茨の鞭を出現させ、それを勢いよく奮う。

鞭がキールの体と触手に絡みついていき、完全に鞭に絡みとられ動きが封じ込められた。

 

「今だ」

 

地面に突き刺した槍を引き抜き、ラドリーを絡みとっていた触手の元を断ち切った。

 

「わわっ」

 

ラドリーが地面に着地し無事を確認したところで、シーアが槍でキールの頭を勢いよく貫く。

 

「女の子の体をまさぐる破廉恥、成敗する」

 

キールの頭が粉々に粉砕され、ボディが床に墜落し爆発した。

 

 

「ふぅ」

 

バリアが解除され、オディアナとパルラが床に着地する。

 

(僕たち、頑張ったよ)

「ありがとう、ミラージュたち」

 

オディアナがミラージュとペンデュラムの頭を撫でると2体の竜は満足したように消えていった。

 

「もちろんシーアもお疲れ様」

 

オディアナがシーアの頭を撫で、シーアが思わず面食らう。

 

「オディアナ姫?」

「あ、ご、ごめんねつい」

「まったく、私は子供じゃないんですよ」

 

シーアがそういうが、顔が少し赤らみちょっと嬉しそうだったのをパルラは見逃していなかった。

そして3人のメイドたちが無事だったのを確認し、パルラが3人の元へと駆け寄る。

 

「大丈夫?」

「うん、なんとかね」

「ラドリー、あの機械に体いっぱい触られて、すごく恥ずかしかったです」

「わ、私も……胸とか触られちゃったし」

 

ラドリーたちが言葉を口にするたび、怒りのボルテージが上がっていってるのがオディアナとシーアの目には取れた。

 

「さぁ、行きましょうか。あのザイバが私たち3人にあの機械を取り付けた場所。そこにハスキミリア様が囚われてる」

「早く助け出して、あのエロジジイをぶっ飛ばしましょう」

 

怒りに燃えてるドラゴンメイドたち4人に対してオディアナもシーアも口を挟むことはせず、駆け足で進んでいく4人の後を付いていった。

 

 

応接間。

その扉をパルラたちは勢いよく開ける。

 

「ザイバ!」

「む……どうやらあの3人はしくじったようだな」

 

ザイバが先頭に立っていたパルラを見て忌々しげに呟く。

 

「そうよ。この2人が助けてくれたのよ」

 

パルラが後ろに手を向けると、オディアナとシーアが少し息を切らし立っていた。

 

「あ、あれ?」

「あ、歩くの早いって」

「無言で付いていくのも大変だったんだぞ」

「わはははは、随分と頼りになる仲間だなぁ」

 

オディアナとシーアの疲れてる姿を見てザイバが大笑いする。

 

「もっとも、これを見ても逆らう気になるかな?」

 

ザイバがハスキミリアの首に手をかける。

 

「ハスキミリア様!」

「やめて!」

 

ハスキミリアの傍には鎖で縛られているハスキーとチェイムの姿があった。

ハスキミリアを人質に取られては竜に変化して鎖を砕くこともできない。

 

「ふふん。これほど素晴らしい力があればもう誰も『サイバー・ダーク』を馬鹿には出来ないはずだ」

「どういう意味かしら?」

 

オディアナが尋ねると、ザイバがじっくりとオディアナの顔を見る。

 

「……これはこれは。よくよく顔を見てみればアルトマ王国のオディアナ姫ではないですか。どうしてこのような所に」

「あなたにそんなことを説明する必要はないわ。ハスキミリアさんはこの国の住人。この国の住人が困っているのなら助けるのが王族の務めよ」

 

オディアナがきっぱりと言い切ると、ザイバがくくっと笑う。

 

「なるほど、素晴らしき志。だが、私が『サイバー・ダーク』を出来損ないと馬鹿にしてきた者たちに復讐するチャンス。ジャマをしないでいただきたい」

「さっきから聞くと出来損ないとはなんだ?」

 

シーアが尋ねると、ザイバが忌々し気な顔をする。

 

「お前たちの国の住人は知らないだろうが、私が住んでいた国には『サイバー流』と呼ばれる流派が存在している。そのサイバー流は機械とドラゴンの力を合体させた機械竜の力を使い戦う」

 

オディアナもシーアも首を傾げる。

そんな流派が存在していることなど聞いたことがない。

 

「だが、奴らは『サイバー・ダーク』など、ドラゴンの力を外部ユニットとして合体させねば戦えない出来損ないのポンコツと馬鹿にしおった。若き者が『鎧皇竜サイバー・ダーク・エンド・ドラゴン』を開発しても『サイバー・エンド・ドラゴン』の力を借りねば何もできない、出来損ないらしいポンコツロボットと馬鹿にした」

「……で? 何がしたいんだ?」

 

シーアが呆れ、疲れた体を解すように腕を伸ばしながらザイバに尋ねる。

 

「この国にはこっそりと暮らす『ドラゴンメイド』という、人の心を宿すドラゴンが存在していると聞きつけたからな。私の『サイバー・ダーク』の力として服従させ、私の力にする。そしてその力を持って『サイバー流』に復讐しようと思ったわけだ」

「そのようなことのために私たちやご主人様を!」

 

パルラが怒りザイバに近づくが、ザイバがハスキミリアの首を手に取る。

 

「おっと、大好きなご主人様がどうなってもいいのかなー?」

「くっ」

 

パルラが動きを止めたのを見てザイバが満足げな顔をする。

 

「よろしい。では、再び君たちを操り人形にして姫とその傍にいる女を追い払ってもらおうか」

「断る」

 

シーアがパルラを押しのけ前に進む。

 

「いいのか? この小娘の首を捻り、殺しちゃうぞ?」

「やってみろ? この国の民を殺す。そんなことをしたら貴様の体をバラバラにして目ン玉くり抜くぞ? そうだ、そんな君の首を切り取り、その『サイバー流』とやらがある国に持って帰り、晒し首にするというのもいいなぁ」

「き、貴様本気か!?」

 

ザイバがシーアに尋ねると、シーアがさらに足を進める。

 

「本気さ」

「この小娘はこの国の住民なのだろう? その姫が住民を助けようとしているのに、姫の意思を蔑ろにする気か?」

 

ザイバがそう言うが、その顔に少しばかり怯えが見えているのをシーアは見逃していない。

 

「私は姫に忠誠を誓った身。あなたがその子を利用することでドラゴンメイドたちを好き放題操り、姫を傷つけようというのならば私は姫を守るため、最善手を取ります」

「ちょっとあなた」

「ハスキミリア様に手を出すなど許さないです」

 

だがティルルとラドリーがシーアの両手をがっしと掴み、彼女の動きを止める。

それを見たザイバが安堵の息をつく。

 

「よーしよし。さぁ、そのままその2人を追い出してもらおうか」

 

その瞬間。

 

(甘いな)

 

杖がザイバの横を薙ぎ払い、緑色のバリアがハスキミリアを包み込む。

バリアからはみ出た鎖が断ち切られ、ハスキミリアが驚いた顔で首を横に振る。

 

「ハスキミリア様!」

「良かった」

 

ハスキーとチェイムがほっと安心した顔になると、杖が鎖を断ち切り2人も解放された。

 

「んなああああ!」

 

何が起きたかわからず呆然とするザイバ。

 

(まったく、人遣いが荒い)

「ご苦労、アストログラフ」

「ミラージュもお疲れ様」

 

宇宙を模したローブを着た魔術師『アストログラフ・マジシャン』がひらりとマントごと一回転するとハスキーとチェイムを連れドラゴンメイドたちの元に連れてくる。

そしてバリアに包まれたハスキミリアがドラゴンメイドたち6人の中央に着地する。

 

「ご主人様!」

「無事でよかったです!」

 

そしてバリアから解放された瞬間、ドラゴンメイドたちがハスキミリアの頭を撫でたり抱きしめたりする。

もみくちゃにされたハスキミリアは困惑しつつも嬉しさが顔からにじみ出ていた。

 

「な、い、一体」

「お前だけがデッキの霊魂を扱えるわけではない。オディアナ様はつい先ほど『オッドアイズ』たちの霊魂と共に戦えるようになり、私は『アストログラフ・マジシャン』の霊魂と共にあるのさ。もっとも、私はオディアナ様ほど慕われてないからか他の魔術師たちに関しては武具だけしか解放できないけどな」

「シーアに啖呵を切らせてる間にアストログラフがミラージュを連れて闇に紛れるように移動し、ドラゴンメイドたちがシーアを抑えあなたが隙を作った瞬間にアストログラフたちが対応するようにしたのよ」

 

敵を騙すにはまず味方から。

もし敵が本気でハスキミリアを殺そうとしたのならアストログラフが作戦を起こす前にザイバを止めるつもりだった。

 

「く、くそっ」

「さて……こうやってひっそりと隠れ住んでいたとはいえ、私の国の民の心を傷つけ、その子と共にあるドラゴンメイドたちを弄ぶとは。許しません」

 

オディアナが左手を掲げるとその左手にデッキが握られ、手首にデュエルディスクが装着された。

 

「ちょっと待って」

「あいつだけは何度消しても消したりないわ」

「私たちの手で」

 

ドラゴンメイドたちが怒りと殺気が籠った眼でザイバを睨みつける。

それを見たザイバがひっと体を揺らすが、シーアがそれを制する。

 

「申し訳ない。あなたたちドラゴンメイドが戦っている間に卑劣な策でまたハスキミリアさんが囚われたら問題です。あなたたちはハスキミリアさんを守ることに全力を尽くしてください」

 

シーアがドラゴンメイドたちに説明したが、まだ若干不安げだった。

 

 

「くっ、なら『サイバー・ダーク』の力であなたを倒し、また改めて『ドラゴンメイド』たちを支配下に置くまで」

「これ以上私の国の民に手出しはさせませんよ」

 

 

「「デュエル」」



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竜の意地

ザイバの先攻でデュエルが始まる。

 

「私のターン、ドロー。私は手札から『サイバー・ダーク・カノン』を捨ててデッキから『サイバー・ダーク』機械族モンスターを手札に加える。手札に加えるのは『サイバー・ダーク・キール』」

 

手札に加えられたのは先ほどドラゴンメイドたちを捕らえていた闇の機械竜。

 

「そして『サイバー・ダーク・クロー』を捨ててデッキから『サイバーダーク』と名の付く魔法・罠カード1枚を手札に加える。手札に加えるのは『サイバーダーク・ワールド』。そして『サイバーダーク・ワールド』を発動しデッキから墓地に存在していない『サイバー・ダーク』モンスター1体を手札に加える。手札に加えるのは『サイバー・ダーク・ホーン』だ」

 

そして手札に加えられたそのモンスターがそのままモンスターゾーンに置かれる。

「私は『サイバー・ダーク・ホーン』を通常召喚し効果を発動する。墓地に存在しているLV3のドラゴン族モンスターをホーンに装備する。墓地の『サイバー・ダーク・カノン』をホーンに装備する」

 

場に現れたホーンが墓地へと触手とコードを伸ばしていき、カノンを捕らえ装備合体する。

 

「この効果で装備したドラゴン族モンスターの攻撃力分ホーンの攻撃力をアップさせる。これにより攻撃力は2400になる。カードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

ザイバ LP8000

 

モンスター:サイバー・ダーク・ホーン

魔法・罠:サイバー・ダーク・カノン サイバーダーク・ワールド セットカード2枚

手札:2枚

 

オディアナにターンが移る。

 

「私のターン、ドロー。私は『EMドクロバット・ジョーカー』を召喚して効果を発動するわ。デッキから『オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン』を手札に加える」

 

オディアナの場に現れたピエロがミラージュを手にし、お辞儀をする。

 

「あれは私も使ってるカード。さすがに相性がいいですね」

「うん。シーアの力も借りて戦わせてもらうね。私はペンデュラムスケール8の『オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン』にペンデュラムスケール4の『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』をセッティング」

「ここで永続罠カード『サイバダーク・インヴェイジョン』を発動する。装備カード1枚を破壊して相手の場のカード1枚を選んで破壊する」

 

ホーンが装備していたカノンを解放した瞬間、カノンが勢いよくオディアナの場へと飛んでいく。

 

「自分が装備させた『サイバー・ダーク』モンスターを破壊して私のカードを破壊してくるとは」

「これがドラゴンの命を使い場を支配する『サイバー・ダーク』の力だ。『サイバー・ダーク・カノン』を破壊し、貴様の場のカードを破壊する。破壊するのは『オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン』だ。そしてモンスターに装備されている状態の『サイバー・ダーク・カノン』が墓地へ送られたことで1枚ドローする」

 

ザイバ 手札2→3

 

「なら手札のペンデュラムスケール1の『オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン』をペンデュラムゾーンにセッティング。これによりLV2とLV3のモンスターを同時にペンデュラム召喚出来るわ。私はEXデッキから『オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン』をペンデュラム召喚します!」

 

オディアナの場に緑色の竜が現れ、その鋭利な顎をザイバに見せつける。

 

「さぁ、バトルです。装備モンスターを失ったことで『サイバー・ダーク・ホーン』の攻撃力は800に下がりましたね。『EMドクロバット・ジョーカー』で攻撃!」

 

ドクロバット・ジョーカーの蹴りがホーンの頭部を見事に蹴り砕く。

頭部を失ったホーンが地面へと落下し爆発し消滅していく。

 

「ホーンがやられたか」

 

ザイバ LP8000→7000

 

「ミラージュで追撃です」

(行っくぞー)

 

ミラージュの顎がザイバのお腹を突き刺す。

 

「ぐっ、下級ドラゴンごときが忌々しい」

 

ザイバ LP7000→5800

 

「カードを2枚伏せてターンエンド。エンドフェイズ時に『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』のペンデュラム効果を発動します。このカードを破壊してデッキから攻撃力1500以下のペンデュラムモンスター1体『オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン』を手札に加えます」

 

オディアナ LP8000

 

モンスター:EMドクロバット・ジョーカー

EX:オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン

魔法・罠:オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン セットカード2枚

手札:2枚

 

「エンドフェイズ時に罠カード『メタバース』を発動しよう。デッキからフィールド魔法を手札に加えるかそのまま発動する。私は『サイバーダーク・インフェルノ』をそのまま発動する」

「私のターン、ドロー。私は『サイバー・ダーク・キール』を召喚」

 

ヘビ型の闇の機械竜が墓地に向かって触手を伸ばしていく。

 

「当然キールにもドラゴンを装備する効果がある。墓地の『サイバー・ダーク・クロー』を装備する。そして『サイバーダーク・インヴェイジョン』のもう1つの効果を発動して私の墓地のドラゴン族か機械族モンスターを攻撃力1000アップさせる装備カードとして『サイバー・ダーク』効果モンスターに装備させる。『サイバー・ダーク・カノン』をキールに装備させる」

「一気に攻撃力が3400に……下級モンスターなのにこれほどの攻撃力になるなんて」

 

オディアナだけでなく、ドラゴンメイドたちやシーアもまた驚きの表情でキールを見つめる。

 

「さぁ、バトルだ。『サイバー・ダーク・キール』で『オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン』に攻撃だ」

「そうはさせません。『ペンデュラム・スイッチ』でペンデュラムゾーンに存在している『オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン』を場に守備表示で特殊召喚します」

 

オディアナの場に屈強な肉体の赤き竜が降り立ち、咆哮する。

 

「だが攻撃続行だ。『オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン』に攻撃」

「この時に『オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン』の効果を発動します。他にオッドアイズモンスターが存在していればオッドアイズモンスター1体を対象にしてこのターン、1度だけ破壊されません」

 

ミラージュが体を光らせると自身の体に淡い緑色の光を放つバリアが形成された。

 

「むぅ。だがダメージ計算時に装備されているカノンとクローそれぞれの効果発動。カノンはデッキからモンスター1体を墓地へ送り、クローはEXデッキからモンスター1体を墓地へ送る。カノンの効果で『サイバー・ダーク・キメラ』を。クローの効果でEXデッキから『妖精竜エンシェント』を墓地へ送る」

 

キールに装備されたそれぞれのドラゴンたちが尻尾のパーツをザイバのデッキとEXデッキへと伸ばし、指定されたカードを墓地へ送っていく。

 

「墓地へ送られた『サイバー・ダーク・キメラ』の効果でデッキから『サイバー・ダーク・エッジ』を墓地へ送る」

 

「ミラージュ」

(僕は大丈夫だけどダメージは防げなかった)

「ううん、しょうがないよ」

 

オディアナ LP8000→5800

 

「ふはは。カードを1枚セットしターンエンド」

 

ザイバ LP5800

 

モンスター:サイバー・ダーク・キール

魔法・罠:サイバー・ダーク・クロー サイバー・ダーク・カノン サイバーダーク・インヴェイジョン サイバーダーク・ワールド セットカード1枚

フィールド:サイバーダーク・インフェルノ

手札:3枚

 

「私のターン、ドロー。私はペンデュラムスケール8の『オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン』とペンデュラムスケール4の『オッドアイズ・ファントム・ドラゴン』をセッティングする」

 

オディアナの場に光の柱が形成される。

 

「ぐ、またペンデュラム召喚の準備を。そうはさせない。『サイバーダーク・インヴェイジョン』の効果発動。インヴェイジョンの効果で装備した『サイバー・ダーク・カノン』を墓地へ送りカード1枚を破壊」

「ならばミラージュの効果発動。ミラージュ自身にこのターン破壊耐性を付与します」

「構わん。破壊するのはペンデュラムゾーンの『オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン』だ。そして墓地へ送られたカノンの効果で1枚ドロー」

 

ザイバ 手札3→4

「これで『サイバー・ダーク・キール』の攻撃力は2400に下がりましたね。『ペンデュラム・スイッチ』の効果発動! 私のモンスターゾーンのペンデュラムモンスター1体をペンデュラムゾーンにセッティングすることが出来ます」

「何!?」

「これでEXモンスターゾーンの『オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン』をペンデュラムゾーンにセッティングします」

 

(よし、行ってきます)

 

モンスターゾーンのミラージュがペンデュラムゾーンへ移動し、光の柱を創り出す。

 

「ペンデュラム召喚! 出でよ『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』!」

「ぐっ、竜の力で『サイバー・ダーク』たちに歯向かうつもりか!」

「もちろんそのつもりです。ペルソナを攻撃表示に変更して、バトルフェイズ。『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』で『サイバー・ダーク・キール』に攻撃です」

「この瞬間に『オッドアイズ・ファントム・ドラゴン』のペンデュラム効果を発動します。もう片方に『オッドアイズ』ペンデュラムカードが存在していることで『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』の攻撃力を1200アップさせます。これにより攻撃力は3700になります」

 

(行くぞ)

 

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの吐く闇のブレスがファントムの力を受けさらに膨れ上がり、極太いレーザー上に変化した。

 

「そして『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』が相手モンスターと戦闘することで発生する戦闘ダメージは倍になります。1300の2倍で2600ダメージを受けてもらいます」

「そうはいかん。私が戦闘ダメージを受けるダメージ計算時に罠カード『パワー・ウォール』を発動。私が受ける戦闘ダメージが0になるようにダメージ500につき1枚、デッキの上からカードを墓地に送る。6枚を墓地へ送り戦闘ダメージは0じゃ」

 

ザイバのデッキの上から6枚のカードが飛び出していき、闇のブレスを防ぐ壁となった。

ブレスが壁に激突し、ザイバに命中する前に消え去る。

 

「そしてキールは戦闘によって破壊される場合、装備したドラゴン族モンスターを身代わりにし破壊を免れる」

 

キールが装備していたクローが墓地へと送られていき、なんとか闇のブレスの破壊から免れた。

 

「そしてクローは装備状態で墓地へ送られたことで墓地の『サイバー・ダーク』モンスター1体を手札に戻すことが出来る。『サイバー・ダーク・カノン』を手札に戻そう」

「ですが『EMドクロバット・ジョーカー』『オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン』の追撃は防げないですね。お願いします」

 

ドクロバット・ジョーカーがキールを蹴り砕き、ペルソナが口から風の球を発射しザイバにダメージを与えた。

 

「ぐおおっ!」

 

ザイバ LP5800→4800→3600

 

「よし」

「一気にダメージを与えたですの」

 

ドラゴンメイド・ティルルとドラゴンメイド・ラドリーが嬉しそうにしているが、シーアは微妙な表情で場を見ていた。

 

「だが、その結果あのザイバという男の墓地はかなり肥やされたし、カノンの効果でドローして手札も蓄えてる。想像以上に厄介だぞ」

「私はこのままターンエンドです」

 

オディアナ LP5800

 

モンスター:EMドクロバット・ジョーカー オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン

EX:オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン

魔法・罠:ペンデュラム・スイッチ オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン オッドアイズ・ファントム・ドラゴン セットカード1枚

手札:1枚

 

「私のターン、ドロー。私は『サイバー・ダーク・カノン』を捨ててデッキから『サイバー・ダーク・エッジ』を手札に加える。『サイバー・ダーク・キメラ』を召喚」

 

ホーン、エッジ、キールが歪な状態で合体した闇の混成機械が現れ、ザイバに場に降り立つ。

 

「『サイバー・ダーク・キメラ』の効果発動。手札の魔法カード『サイバー・ダーク・ワールド』を捨ててデッキから『パワー・ボンド』1枚を手札に加える。これにより私はこのターン機械族モンスターしかEXデッキからしか特殊召喚できないが、機械族モンスターの融合召喚を行う場合、私の墓地の『サイバー』モンスターも融合素材に出来る。『パワー・ボンド』を発動! 場の『サイバー・ダーク・キメラ』、墓地の『サイバー・ダーク・キメラ』『サイバー・ダーク・ホーン』『サイバー・ダーク・エッジ』『サイバー・ダーク・キール』の合計5体を除外!」

 

墓地と場のサイバーダークたちがレーザーによって体を解かされ、空中で無理やり合体させられていく。

 

「5体も素材に使う融合モンスター!?」

「出でよ『鎧獄竜サイバー・ダークネス・ドラゴン』!」

 

5体のパーツでドラゴンの形が形成されていく。

やがて溶接が終わり、巨大な闇の機械竜がザイバの場に君臨する。

 

「『パワー・ボンド』の効果で融合召喚に成功した『サイバー・ダークネス・ドラゴン』の攻撃力は元々の倍となる。さらにサイバー・ダークネスの効果発動! 特殊召喚に成功したとき墓地の機械族かドラゴン族モンスター1体をダークネスに装備させる!」

「その効果にチェーンして『オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン』の効果を発動します! EXデッキから特殊召喚されたモンスター1体を対象にしてその効果を無効にします!」

「ぐぬぬ、だが『サイバーダーク・インヴェイジョン』の効果で墓地の『サイバー・ダーク・カノン』を攻撃力1000アップさせる装備カードとして装備させる。これにより攻撃力は5000」

「シーアが戦った『古代の機械混沌巨人』すら上回るなんて」

「これが『サイバー・ダーク』の力の到達点だ! そして『サイバーダーク・ワールド』の効果発動。サイバー・ダークモンスター1体を召喚する。『サイバー・ダーク・エッジ』を召喚し、墓地の『サイバー・ダーク・カノン』を装備させる」

「さっきのエッジと言い、『パワー・ウォール』の効果で墓地へ送られていたのか」

「バトル! 『鎧獄竜サイバー・ダークネス・ドラゴン』で『オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン』に攻撃!」

「なら『ペンデュラム・スイッチ』の効果で『オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン』をペンデュラムゾーンから守備表示で特殊召喚します」

「構わん、攻撃続行だぁ!」

「ミラージュ、ペルソナを守って!」

(うん!)

「だが戦闘ダメージは防げないんだよなぁ!?」

 

ミラージュがペルソナを守るために張った緑色のバリアを破壊することこそ出来なかったが、ダークネスが吐いた闇のレーザービームはバリアを反射しオディアナに向かって飛んでいった。

 

「ううううっ」

 

オディアナ LP5800→2000

 

「さらに攻撃力2400の『サイバー・ダーク・エッジ』は相手の場にモンスターがいても直接攻撃出来るのだ!」

 

サイバー・ダーク・エッジがオッドアイズたちを飛び越していき、オディアナの目の前に着地する。

 

「なっ!?」

 

オディアナが驚いた顔で前を見てシーアが握っていた拳を開く。

 

「ふふ、その焦り顔。残念だが、エッジが直接攻撃することで相手に与える戦闘ダメージは半分になってしまうのだ。だが、十分だ。行け」

 

エッジが自身の鋭利な翼でオディアナを切り裂く。

デッキの霊魂が身を守ってくれているが、実際に霊魂の加護がない者がその攻撃を受けていればその体は真っ二つになっていただろ。

 

「くっ」

 

オディアナ LP2000→800

 

「メイン2、このままターンエンド。エンドフェイズに『パワー・ボンド』の効果で私は2000ダメージを受ける」

 

ザイバ LP3600→1600

 

ザイバ LP1600

 

モンスター:サイバー・ダーク・エッジ 鎧獄竜サイバー・ダークネス・ドラゴン

魔法・罠:サイバー・ダーク・カノン×2 サイバーダーク・インヴェイジョン サイバーダーク・ワールド フィールド:サイバーダーク・インフェルノ

手札:3枚

 

「私のターン、ドロー。私は『ペンデュラム・スイッチ』の効果を発動します。ペンデュラムゾーンの『オッドアイズ・ファントム・ドラゴン』をモンスターゾーンに移動させます」

(これでペンデュラムゾーンはがら空きになってしまうが、攻撃力2500のオッドアイズ・ファントム・ドラゴンを呼び出されては困る)

「『鎧獄竜サイバー・ダークネス・ドラゴン』の効果発動! 先ほどは効果を無効にされていたことで発動できなかったが、装備カード1枚を墓地へ送ることで相手が発動した魔法・罠・モンスター効果を無効にして破壊する。『ペンデュラム・スイッチ』を破壊!」

 

インヴェイジョンの効果で装備されたカノンが弾丸となってダークネスの体から発射された。

 

「ならばその効果にチェーンして『オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン』の効果を」

「無駄だ。『サイバーダーク・インフェルノ』は装備カードを装備している『サイバー・ダーク』モンスターは相手の効果の対象にならず、効果で破壊されない。よってペルソナの力は発揮できない。サイバー・ダークネスが装備している『サイバー・ダーク・カノン』を墓地へ送り『ペンデュラム・スイッチ』の効果を無効にし破壊する!」

 

カノンが『ペンデュラム・スイッチ』のカードに見事に直撃しカードがまるでガラスのようにパリンと音を立てて割れて消えていく。

 

「そして墓地へ送られたカノンの効果で1枚ドロー」

「ならば『EMオッドアイズ・ユニコーン』をペンデュラムゾーンにセッティング」

 

可愛らしい見た目のユニコーンがペンデュラムゾーンにセッティングされ、光の柱を形成した。

 

「バトルフェイズ! 『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』であなたの『サイバー・ダーク・エッジ』に攻撃します!」

 

その瞬間、オッドアイズ・ユニコーンが鎮座している光の柱がキラリと光った。

 

「攻撃宣言時に『EMオッドアイズ・ユニコーン』のペンデュラム効果が発動します。『EMドクロバット・ジョーカー』の攻撃力を『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』に加えます」

「『サイバーダーク・インヴェイジョン』の効果で『サイバー・ダーク・カノン』を墓地へ送り『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』を破壊……あああああっ!?」

 

そこで何かに気づいたようにザイバがみるみる顔を青くしていき、叫び声を上げた。

 

「気づいたようですね。これで装備カードは全て剥がされ、あなたの『サイバー・ダーク・カノン』が墓地へ送られたことで『サイバー・ダーク・エッジ』の攻撃力は800に下がります」

「そんな馬鹿な」

「ミラージュの効果で『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』に破壊耐性をつけておきます。さぁ、何のカードを破壊しますか?」

 

オディアナが尋ねたが、ザイバは呆然とし膝をがっくりとついた。

当初ザイバが予定していた通り『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』が破壊対象に決定されたがミラージュが張ったバリアの効果でインヴェイジョンの破壊から身が守られた。

 

「攻撃力は4300、そして竜の力とやらを失ったエッジの攻撃力は800になります」

 

4300から800が引かれ、3500。

そして『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』の効果でモンスター同士との戦闘ダメージならば7000のダメージとなった。

 

「ぐおおおおおおっ!」

 

ザイバ LP1600→0

 

「ば、馬鹿な……私の『サイバー・ダーク』が……」

「いえ」

 

オディアナの声を聞き、ザイバが顔を上げる。

 

「あなたが切り札としていた『鎧獄竜サイバー・ダークネス・ドラゴン』の力は本当に強かったです。あのモンスターを倒すルートを取れなかった時点であなたの『サイバー・ダーク』の力は確かに証明されたんです」

「き、貴様は私の『サイバー・ダーク』を認めてくれるのか?」

「ええ。あなたが『サイバー流』とやらの力『サイバー・エンド・ドラゴン』を認めないという理由で使わないと明言していた『鎧皇竜サイバー・ダーク・エンド・ドラゴン』というモンスター。どんな力を持つかは分かりませんが、もしそんなカードまで使用されていたら勝負は分からなかったかもしれません」

「…………」

 

ザイバが呆然としつつ、それでもオディアナに向かって目を向ける。

もうすでにオディアナに対して反抗する気は失せていたみたいだった。

 

「ただ…………ハスキミリアさんと、ドラゴンメイドさんたちはあなたを許す気は到底ないみたいですよ」

「…………え」

 

ザイバがオディアナの後ろからゆっくりと歩いてくるドラゴンメイドたちの姿を確認する。

皆にっこりと笑ってはいたが、その体からは明らかに怒りのオーラが放たれていた。

 

「あ、ああ」

 

『サイバー・ダーク』たちの霊魂を使って対抗しようにもオディアナとのデュエルで精神力を相当消耗され、呼び出すことが出来なかった。

 

 

「さーてと、ドラゴンメイドの皆。屋敷の中の汚物の掃除の時間ですよ。徹底的に汚れを排除しちゃいましょうね」

 

ハスキーが眼鏡をきらんと光らせ、呟く。

その言葉に他のドラゴンメイドたちが頷き、ザイバの元へと歩いていく。

 

 

その数秒後、ザイバの断末魔が屋敷の中に響き渡ったという。

 

 

その後、オディアナとシーアは行き同様パルラの背中に乗せてもらい、イードスの村の宿屋まで送り届けてもらった。

シーアはリアルファイトを、オディアナがデュエルを行った。

それによりベッドで横になった瞬間に体に蓄積されていた疲れが一気に2人を襲い、すぐに眠りに着いたという。

 

 

翌朝、朝食を終え、昨日体を動かしたことで結構汗をかいていたのでシャワーを浴び、身も綺麗にした。

食料と水の買い出しも終え、オディアナとシーアが『ザーストリム』へと向かう馬車を待つ。

 

「昨日は大変だったわね」

「ええ、本当に」

 

昨日の夜、ザイバを倒したことでドラゴンメイドたちとその主人であるハスキミリアに感謝された。

とりあえず屋敷の場所は確認できたので、今回の問題が無事に解決したらまた後日話をしに行こうとオディアナは決めていた。

 

「にしてもドラゴンの姿をしたメイドさんが、しかも私たちの国の領土に隠れ住んでいたなんて……世界って広いのね」

「そうですね」

 

「あ、あのーっ。オディアナさんとシーアさん」

 

ふと誰かに呼ばれる声が聞こえ、オディアナとシーアが声の主に目を向けた。

 

「ハスキミリアさん?」

 

声の主はハスキミリアであり、気づいてもらったことでほっとした顔をしていた。

 

「どうしたの?」

「お見送りなら昨日ので十分だったのだが」

「ううん……実はお願いがあるの」

「お願い?」

 

ハスキミリアが少しばかり躊躇い、だが意を決して言葉を放つ。

 

「あのザイバって男の人に囚われている間にオディアナさんとシーアさんが戦ってるところを見てたの。良い主従関係してたし、お互い力もあった。私の力不足のせいで今回の事態を招いちゃったから……2人に付いていって、主従関係や力のことについて、見て学んでもいいですか?」

 

ハスキミリアの提案を聞きオディアナとシーアが思わずお互い顔を合わせた。

そしてほぼ同時にハスキミリアに顔を向けた。

 

「同じタイミング……やっぱりすごい」

「そこですごいって言われてもね。いやいや、ドラゴンメイドさんたちはどうするの?」

「もちろん一緒に付いてきてくれるって」

 

その瞬間『ドラゴンメイド・ハスキー』の彼女の後ろで実体化する。

 

(私たち一同、ハスキミリア様についていきますし、決してお二方の旅の邪魔もいたしませんし、ハスキミリア様の旅費はこちらで持ちますし、可能な限りは資金のバックアップもさせていただきます。ただ、目的地までドラゴンとなって飛んでいけ、というのは体力がさすがに持たないので不可能ですが)

(シーアさんのあの実力、しびれたです)

(私たちもシーアさんを見て従者の心を学ぼうと思ってるんです)

 

ドラゴンメイドたちにキラキラとした眼差しを向けられ、シーアが困惑する。

 

「姫、どうしますか?」

「うーん、ここまで来てもらっちゃったし、それに何よりハスキミリアさんとドラゴンメイドさんたちの目に一切の曇りがない。ハスキミリアさんの希望に応えられないかもしれないですが、それでもいいんですか?」

「うん!」

 

ハスキミリアが一切の迷いも躊躇なく肯定の言葉を述べた。

 

「旅の同行者が増えるけど、いい、シーア?」

「ええ。この者たちは確かに信用できますし、姫の決定なら問題ありません」

「やった! これからよろしくお願いします!」

 

ハスキミリアが純粋な笑みでオディアナに抱き着き、オディアナも彼女を優しく抱き返した。

その様子をシーアとドラゴンメイドたちは微笑ましい表情で見ていた。

 

 

こうして、オディアナとシーアの旅に新たな仲間が加わることとなったのだった。

 



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『闇』がもたらす力

「わぁ」

 

ハスキミリアが馬車の窓から見える外の景色を見て、感激の声を上げる。

その様子をオディアナとシーアが微笑ましく見ていた。

ハスキミリアは産まれたときから屋敷の中で暮らしており、屋敷以外から外を見たことがないという。

 

「にしても、馬車は私たち3人で貸し切りですね」

「ええ」

 

オディアナがどこか嬉しげに言い、シーアも頷く。

ただ単に朝から『ザーストリム』へと向かうのがオディアナたち3人だけという話であり、それが貸し切り状態になる原因となった。

ちなみにドラゴンメイドたちはハスキミリアのデッキの中に戻っており、姿を消してデッキの中からハスキミリアを見守っていた。

 

「にしてもハスキミリアさん」

「んー?」

「ハスキミリアさんって、その……『ドラゴンメイド・ハスキー』さんにそっくりですよね?」

 

確かに。

さすがにドラゴンの尻尾など、ドラゴンを現わす特徴が体に現れているわけではないのだが『ドラゴンメイド・ハスキー』の幼少期がハスキミリアの姿であると言っても違和感ないほど外見はよく似ていた。

 

 

「うん。ハスキーが言うにはね。お母さんは私が産まれてからすぐに死んじゃったらしくて。ハスキーやドラゴンメイドの皆が私の親代わりになってくれたの。で、私、あんまり目が良くなくて。で、せっかくだからハスキーが使っている眼鏡とおそろいの眼鏡にしたんだ」

 

ハスキミリアが嬉しそうに眼鏡をくいっと触る。

デッキの中から『ハスキミリア様』と、どこか感動したハスキーの声が聞こえてくる。

 

「そういやこの馬車を運転してる人、相当優秀ね。普通の馬車だったら乗っててがたがた音を立てるはずなのに」

「そうですね。馬を走らせてるのに揺れをほとんど感じさせませんね」

 

オディアナとシーアが感心してると、外から男の声が響き渡る。

 

「へへ、オディアナ姫様に褒められるとは光栄の極みですぜ。なんせこの馬車を引いてる馬は俺と一心同体と言ってもいいぐらいのパートナーだからな。俺の願ったように走るなんてお茶の子さいさいよ。ましてや今日はオディアナ姫が視察を兼ねて乗ってくれてるんだ。下手な仕事をするなんてとんでもねぇってことだ」

 

外で馬車を走らせてる運転手の説明が嬉しそうな声だった。

どちらにしろ馬も運連手の気持ちに応え、軽快に走ってくれている。

そのおかげで快適な旅が出来るのだからオディアナたちに文句はない。

 

「ふぁ……」

 

そしてそんな風に軽快に揺れるリズムはオディアナ姫に眠気をもたらした。

小さく欠伸をして慌てて手を当てて誤魔化したが、シーアがそれを見ておりくすりと笑う。

 

「も、もう。なんで笑うのよ」

 

オディアナが少し顔を赤くしながら反論するが、その態度もまた可愛らしいものでありシーアがくすくすと笑う。

 

「失礼しました。お休みになるなら」

 

シーアが羽織っていたマントを外し、オディアナに掛けてあげる。

当然臭いなどまったくしないものである。

 

「ありがと、シーア」

 

オディアナが感謝し、ゆっくりと目を閉じる。

 

(なるほど)

(主人の様子を察知し、適切と思われる行動を取る)

(さすがです)

 

ハスキミリアのデッキのドラゴンメイドたちの感心した声が聞こえ、シーアが少し照れる。

そしてオディアナが寝てるフリをしながら笑顔になっていたのでシーアの恥ずかしさは余計倍増していた。

 

「オディアナ姫様、眠っちゃったの?」

「うん。だからゆっくりと眠れるように静かにしてあげようね」

 

さっきまで外の様子を窺ったりしていたハスキミリアに対してじっとおとなしくしているように、というのは少し難しいかなと思いつつ声を掛けてあげる。

だがハスキミリアは素直に頷き、さっきまでのはしゃぎっぷりが嘘のようにじっと静かにしていた。

そしてそれから数分後、ハスキミリアもまた目を閉じて眠りの世界へと誘われていった。

 

主の眠りを守るのもまた従者の役目。

宿屋など襲撃が来ても即座に対応できる場所以外ではシーアはオディアナと一緒に眠ったりはしない。

目をぱっちりと開け、じっと待機していた。

 

「にしても、のどかだな」

 

シーアが馬車の窓の外から景色を眺める。

原っぱの他には民たちが耕してる畑なども見えた。

『イードス』の村や『ザーストリム』の村の民たちが耕してる畑もこの周辺にはある。

アルトマ王国の民たちは、王国の城の民たちと共に野原以外の場所を開墾し、農作物を育てる畑も作り上げた。

一部の畑を開墾する際、シーアも少し手伝ったことがある。

その時を思い出し、シーアが感慨深い顔に浸る。

 

(もし他国から侵略を受け領内を荒らされることになったら、この畑や民たちの生活も荒らされる……それだけは避けたいものだ)

 

だからこそ、今のアルトマ王国の惨状を他の国の民に知られてはならない。

早いところ問題を解決しないと、とシーアのやる気が上がっていった。

 

それから馬車が走ること数時間。

 

「お待たせいたしました。『ザーストリム』の村に到着しましたぜ」

 

運転手の声が馬車の中に響き渡り、オディアナとハスキミリアがゆっくりと目を開く。

 

「到着しましたの?」

「へぇ。どうやら馬車の中でゆっくりとお休みできたみたいですね。下手な馬車の運転手だとがたがたと不快に揺らして眠りに就かせることすらできませんからね」

「うん、おじちゃんありがとー」

 

ハスキミリアに褒められこそしたものの「まだおじちゃんって年じゃないんだが」と少しばかり文句を呟く運転手相手にシーアが頭を下げる。

 

「申し訳ない」

「いいよ、気にしなくて。それよりも『ザーストリム』の村の視察、頑張ってくれよ」

 

運転手がぺこりと頭を下げ、村に入っていく3人を見送った。

運転手の方は村の外れで馬を休ませる場所があるらしく、そこに滞在するつもりらしい。

 

「おや、姫様だ」

「もしかして、抜き打ちの視察ですか?」

 

村の入口に立っているのは、村の衛兵だ。

イードスと違い、ザーストリムは王国から少し離れた場所にある。

故に王国からの助けがすぐに来れないと判断しており、独自に衛兵を置いている。

 

「うん、そんなところです」

 

オディアナが頷くと衛兵たちがほんの少し背筋を伸ばした。

まあ堂々とサボっていたわけではないしこれぐらいは大目に見れる範囲内だ。

衛兵たちが頭を下げ、3人がザーストリムの村に入る。

 

(わぁ、広い村です)

 

村の中の活気溢れる様子が気に入ったのか、ハスキミリアのデッキの中の『ドラゴンメイド・ラドリー』が実体化し、村の中をきょろきょろとする。

当然ドラゴンの格好をしたメイドさんなど村の中では相当浮く存在であるため、民たちの目がラドリーに集まる。

 

「あの娘?」

「ドラゴンの尻尾とか生えてるよな?」

「仮装か?」

「にしてはずいぶんと質感いいし……」

 

民たちがひそひそと話す声がオディアナたちの耳にも入ってくる。

 

「ちょっと、ラドリー、目立っちゃってるよ」

(そうなのです?)

「うん」

「だけどここで戻したらさらに注目を集めちゃいますし」

 

オディアナがそんなことを言うと、民たちの目がオディアナにも集まる。

 

「オディアナ姫様だ」

「本当だ!」

 

そしてオディアナを慕う民たちがオディアナの元にやってくる。

 

「オディアナ姫様、あの女の子は一体?」

「ドラゴンの尻尾とか生えてるんですが、もしかしてお知り合いですか?」

 

そして民たちの少しばかり不安げな声を聞き、オディアナがこくんと頷く。

 

「はい。アルトマ王国から少し離れた場所にあるお屋敷で住んでいた所を、私がメイドとしてスカウトしたのですが。少しばかり見た目が違うとはいえ、ちゃんと心を持ち、皆を傷つけたりすることなど絶対にしない、良い子です」

 

姫に直々にそう言われ、民たちがほっと安心した顔を見せる。

 

「ですから皆は安心していつも通りの生活をしてください」

「分かりました」

 

オディアナ姫にそう言われ、民たちは安心した顔で離れていく。

 

(ラドリー?)

 

ドラゴンメイド・ハスキーの少し冷たい声がハスキミリアの懐から聞こえてきた。

それを聞いたラドリーが尻尾をぴーんと立てる。

 

(ひゃ!?)

(まったく、人とは違う見た目をした私たちがいきなり飛び出せば注目を浴びるのは当然のこと。当然私たちの傍にいるお嬢様やオディアナ姫様、シーアさんも奇異の目を浴びてしまうことになるのですよ?)

(ごめんなさいです)

 

ラドリーが少ししゅんとし、尻尾をへんにゃりと下げた。

 

(次からは気を付けるように)

(はいです)

 

「まあ今姿を消せばさらに疑われてしまうから今は実体化し続けていてくれ」

(分かりましたです)

 

ラドリーがハスキミリアの傍に立ち、彼女を守るように立つ。

 

「おやおやおやおや」

 

ふと大きな声が村の中に響き渡る。

銀色のネックレスを首に飾った、少々頭が剥げている男がオディアナ姫の近くにやってきて頭を下げる。

 

「シュージ」

「つい先ほど屋敷の衛兵の1人がオディアナ姫がこの村にやってきたという報告をしてきたのですよ。姫様を出迎えない村の領主がいるとでも?」

 

あからさまにへりくだったシュージの態度を見てオディアナが少し困り顔をする。

姫という身分で他の民たちから少し一歩引かれた態度をされること自体は珍しくはないが、このように露骨に崇められるのはさすがのオディアナも好きではない。

 

「で、オディアナ姫様は村のご視察で参られたとのこと。何日ばかりご滞在いたす予定ですか?」

「一泊の予定です」

 

オディアナに変わりシーアが答え、一瞬だけその場の全員の視線がシーアに集まる。

無論、それに動じるシーアではない。

 

(シーア、私は大丈夫よ? 馬車の中でぐっすり休んで体調もばっちりなんだから)

(の割には村に着いてからの歩みは、昨日に比べてそれほど軽くはなかったですよ。その歩みのスピードで次の村へ向かっても到着はおそらく深夜近くになるでしょう。ですからちゃんと休みを取りましょう)

 

「オディアナ姫様? シーア様?」

 

2人でひそひそ話を始めたのを見てシュージはもちろんのこと、ハスキミリアとラドリーもキョトンとした様子で2人に目を向けた。

 

「いえ、なんでもありません」

「ゆっくりと視察をする予定ですが、何か視察をされたら問題がおありで?」

「いやいやいや、そんなことはありません。ですが、もしこの村で滞在するのでしたら、私のお屋敷で一泊してほしいなと思いまして。当然、シーア様と……えっと」

「ハスキミリアです」

 

シュージの目がハスキミリアに来ていたのを見てハスキミリアが自己紹介をする。

 

「そう、ハスキミリアさん。あなたたちも屋敷でゆっくりとくつろいでいただきたいのです」

「よろしいのですか?」

 

オディアナが尋ねると、シュージがまるで赤べこのように激しく頷く。

 

「ここはこう言ってくださってるのですし、屋敷をお借りいたしましょう」

「そうですね」

「ありがたき幸せ。では、早速お屋敷へとご案内いたしましょう」

 

 

村の少し奥にある、3階建ての立派なお屋敷。

そこにシュージと役人たちが住んでおり、村人の困りごとなどを聞き解決のため動いている。

その屋敷の中で一人のメイドに案内され、3人が一緒の部屋に入る。

 

「ふかふかのベッド~!」

 

ハスキミリアがベッドにダイブし、ベッドの寝心地を堪能する。

 

(……突然の来客にもかかわらず、きちんとベッドメイクされてますね)

(良い仕事をしてるみたいね)

 

ハスキーとチェイムがいきなり実体化しベッドの感想を述べる。

 

「もー、2人とも。そんな固いお話しなくてもいいから、ゆっくりしてよ」

(失礼いたしました)

 

他のドラゴンメイドたちも実体化し、ハスキミリアが寝転がってるベッドの上に座り込む。

尻尾が寝転んであるハスキミリアの背中に一気に覆いかぶさるが、実際は少し尻尾を浮かせてハスキミリアの背中には一切触れないようにしている。

そのメイド根性に感心しつつオディアナが気になっていたことを尋ねる。

 

「ところでハスキミリアさん、そんなにドラゴンメイドさんたちを実体化させてて疲れないのですか?」

「特に疲れないけど、どうして?」

「いや、私は昨日、オッドアイズたちを実体化させて戦わせた際、少し疲れたのですが、ハスキミリアさんは一切疲れた様子を見せないから気になって」

 

オディアナの問に対してもハスキミリアは首を傾げ、疲れない原因を考える。

 

「しかもラドリーちゃんの様子を見る限り、勝手に意思を持ち実体化しているようですし」

「『霊魂』と『精霊』の違いでしょうね」

 

ベッドで横になっていたシーアが突然言い放ち、その場にいた全員が一斉にシーアの方を見る。

もっともハスキミリアはドラゴンメイドたちに囲まれシーアの姿が見づらかったのだが。

 

「『精霊』?」

「丁度いい機会ですし、説明しましょう。簡単に言えば私たちの力となってくれている『デュエルモンスターズ』の起源は『闇』です」

「『闇』?」

 

あんまりいいイメージを持たない単語を聞き、オディアナが首をかしげる。

 

「古来より『闇』はあらゆる生命の母体となっていました。植物は光届かない土の中から命を受け、人は光届かない母親の胎内から産まれ、鳥は光届かない卵の殻の中から産まれ落ちる」

「ほぅほぅ」

「そして『闇』は生命体の感情に入り込み、怒り、疑心、不安、などなどの感情をもたらします」

 

シーアがそう呟いたのを聞き、オディアナもハスキミリアも少し表情を曇らせる。

 

「『闇』はあくまで生命体の感情に取り入ることしかできませんでしたが、ふとある日とあるカードの存在に目をつけ、そこに入り込むことで物理的に干渉することが可能になりました」

「もしかして、それって」

「ええ『デュエルモンスターズ』です。そして良くも悪くも強い心の持ち主に取り入り、戦うための力を与える」

(回りくどいです。『霊魂』と『精霊』の力の違いは何です?)

 

ラドリーがしびれを切らして尋ねると、シーアが息をつく。

 

「『霊魂』はデッキ単位、『精霊』はカード単位で『闇』が実体を現わすものです。ハスキミリアさんのドラゴンメイドさんたちは精霊。姿を現わすこと自体は出来ますが、体の一部だけを実体化させたりとかそういうことは出来ないですが、主に対する心の負担はほとんどかかりません」

「じゃあ『霊魂』は?」

 

オディアナが尋ねるとシーアが手に黒き槍を出現させる。

 

「こんな風に『黒牙の魔術師』の武器である黒き槍を出現させたりと、デッキの中のモンスターなら別に一部だけでも実体化させることが出来ます。ただ、その分主の心に相当な負担をかけてしまいます」

「ふーん」

「まあ要するに『闇』が1部のカードにのみ力を特化させ実体を得たのが『精霊』、デッキ全体に力が及んでいるのが『霊魂』、といった感じでしょうか」

「なるほどね」

 

ハスキミリアが納得すると、シーアが黒い槍を消し去る。

 

「でも、なんで『闇』が『デュエルモンスターズ』を選んだの?」

「『闇』が生み出した生命の中で一番影響を受けているのが人間です。その人間が『デュエルモンスターズ』を得ることでお互い『デュエルモンスターズ』で戦うようになります。戦いほど心に怒りや焦りなどといった負の感情を満たさせるものはないですからね」

 

シーアが少し遠い目で天井を見つめる。

 

「オディアナ姫に質問します。もし『デュエルモンスターズ』を学ぶ学校があったとしたら、どうなると思いますか?」

「え、えーと」

 

オディアナが考えて少し待つが、答えは帰ってこない。

なのでシーアははぁと息をつき、話を続ける。

 

「答えは簡単。『争い合う』です。生徒が『デュエルモンスターズ』を手に取り、生徒同士お手手を繋いできゃっきゃ仲良くする、なんてことはありえないですよ。『デュエルモンスターズ』で生徒同士が争い、上に行った者が優遇され、下の者は淘汰される。そして手にしたカードの力の性能の格差で強き者は優越感に浸り、弱き者は自分のデッキに持ち合わせない力を持つ者を卑怯だの、リスペクトに反してるだのと貶める」

 

そこまで言って嫌気が差してきたのか、シーアが溜息をつく。

 

「本来『教育』というのは学の有無による劣等差を埋め合わせるために行う物。だが『デュエルモンスターズ』の教育はむしろ劣等を開かせ差別を生み、弱き者を淘汰する。劣等、差別。そこから産まれる負の感情こそ『闇』の大好物ですからね」

「じゃあ『デュエルモンスターズ』って手にとってはいけないものだったの?」

 

オディアナが尋ねるが、シーアは首を横に振る。

 

「そんなことはないですよ。本来力に善悪なんてものはない。『デュエルモンスターズ』もまた然り、です。それを使う者の心によっていくらでも転びます。もし姫が『デュエルモンスターズ』の力を民を虐げる者を倒すための力として使うのならそれは善と呼ばれるだろうし、逆に民を虐げ、己の欲望を邪魔する者を排除するために使うのなら」

「そんなことは絶対にしないよ!」

 

オディアナがシーアの話を断ち切り、声を荒げる。

 

「失礼しました。まあ姫がどのような力を手にしても、決して民を無為に傷つけることはしない、むしろ守るために奮うだろう。それが分かったからこそアレン国王陛下は『オッドアイズ』の『霊魂』が宿ったデッキをオディアナ姫に託したのでしょう」

 

シーアが迷いなくきっぱりと言うとオディアナがほっと安心した顔になる。

 

「そして私が『魔術師』のデッキを託されたのもまた、国を守るために力を奮ってくれるとアレン国王陛下が判断してくれたからとのこと。そしてオディアナ姫が『デュエルモンスターズ』を手にしてもし、万が一、悪の道に堕ちたとしても私が『デュエルモンスターズ』の力を使い姫を正しき道に連れ戻すことが出来る」

「シーア……」

「『闇』は確かに心に嫌な感情をもたらす。だが、心に一本の強い芯があり、『闇』に負けない勇気がありさえすれば心は『闇』に屈さず、『デュエルモンスターズ』もまた持ち主の心に何よりも強く応えてくれる、誰にも負けない力となるのです」

 

シーアがそこまで言ったところでゆっくりと起き上がる。

 

「オディアナ姫が闇に屈し道を違えたら私が、そして私が闇に屈し道を違えたらオディアナ姫様が私を正しい道に導いてください」

「もちろんよ、シーア」

「それを聞いて安心しました」

 

お互いにっこりと笑い合うと、ハスキミリアがぴょこんと起き上がる。

 

「私も。もし2人が誰が見ても正しくない道に進んだら、私が2人を助けてあげる」

「それは心強いですね」

「頼りにしてますよ、ハスキミリアさん」

 

シーアとオディアナに言われ、ハスキミリアがニコニコと笑顔を浮かべた。

 

 

(…………)

 

それを聞いていた何者かが3人がくつろいでいる部屋の前にいたことを、3人もドラゴンメイドたちも知ることはなかった。

 



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異国の料理『寿司』

3人とドラゴンメイドたちは屋敷の中でくつろいでいた。

オディアナも急ぎたい気持ちはあったが、足が少し痛かったのは事実であるし、そんな状態で無理をしてさらに足を痛めては意味がないし、何よりシーアが心配する。

 

「オディアナ姫?」

 

ベッドで天井を眺めてぼんやりしていたオディアナにシーアが声をかける。

 

「あ、大丈夫。やっぱりちょっと疲れが出てたみたい」

「そうですか。お茶でも貰ってきましょうか?」

「ううん、大丈夫よ。急いては事を仕損じるというものね」

 

オディアナがゆっくりとベッドから起き上がり、ハスキミリアの方を見る。

ハスキミリアはベッドの上ですやすやとお昼寝をしており、その様子をドラゴンメイドたちがベッドを取り囲む形で見ていた。

ハスキミリアが純粋だからなのか、それとも屋敷にいたときからああだったのかは分からないが、少なくとも自分は逆に気になって寝れないだろうなとシーアは思う。

 

「姫が足を痛めていたようでしたが、予想してたよりは酷くはないみたいですね……明日には『ザーストリム』を出て『エイストール』へと向かいます。ただ、歩きで結構な量を歩きますが」

「大丈夫よ。なら、今日はなおさらゆっくりと休んで、明日からの旅に向けて英気を養わないとね」

「その通りですね」

(……そんな目で見られても、私たちはドラゴンになって飛んでいくことはいたしませんよ)

 

シーアが思わずパルラをちらりと見たのを確認し、ハスキーがぴしゃりと釘を刺す。

あの時はハスキミリアを助けるために感情が荒ぶっていたためドラゴンに変身するのもやむなしだった。

今ドラゴンに変身したら結構体に負担がかかり、ハスキミリアが心配してしまう。

だからドラゴンに変身する気はないらしい。

 

「分かってます。いけないですね、一度楽を覚えてしまうとその楽に頼りたくなってしまう」

 

シーアが自分を戒めるように言うとオディアナに目を向けなおす。

 

「オディアナが言っていたじゃない。急いては事を仕損じるって。それにそもそもドラゴンがいきなり村に飛んで来たら、民たちは何事かって思っちゃうわ。今日、ラドリーちゃんがメイドの姿で村の中を歩いていた時でさえ何事かと奇異の目を向けられたもの。ドラゴンの状態だったらなおさらよ」

 

オディアナにそう言われ、シーアが頷きラドリーがふいっと目を逸らす。

確かにドラゴン状態で移動していたらそれを目撃した民たちが何事かと訝しんでしまう。

あんまり目立って行動する気がないシーアとオディアナからしてみたら確かにそれは都合が悪い。

 

「分かりました」

「うんうん、分かってくれたならいわ。夕食まで時間があるし、少し眠るね」

「かしこまりました」

 

オディアナがベッドで横になり、目を閉じる。

それから少しして寝息を立て始めたのを見てシーアがふぅと一息つく。

 

(シーアさんは眠らないの?)

「私は別に眠くないから」

 

シーアがきっぱりと言い切ると『アストログラフ・マジシャン』の霊魂が横に現れる。

 

(…………)

 

そして何かを言うわけではなく横に佇んでおり、じっとドラゴンメイドたちを見る。

いきなり見つめられたドラゴンメイドたちは身構えたが、アストログラフは首を横に振る。

 

「そうか、分かった」

 

シーアが何かを納得したかのように呟くと、アストログラフも姿を消していった。

 

(今のなんだったんです?)

 

ラドリーがおずおずと尋ねると、シーアがくすりと笑う。

 

「いえ……これといって問題はありませんよ。それよりあんまりお喋りをしてると主たちが目を覚ましてしまいます」

 

シーアがそう告げるとドラゴンメイドたちも黙り込み、シーアも続くように黙り込んだ。

 

 

オディアナが先に目を覚まし、ハスキミリアがそれから少し遅れて目を覚ました。

『精霊』が常に実体化してるからハスキミリアの精神が少し疲弊してるのだろうとシーアは思う。

だが『ドラゴンメイド』たちの意思を尊重してるんだろうなと思い、口を出すのは野暮だと思い何も言わないことにした。

 

 

「さてと、そろそろお腹が空いてきましたね」

 

日も沈み始め、夕方となってきた。

昼は馬車の中でパンなどの簡単な物で済ませたのでお腹もぺこぺこになっていた。

 

「こんな立派な屋敷の中だし、一体何が食べられるんだろ?」

(私たちが作る食事以上の物が出てこないようでしたら、私たちが厨房を乗っ取って料理をしますが?)

 

なんか物騒なことをハスキーが告げるがハスキミリアは首を横に振る。

まあ実際そんなことをするようなら止めようとシーアは内心決めていた。

この『ザーストリム』の村の領主であるシュージはアルトマ王国に忠誠を誓い、村の民たちを虐げるような酷い行いをしていない。

そんな素晴らしい領主の屋敷で問題を起こしたら今後の関係にひびが入るというものだ。

 

「失礼します」

 

メイドが戸を叩き、ゆっくりと戸を開く。

 

「夕食なのですが……」

「おーっ、この人たち?」

 

メイドの横から白い布を頭に巻き付けた男がひょっこりと顔を現わす。

アルトマ王国では見たことがない白と黒のラフな服を着ており、3人が一斉に男に目を向ける。

 

「ちょっと、ギンジ」

「おっと、お客様の前ですまねぇな。俺の名は佐渡嶋 銀二。まあこの国では俺の名前は違和感あるらしくてな。『ギンジ』って気軽に呼んでくれや」

「あ、はぁ」

 

オディアナが少し困惑してるのに構わずギンジが話を続ける。

 

「今夜の食事だが、楽しみにしててくれよ」

「え? ギンジさんが作るあの料理は確かにおいしいですが、姫様たちに出すわけには」

「というわけで、じゃあなー」

 

ギンジがさっさと去っていき、メイドが彼の方を見る。

 

「ああ、もう。お気になさらず。待ちなさい」

 

メイドは慌てて扉を閉め、ぱたぱたと急ぐ足音が部屋の外から聞こえてきた。

 

「何だったんでしょうか?」

「あの男……このアルトマ王国では見たことがない服装してましたね。国にあのような男がいたなんて、名簿にありましたっけ?」

 

シーアが尋ねるがオディアナが首をかしげる。

 

「さすがに毎日名簿を確認してるわけじゃないから」

「まあ名簿の提出日は月に1度と決めてましたからね。にしても慌てだしい男でしたね」

「あの男の人がお料理を作るのかな?」

 

ハスキミリアが楽しみそうな顔をしていたが、ドラゴンメイドたちは渋い顔だ。

あんな男よりも私たちの方が美味しい物を作れると言いたげだった。

 

「まあ実際どんな料理が出てくるか楽しみにしておきましょう」

「そうですね」

 

 

そしてメイドが改まって部屋にやってきて、3人を食事をする広間へと連れていく。

 

広間の傍の席にはシュージがすでに座っていた。

 

「こんな仰々しい広間で食べなくてもいいのに」

「いえ、オディアナ姫を迎えるのに部屋の中で食事を取らせる無礼なんてさせられません」

「シュージさん、堅苦しいなぁ」

 

いきなり広間の扉が開かれ、ギンジがニコニコと笑いながらシュージに話しかける。

 

「ギンジ。まさかお前、姫たちに!?」

「なんだよー、シュージさんやメイドさん、それに村人たちは俺の故郷の料理を気に入ってくれてるだろ?」

「確かにお前の作るアレは相当な一品だ。だが、いくらなんでも姫様達が気に入るか」

 

シュージが慌ててる様子を見て、オディアナは更に興味を持つ。

この『ザーストリム』の村の人だけじゃなくシュージたちのような偉い立場の者も気に入るほどの料理。

どんな料理なのか、興味を持たない方が無理というものだ。

 

「ギンジさん、でしたね?」

「はい」

 

オディアナに話しかけられ、ギンジがにっこりと笑顔を向ける。

 

「あなたの作るあなたの故郷の料理、興味を持ちました。お作りしていただいてよろしいでしょうか?」

「へいっ!」

「オディアナ姫様!?」

 

ギンジは喜び広間から去っていき、シュージが困惑の目でオディアナを見る。

オディアナはシュージに向かってにっこりと微笑む。

 

「いいじゃないですか。オディアナ姫の立場を知ってから知らずか、自然体な感じで話しかけてきた。姫様はああいう人が嫌いじゃないんですよ」

 

シーアが説明するがシュージは少し不安そうだった。

 

 

「へい、お待ち!」

 

シュージはにっこりと笑いながら広間の扉を開き中へと入る。

そして白い皿の上に載っていたのは……お米の上に生魚などを乗せている料理……『寿司』と呼ばれる物だった。

 

「わぁ」

「これは……生の魚や、鮭の卵……?」

 

オディアナがぱっと顔を明るくさせるが、シーアは目を見開き寿司を見る。

魚というのは焼くものだというのがアルトマの常識であり、下のお米からも今まで嗅いだことのない匂いがしていた。

 

(ハスキミリア様、やはり私たちが)

(ダメだよ、皆。まだ食べてもないのに)

 

ハスキミリアが今にも実体化しそうなドラゴンメイドたちを心でなだめつつ『寿司』に目を配る。

 

「これが俺の故郷の料理『寿司』だ。さぁさぁ、召し上がってくれよ」

「えっと、ナイフやフォークは?」

 

オディアナが尋ねると、ギンジは首を横に振る。

 

「ないない。『寿司』ってのはナイフやフォークを使わず、直に手で取り食べる物なんだ」

「つまり、マナーとかそういうものは」

「一切ないね。堅苦しくせず、気楽に食べられる。それが『寿司』の魅力ですよ」

 

ギンジがオディアナに寿司の魅力を語っている間、シュージはハラハラし顔を青くしていた。

オディアナが良しとしているからいいものの、もし態度の悪さ、そして寿司が気に入らなければどのような目に遭ってしまうか。

そんなことを考えているんだろうなとシーアはシュージを見ながら思う。

 

「では、まずは私からいただきましょうか」

 

シーアが早速寿司を1つ手に取り、口の中へと放り込む。

普段からシーアが毒見をしてからオディアナが食事をする、というパターンだ。

 

「姫」

 

『鯖』の刺身が乗った寿司を食べたシーアをオディアナがじっと見る。

 

「どう?」

「……いけますね、これは」

 

シーアがぱっと顔を明るくしたのを見てオディアナが驚きの顔を見せる。

シーアが食事をおいしく頂くことが出来る人なのは知っている。

だが、まさかここまで美味しそうな顔をすることが出来ることをオディアナは今初めて知った。

 

「シーアがここまでの顔をするなんて」

 

オディアナが興味を持ちつつ、そして少しはしたないと思いつつ手で寿司を取り、口の中へと放り込む。

 

「……美味しい!」

「へへ、気に入っていただけたようで何より」

 

オディアナもまた笑顔になったのを見てギンジが得意げに笑う。

 

「私も!」

 

待ちきれないと言わんばかりにハスキミリアも寿司を手にし、口に放り込む。

 

「すごーい。生のお魚さんを初めて食べたし米も少ししょっぱいのに、すごくおいしい」

(ええっ!?)

 

ドラゴンメイドたちがいきなり実体化し、ハスキミリアの皿をじっと見る。

まさかハスキミリアが絶賛するなんて、とメイド魂が疼き、この寿司に何か秘密があるのではないかと疑い凝視する。

 

「うおっと!?」

 

さすがのギンジもいきなり何もないところからメイド、しかもドラゴンの特徴を持つ者が何人も現れたためびっくりしていた。

 

「……まあ食を楽しもうとする者に見た目なんて関係ないな。ちょっと待ってて」

 

ギンジが改めて広間から出ていく。

 

「ひ、姫」

 

シュージが気で気でない顔でオディアナを見る。

 

「シュージさん、大丈夫ですよ。寿司とやら、すごく美味しいです」

「ああ。まさか生のお魚なのに、これほどおいしく頂けるなんて」

「うん、すごいすごい」

 

姫たちから大絶賛され、シュージがようやく安心した顔をした。

そしていつの間にやら用意されていた寿司を口に運んでいき、隣に置かれていたグラスに置かれていた透明な液体を飲み干し、満足した顔をする。

 

「うむ。やはり寿司には米から作られたこの『日本酒』とやらがあうな」

「え?」

 

独自の果物から作られる独自のワインが国の名産品にしているアルトマ王国。

その国に住む領主がワインではなく『日本酒』なる酒を好むとは。

シーアが驚いていると、ギンジがいつの間にやら戻ってきていた。

 

「へい、一丁お待ち!」

 

ドラゴンメイドたちの分の寿司が乗った皿を持ってきてメイドたちに席に着くよう促す。

席に着いたドラゴンメイドたちの前に寿司を置いていき、ハスキーが代表して食する。

 

(このような物がハスキミリア様の心を鷲掴みするなんて)

 

ハスキーが内心嫉妬しつつ寿司を一口食べる。

そして、ハスキミリアだけでなくオディアナとシーアも満足したその寿司に心を奪われてしまうのは無理もないことだった。

 

(……く、悔しいけど、お、美味しい)

(ラドリーも早速! おいしいです!)

(本当だ……火を通してないのに)

(衛生面上、手で触るなんて問題あるのに、それを感じさせないほどの美味しさ)

 

他のドラゴンメイドたちも寿司を大絶賛し、それを見ていたギンジがぐっと握りこぶしを作る。

 

「へへ、やはり寿司に限らず、料理に国境なんて存在しねぇんだな」

「おかわりってありますか?」

 

ハスキミリアが空になったお皿とギンジを交互に見ながら尋ねる。

 

「へい、少々お待ちを」

「あ、私も」

「私もお願いします」

 

オディアナとシーアからもリクエストを受け、ギンジが追加の寿司を持ってくるべく広間を離れた。

 

 

3人だけでなくドラゴンメイドたち、それからシュージもおかわりを繰り返し広間の食卓は明るい雰囲気を放っていた。

それを見ていたギンジが大満足な笑みを見せていた。

 

 

「ごちそうさまでした」

「ギンジさん、だったな?」

 

シーアが尋ねると、ギンジがシーアの方を見る。

 

「はい。えっと、あなたは」

「シーアだ。この『ザーストリム』の村にこれほどの美味を作る者がいたなんて知らなかったが、いつから?」

「あー、俺は俺の故郷の料理を他の国に広めるために数週間前に故郷を船で離れたんだよ。そうしたら嵐に襲われてさ。気づいたらこの国の砂浜に倒れていたんだよ。で、そのままこの村に住んでる人に見つかって、この村にやってきたんだ。で、まずはこの村の人に寿司を振舞ったら好評でさ、その噂をシュージさんがかぎつけたんだよな」

 

ギンジがシュージを見ると、シュージが笑顔で頷く。

 

「当初は得体のしれない、だが美味な料理を振舞う男がこの『ザーストリム』の村にやってきたと聞いて、どのような魔力が籠った料理なのかと思ったが、確かに見た目こそこの村やこの国では一切見たことはなかったが、すごく美味しかったぞ」

「で、今はこの屋敷で住まわせてもらってるんだ。この村の人に救われた恩もあるし、まずはこの村から寿司を広めていこうと思ってるんだ。幸い、この村から馬車を走らせれば海もあるからそこから船を出せば魚も取れるからな」

 

確かに、この村の市場には新鮮な魚も売っていた。

その魚を使ってこれほど絶品な料理を作れるとはオディアナは思っていなかった。

 

「城に籠ってばかりでは気づかなかったですね」

「そういや確かシュージさんから話を聞いていたけど、オディアナさんはこの村の領主さんよりも更に偉いお姫様、なんだよな?」

 

ギンジがさっきまでとは違い、少しばかり敬ったような態度でオディアナを見る。

 

「はい」

「お姫様相手に寿司を振舞って気に入っていただけるからどうか少し不安だったけど、気に入ってくれて良かった」

「ふふ」

「そういや今は視察の旅をしてるんだっけか。この国の言葉は幸いなことに俺の故郷『ニホーン』と同じ言語を使ってるから良かった。この『ザーストリム』の村に『ニホーン』からやってきた凄腕の料理人『ギンジ』がいると宣伝してくれよ」

「ええ、もちろん。いつの日か城の者たちに寿司を振舞ってほしいものです」

 

オディアナがにっこりと返事をしたのを見てギンジが人目をはばからずガッツポーズを取る。

オディアナがこういうラフな態度を取る人を気に入る性格だから良かったが、別の国だったら大問題行動である。

 

「それにこのギンジという者は『デュエルモンスターズ』にも精通しておるのです」

 

それを聞き、3人がギンジを一斉に見る。

 

「この国ではそう呼ばれてるんだな。俺がこの寿司を握れるようになったらいつの間にかこの札たちが俺の手元にあったんだよ」

 

ギンジが寿司を握るような手つきをすると、その手の中にデッキが現れる。

 

「嵐に遭ったとき、この札がいきなり現れてその瞬間意識を失ったんだけど、なんとか生きてこの村にたどり着けていたからな。俺にとっては大吉のおみくじ以上の幸運の札だぜ」

 

ギンジはあっけらかんと笑っていた。

 

(……なるほどね。いろんな国に自分の国が誇る料理を広めたいという強い『野心』。それに導かれたってことか)

 

シーアがそう思っていると、ハスキミリアが挙手する。

 

「はいはい! 私もデッキを持ってるんだ。ギンジさんとデュエルしたいんだけど、いいかな?」

「おっ、お嬢ちゃんもこの札を持ってるのか?」

 

ギンジが尋ねるとハスキミリアの傍にいたドラゴンメイドたちが消え、数秒後にハスキミリアの手にデッキが現れた。

 

「うん」

「そういや確かにこの屋敷に3人がいらっしゃってからこの札と心がうずうずしてきてたんだ。よっしゃ、一丁デュエルとやらをやるか」

「うん!」

 

ギンジとハスキミリアがやる気満々になっていた。

 

「おいおい、ギンジ。姫様の前でそんなことを」

「構いませんよ。じゃ、とりあえずテーブルをどけましょうか」

「ええ、そうね」

 

オディアナとシーアが結構な速さでテーブルや椅子を広間の隅っこへと追いやる。

 

(それに、ハスキミリアさんのデュエルの実力を知るいい機会でもある。止める理由なんて一切ない)

 

シーアがそんなことを思いつつ、ギンジと対峙しているハスキミリアの方を見る。

 

 

「「デュエル」」

 

 

「先攻は俺からだな! まずはこいつをおあがりよ。手札の『しゃりの軍貫』を召喚!」

 

巨大なお米が着陸し、その側面に黒い物体『海苔』が巻きつけられていく。

 

「わー、さっき食べたお寿司に似てる」

「軍艦っていうお寿司のネタの一種だ。そして俺の場に『しゃりの軍貫』が存在していることで『しらうおの軍貫』を特殊召喚」

 

次はしらうおが乗った船のような物体が現れる。

 

「俺はLV4の『しゃりの軍貫』にLV4の『しらうおの軍貫』をオーバーレイ! 2つのネタで軍貫巻き一丁上がり! エクシーズ召喚! 『空母軍貫―しらうお型特務艦』!」

 

しらうおがしゃりの上に乗っかり、巨大なしらうおの軍艦巻き型船がギンジの場に降り立った。

 

「すっごい巨大な船だ!」

「そしてこの品が俺の場に特殊召喚された時、しゃりが品の下にある時1枚ドロー出来て、しらうおが品の下にある時は『軍貫』魔法・罠の札を1枚、札の束の中から持ってこれるんだぜ」

 

ギンジが一気に2枚のカードを手札に加える。

 

「俺が手札に加えるのはフィールド魔法【軍貫処『海せん』】。そして品を輝かせるこいつを早速発動し、札を2枚伏せて俺の番は終わりだ!」

 

ギンジ LP8000

 

モンスター:空母軍貫―しらうお型特務艦

魔法・罠:セットカード2枚

フィールド:軍貫処『海せん』

手札:2枚

 



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与える者

「えっとねー、次は私のターン! ドロー」

 

ハスキミリアがカードを引き、にっこりと笑う。

 

「まずはこの子からだねー。おいで『ドラゴンメイド・ラドリー』」

(はーい)

 

ハスキミリアに呼びかけられ、ラドリーがハスキミリアの場に降り立つ。

 

「おっと、可愛い子が登場だね」

「では、ラドリーの効果を使いますね。デッキの上から3枚を墓地へ送ります」

(お任せくださいです)

 

ラドリーがハスキミリアのデッキの上から3枚を墓地へ送る。

 

「うん、OKOK。じゃあバトルフェイズに入るね。その瞬間にラドリーは本領発揮だよー」

 

ハスキミリアが告げた瞬間、水がラドリーの上から降り注ぐ。

全員が驚いている中、ラドリーが水色の細長い体を持つ竜へと変身した。

 

「場のラドリーを手札に戻してこのカードを墓地か手札からLV7の『ドラゴンメイド』を特殊召喚できるんだー。おいで『ドラゴンメイド・フルス』」

「おっと、そいつはたまげた。しかも攻撃力も2600としらうおを超えちゃってるねぇ」

 

フィールド魔法の効果で強化されてるとはいえ、攻撃力は2450。

フルスの攻撃力2600には及ばない。

 

「行けー」

 

ハスキミリアの間延びした攻撃宣言に応え、フルスがしらうおに突撃していった。

 

「おっと、早速召し上がられちまったか」

 

フルスに突撃され、巨大だったしらうおが本当の姿であるしらうおの軍艦巻きに変身してしまった。

そしてフルスがそのしらうおの軍艦巻きを食べ、おいしそうな笑顔になった。

 

ギンジ LP8000→7850

 

「だけども、ちゃんとお寿司を頂いたら代金を払っていただきますよ。『海せん』は相手によって俺の場の、EXデッキから特殊召喚された『軍貫』モンスターが墓地へ送られた場合、その守備力分のLPを相手に失っていただきますぜ」

 

ギンジがすっと手を差し伸べると、ハスキミリアの体から金貨が飛び出していき、ギンジの手に握られた。

 

「あうっ」

 

ハスキミリア LP8000→7750

 

「そしてその後、手札の『しゃりの軍貫』を特殊召喚して、その上にEXデッキから『軍貫』エクシーズモンスター1体を重ねエクシーズ召喚を行いやす。『弩級軍貫―いくら型一番艦』一丁上がり!」

 

次に飛び出してきたのは、いくらの軍艦巻きを模した巨大な軍艦だった。

先ほどと同じく寿司が『デュエルモンスターズ』の『闇』の力を得て巨大な船となった姿である。

 

「そして『しゃりの軍貫』がエクシーズ素材としてエクシーズ召喚されたことで札の束から1枚ドロー」

「なるほどね、手札の『しゃりの軍貫』が尽きない限り、相手はあのお寿司の船を相手にしなきゃいけないのね」

 

オディアナが感心しながらギンジの場に現れた巨大な船を見つめる。

 

「へへ、相手を飽きさせないのがお寿司を振舞う者の務めですよ」

(ハスキミリア様、次はあのいくらを頂きたいですの)

「うーん。じゃバトルフェイズ終了時、別にラドリーに戻さなくていいかな。カードを2枚伏せてターンエンドするよ」

 

ハスキミリア LP7750

 

モンスター:ドラゴンメイド・フルス

魔法・罠:セットカード2枚

手札:4枚

 

「エンドフェイズに罠の札『エクシーズ・リボーン』発動でい! 墓地のエクシーズモンスター1体を蘇生させ、このカードをエクシーズ素材にする。『空母軍貫―しらうお型特務艦』のおかわり一丁あがり!」

 

ギンジの場に再び『闇』の力で巨大な船の姿を手に入れたしらうおの軍艦巻きが降り立つ。

 

「さてと、次は俺のターン、ドロー! 俺は『いくらの軍貫』を召喚」

 

下にしゃりが乗っていないいくらが山盛りとなり、ギンジの場に置かれる。

 

「そしていくらは召喚に成功したとき、デッキの上から3枚を確認し、その中に『しゃりの軍貫』があれば手札に加えるか特殊召喚する事が出来るんですぜ。では」

 

ギンジが3枚のカードを広げると、その中に『しゃりの軍貫』はきっちりと存在していた。

 

「では、早速手札に加えさせていただきます。そして装備魔法の札『団結の力』を『弩級軍貫―いくら型一番艦』に装備させていただきます。こいつは場のモンスターの数×800だけ装備モンスターの攻撃力を上げます。しらうおの効果と合わさって、攻撃力は2700アップさせていただきます」

 

いくら型一番艦が他の船からエネルギーを分け与えられ、みるみると巨大化していく。

 

「攻撃力が4900!?」

「では、いきやす。『弩級軍貫―いくら型一番艦』で『ドラゴンメイド・フルス』に攻撃!」

「わ、わわっ。手札の『ドラゴンメイド・フランメ』の効果をダメージステップに発動するよぉ。このカードを手札から捨てて私の場のドラゴンメイドモンスターの攻撃力は2000アップするの」

 

フランメがフルスの傍に現れ、炎を突撃してくるいくら型一番艦に向かって吐きかける。

そしてフルスも口から水を吐くが、それらを全く気にせずいくら型一番艦が突撃してきた。

 

「攻撃力4600になったところで4900となったいくら型一番艦は止められません。フルスは倒させてもらいましたよ」

 

一番艦の体当たりを受け、フランメもろともフルスが目を回し、ポンと音を立ててその場から消え去っていった。

 

「くう~っ」

 

ハスキミリア LP7750→7450

 

「そしてしらうおで直接攻撃ですぜ!」

「永続罠カード『リビングデッドの呼び声』を使うよ。墓地から甦って『ドラゴンメイド・フランメ』!」

 

先ほどいくらの突撃を受けフルスとともに消えていったフランメがハスキミリアを守るべく立ちはだかる。

 

(ここは任せてください)

「おっと、先ほどの炎を吐いてきた竜がお出ましかい。しらうおはEXデッキから特殊召喚させたわけじゃないから海せんの効果を発動させることは出来ねぇ。しゃあねぇ、ここまでですぜ」

「相手のバトルフェイズ終了時に場の『ドラゴンメイド・フランメ』の効果を使うね。このカードを手札に戻して、手札のLV3の『ドラゴンメイド』モンスター1体を特殊召喚するね。おいで『ドラゴンメイド・ティルル』」

 

(ふうっ)

 

フランメが炎に包まれ、その炎の中から赤い髪の毛が映えるドラゴンメイドが場に降り立つ。

 

「前から思ってたけど、私と同じ赤い髪の毛の女の人なんだよね。ちょっと親近感湧いちゃうな」

 

オディアナがティルルを見ながらどことなく嬉しそうに呟く。

確かにアルトマ王国城の中にオディアナと同じ赤髪の人は一切存在していない。

だとしたら特別な髪の色をしていたオディアナ姫がティルルを気に入るのも無理はない、とシーアは思う。

 

「そして『リビングデッドの呼び声』のデメリットも手札に戻すことで回避して、フランメの攻撃力2000アップ効果もまた発動できるようにしてますね」

「うん、ハスキミリアちゃんもなかなかやるね」

 

シーアとオディアナがそんな感想を述べあってるのを聞き、ハスキミリアがてへへと照れた表情をする。

 

「ティルルの効果発動。特殊召喚に成功したことでデッキの『ドラゴンメイド』モンスターを1体手札に加えて、その後1枚を墓地に送るよ。デッキから『ドラゴンメイド・パルラ』を手札に加えて『ドラゴンメイド・ラドリー』を墓地へ送るね」

 

(パルラさん、後はお願いしますの)

(うん、任せておいて)

 

パルラとハイタッチをして、ラドリーがハスキミリアの墓地で待機状態となる。

 

「仲がよさそうで何より。俺はこのままターンエンドですぜ」

 

ギンジ LP7850

 

モンスター:弩級軍貫―いくら型一番艦 いくらの軍貫 空母軍貫―しらうお型特務艦

魔法・罠:セットカード1枚 団結の力

フィールド:軍貫処『海せん』

手札:2枚

 

「さてと、私のターンだね。ドロー。私は『ドラゴンメイド・パルラ』を召喚するよ」

 

緑色の髪の毛のドラゴンメイドが飛び出していき、ハスキミリアに敬礼する。

 

「やる気あって何よりだね。パルラが召喚に成功したことでデッキから『ドラゴンメイド』カード1枚を墓地へ送るよ。私が墓地へ送るのは『ドラゴンメイドのお召し替え』。そして場の『ドラゴンメイド』モンスター1体を手札に戻すことで墓地の『ドラゴンメイドのお召し替え』は手札に戻すことが出来るんだよ。戻っておいで『ドラゴンメイド・ティルル』」

(はい)

 

ティルルがぺこりと頭を下げ、ハスキミリアの手札に戻っていく。

 

「そして手札の『ドラゴンメイドのお召し替え』を使用するね。手札の『ドラゴンメイド・ラドリー』と『ドラゴンメイド・フランメ』を融合! お願いするね『ドラゴンメイド・ハスキー』!」

 

眼鏡をかけた黒髪のドラゴンメイドであるハスキーが降り立ち、ハスキミリアに頭を下げる。

 

(頑張ってまいります、ハスキミリア様)

「おっと、なんかデュエルをしてるお嬢ちゃんが成長した姿みたいな魔物が出てきたな。だけど、フランメのような強力なモンスターを融合素材にしたぐらいだ、厄介な効果があるんだろう?」

「ご明察です。バトルフェイズ。その開始時に手札の『ドラゴンメイド・パルラ』の効果を発動します。このカードを手札に戻して墓地のLV8の『ドラゴンメイド』モンスター1体を特殊召喚します。出でよ『ドラゴンメイド・フランメ』」

 

(ここは任せてパルラ)

(うん、お願いね)

 

墓地から炎が吹きあがり、中から赤き竜が飛び出していく。

そしてパルラがその赤き竜の背中をポンと叩き、ハスキミリアの手札に戻る。

 

「そして私の場のドラゴン族モンスターが手札に戻ったことでハスキーの効果を発動します。相手の場のモンスター1体を破壊することが出来ます。破壊するのは当然いくら型一番艦!」

 

ハスキーが手に巨大なはたきを手にし、いくら型一番艦に向かって振り下ろした。

得物が相手よりも小さくても、竜の力を使えば相手を排除することは出来る。

いくら型一番艦に掛けられた『闇』が排除され、いくらの軍艦寿司となり、ハスキーが一仕事終えたと言わんばかりにそれを一口で食べ、幸せそうな笑顔になった。

 

「へへ、おいしく頂かれちまったか。だけども海せんの効果で次のおかわりです。お嬢ちゃんのLP300を代金として頂戴し手札の『しゃりの軍貫』を特殊召喚して、その上に『超弩級軍貫―うに型二番艦』を乗せて一丁上がり!」

 

ハスキミリア LP7450→7150

 

ウニの軍艦寿司が『闇』の加護を得て、傍にあるしらうおよりも一回り大きな船となりギンジの場に降り立つ。

 

「そしてやはり『しゃりの軍貫』をオーバーレイユニットにしたことで俺は1枚ドローさせてもらいます。そしてうに型二番艦の攻撃力は2900。しらうおの効果で守備力500を攻撃力に足して3400になります」

「え、そんなぁ!?」

「手札のフランメを融合素材にしなけりゃうにも美味しいお寿司となってハスキーさんに頂けたかもしれないですが、まあやらかしちゃったことはしょうがないってことですぜ」

 

ギンジに指摘され、ハスキミリアが少し落ち込んだように溜息をつく。

 

「なら、そのしらうおから撤去すればいいってことだよね。フランメでしらうおに攻撃!」

 

フランメがしらうおを炎で焼くと、焼き魚風の寿司となってしまい、フランメがそれを美味しくいただく。

 

「まいどっ」

 

ギンジ LP7850→7450

 

「そしてハスキーでうに型二番艦に攻撃!」

 

ハスキーが先ほどと同じようにはたきでうにの船をたたくと、美味しいうにの軍艦巻きに変身し、それをハスキーがぱくりと頂いた。

 

「おっと、俺の場のネタたちが食べられてしまったぜ」

 

ギンジ LP7450→7350

 

(デュエルでハスキミリア様のために闘ってる最中とはいえ)

(美味しい思いが出来て幸せです)

 

フランメとハスキーがそんな感想を述べてる中、ギンジは笑顔になる。

 

「そいつは嬉しいことを言ってくれるねぇ」

 

(……どうやらギンジとやらの『デュエルモンスターズ』にとりついた『闇』は自身を糧として他の『デュエルモンスターズ』に食べさせることで、『闇』が本来持ちえない幸せや喜びといった感情を他の『闇』に与えてるのか……ギンジの明るい性格と言い、他の国から来た者はどこか一味違うのかもな)

 

シーアがそんなことを考えながらギンジとハスキミリアが闘ってる様子を見る。

お互い楽しそうに闘っており、とてもじゃないが『闇』が絡んだ闘いにはとても見えなかった。

そして楽しそうに闘ってる2人の様子を見てシーア、そしてオディアナやシュージの顔にも笑顔が浮かんでいた。

 

「バトルフェイズ終了時にフランメの効果が発動するよ。この子を手札に戻して手札のLV3の『ドラゴンメイド・パルラ』を守備表示で特殊召喚するよ」

 

フランメが手札のパルラと交代し、パルラがゆっくりと場に降り立つ。

 

「そして私の場のドラゴン族モンスターが手札に戻ったことでハスキーの効果が発動するよ。『いくらの軍貫』を破壊します」

 

ハスキーがいくらの軍貫をはたきで何度か叩くと、『闇』が解けて美味しいいくらとなり美味しく食べてしまう。

 

「えへへー。カードを1枚伏せてターンエンド」

 

ハスキミリア LP7150

 

モンスター:ドラゴンメイド・ハスキー ドラゴンメイド・パルラ

魔法・罠:セットカード2枚 リビングデッドの呼び声(対象不在)

手札:2枚

 

「さて、俺のターン! ドロー」

「スタンバイフェイズにハスキーの効果を使用するね。私の場の『ドラゴンメイド』1体を選び、そのモンスターよりもLVが1だけ高いか低い『ドラゴンメイド』モンスター1体を守備表示で特殊召喚するね。パルラを選んで墓地の『ドラゴンメイド・ラドリー』を守備表示で特殊召喚するね」

 

ハスキーがぱんぱんと手を叩くと、ラドリーが墓地から飛び出してきてぺこりと頭を下げる。

 

「さて、お客様が増えたところでネタを補充するとしますか。『闇の量産工場』を発動。墓地の通常モンスター2体を手札に戻すぜ。墓地の『しゃりの軍貫』2枚を手札に戻しますぜ」

 

ギンジの手札に再びシャリが補充され、次の船を出す準備を整える。

 

ギンジ 手札2→4

 

「そして伏せておいた『凡人の施し』を発動し、手札の通常モンスター『しゃりの軍貫』を除外して2枚ドローさせていただきます」

「手札にダブったネタを次に繋げるか。なかなか、やる」

 

しかし『しゃりの軍貫』はあのデッキの根幹とも言える程のカードであるはず。

いくらデッキに3枚積めるからといって1枚を躊躇なく除外するとは。

シーアがいろんな意味で感心していると、ギンジが笑う。

 

「来た来た。手札の『しゃりの軍貫』を見せて『うにの軍貫』を特殊召喚するぜ」

 

しゃりを引き連れうにが『闇』を纏ってギンジの場に降り立つ。

 

「さっきのうに型二番艦の素材になるってことかな?」

「お嬢ちゃん、正解。うにの効果でしゃりのLVを5に変更し、LV5のうにとしゃりでオーバーレイ! エクシーズ召喚。『超弩級軍貫―うに型二番艦』おかわり一丁上がり!」

 

先ほどハスキーによって美味しく食べられたうに型二番艦がてかてかとした光沢を纏って、新たな船となってギンジの場に降り立った。

 

「さて、しゃりを素材にしたことで1枚ドローして、うにを素材としていることで直接攻撃を行うことが出来ますぜ」

「そうはいかないよ。罠カード『ドラゴンメイドのお片づけ』を発動して場のうに型二番艦とラドリーを手札に戻すよ」

 

ラドリーが手から水を放ち、うに型二番艦の『闇』を洗い流す。

そして闇の力を失いただのうにの軍艦巻きとなり、それをラドリーが食して幸せそうな顔になり、ハスキミリアの手札に戻っていった。

 

「おっと、墓地へ送られたわけじゃないから海せんの効果は発動しねぇ。こいつはしてやられたねぇ」

 

ギンジは少しだけ残念そうな顔をしながらハスキミリアたちを見る。

どうやら『デュエルモンスターズ』に潜む『闇』を満足させることがギンジの持つ『デュエルモンスターズ』の目的としつつも、ギンジ自身には勝ちたいという気持ちはちゃんとあったみたいだとシーアは推測していた。

 

「ならしょうがねぇ。カードを2枚伏せてターンエンド」

 

ギンジ LP7350

 

モンスター:いくらの軍貫

魔法・罠:セットカード2枚

フィールド:軍艦処『海せん』

手札:1枚

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズにハスキーの効果を使用するね。またまたおいで、ラドリー」

 

先ほどと同じくラドリーが呼び出され、頭を下げる。

 

「手札の『ドラゴンメイド・フランメ』を捨ててハスキーの攻撃力を2000アップして5000にするね。そしてバトルフェイズ。パルラは墓地のフランメに、ラドリーは墓地のフルスに入れ替わる形で特殊召喚します」

 

ハスキーがぱちんと指を鳴らすとフランメとフルスが降臨し、ギンジをじっと見つめる。

 

(あれだけ美味しいお寿司をご馳走してもらって気が引けるけど)

(ちゃんと闘わなきゃ、ですね)

(その通りです、フランメ、フルス。さぁ、行きましょう)

 

「ハスキー、フランメ、フルス、ダイレクトアタック!」

 

ハスキミリアが攻撃宣言を行うと、ギンジがパチンと指を鳴らす。

 

「罠の札『波紋のバリア―ウェーブ・フォース―』を発動するぜ! 相手モンスターが俺に直接攻撃するときに発動し、攻撃表示モンスターを全て手札に戻すぜ」

「なら手札からカウンター罠カード『レッド・リブート』を発動します! LPを半分支払うことで手札から発動出来て、相手の罠カードの発動を無効にしてそれをセットし、相手はデッキから罠カードを1枚セット出来るけど、相手はこのターン罠カードを発動することが出来ないの!」

 

ギンジがデッキから『きまぐれ軍貫握り』をセットしたが、ウェーブ・フォースを封じられた以上逆転の一手とはなり得ない。

 

炎、水、はたき。

フランメ、フルス、ハスキーの攻撃をすべて受けきり、ギンジがふぅと一息ついた。

 

「毎度。またのご挑戦、お待ちしておりやす」

 

ギンジ LP7350→0

 

 

「いやー、参りました。お嬢ちゃん、強いなぁ」

「うん。でも、ギンジさんも強かったよ」

「いやいや、結局の所、海せんの効果でしかダメージを与えられなかった。俺の完敗ですぜ」

 

ギンジが素直に言い切ると、ハスキミリアが笑顔になりギンジと握手する。

 

「楽しい闘い、ありがとうね」

「こちらこそ。またいつか機会があったら、さっき言った通り再挑戦刺せていただきたいところだ」

「うん。その時もまた私が勝つからね!」

「言うね、お嬢ちゃん」

 

ハスキミリアとギンジだけでなく、戦いを見届けていた3人の顔にもまた笑顔が浮かんでいた。

 

 

そしてその日、シュージのお屋敷で3人はゆっくりと休養を取った。

 

 

(にしても、あの時たまたま部屋の前を通りかかって3人の会話を偶然聞いちゃったんだが)

 

『デュエルモンスターズ』の成り立ちは、心に潜みこむ『闇』。

ギンジはそれを聞き手にしていた『軍貫』デッキを見つめ部屋で1人ベッドで横になっていた。

 

(これからも俺は故郷の料理『寿司』をこの国の人、そしていずれかは全世界に広めていくこと。それが『闇』なんて一切関係ない俺の目的だ……だけども)

 

 

翌日。

 

「では、他の地方の視察も頑張ってくださいね」

 

シュージと、その隣に立つギンジが笑顔でオディアナたちを見る。

 

「3人の旅についていけば、俺の目的である『寿司』をこの国や全世界に広めるという目的も叶いそうですが……それ以上にこの村の人に救われた恩を俺はまだ返せていない。その恩を返すために、まずはこの村の人たちに寿司を広め、この村の名物料理にしてみせますよ。そして色々な国からこの村に寿司を食べにくる。それもまた、寿司を広めるというやり方には変わりないよな」

「素晴らしい志ですね。でも、視察の旅が終わったら一回アルトマ城に来て、城の皆に寿司を振舞っていただきたいですね」

「ええ、もちろん。オディアナ姫も頑張ってくださいね」

 

オディアナたちもまた笑顔であり『ザーストリム』の村から『エイストール』に向かって旅立っていった。

 

 

「にしても、ギンジさんを連れていけばこの旅で美味しい料理を食べられるかなーと思っていたんですが」

 

オディアナが少しだけ残念そうに呟く。

 

「まあギンジさんの目的とは一致してないからしょうがないですね」

 

そういうシーアもどことなく残念そうではあった。

それほどまでに昨日食べたお寿司という料理は魅力的だったのだ。

 

「でも、ちゃんとやるべきことが終わったらもっと多くの人とお寿司を食べられるんだよね。だから頑張ろう、オディアナ姫、シーアさん」

 

ハスキミリアに励まされ、オディアナもシーアも頷く。

 

「さぁ、次の目的地まで結構遠いですが頑張っていきましょう!」

 

オディアナを先頭に2人もその後をついて歩いていく。

 

 

姫たちの旅は、まだまだ続く。



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零の射撃者

『エイストール』の村。

そこにたどり着くまでに馬車はなく、オディアナたち3人はただひたすら歩く。

幸いなことに、ちゃんと道は整備されており、獣道や草を掻きわけて歩くことはなかった。

 

「いろんな樹があるね」

 

ハスキミリアはあたりをきょろきょろと見渡しながらそんなことを呟く。

屋敷から外に出たことが全くなかった彼女にとって新鮮な光景なのだろう。

昨日の馬車の旅の時も目をキラキラさせていたが、今も同じぐらい輝かせている。

 

「あれはハスミトの樹と言うんですよ」

 

そしてオディアナが植えられている樹の名前をハスキミリアに教えてあげる。

 

「そうなんだ」

「あの樹に限らず色々な植物が私たちが生きるために必要な空気を生み出してるんですよ」

「そうなんだ。オディアナさん、物知りなんですね」

 

ハスキミリアに褒められオディアナがふふーんと鼻高々になる。

それを見ていたシーアが微笑ましそうな表情になっている。

 

「少し喉乾いたかな」

「なら水筒をどうぞ」

 

ハスキミリアの言葉を聞いた瞬間、シーアが持っていたカバンから水筒を取り出しハスキミリアに手渡す。

ハスキミリアが水筒に備え付けられていたコップにお茶を注いでいき、美味しそうに飲む。

 

「ありがとう」

「どういたしまして」

 

ハスキミリアがお礼を言うと、いきなりハスキミリアの傍にティルルが実体化する。

ティルルの顔はどこか面白くなさそう、と言った感じの顔だ。

シーアが少し困ったようにしてると、ティルルがぶすっとしながら口を開く。

 

(シーアさん)

「ん?」

(お嬢様にお茶を入れるのは私の役目。たまたま上手くいったからと言ってあんまり調子に乗らないように)

 

 

カップを手に持ちながらポットをわざわざ高いところに持ち、そこからお茶を注ぐ。

ティルルの言うお茶を入れるというのは、おそらくあの行為のことを指すのだろう。

さすがにあれは真似出来ないとシーアは思う。

そもそも今は旅の途中で、ただ単に水分補給のためにお茶を渡しただけなのだ。

どうティルルをなだめようかとシーアが困っていると、それよりも先にハスキミリアがティルルの頭を撫でる。

 

「ティルル、あんまり嫉妬しちゃダメだよ。お茶会を開くとき、ティルルがいつも頑張ってお茶を入れてくれてるのは知ってるよ。今回は状況が状況だから、ね?」

(ですが)

「私はティルルの入れてくれるお茶が大好きだよ。だから村にたどり着いたら思う存分ティルルのお茶を飲ませて」

(お任せを)

 

ハスキミリアに仕事を頼まれ、ティルルが誇らしげな表情でシーアを見る。

そしてティルルが姿を消すと、ハスキミリアがぺこりと頭を下げる。

 

「ごめんね」

「いや、別に気にしてはいない。私も少し軽率だったな」

 

別にハスキミリアは悪いことをしていないのに謝られてシーアが少しびっくりしつつ、気にしてない旨を伝える。

メイドの非を代わりに謝罪する。

お嬢様とドラゴンメイドたちに言われてはいるが、根は優しい子なのだろう。

 

「2人とも、早く行きましょう」

 

オディアナに促される形で2人が慌てて歩き出す。

 

整備されてる道の中、傍に植えられてる樹に果物がなってるのをハスキミリアが気づいた。

 

「あれ、何の果物?」

 

やはり好奇心旺盛にハスキミリアがオディアナに尋ねる。

 

「あれはミーカァンという果物ですよ。酸っぱい、なのに甘いという矛盾した感想を抱きつつ、それでも旬の今のおいしさは素晴らしいんですよ」

「そうなんだ。勝手に取っても怒られないかな?」

 

あのミーカァンは自然に出来たのではなく、誰かが栽培したものではないか。

それを疑問に思ったが故の質問なのだろうが、オディアナはにっこりと微笑む。

 

「大丈夫ですよ。そもそもこの国で栽培している果物の樹はちゃんと特製のビニールハウスを使い、いつでも旬の味になるように気温を調整したりしていますから」

 

アルトマ王国で人が作り上げてる果物は、いつでも旬の味が出せるようにビニールハウスの中で季節の温度を疑似的に再現するように努力している。

その果物を利用し果物酒を作り、その果物や果物酒を他の国に輸出する。

そうやってアルトマ王国に生きる者たちは財を成しているのだ。

 

「じゃ、あのミーカァンを食べたいな」

(じゃ、私にお任せなのです!)

 

ハスキミリアの傍にラドリーがいきなり実体化し、ミーカァンの実が生っているいる樹に向かってダッシュしていく。

着物のようなメイド服を着ながらあれだけのスピードでよく走れるなとシーアが少し感心する。

 

(よいしょっと)

 

ラドリーが樹に登りミーカァンの実をもぎ取ろうとする。

 

 

【樹から降りろ、お嬢ちゃん】

 

(えっ?)

 

頭の中に変な声を聞こえ、ラドリーが反射的に樹から飛び降りる。

その瞬間、ミーカァンの実のへたに銃弾が当たり、ミーカァンの実が落ちていく。

 

(おっと)

 

ラドリーがそれをキャッチし、ミーカァンの実を手に取る。

 

「い、今の何!?」

 

だが、傍から見ていたハスキミリアは驚くよりほかなかった。

 

(お嬢様、どうぞー!)

 

ラドリーがとてとてとハスキミリアの元へと戻っていき、ミーカァンの実をハスキミリアに渡す。

ハスキミリアがまだ驚いている中、ラドリーはにこーっと笑いながら褒めてくれるのを待っている様子だった。

 

「あ、うん。ありがと、ラドリー」

 

ハスキミリアがラドリーの頭を撫でてあげると、ラドリーはぴょこぴょこと尻尾を振り、えへへと笑顔になる。

あの現象にはほとんど興味がなく、ただミーカァンの実をハスキミリアに渡すというお仕事をこなせてラドリーは満足しているのだろう。

 

「……今のは」

「ええ、相変わらずいい仕事ですね」

 

オディアナとシーアがそんな話をしているのをハスキミリアは聞き逃さない。

ミーカァンの実を手に持ったまま2人の方に顔を向ける。

 

「今の実が勝手に落ちていく現象、知ってるの?」

「知ってるというか、なんというか」

 

オディアナがどうハスキミリアに説明しようか考えていると、シーアが口をはさむ。

 

「まあすぐに来ますよ」

 

シーアがそれだけ言った数分後。

 

 

「おー、どうやら無事にミーカァンの実を手にしたようで何より、ぜよ」

 

銃弾が飛んできた方向から紫色の髪の毛が非常に目立つ、少々日焼けしたかのような肌の色をした男が飄々と笑いながら歩いてきた。

 

「え、えっとあなたは?」

 

ハスキミリアが突然歩いてきた男に戸惑いの目を向ける。

 

「相変わらずの腕前だな、ムゼロ」

「ふふ、褒められるのは嬉しいぜよ」

 

ムゼロと呼ばれた男はシーアと親しそうに話す。

 

「えっと、知り合いなの?」

 

ハスキミリアがオディアナに尋ねると、オディアナはこくりと頷く。

 

「彼の名はムゼロ。これから向かう『エイストール』の村に居を置いている凄腕のスナイパーです」

「スナイパー、ってことは」

「そう、あのミーカァンの実を傷つけず、へただけを的確に射貫いたんです」

「でも、銃声とか聞こえなかったよ?」

 

ハスキミリアが戸惑っていると、ムゼロがにこっと笑いかける。

 

「はは、結構離れたところで頼まれた獲物を探していたら、たまたまミーカァンの実を取ろうと頑張ってる可愛いメイドの子が見えたからな。さすがにあの服で樹を登ると服が汚れちまうからな、手助けしてやったんだぜよ」

 

そしてオディアナの姿を確認し、お辞儀をする。

 

「これはこれはオディアナ姫。このような場所に何の用で?」

「これから『エイストール』の村に視察に向かうところでした」

「視察? にしてはお供はシーアだけで……」

 

ムゼロが怪訝そうな目をシーアに向ける。

シーアがほんの一瞬ためらったのをムゼロは見逃さなかった。

 

「どうやら何かを隠しているみたいぜよ。どう説明しようかと困ったのが顔に見えたぜよ、シーア」

「……相変わらずの洞察力だな」

 

シーアが観念したようにつぶやく。

 

「オディアナ姫」

「……いいでしょう。お話しましょう」

 

オディアナが直々にアルトマ王城に起こった出来事を話す。

最初は半信半疑に聞いていたムゼロだったが、真剣な顔で話すオディアナを見つめていた。

その様子にどうやら嘘偽りはないと悟り、はぁと息を漏らす。

 

「なんてことだ。王城がそんなことになっているとは」

「だから王城を元に戻す方法を探しに魔法国家『エルディーム』を目指しているんです。そのついでにアルトマ王国領内の村にもアルトマ王城と同じ惨劇が起こっていないかを視察という名目で調べていたの」

 

オディアナが説明を終えると、ムゼロが更に大きな溜息をつく。

 

「確かにそれだけの大掛かりなこと、『デュエルモンスターズ』が抱えている『闇』か、それか大きな大魔術でもない限り出来はしないだろうな」

「オディアナ姫と私だけが無事だったからな」

「なるほどね、おおむね理解は出来たぜよ。で、この子は?」

 

ムゼロがハスキミリアに顔を向ける。

少しびくっとなったのを確認し、ムゼロがにこっと笑う。

その笑顔を見て警戒心を少し解き、ハスキミリアがぺこりと頭を下げる。

 

「私はハスキミリアと言います。ここから少し離れた場所にある屋敷に『ドラゴンメイド』たちと過ごしていたんですが、ある男に酷い目に遭わされていたのをオディアナ姫さんとシーアさんに助けられて。その時の2人の姿に感動して、私もオディアナ姫さんと同じように立派な主になりたいと思って同行してるんです」

 

ハスキミリアが少し早口で説明し、ぺこりと頭を下げる。

そのそばでドラゴンメイドたちが少しハラハラした顔でムゼロの返事を待つ。

 

(あれ、さっきまでオディアナさんって気楽に呼んでくれていたのに)

(おそらくムゼロがオディアナ姫に絶対な忠誠を誓っている立場の人だった場合、オディアナさんなんて気楽な呼び方してるって分かったら怒られると思ってるんだろうな)

 

オディアナとシーアがそんなことを考えていると、ムゼロがさっきと同じように屈託なく笑う。

 

「そうか。オディアナ姫は俺様のような者すら認めてくれて生きる場所を与えてくれた器のデカい姫だ。お嬢ちゃん、なかなか見る目があるぜよ」

 

そう言われハスキミリアが嬉しそうな顔をする。

そしてオディアナも間接的に褒められたようなものだったので少し照れていた。

 

「そういや、ムゼロが探してる獲物って一体?」

 

ハスキミリアが安心してミーカァンの皮を剥いて中の実を食べ始めた中、シーアがふと気になったことを尋ねた。

 

「ああ『エイストール』の村付近に巨大な熊が出てきたって騒ぎになったぜよ。その熊は『エイストール』の村付近の果物を食べてたんだが……たまたまビニールハウスに侵入して、そこで作業をしていた村人一人が襲われて重傷を負っちまったんだぜよ」

「命に別状は?」

「なんとか一命は取り留めた……だが、その熊は人の肉の味を覚えちまった。さすがに放置するわけにもいかなくなっちまったぜよ。で、この俺様のスナイプの腕を買われてその熊を探してんだ。で、探してる中でさっき説明した通りハスキミリアのお嬢ちゃんの傍にいるそこの青髪の、えーっと、『ドラゴンメイド』だったか」

(『ドラゴンメイド・ラドリー』です)

 

ラドリーがぺこりと頭を下げながら挨拶すると、ムゼロも頭を下げる。

 

「こりゃどうも。その子がミーカァンの実を取ろうとしていたがたまたま見えたからな、小さなお手伝いをしたってわけだ」

(そうだったんですね。ありがとうございました。おかげでお嬢様にミーカァンの実を手渡すことが出来ました)

「そりゃよかったぜよ」

 

ムゼロに笑みを向けられ、ラドリーもまた満面の笑みを向ける。

その様子にオディアナもシーアも微笑ましくなっていたが、シーアがすぐにいつもの顔になり、ムゼロに向き合う。

 

「しかし、ムゼロほどの目でも見つけられないとは、中々厄介だな」

「単に他の果物を探して移動したのかもしれないけど、ハスキミリアさんがミーカァンの実を取っていたから、この辺の果物はまだ荒らされてないってわけぜよ」

「ってことは」

「この近くにいるかもしれないな。よし、いったん『エイストール』の村に向かうまで同行するぜよ」

 

ムゼロが任せろと言わんばかりに胸をどんと叩く。

 

「それは頼もしいです」

「姫にそう言われたのなら、ますます期待に応えないといけないぜよ」

「おいおい、浮かれて失敗しないようにしてくれよ」

「もちろん。誰に向かって物を言ってんだシーア」

「これは失礼した」

 

シーアが素直に謝り、ムゼロは気にするなと言わんばかりの顔になる。

 

「じゃ、お願いします」

「おう、まかせなハスキミリアさん」

 

明らかに年下だろうに、それでもハスキミリアのことをさん付けする。

それはオディアナもシーアも同様だったが、ハスキミリア個人としてはちゃん付されるよりも、大人としてちゃんと向き合ってくれてる気がして嬉しかった。

 

 

ムゼロが先頭に立ち、辺りをきょろきょろと見渡す。

そのすぐ後ろに3人が立ち、歩いていく。

 

(あの)

 

ハスキミリアがムゼロに聞こえないように小さな声でオディアナに尋ねる。

 

(どうかしたんですか?)

(後ろからいきなり熊に襲撃を受けたら)

(大丈夫ですよ。ムゼロさんの目は私が知る中天下一品です。彼が様子を伺った後の場所はどこよりも安全な場所なんですから)

 

オディアナがそういうなら事実なのだろう。

ハスキミリアがそう信頼し、ムゼロの背中を見る。

何の迷いもなく歩いていく姿を見て、確かにオディアナとシーアの2人が信頼を向けるのが分かる姿だなと思った。

 

「……!」

 

ふとムゼロが立ち止まり、3人も同様に立ち止まる。

 

「北東から少し離れた場所。足音が聞こえちまったんだろう、来る。後ろから動くんじゃねーぜよ」

 

ムゼロの言葉にうなずき、3人が止まる。

それから数秒後。

ハスキミリアの数倍もあるほどの大きさの黒い熊が森の中から飛び出してきた。

 

そしてハスキミリアが驚きの声を上げようとした瞬間。

ムゼロがいつの間にか抱えていたマシンガンが火を吹く。

無数の銃弾が熊の体に向かって放たれる。

 

「グオオオオオッ!?」

 

視界に入っていたはずの人間からいきなり致死量の弾丸の雨を受けるとは思っていなかったのだろう。

熊が抵抗しようと腕を振り上げたのが最後の動きとなり、そのまま前のめりに倒れていった。

 

「……悪いな」

 

ムゼロがぽつりと呟き後ろを振り返る。

獲物をしとめ、嬉しがるわけでもなく、命を奪った苦しみに苛まれる顔でもなく。

どこか達観したような顔をしていたが、3人の方に向いたときにはそんな顔ではなく、安堵した顔を見せていた。

そしてどこかから取り出していたマシンガンもやはり消えており、それも疑問に思いつつハスキミリアがとあることを尋ねる。

 

「ねぇ、あの熊を本当に殺しても良かったの? もしかしたら別の熊ってことは」

 

ハスキミリアの質問に対して、ムゼロがほんの少しだけ考える。

 

「本来、熊は人に対して怯えを見せて、近寄ってこない。熊が人を襲うってのは、大抵人がばったり熊と出くわしてしまって、熊が防衛本能で人を襲うというのが真実ぜよ。だが、あの熊は人を襲ったことで人の血の味を覚え、自分が人に暴力を奮えばあの血がまた飲める。だからあの熊は怯えることも迷うこともなく俺たちの元に向かって歩いてきた。明確に襲おうという意思があった証拠ぜよ」

 

ハスキミリアに対してムゼロが説明をすると、ハスキミリアはなんとか納得してくれた。

 

「うん、分かった。ところで、そのマシンガンはどこから」

「はは、それならそこにいるシーアと同じ理屈さ」

 

ハスキミリアがシーアの方を見ると、いつの間にやらどこかから取り出した黒い槍を手にし、オディアナを守るように立っていた。

 

「相変わらずの腕前だな」

「そちらこそ。オディアナ姫だけじゃなく、王族を守る王族護衛隊長なんて呼ばれるようになり、本格的な戦いから離れ、姫と楽しく過ごしているから腑抜けているかと思っていたが、どうやら腕は鈍っていないみたいだな」

 

ムゼロとシーアがそんなことを言い合うと、お互いふっと笑う。

 

「まあとりあえず今は無事に獲物を討伐出来たんだ。これを村の連中に報告すれば安心してくれるぜよ。シーア、ちょうどいい。剣で熊の手を切り取ってくれ。倒した獲物の体の一部を見せれば村の連中も『もしかしたらまだ生きているんじゃ』という疑いもしないぜよ」

「分かった」

 

シーアが槍を消滅させ、代わりに剣を出現させ、遠慮なく熊の手首を切り取り、その手を取る。

 

「オーケー。さ、村に向かうぜよ。目的地は一緒だろうけど、近道とか知ってるし案内してやるぜよ」

 

血が滴り落ちる熊の手をムゼロが持参してきた袋に入れる。

そして何事もなかったかのようにムゼロが歩き出し、その後を3人が付いていく。

 

 

そしてムゼロが歩いていく道は本来オディアナたちが通ることを予想していなかった道だった。

整備されているというわけではないので少し歩きづらいのは確かだった。

だが、寄り道をしたにも関わらず本来予定していた到着時間よりも早く村に到着し、ムゼロの言っていた近道は何一つ嘘ではなかったことが分かった。

 

「じゃ、村長の所へと行くぜよ。姫様たちも視察という名目で来てるんだし、挨拶は必要だろ?」

「ええ、そうですね」

 

ムゼロは村に着くなり何の迷いもなく村長宅へと向かう。

 

「ムゼロ、無事に仕留めたのか?」

「おう、もちろんぜよ」

 

『エイストール』の村の人から声を掛けられ、ムゼロは笑顔で応える。

 

「って、おおお、オディアナ姫!? どうしてこの村に!?」

「何、姫様だと!?」

 

城下町や前の村でも似たような反応をされていたため、さすがのオディアナもこの反応には慣れてにっこりと微笑み返す。

そして村の視察が目的だと告げると、村人たちに少しだけ緊張が走る。

別に悪いことをしてなくても様子を伺うと言われたら人はどこか緊張してしまうものだ。

そんな反応を受けながら4人は村長宅へと向かっていく。

 

 

「村長さん、納得してくれたみたいで良かったぜよ」

 

ムゼロはやはり笑顔で村長宅を後にする。

ムゼロの話を聞き終わった村長は安堵し、何度もムゼロにお礼を言っていた。

 

「さてと、じゃ私たちは一泊したらまた次の村に行って目的地へと向かう」

「というわけで、ここでお別れですね。ムゼロさん、頑張ってくださいね」

 

シーアとオディアナ、そしてハスキミリアが宿屋へと向かおうとした瞬間、ムゼロが話しかける。

 

「あー、そのことなんだが。俺も付いていっていいか?」

「え!?」

 

その言葉を聞いて一番驚いたのはなぜかハスキミリアだった。

 

「まあ確かに女だけしかいなかったところにいきなり男が付いていっていいかと聞かれたら、そりゃそんな反応もするわな」

 

ムゼロはそう解釈したが、ハスキミリアは首を横に振る。

 

「ううん、ムゼロさんってこの村の人に慕われていたから、その村を捨てて私たちに付いていくっていうのが正直、少し意外で」

「別に村を捨てるわけじゃねーぜよ。オディアナ姫たちの旅が終わったらまたこの村に戻るつもりだぜよ」

「じゃ、どうして付いてくるって?」

「んー、ただ単に気になったから? それに、オディアナ姫を護衛するのがシーアだけというのが少々不安だぜよ」

 

ムゼロがそう言うと、シーアがぴくりと反応する。

 

「言うじゃないか、ムゼロ。構えろ」

「おっと、村の中で派手にドンパチしちゃ大問題ぜよ。ここはこれで」

 

ムゼロが手にデッキを出現させ、それを見たシーアが更に不敵に笑う。

 

「いいだろう、それでも負けるつもりはない」

 

シーアもデッキを出現させ、お互い構える。

 

(……シーアったら、単純な挑発に乗って)

 

オディアナが少し困った顔でシーアとムゼロを見る。

ハスキミリアはあわあわしてどう声をかけようか困っていた。

そんな2人を置き、お互いデュエルを開始する。

 

 

「「デュエル」」

 

「先攻は俺みたいぜよ。俺はカードを5枚伏せてターンエンドぜよ」

 

ムゼロ LP8000

 

魔法・罠:セットカード5枚

手札:0枚

 

「いきなりカードを全てセット!?」

 

ハスキミリアが驚いている中、シーアがカードを引く。

 

「私のターン、ドロー」

「ドローした瞬間に罠カード『強欲な瓶』発動。何もないみたいだからチェーンして『八汰烏の骸』、さらにチェーンして速攻魔法『ご隠居の猛毒薬』さらにチェーンして『積み上げる幸福』、そして最後に『連鎖爆撃』発動だ」

「え、いきなりドローフェイズに5枚すべて発動させちゃったよ!?」

 

ハスキミリアが驚いている中、処理を進めていく。

 

「チェーン5の『連鎖爆撃』の効果。このカードも含め、積み上げたチェーンは5。そのチェーンの数×400ポイント相手にダメージを与える。2000ダメージだぜよ!」

 

シーアの体に鎖が巻きつき、その鎖が一気に大爆発を起こす。

 

「シーアさん!?」

「安心しな、お嬢さん。シーアほどなら死にやしないさ。そしてチェーン4の『積み上げる幸福』の効果で2枚ドロー。そして『ご隠居の猛毒薬』の効果で800ダメージを与え、そして『八汰烏の骸』と『強欲な瓶』の2枚は両方ともカードを1枚ドローする効果がある罠カード。よってそれぞれの効果で1枚ずつドローし、合計2枚ドローぜよ」

 

ムゼロが手にした薬を投げ込み、爆発が更に大きくなった。

 

「わわわっ」

「……やってくれるな」

 

爆発の煙が晴れていく。

その煙の中、シーアが堂々と立っていた。

 

シーア LP8000→6000→5200

 

「さすが。『デュエルモンスターズ』……というより『闇』に寄り添う人間ぜよ。傷がついても治っていくな」

 

事実、ムゼロの言葉通りシーアは傷ついていたがみるみると傷が塞がっていく。

『デュエルモンスターズ』がシーアを気遣い、傷を治療してくれているのだ。

 

「いや、さすがに痛すぎるぞ」

「悪い悪い。だが、この村には俺以外にデュエルが出来る人はいないし、そもそも俺が遠慮なく力をぶっぱなしても壊れないのはシーアぐらいぜよ。さぁ、そちらの力も見せてくれよ」

 

ムゼロもまたシーアと似たような不敵な笑みを浮かべ、シーアを見る。

そのシーアもまた好戦的な目をムゼロに向けていた。

 

「ああ、私もムゼロ相手には遠慮する気はない。容赦なくいかせてもらうぞ!」

 

 

ムゼロに挑発され、かつ容赦のない先制攻撃。

 

 

これだけの仕打ちを受け、闘志に火が付かないシーアではなかった。



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射撃者VS魔術師

「さて、あれだけのことをしてくれたんだ。早速行くぞ。手札から永続魔法『星霜のペンデュラムグラフ』発動。そしてペンデュラムスケール5の『慧眼の魔術師』とスケール2の『賤竜の魔術師』をペンデュラムゾーンにセッティング。そして『慧眼の魔術師』のペンデュラム効果発動。このカードを破壊してデッキからこのカード以外の『魔術師』ペンデュラムモンスターをペンデュラムゾーンに置く。デッキから『虹彩の魔術師』をセッティング」

 

慧眼の柱が虹彩の魔術師に変更された瞬間に『星霜のペンデュラムグラフ』のカードが光る。

 

「『星霜のペンデュラムグラフ』は1ターンに1度『魔術師』ペンデュラムモンスターがフィールドから離れた場合、デッキから『魔術師』ペンデュラムモンスター1体を手札に加える。私が加えるのは『調弦の魔術師』だ。そしてペンデュラム召喚! EXデッキより甦れ『慧眼の魔術師』よ、そして手札からは『調弦の魔術師』よ、やってこい」

 

シーアのEXデッキと手札からそれぞれ2体の魔術師が飛び出していく。

そして調弦の魔術師は手にした巨大音叉をがんがんと叩き、協和音を鳴らす。

 

「『調弦の魔術師』は手札からペンデュラム召喚に成功したとき、デッキから『魔術師』ペンデュラムモンスターを効果を無効にして特殊召喚する。出でよ『黒牙の魔術師』。そして私はLV4の『慧眼の魔術師』とLV4の『黒牙の魔術師』の2体でオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚。出でよ『星刻の魔術師』」

 

星と時を模した黒いローブを着た魔術師が現れ、杖をムゼロに向ける。

 

「そして『星刻の魔術師』の効果発動。デッキから闇属性、魔法使い族モンスター1体を手札に加えさせてもらう。デッキから『アストログラフ・マジシャン』を手札に加える。そして『虹彩の魔術師』のペンデュラム効果を発動。私の場の『星刻の魔術師』はこのターン、相手モンスターと戦闘して与える戦闘ダメージを2倍にする」

「だけど、別に俺の場のモンスターが存在しているわけじゃねぇ。狙いは別にあるんだろ?」

 

ムゼロが不敵な表情で尋ねると、虹彩の魔術師の柱が破壊される。

 

「その通り。『虹彩の魔術師』はペンデュラム効果を使うと破壊される。そして破壊された時、デッキから『ペンデュラムグラフ』と名の付くカード1枚を手札に加える。手札に加えるのは『時空のペンデュラムグラフ』だ。早速バトルフェイズだ」

 

慧眼の魔術師が杖を構え、星刻もまた同様に杖を構える。

杖を向けられているというのに、ムゼロは余裕そうな顔だ。

 

「『慧眼の魔術師』でダイレクトアタック」

 

慧眼の魔術師の杖から光の球が放たれ、それがムゼロのお腹に直撃する。

 

「おっと」

 

ムゼロは少々よろめきこそしたものの、特に慌てる様子はない。

 

ムゼロ LP8000→6500

 

「次に『星刻の魔術師』で攻撃だ!」

 

星刻の魔術師の杖からも闇の球が放たれ、先ほど光の球がぶつかったところに闇の球が直撃する。

 

「なかなかいい攻撃じゃねぇかぜよ」

 

ムゼロ LP6500→4100

 

「あのムゼロって人……特に痛がっている感じしないね」

 

ハスキミリアが隣に立つオディアナに耳打ちする。

実際の所一瞬でシーアが受けたダメージ以上のダメージをムゼロに与えている。

だが、ムゼロはそれなのに特に慌てた様子を見せていない。

それがハスキミリアにとっては少し不気味に思えたのだ。

 

「うん、そうですね。でも、ムゼロさんには何か考えがあるんでしょう。特に何も考えてないというわけではないでしょうし、怖がらなくても大丈夫ですよ」

 

オディアナにそう諭され、ハスキミリアが頷く。

 

「なかなかの威力だな」

「そう効いてない感じで言われてもそうは思えないな」

 

ムゼロが軽口を叩くのに対し、シーアは少し憮然とした感じで返す。

 

「まあいいじゃねぇか。さて、バトルフェイズは終わったみたいだが、どうするぜよ?」

「決まっている。メイン2、カードを2枚伏せてターンエンド」

 

シーア LP5200

 

モンスター:星刻の魔術師

EXモンスター:慧眼の魔術師

魔法・罠:賤竜の魔術師 星霜のペンデュラムグラフ セットカード2枚

手札:2枚

 

「さて、俺のターン、ドロー。俺は手札から魔法カード『強欲で金満な壺』を発動するぜよ。EXデッキから3枚除外するごとに1枚ドロー、そしてそれは6枚まで選べる。当然俺は6枚をランダムで除外させてもらうぜよ」

 

ムゼロが何のためらいもなくEXデッキのモンスターを除外していく。

 

「相変わらず何のためらいもないな」

「どうも。そして2枚ドロー。さて、俺は『星刻の魔術師』と『慧眼の魔術師』の2体をリリースしシーアの場に『溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム』をプレゼントしてやるぜよ」

 

シーアのモンスターゾーンの中央に穴が開き、その穴の中に慧眼の魔術師と星刻の魔術師が吸い込まれていく。

そしてその穴の中からマグマが噴き出し、そして檻の中にシーアが閉じ込められ、その檻を大事に抱えて離さないようにマグマの魔神がシーアの場に出現した。

 

「シーアのモンスター2体をリリースして特殊召喚された!?」

「確かに攻撃力の合計だったらシーアさんのモンスターの総攻撃力を上回ってるけど、それでも攻撃力3000のモンスターだよ!」

 

オディアナもハスキミリアもいきなり現れた溶岩の魔神に驚きを隠せないでいた。

 

「そして手札から魔法カード『ミスフォーチュン』を発動。相手の場のモンスター1体を対象にして発動する。その対象となったモンスターの攻撃力の半分のダメージを与えるぜよ」

 

ムゼロが手をかざすと同時にラヴァ・ゴーレムの体からマグマが垂れ落ち、シーアの体を焼く。

 

「あつつつっ!?」

 

シーア LP5200→3700

 

「そしてカードを3枚セットしてターンエンドだぜよ」

「エンドフェイズにセットしておいた永続罠カード『時空のペンデュラムグラフ』を発動させてもらう。『賤竜の魔術師』と一番右に伏せたカードを破壊させてもらう」

 

シーアの場の『時空のペンデュラムグラフ』が怪しい光を放つと、賤竜の魔術師の柱が砕け散り、その破片がムゼロがセットしていたカード1枚に突き刺さり、容赦なく破壊した。

 

「チッ『和睦の使者』がやられたぜよ」

「よし。そして『星霜のペンデュラムグラフ』の効果発動。デッキから『慧眼の魔術師』を手札に加えよう」

 

シーアの場の『星霜のペンデュラムグラフ』が優しい緑色の光を放つと、その光の中から『慧眼の魔術師』のカードが現れ、シーアが手に取る。

 

「そして私のターン、ドロー」

「スタンバイフェイズに『溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム』の効果が発動する。このカードのコントローラーのスタンバイフェイズに1000ダメージを与えるぜよ」

 

先ほどと同じようにラヴァ・ゴーレムの体の上から溶岩が垂れていき、シーアの背中に直撃する。

 

「だからさっきから熱いって!」

「いや、シーアぐらいの『闇』の適応力のおかげで熱いぐらいで済んでるぜよ。王族の護衛隊長という立場に立って心が生温くなってないか心配していたが、どうやら心配ないようでよかったぜよ」

 

シーアの文句に対してムゼロはどこか安心したような顔でシーアがマグマを浴びるのを見ていた。

 

シーア LP3500→2500

 

「そして罠カード『仕込みマシンガン』発動ぜよ! シーアの手札と場のカードの合計だけダメージを与えるぜよ」

 

ムゼロが左手をかざすと『闇』が左手に集まり、マシンガンの姿となる。

そして容赦なくシーアに向かって銃弾の雨を浴びせる。

 

「そう何度もしてやられるわけがないだろう。罠カード『ホーリーライフバリアー』を発動。手札1枚を捨ててこのターン相手から受ける全てのダメージを0にして、戦闘によってモンスターは破壊されない」

 

シーアの周りを光のバリアが包み込むが、その光はどこか澱んでいた。

光が純粋に綺麗だったなら、このバリアが何度もオディアナの身を守るためにシーアが張ってくれているバリアだということにオディアナは即座に気づけたはずだった。

だが、そのバリアはムゼロの銃撃を弾き飛ばすのではなく吸収し、跳弾することによって関係ない別の人が傷つくのを防いでいた。

 

「仕留めきれなかったぜよ」

「残念だったな。もっとも、ラヴァ・ゴーレムは不本意ながら私のカード扱いとなるからダメージは防げなかったがな。それと『ホーリーライフバリアー』に対してチェーン発動しなかったということは、どうやらフリーチェーンで私にダメージを与えられるカードというわけではなさそうだな」

 

得意そうにシーアが宣言すると、ムゼロの眉間がぴくっと、ほんのわずかだが動いた。

それは図星、だということがシーアに分かり、シーアがにっと笑う。

 

「なら行こうか。私はペンデュラムスケール5の『慧眼の魔術師』とペンデュラムスケール2の『刻剣の魔術師』をペンデュラムゾーンにセッティング。そして『慧眼の魔術師』を破壊してデッキから『黒牙の魔術師』をセッティング。そして『慧眼の魔術師』が破壊されたことで『星霜のペンデュラムグラフ』が発動し、それにチェーンして『アストログラフ・マジシャン』の効果発動。『アストログラフ・マジシャン』を特殊召喚し、『慧眼の魔術師』の3枚目を手札に加え、星霜の効果で『紫毒の魔術師』を手札に加えよう。そしてペンデュラム召喚! EXデッキからいでよ『虹彩の魔術師』、そして手札から出でよ『紫毒の魔術師』『慧眼の魔術師』」

 

シーアの手札から一気に3体の魔術師が飛び出していく。

先ほどのアストログラフと合わせて合計4体の魔術師が一気にシーアの場に並んだ。

 

「すごーい!」

「さすがはシーアですね」

 

ハスキミリアもオディアナも素直にシーアの大量展開を喜び、笑顔を見せた。

その笑顔に答えるようにシーアも一瞬笑顔でハスキミリアとオディアナを見たが、すぐにキリッと真剣な顔をムゼロに向けた。

 

「なんだ、そんな顔も出来るんじゃねぇかぜよ」

 

だが、2人に笑顔を向けていたのをムゼロは見逃していなかった。

そしてそれを指摘されたシーアがみるみる顔を赤くしていく。

 

「う、うるさいな」

「いいじゃねぇか、別に。シーアの妹も今のシーアの笑顔を見たらどんな反応をするだろうか」

「ええい、私を動揺させようという作戦か!? これ以上は無駄話をする気はない! 私はLV4の『虹彩の魔術師』と『慧眼の魔術師』の2体でオーバーレイネットワークを構築。エクシーズ召喚。出でよ『Em トラピーズ・マジシャン』」

 

きゃはきゃは笑いつつも、どこか不気味さすら感じさせる笑みを浮かべた魔術師がシーアの場に降り立つ。

 

「トラピーズ・マジシャンの効果。オーバーレイユニットを1つ取り除いてモンスター1体を対象にして発動する。対象となったモンスターは2回攻撃できるが、バトルフェイズ終了時に破壊される。対象にするのは当然ラヴァ・ゴーレムだ」

 

トラピーズ・マジシャンがラヴァ・ゴーレムに向かって手をかざす。

手から放たれた紫色の光がラヴァ・ゴーレムを包み込み、ラヴァ・ゴーレムのぬぼーっとした顔がどこか興奮したようなり、ぬほぬほ言い出した。

 

「やる気満タンみたいだな。早速バトルフェイズだ。行けラヴァ・ゴーレム!」

 

ラヴァ・ゴーレムがシーアを捕らえていた檻から手を離し、ムゼロを叩き潰すべくぬるぬると近づいていく。

 

『ぬほぬほーっ!』

 

ラヴァ・ゴーレムが雄たけびを上げながら緩やかにムゼロに近づいていく。

 

(さてと、伏せカードは『業炎のバリア―ファイヤー・フォース―』。まあ、ここまでだな)

 

ムゼロが顔を上げると、自身がシーアに送りつけたラヴァ・ゴーレムが腕を振り上げていた。

元々の持ち主がムゼロとはいえ、シーアに渡されたためシーアの命令を裏切るわけにいかないラヴァ・ゴーレムにためらいはなかった。

ラヴァ・ゴーレムが容赦なく右腕を振り下ろし、ムゼロを叩き潰した。

 

「ぐへぇ、熱いぜよ!」

 

ムゼロ LP4100→1100

 

「もう一回だ!」

 

そしてもう片方の腕も振り上げられ、少しよろめいていたムゼロに対して遠慮なく振り下ろされた。

 

「ぎゃああああああああっす!?」

 

ムゼロ LP1100→0

 

 

「いやー、遠慮しねぇなシーアは」

「最初に遠慮なくダメージを与えてきたのはムゼロだろうが」

 

ムゼロとシーアがそれぞれの戦いにおいて思ったことを述べあう。

 

「そういや、シーアさんとムゼロさんってお知り合いなんですか?」

「ええ。ムゼロさんは元々はこの国の出身ではなく、別の国の出身なんですよ。さっきのように銃器を取り出して狙撃することが出来るんですが、その力を忌み嫌った両親に殺されかけて、逆に返り討ちにしたんです」

 

オディアナがはぁと溜息をつき、ハスキミリアが思わず口元を手で抑えた。

あの軽い態度の裏に、そんな重い過去があったなんて想像もしていなかったのだろう。

 

「そんな彼は両親のわずかな財産で食いつないでいたんですが、その財産も切れて、親殺しの罪で別の国から放たれた追っ手から逃げてきてこの国に流れ着き、死にかけていたところをたまたまシーアが見つけたらしくて。で、どういうわけかはシーアもムゼロさんも話はしてくれませんが、なんか色々あったらしくてなんとか生き延びることが出来たんですよ」

「おっと、オディアナ姫、その過去話はあんまりしてほしくないんですがね」

「すみません、ハスキミリアさんがどうして私とシーアと顔見知りだったのか気になったらしくて」

 

オディアナがきっぱりと言うと、ムゼロは少しだけ困った表情をする。

ハスキミリアがどうしようか考えているとムゼロが口を開く。

 

「まあその過去は話したくなったら話すぜよ。で、シーアがたまたまアルトマ王城にいたとき、オディアナ姫と仲良くなってそのまま城の衛兵になったんだ。で、俺はまた一人になるのかと思ったけど、シーアはどうやら俺のことをオディアナ姫に話したらしく。過去に親を殺したとはいえ、死にそうな思いをしたこと、そして命の危機に瀕したことで過去の過ちは清算されただろうと判断した、そうですよね」

 

ムゼロがオディアナに顔を向けると、オディアナはこくんと頷いた。

 

「ええ。親に命を狙われて辛い思いをして、自分の身を守るために抵抗した結果、実の親を殺してしまった。この国だったら正当防衛になる。だけどもムゼロさんの国では親殺しを責め立てられ命を狙われ続けてましたからね。命を狙われ続けるという辛い思いをさらに味わっているのだから、もういいだろう、ということで」

 

オディアナがムゼロに顔を向けると、再びムゼロが口を開く。

 

「そしてこの国で暮らす民になっているのだから、その民に安定した暮らしをさせないといけない、ということでアレン国王は俺を何でも屋の狙撃者として『エイストール』の村の人たちに説明し、この村に家を与えてくれた。そして村人たちから受け入れられるかどうかはあなたの働き次第ですよ、と言われ、村人たちから頼まれる依頼事をこなし、今では困ったことがあったら真っ先に俺に相談してくれるぐらいに信頼関係は築き上げられたのさ」

 

ムゼロが説明を終えると、ハスキミリアに真剣な顔を向ける。

 

「だからこそ俺はこの国には恩がある。その国が大変な目に遭ってて、助けたいと思う。だから旅についていきたい。女3人旅に男が混じるのは不安だろうし、俺の過去は汚いものだが……それでも受け入れてくれるかぜよ?」

「……正直に言えば、すぐに受け入れるのは難しいですけど。それでもオディアナ姫さんとシーアさんが信頼を寄せているのだから、私も信じてみようと思います」

「ん、そっか。なら、その信頼を裏切らないようにしないといけないぜよ」

 

色々な人と信頼関係を作り上げていくのは、もう何度も経験してるからな、とムゼロは言い、ぺこりと頭を下げた。

 

「で、今日は一泊して、明日に出発するんだろう?」

「うん、そのつもりです」

「だったら、俺はこの村の家に寝て、3人は宿屋に泊まればいいぜよ。俺も旅支度とかあるし。ただ、勝手に村を出ていくというのはやめてほしいぜよ」

「そんなことしないですよ」

 

オディアナがきっぱりというと、ムゼロがにっと笑う。

 

「オディアナ姫がそういうなら心配いらねぇぜよ。では、これでいったん失礼するぜよ」

 

ムゼロが手を振り、自分の家に向かって歩いていった。

 

そしてオディアナたち3人も村の宿屋に泊まり、歩きで溜まった疲れを癒した。

 

 

そして翌朝。

村の入口にすでにムゼロは立っており、オディアナたち3人がムゼロと合流した。

 

「すでに村人たちには俺が姫の護衛を務めるということは説明してありますので、問題ないぜよ」

「そうでしたか。では、改めて行きましょうか」

「ええ」

「うん」

 

 

こうして、新たな仲間が加わりオディアナたちの旅は続くのであった。



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被害再び

「わぁ」

 

アルトマ王国より少し遠くに存在している村、『アルトヴァ』。

そこにある少し大きな家の2階の窓から、顔を覗かせている少女がいた。

少々赤色が混じった黒き瞳が、星空を映し出していた。

 

「綺麗な星空。シーアお姉ちゃんとオディアナ姫様も見てるのかな」

 

アルトマ王城で働く姉。

3年前ぐらいにたまたま城を訪れていた姉がオディアナ姫と仲良く遊んだことをきっかけに、兵士として城に仕えることになった。

最初は一般兵として、そしてシーアが持っていた1枚のカードがアルトマ王城に補完されていた『魔術師』のデッキと共鳴したことでデッキを得て、やがては王族護衛隊隊長という偉い立場になった。

 

「……さてと、そろそろ寝ようかな」

 

シーアの妹である、シオン。

彼女はシーアと2人暮らしをしていたが、姉がアルトマ王城に仕えることになった際、姉は城で暮らすことになりシオンがこの村に残ることにした。

シーアは城へ一緒に行こうと提案したが、シオンは当初姉であるシーアが城に仕えることに反対していたため、半ば意地でこの村に残ったのである。

シーアはその後忙しくなりなかなかこの村には帰ってこないが、それでも姉が姫と一緒に元気でやっていると信じてやまなかった。

 

「ん?」

 

だが、村の中で嫌な気配を感じた。

その瞬間。

 

 

村を、紫の茨が覆い包みこみ、シオンの意識はそこで消えた。

 

 

 

「もうそろそろ次の村だよね、シーア?」

「はい、オディアナ姫」

 

オディアナが横を歩いていたシーアに尋ね、シーアがこくんと頷く。

 

「シーア、どことなく嬉しそうだな。やっぱり故郷はいいもんだぜよ」

「え、そうなの?」

 

ムゼロがシーアを少しだけからかうように言うと、隣を歩いていたハスキミリアが食いつく。

 

「ああ、次の目的地である『アルトヴァ』はシーアと妹であるシオンが生まれ育った村だ。俺がシーアと関わりがあった際、何度か訪れたっけな」

「へぇ、シーアさんの故郷なんだ」

「ああ、そうだ。だが、別に里帰りとかそんな浮ついた気持ちで訪れるのではないのだ」

 

シーアがそう言うが、どこか無理をしてる感じなのは誰の目から見ても明らかだった。

 

「……素直になってもいいのよ、シーア」

「オディアナ姫まで……あくまで今回は一時的に訪れるだけなのですから」

 

(オディアナ姫様の言葉にも頑なとは。こりゃ素直になる日は遠いぜよ)

 

ムゼロがやれやれと言わんばかりの顔をしていたが、シーアがそれに気づくことはなかった。

 

「シーアさんの妹ってどんな人なんですか?」

「んー、シーアと違って素直な所が可愛らしいかなどげばぁ!?」

 

ムゼロが素直な感想を述べた瞬間、シーアのキックが彼の背中に炸裂しムゼロは近くの樹まで吹っ飛ばされていった。

 

「な、ナイスキックだぜ」

「別に私と比較することはないだろう、なぁ?」

 

シーアの顔は明らかに不機嫌だった。

可愛らしいと褒められることはまずないのはこの性格上分かってはいるが、こうもはっきりと第三者から口にされてしまうと腹が立ってしまうものである。

 

「うぅ……後、姉よりも格闘センスはすげぇぜ」

 

ムゼロがよろよろと立ち上がりハスキミリアたちと合流しようとしてる中、解説を加える。

先ほどのナイスキックよりも凄い格闘が出来るのか。

ハスキミリアの中のシオンの姿が、なぜか道着を着たシーアらしき人物となった。

 

「素直で可愛いけども、格闘センスはあのシーアさんよりも上……どんな人なのか、結構気になってきました」

「だろ?」

 

ハスキミリアとムゼロが楽しく会話している中、シーアが憮然とした表情となり、それをオディアナが宥める。

数日間の旅でムゼロの性格を理解したのか、ハスキミリアはムゼロを仲間として認識し、持ち前の明るさで彼と接していた。

ムゼロもまたハスキミリアの純粋な心と触れてあっさりと親しくなっていた。

だが、それでもシーアとどういう関係だったのかはまだハスキミリアは教えてもらえていなかった。

 

そんな3人の様子をオディアナ姫はいつもニコニコと笑顔で見守っていた。

城の中で姫として真面目に振舞ってる中でこんなやり取りは今まで見たことがなかった。

それにシーアがムゼロに対して少々暴力的な面を見せてはいたがそれもまた今まで見たことがない一面だったので新鮮な気持ちでそれを見ていた。

 

「オディアナ姫? 何かおかしいところでもありますか?」

 

そしてそんなオディアナを見てシーアがそうやって尋ねてくるのも結構定番となってきた。

 

「ううん、大丈夫。さ、早いところ行きましょう」

 

そしてそうやって誤魔化して皆を先導する。

これがムゼロが仲間になってから数日間の旅でテンプレと化した流れだった。

 

「もうそろそろ村が見えてくるはずなんだが……!」

 

そして自身の故郷である『アルトヴァ』が見え始めたころ、シーアの顔色がみるみる変わっていく。

 

「な、なんだありゃ!?」

「え?」

 

ムゼロもハスキミリアも遠目からだが、村に起きてる惨状が目に見えた。

 

「嘘でしょ? アルトマ王城だけじゃなかったんだ」

 

オディアナは、今まで訪れた村は特に何も問題が起きておらず、少し安心していたのだ。

だが、その安心は無惨にも崩れ去ることとなってしまった。

アルトマ王城だけでなく、アルトマ王国領内の村である『アルトヴァ』までもが、アルトマ王城に起きた惨劇と同じ事態となってしまっていたのだ。

 

「い、急ぎましょう!」

 

オディアナが言うよりも早くシーアが駆け出し、3人が慌てて後を追う。

 

「は、早い」

 

だが、シーアの足がハスキミリアが予想していたよりも早く、見る見るうちに距離が離れていく。

この旅に出るまでハスキミリアは今までほとんど屋敷の外に出なかったので、走れるほどの体力はなかったのだ。

 

「大丈夫か?」

 

そんなハスキミリアを心配したムゼロがハスキミリアの傍にやってきて尋ねる。

 

「う、うん……早くシーアさんを……はぁ、はぁ……追いかけなきゃ」

「いや、さすがに置いていけねぇって。かといってオディアナ姫も一人には出来ないし、しょうがねぇ」

 

ムゼロがいきなりハスキミリアをおんぶする。

 

「え、え、えええっ!?」

 

まさかいきなり男性におんぶされるとは思っておらず、みるみる顔が赤くなっていく。

 

「ちゃんと捕まってろ、だぜよ!」

 

そしてそのままムゼロが勢いよく走っていく。

少しでも手から力を抜けば振り落とされてしまいそうなのでハスキミリアがぎゅっとムゼロの肩を掴む。

そしてあっさりと少し前を走っていたオディアナとシーアに追いつく。

 

「ムゼロさん、ハスキミリアさんをおんぶしてるんですか」

 

オディアナとシーアがハスキミリアをおんぶしてるムゼロを見る。

ハスキミリアの方は赤くなってる顔を見られたくないのかムゼロの背中に顔を埋めていた。

そしてムゼロはそんなハスキミリアに仕えてるドラゴンメイドたちからの羨望と怒りを感じつつもオディアナ姫に話しかける。

 

「申し訳ないですが、さすがにオディアナ姫様まで一緒におんぶってのは俺の体面積が大きくないんで無理です」

「いや別に大丈夫ですよ」

「そもそも私が許可するわけがないだろう」

 

オディアナが言うのとほぼ同時にシーアが厳しめな声で言う。

シーアが先行したのをオディアナが追いついた。

ムゼロにはそれが少し意外に感じられた。

 

「意外と姫様、運動神経いいですねぇ」

「ここ最近歩いて旅してたからかしら。それに視察とかで村を見て回ったりもするから」

「なるほど、ちゃんと運動はしてるんですね。それなら納得だ」

 

そんな会話をしつつ『アルトヴァ』の村の入口にたどり着く。

村は全て紫色の茨で覆われており、中に入ることすらほぼ不可能な状況になっていた。

だが、そんな中でオディアナがとある事に気づく。

 

「これってもしかして」

 

本来の村の入口から少し右にずれた所に、大人1人なら通れそうな穴が空いていたのだ。

この惨劇が起きた村の中に侵入した人がいるのか。

それとも、村の人たちはこの穴から脱出し無事に逃げおおせたのか。

 

「……調べてみないと、いけないな」

 

シーアが穴の中から村へと入っていく。

 

「私も付いていくわ」

「怪我しないよう気を付けてくださいね」

 

シーアがオディアナの手を取り、丁寧に中へと招き入れる。

 

「よし、じゃ俺たちも行くぜよ」

「う、うん……お、降ろしてもらっていいかな」

 

恥ずかしさからか小声でハスキミリアが呟くと、ムゼロがかがみこみハスキミリアがゆっくりとムゼロの背中から降りた。

 

「よし、では改めて行くぜよ」

 

ムゼロが穴の中へと入っていく。

そして少し遅れてハスキミリアも穴の中へと入っていった。

 

 

「……なんてことだ」

 

村はすっかり紫色の茨で包み込まれており、茨の隙間からほんのわずかに太陽の光が差し込む以外、暗くなっていた。

目で見えないというわけではないが、歩きづらいのは否めなかった。

そんな中、シーアが勝手知ったるといった感じですたすたと歩く。

 

「シオン」

 

大事な妹の名を呟きながら歩いていく。

 

「シーア」

 

オディアナ姫もそんなシーアを心配し、隣を歩く。

さっきは本当に我を忘れて姫を置いて走り出したが、すぐに姫に追いつかれて以降は姫と共に行動し、今もこうやって姫の傍から離れないようにしていた。

 

そしてシーアとオディアナ姫がとある家の前にたどり着く。

2階の窓が開いており、その中に茨が侵入していた。

シーアが扉に巻きついていた茨を切り捨て、扉に手をかける。

 

「……行こう」

 

そして意を決したように呟き、家の扉を開く。

その中には、かつての自分の家の姿はもはや残っていなかった。

自分の部屋も居間も何もかも、紫色の茨で覆いつくされていたのだ。

 

「なんてことだ」

 

シーアの声から悲痛が感じ取れ、オディアナが優しくシーアの肩に手を置く。

ムゼロもハスキミリアも惨劇に愕然としながらもゆっくりと探索を続ける。

 

「2階にシオンの部屋……あの窓から茨が侵入していたから……」

 

シーアの声に不安以外の感情が感じられず、足取りもさっきと違い躊躇いがちだった。

茨が敷き詰められた階段をなんとか上がり、シオンの部屋の扉を開く。

 

 

「シオンっ!」

 

シーアがシオンの名を呼んだが、返事が返ってくることはなかった。

 

「……誰もいない?」

 

部屋の中は茨で覆いつくされ、窓ガラスも割れて破片が茨の上に乗ってこそいたが、人の姿は影形もなかったのだ。

 

「シオン、シオン!」

 

シーアはそれでも妹の名を叫び続ける。

 

「シーア、落ち着いて。この部屋には誰もいないですよ」

 

オディアナがシーアを窘めると、少しシーアが平常心を取り戻したのか息をつく。

 

「確かにこの部屋にはいないし、他の場所にもいなかった……じゃ、シオンは一体どこに行ったんだ?」

 

シオンが家にいない。

たまたま村の外に外出していたから無事、と一言で言えない。

村の他の場所で茨に取りつかれ眠ってしまっているのか。

そんな風に考えていると、外から物音が聞こえてきた。

 

「一体なんだ?」

 

シーアが茨で敷き詰められた階段を降りていき、残りの3人もシーアに続いていった。

 

家の外に出ると、薄暗い中で2人の人物が対峙しているように見えた。

 

「ちょっと待てよ。こんな酷い場所にすでに人がいたとはな。まさか俺と同じ同業者か?」

「そんなわけないでしょ! 確かにこの村に何が起こったか分からないけど、あなたのようにコソ泥を働くつもりなんかない!」

 

聞こえてきたのは男の声と……シーアにとっては誰よりも聞き覚えのある声だった。

 

「シオン!?」

「今の声……お姉ちゃん!?」

 

シーアがシオンの声のした方へと走っていくと、シオンが心の底から安心しきった顔をした。

 

「シオン、無事でよかった」

「うん……なんか昨日の夜、いきなり茨が窓の外から流れ込んできて……気づいたら村が茨に囲まれてたの。で、誰か無事な人がいないか探してたら、あの男が他の人の家からマニィや宝石を盗んでたのを見つけたの」

 

シオンが男の方を指さすと、男があっけらかんと笑う。

 

「はは、たまたまこの村に来たら茨に囲まれて何事かと侵入してみたら、人が茨に絡みつかれて眠りに着いてるじゃねぇか。これは金品を手に入れるチャンスだと思ってね。こっそりと盗みを働いていたら、その娘に見つかってな」

 

その口ぶりからしてみる限り、どうやらこの男が村を覆った茨に穴をあけて侵入した犯人だとシーアは確信した。

そして同時にこの茨を巻き起こした犯人でもないと分かり、少しだけがっかりする。

 

「だが、見つかった以上とんずらさせてもらうと」

「待ちなさい」

 

オディアナがきっぱりと告げると、男がげっと声をあげる。

 

「お、おおおおオディアナ姫!? どうしてこんな所に」

「……私たち王族は村を、民を脅かす悪人を決して見逃しません。こんな惨状にある村に侵入し、民を助けることを一切せず、挙句民の生活を成り立たせる金品を盗むとは……絶対に許しません」

「く、くそっ」

 

男が踵を返し逃げようとした瞬間。

 

「おっと、逃がさないぜよ」

「コソ泥さんは退治しないといけないですね」

 

ムゼロとハスキミリアが男の退路を絶つように立っており、男があたりを見回す。

 

「く、くそ」

 

男がやけを起こしたのか、一気にオディアナに向かって走り出す。

 

「そうはいかないよ!」

「ああ、そうだ」

 

だが、シオンとシーアがオディアナの前に立ち、男を牽制する。

 

「な、なら……うおおおおっ!」

 

男が叫ぶと同時に男の手に決闘盤が現れる。

 

「それは」

「へへ、どーだ。俺様はこいつの力を使って財を集めてきたんだ。さぁ、痛い思いをしたくないのならさっさとどくんだな」

「そうはいかないよ。ここは私が闘う」

 

だが、シオンは臆することなく男の前に立つ。

 

「シオン、お前は」

「大丈夫、私はお姉ちゃんの妹だもん。見てて」

 

シオンがすっと左腕をかざすと、手首辺りに決闘盤が装着された。

 

「シオンも決闘者に!?」

 

全員が驚いていたが、その中でもシーアの方がひときわ驚きが大きかった。

大事な妹がそのような力を持っていたとは到底思っていなかったからだろう。

 

「ほう、お前も決闘者だったのか」

「ええ、そうよ。この村の財産は皆の物なの。コソ泥であるあなたが持って行っていいものじゃない! 私の力であなたを止めてみせる!」

 

シオンが叫ぶと同時に決闘が開始される。

 

 

「「デュエル」」

 



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守るべきもののために

「先攻は俺様からだ。俺様は『マシンナーズ・ギアフレーム』を召喚」

 

オレンジ色の人型の機械素体が出現し、コソ泥男の場に降り立つ。

 

「ギアフレームが召喚に成功したとき、デッキから『マシンナーズ』モンスター1体を手札に加えることが出来る。俺様が手札に加えるのは『マシンナーズ・アンクラスペア』。そしてアンクラスペアはカード効果で手札に加わった時、手札から特殊召喚することが出来る!」

 

ゆらりと不気味なオーラが揺れる。

漆黒に染まった機体が銃を持ち、シオンに銃口を向ける。

 

「アンクラスペアは召喚、特殊召喚に成功したとき、デッキから『マシンナーズ』モンスター1体を墓地へ送ることが出来る。俺が送るのは『マシンナーズ・カーネル』だ。そして俺はLV4のギアフレームとアンクラスペアでオーバーレイ。2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築。エクシーズ召喚。出でよ『ギアギガントX』!」

 

歯車が組み合わさり、器用に動く機械人形がコソ泥の場に出現する。

 

「ギアギガントXのオーバーレイユニットを1つ取り除いて効果発動だ。デッキからLV4以下の機械族モンスター1体を手札に加える。『マシンナーズ・ギアフレーム』を手札に加える。そして俺様はカードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

コソ泥 LP8000

 

モンスター:ギアギガントX

魔法・罠:セットカード1枚

手札:4枚

 

「あの男」

「ああ、下級モンスターを利用してサーチと墓地肥やしを上手いこと両立させていた。結果として手札消費1枚で攻撃力2300のエクシーズモンスターが場に残ったぜよ」

「シオンさん、大丈夫でしょうか?」

 

シーアたちが心配な目で見る中、シオンのターンが始まる。

 

「私のターン、ドロー。私はペンデュラムスケール8の『メタルフォーゼ・ヴォルフレイム』と『レアメタルフォーゼ・ビスマギア』をセッティング」

 

シオンが手札から2枚のペンデュラムカードをセッティングする。

 

「おいおいおい、両方ともペンデュラムスケール8じゃペンデュラム召喚が出来ないぜ」

「ええ、あなたに言われなくても分かっています。私は『レアメタルフォーゼ・ビスマギア』のペンデュラム効果を発動します。ヴォルフレイムを破壊することでデッキから『メタルフォーゼ』と名の付く魔法・罠カード1枚をセットします」

 

ビスマギアのカードが置かれた場所から発生した光の柱からヴォルフレイムのカードが置かれた光の柱に向かって炎が放たれる。

その炎が柱に直撃し、柱がパリンと音を立てて割れ、その光の破片が『メタルフォーゼ・コンビネーション』のカードに変化しセットされた。

 

「デッキから『メタルフォーゼ・コンビネーション』をセットします。そしてペンデュラムスケール1の『メタルフォーゼ・ゴルドライバー』をセッティングします。ペンデュラム召喚! EXデッキより再錬成せよ『メタルフォーゼ・ヴォルフレイム』!」

 

白く巨大なキャタピラ車。

それが重厚な音を立ててシオンの場を走り込み、ヴォルフレイムが見参する。

 

「そしてバトルフェイズ。ヴォルフレイムで『ギアギガントX』に攻撃!」

 

ヴォルフレイムが勢いよく走りこんでいき、歯車で出来た機械の巨人を吹っ飛ばす。

 

「チッ」

 

コソ泥 LP8000→7900

 

「だが、俺はタダじゃやられねぇぜ。地属性・機械族モンスターが破壊されたことで墓地の『マシンナーズ・カーネル』の効果発動。墓地から再起動せよ『マシンナーズ・カーネル』!」

 

ギャリギャリギャリ。

地の底から金属同士が擦り合う嫌な音が響き渡る。

その音と共に地面が割れ、巨大なチェーンソーを腕に装備した青き機械巨人が出現する。

 

「モンスターが戦闘破壊されただけで墓地から攻撃力3000のモンスターが飛び出してくるなんて」

 

ハスキミリアが驚愕しながらコソ泥の場に現れたマシンナーズの機械大佐を見つめる。

機械大佐からは感情は感じられないが、シオンに対する殺意みたいなコードがプログラミングされているのか、チェーンソーが不気味な音を立てて稼働する。

 

「……大丈夫。私の妹は自信がないときに闘いを挑むような子じゃないよ」

 

だが、シーアは妹を信用してるのかゆるぎない信頼の眼差しでシオンの場を見ていた。

 

「メイン2。私はカードを1枚伏せて、ゴルドライバーのペンデュラム効果を発動するよ。ビスマギアを破壊してデッキから『メタルフォーゼ・カウンター』をセットするよ。そして破壊されたビスマギアの効果発動。エンドフェイズに『メタルフォーゼ』モンスター1体を手札に加えます。そのままターンエンドしてデッキから2枚目のビスマギアを手札に加えます」

 

シオン LP8000

 

EXモンスター:メタルフォーゼ・ヴォルフレイム

魔法・罠:セットカード3枚 メタルフォーゼ・ゴルドライバー

手札:3枚

 

「次は俺様のターンだ。ドロー」

 

コソ泥が手札を引き、にやりと笑う。

 

「俺様は『マシンナーズ・ギアフレーム』を召喚し、その効果でアンクラスペアを手札に加える」

 

先ほどと全く同じ流れがコソ泥の場で再現される。

だが、違うのはアンクラスペアの効果で落とされたカードだ。

 

「俺はアンクラスペアの効果でデッキから『マシンナーズ・ルインフォース』を墓地へ送る。そしてギアフレームとアンクラスペアの2体でオーバーレイネットワークを構築。エクシーズ召喚。出でよ『ギアギガントX』」

 

だが、それ以外は結局さっきと同じ動きしかしてこなかった。

ギアギガントXの効果で手札に加えられたのはデッキに眠る最後の『マシンナーズ・ギアフレーム』だった。

 

「俺様は墓地の機械族モンスターのLVの合計が12以上になるように除外し、墓地の『マシンナーズ・ルインフォース』を特殊召喚する」

 

墓地のギアフレーム2体とアンクラスペアの素体がコソ泥の場に浮かび上がる。

アンクラスペアのボディから放たれていたどす黒いオーラが広がっていき、キャタピラを足とし、カーネルよりも巨大な闇の破滅機械が稼働を始めた。

 

「攻撃力4600のモンスターをたった墓地の機械族モンスター3体を除外することで特殊召喚するなんて」

「つ、強すぎる」

 

オディアナもハスキミリアも攻撃力が大量に上がっているモンスターの大量展開に驚き、目を見開く。

 

「さぁ、バトルフェイズに入ろうか」

「バトルフェイズに入る前に私は罠カードを発動させてもらいます。『バージェスマ・ディノミスクス』です。『マシンナーズ・ルインフォース』を除外させてもらいます」

 

シオンの場からうねうねとした白き触手を持つ謎の生命体が出現し、ルインフォースに絡みつく。

だが、その瞬間カーネルがチェーンソーを振り上げた。

 

「カーネルの効果を発動させてもらうぜ。俺の場の機械族モンスター1体を破壊し、破壊したモンスターの攻撃力以下の相手モンスターをすべて破壊する。ルインフォースの攻撃力は4600。よって4600以下のモンスターを全て破壊してもらうぜ」

 

カーネルがチェーンソーでルインフォースの体をバラバラにしてしまった。

だが、そのバラバラになった破片から闇が放出され、その闇がヴォルフレイムを飲み込み闇の中へと引きず込み消滅させてしまう。

 

「そして俺の場のルインフォースが効果で破壊されたことで除外されている『マシンナーズ』モンスターを3体選んで特殊召喚する。俺が特殊召喚するのはコストにしたギアフレーム2体とアンクラスペアだ」

 

ルインフォースの残した闇からギアフレーム2体とアンクラスペアがぬるりと這い出す形で現れ、コソ泥の場が機械兵士たちで埋まる。

 

「さぁ、こいつらで一斉攻撃すればLPが尽きるぜ……何っ!?」

 

だが、コソ泥は目を剥いて驚いていた。

ルインフォースの闇に飲み込まれがら空きになったはずのシオンの場に、翼を生やした赤き鋼の兵士が立っていたのだから。

 

「私の場のカードが破壊されたことで『メタルフォーゼ・カウンター』を発動しました。そしてその効果でデッキから『メタルフォーゼ・バニッシャー』を特殊召喚しました。そしてバニッシャーは『メタルフォーゼ』のカードの効果で特殊召喚に成功した場合、相手の場か墓地のモンスター1体を除外します。除外するのは当然『マシンナーズ・カーネル』です」

 

バニッシャーが翼を広げると、その翼から赤き灼熱の波が放たれた。

その灼熱の波が機械大佐の体を一瞬で溶解し、消滅させた。

 

「ぐっ、この」

 

コソ泥が歯噛みし、カーネルを除外する。

 

「すごい、シオンさん! カーネルをあっさりと除外しちゃった」

「ああ。破壊しても復活するなら除外すればいい。そうすりゃ復活する流れを断ち切れるぜよ」

 

ハスキミリアもムゼロも感心してる中、シーアはシオンの顔をじっと見る。

シオンは余裕そうな態度をしているが、首筋に一筋の汗が流れてるのが見えた。

おそらく、結構ギリギリだったのだろう。

ディノミスクスがなければこの流れは成立していなかったのだから。

 

「だが、甘いぜ。罠カード『機甲部隊の超臨界』を発動する。その効果でデッキから『マシンナーズ・カーネル』を特殊召喚して場のギアフレーム1体を破壊する」

 

だが、たった1枚の罠カードの効果でカーネルがデッキから出現し、再びシオンの場のバニッシャーを睨みつける。

 

「くっ、あっさりと2枚目のカーネルを特殊召喚するなんて」

「予定とは食い違ったが、改めてバトルフェイズだ。カーネルでバニッシャーに攻撃!」

 

先ほど解かされた別機体が復讐を言わんばかりにチェーンソーでバニッシャーの体を切り裂く。

 

「くうううっ!」

 

シオン LP8000→7900

 

「続けて3体のモンスターでダイレクトアタックだ!」

 

ギアギガントX、ギアフレーム、アンクラスペアがそれぞれシオンの体に向かって攻撃を放つ。

 

「俺様の力、その身で味わえ!」

 

ほんの一瞬、シオンの体がゆらりと揺れる。

その違和感にシーア以外気づくことなく機械兵3体の攻撃をモロに受けた。

 

「ううっ」

 

シオン LP7900→2000

 

シオンはマシンナーズ2体とギアギガントXの攻撃を受けつつもほんの少しよろめいただけで、コソ泥をきっと睨みつける。

 

「あれだけの攻撃を受けて、立ってられるなんて。さすがはシーアさんの妹だね」

 

ハスキミリアが闘う姿勢を一切崩さないシオンを見てキラキラとした目でシオンを見つめる。

カーネルを除外し有利になった流れを一瞬で崩され一気に大ダメージを受けても、闘うという意思を崩さない。

その姿勢がハスキミリアには眩しく見えたのだ。

 

だが、当然闘う意思があれで無くなるだろうと思っていたコソ泥からしたら面白くはなかった。

 

「チッ……俺はギアフレームのユニオン効果発動。カーネルに装備する。そしてカードを1枚伏せてターンエンド」

 

コソ泥 LP7900

 

モンスター:マシンナーズ・カーネル マシンナーズ・アンクラスペア ギアギガントX

魔法・罠:セットカード1枚

手札:3枚

 

「私のターン、ドロー」

 

シオンがカードを引き、コソ泥の場を睨みつける。

 

「なんだ、その目は」

「私は墓地の魔法カード『錬装融合』をデッキに戻して1枚ドローします」

「何、そんなカードをいつの間に……あっ」

 

先ほどのディノミスクス。

その効果を発動するとき、手札を1枚捨てる。

その時のコストにそのカードを墓地へ落としていたのか。

 

「1枚ドロー。そしてカーネルには消えてもらいます」

 

シオンがそう告げた瞬間。

カーネルの背後に闇の穴が開き、その中から現れた手に掴まれ闇へと引きずり込まれる。

 

「何っ!?」

「カーネルをリリースし『多次元壊獣ラディアン』を特殊召喚します」

 

(ケケッ)

 

ラディアンがケラケラ笑いながらシオンを見下ろす。

 

(いい仕事しただろ?)

「うん。ありがとう。そして私は『メタルフォーゼ・コンビネーション』を発動・ゴルドライバーの効果で『メタルフォーゼ・コンビネーション』を破壊してデッキから『錬装融合』をセットします。そして破壊されたコンビネーションの効果でデッキから『メタルフォーゼ』モンスター1体を手札に加えます。『パラメタルフォーゼ・メルキャスター』を手札に加えます。そして魔法カード『錬装融合』を発動します。手札のメルキャスターとビスマギアの2体で融合。出でよ『メタルフォーゼ・ミスリエル』」

 

女性型の戦士が小型ロケット装置と翼をつけ空中を飛翔する。

シオンを一瞬だけ見た後、お互い頷きコソ泥を睨みつける。

 

「ミスリエルの効果発動。墓地の『メタルフォーゼ・コンビネーション』と『錬装融合』とラディアンを対象にするわ。2枚の墓地のカードは私のデッキに、そしてラディアンは手札に戻るわ。当然ラディアンは私のカードだから私の手札に戻るわ」

 

ラディアンがシオンの手札に戻っていく。

 

「俺のモンスターを除去した挙句手札に……」

「そして魔法カード『混錬装融合』を発動! 場、手札、そしてEXデッキで表側表示になっているペンデュラムモンスター1体をそれぞれ1枚だけ墓地へ送ることで融合召喚を行います。場のミスリエルとEXデッキの『メタルフォーゼ・ヴォルフレイム』を墓地へ送り『メタルフォーゼ・オリハルク』を融合召喚します」

 

巨大な斧を手にした男型の戦士が出現し、そのそばにバニッシャーが現れる。

 

「ミスリエルの効果。このカードが墓地へ送られた場合、EXデッキで表側表示となっている『メタルフォーゼ』モンスター1体を特殊召喚します。そしてバニッシャーがメタルフォーゼの効果で呼び出されたことで、墓地の『マシンナーズ・カーネル』を除外します」

 

灼熱波がコソ泥の墓地まで届き、2枚目のカーネルも除外された。

 

「くそおおっ!」

「これでカーネルの蘇生は問題ありません。手札から魔法カード『サンダー・ボルト』を発動し、あなたの場のモンスターをすべて破壊します」

 

アンクラスペアとギアギガントXが稲妻に打たれ、一瞬でショートし爆発四散した。

これで完全に場ががら空きとなった。

 

「そして『メタルフォーゼ・スティエレン』をペンデュラムスケールにセッティング。ペンデュラム召喚! 手札から来て『多次元壊獣ラディアン』」

 

ラディアンのLVは7。

スティエレンのスケールは8であり、ゴルドライバーのスケールは1。

よってラディアンを手札からペンデュラム召喚することは容易いことである。

 

「さぁ、バトルフェイズ。私とお姉ちゃんの村に手を出そうとした報い、受けなさい! オリハルク、バニッシャー!」

 

バニッシャーがその灼熱波をオリハルクの斧に乗せ、斧でコソ泥の体を切りつける。

 

「ぐあああああっ!?」

 

コソ泥 LP7900→5000→2200

 

「トドメをお願い、ラディアン!」

(ああ、モチのロン)

 

ラディアンが地面に闇の穴を開き、その中に手を突っ込む。

そしてコソ泥の足元に闇が広がり、闇から現れた手に掴まれる。

 

(ジ・エンド)

 

ラディアンが呟き遠慮なくコソ泥の体を握りつぶした。

コソ泥は叫ぶことすらなく、その身を砕かれ地面へと放り投げられた。

 

コソ泥 LP2200→0

 

 

「が……あっ」

 

コソ泥がよろよろと立ち上がるが、シオンがそんなコソ泥を睨みつける。

コソ泥は恐怖の目でシオンを見て、慌てて後ずさる。

 

「この村から出ていけ。もし2度目の盗みを働こうというのなら……遠慮できないよ」

 

シオンが呟くと、コソ泥は全力で村から出ていくべく駆け出した。

 

 

「ふぅ」

 

シオンが全身の緊張から解放され、息をついた。

 

「シオンさん、お見事でした」

 

オディアナがシオンの戦いぶりを褒めると、シオンが安堵した顔でオディアナを見る。

 

「お褒め頂きありがとうございます。姫様。にしてもなぜ姫様とお姉ちゃん、そしてムゼロさんたちがここに……」

 

シオンがなんとかコソ泥を追い払った今、湧いてくるのはその疑問だけだった。

 

「実はな、シオン」

 

シーアが代表し、シオンに事情を語る。

 

 

「アルトマ王城が、この村と同じことになっていたなんて」

 

シオンは信じられないと言わんばかりに呟く。

確かにそうでもなければ姫と大事な姉がタイミングよく村に来ることなんて有り得ない。

 

「私はこれからオディアナ姫と、ムゼロ、そしてハスキミリアさんと一緒にアルトマ王城を救うための手がかりを探しに行くが……シオン、一緒に来ないか?」

「えっ?」

 

シオンが顔を上げると、シーアが少し躊躇ったようにしつつ、次の言葉を紡ぐ。

 

「なんだ、その、デュエルの実力も見事だったし、それに、シオンは私にとって大事な家族だからな……村がこんなことになって、シオン一人をこの村に残していくなんて私には心配で出来ないからな。だから」

「うん、また一緒にいられるんだねお姉ちゃん!」

 

シオンが感極まり、笑顔でシーアに抱き着く。

シーアがそんな妹をやさしく抱きしめる。

 

「よく頑張ったなシオン」

 

 

(……にしてはさすがは巨乳姉妹。抱き合ってお互いの胸がぐにぐにと当たって潰れおっぱいを形成してるが……口にするのは野暮ってもんぜよ)

 

ムゼロが内心少しだけ下心を抱きつつも冷静に興味のないふりをしていた。

男だったらあの間に挟まることが出来れば、死んでも悔いなしという幸せを味わうことが出来るかもしれない。

だが、ムゼロはそんな野暮は一切しない男だった。

 

 

「さてと……故郷がこんなことになってて休息は取れないから次の村に向かうしかないが……大丈夫かな?」

 

村の入口に戻り、悲惨なことになった村を見ながらシーアが呟いた。

 

「大丈夫よ、シーア。行きましょう」

「うん。シオンさんも仲間に加わったことだし、色々おしゃべりしたい」

「俺も文句ないぜよ」

 

オディアナたちからは一切の文句も否定もなかった。

 

「お姉ちゃん、いい人に恵まれたね」

「ああ、私にはもったいない限りの仲間だ」

 

 

こうして。

新たにシーアの妹、シオンが旅の仲間に加わった。

 

 

オディアナの故郷を救うための旅は、とうとうアルトマ王国領を抜けることとなる――

 



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いざエルディームへ

『アルトマ』と『エルディーム』

 

同じデーリング大陸に存在してる国である。

その領土はどちらかというと『エルディーム』の方が大きいと言えるだろう。

 

「へぇー」

 

エルディーム王国領内に入る前にハスキミリアがどのような国なのかを尋ね、ムゼロが丁寧に解説していた。

その前ではオディアナ、シーア、シオンが先に歩きながら辺りの様子をうかがっている。

 

「でも、それならエルディームがアルトマ王国に侵略戦争なんてのを仕掛けててもおかしくないよね?」

「アルトマ王国の王族をはじめ、不思議な力を使う魔術師たちが作る果実酒のおかげですね。もしアルトマ王国が滅ぶような真似となれば、大人ならば誰でも虜になる美酒が飲めなくなる。事実、アルトマ王国やアルトマ王国領内で作られた果実やその果実で作られた果実酒は他の大陸の大きな国にも輸出され、その貿易で得られる利益で莫大な富を得ている」

 

ムゼロがそんなことを呟きながらにやりと笑う。

 

「ムゼロさん?」

「おっと失礼したぜよ。味を思い出すだけでも幸せな気持ちになっちまう。そんな果実や果実酒を作れる国に侵略をかけ、滅ぼそうものなら……たちまちそれらの虜になった国や大陸全てを敵に回す。エルディーム国はそれが分かっているからこそ領土をこれ以上増やそうとはしない」

「なるほどー」

 

ハスキミリアが納得したようにうなずくと、ムゼロがはぁと溜息をつく。

 

「だからこそ、今回のアルトマ王城が謎の茨で滅ぼされかけたのは解せねぇぜよ。もしこのことが知れ渡れば、確かにオディアナ姫たちが懸念してるように他国からの侵略も起こるかもしれない。だが、その事件を起こした奴は他の国や大陸を敵にまわしちまうことになる。今回の事件を起こした連中は、それすらも恐れぬほどの力の持ち主なのかもしれない」

 

ムゼロが想像力を働かせあらゆる可能性を考えながら呟くと、ハスキミリアがぽつりと口を開く。

 

「難しいね……」

「オディアナ姫たちはあくまで城を襲った謎の茨の原因を突き止め、城の人たちを元に戻そうとしている。もしただの呪いの一環で茨を消滅させられるならそれでもいいが、その呪いをかけた何者かの存在を突き止めない限りは意味がない」

「そっか。呪いを一時的に解いたとしても呪いを掛けた人が生きてるんじゃ、また呪いを掛けられちゃうだけだもんね」

「その通りだ。姫様たちは呪いを解いて無事に国を復興させることで、呪いを掛けた何者かを再びおびき寄せ、そこで迎え撃つ、という考えもあるかもしれない」

 

ムゼロがそんなことを考えるが、それは悠長な考えだと思う。

いずれの襲撃も深夜に行われた。

呪いだけを解いたところで再襲撃を狙わせたとしても、また深夜に呪いをかけられたのでは逃げられる可能性が高い。

それでは本当の意味の解決になっていない。

 

「オディアナ姫たちはどう考えてるんだろ?」

「とりあえず、聞いてみるか」

 

ハスキミリアとムゼロが先を歩く3人の元へと行く。

 

「オディアナ姫様~」

 

ハスキミリアがとことこと歩き、オディアナ姫の横に来る。

 

「どうしました、ハスキミリアさん?」

「オディアナ姫様は今回の旅で、呪いを解く方法を探すんですよね?」

「ええ、もちろん。実際、呪いをかけた何者かは城で呪いに掛からなかった者たちを始末するため、使い魔を置いてました。自然発生ではなく、意図的にかけられた呪いであることは確かです」

「その呪いをかけた人物を探して倒した方が早くないですか? 一時的に呪いを解いただけじゃ、また襲撃を受けて呪いを掛けられちゃうんじゃ」

「この呪いがどんな効力を持つ呪いなのか分からない以上、時間は残されてないものだと私は考えています」

 

オディアナがきっぱりと告げると、ハスキミリアが首をかしげる。

イマイチ理解できてないと判断したオディアナが言葉を続ける。

 

「呪いに囚われた人は今は植物状態となって眠っていますが、もし命を蝕む系の呪いだとしたら、早いところ呪いを解除しなければ死んでしまうかもしれない。それなのに、呪いをかけたのが誰なのかもわからず当てもなく探し回るのは非効率的だと思いませんか?」

 

確かにオディアナの言うとおりだとハスキミリアは納得した。

隣で話を聞いていたムゼロも一理あると頷く。

呪いの効力が不明瞭である以上、呪いをかけた人物を探すよりも呪いを解く方法を探した方がより確実だ。

 

「それにだ。わざわざ城や村をあっという間に茨で包み込むほどの呪術を掛けるほどの人物を倒したところで、その強力な呪いが解けるとも限らない。それに仮に呪いをかけた人物を見つけ、呪いを解け、なんて言っても素直に言うことを聞くような奴とも限らない。だったらまずは呪いに対する策を探した方がよっぽど効率がいいというのが私と姫の見解だ」

 

シーアが姫の考えを補足するように説明する。

確かに呪いをかけた人物を倒したら芋弦式に呪いも解けてハッピーエンド、なんてのは虫が良すぎる話だ。

 

「なるほど」

 

ハスキミリアが納得したようにうんうんと頷くと、オディアナがにっこりとハスキミリアに笑いかける。

 

「だから『エイディーム』にたどり着いたら、呪いを解く方法を探します。エイディームは超常現象などの研究がアルトマよりも遥かに進んでいます。だからこそ、今考えられる限り呪いを解く方法を見つけられる可能性が一番高いというわけです。だからハスキミリアさんも、エイディームにたどり着いたら呪いを解く方法を見つけるお手伝いをしていただけると嬉しいです」

「分かりました」

 

ハスキミリアがいい返事をしたのを聞き、オディアナ姫がにっこりと笑う。

 

「お姉ちゃん、見て。オディアナ姫とハスキミリアちゃん、まるで仲の良い姉妹みたいだね」

 

その様子を見ていたシオンがほっこりとした顔でシーアに尋ねる。

そのシーアもまた微笑ましい物を見るような笑みでオディアナ姫とハスキミリアの様子を見ていた。

 

「ああ、そうだな。姫は自分よりも年下の男女と関わる機会はまったくなかったからな。妹が出来たみたいで嬉しいのだろう」

 

オディアナは15歳。

そしてシーアは18歳であり、シオンは16歳。

シオンはシーアの妹ではあるが、それでもオディアナより年上。

故にオディアナは常に年上としか関わる機会がなかったのだ。

 

「仲良し姉妹という意味ならシーアとシオンも同じだろう?」

 

ムゼロが2人に尋ねると、シオンがにっこりと笑う。

 

「うん、私もお姉ちゃんのことが大好き」

「……まっすぐ言ってくれるね」

 

シーアが少し照れたように顔を背けると、ムゼロがこっそりとシオンに耳打ちする。

 

「あんな態度をしてるけど、シオンが無事だとわかる前、誰よりも必死で慌ててシオンの事を心配していたのはシーアだぜよ」

「わー、ムゼロ! 余計なことを言うな!」

 

シーアが慌ててムゼロの口を塞ごうとしたが、シオンがにっこりと笑いながらシーアに抱き着いていく。

 

「ありがと、お姉ちゃん」

「う……」

 

シーアが抱き着いてきたシオンの頭をやさしく撫でてあげる。

 

 

(にしても、可愛らしい女の子ばかりゼよ。オディアナ姫はアルトマ王国領内だからこそ特に問題なく旅をつづけられたが、王国から外に出ればその身を狙うゲスイ輩もいるはず)

 

ムゼロがオディアナとハスキミリア、そしてシーアとシオンのことを見ながらそんなことを考える。

 

(シーアがオディアナの身を守るから大丈夫だと思うが、シーアもシオンも顔も良ければ胸もいい。それにハスキミリアちゃんもまだ未成熟でドラゴンメイドたちが守ってくれているが、顔だちは整っているし、年下趣味の男にはドストライクな見た目をしてる。正直、エイディーム王国領内に入ったら、俺がこの中で一番年上の男として、4人を出来る限り守らねーといけねぇぜよ)

 

ムゼロが女の子4人を見つめ、どこか保護者気分でうんうんと頷く。

そんなムゼロを見て、ハスキミリアがとことことムゼロの元へと近づいていく。

 

「どうしたの、ムゼロさん?」

「ああ、こんなに可愛らしい女の子たちが揃ってるんだから、男として守らないとなー、と思ったぜよ」

(ちょっとムゼロさん、お嬢様を守るのは私たちドラゴンメイドの役目ですよ?)

 

ムゼロが呟くとほぼ同時にティルルがハスキミリアの後ろに現れ、唇を尖らせる。

 

「ああ、分かってる。でも、ドラゴンメイドたちも可愛らしい女の子ばっかりなんだし」

(何を言ってるんですか。あくまでメイドとはいえ、ドラゴンですよ。人間がそんな私たちを邪な目で見るわけがないじゃないですか)

 

ティルルが反論するが、ムゼロがはぁとため息をつく。

 

「オディアナ姫たちから話を聞く限り、屋敷にこもりっきりだったらしいから分からないと思うが、人間の欲ってのは時には歪んだ性癖すらも産むぜよ。俺は違うが、もしかしたら」

(そ、そんなことないですよ)

 

ティルルが否定するが、先ほどよりもきっぱりとした口調ではなく、どこかしどろもどろになっていた。

しかも耳が少し赤くなっており、人間に好意を持たれる可能性があるのではないかと思いドキドキしてるのだろう。

 

(……どうやら、守る対象が増えたみたいぜよ)

 

ムゼロが決意を更に固め、旅を続けていくことを決める。

 

「……あのー、ハスキミリアさん、ムゼロさん。そろそろ先に行きますよー」

 

そしてオディアナがハスキミリアとムゼロに声をかけ、慌てて2人がオディアナたちの後を追った。

 

 

 

「もうそろそろアルトマ王国とエイディーム国の境となるエイトマ川の大橋だな」

 

それから更に歩き、結構大きな川が見えてきた。

そしてその川を繋ぐ橋が『エイトマ大橋』である。

 

「この橋を渡れば、いよいよ」

「ええ、『エイディーム』領内です。ここから先の村は今までと違い、オディアナ姫様は優遇されるわけではないですからね。むやみな行動はなるべく控えられるように」

 

シーアがしっかりとオディアナに釘を差し、オディアナが頷く。

 

「お姉ちゃんの言うとおりだけど、お姉ちゃんがしっかりオディアナ姫様の護衛をしてるんだから大丈夫だよ」

「シオンの言う通りでもあるんだけどね。でも、何事にも絶対はないからね。シーアの言うことも間違ってないわ」

 

シオンの言葉を聞いたオディアナがシオンを諭す。

 

「さてと、早速橋を渡ると……ん?」

 

ムゼロがその視力で橋の上で起きている異常に気づく。

見ると、エイディーム国側の橋の出口側に兵士らしき人影が2つあった。

そしてその兵士の前に、紫色のマントを着た銀色の髪の男が立っていたのが確認できた。

 

「オディアナ姫、あの橋って門番みたいなの置いてたかぜよ?」

「そんな覚えはないですが」

「ムゼロ、何か見えたのか?」

「ああ、橋の向こう側にエイディーム国の兵士らしき人物がいて、誰かを足止めしてる」

 

ムゼロからの報告を聞き、オディアナたちの顔に緊張が走る。

今までは誰でも気楽に通ることが出来る橋だったはずだ。

だが、通行人の邪魔をしてるとなると、さすがに何事か気になるというものだ。

 

「急ぎましょうか」

「うん」

 

シーアが先頭に立って駆け出し、オディアナたちがその後に続く。

シオンが殿を務め、後ろから誰も来ないかを確認する。

 

 

「ここから先は通さないぞ」

「そうだ。エイディーム国領内の村が夜のうちに破壊された。幸いなことにエイディーム城に被害はないが、これ以上余所者を通すなとのエイディーム国王陛下からのご命令だ」

 

兵士たちが橋の上に立つ銀髪の男にそう告げ、槍を構える。

 

「参ったね……」

 

銀髪の男は少し面倒くさそうに呟く。

 

「……ったく、あのジジイがアルトマ王城を手にかけ、そしてあいつがエイディーム国に侵攻をかけたのに、こんなにも早く衛兵を出してくるなんてね。エイディーム国はアルトマ王国よりも平和ボケしてなかったってわけか」

「どういう意味だ!?」

 

アルトマ王城に手をかけたという単語に兵士たちが反応し、銀髪の男が兵士たちを見る。

 

(アルトマ王城の襲撃を受け、その襲撃を受け動揺したアルトマ王国領内の民がエイディーム国領内に逃げ込んできたところを、エイディーム王国領内を襲っているあいつが襲撃し、エイディーム王国領内とアルトマ王国領内の民を害し、兵力を削ぐ。それが今回の計画の一部だが……その兵士が邪魔してるせいでアルトマ王国の民たちが逃げ込んでこないとするならば)

 

銀髪の男がはぁと溜息をつき、デュエルディスクを左腕に出現させた。

 

「俺の言葉の意味を知りたけりゃ、俺を倒せ、ということだ」

「な、貴様!?」

「こ、ここは俺が行く」

 

兵士の1人がデュエルディスクを構え、銀髪の男の前に立つ。

 

「おお、やる気盛んで何よりだ」

「貴様の名はなんだ!?」

「……デスティアス。さぁ、行こうか」

 

 

 

「「デュエル」」



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動き出す運命

先攻はデスティアスから始まる。

 

「俺のターン、ドロー。俺は魔法カード『フュージョン・デステニー』を発動。手札、デッキから融合モンスターによって決められたモンスターを墓地へ送り、『D―HERO』を融合素材にする融合モンスターを融合召喚する」

 

デスティアスのデッキから2つのDの文字が飛んでいく。

 

「俺が素材にするのはデッキの『D―HERO ディバインガイ』と『D―HERO ディアボリックガイ』の2体だ。現れよ『D―HERO ディストピアガイ』」

 

デスティアスの場に現れたのは、額にDの文字を貼り付けた黄色の頭部と紫色の胴体を持つ、人型の英雄。

人型でありながらどこか人とは違う印象を持たれるのは、運命の英雄の一員であるからか。

 

「ディストピアガイが特殊召喚に成功したとき、墓地のLV4以下の『D―HERO』モンスター1体を指定し、その攻撃力分のダメージを与える。ディバインガイの攻撃力は1600、喰らえや」

 

ディストピアガイが手をかざす。

その手のひらに空いていた闇の孔から風が吹き荒れ、兵士を吹き飛ばす。

 

「うわわわっ!」

 

兵士が尻もちをつき、それでもなお立ち上がる。

 

エイディーム国兵士 LP8000→6400

 

「へーっ、意気込みやよし。そして俺は墓地の『D―HERO ディアボリックガイ』の効果を発動。墓地のディアボリックガイを除外してデッキから同名カードを特殊召喚する」

 

上半身裸で闇の覆面をかぶった運命の英雄がデスティアスのデッキから飛び出す。

 

「俺はディアボリックガイとディストピアガイの2体をリンクマーカーにセット。召喚条件は戦士族モンスター2体。リンク召喚。出でよ『X・HEROクロスガイ』」

 

赤きXの文字が刻まれた英雄がデスティアスのEXモンスターゾーンに立ちはだかる。

 

「そしてクロスガイがリンク召喚に成功したとき、墓地の『D―HERO』モンスター1体を特殊召喚する。甦れ『D―HERO ディストピアガイ』」

 

クロスガイの後ろに控えるように異形の英雄が現れる。

そしてすっと手をかざし、いつでも戦闘には入れる準備万端の姿勢を見せる。

 

「俺はカードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

デスティアス LP8000

 

モンスターゾーン:D―HERO ディストピアガイ

EX:X・HERO クロスガイ

魔法・罠:セットカード2枚

手札:2枚

 

「俺のターン、ドロー」

 

エイディーム国兵士がカードを引いた瞬間、1枚のカードが発動される。

 

「ドローフェイズに永続罠カード『D―タクティクス』発動だ。そしてスタンバイフェイズにタクティクスの効果でHEROの攻撃力を400ポイントアップする」

 

ディストピアガイの額のDの文字とクロスガイのXの文字が深紅に輝き、力を得る。

 

「くっ、俺は『切り込み隊長』を召喚だ」

 

剣を構え、歴戦を潜り抜けてきた茶髪の戦士が飛び出す。

 

「そして切り込み隊長の効果で手札の切り込み隊長を特殊召喚する」

 

隊長の呼び声に応え、剣の銘柄が違う剣を持つ隊長が現れる。

 

「隊長が2体……『隊』の『長』って一体なんだったっけ、という話だな」

 

2人並ぶ隊長を見てデスティアスが呆れたように呟く。

 

「俺はカードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

エイディーム国兵士 LP6400

 

モンスター:切り込み隊長×2

魔法・罠:セットカード2枚

手札:2枚

 

「エンドフェイズにディストピアガイの効果発動。こいつは攻撃力が元々の攻撃力と異なっている場合、攻撃力を元に戻すことで相手の場のカード1枚を破壊する。右の伏せカードを破壊させてもらうぜ」

 

ディストピアガイの額の深紅のDの文字が飛んでいき、右に伏せられていたカード『聖なるバリア―ミラーフォース―』が破壊された。

 

「おっと、危ない危ない。そして俺のターン、ドロー。スタンバイフェイズに再びタクティクスの効果を発動し、ディストピアガイの攻撃力が400アップする」

 

これによりクロスガイの攻撃力は2400となり、最上級モンスターに匹敵する数値となった。

 

「そしてディストピアガイの攻撃力を元に戻し、残されたセットカードも破壊しておこう」

 

破壊されたのは『魔法の筒』。

相手モンスターが攻撃してきた時、その攻撃を無効にしその攻撃力分のダメージを与えるカードだった。

 

「おいおいおい、俺の攻撃に対して強烈な効果を発揮するカードばっかりじゃねぇか。国を守る兵士の意地ってか」

「うるさい」

「俺は『D―HERO ドリルガイ』を召喚」

 

両手が巨大なドリルとなっている運命の英雄が現れ、漆黒の肉体を光らせる。

 

「ドリルガイは召喚に成功したとき、自身の攻撃力以下の攻撃力の『D―HERO』モンスター1体を手札から特殊召喚する。こいつの攻撃力は1600。手札より出でよ攻撃力1100『D―HERO ディナイアルガイ』」

 

手に鎖を構えた運命の英雄が現れ、デスティアスの場にD―HEROたちが並ぶ。

 

「そしてディナイアルガイが特殊召喚に成功したことで、除外されているディアボリックガイをデッキトップに置く。そして墓地のディアボリックガイを除外し、ディアボリックガイをデッキトップから特殊召喚する」

 

ディアボリックガイが再びデッキトップから飛び出し、ディストピアガイの横に並び立つ。

 

「そして俺はドリルガイ、ディナイアルガイ、ディアボリックガイの3体をリリース。出でよ『D―HERO Bloo―D』!」

 

竜の翼。

竜の頭。

深紅に濡れたそれらの装備を身に纏う運命の英雄が現れ、目を光らせる。

 

「LV8以上の『D―HERO』モンスターであるBloo―Dが特殊召喚に成功したことで、『D―タクティクス』の効果。相手の場か手札、墓地のカード1枚を除外できる。俺が除外するのは当然、場の『切り込み隊長』だ」

 

Bloo―Dの翼から赤色の光線が放たれ、切り込み隊長の胸が光線で貫かれた。

隊長が苦しそうに呻きながら膝をつき、命が絶たれた。

 

「くそっ」

「これで『切り込み隊長』の効果で『切り込み隊長』以外のモンスターが攻撃できない、それが2体いることでどのモンスターにも攻撃できなくなるという『切り込み隊長』ロックは崩壊した。もっともBloo―Dが存在している限り、相手の場のモンスターの効果は無効化されているんだけどな。そしてBloo―Dの効果発動。相手の場のモンスター1体を対象として、そのモンスターを装備カードとして装備する。そのもともとの攻撃力の半分が力となる」

 

Bloo―Dの翼に切り込み隊長が吸収され、翼の表面に苦しみもがく切り込み隊長の顔が映る。

 

「なんておぞましいことを……」

「今からでも遅くはねぇ。この橋の守りから手を引け。逃げるのなら俺も深追いはしないさ」

 

デスティアスが呟くが、デュエルをしていた兵士は首を横に振る。

 

「ふ、ふざけるな。俺はこのエイディーム国を守るために闘う兵士なんだ。逃げるなんてことはしねぇ」

「そうだそうだ!」

 

デュエルしていない方の兵士も足を震わせているが、この場を去るつもりは毛頭ない。

そう感じ取ったデスティアスが何度目か分からない溜息をつく。

 

「やれやれ……国を守るために命を張る。蛮勇は決して美徳じゃねぇ。ここから逃げ出しエイディーム国王に襲撃者がいると伝え、なりふり構わず他の兵士たちをまとめて俺に差し向けた方が、結果的に俺を倒せる可能性が上がっただろうに。まあ、忠告はしたが、無視したお前らが悪い」

 

デスティアスがパチンと指を鳴らすと、運命の英雄たちが動く。

ディストピアガイが手の孔から風を放ち、兵士を吹っ飛ばす。

 

「がああっ!」

 

エイディーム国兵士 LP6400→3600

 

「クロスガイ」

 

そして吹っ飛ばされて身動きが取れなくなっている兵士に対してXの文字を光らせ、文字から放たれた赤き閃光が2人の兵士の足をXの文字型に千切り取った。

 

「うぎゃああああっ!?」

 

エイディーム国兵士 LP3600→1200

 

「トドメだ。行け」

 

Bloo―Dの竜の翼から無数の赤き雨が空中に放たれる。

そして空中から赤き雨が兵士たち2人に向かって降り注いだ。

 

「「ぎゃああああああああああっ!」」

 

エイディーム国兵士 LP1200→0

 

赤き雨により全身を貫かれ、そしてクロスガイにより足をバラバラに千切られたことで動けなくなった兵士の元へとデスティアスが近寄っていく。

倒れている兵士の周りはすでに血で満たされており、水たまりのように血が広がっていた。

 

「逃げさえすればいいものを……」

「なっ……」

 

アルトマ王国側から男の驚愕の声が聞こえ、デスティアスが振り返る。

 

「一体何が」

「ハスキミリア、見ねぇ方がいいぜよ」

 

どうやらアルトマ王国から逃げようとしてる民が来たか、とデスティアスが思い改めて目を凝らす。

 

「……おいおいおい、あれはオディアナ姫ではないか。ジジイ、しくじりやがったな」

 

オディアナ姫の周りに4人も人がおり、姫も含め全員から『闇』の気配が漂っていた。

 

「……さすがに分が悪いか。ここは」

 

デスティアスの周りに闇が溢れ、闇がデスティアスを包み込む。

そして闇がデスティアスを包み込み消えた瞬間、先ほどまで彼の頭部があった場所を銃弾が掠めていった。

 

「チィ、間一髪で逃がしたぜよ」

 

ムゼロの視力であの男がやらかしたことを見る限り、仕留めた方が良いと判断し発砲した。

だが、その銃弾が頭を貫かれる前に逃げられてしまった。

急いで走ってきたものの、デュエルがたった3ターンで終わってしまい、止めることが出来なかった。

 

「ムゼロさん、あの人たちは」

「……見ない方がいい」

 

あまりにも悲惨なやられ様。

これをさすがにオディアナやハスキミリアに見せるわけにはいかなかった。

 

「大丈夫か?」

 

シオンがオディアナとハスキミリアを足止めさせ、ムゼロとシーアが無惨な目に遭った兵士の元へと行く。

 

「……あ……アルトマ王城の王族護衛隊長のシーア」

 

兵士が光をなくしつつある目でシーアの姿を確認する。

 

「一体どうしてこんなことに」

 

上半身と下半身が切断され、その下半身部分もまたバラバラにされている地獄絵図を見ながらシーアが尋ねる。

 

「どうしてここに?」

「エイディーム国に出向き、アルトマ王国に掛けられた呪いを解くための手段を探しに行こうとしたんだ。でも、どうして」

「……エイディーム国領内の村が突然現れた何者かに破壊されてるんです。まだエイディーム城に何者かは来てませんが……国の兵士である俺たちがあの橋でこれ以上侵略者を侵入させまいとしたんですが」

「……手も足も出ず、やられちゃいました。あの男……デスティアスと名乗る男。その男の仲間……アルトマ王城とエイディーム国領内の村を襲ったんです」

「なっ」

 

シーアの顔に動揺が広がる。

呪いを掛けた何者かの仲間が、これほどの残酷なことをしでかしたというのか。

 

「……ちくしょう」

「いい、もうしゃべるんじゃねぇぜよ」

 

ムゼロが悔し涙を流す兵士たちを黙らせようとしたが、首を横に振る。

 

「お願いがあります。国を守る兵士である俺たちが、この国を襲った何者かの仲間に無様に負けてしまった。他の国の護衛隊長に頼むのも変な話ですが……この国を襲った何者かを、倒して……エイディーム国を救って……」

「ああ、分かった」

 

シーアは当然その頼みを聞くつもりだった。

この国を襲った何者かと、アルトマ王城を襲った何者かは繋がりがある。

その何者かを追えば、城を襲撃した何者かの情報も掴めるかもしれない。

まずは呪いを解く方法を探すつもりだが、同時に情報収集も出来るなら一石二鳥だ。

 

「……ありがとうございます……不甲斐ない俺らの代わりに……」

 

兵士たちはなんとか伝えるべきことを伝え、もう悔いはないと言わんばかりに目を閉じ、その命の幕を下ろした。

 

「……シーア。今回の件、ただ単にアルトマ王城が襲われたってだけじゃねぇぜよ。下手すると、このデーリング大陸全域が危機に晒されてる、と言っても過言じゃねぇぜよ」

「ああ、そうだな」

 

ムゼロの意見にシーアが同意した。

 

アルトマ王国だけではなく、エイディーム国も何者かによる侵略を受けた。

となると……この大陸で何か良からぬことが起きるかもしれない。

 

「……まずは呪いを解く方法を最優先で探すが……急いで解決しないと、エイディーム国を侵略しようとしてる何者かがアルトマ王国にも手を伸ばすかもしれない」

「悠長にはしていられねぇってことだな。分かったぜよ」

 

とりあえずムゼロとシーアが巨大な布をどこからともなく取り出し、兵士たち2人の死体にかけ、ここを通る際に兵士たちの死体を姫たちの目に付かないようにした。

 

 

 

「…………」

 

デスティアスが無言で闇の中を歩く。

 

「やるべきことは終わったのか、デスティアスよ」

 

そんな彼の背後から落ち着いた老人の声が聞こえていた。

 

「今のところはな。それよりも、あんたの仕事に手落ちがあったぜ、グリシア」

 

デスティアスが振り返り、グリシアと呼ばれた老人に話しかける。

 

「手落ち?」

「アルトマ王国の住人……護衛隊長とやらのシーア、そして姫であるオディアナが無事に生存していたぜ」

「なんと……」

 

グリシアの声は驚きに満ちており、それを聞いたデスティアスが溜息をつく。

 

「ったく、年取って耄碌したんじゃねーのか?」

「むぅ……まさかあの樹呪から逃れられるほどの存在だったとは」

「まったく。まあ、いい。エイディーム国領内はすでにバルエッドが支配を開始してる。2人とその仲間の始末はバルエッドとその手下たちに任せるとしようぜ。じゃあな、じーさん」

 

デスティアスはひらひらと手を振り、闇の更なる奥へと歩いていった。

そしてデスティアスがグリシアの視界から消えた後、グリシアが握り拳を作り、震わせる。

 

「おのれ……あの国の小娘どもめ、ワシに恥をかかせおって……このままではすまさんぞ」

 

それだけを言い残し、グリシアもまた闇の中へと消えていった。

 

 



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これからに向けて

アルトマ王国とエイディーム国の国境の橋の襲撃。

その惨劇によって出来てしまった兵士の死体を姫、ハスキミリア、シオンは見ないように進んだ。

だが、闘いによって出来た死体が焼き焦げる嫌な匂いが残ってはいた。

 

「…………」

 

エイディーム国の国境境の近くにある村にたどり着くまで、誰も何一つ喋ることはなかった。

ただひたすら、何が起きようとしているのか、それを考え口に出すことはなかったのである。

 

 

エイディーム国領内の村『ディオーム』。

国境の一番近くにある村ということで、それぞれの国の商人が交流する村である。

 

「……ここはまだ襲撃を受けてないみたいですね」

 

オディアナがどこか安心したようにぽつりと呟き、シーアも同意だと言わんばかりに頷く。

民たちは何も知らず、ただ日々の営みを過ごしている。

少し離れた距離で、惨劇が起こっていたことなど何一つ知らずに。

 

「橋で起きたこと……教えた方がいいのかな?」

 

ハスキミリアがムゼロに尋ねるが、ムゼロは首を横に振る。

 

「余計なこと言って、平和な営みをしてる連中を慌てさせる必要はねぇぜよ……それにほら、耳を澄ませてみて」

 

ムゼロが促すので、ハスキミリアが話をしながら歩いてる中年男性2人の会話に耳を澄ます。

 

「……そういや聞きましたかな、エイディーム本国付近の村が襲われていることを」

「ええ、私も聞きましたよ。近いうちに本国も襲撃されるのではと噂されていますな。私はそれが嫌だからこそ急いでこの村に避難してきたということです」

 

 

「聞いての通り、人の口に戸は立てられない。エイディーム国が箝口令を敷いたかどうかは知らないが、情報は即座に伝わるもんだ。橋のことだっていずれは伝わるぜよ」

「そっか」

「それに、オディアナ姫様たちの目的はアルトマ王国を救うこと。俺たちはその目的を成し遂げさせるために付いてきてんだ。姫がどのような行動を取るか、その行動に付き従い、明らかに姫が間違った行動をしようとしてるなら窘める。今はそれでいいぜよ」

「……うん、分かった」

 

ハスキミリアが納得した顔になり、ムゼロがにっと笑う。

 

「ハスキミリアさん、ムゼロさん。どうかしましたか?」

 

オディアナは先頭で歩いていたが、ハスキミリアとムゼロが何か話をしてるということで気になり話しかけてきたのだ。

 

「何でもないさ。オディアナ姫、これからどうするおつもりぜよ?」

「……エイディーム国へ出向き、アルトマ王城に掛けられた呪いについて探る。ただ、その間に襲撃を受けた村などがあるなら……なるべくお助けしたい、です」

「分かった。ただ、シーアも同じことを言うだろうけど……あんまり無茶はしちゃいけないぜよ」

 

ムゼロがシーアの声真似をするが、あまり似ていない。

だが、なんとか似せようとした努力を感じてオディアナもハスキミリアもぷっと噴き出す。

 

「本当にシーアも同じことを言ってましたよ。シオンちゃんも。やっぱり昔からの仲なんですね」

「ああ」

「……だから、変なことをしても容赦する必要はないよな?」

 

シーアが少しばかり怒った表情でムゼロに蹴りを入れる。

だがその蹴りを肘で受け止めムゼロがニヤニヤと笑う。

 

「おっと、聞こえてたか」

「当たり前だ。後、全然似てなかったぞ」

「えー、そうかなぁ?」

 

そしてムゼロが再びシーアの口真似をして、余計に彼女を怒らせる。

だがそれを聞いていたオディアナ、ハスキミリア、シオンがくすくすと笑いシーアが顔を赤くしていく。

 

「まったく……」

 

だが、これで先ほどの惨劇のショックが少しでも和らぐのなら。

シーアはそう自分に言い聞かせ、ムゼロの無礼を許すことにした。

 

「まあ宿屋に行って美味しい飯でも食べようや。美味しい物は心も体も元気にするぜよ」

「賛成!」

 

ハスキミリアが即座に同意し、オディアナ一行は宿屋に向かうことにした。

 

 

「ふぅー、疲れたねぇ」

 

ハスキミリアがベッドで横になり、隣のベッドに座っていたシオンに話しかける。

 

「うん、結構疲れたね。でも、皆は今まで旅をしてきてこれ以上に歩いてきたんでしょ? すごいや」

 

シオンは体術を鍛えていたため、体力に自信はあるつもりだった。

だが、体術で使う筋肉と歩くのに使う筋肉は違う。

そのため歩きで筋肉が疲労し、足がだるく感じていたのだ。

 

「えへへ。でも、シオンさんってシーアさんの妹さんなんでしょ?」

「うん。似てないかな?」

「ううん、確かに性格は違うかなーと思うけど、顔立ちや……その、胸とか……似てると思うよ」

 

ハスキミリアが自身の胸をペタペタと触り、シオンの胸を見る。

ハスキミリアのペタンコ胸とシオンの巨乳とでは一回り二回りどころではなく胸の大きさが違う。

シーアも同じく巨乳であり、ハスキミリアも女の子らしく、胸の大きさに憧れていたのだ。

 

「ねぇねぇ、ちょっと触ってみていいかな?」

 

ハスキミリアが提案すると、一瞬シオンが面食らう。

 

「胸のこと?」

「うん、シーアさんはオディアナさんと一緒でずっと真剣な表情してたからお願いしづらかったけど、シオンさんは元気いっぱいな人だし、いいかなーって。大きい胸を触れば恩恵を受けられるかなーって」

 

ハスキミリアの提案にシオンは確かに一瞬驚いたが、すぐに頷く。

 

「うん、女の子同士だし別にいいよ。ただ、後でハスキミリアちゃんをぎゅっとさせたり頭撫でてもいい?」

「別にいいよー」

 

ハスキミリアがシオンが座っているベッドに飛び乗り、ハスキミリアの胸を両手で鷲掴みする。

 

「んっ」

「おおっ……やっぱり柔らかーい。でも、ブラしてるところはさすがにちょっと固いかな」

 

ハスキミリアはシオンの胸を遠慮なく揉みほぐす。

そして時折ハスキミリアの指がブラ越しとはいえシオンの胸の先端の突起に当たり、変な声を漏らさないように我慢していた。

 

「も、もういいかな?」

 

シオンが少しばかり顔を赤くし尋ねると、ハスキミリアがぱっと手を放す。

 

「うん、もういいよ。じゃ、遠慮なくハスキミリアを撫でたりしていーよ」

 

ハスキミリアがどんとこいといった感じでシオンに体を預ける。

 

「じゃ、さっき胸を揉んだ分こちらも遠慮なく」

 

シオンがハスキミリアの頭を撫でたり、ハグしたりする。

 

「くすぐったいよ、シオンさん」

「えへへ、さっき遠慮なくって言ったでしょ? シーアお姉ちゃん、いつも真面目だからこんな風に接すること出来なくて。で、ハスキミリアちゃん可愛くて、まるで私に妹が出来たみたいだよ」

 

シオンがそう言いハスキミリアの頭を撫でまわす。

 

(ずるいです。私も入れてー)

 

ハスキミリアの傍にドラゴンメイド・ラドリーが実体化しハスキミリアに遠慮なく抱き着いていく。

 

「ラドリー、くすぐったいよー」

 

 

(……う、うらやましいなんて思って)

(ティルル、隠さなくていいよ。私も同じ気持ちだから)

 

そしてハスキミリアの内心に潜んでるドラゴンメイドたちは素直にご主人に甘えるラドリーに嫉妬らしき感情を浮かべていた。

お嬢様を導くメイドらしく、常に冷静であれ。

だが、ラドリーは『ご主人大好き』という感情を素直にぶつけ、ハスキミリアもその感情をまっすぐに受け止めラドリーに接している。

素直にご主人に甘え、甘え返される。

それをティルルもパルラも少し羨ましく感じていたのだ。

 

だが、一方ハスキーは微笑ましい感じで3人のじゃれつきを見ており、ナサリーはハラハラした感じで見ていた。

 

(ラドリー、あんまりやりすぎちゃダメだよー)

(ナサリー、信じてあげなさい)

 

ハスキーがナサリーを宥め、微笑ましくも達観してる表情を浮かべてるのを見て、ティルルもパルラもチェイムも感心する。

 

(さすがはハスキー様)

(私たちのメイド長)

(あれぐらいの強い心……欲しいですね)

 

 

そんな風にハスキミリアとシオンが無邪気に戯れているころ。

 

「…………」

 

ムゼロは一人、部屋で銃などを磨いていた。

射撃者たるもの、常に最高の状態で武器を使えねば。

武器は『デュエルモンスターズ』の『闇』から授けられ、ムゼロの意思で実体化する。

だが、それでも常にいい状態で取り出せるわけではない。

ゆえにこうやって暇があれば整備することは必須なのだ。

 

他の仲間たちは女ということもあり、オディアナとシーア、ハスキミリアとシオン、そしてムゼロと別れて部屋を取っていた。

 

おかげで武器を整備するのに誰も邪魔が入らず、いくらでも集中できた。

もしこの場にハスキミリアがいたら、興味深げに銃などを見てきて、説明をしてあげたりで集中することが出来なかっただろう。

 

「……こんなもんぜよ」

 

銃などの出来を見て、ムゼロが不敵な笑みを浮かべる。

いつもだったら出来を確かめるため狩りに出かける。

夕食が終わったらいったんオディアナ姫の部屋に集まり、今後の予定を話し合う。

だが、夕食までまだ時間がある。

 

狩りで動物の肉を狩れれば今後の旅で他の仲間たちに肉を味わわせることが出来るし、オディアナ姫を狙う不届きな輩がいないか、探ることもできる。

オディアナ姫は純粋で優しい。

シーアが傍にいるとはいえ、姫という高貴な立場の人間の身柄を狙う人間は必ずいるはずだ。

しかも、今回の騒動。

 

「……ふふっ」

 

昔はシーアに拾われ、シーアとシオンと一緒にやんちゃもしたりした。

そしてアルトマ王国のとある村で村人たちの依頼を受けて色々なことをしたりもした。

 

常に自分の周りでは何かが起こっており、退屈することがない。

親殺しをして何もかも失って絶望していたあの時とは、もう違うのだ。

 

心の高まりを抑えるため、そして仲間たちの旅を円満にさせるために。

ムゼロは銃をいったん消滅させ、部屋を出ていく。

 

 

「おいしぃねぇ」

 

宿屋の食堂。

他の宿泊客たちもそれぞれのご馳走を楽しんでる中、オディアナ姫一行も食事を楽しんでいた。

ハスキミリアはカレーライスを美味しそうに食べており、それを見た数人の客がカレーを注文したりする。

 

(あんまり急いで食べると、服を汚しちゃうです)

 

ラドリーがこっそりとハスキミリアに忠告する。

 

(うーん……でもそうなったらそうなったで、ラドリーがお洗濯してくれるでしょ)

(いえ、ハスキミリア様。あんまりメイドに手をかけさせないのも立派な主人としての役目です。あれを御覧なさい)

 

ハスキーに言われ、ハスキミリアがオディアナとシーアを見る。

オディアナは服を汚すことがなさそうなサンドイッチを選び、ぱくぱくと食べる。

シーアも主人の食事に対して何も心配さず、ただエビフライを堪能していた。

 

(本当だ)

(まあ食べるものまで気を遣うのはやりすぎと言っておきますが……)

(うん、分かった)

 

内心でそんな会話を終え、ハスキミリアの食べるテンションが少し落ち着く。

 

((……?))

 

ドラゴンメイドとハスキミリアがそんな会話を交わしていたことも知らず、そしてテンションが落ち着いたハスキミリアを見てオディアナとシーアが内心何事かと思っていた。

 

そしてシオンはぱくぱくとナポリタンを食べつつ、こっそりと小型化したラディアンにナポリタンを分け与えたりしていた。

ムゼロは豪快にステーキを食べ、狩りで使った体力を補っていた。

 

 

「さてと……今後の旅の予定ですが、まずはここを目指します」

 

オディアナとシーアの部屋に全員が集まり、今後の予定を話し合う。

オディアナが指さしたのは『ブルト』と書かれた場所だった。

 

「この村から少し離れてるけど、近くの『マリモルト』という村はスルーか?」

「エイディーム国も私たちの国を襲った何者か……その仲間なのかどうかは分かりませんが、襲撃を受けてるとなると早いところ本国に向かった方が良いと思います」

 

その姫の意見を異を唱える者は誰もいない。

 

「数日間歩くことになると思いますし、明日は食料や水などを買い込み、野宿もします」

「ここは馬車は通ってないですからね。しょうがない」

 

シーアが頷くと、全員の顔を見る。

野宿に慣れてないであろうハスキミリアが意見をするかと思ったが、そんなことはなかったらしい。

 

「シオンさんは野宿とかって大丈夫?」

「ん、大丈夫。体術の訓練で山籠もりとかしてサバイバル体験もしたりしてるから、むしろ慣れっこだよ」

「我が妹ながら頼もしい」

 

シーアがほんの少しだけ笑顔でシオンを褒め、シオンがにこーっと満面の笑みを浮かべる。

 

「ただ……問題があるとすれば」

「そうだな。今回の問題を引き起こした輩やその仲間がエイディーム国にいると思う。オディアナ姫を極論闘わせないように私たちが前線に立つが、それでも姫が闘いの場に立つことはあると思う……そうなったとき」

「シーア、遠慮しなくていいよ。この中で私が一番、決闘の腕が低い、ってことだよね」

 

なんとかサイバを倒したりもしたが、それでも決闘に関してはまだまだ未熟な所が多い。

まだ明かさない過去で戦いに明け暮れたシーア、シオン、ムゼロは『デュエルモンスターズ』がもたらす『闇』を受け入れている。

おかげで彼らは息をするように人間離れした闘いをすることが出来る。

ハスキミリアは屋敷の中で引きこもっていたが、それでも『ドラゴンメイド』たちが力を貸し、パフォーマンスを発揮することが出来る。

オディアナ自身も『オッドアイズ』に選ばれたとはいえ、まだ駆け出し。

彼らと心も通い合わせておられず『闇』の恩恵を受けてるわけでもない。

 

「というわけでだ……ハスキミリアさん、シオン」

 

ムゼロが声をかけ、ハスキミリアとシオンが頷く。

 

「うん、分かったよ」

「相手がオディアナ姫とはいえ、手加減はしませんのでそのつもりで」

 

2人とも何を言われるかわかっているかのように頷く。

 

「まずは私から行くね」

 

ハスキミリアがシオンにそう声をかけると、デュエルディスクを出現させ、オディアナに対してにっこりと笑いかける。

 

「ええ……一切の容赦なく、かかってきてください」

 

オディアナもまたデュエルディスクを出現させ、ハスキミリアと対峙する。

 

(無茶か?)

(いや、姫が『オッドアイズ』のデッキを使えるということは、きっと……ただ、完全な覚醒には経験を積まなきゃいけない。姫の実力に近いのはおそらくあの2人だ)

 

ムゼロとシーアが3人に聞こえないようにそんな会話をしていた。

自分たちのような『闇』を受け入れ闘うまではいかなくても、これから待ち受けるであろう闘いに向けて、自分の身を守れる力を得てほしい。

力なき訴えは、ただの命乞い。

オディアナ姫の言うことは誰の心にも響く理想論で現実にする力もあるが、本人に戦う力がなければそれはただの命乞いの言葉にしかならない。

 

故に、言葉に見合うだけの『決闘』の力を身に着けることが今、オディアナ姫にとって必要なことなのだ。

 

 

「「デュエル」」

 

「オディアナ姫様とこうやってデュエルをするのは初めてだけど、手加減はしないよー」

 

ハスキミリアの目には、手加減しようとか、そういった遠慮の気持ちは一切見えなかった。

ただ、決闘者として目の前の相手を倒す。

その覚悟に満ち溢れていることをオディアナは察し、内心笑う。

 

「私のターン!」

 

(良かった。姫という立場の人物が相手でもハスキミリアさんは手を抜くことは絶対にしない。そんな相手と全力で闘えば、得られるものはある)

 

オディアナはハスキミリアの挙動に目を凝らす。

 

全ては、闘いを経て成長し、新たな道を踏み出すために。

姫という立場で守られるだけではなく、ともに闘えるようになるために。

 

決意を固め、オディアナ姫はハスキミリアのやる気を受け止めるため対峙する。

 

「私は『ドラゴンメイド・ラドリー』を召喚!」

 

(任せるです)

 

ラドリーがハスキミリアのデッキを手に取り、その上から3枚を墓地へと送っていく。

 

「ありがとう。魔法カード『ドラゴンメイドのお心づくし』を発動するね。墓地から『ドラゴンメイド・ティルル』を特殊召喚して、同じ属性の『ドラゴンメイド・フランメ』を墓地に送るね」

 

(ラドリー、お仕事ご苦労様)

(ティルルさん、一緒に戦うです)

 

「そしてティルルの効果発動。デッキから『ドラゴンメイド・エルデ』を手札に加えて、そして手札の『ドラゴンメイド・ナサリー』を墓地へ送るね」

 

ティルルがハスキミリアの手札をコーディネートし、次に備えさせる。

その動きが上手くいったハスキミリアがにこーっと笑う。

 

 

(これが、カードと心が通じ合った『決闘者』の動き)

 

オディアナは良い動きを見せられ、心が高鳴っているのを感じていた。

 



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竜と共に戦う少女たち

オディアナがデュエルをしているころ。

 

 

「…………さてと」

 

暗闇の中、一人の少女がくすくすと笑いながら手にしていたメダルをピンッと空中へと弾き飛ばす。

 

「次はこの街で暴れてきなよ……」

 

コインがカラカラと音を立てて地面に落ちる。

その瞬間、コインから闇が溢れ出す。

夜がもたらす闇により、その異様な光景に誰も気づかない。

 

 

「私はカードを1枚伏せてターンエンドだよっ」

 

 

ハスキミリア LP8000

 

モンスター:ドラゴンメイド・ラドリー ドラゴンメイド・ティルル

魔法・罠:セットカード1枚

手札:2枚

 

「私のターン」

 

オディアナにターンが移り、勢いよくカードをドローする。

 

(確か『ドラゴンメイド』はバトルフェイズに入った瞬間に下級のドラゴンメイドが手札か墓地の上級ドラゴンメイドに変身する。その変身を繰り返してアドバンテージを取るデッキ)

 

ハスキミリアが闘う様子を一度見ているため、動きの傾向は理解していた。

 

「私はフィールド魔法『天空の虹彩』を発動します。そして手札のペンデュラムスケール4の『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』をペンデュラムスケールにセッティングして『天空の虹彩』の効果を発動します」

 

オディアナが効果発動を宣言した瞬間、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの光の柱が音を立てて割れ、その光の破片が1枚のカードと変わる。

 

「『天空の虹彩』は1ターンに1度このカード以外の表側表示のカードを破壊してデッキから『オッドアイズ』と名の付くカード1枚を手札に加えます。『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』を破壊して私が手札に加えるのは『EM オッドアイズ・ユニコーン』。そして私は『EMドクロバット・ジョーカー』を召喚します」

 

ぴょんぴょんと飛び跳ね、ボロ衣装を着こんだピエロがオディアナの場に現れる。

 

「ドクロバットが召喚に成功したことでデッキから『オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン』を手札に加えます。そして私はペンデュラムスケール8の『EMオッドアイズ・ユニコーン』とペンデュラムスケール1の『オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン』をペンデュラムゾーンにセッティングします」

 

2つの竜が光の柱を形成し、オディアナがペンデュラム召喚するための布石を整える。

 

(さぁ、オディアナ)

(早くペンデュラム召喚を)

 

光の柱の中からオッドアイズたちがオディアナに声をかける。

オディアナは分かってるとばかりに頷き、EXデッキの1枚のカードに手をかける。

 

「ペンデュラム召喚。EXデッキからおいでなさい『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』」

 

オディアナに呼ばれたことで二色の眼を持つ赤き竜が天井に向かって咆哮を上げる。

 

「ひゅー、あれが姫が操る『オッドアイズ』のペンデュラムのエース」

「ああ」

 

ムゼロが口笛を吹きながら赤き竜が降臨するのを見届け、シーアも頷きながらオッドアイズが降り立つのを見る。

次に戦う予定のシオンはオディアナの闘いっぷりを観察するため、集中してデュエルの様子を眺めていた。

 

「バトルフェイズ」

「バトルフェイズに入ったスタートステップに『ドラゴンメイド・ラドリー』の効果を発動。墓地の『ドラゴンメイド・エルデ』に変身するよ」

 

ラドリーの周りに水が吹きあがり、水が彼女の体を包み込む。

水が彼女の周りから消えたとき、ピンク色の肉体を持つ竜が君臨する。

 

「そしてティルルも同じ。墓地の『ドラゴンメイド・フランメ』に変身するよ」

 

ティルルの周りに炎が噴き上がる。

その炎が消えたとき、ティルルの姿は赤き肉体を持つシュッとした竜に変身していた。

 

「これが『ドラゴンメイド』の変身……」

「さぁ、エルデの攻撃力は2600でフランメの攻撃力は2700。オディアナ姫の『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』の攻撃力を上回ってるよ」

「……『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』で『ドラゴンメイド・エルデ』に攻撃します」

 

オッドアイズがすぅと息を吸う。

その瞬間、オッドアイズ・ユニコーンの光の柱が緑色の光を放つ。

 

「その攻撃宣言時に『EMオッドアイズ・ユニコーン』のペンデュラム効果を発動します。『オッドアイズ』モンスターの攻撃宣言時に、場の『EM』モンスター1体を選び、その攻撃力分だけ攻撃をする『オッドアイズ』モンスターの攻撃力がアップします」

 

ドクロバット・ジョーカーがすっと手をかざすと緑色の光がジョーカーを包み込む。

その緑色の光をオッドアイズが吸い込み、緑の光を纏ったブレスを吐きつける。

 

「エルデ!」

 

ハスキミリアが命じると、エルデが対抗するべく白き光線を口から放つ。

だが、味方の援護を受けたブレスがあっさりと光線を飲み込み、エルデの胴体を貫く。

 

「攻撃力4300のブレス。相当なもんぜよ」

 

ムゼロが感心しているが、シーアがにっと笑う。

 

「それだけじゃない」

 

「『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』は相手モンスターと戦闘を行った時、その戦闘ダメージを倍にするわ。だから4300から2600を引いた数値1700の倍」

「3400もダメージを受けるってこと!?」

 

ハスキミリアが叫ぶ中、オッドアイズの放つ闇のブレスがハスキミリアを飲み込む。

 

「わあああっ」

 

ハスキミリア LP8000→4600

 

「ドクロバット・ジョーカーの攻撃力ではさすがにフランメには勝てませんね」

「なら、バトルフェイズの終了時に永続罠カード『リビングデッドの呼び声』を発動するね。墓地から『ドラゴンメイド・エルデ』を蘇生。そしてエルデの効果で墓地の『ドラゴンメイド・ナサリー』を守備表示で特殊召喚するよ」

 

ハスキミリアの場で甦ったエルデが白き光に包まれ、ナース服を着たドラゴンメイドに変身していた。

 

「結局場のモンスターを減らせませんでしたか」

 

オディアナが少しがっかりしたように呟くが、ハスキミリアは別にうろたえたりせず、むしろドヤ顔でオディアナ姫を見る。

 

「私の『ドラゴンメイド』たちを甘く見ちゃダメだよ、オディアナ姫」

「ええ、分かってますよ。メイン2、私はカードを2枚伏せてターンエンドです」

 

オディアナ LP8000

 

モンスター:EMドクロバット・ジョーカー

EX:オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン

魔法・罠:セットカード2枚 EMオッドアイズ・ユニコーン オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン

手札:1枚

 

「次は私のターンだね」

 

ハスキミリアが勢いよくカードを引き、手札と場を見比べる。

 

「よーし、私は『ドラゴンメイド・チェイム』を召喚するよ」

 

(お任せください、ハスキミリア様)

 

銀色の髪が映えるドラゴンメイドが現れ、黒きメイド服のスカートを揺らしながらぺこりと頭を下げる。

 

「チェイムの効果でデッキから『ドラゴンメイド』と名の付く魔法・罠カード1枚を手札に加えるよ」

「その効果にチェーンして永続罠カード『デモンズ・チェーン』を発動します。相手のモンスター1体を対象にして発動し、そのモンスターは攻撃できず効果が無効になるわ」

 

オディアナの場から紫色の鎖が飛び出していく。

そしてチェイムが紫色の鎖に絡みとられ、身動きが取れなくなった。

 

(う、ううっ)

「チェイム!」

「そう簡単にサーチ効果は使わせませんよ」

 

オディアナが得意げに言うと、ハスキミリアが少しだけ困った顔をした後、手札と場を見比べる。

 

「しょうがないか。私は手札の『ドラゴンメイド・エルデ』を捨てて手札の『ドラゴンメイド・ラドリー』を特殊召喚」

 

(再びラドリーにお任せなのです)

 

ラドリーがデッキトップから3枚を墓地へ送る。

 

「さすが。バトルフェイズに入ってラドリーは墓地の『ドラゴンメイド・フルス』に、ナサリーは墓地の『ドラゴンメイド・エルデ』にそれぞれ変身して」

 

(了解です)

(分かりました)

 

ラドリーが水に包まれ、ナサリーが光に包み込まれる。

それぞれの体を包む光と水が消えていた時、ラドリーは青き肉体を持つ竜に、ナサリーはエルデに変身していた。

 

(よーし、バトルモードです)

(さっきはしてやられたけど、今度はそうはいきませんよ)

 

「では、行っくよー! 『ドラゴンメイド・エルデ』で『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』に攻撃!」

 

「おっと、さっき『EMオッドアイズ・ユニコーン』にしてやられた仕返しって奴か」

「そうだろうな。残念なことに『EMオッドアイズ・ユニコーン』は自分から攻撃を行う宣言時、それもペンデュラムゾーンに存在してる限り1度きりだ」

 

ムゼロとシーアがそんな話をしてる中、エルデが放つ光のブレスが先ほどとは違い、オッドアイズの肉体を貫く。

 

(ぐっ、すまぬ)

 

オッドアイズが謝罪しつつオディアナの場から消えていく。

 

「いいえ、さっきはよくやってくれました」

 

オディアナ LP8000→7900

 

「フランメでドクロバット・ジョーカーに攻撃」

 

フランメが吐く炎がドクロバット・ジョーカーを焼きつくす。

 

「くうっ」

 

オディアナ LP7900→7200

 

「そしてフルスでダイレクトアタック」

 

フルスが吐いた水の螺旋光線がオディアナの体を貫く。

 

「や、やってくれますね」

 

オディアナ LP7200→4600

 

「よーし、バトルフェイズ終了時にフランメとフルスは変身。手札のティルルとラドリーに変身するよ」

 

フランメとフルスが手札に戻っていき、手札に控えていた人間体に姿を戻す。

 

「ティルルが特殊召喚に成功したことでデッキから『ドラゴンメイド・フランメ』を手札に加えて手札の『ドラゴンメイド・フルス』を墓地へ送るよ。このままターンエンドだよ」

 

ハスキミリア LP4600

 

モンスター:ドラゴンメイド・ラドリー ドラゴンメイド・ティルル ドラゴンメイド・チェイム ドラゴンメイド・エルデ

魔法・罠:リビングデッドの呼び声(対象不在)

手札:3枚

 

「私のターンですね」

 

オディアナがすっと手札を引く。

 

「私は『天空の虹彩』の効果を発動します。場の『EMオッドアイズ・ユニコーン』を破壊してデッキから」

 

オディアナがとあるカードを加えようとした瞬間。

 

(ここは俺に任せてくれ)

(……分かりました)

 

頭の中で響く声。

普通だったら不気味に思うが、オディアナはなぜかその声の主を信用することが出来た。

理屈じゃなく、心がそう感じたから。

 

「私はデッキから『オッドアイズ・ファンタズマ・ドラゴン』を手札に加えます。そして『EMドクロバット・ジョーカー』を召喚し、デッキから『EMオッドアイズ・ユニコーン』を手札に加えます」

 

先ほどとほとんど同じような動きをこなしつつ、再びボロ衣装のピエロが現れユニコーンが手札に加わる。

 

「そして『EMオッドアイズ・ユニコーン』をペンデュラムゾーンにセッティングして……さぁ、あなたの初陣ですよ」

 

オディアナの場に置かれた『EMオッドアイズ・ユニコーン』と『オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン』の光の柱の間に闇の禍々しき穴が創り出される。

 

「な、何あれ?」

「光の陰には『闇』がある。正しき行いの陰には間違いがあり。手札の『オッドアイズ・ファンタズマ・ドラゴン』は私のペンデュラムゾーンにPモンスターが2体存在しているとき、ペンデュラム召喚を破棄する代わりにスケールがいくらであろうが、特殊召喚することが出来ます」

 

正しきペンデュラム召喚ではなく、相手は正しき手順で召喚されない……幻の竜を見てるかのように錯覚する。

いくつかの竜の意匠を併せ持つ、骸骨に近き細長き竜が闇の穴から這い出す。

 

(さぁ、行こうかオディアナ)

「うん。バトルフェイズ」

「バトルフェイズに入る前に手札の『ドラゴンメイド・フランメ』を捨てて『ドラゴンメイド・チェイム』の攻撃力を2000アップさせる」

 

チェイムの周りが炎に包み込まれ、まるで炎が竜そのものになったかのように姿を作る。

攻撃力が2500となり、並みのモンスターでは歯が立たなくなった。

 

「そしてバトルフェイズに入ったときにティルルは墓地のフランメに、ラドリーは墓地のフルスにそれぞれ守備表示で変身するよ」

 

先ほどまでとは違い、ハスキミリアはどこか慌てた感じでドラゴンメイドたちを変身させた。

 

(あの『オッドアイズ・ファンタズマ・ドラゴン』から、なんか禍々しい感じがするよぉ)

 

オディアナの場に現れた骸骨の如き竜。

その竜から得体のしれない何かを感じ、心に焦りが生まれていた。

 

「バトル。『オッドアイズ・ファンタズマ・ドラゴン』で攻撃力が2500となった『ドラゴンメイド・チェイム』に攻撃」

 

炎を纏い、炎の竜のような姿となってるチェイムに向かってファンタズマがぎろりと睨みつける。

 

「さっき『EMオッドアイズ・ユニコーン』の効果は説明したよね」

「う、うん。確か『オッドアイズ・ファンタズマ・ドラゴン』の攻撃力がドクロバット・ジョーカーの攻撃力1800だけアップするんだよね」

 

だが、それでも攻撃力は4800。

2500のチェイムが攻撃され破壊されたところでLPは0にならない。

 

だが、そのハスキミリアの考えは儚い幻であると思わるかのように。

 

「『オッドアイズ・ファンタズマ・ドラゴン』の効果発動。このカードは相手モンスターに攻撃するダメージ計算時に発動します。私のEXデッキの表側表示のPモンスターの数×1000ポイント攻撃力をダウンさせます。私のEXデッキで表側表示となっているのは『EMオッドアイズ・ユニコーン』『EMドクロバット・ジョーカー』『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』の3枚。よってチェイムの攻撃力は3000ダウンする」

 

オッドアイズ・ファンタズマ・ドラゴンの体から放出された3体のペンデュラムモンスターたちの霊魂が炎の竜に纏わりつく。

その霊魂が炎を鎮火させ、チェイムの本来の姿を曝け出しそれでなお力を奪う。

 

(あ、ああっ)

 

チェイムが喘ぎ声をあげ、力が抜けたようにがっくりとうなだれた。

 

「こ、攻撃力が0になっちゃったぁ!?」

 

ハスキミリアが驚愕してる中、オッドアイズ・ファンタズマ・ドラゴンの口から闇の瘴気が放たれ、チェイムが闇に囚われその姿が闇の中へと消えていった。

 

「そしてハスキミリアさんのLPは4600。これが意味することは……分かりますね?」

 

オディアナがにっこりと笑うと、ハスキミリアが悔しそうな顔を浮かべながらも認めるように頷く。

 

「ううううっ」

 

ハスキミリア LP4600→0

 

 

「あーあ、負けちゃったよー」

 

ハスキミリアがデュエルディスクをしまうと、そのそばにドラゴンメイドたちが現れ頭を下げる。

 

(ごめんなさいです、ラドリーの力が及ばなかったばっかりに)

(いえ、私がちゃんと適切にハスキミリア様の手札を潤さなかったから)

(わ、私があんな悪魔の鎖ごときに屈したせいで)

 

ドラゴンメイドたちが次々に謝罪するが、ハスキミリアは首を横に振る。

 

「ううん、皆はよく闘ってくれたよ。悪いのは皆を勝利へと導くプレイングが出来なかった私だよ。ただ……これからも至らない私を支えてくれないかな?」

 

ハスキミリアのそのお願いを断るドラゴンメイドたちではない。

全員ぺこりと頭を下げ、そのお願いを快諾する。

 

「ありがとう、皆」

 

ハスキミリアがドラゴンメイドたちに笑顔を向けると、満足したようにドラゴンメイドたちは姿を消していった。

 

(どうやら、ハスキミリアさんは『闇』の在り方は理解してないが『ドラゴンメイド』たちとはいい関係を紡げてる。特に問題はなさそうぜよ)

 

ハスキミリアが落ち込んでるようならムゼロは慰めるつもりだったが、彼女たちの傍にいる『ドラゴンメイド』たちを見て問題なさそうだと判断していた。

 

「さてと……次はシオンだな」

 

シーアは特にオディアナに声をかけることもなく妹に声をかける。

 

「うん」

 

シオンもすでに闘う準備が出来ていたのか、デュエルディスクを構えオディアナの前に立とうとした。

 

 

「うわああああああああっ!」

 

 

だが、外から聞こえてきた叫び声を聞き、オディアナもシオンもデュエルを開始しようとしていたのを止める。

 

「い、一体何事でしょうか?」

 

オディアナが反射的にシーアを見る。

シーアもまた戸惑った顔をしていたが、すぐにやるべきことを判断し、決める。

 

「私が様子を伺ってきます。ムゼロ、シオン、ハスキミリアさん。姫を頼む」

「ああ、分かったぜよ」

「お姉ちゃん、気を付けてね」

 

ムゼロとシオンは部屋を飛び出していくシーアに声をかける。

オディアナはシーアを呼び止める声を出す前にシーアはすでに部屋を飛び出していた。

 

 

「わああああっ」

「助けてくれ」

 

シーアが宿屋の外へと飛び出し悲鳴が聞こえた先へと向かう。

そこでは……虚ろな目をしている少女が人を襲っていた。

 

「…………」

 

少女は紫色のローブを着ており、その手には剣が握られていた。

夜の闇の中なので目がまだ少し慣れていないが、剣が血に濡れており、斬られた人が地面に這いつくばりうめき声を上げていることが分かった。

 

「お前がエイディーム国領内を襲ってる犯人か?」

「……私のマスター……私に襲えと指示した」

 

少女はぽつりと呟くと、オディアナに剣を向ける。

だが剣は見る見るうちに変形していき、デュエルディスクになる。

 

「あなた……『闇』感じる。その『闇』奪い取れば、マスター褒めてくれる」

「どうやら聞く耳を持たないらしいな……」

 

シーアはそう判断し、デュエルディスクを構える。

目の前に立つ少女が何者かはまだ分からないが、人を襲っている。

そして放置しておけば、この村にいる姫もこの少女に襲われてしまう。

それだけは絶対に避けないといけないことだった。

 

 

「「デュエル」」



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見放され堕ちていく者たち

「ほら、これらを使いなよ」

 

目の前に立つ少年は手にしていた数十枚のメダルをばらまく。

ばらまかれたメダルが目の前に散らばっており、少女は首をかしげる。

 

「マスター……これは?」

「ああ……色がない君に色を付け、強くするための物さ。君には『闇』がない、だからこそこれらを使い、『闇』を集めるんだ。そうすれば君はもっともっと強くなる」

「強くなれば……マスターの役に立ちますか?」

「もちろん。期待してるよ、スディル」

 

マスターと呼ばれた少年はにっこりと笑い、目の前でぺたんと座り込んでるスディルを見下ろす。

彼女は何の疑問も持たず、目の前に散らばってるメダルをかき集める。

 

(さて……どれだけの力を発揮してくれるか、見物だな)

 

 

「私のターン」

 

シーアの目の前に立つ彼女の腕に装着されてるデュエルディスクに、鈍い光が一瞬放たれたのをシーアは見逃さない。

 

(なんだあれ?)

 

光が放たれた部分には、普通デュエルディスクにはセットされるわけがない物……コインかメダルのような物がセットされていた。

 

「私は魔法カード『闇の誘惑』発動。2枚ドローし、手札の闇属性モンスター1体を除外する。ただし、除外できなければ手札を全て墓地に送る」

「いいだろう」

 

シーアが許可し、スディルがカードを2枚引く。

 

「私は手札の『堕天使ユコバック』を除外する。そして手札から『トレード・イン』を発動。手札の『D―HERO Bloo―D』を捨てて2枚ドロー」

 

再び手札交換。

そして捨てられたのは同じ闇属性とはいえ、堕天使と呼ばれたカードとは繋がりのないHEROのカード。

 

「さらに手札から魔法カード『トレード・イン』を発動。手札の『堕天使スペルビア』を捨てて2枚ドロー」

 

何度も何度も手札交換を繰り返す。

だが、スディルはいたって無表情であり、ただ決められた動きを淡々とこなしている感じだ。

 

(わざわざ手札交換を繰り返すということは……狙いはあれか?)

 

シーアはある伝説を思い出す。

どれだけ相手に絶望的に追いつめられていようが、手札に5枚揃えば逆転勝利を起こす奇跡のカード。

その名を『エクゾディア』。

封印されし四肢とエクゾディア本体の5枚が手札に揃えば、勝ちが確定する。

かつて、白き龍3体に追いつめられた決闘の王がいた。

だが、友との絆がその魔神を手札に呼び込み、奇跡の逆転勝利を起こした。

 

そんな異世界の伝説がこの世界におとぎ話として語られていた。

 

(だとしたら、マズいな)

 

スディルが淡々と手札交換を続けるのは、その勝ち筋を拾いに来てるから。

そうシーアは予測し、相手の手札交換を見続ける。

 

「私は魔法カード『堕天使の追放』を発動。デッキから『堕天使』と名の付くカード1枚を手札に加えます。手札に加えるのは『堕天使イシュタム』。そして『闇の誘惑』を発動。2枚ドローして手札の『堕天使イシュタム』をゲームから除外。そして手札から『D・D・R』を発動。手札1枚を捨てて除外されてるモンスター1体を特殊召喚する。呼び出すのは先ほど除外した『堕天使イシュタム』」

 

黒き羽根を生やし、妖艶な笑みを浮かべた黒き肌を持つ天使が現れ、シーアをねっとりとした目つきで見つめる。

同じ女だが誘惑でもしようとしているのか。

だが、シーアはそれぐらいで心を揺るがせない。

 

「そしてイシュタムの効果発動。墓地に存在している『堕天使』魔法・罠カードを1枚選択し、1000LPを支払いその効果を適用する。そして選択されたカードはデッキに戻る。選択するのは墓地の『堕天使の追放』。デッキから『堕天使』と名の付くカード1枚を手札に加えます」

 

先ほどのイシュタムを加えたカードを再利用か。

無駄のない動きにシーアは感心する。

 

「デッキから『堕天使テスカトリポカ』を手札に加えます。永続魔法『D―フォース』を発動。発動時にデッキか墓地に存在している『D―HERO Bloo―D』を手札に加えます」

 

先ほど『トレード・イン』の手札コストとして捨てたカードか。

再利用してきたということは、再び手札コストにするつもりか。

そう予測したシーアだったが、スディルの目を見てそれは違うと確信した。

 

「墓地に存在してるBloo―Dを手札に回収。そして魔法カード『カップ・オブ・エース』発動。コイントスをして表なら私は2枚ドロー。裏ならあなたが2枚ドロー」

 

まさかこのようなカードを使ってまで手札補充をしてくるか。

シーアが感心しつつスディルの手から放たれたコインが地面に落ちる。

 

「表。2枚ドロー。そして魔法カード『一時休戦』を発動。お互い1枚ドローして、あなたのターン終了時まで互いにダメージを受けません」

 

1ショットキルされるのも防いだか、とシーアは内心苦虫を嚙み潰す。

ああいう手札交換を何度も繰り返し、かつもしかしたら伝説の魔神を狙ってるかもしれない相手には延命処置をされれば非常に厄介になる。

1枚ドローは出来るが、それが攻め手に繋がらなければ意味はない。

 

「私はカードを2枚伏せてターンエンド」

 

スディル LP7000

 

モンスター:堕天使イシュタム

魔法・罠:セットカード2枚 D―フォース D・D・R

手札3枚

 

散々手札交換を繰り返したが、どうやらお目当てのカードは引き当てられなかったらしい。

シーアが内心ほっとしてカードを引く。

 

「私のターン、ドロー」

 

そして『一時休戦』で与えられた手札もある。

相手の狙いは未だ定まらないが、今できることをやるのみ。

 

「私はペンデュラムスケール4の『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』とスケール1の『紫毒の魔術師』をセッティング」

 

シーアの魔法・罠カードゾーンに2枚のカードが置かれる。

赤き竜と不気味な笑みを浮かべる魔術師が光の柱を形成していく。

 

「……?」

 

スディルは首を傾げ、2枚のカードを見る。

 

「ペンデュラム召喚を知らないのか」

「……知らない……そんなの、この記憶には……」

 

記憶?

シーアは内心ひっかかりを覚えたが、そんなものは勝負には関係ない。

己がやるべきことはオディアナ姫の前に立ちはだかるかもしれない敵を倒し、もし負けたとしても意地汚く生き延び、オディアナ姫や仲間たちに敵の情報を渡すこと。

 

「ペンデュラム召喚。手札より出でよ『刻剣の魔術師』!」

 

シーアの手札から飛び出してきたのは、時計の針を模した剣を持つ魔術師。

体は小さくとも、やる気は一丁前だ。

 

「攻撃力1400のモンスター? それじゃイシュタムは倒せないよ?」

「ふん。『刻剣の魔術師』は手札からこのモンスター1体だけのペンデュラム召喚に成功したとき、攻撃力を倍にする」

 

刻剣の魔術師が手にした剣が闇のオーラをまとい、オーラが長くなった刀身を表現する。

 

「2500程度の攻撃力で過信したか。バトルフェイズ、刻剣の魔術師でイシュタムに攻撃!」

 

ダメージはないが、それでも墓地の『堕天使』と名の付く魔法・罠カードを使いまわさせるあのカードは厄介だ。

 

「罠カード『魅惑の堕天使』発動。手札の『堕天使テスカトリポカ』を捨てて『刻剣の魔術師』のコントロールを得る」

 

イシュタムが自身の胸元を手でぐいっと開き、胸と谷間を見せつける。

刻剣は色気にしてやられ鼻血を出し、それを見たイシュタムが刻剣を抱き鼻血を止めてあげようと介抱する。

 

「……ウブな子供」

「確かに」

 

その様子を女性デュエリスト2人が見つめ、刻剣がこれは違うんだとばかりに首を横に振るが、イシュタムが彼の耳元に耳打ちをする。

 

(大丈夫、女の子が好きなのは男の子として当然。さぁ、私に全てをゆだねて)

 

そんな感じのことを耳打ちしていたが、それを聞いていたのは当事者である刻剣の魔術師だけである。

 

「さぁ、どうする?」

「……メイン2、カードを2枚伏せてターンエンド。エンドフェイズ時にペンデュラムゾーンの『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』のペンデュラム効果を発動。このカードを破壊してデッキから攻撃力1500以下のペンデュラムモンスターを手札に加えることが出来る。『慧眼の魔術師』を手札に加える」

 

そしてそれらの動作が終了し、鼻血をイシュタムに止めてもらった刻剣が顔を赤くした状態でシーアの場に戻る。

 

シーア LP8000

 

モンスター:刻剣の魔術師

魔法・罠:セットカード2枚 紫毒の魔術師

手札:3枚

 

「さてと、私のターン、ドロー。私はセットしておいた罠カード『無謀な欲張り』を発動。デッキから2枚ドローし、ドローフェイズを2回スキップする」

 

スディルが再びカードを2枚引く。

ドローフェイズすら捨ててカードを手札に加えてくるか。

 

「来た。私は魔法カード『堕天使の戒壇』を発動。墓地に存在している『堕天使』モンスター1体を特殊召喚するわ」

 

スディルの墓地から、頭に巨大な穴がぽっかり開いた壺みたいな黒き天使が飛び出していく。

 

「おいで『堕天使スペルビア』。そして墓地から特殊召喚した『堕天使スペルビア』の効果発動。墓地の天使族モンスター1体を特殊召喚する。おいで『堕天使テスカトリポカ』」

 

頭がとんがりヘアーで目が隠されている闇の天使がスペルビアの頭部の穴から射出され、綺麗に着地する。

 

「手札1枚から攻撃力2900のモンスターを2体も呼び寄せるとは」

「ふふ。神に見放されても、私は見放さない。そして『堕天使イシュタム』の効果発動。1000LPを支払い墓地の『魅惑の堕天使』をデッキに戻し、再び『刻剣の魔術師』を虜にしてあげる」

 

イシュタムが刻剣を抱き寄せようと近づく。

だが、シーアは1枚のカードを発動させる。

 

「永続罠カード『時空のペンデュラムグラフ』だ。刻剣とイシュタムを破壊させてもらおうか」

 

刻剣がイシュタムに抱き着かれる前に自身の剣を伸ばし、近寄ってきた彼女の胸元を串刺しにした。

イシュタムが信じられないと言わんばかりの表情で刻剣とともに消えていく。

 

「残念だったな」

「いや、そうでもないわ。テスカトリポカの効果発動。1000LPを支払い墓地の『堕天使の戒壇』をデッキに戻しイシュタムを蘇生させるわ」

 

イシュタムが黒き羽根を羽ばたかせ、空から舞い降りる。

 

「攻撃力の合計は8300。さぁ、終わりにしましょうか」

 

スディルが攻撃宣言を下すと、シーアの場から不気味な唸り声が放たれた。

 

「罠カード『威嚇する咆哮』を発動だ。相手は攻撃できない」

「そんなもの伏せてたんだ。ミラーフォースのようなカードならこの状況を逆転出来たかもなのに」

 

スディルがシーアに言うが、シーアは首を横に振る。

 

「いつでも発動出来て相手の攻撃を防げる方が私た……私の性にあってるんだ」

「そっか。ならメイン2。『堕天使ユコバック』を召喚」

 

可愛らしい男の子のような黒き堕天使が現れ、イシュタムがじゅるりとユコバックを見る。

先ほどの刻剣といい、小さな男の子が好きなのだろうかと思わずシーアは勘ぐる。

 

「ユコバックは召喚に成功したとき、デッキから『堕天使』カードを1枚墓地へ送る。送るのは『堕天使の戒壇』。そして……神に見放されし者は運命を操る英雄を得て、希望の闇に突き進むの。ユコバック、スペルビア、イシュタムの3体をリリースして現れよ『D―HERO Bloo―D』」

 

3体の堕天使がボロボロのマントに吸収されていく。

そして龍の翼、龍の頭を身に纏い青き運命の英雄が君臨する。

 

「ふふふ……私はカードを2枚伏せてターンエンド」

 

スディル LP5000

 

モンスター:D-HERO Bloo―D 堕天使テスカトリポカ

魔法・罠:セットカード2枚 D―フォース

手札:1枚

 

「私のターン、ドロー」

 

シーアがカードを引き、スディルの場を見る。

そして頭を必死に巡らせ、カードを発動させる。

 

「『慧眼の魔術師』を発動。そして慧眼の魔術師のペンデュラム効果を発動し、このカードを破壊してデッキから『虹彩の魔術師』をペンデュラムゾーンにセッティング。そして『時空のペンデュラムグラフ』の効果を」

 

シーアが発動させようとした瞬間。

スディルの場に置かれた『D―フォース』が怪しげな光を放ち、時空のペンデュラムグラフの発動そのものを止めてしまった。

 

「な……?」

「残念だけど、運命の英雄が君臨しているとき、D―フォースは私の場のカードを対象に取れなくするの。『時空のペンデュラムグラフ』は対象を取る効果、よって意味がない」

 

当てがはずれたが、ならまずは運命の英雄そのものを討ち取ればいい。

 

「ペンデュラム召喚。EXデッキより出でよ『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』、そして手札より出でよ『黒牙の魔術師』!」

 

 

「……さっきオッドアイズは破壊したのに、どうして?」

「ペンデュラムモンスターは墓地へ送られる代わりにEXデッキに表側表示で送られ、そしてペンデュラム召喚で何度でも甦ることが出来るのだ」

「……へぇ」

 

スディルは本当にペンデュラム召喚のことを何も知らないのだとシーアは認識する。

だが、淡々としていたその顔に初めて感情が見えた気がした。

 

「効果の対象にならないのなら、運命の英雄を刈り取るのみ。バトル! 『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』で『D―HERO Bloo―D』に攻撃!」

 

オッドアイズがすっと息を吸い、闇のブレスを放つ。

 

「……攻撃力じゃ負けてるけど、残念だったね。罠カード『背徳の堕天使』発動。手札の『堕天使マスティマ』を捨てて……運命の英雄がいる限り、あなたのフィールドのモンスター効果はすべて無効になっている。だからオッドアイズを破壊すれば、あなたは私を超えられない」

 

テスカトリポカの翼から黒き羽根が雨のように飛ばされ、オッドアイズのブレスを防ぐだけでなくオッドアイズの体そのものも貫く。

無数の闇の羽根により生命力を吸収されたオッドアイズが闇に包み込まれ、消滅していく。

 

「くそっ。ならば『黒牙の魔術師』で『D―HERO Bloo―D』に攻撃!」

 

槍を構え、運命の英雄に向かって突進していく。

 

「テスカトリポカの効果で墓地の『背徳の堕天使』の効果を適用させる。破壊するのは『紫毒の魔術師』」

 

やはり見抜かれていたかとシーアが内心舌打ちする。

テスカトリポカの羽根が紫毒の魔術師の柱を破壊し、その能力を消し去る。

 

「返り討ちにしちゃって、運命の英雄」

 

運命の英雄がマントを広げそこから血が凝固された槍のような物体を無数に放つが、鞭に絡みとられた黒牙の魔術師が姿を消していく。

 

「紫毒の魔術師が破壊された時、表側のカード1枚を破壊する。余計な戦闘ダメージを受けるぐらいなら自分で破壊する」

「……たった200しか差がないのに」

 

スディルが呆れたように溜息をつく。

 

「何とでも言え。メイン2、『賤竜の魔術師』を発動しペンデュラム効果発動。EXデッキで表側表示となっている『魔術師』『オッドアイズ』のモンスター1体を回収する。手札に戻すのは『紫毒の魔術師』だ。カードを1枚伏せてターンエンド」

 

シーア LP8000

 

魔法・罠:セットカード2枚 時空のペンデュラムグラフ 虹彩の魔術師 賤竜の魔術師

手札:1枚

 

「私のターン。『D―フォース』は運命の英雄が表側で存在している限り、ドローフェイズにドローできない」

 

つまり、あの運命の英雄がいる限りは普通のドローは行えないということか。

なら、ペンデュラムの粘り強さで耐えれば物量でどうにかなるかもしれない。

シーアの胸に希望が宿る。

 

「テスカトリポカの効果発動。1000LP払って墓地の『堕天使の戒壇』をデッキに戻して適用。墓地より甦れ『堕天使イシュタム』」

 

だが、それも見越して墓地を肥やしており、イシュタムがテスカトリポカの傍に寄り添う。

 

「LPが残り3000しかないが、大丈夫か?」

「余計なお世話。それに自分の心配をしたらどう? 『D―フォース』の効果で運命の英雄はお互いの墓地のモンスターの数×100ポイント攻撃力が上がって2回攻撃が出来るの」

 

確か今墓地に存在しているのはユコバックとスペルビアの2体だけ。

ペンデュラムの特性として墓地にモンスターが溜まらないから強化には全く貢献しないが、2回攻撃はマズい。

 

「バトルフェイズ。運命の英雄様、あの女を倒して私に『闇』を!」

「罠カード『威嚇する咆哮』発動!」

 

先ほどと同じように相手に攻撃すらさせない。

その面倒なやり方にスディルは無表情を崩し、苛立ちを見せる。

 

「さっきから……」

「残念だったな」

 

シーアが得意げに笑った瞬間。

 

バァン!

 

鉄砲が何発も発砲される音が鳴り響く。

シーアの目の前に立っていたスディルの頭の横を銃弾が貫通し、スディルが目を見開き動きを止める。

 

「やった!」

「村を襲ったあの悪魔を刈り取ったぞ!」

「これで怪我した旦那も救われる」

 

シーアが驚きそちらを見ると、手に猟銃を手にした男がシーアの元へと近寄る。

 

「あんた、大丈夫かい。今さっき、襲われそうになっていたじゃないか」

 

どうやらデュエルモンスターに攻撃されたことを襲われたと誤解したらしい。

デュエルモンスターを知らない人からしてみたらそうなるか、とシーアは思う。

 

「あの村を襲った悪魔を……!?」

 

だが、発砲した男は先ほどのスディルと同じく目を見開き、動きを止める。

そしてそのまま地面とキスする形で倒れこんでしまった。

倒れた男の背中からは大量に血が溢れ、それを見た残りの村人たちは叫び声を上げる。

 

「どどどどドウシテ…………いつ……モ…………リフジンナ……」

 

スディルはまるで壊れたからくり人形のように言葉にならない言葉を叫び、ぎこちない動きで村人たちを襲おうとする。

 

 

「チッ……神に反抗する者は報いを受けるってか。 なんて運がねぇ……まあしょうがないか」

 

忌々しそうな声と共に、その場に片目に眼帯をつけた少年が現れる。

少年の姿を見たスディルが動きを止め、少年の方を見る。

 

「マスター」

「実験は終わりだ。いったん帰還するぞ。アルトマ王国の護衛隊長、シーアだったか」

「私のことを知ってるのか?」

「ああ、デスティアスたちから報告を受けたからな。スディルの実験に付き合ってもらってありがとよ。その見返りとして俺の名を教えてやる。俺の名はバルエッド。この国、いや、この大陸、いや、全てを手に入れる者の名前だ」

 

それだけ言い残し、バルエッドは動きを止めたスディルを抱えてその場から消えていった。

 

「……なんだったんだ」

 

シーアが唖然としながら2人が消えていくのを見ていた。

一体、何が起ころうとしているんだ。

 

「ぐ、ぐうっ」

 

だが、それよりも目の前で倒れてる村人を助ける方が先決だ。

幸いなことに殺されておらず、血を止めて輸血すれば助かる見込みがある。

 

「急ぎましょう」

「あ、あなたは」

「たまたまこの村によった旅人です。先ほどこの人が発砲し動きを止めてくれたから助かりました。あの化け物が何かは分かりませんが、助けてもらった恩を返させてください」

 

実際、あのままデュエルを続けていれば結末はどうなったか分からない。

だが、あの村人たちは人を殺すという形だが、自分のことを助けてくれようとしたのだ。

その恩を無碍にするほどシーアは冷血ではない。

 

シーアは内心穏やかじゃなくなっていたものの倒れている男を背中にかつぎ、村の治療所へと連れていくことにした。

 

 

 

 



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護衛隊長の心得

怪我をした男性を運び終わり、姫様たちがいらっしゃる宿屋へと向かう。

デュエル中とはいえ、私を助けるために発砲してくれた男性だ。

 

私の中では姫様が最優先ではあるが、命を助けてもらってその代償として傷ついてしまった人を見捨てるほど人間を捨てた覚えはない。

 

彼はスディルに返り討ちにあったとはいえ、まだ生きていた。

私とスディルはデュエル中だったため、結果はまだ決まったわけではなかった。

 

だが、もしかしたら彼女に負けていたかもしれないのは事実だ。

 

彼女から感じたのは、この世界にも存在しているが、この世界に存在していない力の存在。

一見して矛盾してる気もするが、私自身はそう感じた。

もしかしたら姫様や他の皆が同じように対峙したら、別の考えを持つかもしれない。

 

いや、今はそんなことはどうでもいいか。

 

奴らは去っていったものの、姫様たちが危ない目に遭ってないとも限らない。

急いで戻らなければ。

 

 

宿屋に到着し、姫様と他の皆が集まっていた部屋の前に戻る。

 

「皆、お待たせ」

 

私はいたって何もなかったように振舞う。

だが、部屋には皆がおり、真剣な眼差しをしながら部屋に入ってきた私を見ていた。

そりゃまぁ部屋から出ていき、すぐには返ってこなかったのだ。

何もなかった、なんて言って信じてもらうのはいくらなんでも無理があるだろう。

 

「シーア、何があったのですか?」

 

赤い髪の毛を揺らし、オディアナ姫が私に話しかけてくる。

いつも明るく、天真爛漫な姫様。

そんな姫様に心配させてしまうとは。

不甲斐ない従者だなと思いつつ、ついさっき起こった出来事を話す。

 

 

「お姉ちゃん、大丈夫?」

 

私がスディルと名乗る謎の決闘者と戦ったこと。

そのデュエルの最中、異様な力を持つ彼女と戦ったことで少しばかり恐怖を覚えたこと。

そのデュエルの最中に村人がスディルに発砲し助けられたこと。

 

「なーるほどねぇ。さすがはシーア、持ってるぜよ」

 

にやにやと笑いながらそんなことを呟くのはムゼロ。

口が軽く、たまに語尾に『だぜ』なんて付けてくる男だ。

だが、この男がこんな状況で吐く軽口は大抵安心したからその分言わせてもらうぜ、みたいな感情からこぼれ出るものだ。

 

「でも、お姉ちゃんが負けるかもしれないと思ったなんて」

 

お前も『闇』を受け入れ闘う決闘者なら分かるだろう。

『闇』は素晴らしい力だが、別に全知全能というわけではない。

シオンは私のことを慕ってくれている。

姉としてすごく嬉しい限りだし、ここ最近は私がいなくても大丈夫そうにしていたのだが。

ここまで心配されるとは思っておらず、意外そうな顔で妹を見てしまう。

 

「シオン、お姉ちゃんは別に完璧超人の無敵じゃない。力がある相手と闘えば負けるかもしれない」

「確かにそうだけど」

 

シオンはまだ納得していなさそうだ。

 

「くくっ、あのシーアから自分のことをお姉ちゃん、なんて聞く日が来るとは。こりゃ明日は霰でも降るか?」

 

ムゼロ、黙れ。

今はそんな空気じゃないだろう。

そんな思いを込め彼を睨みつける。

ニヤニヤ笑いこそ止まらないものの、これ以上彼は軽口をたたかなかった。

 

「でも、無事でよかった。ね、オディアナ姫様」

 

傍にドラゴンメイドたちを従え、私のことをニッコリ笑顔で迎えてくれるがのはハスキミリアだ。

彼女の傍にいるドラゴンメイドたちも安心した顔をしている。

オディアナ姫様以上に純粋で無邪気。

そんな彼女だからこそ少しの間だけとはいえ戻らなかった私のことを心配してくれたのだろう。

そしてドラゴンメイドたちも安心した顔をしているということは、ハスキミリア様第一であるはずの彼女たちも私のことを心配してくれていたということだ。

 

クールで人を寄せ付けない雰囲気、だなんて言われていた昔のことが嘘のようだ。

 

「シーア?」

 

そんなことを考えていた私のことをオディアナ姫様がじっと見てくる。

 

「すみません、少し考え事をしていました。姫様、シオンとはデュエルを?」

 

私が尋ねると、姫様もシオンも無言で頷く。

どうやら私が戻ってこない間、ちゃんとデュエルはしたみたいだ。

 

となると、気になるのは結果だ。

 

「どちらが勝った?」

「私」

 

おずおずとシオンが手を上げる。

 

「そうか。姫様、手を抜かれたと感じたことは」

「一度もなかったわ。本当、遠慮の欠片もなかったわ」

 

それは良かった。

敵以外には心優しいシオンのことだから、もしかしたら姫様相手に手を抜くのでは、と思っていたのだ。

そして何より、オディアナ姫様もシオンも、出ていった私のことを心配してデュエルをしないのではないかと懸念していたが、ちゃんと私がいない間にデュエルをしていたみたいだ。

スディルと戦って分かったが、今回戦おうとしている敵の力は私たち、いや、少なくとも私が想像していたよりも大きい。

そんな相手と戦うのだから、姫様だけじゃなくてこの場にいる全員が今以上に強くならなければならない。

だが、強くなるだけじゃなく急いでエイディーム本国に向かい、急いで協力関係を取りつけなければならない。

 

「シーアにも見せてあげたかったわ。シオンちゃんが容赦なく私を追いつめていく様子を」

「本当だよ。私もシオンさんの闘いを見てて思わずびくってしちゃったもん」

「ほんとほんと。さすがはアルトマ王国護衛隊長にして敵に対しては血も涙もないぐらいに容赦ないシーアの妹、なだけあったぜよ」

 

ムゼロの表現だけやたら悪意がある気がする、というか明らかに私をからかい、私がどういう反応をするかそれを見るのを楽しんでる節がある。

 

「もう、皆ったら」

 

そしてシオンは少しばかり困った顔をしてる。

シオンは普段は優しいが、デュエルや格闘をしてる時は情け容赦がない。

私と組み手をしてる時もその傾向は出てきてるし、格闘術だけに限定させればシオンは時折私すらも凌駕する気迫と力を見せる。

 

もっとも、姉として他のことではまだまだ負ける気はないが。

 

「まぁとりあえずこの村を襲った2人は去っていったのは確認した。オディアナ姫だけじゃなく、私たち全員が力をつけなきゃいけない」

 

真剣な顔で言ってるのが効いたのだろう、その場にいる全員が神妙な顔で頷いていた。

あのムゼロですら真面目な顔をしているのだからちゃんと今の状況が理解できているのだろう。

 

「とはいっても、急いでエイディーム国に向かって協力も取り付けなきゃいけない。なかなか難しいことぜよ」

 

先ほど私が考えていたことをムゼロは口にする。

やはり今置かれている状況を私以上に理解している。

 

「今回オディアナ姫はハスキミリアさんとシオンとデュエルをしたけどよ。他にも強い相手と闘ってデュエルの腕前を上げたいけど、姫様を危険な目にさらすのは有り得ないんだよな」

「それはもちろんだ」

 

姫様を危険な目に遭わせるなど、絶対にありえない。

そうさせないためにアルトマ王国護衛隊長である私がいるのだ。

いや、私だけじゃない。

今国で悲惨な目に遭ってしまってる兵士たち全員が同じことを思っているだろう。

オディアナ姫を傷つけてはいけない。

アルトマ王国のことを思い、行動に移して国民たちに笑顔をもたらすこの素晴らしい姫を危険な目に遭わせてはいけない。

 

「シーアったら」

「オディアナ姫様、慕われてるね。同じ主従関係を目指してる私からしたらうらやましいや」

 

照れているオディアナ姫様に対してハスキミリアさんはにっこりと笑顔で話しかける。

 

「だが、国のトップ同士がデュエルで雌雄を決するとき、そのデュエルを外部から邪魔させないようにするのが俺たちの役目ぜよ」

 

ムゼロの言うとおりだ。

デュエル中に横槍が入らないとは限らない。

今回のスディルとの決闘がまさにそれだった。

デュエル中に頭を発砲され、肉体的な死を迎えてデュエルが終わることだって珍しいことではない。

ましてやデュエルは一般的にありふれてることではない。

デュエリストを殺してしまえば全てが解決する、そう考えている者だって別に珍しいことではない。

だからこそ私たち外部の者がデュエル中に下手な横槍をさせないように目も力も配るのだ。

 

「……でも、さすがに少し疲れた。休みたい」

 

思わずそうこぼすと、オディアナ姫がぱんぱんと手を叩く。

 

「そうね、シーアはこの村を襲撃した敵を追い払って、そのうえで怪我をした男性を医療所に送ったからね。疲れてて当然よ。皆、今日はここで解散しましょう」

 

オディアナ姫の言葉に異を唱える者はだれもおらず、ハスキミリアさん、シオン、そしてムゼロは部屋から出ていった。

それを確認し、私はベッドで仰向けになる。

 

「珍しいね、シーアが疲れたなんて口にするなんて」

「そうですね。でも、私だって人間なんです。疲れたと思ったら口にしてこうやって体を伸ばして休みたい時だってありますよ」

「それほど闘った相手は凄かった、ってことよね」

 

……オディアナ姫様にはかなわないな。

スディルと戦い負けるかもしれない、という思いが頭をよぎった。

なんとか助けられはしたけど、もし続けて負けていたら……

 

無事に生還はしたけど一度負けたときの恐怖を想像したとき、心は弱るものだ。

だから本音を弱音と一緒に吐き出してしまった。

それをオディアナ姫様は一瞬で見抜いたのだろう。

だから私が休むところを誰にも見られないように解散を告げたのだろう。

 

もっとも、こんな姿を一番見せたくない相手はほかならぬオディアナ姫様なのだが。

 

「シーアがここまで闘わなくても済むように、私ももっともっと強くならなきゃ」

「でも、そうなったら私のやることが無くなってしまいますね」

「いやいや、シーアが私の傍にいて、私のことを守ってくれる。だから私は無茶が出来るの。これからも私のこと、守ってくるかしら」

「もちろんです、オディアナ姫」

 

私の視界にオディアナ姫様の顔がぬっと現れ、それと同時に姫様が私に握り拳を向ける。

私がその握り拳に自身の握り拳を軽くぶつけると、姫様はにこっと満面の笑みを向けた。

この笑みを守るためなら、私はいくらでも強くなろう。

 

決意を新たにし、私は目を閉じる。

 

「お疲れ様、シーア」

 

オディアナ姫様が私を労う言葉を掛けてくれた。

もっとも、眠りに着こうとした瞬間だったから、私が幻聴した都合のいい言葉だったのか、それとも本当にそう言ってくれたのか。

 

どちらにしても一生懸命闘ってきた私が一番欲しかった言葉だ。

 

 

翌朝。

私とオディアナ姫様が外に出ると、皆はすでに外で待機していた。

 

「遅いよ、オディアナ姫様、シーアさん」

「ごめんね、ハスキミリアちゃん」

 

少し待ったのだろう、ハスキミリアさんは少しばかりぷんすかしてオディアナ姫様を見る。

己の感情を取り繕うこともせず、まっすぐ思いをぶつける。

そんな彼女だからこそオディアナ姫様は彼女を妹のように思いつつ、立場を気にせず本音をぶつけてくれる貴重な相手だということで心を許しているのだろう。

 

「お姉ちゃん、体は大丈夫?」

「うん、問題ない」

 

シオンは私のことを気遣って声をかけてくれる。

目を離せば私が無茶をすると、昔から思っているのだろう。

まあ実際オディアナ姫様と出会う前は結構色々な無茶をやらかしたから、お互い精神面が成長し落ち着いた今でもそう思うのだろう。

 

「ならいいけど。お姉ちゃんが無茶して倒れたりでもしたら私はもちろんのこと、皆心配するんだからね」

「いや、ムゼロは心配しないだろう。『自業自得ぜよ』って鼻で笑うだろ」

「それを本人の前で言うか、だぜよ」

 

ムゼロは少しばかりむっとした顔で私を見てくる。

実際軽薄な言葉を口にするが、仲間として認めた者に対しては優しさを向けてくれる。

私に対しても結構な軽口で対応するが、それは心を許してくれてるからだと私だって理解はしている。

 

まあ少しばかり軽口がすぎる、と思うことはあるのだが。

 

「次の目的地は『ブルト』。さぁ、行きましょうか」

「ええ」

「うん!」

「了解ぜよ」

「はい」

 

オディアナ姫様の号令を聞き、私含め全員がやる気満々の返事を返す。

それを聞いた姫様の顔に満面の笑みが浮かんでいた。

 

 

道を歩き、辺りを見回す。

警備隊長という職業柄でもあるのだが、昨日あんな襲撃があった以上、今日もどこからかスディルが襲って来るのではないかと思ってしまう。

実際、この国を襲ってる実行犯は彼女であるかのように、バルエッドという男が口にしていたのだから。

 

「あっ……」

 

そんな風に警戒してる私たちの前に、身だしなみが整っておらず少しボロボロになってる黒髪の少女がやってきた。

 

「どうかしたのですか?」

 

オディアナ姫様が声をかける前に、オディアナ姫様の前に私が立って彼女に声をかける。

殺意を全く感じないとはいえ、もしかしたら殺意を隠した暗殺者かもしれない。

何事においても『かもしれない』と考えオディアナ姫を守るのが私の最優先事項だ。

 

「実は……」

 

少女はとあることを口にした。

 

そのとあることが、次の私たちの旅路を少しばかり変えることになるとは、この時は夢にも思わなかったのだった。

 

 



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破壊人形

「お願いがあるんです」

 

私の目の前に現れたのは、ハスキミリアちゃんよりも年下に見える少女。

髪の毛は黒いが、ツヤがなくちゃんとお手入れしてないのかボロボロに見える。

 

「申し訳ないが、今俺たちは忙しいんだ。この村の人にでも頼んだ方がよっぽどいい結果になるぜよ」

 

ムゼロさん、そんなすぐに断らなくても。

顔自体フードで隠してるから見づらいけども、その声色からは必死さが聞いて取れた。

それだけでも彼女が何かしらの助けを求めているのはよくわかる。

 

「ムゼロさん」

「失礼、オディアナ姫」

 

なおも警戒をとかないムゼロさんとシーアを制し、私は彼女の前にすっと出る。

 

「お願いとは何ですか?」

「あの……もし私の記憶違いでなければ、アルトマ王国の王女、オディアナ姫ですよね?」

「はい」

 

馬鹿正直に答えたとき、シーアとムゼロさんが少しばかり呆れた顔をした。

一応身分ある立場なのだから、堂々と答えるなと言わんげな顔ね。

 

「良かった。このエイディーム国で起こりつつある惨状を聞きつけてくれたんですね」

「ええ」

 

事実、この国の国境にあった橋が謎のデュエリストに襲撃され、見張りが命を落としたのも、昨日宿泊した村も何者かの襲撃を受けたのも知っている。

このエイディーム国は何かしらの危機に晒されている。

当初はエイディーム国にお父様とお母様が治めるアルトマ王国にかけられた呪いを解くための手段を探しに来たのだけども。

 

だが、そんなことを目の前にいる少女に言う必要は一切ない。

 

「良かったぁ……オディアナ姫様、ぜひ私の故郷に一度足を運んでいただけますか?」

「あなたの故郷、にですか?」

「オディアナ姫、彼女はまだ目的を言っておりません。目的をはぐらかしつつ自分の故郷に誘うというのは」

 

シーアの言うことはいちいちもっともだ。

彼女は私のことを守ってくれるし、いつも大局的に見れば正しいことしか言わない。

確かに目的そのものをちゃんとここで聞かないと。

 

「そうですね……あなたのお願いとは一体なんですか? もし私にきなくさいことをさせようというのなら、絶対に聞けませんよ」

「そういうのじゃないんです……つい数日前、私の故郷がデュエリストに襲われて、壊滅被害に遭ったのです。エイディーム国王城に助けを求めたのですが、王城自体も相当な被害を受けており、辺境の村に助けを出せないと門前払いを受け……」

「そして他の村にも訪れた、というわけですね」

 

彼女の靴はすり減りボロボロになっており、櫛すら入れてないようなぼさっとした髪。

ここ数日間移動ばかりしてたのは目に見て分かる。

そんな少女を私は見捨てることが出来ない。

 

「はい」

「分かりました。その故郷には今、襲ってきたデュエリストとやらはいるのですか?」

「いいえ……でも、あのデュエリストは厄介な物を残していったのです」

「厄介な物って何?」

 

シオンさんが口を挟むと、少女がはぁと溜息をつく。

 

「ある時間を迎えると、自動的に動き出す人形です」

「人形?」

「その人形は時間を迎えると1時間の間、無差別に破壊活動を始めるんです。1時間破壊活動を行った後は動きを停止するのですが」

「ならその間に壊せばいいんじゃねぇのか?」

 

ムゼロさんの疑問はもっともであり、私も含め全員がムゼロさんの言葉に同感する。

だが、少女は首を横に振りムゼロさんの言葉を否定する。

 

「その人形はあまりにも頑丈で……停止している間に人形を外に追い出しても破壊活動を行う時間となると村に戻ってきて」

「破壊活動を来ない、また1時間経過すると動きを止めるってやつか」

「今のところ、幸いなことに襲撃時間そのものは決まってるのでその時間の間だけ村から人を避難させてはいるのですが」

「建物や農作物が破壊され、被害が拡大してるってわけね」

 

シオンさんが推測を言い、彼女が頷いたことでその推測は確信へと変わる。

 

「確かに村の人が破壊できない、追い出しても戻ってきて破壊活動をするというのであればエイディーム国の兵士に頼るのも必然ってわけだったのね」

「はい。エイディーム国のエリート兵士たちは魔法などの扱いにも長けていますから、物理で破壊できない人形もどうにかしてくれるのではないかと。ですが、断られてしまって……それでエイディーム国の村を回り、どうにか出来そうな人を探していたのですが」

「当てが外れたってわけだな。だけども、なぜそれをオディアナ姫に?」

 

シーアの疑問ももっともだ。

正直な所、この旅が始まる数日前に私はデュエリストになった。

だから私のことは闘うことすら知らない、平和ボケしてる姫だという認識を他の国の人間はしているはず。

 

「アルトマ王国とエイディーム国は隣国同士、交流があるはず。だからオディアナ姫が惨状を聞いてアルトマ王国から救援を出してもらえるよう要請していただければ、私の村にも助けの兵がやってきてくれるはず。お願いです」

「言いたいことは分かったけど……なぜ最初、動く人形のことを黙り、一度故郷に足を運ばせようとしたんだ?」

 

ムゼロさんが追及するが、彼女は毅然とした態度を取っている。

ムゼロさんの少し怖い見た目にもまったく臆せず話をしてる辺り、肝は据わっているのだろう。

 

「百聞は一見に如かず。動く人形のことを説明しても信じてもらえるとは思えなかったので、一度人形が暴れまわるさまを見ていただければ」

「信じてもらえると思ったのか。だが、その人形が暴れまわるのにオディアナ姫が巻き込まれ危険な目に遭う、そういう風には考えなかったのか」

「……申し訳ありません」

 

彼女は素直に謝罪し、改めて私の方に向き直る。

 

「ですが、これは信じてください。私は決してオディアナ姫様をハメようとしたわけではないんです」

「オディアナ姫様」

 

ずっと黙ってお話を聞いていたハスキミリアさんがここで口をはさんできた。

何だろうと思い、彼女の方に顔を向ける。

 

「この子、嘘は言ってない。心からオディアナ姫様に助けを求めてる。助けてあげられないかな?」

 

ハスキミリアさんの言葉を聞き、彼女がハスキミリアさんの方を見る。

先ほどからムゼロさんとシーアに鋭い指摘ばかりされてる彼女にとっては純粋なハスキミリアさんの言葉はきっと癒しとなったのだろう。

でも、確かに心の底から助けを求めてる子を見捨てることは私には到底できはしない。

ムゼロさんやシーアは私のことを甘いと思うだろう。

でも、それが私なのだから今さらその性分は変えられない。

 

「そうですね。助けましょう」

「ありがとうございます! お礼の報酬は村で出来る限りお支払いいたします」

「やれやれ。相変わらずオディアナ姫様は甘いぜよ」

「だけども、その甘さに救われた人々はアルトマ王国に数多くいる。だから慕われてるんだ」

「そうだな。じゃ、行くとするか」

 

ムゼロさんの言うとおりだ。

まずは早速――

 

「その村へと案内していただけませんか?」

「え……アルトマ王国の兵士をお呼びしてくださるんじゃ」

「わざわざ戻って用意するんじゃ時間もかかるぜよ」

「その通り。姫様がやる気になったのなら、少なくとも私は従うよ」

 

ムゼロさんもシーアもやる気満々だ。

 

「よーし、頑張るぞー!」

「うん、そうね。私たちでその人形、処理しちゃいましょうか」

「いやそのあの……」

 

彼女は安心した顔から困惑しきった顔になってる。

兵士を呼んできてもらえると思いきや、まさか今から村に向かい人形を処理しようというお話になっているのだから。

そんな彼女を安心せさせるべく、私は口を開く。

 

「大丈夫。この場にいるみんな、すっごく頼りになるから」

 

私の言葉に全員が頷く。

それを見て頼もしい気持ちになるのは、誰よりも私だ。

 

「では、行きましょうか。道案内頼めますか? えっと」

「あ……自己紹介が遅れました。私はシンドレアです」

 

シンドレアさんか。

よし、改めて名前も聞いたところで早速行くとしよう。

その人形がどれほど厄介な物かは正直見てみないとわからないけど……

 

私は目の前にある出来る限りのことをやるしかない。

 

 

 

改めてシンドレアさんに目的地の村の名を聞くと、本来の目的地であった『ブルト』よりも少し手前ではあるが、マリモルトよりも奥地にある村だ。

今日一日歩けばなんとかたどり着けそうだ。

 

「にしても、地図にも載ってない名もなき村か。敵さん側はどうしてそんな所に破壊活動を行う人形なんて置いたのやら」

 

ムゼロさんの言葉にシンドレアさんは分からないと言わんばかりに首を横に振る。

確かに地図にもないほど知名度がない村だとしたら、襲われる理由なんて見当たらない。

 

「まぁ、本来何日もかけて『ブルト』まで出向くつもりだったからな」

「うん、ラッキーだったねお姉ちゃん」

 

シオンさんが嬉しそうな声で同意を求め、シーアは無言でうなずく。

シーア自身本心から納得してるのかどうかは分からないけど、大事な妹さんの言葉だから頷き、彼女を傷つけないように配慮したのだろう。

シーアは少々不愛想な所もあるけど、とてもやさしい子だ。

そんな優しい子だからこそ、傍にいれば私も心が温まる。

だからちょっとだけわがままを言って王国の兵士にしたのだけど。

その後王族護衛隊長にまで出世するなんて夢にも思わなかった。

 

「良かったね、シオンさん」

「うん」

 

ハスキミリアちゃんも無邪気にシオンさんの言葉に同意し、シオンさんがますますいい笑顔を浮かべる。

それを見ていたムゼロさんとシーアの顔にもほんの、ほんのちょっとだけ微笑ましい笑顔が浮かんでいた。

もっとも、それを指摘しても顔を緩めてはいないと否定するんだろうけど。

2人とも、素直じゃないところがあるからね。

 

 

そしてシンドレアさんの案内を受けその日はほぼ一日歩き、目的地である村に到着した。

森の中に覆われてる村であり、いくつかの民家が見える。

だが、それらの民家は全て刃物や獣の爪跡などのようなもので傷つけられており、ボロボロになっていた。

小さな畑もあるのだが、それらも植物が上から踏み荒らされ、見るも無残なことになっていた。

地図に載らない小さな村というだけあり、本当に数十人だけがここで生活してるようなところだった。

 

「確かにこりゃ酷い」

 

ムゼロさんの言葉を否定するような者はこの惨状を見た後だと誰もいない。

それほどまでに酷く荒らされている。

こんな惨状を生み出す人形が、一日一時間暴れる。

自分たちが住んでる場所が突如心なき存在に破壊される。

それは住んでる人にとってどれほどの恐怖なのか。

 

一刻も早くその恐怖からこの村の人たちを助けてあげなくては。

 

「どこにその人形はあるのかな?」

 

シオンさんが辺りをきょろきょろと見渡す。

だが、シオンさんが人形を見つける前にこの村で暮らしてると思われる男の人がやってきた。

 

「シンドレア、戻ってきたのか」

「お父さん」

 

どうやらこの男の人はシンドレアさんのお父さんらしい。

前髪の生え際が少し後退しているが、シンドレアさんと雰囲気はよく似てる黒髪の男性だ。

 

「この人たちは?」

「お父さん、この人たちなんて言い方失礼だよ。この女の人、隣国のアルトマ王国の王女であるオディアナ姫様だよ」

「な、本当なのか!? あの善政を敷き、国民たち皆が慕ってると噂のアルトマ王国の姫がこんな場所に!?」

 

そんな大仰に言われると少し照れる。

確かにお父さんもお母さんも良い政治をしてるし、私も国の人たちを救うためにやれることはやってたけど、まさかそんな噂が他国まで広まってるなんて。

 

「この村を襲ってる人形を倒してくれるんだよ」

「本当かい!……だけど、ついさっきこの村の屈強な男たちがその人形、この村の近くの川に放り捨てちまったんだよ」

「え、そうなの?」

「今までは適当な場所で放置してたから戻ってきた、だったら川に流してしまえば戻ってくることもないだろうって判断して」

「……いや、それぐらいであの人形が戻ってこないなんて思えない」

 

そういうシンドレアさんの顔には恐怖が浮かんで見えた。

それほどまでに人形とやらの破壊活動に悲惨な目に遭わされ、心に傷を負ってしまったのだろう。

やはり早いところどうにかして人形とやらを完全に破壊せねば。

 

「にしても、人形とやらを見ることが出来ないなんて残念だな」

「どのように破壊をしてたのか、見た覚えはあるか?」

 

ムゼロさんが残念がるのと同時にシーアが早速聞き込みを始める。

シーアの仕事の速さは相変わらずだけど、シンドレアさんではなくその父親に尋ねるあたりやっぱりシンドレアさんが受けた心の傷の方が深いと判断したんだろう。

その判断力、私も見習わなきゃ。

 

「うーん……実際人型の人形なのは確かなんだけど、その人形は剣やら杖やら色々使って兎に角暴れまわってたんだよ」

「なるほど、武器は問わないってわけか」

「で、人型、っと」

「武器を使って暴れまわる心無い人形ですか。厄介そうですね」

 

シーアとムゼロさん、シオンさんはすでに臨戦態勢だ。

だが、人形がこの場にない以上そのやる気は今は置いておいてほしい。

 

「とりあえず今日はもう遅いですし、家に泊まっていってください」

「シンドレア、ウチのようなボロ家にお姫様やその従者を泊めるなんて」

「気にしなくていいですよ」

 

そういったが、シンドレアさんもシンドレアさんのお父さんも少し申し訳なさそうな顔をしている。

別にちゃんと寝泊りさえできればどこでもいいんだけどなぁ。

 

 

その日、シンドレアさんの家に一泊させてもらった。

この村の中ではそれなりに大きな民家であり、やはり外側には大きな傷が付いている。

壁の一部分に至っては完全に破壊されており、そこを板で補強してるという痛々しい形だ。

 

料理の方も別にマズくはなかったし、布団も枕も寝心地が悪い、というわけではなかった。

それに部屋が少し狭かったのもあって、全員で布団をくっつけ合う形になって寝るというのは新鮮だった。

ムゼロさんはもしかしたら人形がいきなり夜襲を仕掛けるかもしれないから、という理由で外で見張り番をしている。

シンドレアさんはゆっくり休んでくださいと止めたのだが、ムゼロさんはそういうところは頑固だ。

 

「ムゼロさん、本当に大丈夫かなぁ?」

 

ハスキミリアさんはそんなムゼロさんを心配し、隣の布団で横になってるシンドレアさんも同意する。

 

「やっぱりお父さんと同じ部屋に休んでもらった方が」

「いや、ムゼロなら大丈夫だ」

「うん、昔あれよりも酷い状況で野宿してたこともあったし、ついさっき夜食の差し入れに行ったら『昔を思い出してむしろワクワクしてるぜよ』って言ってイキイキしていたよ」

「……そうですか」

 

あ、シンドレアさんちょっと引いてる。

だけどもちゃんと見張ってくれてるのなら、安心して熟睡できそうだ。

もし人形を破壊するのなら、明日になるだろう。

その時に休めてなくて、疲れた体で闘うなんてことは問題外だ。

 

シンドレアさんが電気を消し、私は目を閉じ眠りに着いた。

 

翌朝。

ムゼロさんは外で見張りをしていたにもかかわらず、目の下に隈も出来ておらず、むしろ元気いっぱいな顔をしていた。

 

「大丈夫。誰かの気配を感じれば即座に目覚めることぐらいは出来るから、眠ってないってわけじゃないぜよ」

 

妙に謎スキルも披露して、昔を思い出したのかやる気に満ち溢れていた。

まぁやる気があるというのはいいことだ。

 

朝食も終え、シンドレアさんがおずおずと頭を下げる。

 

「いつもでしたら、あの人形が襲い掛かってくる時間はもうそろそろです」

「分かりました。では、村の人は避難しておいてください」

 

川に流されたとはいえ、シンドレアさんが危惧してる通り戻ってこないとは限らない。

シンドレアさんとシンドレアのお父さんと一緒に家を出て、鍵をかけた後2人は村の外へと出ていく。

他の村人たちもゆっくりと2人の後についていく。

 

 

「さて、これでもう村に残ってる人はいないよね?」

 

辺りを見回して確認する。

確かにもうすでにこの村には私とシーア、ハスキミリアさん、ムゼロさん、シオンの5人以外誰もいなかった。

昨日人形を川に流してきた男たちは『もう川に流したんだ、戻ってこれやしないさ』と楽観的に言っていたが、シンドレアさんたちの説得もあってちゃんと避難したようだ。

 

私も含めて全員が臨戦態勢を取ってると、ふと村の南側から金属で出来た音が響く。

その音はガションガションと響き、しかも大きくなってくる。

やはり川に流した程度じゃどうにもならなかったか。

 

 

「来る!」

 

そしてムゼロさんが手にした銃を南の方向に向け、数発発砲する。

銃声が鳴り響くが、跳弾した音が聞こえたと同時に銅色で出来た人型の人形が飛び出してきた。

その手には剣と斧が握られており、目の部分だけが赤いガラス玉らしきものを入れられている。

そのガラス玉が不気味に光り、まるで獲物を定めた狩人のようだと思う。

 

『ギギャギャーッ!』

 

そしてムゼロさんが再び数発人形に銃を発砲するが、銃弾は剣や斧で弾かれ、一発だけ頭に入ったが跳弾し、動きを止めるには至らなかった。

 

「嘘だろ、『戦士抹殺』の銃だぞ?」

 

どうやら『戦士抹殺』のカードにおいて戦士を狙ってる銃を具現化し、発砲していたようだ。

デュエルモンスターズの中でも屈強な戦士族を破壊する効果を持つ銃だから破壊力は抜群のはずだ。

その銃すら効かないとなると、相当な硬さだ。

この村の人が破壊しようとしても出来なかったわけだ。

 

「はっ!」

 

シーアが槍で人形に切り込み、シオンさんも人形の足元を蹴りで払う。

人形はシオンさんの蹴りで転ばされ、シーアの槍が首の部分を貫く。

 

「やったか!?」

 

ムゼロさんのその言葉は、即座に裏切られる。

首の付け根を破損させられても普通に動き出し、剣や斧をハチャメチャに振り回す。

シーアもシオンさんも即座に人形の元から撤退していた。

人形の振りまわる武器によって傷つくことはなかったが、2人顔からは驚きは隠せていなかった。

 

「まさか槍で首の付け根を破壊しても動きを止めないとは」

 

シーアは昨日、スディルという作られた人形とデュエルをしていたがそのさなか、頭を銃弾で撃たれて破壊されたことで機能が一部停止した。

すぐに動きを再開したらしいが、この人形の場合は破壊しても一瞬たりとも停止することはなかった。

 

「なら、とりあえずは」

 

ムゼロさんが『仕込みマシンガン』を具現化させ、容赦なく弾丸を浴びせる。

さすがの人形も武器で弾幕を全て弾き飛ばすことはできず、弾き飛ばせなかった銃弾が容赦なく全身に命中する。

 

『ギギャ……ギャーッ!』

 

だが、悲鳴を上げて弾丸が全身にめり込んでもなお動きを止めない。

 

「マジかよ」

「となると……最終手段だな」

 

ムゼロさんもシーアもデッキを取り出し、構える。

シオンさんはおろおろしていたハスキミリアさんの傍に立ち、彼女を守る選択肢を取ったみたいだ。

そして人形は首を少しだけ動かし、デッキの方を見る。

 

『デッキ認知……デュエリスト抹殺人形、稼働』

 

さっきまで機械的な叫び声しか上げなかったのに、突如流暢に喋り出した!?

その変貌ぶりに思わず驚いていたが、ムゼロさんは特に怯むことなく前に出た。

 

「ムゼロさん」

「オディアナ姫、いや、ここにいるみんな。ここは俺に任せてほしいぜよ。あれほど銃弾ぶちこんだのにピンピンされたんじゃ、俺の立つ瀬がねぇ。ここは俺の顔を立ててほしいぜよ」

「…………どうします、姫様?」

 

シーアは一瞬でデッキを片付け、私に意見を求めてきた。

ムゼロさん……あんなに『俺にやらせろ』みたいな顔をされたら、私は彼を止める言葉を出せない。

だから、この言葉をあなたに贈ります。

 

「お願いします、ムゼロさん。ただ、負けそうになったら」

「分かってるって」

 

なんという好戦的な笑み。

あの顔がムゼロさんが一番やる気になったときの顔だったはず。

 

「さぁ、やろうじゃないか人形」

『無差別破壊モード、リセット。決闘モード、移行します』

 

剣と斧が鈍い茶色の光を放ち、デュエルディスクとデッキに変化した。

そしてデッキからカードを5枚引き、ムゼロさんと向き合っている。

 

ムゼロさん、決して無茶だけはしないでくださいね!

 

 

 

「「デュエル」」

 



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人形を討て

さて、格好つけてあの人形相手にデュエルを挑んだんだ。

 

格好悪いところは見せられないぜよ。

 

「俺のターン! 俺はカードを5枚セットしてターンエンド」

 

一気にカードを5枚伏せる。

さて、あの人形の出方は。

 

『セットカード、5枚確認』

 

……驚いた様子、特になしかよ。

普通の決闘者だったらいきなり5枚も伏せてきて顔色を少しは変えるものだが。

まぁ、いい。

 

 

ムゼロ LP8000

 

魔法・罠 セットカード5枚

手札0枚

 

「私のターン、ドロー」

 

さて、あの人形にターンが移ったが。

一体どんな戦術を見せてくる。

 

「『ギミック・パペット―シザー・アーム』を召喚」

 

頭がハサミで出来た漆黒の人形か。

気味悪い見た目してやがるぜよ。

 

「シザー・アームが召喚に成功したとき、私はデッキから『ギミック・パペット』と名の付くモンスター1体を墓地へ送ります。墓地へ送るのは『ギミック・パペット―ネクロ・ドール』。そしてデッキの上から8枚を裏側で除外」

 

一気にデッキの上から8枚も裏側で除外!?

おいおいおい、何考えてやがる。

 

「手札の『機巧蛇―叢雲遠呂智』を特殊召喚します」

 

除外された裏側の8枚のカードが蛇の首になりやがった。

正直、気持ち悪っ。

 

「攻撃力2450のモンスターがデッキトップ8枚除外で特殊召喚されるとは」

「厄介なモンスターですね」

 

オディアナ姫もハスキミリアさんもいきなりLV8の攻撃力2450のモンスターが飛び出したことに驚いてる。

だけども、それぐらいで俺は怯みはしないぜよ。

 

「バトル。シザー・アームでダイレクトアタック」

 

頭部のハサミ部分をこちらに向け、俺を切り刻もうと向かってきやがる。

だが、そんな単調な攻撃は甘いと言わざるを得ない。

 

「罠カード発動『和睦の使者』」

 

シーアもシオンも使ってる防御カード。

まぁ、厳密にいえば俺が使ってるのを見て彼女たちはデッキに投入したみたいだ。

そういう意味ではある意味彼女たちの守りは俺が仕込んだようなものぜよ。

もっとも、シーアに至ってはアルトマ王国から託されたデッキにそんな改造を加えるとは思ってなかったから面食らった覚えがある。

 

「戦闘ダメージが0になり、戦闘でモンスターが破壊されないカードですね」

「その通りだ。だが、俺は止まらない。和睦の使者の効果にチェーンして罠カード『強欲な瓶』発動。デッキから1枚ドローする、そしてその効果にチェーンして『仕込みマシンガン』発動。それにチェーンして『積み上げる幸福』発動。最後に『連鎖爆撃』をドカン、ぜよ!」

 

あの人形の体に鎖を巻きつける。

そして俺が爆薬を放り投げ、あの人形に纏わりつく。

 

「チェーン5に『連鎖爆撃』が発動されたことでチェーンの数×400ダメージを与える。よって2000ダメージ、そして積み上げる幸福の効果で2枚ドローし、仕込みマシンガンの効果で1200ダメージだ」

 

連鎖爆撃で体が爆発した人形に向かって仕込みマシンガンをお見舞いする。

ターゲットが爆風に飲み込まれてるが、それぐらいで俺は狙いを外さない。

実際、銃弾が命中してる音が響いてるのは聞こえる。

何発か弾かれてる音も聞こえてるけどが、お見舞いできてるならそれで良し、ぜよ。

 

「そして強欲な瓶の効果でドロー」

 

これで3枚の補充、そして合計3200のダメージをお見舞いできた。

よっしゃ、これでどうだ。

 

「…………」

 

だが、爆風が晴れた後、人形は少し煤けていたが、微動だにせず俺を睨みつけていた。

『デュエルモンスターズ』の『闇』の力を借りた一撃だが、やはり『決闘者』相手じゃ少し効き目は薄いか。

デュエルに持ち込んでるからさっきよりは効いてるはずなんだが、どんな素材で出来てるんだぜよ。

 

「これ以上の攻撃は無意味と判断。メイン2、シザー・アームと叢雲の2体をリンクマーカーにセット。召喚条件は機械族モンスター2体・リンク召喚。『ギミック・パペット―キメラ・ドール』

 

無数の人形が組み合わさって青い動物みたいな体になってやがる。

さっきから気持ち悪い見た目のモンスターが多いぜよ。

 

「キメラ・ドールの効果でデッキから『ギミック・パペット―ビスク・ドール』を手札に加えます。そしてカードを2枚伏せてターンエンド」

 

人形 LP4800

 

EX:ギミック・パペット―キメラ・ドール

魔法・罠:セットカード2枚

手札:3枚

 

「俺のターン、ドロー」

 

だが、完全な意味で効いてないわけじゃない。

だったら、とにかく俺の全力の狙撃をぶち込み続けるだけぜよ。

 

「俺はカードを2枚セットして『カードカー・D』を召喚」

 

真正面にでかでかと『D』の文字が貼り付けられた青い車体が来てくれたぜよ。

さて、こいつの効果を。

 

「召喚成功時に手札1枚を捨てて罠カード『サンダー・ブレイク』を発動します。カードカー・D』を破壊させていただきます」

 

だが、あの人形の指先から稲妻が放たれカードカー・Dが大破する。

チッ、さすがに露骨すぎたか。

 

「確かそのモンスターはリリースすることで2枚ドローするカード。モンスターが残らないのであれば始末するのみです。さぁ、どうしますか?」

 

無機質な声で尋ねてきやがる。

だが、それぐらいのジャマは許容範囲内だ。

 

「俺はこのままターンエンドぜよ」

 

ムゼロ LP8000

 

魔法・罠:セットカード2枚

手札1枚

 

「そのエンドフェイズに墓地の叢雲の効果を発動します。デッキトップ8枚を裏側で除外」

 

そしてまたあの蛇が甦りやがった。

闇の力で作られた機械特有の再生能力、ってか。

 

「少しの焦りが見えますね」

 

焦り?

 

「カードカー・Dのドローをアテにしていたと見えますね。それがやられたことで焦りが見えます」

「勝手なことを」

 

心無い人形のくせに、俺が焦ってると見えてるとは。

その目のカメラ機能、壊れてるんじゃねーかぜよ?

 

「私のターン、ドロー。私はキメラ・ドールの効果を発動し、デッキから『ギミック・パペット―マグネ・ドール』を手札に加えます。そして墓地の『ギミック・パペット―シザー・アーム』を除外して墓地から『ギミック・パペット―ネクロ・ドール』を特殊召喚します」

 

なんだ、あの棺桶。

棺桶の蓋が開いて……うわ、赤黒いシミが付いた不気味な人形が出てきた。

 

「何、あれ」

(ハスキミリア、見ちゃダメです)

 

ハスキミリアさんに見せないようにティルルが彼女の目を手で隠す。

まあ確かに見てて良い気分になれるものじゃねーぜよ。

 

「そしてマグネ・ドールは場に『ギミック・パペット』モンスターが存在してるとき手札から特殊召喚できます」

 

磁石でできた人型の人形がネクロ・ドールの隣に降り立った。

これでLVは8か。

 

「私はLV8のネクロ・ドールとマグネ・ドール、叢雲の3体でオーバーレイネットワークを構築。エクシーズ召喚。出でよ『No.88 ギミック・パペット―デステニー・レオ』」

 

3体の人形が地面に沈んでいった。

その地面の下から、獅子を人型にしたような巨大な人形が現れた。

さっきまでの不気味な人形に比べりゃまだマシな見た目してるぜよ。

 

「攻撃力3200か。さっきまでの人形たちと違って立派な攻撃力してるぜよ」

「ええ。ですが、獅子は兎を狩るのに全力を尽くしますが、人の知能が加わった獅子はもっと効率よく獲物を狩ります。デステニー・レオの効果発動。オーバーレイユニットを1つ取り除いて『デステニーカウンター』を乗せます。この効果を使うターン、私はバトルフェイズを行えません」

 

攻撃力3200の獅子が、攻撃を放棄するだと?

一体何が。

 

「デステニーカウンターがこのモンスターに3つ乗ったとき、私はこのデュエルに勝利します」

 

戦闘を介さない特殊勝利だと!?

 

「更に焦りが見えましたね。どうやらそのセットカードと手札は私の攻撃に反応するカードと推測できます」

 

……ぐっ、うっかりリアクションを取ってしまった。

 

「ムゼロさん、そんなことないよね!」

 

ハスキミリアさんが声をかけてくれるが、さすがに嘘はつけやしねぇ。

伏せてあるカードは『威嚇する咆哮』に『魔法の筒』。

そして手札は『速攻のかかし』。

カードカー・Dのドローでバーンカードを引き込む予定だったが、それすらも読まれてた。

 

「顔色が青いですよ? どうやら、私に弾丸を撃ち込むことに夢中で、忍び寄ってきていた獣に気づいていなかったみたいですね」

 

……言い返す言葉はない。

あの心無い人形にハッタリが通用するとは思えないぜよ。

 

だが、ハスキミリアさんを含めたみんな。

なんだその心配した顔は。

女に心配されるほど、このムゼロは落ちぶれた覚えはないぜよ!

 

「私はこのままターンエンド」

 

人形 LP4800

 

モンスター:No.88 ギミック・パペット―デステニー・レオ

EX::ギミック・パペット―キメラ・ドール

魔法・罠:セットカード1枚

手札:3枚

 

「俺のターン、ドロー!」

 

ここで『まだ』と考えるか『もう』と考えるかでネガティブかポジティブかが決まる。

『もう残り2ターンしか余裕がない』と考えるのはネガティブ思考。

『まだ2ターンも猶予がある』と考えるのはポジティブ思考。

当然俺は後者だ。

 

「よし、『強欲で金満な壺』発動! EXデッキから裏側で6枚を除外して2枚ドロー!」

 

ここで2枚のドローは有難い。

そして……よし。

 

「俺はカードを2枚伏せてターンエンドぜよ」

 

ムゼロ LP8000

 

魔法・罠:セットカード4枚

手札:1枚

 

「さて、私のターン、ドロー。私はキメラ・ドールの効果でデッキから『ギミック・パペット―チア・チェンジャー』を手札に加えます。『No.88 ギミック・パペット―デステニー・レオ』の効果を発動。2つ目の『デステニーカウンター』を乗せます」

 

デステニー・レオの体が徐々に輝き始める。

あの輝きが満ちたとき、俺はあの獅子の人形に獲物として刈り取られるというわけか。

 

「私はカードを1枚伏せてターンエンド」

 

人形 LP4800

 

モンスター:No.88 ギミック・パペット―デステニー・レオ

EX:ギミック・パペット―キメラ・ドール

魔法・罠:セットカード2枚

手札:4枚

 

「俺のターン、ドロー」

 

引けるか……っ!

 

「よし」

 

そんな心配したような眼をするなって、皆。

ここでこいつを引けたのはデカい。

 

「デステニー・レオとキメラ・ドールの2体をリリースして『溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム』を特殊召喚!」

 

獅子の人形と人形の集合体が溶岩に飲み込まれていき、その溶岩が魔神の姿となり、手にした籠で人形を閉じ込める。

 

「……!」

 

どうやら完全に想定外、だって感じだな。

表情はないが、その様子が見たかったぜよ!

 

「俺はこのままターンエンド」

 

ムゼロ LP8000

 

魔法・罠:セットカード4枚

手札:1枚

 

「私のターン、ドロー」

「スタンバイフェイズにラヴァ・ゴーレムの効果で1000ダメージ受けてもらうぜ」

 

垂れてくる溶岩にそのボディは耐えられるかな?

溶岩が人形の腕に垂れてくる。

 

「……私の体が!」

 

よし、溶岩で肩辺りが焦げ付いてる。

さすがに無敵のボディというわけではないみたいぜよ。

 

人形 LP4800→3800

 

「ですが……私は墓地の『ギミック・パペット―キメラ・ドール』を除外し『ギミック・パペット―ネクロ・ドール』を特殊召喚します」

 

再び棺桶から不気味な人形が這い出てきたか。

しかし……ラヴァ・ゴーレムのLVは8。

エクシーズ素材かリンク素材に使われちまう。

 

「私は『ギミック・パペット―ギア・チェンジャー』を召喚します」

 

頭が歯車でできた人形か。

狙うならこのタイミング!

 

「罠カード『仕込み爆弾』発動! 相手の場のカードの数×300ダメージを与える!」

 

ギア・チェンジャー、ネクロ・ドール、ラヴァ・ゴーレム、そしてセットカード2枚。

場のモンスターがオーバーレイユニットかリンク素材になる前に1500ダメージ与えてやるぜよ!

 

「くらいな!」

 

俺が巨大な爆弾を放り投げ、人形の足元で爆発する。

さっきラヴァ・ゴーレムが肩の辺りを焦がし、傷つけた。

いくら耐久性が高かろうが、壊れかけた部分に攻撃を続ければ。

 

「……!」

 

狙い通り、右肩辺りが完全に壊れかけてる。

あと少しダメージを与えれば右肩の付け根から完全に壊せるはず。

だが、先ほどシーアが首を潰しても再生したからな。

デュエルモードだと自動再生する機能が鈍くなってるかもしれないが、時間を与えてはいけない。

 

人形 LP3800→2300

 

 

「ギア・チェンジャーとラヴァ・ゴーレムの2体でオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚! 『No.40 ギミック・パペット―ヘブンズ・ストリングス』!」

 

天使の翼を生やし、剣を携えた巨大人形があの人形の場に降り立つ。

 

「魔法カード『ジャンク・パペット』を発動します! 墓地から『No.88 ギミック・パペット―デステニー・レオ』を蘇生させます!」

 

一気にモンスターを蘇生させてきたか。

 

「永続罠カード『掃射特攻』発動! ヘブンズ・ストリングスのオーバーレイユニットを2つ取り除き、最初にセットされた2枚を破壊します」

「ならその効果にチェーンして『威嚇する咆哮』発動だ」

「そうはいきません。カウンター罠カード『神の宣告』を発動します。LPを半分支払い威嚇する咆哮の発動を無効にし、破壊します」

 

とうとう自身のLPを削ることすら構わない、というわけか。

『仕込み爆弾』の所にチェーンしてしまえば1900のコストで1500を止められる。

それじゃ確かに意味がないからな。

 

人形 LP2300→1150

 

 

「残りセットカードは1枚、手札も1枚。バトル! ヘブンズ・ストリングスでダイレクトアタック!」

「手札の『速攻のかかし』発動! 攻撃を無効にしバトルフェイズを終了させる」

「その攻撃が無効にならなければいいだけの話。手札から速攻魔法『RUM―クイック・カオス』を発動します。場の『No』と名の付くモンスターを素材に、同じ『No.』の数字を持つ『CNo.』1体をエクシーズ召喚とします! ヘブンズ・ストリングスを素材にランクアップ!」

 

かかしが降り下ろされた剣を受け止めようとした瞬間、剣そのものが闇となって消え、かかしがあらぬ方向へと飛んでいく。

 

「出でよ『CNo.40 ギミック・パペット―デビルズ・ストリングス』!」

 

さっきと違い、天使の翼が悪魔の翼になってる。

そして悪魔の人形が俺に剣を振り下ろす。

 

だが、攻め急いだのが運の尽きだ。

 

「罠カード『業火のバリア―ファイヤー・フォース―』発動! 相手の場のモンスターが攻撃したときに発動し、相手の場の攻撃表示モンスターをすべて破壊し、その破壊したモンスターの攻撃力の合計の半分だけ俺はダメージを受け、その後俺が受けたダメージ分、お前もダメージを受けてもらう」

「な!」

 

どうやら気づいたようだ。

3300と3200。

その合計は6500。

 

バリアの放つ熱が俺自身を襲う。

 

「ぐっ」

 

ムゼロ LP8000→4750

 

だが、3250のダメージを受けてしまえば。

 

「これで終わりだ」

「……!」

 

人形 LP1150→0

 

肩の破損した部分に炎が注がれていき、そこから全身があの人形が焼き焦げていく。

さすがに全ての機能が炎で焼き払われてしまえば……

 

 

人形はぶすぶすと煙を上げ、その場に倒れこんだ。

再生機能も全て焼き払えば、再生することはない。

 

「やったぁ!」

 

ハスキミリアさんが俺に抱き着いてきて、俺は優しく抱き留める。

そこのドラゴンメイドさんたち、俺はハスキミリアさんに手を出す気はないからそんな睨まないでほしいぜよ。

 

「お疲れさまでした」

「おう、オディアナ姫様。俺、やり遂げたぜよ」

 

姫に告げると、優しい笑顔で俺を見てくれた。

シーアが忠誠を誓うのも分かる笑顔だ。

 

なんとかこの村を襲っていた人形の討伐は完了したぜよ。

 

しかし……あの人形を作り上げたのは、一体誰だったんだぜよ?

 

 

「……やられた」

 

動きを完全に停止させた人形をこっそりと見ていたスディルに、その場にいた誰もが気づくことはなく。

 

「……戻る」

 

スディルは溜息をつき、その場から姿を消したのだった。



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決闘亡霊

「……戻った、バルエッド」

 

闇の中。

そこにスディルが仕える彼はいる。

 

「そうか。どうだった?」

「……破壊された」

「そうか。デュエリストでも相当力があるものじゃないと破壊できない強力な人形だったんだけどな。オディアナ姫一行に壊されたんだろ?」

「……うん。少々色黒な、不愛想な男」

 

スディルの報告を受け、バルエッドがちらりと横にある金色の箱を見る。

ウジャト眼が刻まれた箱の蓋を開き、その中にあるメダルを数枚スディルに投げ渡す。

 

「あの地方はデスティアスと俺が担当してるが、オディアナ姫たちが関わってくるなら厄介だな、手を打たせてもらう」

「……倒せばいいんだね」

「もちろん。『アルトマ王国』にごくまれに生まれるという、未来を見通す目を持つ者。そんな者が運が絡むカードゲームに手を出されてしまえば……」

「……誰もあの姫に勝てなくなる」

「そういうことだ。オディアナ姫が未来を見通す力にはまだ目覚めていないが、いずれ目覚めるかもしれない。もし彼女がデュエルモンスターズに手を出さず、のほほんと過ごしていたのなら問題はなかったが、デュエルモンスターズを手にしただけでなく、王城の襲撃からも逃れてしまった」

 

バルエッドの顔はとてもじゃないが良いとは言えない。

冷静な彼がこんな顔をしているのは初めてだとスディルは感じる。

 

「……分かった」

「頼んだぞ、スディル」

 

スディルがぺこりと頭を下げ、闇の中に消えていく。

 

「ふん……さて、ありとあらゆる異世界の決闘者を絶望させ、生み出されたこいつ……あれ?」

 

そのメダルにはありとあらゆる世界の決闘者の顔が描かれていた。

だが、それらの顔はまるで感情をなくしてしまったかのように真顔だ。

 

「先ほど持たせたコインのほかに一枚なくなってしまってんな……まあ、いい」

 

他所の世界の決闘者が絶望し、生み出された『決闘亡霊』。

それをコインに封じこめ、スディルが使うことでその力だけを効率よく使うことが出来る。

だが、そのコインが黄金の封印箱から紛失したとなると。

 

「……まぁいいか。いざとなれば、俺やスディルが出張って『決闘亡霊』を再び封印しなおせばいい。それに、この『決闘亡霊』を飼いならすことが出来れば」

 

世界征服はおろか、ありとあらゆる異次元世界も征服することが不可能じゃない。

未来に待つ素晴らしき世界の可能性に想いを馳せ、バルエッドは一人ほくそ笑む。

 

 

「…………なんだこれ?」

 

エイディーム国領内『ブルト』の村。

一人の男性が一枚のコインを拾う。

そのコインには目を閉じた女の顔が描かれていた。

 

「うわっ!?」

 

だが、男が拾った瞬間、コインから闇が放たれ、一人の女が闇の中から現れたのだ。

 

「な、なんなんだ一体」

「……あらぁ、いい男」

 

紫色の瞳を輝かせ、獲物を狙う獣のように舌なめずりし、コインから生み出された女は男の股間に手を伸ばし。

 

「あなたの性欲、いただきまぁす」

「う、うわああああああああ!」

 

 

男の叫び声は、村の闇の中に消えていった。

 

 

「やっと到着したね」

 

私の隣にいるハスキミリアちゃんがほっと一息つく。

 

え、私が誰かって?

 

私の名はシオン。

今ここにいる『アルトマ王国』のお姫様と共にいるシーアの妹なの。

お姉ちゃんはオディアナ姫様に絶大な信頼を置かれ、お姉ちゃんもそんなオディアナ姫様の心に応えようといつも全力を尽くしてる。

妹の私に向ける愛情とはまた別の感情をお姫様に向けてると思うけど、まああの2人を見てると絶大な信頼とは何かを分からされる。

 

「疲れてねぇか、ハスキミリアさん?」

「そういうムゼロさんは?」

「無論、大丈夫に決まってるぜよ」

 

そう軽快に笑うのはムゼロさん。

かつて私とお姉ちゃんが大変な事に巻き込まれた際、私たちに生きる全てを叩き込んでくれた恩人だ。

もっともそのムゼロさんも本来の故郷から大変な目に遭ってこの大陸に流れ着き、たまたま酷い暮らしをしていた者同士で気が合った、というだけなんだけど。

でもまぁ今はそんなことはどうでもいい。

他人の過去語りほどつまらなくてどうでもいいものはないからね。

 

大事なのは、常に今でしょ。

 

そしてムゼロさんに笑顔を向けてるのはハスキミリアさん。

お姉ちゃんの話によると、お姉ちゃんとオディアナ姫様の主従関係を見て、ハスキミリアさんとハスキミリアさんの傍にいるドラゴンメイドさんたちがその主従関係を見て学びたいということでこの旅に同行している。

まぁ、実際見て学びたいというのがよくわかるぐらいの信頼関係だ。

 

お姉ちゃんと私のふるさとが謎の茨に覆われてしまい、私を除く他の村人たちは茨に取り込まれ、永い眠りに着いてしまった。

その茨はアルトマ王城も襲っていて、国王陛下たちや陛下たちを守る兵士たちも眠りに着いてしまってる。

その眠りを覚ます方法を探す、というのがオディアナ姫の旅の目的だ。

本来はさっさと眠りを覚ます方法を見つけ出し、すぐに国に戻るつもりだった。

 

そうしないと、アルトマ王国を狙う者に国を攻められ本当の意味で滅ぼされかねない。

幸い、運よく紫の茨から逃れられた城の兵数名が城の様子を伺ってくれている。

お姉ちゃんはたまに謎の符を使い、城の守りについてる兵士たちと近況報告をしている。

旅が始まってすぐのころにとある傭兵団とお姉ちゃんが交戦し、その腕を認めた傭兵団が城を守るため力を貸してくれてるらしい。

さすがはお姉ちゃんと、もしその場に私がいたら傭兵団たちに自慢していただろう。

 

おっと、話がそれちゃった。

城の守りも今は万全だし、後は紫の茨の呪いを解除する方法を探し出すだけ。

 

この国を狙う変な連中もいるけども、オディアナ姫もお姉ちゃんもその大前提は見失っていない。

紫の茨の呪いを解除し、アルトマ王国に戻り兵力を改めて整える。

そうすれば結果的にこのエイディーム国領内を狙う敵とも闘える準備を整えることが出来るだろう、というのがお姉ちゃんの考えだ。

 

無論、オディアナ姫やお姉ちゃんたちの旅の邪魔をするというのなら、私も全力で闘うまでだ。

お姉ちゃんが向ける信頼ほどじゃないけど、私だってオディアナ姫は大好きだし。

 

「とりあえずベッドで一休みしたいね」

「うん、シオンさん」

 

横にいたハスキミリアさんににっこりと笑顔で話しかけると、ハスキミリアさんもにっこりと笑顔で返してくれた。

森の中の屋敷で世間を知らずに過ごした、いわゆる箱入りのお嬢様らしい純粋な笑みだ。

それを見ていたドラゴンメイドたちもうんうんと頷きながら微笑ましい笑みを浮かべてる。

一人一人が相当な力を秘めてるドラゴンだが、こうやってメイドの姿で主人を見守る姿からは、とても強力なドラゴンだとは想像出来ない。

 

まぁ、そんな彼女らが旅に同行し、力を貸してくれてるのは心強いことこの上ない。

 

 

「こんにちは」

 

村の中にある宿屋に到着すると、ハスキミリアさんと同じか、少し年下ぐらいの娘さんが受付で話しかけてくれる。

 

「5人ほど宿泊がしたいんだが」

「はい、ありがとうございます」

 

こんな年頃の娘さんが宿屋の受付をして働いているとは。

看板娘なのか、それとも働き手が少ないからなのか。

いろんな想像は出来るが、敢えて踏み込むほどのことじゃない。

 

「はい、お部屋の鍵です」

 

娘さんが渡してくれた部屋の鍵を受け取る。

この宿屋もベッド2つほどの部屋の広さしかないらしい。

そういう時はオディアナ姫様とお姉ちゃん、それからハスキミリアさんと私、そしてムゼロさんが一人だけ寝る形になっている。

 

「ムゼロさんもたまには私と一緒にお泊りすればいいのに」

 

ハスキミリアさんは不満そうにしているが、ムゼロさんは申し訳なさそうな顔をしながら首を横に振る。

 

「はっは、女の子は女の子同士、ってね。女の子は常に秘密を持っているらしいし、そんな所に秘密が何一つない男が混ざってしまうというのは問題ぜよ」

 

よくよく聞けば話に筋が通っていない理論だが、それでもハスキミリアさんは渋々だが納得してくれた。

そしてドラゴンメイドたちもハスキミリアさんが納得したのを見て、ほっと一安心し、すっとファイティングポーズを解除する。

それで一番安心したのはムゼロさんだと思いつつ、私はそんなことは口に出さない。

 

「じゃ、いつも通り夕食まで自由行動。夕食を済ませたら私とオディアナ姫様の部屋に来て今後の行動予定を話し合おう」

 

それだけ言い残し、お姉ちゃんとオディアナ姫様は用意された部屋の鍵を持って移動していく。

 

「んじゃ、俺も行くとするぜよ」

 

ムゼロさんも手をひらひら振りながらその場を去っていった。

 

「じゃ、私たちも行こうか」

「うん!」

 

ハスキミリアさんを連れ、私もフロントを後にした。

 

 

「お父さん、帰ってきてくれないかなぁ……あの女に皆……」

 

そんな一言がぽつりとフロントから発せられ、シオンが思わず振り返った。

 

 

「ハスキミリアさん、お留守番お願いできる?」

 

ベッドでゴロゴロ横になっていたハスキミリアさんに話しかけると、ハスキミリアさんはじっと私の顔を見てくる。

彼女はいつも私の目を見て話をしてくる。

嘘は絶対に許さないという強い意志を感じる。

 

「えー、お出かけするなら私も一緒に行きたい」

「でも、疲れてるでしょ?」

 

実はハスキミリアさんを連れて夜中に外出するのはあんまりしないようにお姉ちゃんから釘を刺されてる。

夜の村にいる酔っぱらいのようなたちの悪い連中にハスキミリアさんを関わらせたくない、というのが理由らしい。

もっとも、実際に絡まれそうになってもドラゴンメイドさんたちがいるならなんとかしそうだが。

 

「今のうちにいろいろなお菓子とか買ってきて、私とハスキミリアさんでこっそりとお菓子パーティの準備をしておくの。夕食後に皆で集まって話が終わったら、サプライズで皆にお菓子を振舞って、仲良くパーティしたいの」

「そっか。でも、だったら荷物持ちするよ?」

「大丈夫。ハスキミリアさんはゆっくりとここでお腹を減らしておいて、ね?」

 

私が優しく笑いかけると、ハスキミリアさんは納得したようにうなずく。

 

「分かった。でも、危険な事だけはしちゃダメだよ」

 

……でも、どうやら内心は見透かされていたらしい。

だったら、さっさとやるべきことをやって帰ってこなくっちゃ。

 

私はハスキミリアさんにぺこりと頭を下げ、部屋を出ていく。

 

 

私はフロントにいる女の子ににっこりと笑顔を向ける。

 

「お仕事ご苦労様」

「あ……もうチェックアウトするんですか?」

「ううん、ちょっと買い出しに行ってくるの。だけども、私と一緒にいた他の4人には、私が外出したってこと、内緒にしていてほしいの」

「分かりました。お客様のプライバシーは必ず守ります」

「ありがと」

 

私がにっこりと笑いながら宿屋を出ていく。

 

 

宿屋を出て、村の中を改めて見回す。

宿屋に向かうまでに感じていた違和感。

この村には、女の人以外いない。

厳密には、男の姿が見当たらないのだ。

村の中が男子禁制というのなら分からなくはない。

だが、それはムゼロさんがこの村の中の女の人たちに侮蔑の目を向けられてはいなかった。

むしろ、何かを期待しすぐに違うとがっかりした顔をしていた。

ほんの一瞬の表情の変化だったが、それを私は見逃していなかった。

 

この村は何かがおかしい。

オディアナ姫様やお姉ちゃんたちは実は気づいていたかもしれない。

だけども、基本的に姫様に無理をさせないのがお姉ちゃんのスタンスだ。

 

そして、私は聞いてしまった。

あの女の子の、父が戻ってきてほしいという訴えを。

似たような経験をしたことがある私だから、あの瞬間にあの子を放っておけなくなった。

 

「あの、すみません」

「あ……この村では見ない人ですね、旅の人ですか?」

 

村人である女の人は私を見て怪訝そうな顔をする。

この村はそれほど大きくないからこそ、村人の顔は全員把握してるのだろう。

だとしたら、やりやすい。

 

「あの宿屋で受付をやってる女の子がお父さんが帰ってこない、あの女に皆……って嘆いていたのですが、何かあったんですか?」

 

村人の女性はそこで私から眼を逸らす。

 

「何かあったんですね? 私は事情を知らない旅人ですから、何か力になれるかもしれませんし、もし私が行方不明になったとしても、旅人だから知らぬ存ぜぬが出来ますよ」

 

もしこれをお姉ちゃんが聞いたらきっとすごい怒るだろう。

だけども、何か訳ありな人に話を聞くならきっとこれが一番だろうと思う。

 

「実は……」

 

 

私は村はずれの森を歩き、目的地と思われし場所にたどり着く。

巨大な石壁にぽっかりと空いた穴。

 

『数日前、この村に突然現れた女。その女はこの村の男を寄越すように言い出したのです。そして数日間の間にこの村の男はみんなあの女に攫われてしまって。で、その男たちに食事を渡す気はないから、もし生かしておいてほしければ、食料は自分たちで持ってくるようにと言いつけられて』

 

つまり男たちを拉致し、挙句その男たちが無事に返してほしいのなら食料や水はちゃんと持ち込むように、という指示を出していた。

男たちを誘拐して何をしているのかは分からない。

だが、ロクな事ではないのは間違いない。

 

「よし」

 

意を決して穴の中へと飛び込んでいく。

 

穴の中は一本道ではなく、時折道が分かれていた。

念のため通った場所には拳で殴りかかり、石壁を砕いて痕をつけておいた。

これで通ってきた場所は分かるはずだ。

 

そして進む道の途中で。

 

「うわ……大丈夫ですか?」

 

男たちが縄で縛られてるのを見た。

男たちは精魂尽き果て疲れ果てたような顔をしていた。

幸い、命に別状はなさそうだった。

 

「君は……? あの女の仲間じゃないよな?」

「もちろんです」

 

私が縄を強引に解くと、男の人たちは皆ほっと安心した笑顔になる。

だが、ここで解放したのは20人ぐらいだ。

あの村がそれほど大きくないとはいえ、この村の男の人がこの人数だけとは到底言えない。

なんせ、大人だけじゃなくてまだ年端もいかない子供たちもいたからだ。

 

「他にも囚われてる人はいますか?」

「うん……ここを拡張するため、働かされ、その労働が終わったら」

「……あんまり言いたくないが、妻よりも良いテクだった」

「ボクも……いつか女の人をお嫁さんにしたら、あんなことをされちゃうのかな?」

 

……どうやら、女である私には言いづらいこともされたようだ。

しかも年端もいかない子供まで毒牙に。

許すわけにはいかない。

 

「良かった……えっと、あなたは一体?」

「ただの旅をしてる人です」

「そうですか。もしこの洞窟から出られたら、宿屋に泊まっていってくれませんか? ぜひともお礼をしたいです」

「いいえ、気にしなくて結構です。それよりも早く帰ってあげてください。娘さんが心配してましたよ」

「あの子が……? もしかして」

「細かいことは今はいいです」

 

きっとあの長い髪の毛の男性が宿屋の主人なのだろう。

今無事に帰ってあげたら、あの子はきっと喜ぶだろう。

それだけでも私がここに来た甲斐はあったというものだ。

 

 

そして複雑に入り組んだ道を進んでいき。

そして進むたび、異様な匂いが濃くなっていく。

おそらく、その匂いの先にこの事件を引き起こした女がいるのだろう。

なら、首謀者を先に倒した方が早い。

 

 

「あら……せっかく男から搾り取ったミルクでコーヒーを楽しんでいたというのに」

 

異様な匂いの先。

あまりにも臭すぎる部屋の中、紫色の髪と瞳をした女がコーヒーをすする。

匂いを我慢しつつ、女に指をさす。

 

「お前は何者だ!?」

「何者……さぁ? ただ、この体の本来の主である人間が酷く絶望し、その際に私が産まれた。その人間の欲望が私の生きる糧」

「つまり、男たちを拉致していたのも」

「そう。この体の元になった決闘者が心で望んでいたこと。だけども、あなたがその私の望みをぶち壊した! 男共をよくも解放しやがったなぁああ!」

 

どうやら私がしていたことは気づかれていたようだ。

全員を解放しきれたわけじゃないが……だが、この女にとってはコーヒーを楽しむ原料を出す材料が減ってしまったのを惜しんでいるだけなのだろう。

 

「どうでもいいよ、そんなこと。とにかく、他の男も解放してもらうよ」

「そうはいくか! お前をデュエルで倒し、逃がした男たちをまた捕まえなおさないと」

 

女がゆっくりと席から立ち上がりデュエルディスクを向ける。

『TARBASU』と刻まれた文字に『R』だけが不気味に赤く輝いていた。

 

 

「「デュエル」」

 

「先攻は私からね。フィールド魔法『地中界シャンバラ』を発動」

 

その瞬間、石壁の洞窟に緑色の光が溢れ出す。

 

「発動時にデッキから『サブテラー』モンスター1体を手札に加えることが出来る。デッキから『サブテラーの導師』を手札に加えるわ。そしてモンスターをセットし、シャンバラの効果発動。セットしたサブテラーモンスターを表側守備表示に変更」

 

先ほど加えられてた、白いモフモフが首に巻きついた龍のような姿をした魔導士が私を睨みつける。

 

「導師がリバースしたとき、デッキから『サブテラー』カード1枚を手札に加えるわ。デッキから加えるのは『サブテラーの妖魔』」

 

回りくどい真似をして手札に加えたのが攻撃力800のモンスター。

どんな効果だろうか。

あの女が手札に加えたカードをじっと見る。

 

「ちょっと、何効果を見てるのよ!?」

「え、見たこともないモンスターをサーチしてきて私に見せるんだから、そのカードのテキストを見るのが当然なんじゃ」

 

突然あの女が叫び、私の行いを咎めてきた。

 

「本来の私が元居た世界じゃそんなことをする決闘者はいなかったわよ!」

「他所は他所、うちはうち」

「お母さんみたいなこと言うなぁ!」

 

というか、あなたが手札に加えたカードを私に見せてくれてるんだからルール違反でもない。

私の視力はムゼロさんほどじゃないとはいえ、それぐらいの距離で見せられたカードの効果テキストぐらいなら読むことが出来る。

 

「なるほど、表側表示のサブテラーモンスター1体を対象として、私が発動した魔法、罠、モンスターの効果の発動を無効にし、対象にしたモンスターを裏にし直す、という効果ね。で、導師を再びリバースして2枚目、3枚目の妖魔を加えて私の動きを封じるという戦法ね」

 

確かに厄介な戦術だ。

それにテキストが分かったからと言って、それに対してピンポイントで解答になるカードを引けてるわけじゃない。

それがわかったのか、あの女はすでに冷静さを取り戻していた。

 

「まぁ、いいわ。私はカードを2枚伏せてターンエンド」

 

タルバス LP8000

 

モンスター:セット(サブテラーの導師)モンスター1体

魔法・罠:セットカード2枚

フィールド:地中界シャンバラ

手札:3枚

 

厄介な戦術を使ってくるから一筋縄ではいかない相手だろう。

だけども、己の欲望のためだけに男を捕まえたことは絶対に許さない!

 

「私のターン、ドロー!」

 

心に闘志の炎を滾らせ、カードを引く。

私の仲間たちよ、この戦いに勝つために力を貸して!

 



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繋いだ手

「……………」

 

洞窟の外。

シーアは目を閉じ、中にいる妹のことを案ずる。

夜食の買い出しと言い、オディアナ姫を部屋に置いてここまでやってきた。

 

この村に男の人はおらず、そして妹は何かを決意した目をしていた。

真っ当な姉だったら、妹が無茶をしないように止めるのが筋なのだろう。

だが、妹を信じ待つこともまた、姉の務め。

 

オディアナ姫は部屋で一人くつろいでいるが、ムゼロにちゃんと頼んでいる。

彼ならきっちりと姫を護衛してくれるだろう。

 

男たちがこの洞窟から出てきたのは確認している。

後は妹……シオンが無事に戻ってくるのを待つだけだ。

 

 

「私はペンデュラムスケール8の『メタルフォーゼ・スティエレン』と『メタルフォーゼ・ヴォルフレイム』の2体をセッティング!」

「あらあら、ペンデュラム召喚をするのにスケールが同じじゃいけないわよ?」

 

馬鹿にしないでもらいたい。

私の信じてるメタルフォーゼの戦略はここからだ。

 

「スティエレンのペンデュラム効果発動。ヴォルフレイムを破壊し、デッキからメタルフォーゼ魔法・罠カード1枚をセットするよ。デッキから『錬装融合』をセット。そしてペンデュラムスケール1の『パラメタルフォーゼ・メルキャスター』をセッティング。これで私はLV7から2までのモンスターを同時に特殊召喚可能! ペンデュラム召喚!」

 

2体のモンスターの間に開いた時空の穴から2体のモンスターが飛び出していく。

 

「EXデッキから出でよ『メタルフォーゼ・ヴォルフレイム』!」

 

巨大な戦車とバイクに乗る私の信頼している戦士たちがやってくる。

 

ヴォルフレイム ATK2400

 

「一気に強力なモンスターを特殊召喚してきたわね」

「問題なのはシャンバラね。攻撃してきた瞬間に効果を発動して裏守備の導師を表側表示にされて攻撃を無効にされちゃう」

 

だったら、やることはただ一つ。

 

「なっ!?」

 

導師のカードが吹っ飛ばされ、タルバスの場に巨大な蛾が降り立つ。

 

「裏守備モンスター1体をリリースして『怪粉壊獣ガダーラ』を特殊召喚する!」

 

洞窟の大きさに合わせて少し小さいが、それでもかなりの大きさの蛾があの女の場にやってきてる。

 

「そして『錬装融合』を発動するよ! 手札のゴルドライバーとシルバードの2体で融合! 出でよ『メタルフォーゼ・ミスリエル』!」

 

ウィングパックを装備したサイキック戦士、私のエースモンスターだ。

 

「墓地の『錬装融合』をデッキに戻して1枚ドロー。そしてミスリエルの効果発動。墓地のシルバードとゴルドライバー、そして場のガダーラを対象にして発動。墓地の2枚をデッキに戻して対象にした場のカードを戻す」

 

ミスリエルがガダーラの胴体に蹴りを入れ、呻きながらガダーラがカードに戻り、シオンの手札へと戻る。

 

「なっ……」

「バトルフェイズ。ヴォルフレイムとミスリエルの2体でダイレクトアタック」

 

ヴォルフレイムが勢いよく戦車で突撃していき、タルバスを吹っ飛ばす。

そして吹っ飛ばされたタルバスをミスリエルが勢いよく地面へと蹴り落とす。

 

「あああっ!」

 

タルバス LP8000→3000

 

「よっし!」

 

一気に大ダメージ!

ガダーラも手札に戻ったし厄介なモンスターが出てきても対処できる。

このまま一気に押し切る!

 

「メイン2、メルキャスターの効果でスティエレンを破壊して『メタルフォーゼ・カウンター』をセット。カードを1枚伏せてターンエンド」

 

シオン LP8000 場 メタルフォーゼ・ヴォルフレイム メタルフォーゼ・ミスリエル 魔法・罠カード メタルフォーゼ・メルキャスター セットカード2枚 手札1枚

 

「私のターン、ドロー!」

 

タルバスが勢いよくカードを引き、ふっと笑う。

 

「私は1000LPを支払い魔法カード『簡素融合』を発動! EXデッキからLV6以下までの通常融合モンスター1体を特殊召喚する! 来て『カルボナーラ戦士』!」

 

立派な剣を持ち、鎧に身を包んだ戦士が現れる。

 

「効果のない攻撃力1500のモンスターで何をするの?」

「男同士で恋愛出来ないなんて誰が決めたの? 私は『サブテラーの戦士』を召喚!」

 

赤き髪の毛をたなびかせ、美麗な戦士がタルバスの場に降り立つ。

 

「サブテラーの戦士の効果発動。デッキからサブテラーモンスター1体を墓地へ送り、戦士と私の場のモンスター1体をリリースすることで墓地のサブテラーモンスター1体を蘇生させる。サブテラーの戦士とカルボナーラ戦士をリリースし墓地へ送った『サブテラーマリス・リグリア―ド』を裏守備表示で特殊召喚する」

 

サブテラーの戦士がカルボナーラ戦士の顎をくいっと引き、カルボナーラ戦士がどきっと胸を高鳴らせる。

そして勢いよくサブテラーの戦士がカルボナーラ戦士を押し倒し、愛を語り合う。

その瞬間、地面が割け2人が地中奥深くへと堕ちていき、リグリア―ドが代わりに地面へと現出する。

 

「なんなの今の……?」

「男同士の愛の語り合いは、まだあなたには早いみたいね。そしてシャンバラの効果発動。リグリア―ドを表側守備表示にしてミスリエルを除外するわ」

 

地中から現れた巨大な黒き蛇がミスリエルの体に巻きつき、そのまま体内へと取り込んだ。

 

「こうもあっさりとミスリエルを……」

「そしてリグリアードがリバースしたことで墓地のサブテラーの戦士の効果発動。墓地からこのカードを蘇生するわ」

 

どこか満足しきったような顔でサブテラーの戦士が地中から飛び出してくる。

カルボナーラ戦士だけが犠牲になったみたいだけど……うん、細かく想像するのはやめておこうっと。

 

「バトルフェイズ。サブテラーの戦士でヴォルフレイムに攻撃!」

 

戦士が手にしていた剣でヴォルフレイムの戦車に斬りかかる。

 

「攻撃力1800……自滅?」

「いや、そんなわけないでしょ。罠カード『サブテラーの決戦』を発動。戦士の守備力1200を戦士の攻撃力1800に加え、攻撃力は3000になる」

 

戦士が顔つきにふさわしくない野太い叫びを上げ、ヴォルフレイムの戦車を真っ二つに切り裂いた。

 

「そして『サブテラーの決戦』は発動後、墓地へ送られずセットされるわ」

「くっ……だけども私の場のカードが破壊されたことで罠カード『メタルフォーゼ・カウンター』発動!」シオン LP8000→7400

「さっき手札に加えたカードの効果を忘れた? 『サブテラーの妖魔』を手札から墓地へ送り、カウンターの効果を無効にし、リグリアードを裏守備にするわ」

 

ピンキロの髪の毛をした異種族の女性がカウンターのカードを指で押さえ、その能力を封印した。

そしてその後リグリアードが妖魔をぱくんと食べてしまい、食事を終えて満足したのか眠ってしまう。

 

「これで一気に形勢逆転ね。メイン2、このままターンエンド」

 

タルバス LP2000 場 セットモンスター(サブテラーマリス・リグリアード) サブテラーの戦士 魔法・罠カード セットカード2枚 手札1枚

 

「私のターン、ドロー!」

 

確かに一気に形勢逆転された。

だけども、ピンチの後にチャンスあり。

 

「まずはサブテラーの戦士にはご退場願うわ」

 

サブテラーの戦士がガダーラに押しつぶされ、地面へと埋められてしまう。

 

「くっ」

「そして永続罠カード『メタルフォーゼ・コンビネーション』発動。メルキャスターの効果でコンビネーションを破壊し、デッキから『混錬装融合』をセット。そして墓地へ送られたコンビネーションの効果発動」

 

シオンの墓地から炎が噴き上がり、その中から1枚のカードが現れる。

 

「デッキからメタルフォーゼモンスター『レアメタルフォーゼ・ビスマギア』を手札に加えるわ。そして魔法カード『混錬装融合』を発動! 手札のビスマギアとEXデッキのヴォルフレイムの2体を墓地へ送り2体目のミスリエルを融合召喚するわ!」

 

再びミスリエルが現れ、伏せられたカードを見据える。

 

「墓地のビスマギアと混錬装融合をデッキに戻し、その伏せカードを手札に戻させてもらうわ」

「あら、ミスリエルの攻撃力は2600,ガダーラの攻撃力2700には届かないわ」

 

確かに数値上じゃミスリエルはガダーラに勝てない。

だけどもデュエルは攻撃力の数値だけで決まるゲームじゃない。

 

「手札の『メタルフォーゼ・バニッシャー』の効果発動。メタルフォーゼカードを含む表側表示のカードを2枚破壊して特殊召喚する!」

 

ミスリエルとメルキャスターの2体が炎に包まれその体が金属へと変化する。

その金属が組み合わさっていき、全てを滅する戦士が炎の中から産まれ落ちる。 ATk2900

 

「バニッシャーの効果発動! メタルフォーゼカードの効果で特殊召喚に成功した時、相手の場か墓地のモンスター1体を除外する! 裏守備のリグリアードを除外する」

 

眠っていたリグリアードに向けてバニッシャーが指をパチンと鳴らすと、一瞬でその体が炎に包まれ、黒焦げとなり消滅していく。

 

「リグリアード!」

「そして墓地へ送られたミスリエルの効果。EXデッキか墓地のメタルフォーゼモンスター1体を選択して特殊召喚する。甦って『メタルフォーゼ・ヴォルフレイム』」

 

先ほど戦士の攻撃で真っ二つにされた戦車が炎により完璧に修復され、シオンの場に降り立つ。

 

「これで役者は揃った。さぁ、行こう! バニッシャーでガダーラに攻撃!」

 

バニッシャーがガダーラに抱き着くと、そのまま全身から火を放ち、ガダーラと己自身を焼きつくす。

ガダーラが消滅するが、バニッシャーは溶け落ちた自身の肉体を再構成し、再びシオンに場に降り立つ。

 

「え、これって」 タルバス LP2000→1800

 

「そう、攻撃力2400のヴォルフレイムでダイレクトアタックし、あなたのLPは0になる!」

 

この村の女性を悲しませ、男性たちを己の欲で苦しめた罪を、贖いなさい!

 

シオンの強い意志が炎となり、ヴォルフレイムが強き炎で全身を焼きタルバスに突撃する。

強き炎を纏った突撃をタルバスは回避できず、壁に強く吹っ飛ばされた後、全身に炎が広がっていく。

 

「あ、嘘でしょ、私が全力も出せずに消える?」

 

タルバスが無念の声をこぼし、炎が消えていく。

 

炎が消えたとき、タルバスの姿はそこにはなく、1枚の黒炭となったカードが落ちていた。

 

タルバス LP1800→0

 

「……ふぅ」

 

誰も見てないけども、私一人でやり遂げた。

これであの村には平和が戻ってくる。

徐々に達成感が私の中に満ちていき、ぐっと握り拳を作っていた。

 

 

「終わったみたいね」

 

洞窟の外に出ると、石壁にお姉ちゃんがもたれかかっていた。

声色からして特に怒ってるわけじゃないと思うけど……

何を言われるか分からず思わず黙り込んでしまうと、優しく頭をぽんぽんとしてくれた。

 

「村のために助けになりたいと思う素直な気持ち、そして敵を確実に仕留めるその強さ。本来姉としては妹の行動を窘めるべきなんだろうけども……誇らしいという気持の方が強いな。よくやったね」

「お姉ちゃん……ありがとう」

 

城での兵勤めをしていた時、常に自分にも他人にも厳しいお姉ちゃん。

だけど、私の行いを咎めるわけでもなくむしろ讃えてくれた。

それだけで心が暖かくなっていくのを感じていた。

 

「さてと、私は姫に夜食の買い出しのために外へと出ると言っているのだ。平和になった村に戻って夜食の菓子でも買って戻ろうか」

「うん」

 

私が思わずお姉ちゃんの手を握ると、お姉ちゃんが私の顔を見てくる。

……ちょっと子供っぽかったかな?

だけどもお姉ちゃんは手を離すわけでもなく、少しだけ優しく握り返してくれた。

 

ますます心が暖かくなるのを感じながら、私とお姉ちゃんは村へと戻っていくのであった。

 

 



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飼われし竜の子

 

「エクレシア……」

 

薄暗い地下室。

首輪を付けられ呻きながらも、自身にとって大事な人の名前を呼ぶ。

目の前の十字架に磔にされてる少女は首をつけられた少年の声を聴き、少年を見つめる。

 

「アルバス……」

 

お互い姿は確認できるのに。

エクレシアの手は十字架で縛られ、アルバスは首輪を付けられて壁に固定され、手を伸ばしても決して届かない場所にある。

見えているのに、決して届かない。

 

「アルバス」

 

そんな2人のいる部屋に一人の男が入ってくる。

腰に杖を携え、白いローブを羽織った男がアルバスの首輪を掴む。

 

「うぐっ……」

「アルバスに酷いことしないで!」

 

エクレシアが叫ぶが、その叫びを無視し男はアルバスを睨みつける。

 

「仕事だ。隣国のアルトマ王国が謎の茨により壊滅したという噂を聞いた。もし生き残りがいるのなら、保護し我らが『正義』だと示す。もしその生き残りが我らと一緒に来るのを拒否したら……お前の力で」

「い、嫌だ」

 

アルバスが首を横に振るが、その瞬間男がアルバスのお腹に蹴りを入れる。

 

「これは命令だ。それに、お前が逆らえば目の前にいるエクレシアがどうなるか分かっているのか?」

 

男が腰の杖を掴み、エクレシアの喉元に杖を向ける。

 

「や、やめてくれっ」

「なら大人しく言うことを聞くんだな」

 

男が告げると、アルバスがうなだれつつも抵抗の意思を引っ込め、諦めたように立ち上がる。

 

「よーし、それでいい。さぁ行くぞ」

 

男がアルバスを縛り付ける首輪のリードを掴み、アルバスを連れ地下室から出ていった。

 

 

「さてと、行こうか」

「そうですね」

 

オディアナ姫を先頭に一行は村を出発する。

夜にお菓子を買い込み全員でそれらを美味しくいただいた。

 

ムゼロが空気を読まず『これだけ食べると太……いやなんでもねぇぜよ』……と危うく女性に対する禁句を告げかけ、シーアを筆頭に強い眼圧を受け、黙り込むという一幕があった。

 

なんにせよ、エイディーム王国領内はオディアナ姫たちの勝手たる所ではない。

なので楽しい旅気分ではなく、シーアとシオンは気を張りながら歩いていた。

 

「あ、蝶々だ」

 

……ハスキミリアは年相応の少女らしく、気を張ることもなくのんびりと旅を楽しんでいたのだが。

 

「所で次の目的地はカドの村だったよね。何時間ぐらいで到着するの?」

 

ハスキミリアがシーアに尋ねると、シーアが少しだけ考え込み、ハスキミリアに向かい合う。

 

「だいたい4時間ぐらいですね。昼はそこで昼食をとり、そこからザハームの街へと向かう予定」

「そっかぁ……4時間は長いなぁ」

 

ハスキミリアが少しばかりげんなりした表情を浮かべ、シオンも思わず内心頷きかけた。

道は整備されており歩きやすいとはいえ、それでも4時間はあまりにも長い。

 

「ドラゴンメイドの皆は……ダメか。ムゼロ、どうにか出来ない?」

 

まずはドラゴンメイドたちに協力を頼みこんだが、ドラゴンメイドたちはみんな首を横に振る。

ご主人に付き従うが、甘やかすことは決してしない。

オディアナとシーアの関係を見てドラゴンメイドたちが学んだことでもある。

その次にムゼロに尋ねるが、ムゼロは首を横に振る。

さすがに移動速度を上げることも、ましてや移動を楽にする方法もあるわけではない。

 

(オディアナ姫……)

(ダメですよ)

 

オディアナのデッキのオッドアイズの龍たちがここぞとばかりに声をかけるが、オディアナは首を横に振り拒否する。

共に戦う仲間であり友であり、決して移動手段として利用するための存在ではないのだ。

 

(……静かに)

 

そんな中、シーアがすっと気配を消し、近づいてきてる気配を感じ取る。

ムゼロもシオンも異質な気配を感じ、ハスキミリアとオディアナを自然と守る態勢となる。

 

「……そなたたちは何者だ」

 

気配のした方を見ると、そこには馬に乗った白いローブを着こんだ神官らしき人々がいた。

神官たちはじっと5人を見つめ、そしてオディアナの姿を見て目を見開く。

 

「いや、名乗らずとも良い。そなたたちの姿、アルトマ王国で見たことがある」

「え、私はおじさんたち知らないよ」

 

ハスキミリアが純粋が故に相手の地雷となりそうなポイントを的確に踏み込んでいく。

事実後ろの方にいた数名がぴくぴくとこめかみを動かしていた。

 

「……そちらにいるのはオディアナ姫であろう。アルトマ王国に参礼の旅に出た際、王城で拝見したことがある」

「ならば誤魔化すことも不可能だな。確かにこちらのおわすのはアルトマ王国の姫君、オディアナ様だ」

「そしてそなたは護衛隊長のシーア、でしたな」

 

神官たちの視線が一気にシーアとオディアナに向く。

 

「ええ、その通り。では、こちらからも質問。あなたたちは一体何者だ?」

「エイディーム国・サルバード教団の者とでも言えばいいか?」

 

サルバード教団。

その教団の名を聞き、シオンがぴくっと反応する。

 

「エイディーム国に数多く存在している教団のうちの1つだね……確か正義の神を信仰する一族で構成されてると風のうわさで聞いたことがあるよ」

「その通り」

 

先頭に立っていた神官が肯定すると、改めてオディアナを見る。

 

「アルトマ王国が謎の茨の力を受け壊滅したと聞いていたが……オディアナ姫様がこうやって無事でいるということは虚偽だったか……それとも、オディアナ姫だけ無事に脱出できたとか?」

 

その言葉を聞き、オディアナがぴくりと肩を震わせる。

それを肯定だと受け取った神官がはぁと息をつく。

そしてびしっとオディアナを指さす。

 

「オディアナ姫を我々サルバード教団本部へとお連れせよ」

「はぁ? なんでそうなるぜよ」

 

ムゼロが不快感を隠そうともせず神官を睨みつける。

 

「そう警戒するな」

「警戒して当然だと思うよ。いきなり姫様を誘拐するなんておかしいもん」

 

ハスキミリアが文句を言うと、後ろにいる神官たちから闘争心が湧き始める。

 

「誘拐ではない。サルバード教団が隣の滅びかけてる国の姫君を保護したとなれば、サルバード教団の正義こそが正しいと我らの国の民たちに示す良い機会なのだ。なーに、悪いようにはしない」

 

先頭の神官がすっと手をかざすと、後ろの神官たちが一気に臨戦態勢に入る。

 

「シーア!」

「ええ、姫様、こちらへ!」

 

ムゼロが叫ぶと同時に彼が腕の袖から取り出した短銃で神官たちに威嚇射撃を行う。

彼らが乗る馬の足元に銃弾が撃ち込まれ、驚いた馬たちが後ろ足で立ち、乗っていた神官たちが落馬そうになる。

 

一斉に混乱した中、シーアがオディアナを連れて駆け出す。

 

「シーア!?」

「姫様、奴らは正義という言葉に酔いしれた狂人たちです。人という生き物は正義という言葉をかざせばどんなに残酷なことも平気で行うようになります。あのサルバード教団はまさに正義を振りかざし牙を剥く連中。そんな連中に姫様の身柄を奪われるわけにはいきません!」

 

シーアがオディアナを言葉通りお姫様抱っこし、更に早く駆け出す。

 

「なんてことを!」

「神官たちに手を上げた無法者だ、捕らえよ!」

 

神官たちが杖をかざし、術を唱え始める。

 

(ハスキミリア様に手を出すなー!)

(行くぞー!)

 

先ほど、移動手段として使われることは拒否したが、主であるハスキミリアに危害を加えようとするのなら別だ。

ハスキーがシュトラールへと変身すると同時に他のメイドたちもドラゴンへと変貌し、一気に神官たちに襲い掛かる。

 

「むぅ!」

「なんの、怯むな……我々にはこういう時のための切り札があるではないか!」

 

切り札?

ドラゴンメイドたちが首を傾げ、その横にムゼロとシオンが並び立つ。

 

「とりあえず姫たちは結構な距離を逃げたぜよ。このまま奴らを牽制しつつ姫様たちと合流するぜよ」

 

ムゼロが神官たちに銃を向けつつ、早足で後ずさっていく。

神官たちの足であった馬たちは先ほどの威嚇射撃で怯え、まともな動きにならない。

これなら十分神官たちから逃げることは可能だ。

 

だが、そんなムゼロ達の考えを裏切るように神官たちの背後から黒き竜が飛び出してくる。

 

「なっ……なんだこいつは!?」

 

突然神官たちの後ろから飛び出してきた竜にムゼロは思わず銃を向ける。

だが、首輪をつけられいた黒き竜は少しためらうように動きを止める。

 

「何をしてる……エクレシアがどうなってもいいのか?」

 

エクレシアの名を聞いた瞬間、黒き竜が雄たけびを上げ、一気にムゼロに向かっていく。

 

「そうはいかないよ!」

 

シオンが勢いよくジャンプし、竜の首の付け根に蹴りを入れる。

人間の女の子にいきなり攻撃されると思っていなかったのか、竜が一瞬怯む。

 

「ムゼロさん、あの首輪を狙って!」

 

ハスキミリアがムゼロに頼み込むが、ムゼロは銃の引き金を引かない。

 

「いや……もしあの首輪を撃って破壊し、あの竜が暴走したら止める手段がないぜよ」

(大丈夫)

(私たちが)

(皆を守るよー!)

 

シュトラールを筆頭に竜の姿になってるドラゴンメイドたちがムゼロ達を守るように立ちはだかる。

 

「……信じていいぜよ?」

「うん、私の大事なメイドさんたちは、言ったことは確実に守ってくれるもん!」

 

そのハスキミリアの言葉を聞き、ムゼロが意を決し竜に銃を向ける。

 

「そうはいくか!」

 

神官が構えた杖から光の弾丸が放たれ、ムゼロが手にした銃が弾き落される。

ドラゴンメイドたちの間を綺麗に貫通した、華麗な一撃だった。

 

「くっ」

「さぁ今だやれ、アルバス!」

 

神官たちが今が好機だと言わんばかりに竜に命令を下す。

だが、竜は苦しそうな雄たけびを上げ、白髪が目立つ褐色肌の人へと変貌していく。

 

「人間……だったの!?」

 

シオンが驚いていると、神官の一人がアルバスの顔を殴り飛ばす。

 

「ええい、肝心なところで力を失うとは、この役立たずめ!」

 

それを見た瞬間、ハスキミリアがきゅっと唇を噛みしめる。

 

「お願い、ムゼロさん、シオンさん、みんな、あの男の子を助けて!」

「うん、分かった」

「そうだな。あんな乱暴な輩の元に置いておかれるよりは遥かにマシぜよ」

 

シオンとムゼロが構え、アルバスを奪取しようと走り出す。

神官たちが光の術で2人を阻もうとするが、それをドラゴンメイドたちが変わりに受け止め、2人が走っていくのを援護する。

 

「アルバス、エクレシアがどうなってもいいのか!?」

 

アルバスの首輪を引っ張る神官が強く首輪を引っ張ると、アルバスが苦しそうなうめき声を上げきながらも首を横に振る。

 

「エクレシア……ダメ」

「分かったなら大人しく我らの言いなりになれ!」

 

その言葉を聞きアルバスが限界を引き絞り竜へと変化しようとした瞬間。

 

 

「そうはさせるかあああああっ!」

 

高いところから降ってきたシーアがアルバスの首輪を繋ぎ止める鎖を剣で切り裂き、アルバスが勢いあまって地面に伏す。

 

「今だ、シオン、ムゼロ!」

 

「うん!」

「おう!」

 

シオンがアルバスの手を取り走り出し、ムゼロが神官たちに銃を向け牽制する。

そしてシーアとハスキミリアがドラゴンメイドたちに抱えられその場を後にする。

 

「ダメ、俺がここで逃げちゃ奴らに捕らえられてるエクレシアが!」

 

アルバスがシオンの手を振りほどき神官たちの元へと戻ろうとするが、シオンはその手を離さない。

 

「そのエクレシアちゃんって子、アルバス君だっけ? 君にとって大事な子なんでしょ? 大丈夫、絶対に私たちが助けてあげるから」

「信用……してもいいのか?」

「もちろん。俺たちはあんな連中が掲げる偽りの正義とは違う……困ってる人の手を取り助けるぜよ」

 

ムゼロのその言葉を聞き、アルバスが少しの間考えた後、こくんと頷く。

 

「エクレシア、ごめん……もし俺が逃げ出したと聞いて酷い目に遭わされるかもしれないけど、必ず助けるから少しの間、待っててくれ……!」

 

申し訳なさそうに、だが決意を固めた声で呟き、走り出す。

 

「でもシーアさん、オディアナ姫は大丈夫?」

「うん、だって」

 

「皆、大丈夫ですか?」

 

二色の眼を持つ竜と杖を持つ魔法使い、そして球体のような生き物がオディアナをかこっており、姫に手を出すのは絶対に許さないぞという陣形を作り上げていた。

その中央でオディアナ姫は心優しい笑みを浮かべていたが、見る人によっては異色な光景に映るであろう。

 

(オディアナ姫が僕たちに乗って移動するのは許可してくれないけど、姫の身を守るためだもん)

(何を言われても、我らはこうやって実体となりて)

(姫の力になるんだ!)

 

皆がオディアナ姫を助けたいという気持ちは相当強い。

その意思を無碍にすることなどオディアナには到底できなかった。

 

「あれ、その少年は……?」

 

オディアナ姫がアルバスを見ると、アルバスがきっとオディアナ姫を見る。

 

「僕はアルバス。エクレシアを必ず助けるからと言ってここにいる皆に連れてこられるけど……本当に助けてくれるのか?」

「ええ、もちろん。皆、私が信頼してる人たち。その人たちがあなたを助けたいと思ったのであれば、私は皆の力となり、君を助けるということを誓いましょう」

 

オディアナがきっぱりと告げると、アルバスがその場で土下座する。

 

「ありがとう、本当にありがとう」

「さて……オッドアイズたち。移動にはあなたたちの力は借りないと言いました。だけども、困ってる人を助けるためです。お願いします、あなた方の力をお借りしてもよろしいでしょうか?」

 

オディアナ姫が二色の眼を持つ竜に頭を下げると、竜がオディアナの頬に自身の頬を摺り寄せる。

 

(その言葉、待っていたよ。この背中に姫を乗せる日をずっと心待ちにしてたぐらいなんだから)

 

竜が誇らしげに待機し、オディアナ姫がその背中に乗る。

 

(竜に変身できる人型の魔の者)

(つまり私たちの同族と言えなくもないね)

(じゃ、全力を尽くさないとね!)

 

ドラゴンメイドたちも全員アルバスを助けることに協力的だった。

それらを聞いたとき、アルバスが思わず眼から涙をこぼす。

 

「…………ありがとう」

「さてと、じゃサルバード教団の本拠地へと殴りこみに行きましょうか。シーア、地図をお持ちでしたね」

「もちろん」

「なら、俺が道案内するよ。奴らに囚われてたから、奴らの居場所は分かるからな」

 

アルバスがそう言いながら竜たちの先頭に立つ。

 

 

こうして、オディアナ一行はアルバスの想い人、エクレシアを助けるためサルバード教団の本拠地へと殴り込みをかけるのであった。

 

 

「…………」

 

暗い地下室の一室。

そこでは十字架に磔にされたエクレシアが虚ろな目で床を見ていた。

アルバスと共に生きる場所を探して旅をしていた。

だが、自分が持つ光の力をこのサルバード教団に狙われ、アルバスと一緒に囚われてしまった。

そしてアルバスの持つ竜の力に奴らは目をつけ、正義の名のもとに竜の力を奮い、自分たちの思想に歯向かう者を悪と決めつけ、暴虐の限りを尽くしている。

自分の存在がアルバスを縛る枷となってしまっている。

 

「……アルバス君」

 

自身が助け、そして一緒に旅して来た大事な存在の名を呟く。

 

「そのアルバスだが」

 

突如地下室の中に声が響き、エクレシアが顔を上げる。

 

「つい先ほどアルトマ王国の姫、オディアナ姫とその仲間たちの元に下ったぞ」

「ど、どういうこと?」

「自由になることを求め、お前を見捨てたという事だ」

 

アルバスが?

私を?

そんなの嘘だ。

ありえない。

絶対に、絶対にありえない。

 

「嘘だよ」

「嘘じゃない。そしてアルバスには我らに力を貸し続ける限り、お前の身の安全は保障し続けるつもりだったが……奴が裏切った以上、お前の身の安全を保証し続ける必要はなくなったというわけだ」

 

神官がエクレシアの胸元に手を伸ばしていき、磔にされた状態でエクレシアがもがく。

 

「ん、やだっ、やめて!」

「恨むのなら、裏切ったアルバスを恨むのだな」

 

神官のその一言を聞き。

エクレシアは一筋の涙を流し、その目を閉じこれから起こる運命を受け入れざるを得なくなったのであった。

 



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いざ突撃

「ここがサルバード教団の本拠地ね」

 

オッドアイズの背中に乗ったオディアナがとある街にたどり着き、ぽつりと一言漏らす。

教団の本拠地という物だからてっきり教会か何かだと思っていたが、まさか街一つ拠点にしてるとは思っていなかったのだ。

 

「そう。サルバード教団はここの街の人々を守ったことがあって、その恩を利用してこの街を統治してるんだ」

「どういうことぜよ?」

 

アルバスが忌々し気に呟き、ムゼロが首をかしげる。

恩を利用して街を統治するというのがひっかかっていた。

 

「この街に一匹の竜が襲撃してきた。その竜の前にこの街の人々はなすすべもなく蹂躙された。その竜を抑え込んだのがサルバード教団の連中で、その恩でこの街の統治権を得てるんだ」

「なるほどね」

 

シーアが街を見るが、街の人々はどこか生気がない。

守ってもらえているのなら別に問題ないんじゃないかと思っていたが、何か裏があるのだろうか。

 

「アルバス、この街の人々は納得いっているのか?」

「最初は納得してたんだけど……サルバード教団は街を守る代金としてこの街の人々から税金を取ってるんだ。そして歯向かった人は神官たちが放つ光の術で痛めつけられ、逆らおうという意思を徹底的に潰してるんだ」

 

アルバスが忌々しそうに呟居た瞬間、びくっと背筋を震わせる。

 

「アルバス……お前、ここで何してるんだ?」

 

神官の一人がアルバスの姿を確認し、こめかみをぴくぴくと動かす。

アルトマ王城の生き残りを保護し、拒否するなら強制的に連れてこさせるための手段であるアルバスがここにいるのは確かにおかしいことなのである。

 

「それにお前たち、この街で見ない連中だが……何者だお前らは?」

 

神官が杖を抜こうとしたが、その前にムゼロが神官の懐に潜り込み、喉元に銃を突きつける。

 

「この街をお前らのようなクソな連中から解放しに来た……とだけ言っておくぜよ」

「ムゼロ」

 

シオンが慌てて声をかけるが、ムゼロは意に介さず男から目を離さない。

 

「アルバスを連れてここに来た時点で闘いは避けられない……ならまずこちらから宣戦布告しても問題ないぜよ」

 

ムゼロが呟くと、シーアが頷く。

オディアナとハスキミリアはおろおろしていたが、どちらにしろこうなってしまった以上、闘いを避けながら教団の根城へと向かうことは不可能になってしまった。

 

「大人しく手を引けば見逃してやるぜよ」

 

ムゼロが呟くと、神官が大人しく両手を上げる。

降参の意を示したのを確認し、ムゼロが銃をゆっくりと離していく。

 

「よし、アルバス案内を頼むぜよ」

「うん」

 

最初ムゼロの行動に動揺していたが、気を取り直してアルバスがこの街の東の方を指さす。

 

「あそこの赤い屋根の建物の地下……そこをサルバード教団の連中は根城にしてる」

「教会とか建ててるわけじゃないのね」

 

アルトマ王国にも宗教団体はあるが、そのどれもが教会を根城としてそれぞれの神の教えを説いていた。

宗教とはそういうものだと思っていたオディアナは所変わればこうも違う物かと考えていた。

 

「まぁ光の力を持つエクレシアを人質にして竜に変身できるアルバスを利用してるんだ。やましいことをしてるという自覚があるからこそ目立たないところを居城にしてるんだろ」

 

シーアが結論付けると、アルバスを先頭に教団の根城に向かって走っていく。

 

 

「ここだ」

 

アルバスたちは赤い屋根の建物にたどり着く。

一見すると本当に赤い屋根だけしか特徴がないという、ただの民家である。

 

「本当にここ?」

 

ハスキミリアが首をかしげていると、オディアナがこくんと頷く。

 

「そうみたいですね……確かに見た目は変哲もない家ですけども、地下から何かが蠢いてる気配を感じます」

「姫……」

 

オディアナ姫が不思議な感覚を目覚めさせつつある。

だが今はそれどころではないとシーアは思い直し、扉に手をかける。

 

「失礼」

 

シーアが扉の取っ手を手にした瞬間、ピカッと光が放たれる。

 

「ふん、セキュリティの魔術か……だが」

 

だがシーアが手から闇を放出させると、光が一瞬で闇に飲み込まれガチャリと扉が開いた。

 

「よし、行くぞ」

 

シーアを先頭に家の中へと入っていく。

家の中は本当にただの民家という感じであり、居間と思われし場所に机と椅子、そして机の上に果物が入った籠が置かれていた。

ここに住民がいれば間違いなくただの一般家庭の家だと思わせることが出来ただろう。

だが、シーアがちらりと床を見た後、机をどかしてカーペットをずらす。

 

「ビンゴ」

 

そこには地下へつながる扉があり、ゆっくりとシーアが扉を開く。

その瞬間扉から光が放たれ、その場にいた皆が光に飲み込まれ姿を消していく。

 

 

ハスキミリアが目を開くと、そこは先ほどとは打って変わって蝋燭が壁にかけられ、暗い一本道が目の前に広がっていた。

 

「これは?」

「光の力を求める割には薄暗い拠点だな。さて、エクレシアを見つけて奪還したらさっさと逃げるぜよ」

 

ムゼロが結論付けるが、オディアナは首を横に振る。

 

「いえ……エクレシアさんだけ連れて逃げても、教団の人々がアルバス君とエクレシアさんを取り戻そうと私たちの後を追っかけてくるでしょう。私たちの旅はなるべく隠密にしたいものである以上、それなりに大きな教団の追っ手が来てもらったら一問題です」

 

オディアナの言うことはもっともであり、アルバスとエクレシアからしても教団から無事に逃げ出せても教団の追っ手から永遠に追いかけられ続けるというのは問題だ。

だとしたら、ここで教団を壊滅させるしかない。

 

「それにこの教団に守ってもらうという名目で税を取られ生活を苦しめられてる人もいることだし」

 

シオンが辛そうな様子で歩いていた街の人々の姿を思い出して呟くと、オディアナの内心はさらに固まった。

 

「姫がそうしたいというのであれば私はその力、存分に奮いましょう」

「ありがとう、シーア」

「アルバス君を苦しめ続けるこんなところ、無くなっちゃえばいいもんね。私もオディアナさんの意見に賛成だよ」

 

ハスキミリアも同意し、ムゼロとシオンも頷く。

 

「よし、じゃまずはエクレシアを奪還しに行くぞ」

「その必要は……ないよ」

 

突如響いた声を聴きそちらの方を見ると、髪の毛をツインテールに纏め、鎧を着こんでハンマーを装備した少女が現れる。

 

「エクレシア?」

 

アルバスが呟くと、全員が少女を二度見する。

 

「この子がアルバス君の探し求めてる?」

「うん。エクレシア、良かった、無事だったんだな」

 

アルバスが安堵した顔でエクレシアの元へと歩いていく。

 

「……危ないっ!」

 

だがシーアがそんなアルバスの前に立ちはだかり、エクレシアが勢いよく振り下ろしたハンマーを剣で弾き返す。

 

「っ、何という力」

 

だが剣はシーアの手から叩き落され、エクレシアは何事もなかったかのようにハンマーを構え直す。

 

「エクレシア、どうしたんだ!?」

「アルバスが悪いんだよ……アルバスが自由になろうとしてこの人たちの手下になり下がったから……私はこの教団の手下になり下がっちゃったんだよ」

 

エクレシアの眼から光が消えていき、虚ろな眼でアルバスを見る。

 

「もうアルバスなんてどうでもいい。侵入者は排除する」

 

エクレシアがハンマーを構え直すと、シーアがふぅと息をつく。

 

「アルバス、悪いが少し手荒な真似になるけども、彼女を止めてから助ける。いいか?」

「エクレシアを助けてくれるんだろ? お願いする」

 

どう考えても異質な力に操られてるとアルバスは気づいたが、竜になることだけしか出来ない自分では今のエクレシアを助けることは出来ない。

なら悔しい気持ちでいっぱいではあるが、助けると断言してくれたシーアにこの場を任せることしか出来なかった。

 

「行くぞ」

 

シーアがデッキを取り出し同時に紫の鞭でエクレシアのハンマーを手ごと拘束し、動けなくする。

 

「……デュエルをお望みなんだ。分かった、いいよ」

 

もう片方のエクレシアの手にデッキが現れ、それを空中の上にかざす。

するとデッキは空中で止まり、デッキの上から5枚のカードがふよふよと浮き上がり、エクレシアの前で止まる。

 

「シオン、オディアナ姫や皆を頼んだ」

「分かった、任せて」

 

もし今神官たちがやってきたら、エクレシアとのデュエルに挑む自分では皆を守り切れない。

だったら力をつけてる妹にこの場を任せるのが最善と判断し、シオンもそれが分かってるからこそ即座に了承してくれた。

 

 

「「デュエル」」

 

エクレシアが先にカードを引いていたこともあり、先攻で動き始める。

 

「私のターン。私は『教導の聖女エクレシア』を通常召喚」

 

エクレシアとほとんど同じ姿をした少女がエクレシアの場に現れ、ハンマーを構える。 ATk1500

 

「エクレシアが通常召喚に成功した時、デッキから『ドラグマ』と名のつくカードを1枚手札に加える」

 

エクレシアが操られてるエクレシアにカードを1枚手渡す。

 

「……同一人物なんだろうけど、違和感ある光景だね」

 

シオンが呟くと、アルバス含めその場にいた全員がうんうんと頷く。

 

「だけどこの効果を発動したターン、私はEXデッキからモンスターを特殊召喚できない。私が手札に加えるのは『ドラグマ・バニッシュメント』。そしてカードを2枚伏せてターンエンド」

 

エクレシア LP8000 場 教導の聖女エクレシア 魔法・罠カードゾーン セットカード2枚 手札3枚

 

「私のターン、ドロー。私は『EM ドクロバット・ジョーカー』を召喚!」

 

ファントムマスクをかぶり、ピエロがぴょんぴょんと跳ねながらシーアの場に降り立つ。 ATk1800

 

「ドクロバット・ジョーカーが召喚に成功した時、デッキから『オッドアイズ』『EM』『魔術師』のいずれかのカテゴリのペンデュラムモンスター1体を手札に加える」

 

ドクロバット・ジョーカーが後ろに手を回し、そして色とりどりの紙テープと共にカードを1枚シーアに手渡す。

 

「私は『慧眼の魔術師』を手札に加える。このままバトルフェイズ。ドクロバット・ジョーカーでエクレシアに攻撃!」

 

ドクロバット・ジョーカーがぴょーんと飛び跳ねると、ハンマーを携えていたエクレシアの背後に着地し、そのまま勢いよく蹴り飛ばす。

背後からの不意の一撃に耐えられなかったエクレシアはそのまま地面に倒れ伏し消滅する。

 

「エクレシア!」

「アルバス、気持は分かるがあれはエクレシア本人じゃないぜよ」

 

エクレシアが蹴り倒されたことでアルバスが動揺するが、即座にムゼロが宥める。

 

「メイン2、私はペンデュラムスケール5の『慧眼の魔術師』とペンデュラムスケール8の『黒牙の魔術師』をセッティング」

「その瞬間に罠カード『ドラグマ・パニッシュメント』を発動。EXデッキからモンスター1体を墓地へ送り、墓地へ送ったモンスターの攻撃力以下の攻撃力を持つモンスター1体を破壊する。攻撃力2500の『旧神ヌトス』を墓地へ送り、1800のドクロバット・ジョーカーを破壊する!」

 

光が稲妻として降り注ぎ、ドクロバット・ジョーカーが稲妻に焼かれ姿を消していく。

 

「そして墓地へ送られたヌトスの効果で場のカード1枚を破壊する。『慧眼の魔術師』を破壊する!」

 

ヌトスが手にした槍を慧眼の魔術師が作り上げた柱に向かって投げる。

それが直撃した慧眼の魔術師のペンデュラム柱が粉々に砕け散り、光となって消える。

 

「さすがに通してはくれないか。ならスケール2の『賤竜の魔術師』を発動し、ペンデュラム効果を発動。EXデッキから『慧眼の魔術師』を手札に加える」

「その瞬間に永続罠カード『御前試合』を発動する。お互いのプレイヤーは同じ属性のモンスターしか場に並べることは出来ない」

 

シーアのEXデッキは闇属性のドクロバット・ジョーカー。

一方で慧眼の魔術師で光属性であり、同時に場に並ぶことが出来ない。

 

「しょうがないか。ならばペンデュラム召喚。EXデッキから甦れドクロバット・ジョーカー」

 

今度は腕を組み防御姿勢を取りジョーカーがシーアの場に戻る。

 

「カードを1枚伏せてターンエンド」

 

シーア LP8000 場 EXモンスターゾーン EM ドクロバット・ジョーカー 魔法・罠カード 黒牙の魔術師 賤竜の魔術師 セットカード1枚 手札3枚

 

「私のターン、ドロー。私は『召喚師アレイスター』召喚」

 

眼鏡をきらりと光らせ、ローブを来た魔導士がエクレシアの場に降り立つ。 ATk1000

 

「召喚に成功した時デッキから『召喚魔術』を手札に加える。そして魔法カード『ルドラの魔導書』を発動しアレイスターを墓地へ送り2枚ドロー。そのまま『召喚魔術』を発動。墓地のエクレシアとアレイスターを除外し融合召喚を行う」

 

アレイスターが墓地に眠っているエクレシアの顎をくいっと引き、エクレシアがぽっと頬を赤らませる。

 

「エクレシアぁ……」

「落ち着いてアルベル君」

 

アルバスが握り拳を作りアレイスターに殴り込みに行こうとするのをハスキミリアとオディアナ姫が慌てて止める。

シーアも思わず振り返りアルバスが暴走しないかどうかを確認する。

 

「出でよ『召喚獣メルカバー』」

 

下半身が生き物を模した戦車と合体した人型の魔物がエクレシアの場に降り立つ。 ATk2500

 

「そして除外ゾーンのアレイスターの効果発動。墓地の『召喚魔術』をデッキに戻して除外されてるアレイスターを手札に戻す」

 

アレイスターが再びエクレシアの手札に戻り、エクレシアが手札をちらりと見る。

 

「そして私の場にEXデッキから特殊召喚されたモンスターが存在してることで『教導の騎士フルルドリス』を特殊召喚する」

 

エクレシアの場に全身鎧で身を包んだ騎士が現れ、ドクロバット・ジョーカーに剣を向ける。

 

「バトルフェイズ! メルカバ―でジョーカーに攻撃!」

 

メルカバーが勢いよくジョーカーに突撃していき、手にした剣でジョーカーを切り捨てる。

 

「さらにフルルドリスでダイレクトアタック! その瞬間にフルルドリスの効果発動。ドラグマモンスターの攻撃力は500アップする。フルルドリスもドラグマモンスター、よって攻撃力は3000になる」

「永続罠カード『時空のペンデュラムグラフ』発動! 賤竜の魔術師とフルルドリスを破壊する」

「メルカバーの効果発動。手札の罠カード1枚を捨てて相手が発動した罠カードの効果を無効にして破壊する」

 

メルカバーが時空のペンデュラムグラフに剣を突き刺し、一気に切り捨てる。

 

「っ」

 

その瞬間にフルルドリスの剣がシーアを切り裂く。

 

「ああっ」

 

シーア LP8000→5000

 

「シーア!」

「姫様、大丈夫です」

 

オディアナがシーアを心配しやってこようとするのを制止する。

 

「メイン2、私はカードを1枚伏せてターンエンド」

 

エクレシア  LP7700 場 召喚獣メルカバー 教導の騎士フルルドリス 魔法・罠カード 御前試合 セットカード1枚 手札1枚

 

「私のターン、ドロー」

 

シーアがカードを引き、引いたカードを確認しにっと笑う。

 

「ペンデュラム召喚! EXデッキから出でよドクロバット・ジョーカー、手札からいでよ『相克の魔術師』!」

 

シーアのEXデッキからドクロバット・ジョーカーが飛び出し、手札から巨大な杖を携えた魔術師が出現する。

 

「一気に特殊召喚してきたね。だけどそうはさせないよ! カウンター罠カード『神の宣告!』 LPを半分支払うことで相手のモンスターの特殊召喚を無効にして破壊する!」

 

エクレシアの場に現れた白髭の神が手をかざすと、ドクロバットと相克の魔術師が消滅していく。

 

「これで逆転の目は潰したよ」エクレシア LP7700→3850

 

全員が不安な目でシーアを見るが、シーアがにっと笑う。

 

「いや、むしろ攻め時だ! 黒牙の魔術師のペンデュラム効果発動。メルカバーの攻撃力を半分にする」

 

シーアの場のペンデュラム柱となっていた黒牙の魔術師が飛び出していき、メルカバーの胴体に槍を突き刺し力を奪う。

 

メルカバー ATk2500→1250

 

「そして破壊された黒牙の魔術師の効果発動。このカードが破壊された場合、墓地から闇属性・魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。甦れ『相克の魔術師』!」

 

神の一撃を食らい消え去ったはずの魔術師が黒牙の力を受け甦る。 ATk2500

 

「そしてペンデュラムスケール5の『慧眼の魔術師』をセッティング」

「その瞬間にメルカバーの効果発動。魔法カードを1枚捨てて相手が発動した魔法カードの効果を無効にして破壊する!」

 

メルカバーが慧眼の魔術師に剣を突き立てようとしたが、相克の手にした巨大な杖から闇が放たれ、メルカバーをその闇で包み込む。

 

「『相克の魔術師』の効果発動。光属性のモンスター効果を無効にする。これでメルカバーの効果を無効にする」

「くっ……」

「慧眼の魔術師のペンデュラム効果。このカードを破壊して『黒牙の魔術師』をセット。そしてさっきと同じく黒牙の魔術師の効果発動。メルカバーの攻撃力を更に半減して墓地からドクロバット・ジョーカーを墓地から蘇生させる」

 

ドクロバットがシーアの場に再び舞い戻り、シーアににっと笑みを向ける。

 

「そして私は『EM 天空の魔術師』を召喚」

 

灰色の竜を模した鎧を来た魔術師が出現し、ドクロバット・ジョーカーと手を取り合う。

 

「天空の魔術師の効果発動。ペンデュラムモンスターが場にいるときに効果を発動した場合、エンドフェイズにデッキからペンデュラムモンスター1体を手札に加える。そしてLV4のドクロバットと天空の魔術師でオーバーレイネットワークを構築!」

 

――主に対し反逆する者は許さない――

 

「エクシーズ召喚! 出でよ『覇王眷竜ダーク・リベリオン』!」

 

シーアの場に緑色の光を放つ線で全身を包む漆黒の竜が現れる。 ATk2500

 

「バトルフェイズ。ダーク・リベリオンでフルルドリスに攻撃!」

 

ダーク・リベリオンが背中の翼を広げ、一気にフルルドリスに向かって飛んでいく。

リベリオンの顎がフルルドリスに直撃する前、フルルドリスが剣を顎に突き立てる。

 

「フルルドリスの攻撃力は3000。血迷った?」

「シーアさん!?」

 

アルバスが叫ぶが、オディアナはにっこりと笑う。

 

「ううん、シーアの勝ち」

「『覇王眷竜ダーク・リベリオン』のモンスター効果発動! ダメージ計算前にオーバーレイユニットを1つ取り除きフルルドリスの攻撃力を0にして、ダーク・リベリオンの攻撃力をフルルドリスの元々の攻撃力分アップする!」

 

ダーク・リベリオンの背中から雷撃が放たれ、その直撃を受けたフルルドリスがうなだれる。

そして顎に稲妻が集約し、受け止めていたフルルドリスの剣が砕け散る。

 

教導の騎士フルルドリス ATK3000→0

覇王眷竜ダーク・リベリオン ATK2500→5500

 

「この一撃で戻って来なさい!」

 

ダーク・リベリオンの一撃を受けフルルドリスの鎧が砕け散る。

その瞬間鎧から闇が噴き出していき、鎧の中にいた女性がゆらりと目を閉じ地面に倒れ伏した。

 

「きゃああああああああああっ!」 エクレシア LP3850→0

 

 

エクレシアの体から無数の闇が放出され、そのままエクレシアが倒れていく。

 

「エクレシアっ!」

 

アルバスがたまらず飛び出していき、倒れかけたエクレシアの体を受け止める。

 

「……アルバス……君?」

「エクレシア、大丈夫か?」

 

アルバスがぎゅーっとエクレシアの体を抱きしめると、ぼけっとしてたエクレシアが顔を赤くし、それでもアルバスのハグを受け入れる。

 

「うん……大丈夫。アルバス君は?」

「もちろん大丈夫だぞ。この人たちが助けてくれたんだ」

 

アルバスがハグを解き、オディアナ一行を紹介する。

 

「…………えっ?」

 

ムゼロを除く全員が女の子なのを確認し、エクレシアの目から再び光が失われる。

 

「アルバス君?」

「ご、誤解してるぞエクレシア! この人たちが僕たちを助けてくれるって言ってくれたからお言葉に甘えただけで!」

 

慌ててアルバスが弁解し、その様子をオディアナ一行は苦笑しながらも安堵しながら見つめていた。

 

「さてと、エクレシアさんも無事に助け出したことだし、今度はエクレシアさんとアルバス君を酷い目に遭わせたこの教団の人たちを倒しに行こー!」

 

ハスキミリアの言葉に全員が頷き、一斉に暗闇の道を歩き出す。

 

 

(……しかし、光の力を使ってる連中がエクレシアさんを操るのに使ったのが『闇』の力というのは……おかげで闇の力同士の反発でエクレシアさんを解放することが出来たが……どうしてもそこがひっかかる)

 

闇から解放されたエクレシアの背中を見ながら、オディアナと一緒にシーアは暗闇の道を歩いていた。

 

 



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