歌姫伝承〜ホロの異能大戦ストーリー〜 (炎駒枸)
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序章
1話 世界とアイドルと私


この度はこの小説を読みに来てくださり、有難うございます。ホロライブガチ勢にとっては多少不満があるかもしれませんが、その点に関してはご指摘していただけると幸いです。


 

 これは、存在しないとも言い切れない、全く現実味のない奇妙な世界の、奇妙な物語である――。

 

 

          *****

 

 

 とある少女には一つの大きな夢があった。

 正確には、一つと括るには大きすぎる夢だが、この場では一つとして置こう。

 

 その少女の夢の第一歩となるのが、アイドルになるという事だった。

 数多くの文明や、人間以外の種族が混在するこの世界の中でのアイドルは、決して簡単になれるものではない。

 というのも、容易にアイドルを始められても、それを評価する第三者が、多種多様すぎる価値観だからだ。

 夢を叶えるためには、その多種多様な価値観の中で一際輝き、その価値観の視線を釘付けにする力を必要とする。

 

 それでも彼女は、夢を諦めなかった。

 そして、遂に念願のアイドルになる事ができたのだ。

 まだ会社として本格営業がなされていおらず、所属アイドルもまだ彼女一人。

 少し他のアイドルグループやその会社たちとは運営方針が違うらしいが、そんな事お構いなしに彼女は一人心を躍らせていた。

 

 少女は、自分の夢を胸に小さな会社へと足を運んだ。

 ――将来、建設されるという、世界最大規模(名称未定)のアリーナで、誰よりも早くライブを開催する、その夢を持って。

 

 

          *****

 

 

 今日が初出勤。

 何をするのかまだ聞いていないし、漸く手にした希望を離したくないという感情が強いため、不安でいっぱいだった。

 だけどやっぱり足取りは軽い。

 今にも踊れそうなほどの軽やかな足取りで、心の中で鼻歌を歌いながら会社へと向かう。

 彼女は普通の人だし、今いるこの街も人を中心として栄えた街だが、やはりところどころに多種族の者も見られる。

 耳が尖っていたり、少し毛が生えていたり、背中に羽を持っていたり、独特な尻尾を揺らしていたり……。

 そんな彼ら彼女らで賑わう街はやはり都会らしく騒々しい。

 彼女が周囲を見て思う事はただ一つ。

 この人たち全員を釘付けにできる……私を見て、応援してくれるファンにできるような、そんなアイドルになってみせる。

 今は他人でも、将来絶対に仲間の一人としてみられるような自分になりたい、と。

 

 微かに微笑み、弱々しく吹いた風に攫われる茶髪をそっと撫で下ろすと、心がもっともっと踊った。

 突然歌い出したり、スキップを始めると不審がられるだろうが、少し笑うくらいなら誰だって咎めない。

 輝かしく眩しい太陽は今日も世界を照らしている。

 

 空に浮かぶ太陽、雲、見えない星たち……。

 

 今日ここから、ときのそらのアイドル人生が始まる。

 

 




これからはもう少し分量多めになります。
この先の登場キャラは、タグから推測できる方もいるかもしれませんが、楽しみにしていてください。
なお、既に述べたとおり、ホロライブ全員が登場するとは限りませんので、ご了承ください。

それと、消されてしまった場合は、そういう事なのだと思ってください。出来る限りは気を付けますが、可能性としては十分にあり得ますので。

それでは、有難うございました。


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第一章 何人集まるかな?
2話 会社設立にあたって


「失礼します」

 

 

 そらは元気よく扉を叩いた。

 外観は少しボロい感じの事務所だったが、中へ入って驚いた。

 まず事務所のある階へ上がった時に映り込んだ廊下の綺麗さ。

 建造物自体の汚れや微かな罅は散見できたが、それを凌ぐほどの圧倒的な綺麗さだ。

 廊下の汚れは丁寧に拭き取られ、隅から隅まで手入れが行き届いている。

 異動したばかりなのか段ボールが積まれているが、その段ボールの積み方も几帳面で通路の端、通行の邪魔にならない位置になるべく小さくまとめてあった。

 扉にも丁寧な字で「ホロライブ」とかかれた掛け札も付いていた。

 

 やはり、アイドル事務所というだけあって細かな手入れも決して欠かさない熱心さがある様子。

 そんな事務所からデビューできる事がそこはかとなく嬉しい。

 正しくアイドルだと思わせてくれるから。

 

 扉を開くと人がいた。

 勿論それは承知していたが、そこそこスペースのあるオフィスに複数の作業用機材が並ぶ中、中で作業をしていたのがたった一人だった。

 そらの入室に素早く反応し、抱えていた機材を置くとにこやかに笑って、

「どうも、いらっしゃい」

 と挨拶を返した。

 入社初日からメンチを切るような社員はいないだろうし、大抵の人間は第一印象を良くしようと心掛けるため、ここで第一印象をどうこう言っても特に何もないが、何となくこの人は親切そうに思えた。

 

 眼鏡をかけた青髪の女性スタッフさん。

 見たところ作業途中だが、今時間を貰ってもいいのだろうか?

 と、そう考えていたが、その女性は置いた機材をそのままにして優しい笑みを浮かべたままそらに歩み寄った。

 そして、

「こんにちは、ときのそらさんですね、待っていました」

 眼鏡をちょいっと触って整えた後、視線をそらへと向けた。

 声に優しさを感じる人だ。

 そう感じると同時にその人の服にも視線が向いてしまう。

 黒をベースとした服には水色で「ロゴ」と「hololive」と書いてある。

 社員の指定服なのだろうか……?

 ……ダサくはないが、なんとも評価しにくい上に触れにくい服だ。

 

 一瞬静まりかけるが、空気を悪くするわけにはいかないと、そらは咄嗟に口を開く。

 

「は、はい! 今日からこのホロライブのアイドルになります、ときのそらです、宜しくお願いします!」

 

 道中の軽やかな気持ちはどこへやら、そらは少し緊張し早口で声を大にして挨拶する。

 

「宜しくね、あ、私は友人Aです」

 

 ……。

 少し、理解に手間取った。

 

「……あ、ユージン・エーさんですか?」

「違います、『友人A』です!」

 

 少し言葉が強くなるが、怒ってはいない。

 予想していたリアクションだったのかもしれない。

 友人A(以後、えーちゃんとします)は持っていたメモ帳に同じく持っていたペンで、丁寧に「友人A」と記してそらに差し出した。

 とても変わった名前だ……と、しばし無言になる。

 

「それに関しては触れないでください」

 

 あ、心を読まれた。

 

「は、はい、分かりました……えっと、えーさん」

「みんなからえーちゃんって呼ばれてるから、そう読んでください」

 

 呼称に戸惑いを見せたそらに微笑で誘導する。

 

「はい、それじゃあ、えーちゃん」

 

 学校でもそこそこ友達の多いそら。

 持ち前のコミュニケーション能力を存分に発揮し、早速ちゃん付けの呼称を受け入れる。

 えーちゃんも「はい」と応じる。

 

「すみません、社長を呼んできますのでちょっと待っててもらえますか?」

 

 だが、その次には少し申し訳なさそうに頭を下げた。

「あ、はい」

 そらが答える頃には既にえーちゃんは扉を開けていた。

 最後にもう一度すみませんと言って扉を閉めると、足音を遠ざけていく。

 

「……」

 

 一人になってしまった。

 誰もいないアイドル事務所なんてあるのだろうか?

 それともやっぱり設立開始間も無くだと普通なのかな?

 でもそう言えば、応募要項でも面接でも、少し特殊なアイドル事業との説明だったかも……。

 もしかして、変なところに入っちゃったのかな……?

 

 奇妙な空気に段々とネガティブ思考を強めていくそら。

 それでもやっぱり、持ち前の明るさで気を立て直す。

 そんなことない!と気持ちを震わせ、服の皺や髪の乱れを整える。

 そして、その完了と同時に再び扉が開いた。

 どうやらえーちゃんが戻ってきたようだ。

 しかしながら、その背後に社長の姿はない。

 面接の際に一度会っているため、そらにも顔は分かる。

 

「すみません、今忙しいようで……」

 と、謝罪から入る。

 

「代わりに私が説明しますから、どうぞ荷物を置いて座ってください」

「はい」

 

 えーちゃんの促すままに席に座り、持参物をデスクの脚のそばに寄せた。

 椅子の座り心地がとても良かった。

 そう思い、少し周囲を見直すと、ようやく気付く。

 並んでいる椅子もデスクも、全て長時間労働用の道具だ。

 長時間椅子に座ることを強いられるようなチェアーに、画面が三つもあるゲーミングパソコンのようなもの、そして一つのデスクにはいくつかのものが置けるスペースがある。

 床を見れば配線もぐちゃぐちゃしていて物凄く複雑そうだった。

 

「えーっと、それじゃあときのそらさん」

「はい」

 元気よく返事、これ大事。

「ゲームとかって好きですか?」

「……え?」

 

 残念ながら、大事と胸を張ったことを早速忘れてしまう。

 突然無縁そうな話に持っていかれて、硬直してしまった。

 な、なぜ今ゲームの話を……?

 

「すみません、一応関係のある事なので」

 

 えーちゃんがそらの内心を察して先回りするとそう付け足してくれる。

 

「は、はい、まあ、結構好きですけど……ホラーとか」

 

 話の流れのままに言葉を選んで答える。

 ホラーの単語にえーちゃんは少し反応したが、そんな事は一切気にならなかった。

 

「歌とかは?」

「大好きです」

「じゃあ、友達との雑談とか、テレビを観るのは?」

「お話はよくします。テレビもアイドルのライブとか歌番組とかはよく見てました」

 

 なるほど、と小さく呟きながらえーちゃんはメモ帳にサラサラと何かをメモしていく。

 まるで面接のようだ。

 

「あの……これってどんな意味が……」

 

 杞憂だと信じていた事が次第に現実味を増してきて、流石に聞かずにはいられなかった。

 小さく挙手してそらは物申す。

 

「今から説明しますね」

 

 そういうと、えーちゃんは近くに置いていたパソコンを開きカタカタと何かを打ち始める。

 待つこと約1分、えーちゃんが開いたパソコンの画面を、対面するそら側へと向けてマウスを一度右クリックする。

 

『初めまして〜、初めまして〜、彗星の如く現れたスターの原石、ソロアイドルの星街すいせいでーす』

 

 すると、突如動画が再生されて、そんな可愛らしい自己紹介が聞こえてくる。

 一瞬音量に驚いたが、それを誤魔化すように視線をパソコンの画面へと移した。

 

『…………』

 

 その後も動画は進み続けるが、そらが最も注目したのは題名と名前だ。

 題名は「星街すいせい」初配信。

 名前はそのまま「星街すいせい」だ。

 えーちゃんの濃い青髪とは対照的に、空色のような明るい青髪でサイドテールを一つ作っている。

 そして、よくよく見ると蒼い目には天然の白い星形が存在していた。

 とても可愛らしい声をしており、その声で動画を配信しているようだった。

 

「この子は最近配信活動を始めたアイドルで、星街すいせいって言うんですけど、どう思いますか?」

 

 なんとも抽象的な質問をされる。

 これは試されているのか、と身構えながらも、どう対応するべきか浮かばず結局思ったままを口にする。

「可愛いと思います。パッと見アイドルらしさが色濃く出ていますし」

 そら自身、率直すぎる感想だと思った。

 素直すぎて逆に上手く良さを伝達できていない。

 

「ときのそらさん、貴女にはーーいえ、当会社のアイドルはアイドル活動と合わせてこの配信活動もしてもらいます」

「え、えええっ!」

 

 驚愕しデスクをバンっと叩きつけて、そらは身を乗り出した。

 驚くそらに逆に驚くえーちゃん。

 衝撃に眼鏡が少し傾き、そらの身に付けていたリボンも少し歪む。

 驚きあい、沈黙して見つめ合う二人。静まり返った室内で時計の秒針がカチカチと音を鳴らしている。

 

「ご、ごめんなさい……でも、私、配信なんてしたこと……」

 

 時計の律動に耳を傾けているうちに冷静さを取り戻したそらはゆっくりとチェアに腰を下ろして自身の不適合さを提示する。

 ハッキリ言って、歌って踊って、上手くいけば握手会とか、くらいにしか考えていなかった。動画の編集技術も、配信方法も、ましてやどう映って、どう投稿すればいいのかなども分からない。

 

「大丈夫です。初めのうちは人も少ないので私たちがサポートしますから」

「そ、そうなんですか……?」

「はい、動画配信に関しては、私たちが主にリードしますので」

「ま、まあ……それ、なら、いい、ですけど……」

 

 ある程度のサポートが入るならと妥協を見せるが、その返事はどこかぎこちない。

 それに、えーちゃんも私たちと称しているが、えーちゃん以外に誰がいると言うのか。

 まさかこの会社の人員は社長を含めてまだ二人なのか?

 そして自分で三人目……。

 不安が積もりに積もる初出勤。

 軽かった気持ちがどんどんどんどん重くなっていく。

 

「ああ、それと……」

「……はい」

 

 更に言葉を続けるえーちゃん。

 一瞬、まだ何か……と嫌悪感を見せかけたがグッと堪える。

 印象大事、印象大事!

 それに何より、私はアイドル!

 

「社長が今必死にメンバーを集めているんですけど、中々知られない道なので人が集まらないんです」

「まあ、はい、私も知りませんでしたし」

 

 えーちゃんの発言にたった今起きた実体験を例に挙げる。

 

「ですので、もし……あ、無理にする必要はないんですけどね、もし可能であれば、誰か数名をスカウトしてきてくれませんか?」

「す、すかうと、ですか?」

「はい」

「どんな人を?」

 

 キョトンと可愛らしい目でえーちゃんを見るそら。

 理解が追いつかないまま話を進めているように見えた。

 

「それはときのそらさんの独断でどうぞ。見た目が可愛いでも、聞いた声が綺麗だったでも、ゲームが上手いでも、動画配信に情熱を持っていたでも……他にもたくさんあるでしょうけど……」

 といくつか列挙し指折りで数えていく。

 

「まあ、これは言った通り必ずではありませんけど。将来的に人をたくさん増やしたいと思っているので、もしスカウトできたら、ユニットとかも組めるようになるかもしれません」

「ユニット……」

 

 その単語にそらは微かに反応を示した。

 ユニットを組みたいという欲望はあった。

 人と話す事が好きな分、やはり仲間と共にステージに立てばソロライブとの景色の差は格別だろう。まあ、まだソロライブも開いた事がないが。

 とにかく、仲間は欲しい。

 その欲情故に、そらは当然のように決めた。

 

「分かりました、探してみます!」

 

 威勢のいい声にえーちゃんもうんうんと笑って頷く。

 

「それじゃあ今から仕事の打ち合わせとかその他諸々の話するからこっちに来てくれる?」

 

 面接のような時間が終わり、ようやくアイドルらしい仕事へと移る。

 途端にそらは体が軽くなり、はいっと大声を上げて席を立った。

 そして、えーちゃんに連れられて初めての仕事を体験した。

 

 




 続けてこちらも読んでいただきありがとうございます。
 作者です。
 星街すいせいさんについてですが、結構悩みました。
 そもそも、登場させる方全員そうなんですが、デビューのタイミングをリアルと合わせるか悩みに悩んでいて、それで結局全ては合わせないことにしました。
 まあ、理由として後から登場させることを決めた場合や作品の都合上順番通りは難しいなどなどありまして……。それでここにこれを記したのも、デビューの時期についてここで触れておかないと、例えばここでそらの次に突然五期生でも出てこようものなら、あ、ほかの方は出ないのかな?なんて思われそうだったので……。
 えーちゃんも実際とは色々違ってしまうわけですし……。

 もしこの設定についていけないと言う方は見限ってくださって結構です。
 結構なのですが、できれば読んで欲しい!最後まで!

 よっしゃ!
 ここからが登場ラッシュになるでー……多分。
 頑張ります。

 それでは、有り難うございました。


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3話 はじめてのオフ1

 

 そらが入社して一週間が経った。

 

 まさか初出社日から突然自己紹介動画を上げることになるとは思っても見なかったが、あの時の動画撮影は楽しかった。

 僅か5、6分程度の短い紹介動画だが、逆にコンパクトにまとめられてよかった。

 そして、配信する利点についても理解できた。

 それは、動画がほぼ永続的に残るので、いつでも見直せるし、数ヶ月後に知った場合でも、初配信や紹介動画を見る事が可能だ。

 

 その2日後には初めての配信。

 初めは雑談配信をした。

 始めたばかりだと言うのに、数多くの視聴者がいて正直驚いていた。

 目の前にいないのに、なぜか近くに感じられる。

 コメントが流れる様子を見て、そしてそのコメントの内容を見て、世界の暖かさを実感できた。

 

 歌ってみた、も投稿した。

 有名な曲をカバーして投稿すると、やはり曲の人気度もあって再生回数が飛躍的に伸びた。

 コメントには、歌声が綺麗、歌声が可愛い、歌い方が上手などの能力的な点を褒める人から、MVに感動した、絵が綺麗、曲の微かなアレンジが素敵、などの細かい点を称賛するものもあった。

 

 通っていた学校の友達からもメールを貰ったし、初めてのファンレターも早速届いた。

 アイドルの実感が持てたその瞬間は何よりも嬉しかった。

 大きなライブはまだ決まってないけど、近々動画配信のライブはできるらしい。

 夢に向けて、まだまだ足を止めていられない。

 

 

 だけど、今日と明日はオフ。

 えーちゃんに言われたため、少し変装して出かけることにした。

 特に目的はなく、もし面白そうな子がいればスカウトしてみようと考えている。

 

 

 とは言え、オフはオフ。

 取り敢えず今日の計画は、まず神社巡りでもしてお参りしつつ、いい時間になったら猫カフェにでも行こうと考えていた。

 神社に行くときは決まったルートがあった。

 周辺の神社はすでに巡り尽くしているため、周回に時間はかからない。

 まずは商店街を通る。

 大勢の人で賑わう通り。

 幾つもの店で呼び込みが行われ、一部のセールに大勢の客が押し寄せている。

 

「ああ、あああああっ……もぅ……」

 

 ふとそこでそんな叫び声とため息が前方から聞こえた。

 人混みの中見てみると一人の少女が幾つかの食材を落としてしまっていた。

 何故だか知らないが、周囲の人々は手を貸そうとしない。

 異様な服装をしているからだろうか?

 確かにこんな街中を今時()()()()で歩く人なんてまずいない。

 近付き難いと言えば近付き難い。

 けれど、困っているようで放っておけなかった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 そらはそっと駆け寄り、転がった野菜を拾い集める。

 そしてそっと差し出して表情を見ると、相手は顔面蒼白になっていた。

 

「だ、大丈夫ですか⁉︎」

 

 余計に心配になり、更に声を大きくした。

 彼女は拾いかけていた野菜を手からポロポロと落とし「あ、あああ、ああああ」と喉を震わせる。

 絶対に大丈夫じゃない、そう確信した。

 

「あ、だだ、いやっ、あの、だい、ああ、いえ、はい……」

 

 ガタガタと震えながら少しずつ身を引いていく。

 何かに怯えるような有様だ。

 まるでそらがその恐怖の対象であるかのような光景。

 

「だ、大丈夫です!」

 

 バッとそのメイドは立ち上がり、逃げるように去っていく。

 

「あ、待って!」

 と声を張っても、逃げ足の速さが異常で、既に見失ってしまった。

 

「…………」

 

 そらは一人残されてしまう。

 手には拾ったままの野菜、地面にも拾われていない野菜。

 

「どうしよう……」

 

 もはやどこへ逃亡したのか見当もつかないメイドを追うことは無謀だ。

 しかしお金を払って買ったものをここに置いていくわけにも……

 

「あ、あのー……」

 

 そこに突然正面から影が差し、一人の少女に呼びかけられる。

 綺麗で可愛らしい声に、はい!と声を上げて視線を向けると、そこに一人の獣人がいた。

 丁度屈んでいるため逆光で姿が見えにくいが、恐らく頭に付いているのが耳だ。

 獣人は世界にもたくさんいるが中々話す機会がない。

 学校も基本的に種族でクラス分けされており出会う機会が極端に少ない。

 勿論、話そうと思えばいくらでも話せるが、そらはアイドル一筋だったため放課後等は推し活に時間を使っていた。

 

「はい、なんですか?」

 

 立ち上がり視線を合わせると、少し緊張した態度が目に映った。

 少し紅潮しながら白い髪と耳を揺らしている。

 そらは緊張されることに緊張し、自分が何をしたのか非常に不安になる。

 

「あの、と、ときのそらさんですよね?」

「へ? はい、まあ……」

 

 思わず肯定してしまった。

 しかし瞬時にその判断が失敗だったと自覚する。

 自ら肯定してしまっては変装した意味がなくなる。

 認知度こそ高くないが、数少ないファンはこの世界のどこかにいることを忘れてはいけない。

 

 そらの肯定に合わせて少女の表情が笑顔になる。

 逆光を凌ぐほどの笑みでそらを見つめて、

 

「やっぱり! 私ファンなんです! そらともです!」

 と詰めてくる。

 

 声は周囲の喧騒に紛れてそう響いてないが、こんな大勢のいる場所でこの話は続けられない。

 

「あ、ありがとう……でもごめんね、あまり人のいるところで……」

 と、上手くその場から退散しようとするが、

 

「あ、違います、握手とかじゃなくて、さっきの人のことで!」

 と逆に気を使われる。

 さっきの人のこと……つまり、メイドの人だろうか?

 

「え、あの人の?」

「はい!」

 

 まさか行き先がわかると言うのだろうか?

 だとすれば、是非ともこの荷物を返してあげたい。

 

「あの人この辺だと割と有名で、よくドジする駄メイドなんですよ」

「だ、駄メイドって……」

「しかもそのくせコミュ障で、さっきみたいに人に話しかけられると逃げちゃうんですよ」

 

 なるほど、と失礼ながらも納得してしまう自分がいた。

 道理で周囲の人が手助けしないわけだ。

 過去にも数度似たような事が起こったのだろう。

 商店街の人々はそれを認識しているからこそ手助けしなかったのだ。

 でも、例えば同じ人がいつも根気強く優しく接してあげれば、いつか打ち解けそうな気はすると思うが……。

 メイドをやるくらいなら、それくらいの能力程度は保持していそうだ。

 

「あの人の行き先って分かる?」

 

 少し悩んだ素振りを見せて、そらは少女に尋ねる。

 神社巡りはできなくなるかもしれないが、やはりこの荷物は返してあげるべきだ。

 

「はい、なんとなく予想は付きます」

「あ、それじゃあーー」

「私が行きます」

「え、いやでも……」

「あの人コミュ障なんで、二人で行くとまた逃げると思いますから」

 

 丁寧に断りを入れて一人でいくことを提案してくれる。

 もしや、これから仕事だと勘違いしているのか?

 でも、確かに彼女の発言は一理ある。

 とすると予想のつく彼女に任せるべきかもしれない。

 

「えっと、それじゃあ悪いけど……」

「はい、任せてください」

 

 途中まで言いかけると、少女は元気にそらの持つ荷物を取ってその場を去ろうとする。

 振り返るとふさふさの主に白い尻尾が初めて目前に現れる。

 おおぉ……、と思いながらその尻尾を見ていると、彼女は頭だけ振り返り、

「あ、私、白上(しらかみ)フブキっていいます」

 そう言うと、メイドが消えた方向と同じ方向に走り去って行った。

 

「しらかみ……しらかみ……」

 

 彼女の名を記憶のどこかで見た覚えがして何度か呟いた。

 その名前がファンレターに記されたものだとしったのは次の出勤日だった。

 

「……ん?」

 

 一難が去り、また歩き始めようとすると、地面にあと一つだけ野菜が落ちていることに気付いた。

 あっ、と叫んで慌てて拾おうとしたその時ーー

 シュバッ、と何かの小動物がその野菜ーー正確にはニンジンを盗み取った。

 

「あっ!」

 

 その正体は白くて丸い兎。

 どこに足があって、どう跳躍しているのかわからない形だが、そんな兎がニンジン一つ咥えてぴょんぴょんと商店街を飛んで行く。

 思わず追いかける。

 見た目通り移動速度は速くないが、人と同じほどの速度で逃げていく。

 そらも運動が得意なわけではないため、必死に走ってやっと距離を保てる程度だ。

 しばらく追い続けるうちに、段々人気がなくなり、風景も変わっていく。

 やがて辿り着いたのは人気のない小さな公園。

 遊具も僅か二つでブランコと滑り台のみ。

 あとはベンチ。

 周囲には草むらや木があり、少し外れ地域に足を踏み入れたようだ。

 

「……こ、ぺこ……」

 

 ふと公園の隅から話し声が聞こえた。

 笑っているようにも聞こえる愛嬌のある声が微かに響く。

 ニンジンを咥えた兎もどうやらそこへ向かったようなので、恐る恐る接近した。静かに、身を潜めながら。

 

「あ、ニンジンくれるぺこ? ありがとぺこ~」

 

 茂みに隠れ、その姿を目にしそらは仰天する。

 うさ耳を生やした三つ編みの獣人がそこにはいたのだ。

 いや、問題はそこじゃない。

 少し太くて丸っこい眉毛も気になるが、何よりは三つ編みツインテールに刺さったニンジン。

 そして、その少女にニンジンを献上する先程の盗っ兎(盗っ人)。

 

「ん~、やっぱりニンジンうめぇぺこだな~」

 

 献上されたニンジンをカリカリと齧りながら周囲の小さな兎たちに笑顔を振りまく。

 異常な様相に目を剥きながらもその笑顔の可愛らしさには素直に見惚れてしまった。

 出て行こうか数秒悩んだそらだったが、目的のニンジンも食べられてしまったし、何より接触しない方が安全だと判断してその場を静かに退散した。

 

 

           *****

 

 

 一見危険そうなウサギの集団から離れ、そらはとある神社を訪れていた。

 神社自体はそこそこ大きいが、山奥にあるためあまり人の来ない神社だ。

 おにぎり屋さんの前から始まる山道を少し歩いて、石段を登り、境内に入る。

 やはり人一人いない。

 ぱっと見神主もいないようなので、何となく嬉しかった。

 勿論人と話すことは楽しいし、人は嫌いじゃないけれど、この山の中に一人で立って自然を感じることも嫌いではない。

 寧ろ大好きだ。

 心地よい山風を浴びながらそらはゆったりとお参りに向かう。

 小さな川のにかかった小さな橋の上を渡り、神前へと行くと5円を取り出して賽銭箱に投げ入れる。

 黙って神にお祈りした。

 

「……しけてんにぇ」

「っーー!」

 

 突如誰かに罵倒された。

 突然何者かに愚痴られた。

 周囲を見回し、声の主を探すが、人の姿はどこにもない。

 

「……?」

 

 不思議に思い首を傾げたそら。

 言葉の内容は酷かったが、驚きの方が強かったため不快感は然程ない。

 そらは気味悪くなりそそくさと神社を後にした。

 

 その帰り道、昼食時になりお腹が空き始めたので、山道のそばにあったおにぎり屋さんに入った。

 

「いらっしゃいませー」

 

 入店すると店番の女の子に挨拶された。

 軽く会釈だけして並べられるおにぎりを見る。

 店番の子は猫耳を生やした紫髪と紫の瞳をした獣人だった。

 今日は何かと獣人との遭遇運が凄いらしい。

 

「う~ん……」

 

 そらは様々な種類に目移りし少し悩む。

 その間にまた一人、来店者があった。

 

「いらっしゃいませー」

 

 入店のベルがなって気になったので入り口を振り返ると、またしても獣人の女の子がいた。

 次に遭遇したのは犬だった。

 茶色の垂れ耳に小さいお下げの茶髪、尻尾も当然茶色だった。

 今日が獣人記念日になりそうなほどの遭遇率。

 そらはこの先も何かあるとついつい思ってしまった。

 

 入店したイヌ科の少女は迷わずにおにぎりを三つほど選んでレジに向かう。

 そばで見ていたので当然何を選んだのかもよく見えた。

 常連さんだろうか?

 

「430円です」

「…………」

 

 レジ打ちも早く、イヌ科の少女は財布を取り出す。

 

 店番のネコ科の少女はそれを見つめていたがやがて、

「キミ、よくうちに来るよね」

 と語りかけた。

 

 そらの予想通り、やはり常連のようだ。

 ただ、見たところによればレジのやり取り以外での会話はほぼ初めてだろう。

 話し掛けるきっかけになるほどの常連が選ぶおにぎりか……と、そらは彼女の選んだおにぎりを一つずつ手にする。

 その間も彼女たちの時間は動いていた。

 

「え、あ……はい……おいしいです、ここのおにぎり……」

 

 話されると思わなかったようで、常連の方は視線も合わせずに財布から500円を急いで取り出す。

 

「そう? ありがとう」

 

 店番の少女は見ていない目の向かって優しく笑いかけた。

 

「70円のお返しになります」

 

 お釣りとレシートを受け取ると常連さんは会釈して帰っていった。

 

 そらもそれに連なるようにしておにぎりを購入して店を後にした。

 

 




 今回も読んでくださり感謝しております。
 作者です。
 さて、今回でババーンと数名のキャラをチラッと登場させました。
 誰がいつ加入してくれるのか、はたまた加入はしないのか……。
 まあ加入はするでしょうね。
 でもどのタイミングで加入するかは秘密です。
 さて、次回もいっぱいキャラを登場させるぞー。
 あと、やっぱりホロライブとしてギャグは欲しいよね……。
 できるかなー?
 まあ、次回にご期待……かな?
 ストーリーもこの先ガッツリやっていきますから、気長にお待ちください。
 あ、それと、一応言っておきますと、毎日投稿の予定はありませんのでそこはご理解を。

 それでは、ありがとうございました。


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4話 はじめてのオフ2

「てってってってっ、てっててっててっ、てってってってっ、てっててっててっ…………」

 

 ご機嫌な様子でリズムを取りながら人気のない道を歩くそら。

 最後の神社も参拝を終えて、現在は猫カフェに向かう途中。

 人混みの中ではこうも簡単に声を出しはしないが、周りに人っ子一人いなければ唄いたくなる。

 これは誰しも経験した事だろう。

 今から向かう猫カフェはここからそう遠くはない海の近くにある。

 この道や、カフェの側の砂浜にはあまり人は立ち寄らないが、カフェそのものは大通りを曲がった位置にあるので割と目立ち、それなりに有名である。

 

「てってってってっ、てっててってーーいてっ!」

 

 唐突に、頭に何かが降ってきた。

 

「ったたた~……何……? 本?」

 

 頭に衝突し地面に落ちた落下物を拾い上げる。

 見た瞬間に本だと分かったが、見た目が黒々としていてなんとも禍々しい書物だった。

 頭上から落ちてきたにも関わらず、綺麗に閉じられており不気味さを覚えた。

 頭上を見上げるが、そこには快晴の空があるだけ。

 雲もなければ、影だってない。

 空高くにもし飛行機があって、そこから落下してきたのだと仮定すると、そらはまず助からない。少なくとも、痛いでは済まない。

 どちらが表紙かと表裏も分からずクルクルと見ると、両面に薄く細い線で魔法陣が描かれていた。

 ぱっと見魔法の書物だが……。

 この世界に魔法があることは知っている。

 知っているが、それを扱える者は世界に100人に満たないとも言われるほど特殊な力だ。

 人生の中での遭遇率は極めて低い。

 

「いやいや、まだ決まってないしね」

 

 かぶりを振って即決を阻止し、そらは真実を確かめるためにその本を開こうと手をかける。

 

「ん? んっ! ふっ……!」

 

 一度ページを捲ろうとすると手が滑って開けなかった。

 もう一度、少し強く持つと手は掛かったが、何故か本がびくともしない。

 どんなに力を加えても、持てる限りのパワーで引き千切るようにしてもその本は中身を見せてくれない。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」

 

「ひゃっ‼︎」

 

 急な絶叫に耳を貫かれ、そらは本を投げ飛ばして肩を跳ねさせる。

 

「ちょっと~~!」

 

 声のする方を恐る恐る向けばそこには一人の少女がいた。

 少し怒り気味の表情で近づいてきて、そらが投げ飛ばした本をパッと拾った。

 

「ちょっと~、他人の本を無理矢理開けようとして破くとかやめてよ~、マジでさーあー」

 

 本をパラパラと捲り、破損箇所がないかを確認する。

 そして、一切の変化が見られないことに安堵するとそらの顔を見て、

「今回は破れてなかったからいいけど、今度からは気を付けてよ」

 と忠告し、そそくさと去っていった。

 

「…………」

 

 通路の先の角を曲がっていく少女の背をじっと見つめて、呆然としていたそらは、少女が何故本を開けたのか不思議でならなかった。

 あれほど固かった本をあんな華奢な体で……。

 外見も普通の少女、感じる雰囲気や衣装等も含め、特に目立つ点はなかった。

 

「…………」

 

 まあ、世の中には不思議がいっぱいということだ。

 適当に自己完結させてカフェを再び目指す。

 

 

 やがて猫カフェに着いた。

 1時間ほど堪能したが、それを事細かに説明してもつまらないだろうし、説明がしにくい。

 ただ単に余暇を小動物との戯れによって埋めただけにすぎない。

 寧ろ、晒すべきはその後。

 

 カフェを出て、ぶらりと砂浜を歩いた時だ。

 波打ち際で潮風を受けようと砂浜へ向かう途中、微かな波の音を遮るように爽やかな弦楽器の弾ける音が耳に届いた。

 潮風を求めていた足が、途中からその音を求めて歩いていることに気がつく。

 囁くような心地よいリズムとメロディー。

 そして何より、目の前に見え始めている砂浜と海がその音の本質とも言えるような部分に直接作用しており、頭の中を様々な妄想が跳ね回る。

 

 視界が開け、砂浜が目の前に広がった。

 だが、一目散に目に飛び込んできたのはそんな景色の中に座る、一人の少女。

 遠くて分かりにくいが、何かしらの動物の耳。

 主に黒い髪。

 まるで神様かのような神々しさと、それに見合った、けれども華々しい装い。

 そんな素敵な少女?女性?が何かしらの弦楽器を奏でている。

 少しずつ歩みを進め、その人に近づくと当然相手側もそらに気付く。

 しかし、演奏の手は止まらず、どんどん音が大きくなる。

 相当の距離まで接近すると、自分が音に引かれた理由がわかった。

 その楽器が、ウクレレだったのだ。

 そらはピアノが弾けるが、それと同時に実はウクレレにも興味があった。

 ウクレレは練習中で、上手く弾けるわけではないが、結構気に入っていた。

 そして目の前の少女も……。

 

「こんにちは」

 

 突然、手の動きを止めて挨拶した。

 

「こ、こんにちは」

 

 言葉をつっかえさせる。

 外見年齢はそらと同じくらいだが、雰囲気が大人だ。

 なんとも素敵な女性だ……。

 

「ウクレレ好きなの?」

「はい……」

 

 親切さのある微笑に見惚れて、返事の声が弱くなる。

 さぁっ、と潮風が吹くと、二人の髪が優しく撫でられる。

 ざぁっ、と波が寄せると、二人の心がそれぞれ和んでいる。

 

「ウチも今練習中なんだけど……なんかいいよね」

「わかります! うまく説明できないけど、なんか素敵ですよね」

「うんうん」

 

 何故か意気投合して笑い合う。

 今日の出会いの中で最も心地良い出会いだった気がする。

 

 その後は、彼女のウクレレを聞きながらを時を過ごした。

 特に何か話したわけではないが、非常に充実した時間だったと思える。

 

 

 結局その日はそれでお終い。

 そして翌日も大きな出来事はなかった。

 強いて言うなら、誰にもスカウトできなかったことだけだ。

 

 

 そんなこんなで、2日のオフはあっという間に過ぎ去っていった。

 

 

 そして、出勤日。

 早朝から事務所に呼ばれ、そらはウキウキしながら向かっていた。

 打ち合わせの内容が既に報告されているからだ。

 最近はえーちゃんとも打ち解けて、互いに名前で呼び合う仲にもなった。

 

 主要人物が集まると打ち合わせが始まる。

 

「じゃあ早速、初ライブについてですけど、開催地はエルフの森になりました」

「おおー、エルフの森!」

 

 初ライブのロケーション報告に目を輝かせて喜ぶ。

 世界は広い。

 そのために、そらにも未開拓の地はいくらでもあった。

 天界や魔界を始めとした様々な未開拓の地の内の一つがエルフの森。

 初到達の地で初ライブだなんて、最高すぎる。

 

「嬉しそうで何より」

「そりゃあ勿論! 絶対楽しいライブにするからね」

「うん、異論も無さそうだし、この話はもういいかな」

 

 本来、この場でそらの意見を聞き、その意見を尊重して打ち合わせを進めていくのだが、彼女が既に満足そうなので、その点は省略された。

 

「じゃあ今度は本題」

「……? これが本題じゃないの?」

 

 えーちゃんの発言にキョトンとする。

 しかし、そんなそらを置いてえーちゃんは扉の外に向かって「入ってきて」と声をかけた。

 

 ガチャッと扉が開き、現れた者が最初に発した言葉、それが、

「はろーぼー、ロボ子だよー」

 だった。

 

 



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5話 影で蠢く

 

「ロボ子さんは、社長のスカウトで入社したアイドルで、ポンコツロボットだそうですよ」

「ボクは高性能です!」

 

 登場早々、えーちゃんの手厳しい評価に鋭く反論するロボ子。

 

「えっ、えっ、ってことは、最初の仲間ってこと?」

「そう、だからそらはちょっとだけだけど先輩としてよろしくね」

 

 そんなやり取りには目もくれず、そらはただ仲間ができたことに歓喜する。

 早速そらはロボ子に接近した。

 

「私、ときのそらっていいます。ロボットって事は、腕とか取れたりするんですか?」

「勿論、高性能だからね」

 

 そらの輝く目に嬉しそうに応じて右腕を回す。

 すると、それらしい機械音を立てて腕が外れる。

 取れた部分の接合部から、それが本当に機械である事は一目瞭然だった。

 機械人間なら腕が取れることなんて当然だが、それを高性能と自称するあたり、あまり高性能とは思えないが、そんな事はどうでも良かった。

 

「じゃあ、そのメガネには何か機能があるんですか?」

「ないよ」

「へえー、高性能なのに目が悪いんですね」

 

 そらが意図せずにロボ子を挑発していた。

 それを意識的な発言と捉えたロボ子は、対抗するように、

「ボクのこれは伊達メガネだから」

 とそのメガネを下ろした。

 

 意図しない安い挑発に乗ってくるあたりも含め、やはり高性能とは思えない。

 ポンコツとは断定できないが、高性能は誇張表現だと思う。

 

「一応まだ打ち合わせだから、そらもポンコツさんも座ってくれる?」

「はい」

「ロボ子です!」

 

 えーちゃんの指示にそらはいつも通りに、ロボ子は少し頬を膨らませて答えると席に着く。

 ロボ子はメガネをかけ直しその位置を丁寧に整えると未だに膨れたままえーちゃんの方を向く。

 

「えー、今日からロボ子さんがメンバーとして加わったわけですが、現在ホロライブではオーディションの方も進んでいます」

「「オーディション‼︎」」

「はい、何名を受け入れるかは未定ですが、その中から数名が更にメンバーに加わると思って結構です」

 

 これから後輩が増えると言う通達にそらもロボ子もテンションが上がる。

 声を出しきれないような表情で目を光らせてえーちゃんを見つめる。

 

「そして、今回のライブはそらの単独ライブですが、それぞれのメンバーの単独ライブに加え、コラボライブ等も検討しています」

「ーー!」

 

 もはや本当に声も出ない。

 そらはコラボと言う言葉の響きに絶句している。

 ロボ子は単独ライブもまだ決まっていない上に、配信すら一度もしていないのであまり実感が湧いていない様子。

 まあ、そこは日を重ねるにつれて現実味を増してくるだろう。

 

「恐らく、そらの初ライブよりも前にオーディション結果も新メンバーも入ってくるだろうから、それだけは知っておいて」

 

 最後にえーちゃんは何かを忠告するようにそらに向かって言った。

 きっとライブ前日にはしゃぐな、と言う意味だろう。

 

「それじゃあ今日は解散、各自仕事や練習に行って」

「「はい」」

 

 

 

          *****

 

 

 

 とある闇の世界。

 魔界とは違う、闇の中の闇。

 決して別世界ではないが、そこはまさしく闇と呼べるに相応しい。

 

「おい、何をやっている。早く行ってこい」

 

 複数の男女で構成された、組織のような何か。

 その蠢く何かの、誰かが怒っている。

 

「例の魔導書と四石を探してこい」

 

 周囲の仲間に命令するが、まともに従おうとするものは少ない。

 

「いやいや、探しにいって簡単に見つかるもんじゃないっしょ、それ?」

「そうじゃぞ、そもそもワシらは何の手がかりも持っておらん、探そうにもあの土地を巡れば人目につく。それは危険じゃとお主も分かっておるじゃろ」

「そうねぇ、だから他人に行かせてぇ、自分は逃げるのねぇ」

 

 寧ろ、反発する声が多い。

 

「手掛かりならある」

「……ほう?」

「文献を漁ったところ、過去に一度四石の一つが盗まれる事件があった」

「それでぇ?」

「その時、石が隠されていた場所は南門側にあった元世界一のテーマパークの地下」

「ああ、昔潰れた場所だな?」

「そうだ、そして盗まれた石は返還された後、その付近にまた戻されたらしい」

「…………なるほど、たしかにそれなら探せるのう。じゃが何故そんな大事を今まで見逃しておったんじゃ?」

「知るか、俺の知ったこっちゃねぇよ」

「……でもだとしたら、何となぁく全ての石の在処はある程度範囲を絞れるわねぇ」

「まあ言いたい事は分かるな、んじゃもう面倒だし、一人一箇所行ってくりゃいんじゃね?」

「そうじゃのう」

 

 闇に蠢く四人がその地を離れ、遠く離れた一つの国を目指した。

 彼ら彼女らの、私利私欲のために。

 

 



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6話 欲しい「モノ」は

 少女は昔からそうだった。

 他の人に比べて少しオタクで、それについて語り合いたい仲間が欲しいと思いながらも、恥ずかしがり屋がいつまでもなくならない。

 話す事は好きだが、オタクを出して話す勇気がどうしても持てなかった。

 友達は少なくないし、誰とでも仲良く話せるが、自分の趣味の話をできる仲間はそういなかった。

 

 ゲームもアニメも楽しい。

 一人で見ていても、やっていても。

 だけど、一人よりも二人で、二人よりも三人、いやもっともっと多くの人と一緒に趣味が語り合えたら、今の楽しさなんて比にならない。

 

 そんな彼女は、ある日新たなアイドルの形を知った。

 可愛くて素敵な女性が、画面越しにいたのだ。

 リアルタイムで動画を配信して、好きな歌を歌ったり、好きなゲームをしたり、自由気儘に好きな雑談をしたり……。

 まるでゼロ距離にその人が居るかのように……。

 その姿を見た途端、少女は電撃が走ったような衝撃を受けた。

 見ていて楽しかったし、聞いていて面白かった。

 そして何より、その姿に憧れた。

 その憧憬は瞬く間に夢へと変化していく。

 

 自分の大好きな話を受け止めてくれる仲間を作って、自分の大好きなことを思う存分に活かして、沢山の人に笑顔を届けられる仕事。

 そんな世界に自分がいたら……想像もできない。

 できないという事は、きっと自分の知らない嗜好の世界なのだろう。

 アイドルは少し恥ずかしいし、この恥ずかしがりな部分は無くならないだろうけど、その恐れをも上回る期待が彼女をオーディションへと向かわせた。

 

 もしこの「世界」に飛び込めたらーーきっと「世界」は輝きで満ち溢れるだろう。

 だからこれが、「世界」を変えるための第一歩なのだ。

 

 

 

 

          *****

 

 

 

 

 オーディションの書類選考を出して2日経った。

 合格の場合、結果が2週間以内に届き、不合格の場合は届かないらしい。

 期限まではまだまだ時間があるが、既にソワソワとしている。

 

「……フブキ、最近ずっと緊張してるみたい」

「え、そうかな……?」

 

 下校途中、フブキは親友のミオからそんな指摘を受けて焦った。

 でも、割とポーカーフェイスは得意な方でそれとなく流すように返してみる。

 

「うん、あまり落ち着いてないみたい」

「あー、今日はこの後ゲームで新規限定ガチャの追加があるからかな、すっごく楽しみなんだよね」

 

 全く違う事実を挙げて大きく話を脱線させる。

 ミオからしても、いつものフブキに見えて深く追求はできない。

 本当に何もなかった時に申し訳ないからだ。

 ある種の信用と信頼。

 もし本当に何か困っていたらきっと頼ってくれるはず。

 ミオはそう思っている。

 

 現在二人は都会の大通り付近を通って下校中。

 周囲では車やバイクの音に合わせて人々の話し声もよく響く。

 その喧騒に紛れて二人は家へと向かう。

 

「そうだ、ミオこの後暇なら一緒にゲーセンでも行く?」

 

 普段通りのノリで、突発的にミオを誘う。

 いつもならミオもよく乗り気で来てくれるのだが……

 

「うーん……ウチはまあ、いいけど……」

「乗り気じゃないね」

「……いや、じゃあ行こう」

 

 ミオはフブキの視線を何度も気にしていたが、フブキはまるでそれに気づかないように振る舞う。

 彼女が追及を望んでいないのなら、そのままにしておくのが最善だと判断したのだ。

 藪に手を入れれば蛇に噛まれる事だってある。

 この狐は他人に噛み付くような凶暴性は持ち合わせていないようだが。

 

 結局は二人してゲームという娯楽を大いに愉しんだ。

 通い慣れているだけあって、二人ともかなりの腕前だった。

 対戦型のゲームでは、共に時間を忘れて白熱していた。

 

「ふにゃあ~、疲れたぁ~」

 

 店から出て来たフブキは大きく伸びをしながらそんな声を上げた。

 既に日はほとんど傾き、夕日も周囲の高層建造物に遮られて街の明かりが頼りになっている。

 

「相変わらずネコだねー」

「むっ、白上はキツネですぅー」

 

 聞き慣れたジョークに聞き慣れた返し、本当にいつも通りだ。

 

 二人はゲーセンから再び帰路に着く。

 少しだけ、同じ道を進む。

 

「何か困った事があったら言ってよ?」

 

 ゲームをして気持ちが楽になったのか、ミオは率直に告げた。

 親友と呼べるほどの仲なら、遠回しに言ったり、あれこれと根回しするより直接伝えた方が気分もスッキリする。

 まあ、普段はその発言への勇気が出せないために苦悩するのだが。

 

「うん、でも本当に困ってるとかじゃなくてね」

 

 フブキもミオと同じだ。

 意気投合出来るだけの相似点がある。

 二人ともゲームをした甲斐があったと、そう思っている。

 

「ただ本当に楽しみな事があるだけ。何かは内緒だけどね」

「そこは新規限定ガチャって言わないの?」

「もう、折角本心話したのにそうやって揶揄う……」

 

 少し膨れたあとフブキは、目を細めてミオを見た。

 そこには、いつものミオの横顔がある。

 

「…………」

「それじゃ、また明日ね」

「あ、うん、じゃあね」

 

 いつもの分岐点でミオが手を上げた。

 フブキも遅れて反応して手を上げる。

 しかし、フブキが反応した頃には既にミオは背を向けていたため、フブキは手を中途半端な位置で止めた。

 その手は上げ切る事なく自分の腰の側に帰ってくる。

 

 フブキはモヤモヤとして晴れない心情のまま帰宅した。

 帰宅してベッドに体を投げ倒す。

 

「……ミオが側にいるといつも以上にソワソワしちゃう。ホロライブに入りたい気持ちはずっと同じなのに……」

 

 天井を見上げ、そっと呟く。

 

「どうしたいんだろう……私」

 

 まるで恋に落ちたような気持ちの不安定さ。

 でも断言できる、これは恋ではない。

 決してミオを好きになるわけがない、とは言い切れないが、この感情はそれとは異なる。

 心がスッキリとせず、堰き止められた感情を整理できないフブキのもとへ一件の通知が届いた。

 今日もまた、ドキッとした。

 オーディションの書類選考に応募して以降、通知が届くたびに心を躍らせて確認しては落胆していた。

 今日こそは、とスマホを見るとミオからチャットで、この後ゲームをしようと来ていた。

 気遣ってくれているミオに苦笑して、フブキは了解の旨を伝える。

 既読はすぐには付かなかったため、フブキはスマホスリープさせ机に置いた。

 色々と作業をしているとまたスマホが鳴った。

 スマホを手に取り通知の内容を見て、フブキは硬直していた。

 その後に続いて届いたミオからのチャットを見逃すほどに……。

 

 

 

 

 そして、3週間後……。

 

(……まさか本当に合格しちゃうなんて……)

 

 人混みを掻き分けて進むフブキは、未だに心が纏まっていなかった。

 勿論、楽しみだが……何かが引っ掛かる。

 今日の出勤は、その蟠りの解消の意味もあった。

 きっと行けば、分かるはずだと、信じて。

 今日は顔合わせ会ではないので、相対するのは一部のスタッフだけ。

 緊張の面持ちで扉を叩けば、優しそうな青髪のメガネの女性が出迎えてくれる。

 彼女曰く、周囲からは「えーちゃん」と呼ばれているらしい。

 この会社について、世界のアイドルについて、将来について、色々説明を受けた。全部承諾した。

 しかし最後……。

 

「それと、フブキさんは高校生だそうですけど、学校と両立は相当ハードになると思います」

「はい」

 

 それは重々承知。

 アイドルが楽なはずがない。

 

「友人と出会う機会や、家族といる時間も少なくなる可能性がありますし、基本的に関係者以外には一応秘密にしてもらう形になりますが、いいですか?」

「はい……」

 

 そう答えた。

 答えたが、今の一言を聞いた瞬間、フブキは全てを理解した。

 いずれ有名になって、秘密が秘密じゃなくなるにしても、自分の存在が知られるまでは、自分のことをミオには伏せる必要がある。

 親友から隠れて密かにアイドルをやることになる。

 そう考えると……なんだか後ろめたい気持ちになる。

 ミオに「何か困った事があったら言ってよ?」なんて言われたのに、フブキは自分の仕事を隠してこの先も平然と彼女と付き合わなくてはならない。

 

「…………」

 

 いや、何か違う。

 フブキの感情はそんなところには無い。

 もう少し角度が違う……特殊な蟠り。

 

 

 気が付けば、話し合いは終了し、フブキは帰路についていた。

 真っ直ぐと帰る。

 これでフブキはめでたくホロライブのアイドルとなったわけだ。

 心から嬉しく思う。

 今はこの嬉しさに縋る。

 

 

 でもどうかお願い……。

 誰か、私のこの感情に気づいて……。

 

 




 今回は白上フブキさんを主人公にしましたが、次回からは多分元に戻ります。
 定期的にこのような主人公転換が起こりますが、どうかお気になさらず。

 それでは、ありがとうございました。


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7話 スーパーチャット

 少女は、ネット環境の中でゲームや雑談などをする特殊なアイドルの存在を知った。

 元々ゲームが好きで様々なコンテンツに関する動画を探る中でその存在に出会った。

 ゲーム実況者として生きていくことも楽しいかな?なんて考えて、将来、実際に挑戦してみようと思っていた。

 だが、その存在を見た時、これしかないと確信した。

 将来は自分の生きたいように、出来る限り楽しく生きようと決心したのも遠い昔。でも、その思いは未だに揺らぐ事はない。

 彼女だって女の子、アイドルと言うものに興味はある。

 

 その二つを同時にこなす仕事が、動画配信者としてのアイドルだった。

 しかも、ライブ配信の形をとっているため、視聴者とリアルタイムで言葉をやり取りできる夢のような空間。

 今までの人生に、一度も類を見ない感情が押し寄せて来た。

 今までの人生で見た、どんなものよりも楽しそうで、史上最高に心が弾んだ。

 これしかない!

 輝けなくても、例え高い人気が得られなくても、お金が全く入らずにバイトと両立することになっても、何がなんでも絶対になってみせる。

 誰よりも楽しい人生を送りたい。

 表現こそ綺麗ではない上に語弊があるかもしれないが、最優先は自分自身が充実することだった。

 

 

 

          *****

 

 

 

 そらのエルフの森での初ライブまで残り2週間となったある日、三人目となるホロライブのメンバーが決定した。

 その少女は春の暖かい日差しの下を堂々と歩いて事務所へと出向いた。

 春の日差しを反射する金髪に、色彩が髪とほぼ同じ瞳、口元にはチラと八重歯が姿を覗かせていた。

 服装が何故か周囲より少し大胆で、服や髪飾りは、コウモリの装飾がなされている。

 

 またしても外見だけで個性のある者が会社に仲間入りだ。

 

 初めての顔合わせなので、事務所の会議室にはえーちゃん、そら、ロボ子が集まった。

 そしてそこに新たに仲間入りしたのがーー

 

「今日からお世話になります、夜空メルです」

 と、礼儀正しく頭を下げるこの少女、メルだ。

 

「「よろしく」」

 

 丁寧なお辞儀に軽く手を上げて返事する、既存のメンバー。

 

「彼女は魔界から来た『自称』天才ヴァンパイアだそうです」

「自称じゃないです、周知の事実です」

 

 少し既視感を覚える風景だった。

 以前にも似たような光景があった気もする……。

 

 とまあ、それは置いておいて、

「そらのことは知っているでしょうから紹介は省いて……」

「ちょっと……」

「こちらがロボ子さんです」

 

 そらの割り込みを無視してえーちゃんが進行する。

 そらは諦めて浮かした腰を下げる。

 

「はろーぼー、よろしく」

「よろしくお願いします」

 

 ロボ子の陽気な挨拶にも丁寧に応じる。

 それを見兼ねてえーちゃんが、

 

「二人とも少しデビューが早かったけど、ほぼ同期みたいなものだし、折角のアイドル仲間なんだから先輩後輩は気にしなくてもいいですよ」

 と、二人の了承を得ずに許可した。

 

「もう、それはせめて私に言わせてよ」

 

 案の定、そらが鋭く反応した。

 二人目の仲間という事でしっかり会話して交友関係を深めたいのだろう。

 

「それにしても……ヴァンパイアってことはやっぱり、血を吸ったりするの?」

 

 そらが好奇心でそんな質問をする。

 本物の吸血鬼を見るのが初めてだが、一見蝙蝠の装飾以外では特徴が見受けられない。

 だから性質的特徴を目の当たりにしてみたいと思った。

 

「吸いたかったらえーちゃんが吸わせてくれるよ」

 

 さっきの仕返しとばかりにくすくすと笑いながら言う。

 

「ええ、私は別にいいですよ」

「えっ!」

 

 まさかの肯定にそらがギョッと目を剥く。

 えーちゃんの表情は真剣そのもので嘘ではなく本気で承諾していた。

 ロボ子には血の概念がないので正直この話には興味がなさそうだ。

 

「いや実はメル……血とかは、見るのもダメで……」

「「ヴァンパイアなのに⁉︎」」

 

 シンクロ率100%でロボ子とそらが叫ぶ。

 先程まで無関心だったロボ子までもが反応するレアケース。

 だが、えーちゃんは一切の反応を見せず淡々と流れを監視している。

 

「……で、でも、アセロラジュースなら大好きだからいくらでも飲めるよ?」

「いや赤いだけじゃん!」

 

 まるで模範的な解答で場を進めるそら。

 話好きとは言っても絶妙な返答は得意ではないのかもしれない。

 

「あー、でもボクもロボットだけど油とかは嫌いかなー……ギトギトするし」

 

 意外にも共通点のような部分を見つけ、ロボ子は少しばかり嬉しそうだ。

 

「……どうりでえーちゃんが断らないわけだ」

 

 そらは勝手にえーちゃんの対応の理由を理解してガッカリする。

 予習済みならたしかにあの反応でも不思議はない。

 えーちゃんは「残念」とばかりに眼鏡を上げた。

 そのドヤ顔にそらは歯軋りする。

 

「じゃあじゃあメルちゃん、今日は凄くいい天気だったけど太陽は大丈夫なの?」

 

 そらは、今度は逆に欠点にスポットを当てて会話を進行させた。

 見たところ灰になった部位もなければ太陽光カットの傘も所持していない。

 それどころか服装が大胆すぎて日光に直接当たる部分が多い。

 もしかして自称は天才だけでなく、ヴァンパイアもなのか?とさえも思える。まあ、まだ天才が自称とは決まっていないが。

 因みにロボ子の高性能は本当に自称だった。

 

「うん、吸血鬼はある程度の年齢まで成長したら日光や十字架に耐性ができるから」

 

 ふふん、と誇らしげに鼻を鳴らす。

 果たしてそれは彼女が自慢できることなのか……。

 

「ある程度って何歳くらい?」

 

 ロボ子がデリカシーの欠片もない質問を唐突にぶち込む。

 

「うっ…………それは、企業秘密で……」

「何の企業?」

「……ホロライブ?」

「ボクたちもホロライブのメンバーだから問題ないと思うけど?」

「うぅ……」

 

 ロボ子の圧倒的な口撃力に次第に体が小さくなっていくメル。

 居た堪れなくなったそらが、

「ま、まあまあロボ子さん、年齢についてはきっと魔界関係で何かあるんですよ」

 とテキトーに援護した。

 

「ふーん……まあいいけど」

 

 ロボ子もようやく身を引いて、僅かな静寂がおきた。

 

「はい、それじゃあ顔合わせはここまで、メルさんは明後日の配信に向けて準備を、2人は今日の配信とか考えてる?」

 

 えーちゃんが一区切りついたこのタイミングで注目を集め場を仕切る。

 一言で全員を持ち場に戻した。

 とは言っても、えーちゃんとメルはまだその場に残っている。

 

「メルさんも三人目のメンバーとして頑張ってください」

「はい」

「同期に関して、現在検討中ですので……」

「え、同期?」

 

 思いがけない発言に刹那ほど遅れて視線を向ける。

 メガネ越しにえーちゃんの瞳が映った。

 

「まだ検討中ですが、このまま進めばメルさんもこの先デビューする方々と一緒に『一期生』として活動してもらうかもしれません」

「へぇー、そうなんですね」

「そうなんですよ」

 

 メルが虚を突かれ、振り絞ったセリフに冗談めかしく反応したえーちゃん。

 その言葉のやり取りが妙に面白くて、互いにくすくすと笑った。

 

「……そのメンバーって、やっぱりもう決まってますか?」

「勿論。一癖も二癖もある個性豊かすぎるチームになると思いますよ」

「うへぇー」

「メルさんもその中の一人になるかもしれませんからね」

「メルは別に普通ですよ」

「ここに普通の人は入れませんって」

 

 特に深い意味の無い言葉だが、意味深発言に思えた。

 実の所、本当に癖が強いメンバー構成となっていくわけで、一期生が全員入ったとしても、最も真面だと言えるのはそらになるだろう。

 トップバッターとしてホロライブに加入し、活動を始めたそらが基準と感じるからだろうか?

 それとも本当に普通なのか?

 まあ、どちらにせよ社長の人選は絶妙すぎると言うことだ。

 豊満な個性が蔓延る会社になった時、きっとこの会社は恐ろしいほどに混沌とするだろう。

 が、それこそがこの会社の考え。

 この先この会社がどんな成長を遂げるのか、メンバーに社員、ファンたちは非常に興味があるだろう。

 そして会社が成長するのも、きっとそう遠くはない話だ。

 

 

 

 

          *****

 

 

 

 

 何度も似た場面が続くようだが、またしても集会だ。

 

「メルちゃんの配信見たよ! 可愛かったし、なんだかちょっと色気があって素敵だった!」

「ありがとう」

 

 メルが配信活動を始めてはや1週間。

 そらが視聴した時の感想を本人に直接聞かせている。

 

「えー、そらちゃんボクの配信に関してはそんなに褒めてくれなかったのに」

 

 そらの称賛に、感情のこもっていない冗談めかしい嫉妬の声が聴こえる。

 

「ムービーがカッコよかったって言ったよ」

「でも配信に関してのコメントもらってないしー」

 

 理由もなく感情もなく拗ねる。

 変にいじけてそらをからかっているのだ。

 

「だってムービーとイメージが全然違うんだもん、カッコよかったって褒めた次の日に可愛かったって言ったらなんかテキトーっぽいじゃん」

 

 そらは純粋に本心を伝えているようだが。

 

「あ、メルも思った。ロボ子ちゃんのムービー見た後最新の配信見た時はギャップにビックリしたよ」

 

 メルもここはそらに乗っかる。

 メルはこの1週間の間に、この会社を知るためにそらとロボ子のアーカイブを幾つか視聴していたのだ。

 

「平然と雑談してるけど、一応これから一期生のメンバーとの顔合わせなんだから、忘れないでよ?」

 

 杞憂だと知りながらも、何となく危うい空気を感じたえーちゃんが念を押して発言した。

 三人も分かってると言うが、一向に雑談が止まないあたり本当に分かっているのか怪しい……。

 一分ほどで説得を諦め、一期生が待機している部屋へとえーちゃんは様子を見に退室した。

 

「それにしても一期生かぁ……今日で一気に4人でしょ?」

「そうだね、その中にメルも加わるらしいから楽しみだなー」

「でも、メルメル達が一期生になったら、ボクたちはどうなるんだろうね?」

 

 えーちゃんの退室後も会話は弾んでいく。

 特にスポットが当てられるのは、やはり今日話題の一期生。

 顔も名前も知らない新たな仲間。

 やはり後輩ができると言うのは何度まであっても嬉しいし、非常に期待が高まる。

 メルからすれば、後輩の類には含まれないわけだが、同期として活動できる利点や期待は大きい。

 

 室内は静かなので普段声が大きくない三人でも、よく声が通る。

 その声はきっと扉の前まで来た者全員に聞こえているだろう。

 そわそわと落ち着かない気持ちを雑談で紛らせていたが、それももう終わり。

 えーちゃんが先導し、4人がその後ろについて入室してきた。

 それぞれが席の前に立つ。

 

「それじゃあ、順に自己紹介をお願いします」

 

 えーちゃんが自分から向かって左手に位置する1人を示して促した。

 全員の視線が集まる。

 

「はい、ホロライブ一期生の『白上フブキ』です! よろしきゅっーー!」

 

 活気に満ち溢れた表情と声音で名乗り、最後に挨拶を……と思いきや、まさかここで噛んでしまう。

 その事にフブキは赤面し言葉が一時中断された。

 赤く染まった顔を見つめる一同。

 だが、そらだけは他とは異なる感情を持っていた。

 

「よ、よろしくお願いします……あ、私、狐です……」

 

 最終的にそう言い直し、頭から湯気が出そうな顔色と表情で静かに席に座った。

 

「じゃあ次」

 

 何事もなかったかのように進行する。

 

「はい、ホロライブ一期生の『夏色まつり』です、動画配信とかが好きでここに来ました、よろしくお願いします」

 

 模範のように淡々と自己紹介を済ませる。

 身長の低い茶髪の高校生だ。

 

「次」

「はいーーすぅーーはあちゃまっちゃま~、ホロライブ一期生、はあちゃまこと『赤井はあと』よ、よろしくね」

 

 謎に高いテンションの挨拶に始まり、まるでお嬢様のような口調で自己紹介をしたのは、金髪や服に赤い糸を巻いた少女。

 新しいファッションだろうか?

 

「次」

「はい、アローナー、ホロライブ一期生、アキロゼこと『アキ・ローゼンタール』でーす。あ、それと私、異世界出身のハーフエルフです、よろしく」

 

 周りとは少し浮いた空間に存在する雰囲気を放つのは、この少女。

 またしても金髪で、その金髪はどう言う仕組みか一部が途切れて浮いている。

 顔立ちも僅かにだが『一般人』とは異なる。

 勿論、比較対象が一般人だと目立って見えるだけで、この会社内では特に目立つことはない。

 この会社は、言ってしまえば変人の集まりだ。

 齟齬が発生しないよう足しておくと変人と言っても変態の意味ではない。

 

「とまあ、今日からこの会社で一期生として活動してもらう4人です」

 

 本当に冷静に、何事もないように話を進める。

 えーちゃんには耐性があるのかもしれない。

 この先どんな異常者達が加入しても、きっとえーちゃんのこの性格や反応に変わりはないだろう。

 

 えーちゃんの言葉を機に3人も改めて自己紹介し、解散となったが、長い間誰一人として退室しなかった。

 

 その中でも一際目立ったのはやはりーー

「……フブキちゃんって、この前会ったフブキちゃんだよね?」

「はい、覚えててくれたんですね!」

「そりゃあもちろん! あの時すごく嬉しかったんだから」

 

 この二人の会話だ。

 以前、偶然にも出会ったそらとフブキ。

 ほんの少しの時間でも、そらはフブキのことを決して忘れない。

 直接的にファンから応援をもらったのが、あの時初めてだったから。

 

「今日から同じ会社のアイドルだから、硬くならずに話してね、みんなも」

 

 そらは笑顔で訴えかけた。

 自分が最も先輩だ。

 そして二人の後輩を持って思った。

 先輩も悪くないが、みんながみんな畏まった態度を取るとなんだか仲良く見えない。

 是非とも全員と仲良くなりたいそらとしては、それは歓迎できない。

 やはりこの先輩後輩の関係が色濃く残るのは職業上困る。

 

「それから、まだわからないけど、もしこの先に後輩ができたら、その時もみんな気軽に接するように呼びかけてあげよう?」

 

 そらの提案に満場一致で賛成だった。

 とはいえ、一部の人が先輩などの敬称をつけることはあるので、それは性格や個性の一つとして見ることとする。

 

 やがて一期生は、明日の初配信や一期生の発表のための準備へと向かった。

 

 

 

 

 そして、その初配信は全員大成功を収めたのだが、一人疑問を抱える少女がいた。

 それが茶髪の小柄な少女、夏色まつりだった。

 

「あのさ、なんか色の付いたコメントがあってそこに¥1000とか書いてあったんだけど、あれってどう言うこと?」

 

 初配信の翌日、会社に来ていた同期のフブキに相談した。

 

「え? どう言うって……スパチャもらったんじゃないの?」

 

 常識とさえ言える事への質問に、逆に何を聞かれているのか分からず困惑するフブキ。

 が、まつりも同様に困惑していた。

 

「その、スパチャってなに?」

「……」

 

 フブキの中で時間が停止した。

 

「……えっ、まつりちゃん……ウソでしょ?」

 

 動き始めた途端にフブキの顔色が変わり、それを見るまつりの目からそれが嘘偽りのない疑問であると理解した。

 

「ホントにスパチャ知らないの⁉︎」

 

 驚愕に身体を震わせてまつりと視線を合わせる。

 

「だから知らないって、何なのスパチャって」

 

 呆れを通り越して愕然とするフブキの様子にまつりは若干焦る。

 変な性格はしているが、常識はあると思っていた。だが実際のところそうではないらしい。

 

「でも、この前スパチャの収益の一部はこの会社やサイト運営会社に送られるとか説明受けたじゃん、そん時は何も感じなかったの?」

「いや、知らない言葉が出てきたなーとは思ったけど、給料の一部が削られるって話かと思って聞いてた」

「いや、解釈は間違ってないけど……」

 

 そう呟いてフブキは説明方法を思案する。

 正直、一般常識レベルと化した言葉を説明するのは却って難しい。

 

「スパチャっていうのはスーパーチャットの略称で、まつりちゃんが貰ったように色がつくの」

 

 フブキの説明にうんうんと頷き理解しようと試みるまつり。

 

「で、まあ、お金を配信者に渡す事でスパチャができるんだけど、これが使用されるのは、単純に視聴者が配信者を応援したい時とか、自分のコメントを拾って欲しい時とか、あとお祝いしたい時とかかな」

「ホントに? それじゃあまつりがもらった¥1000とか¥610とかは知らない視聴者さんから貰ったって事?」

「うん、まあそうなるね」

 

 まるで幼児に新たな知識を与えている感覚を覚える。

 これを知らずにこの業界に足を踏み入れるとは……。

 

「アキちゃんの思い込みならまだ分かるけど……スパチャを知らないのはビックリ」

 と、何気に部外者のエピソードまで挟んでくる。

 因みにこの思い込みというのは、アキロゼがスマホだけで動画配信できると思っていた事だ。

 

 動画配信者の多くは楽しくてやっていると本心から思いつつも、やはりスパチャが自分の利益になり、多少の生活の支えとなる以上、それが欲しいとはほんの僅かにでも思っているだろう。

 決して他の配信者がそうでないと言うわけではないが、まつりは本当に根っから純粋で、自分の愉しみを目当てにこの会社に入ったことがわかる。

 齟齬防止のためにもう一度言っておくが、当然他の配信者達もまつりと思いはほぼ同じだ。

 だが、知っているか知らないかだけで、ここまで印象が変わってくる。

 

「……なんでまつりにスパチャするんだろ?」

「……? 可愛いし、配信が楽しいから、応援したかったんじゃない?」

「……そうなんだろうけど……」

 

 スパチャの意味を知ると、今度は新たな疑問が生まれたようだ。

 しかも配信者としては特殊も特殊な悩み。

 

「まつりは配信してるだけで楽しかったし、お給料もきっとこの先ちゃんと貰えるだろうし、何も困ってないのに……なんか罪悪感が湧いてくる」

 

 珍しい相談にフブキも頭を悩ませた。

 スパチャに関して、そんなに深く考えたことがなかったが、たしかに視聴者側は簡単に投げてくるが、それを受け取る側は簡単ではない。

 果たして自分が受け取るに相応しいのか、考え始めるとキリがないのかもしれない。

 

「それじゃあそれに答えられるくらいおっきくならないとね」

「おっきくか……」

「人それぞれで解釈は違うけど、私だったら無難にみんなを楽しませるとか、皆の要望に応えて配信内容を変えて見るとかね」

「そんなこと言いながらフブキちゃんも昨日は大変だったよね」

「ああーーー、やめてーーーー、いーわーなーいーでー」

 まつりは最後、お礼の代わりにそんな悪戯を仕掛けた。

 フブキが頭の白い耳を両手で押さえて声を遮断する。

 見た目以上に気にしていたようだ。

 

「ありがとフブキちゃん。まつりも今はそんな感じのしか浮かばないからその案貰っとく」

「いいよいいよ、一緒に頑張ろ」

「うん、今度コラボとかもしようね」

「うん」

 

 これにて、まつりのスパチャ研修は終わった。

 

 

 そして、そらの初めて舞台が着実に近づいて来るのだった。

 

 

 




 本日も読んでいただき、誠に有り難うございます。
 どうも作者でございます。

 一期生全員は登場して加入したものの、2名ほどセリフが足りなさすぎました。
 アキロゼ推しさんとはあちゃま推しさん、どうか許してください。
 それと、まつりさんの話ですが、捏造か超誇張表現ですのであまりお気になさらずに……。

 さーて、次は遂にエルフの森での初ライブです。
 エルフの森……何やら匂いますね。
 あの二人が……出せるといいな。

 あー、それに二期生にゲーマーズに三期生に四期生に……。
 はぁ……頑張ります!

 それでは、ありがとうございました。


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8話 ファーストライブとその裏で

 

 大型車に乗って現在、ホロライブ所属の7名はエルフの森へと移動中だ。

 

「みんな良かったの? 今日と明日の配信に影響すると思うけど……」

「いいよいいよ、ボクたちだって生で観たいから」

「そうそう、私だってそらともの1人だからね」

 

 わざわざ配信を休みにしてまでそらのライブに付き添ってくれたメンバーを心配するそらだが、ロボ子やフブキを筆頭に皆が皆温かい言葉をかけてくれた。

 

「そらは他人の心配してるけど、自分の心配はいいの?」

 

 メンバーに加えて同乗していたえーちゃんが特殊な言い回しで聞く。

 普通なら「自分の心配をしたら?」と聞くところだ。

 だがそうしないのは彼女のことを知っているから。

 

「私は大丈夫。寧ろ早くライブがしたくて堪らないくらい!」

 と元気に拳を握った。

 

 車窓の外は未だに一般道が続いている。

 えーちゃんは車窓の外の景色を眺めながら苦笑した。

 

 天候は良好、ステージも申し分ない。

 きっと最高のライブになる。

 

「ねえー、まだ着かないのー?」

 

 そんなそらの期待を他所に、まつりは暇そうにしていた。

 いや、暇と言うよりは、早くエルフの森に行きたいのだろう。

 

「あと30分くらいはあると思うよ」

 

 宥めるようにアキロゼが対応した。

 まつりが口にしたためそちらに視線が向き、あまり目立たないが、実の所そらもそわそわとしていた。

 

「ねえ、暇だしなんかしない?」

 と早速限界に達したまつりから提案が入る。

 

「なんかって、何かある?」

 

 言葉を受け取り、メルが全員を見回す。

 多くが首を横に振る中、ロボ子は、

「ボク、トランプとかなら持ってるよ」

 と言って体の中からトランプを取り出した。

 

「なんで体の中からトランプなんかが出てくんのよ」

 

 はあとが冷静なツッコミを入れる。

 

「いや、ボク実はトランプとかそう言う系統のカードゲームが好きで、最近は持ち歩くようになったんだよ」

「それ微妙に回答になってない気がするけど……」

「細かいことはいいの! トランプあるならババ抜きしよ」

 

 ロボ子ではなくまつりが遮ってトランプを始めようとする。

 早速ロボ子の手からトランプの束を取りシャッフルすると自分を含めたメンバーとえーちゃんの合計8名にカードを裏向きにして配る。

 この大人数でのババ抜きともなれば開始時の一人当たりの持ち札も6、7枚と少ないため早々に手札内で揃うことはほぼない。

 数名が1セットほど捨てるとゲームが開始する。

 

 暗黙の了解のように全員が順序決めのジャンケンのために片手を出すと、

「ねえ、折角だし罰ゲーム決めようよ」

「罰ゲーム?」

「例えば?」

「うーん……最下位の人は一枚ずつ服を脱いでいく」

「おいアイドル!」

「それは却下です!」

 

 欲望全開のルールを提案するが、フブキの鋭いツッコミとえーちゃんの完全否定にアホ毛をしならせて脱力する。

 

「じゃあ最下位になった人は後日はあちゃまの料理を食す」

「「それは命に関わる!」」

 

 アキロゼの冗談に全員が反対。

 はあとも反対だったが、全員からの評価に少し不服そうだった。

 

「……もう負けた人が恥ずかしい話とかでよくないですか?」

 

 このまま変態に主導権を預けては大惨事になりかねないと判断したえーちゃんが、妥協点を探り出しこれを提示した。

 

「いいと思う」

「白上もさんせーい」

「いいんじゃない?」

 

 そら、フブキ、はあとと順に賛成者が手を挙げる中、

「待って!」

 

 まつりがただ1人、ストップをかけた。

 

「まだ何か下品な案があるんか」

 

 フブキが鋭く突っ込んだ。

 が、割とまつりはまともに考えたようで、

「一位の人が最下位の人に一つ命令」

 この案を発表。

 

 数秒間謎の沈黙が車内に充満したが、一瞬でその怪しい空気は晴れ、全員からの承諾を得た。

 但し過度なものは禁止、と強くえーちゃんから釘を刺されたが。

 

 

 その仁義なき戦い、第一戦目。

 開幕時、ジョーカーはまつりにあった。

 2周ほど進んでもまつりの手から離れなかったジョーカーだが、その次の周で遂に動く。

 まつりの隣のフブキがまつりのジョーカーに手を掛けた。

 特に意味はないが、まつりは敢えて力を加えて取られることを阻止する。

 

「……ちょっと、力加えんな」

「いいの? 本当にこれでいいの?」

「これでいいんじゃい!」

 

 フブキの勢いに合わせてまつりもようやく力を抜く。

 そのまま勢いに任せて一枚のカード(ジョーカー)がフブキの手に渡る。

 ここでまつりは敢えて「くっそ」と声を上げた。

 次の番に自分まで回ってくる確率は1/20736と超低確率。

 わざわざ演技してまで罠を張る必要性はほぼないが、なんとなくこっちの方が面白いと思えた。

 フブキもそれに合わせて笑って誤魔化す。

 フブキがそれを捨てなかったのは揃っていないから。そう仮定するとそれを引けば安全と勘違いしたはあとがまんまと罠にかかり、そのカードを引いた。

 

「はああああ⁉︎」

 

 物凄い怒号が車内を駆け巡った。

 

「私を騙してなんか恨みでもあんの?」

 

 はあとのお手本のような反応にまつりとフブキは笑いが止まらない。

 今の叫びから確実にジョーカーがはあとの手に渡ったと全員が理解できたため、カードを全て背後に回して綺麗にシャッフルしてメルに差し出す。

 迷わずに一番右を選びすっと引き抜く。

 

「かぁああああああ!」

 

 明からさまな態度で悔しさを表現。

 メルも面白がっている。

 メルの次はえーちゃん。

 はあとの今のが演技とは到底思えない。まず本心と考えて良い。

 だとすると今回はどれを引いても問題ない。

 案の定、えーちゃんが引いたものはハズレではない。

 更にアキロゼ、そら、ロボ子の番も普通に過ぎて再びまつりへ。

 こんな光景が続き、最終的に……。

 

「ほらほら、取りなよフブキ~」

「くっ……」

 

 震えるフブキの手がまつりの持つ最後のカードに触れる。

 さっと抜き取ると目の前のまつりの煽り顔がよく見えてウザかった。

 

「やったー、いっちばーん! なにしてもらおっかなー」

 

 無事王様になり意気揚々と笑うまつりに全員が歯軋りし、それと同時に身の危険を感じる。

 「まずい、最下位は避けなくては!」と言う使命感に駆られる。

 まあ結局アキロゼが負けたわけなのだが……。

 

「じゃあアキアキ!」

「はい」

「…………」

 

 全員が固唾を呑んでまつりの指示を待つ。

 

「……パンツ何色?」

「絶対言うと思ったー!」

「はあ……」

 

 フブキの予想は的中したようで、そんな発言があった。

 参加者の1人であるえーちゃんはため息をつき、他のメンバーは「まあ、だろうな」といった顔でいた。

 

「ピンク!」

「えー、うっそだー。ちょい見してみ」

「うそうそ……白です」

「よろしい」

「……なんなんじゃこれは」

 

 謎の品のない茶番に付き合わされた複数名の温かい目。

 フブキの最後の一言でひとまずこの下りは終わり次の試合へと突入。

 

 結果、勝者……ロボ子。

 敗者……フブキ。

 

「敗北者じゃケェッ……」

「くっ、取り消せよ!とは言えない……」

 

 そして再び始まる新たな茶番。

 今回は品のないものではないため、みんな楽しそうだ。

 

「じゃあフブキちゃんは森に着くまで語尾ににゃんをつけてくださーい」

「まさかの永続デバフとは……にゃん」

「ほらフブニャン、シャッフルしてよ」

「白上は狐じゃい、にゃん!」

 

 カオスなフブキのセリフに笑いが起こる。

 運転手は騒がしい後方の空間が気になって仕方ないに違いない。

 

「じゃあ次いこうか」

 

 こうして再び、次の試合へ突入。

 

 結果、勝者……そら。

 敗者……えーちゃん。

 

「えーちゃん、今度一緒にホラーゲームの配信しようね」

「いやだ、絶対!」

「はいはい、みんな、王様の命令はーー?」

「「絶対‼︎」」

「っーーーー‼︎‼︎」

 

 そらの後に続くコールにえーちゃんが悶えるような音を鳴らす。

 

 気が付けば、エルフの森まで残りわずかとなっていた。

 

「はあ……えっと、みなさん、もうすぐエルフの森なわけですが」

 とホラーへの恐怖を背負いながらも切り出すえーちゃん。

 

「あと少し……にゃん」

 

 フブキも罰ゲームの残り時間に喜びを見せている。

 

「そらはこれから色々と打ち合わせやリハーサルがあるから私と来て。それからロボ子さんもそのお手伝いに」

「うん」「うん」

「他の皆さんは、宿に着いた後は基本自由行動でいいです」

「やった」

「自由か……」

 

 各々が異なる反応を見せる。

 が、どうやら最終的に一期生全員でエルフの森を歩き回ることにしたらしい。

 

 宿前で下車し、皆が荷物を片手に宿を見上げる。

 街中というほど栄えた様子はないが、実際のところは相当賑わっている。

 やはり世界の中枢国である人間の国の高層ビルが立ち並ぶ場所からここへ来ればそうなる。

 建造物は数多くあるが、自然的な空気を感じる優しい造りだ。

 内部構造は和洋折衷感があった。

 

「それじゃあ、私たちは会場の下見に行ってきます」

「じゃーねー」

「また後で」

 

 ライブ準備組の3人が宿屋を後にした。

 

「……どうする?」

「はあちゃまはエルフの森の名物の和菓子?が食べたいんだけど」

「あー、あの饅頭?」

「そうそう」

「えー、まつりは普通に探検したいけど」

「探検は普通じゃないと思うけどね」

「うそ! 新天地に来れば探検するでしょ」

「アキロゼはこの森を見て回れたらなんでも」

「ああ、そう言えばアキちゃんも一応エルフだったね」

「一応じゃないから」

 

 ガヤガヤと個人が自由に話し始めるので全く纏まらない。

 やはり1人はまとめ役が必要なのだ。

 そしてそのまとめ役は残念なことに自分の意見を殺して他人の意見を尊重する必要性が高くなる。

 

「はいはい、じゃあみんな一回落ち着こう。はい、どこ行きたいの?」

 とフブキがその役を買って出る。

 

 全員頼りになる存在だが、こう言った時はやはりフブキが仕切ってしまう。

 

「メルはなんでもー」

「アキロゼもなんでもー」

「まつりは探検!」

「はあちゃまは翡翠饅頭が食べたい」

「なら、この周辺の店を散策した後少し外れた辺りまで出てみよう?」

 

 まとめるならそれでいいだろう。

 

「おっけー」「わかった」「ういー」「分かった」

 

 三者三様の返事が同時に返ってきて安心する。

 

 ある程度方向性が固まったので、適当に歩き始める。

 まずははあとの求める和菓子を買うため、先頭にはあとを置いて進む。

 歩幅も意識されることなく合わされており、ほぼ同じ歩速で歩く。

 会話も次第に花が咲き始める。

 

「そう言えばはあちゃまさ、留学してるんでしょ? なんでホロライブに入ろうと思ったの? 大変じゃない?」

「あー、まあスカウトされたから、楽しそうだしいいかなぁーって」

 

 先頭に立ち周囲の店を見回すはあちゃまに全員が驚く。

 

「ん? どうしたの?」

「いや……スカウトなの? どうやって?」

 アキロゼが全員を代表したように驚き混じりに尋ねる。

「あ、それね、それは普通にアレよ、以前からネットに住んでたからそこに連絡が入ったのよ」

 

 黙々と歩みを進めるはあとに全員が歩速を早めて追いつこうとする。

 未だに森の中としては十分賑わっている辺りにいる。

 そんな中、ようやくはあとの目にあの品が映り込む。

 

「あっ!」

 

 後続の者たちを置いてその店に駆け寄ると、ものの数分で戻って来る。

 その手にはしっかりと饅頭の箱が入った袋が握られていた。

 

「はあちゃまはもう満足したからまつりちゃんの好きなところへ行っていいわよ」

 

 ご機嫌な笑顔で先頭から下りるはあとに変わり、探検志望のまつりが先頭に立つ。

 彼女が先陣を切って素直な道を行くはずもなく、あっという間に森の奥深くへと入っていった。

 

「で、ここどこ?」

 

 早速迷子になったことを悟ったフブキがまつりに問いかけるが、

「森の中じゃない?」

「んなこたぁ知ってんよ!」

「……まつりちゃん、どうするの?」

 

 フブキのナイスツッコミもまつりは気にしない。

 このまま突き進むのか、はたまた来たかどうかもわからない道を後戻り?してみるのか、そんな意味を込めてメルが聞くが、

「え、進むけど?」

 何の効果もなくただただ奥へ奥へと誘われるようだ。

 

「ウソでしょ……」

 

 アキロゼが疲労困憊の表情でメルの肩を掴みながらまつりに向かって嘆くように言った。

 唯一、はあちゃまだけは自身の目的の達成に満足しているため未だに機嫌は上々だ。

 そんな風に静寂の中で騒ぐ5人。

 

「……?」

 

 しかし、ふとフブキが耳を跳ねさせて視線を右方向に向けた。

 

「どしたん?」

「いや……ううん、やっぱり何か聴こえる」

 

 まつりが興味津々に聞いてきたために一瞬躊躇ったが、やはり微かに妙な音がフブキの敏感な耳に響いてくる。

 

「何の音かしら?」

「どっちから聴こえる?」

 

 はあととまつりから一つずつ質問を受け、

「何かの鳴き声だと思う、多分こっちから」

 と、確信を持てないがと付け足して言った。

 

 彼女たち(特にまつりとフブキ)がそれを見過ごすはずもなく、5人はフブキを先頭に声のする方へと向かった。

 暫く走ると、他の4人にもようやく聞こえたのか全員の足取りが軽くなった。

 そして音源に辿り着くと、そこには一匹の謎の生命体がいた。

 奇妙な壺に下半身を埋めた白い丸型の外見フワッとした……シロクマ?のマスコットキャラのような小さな生物がいた。

 

「ゅーっ、ゅーっ」

「……何この生物」

「っていうか……何で雪?」

 

 その一匹の姿と、周囲に僅かに溶け残ったように散らばる雪に謎が尽きない。

 その生命体は5人の登場には一切関心を示さず、ただ同じ位置で佇んで動かない。

 見た目の可愛さからフブキがそっとその生物を抱き上げてみた。

 重さは大してない。恐らく重さの三分の一は壺だろう。

 しかし、壺にしても生物になされた装飾にしても、少し高価なものに見える。

 

「何してんだ、キミはー?」

 

 抱き抱えても不動な生物をぐるっと回し、無理矢理に視線を合わせるが愛嬌のある奇妙な鳴き声を立てるだけ。

 

「ねえねえ、アキロゼにも貸してよ」

「はいよ」

「うひゃー、もふもふ!」

「丸っこくて饅頭みたいね」

「えー、お餅でしょ」

 はあととまつりがそれぞれ謎の生物を近しい食べ物に例える。

「食べないでよ?」

「「流石にね」」

 

「ねえ、どうすればこの森を抜けられる?」

 

 アキロゼが無意味に尋ねる。

 

「いや、聞いてもわからんでしょ」

「そもそも言葉が分からんのじゃない?」

 

 冷静な二つのツッコミも虚しく森の中をただ風が抜ける。

 

「ねえ、よく見たらこっちに雪が続いてるけど?」

 

 メルが茂みを掻き分けてそこに繋がっている雪を指して言った。

 4人が近寄り覗き込むと確かにそこには溶けかけの雪があり、森のさらに奥へと誘導するように続いていた。

 

「一応聞くけど……」

「追うしかないでしょ!」

「はい」

 

 かくして一行は更に深くへと足を踏み入れた。

 

「……また聴こえる」

 

 雪を辿っていたが、いつの間にか湿った地を辿っていた一行。

 謎の白い生命体を抱えて進んでいたが、またしてもフブキの鋭い耳に信号が届いた。

 

「また同じ音?」

「ううん……今度は人の声」

 

 が、どうやら先程とは状況が異なるようだ。

 言葉の中身こそ不鮮明だが、声の主が人間(言語を話す者)であることは確実だった。

 フブキはまたしても先頭に立ち、声のする方へと流れていく。

 

「ーーふく!ーーだいふく!」

 

 次第に鮮明になる言葉。

 そして、その声の主が女性であり、少し高い、しかし美しい声音であると判断できる距離までは近づいた。

 フブキたちは急いでその方角へと足を運ぶ。

 

「ーー! だいふく⁉︎」

 

 すると、声の主が何かに気が付いたような声をあげたのが分かった。

 

「あわっ」

「うぁっ!」

 

 やがて彼女たちは巡り合った。

 全身、何もかもがまるで雪のような色合いの装飾等で包まれた、1人の美しいハーフエルフに……。

 

「あっ! もう、だいふく!」

 

 一声、何者かに叱るような声を上げると、フブキが抱えていたあの生物が壺ごと飛び跳ねてそのハーフエルフの腕の中へ入っていく。

 

「「……大福?」」

 

 一期生のシンクロが初めて見られた。

 全員キョトンとしていたが、その謎の生命体の名前が「だいふく」なのだと理解はできた。

 

「……なるほど、偶然でもだいふくを運んでくれたんですね、ありがとうございます」

 と、少女は全てを見ていたかのような口調で的確に事実を述べてお礼を言った。

 

「い、いえ、そんな……」

 と言葉に詰まる。

 

 そして、そうやって詰まっていると、

「けどここは一般人の立ち入りが禁止されている区域ですよ」

 と、忠告もされた。

 

「「ご、ごめんなさい……」」

 

 嘘をついて反論なんて考えは一切浮かばず、全員が素直に頭を下げた。

 

「はい、それでは」

 とだいふくを抱えて踵を返そうとする少女。

 

「あ、あの、待ってください!」

 

 フブキが彼女を咄嗟に呼び止める。

 呼び止められた当人以外はしっかりと理由を理解している。

 

「何ですか?」

 

 少女は涼しげな髪を靡かせて振り返る。

 

「実は……帰り道が分からなくて……」

 

 頭を少しずつ下げながら申し訳なさそうにそう告げる。

 

「……分かりましたよ、案内します」

 

 最後まで言わずとも理解してくれたようで、少女はだいふくから手を離すと「こっちです」と言いながら一期生を導いてくれた。

 

「一応聞いておきますけど、目的地はユニーリアではなくエルフの森の方でいいんですね?」

「……ゆに? 多分合ってます」

 

 一同は、無言のまま森を抜けた。

 

「ありがとうございます」

「以後気をつけてくださいね」

 

 今後いつ来れるかは分からないが、そう釘を刺される。

 

「はい……あ、あの!」

 

 その念押しに首肯したあと、少し図々しいと思いつつも、フブキは一言付け足す。

 

「明日、私の先輩のライブが森のステージであるんです……だから、もし時間さえあれば……!」

 と、先輩の宣伝を。

 

「……じゃあ時間さえあれば」

 

 少女はだいふくを傍に浮遊させて来た道を戻っていった。

 何故フブキはここで彼女をライブに誘ったのか、自分自身でも分からなかった。

 

 

 

          *****

 

 

 

 翌日ーーそらはステージに立っていた。

 ライブ映像は後に販売される予定だが、リアルタイムで見るには現地に行く他ない。

 多くないファンが、突如開催されると知って興味を持った現地の住人が、そして近くにはサポートしてくれたマネージャーなどが、観てくれている。

 

 ーーーーーー。

 

 涼しい森のステージで精一杯歌って踊って、汗をかいた。

 よくよく覚えていた。

 ペンライトが自分の歌に合わせて揺れていた。

 それもよくよく覚えていた。

 忘れられるはずがない。

 遠くの木の上から見ている人もいた。

 顔こそ全く覚えていないが、彼女はとても印象的だった。

 観客の半数ほどがエルフなため、客席には無数の精霊も浮いていた。

 黒服の怪しげな男だって見えた。

 ステージは凄い。

 何だって見えるのだから。

 自分を魅せて、他人に魅せられる。

 最高だ。

 鼓動が強く震えていた。

 嬉し涙の蒸発がとても早かった。

 心の熱が、会場の熱気が、きっと、高かった。

 

 初ライブは、大成功だったと言える。

 

 ーーーーーー。

 

 

 

          *****

 

 

 

 ライブを見張る黒い影……。

 

「見つけたぞ」

 

 携帯ではなく、小さな無線で何者かとコンタクトを取る。

 

「まだ可能性の範疇だが十分にあり得る素質だ」

 

 ステージの上に立つ1人のアイドルを見上げてそう呟いた。

 

「……そうだな、もし『歌姫』だとすればーー」

 

 一度振り返り、空を見て、ステージに向き直る。

 会場の熱で男の存在はほぼ周囲には認識されない。

 

「ーー計画の邪魔となるだろう」

 

 

 この世界の歴史に迫る影と、アイドルたち。

 このファーストライブが、彼女たちを、新たなセカイへと誘う。

 何の変哲もないこの世界で、無力な少女たちが……。

 




 作者でございます。
 この度はご愛読誠にありがとうございます。
 数日間投稿がなかったのは……まあ、ホロ好きなら察してくださると思います。
 さあ、今回で初の五期生が登場しました。
 これで四期生だけですね。
 いつ出せるかな〜?

 そして次回は遂に、ホロライブの芸人も登場⁉︎
 乞うご期待!


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9話 二期生・五石・下見

 ときのそら1st live、大成功。

 

 ホロライブのメンバーの誰もがそう言ってくれた。

 正直に言うと、自分自身でもいい出来だったと思っている。

 でも、ここで甘んじたり、妥協して手を緩めたりなどは絶対にしないし、できるはずもない。

 目指すは高み。

 そらの夢は、将来完成する、世界一のアリーナでのライブ。

 その夢だけは、揺らがない。

 

 

 

          *****

 

 

 

 そらのライブが成功に終わり、一行は再び元の地へ戻り、普段通り配信活動をしていた。

 そこへ、新たな仲間が加わった。

 ホロライブ二期生だ。

 

 マリンメイド服、ドジっ子メイドの「湊あくあ」。

 魔界の魔法使い(黒魔術)の「紫咲(むらさき)シオン」。

 魔界学校から来た鬼娘の「百鬼(なきり)あやめ」。

 魔界学校、保険医の「癒月(ゆづき)ちょこ」。

 総合格闘技部とe-sports部のマネージャーの「大空スバル」。

 

 この5人だ。

 何故か5人中3人が魔界出身という奇妙なことが起きているが、あまり気にしない。

 仲間が増えるだけで全員ハッピーだ。

 今回もまた個性豊かなメンバーだった。

 顔合わせ会の時、あくあは究極の人見知りを発動し言葉に詰まってしまったり、スバルは本人は真面目なのに場をお笑い会場にしてしまったり、あやめは会社内に無断で刀を持ち込んだり、シオンは会社内で無断で魔法を放とうとしたり、などなど……。

 荒れているというより、皆が皆マイペース過ぎるというべきか。

 この先二期生というグループで纏まった行動が取れるのか怪しい雰囲気だ。

 

「…………二期生、全員デビューおめでとー……」

「……」

「……」

「スバル、ドンマイ」

 

 折角用意した会場。

 先日丁度二期生最後の初配信となるスバルの配信が終了し、皆んなで打ち上げ(的なやつ)をしようと話して今に至る。

 会場とは言え事務所の小スペースだ。

 そして今この場にいるのはスバルとあやめのみ。

 スバルの誘いにあくあ以外は必ず来ると返事をもらった。

 あくあは未だに緊張するらしく来ない可能性も考えていたが、まさかシオンとちょこ先生まで来ないとは予想していなかった。

 大方2人とも寝坊だろう。

 わざわざ家凸するほどではないので、2人で静かに話し合う……と決めたのだが、やはり寂しくなって他のメンバーにも声をかけると、数名が駆け付けてくれた。

 こういう時、やはりよく動くのはフブキとまつり、今回はそらとロボ子も駆けつけた。

 

「2人ともお疲れー」

 

 みんなでジュースのコップを掲げて乾杯する。

 

「スバルちゃん、初配信凄かったね。これからもあんな感じなの?」

「やあ゛ぁ~めえ゛ぇ~てえ゛ぇ~! スバルのアレは違うのー!」

「おお、早くも黒歴史?」

 

 祝杯をあげた直後、早々に先輩からいじられるスバル。

 

「あやめちゃんは鬼だよね? お酒とかは飲まないの?」

「あー、余はね、飲めるよ? でもなんか鬼のイメージほどは飲まんかな」

 

 一方あやめは世間話のような会話の流れ。

 早速同期内での扱いの差が生まれている。

 

「なんかスバルちゃんって芸人みたい」

「違ぁう、すばうは芸人じゃなぁい」

「スバルっていい意味でアイドルっぽくないよね」

「良い意味でってなんだよ!」

 

 突然に声質を変えて突っ込むと、周囲から「あはは」と笑われる。

 もはやこのポジションで確定している。

 

「でもそう考えたらスバルってなんでここに入ろうと思ったん?」

「その言い方なんか酷くねえ⁉︎ スバルだってアイドルやりたかったって可能性もあるじゃん」

 

 もはやスバル対その他の図面が出来上がり、あやめがそう質問すると、スバルが的確な指摘をするが……

「でも違うんでしょ?」

「……うぅ……まぁ……半分くらい」

 と言葉に詰まる。

 

 となるとどうしてスバルはホロライブに入ろうと思ったのか、当然この場にいる全員が興味を持つ。

 全員の視線から意図を察したスバル。

 

「まあスバルにとって丁度大変な時期でなんか仕事探してたんだよ」

「そんなバイト探しな感覚で⁉︎」

「だって仕事探してたら貼り紙見たんだもん! なんかよく分からんけど受けたら入ったんだよ!」

「今なんかよく分からんってハッキリ言ったよね⁉︎ やっぱりアイドルーー」

「うあああああああああ!」

 

 絶叫。

 

 爆笑。

 

「おい話変えるぞ!」

「あ、逃げた」

「うるせぇ! 次だ次!」

 

 ひたすらにスバルはターゲットから逃れようとする。

 他にもスバルをいじるネタは幾つか残っていたようだが、折角集合してス虐だけというのもつまらない。

 

「あ、そう言えばフブキちゃんさ、アレが始まるんでしょ?」

「ーーアレ?」

 

 不意に話を振られ困惑するフブキ。

 話を振ったそら本人も「アレ」が何かすぐに浮かばず、「アレだよアレアレ」と何度も言って、

「えーっと……ホロライブゲーマーズ?」

「あー、言ってたね、ゲーマーが集まるんだっけ?」

 

 名前を出すと、ロボ子も噂には聞いていたのかある程度の要素を知っていた。

 新人の二期生はもちろん、一期生にも未だに明かされていないことだ。

 

「何スかそれ?」

 

 そのため、スバル、あやめ、まつりは興味津々だった。

 ネーミング的にアイドルではなくゲームの実況が本職のように思える。

 この会社ではもはやアイドルが本職なのかはわからないが……。

 

「そう、今ロボ子さんが言ったようにゲーマーグループを作るの。それでまたオーディションとスカウトを進めてるらしいよ」

 

 フブキがいつもより少し愉しげにーーというか、誇らしげに?鼻を鳴らして説明する。

 

「へぇー、でもなんでまつり聞いてないのにフブキは聞いてんの?」

 

 同期としてはまあまあ妥当な疑問だ。

 

「よくぞ聞いてくれた!」

 

 気持ちが昂ぶっているフブキのテンションが少し変化し始めた。

 

「なんとわたくし白上は、ホロライブ一期生兼ホロライブゲーマーズとして活動していくこととなりました」

「「へぇー」」

 

 存ぜぬ3名は軽く相槌を打つように返事をしたが、報告を事前に受けていた2人は特に反応せずに聞いていた。

 思ったよりも盛り上がりにかけており、フブキは少し残念そうだった。

 

「でも、そうだとすると三期生?はどうなるんかね?」

 

 あやめがふとそんな疑問を持った。

 

「さあ、でもこの調子ならゲーマーズのすぐ後くらいにできるんじゃない?」

「だろーねー。なんならその後も4、5、6……って感じで来るんじゃない?」

「かもねー」

 

 そんな流れでゲーマーズの話は終わり、後輩事情へと移っていく。

 

「今のところ各期5人ずついるし、この先もそうなるって考えたら……凄い人数だね」

「そうっスね、正直スバルは後輩できても舐められる気がするんでどうでも良いっスけど」

「余は……まあ大体の人間が人生の後輩だから」

「なるほど、確かに」

「いいよね、生物は歳の上下で見れば上の方が社会一般的には『優秀』ってされるから」

「あー、そっか、ロボットは技術が進歩していくから後に生まれた方が高性能なんだね」

「そうなんだよー、まあボクは既に十分高性能だけど」

 

 最後のロボ子の発言には誰も反応しなかった。

 

 このようにして小さな打ち上げはそこそこに盛り上がり、やがて収束していった。

 

 

 

 

 一方、小さな打ち上げが開かれていた中、不参加だった内の一人であるシオンはとある密室でえーちゃんと話し合っていた。

 

「一応シオンも今日の打ち上げでようと思ってたんだけど」

「それは本当にすみません」

 

 入社を決めたときのように軽いノリで不満げに口にするが、まるで何かを隠そうとしているようにも感じられる。

「ですが、シオンさんにどうしても知っておいてもらいたいことがあるんです」

 

「……へぇ~」

「――?」

 

 シオンが微かに見せた安堵に無言で疑問符を浮かべる。

 どうやらシオンは何かを杞憂していたようだ。

 それはさておき本題だ。

 

「まず予備知識として確認しますが、この国の五石については?」

「東の蒼、西の白、南の朱、北の黒、中央の金」

 

 当然とばかりに五つのそれをあげた。

 それを聞いてそうですと数度うなずく。

 

「各配置場所については?」

「南以外なら」

 

 その返答にやはり、と小さく呟いた。

 

「昔のことは?」

「それってすぐそばの空き地のこと?」

「はい、過去ーー50年前にあったとされる遊園地での騒動です」

 

 夕日が傾きかけており、窓からは丁度綺麗に夕日が差し込む。

 その明かりが少し熱い。

 

「わざわざその話を持ち込むってことは、この会社……」

「……はい……朱の石がこの会社の地下に……」

 

 シオンは歩き出した。

 

「シオンさん?」

「この会社に防衛手段が欲しいってことでしょ、今から仕掛けてくる」

 

 シオンは手ぶらのまま屋上へと向かった。

 分かれたえーちゃんとシオンはそれぞれ安心していた。

 えーちゃんは勿論、シオンが流れを読んで、その上要請を聞き受けてくれたことに。

 シオンは自身の魔導書に触れられなかったことに。

 

「…………」

 

 黙して歩みを進めるシオン。

 一言「五石か……」と呟き、歩みを早めた。

 過去の出来事を踏まえるとシオンの魔法防衛だけでは確実に戦力不足。

 ホロライブのメンバーも戦う羽目になると考えると、一般人でも扱える小道具が、もしくは単純な魔法を用意しなくてはならない。

 

「やだな~」

 

 黒魔術は主に自分の血を媒介として魔法を操る。

 規模が大きいほど自身への負担は大きい。

 それと、非常事態に取るべき最善の行動も前もって用意しなくては……。

 アイドル会社に入ったのに、アイドルとは違う方面で忙しくなりそうだ。

 

「……まあ、魔導書もあるし、その代償かな~」

 

 シオンは「何か」に妥協して歩速を元に戻した。

 

 

 

 

          *****

 

 

 

 

 影で不穏な動きがある中でも、時は進む。

 次に決定したのは、ロボ子とフブキそれぞれのソロライブ。

 

 まずはロボ子。

 場所は国の中央に聳える中枢エレベーター前。

 中枢エレベーターとは、天界と人界と魔界を繋ぐ超特大エレベーター。

 その造りやシステムは開発者のみが知るとされており、1つのエレベーターに一度に約100人が乗ることが可能だ。

 天界と人界、魔界と人界を繋ぐ場所は様々にあるが、三界を繋ぐのはこのエレベーターのみ。

 だからこそ、この国は世界の中枢となっている。

 そんな場所でステージを借りてライブをするのだ。

 

 次にフブキ。

 フブキは現在、ホロライブ唯一の獣人。

 それを踏まえて、獣人の街でライブをすることとなった。

 獣人の街は元々そんな名前などなかったが、いつからか住人の大半が獣人になり、やがてそう呼ばれるようになった。

 中には獣宅街と揶揄する者もいる。

 フブキはその街のそばの会場でのライブ。

 大きくはないが、やはり初ライブとしては十分過ぎる。

 

 これで3度目のライブとなるわけだが、これまでを見てきてわかる通り、今の会社の狙いは幅広い種族からの注目を集めることだ。

 会社の目指すべき地点は誰も知らないが、アイドルが目指すものは大抵決まっている。

 この広い世界で、注目を集めるためには何をすれば良いのか。

 それを考えた結果、多種多様な人々の目に留まることが大事だと判断した。

 きっとこの先も普通とは違う、風変わりなライブを繰り返していくだろう。

 

 ロボ子もフブキもライブの準備に追われている。

 それでも、日々の配信は欠かさない。

 ライブがあっても配信も仕事の一つとして手を抜けない。

 何より……配信中のコメントを見ると、やる気も元気も、必要な力全てが湧いてくる。

 最近になりホロライブの知名度も上がり、視聴者も次第に増え始めた。

 この調子でステップアップだ。

 

 今回のライブはステージを押さえるが路上ライブに近いため入場制限はある意味ない。

 肝心なのは1人でも多くの人の目に留まること。

 本日はそんなライブを前にしたロボ子の会場の下見。

 唯一の先輩であるそら、そして手伝いとしてアキロゼとメルが同伴している。

 

 中心街に近づくに連れて次第に人、車の横行が激しくなる。

 会場につけば人の往来は最高潮だ。

 

「……凄い人」

「……そうだね」

「そら先輩の時よりも遥かに多いよね?」

「まあ、無関係の人が大半だからね……」

 

 人の流れに圧倒されて言葉を失いかける4人がそれぞれ感想を絞り出す。

 そばに見えるエレベーターは常に稼働しており、通り過ぎる人の中には天使も魔界人もザラにいる。

 

「……ロボ子先輩、大丈夫ですか?」

 

 普段より口数が少なくなっているロボ子に声を掛けると、

「……まあ、ボクは高性能だからね! 失敗なんかしないし大丈夫だよ!」

 なんて豪語する。

 

 フラグを立てるな!と誰しもが思う。

 でも口にはしない方が良い気がした。

 そもそも、そんな空気ではない。

 

「でも、ほんとにロボち高性能で良かったね」

 

 だが意外な発言をそらがした。

 

「え?」

 

 いつも高性能高性能と自画自賛しているロボ子でさえも驚いて声を漏らした。

 

「高性能なおかげでちゃんと緊張感持ててるみたいだからね」

 

 先輩風を吹かせて笑うそらが本当に先輩だった。

 素敵な言葉かけに皆が言葉を失う。

 

「ま、まあボクほどの高性能ロボットは人間の全ての感情を持てるからね!」

 

 無言破壊のためにロボ子が紅潮して少し声を張った。

 緊張度は増しているが、それはまた別の緊張。

 だが、元気が出たようで何よりだ。

 そらもメルもアキロゼもクスッと顔を見合わせて笑った。

 

「あのー、すみません」

 

 そこへ突然、声が掛けられた。

 赤面していたロボ子を筆頭に驚き振り返る者たち。

 その振り返った目先、1人の天使が大きな荷物(トランク)を持って立っていた。

 頭に謎の手裏剣がある事には決して触れない。

 いや、恐らく触れてはならない。

 

「な、なんでしょう?」

 

 左腕には「生徒会」の文字が刻まれたワッペンが付けられている。

 一人で学校行事の何かに降りてきたのか?

 

「ここってどうやっていけば良いんですか?」

 

 あまり感情の見えない眼と声で簡易的な地図を広げてとある地点を指さす。

 どうやら単なる迷子らしい。

 しかしここには、少し離れるがインフォメーションセンターもある。何故わざわざ一般人に尋ねたのか。

 インフォの存在を知らないとなると仕方ないが。

 

「えーっと……」

 

 地図を見てぎこちなく振り返るそら。

 その眼は助けてと訴えかけていた。

 

「見してー」

 

 急いでロボ子が助太刀する。

 マップを見た瞬間脳内マップとリンクしたのか丁寧に教え始める。

 どうやら相手方もすぐに理解したようで、感情薄くお礼をした後その道へと向かって歩いて行った。

 

「……学校行事なのかな?」

 

 遠のいていく背を見ながらそらがつぶやいた。

 

「でも荷物多いよ?」

 

 メルは少し納得できていなさそう。

 

「あれって旅行か、もしくは引っ越しとかの荷物だと思う」

 

 アキロゼもメルと同意見だ。

 

「ボクは他人のことより自分のことで精一杯なんだけどなー」

 

 ロボ子は一人、他人に感情を向ける暇なく今も尚、僅かに緊張していた。

 

「大丈夫! 緊張は高性能の証! 高性能なら失敗なんてしないよ」

 

 そらの気の利きすぎる言葉。

 ロボ子は暖かい気持ちに包まれた。

 こんな感情も、やはり高性能ならではか。

 

「ねえ、折角だしお茶でもして帰る?」

 

 下見が終わった途端に暇ができる。

 それを見計らいそらが提案した。

 

「おー、奢り?」

「え、奢り?」

「さすが先輩!」

 

 するとロボ子を筆頭にそらにや(たか)り始める。

 先輩としての威厳がないのか、もしくは先輩として尊敬されているからこそなのか……。

 そらの場合は恐らく後者だろう。

 

「じゃあロボちだけね」

「えっ、ほんとに?」

「うん、私からの応援」

 

 アキロゼとメルもいいね、と賛同した。

 

 四人は雑談混じりに心休まる静かなカフェを探した。

 

 




 みなさんどうも、作者です。
 今回で漸く一人、4期生を出せました。
 勿論この先でしっかりとストーリー付きで登場しますが、4期生はもう少し先になりそうです。
 次はゲーマーズがありますので。
 それにそろそろ異世界らしい何かを出したいですね(バトル⁉︎)。

 もしこの先全員それぞれの出番会作ったら大変な事になりそうだけどやってみたい……。
 出来たとしてもきっと全員感動話は無理ですね。

 とまあ、こんな感じで続きは次回。
 次回、まだライブは始まらないよ(多分)。


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10話 勧誘・侵入

 

「ねえフブキ」

「ん、何?」

 

 放課後の教室、ライブに向けてのレッスンが控えるフブキは帰宅準備を素早く済ませていたが、友人であるミオに声を掛けられて動きを止めた。

 

「なんか最近のフブキ凄く忙しそう……」

 

 心配そうに視線を落としながらミオが尋ねるように言った。

 だが、フブキからすればその言葉には「何か隠し事してない?」の意味にも取れる。

 実際に隠すーー正しくは言っていないので、友達を欺いているような罪悪感が僅かにあった。

 

「あー、まあちょっと忙しいかな」

 

 表向きはそう答える。

 現実は本当に忙しい。

 ただ、それがフブキにとって苦であるかと言われるとそれは断じてノーだ。

 本当にただ忙しいだけ。

 だから心配はある意味杞憂だ。

 

「バイトやってるの?」

 

 余程放っておけないのか、いつもより少し圧がある。

 

「あー、まあ似たようなものをね」

 

 視線を揺らしながら、そうだとは言わずにはぐらかす。

 嘘でもそうだと言わないのは、フブキがもつ罪悪感の具現化だ。

 言えない事実と嘘をつきたくない感情の中心にあるのがその選択だ。

 しかし、これでミオは確実にフブキが裏側で「何か」をしている事を見抜いた。

 珍しく今日のフブキはポーカーフェイスや言葉選びが下手くそだ。

 しかもミオであれば獣人特有の尻尾の動きまでも言葉や感情に変換させてしまう。同じ獣人として、何より友人として既にフブキの行動の特徴や性格は知られている。

 耳が跳ねたところも、尻尾の毛が微かに逆立ったのも、言葉に合わせて尻尾が隠れるように動くのも、何もかも。

 

「……詰めすぎじゃない?」

 

 しかしそれでも正面からの直接的な表現を避けるのはミオの性格か。

 

「ううん、忙しいけど楽しいし、実際にこれだけ元気だから!」

 

 片腕に力を入れて活力を見せつける。

 瞳は揺らいでいるが、嘘をつけていない眼だった。

 フブキの心拍数が上がっていく。

 

「なら……いいけど」

 

 不服そうにミオは一歩引いた。

 

「うん、なんか心配させてごめんね、でも今日もこれから用事あるからまた明日」

 

 フブキは駆け足で荷物を背負って教室を出て校門を抜けた。

 そのフブキの胸は何故か高鳴っていた。

 

 

 一方、教室に残っていたミオ。

 フブキとの会話に集中しすぎて気が付いていなかったが、既に生徒は全員散っていた。

 窓の外を眺めると校庭がある。

 その先の校門を飛び出していくフブキがいた。

 なんだか最近のフブキは忙しそうなのに楽しそうだ。

 毎日に幸せが溢れているようで、とても羨ましい。

 隠し事をされることが残念だとは思ってもいない。

 プライベートなど、どれだけ親しい中でも侵入も介入もできない領域は必ず存在する。だから、そこに不満はない。

 不満があるのは自分自身。

 仲良しでずっと一緒にいたフブキは、遂に夢中になれる何かを見つけたのに自分は果たしてどうだろうか?

 顔を上げてみろ。

 進む道が未だに見えない。

 得意の占いでつい先日自分を占ってみたが、将来の栄光を示すカードは出なかった。

 

「…………」

 

(でもそう言えば、占いの時に『逆位置の聖杯の4』が出ていたはず……)

 どうなるかは分からないが、進展のない現状に新鮮味のある何かが起きるかもしれない。

 

 事態の発展はその矢先だった。

 帰宅路、ほぼ無心で歩いている中何人もの人とすれ違う。

 その内のとある二人の男性の言葉だけがやけにミオの耳に強く飛び込んだ。

 それは「今度のフブキちゃんのライブ行くよな⁉︎」から始まる会話だ。

 驚愕して立ち止まり振り返るが、その男性二人は会話と歩みを進めて遠ざかっていく。

 拘束されたように固まっていたミオは次の瞬間弾かれるように飛んで家に帰った。

 何故だろう?

 「ふぶき」なんて名前は良くあるはずだ。

 「ふぶき」や「フブキ」や「吹雪」などがあるが、ミオの頭では「フブキ」以外の変換はできなかった。

 アイドルに強い興味はなかったが、多少の知識はある。

 その知識の中に同じ名前がなかったからだろうか?

 いや、そんなことはどうでもいい!

 

 ミオはパソコンの前に座り検索欄に「白上フブキ」と打ち込む。

 

 震える手と5秒間決闘し、カチッ、とEnterキーを強く押す。

 

「これは……!」

 

 その日、遂にミオは真実を知った。

 

 

 

          *****

 

 

 

 翌日の朝、フブキは思い悩んでいた。

 正直、ミオにこれ以上隠すことは不可能。

 いや、ミオに限らない。

 今の仕事はアイドル好きよりもゲーム実況好きに刺さるものだ。

 女子校とは言え、いずれフブキは校内で名を轟かせることになる。

 友達はミオだけではないが、ミオには誰よりも早く知ってもらいたいと思うし、そうでなくてはいけない気がする。

 だから、話す事を決めた。

 悩みはそこではない。

 フブキが困っているのは、自分の感情だ。

 

 昨日ミオに詰め寄られて理解できた。

 

 フブキは……ミオを誘いたいのだと。

 

 誘うのは簡単だ。

 相手の答えを無視すれば。

 だが、もし断られた時……そう考えると、亀裂なんてものは生じないことは分かっていても、なんだか怖くなってくる。

 そしてそんな自身の感情を見つめ直した時、自分の思想がとても傲慢にみえるのだ。

 

(そう見えるだけなら……別にいいんだけど)

 

 登校中も考え事。

 授業も集中力不足。

 

 いつも二人で食べる昼食。

 普段はフブキから弁当を持ってミオの席に駆け寄るが今日は動けずにいた。

 ミオからは来ない。

 異変には気がついているはず。

 

(……だめだ、こんなラブコメチックな! しっかりしろ白上!)

 

 フブキは不動で己を奮い立たせ、弁当を持ってミオの席に遅刻した。

 

「ミオ、今日はちょっと……外で食べない?」

「ん」

 

 まるで待っていたようにスッと立ち上がる。

 

 ノリで教室を出たものの目的地が決まっていない。

 屋上は未開放。

 中庭には他にも人がいる。

 グラウンドの隅なら人がいないが、正直食事をするには適さない。

 

 無心で歩いたフブキ。

 気がつけば校舎裏だった。

 上手く日陰になっていて本格的に告白ムードだ。

 フブキは一人紅潮していたが、ミオは何も咎めずこの場所に唯一存在するベンチに腰掛けてその横に弁当を置いた。

 ミオはわかっているはずだ。

 何故フブキが人気のない場所に呼び出したのかを。

 フブキは自分が本心を隠すためにわざと緊張しているのではないかと自分自身に疑心暗鬼をかけてしまう。

 ミオの様子を見ていると、次第に怒っているように見えてきた。

 

「……」

「……はぁ」

 

 考えれば考える程言葉が出ない。

 立ち尽くして動けないフブキにミオがため息をつく。

 それに過敏に反応したフブキ。顔を上げるとミオが立ち上がって目前まで迫っていた。

 顔が近い。

 瞳に映る自分がいた。

 

「ウチから切り出すのはおかしいでしょ? ほら、フブキはなにしてるの?」

 

 と、あくまで話を切り出すきっかけを与えるだけに留める。

 もはや逃げられない包囲網のような圧迫感のある言い方で、ミオが切り出したと言っても過言ではないが、ここでは互いに目を瞑る。

 核心に触れていなければよし。

 ここでフブキが語らなければこの話は永遠に凍結したままだ。

 

「……うん、えっと……」

 

 口を開き始めたフブキに一度頷きミオは一歩下がって適切な距離感を保つ。

 近すぎても遠すぎても会話はし難い。

 会話の内容に応じた適切な距離感がある。

 勿論、場所や雰囲気もそうだ。

 

「もう知ってると思うけど……ホロライブってとこで『アイドルみたいなの』やってる……の」

 

 喉に引っかかっていた内の一つがようやく吐き出せた。

 俯き加減の顔を少し上げてミオの顔を確認すると呆れたようだった。

 

「うん、調べたからね」

 

 ミオはテッキリこのカミングアウトだけがフブキの悩みだと思い込んでいるため、ベンチに戻り弁当を開き始めた。

 フブキは戸惑いながらも流れに合わせてミオの隣にゆっくりと座った。

 その時、誤って自分の尻尾を踏んでしまった。

 もう一度尻尾を払い座り直す。

 ミオの弁当を覗き見るといつも通り綺麗な彩りと並びで中身が詰まっていた。

 フブキも弁当の蓋を開ける。

 昼休憩はまだまだある。

 食事して教室に戻る余裕はある。

 

「あ、フブキの弁当は今日も美味しそうだねぇ」

「あ、あげないから! これは白上のなんじゃ!」

 

 箸をカチカチならせてハイエナのようにフブキの弁当を狙う。狼のくせに。

 フブキが弁当を守るようにミオから遠ざける。

 いつもの調子に少しだけ安心する。

 なんならいっそ、野菜を盗まれてしまえば本当に気が楽かもしれない。

 

 そんな想いは中々行動に移せない。

 ただただ弁当の具材が口に運ばれる。

 美味しい。

 

「フブキはさ、アイドルやってみてどんな気持ちなの?」

 

 口にまだ食べ物が残ったままミオが少し興味持って聞いてきた。

 

「うーん……どんなかぁ~」

 

 純粋に考え込む。

 箸の動きを止め、腕を組んで悩む。

 

「まあ楽しくて面白いのは当然とすると……画面越しだけど名前も知らない素敵なすこん部の人たちに出会えることかな」

「なんほどねぇ~」

 

 ふふっと笑ったフブキにミオはもぐもぐしながら返事する。

 

「聞いときながらなんか上の空ぁあああああ! 折角残してた唐揚げが!」

 

 箸で弁当の空白を掴み、見てみるとそこにあったはずの唐揚げが無くなっていた。

 犯人はミオ。

 証拠など必要ない。

 

「美味しかったよ」

「それはどうも!」

 

 頭に怒りマークが浮かび上がりそうな声量でフブキが吐く。

 以降フブキは、頭の中でミオをホロライブに誘おうか戸惑うと同時に常時弁当の具材を盗まれないよう警戒していた。

 そこそこに会話をしていると弁当の残りも少なくなってきた。

 会話もひと段落つき、落ち着いてきたところなのでこのまま食べ終わると教室へ帰る流れになってしまう。

 

「ーー」

 

 唯一ミオの手から逃れた唐揚げを口に入れて咀嚼もそこそこにグッと飲み込む。

 

「ミオ……!」

 

 少し強めの語調。

 ミオは不思議そうに食事を続ける。

 

「あのさ……」

「ん?」

 

 青春漫画では桜吹雪が起きるようなムードが漂う。

 

 

「もし……もしよかったらーー‼︎」

 

 

 

          *****

 

 

 

 とある昼。

 あくあとシオンが事務所に来た時、一人の来訪者がいた。

 その人の姿はアイドル事務所には全く似つかわしくないものだった。

 遠目からでも漆黒と銀の防具が光を反射しているのが分かる。

 腰には長過ぎず短過ぎない適度な長さのメイスが添えてある。

 

 そんな女性にえーちゃんが対応していたが、やがてその女性との話のケリが付くとスタスタと去って行った。

 

「えーちゃん今の誰?」

 

 あくあが去りゆく女性の背を控えめに指さす。

 あくあが声をかけて初めて存在に気がついたえーちゃんは、

「あ、あくあさんにシオンさん、こんにちは」

 と丁寧に挨拶した後、

 

「今の方はよくわからない騎士団の団長さんです」

「騎士団? この国に騎士団なんかないでしょ」

「だからよくわからないって言ったじゃないですか」

 

 手にしたボードを持ち直してメガネをあげるとそう言った。

 

「それで結局なんだったの?」

「あー、はいはい、それですね」

 

 あくあの繰り返しの質問に面倒くさそうに相槌を打って、

「今度のゲーマーズのオーディションの一次選考を受かったらしいんですけど、どうやら応募が本人の意思じゃないらしくて、辞退を申し出てきたんです」

「ん? どういうこと?」

「あーもう! めんどくさいですね!」

 

 あくあのくせに質問攻めが鬱陶しい。

 誰を相手にでもこんな風に口煩ければ周囲の人も楽だと言うのに……。

 いや、でもそれはそれであくあの個性を一つなくすことになる。

 

「なりすましかなんかじゃないですか? 私も詳しくはわかりませんよ!」

 

 少し語気を強めて怒りをチラつかせる。

 多分実際は大して怒っていないだろうが。

 

「ねえ、じゃああの人は?」

「あ?」

 

 苛立ちを含んだようなトーンで振り返る。

 シオンが指さしているのは窓の外。二人が遅れて視線を向けると、そこには一人の業者服を着た男性が段ボールを社内に運んでいた。

 作業用の帽子で上から顔は見えない。

 

「……さあ、社長か誰かが頼んだんじゃないですか」

 

 あまり興味なさそうにえーちゃんは答えると仕事に戻ると言って去って行った。

 

「……ねえあくあちゃん、今日ってあやめちゃんも来る予定だったよね?」

「ん? そうだね、もう来てるかも――ってシオンちゃんどこ行くの?」

「んー? ちょっとトイレ」

 

 トイレ方面に向かってゆっくり歩き出すシオン。

 

「じゃああてぃしも」

「えー、ちょっとやだー。トイレまでストーカーしてくるじゃん」

「そんなこと言って嬉しそうじゃん」

「うそ、あくあちゃんシオンのこと好きすぎー」

「いや、逆でしょ~。シオンちゃんあてぃしのこと好きすぎー」

 

 噛み合っていないような気のする会話をつなげて二人は歩く。

 その際、シオンが所々で歩みを緩める。

 多少不自然に思いながらもあくあは合わせて歩いた。

 

「そういえばあくあちゃんさ――っと」

「おっと」

「シオンちゃん⁉」

 

 曲がり角で視線をあくあに向けたせいで前方不注意になり丁度先程シオンが見た作業員と接触してしまう。

 接触と言ってもシオンの肩が男性の段ボールに当たった程度。

 互いに負傷はない。少し驚いただけだ。

 

「すみません」

 

 シオンはすぐに頭を下げる。

 

「いえ、こちらこそ不注意でした。それでは」

 

 それだけ互いに謝罪を済ませると男性はまた歩き始めた。

 

「……何であくあちゃんが緊張してんの~」

 

 今のわずかな時間端で小さくなっていたあくあを見てシオンが笑う。

 

「だ、だって……」

 

 知らない男性が……と言いたいのだろう。

 あくあのコミュ障は女性相手でも容易く発動する。

 男性相手ならその効果と速度はきっと絶大だ。

 

「ほら、置いてくよ」

 

 シオンがあくあを放って歩き出すとあくあは焦って駆けてシオンの横についた。

 

 

 

 

 

 

 

 作業服の男性は荷物を誰もいない部屋に持ち込んだ。

 手慣れた作業で空いた空間を見つけ出しそこにその段ボールをそっと置く。

 そして段ボールを開き始めるのだが……。

 

「――くっ! なんっ!」

 

 ガムテープを剥がそうにも剥がれない。

 段ボールを破こうにも破れない。

 いろいろな方法を試みるがなぜか絶対にあかない。

 

「開くわけないじゃーん」

 

 突然、その男性を嘲笑う声が聞こえる。

 男性が驚き部屋の入り口を見るとそこにはシオンがいた。

 その目は確実に相手を馬鹿にしている。

 

「どうしてかな?」

「裏見てみなー」

「……」

 

 シオンの煽り調な発言に男性は怒りを覚えながらも段ボールを静かに引っくり返すと、その裏には小さなシールのような何かがあった。

 

「今その段ボールの制御権限はシオンにあるから」

「クソッ、魔法使いか」

 

 男性は様相を豹変させ段ボールをシオンに向かって蹴り飛ばす。

 制御権限をシオンが持っているため、段ボールに傷は一つもつかないが、その箱は真っ直ぐシオンに向かって飛来する。

 シオンはそれを不動で床に叩き付け、右手を男に向かって翳す。

 すると魔方陣のような摩訶不思議な円が展開される。

 それが攻撃系統の魔法であることは誰がどう見ても直感する。

 男もまた然り。

 

「チッ」

 

 男は舌打ちすると自信の真後ろにある窓を突き破り飛び降りた。

 その男の腰にはいつの間にか一つの刀が添えられていた。

 

 そして、ヒュッ、と一筋閃光が奔る。

 シオンが放った光線だ。

 その光線は飛び降りる男めがけて一直線に飛んでいく。

 男の回避は一歩遅かった。

 窓の外、建物にして約三回分の高さで滞空しているタイミングで光線が飛翔する。

 あわや塵になるかと思える瞬間。

 しかし男はそこで刀を抜いた。

 光の速度をも凌駕するような素早い抜刀術で刀を手にすると、目前に迫った光線を上から下に向けて一閃――。

 シオンの砲撃は形を持たないにも関わらず見事に真っ二つ。

 本来なら光線はシオンが止める意思を持たない限り放出し続けるのだが、男のこの斬撃が光線を伝い最終的に魔方陣が破壊される。

 特殊な斬撃技を使うようだ。

 飛ぶだけならまだしも、どうやら無形物質をも切り裂いてしまう模様。

 魔法攻撃を相手にするのが苦手な剣士にとって革命的な力だ。

 それが本人の能力か、刀の持つ霊力のようなものかは不明だが、シオンのアドバンテージが一つ消滅したことは確かだ。

 窓から飛び降りた男は相当な高度にもかかわらず難なく着地した。

 シオンはそれを見ていながらも動かなかった。

 

「躊躇いなく撃つと思えば……いつの間にこんな小細工を」

 

 周囲を見渡してようやく悟る。

 シオンが部屋に突入したときには既にこの状況だったというわけだ。

 

「一体どこまで覆っていやがる……っ」

 

 男が「この空間」から抜け出すために走り出そうとしたとき――

「聞いていた話とまるで違う。何が虚弱貧弱軟弱の女どもの集まりだ……血気盛んすぎだ」

 

 男が愚痴る。

 手にした刀を構え目の前に現れる一人の少女に敵意を向ける。

 いや……本当は少女と呼ぶには年齢が高すぎるのだが。

 

「シオンも鬼使いが荒すぎるんよ、全く予定にない仕事を頼んでからに」

 

 ふう、と軽く息を吐いて腰に添えられた二本の刀『大太刀 妖刀羅刹(ようとうらせつ)』と『太刀 鬼神刀阿修羅(きじんとうあしゅら)』を抜き取る。

 それと同時に少女の周囲に漂い続けている式神たちがそれぞれの刀に纏うように溶け込んでいく。

 

「一応聞くけど、段ボールの中身は?」

「……さあな」

「ここに来た目的は?」

「さあな」

「お縄につく気は?」

「あるものか!」

 

 強気の言葉とともに一刃の風が吹き抜ける。

 その風は容赦なく鬼神――あやめを狙っている。

 近接と遠方の対決。

 武器はどちらも刃。

 一見あやめが不利だが、鬼神として持つ素質が活きてくればわからない。

 まずは挨拶代わりの一閃を軽く遇う。

 

「余もまだまだ活動したいし、ホロライブにはお世話になっとるからね。少しは手伝うよ」

 

 あやめが一言言って刀を構える。

 戦闘態勢に入り、迎撃準備は完了。

 むしろ自身から斬りかかろうと――

 

 ビシッッ‼

 

 突如、世界がひび割れる音が響いた。

 

「何⁉」

 

 あやめが空を見上げると、そこに大きな亀裂が入っていた。

 十階建てのビルの高さのあたりに亀裂が走りそれが次第に拡散していく。

 罅割れる音が何度もなり、やがて天が割れた。

 そして天から何かが剛速であやめに降りかかる。

 高さこそあれど急な展開とその速度に遅れをとったあやめは逃げ遅れた。

 隕石のごとく飛来するその物体。

 そして下から見上げるあやめ。

 その距離が残りわずかとなったとき、間に割り込む影があった。

 シオン以外他にいない。

 

「ごめんあやめちゃん、侵入された!」

 

 シオンが後方のあやめに叫ぶ。

 その声は謎の侵入者とシオンを中心に展開されたバリアとの激突の轟音でなんとか聞こえる程度だった。

 

「っ!」

 

 あやめが言葉を返そうとしたが、そこに風の刃が飛んできた。

 ギリギリの判断で吹き飛ばしたが。

 

「あやめちゃんっ!」

 

 シオンがバリアをその場に放置しその輪から抜け出すとあやめを引いて距離をとった。

 すると謎の飛来人もバリアとの対決をやめ作業服の男の下へ飛び、直ぐさま二人で割れた空から逃げていった。

 

 

 

 




 どうも、作者でございます。
 今回は初めてのバトル描写がありました。
 ようやくタグがつけられる……。
 取り敢えずバトルと言えば、な二人でしたね。
 ですが将来は意外な人たちもきっと……。
 それと、基本的に敵キャラには本名を付けないようにしようと思います。ホロメンの印象を強くしたいので。
 そうするとまあ、読みにくくなるかもしれませんが、どうかご理解ください。

 うっし! まだまだがんばんでぇ!

 それではまた。


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11話 踏み出した一歩のその先・ポンコツエリート

 社長との面接。

 凄く優しそう。

 

 一次審査を通ったのは正直奇跡だ。

 コネ入社なんて言われたらきっと耐えられないからわざわざ表面上は断ったのに。

 まるで見えないところから支えられてるみたい。

 

 ゲーム? 好きです。

 配信? したことないけど人と話すのは好きです。

 アイドル? 最近興味を持ちました。

 その理由? 友人がやっていたので。

 

 つい先日のライブだって陰ながら見ていた。本人には言ってないけど……。

 とても楽しそうだった。

 純粋な感想以外に出てこないほどに。

 本人は満足できてなさそうだったけど。

 

 長くない二次審査。

 結果は二週間以内の通過発表をもっての報告となる。

 気長に待つとしよう。

 それと、その間は家族以外に他言無用でいこう。

 

 

 

 

          *****

 

 

 

 

 そらに続く二人のソロライブは成功だと、誰もが褒めてくれる。

 確かに二人ともうまく仕上がっていた。

 歌声も良く通った。

 ダンスも失敗しなかった。

 歌詞も間違えなかった。

 ステージアクションもファンサもそこそこできた。

 ファンのみんなも喜んでたし、ライブありがとうの配信でも賞賛のコメントをもらった。

 当然うれしかった。

 

 でも自分から言わせてみれば成功ではない。

 あの時、心に穴があった。

 その小さな穴がライブの質を下げた。

 誰にも気付かれないこの不完全燃焼感。

 アイドルとしてステージ上に私情を持ち込むなんてあり得ないことなのに……。

 こんな不完全な気持ちの私を賞賛されるなんて、申し訳が立たない。

 

 それなのに、この心を治療する方法がない。

 配信でも私生活でも一切この感情を持ち出さない。

 だから誰もこのことを知らない。

 一人このまま、心に小さな空白を持っていくのだと、確信した。

 ――のだが。

 

 ――根本から私が間違ってた。

 

 

 

          *****

 

 

 

 新たなメンバー。

 それを聞かされてわくわくした。

 どうやらゲーマーズに初めてのメンバーが入るらしい。

 フブキ以外のメンバーの参入で初めて組織が起動し始める。

 微かな寂寥感を抱えつつもその新たなメンバーに期待を寄せていた。

 人数も多くなり始めたため、全員集合での顔合わせ会はもうやらないらしい。

 だからもし今後誰か入ることがあるなら、積極的にこういった場に顔を出す必要が出てきた。

 現在、先行してリーダーであるフブキだけが待機している。

 

 まさかそれが、自分にとって凄くありがたい時間になるとは、思いもよらなかった。

 

「失礼します」

「え」

 

 礼儀正しい一声。

 扉のノックの後にそっと扉が開く。

 フブキはその声に聞き覚えがありすぎて拍子抜けた声が漏れた。

 現れるのは見覚えのありすぎる少女。

 和の色が濃いめで神社で働いていそうな独特な服装。

 長い黒髪に少しのメッシュ。

 尻尾と耳は犬科――細かく言うと狼。

 いつも見ていた琥珀色の瞳。

 最近疎遠になったと思い込んで、勝手に寂寥感を抱えていた理由の相手。

 

「今日から、ホロライブゲーマーズに所属します。よろしく、フブキ『先輩』」

 

 ミオ。

 彼女の名前は、大神ミオ。

 自己紹介してないのに分かる。

 分かるに決まってんだ。

 

 部屋に二人きりな不自然さ。

 ミオが事前にマネージャー達に打ち明けていたために成立する。

 その与えられた空間が、フブキは神からの贈り物かのようにも思えた。

 そして実は、打ち明けた本人、ミオも。

 

「何で……?」

 

 後ろ手に扉を閉めるミオは終始微笑んでいて、ドッキリ大成功、と言いたげだ。

 

「あの時断ったのに」

 

 同じ高さにあるはずの目を少し見上げている。

 フブキの視線は、ミオの目に釘付けで、歩み寄ってくる彼女から一瞬たりとも背けない。

 

「嬉しいけど……何で嘘なんか」

 

 以前、自分が誘ったときの話だ。

 あの時、フブキは断られた。

 それは確実。

 あの時ミオは、勧誘したフブキに対して「アイドルは向いてないし、興味ないかな」なんて言っていた。

 断られたことのショック――まるで失恋のような衝撃が(失恋の衝撃などは知らないが)強すぎて頭にくっきりと焼き付いている。

 あの時の言葉が嘘だったことはおそらく事実。

 でもだからといって怒ったりはしない。

 

「いいねえ、そのびっくりしてる感じ。うれし」

 

 立ち止まったと同時、やっと喋り出す。

 

「何で?」

「あーはいはい、話すからちょっと待ってよ」

 

 止まない何でコール。

 フブキの動揺は明らかだ。

 ミオも少しばかり楽しんでいたが、それと同じくらいの安心感と罪悪感があった。

 

「ウチね、フブキが何かしてるって言うのは結構早く気付いたんだよ?」

「うん」

「最初は密かに応援してようと思ったんだけど、日に日に距離が離れていってるような気がしちゃって、そしたらちょっとだけ寂しくなっちゃって……」

「……ミオも?」

「そう。だからこっそりフブキのこと調べて、アイドルのこともホロライブのことも調べて、色んなことを知って……」

 

 すっと、区切る。

 そして、すぅっと、息を吸う。

 

「そしたらまさか、フブキ本人から誘いがあってね」

「……」

 

 まるで、そのときフブキがいなかったかのように話す。

 若しくは、話している相手がフブキではないかのように。

 フブキは聞き入っている。

 

「でも断っちゃた」

「……」

「本当はあの時から既に、応募は決意してたのにね」

「……」

「何でかって言うと、まあ、ドッキリとか、プライドみたいなのとかもあったんだけど……」

「……」

「…………」

 

 …………。

 

「ねえフブキ……ずっと一人で喋ってるのは、ウチもさすがに恥ずかしいんだけど……」

 

 口を小さく開き、ミオの様々な表情の変化を捕えていたフブキ。

 

「ぇぁ……ごめん」

「いや、別に謝らなくてもいいけどさ……」

「あぁ、うん、そうだよね」

 

 互いに、あははと乾いた笑いがこぼれた。

 

「あー、えっと、まあ、それでね、そういう感情もあったんだけど、一番はね?」

「……うん」

 

 少し恥じらいながら、言葉を選ぼうとする。

 その頬は少し赤らんでいる。

 

「フブキが遠くに行くのが当然だったから」

「――? 当然?」

「そう、当然。だって、フブキは正しく真っ直ぐ、自分の道を進んでる」

「そんな綺麗な感じじゃ――」

「だからフブキは離れていく。フブキが進むのに、ウチが進まないから」

 

 フブキの目が見えた。

 困惑していてかわいい。

 

 ミオの目を見た。

 儚げな目がフブキの奥を見ている。

 

「だからウチはフブキの誘いに乗りたくなかった。客観的に見たら建前でも、ウチは人に連れて行かれるんじゃなくて、自分の足で自分を連れて行きたかったから」

 

 そんな崇高な心持ちだったなんて……。

 フブキは感心して言葉も出なかった。

 

「ごめんね、ウチの勝手で混乱させて」

 

 ミオが謎の謝罪をする。

 私は、何をしていたのだろう。

 本当に何がしたかったのだろう……。

 

 こんな偉大な親友の陰で、一人自分勝手にライブの質を下げて……。

 

 ミオが言うように、本当にフブキとミオの間に壁があって、それを今ミオが乗り越えてきたのなら、フブキは疲れた彼女の手を引いてあげなくてはならない。

 勝手な思い込みでうじうじしていられない。

 

「んーん、私こそごめん、何も考えずにちょっと強引に誘っちゃって」

「……ぁ」

「……? どうかした?」

「いや……勝手続きでごめんなんだけど」

「うん、何?」

「……」

 

 今更何を尻込みしているのだろうか?

 

「ウチさ、フブキが冗談めかしたりするときに使う一人称が好きなんだよね……」

「それって『白上』のこと?」

「……うん」

「へえ……意外――と言うか、好きな一人称なんかがあるんだ」

「うーん……まあ、ウチが口出しするのもおかしいけどさ、配信中とかアイドルやってる時って『私』でしょ?」

「そうだね――ってか、それが平常時だけど」

 

 特に意識しているわけではないが時々『白上』と口をついて出てしまう。

 

 気がつけば場の空気は少しずつ変わり始めていた。

 

「ウチだからそう思うだけで、実際は違うのかもしれないけど、『私』でいるときよりも『白上』でいるときの方が凄く明るくて、ウチも楽しくなるんだ」

 

 ミオの笑顔が訴えかけてきた。

 意識などしたこともないが……。

 ミオにはそう見えていたのか。

 ……確かに、振り返ってみればそうなのかもしれない。

 白上を口にするのは気分が高まった時や冗談に対応するときなど正の感情が絶好調の時だ。

 それを踏まえればミオが感じているものも間違いではなのかもしれない。

 もし、ミオが感じている事を他人でさえも感じているとしたら……。

 

「じゃあ……これからは、白上って呼んでみようかな……」

 

 言われるがまま、少し照れながら頬を掻く。

 

「――ふふっ、嬉しい」

 

 ミオの笑顔がフブキに力をくれる。

 ミオの笑顔をフブキが作る。

 嬉しい関係に見えて少し大変な関係。

 この場合の要はフブキになる。

 でも……なんだか心が軽い。

 今なら、あの時できなかった「本当に」最高のライブができる気がする。

 

「じゃあ改めて、よろしく、フブキ」

 

 ミオが咲う。

 フブキも咲った。

 もう一度二人でクスッと笑い合う。

 凄く気分が晴れている。

 今日の天気が雨だなんて信じられないくらい。

 

 さあ、仕事だ。

 どんなときでも、配信。

 リスナーさんと、すこん部のみんなとたくさんの感情を共有する。

 まだ始めたばかりでそんなに多くの感情は共有できてないけど、将来は何でも曝け出せる『ミオのような』存在になってると嬉しい。

 …………え? 隠し事してたって?

 …………皮肉。

 でもそんな意味じゃない。

 今後はミオにもリスナーのみんなにも、嘘偽りのない白上を見せつけていくから!

 

 そうだよね? ミオ?

 

 

 

          *****

 

 

 

 最近、流れに乗っている。

 ホロライブと言えば、聞いたことはある、程度にまでは成長した。

 おかげでライブの開催も随分と計画し易くなった。

 近々はあとのライブが決定。

 更に少し日は空くがフブキの二度目のライブ、メルのライブ、そして二期生のトップバッターとしてあくあのライブまで決定した。

 予定では、その先にまつりのライブも計画されている。

 そんな中、突然に新メンバー加入の知らせを受ける。

 

 ミオの時と同様、全員は顔合わせ会に出席できていないが、数名が集まった。

 フブキとミオはゲーマーズに新たな仲間が来ると大いに期待したことだろう。

 入室してきたのは桜色の髪を一つサイドに結んだ巫女服の少女。

 和の色が強い外見で、髪飾りもそれに合わせて桜型だ。

 

「にゃっはろー、今日からこっちで活動することになったエリート巫女のさくらみこだにぇ」

 

 明るく名乗るが、正直滑舌が……。

 

「彼女はさくらみこさん。今日からホロライブメンバーに加わります。あ、ゲーマーズじゃないです」

 

 えーちゃんが手のひらで示し説明する。

 最後の一言にフブキとミオは少し残念そう。

 

「あれ? そらちゃんがいないにぇ」

 

 部屋を見回し、対面を期待していた相手がいないと気付くとそれを即口にする。

 捉え方によっては失礼でもある発言だが、あまり気にしていない……と言うより、気付いていない。

 

「そらは仕事の関係で今日はいません」

「ええっっ‼」

 

 みこがゲーマーズではないと聞いたときのフブキとミオ以上にがっかりする。

 

「大丈夫?」

 

 地べたに崩れ落ちるみこにそっと歩み寄りちょこが話しかける。

 

「大丈夫だにぇ……みこは後輩に心配されるようなダメ巫女じゃないにぇ……」

 

 ちょこの手は取らずゆっくり立ち上がった。

 

「……?」

 

 全員がその間に首を捻った。

 

「あ、言い忘れてましたね」

 

 えーちゃんがふと何かを思い出す。

 そして手をぽんと叩くと、

「みこさんは二期生のデビュー以前からこの会社で別のチームとして活動していたんです」

「えっ! こんな人が先輩⁉」

「ああっ、今こんな人っていったにぇ‼」

 

 ちょこが思わず口にした失言。

 みこは鋭く反応した。

 怒り方が少し幼くて可愛らしい。

 

「みこはエリートで誰からも慕われる存在だにぇ。その証明にみこは神様の遣いだにぇ!」

 

 胸を張って威張るが証人なる神様がこの場にいないので証明になっていない。

 それに、誰からも慕われると言いながら早速ちょこが慕っていない。

 となるときっとエリートでもない。

 いや、寧ろポンコツなのでは……?

 この場のほとんどが察したことだろう。

 

「じゃあみこちゃんはホロライブのことは既に知ってる感じ?」

「当然だにぇ! みこはホロライブに入る前からそらちゃんを推してるんだにぇ」

 

 まさかのそら推し。しかも後に聞けばそらともだそうだ。

 それなら今さっきの若干失礼な発言も納得だ。

 だからと言って失礼は失礼だが。

 ともかく、久しぶりに聞くホロライブの特定メンバー推しだ。

 元々ここの会社に属するメンバーは成り行きやアイドルを目指して、またはゲーム配信者として入社しているため、この会社のこの人が好きと言って入るものは少ないのだ。

 それはまあ、現時点での知名度や視聴者の男性比率の問題もあるが。

 

「何はともあれ、今後はみこの勇士に期待するといいにぇ!」

 

 今日の面会を経て何にどう期待しろというのか……。

 しかし、ホロライブの中でも大きな存在になる予感は、誰しもが持てただろう。

 どの方面に大きくなるかは別として。

 




 どうも、作者でございます。
 これでやっとミオしゃとみこちが加入ですよ。
 凄く長い。
 正直言うと早くガチのバトル描写を描きたいんですよ、私は!
 でもそのためには、もう少し進めなくては……。
 素で凶悪な存在と対峙した際に、対抗できる人というのが限られますので。
 現在素で戦えそうなのってロボ子さんとお嬢とシオンくらいですよね……。
 でも、もしストーリーが進んで、もっと『ファンタジー』になれば……!

 ってな訳で、バトルを期待の方はあと数話だけ我慢を、特に期待してねーしって方は残りのその数話を楽しんで下さい。
 あと、いつかネタ回も作ります。今のままだとホロライブの面白さが伝わらないので。

 それでは、また次回。


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12話 Called by the GAME

 

 ライブまであと一月。

 ホロライブの活動は楽しい。

 素敵な仲間に恵まれ、素敵なファンに愛され。

 正直不満はない。

 でも、本来の目的――いや、夢は少し違う。

 このライブを終えると、あと2ヶ月もせずに一周年だ。

 そろそろかな?

 当初の予定通り、もうそろそろ夢に向かって動き出すときだと思う。

 みんなにはギリギリまで黙っていよう、止められる気がするし。

 ファンには……いつ言おうかな。

 

 まあ、もうしばらくは放置しておいてもいいかな。

 

 よし!

 今日も普段通り配信だ‼

 

 

 

          *****

 

 

 

 春。

 そんな暖かみを感じる風が吹く。

 もうこんな時期か。

 一期生がデビューして後数ヶ月で一周年だ。

 とてもそうは思えないほど充実した濃厚な時間だった。

 

 そんな暖かい風と生ぬるい日差しの中、フブキとミオは他愛ない会話をしながらゲームセンターに向かっていた。

 今日は配信も含めて互いにオフ。

 偶然仕事のオフが重なったため一緒に遊びに行くことにしたのだ。

 

 ミオは活動を始めてまだ数日なため大した知名度はないが、フブキはライブの成果もあって変装の必要があった。

 チャーミングポイントの内の一つである耳は帽子で無理矢理隠せるが、尻尾が相当手強い。

 こんな時、あくあのような身を潜める力が欲しい。

 

「もう春だねえ」

 

 空を一瞬見上げてミオが目を細める。

 

「そうだね。まだまだ涼しいけどこれからきっと暑くなるんだろうね」

 

 フブキが尻尾をちらと見ながら言う。

 まだ服は長袖、長ズボン。

 でもきっと一ヶ月後には半袖半ズボンだろう。

 そうなったらいよいよ変装が大変そうだ。

 そしてその頃にはミオもこの大変さを知るに違いない。

 

「あ、そういえば聞いた? 不審者の話」

 

 ぱっ、と思いだし声が大きかったが、すぐに声を潜めてミオに聞く。

 

「あー、作業服を着た男性?」

 

 軽く聞いた記憶の中から引っ張り出しながら答える。

 フブキもそうそうと頷く。

 

「シオンちゃんとあやめちゃんが気付いてなんとかしてくれたらしいけど、聞けばもう一人いたらしいよ」

 

 誰に聞いたのか、情報の仕入れが早い。

 フブキは少し警戒しながらミオに伝える。

 

「もう一人?」

「そう」

 

 人差し指を立てて少し格好つける。

 

「シオンちゃんが魔法で空間を歪めてこの世界と隔絶させた世界に閉じ込めたのに、それを割って不審者を連れ帰った協力者がいたんだって」

「……ごめん、よくわかんない」

「つまりは不審者は一人じゃないって事」

 

 ミオの目の前に立てていた人差し指を向ける。

 ミオは「うーん」と唸っている。

 理解できてないのか、それとも何かが気になるのか……。

 

「ふーん、でも、不審者は何しに来たんだろうね」

 

 どうやら後者、そこが引っかかるらしい。

 顎に手を当て、耳をピクッと動かして思考を巡らす。

 

「それは段ボール含めて調査中らしいぞい」

 

 つまりそれは考えても仕方がない、と言うことだろう。

 ミオの前に立って歩き始めるフブキ。

 ミオは距離をそのままに同じ歩速で歩く。

 

「まあ分かったらその時はまた情報が入るでしょ」

「ま、そうよね」

 

 二人は並んで歩いた。

 

 不穏な会話はその程度にとどめてもっと楽しい話をしながら目的地へ向かう。

 よく行くゲームセンターへ。

 

 ようやく到着した。

 直ぐさま店内へ。

 いつも通りの騒々しい様々なゲームから奏でられる軽快な音楽達。

 店内外の環境差に微かに耳が震えるがこれはもう慣れたもの。

 ここへ来るとまず最初にやるゲームは決まっている。

 ミオとはこの空間だけ確実に以心伝心できる。

 言葉なしに二人は同じ台に向かって足を速める。

 

 格ゲーに、レースゲーム、定番のクレーンゲームにリズムゲームまで、幅広く遊んだ。

 対戦も協力もソロでさえも遊び尽くす。

 ゲーマーズの名に恥じないゲーマーっぷり。

 

 あっという間に夕刻。

 最後に銃撃戦ゲームで協力プレイして帰ろうと話が決まり、その目的のゲーム台まで行った。

 が、残念ながらそこには先客がいた。

 二人ペアで同じように協力プレイで遊んでいる。

 長くはないはずなので側の待期席に二人腰を下ろして待つことに。

 いつもならミオとの会話に花を咲かせるのだが、今日はその二人から目が離れなかった。

 

 その理由の一つはゲームのプレイスキル。

 ゲームのプレイスキルは動体視力などの関係から男性と女性との間に差があるのだが、その男性の上手い人並みに上手い。

 二人ともだ。

 一人は体力に自信があるのか体を大きく使って銃の攻撃範囲を広く持つ事ができている。

 もう一人は落ち着いており、あまり動かないが細かな動きが本当に丁寧で冷静に瞬時にエイムを合わせられている。

 

 二つ目の理由は二人の仲の良さ。

 言うまでもなく今日この時初めて見た二人だが、その中の良さは見るからに明らか。

 可愛い声とクールな声が仲睦まじく二人の間を横行し二人の空間を作り上げている。

 

 三つ目は変質者的な思考だが、そのルックスの良さ。

 まず、普通に二人とも可愛い。

 時々横を向くだけなのでしっかりとは見えないが、その時々見える横顔が完璧だった。

 どちらもフブキ達と同じ獣人で、しかも片方はネコ科、片方はミオやフブキと同じイヌ科だろう。

 この二人ほどではないが、まるでフブキとミオのペアがもう一つあるみたいだ。

 

「フブキ、あんまりじろじろ見ないの」

 

 あまりの素晴らしい光景に視線を奪われていたフブキにミオがそっと耳打ちして注意する。

 曖昧に「うん」と返事しつつも結局視線は動かない。

 

「あはは……ん?」

「ぉヵゅ?」

 

 じろじろ見すぎた。

 とうとう気付かれてしまった。

 紫髪の猫少女がフブキの視線に気がつき目を合わせてきた。

 その反応にもう一人の犬少女も視線を向けてきた。

 が、茶髪の犬少女はすぐに視線を落として目を逸らせた。

 丁度ゲームが終わったため辺りを見回したようだ。

 なぜ見られているのかは分からずとも、二人が空き待ちであることは分かる。

 

「もしかしてうるさかった? 終わったのでどうぞ~」

 

 荷物を持って場所を空ける。

 

「あ、いや……もしかして、ゲーム大好き?」

「――?」

「ちょっとフブキ、ナンパみたいだよ」

 

 変態のような語りかけに少し困り顔を見せる。

 それを見兼ねてミオが注意に入り込むが、相手方の困り顔はそんな理由ではないようで、

 

「寧ろゲーセンのこんな深くに入り込む人で大好きじゃない人はいないんじゃない?」

 と、当然だろと肯定した。

 

 感じる。

 感じる。

 感じすぎる。

 ビリビリと肌に伝播する。

 ひしひしと心に染み渡る。

 

 ミオは猫少女の後ろに隠れる犬少女と一瞬目が合った。

 が直ぐに逸らされてしまう。

 

「じゃあ僕たち行くね、またどこかで会おうねーー『白上フブキ』ちゃん」

 

 手を振って笑いながらフブキの横を通るが、その去り際、悪戯っ子な笑みを浮かべて名前を耳打ちする。

 バレていた。

 一瞬驚いて絶句したが、すぐに考えを改める。

 敢えてこの耳打ちをすることで周りの一般人にバレないようにしてくれたのだ。

 猫少女の陰に隠れながら犬少女がフブキをまじまじと見つめる。

 見つめながら距離をとっていく。

 二人が離れていく。

 

 ……いや!

 自分の目を信じろ!

 

「ねえっ!」

 

 フブキは二人を呼び止めた。

 ゲーセンの中とはいえ少し声量が大きかった。

 周囲の注目を3秒ほど集めてしまう。

 が、その集めた視線もまもなく散り散りになる。

 周囲の注目も散漫になり始めたのを肌で確認し、フブキは二人との距離を詰める。

 

「アイドル、やってみませんか?」

 

 自分の直感を信じて、勧誘してみた。

 猫少女は割とゆるい表情で言葉を受け止めていたが、犬少女はおどおどと困惑していた。

 

「ふ~ん……それってホロライブでって事~?」

 

 目を細めてフブキの真剣な眼差しを見つめる。

 それにコクリと小さく頷く。

 息をのむと、その音が自分の耳によく響く。

 

「――いいよ~」

 

「「「えっっ‼」」」

 

 迷いなく、同意した。

 そのあっけなさに、フブキも驚愕。

 

「いいの⁉ そんなにあっさり⁉」

 

 今までほぼあきれ顔で傍観者と化していたミオもとうとう口を挟む。

 この選択は各の人生を大きく左右するからだ。

 簡単に選べる道ではない。

 

「いいよ~、面白そうだし」

 

 本当に迷いがない。

 

「それにオーディションとか受けて決まるんでしょ?」

 

 まだ決まっていないからと気楽に笑う。

 なんだか能天気で掴めない性格だ。

 こうして一人は早速決まった。

 

「……えっと、君は?」

 

 後ろに隠れる少女にも視線をずらした。

 例により視線をそらされる。

 

「まあ、ころさんは――」

「やる」

「本当に⁉」

 

 猫少女が庇うように少し前に出るがその後ろからボソッと呟いた。

 フブキはその声を聞き逃さず少し声を大にして聞き返す。

 

「うん」

 

 陰で小さく頷く。

 

「……」

「ウソでしょ……」

 

 ミオは信じられないと頭を横に振った。

 

 その間にも、フブキは連絡用の電話番号を交換したり、オーディションに関する簡単な説明をしていた。

 

 そこで初めて二人の名前を聞いた。

 見た目に合わせてそれぞれ「猫又おかゆ」「戌神ころね」と言うらしい。

 改めて二人を見ると、獣人の特徴的な見た目に加え、おかゆにはキラキラな瞳、ころねにはお下げと骨の髪留めという特徴もあった。

 

 そこで二人は別れた。

 

 フブキとミオは当初の予定通りその場でゲームをして帰った。

 

 

 夕日が傾く中歩く、先程のペア、おかゆところね。

 

「ころさんにしては意外だったかな~」

 

 フブキとミオから離れたことにより、ころねもようやくおかゆの背後から出て普通通りに歩く。

 そのころねに素直に感想を述べる。

 人見知りのころねが圧に負けたわけでもなくホロライブ入りを決意したのが意外だったらしい。

 

「だってぉヵゅがやるって言うから」

 

 それは即ち、会える頻度が減ることがいやだと言うことか。

 

「僕もころさんと一緒にやりたいから、断ってたら誘ってたけど……いいの~?」

 

 意外な告白に「うーん、ぉヵゅ、好き」と軽々しく求愛するが、続くおかゆの心配に首をかしげた。

 

「スカウトだから入りやすいとは思うけど、片方だけが落ちる可能性もあるんだよ?」

「はっ! 確かに」

 

 言われてそうだと発覚。

 後戻りする気はないが、一人だけが受かることだけは避けたい。

 無論二人が落ちることも避けたい。

 結局、受かる以外にあり得ない、ということか。

 

「まあ僕が受かるくらいだったらころさんも受かるよ」

 

 気楽と言うよりころねの方が向いていると判断。

 素質的には案外そうかもしれないが、面接の際に人見知りが強く出てしまうと不合格材料にされる可能性も出てくる。

 

「でもそれだったら逆になる可能性も――」

「まあその時はまた考えればよくない?」

 

 悲観的に考えるころねと楽観的に考えるおかゆ。

 この二人は大事なところできちんと正しい方向に傾く。

 今日はころねが揺れる日。

 

「ねえぉヵゅ、ぉヵゅ――好き」

「じゃあね~ころさん」

「ぉヵゅー!」

 

 ころねの唐突な求愛をスルーし、異なる帰路をゆく。

 いつも面倒見がいいのはころねだが、こんな時に妙な気が利くのはおかゆ。

 二人はそれぞれ違う方向へ歩き始めた。

 

 




 どうも、またしても作者です。
 後書きは鬱陶しいかもしれませんが、一応書くようにしておりますのでどうか我慢してください。無視してもいいので……。

 さて、今回でゲーマーズまでの全員が参戦して一区切りついた感じがします。が、章的な区切りで言えばもう少し。
 言ってしまえばホロファン追加までですかね……。
 でも、リアル時間で換算するところさんの初配信からべこらの初配信まで約3ヶ月ありますのでね、色々ありますよ。
 ホロファンはおそらくガチ恋勢が沢山いると思います。
 ですのでもう少し、もう数話だけ待ってください。

 因みに作者は箱推しですが、強いて言うならの推しはいます。
 この作品から当てられます?
 多分無理ですよね。
 まあ、いずれは私の推しも公開されますよ。
 多分、作中で!
 え、どうでもいいって? ですよね。

 はい、それではまた。


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13話 自分の夢が教えてくれること

 

 ころねの杞憂はどこへやら、おかゆところねはホロライブ入りを果たした。

 おかゆは面接当日に合格通知が来たのに、ころねは期限ギリギリに通知が来たため相当焦ったらしい。

 それでもまあ、同じ合格。

 しかも面接の際にゲームが好きだと答えたため、ゲーマーズへの配属が決まった。

 二人には最適の場所だろう。

 適材適所……とは少し違うが、まあアイドル的な仕事が少ないのは確かだ。

 デビュー後早速ゲーマーズでコラボし、配信のほとんどがゲーム配信。

 アイドルではなく、ゲーマーからの注目を主に集め、人気を得た。

 

 この二人のデビューまでに数人がソロライブを開催。

 次はまつりの番だ。

 

 一周年を控え、最近調子の良い一期生達。

 そんな中でのまつりのライブ。

 まつりも気合いが入っている。

 あと一日でライブ当日。

 一体、どんな景色が、見えるだろうか。

 

 

 

 

          *****

 

 

 

 

 一人で立つには縦にも横にも大きすぎるステージ。

 会場を埋め尽くすファンの人。

 自分色に光る暖かいペンライト。

 自分を輝かすために浴びる脚光。

 完璧すぎるスタッフさん達の様々な演出。

 この場にはいない、支えてくれた仲間達。

 ここまで来る勇気と決意をくれた自分の夢。

 

 すべてに感謝。

 ありがとう。

 とても楽しかったよ。

 最高のライブだったよ。

 最高の時間だったよ。

 

 こんなところで慢心せずに、高みを目指そうと、そう思えた。

 

 まつりは、進むよ。

 

 

 

          *****

 

 

 

「本当に止めるんですか?」

 

 えーちゃんが、真剣な瞳でまつりと向き合って尋ねる。

 いつも冗談の多いまつりだが、こんな冗談にならない冗談は言わないと理解できている。

 だから笑えない。

 真剣な瞳が、互いの真剣な瞳を捉えている。

 

「入るときから考えてたからね」

 

 その選択に迷いはないと、冷静に言う。

 えーちゃんは一枚の紙に目を落とす。

 

「……これは契約更新書です」

 

 一年間の所属契約をしていたため、まもなく満期となりこれを更新する必要があった。

 しかしそれは、ホロライブに居続けるのであればの話。

 止めるのであれば、更新書ではなく辞表や退社届などの類いの書類が必要だ。

 今日は更新書を手渡しするために来てもらったのだが、それを断られてしまうとは……。

 

「契約の終了日までに更新か辞退かを決めて、社長と話してください」

 

 少し残念そうに案内する。

 それも当然だろう。

 社長と話す必要があるのは、止める場合の時のみ。

 それなのに社長と話すように案内するなど……。

 

「……因みに、参考までに聞きたいんですけど、私以外の人にこのことは――」

「言ってないよ」

「……でしょうね」

 

 分かりきっていた。

 まつりもきっと理解している。

 言えば無理にでもここにとどめさせられる。

 

「私がここまで踏み込むのはおかしいですけど……なぜそんなに前から卒業を決めてたんです?」

 

 知るものがいない以上自分から入り込むほかない。

 えーちゃんはまつりに詳細を聞くことにした。

 

「うーん、まあ夢があるし」

 

 もっともらしい、と言うか、応援せざるを得ない理由。

 

「夢……ですか?」

「そうそう、声優になるって言う昔からの夢」

「そんな夢が……」

 

 誰も知らなかったまつりの将来の夢。

 もし本気で目指すのなら、この先もアイドルを続けるのは困難だろう。

 最近の声優はアイドルのようにライブも頻繁に行うが、やはり活動目的が根本から違うため、アイドルで妥協、なんてできないはずだ。

 目指すきっかけや、なぜ声優になりたいのか、またこの仕事はどうだったのかなどは聞けなかった。

 踏み込みたくても踏み込みきれない、中途半端な感情が抑制してくる。

 

 まつりがどんな思いで今日までやってきたのか、どんな思いで今後を過ごすのか、それは彼女にしか分からない。本当に、彼女にしか。

 

「だからあと少しだけ、えーちゃんもよろしくね」

 

 その日、まつりとえーちゃんはそこで別れた。

 

 

 まつりはいつも通り、配信の準備をするため、家に帰る。

 

 帰り道、頭の中はライブのこととこれからのことで埋め尽くされていた。

 ライブに関して、まず一言で言うと、とても楽しかった。

 声優を目指すものとして、人前で声を披露することは夢の一部であると言っても過言ではない。

 綺麗なペンライトを振ってもらえて、可愛いと、叫んでもらった。

 嬉しかった反面、少し残念だった。

 アイドルのライブはこれだ。

 アイドルのライブと声優のライブの決定的な違いはここにある。

 女性として、可愛いという褒め言葉は何度言われても、いつ言われても嬉しい。

 配信中もよく言われる。

 でもちょっとずれてる。

 見てほしいんじゃない。

 聞いてほしいんだ。

 だから、このままでいられない。

 

 そう思った。

 

 配信でそれとなく、まつりが止めるとしたらどうする?とまつりすに聞けば、皆して涙のコメントを流していた。

 その時、少し心が揺らいだことは絶対に内緒。

 

 

 心が揺らいだとしても、まつりは夢を選ぶよ。

 目標だから。

 

 

 

 ――進展があったのは、その数日後。

 事務所に届いた、ファンレターを開封したとき。

 以前から少しずつ溜まってきていたが、ライブ後に纏めて読もうと残しておいた。

 それを一気に、一つ一つ、目を通しながら開封していく。

 いくつか要約すると……

 

『まつりちゃんの配信大好きです、いつも見てます』『まつりちゃんの存在に救われました、これからも頑張ってください』『ライブ可愛かった、次も楽しみ』などなど……。

 

 読んでると心が温かくなる。

 読んで読んで読んで読んで読んで、時間の許す限り読み続けて、残りもあと少し。

 心も既にほかほかで、少し口角が上がっていた。

 いざ、残り数枚を……と、開いて、驚いた。

 

 

『まつりちゃんの歌声が大好きです、歌みた毎日聞いてます』

 

 

 へぇ……そう思ってくれる人もいるんだ……。

 小さな感動を隠して、手紙をそっと閉じる。

 さあ、残りの数枚を……

『まつりちゃんが楽しそうに配信しているのが好きです。まつりちゃんの声を聞けるのを毎日楽しみにしてます』

 へぇ……そう思ってくれる人もいるんだ。

 小さな感動を隠して、手紙をそっと閉じる。

 よし、残りの数枚を……

『ライブの可愛いまつりちゃんが放つ、心震える圧倒的な歌声のギャップに萌えました。次のライブでも聞かせてください』

 へぇ……そう思ってくれる人もいるんだ……。

 

 ……何で?

 

 急いで残りの手紙を読む。

 血眼になって。

 

 何故だ。

 順番など揃えたりしてないのに、残った手紙すべてに『声が好きだ』と書いてある。

 何を書いてもらっても、褒め言葉なら嬉しい。

 応援なら気力が湧いてくる。

 いたわってくれたら自分を大切にしようと思える。

 でも、タイミングがダメだった。

 いや、ダメなのか、良いのか、判断つかない。

 丁度このとき、欲しかった言葉があった。

 自分の、声優を目指すものとしての才能を、少しでも褒めて欲しかった。

 それが今、認められた。

 嬉しくて、嬉しくて、その日は配信を休みにしてまで悩んだ。

 アーカイブを見て、視聴者のコメントを確認。

 手紙をいくつも見直して、ファンの――まつりすの気持ちを確認。

 

 配信者は、声優とは全く違うが、声を使う仕事。

 もともと、ここまで収入が入るとも思っていなかったため、できても一年と考えて立てた計画。

 でも、こんなにまつりの成長に期待してくれる人たちが……ファン達がいる。

 みんながまつりの存在が必要だと、配信者としてのまつりの存在が不可欠だと、そう叫ぶのなら……それも良いかもしれない。

 夢を持ったまま、配信者を続けるのは良いだろうか。

 

 いや……そういう問題じゃない。

 

 人に観てもらう職は自分だけの問題じゃあない。

 声優は、当てるアニメキャラとそれを観る人がいて成り立つ。

 配信者は、見る人がいて初めて成り立つ。

 どちらにも必要な視聴者、応援者の声。

 声優を目指すものとして、やはりファンの声は無視できない。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 後に振り返ってみたら、正直恥ずかしい。

 そして申し訳なかった。

 当然不可能だけど、すべての手紙に同じ感情で向き合えなかった。

 後半の言葉と、自分の感情に囚われたせいで前半の手紙に向き合えなかった気がする。

 だからここで自分と約束した。

 視聴者の言葉を大切に。

 当たり前のことだけど、約束。

 

 夢に教わった、道の切り開き方。

 

 それに倣って配信者は、続けようかな……。

 

 

 それでいい?

 

 

 ありがとう。

 

 

 

 数日後、まつりは契約更新書を提出した。

 

 

 

 

          *****

 

 

 

 

 場所は大きく変わり、不思議な大きな森の中央にある謎の塔。

 その高い塔のてっぺんで一人の男が本を見ながら魔方陣を展開中。

 

「13冊目の魔導書はどれにしようか?」

 

 本に問いかける。

 答えはいかに。

 

「……この魔導書は……どこにあるんだ……?」

 

 本に浮かび上がる一つの魔導書のシルエット。

 そのありかを得意の魔術で捜索。

 

「……ここは? 会社か?」

 

 示される本の在処。

 それは、間違いなくホロライブの事務所だった。

 つまり、次の標的となった魔導書とは――

 

「ふん、今回は楽な作業だな。残った数週間は遠出できる」

 

 男は本を手に持つと塔の壁を貫通して外に飛び出す。

 そのまま空中で跳躍し森の高い木々の上を飛んで、約10キロ先のホロライブ事務所へと向かった。

 

 

 




 どうも、作者です。
 今回はまつりちゃん回でしたがあまり濃い内容ではないです。
 今までにも濃い内容はなかったですが。

 もしこの後書きまで目を通してくださる方がいれば、少し面白い報告をいたします。
 この先も時折誰かの登板回があるのですが、そのどこかで少し小ネタを挟みたいのです。
 正直今考えてる小ネタは難しいので出来ないかもしれませんが、ネタを含めた場合は後書きに記しますので、是非探してみてください。

 次回は雑なパートです。
 それでは。


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14話 日常?

 ゼロ期生。

 

 他のメンバーと違い、同期がおらず各個人が自分のタイミングでホロライブ入りしたメンバーの集いをそう総称する。

 つまり、そら、ロボ子、みこ、の3人だ。

 

 この三人で外出したときの、正直どうでもいいお話。

 

 待ち合わせ場所に時刻よりも少し早めに来ていたそら。

 そこに時刻ちょうどになるとロボ子が現れた。

 高性能とここでも自称するが、時間ぴったりに来るのは高性能……なのか。

 いや、まあ、待ち合わせに遅れるエリートよりはいいが。

 

「みこち遅いね」

「うーん、まあ5~10分は誤差じゃない?」

 

 何で来ているのか分からないが、遅刻は遅刻だが……まあ、みこちなら……。

 

「にゃ、にゃっはろ~」

 

 遠くから、息を切らしたみこが必死に走ってくる。

 以前から気になっていたのだが、いつでもみこは巫女服、あくあはマリンメイド服など、一部のメンバーは常に同じ服を着ている。

 同じ服を何枚も持っているのだろうが、それで外出するとさすがに目立つ。

 時々似たような人は町にいるが、数は少ないのでやはり注目を浴びる。

 そう考えると、みこ達はまだしもあくあはそんなに注目を浴びて大丈夫なのだろうか?

 それとも、あくあの隠密能力はそこまで優れているのか。

 

「ごめんにぇ、ちょっといろいろあって遅れたにぇ」

 

 ぜえぜえと呼吸を激しく乱し、時期的には暑そうな巫女服をパタパタと靡かせて風を通す。

 見ているだけで暑い。

 

「いいよ、長時間待ってたわけじゃないし」

「そうだよー、みこちも寝坊とかじゃないでしょ?」

 

 そう。普段大抵ポンコツの類いに属すみこだが、約束事や一度決めたことには真っ直ぐ。

 寝坊なんて理由で遅刻は基本的にない。

 そんなみこ相手に、そらもロボ子も深くは追求しない。

 ゼロ期生は個性的なホロライブの中では相当まともな類いに分類される。

 この中で最もまともでないのはきっとみこ。

 

「ありがとう」

 

 ぜえはあ、と未だに息が上がっている。

 

「それで、今日はどうするの?」

 

 本日の予定を計画したのはみこ。

 そしてその内容を知っているのもみこだけ。

 

「ふっふっふっふっ――ッゲホッ、ゴホッ!」

 

 完璧だにぇ!と言おうとして、咳き込む。

 

「無駄に肺を苦しめないで」

 

 微笑について指摘する。

 

「ま、まずはカラオケだにぇ」

 

 肺のあたりを押さえてその方角を空いた片手でぷるぷると指さす。

 

「おお! いいね」

 

 歌好きのそらが、大絶賛。

 それはそうだ。

 カラオケはそらに喜んでもらうために組み込んだのだから。

 一応秘密だが、恐らくロボ子は勘づいている。何ならそらも頭の隅にあるかもしれない。

 

 女子のカラオケは秘密の時間。

 

 カラオケボックスを出る頃には昼をとっくに過ぎていた。

 昼食も忘れて歌い続け、すっかり昼食のタイミングを逃してしまう。

 なので、近くにあるお店でそれぞれ好みのおやつのようなものを買ってそれを食べた。

 

「もう3時23分だけど、この後は?」

 

 ロボ子がどこで感じているのか、時間をぴったりと当ててみこに次の目的地を聞く。

 空に昇る太陽を見上げるととてつもなく眩しかった。

 

「ロボちの体内時計完璧だね。ホントに3時23分なんだけど……」

 

 自分のスマホで時間を確認して呆気にとられるそら。

 これは高性能だ。

 ロボ子に誇る様子はないため、彼女にとっては普通のことらしい。

 彼女は家に時計があるのだろうか?

 

「ロボち案外なんでもできそうだにぇ」

 

 みこが冗談半分にそう言って笑う。

 

「いや、でもなんとなく分かる! 空飛んだりとかしそう」

 

 珍しくそらも賛同する。

 人間の飛行は現在のヒトでは不可能だが、ロボットならエンジン等で空が飛べるかもしれない。

 

「いやいや、ボクは高性能だけど、設計の仕方によってその辺は性能が違うからね」

 

 否定……?するロボ子。

 

「……飛べないって事?」

 

 みこが難しい顔で聞き返す。

 

「そう。ボクはガチガチの戦闘機とは違うから、容量が足りないんだよね」

「容量って?」

「人間の体を浮かせるにはそれなりのエネルギーが必要だし、浮いたとしても軌道を制御するにはギリギリ浮く程度じゃ足りない。ボクは高性能とはいえ、動力源や機器はすべてこの器に入ってるから、体を浮かせるだけのエンジンを搭載できなかったんだよね」

 

 ぺらぺらと饒舌に喋る。

 しかし、そらもみこも……特にみこは頭の上に疑問符を浮かべている。

 右耳から入って左耳から出るどころか、右耳から入ってすらいないと思われる。

 

「そういうみこちだって神様の遣いなんでしょ? なんか特別な力とかもってそうじゃん」

 

 ロボ子の饒舌な解説で一瞬虚無を作ってしまい、焦ったロボ子が似た質問をみこに返した。

 

「確かに」

 

 またしてもそらの賛同。

 そして広がる会話の内容。

 

「そりゃぁトーゼンあるに決まってるにぇ!」

 

 胸を張って誇り、鼻を鳴らす。

 

「へえ、どんな?」

 

 神様とは、ロボ子の存在とは対照的に非科学的な話。

 科学サイドのものからすれば当然興味の対象になる。

 

「神具の本領発揮の力があるにぇ!」

「神具の本領発揮って何?」

 

 神社巡りが好きなそらは流石に神具は分かる。

 だが、その本領発揮の意味が分からない。

 

「例えば、注連縄(しめなわ)、これには聖域を分かつ力があるにぇ」

 

 人差し指を立てて解説するが、当の注連縄はこの場にはない。

 注連縄の見た目がぱっと頭に浮かぶかと言えば、案外そうでもない。

 

神鏡(みかがみ)は太陽の役割。御幣(ごへい)大麻(おおぬさ)はお祓い棒だから厄祓い」

 

 更にもう二つほど例を挙げる。

 ロボ子はさっぱり、そらはへえーと言う。

 どこまで理解してもらえたかは不明だが、解説できたことが嬉しかったのか、みこは満足げだ。

 

「因みに言うとみこは空飛べないけど、神具を浮かせてその上に乗ることはできるにぇ」

 

 ふふん、と鼻を鳴らすが、二人は驚愕のあまり硬直していた。

 普通に凄くて凄い。

 

「ついたにぇ」

 

 二人が愕然としている間に次の目的地に到着。

 

 その建物はとあるお店だが、それを見て真っ先に驚き喜んだのは、

「え、ここってデ○○ニーの専門店!」

 

 そう、ロボ子だ。

 みこが計画していたのは二人に喜んでもらう一日。

 そのために選んだ次の場所は、ロボ子の大好きなあのキャラクター達を専門に扱った店。

 予想以上にロボ子はテンションが上がっている。

 

「まさかみんなと来れるなんてねー」

 

 気分上々で率先して店内に入っていくと、いろいろと動き回る。

 ネズミにネコにカウボーイに雪だるまに……。

 数多のキャラクター達がストラップや缶バッチ、ぬいぐるみなどになって並んでいる。

 ロボ子に引っ張られるように店を歩き回く。

 と言っても、勿論会話も忘れず、ロボ子が先導しているだけで3人固まって動いてはいる。

 だから、常に口は動くし、笑顔は絶えない。

 

 お揃いのグッズを買おうかと話が出たが、結局買わなかった。

 理由はまあいろいろあるが、割とそれでも落ち着いていた。

 まあ、それとは別でロボ子は複数の商品を買っていたが。

 

「それで、もう4時だけど次はどこ行くの?」

 

 店を後にして商品を袋に詰めて手に持っているロボ子がみこに聞く。

 流れからもう一カ所行きたい場所があるはずと感じて。

 

「いや、みこが建てたプランはこれだけだよ」

「え、そうなの?」

 

 みこの閉幕宣言にそらがびっくりして少し変な声で返した。

 

「そうだよ?」

 

 きょとんとして首をかしげるが、みことしては随分珍しい。

 ロボ子も少し残念そうな表情をした。

 

「じゃあさ、みこち時間はまだあるでしょ?」

「――? あるけど……?」

 

 ロボ子が何かを閃いた。

 みこに問いかけるが視線はそらへ向いており顔は笑っている。

 そらも似たような表情で同じようにロボ子を見る。

 

「折角だから最後にみこちの行きたいところ行こうか」

 

 そらがロボ子の言葉を引き継いで提案を持ちかける。

 

「えっ!」

 

 驚く。

 だけ。

 本当に驚いて、何をすることもできなかった。

 

「態々ボクとそらちゃんの好みに合わせて行く場所決めてたんでしょ?」

「それなのにみこちの行きたいところだけないのは不公平でしょ?」

 

 当然の理論で攻め立てる。

 みこだけ我慢するのは違うと、二人は言う。

 しかしみこにも自分なりの考えはある。

 

「でもみこは二人を誘った側だし、来てもらっただけでも十分だにぇ」

 

 まあ典型的な会話である。

 自分の満足は共有できているはずだ、と言う思い違い。

 自分も相手も楽しければ必ずしも全員が満足――とはならない。

 

「そんなの、誘ってもらわなかったら家で時間を無駄にしてただけなんだから、対等にはならないよ」

 

 もしみこの誘いがなければ二人は家で暇な時間を過ごしていた。

 それを巫女が連れ出してくれたのだから、誘った者と誘われた者の関係だけで満足度は対等だ。

 勿論、すべてを平らにする必要はゼロだが、折角のチャンスにここでみこの行きたい場所へ行けないのは勿体ない。

 

「それにボクとそらちゃんがみこちの行きたい場所に行きたいの。だから案内して」

「お願いね」

「わ、分かった! じゃ最後はこっちだにぇ‼」

 

 満面の笑みで二人をひっぱっる。

 いつもの「アーーーーーーーーーッ‼‼」は出なかった。

 外と言うこともあるが、何かが違ったのだ。

 いつもの歓喜の悶絶とは異なる感情だったのだ。

 

 最終、みこの選んだ場所はごく普通の服屋。

 みんなで服を見たいらしい。

 買わなくても、服を見るのは確かに楽しい。

 他人に選んでもらえたり、他人のを選んだりするのは尚更。

 基本的に巫女服でいるみこだが、流石に自宅用の服は必要だし、他の私服も数枚はある。

 それを選んでもらいたいようだ。

 

 予定にはなかったが、充実した時間だった。

 帰りは6時を過ぎていた。

 近々三人でコラボすることも約束した。

 やはり、この会社は素晴らしい!

 

 

          *****

 

 

 別日。

 メルとちょこが外出していた。

 

「メル様、暑くない?」

「んーん、大丈夫、ありがと」

 

 太陽が照りつける町中を歩く二人。

 吸血鬼であることを鑑み、ちょこがメルを案ずる。

 人(悪魔だが)としての優しさであり、保険医としての心配である。

 

「吸血鬼って大変じゃない? 日光を浴びすぎると灰になるんでしょ?」

 

 ちょこが同じ魔界人の中でも人間界に出るのが最も難しい事を理由に挙げて同情する。

 その際、眩しそうに太陽を見上げた。

 

「あー、結構間違われるんだよね、それ」

「……?」

 

 しかしメルは苦笑いする。

 きょとんとしたちょこの方を向いて、

「日光を浴びると灰になるって言うのは、映画とかから勝手に生まれた設定で、実際は灰になったりしないんだよね」

 と頬を掻く。

「へえ、そっかー。同じ魔界人なのに知らなかった」

 

 長寿命を誇るエルフ、魔界人、幻獣でも割と知らないこと。

 その理由はそもそも地上に出ないから。

 地上に進出を始める以前に映画などの偽知識が出回り、それが基本として植え付けられている。

 

「でもその割にはメル様って日光嫌うくない?」

 

 現在一緒に歩いているが、あるときはほぼ必ず日陰を通っている。

 それが、その証拠。

 現に今も日陰の中だ。

 

「そりゃあね、灰にはならないけど日光は体力を奪うからね」

「それは生物的な代謝とかの話、それとも吸血鬼の苦手なものとしての話?」

「後者後者」

 

 前者についてはメルにはあまり理解できなかったが、後者であることは分かった。

 

「まあこっちにいる間は魔界の空気がないから基本的には体の性質が人間に近いの」

「あー、それは分かるかも。雰囲気から違うのよね」

 

 空気感の違いには納得できるらしい。

 

「メルじゃなくてちょこ先生こそ大丈夫? 今日は眠くないの?」

 

 昨日の長時間の配信後、一応寝たらしいが、ちょこにその睡眠量で足りるのかという疑念が残っていたらしい。

 しかし、今はそうでもないと笑う。

 

「歩いてる途中で寝ても知らないからね?」

「いやいや流石にそれはね」

 

 ジョークに対して普通に返す。

 ちょこならある得るか……?

 いや、おそらくちょこはベッド以外では寝ないだろう。

 そんな雰囲気がある。

 ただの勘だが。

 

 二人は真っ直ぐ歩いて店を探す。

 現在の二人の目的はどこか適当な店で昼食をとること。

 特に理由はなく、二人で昼食を食べに外出した。

 

 普通の店で普通の食事をして、事務所に向かう。

 

 事務所に着けば数人がいた。

 

「おお、メルティーキッスじゃん」

 

 いち早く反応したのはスバル。

 てぇてぇそのペアを見て少し笑う。

 家の状況からバイト感覚で入社したスバルだが、最近は落ち着いてきたようでいろいろと安定している。

 それも入社したのがこの会社だったからだと言って嬉しそうにしている。

 彼女も何だかんだでホロライブのことを気に入っている。

 そこに、更にシオンが入ってくる。

 

「こんちわー……なんだ、あくあちゃんいないじゃん」

 

 入室と同時に軽く挨拶し室内を見渡す。

 そして、目的の相手がいないことに愚痴をこぼすとちょこ達の輪の中に混ざる。

 

「これ何の集まり?」

「いや、別に何の集まりでもないぞ」

「そうそう、偶然いただけ」

「わたくしとメル様は一緒に来たんだけどね」

 

 入室時のシオンの発言からすると多分あくあもくる。

 やけに二期生が多い。

 入りたてで色々仕事があるのかもしれない。

 

「それよりシオン様のそれは?」

 

 ちょこがシオンが手に提げた袋を見て言う。

 大きくない袋で、外見重くなさそう。

 

「ん? これ? あくあちゃんの新しい陰キャップ」

 

 袋からすっと帽子を取り出す。

 どこで買ってきたのか、あくあに合わせたカラーで、かつ地味な色を選んでいる。

 あくあのために厳選したと思われるが、そこにシオンの愛を感じる。

 普段のじゃれ合いからも感じ取れるが、やはり二人の争いには愛がある。

 ラブラブなてぇてぇもいいが、そんな気兼ねのなく言い争うてぇてぇも悪くない。

 

 ……と言うか、何故急にあくあに帽子を買ってあげたのだろうか?

 

「――スバルちゃんにも買ってあげようか、陽キャップ」

「いらんわ。ってかなんやねん陽キャップって」

 

 疑問を勝手に解決しようと、無言で帽子を見つめていたスバルにシオンが笑いかける。

 いつものノリで切り捨てる。

 

「あ、そういえば二人とも知ってる?」

 

 ふと、メルが思い出したように手を叩く。

 メルの指す二人とは、スバル以外の二人。

 

「もう三期生のオーディションとスカウトが始まってるらしいんだけど――」

「えっ! それマジッスか?」

 

 真っ先に食いついたのは何故かスバル。

 本題にも入っていないのに目を光らせて歓喜する。

 新たな後輩が嬉しいのか。

 そのスバルを見てちょこが微笑んだ。

 

「そうなの、それでスカウトで既に二人決まったらしいんだけど――」

「「「ほうほう」」」

「一人が魔界出身のネクロマンサーらしいよ!」

「「おお~~」」「へえー」

 

 スバルと二人はそれぞれ異なった相槌を打つ。

 

「なんか魔界人多くね? あやめもそうだろ?」

 

 魔界の圧力を感じ始めたスバルが独り言のように呟く。

 しかし、それをいうなら人界人の方が多い。

 ヒトこそ多くはないが、エルフだって獣人だって、ここにはいないが幻獣人だって基本的には人界人だ。

 二期生の半分が魔界人と言うことで、そう感じるのは頷けるが、多少の相違があるかもしれない。

 

「じゃあこの先は天界人がいっぱい来るんじゃないの?」

「フラグ……」

「別にシオン的にはどうでも良いけどね」

「おいやめろ、それでその次の4期生?が全員天界人だったら困るだろ。知らんけど」

 

 フラグ建設に鋭く反応するスバル。

 全員は言い過ぎだが、三人程度なら前科があるため何ともいえない。

 そもそも4期生はまだ計画もない。

 3期生で募集を締め切る可能性だって大いにある。

 

「でもさ、そう考えるとゲーマーズって凄いよね」

 

 メルがスバルのあげた危険性に最も近いグループを浮かべる。

 すると、皆が頷いた。

 

「イヌとネコが二人ずつでオール獣人」

「完璧かよ」

「二人はフブキ様のスカウトらしいわよ?」

「しかも一人は親友でしょ?」

「フブキ先輩マジバケモンだな」

「あー、ゆっとこー」

「うっせえ、ガキか!」

 

 毎度の如くスバルの突っ込みで会話が結する。

 何故かスバルがいるときは約8割の確立で起承転結の起と結をスバルが担う。

 結に関してはもう少し割合が大きいかもしれない。

 ボケが多いホロライブでは、ツッコミ役に飛び火しやすいからだろう。

 お笑いはオチをつけて終わる。

 スバルはそのオチのようなものを全員の会話から簡潔に引っ張り出すことができる。

 きっとその個性が招いたのだ。

 

「それはそうと、もう一人はどんな人か知ってる?」

 

 ちょこが先程のメルの言葉を思い出し掘り返す。

 二人が決まったと言っていた過去の言葉を。

 

「ウサギ」

「え、どこ?」

 

 メルの一言で、スバルはここにウサギがいるのかと思った。

 キョロキョロと見回すスバルを見て三人が爆笑。

 

「何だよ!」

 

 でかい声で叫ぶ。

 鼓膜に響く。

 

「いやいやっ――ウサギの獣人ってことでしょ」

「――う、うんっ」

 

 笑いを堪えながらちょこがメルに確認をとると予想通りの肯定。

 

「あーよちよち、スバルはウサギが好きなんでちゅね~」

 

 腹を抱えて笑っていたシオンが最後に揶揄う。

 その際、きちんと頭をなでる。

 

「ああ! 好きだが⁉ ウサギ好きだが⁉」

 

 赤い顔を隠すようにやけくそ気味に怒鳴る。

 多分ウサギ自体は好きでも嫌いでもないと言ったとこだろう。

 もはや本心なんてどうでも良い。

 

「怒んな怒んな」

「別にキレてねーし、こんなことでキレんわ」

 

 煽るようなシオンの微笑。

 スバルは声こそ大きいながらも割と冷静に返す。

 

「あーはいはい」

「うぜえ」

 

 いや、やはり少し冷静さを欠いている。

 

「あ、ちょこ先生そろそろ行かなきゃ」

「ん? あ、ほんとだ」

 

 メルがちょいちょいとちょこの服の袖に触れてその後時計に視線を向ける。

 その視線を追い、時刻を確認すると少し目が起きる。

 

「今から収録?」

「そうなの」

「そうなんスか、頑張ってください」

 

 主にメルに向けて言葉を送る。

 ありがとうと返答し、二人は送り出された。

 そしてそれからしばらくしあくあが到着するとその場の三人で色々と打ち合わせ……?をした。

 

 

 




 どうも、作者です。

 今回はまあ、テキトーに書きました。
 その割には文字数が他より多めです。
 分かると思いますが、異世界系と言うことで、バトルフラグ立ってます。
 みこちとかメルとかの発言、どう考えてもこの先何かありますよ、絶対。
 と見せかけて実はないかも……?

 間もなくこの章は終わり、第一のバトル章に突入しますが、最初は解説回みたいなのがあって読むのが面倒かもしれませんが、そこは申し訳ない。
 私小説書きながら、簡潔な説明ができないのです。

 ですが、バトルの内容と展開の仕方は楽しんでいただけるーーはず!

 それでは、次回また。
 次回はフラグ通り三期生。


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15話 ファンタジーな

 今現在、事務所にはゲーマーズとスバルとあやめがいた。

 特にメンバーに意味はなく、ただ単に三期生と顔合わせしたいだけ。

 ゲーマーズはフブキ以外が初の後輩と言うことで、スバルとあやめはそれに便乗してきた。

 ネクロマンサーを楽しみにしていた他の魔界三人組は、二人が仕事、一人が昨日の疲れで睡眠中と、来れる者がいなかった。

 

 対面まであと少し時間がある。

 

「ミオしゃミオしゃ、みてみて」

 

 ころねが時間を持て余している。

 いや、全員が持て余しているのだが。

 

「……ボクシンググローブ?」

 

 両手に赤いグローブをはめてそれをミオに見せつける。

 それをミオが不思議そうに見た。

 それがどうかしたのか?と言う視線で。

 

「見てて見てて……びよーん」

「うぉぅ!」

「だひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 

 突然ころねのつけていたグローブがミオの眼前まで伸びる。

 その急な挙動に反射と驚きが重なり、妙な声と妙な動きを見せる。

 それを見てころねが独特な笑い方で笑った。

 大笑いするほど面白いかと言われるとそうでもないが、何故かころねにはウケている。

 

「ころさんころさん」

「ひゃひゃっ――な、何ぉヵゅ?」

 

 そのころねの肩をトントンと叩くおかゆ。

 ころねが腹を抱えながらゆっくり振り返ると――

 

 パァンッ‼‼

 

「ひゃぎぃゃぁっ‼」

「あははは」

 

 これまたどこで手に入れたのか、銃弾のない音だけが鳴る拳銃のモデルの引き金を引いて驚かせた。

 振り向きと銃声がほぼ同時なため、音に驚いた後にその音源がおかゆの拳銃モデルだと気付く。

 何が言いたいかというと、ころねは単に音に驚いただけ、と言うこと。

 

「おいおかゆ、普通にこっちもびびるからマジでそれ気をつけろ」

「えー? でもスバルちゃん、これびっくり用の小道具だよ?」

「それがどうした」

「いっぱいの人を脅かせた方がこの銃も本望じゃない?」

「何言ってんだおめえ」

「でもころさん笑ってるよ」

 

 おかゆのドッキリに驚いた自分に対して笑い転げているころね。

 その様子を尻目にスバルに笑いかける。

 

「じゃあターゲットを完全に驚かせれてねえじゃねえか」

「あー……まあいいじゃん」

 

 正論に一瞬詰まったが、即開き直る。

 スバルも流石にもういいわと諦める。

 そもそもこの猫に悪戯を止めさせることは不可能だ。

 ドMの癖して悪戯好きという、何とも奇妙な性格をしていやがる。

 

「二人ともそれどこで買ったん?」

 

 悪戯現場を離れてみていたあやめが率直に尋ねる。

 が、雑貨屋で見つけたと言われる。

 妙な雑貨屋があったもんだ。

 全く、世に迷惑な店だ。

 

「――ふいー」

 

 唯一この場を離れていたフブキがようやくトイレを済ませて部屋に戻ってきた。

 

「あ、おかえりフブキ先輩」

「あ、フブキちゃん」

 

 スバルとおかゆが反応した。

 スバルは純粋な感情だが、おかゆは表情に含みを持たせている。

 しばしおかゆとフブキは見つめ合う。

 そしてやっと察する。

 

「あ、まさか!」

 

 急いでこの部屋の冷凍庫に走る。

 そして折角買ってきたあのアイス?がないことを確認。

 

「でぇふくって、小腹空いたときにいいよね~」

「白上のでぇふくがぁー!」

 

 大好きなアイスが勝手に食べられて非常に悔しそう。

 だが待て。

 冷静に考えるとあれは一つに二つ入っている。

 買ったばかりで手をつけていなかった。

 おかゆが一人で二つとも食べたのか……?

 

「二つ、二つあったはずなのに……!」

「え、そうなの? 僕が見たときには既に一つだったけどなあ……」

「しれっと当然のように食べた発言してるけどそれ一応犯罪やからね?」

「あやめちゃん、おかゆにそんなこと言っても今更だよ」

「いや、ミオも白上の弁当盗んどるやろがい」

「フブキちゃんは狙いやすいから気をつけてね~?」

「おまえが言うなや」

「スバルちゃん、我々はどうやら狙われているようだ」

「いや、ホントそうッスよ。気をつけましょう先輩」

 

 自由気ままで笑いが絶えない。

 必ず誰かが笑っていて実に微笑ましい限りである。

 このまま三期生との対面を忘れてしまいそうなほどだ。

 

 扉をノックする音さえなければ、永遠に話し続けていただろう。

 全員、その場で楽な姿勢をとりながら入り口に視線を向けた。

 

「こ、こんぺこ~……」

「こんるしー」

 

 扉から、一人が自信なさげに控えめに、その後ろからもう一人が声は控えめに入室してくる。

 一人は話しに聞いていた通り、兎の獣人だ。普通の兎の獣人と違うのは、その両サイドの空色の三つ編みに生のにんじんが刺さっている。

 そして、視線がなかなか合わないため気付きにくいが、目の中に兎がいる(瞳が兎の形)。

 もう一人は話によればネクロマンサーだが、外見は非常に小柄で美しい蝶の装飾をしている。

 この子も瞳の中に蝶がいた。

 

 室内に入ると、二人は目と目を合わせコンタクトをとる。

 

「ほら、ぺこらが最初って言ったじゃん」

「こ、こんなにいるなんて聞いてないぺこ……」

 

 こそこそと耳打ちし合い、自己紹介の順序について話し合うが、やがて兎少女が断念して一歩前に出ると――

 

「う、兎田ぺこらぺこ~」

 

 頑張って笑顔を作り簡単に自己紹介。

 見た目通りの名前だ。

 どうやら語尾に「ぺこ」がつくらしい(正確には少し違うが)。

 名前がぺこらだからそうなのか、それともそうだから名前がぺこらなのか……。

 そこは触れるべきではないか。

 

「よろしくぺこです」

 

 控えめに敬語で挨拶すると、また一歩引いた。

 先輩方(フブキ達他)はぺこらの挙動を見て笑っていたりする。

 

「こんるしです。潤羽るしあなのです」

 

 こちらも控えめだが、ぺこらよりは視線が合う。

 その視線がおかゆとスバルに向いたように見えたのは多分偶然。

 小さな体でちょこんと丁寧なお辞儀。

 礼儀が良い。

 

「ねえ、もう三人来るって聞いたんだけど、いないの?」

 

 ミオが見当たらない名も知らぬ三人の姿がないと、辺りを見回しながら二人に尋ねる。

 特に質問相手は定めず、二人に。

 

「……るしあたちも来るって聞いたんですけど――」

「まだあったこともないし知らないぺこな」

 

 すると意外、まだ二人も他の三人と出会ったことがないらしい。

 聞けば、二人と同じ三期生だが、デビューに約一ヶ月の差があるらしい。

 そのため今日が初対面のようだ。

 まだ時間ではないが、三人とも来ない。

 

 来るまで待機か……。

 取りあえず二人と交流を――

 

 ダンッ、と扉が勢いよく開いた。

 それに仰天したのは、最も近くにいたるしあとぺこら。

 二人して大声を上げて先輩方の下へ逃げた。

 

「Ahoy~、ただいま到着しました!」

 

 新たに登場した謎の少女?

 海賊っぽい黒の帽子に眼帯。

 髪はどこぞの海賊を思わせる赤髪で二つ結び。

 

 その一人を前に一同は愕然とする。

 

「Ahoy~、ホロライブ三期生、宝鐘海賊団船長の宝鐘マリンです~」

 

 謎のポーズとともに台詞を決める。

 三期生――。

 と言うことは、今日来る三人の内の一人。

 

「この会社、ついに海賊に乗っ取られるのか」

 

 いよいよメンバーの個性が強まり始め、そう言うほかなくなる。

 この海賊団船長さんが、義賊であることを願おう。

 どちらにせよ賊は賊で、盗みを働くため、悪だが。

 

「海賊? そんなん問答無用で逮捕よ逮捕」

「へ?」

 

 ガチャ。

 

 マリンの背後から、鎧を着た一人の女性が入ってきて、そう言い放つとマリンに手錠をかけた。

 

「はああああ⁉ ちょっと何するんすか!」

 

 両手にかけられた手錠をガチャガチャと鳴らして必死に外そうと試みるが、この手錠は本物に近い作りでまず手は抜けない。

 抵抗も虚しくその女性に捕まった。

 

「こんまっする~、ホロライブ三期生、白銀ノエルです」

 

 ガッツポーズを決めて自己紹介。

 その後、

 

「さあ、お縄につきなさい」

「もうついとるがな」

 

 マリンの手錠をつかんで外に引っ張っていこうとする。

 

「待って待って! 船長もホロライブ三期生! 同期同期!」

 

 腕を引き、必死に抵抗しながら反抗する。

 

「あれ、そうなん? ならいっか」

 

 と言うと、易々と見逃す。

 逮捕理由も解放理由もテキトーで、見た目以上に胡散臭い。

 

「「……あ」」

 

 マリンとノエルの背後に更にもう一人女性が現れる。

 それを見て二人以外が一斉に声を漏らす。

 その女性は開いている扉を敢えてこんこんとノックし注目を集めると、

 

「三期生の不知火フレアだけど、ここであってる?」

 

 と確認をとる。

 褐色の目立つハーフエルフだ。

 服装も微かに民族のようなそれを感じる。

 

「話に聞くとおりファンタジーだね」

「でもなんか陰と陽の差を感じる……」

 

 5人の新規メンバーを前に率直な意見。

 陰と陽の差、とは、ぺこらとるしあ、ノエルとフレアとマリンの性格の話だろう。

 控えめな二人と、大胆に決める三人。

 これが三期生だ。

 

 

 三期生の各の性格が分かるのは早かった。

 

 ぺこらが案外悪戯好きなこと。

 るしあがヤンデレで危険思想の持ち主であること。

 マリンがセンシティブ発言を頻繁に行うこと。

 ノエルとフレアがかなり本気でてぇてぇこと。

 

 

 5人は同期内でのコラボが他の期に比べて多かった。

 やはり先輩方とのコラボは少し先だったが、それでもコラボは多かった。

 特にマリンの積極性は群を抜いていた。

 

 

 そんな三期生が加入して、更に勢いづいたホロライブ。

 そこへ飛び込む大ニュース。

 

「大変‼‼」

 

 事務所の扉をぶち破るように突入してきたのは、柄に似合わずあくあだった。

 

 

 

          *****

 

 

 

「シオンさんが失踪?」

 

 えーちゃんが眉をひそめて問い返した。

 

「ううん、いなくなっただけ、多分だけど場所は分かる」

 

 持ってきた一つの魔導書を机の上に置き、ぱらっと開く。

 それはまるで、その魔導書がシオンの行き先かのようだ。

 

「シオンさんの魔導書ですか?」

 

 見ただけでそれが魔導書と分かるほど異質な書物。

 

「うん。でも、シオンちゃんの魔導書は魔法使い以外には開けない」

「……つまり、偽物と」

 

 コクッと顎を引く。

 

「……この本、地図になってますね」

 

 えーちゃんがあくあの開いたページを見て気づきを得る。

 分かった理由は、この国独特の歪んだ円の概形と記された五色のマーク。

 五色のマークが示すものが国の五石であることは分かるが、記されている位置はすべてが嘘だ。

 そして何より気になるのは五色とは別で、国の外にある紫色のマーク。

 縮尺的にこの事務所から約10キロ離れた森。

 色と本の存在理由、そしてシオンの行方不明から推察するに――

 

「これがシオンさんの居場所と考えて良いですね?」

「あてぃしはそう思ってる」

「でも確かにシオンさんが一晩帰らないとなると……」

 

 何か臭う。

 臭うが……

 

「相当ですよ、その場所」

「……でも、行かなきゃいけない気が」

 

 あくあは使命感に駆られる。

 魔法能力に特化したシオンが、何を目的としてその森にいるのか、そして何が起きてその森にとどまっているのか、最後に、何故偽物の魔導書が存在し、それが自分の位置を示すようになっているのか。

 実を言えば、この本はシオンの部屋に隠されていたもの。

 シオンが帰らず心配したあくあが部屋を詮索した際に偶然見つけたものだ。

 

「……そうですよね、分かりました。あくあさんの数日間の休み、了解しました」

 

 そう言ってスマホに何かを打ち始める。

 いつもメモ帳に書くのに……。

 

 ピコン。

 

「――?」

 

 あくあのスマホがなった。

 何の通知か確認するために開くと、ホロライブの全体チャットに一件の通知。

 

「――っ! ちょっとえーちゃん⁉」

 

 チャットを見れば、えーちゃんが全員に招集をかけていた。

 身を乗り出しって抗議するが、えーちゃんが対応する前にチャットにいくつものスタンプが送られてきた。

 すべてが了解の旨。

 

「――――」

 

 皆が来るというなら……。

 自分のことではないから、来たければ来ると良い……。

 

「……えーちゃんも来る気?」

「ええ、そのつもり」

 

 えーちゃんもやる気だ。

 

 

 招集がかかって全員が集まるまでに30分かからなかったのは感動した。

 

 

 さあ、ファンタジーのはじまりだ。

 

 




 みなさんどうも、作者です。
 ようやくホロライブファンタジーの登場です。

 そして、ホロライブサマーと言う神時代は……なしです!

 描きたかったのですが、今はアーカイブも殆どがないので……。
 まったく「つべくん」さー……。

 まあ、それに私には文字で色気を表現する技術などありませんし、ホロライブサマーを小説で書いても、という問題もあります。
 この先、全員登場した後にちょっといい感じの描写はあるかもしれませんが、表現が下手くそかもしれないので、場合によっては断念します。
 まあまあ、皆さんは残っているアーカイブか、船長の150万配信でも見てくださいな。

 あ、それと最近投稿頻度が速いのに理由は特にありません。
 気分がいいだけです。
 気が乗らなくても週一は出す予定ですが。

 もう一ヶ月か……と、時の流れの早さをしみじみと感じながら、私は執筆活動しております。
 この流れで来て、あの偉大な方を登場させないはずがないですからね!

 次回から一応新章。
 でも直ぐ終わるかも。

 バトルが増えるため、敵キャラが喋ったりして少しホロライブの空気が変わっちゃうかも……。
 そうなったらごめんなさい。

 それではまた、次回。



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第二章 シオンの魔導書奪還編
16話 シオンを追って


 大型トラックの荷台に乗っている面々。

 運転はなんとえーちゃん。

 まさか大型車の免許を持っているとは思いもしなかった。

 このトラックのコンテナは十分大きく、メンバーは全員入る。

 しかもなんとこのトラック電気自動車で、機材持ち運びなどに使われているのだ。

 

 人捜しに目は多い方が良い。

 そして行く場所が危険ならみんなで乗り越えるべき。

 話し合った結果、そう決まり今に至る。

 移動手段はえーちゃんが率先してこの車を引っ張り出してきてくれた。

 

 荷台には照明がないため、懐中電灯で明かりを灯し皆で話し合う。

 

 本は一つしかないから、あくあが持ちコンタクトは基本的にスマホのグループ通話でとる。

 危険な可能性があるため、行動は基本各期ごとに固まること。

 危険な何かと遭遇した場合、とにかく逃げる。

 などなど。

 

 

 さあ、まもなく森。

 

 えーちゃんが車を飛ばして、人気のない道を進む。

 しかし、森の入り口に一人の男性が見える。

 よく見えないが、果てしなく怪しい香りがする。

 だが、アニメみたいに轢いて行く訳にはいかない。

 良識のある人と願って車を止める。

 

 一人の男……かとおもいきや、顔はお面で覆われているためどちらか分からない。

 がたいから男とは思うが。

 

「――お嬢ちゃん方が来るとこじゃあないぞ」

「……魔法使いですね?」

「ん? まあ、もう昔の肩書きも捨てたただの森番だがな」

 

 仮面の男は仮面の額の部分に触れる。

 喜怒哀楽の表情を模した仮面。

 えーちゃんが対応していたが、移動時間と停車時間から到着と勘違いして、あくあが先行してコンテナから降りてきた。

 男がいるのを見てすぐに身を縮めるが……

 

「あ……嬢ちゃん、この仮面見てみな」

「――?」

 

 言われるがまま仮面を見るあくあ。

 見ていたが何が目的か分からず首をかしげた。

 

「そんなことより、ここを通してください。友人が一人この先にいるんです」

 

 あくあが珍しく男に強く出る。

 その様子にえーちゃんはこんな状況ながら大きく目を見開いて驚く。

 

「ちょっと本貸しな」

 

 あくあの頼みを無視するようにスルーして、あくあの手にした本を魔法か何かで自分の下に寄せる。

 それをパラパラめくりすべてを悟る。

 

「あいつ……やりやがったな」

「……? あいつ?」

 

 男の呟きにあくあが反応する。

 しかし、それへの返答はない。

 

「あ……嬢ちゃん達、俺の言葉を信じなくても良いが、参考までに色々言うから聞いときな」

 

 本をあくあに投げると、そう言ってその場に座る。

 

「その紫の光の位置はこの森の中心の塔だ。かなり高層で主と嬢ちゃん達の友人がそのてっぺんにいる」

 

 その言葉だけで、二人は仰天し顔を見合わせる。

 だが、男の言葉は止まらない。

 

「だが肝心なのは友人の嬢ちゃんの目的だ。あの嬢ちゃんの目的は盗まれた本物の魔導書の奪還」

 

 べらべらと話す。

 そのため、なかなか頭に入ってこない。

 

「嬢ちゃんは塔の頂上で主とついさっき撃ち合い始めた。が、まずすることは本を奪い返すこと」

「でも、本を取り返すならどっちにしても主をどうにかしないと――」

「いや、ここの主はしょっちゅう盗みを働く野郎だ。ここから塔が見えないのは身を隠すため。そんな男が安直に自分の手元に置いたりしない」

「じゃあどこに――」

「灯台もと暗し――つまり、塔の地下だ」

「地下まであるんですか?」

「たった二階だがな」

 

 非常に親切に解説をくれる。

 非常に怪しいのに、何故か信じられる。

 まさか魔法をかけられている、という発想も浮かばない。

 

「この先に進むとやがて道がなくなり、生い茂って空も見えないような森が塔を囲っている。だから車はこの先の森までだ」

 

「それから、所々に見張りもいる。出会ったら刺激せずに引け、敵う相手じゃない」

 

「あと、車にも見張りを数名残しておけ。襲撃の可能性もゼロじゃない」

 

 と、計三つの指示を受けた。

 全く掴めない謎の仮面男。

 敵か味方かも定まらない。

 それなのに、信用してしまう。

 

「嬢ちゃんらが死んだら、いろんな人が悲しむからな、気をつけな」

 

 そう言うと、もう喋らない。

 黙って道の脇に座り込むと眠り始めた。

 

「……えーちゃん」

「はい」

 

 視線を合わせ、頷き合う。

 

 二人は車に乗り込み見えない塔を目指し森の入り口を目指した。

 

 

 

          *****

 

 

 

 問題が発生した。

 それはこの森内に電波が届いていないこと。

 そして、闇因子が濃いこと。

 闇因子は正直どうでも良いが、電波がなくスマホが使えないのは大変だ。

 

 ひとまず、ゼロ期生とえーちゃんが男の指示通り車の見張り。

 残りは全員距離をとりつつも固まって塔に直進。

 この方向性で固まった。

 

「みんな、気をつけてね」

 

 そらからの案じた言葉。

 

「そちらもお気をつけて」

 

 それを最後に、二つのチームに分かれた。

 

 

 あくあが臆病ながら、先導している。

 

「ノエルはなんか、何でも撃退できそうだな……」

「まあ団長は脳筋やからね」

「あやめちゃんも頼りになるね」

「いうてころねのグローブとかもぽいよ」

「いや、それ言ったら……えっと、えっと……マリリンだって海賊っぽい帽子と眼帯と錨のペンダントも強そうだでな?」

 

 強そう!のパス回し。

 最後のころねは無理矢理だったが。

 

「あー、このペンダントシオン先輩に貰いましたからね」

 

 マリンが身につけたペンダントを儚げに見て呟いた。

 

「「……」」

 

 空気が少し重くなる。

 無言で森を進む。

 

 

 しばらく進むと、少し開けた場所に出る。

 開けたとは言っても、小さな開けた空間で、その部分だけ木がなく光が差し、一つの岩がある。

 そこから空を見上げれば、雲にかかった塔が微かに見える。

 一同は警戒しながら石の周りに歩み寄る。

 

 石に触れたり、周囲を見回すが、人のいた形跡はない。

 だが、ホロライブの一部の獣人達が一斉に鼻を鳴らす。

 

「火薬くさい」

 

 ミオの発言に、鼻を鳴らした者すべてが声を揃えて頷く。

 人間には臭わない火薬臭。

 火薬とは全く縁のない人生だが、それが危険な臭いであることは誰しも分かる。

 

 

「臭い? 良い匂いだけど、分からないかなぁ~、僕じゃなきゃ」

 

「誰!」

 

 茂みから、声が聞こえた。

 妙に掠れた男の声。

 不吉な声にも物怖じせず、誰かが声を上げた。

 

「僕? 僕は僕。僕以外の何者でもないよ? どう? 僕の顔? 怖くない?」

 

 森の陰から現れた男は異常な顔つきをしていた。

 顔や手足は一部が焼けただれており、目は左右で色も大きさも異なる。

 髪はパサパサで清潔感がまるでない。

 そんな自分の顔を指さして、怖さを見せびらかす。

 良い趣味ではない。

 

「許可なく森に入ることは許されないことって知ってる?」

 

 不清潔な男が、不吉な笑みを見せつける。

 正直対話も躊躇するレベル。

 だが、話し合いが必須のようだ。

 まずは誤解を解くことから。

 

「許可は貰った。森番の仮面の男の人に」

「森番? あー、あの人ね? あの人はうちの人じゃないから、その許可は受け入れられないよ? あの人は勝手にこの森の番をしてる変態さんだからね」

 

 変態はどっちか。

 だがどうやら話は通じないらしい。

 まさかだまされた?

 どちらにせよ現状がまず危険だ。

 もう話と意は決した。

 全員走る準備に入る。

 いつでも走って逃げられる。

 

「そういうことだから、不法侵入って事で良い? 良いよね? 良いよね? 良いよね?」

 

 じりじりと歩みを寄せてきて気持ち悪い。

 吐き気を催す様相に一同視線をそらす。

 

「良いよね? 良いね? 決まり? 決まり!」

 

「っ――散開ッ!」

「爆散‼」

「散開ッ‼」

 

 男が手を空に掲げた途端、火薬臭が異常なまでに強烈になり、人の鼻でもつんとくるほどにまで達した。

 その瞬間、一人の叫び声。

 それを塗り重ねる男の一声を更に塗り替えてもう一度、あやめが叫んだ。

 

 もう意味が分からない。

 すべての者がそう思ったに違いない。

 ただ、目的は変わらない。

 目指すは塔。

 最優先は命。

 今は逃げろ。

 

 空から爆弾が降ってくる。

 地面から爆弾が生えてくる。

 男の手から湧き出た爆弾が投下される。

 

「全員、逃げろー‼」

 

 あやめが刀を抜いて仲間に叫ぶ。

 既にほとんどは逃げ出していた。

 

 その場に残ったのはあやめとフレアだけ。

 

「二刀流・神風」

 

 あやめは抜いた二本の刀を敢えて一度鞘に収め、覇気を溜めると、もう一度、今度は勢いよく刀を抜き払った。

 すると、見えない風が刃先から飛び出て男の投函した爆弾をすべて空中でなぎ払い爆発させる。

 

「百火・不知火」

 

 フレアはきんつばに力を貰い自前の弓を構える。

 弓に添える矢は一度に三本。

 その先端は発火しており、それを宙に放つと天で弾けて百本もの矢に分裂?

 それらが天から降り注ぐ爆弾を悉く射抜き、空中で爆破させる。

 

 二人はそれぞれ一度の攻撃を終えるとアイコンタクトで意思疎通し、それぞれ別方向に走り去った。

 

 

「――ふひっ! しかしまさか、あいつが森に入れるとは、何考えてんだ? 珍しいね」

 

 

 男は無傷の空間にある一つの岩の上に座り込んでくつろぎ始めた。

 

 

 

          *****

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、っ」

 

 走って走って走りまくった。

 息を切らして駆け抜けた。

 運動は大の苦手でも逃げなければならないとき。

 火事場の馬鹿力は出なかったから、それは安心。

 

「はあっ、はあっ、ここまでっ、来ればっ……!」

 

 分け目も降らず、振り返らず、一心不乱に走り続けたが、ここでようやく後ろを見た。

 

「……あれ?」

 

 そこで発覚する恐怖の事実。

 それは――

 

「みんな……?」

 

 あれだけ大勢で散開して、この場に逃げたのがなんとあくあただ一人。

 

「……」

 

 ぽつんと一人、暗い森の中で鍵を手に佇む。

 なんと心細いことか……。

 

「YABE」

 

 しかし、こんなところで挫けていられない。

 あくあは一言呟いて、本を開くと、シオンにプレゼントしてもらった陰キャップを深く被り、更に奥に進んでいった。

 

 




 どうも、作者でございます。
 今回から新章の開幕です。
 ホロライブから大きく逸脱して、異世界譚です。

 当然バトルをこの先行いますが、出来る限りキャラが崩壊しないように頑張ります。

 さて今回は、仮面の男と爆弾魔が出てきました。
 爆弾魔は言うまでもなく敵ですが、果たして仮面の人は何者でしょうか?

 実はこの作品、ホロライブメンバー以外で、超重要な男キャラも出てくるんですよねー。
 お、匂わせか?
 と言うより、もう核心に触れてますよね。
 でも、重要=味方の思考はやめた方がいいです。

 そして、最後にボッチと化したあくたん。
 偽の魔導書という鍵を持ったあくたんが一人で進んでいきますが、果たして大丈夫でしょうか……。

 あ、最後に一言。
 作者はホロライブ好き故に、メンバーがあまりにも酷い仕打ちに遭うのは嫌なので、基本的にヤバい描写はないです。
 ですが、意識を失ったり、少し怪我したり、などはストーリー上起きてしまうのでご理解を。

 それではまた。


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17話 怪力無双な二人の勇士

 参った参った。

 迷子だ迷子だ。

 山小屋暮らしでもこんな薄暗い森は初めて。

 そもそも海賊に森を捜索させるのはお門違い。

 

「船長ぼっちじゃないですか」

 

 独り言で心細い気持ちを紛らわせながら枝や茂みをかき分けて歩く。

 歩いてはいるが、果たしてここがどこなのか、自分が今どこに向かって歩いているのかは不明。

 

「ま、まあ、逃げのマリンと呼ばれる船長なら何が出ても爆速で逃げて見せますよ」

 

 誰もいない森で自分のダサい肩書きを誇示する。

 

「誰もこの逃げ足にはついて来れまい」

 

 体力を溜めながら眼帯に手を当て、ふっ、と決めるが、全く決まっていなかった。

 

「おっ」

 

 少し歩くと、目の前に少し強い光が見えた。

 どうやら先程の爆弾魔がいた場所のような地形になっているらしい。

 小さな空間がまたしても現れる。

 似たような外見だが、岩の形や、空間の広さなどが若干違う。

 折角なので岩の上で少し休んでいこうと、岩の側まで――

 

「ああ?」

 

「ぎぃゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー」

 

 岩陰でたばこを吸っていた男を一目見た途端、自称の肩書きに恥じない驚異のスピードで森の中に飛び込んでいった。

 

「……何だアイツは」

 

 男は呆れ、振り向かせた首を正面に戻し、再度静かに一服する。

 一応この場で見張りをしている塔の住人だが、極度の怠慢性で短期な性格なため、任務遂行などを嫌う。

 怒らない限り対人に於いても手加減するほど。

 基本的に怒らせなければ良いだけの話。

 

 男は静かに平和な空を見上げ、たばこの煙を立ち上らせる。

 

「――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 その男の正面から、ついさっき聞いたような悲鳴が……。

 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ぎゃあぁぁぁぁぁ! ワープしてきたあああああああああ――」

 

 マリンが爆速で走って戻ってきたかと思うと、男を一目見るなり、踵を返してまた走り去っていった。

 

「……ワープなんかできねえよ。なんなんだあの女は」

 

 マリンの奇行に男は一人愚痴をこぼす。

 マリンは自分が戻ってきたとは思っていない。

 男に先回りされたと勘違いして叫んでいたのだ。

 まあ、恐怖に怯えた彼女にはよくあることだ。

 

「ったく、人が来たと聞けば妙な女が――」

 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ぎゃあぁぁぁぁ! また出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

「――チッ! おい女! テメエいい加減にしろよゴラァッ!」

「はい! すいませんすいません、帰りますんで見逃してください!」

 

 男の怒りの叫びにマリンが背筋を凍らせて足を止める。

 そして振り返り男の顔も見えないほど素早く、何度も頭を下げる。

 会社の上司にミスを報告する平社員のように。

 

「おいいいか、おれぁいちいちテメエみたいなやつを追いかけ回したくねえんだよ」

「はい!」

「俺ぁこっから動かねえから、テメェは後ろ向いて真っ直ぐ帰れ! いいな!」

「はい!」

 

 次の瞬間、マリンは180度回転し小走りに去って行った。

 

「ったく、無駄に疲れさせやがって」

 

 新しいたばこを取り出して、岩の上でまた一服。気分を落ち着かせる。

 空を眺めて心を安らがせる。

 何度か煙が立ち上がるのを見ていたが、何やら茂みから物音が聞こえた。

 

「チッ、しつけえ方向音痴野郎が――」

「――?」

 

 音の鳴る方を向きながら愚痴をこぼしかけたが、現れた人を見て言葉を止める。

 茂みから出てきたのは、さっき逃げ回った女ではなく、まるで悪人を討伐しに来たかのような鎧を身につけた一人の女性。

 そう、白銀ノエル。

 ノエルは男の謎の愚痴に首をかしげる。

 

「……別の女か、テメェは何しに来やがった?」

「――? 団長は塔を探してるけど」

「悪いが塔へ行くのは許可できねえ。帰れ」

 

 どうせバレていると察し、ノエルは素直に目的を述べる。

 しかし、当然それは許されない。

 恐らく真っ直ぐ歩いてきたし、なんとなく空気から塔の位置は詠める。

 まっすぐ行けば塔がある。

 この空間を態々通る必要はない。

 

「――そう? じゃあ団長は戻るから」

 

 ここは素直に踵を返しこの広くない空間を回って行こう。

 そう決めたのだが――

 

「――待て」

「……」

 

 男からストップが入る。

 

「テメエはさっきの女とは違うようだ」

 

 面倒くさがりの男が肩を鳴らす。

 二人の間に広い距離はない。

 服装と男女差を考えると走っても追いつかれる。

 逃げるように指示を受けたが……ここで逃げることは逆に命を危険にさらす。

 

「……誰が来たんかは分からんけど、そりゃあ他の人とは違うよ」

 

 男とノエルが、森の小さな空間で衝突する。

 

 ノエルがメイスを構え、男が傍らにある岩に触れる。

 

「テメエみたいな野郎が俺を相手にするつもりか? 俺のエネルギーに敵うとでも?」

 

 意味深な発言とともに岩が宙に浮く。

 それが一直線にものすごい速度でノエルに迫る。

 大きな物体だが、よけることは可能。

 身を反らせて岩を回避。その瞬間そのエネルギーを利用して、メイスだけを岩に当てると、岩は粉砕した。

 手にかかった衝撃は相当のものだが、筋力には自信があるだけあって、少し痺れるだけだ。

 

「テメエら、簡単に乗り込んで来やがったが、ここが何の集まりか知ってて来てんのか?」

「生憎、団長達はシオン先輩しか眼中にないから」

「じゃあ教えてやるよ。ここが一体、どれほど恐ろしい特殊能力者の集まる場かってことを」

「それじゃあ団長も教えてあげる。団長が魔法使いにとってどれほど恐ろしいか」

 

 売り言葉に買い言葉。

 まるで物怖じしないノエル。

 何やら秘策があるらしい。

 

 ノエルがメイスを持って、男に突撃する。

 振りかぶり、強力な一撃を見舞おうとする。

 

「そんなエネルギー、俺の手に掛かればゼロにして――ぐぉっ!」

 

 不動で余裕をかましていた男にノエルの渾身の一撃が大ヒット。

 打ち所は腹。

 抉るような打ち込みにより男は後方へ吹き飛ぶ。

 

「ゴッホ――ああ、クソったれが、能力が効かねえたぁ……」

 

「そうそう、団長のメイスは特注品。魔法破壊に優れたいわゆる魔法特攻武器」

 

 メイスを素手でこんこんと叩いて自慢するノエル。

 中々の一撃だったが、男は意外にもピンピンしている。

 

「種明かしが早かったな、触れなきゃ良いんだ。対策のしようは幾らでもある」

「団長は、塔へ行くから」

 

 

 互いに牽制し合い、そしてまた衝突。

 今度は、互いの動きが凄まじい。

 この応酬合戦は他の誰も手出しできない領域だった。

 

 もう、逃げの道はない。

 どちらにも。

 背を向ければ襲われる。

 

 先に地に伏した奴が、敗者。

 どちらかが倒れるまで、戦いは――続いた。

 

 

 

          *****

 

 

 

 困った困った。

 ぼっちだぼっちだ。

 皆は固まって行動してるのだろうか?

 一人でこんなとこ、恐ろしすぎる。

 せめて誰か出てきてくれないかと願うばかり。

 

「まつり一人とか、ホントに何もできないじゃん」

 

 無力を自覚した上で、単独行動。

 しかし、先程の爆弾魔から逃れるために全員ばらけたら偶然こうなってしまった。

 これは仕方のない犠牲だ。

 

「はあ、せめて可愛い動物でもいてくれれば癒やしになるのにな……」

 

 文句たらたらでゆたゆたと歩む。

 ため息も多い。

 警戒心もかなり高めで、頻繁に周囲を見回す。

 

 ガサッ。

 

「な、何……?」

 

 暗い森の中、近くの茂みが揺れた。

 数歩退いて茂みをマジマジと見つめる。

 目を凝らし、音の正体が割れるまで視線をそらさず、瞬きもしない。

 

 ガサッ。

 

 茂みから飛び出てきたのは――

 

「ふう……ただの兎か」

 

 一匹の白くてまん丸い兎に見えない兎。

 ボールのような白い体に耳がある。

 耳がなければ兎と思えなかったかもしれない。

 

「助けてよ兎ぃー」

 

 まつりは兎を抱えて顔と顔を近づけた。

 兎に意思はないようで、意思はあるように見える。

 と言うのも、まつりの接近は一切咎めず彼女の思うままに抱かれるが、顔を近づけると、「何言ってんだ?」みたいに耳を揺らす。

 まつりの感情は理解できていないが、本能的に安全だと見抜いている。

 

「怖いから兎も一緒に行こうね」

 

 まつりはその無垢な小動物を腹の前に抱えて、歩き出す。

 一人だが、一匹がいるだけで気分が落ち着く。

 最悪この兎は囮役に……。

 

「兎……?」

 

 少し歩いて兎の様子を確認すると、なんとまつりの手の中が心地良かったのか、眠っていた。

 

「……キミ、ホントに野生の兎……? いくらまつりでももう少し警戒するけどなー」

 

 ド正論を、眠っている、しかも言葉の理解できない存在にぶつけても意味はない。

 と言うか、寝られるとまた一人になった感じで寂しい……。

 一度手に入れた仲間を失ったような寂寥感に苛まれながらまつりは歩き続ける。

 

 10分ほど歩いただろうか。

 ずっとずっと光の薄い木々の中で景色に飽きてきた。

 兎も起きず、そろそろ精神的に限界を迎えてきたところで、運良くある二人と鉢合わせる。

 

「あっ、アキアキ! はあちゃま!」

「「しーーっ」」

 

 歓喜のあまり声を上げて手を振ると、二人は人差し指を唇に当てて静止を促す。

 

「……どうしたの?」

 

 まつりは早足で距離を詰め、周囲を確認した後小声で聞いた。

 

「気をつけて、この森多分危険な動物がいるから」

「危険な動物?」

「そうよ――! 私たち見たんだから!」

 

 アキロゼの注意喚起。

 それに関するまつりの質問にはあとは証拠を見たと言う。

 

「何を見たの? 熊とか?」

「ううん。黒くて足の速い狼みたいな動物」

「そうそう」

「……ミオちゃんとかじゃなくて?」

「違う違う。そんな温厚な雰囲気じゃなかったもん」

「それって、何かを襲ってたってこと?」

「いや、見たのは一瞬横切った陰だけだけど……」

「そう! もうオーラが違ったんだから!」

 

 声を抑えながらも興奮気味に目撃証言をする二人。

 まつりは嘘とは思っていないが、見間違いであると勝手に推測する。

 証拠は兎。

 そんな恐ろしい生物がいる環境の中にいるこの兎が、こんなに隙だらけとは思えない。

 少なくとも、この森には兎を襲うほどの脅威はないものと思われる。

 だが、二人はどうやらその陰がいつまでも頭に残っているために全くと言って良いほど喋らなかった。

 折角二人と出会えたのに、ほぼ無言で少し悲しかった。

 

 しかしそれが功を奏したのか、三人の歩速が早かったため、三人はあっという間に塔まで辿り着いた。

 

 塔の周囲は木も草もない平地。

 そこに何人もの見張りが塔を囲っている。

 殆どの者が剣や銃などの武器を持っている。

 中にシオンがいることは分かっているが、全く近づけない。

 何より、塔の外周が長すぎて反対側に行くのにも相当の時間が掛かる。

 正面に扉があるが、しまっている。

 

 三人は茂みに隠れ、息を潜めながら様子を伺う。

 

 こんな見張りの数じゃあ突破は不可能。

 かといって隠密行動ができる地形でもないし、そんな能力はない。

 何ができるわけでもないがこの場で見張るしかない。

 少し暗いのは、空に黒い雲がかかっているから。

 雨雲ではなく、塔を囲う謎の雲。

 

「っ! 待って、ここなら電波が届くよ」

「ホントだ!」

 

 アキロゼがここであることに気がついた。

 まつりも自身のスマホで確認すると確かに電波が来ている。

 

「でも他の人には繋がらなくない? それに繋がったとしても私たちみたいに隠れてたら――」

 

 はあとが冷静に分析する。

 折角の希望だったが、その通りで何も言えない……と思ったが。

 

「いや……そらちゃん達なら森外で隠れてもないから連絡できるんじゃない?」

「は、確かに……!」

 

 アキロゼが頭を回転させて振り絞った可能性は見事的中している。

 唯一の連絡先だが、何を連絡するか……。

 

「取りあえず、見張りが多くて門前突破は不可能でスニークできる環境でもないって伝えよう」

「そうだね。何か解決策を出してくれるかも!」

 

 来た道を戻って知らせるよりも早く、森内の他メンバーを探すよりも確実。

 アキロゼがスマホを開いて電話を使用としたとき――

 

「何してるの?」

 

 聞き覚えのある声の誰かに声をかけられる。

 

「ひゃあっ!」

 

 それはメルだった。

 驚く必要のない相手だったが、突然の声に驚きうっかり大声を上げた上、隠れていた身を晒してしまった。

 

「誰だ!」

「やばい!」

「アキちゃん!」

 

 即行で見つかったアキロゼ。

 敵が銃を構えたのが見えたためはあとがアキロゼの足を掴んで転ばせると、同時銃弾がアキロゼの肩のあった場所を通り過ぎる。

 

「こ、腰が……っ」

「どういたしまして!」

「うん、ありがとう」

 

 尻餅をついて腰を打ったアキロゼが涙目ではあとに訴える。

 はあとの返事はまるで成立していない。

 それが成立するようにアキロゼはお尻を摩りながら礼を言う。

 

 と、そんな状況ではない。

 

 複数人が茂みに躙り寄って来る。

 無闇矢鱈とは発砲してこないが、姿を見せると確実に撃たれる。

 誰も動けないでいた。

 

 数人がもう目前だ。

 銃を構え、今にも撃ち抜かれそうで身の毛がよだつ。

 四人のいる茂みのギリギリまで接近したところで、何とメルが飛び出した。

 数発銃弾を受けながら、そばにきた者達に掴み掛かり思いっきり投げ飛ばす。

 しかも、その腕力が異常で、投げ飛ばした人間が塔の入り口まで無着地で吹き飛ぶ。

 

 その圧倒的力と、受けた銃弾をまるで無視する不気味な体質。

 敵陣も味方陣も、ともに阿鼻叫喚する。

 

「怪力無双、変幻自在、神出鬼没」

 

 どこかで聞いたことのある台詞。

 ある者がある者を例えた言葉。

 

「それがメルの本質」

 

 赤い瞳が薄暗い塔の下で煌めく。

 本来人間界では決して解放できない、吸血鬼としての力。

 それが解放できたのは、この森と塔に充満している魔界と同等な濃度の闇因子。

 魔法の根本の力を絞り出すために塔の主が用意した魔界とほぼ同じ環境が、メルの本能を呼び覚ました。

 まつりもはあともアキロゼも、目を見開いて茂みに隠れたまま、メルの様子を伺う。

 果たして本当にメルなのか。

 そしてそうだとしても、精神に異常を来していないかなど。

 

「ゆっくり、奥に退いて」

 

 小声でアキロゼ達に指示する。

 様々な恐怖から、早速指示に従う。

 

 メルがなかなか動かないのを見て、敵勢が一度に大量にメル一人に襲いかかる。

 弓で、銃で、剣で、特殊な力で……。

 

「ミラーカの夢遊病」

 

 すべての攻撃の対象となるメルがその技のような一言を置き去りに霧となって消滅する。

 あらゆる攻撃が虚空を撃ち抜き、無駄な集中砲火となる。

 そして、メルの姿は現れぬままバッタバッタと敵勢力が次々と薙ぎ倒されていく。

 

「吸血鬼だ! ニンニクと杭と結んだ紐、それから一応十字架を持ってこい!」

 

 敵の何者かが叫ぶ。

 吸血鬼と言えばな対抗材料。

 ニンニクと杭は吸血鬼殺しに確実に使える材料。

 結んだ紐は習性を利用した囮道具。

 最も効くと言われる十字架だが、実際は吸血鬼の実力で効果は左右される。

 因みにここで明かしてしまえば、今のメルに十字架は全く意味を成さない。

 

 既に見張りにいた殆どはメルが殲滅した。

 勿論、殺しはしないが。

 吸血鬼お得意の、軽い催眠術を使って眠らせてある。

 

 ただ、催眠を使うには相手が逃げられないような状況が必要。

 そのため、どんな方法でも相手を約三秒以上行動不能にする必要がある。

 

 折角ほぼ殲滅したが、塔の扉が開き更に――たった一人の援軍が。

 

「五月蠅い、騒がしい、騒々しい、(やかま)しい、(かしま)しい、(かまびす)しい、そんな私が超鬱陶しい!」

 

 一人ボケ突っ込みをかましながら登場する一人の女性。

 一体この女性はどれ程の異常者なのか。

 場合によっては、今のメルですらも凌駕する実力者かもしれない。

 そうなったとき、四人に命はない。

 

「貴女は吸血鬼だけど羽が未成熟のようね。私の勝利確実」

 

 扇子を持って気取った女が、悠々と己を仰ぎながら勝利宣言する。

 意味が分からないが、危ない空気。

 しかし何に注意すれば良いのか誰にも分からない。

 

「接着、粘着、吸着、拘束、束縛、監禁、不動不動不動不動不動不動!」

 

 呪文のように単語を羅列し、最後は同じ単語の繰り返し。

 何を言いたいのかは理解できないが、何をしたいのかは単語の意味をとれば分かる。

 自分が停止すると直感したメルはまたもや霞に消えようとした。

 だが、一瞬上半身が消滅したかと思えば、膝のあたりまで消えたところで全身の変化が解け、普段のメルがまた現れる。

 

 メルの霧になる能力……正確には、変身する力が使えない。

 それどころか、何の引力なのか、足が地面から離れない。

 

「破壊、崩壊、粉砕、爆砕、壊滅、暴発、爆発爆発爆発爆発爆発爆発!」

 

 女の喧しい言葉の羅列。

 最後の言葉はまるで起きろ起きろと念じるよう。

 そして、言葉通り、しかもメルの足下が、爆砕した。

 

 メルの姿は爆煙で見えず、生存状況は判別できない。

 

 だが、今の爆撃は免れることはできないだろう。

 

 

「メルメル!」「「メルちゃん!」」

 

 

 茂みの奥で見守っていた三人は、一斉に声を上げた。

 

 

 爆煙が薄れていくまで、誰一人体を動かさなかった。

 

 

 




 作者でございます。はい。

 さて、今回は以前の伏線通りのメルちゃん、そして団長の見せ場でした。
 でしたと言ってもまだ決着がついて……ないはずなので、多分まだあります。
 あと、船長のはほぼネタですね。
 ホラー配信で良く見る迷子と逃げ力。
 迷子のやつは少し過剰でしたが……。
 で、結局あの後船長はどこへ行ったのでしょうねぇ?

 もう一つの謎ははあちゃまとアキロゼが見たと言う黒い影ですね。
 動物なのか、はたまた敵陣営の者か、味方陣営の者か、もしくはどちらでもない人か……。
 お楽しみに。

 それではまた次回。


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18話 ぺこらの視覚・二人の剣士

 森のどこか。

 一人のオオカミ少女がとぼとぼ歩いていた。

 

「はぁ~、ウチ一人でこんなところ……」

 

 そう、怖いの大嫌い、大神ミオ。

 護身用なのか、中途半端な長さのそこそこ堅い木の枝を持って得意の注意力で周囲を見回しながらテキトーに歩く。

 ここでは獣人の鼻も耳も全く役に立たない。

 役に立つのは夜行性動物として備わった暗視だけ。

 

「途中までフブキと一緒に逃げてたはずなのにぃ~」

 

 爆弾魔からの逃亡時、フブキと同じ方向に走り、途中までは背後にフブキの気配を感じていたが、足を止めて振り返ったときにはもういなかった。

 訳あって方向を変えたのか、若しくは疲れて立ち止まったのか。

 少なくとも爆弾魔に何かされた訳ではないだろう。

 あやめとフレアが残って対処してくれたのを背後に感じていたから分かる。

 

「お願いします神様、怖い人とかお化けとかに合いませんように」

 

 天の見ない中、天に祈る。

 天は見えなくとも、神はいつでも見てくれているはず!

 もう神頼み以外に術がない。

 ここへ来る前にも、神頼みの一環として占ったが、出てきたのは塔の逆位置。

 気持ちや心に区切りがつかないと言う意味がある。

 これから向かう場所が塔だと言うこと意外に特に繋がりはなさそうだ。

 正直、微妙だった……。

 

 ガサッ。

 

「何!」

 

 一瞬揺れる草に機敏に反応するミオ。

 神頼みした途端に何かの気配。

 早速神に見放されたか……!

 

 サッ、と草を揺らして何かが動く。

 

「……」

 

 恐ろしくなり、息を潜める。

 

 草の揺れる音は次第に近づく。

 

「……」

 

 ガサッ、ヒュッ!

 と、近づいた音は一瞬にしてミオの側を通り過ぎる。

 その時、ミオは通り過ぎる黒い影を見た。

 

「ぁ……ぁ……」

 

 もう目から涙が滲んでいる。

 その影はミオに気付いていないのか、そのまま遠くへ駆け抜けていった。

 そしてミオは、腰を抜かしてしばらく動けなくなった。

 

 

 

         *****

 

 

 

 独りぼっちで逸れてしまった者達が多い中、二人で同じ方向に逃げた者達もいる。

 それは、偶然の産物だが、意外にも偶然ではないのかもしれない。

 

「ぺこら、よく道分かるね」

「そりゃ当然! ぺこーらには心強い味方がいるぺこだからな」

 

 薄暗い森で地図のない中、サクサクと進むぺこらにるしあが感心する。

 ゲームでも方向感覚微妙で、何事も自分から踏み込むことのない性格なのに、珍しい。

 そう思っていたが、どうやら仲間がいるらしい。

 

「強い味方って?」

「それは秘密ぺこな」

「え、何で秘密にするの? 何で?」

「る、るーちゃん、声のトーンが怖いぺこ……」

 

 るしあの圧力にぺこらが怯む。

 

「秘密にしないと不都合なことがあるぺこなんだよ」

「ふーん、そうなんだ」

 

 るしあの赤い瞳は、暗い森の中でも光る。

 瞳は反射で光るため、暗いと反射できないはずだが、るしあの目は恐ろしい雰囲気に発光している。

 ネクロマンサー特有の小さな力なのか。

 正直どうでも良い力だ。

 

「それよりるーちゃん、浮遊できるんだから先に塔に行ってていいぺこなんだよ?」

 

 ぺこらの背後を常に追いかけ、幽体にすらならない。

 態々面倒くさい選択をしているように思える。

 のだが、

 

「それがさぺこら、なんかこの森の木、幽体でも通り抜けられないの」

「マジぃ~、何で?」

「そんなのるしあ知らないよ」

 

 どうやら既に一度試みたら失敗したらしい。

 あくあとともに森に入り、歩幅を合わせていたが、爆弾魔により逸れる。

 そして一度抜け出そうとしたが、まるで結界やバリアのように森の木々がすり抜けを妨害する。

 爆弾魔がいたような空の見える空間であれば森の上へ行けるだろうが、戻り道は分からないし、他の似た空間がどこにあるかも分からない。

 だからぺこらが自信を持って進むのに便乗して後方腕組みしている。

 

「ん~? これどこだー?」

 

 不意にぺこらが立ち止まり、怪しい発言をする。

 

「ぺこら⁉ 迷子とかじゃないよね⁉」

 

 ここで杞憂が発生。

 本当に杞憂だったためよかったが、不安感は増した。

 るしあの疑念に大丈夫と答えると、また歩き始めた。

 

 

 しばらく歩いたが、一向に塔の気配はない。

 真っ直ぐ歩いてきた感覚もなく、本当に不安。

 

 更に歩いて、歩いて……。

 

「――! るーちゃん……」

「……? 何?」

 

 突然ぺこらが険しい顔をしてるしあを呼ぶ。

 

「るーちゃん、もし塔について大量に見張りがいて、その人達に見つかったら、その人達を殲滅できる?」

 

 急に物騒な仮定。

 随分な内容にるしあは引き気味に多分と答えた。

 

「……るーちゃん、よく聞いて」

「う、うん……」

 

 剣幕な視線に、るしあは首を引く。

 

 

 そのるしあに、ぺこらはそっとあることを伝えた。

 

 

 

          *****

 

 

 

 二人で逃げたペアはあと二つ。

 その内のワンペア、スバルとちょこ。

 

「スバルー、ちょっと待って-」

 

 よたよたと千鳥足になりながら声だけで泣きつくちょこ。

 

「おいちょこ先もっと気張れ! 次またさっきみたいなことが起きたらもう庇ってくれる味方もいねえんだぞ!」

 

 恐ろしい現実を突きつけちょこを激励する。

 叱咤でも鼓舞でもない激励方法。

 流石、マネージャー。

 先生すらも奮い立たせる。

 

「ちょこもう無理ぃ~」

 

 疲労の限界に達したちょこが足を止めてへたり込む。

 

「おいちょこ先、こんな森の中でへばんな。置いてくぞ」

「ちょっとくらい待ってよ~、スパルタ過ぎる」

「だってお前、こんな所でさっきみたいな奴とか獣とかに出会ったら一巻の終わりだぞ。万事が休するんだぞ」

「そんなこと言ったってさ~、ちょこもうへとへとで……」

 

 スバルが危険信号を発するが、やはりもう体力がまずいらしい。

 

「じゃあ5分だけ休んだらまた歩くぞ」

「ええぇ~、5分~?」

「文句言うな、スバルだって疲れてるけど頑張ってんだぞ」

 

 決して甘んじることなく、五分間の休憩を取る。

 

 その休憩の間に、スバル達が来た方角からあやめが走ってきた。

 

「スバル、ちょこ先生。何してんのこんなとこで」

 

 二人を見て、すぐに足を止める。

 ぱっと見てちょこの疲労困憊は納得。

 

「ちょこ先が疲れた疲れたってうるさいからさぁ……」

 

 困ったもんだとため息をつく。

 だが、ちょこも、むしろ逆にそんな元気なのがおかしいのだと反論する。

 言い分はどっちもどっち。

 ちょこが音を上げるのは早すぎるが、スバルのようなド根性でこんな奇怪な森を平然と進むアイドルも普通ではない。

 だが、あやめもどちらかと言えばスバル側の思想なためちょこの意見は不利な立場にある。

 

「よし、五分たったぞ」

 

 スバルからの悲報に「もう?」と呟きながらゆっくりと腰を上げた。

 

「そもそも塔の場所も確実性に欠けるのに……」

「じゃあちょこ先が先頭行けよ」

「ま、まあまあ」

 

 少し圧力を強め始めたスバルをあやめが宥める。

 

「余が先導するから」

 

 正直何の解決にもならないが、話題をそらす意外に収束させる方法が浮かばなかった。

 しかし意外にもあやめが先導することで二人とも落ち着き始めた。

 もしかすると互いに、先の見えない道に感情が揺れていたのかもしれない。

 そこにあやめという心強い味方がいることで、精神が安定したのだろう。

 ここで言うあやめは、所謂精神安定剤。

 

 

「……」

「……あやめ様?」

 

 しばらく先頭を行っていたあやめが立ち止まる。

 真後ろにいたちょこがぶつかりそうになるがそれは回避。

 そのちょこにスバルもぶつかりそうになる。

 

「偶然とはあるものですね。魔法士の集うこの地で巡り会う二人の剣士。素敵です」

 

 あやめが立ち止まって見つめる視線の先から、紳士のような格好をした男性が綺麗な身なりを保って現れる。

 草木が生い茂り、日の光すらまともに届かないこの森の中、地味な色の服のその男性を視認できたのは相当距離が詰まってからだった。

 口調と服装により、ダンディーな顔つきが一層男前に見える。

 紳士的ながら、機動力のありそうな服装。

 だが、男性の言葉から推察するに、彼は剣士。

 しかしながら刀のようなものが見受けられない。

 代わりと言っては相当差があるが、フェンシングの剣――もっと正確に言えば、少し長めのサーブルのような細心の鉄の棒。

 

 剣士のように見えぬ外見でも、ここは今述べられたように魔法士の集う土地。

 刀が見えなかったり、体が刀だったり……若しくは別の何者かがここに潜んでいたり。

 様々な方法で剣士を隠すことができる。

 

「好戦的ですね。そう言うの、好きですが」

 

 二本の愛刀をおもむろに抜き、式神を呼び出す。

 男性も一切驕ることなく腰の細すぎる剣を引く。

 

「おいあやめ!」

「あやめ様……」

 

 後方に引きながらも、あやめの戦闘モードに警鐘をならすように名前を呼ぶ。

 

「大丈夫。剣士には弱点がある。この人にも、余にも、ほぼすべての剣士に……」

 

 男性と見合い、牽制しながら口だけを動かす。

 

「それは一度に多人数を相手にできないこと」

「……」

 

 男性が背筋を伸ばし、片手で細い剣先斜めに向けてそう語る。

 まさにその通り。

 剣士としては常識。

 アニメや漫画を見る者にとっては頭にない常識。

 

「三刀流だろうが、九刀流だろうが、刀身が見えなかろうが、斬撃が飛ぼうが、相手が不死身だろうが何だろうが、一度に何人もの相手をすることは不可能」

「……そう」

 

 常識は常識だし、事実だが、こうも見事に的中させてくると不気味だ。

 まるで自分はその中に当てはまらない例外なのだと暗示しているようで……。

 あやめは一層警戒心を高めて小さく頷いた。

 

「じゃあ、スバル達も手伝えって事か⁉」

「えっ、ちょこも⁉」

「逆では?」

「……」

 

 協力要請と勘違いして動揺する二人を冷静にさせようとしたが、それを相手が行う。

 

「恐らく鬼神嬢は、私が一人しか相手できないから、その隙に……逃げろ、それとも進め?でしょうか」

 

 どうやら心を読めるわけではないらしい。

 最後の濁し方が本当に読めていなかった。

 しかし、今の言葉で考えを改める。

 ここまで心を当てられる中、相手が示すとおりの行動をすれば思うつぼだ。

 

「……いや、二人はここを離れて」

 

 一度考えを改め、それをもう一度改める。

 敵が何を考えているのか分からなければ、当初の作戦で突破すべきだ。

 下手に作戦を変更して、苦手な行動をさせても、失敗を誘発するだけだ。

 

「でも……」

 

 ちょこが紳士をちらと見て憂慮する。

 スバルも同様だ。

 

「案外、渋るね」

 

 あやめが意外そうに笑って、汗を流す。

 久々に彼女の八重歯が光った。

 

「ご心配なさらずとも、私は無力な者を襲いません。それにたとえ襲ったとしてもっ――」

「――‼」

 

 突如、紳士が剣を振るってスバルに斬りかかる。

 速度が洗練されすぎており、尋常ではない。

 到底逃げられる隙などない。

 

 そのレーザービームのような剣撃をあやめが刀で受け止めた。

 

「このように、護られます」

 

 涼しい顔であやめに斬撃を受け止めさせる。

 これ以上の長居は無用だ。

 

「行きな!」

 

 近い距離、あやめの叫びが木霊する。

 怯んでいる二人。

 

「早よ!」

 

 あやめの咆哮と共に剣撃の応酬合戦が始まる。

 二人の動きに無駄はない。

 もうこの場にはいられない。

 

「ちょこ先!」「スバル!」

 

 ちょことスバルが同時に叫び、真逆の方向に走り出す。

 

「はあ? こっちだろ」

「ちょこの勘がこっちって言ってるのよ」

 

 何故か意味のない喧嘩が勃発する。

 あやめも紳士も、もう二人を気にとめる余裕はないというのに。

 

「ちょこ先が帰りたいって言うから逃げようとしてんだろ、スバル達はこっちから来たはずだ!」

「はあ⁉ スバルが気張れって言ったんじゃない。だから塔がありそうなこっちに行くって言ってるの」

 

 しかも驚愕の事実。

 なんと二人は先までの相手の考えを尊重し、相手の取りたがっていた行動を選択していた。

 この場へ来て紳士と見合い、方向感覚がなくなったため、どこがどこか分からないが二人は脳内コンパスに自信ありげに各方向を指す。

 その間も剣士二人の啀み合いは止まることがない。

 寧ろ剣裁きや体術のキレが上昇しつつある。

 次第に世界に入り込んで言っている。

 

「ちょこ先!」「スバル!」

 

 言い合っても埒があかない。

 その結論に至り、二人は近づいて右手を出し合う。

 

「「最初はグー、じゃんけんポンっ! あいこでしょっ! しょっ! しょっ!」」

 

 勝敗は……

 

「おら、こっちだちょこ先!」

「分かったよ~!」

 

 当初の自分の意見の道(多分)だというのに、少し不満そう。

 不満満載で、文句垂ら垂らでもちょこはしっかりと走る。

 

 

 あやめと紳士の拮抗した剣術勝負を背後に聞きながら。

 

 

 




 どうも、作者でございます。

 今回は一度に3場面を描きました。
 目紛しく変化して申し訳ないです。

 で、まずミオしゃ。
 はあちゃまとアキロゼが見たと言う「黒い影」を彼女もまた見ました。
 何でしょうね、本当に……。
 その後ミオしゃは腰抜かしてますが、ちゃんと動きますよ、流石に。

 次にうーぺーるーぺー。
 正直自分、このペア好きなんですよね。
 あ、関係ないですね。
 でまあ、ぺこらが見たもの、そして見えているものとは何か。

 最後にスバちょことお嬢。
 お嬢の剣士対決はまあ、異世界的に言えば必然かなと……。
 スバちょこはなんだかんだでいいですよね。
 あの二人もどうなったのか……。

 それで、ここで少しいくつかまた報告です。
 今回もこの先もなのですが、ホロライブはメンバー全員がいて成り立つものです。それ故に、こう言ったバトル章などでは、もし一人でも欠けていたら誰かが死んでいたかも!という展開にしていくつもりです。
 ですので、戦犯はいませんし、必ず一人に地味な形でも必須の花を持たせます。

 どうかこの先もご期待を。
 それでは。


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19話 狂人と狂犬・シオンの書物・一通

「ぉヵゅ、疲れてない?」

「うん、僕は大丈夫だよ~。ころさんこそ、昨日も耐久してたけど大丈夫?」

 

 森に分散した最後のペア。

 おかころペア。

 互いに心配し合う。

 二人とも警戒心のようなものがなく、気楽に仲良く森を歩く。

 こういうとき、大抵ころねが保護者になる。

 例に倣って先頭はころね。

 何故か二人は手をつないでいる。

 

「あんまり気にしてなかったけど、今更ながら暗くてなんか出てきそうだねー」

 

 ふとおかゆが口にする。

 寧ろ何故今まで気にしなかったのか。いや、気にならなかったのか……。

 

「……だいじょぶだいじょぶ。ぉヵゅに手出す奴はこぉねがワンパンしてやるでな」

 

 腰に括り付けているボクシンググローブをパンと叩いて豪語する。

 強気なのは心強いが、果たしてそんな簡単な話だろうか……。

 いくらころねがボクシングができるにしても、単純な近接攻撃が魔法士の集うこの場で役に立つか否か。

 

「あ、そこ蜘蛛の巣あるよ~」

「ひやぁあ!」

 

 目の前の蜘蛛の巣に触れかけて、拒絶反応を示す。

 おかゆの忠告がなければ確実に顔面に蜘蛛の巣を食らっていた。

 ころねは一度おかゆと繋いだ手を離し、側に落ちていた木の枝でその蜘蛛の巣を成敗しようと……

 

「いや、ころさん……手……」

「あ……ごめんね、ごめんねぉヵゅ、落ち着いて」

 

 狂ったように突然涙目になるおかゆ。

 それを見てころねは焦り、急いで棒を投げ捨てると両手でおかゆの手をぎゅっと握る。

 その様子、明らかに正気ではない。

 だが、実は二人にも何故おかゆが豹変してしまったのか分かっていない。

 そして、何故ころねは無事なのかも。

 

 ここまでの道のりで、これと言った不自然さはなかった。

 一体何が原因なのか……。

 

「ころさん、すすも」

「……うん」

 

 おかゆはころねと手をつないでいる間のみ正気に戻る。

 しかも、正気の時とそれ以外の時とでは意識が完全に隔絶されている。

 簡単に言えば、正気状態のおかゆに、狂気状態の自身の記憶はない。

 だからころねもその間はこのことに触れない。

 手はころねが繋ぎたいから繋いでいることにしている。

 

「ぉヵゅ疲れてない?」

「それさっきも聞いたじゃ~ん。だいじょぶだって~」

「……そうだった!」

 

 度々精神の崩壊するおかゆを相手に、ころねは二度にも同じ質問をしてしまう。

 おかゆは天然だと言って笑って済ませるが、ころねは笑い飛ばせるほど心に余裕がない。

 記憶がない分、おかゆの方が精神的には楽なのかもしれない。

 

 それからも二人は雑談で気を紛らせながら森を歩いた。

 しかし、やはり状況は悪しき方向へ動く。

 

 

「……? ぉヵゅ? どうかした?」

「……? 何が?」

 

 手を繋いで歩き続けると、おかゆにある変化が生じてきた。

 本人は自覚していないが。

 

「……手、震えとるでな?」

 

 ころねが繋いだ手を持ち上げてその震える様をおかゆの目に強く焼き付ける。

 途端、おかゆが過呼吸気味になる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「ぉヵゅ⁉」

「怖い……寒い……」

「ぉヵゅ! しっかり‼」

 

 次に、ころねから手を離して自分を抱くと、そう呟きながら震える。

 その様子にころねは必死に名前を呼んで正気に戻そうとする。

 が、体の震えは止むどころか増していく。

 これはもう非常事態だ。

 おかゆが歩みを止めてしまった。

 こんな状態で一人放置もできない。

 

「ぉヵゅ、あそこに広い土地があるからあそこまで歩いて」

 

 少し空いた土地を見つけ、ころねはそこまでおかゆを誘導した。

 ひとまずその土地でおかゆを休ませようと試みるが、どうやらそうは問屋が卸さないらしい。

 

「ど~も~、ちょっとご機嫌斜めなぼくで~す」

 

 ここでもまた一人、異臭の漂う男が現れる。

 声の雰囲気と、漂う狂気の臭いがあの爆弾魔に似ている。

 肌でそれを感じ取った。

 

「こぉねも今機嫌がよくないから、早く消えな」

 

 おかゆを背後に庇いながら狂人と対峙する。

 狂人は然程怒っていなさそうだが、ころねは相当来ている。

 おかゆは既に目の色を失いかけている。

 ころねが手を離していることも影響していると思われる。

 

「だって怒るでしょ、普通。このぼくの狂気の領域に今日で三人も踏み込んだのに、気が狂ったのは一人だけ。しかも不完全」

 

 今の狂人の言葉、聞き捨てならない。

 ころねの耳が、ピクリと反応した。

 

「じゃあおめえが……」

「そうそう、ぼくがやったんだよ? 僕、猫又おかゆ~、なんてね?」

「おめえの指。全部切り落としてやるでな」

 

 狂気に染まった男に、狂気に染まった目で対峙する。

 狂人はふざけておかゆの物真似を披露する。

 その声が完璧におかゆ本人のそれで気味が悪い上に、ころねからすれば虫唾の走る侮辱行為。

 指を切り落としても、ぶっころねしても物足りない。

 何が何でもころねの手で、しばきあげパンチングで打ちのめさなくては気が済まない。

 

 おかゆは木の陰に座らせてころねがグローブをはめる。

 ここは特殊能力者の集まりだと聞いた。

 もし複数の能力を所持できないとしたら、恐らくこの狂人に闘える能力はない。

 きっと他人の精神を崩壊させる力だ。

 それが効かないころねとしては、十分に闘える敵だ。

 何故効かないかは不明瞭だが、不幸中の幸いだ。

 

「え、殴り合うつもり? か弱いぼくと?」

「しばかれたくなかったら、ぉヵゅを元に戻して」

「ん~。じゃあ殴れば?」

 

 狂人が嗤う。

 

「じゃあ殴る」

 

 ころねが踏み込んで猛ダッシュで狂人めがけて走る。

 あの腹立たしい顔面に殴り込んでやる。

 

 一撃、真っ正面に思いっきりパンチを打ち込んだ。

 が、狂人は意外と身軽に躱してみせる。

 

「俺にそんなクソみてぇなパンチが当たると思ってんのか、おい」

 

 身を翻して、ころねと距離を取ったあと顔を上げた狂人の人相が豹変していた。

 変わったのは外見ではなく人格。

 柔軟な雰囲気だった狂人から、柄の悪い頑固そうな狂人に早変わり。

 人格の変化に合わせて、身体能力まで上がったかもしれない。

 先程の様子からは想像できない瞬発力を見せてくる。

 

 そんな狂人の顔を見て、背筋が一瞬凍る。

 眼光が、ころねの体を拘束するようで気味が悪い。

 

「俺の能力が精神崩壊を引き起こすだけのものだと思ってたのか? あ? バカか?」

 

 愉悦を感じているような嘲笑で狂人が喋る。

 一人称の変化にまるで違和感を感じさせないのもまた、ころねを恐怖の渦に引きずり込む。

 

「俺は他人の精神を崩壊させてその崩れた破片を自分に取り込むことで、人格だけに留まらず多少の運動能力や知識、場合によっては声質や外見を盗むことが可能な能力だ」

「じゃあおめぇまさか……!」

「だからさっき揶揄って見せてやっただろ」

 

 自分の能力の優れた部分を抜粋して自慢する。

 そこからある一つの胸糞悪い見解にたどり着いたころね。

 言葉にしたくない。

 男はそれを察して敢えて間接的にころねに答えを想像させる。

 しかも悪趣味な性格はここだけに留まらない。

 

「ほら、僕、猫――」

「その顔と声で喋るな!」

 

 変わらない顔でおかゆの声を吐き出す狂人にころねが怒鳴り、堪えがたい怒りを込めた一撃を放つ。

 だが、相手も簡単には食らわない。

 気色悪い冗談を中断させ、またあの瞬発力で回避する。

 

「ぼくのこと嫌いみたいだね」

「たりめーだ、ぼけ」

「実はぼくも君嫌いだから。だって能力効かないんだもん」

「知るか、あほ」

「ぼくの能力が効かないのは、同じ狂人だけだから」

「残念、こぉねは狂犬」

 

 

 そこからは、互いに一撃も当たらない殴り合いが続いた。

 

 

 

          *****

 

 

 

 魔術の塔、最上階、展望デッキ。

 ガラス張りの円形の天井。

 見合う二人。

 

 シオンと、謎の男性。

 

 何度も魔法を打ち合ったが、互いに一向に崩れない。

 

「もう分かっただろ? これ以上は無意味だ」

 

 男性はシオンに語りかける。

 これ以上の魔法の応戦は何も生まないと。

 

「魔導書だけは返して貰わないと困る」

 

 シオンはまだまだやる気だ。

 元々キリッとした眉毛を更にキリリと整わせる。

 

「俺だってずっとここにいられては困る。これからまた別の本を探しに行かなければならない」

 

 シオンのものではない魔導書を開きため息をつく。

 

「お前も感じるだろ? この森に踏み込んだ侵入者達」

「……」

「まあ気付くよな。特殊能力に関する文献を持っている時点で相当の強者のはずだからな」

 

 シオンの仲間のことを指して言う。

 そして、シオンがそれに気付いていると、核心を突く。

 

「世界に100人程しかいない魔法使いの中でも15人しか持たない特殊能力を付与する魔法。それに関する魔導書の中でもお前の書は相当な内容らしい」

「まだ不完全で使えるものじゃないし、シオンにしか開けないから」

「それに関しては安心を。ウチには俺やお前よりも優秀な魔術師がいる」

 

 誰だろう?

 そんな強者の気配、全く感じない。

 感じ取れないほどの強者か……。

 

「どうする? ここで魔法を展開しても、お前が疲れるだけだぞ?」

 

 それでもやるか?と挑発する。

 ここは敵地。

 相手が生活しやすいように環境整備されている。

 魔法を放てば魔力が枯れていくが、相手はこの魔界に近い空気から魔力を吸収している。

 それに対し、シオンは自分の血を対価に魔法を展開する。

 自分の血を無限化することはできるが、超特殊な条件下でしか作動しない。

 しかし、あの魔導書には特殊能力の記述の他にも、大事な記述や大切な物が入っている。

 負ける戦いでも引き下がれない。

 

 と言うか……冷静すぎないか?

 

 これだけ侵入されて、目の前に自分と同等レベルの魔術師がいるというのにまるで余裕。

 自分の実力と環境に自信があるから?

 いや……にしても隙が多すぎる。

 

 

 シオンは、無言で一発、光線を放つ。

 

 それは軽々と消滅させられた。

 

「俺の相手をするよりも、お友達を助けに行って安心させてあげた方が堅実だぞ?」

 

「そんなことは心配してないし」

 

 だって、我らホロライブぞ?

 ホロライブ嘗めんな。

 

 

 もうしばらく詮索を入れながらシオンは男と対峙した。

 

 

 

          *****

 

 

 

 車待期組のゼロ期生とえーちゃん。

 まさかな事に、えーちゃんとロボ子以外誰もスマホを使えなかった。

 みこはいつものポンで家に置き忘れ。

 そらは意外にも充電切れ。

 

 そんな4人のもとに一通の電話が入る。

 

 えーちゃんのスマホにとある人からとある連絡。

 

 スピーカーモードにして皆で聞く。

 そして頼まれたことを了承し、通話を終了する。

 どうやら騒げない状況らしい。

 

「どうする? 塔のてっぺんのシオンちゃんを連れて帰るって言っても簡単じゃないと思うけど……」

 

 そらが眉を寄せて困り顔を見せる。

 一般人のそらには何も浮かばない。

 

「そうですね…何十回も登るのは大変ですし、変な力を持つ人たちや、そもそも森を抜けるのも厄介そうですね」

 

 えーちゃんもシオン救出の方法が難解だと頭を抱える。

 だが、そうは考えない人とは少し離れた二人がいた。

 

「みこち、この前神具を浮かせてそれに乗ることができるって言ってたよね?」

「言ったよー。でも塔までは少し届かないかも」

 

 少し危なそうな会話。

 今の会話だけで二人がしようとしていることが想像できる。

 

「いや、大丈夫。塔に届かないなら、塔の頂点に直線で飛ばさずに、それより手前で塔より少し高い位置に飛ばしてくれればそこからボクが自力でジャンプするよ」

「まさか天井突き破って最上階から突入するつもり⁉」

 

 ロボ子の計算のあと、そらが驚きを隠せずに言う。

 みこもロボ子もうんと答える。

 

「ボクなら壁を突き破れるし、相当の魔法でもない限り無傷でいられるから」

 

 自分が鋼鉄の機械でもあることを巧みに使ってシオンを連れ帰る魂胆だ。

 

「でも、最上階からどうやって降りるつもりですか?」

「それは多分シオンちゃんが魔法でどうにかできると思う」

 

 ある意味賭けのような要素だが、恐らく可能。

 最悪飛び降りてロボ子が下敷きになれば大丈夫。

 

「もっと安心安全な方法が望ましいですけど……仕方ないですね」

 

 対抗策がないため反対できない。

 こうなれば力ある者のゴリ押しでどうにかしてもらおう。

 力こそパワー。

 

 

 全員車から降りる。

 

 みこが神から与えられた謎の力で大麻を現出。

 それを巨大化させ宙に浮かせる。

 そして、それに跨がらず上に直立するロボ子。

 高性能なことに完璧なバランスを保っている。

 

 

「「気をつけて」」

「いくよ!」

「うん!」

 

 みこの念により、巨大な大麻が森の上を塔の方めがけて飛んでいった。

 

 

 

 




 どうも、作者です。

 さて、今回までで殆どのメンバーのシーンを描きました。
 残るは一名ですかね。
 さて、その一人は果たして……?

 そして、おかころはやっぱりこのペアでないとと思いましてね。
 でもあの狂人、手強そうです。
 それと普通に許せませんね、自分で書いてて早く消えろと思いました。

 あと、0期生とシオンの描写もありましたね。
 ここまでで先も述べた通り1名以外は登場しました。
 そして、これも以前述べた通り全員の活躍あってこその命、任務遂行と考えています。
 今の状況ではまだ全員が必須とは言えないですね。

 これからの地味でも肝心な活躍にご期待を。

 それではまた。


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20話 第二ラウンドの始まり

 森の中、数カ所だけ小さく開けた空間がある。

 

 各場所に塔への侵入を防ぐための見張りがいる。

 

 森の入り口付近にいた爆弾魔。

 マリンが遭遇し、即行逃げた後ノエルと対峙したエネルギー男。

 おかゆところねが出会った狂人。

 

 他にもいるが、まだ誰も遭遇していない。

 

 そして、それとは別で様々な場所に駆けつけられるよう、臨機応変に対応できる者達もいる。

 

 スバルとちょこが遭遇しあやめと剣撃を繰り広げる紳士。

 メルが暴れたことにより対抗しに現れた扇子女。

 

 

 敵陣は戦闘慣れしている。

 

 

 では戦闘慣れしていないホロライブ陣営。

 

 現在、戦線に出ている者達。

 

 ノエル・シオン・メル、まつり、アキロゼ、はあと・あやめ・ころね、おかゆ。

 

 現在、何らかの理由で戦線にいない者達。

 

 ぺこら、るしあ・フレア・マリン・ミオ・スバル、ちょこ・ロボ子・えーちゃん、そら、みこ。

 

 そして、行方の分からない者達が二人……。

 

 あくあ・フブキ。

 

 

 現在の戦況はそんな感じ。

 

 

 だが、戦況は常にめまぐるしく変化する。

 

 

 作戦立案からある特定の行動までが第一ラウンド。

 任務の遂行が第二ラウンド。

 任務完了から帰還までが第三ラウンド。

 

 

 そう区切ると、これより始まるは第二ラウンド。

 

 

 いざ、ネクストステップへ――。

 

 

 

          *****

 

 

 

 あやめと共に爆弾処理に時間を使い、少し出遅れたフレア。

 森の中を歩くことは慣れているが、暗いところはあまり好きではない。

 しかも、ここはエルフの森とは違いジメジメしていていかにも何か出てきそうな気味の悪さがある。

 

 一人散策なので、特に喋ることもなく無言で森を進む。

 

 きんつばなら一応いるが、話し相手にはならない。

 

 そんなフレアもようやくとある小さな空間に出た。

 静かな空間。

 そこの中央で一人の男が天を見上げてタバコをふかせていた。

 

「ああ? なんだまた女か、つまらねえな……」

 

 タバコを地面に落とし、それを足で踏みつける。

 

「また……? 他に誰か来たの?」

 

 男の発言から、別のメンバーがここに来たと思われる。

 

「一人は赤髪の女だ。すぐ逃げてどっか行ったがな」

 

 マリンだ。

 赤髪で逃げる者と言えば彼女だけ。

 一安心だ。

 マリンは海賊だが、大砲も剣もなければ、当然腕力もない。

 こんな見た目から豪傑そうな男を相手に逃げるのは大正解。

 ノエルが戦っても苦戦しそうな見た目。

 

「もうひとりはそいつだ。俺を痛めつけやがった骨のある奴だった」

 

 ポケットに手を入れたまま顎でフレアの後方を示す。

 丁度フレアがこの空間に入ったとき、木々が邪魔で死角となっていた位置。

 妙な過去形に違和感を持ちながら、男が示す先を見た。

 

 視界に入るその姿。

 銀髪に銀と漆黒の鎧。

 傍らに放られた一つのメイス。

 その人は木に身を預けて気絶している。

 

 その光景に戦慄した。

 そして、それを超える憤怒が頭を駆け巡った。

 

「のえちゃん‼」

 

 その意識のないノエルの下に駆け寄り叫ぶが、返答はない。

 まず生命確認。

 息はある。

 言い方は悪いが、ただの気絶。

 

「やっぱお前ら仲間か……面倒なやつらだな」

 

 大きくため息をついて早々に敵対意識を向ける。

 最初に出会ったマリンへの対応とはまるで違う。

 それもそう。

 ノエルに計二度もメイスをぶつけられ、二ヶ所に痣ができている。

 相当痛いはずだ。

 そして、能力故に滅多に攻撃を受けることのない男からすれば、ダメージを受けることは、怒りの壺の刺激に十分すぎる。

 現在、このエネルギー男、当たりが強い。

 もし今マリンが来ても見逃さない可能性が高い。

 

 だが、頭にきているのは、フレアも同じ。

 いや、寧ろフレアの方が温度が高い。

 

「あ? やる気か?」

 

 フレアがノエルの姿勢を整えた後、静かに立ち上がり、文字通り体から湯気を立たせて闘志を燃やす。

 その後ろ姿から、戦意を読み取る。

 敵に出会ったら逃げる、なんて話、もう忘れた。

 

 こいつ――許さん。

 

「お前じゃあ俺に一撃も当てられねえよ」

「絶対に焼き尽くす!」

 

 フレアが弓を構え、即行で矢を放つ。

 その動作、約一秒。

 矢の速度は当然人間の移動速度を超える。

 先端に火のついたその矢はエネルギー男の腹を狙って襲いかかる。

 

 だが、男は例の如く全く動じない。

 そして、まもなく矢が男を射抜き、炎を伝染させようかというところで矢が停止する。

 男の目の前で、ほぼすべてのエネルギーを失い真っ逆さまに地面に落ちる。

 その地面に落ちた矢の先端を男は踏み潰し、小さな炎を消火する。

 

「分かるか? 俺の力が?」

 

 消火した矢を拾い上げながらそっと語りかける。

 

「俺は様々なエネルギーを操る。あらゆる物質の運動は俺によって支配される。こんな風に!」

 

 偉そうに自慢してくるかと思えば、突如手にした矢を投函した。

 その矢は、真っ直ぐ、高速でフレアの顔の横をすり抜けて、背後の木に突き刺さる。

 

「ノーコン」

 

 わざと外されたことを理解して煽る。

 脅しのつもりか?

 小賢しい。

 

「あの女みてえに逃げれば良いというのに。無駄に仲間思いだな」

 

 ノエルを一瞥してそう小馬鹿にする。

 バカにされている。

 自分のことも、マリンのことも。

 

「あんたを焼き尽くしたら、別に無駄になんかなんないから」

「はっ、不可能だな、お前には、絶対」

「炎も操れない分際で」

「……ほう、鋭い野郎だな」

 

 フレアの一言に感心する。

 だが、優位性は揺るがないとまだ自信満々。

 フレアも炎が操れるかと言われると答えにくいからだ。

 

 炎はエネルギーを持たないことはないが、それは他の物質などに働くエネルギーに比べると極めて難解。

 そのため、男にも操作できない域にある。

 

 そしてもう一つの気づきがある。

 それは、男が恐らく人体レベルの質量は操れないこと。

 理由はノエルの鎧の傷の付き方。

 もし男が能力で体を吹き飛ばしたら、鎧の傷は背中のみにできる。

 しかし、鎧の腹の位置に小さな罅、そしてそばに転がった丁度よいサイズの木の棒。

 ノエルはその棒の衝撃で吹き飛んだと見るべきだ。

 つまり、ノエルのメイスも男の操作の対象外。

 

 これらより、男をしばきあげるために有用なものは、自分自身の肉体、きんつばに力を借りての炎術、最後にノエルのメイス。

 

「俺の弱点を見つけたようだが、それが活かせなきゃ意味はない」

 

 エネルギー男がニヤッと笑うと、フレアの腰元に装備してあった矢がすべて男の下に浮遊して集まる。

 位置エネルギーと運動エネルギーの操作により可能だ。

 

 男が手を翳すと、フレアの矢が一斉に持ち主に襲いかかる。

 

 それを見越してフレアも同時に行動を起こす。

 矢を掛けずに弓を引くと、そこにきんつばの力を借りて炎の矢が生成される。

 

「龍神の灯火」

 

 敵が放つ何本もの矢を焼き尽くさんとばかりにその炎の矢を放出。

 火が龍の吐く炎の如く燃え盛り、押し寄せる矢の悉くを焼き払う。

 しかし、男もバカではない。

 多角からフレアを狙って矢を放っているため、一度の放火で全てを消し炭にすることは敵わない。

 

 余った矢が、佇むフレアの体を射抜く。

 はずだったが、フレアの体に刺さった矢は全てが燃える。

 いや、そもそもフレアに刺さっていない。

 フレアのように見える炎だ。

 

「何人たりとも不知火に近寄ること叶わず」

 

「肩代わりか、ちょこざいな」

 

 炎で作られた分身の後ろに本物のフレアがいた。

 遙か昔から、海上の怪火として恐れられ、謎を呼んだ不知火。

 その不知火になぞらえた火の精霊を使った偽造工作。

 

 何度もは使えないが定期的に行える。

 

「お前は肉弾戦に不向きなようだな」

 

 男が木の枝を拾い空高く投げる。

 そして次の瞬間、何の捻りも変哲もない拳をフレアに向けた。

 あらゆる物質を凶器に変貌させるこの男の能力。

 どうしても注意散漫になりがちだ。

 その散乱する意識の中でもフレアは確実に男の拳を身を引いて躱し、また弓を引く。

 

 そして、炎の矢を天に放つ。

 

 その矢は、男が撃った布石を焼き焦がす。

 

「視野が広い野郎だ。力と業ってところか?」

 

 ノエルとフレアを見比べて男が対比的な表現をする。

 

「お前こそ視野が狭いんじゃないの?」

 

 フレアが男に忠告する。

 随分と自分の実力を評価しているようだが、その慢心が逆にありがたい。

 フレアがただ男が投げた枝を燃やすためだけに矢を放ったりしない。

 そう、火であっても形のある矢だ。

 木の枝と同じ原理で落下するのは当然。

 男の慢心とフレアの計算により、炎が男に突き刺さる。

 

「がああああああああああああああ、あっちぃぃぃぃぃ!」

 

 男の肩に刺さった火は火が接している面から徐々に焼き焦がしていく。

 何度も火元を叩いて消火を試みるが、そんな程度で消滅するような弱い火ではない。

 

「あああ!」

 

 一向に収まることのない火に痺れを切らし、とうとう荒療治にでる。

 周囲に落ちている木の枝を勢いよく浮遊させ、自ら肩に貫通させる。

 不衛生だが、消火にはもってこい。

 炎の矢を上書きするように木の枝が突き刺さる。

 そして、引き抜くと既に消火完了していた。

 その代償として出血が目立ったが。

 

「なんて無茶苦茶な……」

 

 フレアはその雑な消火に少し引く。

 そして唖然と男の怒り顔を見る。

 

「テメエ、もう許さんからな……ぶっ殺す!」

「許さんのはこっちだから」

 

 互いの闘志が燃え上がる。

 

 先手は男。

 またしても木の枝を浮遊させる。が、今度は先程までとは訳が違う。

 と言うのも、その木の枝の数が異常。

 加えて、石や土までも浮遊の対象にされている。

 その瓦礫達が竜巻のように渦巻く。

 

「千火・不知火」

 

 暴力的な質量には同じく膨大な質量で対抗するべし。

 百火よりももっと強く。

 水平線上で分裂する不知火の如く。

 

 フレアの対抗手段。

 一本の火矢を天に放ち、それを分裂させる。

 そして、渦巻く瓦礫を燃やし尽くさんと火矢の雨を見舞う。

 

「いいか、頭脳戦ってのはこうやるんだよ!」

 

 力量で圧倒するエネルギー男。

 それに対し、相手の弱点を探ったり、上手く自分の技を活かしたりと、頭で戦うフレア。

 その差に対して物申すように男が嗤った。

 降り注ぐ火矢は全て瓦礫の燃焼に使用されるが、それでもこの大きな森だ。瓦礫という名の凶器は幾らでも調達できる。

 

 底尽きない凶器を振りかざす男。

 そんな男の発言の意図が一瞬分からなかったが、次の瞬間――全てを理解した。

 男が非道なことに瓦礫を意識のないノエルに向けて放つ。

 

 まずい――!

 

 火矢を撃つ隙もない。

 体を張って護る意外に方法がない!

 

「――――‼‼」

 

 間に割って入ったフレア――の形をした炎が瓦礫を受け止める(正しくは燃やす)。

 ここでも上手く分身を使って下劣な猛攻を凌ぐが、そこを突かれた。

 

「本体が隙だらけだ!」

 

 分身とノエルとの間に更に割って入っていたフレア。

 男はそれに気づき、その本体に枝を飛ばした。

 

「ぐっ――!」

 

 今回ばかりは避けきれず、フレアの右肩に一本の枝が突き刺さる。

 痛みにより一瞬目眩が襲い、その蹌踉けた瞬間衝撃までもが押し寄せる。

 

「うっ――!」

 

 体が吹き飛んだ。

 背が木に衝突した。

 頭を撃った。

 吐き気がした。

 意識が朦朧としてきた。

 

 それ以上の攻撃は何故か飛んでこない。

 

「――!」

 

 誰?

 

「――!――!」

 

 聞いたことあるような声が何かを叫んでいる。

 耳が遠い。

 見覚えのあるような赤色の髪が薄らとちらつく。

 視界がぼやけている。

 分かるはずなのに、誰だか分からない。

 意識が遠のく。

 

「――――‼‼」

 

 男も何か怒鳴っている。

 

 あ、ダメだ。

 私、負けたんだ。

 もう、闘えない。

 ごめんね、ノエル。

 

 フレアの意識は、そこまでだった……。

 

 

 

 

          *****

 

 

 

 

 現在絶賛迷い中。

 

 宝鐘マリン。

 

 男に怒鳴られて、急いで指示通りにその場を離れたが、結局また迷子。

 理由は無鉄砲に走ったことと、純粋に木々が邪魔で真っ直ぐ走れないこと。

 二度も同じ場所に帰り着いたのはある意味奇跡だったが、男に言われてからはなんとかあの場所に戻らずにすんでいるが、いずれ帰り着く可能性は十分にある。

 こればかりは方向音痴だけの問題ではないため、バカにできない。

 

「はあ~ん……のえちゃーん、フレアー、ぺこらー、るしあー、それ以外でも誰かー」

 

 体力も走りすぎによりまもなく限界を迎える。

 そんな中未だに独りで誰とも出会えずに彷徨うマリン。

 一縷の望みに掛けて名前を叫ぶが、木霊もせずただ虚しく声が消える。

 

「はあ……塔へ行かなきゃいけないのに帰りたい。でも帰りたくても道が分からない……」

 

 絶望的な事態を呟きながら草をかき分けてテキトーに歩く。

 

 パンパンになった足をなんとか動かして、歩いて歩いて歩いて……。

 

 なんだか明るい場所が見えてきた。

 

「……またあそこじゃ……」

 

 二度あることは三度ある。

 疑心暗鬼になりながら恐る恐る近づく――その間に。

 

「うっ――!」

 

 少し前にある明るい空間。

 その端にある木に、一人の顔見知りが激突して呻き声を上げる。

 まさか!

 と雷に打たれたような速度でマリンはその人の下へ走った。

 恐怖も何もかも忘れて。

 

「フレア‼」

 

 駆け寄ってその満身創痍の姿を目にして驚愕した。

 

 目が細く開いているが声を出さない。

 もう既に意識が飛び始めている。

 駆けつけたのがマリンだとも気づけていないかもしれない。

 肩からの出血も痛々しい。

 顔や服には煤や泥が付着していた。

 

「フレア‼‼」

 

 マリンがもう一度叫ぶ。

 

「ああもう! 何なんだよさっきから! 今度はまたテメエか! しつこいんだよ‼」

 

 度重なる敵の登場に徐々に怒りを溜めていた男の堪忍袋の緒が切れる。

 何度も地団駄を踏み怒りをあらわにする。

 

「俺ア今腹ア立ってんだ! テメエは!――雑魚はさっさと消えろ!」

 

 男が大量の瓦礫を地面に打ち付けて威嚇する。

 それでマリンが今まで通り怯えて逃げ去ると思って。

 

 だが、マリンはフレアをそっとその場に寝かせて男の方を向いた。

 その途中、視界に倒れ込んだノエルも映り込む。

 

「はあ⁉ 意味が分からん、お前が消えろ」

 

 マリンの雰囲気が突然に変わる。

 

「あ?」

 

 ずっとずっと逃げ惑っていたマリンとの違いに男も少し判断が遅れた。

 

「じゃあお前も消す!」

 

 男が瓦礫を纏う。

 そして、不動のマリンにその瓦礫全てを吹き飛ばす。

 本気で殺しに掛かる勢い。

 だというのに、マリンは怒りに震えて動かない。

 自分には何もないと分かっているはずなのに、何故か動かない。

 怒りという感情に全てを預けている状態。

 マリンの全てが怒りに支配される。

 

「絶対ぶっとばす!」

 

 マリンがバッと顔を上げて宣言。

 すると、瓦礫の動きが全て停止する。

 マリンの瞳が怒りに揺らめく。

 左右で異なる瞳の色が、際だって煌めいてる。

 

「な、何故⁉」

 

 いくら男がエネルギーを操作しても、空中で停止した瓦礫はびくともしない。

 まるで時間が止まったようだが、エネルギーの流れは感じる。

 時間停止ではない。

 

 マリンが激情を表すように一歩一歩確実に地を踏みしめながら男に近づいていく。

 停止した瓦礫達の間をくぐり、ゆっくりと。

 

「このアマァッ!」

 

 怒り狂った男がマリンを直接殴り飛ばそうと勢いよく襲いかかる。

 しかし、マリンが男を鋭い眼光で睨むと、男の体までもが停止する。

 

「くううっ、このっ、何故だっ!」

 

 藻掻こうにも動かない全身。

 頭も固まっているのに、目も鼻も耳も口も、動く。

 こんなにエネルギーを強化しても全く動かない。

 こんな屈辱は初めてだ。

 

 マリンが近づく。

 

「お、おい、テメエ……!」

 

 マリンが近づき、倒れたノエルの脇を通る。

 その時、無意識にメイスを拾い上げた。

 

「待て、落ち着け!」

 

 マリンが近づく。

 

「今、動けないんだぞ!」

 

 マリンが近づく。

 

「今殴ると吹き飛べないんだぞ!」

 

 まだまだ近づく。

 

「こんな時に殴るとどうなるか、分かるだろ!」

 

 近づく。

 

「おいバカ、止めろ」

 

 メイスを振り上げた。

 

「バカバカバカ、マジで止め――」

 

 メイスが男を上から下に撃ち抜く――。

 腹を撃ち抜く――。

 両頬を撃ち抜く――。

 脇腹も撃ち抜く――。

 

 最後に腹を撃ち抜くと、その瞬間に全ての停止状態が解放される。

 そのため、男は何かにぶつかるまで吹き飛んだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 マリンは過呼吸になり、男は血まみれで気絶。

 今の今まで怒りに支配されていたマリンの心はようやく解放されたが、それと同時に体の限界が訪れた。

 それは、「魔法」を使用した事による反動。

 

 意味不明の一瞬の覚醒で力尽きたマリンは、その場に倒れ込んで意識を手放した。

 

 結局、この場に立っていられた者は、いなかった。

 

 

 

          *****

 

 

 

 

 誰も立っていられなかったその小さな空間に、一人の男性が現れる。

 

「……すげえな船長」

 

 意識のないマリンの顔を見ながら呟く。

 

「ふーたんも団長もお疲れだ」

 

 周りの仲間も見回して一言労うと、マリンの首元に付けられたペンダントをすっと盗むように取る。

 

「シオンちゃんも策士だな。錨と怒りをかけたわけか」

 

 手にした錨のペンダントを眺めて言うが、少し不満そうだ。

 死なないように小細工はされているが、あまりいい作りではないようだ。

 

「錨は摩擦を利用して船を停留させる道具。そこから派生させて摩擦力を操作させる能力を入れた訳か」

 

 そう分析する。

 実際に、その通りだ。

 マリンが解放していた力は、摩擦力の制御能力。

 シオンがペンダントに込めた魔法。

 そして、男や瓦礫が動けなくなったのは空気との摩擦によりエネルギーを超える力で押さえつけられたから。

 

「だが、このペンダントは没収だ。装備するなら完成度の高い物でな」

 

 その男性は森の奥底へ消えていった。

 

 

 

 

 

 森の南東の空間。

 

 マリン対エネルギー男――マリン逃亡。

 

 ノエル対エネルギー男――エネルギー男の勝利。

 

 フレア対エネルギー男――エネルギー男の勝利。

 

 マリン対エネルギー男――マリンの勝利(但し、マリンも倒れる)。

 

 

 よって、

 

 ホロライブ戦力、ホロファンお姉さん組、『一時』脱落。

 

 敵戦力、エネルギー男、脱落。

 

 




 ご愛読?頂き、感謝しまくっている作者です。

 ここまで読んでくださっている方はきっと1から読んでくださっている優しい方だと思っております(勝手に)。
 どうか、飽きずにお付き合いくださると嬉しいです。

 さて、今回は船長の活躍でした。
 まさかの団長とフレアが破れてしまう結果に。
 そして船長も力尽きて意識を失いました。
 でも、文章で分かりやすく表記した通り、「一時」脱落です。
 再び立ち上がる3人に期待です。

 最後に、船長、ふーたん、団長、シオンちゃんと呼び、船長のペンダントを持ち去ったあの人は一体何者でしょうか?
 もうほぼ敵ではないですよね。

 では、また。


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21話 魔族の誘い

 

 女の乱暴な言葉の連呼により爆発した地面。

 その真上に立っていたメルは……。

 

 煙でどうなっているのか見えない。

 不死身とされる吸血鬼だが、霧に変貌する力が使えない状態で果たしてあの爆発を耐えられるのか。

 

 茂みに隠れていたまつり達も戦況が見えず、不安に駆られ、つい衝動的にメルの名を叫んでしまう。

 

「あら、そこにいたのね。あなたたちも今すぐ、一瞬で、一秒で、瞬く間に、刹那に、瞬間的に屠ってあげる」

 

 女の耳に届いた叫び。

 その聴覚からの情報だけで三人の位置を特定する。

 そして、扇子で口元を隠してほくそ笑んだ。

 

「あら?」

 

 女が目を細めて爆煙の中を見つめる。

 

「意外と強い、堅い、しぶとい、我慢強い、粘り強い、豪傑、剛力、強力、怪力」

 

 少し意図がずれ始める単語の羅列。

 しかし、想像以上にやるな、と賞賛しているのは伝わる。

 

「そうね、弱い者には弱い者で十分」

 と女は呟くと、塔の入り口で戦況を伺っていた下っ端達にメル以外の者達の排除を命令する。

 

 その指示に従い、下っ端達が奥の茂みのまつり、アキロゼ、はあとを狙って発砲などを始める。

 

「三人とも逃げて」

 

 消滅し始めた爆煙を吹き飛ばしてメルがその下っ端の先頭集団を強襲すると味方にそう告げる。

 飛び出したメルに怪我の後はまるでない。

 どうやら吸血鬼の不死身伝説はほぼ真実のようだ。

 

「で、でも……」

「早く!」

 

 渋る三人に有無を言わせずもう一度叫ぶ。

 流石にここまで指示されて行動しないわけにはいかず、渋々ながらに急いで塔から離れていく。

 それを追って下っ端達が駆け出す。

 止めに入るメルだが、扇子女がそれを許可しない。

 

「防御、妨害、防衛、防壁、巨壁、絶壁、鉄壁鉄壁鉄壁鉄壁鉄壁鉄壁!」

 

 突然出現した巨壁に行く手を阻まれる。

 霧に変化して超える以外に壁を乗り越える手段はない。

 だが、きっとその隙を突かれる。

 敵の力が未知数故に、そう発想する。

 これ以上三人を援護できない。

 

「私が相手をしているの、余所見は失礼よ。ドラキュラさん」

「メルはメル。ドラキュラなんて名前じゃないから覚えておいて」

「あらそう? それなら名前だけ覚えておいてあげるわ」

 

 ドラキュラ、と言う単語に反応するメル。

 そう、ドラキュラとは吸血鬼そのものではなく、吸血鬼だった者の名前であるからだ。

 ドラキュラは男性吸血鬼の固有名詞。

 それに対し、メルはメルという名の女性ヴァンパイア。

 BANパイアではなくヴァンパイア。

 

「そうね、何か武器が欲しいわ」

 

 扇子を投げ捨てて女が笑う。

 そして右手で何かを掴む。

 その手には何も握られていないが、重い何かを持っているかのように動く。

 だが、女がその手を大きく振るい、なぎ払うような動作をする。

 すると、女の右手から次第に何かが形を構築し始め、どんどんどんどん長くなり――

 

「ベーオウルフの超剣」

 

 数メートルある女とメルとの間にも収まりきらないような長身の巨大剣が生成された。

 それを、軽い間に付けておいた勢いに乗せて大きく薙ぎ払う。

 気付けばメルの背後の壁は消滅していたが、それでも足では回避しきれないほどの巨大さ。

 

 大剣がメルを引き裂いたが、やはりその瞬間に体が霧となり姿を消す。

 女の大剣もメルの殺生に失敗するとこの世界から紛失する。

 

「私が口にしないと創造できないと思ったのかしら。そんな面倒くさくはないわよ」

 

 メルの姿が見えない中でも、メルに向けて言葉を張る。

 

「私を勝手に理解した気でいると、足を掬っちゃうわよ」

 

 霧と化したメルに忠告する。

 失敗の誘発を狙っているのか、実はまだ隠し球があるのか……。

 後者だと厄介だが、前者のようにならぬよう注意する以外に為す術はない。

 

 メルは霧のまま世界に身を潜めて女を強襲する。

 

「――!」

 

 創造女はいくら存在を理解していても、流石に霧状態のメルの居場所を特定できる実力はない。

 そのため、突然の一撃を回避することはできなかった。

 

 メルの怪力に弾き飛ばされ、異常な速度で人体が吹き飛ぶ。

 

「その軽はずみな行動が命運を分けるのよ」

 

 実態を表したメルの背後から女の笑いを含んだ声が聞こえた。

 ハッとして振り返ろうとしたが、体が動かない。

 またあの力……。

 動かせぬ頭。

 そして視界に捕えていた吹き飛ぶ女の体が消滅する。

 

「不動、幻覚」

 

 笑う女が視界に徐々に映り込んでくる。

 メルの吸血鬼の力は、ほぼ不死身な時点で規格外だが、それと同等かそれ以上にこの女の能力も規格外だ。

 何でも創り上げて、何でも現実に引き起こす力。

 しかも限度が不明。

 少なくとも、偽物の身体の構築と束縛する事は同時に実現できる。

 

「でも困ったわね。行動を封じても攻撃が一切効かないようじゃあ、どうしようもないのよね-」

 

 困った困ったと何度も口にしながら滞ってしまう現状を嘆く。

 嘆くように言うが、本心では策がある。

 

「誰か、杭か槌、若しくは両方を持ってきなさい!」

 

 部下に命令する。

 

 その確実な選択にメルの体に冷や汗が伝う。

 

「吸血鬼でも死ぬときは死ぬのよね? 心臓に杭を打たれたとき、とか」

 

 メルの目を見て口角を上げる。

 いつの間にか手には扇子が握られていた。

 

 やがて部下が槌を持ってきた。

 それを受け取り、扇子を捨てると、片手に杭を現出させる。

 

「死は怖い? 大丈夫、きっと一瞬よ」

 

 創造女がメルの心臓の位置に杭を翳し、槌を振りかぶる。

 もう逃げられない。

 避けられない。

 得意の『とっておき』も使えない。

 

 女の腕と槌が振り下ろされる。

 

 ヒュッ、とメルの顔に風が吹く。

 目前を何かが通った。

 

 死を覚悟し、メルは眼を瞑った。

 

 それと同時、メルの体が解放され、杭と女の右腕がその側に落下。

 

「随分と残虐な真似をするお友達がいるのね。不快、不愉快、不祥、卑しい、嫌らしい、鬱陶しい、煩わしい、妬ましい、腹立たしい!」

 

 女が能力を一度全て白紙にして左手にいつもの扇子を現出。

 それをひとたび翻せば嵐のような暴風が吹き荒れる。

 その圧倒的風力にメルの体は宙に浮き、これは偶然だが森の方へ吹き飛んだ。

 

「いてて……」

 

 メルが痛みに顔を歪め、泥汚れを叩く。

 

「大丈夫ですか、メル先輩」

 

 暴風が止み、突如メルの前に姿を表したのは、小柄の可愛い可愛い後輩だった。

 

「るしあちゃん!」

 

 なんと最高のタイミングで魔界仲間であり後輩のるしあが助っ人に来てくれた。

 

「完璧すぎるタイミングね。偶然とは思えないわ」

 

 扇子を捨て、切断された右腕を元通りに嵌めて再生させながら言う。

 その目は今までより少しだけ鋭く見えた。

 

「タイミングは偶然ですけど、この場所に来たのは見えたから」

「見えた……?」

 

 るしあの不可解な発言に女よりもメルが眉を顰める。

 

「ぺーこぺこぺこ」

 

 奇妙な高笑いが響く。

 甲高い、最近聞き慣れ始めた声。

 

「共感覚・眼ノ兎(めのと)

 

 茂みから登場し、自身の瞳を指してあまり無い胸を張る。

 その瞳――生まれつきの特殊な兎型の瞳が少しだけ煌めいている。

 共感覚が作動している証拠。

 ぺこらがウサギと意思疎通できる通常の力に加えて、生まれながらに所持していた力。

 ある一定の範囲内にいるウサギの視覚や聴覚を自分の感覚のように共有してもらう力。

 今回はまつりが連れていた野ウサギの視覚と聴覚を借りたのだ。

 

「メルメル!」

「「メルちゃん」」

 

 ぺこらの後ろから更に三人、先程森の入り口の方へ走っていったはずのまつり達も出てくる。

 

「みんな!」

 

「……そう、あなたが蹴散らしてくれたのね?」

 

 メルが同期の声に叫び返す。

 背後から追っ手が来る気配はない。

 そこから創造女も悟ったのだろう。

 途中でぺこらとるしあが三人と出会い、片付けたのだと。

 

「そうです」

 

 るしあもぺこらのように無い胸を張る。

 敬語を使う辺りはぺこらとの性格の差を感じる。

 

「それで? 選手交代? それとも複数人掛かりで?」

 

 何人同時に相手しても構わない、と言いたげな様相で問う。

 

「どうですか、メル先輩。ぺこらは戦力外通告してますけど」

「ちょっと! 事実でも言い方に気をつけるぺこ!」

 

 るしあの何気ない言葉に後ろからぺこらが愚痴をこぼす。

 

「正直三人も対人は……」

 

 メルはようやくゆっくりと起き上がりちらとぺこらの後方の三人を見る。

 視線が合う同期の者達はうんうんと首を縦に振る。

 まあ、メルの指示に素直に従って逃げていた時点でそうだろう。

 

 こんな戦力外通告の話を大々的に行うことは本来危険だが、この場に於いては恐らくその危険は無い。

 理由として挙げられるのは、この一対二の構図。

 創造女にメルとるしあを相手にしつつ他四人を狙うことは恐らく不可能。

 部下達の乱入は、あの女の能力の規模から、もう考えられない。

 あんな暴風を起こす女の攻撃対象の側に近寄ることは自らを危険に晒すし、遠距離からの狙撃などは位置的に難しい。

 

「それじゃあ二人同時って事で良いわね?」

 

 何度目になるだろうか。

 またしても右手に扇子を現出させて口元を隠すと二人を恍惚とした眼で見つめた。

 その艶めかしい目つき、未知なる存在との交戦に感情が高ぶっている。

 

「不死の者を同時に二人相手するだなんて、初めてでゾクゾクするわね」

 

 るしあとぺこらの登場以降やけに女が饒舌だ。

 もしや、動揺しているのか?

 それはつまり、畳みかけるなら今、と言う合図。

 

「るしあちゃん!」

「メル先輩!」

 

 互いに呼び合うが、視線は女に釘付け。

 

 この戦場での第二ラウンドもまた、始まった。

 

 

 先手は創造者。

 左手を二人の丁度間辺りに翳すと、二人を潰すべく一台の大きなトラックが上空に現れる。

 当然普通のトラックなので、空中に放り出された途端に自由落下を始め、二人を容赦なく潰しに掛かる。

 しかしながら、メルもるしあもまるで動じない。

 回避するまでもないと言いたげな目つきでその場に留まる。

 結果、二人の頭上にトラックが落下し、もの凄い音を立てて地を揺らした。

 土煙が舞い、多少の風が吹く。

 創造女は一切慢心すること無く、寧ろ警戒心を高める。

 どうやら、今の行動はどちらかと言えば挑発に近いようだ。

 

 幽体離脱や死者蘇生、幽体化などが可能なネクロマンサー。

 霧や靄に化け空気のような存在となるヴァンパイア。

 

 物理的な攻撃や魔法は一切通用しないことなど考えれば分かる。

 

「っ――!」

 

 もはや存在が能力制限を圧迫するため無駄と化したトラックを消滅させたその瞬間、背後から猛烈な圧を女は感じた。

 その圧の正体が大きな鎌を振り下ろし、女はそれをなんと扇子で受け止める。

 更にその隙を突いてメルが怪力を駆使した強力な一撃を見舞おうと試みる。

 が、女とメルとの間に大きく硬質な――それもダイヤモンドのような盾に阻まれた。

 

 次いで女は扇子で押さえていた鎌を上手く軌道を逸らして地面に突き立てさせる。

 勢いよく鎌は地に刺さった。

 その鎌の持ち主――死神のような漆黒のマントに身を包み淡く青い炎を纏った骸骨の幽体は、数秒で鎌を引き抜くが、それまでの僅かな時間で女は扇子を消滅させ、両手をパンと合わせる。

 

 刹那、眩い閃光が一体を包んだ。

 

 その光を浴び、るしあが生み出した幽体は消滅、るしあの幽体化は解除、メルの吸血鬼の力は一時的にだが失われた。

 

「ふっ!」

 

 全員が聖なる光に視界を奪われる中、光の生成者本人は自由に動く。

 盾を消滅させ剣を現出。

 それを動けない且つ近場にいるメルに振り下ろす。

 

「ぉっ!」

 

 しかし、何かと接触し体が蹌踉けたためにギリギリの位置で外す。

 

 光の効果はやがて無くなった。

 

「小賢しいわね」

 

 視界が開け、全員が見渡せるようになると創造女はメルでもるしあでも無く、奥の方、ぺこらに向かって愚痴を吐いた。

 当のぺこらはべー、と舌を出す。

 

 何が起きたか軽く解説すると、今の閃光でメルのみに危険が迫ったが、その際、ぺこらが野ウサギを使役して女に体当たりさせたのだ。

 ウサギ特有の聴覚と、嗅覚を使い、更に死角から突進すれば可能だ。

 

「お姉さんだって十分小賢しいと思うけど?」

 

 るしあが自分の手を見ながら呟いた。

 聖なる光を浴びて少し痺れたらしい。

 メルも同じく。

 だが、光の効果は消え失せたので、また先程と同じように力が使える。

 

「でもるしあちゃん、よく考えてみて」

 

 またいつ聖なる光を発するか、という恐怖からるしあは少し消極的になる。

 そんな内心を見透かしてメルが気づきを口にする。

 

「発光に制限が無ければ常に打ち続けて圧勝になるはずだよ」

「……なるほど、確かに」

 

 るしあの視線がメルへ向き、そして女に移る。

 よくよく考えれば確かにおかしい。

 無制限に使用できるならこんな時間を掛けずにとっとと始末すれば良い。

 それをしないのは恐らくできないから。

 では何故できない?

 そう、能力の使用制限。

 なら発動させられる条件は?

 ……分からない。

 いや、でもきっと連発はできない。

 直感だが……。

 あまり考えるのは得意ではないが、勘だけは頼りにできる。

 今挙げている勘とは「何となくの勘」ではなく「本能的な勘」だ。

 

「さて、それはどうかしら? 本当に?絶対に?確実に?必ず?百パーセント?言い切れる?」

 

 だんだんと女の言葉の幅――というか、レパートリー?が少なくなってきている。

 妙な話し方をする割に語彙力は大して無いのだろうか……。

 

「るしあちゃん!」

「はい!」

 

 今度こそ、と息を合わせて飛び出す二人。

 真っ直ぐ走るメルと、宙に浮いて直進するるしあ。

 

 距離を取ろうと身構えた女は、またしてもあの不気味な圧を背後に感じ、振り返る。

 すると、やはりるしあの使いが大鎌を手にしてそこにいた。

 その死者は女を殺害する勢いで鎌を振り下ろす。

 しかも狙い目は急所。

 温厚に事の進行を図る、正確には生命に関わる行動には注意するホロライブメンバーだが、るしあは少し異なる。

 それは人格的な話ではなく、ネクロマンサーとしての思想。

 人が死んでも、元のように蘇生できるから。

 死を無かったことにできるのなら、殺してしまっても構わないと言う話。

 勿論、無闇矢鱈と殺したりはしないが。

 

 創造女は扇子でその鎌を受け止める。

 先程も同じ事をしていたが、この硬さと言い、その前の暴風と言い、どんな扇子かと思うだろう。

 この扇子自体は主に貰った無実体化できる扇子。

 硬質化したり暴風を起こしたりするのは女の創造(想像)の能力。

 この世殆どの物質の創造や、事象の引き起こしが可能な能力。

 

 だが、メルとるしあはそんな女の強力な能力の弱点をとうとう見つけ出す。

 それは、創造を一度に三種類以上できないこと。

 

 今までの様子を観察すると、一度に二つ以上の創造を実現した試しがない。

 わざわざ残像達を消すほどだから的中しているだろう。

 

 鎌を受け止め、一見隙のある女にるしあがどこからともなく出現させたナイフを持って襲いかかる。

 すると、るしあと女の間に薄い壁ができる。

 るしあのナイフは無実体化できるが、何故かその壁は抜けることができず突き刺さってしまった。

 だが今回は三発目がある。

 最後にメル。

 女は苦々しい表情をしてメルの方を見る。

 メルはその怪力を武器に襲いかかった――

 

「「――‼」」

 

 次の瞬間、あの聖なる光がまた辺りを照らした。

 すぐには来ないと推測していたあの光。

 またしてもるしあとメルの力が一時的に制限される。

 

 ぺこらも再度危険を感じ共感覚と指揮権の発動準備をした。

 のだが……。

 

 今回の光はすぐに止み、女の強襲は無かった。

 

 いや、それどころか光が薄れて良好となった視界に映ったのはよろよろと覚束無い足取りで二人から距離を取る女の弱々しい姿。

 まるで先程までの覇気と強者の余裕を感じない。

 

 塔の入り口に向かい、頭を強く押さえながらよたよたと歩く。

 

「痛い……痛い……痛い……」

 

 壊れた機械のようにただそれだけ淡々と呟く。

 

「そうか、創造に使うのは頭。あの能力の使いすぎで最も被害を受けるのは脳」

 

 メルが核心に触れた。

 

 もう相手は虫の息、今この場で確実に仕留める。

 

 塔の方へと逃げる女とそれを援護するように湧き出る部下。

 

 るしあの遣い霊が鎌で多くの部下を峰打ちし、ぺこらの使役したウサギが部下達になかなかに強力な突進を仕掛け、メルが霧となり多くの部下を戦線離脱させながら女に接近する。

 

「――!」

 

 女が過去に類を見ない圧に頭を抱えて振り返ると、そこにはメルの姿がある。

 まずい、と直感できても、頭が痛すぎて、頭痛がひどすぎて何も創造できなかった。

 

「――」

「…………」

 

 それが最後。

 

 女は、メルの催眠術により、深い深い眠りについた。

 

 

 それを機に部下達がほぼ撤退。

 残った部下は適切に処理したが、塔に帰った敵達はバカでは無かったため、今まで不用心に空いていた扉は閉められてしまった。

 

 

「どうする?」

 

 倒れた敵の軍勢を前に、後方にいたまつりが恐る恐る聞く。

 扉が閉まった今、道は閉ざされた。

 メルとるしあなら扉を無視して侵入した後、扉を開けられるだろうが、正直二人に任せっきりで気が引けている。

 それに、聖なる光という弱点があることを知った仲間は、最悪の状況を視野に入れて行動を考え始める。

 

「……正直るしあは疲れました」

「メルも、体が少しピリピリする……」

 

 実際に二人も戦いの傷跡がまだ強めに残っている。

 

「じゃあ少しここで経過観察する?」

 

 はあとが茂みに身を少し潜めて提案する。

 全員同意した。

 

 が、ぺこらだけは機転を利かせて常に神経を尖らせて警戒してくれていた。

 

 

 

 塔の北の扉前。

 

 メル対創造女――決着つかず。

 

 メル&るしあ&ぺこら対創造女――メル、るしあ、ぺこら達の勝利。

 

 

 よって、

 

 ホロライブ勢力、脱落者、なし。

 

 敵勢力、創造女と部下複数名、脱落。

 

 




どうも、作者でございます。
はい、今回はメルとるしあ、加えてぺこらの共闘でした。
強敵でしたが、最後は自爆?してくれて助かりましたね。
ここの戦いは大きな負傷もなくてよかったです。

さて、次はどこの場面を描こうかな……?

というか、個人的に早く4期5期生を登場させたいですね。
だから早く終われー、この章!

それでは、また次回。


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22話 スバちょこの役目

 塔の頂上。

 展望空間となったこの場で、未だに二人は睨み合っている。

 

 シオンの砲撃も塔の主の砲撃も、どちらもパワーがほぼ等しく勝敗が決まらない。

 しかし、情報も何一つ聞き出せないし、退くわけにも行かない。

 

 そんな、どうしても進展させられないシオンの下に救世主は現れる。

 

 全面ガラス張りの天井と壁。

 二人の配置的にシオンは気付いていないが、主は相当早い段階でその救世主の存在を察知した。

 シオンの背後のガラスの向こう側から何かが物凄い勢いで飛んでくる。

 

 主は危険を感じシオンを無視してガラスの外の存在に魔法を何発もぶっ放す。

 しかし、その存在は一切の攻撃を受け付けず真っ直ぐに展望デッキに向かってくる。

 シオンもその砲撃で初めて気付いた。

 

「まさか……!」

 

 遠くて見えにくいその姿はすぐに判別できる距離まで迫りすぐ側のガラスを突き破って、シオンの先輩である、ロボ子が突入してきた。

 

「大胆な登場は構わんが、弁償程度はするんだよな?」

 

 主が壊れた壁の残骸を拾い上げて言う。

 

「弁償はしない。いやなら警察でも裁判所でも訴えて言いよ」

 

 ロボ子は平然と返す。

 主も別に本気では言っていない。

 そもそも自分で秒で直せる物を弁償してもらおうとは思わない。

 

「まったく、こんな所まで二人も踏み入れてくるとは……。怖い物知らずな人たちだ」

 

 自分が恐怖だと遠回しに発言。

 自惚れは腹立つが、結構事実に近い。

 

「ロボ子さん、なんで――」

「シオンちゃん、よく聞いて……」

 

 ロボ子が耳打ちする。

 塔の主は何もせずその様子を見つめる。

 好きにしろ、と言っているようだ。

 

「話はもう結構で?」

 

 その耳打ちが終わった頃、ようやく口を開けばそんなこと。

 

 次の瞬間――

 

「なっ!」

 

 ロボ子がシオンの手を引いて、後ろの大きな穴から本当に飛び降りた。

 その行動は本当に予想外だったのか男性は急いで駆け寄るが、二人は既に小さくなっていた。

 

「……まさか」

 

 魔導書の在処を知られた?

 と勘付き、男性は塔の地下へ急いだ。

 

 

 

          *****

 

 

 

 想定外の場所に出てしまった。

 その現実も二人に衝撃を与えたが、それ以上の驚くべき光景が目の前には広がっていた。

 

「……誰がこんなに」

「全滅て……」

 

 スバルとちょこ。

 それぞれが少しずつ声を漏らす。

 

 そう、スバルの誘導により行き着いた先は、ある意味期待通りで目的とは真逆の方向。

 車に戻る予定が、塔に行き着いた。

 そして、目の前に扉は無いのだが、代わりに見張りだったと思われる塔の住人達が全員倒れていた。

 

「……ホロライブのメンバーでこんな所業ができる奴、浮かぶか?」

 

 スバルが自分のミスも忘れてちょこに問う。

 

「……シオン様」

「……だよな」

 

 行き着く答えはその一人。

 

 誰一人として外傷を残さず意識を刈り取れる存在なんてまずいない。

 魔法以外に不可能。

 もしシオンでないなら、仲間割れか、運が悪ければ第三の勢力者。

 

「なあ、もしかしたら近くにシオンいるんじゃないか?」

 

 スバルがふと呟く。

 ちょこは、そうかも……と小さく答える。

 

「シオンじゃなくても、そろそろ誰か来ると思う」

「そうよな……」

 

「助っ人連れてあやめ様の下へ戻る?」

 

 スバルの思考を読み取りちょこが言葉にしてくれる。

 勿論危険な行為だし、あやめの下に戻れるかも自信はあまりない。

 しかし、あやめだけが危険を冒して、自分たちは逃げるだけというのは卑怯な気がしてならない。

 その生き方は、二人とも納得できない。

 適材適所とは言えどそれで筋が通せない性格だ。

 

「じゃあ、どうする? 左右に分かれて探すか、二人で行動して探すか」

 

 一応茂みに身を潜めて少数会議。

 検討に検討を重ねていく。

 効率的には別れるべき。

 安全性では同行すべき。

 別れると多くの仲間を召集できる。

 同行しないと出会えない可能性も出てくる。

 

 どちらにも利点と難点が同レベルである。

 

 だが、二人の立場を考慮すれば、導き出される手はやはり同伴。

 

 こんな土地で闘えない二人が単独行動なんて言語道断。

 

「決まりだな」

 

 意は決した。

 二人は顔を見合わせ顎を引く。

 

 そんな二人の目の前、突然何かがパラパラと降ってくる。

 

「何⁉」

 

 ちょこが物凄く俊敏な動きで空を見上げるが何も見えない。

 周囲の気配を確認して近づき二人は振ってきた欠片達を見つめる。

 それらはガラスの破片だった。

 空からガラス……。

 

「危なっ!」

 

 スバルの正論一言。

 ちょこもそれはそう、と苦笑する。

 

 取りあえず移動しようとガラスを放置して二人は探索アンド待機場所を吟味する。

 暗い空。

 黒い怪しい雲が塔の周囲を渦巻いている。

 太陽の光が差し込むのは塔の展望デッキと森の開けた空間のみ。

 この場は薄暗い。

 ちょこにとっては案外落ち着く空間なのだが、敵陣であるため落ち着けない。

 と、話が突然脱線してしまったが、とにかく二人はその場を離れようと――

 

「「あ……?」」

 

 薄暗いこの場でも多少の光はあるため、人や物の影は映る。

 そう、動こうとしたスバルとちょこの頭上に何かの影が掛かったのだ。

 暗さがいつもより数割増しとなり気付いた。

 そして二人は頭上を見上げる。

 空が灰色で、それ以外は特に何も…………。

 

 見えなかったが、突然雲を突き抜けて……いや、違う。

 ずっと雲の下にいたが、色が同化して遠距離からは見えなかったのだ。

 

「シオン⁉」「ロボ子様⁉」

 

 降ってくる降ってくる。

 ロボットと魔法使いが降ってくる。

 近い近い近い!

 

「「ああああああああああああああ‼‼」」

 

 ある種の恐怖に悲鳴を上げ、避ける行為を忘れる。

 

「モーション・零!」

 

 二人の間近まで来てシオンが叫ぶ。

 すると、一瞬シオンとロボ子の自由落下が停止する。

 そして刹那の内に再び運動を始め、結局スバルとちょこの上に落下する。

 

 どさっと。

 

「いったぁ~」

「じ、じぬ……」

 

 直前で魔法を掛けてくれたことにより、隕石級の直撃の威力は無かったが、それでも下敷きとなった痛みはそこそこ響く。

 特に奇跡的な倒れ方によりちょこの下敷きとなったスバルは。

 

「わっ、ごめん」

 

 ロボ子は直ぐさま離れるがシオンはごめんごめんと言いながら、呑気に下りる。

 そしてちょこが起き上がり、スバルがようやく解放される。

 

「シオン様……本は大丈夫なの?」

 

 ちょこが、戻ってきたと思われるシオンに少し躊躇いがちに聞いた。

 しかし、その回答はシオンよりもロボ子が答えるべきだろう。

 

「大丈夫。ボクの所に連絡が来たの、魔導書を取り返したって」

 

 その言葉にちょことスバルは仰天する。

 早々に魔導書を奪還した者がいる、ということに。

 そんな早業、一体誰が……。

 

「そ――」

「それより、この現場……。二人が?」

 

 言葉を発しかけたスバルを遮って(偶然に)シオンが聞く。

 敵の部下達が地に倒れているこの信じられない状況。

 二人が成せる所業ではないが、状況証拠的に他に考えられなかった。

 それと、更に塔内が少し騒がしい気もした。

 が、そちらには触れなかった。

 

「そんな実力あるわけ無いだろ、スバル達に」

「寧ろシオン様かと……」

 

 そっか……と周囲を見回す。

 どうやら違うらしい。

 

 だとすると残る可能性は仲間割れ、他のホロメン、第三者の介入。

 だが、仲間割れは正直考えられない。

 シオンの今の否定から、第三者の介入が濃厚か……?

 

「じゃあ他の誰かが……?」

 

 スバルの直感に反し、シオンの直感はホロメンの誰か派。

 聞けば根拠は存在気配らしい。

 もしホロメンとここの塔の者以外が居れば、異質な気配を感じるらしい。

 シオンが言うならそうなのだろう。

 

「でも、じゃあ一体誰が……」

 

 ロボ子が倒れた者達を見回して呟く。

 疑問は尽きないが、ここでもたもたしていられない。

 スバルとちょこはようやくそれを思い出した。

 

「そうだ! そんなこと話してる場合じゃねえ!」

「シオン様、あやめ様が今戦ってるの!」

 

 スバルとちょこが想起して、大声で叫ぶ。

 それだけで察しの良いシオンはある程度を理解してくれる。

 剣士が魔法士とタイマンを張ることが一体どれ程リスクが大きいかと言うことをよく理解している。

 その状況が完成する過程まできっと見えたことだろう。

 

「それどこ?」

 

 シオンが二人に先導を要請する。

 ロボ子は少し戸惑っている。

 それは、帰宅路の心配から。

 だが、シオンが「それは大丈夫」と一言で安心させる。

 

 そして、スバルとちょこの不安な案内であやめの下へ走った。

 道の記憶は大して無かったが、足跡や草を掻き分けた跡などから辿り着くことは可能だった。

 

 

 

          *****

 

 

 

 百鬼あやめ、約1500歳、魔界出身の鬼神。

 妖刀羅刹(黒の刀)と鬼神刀阿修羅(赤の刀)を巧みに扱う剣士。

 

 謎の紳士、37歳、人間界出身の魔法剣士。

 名称不明で細身造りと言っても細すぎる刀を扱う。

 能力は硬質化。

 

 スバルとちょこを逃がしたが、二人はどうしただろうか。

 迷子になっていないか、別の敵勢力と衝突していないか、スバルが気張りすぎていないか、ちょこが疲れ果てていないか。

 雑念が頭の中を渦巻き続けて離れない。

 

「私はこれでも多少その道に触れているので、言わせてもらいますが……雑念が多いと剣がブレますよ」

 

 あやめの二刀流を一本の刀で全て華麗に流す紳士は汗一つ掻いていない。

 余裕綽々と繰り出す剣捌きは洗練されており、本当にその道で修行した者のそれを感じる。

 

「そんなんわかっとる」

 

 紳士の言葉であやめの動きの勢いが増す。

 驚異の連撃だが、それをも紳士は鮮やかに受け流す。

 刀一本で受け止める力量もそうだが、細い刀があやめの力業でも壊れないことが恐ろしい。

 

「怒りや焦りもまた、心の乱れ」

 

 紳士の見透かすもの、それは心。

 冷静な判断、安寧の精神。

 剣の道に進んだ者として鍛え上げてきた揺るがない心。

 この男に精神攻撃は効かないし、精神の乱れは一瞬で見抜かれる。

 

「そろそろ見せてください。鬼神の力というものを」

 

 幾度もの剣撃の交わし合いを終え、紳士があやめと距離を置く。

 少し距離が開くだけで間に割り込む木々によってお互いが見えづらくなる。

 視界に映り込む木の葉さえ鬱陶しい。

 

「……」

 

 あやめは眼は鋭く、それでも静かに二本の愛刀を納刀する。

 紳士の挑発に乗るようだ。

 いや、挑発なんて安いものではない。

 もっと恐ろしい、ただの興味本位。

 

 出し惜しみしていては一生前に進めないし、後ろにも退けない。

 本気でぶつかっても相手にされるか分からない程の強者なのだから。

 

「二刀流――」

 

 あやめが二本の刀を平行に同じ高さで、同じ向きで構える。

 それらの刀がそれぞれ赤と黒の覇気を纏う。

 偶然なのか、あやめの角も二本の刀と全く同じ方向を向いて、反り具合までも一致している。

 その構えのままあやめは走る。

 木の枝や木の葉が頬や足首、手首をかすり、たまに切れる。

 それにも気付かないほど、今のあやめの集中力は高い。

 鬼の如き気魄で立ち向かう。

 距離は十分縮まった。

 相手も受け止める気だ。

 

「――輪廻来迎」

 

 二本の刀が地面と垂直に男に降りかかる。

 

 早い――。

 

「――」

 

 紳士は冷静に剣で起動を逸らすが、その時に掛かる負荷が相当だった。

 だが、その一撃もやはり虚しく地を切り――。

 無駄な攻撃となる……その前に、あやめは体を一回転させもう一度先と同じように――いや、勢いの増した斬撃は先刻よりも更に威力は増している。

 

 輪廻とは、生と死を繰り返すその姿が車輪のように無限に回り続けることからそう呼ばれる。

 そして、あやめの技名も輪廻。

 名前に恥じない大車輪の如き斬撃の回転力。

 あやめの通った後には生々しい傷跡がいくつも残っている。

 

 回転速度も攻撃の威力も回数を重ねるたびに増していき、次第に紳士の余裕も無くなると共に、あやめは勢いに任せるだけとなり、力を抜くことができる。

 

 まるでサーカスの曲芸。

 しかし、バカにできないバカみたいな火力。

 

「くっ、流石にこれはっ」

 

 紳士が珍しく表情を変えた。

 と同時に、とうとう紳士の刀が割れた。

 飄々とした男の、のらりくらりとした剣捌きでも、ついに限界を迎えたようだ。

 それほど強力な攻撃だったといえる。

 

 しかも、刀が割れてもあやめの大車輪は止まらない。

 そのまま紳士を切り刻む勢いで回転切りを何発もお見舞いする。

 

 カカカカカカカカカカカカカカカカカカンッ!

 

 幾度も刀が何かに触れた音が響いたし、あやめの手にもその感触は伝わった。

 だが、妙なのはその高く響く音と、手に伝わる振動の違和感。

 明らかに人体を切ったときのそれではない。

 

 あやめの嵐もやがて収まり、揺らぐ視界を固定して紳士を見た。

 その紳士。

 あやめの斬撃で服が破けて腹が見えている。

 その腹に真新しい傷跡。

 軽く出血もしているため、間違いなくあやめの与えた傷。

 

「さすがは鬼神の剣士。私の幾重もの硬質化を打ち砕いてしまうとは、天晴れです」

 

 その賞賛の一言で全てを理解した。

 この男の小さな絡繰りを。

 

 洞察力や判断力、行動力に身体能力。

 これらは間違いなく紳士本人が鍛錬や経験から得た実力だ。

 だが、奇妙なほどに細身造りの剣と硬い何か。

 これらは男が持つ特殊能力の作用によるものだ。

 あらゆる物質の硬度を変える能力、と思われる。

 

 だからあの細身の剣があれほどの芯の強さを誇り、腹や服だけであやめの攻撃の威力を大幅に軽減できた。

 見方を変えれば、彼の能力の限界は約その辺りまで。

 硬質化できると大言を語っても、ダイヤほどの硬度は得られない。

 

「今のを受けて平然として、よく言うわ」

 

 ずっと侮れないと思っていたが、やはりそうだった。

 でも、敵わないこともない、という微かな勝機があやめの心に安堵を生んだ。

 まだ鬼神の本当の力を解放できていないあやめでも、勝てる道筋がある。

 

「是非、その実力でお手合わせを」

「後悔させたげるよ」

 

 紳士は服の中から少し太い糸で簡易的な刀を作る。

 便利な能力だ。

 

 あやめも対抗心を燃やし、刀二本をすっと構える。

 

 

 ヒリヒリとした空気に頬が撫でられる。

 

 風通しも視界も悪い密林の中、何かを合図に二人は衝突すべく地を蹴った。

 

 

「ストーーーーーーーーーーップ‼」

 

 二人の刀が交差するか、と言うギリギリのタイミングを狙って、そんな声とある影が割り込む。

 その影が二人の刀の間に挟まってバリアを展開するため、二人の斬撃は全てそのバリアに吸収された。

 

「シオン⁉」

「参りましたね……その援軍は予想外すぎます」

 

 驚く両者。

 その間でバリアを展開するのはあやめの言うとおり、シオン。

 未だ行方知れずと思っていたために意外な援軍だった。

 そして遅れて走ってくる三人が居る。

 

 スバル、ちょこ、ロボ子だ。

 

 ……なるほど、何となく状況は飲み込めた。

 

「あやめちゃん、車まで戻るよ」

「でもこいつ……」

 

 刀をしまうように促すがあやめの意識は男から離れない。

 純粋に硬すぎる。

 シオンの魔法が効くのかも怪しい。

 

 そう思い、構えを取っていたが、意外にも紳士の方から剣(紐)を納めた。

 

「これは無理ですね。どうぞお行きなさい」

「どういうつもり」

「どうもこうも、敵わないと判断したまでですが?」

 

 それ即ち、シオンには分が悪いと言うことか。

 他意は無いように見える。

 どうするか判断に迷っていると紳士は森の奥に消えていった。

 

「……」

 

 それでも緊張の解けないあやめ。

 まだ信じられず刀をしまえない。

 

「あやめ様……?」

「戻ろう?」

 

 ちょことロボ子が短く声を掛けた。

 そしてようやく硬直が解けた。

 

「シオン、道は任せるぞ」

「ん、こっち!」

 

 こうして一同は急いで森の入り口まで走った。

 

 

 

 森の東側(塔寄り)。

 

 

 あやめ対紳士――紳士撤退により決着つかず。

 

 

 よって、

 

 ホロライブ勢力、敵勢力、共に脱落者なし。

 

 




 どうも、作者です。
 最近少し投稿早めですが、例の通り特に理由はないです。

 さて、今回でお嬢の剣勝負終了とシオンの帰還が分かりました。
 奇跡的なスバちょこの道間違いが功を奏したと言えますね。
 さあ、あとはメンバーの半分くらいですかね。
 次はやっぱりあのコンビかなー?

 でも、敵の主人もどうやら本が取り返されたことに気付いた様子。
 もしやまだまだ危ないのでは……?

 それでは、また次回。


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23話 おかころの愛情

 完全に自我を失ったおかゆが木陰に横たわり静かに息をしている。

 その微かな呼気の音、攻防戦の中でさえもしっかりと感じている。

 常に意識の端に置いておかないと精神が落ち着かない。

 純粋な心配でもあるが、きっとあの狂人の能力の作用でもあるのだろう。

 こいつの領域にいる限り、自分の感情も他人の感情も全く持って信じられない。

 

「ねぇころさ~ん――」

「うっせえ!」

 

 狂人が盗み取ったおかゆの声を使ってころねに揺さぶりを掛ける。

 存在が歪な男から発される親友――いや、もはや恋人の域まで達する者の声が吐き出されるその果てしない不快感。

 反吐が出そうになる。

 怒りが収まる気がしない。

 

 何度拳を向けても、何度パンチが飛んできても、どちらも一撃も食らわない。

 本当に腕の立つ者は回避が洗練されているからだ。

 

 待っててぉヵゅ、あいつ、すぐに黙らせてやるから。

 

「僕のこと、嫌いなの~?」

「消えろ!」

 

 とにかく鬱陶しい。

 あの温かい声が吐き気を催す存在から発せられると想像するだけで気が狂いそうだ。

 この世界の不純物を即座に排除したい。

 こんな異常者、早急に処理してやりたい。

 

 狂人は何度も挑発や揺さぶりを掛けてころねを惑わす。

 ころねは惑わされてはいなかったが、とにかく怒りが積もりに積もっていく。

 だから、ころねはその怒りにまかせて感情的な攻撃を何度も放つ。

 罵声と共に。

 

 ころねのボクシングの実力も多少は役に立つが、やはり戦闘慣れした相手との対峙は好ましくない。

 試合と暴力は違う。

 ここでは、酷く言えば命の奪い合い。

 相手が自分を殺しに来ると考えると、どうしても簡単に動けない。

 

 拳と拳の横行。

 行き交うパンチ。

 決して当たらない二人の強力な一撃。

 そんな啀み合いが数分にもわたり続いた。

 が、いずれ終わりは来る。

 永遠と拮抗したままでいるはずがない。

 

 きっかけは狂人の挑発に怒りが爆発したころねの全力突撃。

 命中すれば確実に一発K.O.をとれた。

 しかし、やはり挑発は狂人の作戦。

 敵の精神異常を引き起こす能力の支配下で感情を晒すことは危険だった。

 

 どうやったのか、ころねの動きがまるで読まれているかのように狂人は身を翻し、ころねの強力な一撃を回避、そして勢いの殺し切れていない彼女の足を引っ掛け、転倒させる。

 

 衝撃が少し強く、右足を挫いた。

 少し痛い。

 いや、案外痛い。

 痛みの発症時は衝撃に体が驚いてしばらく動かせなくなる。

 ただし、強い痛みは後に来ることもある。

 

 ころねも例によって痛みに悶えたりはせずとも、負傷部分を押さえて転んだまま動かない。

 そのころねの真上に立ち拳を構える。

 どこを狙っているかは不明。

 でも、力が強ければ頭蓋を砕けるし、鳩尾に上手く殴り込めば人を死に至らしめる。

 男女の体格差を考慮しても、今の状況はピンチ過ぎる。

 

「人が動物なんかに負ける訳ねえんだよ……」

 

 狂人がころねを見下ろし拳を構えた。

 もう防御しかできない。

 若しくは反射神経に任せて回避をするか。

 

「……なんだ?」

 

 男が拳を止めて振り返った。

 その理由は、カチャッ、と言う聞き覚えのある音と妙な感情の気配。

 

「ぉヵゅ……」

 

 もはや意識なんて無いのかもしれない、そう思っていた。

 そのおかゆが、色の無い眼を伏せたまま、「あの銃」を男に向けて構えていた。

 どこまで心が侵食されているのか分からない。

 でも、確実に崩壊している最中でさえ、ころねのピンチをなんとかしたいと言う強い意志を感じる。

 手は震えていない。

 弾さえ入っていれば、命中するだろう。

 

「……僕の領域でまだ……」

 

 おかゆの感情、愛情を持った動作に狂人が怒りの片鱗を見せる。

 

「だがどうやらその銃には弾が入っていないとみたな」

 

 何故?

 何を持ってその確信を得たのか。

 いや、間違ってはいないが、それがバレるとまずい。

 

「入っているなら撃つといい!」

 

 自分が得た確信に絶対の自信を持って狂人が拳を再度振り上げた。

 おかゆの持つ銃を背後にして。

 

 無理だ!

 

 ころねは悟った。

 せめてもの抵抗は反射で起こるガードと視界の封鎖だけ。

 目を閉じて、首を捻って、目の前を腕で覆って……。

 

「オラッ――」

 

 

 パァン!

 

 

 おかゆが引き金を引くと同時に戦況は大きく変化した。

 

 まず狂人。

 ころねの心の欠片からあの銃に弾が無いことは判明したが、音が鳴ることまでは知れなかった。

 それはころねの感情が完全に崩壊していなかったことと、偶然男が得た欠片にその情報が含まれていなかったから。

 よって、狂人もその銃声に驚き、ついうっかり、ころねと全く同じ反射動作を起こしてしまう。

 

 次に奇跡の救済。

 銃声と同時、まるでタイミングを見計らったように一つの影が茂みから飛び出し身軽に動けないころねを抱えておかゆの側へ飛んだ。

 

 二つの偶然が重なって起きた奇跡だった。

 

 そして、奇跡の内の一つ。

 この場に現れた救済者とは、この二人にはやはりこの人、

 

「――ミオしゃ!」

 

 ゲーマーズ残りの二人の内の一人、大神ミオ。

 

 ころねは自分がおかゆの隣まで移動して初めてミオだと気付いた。

 

「ごめん、ちょっと前から隠れてたんだけど、出るタイミングがずっと見つからなくて」

 

 どうやら見計らったように、ではなく、見計らっていたようだ。

 お陰でころねのピンチはどうにかなった。

 

 おかゆは今の発砲(音だけ)後完全に脱力し、また微かな呼吸音のみを鳴らし始めた。

 

「クソっ――やっぱり弾なしじゃねえか!」

 

 男が騙された事に怒り狂い、更に続けて人格を変えると――

 

「しかもなんで、なんで! なんでまた僕の狂気に染まらないの! 今日で三人目なんてあり得ない!」

 

 と、感情整理ができていないような怒号に合わせて三人、特にミオを睨みつけた。

 

 しかし、ミオもころねも全く相手にしない。

 おかゆは当然。

 

「ぉヵゅ、ありがと」

 

 色褪せて、特有のキラキラさえも輝きを失ったおかゆの目。

 その目を覗き込み、銃を手にしたおかゆの手を握り……。

 先刻の愛情に感謝して、お礼だけ……のつもりだったのだけれど……。

 男の感情崩壊によるものなのか……少し気が動転していたのもあって、おかゆの頬にそっと口付けをした。

 ミオは少し頬を赤らめて「ぉぉ……」と言って視線を逸らせた。

 人前で普通はしない。

 いや、絶対しない。

 でも、ついうっかり……。

 

「ぉヵゅ……?」

 

 何か変化を、肌で感じ取った。

 ころねの語気にミオも狂人も同等の反応を見せた。

 同じようにおかゆに視線を落とす。

 

「ん? 何?」

 

 ころねの微かな呼びかけに、いつも通りの声が、優しく温かく、落ち着く声が聞こえた。

 そう、いつもの声が聞こえた。

 いつものおかゆがそこに居た。

 

「ぉヵゅーー!」

「うぇあ! 何さ急に」

 

 突如飛びかかって抱きつき頬ずりを始めるころねに動揺を隠せない。

 ころねは尻尾を一心不乱に振っている。

 それに対し、おかゆは動揺と困惑、照れにより顔が真っ赤に染まる。

 

「なんで⁉ なんで僕の、僕の! 僕の僕の僕の僕の僕の! 僕の、精神、崩壊を、修正、でき、るん、だ、よ!」

 

 何度も何度も何度も地団駄を踏んで感情を完璧に吐露する。

 狂人の方が感情が追いつけていない雰囲気さえある。

 

「ぉヵゅ、よかったよ-」

「おかゆ……」

「ちょっと、ホントに何があったの?」

 

 

 狂人が怒り狂っている間で、ころねとミオは現在の戦況と、そこに至った経緯を簡潔に説明した。

 

 

「それは……ごめん」

 

 経緯を知り、当然責任感を覚える。

 二人は気にしなくて良いと、慰めてくれるが、罪悪感は消えない。

 でも、相手が気の許せる二人だったから、ここはありがとうと言って話を流すことができた。

 もし他の出会ったばかりのメンバーだったなら、きっと気が気でなかっただろう。

 

「ころね、脚は――」

「少しは大丈夫。激しく動かなければ」

 

 ミオところねはアイコンタクトして小声で話す。

 

「ふんっ! まあ何人来ようと、狂気から解放されようと、俺と殴り合うことすらできない二人なんざ敵のうちに入んねえよ!」

 

 狂人が戯れ言を吐く。

 まあ、戯れ言とは言ったが事実ではある。

 おかゆが運動が得意かは、精神崩壊の破片から分かるし、ミオが張り合えないことはずっと隠れていたことから想像がつく。

 ころねも拳を喰らえばひとたまりもないが、今の身体能力なら確実に避けられる。

 おかゆの飛び道具も無力であることが判明。

 

「オラ行くぞ!」

 

 無駄に宣言して駆け出す。

 特に卑怯が嫌いな性格ではない。

 ただ、自分の力を誇示したいだけ。

 

 先手必勝と言わんばかりの狂人の素早い動き。

 状況を理解していたミオところねは咄嗟に飛び出して回避できたが、おかゆはワンテンポ遅れて回避できなかった。

 ――かのように見えた。

 

 おかゆに防衛手段が無い?

 それはそうだ。

 でも、狂人は頭が異常故に浅はかな思考をしているらしい。

 おかゆの偽拳銃に弾は無い。

 音ネタもバレている。

 

「これあげる」

 

 なら、捨ててしまっても良いだろう。

 

「っと――」

 

 おかゆが見事なコントロールで投げた銃は綺麗な軌道で向かい来る狂人に飛んでいく。

 少し重い程度の銃だが、そんな物体が突然飛んでくれば反射で避けたり、素手で払ったりなどはしてしまうもの。

 その基本に倣って狂人もうっかりその銃を回避するためにワンステップを踏んだ。

 

 その瞬間、彼の真横からミオが奇襲を仕掛けた。

 一瞬戸惑う狂人。

 ミオの腕力は侮っているが、まだ一度も目の当たりにしていない攻撃を想像だけで威力推察して食らうのは危険なため、迎撃に出る。

 多少蹌踉けたが、まだ転倒したりするほど均衡感覚は奪われていない。

 腕の長さを見ても完全に有利だと判断し、拳を――

 

「っ!」

 

 ある程度の距離に来て、ミオが左手にだけ装着していたグローブが伸びる。

 ころねが持っていたあのグローブだ。

 男も知らない、ただ伸びるだけの無駄としか思えないこのグローブの機能。

 それを見事に活かす。

 ミオの無力な奇襲に狂人はまたしても反射を起こし、今度ばかりは平衡感覚が失われると即座に判断しその非力すぎるパンチに防御の構えをした。

 

 その時点で、もう勝敗は決しただろう。

 

 狂人の背後を取ったころねが右手にグローブを付けて、渾身のストレートを放つ。

 

「ぉらよ!」

 

 背後を取り、距離を詰め、上手く自分の身を回して、あのウザったらしい男の腹に綺麗に殴り込んだ。

 

「がぁっ!」

 

 ころねの一撃が上手く刺さればかなり重い。

 見事に鳩尾を抉り、男の体は軽く後方に投げ飛ばされた。

 地を跳ねるように飛んでいき、そして意識を失った。

 

「ふう……宣言通り、一発で決まったで?」

「おお、流石ころさん」

「おかゆも初っぱなナイスだったよ」

 

 三人は男の敗北姿を目に焼き付けてそう賞賛し合う。

 

 ひとまずは一件落着。

 しかし、このまま塔に進む必要がある。

 進んだ先にはきっとまた別の敵が……。

 それに、一つ、悩みの種がある。

 

「色々は歩きながら話そ?」

 

 ミオが行く先を指して歩き始めると、おかゆところねはその後ろを付いて歩いた。

 

「ころね、さっきの人ウチで狂気に染まらなかったの三人目って言ってたけど、他に誰か来たの?」

「あ、それこぉね気になっとったでな」

「え、そうなの?」

 

 ミオの疑問におかゆところねで反応が違う。

 おかゆには記憶が無いためまあ必然だ。

 

「やっぱり分からないか……」

「何かよくわかんないけど、危ないって事?」

「そう」

 

 ミオは頷いてもう一度警戒はしてねと注意喚起した。

 

 

 そのまま進むこと約3分。

 

 ついに塔へ到着。

 

 茂みに身を潜めて様子を――

 

「「「え」」」

 

 美しくシンクロした。

 目の前の敵勢力が全滅した光景を前にして……。

 

 

 

 

 森の南の空間。

 

 狂犬対狂人――ころね負傷。

 

 おかころみおーん対狂人――おかころみおーんの勝利。

 

 

 よって、

 

 ホロライブ勢力、ころね脚の負傷。

 

 敵勢力、狂人脱落。

 

 




 どうも、作者です。
 さて、今回はおかころみおーんでした。
 フブちゃんにも期待した人がいたかもしれませんが、もうすこーし待ってください。
 因みに作者の最推してぇてぇはおかころです。

 まあそんなことはどうでもいいんですけどね。

 それと、書き溜めの方の話ですが、二章の終了までは執筆完了しました。
 適当なタイミングで投稿します。

 基本的には最低でもJPのホロメンが配信していない時に投稿するのですが、それだとどうしても土日に投稿できなくなるんですよね。
 ですのでたまーにこんな日もあります。

 あと、先日みこちが配信内でホロメンが異世界の敵役だったら、的な話していて結構解釈一致でした。
 でも、みこち自分が弱そうって言ってましたけど、この作品ではかなり強者の立ち位置なんですよね……。
 お?
 と言うことは、次回⁉︎

 ではまた。


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24話 単独行動


 15話より、伏線回収。


 

 森を駆ける黒い影。

 非常に素早い。

 

 はあと、アキロゼ、ミオが目撃したあの黒い影。

 黒い髪と赤い瞳の恐ろしい印象をこの薄暗い森が更に引き立てる。

 

 森の中を無策に駆け回り、その影が辿り着いたのは塔の南側。

 茂みに隠れたりせず、当然の如く正面突破。

 

「魂魄ヲ染メシ闇色」

 

 その闇の存在が放つ闇の覇気に塔の見張りの者達が侵され、仲間割れをした後力尽きて倒れる。

 同じ要領で塔の見張り達を気絶させながら、南門まで辿り着いた。

 扉は閉じていたが、敵が流れ出てくる際に勝手に開いてくれた。

 ありがたい行為に感謝……できる状態にはないため、黒の影は無言で門前突破を謀った。

 

「昏倒スル闇風」

 

 闇の気配ある追い風を受けながら扉の入り口に突撃。

 その際に近づいてきた敵達は謎の追い風に触れた途端に目眩や吐き気に襲われてうめき出す。

 難なく塔内へ侵入。

 

 あれ?

 でも、なんでこんなことしてるんだっけ?

 ここに用事があったことだけは記憶の片隅にあるけど……。

 

「静かにしてくれんかの。患者の安静のためにも」

 

 侵入を許してしまい、一階の広間に集い始める数多の敵兵達。

 そんな彼ら彼女らに一人の白衣を着た老人が注意する。

 発言と衣装から察するに、医者だ。

 

「おぬしも暴れるでない」

 

 黒い影に近づいて、目を見て、素直に頼み込む。

 その光景に空間はしばし停止した。

 敵兵達は静まり、誰一人として反論はしない。

 

 が、黒い影は自我が薄れているため人の話を聞く余裕など無い。

 

「魂魄ヲ染メシ闇色」

 

 人の心を侵食する闇色の覇気。

 それをまた放つが、この医者、無駄に強すぎて効果が無い。

 

「先生! もう大丈夫です!」

 

 医者の老人の後ろから、看護婦らしき女性が声を掛ける。

 

「おお、そうか……。ところでおぬし、名前は?」

 

 報告を受け、何やら戦闘準備に入る様子。

 そして、ふと、対峙する黒い存在に名を尋ねた。

 

 答えるか、答えないか――

 

「黒上フブキ」

 

 白上フブキの裏人格。

 闇因子と、ころねの倒した狂人の狂気に染まり、変貌したフブキ。

 

 塔一階、大広間の戦い。

 黒上フブキ(白上フブキ)対医者。

 

 皆(シオン以外)がそれぞれの敵と対峙する以前に開幕していたのである。

 

 だが、シオンを除いた場合でも、塔への最速到達はフブキではない。

 となると、残りはもう、一人しかいない……。

 

 

 

          *****

 

 

 

 湊あくあ。

 

 人より少しコミュ障で、人より少し抜けていて、人より少し臆病だけど……。

 人より少し努力家で、人より少し親切で、人より少し楽しそうでいる。

 

 コミュ障だから人と遭遇したくなかった。

 抜けているから交戦したくなかった。

 臆病だから隠れ続けたかった。

 

 努力家だからなんとかしたかった。

 親切だから窮地に駆けつけたかった。

 流石に楽しくは……ならないけど。

 

 この五つを同時に果たすことができれば良い。

 それが可能なら最も楽。

 

 本があるから塔の場所は分かる。

 最短ルートでたどり着ける。

 

 では、人と会わず、戦うこともなく、ずっと隠れながら、シオンの本を探し出し、取り返すには?

 

 実は至極簡単なことだ。

 シオンに未来を見る力は無いが、会社の置かれた立場を考えれば未来に起きる困難はある程度予想できる。

 だから、マリンにあのペンダントを持たせていた。

 同じように、大親友であるあくあに細工した小道具を持たせていても不思議は無い。

 

 なら、どんな小道具だろうか?

 そう、シオンがあくあにプレゼントした物がある。

 地味な色且つ可愛らしく、あくあらしい帽子。

 あの陰キャップ。

 

 この陰キャップ、つばを深くかぶってよく顔や視線を隠していたが、その生活の中であることに気付いた。

 割と早く。

 

 その効果――「他人の意識から外れることができる」。

 

 隠密行動に最適の性能。

 

 これを使って、あくあは最短距離で一切の戦闘を起こさずに誰よりも早く塔内に侵入した。

 

 森の入り口にいた仮面の男性を信じて地下への道を探した。

 

 塔内には複数の人間がいたが、誰もあくあに気がつけない。

 だからこそ、無防備にも塔の構造の会話や、これからどうするかなど、作戦会議を堂々と行う。

 

 男性の言ったとおり、地下は二階までで、最下層に金庫があるらしい。

 専用の鍵で開閉可能。

 見張りは二人。

 鍵の位置は地下一階。

 

 鍵こそ容易く手に入ったが、金庫ばかりは人がいると開けられない。

 長時間待期した。

 その場で、何度も見張りが交代するのを目撃した。

 

 待てども待てども人は立ち退かない。

 

 ここは防音室でないのでたまに上階からの音が漏れるが……いつからか、その騒音と振動が大きくなっていた。

 上で何かが起きている。

 きっと誰かが荒らしているんだ。

 

 心配だったが、ここで幸運なことが起きた。

 一人、誰かが駆け込んできて、見張りをなくして上の応援に行くように指示する。

 それにより、金庫の見張りは零となり、無防備になる。

 金庫へ辿り着くには、計二つの鍵を開ける必要があるため、敵殲滅が優先だと考えたのだろうが、まさか内側に既に鍵を持った敵が居るなんて思わないだろうな。

 

 金庫への侵入は成功。

 本も発見。

 センサーも無く、スムーズに作戦進行。

 

 鍵を閉め、鍵を定位置に。

 地下と一階を繋ぐ道の扉のパスワードは盗み見たため既知。

 隠し扉をでて、目の前の光景に唖然とした。

 

「混濁スル明暗」

「え?」

 

 聞き覚えのあるような……無いような……。

 いや、少し声のトーンが違うけど、聞いたことある。

 フブキ先輩の声だ。

 

「魂魄ヲ染メシ闇色」

 

 また同じ声。

 間違いない。

 何故か暗くてよく見えないが、ここで暴れているのはフブキ先輩だ。

 

「困惑ノ晦冥」

 

 まただ。

 しかも今の言葉で世界が暗闇に閉ざされた。

 あくあは元々存在がバレないため、ただの迷惑な靄だ。

 

 だが、さっきまでの微妙な明るさの間に状況把握は完了した。

 フブキの単独潜入により塔内は混乱状態。

 逃がさないために両門は閉鎖。

 しかも一度に複数を相手にしている。

 

 ただ、問題が二つ。

 一つは門と関係して、退路が無いこと。

 二つ目はフブキの様子から、既に限界を超えていること。

 潜入方法も、あの能力も完全に未知の領域だが、急いでここをでなければいけない。

 しかし、折角隠密状態のあくあが出て行くのは勿体ないし、そもそも論あくあに戦闘能力が無い。

 もっと言えば逃げ力も大して無い。

 

 兎にも角にも、優先順位的にまずは退路の確保。

 門の開け方も盗んできたあくあなら、開門をすること自体は余裕だ。

 肝心なのは、開門をはじめてそれに対応されるまでに二人が脱出する必要がある。

 

「……いや、その前に」

 

 あくあは真っ暗で動けない今のうちにある行動を取る。

 スマホを取り出して、えーちゃんに連絡。

 数コールの後に応答があった。

 そう、この塔の付近または塔内では電波が通じる。

 正確には森の中だけ電波妨害を受けてしまう。

 

「……あ、も、もしもし、えーちゃん……?」

 

 あまり慣れない通話なため、初っぱなからコミュ障を披露していく。

 しかし、相手がえーちゃんで上手く会話を展開させてくれたため、すぐに本題に入れた。

 

「本は取り返したんだけど、シオンちゃんが……多分まだ塔の上にいると思うの……だから……」

 

 向こう側からは複数の声が聞こえる。

 スピーカーにして聞いているのかも知れない。

 何度か相槌や考察の声の後、承諾を得られた。

 ……?

 何の承諾かって?

 

 シオンを塔のてっぺんから引っ張り下ろしてもらうことに関しての承諾だ。

 

 これでよし。

 

 さて、次は……。

 

 あくあは明るくなり始めた広間の先にフブキが立っていることを視認して門の操作に向かう。

 帽子をしっかりと被り直して操作場所へ向かう。

 とは言っても、扉の側だが。

 

 それまでなんとか、どうにかしてください。

 

 

「混沌タル宵闇」

 

 

 あくあの背後ではフブキの声が聞こえる。

 

 もう周囲の下っ端達は手を出さなくなっている。

 代わりと言っては何だが、あの医者がタイマンを張っている。

 

 黒上の技により、医者に薄い闇色の靄が降りかかる。

 その靄はまるで縛るように医者に纏わり付く。

 

「ホールド」

 

 医者が右手を靄に翳すと、黒上の放った靄を全て吸い取った。

 

「リバース」

 

 重ねて左手を翳す。

 すると、先程の靄が、黒上に掛けられる。

 束縛するような黒掛かった靄。

 同じ技なら同じ技で防げる。

 黒上はもう一度同じ技を吐いて相殺した。

 

「混濁スル明暗」

 

 再び世界が薄暗くなる。

 その暗闇に紛れて黒上が医者に忍び寄る。

 

「紺碧ノ鉄拳」

 

 右手に紺碧の気を纏わせてその拳を医者にぶつけた。

 

「ホールド」

 

 それを右手で容易く受け止める。

 そして、

 

「リバース」

 

 左手が黒上の右手と全く同じ妖気を纏って黒上の腹に打ち込まれた。

 

「ぐぁっ!」

 

 黒上が軽く後方に飛んだ。

 

 更に、その場で倒れ込む。

 もはや完全に限界か――。

 

 

 ギギギギギギギギギギギギギギィィィィィィ。

 

 

 重たい鋼鉄の何かが開く音がした。

 

「誰じゃ、門を開きおったのは」

 

 医者が叫んだ。

 暗闇も晴れはじめ、踞るフブキも視界に映る。

 逃げられるその前に仕留めなければ。

 その判断は速かった。

 即座にポケットからグレネード弾を取り出してフブキの側へ放り投げる。

 

 フブキはもう動かない。

 もはやここまでか――。

 

 白上としての意識はもはや無いが、そう思った。

 

「フブキちゃん!」

 

 咄嗟に叫んだとき、そう名を呼んでいた。

 

 爆弾を投げる前に掛けだしていたが、あくあがフブキの下に辿り着いたのは爆弾が空中にあるとき。

 人一人を抱えて即座に離れられるはずが無い。

 あくあが帽子を取ると、姿が現れ辺りが騒然とするが、それも一瞬。

 刹那後の爆発で騒音はかき消された。

 

 

 爆発の瞬間、黒上が最後の力を振り絞る。

 

「懇命ノ啼き聲」

 

 ドスのきいた咆哮だった。

 それがこの日最後の黒上の声。

 でも、それが二人を救ったのなら、代償としては安い物。

 

 懇命。

 あくあのこのときの思い――即ち声。

 それは、どうにか爆弾を回避したいというただの生存欲求。

 フブキの闇の力がそれを叶えて見せた。

 

 爆発寸前で二人の体が扉の方に吹き飛んだ。

 直後に爆破。

 爆風で体は更に高く飛び、門を飛び出して地面に打ち付けられそうになる。

 この勢いで地面に落ちれば骨折ですむかどうか……。

 

「あくあちゃん!」

「フブキ!」

 

 地面に直撃しそうな二人が飛び出してきたところを、丁度茂みの中で目撃した三人。

 その内の二人が俊足で飛び出して、それぞれを上手く抱えてキャッチした。

 

「お、おかゆ⁉ ミオちゃんも」

 

 あくあが自分を奇跡的にキャッチしてくれた相手を見て、勝手に運命を感じてときめく。

 そして、隣の仲間にも驚く。

 

「大丈夫?」

「だぁぁぁぁぁぁっ!」

「フブキ……」

 

 おかゆの心配は杞憂のようだな。

 あくあは赤面して甲高い声で絶叫した。

 それに対し、ミオはフブキの灰色の髪と汚れた服や肌を見て静かに呟く。

 

「あ、あぐあちゃん……一応こぉねもいるでな……?」

 

 勝手に緊張するあくあに背後から近寄り、何気なく圧を掛けるころね。

 安定のおかゆ争奪戦か……。

 

「まだいるぞ!」

 

 そこへ門の方からそんな一声が。

 

「あ、YABE」

「うそ、また敵」

 

 あの医者ではないが、数名の下っ端が門から出てくる。

 ミオとあくあは焦燥に冷や汗を流し、ころねとおかゆは視線を鋭くして交戦の可能性を考えて体勢を取る。

 

「みんな、本もシオンちゃんも大丈夫だから逃げるよ!」

「え、でも……」

「いいから!」

 

 あくあが全員に指示を出す。

 一瞬逡巡したが、全員その意向は了承。

 ただし……

 

「でも、フブキが……!」

 

 ミオが嘆く。

 意識の無い人間を運ぶには相当のパワーが必要。

 四人にパワーは大して無いし、あったとしても人を抱えていればすぐに追いつかれてしまう。

 かといって、一人ここに置いていくわけには……。

 

「…………なら」

 

 しばし悩んで、あくあがそっと動く。

 三人に頼んでフブキを急いで茂みに移動させてもらうと、そのフブキに陰キャップを深くかぶせた。

 すると、一瞬で姿が消える。

 

「――‼」

「説明は後! これで大丈夫だから!」

 

 四人で茂みから飛び出して注目を浴びる。

 敵の注意を引いて更にフブキから意識を逸らさせる。

 予想通り追っ手は四人を追いかける。

 追っ手が目撃しているのはあくあとフブキのみ。

 しかも黒上とミオが遠目から見ると似ているため、二人の仲間が増えたように錯覚する。

 よって隠したフブキを探そうとする者はいない。

 

 ころねは体力に自信があるが、あくあとミオとおかゆはそうでもない。

 特にあくあとおかゆは辛そうだ。

 運よく視界から逃れられなければ、きっと真っ先に捕まっていたことだろう。

 

「ねえあくあちゃん、フブキちゃん迎えに行かないの」

 

 呼吸を乱しながらも走り続ける一同。

 追っ手からは逃れているため、今なら人を抱えても歩ける。

 フブキも意識が無いため誰かが運ぶ必要がある。

 そう思いおかゆが隣で走るあくあに聞いた。

 

「今すぐ行きたいのは山々なんだけど、まだあの周囲には人がいるだろうから……」

 

 と、引き返しに反対する。

 これは敵への恐怖ではなく、陰キャップへの信頼。

 見つからないと確信できるから、この場でいったん退くことを選択できる。

 

 

 四人は、森を抜けて助っ人を呼び、再度フブキを迎えに戻る作戦を念頭に走った。

 

 

 

 

          *****

 

 

 

 

 呼吸音も聞こえなければ、姿も見えない。

 まず誰とも接触しないと言い切れる位置に寝かせたフブキ。

 髪の色は中途半端な灰色。

 瞳も中途半端に赤茶けたような色。

 四人が走り去り、追っ手もその場から消えていった。

 そして静まりかえる森と塔。

 

「……やっと見つけた」

 

 そこへ一人の男。

 

「船長のペンダントにあくたんの帽子」

 

 握りしめたペンダントを見て安堵の吐息を漏らす。

 この台詞から分かること、それは……

 

「見つけたのが俺でよかったな、フブちゃん」

 

 そう、「見えている」ということ。

 

「帽子も回収だ。ペンダントほどじゃないが、やっぱ危険だ」

 

 そう言ってフブキから陰キャップを外す。

 同時にフブキの姿が露わになる。

 「見えていた」通りの外見だ。

 変わってしまって……。

 

「……流石にこのままはまずいな」

 

 姿の見える状態。

 心が闇因子と狂気に染まっている状態。

 そして塔の付近であるこの場所。

 

 以上の三つが問題。

 

 まずは黒上から白上に完全に戻す必要がある。

 狂気さえ取り除けば元に戻る計算。

 除去法は知っている。

 

 狂気は心を侵食して腐らせて行く。

 狂人以外がそれを防ぐには、心に強く残るなにかを鮮明に保つこと。

 狂気で腐らないほど大好きな何か。

 

 おかゆの回復理由もこれが原因。

 

 しかし、フブキの大好きなもの……。

 

 まず浮かんだのはミオ。

 しかし、呼び出せるにしても基本秘密裏に動いている以上それは大胆すぎてできない。

 

 次はロリ。

 うん、好きなのは分かるが、今は論外。

 

 その次に浮かんだのはミオの唐揚げ。

 フブキの記憶に干渉して過去から引っ張り出すことはできるが、頻繁にフブキが食べているわけではないのでそれを取り出すと不自然さが残る。

 過去から取り出せば、当然その存在は消えてしまうのだから。

 

「……他にフブちゃんの好きなもの……」

 

 男は顎に手を当てて唸る。

 

「……あとは雪見のでえふくぐらいしか浮かばねえな」

 

 それ以外はもうどうしようもない域にある。

 大福程度で治療できるか半信半疑だが、取りあえず実行。

 自分の魔法も混ぜれば多分なんとかなるだろう。

 

 フブキの記憶を念写しその中で最も新しい大福の存在を探す。

 二個セットなため、一つ無くなると妙だが……。

 

「お……おかゆん、ナイス」

 

 おかゆが大福を盗み食いして、それが発覚しフブキが怒っている場面。

 そこに一つの残りがあった。

 更に数分巻き戻し、フブキが購入し冷凍庫にしまう所まで。

 そして、そこから大福を一つ、引っ張り出す。

 

「悪いな、折角買ってたのに」

 

 謝罪を入れて、大福を手に……は持たず浮遊させたままにする。

 最後に奇妙な魔法を掛けて出来上がり。

 フブキの口に浮遊状態で放り込み、自主的な飲み込みを促す。

 少し時間は掛かったが、言ってしまうと、それでなんとかなった。

 

「じゃ、あとは運に任せてな」

 

 最後にフブキをテレポートさせて完了。

 移動先はある程度出口に近いが、森の中。

 理由は先も言ったとおり、基本的には秘密裏の作業だから。

 

「ふう……さて、どうなるか……」

 

 男は最後の波乱を予期して天を見上げる。

 最後に後一度、手助けが必要かも知れない。

 

「ま、その前にペンダントと帽子を燃やしとかないとな」

 

 シオンがプレゼントした物を焼くことに罪悪感があるが、自分が持ち続けるのは大問題だ。

 

 

 こうして、フブキとあくあは単独行動ながらも任務に強く貢献していたのだった。

 

 




 どうも、最近執筆が少し早い作者です。
 でもまた速度が落ちるかもしれません。

 さて、今回はようやく行方知れずだったあくたんとフブちゃんの回でした。
 おかゆんところさんの小道具もそうですけど、あくたんも帽子もやっぱり分かりやすい伏線でした。
 もう少し凝ったものを作りたかったんですけど、ネタが浮かばなくて……。
 フブちゃんの黒上化はもう製作当初から考えてました。
 あと、技名を考えるなら、必ず最初に「こん」を入れることも。

 それと、前回の後書きで次回みこちかも、みたいなこと書いてましたが、あれはきっと夢なんです。そうなんです。
 ですので次回にご期待ください。

 それでは、


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25話 見張りの危険性

 見張りの仕事は楽じゃあない。

 

 見張りと言っても見張るだけではない。

 

 襲撃でも起きようものなら撃退の必要がある。

 

 こんな場所で、静かに見張りしながら待期、なんて生ぬるいことはあり得ない。

 

 ロボ子を見送った、暇人三人の下へ忍び寄る危険な影。

 

「……標的確認」

 

 短刀を両手に気配を殺して、車へと忍び寄る。

 ゆっくり、ゆっくり。

 

 

 

 

          *****

 

 

 

 

 ロボ子がみこの神具に乗って飛んでいった後、三人は周囲を警戒しながら会話をしていた。

 

「だいじょぶかな……」

「まあ、心配は分かるけど、ロボ子さんなら怪我とかはしないんじゃない?」

 

 そらが遙か遠く、塔の方角を見つめて憂えているとえーちゃんが微かに笑う。

 だが、励まし方が何というか……。

 確かにロボ子は一応鋼鉄のロボット。

 魔法や鉄具でも傷はつかない。

 でも、束縛や呪いなどロボットにも効く厄介な力は幾らでも存在する。

 死にはしないが、捕まる可能性は十分にあると言うことだ。

 

「ロボちなら大丈夫だと思うにぇ。根拠は無いけど」

 

 みこもそらに笑いかける。

 みこはなんだか無邪気だ。

 そんな性格が、好かれる理由であることは言うまでも無いが。

 

「そう、だね」

 

 そらは曖昧な笑い方をする。

 気が気でない様子。

 でも、かといってもう一人行くのは寧ろ足を引っ張ることになる。

 そのもどかしさも含めて感情が揺さぶられているのだろう。

 

「私たちは引き続き見張りね」

 

 えーちゃんが自分たちにできることを、と車の運転席に座って二人に言った。

 エンジンは掛けないが、万が一に備えていつでもすぐに発信できるようにしておく。

 

「でも、見張りって正直すること無くない?」

 

 みこが言ってはいけないことを言ってしまう。

 それも仕方が無い。

 だって、みこの領域分割の力を使って侵入阻害の手段を取っているのだから。

 所謂結界。

 簡単には侵入できまい。

 

「そんなこと言ってるといやな予感が……」

 

 咄嗟にフラグセンサーが反応するそら。

 頬を掻きながら口元を引きつらせる。

 みこには神から戴いた有り難い力が有るのかもしれないが、そらとえーちゃんは至って普通の人間。

 みこほど余裕ではいられない。

 

 

 バチィッ‼

 

 

「ひゃっ! 何⁉」

 

 突然、何かが干渉して電撃が迸るような音が響いた。

 仰天して音源を見るそら。

 最も驚きを見せたのはそらだったが、えーちゃんも相当、みこは別の意味で戦慄していた。

 

「ま、まずいにぇ……!」

 

 みこがぐるっと身を回す。

 勢いで巫女服がはためく。

 

「みこさんが妙なこと言うから!」

「みこのせいじゃないよ!」

 

 若干冗談交じりでえーちゃんが言うと、みこが強く反論した。

 やはり言霊とは存在するのか。

 

 三人は鬼気として辺りを見回す。

 結界が割れたというのに、どこにも人の姿が見えないのだ。

 勝手に割れただけなら一安心だが、確実に誰か居る。

 

 視認ができない。

 これ以上意識を注いでも意味を成しそうも無い。

 なら……

 

「神具・人形(ひとがた)

 

 みこが服の内側から一枚の白紙を取り出す。

 その薄っぺらい紙をかっこよく人差し指と中指で挟む。

 

 次の瞬間、一人の人が姿を現す。

 

 ……いや、存在を見せた、と言うべきか。

 そいつは容姿を隠すような黒の衣装で身を纏っている。

 まるで、そう……忍者のように。

 

「天下五月雨」

 

 声と共に現れ、声が届くよりも早く攻撃を繰り出す。

 短刀、手裏剣、クナイなど、忍者から連想できる小型の飛び道具を一点集中して投函する。

 その先とは、そら。

 最も狙いやすい位置にいたためだろう。

 

「そら!」

「――!」

 

 えーちゃんが叫んだときには既に雨は降り止んでいた。

 

「人柱」

 

 そらに命中した数多の武具。

 今の猛攻、回避できるはずもなければ耐えられるはずもない。

 でも、そらは不動で無傷。

 

「そら! コンテナに!」

 

 何故無事なのか、きっとみこの仕業だ。

 それを瞬時に理解し、そらへ適切な指示を出す。

 

「噂に聞くほどではなさそうだな、歌姫」

 

 そらを見つめる忍者が落胆したように呟く。

 

「寧ろ、貴様の方がよく香るぞ」

 

 口元を覆って、鼻も見えないのに何が香るだ、気色悪い。

 忍者としての見た目以上に性格や性癖は歪んでいそうだ。

 そう直感したみこ。

 

「こちとらアイドルなんで、そーゆーの止めてもらえますー?」

 

 日頃から配信で危険なラインを攻める割に、やはりここではそうなる。

 まあ、自分で言うのと他人に言われるのとでは相当差があるのは当たっているが。

 

「忍者と巫女か、多少古典的な出会いだな。面白い」

 

 言葉の意図は納得できるが、そんな言い方で口にされると気分が悪い。

 

「だが拙者は忍。任務遂行のために手段は選ばぬ」

「……参考までに忍者さん、その任務とか教えてもらっても?」

 

 危険を承知でえーちゃんが車窓から顔を出して忍者に尋ねる。

 

「無論、歌姫の抹殺」

 

 強まる語気。

 同時に手に握る手裏剣。

 

「みこさん! この人、ここの人じゃありません!」

「「え⁉」」

「鋭い! 拙者は刺客也」

 

 姿がバレた以上暗殺は失敗だが、目的に変更なし。

 身バレしたところで、警察や衛兵が捕獲できなければ結局は同じこと。

 

 えーちゃんの忠告に目を剝く二人。

 えーちゃんの忠告はどんな意味か。

 ここの者じゃない、と言うことは、ここの敵の法則に従わないと言うこと。

 それ即ち、忍者は魔法を所持していない可能性が高く、逆に身体的に能力が高いと想像できる。

 暗殺者を名乗るほどなのだから。

 

 ここまで来てまさかの別陣営。

 しかも歌姫の抹殺……?

 歌姫って……。

 

「忍法・分身の術」

 

 忍者が魔法のように分裂する。

 

「忍術!」

 

 みこが危機感を得る。

 忍術は非常に厄介な業として有名だ。

 最も厄介なのは当然魔術。

 だが、それに匹敵するレベルで忍術も危険だ。

 忍術とは様々な忍法をひっくるめて言う。

 分身、身代わり、変身、水走り、影移動、煙幕などなど。

 

 どれもこれも敵を翻弄する非常に厄介な術ばかりだ。

 

「えーちゃん、車!」

「分かってますっ!」

 

 分身した忍者でも、本体は一つで他は全て実態がない。

 しかし、実態を持つ者がどれか分からなければ全てに警戒する必要があるのは当然。

 分身と本体を合わせ数は5。

 一人が開いたコンテナの中にいるそらへ、二人が車の運転席にいるえーちゃんへ、二人が神具を操って戦況を動かすみこへと向かって走る。

 

 最も危険に思えるのはそらだが、ここで安直な発想は排除。

 みこの直感ではえーちゃんが最も危険。

 だから叫んだ。

 

 えーちゃんがそらをコンテナに乗せてトラックを発進させる。

 遠くには離れられないので、限界までこの周辺を暴走する。

 案の定、えーちゃんの下へ走った一人が本体だった。

 

 だが、車の発進に間に合わず途中で断念した様子。

 分身が全て消失し、忍者一人がぽつんと残る。

 

「まやかし程度ではどうにもならんな」

 

 三人の直感とみこの実力、車の速度やえーちゃんのドライブテクなどを見て把握したようだ。

 短刀二本を両手に持ち、みこを前にして構える。

 まずは戦場に強く影響する存在を意識して戦うようだ。

 

「みこち!」

「大丈夫だにぇ!」

 

 そらが開いたコンテナからみこに叫ぶが、みこは振り返ってグッと親指を立てる。

 

「なんたって、えりーとだから!」

 

 みこちは何だかんだで強い……。

 私は……護られているだけで良いのだろうか?

 ……何か、何か役に立つ方法は無いか?

 

 そらはみこに頷いた後、内心でそんなことを考えていた。

 

 

「いざ、尋常に――参る!」

 

 全く正々堂々戦う気の無い第一発の後、そんな台詞を吐いて襲いかかってくる忍者野郎。

 みこも素直に真剣勝負する気などさらさら無い。

 どんな手を使っても、ここは……推しは……仲間、親友は護ってみせる。

 

「ノット尋常に――やってやるで!」

 

 みこが不敵な笑みを浮かべて手を叩く。

 特に神具の召喚に作法は無いが、礼や拍になれてしまってつい叩いてしまう。

 

「神具・神鏡(みかがみ)

 

 現出したのは一枚の鏡。

 鏡とは太陽を反射する、第二の太陽。

 太陽の熱気を、光線を反射する。

 

「忍法・火遁の術」

 

 忍者が煙幕を周囲に張った。

 火薬の臭いで鼻がツンとする。

 視界も煙で薄暗く曇っていく。

 

 適当にみこは先刻忍者がいた位置に光線を放ったが、見事に空振り。

 

 視界が閉ざされれば、もう聴覚だけだ。

 嗅覚は潰されようとそうでなかろうと、人間には酷使できない器官だ。

 あとは……第六感だろうか?

 戦闘の経験則的なものもある。

 

 いや、違う! まずい!

 

 この煙幕に乗じて車に接近する気だ。

 みこには車の位置が見えないが、術者本人が見えなくなるほど愚かでは無いはず。

 

「神具・御幣!」

 

 あまり使いたくなかったが、これを使う。

 みこは即座に御幣を現出させて地面に突き刺す。

 

「天罰!」

 

 御幣を突き立て、天を仰ぐと御幣が消滅し天空が鳴り響く。

 僅かに、ゴロゴロと叫んで、次の瞬間落雷が発生。

 

 煙幕で正確な位置は皆目見当もつかないが、忍者に落ちてくれたことは分かる。

 近くに雷が落ちて地響きや轟音が起こる。

 非常に体が振動するが、集中力は一切揺るがない。

 

 次第に煙幕が晴れた視界の先、忍者が無傷で息を切らしながらみこの正面に立っていた。

 

「神鳴りとは、非科学的な」

 

 天候を神様が操るという図式に批判的な態度を見せる忍者。

 

「おめぇが使う忍術も同じだろ……」

 

 ついみこがツッコミをかます。

 やはりホロライブは芸人?としての血が、こういう場面でも現れるのだろう。

 

「……一つ、気になることがあるにぇ」

 

 そんな温暖な一コマを終え、ふと切り出した。

 

「ふむ、答えられる範囲で答えてやってもよいが?」

 

 忍者は忍ぶ者のであるくせに、どうしてこんな時は都合よく話す雰囲気になるのだろうか。

 

「歌姫=そらちゃんで、解釈はあってるの?」

「まさかとは思ったが知らないようだな、そいつのことも、歌姫のことも」

 

 晴れた空、静かな森。

 車のエンジン音と四人の呼吸音。

 

「解釈は恐らく正しい、と言ったところか」

「恐らく?」

「ああ、まだ見込み段階だ」

「……なのに暗殺を?」

「危険な種は早期殺傷に限る」

 

 なんて理不尽か。

 まだそらが忍者の言う歌姫かどうか判別できていないのに。

 

「なるほど……」

 

 ボソッと、何かを納得したように呟いた。

 誰が……?

 そらだ。

 

「えーちゃん、出して」

「え?」

「突進」

 

 まさかの発言にえーちゃんが数秒戸惑う。

 コンテナと運転席は小さな窓でお互いが見える。

 そこから見つめ合い、視線で何らかの意思を疎通。

 目的も作戦も不明だが、いいだろう。

 

 そらとも第一号として、そらのお気の召すままに。

 ただし、そらの命最優先で。

 

「荒いけど落ちないでね」

 

 えーちゃんが発信させる前にコンテナの扉を閉め、外からの侵入を防ぐ。

 基本的に戦況は、音と、運転席の脇にある小さな窓からのみで確認。

 

 そして、せかせかと準備を――。

 

「はっ」

 

 走り出すトラックに数個のクナイが投げられる。

 が、みこが大麻を召喚しそれをトラックの前に通して、クナイを全て受け止めさせる。

 目的通りクナイが全て大麻に突き刺さった。

 

「轢いても、責任は取りませんし、保険も下りませんからね!」

 

 えーちゃんが窓を開けたままそう叫ぶ。

 なんだか現実的な話をするな……こんな時に。

 これほどの強者なら正当防衛になってくれると思うが。

 

「心配ご無用。車に轢かれるほど動きは鈍くない」

 

 いや、当たり前のように言うけれども、普通の人間は車の猛突進は簡単に避けられないが……?

 

 忍者が普通の人間で無いことはそうなのだが。

 

「忍法・影縫い」

 

 向かい来る車をギリギリまで引き寄せて、地面に手裏剣を突き立てた。

 その手裏剣はトラックの影をその場に縛り付け、動きを完全に封じる。

 突然の強制停止にえーちゃんとそらは慣性により強い衝撃を受けた。

 

「ぐっ! ダメ! びくともしない」

 

 えーちゃんがアクセルをいくら踏んでも、当然バックしても、車は微動だにしない。

 手裏剣一つで完全に自由を奪われた。

 

「忍法・分身の術」

 

 更に分身でみこを惑わせてくる。

 全員を意識していたらそらとえーちゃんを護れない。

 危険を覚悟で二人の身の安全のみを考える。

 

「神具・注連縄」

 

 みこはここで領域の分割を行う。

 トラックだけ空間をずらして、簡単には侵入できないように結界を張る。

 一度この忍者に割られた過去があるが、みこを相手にしながら早々に破壊することはできまい。

 

「端から狙いは貴様よ、神の遣い」

 

 気がつけば忍者がみこのすぐ側に居る。

 短刀を握りしめ、首元をシュッと一閃。

 確実に斬られた。

 

「――!…………流石に……肝が冷えたで……」

 

 その一撃必殺級の殺傷能力の高い小技にみこは酷く汗を流す。

 後方に退いて、忍者をしっかりと見て視線を離さない。

 その時、右手に持っていた人型の首の部分が勝手に切断され地にひらひらと舞い落ちて、光となって消えていった。

 厄災を肩代わりする人型だが、当然在庫に限りはある。

 みこが基本持ち歩くのは二枚だけ。

 今回は危険度を見て三枚。

 

「神具・神鏡」

 

 みこは急いで迎撃用の鏡を現出。

 そして光線を幾度も放って、忍者と距離を取る。

 

「忍法・土遁の術」

 

 みこの放つ光線はどれも空を切る。

 それは忍者がどこかに消えてしまったから。

 

 消えられると、もういつも通り耳を頼るしか無い。

 研ぎ澄ませ。

 集中して、微かな音を確実に拾うんだ。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 キン……。

 

「――そこ!」

 

 微かな金属音を拾い、当たりを付けて砲撃する。

 何でも焼き尽くせそうな光線が一直線に筋を造る。

 

「外れだ!」

 

 しかし、忍者は真逆の方向から現れ、みこを襲った。

 してやられた!

 金遁の術だ!

 

 それに気付いたときには、反射で体を翻していた。

 

 だが、この至近距離からの短刀は避けきれず、肩に小さな刀が刺さってしまう。

 

「イッテぇ!」

 

 生まれて初めて、こんな激痛を味わった。

 今回ばかりは人型も発動が間に合わなかった。

 

 更に、嫌らしいのは……

 

「効くだろう? その毒は」

 

 そう、短刀に塗られた毒。

 嫌らしくも毒が体を蝕む。

 

 体は動くが、精々手足が少し程度。

 忍者の手には別のナイフが。

 

 それで心臓を一突きにされればもう生きていられない。

 手が痺れて巫女服の内ポケットから人型を出すこともできない。

 

 

「みこさん!」

 

 

 そこへトラックが乱入。

 結界の内側からのすり抜けは可能なため、二人が手裏剣を抜いて出てきたのだろう。

 みこの名を叫び忍者へ猪突猛進。

 短刀をみこに突き立てることなく、忍者はトラックを避ける。

 臨機応変に動きを変更するのが得意な辺り、やはり忍者なのだと思い知る。

 

「し……神具……大麻」

 

 みこが動けない状態で、左手に大麻を現出。

 忍者が離れている隙を上手く狙えている。

 地に横たわった状態で、首を大麻に向けると「修祓」と静かに叫ぶ。

 

 すると、みこに取り憑いた汚れ――即ち痺れ毒が効能を失う。

 

「いっ……」

 

 なんとか立ち上がるが、右肩の出血がどうしても痛い。

 利き手側の肩がやられ、動きが全体的に鈍くなる。

 苦痛に顔を歪めた。

 

「大丈夫ですかみこさん」

 

 車窓から身を乗り出して尋ねる。

 その際、なにかをみこに投げた。

 小さな二つの何かを……。

 

 小さく頷かれた。

 そういうことか。

 

「忍法・影縫い」

 

 一瞬の隙に狙いを定めて、また手裏剣が影を縛る。

 トラックのエンジンがまたしても意味を成さなくなる。

 

「神具・神鏡」

 

 不動でも、出来ることはたくさんある。

 頭を使えば、何個でも。

 

 光線が手裏剣に当たる。

 すると、手裏剣が捕えていた車の影が無くなる。

 これで影縛りは対策可能だ。

 影さえ無ければ縛れない。

 容易い事よ。

 

「忍法・火遁の術」

 

 影縫い打ち消しからの追撃……が出来れば完璧だったが、肩の痛みがどこまでも弊害となる。

 みこの判断力と機動力を半分以上も削っている。

 またしても忍者が動き出した。

 煙に姿を消し、三人を惑わす。

 

 この場合、闇雲でもえーちゃんは車を出すべきだ。

 確実にそらが狙われている、それが分かっているのだから。

 ……だが、えーちゃんもみこもその場を動かず、ただ両耳に耳栓を付けた。

 その動作は当然忍者には見えていない。

 

 煙に紛れたまま忍者はそらの隠れるコンテナに急接近。

 錠は掛けられていないため開閉は自由。

 入り口まで近づき、今まさに開こうとしたその時、独りでに……ではなく、そらが自ら扉を開けた。

 流石に扉前まで接近されれば気がつくもの。

 音と気配を頼りに実行し見事に成功。

 

 驚きつつも忍者は短刀を抜き、斬りかかろうとする。

 そして、すぐに自分が万事休す状態であることに気付く。

 

 そらが開いたコンテナの扉。

 目の前には、そらと大きなスピーカー。

 そらの手には、まだ新しいマイクが――

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーー‼‼」

 

 そらの絶叫がマイクを通し、スピーカーから超音量で森中に放たれた。

 森がざわめき、鳥たちが一斉に飛び立つ。

 

「――‼」

 

 そう、このトラックは電気自動車。

 しかも、機材運びようとして、僅かなコンセントと機材が常時搭載されている。

 乗せたまま来るか迷ったが、結局持ち込んで正解だった。

 

 忍者が鼓膜が破れそうな爆音に耳を必死に塞ぎ、反射反応で目を瞑る。

 

「神具・大麻」

 

 みこが大麻を現出、それをロボ子を投げ飛ばしたときのような特大サイズに増幅させた。

 そして、空中で振り回して振り回して振り回して振り回して――遠心力を時間限界まで付けて、忍者にぶつける。

 回転により、舞っていた煙は全て吹き払われたのも計算内。

 

「っ――!」

 

 忍者の苦悶の表情も苦痛の声も、その体も、全て空の彼方まで吹き飛んでいった。

 まるで10万ボルトで吹き飛ぶ彼女らのように……。

 

 

「「「…………」」」

 

 

 勝利……なのか?

 

 バタッとみこが倒れ込んだ。

 完全に脱力している。

 

「みこち!」

 

 そらがコンテナから飛び降りて駆けつけた。

 えーちゃんも遅れて側による。

 

「大丈夫?」

 

 定型のように聞くが、勿論こんな状況、こんな大怪我、大丈夫なはずがない。

 

「痛み以外は……」

 

 一度力を抜くと、もう立てそうになくなった。

 護る必要もなくなって、力を振り絞る気力が一気に無くなったのだ。

 肩程度と思うかもしれないが、刃を突き立てたのは一流の暗殺者。

 上手く刺さったため出血がやはり響いている。

 無理をして動いたことも出血量を増やす原因となった。

 これ以上はたとえ動けたとしても、そらが決してそれを許可しない。

 

「ごめんね、私たち何も出来なかったから……」

 

 そらが偶然持参していた少し大きめのタオルで止血しながら表情に影を落とす。

 

「それは仕方ないにぇ。普通のアイドルはあんな時逃げるだけだから」

 

 逃げずに立ち向かっただけでも勇敢。

 しかも頭脳とその場にある道具を巧みに使って撃退の大事な一手を炸裂させた。

 何も出来ない事なんてない。

 寧ろ頭も使わず無策にただの授かり物の力を乱撃していたみこだって何も出来ていない。

 

「みこは二人が無事でよかったにぇ……ただ……」

 

 視線がえーちゃんに向いた。

 僅かにずれた視線。

 目と目が合っていない。

 

「襲撃の理由を知らないと、すっきりしないかも……」

 

 力の無い力強い顔。

 視線が訴えかける。

 これはどういうことなんだ、と。

 私は何から仲間を護ったのか。

 何から護るために負傷したのか。

 名誉だけでは、生きていけない。

 いつか後ろから刺されてしまう。

 

「……話します。でも、これを話すときは、全員に」

 

 観念したようにえーちゃんが白状することを約束する。

 他のメンバーにも同時に、と言う流れは理解できる。

 三人はそれを約束して、他のメンバーの帰りを待った。

 

 そして、忍者や他の刺客がその後襲ってくることは無かった。

 

 

 

 みこ&そら&えーちゃん対忍者――忍者撃退成功、みこ負傷。

 

 よって、

 

 ホロライブ陣営、脱落者なし、みこ負傷。

 

 敵陣営、変化なし。

 

 第三勢力、退散。

 

 

 

          *****

 

 

 

「……申し訳ございません。歌姫の暗殺に、失敗しました」

 

 遙か彼方へと飛んでいった忍者が、一本の電話を入れた。

 自分の居場所は分かっているが、今から戻っても、辿り着くころには歌姫達は既にその場を退散しているだろう。

 事務所襲撃は現実的でない。

 だから今回、事務所を離れた隙を狙えと、命が下っていたのに。

 

『気にするな、俺の人選ミスだ。お前は何も悪くない』

 

 電話の向こう側からそんな励ましが。

 全く励みにならない。

 

『だが、たった今お前の昇格は無くなった』

「……はい、仕方の無いことです」

『そうだな』

「……」

 

『代わりのジョーカーが気になるか?』

「……え、ええ」

『ついこの間、丁度良い適性を持った奴がいてな』

「能力の、ですか?」

『ああ、重力師だ』

「賢明かと」

『……安心しろ、お前をチームから外したりなどはしない』

「……」

『エース、キング、クイーン、ジャック、ジョーカー、ハート、スペード、クラブ、ダイヤ、そして昼と夜と……切り札』

「……」

『役は揃った。お前も含め全員が戻ったら作戦立案と決行日についての会議だ』

「……はい」

 

 まだまだ、ホロライブに安寧が訪れる様子はない。

 

 




 今回も最後までありがとうございます。
 作者です。

 今回はやっと、そらみこえーちゃん、でした。
 みこちって神様の遣いだから、もう少しエゲツない力でも使わせられそうですが、ぶっ壊れ能力はシオンだけで十分かと。
 いや、るーちゃんやロボ子さんも結構やばいかも。
 制限のない不死身や超火力、超防御力って強すぎない?

 これで大方戦いはお終い。
 いずれのチームもできる限り見たことあるような組み合わせにしたつもりですが、一期生とぺこるしは意外だったかも。

 さあ、後は帰るだけ。
 帰りにも何か一波乱ありそう……。

 では、また。


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26話 森を抜けろ

 走っている。

 一人、二人、三人、四人、五人、六人。

 ぺこら、るしあ、メル、アキロゼ、まつり、はあと。

 

 ぺこらが機転を利かせて共感覚を使用していたことが功を奏した。

 一匹の野ウサギが捕えたのだ。

 シオンが空から降ってくる光景を。

 あくあが魔導書を持ってフブキと塔内から飛ばされてきた所を。

 

 それを目撃して選択肢は絞られた。

 帰る!

 

「ぺこらのそれ、ホント便利だね」

「あ、ありぺこです……」

 

 まつりの関心に、ぺこらは身を縮めて恐縮です、的な反応をした。

 

「皆ちゃんといるよね?」

 

 たまにメルが振り向いて後方に全員追っているか確認してくれる。

 ぺこらが案内で先頭、そしてメルがその後ろ、後は適当に。

 

 メルが振り向くたびに、皆が小さく顎を引く。

 

「――?」

 

 懸命に走る中、ふと二人が周囲を見回す。

 

「どうしたの?」

「……何か、呼ばれたような気が……」

 

 はあとが真横にいたアキロゼに聞くと、そんな奇妙なことを言い出した。

 

「ぺこら、何か聞こえた?」

 

 るしあが最も耳が良いと思われるぺこらに聞くが、何も聞こえないと言う。

 

「いや、聞こえたよ、まつりも」

 

 しかし、もう一人、まつりは聞こえたと主張。

 二人には絶対に聞こえた声。

 でもその声は他のメンバーに決して聞こえない。

 

「それって一回だけ?」

「今のところは……」

「なら、気のせいかもしれないから、先を急ごう?」

「……そうだよね」

 

 一度だけの声。

 偶然二人が空耳を聞いた、と言う可能性の方が高い。

 ぺこらに拾えない声を二人が拾うことは困難だからだ。

 アキロゼとまつりは、取りあえず納得して速度をもとのように早めたが、内心では、声に応えなければならない気がしていた。

 でも急いで逃げないと、またいつ追っ手が来るやも知れない。

 

 兎に角、走る。

 

 まだまだ走る。

 

 多分、あと半分くらい。

 

「……まつりちゃん」

「……アキアキ」

 

 しばし無言で走って、またしても先程の二人が奇妙なアイコンタクトを取る。

 もはや幻聴の域ではない。

 そう確信して、二人は行動に出る。

 

「ごめん、ちょっと別行動させて」

「え⁉ ここから⁉」

「危険ですよ!」

「分かってる。でも行かないといけない気がするの」

 

 まつりとアキロゼの申し出を、他のメンバーは猛反対。

 後輩からも言われるが、それでも退かない。

 

「行くって、どこに」

「……多分こっち」

 

 こんな戦況で二人が別行動に走ることは言語道断。

 でも、二人の目があまりにも真摯で、断れなかった。

 

「なら、そのウサギを話さないでください。逸れると後で探せなくなります」

 

 ぺこらが、まつりの抱える野ウサギを見て忠告した。

 そのウサギが命綱だと。

 

「分かった。行くよ、アキアキ」

「うん」

 

 二人は、方向を転換し今までとは直角になる方角へ進んでいった。

 

「……大丈夫かな」

「……メルかるしあちゃんが付き添った方がよかったかも」

 

 メルが二人の姿が消えた後、思いつく。

 だが、時既に遅し。

 

「いざとなったらきっとなんとかしますよ」

 

 るしあがあまり期待できない励ましで二人の意識を戻す。

 

「……じゃあ、また進んで……え?」

 

 ぺこらが先頭で進んでいた方向を向き直し、共感覚を発動する。

 そして、冷や汗を流して硬直した。

 

「ぺこら?」

「……この先に、野ウサギが一匹も居ないぺこ」

「それってどういう……」

「道が分からんぺこ!」

 

「「「ええっ‼」」」

 

 ぺこらの叫びを超える驚きの声が森に響いた。

 

「どどど、どうすんの」

「お、落ち着いてるーちゃん。今までこっちに歩いてたから、こっちに進めば良いぺこな?」

 

 これまでの進行方向が合っているのは確実なため、現在向いている方角が入り口。

 それさえ分かれば後は真っ直ぐ進むだけ。

 簡単ではないが、四人で注意を払って歩けばなんとかなる。

 

「そうだね、慎重に、方向が大きく変わらないように進もう」

 

 メルが冷静に進むように促すと、三人はうんと返事した。

 そして、指示通り迷わないように、それでもできるだけ早く森の草木をかき分けて歩む。

 

 

 途中から歩みに変わったため、速度は落ちたが、それでもそこそこ時間が経ったし、まもなく森の入り口に着くはずだ。

 そう励まし合いながら、四人は静かな森の中を進む。

 進んで、進んで……

 

「うっ……」

 

 突如、ぺこらが鼻を押さえた。

 動物の嗅覚は人間よりも敏感、きっと何かを感じたのだろう。

 だが、臭いが異様なのだろうか、顔を歪めてまるで呼吸したくないかのような顔色で振り向く。

 

「……きっとこの臭いが、ウサギたちが居なかった理由ぺこ」

 

 鼻が曲がりそうだと文句を言いながら訴える。

 三人は臭わないらしい。

 

「しかもこの臭い……」

 

 覚えがある。

 ここまで酷くはなかったが、この森に踏み入れて間もなく鼻を突いたあの刺激と同じ。

 火薬の臭い。

 

 その臭いは、あの時と同様に、もう少し進むと他のメンバーにも感じ取れるようになった。

 

「この臭い、まさか……」

「……戻ってきた?」

 

 鼻に残る火薬臭。

 それは、あの爆弾魔の空間に漂う危険な香り。

 しかも、目の前にはあの時の空間。

 茂みから様子を伺うが、人の気配はない。

 警戒しながら、そっと一歩、小さな空間に足を踏み入れる。

 

「そう、戻ってくるのは当たり前。来た道は戻るよね」

「またでた……」

 

 再放送、爆弾魔の登場。

 誰かが嫌そうに呟く。

 

 あの火傷痕、見るだけで気分が悪くなる。

 

「流石に疲れてるでしょ? そこを僕がどどーん、ってね」

 

 魂胆を暴露し、早速愉悦に浸る。

 まだ何一つ、状況は変化していないのに。

 妄想が激しい変態と言うことか。

 

「るしあちゃん」

「はい、メル先輩」

 

 ぺこら、はあとより数歩前にでて交戦の構えを取る。

 戦闘員が非戦闘員を護らなければ。

 

「ふひひ、一瞬で木っ端微塵にしてあげるから」

 

 爆弾魔と二人の間にバチバチと火花が走る。

 先手はどちらか、爆弾魔か?メル&るしあか?

 

 サ、サ、サ、サ……。

 

 どこからか、草木の揺れる音。

 何かが走る音。

 そして更に何かが叫ぶ音。

 

「「「「「何⁉」」」」」

 

 敵味方共に、同じ反応で音のする方を見た。

 

 

「「ぅぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!」」

 

 

 だんだんだんだん声が近づき――

 

「「どっけぇ!」」

 

「ぶべっっっっ!」

 

 突如、茂みからとある二人が飛び出し、拳と武器で爆弾魔を殴り飛ばして、即座に意識を刈り取ってしまう。

 そして華麗に、力強くどんと地面に着地して、互いを見て、

 

「気済んだ?」

「いや、まだ!」

「あたしもまだ!」

 

 怒りの感情が強めな二人の登場。

 しかも爆弾魔を一撃で沈めたパワーに唖然として、言葉も出せない四人。

 二人は何故か未だに四人に気付いていない。

 

「「マリン!」」

 

 二人は、自分たちが飛び出した茂みの奥に叫ぶ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ~。二人とも……元気すぎ……」

 

 遅れて、年寄りのようによろよろの歩き方で現れたのは、我らが船長、宝鐘マリン。

 

「はぁ、はぁ……あれ?……ぺこらと、るしあと……メル先輩と、はあちゃまじゃん……」

「「え……? ホントだ!」」

 

 マリンが声にして、初めて存在に気付いた二人。

 息ぴったりで、実に仲のよさげな二人。

 そう、不知火フレアと白銀ノエルだ。

 

「ど、どしたん? 二人して……」

 

 るしあが少し声を震わせて尋ねる。

 三人が四人に近づきながら二人はこう語る。

 

「聞いて! フレアが傷つけられたのに何も出来なかったの」

「聞いて! ノエルが倒れてたのに何も出来なかったの」

 

 ああ…………つまりてぇてぇ?

 

「お~い、フレア、ノエちゃん? 船長は? マリンちゃんの事は?」

 

 マリンが大袈裟な身振り手振りで二人の視界に入り込み、アピールする。

 私をもっと心配して、と。

 

「「だってマリン何も怪我してないじゃん」」

 

 二人のハモりに驚きながら、四人が三人を見比べると、確かにその差は著しい。

 ノエルの鎧は傷があるし、一部は破損している。

 フレアも肩からの出血や、全身にかすり傷が目立つ。

 それに比べて、マリンは体力で完全に敗北しているものの、目立った外傷は何一つない。

 

「でももう歩けん……。フレアー、負ぶってよ」

「おおおお可愛そうに、疲れ切って頭がおかしくなったんだね」

 

 マリンが地面にバタリとへたり込む。

 それを見下ろしてフレアがジョークを言う。

 

 

「……三人とも、何があったの?」

 

 二人の負傷やマリンの疲弊、その割に平常通りで不安が募った。

 メルが杞憂を含めて心配する。

 他の三人も同様の疑念というか、憂慮があったようで、うんうんと説明を促した。

 

 そこで三人はようやく、何があったのかをそれぞれが分かる範囲で説明する。

 

「団長が起きたときには皆倒れてて、マリンの手にメイスが握られてたから多分マリンが倒したんだろうなって思った。で、男の人に手錠掛けて、二人が起きるのを待ってた」

 

「あたしが起きたらノエちゃんが隣にいたかな。で、二人で情報を交換し合って、あたしが気絶したのと同時にマリンが来た事は確実だった」

 

「船長は正直あまり覚えてないけど、目の前にフレアが飛んできて駆け寄ったら気絶しちゃって……。そこからは本当に、怒ってたことしか覚えてない」

 

 らしい。

 

「そうだったんだ……」

 

 四人は不可思議な勝利に素直な納得は出来なかったが、無事でよかったとだけ伝えた。

 

「ってかちょっと待って」

「どした、マリリン」

 

「……船長が起きたとき、隣にフレアもノエちゃんもいなかったんだけど」

「もうそれはいいから!」

 

 明るくしようとしているのか、それとも純粋に不満だったのか。

 気遣いのマリンと言われるほどだから前者か?

 

「それより、ここに戻って来てんじゃん。早く塔に行かないと」

 

 フレアが当初の目的を思い出し皆を急かすが、四人が現在の各戦況を単調に伝えるとすぐに理解してくれた。

 

「それじゃあ、寧ろここに来て正解だったって事?」

「そうなるね。ラッキーじゃん」

「じゃあさっさと森を抜けよ」

「おk」

 

 全員、道筋が見えてきた。

 勝ち星まであと少し。

 この森を抜けて全員で事務所に帰る。

 この森に潜む者が大胆に会社に攻め込むことは無いはずだ。

 

 さあ、急いでここを……。

 

 

「……ぺこーらたち、どの方角から来たぺこだっけ?」

「…………」

 

 ぽかーんと口を開けて全員が押し黙る。

 誰かがこの非常事態を一言で解決してくれることを願って。

 

「……もしかして、やばいやつ?」

 

 沈黙を破ったのははあとの現実を叩き付ける言葉。

 その言葉に全員が我に返る。

 すると途端に場が騒然とし始める。

 やばい、まずい、困った、迷った、やらかした、などと言葉を挙げて。

 

「どうしようか……」

 

 新たな案を模索すべく、全員で唸りながら頭を全力で回転させる。

 

 そんな彼女らの下に、天下泰平へと導く一声が降り注ぐ。

 

「アアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――!」

 

 叫び声だ。

 この声、聞き覚えがある。

 いや、ホロライブメンバーが分からないことなどあり得ない。

 大きくなく、小さくない声量。

 何かの機材を使ったのだろうか。

 

「「そら先輩‼」」

 

 全員が同時に声の主を言い当てた。

 それと共に声のした方へ走った。

 真っ直ぐ、真っ直ぐ、真っ直ぐ。

 木々が多くて直進は困難だが、唯一木々を無視して一直線に進める者がいる。

 それがるしあ。

 るしあが直進し、それを目印に進めば逸れることはない。

 

 

 こうして、メル、はあと、るしあ、ぺこら、ノエル、フレア、マリンは見事に三人の待つトラックまで帰り着いた。

 

 

 現在の集合人数10/22。

 

 

 

          *****

 

 

 

 自分の耳と感性を信じてぺこらたちと道を分けたアキロゼとまつり。

 何がここまで二人をかき立てるのか、二人自身判然としていない。

 だが、その漠然とした感情もすぐに消え去った。

 二人は、肌で感じるままに道を選んでいき、辿り着いたのは……ずっと変わらない景色と全く同じ景色を持った場所。つまり、何の変哲もない森の中、ということ。

 

 その何の変哲もない森の中に、唯一目を引く――否、視線だけでなく、全ての感覚を持っていかれるような存在があった。

 

「フブキ!」「フブキちゃん!」

 

 薄暗くて、気味の悪い、何もない森の中、木に横たわり眠っているように動かない白上フブキの姿がある。

 

「フブキ、フブキ起きて!」

「フブキちゃん、フブキちゃん!」

 

 枝や木の葉で傷を負うことも咎めず、二人はフブキの下へ駆けつけて必死に覚醒を促す。

 しかし、呼吸はしているものの一向に目覚める気配がない。

 二人は一瞬で理解した。

 このために呼ばれたのだと。

 絶対的な確信を持てる直感だった。

 

「アキアキ、なんとかするよ」

「うん、取りあえずここをでないと」

 

 フブキが何故こんな過疎地で気絶しているのか、皆目見当もつかないが、動けない以上肩を貸して連れて行くしかない。

 フブキの右腕をまつりが、左腕をアキロゼが肩に回してゆっくりと立ち上がる。

 

「お、重い……」

「聞かれてたら怒られるよ」

「でも、意識のない人はホントに……」

 

 まつりが一般女性への禁句を漏らすが、反論しようがない状況。

 全体重が二人に掛かっているのだから、平均的に考えて、自分との体重が1.5倍になったようなもの。

 無理もない。

 

「フブキの脚とか、引きずっちゃう……」

「仕方ないよ。放置するよりはマシだから」

 

 極力慎重に運んだが、どうしても足や頬などの露出した部位に切り傷が複数付いてしまう。

 アイドルが、女子の肌が、フブキが、なんて言ってられない。

 命あっての何とやら。

 

「でも、道ってこっちであってるの……?」

「いや、正直自信ない」

 

 この二人もまた、道が分からない。

 自らの意思で付いて来てくれる野ウサギもぺこらがいないと役に立たない。

 仕方ない、このまま進むしか……。

 

「アアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――!」

 

 そして加えて、この二人もまた、天下泰平に導く声を聞いた者だ。

 はあと、メル、ホロファン達と同じように、即座にそらの声と聞き分け、声のするほうへ進んだ。

 

 時間を掛けて歩き続け、二人は開けた場所に出た。

 トラックも、メンバーも、何もかも揃った、完璧な光景。

 

「来た!」

 

 誰かが三人の帰還に声を上げた。

 

 どうやら、三人が最後のメンバーだったようだ。

 

 これにて、全員集合だ。

 

 

 因みに、軽く補足しておこう。

 

 シオン、ロボ子、スバル、あやめ、ちょこは、シオンの案内のもと、真っ直ぐ道を進み、難なく脱出。

 ホロファン&はあと、メルチームに次いでの到着。

 

 その次におかゆ、ころね、ミオ、あくあのチーム。

 塔から走り始めたためそこから真っ直ぐ走れば車はなくとも、この円形の森は抜けられる。

 その計算で走っていたが、途中で四人もあの声を聞き、方向を転換、見事にこの場へ生還。

 三番手だった。

 

 そして、その直後にこの三人。

 

 フブキを急いでコンテナに寝かせる。

 既にコンテナ内では、みことフレアが横になっていた。

 

 こうしてメンバーは完全終結。

 再び全員で配慮しながらコンテナに乗り込みさっさとこの森を離れる。

 

 まだもう一段階分の森をこの車で逃げなければならない。

 急げ急げ。

 新たな追っ手が来る前に――。

 

「出します」

 

 えーちゃんがアクセルを踏んで発進させる。

 いざ、帰宅――

 

 

「よくもやりやがったなお前ラあああああああ!」

 

 

 ――――――――。

 

 

 発進と同時、森から塔の主が突如現れ、雄叫びを上げてトラックに迫ってきた。

 

 

 ――――――――。

 

 

 生還のための、ラストバトルは、まさかのチェイス型。

 対戦相手は塔の主。

 こちらの戦闘員は――全、ホロライブメンバー。

 

 

 さあ、本日の、最終決戦と行こうじゃないか、天の女神よ。

 歌姫よ――。

 

 

 




 どうも、作者です。

 さあ、間もなく終わりを迎える本章ですが、最後はやっぱり集大成。
 今回の能力のおさらい的な回となります。
 次回とその次で、二章も完結。
 カーチェイスなんて、アニメらしくていいですね。

 そして、近況を……。
 実は今、超絶大変な小ネタを仕込んだ回を製作中で、それが中々進まないんですよ。
 投稿したら、後書きにで小ネタの見つけ方を発表しますが、少し投稿までにお時間いただくも。
 極力急ぎますが、どうか。

 それでは、また。

 今日も配信に被り申し訳ない。


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27話 スーパーチェイサー

 

「よくもやりやがったなお前ラあああああああ!」

 

 森から飛び出した塔の主。

 ほうきにも乗らずに宙に浮いている。

 しかし、それでも飛行速度が異常で、追いつくのが早い。

 

 バンッ、とコンテナの扉が開いた。

 

 全員が乗るので精一杯なはずのコンテナ。

 そのコンテナ内は、実は空間が歪められているために空きはまだまだある。

 しかし、ここでは全力が出せない。

 

 シオンが、ロボ子が、フレアが、るしあが、コンテナの上に立つ。

 

「皆は危ないから中にいても――」

「なに言ってんの、今更でしょ」

「そうですよ」

「みんな、力になりたいんですよ」

 

 シオンが危険だから退けと、遠回しに言うが、誰一人聞き入れない。

 正直、罪悪感で一杯だ。

 自分のミスでこんなに仲間を巻き込んでしまって……。

 

「気にしてるんなら、帰ってからちゃんと言いな」

 

 下からあくあが叫んだ。

 何をするにしても、このファイナルフェイズを超えてから。

 まずは、

 

「「死守する‼」」

 

 誰一人、漏れることなく口を揃えて叫んだ。

 

「大概にしろよテメェら!」

 

 塔の主もとうとう本性を見せてきた。

 

 いきなり魔方陣を展開。

 すると特大の闇色の光線がトラック丸ごと消し炭にするべく、襲いかかる。

 こんなもの、対抗できるのは一人だけ。

 

 全くと言って良いほど同じ技をシオンも使い相殺。

 その隙にフレアが矢を放つ。千火・不知火だ。

 しかし、どれも男の前で消滅する。

 続けて男の背後に一人の幽体が。

 その幽体は全力で鎌を振り下ろす。

 完全なる不意打ちだったが、バリアを張ってその一撃をも無視する。

 

 シオンが抑えていた敵の光線が次第にトラックに迫り来る。

 ダメだ、火力が足りない。

 

「シオンちゃん!」

 

 ロボ子さんが走って、その光線に飛び込んだ。

 刹那、シオンが魔法を切り、光線がロボ子の身に降り注いだ。

 だが、ロボ子さんに魔法は無意味。

 全てを受け止めて……くれない。

 塔の主だけあって火力が高すぎて、ロボ子だけで受け止めきれない。

 光線はロボ子の身に当たって、余りが弾け飛ぶ。

 弾けた魔法の球は、コンテナの上はシオンが、コンテナの中はノエルがメイスで受け止める。

 

 空中に投げ出されたロボ子。

 車から足が離れ、捨てられるかと思いきや、大麻がその体を拾う。

 

「何人居ようと、俺には敵わん!」

 

 男が瞬間移動のようにコンテナの扉前に移動。

 入り口に構えていたのは、

 

「バンッ!」

 

 効果音を口で放ち、おかゆが偽拳銃の引き金を引くと、パンっ、と銃声のみが響いた。

 男は怯まなかったが、回避の予備動作を一瞬ちらつかせた。

 

「おらよ!」

 

 そこにころねのストレートパンチ。

 当然当たりはしないが、男に回避の動作は強制させる。

 仕上げはこの人。

 

「マリン、開眼!」

 

 中二病っぽく右目の眼帯をしゅっと後ろに投げ捨て、ふっと笑う。

 オッドアイを見て危ない香りを感じ、男はコンテナから離れた。

 

「…………」

「バァ~カ、何もねぇよ!」

 

 マリンに魔法的な力は勿論、肉体的な力も何も無い。

 あったのは、ハッタリの発想と煽り能力だけ。

 

「くっ、おのれ貴様ら……!」

 

 怒りが更に積もる。

 今度こそコンテナを破壊してやる、と再び移動した。

 

「お帰り!」

 

 それを狙った、見事なノエルのメイスでの一撃。

 回避ではなくバリアを展開した男。

 メイスの力でそのバリアは破壊、しかし究極の瞬発力と判断力で男はそれすらも回避。

 間近のノエルに狙いを定める。

 

「鎌鼬」

 

 その男の背後から、大麻に乗ったあやめの斬撃が。

 バリアも破壊され、瞬発力でもどうにもならないタイミング。

 男は右手に刀を出現させて、それで軌道を逸らせた。

 

「神風」

 

 あやめの追撃。

 男は退いた。

 

 この場所、まだ闇因子が微かに残っている。

 それ即ち――

 

「ッよっと」

 

 退いた男の足を掴み、遙か遠くへ投げ飛ばしたのは、怪力吸血鬼メル。

 日光は当たっているが、闇因子のお陰で少しは力が解放できる。

 

「時間稼ぎが!」

 

 男は瞬く間に戻ってきた。

 

 そんな男の前にシュッ、と一つの白い影が飛び出した。

 

「愚かな」

 

 その影を男は光線で焼き払う。

 確実にその影は焼け焦げたことだろう。

 

「金色神楽」

 

 白い影が、光線の中から男に突撃してきた。

 流石の塔の主も、どうしようもなかった。

 

 白い影――白上フブキの両手から白く見える金色の波動が男に衝撃を与える。

 

「ぐっ――」

 

 男がまたしても吹き飛んでいく。

 

「フブキ⁉ いつから起きてたの⁉」

 

 コンテナの中から、落下中のフブキに目を剝いて仰天するミオ。

 

「いや、てか何で無事なの、それに何今の!」

 

 疑問が更に増えていく。

 闇因子も狂気の束縛もどちらも解放されたフブキが、何故魔法のような技を繰り出せたのか。

 それに、どうやってさっきの光線を凌いだのか。

 

「神具・人形……ラストだにぇ」

 

 コンテナの中、倒れたまま微かに笑って左手を少し上げるみこ。

 その手の中に一枚の人型。

 それがぱらぱらと塵になって消えていった。

 

 落下中のフブキはみこの大麻がキャッチ。

 大麻に現在三人が乗っている。

 

「出口見えました!」

 

 車窓を開いて、えーちゃんが大声で叫んだ。

 見える者達が、先を見れば、確かにあの仮面男がいた入り口(出口)が見える。

 もうまもなくだ。

 

「させるかァァァッッ!」

 

 何度でも塔の主が復帰してくる。

 耐久力が高すぎる。

 一体どんな生活を送ればそんな力が身につくのか。

 

「みんな、中に入って!」

 

 シオンが号令を掛けた。

 これでえーちゃんが思い切りアクセルを踏んで、本気のドライブテクを披露できる。

 ただし、迎撃用にシオンだけはコンテナの上に。

 

「逃がさん!」

 

 男の怒りの一声で、出入り口に巨大な壁が聳え立った。

 

「そんな……!」

 

 ここまで来て、先が無くなった。

 誰か壊せるか?

 急いでコンテナ内の力自慢が扉を開けようとした。

 

『そのまま進みな』

 

 えーちゃんの脳に直接何者かの声が響く。

 誰だ!

 信じて良いか⁉

 もう信じるぞ!

 

「みなさん、そのまま!」

 

 えーちゃんは踏みかけたブレーキから足を離してアクセル全開で突進。

 コンテナ内は騒然としつつもきちんと指示に従う。

 

 衝突数秒前、トラックが異次元に突入した。

 

 そして、異次元への入り口は即閉口した。

 だが、その閉口の直前、シオンだけは目の前に塔の主と対峙するような形で一人の男が現れるのを目撃した。

 

 異次元に突入したトラックは一瞬で世界へ帰還。

 トラックが放り出されたのは、壁の反対側。

 つまり脱出成功と言うことだ。

 

 

 何が何だか分からないが、コンテナ内は沸き立っていた。

 

 

 

 ただ二人、シオンとえーちゃんは、あの男は誰だったのか、疑念を持ち続けた。

 

 

 

          *****

 

 

 

 壁の前で塔の主に立ち塞がる別の巨壁。

 

 シオンを相手に圧倒していた塔の主。

 そんな彼すらも凌駕する、化け物級の存在。

 その男は、喜怒哀楽を模した仮面をそっと外しながら塔の主と目を合わせた。

 

「何故邪魔をする。約束が違うぞ」

 

 塔の主は額に血管を浮かべて怒鳴る。

 

「俺も約束したときはこんなことするつもりは無かったんだ」

「どういうことだ」

「事情が変わったんだ」

 

 会話を進めながらゆっくりと二人は地上に降り立つ。

 互いに視線は合っているが、その表情が全く逆だった。

 

「あの子の本は今後狙うな」

「何故だ! 何故あいつらの肩を持つ!」

「好きなんだよ」

「戯れ言はいい!」

「マジなんだけどな……」

 

 本心を否定されて少し落ち込む仮面男。

 その落胆から、それが本心だと思い知らされる。

 

「お前さ、ホロライブって知ってるか?」

「知らん」

 

 仮面男の世間話のような切り出しに塔の主は怒りを露わに即答する。

 

「ネット配信を主軸に活動する次世代アイドルの形を実現した新たなアイドルグループの最先端を行くグループだ」

「だからなんだ」

「彼女たちがそうだ」

「だからなんだって言うんだ!」

「俺さ、ホロライブ箱推しになっちまってさ」

「そんな理由で……!」

「十分な理由だ。推し活は決して馬鹿にしちゃいけない」

 

 仮面男が誇るように言う。

 塔の主は相当ご立腹のようだ。

 

「俺はこれからあの国に行って静かに暮らそうと思う」

「ふざけるな、自分が強者だからって――!」

「ほら」

「っ――」

 

 怒鳴り散らす主に仮面男が一冊の分厚い本を投げる。

 途端に主が言葉に詰まる。

 

「俺の研究した特殊能力に関する文献の全てだ」

 

 塔の主は突然言葉を失ってその本を眺める。

 

「その本はやる、俺は暗記してるからな。その代わり、今後決してホロライブに手を出すな」

「……何故そこまで奴らを庇う。あいつの書よりも、お前の書の方が確実に貴重だぞ」

 

 内容的に護るに値しないと主が疑問を投げかける。

 

「言っただろ。推し活は行動を起こすのに十分すぎる理由なんだよ」

 

 変わらない抑揚のない口調、でも眼が座っていた。

 まるで、揺るがない決意を秘めているような。

 

「……いいだろう」

 

 塔の主は急に機嫌を取り戻し、仮面男との契約に同意した。

 

「分かってると思うが、もしホロライブに手を出したら――」

「俺の組織を消し炭にしてくれて構わない」

 

「……ならいい」

「成立だな」

 

 

 こうして、今後この塔の主から狙われる心配は消え去った。

 ホロライブ箱推しの魔法使い、通称、箱推し君の影からのバックアップによって。

 

 

 




 どうも皆様、作者です。
 ようやくこの章の終わりですね。
 とは言っても、もう一話だけ後日談的なのを入れますが。

 さて、今回はこの章の能力orその他の集大成でした。
 でも、やっぱりバトル向きでない、とか、ストーリー展開上の問題であまり目立たない方が出てしまいました。
 そんな方々にも花を持たせる時は来ます。
 そう、第四章で再び戦闘パートに入ります。
 その時は、きっと5期生まで……。
 4、5期生推しの方、今章で推しの活躍が無かった方、ご安心を。
 第四章はあんなコンビやこんなコンビ、あんなネタやこんなネタを仕掛けていきますので、乞うご期待!

 っても、かなり先の話なんだよな……多分。

 えー、はい、では、また。


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28話 後日談的な何か

 

 無事……ではないものが数名おりつつも、全員が事務所まで生還。

 長々となるが、一人一人の状態を記すとこうなる。

 

 そら。

 叫んだ際に、喉に負担を掛けたが、日頃から高音を排出するため大したダメージはなく、元気。

 負傷もなし。

 歌姫に関して物凄く気にしていた。

 

 

 えーちゃん。

 運転以外に特に何もしていないため、超平常。

 日頃の仕事帰りの方が疲労感が高い。

 

 

 ロボ子。

 魔法の受け止めで服の数カ所に損傷がありつつも身体的には異常なし。

 これもロボット故の鋼鉄さ。

 

 

 みこ。

 右肩の怪我と出血で初めは動けなかったが、シオンの回復魔法とちょこの応急処置である程度回復。

 右肩に包帯は巻いているが、ほぼ元通り。

 無くなった人形はまた神様に発注を掛けるらしい……。

 

 

 フブキ。

 いつの間にか手にした魔法は既に使えなくなっていた。

 加えて、使い慣れない魔法の使用の反動で二日ほどはちょっとしたことで体力が限界になってしまう。

 でも、闇因子も精神異常も完全回復済みなので、二日の安静で元通りだった。

 

 

 まつり。

 フブキを連れて帰る際に、フブキに気を遣いすぎて様々な箇所に擦り傷や切り傷があった。

 が、他に外傷はなく、基本は自然回復を待って、目立つ傷には絆創膏を貼っておいた。

 

 

 アキロゼ。

 まつりと同様に擦り傷切り傷が複数。

 しかし、まつりと違って目立った深い傷は無いため、水洗い以外に措置はとらなかった。

 

 

 メル。

 闇因子の空間から離れたことにより、吸血鬼の力が再び剥奪。

 それと同時に疲労感が襲う。

 が、身体的精神的には至って健康。

 

 

 はあと。

 至って元気。

 特に何も無かったからと言って、応急手当などの手伝いをした。

 

 

 あくあ。

 日差しと人混みにやられて目眩などが起きていたが、身体的には平常通り。

 フブキが帽子を持っていなかったことに驚き、残念そうにしていた。

 

 

 シオン。

 魔法の使いすぎで体力の限界が訪れた。

 帰ってすぐに寝たらしい。

 本の奪還完了と全員の無事に安堵して張っていた気が一気に抜けたのだろう。

 

 

 ちょこ。

 体力がやばいと文句を言いつつも、保険医としてしっかりと全員の手当に尽力してくれた。

 そしてその後、丸一日眠ったらしい。

 

 

 あやめ。

 怪我は無かったが、あの鋼鉄紳士に弄ばれたことを気にしていた。

 それと、大車輪は上手く決まったが、それが原因で刀一本に刃こぼれが出来ていることに気を落としていた。

 でも、表向きは元気。

 

 

 スバル。

 持ち前の明るさはずっと保っていた。

 だが、明るさを振り撒きながらも内心では何も出来なかったと自分に落胆していた。

 体力、精神面は健康。

 

 

 おかゆ。

 最後の全力の逃げで体力を消耗し帰宅後即就寝。

 精神崩壊を受けたものの、現在は普段通りで問題点はない。

 怪我はないため、睡眠だけで回復可能。

 

 

 ころね。

 体力には自信のある数少ないホロメンのため、体力は問題なし。

 挫いた足は走ったことで少し悪化したため、数日の安静が必要。

 ただ、本人は自分よりもおかゆの精神状態を心配していた。

 

 

 ミオ。

 至って平常。

 ころねと似て、フブキのことばかり心配していた。

 また、はあととちょこと応急手当を手伝った。

 

 

 ぺこら。

 まつりが偶然連れ帰ったウサギを仲間にしていた。

 ただ、共感覚の使いすぎで脳に少し反動があった。

 と言っても、小さな頭痛だけで一日で治った。

 

 

 るしあ。

 幽体化を駆使していたため怪我一つ無い。

 至って元気なため、るしあもまた手当の手伝いへ。

 

 

 マリン。

 無意識下での魔法の発動と、頑張って走った結果全身に負荷が掛かり疲労困憊。

 年のせいではない。

 怪我等は無い。

 

 

 ノエル。

 甲冑の傷を鍛冶屋に直してもらっていた。

 身体的には多少の痣があれど、痛むことは無かったので自然回復を待った。

 それと、メイスも綺麗に洗っておいた。

 

 

 フレア。

 肩の怪我はみこと同じようにシオンの魔法で治してもらい、その後軽く包帯を巻いて安静に。

 ただ、元気は元気なので色々と激しくない作業等をしていた。

 

 

 このように、皆が皆都合あって結局全ての情報を共有したのは約4日後。

 全員が集うことは敵わなかったため、集まった者達がこれなかった者達にそれぞれ伝達した。

 

 

 

 招集できた人全員が到着して、えーちゃんが切り出す。

 

「まず皆さんに話さなければならないことがあります」

 

 申し訳なさそうに、眼をキリッとさせてえーちゃんが注目を集める。

 全員の視線が集まるが、特にそらとみこ、そしてシオンの視線が強く刺さる。

 

 シオン以外は、一体何を聞かされるのかとそわそわしていた。

 

「世界の歌姫伝説とこの国の五石について」

 

 紡ぎ出された言葉の意味を理解できた人が果たして何人居ただろうか。

 

「歌姫伝説とは、この世界に伝わる伝承のことです」

 

 解説を始めるえーちゃんに釘付けになる一同。

 誰も水を差すこと無く、ただ静かに耳を傾ける。

 

「全ての世界に於いて、一人だけ歌姫と呼ばれる存在がある、と言う伝説です」

「一人だけって言うのは、この地球の一生の中で一人だけって事?」

「いえ、この世界に同時に二人存在しない、と言う意味です」

 

 つまり、今この瞬間に存在したとしてもこの世界に一人だけ、と言うことになる。

 

「歌姫は名前の通り、あらゆる者を魅了する歌声を持ちます。そして、世界の均衡を保つ存在とも言われます」

 

 簡単にいえば、神のような者、と最後に付け加えた。

 

「それがそらちゃん……?」

 

 忍者の言葉を思い出し、みこが恐る恐る尋ねた。

 そらも不安そうに眉を寄せている。

 

「……現在、歌姫の所在は不明ですが、可能性のある者は一部の業界では知れ渡っています」

 

 世界の闇を感じる発言だ。

 しかし、たったそれだけの情報では全くと言っていいほど特定に繋がらない。

 歌が上手い人。

 そんな人探せば幾らでも出てくる。

 

「その中でも、特に有力視されているのが……そら、あなたなの」

 

 そらの目を直視して、現実なのだと、それが真実なのだと訴えかける。

 

「何で……私が……」

 

「……実は、この会社、元々アイドル事業部なんて無かったんです」

 

「「――?」」

 

 全員の思考が停止した。

 

「どういうこと……?」

 

 当然そうなる。

 誰が言ってくれたのか。

 ありがたい。

 口が開けなかったから。

 

「そらがいなければ、ホロライブというチームは存在しなかった、と言うことです」

「そんなのおかしいよ……だって私、一般応募の広告見て応募したんだよ」

 

 あの日あの時、確かに広告を見た。

 たくさんかき集めたその界隈のパンフレットや雑誌、そして応募要項など。

 ポストに投函されていた物の中に確かにあった。

 

「あれは私がこの手で直接投函した、たった一つの募集要項です」

 

 待て待て!

 それこそ意味が分からない。

 

「そら以外にあの募集要項を受け取った人は勿論、オーディションを受けた人はいません」

「……出来レース……って事?」

 

 て事だよな?

 そんな……。

 いや、出来レース自体は別に構わない。

 スカウトとやってることはほぼ同じだから。

 心につっかえるのは、何故スカウトをしなかったのか。

 どうして隠しながらそんな回りくどいやり方を?

 

「このオーディションに覚えはある?」

「これは……私が初めて受けたやつ?」

 

 記憶をたどって、いつ目にした物か、日付がいつか、会社名が何か思い返す。

 行き着いたのは、そらが初めて受けた、緊張のオーディション。

 両親に応援してもらって、夢を目指して、初めの一歩を踏み出した日。

 

「そう。そのオーディション、面接会場に社長がいたの」

「へ、そうなの⁉」

 

 そらの声が珍しく強く響いた。

 今の事実が最も衝撃だったのだろう。

 

「ええ。その時は友人に頼まれての助っ人だったらしいんだけど、そこでそらを見てホロライブの創設を決意したそうです」

「私を見て?」

「そう。そこから即行で設立して、貴女をここに招待したの」

「でも、何でそんな面倒な……」

「それはこのことが知られたくなかったから」

 

 どうして隠蔽したかったのか……聞くのは野暮か。

 

「ねえ、少し話が逸れてるように思うんだけど、これって歌姫の話と関係あるの?」

 

 また一人、誰かが上手く突いてくれた。

 ただのそらの思い出話としか思えない。

 

「歌姫は意図せず人を呼ぶと言われています」

 

 ……。

 誰一人、疑問を抱けなかった。

 そらが、ホロ面全てを集めたといっても過言では無いと、心の底から思っている。

 

「誰もが認める歌声。誰にも絶やせない夢と希望。意図せずに輪の中心となる。その辺りから、そうではないかと推察しています」

「でもじゃあ、何で暗殺が起きるの? 歌姫がいることにメリットはあるけど、デメリットがないよ」

「いや、デメリットはシオンたちにはみえないだけだよ」

 

 素朴な疑問に突然シオンが割り込んで説明する。

 

「歌姫は世界の危機を何度も救った過去がある。もし世界に革命を起こしたい者がいるとすれば、とても邪魔な存在だと思わない?」

 

 なるほどな。

 納得だ。

 この世界には、ホロライブを狙う危険な輩がいる。

 そういうことだな?

 

 誰もが、その恐怖に辿り着く。

 

 

「これから先、塔にいた人たちよりも危険な人たちが襲撃してくるかも知れないって事?」

「そうです」

「その時までには!――シオンが対抗策を練っておくから」

 

 

 数分間、部屋の中はその話で持ちきり。

 その暗い空気が悪影響を及ぼすと考えたのか、微妙なタイミングではあるが、えーちゃんがとある重大発表をした。

 

 

「みなさん。こんな時ではありますが、超重大発表です」

 

 

 一同の視線を一身に集め、資料を一瞥する。

 

 

「――1月24日金曜日、hololive 1st fes.『ノンストップ・ストーリー』の開催が決定しました!」

 

 

 これこそ、晴天の霹靂であった。

 

 




 皆様どうも、作者です。
 これで本当に二章終幕です。

 ここまでのご愛読、感謝いたします。

 さて、そらの歌姫説と将来の暴動を示唆する発言。
 前にも述べた通り、四章でもバトル回があるのでね、それに繋がる……かな?
 分かりませんが。

 で、次章なんですが、こちらも述べた通り4、5期生が登場して、まあ、超えていくか、花が咲いたら終わりでしょうね。
 長く感じるかもしれませんが、多分そんなに長くはないです。
 でも、一箇所、滅茶苦茶本気で描こうと思ってるので、そこは泣いちゃうかも……私だけが。
 つまり他は期待するなよってことですね。

 それではまた次章。


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第三章 止まらず超えて、花咲いて
29話 棒に当たっても打ち砕く犬


 先日、hololive 1st fes. 『ノンストップ・ストーリー』の開催が決定したが、実はそれ以前からいくつかのライブの開催も決定していた。

 

 ころねのライブ、おかゆのライブ、そしてそらのワンマンライブ。

 

 順序的にはころね、おかゆ、そら、そして恐らく間に色々挟んだ後にノンストップ・ストーリーの開催。

 

 その後には、4期生のデビューも控えているらしい。

 因みに、今回はスカウトなしのオーディションのみで募集を検討中。

 現在、内定は零名。

 だが、応募自体は過去に類を見ない数らしい。

 そのため、4期生のデビューは多少前後する可能性がある。

 

 そんな緊張感漂う中でも、やはり時は止まらない。

 止まらないから、緊張感は増大して、皆の感情を圧迫していく。

 

 怖くないか?

 ライブって。

 

 

 

          *****

 

 

 

 

「じゃあ、またね~」

 

 今日も配信が終了して、席を立ち、大きく伸びをする。

 数日後にライブが控えている。

 配信中は忘れられるのに……いや、ライブのことは忘れてないけど……。

 配信を閉じただけで現実味が一気に増して、精神にダメージが来る。

 メンタルは硬くなく柔らかくなく、な感じだが、悩み的なものはある。

 生き物だから。

 

「……」

 

 色々やるべき事があるのに、少しベッドに転がって虚空を見上げた。

 天井を見るか、空気を見るか。

 頭の中が一瞬だけ空っぽになった。

 

「……」

 

 初ライブ。

 嬉しいけど、嬉しくない。

 正直、誘われたとき、ただ自由に配信をするだけだと思っていたから、こんな大きな形でライブを開催すると知らされた時には驚かされた。

 人見知りなのに、会場を押さえてもらって、人をいっぱい集めてもらって。

 不安だ。

 配信は相手の顔が見えないから良いけど、ライブは対面。

 緊張しないはずがない。

 

「……」

 

 その日、ころねはいつもより早めに寝た。

 

 

 

 翌日。

 おかゆと話をした。

 

 「がんばろうね!」とか「楽しみ!」とかじゃなくて。

 「大丈夫?」とか「緊張してる?」とかじゃなくて。

 

「ぉヵゅはライブ、どう思ってる?」

「ん? そりゃあ楽しみにしてるよ」

 

 悩み相談に似た何か。

 話し始めは何だったか覚えてないが、ころねはあるタイミングでそれを切り出した。

 

「ころさんは何か困ったことでも?」

 

 ころさんは違うの?って言う返し方はしなかった。

 ころねが楽しみにしてないことなどあり得ないと分かっていて聞くなんて、愚かであろう。

 

「ぉヵゅはさ、ダンスレッスンとか、大変じゃない?」

 

 静かに頷いた後、ころねはまた別の質問をした。

 

「大変だね~」

 

 ゆるゆると、おかゆらしい返答。

 おかゆはバカじゃない。

 きっと察したはずだ。

 ころねがライブの事で何か気に掛けていると。

 そして彼女の性格から、それが人見知りに関することだということも。

 

「でも僕はみんなに楽しんでもらうために『頑張る』ことにしたんだよね~」

 

 リスナーのために。

 来てくれる観客のために。

 おかゆは苦手なダンスを頑張って、踊れる姿を見てもらうことにした。

 

「ころさんも、自分がどうあるべきなのか考えて、大変な道か、大変じゃない道を選ぶと良いよ」

 

 お節介じみた台詞を残して、珍しくおかゆは去って行った。

 こんな光景、レア中のレアだ。

 言い回しも何故か少しだけ特殊で。

 

「……」

 

 自分のペースで成長すれば良いんだよ。

 アニメとかでよく見る典型だ。

 

 キミはキミのままでいいんだよ。

 アニメとかでよく見る典型だ。

 

 親友が渇を入れて心が奮い立ち心機一転頑張る。

 アニメとかでよく見る典型だ。

 

 アニメみたいに上手くいくか!

 いや、本当にそうなることもあるさ。

 

 でもさ、どれが正しいかな?

 

 アニメならどれも成功する結果は同じ。

 経過が大事という奴もいるが、これはときとば。

 現在の相談内容に於いては結果が重要。

 

 では、何が言いたいか。

 

 最終選択を自分自身で行い、それに納得し、納得させること。

 

 人見知りを直さずに、今のままで行くのなら、楽だし、構わない。

 人見知りを克服するのなら、大変だけど、構わない。

 少しずつ変えていくなら、時間は掛かるけど、構わない。

 

 それを自分で消化して、リスナーに理解してもらう必要がある。

 

 リスナーに楽しんでもらえて、自分でも納得できるステージを作り上げるために。

 

 おかゆは大変でもダンスを綺麗にする方向性にした。

 運動できなくても可愛いと言われるが、運動できないなりに頑張って作り上げたステージを見て欲しいから。

 

 ならころねは?

 

 人見知りはすぐに直せないが。

 人見知りを克服して、変わった自分を魅せるのか。

 変わらない自分を、今可愛いと言ってもらえるようにこの先も魅せていくのか。

 

 

 ……。

 

 

 いや、これは当たり前の談義だったか。

 

 当然、自分の進化を見届けてもらいたい。

 

 なら何が問題だというのか。

 

「……」

 

 今すぐに変わることは絶対に出来ない。

 これは、絶対なんて無い!と切り捨てれる物ではなく、本当に。

 頑張りたいのに、結果は決まっている。

 結果が決まっていると、俄然やる気が出なくなる。

 すると、この先も変わることがない。

 自分に変化を与えられない。

 

「……」

 

 おかゆの去り際の言葉は?

 『大変な道か、大変じゃない道を選ぶと良いよ』

 これだった。

 

「……」

 

 ころねは知っている。

 おかゆはころねのリスナーだ。

 

「……」

 

 ころねすきーが、どんな「ころさん」でも良いよと、言う。

 

「……」

 

 ……。

 

「……」

 

 

 

 その夜の配信、初めてリスナーにこんな問いかけをした。

 

『ころねのどこが好き?』

 

 聞けば、コメントが早い早い。

 

 凄く嬉しかったのは、頑張り屋なところとか、いつも楽しそうに配信してるところとか。

 凄く驚いたのは、声とか、独特な訛とか。

 

 物凄く、心に響いたのは、『全部!』。

 

 全部を知らないのに、全部なんて、普通に考えて頭おかしいだろ?

 

 裏のころねを知ってる?

 一人の時のころねを知ってる?

 昔のころねを知ってる?

 ころねの好きな物、嫌いな物、得意なこと、苦手なこと、悩んでること、喜んでいること、今感じている事、ついさっきまで感じていたこと、全部知ってる?

 

 その時に、思った。

 

 全部知らないのに、全部という人は、既にころねを好いてくれている人。

 こんな所が好き、こんなとこは嫌い。普通はそれで結構。

 でも、彼ら彼女らは、違う。

 ここを見て好きになった、だから全部好きになれる。

 

 好いてくれる人は、どんなころねでも好きで居てくれる。

 勿論、だから何をしても良いわけじゃない。

 きっと、罪を犯せば批判される。

 でも、きっと、彼らは直感してくれるはずだ。

 ここでライブに関する、自分の選択を口にすれば、それが悩み抜いた結果なのだと。

 『大変な道』であれ『大変じゃない道』であれ、『頑張って』選んだ道なのだと、分かってくれる。

 

 遂に、ころねにも決意が漲った。

 

 コメントの流れが相変わらず早い早い。

 

「ライブ、がんばるでな」

 

 その日から、ライブを楽しみにしている自分が、密かに自分自身を追いかけてきているように感じた。

 

 




 どうも、作者でございます。

 今回は字数も少なく、なんか意味のわからない感じだったかもしれません。
 申し訳ない。
 因みに次回も意味わからんかも。

 でも、次回はずっと言ってためっちゃ時間かけた小ネタ回です。
 頑張って探してくだせえな。
 それでは、また次回。


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30話 Say!ファンファーレ!

 ころねのライブ、おかゆのライブ、そらのワンマンライブは大成功。

 またしてもホロライブは大躍進。

 

 その躍進に合わせて、更にライブの開催が決まっていく。

 

 フブキの誕生日ライブ、ノエルのライブ、るしあのライブ、ぺこらのライブ。

 

 この順番で、それぞれライブがある。

 三期生はデビューライブに近いが、フブキは初の誕生日ライブという、新たな試みだ。

 そらのワンマンライブに連なって、ホロライブの内なる可能性のお披露目だ。

 

 

 

          *****

 

 

 

 ほんとうに現実なのだろうか?

 

「ーっ!」

 

 っと、危ない危ない。

 とつぜんに叫んだら、何事かと思われる。

 ひとりで興奮しがちな自分を制御する。

 とんでもなく嬉しい。

 息を荒げながら届いた歌詞に眼を通す。

 

 おもしろい歌詞とリズムだ。

 茶番みたいなネタや例の方まで歌詞の中に登場する。

 でっかいパソコンのモニターに映る歌詞とそれを眺めるフブキ。

 すごく嬉しいことだ、初のオリジナルソングが出るというのは……。

 よくよく考えれば、ホロメンでそらに次いで二人目か。

 いや、確かまつりのファンメイド曲も出ていたから、それを入れれば三人目か。

 ついこの前デビューして(体感)、早速オリ曲に出会えるとは。

 もう感無量!

 

 のんびりしたテンポと推し活を感じるアップテンポ。

 場所によってのリズムの表現も面白い。

 所々から作詞作曲者の思いも伝わってくる。

 

 かつてない規模のライブになるだろうから、これくらいは必要だ。

 らしさ、を追求するために、自分もほんの少し監修した歌詞だけあって、更に感情が……。

 

 元気な状態、万全な状態でステージに立つために、今から体調に気をつけないとならない。

 気持ちが高まりすぎて発熱、なんて事は許されないし許せない。

 

 にこにこ……と言うより、クスクス?と笑うフブキ。

 せきせき込み上げる感情を抑えて急いでレッスンへ向かう準備をして、家を出る。

 

「ーーーーぅ」

 

 のんびりとした室内から外へ出ると、小さく深呼吸して空気(気分)を入れ換える。

 でぇふくでも買っていこうかと思ったが、今回はやめた。

 

 

 ご機嫌なまま事務所に到着。

 挨いて……。

 拶って……。

 

「『おっはこーんでーすよー』」

 

 始めの一言は上機嫌なリズムのある挨拶。

 めずらしい程の快活さは、きっと新曲の影響。

 まあ、すぐに恥ずかしくなって小さくなるのだが……。

 しょんぼりしたみたいに、しゅん、となっていて、実に彼女らしい。

 

 うー、と小声で音を鳴らしていると、マネージャーに慰められた。

 お昼のお弁当をそれと同時に貰った。有り難い。

 

 しゃきっと気を引き締めて、気持ちを改めると早速作業へ入る。

 べつに、作業といっても、そんな大がかりな物ではない。

 りょうりょうとした部屋で色々と打ち合わせ。

 を早々に済ませて、歌の練習へ。

 

 しどろもどろな様子で練習を始めたが、次第に慣れてきていた。

 てんでん、仕事をしているが、やはりここでの主役はフブキ。必然的に目立つ。

 

 ゲシュタルト崩壊しそうな程に同じ歌詞を見つめ続けた。

 

「ーーーーーー」

 

 ムードを変える音。

 ときおり、そんな声にならない音をフブキが上げるのだ。

 過度な練習は却ってライブの質を落とす結果に繋がる。

 ごりごりと削れる体力。

 すこーしだけ休憩を入れよう。

 

「そんなに焦らなくても良いんじゃない?」とマネージャー。

「んー……焦ってはないんだけど……」

 

 なんとも言えない感覚に苛まれている自覚はある。

 毎時、毎分、毎秒膨れ上がるその感情の正体は不明だ。

 日数が少なくなっているから、焦っているの……かな?

 がんばり、が空回りしている気はしている。

 愛情、恩情、熱情、好情、激情……などの前向きで熱い感情。

 しれっとその中に隠れている感情があることに、気がついてはいる。

 

 くいっ、くいっ、と首を左右に傾けて軽く気分を紛らせる。

 

「て言いつつも本当は?」

「あ、焦ってないって! ホントに」

「れ――。……」

 

 もぅ、本当に?といった顔でフブキを見た後何かを言いかけて留まる。

 ここで数秒二人が停止する。

 

「れ……?って?」

 

 もどかしくて聞き返す。

 手厳しい言葉か激励の言葉。

 を言いかけた……に違いない。

 

 出しかけた言葉が気になるが、答えてもらえなかった。

 

 しばしそんな雰囲気で休憩した後、もう少し練習し、その日は終えた。

 

 

 

 たくさん練習して、喉が心配になり、仕方なくその日の配信は休みにしたのだが……。

 くすくすと隣で笑う親友がいる。

 

「なに……? そんなに声、変?」

 

 りすのように頬を膨らませる狐。

 がやがやと騒がしい町中だが、その微かな笑い声がフブキの耳にはよく響く。

 

「ちがうちがう!……あ、いや、ちがわないけど、ちょっと違う」

 

 では何が可笑しいのか。

 すぐにそんな感じの事を聞き返そうとしたが、ミオの方から切り出してくれた。

 

「歌に熱中してるのとかを見るの……じゃなくて、感じるのが久しぶりだから」

 

 と苦笑交じりに。

 からかうように笑ってるあたり、少しは面白がっている節がある……。

 スカーレットスカイがそんな二人の道を照らしている。

 

 テンポを合わせ、横並びで歩く二人。

 

「ーー、ーーーーー、ーーーー……」

 

 ジオラマ映像のようにフブキとミオだけがこの世界から浮いてみえる。

 はっきりと。

 まるで、不自然さを感じないほどに。

 

 だから何だという話ではあるのだが……。

 まあ、それを指摘するのは野暮という物だ。

 

 だいぶ歩いた所、上記のようにフブキが超小声でオリ曲を鼻歌で歌い始めた。

 恥辱という言葉を忘れたように、珍しく、しかし今述べたように、とても小さな音で。

 ずっと意識していて頭から離れないのだろう。

 かなり簡単にそんな無意識的な内心が読めてしまう。

 

 しばらく無言で聞いていたミオだが、彼女はまだ新曲のことを知らない。

 いかんせん、本人以外には基本的に知らされないから。

 けれど、もし本人が他言すればそれは当然知れ渡る。

 

 どれだけ聞いていても、音源が頭に浮かばなかったためミオはそこで一旦声を掛けた。

 支障が無ければ歌ってもらっても構わないのだが。

 

「えっと……それ、今日練習してきた曲?」

 

 合っていなかった歩幅を合わせて、横に並ぶと控えめに尋ねた。

 

「っ――。すぅーー……」

 

 てんと考えずに歌っていたが、そう言えば、と静かに息を吸って誤魔化す。

 

「ほ、ほら、まあ、そ、そういうときもあるから……」

 

 らいじょうぶ、と呂律を上手く回せずに続けた。

 届けられない歌があることが少しだけもどかしい。

 けれど、まあ、サプライズとして、黙っておかなくては。

 

「まあね、そういうときもあるよねぇ~」

 

 すましたような表情で大丈夫だよと暗示するミオ。

 よりによって彼女に誤って聞かせてしまうなんて……。

 

 こうなったら、逆にアドバイスを求めてみようか……?

 

 のたうち回るような感情にそう促された。

 声に出し掛けた言葉を出すように促す感情。

 を押さえ込む感情……を押さえ込んで押さえ込んで、唐突に――

 

「『Say!』って部分があるんだけどさ……あ、歌う曲の歌詞ね……」

「ほ、ほう……突然だね……」

 

 らしくない切り出しに多少の戸惑いを見せるミオ。

 その様子を見てフブキも我に返り、自制した。

 ので、ミオは少し間を置いた後に、

 

「顔色少し悪いから気をつけてよ? それで、その歌詞がどうしたの?」

 

 上下するフブキの様子からも分かるとおり、確実に疲れている。

 げに、ミオの指摘通り顔色が少し芳しくない。

 てっきり寝不足なだけかと思ったが、いや、そうなのだろうが、いつものそれとは違うらしい。

 みなまで言う必要は無いだろうと思い、そこで止めるが。

 

「ん……」

 

 なぞった自分の頬の艶が少し落ちていた。

 でも、あまり気にせず軽く返事すると、自分が歌をどう歌うべきかを尋ねた。

 手で自分の感情を小さく表現しながら。

 

「を……で、……ば……て……」

 

 取りあえず、色々と聞いたが、詳細は頭に入ってこなかった。

 れば、だから、を、それで、などの接続詞だけはよく聞き取れる。

 

 ばらばらに散ったフブキの単語を寄せ集めて、彼女の言った言葉を再構築。

 

「『Dive!』とか……あと、ファ――最後の部分とか」

 

 まあ、大体は分かった。

 だいぶ困っているらしい。

 まだ披露する曲が完成していない、と捉えて問題ない。

 だから、焦りが見えるのだ。

 

 道は大通りから外れていく。

 のんびりとした歩調をミオが少々テンポを上げて、前に立つ。

 途轍をしっかりと立てよう。いつも帰路を決めているように。

 

「中途半端に悩むと延々とどっちつかずのままになっちゃうから」

 

 世の中、間を取るなんてそう簡単にはできない。

 界隈として括られる中に片足ずつ突っ込むことは器用な者でも難しい。

 を脳内で完璧に理解すれば、少なからずどちらかに体が傾く。

 

「越度の無いように浮かべて。フブキなら、推しにどんな歌い方を望む?」

 

 え……? えっと……。

 よし、考えてみよう。『私の大好きなホロメン』がステージにいるときを……。

 

 うんと声を張って、私たちに呼びかけるように、コールを促してほしいかも……?

 

「『Say!』……的な……?」

 

 ほんの少し、照れながら、感情を表現してみる。

 らんらんとした熱い眼差しで夕陽が二人を見つめる中、少し頬が赤らむ。

 推定、白上の心拍数、およそ毎分120。

 しんと静まった一瞬は、体感相当長かった。

 

「おー、いいんじゃない?」

 

 仕覚万全な状態で挑もうと、そんな想いが強く伝わる。

 事象的には多少プラシーボ的なものが働いているかも知れないが、それでも感情がよく伝わる。

 もし、そうだとしても、世界一のすこん部がこれで満足できるのだから、何も心配要らない。

 止息数秒――。

 

「まるで聞いてなさそうな沈黙があったけど……」

 

 らしくないフブキの様子に引いているのだろうか、と不安になる。

 

「なんでも気にしすぎだって。もしダメだったら、それで反省して次に繋げればいいんだから」

 

 いいんじゃない、もっと気楽で――って?

 

 全身全霊の推し活には、全身全霊のステージを、は間違いなの?

 

「力、正位置。行動は控えましょう。長期的な視野で未来実現の強い意志を持つことが重要です」

 

 でも、と言いかけたフブキにミオが一枚のタロットカードを見せて助言する。

 すぐに言葉を呑みこんで再思考。

 

 かなり高い確率で当たる彼女の占いとそれによる助言。

 らっぱを吹くだけでは意味がないと。

 夢幻なり。

 

「を……。私を……。私が……」

 

 書き記せない、言い表せない、感情表現できない、このしこり。

 

「きっとウチの占い当たるから気をつけなー」

 

 からかうように笑って違う道を選んで、ミオは帰っていった。

 えも言わぬことであったかな?

 

 

 

 

 たちまちにライブ当日がやって来た。

 ららら、と喉を鳴らして調整を掛けた。

 

 

 追伸――全ホロメン、全リスナーへ。

 いかがお過ごしでしょうか?

 かつてない白上の最高のライブをご覧いただけますでしょうか?

 けして消えない想い出を。

 続く物語を。

 けして潰えぬ相思相愛を。

 

 

 ようこそ、白上のライブへ。

 うんと盛り上げよう、この一日を。

 ともに創ろう、このライブを。

 もっと笑おう、この日々の中で。

 

 

 にっこりと、偽りの無い、純白なスマイルが会場に熱気を与える。

 

 

 繋縛されたその心を解いて、そして真っ白に染め直す。

 ぐっと引きつける、彼女の全て。さあ、ご一緒に――Say?――

 

 

「『ファンファーレ‼』」

 

 

 

 




 どうも、作者です。
 さて、今回は伝説の小ネタ回でした。

 ここまで読んでいて、かつネタを見つけた人はおりましたか?
 PCだとわかりやすいんですが、スマホだと見つけにくいんですよね……。
 仕様上どうしてもそうなってしまうんです。
 あと、内容と文章が支離滅裂としているのはもう本当に申し訳ない。

 はい、それで答え合わせと言いますか、まああれですよ。
 *****以降の各文の頭文字と一部の『』内を順番に並べると……!
 なんと……!

 暇があったらもう一回見てみてね。

 それではまた次回。


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31話 星、街(待ち)望む新世界開拓

 フブキのライブ。

 あれは実に好評だった。

 

 メンバーからも、リスナーからも、スタッフからも、社長からも!

 

 最近、本当にホロライブに流れが来ている気がする。

 その中でも特にそら、フブキ、あくあの三人がこの社会の波に乗れている。

 

 その後のノエルのデビューライブも反響を呼んだ。

 

 まあ、ノエルはもう少し……何というか……伸びしろがあるかな……?

 

 そんなビッグウェーブは、更に強くなる。

 

 そう、こんな報告によって。

 

 

『当会社の運営する動画配信アイドル事務所を統合し、ホロライブプロダクションとする』

 

 

 これが表す意味とは?

 

 実は、この会社には当初いくつかプロジェクトが存在していたように、今でもあと一つ、別のチームがあった。

 このタイミングでその二人チームで活動していた『イノナカミュージック』の「星街すいせい」と「AZKi」もホロライブプロダクションの一員として、更にすいせいに関してはホロライブに移籍した。

 

 この統合は、るしあのライブの日に発表された。

 

 イノナカミュージックは、歌う事を目的として創られたチーム。

 

 ……え?

 ホロライブはアイドルだから、歌うのは当然だって?

 何を言うか!

 ホロライブに加入した者の殆どは、当初アイドルをやる意思など無かったに等しいぞ。

 

 そらやAzkiの方が寧ろレアケース。

 ゲーム実況、雑談配信、ASMR、中にはエロライブを目的として入ったものまでいる始末。

 

 だが、この統合により、ホロライブプロダクションとしての目指す道も確立された。

 

 すいせいとAzkiの参入はホロライブに新たな波を起こしたと言えよう。

 

 

 

          *****

 

 

 

 時をかなり巻き戻す。

 

 とある昼下がり。

 一人の青髪少女がホロライブの事務所に訪れていた。

 

「お願いします。どうかここに置いてください」

 

 半分程度ダメ元で懇願する。

 彼女の名は、星街すいせい。

 ソロで活動している動画配信者。

 

 個人勢として今まで活動してきたが、そろそろ限界……と言うか……。

 ともかく、一人ではもうこの世界で生きていくことは厳しいと判断した。

 それもそのはず。

 いくつもの大型の会社がこの業界に参入してきたため、会社の経営と個人の機材等の差が顕著に表れ置き去りにされてしまう。

 だから、すいせいもどこかの会社に入れてもらえないか考えていた。

 そして、目を付けたのがホロライブ。

 目を付けた、だと少し印象が悪いかな?

 実は存在を知ったときから、良い会社だなって想っていたのだ。

 

 

 まあ、見事に断られたが……。

 

 でも諦めない。

 私はホロライブに入りたい!

 楽しむだけだったこの動画配信にも、遂にそんな感情を持つようになった。

 

 正直歌は上手い方だ。

 他人に聞かせれば、多くを魅了できるに違いない。

 でも、個人だとどうしても拡散力が足りず、「他人に聞かせれば」の課程が果てしない難関となる。

 もっといろんな人にこの声を聞いてほしい。

 もっと私を認知してほしい。

 自我が表面に出始めた瞬間だった。

 

 一緒に暮らしている姉街もよく応援してくれる。

 期待しているかは知らないけど、頑張ってねと。

 

 

 すいせいは考えた。

 どうすればあの会社に拾ってもらえるかを。

 この場合は一般応募とは話が違うため、倍率もなければ、拾ってもらう確立も限りなく低い。

 ゼロ期生として加入するために、自分の何をどう売り込めば良いのか。

 彼女たちにあって、自分に無いもの。

 そして逆に、彼女たちには無い、星街すいせいが保持する個性は。

 

 ひたすらに考えてまた数日。

 予想外の連絡が入った。

 

 間もなくもう一度掛け合いに事務所へ訪れようかと思った矢先、ホロライブ側から呼び出しが掛かった。

 名刺交換……では無いが、流石に電話番号程度は交換しておいて正解だった。

 

 ソワソワしながら会社へ行くと、えーちゃんがいた。

 掛け合ったときに話した人はえーちゃんではなかったが、配信でたまに顔を出すので彼女だけはアイドル以外でも顔と名前が一致する。

 すいせいが来ると迷わずに近づいて声を掛けてくれた。

 

 配信等で見ていて想っていたとおり、親切な人だ。

 実に温厚そう。

 

 案内されるままにとある部屋に行き着くと、もう一人、見知らぬ女性がいた。

 少しダークな色合いのマントが特徴的で、彼女も呼ばれたらしい。

 

「どうも、AZKiっていいます」

「あ、どうも、星街すいせいです」

 

 社交辞令の挨拶を交わし、静かに席に座る。

 人前で恥ずかしいので、二人ともウキウキした気持ちを抑えながら。

 

「それでは早速なんですが……」

 

 と、状況が整ったところでえーちゃんが切り出した。

 

「この会社に新たに『イノナカミュージック』という歌をメインにした動画配信型アイドルチームを作ろうと考えています」

「「――‼」」

 

 察しの良い二人はもう気がついただろう。

 二人とも、強いて言うなら自分の売りはこの声だ、と自負している。

 歌をメインにしたチーム、そして二人がここにいる。

 このたった二つのパーツでもう決まりだ。

 でも、騒いで内定取り消し、なんて無いだろうが、まだ静かに……。

 

「それにつきまして、まあ、お察しの通りそのメンバーに入りませんかというお誘いです」

 

 少し軽めに勧誘する。

 二人はぱあっと笑顔になった。

 

「「是非」」

 

 こうして二人はこの会社で『イノナカミュージック』所属のアイドルとして活動を始めた。

 それは、ホロライブゲーマーズの活動が本格始動しておよそ一ヶ月後の事だった。

 

 AZKiは他の配信ではあまり目にしない音楽に関する活動を主に、すいせいはそれと平行して、以前から得意だったゲームの配信も行った。

 

 そんな二人が、遂にホロライブとして全体統合され、更に認知度をあげる。

 心なしか、それにより更にホロライブに勢いがついた気がした。

 今までアイドルと言うよりも芸人だったチームに、そらの他に歌に特化したメンバーが加入したからだろうか?

 いや、何でかなんてどうでもいいことか。

 兎に角変わったんだ、この世界が。

 

 

 

 聞いたか?

 星街すいせい、AZKiもやっぱりNSSに出るってよ。

 やったな。

 二人の歌唱力を交えれば大成功間違いなしだ。

 比較的ダンス能力の低いホロメンのだが、二人はそこまで悪くない。

 これは期待できるぞ。

 

 とある街の一角で、そんな声を聞いた。

 初めてだった。

 見知らぬ人が自分の話をしているなんて。

 普通に生活していれば、まず無いこと。

 遂にそんな大きな存在にまでなってしまったのか。

 

 NSS……。

 ホロライブ初の全体大型ライブ。

 会場も他のソロライブなどと比べても大きな場所。

 そのステージに立たせてもらえるそうな。

 嬉しくて仕方が無いことは言うまでも無いだろう。

 

 三期生が入ってきたときは、自分も入りたてで何も出来なかったから、もしこの先誰か一人でもメンバーに加入してくるなら、是非とも役に立ちたい。

 

 と、想っていたところ……ふふふ……来たか!

 

 四期生!

 

 あと一人まだ決まっていないらしいが、既に四人の加入が決定している。

 あと数日で顔合わせができる。

 ウキウキしながら練習に勤しむ。

 そう、誰もが。

 

 初めての大舞台での失態は、許されないではなく、自分が許さない。

 絶対に。

 

 今日はまず事務所に来たすいせい。

 出会ってはいないが、二期生、ころね、メル、アキロゼ、ロボ子、そらが事務所に来ているらしい。

 殆どが後にダンスやボイスレッスンが控えている。

 

 それじゃあ早速打ち合わせでも……

 

 

 キンッッッッ‼

 と言う音とほぼ同時に窓の外が弾けたように光った。

 

 

「なに⁉」

 

 そして、軽い地震のような揺れが事務所含め、辺り一帯を伝った。

 揺れが収まると、急いで窓側に駆け寄り外を見回すが、何も変化が無い。

 普通の街の景色が一望出来るだけ。

 

「何だったんでしょうか……」

 と、マネージャーも少し気がかりな様子。

 

 落雷では無いことは、音から分かる。

 でも、だとしたら今の光、音、揺れは一体……?

 

 バンッ!

 と勢いよく扉が開いた。

 

「やべえぞ!」

 

 叫びながら、許可無く突入してきたのはスバルだった。

 

「び、びびった……何があったん?」

 

 きっと今の事に関してだろうと思い、すいせいも聞き返した。

 

「屋上!」

 

 そう言うと、スバルは事務所内の人全員に伝えるつもりなのか、ささっと去って行った。

 

「「屋上……?」」

 

 マネージャーと目を合わせて首をかしげた後、うんと頷いて屋上へ走った。

 直通のエレベーターはないので、二つ下の階で下りて、残りは階段で。

 向かう途中で殆どのホロメンと出くわした。

 

 そして、屋上の扉を開くとそこには――

 

「――――」

 

 言葉を失う光景が……。

 

 

「いやー、マジすんませんねー! まさか飛行中に落下するとは」

 

 シオンを相手に背の高い女性が礼を言いながら笑っている。

 集い始める見物人も気に咎めずに。

 ただ、喋り方や口調に多少の訛りを感じる。

 出身国の言語が恐らく違う。

 

「いや、何も無かったから良いけどさ……あんた誰?」

「あー、桐生ココっすー、dragonッすねー」

 

「「ドラゴン⁉」」

 

 観客が一斉に声を上げた。

 世界に数少ない幻獣種。

 その中でもドラゴンと言えば、一度は出会ってみたい夢のような存在。

 一見は人だが、よく見れば確かにあやめと同等かそれ以上に硬質そうな角や、地に座っていながらもちらっと背後に見える大きな尻尾がある。

 

「お? なんかgalleryが多いっすね。where is the here?」

 

 外国語弱々戦士たちのホロライブの中でも、数名は対応が出来る。

 特にはあととえーちゃん。

 今日ははあとがいないので、えーちゃんが出る幕か?

 ……いや、流石に今のは分かるかな。

 

「ここ?」

「ココっす」

「ここはホロライブ事務所だけど」

「Ah……hololive? あの、アレっすよね? 動画でよう見るやつ」

 

 ん? よく見る?

 意外にも好きなのか?

 

「auditionってまだやってます?」

「「へ?」」

 

 何その質問。

 ま、まさかとは思うけど……。

 

「私も受けに来たんっすよね」

 

「「ええええええっ!!」」

 

 その日、桐生ココはオーディションを受け、ホロライブ四期生残りの一枠としてデビューすることが決まったのであった。

 

 




 どうも、作者でございます。
 遂に……遂に……!
 遂にすいちゃんとあずきち、そして!
 ゲボカワドラゴン!

 会長の登場を待っていたのではないですか?
 4期生も次回来ますよ!

 乞うご期待!


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32話 止まらない

 

 ぺこらがデビューライブを成功させ、ようやくやって来たのは四期生のデビュー。

 

 特攻隊長は天音(あまね)かなた。

 天界学校からやって来た天使で生徒会。

 頭の上に浮遊しているのは手裏剣ではなく天使のわっか。

 PPを馬鹿にすると握りつぶされるかも。

 

 かなたに続いて桐生ココ。

 ホロライブ最年長となる長寿を誇る、ゲボかわドラゴン。

 893のような態度や言動は憧れるキャラクターがいるから。

 日本語は現在練習中。

 

 更に続いて、角巻(つのまき)わため。

 たった3歳にしてアイドルデビューしたクソ雑魚回線の羊。

 年齢は羊換算なため、人間換算の年齢は不明。

 深夜のポテチは罪なおいしさ。

 

 以上三人が先行でデビューし、年末年始を挟む。

 

 そして四人目、常闇トワ。

 魔界からやって来た悪魔。

 めっちゃ悪魔。

 ホントに悪魔。

 悪魔……だから、TMTって言わないで。

 

 そして締めは姫森ルーナ。

 超絶姫。

 まだゼロ歳らしいけど、喋れるし歩けるし、色々出来る。

 姫にはいつかきっと王子様が……。

 

 とまあ、またしても個性豊かなメンバーが加入した訳だ。

 そんなデビュー光景の中でも、ココの圧倒的な人気はやはり際立っていた。

 理由は恐らくバイリンガルによる、海外層への新たなるアピール。

 はあとだけが話せていた英語だが、ココとはやはり違う。

 配信で、海外とこの国の言語で説明してくれる事により、より幅広く支持を集められたと言える。

 そして、そこから更に海外層が他のホロメンを知る、と言う連鎖にも繋がった。

 ココは、ホロライブに新たな光を灯した大きな存在となったのだ。

 

 

 

          *****

 

 

 

 もうこの日か……。

 あっという間だった。

 誰しもがそう思う。

 事務所には、殆ど誰も居ない。

 みんな会場へ赴いている。

 メンバーは勿論、スタッフも、マネージャーも、社長だって。

 

 そう、だって今日は――NSS。

 

 会場に詰めかけるファンの人々。

 チケットの抽選率は相当だったらしい。

 

 緊張で震える手。

 緊迫に引き締まる表情。

 まだ開場はしていない。

 セットは完璧。

 準備は万端。

 

 コンセプトを理解して。

 誰一人、会場から目を背けない。

 

 もう、退けないし、止まれない。

 

 そう、コンセプトは――『止まらないホロライブ』。

 

 

 さあ開幕だ!

 

 

 歓声と共に登場するホロメン。

 湧き上がる熱気。

 世界が熱い。

 

 始まりを飾る、『Shiny Smily Story』。

 彼女たちの、笑顔と輝きに溢れる物語のスタートだ。

 

 オープニングトークでさえも、感情が高まる。

 

 そして始まる、1st.fes。

 

 まずはソロパートから。

 

 

 トップバッター、夏色まつり。

 いつも元気で明るい彼女は、彼女らしく超絶元気に、その素敵な歌声を披露する。

 何よりトップバッターとして相応しかったのは、あの『ファンサ』!

 観客を熱狂の渦で満たす。

 

 

 続いてこの子、兎田ぺこら。

 デビューしたて、三期生の切り込み隊長と言えば。

 ぴょんぴょん跳ねて、実にfancy。

 でも可愛らしさは、まるでbaby。

 そんなバニーが素敵なdoll。

 会場が、愛嬌で爆発寸前。

 

 

 そこに投下だ、癒月ちょこ。

 何度でも好きって言いたくなる。

 ちょこ先生らしい大人びた歌声。

 保険医として観客を昇天させる勢い。

 客の心の『おじゃま虫』を浄化させた。

 

 

 さあさあ次はロボ子さん。

 ロボットダンス?

 いやいや見てな、『はなびら』舞うような洗練されたダンスをな。

 ギャップでは無いけど萌えてしまう。

 あのボイスもやはり、ロボ子さんならでは。

 

 

 大人が並ぶか、大神ミオ。

 三連続で大人びた曲とメンバーよ。

 どんな日でも、『夜もすがら君を想ふ』と、誓いたくなるその音色。

 感情が高ぶって、会場のボルテージはまだまだ上がる。

 

 

 区切りに登場、湊あくあ。

 MCパートに入る前に、世界をあくあ色に変えていく。

 そう、桃色と、ちょっとだけ水色?

 こんな桃色の、片思いは果たしてホントに片思い?

 あくあが好きなリスナーと、リスナーが大好きなあくたんと……。

 知らぬ間にしちゃってるかも――両思い。

 

 

 ――――。

 

 

 ダンスも歌もお任せを。

 人見知りは絶賛克服中、戌神ころね。

 皆さん、幸福ですか?

 幸福なのは義務なんですよ。

 そうで無い方は、是非彼女にお知らせください。

 そうです、『こちら、幸福安心委員会です』。

 笑って、騒いで――。

 世界が幸福になる音がした。

 

 

 蝶のように舞い、ネクロマンサーのように刺す。

 潤羽るしあ。

 飾って、繋いで、みんなのことを。

 まだ1年も、『『13』』年も、16年も、1600年もアイドルしてないけど。

 可愛らしさと美しさを兼ね備えたこの歌声は誰もが知るタカラモノ。

 

 

 聞いて驚けこの歌声。

 まるで歌姫、クールなボイス。

 天球内の存在は全てターゲット。

 天球、すいせいは夜を跨いで、全ての者を魅了する。

 そう、掴み取った、この世界で。

 

 

 はあちゃまっちゃまー。

 ワールドワイドの最強アイドル、赤井はあと。

 これでもアイドル。

 だからします。『私、アイドル宣言』。

 名前だけでも覚えていってください。

 熱気の赤か、愛情の赤か、この世を赤色に染め上げてしまう。

 それこそまさに、はあちゃまっちゃまー!

 

 

 のんびりマイペースに、皆を虜にしちゃう誑し猫。

 猫又おかゆ。

 くるくるするから、気持ちがループループするよ。

 その光景は惑星がループするようで、なんだか妙に見惚れてしまう。

 男声すらも歌いこなす彼女はかっこいい。

 ダンスは結構苦手だけど、そこに大体愛があるだけで十分満足さ。

 

 

 ちわーーーーーーっす。

 ホロライブ二期生、大空すばーう。

 おはようだ。

 こんばんはとこんにちはの中間だけどおはようだ。

 即ち、『金曜日のおはよう』だ。

 おはようは始まり。

 彼女のアイドル道も始まったばかり。

 

 

 ――――。

 

 

 一体何人を歌姫と呼べようか?

 Next is …… AZKi!

 新たな世界を開拓する――New world。

 必要なのはこの歌声――This voice。

 そして、あなたなしには開けない――『without U』。

 

 

 堂々登場。

 百鬼あやめ。

 豪華絢爛、百花繚乱。

 その様、正に、一目『千本桜』。

 荘厳華麗、優美高妙。

 勇気凜々、雄気堂々。

 威風凜然と華麗奔放な演技を終え、画竜点睛の退場に、蒼生万民、至大至高に喜色満面。

 

 

 Ahoy~、宝鐘マリンです~。

 海賊だってアイドルできます。

 SEXYを推していきたい今日この頃。

 結局、可愛さが出るこの船長。

 いくらダンスが苦手でも、自分の音楽を見失うことはないから、良い歌声。

 

 

 美しく鍛錬されたあの民謡的ダンス。

 アキ・ローゼンタール。

 民族的な華麗な舞と麗しい歌声。

 一体どこの?

 アキロゼの知るエルフの国の!

 安息の地を慮って、舞いましょう。

 

 

 みんなー、準備はいい?

 『Say! ファンファーレ!』。

 こんばんきーつね!

 ホロライブのホワイトフォックス、白上フブキ。

 誕生日ライブから数日後の進化は著しいでしょ?

 目の前が真っ白になったんじゃない?

 

 

 ――――。

 

 

 いつも『Booo!』『Booo!』言ってんじゃないの?

 こんなアイドルな紫咲シオンを見てみなって。

 悶え死んじゃうから。

 もうクソガキなんて言えなかろうよ。

 これが彼女の最強魔法。

 

 

 みんな嫌い。

 これは嘘。

 あ、不知火フレアです。

 皆大好き、これ本当。

 皆の声援が嬉しくて、見栄張って感情を抑えて歌って。

 別に照れてないし。

 これ、『天ノ弱』。

 

 

 ハローエブリワン!

 『マイネームイズエリート☆』。

 さくらみこ。

 桜舞い散る、神の領域。

 めっちゃ可愛い。

 何だか応援したくなるよね、あの姿。

 これがホロライブのエリートみこか。

 

 

 『ヒバナ』散らして、カッコいいでしょ。

 暗いステージを明るく照らす、夜空メル。

 メルの夜空のステージに、サイリウムという無数の星。

 もっと綺麗に弾けていく。

 あまーい声とちょっとロックな歌い方。

 

 

 ソロパートの締めはやっぱりこの人。

 ときのそら。

 皆の推し活心を擽るあの美声。

 まるで応援しているようだ『フレーフレーLOVE』ってね。

 サイリウムの揺れも最高潮を記録。

 圧倒的な盛り上がりを見せた。

 さすがは歌姫――。

 

 

 よしよし。

 盛り上がりは上々。

 客の気分もホロメンの満足度も上々。

 

 よーし、あと少しだけど、あと少しだ。

 残りの力を振り絞れ。

 

 

 各期パートだ。

 

 

 新0期生。

 AZKiとすいせいを迎え、平均歌唱力が格段に上昇。

 どの期よりも優秀な歌声を披露できる。

 その力で、夢物語を実現させよう。

 我らの、『DREAM☆STORY』を。

 

 

 その物語、もっと美しく仕上げるために。

 『夢見る空へ』羽ばたくために。

 1期生だって適宜進化中。

 まだまだ変化していくよ。

 それぞれに夢があるから。

 

 

 基本、各期各五人。

 各々個性の塊で。

 何も簡単に纏まりゃしない。

 特に秀でてこの2期生。

 まるで統率感じない。

 『五等分の気持ち』と言えよう。

 言っても、一つを五等分じゃなくて、皆等しく個性の塊ってね。

 

 

 笑え、遊べ、毎日ゲーム。

 でも今日だけは立派なアイドル。

 ふざけて楽しい毎日に、今日も刺激のあるライブ。

 新たな宝島を見つける心意気で、今日も挑戦、未知のゲームに。

 人生はゲームだからね。

 ゲーマーズは人生というゲームですら楽しむのさ。

 

 

 最後に是非。

 世界を繋ぐ、夢と繋ぐ。

 全てを『Connecting』、3期生。

 ファンタジーって言うけど、確かにそうかも。

 まるで実感のないこのステージに立つ感覚。

 ロボットも、エルフも、異世界人も、悪魔も、天使も、死霊も、吸血鬼も、魔法使いも、メイドも、鬼神も、巫女も、動物も、幻獣も、海賊も、騎士も、人は当然、きっともっと色んな人が誰でもアイドル。

 その世界を知らしめるステージ。

 

 

 気まぐれでしょう、女の子。

 そんなもんさ、誰だって。

 気まぐれだけど、今日は来てくれてありがとう。

 いつもは中々言えないけれど、ずっと思ってる。

 だから、感謝を込めて、そら、フブキ、あくあから、追加の一曲をプレゼント。

 

 

 そして最後に、皆でキラメキに乗って止まらずに輝き続けていくことを誓ったよ。

 

 

 

 

          *****

 

 

 

 素敵なライブ。

 それを影ながら応援する者は多い。

 来場チケットを入手できずに、配信で見た者。

 仕事でリアタイできずにアーカイブで見る者。

 お金が無くてチケットが買えなくて、どうにかしてコメントを残す者。

 そして、ホロライブのスタッフから4期生まで。

 誰もがライブ会場に釘付けだった。

 

 

 そう、そこが狙い目。

 

「ふふふ、手薄も手薄。今なら石も……」

 

 ホロライブ事務所前。

 人気が無い会社の様子を見てニヤニヤする不審者一人。

 

「はあ……予想的中は嬉しいが……ライブ見たかったんだが?」

 

 その不審者の背後に、一人の男が立つ。

 喜怒哀楽の仮面を付けた、あの箱推し魔法使い。

 

「おおっと、まさか護衛? 強そう、怖そう」

 

 まるで危機感を感じさせない口ぶり。

 強者の余裕を感じるが……。

 

「へ?」

「あんたが何もんかは、これからじっくり尋問してくからな」

 

 箱推し君は仮面の下でもう一度ため息をついた後、不審者を魔法で束縛。

 そしてその場から一瞬で消えた。

 

 




 作者です。
 はい、どうも。

 今回は大型ライブ回でした。
 全曲の名前か、それを暗示させる単語を連ねました。
 怒られないことを願います。
 きっとこの先こんなネタはしないです。
 意外と大変なので。

 さてここで一区切り……なんてことは全然ありません。
 止まりませんから。
 三章の題名通り、bloomまでは一気に突き進みます。
 このストーリーが。

 それでは、また。


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33話 少女(17歳)の悩み

 

 止まらないホロライブのコンセプトは実現。

 その存在は止まることなく世界に更に名をとどろかせていく。

 

 これでもうホロライブの名を知らぬ者はいないだろう。

 それほどの盛況。

 

 この先のライブはかなり先まで既に決定している。

 

 マリン、すいせい、フレア、ココ、かなた、わため、ルーナ、トワのデビューライブ。

 その後、あくあの周年ソロライブ『あくあ色すーぱー☆どり~む♪』。

 更に更に、もう5期生の募集も始まっており、また過去に類を見ないほど応募が殺到しているらしい。

 

 さあ、今日は誰に焦点を当ててみようか――?

 

 

 

          *****

 

 

 

 快晴。

 温暖。

 

 天気良好、視界良好、波風良好。

 最高の出航日和。

 山小屋から出てきて都会で暮らし始めたけど、未だに船には乗れていない。

 でも、もうすぐその夢は叶いそう。

 

 今回のデビューライブには間に合わないけど、ステージとしての大型船を海に作ってもらえるらしい。

 しかも、ほぼマリン専用の船となるらしい。

 なんとその船、しっかりと海賊船仕様で、弾さえあれば大砲も放てるし、出航しようと思えばちゃんと帆を上げて大海へ乗り出していくこともできる。

 

 あ、でも、その海賊船、もしかするとマリン号ではなく、アクアマリン号になるかも……。

 まだ検討中なため、ライブまで分からない。

 

 もうすぐ海賊の世界に一歩近づく。

 そんなウキウキとは別の感情の高揚。

 純粋にライブへの高揚。

 

 ただ、やはり大半のホロメンが抱える問題。

 ダンス。

 そう、ダンス能力。

 マリンは中でも特に苦手な方だと思っている。

 お尻も年齢も関係なく、普通に苦手。

 

 けど正直、そこは仕方ないと思っている。

 元々そういう性分では無かったのだから。

 得手不得手は人それぞれならそれでもいいと思う。

 

 何より気になるのは……と言うか、まあ、たまに唐突に思うことがある。

 

 配信者は、当然視聴者の方――リスナーやメンバーの事が好きだし、逆はもっとそう。

 なんだけど……。

 

 船長みたいなおばさんに誕生日祝ってもらったり、撫でられたり、好かれてキミたちは嬉しいの?

 いや、ピッチピチの17歳だけども。

 嬉しいの?

 

 いやいや、可愛いし良いだろうって。

 そういうもんか……。

 リスナーに褒められるたびに、照れを「ふーん」って言葉で誤魔化して話は区切る。

 そのたびに納得してるけど、またふと思う瞬間がある。

 生まれ持った性格上、気になる。

 気遣いができすぎるとホロメンの中でも評判の高いマリンが、そこに意識を向けないはずがない。

 

 だってそもそもアイドルを目指してここに入ったのと違うし。

 

 何度も言ってきたことだけど、ホロライブサマーとかに興味を持って入ったわけだから。

 

 でもみんながアイドル船長を見たいって言うならそれも良いけどね。

 

 ってな訳で、ライブに向けて――出航~。

 

 

 

 ホロライブ内では数少ないコミュ強。

 メンバー内でも会話率に差が出るのが普通だが、マリンは殆どのメンバーと話している姿が容易く想像できるほど、全員と積極的に会話して、絡んでいく。

 先輩にも、後輩にも自ら歩み寄って話の輪を広げるのが得意。

 凸待ちへの出現率も高い。

 そのトーク力は最強かもしれない。

 

 

 そんな事はさておき、今日も今日とて事務所へ向かう。

 その後にレッスンと現場の様子見に行く事になっている。

 

 のんびりと町中を歩いていると、とある人影が目に入る。

 人混みに紛れ、静かにその人の背後に歩み寄り……

 

「桐生ちゃ~~~~~~~~ん」

 

 と声を掛けた。

 

「げっ、その声は……」

 

 マリンの声を聞いて嫌そうに声を漏らしながら振り返る。

 

「真島――!」

「誰が真島じゃ!」

 

 マリンの軽いジョークに臨機応変にボケ返すのは期待の新星、桐生ココ。

 結局マリンのツッコミで一度芸は終了する。

 

「どうしたんすかセンパイ」

 

 そしてまた普通に世間話を始める。

 

「いや、どうもせんけど、偶然ココさん見つけたから」

 

 一対一で会話するのは初めてかもしれない。

 が、別に緊張感はない。

 シナジーがある……と言うより、何かが噛み合っている、と言うべきか。

 

「センパイはこれから仕事ッすか?」

「そうなんですよ。あれ、ココさんはもしかして仕事じゃない?」

「あー、私は単にshoppingですね」

 

 そんなノリで会話しながら、偶然にも同じ道のりをしばし歩く。

 

「そういやココさん、かなたさんと同居するって話出てましたけど、あれってどうなったんですか?」

 

 いつか聞いた同居の話。

 相当気が合うらしく、ワンちゃん同居ありじゃね?的な感じで話が進んでいるらしい。

 マリンは背の高いココを見上げながら尋ねた。

 

「あー、今検討中ッすね。なんかすいせいセンパイも来るかもって話なんすよ」

「4期生のケツモチ?」

「そうっすね」

 

 その場にいない先輩になんてことを……。

 まあいないからいっか。

 

「船長もそう言えば船出来るみたいなこと言ってましたよね?」

「あ、船長の海賊船ね」

「それが出来たら、そこに住むんッすか?」

「んー……流石にそれはなしだワ。セキュリティー的に」

「鍵なかったら襲われますからね」

 

 普通の世間話かと思えばまたその方面に……。

 

「あ、それじゃあ私こっちなんで」

 

 ある程度進んでココが自分の道を指し示す。

 

「ああ、それじゃあまた」

「うっす、マリンパイセンも頑張ってください」

 

 軽く別れの言葉を交わしてそれぞれ別方面に歩みを進める。

 

 あと少しで事務所だが、ここまでずっと妙な視線を感じていた。

 変装は上手くないけれど、普通にしていればバレない程度。

 声も張ってはいなかったし、正直簡単にはバレないと思っていたが、どうやら勘付いた鋭いリスナーがいるらしい。

 走るか?

 いや、体力的に無理。

 それに突如走り出したら、それこそ怪しい。

 あと数分だけ我慢だ。

 

 その数分を耐え忍んで事務所に到着。

 中に入れば流石に視線は感じなくなった。

 

 そして、その中でまず出会ったのは……。

 

「あ、船長」

「おお、ミオ先輩じゃないですか~」

 

 事務所で人と会うことは意外にも少ない。

 それは殆ど事務所に来る機会が無く、その中でも人との出勤?が被ること自体が激レアだからだ。

 未だに対面でまともに会話もしていないメンバー同士も多くいる。

 

「丁度よかった、今度服とか買いに行く予定話そうと思ってたから」

「あー……もうそんな時期ですか……? ちょっと早くないです?」

 

 もうすぐ季節の変わり目。そこまで早いことはないが、別に今出なくても良いかもしれない。

 

「まあこの先予定が合わなくなったりとかするかもしれないからさ」

 

 と、ミオは既に行く気満々。

 マリンもミオとのショッピング自体は楽しいのでこの場で約束を取り付ける。

 マリンのライブが終わったら行こうとの話だ。

 可愛い服を着せさせられるのは恥ずかしいが、楽しみにしておこう。

 

 その場でミオとは別れ、目的の階へ。

 そこのとある部屋にあくしおを発見した。

 何か話していたようだが、マリンを見つけると中断して部屋から出てきた。

 

「船長~」

「仕事?」

「そりゃあここには仕事以外無いでしょ」

「確かに」

 

 少し距離が近いあくしおを微笑ましく見ながらマリンは笑う。

 

「何話してたん?」

 

 中での様子を尋ねてみると……

 

「あ、そう、船長今度ウチ来なよ」

 

 とお誘いを受けた。

 一緒に住め、ではなく、一緒に何かしよう、って意味で。

 同棲の意味を一瞬考えたのは多分かなココが頭にあったから。

 

「かに鍋するんだけど、もう一人くらいいても良いくらいの量はあるから」

「え、そう? なら行くわ」

 

 あまり躊躇うことなく承諾。

 かに鍋か……季節的には最高だね。

 これもライブ終わりに楽しむとしよう。

 しかしこの二人って一応同棲なんだよな……。

 同棲するってどんな感じなんだろうか?

 

「船長?」

 

 あくあがマリンの目を気にして声を掛けるが視線は合わない。

 

「あ、何でも無い。その日なんか持ってくワ」

「え、いいよ別に」

「まあ断られてもなんか勝手に持って行くけどね」

「……そうだろうね」

 

 基本的に人の家にお邪魔するときは何か差し入れを持って行くのが社会人としての基本。

 ふっ、こんな所でもブラック企業時代の経験が役に立つとは。

 季節も相まって、みかんをよく思い出すぜ……はあ……。

 

「んじゃ、二人とも頑張って」

「船長も」

 

 こうしてまた別れる。

 後日開催したかに鍋会で、マリンの提供した紅茶にほんのすこ~しだけ二人が苦しんだことはどうでもいいこと。

 

 ようやく打ち合わせ等に入り、次の場所へ向かうのだが……。

 

「遅い……」

 

 待ち合わせに来ない者がいる。

 ……いや、来ない者しかいない。

 3期生全員でマリンの船の様子を見に行こうと話したのに、誰一人集合場所に来ない。

 

 遅れて皆が皆バラバラに到着した。

 

 ごめん、待った?に対し、マリンだけは嘘の「全然」。

 まったく……お祝いの品でも探しに行ってたのか?

 

 5人で徒歩で浜辺へ向かった。

 

 この5人をグループ分けすると、頭の中にこの2グループができないかい?

 うーぺーるーぺー、ホロファンお姉さん組。

 そこからさらに分割すると……ノエフレとマリン。

 悲しきかな、マリンが余る。

 何故そんな風に頭に浮かぶのか。

 それはマリンの性格上の問題。

 良い意味でマリンは特定の誰かとの関わりがあるというより、誰とでも関わるという点がある。

 そのせいもあって、マリンと言えばこの人!と言う人が出てこないのだ。

 

 だからって、今ぼっちになっているわけではないが。

 

「いやー、マリンのライブが終わったら、次はフレアじゃね」

 

 ノエルが楽しみ~みたいな顔で口にした。

 フレアは少し照れるように緊張し、ぺこらとるしあもそうだねー、って同意。

 

「先に船長でしょ⁉ 船長のも楽しみにしててよ⁉」

 

 目先のライブを通り越して更に先のライブに注目する他のメンバー。

 あれ、なんかいつもよりSっ気が強くない?

 確かにそういうの好きだけどさ……。

 

「うん、楽しみ。マリンの船!」

「ライブでしょ⁉」

 

 どうしたどうした。

 ドMへの大サービスか。

 おかしいな……船長はボケ役の方が似合うはずなのに。

 

「大丈夫、みんなちゃんと応援してるから」

 

 マリンが割と傷ついてるかも、と一瞬思ったるしあが軽くフォローを入れた。

 ありがとう、るしあ。

 君は優しいね。

 かといって、他が優しくないとは言わないけど。

 

「全員のライブが終わったら、3期生ライブってのもしてみたいよね」

「そうだねー」

 

 デビューしてすぐに立てた3期生内での今最大の目標。

 全員のデビューライブが終わって、ようやく踏み出す道。

 力を付けて、スケジュールを合わせて、歌とダンスも合わせて、会社に確認を取って、ステージを押さえて……観客を、自分たちの手で、より多く集めて。

 アイドル目指して入った者が少ない中、その夢だけはこの五人が共通して絶対に譲れない夢だ。

 ファンタジーが、ファンタジーに留まらないような……!

 

「そのためにぺこーらたちはもう決めてきたぺこだから」

「そう、あとは二人」

「くぅ~、ラストかぁ~……」

 

 締めの位置に配属される必然性に声を上げるフレア。

 特に意図された順序ではないが、フレアがラストは妥当というか、正答だと思う。

 ぺこらもるしあもマリンも歌は問題ない。

 ノエルは……伸びしろがある!

 それに対するフレアの圧倒的な歌唱力。

 ダンスの質が皆ほぼ同等なのだから、アイドル面で最も秀でているのがフレアと言っても過言ではない!はず!

 

「適任でしょ。寧ろ他にいないレベル」

 

 褒め倒すようなマリンの攻撃。

 フレアに10のダメージ(体力は100)。

 

「そうそう、フレアはスタイルだって良いしね」

 

 るしあの攻撃。

 フレアに10のダメージ。

 

「え、それってるしあにないものの話?」

 

 ノエルの攻撃。

 るしあに50のダメージ。

 るしあの攻撃力が上がった。

 

「はああああああ⁉ そんな脂肪の塊なんかどうでもいいし! ねえぺこら!」

「え、な、なんでぺこーら……?」

 

 るしあの無意識の攻撃。

 ぺこらに10のダメージ。

 

「ほらノエル! そんなにあるんだから牛乳よこせ!」

「ちょっ、団長胸はあっても牛じゃないから牛乳は出ませんが?」

 

 るしあの攻撃。

 ノエルに5のダメージ。

 

「るしあるしあ、諦めなー」

 

 マリンが胸を強調するように胸を張ってるしあを煽った。

 るしあに30のダメージ。

 

「うっせえ!」

「いや、マリンはお尻でしょ」

「へ?」

 

 突如後ろから刺された。

 

「マリンは胸よりもお尻の方が目立つからね」

「ふ、フレア……? フレアはそんなこと言わないよね?」

「今言ってんじゃーん」

「認めなマリリン」

「尻デカ……」

「うるせええええええええええええええええええ!」

 

 切れてないが、マリンが切れる。

 

「ぺったんこ共は黙ってなー!」

 

 まず貧乳二人に制裁。

 しかし延々と続いていた口論はそこまでだった。

 

 海辺に到着したのだ。

 

 そして、その壮大なステージ(船)に驚愕して全員が絶句した。

 ステージになるだけあって、まず第一に巨大。

 次に、まだ完成していないのに既に会場に錨とロープで押さえられていること。

 更に、側面に備え付けられた、今にも発射できそうな大砲の数々。

 極めつけはマリンのマークが大きく記された海賊旗。

 今は折りたたまれているが、それがマリンマークであることは分かった。

 

「なんか……スケールが違うね」

「ねー」

 

 その大きな姿を見上げ、二人が感心したように声を絞り出した。

 海でのライブなんて、ロマンに溢れている。

 

「皆もここでライブする?」

「え……こんな場所で……?」

 

 マリンが誘うとぺこらが少し消極的だった。

 まあ、ファン以外の人の目に着く場所はね。

 

「るしあは割と賛成かも」

「団長もやってみたい」

「あたしは……まあ、皆がするなら」

「…………じゃ、じゃあ、まあ」

 

 決まりだ。

 フレアのライブが終わるまでは無理だろうけど、いつか五人でここにも立ちたい。

 3期生ライブを開催するまでの通過点に置きたい。

 

「でもマリン、3期生のライブの夢も分かるけど、マリンのデビューライブが間近なんだよ?」

「ホントにそれ。大丈夫ぺこか?」

 

 歌は上手い方だし、ダンスも苦手なりに十分頑張っている。

 でも半分ほど現実逃避してる感がある。

 

「アイドルっぽいことするのにまだ実感湧いてないんじゃない?」

「ギクッ!」

 

 マリンがフレアの図星に、効果音のような一言を吐く。

 

「どした? 年のせいでギックリ腰?」

「違うわ!」

 

 皆笑っているが、内心天丼に飽きているかもしれない。

 

「マリンは可愛い方だから安心しなって」

「え、そんなこと気にしてたの?」

 

 フレアが加えたフォローに他三名が意外そうな顔をする。

 そ、そんなに意外か?

 みんな普通思うでしょ……自分って本当に好かれるほど可愛いか?とかさ。

 

「まあ、マリンがアイドル目的でここに入ったとは思ってないぺこだけど」

 

 ぺこらがそんな感じはしたよと、当時の直感を口にする。

 まあ端から見てもそれは流石に伝わるよね。

 

「でもさ、フレアの言うとおり一応マリンは可愛いぺこだからね?」

 

 い、一応……?

 ありがとう……。

 

「ほら、例えばスバル先輩とかって可愛いじゃん?」

「……ノエル?」

「た、例えばだって! 参考例!」

 

 可愛い人の例として、ノエルの口からスバルが挙がる。

 それを見て他の四名はノエルをマジマジと見つめる。

 

「皆も思うでしょ⁉ ねえ⁉」

 

 何故か必死に同意を求める。

 いやまあ、ホロライブのメンバーは、みんな互いに可愛いと思い合っているけども……。

 

「思うけどもさ……必死だね」

 

 ノエルが隠れアヒージョであることは割ともう知れ渡っているが、こう見ると本当なんだと思える。

 

「思うでしょ⁉ マリンも他の人に思われてるって」

 

 そこに帰結する。

 もう、自分がアイドルになったことを認め、諦めるしかないのだ。

 自分が人に好かれる存在であると自覚して、腹をくくるしかないんだ。

 

「分かったら諦めてアイドル道進みなー」

 

 え、皆そんな良いこと言ってくれるの?

 

「最悪ホロメンが可愛いって言ってくれるって」

 

 何その絶妙に辛いフォロー。

 いやだな……哀れむホロメンの顔を想像するの……。

 ああ、好かれるように頑張ろ……。

 

「え、どう? マリン、安心した?」

 

 るしあがマリンの心境の変化を察知して顔を覗き込んだ。

 自分よりも背の低い数少ないホロメン。

 ちっちゃい子って可愛い。

 

「少し」

 

 短い単語。

 さては喜んでるな……?

 そういうとこやぞ、可愛いって言われてんのは。

 

「……じゃあ船長はこれから地獄のダンスレッスンがあるから」

 

 全員が空気を読んで黙っていると、マリンが解散を宣言する。

 短い時間の会場見学だったが、別の視点から有意義な時間だった。

 これから大海へ出る覚悟も決まったし。

 ようやく本当に山小屋から解放されたのかもしれない。

 そうに違いない。

 

「それでは~……出航~」

 

 マリンは海賊帽子を深く被り、潮風に服を靡かせて、憂鬱なレッスンへと足取り軽く向かった。

 同期四人と制作途中のマリン号に静かに見守られながら。

 

 




 どうも、作者です。

 少し期間が空いて申し訳ないです。
 特になにもなかったですが忙しかったんです。
 そういうことにしてください。

 もしかすると偶に期間が開くことがあるかもしれませんが、四章完結させるまでは失踪しませんので。
 その後は分からん。

 で、今回は船長回でしたが、年齢とかに触れましたが、嫌だった人がいたら申し訳ない。
 次回は……誰かな?


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34話 めげない、しょげない、諦めない

 ネット社会には様々な問題がある。

 動画配信業は当然ながらネットに生きる職業。

 時折発生する障害は仕方が無いこと。

 でもとある期間、仕方が無いでは済まされないほどの暗黒時代が訪れた。

 その問題とは、大きく言うと二つ。

 

 一つは、誤BAN。

 センシティブに掛かるはずの無いものが自動感知のアカウント停止に引っかかってしまった。

 中には、少々攻めすぎたこともあったが……。

 

 二つ目は、一部のメンバーの収益化剥奪。

 何故だか一部のメンバーの収益化が動画配信サイトから剥奪され、収入が入らない時代がやって来た。

 正直なところ、これが何より厄介だった。

 

 と言うのも、収入が入らないと何より生計が成り立たないため、真面な生活が送れない。

 生活が崩れると、配信する体力は勿論、メンタルまでも疲弊し、うつ病やそこから繋がって体調不良なども引き起こりやすくなる。

 そして、生活に資金をつぎ込みすぎると配信のための企画や動画制作にお金を使用できなくなり、活動にも制限が掛かり始める。

 

 この被害は入りたての4期生には強く響いたし、ASMRを行っていた人たちにもかなりの痛手となった。

 

 

 

          *****

 

 

 

 人生、そう簡単にはいかないな。

 人生を振り返り、改めてそう思う。

 でも、上手くいかない人生でも、一度も――。

 いや、一度もは言いすぎかな。

 でも、あまり不幸に思ったことはない。

 寧ろ、今ここに居るだけで、人生の全ての幸運を使っていると思えるほど。

 ホロメン、誰一人として平坦な人生は送ってないけど、その中でもかなたは割と尖ってる方だと思う。

 

「おら、かなたそ、おめぇの分」

「あ、ありがと」

 

 この日、ココとかなたは朝からの事務所に来ていた。

 最近はただひたすらに朝マックを手に、朝の仕事に向かう。

 昼は食べなかったりするけど……。

 だって、収入が少ないから……。

 

 このお金だって、わために借りたものだ。

 収益停止を喰らった二人は、同期で相棒とも呼べる仲の彼女に少量借金……?をしていた。

 

 過酷な人生には多少の耐性がある。

 二人には。

 

 メンタルが強いとは少し違って。

 

「お~、今日も喰ってんねぇ~?」

 

 昼下がり、昼食に朝マックを食べ始める二人の下にわためが声を掛けた。

 同期は事務所で出会う確率が他のメンバーよりは高い。

 偶然居てもおかしくはない。

 

「ん、羊」

「わためも昼?」

 

 わためのゆるふわな声に微かに場が和む。

 だが、ココの声はそれとは対象によく響くため、相殺されている感じ。

 

「んや、わためはもう食べたから……」

 

 と言いながら二人の食事の小さな空間に歩み寄ると、ポケットから色々取り出す。

 

「ポテチ」

 

 が大量に出てきた。

 

 一人で食べるようだとしたら、えげつない。

 差し入れのつもりか?

 ここではよく色んなホロメンがおやつタイムも取っているから。

 

「多過ぎでしょ」

 

 かなたの冷静な突っ込み。

 少し口角が上がっているのが、二人には分かる。

 

「適当に取って食べて良いよ」

 

 雑にテーブルの上に散らばった複数種のポテチの袋を示して笑った。

 

「流石相棒、気が利くじゃねえか」

 

 ココがいつもの機嫌の良い笑いでわために礼?を言うと。

 一つの袋を適当に選んで味を確認した。

 

「あ、それは全部食べんでもらえると……」

 

 新作の期間限定フレーバーだった。

 わためも実食はまだらしい。

 おいしそうだが、重そうな内容。

 アイドルには敵かもしれない。

 

 かなたとココが昼食を終えると、三人で楽しげにお菓子雑談を始めた。

 

「わため、借りてるのにホントに良いの?」

 

 かなたが気まずそうに、ポテチとわためを見比べる。

 ココは隣で普通に食べているが……。

 

「おん、勝手に買って来ただけだからね、全然気にしなくて良いよ。うん、『勝手に買って』来ただけだから」

 

 新作のポテチをパリパリと幸せそうに味わいながら、大事で無いことを二度言った。

 

「そう?」

「おら、天使も食え!」

 

 遠慮がちでいるとココにポテチを三枚ほど口に突っ込まれる。

 わためのだじゃれには突っ込まないくせに。

 

「ほへひ……突っ込むな、下手したら口切れるだろ」

 

 口の中のポテチを噛んで飲み込んでココにマジレスした。

 それはわりぃと控えめに誤るが、別に誤んなくて良いよって思った。

 

「……」

 

 わためは自分のだじゃれが無視されたことを残念に思いながら次々とポテチを口に入れていく。

 次々に入れていくと言っても、そこは男女の差?なのか、きちんと一枚ずつ丁寧に味わいながら。

 絶対に袋から口に流し込むことはしない。

 下品だし、何より勿体ない。

 

「そう、そう言えば今日ここに来る時ね、危険な目に遭ってさぁ~」

 

 わためがあまり危機感のない声の調子で二人に話題を持ちかけた。

 

「どうした? 畜生みたいに焼き肉にされかけたか?」

「あ、もしかすると近いかも!」

「え、うそ⁉」

 

 ココの冗談の一言が的に近いと言われてかなたが珍しく表情を変えたように驚く。

 アイドルが焼き肉にされましたなんて報道、絶対に聞きたくないからね。

 色んなアイドルを推す者としてね。

 

「捕食者側の獣人の熱い視線を感じたんだよねぇ~」

「なにそれ怖い」

「ねぇ~? こわいねぇ~?」

 

 ホントに怖がってる?

 なんかかなたとは違って感情が読みにくいな、わためは。

 

「おめぇが家畜みてぇにポテチ食って大きくなるからだろ」

「あ」

「あ」

 

 禁忌に触れた。

 女子、しかもアイドルに体重の話はいけないぞ!

 あと年齢とトイレも。

 

 ココは約2000年も生きてるからもう色々気にしないのかもしれないけど、わためは逆に羊年齢三歳だぞ!

 かなたは純粋に学生だし。

 

「でもまあ、わため、深夜に食べるのは止めよう?」

 

 ココの言葉も一理あると、かなたは中立の立場にいる。

 

「……気をつける」

 

(……多分続けるな)

 

 二人して内心そう思ったが、お口チャック。

 

 

 そうこうして体重増加のひとときは過ぎ去った。

 この後減量の時間。

 三人はそれぞれの向かうべき場所に向かった。

 

 

 

          *****

 

 

 

 異世界。

 異世界は、いくつあるのだろう?

 アキロゼは異世界のハーフエルフだけど、その異世界って、どんな世界だったのかな?

 異世界人は稀にこの世界に飛んでくる。

 男女でその確立に差は無い。

 

 異世界に関する研究は現在少しずつ進行中で、パラレルワールドの一種とされている。

 そして、平行した別世界が特異点にて干渉することにより、その極小の範囲内にいた存在がどちらかの世界に空間移動してしまうのではないか、と。

 

 ……難しい話はどうでもいい。

 実は、噂によると、この国にまた新たな異世界人が来たらしい。

 入った情報は噂の範疇なので、事実とは反するかもしれないが、金髪であることは確かだと言われる。

 異世界人は、この世界に転移すると、生活がままならなくなるため、異世界庁により生活補助を受けられる。

 

 アキロゼはその情報を聞いて、自分がこの世界に来たときのことを思い出した。

 

 この世界に来たばかりで、収入がないというレベルですらなかった。

 だが、今ではホロライブに入れて、生計もしっかりと立てられる。

 

 感謝している、この人生。

 

 動画配信業の不景気?

 そんなの関係ない。

 私は今の仕事に満足している。

 だからもっともっと頑張りたい。

 

 皆だって、この時代で配信をそれぞれ頑張っている。

 何があろうと、私は私の道を進む。

 

 何があっても、『めげない、しょげない』。

 

 

 

 そんなある日、あの桐生ココが新たなゲームをホロメンに伝えた。

 恐竜などの古龍たちが存在する世界で生きるサバイバルゲームだ。

 知られていなかったそのゲームに、ホロメンたちはみるみる嵌まっていき、多くが廃人と化した。

 そして、その廃人の一人となったアキロゼは、そのゲームのマイキャラをムキムキの男性に設定し、通称ムキロゼとして皆に親しまれた。

 彼女のそのキャラに弟的存在が出来るのは、もう少し先だが。

 

 アキロゼはここからが驚異的だった。

 色んな困難が立ちはだかり、襲いかかってきても、決してめげることなく進み続けた。

 この会社で言うならば、決して止まることはなかった。

 カッコいい彼女のその姿に惚れた者は多かったのではなかろうか?

 

 彼女はいつでも笑っている。

 素敵なエルフだ。

 

 いつでも『諦めない』と、胸を張って言えるのは誰でも出来ることじゃあない。

 まず、胸が無いと胸は張れないから。

 

 ……どこかのチアガールが怒ってる気がする。

 ……気のせいかな?

 

 兎に角、出来ることはやる。

 出来ることをやる。

 

 何でもかんでもどんとこい!

 寝落ち配信?

 寝言配信?

 ちょっと記憶にございません。

 

 もしそんなことがあったとしても、それを含めて私を認めて欲しい。

 

 不景気を吹き飛ばす存在が、ホロライブには居たのだ。

 アキロゼという、最強エルフが。

 

 優しくされると簡単に惚れちゃう、チョロインな面もあるけど……。

 でも、それはそれ。

 

 アキロゼの強みは、「めげない、しょげない、諦めない」。

 彼女の人生に、苦難なんてあってないものだったのだ。

 

 




 皆さんどうも、最近投稿の遅い作者です。

 言い訳させてください。
 色違い厳選が大変で!
 6期生が可愛すぎて!
 パソコン壊しちゃって!
 ……申し訳ない。

 次こそは次週中に投稿したいです。
 特になにもないですが、また怠けちゃうかもしれないので、意識だけ表示しておきます。
 少しはやる気が出ると思うので(決してやる気がないわけではない)。

 さて、今回は収益化剥奪の話でした。
 あまり詳しく触れることはいけないかもしれない、そんな話です。
 五期生全員分の小さな伏線も全て張り終わりましたし。

 あ、今更ですが谷郷さんについてちょっと。
 作中では敢えて「社長」と示しているのですが、これは権利的に一応です。
 タレントに関する二次創作は承認されていますが、当然ながら社長はタレントではないので。
 勿論谷郷さんは好きですし、尊敬していますが。
 それでも権利は大切なので、そこはご了承ください。
 ただ、えーちゃんがタレントなのかは、自分の中ですごく悩みました。

 はい、それではまた。

 ねねち復活、6期生デビュー&収益化、3rd.fes.&リアルイベントの開催、めでたい!


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35話 羊も焼けない暖かさ

 

 フレア、ココ、かなた、わため、ルーナ、トワ。

 この順で発表通りデビューライブを行った。

 それぞれの日にあまり間隔が無く、運営側は準備や会場のセットなど、対応に追われたことだろう。

 

 まあ、紆余曲折ありつつも、なんとかなった。

 

 フレアが3期生の区切りとしてライブを完成させ、4期生に華麗にバトンを回した。

 それをココが受け取り、4期内でのパス回し。

 ラストバトンはトワが受け取った。

 

 そのバトンは果たして誰に繋がれるのか?

 

 それはまだ謎のまま。

 

 それはまだ秘密のまま、少し誰かの日常でも覗いてみよう。

 

 

 

          *****

 

 

 

 とある羊は、いつもゆるゆるふわふわしている。

 マイペースとも言えるが、それは表現的に何となく違って聞こえる。

 彼女には別の言葉の方が似合う。

 ただ、肝心の「別の言葉」が浮かばないが……。

 

 でも、悪い言葉では無いことは絶対。

 それだけは!

 

「……」

 

 毎日の長時間配信。

 暖かい言葉に包まれる、幸せな配信。

 類は友を呼ぶ。

 わための配信には、彼女に似た性格の者が集まる。

 

 見ているととてもほっこりとして、笑顔になれる。

 そんな空間。

 

 いつも夜遅くまで、皆付き合ってくれる。

 

 この仕事を始めたときは、収入とかあまり入らないと思っていたから。

 ……と言うより、自分がこんなに人を集められると想像していなかったから。

 だから、バイトと両立していく方向性で考えていたけれど……。

 皆がいて、皆が応援してくれるから。

 夜も寝ないで(寝てるけど)配信が出来ている。

 

 クソ雑魚回線の間は、中々配信がうまく出来ず、どうしたものかと思っていたけど、わためいとが優しすぎたから。

 ホロメンが暖かすぎたから。

 本当に泣くほど優しい世界だったから。

 

 泣き虫羊には、ちょっと――いや、かなり涙腺に来る過去と現在で。

 

 相棒もいるし、たくさんの仲間も、たくさんのファンもいる。

 

 最強無敵の羊になれる気がする。

 

 夢の武道館ライブも……いつかきっと――!

 

 

 

 それまでに、やることと気をつけること。

 まずオリ曲。

 いっぱいだそう。

 

 次にメンバーと楽しく関わっていこう。

 

 そして……最後に、食べられないように……ね?

 

 この間だって、肉食系獣人からの危険な視線を感じたし、何なら社内でも感じる。

 先輩に食べられる日が来てもおかしくは……いや、おかしくはある。

 でも、草食系獣人はそういう存在なのだ。

 弱肉強食の世界で生きるのだから。

 

 弱肉強食か……アイドルもそうだよな。

 数多いるアイドルの中でも人一倍目立って、煌めいて。

 そして夢である武道館ライブに向かって歩んでいって。

 

 まだ挫折せずに進められるけど、大半のアイドルが夢半ばで届かないことを知り、そして諦める。

 ホロライブは今成功の渦の中にいる。

 だから夢が薄く光り輝いて見える。

 でも、慢心してたら足を掬われる。

 そして転んで、大けがして、立ち上がれなくなる。

 

 この世界には、足を掬おうと狙っている奴が少なからず存在するから。

 善と悪がはっきりしているから。

 

 それもまた、世界の中の、人間という括りの中で起きている弱肉強食。

 人望、夢、希望、良心。

 金、権利。

 持つ物を持っていようと、屈すればそれまで。

 

 だから、屈しない力を皆必要としている。

 

 わためは、泣き虫な羊だから。

 温かい言葉に泣かされているのだけど、勘違いしてくる悪質な輩もいるんだ。

 そんな奴らに、そんな『畜生共』に負けてなるものか。

 わためには暖かさが味方してくれている。

 わための存在は、親切心で生きられるという象徴だ。

 本物のナイフは受け止められなくても、言葉のナイフは受け止められる。

 形がない悪質さと裏腹に、形がないからこそその傷を優しさで塗り替えてもらうことが出来る。

 

 素敵な世界に生を受けたのだ。

 

 世界には、こんな考え方がある。

 「未来は生まれた瞬間から既に決まっていて、人々はそれを知らないだけだと」。

 いつ夢が叶うのか、はたまた挫折して泣いているのか。

 いつまで生きているのか、はたまた死んでいるのか。

 それが分からないからこそ、我々は明日のために必死に道を選ぶ。

 その選択一つ一つが積み重なって、その人の人生となる。

 

 因果応報と言うが、この考え方で言うと、そんな言葉は意味を成さない。

 先が見えないだけで、決まった未来に進んでいるのだから、何をしても結果は同じ。

 善行でも悪行でもやってくる未来は決まっている。

 

 でも、わためはどちらかで括ると、圧倒的な善。

 わためがこの思想を持って動いてるはずもないが、とても美しいことだ。

 

 人生が善の積み重ねで出来ている人。

 人生が悪の積み重ねで出来ている人。

 

 善で出来ていた方が、ちょっとだけ素敵で誇らしいよね?

 

 人が見て無くても、とか、ちりつも、とかってこういうことなのかな?

 

 わためがそんな優しい存在であったら、「「「私たち」」」も誇らしいよ。

 

 勿論、ホロメン皆優しいから、言うまでもなかったかも知れないけどね。

 

 

 

 ……。

 

 

 

「あ」

 

 急に近くに居たフブキが小さく声を上げた。

 

「……? どうした急に」

 

 もう一人、少し離れた場所にいたフレアがちょっと驚いていった。

 ただ普通にバカタレ共で集ってゲームをしていたのだが、フブキがハッとして表情を変えたから、考え事をしていた二人は少しびっくりしていた。

 

「……いや、大したことじゃ無いけど、5期生来るらしいね」

「あー、そうだったねぇ」

「いやいや、かなり大したことでしょ」

 

 内容の濃さ的には重大。

 場が落ち着いていられるのは、全員が既に知らされていたから。

 

 今までの通り、どんな人が来るのか、そしていつでビュー配信があるのかは一切知らされていない。

 ただ一つ、出ている情報があるとすれば……

 

「今回は4人らしいね」

「みたいだねぇ」

 

 そう、今までは基本的に五人同時デビューだったが、今回に限り四人デビューらしい。

 理由は特にない。

 強いて挙げる理由があるとすれば、選考で適合する者がいなかった。

 それだけ。

 

「わためも遂に先輩だ~」

 

 わためが静かに目を光らせる。

 多分他の4期生もそう。

 皆が歩む道。

 先輩になる自覚と責任。

 

「先輩としての威厳を見せていかないとねぇ?」

「ホロメンで威厳って……あんま無いんじゃない?」

「言ってそらちゃんとかぐらい?」

「まあ……創始者で代表だしね」

 

 まだ入りたてのわためとフレアに加え、大先輩となり始めているフブキでさえも認めるそらの圧倒的な偉大さ。

 きっと皆の共通認識だ。

 でも、だからと言って近寄りがたい存在って訳でもない。

 

「でも、そらちゃんは威厳がありつつも、凄く親しみやすいよね」

 

 そう。

 それでもって一緒に居ても、場が緊迫しないのは彼女のコミュニケーションの取り方の上手さなどがあるのだろう。

 いや、寧ろそんな存在だからこそ『威厳がある』と言えるのかも。

 

「それにしても、どこまでホロメンって増えるんだろうね」

 

 フレアがふと疑問を口にする。

 視線はゲーム画面に向いているから、特に気にしてないのかも。

 

「う~ん……来年にはもう募集を止めちゃうかも知れないしね……」

「え、でもそれだったら、5期生の四人に後輩が出来ないって事になるよ」

「そんなこと言い出したら永遠に止まらないよ」

「止まらないホロライブ」

「そう言うのじゃなくて」

 

 まずい。

 いや、ある意味普通だからまずくは無いけど……。

 このままだと深夜テンション脳死トークに突入してしまう。

 

「……今日はこの辺にしとく?」

「うーん、わためはまだいけるけど?」

「あたしはいつまででも良いよ」

「そう? じゃあまだ居ても良いよ」

 

 特に理由あってでは無く、何となく集う三人。

 本当にバカタレだ。

 このバカタレに敵うバカタレは存在するのだろうか?

 バカと天才は紙一重って言うし、バカタレ共って天才共って言えるのか?

 

 何となく、この三人に敵う存在はいない気がする。

 一人一人が挫けそうなときも、三人寄ればきっと最強になれる。

 

 なんてのは妄想だ。

 でも、そんな気はする。

 

「そう言えばバカタレのオリ曲の話はどうなってる?」

「ああ、それなら今依頼中」

「申請までは通ったんだ」

「まあそこはね、流石に」

 

 脳死になる寸前の所で会話を繋げて、頭を動かす。

 

「そう、それで曲名くらいは自作したいと思ってるんだよね」

「おぉ~、いいね~」

「いんじゃない?」

 

 フブキの案に乗り気な二人。

 曲の方向性もまだ決まってないが二人とも快諾なら有り難い。

 

 まあ、そんなこんなで結局朝まで……。

 

 そんなの日常茶飯事さ。

 

 早朝、適当な時間で切り上げてそれぞれ仕事やら帰宅して就寝やら。

 

「……!」

 

 その帰宅路、わためは何かを目にしたらしい――。

 

 

 

 



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36話 その花は雪溶けに咲う

 

 5期生ともなると、先輩たちに憧れて入った、と言う者が殆ど――否、全員がそうだ。

 

 世界を震撼させるほどの熱い魅力を持ったあの人たちみたいに、アイドルではないアイドルをしてみたいと……そう願って。

 

 

 5期生。

 

 雪花ラミィ。

 ユニーリア出身のハーフエルフ。

 見た目に反して寒いのが嫌いらしい。

 重度のホロオタク。推しは船長。

 

 獅白ぼたん。

 ギャングタウン地方出身のゲーマーのホワイトライオン。

 好きな食べ物は角巻わため。

 色々と面倒くさがりだが多分5期生の中で一番しっかりしてる。

 

 桃鈴ねね。

 異世界の宇宙からやって来たオレンジ担当。

 シオンとksgkシナジーがある。

 加えて、歌唱力は歌姫級でダンスも得意な方。

 

 尾丸ポルカ。

 サーカスの座長を目指すフェネック(クウォーター説もある)。

 低気圧に弱くメンヘラっぽい。

 遅刻……。マジで急すぎるゲリラ……。は「稀によく」ある。

 

 

 

 ざっくり、こんな感じ。

 

 

 いよいよ純粋な人間比率が低くなる。

 しかし皆個性的でよくはある。

 

 

 その5期生。

 活動開始1~2ヶ月ほどして、ある一人に変化があった。

 その一人とは――ラミィ。

 

 そう、雪花ラミィ――。

 

 ――――。

 

 

 

 

          *****

 

 

 

 憧れた。

 

 初めて見たライブはNSS。

 森で彼女たちを知って、あの時のライブには行けなかったけど……。

 それでもあの人たちを追いかけるように配信を点けて、そして巡り会った。

 あの感動的な瞬間に――。

 

 憧れだ。

 

 初めて見たライブで心を奪われた。

 その時からもう熱が冷めない。

 ライブ前から、何かに囚われたように追いかけて、街へ出て、何度も選考用の書類を送っていたが、そこへ油を投下したみたいだった。

 いつも、大好きな配信を傍らに添えて。

 

 憧れだった。

 

 彼女たちと同じ世界に立って、同じ世界を見たかった。

 彼女たちみたいに配信をして、リスナーと言葉を交わすその感覚を知りたかった。

 彼女たちのように自分を知ってもらいたかった。

 

 彼女たちみたいに…………。

 

 

 ――――。

 

 

 私は5期生としてこの世界に足を踏み入れた。

 同期は三人。

 ホロライブ好きは私と同じだった。

 そして、ホロライブが好きと言うことは、今このホロライブに入った仲間三人も好きという事。

 出会って、話して、少しだけ見えた性格から好きになれた。

 皆優しいし面白い。

 やっぱり個性の塊だ。

 

 好き。

 もう好き。

 もう大好き。

 

 私もこの中でしっかり頑張っていこう、って、心に決めた。

 決意を胸に初配信からやって来た。

 ……のに。

 

 自分の歌に自信が無かった。

 自分の声に自信が無かった。

 色々と「素晴らしい授かり物」があるのに、どうしても自分を魅せる勇気が足りなかった。

 

 声を抑えた。

 歌を殆ど歌わなかった。

 先輩と積極的にコンタクトを取らなかった。

 

 みんな清楚って……ううん、これは違うの。

 たくさんメンバーにスパチャまで……違うの、これは……。

 エゴサしてて見つけたたくさんの応援コメント。

 ……ち、違うって。

 「私」はそんな……。

 

 こんなに人気なのは――多くの人が見ているのは、先駆者たちの努力故。

 そこに新たに加入した四人。

 その中で、自分は浮いていた。

 他の誰もが、そう思っていなくても。

 自分の中では確実に。

 

 先輩方が凄く遠い所に立っていて、そして5期生は今スタート地点に立っている。

 でも、私はそこから数歩後ろで足を竦ませている。

 みんなが前にいるんじゃない、私が後ろに下がっている。

 

 一歩、頑張って踏み込んでも、まだ距離がある。

 

「ラミちゃん、今度のコラボさ――」

 

 ししろん、いつもリードしてくれる。

 

「ねえラミィ、この前のさ――」

 

 ねね、いつも人一倍楽しそうで元気がもらえる。

 

「いやいやいや、俺のラミィだから!」

 

 おまるん、面倒くさい時が稀にあるけど、いつも気遣ってくれてる。

 

 

 …………何をやってるんだろう。

 何のためにここへ来たのか。

 

 近くでホロメンを見たいから?――違う。

 彼女たちに幸せをもらったように、もっと多くの人にこんな感情を届けたかったから。

 そして自分の姿を見てもらって、好きになってもらって。

 

 なのに、自分を魅せていない。

 

 皆が知る雪花ラミィは本物じゃない。

 偽物の私なんて存在しないけど、本当の私じゃない。

 必死に、選考書類を送った勇気は?

 懸命に準備して付けてきた自信は?

 どこにあるの?

 

 勇気と自信を付けようと、先輩を見れば、余計に不安が積もっていく。

 勇気と自信を付けようと、周りを見回せば、怖さが更に押し寄せてくる。

 

 どうしよう……。

 このままじゃ……。

 

 

「ラミちゃん? 大丈夫?」

「ん? 大丈夫」

 

 ある日、事務所にいたぼたんにそう聞かれた。

 理由は顔色や態度、表情が優れないから。

 彼女は洞察力が他の人より秀でている気がする。

 

「そう? なんか悩んでるんなら聞くけど」

 

 大丈夫でないことを既に察している。

 その上で、話すかどうかを強制しない。

 当然と言えば当然だが、申し訳ない気持ちにさせられる。

 

「ありがとう……でも、本当に大丈夫だから」

 

 微笑むラミィ。

 ラミィはいつも楽しそうだ。

 でも、いつも満足できていない。

 

「……それは、あたしだから言えないこと? それともそれ以外にも?」

「……えっと……」

 

 戸惑うラミィ。

 なぜだか今日は押しが強い。

 

「そっか……。もしあたし以外に持ちかけれるなら、先輩たちは流石に厳しいけど、ねねちゃんとおまるんなら今すぐでも呼んだら来てくれると思ったから」

 

 自分が力及ばずであるなら、と代わりの相談相手を提示してくれる。

 確かにその二人には話しやすいだろう。

 

「い、いいよ、流石に突然呼び出すのは迷惑だし……。それに本当に元気だから」

 

 まあ、そうなるよな。

 こんなことで動くようなら、とっくに悩みを打ち明けてくれてるはず。

 

「そっか、しつこくごめん」

「……こっちこそごめんね」

 

 どんどん負の感情が悪化していく。

 負のスパイラルで、悪化の一途を辿っていく。

 

「あれ? ラミィいんじゃん」

「ん、ホントだ」

 

 そこへ、聞き覚えのある、とてもよく響く声がした。

 声は二つ。

 声の主は今話題となっていたもう二人の同期。

 

「あー……」

 

 ぼたんが何か気まずそうに声を漏らした。

 タイミングミスった。

 そんな言葉が彼女の脳内にあったのかもしれない。

 

「え⁉︎ もしかして今呼んだの⁉︎」

 

 まさか、とラミィが珍しくあたふたとし始める。

 冷静になればまず不可能。

 光速でも壁を壊して来ないとできない。

 

「あ、間が悪かった感じか」

 

 ポルカが状況から失敗に気づく。

 が、取り返しは効かないのでもう隠すわけにはいかない。

 

「こっそりラミィの悩みを解決しようの会でしたー」

 

 ねねが笑って「わー」と拍手する。

 渇いた拍手の音が何度も室内に響く。

 

「おいおいおいおい、あまりにも酷いネーミングだな」

「じゃあおまるんなんか考えてよ」

「んー……ラミィ攻略会議」

「……割といいかも」

 

 自分よりはいいかも、などと二人で小さなコントを始める。

 ぼたんはどうでも良さそうに二人の話を流す。

 ラミィは惑いに戸惑い、もはや冷静でいられない。

 

「ごめん、心配だったからあたしが勝手に二人と相談したくて呼んでたの」

「え……」

 

 ぼたんがそんな面倒なことを態々?

 ラミィが心配で?

 

「いっそもう言っちゃうけど、困ってるんでしょ?」

「…………うん」

 

 流石にここまでされては嘘をつき通せない。

 そのための会議……というわけか。

 そんなこと、わざわざ……。

 

「まあ、解決できるできないの問題は別としても、人に話すだけでも気持ちが軽くなるから」

 

 ポルカがポルカらしくラミィに話すように促す。

 ねねもポルカの言葉に同意、と首を数回縦に振る。

 

 「取りあえず座ろ?」と、ぼたんが促したことによって、全員がテキトーな席に着いた。

 

「……なんて言うか、自分に自信が持てなくて……」

 

 と、抽象的にではあるが、ラミィが重々しく口を開いて言った。

 

「……自信がないから、何をしようにも勇気が出なくて」

 

 悔しそうに顔を伏せる。

 涙を堪えている表情が目に見えて分かる。

 三人は知っている。

 ラミィは表と裏で様子が異なっていたから。

 でも何で自信が持てないのか、何故勇気が必要なのか、詳細は分かってあげられない。

 

「そっか……」

 

 一同が沈黙した。

 

「……自分のペースでゆっくり――って言いたいとこだけど、その結果が現状だから困ってるんだよね……?」

 

 ぼたんがラミィの俯く横顔を見ながら声を掛けた。

 特にラミィの表情は変化しなかった。

 

「――少しずつ変えていくとかは出来ないの?」

 

 ねねが簡単な案を出す。

 簡単と言っても、考案が簡単なだけで、決して実行は簡単ではない。

 

「いや、少しずつ変化するって基本的に無意識下で起こるものだから、意識して徐々にってのは難しいと思う」

 

 ポルカがその難しさを示すことによって早速その案は崩れた。

 次なる案を各々模索し始めた。

 よってまたしても無言。

 

「……」

 

 ラミィはその静寂に不安が募り、そっと顔を上げた。

 

「「「……」」」

 

 見れば、三人が時を忘れそうな程に頭を抱えている。

 

「ぁ……」

 

 何かを言おうとしたが、喉元でつっかえる。

 言葉が浮かばないのではなく、言葉に出来ない。

 

 何をしているんだろう……ラミィは。

 

 仲間が、こんなに悩んでくれている。

 自分のために。

 こんな素敵な仲間に囲まれているのに、何を怯えているのだろう。

 

 今、ラミィを推してくれる人がいても、その人が果たしてこのまま推し続けてくれるのか。

 将来、違う自分を見せた時、その人たちがそばにいてくれるのか。

 そう、それが怖い。

 自分がそれを見せることによって、ホロライブに妙な影が差してしまうのではないか。

 そう、それも怖い。

 いや、言ってしまえば、もっともっと、たくさん怖いことだらけ。

 

 だけど、この三人を見て、ちょっと勇気が湧いてきた。

 

 リスナー全員を釘付けにするなど無理な話。

 この先離れていく人は少なからずいる、けれど。

 必ず誰かが将来の古参になってくれるはず。

 そして、将来新たな未来古参を得られるはず。

 

 自分がそうだった。

 リスナー側の気持ちは、分かっているはず。

 もし、たくさんの人が離れてしまって、悲しくて、泣きたくなった時、ここに仲間がいるから、泣きつこう。

 

 先輩たちと絡むのだって、怖いけど……。

 自分の大好きな先輩たちは、すごく優しい。

 一リスナーとして、知っている。

 相談を持ちかけるようなことは、できなくても。

 ちょっと先輩の優しさに甘えることは、いいよね?

 

 

 そうだ、だから、もうやめよう、立ち止まるの。

 

 

 自分を変えるのは難しいけど、これからやることは自分を変えることではない。

 私はずっと私だから。

 今まで見せていたのは、恐怖に震えるただの自分。

 

 

「みんな、ありがとう」

 

 

 三人にそう笑ったことは、覚えている。

 

 

 ーーそれから数日後。

 リスナー側からすれば、雪花ラミィは変わった。

 きっと、何も言わずに離れた数名もいるのだろう。

 きっと、何も言わずに惚れた大勢がいるのだろう。

 

 でも、ラミィの見せたかった、本当の自分を魅せられている。

 それが、何よりも嬉しくて、楽しくて、幸せなことだと知った。

 

 先輩の方から声をかけてくれて、どんどん絡んでいくようになった。

 やっぱり、自分の最推しなだけあって、いつも力をくれるんだ。

 

 今、ラミィを知った人はあの時の私を知らない。

 あの時の自分は自分と思えないし、今思うと少し恥ずかしいかもしれない。

 ……でも、無かったことにはしない。

 スタートラインから一歩引いたところに立っていた。

 そう思ったけど……。

 自分のスタート地点が、他の人より少し後ろにあっただけなのかも。

 そう考えたら、やっぱり一歩目からの記録が自分にも、動画としても、そして新たなファンの人達の中にも、残っていた方が、世界が広がる。

 その方が、雪花ラミィの成長量が、多く見えるでしょ?

 

 

 とある物語は、一度も凍ったことがない。

 いつも、その物語の主人公は、色とりどりの花に囲まれているらしい。

 しかも、その主人公が目にした花は、全てが咲き誇っていたと言う。

 

 そしてまた、新たな花が重たい雪を押しのけて、笑顔を向けるので、主人公が独りぼっちになることはなかったそうだ。

 



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37話 兎の恩返し

 hololive 2nd fes. Beyond the Stage。

 

 間もなく開催される、ホロライブの大型ライブ。

 規模の大きさから、以前とは異なり、2日に分けて開催される。

 

 残念ながら5期生は準備期間がないため、出演はできない。

 盛り上げ役として、応援含めしっかり活動していく予定だ。

 

 いよいよホロライブもこの国屈指の大型企業として数えられるようになりはじめた。

 そして、それとほぼ時を同じくして、ころねとフブキがチャンネル登録者100万人を突破した。

 アイドルの動画配信者がこの数を記録したのは過去に約3名。

 とても偉大な歴史となった。

 

 さらにその数日後、もう一人、ホロライブでチャンネル登録者100万人を突破した者が現れた。

 

 

 

          *****

 

 

 

 夢はでっかく100万人!

 

 そこが配信者でいえば、大きな節目になるから。

 でも、今の自分には到底不可能な世界。

 夢のまた夢。

 だと思って、設定した仮の目標。

 

 ホロライブで、まさか自分が三人目の達成者になるとは。

 感慨深いと言うより、衝撃が強すぎる。

 でも、この目標を達成してしまったら、この先の目標は……?

 

 

 勿論、3期生ライブは3期生の全体目標として、永遠に望む。

 でも、何だろう……。

 早く新しい目標を見つけないと、この「燃え尽き症候群」は解消されない。

 

 ここまで行けば、きっとホロライブの顔になりつつあると言っても良いはず。

 創始者のそら、最速のころね、ホロライブの顔――フブキ。

 ここに兎田ぺこらの名前も並ぶようになったことは素直に嬉しい。

 

 それもこれも、先輩たちの作り上げたこの場所と、野うさぎたちの応援あってこそ。

 

 でも、どうすれば?

 目標を失って現れるこの喪失感。

 簡単に新目標なんて立てられないし。

 目標が簡単すぎると、すぐに達成してまたこの症状が起きる。

 逆に難しすぎると、達成できない絶望感から無力感に苛まれる。

 今すぐに適度な目標が浮かばない。

 

 このままずるずると燃え尽きた状態を引き摺っていると仕事に熱が入らなくなる。

 メンバーや野うさぎたちに迷惑を掛けてしまう。

 

 自己解決は難しいだろうか?

 誰かに相談すべきだろうか?

 でも、そこまで重大なことだろうか?

 忙しいメンバーへの相談は、やはり気が引ける。

 どのホロメンもよく思っていること。

 

 ……そうだ!

 こんな時は、原点を想起するんだ。

 

 自分がこの界隈に踏み込んだあの日を。

 それから、どんな経緯で、何が起こって、ここまで辿り着いたのか。

 自分を見つめ直すことも、解消のきっかけとなるから――。

 

 

 

          *****

 

 

 

 始まりは、本当に突然だった。

 人見知りであるぺこらが、静かに町中を歩いていると、突然声を掛けられた。

 驚きの余りに、挙動不審になりながらも用件を聞けば、ホロライブでアイドルをやってみないか?と言う誘いだった。

 特に何かをしていたわけでもないぺこら。

 まだどんなアイドル事務所なのかも確立していない時代での勧誘ではあったが、乗ってみることにした。

 人と話すことを不得意としながらも、面接をきちんとこなし、合格した。

 

 どうやら、ホロライブ3期生――ホロライブファンタジー、としてデビューすることになるらしい。

 同期が他に四名もいると聞いたときは、上手く付き合っていけるか不安だった。

 

 でも、初めて出会った同期はとても親切で可愛い子だった。

 

 そう、三期先行デビュー組の仲間、るしあだ。

 本人曰く、人見知りのコミュ障と言うが、ぺこら的には十分積極的な方に思えた。

 よく話しかけてくれたお陰で、不安な感情がいつも心の隅にいた。

 

 初配信、どちらが先か、と言う問題もあった。

 

 二人とも、当然トップは緊張するから、二番手がよかった。

 「どうする?」「どうする?」って何度も言い合って。

 最終的には、「ぺこらがいくよ」と、自ら進んだ。

 なんでかな?

 

 二人がデビューして約一ヶ月後にもう三人が初配信をした。

 後発の三人は、先発の二人に比べて大人の魅力?ってやつが強かった。

 年齢で言えばるしあ、フレア、ぺこらの順で高いのに……。

 でもそんなこと関係なく、皆仲良しになれた。

 他の先輩方も勿論優しいし、一緒に居て楽しいけど……3期生でよかったなって思う。

 これはきっと、各期生が自分の期について思っていること。

 

 それから、色々あった。

 

 ホロライブサマーは、自分が関与する機会は無かったけど。

 デビューから間もなく、4期生の加入。

 非常食扱いされて大変だった。

 けど、4期生加入からそのポジションは変わった。

 カートレース大会もあった。

 1st.fes 「ノンストップ・ストーリー」にも出演させてもらえた。

 そして近場で誕生日――初めてあんなに多くの人に祝ってもらえた。

 前から好きだったゲームに更にどんどんのめり込んでいった。

 そこから、あっという間に1周年で。

 5期生も入ってきて、後輩が増えちゃって。

 ホロライブ大運動会なんて、大きな行事が開かれたり。

 近々2nd.fes Beyond the stageの開催まで……。

 

 そして……今のチャンネル登録100万人に到達――。

 

 暖かい日、暑い日、涼しい日、寒い日。

 年中無休で活動していたのに、すごく幸せで居られる。

 

 やっぱり、支えてくれる仲間と野うさぎたちが居たからこそ。

 

 彼ら、彼女らがいなければ、自分はどうなっていたんだろう。

 

 あの日のスカウトが、初配信の先陣を切ったあの勇気が、側で笑い合った仲間たちが、いつも見守ってくれている野うさぎたちが、今の自分を作り上げたと言っても過言ではない。

 よく数には拘らない、って思想の人もいる。

 それはそれで素敵だけど、数はわかりやすい指標だ。

 縋って、固執することは無くても、自分を夢へ導く存在の一つとすることは悪いことでは無いと思う。

 

 100万まで届いたってことは、それだけの人に見られているって事。

 つまり、それだけ自分は世界に影響を及ぼす存在であるって事。

 そこの所を自覚していかなければ。

 

 

 そうだな……なら……。

 

 

「たくさんの人が自由に集まって、楽しめる場所にするってのはどうぺこですかと!」

 

 

 配信で、そんな目標を掲げてみた。

 『いいね』『ええやん』『ぺこらっぽい』『いいこというやん』

 なんて、色んなコメントが目についた。

 

「野うさぎのひとも、そうじゃないひとも、気楽にこのチャンネルに来て、少しでも楽しめたらいいぺこな」

 

 すこしドヤっとするが、それだけ良いことを確かに言っている。

 

 ふふふ、皆ぺこーらの言葉に沸いてるぺこな。

 そうでしょうそうでしょうと。

 あんたたちに掲げる目標としては、結構な事ではないぺこでしょうか。

 

 

 たくさんのことがあった。

 色んな事をした。

 大変な時も、楽しいときも、悲しいときも、嬉しいときも。

 どんなときも、仲間とリスナーが居てくれた。

 

 でも、人見知りには、面と向かって伝える勇気は中々わかないもの。

 だから、この感謝の気持ち、活動で返していこう。

 

 返せない程の恩は、返しても再び受けることになる永久機関。

 この新しい目標は、決して達成できない目標だけど、リスナーに返すたびに、彼らが反応をくれる。

 その喜ぶ声を聞いて、返せていることが実感できる。

 そうすれば俄然、気力が増してくる。

 この新たな目標は、兎田ぺこらを無限に強化する永久機関。

 

 恥ずかしいから、絶対誰にも言えない、彼女だけの密かな目標。

 

 そんな目標を彼女が持っているとしたら?

 

 『私たち』の『するべき事』は、永遠に決まっている。

 



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38話 Lacking

 hololive 2nd fes. Beyond the Stage。

 

 大盛況だった。

 Day1,Day2共にかつて無い盛り上がりを見せた。

 

 訳あって、現地ライブは出来なかったけど、コメントやネットの様子から、世界トップクラスの盛り上がりだったことは確実。

 

 だが、今回は詳細については割愛させてもらおう。

 

 2ndliveが成功した。

 その事実をここに記す。

 もし、その成功ぶりが気になるのであれば、やはり自分の目で確かめることが一番だ。

 

 さて、その後についてだが……やはり、色々ありすぎた。

 

 クリスマス歌リレー、ポルカのデビューライブ、正月カートレース大会、あくあのチャンネル登録100万人突破、ぼたんのデビューライブ、マリンのチャンネル登録100万人突破、ラミィのデビューライブ、はあとのチャンネル登録100万人突破、ホロライブ公式のチャンネル登録100万人突破、ココのチャンネル登録100万人突破と、まるで毎日が記念すべき日。

 

 そして、その様々な記念日の合間合間に、複数のオリジナル曲が発表された。

 とある、プロジェクトのために――。

 そう、Bloomのために。

 

 「今宵はHalloween☆Night!」「BLUE CLAPPER」「百花繚乱花吹雪」「至上主義アドトラック」「Candy-Go-Round」「でいり~だいあり~!」「Suspect」「STARDUST SONG」「Dreaming Days」「あすいろClearSky」。

 

 これは、ホロライブのアイドルプロジェクト。

 日頃、芸人などと呼ばれるが、この日は絶対にそうは言えない。

 何より、思えない。

 

 そんなライブにするべく、出演者は努力を重ねてきた。

 

 

 これは……その歴史の中に眠っている、語り継がれるべきお話。

 

 

 

          *****

 

 

 

 冬の日差しに照らされ、一人の少女が歩いている。

 太陽は、しっかりと少女を照らしているが、冬の冷気はその暖かさを物ともせず襲いかかる。

 冷気が少女の金髪を吹き上げると、冬の日差しに照らされて金髪が煌めいた。

 

 異世界からこの世界に来て、ホロライブに入社して……。

 毎日が楽しい。

 忙しさこそあれど、やっぱりその間が全盛期って言うし。

 まだまだ頑張れる。

 やる気と根気は、人一倍あるから。

 

 毎日、会社までの道のりも気分がいい。

 

 桃鈴ねね。

 夢は宇宙一のアイドル。

 

 街の騒音を聞くたびに、今まで見てきたライブの喧騒がよみがえる。

 アイドルとして、ホロライブでデビューする以前から数多くのアイドルを目にしてきた。

 そのライブの光景。

 アイドルとしての様。

 想起するたびに、勇気とやる気がわいてくる。

 

 自分もやってやるぞ!

 と言う、強い思いが。

 この高揚感が。

 桃鈴ねねに力を与えている。

 

 そして、間もなく、待ちに待った、Bloomがある!

 

 

 

 Bloom――そう、花咲くホロライブ。

 夢のようなアイドルプロジェクト。

 

 なんと、世界初で『魔法を使用したライブ』が、ホロライブで開催される。

 そもそも魔法師が少ないこの世界。

 魔法を使えても、基本的には規制が掛けられ一般使用は認められない。

 だから、会社が動いて、使用許諾を得てくれたのだ。

 その代わり、会場は定められた場所。

 衣装も魔法対策の施された素材の物を使用すること。

 この二つが最低限のルールとされた。

 

 また、魔法使用と言っても、シオンの黒魔術を酷使するのではなく、国から魔法の演出用の機材を借りて使用する。

 

 この試みが成功するか否か……。

 それはまだ分からないが、新たな扉を前にしていることは確かだ。

 

 その、大きなライブに、ねぽらぼの出演が決まった。

 この日のためにいくつも公開されたオリジナル曲の内の一つ、BLUE CLAPPER。

 ねぽらぼの曲として最高の曲が出来た。

 皆にも是非、家で手を叩いて応援して欲しい。そんな曲。

 有名な歌にもあるように、幸せなら手を叩こう。

 手を叩いたら、きっと幸せになれる。

 

 楽しみだ――。

 

 

 ライブに出演する者が一堂に会した。

 理由は勿論、ライブの打ち合わせのスケジュールや、今後の予定――主にレッスンについてだ。

 

 基本的にはソロレッスンだが、やはりユニット曲等は合同練習が必須。

 魔法の関係もあり、相当大変なスケジュールだった。

 

 でも、全員の闘志が燃え上がる。

 既に熱気で冬を忘れそうな程。

 

 

 

 ――翌日。

 

 早速レッスンの開始だ。

 ダンスレッスン。

 キュッキュッ、と靴のこすれる音は聞き慣れた。

 冬でも汗を掻くほどの練習。

 動くと汗が床にはねる。

 

 ボイスレッスン。

 防音室の中、よく声が通るため自分の声が分かる。

 まだまだ、足りない。

 

 次の日は休み。

 でもその次の日はまたレッスン。

 

 でも、ねぽらぼで練習だから楽しみにしていた。

 

 妥協はしないし、手も抜かないけど、楽しみながら合わせていく。

 リズムとステップにずれが生じた。

 歌声が上手く重ならなかった。

 一人、出遅れた。

 ステップでつまずいた。

 

 まだまだ、始めたばかり。

 4人に慢心はない。

 気持ち面持ちは上々。

 まだまだ、足りない。

 

 ――。

 

 

 ある日――。

 

 

 練習前にねねは事務所に呼ばれた。

 

 中々に仕上がってきた今、毎日のレッスンが楽しい。

 その日も、レッスンを楽しみに家を出て、独りぼっちで冬の日差しを受けて歩いた。

 毎日寒いのに、外に出ることが憂鬱じゃない。

 それが、自分の中でも信じられない。

 

 毎日のこの出勤?が夢への道のようだ。

 

 打ち合わせの調整が要件だときいて、早めに家を出た。

 

 

 集合した部屋には、えーちゃんとねねのマネージャーだけ。

 ねねが入室したが何故か既に空気が重い。

 ねねの入室に、二人は即座に反応した。

 えーちゃんは眉を寄せて、マネージャーは目を伏せるような挙動を見せた。

 何だろう……この不安感。

 

 ねねは状況が読めず二人に聞いた。

 

「何かあったんですか?」

 

 ねねの言葉に口を開きかける二人。

 正直反応が微妙だ。

 その、普段はあり得ない微妙な反応が更にねねの心に襲いかかる。

 

 少し戸惑いを見せ、僅かな静寂が訪れる。

 その静寂、全く静寂では無かった。

 皆、自身の鼓動が五月蠅くて。

 

 早めにここに着いたが、ねねは後にレッスンが控えている。

 早くしないと、他の三人に迷惑を掛けてしまう。

 そう思って、会話を促しかけた時、えーちゃんが、重々しく口を開いた。

 とても、ゆっくりと。

 

「近々、開催されるBloomの事なんですが……」

 

 メガネが一瞬ずれた。

 それをねねは目で追った。

 

 空間に酸素が、まるで足りない。

 

 えーちゃんが、そこまで言ってメガネを直すと、少し息を吸った。

 

「……本当に申し訳ありません」

「な、何が……」

 

 申し訳なさよりも、圧倒的に心を支配している悔しさ。

 それをねねは感じ取れた。

 だって、あんな顔、見たことがない……。

 

「……発注にミスがあって…………ねねさんの、ライブ用衣装の製作が……間に合いません……!」

 

 えーちゃんが真摯な目で、悔しさを表情の裏側に滲ませて、ねねに告げた。

 一瞬、言葉が飲み込めなかった。

 あんなに、ゆっくり、話してくれたにもかかわらず。

 

「……え?」

 

 ねねは、側のマネージャーに視線を向けた。

 向けると、マネージャーは視線を逸らしかけた。

 でも、強い意志で、絶対に逸らさなかった。

 

 その目は、乾ききっているのに、泣いているようだった。

 まさか、泣き枯らした、なんてことはないだろう……。

 だって……。

 衣装……。

 

「衣装なら……」

「専用の衣装が無いと、規制に反するため…………ライブには……!」

 

 追い打ちをかける。

 一瞬の間でも、希望を見せることが、辛かった。

 既に、えーちゃんも泣き枯らしていた……なんてことは……。

 だって……。

 衣装……くらい……。

 

 太陽が……隠れ始めた。

 冬が……襲いかかってきた。

 雨が降りそうだ……。

 

「完全にこちらのミスです」

 

 えーちゃんが、視線を落とさずに、必死に訴える。

 が、そんなことは関係ない。

 

 誰が悪いとか、誰も悪くないとか、どうでもいい。

 

 ねねの目が……少しずつ潤み出す。

 もはや、あふれ出す全てを止めることは、誰にも出来なかった。

 

「じゃあ……BLUE CLAPPERは……?」」

 

 感情が言葉に乗る。

 震える声が、虚しく、室内で小さくなっていく。

 

「ラミィさん、ぼたんさん、ポルカさんには出演してもらう予定です」

「……よかった……」

 

 よくない。

 全くよくない。

 何で自分だけ――。

 でも、そんなこと言えない。

 表に出せない。

 

 だって……誰も悪くない……。

 それが実に憎たらしい。

 もし、悪い奴がいれば……どれ程気が楽だったか。

 強いて……強いて、この問題を引き起こした悪が居るとすれば……それはこの世界だ。

 この世界の、不条理がそうだ。

 

 泣く泣く――本当に、泣いて、リスケした。

 

 なんだ……このスケジュール……。

 こんなことって……。

 

「……」

 

 沈黙。

 沈黙だ。

 暖房の稼働音が、プロジェクタやPCが熱を吐く音が、それぞれの律動が、耳を澄ますまでも無く響いてくる。

 まるで騒然としている。

 

 騒がしいのは、感情だけでいい。

 

「……今日は、えっと……帰ります」

 

 今日、この短時間で今までの疲労が突如押し寄せた。

 体がだるくなってきた。

 リスケの結果、この後の練習は無くなった。

 

 この心の痛みは、夢じゃない。

 知らないほどの、傷。

 これが、夢であるものか。

 

 疲れ切ったねねは、静かに強く扉の取っ手を握り、開き、ゆっくりと、去って行った。

 綺麗に整えられていた後ろ髪が、今のねねの感情と、不釣り合いだった。

 無言で見送る二人はそんなことを感じた。

 

 

 会社を出ると、一段と寒かった。

 服装は変わっていないから、きっと気温が下がっている。

 そうでなければおかしい。

 

 沈んだ表情で空を見上げれば、雲間から冬の太陽が小さく顔を見せている。

 雲自体は多くない。

 雲の色も悪くない。

 今日は、雨も雪も降りそうにない。

 ――いや、雨は……やっぱり分からない。

 

 今の心模様には……雨の方が似合う。

 

 いっそのこと、雨に濡れてしまえば、自分が世界から浮いて見えないから……。

 今は、寒い風に吹かれるだけ。

 太陽を隠す雲も、遂に持ち場を離れて、日差しが再び差し始める。

 ねねは、一歩も動いていない。

 

「……」

 

 そうだ……。

 このことを――ライブのことを、皆に伝えに行こう。

 もう伝わってるかも知れないけど、せめて自分の口で。

 

 決意は堅い。

 傷は深い。

 風は冷たいし、空は青い。

 

 早く皆のところへ行こう……。

 

 

 ――――。

 

 

 どれだけ時間を掛けて歩いたか分からないし、今が何時かも分からないけど、寒くない。

 冬だからか、乾燥が激しい。

 が、余り気にならない。

 

 そんなことよりも、三人に会うことが、とても気がかり。

 伝達してすぐ帰ろうと、そう決めているはずなのに――。

 この思いを分かって欲しい、少しでも支えになって欲しいと思う自分がいる。

 

 レッスン室のある建物の前で、自分の影を眺めていた。

 見ていると、いつか影が消えた。

 おもむろに空を見上げれば、また雲がかかっている。

 薄灰色の曖昧な雲。

 降るなら降れ。

 

 脚が重たい。

 手が上がらない。

 視線が定まらない。

 

 決意は堅い。

 傷は深い。

 風は冷たいし、空は青い。

 

 奥歯をかみしめ、意味も無く目を擦る。

 目頭が久々に熱い。

 まだ、感情の整理が出来ていないようだが、レッスン室に入った。

 建物に入って、レッスン室に着くまでは短かった。

 だってそもそも、入り口の割と近くにあるから。

 

 暖房が暖かい。

 廊下に人はいないけど、扉の前に立つと何故か急かされた。

 時は無慈悲にも流れるから、迷わずに扉を開く。

 

 扉を開くと、空気の熱さを感じた。

 熱い。

 一瞬で視線が集まる。

 視線の向け所に困惑した。

 いつもの安心する三人の優しい目。

 それが却って心情を揺さぶる。

 

 目頭が熱すぎる。

 

「ねね!」

 

 ポルカが気さくに声を掛ける。

 レッスン室特有の床が照明を反射する。

 実に眩しい。

 

「ねねねが来ないから、体調崩したかもって丁度話し合ってたところよ」

 

 ラミィがいつもの声で優しい言葉を掛ける。

 レッスン室特有の壁が音を反響させる。

 実によく声が通る。

 

「大丈夫? あんま元気なさそうだけど」

 

 ぼたんが静かに素早く歩み寄って額に手を当ててきた。

 レッスン室特有の熱気が体温を上げる。

 実に温かい手だ。

 

「うん、それは大丈夫」

 

 熱なんてない。

 そう、熱がない。

 今は、何にも熱が入らない。

 

「そう? 練習できそう?」

 

 ……。

 

 ……。

 

 まだ知らないらしい。

 

 荷が重い。

 

 この口から、どう頑張って伝えるか。

 皆は既に練習準備完了だ。

 やる気ある三人。

 だって、初めての大型ライブ参加だから。

 

 言わないと、三人の練習時間を無駄にしてしまう。

 

 でも、この情熱に水を差したくない。

 ……いや、違う。

 このジレンマは、もっとわかりやすい。

 

 この葛藤は、とても簡単な二択によって、行われている。

 

「……うん、すぐ準備する」

 

 抗えなかった。

 もう、泣きたかった。

 

 4人で必死に歌った。

 4人で必死に踊った。

 4人で必死に合わせた。

 汗を流して、息を切らして、心臓をバクバク言わせて。

 

 楽しかった、と同時に、悲しかった。

 夕焼けの差し込むレッスン室、トレーニングの終了を迎え、これからどうするかなどを話し合おうとしたところ、ねねがそそくさと動き出した。

 

「ごめん、やっぱり体調悪いかもしんないから、先帰るね」

 

 やっぱりもう、練習はいいや……。

 

 足早に部屋を出た。

 背中に感じる視線に涙を堪えて。

 

 

 ねねのその様子。

 不自然極まりない。

 察しの悪い者でも、同期となれば分かる物がある。

 通じる物がある。

 

「……どう思う?」

 

 と、ぼたん。

 

「どうって言っても……変としか」

 

 表現に悩むポルカ。

 

「……」

 

 無言で扉を見つめるラミィ。

 

 ここは照明の反射が眩しい。

 ここは声がよく響く。

 

「心配だね……」

「……何か、前のラミィみたい……」

 

 ぼたんの一言にラミィがそんな言葉を漏らした。

 

「「……」」

 

 それについて二人が少し押し黙った。

 

「――あ、ラミィみたいって言っても、状況が似てるって話ね?」

 

 決して、悩みの種が同じではないか?という意味では無いと、念を押す。

 が、流石にそれは杞憂。

 

 ……と、そこで再び扉が開いた。

 

「――? あ、えーちゃん」

 

 なんと、えーちゃんがこんにちは、と声を掛けながら静かに入ってきた。

 三人に寄ると、お疲れ様ですと労って、微かに曇ったメガネを拭く。

 

「どうしたんすか?」

「ええ、ちょっと……ライブの件で一つ変更点があるので……」

 

 メガネをかけ直しながら、気まずそうに少し声を抑えていった。

 

「あ、でも、丁度今さっきねねねが帰ったんですけど」

「……ねねさんは、ここで練習を?」

「……? はい」

 

 えーちゃんの馬鹿げた質問。

 ここに練習意外なにしに来る?

 不穏な空気が流れ始めるが、3人はまだ察せない。

 こんな理不尽な世界の運命のことなど。

 

 

「……心構えをしておいてください」

 

 

 恐ろしい前置き。

 三人は緊迫した表情で息をのんだ。

 何を、どう、身構えれば良いのか。

 

 えーちゃんに連れられ、同じ建物内の小さな部屋へ移動した。

 その間、誰一人として喋ることは無かった。

 

 そして、到着した小部屋で、3人は、あるいは4人は、泣いていたかも知れない。

 



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39話 悪魔的

 夢は宇宙一のアイドル。

 

 

 今も、昔も、これからも、決して変わることのない夢。

 

 

 どんな天変地異が起きても、何かに挫折したり、暗礁に乗り上げたりしても、夢は変わらない。

 

 思い描く理想の自分になれるまで――。

 

 

 

 もう随分会ってない。

 

 コラボでは何も考えず、楽しく配信してるけど、練習が無くて直接会う機会はない。

 励ましや、応援の言葉はいっぱいに貰ったし、もう割り切ってはいる。

 ライブも間近。

 皆の所へ行って、何か激励でもしようかと、何度も思った。

 けど、却って気まずい雰囲気にならないかが心配で、足がすくんだ。

 

 それに、何より……皆の前でまた泣いちゃったら……。

 

 だから、通話で話した。

 皆、頑張ってって。

 ライブ見て、手叩いて、応援するからって。

 

 そう、配信があるから、パソコンの前に座って、皆の勇士を見届けるから。

 せめて、自分に出来ることを。

 それに、先輩たちのカッコ良い姿も見たいし。

 

 

 

          *****

 

 

 

 ……ライブ、とうじつ。

 

 よい天気。

 とても清々しい朝に始まり、夕方まで雲一つ出ることは無かった。

 ただ寒いだけの冬の日だった。

 ライブには絶好の気候とも言える。

 ねねは、少し早めに待機所に入り開演を待った。

 

 ライブに出ないメンバーは、今何しているだろう?

 ねねみたいに、待期してるのか?

 

 ライブに出るメンバーは、今頃どうしているだろう?

 ねね以上に緊張しているのか?

 

 あと20分――あと15分――あと10分――あと5分――。

 

 開演時間が徐々に近づく。

 それと同時に緊張が走る。

 手に汗を握ると、喉が渇く。

 拍動を聞くと、呼吸が速くなる。

 

 照明を暗くして、ライブ会場のように。

 他の部屋でさえもカーテンを閉めて、必要ない光を抑えて。

 防音室の中で、雑音を遮断して。

 

 ライブただ一つに全集中力を捧げる。

 わくわくどきどき。

 

 防音室だから、ほぼ無音。

 そこそこ長くなるだろうけど、少なくとも今は換気扇はいい。

 パソコンの画面が明るい。

 薄暗い部屋に、明るいパソコン。

 その画面に、薄らと映る自分がいた。

 ……よく見えないが、あまりいい顔をしていない、ように見える。

 

 早めにお風呂も済ませて、準備は万端。

 

 さあ!

 始まる!

 花が咲く!

 

 

 ――――。

 

 

 1曲目――。

 Dreaming Days。

 9人の先輩方が、可愛い衣装で、華やかに登場する。

 アイドルとしての新たな一歩。

 新たな世界を開拓する夢のような時間の幕開けだ。

 

 美しすぎる。

 流石先輩方だ。

 

 2曲目――。

 Candy-Go-Round。

 また違う5人の先輩方の見せ場。

 愛嬌のある曲にぴったりの演出と振り付けが魅了してくる。

 

 可愛すぎる。

 流石先輩方だ。

 

 3曲目――。

 さくら色ハイテンション!。

 みこ先輩の曲だ。

 曲名通りテンションを上げられる曲。

 他2曲も素敵だが、この場にこの曲を持ってきたことがエリート。

 当然、歌もステップも先輩として憧れる。

 

 気持ちが高ぶる。

 流石先輩だ。

 

 4曲目――。

 ぺこらんだむぶれいん!。

 ぺこら先輩の曲だ。

 曲調が激しくて、踊りながら歌うのは大変そうだ。

 でも、いつもの元気な姿で、苦悶の表情一つ無くステージを跳ね回る。

 

 躍動感に満ちている。

 流石先輩だ。

 

 5曲目――。

 ぺこみこ大戦争‼。

 ぺこみこの曲だ。

 二人の戦友的な友情を感じる。

 乱闘のようで、ただのじゃれ合いのよう。

 これこそぺこみこ。

 

 愉快痛快が溢れる。

 流石先輩たち。

 

 

 ここまで、じっとライブを見つめていた。

 気付けば時計の針はかなり進んでいる。

 心拍数は上がる一方だが、汗は流れなくなった。

 瞳孔が開き、凝視するように画面を必死に追っている。

 感情が騒がしい。

 

 あと5曲。

 何を考えているのか、自分でも分からないが、10番目の曲がBLUE CLAPPERだ。

 

 何か、恐怖に追われるような思いで、ライブを見ている。

 

 でも……同期の応援はしないと。

 

 

 ――。

 

 

 ライブに休憩時間なんて無かった。

 

 

 6曲目――。

 でいり~だいり~!。

 

 7曲目――。

 君と眺める夏の花。

 

 8曲目――。

 For The Win。

 

 9曲目――。

 ヒロインオーディション。

 

 

 どれも先輩たちの魅力溢れるパフォーマンスで、とても感動的だった。

 ……凄い。

 あの舞台……。

 ……まるで遠い……。

 

 まるで遠いあの舞台……。

 

 

 そして――

 10曲目――。

 

 B L U E C L A P P E R。

 

 一番よく見る三人が、画面越しに映る。

 まるでアイドルのように。

 

 ラミィ、ししろん、おまるん。

 三人が、楽しそうにトークを繋いでいる。

 楽しそうに、面白そうに、とても元気に。

 

 目が、離れない。

 口が、閉じない。

 体が一瞬動かない。

 

 こんな場で、悲しい話は絶対に持ち出さない。

 体が、震え始めた。

 口が震える――何か言いたそうに。

 手が震える――何かに触れたそうに。

 

「……ぁぁ」

 

 いいなぁ…………。

 三人は素敵なステージに……

 

「……」

 

 立って。

 

『『『BLUE CLAPPER』』』

 

 始まる。

 手を叩く用意は出来てる。

 この震える手が、構えてある。

 焼き付ける目はちゃんと着いている。

 この、視界の遮られた目が。

 コールする口はある。

 この、必死に喉奥に感情を押さえつける口が。

 

『『『手を挙げてCLAP YOUR HANDS――』』』

 

「――っ」

 

 パソコンの画面が切り替わった。

 

「……ぅぐっ――!」

 

 世界に蜃気楼が立つ。

 もう何も見えない。

 音が聞こえる。

 自分の嗚咽が。

 

「ごめん……」

 

 震える手は、合わさること無く、目元に添えられる。

 

 泣いた。

 思いっきり泣いた。

 喉がかれるほど泣いた。

 泣いて泣いて、泣き疲れても泣いていた。

 

 

 どうして…………。

 

 

 

          *****

 

 

 

 目が覚めると、寝室にいた。

 カーテンが閉じている。

 目が痛い。

 体力が少ない。

 脱力感が激しい。

 お腹がすいた。

 動きたくない。

 

「……」

 

 意識の覚醒がようやく始まり、自分がこの疲弊状態に陥った経緯を思い出した。

 

「……そっか」

 

 軽く苦笑するように、喉を動かすと、少し掠れた声が出た。

 寝起きもあるが、やはり泣きからしたことが主な原因。

 

 あの後、ライブはどうなっただろう?

 気になるけど、もう調べることさえも怖い。

 ネットを開けば、きっと取り上げられている。

 もうネットも開けない。

 

 重たいため息が一つ。

 布団がくしゃくしゃだ。

 服も昨日のものだ。

 もう、何をするにもやる気が出ない。

 

「はあ……」

 

 手も叩けなかった。

 仲間を、最後まで応援できなかった。

 それが、「今回のこと」と同じくらい、ショックだった。

 

 でも、何が何であれ、仕事は仕事。

 ……行かないと。

 

 重い足を動かして、服を替え、靴を履き、外へ出た。

 

「寒っ……」

 

 予想以上の寒波。

 天気予報なんて見てなかった。

 空は相変わらず青い。

 近年、余り雪が降らない。

 

「……」

 

 鍵を閉めて、会社へ向かった。

 

 

 

 更に後日。

 

 

 

 実は、この日と次の日は何もない、所謂休日。

 家から一歩も出る気にならなかった。

 灰のように心が塵と化して、どう接着すれば良いか悩んでいる真っ最中。

 

 きっと皆心配している。

 

 でも――治る兆しが無い……。

 

「配信も……気まずいな……」

 

 最近元気が無いこと、ねっ子たちも心配してた。

 でも……配信したい……。

 

 結局、ずっと虚空を見つめていただけ。

 虚無の時間を得るのは、心に深い傷を負ったとき。

 自分で簡単に直せるものではない。

 

 ピンポーン――

 

 と、滅多にならないインターホンが騒ぐ。

 

 こんな日に、誰だ?

 何か、宅配便、頼んでたっけ?

 

 備え付けのモニターを沈んだ目で数秒見つめると、知っている顔が脳内に投影された。

 画質が綺麗ではないが、そこに映るその人は、確かに紫色の髪をしていて、黒くて可愛い帽子を被っていて、角度が悪いけど少し吊り目で……。

 すごく優しい、大好きなあの先輩。

 カッコいい、あの先輩。

 トワだった。

 

 力の入らない右腕を懸命に持ち上げて通話ボタンに指を乗せる。

 そして、もう一踏ん張りして、ボタンを押す力を加える。

 

「どうしたの……?」

 

 絞り出した声は少し掠れていて、ねねの精神状態と健康状態をそっくりそのまま表していた。

 特に予定も無かったため、まず第一に何故訪問してきたのかが謎だった。

 第二に急すぎて即興で平常を装えなかった。

 変に……心配かけちゃってたらどうしよう……。

 

『あー、ちょっと気になったから来てみたわ』

 

 っぽい。

 そんな感じがするし、した。

 ……どうしようか。

 

『取り敢えず開けてー』

 

 普段通りの声質。

 落ち着くけど、不安にさせられる。

 そう言われると、断れないけど。

 

「ちょっと待って」

 

 通話を切り、目元を確認しに洗面所へ。

 目の下のくまが微妙に目立つ。

 それに、部屋を出たら少し冷えた。

 でも、そのまま玄関口へ駆ける。

 外が近くなると余計に冷える。

 けど、扉を開く。

 

 風の移動が起こり、すっと吹き抜ける。

 そして、外の明るさが薄暗い玄関に侵入し、ねねの顔を鮮明にする。

 

 開いた扉の目前に、トワが立っていた。

 

「…………」

「…………」

 

 無言で互いに見つめあった。

 その刹那の間で吹いた風がとても体を冷やす。

 何故か、トワとねねの視線の高さが同じだ……。

 

「さすがに寒いでしょ……?」

 

 ねねは無意味に一度背後を振り返った後、トワを玄関内に入れて扉を閉めた。

 玄関の灯りをつけ、少し場を明るくする。

 一人暮らしの玄関に靴は多くない。

 散らかることがないので、あまり汚くならない。

 

「今日朝食べた?」

 

 数秒様子を窺っていたが、気分の暗さと顔色の悪さから色々想像できたようだ。

 まだ出会って1年も経っていないけれど、仲の良さはもう何百年もの付き合いのそれだ、誤魔化しも効かない。

 

「うーん……」

 

 眼を合わせずに、ちょっと唸った。

 一瞬の迷い。

 どう返答するかの迷いが言葉、表情、行動の全てに現れた。

 

「ちょっと上がるよ」

 

 トワがねねを宅内に追いやるように靴を脱いで上がる。

 ねねは咎めることなく、リビングへ案内した。

 

「案外綺麗やん」

 

 トワが一言口にした。

 どんな部屋を想像していたのか。

 ねねに汚部屋のイメージは皆無。

 とすると、やっぱり精神へのダメージと連動していると考えたのかもしれない。

 実際、部屋は普段に比べると汚い方だった。

 

「まあええわ、はいこれ、朝ごはん」

 

 ……?

 トワはずっと持っていたらしい袋からおにぎりを二つ取り出した。

 コンビニのロゴが入った、よく見るおにぎり。

 最初は躊躇っていたが、トワの軽い促しで食べ始めた。

 

「ねね今日休みでしょ?」

「うん……。でも……何で知ってるの?」

 

 無言が気まずいとか、空気が悪いとか、そんなノリではなく、純粋に訳あってねねに声をかける。

 するとねねは、おにぎりをゆっくりと食べながら頷く。

 トワが訪問した時から、どうして知っているのか不思議だったので丁度いい。

 パリパリと、海苔を齧る音がする。

 それと、おにぎりの具のニオイも。

 

「マネちゃんに聞いた」

「あー……」

 

 納得。

 でも、じゃあ用事は?

 そう聞こうと思ったが、口にごはんが入っているから少し黙った。

 その短い時間の間にトワが次に進めた。

 

「それでさ、今からちょっとさ、カラオケ行かん?」

「……え、今から?」

「今から」

 

 意表を突かれ、ごはんの嚥下に失敗しかけた。

 でも大丈夫。

 それよりも、今からか……。

 特に予定もないし、調子が乗らない以外では断る理由がない。

 だからより頭を抱えた。

 調子乗らないからって断りたくない。印象が悪いし。

 でも、今行くのは何となく気分が乗らない。

 やっぱり少し自覚してたけど、鬱気味らしい。

 

「無理にとは言わんけど、気分転換になるかなって思って」

 

 内情を察しての一言。

 好意を無下にはしたくない。

 でも、そんな感情で歌って楽しいかな……?

 ……。

 

「……行こうかな」

 

 気付けば、完食していたおにぎり。

 そのゴミが、手元に残っている。

 そのビニールをちょんといじりながら、答えた。

 うん、美味しかった。多分。

 

「じゃ、準備して行こか」

 

 トワが席を立った。

 フローリングと椅子の脚が擦れる音が、微かに鳴った。

 続いてねねも立つ。

 ゴミはゴミ箱へ。

 そして、軽く外出準備を。

 ……一瞬で終わった。

 

 二人で玄関を出て、ねねは施錠した。

 ちょっと肌寒い空気と、いつもより眩しい日光。

 足が重い。

 顔色が悪い気がする。

 

「行こか」

 

 トワが先導するように歩き始めるが、すぐに横並びになる。

 ねねの歩速が遅いから、きっと合わせてる。

 優しさが溢れている。

 

 ここまで仲良くなると、無言の時間も苦しくない。

 でも、折角なら会話を弾ませたほうが有意義だ。

 

「ねねねは最近覚えた曲とかある?」

 

 カラオケから連想したのか、そんなごく普通の話題。

 こんな時、いつも、何でも、親切心に感じてしまう。

 

「トワワ先輩の曲」

「はやっ! マジで⁉︎」

「カッコよかったから」

 

 トワは嬉しさ以上に驚いている。

 少し声が大きくなったから、確実に。

 相変わらず、二人は歩幅を合わせて歩く。

 

「ってかさ、ねねねもまたオリ曲出すんでしょ?」

「あー、うん」

 

 またしても、ねねの単純な相槌。

 話は聞いてそうだが、返答の内容が薄い。

 いつもの明るさというか、いい意味で幼さ?的なものがない。

 ……でも、指摘することは野暮……?

 

「……ごめん、ちょっと黙っとくわ」

「……なんで?」

「え、鬱陶しいかと思ったから」

「そんな訳ないじゃん。寧ろ永遠に独り言言っててもいいよ」

「それはトワがやだわ」

「あははっ……そうだよね……」

 

 最後にねねが僅かに笑顔を見せた。

 そのことにホッと安堵したが、胸の内に抑えて、態度には示さない。

 回復の余地は十分にある。

 やっぱりねねは、挫けても簡単に倒れる人じゃない。

 それを再確認できて、一人更に安心する。

 ねねには未だ、光は薄くみえるかもしれないが、トワにはしっかりと見えた。

 彼女に眠る力が。

 

「ちなみに、いつもの場所ね、今更やけど」

「あ、うん」

 

 別にどこでもよさそうな顔をしていた。

 でも、少し足取りが軽くなったのでは?

 トワの勝手な思い込みかもしれないが。

 

 大通りから少しずれた路地をあと少し進む。

 建物によってある程度冬の風が凌げるが、それと同時に日陰も多い。

 その代わり、大通りの喧騒が小さいため互いの声がよく通る。

 もっと言えば、コツコツ、と鳴る靴音も。

 

 トワがチラッと横を見ると、ねねの肌が少し赤くなっていた。

 特に耳や鼻先などの冷気の影響を比較的強く受ける部位。

 手には手袋をつけているが、ネックウォーマー他、頭を守る防寒具は一つとして身につけていなかった。

 当然と言えば当然のことだ。

 

「着いた」

 

 言わなくても分かるけど、言う。

 だって、着いたから。

 

 店前に人はいないが、駐車場や駐輪場には数台が停めてあり、人は来ている様子。

 ねねもトワも似たようなことを感じていた。

 

「……」

 

 トワが突然、ねねの頭に手を乗せた。

 ねねは一瞬肩を跳ねさせて絶句した。

 

「……」

 

 トワの目が優しく細まって、暖かくねねを見つめる。

 周囲に人がいないから、この行動に出れたのかもしれない。

 ねねの髪に触るのは初めてではないが、いい髪質だ。

 華やかな金髪をトワの手がそれを梳くように撫でる。

 同じ場所を数回だけ。

 

「大丈夫」

 

 それだけ、ぽそっと呟くように……。

 飾る必要はなかった。

 触れた手から、その眼差しから、想いが伝わるから。

 そう、大丈夫。

 

 ねねの目が、仄かに潤んだ。

 目元が熱を帯び、頬が紅潮する。

 トワの手が、とても冷たかった。

 トワの手から、冬を感じた。

 なんとなく、さっきのおにぎりの味を思い出した。

 

「な……何……? 急に……」

 

 俯いて、独り言のように――否、本人にとっては、独り言だった。

 それをトワが拾うと、独り言にならないが。

 

「……ごめん、トワちょっと買いたいもんあるから、先に入っといて」

 

 全く関係のない事に話が逸れた。

 独り言を、独り言にとどめて、時は進む。

 トワの優しく、冷たくも温かい手がそうっとねねの頭上から離れる。

 

「じゃあねねも行こうか?」

 

 まだ俯いたまま、でも、それを誤魔化すように前髪をいじり、頬を掻き、目を擦り……答える。

 何だか子どもみたいで、すこし胸の内がくすぐられる。

 母性に似た何かが芽生えるような感覚。

 

 割と近くの大通りから、車の騒がしさが響く。

 

「いや、機密事項だから」

「そう……?」

「そう」

 

 ライブ関係の何か?

 誰かへのプレゼント?

 それともそれ以外?

 

「常闇ですって言ったら多分案内してもらえるから」

「ん……分かった」

 

 ここまで来たなら、時間も勿体無いから、その用事は帰りにすればいいと思うけれど、言わなかった。

 トワが「じゃ」と軽く手を上げて、白い息を吐きながら大通りの方へ駆けて行く。

 その急ぐ背中を見送り、ねねはカラオケ屋に入った。

 

 

 

 はぁ、はぁ、と通りを走るトワ。

 冬場に走れば、吐息は白くなる。

 少しニヤッとした。

 

『いやー、後輩にウソつくとか、悪魔的所業だわ!』

 

 人の耳があるので、嬉しさの言葉は心のうちにしまう。

 急がないと、仕事に遅れてしまう。

 今日はもう、カラオケに行く時間などない。

 上がっていく息と共に速度が上がる。

 向かってくる冬風ももはや敵ではない。

 

『後は頑張れや――』

 

 ――――。

 

『おまえら‼︎』

 

 



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40話 Nene's unequaled qualities =

 

 カラオケ屋に入るとちょっとだけ暖かかった。

 トワに撫でられたあたりに軽く触れたのちカウンター前に近寄った。

 優しそうな女性店員に先刻トワに指示された通り、トワの苗字を名乗ると部屋番号を教えてくれた。

 ドリンクバー用のコップを一つもらった。

 だが、一つ気掛かりでつい問い返してしまったことがある。

 

「え、もう来てる?」

 

 そう、既に誰か来ていると言われた。

 え、だって、トワワ先輩はさっき……。

 って思った。

 

 でも、今はよく頭が働かない。

 差し詰め、それは意識の隅に置いて部屋まで歩く。

 指定された番号の部屋。

 そこから歌声はしないが、中の電気がついており、扉が閉まっている。

 人がいない場合は消灯され、扉は開放されているはず。

 やはり、本当に誰かが来ている。

 

 無性に高鳴る鼓動を抑えるべく、右手を胸の辺りに当てて、ふぅ、と大きく息を吐く。

 吐息は白くない。

 

 恐る恐る、左手を扉に近づけ、そしてようやくコンコンとノック。

 立て続けに扉を開く。

 

 開いた扉の先の世界。

 ねねはその光景に口を開け唖然とした。

 扉に手をかけたまま、その中にいる「三人」を見つめた。

 「三人」もねねを見つめた。

 

「思ったより元気そうじゃん?」

 

 そう声を掛けて苦笑したのは、ねねの同期――尾丸ポルカ。

 ある種のお忍びだからだろうか?

 いつもの特殊なメイクも、派手なサーカス衣装も、今日は着ていない。

 何だか普段より大人っぽく見える。

 

 声を掛けられ、ポルカに意識が向いていたが、他の二人も当然いる。

 そう、同じく同期の獅白ぼたんと雪花ラミィ。

 みんな少しずつ間隔をあけて座っていて、一箇所だけが広く空いている。

 大方、ねねが座る用だろう。

 

「……どうなってるの?」

 

 状況整理が追い付かず、三人に纏めてきいた。

 

「どうもこうも、5期生のカラオケ会だけど?」

 

 ぼたんの平然とした物言い。

 ポルカは相変わらず苦笑、ラミィは少し戸惑うように三人の顔色を伺っている。

 そしてねねはと言えば、ようやっと片手で支えていた扉を閉めて、問いただす。

 

「5期生って……トワワ先輩は⁉︎」

「トワ様今日仕事〜」

「ぇ! だって今日はオフって!」

「トワ様は悪魔だからね、後輩に嘘くらいつくんじゃない?」

 

 ねねが一瞬怯んだ。

 みんなの押しは特段強くはない。

 寧ろ、ほぼ全てにおいてが普段通り。

 だから、ねねはたじろいだ。

 いつもの中に放り込まれる、いつもと違う自分が場違いだから。

 

「何でそんなウソ……」

「ねねねが……心配だったから」

 

 ずっと顔を顰めて介入を躊躇していたラミィが、遠慮がちに言葉を添えた。

 まるで、トワと自分を重ねるような物言いだった。

 大言は語れなくても、トワの思いを痛いほど感じてしまったのだ。

 そこには、嘘偽りはなかったと、胸を張って言えよう。

 

「まあ辛気臭い話も積もるほどあるかもしんないけどさ、ここ、カラオケ。歌歌う場所」

 

 ポルカが大袈裟に立ち上がり、大袈裟に身振り手振りでアピールする。

 それとほぼ同時に部屋のテレビが耳だけでなく心臓までをも揺るがす音で響き出す。

 最も近くにいたねねが一番驚いていた。

 

 採点開始の画面が表示され、数秒。

 やがて映し出されるのはポルカがリクエストした曲。

 初っ端で歌うにはあまり適さないが、この暗い雰囲気を明るくするには十分効果のある曲。

 そう、ポルカのオリジナルソング『HOLOGRAM CIRCUS』。

 

 曲が始まれば早速セリフパートから。

 盛り上がり始める曲調に流されて、空間に渦巻く暗い空気が少しずつ晴れていく。

 セリフパートの間にぼたんとラミィは着席。

 さらに二人はねねを席に座るよう視線と仕草で促した。

 

「……」

 

 少し不満が残る。

 けれど、歌の道に進んでいる身として、流石にここでポルカの一曲を置いて帰るわけにも、口を挟むわけにもいかない。

 だから、少なくとも外見は渋々席についた。

 コ型の椅子に左からぼたん、ラミィ、ねね、ポルカ。

 ねねが間に挟まれているのは、逃がさない作戦だろうか?

 

「……ねぇ、今日仕事は?」

 

 ねねが、隣のラミィにぼそっと小さく尋ねた。

 小さくと言っても、音源と歌声が大き過ぎるので、そこまで小さくはない。

 

「みんな休み、これは本当に」

 

 ラミィの穏和な微笑みと体が火照るほど暖かい言葉に落ち着きを取り戻し始める。

 何かに安堵してため息をつくねね。

 正面を向き直れば、楽しそうに歌っているポルカの背中が高く聳え立っていた。

 

 5分とは比較的短い。

 ポルカの曲は5分数十秒だが、気が付けば歌い終わっている。

 採点結果が表示されるが、あまり気にせずに次の曲にパスした。

 

 次の曲名を見て、二つ隣を見た。

 ぼたんがマイク片手にゆっくり立ち上がった。

 歌枠でもよく歌う十八番の曲。

 ポルカのテンアゲ曲からしっとりとした曲への転換。

 これもまた一興。

 

 ねねの両隣がポルカとラミィだから、ぼたんまでが遠かった。

 

「ねねも曲入れとけよー」

 

 左隣からタブレット式のリクエスト機が渡された。

 ポルカが差し出している。

 

「うん」

 

 片手で受け取ろうとしたら重くて落としそうになった。

 

「……」

 

 ねねは『曲名で探す』をタッチして硬直していた。

 やけにペンを持った右手が動かないと、視野の広いポルカがいち早く気付く。

 

「――困ったらこれよ」

 

 ポルカはそのまま機転を利かせて指で頑張って曲名を打つ。

 素手だと反応が悪く、かなり時間が掛かったが、何とか打ち終える。

 

「……lunch with meかと思った……」

 

 ポルカが選曲したものが前の大画面上部に映し出された。

 『Shiny Smily Story』と。

 

 この曲はホロライブの全体楽曲の代表。

 一人で歌うのは少し寂しい。

 そう、だから選んだ。

 一緒にポルカも歌えるから。

 

 今、ねねの選曲に逡巡が見えたのは歌うこと自体に勇気が持てないから。

 なら、二人以上で歌って、引っ張って、歌うことに躊躇いを持たなくなれば、選曲できると踏んで。

 ぼたんとラミィの曲も瞬く間に終わり、早々に番が回ってくる。

 ねねはラミィからマイクを貰い、ポルカは机に置いてあったもう一つのマイクを持ってそれぞれ立ち上がる。

 まるでライブのように緊張して、少し震える。

 歌う恐怖じゃない。

 別の何かが脳裏を微かによぎる。

 

 息を吸った。

 出だしできちんと息切れせずに、滑舌よく、歌い始めるために。

 

 画面に表示された歌詞に左から色がつき始める。

 見慣れた光景。

 歌い出した。

 

 音ズレ、音程、共に問題ない。

 

 でも、ポルカの声に圧倒されている。

 寝起きのように声が出ていない。

 さっきは、選曲で誘導してくれたポルカだが、ここで声量を下げるなど甘んじたことはしない。

 ねねは声が出せないでいるが、本領発揮できていないだけ。

 なら寧ろ、ポルカはもっと声を出して、ねねにもっと声を出すよう誘導しなくては。

 当然すぎて、使命感に駆られるまでもなく、実践する。

 

 歌え。

 もっと、ねねらしく。

 

 ポルカに引っ張られて、ねねの声量も次第に本質を取り戻していく。

 そう、その意気だ。

 

 歌い終わった時、ねねは力強くマイクを握りしめていた。

 

「じゃあ今度はあたしとラミちゃんで」

 

 次なる曲はどうやらデュエットのようだ。

 ねねぽるに触発されて、且つ、ローテーションに従って決めたらしい。

 そうとなれば、順的に次はねね。

 折角なのだから、一人で歌うべきだろう。

 今度ばかりは、多少躊躇いながらも、選曲できた。

 取りあえず、歌いやすい自分のオリ曲。

 

 ししらみのデュエットを聴きながらペンで曲名を入力した。

 

 

 その後も徐々に調子を取り戻し、段々歌に覇気が戻ってきた。

 

 耳にたくさんの曲のリズムが残るある時、室内の電話が鳴った。

 ポルカの曲中だったため、ねねが出た。

 受話器を翳していない方の耳を片手で塞ぎながら声を聞き取る。

 どうやら、時間制限の10分前らしい。

 

「あと一曲かな?」

「まあ、時間的にそうね」

 

 曲終わりにねねが呟くとぼたんが腕時計を見ながら言った。

 ラスト一曲。

 何を歌うか以前に、誰が歌うかの問題が発生する。

 もしかすると、ある三人は内心、適任者が一致していたのではないだろうか?

 

「ねねちゃん何か歌いたい曲とかある?」

 

 ぼたんがねねに聞いた。

 ねねは、「うーん」と少々唸って遠慮がちにあると答えた。

 じゃあそれ行こう、と催促されたので、その曲を、このカラオケライブのラスト曲として歌うことにする。

 ねねがリクエストして、せっせと二本のマイクを手に取る。

 そのうち一つをポルカに押し付けるように差し出す。

 

「……?」

 

 ポルカは頭の上に目に見えそうなほど疑問符を浮かべて受け取った。

 そして、もう一本はラミィに渡される。

 

「……ねねねは?」

 

 そう聞いたと同時、前の大画面に映し出された曲名。

 初めての、5期生オリジナル曲にして、bloomに添えられた一曲。

 ねねが、涙を抱えるきっかけとなった一曲。

 最高の、最幸を呼ぶ一曲。

 

 ここは狭い。

 観客はいない。

 機材は揃っていない。

 ステージはない。

 

 悲しい。

 悔しい。

 虚しい。

 苦しい。

 

 その感情に、今ここで区切りをつけて訣別したい。

 今、歌ったことによって薄らいだ感情。

 今なら闘える。

 

「「手を上げてClap your hands海の向こうまで、Clap your hands届きますように」」

「手を叩こう」

「手を叩こう」

「「ほら一緒に」」

 

 ポルカのマイクがねねへ、ラミィのマイクがぼたんへ渡る。

 僅か一瞬。

 

「「everybady、Clap your hands空の向こうまで、Clap your hands響きますように」」

「手を叩こう」

「手を叩こう」

「「光射す、僕たちの未来」」

 

 パートに合わせて、マイクを回し続ける。

 ライブでは絶対にない大変すぎること。

 みんな優しくて、付き合ってくれる。

 ありがとう。

 

 ……やっとみんなで歌えた。

 

 もう立ち止まった。

 変えてみせる。

 踏み出していく。

 掴んでみせる。

 繋いでいく。

 見ていて。

 

「「手を上げてClap your hands海の向こうまで、Clap your hands届きますように」」

「手を叩こう」

「手を叩こう」

「「ほら一緒に」」

「「everybady、Clap your hands空の向こうまで、Clap your hands響きますように」」

「手を叩こう」

「手を叩こう」

「「光射す、僕たちの未来」」

 

 最も熱を帯びてくる曲。

 体が熱くて、もう分からない。

 楽しくて嬉しくて、口角が上がった。

 この部屋の熱気は最高潮。

 

 こんな心地よい感情は久々だ。

 心地よくて、快適だ。

 

 そう思いながら、今のサビを歌ったねね。

 そのねねの耳に、一つの震える声がしっかりと聞き取れた。

 今のサビの時、一人だけ違う感情の篭った歌を歌っていた人がいた。

 

 誰だろうか、こんなに爽快な気分で、幸せを掴んだから手まで叩いて、まるでライブのように楽しんでいるのに。

 のに、泣いてるように震えてる声を出すのは。

 

 暖房の効く中、必死に歌い始めたら、汗をかいてきた。

 しょっぱい液体がねねの頬を振動しながら伝って口に入ってきた。

 

 幸せの時間は、一瞬だった。

 

 歌い切った。

 

 やっと……。

 やっと…………。

 

 最後に、残ったしょっぱい液体が、床に数滴垂れた。

 奥歯が少し痛い。

 それに、体が温まったせいで、鼻水が少しだけ詰まっている。

 

「……」

 

 後奏は非常に短い。

 歌い終わりとほぼ同時に静寂が訪れる。

 聞こえるみんなの呼吸音。

 流石にマイクパスは疲れた様子。

 

 突然、採点結果を表示しながら、テレビが騒がしくしてきた。

 

 採点結果が全部表示される前に、画面が切り替わり、全曲終了となる。

 

「……帰ろっか?」

 

 みんなで荷物を持って、時間に遅れないように急いで部屋を後にした。

 何一つ、忘れ物はなかった。

 誰も、全くそんな事、気にしていなかったけれど。

 

 

 その、翌々日。

 

 やっぱり晴れ。

 やっぱり寒くて、やっぱり少し風がある。

 今日はお仕事。

 怠さはない。

 

 まだ「あの事」は残念だったと思っているし、今でも悔しい。

 まるで、自分だけ置いて行かれた気分だったから。

 同期なのに、三人だけ前にいて、自分との距離を感じてしまった。

 

 でも、それには一定の踏ん切りがついた。

 みんなと歌って、何を得たのか、自分でも分からない。

 けれど、スッキリした。

 

 きっと将来、ホロライブの3rd.fesがある。

 そのステージにはきっと、自分が立っている。

 いや、それ以前に、デビューライブや誕生日、周年ライブも。

 ここで挫けずに、成長を続けて、努力を重ねて、すごい自分にしてみせる。

 

 みんなを応援できなかった悔しさは、まだ抱えてる。

 しかし、きちんとみんなには話した。

 そうしたら、大丈夫って。

 あの時、観客はいなかった。

 正確には、現地に観客がいなかった。

 

 歓声は沈黙を続け、熱気は冷え切っていた。

 コメントを見ることも当然できない。

 でも、歓声も熱気も、全ての強い想いはしっかりと届いていた。

 その場にいない雪民さんに、その場にいないSSRB、その場にいない座員くんたち。

 そして、きっとそこに居たはずのねっ子のみんな。

 彼ら、彼女らのその想いは感じたそうだ。

 

 なのに、ねねの想いが。

 あの、苦痛に涙し喉を枯らした心の声が。

 行動にはどうしても起こせなかった、根底にある不屈の心が。

 届かないなど、あり得ない。

 

 だから、気負う必要は皆無だと。

 

「……」

 

 みんな、優しいね?

 

 

 さあ、今日からまた、仕事づめだ。

 自分って、割と頑張り屋なのかも。

 朝っぱらから、自負した。

 その頑張りが、今回みたいに報われないことも、将来のように報われることもあり得る。

 

 ならば、そこは運?

 

 いや違う。

 

 挫折した時、起き上がれる強い心。

 どんな苦難にも、真摯に向き合う勇敢な心。

 自分であるために自分を貫く、謙虚であり、ライバル視できる心。

 

 どんな逆境にも立ち向かえる、『不屈の心』こそが、大切なのだ。

 

 そして、彼女は、誰よりも、不屈でいられる心を持っている。

 それが彼女の、比類なき素質。

 

 Nene's unequaled qualities = 不屈の精神

 

 

 仕事に向かうため、玄関口に出た。

 やっぱり寒い。

 でも大丈夫。

 

 ねねはまだまだ頑張れる。

 

 




 皆さま、この度は3章完結までお付き合いくださり、ありがとうございます。

 作者です。
 記した通り、これにて3章は終了となります。

 どうでしたでしょうか?
 3話に渡りねねちのbloomの話でした。
 水を差さないようにその間後書きは敢えて書きませんでした。

 やっぱりねねちはカッコいいしかわいいですね。

 さて、次回からは4章に入ります。
 バトル章となりますが、かなりの規模になります。
 前回には見なかったペアやコンビの超バトルがあるかも?
 因みに、4章では全員が戦闘に参加しますよ。
 ご期待を。

 それではまた。


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第四章 裏世界、国家防衛戦線編
41話 超異能対戦の開幕


 

 ねねが完全に以前の様子を取り戻した。

 いや、寧ろ活力が以前よりある。

 そのねねに、触発されて更に活気付くホロライブ。

 やはり、一人一人の成長で、ホロライブ全体が急成長していく。

 

 うなぎのぼりのホロライブの人気。

 この世界に、ホロライブは、なくてはならない存在になってしまった。

 

 本日も様々ある。

 

 AZKiがこの国を出て、えーちゃんと二人でライブに行っている。

 場所は獣人の国と呼ばれる場所らしい。

 

 マリンは、出来上がった船で、ライブに向けて練習している。

 備え付けられた少しの機材を使用して。

 あと、たまに小部屋のベッドで寝たり……。

 

 ノエルは、よく分からない騎士団のよく分からない集会に顔を出している。

 

 そして、それ以外のメンバーは珍しく全員が事務所に来ている。

 理由はもう時季開催される大型企画への調整を兼ねた打ち合わせ。

 開催こそ会社にオファーあってのものだが、自由が効く内容なためほぼメンバー主導になる。

 えーちゃん、AZKi、マリン、ノエルはこの打ち合わせが決まる以前に予定が入っていたため、後から伝達してもらう事になっている。

 

 事務所の会議用の大きな部屋。

 その部屋の椅子の数が足りない。

 僅か数個だが足りないので、数名が立って話を聞く。

 中には膝の上に座る人たちも。

 

 会議の進行は基本各期から一人代表で出て行っている。

 そら、フブキ、スバル、ミオ、フレア、ココ、ぼたん。

 このメンバーが代表となった。

 勿論、各期内で満場一致で選出された。

 

 意外にも、会議中はみんな熱心に話し合っていた。

 今回の企画が待ち遠しのかもしれない。

 

 会議が終わる頃は間も無く夕暮れ。

 そろそろ一部のメンバーは、お腹も空き始める。

 本日はここで一旦切り上げとなり、解散しようとした時、事件は起きた。

 

 バチバチバチッッ、という、強力な電撃が迸るような怪音が会議室に10秒ほど響き続けた。

 騒然とする会議室よりも音が耳に強く響いて、鼓膜が裂けるかと思うほど。

 

 何の音?

 とほぼ全てのメンバーが不安と困惑に眉を寄せている中、一人が急いで付近の窓に駆け寄り、降りたスチールシャッターの間から外を除いた。

 そのとあるメンバーの焦りを見て、他のメンバーに更に負の感情が伝播する。

 そして、一部のメンバーは少しずつ、何が起きているのかを察し始める。

 

「不味い……!」

 

 窓の付近に駆けつけて、外の様子を確認した唯一の存在、そうやはりシオン。

 シオンは、外の光景を目にした途端、その一言を口にした。

 

「今のって、もしかして結界やバリアに何かが干渉した音?」

 

 結界知識のあるみこが、シオンに聞いた。

 そらが今の一言に以前の出来事を思い出す。

 そう言えば、森にいた時も少し似た音と同時に結界が消えていた。

 口は挟まなかったが、そらは何かを感じ取ったようだ。

 

「それだけじゃない……」

 

 みこの言葉に、寧ろそれ以上に不味いことがあると言わんばかりの返答をしてシャッターを上げた。

 まるで、外を見てみろと言うように。

 

 横に長い窓に、みんなが集まる。

 本当に全員。

 外を見つめた。

 

 いつもと変わらないし、さっきまでと変わらないような街の風景がある。

 

「空が……黒い」

 

 誰かが発見した一つ目の異変。

 言われて皆が見上げれば、昼間のように明るいこの世界なのに、空がまるで夜空のように暗い。

 夜の中に、昼が佇んでいるような、そんな世界が創り上げてある。

 

「待って! 人がいない!」

 

 また一人、誰かが別の異変を見つける。

 見下ろした街の中、人っ子一人いなかった。

 人の横行が閑散している、ではなく、全く、いない、だ。

 しかも、街の道路の車たちが、完全に止まって動かない。

 街中の電光掲示板も広告も点灯していて、正常に作動しているが、人がリアルタイムで制御しているものの全てが停止していた。

 畢竟――人が消えた事を示す。

 

「ねぇ、これって……」

 

 そらが、先程感じた事を口にしようと控えめな声を出す。

 いつもの落ち着いた声が、より一層静かだ。

 

「えーちゃんが話してた……」

 

 そう、将来起こり得る、『襲撃』。

 この会社にある一つの石。

 

 加えて、室内に一本の電話が入る。

 フレアのポケットに入っているスマホが、着信音を奏でている。

 一部のメンバーはこの着信音に聞き覚えがある。

 これは、ノエルからの着信だ。

 

「もしもし、ノエル!」

 

 この状況から真っ先に危惧していたこと。

 それこそがノエル、マリン、AZKi、えーちゃんだ。

 転移?した瞬間から危殆に瀕するような蹉跌はないだろうが、超常現象、非常事態に臨機応変に対応できるほど万能でもない。

 

 フレアは躊躇なく声を大にしてスマホに声をかけた。

 直ぐにスピーカー状態に変更。

 場にいる全員で共有しようとしたが……。

 

「……た、ぜ…………ば……………………ぁ…………」

「何⁉︎ 雑音がすごいよ!」

 

 まるで一昔前のテレビの砂嵐のような雑音が響き続ける。

 そして、その耳障りな音の背景として、微かに誰かの声がする。

 しかし、その言葉はもはや単語の形を留めておらず、そもそも声の主がノエルであるかの判別もつかない。

 空間に緊迫の砂嵐が吹き荒れる。

 そしてやがて、プツン、と通話が切れた。

 

「ノエル……」

 

 スマホの画面に暗幕が降り、ホーム画面が映る。

 フレアが息を呑んで、冷や汗を流す。

 悪感情と負の空気が跳梁跋扈して、掻き乱してくる。

 

「ダメ、この距離ですら繋がらない!」

 

 フブキが機転を利かせてミオに通話をかけたようだが、ミオのスマホは一向に着信音を奏でない。

 

「行かなきゃ……!」

 

 フレアが使命感と衝動に駆られて扉を突き破ろうとする。

 

「待って!」

 

 それを静止させたのはシオン。

 フレアの焦燥も重々承知だが、シオンの普段は畏まった眉も少し不安に曲がっている。

 

「みんな……どうかよく聞いて」

 

 本を展開し、シオンは現状を説明し、これからの取るべき行動を説いた。

 

 

 

          *****

 

 

 

 約5分の短い作戦会議。

 概略を記す。

 

 この国にある五石。

 それらが悪用されると、最悪力が失われ、国が少しずつ滅びると言う。

 そして、その配置。

 北のスポーツスタジアムに黒の石。

 東の海岸ステージ裏に白の石。

 西の展望塔に蒼の石。

 南のホロライブ事務所地下に朱の石。

 国の中心にある魔界と天界と繋ぐエレベーター付近に金の石。

 

 この内、北の黒の石に何らかの接触があった模様。

 そして、この世界は現実とは完全に乖離した裏世界で、ホロライブメンバー以外に恐らく味方はいない。

 

 つまり……ホロメンが、ここで動かなければ、最悪国が崩壊する。

 

 誰も全く自覚無し。

 それも当然。

 そもそもその伝承の蓋然性が乏しい。

 実際に廃れた過去が鮮明でないのだから。

 そして、これから通るのはただの隘路ではない。

 最悪……いや、もっと高い確率で、命を……。

 

 だが、元の世界に戻る道も今は塞がれている。

 矜持ゼロ、凡才程度の能力。

 何をどう生き抜けと?

 

 だが、反論の余地も議論の時間ももはやない。

 

 続いて、作戦を記す。

 と言っても、これからどう動くか、のみ。

 基本行動は安定の各期ごと。

 

 0期生は北のスポーツスタジアムへ行き、黒の石を防衛。

 フブキを除く1期生は東の海岸ステージへ行き蒼の石を防衛。

 2期生はこの場に残り経過観察と一応拠点防衛。

 ゲーマーズは西の展望塔屋上へ行き白の石を防衛。

 3期生は街の様子を偵察に、とかこつけてフレアがノエルを探しに。

 4期生はこの会社の朱の石を持ってここより南の丘の方へ逃げ隠れる。

 5期生は中央エレベーターの金の石を防衛。

 

 となっている。

 

 石の防衛に関しては、石を持ち去っても問題ないらしいので、そこは各自の判断で、だそうだ。

 肝心なのは、悪の手に渡らない事。

 

 

 そしてなによりも肝心なのがこの次の話題。

 

「でも、私たちが簡単に守れるものかな……?」

 

 一人が半数以上の心情を代弁した。

 そうだ。

 この場にいるもので言えば、素で戦力に数えられるのは、ロボ子、みこ、シオン、あやめ、ころね、フレア、るしあ、かなた、トワ、ココ、ラミィだ。

 案外多いかもしれない。

 ふと思うだろう。

 だが、以前森で起きた出来事を想起してみてほしい。

 シオンが押され、あやめが互角以下、メルとるしあでようやく一人、フレアとノエルは一時ダウンし、みこは大きな傷を負った。

 あの時は当たりが良かったが、毎度上手く事は運ばれない。

 まだ、敵がいると決まったわけではないが、シオンの見立てでは強者の気配が10以上。

 前回以上に危うい。

 

 数が増えたとは言え、やはり戦闘には圧倒的に向かない。

 

「……みんな、こんな時にアレだけど……厨二病、してみない?」

 

 突如、シオンが場違いな発言をする。

 厨二病⁉︎

 

「何言ってんの?」

「厨二病って、あの腕が疼いたり、心眼が解放されたりする?」

 

 呑気に構えてはいられないため、できる限り端的に。

 

「ずっと作ってた魔法があって、それを皆にかければ、一時的に『特殊能力』を持つことができる」

「「特殊能力⁉︎」」

 

 何十といるメンバーの殆どの声が重なった。

 それほど意表をつかれた、驚愕すべき事実。

 

「って言うか、もうかけた」

「「ええっ⁉︎」」

 

 どうやら、既に反対しても手遅れのようだ。

 何人かは自身の体を見つめ、様々試すが何も起きない。

 

「能力は魔法だから、難しいものは使えない。もしかすると、開花しないかもしれない。だけど、もし、開花を望むなら、出来る限り想像が簡単で、出来る限り単純で、出来る限り自分から連想できるものがいい」

 

 誰一人として、意味を理解できて――

 

「おお! 来たァァァァァァァ!」

 

 いないと思いきや、ポルカが急に叫ぶ。

 耳が痛い。

 そんな彼女の手には、謎のステッキが。

 まるでマジックやサーカスで使用するような。

 

「凄い! 厨二病の素質がある」

 

 多分貶されていた。

 けれど、ポルカは能力発動に爽快感が横溢しているため、無関心。

 だが、その能力発動の出来栄えを見ても、割と巧妙だ。

 初体験ではもっと拙劣だったり、杜撰だったりと、酷い様が見受けられるはずだ。

 ポルカが持つ素質なのか、それともホロメンの魔法適正が高いのか。

 どちらにせよ、ポルカの能力発動を目の当たりにして、多数が己の新たな力を開花させれると希望を得た。

 過信こそ身を滅ぼしかねないが、微かな自信に繋がったのであれば幸い。

 全員が能力を完璧に操作できるまで敷衍する暇は、少なくとも今はないのだから。

 

 

 各々、不安に煽られながら、まもなく行動開始。

 

 

「「気をつけて!」」

 

 

 事務所に2期生を置いて、全員が持ち場へ向かった。

 が、最終的にそこに残ったのは、ただ一人だった。

 

 どうやら、想定と異なることが、多すぎたらしい……。

 



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42話 「サイコ」と「あかたん」と「???」

 

 0期生。

 AZKi不在により、メンバーは4人。

 そら、ロボ子、みこ、すいせい。

 事務所からスタジアムまでが、最も距離がある。

 その理由もあり、このメンバーが一番に現場に向かった。

 しかし、重要視したのは事務所にある石の防衛。

 確実にその場にある一つを守るために。

 

 まず0期生が出て、次にゲーマーズ 、一期生、4期生、5期生の順で目的地へ向かう(実際はほぼ誤差の範囲だが)。

 4期生に石を持たせ、できる限り、存在不明の敵を撹乱する。

 

 早速作戦決行し、停止した街中を駆け抜ける。

 フォーメーションは特に無し。

 もし何か起きれば、その時はその時。

 

 ……のつもりでいたが。

 

「にぇぇ(ねぇ)、ほんとにみこたち以外にも人いると思う?」

 

 神の遣いとして持つ力、これを持ってしても感じ取れない生命の気配。

 それが妨害故のものか、本当に無人なのか。

 このモヤモヤが酷く気持ち悪い。

 勿論、これを陥穽と仮定して行動するのが常套であるのは言わずもがな。

 しかし、本当にいる、と、いるかもしれない、では心の持ちようも在り方も必然変化する。

 生物はそういうものだから。

 こと人間に関しては特に。

 

「正直僕もこの静けさを前には同じことを感じるけど……」

 

 ロボ子もみこと同義。

 彼女もまた、ある種の直感から。

 高性能とエリートの発言をどう捉えるか。

 ポンの目立つ二人だが、いざと言う時頼りになるのだ。

 

「どちらにせよ、すいちゃんは基本事大主義で行かせてもらうから、そこんとこ宜しく」

 

 そらと並んでロボ子とみこに挟まれて走るすいせいが割と真顔で苦笑する。

 まあ、二人がシオンに貰った能力を活かせない限りは、戦力としてはまずカウントできない。

 常に消極的な態度であっても、それを否定できない。

 

「私も自信ない……かな?」

 

 そらも右に同じ。

 因みにすいせいは本当に右隣にいる。

 

「…………。おっけー!」

 

 みこが難しい顔をして、数秒後テキトーに答えた。

 

「事大主義。強者に付き従って自身の安全を確保する姿勢や態度のこと」

 

 根絶丁寧な解説。

 すいせいは後ろのみこによく声が届くように独り言を言った。

 

「知ってっし!」

 

 みこがムッとして声を荒げた。

 すいせいは「はいはい」と雑にあしらう。

 更に反抗してみこが「おい星街ぃ!」とキレ始めるが、そらが苦笑いしながら「ま、まあまあ」と宥めた。

 そんな所が本当にばぶちだ。

 そんなばぶちでも、事大主義で、と言われるということは、頼りにされているということ。

 本人は豪もそんなこと気が付いていなかったが。

 

「みんな体力は持ちそう?」

 

 ロボ子が先頭で振り返ることなく尋ねた。

 三人同時にうん、と答える。

 活力旺盛だ。

 まだまだだな。

 

「もう半分は行ったけど、スタジアムは山のほうにあるから、最後に坂があるの。気を付けようがないけど、覚えておいて」

 

 と、ロボ子は息を切らすことなく続けた。

 

「知ってるよ。みこちの務めてる神社が近くにあるとこでしょ?」

「そうだよ!」

 

 そらが自前の神社知識をもとに連想する。

 そうやってリンクさせると、何故かみこが嬉しそうに叫んだ。

 

「……なんか緊迫感が薄れるね、こんないつもの雰囲気じゃ」

 

 すいせいが眩暈がする時のように額に手を当てて一言溢した。

 至極当然のように会話をしているが、現実は裏空間での国家防衛戦線だ。

 誰も微塵も、そんなことを思わないことが、なによりも危機的。

 弛緩した空気に流されて、不意打ちを喰らえば、即全滅だ。

 どこかが崩れれば、全てが崩壊する。

 

「……もっと、気を引き締めないと」

 

 全員の表情が、一変して凛々しくなる。

 表面上、事大主義などと口走ったが、内心では、自力で乗り越えて行こうと僭越ながらに思っていた。

 

 

 無人、無人、無人、無人、無人…………。

 まるで無人の街、しかも大通りを走り抜け、辿り着いた最後の坂。

 目の前に立ちはだかる傾斜は早速枝分かれしている。

 右手に進めばみこの務める大神社。

 左手に進めば目的のスポーツスタジアム。

 既にスタジアムの石には何らかの接触があったとシオンが言っていた。

 スタジアムには何者かが潜んでいるはずだ。

 もっともっと、気を引き締めないと……。

 

「行くよ!」

 

 ロボ子の掛け声で僅かな休憩は終了。

 再び駆け出したのだが――

 

「なっ!」

「ちょっ、ええ!」

「ナニコレ!」

「っ!」

 

 駆け出したと思えば身体への負荷が突如無に帰り、全身が宙へ浮いた。

 四肢どころか、顔の方向を変えることすらも制限される。

 完全に拘束状態。

 こんなことをするのはもはや、敵以外の何者でもない。

 

「ほーら言っただろ、手間が増えるだけだって」

 

 一人の男が右手の通路からてくてくと坂を下ってくる。

 飄々とした態度で4人以外の誰かに話しかけている。

 その相手が今度は左手の通路からつかつかと歩いてくる。

 生真面目そうな身なりでしばし無言を貫くと、やがて――

 

「まあ、来るにしろ来ないにしろ、俺たちがここで見張ることは決まっていた。どうせなら暇つぶしになって助かる」

 

 と、4人から目を離さずに返答した。

 

「裏世界に転換してもう20分は経つ。そろそろ動くと思ってたんだ。歓迎するよ、歌姫」

 

 右手の通路の入り口に立つ男が、そらを見上げてへらっと笑う。

 どうやら、歌姫と分かっている。

 

「しかし分からんな、わざわざメンバー全てをこちら側に閉じ込めるのは危険だ。魔法使いや鬼神もいると聞く」

 

 なんだ?

 事務的な話か?

 

「だーかーらー! エース曰く、歌姫である確実性に欠けるから、ってよ」

「それは知っている。が、どう考えてもロボットは対象外だろ」

 

 ロボ子を指差して愚痴る。

 え、ロボットは歌姫に……まあ、なれなさそうではあるが。

 

「調べによれば、到底歌姫には向かぬ者も数名いるではないか。そいつらまで引き入れた意味がわからん」

「んなこと俺に言うな……。だったらお前がエースに昇格すればいいだろ?」

「できるなら疾うに昇格している。できないからダイヤなんだ」

「まあ、俺ら同じ身分同士仲良くやってるし、いいじゃねえか」

 

 内輪揉めでも始めたかと思えば、案外温かい様子の帰趨で愕然とする。

 敵同士は仲が悪い、なんて勝手な印象が改められるやり取りだった。

 

 いや、そんなことは到底関係のない話。

 謎に愚痴りあっている隙に……。

 

「三人とも、能力が解けたらスタジアムに走って」

 

 数少なく動く部位、喉を動かして小声で伝達する。

 4人は宙に浮いており、高さはそこそこある。

 変わらず左側の男、ダイヤと自称した男は4人を凝視しているが、細かい口の動きまでもは捕らえられない。

 声も小さく、相手方には届いていない。

 

 三人は頷くことも、目を見ることも出来なかったが、小さくうんと答えた。

 

「なあ、どうするよ。永遠にこのまま吊し上げとくのか?」

 

 右手の男が退屈そうに4人を見て、ダイヤを見た。

 今すぐにでも解放して、一戦交えたいようだ。

 いや、そんな互角な戦いになるとも思っていないか。

 ある程度の力で嬲り、弄び、揶揄い、そして最後に殲滅する。

 そんな極悪な内心が退屈そうな態度と笑いから見て取れる。

 

 改悛させてやる。

 

 みこが無言で、凝然とさせられたまま神具を現出させた。

 神具・大幣。

 

 みこたちを束縛していると思われるダイヤの背後に大きな大きな大幣が出現。

 それが回転し、ダイヤの身体を撃つ。

 

「そう言うとこ、やっぱ抜けてんだよ」

 

 はずが、その大幣がダイヤに当たる直前でもう一人の男がその動きを止める。

 刹那の間に大幣とダイヤの間に割って入り、片手で大幣に触れるとその威力が完全に失われる。

 

「……すまない。助かったよハ――」

「ハートは止めろって。俺には似合わねぇって言ってんだろ」

 

 振り返り、ダイヤに警鐘を鳴らしたかと思えば、呼称が引っかかるという野暮な話。

 

「せめてラヴで頼むよ」

「……それも十分不釣り合いだがな」

 

 二人は互いに苦笑し合う。

 ダイヤは相変わらず4人と見合い、ラヴはダイヤを見る。

 

「トゥインクルスター!」

 

 突然の勇ましい掛け声。

 刹那、目にも止まらぬ速さでダイヤの横からそこそこ大きなサイズの星が2人纏めて吹き飛ばす。

 

「うがっ!」

 

 2人がそんな呻き声を上げたかと思えば――

 

「ひゃぁぁ!」

「おわぁっ!」

「「やべっ!」」

 

 4人の桎梏が剥がれ、空中へ解き放たれる。

 そして始まる自由落下。

 急展開に怯みつつも、しっかりと対応をとる優秀なメンバー。

 

 みこは真下に大幣を出現させてそれに乗る。

 すいせいは真下に大きな綺羅星を出現させてそれに乗る。

 ロボ子は空中で見事にそらを捕まえ、そのまま直に着地。

 

「ロボち!」

 

 すいせいがロボ子を呼ぶ。

 ロボ子が振り向こうとすると、その前に一つの綺羅星が現れる。

 直感で上に乗ると、その星が一気に目前の坂を登った。

 すいせいの見える距離までだが、これで2人の男を超えた。

 そのままロボ子はそらを下ろすと、2人で坂を登っていく。

 

「させるか!」

 

 岩壁に衝突し、瓦礫に埋もれた2人の男が飛び出す。

 瓦礫がみこに向けて飛翔し、ダイヤがそらとロボ子を能力で縛ろうとする。

 

「神具・注連縄。超結界」

「クリニス!」

 

 みこが神具を活用して結界を展開。

 内部にダイヤとラヴ、みことすいせいを隔離。

 そして内部からも外部からも干渉できない『超結界』を展開。

 これによりダイヤの能力の影響はみことすいせい以外には与えられない。

 

 そして、みこに向かって飛翔する岩石はすいせいの生み出した複数の星で相殺される。

 

 この隙にそらとロボ子が一気に駆け上がる。

 もう山道を曲がり姿は見えない。

 そして敵二人は追えない。

 

「ナイスみこち」

「てんきゅー星街」

 

 予定調和も無く息が合う。

 さすがは営業。

 

「へえ、いいじゃんいいじゃん。中々面白いじゃん!」

「……またエースにどやされる」

 

 呼吸一つでさえ息ぴったりのmiCometに対し、相反する表情で相反する発言をするダイヤとラヴ。

 

「お前らが暇つぶしでいいか?」

「そもそも、そうしないと出られそうに無いがな……」

 

 敵のやる気が僅かに向上。

 ダイヤの能力は恐らくサイコキネシスだ。

 しかし、ラヴは一体?

 

「暇じゃなくてウチら潰すきで掛かってきな」

「営業は恐ろしいで?」

 

 

 

 大神社とスタジアムへの坂道前、第一フェーズ。

 miComet対ダイヤ&ラヴ。

 

 ダイヤ――能力・サイコキネシス。

 ラヴ――能力・???。

 

 さくらみこ――神具の本領発揮能力(非特殊能力)。

 星街すいせい――能力・スター彗星。

 

 



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43話 高みにて

 

 1期生が動き始めて数分後、ゲーマーズは西の展望塔屋上へ向かった。

 西の展望塔は、国の中では比較的西側に位置している有名な観光スポット。

 本来は最上階で絶景を楽しむ場だが、屋上には封印された白い石が存在する。

 それを守りに行くのがゲーマーズ。

 彼女らに封印を解く力は無いためその場で護り続ける必要がある。

 もし封印が解かれても、相手方に石を悪用されなければまだ巻き返しの見込みはある。

 兎に角冷静に、だ。

 

 だが、第一関門は敵の有無や戦闘能力以前の問題だった。

 

「おかゆん大丈夫かー!」

 

 先陣を切るフブキが声を上げて背後のおかゆを激励?する。

 そう、問題はおかゆの持久力問題。

 フブキの真後ろにころねとミオが張り付いているが、おかゆだけが遠い。

 もう間もなく展望塔には着くが、寧ろここからが鬼門。

 なんせ塔はエレベーターが展望デッキまでしか通っていないため、そこより上は階段で上る必要がある。

 あの、遙か高い展望塔の屋上へ、だ。

 そう考えただけで絶望的。

 そしておかゆの持久力不足は如実に表れている。

 だが、こんな裏世界のど真ん中で一人放置も出来ない。

 

「はあ、はあ……ごめんね、僕どうしても体力が無いから……」

 

 開いた距離を徐々に詰めながら必死に返答する。

 やがて三人のもとに辿り着く。

 

「はあ、はあ、……」

 

 呼吸を乱すおかゆを白眼視する者はいない。

 三人が優しく背中を撫でたりして落ち着かせるが、落ち着いては居られない。

 

「どうしようか……」

 

 ミオが困り果てたように頭を抱える。

 可及的速やかに展望塔へ向かいたい。

 だが、疲労困憊のおかゆは看過できない。

 

「ごめんね……最悪、僕のことは、置いていっていいから……」

 

 ぜぇぜぇと疲労を露わに苦笑する。

 その嘲笑的な笑みが更に3人の心を掻き乱す。

 

「……フブキもころねも大丈夫なんでしょ?」

「うん」

「平気」

 

 フブキもころねも、まだ体力は残っている。

 ならば、おかゆが塔を登り切る体力さえあればいい。

 

「おかゆ、塔までは自力で頑張って。そうしたらウチがいいことしてあげるから」

 

 ミオは勘案した結果、そう指示した。

 普段よりも冷静に、それでいて頼り甲斐のある威厳もある。

 だが、何故わざわざ「いいこと」と言う婉曲的な言い回しをするのか。

 まさか、物で釣るつもりか?

 

「い、いいことって言われると……セクシーみおーん推進委員会の僕的には相当凄いことを考えちゃうんだけど……」

 

 呼吸荒くも輝く目でミオを見つめるおかゆ。

 いつもの輝きとは比にならない。

 おかゆもおかゆで、何を期待しているのか。

 

「おかゆが思うほどいいことじゃないよ」

「あはは、分かってるって……ありがと、僕はまだ大丈夫だから」

 

 おかゆの最後の微笑みで、今の一言が場を和ませるものだと把握した。

 遅れて、何か諧謔的な言葉を返すべきだったかも、と似合わず思った。

 でも、おかゆがここにいる意味を強く感じれてよかっただろう。

 

 ミオが何を意図して発言したのか、不鮮明であるが、4人はすぐさま塔へ向けて再度走り出す。

 迷惑かけまいと、おかゆが必死に背後を走っていたのを、みんな感じていた。

 

 そして、やはり誰とも遭遇することなく4人は塔に辿り着いた。

 誰もいない不穏さが4人の感情を揺さぶる。

 夜なのに明るい人のいないこの街で、人が動力源となるものは全て停止している。

 街の電光掲示板や店の自動扉、エレベーターやエスカレーターは電力尽きぬ限り動き続ける。

 しかし、街の車はアクセルブレーキを踏めぬため、街中で全て停止している。

 その光景から察するに、この世界は、現実を模倣して制作した裏世界。

 模倣した瞬間の物の位置がそのままの場所に残っているのだ。

 だから、街で停車している車はほぼ全て動かすことができる。

 

「車を使わなくて正解だったね」

 

 フブキが到着して、一つ振り返る。

 

「渋滞が凄かったし、車じゃ通れない道も多かったからね」

 

 ころねもその意見に首肯する。

 背後ではおかゆが延々と息を切らしていた。

 

「……ぉヵゅ、大丈夫?」

 

 ころねがそっと手を添えて顔を覗き込む。

 走った距離は相当。

 ころねはまだしも、何故フブキとミオも元気なのだろうと不思議に思える。

 

「うん……」

 

 蹲るような動きで低い頭を更に下げて頷く。

 このまま連れて行けるのか?

 

「ねえ、これから上に上がるわけだけど、3人は能力とかって使えた?」

 

 フブキが塔の入り口前で突然話を振った。

 え、と3人が一瞬困惑したが、確かに、仲間の能力把握は戦況を大きく左右する要素だ。

 自動扉を抜け、エレベーター前で4人は立ち止まる。

 そして、上マークのボタンを押すと、エレベーターを待つ。

 

「私は名前通りの能力」

 

 とフブキは自白から入る。

 この場で証明はしないが、嘘をつく意味がないので確実だ。

 

「ウチはコレ」

 

 ミオがポケットから数枚のカードを取り出して見せる。

 計22枚、タロットカードの大アルカナの全てだ。

 

「こぉねはシオンちゃんが言ってたから、特に能力とか考えてないよ」

 

 ころねは拳を突き出して、過去に負けず劣らずで、素の腕力で勝負するつもりだ。

 因みに、シオンの言っていたことは、「ある程度実力がある人は能力を使うと却って不利に働くから」だ。

 可能なら手に馴染んだものを、がいいらしい。

 

「僕はまだ考えてないけど……悪戯できるといいな」

 

 おかゆが息を整えながら、ははっと笑う。

 

 各々、自分の個性や特徴、特技などから能力を考案している。

 

 エレベーターが来た。

 展望階まで登り、そこから屋上へ走る予定。

 全員で警戒しながら乗り込む。

 

「おかゆ、さっき言ってたいいこと」

「……ああ。本当に何かあるの?」

「あるよ、ホントに」

 

 ミオがポケットから先ほどのタロットカードを取り出し、一枚を抜き取る。

 それをおかゆの背中にパンと貼り付けるように押さえると、

 

「正位置、STRENGE」

 

 大アルカナNo.8。

 力のカードが光り輝き、消滅する。

 それを代償として、おかゆに力が漲る。

 いや、潜在能力が解放されたか。

 

「これでしばらくは体力が保つはず」

 

 ミオが言っていた「いいこと」とはこのことだった。

 わざわざ妙な言い回しをしたのも、本当に説明し難いことだったから。

 

「すごいね。その枚数分できるの?」

 

 率直且つ単純な感想。

 手札の数だけ似たような効果が発動するなら十分優秀だが、そう甘くはない。

 

「一応ね……。でも、使い道がないカードが大半だから」

 

 そう、圧倒的に使用に向かないカードがほとんど。

 と言うより、そもそもタロットカードは一枚に決まった意味はなく、時と場合によって都度意味を変える。

 状況によって使用時の効果も変化するのだ。

 瞬時の頭の回転が求められる力だ。

 

 エレベーターの高度が上がり、耳鳴りが始まる。

 数秒で慣れる。

 そして、扉が開く。

 

「行こう」

 

 4人は、真っ先に立ち入り禁止の柵の方へかける。

 その柵を越えて屋上へ向かう。

 おかゆがずっと真後ろを着いてきたことは、誰もが驚いた。

 

 コンコンコンコン、と4人のバラバラな靴音が響き渡る。

 獣人の敏感な耳にはよく響いたはずだ。

 

 やがて扉が目の前に現れる。

 ガチャッと開き、様子を確認。

 人はいない。

 目前の石の台に駆け寄る。

 白の石があるはずの封印の台座だ。

 

 あるはずだった……。

 

「ない!」

「まさかもう――!」

 

 手遅れだった。

 衝撃を受けて目配せしていると、バタンっと扉の閉まる音がした。

 

「…………」

 

 咄嗟に振り返ると、そこには見慣れぬ男性。

 無言で4人を見ていた。

 

「…………」

 

 出方を伺うように、4人も無言で警戒、牽制する。

 標高が高いから、風が冷たくて寒い。

 フブキの前髪がチラッと揺れる。

 ミオのポニーテールが大きく横に振れる。

 ころねのおさげが靡く。

 おかゆの短髪でさえも風を感じる。

 

「……!」

 

 牽制を続けた結果、先に動いたのは男性。

 だが、襲いかかることも、話しかけることもなく、唯一の扉の前に胡座をかいて座り込んだだけ。

 その道を塞ぐように。

 この寒波の下のコンクリートは寒いだろうに。

 

「……ここの石、どこにあるか知ってる?」

 

 動く手立てがないと判断し、フブキが迎撃準備を整えながら質問する。

 別に、何と答えようと、信頼度は低い。

 

 男は静かに頷いた。

 

「どこにあるの?」

 

 男の手がそっと挙げられ、その右手は0期生の向かった北のスポーツスタジアムを指している。

 

「……しゃべれないの?」

 

 男は首を横に振る。

 

「まあいいや……道を開けてくれる?」

「無理だ」

「……」

 

 初めて、男が口を開いた。

 ただ一単語、ハッキリと明確に、示した。

 それはできないと。

 

「俺の目的はお前らをここに止めること」

 

 そして、重たい腰を上げて、のっそりと立ち上がった。

 その動作に警戒し、ゲーマーズはサッと臨戦態勢をとった。

 つい、咄嗟に。

 

 ミオが内ポケットに手を入れる。

 フブキは両手を構え、「魔法」を扱う準備をする。

 おかゆは「あの拳銃」を男に向けて構える。

 ころねはいつでも殴れるように拳を握る。

 

「そうピリピリするな。俺は他の奴らと違って殺しは正直得意じゃない」

 

 男は肩を竦めて謙遜するように言う。

 その表情、まるで4人を敵としていない。

 男の実力が垣間見える仕草だ。

 

「なら、そこをどいて」

 

 おかゆが少し強気で銃を見せつける。

 銃口を男の方へ向け、威嚇するように。

 ……寒い風が両者の間を吹き抜ける。

 

「もう一度言う、無理だ」

「撃つよ?」

「……構わんが、それを合図に俺も本気を出すぞ?」

 

 おかゆの偽拳銃がカタカタと音を立てて震える。

 引き金にかけられた手が、震えているからだ。

 この引き金を引けば、火蓋が切られる。

 4人を戦場へ送り込む事となる。

 

「……」

「さあ、来いよ」

「……」

 

 男の挑発にも乗らず、おかゆは自我をしっかりと保つ。

 震える手を、そっと下ろしながらふぅっと息を吐く。

 

 刹那――

 

 一筋の光と耳を切り裂く轟音が轟き、落雷が発生した。

 その雷電は一直線に男に向かっていた。

 

 4人の目前で、目を焼く閃光が弾け、視界が白む。

 普通の人間なら確実に死に至るが、そんな事はあり得ないと踏んで放たれた一撃。

 その発動者は、フブキの横で一枚のカードを左手に構えていたミオだ。

 左手にあるカードは「大アルカナNo.20 JUDGEMENT」、審判のカード。

 今、この場で審判が下された。

 

「合図はあった」

 

 落雷の閃光で目が眩み、視界朦朧とする中、男がつぶやいた。

 

「これでもQ(クイーン)。本気で行くぞ?」

 

 男が遂に、出口を明け渡す。

 それと同時に、ゲーマーズとQとの闘いが始まる。

 

 

 第一フェーズ、西の展望塔屋上。

 ゲーマーズ対Q。

 

 Q――能力、???。

 

 白上フブキ――能力、???。

 大神ミオ――能力、カードイメージ。

 戌神ころね――能力、なし。

 猫又おかゆ――能力、???。

 

 



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44話 潮風香る防衛ステージ

 

 ゲーマーズが事務所を出るのと、時を同じくして一期生もある場所へ向かった。

 ゲーマーズの向かう西の展望塔に対し、一期生は真逆の方角の、東の海岸ステージ。

 

 唯一フブキだけが一期生から外れてゲーマーズ側で行動しているが、今のところ支障はない。

 

 やはり走る。

 どのメンバーも体力にあまり自信はない。

 だが、走らなければならない時は、やってくる。

 

「みんなは海岸ステージの構造って知ってる?」

 

 まつりが先頭を駆けながら、背後を振り返る事なく問う。

 海岸ステージの構造を把握していないと、どこに石が置かれているのか分からない。

 いや、そもそも一般人であれば、構造を知っていても石の在処は知らないはず。

 

 誰一人として知っていると答えた者はいなかった。

 

「……まつりも実は知らないんだよね」

 

 まつりが初めて振り返り、えへへと頰を掻く。

 明るい夜に照らされて、まつりの髪がたまに光る。

 

「そっか……でもそれは責められないしね」

 

 アキロゼが皆同罪だとまつりを慰めるように微笑む。

 メルもはあとも「そうだよ」と付ける。

 寛厚なメンバーにまつりは口許を綻ばせた。

 

「一先ずあっちに着いたら、石を探そう」

「そうね。でも分担と共同どっち?」

 

 メルの的確な案に対し、はあとが意見する。

 分かれての探索か、合同での探索か。

 

「うーん……そこは到着してからかな。人の有無によっても左右されるから」

 

 まつりは臨機応変にと言って走り続ける。

 その通りだ。

 もし他の人がいれば、状況は大きく変化する。

 折角立てた計画も瞬時に崩壊して烏有に帰すだろう。

 

「シオンちゃんが言ってたけど、ホントに人がいないね」

 

 街中を走る4人。

 この4人も0期生と同じことを口にする。

 ただ、不自然さを提唱したのは、事務所で待機していた時のシオンだ。

 0期生の出発直後辺りで、敵でさえも気配があるのに存在を感じないと唸っていた。

 

「広告の音だけが五月蝿いってのも逆に怖いね」

 

 街中を走れば、耳に届くのは電光掲示板の広告が騒ぐ音だけ。

 人の声は何一つ聞こえない。

 無の中に4人だけが彷徨っている、そんな哀切感に満ちている。

 

「ねえ、来た時より暗くなってない? 微々たる変化だけど……」

 

 メルがビルの隙間から夜空を見上げて余念を口にした。

 本当に余念であれば良いと思って。

 

「……そう? 私は分かんないけど」

「まつりも」

「はあちゃまも分かんない」

 

 賛同者は0だった。

 やはり気のせい。

 そう結論付け歯牙にも掛けなかったが、まさかいい着眼点で重要部分を穿っていたなんて、誰も考えまい。

 

「じゃあ気のせいだね」

 

 メルも深く考えず流した。

 

 そうして、また走力に力を注ぎ、走ることに専念する。

 先頭から、まつり、アキロゼ、メル、はあちゃま。

 特に並びに意味はない。

 

 もう全力疾走。

 兎に角我先にと石を回収しに行く。

 それが最優先。

 

 しばらく走って、ビルの高さも低くなり始めた頃、弱々しい風に乗って微かな潮の香りが鼻を撫でた。

 間もなく海岸へ出る。

 海岸ステージは、一面砂浜の中に一つだけ大きくステージが存在している設計。

 ステージだけは海上にあり、砂浜付近の人工橋から入ることができる。

 

 その特殊な構造のステージが遂に見えてきた。

 

 そして目と鼻の先だったステージに到着。

 

「取り敢えず、みんなで散らばって中を探そう」

 

 まつりが指示を出すと皆首肯して二つある橋に二手に分かれた。

 まつり&アキロゼペアとメル&はあちゃまペア。

 ステージへ行くと、何層か地下があるので、更にそこから各個人で行動することになる。

 何も示し合わずに行動したため、定期的に誰かとすれ違ったりしたが、中々石は見当たらない。

 

 そして、4人の苦労の末――

 

「あった――! これだ……」

 

 最下層に隠し扉を発見し、石の在処まで辿り着いたのはまつりだった。

 光り輝く石が頑丈そうな土台の上にガラスケースに覆われて置いてあった。

 話によれば、この石に封印はかかっていないらしい。

 

「よし……」

 

 まつりは腰に添えていた2本のバチを取り出しガラスケースを叩き割ろうとする。

 

「――え!」

 

 その寸前、忽然と石が姿を消した。

 ……いや、そんなことは無い。

 見た。

 まつりはその光景を目の当たりにした。

 石が土台の下から生えてきた手に盗まれた瞬間を。

 

「誰!」

 

 まつりは驚嘆と同時に土台へ駆け寄り、その土台を蹴り倒した。

 そこで初めて、土台の中に空間がない事を知る。

 

「どういうこと……」

 

 意味がわからない。

 脳内が途中で考察を放棄するほどに。

 

「――誰!」

 

 背後に何者かの気配を感じ、まつりは振り返った。

 がそこに人はいなかった。

 

「……いや、兎に角戻ろう!」

 

 まつりは急遽全員をかき集めるために奔走した。

 ステージ地下で全員を探索して回り、物の数分で収集完了。

 生じた奇怪事件を伝達し一度事務所に戻る旨を確認。

 4人でステージに出て橋を渡る。

 と――

 

「これはこれは、お待ちしましたよ」

 

 一人の男性が礼儀正しく腰を折って挨拶をしてきた。

 一見誠実そうで、服装が実に清潔だ。

 だが、果たしてまつりたちの前に立ちはだかる存在が、友好的だろうか?

 

「何、あんた」

 

 まつりが少し語気を強めて男を睨む。

 石が消えた事とこの男、何か繋がりを感じる。

 全く持って根拠はないが。

 

「私はスペードです。無論、本名ではありませんが」

 

 組織内のコードネーム、といったところか。

 男は親切にネームを名乗る。

 

「我々の任務はですね、石の回収に加えて、歌姫に繋がる糸を全て断つこともあるんですよ」

 

 男が遺憾そうに呟く。

 辟易しますと鼻を鳴らしながら、どことなく嬉しそうに。

 

「……何が言いたいのかハッキリしなよ」

 

 まつりが腰のバチに手を添えた。

 アキロゼは後方で様子を伺う。

 メルは目を光らせて展開を見極める。

 はあとは狂気的に一度笑って、まつりの真横に並ぶ。

 

「石は今ここでエースに預けます、このように」

 

 男が堂々と右手の上に乗せた光る石を4人に見せびらかす。

 その石は、まつりが確保し損ねた大切な五石のうちの一つ。

 「やっぱお前が」と言う前に、男がその石を真横に投げ捨てた。

 「あっ!」と声を出す前に、石は何かに吸い込まれて姿を消した。

 先刻、まつりが目にしたように。

 

「そして私は、ここであなた方を根絶やしにするのです」

 

 構いませんか?と無駄な了解を求む。

 

「……まつりちゃん、逃げた方が良くない?」

 

 アキロゼが男の威圧感を前に尻込みする。

 3人も男の気迫には圧倒されているが、ここでは退けない。

 

「いや……あいつ能力、多分やばい」

 

 男がアホらしく返答を待っているうちに小声で会話する。

 

「あいつはある意味瞬間移動できる能力だと思う」

「……としたら、逃げても無駄って事かな?」

「いや、そうじゃない。今こっち側は一つ以上の石を握ってる」

「「うん」」

「それをコイツが本気で狙いに行ったら、多分すぐに奪われる」

 

 そこまで説明されて、ようやく理解した。

 誰一人逃げてはならない理由が。

 

「コイツがここで私たちにかまけるってなら、足止めになるってことね」

 

 はあとが核心を突く。

 そう、その通りだ。

 こちらが持つ唯一の石の所在が不明の今、この男は普通の男。

 わざわざ他の仲間が街中を捜索する中、コイツが動く必要はない。

 無鉄砲に能力を使っても、不要な魔力を割くだけ。

 今のうちにコイツをここに留めて、あわよくば倒したい。

 

 もし、ここで1期生がこいつの相手をせずに逃げれば、4期生の石が発見された瞬間にこちらの持ち石が無くなる。

 敵方の動きを見るに、きっと相手側には情報の伝達手段がある。

 だから、今ここで、この4人が、こいつを相手にする必要がある。

 誰か一人でも逃げて、この男を4期生の側に誘導してはならない。

 

「――いくよ!」

 

 まつりが声を上げた。

 今、潮風を受けながら、火蓋を切る。

 

 

 

 東の海岸ステージ、第一フェーズ。

 

 スペード――能力、???。

 

 夏色まつり――能力、???。

 アキ・ローゼンタール――能力、???。

 赤井はあと――能力、???。

 夜空メル――能力、???。

 



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45話 前途多難

 

 3、4、5期生は同時にタイミングを示し合わせて出た。

 

「「それじゃあ……気をつけて」」

 

 3、5期生が4期生を見送る。

 4期生はここから先、極力人との遭遇を避けなければならない。

 石は、最も信頼の置けるココが所持。

 まあ妥当だろう。

 

 4期生が南の方へ駆けていく。

 ココがルーナを担ぎ、後は全員自力で走る。

 ココの過保護とルーナの低体力が合わさって生まれた状況だ。

 まあ、ココの龍の腕力なら何の弊害もない。

 

 やがて姿が消え、残る3、5期生。

 

「じゃああたしたちは中央通るんで、誰も通ってなさそうな南東、北東、南西、北西辺りを探してください」

 

 ぼたんが先輩に提案する。

 これまで0、1期生とゲーマーズが街へ出たが、その際にもし誰かに出会っていれば、事務所へ戻ることを推奨するはずだ。

 探すなら、まだ誰も通っていない範囲を注意深く探るべきだ。

 

「おけぺこ、じゃあ……気をつけて」

 

 何て応援すれば良いのか、逡巡した。

 やはり、今から起きることを想像すると、単純な言葉は寧ろ不快かも知れないと、そう思えた。

 

「んじゃ」

 

 ポルカはフレアに軽く手を挙げた。

 フレアの剣幕な表情を少しでも和らげるために。

 フレアは遅れて「ん」と短すぎる相槌を打った。

 

 こうして5期生も目的地である中央エレベーターへ向かった。

 

「――!」

 

 一瞬で建物の影に隠れて見えなくなる5期生。

 それを見送った途端、フレアが駆けだした。

 

「ちょっ――フレア!」

 

 るしあが追いかけようと続けて駆け出すが、フレアの速度が速い速い。

 到底追いつけるものでは無く、フレアも次第に遠くなっていく。

 

「るーちゃん、もう無理ぺこだよ、あれは」

 

 追尾しようとしたるしあをぺこらが冷静に止めた。

 るしあも半ば追跡は諦めていたのか、容赦なくフレアを自由にさせた。

 

「フレアがこっち行ったから、ぺこーらたちは反対から国を回ろう」

「そうだね」

 

 ぺこらは寸分だけ一考しその答えを導き出す。

 目を増やす作戦だ。

 ぺこらがるしあと同行するのは、戦力的な不安からだと、るしあも理解できる。

 そして、フレアの戦力は申し分ない。

 今更後を追っても、もう簡単には合流できまい。

 

 二人は右と左をそれぞれ受け持ち、見逃しが少なくなるように街を走った。

 大変だが、街を一周して成果が得られなければ事務所の防衛に回る予定だ。

 

 ぺこらもるしあも、ポテンシャルが人探しに絶好だが、逆に他人からも見つかりやすい難点がある。

 空中に出て人を探せば、視野は広がるが、当然野晒しになる自分自身は危険となる。

 ぺこらの共感覚も、他のウサギがいないため効果を発揮できない。

 

 ここは時間をかけてでも自分の脚を使うしかない。

 能力温存のためにも。

 

 しばし走って歩いてを繰り返した所で、ぺこらが耳を揺らした。

 何かの音を、拾ったようだ。

 

「何か壊れる音……」

 

 耳に微かに響いたのは瓦礫が崩れるような音と小さな建造物が倒壊する音。

 恐らく距離がある。

 ぺこらの聴覚ですら微妙に聞き取れた程度だ。

 そんな参事、近場で起きていれば誰の耳にでも届く。

 

「どっちの方?」

「こっち」

 

 二人は足の回転を早めた。

 早めるが、決して飛んだりしない。

 あくまでも慎重に。

 

 ぺこらの聴覚を頼りに、細道や裏路地を駆使して最短ルートと思われる道を選択して進む。

 その途中、一人の剣士と出会した。

 

「別人か……」

 

 るしあとぺこらを見るなり、刀を抜き、がっかりする。

 その剣士、二人は知らぬ事だが、以前事務所を襲撃したあの剣士だ。

 あやめとシオンが撃退した、あの剣士。

 

十X(てんばつ)!」

 

 剣士が一つの刀を罰の字に二度降ると、切筋が可視化され、真っ直ぐに罰点が二人に飛来する。

 るしあが片手に外見包丁のようなナイフを持つ。

 更に、真横に幽体を出現させ使役し、大鎌を振らせる。

 よって、るしあのナイフと幽体の大鎌で罰点の斬撃は消滅した。

 

「ぺこら、まだ音は聞こえる?」

 

 るしあは視線を剣士からずらす事なくぺこらに借問した。

 ぺこらは長い特有のウサギ耳をピコッと揺らして音波を拾う。

 やはり定期的に物を砕く音が耳を騒がす。

 

「聞こえるぺこ」

 

 るしあは目配せする暇もないが、ぺこらはしっかりと頷いた。

 

「一文字」

 

 今度は道幅ほどの一筋の斬撃が真横に、一直線に飛翔する。

 るしあはぺこらを庇うように前へ立ち、ナイフを構える。

 幽体は場を離れず、鎌も振るわずに斬撃を喰らって消滅するが、るしあはその場でナイフを振るい、斬撃を両断した。

 

 るしあを中央として真っ二つに割れた斬撃はるしあとぺこらの脇を通り背後の建造物を切り裂いた。

 正確には、ある程度壁にめり込んで、力を失って消滅した。

 

「ぺこら、先行っといていいよ」

 

 るしあが自信満々にナイフを構え直して、ぺこらに笑った。

 部が良いと判断したのだろう。

 斬撃など、幽体離脱や無実体化できるるしあには無意味な風。

 

「そう? なら……」

 

 ぺこらもネクロマンサーの能力を把握した上で簡単に委任しようとした。

 しかし……

 

「実態がないのなら……」

 

 剣士が刀を鞘に納め、異次元空間から新たな剣を取り出す。

 そう、今度は刀ではなく剣。

 造りも両刃型の西洋式のそれだ。

 いや、注目すべきはそこではない。

 

「こっちを使おう」

 

 剣の特性だ。

 ぺこらには感じず、るしあは感じる嫌悪感。

 

「ぺこら……やっぱ今のなし」

「え……何?」

 

 突如逃げ腰になるるしあにぺこらは顔を引き攣らせた。

 るしあの敵わない剣士に、ぺこらは敵わないが?

 

「逃げて!」

「え?」

「早く!」

 

 るしあの指示に合わせて二人は剣士から遠ざかるように駆け出した。

 二人が背を見せた、その瞬間を狙い追撃が襲い掛かる。

 

「一文字」

 

 先刻、道一杯を覆った横一文字の飛ぶ斬撃が再三飛翔する。

 次こそはるしあも背を向けているため、切り裂くことができない。

 このままでは斬撃ではなく、ぺこらが真っ二つだ。

 

「るーちゃん、こっち!」

 

 ぺこらが地を蹴った。

 ものすごい跳躍力だ。

 ウサギ科の獣人にしても爆発的すぎる。

 その一蹴りで斬撃を縄跳びのように飛び越えれる。

 が、更に、なんと空中でも踏み込み、空気を蹴って更に更に上へと飛んで行く。

 

 その後を追い、るしあも幽体化で浮遊する。

 障害物である幾つもの建造物を飛び越えて男を撒く。

 遠くで、その剣士が「どうしたもんか……」と呟いた声が、ぺこらの地獄耳には聞き取れた。

 

 

 

          *****

 

 

 

 小刀が、頰を掠った。

 綺麗な黄色の肌から、微量の血が流れた。

 傷は相当浅く、痛みは全くない。

 ギリギリのタイミングで回避した刃物。

 それを巧みに操る腕を掴もうとした。

 しかし、眼にも止まらぬ速度で逃げられた。

 

 まただ。

 幾度もメイスをぶつけようと試みた。

 だが、ほぼゼロ距離ですらも命中しなかった。

 これは命中率の問題ではない。

 回避率の問題だ。

 

 メイス、拳、蹴り、頭突き、瓦礫の投擲。

 あらゆる手法を試行したが、悉く躱された。

 もう直感が言っている。

 こいつに攻撃を当てることは不可能だ。

 

「騎虎の勢い? 直往邁進?」

 

 また、意味不明な言葉を並べる。

 何を言っているのか、分からない。

 

「机上の空論。取らぬ狸の皮算用」

 

 あ、それなら分かるかも。

 

「余計なお世話じゃ!」

 

 折角理解できる言葉が来たと思えば、非難されている。

 ノエルはメイスを大きく振りかぶり、男に殴りかかったが、やはりミス。

 

「くっ……」

 

 早く他のメンバーの安否を確認したいのに。

 早く「このこと」を伝えたいのに。

 なんのカラクリあって、こいつはこんなに避けられる。

 

「無為無策、旧態依然」

 

 しかもこの様に、延々と意味不明な言葉を並べられ脳味噌が破裂しそうだ。

 

 こっち側に来て、もう結構経ったはずだ。

 既に他のメンバーも、コイツ以外の不審者も、行動を起こしているはず。

 自分も何とかしなければ……!

 

「どうだ? 攻撃が当たらないだろう?」

 

 喋った。

 ようやくまともに、会話文を成立させた。

 

「……そうかも」

 

 折角口を開いたんだ、この機を逃せない。

 この瞬間で、絞れるだけ状況から情報を絞る。

 

「百発百中も百戦錬磨も、俺の前では微風よ」

 

 吹かぬ風が男の短髪を揺らす。

 ノエルはメイスを持ち直し、そして腰に携える。

 僅かな停戦。

 

「ここは俺の独壇場。お前は既に手詰まりだ」

 

 お前に俺は殴れない、と言葉を続ける。

 

「だから? 諦めろって?」

 

 ノエルが男が暗に示す意図を汲み取り、尋ねる。

 逃げてもいいのか?と。

 

「そう、即ちそう」

 

 バッと腕を振り下ろし、右手の人差し指をノエルに向ける。

 まさにその通りであると。

 

「……それは怖いかな」

 

 ノエルは腰のメイスに再び手を掛けた。

 信用なるものか。

 二人が戦い始めたきっかけは、この男が襲ってきたから。

 それなのに、逃避推奨?

 誘導にしても下手すぎる。

 

「正直疲労困憊だ。俺には未来永劫お前の攻撃なぞ当たらんが、無尽蔵ではないんでね。このままではお前を潰せないわけだ」

「…………?」

 

 言葉の意味はわかる。

 今の単語は単純だった。

 だが、おかしい。

 

 のべつ幕なしに不発の応酬合戦。

 互いに疲れる。

 もし、男がノエルより体力がないのなら、確かに途中で逃したくなる。

 だが、体力低下でも、攻撃は絶対に当たらない、そう言い張る。

 緊急回避に体力を必要としていない証拠だ。

 体力を消耗せず、確実に技を避ける。

 それがこの男の「能力」であると推測できる。

 

「じゃあ、畳み掛けるチャンスってことでいい?」

「当たらんぞ?」

「いつか当たる」

「ならどうぞ」

 

 ノエルはそう結論づけると、メイスを手に駆け出す。

 当たれ、と願い男にギリギリ当たらないようにメイスを振り翳した。

 だが、男はまたしても見切ったように、今度は一ミリも動かない。

 

「いい線だ」

 

 作戦が失敗し、無防備となったノエルの体目掛けて、男が回し蹴りを打ち込もうと体を回す。

 疲労を感じさせない無駄のない動き。

 食らうことを覚悟で次なる手を考えた。

 

 男の回し蹴りが迫る。

 

「月下のすーぱーぺこちゃんキック!」

 

 空から隕石のようにぺこらが降ってきた。

 ぺこらの強烈な右脚の蹴り込みが男の回し蹴りを受け止めた。

 

「ぺこら⁉︎」

 

 無謀な策を何度も練り、何度も実行してきたノエル。

 またしても自身を危険に晒すような策を放とうとしていた所へ、ぺこらが現れた。

 まるで救世主。

 これ以上、ノエルに身を削らせない存在。

 

「好事多魔ってか? 所詮、運否天賦って訳なんだな」

 

 男が片脚に一層力を込めて、ぺこらの蹴りを押し返そうとする。

 ぺこらは空中、男は地上。

 となれば、必然的にぺこらが押し負ける。

 ノエルが見極めて多少距離を取ったので、ぺこらもそこで相手の勢いをバネに跳ねてくるっと宙を舞い、華麗に着地した。

 

「あ、ホントにノエルいんじゃん」

 

 立て続けに、別の声がした。

 ぺこらと同様にして、空から舞い降りたのは小柄でぺこらと行動を共にしていた少女、るしあ。

 そっとノエルの真横に降り立ち、ぺこらと二人でノエルを挟むようにする。

 

「二人とも、どうしたの?」

 

 急遽現れた救世主。

 その二人には驚いたが、それ以上にぺこらが空から飛んできたことに驚いていた。

 しかし、それは二の次。

 今は頼みたいこともある。

 

「なんか物が倒壊する音とかが聴こえたから気になったぺこなんだけど、急にその音が止んで、跳び回って探してたら見つけたぺこ」

「そっか、じゃあ多分その辺のが壊れた音じゃね」

 

 ぺこらの解答に、倒壊した瓦礫を見ながら、犯人は自分だと答えた。

 

 ぺこらもるしあも、ここであの剣士の事は口にしない。

 注意喚起はノエルのためになるが、目の前にいる敵と剣士が仲間、と考えると、あまり相手には知られたくない。

 耳打ちでもいいが、極力下手な行動は避けた方が得策だろう。

 

「おいおい、3人もか。俺は機略縦横の才気煥発な人間じゃねえぞ」

 

 男が両手を広げ、やれやれとため息をつく。

 3人相手にはどうにも真面にやり合えないらしい。

 今の一言で、ぺこらとるしあは3対1の構図を脳に浮かべた。

 リンチすれば、流石に屈強な男にも勝てよう。

 だが、ノエルだけは違った。

 

 ノエルが一人、ぺこらとるしあを背後に数歩前へ出た。

 そして、振り返り、ぺこらに「石」を投げた。

 

「ぺこら、るしあ、それ持って逃げて」

 

 慌ててぺこらがキャッチしたその石は、金色に輝いていて目が痛い。

 

「これって……!」

「中央エレベーターの石。こっちに来て直ぐに取りに行ったの」

 

 まさかの展開。

 完璧すぎる仕事の速さ。

 驚愕する二人に、ノエルはグッと親指を立てた。

 

「やっぱあんたが持ってたか……」

 

 男は肌で感じていたのか、参ったな、と呟いた。

 

「ぺこら」

「るーちゃん」

 

 二人は見つめ合い、力強く頷いた。

 夜の空に似つかわしい暗さまで、街の明かりは落ちてきた。

 

「一文字」

 

 刹那、道幅よりも長い風の斬撃が4人全てを薙ぎ払うように飛来した。

 

「っ!」

「っぶねえ」

 

 ノエルが斬撃をメイスで撃ち消さなければ、3人は真っ二つだっただろう。

 男はと言えば、瞬時に消滅して、離れた位置に立っていた。

 

「追い付いたぞ、兎と死霊」

「やっべ」

「また出た!」

 

 折角空の通路で逃げたのに、もう発見された。

 今から石持って身を潜めようと企てていたのに。

 

「おいノーカード! 危ねえだろ」

 

 回避の男が、剣士をノーカードと呼称し遠くから叫ぶ。

 全く危なくないくせして。

 

「だから態々声を出したろ。お陰で止められたが」

 

 間にノエルたちを挟んで文句を投げ合う。

 仲間割れなら他所でやってほしい物だ。

 

「ところでクラブ、何してる」

「そのごっつい女と張り合ってたとこだ」

 

 回避男改め、クラブがノエルを指してそれとなく胸を張る。

 

「ぺこら、るしあ、引いて」

「え……」

「でも……」

「いいから」

 

 それだけで、3人は意思疎通できる。

 短く長い、正式には、濃い付き合いだ。

 

 ぺこらとるしあは再び空へ飛び出す。

 敢えて、ノーカードの頭上を通り、注意を引いて逃げる。

 すると、想像通り釣られて動き始めた。

 が、

 

「ノーカード、ちょっと待て」

 

 二人をみすみす見逃して、クラブがノーカードを呼び止めた。

 

「どうせ二人は追えない。二兎追うものはって言うだろ?」

「片方は恐らく潰せよう」

「ならこっちに残ってよ、確実に一人潰さねえか?」

 

 ノエルを挟み撃ちにして、不謹慎な言葉が飛び交う。

 ノエルの甲冑が音を鳴らし、メイスが軋む。

 

「……まあ、お前は人殺しは群を抜いて下手だからな」

 

 乗った、と言わんばかりにノーカードが向き直した。

 そして、二人でノエルを仕留めようと……

 

「両断!」

 

 ノーカードの背後に突如現れた幽体を、ノーカードは得意の瞬発力で切り伏せた。

 切られた幽体はそのまま淡い光を散らして泡沫のように消えゆく。

 

「……俺は構わんが、お前は今のを見ても?」

「……いや、やっぱり追ってくれ。ちっこい方を頼む」

 

 前言撤回し、二人も割れるようだ。

 だが何故……?

 ノエルの疑問は疑問のまま、ノーカードが遠くに小さく見えるるしあ目掛けて本気で駆け出した。

 石を持ったぺこらは疾うに姿を眩ましている。

 

 やがて、元のように二人だけが残った。

 

「結局、俺がやんのか」

「いや、団長が勝つから無理だね」

 

 石を託して身軽になったノエルは、全力でクラブに立ち向かう。

 

 そしてるしあは、決して一撃も受けられない戦に巻き込まれた。

 

 二人の思いを乗せて、兎は空をかけている。

 呼び寄せられる、その場所に辿り着くまで。

 

 

 街角Aブロック、第一フェーズ。

 

 クラブ……能力、見切り。

 

 白銀ノエル……能力、なし。

 

 

 街角Bブロック、第一フェーズ。

 

 ノーカード……飛斬、聖剣。

 

 潤羽るしあ……ネクロマンサーの力(非能力)。

 




 皆様どうも、久々の作者でございます。
 配信に被る、という理由の他に色々あって投稿を悩んでました。
 でも、落ち着いたようなので投稿します。

 この作品を出した所で応援にはなりませんし、どうせTwitterでタグ付けて更新ツイートするので、却って邪魔かな?などと思ってましたが、私は自己中なのでこのタイミングにしました。

 あ、相当先ですが5章か6章あたりは遂に我々も登場します。
 はい、我々、リスナーでございます。
 各一人、出ます。
 6期とEN、IDは登場しますが調整中。
 5か6で出せるかも?

 と言うことで、また次回。


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46話 おい、親友

 

 4期生の移動速度は、他のチームに比べると2、3倍は速い。

 体力の最大の不安となるルーナはココが担いでいる。

 そして、ココ、かなた、トワは羽を使って空を飛べる。

 わためだけが強制的に走らされるが、訳あって非常に速い。

 

「ちょっとー! なんかわためだけ大変な思いしてない⁉︎」

 

 下の方から何やら文句が聞こえる。

 羽を持つ者達が羨ましいのか。

 しかし、そんなわためも、決して疲れている様子はない。

 言ってしまえば、まだ全力疾走ですらない。

 

「飛ぶのだって体力は使うんだぞー」

 

 勿論、走ることに比べれば、消耗する体力は少ないが。

 

「畜生は乗せてやんねぇぞ」

「ジャイアンみたいなこと言わないでよ!」

 

 ココのニヤけた表情でのジョークにわためが的確な返しをする。

 その様子を見てクスッと、他の3人が笑っていた。

 

「お、そうだルーナ。おめえこれ持っとけ」

 

 ココが飛行中にポケットから石を取り出し背中の上のルーナに手渡す。

 

「え、な、なんでなのら? ココちゃが持ってた方がいいと思うのらけど」

 

 ルーナは自分が最も防衛にも逃亡にも向かないと自覚している。

 実際にそうかもしれない。

 だが、論点は、少しずれている。

 

「このまま何もなく済むはずがねえんだよ」

「としたら、まず間違いなくココが戦線に出るからね」

 

 かなたはココの背後に付きながら、付け加えた。

 さすが同居するレベルの仲。

 理解力がある。

 

「そしたら敵に石の受け渡しを見せない方がいいって訳か」

 

 更にかなたの背後に付いて飛ぶトワも手を叩いて把握を示した。

 わためは聴こえているのかいないのか、無言で下を走っている。

 因みに、今更ながら補足しておくと、空を飛ぶと言っても、建造物よりも高くは飛んでいないため、見つかる確率はあまり変わらない。

 

 結局、短い話し合いの結果、トワが石を持つこととなった。

 トワ以外、誰も不満はなかった。

 

 

 さて、あっという間に街中を抜け、南西の小さな丘が見えて来た。

 見晴らしがいい丘だが、滅多に人が寄り付かない特殊な場所。

 もし身を隠すならここ。

 ここがダメなら、恐らくどこへ逃げてもダメ。

 それほど地味な場所なのだ。

 

 到着し、まずは人影を確認した。

 誰もいない。

 

「……よし、一応こっち側に回ろう」

 

 かなたが丘の裏側に回ることを思慮した上で提案した。

 人目につかない最適解だ。

 

 街と反対側の丘の斜面にいれば、街側からは見つかりにくい。

 そこで一休み、そう決めて動こうとした時、ココの予言が的中する。

 

「「うっ‼︎」」

 

 突如、5人に耐え難い負荷がかかる。

 その過重に足が崩れ、全員が地に手をつく。

 だが、それだけでも耐え切れず、遂には全員地に無理矢理寝かされた。

 地面が草なため、コンクリートほどの痛みはないが、やはり所々に石が押し付けられ、痛みを伴う。

 

「いい場所に逃げたな。で? 誰が石を?」

 

 空から声がした。

 何故、皆が皆空から現れるのか、などと言う疑問は誰も持たない。

 そんな状況ではないから。

 まず、登場の仕方が派手……と言うより、力強い。

 丘の天辺(と言ってもそこまで高くはないが)に地響きをさせて、脚が陥没しそうなほど力強く落下してきた。

 

 大地が揺らぐが、5人は圧力で動けず、蹌踉めく事すらなかった。

 

「あんだ……オメェ」

 

 ココが圧力に抗い、頭を微かに地から浮かせた。

 そして、鋭い視線で男を睨む。

 その目を、男は睥睨していた。

 

「俺? 何でもいいだろ。それより石を寄越せ」

「しらねェな……」

「「ぐっ‼︎」」

 

 ココの反抗で、更に圧力が増す。

 微かに持ち上がったココの頭も再度地面に伏す。

 

「口答えするたびに重力を加算する。石を出せ」

 

 生まれつき強靭な肉体を持つ龍族と違い、他4人は簡単に潰れてしまう。

 ココの裁量で測ることはできない。

 

「……テメェ……何でわかったんだよ」

 

 ココが白状するように質問返しをした。

 反感を買わぬように、言葉を選ぶ。

 

「ストーキングだ。お前らよりも遥か上空からな」

 

 ずっと、見られていた。

 遥か上空からか……。

 

「チッ、わぁった。石渡すから解け」

「妙な動きをすれば……分かるな?」

 

 男の忠告と同時に、5人が超重力から解放された。

 5人が、ゆらゆらと立ち上がった。

 

「おいトワ、石貸せ」

「マジで渡す気?」

 

 トワが躊躇う。

 その反応に他3人も同様の表情でココを見た。

 

「さあな」

 

 上手くいけば、渡さない。

 失敗すれば、取られる羽目になる。

 

 ココは4人を見渡し、男を睨む。

 

「おい」

「……何だよ」

「お前が持って来い」

「ぇ……」

 

 男が、ルーナを指差す。

 ココとかなたの力んだ様子を見切ったようだ。

 ルーナは弱々しい声を漏らして困惑した。

 色の違う目が、淡く揺らいでいる。

 

「……ルーナ、持て」

「ぇ、こ、ココちゃ……」

 

 恐怖で意識が朦朧としてきたのか、脚が震え、一瞬よろめいた。

 でも、ココは石をルーナに押し付ける。

 そして、わために目配せした。

 わためは、何も分からず見つめ返した。

 

 この状況。

 不幸中の幸いを一点挙げるならば、それは男が街側にいないこと。

 街へ逃げる道が、まだ切り開かれていること。

 相手が最大限の隠密行動を図ったが故に出来た穴。

 

 ルーナが一歩踏み出る。

 その背後にココが立つ。

 不安げで虚な視線がココに向けられる。

 そのルーナの桃髪をココが撫でた。

 

「怖いのは一瞬だ」

「ぇ?」

 

 どう言うこと?

 と、ルーナが問い返す前に、事は発展した。

 

「オラァッッ!」

「ん"な"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁぁぁ」

 

 ココが、目にも留まらぬ速さでルーナを担ぎ上げ、町側へ全力で投げた。

 ルーナに対して過保護なココが取るとは思えない行動に、誰もが仰天した。

 

「重力!」

 

 男が即座に重力をかけたが、ルーナだけが既に能力の範囲外に出ていた。

 空中を飛んで、このままでは逃げるどころか、結果地に衝突して死ぬ。

 ココもかなたもトワもわためも、重力に押さえつけられ動けない。

 

「オメェらはちったぁ我慢しろ!」

 

 ココがパワー全開で重い重い重力の中立ち上がった。

 まるで負荷を無視して男目掛けて拳を向けて殴りかかった。

 

「「ぐあああっっ‼︎」」

 

 背後で3人の呻き声が聞こえる。

 増加していく重力値。

 だが、ココはそれを振り払って男を殴……れなかった。

 男がココの拳が直撃する寸前で重力の方向を変えた。

 そのため、4人は突如重力から解放されるが、ココは男と反対側に体を引かれた。

 来た!

 

「わため!」

 

 叫ぶ前に、わためは行動していた。

 先程の目配せの意味、もう理解したようだ。

 

 角巻わため――能力・突進。

 

 その速度は、何とか目で追える程度。

 

 わためが落下し始めているルーナをキャッチするために、遥か遠くへと猛ダッシュしていく。

 ルーナの落下は次第に速度を増すが、わための桁違いの走力であっという間に落下予測地点に到着。

 アニメなどのように、そのタイミングでキャッチできれば尚格好いいが、そう上手くは噛み合わない。

 ただ、数秒その場で待機し、わためが見事に降ってきたルーナを受け止めた。

 

 遥か遠く、わためが親指を立てる姿が、小さく見えた。

 

「ざまあみやがれ、これで石はこっちのもんだ」

 

 苦い表情をした重力師を煽った。

 トワは、重力に潰された身体が痛むらしい。

 後方で体のあちこちを気にしていた。

 しかし、かなたはと言えば、案外外傷なさそうに普段通りにしていた。

 

「……まあ、石は他の奴に任せるとするさ」

 

 男は闘志を燃やした。

 容易く見逃すとは誤算だ。

 わための速度は追えないと判断したのか。

 このまま3対1でやり合うのは、戦力の無駄遣い。

 ココ以外に重力師の圧力を耐えれる者がいない。

 

「おい、天使も悪魔も、わための後追え」

 

 ココが一人で受け持つことを決意し、目を鋭くして言った。

 

「は? 何言ってんの?」

 

 トワが絶対できないと痛む腕を抑えながら、顔を険しくした。

 かなたも同様にして、拒否した。

 

「パワーあるごりらはまだしも、トワ、おめぇは流石に相性が悪すぎる」

「ごりらゆうな」

 

 ココの正論に、トワは押し黙る。

 代わりにかなたがどうでもいい事に反応したが。

 

「重力」

「「ぐっ!」」

 

 また、世界の掟が歪む。

 心なしか、今までより重い。

 いや、重くされたんだ。

 ココが暴れ回るから。

 

 ココ一人なら、重力を上回るパワーで無理矢理動き回ればいいが、先程のようなやり方を続けては、他二人が持たない。

 誰も石を持っていない以上、無闇に動く必要はない。

 むしろ愚策だ。

 

 筋肉が潰れる……。

 骨が折れる……。

 ような重圧。

 

「しかしお前……」

「漆黒の魔弾」

 

 男の言葉に偶然被って、トワが震える右腕を力任せに持ち上げ、漆黒の小さな球を放った。

 その弾はゆっくりと男に近づいていく。

 到底命中するような速度ではない。

 しかし、トワはもう顔も腕も上げられないほど重力に抑えつけられている。

 いや、トワだけでない。

 

「……なんだ?」

 

 男は一切驕ることなく、魔弾とトワの動向を窺い、最大限の警戒を見せる。

 

「ブラックホール」

 

 何も見えない。

 地に伏して、視界は真っ暗だが、放ったタイミングと発射速度から約今と推測してトワがワザを発動。

 魔弾が全ての重力を収集しはじめる。

 重力師の能力も無視して、全員の身体がブラックホールに吸い寄せられる。

 

 かなたとココはその場で踏ん張るが、重力で四肢を捻ったトワは軽々と引力に持ち上げられた。

 そのまま自らブラックホールに吸われては、本末転倒。

 ココが体を捕まえて必死に引力に抵抗した。

 

 そして、その結果男だけが流される状況となる。

 が、やはり重力師だけあって、簡単には終わらない。

 男がブラックホールを自身の操作した重力で包容。

 一旦ブラックホールの効果を相殺し、その中にブラックホールとは反対方向に向かう重力を少しずつ加え、ブラックホールを掻き消した。

 

「オラよっ!」

 

 タイミングを見計らい、ココがトワを街側へと再度投函した。

 

「ちょっ、ココ⁉︎」

「あいつはもう無理だ、四肢がイってる。今のはナイスだが早く戻って先生に診てもらった方がいい」

「なら何故投げたし!」

「羽は生きてんだ、こうでもしないと無理しやがるから」

 

 ココなりの良心だ。

 まあ、その予測は的中だ。

 トワは流石に観念して、覚束ない飛行で事務所へ向かった。

 

「……かなたそ、お前も退け」

「イヤだ」

「我儘言ってんじゃねえぞ、戦力の無駄遣いだ。私が自由に動けるように退け」

「でも……!」

 

 ココの言い分は一理あるどころではない。

 かなたの感情論は今は不要だ。

 でも、4人が退却を拒んだのは、全員感情論。

 皆の思いは一緒だ。

 ……ココ一人に任せていていいのか、と。

 

「まったく……厄介な奴だ」

 

 男が、額に手を当て首を振った。

 やれやれ、と。

 

「お前のことは知っているぞ」

「あ?」

「…………」

 

 ココとかなたで、全く逆の反応をした。

 それが、男の目には極めて強く印象に残った。

 

「あれだけのことが有れば、流石に多くの目に留まる」

「……は、そんなことか」

 

 動揺が、微かに走って心が騒ついたのは、事実だ。

 だが、それがどうしたと言うか。

 驚いたが、もう落ち着いた。

 

「お前も大変な奴だな」

「なんだ? 私にそんな精神攻撃が効くとでも思ってんのか?」

「お前には効かずとも……」

 

 ココが透かした態度で躱そうとしたが、男の視線がココの真横下辺りに移ったのを見て顔を顰めた。

 視界に映る、天使の頭。

 白い髪を所々青色が装飾していて、独特の手裏剣のような天使の輪が浮いていて……いつもの「ような」姿が。

 

「……おい天使公。安い挑発だ、乗んなよ」

「……うん」

 

 かなたは、歯を食いしばった。

 自慢の握力で強く拳を握り、必死に湧き上がる感情を堪えた。

 忍耐力は、ある方だ。

 

「それにしても残念な奴だ」

「残念……?」

「おい天使……」

「ああ、残念でつまらない生き方だ」

「天使……!」

「努力も犠牲も無駄な事だったと……」

 

「かなた――!」

 

 男の止まらない誹謗にかなたが次第に痺れを切らし始める。

 ココが必死に激情を抑えるように、何度も、語気を強めて忠告した。

 それでも、かなたにこの感情を堰き止めることはできなかった。

 

 ココはかなたの肩を掴んで、言い聞かせようとしたのだろう。

 伸ばしかけたココの手は、宙に浮いたまま震えていた。

 そして、ココの目の前に、かなたの伸ばした手がある。

 止めに入った筈のココが……かなたに止められた。

 かなたの勇ましく、力強く、張られた腕が、ココの前に立ち塞がる。

 

 男はその展開に言葉を止めた。

 挑発はもう、不要だと感じたのだろう。

 

「ただの挑発だ……どうせ何も思っちゃいない、気にすんな……」

 

 ココの言葉は何故か辿々しく、覇気がない。

 何故か……。

 何故か……ね。

 皮肉な。

 

「別に、残念じゃない」

「……」

 

 かなたの紡いだ言葉に、ココは聴覚を過敏に反応させて聞いた。

 まるで言葉一つから、かなたの感情の全てを欲するように。

 

「残念なことも、無駄なことも、犠牲なんてものもない」

「ある」

「ない」

「いや、ある」

「ない」

 

 会話から外れたココが、珍しく不安そうに、成り行きを見つめていた。

 

「失敗や後悔があるから成長してきたし、報われなかった努力は励んだ実績が残ってるし、犠牲なんて呼べることやものは存在しなかった」

「得たものよりも、感じた負の感情の方が大きいのでは? どう考えても不釣り合いで勿体ない思考だ」

 

 かなたが、真摯な目で男を見た。

 アイツは、バカだ。

 何も知らないのだ。

 

「入ったばかりの頃、ぼくには感情が無かった」

 

 懐かしんではいない。

 感傷に浸ってもいない。

 ただ、思い浮かぶ、あの時の自分。

 

「そんなぼくに今怒れる感情があるのは、ココや4期のみんな、ホロライブのみんな、そしてファンのみんながいるから」

「それはお前のスタートラインが後ろすぎただけだ」

「そうかもしれない」

 

 スタートラインは、人それぞれだ。

 それを知っている。

 だって、4期生は1期生とは違う時期にデビューした。

 

「でも、過去と現在で、確実に変わった。変わった姿をぼくは、見てきたし、見てもらってきた」

 

 ココは変わった。

 日本語も凄く上手になったし、触れていなかったゲーム機種も、かなたのプレゼントをきっかけに始めた。

 歌も上達してきた。

 かなたと同棲までしている。

 

 かなたは変わった。

 感情を得たし、苦手だったゲームが上手くなった。

 ダンスだって上達してきた。

 ココと同棲までしている。

 

「そんなファンの人や、ホロメンや4期生のみんな、それにココがぼくに愛想つかせて、何か言って、居なくなっても、別に構わないし、仕方がない」

 

 もしそうなった時は、きっと自分に非があった。

 自分に力が足りなかった。

 

 けど――

 

「けど!」

 

 もはやかなたの演説会場。

 昂るこの感情は、侮辱への怒りか、はたまた、友への激励か。

 

「何も見ていない……何も知らない……外野のお前たちが好き勝手言うのだけは許せない! お前らや、あいつらが、ぼくたちの活動を非難することは、我慢できない!」

 

 努力を笑うな。

 成長を笑うな。

 人生を笑うな。

 

「ココが今まで尽くしてきた事も知らずして、勝手な事言ってんな!」

 

 かなたの語気は相変わらず強くない。

 強くないが迫力がある。

 感情が強く篭っていた。

 怒っていた。

 

「かなたそ……」

 

 一通り聴き終わり、震える手を、かなたにまた近づけた。

 

「ごめんココ、どうせ一人以上残るんなら、ぼくが残るよ」

「……」

「だから、戦力の無駄だって言うなら、ココが退いて」

 

 もう、かなたはここから逃げない。

 逃げてはならない。

 

「…………重力師だぞ、潰されっぞ」

「大丈夫、何とかなる」

 

 根拠なく、虚勢であるはずなのに、本当に何とかしそうだ。

 

「――ったくよぉ!」

「うゅっ!」

 

 いつの間にか、一歩前に出ていた天使。

 その隣に並びながらその頭をガシッと掴むと、場違いな女子らしい声を上げてココを見上げてきた。

 

「退けっつーのにオメェが全っ然退かねぇからだぞ」

「……だってアイツが!」

「乗んなって何度も言っただろ」

「……」

 

 少し膨れているが、ぐうの音も出せない。

 

「戦力の無駄遣いだから私は帰りてぇ所だが――」

「……ほう?」

 

 ココまでも応戦する姿勢を見せたことに、男が微かに口角を上げた。

 かなたは依然としてココを見上げる。

 

「私の側にいる天使は、今じゃ笑ってねぇと気分が悪いんだよなぁ!」

「は? そんなことで?」

「寧ろこんなことだからだ」

 

 当たり前が、当たり前であること。

 当たり前が、当たり前じゃなかった頃。

 今が、当たり前なこと。

 昔は当たり前じゃなかったこと。

 

「筋が通っちまったんだな、コレは!」

「……」

「ウチの天使怒らせた分は、高くつくからな」

「それは大変だ」

「泣いて後悔しても知んねぇぞ」

「ココ……」

 

 結局、てぇてぇ、ってこと?

 

「じゃあかなた、オメェはオメェのために、そして私もオメェのために……」

「逆でしょ逆。ココはココのために、そしてぼくもココのために……」

「ああ? んじゃあもうそれでいいわ」

 

 自分のために、そう言えないし、思ってもいない。

 ひたすらに親友思いなのだ、彼女たちは。

 ってなわけで、

 

「かなた」

「ココ」

 

「「共闘だ」」

 

 大切な今を守るため。

 大切な親友の「大切なもの」を守るため。

 

 かなココの共闘が始まる。

 

 




 作者です。

 悲しいですが、私は投稿を続けます。

 好なことなので。


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47話 逃亡者の行方と運命

 

 5期生は中央エレベーターが目的地だ。

 この4人は、まだノエルが石を回収していることを知らない。

 無い石を眼にして、初めて無駄な行動だと知れる。

 

「ねえおまるん。能力ってどうすればいいの?」

 

 一直線に中央塔に向かう中、能力開花しないねねが、第一人者に伝授を願った。

 能力と言っても、自分が得意なのは歌くらい。

 その歌も、歌姫というそらがいて、まるで霞みそうで……。

 

「どうと言われても……とりあえず自分と言えば、なこととか浮かべてみたら?」

「うーん……自分と言えば……」

 

 走りながら、唸る。

 悩みに悩み、結果……

 

「金魂キラキラ金曜日?」

「もうー、やめなー」

 

 結論が変態極まりない。

 ラミィが中途半端な眼と声で返した。

 確かに、ねねといえば金曜日とか銀色の魂とかBLEAC*とかだが。

 

「じゃあねねちゃんはあのアニメから着想を得てみるとか」

 

 ぼたんが流石の視点で案を出す。

 物の見方が違う。

 

「うーん……銀魂からか……」

「バカ、正式名称出すな」

 

 お、怒られる。

 

「でも主人公、剣使ってるし」

「別に主人公じゃなくてもよくね?」

「まあ、そうだけど……」

 

 逆にキャラが多すぎて誰から盗もうかと、悩むのだろうか?

 

 さあ、そうこう話している間に、もう半分を通過した。

 あと少しだ。

 

「ゅーっ!」

「ちょっ! だいふく⁉︎」

 

 突如、だいふくが壺ごと逃げ出した。

 今まできた道を引き返し、途中で道を逸れて何処かへと姿を眩ます。

 それを咄嗟に追いかけて、ラミィもまた道を逸れる。

 

「「ラミィ⁉︎」」

「ラミちゃん⁉︎」

 

 3人は、急展開に付いていけず、二人を見逃しかけるが、ポルカがハッとして走り出した。

 

「二人は先行っといて! こっちは何とかするから」

 

 ポルカが後ろ手に大きく振って、小道に入って行く。

 置いて行かれたぼたんとねねが、無人の大通りに佇んでいた。

 

「ねねちゃん、行こう」

「う、うん……」

 

 ねねには不安しかなかった。

 そしてただ、ぼたんの背後を追いかけて塔へ向かった。

 

 

 

          *****

 

 

 

 わためとルーナは、ココの計略により街へ逃れた。

 しかし、ルーナの体力は相変わらずで、事務所まではまだあると言うのに既に立ち止まっている。

 

「ルーナたん、事務所まで頑張って」

 

 わためは爆速を発動できるが、怪力はない。

 体力切れのルーナを担いでは走れない。

 当然一人置いて行くなんて薄情な事も……。

 

「わためちゃ……先帰ってていいのらよ……」

 

 ぜぇぜぇと、荒々しく息を吐きながら、ルーナがわために石を渡す。

 その石をわためは受け取り、服のポケットにしまった。

 

「石はわためが持ってもいいけど、置いていけないよ」

 

 ルーナを一人残すことは、ココを一人残すことと全く意味が異なる。

 

「強がりじゃないのら……だから、先に行ってて」

「……」

 

 本当に、状況を考慮した上で、ルーナは選択している。

 重要なのは、石を事務所に隠すことではない。

 石の行方を眩ますことだ。

 緊急時にいつでもどこにでも逃げれるわためが、早くこの場から離れた方が得策だ。

 わためが動く際にルーナが足枷にならないため、今この場で別れていた方がいいと、自覚がある。

 それこそ、先見の明。

 

「……次会う時、絶対、元気に会うのらよ」

「……絶対だよ?」

 

 悩みのタネを払拭する作戦。

 ルーナの決意を前に、わためは受け入れるようだ。

 過去に類を見ない、ルーナの目付き。

 

 二人は別れた。

 

 

 

 別れ、わためは一人、街中を走る。

 目的地は一先ず事務所と設定しているが、場合によっては変更。

 例えば、追われた時や、他のホロメンに出会った時。

 敵を引き連れて拠点には帰られないし、もし誰かと遭遇して助けを求められれば、助けない理由はない。

 

 能力は使わず、小走りに事務所を目指す。

 

「大滝!」

「っ!」

 

 駆けるわために突如大剣が落下してきた。

 危うくラム肉になる所を、スレスレの位置で回避したが、バランスを崩して転倒してしまった。

 

「いったたたた……」

 

 運良く怪我はないが、追撃がさらにわために襲い掛かる。

 

「闇凪!」

「わっ!」

「大滝!」

「とっ!」

「絡繰!」

「まっ!」

「大滝落とし!」

「ちょっ!」

 

 あの温厚なわためが、次第に語気を強めて、危機感を露わにする。

 しかし、その癖して見事に全て回避していた。

 今の連撃を転倒した状態から回避したことは正直、凄すぎるとしか表現する言葉が浮かばない。

 

「ふぅ……びっくりしたねぇ!」

 

 緊張で顔の引き締まった、ゆる〜いわためが突如現れた危険と向き合う。

 向かい合った危険は、巨大な一つの剣を片手に笑みを浮かべていた。

 

「嬢ちゃんつえーじゃねぇか。クラブの野郎といい勝負しそうなほどにな」

 

 大剣を回し、肩に掛ける。

 強靭な肉体とは言え、どうやったらあの大剣を片手で振るえるのか。

 

「え、ええ? そ、そうかな〜?」

 

 敵を前に照れるなって。

 

「ああ……つえー羊なら、いい肉になりそうじゃねえか」

「ひぃ……こわいこわい、ねぇ?」

 

 こんな屈強な剣士、相手にできない。

 ルーナの先見の明は流石だ。

 未来を知って初めて意味を知る。

 

「おい、K」

「ウェーンヒッヒッ、私の出番だヨ。ほうら、この通りサ」

 

 大剣使いの合図と共に新たな危険が迫り来る。

 声と共に現れたのは、人間ではなく巨大な大量の……触手?

 

 直感、逃げろ!

 

「っ……!」

 

 わためは颯爽と駆け出す。

 これは対峙してはならない相手。

 人間ですら敵わぬ相手。

 羊には到底敵わぬ相手。

 

 走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る。

 

 逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる。

 

 大通りを、車の隙間を、ビルの隙間を、明るい場所を、暗い場所を、人気のない世界を、とにかくどこにでも、逃げ回る。

 だって、永遠に得体の知れない物体が迫ってくる。

 

 カオスのニオイがする。

 

 やばいまずい、やばいまずい、やばいまずい、やばいまずい。

 

 背後から大量の触手が!

 不定型の化け物が!

 カオスが!

 押し寄せる。

 

 あんなもの、ただのラム肉じゃ済まない。

 きっと、肉になった瞬間に、その肉が腐って、灰になって、跡形も……。

 

「こ、怖……っ!」

 

 緩さも削り取れるほど、恐怖する。

 どうせ死ぬなら、ぼたんに食われた方がまだマシだ。

 

 あの触手は視覚を持っている。

 だから相手の姿が見えないのに、追い続けてくる。

 

 撒くためには、ひたすら曲がり、身を隠せ。

 角を曲がり、曲がり、くねり、捻り、もう自分がどこにいるかも分からないほど小道を颯爽と駆け抜けた。

 走り、走り、走り……。

 息を切らして、また曲がり角を曲がって。

 汗をかいて、また小道を抜けて……。

 

「ゅーーーっ!」

「わっ……っととっ、がっ!」

「ゅぎゅっ!」

 

 飛び出し注意、なんて看板がないので、互いに飛び出した結果、衝突。

 事故には気をつけよう……。

 ではなく。

 

「だいふく!」

「え! わためぇ⁉︎」

「び、びっくりしたぁ……ポルカちゃんとラミィちゃん!」

 

 偶然遭遇したのは、ポルカとラミィ。

 ほぼ同時に別方向に向かった筈だが、互いに訳あって出会った奇跡。

 ラミィは、今わためが衝突して壁に吹き飛んだだいふくのもとへ走り、拾い上げた。

 

「ご、ごめんね……?」

「いやいや、寧ろ助かりました」

「え? そうなの?」

 

 わためもラミィの側へ駆け寄り、だいふくの様子を確認する。

 が、ポルカが安堵したように笑った。

 そして、軽く二人がここに至った経緯を説明した。

 

「そうだったんだ」

「うん。それより、わためこそ何してたの?」

「あ、そう言えば……!」

 

 僅か数秒の丁寧な説明を聞き終え、立場が反転すると、わためは思い出す。

 自分が恐怖とカオスに追われていたことを。

 

「……収まった?」

 

 だが、不思議なことに、完璧すぎるほどのタイミングで、追跡を逃れた。

 もう、暴れ狂う形容し難い蠢く何かは、そこにはいない。

 まるで存在しなかったように静まり返っている。

 その静寂に畏怖しながら、わためも二人に経緯を話す。

 

「じゃあ、さっきのはわためが……」

「うん」

「……これから事務所に?」

 

 暴動の音は、ある程度近辺には響いていたようで、二人も謎の音は聞き取っていたらしい。

 

「いや……」

「……?」

「このまま事務所は安直だから、別の場所がいいかも」

 

 わためは、襲撃を予測して事務所には戻らない選択をする。

 確かに、事務所にいる人間が石を持つのは、単純すぎる。

 あそこを拠点にするとは言ったが、正直捨てる覚悟でいるのだから。

 

「分かりました。じゃあ、それは覚えときます」

「あ、もう向かう?」

「ええ、寄り道が過ぎましたから」

 

 ポルカとラミィは、ここから真っ直ぐに中央エレベーターへ向かう。

 先行させた仲間が心配だ。

 まあ、あの二人なら大丈夫だとは思うが。

 

「……」

「わため、来る?」

「おまるん……」

 

 物憂げに見ていたわためをポルカが誘ったら、ラミィが抑えるように言う。

 わためは今、行き場に迷っている。

 二人と共に動けば、最悪石をどちらかにパスすることもできる。

 

「そうしようかな」

 

 まあ、もし何かあれば、わためが真っ先に逃げるだろうが。

 

 三人は、中央塔へ向かった。

 

 

 また、遠くで少しだけ荒々しい音が響いたが、やがて止む。

 わためは、酷く聞き覚えのある音で、不安に駆られていた。

 

「ルーナ先輩が気になりますか?」

「……うん」

 

 約束して置き去りにしたとは言え、どうしても杞憂で済むとは思えない。

 この音も、もしかすると……。

 そう考えるだけで、羊でも鳥肌が立つ。

 

「無理にこっちに来なくても……」

「いや、ルーナたんのとこに戻ったら……別れた意味がなくなるから」

「……」

 

 信頼と約束破り。

 それだけは、引き起こしたくなかった。

 

「ねえ、あれって……火事?」

「以外に、見えねぇな」

「……」

 

 天を衝くタワーの麓付近。

 そこが赤く光り、周囲の空気がゆらゆらと揺らめきながら、黒煙を上げている。

 本物の火事を目にしたことはないが、テレビで見たところ、あんな感じ。

 

「フレアの仕業……なんて規模じゃないな」

 

 あの範囲は、フレアの火力を上回っている。

 完全に炎特化型の魔法だ。

 

 三人の目が、赤く揺らめく。

 

「……ぼたんちゃん! ねねちゃん!」

 

 わためが、遠く正面に二つの影を発見し、素早くかけた。

 出遅れて、速度も遅れて、ポルカとラミィも。

 

「何があったの⁉︎」

 

 わためがぼたんにそっと触れながら、尋ねる。

 

 そう……。

 二人の服は一部が焼け、顔には煤や埃をつけ、一部に火傷を負っている。

 加えてぼたんは、脚を捻ったのかねねの支え無しには碌に歩けないようだ。

 

 そんな、大怪我のぼたんに、わためは尋ねた。

 ねねには……尋ねづらかったから。

 

「どうしたの!」

 

 遅延した同期の言葉も、さらに二人に降りかかる。

 

「ごめん、失敗した。けど大丈夫、気にしないで」

 

 ぼたんは見た目以上にスッキリしており、切り替えも早い。

 石の獲得には失敗したが、案ずる必要はないと。

 

「ただの失敗でなんでこうなんの? 何があったの!」

 

 ただの失敗では説明がつかない。

 責め立てる気はないが、知らずには先へ進めない。

 

「あたしがバカやって、敵の罠にかかったの」

「ちがう……ねねが……ねねが、何もできなかったから……っ」

「そんなことないって、ホントにねねちゃんは悪くないから」

「ご、ごめんっ……。ごめん……!」

 

 身体的に傷付いて怪我をしたぼたん。

 精神的に傷付いて涙を流すねね。

 二人が罪を取り合う。

 

「おまるん!」

 

 ラミィが、熱気と冷気を放ちぼたんとねねの脇を通り過ぎる。

 

「待ってラミちゃん!」

 

 それを止めたのは、他でもないぼたん。

 流石に誰もが驚愕した。

 

「石はなかった。多分敵も持ってない」

 

 ぼたんは聞いた。

 敵が、石がないことを嘆いていたその声を。

 だから分かる。

 今、中央に石はない。

 

「行くだけ意味がない。それよりもみんなで戻ろう」

 

 判断力が最強クラスのぼたんの意見は、誰もが聞き入れて然るべき。

 この場においても、様々なものを守るためには聞くべきだ。

 だが……聞き入れると、守れないものがある。

 

「ししろ、もはやそう言った話じゃないんだよ、これは」

 

 ポルカが、そっとぼたんの肩に手を乗せた。

 その、反対の手には、ステッキが握られている。

 

「わため、色々ごめんだけど、やっぱりこの二人と一緒に事務所に」

「……分かった」

「それからねね」

「うん……」

「自分だけだぞ、そんなこと思ってんのは」

「……ぅん」

 

「ほら、おまるん!」

「分かった!」

「まって!」

 

 また、ぼたんが呼び止める。

 今度は何⁉︎

 

「……敵は業火を操る。気を付けて」

「……」

「ふっ。なあししろ、ちょっといいか?」

「……」

 

「じゃあ、任せたぞ、三人とも」

 

 ポルカは、ぼたんに何かを耳打ちしてラミィと中央塔へ走った。

 いつしかの雪辱を晴らしに。

 

 





 作者でございます。
 ねねち、おたおめ!

 さてさて、いよいよどのメンバーも分散してきましたが、この先戦況はどうなるでしょう。
 らみまる、ししねね、ししわた、わたねね……。
 そして姫はどうなった?
 事務所は本当に無事なのか。

 次回は二期生場面。
 そしてその次からは、ついに第二ラウンドへ。

 まあ、ご期待を。
 ではまた。


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48話 長所

「待ってよシオンちゃん」

 

 箒を手に事務所を出ようとするシオンを、あくあが呼び止めた。

 シオンは軽く帽子に触れた後、あくあの方へ振り返る。

 

「ん、何?」

「せめてどこに行くのかくらい教えてよ」

 

 2期生で、この拠点に残って防衛に回ろうと、一応予定していた。

 なのに突然、嫌な予感がすると言って出て行かれては堪らない。

 きっと凄い考えが、彼女にはある。

 でも、せめて行き先くらいは知りたい。

 

「じゃないとまた……」

 

 また、あの時みたいになったら……。

 

「……決めてない」

「え、どういこと?」

 

 折角答えてもらっても、理解できない。

 まさか、無策?

 

「行く場所は決まってないってこと」

「じゃ、じゃあ何しに出ていくの?」

「ほら、やっぱり結局それも聞いてくるじゃん」

 

 先程、せめて行き先だけと、そう言ったのに。

 結局全て話したら、意味ない。

 

「……分かった」

「何が……?」

 

 繋がらない返答にシオンは眉を寄せた。

 

「あたしも行く」

「は? 何で?」

「何するのか教えてくれないなら、自分で確認する」

「危ないから」

「やっぱ危ないんじゃん! なら尚更……」

 

 自覚はある。

 シオンはあくあよりも、断然強い。

 同じ状況でも、危険度は異なる。

 

「……」

 

 無視して行っても、あくあはシオンについて来られないため、問題ない。

 だが、もしあくあがシオンを追って独り身で街に繰り出せば、余計に危険。

 何故自分がここを離れるのかを考えるのなら、もう連れて行くしか……。

 

「……分かった」

 

 こんな時、仲の深い友人って、ほんと困るよね。

 お節介でさ。

 ま、助かってるけど。

 

 あくあの顔がぱぁっと明るくなった。

 お互いにお互いの事好きすぎぃー。

 

「でもその代わり、指示に従って」

「まかせんさい!」

 

 何の自信だろうか?

 

 シオンは事務所を出て、箒にまたがる。

 背後には、陰キャップを被ったあくあも。

 二人はそのまま、どこかへ逃避した。

 

 

 

 その様子を、医務室の窓から眺めていた三人。

 ちょこ、スバル、あやめ。

 部屋の明かりはつけずに、小さな照明器具で明かりを確保して話し合う。

 

「シオンの考えは多分、余でも理解できないから」

 

 あやめは遥か彼方へと飛び去った、シオンだった光を見つめて呟いた。

 

「だよな……」

 

 スバルは瞳に影を落として頷いた。

 ちょこは懐中電灯を使いながら、医療体制を簡単にだが整えている。

 よく見えないが、ガサガサと音だけは響く。

 

「気になるなら行ってもいいわよー」

 

 その雑音の中から、ちょこの声が届く。

 スバルの目を見ていたかのようなセリフだった。

 

「は? 別に気には……いや、してるけどさ……」

 

 壁に寄り掛かっていたスバルが素早く身を起こしたが、すぐに脱力して肩を落とす。

 集団行動とは言え、不安因子は大量にある。

 特に仲の良いメンバーは、弱点もよく理解しているため、永遠にその疑念は尽きることはない。

 

「スバル一人で行ったところで――」

「あやめ様も連れてけば?」

「そしたらちょこ先が大変だろ」

 

 優しさには感謝するが、ここが陥落したら……

 

「別に良いんじゃない? ここ、潰れても」

「「……」」

 

 正直、三人ともそれが頭に過ぎった。

 

「簡易的な医療セットはちょこが持ってるし、重症患者も能力で何とかなるから」

「……確かに、わざわざ避難場所がここである意味はないかもしれない」

「いやでも、集合場所がいるだろ? 怪我した人がどこへ行けば良いのかとかさ……」

 

 迂闊には選択できないことをスバルは提言した。

 ここを捨てるにしても、突飛な行動だ。

 守れるに越したことはないのだから。

 

「そもそも、シオンの目的も分からない中で動くのは危険じゃないか?」

「……いや、でもシオンはここにいない方がいいと思う」

「そうよね……」

 

 シオンがここの防衛のために場を離れたのなら、それこそ捨てられない。

 だが、そんな可能性、発言者のスバルですら考えていない。

 もしそうなら、言うはずだ。

 言わないことに利益がない。

 

「ちょこ先生がいるからって理由で2期生をここに置いたけど、正直、余もシオンも中では充分腕が立つ方」

「同じ持ち場に固めて置くのは、勿体ないよな……」

 

 そんな理由でシオンが動いたわけではないが、結果としては良かったのかもしれない。

 あくあまで付いていくのはシオンとしても誤算だったろうが。

 

「でも、だからって簡単に捨てる事は……」

 

 容易に決断できない事態に陥っている。

 事は重大。

 棄てて占領された拠点に、誰かが戻ってきてしまったら?

 それこそ崩壊が近くなり、勝機は薄れる。

 危惧すべきは他にも山ほど。

 特に実力に自信のないスバルは、強い決定権を持てない。

 

「賭け」

「……は? なんて?」

「賭けだよ、賭け」

「あやめ様?」

 

 暗がりの中、窓のそばへ歩み寄り、黒い夜を眺めるあやめ。

 薄い月明かりに瞳を輝かせる。

 

「まだ余たちは敵という存在を一度も確認していないけど、間違いなく闘い慣れした屈強な戦士のような者たち」

「……そうね」

「そんな強敵相手に、逃げ道のないこの裏世界」

「言ってしまえば絶望的だな」

 

 文字通り明かりの少ないこの世界に囚われている。

 

「みんなで寄って集って全力を出して、必死に頭を使っても、まだ敵わないと思う」

「……あやめやシオンならまだしも、スバルやちょこ先とかはな」

「否定できないわね……」

 

 悔しいが、実力差だ。

 

「余たちにもう一つ必要なもの、それが、運」

「運……か」

「それで『賭け』と?」

 

 あやめは最後、そっと頷いた。

 瞳の揺らぎで、その行動が首肯だと判断できた。

 

「『ちょこ先生を置いてこの場を離れてもここが陥落しない』に賭けて、余とスバルが街へ繰り出す」

「賭け事に勝てる運をここで発揮するってことか……」

「因みに、もし、失敗したら?」

「……宝くじは、当てたいから買うよね?」

 

 失敗は眼中にない。

 心のどこかで信じてなければ、賭け事なんてしないし、乗らない。

 

「そんな言い方すんなよ……退きにくいだろ」

「ホントに――」

 

 姿はよく見えないが、困ったもんだと、声で表情が見えた。

 多分呆れ顔だ。

 でも多分、苦笑している。

 

「ちょこ先」

「スバル」

 

 二人は盲目状態でも見つめ合い、意思疎通を図る。

 どうやら、できたようだ。

 

「それじゃあ、早速動こうか」

「そうしよう」

 

 あやめとスバルは特にない準備を即座に終え、そそくさと一階へ降りていった。

 

「……そういえばスバルって、能力あるの?」

 

 1人残ったちょこは、独り言を呟いた。

 スバルは気掛かりで助けに行きたい、と内心が漏れ漏れだったが誰をどう助けるつもりだろうか?

 囮役でも買って出るのか?

 

 まあ、そこは信じて任せるとして……。

 ちょこは窓際で外を眺める。

 事務所入り口を見下ろし、二人が出て行くところを見届けるために待機。

 

「……」

 

 一向に出てこない。

 まさか、別口を使った?

 いや、でも、意味ある?

 

 待てども待てども誰も出てこないことに不自然さを覚え、ちょこは一瞬焦燥感に駆られた。

 

「……」

 

 まあ、あやめがいて妙な事は起きないだろう。

 スバルも頭は良く回る。

 策があるのかもしれない。

 

「ちょこ先!」「ちょこ先生!」

 

 突如、廊下から大声で呼ばれた。

 弾けるようにちょこは飛び出す。

 

「トワ様⁉︎」

 

 スバルがトワをおんぶして、更にその背後をあやめが支えていた。

 トワは意識は有るものの、四肢を捻って自力で歩けなくなっていた。

 

「治療頼む」

「早くベッドに」

 

 ちょこは先駆けてベッドへ。

 そして簡単に医療具を用意すると、そこへトワを寝かせる。

 

「……何があったの?」

 

 片腕に手を翳し、淡い光を放つちょこが静かに問いかけた。

 

「降りたら事務所の入り口前におったんよ。手を動かせないから扉を開けなかったんだって」

「他のみんなは?」

「……さあ」

「さあって……」

 

 トワの苦々しい表情が映る。

 そう、治療のために、この場だけ少し強めの照明をつけている。

 だから映る。

 

「襲われて、みんなを逃すためにココが残って、他のみんなはバラバラ……だから分からん」

 

 口調こそ普段通りでも、その声の震え具合から、内心は読み取りやすい。

 片腕の治療が終わり、片脚へ。

 

「……あやめ」

「うん」

 

 二人が決意の視線を交わしたが、それを見兼ねて――

 

「助けに行っても寧ろ邪魔になる」

「どうして?」

 

 スバルが感情論を持ち出そうとする前に、ちょこが冷静に問い返した。

 

「重力師だった……。だからココ以外は力不足で立つことすらできない」

「…………」

「……そう」

 

 スバルもあやめも押し黙る。

 ああ、無理だ、それは、確かに。

 あやめでも。

 

 片脚が終わり、反対側へ回り、あとは片腕片脚の治療。

 

「……シオンちゃんとあくたんは?」

「イヤな予感がするって出てった」

「ふーん……で、二人はどこに行こうとしてたん?」

 

 まず間違いなく気づくよな。

 

「丁度どっかの応援に行くつもりだったとこ」

 

 あやめが横目に窓の外を一瞥して答えた。

 案外、脳内では行動手順が纏まっているのかもしれない。

 そう思ったから、トワは、

「なら、いいよ。行ってきて」

 と、二人の外出許可を出す。

 

「いや、でも流石に今は――」

 

 と、スバルもあやめも、負傷したトワを見て躊躇する。

 そうなるだろうと思っていた。

 だが、よく見ろ。

 

「ありがと、ちょこ先生」

 

 トワは何事もなかったように上体を起こした。

 ちょっと腹筋が痛い。

 

「待って、あと擦り傷とかを軽く手当てさせて」

 

 こんな風に、もう完治する。

 

「――はやっ」

 

 驚異的速度。

 これこそが、ちょこ先生が得た能力――人体干渉、だ。

 生物の傷口や患部に触れる事で、干渉できる。

 魔法の使用は限りあるが、それでもちょこがいれば医療問題は解決する。

 そして、もうトワは動ける。

 つまり――

 

「トワが残るから、どうせ向かう当てもないし」

 

 他の誰がどこにいるか、正直分からない今、トワは直感頼りで動く気にはなれない。

 いや、正確には、そんな直感がスバルやあやめほど強くない。

 誰かをここに残すなら、トワが最善だ。

 

 初めは渋っていた二人もすぐに決断した。

 行動を起こすなら、早めに。

 でないと、手遅れになる。

 

 二人は、今度こそ事務所を飛び出して行った。

 トワも、擦り傷切り傷の手当てをしてもらった。

 

「こっちは普通なんやね」

 

 複数貼られた絆創膏を見てトワが笑う。

 小さな傷は、魔法を使うだけちょこの負担が大きく、マイナスになる。

 怪我を治す代償に、さらに大きな傷を負うのはナンセンス。

 しかも、ちょこはまだまだキーとなる。

 

 絆創膏付近は少し濡れている。

 傷口を水洗いしたからだ。

 消毒は一部の免疫も殺すと言われており、あまり良くないらしい。

 唾つけるのは当然、口内の菌を移すことになる。

 結局、水流しからの絆創膏が古典的ながら、最も効く。

 

「……二人は、どこに向かったのかしら」

「さあ……ゲーマーズのとこじゃない?」

「……やっぱり?」

 

 あの二人が、ゲーマーズの中に加われば、OKFAMSの完成だ。

 もし小説や漫画内の戦いなら、それは所謂、アツい展開。

 

 ただ、果たしてこの戦乱の中、真っ直ぐ展望塔に辿り着けるだろうか?

 

「まあいいや、ちょこ先生なんかやることある?」

「いや、何も」

「うそやろ⁉︎」

「することなんて何もないわよ」

 

 怪我人なし、この場を離れる必要なし。

 することも、できることもなし。

 いつもなら、ベッドに突っ伏して寝るような暇さ。

 

「トワもどっかの助っ人行こうかな……」

 

 現状打破に貢献できないことが不満となり、トワはそんなことを言い出す。

 本心と冗談、半々といったとこだろう。

 

「じゃあ何か防衛体制をテキトーに整えておいてもらえる?」

「んな雑な……」

 

 その防衛は意味をなさないと、既に切り捨てている。

 まだ何もしていないのに。

 しかし、することもないので……。

 

「まあ、折角やし動くか……」

 

 面倒臭そうに立ち上がるトワ。

 ちょこは医療器具を片付けていた。

 

 

 そんなこんなで、約5分後。

 

「誰かー!」

 

 廊下からいつもは緩いはずの声がした。

 トワとちょこが足並みを揃えて廊下へ飛び出すと、そこにはぼたんを抱えたわためとねねの姿があった。

 わために外傷はないが、ぼたんは確実に歩けないし、ねねは何故か顔が泣き枯らしたように赤く腫れている。

 

「トワ様!」

「わため!」

「じゃなくて……ちょこ先生、ぼたんちゃんを」

「早くこっちへ」

 

 奇跡の再会に驚愕するトワとわため。

 けれど今はそんな感情はどうでもいい。

 負傷者の手当てを。

 

 的確に感情を整理して、わためがねねとぼたんをリードしてベッドへ。

 

「待って……」

「どうしたの?」

 

 速やかな治療が求められる中、何故かぼたん自身がちょこに待ったをかける。

 ちょこの疑問に合わせて、ほぼ全員が首を傾げた。

 

「……治療ってどれくらいかかりますか?」

「脚だけなら……5分も要らないけど……」

「…………えっと、すんません、お願いします」

 

 素直にぼたんは体を寝かせた。

 ふぅっ、と息を吐いて、軽く気持ちを抑えた。

 

「獅白ぼたんが怪我するなんて珍しいじゃん。どうしたん?」

 

 まさか、触れてはならないとは思うまい。

 うっかり話題にしてしまったトワ。

 誰もトワを咎められず、ただ、真実を答えるしかなかった。

 その間に、ちょこが能力をかけていた。

 

「中央塔に行ったら、襲われた」

「……それだけ?」

「そう」

「……違う」

「違わないでしょ」

 

 簡潔すぎて何の説明にもならない話に、ねねが口を挟んだ。

 すると、ぼたんが少し強めに反抗した。

 

「ねねが……ねねが何もせずに見てるだけだったから……」

 

 暗闇で俯くねねの顔は、全くと言っていいほど見えない。

 それで空気が重いのか……。

 確かにそれなら、ぼたんの説明に誤りはない。

 だが、ねねが自分に不満を持つことも理解できる。

 

「ねねちゃんは悪くないでしょ……?」

 

 わためは既に事情を聞いていたのか、ねねにそんな温かい言葉をかけた。

 

「そんなことない、だってまだ……」

 

 能力を得られていない。

 いや、能力がないのは普通だ。

 頭を回転させても何も出ないし、地の実力もない。

 全く役に立てない。

 

「ああもう! じゃあそれでいいから!」

 

 ぼたんが少しだけ声を張った。

 視線がぼたんに集う中、ねねだけは何かに怯えて萎縮した。

 

「ねねちゃんが悪かった。でもだからどうするの」

 

 極論、誰が悪かろうと、どうだっていい。

 肝心な事は、その次なる手だ。

 

「誰が悪くてもいいけど、もし自分がダメだったと思うんならせめて――! せめて、自分にできることを自分なりに探しなよ……」

「そうだけど……」

「おまるんにも言われたでしょ……」

 

 遠回しすぎて、まるで誰にも伝わらないあの言葉。

 5期生内では伝わっている。

 

「それに……諦めの悪さは『長所』なんじゃないの?」

 

 自分の得意なものに乗せられたセリフ。

 あれは一体誰の曲?

 その曲に含まれるそのフレーズは、どんな意味がある?

 

 語気の強まったぼたんと、静寂に包まれる室内。

 そして、喧騒に包まれるねね。

 

「――――っ!」

 

 ねねが部屋を飛び出した。

 

「ねねちゃん!」「ねね!」

 

 トワとわためだけが、叫んだ。

 

「……トワ様、お願いしてもいい?」

「ホンマに手のかかる後輩だわ」

 

 ぼたんが少しだけ目を伏せ、語気を弱めてトワに頼む。

 トワは満更でもない様子でねねの後を追った。

 

「ぼたんちゃん……」

「…………」

 

 わためがそっと柔らかい声でぼたんの名を呼ぶが、反応はなかった。

 

「はい、治療は終わり」

「……ありがとうございます」

 

 ちょこの相変わらずな声にいつもの調子を少しだけ取り戻す。

 するとぼたんは、早速ベッドを降り、廊下へ出ようとする。

 

「待ってぼたんちゃん、そんなすぐに動いたら……」

「……じゃあ、わためぇ、ちょっと付き合ってよ」

「……どこに行くの?」

「屋上」

 

 ぼたんはわための通せんぼをすり抜けて屋上へ向かった。

 その途中で自分のデスクに少しだけ寄って……。

 

 



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49話 定時

 

 夜の空、一つの流れ星を見た。

 不思議な光だった。

 その流れ星は、宇宙から飛んできたものではなかった。

 その流れ星は「あそこから」飛んできて、どこかへ向かっていく。

 

「石持ってるからって、逃げ続けるのもな……」

 

 夜のとある家の屋根瓦。

 ぺこらは静かに呟いて空を見上げた。

 その時に、流れ星を目にした。

 

「あっちは確か……」

 

 ノエルに託された石は守り抜く必要がある。

 あるのだが……何故だろう?

 まるで呼ばれている。

 

 

 これより、ホロライブの、怒涛の奇跡が始まる。

 

 

 

          *****

 

 

 

 miCometの状況を覚えているだろうか?

 そう、そらとロボ子をスタジアムに送るため、二人の強敵を相手に、営業の力を振るっていた。

 

 みこの神具とすいせいのスター彗星。

 

 ダイヤのサイコキネシスとラヴの「???」。

 

 攻防の末、4人は大神社へと行き着いた。

 本当に偶然。

 誰が意図したわけでもなく。

 

「ここは……」

 

 みこが鳥居をチラッと見上げた。

 見慣れた景色に囲まれるが、見慣れていないし、見慣れたくもない存在が二つある。

 

「……へぇ、でっけえ神社だな」

「綺麗な造りだ」

 

 ラヴの感嘆とダイヤの賞賛。

 

「そりゃどうも」

 

 みこは苦笑で誤魔化した。

 

「あんたの神社? へぇ、洒落たモン持ってんじゃん」

「いや、洒落てはいないだろう? これは寧ろ質素に近い」

 

「洒落てはないけど、賽銭箱にゴミを入れると騒ぎ立てるみこがいるよ」

「おい、そんなことすんな! それにここはみこの神社じゃねぇ!」

 

 すいせいの冗談にみこがぷんすかと怒る。

 そして、重要な反論もしておく。

 巫女とは、その神社で世話になっているだけで、別にそこに住んでいたりはしない。

 当然、所有権もない。

 神社は神のものであり、公共施設として良識ある皆のものである。

 なので、賽銭箱にゴミを投げ入れる事はやめましょう(土や木の棒など)。

 エリトラ入れると喜ぶかも?

 

「へぇ、そりゃあ見てみたかったな」

「いや、それはモラルやマナーの問題でアウトだろ」

 

 なるほど、ラヴの狂言をダイヤが抑えている、と言ったところか。

 しかし、こんな事をしておいて、ダイヤがモラルやマナーを語る事は間違っているのでは?

 

「それより……いいの? 私たちに構ってて」

 

 すいせいが、ふとそんな挑発じみた言葉をかける。

 

「成果なしにAの元へ行けば、余計にどやされるから」

 

 素直な回答をされた。

 つまらない。

 

「コンジャンクション」

 

 すいせいが互いの視界を遮るように星を一直線に並べた。

 これはサイコキネシス対策。

 サイコキネシスの最低発動条件は、「視認する事」である。

 究極、ダイヤの両目を潰せば、もう戦力にならないだろう。

 

「意味ねぇよ」

 

 ラヴの声と共に、幾つか並べた星の内の一つが吹き飛ぶ。

 刹那、全ての星が無差別に弾けた。

 

「うおっ、なんじゃこりゃ!」

 

 ラヴが弾けて暴れ回る星たちを見回し、目を見開く。

 

「何故そう容易く触れようとするんだ、お前は」

 

 ダイヤが呆れたように呟き、全ての星を視界に捕らえるとその動きを止めた。

 そして、その全てがみこ目掛けて押し寄せる。

 それに対し、みこは一切の防衛手段を取らない。

 いや、寧ろダイヤ本体を狙いにいく。

 

 天から、ダイヤの脳天を目標としてやや大きな大幣が落下してくる。

 

 動じないみこに命中すると思われた星々は、約ゼロ距離で消滅した。

 すいせいが現出した星だ、本人に消滅させる力があっても不思議はない。

 

 動かぬダイヤの脳天をかち割ると思われた大幣は、約ゼロ距離で跳ね返された。

 ラヴがダイヤの頭上に手を翳し、片手で軽々と押し返したのだ。

 

 類似した構図で、相対する。

 

「星街!」

「くっ!」

 

 すいせいの身体が宙へ浮く。

 みこの警告は、何の意味もなせない。

 みこもすいせいも、ダイヤに姿を見せた瞬間、死へと近づく。

 

「このっ!」

 

 みこが大幣を飛ばす。

 ダイヤとすいせいとの間に割り込ませ、能力を阻害するために。

 

「邪魔すんなって」

 

 が、ラヴにより妨害を阻まれる。

 大幣を片手で受け止めて、分断を防いだ。

 しかも、その大幣を跳ね返し、勢いよくみこに返品した。

 

「みこち!」

 

 すいせいが叫ぶ。

 同時に新たな星がすいせいの真横に出現し、ダイヤの能力が切れた。

 そして、落下しそうなすいせいの足下にも。

 

 なんだ、案外自己解決できるじゃないか。

 

「制限ないのか、あいつの星には」

 

 次々と自由に現れる星々にダイヤが呆れる。

 すいせいは星に乗り、辺りを旋回したり飛び回るのだが、付属品として星が纏わり付いており、ダイヤが本人を視認できない。

 

「なさそうだな」

 

 ラヴも同じ見解。

 

「おいダイヤ、本人に念力を使うのは諦めようぜ」

「そうだな」

 

 もはや、本人を直接狙う事は無駄だと悟ったよう。

 

 そして、ダイヤの目がまた光る。

 その目が捕らえたのは、みこの側にある大きな岩。

 瞬く間に浮遊し、真横のみこへの直撃を狙う。

 

「結界!」

 

 みこの周囲を怪しい輝きが覆う。

 結界が形成され、岩石と衝突。

 激しく火花が散っているような錯覚さえ生まれる。

 熾烈な争いが目元に浮かんだ気がした。

 

「ティンクルダスト」

 

 すいせいが星に乗ったまま、幾つものスターダストを放出。

 その矛先はみこの結界に迫るラヴ。

 あいつは、みこの結界を簡単に破ってくる脅威だ。

 坂道にいた時も、あいつが触れて数秒後、超結界が崩壊した。

 とにかくラヴは、物に触れさせてはいけない。

 推測だが、あいつは接触により能力発動を起こすから。

 

 すいせいが星に乗り、ラヴに迫りながら、自分の運動方向と平行にスターダストを幾度も放つ。

 が、どれもラヴに傷を与えることすらできなかった。

 ラヴに触れた星屑は全て、跳ね返ってくるのだ。

 

 それでも、足止めにはなってよかった。

 お陰で、みこの結界と岩石の衝突の決着がついた。

 岩石の粉砕によって。

 

「なるほどな、分かったぞ、お前の限界が」

 

 みこの側に降り立ったすいせいを指して、ラヴが笑った。

 自分の慧眼さに酔っているようにも見えた。

 

「へえ、聞いてあげるよ」

「星の現出数に制限は無いが、星を動かせるのは一方向のベクトル方面だけだろ?」

「……???」

 

 みこが頭に幾つもの疑問符を浮かべていた。

 

「さっき大量の星が多方面に弾けたけど、それはどう説明するの?」

「簡単だ、俺が触ったことにより引力が暴走したんだろ? 星とはつまり天体。星一つ一つは重力という引力を持っているからな」

「つまり、私の能力支配じゃなく、勝手な星の暴走ってこと?」

「そうだろ?」

「ふーん……ま、正解」

 

 予想以上にラヴの化学脳は発達しているようだ。

 一方、ダイヤとみこは、全くと言っていいほど理解できていなかったが。

 

 しかし、ネタバレしたのなら余り下手に動けない。

 なんせ、すいせいの能力がバレても、ラヴの能力が未だ不鮮明なのだから。

 

「じゃあ、ようやく種明かしも済んだわけだし、そろそろ遊びは終わるか?」

 

 ラヴがそばの岩に触れた。

 刹那、岩が砕け、幾つかのパーツに分かれる。

 

 ダイヤも足元に散らばる木の枝や、大きい石を浮かせる。

 

 現在、ラヴとダイヤに、みことすいせいは挟まれている。

 そして、次の瞬間、両方向から様々な凶器が降り注ぐ。

 その勢力に呑まれそうになった。

 

「ティンクルダスト!」

「神器・八咫鏡!」

 

 すいせいが星屑で凶器を相殺。

 みこが八咫鏡で凶器の攻撃力を無に帰す。

 

 だが、延々と止まない攻撃で、身動きが取れない。

 背中をビジネスの仲間に預けて、ただひたすら攻撃が止むのを待つ。

 巫女服がはたはたと揺らめき、すいせいの星型の瞳が白く輝く。

 二人の表情は同様に苦悶だ。

 

「みこち、やばいよ!」

「分かってる、けど!」

 

 防衛に徹しても突破できない。

 攻めの姿勢を見せなくては、きっと勝てない。

 間違いなく、能力適性は相手の方が上手なのだから。

 

「何とかできない⁉︎」

「できたらやってるよ!」

 

 既に手いっぱい。

 やはり強敵すぎる。

 神の遣いが、人間にこうも押されるなんて……。

 

「……みこち、作戦がある!」

「なに⁉︎」

「あの二人を引き剥がす」

「そんなの無理だよ!」

 

 そんなことができれば苦労しない。

 

「2対2だと連携力で負けるけど、1対1ずつなら、何とかなるかもしれない」

「そうかもだけど! どうやって!」

「ならみこち……」

 

 この場凌ぎの方法を伝授した。

 ビジネスは、そろそろ限界だ。

 間もなく定時、解散の時。

 

 凶器の雨の猛攻は止まない。

 こんな天気予報、なかったのに。

 

「みこち!」

「死んでもしらにぇーから!」

 

 二人が急遽、作戦を変更。

 八咫鏡も星屑も消滅し、全ての攻撃が二人に直撃する。

 重たい雨に、大量の土煙が舞いがった。

 

「……潔すぎやしねぇか?」

「妙だな……」

 

 土煙で暗幕に包まれるが、ラヴもダイヤも警戒心を強める。

 突然の方針変換は不自然極まりない。

 まさか、容易く死んだとは思えない。

 

「タキオン!」

 

 土煙から光速を超える速度で飛び出す何かがあった。

 それはダイヤの下へ直行し、姿を現す。

 すいせいだ。

 

「アルコバレーノ」

 

 そのまますいせいは星に乗り、目の前に出現させた幾重もの星でダイヤを空へ掻っ攫う。

 能力対策だ。

 

「ダイヤ!」

「超結界!」

 

 遥かへと離れゆく二人をラヴが追い始めるが、それを阻止するバリアのようなフィールドが展開。

 

「チッ、やっぱ策有りだったか」

「……神具・人形、だにぇ」

 

 大量に穴の空いた2枚の小さな白い依代が粉となって、光となって、散りゆく。

 

「みこち、生きろよ!」

「おめぇもな、星街!」

 

 遥か彼方へと姿を消してゆく星。

 ダイヤもすいせいも、戻ってきそうにない。

 

「あいつ、抜けようと思えば抜けれるくせに……」

 

 ラヴは、相方の意図を悟ったようで、やれやれとため息をつく。

 どうやら、敵側もわざと流されているようだ。

 みこは背後に結界を感じ、強い眼差しを脅威に突き刺した。

 

「で? この盤面で俺に勝てるとでも?」

「……さあ」

 

 みこがこの盤面を作ったのは、すいせいの要望があったから。

 相棒が、それなら勝てると、豪語したから。

 言えば、みこはタイマンでコイツに勝てる自信など、零。

 

「へぇ、仲間に絶大な信頼があるんだな、いいチームなこった」

「そりゃどうも」

「だが俺の仲間はそんなに弱くはないぜ? ちょっと抜けてるがな」

「しらにぇーよ」

 

 信頼度では負けない。

 ビジネスは、信頼関係なしには成り立たない。

 パートナーを信頼できないと、営業なんて到底できない。

 

 ここが正念場。

 せめて、すいせいが勝利してここに戻るまで……。

 二人で相手すれば、さすがに敵うはずだから……。

 

「神器・天叢雲剣」

 

 巫女服を靡かせながら、一つの刀を現出する。

 みこも、初めて現出した。

 

「予想はしてたが……似合わねぇな」

 

 巫女剣士、なんて、まずいない。

 

「おりゃあ!」

「おいおい!」

「とぉりゃ!」

「マジかよ」

「やっ! とりゃっ! おりゃあぁっ! てあっ!」

 

 ど直球で脳筋。

 誰が見ても分かる、不慣れ感。

 まるで初めて触れたよう。

 

「まるで話にならんぞ」

 

 最低限の動作で回避、呆れを通り越して笑えるような粗々しさ。

 ラヴの安定さに比べ、みこは何故か息切れしている。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ラヴの奥に見える鳥居が、とても大きい。

 無駄な体力消耗だった。

 やっぱり、使い慣れないものは使うべきでない。

 ちょっと、黒の剣士とか閃光とかに憧れたからって、良くない。

 

「……?」

 

 なんだ……?

 

「驚きの余り反撃も忘れてた!」

 

 ラヴが額に手を当て、小馬鹿にする。

 忘れていたのは事実だが。

 

 あれって……。

 

 何かが見える。

 あれは……。

 

「アレなんだ?」

 

 みこは、ラヴの遥か後ろを指差した。

 誘導するように。

 

「乗らねえよ!」

「神具・大幣!」

 

 全く見向きもせず、突撃してくる。

 それを見てみこは大幣を大きくして現出、向かいくる敵にぶつける。

 そのサイズから、回避を諦め、ラヴは片手で受け止める方法を選択。

 見事に受け止める。

 

「かかった!」

「あ?」

 

 受け止めた阿呆を見て、みこが笑う。

 その笑みは、どこか視点がズレていて……。

 何だか、少し嬉しそうで……。

 微かに安心感が溢れていて……。

 

「何を……グハッッ‼︎」

 

 何かが、ラヴを後方から強力な一撃で撃ち抜いた。

 その何かは、遥か遠くの空から、飛んできた。

 そう、まるで月から舞い降りた……兎のよう。

 

「月下のすーぱーぺこちゃんキック」

 

 悪友との戦いは終わり、戦友との戦いが幕を開ける。

 

 




 作者です。
 最近投稿ペース遅くて申し訳ないです。
 多分気にしてないと思いますが。
 私が気にしているので。

 さて、miCometもこれにておしまい……?
 どうやらぺこみこが始まるようですね。
 そして、すいちゃんはどこまで飛んだのでしょうか?

 今回、小ネタとして、すいちゃんの技名は殆ど「ぷよ」か「テト」の連鎖ボイスから貰ってます。
 怒られないかな……。

 と、言いつつも、次回はもっと怒られそうなネタ仕込みです。
 では。


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50話 *ゆうしゃがあらわれた

「ウェッヒッヒッ! 逃げます、逃げます、其の少女」

 

 歪な存在、ネームはK。

 遠方の何かを延々と触手を操って追いかけているようだ。

 

「すばやいネ、すばやいヨ。実にユカイ。ユカイツーカイ、気分はソーカイ」

 

 正体不明が、存在不明を追いかけ回す謎の構図。

 誰を追っているのだろう?

 

 その様子を、こっそり見ていた少女は、心拍数を上げて身を潜めていた。

 

「……な、何なのら」

 

 わためを先に事務所に送り、後で必ず元気に会うと約束した少女。

 我らが姫、ルーナ姫。

 極力息を抑えて、そっと経過を見張る。

 

「誰かを追ってるのらけど……まさか……」

 

 場所とタイミング。

 ルーナの脳裏によぎるのは、最悪の状況。

 わためなら、逃げれるかもと踏んでいたが、コイツ、明らかにヤバい。

 

「とっくに幕開けるノサ、楽しいゲーム」

 

 周囲に人はいない。

 独り言……?

 何とも気味の悪い。

 

「ヒッヒッヒ、お楽しみクラブにご招待」

 

 Kは不可解な笑い声をあげている。

 

「…………」

 

 ルーナはさらに息を潜める。

 

「……んや、逃げたほうがいいのら」

 

 わためとの約束を今一度想起した。

 元気に会う。

 その約束を。

 

 見えない人を気にするよりも、自分を優先しよう。

 ここでルーナが囮を買ったら、別れた意味がない。

 

「……よし」

 

 ルーナは足を動かした。

 この場を退散するために。

 

「羊も中々早いのネ」

「……」

 

 自分に力なんて無いのだけれど、力が漲った。

 退散するために歩み始めた足は、Kの背後を取るために駆けていた。

 

 大量に蠢く触手。

 わためと思われる逃亡者に気を取られ、完全無防備な背中。

 ルーナは拾い上げた鉄パイプを、全力で振りかぶる。

 

「おらぁぃ!」

 

 ゴンッと、鈍い音に合わせて、Kの頭が取れるように傾く。

 前方に首が折れ、到底生きれるとは思えない様な有様となる。

 触手も、蠢く物も、動作が止まり、全てが枯れたように散ってゆく。

 沈黙と静寂。

 

 ルーナは鉄パイプを捨ててその場を退散した。

 

「……世界が回る」

 

 Kの声がした。

 

「回るよ世界……」

 

 ヤバい。

 咄嗟にルーナは物陰に身を潜めた。

 逃げたかったが、なんせ道が一本道で、見通しがいいから。

 建物や看板の影に隠れる他、視界から外れる術がなかった。

 

「世界を回すのだあれ?」

 

 Kの首が360度回転し、周囲を確認した。

 そう、首だけが回った。

 

「ひっ……」

 

 物陰から見たその姿が、気持ち悪く、ルーナは怯えた。

 その恐怖で、一瞬、足が竦んだ。

 

「おい、どうしたんだよK」

 

 そこへ、別の男が姿を現した。

 ガッチリとした体格の、Kより剛腕そうな男。

 

「驚きました、突然に。首が折れてさあ大変」

「もっと警戒しとけっての。んで、まだこの辺にいんのか?」

 

 文章構成が論外な話し方を正しく汲み取り、大剣を持った男が周囲を見回す。

 

「逃げても近く、逃げずとも近く、まだまだ時も遠くなく」

「おーけー、なら俺はちょっと離れて探すぞ」

 

 Kの言葉で意思疎通できるのは、長年の付き合い故か。

 ある意味暗号だ。

 

 大剣男はどこかへ行ったが、Kが未だに近い。

 ルーナはこの場から動けずにいる。

 呼気が、律動が、分かる。

 自身の動揺が、分かる。

 動けない。

 

(なんで殴っちまったのら……)

 

 そんなの当然。

 わためと思われる逃亡者を護るため。

 

(自分のこともままならねぇのに……)

 

 だって当然。

 仲間を守るため。

 

「すぅ、はぁ、すぅ、はぁ、乱れる呼吸。感じる、ます」

 

 Kがまた、独り言を呟いて……

 

「罪人くん、ボクのこころを受け止めて」

 

 ほっ、と掛け声に合わせて、触手のような塊がルーナの下へ襲い掛かる。

 真正面から、迫り来るカオスにルーナは見事反応した。

 バッと道路に身を投げ、華麗に回避した。

 

「んなぁぁーー!」

 

 ルーナも逃げた。

 見つかった以上、隠れる隙もない。

 

「ハーハッハッ、キミもソナタも、逃げ逃げる」

 

 蠢く半生命体の暴走。

 ルーナの貧弱な走力を追う、Kの能力。

 当のKはどんな仕組みか宙に浮いている。

 

 ルーナには見えないが、背から伸びる触手が地について支えている。

 つまり、触手を脚に高みから見物。

 その形容は、気色悪いと言えよう。

 

「いやあぁぁぁ!」

 

 あんな半生命体に触れられたくない。

 女性としてでなく、生物として心から思う。

 

「遅いようだなプリンセスガール。我にかかれば、なんのその」

 

 太い触手に細い触手。

 全てが迫り、ルーナを捕捉する。

 幾度か巨大な触手が叩き潰しにくるが、機動力には優れておらず、それらは何とか回避した。

 だが、小さな触手は動きが素早い。

 一つ一つの殺傷能力こそないが、簡単に追いつかれ……

 

「いやっ!」

 

 足を掴まれた。

 そのまま引き摺られ、宙吊りにされる。

 

「私の心、目覚めるます」

 

 足掻けど藻掻けど、ルーナを縛る枷は外れない。

 それに、今もし外れたら、地に落下して、痛いですむか……。

 

「ひっ……」

 

 大小様々な触手が、ルーナに向く。

 その恐怖。

 あの重力師に石を渡せと迫られたとき以上。

 わために先に行けと言った自分のバカ。

 友のために命を賭した自分のバカ。

 後悔で、命は救われない。

 

「百火・不知火」

 

 もしそれで救われたのなら、それはただの奇跡。

 

「んなああああ」

 

 突如降り注ぐ火矢の雨が触手を焼く。

 焼け千切れ、ルーナは地へと真っ逆さま。

 それを勇ましくキャッチしたのは、街を駆け回っていたハーフエルフ。

 

「こりゃ大変、さあ大変。自由の世界からお出ましサ」

 

 燃え盛る炎が身を焼かぬよう、Kは触手との接合部を切断し、地に骨折しながら飛び降りる。

 

「怪我は無い?」

 

 脚に怪我が無いか配慮しながらそっとルーナを下ろす、そのかっこよさ。

 何かに熱くなっているようだ。

 

「あ、ありがとう……なのら、ふーたん」

 

 不知火フレア。

 それが、ルーナを助けた者の名だ。

 

「ウェーンヒッヒッ、楽しいネ、楽しいヨ。一人と遊んだその後にゃ、他の二人とも遊べるサ」

 

 不可解な笑みを浮かべている。

 辺りがカオスに包まれる。

 

「ねえルーナちゃん、ノエル見なかった?」

「え……? み、見てねえのら……」

「……そっか」

 

 ずっと探し求めている大事な仲間。

 内一人。

 

 ここにフレアが居るのも、探し求めて辿り着いた結果。

 振動と騒音に惹かれて来れば、今に至る。

 

「ルーナちゃん、ここはあたしに任せて」

「……」

 

 どうしよう……。

 また……。

 ココに続いてまた……。

 護られるのか……。

 

「我を恐れよ、何でも出来るぞ」

 

 Kが笑って触手を暴れさせる。

 多方向から押し寄せるカオス。

 

「逃げて!」

「っ――!」

 

 フレアがいくつもの触手を焼き尽くさんと火矢を放つ。

 それでも、圧倒的な質量が襲いかかる。

 しかも、非道なことに、全てがルーナを狙っている。

 焼けども焼けどもルーナとの距離は詰まる一方。

 

「いだっ!」

 

 ルーナが触手に足を掛けられ転倒した。

 そこに、いくつもの触手が追い打ちを掛ける。

 焼いても焼いても、伸びる触手が……。

 

 バシュッとルーナの近くで音がした。

 

 恐る恐る視界を開けば、フレアの大きな背中があった。

 

「早く……」

 

 フレアが片手で触手を掴んで押さえ込んでいるようだ。

 声を出せないほど力んでいる。

 今、ルーナに意識を向けられない。

 それが、強く出ていた。

 

 ルーナは再び起き上がり、奥歯を噛み締めて走り出した。

 

「陽炎」

 

 道を覆う、炎の壁が出来上がった。

 

「ハッタリ炎など、意味なしサ」

 

 Kはフレアの張った偽の壁を臆することなく、幾つもの触手をさらにルーナへと伸ばす。

 それをフレアは動かず、振り向かず、手で掴んだ触手を離さず、矢で射抜く。

 が、焼き切れず、ルーナへ届いたその触手が、串刺しにしてしまう。

 

「こりゃあまあ、ビックリだねぇ」

 

 串刺しとなったルーナが、炎へと姿を変えた。

 

「何人たりとも……ぅっ……不知火に近寄ること、叶わず」

 

 得意の身代わり術だ。

 ルーナは丁度、角を曲がり、もう姿は見えない。

 もう、追えまい……。

 

「追いましょネ、プリンセスガール、また、追いましょネ」

 

 Kが標的を全て無くしたように空を見上げた。

 すると、シュルシュルと触手が引いて、消滅してゆく。

 フレアは力無く、その手を離した。

 

「ぅっ……」

 

 バタリとその場に倒れ、動けない。

 腹からの出血が酷い。

 

 ……そうだ、フレアは手で触手を受け止めたのではない。

 腹で受け止めたのだ。

 その、腹に刺さった触手を抜けないように手で押さえ込んでいた。

 それが外れると、大量出血は当然。

 意識が朦朧とし、立つどころの話ではない。

 

「待て……!」

 

 地の冷たさと血の熱さを肌で感じながら、フレアは声を振り絞った。

 

「死人に構うのは、死人の役目。ボクも私も、我らはさらばサ」

 

 フレアの横を素通りし、軽やかな足取りで道を進む。

 

 死人?

 ああ……もう死ぬからか。

 でも、死にたくない。

 いや、死ねない。

 やりたい事も、やらないといけない事も、いっぱいある。

 それに……!

 

 ……あれ?

 何だか少し、あのゲームに似てるかも……。

 あたしは結局、能力なんて手に出来なかったけど、もし……。

 もし能力でない力でも、手に入るなら。

 ここであたしは、あの「ヒーロー」みたいに、立ち上がりたい。

 

「待て!」

「おやあ?」

 

 フレアは立ち上がった。

 顔面蒼白だというのに、元気溌剌としていた。

 出血も目立つ。

 

「何があっても、必ずあたしが、お前を……!」

 

 フレアの身が、炎のような光に包まれた。

 まるで靄がかったように身が霞む。

 霞の中に、確かに姿があるのだが、少しずつ、見た目が変わって行く。

 それが本当に、どこかで見たようで……。

 

「さあ、お前の本気を見せてみろ」

 

 何処からともなく、カッコいいBGMが流れてきそうなセリフを吐き、フレアは開眼した。

 オーラを覇気で吹き飛ばし、その正体を表す。

 今までとは違い、右手に掴んだ獲物は、弓ではなく槍。

 火の槍だ。

 

「キミもなかなかやるもんだねぇ」

 

 Kは再び触手を伸ばす。

 どうやら、敵と認識したようだ。

 

「……」

 

 今日はステキな日だ。

 花は咲いていないし、小鳥1匹囀っちゃいないが、こんなステキな日はこいつみたいな奴は……。

 

 そう……。

 

「ここで燃えろ」

 

 フレアの闘志は最高潮。

 変身した時、傷は何処へ行ったのだろう?

 熱いも熱い。

 熱すぎる。

 

「業火の槍跈(そうでん)

 

 大量の槍が空中からKを囲う。

 物量で攻めるタイプ。

 避けられない。

 Kはその炎槍の悉くを浴びた。

 

「ウェーンヒッヒッ!」

 

 その炎獄の中での高笑い。

 その笑い声を潰すため、フレアは手の中の槍を全力で投げた。

 Kの顔面を貫き、そのまま真っ直ぐ後ろの壁に衝突するまで身体を持ち上げた。

 もう一度、大量の炎槍がKを囲い、その周りに突き刺さる。

 そして、爆発のような炎柱が立った。

 

 普通の生命体は灰になる猛攻。

 一撃とは呼べない一撃に、このKという生物は……

 

「ウェーンヒッヒッ、胸が高鳴る、どうすりゃいいの!」

 

 無傷と言えよう。

 

「今燃え尽きたら?」

 

 フレアは軽快なジョークで返す。

 目の輝きが違う。

 

「中々なことをするもんだねえ!」

「教わったから。必殺技は最初に使うべきだって」

「それは大変、カオスだネ、カオスだヨ」

「どうせほぼ不死身なんでしょ?」

 

 会話が繋がる程度には、互いに余裕がある。

 この流れ、フレアが『不死身のフレア』になって世界を救うため立ちあがるヒーローになるはずなのに。

 不死身は相手。

 相手は、不死身のカオスな謎生物。

 

「いくら私が強いとて、そうは言えぬぞファイアーガール」

「へえ、認めるんだ?」

「我が最強得るときにゃ、人類残らず滅ぶ時」

 

 案外、謙遜型なのかもしれない。

 

「ボクはKで上がある。Aに上がれぬ未熟者」

 

 自分のネームはK。

 そして、彼らのネームではKよりもAの方が強い。

 その事実が証明になる。

 格差社会の格差を受け入れる、無駄に誠実な奴だった。

 

 Kの触手が暴れ回り、周囲のビルの窓ガラスを割った。

 そのガラスの破片が腐蝕し、原型をとどめなくなる。

 そこから立ち込める空気。

 

 腐ったガラスのニオイがする。

 

「キミの敗北は確実サ。必殺技が効かぬなら」

 

 大量の半生命体がフレアをターゲットとして捉える。

 対面する、フレアの目に迷いはない。

 

「あんたには101%勝てるだろうね。誤差は1%ってところかな」

 

 ホネのニオイも、スシのニオイもしないけど……。

 くろいかぜがないている。

 サイアクなめにあわされるよかんがする。

 

 フレアが、炎槍をKに突き付けた。

 

「ここからが本番だ」

 

 ノエルを探すつもりが、仲間のために立ち向かうこととなった。

 フレアはこれより、何時間かけたとしても、サイアクを乗り越えていく。

 

 




 どうも、作者です。

 いや〜、ライブ、最高でしたね。
 なんて余韻に浸ってたら、もうこんなに時間が経っていました。
 夢とは一瞬なんですね、悲しい。
 何度もアーカイブ見ましょうか。

 あ、すいちゃん、おたおめ!

 さて、今回はフレアちゃんと言うことで、小ネタはアンテとデルタです。
 小ネタとかの規模じゃないので今回はガチでやばいかも。

 では、また次回。


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51話 雪降るサーカスに銀の弾丸

 

 熱い、冷たい、熱い、冷たい、熱い、冷たい……。

 

 ただそれだけだった。

 

 目の前で、燃え盛る劫火と、吹き荒ぶ大雪。

 どっかの大将同士の戦いのようだ。

 

「ああ、冷たい冷気だな。俺の熱い熱気と張り合うなんて」

「冷たい……冷気? 熱い……熱気?」

 

 境界より冷気寄りのポルカは敵の言葉に首を傾げた。

 

「あなたが、ししろんとねねねに手を出したの?」

 

 ラミィは冷気を放ちつつも、まだ手は出さない。

 ここで先手を打てば、有利だが、それだとやっている事が、コイツらと同じだ。

 やられたらやり返す。

 それは正しい事ではない。

 コイツらを攻撃するのは、あくまでもこの世界を救い、この裏世界を脱出するため。

 決して、私情などない。

 

「誰の事? もしかしてちょっと前に来た二人組?」

 

 多分それだ。

 

「手を出したって言ってもねー、オレも仕事だし、ちゃんと危険が危ないから離れろとは言ったよ?」

「危険が……危ない?」

「まあ、自分の力を過信し過ぎた結果だよね」

「過信……し過ぎる?」

 

 ポルカが、都度都度首を傾げる。

 コイツは多分アレだ。

 頭が悪い。

 

「そうかも」

 

 ラミィは首肯した。

 ぼたんは自分の失敗だと言っていた。

 過信していたかは別としても、多少の驕りがあったのかもしれない。

 

「まあ、一人は勇敢に向かってきたけど、もう一人はただ真っ直ぐ直立してただけだし」

「真っ直ぐ……直立?」

「ほんと、弱いのに何しにきたんだかね?」

 

 ほう?

 そんな事言っちゃうんだ?

 

「色んな意味で脳みそが足りてなさそうだな」

 

 ポルカが珍しく少し悪口を言った。

 脳みそが足りない、とは、文法的にも、ねねのことに関しても。

 

「ねねがいないとししろが無事に戻ってこれなかったし、お前に立ち向かわなかったのは弱いからじゃないぞ」

 

 よっ、さすがポルカ。

 

「いやいや、あれは弱者の人だよ。オレには見なくても分かる」

「弱者の……人?」

「キミさあ! さっきからなんなの⁉︎ オウム返しばっかりして! 全く失礼だぞ!」

「いやいやいや、お前のそれがおもろいから。一応言っとくと、熱い、冷たい、危ない、し過ぎる、真っ直ぐ、の人、は意味が重複してるから」

「……は? あ、分かった、そういう事か!」

 

 一瞬歪んだ顔がパッと明るくなる。

 意味を理解したか。

 

「つまりキミはバカだ。何故ならオレがキミの言っている事を理解できないからだ」

「うぜえ! 純粋にうぜえ!」

 

 ポルカが朴を引き攣らせて、眉を動かす。

 なんたる暴論。

 正論に暴論で返すとは。

 もはや指摘の意味もない。

 

「おまるん! そんなのはどうでもいいの!」

「そ、そうだね……」

 

 ラミィに注意される。

 気になるのは痛いほど分かる。

 だが、時と場合を考えよう!

 

「さて、それじゃあ、始めようか? あ、因みにオレ、レッド」

 

 熱波が街を襲う。

 

「ラミィたちがあなたを相手にするのは、裏世界を出て、いつも通り配信やアイドルするためで、私情なんかないけど言わせてもらえば……」

 

 かこつける、とか、言い訳、とかじゃない。

 別にぼたんが怪我させられたから、とか、ねねを泣かせたから、とか、そんな事で氷漬けにはしない。

 

「あなたはねねを侮った。そしてラミィ達のことも」

「うんうん」

「それがあなたの敗因」

「うん?」

 

 婉曲的……かな?

 まあ、そんな感じの勝利宣言。

 

「ねねを甘く見たのが裏目に出て、ラミィ達は勝利を手にする」

「なーに? 予言? せめて勝ってからいいな」

「ここであたし達が負けようと、お前らの計画が失敗に終わればそれは勝ち」

「じゃあ、もしそうなった時のために、灰にしてあげる」

 

 それでは、始めようか?

 今度こそ。

 

「熱波烈風」

「冷気旋風」

 

 渦巻く、冷気と熱気。

 レッドの能力は烈火。

 ラミィは能力なし。

 ……そして、ラミィは雪女でもない。

 

 では、何故、こんなに吹雪くのだろう?

 

 原理はフレアと同じ。

 エルフは聖霊を使い、魔法を使う。

 フレアがきんつばから炎のエネルギーを貰うように、ラミィもまた、だいふくがいる事によって氷のエネルギーを得られる。

 だから、だいふくが逃げた時、見過ごせなかった。

 一人で街を捜索させられなかった。

 

 しかし、こんな熱気と冷気が充満するこの領域で、ポルカは大丈夫だろうか?

 というのも、ポルカ低気圧敗北部。

 上昇気流と下降気流の連鎖と気圧の異常変動が懸念される。

 もし、一瞬一瞬で周囲の気圧が変動するほどの影響力を二人が持っていれば、ポルカは立っていられまい。

 

「あれ?」

 

 ポルカがいない。

 レッドの声で初めてラミィも気付くが、信頼は高い。

 ラミィは直ぐに向き直った。

 

「知ってるかい? 氷は炎に勝てないんだよ。何故なら温度に下限はあるけど、上限はないから!」

 

 空気の熱量が上がる。

 レッドの周囲は近寄れぬ高温だ。

 ラミィの冷気も絶対零度までは操れないため、対抗が非常に難しい。

 

「ラミィ!」

 

 上空から声がした。

 

「おまるん⁉︎」

 

 どんな技を使ったのか、少し高い建造物の屋根瓦にポルカが立っている。

 そのポルカが両手で何かの入れ物をレッドに放り投げた。

 目を凝らしてみればそれは、灯油入れだ。

 ラミィはすかさずそれを冷凍して固める。

 硬直した灯油は綺麗な放物線を描いてレッドの熱気圏に……

 大爆発が起き、微かに地が揺れた。

 

「……参っちゃうな、これじゃあ容易に易々と熱くできないなー」

 

 これで、傷は与えれずとも、行動制限はかけれた。

 もう少し、時間稼ぎとして喋らせてもよかったが、やっぱり流れは大事だ。

 

「氷の利点は形がある事」

 

 ラミィの周囲に氷塊が幾つも出現する。

 鋭利な(きっさき)は全てレッドへ向く。

 

 氷の利点は形があることによる世界の広さ。

 形があれば、攻防どちらにおいても様々な扱いができる。

 一方、無形の炎は熱いカーテン。

 熱さえ攻略できれば解決する。

 まあ、行うは難し、ではあるが。

 

 飛翔する氷塊。

 そう易々とレッドは食らわない。

 予想以上の軽快な動きで能力を使わずにある程度を回避。

 残りは熱風で水分に変えて浴びる。

 

「きゃー冷たい冷水」

 

 乙女のように叫ぶレッド。

 相変わらず言葉がおかしい。

 服や肌に水がかかり、染みたりしているが、それらは一瞬で蒸発した。

 

「なんだよ。メラメラの実か?」

 

 ポルカがその異常性からとある漫画の能力を思い浮かべた。

 それは、自分自身が炎となり、あらゆる攻撃を無視するというもの。

 対抗するには、覇気を要するが、当然備わっていない。

 

「やめなー、危ない橋渡るのは」

 

 ラミィの真横にポルカが降り立てば、早々にお叱りを受ける。

 危ない橋とは、メラメラの方?

 それとも、屋根瓦に乗る行為のこと?

 

 間違いなく前者か。

 

「ごべーん、おでが悪がっだー」

「だからやめなー!」

 

 罪を重ねるな。

 確かに、日頃配信でやってはいるが。

 

「つまらなーい。なんの話してるかさっぱりだもんなー」

 

 レッドは両手を頭の後ろに回して、退屈そうに体を伸ばした。

 

「何? もっと冷やして欲しいの?」

「暇ならポルカのサーカスでも披露しようか?」

 

 ラミィもポルカもまだまだやる気だ。

 日頃の軽快なトークを保ちつつも、戦場に赴く。

 二人ならではな戦だ。

 

「おー、それはすごい楽しみ」

 

 レッドの目が光った。

 もはや、構文の不自然さは指摘不要だろう。

 この先も割愛するとしよう。

 

「じゃあラミィ、作戦だけ念頭において、あとはテキトーにぱーって」

 

 大雑把で、打ち合わせの意味がない。

 けれど、分かった。

 

「でも……簡単じゃないよ」

 

 そう、問題はどうやってあいつにその目的の行動を取らせるかだ。

 思い通りに人は動かない。

 味方はともかく、敵が指示に従うはずもない。

 

「そこを何とかするの!」

「はいはい」

 

 勢いで突破するスタイル。

 でも、頭脳戦は正直ポルカ任せ。

 ラミィは能力に卓越しているから、その方面から叩く。

 

「桜吹雪」

 

 ラミィの一声で、風が吹き荒れ、吹雪が発生する。

 桜の要素が見当たらない至って普通の、少し強い吹雪だ。

 

「おお、これは凍結しちゃう」

 

 レッドは凍り始めた体表に炎を纏い、氷を溶かす。

 そのまま吹雪の中に立ち、平然と立ち尽くし続く。

 吹雪の中、炎が立ち尽くすから、雪が煌めき、まるで桜のよう。

 

「例えば空から〜、車が降ってきたり〜」

 

 空から一台の赤い乗用車が降ってきた。

 レッドへと、一直線に。

 

「わあお、今日の天気は吹雪のち車だー!」

 

 レッドが見上げれば、視界には車しか映らない。

 車がお尻を下に落下してくる光景だ。

 直ぐに退散。

 真後ろ、地を伝って炎が燃え広がる。

 その炎上を瞬間移動するような速度で移動し、圧死を避けた。

 先程の爆発も、こう避けたわけか……。

 

「冬凪」

 

 大寒波が一帯を襲う。

 世界が凍りつく。

 凍てつく風が、全てを氷山へと変えてゆく。

 

「オレにはそんな効果は効かないよーん」

 

 体を燃やし寒波を恐れないその姿勢。

 

「……おう!」

 

 レッドの右肩に切筋が入った。

 服が切れ、さらに肌も切れ、軽く出血する。

 似たような怪我を幾つも負い始める。

 原理はかまいたちや乾燥によるひび割れに近い。

 

「おかしいなー、全然あったかいのにー」

 

 切れた肌など厭わずに笑う。

 

「確かに、思ってた0.5倍くらい強いかも」

 

 つまり、想像してたより弱いってこと?

 こいつの言葉は一部がおかしいから、本当は1.5倍といいたいのか、本当に煽っているだけなのか区別がつかない。

 

「大炎界」

 

 冬景色が、瞬く間に灼熱地獄に変貌する。

 氷は全て溶け、水となり、殆どが蒸発。

 一瞬で汗が吹き出し、体が熱を帯びる。

 

「はい、もういっちょ!」

 

 ポルカが再びレッドに灯油を投げた。

 しかし、ネタは明かされている。

 爆発は避けられるだろう。

 その予測通り、レッドは後ろに引いた炎の道を移動して、回避。

 元いた場所が爆発して、爆炎が上がった。

 曇って、よく見えない。

 その煙幕に、ポルカは突入した。

 煙に紛れた奇襲作戦。

 

「オレの耳の聴覚は凄いんだよ?」

 

 音で接近を察知したレッドは音に向けて一筋の炎を放った。

 パン、と煙幕から手を叩く音。

 手袋越しだろうか、そんな、少し低い拍音だった。

 

 炎がポルカを襲ったのは、煙幕から姿を現した直後だ。

 迫り来る炎は上半身を焼こうとしている。

 普通は、その辺りを狙うだろう。

 だから、ポルカは派手にスライディングを決めて回避。

 

 そして、炎が自分に移らないように、手に現出した油付きロープを炎に接触させつつ背後へ投げた。

 

 炎は強制的にロープに燃え広がり更にポルカの接近を許す。

 

 あと僅かの距離だが、戦闘慣れしているだけあり、レッドは足でポルカを蹴飛ばそうとする。

 そこへ突如、数多の氷塊が飛散してくる。

 滑っているポルカの頭上を通過して、レッドに襲い掛かるが、レッドが熱風を放ち氷を溶かす。

 近場のポルカも火傷しそうだが、回避するどころか更に距離を詰める。

 ポルカの背後にはだいふくがいた。

 冬のオーラで纏ってあるため、ある程度の熱気は弾けるようだ。

 

 スライディングでレッドの足元を通過。

 足にロープを引っ掛けて、そのまま引くと、見事に転倒。

 ポルカは急いでそこから離れる。

 ロープを消滅させて、手にワイヤーを現出、適当な屋根に引っ掛けて高くジャンプすると屋根瓦に着地した。

 流石はサーカス座長を目指す者。

 

「ラミィ!」

「分かってるって……八海山」

 

 転倒から復帰までの間に、雪の囲いが完成する。

 レッドを雪の壁、剃り立つ雪山の如く囲う。

 

「うわぁ! なんて巨大な巨壁。でも残念無念また来年、オレの炎渡は地上じゃなくても使えるよ!」

 

 レッドは雪の囲いが、ドーム型でないことを突いてそらに火を放つとその火柱を伝って遥か上空へ逃げた。

 まさか、空へも逃げれるとは……なんて微塵も思っちゃいない。

 

「折角だから、火の雨でも降らせてあげるよ」

「空へ逃げたな、チェックメイトだ!」

 

 ポルカが右手で銃の形を作って、格好だけ、パン、と撃つふりをした。

 レッドは地上へ火の雨を放とうとしていた。

 

「何の冗談か……!」

 

 ピュッと、

 一筋の閃光が突き抜ける。

 目にも留まらぬ速さで、レッドの右脚を貫通した。

 

「ああああああああああああ、脚がぁ!」

 

 みるみる落下してゆくレッド。

 高度は下りに下がり、間も無く地に衝突する辺りでラミィが氷柱を作り、レッドごと固めて磔にする。

 殺しに来たのではないから、死んでもらっては困る。

 

「なにが……」

「ウチには超腕利きのスナイパーがいるんでねー」

「す、スナイパー……?」

「あなたがみすみす見逃した、ラミィたちの仲間」

「……あいつか!」

 

 今さら理解してももう遅い。

 足を撃たれては、もう立てないだろう。

 

「……見てきたでしょ? オレは足がなくても動ける……」

 

 レッドの体温が上昇し、氷柱がダラダラと溶け始めた。

 

「しぶといねぇ」

 

 ポルカがやれやれと肩を竦めた。

 どうやら、まだ続くらしい。

 スナイパーさんにも、援護は一発限りと打ち合わせた以上、もう頼れない。

 この距離での物質生成は、ポルカにも結構負荷がかかる。

 

「まだまだこれからが本番だよ」

 

 凍てつく束縛を解き、レッドは右足を緩めてバランス悪く立つ。

 

「……ラミィ、もう援護がない」

「分かってる」

 

 今度こそ、確実にここで落とすために、開演しよう。

 雪降るサーカス、第二幕を。

 

 





 小ネタ。
 ラミィちゃんの技名は、実在する日本酒の銘柄です。
 但し、配信で飲んでいるかは確認してないので、多分飲んでないです。


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52話 消えた猫

 

 一人の少女が眠っている……。

 とある小さな一室。

 施錠された一室。

 

 高級ではないが、そこまで悪くないベッドで眠っている……。

 

 部屋は休憩用のようだ。

 微かに外で波の音が聞こえる。

 微かに外で……何かの音が聞こえる。

 これらは、客観的に見て。

 

 その少女は、眠り続けて気付かない。

 

 彼女が目覚めるまで、あと少し、時間がかかるようだ……。

 

 

 

          *****

 

 

 

 展望塔。

 

 吹き付けるのは冷たい風。

 

 猫耳。

 犬耳。

 狐耳。

 狼耳。

 

 これらは、よく風の音を拾う。

 風の音は、うるさくて案外厄介だ。

 声での意思疎通の妨げになる。

 

「何をしても無駄だ」

 

 4人が必死に息を切らして、汗を冷やす中、Qは涼しげな顔をして正面に敵を捉える。

 

「……どうする?」

 

 フブキが汗を拭い、3人を一瞬だけ、横目に見た。

 髪が邪魔で、あまり顔は見えなかった。

 

 足元に散らばった粉雪は全て溶け、水と化している。

 邪魔だ。

 

「ごめん、中々使えるカードがなくて……」

 

 ミオが未だに何もアシストできていないことに表情を曇らせる。

 

「いや、僕も何もできてないし、それに、多分相当な細工をしないとあの人には通らないと思う」

 

 おかゆがミオを慰めるように分析結果を話す。

 

「パンチが当たりさえすれば、ワンパンなのに!」

 

 ころねも得意の拳が一切合切無効化されることに苛立ちを覚えている様子。

 

 そう、脅威的なQの絶対防衛能力、それこそが……バリア。

 自身を中心とした球型のバリアを展開することが可能で、そのバリアは可視化でき、本人の望まぬもの全ての侵入を防ぐ。

 何をしようと、近づくことすらできない。

 バリア内への侵入方法は、どうにかしてバリアを破壊する、瞬間移動などでバリアに干渉せずに侵入する、Qに侵入許可を出させる、のどれかだ。

 

「分かるだろ、俺が攻撃に全く適さない理由が」

 

 バリアを展開したまま、Qが訴える。

 本気で行く、と言いつつ本気で4人をここから逃さないだけ。

 本気で襲い掛かっても、中々何もできないだろう。

 

「まあ、攻撃手段はたった一つ、あるが」

 

 ……撤回。

 どうやら、秘策があるらしい。

 

「ここでおとなしくしていれば、手を出さないでおいてもいいだろう」

 

 無駄な提案だ。

 結果の見える交渉に意味はない。

 

「国が崩壊すれば、結局同じだから」

 

 国が壊れて、革命が起これば、結局は命の危機。

 ここで無理をしてでも、世界を守る必要がある。

 

「どうやら、勘違いされているようだな」

「……勘違い?」

「ああ、俺たちが石を使ってこの国を滅ぼすつもりとでも思ったのか?」

「……」

 

 まさか、違う……のか?

 いや、きっと虚言だ。

 こんな大掛かりなカラクリを使って、今更弁明などできるものか。

 

「お前たちは人生を謳歌しているようで、あまり不満はないだろうが、俺たちはこの世界の仕組みに不満を持っている」

 

 自分語りか。

 鬱陶しいが、聞く価値はありそうだ。

 

「人は義務の中で教育を受け、社会に貢献させられる。お前たちも流石にあるだろう、義務教育を受けたことくらい」

 

 あるに決まっている。

 なんなら、4人は学生。

 義務教育の課程を終えて間もない。

 静かに話を聞く。

 無言は肯定、と言われるため、Qは肯定と判断して話を続ける。

 

「ではお前たちは果たして、優秀な成績を収めていただろうか?」

 

 更に問いかける。

 ……何となく、言いたい事が分かってきたかもしれない。

 

「少なくとも、俺よりは優秀ではないだろうな」

 

 しれっと自慢を交えてまだまだ語る。

 

「だが、お前たちは確実に俺よりもいい人生を送っている。これはまだ一例に過ぎない」

 

 やっぱり。

 永遠に疑念を生む世界の問題だ。

 

「それで、それは間違っているから世界を変えるって言うの?」

 

 フブキが問い質した。

 

「そうだ、この世界を糺すんだ、俺たちの手で」

「だからって、こんな悪質なやり方……!」

「悪質なやり方? 自分の心に聞いてみろ、俺はお前たちのやり方のほうが気に入らない」

 

 4人に、僅かに湧き上がる感情があった。

 感じた。

 それは、同じ感情だと。

 

「確かにここに来れたのは、実力とは違うかもしれないけど、きっとここに来た意味と理由、そして到達できた意味と理由がある」

 

 今模索中だ。

 自分の配信の方向性もついに固まり、ホロライブとして会社が目指す地点もようやく形になってきた。

 これから、自分達がここにいる意味を作りに行くんだ。

 その点では、Qの言うように、今はまだ、この場に不適切な存在なのかもしれない。

 

「分かっていないようだな。お前たちがその場に至ったのは『運』だ。この世界で上り詰めるには、暴力による実力行使を除けば、殆どが『運』だ」

 

 なるほど?

 面白い。

 それはホロメンもよく口にしている事だ。

 今の自分がここにいるのは、奇跡だと。

 だが、リスナーは果たしてどう思っているだろうか。

 

 Qの言葉を繰り返す。

 「人は義務の中で教育を受け、社会に貢献させられる」だ。

 そして、成績優秀者よりも非優秀者の方が裕福である事が多々あると。

 どうやら、ホロメンの活動が気に入らないようだが、考え方が少し偏っている。

 

 義務教育の課程で習うことはなにも学力関連だけではない。

 そして、そこで得た学力ではないある意味「特殊な能力」を使って、ホロメンたちはここへ来たのだ。

 学力はこの際置いておこう。

 彼女たちは、この「特殊な能力」を見事駆使して、社会に潜むリスナーと言う存在に力を与えている。

 彼女たちに救われた人は、幾人もいるはずだ。

 人一人を救う事でさえ、困難なこの世界で、彼女たちは幾人もの人生を照らした。

 彼女たちが、この社会に貢献していないことなどない。

 それに、推活をしているリスナーに、不満などない。

 

 もし外野が何か言っているのであれば、そんなアンチテーゼは知識不足だ。

 持つ力を、如何に駆使して生きていくのか。

 世界が求めているのはまさに、彼女たちのような革新的な存在なのだ。

 彼女たちの人気こそ、世界への必要さを物語っている。

 

「確かに運は大事。でも、残念なことに人生の中で運は上下する」

 

 ミオが体験談のように口にする。

 占い師の、経験だろうか。

 

「運が必要だとしても、運に全てを任せて生きる人なんていない。あなたはそれを……分かってるの?」

 

 ミオの悲しげな瞳がQを見た。

 

「そう、その読めない要素が人生に強く影響するが故に、人を狂わせるんだ」

 

 悲しきかな、もはや平行線。

 これ以上、対話で得られる情報は無さそうだ。

 

「もはや、水掛論だな。俺とお前たちは、分かり合えない」

 

 そう結論付けると、Qは見限ったように動き出した。

 バリアを展開したまま、歩いて来る。

 

「落ちてもらおうか」

 

 バリアで無理やり場外に押し出すゴリ押し技だ。

 純粋だが、抵抗しようのないやり方。

 単純ゆえに強力。

 

「やばい!」

 

 フブキの声に合わせて、4人は固まらないように散らばる。

 バリアの半径自体は大きくはない。

 上手く回避すれば何とかなる。

 

 だが、ここで非常事態が発生する。

 

「しまっ……!」

「おかゆ!」

 

 バリアを避ける過程で背後に跳んだおかゆが、濡れた地面に足を滑らせて屋上から落ちかけた。

 なんとか片手で淵に掴まるも、体を持ち上げる腕力がない。

 猫とはいえ、これほどの高所は生きていられない。

 

「おかゆん!」「おかゆ!」

 

 ころねが真っ先に駆けつけたが、その瞬間おかゆの手が外れた。

 

「おかゆ!」

 

 手を伸ばし、手を掴んだ。

 体勢がきついため、引き上げれないが、ころねは自分が落ちないように踏ん張る。

 おかゆの身体は、完全に宙に浮いていた。

 

「こ、ころさん……」

「だい、じょぶ……!」

 

 おかゆが不安げに真っ直ぐ上、必死に腕に力を込めるころねを見上げる。

 笑いかける余裕もなく、頭が赤くなり始める。

 一瞬でも気を緩めると、落ちてしまう。

 

「丁度いい、二人で落ちろ」

 

 Qがころねの無防備な後ろ姿目掛けて駆け出す。

 バリアはずっと展開されたまま。

 

「コンフリクトアイス」

 

 フブキの掛け声と同時に氷の壁がバリアの前に立ち塞がった。

 直後、Qのバリアと衝突。

 しかし、フブキが懸命に力を奮い、氷の崩壊を防ぐ。

 

「ミオ……!」

「うん!」

 

 足止めは10秒と持たない。

 ミオは一瞬の判断でころねの元へ急ぐ。

 が、Qは標的を突如ミオに変更して突進を図る。

 ミオはバリアと接触し後方に弾かれた。

 咄嗟の判断でフブキが受け止めなければ、きっとミオまでも落下していただろう。

 

 だめだ、容易にころね側に近づけない。

 再びころねを蹴落とすべく走るQ。

 先ほどと全く同じように、フブキも壁を展開。

 そしてミオは……

 

「No16.THE TOWER」

 

 塔のアルカナカードを正位置で使用。

 意味は崩壊。

 光り輝くカードをQのバリアに押し付けバリアの破壊を試みる。

 バリアがビリビリと激しく音を立てるが、中々崩れる様子はない。

 

 壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ!

 

「くぅっ! ころね! 早く!」

 

 魔法制御に限界を感じてきたフブキが苦悶の表情で叫んだ。

 

「わがっ……てる……!」

 

 渾身の力を込め、ころねがおかゆを引き上げようとするが、上手くいかない。

 力を込めると、たまに手が滑って離しそうになってしまう。

 

「……ころさん」

「だいじょぶ、だから……!」

 

 二人は風の音と共に、バリアの炸裂音を聞く。

 

「……手、離して」

「やだ!」

 

 二人にだけ聞こえる声で、おかゆは言った。

 

「僕が合図したら――」

「いやだ!」

 

 絶対に見放さないと、ころねは必死におかゆの目を見た。

 いつもの光る目があった。

 

「ころさん、時間がないから!」

「いやだ!」

 

「信じて! いくよ!」

「やだ!」

 

 おかゆの身体が風で軽く揺れた。

 

「3!」

「だめ!」

 

 おかゆが身体を前後に軽く揺らした。

 

「2!」

「だめっ!」

 

 止まらないカウント。

 おかゆの脚が、壁に当たった。

 

「1!」

「うああああああ!」

 

 ころねは、手を離した。

 同時におかゆは壁を蹴り――

 

 ブン、と聞き慣れた音と共に、何かがおかゆを掻っ攫った。

 遅れて香るガスの臭い。

 案外、臭くはない。

 

 ころねの目に浮かぶ涙が真っ逆さまに地上へと落ちて行った。

 

「遅くなったな、おかゆ!」

「な、なんだ!」

 

 おかゆを拐った正体が、空中を飛び回っている。

 上手く視界に捕らえられないQが声を上げた。

 

「なんだかんだと言われたら」

「答えてあげるが世の情け」

 

 塔の周囲を走り回るそれから、聞き慣れた声とどこかで聞いたような口上セリフ。

 

「おいバカ、お前らやめろ!」

 

 その二人を「運転手」が抑止した。

 

 そう、おかゆを拐った正体、それは、空飛ぶ車だ。

 そして、搭乗者はおかゆを含めて3名。

 

 1人、

 

「諸々セリフ飛ばして、百鬼あやめ!」

 

 2人、

 

「諸々セリフ飛ばして、猫又おかゆ!」

 

「銀河はかけないけど、夜空を駆ける、あやおかの2人には!」

「ホワイトホール、白い明日が待ってるぜ!」

 

 まるで打ち合わせていたように噛み合うセリフ。

 あやめとおかゆのセリフが決まり、2人が運転手を見た。

 ほら、もうひと枠、空いているよ、と。

 

「しゅーばしゅばしゅば、ってアホか!」

 

 しっかりとボケツッコミをかまして車を操縦する。

 

「スバル! あやめ!」

 

 ミオが声の主を言い当てた。

 

「よ……かった……」

 

 ころねは、その場に膝をついた。

 膝をつく位置を間違えれば、落ちていたかもしれない。

 そんなことも考えれないほど、安心感に満ちていた。

 

「援軍か……参ったな」

 

 Qは頭を掻いた。

 数が増えようと、負けない自信があるが、倒せる自信は無くなってくる。

 

「ありがとうスバルちゃん」

「気にすんな」

「3人のとこにお願い」

 

 おかゆがスポーツカーの助手席でスバルに頼む。

 スバルは運転席、あやめは席でもない絶妙な位置にバランスよく座っている。

 

「悪い、それはできねんだ」

「え、何で!」

「スバルの能力の欠陥だ」

 

 スバルはそう自己評価した。

 欠陥、という表現は少し印象が良くない。

 

「スバルの能力は浮くだけなんよ。だから、空中で止まれんのんよ」

「……?」

「スバルは『浮遊』能力によって、一定質量以下の触れたものを真上にのみ浮かせられる。けど、空中じゃ人や物は下以外に動けない、動力がないとな」

「動いてるじゃん」

 

 それだと、車が空を駆けているこの状況の説明がつかない。

 

「ああ、だから地面でアクセルやブレーキをかけて、その勢いを保ったまま空中に出れば、風の抵抗以外での減速がないから、逆に一定スピードで走れるんだ」

「じゃあ、止めるには……」

「あの塔の頂上じゃ幅が無さすぎる。一回道路に停めて、また上がるしかねえ」

 

 一般人に能力を与えても、それほど有能な物は中々生まれない。

 厨二病的な思想や知識が有ればまだしも、スバルのような一般アイドル(芸人)には到底。

 スバルが、数少ない普通の人間であることも、作用しているかもしれない。

 

 種族によって、適性は異なるからである。

 

「じゃあ、早く下に!」

「ああ、待っ――」

 

 おかゆの指示に頷きかけ、振り返る。

 急に。

 何かに弾かれるように。

 

「おい! 聞いたか今の!」

 

 スバルが、あやめとおかゆに剣幕な表情で尋ねた。

 

「え?」

「何?」

 

 2人は互いに見つめ合い、よくよく耳を澄ますが、何も聞こえない。

 

「別に何も聞こえない……」

「んなわけあるか! 今のは……!」

 

 車が大きく旋回、進行方向を変更した。

 

「ちょっと、スバル!」

「わりぃ! 時間がねぇ、そいつは任せた!」

「え、ええ!」

 

 スバルはおかゆを連れ去っていってしまう。

 

「…………」

 

 塔に残された3人。

 しばし硬直していた。

 

「ふう、援軍かと思えば、逃げたか……好都合だが……」

 

 Qは拍子抜けしたようにそう笑う。

 しかし、そう言いつつも、キョロキョロと何かを意識している。

 

「……スバルちゃんは目鼻が効くから、ここは私たちで切り抜けられるって、信じてるんだと思う。何が最優先か、判断できる人だから」

 

 ころねはスバルの素質をそう分析すると、ここは3人でと強く意気込む。

 フブキもミオも、その点へのスバルへの信頼は厚い。

 

「そうだね」

「じゃあ……行こうか」

 

 3人はQを前に構えを取る。

 さあ、どうバリアを切り抜けていくのか……!

 

「しかし……一体猫のやつは、どこへ行きやがったんだ」

 

「「「…………え?」」」

 

 おかゆの仕掛けた罠に、Qは嵌っている。

 こんな男1人にOKFAMSは贅沢すぎる。

 

 





 作者です。
 今回はOKFAMSでしたが、はてさて、あやおかスバは一体どこへ行ったのでしょうか?
 逆に1人減って、Qは倒せるの?
 おかゆが仕掛けた罠とは?

 因みに、今回のパロ的なやつはポケ○ンです。
 さすがに分かりますね。

 あ、フレアちゃん、おたおめ。

 ではまた次回。


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53話 腹心

 

 北のスポーツスタジアム。

 世界一の規模のスポーツ用のスタジアム。

 サッカーや陸上などの大きな大会が開催されるときは、大抵このスタジアムが使用される。

 野球スタジアムはまた、別の位置にある。

 

 さて、このスポーツスタジアムにも、石があるのだが……。

 

「……あと二つだな」

 

 この場には全部で三つの石が既に集められていた。

 1人の男性が手にしている。

 二つはどこからか、盗ってきたものだ。

 

 そのスタジアムに潜む、二つの影。

 そらとロボ子だ。

 

 2人はmiCometの支援により、無傷無戦でスタジアムに到達。

 しかし、スタジアム内に佇む巨大な影を前に突入を尻込みしていた。

 

「……手遅れだったとこがあるみたいだね」

「でも、逆に二つはまだ残ってるってことだよね」

 

 楽観視と達観視。

 思考に良し悪しはない。

 

「どうする?」

 

 ロボ子が正面の巨大な鉄の塊を見て作戦参謀に行き詰まる。

 鉄の塊、それが尻込みの理由。

 何とその大きさ、高さで言えばこのスタジアムの屋根ほど。

 鉄屑で作られたような、無秩序なゴミの集まりのような……巨大ロボ。

 作動するかは分からないし、動くにしても人の操作が必要なのかも分からない。

 

「うーん……多分あの規模だと、機動プログラムを導入するのは難しいと思うから、操縦士が1人以上いると思うけど……」

 

 ロボ子がロボットとしての推測を立てるが、その1人がすぐそばにいる。

 であれば、あの男が操縦するのだろう。

 あれが動けば、石奪還どころではない。

 

「取り敢えず2人でスタジアム内を回って、何かないかとか、確認しよう」

「そうだね」

 

 今の2人……いや、もっと言えば、ほかのホロメンも敵うとは思えない。

 ロボ子はそう判断し隠密行動を決め込む。

 スタジアム内を探り、他の敵がいないか、男に隙は生まれないかなどを確認する。

 

 その途中、とある物を見つけた。

 それは、何かしらを継なぐ電気ケーブル。

 こそこそと隠れながら、そのケーブルを辿るとスタジアムの中央、あの巨大ロボに繋がっていた。

 

 つまり、ロボットにはこのケーブルが必要、という事だ。

 そうとなれば、反対側がどこに繋がっているかを見に行かなくては。

 恐らく操作機器や電源コンセント。

 それさえ断ち切れば作動できなくなるが、迂闊に切断は危険を伴う。

 切って良いコードかを見て決めなければ。

 

「なんだ貴様ら」

 

 コードの反対側へ向かおうと振り返ると、先ほどの男に通路を塞がれていた。

 

「やけに荒れてると思えば、ロボットと……何だお前は」

 

 しまった!

 背後を取られた。

 ……荒れてる?

 

「どうした、コードでも抜きに行くのか?」

 

 一度配線に目配せしたあと、男は2人をじっと見た。

 中々鋭い目つき。

 迫力があり、威圧から恐怖を覚える。

 更にロボ子は、もう一つ、嫌な感覚に全身を痺れさせた。

 

「うわっ!」

 

 ロボ子は瞬時にそらを抱えて逃げた。

 ひとまず、スタジアムから出よう。

 完全に逃げの姿勢だと判断した男も、追っては来なかった。

 

 スタジアム外へと出て、木々の影に隠れた。

 

「ど、どうしたの突然」

 

 そらは声を潜めて、身を屈めながらロボ子の顔を覗き込んだ。

 ロボ子は意外にも汗をかいていた。

 

「……ごめん、ちょっと嫌な電気が走ったから、やばいと思って」

「電……気?」

 

 ロボ子の腕や脚を見回しても一見普通だ。

 そらは再びロボ子の顔を見た。

 

「時間がないのは分かるんだけど、ちょっとだけ全身の整備させて」

「整備って……いいけど、何するの?」

「表面パーツと内部パーツの組み替え」

 

 そう言ってロボ子は身体改造に熱中していた。

 そらは静かにその様子を見守り、偶に指示に従って部品を交換したりしていた。

 

 

 

          *****

 

 

 

 ホロライブ事務所、屋上……。

 

 ぼたんとわためが冷たい風を受けて、遠くを眺めている。

 しかし、それぞれの見据える物は、異なっていた。

 見ている方角は、同じだというのに……。

 

「ええっと……」

 

 わためは、ぼたんが背負っている獲物を一瞥して軽く口角を上げる。

 なんて聞こうか。

 と言うか……どうしてわためも呼ばれたの?

 

「あたしがスナのライフル持ってたら変?」

 

 ぼたんが風に髪を靡かせ、珍しく耳をぴょこぴょこと跳ねさせながら聞く。

 でも、顔が向いてくれない。

 

「いや……似合うし、イメージ通りだけど……一般人はライフルなんて持ってない……よね?」

 

 ど正論で突き刺すが、ぼたんはあまり動かない。

 アホ毛がゆらゆらと揺れている。

 

「知ってる? 銃って自作しやすいし、わりかし手に入り易いんだよ。逆に、銃弾は精密な物が作りにくいから自作は難しいし、裏でも中々手に入らないらしいよ」

「……ええっと?」

「安心して、あたし、銃弾一発も持ってないから」

「そ、そうなんだ……」

 

 つまり、趣味で銃だけは持ってるって解釈でいいのかな?

 あまり深く、詮索する必要は、少なくとも今はない。

 

 ぼたんは決まっていたポーズを崩して、地に寝そべり、スナイパーを北側に向けて構え、照準を合わせていた。

 定期的にカチャッと聞きなれない音が響く。

 弾がないのに、何を撃つ気だろう。

 それとも、何かを捕捉するだけ?

 

 いや、そんな事は、どうでもいいか。

 ぼたんにも何か、やる事が、あるんだろうから。

 

「何か……モヤモヤしてる?」

「……まあね」

 

 わためが僅かに言葉を選んだ、それをぼたんは察知した。

 悩む、とか、困る、とか、そんな言葉では適さないない事が、様子から読み取れていた。

 それが、わためをここに連れ出した理由なのだと、理解した。

 

「いいよ」

 

 直訳すると、話聞くから思ってる事言って、だ。

 

 ぼたんも今更打ち明ける事に迷わない。

 態々、呼び出したのだから。

 

「ねねちゃんの事」

 

 自己嫌悪の渦に落ちた話?

 

 不遇にも失敗や悪運被害が続き、現在進行形で迷走しているねね。

 トワが追いかけたが、やはり気掛かりなのだろうか?

 

「あたしは、ねねちゃんは凄い人で、いろんな方面で実力のある人だと思ってるから、あんな風に凹んだままでいて欲しくなかった」

 

 純粋な、仲間への配慮と尊敬、そして激励。

 ぼたんには完全なる善意であった。

 それに、ねねは今回においても、何かしらのトリガーを引くこととなる気がする。

 

「だからさっき、ああ言ったけどさ……」

 

 さっき、とは、医療室でのことだ。

 ねねに「どうするか」を説いた話。

 

「ほら、あたしってさ、よく怒ってるとか言われるからさ……」

 

 冷たい風がまたしても髪を攫う。

 わためのマントが、小さく旗めいた。

 

 ぼたんの銃が、相変わらずカチャカチャと音を立てる。

 

「偉そうなこと言って、悪く思われてないか……って」

 

 銃のセッティングは終わったようだ。

 風の音だけが辺りを騒がす。

 

「案外、気にしてるんだね」

 

 一歩、わためがぼたんとの距離を詰めた。

 心地よい靴音が一度だけ鳴る。

 

「ちょっと心外……」

「あはは……そうだね、ごめん」

「……いや、そんな気にしてないから」

 

 気にしてない、ってどちらへの解答?

 

「でも、わためが案外って言ったのは、わためが気にしてないから」

「……そりゃあ、人それぞれだし」

「そうじゃないよ」

 

 首を振った。

 ぼたんはスコープを覗いていた。

 良い物、見えるのかな?

 

「わためでも、ぼたんちゃんが怒ってない事は分かったし、ねねちゃんを思っての優しさだって理解できたから」

 

 風が鳴いている。

 わための言葉は温かい。

 

「ねねちゃんが意図を汲めないなんて、有り得ないって思って……」

 

 と、そこまで言って、少し黙ると、

 

「いや、寧ろ当然すぎて何も思わなかったよ。優しさだな、とか、怒ってないな、とか、そう言う感情に関する事は、何にも」

 

 と、訂正した。

 美しかった、その、綺麗な言葉が。

 

 冷える身体を、強く温めてくれた。

 

「そう……」

 

 ぼたんは安心したように、小さく漏らした。

 そっとスコープから目を離す。

 振り返る途中に、わためがいた。

 

「それに、わためは好きだよ。ぼたんちゃんの、思いに素直なとこ」

 

 晴れやかな笑顔だった。

 見慣れたはずの景色が、そこにはあった。

 

「あたしもわためぇのこと好きやで……」

「え?」

「食材として……」

「ひぃや〜、怖いねぇ?」

 

 わざとらしく、わためが数歩距離をとって我が身を抱いた。

 本当に、見慣れた景色だった。

 わためが先輩で良かった。

 

 突如間近で小さな発光が起きた。

 その発光した位置に、小さな何かが出現する。

 

「来た!」

 

 ぼたんは現れた小さな物質をライフルに込め、瞬時にスコープを覗き、標的を確実に捉えに行く。

 

「ぼたんちゃ……」

「しっ、黙って」

 

 お、怒っ……てない!

 そう、ぼたんちゃんは簡単に怒らない!

 よね?

 

 ぼたんが集中力を高めると、何となく、オーラが見える気がする。

 そんな物、一切出てないが、そう見える。

 

「墜ちろ!」

 

 ぼたんの一聲に共鳴して銃声が響き渡る。

 発射の激しい勢いにぼたんの全身が数センチ後方へ押され、ライフルの銃口から、たった一発、そう唯一の銃弾が風も音も引き裂いて、目に見えぬカーブを描き標的を撃ち抜いた。

 

 このライフルにスコープをつけて見える距離は精々3キロ。

 しかもそれは、充分の視力と良好な視界があってこそ。

 しかし、今ぼたんが撃ち抜いた存在は約5キロ離れた場所にいる。

 どうやって撃ち抜いた……?

 いや、そもそも、弾はないんじゃ……。

 

「ふう……ま、後は何とかするでしょ」

 

 標的がまだ強く呼吸を続けている。

 片足潰しただけでは、あの男はくたばらないようだが、相当戦力は削れただろう。

 あとはポルカとラミィが、根性でどうにかするさ。

 

「な、何をしたの?」

「ん? まあ、スナイパー的な仕事」

「弾は、持ってないんだよね……?」

「ああ、今のはおまるんが能力で作り出した、ライフル用の弾。一発限りのね」

「ってことは……」

「そう、2人に頼まれてた手助け」

 

 ポルカがぼたんに告げた作戦。

 相手が何であろうと、障害物の少ない上空へ放り出せれば、ぼたんが「確実に」狙撃できる。

 だから、予めこの作戦を告げていた。

 残念ながら、意識は刈り取れなかったが、これ以上2人に加勢はできそうもない。

 こちらにも、危機が迫っている。

 

「わためぇ、これ持って下降りといて」

 

 ぼたんがライフルをわために突き付ける。

 視線はまた、北の方角を向いている。

 何かを目に捉えている様子はない。

 しかし、戦況把握と圧倒的な判断力、作戦参謀向きの頭脳を持ち合わせる彼女のこと。

 きっと計り知れない策が……。

 

「分かった」

 

 わためは何か決意したように屋上を後にした。

 

 こんな都会では、ライオンの住む草原やサバンナのように、風は颯爽と吹き抜けない。

 ただ冷たいだけの風が身体を冷やすだけである。

 

 ここは屋上。

 

「さて……よっと」

 

 ぼたんは柵を越えて屋上から飛び降りる。

 何度か屋根を経由して負担を軽減しながら、急いで正面入り口前に降り立った。

 

「待ちなよ、侵入者」

 

 正面玄関、扉前にいた不審者の背後を取り、ぼたんは揚々と声を放った。

 

「悪いけど、そこは通せんわ」

 

 事務所防衛戦が、始まる。

 





 作者です。
 今回は少しそらろぼ、そしてしっかりししわたでした。

 小ネタは特にないです。

 あまり出番のない方々も、もう間も無くしっかり活躍するのであと少し待ってくだせえ。

 あ、おかゆん、3周年めでたい。
 それと、かなたん復帰決定もめでたい。


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54話 鬼神の覇気

 

 また、走っている。

 本日、何度目だ?

 冷静になれないから、たった3の数も出てこない。

 

 重力師からの逃亡。

 カオスからの逃亡。

 そしてこいつからの逃亡。

 

 逃げ続ける今日。

 ルーナ姫は、走り回っていた。

 本日の走った距離はダントツで一位だろう。

 体力に自信が無いのに、よく頑張っている。

 自己防衛のためだとしても。

 

 だが、もう、足が……。

 

「ったく、逃げ回るだけの臆病な奴に殴られるとは……Kも何やってんだか」

 

 ルーナを追って来た大剣を振り翳す大男。

 肩にその大剣を乗せ、大きくため息をついてみせた。

 

 まるでルーナは尽く危機を退いて来たようだが、実際のところは全て逃げただけ。

 確かに退いてはいるが、方法は……他人任せ。

 

 しかし、それもこれまで……。

 どうやら、年貢の納め時だ。

 目の前に落ちる巨大な影。

 目前まで男が迫っている。

 

「おい、石の二つをお前たちが握ってるはずだ。どこに隠した」

 

 大剣の先を鼻先へ突き付けて安い脅しをかける。

 その目はあまり期待していない。

 言わなければ斬りつける、そんな感情を隠す気配は微塵もない。

 

「し、しらねぇのら……」

 

 ルーナは我が身の危機にも仲間を売らない。

 その覚悟と確固たる決意だけは、大層なものだ。

 姫として、そして人として誇れる心の持ち主だった。

 

「しらねぇか……」

 

 数秒、剣を突き付けたまま、睥睨する。

 その双眸から覚える畏怖感にルーナは戦慄し、涙を滲ませた。

 二色に輝く涙で視界が潤むが、まだ諦めない。

 一瞬一秒でも、長く、時間を稼げ。

 

「……つまんねぇな」

 

 男が大剣を振り上げ振り下ろすまで、約2、3秒。

 脳天から真っ二つに引き裂けそうな斬撃を滲む視界の中、間一髪後方に飛んで回避し、そのまま受け身……は上手く取れないが、ちょっと転げて走った。

 

 もう、到底動かないような脚に鞭打って。

 怖くて、辛くて、泣きそうで、折れそうな心を必死に括り付けて。

 道路に散らばる車を盾に身を隠しながら、遅くても走る。

 細い路地に入ると、格好の餌食となるから、小道は使えない。

 

「往生際の悪い……」

 

 男は走るルーナの背を睨む。

 それを追跡して迫り来る。

 男女差と体格差で圧倒的な走力差を見せつけ、距離はすぐに詰まる。

 しかも、障害物となる車を全て、素手で左右に押し退けて進んで来るのだ。

 

 大剣と言い、車を片手で押す様と言い、どんな怪力だ。

 

 脚が突然ふらつき、ルーナは地に手をついた。

 震える脚が告げる。

 もう限界だ。

 1分ほどは休まないと、もう走れない。

 そんなレベル。

 涙に紛れて、汗が噴き出る。

 

「なあ、あんたの仲間に剣士がいるだろ」

「い、ねぇのら」

「そいつの場所さえ吐けばこの場は見逃してやるよ」

「……だから、いねぇ、って……言ってるのら、よ……!」

 

 何が目的であやめを狙うのか、皆目見当もつかないが、どんな理由であれ、仲間は売れない。

 仲間を売ることと、仲間に託す事は、意味が違う。

 

 息も切れ切れで、ルーナは強く言い切った。

 もはや、これまでか……。

 脳裏をよぎる走馬灯。

 

 いやまだ!

 もう一度避けてみせる。

 また、逃げてみせる。

 闘えないけど、コイツをルーナが、ずっと引き受ければ!

 

「残念だ」

 

 大剣が振り下ろされる。

 予備動作なし。

 その時間、僅か1秒。

 さっきとは速度が違う。

 無理だ、反応できない。

 

 キキィン!

 

 …………。

 

 それは、紛れもなく、刃と刃が交わった音だった。

 だが、その音よりも、ルーナの耳に強く響いた音は、ただの風音。

 強く吹き付ける風の正体が分かった時、堪えていた涙が、形を変えて溢れて来た。

 

「余に、何か用?」

 

 男の大剣を二本の刀で受け止めているのは、男の求めたあやめ。

 紅く煌めく双眸が男の笑みを見上げた。

 

「ルーナ! 大丈夫か!」

 

 運転を放棄して、捕まえたルーナをスバルは案じた。

 見つけた、声の主を!

 

「しゅばっ!」

 

 スバルに抱き付いて、涙を拭うルーナを、スバルは自由にさせた。

 

「スバル、行って!」

「ああ、任せたぞ」

 

 スバルはあやめを置き去りに90度大きく旋回。

 事務所へとルーナを連れ帰る。

 

「ぁ……でも、あやめちゃ先輩が……」

「いいんだ! そのために来たんだから」

 

 あやめではなくスバルが答え、ルーナの憂慮を無視して車を進めた。

 ルーナの安堵と共に胸に押し寄せる感情。

 

 ……また、人に任せて逃げるのか。

 

 ルーナの涙とスバルの汗を散らして、車は上空を走り去っていった。

 

「待っていたぞ!」

 

 あやめの登場に歓喜し、笑みをこぼす男。

 一度後方に飛び、鋭い目つきで大剣を構えた。

 

「何で余を?」

 

 あやめの率直な疑問に男は不敵に笑う。

 

「俺たちに下った令は敵の抹殺。だが、ホロライブと言うチームの中に剣を扱う者はたったの1人だと知った」

「ふ〜ん……つまり剣士としての性、ってこと?」

「ああそうだ、俺と闘え鬼神剣士!」

 

 闘争心剥き出しで歯を光らせるその姿はまさに獣。

 大剣携え、鬼を撃つ気だ。

 

「…………」

 

 あやめはしばし無言でいた。

 どう、対処するか。

 

「俺はJ(ジャック)。能力は無、力を無に帰す能力だ」

 

 なんだ、急にネタを明かしやがって、余裕か?

 

「何のつもり?」

「俺の事を教えてやったんだ、ほら、掛かってこいよ」

 

 多少のハンデ、と言いたげだ。

 ……しかし、なんて能力だ。

 何も目にしてないが、恐らく怪物級の能力だ。

 だって、力を無に帰すって事は、傷付くことすら無いんじゃ……。

 

「余計に戦意喪失するよ、そんなこと言われたら」

 

 あやめは冷や汗を流す。

 剣のリーチも負けているし、身体能力も多分負けている。

 どう、突破しろと言うのか。

 

「言っただろ、俺はJ。上にQ、K、Aがいるんだ。俺はアイツらには敵わねぇんだよ、これがラストヒントだ」

 

 右腕の袖を軽く上げ、痣を見せると笑って腕をまた隠す。

 突破口の存在を意味するこの暴露。

 人間心理なら得意だけど、弱点模索は得意じゃない。

 

「……まあどっちみち、相手しないと逃げることすらできないんだろうから」

 

 一度納めた2本を抜刀。

 式神がそれぞれの刀に纏わりつき、侵入する。

 だが、相手への攻撃がほぼ通らないと推測できる今現在、本気を出すのはナンセンス。

 一先ず、出方を伺い、弱点や能力の穴を突く。

 これに限る。

 

「久々に手加減無しだ、鬼神剣士、お前も本気で殺しに来い!」

「ごめんけど、余はこの鬼神生、一度も人を殺した事ないんよ」

「そうかい、是非ともその一番になってみたいとこだな、無理だが」

 

 互いの牽制もそろそろお終い。

 

「大滝!」

 

 先攻はJ、卓越した剣撃にも目を見張るが、その巨体では想像できない速度が何よりも印象的だ。

 だが、あやめも刀を手にしてもう何百年と経つ。

 刀一本、斬撃一筋の動きを見切り、回避や受け止める事は造作もない。

 ここでは、背後に人を庇ってもいないので、躱す、を選択。

 あやめが地を蹴り左へ跳ぶと、元いた場所に大剣が叩きつけられた。

 地面が割れる音に合わせてコンクリートの破片が飛び散って来る。

 

「もう一丁!」

 

 簡単に体躯を90度回し、もう一度あやめに剣を叩きつけるが、また回避。

 それを数度行う。

 

「逃げんな!」

 

 Jは剣を交えないあやめに痺れを切らし始める。

 間近の車を蹴飛ばしてあやめに飛ばす。

 それすらも回避、したのだが、そこを突いてJが斬りかかる。

 

「闇凪!」

 

 ここで初めて剣が横振りになる。

 左右への回避より、後方への回避は難しい。

 高さ的に跳躍でも屈んでも命中する絶妙な高度。

 受けよう!

 

 カァッ!

 

 と、2本の刀を地と垂直向きで構えて受け止める。

 2本で受けたのに、音がほぼ一度で鳴った。

 それは、衝撃を2つの刀に見事分散させた事を指す。

 到底簡単に成せることではない。

 熟練の剣士の証だ。

 

 しかし、一撃が重い。

 上手く分散させてもなお、脚が後方へずれ込んでゆく。

 力量差で押される。

 やはり、強い。

 

「避けてばっかじゃ勝てない事くらい、分かってんだろ?」

 

 疲労蓄積はあまり望めない。

 それは承知だが、なんせ明かされた能力が……。

 

「……」

 

 あやめは眉を顰めた。

 不可解な点を発見してしまったのだ。

 車を軽々蹴飛ばせることから、能力自体は嘘ではないだろう。

 だが、それができるのなら、あやめが刀を受け止めた時その力を無に帰せばよかった。

 でもしなかった。

 数少ない剣士との闘いを愉しむためかと思ったが、それだと最初に言った「久々の手加減無し」が嘘になる。

 まだ本気とは思わないが、剣術以外の力を出し惜しみするとは思えない。

 

 まさか、剣は能力の対象外?

 いや、剣だけ、とはならないか。

 それだとむしろ高度な魔法だ。

 なら、何故?

 もしかすると、コイツに攻撃が通じない、と言う思考そのものが間違い?

 

 ……。

 

 刃がJを切れるか試して……。

 いや、待て待て、もっと考えろ。

 

 Jは肌に傷が殆ど見当たらない。

 さっきの瓦礫粉砕時の残骸の飛翔から、擦り傷ひとつなしは不自然。

 小さな傷一つのために避ける素振りなど微塵も見せていないのだから。

 つまり、そのダメージは一切受け付けていない。

 

 だが、腕には痣があった。

 本物の痣だ。

 しかも、あれは相当の衝撃だったと窺える。

 ……とすると、コイツの能力制限はまさか!

 

 早計かもしれないが、一度だけ解放してみようか。

 

「あんた、もしかして、強すぎる衝撃は防げない?」

 

 試せばバレる。

 覇気が駄々漏れるから、どうせ不意打ちもできない。

 折角だし聞くだけ聞いてみた。

 

「気づきが早いな、何故そうだと分かった?」

「ヒント」

「へえ、やるじゃねえの」

 

 Jが負ける相手が全員格上のメンバー。

 言ってしまえば当然だが、能力相性なども計算に入れると不自然だ。

 上3人には、能力支配下、もしくは純粋なパワーで負けているから勝てないのだ。

 イコール、強すぎる力には能力でも抗えない。

 だから、剣の混じり合いの際は力を消せなかった。

 二つの物質が反対方向から衝突した時の力は異常だ。

 

 なら、少なくともそれ以上の力で攻撃すれば、斬撃は通る。

 

「QもAもずりぃんだよな。バリアは物理学理論での力の反発じゃねえし、Aの奴はバカにならねえパワーでゴリ押してくるし……」

 

 参ったぜ、と言いたげな表情でハッ、と笑う。

 

「KはKで、腐敗とか言う力無関係のことして来やがる。まあ、パワーでも勝てないだろうけどな」

 

 裏を返せば、他の仲間には勝てる自信が十分にあるらしい。

 

 だが、それなら話は早い。

 力が有ればいい。

 

「分かったか? 俺と剣を交えるなら、本気でないとな」

 

 Jに切り傷が入るのは、Jの手に負えない力を放った時。

 一撃、斬り込んでみようか?

 余裕さから、効かない攻撃は敢えて受けそうだ。

 

 通常時の最大出力。

 

「一刀流・鬼門――」

 

 あやめの存在がまるで一瞬、消えた様だった。

 あやめの通り道に残されたのは、たった一筋、細身の斬撃の光。

 

「――開」

 

 刀から放たれた、光線の様な筋が弾ける様に散り、空気が断絶された。

 耳に響く納刀の音がJへの斬撃の到達を報せる。

 Jが動かないのは、意図的か。

 その斬撃は、まるで地獄の門を開く様に切り裂き、門が開く時、血飛沫が空を舞うはずである。

 しかし、J本体は無傷そのもの。

 ただの布切れが、はらはらと舞い落ちる、酷くもない、生温い光景。

 

「……あと一歩足りねぇな、残念ながら」

 

 Jが目を細めてあやめの背を睨んだ。

 残念、がまるで自分への言葉の様だった。

 またしても、傷一つ与えられない弱者で残念だ、と言う様に。

 

「みたいじゃから、仕方ないね……」

「お?」

 

 あやめは含み笑いを浮かべて、2つの愛刀を強く強く握り締めた。

 手のひらの感触。

 いつもより強く柄が手に食い込む。

 刀に、その中の式神に、心から語りかける。

 もう少し、闘いに付き合ってくれと。

 

「ほう、すげえなそりゃあ」

 

 Jの口角が思いっきり上がった。

 戦場の空気、つまり他人の闘志を目に、愉悦感を得ている。

 あやめの身体を纏う2色のオーラが、闘志だけでなく戦闘能力をも極端に上昇させてゆく。

 式神が刀を伝い、それを握るあやめに、加護を与えたのだ。

 

 鬼の加護。

 

 中でも特に卓越した、数少ない「鬼神」のみが扱える、究極の加護。

 その名も――

 

「鬼神の覇気」

 

 加護は授けものを指し、覇気は自身から放出する気力。

 本来授かるだけとなる加護を、鬼神特有の気魄と掛け合わせ全身に纏うことで発動できる力。

 加護でありながら、その鬼神の底から本能を解放する力。

 本能解放による変化は、純粋な身体能力の上昇と覇気を使用した攻撃。

 本来の人間程度が凌げる力ではないが、強靭な相手には有効的な力業。

 ただ一つの懸念点は、滅多に使わないこの覇気で身体が壊れないかどうか。

 無理矢理本能を解放するこの覇気は、当然使用者に多大な代償を与える。

 限界を感じても尚使用すれば、死へ至る。

 

(羅殺、阿修羅、こいつ倒すまで、ちょっと付き合ってよ)

 

 それぞれの刀に視線を送り、語りかけた。

 刀が、オーラを放出して想いに答える。

 

「気魄あるじゃねえか、愉しそうだ」

 

 Jは愉快に歯を見せた。

 直後に構え、臨戦態勢。

 

 剣士同士の、本気の戦いが――

 

「――っと……なんだ?」

 

 空から、何かが降ってきた。

 2人が、衝突しようとした時だ。

 Jの間近に偶然落下したそれ。

 Jはそれから嫌な気配を、あやめはそれから仲間の危機を感じた。

 

「まさか、ノエルちゃんの……!」

「なんだこの怖ぇメイスは……」

 

 Jはそのメイスを掴みじっと眺める。

 メイスの先端が持つ、魔力妨害効果を感じた様で、

 

「ハッ、こんなもん邪魔なだけだ」

「あっ!」

 

 と言って空高く遥か後方に適当に投げ飛ばしてしまう。

 天まで届きそうなほど高く、視認できないほど遠くへと。

 

「大方、あんたのお仲間がやられたんだろ。さて、早く俺を倒さねぇと、もっと悲惨なことになるかもな、お友達の当たりが悪ければ」

 

 敵の中でもバカと天才がいて、多少の人情がある者と無いものがいる。

 ノエルに何があったかは謎だが、天才且つ人情のない相手と合間見えたのなら、生きていられない。

 飛んできた方角は分かる、早々にこの難敵を処理し、向かわねば。

 

「んや、余たちが助けれるほど、ノエルちゃんは弱くないから」

「へえ、仲間への信頼には自信があるんだな」

「うん、助けに行く必要は、ないよ」

 

 言い聞かせるように、あやめは言った。

 

「の割に、自分に語る様なセリフだな、正直焦ってんじゃねえのか?」

「……さて、どうかな?」

 

 あやめはふっ、と笑って、誤魔化す。

 内心、焦燥感があるのは事実。

 だが、別に自分に言い聞かせているわけではない。

 

「じゃあ、始めるとするか!」

 

 大剣を構える。

 今度こそ、と。

 

「あ、一つだけ」

「なんだ?」

「こう見えて、卑怯な手、使うのも結構好きなんよ」

「好きにしな、やり方に文句はねえ、俺の能力だって言えば卑怯そのものだからな」

 

 あやめが卑怯な戦法?

 中々想像できないが。

 作戦だろう。

 

「ま、卑怯な手を使う暇もねえだろうさ」

 

 次の瞬間、2人の姿は目に追えぬ域に達した。

 

 

 





 作者でございます。

 さて、今回はお嬢の本能解放でした。
 鬼神の覇気。
 果たしてどれほどの強さなのでしょうか。
 それに、団長はどうしてしまったんでしょうか。

 因みに、私はストーリー展開を間違えたりしませんので。
 描く順番は前後していますが、時系列もきちんと存在しており、成り立つようになっていますが、細かい説明はまた機会があれば。

 あ、ころさんも3周年、めでてえなあ。

 それではまた次回。


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55話 なんとかしてくれる

 

「悪いけど、そこは通せんわ」

 

 事務所、一般入口前に佇む危険因子の背後をとったぼたん。

 ポケットに手を入れていつもの様に立つ。

 危険因子は扉とぼたんに挟まれた状態となる。

 

「あちゃぁ、バレちゃったか」

 

 へらっと笑いゆったりと後ろを向いた。

 少年の様な無邪気な態度。

 しかし、それとは裏腹な内心を感じる。

 ぼたんは、人を見る目はある方だ。

 

「石でも取りに来たわけ?」

 

 ぼたんより背が低いため、視線はやや下向き。

 見下ろす様にぼたんは尋ねた。

 

「うーん、まあ、あったらいいかなーぐらいだったかな」

 

 つまり、本来の目的は別途ある、と言うことか。

 それは恐らく、メンバーに手を出す事だろう。

 なら尚の事、侵入を防がなければ。

 

「でもさー、通さないって言っても、その位置から止められる?」

「できるかもよ?」

 

 ぼたんが動けば敵も動く。

 当たり前だ。

 そうすれば侵入は防げないだろう。

 何故なら少年の方が扉に近いから。

 

「それに、どうせあたしも標的のうちでしょ? 折角の獲物、逃すの?」

 

 勿論、少年が事務所へ入ろうものなら追うが、逃げることも可能。

 ただの口論。

 まずは相手の心を揺さぶり、こちら側に少しでも有利な状況を展開すること。

 FPSで言うとこの、陣取りだ。

 まだ、物資補給すらしてないが。

 因みにこの場合の物資は、こちらの戦力と相手方の情報にあたる。

 

「逃げる気があったら、ワザワザぼくの前に飛び降りないでしょ? でもまあ口車に乗る感じで、相手してあげてもいいよ」

 

 上から目線。

 まあ実際、戦力的には間違いなく相手が上、こちらが下。

 格差を考えると、一人での対面は良くない。

 しかし、わためが石を持っていたからそのまま付いて来られると不味かった。

 だから引っ込めた。

 ここで軽く騒動が起これば、察知して逃げるか隠すかするだろう。

 ……仲間想いな面を考慮すれば、隠して戦闘に参加、と言ったところか。

 

「んじゃそうしてもらおうかな」

 

 ぼたんはポケットから片手を出した。

 近くの丁度いいサイズの石を拾い上げる。

 ゲームと違って銃撃無双も拳で無双も出来ないのが少し残念。

 ライオンの獣人と言えど、腕力は然程。

 投げ物もパンチもキックも、大した威力にはならない。

 一撃で沈められない以上、長期的な目で戦略を練ろう。

 

「10秒で終わらせてあげるよ。尤も、君には1秒にも感じられないだろうけど」

 

 ぼたんが身構えた瞬間、

 時間が停まった。

 ぼたんだけが停止し、動けない上に、本人にはその意識がない。

 そんなぼたんを見て薄ら笑いを浮かべながら、少年は短刀を抜き取る。

 動けない相手を付け狙う最低ながら、抜け目ない暗殺法。

 これこそ彼の恐怖すら覚えれない、恐怖の能力。

 

「……っ!」

 

 少年が、振り翳したナイフを振り下ろす直前に能力を解除。

 ぼたんにとっては刹那、少年が目前に瞬間移動したと誤認できる。

 ゲームセンスと共に磨いた瞬発力で緊急回避。

 髪と頰にナイフを掠らせつつもギリギリ右手にステップを踏んだ。

 

「瞬間移動……」

 

 ぼたんはそう口にした。

 少年は笑みを絶やすことなくナイフを手の内で回した。

 

「そうそう、瞬間移動だよ」

 

 嘘だ。

 だが、ぼたんはそれを見抜けない。

 人は自分の目を信じやすい。

 自分の目で見たものを肯定されれば、それが真実だと確信する。

 

「お気をつけー」

 

 また、ぼたんの時間が停止。

 今度は回避されぬように背後に回りナイフの先端を心臓あたりに突き立てに行く。

 

「……っ!」

 

 タイムスタートの瞬間、ぼたんは右斜め前方に半回転しながら跳んだ。

 見事に短刀の刺突をも回避。

 

「すごーい」

 

 背後からの一撃をも避けたぼたんに素直に感嘆する。

 回避成功者は初……ではなさそうだが、希少なのかもしれない。

 

「一回避けられたら、背後取るでしょ普通。しかもあたしより断然強いから一々相手の動きを読もうとしてない」

 

 戦場での敵の動きからの行動予測。

 消えた瞬間、次は賭けでその行動に出ると決めていた。

 一瞬でも敵と自分を見失えば、終わりだ。

 

「でも、もう読めないんじゃない?」

「さて、どうかな」

 

 今ので動き方は決まった。

 攻撃する隙こそ得られないが、避けるだけなら直感でなんとか。

 目の前から消えた瞬間、前方へ。

 目の前に現れた瞬間、後方へ。

 選択は基本このどちらか、なのだが……。

 二連続で瞬間的に移動されると、流石に避けきれない。

 頬から垂れる血筋を少しなぞった。

 指に血が滲んだ。

 

「じゃあ、いい?」

 

 また、停まった。

 ぼたんの滴りかけた僅かな血すらも固まっている。

 

「ドドドドドドドドドッ!」

 

 ぼたんにナイフを向けて走り出す少年の背後から、物凄い勢いで走り迫るものが現れた。

 事務所出入り口より飛び出すのは、角巻わため。

 能力、突進。

 角を突き刺す勢いで、つのドリルを決める勢いで、少年への頭突きを狙う。

 

 だが、避けられた。

 全力でないにしても、相当の速度。

 少年も、かなりの瞬発力があると窺える。

 

 わためは急いで、ぼたんと二人で少年を挟む位置に立つ。

 少年の回避により、ぼたんの束縛も剥がれた。

 

「わため、やっぱ来たね」

「当たり前だよ」

 

 中央に少年を置いて、二人は一瞥して一瞬だけ視線を交差させた。

 

「ぼたんちゃん、この人は時間を止めるみたいだよ、気をつけて」

「……ありがと」

「ありゃりゃー、バレちゃったかー」

 

 わためを見て、愉快に笑う。

 

「ぼたんちゃん、多分……」

 

 わための言葉と共に、わための全てが停止した。

 ぼたんはその光景を前に、能力が時間停止であると確信。

 

「いやだなー、変なこと吹き込まれちゃーさー」

 

 わためが得た情報をぼたんに共有させないためだ。

 ナイフを持ってわために襲いかかる。

 

「なるほどね」

「痛っ!」

 

 ぼたんも、少年の能力の制限を読み解いた。

 走る少年に、ずっと手にしていた石を投げつけて動作を妨害した。

 

「止めるならどっちかでしょ? ならあたし止めた方がいいよ。あたしこれでも、百発百中狙えるから」

 

 肩にぶつけた石。

 今度は後頭部だって容赦なく投げつけよう。

 その脅迫で少年を無闇にわために近付けさせない。

 

「……この人……!」

 

 わための封印が解かれ、さっきの言葉の続きが出かけるが、少し自分に接近している少年に警戒して言葉を止めた。

 

「いいよ、あたしも気づいたから」

 

 ぼたんはわために先を促さない。

 

「それより、おまえもさ、コードとかあるんじゃないの?」

「うん? ああ、ネームね、あるよー、知りたい?」

 

 ぼたんは中央エレベーターで遭遇した男がレッドというネームを持っていると本人から聞いた。

 ならば、敵はそれぞれにコードネームがあり、それにより格差を示していると推測した。

 そして、どうやら予想は的中。

 そのコードで、敵の裁量を測れるかもしれない。

 

「まあ、あたしらがどれだけ格上の人を倒すのかくらい知りたいから」

「挑発うまいね、ぼくじゃないと怒ってるかも」

 

 案外精神状態が安定している。

 レッドは明らかに頭が悪そうだったが、こいつは寧ろ頭がキレる方だ。

 

「ぼくはね、ジョーカー。特殊コードだから選定理由は純粋な強さじゃないんだー。でも、結構強いから安心してねー」

 

 何故か持っていたトランプのジョーカーのカードをぼたんに見せつけた。

 少しだけ配色の違う2種類のジョーカーを。

 

「因みに、ぼくはこっちのカード。まあ、ジョーカーMってとこかな?」

 

 白黒で染色の少ないカードを前へ突き出して、カラフルなカードはポケットへ閉まった。

 その行為が指すこと、それはジョーカーはもう一人存在するという事。

 しかし、敵が他にいることは承知の上。

 それの名前がわかったところで、戦況にも心情にも何も変化はない。

 

「自慢しにくい立ち位置。でもまあ、あたしたちの手柄になるし。実の所あんまし手柄とか興味ないけど」

「ぼくは大好きだよ、手柄とか実績とか。それで評価される世界だから」

 

 一般社会ではそれが普通だ。

 だが、ホロライブはアイドルでエンタテイナー。

 どうやって人を楽しませるか、そこに尽きる。

 

「ま、リアルな戦場を愉しむほど、心は壊れてないからね」

 

 ぼたんの目が、わための目が、キリッと整う。

 

 先手を打つは獅白ぼたん。

 手に持つ石をジョーカーM(以後Mと略す)の顔面狙って投函した。

 真っ直ぐにMへと向かう石。

 Mはその石を一瞬だけ止めて軽やかなステップで回避。

 再び運動を始めた石はそのまま真っ直ぐ進む……でなく、突如カーブを描き目標を外そうとしない。

 これぞ、ゲーム外でも百発百中を実現したぼたんの能力……捕捉。

 標的を一つに絞り、その標的は絶対に見逃さず、絶対に攻撃を外さない。

 まさに、スナイパーのような能力。

 折角の能力でもひとつだけ、銃がまともに使えないのが残念だ。

 

「危ないなー」

 

 Mはその投石をナイフで弾いた。

 すると、石は追跡能力を失い、地に落ちた。

 絶対追跡能力は、何かにぶつかる事で効果を一度失う。

 ぼたんはその一瞬の隙をついてMに物理的攻撃を仕掛ける。

 追跡能力は基本的に直接攻撃でも変わらない。

 ただ、避けられなければ空ぶらない、それだけだが。

 

 急接近するぼたんを見て少し口元を緩めるM。

 背筋に悪寒が走った。

 が、突っ込んだ。

 

「ぼたんちゃん、こっち来ちゃダメ!」

 

 わためがぼたんに叫んだ。

 ぼたんの蹴りがMに命中しかけ、外す。

 躱された。

 その回避行動でMは正面にわためとぼたんを捉える。

 刹那……時が停まる。

 足を上げたぼたんがそのまま、駆け出し始めたわためがそのまま。

 Mは「視界から二人を外さぬように」ぼたんの右手に立ちナイフを振り下ろす。

 時間が再び、動き出し……

 

「ダメっ!」

「わ、ため……!」

 

 ぼたんは突進してきたわために飛ばされて無理矢理避けれたが、わためは。

 ナイフは刺さっていなかった。

 ナイフは丁度わためのマントを突き刺し引き裂いていた。

 しかし、それで足が絡まりわためは前方へ大きく転倒。

 何度か地面を転がり、露出した肌部分と服全体に土汚れが着く。

 更に、脚や腕から多少の出血、そして片足の捻挫。

 

「わため!」

「来ちゃダメ!」

 

 救助に向かおうと一歩出たぼたんをまたわためが静止させる。

 そして、立てないまま極力二人がMの視界に一度に入らないよう、地面を転がる。

 その途中で、わための時間が止まる。

 

「本当に凄いなー、同じ人を3回も切り損ねたのは本当に久しぶりだー」

 

 Mが止まったわためを見つめつつ、てくてくとその周りを歩く。

 ぼたんはわための言葉を咄嗟に頭に浮かべ、物陰に隠れた。

 俊敏な動きで身を隠し、石を拾う。

 

 ナイフをわために突き立てる判断をMも一旦中止。

 

「さすがにバレちゃったかなー?」

 

 わための発言とMの行動の不可解さ、これらが示す答え。

 

「あたしの考えが甘すぎだった……」

「そうだよねー。だからぼくもうまーく利用させてもらったよ」

 

 ぼたんが一人しか停止できないと判断した、それを否定も肯定もせず、Mは手のひらでうまく転がした。

 意図的に接近するように仕向け、二人をまとめて停めることにより確実に一人を仕留める。

 まあ、見事に仕留め損ねたが。

 

「でも、これで今度こそあたしたちのもの。見なきゃ止められないなら、見えないとこから狙撃する」

 

 物陰から一つの石がカーブを描きMの顔面目掛けて飛んできた。

 ナイフで弾くM。

 

「わためから離れな」

 

 ぼたんが声で圧をかけながら婉曲的な忠告をする。

 

「どっちにしろぼくに石とか投げるんでしょ? 離れるだけ無駄だよねー」

 

 本当に、戦い慣れしている、そんな思考だ。

 わためから離れることによる利点が、Mには一切ないどころか、不利点しかない。

 でも、その言葉が聞ければもう、ただ単に猛攻すればいい。

 

 幾つも石を拾っては投げ、拾っては投げと繰り返す。

 軌道を上手く変えても見事にナイフで弾かれるが、わためを攻撃する余裕は無くなる。

 Mの時間停止により、止まったものには一切の被害がないこともぼたんは見抜いている。

 わためにいくら石が当たってしまおうとも、心は痛むが実際に害はない。

 

「……ん?」

 

 突然、Mがぼたんの方へ走って来た。

 チラッと一瞬、バレないように顔を覗かせるとわためから目を離してぼたんの方へ迫ってくる。

 

「は! ぼたんちゃん!」

「わため、逃げろ!」

 

 わためは、へ?と何も分からず声だけを漏らす。

 ダメだ、反応できてない。

 ぼたんは石を投げる。

 それは向かい来るMを通り過ぎてわための頭上、今にもわために突き刺さりそうに落下していたナイフに直撃し何とか被害を抑える。

 しかし、物陰に隠れているためMの位置がわからない。

 一度ターゲットを「ナイフ」に固定すると、前のターゲットであった「M」はたちまち能力の中から外れる。

 今はナイフの位置こそ目視するまでもなく分かるが、Mの位置が全く読めない。

 

 咄嗟に別の場所へ移動した。

 Mには見つからなかった。

 しかし、Mも何処かへと消えている。

 

「わため、ちょこ先生のとこへ!」

 

 ぼたんは一度だけ声を出し、また場所移動。

 わためは、そんな事できない、そんな感情を胸に歯軋りする。

 

「でも!」

 

 反論できないのに反抗するわため。

 戦場での感情論は、危険すぎるが、彼女たちが仲間を見捨てることはない。

 

「そんな足じゃ無理! それと、あたしにあんま声出させないで!」

 

 ぼたんは別の理由をつけて有無を言わせなくする。

 わためが指示を拒めば、ぼたんはMにまた場所を特定される。

 声を出せば当然、そこにいるとバレるのだから。

 

 互いにどこにいるのか分からない状況。

 わためにとっては苦渋の決断だっただろう。

 Mの意識がぼたんに逸れている隙に、事務所内へ戻ろう。

 

 そんな時、

 

「え、ぼたんちゃ……」

 

 無防備にも事務所入り口前の広場にまた、姿を現した。

 まるで、Mに警戒する素振りなく。

 

 普段のように、ポケットに手を突っ込み、わためを見る。

 目が、笑っていた。

 

「わため、早く戻りな」

「う、うん……」

 

 二人を捕らえるには絶好のチャンス。

 にも関わらず、Mはまだ姿すら見せない。

 

 わためには、何がどうなっているのかさっぱりだった。

 

「あーもう!」

 

 急な怒声と共にMが飛び出す。

 わためとぼたんの距離ある間へ割り込む。

 わためも振り返り、一度足を止めた。

 少し、いや、かなり右足の捻挫が痛い。

 

「どう? あたしの作戦」

「……じゃあ、もしかして」

 

 Mもぼたんの行動の真意をついに読み解く。

 

「おまえ結構キレるからさ、あたしが無策に自分を危険に晒すとは思わなかったでしょ? でも残念ながらそれが作戦。わざと身を晒せばおまえは警戒して迂闊に時間を止めたり飛び出したりしない」

 

 切れ者であることを逆手にとるまさかの策。

 これこそぼたんの計略脳。

 人を欺く戦法。

 

「わため、もう戻っていいよ。またコイツにターゲット切替できたし、それに……」

 

 ぼたんにとって左から右へと風が吹き抜けた。

 策がない、と言った。

 だが、少し違う。

 自分が無策に飛び出し、意識は全て自分に注がれる。

 そうすれば、接近する他の存在に気が付きにくい。

 ぼたんは、その仲間にいち早く気付き、この作戦に出た。

 もう、時間稼ぎは充分。

 

「どうやら……選手交代!」

 

 右手を上げて、右側を大きく指した。

 援軍が来る。

 それを二人に示すために。

 

 二人は咄嗟にその方向を見るが、人影も何もない。

 

「……っ!」

 

 Mは背後から迫り来る危険を察知して振り返る。

 すると目前にスポーツカーが!

 反射でそれの動きを止める。

 そこにぼたんの投石。

 見事に額に命中。

 血が流れ始めた。

 

 視界が眩み、下を向くと車は再び動き始めるが、Mはその進路上から外れていたため空を突っ切る。

 

「外した⁉︎」

「瞬間移動したのら!」

 

 空から走り来るスポーツカー、そう。

 そう、そうだ、それは、スバルーナ。

 

「ルーナたん! スバル先輩!」

 

 わためが目元に涙を浮かべて空を駆ける二人を、車を見上げた。

 Mもその車に釘付けだ。

 

 ぼたんはその隙にわために駆け寄る。

 

「早く治療してもらって来て。窓から、戦況は観れるでしょ」

 

 つまり、治療室からタイミングを見ていろ、という事。

 

「ほら、このメンツだから」

 

 わためのお陰でぼたんは救われた。

 だが、今のわためでは足手纏いになる。

 治療さえ済めば、また戦線復帰できるのだから。

 

「暴走車なんて、危ないなー。本当に」

 

 ぼたんがいる手前、迂闊に車を停められずただ観ているだけのM。

 愚痴を漏らしてぼたんとわためを見る。

 わためはゆっくりとながら、事務所へ姿を消してゆく。

 

「どう? やるでしょ?」

「うん、本当に凄い」

 

 地面に降りた車はそこでブレーキをかけ始め、砂埃を上げて停止する。

 

「大丈夫か、ぼたんちゃん!」

「はい、ありがとうございます」

 

 車を降り、Mを挟んで合図を取る。

 ルーナも助手席から降りる。

 

「ありがとうついでに、手伝ってもらってもいいっすか?」

 

 二人の目を見て、ぼたんは軽く笑った。

 いつもの、ゲームをしているような表情がある。

 

「おう!」

「んなああい!」

 

 選手が交代。

 そして、そのメンバー、スバル、ルーナ、ぼたんの3名。

 

 事務所防衛戦、後半戦、開幕だ。

 

 





 作者です。
 さて、今回の敵はジョーカーでした。
 この辺りまで敵が公開されたので、一応敵の強さランクでも記しときます。
 誰がどのランク帯と戦うのか、是非知ってください。
 次に記す者が強い順です。
 勿論、能力間の相性は無視してます。

 A、トランプ、K、Q、J、ジョーカーC=ジョーカーM、♤=♡=♧=♢、ノーカード、レッド=ブラック。

 こんなとこですね。
 トランプは少し例外ですが。

 それではまた次回。
 あ、startendにまつりちゃん、お疲れ様!
 かっこよかった。


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56話 シオンの覚悟

 

 空を飛ぶのに箒は使い勝手がいい。

 箒は複数人で乗れる上に、魔法制御が行いやすいためである。

 黒魔術では特に、動力源が自身の血である事から、魔力消費は少ない方が効率よく、負荷も少ないため、よく使用される。

 逆に自然魔術では、自然から力を得るため、風を上手く使って物を必要とせずに空を飛べる。

 一つの条件として、多少の風が必要だが、風のない場所は少ない。

 

 さて、どんな策があるのか、事務所を出て箒で空を飛ぶあくしお。

 狙いを知るのは、シオンただ一人。

 心配でついて来たあくあだが、シオンには指示には必ず従うように念を押されている。

 危険が迫っていると察知しているのだ。

 

「……」

 

 無言で風を薙ぎ、ただ北西へと向かう。

 

「あくあ、この先に洞窟があるの知ってるでしょ?」

 

 ふと、シオンが口にした。

 

「え、うん、知ってるよ。天然の洞窟でしょ?」

「そう、その洞窟に行って『……』してほしんだけど」

「……分かった」

 

 あくあは指示に従うという約束を守り、訳も聞かずに了承した。

 でも、何故ここで?

 着いてから言えばいいのに。

 

「帽子、被って」

 

 もう一つ、シオンは指示を出す。

 あくあに新たにプレゼントした陰キャップ。

 以前の物と全く同じで、しかし安全性は確保された新品。

 それをあくあは深く被る。

 普段、目線を隠すように。

 たちまち消えるあくあ。

 正確には、全ての人間の意識から外れた、だが、大差はない。

 

「じゃあ、任せたよ」

「え……?」

 

 シオンはそこで箒を乗り捨てた。

 見えないあくあを乗せた箒は、真っ直ぐに洞窟へ飛んでゆく。

 シオンは華麗に見知らぬ店の屋根瓦に舞い降りると、後方を向いて何かを待つ。

 

「私を待っているという解釈で、間違いないかな?」

 

 正面にある屋根瓦。

 その一部影になっている部分から一人の男性が生えるように現れた。

 

「やっぱ、あん時の自然魔術師」

 

 シオンは一目見て、いや、事務所にいる時から感じたコイツの存在感から以前、剣士と事務所を狙った共犯者だと判断できた。

 

「私もよくよく憶えています。中々いいバリアを張る魔術師がいた物だと、感銘を受けた物ですから」

 

 剣士を連れ去る際、易々とバリアを割ったくせして何を言うか。

 

「箒には、もう一人乗っていたようですが、逃すので?」

 

 見えなくとも、上級魔術師ともなれば、ある程度の存在は把握できる。

 シオンがこの男を察知したのも同じ。

 逆に、シオンやこの男が本気で人を隠そうとすれば、中々見つけられない。

 

「まあ、見えないってのは割と脅威になるからさ。オマエくらいでしょ、そっちのメンバーの中であくあの場所特定できるの」

「気付かないふりですか? 私が存在感知できるのは風の流れの不自然さからです。遠くまで行かれては、もはや何処にいるのかさっぱりですよ」

 

 何を根拠に気付いていると判断したのやら。

 まあ、事実だが。

 

「言う必要あった? それ」

「ま、ないですね。強いて意味を取り上げるなら、私はあなたの思惑を見抜いていると自負したいだけです」

「子どもじゃーん」

「子どもの心は大切ですよ、大人になっても」

「ごめーん、本物の子どもには分からんわ」

「分かれとは言ってません、安心してください」

「別に焦ってないしー」

「落ち着いてるとも思えませんがね」

 

 無駄とも言える煽り合い。

 

「さて、準備は整ったようですね」

「そっちはもういいわけ?」

 

 無駄ではない。

 互いに、準備をしていたらしい。

 

「ええ、十分に」

「じゃあ遠慮なく」

 

 シオンの目の前から、男の目の前から、互いに向けて炸裂する強力な砲撃魔法。

 シオンのダーク寄りな色合いの魔法に対し、男の魔法は頭の中に自然を彷彿とさせる緑や蒼に近いライトな色だ。

 その相反する魔法が衝突し合い、弾けながら衝突面を移動させていく。

 威力はどうやらシオンが上。

 次第に男の魔法が押されて、男の方へ漆黒の魔法が迫る。

 

 唯々諾々と攻撃を喰らうはずもなく、男は屋根の影の中へ消える。

 男の砲撃魔法は消滅して、支えの外れたシオンの魔法が高威力で空を貫いていった。

 

「いやいや流石です。真っ向勝負ではやはり、威力劣るので敵いません」

 

 自分の血を対価に魔法を発動する黒魔術はその分、効果が強力だ。

 逆に自然環境から魔力を生成し、無尽蔵に使用できる自然魔術はその分効果は普通程度。

 黒魔術対自然魔術での正面衝突は確実に黒魔術に軍配が挙がる。

 

 勿論、黒魔術は血を対価にする分、体力の消耗は早い方であるし複雑な魔法式を組むと一度に消費するエネルギーも増え、早めに限界を迎える。

 逆に自然魔術は、効果や威力こそ高くは望めないものの複雑な式の構築も簡単で、様々な魔法の応用が可能だ。

 

 簡潔に纏めるなら、黒魔術は効力と威力、自然魔術は持久力と技術力、となるだろう。

 数少ない例外は、この広い世界に一人や二人存在してもおかしくはないが。

 

「面白いこと教えてあげる」

 

 影に消えたはずの男は背後にいた。

 その背後に向かって声をかけるシオン。

 

「ほう、面白い、とは?」

 

 魔術関連の新情報なら、同じ魔術師として欲しい資源だろう。

 

「シオンさ、実は独学の末に黒魔術で魔力を無限化する方法を見つけたんだよね」

「魔力の無限化? もしそれができたとしても、あなたの身体が保つとは思いませんが」

 

 血を対価に魔力を生成。

 魔力を無限化。

 どう考えても両立できない。

 魔力を無限がするとはつまり、血を無限化すると同義。

 レバーでも食いまくるのか?

 

「血で魔力を生成せずに、錬金術式で、血から血を生成すれば血は無限化できる」

「いや、それは不可能なはずです。血を対価に血を生成する際、対価となる血の方が圧倒的に量が多い。生成量が消費量より少なくては意味がない」

 

 いよいよ理解が及ばない域まで達し、男は頭を抱える。

 そもそも、黒魔術で魔力が無限化できたら、そいつは世界最強になれる。

 

「そう、だからシオンが構築できたのはその理論まで。血を生成するとこまでは行けたけど、まだプラスにならない」

「でしょうね……となりますと、面白い話はお終いですか?」

「いや、こっからこっから」

 

 シオンは時間を稼ぐように話を続ける。

 

「血から血を生成するにはどれだけ魔術適性が高い人でもほぼ不可能。なら血を奪えないか考えてみた」

「血を、奪う……」

「そう、たとえば、欲しくもないけど今ここでオマエの血を対価に魔法が撃てたら、強力だと思わない?」

「それこそ馬鹿げた話、机上の空論です。自身の血を対価に魔法を放つのが黒魔術ですよ」

 

 腹を抱えて笑いそうな気分を抑える男。

 

「なら、オマエの血をシオンの血に変換できたら?」

「なるほど、発想は面白い、確かに面白い話です。が、まず第一に、どうやって私から血を奪いますか? 傷口から血を吸ったとしても、垂れた少量の血を掬ったとしても、到底足りるとは思えません。手元にない血を錬金できるほどの実力者もまずいません」

 

 長々と無理である証拠を突き付ける。

 

「魔術は科学と似て非なる物。似た部分とはつまり、魔術師と科学者の探究心のこと」

 

 魔術と科学の大きな違いは、論理的に説明や証明、帰納演繹の関係があるかないかだ。

 それを除けば、全くと言って同じ物。

 尽きぬ疑問と尽きてはならない探究心。

 謎を解き明かし、新たな魔法を開発していくのだ。

 

「そうですね、まさにその通りです。いえ何、私も有りますよ、永遠に尽きぬ自然への理解欲」

 

 同業者としてあってはならない発言だったと、男性は一度頭を下げた。

 彼にも、自身の魔法を強化しようとする探究心はまだ、あるらしい。

 

「シオンは黒魔術で特殊能力分野に手を出した。特殊能力を人に与える事自体は単純だったけど、使用者の適正に強く影響するから中々実用的じゃなかった」

 

 だが今現在、多くのメンバーが特殊能力を使いこなしている。

 しかも、まるで体力の消耗を感じない。

 

「だから、能力を物質に埋め込む事で無駄な魔力消費を抑えるって言う方法を試してみた」

 

 あくあの陰キャップとマリンの錨のペンダントだ。

 メンバー内では何故か比較的に魔力適正の高い二人に持たせて、実験してみた。

 当然のことながら、最悪の場合被害は自分が肩代わりできるようには仕掛けてあった。

 

「結果として、魔力の消費を最小限に抑えれたけど、少しでもエネルギーの乱れが生じると魔力が暴走してしまうことも分かった」

 

 マリンがあの時意識を失ったのは、感情の昂りに合わせて魔力も暴発してしまったためである。

 

「まあ、本来なら身を削る物ですからね。寧ろそれでも安価だったと思えます」

 

 男の評価にシオンも同意する。

 

「そして試行錯誤の末に今回採用したのが、人体に能力を埋め込む方法」

「人体に埋め込む……」

 

 イマイチ言葉の意味を、と言うか、その方法をイメージできないようだ。

 それもそう。

 人が能力を持つ、それが普通。

 人体に能力を埋め込むと言えば、人に能力を与える……だと思うからだ。

 

「オマエたちは多分、オマエの魔術で一時的に与えられた能力を使ってる、そうでしょ?」

「まあ、そうですね。術者は一応私ですが、この裏空間こそが私たちの動力源です。仮に私を倒そうとも、能力は切れませんよ、ここにいる限り」

 

 自然魔術らしく、空間内での使用制限。

 自然魔術は環境が全て。

 

「でも、シオンたちのメンバーは、能力が自分の体の一部と化してる」

「ば、バカなことを!」

「そう、もう能力を剥がす事はできない……今のところは」

「今のところ……? いや、そこではなく、自身で魔力の制御ができない彼女たちにそのタネを植え付けたら、永遠に魔力を吸われ、いずれ力尽きる。死へ至る!」

 

 魔力適正のある人ならともかく、そうでもない人は永遠に魔力、即ち血を吸い続けられ、やがて死に至る。

 どう考えたって、生物機能の血の生成よりも、吸引による血の消費の方が早い。

 

「本人にできないなら、『わたし』がするまで」

 

 シオンが亜空間から一冊の本を取り出す。

 相当分厚い本。

 表紙には魔術語で短く綴られている。

 

 「あくあ」と。

 

「ま、まさか……メンバー全員分の制御書を書き上げたと言うのですか……」

「そう、現在いるシオンと他二人以外のホロライブメンバー各一人用に一冊ずつ。能力を開花させた人のは当然、まだ開花していない人の分まで」

 

 直訳するなら、全員の魔力というガスの元栓を閉める役をその各本が行う。

 そして、その本はシオンが所持し、制御する。

 シオンへの負荷は莫大に思えるかもしれない。

 だが、コンピューターのようだと考えるとそうでもない。

 

 各本に制御方法や手順がプログラミングされており、そこに「開ける」か「閉める」の指示を行うだけ。

 プログラム自体は夜な夜な本を作る際に、各本に仕込んでいた。

 二つのどちらかの指示を出す程度、大魔術師のシオンにとっては赤子の手を捻るよりも容易い事。

 どこに本があろうと、その本から波動を感じられる。

 その波動に合わせて、指示を出す。

 造作もない事だ。

 

「……いや、いやいや、おかしいですよそれは」

 

 到底理解できない点を発見した。

 

「それだと、あなたが私に負けた時、あなた方は全滅です。いえ、私に限らず、この先あなたを狙う者は必ず出てきます。その時、あなたが死ぬだけで、他の全員が、道連れになるんですよ?」

 

 そんな何十人もの命を預かるなんて、常識ではまずできない。

 自分の腕に自信があったとしても、できない。

 

「その時の手はもう、打ってある」

 

 詳細は明かさないがそう断言する。

 ハッタリには、見えなかった。

 

「……こんな子どもが、なんて大それた事を」

 

 発想や想像の問題ではなく、行動力の問題。

 そうそうできた物ではない。

 

「天晴れです。この私、自然魔術最強の使い手と言われる「切り札」も舌を巻くほどです」

「切り札?」

 

 自身の呼称名に首を傾げるシオン。

 自分を切り札と称するのは、いやてか、自分で最強って言った?

 

「ああ、コードネームです。私なしでは能力が得られませんのでね、我がチームは」

「なら切り札じゃなくて、それこそアンタがAの方が似合うのに」

「何故……いや、そうですね、疑問に答えましょう。切り札とは、こうも言うんですよ……『トランプ』とも」

 

 要するに、切り札=トランプ。

 トランプは彼らのコードの元となったカードゲームそのもの。

 トランプあっての各コード、というわけか。

 この男、トランプがいてこそのチームという訳だ。

 

「大層な肩書きだね」

「ええ、その名に恥じぬ功績を上げようと思います。今ここであなたを倒して」

 

 トランプは自然魔術を発動し始める。

 そろそろ、対話も終了。

 対話の後は対戦。

 

「何? やる気じゃん」

「当然。その為に追っていたのですから。ここから逃げるなどできません」

 

 来る!

 

「じゃあシオンが逃げるわ」

「は?」

「バイバーい」

「ちょっ!」

 

 シオンは話すだけ話すと、再び洞窟に向かって逃走を図る。

 トランプは準備していた魔砲を放つが回避した。

 急いで風を使って自身を飛ばしてシオンを追う。

 

 自然魔術の最強だって?

 冗談じゃない。

 そんな奴と真っ向勝負だなんてできるか。

 シオンは、強いが万能でない。

 

 だから、これから招待しよう。

 シオンが勝つための、ステージへ。

 



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57話 魔法と塩水

 

 シオンが招待した場所とは、国の北西にある天然の巨大洞窟。

 魔術師の気配を感じた時点で、ここに来る事を決めた。

 理由は攻防による被害を抑えるため。

 仮初の世界でも、仲間は本物。

 流れ弾ならぬ流れ魔法が味方に命中する可能性を否定しきれない。

 ほかのメンバーや他の敵がどうかは分からないが、シオンとこいつの魔法だけは超遠距離まで攻撃が届いてしまうから。

 

 洞窟という閉ざされた空間に入ることによって、敵も味方も強力な魔法を撃てなくなる。

 誤算があるとすれば、それはトランプが自然魔術者だったことだ。

 

「逃げ込んだ場所がこことは……何か策でも?」

 

 自分に圧倒的有利なステージを見てトランプはシオンの真意を問う。

 狭い環境では、技術型の自然魔術が有利。

 ここが天然の洞窟、つまり自然の中であることも加味するとシオンは圧倒的不利。

 わざわざ呼び寄せる場ではない。

 懐疑的になるのも当然だった。

 

「誰に被弾するかわからない場所で、本気は出せないからね」

「仲間への信頼が足りないのでは?」

「いやいや、仲間は信じてるけど、シオンが強すぎるからさー」

 

 トランプはどうやら、仲間に被弾しそうでも、勝手に避けてくれると考えているようだ。

 敵はそうでも、正直ホロメン全員が可能かと問われると大半は無理だろう。

 ある意味その点では、流石に信頼できない。

 

「その為に自分の身を削るとは、本当に変わっていますね」

「そう? 普通でしょ」

「仲間のため、確かにそれは普通ですが、本と言いこの戦場と言い、少々手が凝りすぎです」

 

 それがシオンの強さだと言えば、聞こえはいいだろう。

 

「シオンは女神みたいに優しいから」

「真面に答える気はないと」

「そういう事」

 

 シオンが軽く砲撃した。

 すると地面が突き上げて砲撃を凌がれた。

 

「分かりますか? ここは風こそ有りませんが、天然の大地、すなわち岩石。そして天然の池」

 

 洞窟全体を見渡し、その岩肌や大きな水溜まりを我が物のように誇る。

 支配下であるとは、実質我が物なので、違いはない。

 

「天然で有りながら、人が入れるように明かりだけは灯されている。なので影も豊富に有ります」

 

 影や光もまた自然魔術の制御対象。

 水に岩に影。

 危険も危険。

 超危険。

 

「では」

 

 天井から岩石が降ってくる。

 純粋に崩壊が起きているようで、地面が微かに揺れていた。

 だが、落ちてくる岩石は全てシオンを狙っており、落下地点が集中している。

 避けて、砕いて、灰にして。

 反撃の魔砲。

 

 テキトーにあしらわれた。

 

「影の手」

 

 シオンの背後にあるシオン本人の影。

 それが立体感を帯びて、この次元に生えてきた。

 その真っ黒のシオンの影がシオンの両腕を掴んで赫く笑う。

 陰に腕力は無い。

 それなのに絶対に振り解けない握力以上の力を感じる。

 どうにも振り払えない。

 また岩石がシオンに押し寄せた。

 避けようが無い。

 

 なわけあるか。

 

 掴まれた両腕から自分の血を媒介にした黒魔術の魔力を陰に流し込む。

 決して融合しない自然の魔力と黒の魔力が一点で重なることによって互いの魔力が破壊される。

 よって、影が影へと帰る。

 

 すぐ様両手を岩石に翳す。

 

「零」

 

 バリアのような見えない壁が張られ、岩石がそこに衝突。

 粉々に砕けた。

 木っ端微塵の塵どもが側の水に浮かんで沈んだ。

 

 シオンの足下、至って普通の地面から突如岩が突き上げる。

 下から生える鍾乳石のように。

 身体が持っていかれる。

 そのまま突き上がり、天井と挟む気だ。

 潰れる前に、シオンはその岩肌に手を当て魔砲を打ち込むと、シオンを抱えていた部分が取れてシオン諸共地に落下。

 その筈が、地が陥没して下に落ちきれない。

 穴に落ちれば生き埋めになる。

 真横に風力の強い空砲のような魔砲を放って落下予測地点を変更、痛いけどなんとか元の地に落下。

 

 強襲はやまない。

 

 影から大量の手が生えてシオンを掴む。

 脚、腕、肩、頭。

 あらゆる部位をがっちりと掴み、影の中に引き摺り込む勢いで壁へと引きつけて押さえ付ける。

 量が多く、先のように魔力を流してもすぐに捕まれる。

 体の全部位から魔力を一気に流す事はできない。

 

 正面から大量の岩石が迫る。

 こうなれば流石にバリアを張る。

 目前で岩石が弾けていくが、シオンは何一つ顔色を変えない。

 急いで右手だけに魔力を込めて影を解く。

 次の影に掴まれる前に壁を叩いて強い衝撃を与え、背後の壁を破壊。

 よって影の位置が数秒だけ定まらず、不規則な動きで揺らめきシオンを手放した。

 その隙に影から距離を取る。

 

 シオンの息切れが洞窟内で共鳴している。

 

「うわっ!」

 

 背後から片足を引かれ、シオンは転倒した。

 そのまま引き摺られて水の中へ誘われる。

 脚に魔力を流して破壊し、池の側で一度止まるが突如淵が崩れて池に落とされた。

 一度水中に全身が浸かる。

 急いで浮上して息継ぎ。

 したその瞬間、水が固まって浮かぶ。

 巨大なシャボン玉のように浮遊する。

 

 水の球の中央にシオンを捕らえて呼吸を封じる。

 このまま放置で溺死。

 

「……?」

 

 トランプは能力支配に僅かな違和感を覚える。

 しかし、任務を優先しこのまま溺死を狙う。

 

 空中でないと浮遊は使えない。

 水中では浮力と同時に水圧までかかるため、制御できない。

 ならば操作する人に止めさせる他ない。

 

 シオンはそこそこ強力な魔砲を水中からトランプに放つ。

 当たり前のように地面が突き上げて壁を構築。

 魔砲はその壁に衝突して消滅を続ける。

 火力を少しずつ上げても、壁は壊れない。

 崩壊しないように魔力で固めてあるのだ。

 

 もう、息が続かない。

 

 シオンは魔砲を瞬時に天井方面にずらして、天井を崩壊させる。

 衝撃で大量の瓦礫が落下するが、やはり中々トランプの足元は乱れない。

 なんとか、コイツを水に落としたかったが……。

 呼吸が……。

 

 もう、ダメ……。

 

「……ん?」

 

 シオンが片手を上げて、自分の脳幹に銃を向けるような仕草をした。

 奇怪な行動に男は顔を顰めて凝視した。

 すると、突如シオンを包んでいた水のシャボンが弾けて洞窟内に雨が降る。

 その雨を頭から被り、トランプは違和感の正体を突き止める。

 

「何者ですか?」

 

 トランプは空洞内に響く声で叫ぶ。

 突き止めたのは、シオンに協力者がいる事実。

 約1名、今もここで経過を見ているはずだと。

 

「いますよね? あなたが水を操っているんですから」

 

 確信めいた発言から観念したようにシオンが指示する。

 

「いいよあくあ」

 

 何処からともなく一人の気配が現れた。

 揺らめく小さな灯りの中から、一人のパステルカラーの髪色をした少女、湊あくあが姿を見せる。

 

「しかしまさか、ここまでの魔力とは、予想外ですね」

 

 シオンがここに逃げ込んだ理由から、あくあのトリックまで全てを解明したトランプは感心したようにあくあを見た。

 あくあは少し身を縮める。

 

「風がないから私は見えないものの存在を把握できない」

 

 これが一つ。

 逃げ込んだ理由だ。

 

「そして、私は天然の物からのみ魔力を生成して支配できる」

 

 これが二つ。

 あくあのトリックだ。

 

「そう、あくあは水を操作できるようになった。しかも、ただの操作だけじゃない」

 

 基本的に魔法は、あるものを使用する。

 ポルカのような物を作り出す能力を除けば基本はそうだ。

 だが、ある一定の魔力適正と実力が伴えば、操作対象を自分の力で勝手に生成できるようになる。

 つまり、あくあは水を生み出せる。

 

「水は本来、どれも起源が天然だから、どこから集めた物であろうと自然魔術の支配対象になる。でも、あくあが魔法によって作り出した水だけは、自然由来のものじゃないから、自然魔術の支配下にない」

 

 あくあに操作できて、トランプに操作できない物。

 もし、天然由来の水であれば、操作力で押し負けてあくあは何もできない。

 補足すると、水の構成原子は自然由来となんら違いはない。

 

「レッド並みの魔力です。頭脳と相性を踏まえれば、あなたは確実にレッドを凌ぐ強さでしょう」

 

 仲間を引き合いに出してあくあの総評を結論づける。

 レッドとは、ラミィとポルカが絶賛手合い中の炎使い。

 炎に水は相性がいい。

 同レベルの魔力となれば、簡単に蒸発させられたりしない。

 しかも、レッドと同様に無錬金生成が可能。

 

 ラミィやフレアも氷や火を生成するが、あれは魔法ではなく精霊術。

 己の力ではなく、相方の力だ。

 

 まあ、もう一人、何故か魔法適性が高く、物質生成ができるメンバーがいるが。

 そのメンバーについては、シオンでも少し解読に手こずっているような絡繰だ。

 なんせ、森での一件以降、突如として魔力適性が爆上がりしたのだから。

 魔力適性は本来、生まれ付きの才能として存在する。

 人生の途中でそれに変化が起きるにしても、適性低下が関の山。

 適性向上など、シオンは過去に例を見たことがない。

 

 ……いや、この話は一旦保留だ。

 この場では些細な事。

 最重要事項、それはトランプを退ける事。

 

「余裕かまして冷静に分析してるけど、いいの?」

 

 シオンは空中からトランプを見下ろして笑う。

 その笑みは嘲笑に近い。

 まるで、勝ちを確信したような。

 

「ここは洞窟です。天然由来の成分の巣窟です。まだ私に不利とは思えません」

 

 敵が増えても尚、この空間なら引けを取らないと自負している。

 

「配置考えな」

 

 シオンはあくあを指して笑った。

 あくあは入り口を背後に立っている。

 つまり、出口を塞いでいる。

 

「あんた結構あくあのこと見くびってると思うよ?」

「みくびる……?」

「あくあ!」

 

 シオンは見せてあげる、と言いたげな得意そうな顔であくあの名を呼んだ。

 あくあは小さく頷いて両手を正面に翳す。

 手から、ではなく手先の辺りから円形に何かを現出し始め……

 

「まさか……!」

 

 脳の隅にも無かった考え。

 魔力量的にも、シオンの存在からも、到底取れるとは思えない行動。

 直感した、この洞窟内を水で埋める気だと。

 

「はあーっ!」

 

 シオンは大きく息を吸い、水中に潜る準備を整える。

 あくあの立っている場所に壁があるように水が反り立ち、そこから水流が発生。

 洞窟の奥へと全てを押し流し始める。

 

「ぐっー、くそっ! エアロック」

 

 空気が全て洞窟から吐き出される前に一定の空気を円形に固定し、トランプはその中に自分を閉じ込める。

 空気もまた自然由来の成分。

 水の中に不自然に空気の塊が止まり続ける。

 

 シオンは流れに逆らいながら、自分を移動させる。

 あくあに貸した分、そして水中で水流に逆らう分、魔力が削れる。

 あくあ一人でこの大量放水は不可能。

 当然殆どシオンが魔力を肩代わりしている。

 そして、水中での浮遊は大変なので、水流の抵抗をなくして自力で泳いでいる。

 

 トランプは適当な位置に留まって、水が消えるのを待っている。

 

「このまま耐久戦へと持ち込めば、勝利は明らか」

 

 魔力切れも時間の問題と、見抜かれている。

 なら、魔力切れになる前に、仕留めるまで。

 

 シオンは水流に逆らって泳ぎ、トランプがいる空気空間へ向かう。

 だが、トランプはそれを容認しない。

 僅かな空気を小さく固めて弾にし、シオンへ放つ。

 

「うっ!」

 

 一発、腹に当たるとたちまち後方へ押し戻される。

 魔力と体力を振り絞る。

 

 トランプは、水中に出れば何もできない。

 水中に引き摺れば、勝ちだ。

 

 シオンは屈せずに突き進む。

 また空砲。

 今度は回避。

 

 また空砲。

 喰らった。

 

 空砲。回避。空砲。回避。空砲。回避。

 

「ぷはぁっ!」

 

 シオンはトランプを守る空気の空間に侵入した。

 広くない空間で対峙する二人。

 

「ふっ、回避にも魔力を使ったはずです。もはや虫の息も同然」

 

 トランプはニヤっと笑った。

 シオンも同様に笑った。

 では、勝利の女神は、どちらに微笑むだろう。

 

「はあーっ!」

 

 シオンはまた、深く息を吸う。

 残りの魔力、振り絞ろう。

 

「ま、やめろ!」

 

 魔力を空気に流し込む。

 もう一度、確認しよう。

 自然と黒の融合は不可能。

 啀み合い、そして空気は、破裂する。

 

「わっ……!」

 

 トランプとシオンは水中に放り出され、流れのまま流される。

 二人の意識は、すぐに途切れ、二人は引き分けに終わった。

 あくあの存在こそが、どちらの陣営側が勝利かを意味する。

 

 あくあも枯渇してきた魔力を振り絞って水を消滅させる。

 

 シオンとトランプの身体を引き上げて、そっと寝かせる。

 

 どちらが先に起きるのか、それが勝利の行方を左右するが、あくあに覚醒を促されるシオンが先に目覚めることはなんら不思議では無かった。

 

「シオンちゃん、シオンちゃん!」

 

 珍しく大きな声を出してシオンを呼ぶ。

 シオンのキリッとした眉が、普段より少し力なく垂れている。

 それがピクリと動き、ゆったりと持ち上がった。

 

「……ありがと」

 

 覚醒後、シオンの口から真っ先に飛び出したのは、意外にも普通のお礼だった。

 あくあは首を横に振った。

 その間にシオンはゆっくりと身体を持ち上げた。

 

「ま、まだ動いたら……」

「いや、せめてコイツを……拘束しないと」

 

 トランプこそ、敵の能力の根幹。

 倒したところで、能力が消えたりはしないが、これ以上能力増強はさせない。

 それに、コイツが敵の行動の基盤となっているはずだ。

 ここに縛っておけば、多少の行動制限や遅延を狙える。

 

 魔力の消費が激しく、少し歩くだけでも疲れる。

 そのため、魔法の発動も躊躇われる。

 仕方なく、消費エネルギー削減のために、地面に魔法陣を描いた。

 もう、何年も描いたことのない、懐かしい紋様。

 巨大な星の中に円を描き、その円の中に自分を象徴するマーク、三日月を描いて完成だ。

 

 そこにトランプを寝かせる。

 

 魔法を発動すると、たちまち見えない紐のような物でトランプを縛り、動きを封じる。

 いや、動きだけでなく、魔法の使用も封じる。

 

「表世界に戻るまで……このままでいいでしょ」

 

 シオンは身体をふらつかせて苦笑した。

 これで本当に勝利だ。

 蹌踉めくシオンをあくあが肩を貸して支えた。

 

「ご、ごめん……」

 

 シオンは自身の不甲斐なさにまた、苦笑した。

 あくあは「んーん」と首を横に振る。

 

 シオンの帽子は、洞窟の奥まで流されてしまったようだ。

 びしょびしょの服を乾かしたいが、そのために使う魔力など、勿体ない。

 全身が濡れて気持ち悪いが、我慢するしかない。

 

「あ、待ってね」

 

 あくあがシオンの服に手を翳すと、一気に水分が履けた。

 

「器用じゃん」

「まあね」

 

 水の消滅などお茶の子さいさい。

 あくあは得意げに鼻を鳴らした。

 

「あくあ……ちょっと、頼みが」

「何?」

 

 問い返しが早かった。

 

「ほぼ国の真反対側になるけど、海に行ってくれない?」

「海? なんで?」

「こっち側に、来てるはずだから……」

「何が……?」

 

 シオンは、一瞬遠くを見つめ、目を細めた。

 無理をしたいが、あくあの前では止められる。

 あくあの魔力が少ないのは重々承知だが、それは自分が肩代わりする。

 だからまずは、あくあに、あの人の安否確認を。

 

 

「船長」

 

 

 その後、あくあはシオンの箒に乗って帽子を被った。

 シオンが、マリン号まで直進するように魔法式を組んだため、後は乗っていれば到着する。

 シオンはまだ、動くために色々ドーピングする必要がある。

 

 戦いはまだまだ、始まったばかりなのだから。

 

 



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58話 人体干渉

 

「ありがとうついでに、手伝ってもらっていいっすか?」

「おう!」

「んなああああい!」

 

 事務所防衛戦、後半。

 

 ぼたんとわための下に現れたのは、スバルーナ。

 二人は、偶然この場に居合わせただけだが、いいだろう。

 スバルが隣にいて心強いのか、ルーナも大きな声で叫んだ。

 ぼたんはルーナがまだ能力開花していない事を知らない。

 

「ルーナ、お前は中にいてもいいぞ」

 

 スバルはルーナが能力開花していないことを懸念して、社内待機を勧める。

 

「……でも」

 

 再三の葛藤。

 力になりたい、でも足手纏いになりたくない。

 プリンセスは守られ役だと、何故か大抵相場が決まっている。

 でもルーナは、護られるだけでいたくない。

 

「いてもいいけど、正直お前を護れる自信はねえからな」

 

 スバルの忠告はそれだけだった。

 あくまでもルーナの意思を尊重する。

 命を賭してでも、貫きたい意志があるなら、それもいい。

 

「ルーナ先輩、スバル先輩。こいつ、見たものの時間を停止させるんで、気を付けてください」

 

 ぼたんは大々的に情報共有する。

 Mは、もはやぼたんを止めても意味がないと直感し、へらっと笑って流した。

 

「はあ? メチャクチャかよ」

 

 スバルは能力の格差に愕然と口を開く。

 ルーナも一瞬の怯えを見せた。

 

「最悪、コイツの視界から外れれば能力の影響は受けないんで」

 

 ぼたんはそれだけを一応通達しておく。

 二人は頷いた。

 

「さてー、どうしようかなー」

 

 二人と一人に挟まれ、どう動くか悩むM。

 ぼたんを止めて、ぼたんの排除を優先。

 その場合、二人のことが分からないため、多少の賭け事となる。それに、ぼたんの直感や戦場での適応力は目を見張るほど。

 停止中に人に怪我を与える事はできないため、停止を解放した瞬間に避けられる可能性もある。

 

 かと言って、二人を先に停止させて排除に向かえば、ぼたんの捕捉能力で急所を撃たれて下手すれば致命傷。

 

 両チーム牽制状態を保つ。

 下手に動けば相手への好機となるからだ。

 

「じゃあ……」

 

 膠着状態が溶けないと判断し、Mが動く。

 スバルーナとぼたん、それを繋いでできる線に対し直角方面に走る。

 つまり、誰もいない方角だ。

 何を企んでいるか知らないが、思い通りにはさせたくない。

 

 ぼたんは背中に思い切り石を投げた。

 Mが振り返り、石が一瞬止まる。

 その隙に石にナイフを当て時間を再スタート。

 石はナイフに当たり追跡効果を失う。

 Mは石が飛来するたびにそれを繰り返し距離を取り始める。

 

「っ! 身を隠して!」

 

 ぼたんが真意を突き止め叫んだ。

 Mが距離を取ったのは、視界を広げ3人同時に停止させるため。

 3人を止めれば、大きく回りながら3人を直線上に捉えて接近、そして攻撃すればいい。

 上手く回避できたのはぼたんのみ。

 スバルーナは反応が遅れて時間を停止させられた。

 

 ぼたんは何発か石を投げるがナイフで弾かれてお終いだった。

 もう投石じゃどうしようもない。

 

「……」

 

 ぼたんはもう数発石を投げ、意識を向けさせる。

 その中に一つ、目立つとあるものを紛れさせて投げる。

 自分の上着だ。

 必ず命中しに向かう能力で、ぼたんの上着はMの顔面に向かって飛んでゆく。

 上着ほどのサイズなら、一瞬でも視界を遮れる。

 案の定上手くいき、数秒だけ自由が訪れる。

 

「二人とも!」

 

 ぼたんはその号令で身を隠すように伝える。

 一瞬で移動したぼたんとMに困惑しつつも、スバルーナは仲間の信頼のもと側の車に身を隠した。

 スバルは隙を見てその車に乗り込む。

 ルーナを置いて。

 

 車はエンジンを蒸して、発進した。

 Mは敢えて見逃す。

 車の発進により、ルーナの姿が現れるが、それすらも止めない。

 Mの眼にはもはや、ぼたん以外敵として映っていないのかもしれない。

 

 スバルの操るスポーツカーが空中へと飛び出して、旋回する。

 目的地を定めず、ただ上空を走るのみ。

 ルーナはあたふたとして、役を探している。

 ぼたんは未だ、建物の影でMの動きを待つ。

 

「うーん……どうしよっかなー」

 

 Mは軽快なリズムで足踏みする。

 悩む素振りを見せつつも、もう策は決まっている様子。

 とするとやはり、停止の狙いはぼたんか……。

 彼女さえ動きを封じれば、何とかなると察している。

 スバルの能力は戦闘に向かないし、ルーナはそもそも能力開花していない。

 

 いや、寧ろぼたんの能力だけが、多少相性の良い物として対峙できているのだろう。

 時間停止しようと、ターゲットを決して逃さない能力。

 純粋な勘なども加算して、余計に。

 

「……あ、そうだ!」

 

 Mは新たな案を発想した。

 身軽に駆け出して、ぼたんの潜む建物の影へ向かう。

 迫る気配にぼたんは一度身体を奥へ引く。

 そして数発投石するが、やはり全て弾かれる。

 このままでは、ぼたんが見つかり、時間を止められる。

 そう思ったスバルが起点を利かせて車での突進を図る。

 

 だが、それがMの作戦だった。

 接近する車をギリギリまで引きつけ、間近で停止。

 ナイフを逆手に持ち換えて、車のガスタンク部分目掛けて突き刺す。

 タイムスタートと同時に。

 傍を通り過ぎる僅か一瞬でタンクを見事に突き刺して穴を開ける。

 

「やべえっ!」

 

 誰も対応しきれない一瞬の出来事。

 ナイフを引き抜くと小さな亀裂からガソリンが漏れ出す。

 映画やドラマで見る。

 これは爆発の予兆だ。

 

「くそっ!」

 

 スバルはすぐさま車から飛び降り、乗り捨てた。

 車はガソリンを撒き散らしながら直進し、正面の建造物に激突、そして……

 

 数秒後に巨大な爆音を上げて大破した。

 

「スバル先輩!」

「しゅば!」

 

 車からの緊急回避で地面を何度も転がったスバル。

 怪我をしないはずもなかった。

 顔や手足に擦り傷、そして安定の捻挫。

 着地に失敗していれば、骨折もあり得ただろう。

 

 ぼたんもルーナも、スバルの安否が心配だが簡単に駆け寄れない。

 駆け寄れば、格好の餌食となる。

 

 誰もスバルに手足を貸せないから、Mもスバルを狙う。

 ナイフを持って歩みの覚束ないスバルに強襲する。

 ぼたんが石などを投げて意識を逸らそうと必死になるが、標的は変わらない。

 

 スバルは足を引き摺って一番近くの車に乗り込もうとするが、Mが到達する方が、確実に早い。

 ぼたんの投石も潜り抜けて、Mがスバルにナイフを振り下ろす。

 

 カンっ。

 と、鉄板にナイフが刺さった。

 スバルが目の前に落ちていた瓦礫の中から鉄板を浮かせて防いだのだ。

 だが、ナイフの刺突の勢いが鉄板に加わり、鉄板がスバルに直撃する。

 

「だぁっ!」

 

 鉄板直撃により、スバルは後方に軽く弾かれる。

 何とか両腕でガードはしたが、ダメージは大きい。

 

 スバルの背後で、先ほど大破した車の付近が炎上している。

 血と共に汗も噴き出る。

 

「ちっ!」

 

 どうしようもなく、ぼたんは駆け出した。

 標的を、スバルから無理矢理自分に移すために。

 しかし、やはり標的は変わらない。

 

 もう一度、今度は外さないと鋭い目でスバルを睨む。

 新たなナイフを掴み、スバルに迫る。

 ぼたんの投石をいつもの如くあしらって距離を詰める。

 

 ぼたんでは距離が遠すぎる。

 偶然そばにいるルーナなら間に合うが……。

 

 時間停止を使われたら……。

 

「んなあい!」

 

 ナイフが突き刺さるかと思いきや、ルーナがスバルを突き飛ばした。

 またしても緊急回避。

 

「やべっ!……」

 

 しかし、スバルとぼたんがMの視線の一直線上に重なってしまう。

 すぐ様ぼたんの時間が止まる。

 

 スバルの周囲に浮かせられる物なし。

 ぼたんはもはや動けず。

 スバルも動けず。

 

 もう、ルーナが何とかするしかない。

 でも、何とかって?

 鼓動が高鳴る。

 

 怖い、怖い。

 涙が出る。

 逃げたい。

 助けたい。

 スバルが、ぼたんが、皆んなが。

 

 守りたい。

 逃げたい。

 逃げたくない。

 怖い、逃げたい。

 守りたい。

 

 ホロライブの奇跡を信じろ。

 何か起きる。

 

 何か起きろ!

 助けて!

 お願い!

 誰か!

 

 助けたい!

 守りたい!

 逃げたい!

 

「ダメーーーーーーっ!」

「っ……!」

 

 気が付けば、ルーナの身体はスバルを庇っていた。

 大粒の涙を流して、大きく両手を広げて、ナイフを持った敵の前に立ち塞がった。

 それはまさしく、姫に相応しい勇気そのものだった。

 

「びっくりしたなぁ……。びっくりして手、止めちゃったよ」

 

 ルーナの目前で止まった自身の腕を一度引き、もう一度振り上げた。

 

「バカ、ルーナ!」

 

 今度こそ、驚いて寸止めなんて奇跡はない。

 スバルはルーナだけでもと身体をひこうとするが、ルーナは確固たる信念のもとに、どれだけ涙や感情が溢れようとも、譲らなかった。

 

「……!」

 

 ルーナは、死を覚悟でナイフと向き合った。

 走馬燈のように、様々なことが頭を巡る。

 世界が遅く見えた。

 ナイフが、ゆっくりゆっくりとルーナに迫ってくる。

 でも、身体はもう動かない。

 スバルとぼたんを守るため。

 ルーナは攻撃なんてできないし、作戦なんて立案できないけど。

 立ち塞がるだけなら、勇気さえ持てばできる。

 

 ルーナは目をギュッと瞑った。

 

「…………」

 

 何も聞こえない。

 もしかして、死んだかな?

 

「……っ!」

 

 息を呑む音が聞こえた。

 死んではなかった。

 ただ、誰も声を出さなかっただけだった。

 静寂だった。

 

 震えながら、瞼を上げると、目前で止められたナイフがあった。

 

「っ!」

 

 ルーナは遅れて絶句した。

 スバルも、Mも、いち早くその光景に気付き、言葉を失っていたらしい。

 

「……は、ははは、変だな、幼いからって、情が湧いたわけでもないんだけどな……」

 

 冷や汗を流しながら、Mはナイフを一度引く。

 そして3度目、ナイフを振り下ろす。

 補足、ルーナは幼くない。

 

「っ!」

 

 ルーナの目前で停止する。

 

「……!」

 

 Mの腕が震えている。

 ルーナの震える足よりも強く。

 ナイフはルーナに届かない。

 Mの手は、ルーナに決して届かない。

 

 覚悟と勇気が、彼女の力を開花させる。

 奇跡は何度でも起こる物ではない。

 もし起きたのならそれは、偶然ではなく必然。

 それが彼女の持つ、奇跡に極めて近い、別の何か。

 

「ふんっ、ならっ!」

 

 ルーナの時間が止まり、Mが回り込んでスバルを狙う。

 

「よっ!」

「カッ!」

 

 振り上げたナイフを小石が撃ち抜き、Mの手元から弾く。

 それに合わせてMは直ぐに二人から身を引く。

 

「あたしもいるから」

「……忘れてたよ、キミのこと」

 

 時間を止めていたため存在感がなく、すっかり忘れていたぼたん。

 ルーナの停止と交代で彼女が動き出したのだ。

 

「にしても、変な能力だ、ね!」

 

 Mが新たなナイフを取り出してルーナに真っ直ぐ投げ飛ばす。

 ルーナは揚々と両手を開いてスバルを庇うように立つ。

 

「わっ!」

 

 スバルがルーナの腕を引いて無理矢理避けさせる。

 ナイフはルーナの心臓狙いだったため、元よりスバルには当たらない。

 ルーナが避けたことにより虚空を切った。

 

「バカ! まだよく分かんねえのにわざわざ受けようとすんな! 極力避けろよ!」

 

 スバルは引き寄せたルーナに顔を近づけ、剣幕な表情で訴えた。

 まあ、もし今のでルーナが避けず、何も力が発動しなければ、確実に死だった。

 そう考えるだけで、スバルは気が気じゃない。

 

「ん」

 

 ルーナは少し頬を赤くして、小さく頷いた。

 

 さて、少なくともスバルにその気はないが、イチャつく暇などない。

 

「そうだなー、じゃあ……」

 

 Mは底尽きぬナイフを取り出してルーナとスバルを見る。

 スバルは危機を察知して、数メートル先に落ちている瓦礫たちを浮遊能力で持ち上げた。

 動けば見えるが、一先ず視覚を封鎖。能力を遮断する。

 

「おいルーナ、作戦がある」

 

 スバルはそれだけ小声で耳打つと、どこかを一瞬指差す。

 Mは丁度視覚で見えない。

 ルーナは「作戦」という言葉から、ぼたんは感覚で察してチラッとその先を見た。

 

「いいか? 『スバルたち』が勝つには「スバルたち」が一瞬でも隙を作るしかない」

 

 隙の作り方。

 最も確実な方法が頭に浮かぶ。

 ……。

 正直危険だが、成功率が最も高いのなら、こんな相手には出し惜しみしていられない。

 

 言葉で概略を説明する暇も隙もない。

 一度スバルがその方法を見せて伝えなければいけないか……。

 でも……。

 

 いや、迷いは捨てろ。

 スバルはいつも、パッションで、根性で生きている。

 先陣を切れ。

 当たって当たって死なぬように砕けろ。

 

「オラオラオラっ! かかってこいや!」

 

 スバルは力の限り声を絞り出す。

 Mに向かってこいと、挑発して、手をくいくいと合図する。

 謎の自信にMは一瞬眉を寄せたが、周囲を見回した後、駆け出した。

 

「ルーナっ!」

「え、なに⁉︎」

 

 スバルはルーナの手を引いて少しだけ走る。

 ぼたんとの位置、そして周囲の瓦礫などの位置を踏まえての移動。

 Mも容易に能力発動できない。

 

「攻撃してみろやぁー!」

 

 スバルとルーナの周囲を包むように瓦礫が適度な高さに浮遊する。

 二人は瓦礫に覆われ、Mの視界から外れる。

 互いに見えない状態。

 外側に取り残されたぼたんは逆に危険、に思われたが、その瓦礫を通してMと対角の位置に立ち続けることによって能力から免れている。

 Mの動きは、視認しなくとも、「補足」能力で分かるのだから。

 

「キミの能力も見抜いたよ!」

 

 Mが瓦礫を直接蹴り飛ばした。

 そう、動力さえ有れば、浮遊物は動く。

 その一蹴りで大きな鉄の板が円の中心、つまりスバルに向けて飛ぶ。

 

「わっ!」

 

 スバルがルーナを横に押し出し、自身はそれを喰らう。

 そのまま真っ直ぐ後方へ吹き飛ぶ。

 ありえないほどの距離を。

 

「ぐああああっ!」

 

 悶絶の声が聞こえた。

 後方の建物まで直撃し、ガラスを突き破り建物内へ。

 やがてスバルの姿は見えなくなる。

 出てくる気配が……ない。

 

「しゅばっ‼︎」

「スバル先輩!」

 

 意識を失ったことを示唆するように、浮いていた全ての瓦礫が落下。

 ルーナもぼたんも、スバルに駆け寄りかけたが、ブレーキ。

 ダメだ。

 それは思う壺。

 

「でも、君たち二人でも十分厄介」

 

 Mはナイフを片手にルーナに向かう。

 スバルの安否に懸念の尽きぬルーナは、恐怖など感じなかった。

 ある感情とすれば、憂と微かな怒り、そして悲しみ。

 

 振り下ろされるナイフ。

 しかし、間近で急停止。

 

「やっぱり、時間とは関係ないみたいだね」

 

 止まる腕が、時間の流れの影響でない事を再確認。

 思いっきりの回し蹴り。

 間近で停止。

 全力の拳。

 間近で停止。

 殴打と砲撃連脚。

 尽く、ルーナに届く事なし。

 

 その隙だらけのMにぼたんは投石。

 石がルーナを回避してMを狙うが、ルーナを使って回避するM。

 追尾する石が、曲がり切れずルーナに命中した。

 

「痛っ!」

「え……」

 

 ぼたんは思わず声を漏らしてしまう。

 石が、当たった……?

 

「ヒントをどうも!」

 

 Mはルーナにナイフを投げた。

 実の所、ラストナイフ。

 これでナイフの在庫は切れる。

 

 ルーナに一直線に向かう短刀。

 そう、ルーナの開花した力、「姫の威厳」は如何なるものにも直接攻撃をさせない能力。

 ナイフを手に持った場合、接触攻撃としてMの腕に自動的にブレーキがかけられる。

 だが、投げられたナイフはMの意識下を離れ、物が単独で、勝手にルーナを襲うため、命中する。

 

 ルーナもぼたんも、そしてMも、ようやくここにて気が付いた。

 だが、ルーナだけ二人よりも理解が一歩遅れた。

 避ける判断が間に合わない。

 

「ぐっ……!」

「んなぁっ!」

 

 ぼたんがルーナを乱暴に押し退けた。

 ナイフはぼたんの肩に突き刺さる。

 ルーナは転倒し、ぼたんは激痛で意識が揺らぐ。

 

「よっ、と!」

 

 そのぼたんにMの回し蹴り。

 ナイフの刺さっていない腕で受けたが、男女差もあり、数メートル地を滑った。

 滑走した先、ぼたんは動かなくなる。

 まさか、意識を刈られたか?

 ナイフは刺さったままで、出血は少ない。

 

「後は……キミだけね」

 

 額から流れる血をスッと拭い、不快な笑みを浮かべる。

 ぼたんの投石や、わためとの攻防、飛散した瓦礫による切り傷が所々目立つが、もはや痛みすら感じぬほど。

 腕、脚、背中、額。

 この辺りから多少血を流すものの、体力の衰えは見られない。

 

 Mはナイフを無くしたが、代わりに側に散乱する瓦礫の中から鉄パイプを手に取る。

 鉄パイプをMは、ルーナ目掛けて投げた。

 パイプは空中で何度も回転しながら、ルーナの腹の辺りへ命中。

 

「うぐっ……」

 

 抉られるような痛みに似合わない呻き声を上げた。

 バタっと膝をつき、次に手をつき……。

 腹の底から込み上げるものを必死に胃の中で抑え込む。

 苦しみに、涙が滲んだ。

 視界が揺らぎ、意識がふらっとする。

 

「うーん……」

 

 ルーナが意識の淵で耐えている事を不満に思ったMは、もう一度何かを投げようと周囲を見回す。

 ナイフがきれていたのは、本当に運が良かった。

 

「ぅぅ……」

 

 膝と手が崩れ、ルーナはパタリと遅れて地に伏した。

 必死に持たせた意識ももはや限界だったのか。

 

「お?」

 

 Mは数歩だけルーナに近寄って意識がないか確認するが、動く気配はない。

 

「ふう……」

 

 スバル……瓦礫の中から一向に現れない。

 ぼたん……肩から血を流したまま、地に倒れている。

 ルーナ……地に倒れ、目も開かず、倒れている。

 

「……一先ずこれで、石が優先かな」

 

 難関である3人との攻防を終え、大きく息をついたMは事務所の入り口へ向かう。

 わためが石を持っている事は、先刻確認した。

 石を後回しにして行方を眩まされると厄介だと判断して、石の奪取を優先したらしい。

 背、額、腕、脚。

 ここからの出血は浅い。

 傷がそこまで深くないからだ。

 勝利に大層ご満悦。

 功績が大好きだと言っていた。

 性格から、ある程度想像できる様子だった。

 

 事務所に入ろうと、脚を踏み込みかけ……

 

「はい、油断した」

「ガァっハッ……‼︎」

 

 何者かに背後を取られ、背に触れられた。

 途端に、あらゆる傷口が大破するように引き裂けて、血を噴き出して意識を失った。

 大量出血よりも、激痛による意識の喪失と思われる。

 

 白衣を着た少し背の高い大人びた女性。

 胸の露出が大きい。

 正面に多少の返り血を浴びて、少しばかり雰囲気にそぐわない。

 

「はい、終わったからもう起きていいわよ!」

 

 半回転して、気絶したと思われる3名に声をかけた。

 振り返る際、携えた2枚の悪魔の羽が、ふわっと一瞬浮いた。

 

 3人にとって聴き慣れた声。

 独特の雰囲気を持った、何故かセクシーっぽい声。

 

 ガシャッ、がたっ、ガチャン、ガラッ。

 と、様々な瓦礫を押しのけたり踏んづけたりする小うるさい音がする。

 倒壊した建造物。

 スバルが吹き飛んだ際に壊れた瓦礫からだ。

 ガラガラと瓦礫の山が崩れ、中から何かが出てくる。

 

「あー! くっそ、肩いてー!」

 

 瓦礫から手が生えたと思えば、悪態を突きながらスバルが現れた。

 全身の至る所に切り傷や泥汚れなどを付けているが、案外元気そう。

 何とか山から抜け出ると、全身の汚れを払って、帽子を叩いた後、いつものようにキャップを頭に力強く嵌めた。

 

 スバル、健在。

 

「っつー……流石に、っ……がっ! コレは、いてぇすわ」

 

 気絶していたと思われたぼたんがゆっくりと起き上がり、痛みに顔を歪めながら右肩に刺さったナイフを抜いて投げ捨てた。

 抜き取る際に、出血した。

 左手で傷口を押さえて、ぼたんは軽く笑った。

 

 ぼたん、健在。

 

「うぅ……痛かったのら」

 

 気絶していたと思われるルーナがゆっくりと立ち上がる。

 腹を押さえて、痛みを思い出すように顔を顰めた。

 でも、他に外傷はなく、無事そうだ。

 

 ルーナ、健在。

 

「にしても、みんな良くあんな方法に出たわね」

 

 歩み寄る3人に近寄ってそれぞれを見るのは、勝利へ導いた、ちょこ。

 彼女の能力は「人体干渉」。

 患部に触れる事によって、その傷を癒せる。

 逆に、傷を大きく開かせることも可能。

 今回はその傷口を開かせる事によってMを気絶へと追い込んだ。

 拘束したのちに、傷口は塞ぐ予定だ。

 

「ん? ああ、性格的に、勝って兜を脱ぐタイプだと思ったからな」

 

 勝った時こそ気を引き締める。

 だが、Mの性格から、慢心と愉悦が心を満たすとスバルは読んだ。

 そして案の定な結果となる。

 

「びっくりしたよ、スバル先輩、急にえげつない作戦実行するから」

「ルーナも、しゅばとぼたんちゃんが急に動かなくなってびっくりしたのら」

 

 作戦詳細は話し合っていないはず。

 何故、以心伝心できたのか。

 

「よく分かったな、アレで」

 

 スバルも感心したようだ。

 

「まあ、吹き飛ばされたにしてもアレは威力おかしいでしょ。自分を浮遊させてワザと勢いよく衝突したんでしょ?」

「おお、さすがぼたんちゃん」

 

 流石の観察と推察。

 

「ルーナは分かんなかったけど、ぼたんちゃんが動かないからおかしいと思って」

 

 スバルに触発されてぼたんが、それに触発されてルーナが気絶を演じたのだ。

 

「で、ちょこが静かに空から背後をとって勝利〜」

 

 これでもちょこは悪魔。

 羽根で空が飛べる。

 足音なく接近は可能だ。

 

「あ! みんな大丈夫⁉︎」

 

 事務所からわためが出てきた。

 

「ああ、わため様」

「そうだな、スバルとルーナは大丈夫だけど、ぼたんちゃんは治療してもらった方がいいな」

「ちょこ先生、またになりますけど、いいですか?」

 

 足の負傷を一度治療してもらった手前、少し申し訳なさそうだ。

 だが、ちょこはそんなこと気にしない。

 

「いいわよ、気にしなくて。でも先にこの人の目隠しと手足拘束してからね」

 

 倒れたMを一瞥してちょこは言った。

 そして、わために事務所へ運ぶのを手伝ってくれと頼む。

 

「あ、なあ悪りぃけど、スバルちょっと行きたいとこあんだ」

 

 スバルは中に入ろうとするメンバーを呼び止めた。

 

「行きたいとこ? どこ?」

「マリン号だ。マリンの安否確認」

 

 スバルも、どうやらシオンと同じことを頭に浮かべていたようだ。

 誰もこの世界の事で収拾がつかず、もはや忘れていたが、マリンとノエルの安否が気になるはずだ。

 特に自己防衛に難ありのマリンは。

 AZKiとえーちゃんは国が違うためおそらく安全だろう。

 

 スバルなら車を使って素早く移動もできるため、安否確認には最適だ。

 

「なるほどね。じゃあ、お願いします」

 

 お願いする事ではないが、ぼたんはそう言う。

 言われてみると、全員気掛かりなのかも知れない。

 

「ルーナも行く」

「は? なんで?」

 

 ルーナがそっと一言添えると、スバルが反論に近い疑問を浮かべた。

 

「……何となく」

「そんな理由かよ」

 

 特に理由なし。

 てえてえ味を感じる一部始終。

 スバルは反対案を唱えようとしたが……

 

「まあ、この中を一人は危ないですから、その方がいいと思います」

 

 とぼたんがルーナに味方する。

 同意見で他2名も。

 スバルも腕に自信があるわけではない。いや、寧ろない。

 ルーナの能力は、相当のものだ。

 もうスバルが守る必要もないだろうから、足手纏いにもならない。

 それどころか、護衛役に回れる。

 

「分かった、すぐ出るぞ」

 

 急かすようにルーナを呼び寄せる。

 周囲から適当にキー付きの車を払拭して乗ろう。

 

「あ、待って! わためも行く!」

 

 スバルの背にわためが待ったをかける。

 

「は? それこそ何でだよ」

 

 ルーナ以上に付き添う意味を見出せず、スバルは声を大にした。

 

「わため、石持ってるから……」

「……ああ、そっか」

 

 事務所の地下から持ち出し、4期生に託された朱の石。

 ココからルーナ、そしてわためへと託されて結局ここへ帰り着いた。

 無論、安全な場所などないが、せめて元あった場所以外に置いておきたい。

 ちょこ先生がおり、治療場となれるこの事務所に敵を呼び寄せることを避けたいと考えるのは当然だ。

 

「なら……スバルが石持つよ」

「そうなのらよ。わためちゃまで来たら、事務所が人手不足になっちまうのら」

 

 今襲撃があった手前、人員を増加させたいほど。

 わためがわざわざ石と共にある必要はない。

 

「いや……しばらくこっちに人は来ないと思う」

 

 ただ一人、ぼたんだけは異なる見解を得ていた。

 

「根拠は強くないけど、コイツが来てから誰も来ない。多分、事務所の件を一任されたんだと思う」

「なるほど。連絡は少なくともこちら側からはできないから、向こう側が来ようと思わない限り来ないし、仲間に信頼があるならまず来ないってわけね」

 

 合点のいくちょこ。

 よく分からずに、わためも賛同した。

 何故わためはそこまでして一緒に行きたいのだろう……?

 

「はあ、分かったよ。早く準備していくぞ」

「うん、あ、でも、この人運ぶから、ちょっと待ってて」

 

 わためはぼたんとちょこと、Mを連れて事務所に入って行った。

 

 その後、やがて出てきたわため、そしてスバルとルーナは東の海岸へマリンを探しに行った。

 





 どうも、作者です。

 今回で事務所戦は終了。
 そして、スバルーナとわためは次なる舞台へ向けて車を飛ばします。
 ようやく動き始めますね。

 こんなペースで、各所、間も無く決着がついていきます。
 しばらくお休みだったメンバーたちも、また活躍しますよ。

 あ、ホロメンもリスナー様方もGGW、お疲れでした。


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59話 「夏色の あきぬ夜空に 赤い花」

 

 突然生まれた亜空間へつながるホール。

 そのホールを潜った男は空中に立っていた。

 

 その男のコードネームは、スペード。

 相対するホロライブメンバーは、フブキを除いた1期生。

 

 一人……夜空メル。

 能力の変わりに、魔力を本能解放に使用。

 よって、吸血鬼本来の力が使える。

 

 一人……アキ・ローゼンタール。

 能力は強化。

 自分、他人に関係なく、一度に一人のみの身体能力を強化できる。

 通称、ムキロゼから派生させた能力。

 

 一人……夏色まつり。

 能力は夏色花火。

 腰に携えた二本のバチで叩いた場所(空気も可)を打ち上げ花火のように軽く爆発させる。

 発色はランダム。

 夏とまつり――即ち、名前から派生させた能力。

 

 一人……赤井はあと(はあちゃま)。

 能力は赤い糸。

 想い人と繋ぐ、訳ではなく、ただ赤い糸を生み出して自由に操る。

 自身や自身の髪に巻いた糸から派生させた能力。

 能力と関係なく、定期的に人格が変わる。

 

 舞台は海岸ステージを少し離れて、砂浜へ。

 悪い足場と狭い活動域の中、4人は敵陣の行動の核となる存在を相手とする。

 

 あいつは、ここから動かしてはいけない相手だ。

 

 空に立つスペードの足は謎のホールに埋まっている。

 あのホールは、どこかの地面と繋がっているのだろう。

 

「そんなとこで見下ろしてないで、降りてきなよ、ビビってんの?」

 

 まつりが手出しできない状況を打破するために、簡単に煽る。

 が、当然耳を貸さない。

 

「どうしよう、まつりちゃん」

 

 アキロゼが憂いた顔でまつりを見た。

 まつりも、どうしようもない。

 全員が冷や汗を流す。

 

「私に任せなさい! レッドストリング」

 

 はあとが両手の袖の内から赤い糸を放出し、スペードの方まで伸ばす。

 出した紐の操作は自由自在。

 長さの限界まで、縦横無尽に操れる。

 

 赤い糸はこの夜の中では非常に目につきにくい。

 そもそもの細さも相まって。

 

 紐でスペードを括って手繰り寄せようと試みたが、容易には捕まらない。

 亜空間を通って逃げたスペードは地上に降り立っている。

 

「いいですか? 単調な動きは却って隙を作るだけです。確かに初披露の能力ですが、果たして有効的な手段でしたか?」

 

 浜の上で砂を踏み、偉そうに助言する。

 攻撃をしてこないのは、体力温存だろう。

 

「相手があなただから、隙をいくら作っても襲ってこないって分かってるからね」

 

 メルがカマかけるように言った。

 スペードが温存主義なことはこの数分で分析した。

 だから好き勝手している訳ではないが、ほぼ攻撃は来ないと思っている。

 まあ、それもここまでとなるが。

 

「ふむ、それも煽りですね? 私はそう簡単に体力を使いませんよ」

 

 メルは舌打ちのように口から空気を漏らした。

 

「……? トランプ……」

 

 不意にスペードは西北西の彼方を見た。

 何か、不吉な予感が全身を駆け巡ったのだ。

 その予感は次第に、体に妙な異変を呼び起こす。

 なんら行動に支障のない異変が。

 

「はっ! 型物・夏提灯」

 

 まつりは視線の逸れたスペードの不意を突き、バチを引き抜く。

 和太鼓(横付け)を叩くように構え、その通りに腕を振る。

 花火のトリガーを引いた。

 スペードのいた場所に、夏の屋台で見る提灯のような型の花火がまつりの目前に開花する。

 そう、スペードの「いた」場所。

 避けられて、もういない。

 

「自爆のように見えて、まるで影響を受けない」

 

 遠目から、美しい提灯型花火を眺め、スペードはそう評する。

 まつりは自身の花火の爆発の影響を受けない。

 基本的に、魔法は意識しなければ、自身の魔力による被害を受けない。

 自分に効果を付与したい場合や、それが本来の使用方法でなければ、基本的に全ての魔法において、使用者に害はない。

 自身の血が身を滅ぼさぬように、自身の魔力は簡単には身を滅ぼさない。

 

「そういえば、言ってましたね、トランプも……」

 

 またしても口にする「トランプ」と言う、カードゲームを示す単語。

 それが人だと、今の発言で、誰もが直感できた。

 

「まつりちゃんの技、めっちゃ綺麗でめっちゃおしゃれ」

 

 はあちゃまが微かに笑みを浮かべて、機嫌良く言った。

 場違いながら、それらしいとも思うほか3名。

 

「はあちゃまもおしゃれな事したーい! レッドストリング〜!」

 

 両袖からスペードを狙って空中に赤い糸が飛び出す。

 その2本は左右に分岐して綺麗な弧を描き、スペードを一度通り過ぎて上から拘束を狙う。

 スペードは無視するような勢いで亜空間を伝って回避。

 赤い2本の糸はスペードのいた場所で交わり停止する。

 

「見て! 赤いハート!」

 

 糸で描かれた赤色のハート型。

 これがやりたかっただけ。

 

「……ここからじゃ、見難い」

 

 アキロゼが半笑いで指摘した。

 暗い夜空に細い赤糸があったところで、目に止まるだろうか?

 意識しても、辛うじて見える程度だ。

 

「え、じゃあさー、まつりちゃんあれ光らせてよ」

「それ意味なくない?」

「えー、ないよー、全く」

「じゃあなんで⁉︎」

「んーー、なんとなく!」

「まあ、だと思ったよ……」

 

 これはまだ狂人の域ではないが、戦闘中とは思えない言動。

 流石ははあちゃま。

 全てを狂わせるパーツだ。

 

「さて、私もどうやら傍観していられないようですので」

 

 スペードが、二人のコントをスルーしてホールを通過。

 はあちゃまの真後ろに移動した。

 そして、予備動作短く片足の蹴りを撃ち込んだ。

 衝撃ではあちゃまの体が砂浜を滑った。

 大量の海の砂が全身を纏った。

 

「ぶうぇぇっ! ぺっ、ぶぇっ! ぶわあー、砂の味がする!」

 

 見た目以上の耐久度で、軽い擦り傷がある程度だった。

 

「アキちゃんナイス!」

「いや、私はムキロゼだ」

「ここでその設定いらないって」

「設定ではない、私はムキロゼだ」

「だからいいって……」

「……」

 

 筋肉を強調するムキロゼポーズ。

 をしたアキロゼが、ムキロゼだと主張。

 メルはそれを否定。

 肝心なのは、ムキロゼが設定かどうかではなく、能力によりはあとの肉体が一時的に爆発的に強化され、硬くなった、と言う事だ。

 今はもう、能力を切った。

 

「アキアキまではあちゃまみたいになったら大変でしょ?」

「え、はあちゃま大変なの? やったー、あはははは!」

「……いや、やった、て何?」

「……まつりちゃんの言う通りだね」

 

 はあちゃまの意味不明っぷりには、ホロメンいつも頭を悩ませている。

 ムキロゼは現れたところで大変ではないが、今は現れないでほしい。

 強いのかもしれないが……。

 

「でも、設定じゃないから、偶に出てきても文句言わないでね」

「なにその前振り、絶対また出てくるじゃん」

「あっはっはっはっはっ!……ふぅ」

 

 アキロゼの予言じみた一言にまつりが突っ込む。

 それにはあちゃまが大笑いした後、小さく息をつくと、放つ雰囲気がガラッと変わる。

 

「まったく……」

 

 はあとが愚痴っぽく漏らして、全身の砂を叩いた。

 微量の塩で粘着性が上がり、落ちにくい。

 

「あ、はあとちゃんがあらわれた」

「んな野生のポ◯モンとか魔物みたいな……」

「……? 敵は私じゃなくてあの人でしょ」

 

 連なるジョークを、帰って来たはあとが止めた。

 敵のように扱われ、本物の敵を指して現実に呼び戻す。

 

「そうだよ、変な設定の話とかに時間割いてられないよ」

 

 メルもそうだと同意し、空に佇むスペードを見上げた。

 

「だから設定じゃ……」

 

 アキロゼは悲しそうに渋々と同じ敵を見上げる。

 

「今の茶番、わざわざ傍観してたの?」

 

 敵の典型、負けフラグとなる行為にまつりは首を傾げた。

 中学生の女の子ヒーローが変身する時、戦隊ものの男性ヒーローが変身する時、敵は変身中に攻撃しない決まり、法則がある。

 だがそれは、アニメや特撮のご都合主義。

 リアルではない。

 

 何故、スペードは傍観していたのか……。

 

「いえ……そのつもりなど無かったはずですが」

 

 まつりに言われて初めて自分の愚かさに気がついたようだ。

 まさか、4人の茶番に心動かされたわけでもあるまい。

 額に手を当てて小さく首を横に振る。

 何か邪念を振り払うように。

 

「油断は禁物ですね、ご好意感謝」

 

 まつりの呼びかけに敬意を示す。

 まつりはしまったともろに口にした。

 無意識に傍観していたのなら、黙って切り込むべきだった。

 

「まあいいや、やる気になったんでしょ?」

 

 まつりは表情、主に目つきを大きく変えて笑った。

 そのまつりを含め、4人を睥睨する男の威圧的な視線。

 

「ええ、まあ、想定外……というより、規格外の事態ですので。誰がやったのか、トランプが負けたようです」

「……」

「私の能力を知るあなた方、放置して報復には向かえません。一度見過ごして対策でも打たれると堪ったもんじゃない」

 

 無理矢理こじつけたような理由だ。

 対策されるからと言って自身の行動に制限をかけていては、作戦遂行は難しいはず。

 既に想定外の事態が発生しているのなら、多少の危険を冒してでも助っ人に行けばいい。

 ホロメンなど、元より大した敵と見做していないのだから。

 

 このスペードという男。

 色々と読めない部分が多い。

 脳内設計図が、まるで整っていないようだ。

 

「悪いけど、たった今、早速作戦思いついたんだよね。お前に勝つための」

 

 まつりの笑みが深くなる。

 メルもアキロゼもはあとも、えっ、と口を揃えて驚愕した。

 嘘か真か、敵も味方も判断に戸惑っている。

 

「みんな、ちょっと……」

 

 まつりは3人を一箇所に集める。

 作戦会議、というか作戦伝達。

 

「今度は傍観しませんよ」

 

 スペードが一つのホールを潜ってまつりの背後へ移動。

 横腹に全力の回し蹴りを打ち込む。

 

「ぐっ……」

 

 はあちゃまの時よりは綺麗に受け身を取るが、骨が軋むような威力。

 アキロゼの強化なしでは、まともに受けられない。

 男女差に加えて、運動能力の差だ。

 

 側にいた他の3人。

 アキロゼとはあとはすぐに身を引いた。

 メルはスペードの脚を捕まえに手を伸ばした。

 

 だが、スペードはすぐさま足元に広げたホールに入り遠くへ距離を取る。

 

 まつりはその一瞬で、はあとにだけ作戦の第一歩を伝える。

 

「分かったわ」

 

 はあとは力強く頷いた。

 

「みんな、行くよ!」

 

 まつりの号令。

 誰一人、気を引き締めない者はいない。

 

「威勢も調子もいい事で」

 

 スペードは誰を目掛けてか、駆け出した。

 素の実力で、相当速い。

 真っ直ぐ4人の中心あたりを目掛けて走り、ある程度接近すると標的をはあとに定めた。

 まつりが耳打ちしたことを危険視したためだ。

 策は本物だと見たようだ。

 

「赤繭」

 

 はあとの全身を赤い糸が覆った。

 まるで蚕の作り出す繭や、その他蛾が成長する過程で成るように。

 その容姿、赤く血に染まった繭のよう。

 

「はぁっ!」

 

 スペードは的を変えず突っ込み、強めに蹴りを入れた。

 しかし、硬いのか柔らかいのか、微妙な感触に威力は抹消された。

 

「……!」

 

 その背後を取ったのはメル。

 靄となって姿を消し、そして現す。

 形成されるメル本来の形。

 霞みがかった全身は、完全に生成する前にスペードを掴みにかかったが、彼は右側へと身を投げ、ホールへ逃げた。

 中空へ身を投じ、華麗に空に浮き立つ。

 

 残念、空振りだ。

 

「はあとちゃん!」

「はあちゃまよ!」

 

 赤繭を破り捨てると、またまた変貌、狂人はあちゃま。

 糸を駆使してスペードを地上へ引き戻す。

 とは言え、当たりはせず、勝手にホールを抜けて地上へ降り立つのだが。

 

「なら、これはどうでしょう?」

 

 空に巨大なホールが生まれた。

 4人の頭上を完全にカバーする大きさ。

 そのホールから落下してくるのは……大量の岩石。

 一体どこから引っ張って来たのか。

 

「自分の身を!」

 

 アキロゼが各々に呼びかけた。

 みんな、自身を守ることで手一杯。

 

「スカーレットスカイ」

 

 はあちゃまの頭上は幾重にも重ねた赤い糸で覆われ、岩石を防ぐ。

 

 メルは霞となって消え、アンデッドの力を見せる。

 

「おらおらおらおらおら」

「おりゃおりゃおりゃおりゃ」

 

 ムキロゼは肉体を強化して岩石を生身で破壊して蹴散らす。

 また、まつりは何度もバチで空を打ち、大花火で落下石を粉砕する。

 

「ふむふむ、では」

 

 スペードの意味深な首肯と同時に、ホールから降ってくるものが変わる。

 海水だ。

 

「わっぷ!」

「ぐっ……」

「ひゃ」

 

 大量の水は人を押し流すのに十分すぎるが、メルは霞のため効かない。

 ムキロゼは強化した肉体で力強く濡れた砂を踏み締め、身を留める。

 

 問題ははあちゃまとまつり。

 水流に抵抗できず、海側へ流される。

 このままでは海の果てまで流れゆく。

 特にまつりは距離が離れて沖まで向かう。

 

「はあちゃま!」

 

 ムキロゼがはあとの糸を数本掴んで引き止める。

 

「まつりちゃんにも糸を巻くんだ!」

 

 ムキロゼの指示ではあちゃまは更に流れるまつりの体を糸で括った。

 流れが荒く、水面が激しく揺れる。

 海が荒れた時のような波だ。

 

「メルちゃん、引き上げを手伝ってくれ!」

 

 ムキロゼは視界に映らない仲間を呼ぶ。

 すると、荒れた水流の中にメルが姿を現す。

 持ち前の怪力で強く踏ん張りながら、ムキロゼと共に糸を引いた。

 

「はっ! 二人とも後ろ!」

 

 はあちゃまが二人の背後から迫るスペードを見て喚起した。

 しかし、警告を受けても避けれない状態。

 奇襲を理解しつつも受けることを覚悟する。

 ホールは一度に二つ以上作れないことは既に見抜いている。

 

「ぐっ……」

 

 スペードの蹴りがムキロゼを横から撃ち抜く。

 一度水流が止む。

 スペード自身が流されないためにだ。

 だが、海の荒れが引くまではあと数秒。

 その数秒間に、ムキロゼは多くの拳と蹴りを受けたが、決して糸を離さず、体制を崩すことはなかった。

 

「メルちゃん、引くぞ!」

「うん!」

 

 海が静かになり始め、二人は息を合わせてまつりとはあとを一気に引き上げた。

 

「ぶはぁっ!」

 

 はあちゃまとまつりが海から引き上がる。

 砂浜に落下。

 濡れているとは言え、ソフトな感触で痛みは柔らかい。

 

「あ……ありがど……じぬがどおぼっだ……」

 

 まつりが砂浜に転がって、泣くような声で礼を言う。

 ゾンビのような声。

 目元が濡れているのは、もしかすると涙で、鼻元のは鼻水かもしれない。

 

 はあとは静かに立ち上がった。

 まつりとは対極的で、冷静だった。

 

「なるほど、無形物には無力……でないにしろ、弱点ですね」

 

 一つ弱点を手に入れ、顎に手を当てる。

 全体的に水には抵抗しようがないと分析した。

 否、もっと言えば、形ないものに弱い。

 火、水、気体など。

 4人は圧倒的な物理型特化。

 ギリギリまつりは炎を操るとも言えるが、気体、水、業火に巻かれれば勝ち目はない。

 

「はあちゃま……どう?」

「私、はあと! 準備はできてるから、あとは運」

 

 またしても人格がひっくり返っていた。

 まつりははあとの返しに頷いた。

 しかし……今日はやけに人格転換が頻繁に起こる。

 何かしら、理由はありそうだ。

 

「ううん、それより今は……メルメル、アキアキ、いくよ!」

 

 まつりは濡れて張り付いてくる服を気に掛けながら二人に合図をした。

 メルもアキロゼも、気が引き締まる。

 腹を括り、全力を持ってスペードと相見える。

 

「ミラーカ」

 

 メルが霞となって消える。

 アンデッドの一種である吸血鬼の力。

 姿の見えないままスペードへ接近、背後で自身の体を形造りながらスペードの襟を掴もうとした。

 しかし、直感で避けられる。

 追撃のまつり。

 バチを振ってメル諸共花火の餌食とするが、ホールで空に逃げられた。

 

 残念、空振りだ。

 

「もう〜、まつりちゃん」

 

 花火に打たれたメルが頬を膨らませてまつりに抗議した。

 まつりは「あはは」と笑いながら謝る。

 

「ごめんごめん、どうせ効かないからいいかなって……」

「吃驚はするんだよ?」

「き、気をつけます……」

「まつりちゃん、それより、またハズレよ!」

「本当に、攻撃を避けられてばかりだな」

 

 はあとの歯軋りとムキロゼの腕組み。

 ムキロゼからはやけに強者の風格を感じる。

 

 ムキロゼははあとの間近にいる。

 奇襲攻撃に最も対処しづらい仲間を庇いやすくするためだ。

 

「たぁっ!」

 

 スペードがまつりの真横に移動して海へと蹴り飛ばした。

 アキロゼの強化もないため、ガッツリと海へ吹き飛ぶ。

 

「まつりちゃん!」

 

 はあとが叫ぶ。

 幸い、まだ底が浅い。

 脇腹が痛いが急いで上がれば……。

 

「ぶわっ!」

 

 そこへ大量の海水がピンポイントで放出される。

 圧倒的水流で、一気に沖側へ押される。

 みるみる足の着かない底深い沖へ。

 

「まつりちゃん、待ってろ!」

 

 ムキロゼが海へ飛び込んだ。

 

「メルちゃん、そっちは任せた」

 

 強そうな筋肉は見えないが、ものすごい速度のバタフライで海を進む。

 まつりも懸命に足掻き、水没を回避して待つ。

 

「ふんっ!」

「ぐばっ!」

 

 スペードが砂浜からまつりを蹴り飛ばした。

 ホールに足だけを突っ込んでまつりを蹴ったのだ。

 まつりは痛みと共にさらに沖へ。

 

「ぐっ!」

「メルちゃん!」

 

 はあとは何もできず唇を噛む。

 ムキロゼはバタフライを続けてメルに支持するように力一杯声を張る。

 そうだ、メルはこちらを任された。

 こちらとは、スペードの妨害のこと。

 これ以上、沖に蹴られては救えなくなる。

 

 メルは砂を蹴った。

 飛ぶようにスペードに一直線。

 渾身のパンチを狙うが、当たるはずもない。

 空中に避けるまでもなく回避。

 見事に空振ったその隙にまたホールをまつりの下まで繋げて蹴りを狙った。

 

「ぐぅっ!」

 

 はあとが間に割り込み、蹴りを身体で受け止めた。

 腹を抉られて一瞬意識が飛び掛ける。

 何とかスペードの脚に掴まって、場は動かなかったが、目眩で世界に蜃気楼がかかる。

 しかしはあとは然としてその手を離さず、スペードの行動を封じる。

 

「くっ! このっ!」

 

 2度ほど追加で利き足でないが、蹴り込みが入る。

 でも、離さない。

 

「デッドリィブロウ」

 

 メルははあとが奇跡的に捕らえた敵をすかさず殴り飛ばした。

 メルの超怪力による超破壊的な一撃。

 綺麗なほど腹に打ち込んだ。

 はあとが同時に手を離し、スペードは遠くへ吹き飛ぶ。

 

 メルは一旦迎撃をやめ、膝が浸かる程度まで海へと入る。

 

「不死の冷気」

 

 アンデッド特有の冷気放出で周囲数メートルを凍らせる。

 ムキロゼとまつりの上陸を早めるために。

 それが功を奏した。

 二人は凍り付いた海面に上陸し、ムキロゼがそのまつりを抱えて2人の元へ戻った。

 

「がぁっ……はあ、はあ、はあ……あ、ありがと……はぁ……」

 

 泳いだムキロゼ以上にまつりは疲労が目立つ。

 まあ、ムキロゼ……いや、いまはアキロゼが強化状態で運動しても、疲労は少ないから、当然である。

 流れある海面でもがくことは、体力を減らすことに貢献してしまっている。

 寧ろ、まだ元気な方でマシだ。

 

「ちっ!」

 

 腹に一発ぶち込まれたスペードは、一旦空へ逃げた。

 

「なっ! なんですかこれは!」

 

 空でスペードの驚愕の声がした。

 見事、アタリだ。

 

「はあ、はあ……やっと……」

「やっと罹ったわね!」

 

 疲労困憊で必死に宣言しようとしたまつりを遮り、はあちゃまがスペードにビシッと人差し指を向けた。

 メルもアキロゼも、作戦を知らないため、動揺が隠せない。

 

「これは……糸!」

「そう、はあちゃまがずっと空に仕掛けてた糸に絡まったの」

 

 はあとの糸は、空中に浮くことも可能。

 物理法則完全無視の自由機動の糸だ。

 

「ふっ、しかし私が空では手が出せないでしょう? やがて糸も解けます」

 

 時間さえあれば、またスペードは稼働する。

 

「……だから、その前に倒す!」

 

 まつりは力強く宣言した。

 体力少ない中、しっかりと足を張って立つ。

 

「メルメル、アキアキ、お願い」

 

 簡潔に打倒法を伝授。

 きめはまつりが貰う。

 

「「オーケー!」」

 

 これで決める。

 

「レッドバインド!」

 

 はあちゃまの糸がさらに数本スペードに絡まる。

 解くまでに短くて1分はかかる。

 

「くっ、小癪な真似をしますね……ん、何を……」

 

 海、水面を駆ける1人の少女が目についた。

 メルだ。

 吸血鬼は、水面を歩ける。

 走り走り、疾走し、スペードの真下あたりで立ち止まる。

 

「アキアキ!」

「行くぞ、まつりちゃん!」

 

 アキロゼが肉体を強化。

 ムキロゼとなり、まつりを抱えるとまつりを全力で投げた。

 

「あわわわわわわわっ!」

 

 向かい風に当てられ、顔が破けそうだった。

 スペードは嘲笑を浮かべた。

 投げた所で、ここまでは届かないと、たかを括っているから。

 

「強化、まつりちゃん!」

 

 アキロゼが強化対象を自身からまつりに変更、まつりの身体能力が大幅に上昇。

 そのまま飛ばされ、落下地点はメルのいる海上。

 

「メルメル!」

「行くよ!」

 

「ま、まさか……くっ、このっ!」

 

 2人の掛け声と配置で作戦を理解。

 スペードは懸命に足掻き、糸を解こうとするが、一向に解けない。

 

「「せーの!」」

 

 まつりはメルの重ねた手に足をかけ力強く踏み込むと、メルの怪力での反発で高く空へ上昇。

 みるみるスペードが近づく。

 彼はホールを展開しようにも、空に立つために展開したホールに片足を突っ込んでしまっている。

 その状態でホールを閉じれば、足が切断される。

 足は糸で動かせない。

 

 畢竟……回避策、無し。

 

「観念しな、ワープ野郎!」

「畜生!」

 

 まつりは両手でバチを構える。

 和太鼓を、叩くように。

 

 赤い糸で包まれた空。

 隙間なく、決して飽きない光景に。

 夏色に、星の輝くその夜空に。

 夏の風物詩が、大きな音で一面を照らす。

 

「特大、夏色大花火‼︎」

 

 特大の海上花火が半径数キロを照らし出し。

 半径数キロに、その轟音を轟かせ。

 

 スペードという強敵を、沈めることに成功した。

 

「はあちゃま!」

「はいはーい、よっ!」

 

 まつりは、打ち上げ後に落下する星のように海上向けて真っ逆さま。

 同様に、花火に打たれたスペードも。

 

 見兼ねたまつりは、はあちゃまにスペードを海に落とさぬよう指示した。

 そして本人は、メルに王子のようにキャッチされる。

 

 4人は、濡れた服で、砂浜の砂を強く踏み締めた。

 押し返される、砂っぽい感触。

 気絶したスペードをはあちゃまの糸で縛り、地に放ると、4人は顔を見合わせる。

 

「ん」

「……」

 

 まつりが拳を中央へ。

 

「ふふっ!」

「やったね!」

「サイキョー!」

 

 4人の拳が、小さくコツンとぶつかり合う。

 

「ぅーーー――」

 

 誰かが喉奥で音を振動させて、その後はみんなで――

 

「「やったーー、勝ったー」」

 

 と、歓喜に声を揃えた。

 

 見事。

 東の海岸、海上ステージ付近の砂浜にて、スペード、撃破。

 

 

 また一つ、勝利を収めた。

 

 

 





 作者でございます。
 今回は1期生の見せ場でしたが、軽くネタっぽい戦い方にしました。

 次回はいよいよ、ずっと欠番だったあの人が……!

 あ、そらちゃん、お誕生日おめでとう。
 そして、ぺこちゃん、喉お大事に。



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60話 出航

 

 とある一室、1人の女性が眠っている。

 ハンモックのような寝床がロマンだが、寝心地悪そうなので備え付けられているのはベッド。

 ライブの練習としてここへ来ていたが、数時間前に疲れ果て、一眠りして今に至る。

 扉の鍵は閉め、外からの解錠は不可能。

 内側の人間が開けねば開かない。

 

 その、眠る女性は、波の音も謎の騒音も無視して眠り続けていたが、ある爆音をきっかけに、遂に目覚める。

 

 外、小さな窓から差し込む謎の閃光。

 そして、1秒ほど遅れて花火が打ち上がるような大きな音。

 流石の眠り姫も、この騒動で寝ていられるほど、警戒心は低くない。

 

「ん……何の音……?」

 

 覚醒の浅い中、爆発音の原因を探るために静かに立ち上がる。

 両目を擦りいつもの上着を手に取る。

 自前の海賊帽を被り、外していた眼帯も付け直す。

 

 ガチャッ、と扉を開けようとすると、鍵をかけていたため開かない。

 うっかり、といった様子で解錠して外へ出ると、その景色は……

 

「……ぇ? ど……は?」

 

 唖然と世界を見渡し、呆然と空を見上げた。

 空気感がいつもと違う。

 それを肌で感じつつも、心がその事実を拒んだ。

 やがて口をついて出るのは、

 

「……何時間寝てた?」

 

 という現実逃避の一言。

 

 帽子の上から頭を掻き、ゆっくりと休憩部屋の時計を見に行く。

 時刻は眠り始めた14時半から数時間経過した17時。

 だが、この夜空は、21時や22時など、完全に夜のそれだ。

 数秒して発覚するのは、時計の停止。

 長針短針どころか、秒針すら動いていない。

 

「……さっき、なんか音がしたけど」

 

 閃光と爆発音を思い出して、ようやく意識がハッキリとしてくる。

 そうして、脳が目覚めた結果、この少女……マリンは恐怖に身を苛まれる。

 

「……あ、これ終わったやつだワ、マリン死す」

 

 ぼっちで異空間の真っ只中。

 マリンは現状が絶望的であると解析し、ネタで自分の心情を騙す。

 足が震えているように思えるのはきっと、波で船が揺れているから。

 

「そ、そうだ……錨を上げて海に逃げるとか……いや、舵取りできない」

 

 最後の一言は、本当に海賊かと疑いたくなる一言だ。

 おっと、彼女は海賊では……。

 ……………。

 

「待て待て落ち着けマリン。まずは冷静にスマホという文明の力を取り出して、したらば愛すべき……誰かに」

 

 電話をしようとして、選択肢の多さに一瞬指が止まる。

 こんな時に頼りやすい相手、と絞るとやはり限られる。

 状況から選ぶに、フレア、ノエル、シオン、ココ辺りが無難。

 後輩はこき使うに適するが、先輩として頼りづらい。

 似た理由から、先輩をこき使おうとは思わない。

 たとえ相手がシオンでも。

 

「と、取り敢えず、営業ではないマリフレの絆を信じて……」

 

 フレアへの通話ボタンを押し、耳に当てる。

 数コール、耳元で聞くがどれだけ待てど出る気配がない。

 出られない可能性が高い。

 

「な、ならノエちゃん……!」

 

 通話相手をノエルに変更してコールするが、やはり出ない。

 コール音が鳴るということは、電波障害ではない。

 本人が出られない状況にある、若しくは電波以外の問題で電話が使えない。

 

「…………」

 

 真の危機感がようやく身に染みてきた。

 最悪な事態は、この謎の空間に、仲間と呼べる存在が1人もいない場合。

 この危険な世界からの脱出方法は謎。

 打開方法を自案で模索するのは極めて困難。

 

「船長の17歳でありながらの長年の経験を活かすと、ここは引き籠るべき。そう心が告げている」

 

 意味不明な言葉で自分の案を口にして、マリンは休憩部屋に戻ると鍵をかける。

 そして、例の如くその場から動かない。

 

「動かざること山の如し。ここ海だけど」

 

 無限の独り言で気分を紛らせる。

 スマホで何かしらのアプリが開けないか試すが、どれもグルグルと延々とロードし続け、一向に開けない。

 

「はぁ……誰か来てくれんかな……。来てくれんかったら、一生ここで生きるまであるんだが」

 

 誰も来ない未来が見える。

 この小さな船の一室で永遠に過ごして、虚しい老後人生までしっかりと。

 

「ああ、無理だワ。マリン死んじゃう。本当に死す」

 

 ホロメンが来なくとも、誰かが助けてくれればいい。

 極論屈強な男でもいい。

 助けてくれるのなら。

 

「みんなぁ〜」

 

 スマホのホロメン集合写真を見る。

 

「一味ぃ〜」

 

 どこから出てきた、一味唐辛子を手に取り見る。

 

 マリンは案外孤独に弱い。

 それもそう。

 だって、純粋かは別として、彼女もしっかり乙女だから。

 

「……せめて」

 

 せめて、何もできずに待つよりは、非常事態に備えておくべきか。

 一瞬脳が冷静に判断した。

 結果、マリンは船の武装具保管庫へ走った。

 将来、信頼を預けた一味だけに使用を許可する「予定」の海賊用の装備品。

 簡易的な拳銃、形の悪い鉄製防具、安い剣。

 予算の都合で良い設備ではないが、腕が立てばきちんと機能する品々。

 設備の予算は大方、大砲設置に使用したからだ。

 因みに、大砲の設置だけで砲弾は殆どない。

 

「くっ、ロマンにお金をかけすぎた」

 

 いつか海に出たら、宝を手に入れて、設備も一級品にしてみせる。

 ……ちょっと訂正。

 設備「は」一級品にしてみせる。

 

 拳銃一丁をベルトに装着し、剣を手に持つと先ほどの休憩室へ戻りまた施錠する。

 怪しい奴が来れば、最悪のエイム力で頑張って当てる。

 

「下手な鉄砲も数打てば当たる……弾、10発だけど」

 

 銃を二つ持ったところで使いこなせる自信はないので、一つしか持たなかった。

 剣も同様に。

 

 ゲームでは中々のエイム力を発揮するが、ぼたん程のリアルエイム力はない。

 加えて、判断力や思考力も大してない。

 

 カタンっ、と甲板で音がした。

 

「っ……」

 

 珍妙な格好で拳銃を構えた。

 弱そうだ。

 

 カタカタと甲板を少し走り、こちらへ寄ってくる。

 誰だ!

 

「船長! 船長いる⁉︎」

 

 聞き覚えのある特有の声質。

 誰が聞き間違えようか?

 マリンの似非愛娘、あくあだ。

 まさか、母を助けにきてくれたのか!

 

「あくたん?」

 

 扉越しに一度確認した。

 

「船長!」

 

 扉をドンドンと叩く。

 過激な行動だが、本当にあくあだろうか……?

 

「ちょっと待って!」

 

 マリンは歓喜のあまり警戒心を薄めて拳銃と刀をしまうと扉を開けた。

 すると、扉の前には……。

 

「あくたん!」

「船長!」

 

 本物のあくあがいた。

 いつもの愛らしく合いにくい視線がマリンを迎える。

 

「流石我が娘、船長のピンチに駆けつけるとは!」

 

 涙ぐむ様な胡散臭い仕草をしてあくあの肩をポンポンと叩く。

 あくあは呆れた表情で安堵の吐息をついた。

 

「ふぅ……何か心配して損した気分」

 

 片手にシオンの箒を掴み、しがみ付いてくるマリンを弱い力で引き剥がす。

 互いの装備品を見合い、互いに首を傾げた。

 

「あくたん、何でシオンたんの箒持ってんの?」

「船長こそ、その剣と銃は?」

 

 似合わない装備に2人は難解な顔をしていたが、それぞれ簡潔に説明し理解し合った。

 あくあはついでに、この世界に今起きていることをありのまま語る。

 

「じゃあ船長も……ありのまま今起こったことを話すぜ」

「話すことないでしょ、ふざけてる場合じゃないの!」

 

 寝て起きた、それだけがありのまま今起こったことだ。

 あくあもそれを見抜きスパッと切り捨てる。

 船長は少しばかり残念そう。

 

「娘が反抗期……」

「……」

 

 もはやツッコミすらなくなる始末。

 さて、そろそろネタも尽きたところだし、行動しよう。

 

「で、あくたん……船長は何したら良い?」

「んー、それはあたしも分かんない。あたし自身、何すれば良いか……」

 

 箒を数回見て、色々と視線を泳がせる。

 シオンと逸れて、あくあは目的地を失ってしまった。

 もし、あくあがマリンに指示できることがあるとすれば、それは事務所への速やかな帰還。

 事務所ですることなど皆無に等しいが、安全面では最適といえる。

 あくあはまだ、事務所にちょことぼたんしかいない事を知らないから。

 

「あ! おーい! 船長ー!」

「え、誰?」

 

 船外からマリンを呼ぶ声が耳を突き抜ける。

 この声質と声の大きさ、聞き返しながらも目星はつく。

 

「あくたんもいる!」

「大丈夫そうなのら」

 

 角度はやや上辺り、続けてまたまた特徴的なゆるふわな声と、幼いオーラのある声。

 どうやら仲間たちは集い始めたようだ。

 

「え、え⁉︎ 空飛ぶ車⁉︎」

「スバル! わためちゃんにルーナちゃんも」

 

 空から車で颯爽と登場したのは事務所から駆けつけた3人。

 足場悪くも砂浜に車を着陸させ、ブレーキを掛けながら幾度か旋回して勢いを殺すとやがて停車した。

 物凄く砂塵が舞って、目が痛んだ。

 

「船長もあくあも無事だったんだな」

 

 掛けられた梯子を使って甲板まで3人が登ると、スバルは早々に笑った。

 

「何、みんなして船長の心配? 歓喜のあまりにトイレ行きたくなってきた」

「無理矢理そこ関連づけんな」

 

 トイレに行きたい生理的欲求を嬉しさという自身の感情と何故か結びつける。当然、全く関係ない。

 照れ隠しとしておこう。

 

「おーーい! みんなー!」

 

 更に更に人は集う。

 声に惹かれて砂浜の向こうを見れば4人組が船へと駆けてくる。

 まるで青春のように。

 

「あれは……1期生だ」

「やっほー!」

 

 顔が識別できる距離まで詰まり、認識できると手を振り返した。

 まつりを筆頭に、メル、はあと、アキロゼが機嫌よく手を振っていた。

 確かあのグループは海岸ステージの石を回収しに向かったはず。

 確保に成功したのだろうか。

 と、勘違いしたくなる。

 

 しかし、4人を甲板に上げ、情報共有した結果、それは誤りだと知らされる。

 けれども、得たのは朗報。

 スペードの撃破だ。

 事務所でのジョーカーM、あくしおでのトランプ撃破もまた朗報。

 

 スペードは適当な岩陰のあたりにはあとの糸で縛っており、ジョーカーは事務所の地下に縛って目隠しして拘束、トランプは洞窟にてシオンの魔法で束縛中。

 

 各チームの功績は多大なるものだ。

 そして、その功績を上げた一部がここへと集った。

 問題は、今後の行動だ。

 

 このメンバーで何ができる。

 このメンバーでこそ、できることは何だ。

 

「……それで、メルたちは、北のスタジアムに行こうと思うの」

 

 情報提供を終えた後、一期生組からその一言があがる。

 

「0期が向かったとこだね。でもなんで?」

 

 助っ人に行くのなら、何故0期なのか。

 

「スペードが、エースの元に石を渡すって言ってた」

「そうそう」

「そのエースって奴がスタジアムにいるともね」

「なるほどね」

「じゃあ、そこに石が集まってるってことなのら?」

「多分そうだよねぇ」

 

 マリンを除く全員が会話の内容を素早く消化する。

 但し、あくあは消化するのみで会話には消極的。

 

「そうか……この人数じゃなきゃ車で送れたんだが」

 

 数を数える。

 計9人。

 車は基本多くて8人乗り。

 トラックでもパクれば全員乗れるが、ここから街に探しに出るのは面倒だ。

 それでも一応、時間短縮にはなるだろうが。

 

「あ、わたちゃなら自力で走れるのらよ」

「ルーナたん⁉︎」

 

 ルーナの驚愕の仲間売り。

 わためへの強烈な無茶振りに全員が驚いただろう。

 

「それこそ、あくたんその箒使えないの?」

 

 マリンがあくあ(シオン)の箒を指していう。

 これに乗ってきたなら、これに乗って向かえるのではと。

 だが、シオンに構築してもらった魔法は既に消えた。

 あの魔法はここまでの直線距離を飛ぶ式だった。

 もう、あくあを乗せて動きはしない。

 

「もう、マリンずっとここにいたんだし、このままここに1人でも良くね?」

「スバル先輩⁉︎ 絆は? ババドナの絆は?」

「ねえだろ」

「ないけど!」

「冗談だよ」

 

 1人削るなら、とジョークを交えるスバル。

 全員、一瞬背筋が凍ったことだろう。

 1人残されたくはない、と。

 

「……しゅば」

「ん?」

 

 ルーナがキョロキョロと周囲を確認した後、船のデッキから海を見下ろしてスバルを呼ぶ。

 呼ばれたスバルは当然、他の皆もこぞって波を見下ろす。

 ただ、波が船を揺らすのみ。

 錨は降りているので、船は動かない。

 

「浮いた物は、動力があれば動くのらよね?」

「ああ……そうだが、流石にそれは……」

 

 ルーナの一言から思想を見抜いて先に否定した。

 浮かせる重量ではあるが、大きいものを操作するのは難しい。

 

「まさか、船浮かそうって?」

「え! そんなことできんの⁉︎」

 

 あくあも続けて思考が追い付いた。

 最も衝撃を受けていたのはマリンだ。

 しかし、話はそう簡単ではない。

 

「浮かすことはできるけど、浮くだけだぞ」

「動力がいるんだよね?」

「ああ。このでっけえ船を例え波のままに動力を得て浮かしたとしても、空中に出た途端もう二度と加速はできねえ。しかも残念なことにこっからスタジアムに向かうなら風は向かい風だ」

「抵抗でドンドン減速、やがて進行方向は真逆」

「そうなる」

 

 スバルの能力は、見聞だけでは便利そうだが、実際に活用に移すとなるとそれなりの知識と技術が必須となる。

 この中に1人でも風を操る者がいれば話は別だが、そんな好都合は、

 

「ならメルが風向きを変えてあげるよ」

「え、どうやって?」

「吸血鬼って、天候も操れるんだよ」

「うせやん……」

 

 メルの新能力発覚。

 雨風雪に、雷と、吸血鬼は天候を自在に操作できる。

 規模が大きく仲間に被害が及びやすいため、基本的には使用しないが、風を吹かせる程度なら配慮は不要だろう。

 

「でもここで風吹かせると海を荒らしちゃうから、船を出港させる動力は別で欲しいかな」

 

 と、メルはチラッとあくあを見た。

 

「……! な、ならあてぃしが……水力でどうにかするよ」

 

 焦点となるのを避けて、帽子で身を隠すと声だけで答えた。

 

「おいおいマジかよ、本気で船飛ばすのか」

 

 スバルは片手を顔面に押し当てた。

 

「……マリン、いいか?」

「え? あ、まあ、浮かすだけなら良いですよ」

「まあ、壊れても裏世界と表世界は別だから、表側の船は無事だしな」

「壊す前提⁉︎」

「まあ、陸上に着陸したら壊れるでしょ」

「反対反対、猛反対します! 大事な船をもっと重んじてください」

 

 マリンは地面に激突して大破する未来を予測して抗議した。

 

「よし、じゃあ錨上げろ」

「反対ですってば!」

「よし、メルとアキちゃんであげるよ」

「おーい! 反対ですってばー!」

「どこにいんのか知らんけど、あくあも頼むぞ」

「……うん」

 

 マリンの声は虚しく木霊すらしない。

 もはや皆の腹は決まった。

 畜生メェ!

 

「えーい! いいですか、船長の船ですから船長が仕切ります!」

 

 ヤケクソ気味にマリンが甲板の中間に躍り出て手を翳す。

 

「全員、仕事のある者はその位置へ、ない者は室内に入るかどこかに掴まって出港の衝撃に備えること」

「「おおー」」

 

 海賊船船長らしい様に一同から歓声が上がる。

 歓声が上がって、動いてはくれない。

 

「船長の合図で出港します。舵も船長が取ります」

「あ、舵は取る必要ないよ」

「……取ります!」

「……はい」

 

 自慢の圧で有無を言わせぬ。

 不要だとしても、せめて舵取るふりだけはする。

 

「船長、錨上げたよ」

 

 アキロゼとメルからの報告。

 

「あくたん、いける?」

「いつでも」

 

 姿を消したあくあからの首肯。

 全員乗った?

 乗ってる!

 

 こんなセリフ、本当に使う日が来るとは!

 

「それではみなさん、行きますよ〜。出港〜!」

「「ヨーソロー!」」

 

 みんながちゃんと、掛け声をかけてくれる。

 いと優しきかな、仲間達。

 

 マリンの号令に合わせて、あくあの能力で海の水の流れを船の向く方向に合わせる。

 すると当然、船は前方に直進を開始。マリンが面舵をとり堤防にぶつからないよう操作。

 ある程度の加速が終わるとスバルが能力で船を空中に飛ばした。

 見事に巨大なマリン号は水面を離れ空を進み始める。

 街のビルを越える高さまで登ると上昇を止め、進行方向を定めた。

 

「メル先輩、あとはいい感じに風をお願いします」

「おっけー!」

 

 あとは道なりに(空だが)スタジアムへ向かうだけ。

 敵からも味方からも目立つこの大型船。

 攻撃にだけは注意しておけばいいだろう。

 

 奇想天外な作戦の大成功に歓喜の渦は拡大する。

 甲板は喜びに溢れていた。

 

 その喜び溢れる甲板に、争いの続く街中に、遥かに高い展望塔に、医療体制を整える事務所に、石の集まるスタジアムに、神聖なる大神社に。

 国の全てまでとはいかないが、ほぼ全土に響く、一つの声がした。

 

『聞けーーー!』

 

 スピーカーを通したような荒々しい雑音混じりの声。

 この声、ホロメンなら、誰だか分かる。

 

『全員! 手が開き次第、スタジアムへ向かえーーー!』

 

 街中に、その指揮が降りた。

 





 どうも作者でございます。
 今回はようやく船長の本格登場です。
 これで、残る未登場メンバーはあずきちだけとなりました。
 さあ、一体他国にいるあずきちはどのように活躍するのか。

 そして、船長がここに居たからこその、出航。
 次回は、響き渡る放送の正体ですね。
 ではまた次回。

 あ、沙花又、お誕生日めでたい。


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61話 決意の不屈

 

 事務所を飛び出したねねは、目的なく街をトコトコと気力なく歩いていた。

 街が危険であることは分かっているが、ぼたんに言われた言葉が頭に何度も過り、その度にじっとしていられなくなる。

 ずっと認識していたはずだ。

 自分に凄い力なんてないと。

 でも、決めていたはずだ。

 自分なりの戦い方を見つけると。

 

 ここはどこだろう?

 

 どこもかしこも、似た景色で、自分の居場所を見失う。

 何をするべきか、未だに見つけられない。

 そもそも、どこで何が起きているのか、見当もつかない。

 ただ、正直中央エレベーターへ戻ることは、愚策だと思っている。

 

 今のねねに、何者かと闘う力など皆無。

 それが戦場へ赴けば、足手纏いにしかならない。

 仲間に枷を嵌めにいく行為だ。

 せめて、何かしら力をつける必要がある。

 

 もし、それができないのであれば、諜報員のような役割にでもなるしかない。

 

「……」

 

 ねねは俯きながら道路を歩く。

 裏世界でなければ、確実に車に轢かれている。

 

 考え事のようだ。

 

 敵や仲間の言葉から、何か核心に触れる事実を突き詰めることができれば。

 敵の目的や、阻止の方法を手にすることができれば。

 

 そのために、必要なパーツは? 情報は? 戦力は?

 自分はまず、何処に向かうべきだ?

 

「うう……」

 

 悩めば悩むほど、脳は混乱する。

 昔から、考えることは得意じゃない。

 分かりやすい情報と目で見た事実を元に、当たって砕けてきた人生。

 未知なることへの挑戦は得意だし好きだが、チャレンジすべき目標が定まらない。

 こちら側に、圧倒的に情報が少ない。

 

「……だ。ああ……を…………で……」

「……?」

 

 事務所を飛び出して数十分。

 現在地不明。

 そこで、とある者を発見した。

 あやふやな言葉が聞こえ、そっと近寄れば、謎の全身黒服の男が誰かと通話をしていた。

 またとない偶然と奇跡。

 ねねは、息を殺して経過観察をした。

 

「先刻、人が来たと言ってたが」

『ああ、2人来た。人とロボットだ、が、逃げた』

「逃避、実に情けない」

『何か策があるんだろうが、何とかなる。それよりお前、周囲に人はいないよな? スピーカーだろ、それ』

「無論」

『お前が難聴なのは仕方ないが、気をつけろ』

「仮説、盗み聞く者がいれば、喰う」

『石は喰うなよ』

「承知」

『して、ブラック。残りの石だが、一つは未だ神社だ。ただ、もう一つがMの位置提供以降、情報が入らない』

「把捉、我は何処を探るか?」

『お前の勘に任せる』

「了承」

『お前に近づく電波がある、念のため切るぞ』

「把握」

『……』

「……」

 

 静寂が訪れた。

 静けさが、ねねの呼吸音を大きくする。

 必死に気配と呼吸を殺して、空気に化けるよう徹する。

 詳細は不明だが、盗み聞きする者がいれば喰うと言っていた。

 音を立てれば、間違いなく――死。

 

「……空腹」

 

 黒の手袋で、黒の帽子を軽く抑えて、もう片方の手で腹の辺りを摩る男。

 見た目と、通話相手の言葉から、ブラック、とはコイツだ。

 全身真っ黒で、夜に紛れるには最適の格好だ。

 この距離でも、非常に目につきにくい。

 周囲に建造物があるため、保護色しないが、一面が野原だったらまず目につかない。

 いても、気が付けない。

 

「夜食……」

 

 ブラックは周囲を確認し、側の車に近寄り感触を確かめる。

 ねねは、目を凝らし、じっと様子を見ていた。

 

 すると、なんとブラックは、その車をバリバリと食べ始めた。

 鋼鉄で、文字通り到底歯の立たない物質を、まるで食べ物のように口に運び咀嚼していく。

 鉄の壊れる音が強く響き、その音がねねの恐怖心を刺激する。

 

「ひっ……」

 

 殺していた息が漏れたが、咀嚼音にかき消される。

 ねねは、漏れた声に驚き、さっと、影に全身を隠した。

 

「食べるって……」

 

 ブラックの言う「喰う」とは、まさに食べること。

 人種関連のそれなのか、能力としてのそれなのか、判別はできないが、人をも食べられる力を備えているのなら、捕まれば終幕。

 

「鋼鉄、上々」

 

 車を4分の1ほど食べると、何度か手を握り感触を確かめると歩き出した。

 スマホを取り出し、誰かにまた電話を始める。

 ……やはり、電波障害ではなく、敵の妨害交錯だったのか。

 

 ねねは、そっと背後をつけて聞き耳を立てる。

 

「忠告、ノーカード、エースより、間も無く儀式だ。スタジアムへ向かえ」

『だがブラック、こちらもアンデッドと手合い中だ』

「無用、核は式だ。以上」

『……分かった』

 

 通話が切れる。

 

「遺憾、我よりも強者であるのに」

 

 軽く愚痴ってスマホをしまう。

 

「…………」

 

 ねねは、そっと身を引いた。

 

「スタジアムで、何かあるなら……」

 

 止めに行かないと。

 でも、ねねの力じゃ、どうしようもない。

 それに、スタジアムに行ったロボ子と誰かが「エース」と言う敵を前に逃げたらしい。

 

「……」

 

 一計を案じた。

 しかし、上手くいくのか?

 ノーカードと言う存在も行動の核となっている様子。

 そいつがスタジアムに向かうより先に、行動を阻止する必要がある。

 ねねが走って間に合うかも分からないし、この策で時間稼ぎになるかすらもわからない。

 せめてもの足掻きになれば。

 

「……うん」

 

 ねねは急いで側のビルに入り、エレベーターを使って最高層まで登る。

 ある程度国が見渡せる高さ。

 そこから、一つの建物を探す。

 

「……あった、ラジオ塔」

 

 そう、ねねの一計とは、国内放送。

 国のほぼ全域に届く放送ができる唯一のラジオ塔。

 コラボやラジオ出演の際に数度使用したことがあるため、多少の使用方法は分かる。

 が、接続や操作ができるかは行かなければ分からない。

 

「急ごう……」

 

 間に合うかどうかも分からない。

 迷いを捨てて、とにかくラジオ塔へ。

 案外遠くはなく、ラジオ塔へはすぐに到着した。

 放送室のある階へ行き、部屋に入ると大量の電子機器や機材の類。

 コードもぐちゃぐちゃで、正直どれをどう繋げばいいのか……。

 

「えっと……確か電源はこれで……え」

 

 電源ボタンを押すと全ての機器が起動した。

 ごちゃごちゃで意味不明な配線や機器のスイッチ達。

 まさかとは思うが、これ全て――

 

「放送準備済み……?」

 

 ハッとして室内の時計を見た。

 17時、にギリギリ届いていない。

 確か、こちら側の世界は時が止まっているはず。

 

「そっか、17時の放送準備だ」

 

 幸い、手を施す必要なく放送ができる。

 あとは音量や機器の接続先の設定。

 放送先の設定ボタンを全てオンにし、音量はほぼ最大。

 

「すぅー……聞けーーー‼︎」

 

 マイクに向けて、大声で叫んだ。

 国中の仲間に声が届くように。

 しかし、

 

「……放送できてない、何で!」

 

 マイクはしっかり音を拾っている。

 マークがついているから。

 けれど、各地のスピーカーから放送できている時に点灯するはずのランプが点かない。

 配線は整っているはず、足りないものは何だ?

 

「どこかに、どこかに操作資料は……!」

 

 ゴミの山のようにある紙たちを探り、棚からファイルを取り出して漁り、操作説明書を探す。

 新人用やド忘れ用に、一つくらいはあるはずだ。

 ないのか、一つくらい!

 

 ファイルをパラパラとめくり、紙をバラバラと見ては投げ、必死に資料を探す。

 ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない!

 見つからない!

 

「どこ!」

 

 側にある部屋もひたすらに漁って調べるが、そんなものは無い。

 汗を流すほど、必死に探した。

 その途中、エレベーターの稼働音、それも今ねねのいる階に到着した音が微かに聞こえた。

 

「……!」

 

 人だ。

 ねねは開いた扉の裏に隠れた。

 幸い、資料を漁った結果としてこの階のほぼ全ての扉が開いており、即特定はされない。

 まだ、敵だとも決まっていないが。

 

「奇怪、やはり人がいる」

 

 声もした。

 敵だ。

 あの、黒服の男――ブラックの声だ。

 まさか、バレた?

 いや、それ以外に無い。

 でも何故バレた?

 

「破壊、通路を塞ぐ」

 

 ブラックは乗ってきたエレベーターの扉が閉じると、鋼鉄の右腕でその扉を歪ませて使用を禁じた。

 階段はその隣にあるが、今は向かえない。

 もう一つ、非常階段が一直線の通路の真反対側。

 ただ、今飛び出せば確実に追い付かれる。

 

「大儀、追ってきたか」

 

 エレベーターが動こうと音を鳴らしている。

 扉が歪み、中の箱が動かないため使用できないが、階段は残っている。

 

「崩落、退路と進路を断つ」

 

 天井と壁を殴り、建物を崩すと、階段までも塞ぐ。

 残りは非常階段のみ。

 ブラックは、この階に潜むと思われる存在を無視して、真っ先に非常階段へ走った。

 そして、同様に道を潰す。

 

「……やばいよ」

 

 ねねは、この階から出られなくなった。

 

「ぁ……」

 

 隠れていたねねは、目の前に操作資料を発見した。

 タイミングが良いのか悪いのか。

 ねねなりに俊敏な動きで手に取り、再度身を隠す。

 隠れてパラパラと目を通す。

 

「……魔法パネル」

 

 このラジオ塔の仕組みが分かった。

 丁寧に記載してあった。

 どうやら、この塔では数少ない魔法免許を取得しており、各地域への音声拡散は電波ではなく、魔法パネルで行なっているらしい。

 17時のラジオ放送は各地のスピーカーに流すことはないため、接続が切られていたのだ。

 そのコードさえ繋げば、放送できる。

 

 ブラックが非常階段の方から各部屋を探って少しずつ迫ってくる。

 ねねを、探している。

 

「……確か難聴」

 

 電話相手が、奴は耳が悪いと言っていた。

 微かな音なら、拾われないはず。

 ねねは意を決し、覚悟を決め、タイミングを見計らって放送室へ飛び込んだ。

 そして、そっと静かに戸を閉める。

 

「でも、放送したら……」

 

 すぐにバレる。

 しかも、放送しなくとも、いずれバレる。

 

「……」

 

 ねねは無言で説明書通り全てのコードを繋げた。

 これで、放送ができる。

 

「……」

 

 防音室内に、外からの音は聞こえない。

 今もきっと、ブラックが部屋を一つ一つ探っている。

 

「……すぅー、聞けーーーーー‼︎」

 

 全てを視野に覚悟して、ねねは声を張り上げた。

 マイクが割れるかと思うほどの大声。

 家のマイクでは到底耐えきれない大声。

 多分、保ってあと数秒。

 全員に必要事項だけを。

 

「全員、手が空き次第、スタジアムへ向かえーーー‼︎」

 

 頼む、これで全員、察してくれ!

 意思を、汲んでくれ!

 

「全員……」

「貴様!」

「っ……! スタジアムだ! スタジアムへ行け!」

 

 バンっ、と扉が開き、全身真っ黒の男が目を怒りに光らせてねねを睨む。

 ねねは恐怖心に支配されながらも、言葉を止めず、仲間を引き止めず、進むように叫んだ。

 これだ。

 これだったんだ。

 自分の役目だったんだ。

 

 目元に滲む涙も、勇ましい声で掻き消して、絶対に放送を聞くメンバーに、心配させない。

 この放送で、ねねの下に集まったら、意味がない。

 切り捨ててでも、スタジアムへ。

 

 その言葉を最後に、放送は断ち切られた。

 

「憤慨、よくもしてくれたな」

 

 ブラックは大量の機材の一部を拳で破壊して、強制終了させた。

 これでもう、放送はできない。

 出口はブラックの塞ぐ扉、ただ一つ。

 

「狭隘、この部屋では避けれまい」

 

 ああ、そうだ。

 こんな部屋で、こいつの攻撃なんて回避できない。

 そもそも、広くても避けれるか分からない。

 

「……どうせ、ねねなんて、こんなもんだから」

 

 ねねは高くない天井を見上げた。

 その先に空がある。

 その空を仰ぐように。

 

「癇癪、被害甚大だ」

 

 ねねの過小評価にブラックはさらに怒気を強める。

 

「役立てたなら本望! あとは信じる!」

 

 仲間を信じる。

 奇跡を信じる。

 

 だから、起きろ、奇跡!

 

「誅殺、死で償え」

 

 ブラックの硬質な拳が握られ、強く踏み込むとねねを殴り飛ばそうと床を蹴り――

 

 ピシピシ……

 

「「ぇ?」」

 

 床が撓って、建物が撓って、音が次第に大きくなって……。

 パキパキ、から、バキバキ。

 そして一瞬で――

 

 バゴン、と床が抜けて崩落した。

 

「ナニっ⁉︎」

「わぁ!」

 

 底が抜け、足場を失った2人は、衝突間近で一つ下の階に転落した。

 これが、奇跡だったのなら、世界は非常にホロメンにとって都合のいい展開を与えてくれるようだ。

 

 





 作者でございます。
 今回で全ての敵が出揃いました。
 後はどう決着がついていくのか。

 ラプちゃん、ロボ子さんおたおめ。
 そしてころさんもお大事に。


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62話 後輩の背中を押せたら

 

 トワは、事務所を飛び出したねねを追って同じく事務所を出た。

 しかし、しばらくしてその姿を見失う。

 

「やべえわ、カッコつけて追いかけてきたのに」

 

 早々にヘラりそうな気分に心を呑まれる。

 人はこんな時、記憶に濃い場所を求めやすいと言うが、既にこの近辺はねねの記憶に強く残っている場所とは言えない。

 多分。

 知らんけど。

 

「しゃーないし、直感で行くか」

 

 ねねの気持ちになりきり、どこへ行くか、妄想する。

 正直分からない。

 

 本当に当てがなく、テキトーに走った。

 誰かが通った形跡もあるはずがなく、孤独で街を走る虚しい気持ちになる。

 

「……誰や」

 

 正面、明るい暗闇の中に、真っ黒の服装でこちらへ向かい来る。

 味方とは思えない気配がある。

 悪魔の暗視で、黒かろうとよく見える。

 

「魔臭、悪魔の匂いだ」

 

 一般男性じみた、よく聞くような声で言ってトワを見た。

 僅かに出た鼻を鳴らして、ほんのり口角を上げた。

 

「こんな時に……」

 

 ねねを探している真っ最中に、敵なんかと遭遇してしまうとは。

 (つくづく)運のない。

 トワは手足を武術の手合いのように構えた。

 悪魔の尻尾が珍しく揺れた。

 

「希少、貴様らのグループは多種多様な種族で構成されていて、実に興味深い。一体、どのような味がするのか、どんな要素で構成されているのかと」

 

 より一層深く笑い、ブラックも戦闘の構えをとる。

 格好はトワと似通って、武術の手合いのような構え。

 2人の闘いはきっと、闇が深い。

 

「なんや、喰うのがアンタの能力的なん?」

「明察、万物を喰らい、万物を我の力の源とする能力。それこそ『暴食』」

 

 そう言って、腕の袖を上げる。

 黒服で隠していたその腕は銀色に輝く。

 それは正しく金属光沢。

 腕が金属でできている。

 

「鋼鉄、それを喰らえば鋼となる」

 

 まるでロボットやサイボーグ。

 そんな右腕の構造。

 

「業火、それを喰らえば炎となる」

 

 口から火を吐き、周囲を照らし威嚇する。

 

「軟物、それを喰らえば軟体となる」

 

 左腕の袖を上げると、そちらは鋼の腕とは対照に柔らかく柔軟すぎる性能を持っていた。

 

「食欲、それは生への欲求。食事、それは力の摂取」

 

 トワは黙って能力分析を続ける。

 

「啓発、我は美食家などでは決してないが、人の数倍、食を理解し、食という行為の悦楽を常に身に刻んでいる」

「どうでもえーわ、そんな啓発」

 

 トワは鬱陶しい自惚のような演説に毒づいた。

 能力だけ聞ければいい。

 食への理解とか、悦楽とか、そんな面倒なことはどうだっていい。

 食へは、感謝さえ持てばいいんだ。

 

「不審者すぎて重要なこと聞いてなかったけど、もしかしなくても戦うつもりやろ?」

「愚問、両者既に、その態勢であろうに」

 

 まあ、見逃してはくれまい。

 なんとなく、コイツはトワを狙って相手しに来たと、勘が告げているから。

 

「逃げてもなー……」

 

 逃げた先でねねに遭遇するとまずい。

 いや、ねねに限らず、誰かに遭遇するのは危険だ。

 遭遇相手、敵味方問わず。

 

「金剛、鉄拳制裁」

 

 ブラックが先制攻撃を仕掛けてきた。

 鋼の右腕をトワに向けて全力で振るう。

 後方に跳ねて身軽に躱すとトワは紫色の闇の魔弾を手元に生成する。

 

「金剛、鉄鞭(かなむち)

 

 トワが避けて開けた距離を、ブラックは腕を伸ばして詰める。

 伸びた腕が振り回されて、鞭のようにトワを横から襲った。

 奇襲に対処できずトワは両腕でガードしただけだった。

 

「いっ……!」

 

 骨が折れそうな衝撃。

 罅程度なら、入っているかもしれない。

 二度と食らいたくない。

 

「自在、部位の素材変更は如何なる時も」

 

 ブラックの右腕は、肘から手先までが鋼鉄、肘から肩までがスライムのような質に変化しており、スライム部分を伸ばして鞭のように扱ったと思われる。

 

 また重傷を負ってちょこ先生に治してもらうなんて、申し訳が立たない。

 しかも、それが敗戦結果だとしたら尚更。

 

「大全、我は決して無意に今まで街を徘徊していた訳ではない」

 

 ブラックが一度顔をなぞってつぶやいた。

 

「数刻、我はあらゆる力を求め、食に努めた。所以、食後約12時間のみ、我はその成分を体内に宿す」

「鬱陶しいんやけど、その喋り方。なんか面倒いわ」

 

 トワはブラックの暑苦しい口調に文句を垂れて、言葉を無視するような態度を取った。

 数秒前に受けた一撃のダメージが、ヒリヒリとする。

 再び同箇所に命中すれば、確実に骨折以上。

 しかもどうやら、まだまだ体内に保管している成分はあるようで。

 

「畢竟、約12時間、貴様は決して我に敵わん」

 

 バチバチとブラックから電気が迸る。

 微量だが、身体から放電している。

 電気すらも食したと言うのか。

 炎もそうだが、一体どのように無形物を食べるのか。

 それが叶うのであれば、コイツは空気にも変化できることになる。

 無形物に変化されれば、敵わないのは確然たる事実。

 

 12時間という時間制限、耐久戦しようとも、12時間では国が陥落してしまう。

 真っ向勝負では力不足。

 

「事例、貴様が加護を所有していようとも」

「……」

 

 慧眼さは侮れないようだ。

 トワはブラックの確言に思わず尻尾を立てた。

 

「……じゃあ、かかってこいや」

 

 そして、威嚇するように、全身の毛を逆立てるように牙を剥いた。

 トワの目が、悪魔的に煌めく。

 

「周章、しかしそれもまた仕方無し。焦燥、それもまた、仕方無し。慈悲、故に我より手を下す」

 

 ブラックが鋭い牙を薄白く光らせた。

 

 トワは構えを解く事なく、冷静に迎撃に備える。

 ブラックの動きに合わせて動こう。

 

「……?」

 

 何やら、微かに音がした。

 プルル、という着信音。

 トワじゃない。

 

「……反復、エース?」

 

 ブラックはまるでトワを敵と見做さないように、直様電話に出た。

 

「何……」

『ブラック! 今すぐラジオ塔へ行け、不自然な電源が付いた』

「何故……⁉︎」

『知らんが、好にさせるのはまずい。お前が間近だ、急げ』

「承知」

 

 ブラックは敏速な対応を見せ、トワを放置してラジオ塔へ駆け出す。

 

「あ、待て!」

 

 一瞬思考停止したが、トワは迷わずブラックの背を追う。

 会話は聞こえた。

 誰だか知らない、何だか知らない、が、何かキーとなる行動のはずだ。

 邪魔などさせない。

 

「笑止、待てと言われて、待つ道理など無い」

 

 ブラックは鼻で笑って加速した。

 足が速い。

 体の構造が違えば当然か。

 

「誘引・魔刻」

 

 トワが右手で銃を撃つような仕草をブラックにした。

 立てた人差し指と中指、その先端あたりから闇色の魔弾が発射されブラックの背に打ち込まれる。

 

「加護、やはり貴様……」

 

 ブラックは一応魔弾を回避し、トワを、目の奥に映る影に投影した。

 

「泰然、今はよそう。向後、再び相見えた時、祓うとする」

 

 ブラックは一度止めた足をまた動かし始めた。

 

「は? なんで……」

 

 トワは加護の力が効かない事に怯んだが、やはり迷わず後を追う。

 

「遊撃、魔の誘幻」

 

 トワから、他人には見えない薄紫色の糸状の靄が飛び出してブラックに刺さる。

 目に見えぬように、実体がないため刺さった事に気が付かない。

 この糸を通じて相手の魔力を読み取り、力を盗むことができる。

 これも加護の力によるもの。

 魔力とは、悪魔由来の力であり、加護を持つ悪魔はそれを魔力から分析し、魔力由来の魔法や能力をコピーして使うことができる。

 

「……いや、マジであり得んわ」

 

 能力分析の結果が出た。

 先程ブラックが述べたように、食べたものの材質を体に取り込む能力だ。

 つまり、何かを食べる必要がある。

 この能力を一時的に借りている間は問題ないが、効果を破棄した時、体内の残骸が後遺症を引き起こす。

 トワには使えない。

 

 だからブラックは言ったのだ。

 たとえ加護を持っていても、と。

 

 コイツは強い。

 圧倒的に。

 トワが相手取るにはレベルが高い。

 が、味方の妨害はさせない。

 

 徐々に2人の距離は開いていく。

 そして遂にラジオ塔へ辿り着く。

 いち早く塔についたブラックは、トワが着く頃にはエレベーターで放送室のある階へ向かっていた。

 待ち伏せの危険もあるが、走るよりエレベーターを待つ方が早いと踏んでトワはエレベーターを呼ぶ。

 が、ある階から動かない。

 壊れているようだ。

 

「くっそだりぃー!」

 

 仕方無し。

 トワは敢えて非常階段を走る。

 エレベーターを壊すなら、通常階段も真っ先に潰すはず。

 運が良ければ、非常階段だけ気付かれない。

 

 ……なんてことが、今日の不運なトワにあるはずもなかった。

 

「あいつマジで!」

 

 崩落した扉前。

 加護を使って破壊できるだろうか?

 

「普通にはキツイなぁ……」

 

 通常の威力では、ある程度のヒビを入れられる程度。

 かなり分厚いので、何発も撃つのは地道な事。

 

「……」

 

 トワは一つ下の階へ。

 一撃でぶっ壊す方法が浮かんだ。

 

「悪魔的やなー、やっぱ悪魔だわ」

 

 トワが入ったのは何もない普通の部屋。

 肝心なのは、この上の部屋が何か。

 

 そう、この上の部屋は放送室。

 当然防音室だ。

 この天井は、他の場所に比べて比重が大きい。

 表面を崩せば、重さに耐えきれず崩落するはずだ。

 

 問題は、途中で聞こえたねねの放送。

 この真上には、ねねがいる。

 ブラックの声も入っていた。

 奴もいる。

 

「……まあ、何とかするか」

 

 地面が抜けて落ちても、この高さなら死にはしない。

 最悪、トワがなんとかする。

 羽もある事だし。

 

 トワは両手に魔弾を生み出す。

 天井へ放つと天井に直撃する時にそれぞれがぶつかる。

 衝撃により二つの魔弾は破裂、爆発的な威力で全てを吸い込むような力を放った。

 

 天井が軋み、ひび割れる音が鳴る。

 ピシっ、ピシピシっ。

 と。

 そして、ポロッと天井のカケラがトワの足元に落下。

 そこから連鎖して、細かいカケラがまずはパラパラと、そしてカケラは大きくなり、瓦礫となって天井が一瞬で崩壊を始める。

 パリンっ、とどこかで窓ガラスの割れる音が響く。

 

 天井の崩落により落下してくる2人。

 どうせブラックは体の材質を変えて耐えるだろう。

 ねねだけを意識しよう。

 

「うわぁーー」

 

 ねねが悲鳴と共に落ちてくるが、瓦礫が邪魔で到底助けられない。

 

「やばっ! ねねね!」

 

 瓦礫を回避してねねに迫るも、キャッチまでは漕ぎ着けられない。

 後輩に、怪我させてしまうのか。

 

「モーション・零」

 

 全ての自由落下が停止した。

 ねねも、ブラックも、瓦礫の全ても、空中で漂うように停止した。

 その隙に、トワがねねを捕まえて安全な場所へ。

 直後、落下が再開し、ブラックは瓦礫上に落下した。

 

「2人とも、離れるよ」

 

 ねねとトワを助けたのは、ホロライブ最強の魔法師、紫咲シオン。

 シオンは箒なしでここへ飛び込んできたようだ。

 窓を割り、侵入したと思われる。

 その窓に2人を誘導する。

 

「トワは自分で飛べるから」

「ねねち、行くよ!」

「え、シオン先輩?」

 

 窓から飛び降りる、の視線。

 トワは余裕の羽ばたきで宙に浮く。

 

「ここにいると逆に死ぬよ」

「いや、飛べるのは分かるんだけど、そう言う問題じゃなくてただ純粋にこの高さから自分の足で降りるのは……」

「いいから!」

「ちょっ、せんぱーーーーい!」

 

 うだうだと喋り、勇気を見せないねね。

 放送した時の勇気はどこへやら。

 そのねねの背を無理矢理シオンが押して、ねねは窓から落下する。

 非常に高い位置からの落下。

 着地は不可能。

 だが、シオンがいてそんな途轍はない。

 

 箒を持たないシオンが、ねねに続いて自ら飛び降りる。

 空中を歩くように駆け回りながらねねに魔法をかけ浮遊状態にすると、ラジオ塔から引き離す。

 トワにも指示して、塔から距離を取らせると。

 

「マジックブラスト!」

 

 右手の人差し指を何かを操作するように動かす。

 刹那、ラジオ塔が大爆破する。

 下階、中階、上階。

 あらゆる場所から同時に爆発が発生し、粉々になって完全崩壊する。

 

「な……」

 

 トワとねねはあまりの規模の爆発に絶句していた。

 いくら敵が敵でも、やり過ぎではないか、と。

 

「アイツの能力じゃこの程度で死んだりしないよ」

「…………でも、これは」

「んや、これで向こう側も連絡手段を失くすから」

「え……あ、電波……?」

 

 ねねとトワは敵の情報交換法を間近で目にしているから合点がいく。

 ラジオ塔は電波塔の役割も果たしている。

 しかもこの国の核となる電波塔だ。

 これで通話は叶わない。

 

「なるほど、それでここに来てたわけか……」

 

 トワはシオンの行動手順にも理解が及ぶ。

 それと同時に違和感も生まれる。

 

「ん、ちょい待ってや、電話はまだしも、なんでアイツの能力知ってんの?」

 

 ブラックの発言は「ずっと食事をしていた」だった。

 誰かと会った様子はない。

 何故、シオンが能力を知っているのか。

 盗み見た?

 

「天才だから」

 

 シオンは冗談めかして答えるとねねと自分を地に下ろす。

 

「ねねちは色々知ってるみたいだから、スタジアムに向かって」

「走って?」

「うん」

「えぇ〜……」

 

 明からさまに嫌そうな顔。

 そう遠くはないが、そう近くもない。

 走るにしては大変な距離ではある。

 

「箒がないから式組みもできないしさ。それとも、アレの相手する?」

 

 シオンは倒壊したラジオ塔の残骸から這い出てくるブラックを指して尋ねる。

 やはり、あの程度では無傷で健在。

 あの高さから、真っ逆さまに地面に落ちれば流石に鋼鉄でも割れたり凹んだりするが、倒壊する瓦礫にぶつかりながら落下する事で落下の勢いが弱まっている。

 小さな攻撃を複数回与えても、鋼鉄には効かない。

 

「うそ……アレで無事って……」

「ほら、早く行って」

「ねねねはキーパーソンになってるはずなんよ。だから、行きな」

 

 シオンに便乗して、トワもねねを後押しする。

 ねねは、放送こそが自分の役であり、自分の勤めを終えたと、誤解している。

 みんながみんな輝ける場所がある。

 それは決して一つや二つ、一度や二度限りの希少枠ではない。

 突き進む限り、壁が立ちはだかり、それを乗り越える度に見られる景色、立てる舞台が存在する。

 敵の作戦を聞いているねねが、スタジアムに行く事に大きな意味があるはずだ。

 全員に放送で指示をしたねねが、スタジアムに行かないで、士気が高まるはずがない。

 少なくともねねがスタジアムに行く事で、人の心の支えになれる。

 

「……分かった」

 

 ねねは2人の真摯な視線に負けて、自分の弱さに押し勝って、走り出した。

 トワとシオンは、笑って見送った。

 気をつけて、と一言だけ添えて。

 

「……でも、異色じゃない? この2人って」

 

 トワがシオンに軽口を叩く。

 確かに、トワとシオンが2人きりとは珍しい。

 しかし、この2人でブラックを相手にすれば、負けはしないだろう。

 

「……? そうだね、じゃあ、しばらく任せた」

「はあ?」

「頑張って!」

「ちょぉーーーーーい!」

 

 シオンはトワを置いて空へと飛び出した。

 トワは大声で呼び止めるが、シオンは無視して消え去る。

 ぽつんと残るトワ。

 ヘラりそう。

 

「貴様、よくも……!」

 

 ブラックがいつの間にやら直ぐそばまで迫っていた。

 

「は、いや、待て待て。あの爆破はトワじゃなくて、別の人が……」

「譴責! 仲間なら共犯。無用、問答、まずは貴様だ」

 

 み、見捨ててないよね⁉︎

 

「後輩に任せんなやー!」

 

 トワは後輩の背中を押したが、シオンは後輩に全てを任せましたとさ……。

 

 





 どうも、作者です。
 さあ、ねねちの活躍はまだ止まりませんよ。
 そして、ずっと活躍が見られなかったトワ様にもスポットが。
 まだまだ光の当たってないメンバーは多くいます。
 これからですね。

 あ、一期生の皆様、4周年めでたい(多少のズレ)。


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63話 飛龍鋤雲

 

 だって、僕は星だから〜。

 

 ステラ〜、ステラ〜。

 

 

          *****

 

 

 ここは、町外れにある小さな丘。

 本当に小さ過ぎる丘。

 気も何もない丘で、周囲に建物もないので、表世界であろうとも人は滅多に近寄らない。

 その丘で、かなココは、重力師……その名もジョーカーCと対峙する。

 

 経緯を話せば長くなるが、まあ、互いの名誉と親友のためだ。

 

 当初は重力に力業で対抗できるココのみが残る予定だったが、かなたが残って果たしてお荷物にならずに済むのか。

 

 そんな心配は意外も意外、超御無用。

 

 かなたにも、特別な力はあるから。

 

「変わっているな、お前らは、多方面から見て」

 

 Cが浮遊しながら2人を睥睨していう。

 かなたもココも空は飛べるが、眉を顰めながらそれを見上げた。

 

「現世で分類される種族は、人、獣人、超獣人、妖怪族、魚人族、エルフ族の系6種族」

 

 人種についての解説を丁寧に始める。

 言わずもがなだが、何か、役立つ情報が拾えるかも知れない。

 有り難く黙って聞こう。

 

「天界で分類される種族は、天使、巫、天神の系3種族。魔界で分類される種族は、悪魔、鬼、魔神、アンデッドの系4種族」

 

 こうして全ての種別名を挙げる。

 何のつもりか。

 

「今のお前たちの中には、その全13種族の内、10種族がいる。しかも関係は極めて良好」

「なんなら、含まれない3つの新種族もいるけどね」

 

 かなたはロボ子やアキロゼ、ねねを浮かべて軽く笑った。

 

「なら16分の13だ。そして、世界の創りを見て分かるように各種族は、それぞれ済む土地が異なり、幅広く分布する種族は人や獣人など極一部の種族」

「よく調べてんなオメェは。情報戦ってか?」

 

 ココは自分のことや仲間のことをまるでリスナーのように知っているCに僅かな嫌悪感を覚えて、皮肉混じりに吐いた。

 

「探れば手に入る敵の情報を、何故事前に取得しない?」

 

 まあ、尤もな意見だが、なら、相手にない知識を今ここで語る意味は?

 若干矛盾しているような気もするが……スルーしておこう。

 

「まあいい、そんなことより、問題は種族の多さと特殊な力の多さだ」

「……」

 

 かなたもココも、ため息を吐きかけて、顔を見合わせた。

 

「世界に約100人しかいない内の、評価第10位の魔術師。巫女の一割が持つ神具の本領発揮。悪魔と天使の3%が持つ加護。真の鬼神だけが使える鬼神の覇気。動物の長の証。一年に2人ほど転移する異世界人」

 

 ホロメンの誰かしらが扱える、希少な力を列挙してその異様性を説く。

 が、一つだけ上がっていない、重要な力がない。

 

「そもそもお前たち2人がこの国にいること自体、不自然極まりないことだ」

 

 かなたとココの存在を例に挙げて、更に異様性を説く。

 その不自然さは2人がよく分かっているはずだ。

 

「何故ここまで、世界のあらゆる「種族」が集うのか。何故ここまで、「力」を持つものが集うのか……なんて疑問を抱き、そして読み解いた」

 

 先程の列に足りなかった力。

 それがこの集合の正体だ。

 

「歌姫は、人を集める」

 

 辿り着いた結果、それをハッキリと口にした。

 なるほど、そうして、彼らはホロメンの中に「歌姫」が潜んでいると推察したわけだ。

 

「どうかな? 人がいっぱいいる所は他にも沢山あるよ」

 

 かなたはより多くの人が集まる場所を沢山知っている。

 

「歌姫が人を集める、と言われる所以を知らないのか?」

「所以だと?」

 

 それは、人が常に周りにいるからではないのか?

 

「西暦以前に存在した歌姫。世界初の歌姫である、始祖の歌姫。その力は不明だが、その歌姫が全種族を従えて世界を救ったからだ」

 

 かなたとココはまた、顔を見合わせた。

 

「後にも先にも、全種族を集めた存在はその歌姫だけ。それが謂れの所以だ」

 

 それが根拠なら、多種族が集い、その仲も比較的良好なホロライブが臭うのも頷ける。

 

「もし、オメェの言ってることが真実なら、私たちが勝っちまうなぁ? かなたそ?」

「そうだね」

 

 現在の状況、規模こそまだ国の規模だが危機であり、仮説歌姫が存在するグループが敵を返り撃つ。

 その構図が正しく、文献一つ残らない伝承の事実に準えてある。

 過去に歌姫が世界を救ったなら、ここで国を救うのはホロメン、と言うことになる。

 

「ふっ、面白い冗談だ。俺たちの望む世界が未来の正しい世界だとしたら、それは俺たちの勝利こそ世界を救うことだ。善悪の反転だ」

「じゃあ、僕たちが勝ったら?」

「まあ、その時はその時だ。どちらにせよ俺の裁量で決めれる事ではない」

 

 未来は行ってみなければ分からない。

 未来予測なんて、まずできないし、未来視なんて力はない。

 いれば是非とも力になってもらいたいものだ。

 

「まあ、ここまで踏まえて一応聞こう」

 

 何故か、Cは地表に降り立った。

 ココと同じ程度の身長。

 2人は睨み合う。

 

「誰が歌姫だ?」

 

 石の奪取失敗を歌姫情報の取得で補うつもりか。

 どうせ言っても信じまい。

 そもそも、まだこちら側ですら不明瞭だ。

 なら、何と言ってもいいだろう。

 

「んなモン答える義理ゃぁ……」

「僕だよ」

「「は?」」

 

 Cもココも、同時に顔を歪めた。

 おいおい、なんだその反応は。

 バカかお前はみたいな……。

 

「嘘だな」

「根拠は?」

「……勘だな」

 

 一瞬Cは難しい顔をした。

 かなたは、その表情の僅かな変化を見逃さない。

 

「おい、何言ってんだよオメエは」

 

 ココが腰を低くしてかなたに耳打ちした。

 

「万が一にも、コイツがここを逃げにくくするため」

 

 かなたはそう耳打ちを返した。

 かなたが歌姫である可能性は極めて低いながらも、確定排除もできない。

 もし、Cが何かの召集などで呼ばれても、かなたが歌姫だった時、そのまま見逃すわけにはいかないだろう。

 恐らくこれで、Cはかなたを倒すまでは、逃げないと読める。

 

「にしてもハッタリがすぎんだろう」

 

 ココは嘘であると知っている。

 かなたは嘘であると知っている。

 Cは嘘であると直感している。

 

 この小さな違いがもどかしいことに人の心を惑わせる。

 

「しかし、なるほど、多少は頭が働くらしい」

 

 Cもかなたの思考を読んで心を決めたようだ。

 

「ったく……」

「なんだよ」

「なんでもねぇよ」

 

 言葉での探り合い。

 何故か伝わる互いの感情。

 短く濃い付き合いだから。

 

「さて、参った事に妙なハッタリらしきものをかけられた上に、お前らはそこそこ強い」

 

 頭を抱えて首を振る。

 だが、言葉の節から感じる僅かな余裕。

 つまり……

 

「さあ、本気で来なければ、負けるぞ? 歌姫、もしくはその仲間たち」

 

 今までとは比にならない圧倒的な負荷がかかり、足元が窪んだ。

 地面は簡単に凹まない。

 その圧力が如何なる強さか、軋む足、地面からひしひしと全身に伝わる。

 

 コイツとの勝負は短期決戦に限る。

 時間がかかるほど、常時かかる負荷のダメージが蓄積し、敗北への道まっしぐら。

 言われた通り、早速フルパワー解放だ。

 

「「「ん……?」」」

 

 3人が同時に反応するほどの光の明滅が何度も起きる。

 突如として起こる謎の光の点滅は空から。

 見上げた空、光る流れ星が、次第に大きくなってくる。

 

「流星だと?」

 

 星を扱う人など、敵陣にはいない。

 ホロメンでも、1人しかいない。

 

 その流星は明らかに落下している。

 予測落下地点、およそこの丘。

 

「なるほど?」

「なるほどな」

「なるほどね」

 

 3人とも、全く同じ反応をした。

 全員、仲間の飛来を見切ったようだ。

 

 落下まで3、2、1。

 

 落下の瞬間、軌道が大きく変更、というより、勢力を一度失う。

 地面と並行に二手に分かれた、落下人の2人。

 

 1人、星街すいせい。

 能力、スター彗星。

 

 1人、ダイヤ。

 能力、サイコキネシス。

 

「やっぱ抜けれるんかい」

 

 すいせいがダイヤの一撃K.O.回避に文句を言った。

 空を飛ぶ間、不思議と静かだと思えば案の定。

 

「抜けれるに決まってるだろう、俺があんな分かりやすい一撃を諸に喰らうわけがないんだ」

 

 弾けた2人は睨み合う。

 そして、お互い、相手の背後に仲間と思わしき人物がいるのを発見する。

 その表情から2人は、背後を見た。

 

「ジョーカー!」

「かなたん! ココちゃん!」

 

 自分の後ろにいる仲間に、大層驚くすいせいとダイヤ。

 展開が、これまた大変な事だ。

 と、誰しもが思う。

 しかも例に漏れる事なく、空からやってくるという。

 もはや、空から来ないものは邪道とも取れる。

 

「2人もこんな感じだったんだ?」

「まあ成り行きっすね」

「ゆうて今は話してただけだったけど」

 

 空から飛来するほどの戦いを繰り広げた2人とは全く異なる戦場に立っていたかなココ。

 中でもこの瞬間は、敵のアホが露呈するようなタイミングで、無駄に情報を流してくれていた。

 

「ダイヤ……ハートとスタジアム前の坂の番だろ」

「アイツと、巫女服の女に妨害されたんだよ」

「エースに怒られるぞ、お前が」

「だから参っているんだ。せめてどちらかでも倒さなければ……」

「ふん、まあ、俺がある程度庇ってやるよ」

 

 また、敵同士で仲良くしている。

 やはり、敵という存在への偏見は見直したほうがよさそうだ。

 

「偶然にも、俺とダイヤの能力は近しいものがある」

「だな、足りない部分をカバーしよう」

 

 サイコキネシスと重力、どちらも相手を拘束する力がある。

 そして、抵抗し難いという点も似通う。

 

「重力!」

 

 Cが正面の空間の重力を上げる。

 その重さは、普通の人間だと地面に這い蹲る程。

 特殊な力を持つ、かなたは加護により、ココは龍の力で何とか耐える。

 だが、すいせいは……。

 

「重力?」

 

 側で必死に圧力に耐える仲間に首を傾げた。

 重力変化による負荷を一切無視するように、というより変化に気が付いてない。

 無関心や無頓着ではなく。

 

「おい、ダイヤ、アイツはどんな能力だ?」

 

 Cは自身の重力操作の効果が発揮されない事に多少驚きつつも、冷静に相方に情報提供を求めた。

 

「星などを現出して撃ってくる」

「それだけか?」

「今のところは」

「訳が分からん」

 

 本人すら理解できない無効化を他人が簡単に解釈できるか。

 

「すいちゃん……感じないの……?」

「何を?」

「私でも、こんなに……重い、ってのに……」

 

 ココやかなたの力技ではなく、効果無視。

 これほど相性の良い能力者は、彼女を抜いて他にいない。

 

「なんか分からんけど、アイツだな!」

 

 すいせいは味方の行動制限を見て、Cに幾つもの星を飛ばした。

 

「重力、リバース」

 

 Cは飛びくる星に重力をかけ、ベクトル方向を変換する。

 全ての星が反転してすいせいを襲う。

 

「おっと」

 

 圧力から一瞬解放されたココとかなたがその星を素手で蹴散らした。

 冷や汗が一滴ほど、すいせいの頬を伝った。

 小さな丘の重力が、全て元通りとなる。

 

「すいせい先輩は重力無視って事っすか?」

「さあ、分からんけどそうなんじゃない?」

「ならもう、先輩に任せても……」

「ココ、小さな事だけど、アイツは僕が何とかする」

「……ったく、胸に加えて器もちっせえな」

「関係ないわ」

「……へ、へへ」

 

 かなたを揶揄うといいツッコミが来た。

 すいせいは何故か渇いた笑いを……あ……ははは。

 

「俺もいることを忘れるなよ。俺の能力が効くことは実証済みのはずだ」

 

 勝手にすいせいが相性がいいと決めつけていたが、ダイヤの能力は普通に効果がある。

 ならば、重力をかけて、すいせいはダイヤが束縛。

 これで終わりだ。

 

「それで突破できるなら、かなたんもココちゃんも既にここにいないんじゃない?」

 

 すいせいがCに視線を向けた。

 素晴らしい、的を射ている。

 すいせいだけに慧眼だ。

 

「そうだな、それで完結するなら、こちらもそちらも、既に決着がついてるはずだ」

 

 ダイヤがすいせいを、Cがかなココを。

 その構図で戦闘を繰り広げた結果がこれだ。

 

「俺とダイヤが2人揃ってこそのパワーがある」

 

 Cは、まるで仲間を過大評価するように腕を広げた。

 

「ならあたしらも、ねえ?」

「うん」

「そうっすね」

 

「同居ーず、だからこそのパワーがある」

 

 ホロハウス計画。

 そんなものはもはや幻想だが、この3人はその先端を行くもの。

 かなココの同棲計画に便乗して、すいせいも参戦、姉街の介入により、3人の同棲は断たれたが、限りない近場に住み、同居とも言えよう(言えない)。

 

「同居ーず結成って、フッ軽な所からじゃん?」

「そうだね」

「気軽になんか、こう、っていう感じ」

 

 語彙の怪しい部分が見え隠れするが、そんな事は気にしない。

 

「だから、まあ気軽に背中合わせで、勝手に大技放ったりとか、そんな感じで行こうか」

 

 作戦? 立てても簡単に実行できない。

 共闘? 一緒に戦うだけなら容易い。

 

 人には人の魅力、歌い方があるように、戦い方も人それぞれ。

 この3人は、自由に動いてこそ、本領を発揮する。

 味方の攻撃の範囲内だと思えば、勝手に避けてくれる。

 そう、信頼して。

 

「信頼の勝利、となる訳だ」

「あと、自信過剰」

 

 仲間への信頼と同時に、己の実力への自信。

 二つを伴って達する勝利。

 比較的、過小評価しがちなホロメンだが、すいせいとココは自分自身への正当な評価が可能だ。

 かなたは、少し引き気味だが、悪人に怖気付いたりするような性格ではない。上手くやるだろう。

 

「すいちゃんって、何曜日生まれ?」

 

 唐突にかなたがすいせいに生誕曜日を尋ねた。

 年月日ではなく曜日。

 意図が全く把握できない。

 

「え、分かんない。2018にデビューして18歳で、2000年生まれだから、西暦2000年3月22日の曜日かな」

「今年(2021年)、つまり再来週の3月22日は月曜日で……」

 

 かなたはぶつぶつと言いながら曜日の計算を始めた。

 暗算するほど重要か?

 そこまで計算は早くない。

 

「重力」

「キネシス」

 

 全体の重力負荷が増し、すいせいはダイヤによって念力で捕縛される。

 

「21年で閏年が計5回になるから26日分前に曜日をずらしたら、すいちゃんの誕生曜日は……」

「おいかなたそ、変な計算してる場合じゃねえぞ!」

「あ、でもあたし、今は18.3歳だから!」

 

 重圧に抗うココが、同じ状況下で必死に頭を働かせるかなたに警告するが、かなたは計算をやめない。

 加えて、すいせいまで妙なことを言い出す。

 

「水曜日だ!」

 

 計算結果は水曜日。

 計算方法は単純だ。

 1年で曜日は1日分ずれる。

 閏年は2日分。

 つまり「年数+閏年の数」だけ目標の日の曜日を後日にずらせば、将来のその日の曜日が割り出せる。

 今回はこれの逆算、即ち前日にずらす。

 21日で1週間、プラス5日分。

 5日前の曜日は2日後の曜日と同様。

 よって、月曜の2日後は水曜日、と算出だ。

 

 この計算での必須情報は、どこからの年の、その日の曜日。

 今回は何年のでも、3月22日が何曜日か分かる必要があった。

 再来週だった偶然が読んだ結果だ。

 

「曜日……?」

 

 ダイヤとCは重力に圧迫されながらも必死に算出した結果に警戒の色を見せていた。

 

「ティンクルダスト」

 

 すいせいが敵に向かって現出した星を吹き飛ばすが、全て重力で地面に突き刺さって消滅した。

 やはり、すいせいの能力すべてが、ではなく、すいせいが、重力を無視しているようだ。

 

「うわっ……っとと」

 

 かなたの天使的な心願と同時にすいせいを捕らえていたサイコキネシスが破壊された。

 すいせいを一時的に何者かが守護しているようだ。

 かなた以外、その存在が何なのか、分からない。

 否、守護者の存在すら、知らない。

 目にも見えず、肌でも感じれない、神々しい形而上の存在だ。

 

「何の力だ?」

 

 ダイヤは魔法以上に不可解な力に慄くような素振りを見せた。

 

「何やら、妙な力を使うらしいな。お前から溢れ出る聖力が痺れさせてくる」

「聖力……?」

 

 すいせいが頭を少し傾けた。

 聖力、という聞きなれない単語に疑問を抱いたのだろう。

 

「聖力とはいわば魔力の対角に位置する力だ」

「おいジョーカー、俺ですら聞いたことないぞ」

 

 ダイヤも初耳のようだ。

 ココも知らないようで、眉を寄せていた。

 

「当たり前だ。魔力に比べて所有者が極めて少ない。天上に住む一部の者が所有する力だ。普通は目にできない」

 

 空を指差して、かなたを指差す。

 地界では容易にはお目にかかれない代物。

 天上に住むものとはいえど巫女は聖力を持てないため、聖力を持つものを見るとは即ち、地界にいる天使……「堕天使」に遭遇した時。

 しかも、その僅か3%ほどしか、聖力を持たない。

 天神もまた、天上の存在であるとされるが、その姿を目にできるものはいないと言われるほど所在不明の存在。

 まず出会えない。

 因みに、天神には100%聖力が備わっている。

 

「そう、聖力は魔力を制圧する力」

 

 かなたは、キッパリと言い切った。

 魔力は、聖力との対面勝負で勝ち目はないと。

 

「問題ない、俺もダイヤも魔力を使うが、能力は無形だ。それも、水や炎といった無形ではなく、重力や念力と言った触れることすら許されない力」

「確かに……触れなければ、聖力に制圧されることはない」

 

 Cもキッパリとかなたに返した。

 運良く2人が、聖力に対抗できる存在であると。

 実際は、有形無形に関わらず、能力者本人に触れなければ、制圧はできないのだが……。

 

 しかし、これでハッキリした。

 

 一瞬でかなたは、2人の強敵となったのだ。

 

「ココは誕生曜日覚えてる?」

「ああ? 知るわけねぇだろ。それとも3000年分ほど計算するか?」

「いや、めんどくさい」

 

 かなたは一応ココにも発問したが、竜族にとってそんな瑣末な事を記憶していない。

 いや、そもそも、確認したこともないだろう。

 

「曜日……守護天使か」

 

 Cはようやくかなたの意図と絡繰を把握したようだ。

 案外知識豊富だ。

 

「そっかそっか……じゃあもう、いっか」

 

 突然すいせいが頷いて、狂気的な笑みを浮かべた。

 まるで、殺人鬼のような笑み。

 勝機を見出したと見て、まず間違いない。

 

 つまりは、かなたにパンチでもキックでも決めさせれば、ノックダウンは狙える。

 

「何を笑っている」

 

 まだ、時期尚早だと怒気を見せたダイヤ。

 すいせいは笑みを絶やさない。

 

「え、みんなまだ気付いてないの?」

 

 ココもかなたも、ダイヤもCも、敵も味方も、気付いていない。

 

「ほら、空」

「空……」

 

 すいせいの指先は天を指す。

 その遥か先から飛来してくる一つの物体が、赤く見える物質が、ようやく目についただろうか。

 

「ま、まてまて……」

「すいちゃん⁉︎」

 

 かなたもココもすいせいにしがみ付き、静止を促すが、そんな気はない。

 

「これが大技……メテオ」

 

 超巨大な隕石が、大気圏突入から赤く発光し、熱を帯び、流星としてこの丘へ向かいくる。

 あれが直撃すれば、どうなるだろうか?

 この距離で見えるサイズだ。

 街はなくなる。

 

「お前らも死ぬぞ!」

 

 ダイヤは共死にになると叫ぶが、やはり止まらない。

 

「は? 自分の能力の仲間への影響くらい、何とかできるけど?」

 

 すいせいはさも当然のように鼻で笑った。

 その一言で、かなたとココは冷静になる。

 あ、ならよかった、と。

 ま、そんなことないけど。

 

「おい、ジョーカー!」

 

 隕石……名をメテオ。

 それがもう、地を穿つ。

 皆が死ぬ。

 ダイヤは叫んだ。

 

「くっ、俺が何とかする!」

 

 サイズから、ダイヤでもサイコキネシスで止められないと判断して、ジョーカーCが一歩前に出た。

 

「反転、超重力ホール」

 

 メテオが地に触れる間近で超重力空間が発動。

 隕石は空中で留まる、ように見える。

 しかし、威力が強く、なかなか押し返したり相殺したりできず、Cは必死の表情で能力を操作していた。

 今がチャンス。

 ダイヤの目が、ジョーカーに向いている。

 背後を取るには好機。

 

 全員が一斉に動く。

 

「おら! 吹っ飛べクソサイコ野郎!」

 

 ココがダイヤをテキトーに蔑称して拳を握り、迫る。

 今から殴るぞ、と脅迫、宣言するように。

 同時にすいせいもココと同じ方面からまっすぐダイヤに向かう。

 

「……! キネシス!」

 

 ダイヤは緊急で能力を発動し、すいせいとココの動きを止めた。

 2人の拳が炸裂する事はなし。

 

「敵に塩を送る真似……」

 

 ダイヤは冷静に口にしてハッとした。

 簡単な策に、簡単にかかるなんて、と自身を憎んだ。

 振り返り、目に捕らえた光景、それはもはや手遅れのものだった。

 

「ジョーカー!」

 

 落下するメテオへの対抗に意識を注ぎ、周囲に気を配れないジョーカー。

 その真横から駆け込むかなた。

 が、聖なる拳を振り翳して渾身の一撃をCの横腹に打ち込んだ瞬間が目に焼きつく。

 クリティカルヒット、会心の一撃だ。

 

「ぐぅっ……がぁっ!」

 

 聖なるストレートパンチでジョーカーは吹き飛んだ。

 背後には何も無く、そのまま遠くまで吹き飛ぶかと思ったが、突如現れたスターに激突して地に落ちた。

 ジョーカーはその場で吐血して気絶。

 

「うそだろ……」

 

 ジョーカーのノックダウンにダイヤは真っ先に空を見た。

 メテオはない。

 

「……」

「あんなのが落ちたら、誰も生きてられないから」

 

 端から、すいせいはメテオを落とす気などなかった。

 相手に強制的に抑えさせて、動きを封じるためだ。

 ハッタリがうまく効いている。

 

「あとはお前1人だけ」

 

 ココが嘲笑った。

 

「……」

 

 能力が解けた。

 ココとすいせいは、サイコキネシスから解放された。

 

「参った……もう1人ではどうしようもない」

 

 ダイヤは両手を上げて静かに目を閉じた。

 

「……なんのつもり?」

「諦めた、それだけだ」

「……潔すぎねぇか、そりゃあ」

 

 完全無抵抗を口頭で宣言するが、ココもすいせいも全く信頼していない。

 

「おい天使! どうするよ!」

 

 ジョーカーがいた位置に立ち尽くしていたかなたを呼び寄せるココ。

 そんな何気ない質問にかなたは、

 

「どっちでもいいよ」

 

 と、回答した。

 

「僕の私情はもう、終わったから」

 

 更にこうも付け加えた。

 すると、興味を無くしたようにかなたは街の方角に目をやった。

 

「……天使公はこう言ってんで、まあ、正直私も見逃してもいいっすよ」

「ふーん、優しいじゃん2人とも」

 

 すいせいは後輩の親切心に感銘を受けたように目を光らせた。

 これで、最終決定権はすいせいに委ねられた。

 

「じゃあ……」

 

 すいせいは背を向けた。

 それに合わせて、ココも背を向けて歩き出す。

 

「オラァッ!」

 

 結局、ダイヤの顔面にすいせいの右ストレートが炸裂し、鼻血を出して倒れた。

 すいせいは優しくない。

 いや、甘くない、が正しい。

 

「うっし!」

 

 ガッツポーズを決めるすいせい。

 光っていた目は、優しさへの感銘ではなく、狂人的な狂喜の目だったのかもしれない。

 

「容赦ねぇ」

「たりめぇよ」

「まあ、ヤクザのケジメみてぇなモンってとこっすね」

「違うと思うけど」

 

 戦の終幕に、和やかな空気が漂い始めた。

 ココのパッとしない例えにかなたが突っ込んだ。

 きっと、殴ったのはすいせいのサイコパス的感情の露出した部分だ。

 

 3人は、一先ず事務所に戻ることにした。

 

 こうして同居ーずもまた、勝利を収め……

 

「すいちゃん!」

「よくも……」

 

 すいせいの背後から真上へ移動する影。

 一瞬で起き上がったジョーカーだ。

 重力で落下速度を上げることにより、放つ回し蹴りの威力を上げてすいせいを脳天から地面に蹴り付けた。

 まるで隕石が落ちたような爆発的な陥没が起きる。

 かなたやココならまだしも、一般人は頭蓋が粉砕される威力。

 

「このっ!」

「はっ!」

「いずれ借りは返す!」

 

 ジョーカーCはダイヤを連れて逃げ去った。

 かなたとココの迎撃を回避して、遥か遠くへ。

 

「すいちゃん!」

「すいせい先輩!」

 

 陥没した土地、舞う土煙。

 その中央にいるはずのすいせいの元へ駆け寄る。

 生きてさえいれば、事務所へ救急搬送して何とか……

 

「っぶねぇー……」

「「あ……え?」」

 

 土煙の中立ち上がる人影。

 他に、いるまい?

 

「……無事なの⁉︎」

 

 かなたが驚愕に声を大にした。

 今まで、出したこともないような。

 

「みこちからパクっといた」

 

 そう言って2人に突き出したのは白い人形。

 その人形の頭の部分が粉々になって崩れて、最終的に消滅した。

 みこちと別れる際、みこちの懐から一つだけ盗み取ってきたのだ。

 自己防衛用として。

 

「怒られますよ。お陰で助かりはしましたけど」

 

 かなたが呆れたように苦笑した。

 みこの怒った顔を浮かべたのだろう。

 全く怖くなくて笑えた。

 むしろ可愛いのでは?

 

「いいよ、みこちだし」

 

 すいせいもノリが軽い。

 まあ、みこも大して咎めては来ないだろう。

 

「……でも、なんか締まんねぇっすね」

「……そうだね」

 

 2人に逃げられた、という事実の話だ。

 3人とも、ジョーカーの逃げ方に違和感を覚えている。

 

「まるで、この事件が片付いたみたいだった……というか」

「もう、今日は会わなさそうな雰囲気」

「でも次があるようなクセェ終わり方」

 

 全く締まらないし、気が晴れない。

 

「……取り敢えず、戻ろっか」

「そうだね」

 

 纏めは帰路で。

 あの2人との戦いには幕が降りたが、国家防衛戦線はまだまだ継続。

 幸い3人の移動速度は極めて早い。

 次なる舞台へすぐさま向かえる戦力だ。

 

「ところで、結局すいちゃんは、なんで重力効かなかったの?」

「あ、それは私も気になりますね」

 

 すいせいの重力無視問題へと戻る2人。

 しかし、すいせいもやはりイマイチ噛み砕けていない。

 

「正直すいちゃんも分かんない」

 

 さしづめ、行き着くのは謎。

 これ以上は考えても無駄だと判断して、3人は会話をやめた。

 そして、今後の行動を検討しながら事務所へ飛んだ。

 





 皆様どうも、作者でございます。
 さあ、奇妙な終結を迎えた同居ーずのバトル。
 3人が向かう先は事務所ですが、果たしてここで役目が終わるでしょうか?
 あ、因みに、補足しますとあの3人はねねちの放送が聞こえない域にいた数少ないメンバーです。
 丘には放送が届かないんですね。

 さて、次回は、剣士あたりかな?

 あ、6期生3D化、めでたいなぁー。

 ではまた。


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64話 鬼神の騎士道

 

 2人の剣士が、刀を交えて語り合う。

 剣士として、当然の行いだ。

 

 しかし、とある少女の刀は血を嫌うらしい。

 これは単なる比喩的な表現だが、彼女の刀は血を拒む。

 刀が血を拒むのは、使用者がそれを拒むからだ。

 言い換えれば、使用者が殺生好きであれば、刀は血を好むようになる。

 刀もまた、人格を表現する物となる。

 

 この2人の剣はそれぞれ血を好む刀と血を嫌う刀。

 果たして、どちらが強いだろうか?

 血を嫌う刀、つまり、殺生を拒む人が勝てば、それが理想の世界。

 守るための剣が強い。

 それが最も気高い刀であり、人である。

 

 だが、残念なことに、この世は簡単ではない。

 

 血を拒むとは、ほとんど剣を交えぬということ。

 血を好むとは、自ら刀を振るって人を切る事。

 

 血を好むものの方が、真剣での実践経験が豊富で、勝利しやすい傾向がある。

 真剣と竹刀とでは、扱いが違うため、必然だ。

 

 血を拒めば、血を好むものの餌となる。

 ここで、少女が勝つにはひとつ、大きな決断が必要だ。

 それこそ、剣士としての人生の選択でもある。

 

 

『人を守るために、人を斬るのか』

 

 

 正解のないトロッコ問題。

 それに似てもいる。

 人は常に醜い生き物であるため、悪人が正義のために罰として斬られたり、処刑されたりする事を許容する。

 だからこそ、この国には死刑という実刑判決が存在し、アニメやゲームの勇者に感銘を受ける。

 どちらも斬らぬ選択ができないことを口実に、必ずどちらかを斬り捨てる。

 

 さて、少女は再び迫られる。

 選択を。

 幾度となく。

 

 森で遭遇した紳士は、性格とその強さから、傷と呼べる傷を与えず、受けずで済んだ。

 でも、毎度毎度、そうは行かない。

 

 今回こそ、自分の剣の道を決める時が来たのだ。

 

 

 

          *****

 

 

 

 J、それがあやめの相手取った敵。

 あやめ、それがJの相手取った敵。

 

 Jは、一定量以下分の力を無力化することができる、無、の能力者。

 そして、人には到底扱えないような超大剣を振るう大男。

 

 あやめは、能力など一切持たない、奇才な鬼神。

 鬼の中でも数少ない力、鬼神の覇気を操り華奢な体から豪快な剣撃を放つ。

 その圧倒的な破壊力たるや。

 Jの能力を凌駕するほどである。

 

「にしても、ホントすげぇな。久々に、腕が重いぜ」

 

 Jは大剣を左手に持ち替えて、右手を何度か握った。

 味方には劣るものの、過去に敵との勝負で負けたことは無いのかもしれない。

 

「ふっ、俺の強者感から、負け知らずだと思ってんなら、そりゃあ違うぞ」

 

 覇気という気魄を剥き出しに、目を煌々と光らせ、息を切らすあやめに、そう笑って歯を見せた。

 

「さっき、上の奴がいるって、言ってたからね。覚えてるよ」

 

 数刻前、Jが上げた3名。

 あやめはそのネームを頭に浮かべて息を整える。

 

「それとは別だ。仲間じゃなく、敵に負けた話だ」

「え……」

 

 あやめは、また呼吸を乱す。

 

「ウチの魔術師――まあ、トランプの奴だな。あいつの魔導書を奪いに来た魔法師がいたんだ、結構前の話だがな」

「……魔導書を?」

 

 あやめは一瞬、記憶の何かと今の言葉がリンクして聞こえた。

 が、すぐに乖離した。

 

「そいつに負けたの?」

「いやまさか。アイツの魔法師の中での順位は20〜30番程度で、しかもこっち側の陣地だ、負けやしねぇっての」

 

 魔法師の強さ基準はイマイチ分からないが、シオンは確か第10位だ。

 学術上はシオンより弱いと言うことになる。

 

「俺が負けたのはその仲間だ」

「……仲間に、負けた?」

 

 不思議と言葉が飲み込めない。

 主人より強い仲間が、いるのか?

 

「そいつの付き添いに第3位の魔法師がいてな。ありゃあビビったぜ」

 

 当時を懐かしむように、暫し目を閉じて、苦笑した。

 3位。

 シオンよりも圧倒的に格上。

 しかも、世界でも指折りの実力者。

 

「じゃあ、その魔法師――」

「……のお供に負けたんだ、一騎討ちでな」

 

 あやめの言葉を遮り、言葉を奪う。

 お供のお供に負ける、と言う以外な結果。

 しかし、お供の方が強いのなら当然だ。

 

 でも、やはり妙だ。

 その2人、何となく知っている気がする……。

 いつ?

 どこで見た?

 

「確かアイツの能力は……そう、硬質化だ」

「っ――!」

 

 思い出した。

 その一言が決定打となった。

 確信した。

 あやめは、その男と会っている。

 いや、更に上、剣を交えている。

 決着すら着かなかった、あの、「森での決闘」。

 

「……ふっ」

 

 あやめは自嘲した。

 決着すらつかなかった、だと?

 あれは対面した時から、決着していたさ。

 

 あやめの、敗北だった。

 

「なんだ? 変なこと言ったか?」

 

 あやめの嘲笑に苦笑するJ。

 

「いや、別に……余もそいつ、知ってるから」

「へぇ……そいつぁおもしれぇな」

 

 何が面白いのか。

 知っているだけで、師弟などの特別な関係ではない。

 将来そうなる予定もない。

 

 しかし、この男が言う剣士が森の紳士なら、第3位の魔法師とはやはり……。

 

「あの仮面男……そんな強かったんか……」

 

 森を後にしたあやめは、後にこっそりシオンから仮面男の正体を耳にした。

 シオン曰く、黒魔術師と。

 だが、情報はそれのみで、実力の程は計り知れなかった。

 しかし、ここに来てようやくその実力を計量できた。

 世界3位の魔術師。

 大物だった。

 

「ま、口動かしててもつまらねえし、構えろよ」

 

 Jは世間話に飽きたのか大剣を強く握り直した。

 戦闘狂特有の笑みを浮かべて大きく刀を振りかぶった。

 

裂刀(れっとう)!」

 

 大振りの縦切り。

 地面に振り下ろされた大剣の先から衝撃波が出る。

 その衝撃は地面に亀裂を入れながら真っ直ぐあやめに突撃する。

 忠告により、構えていたあやめは覇気を纏った刀で応戦する。

 剣撃の追撃が来る前に、衝撃波を抑えよう。

 

「鬼神一刀流・真空波」

 

 襲い来る衝撃を打ち消すには、似たものを放つ。

 あやめは衝撃波に全力で刀を振るう。

 すると、爆風のような一刃の風が衝撃波と衝突し互いが空へと舞い上がる。

 

 すぐさま追撃が来た。

 大剣が横振りであやめを狙う。

 技名もない、ただの軽い遠心力を使った一振り。

 ここで大技を放つ余裕はない、刀で軌道を逸らすことにした。

 

 あやめの刀をJの大剣が伝い、狙いを外して地に落ちる。

 

 今度はあやめが迎撃する。

 大剣の落下に合わせて、あやめは勢いのまま軽い身体を回し、大剣狙って斬りつける。

 Jはなんと、一度大剣から手を離した。

 力を加えて張り合うと、剣が壊れると予見したのだ。

 それを防ぐために、予め地に刀を寝かせる事で衝撃を分散させた。

 大剣は相当の腕力で振り回せる代物。

 容易く人に盗まれないからこその大胆な一手。

 

 しかし、刀を無くした敵にはあやめも強気に出られる。

 身軽に動いて、Jに刃先を突き付けた。

 

「わざと手を離すとは……驕りすぎたね」

 

 あやめは薄暗い夜の中赤い双眸を煌めかせてJを睨んだ。

 Jはその刃先をじっと見つめた後、あやめの瞳を見て、笑った。

 そして、グッと、突き出された刀を握った。

 

「お前こそ甘すぎだ。そんなクソみたいな迷い捨てて本気で掛かってこい」

 

 大男の圧倒的な腕力とその能力で、握る手には傷一つつかない。

 そのまま矛先を変えて大剣を取りに行った。

 あやめはそれを、みすみす許してしまうのである。

 折角のチャンスを、むざむざ捨てたのである。

 

「剣じゃなく俺を斬れば勝てた。俺が握った時、本気で刀を抜けば斬れた。俺がこの剣を掴む時、背後を狙えば勝てた」

 

 この一瞬のような期間に三度。

 この戦場で三度ものチャンスがあった。

 それをあやめは、手にできなかったのではない。

 手にしなかったのだ。

 

「次は本当に手加減しねぇぞ。さっさと選んで決めろ。でなきゃお前は死ぬだけだ」

 

 拾い上げた大剣の先をあやめに突き付けた。

 刃先の光沢が、暗い街に小さく輝いた。

 

 汗が垂れる。

 息と唾を飲み込み、視線を一度真っ直ぐにした。

 眉を寄せ、Jの腹の底を見るように睨む。

 

 剣士には、葛藤を隠せないのか。

 森の紳士と言い、コイツと言い、迷いを瞬時に見抜いて、揺さぶって来る。

 森では、仲間のことと託けていたが、恐らく見破られている。

 今回は、かまかけすらできない。

 

 人を斬ることへの躊躇を、皆心を読むように看破してくる。

 

「ま、斬らない選択をしても、死ぬだけだが」

 

 剣先を天に突きつけて、攻撃の予備動作に入るJ。

 あやめも遅れて予備動作に入る。

 

「カァッ!」

「ハァッ!」

 

 振り絞る声と共に2人はまた衝突する。

 Jの大剣があやめの胴体を斜めに切り裂こうとしている。

 あやめは2本の刀をクロスさせて、その交点で大剣を押さえた。

 上から下への威力は相当のもので、足が地面に埋没するような感覚を覚える。

 コンクリートに罅が入りそうな腕力に、同じ様な腕力で押し返す。

 鬼神の纏う覇気で、あやめの身体が薄く赤く光る。

 

「そう、その意気で切り掛かってこい」

 

 Jの目が数倍鋭くなった。

 あやめも負けじと目付きを鋭くする。

 

「刀は、人を斬るためにある」

 

 あやめはその言葉を耳にしたあと、修練された刀捌きを魅せる。

 罰字にして受け止めた大剣。

 刀でその大剣の軌道をまたしてもずらす。

 落下地点を地面に変更させ、空いたもう一本の刀を大剣を撫でるように伝わせる。

 そして、大剣のとある一点上を軸に、刀を上手く使って自身の体を持ち上げた。

 

 機敏な動きで空中に身を投げ出し、己の世界を反転させる。

 大剣の真上にあやめ。

 あやめ視点では、頭上に大剣がある。

 丁度、空いた二本の愛刀で真上から大剣に攻撃を与える。

 

「鬼神二刀流・渡月橋」

 

 Jはすかさず大剣の向きを変え、技を受けれる体制を取る。

 その大剣にあやめの剣技が炸裂。

 激しい鋼鉄のぶつかり合う音。

 熾烈な争いを彷彿とさせる、耳に響く音が、街にも響き渡る。

 実際、2人の争いは拮抗した実力者の鍔迫り合い。

 もはや、誰の介入も許されない。

 そんな一騎討ち。

 

「そうか……あくまでも、剣を狙うか」

 

 Jは心底失望したような声質であやめを睨みつけた。

 

「拳一発と、一太刀では、訳が違う」

 

 あやめは自分の思想、斬らぬ思想の根幹を口にした。

 想いを叫んだ。

 

「そうだ! だから剣士は、人を斬る覚悟がいるんだ」

 

 Jも分かっている。

 剣を持つとは、そう言うこと。

 拳一発で簡単に人は死なないが、刀の一太刀で簡単に人は死ぬ。

 剣士になるとは、それを理解した上で、刀を握る者。

 でなければならない。

 

「余は一度も、自分の事を剣士と言った覚えはないよ」

 

 まるで屁理屈。

 通らない道理を無理矢理通すようなセリフ。

 刀を持てば、剣士。

 でもそれは、誰が決めた事だ?

 

 いや、そもそも、誰が決めた。

 剣士は人を斬らねばならぬと。

 

「なら銃は! 魔法は! 龍の力は! どれも人を殺すのに余りある力だろ」

 

 Jは調査済みのあやめの仲間の持つ力を上げて、あやめの不自然さを説く。

 ぼたん扱う銃は、人を撃つためのもの。

 シオンの魔法は、殺傷能力が十分にある力。

 ココの龍の力は、人を潰すのも容易い力。

 

「魔法も銃も、龍の力も、全て使っているはずだ。死ぬ可能性は0じゃない」

 

 力を使う事自体は構わない。

 きっと、殺さぬように扱うからと、言うのだろう。

 ならばあやめも、殺さぬように人を斬ればいい。

 腕が立つのだから、できるはずだ。

 

「……余の他に、鬼族を見た事は?」

「ああ?」

 

 あやめの声のトーンがガラッと変わった。

 冷静だった声が、僅かに震えていた。

 洗礼された柄の握り方が、変わった。

 力任せに握り締め、手を痛ませていた。

 

「ないんでしょ」

「お前が初だ、だから疼いてんだろ」

「なら、もう語る事はない。黙ってさっさと――決着つけよう」

 

 あやめの目の色が、変化した。

 赤く赤く光っていた双眸。

 更に赤の深みを増して、薄暗くなりゆく瞳。

 しかし決して潰えぬ目の輝き。

 

「二刀流・竜巻旋風」

 

 剣技で竜巻が起こる。

 こんな怪奇現象が、あるだろうか?

 

 コンクリートの道路から巻き上げる微量の砂が嵐となり、竜巻となって渦巻く。

 竜巻で、数秒間だけ視界が遮られる。

 Jも、あやめも、誰も彼も。

 

 その竜巻は、Jを内に取り込むように襲い掛かる。

 

「小賢しい風技を!」

 

 Jは大剣が軋むほど強く握った。

 両手で、がっしりと。

 

「絡繰屋敷」

 

 大剣が乱れるように暴れ出す。

 力が暴発したように剣が竜巻を幾度も、凄まじい速度と威力で切断する。

 風という勢力は、幾度もの斬撃という数の暴力に相殺された。

 

「…………」

 

 晴れた視界のその先に、互いの敵を見据える両者。

 黙ってJを捉えるあやめ。

 黙ってあやめを捉えるJ。

 

「……」

 

 Jは妙な違和感に眉を顰める。

 大剣を握る力が更に増す。

 Jの正面に映る存在から感じる奇妙さが、そうさせる。

 

「おい……お前……」

「……へへ」

 

 Jの鋭利な視線と不快さを乗せた言葉に、あやめは奇怪な笑いだけを返した。

 

「大滝落とし」

 

 Jがスイカ割りのようにあやめを脳天から両断しようとするが、刹那の間で躱した。

 本当に、ギリギリだった。

 

「闇凪・絶」

 

 今度は右から左へのスイング。

 あやめはまたしても紙一重のタイミングで回避する。

 

「はっ、斬らねぇで逃げる気か。なら……」

 

 あやめが刀を仕舞っていることに、多少だが腹を立てているようだ。

 舐められた気分を味わい、怒りに触れた。

 

「鬼斬!」

 

 鬼を斬る技。

 それがあやめに牙を剥く。

 あやめが遅れて刀を抜いた。

 

「遅ぇよ!」

 

 高威力の技を、予備動作なしでは受けきれない。

 刀が砕け、身が滅びるのみ。

 

 カァッ!

 

 刀と剣の一瞬の交差の音。

 同時に、パキンっと刃の砕けた音と砕けた刃が地に溢れる音。

 

「なっ――!」

「鬼神一刀流・鬼門・閉」

 

 あやめが見事に、Jの大剣を割って見せた。

 華麗に、怪我を負わせず無力化させた。

 ただ、そのあやめというのは……。

 

「どう……なってやがる! なんでお前……二人いるんだ!」

 

 Jと対峙していたあやめではない。

 Jは正面のあやめを獲物として捉え、攻撃を仕掛けた。

 そこに横から割って入り、剥き出しの刃を真っ二つにしたのは、また別のあやめ。

 

「余が、二人いるように見える?」

 

 剣を破壊したあやめが鞘に納刀しながら、振り向き、笑みを見せた。

 歯が、キラッと光った。

 

「何⁉︎」

「もしあやめちゃんが二人いるように見えるなら――」

 

 Jの正面にいたあやめが、軽い足取りでもう一人のあやめに接近する。

 深く悪戯っ子のような狡賢そうな笑みに顔を染めて、容貌を変えていく。

 次第に変わりゆくあやめの姿。

 変わり果てたその姿は、全く別のホロメンだった。

 

「それはきっと、見間違いじゃないかな〜」

「ね、ネコ……だと」

 

 薄紫の甘やかな髪質、煌めきの途絶えぬ双眸、毛深くない頭に生えた耳、背の下辺りから生えている尻尾は愉しげに揺らいでいる。

 紛れもなく、ホロライブのあのメンバー。

 

「僕はね、猫又おかゆ」

「どう? ホロライブの悪戯ネコ」

「……いつからいた」

「余がここに来た時から、ずっと一緒に」

「もし見えなかったんなら、それも見間違いじゃない?」

「ふざけた真似を……」

 

 ここに来た瞬間から、あやめとおかゆが張った罠。

 それこそがこの騙し討ち。

 見事に敵を欺き、無力化に成功した。

 

「余は最初に言ったよ。卑怯な手、使うって」

「ああ聞いた。許可した。二言はねぇし、恨みやしねえ」

 

 売り言葉に買い言葉。

 一見の窮地に物怖じせず、Jは割れた大剣を蹴飛ばして手にした半分も遠くへ投げ捨てた。

 

「言ったはずだ、俺の能力だって卑怯そのもの。俺が許可したのは、俺にも隠し球があるからだ」

 

 能力――そうだ。

 こいつは力を無視する無茶苦茶な能力者。

 それを使用した、隠し球が何かあるのか。

 

「勝った気になってんじゃねえぞ!」

 

 Jが駆け出した。

 強く瞳孔を開き、おかゆに狙いを定めた。

 右手に何かを持ったような手つき。

 その腕の動きはまるで……刀を持った殺人鬼のよう。

 

「っ――は⁉︎」

「おかゆ!」

 

 あやめとおかゆは同時に地を蹴って、回避を試みた。

 しかし、おかゆだけ何故か地を蹴っても身体が跳ねない。

 全身への、地面からの反発がない。

 結果、左右への動きだけが実現してその場に転倒する。

 

「くっ!」

 

 あやめがもう一度地を蹴り、二人の間に切り込む。

 キンっと、また剣と刀の混じり合う金属音。

 なんとか攻撃を受け止めた。

 それと同時に、Jの手にした獲物が何か、あやめの中で鮮明になる。

 

「おかゆ! どうしたの!」

 

 刀でJの力を抑え、苦悶の表情で背後に声をかけた。

 

「なんか、歩けないし、立てない!」

「お前! 何した」

 

 あやめはJの笑みを凝視した。

 

「俺は触れた物にかかる力をゼロにする、カァッ!」

 

 一度互いに弾き合い、距離を取る。

 

「俺の足が、地面に触れている。地面にかける力が無力化されれば、当然歩くことも立つこともままならない」

 

 おかゆが動けない理由だ。

 作用反作用が成立できないなら、歩みも直立も不可能だ。

 

「お前は鬼神の力で、制限を超える力を無意識に放っているから動けるだけだ」

 

 あやめの無意識下の覇気が、強力過ぎてここでもJの能力を無視していた。

 今までJがこれを発動しなかったのは、あやめ相手には無意味と読んでいたからだ。

 しかし、おかゆとなれば話は別。

 制限を超過する力など、まず出ない。

 丁度いい錘にできる。

 

「その剣……」

 

 あやめは、Jの右手に注目した。

 まだ手が、何かを握っている。

 それは剣に違いない。

 

「名工の剣だ。完全不可視のな」

「名工……持っとったんか」

「ああ、お前のもそれなりに良い刀だとは思うがな」

 

 Jの笑みが深まり、あやめの苦難も深まる。

 名工だから強い、とはならないが、見えないのは厄介だ。

 刀身が測れないと、攻めも受けも、消極的になりやすい。

 あり得ない長さかもしれない。

 あり得ない太さかもしれない。

 あり得ない材質かもしれない。

 迂闊に攻撃、できなくなる。

 

「名工といやぁ、さっき降って来たメイス」

 

 Jが翻弄するように口を動かす。

 口角を上げ、更に二人の心を揺さぶる。

 

「お前の仲間は、どうなっただろうなあ?」

 

 敵の闘志に呼びかけて、自分を斬るように仕向ける。

 執拗にあやめを人を斬るように煽る。

 

「……ちょっと梃子摺ってるらしいね」

「死んでるかもしれねぇぞ?」

「誘導下手? 死んでたら、急ぐ必要なくなるじゃん」

「じゃあ、死ぬかもしれねぇぞ?」

「だから、ちょっと梃子摺ってるって言ったんよ」

「『ちょっと』に『梃子摺る』か」

 

 危機感のなさと信頼の厚さ。

 そんな事で、二人は動じない。

 それに、もうすぐ、駆けつけるから。

 

「甘いな!」

 

 Jが迫力満点に飛び出した。

 気力迫力満点で、全身全霊、つまり全力で。

 あやめの本物の闘争心を掻き立てるため、弱点となるおかゆを狙う。

 本気で護らせ、本気で斬らせる。

 

「これで終いだ。裂刀・穿」

 

 裂くのか穿つのか分からない技で、Jはとどめ撃ちを狙う。

 あやめに強制仲介させる。

 さあ来い、と心構えは完璧だ。

 

 あやめも納刀した二つの愛刀の柄に手をかける。

 全力で地を蹴り、速攻で間に割って入る。

 

「おかゆ!」

「わっ!」

 

 隙ができてしまうため、手荒だが、おかゆを軽く蹴って距離を取らせる。

 Jに向き直る暇などない。

 背を向けたまま、抜刀。

 感じる気配、操る第六感。

 近づくJと刀身の読めない不可視の剣。

 

 グッと、軸足となる右脚に力を込め、両手を強く握る。

 軸足を捻り、全身を半回転させて、踏み込んだ。

 相手の剣の動きを推測して、避けるように身を翻し、前へ進め、刀と腕を何度も捻り……斬る。

 

「鬼神二刀流・唐紅」

 

 パキッ、カラン、コロン……。

 

 さまざまな音とともに全てを察した。

 あやめは全てを振り払い、今の一瞬で開いたJとの差を走って埋める。

 

「テメェっ!」

「はぁっ! たぁっ!」

「ぐっ……そっ……タレ……」

 

 遅れて振り返ったJの腹に覇気を込めて、強く刀の柄を撃ち込んだ。

 巨大にも響く微かな痛みに反射した瞬間、背後に回ってもう片方の腕にも覇気を込めてJの後頭部を撃った。

 

 流石の体躯も、鬼神の覇気の腕力には敵わず、意識朦朧とし、バタッと倒れ、遂に決着した。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 鬼神の覇気を全開にしていたあやめも、漸く力を抑え、気迫を体外へ逃す。

 体への負荷が、一気に押し寄せ、激しい息切れが目立ったが、活動に支障はなかった。

 Jに「刀傷一つつけない決着」におかゆも絶句して、静かに歩み寄った。

 

「あ、見えない剣が割れたから、そこら辺落ちてるかも……気をつけて」

 

 と、あやめが軽く注意喚起した。

 が、おかゆは大して気に留めずあやめにそっと寄り添った。

 

 あやめに「有るべきもの」が無くなっていたから。

 

「あやめちゃん……ツノが……」

 

 欠けている、あやめの左側のツノ。

 欠けただと程度が低く聞こえるだろうか?

 付け根上辺りにスッパリと刀で切られた跡がある。

 左のツノを、ほぼ完全に持っていかれた。

 ただ、敵の剣の動きを計算しきれなかった、という落ち度。

 

「ツノなんてまたすぐ生えるからいいよ。それよりも……」

 

 目線を目上のツノに向けるが、興味がなさそうに視線を外し、少し離れた地面に転がるものを見る。

 そこには、斬られたであろうあやめのツノのカケラと「もう一つ」。

 

「ウソ……でしょ……」

 

 あやめは残骸を手に取り、小さく指を切るが構わずそれを手中に収める。

 もう片方の手で掴むものを目の前に置き、思いを馳せる。

 

「羅刹が……」

 

 おかゆも良く知る、あやめの愛刀――『大太刀 妖刀羅刹』がJの大剣のように綺麗に真っ二つに割られていた。

 羅刹の刃こぼれはかなり酷いものだ。

 それに対して、阿修羅の方は傷付くどころか、刃こぼれ一つない。

 

 割れた理由として、二つあるが、あやめの中ではもう、一つと言っても過言ではない。

 

 一つは間違いなく敵の強さ。

 強力な敵であったため、その代償にツノと刀を一本ずつくれてやったのだ。

 

 しかし、一つは……。

 

「迷ってた……」

 

 あやめの心そのもの。

 

「仲間のために、みんな戦ってる。正当防衛ながらに、戦った」

 

 いい事ではないが、誇るべき事ではある。

 

「なのに余は、自分の都合で……」

 

 手を緩めた。

 それが、敗因。

 勝利の中での敗因だった。

 

「甘かった……!」

 

 あやめは必死に感情を堪えながら、震える手で割れた羅刹を丁寧に納刀した。

 最終的には、拳で沈め、深傷を負わせずとも手を汚した。

 

「戦場では甘いかもしれないけど、それは素敵な事だよ、あやめちゃん」

 

 おかゆはあやめの背にそっと手を乗せて囁くように言った。

 

「僕はホロライブのヴィラン志望猫だからさ。その……どうやってあの剣士を倒すか必死に考えてた」

 

 冗談混じりに苦笑しながら、あやめの誠実さを説いていく。

 

「どんな手を使っても、どんな致命傷を負わせることになっても」

 

 それを思わないあやめは、如何に素敵な心の持ち主か、と。

 おかゆは微笑んでくれた。

 

「……ウソつき猫」

「ははは、だってヴィラン志望だもん」

 

 おかゆの優しさに気付いたあやめは、揶揄って目元を擦る。

 おかゆの「とてもわるーいウソ」をあやめは笑って見逃した。

 

「余が人を斬らないのは、優しいからじゃないんよ」

 

 でも、ただそれだけは、知っておいてほしかった。

 そこだけは、どうしても嘘を付けなかった。

 仲間は大切だから、本心は言えなくても、嘘で隠し通すことは、したくなかった。

 

「余が人を斬らんのは、すごく個人的な話」

「そうなんだ」

「そう、だから、あんま気にせんといて」

「分かった」

 

 最後におかゆは笑ってあやめを受け入れた。

 あやめの苦笑は何故か、取り繕ったように見えて仕方がなかったが……。

 

 





 どうも作者です。
 さて、あやめ殿の戦いもついに結末ですね。
 なぜ、人を斬らないのかは後に語られるであろう、多分。
 おかゆんとのトリックはどうでしたか?
 意外なあやおかコンビでした。

 そして、あの箱推しの強さと、森での話。
 突然濃くなる再登場説。

 あ、沙花又とこよちゃん、3Dめでたし。
 そしてぺこちゃんおかえり。

 では、また次回。


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65話 奇跡の在処

 

 国の西にある展望塔屋上にて……。

 

 聳え立つ展望塔。

 本来は国の夜景や国外の海、はるか遠くに見える島や山などの景観を愉しむための展望塔だ。

 しかし、この塔の屋上には訳あって五石の一パーツ、蒼の石が封印されている。

 否――正確には、されていた、だ。

 

 今回の国家襲撃者の一人、Qによってその封印は破壊され、北のスポーツスタジアムへと送られていた。

 

 Q曰く、この国、世界の造りを糺すためらしいが、方法が横暴すぎた。

 もっと順序立てて、被害を出さない方法を実行するべきだ。

 こんなやり方で世界を糺すと言われても、信憑性に欠ける。

 

 このままでは国の崩壊は確実。

 一度リセットして、やり直すつもりなのだ。

 しかし、そんな事はさせないと、奮闘するものがいる。

 

 ホロライブ所属、白上フブキ、大神ミオ、戌神ころね。

 

 バリアという絶対防御力を誇る人間要塞に、3人は立ち向かっていた。

 

「Qの肩書きは伊達じゃない」

 

 誰一人寄せ付けないQがバリアを展開して胸を張る。

 おかゆの消滅に警戒して、永遠と注意散漫になりがちだが、結局突破口は開けない。

 隙があるのに、隙がない。

 

「確かに、引き篭もり力はそうだね。ホロメンにも負けず劣らず」

 

 バリア内から出て来ないQを引き篭もりと称してフブキが煽った。

 が、効果はなし。

 

「俺はお前たちのように見ず知らずの人からの評価を気にしない」

 

 寧ろQは余裕綽々と挑発で返す。

 誰かがキリッと歯を嚙み鳴らした。

 

「全く攻撃が通らないのに、勝てるの……?」

 

 ミオが先行きが不安でネガティブな発言をした。

 

「当然無理だ」

「いや、当然勝てる!」

「何を根拠に言うのか。お前が最も痛感しているはずだぞ、犬」

「だってまだ、諦めてないから」

 

 今度はキリッと、凛々しく叫んだ。

 そう、バリアに最も影響を受けているのは、紛れもなくころね。

 能力なしで、拳オンリーの戦闘法。

 一発の威力は一般男性の力量を超えるが、命中しなければ意味はない。

 

 しかし、言い換えれば、フブキとミオは影響を受けつつも僅かながらにバリア内に干渉する方法を持っている。

 

「フブキちゃんとミオしゃがなんとかしてくれるでな」

「む、無茶振り……」

「そんな簡単には……」

 

 押し付ける信頼にミオとフブキは汗を流す。

 もちろん、信頼が厚いのはいい事だ。

 

「中々、落ちないのは、素直に感心するが」

 

 バリアで弾いてなんども転落死を狙ったが、緊急回避に長けていた。

 

「……流石にずっと警戒してられないから、もう落ちないようにしないとね」

 

 フブキはころねとミオの表情を一瞥し、緊張度と疲労を確認し、言った。

 もう、Qが二度と落とそうなんて思わないように。

 

「コンサートスノードーム!」

 

 フブキはその一声に合わせて天に手を翳す。

 その掌から氷のビームが放射、ある程度まで打ち上がると氷がドーム状に広がり、塔の屋上を覆った。

 氷はドームを形作ると質を変え、一見柔らかそうな雪へと変化した。

 

 だが、その雪は簡単には突き破れない。

 魔力で固められた雪だから。

 

「落ちない仕掛けか、なら押し潰せばいい」

 

 Qはすぐさまそう発想し、無駄だと提唱する。

 しかし、落下は一度落ちれば絶望だが、圧死なら勢いなくして即死はない。

 そしてこの男にその速度での圧力は出せない。

 挟まっても、猶予ができる。

 その一瞬で仲間がなんとかできるから。

 

「タロットカード、正位置、No2、THE HIGH PRIESTESS」

 

 ミオは自分自身に一枚のカードを使った。

 そのカードは、女皇帝のカード。

 

「優れた洞察力などで事態を好転させる事ができるでしょう」

 

 占うように加えて、強く瞳孔を開いた。

 

「好転? この状況から?」

 

 Qは無理だと言わんばかりに嘲笑う。

 それでもミオの目も、仲間の心も、不安に染まる事はない。

 ただ、ミオは口にしなかったが、事態好転には時間がかかるともある。

 多少の時間を要するが、その暁にはきっと、勝利を迎えると確信している。

 

「みおーんの占いは当たるよ」

 

 フブキは誇らしげに鼻を鳴らした。

 必ず当たる占い……。

 

「それはもはや未来視……といいたいが、内容が曖昧かつ抽象的だな」

 

 そう、占いの難点はそこだ。

 必ず当たるにしても、占いは全てを明確化してはいない。

 今回の場合、洞察力「など」や、事態がどの事態なのか、好転が示すのは果たして勝利なのか、など……。

 不明瞭な点が多く、中々信頼しにくい。

 これが必中と言われても、どんな未来か、予測もできない。

 

「未来視なんてあったら、世界の終わりだよ」

 

 ミオが未来を見る事の重大さに触れた。

 現に、魔術師たちも未来を見る力の開発は失敗続きだ。

 だから特殊能力でも未来を見る力は存在しない。

 

「スペードの能力は掠っているが……確かにないな、そんな特殊能力は」

 

 含みのある発言で3人の意識を引く。

 メガネを軽く上げて、もう一度口を開く。

 

「特殊能力はないが、未来を見る存在ならいるぞ」

 

 嘘偽りのないQの眼。

 その眼は、3人を騙す意図など微塵もなく、ただ真実を語る知識ある者だ。

 3人は驚愕し、戦慄した。

 知っている、と言う事は、協力者である可能性がある。

 未来を見て作戦立案すれば、負ける未来など、ないのだから。

 

「正確には確定未来の計算予測だ」

 

 確定未来の計算予測。

 これは即ち、未来を計算によって導き出す、という事。

 アニメでたまに聞くが、原理をいまいち理解できていない者も多い。

 

「とある科学者は、分子や原子の動きを計算すれば未来を導き出せると気付いた」

「コンセクティブブリザード」

 

 Qの語りに興味はない。

 知識の披露や、探究心にも関心はない。

 フブキは雪嵐を巻き起こし氷の礫をQに続けて撃ち込むが、全てバリアで弾かれる。

 

「しかし、人間の頭では非常に時間がかかる。1秒先の未来を計算しようにも、1秒以上時間を要する。これでは計算した未来は未来でなく過去になっていて、意味がない」

 

 フブキの奇襲を無視して話し続ける。

 バリア展開中により無敵、と余裕をかましている。

 

「だからその科学者はそれができる空想上の生物を作り上げて、その存在に名前をつけた。ラプラスの悪魔と」

 

 イマイチしっくりこない名前。

 今の3人には、全く耳に馴染まない名前だった。

 

「水・氷タイプのポケモン?」

「違う! 悪魔だ! 科学的悪魔だ!」

 

 フブキのジョークを完全否定して、Qはふんっ、と怒り混じりに鼻を鳴らす。

 

「でもそれは空想の生物で存在しないはず」

 

 ころねが拳を握って駆け出しながら言った。

 そのまま拳をQに向けて放つが、当然バリアに阻まれる。

 

「いいや、悪魔の更なる上の存在、魔神としてたった一人、この世に存在している」

 

 更なる情報にもはや驚愕すらも押し殺される。

 空想の生物として作り上げた存在は、確かに実在していると。

 

「魔神は全部で4人。うち二人が科学的悪魔、もう二人が精神的悪魔として、この世が生まれると同時に生を受け、延々とその命を保っていく」

 

 つまり、この世の法則に反する不死身の悪魔。

 いわば最強の存在。

 

「安心しろ、俺も面識はないし、顔も知らない」

 

 味方にはいないと断言した。

 が、関係なくバリアがウザい。

 

「そんな知識つけても、意味ないでしょ」

「無意味な知などない」

「そう言う意味じゃなくて、その知識を得ても、実際に会う事はまずないって話」

「そうでもないだろ。単純計算で人は、人生で平均15回は殺人犯とすれ違うらしいぞ」

「世界の殺人犯の数よりも、その魔神の数の方が圧倒的に少ないでしょ。まずすれ違わないって」

「その僅かな可能性を捨てて、たとえば学校で訓練や耐震性工事を怠ったり、刺股などの備品を設けないのか? 違うだろ」

「それはそうしないと危険だからだよ」

「魔神は悪魔だぞ? 悪魔は人間を惑わす存在、つまり危険な存在だ」

 

「生憎と、ウチらは悪魔にそんなイメージ持ってないんで」

「なんせ、いい悪魔しか、見た事ないから」

 

 長々と面倒な奴だ。

 自分が正義であると信じてやまない性格のようだ。

 自分が理解されない、自分の言葉を信用されない。

 それがどうしても納得できない。

 典型的な偽善者だ。

 

 表裏の意識を持って猫をかぶるよりも、無自覚の悪や偽善は狂気的だ。

 

「やはり、お前たちに俺の知識を与えるには容量不足なようだ」

「オメェは知識に溺れた最大の無知だ」

 

 ソクラテスより、「無知の知」と言う言葉を戴いて、ころねは指摘した。

 無知は決して恥ではない。

 ただ、この男、Qは自分が知識豊富であると自負して、新たな真理への扉に手を掛けようとしない。

 自分の立った地点が最高峰であるとして、もはや知識を拡げようとしていない。

 恐らく、努力を重ねて尚裏切られたその世界。

 当初語った運の要素の影響で、くだらない人生を送り、知識を蓄える無意味さを悟り始めてしまったのだろう。

 ここで負かして、道を糺す。

 

「あなたは、運という読めない要素がいけないって、言ってたね」

「ん? ああ、そうだな。実力こそが全てであるべきだ」

「なら、奇跡って、運だと思う? それとも、実力だと思う?」

 

 ミオは不思議な問いかけをしながら、タロットカードを手にした。

 

「運に決まっている。辞書で意味を調べてみろ」

 

 単語の意味から、答えを導き出すQ。

 

「なら、起きる奇跡には、何も理由がないの? 本当に、ただ偶然に降りかかる天災なの?」

「……ああ、そうに決まっている」

「なら、ウチがここで、奇跡を起こしたら、それも偶然だと思う?」

「何……?」

 

 まるで、奇跡が起こると、決まったように目を細めるミオ。

 フブキところねは苦笑した。

 

「ウチも、フブキも、ころねも、多分みんな、ホロライブに入れたのは奇跡だと思ってる」

 

 目を疑うような倍率を乗り越えて通過した門。

 異論はないようで、二人は満足そうに頷いた。

 

「でも、なるべくして、このメンバーになったんだよ」

「……」

「社長に贔屓目なんてないと思うけど、選ばれたメンバーには、誰も予想だにしない世界の仕組んだ意図があるんだよ」

「なら――世界は『神』が動かしているとでも?」

「運を言い訳にするなら、神を言い訳にした方が、通るかな?」

「……」

「だって、世界には存在してるよ――『天神』」

 

 魔神とは対の存在と囁かれる、天神。

 それは、魔神とは明らかに違う、本物の神様。

 その遣いが、巫と天使である。

 

「ここでウチたちが勝ったら、それは奇跡。その奇跡は人の力では抗えないものだけど、人の力で起こすもの。その時は、あなたも改悛して、その豊富な知識を、もっと活かして生きていくって約束してくれる?」

 

 発動するミオの究極の母性。

 この男の道の踏み外しは、一時の間違い。

 自分を開花させるための力は十分備わっている。

 

「何を言っている!」

「だってあなたには、素敵な占い結果が出ているから」

 

 答えは公表しない。

 けれど、その未来はきっと素敵だ。

 

「俺が――負けたらな!」

 

 ミオに未来を見る力なんてないけど、この人から感じる波動がある。

 その波動が、真っ黒に染まっていない。

 

「なら、勝つよ!」

 

 ミオにバリアを展開して突進を図る。

 だが、バリアの内側で吹雪が舞う。

 視界が雪で染まり、ブリザードが体に纏わりついて動きを封じてくる。

 Qはバリア範囲を狭めて己を守った。

 

 展望塔の屋上に僅かな雪が積もり、溶けた水が凍りついた。

 

「フブキ、これを……」

 

 ミオはフブキに一枚のタロットカードを手渡し、とあるお願いをする。

 

「おっけい!」

 

 フブキは詳しい作戦も聞かず、ただ信じて応じた。

 

「ころね、うちを信じて」

「……?」

 

 ミオはころねの背を軽く手でポンと叩くと、軽く押し出して……。

 

「突撃!」

 

 ころねは迷いはあれど、躊躇なく直進した。

 バリアの存在を懸念する事なく、ただQに一撃を見舞うために。

 森でおかゆに約束した事、『おかゆに危害を加えるものは、ワンパンする』を胸に抱いて。

 おかゆを突き落としかけたという危害の加え方。

 ワンパンすべき存在になったのだ。

 ずっと、狙っていた。

 ミオにどんな策があるのか、分からないが、好機なのだろう。

 

「起こすよ、奇跡を! タロットカード、正位置、No.10、WHEEL of FORTUNE」

 

 走るころねの背中が光り輝く。

 正確には、先程ころねの背中に貼った「運命の輪」のカード。

 意味は事態の好転、好機の到来。

 それを突撃したころねに発動。

 

「奇跡は人知を超えるものだ!」

 

 頑なに人為的な運の作用を否定する。

 そして、ころねの侵入妨害工作としてバリアを展開。

 

 ミオの占いは当たる。

 

 突如、フブキの構築したスノードームが崩壊して雪の形も失って消滅する。

 突如差し込む街の明かりと夜の世界の輝き。

 それと一つの回る金属光沢。

 何かが――飛んできた。

 

「ドームが!」

「奇跡など!」

 

 フブキですら急展開に対処できず慌てふためく。

 その中でも、ミオは冷静に、ころねはただ的を狙って。

 突き進む。

 

 次の瞬間、回転する金属光沢はQのバリアに直撃する。

 そして、バリアが崩壊する。

 

「なぁっ!」

 

 魔力が「何か」によって崩され、能力が一時的に機能しなくなる。

 つまり、ころねを阻むものが……消えた。

 

「おらおらおらおら! 行くぞ!」

 

 ころねは吠える。

 瞳に標的を投影して。

 

「バリアが破れたからなんだ! そんなもの避ければいい」

 

 Qは怯みながらも落ち着いた判断でころねの動きを見て、回避する。

 見事に避ける。

 でも、追撃がある。

 ころねは体を回してもう一度ターゲットを捕捉。

 突き進む。

 

「よっ!」

「っ――!」

 

 フブキが無防備なQの背中をタッチした。

 

「ミオ!」

 

 フブキの合図。

 Qはまたしても冷静にころねの動きを見る。

 避けれる。

 身体能力の差は歴然。

 避けられる。

 そう――奇跡が起きなければ。

 

「タロットカード、正位置、No.13、THE DEATH」

 

 Qの背中が光り輝く。

 正確には、背中に貼り付けた「死神」のカード。

 

「これにて終幕!」

 

 ミオの宣言と共にカードは消え失せる。

 同時にQはステップを踏んでころねのパンチを回避しようと……

 

「しまっ……!」

 

 凍った地面に足を滑らせ、身体が一瞬宙に浮き、転倒しそうになる。

 その隙は、勝敗を決するに十分すぎる奇跡だった。

 

「おらよぉ!」

「クソ運ゲーがぁーー!」

 

 Qの罵声は、己に対する失望の声だった。

 それを最後に、ころねのしばきあげパンチングが炸裂。

 宣言通り、見事ワンパンで敵を撃ち沈めた。

 

「……凄い! すごいよみおーん!」

 

 フブキがミオに飛びついた。

 あり得ない奇跡を呼び寄せる占い、いや、予言に鳥肌も立った。

 使ったカードはもう戻って来ないが、代償としては安すぎだ。

 

「やった、やったよ! よかったね!」

「みおしゃ……」

「フブキ、ちょっと待ってね」

 

 血を垂らして倒れるQの側に立つころねがミオを小さく呼んだ。

 訳に気づき、くっ付くフブキを引き剥がして歩み寄った。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 弱々しい呼吸音。

 腹の動きが生命である事を証明している。

 まだ、意識があった。

 が、もはや虫の息。

 息絶え絶えの強敵を、ミオは見下ろしていた。

 

「うちたちの、勝ちでいいね」

 

 ミオは膝を曲げて、高さをできる限りQに合わせると、語りかけた。

 

「もし、やり直そうと思うなら、奇跡を呼び起こすうちの言葉、信じてみない?」

 

 腹が上下して、呼吸音が響くのみ。

 

「うちは、みんなが楽しくなれるように、配信してるから。悪人に見えるような人でも、楽しくなってほしい」

 

 目指す未来像は決まってないけど、なんとなく、そんな感じ。

 

「楽しい生き方を、探してね」

 

 ミオは願った。

 

「……こんな空じゃ」

 

 Qが掠れるような声で漏らす。

 舌が唇か、どこかしら噛んだのだろう、喋りにくそうだ。

 

「満月どころか……月すら見えん」

 

 そう言って、ミオから目を背けた。

 元々、目は合っていなかったが、体全体を転がして、ミオのいない方を向いた。

 そしてもう、一言も喋らず、動かずだった。

 

 

「いやー! それにしても、凄いよミオは!」

 

 フブキがまた満面の笑みでミオに飛びつく。

 

「う、うん……重い」

「ころねも流石のパンチングぅ!」

 

 何故かフブキは上機嫌だ。

 

「フブキもありがと、あのカードと落下防壁」

 

 ミオも連ねて称賛した。

 

「えへへ……」

 

 にへっ、と顔を歪めた。

 ころねもミオも、もう気付いた。

 流石にこのフブキはおかしい。

 

「フブキは別に役立たずじゃなかったでしょ。気にする事ないって」

「……う、うん」

「こぉねと違って機転利いてたし、よく動けてたと思うよ」

「そう……かな」

「偶然美味しいとこをうちところねが盗んだだけだから」

「そうだでな?」

「それにこんな場所でよく頑張ってたよ」

「……?」

 

 褒め倒しにフブキは段々と紅潮して縮んでいくが、突然スンッ、と気が抜ける。

 ミオの最後の言葉に、脳の処理が追いつかなかったのだ。

 

「高いところ苦手なのに、こんな場所で……」

「あ……」

「…………………………」

 

 ミオの核心をついた言葉にころねは思わず声を溢した。

 フブキは赤から青へと顔の色を変化させていく。

 終いには顔面蒼白でへなへなとミオにしがみついた。

 

「気付いてなかったの⁉︎」

 

 ミオは仰天してフブキをガシッと掴んだ。

 先程のQよりも弱々しい声で、うんと返された時には、少し笑いそうになった。

 

「気付いてないと言うか、気にする余裕が無かったっていうか……」

 

 とその先もごにょごにょと、あくたん以上の陰キャのような素振りと声量で何か呟いていた。

 

 そんなフブキを動かすには相当の時間がかかった。

 赤子をあやすようにころねとミオが必死に動かそうとしたが、中々地から足が動かない。

 

 結局、ねねの国内放送が響くまで、3人は展望塔から動くことはなかった。

 

 





 作者です。
 いや〜、いまのホロメンが集まったのは、奇跡ですよね。
 でも、この面子でないといけなかったんですよ、きっと。

 今回でQにも勝利しました。
 空から飛んできたのは何でしょうか?
 まあ、何となく察せますね。
 こんな調子で次々と勝利を……収めれるかな?

 突然ですが、ちょっと謝罪を。
 4章が長すぎですね、はい。
 もう半年も4章にいます。
 あと少しで終わる予定ですが、投稿ペースも関わるので何とも言えません。
 しかしながら、この4章以降、こんな長編の章はもう書かないと思いますので、どうかご了承ください。
 以後、もっと濃く、簡潔に、を意識していきますので。

 さて、次回は……ぺこみこかな〜。
 ではまた!


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66話 ぺこみこ、その絆の片鱗

 

「おい兎田ァ! ぴょこぴょこ動き回って邪魔だー。どけよおめぇ!」

「あぁ⁉︎ 折角加勢に来たってのに何様ぺこだよ! みこ先輩のエイム力がないのが悪いぺこだろ!」

「あんだと! 当てにぇように意識してやってんのに。もう当たってもしんにぇぇからな!」

「当てようにもどうせぺこーらには当てれねぇぺこだから、要らない心配ぺこだよ。杞憂ってやつぺこな」

「なにをぅ⁉︎ 先輩に向かって何て事言いやがんだぁ! 一言二言、いや、全ての言葉が無駄に多いにぇ!」

「はぁあ⁉︎ 喋んなって言いたいぺこか!」

「そうだよ! 何なら加勢もいらにぇよ、どうせ兎田の『しけしけきっく』なんか当たっても意味にぇぇし〜」

「それならみこ先輩の『しけしけしけしけびぃむ』の方が意味ねぇぺこだろ」

「それなら兎田は『しけしけしけしけしけしけきっく』にぇ〜〜」

「しけの数増やして対抗とかどんだけ幼稚ぺこだよ」

「始めたのはおめぇだろうがよぉ」

「一回ならいいぺこよ、天丼じゃねえから」

「屁理屈いってんじゃねぇ!」

 

 ………………。

 ………………。

 ………………。

 ………………。

 

 このように、スタジアム付近の大神社ではぺこみこの口論が発生していた。

 その仲間割れを前に唖然として言葉も出せないラヴ。

 ぺこらが援軍として駆けつけ、不意打ちを撃たれた際には肝を冷やしたが、寧ろ好都合な展開だった。

 敵ながら、二人の喧嘩が見ていて純粋に愉快だった。

 暇もせず、二人を足止めができる。

 小学生同士の言い争いを眺める保護者のように、ラヴは成り行きを見守っていた。

 

 やがて口論は終わり告げ、どうなるかと言うと……。

 

「ボコボコにすっぞ!」

「ならその前にボッコボコにしてやるぺこ」

 

 そう、戦争が始まる。

 ラヴは高み……ではないが、見物するためにそばの岩に腰を下ろした。

 

「さて、どっちが勝つか……」

 

 勝ったやつをラヴが倒す。そんな安直な算段。

 正直なところ、どちらが勝とうと、ラヴは負けない。

 ぺこらの能力は蹴られた瞬間に感じた。

 全く同じ能力だと。

 しかも、成長方向は違えど、ラヴはその上位に位置する。

 みことのタイマンも、ぺこらが来る前の様子から、まず勝てる。

 

 もし負ける可能性があるとすれば、二人が突如結託してラヴ討伐にかかる場合と、他の援軍が駆けつける場合のみ。

 どちらも可能性としては十分だろう。

 

「ま、一応警戒ってとこか」

 

 二人が結託、とは元々の絆があると言う意味。

 油断を誘う様子ではないため、その絆があるかどうかが鍵だ。

 援軍の警戒については正直無理だろう。

 気配を感じ取る力なんてない。

 

「ぺこちゃんキック、くらえぺこ!」

 

 ぺこらが地を蹴り空を蹴り、空へ飛び上がると急降下してみこに蹴り込む。

 勢いでスカートがひらめくから、その下がよく見える。

 とは言えただのスパッツですが。

 

「……方向転換、上手いな。ウサギだからか」

 

 ラヴはぺこらの身軽さと能力の操作性に一人感心した。

 感心している間に、ぺこらのほぼ垂直キックはみこに迫る。

 

「ふんだ! そんな『しけしけキック』、てんたいでエリートのみこはくらったりしにぇぇよーだ」

 

 ぺこらの蹴りはみこの頭上付近で結界と衝突。

 激しい衝撃波を放って威力を殺した。

 ぺこらはそのまま足への反発を利用して、空へとまた飛び出す。

 反発を利用しているため、通常より移動速度が僅かに速い。

 空を蹴るのと、壁を蹴るのでは足に掛かる抵抗力が異なるからだ。

 抵抗力が大きいほど、そのベクトル方向を変換した際の跳躍力も増す。

 空を蹴ってできるのは精々方向転換か、威力保持程度。

 

 空中に跳ねたぺこらは何度か空を蹴ってみこの周囲を跳ね回り撹乱する。

 

「どうせ『しけしけキック』じゃ結界を破れないにぇ」

 

 みこは周囲を動かれて目が追いつかないが、結界にいるため安全とたかを括っている。

 

 ドガッと、そばの岩が破裂した。

 砕けた幾つもの岩の破片が、結界に飛翔してくる。

 

「これならどうぺこだ!」

 

 岩の破片を蹴って結界にぶつけまくる。

 物凄い、石の雨。

 

「っと……流れ弾に気をつけねえと」

 

 ラヴの顔面に外れた石が飛んできた。

 能力を使って瞬時に手で弾いた。

 

「ざんね〜ん、ききましぇーん」

「なら、こうじゃっ!」

 

 岩の欠片を一つ残らず吹き飛ばすと最後にまたぺこらが飛び掛かる。

 が、今度は結界に向けるのは足ではなく手。

 さらに細かく言うなら、手の中のとある石。

 その石は黄金に輝く。

 

「アレは……!」

 

 ラヴはその石に全てを奪われる。

 愕然と光景を眺めつつ、その黄金の石を凝視していた。

 

 バリっと、耳障りな音に合わせて結界が破れる。

 そのままぺこらは体を半回転させてみこに蹴りを撃ち込む。

 

「ず、ずるぃぞ兎田!」

「有効活用ぺこ」

 

 ぺこらの蹴りはみこの幻出した大幣に命中した。

 互いに反発して距離を取るぺこみこ。

 みこはずざーっと後方に地を滑り、ぺこらは抵抗力を利用して後方に飛び退けた。

 

 そのタイミングで、唐突にラヴが介入してきた。

 ぺこら目掛けて猛スピードで襲い掛かる。

 

「むっ!」

「きぃっ!」

 

 ラヴの奇襲の拳をぺこらは奇跡的に足で受け止めた。

 互いの能力が衝突し、互いの抵抗力が暴走する。

 が、あまり普段と変化なし。

 反発しあってまた、距離が開く。

 

「悪いな、石持ってるんじゃ、無視できねぇからよ」

 

 ぺこらが意図せず見せた五石のうちの一つ。

 中央エレベーターの金色の石に興味を示した。

 

「あ、やべ、そう言えば……」

 

 ぺこらは、ノエルに託されたことを思い出す。

 何故これをぺこらが持っているのか。

 少し前のことに思念を巡らせ、記憶を辿る。

 

「あー……見せちゃまずかったぺこだな」

 

 ぺこらは自身に冷笑を浴びせて、そっと懐に石を仕舞い込んだ。

 

「それ持ってんなら何でここ来てんだよ」

 

 みこも突如対応を変えてぺこらへの敵対意識を解いた。

 

「水差して悪いな」

 

 ラヴはぺこらを狙って踏み出す。

 ぺこらは跳躍して空へ逃げる。

 が、ラヴはその速度を凌駕して距離を詰めた。

 

「うっ! がっ」

 

 ラヴも中空で気体を蹴りぺこらを追うと地面に蹴り付けた。

 今回ばかりは命中して、ぺこらは地に真っ逆さま。

 

「人形……がない!」

 

 みこはラスト3枚目の人形を内ポケットから抜き取ろうとしたが、ない。

 だって、すいせいがパクったから。

 

「んっ」

 

 まずい、このままだとぺこらが致命傷だ。

 そんな時、ぺこらは空気を蹴った。

 高速落下で、体の向きは変えられないが、足は伸ばせる。

 背中を地面に向けたまま空を蹴ると激しい勢いのまま斜め方向に地面に向かう。

 せめて垂直の衝突を免れるための措置。

 

 ズザァーーっ、と激しい土煙と音を立ててぺこらが滑走したり、軽く地面をバウンドしたり……。

 

「ウサギちゃんのお陰で、こんな応用法知れたよ」

 

 空中で定期的に跳ねながら地を転がるぺこらを見下した。

 ぺこらの力不足で足のみに働く特殊能力。

 そこから編み出した応用が、まさか敵に盗まれるとは。

 しかも、相手は全身のどの部分に掛かる抵抗力も操作できる。

 

「兎田!」

 

 滑走による摩擦で主に背中を大きく負傷。

 更に数回跳ねたことと、一度目の地面への衝突で幾つかの痣。

 可愛いアイドルには似つかわしくない怪我を負った。

 そのぺこらを背後に庇うようにみこは前へ出た。

 背後で意識を昏倒させるぺこらを強く呼び気絶を阻止。

 強い眼力でラヴを睨み付けた。

 

「さっきまではお前らでやり合ってたろ。何で俺が手出したらキレんだ?」

 

 ラヴは腑に落ちないといった目で俯瞰する。

 怒ってないが、納得できない。そんな感じ。

 

「ガキ同士の喧嘩に手出す大人がいるかよ」

 

 止めるための介入でも、手は上げないだろう。

 ぺこらとみこが子どもで、ラヴは全く無関係な大人。

 二人の喧嘩と、ラヴの介入は意味が違う。

 

「分からねえな……その理屈は、イマイチ」

「仲の良い友達同士と、無関係のもの同士で、例えばキモいとか、死ねとか言ったら、色々意味が変わってくるだろうが。それと一緒だよ」

「友達にそんなこと言うのか、最近の子どもは困ったもんだな」

「言うよ。それが愛情表現になるから」

「そりゃ、息苦しいな。変革の余地ありだ」

 

 子どもたちは、互いに罵詈雑言を浴びせて愛情を表現する。

 気軽に不適切な単語を並べ立てて、笑い合っている。

 そのように、一部のホロメンも互いにそんな事を言っている。

 アイドルらしからぬ、汚い言葉も時には飛び出す。

 でも、そこには明確な愛がある。

 喧嘩も同様だ。

 喧嘩するほど仲がいいとも言うではないか。

 

「が、ま、いいや、どうだって」

 

 ラヴは空中を土台に跳躍。

 ぺこらの前に立ち(はだ)かるみこに向かう。

 大幣を使って迎え撃とうと身構えるみこ。

 ここぞ、というタイミングで大幣を振り回そうとした瞬間、ラヴはみこを通過してぺこらに蹴り込んだ。

 

「チッ」

 

 咄嗟の判断で間に挟んだ大幣が、間一髪、その蹴りを受け止めた。

 

「なに兎田狙ってんだ」

 

 激昂したように頭に血を昇らせて、みこが叫んだ。

 よろよろと立ち上がるぺこらの真横へ移動すると、またラヴと向き合う。

 ぺこらが驚いたように、みこの背中を揺らぐ視線で見つめた。

 思ってた以上に、頼もしい背中だ。

 

「お前なら狙わないのか? 俺の立場にいたとして」

 

 質問返し。

 納得しかない返し。

 石を持っているのはぺこら。

 今傷を負っているのもぺこら。

 みこを狙う意味がない。

 

「分かった、ろ!」

 

 ラヴがみこを狙うように直進。

 みこはぺこらを守るために全神経を注ぐ。

 

 ラヴはみこの目前でターゲットを切り替え、みこの真横を通る。

 みこはそれを事前に察知して大幣を現出し……

 

「うぐっ……っ」

 

 ラヴはみこを側面から蹴り飛ばした。

 

「安直な思考で読み易い動きだな、呆れるよまったく」

 

 ラヴは肩を竦めて失笑する。

 蹴りで弾かれたみこは、少し距離を置いて脇腹を抱え、しゃがみ込んでいた。

 ラヴにはみこを狙う意志がない、と思わせ、みこ自身の守備力を低下させた。

 他人の守備力は、心を掴めば操作できるもの。

 

「頭も腕もイマイチ。それで勝ち組ってのが本当に理不尽だよな」

 

 ここでもそんな話。

 彼らの行動理念はやはり、実力主義の世界への変革。

 

「勝ち組……?」

 

 苦悶の表情に疑問の表情を足して、みこはゆっくりと立ち上がりながら首を傾げた。

 ぺこらも、背中を意識しながら立っている。

 

「分かんないか? お前らは圧倒的に人生の勝ち組。もはや幸せな人生を手にしたも同然。俺にも及ばない頭と腕でありながらな」

 

 そして辟易するよ、と加える。

 みこはその話を真正面から考えつつ、ぺこらのそばに回る。

 

「比べて俺は負け組同然。頭も腕も立つのに、醜くこんなことするザマよ。あ、一応言っとくがこれでも、初めての犯罪だ」

 

 それはもう、真っ当な人生だったと自身の行いに不満はなさげだ。

 一体何が、こうも大きく素質の異なる二人にまるで真逆の人生を与えたのだろうか?

 

「詳しい事情なんて分かんにぇぇけど、みこはみこが勝ち組なんて思った事、この人生で一度もないにぇ」

「ま、分かってて活動してたら、そりゃもう悪徳商法みたいなもんだろ」

 

 その理屈には頷き難いが、みこは終わっていない言葉を続ける。

 

「でも、みこは一度も自分や他の人が負け組だなんて思ったこともねぇ!」

 

 真摯に言葉に向き合って、一瞬で出た答え。

 人と人で格差はあるし、人は平等ではない。

 みんな違ってみんないい、と言うと聞こえがいいか。

 

「自分が負けてるって理由つけて、みこは自分の人生を放棄したりしない」

「おいおい、発想の飛躍だぞ。俺だって人生放棄はしてないだろ。現にこうやって変革しようって尽力してる」

「あ、そうか……ごめんなさい」

「お、おお……気にすんな」

 

 突然謝罪され、ラヴも動揺した。

 ぺこらも呆れていた。

 

「みこ先輩、ちょっと変われぺこ」

 

 届かない背中の火傷に触れるような素振りをして、ぺこらがみこの肩を掴む。

 そして、無理矢理前後で立ち位置交代した。

 

「アンタは多分かなり努力して頑張ったんだと思うけど……」

 

 他人の人生に何があったか知らないけれど、きっと皆んな必死こいて生活してる。

 どんな境遇の、どんな存在であれ。

 

「人生に勝敗があったとして、勝者が努力してないと思うなぺこ」

 

 ぺこらの言いたいことはそれだった。

 勝利を掴むものは、それがどんな勝利であれ、努力をしている。

 敗者を凌駕する量の努力を重ねて得た勝利。

 

「兎田、カッコつけたんならもう下がってろよ」

「人が折角決めたのに、ひどい言い草ぺこだな」

 

 みこはぺこらがみこよりマシにセリフを決めたことに嫉妬して水を差す。

 

「耳が痛ぇよ。知ってること言われんのは」

 

 ラヴのその言葉が二人には気の毒に聞こえた。

 きっと、過去に努力しなかった自分がいたのだろう。

 みこもぺこらも、幼少期はお世辞にも幸福の人生とは言い難かった。

 今でこそ幸せに包まれてはいるが、昔もそうとは言えない。

 実際に、その結果として義務教育の敗北を実感している。

 

「昔から、不都合なことには耳塞ぐ逃げ腰野郎なんでね」

 

 ラヴは臨戦態勢に入る。

 それは耳を塞ぐのではなく、口を塞ぐために。

 自分のではなく、相手の。

 

「兎田、下がってろ」

 

 みこは仕返しのようにぺこらの肩を掴み、前後の立ち位置を交代した。

 

「いいぺこ!」

 

 ぺこらもやり返す。

 

「いいから!」

 

 みこがやり返す。

 ぺこらがやり返し、みこがやり返す。

 返し返し返し返し返し返し返し返し返し返し返し返し。

 

「いっつも溶岩で死んでる先輩に比べりゃ、こんなんただの擦り傷ぺこ」

「あんだとぉ!」

「ホントに、ただの擦り傷だから」

「……おめぇ」

 

 ぺこらの瞳に灯る光を見た。

 月光を受けて煌めく兎の目。

 特有の眼光が、敵を見据えていた。

 

「茶番ってのは、どの程度まで許容すりゃいんだ?」

 

 何となく、ちょっと待ってみたが、二人の芸は終わりだろうか。

 そんな意図でラヴが唸る。

 顎に手を当て、頭を掻き、敵を見た。

 

「っし、ま、もうよさそうだな」

 

 律儀に時間をくれたラヴもとうとう動く。

 ぺこみこのどちらに狙いを絞るでもなく、突っ込む。

 

「ふっ!」

「あ、兎田!」

 

 ぺこらが真っ向勝負を挑みにかかった。

 急な動向にみこはぺこらを止めきれず。

 正面から二人はぶつかり合う。

 脚と腕が衝突。

 互いの抵抗力を駆使して相手への反発力を強めるが僅かばかりラヴが勝る。

 微量ながらに押されていくぺこらの力。

 男女格差であり、能力使用経験の格差である。

 

「おらっ!」

「チッ」

 

 側面から大幣がラヴに強襲したが、ぺこらからの反発を活用して後方へ退散、大幣は虚空を貫く。

 更にぺこらがもう一度ラヴを正面から蹴り込みにいく。

 が、ラヴはその脚を涼しい顔をしながら片手で受け止めた。

 能力からの実力差が如実に表れている。

 無策タイマンでの勝利はゼロに等しいだろう。

 

「みこ先輩!」

「あ、んだ?」

 

 ぺこらが確信した弱点を突くためにみこを使おうとするが、それをラヴは危険視してぺこらに襲い掛かる。

 攻防を繰り広げながらの会話は難しい。

 それでもぺこらには勝機が見えている。

 伝達するために多少の無理をしてみるが……。

 

「みこ先輩! こいつは、ぐっ!」

 

 蹴り飛ばされ、中断。

 べまこらの軽い体は容易く吹き飛び地を転げる。

 大地に今一度背を預けたが、すかさず起き上がる。

 

「能力……がっ!」

 

 また、ぺこらを蹴り抜く。

 腕で壁を作って威力を弱めたが、やはり吹き飛ぶ。

 

「い、ってぇ…………」

「喋ると次は骨が折れるぞ」

 

 本来なら今の一撃で一本ほど折れていた。

 抵抗力の防御で凌いだことで、ヒビ程度に収まったわけだ。

 

「……」

「おいテメェ、みこの方がポンコツだぞ! こっち狙えよ」

 

 人生初めてのポンコツ宣言。

 仲間のためなら惜しくはない。

 

「戦闘能力はお前の方が上だ。自覚しろ」

 

 みことぺこらの実力差を今の一瞬で押し測った結果、ラヴはそう結論づけた。

 確かに間違いはない。

 みこが劣っているのは発想力のみ。

 

 みことぺこらは一度黙り込んで睨み合う。

 

 ぺこらは考える。

 長い言葉での伝達は奇襲対処に迫られて不可能。

 短い言葉で伝えるにも、みこが果たして飲み込めるか。

 最悪、みこに超結界さえ展開してもらえればいい。

 だが、その展開の仕方も指示をしたい。

 一言では到底伝わらない。

 どうする?

 

 みこは考える。

 ぺこらが突き止めた弱点は何だ。

 みこに、何をさせたい。

 望む助力は。

 このタイミング、と言うことは、発覚はついさっきのはず。

 ぺこらが、手柄独り占めなどのクソみたいな思考を持ってなかったとして。

 敵の行動の、不自然な点は何だ。

 どうする?

 

「ベクトル!」

 

 ぺこらは一単語、叫んだ。

 ラヴの強襲は目を疑う速度。

 

「くっ…………?」

 

 防御の構えをしたぺこら。

 しかし、二人の間に割り込んだ大幣が代わりに攻撃を受けていた。

 その一瞬、ぺこらはラヴを側面から蹴り込みにいく。

 

「これ!」

 

 ぺこらがラヴの脇腹を狙った一撃を放つが、見事に外れた。

 単純に避けられた。

 だが、ぺこらの言う「これ」とは?

 「ベクトル」の意味は?

 あまり良くない頭を回転させる。

 何が変だった。

 今のラヴの不自然な所は。

 

 戦闘シーンとしてなんの変哲もない一コマ。

 攻撃を当てれず、攻撃を躱し……。

 

「……」

「おせぇぺこ」

「やれやれ……」

 

 みこの細かな変化をぺこらは見逃さない。

 ぺこらの言葉で、ネタバレを悟ったラヴ。

 だが、肝心なのは打つ手立て。

 みこには未だに倒すプロセスが浮かばない。

 ぺこらには浮かんでいるが、先と同様、伝える手立てがない。

 しかも、その方法が正攻法とは言えない、ただの力業。

 能力者のぺこらでなければ発想できない。

 せめて、みこに近づければ……。

 

「ふっ!」

 

 ぺこらは空へ駆け出す。

 それを追跡するラヴ。

 みこも大幣に乗って空へ舞い上がる。

 

 幾度となく繰り返した攻防戦を、今度は空中で行う。

 特に理由はないが、ぺこらが空へ出たことで全員が合わせた。

 

 星が弾けるように衝突を繰り返し、熾烈な争いを繰り広げる3名。

 まるで拮抗した実力のようで、実際はラヴが上手。

 単純明快に、2対1で対等以上に戦えているからだ。

 ある程度の激戦を繰り広げると、両陣営に分かれて地面に降り立った。

 

「みこ先輩……」

 

 そのチャンスでぺこらは策を授けた。

 しまった、とラヴが気づいた時にはもはや手遅れ。

 ぺこらは一時的に相手の意識を逸らすために空の攻防に出たのだ。

 

「いけんのか、ホントに」

「さあ、運次第」

「なら、幸運うさぎ、発揮しろよ」

 

 ぺこらはそっと丁寧に首肯して飛び出した。

 強く大地を踏み込んで、前方に思い切り跳躍。

 一直線にラヴへ向かう。

 策有りと判断しつつも、逃げずに立ち向かうラヴ。

 ぺこらが地面に脚をつき、二度目のジャンプに圧力をかけた時、みこが動く。

 

「神具・注連縄、超結界」

 

 ぺこらとラヴを内側に閉じ込める超結界が展開。

 そこまで大きくはない、球状の結界。

 突然の領域制限にラヴは一瞬だけ冷静さを欠いた。

 その間に、二度目の跳躍を完了してぺこらが空へ飛び出す。

 警戒心を高め一旦脚を止めたラヴ。

 

 ダン……ダン……ダン、ダン、ダン。

 

 と結界を足場としてぺこらは結界内部を飛び回り続ける。

 その理由は数秒もせずに発覚することとなる。

 

 かろうじて目で追えるぺこらの移動速度。

 通常の反発がかかる結界を足場に球体内を飛び回れば当然速度は増してゆく。

 ぺこらの速度は瞬く間に視界から外れるほどに昇華、ラヴはその危険性を理解し自身も同じ技を繰り出そうと踏み込む。

 その僅か一瞬、ラヴの抵抗力操作は足に集中し無防備となる。

 

「がはぁ!」

 

 背後から、鉄球で撃たれるような衝撃を受け蹌踉めく。

 跳躍する隙を、与えられない。

 

 直様ぺこらの動きを懸命に追うが、見えるはずもない。

 どこからくるか分からなければ、抵抗力を張れない。

 何故なら、ラヴはほぼ一方向のベクトルにしか抵抗力を張れないからだ。

 無闇に張っても、効果を生まない。

 

「ぐっ、がっ、はっ、がっ、ぐぁ、がぁ、だっ、ぐぉ、がぁ、だはっ……」

 

 逃げる隙も、守る隙もなく、ラヴは幾度となく撃ち抜かれる。

 意志のある弾丸のような脅威。

 数度蹴られても意識を保っていることは流石だ。

 そして偶然、その背が結界に触れた。

 

「ふっ、ここまでだ」

 

 ラヴの抵抗力が結界の結合に亀裂を生み、崩壊させる。

 その瞬間、結界から解き放たれたぺこらは空へと吹き飛ぶ。

 二度ほど空を蹴ってラヴに蹴りかかりにいくが、

 

「どっちから来るか分かってりゃ守れらあ!」

 

 目でも追えぬ速度でも、正面から来ると事前に分かれば止められる。

 多分迫り来るぺこらに抵抗力を張る。

 

 来た、正面から音速のウサギが。

 

「なっ……っ!」

 

 次の瞬間、ラヴは背後から巨木に撃たれた。

 その巨木は、みこの神具・大幣。

 ぺこらはラヴに接触する直前で空を蹴り空へ逃げたようだ。

 

「くぅ、まだ!」

 

 真っ直ぐ崖へと吹き飛ぶラヴはまだ意識がある。

 衝突する背中部分に抵抗をかけてダメージを無くそうとするが、それすら失敗に終わるのである。

 一瞬だけ頭上に差す影。

 勢いを殺さぬまま、ぺこらが空から飛翔中のラヴを狙う。

 判断の遅れたラヴはそのまま腹に強烈な一撃を受け、地面に捩じ込まれた。

 

「月下のエリートすーぱーぺこちゃんキック」

 

 強靭な肉体を誇るラヴも、遂に鎮まる。

 結界の破損にも冷静に対処したぺこみこの勝利となった。

 

 そしてそこへ響き渡る、一つの国内放送。

 ねねだ。

 スタジアムへ行けと、指示が出た。

 切れ方が不審で、安否が心配だが、最もスタジアムに近いであろうここ二人はそちらへ向かうべきだ。

 本来であれば。

 

「兎田――」

「行く」

「ダメ、絶対に!」

「問題ないぺこ!」

「死んでも生き返るゲームとは違う、みこも付き添うから、一旦戻るぞ」

「余計なお世話ぺこ!」

「みこの事嫌ってもいいから、強引でも連れて帰る。石のこともあるから」

「……でも」

「兎田がまだ、重要な戦力だから、ここで一旦退いておくの、分かれよ」

「……」

 

 半ば強引に話を進め、ぺこらとみこは一度事務所に帰る事を決断する。

 ぺこらの背中の傷は消して小さくない。

 みこにももう人形は残っていないため、保険がない。

 そして何より、ぺこらが石を持っている以上、直行はできない。

 

「ほら、行くぞ」

 

 みこは大幣に自分とぺこらを乗せて事務所へ飛んだ。

 その間、ぺこらはみこに決して背中を向けることもなかった。

 そして、みこも背後のぺこらを一度も見ることはなかった。

 

 それでも、数個ほどの会話を展開させた。

 

「そう言えば、人形が無いって言ってたぺこだけど……」

 

 まだ多少拗ねた雰囲気でぺこらが口を尖らせながら聞いた。

 正面を向くみこには見えないが。

 

「ああ、どうせ星街だにぇ……あいつぜってー許さにぇぇ」

 

 口頭ではそう悪態を付くが、みこ自身は特に気にしていない。

 ぺこらが良ければ別にそれでいい。

 

「でも、それがすいちゃんの補助になるなら別にいいぺこでしょ……」

「いや、無理だにぇ」

「……? 何故にぺこ?」

「神具の本領発揮能力がないと使えないからだよ。星街にその力はない。だから星街が持ってても意味ないにぇ」

「ふーん……」

 

 後輩としては、全く可愛げなくぺこらは相槌を打った。

 

「それより兎田」

「なに」

 

 無愛想な返答がまた風に流れる。

 

「確かその石、金色だったよにぇ?」

「うん、ノエールがこっち来て直ぐに確保したって……」

 

 ふと思い出した。

 ノエルとるしあは、無事だろうか。

 

「だとしたら、ワンチャンみこたちはスタジアムには行かない選択をするよ」

「はあ? 何で?」

 

 ぺこらが久々に大きい声を出した、がやはり風音の方が強い。

 

「詳細は追って話すけど、中央の石は封印の役割があるから早めに元の場所に戻した方がいい……はず」

「曖昧……」

「仕方にぇぇだろ」

「ま、仕方ないぺこ」

 

 と、大凡この二つを二人は題材に会話したが、会話時間よりも無言時間の方が長かった。

 かと言って、二人がその時間を不満に思うことは、きっと無かっただろう。

 

 例えこの先、滅多に重ならないペアでも、二人には、絶対的な絆があるから。

 

 





 前回より投稿までに時間が空きましたが……
 どうも、作者です。

 今回は宣言通りぺこみこでした。
 喧嘩しつつ二人も見事に勝利を収め、一度事務所へ戻るところなんですが。
 あれ?
 って、なったら正解です。

 次回こそは1週間も経たずに出したい。
 あ、次回は……うーん……バトルはないかも?
 ではまた。


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67話 最終局面への航路

 

「声を上げて、さあ出航だ、我ら宝鐘海賊団!」

 

 空飛ぶ船上、数名は呑気に「Ahoy‼︎我ら宝鐘海賊団☆」を歌う。

 

「さっきの放送と言い爆発と言い、荒れてるよな……」

 

 その中で決して緊張感を解かないスバルが憂いたように崩れたラジオ塔を見つめた。

 

「ねねち、大丈夫かな……」

 

 そのスバルの横に並び、放送した張本人、ねねの安否に視点を当てる。

 誰もが同じ不安を抱えるのだ、関係のいいもの同士での感情は計り知れない。

 

「大丈夫だと思うよ。一緒にトワ様もいるはずだから」

 

 唯一事情を知るわためが、慰めるようにまつりのさらに横に並ぶ。

 3人の空気を悟り、歌を歌う呑気者どもも次第に声を潜め始める。

 

「トワちんが?」

「うん……まあ、色々あってね」

 

 様々な問題を孕む会話なため深くは語らずわためは濁す。

 まつりも深く追及はしなかった。

 

「向こうの心配も分かりますけど、我々も多分気楽にとは行きませんよ」

 

 船長気取りのマリンが帽子に手を当てて3人の背後から語りかけた。

 

「ま、到着事態に難航しなくても、向こうについてからは、一筋縄じゃいかないよね」

 

 パッと気持ちを切り替えて、まつりは自分の頬を叩くと難しい顔をした。

 

「ねえ……」

 

 そんな会話の最中、ルーナが声量もトーンも控えめに輪に入り込む。

 明らかに元気がない。

 仲が良くなくとも見て取れる浮かない顔。

 これに気付けないのは、鈍感なんてレベルにない。

 

「どしたの?」

 

 わためがいつも以上に穏やかな声質でルーナの目を見た。

 他3名の視線も合わさり、ルーナに意識が集中する。

 そんなことにルーナは臆さないが、言葉に詰まっていた。

 喉元に思いが引っ掛かって言い出せない状態。

 

「もしかして、あやめとおかゆのことか?」

「……うん」

 

 自分を逃すために敵と相対した仲間二人。

 その安否。

 ルーナは背中を預け続けて、相手の背中は守れていない。

 ただ逃げることに必死で、何もできなかった。

 それを、今思い返すと情けないと思った。

 

「二人なら大丈夫だ。おかゆは知らんけど、あやめは桁外れに強い」

 

 正直おかゆに強そうなイメージは持てないが、あやめは鬼神として底知れない力を秘めている。

 おかゆの目利きの良さを踏まえれば、問題はない。

 

「二人がどうかしたんですか?」

 

 事情も状況もイマイチ理解できてないマリンにはパッとしない話題。

 ラジオ塔の爆散を目の当たりにして初めて裏世界の恐ろしさを実感したが、一度も敵を見ていないため、まだ少し恐怖心の後押しが足りない。

 

「まあ、それも後々話すよ」

 

 スバルはそう話を切って別の輪の中に入りに行く。

 

「何してんすかそれ」

 

 はあととメルとアキロゼが何か大きな紙を広げて書き込んでいた。

 

「あ、聞いてスバルちゃん、これ」

 

 アキロゼが食い気味にスバルを引き寄せてその紙――地図を見せる。

 地図は国全体を縮尺した国内地図。

 そこの数カ所に丸が書かれていた。

 

「私たちは南東の海岸から出発して今大体この辺」

 

 出発した海岸と中央エレベーターの中間あたりをペンで指して解説を始める。

 

「で、みんなの証言を元に今わかってる一部のメンバーの位置は大体こんな感じ」

 

 西の展望塔にころね、ミオ、フブキ。

 中央エレベーターにポルカ、ラミィ。

 中央エレベーターから少し南西の辺りにあやめ、おかゆ。

 中央エレベーターから少し北西にフレア。

 

「他にも別の場所にいるけど、今は……」

 

 そう言ってその点を効率的に線で結ぶ。

 

「このルートで全員拾っていけないかな?」

 

 一瞬思考が固まった。

 

「え?」

「だから、全員回収して向かえば、それこそこっちも人員増加で無敵なわけよ」

 

 案を提唱したのは誰なのか。

 はあとが煌めく目でスバルを見つめ高らかに笑う。

 メルがいるということは、風で船を動かすことも考慮済みのはず。

 あとは浮遊のスバルが承諾すれば作戦は完成だ。

 

「いや、悪くないとは思いますけど、全員がまだそこにいる可能性の方が低くないですか?」

 

 懸念点は一つではないが、主にその辺り。

 あとは、敵の強襲を凌げるかなど。

 

「いなければ向かったってことでオッケー。いたら時間短縮でさらにオッケー」

 

 この船の速度なら大した時間ロスにはならない。

 街中に簡単に船を着けられない難点もあるが、誰かの能力でどうにかなるだろう。

 

「……分かりました」

 

 スバルは勝手ながら承諾した。

 仲間が多いに越したことはない。

 

「みんなそれでいいか?」

 

 意味のない確認を取る。

 

「異議あーり」

「はいマリン!」

「仕切りは船長のはずです」

「知らんがな」

「という訳で、皆さんいいですか?」

 

 面倒なので、みんな親切心を使う。

 ああ、勿体ない親切心。

 

「それ、ダメなのら」

「……え?」

「ルーナたん?」

 

 唯一作戦内容に異議を唱え、ルーナが確固たる想いの目で首を横に振っていた。

 

「ふーたんは、まだ敵を倒せてないと思うのらよ」

「――! フレアが?」

「何でそう思うの?」

 

 誰も、フレアに立ち開かるKと言う強敵の、本当の強敵さを知らない。

 

「ルーナ、一回本気であいつ殴ったら、首が折れた……」

「え! マジで⁉︎ 怪力じゃん!」

「んーん、全力だったけど、感触がまともじゃなかったから……」

「……ワザと首を折ったってこと?」

「うん」

 

 人間としてあり得ない行為。

 首が折れれば簡単に死ねる。

 いや、それ以前に自力で首を折るなんてできない。

 

「でも戦ってるってことは、その首、戻ったんだね?」

「……」

 

 察したアキロゼの問いにルーナは口を噤んで頭を縦に動かす。

 化け物を前にした恐怖を、思い出したのだろうか。

 

「それって不死身……」

 

 辿り着いた答え、その絶望感。

 アンデッド族なら非常に厄介、能力由来でも極めて厄介。

 更にルーナはワンテンポずらして、腐敗させる力や触手の存在を明かす。

 

「待ってルーナたん。それわためも追いかけられたよ」

「知ってる、のらよ」

 

 ここで初めてわために明かされる。

 どうしてわためがターゲットから外れたのかを。

 

「じゃあ、ルーナたんのお陰で……」

 

 あのまま的となっていたら、わためのみならず、ポルカとラミィにも被害が及んでいた。

 わためは誠心誠意の謝罪とお礼をルーナにそっと告げた。

 

「しかし、そうとなるとそこに近づくのは危険どころじゃないですね」

 

 客観的に見てマリンは回収反対の意見を唱える。

 同調する者は多かった。

 

「……じゃあ、回収じゃなくて、加勢に行くのはどう?」

 

 珍しく、わためが過激にもそんな発案をした。

 温厚なわための希少な提案は最もだ。

 しかし、それは結局船で向かうと言うこと。

 接近の危険性の話でもあるため、賛同は得ずらい。

 

「話聞いてたか? お前が言っても腐肉になるだけだと思うけど」

 

 スバルはわための実力を知らないが、実力派のフレアが絶望的ならまず勝ち目はない。

 数の暴力で押せる敵とも思えない。

 

「それは……」

 

 反論の余地はない。

 お世辞にも、わためは強くない。

 存在が、却って足手纏いとなる可能性も否定しきれない。

 

「みんな! 中央エレベーターだよ!」

 

 メルが割と目先まで迫る中央塔を指した。

 一旦会話が途切れ、近場にラミィとポルカがいないかを上空から捜索。

 ぐるりと一周、早々に塔を一周するが2人の姿はない。

 変わりに、大層な美術品が創造されていた。

 

「間違いなくラミィの仕業だな……」

「勝って、先に向かったみたいだね」

 

 国の玄関口の一つ、塔の入り口前。

 そこに佇む、美しき氷像。

 氷の中に、何者かが埋まっていることが、遠目に確認できた。

 それがレッドであることは、誰にも分からないが、敵であることは脳が勝手に理解していた。

 

「初っ端空振りか……」

「下手したらただの時間ロスですね」

「いやいや、しゃーなし、次はいるかもしんないじゃん?」

 

 出鼻を挫かれ、作戦変更に移りそうな空気をまつりが抑えた。

 持ち前の明るさに誰もが苦笑して頷いた。

 まだまだこれから。

 その意気込みで、次は少しスタジアムから離れるが、南西へ船を進める。

 もちろん、メルの天候操作で。

 

 やがて二人を残した場所まで船は進行、またしても全員で甲板から街を見下ろし、仲間を探す。

 広い街の中、定まらない場所から探す至難の業。

 なかなか見当たらず、結局ここもハズレとなる。

 ……かに思われた時。

 

「おかゆ!」

 

 一人がおかゆの存在を目につけた。

 その指と視線の先、確かに手を振るおかゆとあやめがいる。

 

「あくたん、おかゆん見つけるの早いね」

 

 まつりが揶揄うようにクスクスと笑うとあくあは紅潮して溶けるように消えた。また帽子を使って隠れたようだ。

 別に恥ずかしがる必要はなく、寧ろ誇れる才能である。

 活用の機会は限定的すぎるが。

 それに、それが「湊あくあ」だと、もはや誰もが理解している。

 本人が受け入れるかは別として。

 

「ちょっと行ってくるね」

「は、ちょっ!」

「ええ‼︎」

 

 アキロゼが甲板から飛び降り二人を迎えに行った。

 自身の爆発的な肉体強化能力で高層ビルほどの高さでさえも難なく着地する。

 能力詳細を知らない一部のメンバーは目玉が飛び出ていた。

 

 誰もがアキロゼの強行に度肝を抜かれている隙に、はあとがロープとも言えるほど太めの赤い糸を船の柱に強く括り付けていた。

 

「何してるの?」

「流石にアキちゃんやあやめちゃんでも、ここまでジャンプはできないわよ?」

 

 さも当然とはあとは詳しく語らずにそのまま紐を持って下の様子を伺う。

 アキロゼが丁度空を見上げて手を振っている。合図だ。

 合図に合わせ、はあとは紐を地上へ垂らす。

 力任せによじ登るには高すぎる位置。

 果たして、どうするのか。

 

 周囲は難色を示しながらも静観している。

 そして、あやめとアキロゼがしっかりと紐を掴んだのだろう、二度ほど強く紐を引かれた。

 

「フレキシブル」

 

 単純な英単語一つ。

 技名と思われるその一声に連動して勢いよく紐がシュルシュルと縮む。

 下から叫び声が聞こえ、それは次第に大きくなる。

 

「「「ぁぁぁぁあああああああ!」」」

 

 突如船上に飛び込んでくる計3名。

 ロープを掴んだあやめとアキロゼ。

 そして、そのアキロゼに掴まるおかゆ。

 

「いでっ!」

「わぶっ!」

「おっ……と」

 

 アキロゼが勢い余り、柱に激突。

 掴まっていたおかゆも激突するかと思われたが、何故か都合よくアキロゼがクッションになる。主に胸あたりが。

 そして、あやめは最も綺麗に、洗練された動きで多少振らつきながらも甲板に着地できた。

 

「わ、ごめんアキちゃん、大丈夫?」

「い、いいさ、これくらい、ははは」

 

 即座に飛び退いたおかゆは謝罪してアキロゼに手を差し伸べた。

 言葉遣いこそムキロゼだったが、鼻にダメージを喰らい、涙を滲めせたその目は明らかに乙女だった。

 

「これ、はあちゃまの?」

 

 あやめは僅か数センチまで縮んだ紐を見て、はあとを一瞥した。

 

「私の能力よ」

 

 肯定に近いが一部を否定。

 「はあちゃま」ではなく「はあと」であると、一人称が証明していた。

 思わず苦笑してあやめは甲板に軽く腰を下ろした。

 

「…………」

 

 誰もが言葉を呑んだ。

 息と唾を同時に飲み込むと、空気が重くなる。

 軽いノリでAhoyを歌っていたとは思えない空気の変化。

 それはあやめの登場によるものだ。

 アキロゼも、彼女を前にした途端視線を盗まれた。

 しかし、口にして問えない。

 あやめの心の余裕のなさが、目に見えて明らかだったから。

 おかゆも、自分から話すことではないと感情を抑え口をつぐんだ。

 だが、そんな沈黙はあやめ自身がその点に触れて破った。

 

「気にせんといて。これは余が敵を侮ってただけだから」

 

 そっと欠けたツノに触れ、自嘲気味に笑った。

 誰も気にせずにはいられないが、かける言葉も浮かばない。

 数秒にも満たない沈黙がまた流れる。

 

「大丈夫、放送も聞いてた。ツノが折れても戦力は変わらんから」

 

 その言葉に違和感を持てたのはおかゆだけだろう。

 ツノの欠けた部分はポケットにしまっており、割れた刀は割れた部分も合わせて鞘に収めてある。

 刀まで折れていると、勘付けた人はいない。

 

「人集めてるんじゃない?」

 

 船の軌道として、この位置にいるのはおかしいと指摘して図星をつく。

 凍りついた空気も核心を火切りに少しずつ暖かさを取り戻す。

 

「あ、ああ。この後は展望塔行って、フレアんとこ行ってスタジアムだ」

 

 地図を見せ簡易的なプランを伝える。

 異論を唱える者はいないがあやめは一つ追加注文を申し出た。

 

「多分だけど、この辺にノエルちゃんがいる」

 

 展望塔とフレアの位置、その中間あたりを示す。

 

「どうして?」

「こっちの方から、ノエルちゃんのメイスが飛んできた」

「っ……!」

 

 絶句して言葉を失う一同。

 まさかノエルが……。

 そう思う者も少なくない。

 それでも、あやめは諦めきれない。

 ノエルが簡単にくたばるとは到底思えないのだ。

 

「そこで余を下ろして」

「待ってあやめちゃん、気持ちは分かるけど、相手のことが分からないんだよ」

「だからって見捨てる理由にはならんよ」

「そうだね、でもノエルも馬鹿じゃないから、武が悪いと判断したらちゃんと逃げるはずでしょ?」

「それを確認して、まだ対峙してたらの話」

 

 まつりが冷静になるよう宥め、口論に出るがあやめは一向に退く様子を見せない。

 寧ろ感情が昂って強く応戦している。

 

「落ち着いてあやめちゃん」

 

 仲裁しようとアキロゼも参戦する。

 まつり以上に声に冷静さを込めて。

 

「気持ちは分かった、でも、そこに行くのがあやめちゃんである必要はないよね?」

 

 誰もが驚愕するまさかの切り返しだった。

 

「何言って……だって、余がこんな!…………いや、ごめん」

 

 強いはずのあやめがこのザマ。

 他の人たちで太刀打ちできるとはお世辞にも言えない。

 

 しかし、一度色々な事を冷静に分析してみよう。

 

「おかゆんに傷一つないところから察するに、ほぼ一騎討ちで勝ったんでしょ」

「……うん」

 

 あやめではなくおかゆが答えた。

 それがどれほど強いかは言うまでもない。

 他のメンバーが複数人でほぼ互角以下と言う中一騎討ちの勝利は大きい。

 殆どが運要素や相性の要素に頼る一方、あやめは完全に実力による勝利であることも着目したい。

 

「それはあやめちゃんの強さを物語ってる」

 

 満場一致の事実。

 誰もが同意し、あやめの強さを肯定する。

 

「でも、今のあやめちゃんは体力を消耗してるし、少なくとも冷静に敵と対峙できない」

 

 Jとの戦いで消費した体力は大きいし、今の心情のまま未知数の敵と対峙すれば冷静さを欠くことは目に見える。

 

「それは……」

 

 正論に言葉を詰まらせ、視線を床に落とす。

 己の感情はよく理解している。

 多少ムキになっていることも、体力が擦り減っていることも自覚はある。

 

「それに、あやめちゃんは戦う事を前提にしてるよね」

 

 当然の確認にあやめは一瞬首を横に傾けた。

 その後、意図を理解するまでに時間はそう要さない。

 

「アキロゼなら、もしもの時人1人抱えて逃げるだけの力はあるから」

 

 能力故に、力には自信がある。

 右腕に力を入れて、腕力をアピールした。

 甲冑で重量のあるノエルだろうと、難なく抱えてかなりの速度を記録できるだろう。

 あやめは強く瞳孔を開いてアキロゼの目を見た。

 強い、強い意志を感じた。

 あやめよりも、強い。

 強いあやめなんかより、ずっと強い。

 

「……行くんスか、アキ先輩」

 

 状況なだけに、2人に全ての選択権はない。

 スバルやマリン、メル、他のメンバーの同意も必要だ。

 だからこそ、スバルはアキロゼを見た後、全員を見回した。

 

「人が増えると、万が一の時に逃げられないから、私1人で行くよ」

 

 決意の目をしている。

 正面からそんな目をされては、頷く他に選択肢がない。

 

「――い」

 

 スバルが頷き、同調するように全員が頷いた。

 その時、遠方から微かに何かを呼ぶ声が聞こえた。

 風の音もあり、聞き取れたのは僅か数名。

 その数名が声を辿って顔を向けたため、全員がその方角を見た。

 

「おーい!」

 

 声の主は甲板から見ても、案外近場にいた。

 と言うのも、船との距離が数メートル程度しかないからだ。

 

 辿り着いたのは展望塔。

 その屋上でミオところねが声を張り上げて手を振っていた。

 ただ、もう1人いるが、その人物はミオにしがみつき項垂れていた。

 

「みおしゃ」

「ころさーん!」

「フブちゃん?」

 

 三者三様の反応で3人に手を振りかえす。

 ここで更に3人を船に引き上げようと試みる。

 距離が近いうちに済ませたい。

 

「フブキ、氷の道作って」

「いやだよぉ」

 

 ミオが腰を掴むフブキの手に触れて頼むがあっさり断られる。

 

「氷で滑って落ちたらどうするの」

「大丈夫だよ、多分」

「いやだよ、落ちたくない」

「でも、船が……」

 

 ミオの懸念もフブキの不安も理に適っている。

 ころねは何も提案できず唸っているばかり。

 

 ここでの救世主は、またしてもアキロゼ。

 一度甲板を蹴って難なく塔に飛び移る。

 堂々かつ軽やかな動きに3人は驚き少し体を蹌踉めかした。

 その際、フブキが落下を恐れて大声で叫んだため、耳が痛い。

 でも、鼓膜はなくならない。

 

「あくたーん!」

 

 見えないあくあを呼んで、アキロゼはフブキをひょい担ぐ。

 

「わ、わー! アキちゃん下ろして、下ろしてぇ! 死ぬ! 死んじゃう!」

 

 高さを感じないよう、配慮して頭を背中側に回したのに、効果はない。

 まあどうせ、恐怖は一瞬だ。

 

「あくたんいーい?」

 

 船は遂に再接近を終え、次第に塔から離れ始める。

 時間はあまり取れない。

 あくたんからの返答はなかったが、代わりにルーナが親指を立てた。

 

「いくよー、ハイッ!」

「ぎゃあああああああああああ‼︎‼︎」

 

 フブキはアキロゼの腕力に任せて船に吹き飛ぶ。

 フブキの頭の中、走馬灯のように過去の思い出が駆け巡る。

 流す涙と垂れる涎が宙を舞い遥か底の地面に落下し、星屑のように煌めく。

 たった数秒が、何十秒にも思えるほどの恐怖心。

 それを乗り越えて辿り着くは甲板。

 ではなく、その上に張られた水のシャボン。

 人が多数入れるほどのサイズの水のシャボンにフブキは突っ込んで威力をなくす。

 遅れてその中にミオところねも突っ込んできたが、目を瞑っていたフブキは気がついてなかった。

 

 最後にアキロゼは自力で跳んで甲板に戻る。

 その手には一つの武器が握られていた。

 

 アキロゼの到着後、パン、とシャボンが弾けた。

 

「ぶわっ」

 

 水が弾け、飛散する。

 しかし、水分は全て空中で消滅した。

 あくあの能力で生成し、除去したのだ。

 フブキ、ミオ、ころねの体に付着したり、服が吸収した水分も同時に蒸発するように消えた。

 

 ころねとミオはすぐに立ち上がり、状況把握に努めるが、フブキは嘔吐いて動けないでいた。

 別の表現を使うなら、ミオっていた。

 いや、ギリギリ吐いてはいなが。

 

「ミオちゃんこれ……」

 

 あやめが誰よりも早くアキロゼの持った一つの武器に焦点を当てた。

 その武器とは、間違いなくあやめの元に降ってきたあの武器。

 ノエルのメイス。

 

「えっとね、ウチが呼んだ幸運の代償、かな」

「……? どういうこと?」

 

 まるで言葉からは、ミオが悪い。

 そんな意味で捉えられた。

 

「ウチがカードを使って奇跡を無理やり誘発したの、そして降ってきたのがこれ」

 

 アキロゼからメイスを受け取り、ミオが全員に見せた。

 お陰で勝利を物にしたが、予想外の場所に影響を与えていた。

 

「その話だと、展開的にはあやめ先輩のところにメイスが降ってきて、それをJ?が投げ飛ばしたら偶然ミオ先輩の奇跡とぶち当たった……って感じですね」

 

 マリンが総括して状況を整理。

 あやめは頷くが、ミオたちは口をぽかんと開けていた。

 

「ミオちゃんの奇跡に関係なく、余の所にメイスが降ってきたんよ」

「……そうなんだ」

 

 ミオは安堵したように吐息を漏らすが、安心できる要素などない。

 ただ、罪悪感から解放されたことはミオの心の縛りを解いたことになる。

 冷静か否かはあやめの態度を見れば分かるように、戦場では命取りの要素となり得る。

 

「でもこれで、行かない選択肢は消えたね」

 

 ミオから再びメイスを受け取り、アキロゼはさらなる決意を言葉にした。

 ルーナがそのアキロゼの背を見た後、側のわために振り向く。

 わためと、目があった。

 ルーナの薄明るいオッドアイが、わために何かを訴えている。

 

 わためはルーナだけに分かる首肯をして、静かにフブキに歩み寄った。

 背中を摩り、まるで吐き気を抑えているようだが、その影でそっと耳打ちする。

 言葉を聴き終えたフブキに、もはや様態の悪さは見当たらなかった。

 意を決した強い眼差しがわためを見つめていた。

 

 船上の者たちは、各々覚悟を決め、遂に最終局面へと駒を進めていくこととなる。

 果たしてその最終局面が、世界にどんな影響を及ぼすのかは予測ができないが、ホロメン達に迷いはない。

 彼女たちが勝利しよう、敗北しようと、少なからず、世界に確変が起こることは避けられないだろう。

 

 そして、船上にいない者たちも、各々の役割を果たすため、最後の一手のため、迷いなく突き進んでいく。

 例えどんな障壁があろうと、どんな予想外な事態が起きようと。

 そう、例え、想定外の味方、敵が現れたとしても……。

 

 

 





 皆様どうも、作者です。
 いやぁ、ずっと間も無く最後って言ってる気がする。
 終わる終わる詐欺みたいですね。

 でも、どうかここで飽きないでください。
 実は6期生登場の目処も立っておりますので。
 ……え?
 ENはどうしたのかって? IDはって?
 ふっふっふ、ご安心を、目処は立っております。
 でも、6期が先だと思います。

 いやしかし……。
 佐命ちゃんの件は非常に残念ですね。
 ただ、今回は騒動ではないようで、悲しくも快く、ですかね。
 もちろん、私個人の感情ですが。

 さて、積もる話もありますが、今回はここで。
 次回は……ふーたんかな?
 ではまた。


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68話 バカとカオスのサーカスショー

 

 火の扱いは人並み以上に慣れている。

 ハーフでもエルフとして精霊との会話能力はあった。

 ラミィがだいふくと話せるように、フレアもきんつばと会話ができる。

 それはエルフの殆どが持つ、決して珍しくない力。

 アキロゼは、異世界から来ているため、こちらの精霊と会話はできないようだが、これはまた希少な例外。

 

 とにかく、フレアは生まれつき火の扱いが得意だった。

 だから、精霊術を特化させることを重要視した。

 エルフは、古くからの習わしに従い、一定以上の戦闘技術を叩き込まれる。

 それに沿って、フレアも精霊術を特化させて、かなりの力を手にした。

 けれど、限界があった。

 精霊術だけでは力不足と判定されて、何かしらの武具を扱う事を勧められる。

 それ自体は仕方がなかった。

 実力不足だ、仕方ない。

 

 でも、武具なんて言いながら、選択肢なんてなかった。

 エルフだから。

 それだけの理由で握る弓。

 思い返せば、エルフ族で弓以外の武器を持つものを、見たことはなかった。

 詳しい理由は知らないが、何となく嫌だった。

 でも、いざと言う時、弓に救われた。

 直近で言えば、シオン救出に行った時。

 もし、あの時手にしていたのが剣だったら、斧だったら、銃だったら……。

 間違いなく守れないものがあった。

 それが悔しくて仕方なかった。

 

 ラミィは武器を持っていない。

 それは、ラミィが精霊術だけで基準を満たしているから。

 なら、もしフレアの精霊術が基準を満たせば、武器の所持も自由になる。

 

 そんな思いと葛藤を続けていた矢先、フレアは弓を失っていた。

 死ぬような苦痛の中、体が燃え上がり、まるでヒーローのような変身を遂げた。

 立ち上がった時、弓も矢も全てが燃え尽きていた。

 そして代わりに手にした炎の槍。

 槍は本当に形を持たず、炎が輪郭だけを整えていた。

 

 つまり、今のフレアは火の精霊術のみで対峙するハーフエルフ。

 Kという大物を、今討ち取ることができれば、それは基準を満たしたと言えるのでは?

 俄然とやる気が満ち溢れた。

 2度とない好機。

 引くわけには行かない。

 再生したカラクリはフレア自身把握してないが、今までにない高揚した感情に、笑みが溢れていた。

 自分らしく選択するために、フレアは火の精霊術で戦い抜く事を、誓った。

 

 

 

          *****

 

 

 

 腕には相当の自信があるが、近年まともに術を扱う事は少なかった。

 それこそ、森の一件以来であり、それ以前にも大した使用例はない。

 対するKは戦闘慣れした狂人。

 力量差も相まって、中々に手強い。

 

「それにしてもしぶといねぇ」

 

 定期的に攻撃を喰らうも、決して膝を付かないフレアにKがまた薄ら笑いを浮かべた。

 

「その顔ももう見飽きたよ」

「おっと、いやいや手厳しい。ウェッヒ」

 

 攻撃回避や迎撃に全身を使い、肩で息をするフレア。

 しかし、Kは悠然と不敵な笑みを浮かべフレアの猛攻や回避を愉しむ。

 

 道路も腐り、フレアが少し足に力を込めると崩れそうな音を立てる。

 周囲の建造物は炎上し、木造建築物は灰となっている。

 かろうじて骨組みを保っている建物もそっと触れれば崩れそうな程。

 

 また一つ、近くの建物が倒壊し火の粉と灰が舞う。

 そして、その衝撃で腐ったコンクリートが一部陥没した。

 焦げる匂いとコンクリートの腐敗臭が鼻を突く。

 コンクリートの腐敗臭なんて、初めて嗅いだが、この臭いは表現し難い。

 

「これでも私は本気ぞよ」

「……あっそう」

 

 信憑性の低い申告にフレアは素っ気無い返答。

 自分からの軽いジョークは投げれても、相手の言葉にイチイチ諧謔的な言葉を返せるほど心身共に余裕がない。

 手元の炎の槍を一度消滅させる。

 程なくして姿を消していたきんつばが側に出現した。

 

 チラッと横目にきんつばを見る。

 見た目で感情は読めないが、精霊術師として会話を図ることで思いが伝わる。

 

 本当に、どうしてこんなに精霊術の力が上昇したのか。

 今ならラミィにも圧勝できるほどだ。

 

「後輩とやり合う気は、ないけど……」

 

 ボソッと口にした。

 口元の血を袖で拭ったが、火で既に水分の一部が蒸発して跡が残ってしまっている。

 気を紛らすために、腹に手を当てた。

 一度受けた莫大なダメージも、やはり形跡がない。

 夢を見ていたように。

 

「独り言かい、ファイアーガール」

 

 心を腐敗させるように、名を呼ぶ。

 耳障りな、男性としては高い声。

 こんなに力が漲っているのに、Kを討てる気配がない。

 挑発と分かっていても、乗りそうになる。

 

「独り言に、割り込むなよな」

 

 パッと浮かんだ適当な返しはそんな意味不明なものだった。

 頭もまともに回らない。

 

「ふひひ、へひひ、ヒッヒッヒ……ココロがユカイで溢れるネェ」

 

 残像が目に映るほど見飽きた不敵な笑みを浮かべ、Kが奇襲を仕掛ける。

 フレアの足元がひび割れ、大きな触手が顔を出す。

 Kが足元から地中に成長させたと見られる触手。

 それがフレアの足元から攻撃を仕掛けてきた。

 

「くっそ!」

 

 反応は決して悪くない。

 それでも、勢いある触手の速度には敵わず足が絡めとられる。

 だが、フレアはその後の判断も対処も冷静であった。

 脳内の活動を活発にして最善策を導く。

 足に炎を纏い、触手を焼き切ることに専念。

 振り回す気配などはなく、捕まえて拘束することが目的と見たからだ。

 しかし、足に炎を纏い焼き切るまでの約数秒間、触手の絡まる脚に焼けるような痛みが迸った。

 

「相も変わらず厄介だネェ」

「いっ……」

 

 見事に魔の手から抜け出し、地に降り立つフレア。

 だが、その片足には焼け痕があった。

 

「火でも燃えないのに――!」

 

 熱に対抗できる自分が火傷を負う。

 そんな想像できない事態に動揺を隠しきれない。

 

「……おや? ウェヒッ! これはカオス。カオスだこれは!」

 

 遥か遠方の空を見上げて、Kは悦楽に口元を綻ばせる。

 その姿こそ、不気味という単語を形容したものであると言えよう。

 

「……あれは」

 

 焼けた右脚――正確には溶かされた右脚に軽く触れて痛みを感じた後、フレアは落ち着かない心を宥めるようにKの視線を辿った。

 闘志と実態のある炎に燃える瞳。

 そこに映るのは、とうとう暗さも増して闇深くなった夜の空を飛ぶ船。

 夜の空で揺らぐ、ハートを射抜いた模様の旗。

 マリンの船。

 

「……一体誰が」

 

 真っ先にマリンが頭に浮かぶが、あんな芸当できる人ではない。

 何たって普通の可愛い人だから。

 規模を考えるとシオンや敵陣営辺りの成せる所業。

 敵が行う理由が見当たらず、シオンと仮定する方が自然。

 だが、場合によっては、複数名で動力を発生させる事も可能かもしれない。

 ……いや、肝要なのは、乗員が敵か味方か、行動理念が何か。

 そして、あの軌道上に、この上空が含まれるであろう事。

 

「向かうつもりか、巨大戦艦」

 

 Kの発言からフレアも目的地を察した。

 しかし、このままここを通るなら、巨大すぎる弊害がある。

 

「……」

 

 フレアは黙って目線を移した。

 Kは船を眺めて気付いていない。

 

 腐食されたコンクリートに手を当て、力を込める。

 地中に張り巡らされた敵の触手は厄介極まりない。

 根絶やしにしよう。

 

「地獄変相」

 

 地中が赤く光り、地から熱気が溢れ出る。

 煮え立つ音がして、コンクリートが沸騰するように暴れ出す。

 

「ほほぅ、こりゃあまあ、大変だネェ」

 

 ボコボコとマグマの弾けるような音を立て、地面から焼けた触手が幾つも顔を出す。そして、灰と化してゆく。

 その灼熱の炎に焦がされた触手の放つ異臭たるや……。

 

「天地躍動」

 

 フレアが地に着けていた手を空に掲げると天地共々朱の色を帯びる。

 小範囲ながら、大規模な一撃を繰り出す。

 自身は炎の影響を受けない事を駆使して、この小範囲内に火柱を作り出す。

 天と地が躍動するかの如く火柱を作り上げた。

 Kもフレアもきんつばも、範囲内の存在が灰すらも残らぬであろう煉獄に身を溶かされる。

 仲間にも、この炎は見えるはず。

 ここは通るな、と言う意味を込めて。

 フレアからの注意喚起だ。

 

 かなりの大技を決めた。

 殺す気で戦って勝てるかどうかの敵に出し惜しみはできない。

 死んだ時は、るしあに何とかしてもらおう。

 

 さて、この程度死んでくれるなら、初っ端の必殺技で死んでいるはずだが。

 

「……は? なに……あれ」

 

 焼け野原となった街道。

 1人の佇む身体が……。

 いや、半人の佇む姿が……。

 

「……」

 

 Kの上半身が完全に焼失し、下半身だけが路上に佇んでいる不気味な絵面。

 本来なら直立状態での死亡はあり得ない。

 だが、あの状態での生存も本来あり得ない。

 

「――っ!」

 

 カタカタ、とマリオネットのように足が動き出す。

 やはり、容易く息絶えない、造りが混沌とした生物らしい。

 しかし、意志が宿る形状には到底思えない。

 動く道理が不明すぎだ。

 

「っ! ファイアーブレード!」

 

 フレアが右手を薙ぎ払う。

 手の動きに合わせ火が空を斬る遠距離攻撃。

 作動し始めた下半身を狙った理由、それは上半身が再生成を始めたから。

 やがて完成するであろうもとの姿。

 それを阻止するための妨害として。

 

 焼き払っても、熱で焦がしても、いくら融解させようと昇華させようと、下半身が消滅することはない。

 ただ、再生する上半身が消えてまた形成を始め、消えてを繰り返すのみ。

 

 しかも、たった数センチだが、残る身体のサイズが大きくなりつつある。

 埒が開かないどころか、自身に対して不利であると判断しフレアはその手を止めた。

 

「ウェーっヒッヒッ! 慧眼だネェその瞳」

 

 段々とKの動きや攻撃から、能力を紐解けてきた。

 しかし、想像が正しければその脅威度は厄介の域を超えている。

 しかも、時間がかかるほど敵はフレアに適応していく。

 

「細胞を自在に操る、ってとこかな」

「ヒッヒッ、明察明察、ハッピーだよネ?」

「寧ろアンハッピー、超サイアクな気分」

「さあ、振り絞れ、我の力よ、溢れ出ろ」

 

 Kがポケットに手を入れて不快な笑みを浮かべると、背中から幾つにも枝分かれした触手が生え、攻撃を始める。

 

「どこを……!」

 

 フレアを狙わない触手に違和感を覚えたのは刹那。

 脳の理解は早く、行動はそれに続く。

 

「ファイアーブレード!」

 

 瞬間だけ遅れた一撃は大量の触手を焼き切る。

 触手には熱耐性がないようだ。

 しかし、フレアもそうだが、Kにもほぼ限界がない。

 こんな強敵に限って魔力消耗で隙を見せるとは思えない。

 フレアの精霊術も、自然界に漂う微精霊を交代で使役しているため精霊自体の数が減らない限り限界はない。

 

「可能性は無限大」

 

 よく聞くようなセリフの意味は分からず。

 そして、直後に意味は具現化される。

 

 触手から水が噴き出し始めた。

 微量ではあるが、触手全体が濡れる。

 

 もう一度、触手が船を狙い、その触手をフレアが狙う。

 だが、今回は触手が焼けない。

 触手が纏った水分が、燃焼の邪魔をしている。

 炎の温度低下とわずかな酸素の遮断による、燃焼の阻害だ。

 触手の動きは早い。

 数秒の無効時間が命を絶つ結果に繋がる。

 

「畜生、船が!」

 

 数多の攻撃が船を多方面から襲撃。

 乗組員が、危険だ。

 

「……ほほう、ほほほう?」

 

 すべての触手が船を破壊し尽くす直前、空中で停止する。

 フレアは振り翳す手を困惑しながら下ろす。

 掌に、汗が流れてきた。

 追いつかない理解に頭を悩ます余力は必要ない。

 

「だめ……来ちゃ」

 

 彼方を飛んでいた船はもはや頭上までに接近し、フレアの警告も無意味と化した。

 奇跡的に触手が止まったが、それはきっと偶然で……。

 

「……!」

「自由の使徒となり得るかな?」

 

 甲板から二つの影が飛び出し、彗星の如く、降り注ぐ。

 姿がなぜか、よくよく見える。

 フレアには分かる。

 

「バカ……」

 

 バカタレの血が共鳴を起こし、闘志が燃え上がる。

 好機を逃したくない、そんな邪な感情に揺さぶられて大切な仲間の手を振り解くなど、愚かなことはしない。

 バカとは決して愚者ではない。

 フレアはバカタレの一員であるが、決して無知蒙昧でなければ、野放図な性格でもない。

 ただの、バカ。

 

 そして、高所から舞い降りる知音2人。

 バカ仲間、即ちバカタレ共。

 そのバカさはここで早速露呈する。

 

「ギィァァァァァァァ! し"ぬ"ぅ"ぅ"ーー! ぱ、パラシュートぉ!」

「あ、だめフブちゃん、そんなに早く開いたら……」

 

 高所恐怖症でありながら船から紐なしバンジーという奇行。

 フブキは枯れるほどの涙を撒き散らし、勢いよく背中のパラシュートを開いた。

 行動が早すぎて、かなり高所で滞空を始める。

 それは格好の標的となることを意味する。

 

「弱点特攻なんのその」

 

 Kは躊躇なくフブキを狙う。

 助太刀には感謝するが、登場の仕方が戦犯級だ。

 フレアがカバーに回るが、すべての攻撃に対処しきれない。

 船からの援護も出来ず、フブキ本人は恐怖のあまり強く瞼を閉ざしている。

 着地したわためがK本体に突進しようと踏み込むがもはや手遅れ。

 フブキに迫る圧倒的物量の触手。

 骨すら溶けてしまうかもしれない。

 

「「フブちゃん!」」

 

 ガガガッ、と触手がフブキ一点に食らい付いた。

 そこに割って入る、不審な影を見逃すものは1人もいない。

 触手で覆われフブキの様子はわからないが、一体……。

 

「カオスだよ、カオスだね」

 

 Kは触手の力を強めた。

 まだ、内部でフブキが生存している証だ。

 わためが迷わずKに突撃する。

 

「愉しむます、その曲芸」

 

 Kはわために目もくれず空中で蠢き固まる触手に意識を集中する。

 Kに攻撃を当てることは容易い。

 それに効果を持たせることが、極めて難しいのだ。

 

 フブキの相手に熱心なKにわためは激突した。

 

「つのドリル」

 

 自慢の巻いたツノを勢い任せにKに差し込む圧巻の頭突き。

 ツノや頭蓋への衝撃はなく、まるですかしたように空を切る感覚。

 そして、Kを通り過ぎる耳元にじわりと滲む、残忍な音。

 言葉で表現するなら、グチャッ、といった感じ。

 それでも、まだ音が不足しているような、そんなグロい音だった。

 

 音の原因はKの首より下の部分が千切れたから。

 わための頭突きに合わせて首とそれ以下を自己的に切断、わためのツノに頭以外の身体をくっ付けて、愉しげに笑い声をあげる。

 異形さや不気味さ、そして決して感じない混沌さが闘うものの戦意を喪失させていくのだ。

 

「うえぇ、なにこれぇ!」

 

 ツノに刺さったKの胴体が器用に畝り、わための身体を絡め取ってゆく。

 足を止め、踠き抗い、わためは必死に引き剥がそうと奮闘するが、あり得ない力と粘性で剥がせない。

 そのまま、Kの胴体は地に足をつき体を反らせると、わためを持ち上げて地面にぶつけた。

 柔道の裏投げのように。

 しかし、柔道と違い頭から真っ逆さま。

 伴う危険性と威力は桁違い。

 

「わため!」

 

 迂闊に炎を放てばわためが焼けるため、フレアも手出しできない。

 しかも、炎の効力が水分のせいで薄れ始めている。

 

「お?」

 

 Kの珍妙な声にフレアは弾かれるようにフブキの方を見た。

 そのフブキを覆う触手が固まっていた。

 水分の存在が仇となり、冷気で氷付けになったようだ。

 そして、氷はやがて音を立てて割れ、砕け散る。

 

 中から飛び出すのはフブキともう一人、突如現れた救世主。

 ゲリラライブの達人。

 

「レディース、アーンド、ジェントルメーン!」

「ひぃぃぃ!」

 

 フブキを抱えて高所から降り立つ一人のサーカス団座長。

 元気溌剌と挨拶が始まる中、フブキは某おにぎり君のような悲鳴をあげる。

 

「やあやあ皆様お待たせいたしました。これより、街頭ゲリラサーカスショー、『バカタレサーカス』の開幕でーす!」

「ポルカ!」

「え? ポルカちゃん⁉︎」

 

 フレアに数時間ぶりの笑みが戻る。

 わためは頭……というか角が地面に刺さり、ポルカを視認できずに困惑していた。

 だが、あの独特の声とテンション。

 間違えようがない。

 

「フブちゃーん!」

 

 ポルカが未だ震えが体に残るフブキの背をビシッと叩いた。

 そして、がんじがらめのわためを指差した。

 

「ぅぅ……コントラストスノウ」

 

 時折明滅する微細な雪が周囲を、大気を、冷却し、水分を強く含むあらゆる触手が凍結する。

 固まった隙にわためが力ずくで抜け出す。

 一度4人はKから距離を取り、一箇所に固まる。

 

「ウェーンヒッヒッ、これはホントにカオスだよカオスだね」

 

 Kの愉快は最高潮へ到達し、不快な微笑は今までよりも色が深い。

 

 ワールドオブザカオス。

 

「ポルカちゃん、ラミィちゃんは?」

 

 わためは集合するなり間髪入れず聞いた。

 中央エレベーター付近でレッドを氷付けにしたのは結果だけだが確認した。

 ラミィも、一緒にいたはず。

 

「ああ、ラミィなら美味しい酒が飲みたいそうで」

「……?」

「居酒屋行ったの?」

「まあ似たもんよ」

「えぇ……?」

 

 ヘラヘラと笑って曖昧に答えを流すポルカに3人は怪訝そうに顔を顰めた。

 気が付けば、船はとっくにスタジアムのほうへ進んでいた。

 

「3人とも……ありがとう」

 

 フレアはパッと明るく微笑む。

 まだ、敵が残っているこの戦場の中、空気を弛緩させるような暖かい表状。

 フブキが、わためが、ポルカが、きょとんと目を丸くする。

 きっと、一人で戦っていた時の精神的負荷がフレアを壊していたのだろう。

 何かの衝動に駆られ、必死に何かを成し遂げようとして。

 

 そこへ現れたバカ3人が、熱く燃えたぎるフレアの心を温かい段階まで下げたのだろう。

 バカは集えば、最強だ。

 フレアはもう、自分の力に固執しない。

 仲間を信じて、自分の限界に拘らず、ただ、自分たちが楽しく生活を続けるために、戦う。

 

「ヒッヒッ、ファイアーガール、サーカスガール、シープガールにホワイトキャットガールかい?」

「む! それ猫やんけ! 白上は狐じゃい!」

「我からすれば同じぞよ? どちらも等しく動物さ」

 

 通るようで通らない筋。

 それは人=魚が成立することと同じだ。

 いくら大きく括っても、流石にそれに納得するものは少ないだろう。

 

「アンタはまあ、そういう生き物だもんね」

 

 フレアは相手の能力を理解した上で、そう発言する。

 すべての生物が細胞からできている。

 細胞から成る存在はすべて同じ細胞でできている。

 DNAこそ違えど「細胞」であることに違いない。

 この概念は、細胞を操るKだからこそ持てる発想であり思考。

 

「じゃ、ま、始めますか……」

 

 フブキの目に宿る焔が暗闇を照らす。

 同調し燃え盛るバカ達の心の炎。

 

「わため、無闇に突っ込んだら腐るからね」

 

 フレアが数分前の出来事を教訓にと注意した。

 

「ひぃ、気をつけますぅ」

 

 と、わざとらしく怯えて見せる。

 クスッと一同、苦笑した。

 

「正直言ってフレア、このメンツでの勝算は?」

 

 ポルカがお世辞抜きで、過大も過小も起きぬように評価してと。

 肌で感じ、実践に移し、この化け物にバカタレサーカスで勝てる割合。

 フレアの直感でその数値は如何程か。

 

 Kがフレアの内心を見透かしたように、ヒヒヒと笑う。

 

「正直に言うと……ほぼ0」

 

 決して謙遜もなく、フレアはバカタレサーカスとK1人との実力差をそう評した。

 手合わせして分かること。

 Kは能力上の不死身。

 アンデッド族ではない。

 

「へえ……勝ち筋、見えてるわけね」

「後は、運ゲー」

 

 フレアの冷静な分析とその結果からポルカは読み切る。

 後は、運がどこまで勝率上昇に貢献するか。

 そして、読み切れない自身達の強さを発揮できるか。

 

「アーユーレディ?」

 

 ポルカのセリフに合わせて空気がガラッと変貌した。

 

 バカタレサーカスのゲリラショー、インザカオス、開幕だ。

 





 最近投稿ペースが遅い作者でございます。

 今回は、まあ予想してたかもしれませんが、バカタレサーカスでした。
 サーカスまで予想できたかは、分かりませんが。
 さてさて、バカタレサーカスで、勝算の低いKに勝てるのでしょうか?
 そして、フレアの頭によぎる策とは?
 案外、バカタレ共の思考は、同じかもしれません。

 次回は、短めですが、もう片方のあの人の場面。

 残る敵は、A、K、クラブ、ブラック、そしてノーカード。

 わざわざここまで引っ張ってきた敵が、あっさり倒れるのかどうか。
 では、また次回。


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69話 3酒の陣技

 

 避けられてばかりの戦いが、いつの間にか避けてばかりの戦いに。

 発端は、メイスが飛ばされた事。

 メイスを失い、どうしても強気に行動できず、敵の攻撃を避ける事を意識してしまう。

 しかも、今までどれだけ頑張れど、攻撃が一撃も当たらなかった。

 それが、後退気味の心情の原因の一つでもある。

 

 もはや、倒すことなど意識から外した。

 今は、このクラブという男をここに止まらせ続ける事を念頭に挑んでいる。

 

「難攻不落の絶対回避も無為無策じゃ、大器晩成の利点すら活かせやせんしなあ」

 

 クラブは攻防戦を放棄して腕を組むと、大声で独り言を呟く。

 ノエルも同様に動きを止める。

 

「面倒な言葉遣いが消えんってことは、あんま疲れてないね?」

 

 4字熟語の羅列は頭が活発な状態でこそできる。

 解釈しづらい言い回しが継続している間は、クラブの体力は十分残っていると見て間違いない。

 

「冷酷無情な物言いだよ全く……」

 

 冷酷でも無情でもない。

 ただ純粋に鬱陶しいから面倒だと言ったのだ。

 

「なあ、互いに疲労困憊は一目瞭然。ここはひとつこの辺で手打ちにしないか?」

 

 ノエルはふぅっ、と息を吐いて瞑想するように目を閉じる。

 この言葉に耳を貸すかどうか。

 

進退維谷(しんたいいこく)のまま満身創痍になるまで本領発揮してちゃ、結局のとこ百年河清(ひゃくねんかせい)で終いだ」

 

 ノエルは胸を撫で下ろし、心を落ち着ける。

 相手が、本当に一利一害で提案しているなら乗るべきだ。

 だが、なんせ敵。

 譲歩のような提案を出すだろうか?

 裏に抱えた意図があるはずだ。

 

「一刻千金っていうだろ? それとも永永無窮(えいえいむきゅう)竜攘虎搏(りゅうじょうこはく)を続けたいのか?」

 

 次第に理解が追いつかない熟語で溢れ出す。

 が、説こうとすることが何かは想像に難くない。

 

「意味はわからんけど、あなたの提案は基本、乗る気ないよ」

「メイス無しで、真向勝負に挑むのか?」

「どしたん? 怯えとんの?」

「いいや、畏怖嫌厭なんて無縁な言葉だが……正気か?」

「本気」

「マジって読むやつだな」

 

 ノエルの決心に、もはや説得も無意味と悟ったようで、諦めたように肩を竦めた。

 ノエルはギュッと握り拳を作り、その力強い手を一瞥する。

 ホロメンの中では力のある方だが、運動神経が良いとは言えない。

 ただ、騎士としてある程度の動きを身につけているだけ。

 俊敏性や戦闘中の判断力は高くない。

 

 正直、こちらの世界に反転してから、ぺこらとるしあ以外出会っていない。

 各状況も把握できていない自分がどうこう言えないが……。

 ねねの放送はしっかりと聞いた。

 揺るぎない決意が放送を通じて胸を貫いた。

 スタジアムへ、という指示はホロメンだけでなく、敵陣営の耳にも届いているはずだ。

 そして、この男にも。

 

 クラブを押さえることに意味があるか、分からない。

 けれど、ノエル一人で敵一人をスタジアムに近づけさせないでいられるなら、これほどラッキーな事はない。

 

「騎士の姉ちゃん、こう言うのは一日の長と言ってだな……」

「あー、いいよ、別にそう言うんは」

「……ったく、この期に及んで意気衝天としてるのは本当に瞠目結舌だよ」

 

 鼻で笑って、小馬鹿にする。

 何となく、ノエルは気分が良かった。

 

「……ん? 船?」

 

 ここにもまた、船は現れる。

 フレアの所へ船が来る少し前のことだ。

 航路は展望塔から「ここ」そして「フレアの所」だ。

 進行方向は多少ズレているが、その船の最終目的地は明白だった。

 

「仕方ねえ!」

「あ、待てぇ!」

 

 ノエルを無視して、クラブはスタジアム方面へ駆け出した。

 中々に足が早く、後を追うノエルとの差は徐々に広がってゆく。

 ノエルの場違いに間伸びした声も、遠ざかるばかり。

 

 だが、そのクラブの足よりも遥かに速度のあるものが、頭上を通る。

 そう、アクアマリン号。

 空に灯りが出ていないため、影を落としたりはしないが、存在感があり、頭上に来れば不思議と感じる威圧感で感知できる。

 

 遅れてでも到着すれば、作戦遂行までの時間稼ぎ程度はできると読んだのだろう。

 クラブは全力で街を駆け、スタジアムへ向かう。

 

 そこへ舞い降りる、一人のホロメン。

 

「ストーーップ!」

 

 何十、何百メートルとある高さを自足で飛び降りてきたパワフルさ。

 特有の浮遊した金髪。

 微かに香る異国の匂い。

 右手に携えた仲間の落とし物。

 

前途遼遠(ぜんとりょうえん)、多事多難」

 

 クラブの行手を阻む、一人の女性。

 彼女こそ、ノエルのピンチに駆けつける救世主。

 名を、アキ・ローゼンタール。

 

「用事は後にしてもらおうかな」

 

 ほんわかとした声質からの、底知れない圧力。

 流石は一期生、威厳がある。

 少しして、ノエルも追いつき、二人がクラブを挟み込む。

 

「アキロゼ先輩!」

「ノエルちゃん、遅れてごめんね」

 

 笑い合い、言葉を交わす。

 

 さて、この二人……ならば、足りぬ人がいるであろう。

 

「行ってこーい!」

「ちょぉぉぉぉおおおおおおお」

 

 スッと影が屋根の上を通り過ぎ、二つの声がした。

 一つの声は、姿を見る間も無く遠ざかるが、もう一つの声は次第に距離が近づく。

 屋根の上から、また一人、女性が降ってくる。

 突如屋根瓦から突き落とされ、泣き叫びながら地上へ真っ逆さま。

 

「あぶなああああああああああ、どへっ!」

 

 クラブの頭上へ落下し、危うく激突かと思えば、クラブは見切りを発動させずに回避。

 その女性は一人虚しく地面に激突した。

 

「ら、ラミィちゃん……?」

「らみのすけ!」

 

 屋根から落ちて、無事……なのか?

 

「ぶはっ! ポルカぁ! 覚えとけよ!」

 

 地面から顔を起こして颯爽と駆け抜けた影、その正体に激昂する。

 

「アンタも可愛い子が落ちてきてるのに避けるんじゃないよ!」

 

 さらにその怒りは止まることを知らず、クラブにまで八つ当たりする。

 

「いや、普通だろ」

 

 流石のクラブも素のツッコミが溢れた。

 寧ろ、避けたからこそ助かったと考えるべきだ。

 

「ああ! 雪のクッションね」

 

 アキロゼはラミィの足元に着目して合点がいく。

 天然の雪とは思えないほど柔らかそうな雪が地面に積もっていた。

 

盤根錯節(ばんこんさくせつ)だぞ、こりゃあ……手に負えない」

 

 タイマンでの勝利が怪しいクラブにとって、3人と同時に戦う事は無理難題。

 逃げる選択ももはや不可能。

 アキロゼの能力は比較的想像しやすかった。

 なら逆に、この3人をここに足止めする作戦に変更するか。

 

 わざわざ応援に来るのだから、意味は無さそうだが、何もしないよりはマシだろう。

 とにかく、ひたすら回避を重ね、儀式の完了を待つ。

 

「遺憾千万、俺の能力じゃあなぁ……」

 

 ラミィから距離を取り、正面に3人を捉える。

 3人は互いの距離を詰め暗がりの中様子を確かめ合う。

 

「はい、ノエルちゃん」

「ありがとうございます」

「もう、手放しちゃダメだよ」

「了解です」

 

 アキロゼからノエルへ、たった一本のメイスが手渡される。

 

「ところで、ラミィちゃんはどうして?」

「ん? ああ、おまるんがフレア先輩んとこ行くって言うから、付いてこうとしたんですけど……ですけど!」

 

 途中、ノエルとアキロゼを見つけここで別れることを決めた。

 そして結果、さっきの悲劇が起きた。

 

「ポルカ! 絶っ対許さん!」

「あ、あはは……」

 

 ラミィの別方面に燃える闘志とアキロゼの渇いた笑い。

 何気ない日常の背景が、ただ黒いだけのような世界。

 ノエルにも笑顔が戻る。

 

「できれば、あの人は倒したい」

 

 ノエルの意気込みに、二人の表情が真剣なものへと変化する。

 だが、ノエルの言葉が抱えた意図を解けば、相当な苦戦を予言するものと捉えることもできる。

 

「でも、驚かんでね……あの人、攻撃が当たらんのんよ」

「なるほどぉ」

「ノエたんが苦戦するわけだ」

 

 驚くどころか、不敵に笑い、ターゲットを凝視した。

 相手に取って不足なし、と。

 

「たとえ艱難辛苦(かんなんしんく)に苛まれようと、臥薪嘗胆(がしんしょうたん)と腹を括るのみ」

 

 クラブは本気で回避に専念し、一瞬、刹那の隙を突く。

 それを繰り返す策をとる。

 

「大丈夫だよ、二人とも」

 

 アキロゼがグッと親指を立てた。

 さらにウインクも決まり伝えたい安心感は増す。

 

「根拠ありですか?」

「有りもありあり、大有りよ」

 

 隠そうともしない自信。

 持ち合わせの作戦に余程の信頼があると見える。

 

「いい? 作戦はね――」

 

 ――――――――。

 ――――――――。

 ――――――――。

 ――――――――。

 

啐啄同時(そったくどうじ)も易々与え、彗氾画塗(すいはんがと)と作戦会議。こうしてあとは、時機到来を待つつもりか」

 

 無防備な作戦会議の妨害すらできず、クラブは自分自身に呆れ愚痴った。

 見切りの能力は緊急回避時にこそ、神速を発揮するが、攻撃を向けられない限りは無能力者と同等。

 身体能力が高くとも、例えばアキロゼとパワーで真っ向から勝負を仕掛けても負ける未来しかない。

 逆に退散しようにも、同様にアキロゼの強化した速度には敵わない。

 無駄な足掻きが、体力消耗にしかならない事も計算済み。

 

「奇々怪々。何のつもりだ?」

 

 ラミィ、アキロゼ、ノエルは三角形にクラブを包囲。

 そして、微動だにしない。

 ただ距離を空けて包囲し、見守るのみ。

 一切手出ししない。

 

「これが作戦」

 

 アキロゼは胸を張り、腕を組む。

 巨城を構え、まるで籠城作戦のように不動を貫く。

 不気味さと不自然さから、敵は容易に手出しできず、更に逃走すらも視野に入れられない状態。

 待機という行為が呼び寄せる勝機が何かを、読み取るまでは、膠着し続けるであろう。

 

「刮目相待だが、精励恪勤(せいれいかっきん)こそ事態好転の鍵」

 

 理解できない熟語を並べ立てようと、3人は動じず停滞を引き伸ばす。

 

軽挙妄動(けいきょもうどう)は命取り、緊褌一番(きんこんいちばん)で起死回生の手を文字通り暗中模索していくとしよう」

 

 よくもまあ、こうすらすらと四字熟語が浮かぶものだと、感心を通り越して呆れ果てる。

 

「…………」

 

 さあ、これであとは「合図」を待つだけ。

 「号令」がかかった時、二つの戦局は大きく動く。

 そう、アキロゼ、フブキ、わためが船で授かった作戦。

 首謀者は、意外も意外なあの人だった……。

 

 





 作者です。
 さあ、こちらでは「ホロの酒飲み」が集いました。
 しかし、作戦はまさかの待機。
 作戦の首謀者とその内容は?

 次回は、そこですね。

 では、また次回。


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70話 ホロメンの仲間

 

 空を走る者がいた。

 

 空を走る存在は天才。

 空を走る存在は強者。

 相場が決まっている云々ではなく、この世界ではそうなのだ。

 

 空を走るとは、鳥類の獣人や天使、悪魔などと違い羽ばたかず、浮遊などとも違う。

 羽ばたかず、浮かずして飛ぶ存在は強いはずである。

 

 ホロメンの中に、空を走れる存在は現在二人。

 能力により、ぺこら。

 魔術により、シオン。

 

 今、空を颯爽と駆けるのは紫咲シオン。

 

 あくあと共闘でトランプを撃破し北西の洞窟に拘束。

 ラジオ塔を爆破して相手の通信手段を遮断。

 ねねとトワをブラックの魔の手から救出。

 ねねにスタジアムへ向かうよう促し、ブラックはトワに任せる。

 

 そして、今。

 

 遠くで、アクアマリン号が動き始めている。

 首謀者は誰か未確認だが、スバル、あくあ、メルの能力を動力としている。

 

 シオンの目的地は今現在移動中。

 攻防の中で意図せず場所移動を続けている様子。

 

 国内全体の戦況は一度確認したが、全てに助力できるほど力は余ってない上に、時間を考慮すれば不可能だ。

 だから、シオンは自分が倒すべき相手をすぐに絞った。

 そのうちの一人がトランプ。

 そしてもう一人が……ノーカード。

 

 発端はなんとかトランプを打破し、どうにか懐柔できれば……。

 そんな思いだったが、トランプの撃破後に発覚した事実があった。

 トランプの懐柔に意味は無いことを知った。

 正式には、トランプだけの懐柔に、だ。

 

 トランプ討伐に全力を注いだが、結果として魔力不足。

 急遽ドーピングを強いられる。

 体へ及ぼす被害は二の次。

 新たな標的、ノーカードを懐柔するために、必要なことを何でもする。

 

「まさかアイツが、黒魔術師だったとは……」

 

 そう、発覚した事実とは、ノーカードが黒魔術師であること。

 そして、敵の能力支配をノーカードが行っていること。

 事務所襲撃の時以外で、あの顔を見た覚えはないため、魔術師評価としてはそこまで高くはないはず。

 

「特化型かな……」

 

 特定の術式を極めた特化型の魔術師。

 魔術師評価は様々な視点からの平均値で算出されるため、一つの術に特化させた者の評価は必然的に低くなる。

 逆に言えば、評価順位の低い魔術師は、ある特定の技術において世界最高レベルの可能性もある。

 

「特化だとシオンがキツイけど、特化じゃなきゃるしあちゃんがヤバいしな」

 

 平均型で且つ、体力の限界ギリギリのシオンは特化型を相手にすると少々厳しい。

 しかし、シオンのような平均型の場合、現在ノーカードを引き付けているるしあが危険だ。

 なんせ魔術の中にはアンデッドをも殺せる術が存在するからだ。

 

 魔術師本人にぶつける時、ホロメンの中ではロボ子を超える適任者はいない。

 そのロボ子も、スタジアムで絶賛準備中。

 間もなくあちらも動く想定。

 

「いた」

 

 上空から捜索し、ようやく見つけた二つの影。

 るしあとノーカードの攻防、その光景。

 小型ナイフで大きな斬撃の軌道を逸らしたり、死霊を使役して身代わりにしたりと、とにかく苦戦している。

 守備一辺倒の戦いから力の差は歴然。

 正直に評価して、万に一つもるしあに勝ち目はない。

 

「るしあちゃーん!」

 

 逃げず隠れず、堂々と声を張り、シオンは空から駆け降りる。

 

「……来たか、紫咲シオン」

「シオン……先輩」

 

 安堵する者、凝視する者。

 それぞれ異なる視線でシオンを見上げ、動きを止めた。

 

「遅くなってごめん」

 

 悪びれるように一つ謝罪し、るしあの前に出て背中で語る。

 

「いや、寧ろありがと、正直ヤバかったんだよ」

 

 るしあの自白にシオンは内心そりゃそうだ、と相槌を打った。

 遠目に見ても剣の力は分からないが、ここまで接近すれば、ノーカードの所有している剣が「聖剣」だと、痺れる感覚から分かる。

 決して聖なる力……聖力を持つ剣ではない。

 「聖剣」はただ、真っ当に全てを切るだけ。

 そこから感じる覇気を、聖力と錯覚して名付けられたため「聖剣」と呼ばれる。

 この力を持つ刀や剣は偶然により稀に生まれる。

 事務所襲撃の時にシオンの魔法を斬ったのも、この剣だ。

 ここに長時間るしあを置くのは、危険だ。

 

「るしあちゃん、さっき爆発したラジオ塔にトワ様がいるの」

「……分かった、そこへ行けばいいんですね」

「ありがとう」

「じゃあ……気をつけて」

 

 るしおんの仲は結構な代物だ。

 るしあはこの場を預け、次なる舞台、仲間の手助けへ向かった。

 

「厄介払いをして、何のつもりだ?」

「トランプを拘束した」

「……なるほど、俺を引き込みに来たのだな?」

「呑み込みが早くて助かるよ」

 

 長時間の口論は手遅れの原因となり得る。

 早々に結論を出して、この闘いを終わらせたい。

 

「しかし残念だが断るよ。さて、なぜだと思う?」

「さあ、何でかな。教えてよ」

「本音か冗談か、まあいい」

 

 軽く息を吐き、聖剣を異次元にしまい込む。

 首を回して骨を鳴らし、姿勢を整えるとシオンを正面から捉えた。

 

「仲間が生きているかは常に把握している。そちらも同じだろう」

「まあね」

「意識ない者が複数いるにも関わらず死者0名。それに加えて、トランプも拘束止まり」

「それが?」

 

 シオンのとぼけた問いにワザとらしくため息をついた。

 

「明らかに殺意がない。それがどれほどの利益になろうとも」

「だろうねー、みんな優しいし」

「他人事のように言うな、お前もだろう」

「あー、シオンも優しいからね」

 

 ひたすらにふざけた返しをする。

 特に真意はない。

 何となく口をついて出る言葉が冗談めかした言葉なだけ。

 

「五石を元の位置に封印したいんだろうが、そうはいかない。こちらは決して譲らない。裏世界から出たいのなら、選択は二つに一つ」

「殺せって?」

「そうだ」

 

 裏世界を構築している術者2人の命を絶てば術は解け、世界は表へと帰る。

 もう一つ、五石を元の位置に戻し東西南北の石に再度封印をかければその力により裏世界は消滅する。

 この規模の構築世界は、もはや術者の意思での崩壊は望めない。

 元の世界へ帰るには、二つの内一つを選択する必要がある。

 人を殺せないホロメンから見れば、選択肢は一つしかない。

 

 だが、敵がそれを知っていれば、敵は思い通りに動かない。

 

「なら、取引にしよう。何か、欲しいものをあげる」

「五石」

「無理」

 

 新たな提案も想定済みだったのか、即答される。

 勿論、五石を渡すことは本末転倒。

 却下だ。

 

「本とか……」

「興味ないな」

「血」

「もっと興味がない」

「……寿命」

「興味はあるが、必要ない」

 

 一つ、耳を疑う単語が出たが、ノーカードは動じる事なく断る。

 尽くを突っぱねられ、シオンもいよいよ苦しくなる。

 軽く喉を鳴らして、新たな交渉札を探すが、何せ自分1人が出せる札が少なすぎる。

 

「そうだな……もし、五石がだめなら後は歌姫の命、だな」

「っ……!」

「まあ、五石以上に無理な話だろうな」

 

 手札を見ている途中、無理矢理引き出されるカード。

 それを手放すわけにはいかない。

 シオンが断るまでもなく、ノーカードは軽く笑ってあしらった。

 

「歌姫はときのそらで間違いないだろう?」

 

 しかも、相当下調べがしてある。

 

「覚醒前なら俺でも十分に始末できるが、どうやら今、スタジアムにいるらしい」

「……」

「エースなら抜かりないだろうからな。わざわざが俺が譲歩してお前たちを逃す意味は無いわけだ」

「つまり交渉は……」

「決裂だ」

 

 シオンが魔法陣を展開。

 ノーカードが魔法陣を展開。

 

 交渉決裂とは衝突の開始を意味する。

 互いの魔法が街中で炸裂すればどうなるか……。

 

「え……?」

「ん……?」

 

 魔法陣が色褪せた。

 魔法が撃てず、困惑する両者。

 互いの力の作用でないことは、2人の動揺からも明瞭である。

 

「ならば……!」

 

 シオンは魔法展開の失敗で成す術を無くすが、ノーカードには剣がある。

 異次元に手を突っ込みそこから聖剣を……

 

「いっ!」

 

 異次元に手を差し掛けた途端、電撃が走る。

 反射的に手を引き、空間を閉じた。

 

「すみません、その交渉、ちょっと待ってください」

 

 暗闇から1人の女性が挙手をしながら靴音を立てて歩いてきた。

 次第に接近するその存在に色がつき始め、容姿が鮮明になる。

 濃い青髪に、ごく普通のメガネ。

 あまりない胸が特徴的で、いかにも従業員が着ていそうなスタッフ服。

 闇に紛れやすい黒っぽい青服には、ホロライブのロゴとhololive、と刻まれている。

 

「えーちゃん⁉︎」

 

 現れた人はホロライブのスタッフ友人A、通称えーちゃん。

 AZKiのライブに同行して別国にいたはずだ。

 近場ではない上に、この緊急事態を察知することは不可能なはず。

 この日は、えーちゃんもAZKiもその国に宿泊の予定だった。

 現実でそこまで時間が経っているとも思えない。

 

 いや、えーちゃんだけでは不可能なことばかりだ。

 魔法陣を無効化したのも、剣の現出を防いだのも、別人でなければおかしい。

 

「っ……!」

「これは……随分な大物が来たもんだな」

 

 シオンとノーカード、両者が分かる顔……否、仮面。

 喜怒哀楽を模した仮面に顔を隠した1人の男。

 その男がえーちゃんの横から現れた。

 

「色々言いたいだろうが、簡潔に全部言うぞ」

 

 男はあくまで事務的に会話を切り出し、他の言葉に耳を貸す気配はない。

 

「ノーカードとか言うお前。ホロメンは優しいから人を殺せないだろうが、俺には可能だ。シオンちゃんの指示に従え、さもなくば俺がお前とトランプってやつを殺す」

 

 ノーカードは言葉の理解に数秒かけ、理解した直後激怒して男に詰め寄る。

 一方、シオンはえーちゃんの表情を窺い、状況整理を試みた。

 

「関係ないお前が何故でしゃばる!」

「俺だって今はこの国の住人だ。勝手な改革は困る」

 

 それを言われては反抗の余地はない。

 だが、真意が他にあると見抜けないほど、落ちぶれてもいない。

 

「何が狙いだ!」

「安心安全」

「殺害予告しておいて……!」

 

 矛盾を指摘するも、無視される。

 ノーカードの怒りは収まり切らないが、彼にも用事がある。

 

「この事をトランプにも伝える。そうすれば、俺、お前、トランプ、そしてシオンちゃんの4人で四方の石を封印できる」

「誰が……!」

「やるよな?」

「……くそっ!」

 

 強く地団駄を踏み悪態をつく。

 それは、同意を意味すると解釈していい。

 

「よし、決まりだな」

「シオンさん、すみません。お話は後ほどしますので」

 

 えーちゃんはシオンに深く頭を下げ誠心誠意謝罪する。

 

「え……」

 

 シオンをその場に残し、男はノーカードを連れて何処かへ向かおうとする。

 その後にえーちゃんが着く。

 

「あ、シオンちゃん、船、行ってみるといいよ」

 

 男はそれを残し、2人を連れてトランプのいる洞窟へ向かった。

 

「……あの人は確か」

 

 メモリーの中にある仮面。

 その仮面と今見た喜怒哀楽の仮面は一致する。

 直接会ったことなどないが、幾度か写真を見たことがある。

 それは、魔術師の評価順位に掲載されている宣材写真。

 

「何のために……」

 

 素直にホロメンの手助けが目的と見ていいのだろうか。

 確かめる術はない。

 逆らって反感を買えば、勝ち目などない。

 

「とにかく、船へ」

 

 迷いは頭の片隅に放置して、アクアマリン号へ駆ける。

 

 

 約数分で到着し、甲板に集まる仲間の数を確認した。

 これより、ノエルとフレアの元へ行く予定らしい。

 

「なるほど、いいと思う」

 

 シオンは甲板にぐったりと座り込み、加勢作戦に賛成する。

 シオンの登場で突発的に新案を採用するが、正直シオンの負担が大きすぎる。

 

「でもシオンちゃん、その身体で保つの?」

 

 誰もが内に秘めていた言葉を代弁したのは、他でもないあくあ。

 親友だからこそ、スッパリと発言できる。

 周囲の顔は浮かないが、シオンは気にも留めない。

 

「リスクを負ってでも、確実性を取らないと」

 

 自己負担ならなんとかなる。

 Kの能力もスペードの能力も、一筋縄ではいかない。

 不意打ち、騙し討ち、弱点狙い、リンチ。

 ふんだんに卑怯な手を盛り込んで、やっと勝てるかもしれない敵。

 体力を削る価値は十分だ。

 

「……分かった。でも、その代わりシオンちゃんはここまで」

「はあ?」

「ここに居て、もう動かないで」

「なんでそうなんの」

「そうなりますよ普通」

「シオン、お願いだから、あんま無理しないで」

「シオンたんはちょっと休みな」

 

 乗船者たちが口を揃えて、シオンのこれ以上の活動を禁止する。

 憂慮の圧力がシオンへ罪悪感を募らせていく。

 体力と魔力の低下に加え、重圧で全身が重い。

 皆に休息を強要され、ようやく自分の限界に気づく。

 仲間に指摘されて初めて、もう身体が壊れかけていると気づく。

 

 今聞こえた言葉は代表的なもの。

 全員の異なる言葉のその一欠片に過ぎない。

 

 ああ、自分は疲れているんだ。

 無理は、しないでおこう。

 何故か、こんな窮地でもそう思えた。

 

「……そう、しようかな」

 

 「でも」も「だけど」も必要ない。

 自分のことは、自分がよく分かるなんて、傲慢だ。

 仲間の事を、信じてる。

 仲間の言葉を、信じる。

 

 この船は、最終的にスタジアムへ向かう。

 だが、シオンはスタジアムでの戦いに不参加となるだろう。

 もはや、シオンは戦えない。

 後は完全サポートに徹する。

 

「待って、でもさ、魔力ってどうすりゃ回復すんの?」

「食べて寝る」

 

 至ってシンプル。

 黒魔術は血を媒介にするため、寝れば体力が回復し血の巡りもまた良くなる。

 血流が整うには、食事も必須。

 この二つこそ、黒魔術の回復法。

 

「食べ物は無いけど、寝てきな」

 

 マリンが寝室へ案内する。

 小一時間ほど前まで、マリンが寝ていたベッド。

 

「まあ、みんなを動かしてから」

 

 

 こうして、計略が動いていたのであった。

 





 皆さんどうも、作者です。
 さてさて、どうでしたか?
 ここに来て、「あの魔術師」とえーちゃんの登場。
 案外2人に繋がりが……?
 そして、えーちゃんといるはずの「あずきち」はどこへ?
 「あの魔術師」の圧に屈したノーカードでしたが、果たして彼の実力は?
 シオンを交えた策とは?
 シオンのドーピングとは?
 

 多くの謎を抱えたまま、次回はさらなる展開が……!
 お楽しみに。
 結構マジでお楽しみに。

 では、また次回!


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71話 喰う者

 

「発症、禁断の暴食」

「おいおいおいおい! マジでヤバいって!」

 

 崩壊したラジオ塔の瓦礫の山付近。

 本気モードに突入したブラックがトワを標的に、黒ずんだ殺意を放出し赤黒く輝く。

 

「全開、殺し屋ブラック、行くぞ」

 

 全身が鋼鉄と化して全力突進を仕掛ける。

 鉄の身体でも、普段通りの速度が出る不可思議。

 鉄がコンクリートを踏みつける音が幾度も反響し、トワに迫る。

 

 鉄の拳を握り締めると、ロボットの可動音のような唸り声が上がる。

 悪魔の加護で能力の一部をコピーしても、トワには扱えない。

 正面衝突は愚策だ。

 

「こっち来んなや!」

 

 鋼鉄パンチが狙うは顔面。

 下手に喰らえば頭蓋粉砕で撃沈は必至。

 トワの拒絶など構いなしに拳は一瞬で目前に辿り着く。

 

 見事に見切り、トワは身体を軽く反らして、頭の位置をずらし、避けた。

 だが、肝心な2人の距離が縮まったまま。

 当然ブラックは追撃にもう一方の手から正拳突きを放つ。

 迷いの無い追撃は、確実に鳩尾を抉ろうとしている。

 

 態勢を踏まえての攻撃であるため、この状態からの回避は本来困難である。

 上半身が背後に傾きそれを正面から捕捉されれば、回避のステップも容易には踏めない。

 

 だが、トワはそのまま身体を、地面に身を投げ出すように、後ろに倒れる。

 鳩尾を狙った鉄の正拳突きは、トワの腹部上を通過して空気を殴った。

 露出したトワのお腹をひゅっと風が撫でる。

 

 今度こそチャンスだと、鉄の足がトワの腹を踏み潰しにかかる。

 これも当然貰えない。

 

 地に身を投じ、頭が衝突する直前に、逆手で手を突き全身を支えた。

 そのトワの格好から、飛び跳ね起きによる回避行動を悟ったブラックは、正面に回って封じた後に足を勢いよく押し付ける。

 

 しかし、トワは翳される足に自身の足を引っ掛け、そこを軸に力強く全身を回転。

 身体は遠心力で側面に回り始め、瞬時に攻撃射程から外れる。

 

「驚愕、目を見張る身体能力だ」

 

 武術を習っているかのようなしなやかな身のこなしに、ブラックは賞賛に近い言葉を吐いた。

 言葉を返すなら、全身鋼鉄でよくその動きができるもんだ、と言いたい。

 

「お前硬いのやめろやマジで、トワなんもできんじゃん」

 

 硬質な皮膚に、パンチもキックも効かない。

 寧ろ、トワへのダメージとなる。

 

「失笑、効果的面と知って何故やめる?」

 

 正論ごもっとも。

 

「はあ〜、やる気出んわこんなん」

 

 どんな卓越した能力も、洗練された技術も、無効化されるならそれは無力と同義。

 嘆息を漏らして、トワは頭を掻いた。

 

「結構、ならば素直にやられろ」

 

 ブラックが大きく息を吸う。

 腹が膨れるほどの空気を吸い、一気に噴き出す。

 

「っぶねぇなぁ!」

 

 口から放射されたのは気体ではなく、火。

 サーカスの曲芸のように、口から炎が噴き出されあたり一面に渦巻く。

 なんの変哲もない、至って普通の炎。

 

「口から出た炎とかマジできしょいわ」

 

 体の質が変わっているため、本当にただの炎だが、どうしても受け付けない。

 トワは嫌悪感を露わに手でシッシ、と払う仕草をした。

 固より触れられないが、余計に触れたくない。

 そんな意思が見てとれた。

 

「幼稚、如何に愚かな事か――」

「っ!」

 

 突如、ブラックの顔面が瞬間的に形を失い、言葉が途切れた。

 背後に現れた死霊の鎌が首を刎ねたのだ。

 しかし、その吹き飛ぶべき頭はビリビリと音を立てて何事も無かったように再生する。

 

「心外、人の言葉を遮るとは、人情のない」

 

 振り返りざま、再三襲いくる鎌。

 それを鋼鉄の手で受け止めようとした。

 

「……奇異、触れん」

 

 鎌は不思議と手を通り抜けるように切り裂く。

 障害物を無視するよう。

 だが、先刻の首刎ね同様、電気となって形を無くし、即座に再生する。

 

「おお! るしあちゃんの!」

 

 その死霊こそ、正しくるしあに使える者。

 呼応するように、死霊はトワを一瞥し姿を眩ます。

 やがて、その場に主本人が登場した。

 

「トワちゃん、シオン先輩に言われて助けに来たよ」

「ありがたいけど、その言い方なんか悲しい!」

 

 舞い降りたるしあは絶妙な位置をとる。

 トワ、るしあ、ブラックを線で結ぶと丁度正三角形ができるような配置。

 特に意図はない。

 

「難儀、果たしてどんな能力だ?」

 

 空飛ぶるしあ、突如現れそして消える幽体、鋼鉄を無視して引き裂く鎌。

 ネクロマンサーだと知らなければ、その恐ろしさは増すばかり。

 

「能力じゃない、スキル」

 

 スキル――。

 新たな単語の挿入だが、この3人には馴染みがある。

 

 スキルとは、特殊能力や魔法、忍術や科学技術などの個人の努力や特殊な方法で獲得する力とは対の位置にあるもの。

 そう、加護や覇気、長の力、歌姫の力、アンデッド、動物種別の個性、精霊術、妖術など物は様々だが、生まれ付き備わっている、天性の素質のこと。

 能力にも数多の方面への自由な派生があるが、スキルにもその種族の個性的な派生がある。

 挙げた例はほんの一部に過ぎない。

 特に、精霊術や妖術などの派生の自由度は段違いに幅広い。

 

 そんなスキルを持ち得ているるしあとトワ。

 るしあは必然的に備わるネクロマンサーの力。

 トワは偶然持ち合わせた悪魔の加護。

 

「理解、無実体化と仮定すると妖怪かアンデッドの線が濃いな」

 

 浮遊は無実態時に「不可思議」な力が働くから。

 手を貫通する鎌は、鉄と化した皮膚をすり抜けるまで実態をなくし、内部で実態を戻せば内側から破壊できる。

 

「補足、幽体を使役する様子からアンデッド、その中の死神やネクロマンサーだと推察する」

 

 洞察力――ではなく、知識量が豊富だ。

 この世界のあらゆる存在を知ることはできない。

 最も生存を予測できないのは超獣人。

 超獣人はそもそもの発現が偶発的なものである。

 アンデッドは種類こそ少ないが、そもそも人口比率が低いため認知されづらい。

 逆に獣人や魚人は、種類が多く、全種を脳内にインプットすることはほぼ不可能にあたる。

 

 このように、どれか1種族にでも絞らなければ、種類の暗記はできない。

 

「困却、現状アンデッドには打つ手がない」

 

 顎に手を当てゆっくりとなぞる。

 その眼には誰も映っていない。

 

 成す術が無いのは、2人も変わらない。

 身体が電気に変化して、攻撃全てが透過されてしまう。

 

「ふーん、じゃあ諦めよ?」

「諦念? 笑わせる」

 

 るしあの軽口に冷笑を浴びせトワに力強く指を指す。

 狙いは貴様だ、と。

 

 一瞬、ハッタリを疑うトワとるしあ。

 が、本物の黒い眼を前にその思考は抹消された。

 

「稲妻」

 

 ブラックの指先から電流が発生。

 空気を目に止まらぬ速さで貫き、トワの心臓を直接破壊しにいく。

 電流に人間が速度で敵うはずもなく、2人は手足も動かせない。

 

 パチン、と電気が弾け、消滅する。

 一秒にも満たない、刹那とも言える出来事。

 瞬きをすれば、その光景は見られない。

 まるで、カメラがフラッシュを焚いたような閃光。

 

 ブラックすら、何が起きたか詳細は掴めてない。

 

「何が起きたの……?」

 

 るしあは呆然と口を開き、トワの爽やかでクールな顔を見つめた。

 

「さあ、トワもよく知らん」

「本心……か」

 

 絡繰を理解してないのは事実のようで、トワにはいつもの素直な言霊が宿っていた。

 

「え、るしあちゃん、あれなんとかできる?」

 

 あくまでもるしあを見て、トワはブラックを指差す。

 るしあは「んーん」と小さく首を横に振る。

 

「はあ、終わった、詰んだわ」

 

 トワは即断した。

 無駄な労力を好まないらしい。

 

欣幸(きんこう)、そうして死を待て」

 

 ブラックの両腕が伸びる。

 片手はるしあ、片手はトワの首元を目的地とする。

 互いに単調な直線攻撃は回避。

 そこから自在に方向転換する腕との勝負。

 

 るしあはナイフで腕のスライム部分を切断。

 電流と化し、無効化。

 再生速度が速く、一瞬割れたように見えた腕も元通り。

 継続してるしあを追う。

 

 トワは回避を重ねチャンスを探す。

 構造が実に厄介で、中々隙が作れない。

 手が鉄、腕がスライム、攻撃を当てれば電気、口からは火が出る。

 生体としてあり得ない構造を実現している。

 反動があるはずだと、信じて、待つ。

 

「警告、言っておくが反動は期待するな」

 

 トワの連鎖する回避を見兼ねた言葉。

 

 裏からるしあの使役した幽体が鎌を振り、ブラックの胴体を切断。

 両手の動きが一瞬停止する。

 刹那の空白をトワは狙う。

 鉄の片腕を掴み、全力でそばの建物の壁にぶつけ埋め込む。

 簡単に引き抜けるが、敢えてそう誘導する。

 ブラックは呆れた目で腕に力を込め引き抜く。

 

 更にその空白の数秒。

 刹那から数秒へと繋いだ空白の間。

 トワはまたしても動く。

 最も近いコンビニに窓を破り飛び込む。

 陽動はるしあに任せ、商品棚からあるものを掻っ攫い、装着。

 さながら万引きだが、裏世界のものは表世界に持ち出せない。

 

「愚考、電気一つを対策して何になる」

 

 トワが身に付けてきた物。

 それはよく見る市販のゴム手袋。

 ピンク色のアレ。

 

「もう主婦じゃん」

「うっせ! これでいんだよ!」

 

 この手袋は電気を弾く。

 だが、硬さと柔らかさを凌いでようやく攻撃が通る。

 

「痛感、味わえ」

 

 伸びる腕が掴みかかる。

 片手はトワへ、片手はるしあへ。

 るしあは数分前と同じ動き。

 トワは向かい来る手に手を合わせ捕まえる。

 

「圧縮、握り潰す」

「るしあちゃん!」

 

 鉄の手の握力で華奢な手を破壊しようと企む。

 そこへトワの一声。

 るしあは何となーく、今できることだけやってみた。

 

「こう?」

 

 トワの真横に出現した死霊が手首を切断。

 ギリギリスライムの位置。

 切れば当然、電撃となる。

 

「取った!」

 

 再生速度を超えて、トワはもう一方の手で切れ口を抑える。

 途端、握られていた手が解放される。

 と言うより、ブラックの手が力を失くす。

 鉄とは言え、無力なら簡単に動かせる。

 

「失態、まさか気づかれるとは」

 

 ブラックは緊急で伸ばした腕を引っ込める。

 その先には手がない。

 トワが切り口を抑え、微笑を浮かべて見せびらかす。

 

「トワんこと舐めすぎや! おら見たか!」

 

 切り取った腕を掲げ満足そうに叫ぶ。

 手首から先が無くなっても平然と睨みを効かせる様子は、やはり只者ではない。

 殺し屋を名乗るのは伊達じゃないな。

 

「トワ様、どう言うこと?」

「説明むずいけど……アイツは基本的に概形を大きく損なう変形ができない感じよ」

 

 手をゆらゆらと無造作に揺らしながら説明する。

 簡潔だが、イマイチ掴みにくい。

 

「アイツは身体を無形の電気に変えて攻撃を受け流してる」

「うん」

「なのに、もっと変形がしやすくて且つ受け流しやすい、水や空気、砂とかには質変しない」

「電気が強いからじゃないの?」

「それは第二の理由」

 

 トワは完璧にこの能力の可動域を見極めている。

 それは、推測ではなく、加護による能力分析から。

 ねねを追いかける際に、ブラックと偶然にも遭遇し、コピーを試みて能力解析した。

 結果コピーには至らなかったが、どんな能力かは把握した。

 

「電気だけ、唯一無形で身体の概形を維持できるから」

「利発、人は見かけによらないものだ」

 

 飛び掛かる野次を無視してトワはるしあに解説を続けた。

 

「水や空気、砂を意図的に誘導するには、それなりの装置とかがいるけど、電気だけは鉄さえあれば何とかなる。これらに神経は通ってないから」

「つまり?」

「腕を電気にして、その中に僅かに鉄を混ぜておけば電気は一定の場所のみを移動し続ける」

「ほうほう」

「分かってる?」

「んーん、全く」

「おぉい! 時間の無駄じゃんか!」

 

 上の空な顔で頷くるしあにトワは喝を入れた。

 あははと笑って流される。

 

「癇癪、勝った気か?」

 

 茶番に痺れを切らしたブラックが、額に血管を浮かべて睨む。

 暗闇に瞳が光る。

 肉食獣が獲物を狩る姿に似ている。

 煌めく眼光に一瞬全身がひりつく。

 本物の殺意を直に浴びた、その衝撃。

 

「っ……」

 

 咄嗟に息を飲み込む2人は数秒硬直し、冷や汗で背を濡らす。

 まだ、本気でなかったと言うのか?

 やけに胸騒ぎがする。

 本物の闇が身に沁みてくる感覚が恐ろしい。

 

 ……いや、違う。

 この恐怖感は……!

 

 

 カツ、カツ、カツ、カツ……。

 ギギギギギィッ、ギギギギギィッ、ギギギギギィッ……。

 

 暗闇から、一つの靴音と、物騒な得物を引き摺る音が響き始めている。

 ここで、新たなる気配が、3人に接近する。

 

 息を飲み込むと、喉が鳴る。

 トワもるしあも視線は暗闇に釘付け。

 絶好のチャンスだが、ブラックも闇の気配を前に眉間にシワを寄せる。

 

「いたー」

 

 気怠そうに間伸びした、少し高い声。

 3人が見えたのか、その新たな黒は立ち止まる。

 靴音も消え、凶器が地面を這う音も消え、静寂の風が颯爽と吹き抜ける。

 身の毛もよだつ悪寒を放つ新たなる闇の存在。

 この異様な迫力と黒ずんだ気迫。

 間違いなく、汚れ仕事を専門に扱う存在だ。

 

「殺し屋ブラック、24歳、男、人間、暴食の能力者……であってる?」

「……不明、何の様だ?」

「お掃除」

 

 謎の存在、恐らく少女が初めて薄明かりに姿を晒す。

 全体的に黒の衣装。

 フードも黒、正体を隠すアイマスクも目の部分以外は黒。

 片手には重厚そうな斧。

 

 その斧を両手で構えニヤッと笑う。

 狂気的な微笑に心が攫われる。

 駆け出す少女はまるで一般人の動き。

 ブラックに猪突猛進とぶつかる。

 

 斧とブラックの左腕が交差し火花を散らす。

 ブラックに苦悶の表情が顕われ始めた。

 

「適合、あの組織の掃除屋か!」

 

 斧を弾くと、少女の腹に一撃鋼鉄の蹴りを打ち込み、距離を取る。

 

「ったた……あー、そう、お前はえっと……少し前にうちの組織に忍び込もうとして、不要な情報まで得てしまった」

「……掃除、消しに来たか」

 

 思い当たる節があるブラックは憤慨したような後悔したような曖昧な表情で顔を歪める。

 

「以前、とある組織の崩壊を依頼された」

「あー、多分それだわ、知らんけどっ!」

 

 クスクスと含み笑いを交えて少女はブラックに相槌を打つ。

 

「後悔、今では関わるべきでなかったと思っている」

「でももう遅いからさ〜」

 

 何処かから紙の束を取り出す。

 別に見せるわけでもなく、勝手な確認。

 掃除対象に間違いないかの。

 

「あっ、そうだ、連絡しろって言われたんだったわ……めんどー」

 

 少女は場の空気を感じ取った上で、挑発的な行動をとる。

 だらだらとポケットを弄り、スマホを取り出す。

 

「うわっ、鬼電来てるし」

 

 通知履歴が応答なしで溢れかえっている。

 が、電話はせずメッセージ一本だけを返す。

 

 ブーっ、とバイブ音が鳴り、一度消したスマホの画面が再び点灯した。

 メッセージを見た仲間がまた電話をしたようだ。

 

「…………」

 

 名前を見て黙り込む少女。

 マスクで目元が見えないが、口の形から全体的な表情が思い浮かぶ。

 

 すごーく、いやそう。

 

 電話する暇がないとか、電波障害とか、そんな正当な理由でなく、ただ出たくない気分(それも理由としては正当だが)。

 

「くそー……出てやるか」

 

 ゆっくりと応答マークに指を近づけ、カッ、とタップする。

 

「なにー?」

 

 ガンッ、と鉄が激しくぶつかり合う音。

 吹き抜ける風と奇襲をものともせず、少女は通話相手に勘繰られぬよう普段の声で開口した。

 

「うん、今丁度、っ、着いたとこ」

 

 ブラックの拳や火吹き、電撃攻撃を不思議と華麗に回避して通話は続く。

 

「それで? うん……うん。え〜、またぁ? そうだけどさぁ〜……」

 

 華麗な回避、見事な受け流し、完璧なステップでブラックの奇襲から始まった猛攻を全て躱す。

 ヒラヒラとひらめく布のような動きでありながら、斧で受ける際に籠る力の強さ。

 そのギャップが恐ろしさをより鮮明に心に刻む。

 

 トワもるしあも、関われないと口をつぐみ、黙視するのみ。

 たまにチラッと2人にも視線が向けられるが、気付かないふりをした。

 

「あーはいはい、分かりましたよ、もう〜」

 

 口元を変に曲げて結局了解の旨で答える。

 ブラックは鼻白みながら必死に猛攻を続けている。

 

「……ん? タイマー? スマホでいいならあるよ」

 

 ふと、奇妙で場違いな単語が聞こえる。

 

「あー、そっか、そういや出れんわ」

 

 少女の周囲が炎で包まれる。

 全身が赤く照らされ、初めて少女の姿形が鮮明になる。

 が、暗闇の中に見えた姿とほぼ同じ。

 影の反映から案外胸が大きいこと、仮面がどこか見覚えあること、外見ブラックの攻撃を無視できるような装備でないこと。

 挙げられる点はこれくらい。

 

「で、えっと……54分61秒? 55分1秒って言えや……。いや、知らんがな。普通その計算できたら60秒を1分に直すくらい余裕だろうがって!」

 

 周囲から徐々に迫り来る炎も熱気なんてないように、通話相手に文句を垂らす。

 肝が据わっていると言うより、ブラックを敵と見做していない。

 

「はいはい……んー、じゃ、通話切ったらタイマーね、はーい」

 

 通話が切れ、スマホ画面が一瞬暗転する。

 再度点灯させてタイマーを開始。

 1からカウントを始め、数値がどんどん増えてゆく。

 

「ねえ、臭いんだけど――」

「爆破!」

 

 火で描かれた円形。

 その中央に少女。

 

 ブラックが側の車を幾つかガス漏れさせ、ガスを蔓延させる。

 臭いが立ち込め、やがて爆発する。

 

 爆煙と燃え盛る炎が立ち昇り、轟々と威力の大きさを暗に示す音を響かせる。

 

「大愚、舐め過ぎだ」

 

 バチバチと弾ける音に変化する炎。

 火の粉が舞い、煙は空へと消える。

 

 煙幕が昇れば、中央には少女の無惨な姿があるべきだった。

 

「何となく分かるでしょ、効かないんだってばー」

 

 暗黒が明るみから姿を表す。

 炎を突き抜けて、ゆっくりと。

 まるで、ぬるま湯にすら感じていない。

 

「……燃えてるけど」

「え……? あぎゃぁぁ! 服が、服が! 折角のおニュー品が! あっ、ちょっ、ちょっとだけ熱い! うぁぁぁぁ!」

 

 るしあの小声のツッコミで、初めて服の裾がチリチリと焼けていることを知る。

 悠然と強者の風格を保っていた少女は、突如として喚き散らし、駆け回る。

 火元をパンパンと手で叩き、消火に躍起になる。

 

 数秒で、服は完全に消化された。

 

「はぁ……はぁ……何が頭脳だよ! この欠陥品!」

 

 怒り狂い、何かをペチンと地面に叩きつけ八つ当たりする。

 パキッと、プラスチックか何かが割れる音が響いた。

 

「あ………………」

 

 怒りが残る時間は比較的短い。

 長くて10秒。

 スッと興奮が収まると、突然冷静になり、壊してしまった「欠陥品」を急いで拾い上げる。

 

「発覚、正体はそれか」

 

 攻撃無視の絡繰が衝撃的な展開から白日の下に晒される。

 強者感は一気に喪失し、阿呆のレッテルが少女に貼られる。

 

「は⁉︎ 違うし! 全然違うし!」

 

 絶対にそれだ。

 

「単に沙花叉が強いだけだし!」

「拾得、貴様の名前だな?」

「は、べっ、ちがっ、沙花叉ってのは……沙花叉だし!」

 

 もはや自ら暴露していく少女。

 流れから、名前は沙花叉と言うらしい。

 

「暗殺者は普通名乗らないんですぅ〜」

 

 何を言っているのやら。

 支離滅裂として、いよいよ少女の評価が難しくなる。

 

「存外、貴様の秘密結社も大したものではないのかもな」

 

 ブラックの示した評価に、内心トワもるしあも同意した。

 

「憶測、その様子だと貴様らの総帥とやらの目指す野望も、世界征服だの何だのと、どうせ子供のような抽象的で下らない夢なのだろうな。語るだけは自由だが、時期思い知るだろう」

 

 冷笑が少女――沙花叉に浴びせられる。

 大言壮語を吐く、夢だけ大きな者をバカにするその目。

 夢はでっかくと言いがちだが、それは確かに愚かなこと。

 裁量に合った夢、目標を掲げ、現実的な進路を歩むもの。

 

「はい、ライン越えー」

 

 沙花叉が少し醒めた表情でブラックを見透かす。

 

「うちの総帥は確かにキッズだし、変でキモいけどさ」

「なんか可哀想……」

 

 沙花叉の上司への評価にるしあは同情した。

 総帥とやらが、どれほどな人間なのか、気になる。

 

「いいやつだよ、沙花叉の事部下にしてる時点でさ」

 

 割と自己評価の低い沙花叉。

 そういえば、彼女の秘密結社は全部で何人構成で、沙花叉はどの地位にいるのだろうか?

 

「教戒、部下の失態は上司の失態。使えん部下の上司の力量など、高が知れている」

「じゃあ、ちゃんとお前をお掃除できたら、その汚名返上くらいはできるか」

 

 少しばかり溢れる怒り。

 ツボを刺激してしまったらしい。

 

 だが、ブラックも同じ思い。

 自分自身も失態を犯している。

 ここで負けては、カード名を持つものとして名が立たない。

 

「これでも沙花叉たち下の者は、総帥の野望を叶えようとか、思ったりしてるからさ。笑われて終わりじゃぁ、締まんないよねー」

 

 沙花叉がマスクにそっと触れた。

 マスクは掃除仕事の際に素性を隠すためのものであると同時に、沙花叉自身の意志の表れでもある。

 

「決戦、終わりにしよう」

「そんな大層な戦いにはならないと思うけど」

 

 トワとるしあは完全に置き去りにされ、この場は「ブラック」対「沙花叉」の構図が完成する。

 そして、トワとるしあは傍観者となる。

 

 第三勢力がこちらにとって利益になる行動を取るなら、介入の必要はないと判断した。

 

 そして、その決着は早いものだった。

 

 





 どうも、作者です。
 いやぁ〜、記念日ラッシュが大変な中ですが、根気の続く限り投稿は続きますよ。
 さて、今回は衝撃の展開、なんと沙花叉の登場でした。
 当初は登場の予定はなかったのですが、訳あってここで出ました。
 そのワケは、この章の最終話辺りの後書きで伝えます。
 あまりいい話じゃないですが。

 はい、では気を取り直して、次回は……再びバカタレサーカスへ。

 ではでは、また!


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72話 サーカス閉幕の咆哮が鳴り響く

 

 舞う粉雪。

 弾ける火花。

 鳴る地響き。

 光る照明。

 

 腐る地表。

 汚れる建物。

 笑う混沌。

 

 疾風迅雷、紫電一閃、電光石火。

 滔々と流れ行く刻と戦況。

 晴れることの無い暗闇に光を灯すバカタレサーカス。

 

 勝負の均衡は崩れることなく。

 笑うカオスは澱み蠢き。

 また笑う。

 

 回る曲芸。

 火の輪くぐりに、空中ブランコ。

 持ち合わせの無い闘争心で、翻弄する。

 

 巻いたツノ。

 マント靡かせ、快進撃のツノドリル。

 持たぬ闘争心を、腹の底から煮えたぎらせる。

 

 陰火よ、鬼火よ、猛火となりて。

 爆炎よ、業火よ、烈火よ、煉獄となりて。

 知らぬ命の灯火を、心に宿して焔となる。

 

 雪降る闇夜の白狐。

 吹き荒れる雪とその元凶はフブキと称し。

 積もる雪を、想いを、武器とする。

 

 

 戦場は眩く煌めき、暗闇を晴らそうとする。

 4人のバカタレ達が、Kという敵を前に依然として後退せず、猛攻を仕掛ける。

 蓄えている策略を放つタイミングも見計らうが、フレアから合図が出ることはない。

 フブキとわためより齎された一つの策。

 合図はフレアに託されたのだ。

 

「サッサ、ささっ。まだまだ続けよメリーゴーラウンド」

 

 寒暖の激しいショーの中、汗一つかかず軽快に猛攻や防衛を行う。

 

 フレアの炎槍に貫かれようと、フブキに氷柱にされても、わためのつのドリルを心臓に喰らおうと、ポルカの曲芸で首が弾け飛ぼうと、決して死ぬことなく果てのない再生を続ける。

 

「隙ひとつ作れない……」

 

 フレアが流れ落ちる汗を拭い、荒れた呼吸で呟く。

 首でも吹き飛ばせば、再生の数秒を稼げると思ったが……。

 

「首がなくても動くし、凍っても1秒経たずに壊しちゃうし」

 

 3秒以上の隙を作れなければ、合図が送れない。

 作戦を引き延ばすほど、勝利が遠のく。

 何か、捨て身でも何でも、隙を作る策略が必要だ。

 

「フブちゃん、何か策ない⁉︎」

 

 ゲームセンスの高さや普段の思考力、その他諸々からフレアは唯一頼りとなりそうなフブキを当てにする。

 

 ゲームは戦闘中やその直前にヒントをくれるが、実際には観察して探るしかない。

 一挙手一投足を注視し、自らの眼、耳、鼻、触、そして頭で情報を得て解読するのみ。

 しかし、それに徹する時間をくれる程、甘い敵ではない。

 

「今考えてる!」

 

 余裕のないフブキの力強い言葉にフレアは発汗が早くなる。

 

「ワタシを耐え忍ぶも、やるね、なかなか、キミたちも」

 

 捻り潰したいほど見飽きた鬱陶しい微笑の深みが増し、大量の触手が暴れ始める。

 

 それぞれのメンバーを、数本の色褪せたような小汚い触手が襲う。

 

 フブキは身体とは異なり変温が難しい触手を凍らせ全力で蹴る。

 衝撃を分散できない凍った触手は、蹴り込まれた部分でポッキリと折れる。

 それを数度繰り返し、自分の周囲のものを殲滅。

 

 フレアは立て続けに回避。

 ある程度一箇所に触手を集め、巨大な火柱で焼き払う。

 

 わためは能力で加速して回避を行う。

 Kは目で追えるが、触手が速度で追いつけず途中で諦める。

 そして、数多の蠢く物どもを掻き分け、わためは死角からKに突撃を仕掛けた。

 が、K本体の動きは素早く、安定した動きで掠ることすら無かった。

 

 ポルカはホロメン誰しも見覚えのある盾を現出し、一度身を守る。

 その盾は、触手からの腐蝕で徐々に腐って行く。

 しかし、幾らKと言えど、無限に攻撃は続かない。

 乱れる攻撃が止む僅かな瞬間、現出物を盾からブレードに変更。

 こちらもまた見覚えがある。

 その剣で両断を繰り返し、微塵にしてしまう。

 

「ヒヒッ、やめじゃやめ! わしゃぁもうトヘトヘだ」

 

 触手が突如焼き切れる。

 溶けるように蒸発し、無防備なKが4人の視線を一身に受け止めている。

 

 易々と与えられた絶好の機会。

 きっと罠だ。

 けれど、仕掛けるなら……。

 今!

 

「コンスト・レイン」

 

 Kを中心に竜巻が発生。

 いや、竜巻に見えるが、ただの吹雪だ。

 真っ白に渦巻く雪の嵐がKの視覚、聴覚、嗅覚を妨害し、更に行動をも制限する。

 舞い散る雪が中心のKに纏わり付き、体温と体力を奪う。

 

「ひょぉ?」

 

 パタリと収まる吹雪の竜巻。

 晴れた暗闇に、背後から迫る羊が一頭。

 

「つ・の・ド・リ・ル、『衝』!」

 

 背後を取られ対処ができないK。

 背に直撃したツノが突き刺さり貫通、そして勢いのまま正面に吹き飛ぶ。

 わためのツノが似合わない鮮血に染まる。

 

「頼むよポルカ!」

「おうよ!」

 

 フレアの掛け声にポルカは姿勢を正す。

 見様見真似の踏み込み、構え。

 飛んでくるKに現出した金属バットを全力で振るう。

 

「ポルカ特大ホームラン」

 

 偶然にもバットの芯下に直撃したのは顔面。

 特大ホームランの如く上空へ打ち上がる。

 とは言え、何故かほぼ真上。

 いや、わざと真上になるようにした。

 本当に狙い通りに打ち上がったのは、正直奇跡だが。

 

 さあ、これで3秒以上の隙ができる。

 

「フレア!」

 

 ポルカの掛け声に応じるように、フレアが炎槍を構える。

 天空に向け、打ち放とうと――

 

「なぁんてね」

 

 4人それぞれの視覚外から触手が襲う。

 わため以外の全員が回避できず、攻撃が直撃。

 強力な薙ぎ払いがフブキ、フレア、ポルカを弾き飛ばし、壁へ激突させる。

 

「みんな!」

 

 間一髪、能力差で回避したわためは剣幕に表情を暗くし、思いきり叫んだ。

 

「よくもまぁ、うまく避けたもんだネェ?」

「っ!」

 

 わためは背後から、混沌とした感情に圧迫される感覚に苛まれた。

 真後ろに、Kがいる。

 天空にも、打ち上がったKはいる。

 ……つまり。

 

「2人……!」

 

 不可解な笑みがわためを見つめる。

 

 冷静に考えれば、絡繰なんて大層なものはない。

 だが、ずっとその手を隠されて、意識していなかった。

 

 相手は細胞を自在に操る。

 分裂も、破砕も、促進も、抑制も、何もかも。

 分身体なんて、作れない方がおかしい。

 

「ぐっさり!」

 

 わためを囲った触手が串刺しにすべく押し寄せる。

 貫通する効果音を口で発し、Kは不可解な笑みを深める。

 

「わため……! だいじょぶ……か!」

 

 強襲に介入し、ポルカが一撃必殺を防ぐ。

 

「ポルカちゃん」

「わため……悪い……もう、保たん……」

 

 盾で無理矢理押さえているが、圧倒的な力量差に屈するのも目前。

 婉曲的に逃げろと指示を出した。

 

「ファイアブレード!」

「コンデンスフリーズ!」

 

 ポルカとわためを襲う触手が焼き切れ、凍りつき砕ける。

 全ては破砕しきれないが、耐え切れる程度まで力は弱まった。

 

「ふーたん! フブちゃん!」

 

 瓦礫が巻き上げた煙幕から血を流して立ち上がる2人の仲間に、わためは感銘を受ける。

 ポルカの冷や汗と垂れる血も、一瞬、流れが止まる。

 

「大敵は油断だよ、油断は大敵だね」

「しまっ! うわっ!」

 

 フブふれの寒暖攻撃を耐え忍んだ触手が、盾を構えていたポルカの足を捕らえた。

 そのまま宙吊りにされ、振り回され、視界が旋回する。

 世界がメリーゴーランドのように――否、超速で回るティーカップのように回転する。

 酔いに耐性はあるが、何も見えず、抵抗できない。

 

「ぺしゃんこ潰れてさあ大変。引けや幕引き、幕弾けサーカス」

「「「ポルカ!」」」

 

 投函され、眼にも止まらぬ速度で壁へ激突……する直前。

 事態は大きく好転する。

 

 ――――――――。

 

「ナイスタイミングだろ! 後輩!」

 

 ――――――――。

 

 ポルカをその腕で見事にキャッチしたのは、レジェンドドラゴン、桐生ココ。

 

「会長!」「「ココちゃん!」」「ココち!」

「ワレの自由を妨げる。ソナタは自由にナレルカナ」

「私ぁ不自由じゃねえから、そんだけで十分だ」

 

 蠢く触手が猛烈な勢いでココとポルカを襲う。

 飛行能力のあるココは空中を旋回し、回避を重ねる。

 火を吹いて触手を焼き、一瞬掴まれようともパワーで引き千切る。

 次第にKの狙いが完全にココ1人となる。

 

「オラ、後輩は下がっとれぇ!」

「どぁああああっ!」

 

 ルーナのように、ポルカを投げ飛ばすココ。

 ポルカの絶叫が流れるように広がり、遠ざかる。

 パシッ、パシッ、とポルカの手をキャッチする2名。

 

「え⁉︎ すいちゃん⁉︎ かなたん⁉︎」

 

 右手を取るのはかなた。

 左手を取るのはすいせい。

 遥か高所から飛来するポルカを、すいせいは星に乗り、かなたはその羽で空を飛び捕まえる。

 

「先に行け! オメエら!」

「待って会長! ポルカまだ――!」

「足怪我してんでしょ!」

「そうだよ、ポルカちゃんの得意な援護も、ここじゃもう活用できない」

 

 今絡め取られた足は酸で焼けており、目立った火傷痕がある。

 ココとポルカを交代させるように、すいせいとかなたは、ポルカをぶら下げてスタジアムへと飛んで行く。

 

「サーカスガールのお帰りに、ドラゴンガールの登場かい? カオスだよカオスだね」

 

 Kの背に羽が生えたかと思うと、空中へ飛び出す。

 ココに対抗するために、飛行能力を獲得させたのだ。

 

「ココち、気をつけて! その人、訳わかんない事ばっかだから!」

 

 空中戦を開幕させられては、手出しできない。

 

「隙を作りゃぁいいんだろ。最強のドラゴン舐めんなよ」

「それはこちらのセリフです。地べたを舐めさせてやります」

 

 聞き覚えしかないセリフばかりがフレアの耳を刺激する。

 少し用途や意図は異なるが、セリフは完全なるパクリ。

 ……いやいや、そんな事、どうでもいいか。

 

「ちょっと本気(マジ)でいくぞ」

 

 不思議な瞳が輝く。

 不可解な笑いが響く。

 

「カオスフィールド」

 

 腐敗臭を含めた暗雲が立ち込める。

 暴力的な数の触手があらゆる場所から蠢き、湧いて出ている。

 

 Kよりも高所でその光景を俯瞰するココ。

 拳を強く握り、一瞬目を瞑る。

 その一瞬の直後には、降下を開始。

 一直線にKへ。

 

「オラオラオラオラオラ!」

 

 触手を力で捩じ伏せながら猛進。

 ドラゴンファイアで燃やし、更には――

 

「雷鳴!」

 

 落雷までも発生。

 高電圧により触手は焦げてスミとなる。

 雷は、Kへの数少ない有効手段。

 

「ビリビリ痺れる。これは恋?」

「キッショいこと言うな、それは負けへの恐怖心だよ」

「負ける、私が? いつここで?」

「はっ、わっけわっかんねぇ言葉使いやがって! んなことどうでもいいからよ、男なら拳でタイマン張れやぁ!」

 

 もはや触手は無力化され、ココとKの拳が空で横行する。

 殴り合いではココが数枚上手。

 やがて、ココのパンチはKを抉る。

 

「テメェが、地面でも舐めてろぉっっ!」

「がひっ!」

 

 天から垂直に地面に叩き落とす。

 翼を剥ぎ、汚い顔面に強烈なパンチを。

 

「やった!」

「雷鳴!」

 

 オマケに落雷がKを標的に発生。

 Kを中心に地面に電気が流れる。

 

「今っす、フレア先輩!」

 

 地に落ち、感電したK。

 今が、3秒以上の隙だ。

 

「花火!」

 

 炎槍を天空へ放つ。

 遥か上空へ飛び去る一本の槍が、空で華麗に破裂。

 一つの花火が打ち上がる。

 

 これが合図だ。

 

「「「後は任せた!!!」」」

 

 ――だから――

 

「「「後は任せて!!!」」」

 

 シオンの魔法が超遠隔で発動し、選手交代。

 場面は大きく反転し、勝利へ突き進む。

 





 どうも、作者です。
 中々決着つかなくて、焦ったいですか?
 私もです。
 ですが、そんなあなたに朗報です。
 なんと、次回はとある一戦に終止符が打たれます。
 どこでしょうねぇ。

 いやぁ、しかし、8月に追い上げてこの章の完結間近までは行きたかったのですが……全くもって不可能ですね。
 致し方ない、9月中には完結を……。
 だって、holoXだってENだってIDだって、のどかさんだって出てないのに。
 溜め込んだストーリーが、あんな味方やあんな敵まで考えて、こんな伏線も張ってるのに。

 この小説、終わるのかな?

 なんて言うと貴重な読者が減ってしまうので今のは見なかったことに。
 では、また次回。


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73話 ホロライブの龍

 

 シオンの魔法で場所替えが発生した。

 

 利便性の高い魔法だが、コストが重く、使用回数は限られる。

 3人同時ともなれば、殊更。

 条件も色々とある。

 場所替えを行う対象2人の距離が1km圏内である事。

 生きたヒト同士でなければ行えない事。

 相手を「十分に理解している」事。

 

 そして、最も重要で困難な条件が、魔法を扱う者……この場合、シオンが対象の居場所を完全に把握している事。

 分かりやすく言えば、対象を一度に視認している事。

 

 この条件をクリアして、場所替えが発生した。

 

 もう、シオンの力は頼れない。

 

 ここで、終わりにしなければ。

 

 

 

          *****

 

 

 

 対クラブ。

 

 切り替わる風景に、全身が昂る。

 一瞬、魔法の作用か何かで、全身に圧力がのし掛かる。

 ポタポタと垂れる鮮血がコンクリートを濡らす。

 Kに貰った傷が唸り、体が悲鳴を上げている。

 

「確固不抜の精神、よって初志貫徹か。俺としちゃ、隔靴掻痒(かっかそうよう)な展開だが」

 

 自分を囲う相手が変わり、数秒間硬直してしまう。

 そして、やがて口を開くとそんな言葉が出ていた。

 3人のうち2人は既に負傷が目立つ。

 が、揺るがない瞳が、クラブを焦点としていた。

 

「ココちは……居ないみたいだね」

「こっちが4人で、向こうが3人だったからかな」

 

 ココのお陰で作戦が遂行できた。

 そのココは、未だ向こうの空でKを見下ろしている事だろう。

 

「まあ……アイツじゃなければ、勝てる!」

 

 フレアがグッと腕に力を込める。

 握り拳の中に炎槍が生まれた。

 Kでなければ、バカタレは勝てる。

 

「業火の槍跈」

 

 初撃は必殺技とフレアの中で定められた掟。

 握る槍がクラブへすっ飛んで行く。

 クラブは向けられた矛先を直視し、周囲を確認。

 フブキもわためも、構えていた。

 

 槍がクラブの足元へ突き刺さる。

 

「何だ?」

 

 命中しない炎槍が数本、クラブを囲うように放射。

 赤く輝き、その槍は爆破。

 クラブを中心に形取られた円が火柱を上げる。

 

 普通なら、熱さに悶え、悲鳴を上げるだろう。

 

吃驚仰天(きっきょうぎょうてん)、危機一髪。気炎万丈なことで」

「おいおい、ウソでしょ」

 

 フレアは堅苦しい薄ら笑いを浮かべた。

 回避できるはずがなかった。

 常人の動きでは当然、槍が爆発した瞬間には中心にいた。

 あの短時間では、わためのような能力でも避けれない。

 

「コンデンスフリーズ!」

 

 一面に粉雪が舞う。

 残り火でダイヤモンドのように輝く雪が、グッとクラブへと集まる。

 唐突に集結し、氷結の圧力でクラブを抑えようとした。

 

「多芸多才なチームだな、お前らも」

 

 凍てつく冷気の濃縮で、クラブを凍結させたはずだった。

 なのにどうして……。

 

「どうやって!」

 

 K以外には勝てると、なぜか慢心があった。

 しかし、蓋を開けてみれば、攻撃一つ当たりそうもない。

 フブキの背筋を凍りつくように冷たい汗が流れる。

 

「ふんっ!」

 

 わための突撃。

 はずれ。

 はずれ。

 はずれ。

 

「電光石火の羊とは」

 

 俊敏な畜生を雑に避けるクラブは、白けたツラをしていた。

 

「つのドリル!」

 

 血濡れたツノを正面に向け、クラブに突進。

 ここまで来れば、当たるなんて思わない。

 

鶏鳴狗盗(けいめいくとう)

「い″っ″っ!」

打草驚蛇(だそうきょうだ)

「ぐぅ″っ!」

 

 つのドリルを回避したクラブは、わための勢力を自分の力に変える。

 勢いのまま向かいくるわための、腹部あたりに回し蹴りを強めに打ち込む。

 衝突する力に火力は増加、鳩尾は外れたが、吐瀉物が迫り上がるような不快感と激痛が全身から押し寄せる。

 動きの止まるわために追撃の回し蹴りがもう一本。

 脇腹を蹴り抜く回し蹴り。

 わためは力任せに吹き飛んだ。

 

「「わため!!」」

 

 コンクリートを擦り、僅かに砂塵が舞う。

 服の一部が焼けていた。

 

 腕や脚、頬などを擦り剥いた。

 普通の傷よりも痛い。

 幸いにも意識はあるし、骨折までは至ってない。

 

阿爺下頷(あやあがん)呉下阿蒙(ごかのあもう)

 

 意味を知らない四字熟語が連ねられる。

 地に伏して、患部を押さえるわため。

 脳がチカチカする。

 

「人海戦術さえ関係ない。慎重居士も滑稽ながら、暴虎馮河もまた愚行」

 

 わためだけでなく、これまでに対峙した者全員を嘲る物言い。

 勇猛果敢に立ち向かおうとしたあの意気込みはどこへやら。

 戦意喪失とも言える意気消沈具合。

 歯軋りしても、強く噛み合わせた歯が痛いだけ。

 

「もういいか?」

 

 クラブは呆れた目でフブキとフレアを直視した。

 視線を返すが、強気になれない。

 負けないと分かるのに、勝てるとも思えない。

 まるで頭がこんがらがる。

 

「おうおう、しけたツラになってんなぁ、パイセンに畜生」

 

 天から声が舞い降りた。

 羽ばたく風と音。

 目の当たりにするまでもなく感じる圧倒的存在感。

 わざわざ、ここまで援助に来てくれたのか……。

 伝説のドラゴンよ。

 

「あれだけで帰っちゃぁ、バカタレドラゴンズの名が廃れるんでね」

 

 シオンの魔法発動圏内であることから、距離にして約1キロほど。

 ココは豪速で飛んできたようだ。

 

「分析してください。近接戦、仕掛けるんで」

 

 クラブのほぼ真正面に降り立ち、拳と拳を打ち合わせる。

 橙色に煌めく鱗の装甲が甲高い音を響かせた。

 

「所詮お前も竜頭蛇尾に終わるんだろう?」

「あぁ? 意味わかんねぇこと言ってねぇで、拳握れや、ラッキー野郎」

「……?」

 

 ココが尻尾を揺らして駆け出した。

 何の変哲もない一直線な拳一発。

 小細工のない顔面破壊をクラブは命中直前で、消滅するように躱す。

 

「オラァッ!」

 

 ココの横に移動したクラブ。

 今度は硬い鱗を纏わせた尾を振り回す。

 また消えた。

 

「スゥー、フゥー!」

 

 距離が開き、今度はドラゴンファイア。

 龍の炎が正面の物を焼き尽くす。

 

「おっ、と」

 

 いつの間にか、クラブはとある建造物の壁際まで来ていた。

 

「逃げんなや三下ァ!」

 

 ココの正拳突きが壁を穿つ。

 

「つのドリル!」

「ん?」

 

 突然、このタイマンに横槍が入る。

 わためだ。

 脇腹や腹部の痛みを我慢して、渾身の突撃。

 しかし、空を切る。

 

「いいぞ羊! 追い込みじゃ」

 

 ココとわためで懸命に詰めて行く。

 いや、詰めれてはない。

 だが、攻撃の隙は与えず、兎に角回避を連続させる。

 フブキとフレアの慧眼が、ゲーム脳が、ここで上手く発揮されることを願って。

 

 幾度も繰り返す拳、つのドリル、回避。

 重ねて重ねて、訪れる変化。

 

「ドリル!」

 

 わための衝突攻撃。

 案の定、掠りもしない。

 だが、その時、

 

「しまっ……!」

「おわっ、んだオラァ!」

 

 回避先でクラブとココが軽く接触した。

 咄嗟に手が出るが、ココのパンチは結局当たらない。

 隙のように見えたワンシーンに成果を上げることはできなかった。

 しかし、これだとばかりに、不敵に笑う者がいた。

 

「わため、こっちへ!」

 

 指示を飛ばすのは、笑みを絶やさないフブキ。

 思考がさっぱり分からないけれど、わためは喜んでフブキとフレアのもとへ。

 

「コンサートスノードーム、オープンザドーム」

 

 ココとクラブをスノードームが覆い、そのドーム部分の天井が崩れる。

 つまり、巨大な雪壁が2人を限定空間に閉じ込める。

 

「フブキ先輩! 私はどうすりゃ!」

「変わらず拳で!」

「うっす!」

 

 壁越しに大声を張り上げ、言葉を交わす。

 見えない表情が思い浮かぶ。

 フブキもココも、笑っている。

 

「フレア! あのドーム内の中心以外に槍を降らせられる?」

「え? えっと……中心って……どれくらいの大きさ?」

「2人が殴り合える、小さなファイトリングになるくらい」

「やってみる」

 

 フレアは槍を構えた。

 

万火(ばんか)・不知火」

 

 夜空へ打ち上げた炎槍が、煌びやかに瞬く。

 そして、爆発するように弾けると、大量の火矢がドーム内を襲う。

 

「フレア、この攻撃を絶やさないで」

「はいよ!」

「フブちゃん、わためは?」

「……わためは、いるだけでいいんだよ!」

「ひどいよぉ!」

 

 惨めな気持ちになりながら、涙を滲ませるわためは実に悲痛だ。

 しかし、残念ながら、この状況にわためは相応しくない。

 わためは身体能力が高いわけではない。

 近接バトルは、本来は管轄外。

 ココ1人に任せる方が無難だ。

 

「これで……攻撃が当たるはず」

 

 フブキが脳内でどんなシミュレーションをしたのか、ココは知らない。

 だが、大先輩がこれで殴れると言うなら、正面衝突するしかない。

 

「絶体絶命、緊急事態」

 

 窮地に陥ったと遂に実感したクラブが、顔を引き攣らせている。

 何故これで避けられないのか。

 フブキとクラブだけが分かる。

 

「よう分からんが……やっと真面にタイマン張れるなぁ? ラッキー野郎」

「……意味不明なあだ名だ」

「ああ? クラブだろ? 幸運、つまりラッキー野郎だ」

「ああ、そういう……」

「んなこたぁいいんだよ、オラっ、身構えろ!」

「ちっ!」

 

 ココのストレートパンチが、ガードした腕に直撃。

 後方へ押し飛ばすことに成功。

 

「本当に当たるんだな」

 

 降り注ぐ火の雨の中、ココは明るくニヤけた。

 

「生半可な気持ちで来んなよ、こちとら、ホロライブの龍やぞ」

「……ふっ、喧嘩上等」

 

 観念するように闘志が燃え上がる。

 クラブとココの腕力勝負。

 一騎討ち。

 

 面倒クセェ、洒落クセェ。

 ガードなんてイラねぇ。

 

「うおおおおぉっ!」

「だああっ!」

 

 ぐっ、がっ、ぢっ、だぁっ。

 ごぼっ、ぐはっ、がっ、うぶっ。

 

 鳩尾に、脇腹に、頬に、鼻に、至る所に拳をぶつけ、ぶつけられ。

 血を噛み、傷を舐め、ただ殴る。

 

「がほっ……」

 

 顔面に放った一発が重く、クラブが大きく仰け反った。

 倒れろと強く願うも、奥歯を噛み締めて、地面を踏み締め、起き上がる。

 その勢いのまま、ココの腹に返しの一発。

 

「ぐっ……」

 

 衝撃で胃酸が逆流する。

 必死に嘔吐を堪え、意識を保つ。

 アイドルとは思えない根性の闘いに、心が震える。

 

「ッラァッ!」

「ぐぶっ!」

 

 屈めた体勢から下顎にアッパーを繰り出す。

 クラブの全身が跳ね上がり、後方へ倒れる。

 痛みに表情を歪ませるも、また起き上がる。

 

「逃げてばっかの癖して、タフじゃねぇか」

「はっ、お前もな」

 

 互いに称賛し合う。

 お互いの硬さを評価している。

 その上で、まだ拳を交わすつもりだ。

 

「でも、これで終わりじゃ!」

「形名参同!」

 

 振り絞る、最大出力。

 ココは龍としての硬度を最大限に発揮して。

 クラブは、必死に鍛えてきた武術の成果を最大限に発揮して。

 

「「うおおおおおおおおおおおお‼︎‼︎‼︎」」

 

 両者、拳が頬を撃ち抜き、撃ち抜かれる。

 不細工な顔で拳を受け止める。

 そして同時に力が暴発し、お互いが壁まで吹き飛んだ。

 降り注ぐ火矢を吹き飛ばしながら雪壁へ激突。

 

 ココは、そこまで。

 だが、クラブは雪壁を突き抜け、壁外の建造物に強く衝突した。

 勢いのあまり、建造物の一部が倒壊。

 運良く生き埋めにはならなかった。

 

「はっ!」

 

 フレアは急いで技を停止、全ての攻撃を消滅させた。

 フブキもスノードームを崩壊させて消失、わためはココの元へ駆け寄った。

 

「ココち! だいじょうぶ⁉︎」

「私はいい! アイツはどうだ」

「え、えっと……」

 

 ココがわためを押し退けて、吹き飛んだクラブの側まで歩き出す。

 少し開いた距離をゆっくりと。

 それまでに、起き上がりはしない。

 

「…………」

 

 瓦礫の側に手を大の字に広げて伸びたクラブがいた。

 ココは無言で見下ろす。

 後ろで、バカタレ共も無言で見つめる。

 

「勝てたか……」

 

 胡座をかいて、ココがその場に座り込んだ。

 

「よかった……」

 

 わためも強く安堵の吐息を漏らして、その場にへたり込んだ。

 フブキとフレアはニッ、と笑ってハイタッチ。

 

「ふぅ……私は、こんななんで、一旦事務所に戻ります」

 

 ココは背を向けたまま、頬に手を当てて呟く。

 少し、血の味がした。

 

「あ、それならここで待とう」

「へ?」

「船が戻ってくるから」

「そうなんだ?」

「うん、スタジアムから事務所行って、全員回収してもっかいスタジアムに」

 

 その時にちょこ先生に治してもらう。

 これがいい。

 

「ならそうすっか」

「ところでフブちゃん、なんであれで攻撃当たったの?」

 

 戦闘が終了して落ち着いた所、わためがふと疑問を口にした。

 フブキに見えて、他の人に見えていないこと。

 

「あれはね、恐らく敵の攻撃を回避する能力。その中で私が気づいた弱点は二つ」

 

 人差し指と中指を立てて示す。

 中指を折り、まず一つ、と続けた。

 

「当てる意志のない攻撃には能力が発動しない」

 

 ココとの接触時に気づいた一点。

 ココに衝突の意志は無かった。

 だから、ぶつかってしまった。

 

「よくあれだけで気付けたね」

「まあ、ああ言う力のデメリットにありがちだから」

 

 アニメで得た知識の披露となった。

 フブキはそう笑って、フレアの称賛を恥ずかしげに躱す。

 

「もう一つは?」

「もう一つはね、回避先が一定圏内の完全ランダムであること」

「え、そうなの⁉︎」

「なるほど、道理で」

 

 わためとココは珍しい方向で対比的な反応をした。

 ココは拳を交える中で不自然さを感じていたのだろう。

 わためは、ほぼ完璧に回避する姿しか目にしていない。

 

「多分、回避能力で壁を抜けたり、空中に投げ出されたりはしないんだと思う。だから、雪で囲って、フレアの攻撃を当たらないように降らせ続けた」

「そうする事で、私が殴り合えるミニファイトリングができあがる」

「なるほどね、中でコイツが能力を使えば、あたしの火を浴びてどちらにせよ……って事ね」

「おー、すごいねぇ」

 

 今回、最終場面でほぼ蚊帳の外だったわためは、感心を素直に表し、パチパチと拍手した。

 それと同時に、何となくではなく、強くなろうと、本気で思った瞬間だった。

 

 

 かくして、バカタレドラゴンズはクラブに完全勝利を収めた。

 そして、戻ってくるはずのアクアマリン号を待ち続けた。

 

 

 

          *****

 

 

 

「なんか……余計にヤバくない⁉︎」

 

 ラミィは転移した先に待つ異常な存在を前に一歩足を引いた。

 アキロゼも同じ思いで口角を歪ませる。

 

「いや、団長ならいける」

 

 そう、この場所替え作戦の根本的な部分はこれだ。

 バカタレ共にクラブが倒せるかは半々と憶測を立てた。

 肝心なのは、このKに唯一対抗できるノエルをぶつけること。

 

「ほどほどなるほど、ヒッヒッヒ」

 

 奇妙な言葉が耳をつんざく。

 言葉を、声を、聞くだけで、身体の中を侵食されるような、蝕まれるような、不快感が迫り上がる。

 

「新たな使徒は君たちかい? フロートヘアーガール、アーマーガール、ブルーガール」

 

 アキロゼだけ、語呂の悪い呼称だ。

 

「さてはて君たちゃ、弱いのかねえ?」

 

 大量の触手が暴走する。

 まずは様子見。

 

 アキロゼは力付くで押し退け、引き千切り、踏み潰し。

 ラミィは、氷柱にして打ち砕き。

 

 ノエルはメイスで一発……

 

「ぐっ……!」

 

 触手に一撃を与えるとKは呻き声を上げ咄嗟に全ての触手を体内へしまい込む。

 唐突な撤退に、誰しもが驚く。

 

 そして、Kの顔を見て、更に驚く。

 

 Kの目に、初めて焦燥が滲み出ていた。

 これが本当に、フレアたちを苦戦させた者の有様か、と思えるほどの。

 

「奇しくも、ソナタのソレに囚われる」

 

 Kは数回後方に跳ね、距離を開く。

 そして、自身を大量の触手で覆った。

 

「分からんけど、弱点なんよね」

 

 ノエルは全力ダッシュで触手を殴りに行く。

 側にアキロゼもつき、後方にはラミィも控える。

 

「たぁっ!」

 

 ノエルがメイスを振り下ろす瞬間、全ての触手が消滅。

 空振ったメイスが力強く地面に打ち付けられる。

 コンクリートがひび割れる。

 

「あっ、逃げた!」

 

 そこにはもう、Kどころか、触手一つのカケラも残っていなかった。

 吹き抜ける、腐った黒い風が、臭い。

 イヤなニオイだ。

 

「しくじっちまったぁ」

 

 ノエルは気楽そうな声音でメイスを腰にしまいながら言った。

 アキロゼとラミィが周囲を警戒し続けている。

 

「多分もう居ないんじゃない?」

「なんで?」

「んー……勘」

「……でも、どっちにせよ、アレを野放しにしとくのはまずいんじゃ……」

「ん、激ヤバ太郎よ」

 

 Kがどこかで潜伏を続けている。

 そう考えただけで脳が焼き切れそうになる。

 

「でも、こっちから探すのは無理でしょ」

「そうだよね……」

「折角のチャンスだったけど……仕方なくないけど、仕方ない。スタジアム行こう」

 

 ノエルは落ち込んでも仕方ないと気持ちを切り替えスタジアムを指した。

 が、わためとフブキ同様、アキロゼがこの先の展開を説明し、ここで待機することが決まったのだった。

 

 





 どうも皆様、作者でございます。
 さあ、どうでしたか?
 今回でクラブを撃破、更にKとの激戦も突然の幕引き。
 しかしながら、代償を払った上でのこの結果はどちらかと言えば痛手。

 シオンの魔力がもはや虫の息。
 バカタレドラゴンズのかなりの負傷。
 かけた時間に対して、重要なKの取り逃し。

 この3つが今後どう影響するのか。

 次回は、スタジアム戦へ突入です。
 ロボ子さんの改造を終え、どんな闘いが幕を開けるのか。

 では、また。


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74話 絶望

 

 そらとロボ子は、ロボ子のセルフ改造を完了させ、漸く動き出す。

 

 スタジアム内の巨大鉄屑ロボット。

 その目前に備え付けられた台と、3つの石。

 空席となった台があと一つある。

 朱の石が鎮座するための空席。

 

 だが、残念ながら、そんなことはさせない。

 

「随分と遅かったな。聞くまでもないが、何しに戻って来た?」

 

 隠れず、堂々と姿を現すロボ子に、引けを取らず堂々と進み出るA。

 そらは一歩引いた位置で経過を見守る。

 未だに、Aの力を知らない。

 それが何よりの危険。

 

「勿論、石を取り返しに」

「ふっ、だと思っとよ」

 

 Aは鼻で笑って背を向ける。

 無防備に背中を晒して、巨大鉄屑ロボットへと向かう。

 

「取れるものなら取ってみろ」

 

 顔だけ振り返りロボ子をもう一度嘲笑う。

 

「ふっ!」

 

 ロボ子は台座へ駆けた。

 Aは台座から次第に遠ざかっている。

 この距離なら、足では負けない。

 

「無鉄砲にも程があるぞ」

 

 ガッ、と台座が全て地に埋まった。

 機械が通っているようにめり込み、蓋が閉まる。

 

「そんなつまらんやり方じゃなく、俺を直接倒してみろ。そうすりゃ、石なんていくらでも返してやるさ」

 

 Aは巨大ロボに続く階段を登る。

 搭乗席だろうか、階段の先は。

 

「尤も、如何にもポンコツそうな貴様と、この完全鉄製大型ロボでは、既に決着はついていると言えるがな」

「やっぱり、手動操縦式」

 

 ロボ子は巨大ロボを見上げ呟いた。

 あのロボットは外見からしても、自動で動くような賜物じゃなかった。

 しかも、ここに来た時に感じたあの電気信号。

 主電力が巨大ロボの背中に装着されている。

 主電力から放たれる電磁力で結合させた鉄屑の塊、それがこのロボットの正体。

 なら、その主電力を破壊すれば……。

 

「なるほどな、だからお前は一度撤退したのか。今はお前を電力で引き寄せられん。表面の部品を絶縁体に近い物と交換したのだろう?」

「知ってて逃したくせに」

「どうせ変わらんからな。時間稼ぎになると思ったんだが……」

「残念だけど、ウチの石は簡単に取れないよ」

 

 時間稼ぎの間に石が届く計算をしていたはずだ。

 だが、ホロメンは誰一人として引けを取ることなく、一定の成果を収めている。

 ロボ子はそれを知らないが、負けてないと信じている。

 

「もし、他の奴らが全員倒れたとて、俺だけは倒せんさ、貴様のような低能ではな」

 

 ロボット内部から音声が拡散されて聞こえる。

 わざわざ、ロボ子一人を対象として言葉を投げる辺り、やはり「そら」の内に眠る力を強く買っている。

 

「付け加えるなら、有能と思われるそこの歌姫候補も、今の様子からは力を微塵も感じない。危険な芽は早々に摘むに限る。少々手応えのない暴力になるが、まあ許せ」

 

 とうとう稼働を始める巨大ロボ。

 デカいくせして鈍間ではない。

 

「貴様を鉄屑にして、後ろの奴も塵にしてくれる!」

 

 巨大な腕がロボ子を狙う。

 見て動くようでは、到底逃れられないサイズ。

 ロボ子は懸命に駆けるも射程外へと飛び出せない。

 結局そのまま、潰された……。

 

「ロボちゃ……うっ……!」

 

 潰れる瞬間を目撃し、そらは声を張り上げかけ、遅れてくる風圧に飛ばされかけた。

 鉄の拳を中心に強力な風が起こったようだ。

 この風圧は強風級。

 台風の平均風圧ほどの強さだ。

 

「はっ、ブーストのない小型ロボなど相手にならん」

 

 ブーストとは何だろうか?

 火力エンジンのことか?

 確かに、ロボ子にそんな装備はない。

 

 持ち上げられる鉄腕。

 スタジアムの土屑がぱらぱらと舞い落ちる。

 

「ほう……?」

「地面が、柔らかいからね……っほ、ゴホッ」

 

 土煙の中に人影が浮かび上がる。

 煙が吹き消えた時、そこにはロボ子と、彼女の型に空いた穴が目に付く。

 

「この土が……柔らかい?」

 

 一般人のそらが屈んで土に触れる。

 スタジアムの土が、人の身体型に穴が空くほど柔らかいはずがない。

 そらの手にはザラザラとした土の触感と、押しても一切歪むことのない無弾力性が伝わる。

 

「小型故か、このサイズだと力が分散されてそうはいかない。意外な利点もある物だな」

 

 ロボ子はチラとそらを見た。

 最大の懸念点がそらの存在だ。

 そらには能力がない。

 特殊な力も、今のところ見当たらない。

 こんな化け物じみた敵でなければ、活躍の機会も多かったろうに。

 哀しきかな、この巨大鉄屑ロボ相手では、そらには太刀打ちできない。

 だが、ここで逃すにしても、一人投げ出すのは危険だ。

 

 先程ねねの放送があった。

 運が良ければ数名が助っ人に来るはず。

 そうすれば、もっと何か、コイツを討つ算段が立つ。

 

「あの放送に頼っているな? あれには俺も驚かされた。大方、ブラックがしくじったんだろうが……ま、何人増えようと、俺のこの結合じゃ、もう敵わなんさ」

 

 改造に時間をかけた事によるアドも、Aにすれば些細な問題。

 

「ボク一人じゃ流石に……」

 

 ロボ子はそらから一定の距離を保ちつつ、ロボとも距離を取る。

 まあ、ロボットとの間隔など、あってないものだが。

 

「後ろの女に気を遣っているようだが、意味などない」

 

 巨大な腕が翳される。

 

「分解」

 

 ロボットの一部が分解され、数多の鉄屑が宙を漂う。

 ロボ子の肌に感じるこれは、磁力だ。

 地面から、多少の砂鉄が浮遊していた。

 

「モルティステラ」

 

 分解された鉄は、Aの合図と共に豪雨のように降り注ぐ。

 攻撃範囲はスタジアム全域をカバーできる。

 ロボ子とそらを同時に範囲に抑え、鉄の星屑を燧無しに吹き飛ばす。

 

 ここで距離を取ったことが仇となる。

 ロボ子がそらを庇えない。

 

「くぅっ……!」

 

 ロボ子は顔を腕で隠して守る。

 しかし、それに手一杯。

 背後のそらは無防備だ。

 いくら鋼鉄のロボ子でも、勢力のある鉄屑の雨の中自由に身動き取れない。

 

 

 …………。

 

 

 そらの目には、世界がスローに見えた。

 脳が生き残る術を求めている。

 一つ一つの鉄屑が、鮮明に瞳の奥に投影される。

 隙がない。

 避けられない。

 身を守れない。

 何か、何か……。

 自分にできる事は……。

 

 鉄屑が、徐々に距離を縮めている。

 こんなに飛翔速度が遅いのに、体は動かせないし、頭も回らない。

 死を間近に控えている。

 

 走馬燈が脳内で再生されるけれど、殆どが、ここ最近の事ばかり。

 ホロライブに入った……いや、創った。

 初めての心優しい仲間と会社。

 初めての、輝かしいライブ。

 薄々とある、塔の記憶……。

 増える仲間に、心躍らせた時。

 初めての全体ライブで高揚感の抑えられない夜。

 続くライブ。

 仲間の涙に心を苦しめた数日。

 色々あった人生。

 明白に映る近年と、暗幕の掛かる遥か昔。

 そして今、この裏世界にいる。

 想う時間は無いが、メモリに残された想いが鮮やかになる。

 ここに来て、どうしたかったのか。

 まだ、終われない。

 夢がまだ、叶ってない。

 自分の夢も、仲間の夢も、ファンの夢も。

 誓った夢を、諦めきれない。

 生きろ。

 死ぬな。

 戦わなくていい。

 逃げなくていい。

 自分の力でなくていい。

 ときのそらには、戦う以外の、誰にも負けない、力がある。

 まだ人生ライブは、終わらない。

 

 

 ………………。

 

 

 現実に引き戻された。

 依然、目の前には鉄屑に覆われた空が広がる。

 生死の狭間に立って、そらは、心に誓う。

 みんなの夢を背負って、夢の舞台に立つ事を。

 

『ステキなユメだね』

 

 声が響いた。

 聞き馴染んだ声が。

 世界から? 心から? 脳から?

 どこから飛び込んできたのか、定かではない。

 でも、それは間違いなく、「自分自身」の声だった。

 正真正銘、「ときのそら」の唄声。

 

『ワタシもオウエンするよ』

 

 どこからともなく共鳴する「自分」の声に、そらは鼓舞された。

 激励された。

 

 胸の奥底から湧き上がる。

 彷彿と熱を帯びてゆく。

 これは、力?

 未知なるエネルギーが、全身を猛スピードで駆け抜ける。

 心地良い。

 

「……っ!」

 

 現実を目の当たりにした。

 降り注ぐ数多の鉄屑。

 眼前まで迫る鉄塊たちが巻き戻るようにAの元へ帰って行く。

 まだ、一つとしてそらには命中していない。

 何となく、好機と捉えて、そらはロボ子の背後まで走る。

 駆け出しと同時にまた、思い出したように鉄屑が放射された。

 

「背中借りるよ」

「えっ!?」

 

 ロボ子の影に隠れて、鉄の雨を凌ぐ。

 ロボ子には悪いが、最も近い雨よけがロボ子だったのだ。

 

「攻撃を、先読みした……?」

 

 Aはそらの未来予知のような行動の速さに驚愕する。

 ロボ子もそらの動きは信じられないと目を見開く。

 

「先読み……?」

 

 別に、先読みも何もない。

 だって、Aが勝手に鉄屑を引き戻して、また打ち出して……。

 

「まさか……!」

 

 巻き戻った?

 

「えいっ!」

 

 Aに手を翳してみた。

 何も起きない。

 バカに見える。

 

「……ふっ、偶然か」

 

 行動のタイミングが被っただけ。

 そう片付けて、Aは右腕を大きく振り上げた。

 

「撃てー!」

 

 ドドンッ!

 

 突如として、勇ましい号令と一つの砲撃が邪魔する。

 砲弾が大型ロボの右腕に命中し、破裂した。

 爆煙が上がるが、屁でもないように澄ました態度のまま佇んでいる。

 

「ぁ……!」

「……随分と、大所帯じゃないか」

 

 スタジアムの上空から影を落とす一隻の船。

 見慣れたマークが帆に掲げられ、あり得ない強風にはためく。

 いよいよ到着した、アクアマリン号。

 その船首で格好つけているのはマリン。

 片脚を乗せて睥睨するように巨大ロボに人差し指を突き立てる。

 大砲も、船首の設備だ。

 

「みんな!」

 

 ロボ子は天を仰ぐように見上げた。

 甲板から幾つもの影が飛び降りる。

 既に、船はUターンを始め、引き返そうとしている。

 

「「とう!」」

 

 まつり、はあと、あくあ、あやめ、おかゆ、ころね、ミオ、ルーナ。

 そして今ここにいる、ロボ子、そら。

 精鋭は計10名。

 

 あっという間に、船は旋回し、メル、スバル、シオン、マリンを乗せたまま事務所へと赴く。

 

「うひゃー、でっけぇ……」

「ロボットかっけー!」

「二人とも大丈夫?」

「ふう、今のバンジー怖すぎ」

「まだ10人か」

「アレって人なの?」

「石どこだでな」

「なんか、地面が大変な事にってない⁉︎」

 

 大人数でコラボした時、ホロメンの騒がしさは抜群だ。

 ここにその内10名が召集され、取り決まった纏め役は無し。

 喧騒を越える雑音がスタジアムで共鳴を起こし、耳から頭を掻き乱す。

 もはや、誰が何を言っているか、分からない。

 

「……聞くが、俺の仲間たちはどうした?」

 

 Aは喧騒に血圧を上げる。

 ロボットの操縦席で一人、勝手に頭に血を昇らせて怒気の篭った声を拡散させる。

 

「まつりたち、スペードやっつけた」

「ウチたちは、Qって人」

「あやめちゃんがJを倒したよ」

「あくたんはトランプだっけ?」

「しゅばたちと、ジョーカーC、捕まえたのら」

 

 Aは戦慄した。

 もし、倒せたとしても、精々J未満と踏んでいた。

 寧ろ、J越えのQ、トランプ、ジョーカーまでもが手に落ちている。

 

「……それで、その波のまま威勢良くここへ登場か? ヒーロー気取りか? こんな大勢揃って、ああ⁉︎」

 

 Aの張り上げた声が、拡声器を通してスタジアムを揺るがす。

 心臓に響く大音量の怒り。

 

「図に乗るなよ! 俺はAだ! 寄って集って潰せるほど、カスじゃねえぞ」

 

 地面に埋まっていた鉄屑が、ロボットへ集合する。

 電磁力が、付近の鉄を寄せ集め、我が身としていく。

 

「くっ! 待て……! い、く、な……!」

 

 あやめの刀までも吸い寄せられる。

 それをあやめは鬼神の力を解放して阻止した。

 

「ロボ子さん! そらちゃん! どうすればいい⁉︎」

 

 早速臨戦態勢へと入る両者。

 情報共有を求める。

 

「あいつの背中に動力源がある! ボクがそこへ行ければ、破壊できる!」

「ロボ子さんにしかできない⁉︎」

「分からないけど、ボクなら確実!」

「オーケー!」

「全員! ロボ子さんを動力源へ送るサポート!」

 

「「了解‼︎」」

 

 多勢に無勢、それが通用しないAに立ち向かう。

 一人の号令で、各々が散開し、自分の役割へと向かう。

 

「貴様らに、俺は倒せん! 思い知れ!」

 

 ロボの右腕が勢い良く引かれる。

 

「ポーダー・ディ・イエロ」

 

 隕石の如く、鉄拳が落下する。

 真下には、複数のホロメン。

 一部のものは、回避も間に合うまい。

 

「アクアフィルター」

 

 あくあが薄い水の層を空中に複数漂わせる。

 メンバーを守るように、水の層は拳の前に立ちはだかる。

 水から空気、空気から水への移動の繰り返しで速度は微かにだが弱まる。

 

「蜘蛛の巣」

 

 更に、水の最下層にはあとが赤い糸で巨大な蜘蛛の巣を構築。

 鉄拳は、蜘蛛の糸にかかり、減速。

 

 射程内にいたメンバーは、攻撃範囲から既に外れた。

 ただ一人……そう、あやめを除いて。

 

「鬼神一刀流、鬼門・閉」

 

 暴走する覇気を放出し、愛刀を力強く抜き取る。

 気魄、満ち溢れるその有様は、正しく鬼神。

 

 鉄拳が、地に落ちた。

 

 ピシッと、ひび割れるような弱々しい音。

 気付けば、柄に手をかけ、納刀したあやめが鉄腕の影に隠れていた。

 

「中々力強い覇気だが、制御できていないな。惜しいが、そんなんじゃ俺には傷一つつかねえ」

 

 Aは勝ち誇った声で片脚を軽く浮かせた。

 

「コソコソしてんじゃねえ!」

「うわっ!」

 

 背後に回ろうと身を隠しながら移動していたまつりたちに気づく。

 浮かせた足で踏み潰そうとしたが……

 

「あ? 足が動かねえ」

 

 その場には、ルーナもいる。

 ルーナに接触攻撃はできない。

 

「なら……」

 

 浮かせた足は、誰もいない所に下ろす。

 激しい風圧に吹かれる。

 

「モルティステラ」

 

 また、全身から鉄具が分離し、中空で漂う。

 標的は、地上のもの全て。

 

「みんな、気をつけて!」

 

 そらの叫びとほぼ同時に鉄の雨が押し寄せる。

 スタジアム内は射程内。

 回避の術はない。

 

「花車!」

 

 まつりが複数名を庇いながら、バチを振り回す。

 空を撃ち、弾ける花火が鉄を弾き返す。

 

「神風」

 

 あやめが刀を回すように振るう。

 飛び出す風の斬撃が、触れる鉄材を蹴散らした。

 

「繭玉」

 

 はあとが数名と自身を赤い糸の球で覆う。

 幾重にも纏った糸の塊は鉄の雨だろうと容易には崩れない。

 

「チクショ、やっぱこれじゃ火力不足か……ウゼェな」

 

 絶妙な具合に防がれ、舌打ちした。

 バラけた鉄材が、グッとロボの身体へと吸収されてゆく。

 

「タロットカード、正位置、No7、THE CHARIOT」

 

 ミオの一声に呼応するように、ロボ子の背が輝く。

 意味は、前進。

 

「ロケット花火!」

 

 更にその行動の隙間に、まつりが一本のバチを巨大な機体の顔面付近に投函した。

 まつりの腕力一つでは、決して届かない高さ。

 ロケット花火のようにバチの後部から小さなエンジンが噴射し、勢いに乗せてゆく。

 そして、機体の巨大な眼前で夏の風物詩が開花する。

 

「あ? なにがしてぇんだ?」

 

 チラと花火を見た。

 痒くもない、眩しくもない。

 鉄だから、引火もしない。

 

「ロボ子さん!」

「オッケー!」

 

 ロボ子は巨大重機の股くぐりを狙い駆け出した。

 今の花火一つで、Aのバランスも危険意識も揺らぎはしない。

 でも、ここで駆け出す。

 

「意味ねぇってんだよ!」

 

 怒れるAの巨大正拳突き。

 当たらずとも、風圧で弾かれる。

 これが続けば、道は開けない。

 

「アクアフィルター」

 

 水の膜を連ね、威力を殺していく。

 ある程度まで威力が下がれば、あやめの攻撃で更に速度を抑えられる。

 

「一刀流・鬼おろし」

 

 正面から衝突し合い、火花が散る。

 数秒間、その巨大な鋼鉄の腕を空中に止めることに成功していた。

 

「レッドストリング」

 

 はあとが硬質な糸を大量に放出し、滞空している腕を飛び越える。

 腕の更に上空を通過し、放物線を描いて地面へ。

 そこに待ち構えるは、この中では力のあるころね。

 

「持ったでな!」

「フレキシブル」

 

 簡単な単語一つ。

 その簡単な掛け声で、伸びた糸は収縮し、滞空中の腕を強引に地面へと引き落とす。

 多少の風圧はあるが、この風ならロボ子は耐えられる。

 

 軽い風に身を晒しつつも、前へ。

 ロボ子は地に落ちた腕に跳躍し、乗った。

 

「いっけぇー!」

 

 後方からの声援。

 これで、直接攻撃して来れば、自らの腕をも破壊する結果となる。

 

「稚拙だな。分解、変形」

 

 ロボ子が足を着いた腕。

 それを形作る鋼鉄たちが騒めき、震え、分解され……。

 動き回り、飛び回り、ロボ子を囲い圧縮する。

 

「ぐぁっ!」

 

 ロボ子は一瞬で手中に収まった。

 

「無駄な足掻きはよせ」

 

 顔だけ覗かせるロボ子の悲痛な表情に、機体内でAはほくそ笑む。

 それを予測して、そのロボ子もまた、苦笑する。

 

「無駄な足掻き? これでも?」

 

 ロボ子の姿が霞む。

 目に見えて、その身体のあらゆる部位が変化して、一人の別人がロボ子の身代わりとなって手中に収まっていた。

 

「ニセモノ……!」

「ただの……見間違いじゃない?」

 

 巨大な片手に絞められるのは、猫又おかゆ。

 花火を打ち上げた一瞬で、本物とすり替えた。

 なら?

 それなら、本物は?

 

「チッ」

「わっ……!」

「蜘蛛の巣」

 

 舌打ちし、おかゆを全力で捨てた。

 器用なはあちゃまが、おかゆを見事絡め取り、怪我はなし。

 

「本物は何処に……」

「テメェ! ぉヵゅに何してんだぁっ!」

「あ? はぁ⁉︎」

 

 計画、計算、算段。

 全く関係なく、おかゆに危害を加えかけたAへ制裁を。

 ころねの跳躍は、不思議と爆発的な威力を見せ、巨大ロボの腹の高さまで飛び上がる。

 拳を握り、目を赤く光らせ、全身から一つの拳にエネルギーを集中。

 ころねのワンパン宣言がまさかここで発揮は……。

 

「憑依神獣、しばきあげパンチング‼︎‼︎」

「ポーダー・ディ・イエロ‼︎」

 

 二つの対立する拳が、熾烈に衝突した。

 Aの鉄拳と激突したのは、正体不明をその身に宿したころねの拳。

 サイズ差からは想像もできない真っ向なぶつかり合い。

 数秒、ころねとAの力差は存在しないかと思えた。

 が、その数秒後、ころねが押され始めると、一瞬で後方に殴り飛ばされた。

 

「ころね!」

 

 誰の補助も間に合わず、ころねは目にも止まらぬ速度で壁に激突。

 

「ッ……‼︎」

 

 悶絶の声を上げる暇もなく、ころねは意識を削がれた。

 頭から流れる血が見えた。

 脳震盪が気絶の要因だが、何かが緩和剤となり、命は保った様子。

 壁にヒビを入れ、ころねがそこから地面に崩れ落ちる。

 

「ころねちゃん」

 

 それを抱き止めたのは、丁度後方待機していたそら。

 上手くはないが、ころねの容態を意識してキャッチできていた。

 

「……! ロボちゃん!」

 

 そらの、美しさ溢れる全力の叫びがスタジアムに木霊する。

 見えない、けど、見える。

 ずっと先……巨大ロボのうなじ辺り。

 高密電圧制御機器。

 それを捉えた仲間が。

 

 ころねとAの破壊の正面衝突で起きた強風が、ロボ子の被っていた帽子を吹き飛ばしてしまったようだ。

 よって、効果が解かれ、姿が露呈する。

 

 そう、あくあから借りた、陰キャップ。

 おかゆに自身の姿を投影させ、自身は視界から消える。

 この隙に、背後へと忍び寄り、ロボを登り、うなじ辺りの重要パーツを破壊。

 

「いつの間に……!」

「終わりだぁ!」

 

 Aの反応は一歩遅く、ロボ子の腕が数本のコードを握っていた。

 電流、電圧操作の核となるコード、それを引き千切った。

 

「……」

 

 静寂が流れる。

 

 …………。

 

「……止まった」

 

 巨大ロボの動作が停止し、静寂が長引く。

 

 これで、最大の脅威は消え去った……と、期待した。

 

「残念だったなぁ! そんな機械無くたってなぁ、この鉄人は動くんだよ」

 

 巨大ロボが再び息を吹き返し、胎動を始める。

 

「なんで! 機械の核はこれのはず!」

「ああ、それは間違いなく電気を流して機械を電力で作動させる小型機械だ」

「くっ、ならなんで!」

「それは俺が……電磁結合の能力者だからだ」

 

 ホロメンの顔に絶望が走った。

 

 

 戦いはまだ、終わらない。

 

 





 皆様、どうも、作者、です。

 さあ、今回でずって欠番だったロボ子さんとそらちゃんの戦い。
 更に他のメンバーも集結して、大詰め、に見えますが、どうでしょう。

 ロボの無力化、かと思えば再稼働。
 あやめの今の全力や、ころねの不思議な全力ですら攻撃を受け付けないあのロボを、どう攻略するのでしょうか。

 次回が、この章の最重要回です。
 遂に……あの人の覚醒?

 因みに、そらロボ以上に欠番の続いたあの人も、もうじき……。

 さて、それではまた次回。


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75話 0番

 

 絶望でしかない。

 

 パワフルなころねが、機材破壊の段階で気絶しダウン。

 

 J戦での消耗により、あやめは全力が出せても、あと2発程度。

 しかも、覇気を解放し続けられない。

 

 ロボ子がAに捕まり、数撃受けたのち、地面へ投げ飛ばされ、大きな損傷。

 

 おかゆの力のネタがバレ、Aはこまめに電磁波で人の位置を探るようになった。

 

 ミオのタロットも、有用性の高いものはもう無い。

 

 あくあの莫大な魔力も、その他のメンバーの魔力も、シオンの憔悴により間も無く貯蓄の限界へ。

 

 そらの力は、先刻以来、如何なる仲間の危機にも発動してくれない。

 

 初めての手詰まり。

 絶望と死の淵。

 

 

 

 Aは、酷く暴れ回るでも無く、この場のメンバーを制圧。

 もはや、誰一人抵抗する素振りも、気力も見せず、地に伏し、壁に埋もれ、天を仰ぐ。

 

「根性が足りてないなぁ」

 

 圧勝を見せつけて、Aはため息をついた。

 周辺に転がる生存者たち。

 息はあれど、意識はないものばかり。

 

「早く事を起こして正解だったな」

 

 もう一年、準備期間を与えていたら、ホロメンが勝利していた可能性は十分にある。

 急いては事を仕損ずる、と言うが、善は急げ、とも言う。

 今回の作戦は、後者をとって正解だった。

 

「石は持ってなさそうだな……」

 

 片脚を持ち上げ、複数のホロメンに影を落とす。

 早期に芽を摘む。

 つまり、殺す。

 この場の誰がどうなるか分からない。

 

「悪いが死んでもらう」

 

 踏み潰されれば、ロボ子でもない限り、死は免れない。

 受け方によっては、原型を留めない可能性もある。

 

「ん――!」

 

 そこへ、突如三つの光が突入。

 振り下ろした脚に自ら潰されるように潜り込んだ。

 

「ダイヤモンドクリスタル」

 

 足の着地点中央に、巨大なダイヤの踏み台が現出された。

 いくら力自慢の巨大ロボも、ダイヤ結合を踏壊すほどの怪力はない。

 足裏と地面とに空間ができ、倒れたホロメンたちはギリギリ潰されない。

 

「ティンクルダスト」

 

 大量の小さな星屑が、辺りに転がる意識のないものを入り口へと引き寄せる。

 

「みんな! みんな! 生きてる⁉︎」

 

 飛んでくる仲間たちに声を張り上げ、意識覚醒を促すのは、かなた。

 

「一足遅かった!」

 

 テンポの悪さ故に防げなかった仲間の負傷。

 すいせいが苦い顔で巨大ロボの顔付近を睨む。

 側にはポルカもいる。

 

「意識あるのはどれくらい!?」

 

 すいせいがAから視線を逸らす事なくかなたに聞いた。

 

「3人くらい」

 

 かなたは感覚で答えた。

 反応のあったミオとロボ子とはあと。

 耐久面から、ころねとあやめの復帰は早めに見込める。

 

「今更何人増えようと、結果は変わらん」

 

 Aの腕がすいせいとポルカに向けられた。

 

「そんな訳あるか! お前だってどうせ疲れるだろうが!」

 

 すいせいは一切の躊躇を見せず、Aへ突撃した。

 ポルカは逆に、かなたの方へと退がる。

 

「かなたん、ここは任せて」

「うん」

 

 ポルカが怪我人の防護、かなたが残りの怪我人の回収と立ち回りの交代。

 すいせいは一人でAの気を引く。

 

「だめ……! 逃げないと……」

 

 ミオが腹を抱えてよろよろと立ち上がる。

 その目に揺らぐのは、圧倒的な差から芽生えるAへの恐怖心。

 ミオはたった二つ格下のQを仲間と撃破した。

 その上でこの表情。

 本能が告げる。

 QとAとの差は、たった二つの階級では埋まらない。

 存在する階級の最大がAであり、甘んじてそこに座している状態。

 

「あやめの本気でも通用しないんだよ、あの装甲」

「あやめ先輩の剣が……⁉︎」

 

 この場の誰よりも力を持つ存在の全力で無傷。

 なら……勝ち目なんてないじゃない。

 

「だからって見捨てらんないじゃん!」

 

 すいせいが綺羅星に立ち、Aの周囲を飛び回る。

 能力の性質上、攻撃の際には一時停止をする必要があるため、難しい。

 

 たまに、星が回転し、すいせいが逆さまになることがあるが、足は星から離れない。

 どうやら、能力使用時のすいせいには特殊な『重力』が働いているらしい。

 

「ハエのようで鬱陶しい」

 

 Aは両腕ですいせいに攻撃を仕掛ける。

 しかし、あと数センチの所で回避する。

 そんな小競り合いが十数秒……。

 

 かなたが怪我人の回収に成功。

 

「すいちゃん!」

 

 もういい。

 一旦逃げよう。

 

「逃すと思うか?」

 

 すいせいの方向転換を妨害するように、スタジアムの観戦席から余った鉄材が飛翔する。

 その瓦礫が綺羅星に衝突し、すいせいは落下する。

 しかし、そこは見事に新たな星を生み出して、転落死を回避。

 勢いに乗せて避難。

 

「帰り道がねぇって話だよ」

 

 機械に使用されていない鉄材たちが、全ての入り口を塞いだ。

 電磁結合の能力で固まり、生半可な力じゃびくともしない。

 

「しまった、道が!」

 

 退路を断たれ、前方には無敵。

 こちらの抱える負傷者は山ほど。

 

「空からは⁉︎」

「この人数を一度には運べない! 往復にしても、無防備になったメンバーが危ない!」

 

 肝心な時にシオンが使えない。

 瓦礫を破壊できる唯一の存在であるあやめも、まだ起き上がらない。

 

「動けるメンバーで戦うしかない!」

 

 すいせいの号令で動いたのは、かなたのみ。

 ポルカは負傷者の防衛役として。

 ロボ子、ミオ、はあとは……。

 

「できないよ……」

 

 完全に心が折れている。

 立ち向かうどころか、抗う事にさえ、恐れている。

 

「かなたん!」

 

 すいせいが、ロボの脚への砲火を指示。

 かなたは拳を握り、すいせいは星屑を無数に現出させる。

 

「うおぉりゃぁ!」

「ティンクルダスト!」

 

 かなたの全力ストレートから放たれる風圧砲。

 すいせいの星屑砲。

 生身で食らえば後方に吹き飛ぶ攻撃。

 しかしそれは、この巨体にしてみれば、そよ風にすらならない。

 

「お前らも、絶望しろ!」

 

 すいせいとかなたの背後から、瓦礫が突如飛んできた。

 死角からの強襲に、2人は成す術なく撃たれた。

 

「っ――!」

「はがっ!」

 

 かなたの左翼が損壊し飛行不全、更に肩や脚への強打で骨にヒビが入る。

 すいせいは、運悪く脇腹付近に鉄パイプが突き刺さり、吐血した。

 2人の意識は一瞬だけ、世界から隔絶された。

 

「放送したやつを恨んで死ね」

 

 確実に避ける手段と力を失った。

 そこを狙い、巨大な右の鉄拳。

 回避はできず、4人の手も間に合わない距離。

 

 2人の脳裏に走馬燈がよぎ――

 

「おりゃぁ!」

 

 可愛く勇ましい咆哮と共に、塞がれた退路の瓦礫が破裂する。

 開かれた道から現れる1人の仲間。

 

「あ?」

 

 Aの手が止まった。

 ある程度の硬度を誇る結合を突破され、少々気が揺れた。

 

「ごめん、みんな、大丈夫?」

 

 舞い降りた救世主、その名は、桃鈴ねね。

 ここへの集合を伝達した張本人。

 

「ねねち……」

 

 当てられる複数の絶望の目。

 心苦しい感情たちからの抑圧。

 折れた心の騒めき。

 

 たった一眼で、ねねは事態を把握した。

 考える事は、得意じゃない。

 でも、行動力は抜群だ。

 

「ねねが来たから、もう大丈夫!」

「…………」

 

 威勢だけ……には見えない。

 張った胸が、見せつける背中が、掲げた拳が、輝かしい。

 

「みんな、諦めちゃダメ」

「ああ、お前か、放送してたやつは」

 

 Aのターゲットがねねへと移る。

 

「心が負けたら、立ち往生しちゃう」

 

 ……。

 

「ねねの長所は、諦めの悪さ」

「何を言ってやがる」

 

 ……。

 

「折れるな心。負けるな気持ち」

 

 …………。

 

 

「みんなの心はねねが引き受ける!」

 

 

 ねねが爆速で正面から突っ込む。

 無鉄砲すぎる特攻に、Aでさえ、肝を抜かれる。

 

「自殺願望か? 時間が稼げるとでも?」

 

 巨大な鉄の拳が、正面からねねを迎え撃つ。

 本気のころねが弾かれ、全力のあやめの攻撃で無傷の、あの凶器。

 それが今度は、生身のねねへ。

 

「不屈の精神。スーパーねねちパーンチ!」

 

 倒れた仲間を想う。

 絶望に打ち拉がれる仲間を想う。

 その苦しい心、挫折した精神。

 それは、ねねが受け取り、糧となる。

 

 これは、折れた心を力に変え、絶望に希望を見出す、不屈のヒーローの力。

 

 変哲のないねねのパンチと、ロボの鉄拳の、正面衝突。

 真っ向からの力比べ。

 

 ピシッと鉄屑の接合が軋む。

 ねねの華奢な腕が、全く後ろに押されない。

 

「これがねねの! 不屈の力だァァァァァァァ!」

「な……ぁっ!」

 

 次の瞬間、ヒビも裂傷も、全てが一瞬で拡大。

 Aの接合した巨大ロボの右腕が、肩から大崩壊して無造作に弾けた。

 

 大量の鉄の瓦礫。

 パイプ、土管、鉄骨、スポーツ用のあれこれ。

 それらが、ひしゃげて地面へと次々に飛散する。

 Aの支配下から、一時的に逃れた鉄具たち。

 

「……驚いた」

 

 偽りのない乾いた感嘆の声が響く。

 ねねの力を認め、『強敵』と認識したようだ。

 

「だが、俺の結合は電磁結合。何度壊れようと、再生する」

 

 形の悪い鉄材たちが、また召集される。

 

「あがぁぁっ!」

 

 すいせいに刺さった鉄パイプが体ごと引き寄せられ、全身を激痛が巡る。

 強引にパイプが吸われ、やがてスポッと抜け、血が噴き出る。

 そんな事も構わず鉄材が一点に集う。

 集まり、固まり、再び形成される似た形の右腕。

 

「俺の結合は大きいほどその硬度も増す。今のロボの硬さは、鉄の比じゃないぞ」

 

 再生が続くようでは、意味がない。

 魔力などの貯蓄量は、恐らくねねが劣る。

 なら、別の方法で落とすか……もしくは。

 

「ん、これは……?」

 

 たった今、Aが復活させた右腕に違和感を覚えた。

 結合が不完全状態にあり、右腕だけ硬度が弱い。

 鉄同士が密着しておらず、僅かな隙間ができている。

 いわゆる、欠陥。

 

「はあちゃまっちゃま〜」

 

 狂喜を見せるはあちゃまが、両腕を全力で引くと、右腕がまた壊れた。

 

「バカな!」

「糸を間に忍ばせたのよ! これでもう、くっ付けさせないわよ!」

 

 はあちゃまの目は、迷いも絶望も既に失せている。

 ねねの登場が、全員の心をひっくり返した。

 

「みんな、勝ちに行こう!」

 

 ミオの目に光が宿る。

 ロボ子の体が軋み、唸る。

 すいせいが、血を飲んで朦朧とする意識の中、立ち上がる。

 ポルカの苦笑が、着色される。

 かなたの拳と羽が、咆哮を上げる。

 

 倒れている者たちの心が共鳴する。

 

 全員の魂に、不屈が灯された。

 もう、この場の誰も、根負けしない。

 

「とおっ!」

 

 ねねが、先陣を切り、駆け出し跳躍。

 高く高くジャンプ……出来なかった。

 

「あれっ?」

 

 勢いを誤り、前方にすっ転んだ。

 ずざーっと地を滑り、ダサく、みっともなく、転がる。

 

「ねねち! どしたの⁉︎」

「あはは……エネルギー切れた」

 

 ねねの力は一般ガールのそれに戻された。

 出鼻が挫かれる。

 ねねは早速戦力外へ。

 

「ふざけやがって」

「のあああ! タイム! ちょっとタイム!」

 

 突然の脅威の登場、そして喪失にAは呼吸を乱す。

 そしてまずは、と、転んだねねを踏み潰す。

 

 無力となったねねは慌てて起き上がり、両手でTの字を作って対抗。

 何の意味もない。

 無情に放たれる一撃。

 

「ん、なあああああああああああああい!」

 

 倒れていたはずのルーナが影に入り込む。

 威厳の力が発動し、ロボの脚が二人との接触寸前で停止。

 動かないもどかしさと歯痒さに、怒りが積もる。

 

「みんな、寝てんじゃねえ!」

 

 ルーナの語尾が消滅した喝入れ。

 たった一言で全員は奮起しない。

 けれど、数人くらい、起きろ。

 

「ぐおおおおっ! ティンクル、ダストー!」

 

 すいせいが、星に跨り、星々を従えて勝負を挑む。

 やはり狙うは顔面。

 操縦席を剥がせば、操作が困難になる、と踏んでいる。

 

「安直な方法で倒せると想うな!」

 

 アンバランスに残った左腕が、星屑を真っ向から弾いて向い来る。

 複数の星を飛ばした状態で、突然の方向転換はできない。

 「何もなければ」、すいせいは星ごと吹き飛ばされる。

 

「うっぐ……ま、任せた……」

 

 落ちた。

 

 星からその身を投げ捨て、星だけを真っ直ぐに向かわせる。

 ――否、違う。

 すいせいの背後に隠れていた。

 この人が。

 

「鬼神か!」

「覇気解放は、あと――一発」

 

 そう、こちらも倒れていた少女、百鬼あやめ。

 一つの愛刀を携え、流れる血と汗と付着した汚れを纏い、おまけに最大限の覇気を纏い。

 これが、ラストの一撃。

 これで覇気は、数日使えなくなる。

 けど!

 

「星ごと消えろ!」

 

 先程は効かなかった斬撃。

 片腕取れたらどうだ。

 前回でも、ピシッとしなりを与えた。

 これなら、どうだ!

 

 心の奥底から、力が溢れる。

 欠けたツノが痛む。

 血の流れの勢いが、増す。

 吹き出る汗が、増す。

 

「鬼神一刀流・大金星」

 

 巨大な星形の斬撃跡が、光として眩く残る。

 

 …………。

 

 ガジャァッ‼︎

 

 と、荒々しい崩壊音が耳と鼓動を襲う。

 なんと、あの左腕を、あやめが星形に斬り伏せた。

 攻撃が、通じた!

 

「こんなこと!」

 

 あり得ないと、思っていた。

 左腕の破壊で、硬度は更に低下する。

 それでも、鉄の硬さに上乗せの硬度。

 覇気の使えないあやめでは太刀打ちできない。

 まだ、Aを裸にできていない。

 

 せめて、あやめの通常を超えるパワーが必要だが……。

 

「かなたん、聖力は?」

「ごめん、本人に当てれないと意味がないの」

 

 怪力のメル、魔法師のシオン、ムキムキのアキロゼ、超人のココ。

 この4人はいない。

 いたとして、今の4人の力が通用するかも懐疑的。

 

 あやめは覇気の機能不全。

 ねねはエネルギーの枯渇。

 唯一パワー充分のころねは、まだ起き上がらない。

 

「誰か、すいちゃんを!」

 

 すいせいが、今の大胆な行動で完全に気絶した。

 出血が原因だ。

 あやめは着地できたが、すいせいはミオにキャッチしてもらった。

 

「規格外だ!」

 

 たった一人、ねねの登場で盤面がひっくり返った。

 A一人で盤石な状態を維持できるはずだった。

 もし、自分を退ける者がいるならそれは、歌姫だけだと思っていた。

 

「モルティステラ・ラグナロク」

 

 周囲の鉄を含む瓦礫が全て宙に漂う。

 はあちゃまは急いで糸を巡らす。

 二度と再生させないために。

 

「意味ないわよ!」

「お前こそ意味ねぇよ!」

 

 威勢よく構えるはあちゃまだが、Aは固より再生の意思などない。

 一度に結合できる量は決まっているが、電磁力での操作に基本限度はない。

 右腕の一部だったもの、左腕の一部だったもの、入口を塞いでいたもの、正しい位置にあったもの、役立たずのまま転がっていたもの。

 このドームの鉄という鉄全てが上空へと吸われるように集う。

 

 糸に引っかかったからと言って、はあちゃまが鉄材を操れる訳ではない。

 無作為に宙の鉄を絡め取り、上空で複雑に絡まり合う。

 そんな糸は、単純には操れない。

 

「まとめて砕けろ!」

 

 鉄屑の豪雨がスタジアム全域に降り注ぐ。

 飛来してくる鉄の数は膨大。

 散らばった配置の、満身創痍なメンバー。

 漏れなく防衛は不可能だ。

 このままでは、誰かしらが死んでしまう。

 

 

 幾度もの窮地は、幾度もの奇跡で、切り抜ける!

 

 

 キラキラキラッ、と閃光が頭上を吹き抜け、一直線に散々に弾ける鉄屑を吹き飛ばした。

 鉄材が、燃えたり、凍ったり、銃撃を受けたり、大砲を喰らったり、艶やかな光線に消されたり。

 方法こそ様々ながら、それらは纏まって一つの危機を退けた。

 

「次から次へと――‼︎」

 

 Aの視線――ロボの頭が、スタジアムの外へ向く。

 彼方から、飛んでくる、先程も見た海賊船。

 電磁波で感知すれば、そこには更に10名ほどが乗っている。

 

 

 宝鐘マリン。

 何もできないから、せめて格好つけている。

 

 大空スバル。

 武器庫から大砲を持ち出し、素手で投函。

 浮遊で一直線に飛び、鉄屑を粉砕した。

 

 夜空メル。

 天候操作で船の操縦。

 

 紫咲シオン。

 魔法陣から魔法的なビームを発射。

 鉄屑に風穴を開けた。

 

 癒月ちょこ。

 乗船中の負傷者の傷の手当て。

 ほぼ完治。

 

 獅白ぼたん。

 武器庫から大量に拳銃を持ち出し、目に見える鉄材たちをとにかく銃撃。

 必中なため、攻撃速度が速い。

 

 白上フブキ、雪花ラミィ。

 雪や氷を大量に放出し、鉄材を弾いたり、たまに凍らせたり。

 

 不知火フレア。

 炎の槍を投げ、鉄屑を吹き飛ばしたり、焼き払ったり。

 

 アキロゼ、白銀ノエル、桐生ココ、角巻わため。

 この距離では無力。

 近接に備える。

 

 

「皆さん! 来ましたよ!」

 

 良いところがなく、マリンは自慢の迫力で強調する。

 上空の鉄は全て場外へと吹き飛び、磁力操作の圏外へ。

 そして、船が到着する。

 

「全員降りろ!」

 

 スバルが乗船員に命令する。

 ただ一人メルは残して。

 マリン以外は指示に従い、華麗に場内へ着地する。

 

「ちょっとスバル先輩⁉︎ 何するつもりですか!」

「分かってんだろ! これが手っ取り早い」

「ダメダメダメダメ! 船長の大切な船なんですよ!」

「こっちの世界だから問題ねぇよ! 行くぞ。メル先輩!」

「ぎゃあああああああああああ!」

 

 巨大船、アクアマリン号。

 メルの暴風とスバルの浮遊で、大撃進。

 船首をAに突き付けて、勢いのまま、大突撃。

 

「やめろぉーー!」

 

 次の瞬間、巨大な二つの造形物が跡形もなく大破し、スタジアムは激震した。

 

 

 





 どうも皆様、作者です。
 さあ、今回でA戦も終了……?
 もしそうでも、どうやって現実へ戻るのでしょうか?

 スタジアムにいない4名に、ホロメンじゃない人たちもいます。
 その答えは次回。
 そして更に、最後の一人も……!


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76話 代償

 

 大破した船とロボットの破片が、瓦礫が、雨のようにバラバラと降り注ぐ。

 両腕を損失した機体の硬さに、偶然通用した突撃。

 根拠もなしにぶつけたが、運が悪ければ船のみの破裂となったわけだ。

 

 しかし、見事な爆発で勝利を飾った。

 

 爆煙の中、マリンを連れたスバルとメルがゆっくりと舞い降りる。

 更に、煙幕の奥からロボ子がAを引き摺って出てきた。

 破裂の衝撃でこちらも運良く気絶しているようだ。

 至る所に破片が刺さっていて、痛々しい。

 

 何故か、Aの気絶に連動して地に埋まった台座も出現した。

 ご都合主義な展開だが、好都合。

 

「ぁぁ……スバル先輩の鬼!」

「そんなん言われたの初めてだわ……」

 

 複製物であるにも関わらず涙を流すマリンにスバルは呆れ顔。

 そこへ丁度、破れた海賊旗の切れ端が舞い落ちてきた。

 それで涙を拭う。汚い。

 

「まあどちらにせよ、船は墜落してたよ」

「そんな! なんで!」

「…………もう誰も、特殊能力使えないでしょ」

 

 シオンが周囲を見回す。

 申し訳なさを表情に隠して。

 

「っと……ほんとですね」

 

 ぼたんが小石を投げた。

 虚空を貫いて、地に落下。

 ご存知の通り、能力は捕捉で対象に必中。

 

「おい、スバル狙うな」

 

 スバルの真横をすり抜けた事と、ぼたんの視線から察した。

 外れたため大して咎めないが。

 

 あくあ、すいせい、フブキたち現出型の者も、一切生成できない。

 

「しかし、イマイチ理解できないね、この魔力の仕組み」

 

 ミオが疑いをかけるように婉曲的に尋ねる。

 だが、ミオの発言を理解できない人の方が多い。

 

「シオンが制御するにしても、各々に魔力が備わってるはず。なのに、魔力切れが全員同時っておかしくない?」

 

 シオンが制御して魔力が尽きた。

 ならば、そこから先は制御なしで乱雑に各々が自身の魔力を使用する。

 つまり、貯蓄限界の到来はまばらでなければ不自然だ。

 

「説明は省くけど、シオンが最後に全員の魔力使用を停止させたの」

 

 制御書でスイッチのオンオフを切り替えられる。

 その切り替えにシオンの魔力が必要。

 魔力切れを感じ、ギリギリまで粘って元栓を閉めた。

 

「ま、説明してたら時間がね」

 

 さっとおかゆがフォローした。

 にこっと笑い、一度落ち着くよう全員に促す。

 

「おお、おかゆ先輩起きたんだ」

「うん、今さっきの爆発でね」

「ころさんとすいちゃん以外はみんな起きたよ」

 

 背後で倒れるころね、そして少し離れた位置で寝ているすいせいを見て眉を寄せる。

 

「そうだ! ころさんは目立った外傷無いけど、すいちゃんは早く止血しないと」

 

 鉄パイプ一本分の穴を開けられた。

 そこから溢れる血の量は異常だ。

 放置すれば死に至る……のだが。

 

「ちょこの能力も消えてるのよ」

 

 唯一の回復特化者が消滅し、シオンも魔力不足。

 治癒ができない。

 危機的状況だ。

 

 

「おおすげえな、もう終わってんのか」

 

 

 聞き知らぬ男性の声。

 いや、シオンだけは記憶に新しい。

 あの魔術師が、ノーカードとトランプ、そしてえーちゃんとAZKiを引き連れてこの場へと姿を表す。

 

「A……」

「マジかよ」

 

 淘汰された巨大機体の残骸と気絶したA。

 仲間の二人には信じ難い光景だったはずだ。

 すたっとスマートに着地を決め、計5名が全員の正面に立つ。

 

「「誰⁉︎」」

 

 えーちゃんとAZKiを人質と勘違いした者たちが牙を剥く。

 能力もない中で、実に勇ましい。

 

「皆さん、落ち着いてください。彼らは協力者です」

「ハッ、誰が!」

 

 協力関係を否定するようにノーカードが鼻を鳴らす。

 しかし、トランプはその様子を見て宥めた。

 二人では敵わないと見定めている。

 シオンも同様に。

 

「協力って……」

 

 トランプと直に対峙したあくあが気弱に言葉を漏らす。

 その先は篭って聞こえない。

 

「気持ちは分かります。ですが信じる他に道はありません」

 

 えーちゃんの意見に反論は出ない。

 ただ、えーちゃんの意図と他のメンバーの捉え方は少し異なる。

 殆どの者には、信じて頼る以外突破口がない、と聞こえたはずだ。

 

 だが、分かる者にはこう聞こえる。

 もし嘘だとしても抗う術がない、と。

 

 そもそも、前提としてトランプとノーカードが2人して嫌々ながらに従っている事がおかしい。

 あれだけ強い2人が、苛立ちながらも言いつけに従う。

 つまり、2人を凌駕する力の持ち主。

 もっと言えば、2人を同時に相手しても圧倒する力の持ち主。

 

「石はここの3つと……もう2つは誰が?」

「朱はシオンが持ってる」

 

 シオンがそっと懐から取り出し、箱推しに渡す。

 これで四方の石は揃った。

 

「それじゃあ、これからの動きを伝える」

「え、待って、金の石は?」

 

 駆け足で指示出ししそうな箱推しが伝達を始める前に、ノエルが待ったをかけた。

 自分がぺこるしに託した金の石の事が、誰からも上がらない。

 

「団長、ぺこらとるしあに石を渡したんよ」

「そうか……よし、それも含めて話をしよう」

 

 数秒仮面の額に指を当て、その後箱推しは頷いた。

 

 

 説明は長いため、簡潔にここに纏めよう。

 

 この裏世界を元に返すには、四方の石を封印し、最後に中央の石を元の位置へ置く。

 そして、それを合図に四方で最後にもう一度魔法をかける。

 

 北のスタジアムはシオン、南のホロライブ事務所は箱推しとえーちゃん、西の展望塔はトランプ、東の海岸ステージはノーカードが受け持つ。

 

 ロボ子、そら、かなた、ココの証言からみこのいるかもしれない大神社。

 シオンの証言からトワ、るしあのいる崩壊したラジオ塔。

 それぞれにも人員を送る。

 大神社にはココ、ラジオ塔にはフレアを派遣する。

 

 ほかは中央エレベーターに金の石を返すために、中央棟の安全確保。

 きっと数名の敵がいる。

 

 ぺこらの所在は誰も知らないため、探しようがない。

 だから、るしあが石を持っているに賭ける。

 

 

「あずきちも無事だったんだね」

「うん、あの仮面の人とえーちゃんのお陰でね」

 

 そらは説明の後、早速AZKiに声をかけた。

 AZKiは優しく笑った。

 

「じゃあ、中央は任せるけど、一つだけ」

 

 箱推しがホロメン全員を見回して、最後にシオンに当て留める。

 指を一つ立て、アドバイス。

 

「なにも命かける必要はないけど、代償ゼロで超えられるほど容易い山でもないって事、分かってほしい」

「…………」

 

 シオンは一瞬目を伏せた。

 重々承知していると、その挙動が示している。

 

「勿論、ホロメン誰一人、悪い事なんてしてないけどね」

 

 箱推しは最後に加えて笑うと、満足したようにえーちゃんを連れて飛び去っていった。

 それと同時に嫌々ながら、敵陣2人も二手に分かれて飛び去る。

 

「ちょっと待ってよ」

 

 まつりが軽く挙手をして注目を集める。

 言いたい事は、察しがつく。

 

「まつりたちはホントに行くべきなの?」

 

 能力を失くしたものの本心だ。

 

「正直言うと、行きたくないし、行けない」

「まつり先輩、諦めなければ……」

「ごめんね、ねねち。これはそう言う問題じゃないんだよ」

 

 不屈の精神をまつりに与えようとするねねだが、まつりが言わんとする事は心云々の話じゃない。

 

「まつり達にはもう、能力がない。敵はきっとまだ居るし、なんなら数名が復活しててもおかしくない」

「まあ、ifを考えるなら、最悪の全員復活済みを考慮するべき」

「スキル所持者であるココちやシオン、ロボロボだって怪我こそ治ってるけど、疲労や消耗した体力は回復してない」

「敵も同じ条件だとしても、今のままじゃ無謀だよ」

 

 皆に語りかけ、シオンを信頼して。

 そう、この演説はシオンに頼み込むため。

 先程箱推しが投げた言葉の意図は、シオン以外にも理解できた。

 きっと、仲間に負担をかけたく無いんだろう?

 

「…………」

「シオン!」「シオンちゃん!」「シオンたん!」「シオン先輩!」

 

 情けないと、思うさ。

 だけど、今は頼っていくしかない。

 元来、ホロメンの運動神経は圧倒的に悪い。

 素直に勝負を挑んでも、返り討ち。

 それを補うにはもう、特別な力に頼る他ない。

 

「……体力と疲労は、どうしようもない」

「それって……!」

「能力なら、何とかできる」

 

 皆の瞳に希望が宿った。

 それと、決意。

 身を削って、突き進む決意。

 だが、シオンは未だ躊躇を見せる。

 皆、他人の為に優しくなれる事は知っている。

 だから、他人が傷つく事を、簡単には許容しない。

 

 希望の発芽に言葉を交わすメンバーを、シオンは一言、こう制す。

 

「でも、皆その代償が許容できる?」

「だ、代償って……?」

 

 率先して言葉を欲するマリン。

 そのマリンの目を、シオンは視線で貫く。

 

「理論とかの細かい説明は分からないと思うから省くけど、船長の魔力を使う」

「え、船長?」

 

 マリンは自身を指して、シオンを見て、周囲を見て、またシオンを見る。

 マリンの魔力が一般人に比べて多い事は、大体が知っている。

 でも、それの何が問題なのか。

 全員の魔力の元栓を、シオンの魔力で操作していたのなら、可能なのでは?

 

「そうするとどうなるの? 船長が数日動けないとか?」

「え、こわ」

 

 と言いつつ、動けないだけならそこはマリンが良ければいい。

 寧ろ、ホロメンに看病してもらうとか言って発情しそう。

 

「方法とか色々相まって……船長の魔力が消滅する」

「「……っ」」

 

 マリンとシオン以外、息を飲んだ。

 冷や汗が、全身を伝った。

 妙に熱い。

 風が、涼しい。

 

「当然、消滅すれば復活はしないし、永遠に特殊能力は開花しない」

 

 もっと言えば、シオンの作る小道具も使えないし、その他魔力を使用する行為は一切再現不可能となる。

 ここで全員に力を与える代償として、マリンの一生分の魔力酷使権の剥奪。

 これを、ホロメンが赦すだろうか?

 敢えて言う、赦さない。

 

「いいですよ」

「「……‼︎‼︎」」

 

 本人なら、結論はそうだろう。

 シオンは驚かない。

 しかし、他は絶句。

 

「待って、ダメでしょそんなの」

「発破かけたクセしてだけど、まつりもそれは……」

「マリンの一生の可能性を潰すって事でしょ?」

 

 言わずもがな、策は他にない。

 決断の時だ。

 全てを守る為に、仲間一人の魔力を犠牲にできるか否か。

 

「他の人じゃ……ダメなの……? あてぃし、とか……」

 

 おどおどと視線を彷徨わせながら、あくあが提案する。

 自分自身の魔力容量の良さも知っている。

 

「全員から少しずつ搾取ってのはできない」

「じゃあやっぱ……」

「容量のサイズから、あくあ、フブキちゃん、船長の誰かになる」

「マリンちゃんを選んだのは、まだ能力が出てないからだね?」

「そう」

 

 揺らがない候補。

 選択肢はもう、するか、しないか。

 本人以外、誰もが迷う。

 だから、本人が強く引っ張らなければならない。

 

「時間を無駄にできないから、シオンたん!」

「……いいんだね?」

「はい」

「もう二度と、魔力は吹き返さないよ?」

「それでみんなが、救われるなら」

 

 シオンはマリンの覚悟を前に力強く顎を引いた。

 そして、何かを手に、屈み込む。

 地面に大きな魔法陣を描き始めた。

 

 あくあは以前目にしたものよりも、複雑な作りであると直感した。

 描かれる絵や模様の数、入り組み具合、サイズ、あらゆる点で前回のそれを越えている。

 

「真ん中に」

 

 マリンを魔法陣中央、三日月マークの上へ直立させる。

 緊張の面持ちで陣へ入り、数度喉を鳴らした。

 痛いのか、はたまた何も感じないのか……。

 

「船長のことは守ってくださいね」

 

 唯一の要望を口にすると、魔法陣が紫色に輝く。

 淡い光を漂わせながら発光し、マリンの力を奪う。

 その時間、僅か3秒ほど。

 

「っ、マリン!」

 

 意識を失くし、倒れかけたところをノエルが抱き止めた。

 体内のエネルギーが一度に全て抜ければ、必然。

 急な脱力で失神したのだ。

 

 全員の脆弱だった覚悟は確固たるものへと昇華していく。

 体力は根性で振り絞る。

 力は戻った。

 今一度、戦え。

 護るために。

 

「シオンは封印の件でここに残る」

「護衛はいる?」

「いや、石探しに人員を割いて」

「分かった」

 

 シオン、ココ、フレア以外は坂を下って中央塔へ向かう。

 

「よし、行こう!」

 

 AZKiが先頭に立ち拳を掲げる。

 呼応する仲間。

 そして……

 

「新ルート開拓!」

 

 力強く片足を踏み込むと、視認可能な透明な直線通路が形成された。

 スタジアムから一直線に、中央塔へと繋がる道が。

 

「能力、開拓」

 

 最短距離を進む事のできる能力。

 それがAZKiの開拓。

 通路は建造物をも貫通し、その路上に立つものも建造物を無視して直行できる。

 戦闘にこそ不向きだが、サポートとして完璧な能力。

 

「行ける人は先行って!」

 

 その通路に真っ先に飛び出すのはわため。

 続いて、アキロゼ、メル、スバル、あやめ、ミオ、かなた、ポルカ。

 更に後続に普通速度の者たち。

 

「これで、終わらせるよ!」

「「オォ‼︎」」

 

 最終作戦、決行。

 

 





 作者でございます。
 さて、今回はまたすこーし魔力の話でした。
 たまに出る理論の話はやっぱ、面倒ですかね?
 でも、曖昧な状態で展開させると、後々困るので。

 そして、船長の魔力が消滅。
 つまり今後、船長は戦えない……?
 あずきちもご都合主義的な能力でしたが、当然この先、誰の能力も本質は変わらないので、今後はそうならないはずです。
 能力の初開花は、どうしても都合良くなってしまうんです。

 まあ、そんな訳で、今回もありがとうございました。
 それではまた、次回。


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77話 最後の偶然

 

 K、J、スペード、クラブ、ラヴ、レッドの計6名。

 最悪の事態を想定し、敵も動く。

 彼らは現在中央塔。

 側には捕らえられ、傷や血で我が身を汚すぺこみこの姿もある。

 

「随分と人手が少ないな」

「トランプとノーカードはもはや接触不可能、Aの元へ行けば邪魔になる。ジョーカーCに関しては場所が分からん」

「Qはやる気無くしたみたいだったぜ」

「俺たちを集めたジョーカーMとダイヤはどうしたんだー?」

「ヒッヒッ、己を閉じ込めたのさ、彼らは、その身を、その内に」

「全く持って意味不明だ。最終局面で責任転嫁し、銷鑠縮栗(しょうしゃくしゅくりつ)か」

 

 混沌とした会話の一部から展開は予測できる。

 ぺこらは耳をひくつかせて様々なことを思案した。

 

 因みに、敵の実際の行動はこうだ。

 同居ーずから逃げたダイヤとジョーカーM。

 Mが真っ先にスペードの安否確認へ向かい、縛られ拘束された所を解放。

 経緯を聞くとそこから次に、Kを探し始める。

 大きな花火や雷光などを目印に発見して、スペードがKを救出。

 後は場所の分る者たちを掻き集め、Kの能力で再生しこの場へと集う。

 

 そこで偶然、先行して石を返す時を待っていたぺこみこに遭遇し、呆気なく2人は敗北。

 こうして現状が完成した。

 みこは既に意識を失くしている。

 ぺこらも意識こそあれど傷は深く、呼吸はとても荒々しい。

 ただ、人質に使う予定なのか、2人とも生かされている。

 

 途中でぺこらの能力も切れ、もはや打開は不可能。

 ……だと、思っていた。

 

 しかし、ぺこらはその自慢の聴覚で察知した。

 とある2人がこの場に潜んでいる。

 小声も拾った。

 るしあとトワだ。

 2人を救出する算段を立てているようだが、中々そんな隙はない。

 

 やがて……

 

「悪いなウサギさん、客らしいから人質役、やってくれよ」

 

 ラヴがぺこらを連れて外へ出る。

 外へ出たのは、ラヴに加え、K、Jと精鋭揃い。

 

 気絶したみこは中へ残され、見張にはスペード、クラブ、レッド。

 

「うっせえ……歩くから触んじゃねぇ……ぺこだ……!」

 

 腕を掴もうとする手を払いぺこらは自らの足で塔の外へ。

 逃げればみこの命が無い。

 迂闊な逃亡はできないと踏んで、誰も咎めない。

 

 歩くと、ぺこらの腕に巻かれた鎖がチャラチャラと音を鳴らす。

 

 一度ぶちのめした男に捕まる。

 この上ない屈辱感。

 素直にスタジアムへ行けばよかったと嘆くのみ。

 

 みこだけでも助けてもらいたいが、トワたちが動けば、スペードの能力で即座に伝達され、ぺこらが殺される。

 逆もまた然り。

 彼らは常に小さく空間を繋げているし、常に殺す準備をしている。

 

 悪巧みが得意なぺこらも、これはお手上げ。

 今から参上するであろう仲間たちに、託す。

 

 

 正面から、大きな勢力が押し寄せてくる。

 先行して一人、角巻わため。

 あらゆる障害物を突き抜けて一直線に猛進して来た。

 

「ぺこら……先輩」

 

 疲れ、焦りに息を切らし、優しい目が少し吊り上がる。

 続いて数名も到着。

 

「すまねえぺこだ、捕まっちまった!」

 

 両者に下手な先手を打たせぬよう、ぺこらがまず口を開く。

 わためが駆け出そうとしているが、それはまずい。

 後ろのメンバーも臨戦態勢だ、まずい。

 

「落ち着いた方がいいぞ、他にも人質がいたらどうすんだ?」

 

 Jが全員を威圧し抑制。

 ホロメンの誰もが硬直した。

 力技でぺこらを救っても、他の人質がいれば危険。

 安易な考えや、安直な行動は仲間の命取り。

 悔しいが、手出し不能。

 

「K」

「つまらない重要暇つぶしだねえ」

 

 Kが触手を発生させ、ホロメンへ向ける。

 一瞬身構えたが、ぺこらを見せつけられ渋々と戦意をしまう。

 そして、その場の全員、触手で締め上げられる。

 

 この触手は危険だ。

 なんせ様々なものを酸のような液体で溶かしてしまう。

 Kたちの言う「腐敗」のことである。

 

「石はどこだ?」

 

 Jからストレートな質問。

 皆が口を閉ざし、触手の蠢く音だけが響く。

 

「1人くらい溶けても、開かせれる口はたくさんあるんだぜ?」

 

 ラヴの野蛮な発言。

 歯を食いしばる。

 誰かが……死ぬかもしれない。

 

「時間を稼ごうとしてるな、やっぱ戻しに行ったか」

 

 大勢で中央への突撃。

 しかもほぼ無策。

 四方の石を戻し、金の石もこの場へ返そうとしている証拠。

 

「だが残念ながら――」

 

 Jがポケットから一つの石を取り出す。

 それは暗闇の中、仄かに金色に輝く。

 

「金の石はここにある」

 

 スッと石を見せ、直様ポケットへしまう。

 警戒している。

 十分な危険因子と見做されている。

 

「いいの、アンタら」

「……?」

「アタシたちも、2人の命を預かってんだけど」

 

 ぼたんが口論で反撃に出る。

 キーパーソンである魔術師2人の生殺与奪権は、もはやこちらのもの。

 どうなっても知らないぞ、と言うハッタリに近い脅し。

 

「横暴キャットのライオンガール、どこ吹くそよ風な話だねえ」

「うぐっ!」

 

 ぼたんを締める力が強まり、呻きを上げる。

 Kは不可解な笑いを浮かべ、黒い風を浴びた。

 

「2人がいないとこの世界を閉めれないからな」

「それとは逆に、アンタらは1人くらい減っても、問題なそうだけどな」

 

 殺害予告とも取れる台詞に身の毛がよだつ。

 Kの笑みが深くなる。

 一部のものは、この恐怖心に既視感を覚えた。

 Aを前にした時と同じ。

 今ここで、コイツらに――敵わない。

 

「トワワ先輩!」

 

 ねねが叫んだ!

 

「「え⁉︎」」「なっ!」

 

 ねねの絶叫と共にぺこらの体が浮く。

 まるで誰かに、担がれている。

 

「スーパーねねちパンチ!」

「ぶへっ!」

 

 さらにさらに、Kが前触れなく吹き飛んだ。

 偶然だろうか?

 宙に浮くぺこらが丁度横切った時だ。

 

 勢いで触手が途切れ、全員が解放される。

 

「レッド! そっちを殺せ!」

『うわぁーー! なんだお前ら!』

「どうし――」

 

 スペードの小さな移動空間を通じて声が響く。

 レッドが何かに慌てふためく声。

 焦燥に駆られるラヴがふいにその空間に振り向く瞬間、真横にもう一つ。

 今度は人が通れるほどの移動空間が出現し、そこから現れるは――

 

「おらぁぁぁぁぁ!」

 

 トワ、の後ろからみこ、の後ろからるしあ、が飛び出してきた。

 

「J、頼む! スペードてめぇ、裏切ったのか!」

「くっそ! フラットォ!」

 

 ラヴが塔内へ向かい、同時にJが地面に能力を発動させる。

 地に立つもの全ての足場が揺らめき、転倒する。

 力が無に帰されている。

 無視して立てるのは、あやめ、メル、アキロゼ、ねねの4人。

 そして、地に足を着けない者、ちょこ、スバル、かなた、トワ、るしあ、そして担がれるみこ、ぺこら。

 他は全員が地に転倒し転がる。

 転倒時の力もゼロなため、ダメージはないが、体は一切動かせない。

 

「すまないラヴ、あの悪魔に、能力を使われた」

「何⁉︎」

 

 塔へ向かうラヴを引き留めたのは、他でもないスペード。

 トワに全く同じ能力を使用されたと断言し、レッドとクラブと共にこの場に姿を表す。

 

「うわった、ぺこら先輩!」

「えっ、ちょ」

 

 何かに担がれていたぺこらが空へ投げられた。

 腕に鎖は巻かれたままだが、足の自由は利く。

 訳も分からず、ぺこらは宙を蹴り、空へ飛び出して着地を回避。

 そして、ぺこらを担いだ者――そう、ねねの姿が可視化される。

 皆が不屈の心を再び取り戻したことにより、脱力して直立できなくなった。

 そのねねの頭から転がり落ちたのは、Aとの戦闘であくあが落とし、瓦礫に埋もれたと諦めた、陰キャップ。

 

「あてぃしの帽子……」

 

 実は、この場に誰よりも先に到達していたのは、ねねであった。

 ぺこらとみこ、トワとるしあの折れた心でパワーアップして、わためを超える速度で辿り着き、内部へ侵入。

 そこで、トワとるしあ、みこの存在を確認。

 常に助ける機会を窺っていたため、合図さえできれば、同時に奪還できると踏んだ。

 そして、運良くスペードが空間を繋げていた。

 敵が意思疎通のために開いたゲートが、ホロメンに味方した。

 

「おいK! 何してんだ! お前なら余裕だろ!」

 

 再生速度の速いKが中々復帰せずJがイライラしている。

 

「この人だけは、絶対に動かしちゃいけんけん」

「僕たちが押さえておく」

 

 ノエルとかなたがKを地面に押さえつけていた。

 ノエルはメイスの先端を背に押し付け、かなたは首根っこを掴んで、魔力使用を妨害する。

 2人を戦力から差し引いても、Kの足止めは大きなアドとなる。

 Kが今動けば、Jの能力で動けないメンバーは一網打尽にされる。

 適切な判断だ。

 

「畜生! 滅茶苦茶だ!」

 

 結局、使用可能な全戦力動員の全面対決。

 

「スペードはKをどうにかしろ! J、お前は石絶対に渡すなよ!」

 

 あのラヴが的確に指示を出す。

 意外に司令塔の素質が備わっている。

 指示に合わせ、敵も迅速に行動を開始。

 スペードは空間を開きKを通そうとする。

 Jは、指示に従うと言うより、プライドを優先している。

 

「新天地開拓」

 

 地に伏して動けないAZKiがぼそっと唱えた。

 Kの真下に、透明な地面が形成される。

 この透明な地面の上にいる限り、敵の攻撃も味方の攻撃も、一切の干渉ができない。

 つまり、Kはノエルとかなたが押さえ、空間移動のホールは繋がらない。

 Kは完全に無力化された。

 

 AZKiの機転が利きすぎるアシスト。

 敵はK奪還に手も足も出せなくなった。

 

「最終決戦するとしようや! 鬼神!」

 

 まるで眼中に1人しか映らない、そんな執着心でJが剣を手にあやめと決闘を申し込む。

 

「石は余に任せて」

 

 あやめは買った。

 そして、勝つと断言した。

 あやめも手負いで覇気すらまともに使えないが、Jもあやめが倒している。

 全力の衝突をした以上、体力は消耗しているはず。

 今のあやめは恐らく、Jと互角以下。

 なら、互角で押し切る。

 

 後は、あやめが石を奪還し、元の台座に戻すまで、敵を足止めする事。

 

「素直に一騎討ちより……!」

 

 ぼたんが拳銃片手に飛び出し、Jの肩へ銃弾を放つ。

 決して外れる事のない弾は、奇妙に弧を描き、Jの間近で弾かれた。

 

「邪魔すんな!」

 

 何の変哲もない剣に衝突した銃弾はどこかへ消え、その剣の背後からJの形相が現れる。

 それが大迫力で、流石のぼたんも気圧される。

 尻込みの一瞬に、Jの剣はぼたんの首元を狙い風を斬り始めた。

 

「一騎討ちなんよね」

 

 あやめが割り込み、一本の刀で食い止めた。

 Jの目を見上げ、ぼたんを含め、皆に言う。

 

「手出さんといてよ」

「……お前らも手ェ出すなよ!」

 

 互いに完全なる一騎打ちを所望。

 ならば野暮はよしておこう。

 

「ぼたんちゃん! これ撃ってぺこ!」

「あい!」

 

 ぺこらが腕の鎖を振り回して解放を乞う。

 ぼたんは銃口をぺこらへ瞬時にスライドし、二発。

 一発は右手首のチェーン。

 もう一発は左手首のチェーンを撃ち切った。

 

「おいハート! こっち向けぺこ!」

「クッソ!」

 

 ぺこらが真っ先に突撃したのは、やはり因縁を感じるラヴ。

 能力の類似といい、拘束された恨みといい、何かと縁がある。

 これはもう、倒せと神が暗示している。

 ぺこらの右脚とラヴの左手が激しく衝突し風を吹き起こした。

 

「え⁉︎ ぺこらちゃん呼んだ⁉︎」

 

 はあちゃまがハートに反応して駆けてくる。

 しかも呼び捨て。

 

「あ、すんませんぺこ! こいつの事で……」

「援護ね、オッケー!」

 

 ぺこらの謝罪そっちのけ、誤解もまんまで糸を放射。

 ぺこらと同様に一方向にのみ働く抵抗力は、糸に対抗できない。

 呆気なく両腕を抑えるのだが。

 

「すぅー……ファイアー!」

 

 糸が炎に焼かれ、千切れる。

 レッドの割り込みだ。

 

「ちょっと! 何なのよ」

「邪魔しちゃダメだって」

 

 炎の曲芸師、レッド。

 フブキやあくあと似た系統の能力で、炎バージョン。

 ただ、卓越した技術やトリックで、火の上を高速で移動したりできる。

 

 ラミィに氷漬けにされたが、Kに解放されてまたこの場にいる。

 

「相性最悪じゃない!」

 

 はあとの糸は炎に焼かれやすい。

 レッドとの勝負は避けるべき。

 幸いにも、この場に味方は多い。

 相性の良いメンバーなら、いる。

 

「うわ! 水々しい」

 

 レッドを囲う水分。

 みずみずしいではなく、水。

 炎に有効な手段は、水と氷。

 内の一つの水を無錬金生成する能力。

 あくあの力。

 水分は一塊になってレッドを包み込む。

 

「ラミィちゃん!」

「はい! フブキ先輩」

 

 ラミィとフブキが飛び出し、両サイドから冷気を放つ。

 凍てつく風で水はみるみる凝固し、レッドは氷漬けに、

 

「ならないんだなー!」

 

 ラミィの背後に回ったレッドが右手を翳す。

 掌から高熱の炎を放出し、焼き尽くそうとした。

 

「何だ! 強風⁉︎」

 

 放たれた炎は、近距離であるにも関わらず、ラミィに接触する前に風に乗って空へ軌道を逸らされる。

 熱は残るし、噴き出る汗は気持ち悪いが、ラミィへの被害はそれのみ。

 メルが天候を操作して、暴風を起こしている。

 

「ごめん、メル先輩!」

「全然!」

 

 メルはにかっと笑って応えた。

 

 

 ……………。

 

 

 ひたすらに乱戦が続いた。

 ぼたんの必中が、クラブの見切りに通用しなかったり。

 あくあとレッドの拮抗した水と火の争いがあったり。

 るしあとトワでみこを守ったり。

 ちょこがみこの怪我を治療したり。

 あくあの陰キャップを投げ回して、みんなで使いまわしたり。

 能力的にルーナが戦力にならなかったり。

 スペードの空間移動に翻弄されたり。

 ポルカの現出でミオの消滅したカードを無限に生成したり。

 途中からフレアが参戦したり。

 

 とにかく、人数差をものともせず、敵グループはホロメンと対等に渡り合った。

 

 戦局の変化は、あやめとJの一騎討ちの行方から。

 

 剣と刀の交わりが遂に終幕する時。

 

「一刀流・修羅威(しゅうらい)

「死屍累々!」

 

 熾烈を極めた決闘の末、2本の刃が切り裂く。

 

「…………」

「…………なんだ……!」

 

 Jは気迫に背筋を凍らせる。

 今まで、感じたこともない、鬼神として、剣士としてのその気迫。

 確かに斬った。

 あやめの右肩から左の脇腹にかけてキレ筋が入り、血飛沫を上げてその場に倒れた。

 決闘には勝っている、はず。

 剣を握っていた右手が痺れる。

 あやめはまたしても、Jの剣を破壊し、武器を奪った。

 

 いや、武器だけにとどまらない。

 

「…………」

 

 Jの冷や汗が、収まらない。

 痺れた右手から、震えが全身へ伝わる。

 

「おいJ! 何してる!」

 

 勝ったと言うのに、動かないJをラヴが呼び戻そうとする。

 だが、脚も震えて、動けない。

 

「あやめ!」

 

 血を流して倒れるあやめを、スバルが抱えて跳ぶ。

 浮遊を巧みに使って、ちょこのもとへ。

 

「弱ってる……今なら!」

 

 トワがコピーコードをJに繋ぎ能力を借りる。

 JとKは強すぎてコピーが出来なかったが、不思議と衰弱した今なら取れる。

 

「オールフラット!」

 

 トワが地面に能力を発動させた。

 その時、敵は全員地に足をつき、味方もほとんど地に足を付けていた。

 Jのように仲間を思えるほどトワはシビアな能力使用ができない。

 だが、一先ず敵戦力が直立できず地に倒れる。

 

 能力を無効化するのは、飛べるもの。

 AZKiの能力圏にいるK、ノエル、AZKi、かなた。

 力の強いアキロゼ。

 

 ぺこらは地についていたため動けないし、ねねも既に不屈の力は消えている。

 

「ラヴ!」

 

 スペードがラヴの真下にホールを展開し、空へ投げ出す。

 そこからラヴはぺこらから習った容量で空を跳ねる。

 トワは一旦無視して、Jに近寄る。

 コイツが、石を持っている。

 

「させません!」

「あっ!」

 

 動けないJをまたしてもスペードがホールを開いて空へ投げ出す。

 

「スペードぉ! 俺は?」

「お前は俺と同じで意味ないだろ!」

 

 レッドの文句に正論で返すのは、クラブだった。

 ラヴが空でJをキャッチしてポケットを弄る。

 石が……。

 

「これか!」

「オッラァ!」

「があっ!」

 

 石を発見したラヴを、殴り飛ばした。

 誰が?

 ココだ。

 神社から飛んできた。

 

「解除!」

 

 一時的に無の能力を解除し、ラヴとJを地面に落とす。

 見事にラヴは気絶し石を手放した。

 

「再起!」

 

 再び力がゼロへ。

 石は誰もいない場所へ転がり、キラキラと輝きを放つ。

 動けるものが、一斉に動いた。

 我先にと手を、足を伸ばして、石へ。

 

「石だけは!」

 

 幾度でも。

 スペードのホールに石は吸われた。

 

「どこだ――⁉︎」

 

 繋がる穴が、他にない。

 この場にあるホールは、その一つだけ。

 

「どこへやった!」

「ふっ、この街のどこかですが?」

「クッソ‼︎」

 

 遂に戦闘は厳しいと判断したスペードが、最終手段に出た。

 街のどこかに石を捨て、とにかく時間を稼ぐ。

 魔力の観点から、耐久面では敵側が有利。

 時間をかけてこそ、勝利は見える。

 

「さて、探し出せますか?」

 

 この大多数でさえ、土台無理な話。

 それでも、運や奇跡に賭けるなら、動くべき。

 そうでないなら、策を講じるべき。

 

 メンバーはとにかく無策でも駆け回ることを選択した。

 数名を敵の見張りと拘束に残し、それ以外は石の探索へ。

 石を見つけても、報告する時間さえ惜しいため、塔の台へ直行する事も決まった。

 そのため、捕らえた敵たち含め見張り組は、運良く石が見つかり、偶然にもトラブルなく台座へ収められた時を考慮し、表世界でも人気のない場所へ。

 

 索敵などが得意なメンバーもおらず、唯一物探しに使えるぼたんの補足能力も、まさかすぎる事態なため、石を捕捉対象にしていない。

 足と目を酷使して探す。

 これで終わりに、したいんだ。

 

 

 捜索開始から、20分。

 

 

 ……突如、塔が輝いた。

 各地で捜索していたメンバーが一斉に中央に視線を向けた。

 続いて、四方から4色の光が放たれ、中央へと吸い寄せられる。

 中央塔が金色に輝き、それを朱、蒼、翠、白の4色が囲う。

 黒々とした空で、鮮やかに光が踊る。

 

 次の瞬間、夜が晴れ、正しき夜が空を覆った。

 

「…………」

 

 世界が……戻った。

 

 

 誰が石を見つけたのか。

 それは誰一人として知ることができない。

 

 彼女たちが得た情報を共有できたのは、事後処理を終え、全員の疲労と傷が回復した、約5日後だった。

 

 





 みなさんどうも、作者です。
 さあ、これで遂に半年以上続いた4章が完結です。
 と、言いつつ、次回は後日談的な回です。
 意外と重要なこと言いますが。

 5章はやっと日常編に戻ります。
 ここからキャラも増えます。
 一先ず5章は……卒業までです。
 それと、5章の開始と同時、失礼且つ勝手ながら、るーちゃんの登場を失くします。
 何故会長は書くのに?と思うかもしれませんが、綺麗に卒業した二人と、契約解除や突然の引退になった他メンバーには、明確な違いがあると考えています。
 なので、誠に勝手ながら、5章以降、るーちゃんは登場しません。
 どうかご了承ください。

 さて……気が滅入る話はこの程度で。
 では、また次回。


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78話 正体と賞金

 

 皆を送り出したシオンは、スタジアムの台座の前まで歩いた。

 はあとの糸で拘束したA、そして、治癒後のすいせい、ころね、マリンも近くへ連れてきた。

 

 一度魔法で封印をかけ、魔法式を展開しながら金の石からの合図を待つ。

 

 この時シオンは動けない。

 一度魔法を切れば動けるが、再構築は大変だし、合図が来た瞬間に対応できない。

 それを分かっていたのだろう。

 Aが能力で手元に鉄具を引き寄せ、自力で糸を切った。

 そのまま、息を潜めてシオンへと忍び寄る。

 確実に、殺意を持って。

 

「っ……!」

 

 そのAの首元に、背後からそっと刃物を突き付けられる。

 

「動いたら殺すよ」

 

 Aには見えないが、黒のフードを被っている。

 そのフードの中で赤い瞳を煌めかせ、ニヒッと笑う。

 

「能力使っても殺すよ」

 

 刃物を電磁力で吹き飛ばそうと画策した脳内。

 それも推察済み。

 言葉だけで完全に行動を封じる。

 

「はい、いい子」

 

 黒フードの少女はポケットから小さな金属の輪を取り出し、それを開く。

 すると忽ち輪の面積が拡大し、Aの胴体を腕ごと束縛する。

 

「……誰?」

 

 シオンは背後に語りかけた。

 振り向くことすらできない。

 魔法式を切ってないから。

 

「……」

 

 返事はなし。

 そして、世界を戻した直後にシオンが振り返ったそこには、その少女はいなかった。

 

 

 

          *****

 

 

 

 黒フードの少女。

 彼女は、トワとるしあの下へ現れた者と同一人物。

 名前は沙花叉。

 ブラックを捕らえ、格納した後、シオンの下へ向かった。

 その場でAを再拘束したのも彼女。

 そしてその後更に、彼女は大きな活躍をしていた。

 

「えっと……この辺?」

 

 スタジアムから出て、何とも言い難い路地へ来た。

 電話での指示通り、所定の位置に立つ。

 数秒後座り込む。

 

「なぁんで沙花叉がこんなこと……」

 

 新人の扱いが酷い。

 そんな感じの愚痴を吐いて数秒暇を潰した。

 残りの数分はどうやって暇を潰そうか?

 指定の時間まであと5分ほどはある。

 

「はぁ……暗殺リストも落としちゃったし、こよちゃんの防衛パッチも壊しちゃったし、総帥にこき使われるし」

 

 あまり好成績ではない。

 だが、成果はあった。

 

「ま、当初の目的は果たしたし、何より……」

 

 口元がニヤける。

 顔が妙に歪み……表現し難い……気持ち、悪い表情になる。

 

「ぐへっ!」

 

 思い返す後ろ姿。

 初めてみた張本人。

 

「話しかけられたし」

 

 恥ずかし過ぎて返答はできなかったけど……。

 

 紫咲シオンと言う沙花叉にとって神々しい存在を脳内で浮かべ、言葉を幾度も再生し、時間を潰す。

 やがて、目の前に一つのホールが現れる。

 そこからひょいっと石が飛び出て来た。

 

「これだなー……」

 

 金色に輝く石。

 沙花叉はそれを拾うと中央塔へ歩いた。

 時間にして20分。

 走れば15分だが、あんまり変わらない。

 疲れるし。

 中央塔の階段を登り、立ち入り禁止の台座へ。

 石を乗せると……光った。

 

「はぁ〜、やっと終わった〜」

 

 大きな欠伸と伸びをして、更に上へ登る。

 侵入禁止のドアから外へ出て、風を浴びながら夜景を見下ろして迎えを待った。

 

 

 これが、ホロメンたちを救った影ながらの功労者。

 これが、誰も知ることのできない、真実である。

 

 

 

          *****

 

 

 

 傷も完治して、全員で事務所に集うことができた。

 今回の事件は、ホロメンだけの問題ではなく、国の存続に関わる重大な事件。

 国側への情報共有のため、多くのメンバーが事情聴取を受けた。

 

 

 様々なことが起こり、どう状況整理すればいいのか迷っていた。

 結果、話し合いで丸一日が潰れてしまった。

 

 全てを整理したえーちゃんが、翌日に説明のため再招集をかけた。

 

 

 えーちゃんが開示した整理結果はこうだ。

 

 まず、敵に関する情報。

 最重要目的は石の強奪と国家への叛逆。

 それに失敗し、A、K、J、トランプ、ノーカード、スペード、クラブ、ラヴ、ジョーカーC、レッドが逮捕された。

 ジョーカーM、ダイヤ、Q、ブラックは行方不明に。

 彼らを動かした黒幕が存在するとも言われた。

 だが、それ以上は出て来なかった。

 

 次にホロメンに関する情報。

 そら……巻き戻る力の発現。歌姫の力に起因するものと思われる。

 ロボ子……一部機器の破損で修理と機能改善に勤める必要がある。

 すいせい……大怪我をしたが、治癒により目立つ後遺症もなし。ただ、1週間以上の安静が必要。

 みこ……こちらも大怪我をしたが、同じく後遺症はなし。

 シオン……魔力の酷使により1ヶ月間は魔法を使わない方がいい。

 あやめ……大怪我により数日寝たきりだったが、起床後の体調は問題ない。ただ、愛刀破損による精神的負荷が大きい。

 ころね……怪我は大きくなかったが、疲労が大きかった。キレて全力を出した結果と思われる。憑依神獣の出現は人生初だそうだ。

 マリン……魔力の消滅により、今後一切の魔力行使が不可能となった。本人は、あまり気にしてない。そんな事より船が無事でよかったと涙していた。

 フレア……一度受けた腹の傷は後遺症すら無く消滅したまま。不思議な復活の力も解明できていないが、弓を手放したことに清々していた。

 ねね……不屈の力の発現。

 

 その他。

 箱推しとえーちゃんは情報共有などのため、協定を組んだそうだ。

 そして、沙花叉は箱推しとの契約の上であの場に立ち入ったらしい。

 

 

「そう! トワさ、こんなん拾ったんやけど」

 

 トワは大事に保管していたリストを取り出す。

 知らぬ名前が多く書き連ねてある。

 線で消された名前もある中、一つだけ知る名前、ブラックがある。

 更に、リストの最後のページには……。

 

「これ、シオンちゃんよね?」

 

 シオンと思しき写真が挟んであった。

 トワとるしあの話から、これは暗殺相手を纏めたブラックリスト。

 その最後に意味深に馳せられた写真。

 

「シオンが……ターゲットの一人ってこと?」

 

 何も知らなければ、そう行き着きやすい。

 しかし、思考を凝らせばそれは否定できる。

 シオンだけ写真なのは不自然だ。

 

「理由はどうあれ、まあ、一応警戒はしといた方がいいって事」

 

 軽い伝達事項はこの程度。

 続いて、重すぎる伝達事項。

 

 

「……皆さん、非常に重大な話があります」

 

 えーちゃんが、数枚の紙と剣幕な表情を持ち出す。

 

「私も、箱推しさんに聞いて初めて知りました」

「……?」

「裏社会、指名手配」

「……し、指名手配?」

 

 犯罪者にお金をかけて、国総出で捕らえることを促す仕組み。

 見かけたら通報を、捕らえたら連絡を、それに応じて、指定された金額が贈呈される。

 そんな、ありきたりな仕組み。

 

「通常の指名手配は、国が逃亡中の犯罪者を捕らえるために行います」

 

 誰もが知る事を前おく。

 

「ですが、この裏社会指名手配は、ある個人が勝手な思いで存在を抹消してほしい、若しくは捕らえてほしい者に賞金をかけて、裏社会の人間に働きかける仕組みです」

「ねえ……まさか……!」

 

 ばん、と一枚紙をボードに貼り付ける。

 

「『鋼鉄ロボ』ロボ子さん、賞金50万円」

 

 ロボ子の写真にWANTEDと書かれ、500000yen、とも。

 驚愕の悲鳴たちを打ち砕くように、えーちゃんはまたボードに紙を貼る。

 

「『兎長』兎田ぺこら、賞金50万円」

 

 同様にぺこらの写真の手配書。

 

「『海賊』宝鐘マリン、賞金50万円」

 

 そしてマリン。

 

 一律50万でかけられた賞金。

 しかし何故、この3人なのか。

 そんな疑問はすぐ消えた。

 

「『協賛の星』星街すいせい、賞金100万円」

「『桜花の巫女』さくらみこ、賞金100万円」

「『被虐の化猫』猫又おかゆ、賞金100万円」

「『最悪のハーフエルフ』不知火フレア、賞金100万円」

「『天声の天使』天音かなた、賞金100万円」

「『永久(とこしえ)の悪魔』常闇トワ、賞金100万円」

 

 上記6名、一律100万円の懸賞金。

 名前を呼ばれた者は、気が気でない。

 だが、まだ続く。

 

「『紫苑の魔術師』紫咲シオン、賞金300万円」

「『修羅の鬼神』百鬼あやめ、賞金300万円」

 

 以上2名は更に上へ。

 

「『歌姫の素質』ときのそら、賞金500万円」

 

 そらは更に更に上へ。

 もはや、非現実の範疇だ。

 

「そして……」

 

 えーちゃんが、最後の一枚をド派手に貼り付けた。

 

「『不屈の歌姫』桃鈴ねね、賞金1000万円」

 

 衝撃を重ねる展開。

 最高額を記録したのは、大ヒーローだったねね。

 しかも、その手配書の通り名のような部分に誰もが目を引かれ、度肝を抜かれた。

 

「ちょっ! 歌姫⁉︎」

 

 そう、不屈の歌姫。

 不屈の力が、まるで歌姫の能力と思わせる記し方。

 歌姫は世界に一人のみ。

 もし、これが事実なら、その一人はねねになる。

 そうなって、終わりのはずだというのに……。

 

「ま、待って……」

「理解が……」

「うん……や、ほんと……」

「ああ、追い付かねえ」

 

 手配書の製作者が、間違えた?

 にしてもあり得ない。

 

「ねねが……歌姫……」

 

 本人も、その力は未だ馴染んでおらず、歌姫の力と呼ぶに相応しいのか、判別できない。

 確かに、Aの最高硬度を突破した破壊力は凄まじいものだったが……。

 

「いいですか、これは、箱推しさんに聞いた一つの見解です」

「……うん」

「ねねさんは、異世界宇宙人である、という点に注目して下さい」

「……?」

 

 誰しもが知る事実。

 ねねは、異世界のタオタオ星からやって来た宇宙人。

 この世界に転移した時のことは、ねねの記憶にも新しい。

 因みに、アキロゼも異世界人。

 

「ねねさんが歌姫でありながら、そらにも依然歌姫の素質が予見されるのは、ねねさんが異世界の歌姫である可能性があるからです」

「え……?」

「そ、それって……」

「この世界『には』、一度に歌姫が一人しか生まれませんが、他の世界からやって来たとしたら? 同時に二人存在できないと証明できますか?」

「そんな極小の可能性……」

「その可能性を、偶然、奇跡的にも、引いていたら? ねねさんの歌の素質は皆さんもよく知っているはずです」

 

 歌姫と呼ぶにも申し分の無い美声。

 

 一年に、たった5本指で数えられる程度しか現れない異世界人。

 その選別時に、奇跡的にも歌姫を引き寄せてしまったのなら。

 本当に、この世界には歌姫が二人、存在しているかもしれない。

 

「……手配書とか、歌姫云々に関しては、大体分かった。あんまし納得は、出来ないけど」

「ねえ、箱推しって……何モンなの?」

「その手配書も、あいつから貰ったんじゃないの?」

 

 えーちゃんは黙り込む。

 正直、協定を組んだものの、えーちゃん自身、箱推しの輪郭は掴めてない。

 素顔すら、見たことがない。

 

「それなら、これ」

 

 だが、意外にもシオンが一つの薄い本を差し出す。

 ただ薄いだけで、如何わしいものではない。

 

 その本には番号と顔写真、そしてその人に関する詳細が書かれている。

 

「魔術師評価表、丁度昨日発行されたやつ」

 

 魔術師評価表とは、世界の魔術師の力を総合評価してランキング形式で示したもの。

 一年に一度発行される。

 巻頭は一位の魔術師に独占されていた。

 

「一位、『不明』、写真もunknown……」

 

 表紙を独占するには余りにも情報不足。

 全くもって役立たずな評価表。

 名前も写真も不明では、載せる意味がない。

 

「『不明』は通り名」

「え!」

「そういう名前ってこと?」

「そう」

 

 流石はシオン。

 魔術に関しての知識が群を抜いている。

 皆が興味を持ってその本に集まり、次のページへ。

 

「二位、『W(ダブル)

「それ『W(ワット)』て読む」

「は? ふりがなふれよ」

 

 初見では読めない。

 不明も、ふりがなさえあれば気が付けたかも。

 

「めっちゃ悪そう」

「いかにもやってそうな顔」

 

 笑みが深く、狂気じみたツラだ。

 

「それは喜劇の仮面、素顔じゃないよ」

「普通に考えてこんな顔ないだろ」

「え、そう? 悪いすいちゃんって感じ」

「おい」

 

 妙な茶番を始める。

 

「えーっと、三位、箱……推し⁉︎」

「え、ウソ⁉︎」

「うわ、マジやん」

 

 次のページの名前、そして写真に映る喜怒哀楽の仮面。

 正真正銘、あの箱推しだ。

 世界評価三位の魔術師であった。

 しかし……

 

「1から3まで素顔不明って……この本大丈夫か?」

「それな」

 

 仮面が素顔のようなものとも言えるが、素顔でいられると気付けない。

 

 と、まあ、箱推しの順位も知ったところで……

 

「シオンたんはどこかな〜」

 

 マリンがシオンを探してページを捲り始める。

 捲り始めて2ページほど。

 4位以降は、1ページに2人載っている。

 

「ええ⁉︎」

 

 マリンの鈍く響く声に、皆がまた集う。

 

「6位、『紫咲シオン』!」

「うひょーー!」

 

 シオンのしけた顔の写真と共に、情報が記載されていた。

 昨年の評価では10位。

 そこから6位までの上昇はかなり大きい。

 

「貸して!」

 

 シオンが羞恥に頬を染めて一旦本を取り上げる。

 そして更に2ページほど進んでもう一度バン、と机に叩きつける。

 

「シオンなんかより皆、こいつの顔だけは覚えといて」

 

 そこには1人の女性と1人の男性。

 

「どっち?」

「男の方」

 

 ありきたりなつまらない男の顔。

 モテなさそうだが、気持ち悪くもない。

 評価順位は10位。

 今更ながら、総数は113人だ。

 また一年で、大勢増えた。

 

「いいけど、なんで?」

「こいつ、去年はリストになかった顔」

 

 即ち、新人。

 新人が10位は、確かに恐ろしい。

 突然上位に見知らぬ顔が現れれば、当然警戒するし、顔も覚える。

 

「へえ、確かにそりゃやべえ……けど、悪い奴とは限らないんじゃね?」

「んーん、間違いなく気狂い」

「根拠は?」

「順位は基本最下位周辺から名前が載り始めて、少しずつ上位へと評価が変化する」

「まあ、そうですよね」

 

 だから強いとは納得できるが、だから凶悪とは繋げられないはず。

 

「どれだけすごい論文を出したとしても、デビューは50位前後が関の山。それを10位でデビューするには、頭や技術以外の面でアピールするしかない」

「滅茶苦茶世界に貢献したとかは?」

「この評価表の順位策定の基準の一つは凶悪性。一位は間違いなく世界レベルの犯罪者で、10位圏内も基本は相当なもの」

「箱推しはまだしも、シオンたんは?」

「勿論例外もあるけど、それは正当に、地道に積み上げて来た場合に限る」

 

 これが、シオンが危険視する根拠。

 

「こいつはヘタしたら、来年には3位辺りにいるかもしんない」

 

 魔術エキスパートのシオンの太鼓判付き。

 警戒して然るべき存在だということだ。

 

「……みんなさ、積もる話もあるだろうけどさ、楽しい話しない?」

 

 ぺこらが包帯を巻いた右腕を挙げた。

 数名は首を傾げていた。

 

「ほら、ぼたんちゃん」

 

 ぺこらがぼたんを促す。

 こんな暗い話ばかりでは、エンターテイメントは繰り出せない。

 我々は、動画配信者だ。

 

「急っすね、ま、いいけど」

 

 ぼたんが全員の目の届く位置へ立つ。

 大きく注目を集めて、宣言する。

 

「6月27日に、うさ建主催の夏祭り、うさ建夏祭りを開催します‼︎」

 

 今年もホロライブの夏を、初める時が来た。

 

 





 皆様、どうも、作者です。
 ようやっと、4章完結です。
 読んでくださっている方々には感謝しております。

 さて、これより5章が始まるわけですが、5章は再び日常編ですね。
 6章ではまたバトルですが、次のバトルからは、完全に活躍しないメンバーも増えます。
 4章が長すぎたので。
 5章も10〜15話だと思います。

 それではまた次回。


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第五章 卒業編
79話 リスナーって、何者?


 

 うさ建夏祭り。

 獅白ぼたん主導のもと開催が決定した、超大型イベント。

 この大型行事は当然ながら配信も行う。

 そして、実際に人を通して、屋台などの出店も設ける。

 しかも、自身の手で作り上げる。

 最後には、ヤグラの周囲で花火を上げる。

 

 今回は、今までとはまた少し異なる試みだ。

 土地はどうするのか?という疑問も多々寄せられた。

 なんと、先日の事件を経て、会社は事務所裏の広大な空き地を購入したのだ。

 国との契約のもとでの購入となり、金額は半額ほど国が負担することとなる。

 ここは、53年前にとある魔術師が事件を起こし、廃園と化した遊園地跡。

 以前はこの場所に石が眠り、遊園地を盛り上げていた。

 そんなテーマパークのような土地を再建するべく、社長は動いた。

 国も動いた。

 そこへ丁度、夏祭り。

 そして秋には、ミオとみこが既に新運動会を計画している。

 

 様々な行事を行うことができ、更に日頃から誰もが足を運べるテーマパークを目指してゆく。

 今後、ここを遊園地とし、自由な建設を行う会社を複数個編成し、各々の好みに合わせた娯楽施設を建設してもらう。

 更に、アクアマリン号のレプリカや、事務所出張版なども設営し、一層盛り上げていく予定だ。

 

 

 多忙な日々へと変化を続けるが、配信活動は止まらない。

 元来、配信型アイドルとして売り出したのだ。

 

 そんな頑張るメンバーと応援する者の、ちょっとしたお話を。

 

 

 

          *****

 

 

 

 歌はあまり、得意ではないと知った。

 歌は好きだが、アイドルを目指すような歌声は持ち合わせていなかった。

 でも、入ったのはアイドル事務所。

 

 理由は他とは変わってる。

 みんなは、歌を聴いてほしい、とか、アイドルしたい、とか……。

 まあ、例外もいたけれど。

 

 この世界は荒んでいる。

 目には見えない燻りや蟠りが積もりに積もって、蔓延っている。

 騎士団で活動する中で、気が付いた世界の悩み。

 

 この世界に足りないもの……それは癒し。

 癒しの時間が、憩いの空間が、疲労を忘れる瞬間が必要だ。

 だから加入を決意した。

 

 思えばあれが、きっかけだったのかもしれない。

 

 知らぬ間に通過していた一次選考。

 多分ゲーマーズのメンバー募集。

 誰かが送った要項が選考通過してしまい、それを取り下げに事務所へ出向いた。

 

 でも……いや、だから、その次の3期生募集時、本気で入社したいと思えた。

 書類選考を通過して、社長との面接で自分を売り込み、合格。

 マリンとフレアと、3期生後発組としてデビューした。

 入社して思い知る、メンバーの個性と自身の歌のレベル。

 

 配信に来る人を、癒せればいいと思った。

 

 それが次第に、大きくなった。

 

 今の夢。

 3期生のみんなとライブをすること。

 夢の中に、歌う事が入り込んできた。

 

 足りない。

 今の歌唱力では、足りない。

 もっと、もっと、もっともっと、パワーアップが必要だ。

 

 毎日歌やダンスのレッスン。

 過酷な日々となる。

 疲れて、疲れて、疲れ果てて。

 泣きたくなった事もある。

 そんな時でも、仲間がいたから……みんながいたから、頑張れた。

 

 頑張って、頑張って、頑張った先。

 

 

 

          *****

 

 

 

 白銀ノエル、チャンネル登録者100万人突破。

 

 カウンターに一瞬刻まれた100万の数値。

 やがて100万1、100万2……とカウントは増える。

 

 努力が報われたような、胸いっぱいの幸福感が押し寄せ、感無量といった様相。

 泣きそうだった。

 今まで、団員さんを癒す事を考え、世界を温める活動をして来た。

 テストを頑張った学生くん、仕事疲れの社会人さん。

 彼ら彼女らを癒して来たノエルが、返されるように、暖かい気分にされた。

 これが癒しだ。

 

「……」

 

 思った。

 ホロメンは、リスナーの心の支えになっている。

 遠隔的でも、リスナーを元気づけている。

 

 そんなホロメンが、辛い時、誰が助けるのだろう?

 今のように、リスナーか? はたまた、そばにいるホロメンか?

 

 過去にとあるメンバーがこんな事を発信していた。

 本当に大変なことが起きた時、リスナーは応援して待っていてね。そんな時は側にいる親友が何とかするから。

 こんな感じ。

 

 悲しくないか、リスナー諸君。

 なにもできないを実感、痛感して、ただSNSを眺めるのみ。

 でも実際、日頃側にいつつも、顔を知らないリスナーの言葉の持つ力など、高が知れている。

 

 アンチコメを見つけたら? ゲームにチーターが現れたら? メンバーに不幸があったら? 会社で事件が起きたら?

 

 もっとリスナーは活動できるべきである。

 

 やはり世界は間違っている。

 その間違いは、何もこの一つではない。

 

「……」

 

 俺はホロメンが大好きだ。

 だからこそ、気付いてほしいことが山ほどある。

 それが今の俺の……やりたい事。

 

 

 ピンポン、とチャイムが鳴る。

 備え付けのインターホンから。

 

「開いてる」

 

 1秒も満たない通話をして切ると扉が開く。

 

「お邪魔するよ」

「ほら」

「っと……合鍵?」

「好きに使っていい」

「……箱推しって、変わってるな」

「ろぼさーも十分変人だ」

 

 ここは箱推しが作ったリスナーズ拠点。

 超大型リビングとキッチン、そして複数の小部屋からなる、いわゆる豪邸。

 家主は箱推しで、訪れたロボさーは客。

 使用料無料で、リスナーが自由に出入りできる推しの語り場、そして配信視聴場。

 

「ろぼさー、お前にも仲間集めを頼みたい」

「各リスナーから1人ずつだっけか」

「ああ、箱推しの俺は除外して、ろぼさーのお前は第2号だ」

 

 箱推しの計画。

 未だに未知数だが、各ホロメンを推すそれぞれのリスナーを集め、いざという時動ける体勢にしておく。

 この家はリスナーに必須の様々を供給する施設。

 費用は莫大だが、箱推しにはそれを超える莫大な資金がある。

 

「研究で貰ったんだっけ?」

「ん? ああ、金ならな。魔術の研究発表でノーベルとか貰ってな。10億は超えた」

「ひぇ〜、お前まだ20歳くらいだろ? 頭イッてんだろ……」

「お前も科学や工学、情報面で資格とか表彰とか世界レベルって聞いたが?」

「一緒にすんなって、お前のと俺のでは現在の発展レベルが違うんだから」

 

 金や資格、表彰といった泥臭い話。

 やめだ、こんな話は。

 

「それよりも、さっきの続きだ」

「ああ……ま、数名目星はつけてるよ」

「俺もだ……と言っても、1人だが」

「因みに聞くけど、どんな奴でもいい?」

「構わんが、できれば変人がいい」

「箱推しで十分キャラは立つって」

 

 ろぼさーの豊かな表情に対して、箱推しは相変わらず表情が変化しない。

 変人がいいとは、それこそ変人。

 だが、この輪にぶち込むなら、それが妥当か。

 

「分かった。知り合いに風変わりな『はあとん』とそれっぽい『ねっ子』がいるから、そいつら今度連れてくるよ」

「俺はとある高校に面白い『わためいと』を見つけた。勧誘してみる」

 

 部屋を見回りながら仲間集めの進捗報告を行う。

 とある部屋のそばでろぼさーが立ち止まった。

 

「……」

 

 足元にあった微かな粉に触れ、臭いを嗅ぐ。

 鼻にくる、微量でも強烈な臭い。

 

「お前タバコ吸うっけ?」

 

 それは、タバコの燃えカス。

 捨てる際に落ちたほんの僅かな灰。

 

「ああ、それは第一号のやつだ」

「へぇ…………」

 

 喫煙者はホロメンにあまり好かれない。

 いや、これは語弊があるか。

 ホロメンはタバコ嫌いも結構いる。

 ホロメンのためにやめる者もいるようだが……例外にも漏れはない様子だ。

 

「百鬼組だが、アイツも癖強いぞ」

「1号って、いつ出会ったんだ? 俺も1年ほど前だけど、それより前だろ?」

「ああ、結構昔からだな。何年前かは覚えてない」

 

 幼馴染ではないのか。

 ろぼさーは指を服で擦ってリビングへ戻った。

 

「じゃあ、人員確保頼む」

「期待はすんなよ」

 

 リスナーが遂に、大きく動き始めた。

 

 





 皆様、作者でございます。
 とうとう始まりました第5章。
 この章からは遂にリスナー陣営も絡んで参ります。
 ホロメンの日常に加えて、我々リスナーの在り方や、特殊な生き様を描ければと思っております。
 当然ながら、例えば箱推しの像がそのままリアルにというわけではございません。
 作者が勝手にキャラ付けしているだけなので、誤解はしないでください。

 さて、次回は早速とあるリスナー物語を、その次はホロメンの物語でも描きましょうかね。

 では、また次回。


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80話 わためいと

 

 高校一年の夏、「角巻わため」という最高のアイドルを知った。

 初めて見たのはWNFの配信。

 歌声が素敵、繋ぎのトークが楽しい、歌唱後のスパチャ読みの空間の暖かさ、歌と雑談の声のギャップ、その人柄の良さ。

 何もかもが、理想に近い存在で、惚れたんだ。

 

 わためを推し始めて約半年間、何も気にしていなかった。

 彼女を応援することに夢中だった。

 

「あいつ、わためぇ推してるんだとよ」

「はあ? アイツが?」

「いや、アイツがわためいとって……」

 

 好きなことは隠さない。

 昔から堂々としていたから。

 

 もし、そんな風に聞こえたら、大抵、

 

「オイ、なんか文句あんのかよ」

「……いや、別に」

「コソコソ他人の悪口言ってんじゃねえよ、直接言えやコラ」

 

 胸ぐらを掴んで恐喝する。

 中学の初め頃から、不良と呼ばれる類の人間だったから。

 こんな事は日常茶飯事だった。

 ムカつく奴は殴る。

 喧嘩も結構強かった。

 

「じゃ、じゃあ言うけど、お前……お前みたいな不良がわため推しとかさ、他のわためいとや、わために失礼だろ」

「ンだとっ!」

 

 そいつの頬に一発入れてやった。

 腹が立ったんだ。

 

「誰が誰を好きだろうと関係ねぇだろうが」

 

 その日はそれで終わりだった。

 でも、それ以来、気掛かりなことばかり。

 

 わための理想的な在り方を、自分と比較するようになった。

 他のわためいとの言葉を、自分と対比して捉えるようになった。

 

 

「俺って……」

 

 わためを推していて、いいのだろうか?

 半年間推してきて、ようやく気付いた。

 自分と完全に不釣り合いな推し。

 そして、その環境。

 

 自信が持てなくなった。

 鞄につけていたストラップを外して、筆箱のキーホルダーも取って、引き出しの中へ仕舞い込んだ。

 

「なんだ、もうわためぇには飽きたのかよ」

「……っ!」

 

 拳を握った。

 拳は振るえなかった。

 

 自身の人格に、迷いが生まれてきた。

 

 自分は、わためいとにはなれない。

 

 何を言われようと仕方がない。

 

 

 発売された記念グッズは変わらず注文したし、コラボグッズも欠かさず買いに出た。

 でも、集めたグッズは棚の奥へと蓄えられるだけ。

 いつになったらそれらは、日の目を見るのだろう。

 

「10時からコンビニでコラボだな」

 

 袋と財布を持って近くの対象店舗へ向かった。

 いつもの人通り。

 大抵この店とのコラボは1、2時間で品切れとなるため、開始時間に合わせて行くのがセオリー。

 もっと都心なら、それでも間に合わない可能性すらある。

 

 今回はわための他に、ノエル、まつり、はあと、ミオが対象メンバーだ。

 商品3つでファイルが一つ。

 実質、ファィル一つでおまけが3つ。

 

 商品とファイルをレジに持っていき、購入。

 そそくさと店を後にしようとした。

 コンビニを出た時、偶然、聞いてしまったんだ。

 

「ホロライブってさ……」

 

 すれ違い、コンビニに入店する3人の高校生。

 コラボで店頭に並ぶ商品を見て笑いながら、話していた。

 その会話は、わためいとにとって極めて不快なものだった。

 

「っ!」

「いっでぇぇ! なんだテメェ‼︎」

「……ぁ」

 

 気が付けば、昔の手癖で殴り飛ばしていた。

 腹が立って、考えるより先に、動いてしまった。

 

 誹謗中傷に苛立って殴っても、それが他人を貶める意図のないただの思想であるため、わためいとの方が悪となる。

 

 小さな揉め事だったが、呆れた警察に、交番へ呼ばれ、話し合いで解決した。

 わためいとが謝罪し、和解となった。

 殴られた側は不満げだったが、わためいとはそれを超える苛立ちを募らせていた。

 

 警察官から口頭で忠告を受け、高校にも連絡を入れられた。

 

 そして解放されたわためいとは、機嫌悪く帰路へつく。

 折角買ったグッズも、交番に置き忘れるほど。

 

 

「なあ、そこの高校生」

「……?」

「そう、お前」

 

 背後から声をかけられ振り向いた。

 人違いかと思ったが、顔を指差され確信に変わる。

 

「忘れもんだ」

「……あ、あざっす」

 

 不審な仮面で素顔を隠す男性に警戒しつつも、その大事な忘れ物を受け取る。

 中身はわためのファイル、とオマケの商品。

 

 お辞儀して、礼も済ませ、即刻立ち去ろうと振り返るが男性は付いてくる。

 

「なんだよ、まだなんかあんのか?」

「ああ」

「じゃあ言えよ、ただでさえ怪しいんだから」

 

 仮面の男、箱推し。

 箱推しはそれでももう少し黙って、わためいとを様々な角度から観察した。

 わためいとは不快そうに眉を寄せ、イラっと口と眉を動かした。

 

「怪しい宗教の勧誘だ、ちょっと来てくれ」

「誰が行くか、そんな売り文句」

「安心しろ、入会費とかその他諸々無料だ」

「余計怪しいんだよ、ぶっ飛ばすぞ」

 

 容赦ない言葉選び。

 年上である事は、仮面越しでも明白だが、一切物怖じせず、タメ口。

 度胸はやはり、伊達じゃない。

 

「お前は面白い奴だ。だから誘ってる、俺たちのリスナーズ拠点に」

「リスナーズ拠点……?」

「来ればわかる」

 

 箱推しは背を向けて歩き出した。

 わためいとを待たずして。

 遅くも速くもない歩速だが、みるみる距離は開く。

 

 変な奴で、怪しい奴だと思った。

 それでも付いて行ったのは、きっと何かを求めていたからだ。

 

 

 箱推しは途中コンビニに立ち寄り、例のグッズを沢山袋に詰めて出てきた。

 袋の口から中をチラッと覗き、誰のファイルを買ったのか盗み見た。

 わため以外のファイルは揃っていた。

 対象商品も、丁度4ファイル分。

 

「わためだけ売り切れだったんだ」

「……! そうか」

 

 正面を向く箱推しが、目線もくれず告白した。

 ビクッと肩を震わせ、咄嗟に視線を逸らす。

 相槌も打つ。

 

「お前、箱推しなんだな」

「ああ、全員平等に好きだ」

「……」

 

 自身の手元の袋を見て、押し黙る。

 初めての感情の彷彿。

 

「これ、いるか? その分の金は取るけど」

「いいのか? お前、わためいとなんだろ?」

「いや……ああ、いいよ。俺よりも、お前の方が真っ当そうだしな」

 

 わためいとの嘲笑に、箱推しは内心にやけた。

 仮面もあるし、表情は顔に出ないし、感情はあまりないが、最近習得し始めた表現。

 まずは心から。

 

「なら気持ちだけ貰っとこう」

 

 異次元空間からわためのファイルと対象商品3つが入った別の袋を取り出し見せつけた。

 

「……お前、ナニモンだ?」

「ただの魔術師だ」

「いつから俺のこと知ってんだよ」

「2週間ほど前」

「キメェ」

 

 試された事よりも、内に秘める悩みを知られていた事に苛立った。

 拳を握ったが、それを振るう事はなかった。

 

「やはりお前は、そういう面白い人間だ」

「あ? ンダよ、藪から棒に」

 

「拠点に着く前に先駆けて話そうか」

「何を」

 

 通行人が気にならない程度の声で、前後で会話を図る。

 

「交番までしょっ引かれてるの見た」

「ああ……さっきのな」

「もやもやしてるだろ、そしてちょっと腹立ってんだろ」

「今ので余計腹たった」

 

 透かされる感情。

 箱推しは他人の感情を把握できる。

 世界で他に存在しない、感情を察知する力。

 魔術師になって、自ら生み出した術。

 

「暴力的で、短気な自分がわためいとで居ていいのか」

「……」

 

 心の内すらも見透かされる。

 居心地が悪くなり、口元を曲げるが、それでもわためいとは付いて行く。

 身を縮めて、喧騒に紛れるようにひっそりと。

 

「そうやって他人に言われて来て、気にしてる。初期の頃は意識せず、そういう奴は殴ったんだろうが、他のわためいととの差異に気づき始めてからは、その拳を抑え込むようになった」

「……的確すぎてキモいな」

 

 今日の接触の仕方からして、毎日見張られていたのだろう。

 それにしても、読みが完璧すぎるが。

 

「でも今日は殴った。その理由、自分では分かってんのか?」

「……さあな、無意識で動いたし、考えたら、自分がもっと嫌いになりそうだったからな」

「なら教えよう、それは多分、批判されたのが自分ではなく『わため』だったからだ」

「…………」

 

 単刀直入にぶち込まれた答えは、正解だと直感した。

 脳が働く前に理解できた。

 自分の知らない感情を。

 

「やり方はともあれ、推しを想える、いい心の持ち主だ」

「正気じゃないな、お前は」

「とうの昔からな」

 

 声色一つ変えない箱推しに、不気味さを覚えつつも、何か不思議な未来を見据える。

 

「俺はこのやり方が気に入らないんだ。わための側に、俺みたいな暴力的な奴は、居るべきじゃない」

 

 人は、一年ちょっとで変わるほど、簡単な者じゃない。

 気に入らなくとも、つい手が出てしまう。

 抑えたいのに、すぐ怒りが爆発して、暴発してしまう。

 「わため」や「他のわためいと」を尊重するなら、自分1人が離れる。

 それが最も被害が少なく、理に適っている。

 

「お子ちゃまだな」

「ああ? ナメてんのか」

「お前は大人の世界舐めすぎだ」

 

 とある豪邸の前で立ち止まり、扉を背後にわためいとの眼前に指を突きつける。

 

「お前みたいなガキは結構多いんだよ。子供は大人に甘えてろ」

「……ガキ扱いすんな」

「大人は20かそこらからだろ。それとも、大人料金になれば大人か? 一人暮らし始めれば大人か?」

「……」

「高校生なんて思春期真っ盛りだ。まだ迷ってりゃいいんだよ」

「迷う……」

「結論出すのが早いって言ってんだ。もう2年くらい、推しでも眺めながら自分の生き様探ればいいんだよ」

 

 嗜めると、背を向けて門を開いた。

 そして、玄関扉を開く。

 見覚えのある靴たちが並んでいた。

 豪邸に似合わない品質で、雑に脱ぎ捨てられている物もある。

 

 箱推しの言葉を案外真摯に受け止めて間の抜けた面をしているわためいと。

 無理矢理中へ引き寄せ、上がらせる。

 

「平日の昼だってのに、暇人ばっかなんだよ」

「何の話だ?」

 

 物音が、奥の扉の先から響いている。

 人の気配。

 それも複数人。

 

「変態たちだ」

 

 扉を開くと、想像を超える広さのリビングが出迎えた。

 大きなテレビがあり、大きな机があり、大きなソファーがあり……。

 あと、人が数人。

 

「おかえりー、お、誰だそいつ」

「あ、言ってたわためいとじゃね?」

「そうだ」

「……えっと」

 

 獣人2人がわためいとに微かな興味を示した。

 外見では、何の獣人か区別できない。

 

「ねっ子、はあとん」

「わ……」

「わためいとだ」

 

 箱推しが全員紹介した。

 

「うし、やっぱこの辺だろ」

「だからそこは、今度届くねねちのポスター貼るんだって!」

「アクスタの場所譲ったんだから譲れよ」

「お前ら、いい加減にしないと口に唐辛子突っ込むぞ」

 

 机でノートやら教科書やらを開いている男性が、唐辛子を咥えて2人を叱りつけた。

 額のやや上に、一本のツノ。

 鬼だ。

 

「ここで勉強なんかすっからだっての」

「ろぼさーに教えてもらうなら、ここがいいんだよ。てかお前ら、学校ないんか」

「おいおい、今日コンビニで何があるか知らないのか?」

「コラボだろ、はあちゃまのはもう買って来たんだろ?」

「今から大学行くのめんどい」

「はあ……ねっ子は?」

「休んだ」

「何でだよ!」

「配信優先、もうすぐ昼配信」

 

 堕落した者どもの集い。

 大学を休んでグッズ入手に勤しむ、はあとん。

 高校を休んで配信を観る、ねっ子。

 

 机でまじめに勉強するのは、おにぎりゃー。

 その隣で教鞭をとるかのように指導するのは、ろぼさー。

 真横のホワイトボードには意味不明な数式がビッシリと書き連ねてある。

 高校の範囲とは思えない。

 

「いつもこんな感じだ」

「えっと……どういう?」

 

 連行された意図が汲み取れず、わためいとは首元に手を当てた。

 

「『そらとも』から『座員』までを集めてる」

「俺もここに来いって?」

「ああ」

「……そもそも、何の集まりだよ」

 

 箱推しは、答えず仮面にそっと触れた。

 箱推しの判断基準は、持つべき心と推しへの愛。

 それを、このわためいとは満たしている。

 が、言葉にはしない。

 

「まあ、今日はただの勧誘だ。いつでも、好きな時に来ていい。俺はここに住んでるから」

「…………」

 

 わためいとの右手に、無理矢理合鍵を握らせる。

 

「少なくとも、ここの人間はお前を否定しない」

「…………」

 

 見渡す景色の中に映る、暑苦しそうな男たち。

 各々が自由に会話して、楽しんでいる。

 

「悩みも聞いてくれるだろうし、良い仲にもなれるはずだ」

「…………」

「好きなもの追ってて辛いなんて、つまんねぇって」

 

 ろぼさーが割り込んで、わためいとの肩に腕を回した。

 

「迷うくらいなら、がむしゃらにでも、推してこう!」

「俺のセリフと合わなくなるんだが……」

「へ、なんで?」

 

 箱推しが門前で話した、迷ってればいい、という言葉。

 それをろぼさーは、迷うくらいなら推せ、と言う。

 

「…………考えてみる」

 

 わためいとは、強く鍵を握り締めた。

 

 

 翌日、放課後にわためいとが拠点を訪れた時、小さな歓迎会が開かれた。

 

 





 みなさんどうも、作者です。
 さあ、今回はどうでしたか?
 わためいとの小さなストーリー。
 そして初登場のリスナーたち。
 まだ表面には出ていませんが、一癖も二癖もある面々です。

 このメンバー達が将来どんな世界に立っているのか、ホロメンの歩みと並行して描いていきます。
 ですが、次回は多分ホロメンパート。
 その次は未定です。

 とまあ、そんな感じなんで。
 ではまた次回。


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81話 囲まれる自分

 

 あの時のことは、きっと忘れられないだろう。

 自分という存在が確立するための、最重要工程だったはずだ。

 

 他のメンバーとは違うスタート。

 0期生と括られるも、各々のデビューは特徴的。

 まるで人知れずこの世に生まれたように。

 

 2期生がデビューする前、「さくらみこ」という少女が、ホロライブの挑戦的な活動の軸として動いていた。

 二進も三進も行かないような、拙い活動。

 動画編集は得意ではなかったが、頑張って覚えた。

 肯定感の薄い中で、応援してくれる人たちの言葉を浴びて、成長を続けた。

 

 駆け出しても、転んでばかり。

 上手くいかないことばかり。

 

 七転び八起きの精神で転んでは立ち上がる。

 立ち上がってはまた転ぶ。

 そんな活動を繰り返していた。

 

 ある日、イベント情報が入った。

 リスナー……即ちファンに、足を運んでもらう、一対一の対面トークイベント。

 1人約1分の時間、指定したメンバーと会話をする、ありきたりなイベント。

 

 知名度もなく、自分を目当てに来てくれた人が、どれだけいただろう?

 その夜に指を折って数えてみた。

 

 一人きり、声を上げて泣いた。

 

 配信で、みんなと話した。

 

 ここからだ。

 

 この悔しさをバネに、殻を破る時だ。

 ここで息絶えるな。

 この時配信に来て、言葉をくれたみんなが、ファンだ。

 ファンに応えると、誓う。

 それが、このイベントの意味。

 そして、泣いた夜。

 

 

 

          *****

 

 

 

 さくらみこチャンネル登録者100万人突破。

 ホロライブが勢力を増し、100万人突破が増加する。

 その例に漏れず、古のメンバーさくらみこも。

 

 大きな存在になった。

 でも、夢の存在になれていない。

 

 憧れたのは「ときのそら」。

 

 長年の活動で、みこは気づいた。

 さも当然ながら、自分はそらになれないと。

 誰しもが確立する自分らしさ、いわゆる個性。

 キャラ作りの時期を乗り越え、本来の姿を見せつける近年。

 

 振り返る活動休止の約100日間。

 復帰配信の涙。

 

 涙を流す度に、強くなっている人生。

 強くなっても溢れる涙。

 

 涙と、経験と、リスナーが強くしてくれた。

 

 

「みこち〜、100万人おめでと〜」

 

 会社で出会ったそらにお祝いされた。

 ゆるふわな調子でにっこりと笑う姿が素敵だ。

 憧れの存在はいつだって眩い。

 

「そらちゃん、ありがと……」

 

 少し照れ臭そうに鼻を赤らめて、姿勢を低くする。

 自分は、どうやって「ときのそら」の隣に立てばいいのだろう?

 

「ねえみこち、100万人突破した人は会社に一つ願い事を叶えてもらえるって知ってる?」

「……? 迷信?」

「んーん、ころねちゃんとか、ぺこらちゃんとか、マリンちゃんとか、みんな何かお願いしたらしいよ」

「そうなんだ〜」

「みこちは、何かないの?」

「……お願い事かぁ〜」

 

 今の生活に、満足できている。

 大変だった過去も、幸せで満たされる今のためと思える。

 加えて願いなんて、欲深くないだろうか?

 そもそも、欲しいものって、何だ?

 

 100万人という巨大な目標を突破した一部の者が得てしまう燃え尽き症候群。

 新たな目標が定まらず、足踏みしてしまう。

 

「……どうしたの?」

「え、っと……」

 

 言葉に詰まった。

 そらの純真な瞳に、心が澱む。

 

 100万人記念に叶える願い。

 それは、自分のためであって、いいのだろうか。

 

「みこ、神様の使いだからあんまりお願い事しないんだよにぇ……」

 

 ジョークに触れた。

 あまり、面白くない。

 ウケ狙いではないから。

 

「あ、みこち!」

 

 そこへ、すいせいも居合わせる。

 口に何か含んでいる。

 カラカラ音を立てて、時折、ちゅぱちゅぱと鳴る。

 飴か……。

 

「何かあった?」

「別に」

「特に何もないよ」

「ふーん」

 

 みこの微かな表情の変化を見切った完璧な洞察力。

 だが、2人に否定されて口は噤んだ。

 

「星街こそ、なんか用?」

「いや、時間的にいると思って。100万人おめ」

「それだけかい」

「そんだけ、でもありがたく思え」

「あいあい、ありがと」

 

 ビジネスが浮かび上がる。

 ビジネスの輪に何故最強アイドルがいるのか。

 

「……! ねえ、2人ともこれから用事ある?」

 

 そらが陽気に2人の肩をとんと叩いた。

 すいせいの目よりも煌めいている。

 

「「ないよ」」

「じゃあ……ね?」

「「……?」」

 

 そらのお誘いで、遊びに出た。

 朝からの仕事で、午後の時間は空白。

 その時間を有意義に活用する。

 

 雑貨屋へ入り、商品を物色。

 玩具屋へ行き、主に人形を物色。

 服屋へ行き、様々な服を試着。

 一般女性のようなショッピングルートを周り、ゲーセンへ行ったり、公園へ行ったり。

 

「ほらみこち、これ買ってあげまちゅよ」

「だまれ! ぶっっっ飛ばすぞ!」

 

 雑貨屋で赤ん坊をあやす道具を見せてニマニマするすいせい。

 そらと仲良く小物を見ていたみこはキレ芸をして、直様ガラガラを元の場へ返しに行く。

 

「そらちゃん、みこちゃん、あそぼ、私とあそぼ」

「恥ずかしくねえの?」

「あれ、みこちゃん、あそばないの?」

「そ、そらちゃん……?」

 

 ぬいぐるみを動かして腹話術を頑張るすいせい。

 極めて高い声でぬいぐるみが2人に迫る。

 年不相応に見える光景に、唖然とするみこだったが、そらが乗り気だった。

 そらはギリギリ腹話術ができていなかった。

 

「みこちこの洋服合いそう」

「そらちゃん、こっちのワンピ着てみてよ」

 

 買わないのに試着しまくるやつ。

 みこはそらに着せ替え人形にされ、逆にそらに願望の服を着せて喜んでいた。

 すいせいも自分の服を見ていたり、たまにネタを持ってきた。

 申し訳ないので、みんな一着は買った。

 

「すいちゃんゲーム上手いよね〜」

「そらちゃんも上手い方でしょ」

「…………」

 

 ゲームの腕前。

 すいせいは卓越しているが、そらもそこそこ。

 みこは黙って後ろについて回った。

 

「ねこ!」

「ねこだね」

「ねこだ」

 

 公園に猫の群勢がいた。

 10以上の野良猫が一ヶ所に集まっている。

 全部白猫。

 

 シロネコ、シロネコ、シロネコ、シロネコ…………。

 

「シロネコ……」

「デッカいキツネ」

「フブちゃん!」

 

 猫の軍団の中に、どうやって紛れていたのか、白上フブキがいた。

 ぽけーっ、と三人を見つめている。

 

「何してるの、こんなとこで」

 

 そらが視線を合わせて尋ねると、フブキは「ぁ」と何か発しかけたが、周囲の猫が騒々しくて掻き消えた。

 数匹のネコが、フブキに威嚇するように「キシャーっ」と。

 

「……うわっ、スゴイや」

 

 フブキはネコたちから逃げるように去って行った。

 三人にチラッと目配せして、じゃあね、と合図された。

 

「……何してたんだろ」

「さあ……」

 

 ここに用事はないはず。

 

 よく分からないけど、みこは1匹のシロネコを抱えた。

 抱っこして、ベンチに座る。

 

 ミャー、ニャー、ニャー……。

 と、全てのネコが、みこに纏わりつく。

 みこの懐に潜り込んだり、膝に乗ったりして、丸くなる。

 

「すごい……私も」

 

 そらが物欲しそうな目で見つめる。

 欲に負け、1匹を抱えるが、直ぐにみこの肩に逃げられた。

 すいせいが抱えても、同じだった。

 

「悲しいけど……いい光景」

「似合う」

 

 客観的意見。

 みこの主観では、猫に囲まれるだけ。

 他者から見れば、みこに集まる白い猫たち。

 見たことがない、目に浮かぶ風景。

 

 猫は皆眠り、みこに信頼を預ける。

 

「……これが」

 

 自分の見る世界観。

 みこの側で、白い猫たちが寝ている世界観。

 

 大台を突破したみこが、目指していく形を手にした。

 形容できる夢を確立できた。

 

 この姿が、配信の形態であることこそ、みこの、あるべき姿。

 

 夕陽が次第に弱まる時間。

 猫たちも解散を始める。

 

「……帰ろっか?」

「そうだね」

 

 ………………。

 

「今日は、ありがとう」

 





 皆様どうも、作者です。
 今回、投稿に期間が空いたのは、作者がかの有名な病に罹ったからです。
 熱は出ましたが、生きてました。
 で、今回から復活です。

 さて、今回は少し不思議な回だったのでは?
 短めですし。

 ま、ではまた次回。


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82話 演者

 

 リスナーズ拠点。

 緊急時に備え、リスナーを集めた場所。

 本日までに集った仲間は数多い。

 箱推しを始め、ろぼさー、35P、はあとん、百鬼組、あくあクルー、みおふぁ、おにぎりゃー、ころねすきー、わためいと、ねっ子。

 勧誘をこそこそと続け、確定したメンバー。

 

 一癖も二癖もある変人揃い。

 変人級の知能。

 以前はホロライブに敵対した者。

 特殊な混血。

 歪な愛の形。

 希少な力の持ち主。

 

 今現在、このリスナーズ拠点に、唯一3期生のファンがいない。

 いずれ仲間にする予定だが、早めに1人は欲しい。

 

 総力を上げて、更なる仲間を……。

 

 

 

「……箱推しー、オモロイのみっけたよ」

 

 土曜日の昼下がり、庭にいた「箱推し」の元へ「ねっ子」が現れた。

 地面からニョキッと驚かすように。

 

「誰推し? 3期の誰かか?」

「いやー、悪い、座員だ」

「……まあいい、わかった、任せる」

「おー、任せろー」

 

 今度は走っていった。

 「ねっ子」の出てきた穴を埋める。

 室内から、バゴっ、と床の抜ける音が……。

 

「はぁ……」

「箱推し! 『はあとん』がまた穴空けやがった!」

 

 力を無闇に使わないでほしい。

 箱推しが上げた力ではないが、もっと制御しろよ。

 修理の為、内に入り、現場へ向かう。

 所々に誰かの体の一部が転がっている。

 右手、左足、抉れた腹。

 

「クッセェ! 生物クセェ!」

「ティータイムの時間、落ち着けないのですか」

「オレのカラダ、ドコにカクしたんだ」

 

 悲惨なリビングの光景。

 フローリングに穴が空いて、そこに「はあとん」がいる。

 「おにぎりゃー」が、体の砕けた「ころねすきー」を蹴り飛ばしている。

 紳士的な男性は「百鬼組」で、優雅に紅茶を音を立てず啜っていた。

 

「あ、ナイスだ『ハコオシ』。オレのカラダ、カエしてくれ」

「ほら」

 

 拾った手足と腹のカケラ。

 「ころねすきー」に投げると、近くで勝手に蠢き、元の位置へ帰りゆく。

 そして、完治する。

 

「箱推し、ここだここ。『はあとん』の野郎がぶち空けた」

「いやな、『わためいと』絞めようとしたんだけど……」

 

 「わためいと」と「はあとん」の組み合いの末生まれたフローリングの破損。

 大学生が高校生を絞めようとするな。

 

 「箱推し」が単純な魔法でフローリングを再生させた。

 

「あんま物壊さないように頼む」

 

 「箱推し」は自室へ向かった。

 

 

 

 賑わうとあるストリート。

 ギターを奏でる者、ダンスを踊る者、芸を披露する者。

 「ねっ子」はとある曲芸師の前で立ち止まる。

 カランっ、と小銭をオケに投げ入れた。

 たった100円。

 

「…………」

 

 曲芸師は手を止めた。

 見る者が少ないので、誰も困らない。

 100円を摘み、「ねっ子」に投げ返す。

 

「100円だからって、ドブに捨てるもんじゃねえのヨ、高校生」

 

 曲芸師。

 この男こそ、「ねっ子」の見つけた「座員」。

 

「面白いと思ったけどな〜」

「無料で観れるんだから、思うだけでいいのサ」

「……この桶は?」

「申請上、金稼いでるように見せてんのヨ」

 

 金銭を目的とせず、完全に趣味で芸を披露する男。

 

「高校生が探偵かなんかの真似事かい? 用があるなら、カフェ代くらい奢るヨ、遅い時間だけどもネ」

 

 指を鳴らして右手を開くと、500円玉が現れる。

 一度握って、もう一度開くと、それは2枚に分裂。

 2枚を指の間に挟んで見せびらかす。

 

「マッジ⁉︎ じゃ、お願いしまーす」

「普通は遠慮するとこなんだけどサ……ま、いっか」

 

 「座員」は撤収の作業を始め、僅か1分足らずで荷物は片付く。

 「ねっ子」は暇そうだ。

 

「カフェなら、こっちにいい店があんのヨ」

「ご馳走になりまーす」

「……初招待が子どもってのは、悲しいけどサ」

 

 高校生に奢る、少し残念な自分に嘆くも、案外楽しげだ。

 

 カラカラン、と店の鈴を鳴らして入店。

 モダンとクラシックの折衷的な店。

 装飾も建築素材も、質素であり、それでいて控えめすぎない。

 

「え、あれ?」

「ああ、特別席サ」

 

 客は入れない、スタッフルームへ。

 奥へ進むと、至って普通の生活の場。

 裏の一軒家と繋がっていたようだ。

 

「『座員』、この時間とは珍しいじゃ……誰?」

「探偵ごっこの高校生くんサ、いつものふたっつ」

 

 極めて普通のイスに腰をかけ、荷物を置く。

 

「さて、珈琲はすぐくるサ。調査をはじめようネ」

 

 対面のイスに腰をかけさせ、自ら尋問されにゆく。

 

「さっきの人、誰?」

「ここの店主の息子で俺の友人、『エルフレ』サ」

「……そっか。えっと、因みに話ってのは――」

 

 

 リスナーズ拠点という存在。

 集まっているメンバー。

 箱推しが主導者であること。

 これからの目標。

 それらを知る限り話した。

 

 途中で運ばれた珈琲を一口飲む。

 色合いに似合わず甘めに仕立ててあった。

 高校生の口に合わせたのだろう。

 

「へえ……変わったことしてんネぇ」

「俺もそう思って勧誘したんだけど」

「俺が変? 普通サ普通。ちょっと曲芸とか手品とかできるただの大人」

 

 常人は決して勧誘されない。

 「座員」には自覚のない変がある。

 

「まあ、『座員』役でメンバー入りしてもいいっちゃ、いいのヨ、別に」

「じゃあ決まりでいいじゃんか」

「大人ってのは、気掛かりなこと多いのヨ。例えばさっきの『エルフレ』とかサ」

 

 例として挙げたが、本命だ。

 「エルフレ」は「座員」が最も気に掛ける存在。

 自身とは違い、極めて特殊な生い立ちを持つから。

 

「高校生なら、種族の色々とか、習ってんでしょ?」

「因縁とか、しきたりとか、発生の仕方とかなら」

「『エルフレ』は世にも珍しい超獣人なのサ」

 

 超獣人とは突然変異によって発現する特別な個体。

 基本的に2つと同じ生物は生まれない。

 例えば同じ龍でも、突然変異の内容に差異が生まれるなど、個体差が生じる。

 

「会長と一緒じゃん」

「まあそうだけど、会長って結構特別なのヨ」

「……? そうなん?」

「ふぅ……おい、『座員』、ゴホッ、ゴホッ……勝手に話すなよ」

 

 コーヒーカップを片手に『エルフレ』が軽く咳をして現れた。

 咳をすると、火の粉が舞う。

 

「まあそう言わず、いい誘いだと思うヨ?」

「……俺も入れって?」

「面白そうって、思わない?」

「……イカれてる、と思う」

「ひっでぇ言い草」

 

 勧誘に来た「ねっ子」に一切の遠慮を見せず、「エルフレ」は言う。

 「座員」はハハッと笑う。

 

「コイツは年齢で言えば俺の一つ上だけど、義務教育から受けれてないのよ」

「へえ……孤児とか言うやつ?」

「超獣人は、親がクソッタレだと、生後間も無く売られたりするのサ」

「……つまりそう言うこと?」

「察しろって、『座員』も、ベラベラ話して……ゴホッ、ゲホッ……」

 

 超獣人の希少性は言うまでもない。

 生まれた途端、闇市で売り飛ばせば、一生お金には困らない。

 売られず育てられても、出先で誘拐されるケースも頻繁にある。

 親に恵まれて大人になっても、会社に勤めることは難しい。

 超獣人はいわば進化の途中地点に位置する生物であり、未完成形である。

 無意識下で周囲に被害を及ぼす者も少なくない為、会社に置くと被害を及ぼす厄介者になることがある。

 

「いやでも、この店主の息子って言ってたじゃん」

「その辺を察しろっての……」

「んじゃさ、2人はなんで『座員』と『エルフレ』なんだ?」

「あー……そうくるか」

 

 特殊な生い立ちは正直、どうでもいい。

 寧ろ、そんな人生でどうやって推しに出会ったのかが気になる。

 

「俺が切り抜きでポルカを知って、コイツに勧めたらふーたんに落ちたのサ」

「どの辺に惚れた?」

「面白さ、エンタメ力、時折出るかわいさ、ギャップなどなど……」

 

 「座員」はポンポンと挙げる。

 がしかし、「エルフレ」はコーヒーを啜って、喉を摩って、唸る。

 定期的に火の粉が舞い、ぱちっと弾けて光る。

 

「俺の人生が、明るくなるのを感じた」

「……カッコつけてんの」

「ハハッ、全くだよな」

「笑うな、ゴホッ……」

 

 茶化され、「エルフレ」は眉を顰めた。

 

「今度、コイツ連れてその拠点行ってみていいかい?」

「そんくらいいんじゃない?」

「おい勝手に……」

「『ねっ子』はいい人だと思えるだろう? 仲間増やそうって魂胆サ」

「それは……」

「どんな繋がりでも、『エルフレ』を友達と思ってくれる奴らは、いた方がいいと思うのヨ」

「……」

 

 暇そうに珈琲を飲み干した「ねっ子」は椅子の脚を半分浮かせてゆらゆらしていた。

 

「ってわけで、明日あたりに行くからサ」

「ん、ああ、明日は俺はいないけど、まあ話通しとくよ」

「ありがとさん」

 

 こうして、この日は解散。

 翌日、「座員」と「エルフレ」は拠点を訪れ、他のメンバーに迫られた結果、渋々仲間入りした。

 

 





 投稿が滅茶苦茶遅くなりましたが、どうも、作者です。
 失踪ではないです。
 何とは言いませんがひたすら配信見ながら厳選してたんです。

 さて、今回は長期間空いた割に内容は薄いですが、キチンと伏線を張ってます。
 日常編は基本的に伏線の巣窟なんですよね。
 バトル編も伏線の巣窟なんですよね。
 まあ、そんな事はさておき、座員、エルフレの加入ですね。
 ここで一つ、言っておきますと、キャラの種族に被りを無くしたいなと思っております。
 細かくは同じ動物の獣人や、同じ妖怪の妖怪族、同じ魚の魚人を登場させない、といった形になります。
 例えば会長はドラゴンなので、作中には他のドラゴンが登場しません。
 但し、悪魔や天使は人間と同じ括り方なので何人も出て来ます。

 長々と説明失礼しました。
 待たせた上に細々とした設定の話で申し訳ない。
 1から見てくださっている方がもしいるのであれば、是非、そこそこの期待値でこの作品を追っていただければと思います。

 それでは、また次回。


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83話 凶報

 

 間も無く。

 手元にある、契約解除の書類。

 7月1日をもって、ホロライブを卒業する。

 

「早ぇなぁ……」

 

 一年半ほどの活動。

 人生が終わるわけではない。

 寧ろ新たな人生のスタート。

 

「なんつぅかな……アイツら」

 

 反論は多いだろう。

 でも、決まった事で、決めた事。

 

「……」

 

 悲しき通達が、社内に行き渡った。

 

 

 

          *****

 

 

 

 悲報が流れる数日前。

 

 社内で会話をする数名。

 偶然出会い、流れで談話していた。

 

「今度のゲームの試遊会、全員参加だったよね?」

「そうそう、なんか専用のハード使うらしいよ」

「SAOじゃん!」

「コクーンやん」

 

 VR世界に潜って行うゲーム。

 かなたとあくあは記憶に一致するアニメの例を挙げた。

 

「どんなゲームなの?」

「要項読んだ?」

「読んでなーい」

「魔王を倒すRPGみたいのだって」

「SAOじゃん」

「分かったから」

 

 やたらとSAOを強調するあくあ。

 まあ、内容的には間違っていない。

 実際に、マップを進み最後の城を攻略して、魔王を討伐するゲーム。

 例のゲームも似たものだ。

 

「いやー、デスゲームか〜」

「デスゲームではないよ⁉︎」

 

 メルの呟きにかなたの鋭いツッコミが入る。

 デスゲームなんて進んでやるものでない。

 

「でも、ホントにデスゲームやったらさ、やっぱあくたんとか、フブちゃんとか強そうだよね」

「いや、やらないよ」

「もう、ノリ悪いぞ」

 

 デスゲームをしたら、の仮定。

 そんな仮定があれば、みんな死ぬ。

 

「その面子が強いってのは納得なんだけどさ、仲間守って死にそう」

「ああ、弱者を庇うかっこいいタイプ!」

「そう!」

 

 勝手に膨らんでゆく妄想。

 フブキはこの場にいないのに……。

 

「ゲームにもよるけどね」

「実際の身体能力なら即全滅だもん」

「いや、その場合はあやめ先輩とか、魔法ありならシオン先輩とか」

 

 現実に起こした際の実力は群を抜いて高い2人。

 でもやはり、仲間を庇って死にそう。

 ホロメン皆そうなりそう。

 

「僕はなー、凄く中途半端なとこでしれっと終わりそう」

「雑魚死じゃんそれ」

「いやマジで、絶対そうなるわ」

「あたしもそうなる気がする」

 

 かなたの弱気発言に便乗したフレア。

 いや、フレアのみならず、大抵のメンバーはそう思った。

 

「フレア先輩はなー、なんやかんや言って終盤まで生きてそう」

「いや、そんな事ないと思うけどな……」

 

 望まぬ仮定の話題で盛り上がる者達。

 

「さて……そろそろ行こうかな」

「お、仕事?」

「夏祭り準備。『陰キャの目覚め』ってのを売り出すらしい……」

「……多分買います」

 

 なんだろう、食べ物だろうか?

 食べると陰キャになる的な?

 

「あたしも、迷路作らないと」

「透明のやつ?」

「そうです」

 

 そんな感じで、次々と退室していく。

 最後に、かなたが1人ぽつんと残った。

 ここで待ち合わせがある。

 珍しく会社での対面を所望された。

 

 数分後、無作法に扉が開けられ、ココが入室してきた。

 

「ココ、話って何?」

「いきなりだな、ちょっと屋上行かね?」

「なんで屋上?」

「いいからよ」

 

 分析。

 ココの雰囲気の僅かな変化は、日頃そばで生活するかなたには大きすぎた。

 例え他の誰も気付けずとも、かなたには見抜けないはずがない。

 だが、それがこれから話す内容に起因しているなら、聞くだけ野暮。

 カツカツと靴音を鳴らし、屋上への階段を一段一段登った。

 ココの足取りが重い。

 かなたは、ココの背後にピッタリとくっついた。

 

 屋上に出ると、すうっと風が吹き付ける。

 かなたの天使の輪っかがよく回る。

 

 ココが、柵に手をかけて街を見下ろした。

 まだ、かなたは隣に並ばない。

 少し、横顔を見ることに抵抗を感じた。

 

「いいなァ……ここは」

「……」

「夏祭りの準備、進んでっか?」

「まずまず……」

 

 不穏な空気を肌で感じ取る。

 切り出し方が奇妙で、その先の話題に憂慮する。

 かなたの機嫌を伺う話題振りが、珍しくココから成されたのだ。

 

「かなた、オメェよォ……」

 

 チラと振り返り、かなたの目を見た。

 視線が交差した時間は1秒にも満たない。

 

「何……?」

「……はぁ」

 

 邪念をかき消すための嘆息が、重々しくココから溢れる。

 梅雨の時期で、ジメジメとした空気が屋上にも漂っている。

 

「違ぇな……いや、違うな……」

「……」

「雑談じゃないんだよ……」

 

 踏ん切りがつかず、1人右往左往するココの背中を、かなたは変わらず見つめていた。

 負傷していたかなたの羽はもう、完治している。

 包帯も取れて、今まで通り、風に合わせて時折揺れている。

 

「言うことがある」

「……うん」

「多分、直ぐに伝達は入るだろうけど、かなた! お前には、先に話さねえとって思ったんだ」

 

 勢いよく振り返り、真っ直ぐに見つめる。

 背後に小さく見える景色を置いて、ココが柵のそばに立っている。

 

「私は、ホロライブを、辞める」

「……………………」

 

 温い風が気持ち悪く頬を掠める。

 触覚が一瞬だけ敏感になって、その気持ち悪さが一層増している。

 正面に立ち開かるようなココを真っ直ぐ凝視しているけれど、視界にはまるで何も映らない。

 風の音よりもうるさく耳鳴りがする。

 

 聴き間違えたりしない。

 上達した日本語は、もう誰が聴いても違和感のない、完璧な状態。

 そう、当初は日本語も得意ではなくて、

 

「え……」

 

 唐突に、無造作に、一言だけ置いた。

 整理するように語る脳内から突如、疑問符が浮上して、言葉になった。

 

「聴き間違えでも、言い間違えでもない」

 

 2度、言葉を繰り返すことはせず、ココはそれが真実だと伝え直す。

 

「理由はまあ……色々だな」

 

 細部までは言葉にせず、濁すが、かなたは当然ながら理解者だ。

 

「なにいって…………。……」

 

 片手を上げて、訂正させたがる。

 その自分を、愁色に塗れた顔の自分を、懸命に抑止して、口を噤む。

 

 嘘であって欲しい。

 けれど、こんな手の込んだ嘘を、ココはしない。

 ココの決断を、「冗談でしょ?」なんて言葉で返すのは、違う。

 

「なんで、僕に……?」

「水クセェなぁ……」

「――?」

「私とお前が今まで築き上げた仲があんのに、会社の伝達が先に耳に入るようじゃぁ、筋が通らねえと、思ったんだ」

「――相談くらい、いくらでも乗ったのに……水くさいよ」

 

 涙腺が緩んで、温い涙が薄らと浮かぶ。

 悲しいとか悔しいとか、沢山の感情が籠る。

 

「わりぃな……」

「――」

「おめぇはよ、どうせ止めようとするから、決断が苦しくなると思ったんだ」

「……」

 

 空の彼方から、太陽が照らしてくる。

 涙が目元で煌めく。

 ココの畏まった口調と決意で揺らがない表情が強くのしかかる。

 今までに感じたどんな重圧よりも重たい。

 

「――」

「……」

「――いつ、卒業するの?」

「ん……7月1日だな」

「あと……1ヶ月半」

「だな……」

 

 徐々に口数が減り、空気すらも重くなる。

 呼吸音が届く。

 実に感情のこもった呼吸だ。

 

「その日は……」

「卒業ライブをやる予定だ」

 

 卒業を華やかなものにし、誰もが快く見送れるステージを作る。

 まだ、ココと会社の数名のみしか知らない。

 

「夏祭りには、出るよね?」

「勿論だ」

 

 卒業ライブよりも側近で行われる行事。

 

「私も出店すっから」

「そうだったね」

 

 かなたは個人的な出展はなかった。

 だから当日は、思う存分巡る予定だった。

 いや、現在でもそのつもり。

 ココが卒業すると知った今でも、路線変更はない。

 いつでも出会えるかなたより、出会いにくくなるメンバーと楽しむべきだ。

 

「忙しくなるね」

「ああ、ここがさ――正念場だな」

 

 不自然に聞こえた文章の繋がりを、かなたは苦笑して流した。

 

「私はこれから仕事だけどよ、天使はなんかあんのか?」

「帰ってしなきゃいけない作業が――ある」

「そっか、じゃあ……ありがとな」

「やめてよ、そんなのは」

 

 ココはかなたを通り過ぎて、扉を抜けて、階段を降りて行った。

 

「…………」

 

 喪失感。

 心に穴が空いて、脳の思考が停止して、全身から力が抜けた。

 着いた膝がジンと痛む。

 まだ、やりたい事が。

 

「僕は……っ」

 

 ココの卒業を受け入れられない。

 本当は、やっぱり嘘なのかもしれないと、救いを求めるバカがいる。

 これは悪い夢だと言い聞かせる愚か者もいる。

 

 涙を飲んで、鼻水を啜って、喉を掠らせて、散々体力を消耗した後、かなたはゆっくりと帰るべき家へと足を運んだ。

 

 





 えー、どうも。
 今回は卒業への道その1でした。

 夏祭りがあって、卒業ライブ、って感じですかね。
 冒頭で少し触れた、ゲーム試遊会も気になりますね。

 卒業ライブの後は唐突に雰囲気変わってバトル章に突入します。

 ええ、まあ。
 それではまた。


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84話 嘆きのリスナーたち

 

 悲報は数日して社内へ通達され、さらにその数日後、配信を通じて、全世界に報じられた。

 学校の昼休みに、或いは会社の昼食時間に、或いは家で配信を心待ちにしていた暇人の一時に――。

 

 

 

 ダンッ、ガンッ、ゴンッ、と何かが暴れる騒音。

 その部屋へ、誰も近寄ろうとしない。

 心配はあれど、声を掛け辛い。

 加えて誰1人、未だに心の整理ができない。

 

「『たつのこ』の奴……30分は暴れてる」

「だってよ……あんな知らせ急に来たら……」

「自分の推しが……って考えると、恐ろしいよ」

 

 リスナーズ拠点、リビング。

 数名の暇だったリスナー達がこの日もまた集まっていた。

 そして、あの悲報を受け、『たつのこ』は2階の個室に篭って暴れ始めた。

 

「珍しく、『箱推し』も傷心してたっぽいからな」

 

 『箱推し』もまた、知らせを受け自室に篭った。

 残ったメンバーで最年長、且つ最も心が整理できている『ろぼさー』は、頭を掻きながら呟いた。

 絶望感と喪失感が突然と押し寄せ、全ての感情が停止してしまうほど。

 それを、『箱推し』と『たつのこ』以外が辛うじて耐えられたのは、きっと推しではないからだ。

 

「『箱推し』の苦々しい顔は、初めて見た」

「私ですら、初です」

 

 初期の頃からいた『おにぎりゃー』の発言に対し、側近の『百鬼組』が同調した。

 感情を持てないと自嘲を見せ続けた『箱推し』の変化は、奇しくもこのタイミングだった。

 

「『たつのこ』も、これから皆で楽しもうって仲間入りした矢先に……」

 

 リスナーズ拠点に来て僅か数日の『たつのこ』。

 ここから、推しへの愛を高め合う仲間と楽しむはずだった。

 それに何より、『たつのこ』がここに来たのは、掲げる目標が夢だったからだ。

 

 2階の廊下を歩く音が小さく響いた。

 誰かが扉をノックした。

 扉が開いた。

 何かが壁にぶつかった。

 

「何が目標だ! お前の言葉は嘘だったのかよ!」

「…………」

「ふざけんな! 会長は俺の全てだ! 何又もかけてるテメェとは違うんだよ!」

「…………」

「黙れクソが! クソ、クソクソクソ!……ちくしょぅ……」

「…………」

「うっせぇ、もう意味ねえ!」

 

 言い争いのうち、『たつのこ』の言葉は聞き取れた。

 そして最後、ドタドタと力任せに階段を駆け降りる音と揺れが響く。

 咄嗟にろぼさーが廊下への扉を開くと、玄関から『たつのこ』が飛び出す瞬間が見えた。

 バツが悪そうに顔を顰める一同の元へ、遅れて『箱推し』が静かに階段を降りてきた。

 

「悪いな、騒がしくて」

「いや、いいんだけど、それはサ……」

 

 無性に気になる会話の内容。

 傷心した2人が上でどんな衝突をしたのか。

 口を開きかける面々。

 

「そろそろ、話しては?」

「人も集まってきてんだし、話すべきだぞ」

 

 『箱推し』の最終目標。

 それは、『ろぼさー』と『百鬼組』、そして『たつのこ』のみが知る。

 概要として、ホロメンを守る体制を作ると説明はした。

 いざという時、動けるようにと。

 だが、日々『箱推し』が部屋に篭り、何をしているのかは謎のまま。

 自室への不法侵入を試みた数名もいたが、バリアで弾かれる始末。

 何故かそこだけは、『箱推し』も徹底していた。

 

「部屋、見たいのか?」

「「気になる」」

「傷つくかも知れない、としても?」

「え……まあ、気には、なる」

「ああ」

「なら来い」

 

 7人ほどを率いて、『箱推し』は階段を上がり、閉ざされた自室へ。

 無駄とも思える緊迫感に圧迫されながら、フローリングの上をゆく。

 新築のこの家のフローリングは踏んでもあまり軋まない。

 自室前で一度立ち止まることもなく、無造作に扉を開けた。

 内装を知らない後続の者たちは、ひとつ息を飲んで部屋へと踏み込む。

 

 カチッと電灯のスイッチが押され、室内に明かりが灯る。

 

「……? 文字だらけの壁?」

「あ、ポルカって書いてあるサ」

「ゴホッ……こっちにはふーたんだ」

「全員の名前があるが……俺よりも辛口だな」

「てか、辛口とかのレベルじゃねぇだろ、コレ」

「全部……爆発的暴言だろ」

 

 事情も目的も知らない5名が、少し気分悪くして言葉を交わし合う。

 そして、冷めた視線が『箱推し』へと突き刺さった。

 考え得る「最悪のまさか」の展開でないにしろ、いい趣味とは言えない。

 全ホロメンの名前と、その下へ連なる「アンチコメ」の数々。

 

「お前らに話した、ホロメンを守る体制を作るってのとは、また違うが、これが俺の最終目標」

 

 全員と向き合い、感情のない目で言い切った。

 

「あんたが書いたコメント……じゃないのネ?」

「まさか。感情がないにしても、好きな人にそんなことはしない」

「好きな人の悪口溜め込むのも、爆発的なイカれ具合だと思うけどな」

「今更ですよ、この人のイカれ具合の話など」

 

 『座員』の確認を肯定するが、返答は実に奇妙で『SSRB』のツッコミもよく分かる。

 だが、『百鬼組』は当然だと顔色変えず、タバコを一本咥えた。

 

「おい副流煙」

「未成年はいませんでしょう?」

「そういう問題じゃ、ねぇ」

「っと……はぁ……」

 

 狭い部屋での一服に『おにぎりゃー』が忠告するが火を灯そうとしたので、強引にタバコを奪う。

 そして、『おにぎりゃー』はそれを食べた。

 残念そうに溜息をついて、新しくタバコを抜き取る『百鬼組』。

 渋々別室へと移り、ベランダで一服しに向かう。

 

「アイツ、ニコ中で副流煙とか気にしないクズタイプ?」

「最近タバコの味知って嵌ってる」

「言えば聞く辺りまだマシサ」

「俺的には……ッ、コホッ……タバコは勘弁してもらいたい」

「まあ『エルフレ』はな、毎日咳が爆発してっからな」

 

 話題が逸れ、『百鬼組』のタバコへと。

 或いは無意識的に、アンチコメントから逃避していたのかもしれない。

 

「ここまで来たなら、最後まで聞いてけ」

 

 『箱推し』は現実に引き戻させ、アンチコメントを直視させる。

 やはり、見るだけで気分が悪くなる。

 イラっとする、悲しくなる、バカバカしくなる。

 今すぐ部屋中のアンチコメを油性ペンで塗り潰したい。

 いや、それは手間だ、黒ペンキをぶっかけたい。

 

「俺の最終目的はアンチ撲滅」

「まあ、こんな事するなら、それ以外もうないのサ」

「どっちみちこれはキショいけど」

 

 フォローに周りがちな『座員』と辛辣に刺突する『一味』。

 基本消極的に傍観する『エルフレ』。

 常に仲裁できるように見守る『おにぎりゃー』。

 全てを爆発させたい『SSRB』。

 

「でもさ、アンチ撲滅って、正直鬼畜だぞ、難易度」

「ああ、ホロメンの地獄耐久の比じゃない爆発的難しさだと思う」

 

 注意勧告が効かないから、悩まされている。

 当然運営が対応してはいるが、結局いつまでもアンチは存在し続け、配信業を妨害する。

 この部屋を見たところ、アンチコメントと合わせて、それを発した者のアイコンとネームも残してある。

 だが、ここからリアルに辿り着くのは至難の業。

 技術ある情報科の者でも不可能に近い。

 それをこの数だ。

 

「キッパリ言うと無理だ」

 

 辛辣だが正論。

 魔法は情報機器に侵入できない。

 世界評価第3位の魔術師であれど、こればかりは生涯の内に成し遂げられるとは思えない。

 

「個人情報特定に関しては、今コイツが研究してる最中だ」

「……そんな事してんのか」

「精査、鑑定して情報を繋ぎ、個人を特定。これができれば国の防衛システムや動画配信サービス会社にも有益だしな。何事も悪用されれば悲惨だけど、開発してかないと、悪事を抑えられないから」

 

 『ろぼさー』は世界的にも有名な情報技術士。

 工学などでも一流だが、最近はロボ子さんの配信を見ながらその研究に勤しんでいる。

 

「成果の出る目処は立ってんの?」

「正直、手応えは薄いなぁ」

 

 天才でも、デカすぎる壁は易々と越えられない。

 過去の偉人たちは、一つの功績に生涯を捧げている者も多い。

 『ろぼさー』がそうならないとも限らない。

 手応え薄いと答えているが、実質なしに近い。

 

「じゃあサ、もしそれが可能だとして、どうすんのサ?」

「コホッ……確かにッ……暴力行為に出るわけには、いかないだろうし」

「それは考えてある」

 

 アンチを特定して、そいつをどうするのか。

 罪に問う事は不可能ではないが、あまり大きな罪には問えない。

 それに、罪に問うたとして、本人にアンチの悪意を真に知らしめる事はできない。

 

「俺の魔法を使う」

「えっと……感情を操るやつ?」

「そうだ」

 

 世界で唯一『箱推し』だけが使える魔法。

 他人の感情を操ることが出来る力。

 

「アンチなどの荒らしコメ、暴言、その他諸々により得る心の傷。その時の人間の感情をアンチ本人に与える」

「えぇ……それって……バイオレンスじゃないけどさ」

「アンチと一緒だろ」

 

 同じ思いをさせるとはつまり、同じことをしていると同義。

 アンチを敵視するリスナー達は、あまり得策と思わない。

 

「分かってる。でもこれは、俺にしかできないことだ」

「必要悪って言いたいのか? でも犯罪だぞ」

「いいんだ。俺の犯罪は今に始まった事じゃない」

「「――⁉︎」」

 

 耳を疑う発言が飛び出す。

 

「俺は昔、先生の元で魔法を習ってた。その先生は別にいい人間じゃない。だからそう言う事だ」

「……」

「幻滅したか?」

「「…………」」

「ここは自由な場所だ。気に入らなかったら出ていって構わない。それも踏まえて、今日の事を全メンバーに伝えといてくれ」

 

 やや強引に話を締め、『ろぼさー』以外を退室させた。

 扉の外でコソコソと話しながら、一階へ降りて行く。

 

「『たつのこ』は放っとくのか?」

「俺が追っても刺激するだけだ」

 

 『箱推し』はぐったりとしたようにPCデスク前のチェアに座る。

 

「この機械たち、故障はないか?」

「ちゃんと稼働してる」

「近々また新型持ってくるから」

「助かる」

 

 デスクとPCの裏――いや、デスク周辺にある機械たち。

 全て『ろぼさー』がその技術を持って作り上げた機械。

 特定の単語を含むコメントを自動抽出しコピーし、時間帯、アイコン、ネームを全て記録。

 同じアイコン、若しくはネームが現れた場合は一つのフォルダに纏める。

 このように各メンバーのフォルダを作り、更にその攻撃する者の名前ごとに振り分け。

 よってどの時間帯にどのメンバーに何者が出没するのかを割り出せる。

 ここまでをフルオートで行う機械を『ろぼさー』に開発してもらった。

 だが、コンピューターが記憶する「不適切単語」を回避するアンチコメも複数存在する。

 それは当然、自身の目と手を使って抽出し、記録する。

 

 感情ある人間ならば、間違いなく何かしらの感情に苛まれ放棄する作業。

 感情がない事を利点として、『箱推し』はこの貢献方法を選んだ。

 いわば、『箱推し』にのみ許された、イカれたボランティア活動。

 

「どうするんだ? 今日の告白でみんな出てったら」

「…………」

「アイツら集めたのは別の理由だろ?」

「その辺にしてやってください」

 

 突如扉が開き、一服終えた『百鬼組』が入ってきた。

 服からは微かにタバコの香りが漂う。

 

「こう見えて、落ち込んでるんですよ」

「ニコチンは補給できたのか?」

「ええ、残念なことに」

「……?」

「心配なさらずとも、今まで私と彼で色々解決してきたのですから。いざという時は私が戦場に立ちます」

「……まあ、俺も出るけどさぁ」

 

 3人では心許ない。

 だからこそ同士を募った。

 本人たちは何一つ知らないが。

 

「敵が敵だ。俺でも相手にならない奴は出てくる」

「数の暴力に持ち込む気なのか?」

「いや、今目前に控えてる『城主戦』は、俺の相性が悪い上に、数が意味を成さない。出来れば相性のいい誰かをぶつけたい」

「まごまごしてたら先にホロメンとぶつかるぞ」

 

 慎重になるが、万全を期すために選択を誤れば、更に悲惨な運命を辿る。

 最も危惧すべきは、その魔の手がホロメンに触れる事。

 

「あ、それと、この前の……なんだっけか、あの、秘密結社」

「holoXか? 交換条件はすでに果たしてあるから気にするな」

「こちらは情報と未来計算の依頼でしたが、対価に何を?」

「敵の情報とお金、それと社員1人の同行」

「だからまた貯蓄減ってんのか」

「悪いな」

「いや、お前の金だから好きにしていいけども……もう研究発表しないなら、限界があるんだぞ?」

「考えないとな……」

 

 始まりの3人は、頭を抱えた。

 今のこの拠点とメンバーには不足している事が多い。

 

「……でも、どんな未来よりも」

「……そうだよな」

「会長、ですね」

 

 結局何より、ホロメンを一に考えるなら、目先の会長卒業が大敵だ。

 推しの卒業、推しメンの仲間の卒業に正面から向き合わなくてはならない。

 

 それが何より恐ろしい。

 夏祭りと卒業ライブ。

 涙を拭く準備、今からしなければならないだろう。

 

「ネットも今、持ちきりだしなぁ……」

 

 スマホでスイスイと画面をスクロールする『ろぼさー』。

 瞳が光を反射している。

 

「……おい、『箱推し』……これ!」

「……⁉︎」

「これは……」

 

 事態は動き出した。

 





 作者でございます。
 どうも皆様、お久しゅうございますが、何日振りだと思いますか?
 はい、なんとほぼ一ヵ月ぶりです。
 投稿が遅れた理由は特になにもありません。
 中には、失踪したかと離れた人もいるでしょう。
 ですが、次章も決まっている上に、holoXを未登場のまま終わらせられません。
 と言うわけで、次回は1週間圏内で投稿したいです。

 待たせた上に、ホロメンが出なくてすみません。
 あ、それと、別シリーズの投稿も検討中です。
 では、また。


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85話 魂(かたち)

 

 夏祭り。

 

 この日は配信をとるため、敷地への入場はホロメンのみ。

 出店で売り込むもよし、遊びに徹するもよし、風流に花火を眺めるもよし。

 

 夏の風物詩とも言える祭り。

 一部のメンバーにとっては、会長と遊ぶ最後の機会となる。

 だから全力で楽しむ。

 

 

 

          *****

 

 

 

 スイカ屋台という、出店でまずあり得ないような品。

 その店頭に立つのは我らがドラゴン、桐生ココ。

 祭り会場の入り口である鳥居の前に構えた店。

 当然、真っ先に目に飛び込む。

 ホロメン皆、ある程度の情報共有はあるため、この位置にスイカ屋台があると知ってはいるが、やはり目立つ。

 

「おお、やってんねえ」

「ココ!」

 

 大鳥居を一番に潜っていた3人が、調整を終えてスタート地点へ戻ってきた。

 3人とは、主催組の「PEBOT」だ。

 皆ニコニコと笑みを絶やさず、気さくに接してくる。

 殆どのメンバーが浴衣で祭りに参加する中、ココは何故か着ぐるみを着ていた。

 

「スイカくれー」

「おうよ、この自家製スイカとっとと配って回るんじゃ」

 

 ココも普段より調子を上げて破顔する。

 ポイポイポイとスイカを投げ飛ばす。

 

「スイカ投げんなや」

「っと、あぶね」

「拾えねえ」

 

 PEBOTを火切に次々と客は押し寄せる。

 その全てに無作為にスイカを渡した。

 

「ねえっ、この骸骨の頭なに?」

 

 ぺこらが屋台側の骸骨の頭を一瞥して苦笑まじりに尋ねた。

 ぺこらの一言でココと他数名の注目が骸骨くんへ集まるが、生きてはいない。

 サイアクなめにあわされたりはしない。

 

「顔はめパネルっすね。こうやって骸骨になる事ができますよ」

 

 ココが後ろに回り、頭の位置に骸骨の頭を重ねた。

 ツノがはみ出ているが、見事に噛み合っている。

 ドラゴンスケルトンの誕生だ。

 

「すげぇ、ピッタリだ」

「あははは」

「へへっ」

 

 周囲に祭り開始に湧くホロメンの騒音と、スイカを齧る音が響く。

 

「スイカを食べた後に、この頭に種を飛ばして遊べばいいんっすよ」

「そんな事すんの?」

「汚ねぇぺこだ」

 

 実際にタネを飛ばしたものはいなかった。

 PEBOTの移動と同時に、ココも屋台をセルフ型に変更して3人と祭りを回ることにした。

 遠路はるばるやってきたEN、IDのメンバーもいるが、今ここで無理に会話に誘導する必要はない。

 この狭い会場内で、屋台巡りをしていればいずれすれ違うさ。

 

「どこ行きますか?」

 

 ぼたんが先頭に立ち、意見を待った。

 主催者として土地を完全把握するぼたんが先導すれば、誰よりも安心感を持てるだろう。

 

「お化け屋敷気になるんよね」

「ああ、お化け屋敷ね」

「いいっすねぇ」

「やってんのかなぁ」

 

 トワがお化け屋敷を候補に出すと、多数決が即刻完了する。

 しかし、残念な事にお化け屋敷は開店前だった。

 

「じゃあ先にフレア先輩の迷路行きましょう」

「おっけぇー」

「おけぺこ〜」

 

 色々と開店していない屋台も多く、時間を考えるならとぼたんはそう提案した。

 フレア作、透明迷路。

 ポルカ作、出張型ATMの隣に敷かれたガラス張りの迷路。

 ……迷路の隣に、ATMがあるのだろう、きっと、本当は。

 

 迷路に最も苦戦したのはココで、最も容易くクリアしたのはぼたんだった。

 

 続いては、ラブリーボート。

 カップルボートとも言える。

 

 2人1組でボートに乗る、小さなアトラクション。

 トワココ、ぺこぼたで乗船して楽しんだ。

 愛のボート(仮)が沈没する姿は実に見ものであった。

 

 そして流しそうめん。

 そうめんを流すには巨大すぎるウォータースライダーのような建造物。

 実際、ボートに乗って滑り降りるメンバーは多かったし、そうめんは微塵も流れなかった。

 

 謎の宝箱トラップに色んな人を嵌めた後、氷上ボートレースへ。

 ボート漕ぎは拙い操作の者が多く、逆に接戦だった。

 ただ、観客からすれば、どの船も止まって見えただろう。

 

 そして今度はみこめっとのお化け屋敷。

 開店はしていたが、残念ながら定員オーバー。

 また時間をあけ、後ほど伺うこととする。

 

 よって、次の場所は「まがまが作」地下迷路。

 フレア邸への通路も開始直後の死亡事故も対策された、もう何一つ不備がないであろう迷路。

 看板に埋め尽くされたスタート地点から地下へ真っ逆さまに転落し開始。

 

「ハズレ、罰ゲーム……モノマネ……?」

「モノマネっ――!」

 

 ココのモノマネ、一体何が聞けるのか。

 通話の先で誰かの鼻笑いが聞こえるが、既に数名この通路で引っ掛かっている。何もココが初ではない。

 

「……ふぁっふぁっふぁっふぁっ!」

「あれ、ぺこら先輩⁉︎」

「ふぁっふぁっふぁっ!」

「あれ、なんか増えた」

「HA!HA!HA!HA!HA!HA!HA!」

「ふぁっふぁっふぁっ!」

 

 通話内で増殖するぺこら。

 本人も通話内に入るが、声を発してはいない。

 

「おいなんかめっちゃぺこーらいるぺこなんだが」

 

 喧騒の中、ココは道を引き返し、ゴールを探す。

 

「カリだ」

「Hi! Cocoセンパイ!」

 

 そういえば、この迷路用の通話にキアラもいた。

 オリーの声やムーナの声も確認済みだ。

 EN、ID勢も参加しているんだったな。

 

 だが、そこで別々の道を選択し、ココはまたしても孤立。

 その間にまたしてもぼたんが一番乗りでゴールの鐘を鳴らしていた。

 初参加でも脳内マップは完成しているなだろうか?

 頭の作りが気になる。

 

「通話多いし分けようか……」

 

 ココがチャットにEN翻訳で通話の分担を宣言してVC部屋を移動すると、ムーナとオリーが参加した。

 実際に迷路ないでも3人に遭遇し、みんなで仲良くゴールした。

 

 ゴール直前にぼたんから射撃大会開始数分前の通達が入ったので、迷路をクリアした者から射撃場へ向かう。

 

 チーム分けやルール説明など、かなり時間を要した。

 人を射抜く者から、射撃を妨害する者、眠たい者、無意識に不正を働く者、それら全てを寛大な心で微笑み見守る主催者。

 視聴者も参加者も愉快な時間だったが一人一人の一射入魂の熱弁は割愛させてもらう。

 

 射撃大会が終わり、ココはどこへ行こうと悩んでいた。

 

「おいなんかキモいのいんな⁉︎」

「あ、ココち」

「ココせんぱーい!」

 

 わためとイオフィ、そして謎の生命体「藤木」に遭遇した。

 聞いた所、ぺこらのくじ引きで当ててしまったらしい。

 そこそこに可愛がってはいるが、置き所に困っている様子。

 

「どこに置こうか……」

「私のスイカ屋に置くか?」

「スイカ屋――」

 

 ココの提案にクスッと笑い3人で向かう。

 鉄格子で囲ったりと、色々試みたが勝手に逃げ出すので別の場所へ。

 

「ならもう、ヤグラ前にすっか」

「え、邪魔じゃない?」

「本日の主役みたいにしてやろうぜ」

 

 ヤグラ前の看板のところに藤木を囲った。

 そして、マグマを流し込み、元気を与える。

 簡潔にまとめたが、こんな感じだった。

 

 そこで2人とも分かれ、次は何をしようか……?

 

「……? ポルカがボッチで……何してんだ?」

 

 複数個ある通話サーバーの中、ポルカが1人だけのものがある。

 

「ちょっかいかけとくか」

 

 ココはサーバーに入り声を掛けた。

 

「ポルカ」

「わぁっ! はいっ! はい! 何ですか!」

 

 乱入に仰天した声が耳を突く。

 普段の絶叫ほどではないが。

 

「ぼっちで何してんのかって、ちょっかいかけに来た」

「あははっ! えー、ポルカはね今ね、高みの見物してた」

「おお、じゃあ私もいくわ、高みの見物席」

「あ! ポルカはそこじゃないけど、ってかポルカも行きた〜い」

 

 ココが建築した高みの見物席にはいないが、そこに集合することとなる。

 しかし、今のポルカ。

 ココにちょっかいかけられ、嬉しいのか、フレアといる時のような、どちらかと言うと甘えモードに入っている。

 これが……最後だからだろうか。

 

「いた!」

「おう、こっちだポルカ」

「よっ――だああああああああああああ!」

「ポルカぁーーー⁉︎」

 

 流しそうめん台を上り到達する高みの見物席。

 ポルカが流しそうめん台からジャンプすると、足場を踏み外し下へ転落した。

 絶叫が遠ざかる。

 キアラからチャットで「ripol」と告げられた。

 

「ふはは、ポルカ……!」

「待っててぇ! すぐ戻る!」

 

 すぐ戻ってきた。

 その後眺めを楽しみ、帰り際またポルカが転落した。

 

 「ripol」

 

 ついでにココも落下した。

 

 そして、ようやく待ちが引いたお化け屋敷にポルカとココで挑んだ。

 みことすいせいの手厚いもてなし?を受けて楽しむお化け屋敷。

 途中で入る「花火開始直前」の知らせ。

 楽しみつつ早急に屋敷を出て、皆の待つ、高みの見物席へ舞い戻る。

 

 ゴタゴタとしつつも、楽しい花火大会の締めくくりとなる花火が上がる。

 ぺこらの花火がきれ、皆で写真を撮り、解散となる。

 

 これが、花火大会。

 兎田建設主催、夏祭り。

 

 

 

 終了後、とある時間。

 

「会長……」

「何だよ、シケたツラしやがって」

 

 ココと「ねぽらぼ」が話している。

 JPの中では、ココと関わる機会が最も少なかったメンバー。

 

「ねね、ココ先輩と全然喋る事なくて、ずっと後悔してて……」

「今喋れてんよ」

「もっと、みんなと、いろんな事がしたかったのに……」

「まあ確かに私も、ねねちゃんとはあんま話す機会を作れなかったとは思ってるけど」

 

 5期生の言葉。

 ねねの第一声から。

 

「でも卒業したって私はいるから、いつでも遊びに来ればいいよ」

「……うん、いく」

 

 メソメソとしつつも、必死に涙を堪えるねね。

 ポルカは口を閉じて俯き、ラミィは目を細めて、ぼたんは必死に笑顔を作り。

 

「おーい、しんみりさせんなよ!」

「へへ……だって……」

 

 ぼたんの茶化すような言葉に、ねねも苦笑を紛れさせる。

 その苦笑は微かにだが伝播する。

 全てを受け止めるようなココの笑みで、空気が穏やかになるのを感じた。

 こんな時も、涙を見せず笑っているココは先輩としても、人間性も、カッコいい。

 

「じゃあ次、あたし、獅白ぼたん行きます」

「あいよ」

「……ぅん」

 

 ねねからぼたんへ。

 空気を変えたい。

 涙で前が見えないまま、お別れなんてしたくない。

 

「あたしもね、悲しいのはあるんですけど……泣いてお別れってのはやっぱ寂しいんで、堪えてね、頑張りたいと思いますよ」

「そうだな」

 

 よく、メンタルが強いとリスナーに囁かれるメンバーでもあるぼたん。

 だが、実際は1人の女の子である。

 皆が勝手に強いと理想を押し付けるフブキやぼたん、おかゆ、すいせいなどは、決して強いわけではない。

 弱い姿を、表に出さないだけである。

 

「卒業後もね、会長のことは気にせず話していいって、聞いてるんでね、もう、どんどん話して、名前をね、語り継いでいきたいと、思ってます」

「ああ、そうだね。別にそこはもうOGとして桐生ココの名前は幾らでも使ってっていいんで。例の人、みたいにぼかす必要とかないから」

 

 存在が消されるわけではない。

 チャンネルも残り続ける。

 だからこそ、その存在を、偉大な龍の存在を、後世へと語り継いでいかねばならない。

 

「でも、やっぱりもっと……ねねちゃんとおんなじで、色々話せたんじゃないかって、思ってて、そこだけはね、反省してるんで……」

「反省するようなことじゃねぇよぉ」

「へへっ……」

「だってやっぱ……もうちょっと……声、かけれたんじゃ、ないかってっ……おもってて……っ!」

 

 後悔は数知れず。

 気付くのはいつも、後戻りできない所まで来て。

 基本それが、人生である。

 

「ちちろ″ぉん……!」

「でもそれは……! ホントに後悔してで……」

「…………ぼたんちゃぁん!」

「へ、えっへへ…………」

「しんみりしちゃいけねぇったのは、オメエだろう! 言ったこと守れよォー」

「へへ……ごめんなさぁい!」

 

 まだ、卒業じゃあないから、今だけは涙も許される。

 

「はぁい、次尾丸ポルカぁ!」

「ポルカー!」

「アッはは、ポルカー、だよ」

 

 持ち前の声量で場を支配するよう心がけて、言葉を贈る。

 

「ポルカはなんか、色々やりたかったゲームとか一緒にできて、良かったんですけど、やっぱり獅白とかと同じで色々、なんか先輩たちみたいに企画とか考えれなかったし、だからそことかは残念だなって思ってる」

「うんうん」

「だからこれからはね、会長の意思を継いでなんか、色々企画やったりとかできたらいいなぁーって思ってる」

 

 感情が欠壊しそうで焦る。

 

「先人たちの思いとか、会長とかの意思とか、色々、反芻して……自分の中で。そしてこれからに、繋げていきたいと思いました!」

「はい!」

 

 意思表明のように誓ってポルカは元気よくラミィにバトンタッチする。

 景気良くなった空気を締め括るラミィ。

 

「ラミィは……もうずぅーーっと言ってるけど、ココ先輩の朝ココ! アレがもうほんとに凄いと思ってて」

「朝ココかぁ……もう懐かしいなぁ」

「主流だった夜配信を無視して朝、昼に配信するっていうのがもうすごく革命的で、ラミィずっとアレで元気もらってて」

「……惜しいことしちまったなぁ、そりゃぁ」

「んーん。ラミィ、だからここに来て、昼配信したいって思って」

「だから、昼雑とか取ってたんか」

「会長に倣うようだけど、今のラミィの在り方は以前からのホロライブを尊重してのもので、その中には当然、ココ先輩も含まれてて……だからっ!」

 

 ココに貰ったもの。

 尊敬の対象であるココが残した物を後輩が残していく。

 まるで当然のようにある今を作り上げたのは、紛れもなくココである。

 

「ラミィももっと会長と話したかったけど! 後悔もあるけど! 大事なものを、大切な事を、教えてもらえて……っ、よがったって……!」

 

 ココと関われなかった悔しさを語る5期生。

 貰ったものを語る5期生。

 

 一歩を踏み出せれば、もっと積極的に動ければ、自分は未熟であったと、後輩だからと受け身でいたのだと、気付かせてくれた。

 この卒業は別れであり、ステップアップである。

 ココが残した物は、言葉でも物でもないが、確かにそこにある。

 ホロライブの新たな在り方。

 目に見えない程当然の姿こそが、桐生ココの意図せず遺した、形而上の(すがた)

 心にココは宿らないが、その思いが、確かにそこに宿り続けている。

 だからこそ、桐生ココは永遠に生き続けるのだ。

 

「……仕方ねえ後輩だなぁ、ったくよォ〜」

 

 ココは笑顔で4人を抱擁した。

 その偉大さは確かに4人の心に刻まれ、4人は先輩へと成長する大きな台の上へと両足を乗せた。

 この涙を心に蓄えて、大きな台から目の前の巨壁を越える事で、進化する事ができる。

 涙は人間の弱さだが、その弱さを乗り越えて人は強さを得る。

 だからこそ、泣けるこの今を大切にし、枯れ果てる程涙を流す。

 

 ホロライブの桐生ココと対面で話すのは、この日が最後になるだろうから。

 卒業ライブは、ピカピカの照明を浴びるココをしっかりと目に焼き付けたいから。

 これが最後であれ。

 

 

「あり″がとう、ココ会長‼︎」

 

 





 皆様どうも、作者です。

 投稿がまた遅くなりました。
 書くためにアーカイブ見てたら心が苦しくなるんですよ。
 だから許してくだせぇ。



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86話 革命

 

 夏祭りは終了。

 そして間も無く、卒業ライブ。

 それはもう3日後だ。

 だってのに……。

 

「ココ……」

 

 かなココハウス、共有スペースのリビングでかなたがココを待っていた。

 まだ朝だ。

 いつ来るかも分からないココを、一体いつから待っていたのだろうか。

 

「あ? んだよ、キリッとして」

「ちゃんと、話がしたかったの」

「話? 何のだよ」

 

 畏まった態度にココは卒業関連を連想する。

 最近のかなたは、少々ナイーブになっている。

 卒業関連の事情に敏感で、何かとココを心配している節がある。

 

「最近の、ココのこと」

「私の事? おめぇ、心配し過ぎだっての、ほら、元気だろ?」

 

 卒業発表以降、ココは毎日のようにコラボ配信をしている。

 配信外でも、よく他のメンバーと出会い楽しそうに会話している。

 元気そのものだ。

 ココとしては、心配される事など何一つないと思っている。

 かなただって、2人の関係性は、野暮なことに首を突っ込まない所も含めて良好だと思っている。

 

「うん、元気だと思う……」

「――?」

「いつも楽しそうに笑ってるし」

 

 なら一体、何が心配なのだろうか。

 杞憂も度が過ぎる。

 

「3日後にはもう卒業なんだよ」

「約束したじゃねーかよ、卒業までは楽しくって――」

「それは人前ではの話でしょ、ココは1人の時もずっと笑ってて、無理してるように見える」

「盗撮でもしてんのかよ」

「分かるよ、そんなの……」

 

 悲しさや悔しさを押さえて笑っているココの感情の決壊を恐れている。

 ココはかなたの理解度を恐れている。

 

「僕は、悲しい」

「……」

「今でも泣きそうなくらい、卒業の日が怖い」

 

 かなたの瞳がうるうると滲み始める。

 しかし、涙は溢さず、ココを見つめる。

 

「泣けって言ってるんじゃないの、ただ、このモヤモヤのままライブを迎えたくない」

「……」

「だから、思ってること、言って」

「あのなぁ……」

「ココのライブを曇らせたくないの!」

「…………」

 

 真摯な瞳にココは開きかけた口を閉じる。

 ため息をつき、肩を竦めるとゆっくりと椅子に腰を下ろした。

 

「別に悲しくない訳じゃねぇ」

 

 テーブルに手を乗せ、その開いた手のひらに視点を当てる。

 焦点が次第にずれ、全体がぼやけた。

 

「色々考えると、確かに込み上げるもんは数えきれんほどにある」

 

 数えるように指を折る。

 

「心配事だって、てめぇーら見てっと増えてくし」

「……!」

「でも正直、無理はしてねえ」

「――!」

「毎日本当に楽しいんだ」

 

 ニカっと笑う。

 その笑顔が、眩しい。

 その眩しさが、心を照らす。

 

「おめえらのお陰だ。だから、そんな顔やめろよ」

「ぇ……」

 

 ココに指摘されて自分の頬に触れてみた。

 少し強張っている、のか?

 かなただけじゃない。

 日頃上辺だけで取り繕っているメンバーは多い。

 悲しさや悔しさを押し殺して、楽しさだけを表面に起こしている者は、リスナーを含め、山程。

 

 でも、当の本人が、こうも、清々しい気持ちで笑っているのなら……本心がここまで潔く、澄み切っているのなら、我々の思いは野暮というものだ。

 

「かなた、私は今幸せだ」

 

 幸福感に満ち溢れた瞳が一雫溢した。

 

「ココ……!」

「だけど、ありがとう」

「――⁉︎」

「お陰で、勇気が出たよ」

「ゆうき……?」

「ああ!」

 

 最強ドラゴンの最強のスマイルがかなたの瞳を突き抜けた。

 感情が込み上げる。

 

「ライブが終わるまで、私は絶対にこの笑みを絶やさねえ」

「うん……」

「だからよぉ、ライブ終わったら、肩貸せよ」

「うん……!」

「テメェの胸は、ちっせぇからな」

 

 ライブが終わるまで、涙を蓄え、全ての終結と共に溢す。

 もう、路線は決まった。

 だから、泣かない。

 ココは、泣かない。

 

「余計だわ」

 

 涙を振り払って、かなたは笑った。

 キレ芸のはずが、何だか可笑しくなって……。

 

「じゃあ、私はやる事あっから、いくな」

「うん、僕も、仕事があるから」

 

 ココは自宅で、かなたは事務所で仕事があるため、それぞれの仕事場へ向かった。

 

 

 

          *****

 

 

 

 かなたはココと感情を打ち明けた事により、僅かに気が晴れた。

 だが、まだ少し、恐怖のような……自分の臆病な心が、残っている。

 

 この残穢を、除去するために……。

 

「へえ、そっか」

 

 マリンと本心を語り合う。

 今朝、ココと話し合ったと伝える。但し、詳細は伏せて。

 

「私も、もう何もやる気出んくらいだし……」

 

 マリンの傷心具合も、過去に類を見ないレベルだ。

 最近顔を合わせては、浮かない表情を見せている。

 

「僕たちは別に……ホロメンに会いに、ここに来たわけじゃない……って、分かってはいるんだけど……」

「そうなんよね……」

 

 配信をするアイドルに憧れて、ホロライブに入った。

 目的は、そのアイドルになる事で、そのアイドルに会う事ではない。

 だから、ココがたとえ辞めるとしても、他の人が辞める理由にはならない。

 

「頭で分かってても、心は素直に前向けない」

 

 未だかつてない困難を前に、苦悩するのは2人だけではない。

 

「はあちゃまも、休止するって言ってた……」

「はあちゃまは……結構責任みたいのを感じてたからね……」

 

 かなたは、はあちゃまとも話しており、その際に休止の情報をいち早く耳にした。

 何度もはあちゃまは悪くないと主張したが、彼女は今の心のまま、配信業に向き合う事が難しいと自己判断し、結論を出した。

 きっと、誰もが、心に穴が空いた、気持ち悪い感覚を持っている。

 それは、ホロメンもリスナーも。

 

「私も、めっちゃ泣いたし、考えたし、病んだけど……」

「僕も……」

 

 惜しげもなく、暴露する。

 隠す意味もなければ、気力すら湧かない。

 

「私たちは常に、悪意と善意を目にしてる」

「そうだね……大半が善意だけど」

 

 リスナーの殆どが、推しを応援するただのファン。

 そのファンがいくら応援の声を上げようと、今の堕ちた心に小さな悪意が刺されば、それこそ立ち直れなくなる。

 今回の騒動を通して、それは白日の下に晒された。

 

 

 ホロメンは、『弱い』。

 

 

 その認識が、ホロライブを知る者に周知され、悪意を持つ者は、ここに付け込んでくる。

 

「私たちは……強くならなきゃいけない」

「うん」

 

 聞こえよく「チャンスに変える」なんて言えないが、これは誰にとってもパワーアップのタイミングだ。

 きっと、リスナーだって、泣いて終われない。

 

 偉大な龍が、最後に革命を起こそうとしている。

 

「泣いても、生き続けんといけん」

「マリン……大丈夫?」

 

 生きる、とは生命に関する云々ではなく、配信者として世界に存在する、という意味。

 この業界に身を置いた時点で、決意はあったはずだ。

 少なからず存在する敵意にもめげないと。

 それが今回、破壊された。

 

 一度壊れた心は、身体まで侵食するのか、それともより強固な心へと生まれ変わるのか。

 

「……私たちには、仲間がいる」

 

 1人じゃない。

 今も隣に、仲間がいる。

 仲間の数は、もっともっと。

 10人、50人、100人、1000人……いや、もっともっと――。

 

 培ってきたものは、壊れない。

 

「マリン……」

「だから私は……悲しくても、船長を続ける」

 

 悲しさを思い出すと、涙は止めどなく溢れ出る。

 涙を重ねて、強くなる。

 マリンは船長を続けていく。

 

 だって、配信って、楽しいんだから。

 だって……

 

「だって、叶えたい夢がたくさんあるから」

 

 夢への道が閉ざされたわけではない。

 自分の夢を、自ら諦めるなんてできない。

 自分の世界を、可能性を、自分の感情だけで閉ざすなんて、できない。

 

「僕も……」

 

 ドンっ、とマリンに背を叩かれた。

 全身が、ゆらっとした。

 

「船長、まだ仕事あるから行くわ」

 

 立ち上がると、決して振り向かずそそくさと退室した。

 

「………………‼︎」

 

 仲間がいる。

 だから――

 

「僕も――!」

 

 ――。

 ――――。

 ――――――。

 

 

 

 ――――――。

 ――――。

 ――。

 

 偉大な龍の卒業ライブは、全世界に注目され、その最後を刻み込んだ。

 華やかなアイドル衣装を纏ったココは、最後まで笑みを絶やさず歌って踊っていた。

 そんな彼女が、ライブの後に、笑っていたのかは、舞台にいた仲間たちだけが知る。

 

 

 いいか、これは革命だ。

 ホロライブは、進化を続ける。

 その進化の種は、誰しもが手にしている。

 それを、どう使うかは、各々が決める事である。

 

 



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第六章 デスゲーム編
87話 The game


 

 ホロライブ4期生、桐生ココが卒業した。

 

 1週間ほど、引き摺るものが多かった。

 だが、やがて心が頑丈になり、少しずつ、いつもの調子を取り戻す。

 

 そして、更に1週間が経過し、ホロメンはとある依頼に応えるべく、施設へ向かった。

 

 

 研究所のような施設に、全ホロメンとえーちゃんが集う。

 

「なんか……」

「分かる。みんな居るのに、欠けてる感覚」

 

 卒業から2週間。

 そろそろ心を立て直して、現実と向き合い、別の未来へ歩むと時。

 それでも、存在感の強い仲間が1人居ない状況は、強く響く。

 時々、その姿を探して首を動かしたり……。

 

「――」

 

 しかし中には、何も言わず、ただ依頼人を待つ者や、普段通りの談笑をする者もいる。

 これは、進歩――成長だ。

 決して薄情でも不仲でもなく、自分の在り方を確立しただけのこと。

 これが、革命により得た、強さ。

 卒業しても尚残り続ける、会長の存在。

 

 そんなこんな、待つ事30分。

 ようやく依頼人と思われる男性が、作業服を着て現れた。

 人を呼んでおいて大遅刻とは社会人として成っていない。

 

「いやぁ、申し訳ない。呼んでおいて遅刻してしまい……」

 

 自覚と謝罪があるだけ、マシだろう。

 メガネをぐいっと上げ、ホロメンを一瞥する。

 

「えー……全部で30名で、宜しかったですよね?」

「はい、この場にいるタレントは」

「おや、他にもいらっしゃるので?」

「そうですね、他の国にも数名」

「噂通り、随分と大所帯で」

 

 作業服の焼け跡や汚れの部分を数度払い、男性は咳払いする。

 

「今日はゲームの試遊会ですよね?」

「ええ、こちらにセットがありますのでどうぞ」

 

 心踊るような笑みで先導し、ゲーム機の並ぶ部屋へ誘う。

 扉を抜け、通路を抜け、地下の専用ルームに通される。

 そこには、人1人が収まるゲーム筐体がホロメンの数分用意されていた。

 

「席指定がありますので、ご注意して装置をセットしてください」

 

 その一言で皆真っ先に座席へ走る。

 アニメで見るような造りに興味津々。

 楽しげにその作りを分析してゲーム開始を心待ちに席へと着く。

 その際、頭には機材を装着。

 

「えーちゃんさんは私と共にマスタールームへ」

「はい」

 

 男性の案内で、えーちゃんはさらに部屋を移す。

 そのマスタールームとやらは、その名の通りゲームシステムを制御する部屋。

 様々な電子機器とコンピューターが設置され、ゲームを制御していると思われる。

 正直、機材に精通しているえーちゃんも意味不明な構造だ。

 何がどうなっているのやら……さっぱりだ。

 

「さて、それでは皆さんの準備完了を待ちましょうか」

 

 男性――ゲームマスターは微笑んだ。

 

 



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88話 ゲームを始めます

 

 突然放り出された世界。

 小さな平原があり、正面には森へと続く道がある。

 メンバーの中に欠けているものはいない。

 

 ――ここは、ゲームの世界。

 

『皆さん、本日はこの私が開発したゲームの試遊回にご参加いただき誠に有難うございます。ここはバーチャル空間。そして、あなた方はこれから魔王討伐を目指し魔王城へ向かって頂きます』

 

 男性の声が天から響き渡る。

 よくある天の声。

 これはこのゲームを開発したマスターが録音した音声のようだ。

 

 つまり、ホロメンが質問したとしても返答はない。

 

「RPGってたけど、そういうのか」

「ドラクエ的な感じになるっぽいね」

「SAOは……?」

「ベイカー街は……?」

「あるわけねぇだろ」

 

『ルールは簡単。そちらのスタートボタンを押すとゲームスタート。みんなで協力して幹部4人を倒し、城の最上階に住む魔王を討伐してください』

 

 メンバーの背後に赤と青のボタンが一つずつ世界観の調和を乱すように設置してある。

 青にはスタート、赤にはクリアと書いてある。

 だが、赤いボタンにはバリアのようなものが掛かっており、今は押せない。

 

『魔王を討伐すると赤いボタンが押せるようになるのでここへ戻ってそのボタンをプッシュ! そうすれば世界に平和が戻りゲームクリアです』

 

「簡単なルールだね」

「難易度の程は別としてになるけど」

「にしても、まるで現実にいるみたい」

「それどころか、ゲーム要素がすごく少ないっていうか……」

「装備とかもないしね」

 

 普段通りの服装と装備。

 真新しさこそないが、ゲーム世界に持ち込めると思えない装備が全て揃っている。

 あやめの刀やノエルのメイス。

 シオンの魔法やその他の特殊能力も全て使用可能だ。

 

『因みに――皆さんの力は現実と全く同じで、一度ゲームオーバーになると復活はできません。そして、全員がゲームオーバーになった暁には、そのまま現実世界の皆さんも死んでいただきまーす』

 

「「「――は⁉︎」」」

 

 一同、一声漏らした後、絶句する。

 

『質問等は一切受け付けません。じゃあ――死ぬ気で頑張れ』

 

 音声が切れる音がした。

 小さな草原で静寂の中、ホロメンは顔を見合わせる。

 

「「…………」」

 

 そして、青く光るスタートボタンを見つめる。

 安全装置のように輝く青が、恐怖心に語りかけてくる。

 みんなの心を脅やかしてくる。

 

「演出……だよね!」

「……じょ、冗談だろう! ゲームなんかで……」

「SAO……?」

「ベイカー街……?」

「あるわけ……」

 

 ゲームの天候は快晴で固定されているが、ここの草原に限り、影がさす。

 ゲームを開始できない。

 開始しなければ、クリアできず出られない。

 もはや八方塞がり。

 

「……このゲーム結構マジかも」

 

 数秒目を閉じ、開いたシオンが口も開く。

 また魔法か何かで危機を感知したのか。

 

「千里眼が使えない。装備もそうだけど、ホロメンのことを理解しすぎてる」

「どういう……」

「一部の能力は対策されてるし、あやめちゃんの刀も……」

「え、余?」

「刀、抜いてみた?」

「え?」

 

 シオンの警鐘から危機感の波紋が広がる。

 あやめは初めて腰に携えた2本の刀を抜いてみる。

 その刀身、阿修羅も羅刹も見事な光沢を誇る。

 まさにあやめの美しき愛刀。

 

「羅刹が……!」

「直ってるじゃん!」

「そう、つまり……」

「現実のものがそのままここに転移してるんじゃなく、ホロメンを知った上でプログラミングして作ってるってことになる」

 

 ロボ子がシオン同様の見解に辿り着いた。

 シオンの千里眼が使用できないのも、プログラムにより使用を制限されているから。

 身体能力はリアルのままにこちらに来ている。

 現に、成長した最新の能力は使用できる。

 

「シオンちゃん、千里眼なんか使えたの……?」

「ん? 言ってないっけ?」

「初耳なんだが」

「この帽子の星形の瞳あるじゃん? これが千里眼」

「マジで⁉︎」

 

 帽子も服も道具の一部。

 マスターが設計する際に能力を一定範囲まで弱めたのだと推測できる。

 だが、そんな推察よりも、絶妙なタイミングで明かされた力にメンバーは驚嘆していた。

 

「でもさ、そんなにホロメンのこと知ってる奴が作ったゲーム……でしょ?」

「……クリア、できんのかな」

 

 言葉にすると震えが止まらない。

 あやめのデバフは解除されたが、シオンは逆にデバフを付与された。

 釣り合いとしては変化なしと言ったところ。

 

「これがゲームで、製作者がゲームマスターなら、薄くても勝ち筋は用意してるんじゃない?」

「そうだよな……運用試験はしてある筈だし、ゲームとして面白くするならクリアの可能性を1%でもチラつかせないと」

 

 ホロメン全員を消す事が目的なら、その希望は微塵もないだろう。

 だが、そう仮定した場合、この状況が既におかしい。

 

「確かに、一理ある」

「でも……」

 

 希望があれど死へ立ち向かう勇気がない。

 裏世界の時とはまるで違う。

 既に生殺与奪権がマスターに握られているのだから。

 しかも、このゲームは、間違いなく誰かがゲームオーバーになる。

 自分がそうなった時……。

 自分がどうなれ全滅かクリアかの二択であることは理解していても、この世界のゲームオーバーとは即ち……一度死を味わうという事。

 死に戻りなどと言う力をアニメで見たが、一度死ぬだけで人間の心は壊れかねない。

 凄惨な死を迎えれば現実に帰れても、心を無くす可能性がある。

 植物人間のようになれば、それはもはや死亡と同様。

 

『あー、あー、繋がりました!』

 

 天の声が共鳴した。

 それは、ゲームマスターの録音ではなく、現実世界からのリアルタイムの通話。

 声の主は不明だったが、直様あの人に変わる。

 

『友人Aです。皆さん、戸惑ってると思いますが、接続が短いので単刀直入に言います』

 

「えーちゃんの声だ!」

「外の人も気づいたんだ!」

 

 外部からの通信に、新たな希望が一瞬芽生えた。

 

『こちらからゲームの停止はできません。皆さんでクリアしてください』

 

 だが、外部からの強制終了の望みは絶たれる。

 クリアしろ、と言う指示も暴論でしかない。

 イバラ道ひとつだけと知っても尚、前進への恐怖が勝る。

 クリアして、果たして自分はどうなるのか……。

 

『心が崩壊する事に恐怖しているのは分かりますが、それは完治させれます! ですから、例え死の苦しみに心砕けようとも、仲間が何人消えようとも、たった1人だけでも、そのボタンを押してください!』

『違法アクセスを感知、セキュリティ暗号を解析……』

『お願いします‼︎』

『マスター以外のコードを確認、通信セキュリティを破壊します』

『ババっ――ババババっ――――ババっ――――――――』

 

 えーちゃんからの通信はセキュリティプログラムの妨害によりノイズへと変わる。

 ブロックされるえーちゃんの声。

 そのやり取りに恐怖心は増す。

 

「…………」

 

 今のえーちゃんからの指示は恐ろしい。

 まるで、仲間が何人も脱落すると言っている。

 心も壊せと言っている。

 死を体験しろと言っている。

 

「――――」

「シオン、行くわ」

「……余も、行く」

「ボクも……」

「メルも行くよ」

「みこ、だって……!」

 

 強いと自覚ある面々が名乗りをあげた。

 強者が慄いて、尻込みして、ダサい姿を見せていては、勝てるものも勝てない。

 士気は勝率を上げる重大な要素だ。

 最後のみこ辺りは泣きそうだったが。

 

「みんな、ここはもう、進むしかない」

 

 こう進言したのはそら。

 自分がホロライブの軸になっている自覚を持ち、こんな時、鼓舞激励するのが役目だ。

 創始者であり創造神。

 強者どものどの言葉より、そらの一言こそ、彼女たちに強く響く。

 

「私は、みんなを守ったりできないけど、頑張る」

 

 そらの無計画な意気込み。

 信憑性も信頼性もない言葉に、果てしない信頼が集まる。

 

「怖い人は、ここに残ってて」

 

 座り込んで絶望していた烏合の衆たちが立ち上がる。

 怯える心を掻き消すように、瞳に光が宿る。

 皆に不屈の精神が宿る。

 

「ゲームを……始めます!」

 

 そらが勢いよく……

 

「「始めます‼︎‼︎」」

「――――っ」

 

 振り返ると、絶望を抑えつける希望の光がそらの背を押していた。

 ボタンに向き直り、振り上げた手を一度胸へ。

 大きく深呼吸して――

 

「ゲーム、スタート!」

『ゲームがスタートされました』

 

 

 

          *****

 

 

 

 ゲーム開始の少し前、現実世界。

 管理兼監視室には、えーちゃんとゲームマスターがいる。

 

「今回はお誘いありがとうございます」

「いえ、私も丁度いい試験プレイヤーを探していたので」

 

 と、何ら変哲のない会話を広げる。

 ホロメンが専用ハードを身につけた事を確認して、マスターがゲームを開始する。

 こうしてホロメンはデスゲームに囚われたわけだが――

 

「ゲームを始めるな!」

 

 突如、部屋の扉をバンと開き男性が現れた。

 仮面をつけた2人の男性。

 

「っ――!」

「動くな!」

 

 登場したのは箱推しと「ろぼさー」。

 無断で侵入したが、事態が事態。

 計画の発覚を予感したマスターが何かに手を伸ばしかけたが、箱推しが魔法で動きを固める。

 

「ろぼさー!」

「ああ」

「ちょっと、箱推しさん⁉︎」

 

 戸惑うえーちゃんを通り越して、「ろぼさー」はゲームを司る機体に繋がるPCを触り始めた。

 その間に、箱推しが事情を説明する。

 

「そんな……でも、どうやってその情報を?」

「情報経路は遮断させてください」

 

 詳しくは語らず箱推しはマスターを拘束する。

 

「やっぱり、クリアするしかないぞこのゲーム」

「だろうな……中と繋げるか?」

「やってみる」

 

 「ろぼさー」は今一度パソコンと向き合う。

 

「中に接続できたら、えーちゃんさん、ホロメンに簡潔に説明して下さい」

「…………わかりました」

 

 そして、ゲーム開始時と繋がるわけである。

 「ろぼさー」のハッキングテクを駆使した戦いも存在するが、それは省こう。

 

 後は、見守るのみである。

 そして、もしかすると、この窮地……。

 また、予期せぬ何かが起こるやもしれない。

 





 皆様どうも、作者です。
 さて、第6章「デスゲーム編」が始まりました。
 今回のバトル章からは、完全未活躍のメンバーも出てきますが、最終章までの活躍率は平等にしたいので、推しの活躍はそのつもりで気長にお待ちください。

 次回は早速1人目の……。
 おっと、ではまた次回。


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89話 最初の犠牲

 

 ゲーム開始初っ端から、ルート分岐。

 草原から森へ続く道へ入りわずか10数秒で二手に分かれていた。

 看板が丁寧に立てられており、右側は森の道、左側は荒野の道と記されていた。

 合わせて簡易マップも添えられており、どちらのルートでも同様に城へ辿り着けるようだ。

 

「違いはなんだろう……」

 

 マップの道を無視して、このまま一直線に行けば城への最短ルートだが、その森は到底通れたものではない。

 

「二手に分かれよう」

 

 全員を大きく二つのグループに分けた。

 選考理由などは特にないが、極力実力が偏らないよう。

 シオンとあやめは分けたし、回復役になれるシオンとちょこも別。

 他には物理役のノエルところね、極めて能力の近いフブキとラミィ、防衛型のロボ子とルーナ、攻撃無効のメルとみこ、など。

 役職ごとにうまく分かれ、どちら側にどんな困難が訪れても対処できる体制を構成する。

 その他は均等に。

 

 結果――

 

 右の森ルート――みこ、フブキ、はあと、あやめ、スバル、ちょこ、ミオ、ぺこら、マリン、フレア、ノエル、ルーナ、トワ、ぼたん。

 

 左の荒野ルート――そら、すいせい、ロボ子、まつり、メル、アキロゼ、シオン、あくあ、おかゆ、ころね、わため、ラミィ、ねね、ポルカ。

 

 均等に14人ずつの配分。

 

 そして、存在しない第3のルート。

 中央ルート――AZKi、かなた。

 

 AZKiの開拓能力を使い、中央突破を少人数で試みる。

 かなたは天使の加護で攻防ともに優れた存在。

 敵の目に付かぬよう小数で挑むが、万が一に備えての護衛兼回復役。

 もう数人を護衛につけようか悩んだが、かなたの一言「それは嫌な予感がする」で却下された。

 

「じゃあ、気をつけて」

「そっちもね」

 

 左右組がルート分岐前最後の言葉を交わす。

 

「かなた、しっかり頼むぞ」

「うん」

「中央は見つかりにくい代わりに、一度見つかれば木々に囲まれ過ぎて逃げ道がない」

「かなたん、ごめんね私強くないから」

「んーん、大丈夫。何があっても護るから」

 

 中央ルートは注目を集めない閉塞された空間であるため、バレた時は詰み。

 だからこそ、極力小数で挑むこととなった。

 

「城門前で会おう」

 

 こうして、3班に分かれ敵城を目指し始めた。

 

 

 

 そんなメンバー、右ルート――。

 

「さっさとクリアしちゃうわよー! はあちゃまについてきなさい! うおおおおおおおおぉぉぉぉ!」

「ちょ、はあちゃま! 危ないよ」

 

 突然はあちゃまが意気込んで1人勝手に突っ込んで行く。

 道は舗装されており、安定した通路ではあるが、先に何が待ち受けるか見えぬ中、この暴走はまずい。

 何一つ情報がない、闇の状態。

 数名が止めたが構わず遠くへ。

 追いかけようと、何人かが動きかけるが……。

 

「みこが追う、先が怖いからみんなは集団行動の方がいいにぇ」

「分かった、お願いする」

 

 くねった道の先に進み、既に見えなくなったはあちゃまをみこは追いかけた。

 全員立ち尽くして、呆然としていた。

 

「……狂ってないと、気がもたないよね」

「あれは……それとはまた別なんじゃない?」

「どうかな……」

 

 少し、談笑して気分を紛らせる。

 勝算が極めて低いこのデスゲームに参加させられたことにより、あのはあちゃまが更に狂気を持ったのかもしれない。

 精神的苦痛などから逃れたい時、その手段として本能的に新たな人格を作り出すことがある。

 二重人格はそんな風に生まれる。

 はあちゃまが二重人格になった理由は誰も知らないが。

 

「……行こうか」

 

 あやめが先陣を切って進み、他のメンバーも静かに続く。

 のだが、1人立ち止まり進もうとしない者がいる。

 

「……フレア?」

「どうしたん?」

 

 フレアが周囲を異様に見回して何かを警戒している。

 それに真っ先に気付いたのはノエル。

 ノエルの言葉で全員が反応した。

 道以外は殆ど木で埋め尽くされているため、何かが隠れていても気付けない。

 

「先行ってていいよ」

「は、何で?」

「いいから行ってて。後から必ず追いかける」

 

 マリンが不安げに眉を曲げ、フレアを呼ぶが拒否。

 何者にも屈さない凛々しい瞳に、皆が臆す。

 

「……みんないっとって。団長が残っとくけん」

「でも……」

「……行こう」

 

 2人ずつ削れていく想定外の展開に混乱するものが多いが、あやめなどの気を強く持てる存在が、的確に状況を見極める。

 ここで何人も脚を止める必要はない。

 ボスの存在と場所が分かる以上、手っ取り早くそこに人員を割いて、ゲームを終わらせる。

 急いては事をし損じると言うので、冷静に的確に、但し素早く詰めていく。

 

「2人とも、ちゃんと追いかけてこいよ」

「「うん」」

 

 姿も見えず、声も聞こえなくなる。

 それを待っていたように、ノエルが口を開いた。

 

「どしたんフレア、急に……」

「誰かがあたしのこと見てる」

「誰かが?」

「視線を、感じる」

 

 危険を察知し、その危険が仲間に及ばないよう距離を取った。

 話せば皆残ると言い張るだろう。

 だがこれは、城の敵を討つゲーム。

 ここで全員を足止めしてはいけない。

 それにフレアは、そこそこに強い自信がある。

 

「ヒヒヒヒヒ」

「「――‼︎」」

 

 脳内に、声が木霊した。

 耳からではなく、脳に直接声が吹き込まれる感覚。

 初体験だが、これがテレパシーか。

 言葉が直接響くので、籠る感情も完璧に伝わる。

 嘲笑だ。

 2人を揶揄う笑みの声。

 

「ノエル」

「フレア」

 

 2人は武器を取り、戦闘体制を取る。

 メイスと炎槍。

 

「ヒヒヒヒヒ!」

「――――」

「シヒヒヒヒヒ‼︎」

「ぐっ――――!」

「ぇ……?」

 

 フレアが奇妙な声?を漏らした。

 何かを喰らい、何かを吹いたような音。

 ノエルが素早く振り返ると、その肩に倒れかかってきた。

 そう、フレアが脱力して、ノエルに凭れたのだ。

 

「フレア――⁉︎」

「い″っ……」

 

 フレアが胸元を押さえている。

 その手が真っ赤に染まっている。

 血だ。

 しかもその位置……。

 

「心臓……!」

 

 心臓を何かで撃ち抜かれ、致命傷。

 苦悶の咳を響かせて吐血する。

 口、鼻、傷口の三箇所から流血し、フレアの意識は凄まじい勢いで現実と乖離しはじめる。

 ぐらぐらする視界の先、困惑で眉を寄せるノエルが見える。

 

「ヒヒヒヒヒ!」

「ぐっ……! 誰!」

 

 声が脳に直接響くため、主の居場所が特定できない。

 周囲に八つ当たりするように怒鳴った。

 

「上」

「うえ……⁉︎」

 

 見上げた先。

 一瞬何も見つからなかった。

 次の瞬間、目前に漂うそれを見て、脳がバグる。

 

「何だ……お前……」

 

 目玉が浮遊していた。

 右目か左目かもわからない、白い球体に赤い血管が通っており、正面には黒い瞳がある。

 至って普通の眼球が、ただ一つ浮遊している。

 

 得体の知れない無生物に感情もバグる。

 フレアを傷つけた怒りを、ぶつけたい。

 

「ぼくちゃんはただの目ん玉。ちょぉーっと色々できるね」

 

 目が合い、脳内に言葉を送信される。

 声の主だ。

 そしておそらく、フレアを傷付けた張本人。

 

「魔王軍の幹部の1人だけど、少し揶揄いに来たんだ」

「揶揄う……はは、これが⁉︎」

「そうだよ? 30人もいるんだ、1人や2人居なくなったっていいでしょ?」

「お前ッ‼︎」

「じゃあ、ぼくちゃんは別の所行くね」

「あ、まっ……」

「……ああ、ごめんごめん、苦しくてごめんね」

 

 宙を漂い、道を進みかけた目玉が思い止まった。

 2人を見て、妙なことを口走る。

 いや、口はないか。

 

「うぶっぉッ――!」

「――‼︎ フレア!」

 

 瀕死のフレアにレーザービームが放たれ、腹に風穴が開く。

 もう、内臓がどう吹き飛んだかも想像できない。

 なんだ、今の目から放たれたレーザーは。

 なんだあの、気色悪い生物は。

 

 木々の騒めきに乗せて、目玉の高笑いが遠ざかってゆく。

 

「フレア! フレア‼︎」

「目からビームだよ、じゃぁね」

「フレア‼︎」

「の……ちゃ……」

「フレア‼︎」

「ぶほっ、ごほっ……」

「死んじゃダメ……! 大丈夫、すぐにちょこ先生のとこに――!」

 

 内臓が破壊されてもう生命を保てない。

 フレアが口を開けば、言葉よりも血が多く飛び出る。

 ノエルの顔に吐血してしまうが、構いなし。

 必死に涙を堪え、抱えたフレアの傷口を手で覆う。

 無理だ、傷口が大きすぎて、どう覆っても塞がらない。

 

 そう、ノエルには何もできない。

 

「……まか……せ……」

「ダメっ!」

 

 パリンっ、とガラスが砕けるような音がした。

 

「…………ぁぁ」

 

 血に塗れた両手がわなわなと痙攣する。

 目前は滲み、どんな奇襲も避けられないだろう。

 

「フレアァァァァァァァッッッッ‼︎」

 

 天を仰ぎ絶叫した。

 滲む視界の先に晴天が広がっている。

 当然ながらその場にはもう、不知火フレアの姿はなかった。

 

 

 

          *****

 

 

 

「……今、声したよな?」

 

 微かに響いた何者かの声。

 それを感知したのはほぼ最後尾のスバル。

 前を歩くメンバーや真後ろのルーナにも尋ねる。

 

「2人に何か……あったんじゃ」

「戻っちゃいけんよ」

「…………」

「進んだ意味を考えて」

 

 キツくなるが、あやめは振り向くことなく淡々と告げた。

 皆の顔に影が落ちようとも、あやめだけはこの態度を貫かなくてはならない。

 腐りそうなほど暗く重い空気の中、歩みを進める一同。

 会話を弾ませようとする者もいない。

 心こそ屈してはいないが、気分は最悪。

 

「ねぇしゅば、おんぶして」

「……しねえよ」

「おんぶちて」

「……んな気力ねえって」

「…………」

 

 ルーナが元気付けようと甘えるが、スバルは苦笑して流す。

 ルーナも2度目で諦めた。

 トボトボと重たい足を引き摺るように歩き……。

 数秒後。

 

「しゅば…………」

「おんぶはしねえって……」

 

 バタっ、と倒れた。

 

「ん……?」

 

 急いで振り向き、うつ伏せのルーナに駆け寄る。

 

「おいルー――! どうしたこれ⁉︎」

 

 ルーナを仰向けにし、手の中に抱える。

 その胸……心臓には穴が空いており、致命傷を負っていた。

 

「ちよこ!」

 

 ………………。

 

「おいちよこ!……? は? おい! 何で誰も……」

 

 いない。

 この場には、ルーナとスバルだけ。

 そう言えば、周囲の木々が静かだ。

 鳥の囀りがない。

 あるのはスバルとルーナの乱れた呼吸音だけ。

 

「結界だよ」

「――! なんだ!」

「こっそり結界内に招待したんだ」

「――! 目……」

 

 空に目玉が浮遊している。

 スバルは得体の知れない存在に戦慄しながらも、しっかりとルーナを抱きしめ、その身を庇うように覆う。

 テレパスには一切触れず、スバルはただ単に怒りと恐怖に震えていた。

 

「ルーナに何した!」

「こうした!」

「お″ぉぇっ!」

「っ! ヤメロォッ!」

 

 眼球から発射されたビームがルーナに直撃する。

 ルーナが激しく吐血し、グッタリと力をなくす。

 スバルは咄嗟にルーナを抱きしめる。

 

「ヒヒヒヒヒ、じゃあね」

 

 目玉が消えた。

 

「ルーナ! 頑張れ! すぐちよこのとこに連れてくからな!」

「…………」

 

 お姫様抱っこして、スバルは立ち上がる。

 重たい。

 軽く走るが、速度が出ない。

 道を囲う森が騒ぎ始めた。

 

「…………」

「抱っこで悪いな。治したらおんぶなんて、いくらでもしてやるから」

 

 必死に足を動かす。

 ルーナの絶え絶えの呼吸音が、スバルの心拍を上げる。

 

「ご……ぇん……」

「大丈夫だ! スバルに任せろ!」

 

 聞こえぬように振る舞い、スバルは一心不乱にちょこを求める。

 ルーナの血塗れた泣き顔も、今のスバルには映らない。

 

「大丈夫だ! 安心しろ!」

 

 軽い……。

 重さが、体重が、消えていく。

 見るのが怖くて、一瞬だけ視線を落とすと、血塗れた微笑が映る。

 

「……あり、がとぅ」

 

 手元には、何も残らなかった。

 

「…………ぉい」

 

 消えゆく命を、手中で感じた。

 手の中にいた大切なものが、消え去り、鮮血で汚れた両腕が瞳に映る。

 

 スバルには何もできなかった。

 

「ぐッ――! ッンだよコレ‼︎」

 

 これが、デスゲームか。

 

「クッソがァァァァァァァ‼︎‼︎」

 

 姫森ルーナが、消えた。

 





 どうも、作者です。
 これで本格的にデスゲームっぽくなりましたね。
 このように、この章では消えていく感じなのですが、極力グロテスクな表現は控えます。

 そして、今回の敵はメチャクチャ強いです。
 4章の敵の平均戦力の6、7倍くらいかなと。
 まあ、ゲームなので。

 今章のキーは、誰になるでしょうか……。
 ではまた次回。


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90話 再度、絶望へ

 

 左ルート。

 道を進むと荒野に出た。

 何もない荒野。

 本当にただの荒野で、ずっと先の木々の背後に、わずかに城が見える。

 

「拍子抜けする感じ……」

「気ぃ抜いたら死ぬよ」

「だろうな……」

 

 こちらは誰1人先行する事も、逸れることもなく集団行動ができている。

 

「何もないとは思えんし」

 

 城まで何もない、とは到底考えられない。

 道中の魔物を倒し、レベルを上げて、装備を整えて、魔王に立ち向かう。

 セオリー通りには行かないにしろ、魔王オンリーとの戦いとはなるまい。

 幹部も4人いると言っていた。

 公平を期すならば右に2人、左に2人、城にボス。

 もしくは、城の各階に一幹部、最上階にボス。

 

「――っ!」

「うわぁおぅ!」

「「――⁉︎」」

 

 シオンが気配を察知して攻撃を受ける。

 光線を魔術の光線で相殺すると同時に、仲間を攻撃から守るため、一時的にバリアを展開した。

 シオンの瞬発力に、襲撃者は驚く。

 そして、感嘆の声を響かせた。

 

「テレパシー……」

「キショいなこれ」

「何あれ!」

「エグ」

 

 この場の誰も知らぬ事だが、フレアとルーナを死へ追いやった化け物、目玉が姿を表す。

 

「硬いバリアだね」

 

 数発ビームが投下されるが、シオンのバリアはびくともしない。

 シオンも反撃の光線を見舞うが、瞬間移動で回避される。

 すいせいが星を撃っても、あくあが水を撃っても、ラミィが氷を放っても、ポルカが様々ばら撒いても、命中しない。

 

「バリア内に入れないのはシステムかなぁ」

「じゃあ、天気が変わらないのもシステムかな」

 

 シオンのバリアを突破できない目玉の発言に、メルが合わせる。

 天候が快晴に固定されているため、天候操作ができない。

 

「システマーも暇してるし……」

「……?」

 

 システマー?

 人か?

 だとしたら、幹部の1人の可能性が高い。

 

「決めた。1人だけ倒して帰ろう!」

 

 皆の警戒心が一段と高まる。

 闘争心と生への欲求を全開にする。

 

 目玉がメンバー一人一人を見つめる。

 バリアを解いて総攻撃を仕掛けたいが、瞬間移動が極めて厄介。

 ビームの距離と精度も相まって、バリアを解く余裕はない。

 

「だ、れ、に、し、よ、う、か、な、て、ん、の、か、み、さ、ま、の、い、う、と、お、り!」

 

 数名、目が合った気がしたはずだ。

 目玉の標的は定まる。

 

「こっちおいで」

 

 目玉が笑った。

 目しかないが、目玉の動きで表情が分析できてしまう。

 

「誰が――!」

 

 バリア内にいれば安全。

 的になると分かって自らバリアを出るものなど――

 

「っえ?」

 

 ピュン――。

 と、バリアを前のめりに飛び出したねねに光線が突き刺さる。

 それが幾つも。

 

「ぅっ……そ……」

 

 桃鈴ねねが消えた。

 宣言通り早速1人を倒してしまう。

 だが、何故ねねは、バリアを出たのか。

 そんな事、もう気付いている。

 

 シオンはバリアを咄嗟に解いた。

 すると、全員があるメンバーからずざっと距離を置く。

 

「なに、してんの……ころね……?」

 

 ねねをバリア外に押し出したのは、ころね。

 他の視線をものともせず立ち尽くす。

 

「おいで、こっちに」

 

 目玉の呼びかけにだけ反応し、目玉へと歩み寄る。

 目玉の力、洗脳の発覚。

 しかし、手遅れである。

 

「ころね!」

「ころさん!」

 

 誰の声も届かない。

 ころねは目玉と並ぶと、全員を見渡す。

 その赤い瞳で。

 

「お前……!」

「じゃあね。お城で待ってるよ」

「ころさん!」

「だめ、おかゆ!」

 

 テレポートの瞬間、おかゆが駆け出しころねに手を伸ばした。

 どうにか、引き留めたい一心で。

 世界がスローモードに切り替わるような感覚。

 ゆっくりと進む時間で、おかゆの手はころねに触れ――!

 

「――」

 

 その場から、目玉と共に、おかゆ、ころねが姿を消した。

 

「………………」

 

 …………………………。

 

 しばし放心する。

 

「なんだ……このクソゲー……」

 

 脳が正常に戻ったかと思えば、口を突いて出るのはそんな言葉。

 ねねのゲームオーバーところねの洗脳、そしておかゆまでも着いて行った。

 実質3人の脱落。

 しかも、相手への打点も情報も無し。

 

「……急ごう」

「……⁉︎」

「城で待ってるって言った。城へ急ごう」

 

 まつりが瞳に炎を灯した。

 目玉への殺意に似た何かを滾らせて。

 その思いは、周囲に伝染する。

 

「これはゲームだ。ゲーム内のキャラが相手なら――」

「うん」

「躊躇なく潰せる」

 

 最大の救いは、そこにある。

 どれほど強いメンバーでも、生物が相手では殺さない程度にセーブする。

 だが、相手が無生物ならば、殺す事を容易く視野に入れられる。

 本気で戦える。

 

 ゲームで殺人鬼と化すホロメンは少なくない。

 これがゲームである事を、マスターに後悔させてやる。

 

「急ぐのは結構、だが」

「――⁉︎」

「この絡繰迷宮(システムラビリンス)をどうブレイクスルーする?」

「――⁉︎⁉︎⁉︎」

 

 何もない荒野、それが進路だった。

 何もない荒野に、突如として出現する巨大な壁。

 言葉通りならこれは、迷宮。

 だが、これは一体……?

 

「あらゆるシステムをコントロールするこのゲームのキーパーソン」

「また、浮いてんのか……!」

「システマーだ、よろしく」

 

 身だしなみの整ったスーツ姿の男性が空に立つ。

 丁寧に腰を折る礼儀正しさとは裏腹に、天高くから蔑視する。

 

 このゲームに存在する4人の幹部、その1人。

 システマー。

 様々なゲームシステムに関与して、波乱を巻き起こす敵。

 

「迷路なんかやってられんし! 紫苑砲!」

 

 シオンがかつて無いほど力強い光線を放った。

 間違いなく、シオンの最大火力。

 紫苑に煌めく光線が天高く打ち上がり、システマーを焼き尽くす。

 

 シオンのフルパワーに、仲間でさえも絶句した。

 初披露がこのタイミングとは確かに驚くし、意外性抜群。

 

「次そのビームをシュートしたら、リフレクションすんぞ」

 

 弾けて霧散するビームの中から、バリアのような小さな空間に守られたシステマーが微かに怒気を含んで言った。

 

「……」

 

 シオンの本気をものともしないその様に、絶望感は増すばかり。

 暗雲が立ち込める。

 

「……無理だ、こんなの」

「クリアできるはずねぇよ……」

 

 わためやポルカなどの発言を火切に、恐怖への感情が決壊し、ゲームへの畏怖を表し始める一同。

 シオンやロボ子、メルなどの強力なメンバーにも例外はいない――

 と思われたが……。

 

「大丈夫……!」

 

 声を上げたのは、星街すいせい。

 滅茶苦茶な笑顔を振り撒いて、仲間を鼓舞する。

 珍しく似合わない行為。

 皆、すいせいに奇妙な思いを抱き始める。

 だがまさか、この空気に当てられて、壊れたわけではあるまい。

 

「すいちゃん……?」

 

 そらがすいせいの顔を覗き込む。

 いつも通り、目に星が宿っている。

 

「……で? どう、したらいい?」

「トークがコネクトするガールだな」

 

 すいせいの問いかけに微笑で返し、システマーはうんうんと頷く。

 

「ラビリンスをクリアする、それオンリーだ」

「……なわけ」

「そう、ラビリンスにはシステム、つまりトラップがある」

「トラップ……」

「そのバリエーションはたくさんだ」

 

 迷路の入り口が開く。

 遠隔操作で石の壁がじならしして動いた。

 

「クリアしたら、またルートをゴーだ。ではスタート」

 

 システマーが消滅した。

 

「…………私、行くよ」

 

 魂に星の輝きを灯して、すいせいは迷路に迷い込んでいく。

 ただ、迷路の内部を一度確認し、

 

「複雑で入り組んでる。トラップもあるみたいだから、それぞれルートは分けたほうが良さそう」

「…………」

「ゴールで会おう」

 

 迷宮に消えていく。

 誰1人、言葉を発さず見守った。

 すいせいが迷路へ入り1分後――

 

「何ですいちゃん……あんなに……」

 

 カッコよく、めげずに立ち向かえるのだろう?

 誰もが戦慄し、恐れ慄き、足が震える状況で、前を向けるのだろう?

 

「ボクも、行ってくる」

 

 次いでロボ子も迷宮へ足を踏み入れる。

 トラップが発動しようものなら、音くらい聞こえそうなものだが、無音だ。

 システムとしてランダムで流れる鳥の囀りや、そよ風があるだけ。

 

 ロボ子の勇気を前に、暗雲を必死に振り払うような仕草を見せる一同。

 その後は時間の間隔を大きく開けることもなく、全員その身をラビリンスに置いた。

 

 



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91話 剣士と武闘家

 

 右ルート。

 

 あやめを先頭に道を進むも、はあととみこ、ノエルとフレアが逸れてしまう。

 そして、しばらく進み、異変に気付く。

 

「ねえ、スバル先輩は?」

「……ルーナたんもいないわ」

 

 目玉の悪戯により、分離された2人。

 その不在にようやく気付く。

 後尾を歩いていたぼたんの発言で皆が立ち止まり、見回すと、ちょこも更に気づいた。

 顔を見合わせて不安感を共有する。

 

「まさか戻った……?」

 

 ふと脳裏によぎるのは、スバルの一言。

 声に反応し、ノエルとフレアの事を危惧していた。

 あやめの有無を言わせぬ正論に怯み、声や存在感を潜めていたが……。

 

「いや、スバルに限って勝手はしないと思う……」

「そうぺこだね。スバル先輩なら、無理を通すにしても、何か言いそう」

「それに、ルーナもいないってなると、別の理由が……」

 

 突如姿を眩ました2人。

 こうなると、やはり敵の画策だとした方が納得だ。

 

「心配だけど……」

「進むしかない?」

 

 あやめの表情が曇っている。

 気丈に振る舞っているが、立て続けに離れる仲間たちへの心配で、既に精神に来ている。

 強さの自覚があるからこそ、守らねばと言う責任感も強くなっている。

 

「…………」

 

 あやめは無言で歩みを再開した。

 一同、反論なく静かにその背に続く。

 あやめ、ちょこ、ミオ、マリン、ぺこら、フブキ、ぼたん、トワ。

 先頭からこの順で歩く。

 こんな絶望的な環境でも尚心砕けないのは、きっとねねの存在あってこそ。

 この場にはいないが、ゲーム内に生存し続ける事で、全ホロメンの精神を保っている。

 不屈の歌姫の力は、ホロメンの力の源とも言えるだろう。

 

「――っ‼︎」

「っと……」

 

 突如、あやめが絶句して立ち止まる。

 そして、瞬時に刀を抜いた。

 ちょこは危うく、正面のあやめにぶつかりかけた。

 丁度死角で見えないため、小さく右へとズレる。

 その動作は後方の仲間たちにも伝播する。

 

「随分と、俊敏な方ですね」

 

 あやめの正面に、1人の男性が刀を回して立っている。

 あやめの反射神経に感嘆し、素直な称賛を送る。

 その余裕っぷりが恐ろしい。

 

「いつから――」

「今です。今あなた方の間を縫って、ここに来ました」

 

 テレポートのように突然現れた。

 それは間違いない。

 あやめもその眼で見たさ。

 

 二本の愛刀を構え、臨戦体制を取る。

 それに倣い、他の面々も構えた。

 

「もう遅いですよ。斬ってます」

「あ――?」

 

 男性はまるで、勝負を終えた武士のように、剣を鞘へ、すぅーとしまい――

 

 カチン、と収納が完了した。

 

「ぶはっ……」

 

 先頭、敵の不可解な力に警戒しつつも、猛々しく刀を握っていたあやめ。

 そんな勇ましい背中が、前触れなくちょこの方へ倒れてきた。

 誰1人、脳内処理が追いつかない。

 

「ぇ……」

 

 あやめの背が迫り、動揺するちょこ。

 そのあやめの向こう側に何か赤い……液体が飛沫となって弾けて……。

 とん、とその身体を両腕で支えると、手には生温い液体が付着する。

 飛沫同様の、鮮やかで濃い赤色。

 

「あやめ様!」「あやめ!」「あやめ先輩!」「あやめちゃん!」

 

 十人十色の呼称が重なった。

 ちょこは咄嗟に治癒をかける。

 大丈夫、まだ息はある。

 ちょこの人体干渉で、治せる。

 温もりを感じる淡い光がちょこの手先から漏れはじめた。

 早速干渉が始まるが、既にあやめの目は閉ざされ、動かない。

 

「致命傷を与えたつもりでしたが……」

 

 あやめの覇気が、知らぬ間に放出され、オート防御を発動したようだ。

 無意識下の防御である為、その硬度は高くなかったが、一命は取り留めた。

 よって急患。

 しかし、そんな暇があるか。

 

「コンポーズ・アイスソード」

 

 フブキが氷の剣を創造し、構える。

 ミオはタロットを手に。

 ぺこらは脚の感触を確かめ、ぼたんは石を拾う。

 トワとマリンは帽子に触れ、危機感を露わに。

 

 ちょことあやめを護るように。

 

「私も幹部なので、1人ほどは――ゲームオーバーにさせていただきます」

「――消えた!」

 

 これは目の錯覚か? 剣士が消滅する。

 咄嗟に周囲を見回すが、姿は見えない。

 この中に不可視の敵を捉えられる者は――

 

「よっ!」

「っ!」

 

 ぼたんの投石が、虚無の位置で弾かれる。

 そうだ、ぼたんは捕捉の力を持っている。

 一度視認すれば、二度と逃さない。

 ぼたんには見える。

 剣士の位置が、完璧に。

 力強く石を握るぼたんの瞳には、剣士の輪郭が靄掛かって見えている。

 

 他のメンバーは、ぼたんの投石から位置を予測し、そこへ近付かぬよう心掛ける。

 だが、投石の速度と、それを捌きながら動く速度は、明らかに剣士が上だ。

 

 石乱れ打ち。

 

「船長!」

「へあ⁉︎」

 

 ぼたんが突進するようにマリンを押し退ける。

 ぼたんの右肩に剣が掠った。

 まるで疾風。

 見えていても、辛うじて反応できるか否かの速度で動いている。

 その証拠に、剣士の通り道には風が吹く。

 

「そっち行った!」

「え!」

 

 肩を並べるミオとフブキに警告する。

 だが、見えない。

 ぼたんが動いても当然間に合わない。

 

 キラリとフブキのアイスソードが煌めいた。

 併せて瞳をギラつかせ、アイスソードを誰も想像だにしない動きで操る。

 

「ぃっ――!」

「――⁉︎」

 

 直感か?

 フブキの振るった剣が、正面から敵の斬撃を受け止めた。

 ぼたん以外には見えない戦況が、フブキの剣の軋む音から伝播する。

 剣士も見切られたことに僅かな動揺を見せる。

 その刹那の隙にぼたんが声を上げた。

 

「こいつはあたしとフブキ先輩でなんとかする!」

「みんな行って!」

 

 この一瞬で、不可視の剣士とやり合える存在が明確化した。

 

 フブキも便乗し、コクリと頷くと手汗で溶けそうなほど強く、剣を握る。

 2人の合図で真っ先にちょこがあやめを抱えて駆け出した。

 他のメンバーも一切迷わない。

 

「もういいですよ」

 

 剣士が誰かへと指示を出す。

 まだ敵が――

 

 ビュン、と熱風がぼたんとフブキの傍を吹き抜ける。

 ぴこぴこと、ぺこらの耳が揺れた。

 

「んっ……!」

「ひゃぁ……止めるか、そうか、すげえぜ」

 

 背後への蹴り。

 それは敵の襲撃に抗うもの。

 見えない敵がもう1人戦場へ羽ばたいて来た。

 

 その敵は突如姿を見せた。

 武闘家のような服を着た男性。

 ぺこらの片足に己の片足を衝突させている。

 

 更なる襲撃に、殆どのものが足を止める中、ちょこだけは自分の価値を理解し、あやめを担いで進んだ。

 

 ぺこらは足の抵抗を操作し、全力で武闘家の攻撃を押し返す。

 

「ぐぐぐ……」

「俺は優しいなぁ――!」

 

 武闘家も片足に力を込め、力比べに出る。

 その背後にトワが回り込んだ。

 

「っラァッ!」

 

 会心の回し蹴りを振り抜く。

 

「っと、優しさにつけ込むとは、悪魔っぽいな!」

 

 回し蹴りを右腕で受け止める。

 同時に2人の蹴りを受け止め、未だに力を拮抗させている。

 

「大丈夫2人とも!」

 

 ぼたんがさっと武闘家に視線を逸らした。

 そんな刹那、剣士が動く。

 姿を眩まして、剣を引き抜いた。

 フブキは鋭く目を光らせる。

 氷の剣をへし折るほどの腕力で握り、剣士を探す。

 

「くそぅっ!」

「船長⁉︎」

 

 マリンが直角に道を逸らして、鬱蒼と生い茂る木々へと突入した。

 その奇行に敵含む全てのものが驚愕する。

 真っ先に意図を理解したのは敵側の剣士。

 次いでミオとフブキと武闘家だ。

 

「はっ、乗ってやれよ剣士」

「では、そうします」

 

 武闘家の冗談めかした一言を真に受け、剣士は姿見せぬままマリンの後を追う。

 タイミング同じくミオとフブキも追う。

 

「行かせるわけ――」

「タア! ウオリャァッ!」

「ぎっ……てぇなぁ」

 

 ぼたんが全力投球のポーズをとると、武闘家がようやく2人の蹴りを弾いてぼたんに拳を打ち込んだ。

 脇腹に捩じ込まれた一撃に意識が揺らぐが、すぐに視界を固定し直す。

 

「3人か、丁度いいなあ」

 

 ぺこら、トワ、ぼたん。即ちPEBOT。

 敵は武闘家。

 

 逃げるマリンを追う剣士。

 を追うフブミオ。

 

 ちょこは負傷したあやめを抱え逃走。

 

 

 右ルートのチームは、完全に分離された。

 

 

 



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92話 再臨

 

 道なき道、鬱蒼と生い茂る森林へ駆け込んだ。

 自分は何もできない。

 なら、できない存在なりに、囮くらい買って出る。

 自己犠牲一つで敵が釣られれば、その分時間が稼げるから。

 

 背後から剣士が追ってくる音がするが、植物の密集地帯では移動速度がほぼ同じで中々追い付かれない。

 開けた通路なら間違いなく捕まってゲームオーバーだった。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ」

 

 チラッと振り返る。

 剣士が草木を掻き分けマリンを追って来ている。

 今は姿が見える。

 

 光の少ない森の中を進むと、やがて正面に大きな光が見えた。

 森を抜ける。

 開放的な場所だと逃げられないが、進路を曲げるとその分剣士に接近される。

 結局、直進以外に道はない。

 

「はぁ……っっ! やっべっ!」

 

 森を抜けた先にあったのは、開けた視界。

 開けすぎている。

 正面に見えるのは遥か先の塔や空。

 つまり、見晴らしのいい景色。

 

 崖に出た。

 

 木々に囲まれた崖。

 行動範囲が極めて狭い。

 

「ま、まぁ、ちょっとは役に立ったでしょ……」

 

 マリンは最期を悟り、自嘲的な笑みを浮かべた。

 その表情で初めて剣士は理解する。

 

「……貴方、闘うつもりは無いのですか」

「そんなもん、毛頭ねぇっての……こちとらホロメンの最弱名乗ってんだワ」

 

 魔力消滅、パワーなし、知力なし、観察眼なし、スキルなし。

 それ即ち、戦闘における価値なし。

 

 囮であることを理解しながらも剣士はマリンを追って来た。

 それは逃げた先で闘う見通しだったから。

 マリンが戦える人間なら、1人居場所不明で潜伏され続けても困る。

 だがそれらは全て空回り。

 マリンの行動を深読みした結果、無駄足を踏んだ。

 

「AIってのも大したことないんですね」

「…………」

 

 剣士は怪訝そうに眉を寄せた。

 なんだ、その微妙な反応は。

 自覚のないAIか?

 シンギュラリティーの到来も遠くないな。

 

「まあいいでしょう」

 

 腰部に携えられた鞘から西洋剣を抜き取る。

 刀身はそこそこ長めで、錆も刃こぼれもなく美しい金属光沢を放っている。

 その剣先がマリンの頭上辺りへ向けられる。

 

「串刺し、首刎ね、微塵切り。どれがいい?」

「切腹とか」

「苦しいですよ、それ」

 

 別に本当にしたいわけじゃない。

 自殺なら、なんとか誤魔化して生き延びられる。

 まあ、そんな甘い敵ではないだろう。

 

「じゃあ、あなたの好きなやり方でどうぞ」

 

 マリンは諦め、潔く両手を広げた。

 さあ、斬れ。

 

「殺生」

 

 剣士が地を蹴り、前のめりに斬りかかる。

 

「っ――」

「え……!」

 

 剣士の足元が陽射しの下で凍てつく。

 この氷は……。

 一級のホロメン検定者マリンには、誰の氷か分かる。

 フブキとラミィの氷には若干ながら違いがある。

 説明できない直感的な違いだが、これはフブキの氷。

 

「ミオ」

「いいんだね?」

「信じてるから」

 

 森から凍った草木を掻き分けて、ミオとフブキが現れた。

 剣士の後ろから追跡していた2人に、マリンは気付いていなかった。

 互いに合図を交わしてミオとフブキはマリンの方へ歩み寄る。

 

「見えるキツネ……」

 

 フブキへと焦点を当てながら、剣士はすっと軽く剣を振るった。

 足元の氷を薙ぎ払い、足枷は瞬く間に解かれる。

 

「氷か……」

「光でしょ、見えない理由は」

「……そうなの?」

「ええそうです」

 

 だからなんだと、剣士は悠然たる面構えを変えない。

 タネが明かされたところで、打破する策はまずない。

 そもそも、フブキは何故か位置を割り出せる事が証明されている。

 この情報開示は誰にとってもアドにならない。

 

「屈折か、色素変更か、透過か……原理なんて分かんないけど、光が原因なことは分かる」

「透過です。光に限らず私が思えば何でもすり抜けますよ」

 

 本来、光を透過するなら、使用者本人の目にも光が届かず、互いに見えない状態となる。

 だがこれはゲーム。

 細かい理屈など必要としないバーチャル空間。

 ゲームマスターの思い描いた力がまるで現実のように起こるのだ。

 

「悉く理不尽なクソゲーだね」

 

 罵倒するようにミオが言い放つ。

 マリンもフブキも同意しか出てこない。

 

「序でに剣のことも教えてくれない?」

「拒否します。不都合しかないので」

 

 ミオとフブキもマリンの横に並び、崖を背にした。

 情報摂取はここまで。

 

「じゃあ、任せるよ」

「コンポーズ・アイススライダー」

 

 崖に、大きな氷の滑り台が完成した。

 氷が固定された太陽の光線を浴びて煌めく。

 崖をスタートとして、ゴールは恐らく先程までいた通路のかなり先。

 

「え、任せるって何を! あっ、ちょっ! ミオ先輩!」

 

 状況整理のできないまま、マリンはミオに引かれて滑り台からその先へ。

 ミオと2人で、崖を後にした。

 マリンの怒った声が遠くなってゆく。

 ま、怒るだろうさ。

 自分を囮にするつもりが、仲間を囮にしてしまったのだから。

 でも、マリンを囮にすればフブキも同じことを思う。

 なら、何を天秤に乗せて決断するか。

 それは、信じるものだ。

 

 創造したアイススライダーを消滅させる。

 追わないし、追わせない。

 

「分かりませんね。貴方の方が、強いと見受けられますが」

「いいんだよ、そんなの知らなくて」

 

 氷の剣を手に、ふふっと苦笑した。

 フブキの視界には森が映るので、強く圧迫感を覚える。

 

 ――――――!

 

 世界に剣士の像が投影されなくなる。

 透過により光が剣士をすり抜けている。

 そして、その法則が全てに働くのなら、フブキの攻撃はまず当たらない。

 

 タイマンで勝てるとは思えない。

 だが、素直に負ける気もそうそうない。

 

 だからほら、力を貸せ!

 

「ッ――」

 

 剣と剣の混じり合う音。

 鉄と氷の衝突でも、火花は散った。

 

「ふんっ!」

 

 ガッと強く踏み込む。

 右脚を中心に氷が発生し、草木や大地が凍った。

 だが、どこにも剣士を捕らえた形の氷像はない。

 

「……」

 

 剣士は怪訝そうにひとり眉を顰めた。

 

「ぶねぇ――」

「――⁉︎」

 

 背後からの斬撃もギリギリで見切り、受け止めた。

 剣士に一切の手加減はない。

 

「……遊んでますか、貴方?」

「うるさい、ちょっと静かにしてよもう!」

「――⁉︎⁉︎」

 

 フブキの怒号に度肝を抜かれる。

 急な豹変にさしもの剣士でさえ、驚愕して数歩引く。

 目を丸くして、わずかな恐怖をちらつかせた。

 

「だからやめて! 力だけ貸してくれればいいの! 出て来ないで!」

「貴方……何を……」

 

 抵抗するように絶叫する。

 フブキはずっとずっと飼っていんだ。

 そうだ……ずっと魂に宿っていたんだ。

 あの時アイツが誕生し、その後依代を無くしたアイツは、フブキの中に宿っていた。

 だから、あの森での事件以降、フブキの魔力は倍近くにも増していた。

 フブキが一つの体に2人存在しているから。

 

 同一人物なのか、全くの別人なのかは不明である。

 

 少し、力を借りようと今声を掛けた。

 途端に制御が効かない。

 表にいる白上を押し除けて、主役の座に立とうとしている。

 

 違う、そうじゃないんだ、言うことを聞け!

 

「私の体なの!」

「多重人格ですか――!」

「「違う‼︎」」

「――‼︎」

 

 2つの声が重なっていたが、どちらも同じ人物から発されていた。

 1人の人間が同時に2パターンの発声をできるだろうか?

 無理である。

 

「あーもう! 聞き分けてよクロちゃん!」

 

 フブキの身体の3割が黒々と染まっている。

 やはり、彼女の制御は一筋縄ではいかない。

 所詮ゲームで、どうせ負け戦となるこの場なら、暴走も躊躇なく起こせると滅多な事を思っていた。

 ここで実験して、操れないのなら、以降2度と彼女の手は借りず、表舞台へ立たせることもしないと。

 まさかこれが、薄氷を踏む行為だとは、毛ほども思わなかった。

 

「わたしに命令すんな。力だけ貸せってのは、虫が良すぎるだろ、フブキ」

 

 身体の5割が蝕まれ、白と黒が半々の状態。

 左右で口論を繰り広げる、異様な光景。

 

 剣士の瞳が悍ましさに揺らぐ。

 

 どうやら、白上フブキの態度は彼女の内に秘める存在の不興を買ってしまったようだ。

 

「今まで魔力も貸してやってただろ。これくらいの見返りは欲しいなあ」

 

 傍観者などいないように、フブキは入れ替わってゆく。

 7割、8割、9割と侵食が進み、遂に白上フブキは内側に閉じ込められた。

 

「やっと完全に出られたぜ……3年ぶりくらいか?」

 

 清々したような澄み切った悪顔で大きく呼吸する。

 新鮮なゲーム内の空気を吸って、正面を向くと、やっと剣士の存在を思い出す。

 

「悪いな、蔑ろにして怒ってるか? わたしも腹立ってんだよ、だからまあ許せや」

「相手が誰であろうと、敵を排除するのが役目なので」

 

 フブキの冗談めかしたセリフにも剣士は淡々と返した。

 性格などが倒錯したような人格変化を目の当たりにし、内心慄然としている。

 だが、こんなゲーム序盤で敗北などしない。

 幹部がこんな人目に付かない辺境地で、あっさり負けはしない。

 恐れはするが、戦力は勝ると確信した。

 

 剣士のその高を括った態度が、フブキの神経を逆撫でする。

 

「チッ! ムカつくな、どいつもこいつも」

 

 舌打ちを隠そうともしない。

 怒りなんて、寧ろ見せつけるよう。

 

「文字通り風雪に耐えてきて、ようやっとこっちに来たわたしを、殺すつもり?」

「イヤなら抗ってみなさい」

「上等だ、クソ野郎」

 

 よく見てろフブキ。

 わたしの力を見せ付けてやる。

 そしてわたしを認めさせてやる。

 

 

 森の崖。

 黒上フブキの降臨。

 そして、剣士と衝突。

 



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93話 PEBOT砲台

 

 森の通路で激化する闘い。

 武闘家に挑むはPEBOT。

 

 剣士相手とは一変し、ぼたんは何一つ加勢できないでいた。

 

「――――」

 

 見上げた先、熾烈な争いが起きている。

 森の通路上空で、華麗な空中戦。

 空を飛べるトワ、空を蹴るぺこら、そしてエンジンで宙を駆ける武闘家。

 対してぼたんは捕捉するだけ。

 この空中戦に於いて、全く役に立てない。

 何かを投げたところで、この死闘では味方に命中する可能性を強く孕んでいる。それは寧ろ妨害になる。

 

 なら、ぼたんは2人を置いて先へ進むべきなのか?

 

 上空で、火花が散る。

 

 2対1で戦力は互角か敵が上手。

 ぼたんの加勢ができれば互角以上へ持ち込める。

 

「まだまだ!」

 

 体力を温存しつつ戦いに臨む武闘家。

 トワとぺこらの攻撃を同時に捌く技量は幹部級。

 縦横無尽に宙を駆け巡るぺこらの動きも、多方面に旋回するトワの飛翔も、完璧に見切るその視野の広さと直感の鋭さ。

 純粋な動きのキレの良さと身体からの発火による爆発的エンジン。

 

 ぺこらの「空中回し蹴り」を反動なく右腕で受け止め、トワの「天下踵落とし」を微力の反動で威力を流しつつ左腕で受け止める。

 2人が連続アクションを起こす前に、両腕から発火し軽い爆発を起こす。

 大した威力はないが、その爆風でトワが後方へ吹き飛ぶ。

 ぺこらは足への反発を利用して、爆風よりも早く後方へ避けた。

 

 常人であれば自らの腕を犠牲にするこの爆発。

 しかし、これはゲームで敵は幹部。

 肉体の構造が人間と同じとは思えない。

 今の爆発など擦り傷程度のようだ。

 肉体の衝突でトワとぺこらもその異常さは感じている。

 

 上空からの微風がぼたんに吹きつけた。

 

 あの人間離れした肉体を打ち破るには、どうすればいい。

 得意だろ、分析は。

 何もできなくない。

 ぼたんは今冷静に頭を使う時間が与えられている。

 使え、思う存分自分を。

 

 ぺこらは足への抵抗力を操作する。

 トワは悪魔の加護で他人の能力を借りれる。

 ぼたんは捕捉で的を逃さない。

 

 ウサギは何ができる?

 ライオンは何ができる?

 悪魔は何ができる?

 

 読め、分析しろ、状況を見極めて、戦況を自分の手で操作しろ。

 

 ぼたんが思考するその瞬間でさえ、場は目まぐるしく変化する。

 

「効かねっての、そんな軟弱な攻撃ぁよ」

 

 嘲笑とは思えないほどゲラゲラと笑う。

 2人も、手応えは感じていない。

 だがこれでも、本気で殺しにかかっている。

 

 ゲームだから。

 それだけの理由で受ける理不尽。

 

「じゃあ、あと5分な」

「あん?」

 

 突然右手を開いて突き出す。

 その宣言に、トワはメンチを切った時のような声を出す。

 ぼたんは、その声も5本指も認識できていない。

 

「俺が手加減するのは後5分ってことだ」

「ナメてんのか」

「当たり前だろ、この力差だぞ」

「ぜってぇー殺す」

 

 安い挑発に堪忍袋の緒が切れた。

 トワの瞳が燃えるように揺らぐ。

 そして勇猛果敢に難敵へと突っ込んでゆく。

 

 右腕からの鉄拳。

 魔力をパワーに変換し、火力を上げるが武闘家は左の掌で受け止める。

 その裏からぺこらが脳幹を撃ち抜くように蹴りをぶち込むが、それを右腕で防ぐ。

 思考を凝らし、今度はその腕を掴んでみた。

 受け止められた右手をバッと開き、武闘家の服の裾を握る。

 そのまま宙で2回転。

 勢いに乗せて地面へと投下する。

 地面に衝突する間近で爆発が発生。

 小さな爆風で巻き起こる砂埃が捌けると、そこには武闘家が余裕綽々とした様子で直立していた。

 

 ぼたんも近くにいるが、武闘家は無視して空を見上げた。

 

「っラァっ!」

 

 天からトワが降ってきた。

 遠心力と重力を掛け合わせた踵落とし。

 両腕を頭上でクロスして受け止める。

 バゴっ、と大地がひび割れ、周囲がわずかに陥没した。

 

 続けて武闘家の正面からぺこらが突っ込む。

 全力で駆け出し、風に乗り、鳩尾への蹴り込みを見舞う。

 塞がれた両腕。

 だが、右脚を上げて、脛の辺りで受け止めた。

 当然弁慶の泣き所よりズレた位置だが、筋肉や脂肪も少なく、とても防衛に向かない体構造をした部分。

 

「どうなってんだマジで!」

 

 ぺこらの苦言もよく分かる。

 トワもぺこらも確かにずば抜けた力はないが、容易く受けられる弱さでもない。少なくとも、2人を同時に抑える事が可能なのは一握りだと言える。

 このゲームの敵こそ、その一握りに含まれる。

 きっと、他の幹部も似た形だろう。

 

 もはや、死を恐れていては、突破は不可能かもしれない。

 1対1交換で倒せれば御の字、最悪全滅も視野に入る。

 なら……例え体が弾けようとも、倒す事だけを、念頭に。

 我が身可愛さなんて、今はいらない。

 ステージ上の自分と、戦場の自分を切り離せ。

 身を粉にして、戦え。

 カッコよく、戦死して見せろ。

 これはゲーム。

 1人でも生き残れば――勝ちだ!

 

「ッァーーーー!」

 

 ここで初めて、ぼたんの強襲。

 獣の瞳をギラつかせ、八重歯を煌めかせ、握った拳を振るう。

 そうだ、ぼたんは――ライオンだ。

 

「ブッとべ!」

「ッ、だっ――‼︎」

 

 ぼたんの狙う位置に一瞬敵の左足が現れる。

 だが、焦点は変更せず、左腕からのパンチを一撃ぶち込む。

 左脚と左腕の衝突で起きる衝撃波が、ぺこらとトワを吹き飛ばした。

 想像を絶する力の衝突。

 ぼたんはムキになるように力み、さらに力を加える。

 

「ぃ″ッ‼︎」

 

 左腕が壊れる音がした。

 まるで、ひしゃげたような、不気味な音。

 音と同時にぼたんが苦痛に顔を歪めた。

 でもまだ腕を引かない。

 ぶっ飛ばすまで、押し切る。

 

「あ″ァァァァァァァ″‼︎」

「きっ――」

 

 ぼたんの左腕が完全に振り抜かれた。

 その勢いのまま、ぼたんは膝を折って蹲る。

 青褪めた左腕を押さえながら悶絶する。

 

「ぐっ、ああ″! ッッッッッッッー!」

 

 ぼたんの左腕を代償に武闘家に与えたダメージは……

 

「データにないぞそれ……ああ、イッテぇ」

 

 右腕と左脚に痣ができていた。

 特に右腕の痣は色が濃い。

 

 服の土汚れを払う際、適度に加減していた。

 見た目のインパクトは無いが、効いている。

 

 データという単語に多少嫌悪感が湧くが、取り合う暇はない。

 

「ぼたんちゃん!」

「大丈夫か!」

 

 ぺこらとトワが駆けつける。

 滲む涙で視界がぼやける。

 

「ちょっと無理した……ッッ!」

「お、おい、あんま動くな――」

「動くよ。死ぬ覚悟でっ――やってっ、からッッ!」

 

 激痛を我慢して、ぼたんは片手をついて立ち上がる。

 

 獣人として持つ力。

 ぺこらが兎と同じ比率の脚力が出るように、ぼたんもライオンと同じパワーを出せる。

 だが、そもそもウサギとライオンでは比べ物にならない力差がある。

 人間よりパワーの弱い動物は人間の比率、パワーの強い動物はそのままの力で扱うことが可能だ。

 つまり、肉食獣などのパワーを使えば、人を容易く死へ追いやることができる。

 

 今回ぼたんはそのパワーを全開で放出した。

 人生で初めて。

 だから、身体がついて来れず、腕が壊れた。

 私生活での使用は勿論、現実で戦う機会があっても、まず使わない。

 ゲームだからこそ、この力を発揮できる。

 

「いける? 2人とも」

「「……おう」」

 

 左腕で血の滲んだ汗を拭う。

 

 ぺこらとトワが空中へ飛び出す。

 ぼたんは敵へ直進する。

 武闘家も空中へ。

 ぼたんの攻撃を最も嫌っている事が窺える。

 

 死んでも勝つ。

 

 そう誓って、挑んだ5分。

 結局、与えられた傷は先刻の一撃のみ。

 口約束の時間となる。

 遂に、来る。

 武闘家の、反撃が。

 

「5分。手加減も終わりだ」

 

 武闘家の言う手加減とは何か。

 それは、3人に反撃をしない事。

 防戦一方だったスタイルを変更し、攻撃にも転じる。

 

 キリッと表情を改める。

 次の瞬間、発火によるエンジンを利用し高速でトワの下へ。

 勢いを殺さず腹へ蹴り込もうとする。

 咄嗟に悪魔の羽を駆使して更に天空へ回避――すらも予期される。

 武闘家は蹴り込みの直前に手足から適度な発火でエンジンを追加。

 回避も虚しく蹴り上げが腹を撃ち抜く。

 

 エンジン点火から命中までの時間、僅か1秒。

 人智を超えている。

 

「うオ″っ――‼︎」

 

 衝撃で天へ昇るように打ち上がるトワ。

 空中で、一回転、二回転、三回転、四回転……。

 意識がないかもしれない。

 

「くっ――」

 

 ぺこらが飛び出す。

 トワ目掛けて空を蹴り、跳んで、跳んで、跳んで!

 

「人の心配する暇あんの?」

 

 声に反応して見下ろした瞬間、目前を武闘家が通り過ぎる。

 反射的にその姿を追いたくなる。

 だが焦ってはいけない。

 ぺこらは全身を半回転させ、直様足で攻撃を相殺できる体勢へ。

 

 刹那――右脚に迸る衝撃。

 海老のような体勢では、どうにも上手く力が入らない。

 

「スンゲェな! 圧倒的予測と反射」

 

 ぺこらの目を見張るような運動神経に、身震いする。

 しかも、地上と違い、不自由な空中での攻防。

 武闘家の高揚感が爆発として具現化される。

 パチパチと、発汗のように弾けている。

 線香花火程度の弱さ。

 

「まあ、力不足だがよ」

 

 抵抗力とパワーで抑えていたが、負荷が増し抗えなくなる。

 重力方向への圧力は、ぺこらの能力でも抑えきれない。

 

「っ――‼︎‼︎」

 

 地上へ真っ逆さまに撃ち落とされる。

 ビュンっ、と目にも止まらぬ速さで落下するぺこら。

 地上へ落ちる前に――!

 空を蹴り軌道変更。

 もう一度変更、変更、変更。

 

「何やって――ダッ!……」

 

 ぺこらを眺めていた武闘家の顳顬(こめかみ)を、たった一つの石がライフル弾の如く撃ち抜く。

 人間離れした肉体を持とうが、関係なくダメージを与える威力。

 普通なら風穴の開く威力だ。

 多少の出血のみとは。

 

「……痛え」

 

 傷口に触れ、手に付着した自身の血を見る。

 手を握り、血の感触を確かめる。

 中々、暖かい。

 

「で? 両腕壊したのか?」

 

 俯瞰し、嘲笑で余裕を見せる。

 ぼたんも仰視し、ほんのり口角を上げた。

 そんなぼたんの両腕は、武闘家の言う通り、故障している。

 拳を使った左腕と、肩を使った右腕で、わずかに負傷の差はあれど、ダメージの大きさに大差はない。

 肉食獣の力ってすげぇ。

 

「終わっとけ」

 

 この高さ、距離。

 ぼたんの声は聞こえない。

 

「ン″ぐ――――⁉︎」

 

 背後から突如襲い来る圧力に武闘家の体が持っていかれる。

 背中から全身にダメージが分散し、骨がしなる。

 その勢いのまま、隕石のように地上へ。

 

 直後――――激しい爆音と共に大地が唸った。

 

 

 ………………。

 

 ――――――。

 

「どうなった⁉︎」

 

 落下していたトワがいつの間にか意識を取り戻し、舞い降りてきた。

 地に足をつけぼたんと共に爆心地へ駆ける。

 

 爆ぜた通路に巻き上がる砂塵が消えない。

 その煙幕の中に二つの影が見える。

 1人が、寝ている人を踏み付けるような影絵。

 

 構図が、想定と逆でも不思議はない。

 

「テンメぇ――マジでどうなってんだ」

 

 震撼して声まで震えている。

 でも、ぺこらは元気そうだ。

 声から判別できる。

 

「流石に肝冷やしたって、コレはさあ」

 

 パチパチと火花が散る。

 火花は火力を増し、低威力の爆風を起こす。

 2つの影が反発するように距離を取った。

 その動作に連動するように、爆風で砂埃が履けていく。

 

 ぺこらも武闘家も、土汚れを付けただけで、変化がない。

 内面的な変化も、多少の疲労程度に留まるだろう。

 

「こんだけ対価払って、それだけの傷とか……マジで絶望だわ」

 

 トワが執拗に目前を覆ってくる理不尽に、再三悪態をついた。

 武闘家以上に、ゲームマスターへ憎悪が湧く。

 

「ゆうて、あたしの腕2本でしょ。まだ安い方……」

「いや悪い、トワはもうさっきみたく動けん」

「なんで⁉︎」

 

 バツが悪そうに目を伏せるトワ。

 身体能力を著しく損なうほど、腹への一撃が重かったのか。

 

「本体が死んでんだよ、そいつ」

「「……は?」」

 

 武闘家の発言に耳を疑う。

 唖然とし、無防備にもトワを見つめた。

 本体が……死んだ?

 

「ここで言う本体ってのぁ、先まで身体を動かしていた奴のことな」

「……???」

 

 理解が及ばない。

 仲間の知らない情報を、どうして敵が知っている。

 妙な感情が湧く。

 

「お友達にくらい話しとけって。連携しないと勝てないぞー」

 

 敵からのアドバイス。

 いや、ただの煽りだ。

 

「トワの身体能力が高いのは、ビビのお陰なんだよ」

「ビビ……」

「――! 帽子!」

 

 トワの頭には帽子が載っていない。

 戦闘時から消滅していた。

 トワの帽子は顔があるが、実の所その正体はトワよりも優れた悪魔。

 普段は微動だにせず帽子を演じているが、稀にトワの身体を借りて行動ができる。

 ビビに身体を貸すことで、トワは戦っていた。

 つまり、格闘技を使用できるのはトワではなくビビ。

 反射神経や運動能力が高いのもビビ。

 

 そのビビは、非常に打たれ弱い。

 腹への一撃で負荷が限界に達したのだ。

 

「だからトワ……は……。――?」

「――?」

 

 不意にトワの語気が弱まる。

 唐突に、何かに没頭した様に、俯いて、己の右手を凝視する。

 なんだ……これは……。

 

「どした、急に」

「…………」

 

 無言が長い。

 敵も味方も置き去りに、自分の世界へと入り込み、正体を確かめる。

 隙の様に見えるが、果たしてそうか。

 あの武闘家が攻撃に出るか思案し動かない現状が、突発的な展開の不穏さを示している。

 

 皆が傍観者となり、舞台の主役が一度消滅した。

 

「なあテメェ」

「――なんだ?」

 

 主役が2人、現れた。

 

「力比べしようや」

「「は?」」

「断る」

「「ええ⁉︎」」

 

 待て待て、何故そうなる。

 どちらの言い分も意味が分からない。

 何を持って勝負を吹っかけた?

 何を根拠に断った?

 

「お前、印象に反して賢いよな」

「場数踏んでんだよ、こっちは」

 

 武闘家の印象としては粗野で横暴。

 そこから短気、強気、負けず嫌いと言った性格を連想しやすい。

 だが実の所狡猾であり、冷静であり、読解や分析の能力に長けている。

 挑発行為を定期的に行い、逆に挑発には乗らない。

 敵と味方を見事にコントロールしている。

 

「さあ、遊びは終わったんだ。決着つけようか」

 

 武闘家が構えた。

 

「「――‼︎」」

 

 ぺこらと武闘家が同時に空へ飛び出た。

 風を切り裂いて、疾駆し宙での攻防を再開する。

 トワも飛べるが、今はビビ不在により対等に渡り合える運動能力がない。

 ぼたんも同様に。

 その弱点を突いて、武闘家は早々に狙いを切り替えて来るはず。

 ならば、行動を起こすならその前。

 照準がぺこら、もしくは完全に定まっていない今。

 

 トワはぼたんに耳打ちする。

 ここで本当に身を捨てて賭けに出る。

 まだトワ自身、この正体が何なのか定かではない。

 ただ、それでも賭けに出る価値はある高揚感だ。

 

 空中、遥か高くでぺこらと武闘家が一戦交えている。

 瞬時に最適解を導き出し、弱点になりうるポイントを殴打で狙う武闘家に対し、ぺこらは刹那の反射神経に身を委ね、もはや意志を持たずに戦う。

 ほぼ防戦一方のぺこら。

 力の差は歴然で、近い未来の決着は誰にでも予想が付く。

 その予想を破壊するために、トワの力が炸裂しようと、雄叫びを上げているのだ。

 

標的捕捉(ロック・オン)

「あいあいさー」

 

 地上の不穏な気配を察知し、攻撃ざまに数度一瞥を繰り返す武闘家。

 ぼたんのロックオンを確認。

 そのぼたんが持つもの――否、担ぐ者は常闇トワ。

 壊れた両腕でトワを持ち上げている。

 激痛が常に迸る。

 悶絶したい。

 でも我慢だ。

 耐えろ。

 呻吟を噛み殺し、強く八重歯で歯軋りする。

 

 来る――

 行く――

 

「BT砲、発――‼︎」

 

 トワ投擲の瞬間、右腕の骨が粉砕した。

 昏倒する脳内。

 最後まで言葉も発せず、ただこの一撃に命を賭した。

 痛覚が暴走する様に悲鳴をあげるが、それでもトワを全力で投げ飛ばした。

 全身全霊、ホワイトライオン渾身のパワーで。

 

 トワにかかる風圧。

 髪が引き千切れそうで、肌が焼き切れそう。

 そんな目にも止まらぬ豪速球(人)。

 

 2人の攻防に一石を投じる。

 目標へ一直線。

 

「速い――が残念」

 

 飛翔中に半回転したトワの足が、空振り。

 スッと無駄なく、華麗にあいつは回避した。

 武闘家を越したトワの足は目前ぺこらに衝突する。

 

「残念は――オマエや‼︎」

 

 反射しろ、ぺこら。

 

「――⁉︎」

 

 トワの足裏に、ぺこらの足裏が合わさり互いに反発し合う。

 いや、無理だ。

 ぺこらの抵抗操作だけでは抑えきれない勢力――

 

「味方の能力を――コピーしやがった――!」

 

 そうだ。

 基より標的はぺこら。

 2人の距離は近くどちらを的にしても、区別できない。

 そして、回避したと思わせ、ぺこらとトワが反発し合う事で、至近距離から全く同じ威力の攻撃を放つ。

 これが最後の賭け。

 

 武闘家の裏を突く思考、ぺこらの反射、ぼたんの余りの力、そして何より正体不明のトワの力に賭けた一撃。

 

 この至近距離の攻撃にエンジンで回避する猶予はない。

 両腕が咄嗟に迫る拳を防ぐ。

 

「「「PEBOT砲台」」」

 

 トワの拳の先が、まるで柔らかいタッチの様に武闘家の腕に接触し――

 

「――――⁉︎⁉︎⁉︎」

 

 轟く稲妻の如く、地へ落ちた。

 ただ閃光が天から地へ一直線に、刺した様。

 物体の運動など、まるで観測できない速度。

 

 雷鳴轟き、地は爆ぜる。

 

「っラァっ‼︎」

 

 そして悪魔が舞い降りる。

 



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94話 指導者まつりLv.1

 

 絡繰迷宮(システムラビリンス)

 それは敵幹部システマーにより生成された、(トラップ)

 

 内部は様々な妨害システムが蔓延っている。

 しかも、人が入るたびに形を変える。

 出入り口は全員同じだが、挑戦している間は別空間に存在している。

 だから、人それぞれトラップも異なり、ルートも異なり、交わる事もない。

 完全なるランダム迷路。

 

 しかし、この迷宮で死が訪れることはない。

 敢えて、そんな設計が施されている。

 これはほんの余興。

 敵を翻弄し、混乱させ、カオスの中で弄ぶシステマーの為の舞台作り。

 

 見えない所で消えられては困る。

 システマーが最初に目撃するゲームオーバーは、ラビリンスを抜けた先。

 そこで1人を消し、心の整理をつかせないまま、門前へと誘い込む。

 門前へ来れば、後は楽しいシステムごっこ遊び。

 

 さあ……早く掛かれ、主人公気取りの脇役たちよ……。

 

 

 

          *****

 

 

 

 ラビリンスを突破したあくあは、帽子を深く被り慎重に出口をくぐった。

 突然に世界が広がる。

 迷宮が出現する前に目にした荒野が再び広がっている。

 一つ違うのは、遠くに見える敵の根城が近付いた事。

 あそこに、ボスと目玉、そして攫われたおかころがいる。

 

「……?」

 

 遅れて気づいた。

 ポルカがいる。

 正面で妙なポーズを取っている。

 

「……」

 

 雰囲気的に陽に寄っているポルカに話しかけるか。

 あくあは逡巡しあたふたとする。

 

 いやいや、デスゲームの途中、私情を挟んで進行を遅らせるわけには……。

 そっと帽子を外し、ゆーっくりと忍び足でポルカの背後まで……

 

「あ、あくたん!」

「うぴゃぁ‼︎」

 

 背後から掛けられた声に過剰反応し、飛び跳ねると、反射的に帽子を被り姿を消した。

 

「ちょちょちょ、あくたん! まつりだって」

 

 あくあのいた場所に駆け寄ると、無害を主張する。

 普段ならある意味有害だが、今は仲間だ。

 

「ってか、ぽるぽるもいんじゃん」

 

 更に先にポルカを発見。

 クリア者は現在この3名。

 この様子から、やはり入りの順番や能力、実力の差はクリアに影響しないと見ていい。

 

 ただの内部構造の運。

 

「何してんの?」

「……?」

 

 まつりやあくあの会話も聞こえたろうに。

 何故ずっと、同じポーズを取って動かない。

 まつりが近寄ろうと歩みを進め、あくあも漸く姿を現し、首を傾げる。

 

「ぽるぽる?」

 

 ガンっ!

 

「びゃぁ!」

「っ――!」

 

 2人の目前に、突如道路標識が降ってきた。

 まつりより距離のあったあくあの方が反応が大きい。

 そしてまた消える。

 

 降ってきた道路標識は赤と白で構成され、「止まれ」と書かれた逆三角形標識。

 

「どうしたの? ねえ、ぽるぽる?」

 

 まつりの問いかけにもやはり無反応で不動。

 標識が一度消え、もう一度降って来る。

 コレは……。

 

「ポルカちゃんの能力……だよね?」

「多分……」

 

 ポルカが止まれと指示を出している。

 そこまでは察しがつくが、何も情報がない。

 ポルカが動かない、という事が最大のヒントであることは確かだ。

 

「――! まつりちゃん」

「ん?」

「あれ……」

 

 あくあがまつりの服の裾をちょいちょいと引いた。

 そして落下した標識の少し先に視線を向けた。

 そこには特別目を引く物はない。

 だが、不自然が存在している。

 

「……あくたん、水出せる?」

「うん」

 

 不自然が共有され、今度は仮説を証明させるために動く。

 あくあがポルカの方へ水を放出させると――

 

「……嘘でしょ」

「こんなん……」

 

 水の流れが停止し、宙に浮く。

 そう、標識が落下した影響で起きた砂塵も、妙なポーズを取るポルカも、その領域に踏み得れた途端に、動けなくなった。

 

 つまり、この先の荒野は――

 

時間停止(タイムストップ)領域(エリア)

「――」

「出たな変質者」

 

 上空に突如出現するシステマー。

 相変わらず高みの見物か。

 

「ラビリンスをファーストクリアしたラッキーガールにプレゼントするこのアンラッキー」

 

 最速クリアしたポルカは何も知れず直進し、次なるシステムにかかる。

 後続はその異変を察知し止まるが、突破口を見出せず立ち往生。

 では次の段階へ。

 

「クリアできないゲームはナンセンス、てなわけで、システムプラスだ」

 

 まつりとあくあよりやや後ろに、新たな機械が出現した。

 手形のついた認証装置。

 

「だれでもいい、そのマシンにプットオン、すれば30秒だけこのエリアのシステムがダウンする」

「……本当に?」

「イッツトゥルー。ウソはつかん」

 

 動けないポルカ、陰キャ発動で隠れるあくあ。

 まつりが情報を引き出す為に対話する他ない。

 言葉に嘘偽りはなしと言うのなら、綾があるはず。

 

「なら……あれを使った時に起こる事、全部教えてよ」

「いやだ」

「――チッ」

 

 アイドルラインを易々と超える舌打ち。

 クソゲーの参加者を高みの見物とは、コイツもアイツも腹が立つ。

 

「いやならUターンしてルートチェンジすればいい。盛大なタイムロスだがな」

 

 それが外れ択な事は織り込み済み。

 そんな顔をしている。

 結局、例えゲームオーバーになるとしても、この認証装置を使う以外の選択肢はない。

 

「――⁉︎ システムスルー? 誰だ……2人? 中央だと⁉︎」

「――‼︎」

 

 唐突に大量のホログラムを展開し操作と確認。

 莫大な情報を1秒ほどで把握し、アンサーを出す。

 中央はまずい。

 そこにはAZKiとかなたが――!

 

「ラストにスペシャルヒントだ」

「――は?」

「適度に人を待つがいい」

「あ、待て! ほら、こっち来いよ! ぶっ飛ばしてやるからさ!」

 

 ヒントを吐き捨てて、システマーは中央の密林ルートへ向かった。

 まつりの挑発に耳を貸さず、イレギュラーを潰しに。

 

「まずい、色々まずい!」

 

 突破口が相手の望む選択しかない事然り、中央組に気付いた事然り、既にポルカが罠にかかっている事然り……。

 

「使う? あの装置」

「いや……使うにしてももう少し人を待って――」

「どしたん?」

「――‼︎」

 

 再出現し、まつりと会話を始めたかと思えば、不意打ちに再三姿を消す。

 出たり消えたり、陰キャも大変だ。

 

「ラミィちゃん」

「アキちゃんもいまーす」

「おお!」

 

 ラビリンス突破者が加えて2名。

 頰などに擦り傷などはあるが、どちらも治療を要するほどの大怪我は負っていない。

 きっと、本番はここからだ。

 

「なるほどねぇ〜」

 

 まつりは簡潔に2人に状況を説明した。

 アキロゼの軽い相槌にラミィも合わせる。

 

「確かに決定打に欠けるメンバーだしね」

 

 ここで一度の危険を冒して突破させるにはやや実力が不釣り合い。

 素で闘えるラミィはまだしも、他4人は能力ありきのバトルになる。

 せめてあと1人、スキルを持つ人間が来れば……。

 そら、ロボ子、メル、シオンの誰かが……。

 

「あ、結構いる」

「わためぇ!」

 

 更に1人。

 そして待つ事2分。

 

「あ、みんな!」

「やほー、クリアしたよー」

 

 メルとロボ子も続けてクリア。

 

「これで残るは3人か」

 

 主力メンバーのシオンとそら、そしてラビリンス最初の挑戦者、すいせい。

 ここまで待ったらなら、もう最後まで待つか。

 いや、来ない可能性すら……。

 どうする。

 スキル持ちは3人になった。

 もう危険を冒すには十分な人材。

 

 だが、これだけ集まると別の問題も発生する。

 それは、誰が装置を使うか問題。

 

 ペナルティ発生を考慮すれば、最も危険が高いのは間違いなく使用者本人。

 ホロメンがそれを押し付け合う事はまず無い。

 起こるのは、むしろ争奪戦。

 

「もう使おうか」

「――――」

「なら私が――」

「その前に!」

 

 まつりの切り出しと同時に複数名が挙手をする。

 強い能力、弱い能力、スキルの有無、それらは一切考慮されていない。

 このゲームで情を扱う事は、全滅の確率を上げる事。

 だから冷酷に指揮する指導者がいる。

 それを、まつりは買ってでた。

 

「ラミちゃん、ろぼち、メルメルは使用禁止」

 

 理由は明確にスキルの有無。

 能力ありきのメンバーはシオンがゲームオーバーになって闘えるのかという疑問が浮かぶ。

 ここでデバフを受けるわけにはいかない。

 正直まつり自身が使用したい。

 だが、自分勝手はできない。

 もっと徹底的に、冷酷に……。

 

「あくたんとアキアキの能力は凡庸性が高いし、ポルポルは動けないから、選択肢はまつりと……」

「わため、だね」

 

 まつりの絞り込みを受け入れるように真摯な瞳と声で、自分の名を挙げた。

 いつもの温和な声は消滅し、まるで死を覚悟したような目をしている。

 

「どんなデバフやトラップが発生するか分からないけど……どうする?」

「わためでいいよ」

「……その心は?」

「この状況と、能力の実用性、かな」

 

 こんな展開で、臨機応変に且つ冷酷に分析して判断できる存在。

 それはこの先も必要だ。

 更にわための突進という能力は、言わば足が速いだけ。

 走り回る広大な土地はあれど、今回のシステムのような見えない障壁は今後幾らでもある。

 そうなった時、結局無闇に使えない能力。

 わための力は既に死んだも同然。

 

「それに、万が一避けれる何かなら、わためは早く動けるから、避けてみせるよ」

 

 ワンチャン回避を狙って。

 と言うが、それは0割だ。

 無い可能性。

 

「ほらみんな、走る準備」

 

 わためが認証システム装置の前に立ち催促する。

 それに合わせて、暗い顔のままシステムラインギリギリに立つ。

 マラソン競走のスタートのような光景。

 精神と状況が、まるでマッチしていない。

 それが余計に気持ち悪い。

 

「いつでもいいよ」

 

 まつりだけ、装置の少し後ろで屈んで待機する。

 地面にはS.S.Sと書かれ、この先に進むと動けなくなる。装置を使うと30秒だけ通れるけど、

 と書かれていた。

 その先はわためが装置使用後に書き足す予定だ。

 そして可能ならわための足を借りて突破する。

 

「いくよ」

 

 わための右手がシステムに触れた。

 ホログラムがその手をスキャンするとピコピコと電子音が鳴った。

 

『認証中……角巻わため、失格』

「え?」

 

 認証完了とともに停止システムがダウン、そして――角巻わためが消えた。

 強制ゲームオーバー。

 

「走れ‼︎」

 

 まつりの号令で全員が全力疾走。

 まつりも急いでこう書き足す。

 『使ったら死ぬ』と。

 

 指が痛い。

 地面擦ったから、少し皮が剥けた。

 でも関係ない。

 走らないと。

 あれ、でも、どこがシステムラインだ?

 スタートは、あくあの水でラインを割り出せたが、ゴール地点が不明だ。

 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。

 これ、全員突破できなくね。

 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。

 後何秒?

 時間がない。

 

「くっ!」

 

 最後の最後。

 スタートの遅れたまつりは、皆より数歩背後にいる。

 バチを抜き取った。

 ダメだろ。

 ここで全員抜けなきゃ。

 地面に飛び込み、身体を半回転、地面にバチを打ちつけた。

 花火の爆発で、まつりの体は進行方向へ吹き飛ぶ。

 自分が叩きつけた犠牲を、自分が無駄にしたら、死にたくなる!

 

「来ちゃダメ‼︎」

「――‼︎⁉︎」

 

 誰かが叫んだ。

 え、何で?

 身体は宙に浮いている。

 もう、後には引けない……。

 

「だわっ……!」

 

 吹き飛んで、着地もできずまつりは地面を1メートルほど滑走した。

 様々なところが焼けた。

 痛い。

 痛いけど、心はもっと痛い。

 

「いっててて……」

 

 あれ、喋れる。

 動ける……。

 血も出てる。

 

「突破して――」

 

 顔を上げた。

 その前で、突破したメンバーが絶句していた。

 視線はまつりの後方やや上。

 そっと、祭りも振り返ると――

 

「――! すいちゃん!」

 

 停止システムの中で、星に跨るすいせいが美しく停止していた。

 まるでそれは、美麗イラストのように……。

 

「タイミングが悪かった! クッソ!」

「やっぱりみんなを待ってれば……!」

 

 なぜ待たなかったのか、と聞かれれば答えづらい。

 焦燥から、冷静でなかった。

 待つことが、焦ったいと思ってしまった。

 

 臨機応変に冷酷な判断が下せるだと?

 これで?

 ふざけんな!

 バカか!

 

 あの状況、待つ一択だった。

 後続がすいせい、シオン、そらの強力メンバーだ。

 つまり、その3人を残すと言う事は、強者を1人失うと言う事。

 わためが消えた瞬間、まつりが取るべき行動は、あの場で他3人を待つ事だった。

 それが最も賢い選択だった。

 でも、走った。

 

 皆が挙手するから、指導者を買って出たが、まつりは別に頭が良くない。

 何もかも、間違いだらけだった。

 

「……みんな行こう」

 

 奥歯を噛み締めまつりは表面上の冷酷を継続した。

 

「ここからじゃどうしようもない。解放する方法は、一つだけ浮かぶ」

「あ――」

 

 だが、これだけは間違いない。

 断言できる。

 

 標的は定めた。

 

「システマーっつったか。アイツを殺す」

 

 ゲームクリアへと通じる憎悪を、手に入れてしまった。

 

 



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95話 紡いだ希望

 

 ラビリンスを突破した先にあったのは荒野だった。

 その荒野にポツンと佇む謎の機械と、空中で星に跨り静止しているすいせいがある。

 あたかも2番目の突破者のように錯覚したそらは、すいせいの方へ駆け寄った。

 

「すいちゃ――」

 

 その僅かな歩幅の範囲内で、地面に書かれた文字を発見し、踏み止まる。

 文字を読んで止まったのではなく、読むために止まった。

 普段の鷹揚さなどは振り捨てる。

 それが今後の展開を左右する一手などとは露とも思わず。

 そして、文字を読み、大方理解した。

 

 装置の存在理由と停止したすいせいの因果関係。

 誰かがゲームオーバーになったと言う推定の事実。

 そして、そらたちは後続のメンバーである事。

 

「どうしよう……もう、2人だけなのかな……」

 

 ラビリンス突破者が書いてない。

 残りのメンバーも。

 もし、そらで最後なら、そらが装置を使用してすいせいの道を拓く以外、文字通り道はない。

 唐突にそらは剣呑さに心が揉まれる。

 だが、一つだけ気になるのは……。

 

「S.S.Sって……何?」

 

 ホロのオリ曲がパッと頭に浮かぶ。

 何となく脳内で歌ってみる。

 

「点はつかないよね……」

 

 曲を示すならsssかSSSと記す。

 ドットが付随する意味は。

 

「S……S……さしすせそ……」

 

 同じ場所をグルグル巡回し、立ち止まり、すいせいの背中を眺める。

 

「そら……すいちゃん……!」

 

 答えは直ぐに出た。

 Sは名前の頭文字。

 これは、未クリアのメンバーを示している、と予想。

 なら、あと1人のSは――

 

「シオンちゃんだ」

 

 ラスト1人は意外も意外な紫咲シオン。

 彼女がいるなら、待つ。

 奇抜な案が出るかも知れない。

 案がなくとも、シオンの突破は必須だ。

 

 幾らでも待つ。

 その腹積りで待つ事僅か1分。

 

「随分遅くなった――!」

 

 汗だくのシオンが肩で息をしながらクリアゲートを潜った。

 開ける視界の先に、2人の影と1つの不純物があることに気付くのは早い。

 滅多に会話をしない相手、そら。

 他に人も居らず必然的に目が合った。

 

「お疲れシオンちゃん」

「お疲れ様です」

 

 そらの労いに他人行儀な返答をする。

 借りてきた猫のようだ。

 だが、その態度ではいられない。

 シオンは常にキーパーソン。

 途絶えない汗を拭い、小走りに駆け寄った。

 

「どうしたらいいかな……」

 

 地面の文字を見せ、状況を説明。

 これからの策を乞う。

 

「……すいちゃん! 聞こえる?」

 

 シオンは声を張り上げてすいせいを呼んだ。

 当然動けないので返事もできない。

 

「聞こえたら何かして!」

 

 瞬間――星が現れた。

 動かない小さな星屑だ。

 

「聞こえてるね」

「……」

 

 シオンの強引な確認方法にそらは唖然としていた。

 だが、シオンが調べたいのは、聞こえるか否かではなく、あの空間で能力が使えるか否か。

 使えるのなら選ぶ策は一つ。

 

「シオンとすいちゃんの場所を入れ替えます」

「え⁉︎ でも、そんな事しても先には――」

「進めますよ。すいちゃんの能力で星に乗って、中央の森を越えて右ルートを通ればいいんですよ」

「え、あ……」

 

 右ルートの造りは不明だが、分岐させるなら構造は異なるはず。

 同じギミックを立てるのはゲームとしては駄作になる。

 

「でもだったら、私とすいちゃん入れ替えた方が……」

 

 シオンが犠牲になる理由がない。

 そらの歌姫の力は本物か真偽不明で、他には戦う力がないのだから。

 懐疑的な力よりも、絶対的な力を。

 

「……実は魔力が枯渇気味で、あまり戦えないんです」

「そうなの?」

「はい……裏世界の時の、反動が来てて……」

 

 シオンの貴重な敬語に苦笑を堪えながら、そらは首を傾げた。

 確かに、ラビリンスだけでここまで汗はかかない。

 だが反動って……?

 魔力不足でどうこうとは聞いたが……。

 

「あの空間は動けない、いわば無敵空間」

「でも……動けないんじゃ……」

「だから今試したんですよ。あの中でも魔法とかが使えるのか」

「なるほど!」

 

 シオンの発想の転換に目を輝かせ、食い気味になるそら。

 シオンは数歩後退した。

 

「シオンがいなくなると、皆が能力を上手く使えなくなるから、この無敵空間を逆手に取って制御に専念します」

「分かった」

「このこと……できれば誰にも言わないでください」

「……うん、黙っておくね」

 

 最後に関しては、疑問に思いつつも、理由は聞かず承諾した。

 多分、ホロメン特有のプライドと杞憂封じ。

 

「聞こえてたかも知れないけど、すいちゃんにも説明お願いします」

「うん、任せて」

「それと――」

 

 シオンは一瞬躊躇した。

 これは言うべきか。

 自覚しておく必要があるが……果たしてシオンがこの場で伝えていいのか。

 

 いや、言った方がいい。

 今回みたく、シオンと自分を天秤にかけて、シオンを選んで欲しくない。

 自分がもっと、偉大な存在であると、自覚してもらうために。

 シオン含め、強い者の策や案に迎合するのは、このチームの悪い癖だ。

 

「――そら先輩は間違いなく、歌姫ですよ」

「え――?」

「っどぁっ⁉︎」

「きゃっ!」

 

 シオンのセリフを言及する間もなく、唖然として瞬きした途端に2人の位置が入れ替わる。

 目前の低位置にあった銀髪が、一瞬で少し高い青髪に変わる。

 入れ替わった少女は前触れなく前のめりに転倒した。

 停止していたのは彼女に働いていた慣性も同様らしい。

 

 受け身も取れず盛大に転ぶすいせい。

 そらも驚いて悲鳴をあげた。

 

「いったーい……」

 

 棒読みで声を上げながら立ち上がる。

 鼻血が垂れてきた。

 

「……マジで痛い」

 

 遅れて顔面に痛みが走る。

 痺れるような痛み。

 腕や脚、頬に擦り傷ができた。

 痛い。

 かなり痛い。

 

 全身の患部を見回して、状態を確認する。

 

「すいちゃん……大丈夫?」

「だいじょぶだょぉ〜」

 

 高い声で返された。

 大丈夫そうだ。

 

「ええっと、話聞こえてた?」

「聞こえてた」

 

 グッと親指を立て、ウインク。

 瞳の星が輝く。

 今はアイドルでなくてもいい。

 

「行こっか」

 

 星を現出させ、上に跨る。

 停止したシオンを一瞥し、そらと目を合わせた。

 そして、服で手を拭いて差し伸べる。

 その手を、そらはパシッと掴んで、星に乗る。

 意外と悪くない乗り心地。

 

「落ちないように気をつけて」

「うん!」

 

 そらはすいせいにしがみついた。

 すいせいは眩しくニッコリと笑う。

 

「レッツ、殺し」

 

 2人を乗せて、星はルート横断した。

 荒野に1人、紫咲シオンを残して。

 

 

 

          *****

 

 

 

 大陥没した右ルートのとある道中。

 トワの咆哮が空気を震撼させる。

 

「ないす……トワ様……っ……!」

「ぼたんちゃん!」

 

 顔を歪めて笑うぼたんの両腕は、もう機能していなかった。

 腕が破損し、平衡感覚がぶれ始めたぼたんは歩く時でさえ足が縺れる。

 そのぼたんの下へ駆け寄ったのはぺこら。

 急いで肩を貸す。

 最大限の配慮をしながら。

 

「すみ、ません」

「いや、完璧なアシストだったぺこ」

 

 今回ばかりは皆、多少なりとも貢献できたと自負できた。

 嵐のような砂塵も風で流れ、漸く進行路が開けて――

 

「ひっでぇな……」

「「「――‼︎」」」

 

 トワの着地と同時に、陥没した地面の中心から影が起き上がった。

 アレで、生存だと?

 

「不死身かよ……!」

 

 トワが気味悪そうに悪態をついた。

 もう一度、臨戦態勢。

 ぺこらも一度ぼたんの補助から離れ、迎撃準備をした。

 

「仲間だな、ライオン」

「――一緒にすんなよ、1匹粗大ゴミ」

「俺は生きてるっての」

 

 爆心地中央で立ち上がる武闘家の両腕は、肘から不自然に折れ、宙ぶらりんの状態。

 両腕を失ったも同然だが、割に合ってない。

 今のトワの破壊力を、どう防げばその被害で収まるのか。

 

 この状況下でも、武闘家は泰然として口角を上げていた。

 

「脚だけで凌げんのか?」

 

 トワの挑発に、苦笑して頭を抱えた。

 

「キツイかもな」

 

 言質取ったり。

 押し切る。

 

 トワとぺこらは別方向へ飛び出す。

 左右に分かれ、両方向から討つ。

 ぺこらの蹴りが、数秒早く届く。

 武闘家は自由の効かない壊れた右腕をぶつけた。

 右腕の肘から先が吹き飛ぶ。

 

「――⁉︎」

 

 ぺこらの攻撃を受け流すために、右腕を切り捨てた。

 受け流しの勢いをそのまま遠心力とし、右足を軸に回転、左脚でぺこらを蹴る――ような動作で連鎖するトワの攻撃を回避。

 全身を翻し、右脚でトワの腹部目掛け、全力で振り抜く。

 

「ゔぉ――っ!」

 

 右脚は二次関数のような弧を描いた。

 勢いを殺せず、トワは上空へ投げ出される。

 

「キツくないかもなあ」

 

 挑発を返すように嗤笑し、足裏から発火。

 ブーストを行い宙へ躍り出ると、トワに次なる蹴りを打ち込もうと全身を捻る。

 

 ここを狙いに来るんだろ、ウサギ。

 

「させねえよ」

 

 武闘家の思惑通り、ぺこらは勢いに乗せて天上への蹴り上げ。

 

「は――」

 

 武闘家の笑みが、闇深くなり、彼の勝利を彷彿とさせた。

 何も掴めないぺこらは、何故か脳裏に走馬灯が過る。

 世界がスローモーションになった。

 

 武闘家の全身から発火音がする。

 ぱち、ぱち、ぱち……って。

 あ、トワが呻きながら手を伸ばしてる。

 待って止まれない。

 勢いってどう殺すの?

 あ、発火が強くなった。

 つか眩し――

 

 ――――――――――――。

 ――――――――――――。

 ――――――――――――。

 

 ドゴォォォォォッッ――――――――。

 

 嘗て無い、大爆撃が起きた。

 

 赤白い光が見えて、身体が吹き飛んで、音がした。

 吹き飛ぶ。自分の叫び声を置き去りにして。

 身体が焼けそう。

 いや、焼ける。

 熱い。

 クソ熱い。死ぬほど熱い。死ぬ。やばい死ぬ。

 

 唯一、そう思えたのはぼたんだ。

 爆心地から最も離れていたぼたんでさえ、喉がかすかに焼け、爆風に揉まれた全身が森の木に激突した。

 中心地にいた2人は――。

 

「――――――――」

 

 何十秒も音が止まず、音が止んでも耳鳴りが止まず……。

 それらが途絶えても、情報処理が止まず……。

 ただ弾ける火の粉と燃え盛る森林を眺めていた。

 空いた口が塞がらず、喉はじわじわと焦がされてゆく。

 

 周囲は、火の海だった。

 

「ぇ――!」

 

 ぺこらの名前を、叫べなかった。

 

「とぁ――さぁ」

 

 トワの名前も叫べない。

 言葉はまだ焼かれてないが、口が震えて……全身が凍えるように震えて、声が……出せ、ない。

 

 腕の痛みが無いほど熱い。

 

 涙が頬を伝い、地に溢れる直前には蒸発していた。

 

 燃える木に肩を預け、爆心地から血眼になって人影を探す。

 ぺこらか、トワか、2人ともか、どちらか、どっちか、どっちか、生きてないのか、なあ、おい、なあおい。

 

「――!」

 

 熱気と涙で幾重にも揺らめく視界の先に、人影が生まれた。

 誰だ。

 まさか武闘家じゃ――。

 真っ先に思い浮かんだのは、アイツだった。

 

「――」

 

 頼む、ぺこらかトワかであってくれ。

 

「いやぁ」

「…………」

 

 声がした。

 絶望した。

 心が死んだ。

 

「ここで使うことになるとは思いもしなかったよ」

 

 影がゆらゆらと迫って来る。

 滅茶苦茶、千鳥足に見える。

 

「圧勝する予定が、差し違えとは情けない」

 

 うそだろ……こんなこと……。

 

「しかも1人は生きてるし」

 

 ぶとうかがぼたんのまえにあらわれた。

 ぜんしんにきずがない。

 うでがおれてない。

 やけどあともない。

 きずがひとつもない。

 

「なんで……」

 

 かいふくとか、そんなやつか。

 

「ゲームでよくあるだろ。特に強い敵だとさ。ほら、複数残機のやつ」

「ああ……ね……」

 

 もうことばがでない。

 

「まあ、俺の残機は2つだ。つまりあと1つ」

「なる、ほど、ね……」

「安心しろって、幹部で複数残機は俺だけだ」

 

 あんしんしたわー。

 すっげーあんしんしたー。

 

「じゃあなライオン」

 

 ああ、うん、じゃあね、みん――

 

「ふんっ!」

「――⁉︎」

 

 ぼたんの身体がふわっと浮いた。

 遠ざかる炎の海の中で土煙が舞う。

 

 誰かがぼたんの身体に触れている。

 もう1人、ぼたんの後ろにもいる。

 誰か2人が……。

 

「あっちゃちゃちゃちゃちゃーー!」

「おいノエル急げ!」

「あっ、あいよー!」

 

 スバルに攫われたぼたん。

 ノエルに殴り飛ばされた武闘家。

 

 スバルの浮遊で3人は炎の通路を突破し、塔への道を突き進む。

 

「遅れた、悪い」

「あっち! あっちい!」

 

 ぼたんを浮遊状態にして担ぐスバルと、走りながら奇怪な動きをするノエル。

 甲冑が熱を吸収して、サウナ状態なのだろう。

 

 後発組が、救助に来た。

 

 フレアを失ったノエル、ルーナを失ったスバル。

 その失墜していく気力の中でも立ち上がり、出会い、ここまで来た。

 そしてぼたんを救った。

 

「……追ってこんね」

「好都合だ、急いで塔へ行こう」

 

 ぼたんは無口になっている。

 スバルとノエルが意思疎通を図り、ルートを進み――

 

 到達した塔の門前広場。

 何も無い草原のような広場。

 まるで、戦闘ステージのような広さ。

 

 そこに集うは、命繋いだ強者ども。

 

 ここが、全ルートの交差地点であり、真のスタート地点。

 

 

 現在、門前広場に立つ者。

 ロボ子、みこ、はあと、アキロゼ、メル、まつり、あくあ、あやめ、ちょこ、スバル、ミオ、マリン、ノエル、ポルカ、ぼたん、ラミィ。

 計16名。

 一足先に、挑戦を開始する。

 

 

「――ァァァァァァァ! 昂る!」

 

 1人の男が城の頂上より飛び降りた。

 遂に動き出す。

 

「俺こそが魔王、ヨロシク、勇者共」

 

 



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96話 怨、恨、憾

 

 聳え立つ塔、その門前で、圧倒的な覇気を放つ男。

 この男こそ、このゲームの討伐目標、魔王である。

 

 醸し出すオーラも、佇まいも、一挙手一投足も、全てが格上だと、同じフィールドに立つだけで痛感できる。

 そんな怪物的存在。

 

 だが、体格自体は一般男性と同等で、容姿も魔王と呼ぶにはインパクトが弱い。普通の悪魔としか、見えない。

 

 同じ場に立った時の威圧感と存在感の強さ。

 外見から受ける印象の弱さ。

 やはりコイツも気味が悪い。

 

「何でここに魔王が……」

「塔の頂上に居んじゃねえのかよ」

 

 ゲーム開始時、マスターは確かに『塔の頂上にいる魔王を倒し』と発言している。

 しかし、その魔王は今、塔を抜け出して、こんな平地にいるではないか。

 と言うかそもそも――

 

「あの門開かなっかたんだよ」

 

 誰よりも早くここへ辿り着いた「みこ」と「はあと」。

 その時ここに人は居らず、流れのまま塔への侵入を試みた。

 が、結果この状況。

 力ではびくともしない上に、制御する装置も見当たらない。

 装置が中にあるのか、若しくは……システムにより作動するものか。

 

「すまん! 暇過ぎたんで俺から出向いちまった!」

 

 片手を上げて誠意のない謝罪を一言。

 

「来るのが遅えんだって。いくら勇者は遅れてやって来るってもな、遅すぎだろー」

「じゃあ門開けろや」

「ああ? 自力で開けて来いって」

「どうせ無理なんじゃないの?」

「文句が多い勇者共だなぁ」

 

 背後の巨大な門を見上げて、魔王は後頭部を何度か掻いて悪態をついた。

 文句が多いのはどっちだ。

 

「はいこうやって開ける、ドーン」

 

 文句たらたらで門に近寄ると、手のひらで強く門を……押した、と表現して良いのだろうか。

 みこが神具を使っても、アキロゼがパワーを強化しても、ラミィの氷で脆くしても、何をしても、びくともしなかった門が、吹き飛んだ。

 激しく大地を揺るがせて、塔内の石畳の上に倒れる門。

 砂埃が塔から平野へと放散し、しばし日差しが遮られる。

 

 この死角、突ける。

 あやめが切り込んだ。

 ちょこの治療で完治したあやめの、全力の一撃が魔王の背に命中した。

 いい感触。

 通っている。

 

 ……割には、無言?

 

「物騒なものを振り回さない!」

「――⁉︎」

 

 いや、当たっていない⁉︎

 霞に紛れ、背後に回り込んだ魔王が迫る。

 咄嗟に左手を阿修羅の柄に掛けた。

 まずは右手の羅刹。

 既に鞘から抜かれたその刀で、背後の敵を両断するように、半回転――

 

「真剣白刃取りぃ!」

「は――⁉︎」

 

 鬼神の覇気を纏う一撃を『真剣白刃取り』などと嘯きながら、右手で掴み取る。

 技名など付けるに値しない唯の両断だが、その威力は絶大である。

 肉体で受け止めるには流石に余りある火力を片手で受け止めるとは。

 

 羅刹の刃先を握り、あやめごと持ち上げる。

 手放せば、逃れられるが刀一本を失う。

 

「ほらよ」

 

 羅刹が魔王を軸に上に凸の半回転。

 あやめは右手に力を加え、刀と共に半回転し、投げ飛ばされる事を覚悟する。

 案の定、締めに刀ごと投函された。

 その去り際、あやめは死角から一閃。

 

「鎌鼬」

 

 空を引き裂く、風の刃。

 生身の人間に命中すれば、傷口から真っ二つ。

 だが、魔王に効くか――

 

「視野狭窄は注意なー、仲間にあたるぜい?」

 

 風の斬撃を見切って、魔王は回避した。

 的を外した斬撃は、追跡などするはずもなく、真っ直ぐ勢いのまま――

 

「まつりちゃん!」

「ッ――! 危ない……」

「――! ありがとロボち」

 

 開いた門からの侵入を試みたメンバーのうち1人、まつり。

 そこへ外れた斬撃が猛威を振るう。

 だが、割って入ったロボ子により、強風で片付く――わけもなく……。

 

「――! ごめん! ロボ子さん!」

「いや、大丈夫だよ。ちょっと切れただけ」

 

 抜群の身のこなしで無事着地したあやめは、焦燥感に襲われ咄嗟に顔を上げた。

 対するロボ子は、表現としては決して誤りではない返答をした。

 

「ロボ子さんの腕が……」

 

 『ちょっとだけ』切れている。

 傷の深さは確かに僅か。

 しかし、ロボ子にその傷を与えたミスは相当大きい。

 

「あーあー、ちゃんと周り見ないからー」

「ッ――」

「おおー、怖い」

 

 鎌鼬で晴れる視界。

 挑発する魔王をあやめがギロリと睨んだ。

 この僅かなアクションで魔王のパラメーターが解析できる。

 判断能力、プレイ視野、パワー、恐らく別途存在する特殊な力。

 どれも他の幹部と比較することさえ馬鹿馬鹿しい、神格化された存在。

 

 今の行動、刀を掴んだ時点であやめの動きを予測していた。

 だからこそ、外した時攻撃が仲間にあたるように計算した地点にあやめを投げた。

 行動予測だけであれば、決して不可能な事はない。

 重要なのは、城内への侵入を目論むメンバーがいると見抜き、見えない視界の中その位置を完全に把握していた事。

 ロボ子が間一髪凌いだ所を見るに、誰がどこに居たかは区別できていない。

 それでも、このフィールド内では、隠れても無駄、と言う事になる。

 

「……」

 

 あやめの威嚇もさらりと受け流し、魔王は大きく伸びをした。

 

「さて、まあ、ここで勇者全員をテキトーにいなすのも容易いこったが、ゲームとしてつまらなすぎる。からー、まあー、なんだ……ミニゲームだ」

「ふざけんな、こちとら一本クソゲー終えてきたとこなんだよ」

 

 戯言には付き合えないとまつりは吐き捨てて、門に向き直る。

 こんな奴無視して城へ入ってしまえばいい。

 

「…………あれ?」

 

 するとどうだ。

 門が閉ざされている。

 いつの間に……いや、それ以前に、壊れていたはずだ。

 今の瞬間で修繕できるはずが……。

 

「…………」

 

 荒野ルート突破者は共通の人物が浮かんだ。

 その解答を示すように1人の男が平原に出現した。

 

「どうぞ、フィールドです」

 

 荒野への戻り道を塞ぐように地に立ち、パチンと指を鳴らした。

 コイツはシステマー。

 ゲームのシステムをある程度自在に制御する者だからシステムerだ。

 

 音に共鳴して大地に大きな白線の円が描かれた。

 丁度システマーの立ち位置や、中央の密林の端、門が円と接しており、中心点は平原のど真ん中。

 

「デスゲーム内でのデスゲームを始めようか」

「……!」

 

 聞き飽きたクソみたいなゲーム名だ。

 穏和でない雰囲気から、戦闘体制を取る一同。

 この短い騒動と解説の間に、ちょこが負傷者の傷を全て癒して回っていた。

 

「ルールを説明するなー。えーっとだなー……円の中に立ってる勇者が3人以下になるまで、俺が暴れる。3人以下になったら俺は頂上へ帰る」

「…………」

 

 屁理屈言ってもいいだろうか。

 

「あー、立ってるってのはメタファーだから、座っても意味ないぞ。それと、『円の中』だから、別に死ななくてもいい。来た道へ逃げるとかな」

「勿論、可能であれば塔へ入られても結構」

 

 声を張り上げてルール説明する魔王と、補足のためにセルフ拡声器で声を拡散するシステマー。

 屁理屈は無意味の様子。

 

 でも、そのルールなら、開幕直後全員で白線外へ出れば即クリア。

 円は相当大きいが、その分対面する点同士は相当の距離で、2人ではまずカバーし切れない。

 が、よく見れば逃げ道は大きく3つしかない。

 荒野ルートへの道、森ルートへの道、城門。

 門が突破不可能なら、残りは2択。

 荒野ルートは横幅が非常に広く、一度に押し掛ければ全員を足止めはできまい。

 森ルートは横幅が狭く、選択には不向き。

 門前突破は今のところ論外。

 後はどこにも属さない小さな白線外の隙間へ出るか。

 これらが敵の提示する模範解答。

 

「質問、ここで魔王を倒したらどうなんの?」

「あー、そんときはスタートに戻ってボタン押せば本当にゲームクリアだが、すまんなぁ、そりゃ無理だ」

「随分な自信家じゃない?」

「まあ、すまんがまだ根拠は教えられんな。知りたきゃここなんとかして、天辺まで来なさいな。したら必然わかんよ」

 

 正直、今魔王を討伐できれば最善なのだが、それが最善手にならない事は確実だ。

 まずはここを生き抜いて、門の突破案を導き、最上階を目指す。

 それが最も妥当であろう。

 語らずとも、ホロメンは窮地で的確に以心伝心できる。

 一部が敵を足止め、一部がフィールド外へ。

 足止めメンバーは大体分かるだろう?

 

「じゃあ始めようか。そっちが16名で、こっちが3名。敵味方共に途中参加OKって事で」

「あえ……?」

「3名……?」

 

 フィーーン、と甲高いスタート音がフィールドに鳴り響いた。

 その途端、魔王とシステマーは防衛など捨てて、ホロメンを倒しに前屈みに飛び出した。

 

「速攻で潰す気かよ」

 

 漏れる悪態。

 随分と舐められたものだ。

 確かに強いが、逃げるだけならどうとでもなる。

 

「ルートガラ空き」

 

 能力が戦闘スタイルでないメンバーを筆頭に、森ルートと荒野ルートへ逃げ込む。

 これだけで5人は突破できる、想定だった。

 でも、そんな安易な発想が許される場ではなかった。

 

 ズガガガガッ、と地面が迫り上がりフィールドが壁に囲まれた。

 逃げ道が、無くなった。

 

「なっ!」

「んなバカな!」

「クッソ、一筋縄じゃいかねえか」

「あいつだ、間違いなく」

 

 門以外は全て壁に囲まれ、ルートが消滅した。

 環境を変更する芸当は、システマー以外あり得ない。

 

「アイツは――絶対に潰す」

 

 まつりの目が燃え盛る。

 憎悪の炎を灯した視線がシステマーだけを貫く。

 

 3対16で勝てるなんて、見くびられたものだ。

 マジ許すまじ。

 

「宴会だ、晩餐だ、歌劇だ、楽しもうや」

 

 大声を上げ、両手を強く握る。

 感じる。

 背後から2、目に見えて正面1、死角ギリギリの両脇から1ずつ。

 1人に対して5人か、一切驕りはないようで。

 迫る速度から、背後一枚が早く届く。

 次いで正面、背後、そしてラストに両脇が同時。

 遅れて届く背後一枚は死角になるように位置取っている。

 即興の割には随分な連携。

 

 まずは最速の敵を処理するのが妥当。

 背後に振り返れば、メルが先頭でかけてくる。

 吸血鬼の力で霞をかけ、後ろの誰かの身を隠している。

 

 メルの怪力の拳が魔王へ迫る。

 この一本だけで見れば極めて安直な一撃。

 最新の注意を払うのはその後。

 弾くも躱すも迎撃も可能だが、モーションを強制することが目的なら、どれも悪手。

 全ての攻撃を喰らっても構わないが、余興としてはつまらない。

 ここへは体を動かしにきたんだ。

 

「え!」

 

 バゴン、とメルの鉄拳が魔王の顔面へ直撃。

 真っ向から受け止める度量に全員が一瞬絶句した。

 さあ、問題の第二アクション。

 次に魔王に手が届くのは、現在背後の一枚。

 だがどこかでブラフを張ってくると予想できる。

 攻撃順なんて、いくらでも変更が効く。

 あやめが風を斬撃にするように、メイスでも何でも投函できるように、遠距離攻撃が来れば、攻撃順も防御順もひっくり返る。

 よって、ここで魔王が取るべき最善手は相手の計画を破壊すること。

 

 どんな奇想天外がお好みかな?

 

「こんなのぁどうよ」

 

 顔面に接触しているメルの拳を弾き、回る回る、超回る。

 残像が見え、人の形を認識できない速度で回転。

 小さく風が巻き起こり、足元の草は剥げ、砂埃が舞う。

 奇怪な動きに全員のムーブがズレた。

 

 この隙をついてもいい。

 だがそれもつまらない。

 

 回転しながら流し目に迫るメンバーを確認。

 もう方向感覚は飛んだが、関係ない。

 奇襲に来た5人はメル、みこ、あやめ、ノエル、ロボ子。

 近接戦闘が可能な5名。

 

「みこち!」

「わがった! にぇ!」

 

 回転速度は計算できないが、全攻撃が無効化されることは目に見える。

 なら調子に乗っている内に閉じ込める。

 

「超結界」

 

 一撃を撥ねられたメルが飛び退く瞬間を狙い、結界内に魔王を閉ざす。

 

「無観客のステージで踊ってろ」

 

 みこの結界で魔王を一時的に封印。

 破れるものは少なくないが、数秒は稼げる。

 

 ――どうだ。

 

 この数秒で全方位、敵味方の現在の形勢を把握しろ。

 

 

「まつりちゃん!」

「クラッシュしやがれゃぁ!」

 

 ノエルがいち早く察知し、抑止に駆け出すがもう遅い。

 まつりは感情のままにシステマーへ襲撃を掛ける。

 特別なシチュエーションでもなく、真っ向からバチを振り抜き爆破を狙うが甘過ぎる。

 

「甘いぞ、あまちゃん越えてアメちゃんだ」

 

 まつりを引き付けつつプログラムを展開。

 どう遇らうか悩むが、できる事は限られる。

 本気を出せば、全員まとめて串刺しにする事さえ容易いが、魔王が機嫌を損ねる。

 

 短い思考の間にも、まつりは地を蹴り華麗に身を翻しながらバチを振るう。

 

「この程度か?」

 

 突如、システマーの周囲の地形が変化する。

 地面が針地獄のように突出し、材質も鉄へと変化する。

 オブジェクト変更のシステム管理能力。

 飛び込んだまつりに回避行動は取れない。

 覚悟を決め、相討ちを視野に。

 

 だがそれさえも見越して、システマーは右脚を上げた。

 

「プロテクト」

 

 その態勢で硬直したように停止させる。

 これもオブジェクト変更能力の一部。

 物質をプロテクトする事により、所謂無敵状態を付与。

 服装にプロテクトをかけるとその位置で完全固定され、一切の攻撃を無視する。

 弱点として、身体が動かせない。

 だから事前に脚を上げた。

 

 まつりの腕よりシステマーの脚の方が断然長い。

 バチを振り切る前に激突し勢いは消失。

 針地獄に真っ逆さま。

 

「フレキシブル」

「うげぇっ‼︎」

 

 落下寸前でまつりの身体が後方へ強引に戻された。

 何とか串刺しの運命から奪還。

 途端にプロテクトは解除され、地形は復元、ほら元通り。

 

「下手な行動しないでよ」

 

 はあと?はあちゃま?が大層ご立腹。

 腰に手を当てまつりを叱咤する。

 狂人からの警告にまつりも自我を取り戻す。

 

「……ごめ」

 

 こんな1分程のやり取りの間に、森ルート付近でも私怨が発生。

 

 ――――。

 

「何かいる!」

 

 ミオの鳴らす警鐘に神経を尖らせる周辺メンバー。

 不可視の敵。

 否定したいが心当たりがある。

 

 閃光が一帯を走り抜け、通り魔の如く斬撃がすれ違う。

 次の瞬間、突然剣士が出現する。

 場所は塞がれた森ルート付近。

 颯爽と現れると刀身をスルスルと鞘へ納める。

 刹那――複数名が同時に血飛沫を上げた。

 そのメンバー、ちょこ、ミオ、ポルカの計3名。

 斬られた全員が致命傷を負い、処置が遅れると死に至る。

 

「5人斬ったつもりでしたが……」

 

 不手際により誰か2名を斬り損ねたと不服そうに口を曲げる。

 マリンがミオの下へ、アキロゼがポルカの下へ。

 遅れてスバルがちょこの下へ。

 

「お前……フブちゃんは……」

 

 マリンが傷口を必死に塞ぎながら鬼のような形相で眼光をギラつかせた。

 

「船頭多くては困ると思いまして。間引きました」

「じゃあつまり……」

「ええ、死にました」

 

 臆度された内――否、この結果は必至。

 誰1人、もはやフブキの生存は不可能だと認識していた。

 フブキだけでない。

 この場にいない者はもう……。

 例外はあれど、皆そう憶測を広げている。

 

「…………」

 

 呵責に苛まれる。

 蝕まれる心。

 ミオの過呼吸を脈拍と共に感じながら、剣士を睨み直す。

 

「――!」

 

 検知に遅れたが、剣士の身体に傷が複数ある。

 頰や腕、服が切れていたり、口元に血痕があったり、佇まいが不自然であったり。

 

 まさかフブキ、タイマンで剣士に傷を残したのか……。

 理不尽盛り沢山の敵幹部1人に、1人で……。

 

「私って、怒るんだ……」

 

 怨恨にオッドアイが揺らぐ。

 もう後悔したくない。

 剣士の野郎も、自分も、同じレベルで恨んでいる。

 それぞれの瞳が、それぞれへの恨みを灯す。

 マリンは魔力がない。

 でも、戦う方法も、美しく散る方法もある。

 

 右手を眼帯の上に被せ、力の限り己の頭を掴む。

 非力ながらに、頭蓋を砕く勢いで。

 前歯も奥歯もギリギリと音を立て、全身の血管が浮く。

 

「あー……」

 

 右手がグッと握られ、眼帯が外れる。

 ストレスが溜まる。ツライ。

 

「マジ萎え散らかす」

 

 萎えてない。

 怒気が暴発している。

 この嚇怒、この昂り、もう抑制が効かない。

 

「沈ましたるわ」

 

 ――ポルカとミオが消えた。

 





 久しぶり、ですか?作者です。

 今回はなんと、船長ブチ切れでしたね。
 普段キレない人が怒ると怖いですが、お局やヒステリックはキレた判定になるんですかね?
 そして何気にサラッと2人がゲームオーバー。

 しっかし……あの人もあの人も、カッコこいいとこ描きたいのに――!
 この作品は一体いつまで続くのでしょうか……。

 おっと、ではまた次回。
 あ、ほんの少しだけ小説情報のあらすじ説明、追加してます。


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97話 道が拓ける

 

 剣士の斬撃でミオとポルカがゲームオーバーとなり、ちょこが致命傷を負った。

 スバルがちょこを抱え、ちょこは朦朧とする意識の中で必死に能力で自身の命を繋ぐ。

 今現在、唯一の回復役であるちょこは、まだゲームオーバーになれない。

 

 敵味方のワザが入り乱れ、混戦状態のフィールド。

 

 そんなカオスの中に、ぽっと出の覚醒者。

 

「あー……」

「……船長?」

 

 マリンから放たれる覇気で、皆に重圧が掛かる。

 

「…………」

「開眼……」

 

 剣士が呟いた。

 開眼?

 開眼って、なんだ?

 

「されど無能力。そのオッドアイも、力無くては宝の持ち腐れ。宝を腐らすとは、海賊らしい」

 

 剣士の姿が消滅する。

 透過の発動。

 どこへ行く?

 誰を狙う?

 

「――」

 

 ああ、すげぇ……見える……。

 見える、分かる、感じる。

 これがマリンのオッドアイ――。

 

「――!」

 

 クソ、剣士の位置は分かるのに、運動能力で圧倒される。

 迫る攻撃をギリギリ回避することがやっとだ。

 

「見えとるよ」

「――⁉︎」

 

 マリンの開眼に唯一反応した剣士は、執拗にマリンを狙う。

 その背後をあやめが取った。

 透過で視覚は使えない。

 なら、何故見切ったのか。

 

 剣と刀の交差。

 先刻切られた雪辱を晴らす。

 

「正確には見えんけど、意識すれば気配くらい感じれる」

 

 あやめが長年培ってきた、強敵へのセンサーのような物。

 その第六感で見えない敵をも討ってみせる。

 あやめが見えるなら、マリンよりも厄介だ。

 剣士はすぐさまターゲットを変更する。

 

 

 ――――。

 

 そんな戦場の一角で……。

 

「ちょっとししろん! 何やってるの」

 

 戦場で座り込むぼたんの腕を引く。

 剣士はあやめが止めているが、システマーは自由だし、魔王も結界を壊している。

 そして依然、壁は立ちはだかったまま。

 アキロゼやメルが何とか破壊しても、抜け出す前に修正される。

 

 皆で力を合わせて、システマーだけでも倒さなければいけない状況下で、ぼたんは戦意喪失したように動かない。

 スバルに連れられて来たが、本当に、あれから一歩も、動いていない。

 

「ちゃんとしなよ! 死んじゃうよ」

「…………」

 

 無理に引いても、もちろん押しても、動かない。

 動かない事に力を使っている。

 今のぼたんは恰好の餌食。

 だが敵は無視を決め込んでいる。

 幾ら無防備でも、フィールド内に居続ける限り、敵にとってはメリットになる。

 それだけホロメンが条件をクリアし辛いからだ。

 

 ラミィもその思考はできている。

 ならぼたんにも、出来ないはずがない。

 そんなデメリットを忍んででもぼたんは居座る。

 それに対して微かに怒りが湧く。

 だが、潜り抜けた死戦を想像すると憂慮が勝る。

 右ルートで何かあったんだ。

 

「何が、あったの……」

「…………」

 

 強引に顎を上げて、視線を合わせる。

 

「らみ、ちゃん……」

「……!」

 

 掠れた声が出た。

 彩度の低い瞳が、潤みながらラミィを見つめる。

 

「ぺこ、ら……先輩が……。トワ様が……」

「……ん、誰に?」

 

 この場にいない2人の名前が上がり、その先は読めた。

 相手は誰だ。

 

「炎の……武闘家……」

「炎の武闘家だね、分かった」

 

 ここにはいない。

 だがラミィは、標的を定めた。

 

「ししろん起きて」

「…………」

「そいつぶっ飛ばして、仇取るために、ここを突破しないと」

 

 何をするにもここを制覇する必要がある。

 ぼたんが動けば戦力になる。

 逆に動かなければ、邪魔だ。

 自覚しているなら、動くはずだ。

 

「……うん」

 

 無気力ながらも、ゆらっと立ち上がる。

 吹けば飛ぶような佇まい。

 

 どごん……。

 

「「――?」」

 

 遠方で音がした。

 遅れて振動が周辺一帯に伝わる。

 

 どがん、どこん……。

 

 音が近づき、振動が強まる。

 何かが――押し寄せる。

 

「――! 剣士、10番ケアしろ!」

「――? まあ」

 

 システマーが剣士へ暗号化した指示を送る。

 呼応した剣士は透過したまま何処かへ走る。

 何が起きている!

 

 ホロメンは誰1人展開に追いついて――

 

「中央ルート! 道を開けて!」

 

 いや、ただ1人……全てを見通す存在――開眼者マリン。

 苦手だが指揮を取る。

 今この状況変化に対応できるのは、マリンだけだ。

 司令塔としてこの場を突破する。

 

「了解!」

 

 剣士を追うあやめ。

 戦えない者は中央の密林周辺から距離を取る。

 数秒間で、振動は強まる。

 

「見えても当たらなければ意味はないですよ」

 

 あやめが剣を振るうが、剣士に命中する事はない。

 マリンだろうとぼたんだろうと、見る事は可能だが、当てる事は叶わない。

 

「これなら当たるんじゃろ?」

 

 駆け込むノエルがメイスを振るう。

 名工のメイスはあらゆる能力を無視、阻害する。

 剣士の透過も例外ではない。

 

「俺も混ぜろよ、楽しそうだなぁ」

 

 メイスが掴まれた。

 威圧感で感じる正体と、声がマッチした。

 魔王に素手で捩じ伏せられる。

 

「操作できるオブジェクトが少なすぎる……早く来い……」

 

 システマーも妙なことをぼやきながら強者の密集地帯へ。

 その背を執念だけで追跡するのはまつり。

 はあとの言葉を心に留めつつ、憎悪と厭忌の瞳でバチを握り、追いかける。

 

「……鬱陶しいよ、ちっこいの」

「テメェほど鬱陶しい奴はいねえよ」

 

 まつりの執拗な追跡に痺れを切らし、システマーは地面を操作し先程のように周囲に針を――

 

「芸のないシステムエンジニアだこと」

 

 システマーの操作が実現する前に、ラミィが一帯を氷漬けに。

 地面を固め、オブジェクト操作を妨害する。

 

「お前こそ、滑り芸がお得意か?」

 

 氷で僅かに針の出現を遅らせたが、流石に耐久性が低く、地面の突出には耐えられない。

 氷は砕け、針があたり一面に拡がる。

 氷如きがシステムに対抗はできない。

 

 針に行く手を阻まれ、一部の物は行動不能となる。

 

 相手に先手を打たれれば、凌ぐのは至難の業。

 

 だが、振動もさらに近づき、敵も味方もそれどころではなかった。

 

 

 どごん、どがん、どどど、どどん。

 

 荒々しい地響きが駆けてくる。

 中央ルートで一体何が――

 

 ビシビシっと、密林への道を塞ぐ壁に亀裂が入る。

 

「ヤッベぇ――‼︎」

 

 中央ルート付近へ集った物が、一斉に散開する。

 間も無く壁が崩壊する。

 そうしたら、逃げ道ができる。

 敵も味方も、そこが狙い目。

 

 いざ――

 

 っす――と、壁をすり抜けて一人の少女が駆け込んだ。

 

「――! みんなぁ!」

「あずきち!」「AZKi先輩!」「あずちゃん⁉︎」

 

 中央ルートの1人、AZKiが壁を突破してこの広場へようやく到着。

 新たにゲームに加わる。

 

「どうなってるの⁉︎」

 

 誰よりも早く尋ねたのはAZKiの方。

 壁に囲まれた一帯と、3人の敵。

 状況が飲めない。

 

「――! それが今大変なことに――」

「ダァああ! 私のプランをクラッシュさせやがってぇ――!」

「「――⁉︎」」

 

 ドガァッ――。

 

 中央ルート封鎖の壁を大破させて、1人の男が乱入してきた。

 その容姿はまるで……

 

「システマー」

「――⁉︎」

 

 次々と投入される情報に処理が間に合わない。

 システマーが2人?

 どうなっている⁉︎

 

 戦場は大混乱へ。

 

「では、私は戻る」

「あ、待てコラっ!」

 

 まつりの追っていたシステマーがテレポートで消える。

 塔へ戻った。

 システマーが消え、システマーが投入される。

 あの2人は、同一人物なのか?

 

「ソードマスター、デビルキング、そいつがスーパーエクストラだ!」

 

 システマーの指示で魔王、剣士と合わせて3人が纏めてAZKiを狙う。

 AZKiは止まらず走り続ける。

 このまま平原をも中央突破すれば、真っ直ぐ門に直撃する。

 AZKiでなければ。

 

「全員、AZKi先輩に触れて!」

「――あ、なるほどそう言うことね!」

 

 マリンの号令でAZKiも状況把握が完了。

 そして一同はなりふり構わずAZKiへ猛進する。

 周囲を確認し、半分を過ぎたあたりまで来るとAZKiは急遽方向転換。

 3人の強敵を前に立ち止まった。

 

「みんな! 私に触れて!」

 

 大の字になり、そう叫ぶ。

 魔王の拳が目前まで迫っている。

 

「暴力、ダメ絶対」

「っは、やるぅ」

 

 メルが横から割り込み、軌道を逸らした。

 AZKiの開拓は本来、任意の物質を無視するため、攻撃は命中しない。

 だが、システマーに追われていた事実がある。

 しかも、かなたがいない。

 システマーのシステム操作か何かで、攻撃が当たる設計に変更されたのだろう。

 

 魔王は空振りにも関わらず嬉々として笑う。

 追撃の回し蹴りがメルの腹を撃ち抜くが、透かして回避。

 回し蹴りで発生した風がメルの靄を霧散させる。

 メルが形を保てない内にもう一撃拳を打ち込む。

 今度は見えないが剣士と同時攻撃。

 

「だから――」

「させんってば!」

 

 アキロゼとあやめの介入。

 自身を強化したアキロゼが拳を両掌で受け止め、剣士の斬撃はあやめの刀が喰い殺す。

 

 ふと足下に不自然な影があると気付く。

 上空を見上げればシステマー。

 ホログラムを展開しシステムを操作している。

 ちょうどAZKiの真上。

 

「グラビティシステムのプレゼントだ」

 

 高速タイピング。

 ラストのエンターキー手前――

 

 ドカンと大爆発。

 ホログラムが砕け、システマーが地上へ真っ逆様。

 システマーの焦げた視界の先、同じく落下するまつりの姿。

 

「一矢報いたり」

 

 にっと、悪どい嘲笑を浮かべ地面へ激突――せず、ノエルのナイスキャッチ。

 代わりにシステマーが大地へ激突。

 

 

 この瞬間に――

 

「すみません!」

「ありがとう!」

 

 マリンとみこがAZKiにタッチ。

 開拓の能力の一部と化した2人は門へ直進。

 見事にすり抜けて突破。

 これで2名がクリア。

 

 

「ししろん! 大丈夫⁉︎」

 

 ラミィがぼたんを担いでいる。

 いつの間にか再び両腕を壊していた。

 原因は先ほどのまつり。

 ぼたんのスーパーパワーで、音速花火を放ったために腕が壊れた。

 代償こそ大きいが、システマーを負傷させることに成功している。

 

「このまま抜けるよ」

 

 ぼたんを担ぎ、AZKiの元へ。

 その間にいる敵は2体。

 だが奴らは今、メル、アキロゼ、あやめに手一杯。

 この機を他のホロメンも皆狙っている。

 

「剣士、システマー。ここで複数人突破されんのはちと癪だ」

「承知です」

 

 野暮な事を呟く。

 お遊びは終わりのようだ。

 

「はっ!」

「ちょまっ――」

 

 ――――。

 ヒュッ、とアキロゼが吹き飛んだ。

 魔王のパワーが格段に上昇する。

 もとより人智を超えていたが、さらに凌駕し神の域まで達している。

 剣士と刀交えるあやめの背後に周り一発の蹴り込み。

 それをメルが捌く――事はできず、メルも吹き飛ぶ。

 さらにもう一撃、あやめへ追撃。

 あやめも吹き飛ぶ。

 

 これらの動作、僅か2秒ほど。

 反射でも追いつけない速度に成すすべなく強者どもが薙ぎ倒される。

 

「おいシステマー、何してる」

 

 地面に上半身が突き刺さったシステマーを魔王が引っこ抜いた。

 普通に生きている。

 

「早くシステムを作動させろ」

「いやそれが……」

「なんだ?」

「さっきので、システムのパーツがブレイクされて……」

「使えないのか?」

「はい……」

「んじゃせめて、できる範囲でやっとけ」

 

 まつりとぼたんの攻撃が効いていると公言した。

 いいぞ。

 

 魔王が強者3人とシステマーにかまけている内に、ラミィとぼたん、ロボ子がAZKiにタッチ。

 しかし――

 

「カモン、アトラクション」

 

 システマーへと吸い寄せられ始めた。

 正体不明の引力が働き、人力で進めない。

 合わせてそこへ剣士と魔王が駆けてくる。

 特に魔王の速度は目で追えない。

 瞬きすれば姿は目前に。

 

「取ってね、2人の仇」

 

 ポンと、ぼたんはロボ子とラミィに後ろ手で触れた。

 その瞬間、ぼたんを置き去りに、2人は扉へ一直線。

 捕捉した門に、2人が引力を無視して引き寄せられる。

 

「……取るよ、ししろんの分も」

 

 ラミィとロボ子の突破と同時にぼたんが消えた。

 

 





 27話より伏線回収――。


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98話 ジェノサイド

 

 ぼたんのゲームオーバー、そしてラミィとロボ子の突破。

 広場に残るのは、AZKi、はあと、メル、アキロゼ、まつり、あくあ、ちょこ、あやめ、スバル、ノエル。計10名。

 敵は依然、魔王、剣士、システマー1人の計3名。

 

 突破者は4名。ホロメンからすれば少なく、敵からすれば多い。

 この戦場でのゲームオーバーは3名。こちらは逆にホロメンからすれば多く、敵からすれば少ない。

 

 しかし、ホロメンがクリアorデスすれば、その分比率の差は狭まり、残された者の突破は難易度が上昇する。

 マリンの開眼は詳細不明だが、みこ、ラミィ、ロボ子の3人が突破している事はかなり有益に働くだろう。

 

「剣士、システマー、ギア上げろー。こっからは突破ゼロ、デス7だ」

「承知」

「オーケー」

 

 この鬼門を潜り抜けてこそ、勝利への道は開ける。

 ここで何人が突破できるか。

 

「――――!」

 

 先程見せた、システマーの吸引力がフィールド全体に働く。

 魔王と剣士を除く、フィールド上の生命体がシステマーへと吸い寄せられる。

 もう1人のシステマーとは打って変わって、無形物――概念や法則といった固定観念を捻じ曲げるシステムを使ってきた。

 この引力から抜け出せるのは、抵抗するパワーを持つ、あやめ、メル、アキロゼの3名のみ。

 他は纏めてシステマーの方へ。

 

「レッドストリングス、蜘蛛の糸」

 

 はあとが全体に糸を張り巡らせる。

 蜘蛛の糸のように弱い粘着力を持つ糸がホロメンを絡め取る。

 その糸は一つの赤い糸に束ねられ、三強の方へ打ち出される。

 

「ふぎっ!」

 

 アキロゼが糸をガッと掴む。

 幾ら強化したとは言え、1人で7人の体重を支える事はできない。

 

「おっっっもっっ――――」

「浮力!」

 

 じわじわと引き寄せられる。

 それを見兼ね、スバルが即座に自分に連なる全てのものに浮遊を与えた。

 重力が消え、体重分の負荷が減ったため、引力との勝負になる。

 この力なら、保てる。

 

「あやめちゃんッ、メルちゃんッ、先、行ってーぇ!」

「そんな事、できないよ!」

 

 アキロゼの叫びをメルは拒絶。

 主に感情的な意味が強い。

 だが、物理的にも結局できない。

 システマーが今8人を止めている。

 なら、あやめとメルには、魔王と剣士がつく。

 タイマンになると、敵うどころか逃亡すら困難。

 しかも、引力は変わらず働いている。

 抵抗可能とは言え、動きの質への影響は絶大だ。

 

「アイツを何とかしないと」

 

 まつりが言葉よりも先に行動する。

 言葉を発した時にはもう、彼女は糸を切り離していた。

 

「――!」

 

 引力に流されて、まつりはシステマーへ一直線。

 抵抗は出来ないが、軸回転くらいはお茶の子さいさい。

 バチを抜き、勢いと遠心力に身を任せて――

 

「汚ねぇ花火になりやが――でっ!」

「ステレオタイプなアタックは、キャッチしやすい」

 

 腕が振り切れる前に、何かと正面衝突した。

 痛覚からの反射で目を閉じて、開くと、目前にバリアのような平面上の円が障壁として張られていた。

 不意打ちでなければ、まず攻撃は当たらない。

 

「リフレクションだ」

 

 反射。

 だとすれば、今のは2人のまつりが衝突したようなもの。

 顔面が痛い。

 

 それでもバチを――

 

「どっこいしょー!」

「――」

 

 遠近法でまつりの背後に隠れ、引力に流されてきたノエルが、メイスを振るった。

 まつりを押し除けてリフレクトバリア粉砕を試みたが、スカした。

 同時に全員が引力から解放される。

 

「ストレートアタックも、デッドゾーンからのアプローチも、オールリフューズ、またはリフレクションだ」

 

 システマーは上空に立っていた。

 今の一瞬でテレポートし、回避したようだが、反応速度とシステム操作が早すぎる。

 今のメンバーで勝ち切る算段がつけられない。

 

「そしてリスタート」

 

 システマーが地上へ帰る。

 が、場所を変更。そしてもう一度引力が発動し展開が同じになる。

 はあとが直様ノエルとまつりを捕まえたが、この状況は数秒と保たない。

 

「急に意気消沈としたなぁ。群がって強がるタイプって感じだ」

「別に強がっとらん!」

「あー、それはもうつまんね」

「っぐ――」

 

 引力を受けず駆け出す魔王にあやめが立ち向かうが、刀のひとつである阿修羅を掴まれ抑え込まれる。

 しかもそのまま――

 

 パキッ、と力のままへし折り、刀を割った。

 

 その亀裂の入る音からカケラが地に舞い落ちる音までの全てが、裏世界での出来事をフラッシュバックさせる。

 世界が雑音に埋もれた。

 

「なんだよ、いい顔できんじゃないの」

「――?」

 

 自分なんて見えない。

 自分の表情が分からない。

 魔王にとっていい顔って……どんな顔?

 何となく、視界は歪んでいる。

 

「――! 囮に使うとは薄情なインキャだこと」

「――⁉︎」

 

 魔王が撃ちかけた拳を寸前で引き、引力の中心と化すシステマーの元へ超速で走った。

 疾風迅雷なんて言葉が生ぬるいほどの速さは、常人の目には止まらない。

 魔王が何かを捕まえた。

 その弾みで被り物が外れ、姿が現れる……。

 

「あくたん!」

「気配まで消してんのは有能だと思うが、俺にとっちゃ剣士と変わらんな」

 

 気配察知で人間を感知するあやめですら、帽子の気配削除は察知できない。

 それを魔王は初見で見破る。

 的確な位置まで見えていたようで、完全に首を片腕で掴み上げられた。

 少しずつ力を込め、首を絞めていく。

 

「ぁ……!」

 

 喉が塞がり、呼吸ができなくなる。

 酸欠は1秒で始まり、3秒ほどで脳の処理速度が低下を始める。

 10秒ほどで意識が朦朧とする。

 

「ぅぇ……ぁぁ……‼︎」

 

 右手の先からほんの僅かに水が垂れた。

 

「――! 離せ!」

「失礼」

「っ!」

 

 あやめが遅れて魔王を追うが、剣士に阻まれる。

 いまだに引力は働く。

 もう一度、ノエルが糸を千切り、引力に乗ってシステマーの元へ。

 メイスを振り翳す。

 

「「――⁉︎」」

 

 空中へテレポートした。

 つまり、一瞬引力が消滅する。

 

「いっけぇぇ!」

「どぁああ!」「いやっ!」「きゃっ!」

 

 負荷がゼロになった途端アキロゼが塔へ紐ごと放り投げた。

 そのまま門を潜れ!

 

 まつりが花火を起こして煙幕を張る。

 一帯に煙が蔓延して、誰も周囲が見えない。

 

「バキューム」

 

 その渦中でも、システマーは地面のどこかにテレポート。

 再び引力が働き、投げられたメンバーはシステマーの方へ逆戻り。

 煙もしばらくかけてシステマーに吸われ、視界が晴れる。

 もう一度、アキロゼが紐を引き、展開もまた逆戻り。

 あくあも未だに首を掴まれ、もう意識が昏倒している。

 

「――‼︎ ッチ!」

「っご、ほっ! ぉっ! ぇぁっ、ごぼっ……!」

「――⁉︎」

 

 魔王があくあを投げ捨て、どこかへ向かおうとする。

 

「3秒、付き合ってよ」

「――! おま、どこから」

「霧や靄は、感知できないもんね」

 

 魔王を僅か数秒メルが引き留めた。

 どうだ、この一連の流れ。

 ああ……完璧だ。

 

 

 ノエルの飛び出し、アキロゼのハンマー投げ、まつりの煙幕、はあとの糸、スバルの浮遊、メルの足止め――。

 全てはこの一撃のために。

 

「ッッ――!」

「だぁぁぁぁぁっっっ!」

 

 天上から一撃、スバルがメイスを叩き込んだ相手は――システマー。

 攻撃ヒットまで気付けなければ、なす術なく喰らう。

 頭をカチ割る、全身全霊の一撃に、大地が激震し、人々は震撼する。

 

 

 この一撃のカラクリはこうだ。

 ノエルが飛び出して引力を止める。

 その際、ノエルのメイスには予めはあとの糸を繋げておく。

 引力停止後アキロゼが塔にメンバーを投げ、まつりが煙幕を張る。

 煙幕で視界が曇っている隙に、糸を伸縮させてメイスをスバルの手へ移動。

 引力発動と共にスバルのみが超高所へと浮遊。

 

 本来であれば、これでクリアだが魔王は人を察知する。

 だから足止め役がメル。

 あくあの気配殺しは利かないが、メルが生物の形を崩せば、流石の魔王も感知できないと、事前に実験済みだった。

 これを、一同はアドリブで行った。

 

 お前らにできるか、この連携が。

 

「……はぁ」

 

 魔王の嘆息が聞こえた。

 

「気分いいか? お前ら」

 

 地面にめり込んで気絶したシステマーを横目に問う。

 1人の幹部を倒して、いい気になってるなよ、と威嚇を込めて。

 だと思った。

 皆、怒っているのだと思った。

 

「言っただろ、ギアあげてんのよこっちは」

「と言う事で――御免」

 

 ビシャァッ――と鮮血に塗れた。

 

「「…………」」

 

 微かな煙幕の中、一塊になっていたホロメン。

 AZKi、はあと、まつり、アキロゼ、ちょこ、あやめ。計6名。

 今この瞬間、剣士の納刀と共に斬撃が炸裂した。

 

 空にいたスバル、大きく離れていたノエル、霞と化していたメル、魔王に捕まっていたあくあは難を逃れたが、他全員は生身で喰らえば死に至る一撃。

 アキロゼ、あやめの2人は強化された肉体が威力を抑えたが、一般女性4名が耐えられるはずもなかった。

 

 AZKi、はあと、まつり、ちょこ――4人、消滅。

 

「は……ぁ?」

 

 脳内が混線している。

 システマー1人を潰し、リードが取れたと錯覚した途端、4人の脱落と2人の重症。

 ウソだろ……。

 

「あと6人だけどよ、もう突破口ねぇんだろ」

「は……? ぇ、ぁ……!」

 

 魔王の一言一言で、少しずつ現実として受け入れる。

 残りが6名である事。

 そしてAZKiの脱落により……塔への侵入が不可能となった事。

 

「お前らも全員、ここで終わりだ」

「は……? な、言ってんだよ……」

 

 ルールが――話が違う。

 

「ルールは守るって。でもいいか、今あんたらん中にいた唯一のヒーラーも落ちたんだ。つまり、このままギリギリ殺さん程度に負傷させて放置すれば、いずれ全員死ぬ。6人の生存状態を維持する事は簡単だ」

 

 この挑発に、とある2人の反応と判断は素早い。

 

「それとも――」

 

 ノエルがあやめへ、メルがアキロゼへ飛んでゆく。

 

「自殺すっか?」

「「ダメ――‼︎」」

 

 2人の即決を許さない2人が何とか押さえつけて自害を阻止。

 あやめの刀と腕を押さえ、アキロゼの両腕を押さえる。

 

「ギアアップは継続中ですので、問答無用に」

 

 半仲間割れ状態の中、剣士が再び消え、風と一体化する。

 4人が纏まりいい的だ。

 回避不能とも思える態勢だが、この4人なら何とかなる――

 

「あくあ!」

 

 自身が格好の餌食だからこそ、まさか他を狙うとは思うまい。

 標的があくあとスバルである事を直感したのはスバルだけ。

 浮遊を駆使してあくあをタックルで弾こうとしたが……

 

「サシのシチュで遅れを取るとでも?」

「っガッ――‼︎」

 

 魔王の重たい拳がダイレクトにヒット。

 目にも止まらぬ速度で壁へ吹き飛ぶ。

 

「スバル――」

「はい、斬りました」

「っ――」

「残り5人」

 

 あくあまでも、剣士の一太刀を浴び、倒れた。

 数秒程、死の淵で争ったが、抵抗も虚しく、消失した……。

 

「あー……しまった……」

「ん?」

「あの陽キャ、場外まで飛ばしちまった」

 

 一撃で多大なるダメージを負うも、生存したスバル。

 壁を突き破り、場外で倒れていた。

 悪運強く、奇跡的にもクリア。

 

「では、残り4で」

 

 剣士の振り向きに走馬灯が巡る。

 その走馬灯を破壊して、脳内で生存法を探っていた。

 魔王の言い分が通るなら、剣士の力で4人まとめて屠れる。

 元より彼らにルールは有って無いもの。

 ここで4人が死ぬくらいなら、3人を生かすべきである。

 

「余を切れ! 斬らせろ!」

「待ってあやめちゃん!」

「待つ暇なんてない!」

「でもそれは――」

「アキロゼを斬って!」

「それはできない!」

「誰かを斬れ」

「早く!」

「出来ない!」

「やれ!」

「どっちか選べ!」

「無理だって!」

「早くしろぉ‼︎」

 

 押し問答。

 互いを尊重し合う愚かな情が、死を招く。

 向かい合うからこそ見える表情。

 4人とも怒り、そして泣いていた。

 

「「クッソガァ‼︎」」

 

 仲間への横暴を良してせず、躊躇っていたが、背に腹は変えられない。

 ここは目を瞑ってくれ。

 あやめとアキロゼは同時に、枷であるノエルとメルを全力で投げた。

 

 ――――――――――――――――――。

 

 全てが交差した。

 アキロゼが魔王に襲いかかり、あやめが剣士に襲いかかる。

 敵も同様に。

 そして、決着する。

 

 かた……かたかた……と、鉄の震える音が鳴り響く。

 剣士の納刀しかけた腕が、痙攣している。

 いや……腕だけに収まらない。

 脚も、胴体も……全身が凍えるように、怯えるように、震えている。

 震えて、身体が動かせない。

 納刀できず、斬撃が発動しない。

 

「剣士……?」

 

 剣士の武者震いに魔王は眉を顰めた。

 が、次の瞬間――

 

「ゔっ――」

「おっぁ――!」

 

 2人の傷口に魔王の拳が炸裂し、2人の流血が勢いを増す。

 ほんの数秒で致死量が流れ、2人はゲームオーバーとなった。

 

 ポタポタと地面に雫が数滴垂れた。

 快晴で固定された空からではなく、空中を飛ぶ、ノエルとメルから。

 涙が溢れた。

 

「……ごめん」

 

 2人にとっては不本意であり、後悔の残る締めだが……ミニゲームは終わった。

 

「……はあ、しまいだなぁ。結局あんま動いちゃいねぇが、まあ構わねぇか」

 

 魔王がズシズシと剣士に歩み寄る。

 ドンっと軽く?背中を叩くと、剣士の肩がビクッと跳ね、痙攣からの硬直が解かれた。

 

「俺は戻るぞ」

「…………はい、申し訳ない」

「面白いもん見れただけマシさ」

 

 小さな会釈に鼻で笑って返す。

 そして消える。

 すると、周囲の壁が雪崩れるように完全崩壊し、地面の底へと溶け込んでいった。

 

「私は武闘家でも探しに行きますか……」

 

 剣士も森の方へと姿を消して行く。

 

「…………」

 

 ノエルとメルは、気絶したスバルの側へ舞い降りた。

 

「ありがと、メル先輩」

「ん……」

 

 倒れるスバルを見ても、表情が変化しない。

 軽くスバルを揺すってみた。

 呻き声を漏らす。

 

 ……これから、

 

「どうしよっか……」

 

 

 ――ゲームは、刻々と終盤へ向かって行く。

 





 流石に良くないと考え直し、題名変更しました。


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99話 ねこだまし

 

 塔内は静けさに満ちていた。

 人も居らず、カラクリ一つなく、防音室で外の音も響かない。

 ただ上階へと続く階段が伸びているだけ。

 

 ぼたんのアシストで塔内へ潜り込んだラミィとロボ子。

 這いつくばった状態から直様起き上がる。

 手に土が付着する。

 

「……」

 

 ラミィはその土汚れを見つめた。

 

「……どうする? 待つ?」

「……」

 

 気を伺うようにロボ子は弱々しく尋ねた。

 ラミィはキョロキョロと周囲を見回している。

 

「いえ……進みましょう。2人がいない」

「みこちと船長?」

「2人じゃ、心許ない」

「だね」

 

 広場の戦いは、あの人数差で未だこの突破数。

 AZKiがいなければ全滅の可能性が高かった。

 そんな彼女の能力も、入塔と共に効果が切れている。

 ここに居ても、できる事は何一つない。

 

「行こうか」

「はい」

 

 ラミィとロボ子と言うレアコンビで階段を登る。

 塔がほぼ円柱状なため、階段は螺旋型。

 

 何の妨害もなく、2人は1つ上の階へ。

 特に何もない部屋だ。

 中央にポツンと椅子があるだけ。

 本来あそこには、誰かが座しているのだろう。

 

「何で誰も居ないんだろ」

「2人で倒したとは思えないし……」

 

 ラミィとロボ子は荒野ルート組。

 その目で確認している敵は、目玉、システマーAとB、剣士、そして魔王。

 確か幹部は4人のはず。

 システマーの正体を解剖できない今、アレらは別人と捉える。

 そうすれば、幹部4人と魔王1人で敵は出揃っている。

 だが、ラミィはもう1人、知っている。

 ぼたんから聴いた、炎の武闘家。

 記憶に当てはまるキャラは居ない。

 なら、システマーを2人で1人とカウントし、その武闘家が4人目だろう。

 

 まだ広場で戦っているのなら、剣士とシステマー1人、魔王はこの塔にいない。

 現在この塔にいる可能性があるのは、目玉、武闘家、システマー1人。

 ならばここは、剣士の席だと仮定するが自然。

 この仮定に何ら意味はないが……。

 

「行きましょう!」

「うん」

 

 2階を通過しもう一度螺旋階段を登る。

 そして3階扉前。

 

「――!」「……」「――」

 

 扉越しに声がする。

 耳を澄ませても、誰が何を喋っているのかわからないが、言葉を発しているのは1人だけ。

 1人が常に一方的に叫んでいる。

 

 頷きあって意を決すると、大きな2枚の扉をそれぞれ一枚ずつ押し開いた。

 

「っ――!」

『おやおやおやおやぁ〜。いらっしゃぁ〜ぃ』

「「うっ――」」

 

 扉を開くと眩しい照明。

 その中で照らされるみこが振り返る。

 そして、脳内に声が響いた。

 この吐き気を催す感覚……。

 加えて、一言たりとも発さない2名の存在……。

 

『3階はぼくちゃんの部屋だよ』

 

 何処から声がするか分からず、周囲を見回すと、扉の影にいた。

 たった一つの目玉が、浮遊していた。

 

「目ん玉……」

「おかゆんにころね……」

「2人とも気をつけてにぇ! この2人、なんか操られてるっぽいで」

 

 目玉の力を知らないみこが警鐘を鳴らす。

 生憎と2人は既にこのクソ能力を目の当たりにしている。

 正直、このゲームで最も嫌悪感が湧く相手。

 

「うん……マインドコントロール、ビーム、テレポート、テレパシー。ほんとに盛りだくさんの野郎だから」

「そっちのルート、なんかあった感じか……」

 

 2人の警戒心の高さや、既知の事実、更におかころが左ルートであったことから、みこでもその仮説に直様たどり着いた。

 ラミィとロボ子はそっと頷いた。

 

『ぼくちゃんのルールだから、文句はなしだよ。それに、君たちの知らないところでもちょーーっとだけ、楽しんじゃってるんだ』

「マジでこれ、気持ち悪りぃ!」

 

 みこが悪態をつく。

 ラミィもロボ子も共感しかない。

 

 …………?

 

「ってかみこ先輩、船長は⁉︎」

 

 目に入る情報だけに気を取られ、目に映らない情報を無視していた。

 突破したはずのマリンが、ここにいない。

 

「マリンたんなら、まだ生きてる、大丈夫」

「……分かった」

 

 そう言うなら。

 3人は目玉と向き合う。

 

 目玉がテレポートし、おかゆところねの上に飛ぶ。

 誰の手も届かない位置。

 そんな所で見物か?

 ここの住人はどいつもこいつも高みの見物でムカつく野郎どもだ。

 

 不平等な3vs3の構図が完成する。

 

『ぼくちゃんは、2人に任せちゃおっかな〜』

 

 目玉は動かず、おかころは姿勢を低くした。

 2人の赤い瞳が光る。

 

 来る――

 

 おかころが、床を蹴り、3人に迫る。

 誰を狙うんだ。

 

「ころにぇ!」

 

 パワーのころねとテクニックのおかゆ。

 ころねの攻撃は、今のロボ子には重すぎると読み、みこはころねを誘った。

 素直に反応し、ころねの拳はみこへ向かう。

 

 パン、と現出した一枚の鏡で攻撃を相殺する。

 が、想像以上にパワーがない。

 

「――!」

 

 遅れてラミィの下へおかゆが辿り着くが、その寸前で姿が変貌した。

 咄嗟に氷柱を間に挟み威力を殺すが、氷を突き破って打撃がラミィへ届く。

 反射的に構えた腕に大きな衝撃が走り、顔を顰めた。

 攻撃に弾かれるように後方へ引く。

 

「こぉねー! 痛い!」

 

 無駄だと知りつつ、ラミィは痛みを訴えた。

 ころねのパンチ力は知っているつもりだったが、喰らうのは当然初めて。

 痛すぎる。

 

『本当に凄いよこの2人』

 

 比較的連携しやすい2人。

 その戦闘スタイルと見事なバランスを絶賛する。

 

「ちょっと黙ってろ」

「こんなつまらん『おかころ』があってたまるかって」

 

 おかころと言う究極のてぇてぇをご存知ないと?

 こんな眼球野郎に、2人の真の凄さは測れないし、語れない。

 いや、させたくない。

 おかころナメんな。

 

「どうする? このままじゃ、傷付けないなんて無理だよ」

 

 ロボ子が2人聞く。

 3対2とは言え、こちらが攻撃禁止となればまず勝ち目はない。

 2人には悪いがここは倒すしかないのか。

 

「でも倒した所で……」

 

 結局また次、誰かが洗脳されればキリがない。

 洗脳人数に上限があるのかないのか……。

 

 この層を突破しなければ、クリアは見えない。

 

「おかゆんの幻影……敵に回ると厄介すぎるで!」

 

 常に虚偽で身を覆い、敵に迫る。

 自分以外の存在がいる事で、その力は格段に価値が上がる。

 ころねかおかゆか、その2択が戦場では命取り。

 目玉も、今でこそ愉快な傍観者だが、いつ参戦するか読めない。

 

 広場の突破率を鑑みれば、もう最上階までに死者は出したくない。

 

「――!」

 

 おかゆところねが動く。

 姿勢を低くしてころねは拳を、おかゆは懐からナイフを抜き出し構える。

 

「ちょっ! その凶器どっから出した、っ!」

 

 ナイフでみこに切り掛かる。

 時折服に刃が通り、切れるが、怪我は負わない。

 

『システマーに作らせたんだあ〜』

 

 目玉がケタケタと苦笑混じりにテレパスで答える。

 うっせ!

 黙ってろ!

 

「…………」

 

 しかし、そうか……。

 アイツはオブジェクトを生成する事も可能なのか……。

 

「こぉね! 無言で殴ってこないで!」

「――。――!」

 

 聞きなれた「ぉらよ」の掛け声もなく、ころねのパンチが放たれる。

 マジの顔にラミィは冷や汗が止まらない。

 この人、こんなに怖かったっけ?

 

 人間が内に秘めたる悪の部分か。

 

「…………」

「――!」

 

 ころねの機敏さに、ラミィは次第に遅れを取り始める。

 氷を使っても捌ききれない。

 

 みこはおかゆ相手に案外手一杯。

 ロボ子が手助けに動こうとすると――

 

『ダーメ』

 

 目玉がビームで妨害をしてくる。

 そのビームでラミィを狙えば倒せるが、そうしないのはゲーム要素として愉しんでいるから。

 

「――‼︎」

 

 ダメだ、当たる――ころねの一撃が……。

 

「っ――⁉︎」

 

 外れた。

 殆どが瞳孔を開いて、状況処理に時間を要した。

 

『よく避けたね』

 

 避けた?

 ころねが勝手に外しただけだ。

 まあいい。

 ラッキーに乗じて、奇襲チャンス。

 ラミィの手が空けば、遠距離攻撃の幅は無限大に広がる。

 

仙禽(せんきん)

 

 ラミィの背後に一羽の氷鳥が生まれる。

 足が長く、全体的にスマートなスタイル――恐らく鶴だろう。

 美しい氷結の鶴が大羽を広げた。

 

 ズダダダダッ――――――

 

 と、天井付近に居座る目玉へ大量の氷羽がヤイバの如く飛来する。

 羽は悉く躱され、全てが天井に突き刺さるか、天井に弾かれて砕けるかの運命。

 目玉の瞬間移動が早すぎて、攻撃が一発も当たらない。

 

『ぼくちゃんに加勢してほしいの?』

「――っ!」

 

 突然、ラミィの眼前に目玉が移動してきた。

 

『2人を倒してからね』

 

 イラっとして、氷塊を放った。

 

「待って――!」

 

 氷塊は空振り、そのまま背後から迫っていたおかゆに命中しかけた。

 が、間一髪、ロボ子が受けることで最小限の被害に収まった。

 

『あーあ、折角のチャンスだったのに』

 

 謀られた。

 死角を利用して相打ち?を狙った。

 ロボ子のナイスカバーでおかゆへのダメージは防がれるが、ロボ子の破損が拡がり、更に微かに凍る。

 そこへ立て続けにおかゆからの攻撃。

 ナイフがさらに傷口を抉る。

 

「ぐっ――」

「ロボち!」

 

 おかゆを相手取っていたみこは、いつの間にかころねと戦っていた。

 ころねを強めに弾いて退け、ロボ子に駆け寄る。

 ロボ子の右腕は、複数断線し、バチバチと放電していた。

 

「すみません!」

「いいの、僕はあまり戦えないから」

 

 ラミィも駆け寄り、謝罪しながら労る。

 ロボ子は魔法や銃撃を防ぐ装甲こそあれど、敵を攻撃するような銃火器は何一つ搭載されていない。

 

「おかゆん――」

 

 みこが弱い攻撃を放って、おかゆを退ける。

 直前に名前を呼んだのはきっと、避けろって意味だ。

 敵に塩を送る愚行を、どうしてもしてしまう。

 おかころを、敵と見做せない。

 

『ほらほら、早く2人を倒さないと、みんなゲームオーバーだよー?』

 

 目玉が天井付近から挑発してくる。

 ガン飛ばしても、意味をなさない。

 パッと作戦を浮かべてみる。

 

 ラミィが「エルフの一撃」を放つ――味方も巻き込んで全滅。

 みこが「神器」を使う――どれも決定打にならず。

 ロボ子は攻撃手段がほぼ無し。

 

 正直、詰んでいる。

 おかゆさえ、こちら側に戻せば、騙し討ちが打てるのに。

 2人の意識を戻すためには目玉を倒す必要がある。

 この矛盾を打破する策がない。

 

「…………」

 

 人形の使用覚悟で、おかゆところねを窓の外に捨てる、という超絶過激な策もあるにはあるが……例え3人で目玉を相手にしても、勝ち切る未来が描けない。

 どんな行動を起こすにしても、最重要になるのが、テレポートの阻止。

 際限無く移動されては、あらゆる攻撃が無に帰す。

 

「勾玉があれば……」

 

 八尺瓊勾玉さえあれば、あらゆる厄を祓う事ができた。

 こいつの洗脳も恐らく祓えた。

 大幣では祓えない強力な力をも祓う事ができるのが、八尺瓊勾玉。

 だが、使用用途がほぼないと判断し、唯一持っていない神具だ。

 今度、絶対に取っておこう、あの免許的なやつ。

 クッソ面倒だけど。

 

「仕方にぇ……変わらず攻めっぞ」

「うん」

「はい」

 

 策を弄することすらできず、3人はパターンに変更を加えないままバトル続行。

 

「霧氷」

 

 空気が冷え込み、霧がかかる。

 皆の吐く息が白く染まり、視界が悪くなってゆく。

 

『っ――』

「「「――⁉︎」」」

 

 目玉が息を詰まらせたような音が、頭で響く。

 まさか、コイツの弱点って――!

 

「仙禽」

 

 視界不良の中で、ラミィが先ほどの氷羽を連射した。

 敵の位置が自分でも見えないので、もうテキトー。

 少なくとも天井付近に味方はいない。

 

「わっと! おかゆぅ!」

 

 ロボ子の頬にナイフが掠る。

 このナイフ、システマーが作っただけあって、ロボ子の強靭な装甲にも容易く刃が入る。

 もっと言えば、みこのバリア(結界)までも破壊する。

 

 天井に氷羽が衝突し、氷の破片が雹の如く降り注ぐ室内。

 その音を背後に、ロボ子はおかゆの攻撃を躱す。

 うまくいなして、怪我せず、怪我させずを心掛ける。

 

 みこにはころねがつく。

 互いに視界が悪いが、どちらも研ぎ澄まされた感覚や、嗅覚、勘を頼りに交戦する。

 正面からのパンチを八咫鏡で相殺し――後方からのパンチを結界で防ぐ。

 正面はころね、後方は――神獣・犬神だ。

 憑依神獣の実体化も、鍛錬によって安定しているようだ。

 

 ころねの一撃を躱せば、神獣の一撃。

 その一撃を躱せば連鎖するように再度ころねの攻撃、と勢いは止まない。

 それをみこは、神具や神器を頼りに防ぐ。

 が、定期的に防ぎきれず、脇腹や頬などに喰らう。

 急所だけは守り切っているが、それも時間の問題だ。

 

 ピュン――ピュン――ピュン――ピュン――ピュン――。

 

 数本の光線が薄暗い霧氷の中を照らした。

 

「ぅぐっ――」

 

 呻き声を上げたのは、みこ。

 猛攻の対処に精一杯で、光線を腹部に直に喰らった。

 人形での肩代わりも間に合わず、血を吐き、傷口から血が垂れる。

 更に――

 

「どがッ――!」

 

 傷口に塩を塗るように、ころねの拳が直撃。

 みこは受け身も取れず後方へ吹き飛んだ。

 

「みこち!」

 

 突如視界内に現れたみこに巻き込まれかけたロボ子が、体勢を崩しつつキャッチした。

 そこへ側にいたおかゆの追撃。

 

北冠(ほっかん)

 

 おかゆの足が届く前に、瓦のような氷が幾重にもなって2人を囲った。

 氷のドームに2人を庇い、ラミィはおかゆと対峙する。

 

「――!」

 

 自分で冷気の霧を張ったが、目玉が見えなくなった。

 攻撃が命中したとも思えない。

 加えて、おかころをこの状況で相手にしなければならない。

 

 ころねが冷気に潜んで襲いくる。

 自分得意環境下で、流石に遅れは取らない。

 危機察知し、飛び退いた。

 地面を殴る音と、その振動が聞こえた。

 

 このタイミングを境に一度攻撃が止む。

 霧を消滅させると、晴れた視界の先――進むべき扉の前におかゆところねが佇んでいる。

 目玉は――

 

『危ないなぁ〜』

 

 ヒュッ、とおかゆところねの側に出現し、ラミィをギョロリと見つめる。

 脳内に響く声は嗤っていた。

 

「さっきの光線、あなた?」

『そうだよ。当たったのは偶然だけどね』

 

 ケラケラと笑いを含んだ声が耳を介さずして聞こえる。

 やはり、何度聞いても気持ち悪い。

 目玉の背後で、ころねとおかゆは静かに待機している。

 

『さぁてどうする? そろそろお友達を殺す気になった? それとも、死ぬ気になった?』

 

 内面に語りかけてくる。

 ラミィは深く息を吸い、そっと瞼を閉じる。

 深呼吸――。

 目を開ける。

 

「ふぅー……」

 

 背後にドーム内に庇う2人の息遣いを感じる。

 特に、みこの荒々しい息遣いを。

 攻撃を無効化する分、みこは打たれ弱い。

 ロボ子も、片腕すでに損壊して、まともに動かせない。

 そこからの漏電による、全身への定期的な負荷。

 

 このまま戦っていては、目玉に傷一つ与えられず、3人は負ける。

 おかゆもころねも、みこもロボ子も、例えこの場の4人がゲームオーバーになるとしても、この一撃で目玉を倒し先へ進めるのなら――。

 価値はある。

 出し惜しみしている人なんていない。

 

「私は覚悟、決まったけど――あなたはできた?」

『おひょ?』

「負ける覚悟」

 

 ラミィの吐息が、触れた空気を瞬間冷凍させ、空中の水滴や一部の空気が凍り、パラパラと床に転がる。

 右腕が凍り付くような冷気で覆われ、本物の氷を纏い、それが右半身を埋め尽くしてゆく。

 ラミィは雪国出身ながら、寒いが苦手だ。

 氷の精霊術を扱うが、寒いのは苦手なのだ。

 

 おかゆところね、みことロボ子、そして目玉。全員の体が悴む。

 吐息は冬の日よりもさらに白く、氷河期を誘うように。

 

「ゆきよ…………」

 

 ラミィが放射する冷気も最高潮に達し、技名だろうか?何かを呟きかけた。

 が、ふと、言葉を止めた。

 冷気が引いてゆく……。

 

『……?』

 

 警戒していた目玉は、面食らっていた。

 

 …………。

 

 ガシッ――

 

『ぇ?』

 

 目玉の困惑が、皆に伝播する。

 

 キラリと光る、金属光沢。

 

 ――グシャっ。

 

『アギあ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ‼︎』

「うぅっ‼︎」

 

 目玉の塞ぐことのできない絶叫が、戦場に立つ者たちの脳に響き渡る。

 頭が割れるほど痛い。

 反射的に耳を抑えても、意味を成さない。

 

『お゛、お゛まっ゛!えぇ゛!』

 

 呻吟の中から発される怨恨の言葉。

 目玉を貫通する1つの刃物。

 傷口から大量に血液が流れ出て、目玉を掴む者――おかゆの左手を伝って、ポタポタと石のタイルに垂れる。

 目玉は充血していた。

 

「おかゆ……先輩……?」

 

 冷気が完全に消失し、みことロボ子を囲う氷のドームも崩壊していた。

 ラミィの驚愕の言葉。

 みことロボ子もその光景に絶句していた。

 自身の身体の痛みすら、忘れるほどに。

 

「ぜーんぶ、ウソでした」

 

 べっ、と舌を出した。

 イタズラ猫の本質が現れる。

 

『洗脳は、どう゛した!』

 

 怒りに塗れたテレパシー。

 

「キミのテレパシーはいいね。言葉だけで全ての感情、意図が読める。しかも、こっちの脳内は見えないなんて」

『あ゛あ゛あ゛あ゛⁉︎』

「洗脳された『フリ』も、凄くやりやすかった」

「『‼︎⁉︎』」

 

 理解が追いつかない目玉の絶句とシンクロして、皆も絶句する。

 

『どういこと⁉︎ ぼくちゃんはお前に洗脳を――』

「こっちにテレポートした後の事? もし僕に洗脳をかけたと思ったんなら……それはただの、『見間違い』じゃないかな?」

『みまちがい……だと……!』

「キミが僕だと思って洗脳をかけたのはころさん。キミは、あの時、ころさんに洗脳を掛け直してただけなんだよ」

『――! 幻影――!』

 

 おかゆはずっと、正常だった。

 正気でありながら、ずっと洗脳にかかった愚者を演じていた。

 マリオネットになって見せたんだ。

 

「ごめんね、ほらよく言うでしょ、『敵を騙すにはまず味方から』ってさ」

 

 仲間に向かってウインクを決めた。

 希望が芽生える。

 見事に、死者を出さずに目玉を仕留めた。

 

「コイツが語ったことも聞いてる。テレポートは視界の悪い中使えない、ビームも目玉から出るから潰れれば使えない、洗脳も目を見て行う、コイツが消えれば洗脳は消える、コイツを倒す事で、扉のロックが解除される」

 

 目玉という形而上物ありきなスキルばかり。

 使用できる要素はもう残されていない。

 この目玉は、このまま死んでゆく。

 

「そして、死ぬ事をトリガーに、周囲を巻き込む爆発が起きる事も」

「「――⁉︎⁉︎」」

『殺せ‼︎』

 

 おかゆの独白じみた証言に目玉が雄叫びをあげた。

 共鳴するようにころねがおかゆを襲う。

 

「こぉね! あんた強いんだから自我を保って!」

 

 ラミィがころねを足止めする。

 わずか一瞬で振り払われた。

 

「ころにぇ!」

 

 手負のみこが追いつく。

 数秒で振り払われる。

 損傷したロボ子も間に合う。

 数秒で振り払われる。

 ラミィとみこがまた起き上がり、追いつく。

 振り払われる――

 これを延々と繰り返す。

 

「――! 道連れはごめんだよ」

 

 おかゆはその隙に窓へ駆け寄る。

 ワザワザ投げ捨てる窓を用意するとは、ゲーム開発も優しいもんだ。

 

「っ!…………」

『へへへへ』

 

 苦し紛れの嘲笑が脳に響く。

 最後の最後に、後出し情報の開示。

 

『ぼくちゃん、粘着質なんだぁ……1人で死ぬのはごめんだよ』

 

 おかゆの左手も、突き刺したナイフも――目玉から離れない。

 逃げれない空間で、窓を用意し、捨てられると錯覚した誰かが目玉に触れれば、1人は既に術中だ。

 

「後出ししやがって……」

 

 おかゆが歯軋りする。

 隠し球は誰にだってある。

 ラミィにもあったように。

 

「はぁ……」

 

 皆に声は届いている。

 状況は飲めているはず。

 

「みんな、そう言うわけだからさ、ころさんのこと頼むね」

「「「ちょっ――」」」

 

 ころねを抑える事に必死な3人へ掛けられた最後の言葉。

 止める間もなく、おかゆは敵を片手に窓の外へ飛び出した。

 

 パリンっと派手な音を立て、豪快に窓ガラスが割れる。

 宙で体を丸め、抱え込んだ爆弾を包むように、衝撃を抑えるように。

 

(やばっ、僕、超かっこいいかも……)

 

 輝く。

 世界が白く、明滅した。

 

(クッソ……活躍はこれだけか……)

 

 

 ――空気が爆ぜた。

 

 それと共に、おかゆは脱落。

 そして、ようやく幹部を1人――目玉を倒す事に成功した。

 

 



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100話 地獄の底から

 

 窓の外で爆煙が上がり、爆風の名残りが弱々しく室内へ吹き込んだ。

 みこ、ロボ子、ラミィの3人で洗脳状態にあったころねを押さえつけた体勢のまま風を浴びる。

 カラッと乾いていて、焦げ臭い……。

 

 がちゃん、と解錠されたような音が響いた。

 同時に、ころねの力みが消え、一気に脱力すると、倒れたような体勢で床に転がった。

 

「…………」

「ころにぇ?」

 

 みこが目前に手を伸ばし、振ってみた。

 意識確認をする。

 目をパチパチと瞬かせ、赤ん坊のように揺れる手を目で追っていたが、やがてゆっくりと顔を見た。

 目が合う。

 いつものころねだ……。

 

「……みこみこ?」

 

 みこの顔の先には見知らぬ天井がある。

 頭を上げ、周囲を見回せば、ロボ子とラミィもいる。

 あまり、良い顔はしていない。

 

「ラミィちゃん……ロボロボ……」

 

 上体を起こして、環境を確認。

 見覚えのない床や、天井、そして異質な面子。

 

「大丈夫?」

「え……多分?」

 

 洗脳期間の記憶は無い様子。

 ロボ子の憂いにも曖昧に答えた。

 地べたに座りっぱなしも嫌なので、手を突いて立ちあがろうとした――

 

「あれ……」

 

 想像以上に体が重い。

 体重的な意味ではなく、疲労的な意味で。

 何もした記憶がないのに、体力はやけに浪費していた。

 

 少し、記憶を辿ってみた。

 周りにみんながいて……バリアがあって……目玉がいて……。

 

「……? 何があったの?」

「……実は――」

 

 ころねに、事の成り行きと、現在のゲーム進行状況を伝えた……。

 

 

 ――――――――。

 

 

「そっか………………」

「謝るのだけはやめろよ」

「……ん」

 

 思い詰めた表情に、みこが先制しておいた。

 想いは重々承知しているつもり。

 でも、皆心が既にボロボロなのだ。

 決壊の瀬戸際で耐えている現状が、不思議なほど。

 不思議ではあるのだが……。

 

「どう? 行けそう?」

「……うん!」

 

 パチン、と両頬を叩いて気合いを入れると同時に心を切り替える。

 無意識であろうとも、仲間を陥れて、それで終わりなんて、クソッタレ。

 勝手に神獣を使われて、体力持っていかれたが、余した力全てを使って、貢献する。

 ケジメつけようじゃないか。

 

「行こうか」

 

 ロボ子を先頭に、扉の先へ。

 もう一度階段を駆け上がり、4階層の広間へ。

 突入すると、2階の時のように空席がポツンとあった。

 

「――まただ」

「また?」

「2階にも似たような空席があったんだよ」

 

 しかし、これで不在メンバーは明確となった。

 剣士と武闘家。

 システマーは1人、城へ戻ると言って平原から消えた。

 つまりこの上に――奴がいる。

 

「進もう、この上の奴を倒せば、次は魔王だ」

「魔王対決が見れちゃうかもね」

「へへ……そうだといいにぇ」

 

 軽いジョークにへへっと笑う。

 新生魔王軍の誕生か?

 かなた、ポルカ、わため、フレアはもう――

 

 かっかっかっかっかっ……

 

「「「「――??」」」」

 

 先ほど通ってきた階段から、足音が聞こえてきた。

 石材の階段を駆け上がる、3種類の足音。

 

「――」

 

 何かが――来る――――――!

 

 

 

          *****

 

 

 

 時はほんの少し遡り、場所も移る。

 

 ミニゲームを終えた平原で、ノエルとメルがスバルを起こしていた。

 中々スバルは目を覚まさず、どうしようかと路頭に迷い始め、ふと世界を見渡して気付く。

 

「メル先輩……」

「うそ……」

 

 ノエルの通った道、右ルート――森のルートから火の手が上がっていた。

 遠目に赤い炎の揺らめきと、木々の炎上から立ち昇る黒い煙が確認できる。

 ミニゲーム中は壁があって、そしてゲーム終了時はスバルに夢中で気付かなかったが……。

 

「あいつだ……」

 

 ノエルには心当たりがある。

 スバルと共にぼたんを救った時、炎の中にいた人影。

 あの蜃気楼の先の誰かが、右ルートを大炎上させ、火の海にしている。

 

「これじゃぁ……こっちのルートはもう使えない……」

 

 ゲームクリアには、スタート地点に戻りクリアボタンを押す、という条件が立ち塞がっている。

 AZKiがおらず中央は使えない。

 右ルートは火で通れない。

 残るは左だが、左を通るにはシステマーを倒す必要がある。

 

 ゲームクリアの前提ノルマとして魔王討伐に加え、システマー討伐も加算。

 

「追ってこんと思ったら、外道な事をしよってからに……」

 

 ノエルの恨み節にメルもそっと首を振った。

 

「……ん」

「――! スバル先輩!」

 

 可愛らしい、寝起きのような微かな声の漏れを、脅威の反射神経で感知したノエルがスバルの肩に触れる。

 なんて速度だ。

 甲冑を身につけた負傷者とは思えない。

 メルは若干引いていた。

 

「スバル先輩! スバル先輩!」

「う……あ……? うわっ! 近っ!」

 

 目覚めたスバルは座ったまま後ろに下がり距離をとった。

 

「あぁ…………しゅん……」

「口で言うなよ……わざとらしい」

 

 本気で哀しかったのに。

 

「そんなに驚かなくても……」

「ああ、いや…………悪かったって」

 

 罪悪感の芽生えたスバルは、首に手を当てて謝るが、本当に怖かった。

 目覚めたら超近距離に誰かがいる。

 それが誰かは関係なく怖いだろう。

 

 スバルの悪びれた様子にノエルは頬を緩めた。

 

「……それより、どうなってる?」

「扉は閉まってる」

 

 ノエルから視線を外してメルに聞いた。

 背後の大扉を指さして答える。

 それは、スバルが気絶する前からなんら変化なし。

 

「剣士は、武闘家を探すってあっちに行ったんよ」

「そうか……」

 

 塔内攻略組が現在4名(スバル視点)。

 早めにスバル達も中へ入りたい。

 

「まずは扉を開けよう」

「せやね」

「ああ」

 

 とは言うが、メルの怪力でもどうにもならない。

 システムがあるとしても、操作する装置は内側にしかない。

 

 3人は、一先ず扉の方へと歩き始める。

 その途中――

 

 ゴゴゴゴーーーっ――と、扉が開いた。

 

「…………」

 

 内側から外側に開く。

 3人は敵の出現を警戒し、その場で構えた。

 構える時、スバルは肋に違和感を感じた。

 

「…………?」

 

 しかし、中からは誰も出てこない。

 扉は1人でに開いたようだ。

 やはり、システム管理されている。

 

「分からんけど、ラッキーだ。気をつけながら行こう」

 

 迷いはない。

 3人は駆け出した。

 

「ストップ、ガールズ」

「「「っ⁉︎」」」

 

 乱入する声と、突如発生する謎の引力。

 メルは怪力で踏ん張るが、ノエルとスバルは力が足りず引力に流される。

 それをメルが引き止めた。

 何度も見た流れ。

 これは……!

 

「システマー!」

 

 先刻スバルの一撃で地にめり込み、気絶していた男――システマー。

 奴が息を吹き返し、再び立ち上がった。

 そしてまた、行手を阻む。

 

「ゲームオーバーになれば、私たちもデリートされる。スタンしているターンでラストアタックするべきだったな」

「くっそ!」

 

 気絶=勝ち、的な固定観念があり、無視していた。

 だがそれは、アニメのご都合主義でしかない。

 もっと根深い思いを持つ敵であれば、何度でも立ち上がり、行手を阻んでくる。

 まるで、アニメの主人公のように。

 勝利とは、相手の心を挫く事だ。

 

「ちょっと……キツイ……!」

 

 怪力任せに踏ん張るメルと、それしか綱が無いノエルとスバル。

 

「ドアがなぜオープンとなったかはさっぱりだが……」

 

 門を一瞥する。

 

「……なにはどうあれ、借りは返すぞ」

「ぐぐっ……!」

「アイツ、本気っぽいぞ」

 

 言葉遣いの僅かな変化にスバルは危機感を覚える。

 そして、それ以上に現状に警鐘を鳴らす。

 

 ズルズルと3人はシステマーに近付く。

 引力が前回の比でない。

 徐々にシステマーへ吸い寄せられるが、どうにも抵抗できない。

 再びあの奇跡の一撃を起こせと言われても、まず不可能。

 

「マリン、いきまーす」

「「「――⁉︎」」」

 

 宣言と共に、3人の傍を通る人影。

 何かが発進する時のように。

 

 引力に乗ってシステマーへ。

 弱々しく拳を握り、腕を引く。

 あのマリンが、殴るつもりか⁉︎

 

「待ってマリン!」

 

 あの時、リフレクションを見ていないのか?

 まつりの攻撃を撥ねた。

 ノエルのメイス無くして、攻撃は当たらない。

 寧ろ反撃で大ダメージを喰らいかねない。

 

「リフレクション」

 

 マリンの拳が届く直前に、そう叫んだ。

 マリンの美しい相貌が煌めくと同時に、伸ばしかけた腕をもう一度引いた。

 

「――⁉︎」

 

 そこから一気に姿勢を低くし、左斜めにスライディング。

 そこに障壁はなく、更にシステマーに迫る。

 しかも、引力で迫る速度は数倍。

 反応が遅れる。

 

 マリンはスライディングの体勢から右手をついて軸にし、身体を回転。

 敵の足を払う。

 足の縺れたシステマーは転倒し、引力も一度途切れる。

 

「――っ!」

 

 ノエルがすかさず駆け出し、メイスを振り上げ、思いっきり叩きつけた。

 が、地面を撃つ感触が伝う。

 やはり、空へテレポートしていた。

 

「アイツはなんとかします。3人は塔へ登ってください」

「は? なんとかできんのか?」

「はい、信じてください」

 

 普段は見せない凛々しい姿が突き刺さる。

 今のマリンは十分信頼できる。

 どんなビジョンがあって自信に溢れているのかは、正直一切分からない。

 でも、今の行動一つで、大きな価値を証明できたはずだ。

 

「それがキャプテンガールの『開眼』か」

「オープンアイズって言わないんですか?」

「それを言うならアイズオープニングだ」

「だんだん仮面が剥がれてきましたね」

「ミーニングがよくわからんな」

「わざわざキャラ作りまで強要とは、随分と徹底してるじゃないですか」

「…………」

「ま、我々は日頃からやってる事ですけどね」

 

 2人の会話についていけない傍観者たちは、顔を顰めた。

 

「スーパースキルだな」

「船長もまさか、こんなんなるとは思っても見なかったですよ」

 

 魔力を無くしたあの時、マリンはホロライブ内での最弱地位を覚悟した。

 聖力も魔力もなく、スキルも無いと、思っていた。

 オッドアイの開眼。

 そんな事、聞いたことがなかった。

 開眼して初めて、自分の力に気付いた。

 だが結局思考できても、肉体は非力のままで行動に移せない。

 だからマリンは1人で敵と戦える人間出ない事に、変わりはない。

 

 マリンの力を活かすには、マリンと共闘する存在が必要だ。

 チームバトルにこそ、マリンの本領は発揮される。

 

 見えている。

 さあ、来い。

 この3人は塔へ送る。

 そして2人で、コイツをぶっ飛ばしてやろうぜ。

 

「さあどうぞ、行ってください!」

「ごめん、頼むよマリン」

 

 ノエルとハイタッチして別れる。

 3人は、塔の門へと走る。

 

「おや、追わないんですか?」

「なにかトリックを仕掛けているんだろ?」

「無いかもしれませんよ」

「いや、あるな」

「もう、余裕がないんですか?」

「は、そうやって何でも見てると、いつか病むぞ」

「ご心配なさらずとも、見たいものを見るので」

「それは変だな、アンチは嫌いだと思っていたが」

「精神攻撃なんて、卑劣ですねぇ」

 

 言葉の応酬に耳を傾けつつ3人は塔へ侵入。

 2人が何を感じて言葉を投げ合っているのか分からないが、アンチ……?

 妙な違和感を覚える。

 

 キャラ作りやら何やらも、意味不明だ。

 

「っ…………アイツがトリックでいいか?」

「あなたも随分と目がいいですね」

「ジョークはいい」

「ま、何はともあれ、フブちゃんとミオ先輩の分、八つ当たりですが、返させてもらいますよ」

「好きにしろ、私が勝つ」

 

 3人は、既に塔の階段を登り、姿が見えなかった。

 それと入れ替わるように、1人の少女が森ルートから飛んできた。

 燃え盛る森林火災を物ともせず、全身を滾らせ、一本の炎槍を握り。

 やって来る、ヒーローが。

 

「お待たせ。遅くなったけど、約束通り追いついたよ」

 

 システマーを挟むように、降り立つ。

 一度ゲームオーバーになる程のダメージを受け消滅。

 しかし、そのチカラで地獄の底から生き返った少女。

 

「ごめんよマリン。復活しても、暫く気絶してたみたいで」

「いいってそんくらい」

「んで、コイツが敵ってこと?」

「そーゆーこと」

 

 軽く柔軟運動をする。

 それじゃあ、始めようか。

 ビジネスだろうと、純粋なモンだろうと関係ない。

 こうして絆は紡がれる。

 

「全開で行くよ、マリン」

「どんと来い、フレア」

 

 ――営業開始。

 

 



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101話 落ちる

 

 塔内、第4層にたどり着いたみこ、ラミィ、ロボ子、ころね。

 そこへ、マリンの計らいで見事後続として侵入したノエル、スバル、メルが合流した。

 

 お互いに簡易的な情報共有を行う。

 

「マリンたん、上手くやったみたいだにぇ」

「船長がいなかったのはそう言う……」

 

 ようやっとマリン不在の真意に合点がいき、ラミィは手をポンと叩いた。

 

「ああ、マジ救世主だ」

「でも……1人で大丈夫かな……」

 

 あの背中は信頼できると、1人置いてきたが、今になって不安感が押し寄せる。

 メルは下の方を向いた。

 

「あのマリンが任せてって言ってたし、大丈夫だと思う」

 

 通常のマリンなら、ビビっているところを、今のマリンは珍しくクールに決めていた。

 ノエルは誰よりもマリンを信頼しているようだ。

 

「おっし……」

 

 ころねが、ばんっと強く拳を打ち鳴らせた。

 到底人間の腕力でなる音ではなかった。

 

 ノエルはメイスを眺める。

 メルは拳を握る。

 ロボ子は右腕を回したりして、破損部分を少々修復。

 みこは人形を2枚取り出し確認、懐に腕を突っ込みさらに何かを確認。

 ラミィは右半身から冷気を放ち余力を確かめる。

 

「…………」

 

 一瞬の沈黙と戦闘へ向けた調整。

 スバルだけは手持ち無沙汰でする事が無かった。

 だから、少し痛む肋の辺りを触れてみた。

 ……痛い。

 多分、折れてる。

 1本ほど……。

 

「……いける?」

 

 先頭はみこ。

 みこの問いにみなおもむろに頷いた。

 万全ではないが、準備は万端だ。

 

「魔王に余力を残そうとしない方がいい」

「……おーけ」

「いくど」

 

 計7名は、第5層へと繋がる階段を駆け上る。

 

 そして、扉の前へ到着。

 外見から重々しさを感じる重厚な扉。

 だがそれは、人の力で簡単に開ける両開きの扉。

 

 みこが右を、ころねが左を内側へ押し込んだ。

 ゴゴゴゴゴ、と壮大な音を立ててただの扉が開く。

 

「本当にきましたね……随分と大勢」

 

 開門した扉の先、システマーがいた。

 かなり広い部屋だが、奴は進行路の扉を守るように立っていた。

 みこ達から見て左右の壁には窓がある。

 部屋の作りは他の層と同じで、部屋が全方位に拡がった物と認識していい。

 

「どう? やられる準備はできてる?」

「ええ、できています」

「――――」

「どうしました?」

 

 負ける事を否定しない。

 早速不穏さが部屋に充満する。

 

「負ける気?」

「本気は出しますよ。ですがこれもゲームですし……何より、デ――魔王様が退屈されますので」

「――?」

 

 意図が汲み取れない。

 本気を出しても、勝てる見込みが無いのか?

 随分と謙虚だな。

 

「黙れ」

「ッ――!」

 

 牽制と探り合いを兼ねた序章となる会話。

 それを切ってころねが拳を打ち込んだ。

 目にも留まらぬ速さ。

 まさに俊足。

 システマーは俊足の不意打ちに対して石壁をぶつけ相殺を狙った。

 

 しかし――

 

「っく――」

 

 石壁をも破り、拳はシステマーに命中。

 衝撃の勢いに乗ってシステマーは扉へ衝突するが、あまり激しい音は聞こえない。

 崩壊する突出した壁。

 

 システマーは背後の大扉にぶつかっていたが、その扉は軟体物質になっていた。

 

「卑怯とは言いませんが……まったく……」

 

 扉から離れると、スライムのような材質から、先ほどまでの石材へと回帰する。

 やはり、システマー2人の分別には意味がある。

 こちらが主にオブジェクト支配。

 もう一方が主に非オブジェクト――即ち、法則などの原理支配。

 

 それぞれのシステマーを見た物たちなら、もう分かっただろう。

 

「折角なので生存人数でも開示しようと思いましたが……やめときますか?」

「「――⁉︎」」

 

 一同は絶句した。

 単なる気分にしても、またとないチャンス。

 生存人数を知って得があるか、と聞かれると微妙だが……。

 知りたいと誰もが思うだろう。

 可能であればそれが誰なのか、までを。

 

「その情報、信憑性はあるのかな?」

「事実を明かすつもりですが、信じるか否かはあなた方次第ですので」

「時間稼ぎが目的とか?」

「時間を稼いでも、特に利点はないので、ただの気まぐれです」

 

 心情は掴めないが、嘘ではなさそうだ。

 コイツを倒せばもう、そんな情報は手に入らないかもしれない。

 万が一にも、今後の行動の指針にできるのなら、入手すべきか。

 

「じゃ、参考までに聞いとくよ」

「話中に攻撃しないでくださいよ」

 

 そう言ってシステマーはホログラムを展開した。

 最後の一言はフリか?

 何にせよ、その言葉が意味を為すとは思えない。

 

「こちら側の生存者は計4名――あ、私は2人で1人の計算です」

 

 補足しつつ公開する。

 これは予想通りで、目玉を倒しただけの事。

 他は生きている事の再確認。

 

「それで本題のあなた方ですが……」

 

 ごくりと息を呑んだ。

 妙な緊張感が走る。

 

「この場に7名、門前広場に2名……」

「――⁉︎」

「その他の場所に4名で、生存者は計11名ですね」

「「――⁉︎⁉︎」」

 

 門前広場に2人?

 それ以外で4人?

 誰だ。

 

 門前で、マリンと共闘する誰かがいる。

 それ以外にも、まだ4人が生き残っている。

 希望はまだある。

 ここで差し違えても、後続がいる。

 

「因みに誰かは教えてくれるの?」

「いえ」

「はいどうも!」

 

 虚をつく攻撃。

 メル、ころねの連携がシステマーを圧迫する。

 

「プロテクト」

 

 2度目となれば、ころねの俊足にも目が慣れ、反応が間に合う。

 システマーの全身はプログラムで保護された。

 よって、ころねとメルの怪力を持ってしても、傷付くどころか、一ミリたりとも動かない。

 寧ろ、殴った衝撃が、拳に伝わり反動が痛い。

 

「アンデッドは厄介ですので、チートを使わせていただきます」

 

 ホログラムを展開し、パネルを操作。

 その間が隙だったが、反応が遅れ、手を伸ばす頃には操作を完了していた。

 

「チートだと?」

「ただの照明ですが」

 

 天井にLEDライトのような発光物質が出現し室内を漏れなく照らす。

 ただの照明なら、丁度いい明るさでありがとうと言うところ。

 が、残念ながらこれは非常に有り難く無い。

 

「うっ……これ、聖なる光……!」

「ほんとだ……」

「――?」

 

 メルとみこのみが感じ取る波動。

 聖なる光は聖力に似た性質を持つ光の事で、稀に天界人が使用する。

 天界人から見れば、力の源になるが、魔界人からすれば己が能力やスキルを果てしなく制限する凶器となる。

 その光を発する照明が、室内に複数個出現し、メルが力を失う。

 

「しかし、噂通りの種族のレパートリーですね」

「それがどうしたっ!」

 

 負けじところねがまた駆け出す。

 だが、プロテクトで防御される。

 

「さて、それではステージも整った所で、始めましょうか」

「は?」

 

 挑発するような言い回し。

 まだ何も始まっていないと言っている。

 ここまでは序章にも入らない。

 

「まさか私の本気がこの程度と?」

「んだと……」

「早期決戦が勝利の鍵」

 

 とシステマーはぼやく。

 ホログラムを展開し、尋常では無い速度でパネル操作を始める。

 

「フィールド武装」

 

 次の瞬間、四方八方から大量の剣が矛先を向けて出現する。

 まるで雨後の筍のよう。

 天井、床、壁の全面で鋭利な刃が構える。

 地面にいては、全身を貫かれ一発KOだ。

 ラミィとスバルは浮遊し、みこは大幣に飛び乗る。

 浮く事ができない者は力業で凌ぐ他ない。

 生えてくる剣を悉く殴り、蹴り、破壊したり、その自慢のボディで攻撃を弱めたり。

 だが、聖なる光で弱まったメルはそんなパワーもない。

 空を飛べない羽がこん時に憎らしい。

 みこが手を差し伸べ、大幣へ引き上げるが、その際右足に剣が刺さってしまう。

 

「い゛っ……!」

 

 パワーで凌ぐノエルところねも、次第に処理が間に合わなくなる。

 スバルが向かおうとするが、浮くだけの能力なため、空中での加速ができない。

 その上、光の影響で他の物を浮かせる余裕がない。

 聖なる光は魔力を使用する全てに関して有効である。

 

 ラミィも、冷気を使って自分自身を浮かせているが、他人浮かせる技術はない。

 

 みこが大幣で2人を回収する必要がある。

 

「攻撃はとめどなく」

 

 ホロメンが次なる行動を起こす前に、フィールドはさらに変化する。

 空中に、大量の拳銃が出現して包囲し、その銃口をそれぞれに向ける。

 逃げ場などない。

 

 バババババババババババババッッッッ――!

 

 一斉射撃が始まる。

 数多の発火の光は眩しく、幾重もの射撃音は耳に痛いが、目や耳を塞いでいては全身穴だらけ。

 

 誰の叫び声も、銃声に掻き消される。

 

 土埃が舞い視界が悪くなるほど、銃の発火がよく光る。

 的を外す弾丸も多かったが、天井、壁、床、照明に傷は付かず、剣は砕けても再生していた。

 

 10秒ほど連射が続き、やがてシステマーが一時停止させた。

 軽くパネルを操作して、舞い上がった土埃を全て削除――一瞬で視界が晴れる。

 

 今の一斉射撃の負傷者は……。

 ノエルとロボ子だけだった。

 

「ラミィたん、すげぇな……」

 

 2人の負傷よりも、ラミィの健在にみこは感嘆の声を上げた。

 皆の内心を代弁するように。

 

「ノエルちゃん!」

「ん、ありがとうございます」

 

 浮遊させた大幣をノエルに寄せると、みこではなくメルが手を伸ばし引き上げた。

 そこにはみこ、メルの他にスバルも乗っていた。

 この3人は結界で身を守ったようだ。

 ノエルは致命傷になる箇所を極力守ったが、装甲を破って腕や脚、腹などに数発喰らっていた。

 

 ラミィは空中に漂ったまま、眼前で腕をクロスさせているだけ。

 あんなポーズで、どうして無傷なのか。

 

 ころねもどう凌いだのか、付近の剣を全て砕いて立っていた。

 

 そしてあと1人、ロボ子。

 破損していた右腕が、遂に切断され、激しく漏電していた。

 断線した内部コードやオイルが漏れている。

 だが、今負った怪我はそれだけ。

 傷口には有効だったが、表面からは銃弾も通用しなかった。

 

「ころにぇとろぼちも」

「うん……」

 

 ころねも幣に乗せる。

 続けてロボ子に近づくと、左手を伸ばされた。

 その手を掴もうとしたが、空かして大幣を押し少しだけ遠ざけた。

 僅かだが、急な揺れに全員が一瞬ぐらつき、体幹がブレる。

 

「何やって――」

「おかえし」

 

 破損した右腕を付近の剣に当てた。

 ロボ子は自身の体の作りを、ある程度理解している。

 心拍の上昇はつまり、モーターの急激な稼働。

 内部のモーターがフル稼働すれば、当然体内に仕込まれたコードを通じて物凄い電圧と電流が発生する。

 そして、丁度右腕は壊れてそこから漏電している。

 更に好都合な事に、一帯には電気を通す鉄具が無数に存在する。

 

 味方も丁度空中にいて、感電する範囲内に居るのは、ロボ子とシステマーの2人だけ。

 

「ロボルトギフト」

 

 刹那の内に電気は巡る。

 四方を電気が囲い、眩く発光する。

 

「ッッッッーーーーー‼︎‼︎‼︎」

 

 さしものシステマーも、この一撃に対応できる速度は持ち合わせていない。

 何をするにしても、ホログラムを操作する極僅かな時間を要するからだ。

 反射速度は電流の速度に勝てなかった。

 

 負傷からのカウンターショック。

 これは多大なダメージだ。

 倒せるまで流電したかったが、モーターがうまく動かないし、頭がバチバチと鳴っている。

 反動が大きすぎる。

 

 ――電気が止まる。

 

 がっ、と剣に寄りかかるロボ子の足元から、メラメラと小さな炎が発生していた。

 電気が油に触れ、発火したようだ。

 

 システマーはガクンと膝をつき、口から煙を吐いていた。

 ずっと痙攣しており、そのダメージの大きさが窺える。

 

 討つなら今だ――

 

 ころねが幣から飛び降りる。

 足元の剣なんて無視。

 腕力で破壊できるにしても、その際に怪我をするのは確実だ。

 

「もう、ころねぇは!」

 

 ラミィが呆れ顔で右腕を一振り。

 その先から冷気が放たれ、みるみる剣たちが凍りつく。

 壊す手間を省くため、剣の高さに合わせて氷で新しく床を構築した。

 ついでにシステマーの腕も凍結させ、パネル操作を封じた。

 それと、オイルの炎上も凍りついて、火は収まった。

 

「超しばきあげパンチングラッシュ」

 

 俊足でシステマーに接近し、拳を何度も撃ち抜く。

 万が一、プロテクトされた時の保険に、狙うは顔面。

 オブジェクトのない顔は、絶対にプロテクトできない。

 無数の拳がシステマーのショートした脳を呼び起こすが、同時に果てしないダメージと疲労を蓄積させる。

 

 ピシッと氷に亀裂が入る。

 すると、その綻びは一瞬で広がり、システマーは力づくで氷を破壊して両腕を解放した。

 その間に数発貰い、更に追加で打撃を顔面に受けながらパネル操作。

 一面の氷と大量の剣、宙に浮いた銃が全て消滅した。

 足場が消え、ころねのバランスも崩れる。

 

「ぎぃっ――」

 

 珍しく、システマーが近接攻撃を放つ。

 右脚を回してころねを蹴り飛ばす。

 腕力は並の男性より少し強い程度。

 ころねにとってはまだ甘い。

 崩れた体勢でもしっかりと防御を入れ、うまく後方へ滑走した。

 

「じゃ、ぁ、て、す」

 

 感電した挙句顔面をフルボッコにされ、呂律が回らない。

 カタコトで読み取れない単語を発し、またパネルを操作した。

 手だけは感電が引いてきたのか、動きがあまり衰えていない。

 本能的に最重要な部分の修正を急いだのかもしれない。

 

 操作終了と同時にころねの足元が迫り上がる。

 その頂上が伸び、一直線にころねへ直撃。

 ガードしても跳ね返せない途方もない力にころねは吹き飛ばされ――

 

「まずいそっちは――‼︎」

「ッ――⁉︎ やべ――」

 

 窓を突き破り、ころねは場外へ弾き飛ばされてしまった。

 地面とはかなり鋭角に飛ばされたが、この高さだ、到底助からない。

 

「何が起きても、攻撃をやめない!」

 

 続いてノエルがボロボロのまま駆け出す。

 踏み込めば脚が、メイスを握れば腕が痛む。

 痛みに涙が滲むが、絶対に動きを止めない。

 

「も、お、ぉい」

 

 痺れた舌を動かして、言葉にならない言葉を発する。

 そんな感電の後遺症はまだまだ残っているシステマーだが、やはりもう腕だけの動きは元通り。

 

「弱点は手!」

 

 氷が一般オブジェクトに含まれる以上、ラミィの攻撃はほぼ無効化されるが、腕さえ拘束して仕舞えば何でもできる。

 同じ理由で、照明や銃や剣は破壊しても再生されていたが、腕を抑えればそれも解決する。

 逆にホロメンや敵キャラ、そしてみこの幣やノエルのメイス、その他諸々服などを含む装備品は固有のオブジェクトとされシステマーの操作の対象外。

 操作可能オブジェクトと操作不可能オブジェクトが存在している。

 

 システマーを打破するには、腕を拘束するか、操作不可能オブジェクトを巧みに使用するか。

 力業は通用しない。

 

 弱点を見て、ラミィが冷気を再放出し氷漬けを狙う。

 冷気は先行して駆け出したノエルを一瞬で追い越して、システマーヘ。

 

 ガシン、と巨大な鉄板が現れ、冷気とノエルの道を塞いだ。

 大きすぎて、お互いが見えなくなる。

 鉄板の表面が凍りついた。

 

「よっさん!」

「すっさん!」

 

 無力化された2人が聞き慣れない掛け声で大幣から飛び降りる。

 

「2人とも!」

 

 みこの静止も聞かず鉄板の両脇へと走る。

 

「これで、おわり、です」

 

 滑舌に回復が見られる。

 部分部分で言葉が止まるが、聞き取れた。

 バトルは更にヒートアップするようだ。

 

 その一言の終わりと寸分のズレもなく地面から大量の剣が生成される。

 またコレか!

 なんて愚痴るまもなく空中から影が堕ちる。

 

「ヤッベ」

 

 至る所に岩が出現し、落下する。

 剣に刺さり砕ければ消滅し、新たな岩が出現し……と延々とこのサイクルを繰り返す。

 

「何でみんなして!」

 

 対策も練らず地に降りた3人に、みこは呆れつつも必死に救出に向かう。

 ロボ子も動けないでいるが、彼女はオブジェクトによる攻撃くらい基本へっちゃらだろう。

 

「さあ、みせて、ください」

 

 何を?

 システマーの声は、まるで飛んでくるみこに言っている。

 

 しゅーーー……

 

「「――‼︎」」

 

 導火線が焼ける音が突如響き渡る。

 それもひとつじゃない。

 

「おまっ――!」

 

 岩の雨が、いつの間にかダイナマイトの雨に変わっていた。

 全部が爆発したら、この部屋が丸ごと吹き飛んで、塔が崩壊する。

 誰1人助からない。

 

「ラミィたん!」

「北のまほろば」

 

 みこの掛け声を聞くよりも先に、ラミィは行動を起こしていた。

 全てを凍らせればなんとか――

 

「フィルターボックス」

「な! なによ!」

 

 ラミィとシステマー、それぞれを囲う箱が出現し隔離する。

 ラミィの力はボックス内で完結し、ダイナマイトを消火できない。

 

 そして――

 

 誰の耳にも音は響かなかった。

 皆の鼓膜は音速で破裂し、全身に大爆発を喰らった。

 

 5層の爆散によって支えを失くした上階は崩落し、下階を巻き込んで崩壊していく。

 

 爆発により、7名はゲームオーバー……にはならない。

 

「人形」

 

 みこの手元から3枚の人形が塵となって消滅した。

 自分と、最も近くにいた2人を生かすことに成功。

 

 だが、そこは空中。

 幣を出現させても瓦礫で粉砕される。

 身を任せるしかない。

 

「――!」

 

 落下中、視界にひとつのボックスが目に入った。

 

「すばちゃん! ノエル!」

 

 命を繋いだ2人は、何故かくっ付いている。

 ノエルが反射的にスバルを庇った結果だろう。

 ナイスだ。

 

「あれん中に、ヤツがいる!」

 

 腹の底から声を振り絞る。

 ここで討てなきゃ、死に損だ。

 みこの目が煌めいて見えた。

 

「スバル先輩!」

「オラっ――行けぇ‼︎」

 

 ノエルとスバルが体を捻って足裏を合わせる。

 反発でノエルをボックスへ送った。

 勿論、普通ならそんなパワーなどでないが、スバルの浮遊を付与させる事によって、ノエルの体重を実質ゼロにしているために可能となる。

 

 届く!

 行ける!

 

「ッがぁ!」

 

 反発直後、スバルの呻き声が鈍く響く。

 落下中の瓦礫に直撃してしまったのだ。

 スバルは速度を増して垂直落下していった。

 

 そしてその現象は、ノエルにも起こり得る。

 現に、このままでは瓦礫と衝突し、同じ末路を辿る。

 だが、どうする事も――

 

「――――――――」

 

 さくらが舞う。

 はらりはらりと、大量の瓦礫を潜り抜け――

 

「んに゛ゃ――‼︎」

 

 みこにも瓦礫が直撃し、真っ逆さま。

 しかし、刹那の間に、ノエルはボックスに足を付けていた。

 

 ――泣き言も、苦言も、後悔も、全部全部後回しだ。

 

 メイスを振り上げ、ボックスを叩き割る。

 どんなバリアも、このメイスには通じない。

 

生命(いのち)の重さを、思い知れェッッ‼︎」

「――⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」

 

 ボックスを砕いた後も、その腕は止まらず、勢力は増すばかり。

 粉砕したボックスの破片に紛れて、メイスがシステマーの腹部を撃ち抜く。

 防ぎ用のない渾身の一撃が炸裂。

 直撃で気絶したしステマーは瓦礫も人も、全てを抜き去って、何よりも早く地上へと叩き落とされた。

 

「やっ――っだ‼︎」

 

 そしてノエルも、瓦礫を喰らい、地上へ。

 

 大量の塔の残骸が豪雨のように降り注ぎ、敵味方合わせ、計7名を埋めてしまった。

 

 増してゆく謎を解明出来るものは、今はもういなくなった。

 だが、ただ一つ。

 

 

 システマー(オブジェクト)――ゲームオーバー。

 

 

 どれほどの犠牲が出ようと、これは、大きな功績である。

 



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102話 マリフレ、その絆の片鱗

 

 門前広間で対峙するマリフレとシステマー。

 大門は開かれたままで、塔は壊れる前だ。

 

 広大な敷地をたった3人で占領し、これより戦を始める。

 

「ファイアエルフとオッドアイキャプテン」

 

 呼びにくい呼称で2人を示し、視線を送る。

 併せてホログラムも展開。

 一足先に戦闘態勢を取るとは、なんたる小心者。

 

「マリン。なんか雰囲気変わったけど、何ができる?」

「さあ。正直まだ掴みきれてないけど、危機察知はできる」

「ほうほう」

 

 マリン以上に豹変したフレアは何度も頷いた。

 フレアは炎の鎧に身を包んで、炎の獲物を握っている。

 あの時と、同じだ。

 

「てしっ!」

 

 フレアが突然、マリンの額にチョップした。

 普通に命中して、フレアの右手にも衝撃が走る。

 

「痛いっ……」

「っ……」

 

 額を押さえて屈み込むマリンと、右手を押さえて顔を歪めるフレア。

 勝手な仲間割れ?で小さな傷を与え合う。

 

「な、何すんのフレアぁ」

「危機察知できるって言うから……」

 

 お互いに恨み節のように呟いた。

 でもまあ、多分フレアが悪い。

 

「意識してないと無理なの。この力はまだまだ発展途上なの」

「えぇ、でもマリンはもう……」

「年齢は関係ないでしょうが!」

 

 言及する前にマリンが圧迫するように詰めた。

 炎が少し熱い。

 

「ごめんって。ほら、じゃあ集中して」

「始めたのどっちかなぁ⁉︎」

「どっちでもいいじゃんそんなの」

「フレアちゃーん。冷たいよー。マリフレの絆を大切にしてー」

「ならあたしの熱、あげよっか?」

「恋の炎なら喜んで貰うんだけどね」

 

 直火はごめんだ。

 戦場で和む2人を、システマーは黙って見つめていた。

 

「ジョークタイムは、もうオーケー?」

 

 談笑が一段落つき目が合うと、尋ねてきた。

 何を律儀に。

 

「システマー、ソードマスター、ファイアファイターとコンティニューしているようだ」

 

 1人だけ命名がおかしい。

 ファイアファイターは消防士だろ。

 

「フルスロットルでいくぞ」

 

 本気のシステマーに、マリンの目と、フレアの力で立ち向かう。

 

「レッツエンジョイ」

 

 ホログラムの操作を開始する。

 まつりの花火で多少のシステムが破損したと明言していたが、その上でどれほどのものか。

 重力システムが壊れた事だけはわかっている。

 

「バキューム」

 

 手始めに引力。

 先までと同様の引力が働き、マリンとフレアは引き寄せられる。

 2人には、抵抗する力がない。

 

「そればっかですね!」

 

 マリンはバリアや反射に警戒を散らしながら、引力に乗って接近する。

 パワーがなく、決定打に欠けるとしても、そこからフレアが連携して攻撃できれば大きな一撃となる。

 

 走るフォームでさえだらしないマリン。

 だが、バリアや反射壁を展開されればそれが見える逸材。

 未だにオッドアイの性質すら掴めないが、稀に見たいものが見える。

 ここで言う「みたいもの」とは、下着などではない。

 うまく言語化できないが、その時最も重要なものだったり、敵の弱点だったりと、かなり実用的な力だ。

 制御できない今はギャンブルなスキルだが、意識的に発動させることができれば、唯一無二の武器になる。

 

 距離が詰まる。

 システマーがホログラムに触れた。

 来る――反射壁。

 

「――ゃ! そんなんずるい!」

 

 見えた反射壁の位置。

 それは敵の正面だけでなく、自身を完全に覆うような箱型に展開される。

 唯一足元にはバリアも反射壁もないが、モグラとかでなければ穴は掘れない。

 

「ナイス、マリン」

 

 背後で抵抗していたフレアが動く。

 バリアと反射壁の存在は、マリンたちと同様に、システマーにも障害となる。

 

「縛りプレイで舐めプか?」

「ドMer」

「ニューボキャブラリーをつくるな」

 

 フレアの一言からマリンが造語を発する。

 システマーは毅然と返しながらホログラムに触れていた。

 

「炎柱」

「テレポ」

 

 火柱が四角いバリア内を埋め尽くす。

 が、攻撃が一歩遅かったか、システマーは瞬間移動で回避する。

 同時に、引力は切れた。

 

「ファイアがスキルか」

「相変わらず人を見下ろすのが好きですね」

「随分と余裕そうじゃん」

 

 空に立つ相手に、2人は口撃する。

 特に効果はない。

 

「無形物は全て、非オブジェクトに含まれる」

「英語使えや」

「分かるのか?」

「分からん」

「はぁ……」

 

 マリンの愚痴に嘆息した。

 敵の正体を見抜いているからこそ、マリンは言葉一つで調子を狂わされる。

 

「キャラ付けするならする、しないならしないで、どっちかにしろ」

「人の苦労も知らずに……全くガキが……」

「え! そんな若く見えます?」

「じゃあババアだ」

「んだとゴラァッ!」

「はいはい、燃やしますよー」

 

 お子様2人の口喧嘩に、フレアが炎で割って入る。

 空高く火柱を立てて、システマーを焼き切ろうとした。

 しかし、火柱はシステマーに届くことなく消滅した。

 

「火も水も風も、無形物は全てが非オブジェクト。つまり私の操作範囲だ」

「――――」

「残念ながら水はさっき壊された一部に含まれてたから、今は使えないが、じきに直る」

「――⁉︎ 直る⁉︎」

「システム自体が非オブジェクトなんだ。当たり前だろ」

「チーターかよ」

「ああ、走るのも速いぞ」

 

 まつり達の命の結晶とも言える一撃を、そんな容易く癒されていいのか。

 いや……問題はそれだけではない。

 ゲーム設定や設計が全て操作範囲内なら、能力の強化も数値という非オブジェクトの操作で可能。

 身体能力の上昇は、2人にとって純粋な脅威となる。

 「走るのも速い」という今のセリフとも繋がる。

 

「マジで勝てるんか?」

「大丈夫。ヒントは貰った」

「凄いじゃんフレア。船長は、色々見えても頭はアレなんで」

「あたしも別に良くはないよ」

「良くないと悪いは違うの」

「マリンも別に悪くないでしょ」

「多方面への配慮はいいから、ほらいけフレア!」

 

 マリンの指示に従うようにフレアは飛び出した。

 今度ばかりは、システマーも安易な攻撃を行ったりしない。

 

「火は効かないが、どうする?」

「あたしを見て、何も気づかない?」

 

 疑問に疑問を返した。

 無形物は全てシステマーの管理下にある。

 だが、今この場に、奴の管理下に無い炎が存在している。

 炎の鎧。

 メラメラと燃え滾る炎が鎧という形を持っている。

 無形物である火によって生成された、形ある物。

 これは、歴としたオブジェクト。

 

 フレアは、形而下の炎を生成できる。

 炎の槍や、以前から使用している炎の矢も同様に。

 

「火焔武具」

 

 フレアの周囲にありとあらゆる武器が現出される。

 剣、斧、鎌、弓矢、槍、銃、槌、鞭、棍、ハンマー……。

 炎の武器達が矛先をシステマーに向けた。

 

「――」

 

 フレアが手を翳すと、それを合図に一斉に襲い掛かる。

 切り裂き、撃ち抜き、殴打し、串刺し……。

 

「それはそれで無意味」

 

 全方面からの攻撃をバリア一つで防ぎ切る。

 周囲に球型のバリアを張っている。

 

「ネット弁慶志望か?」

 

 武器を操る様を比喩するが、ネット弁慶は意味が違う。

 結局形ある者は全てバリアに弾かれる運命。

 だが、これも狙いだ。

 状況はさっきと同じ。

 

 ならば、バリア内に武器を生成すればいい。

 

「串焼き一丁」

 

 バリア内を炎槍が埋め尽くす。

 

「それも無意味」

 

 テレポートで回避。

 その移動先はフレアの背後。

 自身の危険でなければ、マリンも常に察知はできない。

 

「ショックウェイブ」

 

 右腕から衝撃波を放つ。

 テレポートからその動作まで1秒にも満たない。

 誰であっても回避は不可能。

 

「ゔっ……」

 

 纏う鎧も貫通して衝撃波は全身に響き渡る。

 

「丈夫な体だな」

 

 強い衝撃が全身に伝達されれば、粉砕骨折や心肺停止も発生する。

 それが起きないだけ、フレアは強い。

 もしこれがマリンに当たれば、一撃でノックアウトも十分有り得る。

 

 フレアは口と鼻から血を流して、膝をついた。

 暫くは反動で動けまい。

 

「フレ――っ!」

 

 マリンが一歩踏み込むと、瞳から不思議な感覚が脳へ伝達される。

 反射的にマリンは踏み込んだ足を軸に90度回転、危険を回避した。

 

「リアルに凄いな……」

 

 マリンの真横を、システマーが通過していた。

 速すぎて見えない。

 身体能力の強化なんて比じゃない。

 今の身体能力だけ見れば、魔王と同等。

 そこから放たれる拳や蹴りは、マリンには重すぎる。

 一発だって受けられない。

 

「っ――!――!――!――!」

「少しずつ反応も遅れているが、大丈夫か?」

 

 システマーの脅威的な物理の連撃を危機察知からの反射だけで回避するマリン。

 だが、運動神経の悪さが起因して、回避行動も次第に遅れを取りはじめた。

 頬、脇腹、背、脚、腕。

 様々な箇所を攻撃が掠る。

 速度による摩擦だけで、ちょっと痛い。

 

 何度も回避を繰り返し、火傷痕が幾つもでき、もう回避も出来なくなった頃、突然シナプスが切れたように感覚遮断が起きた。

 危機察知が働かない。

 反射もできず立ち尽くすマリンの前に、フレアが飛び込んできた。

 

「捕まえた」

 

 拳が腹に命中して、吐き気を催すが我慢だ。

 その腕を掴んで拘束――

 

「それも無理だな」

 

 パシッ、と赤子のように手を撥ねられた。

 

「くっ……‼︎」

 

 払われた方とは逆の手で腹を押さえる。

 死ぬほど痛い。

 比喩ではなく、本当に、打ちどころが悪いと死ぬ。

 鎧が無かったら確実に死ぬ。

 

「フレア……」

「1人じゃ勝てん! 死ぬな!」

「――! マジで、愛してる!」

 

 護られた事に対する感謝と心苦しさの衝突を名前一つで届けた。

 それを、察してかは不明だが、フレアは苦言を吐いた。

 戦場でときめくマリン。

 

「この戦いが終わったら、結婚しよう」

 

 盛大なフラグ。

 

「いや」

 

 フラグは折れた。

 

「でも、どう倒す?」

「ん……それ、思案中」

 

 切り替えの早いマリン。

 フレアも一瞬で頭を切り替え、案を巡らす。

 弱点自体は複数個確認できた。

 正確には、攻撃が命中するタイミング。

 だが、そこを突く能力や技術が2人にない。

 

「でもとにかく、生に執着しよう」

「……?」

「生き物ってのは、死に際にこそ覚醒する」

 

 まるで実体験。

 だがそれは事実。

 死に際に走馬灯が見えたり、世界がスローモーションになるのは、あらゆる記憶を集約させ、生きる術を模索するから。

 その時、秘めたる力が目覚める……かもしれない。

 しかし、フレアも最近スキルが覚醒したばかり。

 マリンに至っては覚醒したてホヤホヤだ。

 そんな短期間で、覚醒の連鎖を起こせるだろうか。

 

 いや、起こすしかない、今ここで。

 覚醒――否、奇跡を。

 

「死を体験したいか? ならこんなのはどうだ?」

 

 プログラムを起動する。

 

「――っ! スゥーー‼︎」

 

 危機感知したマリンが大きく息を吸う。

 次の瞬間――

 

「ッ――!」

 

 マリンとフレアの周囲から何かが消滅し、呼吸ができなくなる。

 

(空気が……!)

 

 喉を押さえるが、酸素は送り込まれない。

 マリンは口と鼻を塞いでいた。

 フレアは脳が霞む前に攻撃に出る。

 運動量を減らし、手元に炎槍を……

 

 バチっ。

 

「ッ――」

 

 発火しない。

 それ以前に、炎の鎧が消えている。

 

「酸素を無くしたんだ。お前の火は炭素と酸素の結合だろ?」

 

 原理を理解した上で、酸素だけを消滅させているのか。

 しかも、システマーは呼吸している。

 一定空間内の酸素が消滅している……という事は、その空間を出ればいい。

 

「…………」

 

 でも、自分が動けば合わせて無酸素範囲を変更してくる。

 ならまず……。

 

 フレアはシステマーの周囲を発火させた。

 システマーは大きく息を吸い、テレポートする。

 移動先はフレアの背後。

 

「ッッッッィ――ごッァ――!」

 

 先程の衝撃波を喰らう。

 全身を波が伝い、骨髄まで振動が走る。

 粉砕しそうなほど痛い。

 呻吟し声を漏らすと酸素がさらに枯渇する。

 脳が霞む。

 視界に靄がかかって、うまく頭が働かない。

 また、膝をついた。

 

「ん?」

 

 突如、砂埃が吹き付けてきた。

 フレアの発火で起きた小さな爆発が砂を巻き上げ、それが爆風に乗ってきた。

 僅かに視界が遮られた。

 

 フレアはもう、酸素不足で脳が弱っている。

 頭が使えないと、体も動かせないし、火も起こせない……。

 せめてもう少し、酸素があれば……。

 

(酸素があれば、なんとかできるんだろ、フレア!)

 

 呼吸器官を塞いだマリンが、砂塵に紛れてフレアに駆け寄る。

 

 下心なんて無いから、今は許せ。

 これは、生存本能だ。

 

「っ…………」

 

 這い蹲るフレアを仰向けに返す。

 そして、口と口を……。

 

「んっ…………」

 

 マリンからフレアへの、酸素のプレゼントだ。

 

「…………!――――――!」

 

 血の味がする。

 

 数秒の遅延を要して、フレアの脳が酸素を得た。

 持ち時間は10秒も無い。

 この10秒だけ活性化する頭で、乗り切る。

 

 砂塵の先で、バチバチと発火音が響き、火花が散っている。

 

「ショックウェイブ」

「ッ――!」

「――⁉︎」

 

 フレアを狙った一撃は、マリンが受けた。

 シナプスが弾けるような感覚。

 危機感知が反応している。

 

「ッ――! ッ――! ッッッィィ――!」

「おま……くっ――」

 

 もう3発ほど、瞬間移動で位置を変えつつフレアを狙ったが、危機を感知したマリンが自らその危機に飛び込み、遮る。

 

「……本当に花開くモノだな」

 

 窮地にこそ人は、本来の力を得ることができる。

 今ここで証明された。

 

 システマーは一足早く自身をバリアで覆った。

 

 数秒後――

 

 誰にも影響しない位置で、大爆発が起きた。

 爆発自体に意味はない。

 フレアの狙いは、その爆風。

 爆風でフレアとマリンの体は飛ばされた。

 

「っはぁ、はぁはぁ、はぁ、っぅ……」

 

 その勢いで無酸素エリアを抜けた。

 必死に喘いで、酸素を吸収する。

 フレアは、吹き飛ぶ際に抱えたマリンに視線を落とした。

 右脚と右腕が痛々しく、青く腫れていた。

 

「……許すから、起きてマリン」

「………………はい」

 

 マリンと目が合う。

 悪びれた表情の中に、照れ臭さが紛れている。

 逆にフレアはキッパリと割り切っていた。

 マリンはサッと視線を逸らす。

 

「だいじょぶ?」

「いや……全然」

 

 紅潮するマリンは、先程の攻撃で手足をやられ、もう自力では動けない。

 フレアに抱えられたまま、マリンは地面を見た。

 

「い、いざって時は見捨てても……」

「何言ってんの」

「だって……」

 

 マリンを守りながら闘うなんて、不可能だ。

 マリンへの攻撃に意識を割いていては、まともに戦えない。

 

「1回降ろすよ」

「え、うん」

 

 自立力の乏しいマリンに配慮しつつ、ゆっくり地に降ろす。

 右半身を庇いながら、マリンは傾きつつも地に立った。

 その間、システマーは黙って行く末を見守っている。

 優しさではない。

 

「ほら」

「ぇ?……っと……?」

 

 しゃがんで背中を向けるフレア。

 マリンはきょとんとして左に首を傾ける。

 

「おんぶ」

「そ、それはちょっと……」

 

 先刻の行動が脳内にフラッシュバックし、ますます赤面するマリン。

 

「マリンって、そういうとこピュアだよね」

 

 呆れ混じりに苦笑する。

 普段からずっとこうしていれば、もっとトキメクのに。

 ま、それは個性の消失で勿体無い。

 

「ほら、早く乗る」

「でも……」

「いいから」

「ぅ……」

 

 根負けしたマリンが、覚束ない足取りで寄り添って、フレアの背にしがみ付く。

 右腕と右脚が痛いが、少し我慢して力を込めた。

 フレアの背中にマリンの胸が押し当てられ、右肩には頭が乗る。

 最後にマリンのお尻あたりに手を回して、落とさないように抱えた。

 

「っよッ……と」

 

 渾身の力で脚を伸ばし立ち上がる。

 流石に重い。

 

「ふ、フレアぁ……」

「いいから黙って。舌噛むよ」

「え、舌……?」

 

 不穏な発言に、胸鼓動が別方面に高鳴る。

 

「それでファイトするのか?」

「見縊ってると、足掬っちゃうよ」

 

 マリンの心情は蚊帳の外。

 フレアにはその鼓動が伝わっているが、あまり気にならない。

 

「マリン、集中して」

「できるわけないでしょうが」

「敵から目を離すな。キズナ、信じてる」

「――――」

 

 フレアの語気で、気持ちが少しだけ切り替わる。

 マリンは深呼吸する。

 目を閉じる。

 大きく息を吸う。フレアのいい匂いがする。

 大きく息を吐く。

 目を開く。

 

 敵を直視した。

 凝視、注視、刮目を止めるな。

 

 フレアの信頼は大きくマリンに伸し掛る。

 マリンを背負う事による機動力の大幅低下。

 そして炎の鎧も制限され、耐久力と防御力も低下。

 

 それでもマリンを背負って闘う。

 ただの情で済む話ではない。

 

 戦え。

 ここは、マリフレの戦場だ。

 

 マリンの色の異なる双眸が、敵を捕らえて離さない。

 

「レッツ、リファイト」

「「来い」」

 

 システマーが消えた。

 弾けるシナプス。

 

「ショック」

 

 フレアの背後から波動を一直線に放つ。

 ボッ、とフレアの体が発火すると同時に全身が右方向へ流される。

 見事に回避。

 

「ファイターと同じロジック」

 

 発火をエンジンにして身体を動かしている。

 システマーの分析は早い。

 

「しかも……」

 

 違和感を確信にするため、システマーは更に仕掛ける。

 何度もテレポートとショックを繰り返すが全て躱す。

 

 バキュームを発動、その瞬間フレアが物凄い火力で飛んで来る。

 予見していたような動き。

 バリアは張らずにテレポートで逃げる。

 

 今度は身体能力でバトる。

 パワーからスピードまでを遜色なく上昇させる。

 目にも止まらぬ速度でフレアの傍を通り背後に回ると拳を撃つ。

 

「っ」

 

 身体を回して回避。

 次に右脚を下から上に蹴り上げる一撃。

 それも回避。

 数回繰り返すが、フレアが遅れを取る気配は無い。

 

 システマーは一旦距離を置こうと――

 

「ヅぃ――」

 

 その背後から、1本の炎槍が貫く。

 ピンポイントで狙い撃ちされ、命中した。

 ギリギリで察知して、なんとか急所は外れたが、土手っ腹に突き刺さった炎槍が腹から焼いていく。

 

「テレポ」

 

 瞬間移動して槍を体から抜いた。

 移動先で血を流す。

 

「お前ら、同期したな?」

 

 ついに確信へと変わる。

 同期――言い換えれば、感覚共有。

 

「一心同体か」

 

 傷口に手を当て、口の中に滲みる血を味わう。

 

 2人は何も言わない。

 もう、完全集中状態に落ちて、他に意識を割くつもりがない。

 

 マリンの視覚を原理不明でもフレアが扱う事で、2人の武器を掛け合わせて闘う事を可能としている。

 2人の「絆」が境地に達した。

 

 ここからの闘いは、ほんの一瞬で決着しそうだ。

 システマーも遂に思考を切り替える。

 もっと高次元な戦いへ。

 

「グラビティ」

 

 ガゴン、と足への負荷が強まる。

 いつの間にかシステムを修復していやがる。

 

 炎で作った槍や矢、剣などがシステマーを囲う。

 瞬間移動して回避――

 

 グサっ。

 

「っ――⁉︎」

 

 槍が再びシステマーを貫いた。

 

(移動先を予見した⁉︎ どちらにとっても危機ではないはず……)

 

 次から次へとスキルのレベルを上げてゆく2名に驚きを隠せない。

 腹部に二つの穴が空き、いよいよ生死に関わる域まで負傷した。

 

「ウィンドブラスト」

 

 風が刄となり、多方面から2人を襲う。

 重力も展開中。

 それなのに、フレアは尽く回避して見せる。

 風という、目に見えない凶器を、しかも負荷が何倍にも増す重力下で、マリンを抱えながら。

 

「イカれてる……!」

 

 単調な攻撃は全て操作容量を圧迫する悪手。

 ならば――

 

「デッドプール」

 

 大量の水を生み出して、位置を固定し四角いプールを形成する。

 もちろん、中央に2人が埋もれるように。

 機動力もなく、発火もできない状況下ではどうにも……

 

「は――?」

 

 水中で定期的に発光が起き、同時にポンポンと気体が浮上する。

 それに合わせて、フレアの体も自在に水中を巡る。

 

 水中で、火を起こしている。

 

「――! どうなっている⁉︎」

 

 さしものシステマーも、コレばかりは解明できない。

 だが、原理自体は単純で、ただ単に、水分子に含まれる酸素を強制的に燃焼に使用させ、水素爆発を起こしている。

 エルフの精霊術は、意外と細かく理論が存在している。

 

 だが、フレアやラミィは、特に原理など理解してはいない。

 というか、エルフの殆どが理解せずに使っている。

 

 生活の中で、少しずつ活用の幅を広げていくのだ。

 今回のように。

 

 

 さあ、決着だ――。

 

 

 フレアが水中から飛び出た。

 

「エルフの一撃『スペシャルこうげき』」

 

 全てのエルフが持つオリジナルの、最強技。

 反動は大抵でかいが、威力も絶大。

 

 気温が上がる。

 大量に発汗する。

 固定された太陽が照りつける。

 

 快晴の空から、突如炎槍の雨が降り注ぐ。

 逃げ場など、この場にない。

 

「これは……」

 

 流石に捌けない。

 なら、少し卑怯だが、この場を離れてしまおう。

 テレポートに制限などない。

 

「テ……あれ……?」

 

 ホログラムが開かない。

 気付けば、水は消え、重力も戻っている。

 炎槍が降り注ぐ。

 

「そうか……」

 

 システマーは、最期を悟り静かに目を閉じた。

 その死に際に、フレアの瞳が青白く燃える光景を目にした。

 

 

 システマーが串刺しとなり――消滅。

 

 

 その光景を見た途端、炎槍の雨は止み、フレアとマリンは急激な疲労感に苛まれ、その場で脱力した。

 意識を取り戻すまで、それから数分要したが、何度目を擦っても、そこにはもう、敵の姿は無かった。

 

 2人は、どちらも欠ける事ない、完全勝利を収めた。

 

 





 皆様どうも、作者です。
 また投稿期間が空きましたが、文字数多いので許してください(関係ない)。

 さて今回、システムを操るシステマーも理不尽そのものなのですが、それを上回る理不尽を見せつけたマリフレのコンビネーション。
 これは未来有望か、それともこれ以上の進化はないのか。
 しかしまさか、ちゅっちゅ、しちゃうとはね。

 所で今回の題名、どこかで似たような物が……?

 おっと、それではまた次回。


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103話 小さな星

 

 システマーを撃破し倒れた後、フレアはすぐに意識を取り戻す。

 気絶していたのは、時間にして僅か3分ほど。

 隣には、右半身を負傷したマリンが横たわっていた。

 

「マリン、マリン」

 

 2度ほど名前を呼び大きく揺さぶると、眉をピクッと歪ませて薄っすらと目を開いた。

 

「んん……」

 

 可愛らしい寝起きの呻き声を上げて、マリンの意識が覚醒する。

 目前にフレアがいた。

 それを認識して数秒後、視線がその唇へ移った。

 

「――――‼︎」

 

 脳が一瞬で目覚めた。

 がばっ、と勢いよく状態を起こした。

 

「っ……たた……」

 

 右半身に激痛が走る。

 その痛みで、ようやく全てを思い出した。

 

「大丈夫?」

「んー……いや……うん……平気」

 

 返答を躊躇う。

 いや、どちらかと言えば恥じらっている。

 結果、平気じゃないのに平気という始末。

 

「休ませたげたいんだけど、そうも行かなそうだから」

 

 フレアは現状を感覚的に予測して、塔の頂上を見上げた。

 そこに、奴はいる。

 

「そう、かもね……」

「なら、はい」

 

 フレアの言い分に賛成のマリン。

 その返答を貰ってから、フレアはまた屈み込んで背中を向けた。

 

「っ――いいって!」

「また赤くなった」

「そう言うのは配信でやって‼︎」

 

 頬は当然、鼻先から耳まで真っ赤になる。

 頭が熱くなっている自覚がある。

 羞恥心を感じるのは仕方ないが、残念ながらコレは冗談ではない。

 

「これが1番効率がいいの」

「それは……そうだけど……」

「じゃあほら」

「…………」

 

 結局また、渋りながらフレアに抱えてもらう。

 可愛いやつめ、とフレアはにやけた。

 背中越しに鼓動を感じる……。

 

「登るよ?」

「いいけど……ノエちゃん達に見られたら、なんて説明すんの……」

「マリンがおぎゃるからって言っとく」

「ケツメイス喰らうからやめて」

「ふっふふ……」

 

 本当にケツメイスされたら、笑い事じゃない。

 でも多分、マリンの負傷を見れば察してスルーしてくれるはず。

 

 苦笑混じりにフレアはエンジンをかけ始め、動き出す。

 腕力などを使うことはなく、比較的疲労は少ない。

 大きな門を潜り、中の階段を発火のエンジンだけで登ってゆく。

 2層につくと、空席を発見するが、立ち止まらずに進む。

 3層は室内に焼け跡や破損跡が目立ち、窓は破られていた。

 戦いの痕跡だと、容易に想像がつく。

 でも止まらない、更に上へ。

 

 どうやら、結構攻略は進んでいるようだ。

 

 勢いを殺さずに激進するフレア。

 まもなく4層といった所で、あの電撃を浴びるような鋭い閃光が脳をつんざく。

 マリンにも、フレアにも、それは届いた。

 危険信号に真っ先に反応できたのはマリン。

 自身の力なだけあって、ここだけは反射が早い。

 フレアの背中で、背後に体重をかける。

 階段から落とすように。

 急な比重に均衡の崩れたフレアの体幹。

 180度回転し、フレアは階下へ転げ……かけて、エンジンを点火。

 怪我する事なく、下階へ下って行くが……

 

「間に合わんて!」

 

 逃げ場がない。

 そんな閉塞的な場所で、天井の崩落。

 

「クッソー‼︎‼︎」

 

 ヤケクソに天井を見上げ、絶叫した。

 

 不運な事に、マリフレも、塔の崩落に巻き込まれてしまった。

 

 

          *****

 

 

 倒壊して、瓦礫の山となった塔。

 中にいた者は全員巻き込まれた。

 その筈が、瓦礫の山の頂上に、生存者がいた。

 

「派手にやったなぁ……しかも、自分も死んでんじゃねえか」

 

 塔を崩した犯人は周知の事実。

 わざわざ4番目の位置にシステマーを配置したのも、この最終手段を放つ時の味方への影響を配慮した結果。

 本来ならこの時点で魔王のみの生存となるはずだった。

 

「ところがどっこい、2番と4番が死んで、1番と3番が生きてるとは」

 

 盤狂わせもいい所だ。

 まあ、番号なんて所詮飾り。

 システマー以外は付与された数字に何の意味もない。

 強さだってほぼ同格。

 

「ぃよっ……と」

 

 瓦礫の山の頂上から飛び降りると、天辺にあった瓦礫がガラガラと崩れ落ちた。

 瓦礫とは言え、元があの巨塔。その高さは10メートルにも及ぶ。

 高さ10メートルをモノともせず、魔王はスタッと着地した。

 

「ええっとぉ……?」

 

 魔王は自分のステータスを開いた。

 ゴチャゴチャと数字や文字が連なるホログラムの右上を見て、時間を確認した。

 現実時間と同期している時計で、時刻は15時を回っていた。

 

「かれこれ2時間か」

 

 ゲーム開始は大体13時。

 魔王はほぼ退屈していただけだが、時間の流れがかなり早い――気がする。

 自身のステータスには興味を示さずに、ホログラムを閉じる。

 

「たくよォ……これで全滅したらどうすんだよ」

 

 現状を不服そうにして口元を曲げた。

 せめて決戦は自分の手で飾りたい。

 例え、魔王が「勝つ」としても。

 

「はぁぁ…………」

 

 重たいため息をつく魔王の下へ、1つの綺羅星が飛来してきた。

 搭乗者は、瓦礫の山とその前に立つ魔王を見て、高度を急激に落とした。

 そして、煌びやかに星を消滅させて着地した。

 

「…………」

 

 味方1人いない惨状に、2人とも声が出ない。

 塔が崩れる光景は、流石に移動中でも目に飛び込んできただろう。

 

「やっと来たか、歌姫」

 

 魔王直々のご指名に、そらは肩を跳ねさせた。

 

「残りは……アンタだけ?」

 

 面と向かって対話を試みるすいせい。

 既に、放たれる威圧感に圧倒されていて、全身が震えている。

 そらも同様に。

 

「って事は、途中でアイツら見なかったのか……何してんだマジで」

 

 回りくどい返答に聞こえるが、ただの独り言。

 武闘家も剣士も、どこで油を売っているのやら。

 

「なんか分かんない、けど……お前、魔王でおけ……?」

「オッケーだ」

 

 冷や汗を流して、大きく唾を飲み込む。

 

(マジで、威圧感パネぇ……)

 

 恐怖心を煽る威圧感を、闘志を燃やす事で和らげる。

 ……あまり和らがない。

 正直、2対1じゃ戦力不足すぎる。

 そらの力は詳細不明で発展途上。

 すいせいの能力も、お世辞にも強いとは言えない。

 

 この場にいる2人が、シオンとあやめなら、勝算があったかもしれない。

 様々な力が開花し始めた中でも、やはりその2人の戦闘力が抜きん出て強い。

 

「ただ、この際だから言っちまうけどよ、幹部全員を倒さねぇと、俺はどうやっても死なねぇのよ」

 

 2人は黙り込む。

 つまり、今こいつと戦うことは、無意味。

 なら逃げて、他の敵――奴の言う幹部を探す?

 そらに目配せをして、意思を尋ねた。

 

「さっきの燃えてるとこ戻ったら……いるかも」

「あたしも、いるならあっこしかないと思う」

 

 来た道を眺めると、炎は弱まり見えないが、立ち上る煙が視認できた。

 

「ありゃあ武闘家の仕業だなぁ……全身から発火する体質で、体術を駆使してくるぞ」

 

 魔王が解説してくれた。

 

「もう1人は剣士だ。なんでも透過できる体質で、剣術を使ってくる」

 

 ついでにもう1人の解説も。

 

「最後に、俺は魔王。便宜上、無敵の存在だ」

「……?」

 

 言っている意味は分からないが、魔王だけは、今戦う相手じゃない。

 

「俺だけは敵にしたくないって感じか?」

「っ……そ、そりゃぁね……無敵とか……そんなん無敵じゃん?」

「動揺しすぎだろ……まあ、それより――」

「「――‼︎⁉︎」」

 

 突如、魔王が消えた。

 瞬きした途端に、そらの背後に回っていた。

 

「俺ぁあんたと話したいんだがな」

 

 そらに手を伸ばしかけた。

 

 ダダダダッ――。

 

 と、星屑たちが魔王の全身を襲う。

 衝撃で砂塵が舞う。

 

「あたしじゃ不満?」

「俺ぁ歌姫の才を確かめてぇのよ、分かっか?」

「あたしも歌は得意な方だけど?」

「へぇそうか、なら試すか」

 

 え、やばい、マジで来んの?

 

 刹那――魔王がすいせいの背後へ回った。

 速すぎて目で追えない。

 身体の回転も間に合わない。

 背後に気配を感じた時にはもう手遅れ――

 

「ダメだなこりゃぁ……」

 

 背中越しに風圧を感じた。

 が、それだけで、殴られなかった。

 

「…………」

 

 恐る恐る振り返れば、背中に拳を向けていた。

 高さは丁度胸あたりで、命中すれば痛いで済まなかったが、寸止めな為、風圧だけが届いたのだ。

 

「――なんで止めた」

「あぁ? 死にたかったのか?」

「そうじゃない。分かんだろ」

「分かってるけど言えないって意味だ」

「そうですか!」

 

 ご丁寧な返しにすいせいはスターダストをプレゼント。

 全てが魔王に命中し、また土煙が舞うが、晴れた視界の中にいた魔王は無傷だった。

 

「さっきも大した奴がいなくて退屈だったところよ」

「さっき……?」

「ここで10何人とやり合ったが……あの鬼がギリ、俺に牙を突き立てられそう……って程度だったなぁ」

「ギリ届きそう……って事は、届かないって事?」

「だからそう言ってんじゃないの」

 

 退屈な日々に辟易するよ、と肩をすくめる。

 ホロメン側は急死に一生を得るような思いを何度もして来たと言うのに。

 個人の退屈凌ぎに、他人の命を巻き込まないでもらいたい。

 

「ってわけでよ、覚醒しろ、歌姫」

 

 そらに無茶振りをして指差す。

 覚醒しろと言われて出来るものではない。

 成長とは、一瞬で起こるものではない。

 

「無理とは言えないぞ? そん時は死ぬからな」

 

 魔王が消える。

 

「ぅ――」

 

 呻き声が風で飛んでいく。

 すいせいが振り向いた時、そらはいなかった。

 

「そらちゃん!」

 

 すいせいの絶叫は、そらが瓦礫に衝突した音で掻き消される。

 そらの身を案じて駆け出すと、風がすいせいを抜き去った。

 

「やめろ!」

 

 すいせいの叫びも虚しく、瞬足の魔王がそらに追撃する。

 追撃の反動でそらが飛んできた。

 

「ぐっ――‼︎」

 

 キャッチを試みた。

 そらがすいせいの胸部に激突し、2人まとめて後方へ吹き飛ぶ。

 地面を擦り、肌が焼けた。

 痛い。

 

「そらちゃん! しっかり!」

 

 そらに比べたら痛くも痒くもない、そんな傷。

 すいせいが肩を掴んで揺さぶると、小さく呻きながら眉をピクピクと動かす。

 こんなの何発も喰らったら、すぐ死んじゃう。

 

「うっぶ……ぅ、ぉえ……!」

「――⁉︎ そらちゃん!」

 

 そらが赤黒い血を口から吐き出した。

 地面に赤黒い血溜まりができた。

 その血溜まりから、黒くて禍々しい気が放出されている。

 

(なんだ……コレ……)

 

「俺はこのゲームの魔王だからさ、それっぽい力が付与されてんのよ。幹部を倒すまで無敵、大きくなる、闇魔法みたいなの使う、とかさ」

「闇魔法?」

「みたいな奴だって」

「何した!」

「なーに、殴った時にちょっと悪いの乗っけただけよ」

 

 悪いの、とは抽象的すぎるが、危機的状況である事に違いはない。

 

「このままだと次第に体力が奪われて、死ぬ」

「は……?」

「保って5分程度か?」

「――!」

 

 すいせいはそらを見た。

 抱えた身体は熱く、体重がほとんどすいせいに預けてある。

 不死の病に罹ったようだ。

 定期的に赤黒い血を吐き出している。

 吐き続ければ、血が足りなくなる。

 

「すいちゃ……」

「いい、喋んなくて。何とかするから」

「クライマックスの余興といくか」

「――ッ‼︎」

 

 魔王の遊び呆けた面と態度に鋭い眼光を突き刺した。

 

「でっかくなってやろうじゃないの、魔王らしく」

 

 2人の目の前で、魔王がみるみる巨大化していく。

 心なしか、体の各部位もより硬質になり、派手になり、全身は黒々としていく。

 完全に巨大化し切ったその全長は、5メートルほど。

 予想ほどのサイズでないにしろ、目の前にその巨体が立ちはだかる絶望感は先までの数倍。

 

「…………」

 

 すいせいの瞳に、畏怖が現れた。

 レッツ殺しと息巻いた事も忘れ、もはや戦意は喪失する。

 1人でなければ、戦った……。

 でも、すいせい1人に、コイツは無理だ……。

 

「呪いで死ぬ前に、殴られて死ぬか?」

 

 魔王の大きな拳が、そらとすいせいを纏めて標的にする。

 

(あ…………終わった……)

「すい……ちゃ……」

 

 バチィ――――

 

 紫電が疾駆した。

 拳とバリアが衝突し、大量の紫電が迸る。

 

「シオン……」

「お待たせ――!」

 

 2人の前で、両手を敵に翳し、必死にバリアを展開するのは紫咲シオン。

 荒野で縛られていた彼女が、何故?

 

「――! システマーが、死んだから……」

 

 システムが全て解除され、シオンの拘束も解かれたんだ!

 すいせいの目に希望が――

 

「根比べ? やってみっか?」

「ふん――っ!」

 

 バジバヂバヂッ――――。

 

 と、弾ける閃光が強く、凄まじく進化する。

 魔王がもう片腕を攻撃に追加しただけで、シオンのバリアが破れかけている。

 そうだ、今のシオンは魔力不足だった……。

 

「すいちゃん……逃げて……」

 

 シオンが全身全霊を振り絞りながら、背後に指示した。

 

「でも……」

「保たない……このままじゃ、全員死ぬ……」

「くっそ……」

「もともとシオンは捨て駒の予定。早く!」

「ごめん!」

 

 すいせいは瀕死のそらを抱えて、バリアを抜けると、謝罪を置いて中央の密林に逃げ込んだ。

 逃げ場が少ない難点は、隠れ易いという利点でもある。

 空も周囲も見えない森に隠れ、すいせいはそらを下ろす。

 それと同時に、爆音が響き、大地が揺らいだ――。

 

 

 



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104話 星に願いを

 

 すいせいとそらを庇って、魔王の前に一人残ったシオン。

 勝ち目などなく、もはや死の寸前だった。

 バリアを解けば拳に潰される。

 直ぐに対応できるほど、体力は残っていない。

 

「庇う価値、あったのか?」

「そういうの、今無理……」

「そうかい」

 

 論争できるほど体力が無い。

 

「どうせ、死ぬなら……血を全部魔力に変えて、大爆発して、やろうか?」

「好きにすりゃいいが、意味ないぞ?」

 

 心中できるなら、楽だったがそう甘くはないか……。

 もはや希望も無い。

 そらが間も無く死ぬ。

 彼女が居なくなれば、真の意味で希望を失う。

 

 どうにかして、そらの下へ行ければ、回復できるかも知れない。

 

 だが、一対一の状況で挽回の余地はない。

 シオンの把握しているホロメンの生存者は現在自分を含めて4名のみ。

 他は知らない。

 しかも、シオンとそらは数分の命。

 

「ここじゃ、流石に……」

 

 自分の魔法もほぼ封じられ、本領発揮できない。

 どちらにせよ、魔力不足なため、本領を発揮する時は自分も死ぬが。

 

 でも…………もし、誰か……誰か生きているのなら。

 もし、崩れた塔の瓦礫の中に、動ける誰かがいるのなら、出て来てくれ。

 もう縋るものは、藁でもなんでもいい。

 

「ッゥ――生きてるなら……! 誰か生きてるなら――! 起ーーきーーろーーッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 最後の体力を、発声に振り絞った。

 声は世界に広がり、やがて風に攫われていく。

 何一つ、返事はない。

 

 バリアが、壊れる――

 

 ビリッ――。

 

 …………がらがら、がら。

 

 シオンの咆哮が、弾ける紫電が、瓦礫を揺らし、少し崩れた。

 

「「「うぉぉぉぉぁぁぁぁぁーーーーーーーーー‼︎」」」

 

 咆哮が咆哮を呼び、更に瓦礫が倒壊する。

 そして――ドカンと、全方位に瓦礫が弾け、中から3人の影が飛び出した。

 

「夢桜」

 

 桜吹雪が舞い散って、魔王とシオンの視界が桃色に染まる。

 

「「雪灯籠」」

 

 次の瞬間――熱気と冷気の衝突で、大爆発が発生した。

 

 大地を震撼させ、熱気と冷気が爆風に乗って肌を撫でるので、触覚が麻痺しそうになる。

 

「ぅああー! なんか、生きてた、にぇ‼︎」

 

 全身血塗れのみこが、シオンを抱えて立っていた。

 その血は、自身のものと他人のものが入り混じっている。

 そのみこの前に、シュタッと着地した2人。

 爆破を起こした冷気と熱気の達人。

 

「敵に救われるなんて、恥もいいとこよ!」

 

 1人はラミィ。

 瓦礫から汚れをもらってはいるが、大した怪我をしていない。

 システマーが力を封じるために生成したボックスが、倒壊の衝撃から守ったのだ。

 

「マリン、マジで救世主!」

 

 もう1人はフレア。

 頭や肩から血を流し、ドロドロの状態。

 マリンの危機察知共有により最大の危険から逃れた。

 残念ながらマリン本人は身体面から避けきれず、ゲームオーバーに至った。

 

「みんな……」

「シオンたん、だいじょぶ?」

 

 3人の登場に感銘を受け、涙が込み上げる。

 みこの緩い声が、シオンに安心感を与える。

 込み上げた涙は堪え、シオンはもう一度力を振り絞る。

 

「シオン、そら先輩んとこに行く!」

「そらちゃん?」

「うん、みんなは残りの幹部をどうにかしてほしい!」

 

 爆煙が立ち込める今の内に、作戦会議。

 いや、段取りの指示。

 

「分かんないけど、分かりました」

「残りの幹部って?」

「武闘家! そいつは残ってるはず」

「剣士も見てないにぇ」

 

 ラミィとみこから上がる残りの幹部の名称。

 

「おいおい、愉しそうなこと考えてんじゃないの……そう言うのに俺も混ぜなさいっての」

 

 爆煙を片腕で振り払って、巨大な魔王が4人に立ち塞がる。

 そうだ、何をするにしても目先の強敵をどうにかしないと。

 

「もう残り人数も少ない、あたしがなんとかするから、3人は行って」

「「「任せた!」」」

「長くは止められんからね」

 

 フレアが1人応戦に出た。

 シオンはすいせいの後を追って中央の密林に飛び込む。

 ラミィとみこは、記憶を辿り、残りの幹部の向かった先――右ルート、森の道へ駆けて行く。

 

「粒揃いだよな、ホントによ」

「そっちこそ、随分と堅いメンバーじゃん」

「おお、俺たちのこと知ってんのか?」

「リアルは知らん。ただ、すごい奴ってのは分かる。現実だと、こっちのステータスより強いんじゃないの?」

「まあな、今はデバフ食ってるようなもんだ」

 

 マリンの視覚共有から分かった情報。

 それは、敵5人もホロメンと同様にゲーム参加者であると言うこと。

 様子から察するに、死のリスクは背負っていない。

 

「誰に雇われたんだよ」

「それはトップシークレットだからな。今度リアルで会う機会があれば、教えてあげようじゃないの」

「それはごめんだね」

「いやまあ、拒否られても多分会うけどさ」

 

 不可解な予言にフレアは眉を顰めた。

 血が眉間に集まった。

 

「さて、じゃあ始める前に勇敢な英雄にアドバイスだ」

「――?」

「一発でも喰らったら死ぬと思っとけよ」

 

 言葉を置き去りに、魔王が飛び出した。

 まるで音速と錯覚する程の速度で迫る拳。

 危機察知無しでは到底回避できない。

 炎の鎧を纏い装甲を厚くする。

 

「ぐぃぁ――‼︎」

 

 腹部へ打撃が直撃。

 フレアも呻き声と漏れ出る涙、血を置き去りに、後方へ何メートルも押し飛ばされた。

 フレアの通った形跡として、血の筋が地面に生まれる。

 

「初撃から諸に喰らってんじゃねぇかよ……」

 

 話にならねぇと、落胆した様相で重たいため息をついた。

 闇に蝕まれれば、どんな強者も数分で命を落とす結果となる。

 

「ぶぼっ――ゴッ、ぉ、ァッ、ぐふ……ごほっ、ォォォェ……」

 

 一撃が重すぎる。

 頭から再出血し、加えて鼻血が噴き出る。

 そして、大量に吐血する始末。

 激しく嘔吐いて、込み上げる血を吐き出した。

 頭が少し、ボーッとする…………。

 

「お? なんだ、効いてないじゃないの」

 

 第三者から見れば、挑発に聞こえる一言。

 フレアは、苦く笑った。

 

 そう、今の一撃を喰らって、多大なダメージこそ受けたが、闇のなんたらを防いだ。

 手段は覚えたての物。

 

「メモメモ、メモしろよ!」

 

 魔王が大声を上げた。

 支配人? いや違う――。

 リアルのコイツの親玉にだ。

 

「序でに……あっ、あだし、が、焼き払って……やる、って、メモっときな」

 

 窮地に瀕しても、フレアは不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。

 諦めたくないと言う気持ちが湧き上がって、奮い立たせてくれる。

 ねねの不屈とは違う。

 

「ビュンビュン――!」

 

 魔王が瞬足に乗る。

 敢えて正面から、フレアの顔面を狙って拳を放つ――ふりをした。

 眼前で、拳が停止すると、物凄い風圧に後退させられた。

 

「目だなぁ……?」

 

 フレアの青白く光る目を睨んでほくそ笑む。

 解明の一手か。

 

「その青い瞳の炎が、俺の力を消したってわけか」

「くっ――――」

 

 顔を近づけて煽ると、一度距離を取る。

 

「システマーも負けるわけよ」

 

 魔法でもない、ゲーム内の力を消すスキル。

 それはつまり、あらゆるスキルを破壊するスキル。

 でもそれだと、原理が解明できない。

 そもそもスキルとは潜在能力。

 それを、見る事で封じるなんて、ただのスキルではない。

 

「でもそれじゃあ、俺には勝てん。なんせ俺の速度は、ただのハイレベルな身体能力だからな!」

 

 また視界から消えた。

 フレアは炎の鎧を纏い防御力を上げ、腹筋に力を入れた。

 そして瞳を青白く発光させる。

 完全な防御体制。

 

 と、見せかけて――

 

「業火の槍跈(そうでん)

 

 フレアを囲うように、地面から炎槍が天に突き上がる。

 魔王の動きを予測して、丁度重なるタイミングを狙ったが、どこにも見当たらない。掠ってすらいないようだ。

 

「危ないことすんなぁ、まぁ、効かねぇんだけどよ?」

 

 付近から声がした。

 その声は全方位から聞こえる。

 動きながら喋ってやがる!

 

 刹那――炎槍を素手で叩き潰してフレアの脇腹に拳を打ち込んだ。

 

「うぶっ――」

 

 何度も地を跳ねて、血を撥ねて、フレアが転がる。

 魔王は瞬間前までフレアのいた場所に立っていた。

 

「まだ…………どぢゅぅだ……ぁ!」

「――?」

 

 意識と無意識の境界線で、フレアは血を吐きながら声を上げた。

 先程の技はまだ途中。

 脳を意識的に動かして、技の続きを放つ。

 

「――――」

 

 ゴォぉぉぉぉ……。

 

 と、炎槍が形成した円――そう、魔王の足元から激しい豪炎の柱が立つ。

 燃えて灰になれ、魔王。

 仕上げに爆発も起きる……。

 

「やめてくれ、暑いのは嫌いなのよ、俺ぁよぉ」

 

 炎柱の中から魔王が歩いて出て来た。

 燃え移った火が、メラメラと魔王を焼く――が、焼けない。

 暑さを感じてはいるが、その熱が身を焦がすことはない。

 

「因みに寒いのも嫌いだ」

 

 要らぬ情報まで付け足して、魔王は悠々とフレアに歩み寄る。

 這いつくばって、フレアは頭を上げた。

 両手を地面につくと、その両腕が激しく痙攣する。

 視界は血で染まり、焼ける血の匂いが鼻を突き刺す。

 

 それでも、また、立ち上がる。

 

「さ、フィナーレだ」

 

 殴る蹴るの暴力が嵐のように吹き荒ぶ。

 もう無理だ……。

 

 顔面も、腹も、脚も、腕も、全身が殴られて、腫れ上がって、痛い。

 アイドルにしていい仕打ちじゃない。

 

 野郎……アイドルに対して、何てことを……。

 

 あぁ……クッソいてぇ……。

 マジで死ぬ……。

 今日、何度目だ、死を覚悟したのは……。

 目玉に心臓撃ち抜かれた時。システマーとの戦闘中。塔の崩落に巻き込まれた時。そして魔王に殴られる今。

 不知火フレアって、しぶといな……。

 

 アタシって……なんだ?

 幾ら何でも、生命力高すぎないか?

 青い目は、なんだ?

 不屈よりも不屈をしているこの奇妙な感覚。

 

 でも、これ以上は流石に……ムリ……。

 

 血飛沫が上がり、フレアの意識は飛んでいく。

 ぴたりと嵐が止んだ。

 殴り終えた魔王が、一息ついた束の間。

 フレアは勢いのまま背後に倒れる――

 

 イヤまだだ‼︎

 ずざっ、と脚に力を込め、踏みとどまる。

 

 倒れかけた上体を起こして、ふらつく足を力ませる。

 

「――――」

 

 魔王は無言で飛んできた。

 黙ったまま、殴り続ける……。

 殴られ続ける……。

 何度も痛いが繰り返される。

 それでも決して、意識だけは手放さない。

 身体がどう壊れても、意識だけは残せ。

 本能のまま、生きる術として。

 

 痛すぎて死にそうだ。でも生きてる。

 もう死んだ? いや、生きてる。

 

「すげぇ――! 立ち所に再生してる――いや、違うな。無かったことになってんのか?」

 

 嬉々と口元を綻ばせ、魔王が見解を口にする。

 フレアのスキルを前にして、初めて目が光る。

 このゲームを始めて、漸く強敵を見つけた喜び。

 

「ゲームみたいな、『セーブ&ロード』ってとこか?」

 

 拳が衝突する音がうるさい。

 そのうるさい音に紛れて、魔王が何か言っている。

 セーブ&ロード?

 何言ってんだ?

 意識はずっと継続している。やり直しではない、と思う。

 ってか、考える余裕、ねぇ……。

 

 イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ。

 

「スキルなら、意識を刈り取れば殺せるんだろ? でも折角だ、この機会に限界を教えろよ!」

 

 打撃の速度が増す。

 スキルを何度も使用できるはずがない。

 何回目でロードが終わるのかを試すつもりだ。

 リロード?しているため、一撃でノックアウト出来なければ、殴る前に戻される。だから、フレアを倒すには一撃で意識を刈り取る威力を放つ必要がある。

 魔王はそれが可能だが、そんなつまらない事、絶対にしない。

 

(あぁークッソ……! 折角耐えてんのに……反撃できない……! 悔しい……!!! 時間を稼ぐって、こんな事しか出来ねぇのか……! あたしは、まだ弱い……! 今はただ、サンドバッグになる事でしか……役に立てない!)

 

 殴られながら、強く歯軋りすると歯が砕けた。

 激痛が走り、リロード?が起こる。

 これだけ何度も激しく痛覚が刺激されれば、次第に全神経が麻痺し始める。

 痛すぎて、痛くない。

 痛すぎてもう死にたい。

 死にたくなる。

 

 ダメだ、死ぬな!

 痛い、痛すぎる。

 ダメだ、皆が繋いだ命と時間だ!

 痛い、痛すぎる。

 

(せめて……そら先輩が……来る、まで……‼︎‼︎)

 

 

 フレアは幾らでも殴られた。

 

 

 

          *****

 

 

 

 森の中へ逃げたすいせいとそら。

 爆音を聞いて、すいせいは涙を飲んだ。

 シオンがやられたと、誰もが錯覚するだろう。

 

「げほっ……ぅ……」

 

 そらがまた血反吐を吐き捨てた。

 苦しみは時間と共に増して、死へと近づいている実感が湧く。

 

「そらちゃん……」

 

 すいせいが奥歯を強く噛み締めて、そらの頬に軽く触れた。

 もう、既に冷たくなっている。

 血流が非常に悪く、脳にも真面に血が回っていない。

 だから、意識も朦朧としている。

 

 逃げたはいいが、この八方塞がりの状況を、どうにも出来ない。

 もどかしいとか、悔しいとか、そんな感情なんか無く、ただ純粋に、絶望。

 泣きたい気持ちでいっぱいだ。

 

 すいせいに、人を治癒する力があれば……!

 魔王と戦える力があれば……!

 シオンを生かす裁量があれば……!

 

「すい……ちゃ……」

「――! そらちゃん」

 

 小さな呼びかけに過敏に反応した。

 弱々しい腕をガシッと握って、ここに居ると伝える。

 

「託す、ょ…………」

 

 蜃気楼で視界がぼやけるような感覚。

 目が開き切っていない。

 瞼を上げる余力すらない。

 その上で、そらは手を掴み、唇を震わせる。

 

「ま……待って! あたしじゃ何も……っ!」

 

 腕を上げる事さえままならない。

 でも、そらは、腕を握り返した。

 最後の最後、残った全ての力を振り絞って――。

 思いと想いを託した。

 

「そら先輩!」

 

 突如シオンが飛んできた。

 密林の中を飛んできた為、全身切り傷だらけ。

 弾かれるようにすいせいが振り返る。

 

「シオン……!」

 

 生きてる⁉︎

 いや、でも、治せる!

 これなら助か――

 

 る、と淡い期待が胸の底から這い上がりかけた時、右手に掴んだ大切な物が消滅した。

 手元にも、その周辺にも、そらの姿はなかった。

 

「そ……んな……」

 

 すいせいが地に両手をついて、絶望した目で嘆いている。

 シオンは肩で息をしていて、声をかける気力もない様子だ。

 薄暗い森の中、2人に更に影が差す。

 

 すいせいの目から、涙が溢れた。

 

「なんで……! なんでだよ……!」

 

 地面に拳を打ちつける。

 後悔が心を支配して、痛みを感じない。

 

『あれれ? 随分と燻んだ心だね』

「――⁉︎」

 

 心の奥底から、脳を刺激するような声が響いた。

 ぐっと涙が堪えさせられる。

 強制的に絶望感を取り払われる。

 

「――⁉︎ シオン、なんか言った……?」

「――?」

 

 体を回して見下ろすシオンに尋ねるが、不思議そうに首を傾けた。

 

『キミは非常に優れた器だよ。ああ、今はあたしかな』

「なに……何これ! 誰だよ!」

『あたしはあたし、あたし自身。もう少し早く、キミに会えたら、キミが器になっていたかもしれないね』

「は……? うつわ?」

『さあ立って。感じるでしょ、託された想いを』

「なに、言って……」

『感じるでしょ、託された力を』

「想い……力……」

 

 そこまで勝手に喋ると、声は忽然と消えた。

 何だったんだろう、今の声は……。

 

「――⁉︎」

 

 突如、急激な眩暈に襲われた。

 折角立ち上がったのに、また蹲る。

 眩暈とは言ったが、頭痛などはない。

 ただ、脳や心に異物が紛れ込んだ感覚。

 否……異物なんて呼べる、悪い物じゃない。

 もっと、心温まる、安らげる……そんな異物。

 

 途端に漲る。

 すいせいの中に、不屈が宿る。

 

「この感じ……」

 

 ねねの不屈の力で心が堅固になった時に、似た感触を得たが、それよりももっと強度で硬度な何か。

 自分に天性の才が舞い降り、無限の力が溢れ出る。

 もっともっと力が漲り、自分が自分でなくなっていく。

 

 沸々と湧き上がる、様々な衝動に抗えなくなる。

 

「すいちゃん……?」

 

 シオンも肌と魔力、そして聖力で感じる。

 溢れ出る気配が、辺りに蔓延る怪物の域を遥かに超えている。

 しかもその気配、多色に混じり合っているが、どれも知っている。

 

「行こう――!」

「え、ちょっと!」

 

 駆け出すすいせいを追従する。

 でも追いつけない……体力不足か。

 

「――⁉︎」

 

 そのまま2人は、文字通り真っ直ぐに魔王の下へ向かった。

 

 どうやら、希望の芽はまだ生きている。

 

 



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105話 しょうたいむ

 

 フレアを広場に残し、右ルートへ向かった2名、みことラミィ。

 みこは血を、ラミィは汗を流して森の道を駆ける。

 ルートの先に、森林火災が見えた。

 周囲の木々も焦げ跡があり、今拡がり始めたのではなく、拡大していた物が沈静化し始めたのだと分かる。

 

「フレア先輩のこと考えると、2人で1人を相手している暇はないですけど、どうですか、みこ先輩」

 

 珍しい組み合わせだが、恥じらう感情など湧かない。

 これが初コラボ配信なら間違いなく緊張していた。

 

「ん、分かってる。みこは剣士の方なら何とかなるけど、ラミィたんは?」

「剣士は無理だから任せます。武闘家は見てないんでわかりませんけど」

「わがった。そいじゃ、出て来たら任せて進むにぇ」

「はい」

 

 みこが剣士を、ラミィが武闘家を。

 このマッチングは確定した。

 

 

 その後も2人は息を荒げて進み続け、炎上中の通路の間近まで迫った。

 

 すると、バチっと何かが弾けるような音が響く。

 来た――!

 

「天叢雲剣」

 

 みこが刀を現出させ、隣を走るラミィに軽くぶつかる。

 衝撃で転倒するラミィ。

 そのラミィが立っていた場所を、何かが通過しかけた。

 が、みこの刀に臆し、距離を取る。

 

「おぅおぅおぅおぅ! ビビってんにぇ!」

 

 剣先を、音のした方へ向け挑発した。

 その間にラミィは立ち上がり、迷わず先へ進む。

 

「どこを向いてるんです? 私はこっちですが」

 

 みこが向く方向から90度右方向。

 その先に剣士が現れた。

 ラミィは既に火の海に飛び込んでいた。

 

「んだよ、そっちか」

「結界ですか、考えましたね」

「えりぃ〜と、ですからにぇ」

 

 見えない敵の奇襲に備えて、常に結界を展開していたが、上手く作動したようだ。

 結界に触れたり、壊れたりすれば、必然みこに伝わる。

 

「ただそれは、逆説的に言えば、私が見えないという事」

「見えるやつの方が少にぇって」

「見えなければ、聖剣とて当たりはしません」

 

 結界の干渉から識別できるのは、精々攻撃方向程度。

 正確な居場所が計れなければ、物理攻撃など当たるはずがない。

 

「勝つ算段は立てられますか? もう残り人数も少ないですよ」

「斬る」

「……」

「みこだって、剣を振る練習、したんだぞ」

 

 ラヴと戦った時、初めて天叢雲剣を使用したが素人以下の剣術で、宝の持ち腐れだった。

 宝を宝たらしめるために、みこは多少の剣術を学んだ。

 あやめには遠く及ばないが、並程度まではその技術を体得した。

 

「普通で勝てるほど私は甘くありません」

 

 剣士がすっと剣を抜いた。

 その刀身を煌めかせ、剣先をみこに向ける。

 

 無鉄砲にコイツとぶつかったが、勝てる見込みはあまりない。

 力が強いとか、足が速いとか、化け物じみた身体能力ならなんとかなる。

 でも、見えない、と言うスキルが果てしなく厄介だ。

 天叢雲剣で透過されることなく斬る事ができるが、剣士の言う通り、みこは光を透過した剣士を視認できない。

 気配を消すのも非常に上手い。

 

 だから、見えるようにする。

 続いて、どう発展し、自分が成長できるか。

 その成長レベルで未来は変わる。

 

「さあ来いよ」

「では、遠慮なく」

 

 剣士が消える。

 本当に鬱陶しいスキル。

 だが、結界越しにみこたちを見つけたという事は、この状態でも目は見えている。

 視界を遮れば、動きは止まる。

 

桜颪(さくらおろし)

 

 突如目覚めた不思議な力。

 この桜の力は使える。

 

 あたり一面に桜が舞い散る。

 視界が桃色に染まり、敵からみこは見えないはずだ。

 今結界を張れば、気配まで消えて、敵はみこを捉えられない。

 だが、結界は張らない。

 桜舞うフィールドだからこそ、迎撃に出る。

 

 桜が川のように一団となり、規則的にヒラヒラと舞い続けている。

 舞い散る桜は美の頂点。

 清純、美。

 その中に紛れる不純を割り出せ。

 紛れる不純を斬り伏せろ。

 

「桜花、灯籠流し」

 

 ガキィン、と剣と剣が衝突し火花が散った。

 同時に周囲を流れ落ちていた桜も、風に煽られ散り散りになる。

 乱れた桜が空白を作っている。

 ――いや、桜の中に空白がいる。

 そう、規則正しくひらめく桜の流れの中に、何もない人型の空間が出来ている。

 それこそが剣士。

 黒一色の中に白があれば目立つように、剣士以外の透明に色を付ければ奴は必然形を持つ。

 なんせこの桜、透過できない。

 

(桜で自分自身の視界も閉ざされている筈……なぜ見える?)

 

 剣士は冷静に姿を消したまま数歩引いた。

 敢えて気配を消さなかったのは、攻撃を誘発して迎撃するため。

 安直に向かっても攻撃は当たらない。

 

(まさか、桜一枚一枚を通して知覚しているのか)

 

 みこは剣を構え直した。

 もう一度神経を研ぎ澄まし、見えない敵を探る。

 敵の全力を引き出させ、その上で自分がどこまでパワーアップできるのか。

 剣士はきっとまだ実力を隠している。

 

「私以外を染める事で私を形造る。実にいいアイディアです」

 

 感服ですと手を鳴らす。

 

「ですが、塗りが甘い。もっと広く塗りつぶしましょう。ワールドペイント」

「――――⁉︎ なんだにぇ、これ!」

 

 剣士とみこ以外の物質全てが桃色に変化していく。

 その色はみこが使う桜と完全に同色。

 一定範囲内のフィールドが桜に染まってしまう。

 

「すべての物質の光の透過を制御しました。今、この場にある全ての物は桃色以外の光を全て透過し、桃色だけを反射する」

 

 やはり、まだ隠していたか。

 しかしまさか、透過が全物質に適用できるとは……。

 みこの対策をそっくりそのまま対策返しされた。

 これでは桜で空白を作れない。

 桜の無い場所が桃色で、区別ができない。

 容易く看破されてしまった。

 

(でも――)

 

「そんな計算外は計算内。まだまだ行くど!」

 

 姿勢を屈めて、今度はみこから仕掛ける。

 が、その時――目前を何かが通過した。

 剣士じゃない、早過ぎる。

 周囲の桜が吹き飛ぶほどの早さ。

 桜の風流で規則的な舞を乱す瞬足が、桃色の地を駆け巡る。

 

「なんだ⁉︎」

「不届者」

 

 剣士も困惑している。

 姿を隠して、身を守る体制に切り替えた。

 

 バゴン。

 

「――⁉︎」

「っ――‼︎」

 

 神速で辺りを切り裂く何かから、大きな風圧が放たれ、一つの大木の幹を削る。

 超人的な身体能力に驚嘆するみこ。

 一方剣士は、透過で誰にも見えない中、冷や汗を流した。

 

(今、確実に私の居場所を捕らえていた……透過が無ければ今頃……)

 

 神速で見えないとは言え、姿形は存在する。

 瞳を何かがすり抜ければ、一瞬であろうと感じる。

 

 しゅたっ、とみこの真横で神速が停止した。

 

「みこみこ、さっきぶり〜」

「――⁉︎ ころにぇ!」

 

 どこからともなく現れるころね。

 システマーとの戦いでやられたと思ったが、生きていた。

 

「どうやって⁉︎」

「なにが?」

「いや、だからなんで生きてんの?」

「死んでろって事かぁ!」

「ちげぇよ!」

 

 何故そうなった。

 

「あのまま吹っ飛んで荒野まで行ったんだけど、空中で動かなくなったんよ」

「分かってんじゃにぇか……でも、そっか、丁度アイツのトラップに掛かって生きてたのか」

「んで、突然勢いのまま動き出して死ぬかと思ったけど、シオンちゃんがいたから助かった」

 

 豪運を発揮しての生還。

 でも、シオンに同行していなかった。

 つまり、みこたち同様に幹部を倒しに来たのか。

 

「ん、でもなら丁度良かった」

「こおねも丁度、盾が欲しかったとこよ」

「誰が盾だ!」

 

 まあ、何でもいいが、このコンビなら24時間でも戦える。

 

「2対1で?」

「おぅよ」

「そう言う事」

 

 ころねが拳を構え、みこが剣を構える。

 剣士も深呼吸で息を整え、剣先を天に向けた。

 

 いっつ、しょうたいむ。

 

「見たところ、ころにぇはアイツが何処にいるか分かるんだよにぇ?」

「みこみこは、アイツに攻撃が当たるんだよにぇ?」

「そうだけど、まにぇすんなゃ」

「――」

 

 みっころねの共有に眉を顰める剣士。

 

(攻撃は当たるが居場所がわからない巫女。攻撃は当たらないが居場所がわかる犬神。不運な事に重なるとまずい組み合わせですね……。ですが、2人のスキルを1人が使うなど不可能。まだまだ勝機は見出せますね)

 

 敵を分析し、自身の勝算とそこへの道を探る。

 

「じゃあみこみこ、合体技いこ」

「合体技?」

 

 初耳だ。

 みっころねに合体技なんてあるのか?

 みこはきょとんと首を傾げた。

 同時に剣の向きも傾く。

 

「合体?」

 

 剣士は不穏な単語に眉を寄せた。

 たった今計算した物が、全部没になるかもしれない。

 

「お体拝借いたしまぁ〜す」

「にぇ?」

「憑依神獣・犬神」

 

 残り少ない体力で神獣を召喚する。

 この犬神が、何故憑依神獣と呼ばれるのか、もう説明は不要だろう。

 そう、ころねとおかゆは妖怪族。

 そして妖怪には2種類ある。

 取り憑く妖怪と、取り憑かない妖怪。

 取り憑くと力を発揮する妖怪と、取り憑かずに力を発揮する妖怪。

 犬神は取り憑くタイプで、猫又は取り憑かないタイプ。

 因みに、おかゆの幻影は能力ではなく妖怪として生まれ持ったスキルである。

 

「憑依」

 

 犬神がみこの身体に憑依した。

 

「な、なんじゃこれ!」

「よぉし、いけ〜みこみこ〜」

「ぅぉ! 勝手に――!」

 

 ころねの号令で従順に動き出す。

 口は自在に動くが、体の自由は効かない。

 基本的に取り憑いても、その身体を操る事は叶わない。

 だが、もしみこがころねに全信頼を預けていればどうだろう?

 ホロメンの身体なら、ころねが操れるのかも知れない。

 

「憑依しても、身体能力やアビリティは憑依体に依存する筈ですが」

「基本はにぇ〜! でも、犬神が取り憑いてるから、5感はこぉねと同じなんだよにぇ〜」

 

 まるでころねにみこが乗り移ったような語尾。

 別に乗り移ってないが。

 

「つまり、もう分かるでしょ?」

「――」

 

 もはや透過は無意味。

 剣士は実体化したまま剣を構え直す。

 正面からはみこが迫る。

 

 一閃――剣と剣が交差する。

 

「力は申し分にぇな」

「そのようで……」

 

 剣士にパワーは無かった。

 そのトリッキーな力で攪乱していたが、パワー勝負に持ち込めば、みこでも対等に戦える。

 

「ですが私よりも、相当深傷ですね。保ちますか?」

「おめぇを倒すまではな!」

 

 広場では早々に突破したが、その後の目玉、システマー戦から塔の崩落を経てここまで来た。

 その間に負った傷は数知れず、また一部は身体能力低下に大きく影響する。

 

 キン、カキン、カン、カン――カカカカかカカッ――!

 犬神が身体を操ってはいるが、身体能力はみこの物。

 ころねは想像以上の剣術に唖然としていた。

 

 体術すらままならなかったみこが、剣技だなんて。

 

 皆が皆、成長していく。

 次から次へと覚醒の大連鎖。

 やはり奇跡はとめどなく。

 

「桜花・丁字」

「フェンシンジェット」

 

 剣撃がすれ違う。

 お互いを擦り、両者傷を与える。

 

「桜花・枝垂れ」

「つゆさばき」

 

 閃光の乱れ打ちが衝突を重ね、金属の擦れ合う甲高い音が響く。

 桃色の世界に紛れて、火花が散る。

 

「桜花・陽光」

「月下宝刀、月明り」

 

 煌めく閃光の如き刃が、桃色の世界で瞬く。

 まるで瞳を焦がすよう。

 

 鋭利な刃物が頬を引き裂き、脇腹を擦り、空を駆け巡る。

 これが剣士の戦い。

 

「…………」

 

 この場にころねが来なければ、みこはここまで善戦できなかった。その自覚はある。あるのだが……。

 

「――」

 

 やっぱ、クソ悔しい――‼︎

 憑依したらお役御免でただの傍観者?

 くだらねぇ、だらしねぇ、ありえねぇ。

 何か……何でもいい……勝率を僅かにでも上げる策はないか。

 何かいい案は。

 知恵を振り絞れ――。

 

「――‼︎」

 

 そうだ! 当てれる!

 

 ころねは飛び出した。

 誰の目にも止まらぬ速度で桃の大地を駆ける。

 竜巻でも起こすかのような勢いで移動を続ける。

 そのころねを意識の端に置きながら、剣士はみこと剣筋を見せ合う。

 

 桜が舞い散る。

 

「――」

 

 桜舞う舞踏会。

 この桜フィールドの上で、繰り広げられる熾烈な剣撃勝負。

 撃ち合い、斬り合い、削り合い。

 血を流し、汗を流し、全体力を流し出して。

 

「――!」

 

 剣士の視界の端から、神速が飛び掛かる。

 みこの剣を捌いたタイミングを狙った一撃を、剣士は直感一つで紙一重の防御に出る。

 

 ガンッ、と剣が鈍い音を立てた。

 衝撃と風圧が剣士を後方へ吹き飛ばす。

 

 神速のころねから放たれる「しばきあげパンチング」の威力は一級品。

 反動で全身が痙攣するほどに振動。

 

「くっ――桜を……」

「これならこぉねも、殴れるわけよな」

 

 透過されない桜を隔てて殴れば、ころねの拳は当たる。

 みこの剣も当たる。

 2人とも敵が見える。

 

「「さあ、ゆびやきの時間、だでな[にぇ]」」

 

 そこからは、1対2でみっころね優勢の攻防が続く。

 続いていたが、予定通りに事は進まず、みこところねの体力の限界が少し早めに訪れた。

 

「ぅっぷ……うう……」

 

 激しい運動で傷口から大量の血を流したみこは、意識が朦朧とし始め、吐き気を催すようになる。

 吐血し、一度膝を曲げて這いつくばった。

 連戦の疲労が最高潮に達した。

 

「みこみこ……!」

 

 ころねも、傷こそ無いが憑依神獣を使い、自身もフルパワーで疾駆し、自慢の体力も底を尽きてきた。

 口数が減り、心拍数と呼吸数は増える。

 

 そんな好機を、剣士は逃さない。

 ルールや規則、縛りなど忘れて、闘争本能剥き出しに剣を振るった。

 

 キィン――。

 

「ぅっぐ……ぐぐ……」

 

 天叢雲剣を弱々しく持ち上げ、何とか受け止める、が次第に押される。

 気が付けば、桜花も舞を止め、世界は元の色を吹き返していた。

 ころねの攻撃も、これでは貫通する。

 神具や神器はみこ以外は使えない。

 剣をころねに譲渡する事はできない。

 

「ぐ、ぐぐぐんぬぬぬ……」

「こんっの!」

 

 抗うみこの傍を通り、ころねが拳を撃つ。

 しかし、顔面を狙った拳はその顔をすり抜ける。

 

 そのまま剣士の力はみこを凌ぎ切り――

 グザッ――

 

「ん゛に゛ゃア゛アアアァァァ‼︎」

 

 最後の最後、みこは身体を捻って切断ではなく串刺しとなる道を選ぶ。

 ビームを喰らった位置とは別の場所に、剣が1突き。

 身体を貫通して剣先が背中から生え出る。

 剣は血で纏われ、残虐性を見せる。

 

 痛い、熱い、死ぬ。

 痛い、熱い、死ぬ。

 痛い、熱い、死ぬ。

 痛い、熱い、死ぬ。痛い、熱い、死ぬ。痛い、熱い、死ぬ。痛い、熱い、死ぬ。痛い、熱い、死ぬ。痛い、熱い、死ぬ。痛い、熱い、死ぬ。

 

「みこみこ‼︎」

「んにゃぁぁぁぁ!」

 

 ころねが飛び出す……直前、死の淵に立つみこは激痛を耐え忍び、右手で腹に刺さった剣を掴む。

 

「――⁉︎」

 

 腹が痛すぎて、手の痛みはもはや感じない。

 神経が麻痺している事が幸いした。

 刀はみこの手を透過しない。いや、剣士が瞳孔を広げているから、透過できないんだ。

 

「でゃぁ!」

「ぐっ……っ! しまった!」

 

 剣を握り締めて、みこは剣士の腹部にまっすぐ蹴り込んだ。

 いつもより脚を上げたら、股関節が割れそうだった。

 でも、痛みを我慢した甲斐あって、剣士を後方に弾く事に成功。

 しかも、剣はみこの腹に刺さったまま。

 

「いげぇ゛っ゛、うぶぅぇっ――ころにぇえ‼︎」

「――‼︎」

 

 みこの最期に桜が舞い散る。

 敵が剣という脅威を手放した今、ここはころねの独壇場。

 キメろ、いつものワンパン宣言を。

 

「ッッッッォラよォッ!」

 

 しばきあげパンチングが炸裂。

 

「うぼっ――‼︎‼︎」

 

 透過できない桜に殴られ、剣士は時速100キロを超えて背後の木に激突。

 ころねの拳はいつだってワンパン。但し、直撃に限る。

 

 たった一撃で、剣士をK.O.させた。

 

「みこみこ! 大丈夫⁉︎」

「だい、じょ……ばにぇ……けどぉ……ぉオ゛ぇ……」

 

 大量に流血し、吐血しながらみこが立ち上がる。

 必死に踏ん張り、最後を引き延ばす。

 

 剣一本を貫通させたまま、よたよたと千鳥足で剣士に歩み寄る。

 今剣を抜いたら、血が噴出して、歩けない自信があった。

 

「み、みこみこ……?」

 

 当惑するころねも他所に、みこは更に剣士と距離を詰め、やがてその前に立った。

 すると、腹から生える剣の柄をグッと握る。

 グ、ぐぐぐ……。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ‼︎」

 

 全身全霊を持って引き抜く。

 真っ直ぐ引き抜けず、傷口を抉るように広げてしまうが、どうせ死ぬなら構わない。

 腹から抜剣し、大量の血飛沫を撒き散らす。

 

「うァァアアアアア!」

 

 その剣を、剣士にお返しする。

 グジャっ――。

 

「ゔゔっ……ぅ……ぅぁ………………」

 

 剣士の心臓に、躊躇なく剣を突き立て残った命を絶つ。

 2人の目の前で、剣士は塵となって風に消えていった……。

 

 剣士、脱落。

 

 そして――

 バタッ、と、みこもまたその場に倒れ込む。

 じわじわと血の池が広がり、やがてころねの足元にも血が流れ着き――。

 

 そのままみこもゲームオーバーとなった。

 

 



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106話 炎天下の月夜

 

 炎上する森の道。

 そこへ果敢に飛び込んだラミィは、冷気を放ちながら体温を調整する。

 敵を発見するまで走り続けた。

 

 そして……

 

「あぁ⁉︎」

 

 火の中から1人の男性が現れた。

 相手は早々に人相悪くメンチを切ってきたが、誤認だと気づくなり固い表情を解いた。

 

「なんだ、またアイツかと思ったよ、紛らわしいな」

「アイツ?」

「さっきまでずっと突っかかって来てた奴がいたんだよ。焼いても、蹴り飛ばしても、しつこく追ってくるもんでイラついてたんだ」

 

 …………だれ?

 分からない。

 

「そんな事より、丁度別の相手を探してたとこだ」

「――。ラミィでいい? 秒殺しちゃうよ」

「自信過剰だなあ。出来るなら構わんけど、多分無理だぜ?」

 

 メラメラと燃え盛る周囲の木々。

 通路にも火の手が回っている。

 この武闘家の付近は絶え間なく燃え続けているようだ。

 ぼたんの証言から、これは「発火」のスキルである。

 要注意は炎そのものではなく、エンジンだな。

 ラミィの広範囲制圧攻撃も、エンジンで逃げられては体力の無駄遣いに終わる。

 

 さあ、分析も済んだ。

 ラミィは早速右半身から特大の冷気を放射し始める。

 

「おぉおぉ、すげえ冷気だこと。絶対零度?」

「それは無理でしょ」

「はは、そうだよな。高温に比べて、低音は限界があるから弱いよな」

「そんなこと言ってると足掬っちゃうよ」

「掬われりゃせんけど、滑りそうだな」

 

 馬鹿げた言い合いで準備時間を潰す。

 さて、そろそろ――

 

 がさがさ……

 

「――⁉︎」

「……?」

 

 燃える茂みから音がした。

 武闘家が機敏に反応する。

 

 がさがさ、がさ……ずざ……

 

 音は止まない。

 何らかの生命体が迫って来る!

 

 その人は、燃え盛る茂みから、文字通り全身を焦がしながら現れた。

 

「――――」

 

 ラミィは驚愕のあまり声も出せなかった。

 その姿に戦慄する。

 全身が震える。

 あり得ない……。

 

「チッ、何なんだよお前、マジで――! どうやったら死ぬだよ! 不死身か、残機無限にあんのか⁉︎ あぁ⁉︎ しつけぇんだよ! いい加減くたばれよこのクソウサギ‼︎」

 

 ラミィの瞳に映る焼身人間――。

 全身を炎が纏って、苦しい筈だ。

 生きているのが不思議なほど。

 でも、その人は生きてここにいる。

 耳の概形が残っている、分かる――この人が誰なのか……。

 

(まさか…………アレからずっと、ひとりで……)

 

 受けた衝撃は感銘であり、悲嘆であり……。

 

「ぺこら先輩‼︎」

 

 咄嗟に叫んだ。

 ぼたんの証言では、トワと共に倒れた筈だが、生きて、今までずっと、この武闘家を足止めしていたんだ。

 

「ぁ…………ゃ……」

 

 喉が焼けて声も出せていない。

 でも……。

 

「…………」

「――⁉︎」

 

 笑った。

 至近距離でも顔が識別できないが、確かに笑った。

 その姿にまた、涙ぐむ。

 

「ありがとう……ぺこら先輩」

 

 仲間を見て安心したのか、ぺこらはその場で倒れ込んだ。

 

「……チッ、クソが」

「エルフの一撃――」

「――⁉︎ いきなりかよ!」

 

 予備動作は完了している。

 ぺこらの登場で敵の意識が逸れた。

 この好機を逃さない。

 

「――雪夜月」

 

 凍てつく雪夜のように。

 太陽の光が届かない、月夜のように。

 それはまさしく、光を無くした地球のように。

 氷河期を呼び起こす。

 

 刹那――

 

 ラミィを中心に、半径数メートルが氷に包まれた。

 ラミィから放たれる冷気が地を介して、接触する範囲内の全てを覆い尽くす。

 

「っぶねぇ――!」

 

 武闘家はエンジン発火で宙へ逃げ、間一髪回避。

 

「っ――」

「早まったな」

 

 隙をついた一撃必殺が失敗に終わる。

 エルフの一撃は火力こそ絶大だが、後の反動や大幅な体力の消耗など、リスクは大きい。

 ラミィの場合、反動の凍傷による機動力低下と体力の大幅な消耗のダブルリスク。

 

 エルフの一撃が諸刃の剣である事は周知の事実。それを見兼ねて、武闘家は早急に間合いを詰める。

 一度エルフの一撃を放ったとは言え、精霊術師(エルフ)との長期戦は悪手。

 速攻で勝負を付けにいく。

 

 エンジンでスピードの上がった武闘家の動きは、鈍ったラミィにとって脅威。

 小さな爆発が至る所で発生するが、武道家本体を捉えられない。

 煌めく夜空のような光景に動揺していると、脇腹へ強烈な蹴りが撃ち込まれた。

 

「い゛っ――」

 

 氷を緩衝材にして威力を抑えるも、高くない硬度。

 氷は粉砕され、蹴りもラミィに命中した。

 軽く地を滑りつつ、相手の脚を何とか掴もうと腕を伸ばした。

 右の脇腹に電撃が走るような痛みが発生する。

 

「あぁもう!」

 

 伸ばした右手は空を掴む。

 即座に距離を取られた。流石に戦闘慣れしている。

 

 また爆発が空間内で犇き、ラミィを惑わせる。

 そして蹴り。

 また爆発、蹴り、爆発、蹴り……。

 

「凍傷でまともに体が動かねえ癖して、反射神経はいいな」

 

 蹴りの尽くを氷で威力軽減する反射神経の鋭さを称賛する。

 でも、防戦一方では永遠に勝てない。

 どうにか……。

 

 また蹴りが来る。

 どこから来るか予測……できるはずもない。

 

 風を切り、蹴りが迫る気配を感じる。

 その付近の肌にまた氷を生成して緩衝材に――

 

「…………!」

「っ――⁉︎」

「てめっ――また……!」

 

 ラミィと武闘家の間に、倒れたはずのぺこらが割り込んできた。

 武闘家の足をぺこらの蹴りが弾いて、地面に衝突させる。

 2人に動揺が走る。

 感激と憤慨。

 

 涙をグッと堪えたが、ラミィの目元には凍った雫が煌めき続けている。

 

 パシっ、とこの最後の隙をついて武闘家の脚を掴んだ。

 ぺこらは勢いのまま地面に顔面から倒れ込み、動かなくなる。

 

「離せよ、オラ!」

 

 掴んだ脚から発火してエンジンをかけつつラミィを攻撃する。

 全身に軽い爆発と熱を感じるが、ぺこらに比べれば屁のかっぱ。

 

「ええい、観念しな!」

 

 全てを振り払う。

 

 騙されている事に、まだ気付いていない。

 思いもしないでしょう?

 エルフの一撃と、その技名を口にした。

 一度も見たことがない技なら、錯覚しても不思議はない。

 咄嗟の嘘で作り上げる保険が効いた。

 敵の言葉を信じた、あなたの負けだ。

 

「エルフの一撃――」

「――⁉︎」

 

 口を開けば信じ難い単語が。

 武闘家は最大出力で火を起こす。

 しかし、発火した瞬間に中和されるほどの冷気。

 先ほどの攻撃よりも、遥かに温度は低い。

 

「――雪夜月」

「有りぇ――――」

 

 世界が凍った。

 武闘家も、土地も、草木も、そこに寝ていたぺこらさえも――。

 氷が全てを飲み込んだ。

 

(これはゲーム、これはゲーム、これはゲーム、これはゲーム――!)

 

 ラミィは自分に言い聞かせる。

 そして右腕を大きく振るって――

 

「やあぁぁ――!」

 

 パリィーん……。

 

 ――凍った武闘家が大きく5、6片ほどに砕け、消えていった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 全身の震えが止まらないし、呼吸も荒々しくなる。

 寒すぎる……。

 寒すぎて、目眩が…………。

 足も、ふらつく…………。

 

 そんな揺蕩うような足取りで、ラミィは間近のぺこらの下へ歩んだ。

 がくがくと痙攣する足に鞭打って。

 

 辿り着くと、脱力して、凍ったぺこらに触れた。

 温かい…………。

 

「ぁぃ……とぅ……ざい、ま……ふぅ…………」

 

 唇も紫色になって、悴むから、言葉も真面に喋れない。

 寄りかかるように、ぺこらの上に倒れ込む。

 すると途端に眠気が襲ってきた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………」

 

 抗うこともできず、ラミィは静かに目を閉じた――。

 

 直後――ぺこらはその場から消え去ったのだった。

 

 



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107話 人間――協賛

 

 心の動くまま走る。

 木々が密集する隘路を走り抜ける。

 背後から、シオンが必死に追いかけて来ている。

 

 先頭を行く者――星街すいせい。

 彼女はこの密林の中の道なき道にも関わらず、傷ひとつなく、ただ真っ直ぐに走っている。

 ただただ、魔王の元を目指して。

 

(遅えんだよバカヤロウ)

 

 これだけの犠牲が出て、ようやっと火が付いた。

 これだけ嘆いて、漸く決意が漲った。

 力がなかったとは言え、愚かな事。

 無力でも抗うことを諦めない人間にのみ、奇跡の力は宿る。

 

 ありがとう――お前のおかげで立ち直ることが出来た。

 行くぞ、ねねち。

 

 

 

          *****

 

 

 

 鬱蒼と生い茂る密林地帯を抜け、広間へ戻ると、巨大な魔王が瓦礫の山に腰を下ろしていた。

 すいせいの再登場に過敏に反応し、頭を上げる。

 

「あの歌姫は、死んだんじゃねぇのか?」

 

 自分の手で終わらせた人間くらい、分かる。

 その恐ろしく忌々しい闇の力で彼女をゲームオーバーへと導いた。

 

 すいせいに続き、憔悴したシオンも草木をかき分けて飛び出す。

 全身切り傷だらけにして、激しく肩で息をする。

 

 すいせいは魔王の言葉を無視して周囲に他の人影を探す。

 

「――――」

 

 やはりいない。

 じゃあ、さっきの感覚は――。

 

「フレアは……どうした」

「分かってて聞くのか、そりゃナンセンスだろうよ」

 

 魔王は重たい腰を上げる。

 すいせいとシオンの前に佇み、その巨体を見せつける。

 弱い人間は、ここで心挫かれ、戦意を失う。

 しかし、すいせいの中に宿った不屈が、心を奮起させ、逃げる事を許さない。

 シオンだって、どれだけ疲弊しても、もはや数分の命でも、抗うことをやめない。

 

「目つきの変わったサイコパス。最終決戦の前に少し話をしよう」

「――は? 何だよ急に――」

「いいから聞いとけ、損は無い」

 

 威圧を止めると、魔王はその場に腰を下ろした。

 威勢よく啖呵切ってここへ来たが、その戦意も削がれる自由っぷり。

 呆気に取られる。

 

「裏世界戦、アンタはジョーカーMとダイヤと戦ったな、仲間2人との共闘ではあるが」

「――⁉︎」

 

 すいせい以上に、シオンが目を鋭くした。

 何故知っている――。

 と言うか……あれ?

 

「お前たちって……人間?」

「ん? あぁ……そうか、海賊女だけか、知ってんのは」

 

 説明を端折ったが、独り言のようにそう呟き、また話題を変えずに続ける。

 

「それで、そん時、アンタは人形を使った。覚えてるか?」

「キショいなお前……覚えはあるけど」

 

 繊細に知りすぎではないか?

 どこから得た情報だ。

 

「神具は巫にのみ使える道具だ。それを何故アンタが使えたのか」

「――――」

「今は分かるだろ?」

 

 身体に流れる奇妙な感覚の正体は、つまり「そういう事」。

 

「アンタらは運良くここまで来た。奇跡的に覚醒の連鎖を起こすことで、苦難を乗り越えてきた――と思ってるか?」

「…………どう言う意味」

「偶然にしては出来過ぎだ。歌姫の存在の発覚から、短期間で不屈の覚醒。その他各メンバーの意識と能力の向上。更には今ここでアンタの――協賛の覚醒と来ている」

「協……賛……?」

 

 言葉の意味が分からない。

 偶然も奇跡も事実だ。

 協賛ってのも意味不明すぎる。

 

「魔法使いの方もタチ悪いのよ。薄々勘付いてんじゃないの?」

 

 シオンが眉を寄せた。

 

「じゃあ……」

「当たってると思うぞ、アンタの予想は」

「――何の話してんの」

 

 すいせいは自覚していなかった。

 新たに己の中に生まれた闘志と能力、そして侵入する何かを感じつつも、それの正体が判明していない。

 それをシオンは大方見抜いている。

 

「ゲームをクリアしたら、聞きな、ソイツと、上から見てる奴によ」

 

 上から見てる奴?

 ゲームマスターの事か?

 

「さ、話しはおしまいだ。決着をつけようか」

 

 一方的に始めて、一方的に切る。

 横暴だな。

 

「最後は正真正銘、全力で行かせてもらうからな」

 

 魔王が立ち上がった――瞬間姿が消える。

 そう錯覚する速度で風を切り、周囲を疾駆する。

 あの巨大からは想像もできない俊敏性、正しく魔王的。

 

 すいせいの目で追えない。

 シオンも立ち尽くすのみ。

 

 次の瞬間、巨大な拳がすいせいを襲った。

 目にも止まらぬ速度――。

 粉砕骨折する勢いで吹き飛ばされ、塔の残骸に直撃した。

 

「――すいちゃん!」

 

 飛び出そうとするシオンの前へ魔王が立ち塞がる。

 

「アンタは弱いな」

「――!」

「宝の持ち腐れだ、第6位」

 

 それを今言うか!

 クソ野郎……!

 

「――⁉︎」

 

 迫る拳を前に、手も足も動かせないでいたシオンの体を、何かが引き寄せた。

 赤い……糸?

 伸縮する糸に引かれ、シオンも瓦礫の側へと。

 

「痛い……治れ」

(もっと強く)

「な、お、れ!」

(そうじゃないよ、もっと優しく)

「文句が多い!」

「――?」

 

 すいせいが誰かと会話していた。

 

(いい? あたしの力は協賛。想いを受け継いで、繋いで、1つの大きな力にするの)

「だから――!」

(今使えたでしょ。望み方が違うの。もっと、仲間を思ってみて)

「仲間って」

(己がために使う力じゃない。その力は、人を救うための力)

「…………」

 

 すいせいは口を噤んで、仲間を想い浮かべた。

 パッと浮かんだのは、やはりちょこ先生。

 

「――っ」

 

 すいせいの、全身の傷が癒えた。

 

 よし、1発決めれば、あとは反復の練習だ。

 丁度いい相手もいる。

 

「シオンはここにいて」

「え――ちょっ――!」

 

 すいせいが一直線に魔王へ突撃する。

 軽い跳躍。

 着地の直前、足下に一つの星が生まれる。

 

「能力、スター彗星――」

 

 普通だ。

 これだけなら無鉄砲で無謀もいいところ。

 だが――シオンも魔王も、次の瞬間戦慄する。

 

「――×肉体強化×突進×不屈」

「「――⁉︎⁉︎」」

 

 すいせいは感覚で使っているが、シオンと魔王には魔力の循環まで見て取れる。

 使い過ぎだ。

 2つを合わせるだけでも負担が大きい。

 それを4つも――

 

「からの、現出『タロットNo.8』、タロットカード『STRENGTH』」

 

 否、追加で2つ。

 

「喰らえ――究極の一撃‼︎」

 

 すいせいが今発揮できる最大火力。

 正面から、魔王の顔面へのストレートパンチ――

 

 スカッ……

 

 ハズレ――

 

「追加で、捕捉!」

 

 外れたパンチが――いや、自分の身体全体が、あり得ない軌道修正を起こして拳が魔王にぶち当たる。

 

「うぉ……」

 

 ズダーン……と体勢を崩した魔王が大きく転倒した。

 

 効いてる……のか?

 確実にヒットしたし、いい感触もしたが、反応が何とも弱々しい。

 もっと大声あげて吹き飛ぶかと……。

 

 でも、これなら行け――

 

「ぶゔぅぉぇ………………ぇ?」

 

 突如、すいせいが大量の血反吐を吐いた。

 咄嗟に口元を手で覆う。

 その手を見れば、黒の手袋が真っ赤に染まるほどの血液量。

 

 途端に全身から脱力し、倦怠感が襲う。

 

「な……に、こ……!」

 

 蹌踉めく足を必死に張って、立ち続ける。

 鼻血が止まらない。

 血流が激しくなり、鼓動が破裂しそうなほど高鳴る。

 初めての体験。

 身体を……。

 

「――!」

 

 そうだ、身体を冷やそう……。

 

「――ダメだよすいちゃん! 逆効果だよ!」

 

 魔力の流れで未来を予知したシオンが警告する。

 あの流れはフブキが使う無錬金で雪を生み出す魔法だ。

 

 この吐血は唯の怪我でも発熱でもない。

 魔力消耗による負荷に耐えかねた人体が、警鐘を鳴らしている証拠。

 人体干渉でさえも、今は体に毒だ。

 

 覚醒したてであの重複魔法――当然の結果だ。

 だが……。

 

 この戦況を覆すには、すいせいに身体を張ってもらう他手は無い。

 でも、無策で飛び込んでは意味が無い。

 

「…………」

 

 シオンが知る限り、今の生存者は、ラミィ、ころね、みこ、すいせい、そして自分の計5名。

 すいせいが覚醒し、自力で魔法を制御可能となった今、シオンが他人の操作を行う必要性は最早無い。

 であれば、覚悟は決まる――。

 

「流石に効いた……ちょっといてぇ」

 

 魔王が頬を摩って悠々と起き上がる。

 随分と余裕そうだ。

 

(宝の持ち腐れだな、第6位)

「…………」

 

 宣告の言葉を想起する。

 

「…………」

 

 そうだよ。

 知ってるよ、自分が愚かな事くらい。

 いつも上から目線で、いつも保護者ヅラして、まるで仲間をこれっぽっちも信じていないみたいに……。

 自分は強い自覚がある。

 だからいつも、護らなければと格好つけていた。

 

 もう、いいんじゃないか?

 全てを自分で背負う必要なんてない。

 偶には仲間に自分を預けてみても、バチは当たらない。

 

「すいちゃん、今からシオンを生贄に黒魔術用の血をすいちゃんに直接錬金して移す」

「は――⁉︎ 生贄⁉︎」

「問答してる暇はない。今の魔力じゃすいちゃんは戦えないから、シオンを糧に勝利を掴んで」

「そんな――」

「大丈夫! シオンが考え改めるくらい、みんな強くなった。今のすいちゃんなら、アイツも倒せる!」

 

 過小評価も過大評価もない。

 ホロメンは仲間を慮り、いつも行動が後手に回っている。

 そろそろ仲間を信じ、今のホロライブの強さを自覚するべきだ。

 

「それに――みんな、ここにいる」

 

 シオンがすいせいの平たい胸を指さした。

 すいせいの中で幾多もの鼓動が鳴り響く。

 

 魔法陣が展開され、中央にシオンが立つ。

 眩く紫苑色に輝き、光に包まれ――

 

「全てを託すよ。勝ってこい、協賛の歌姫」

 

 シオンの消失と連動し、すいせいの中に膨大なエネルギーが流れ始める。

 

「本当の最終決戦、行くか」

「――――」

 

 すいせいは静かに瞳を閉じ、3秒ほどして、開く。

 

「ああ……孤独の魔王」

 

 



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108話 超越

 

「さあ来い協賛の歌姫‼︎」

「全力でお前をぶっ殺す‼︎」

 

 デスゲームもクライマックスを迎える。

 シオンが自らを犠牲とし、すいせいに力を授けた。

 これより、最終決戦が始まる。

 

 秒速約100m。

 視界から魔王が消えた。

 

 助けて狂人――

 

「蜘蛛の巣」

 

 すいせいの周囲を粘性の糸が覆う。

 やれる物ならやってみろ。

 

「大魔砲‼︎」

 

 7時の方向で魔王が動きを止め、口から特大の咆哮――をビーム化した砲撃を放つ。

 逃げれるような小規模攻撃ではない。

 

 手貸せや――

 

「神具・注連縄、超結界」

 

 すいせいを中心に球型の結界が展開。魔王の光線が決壊と衝突して激しい閃光と火花を撒き散らす。

 荒々しく空気を切り裂く光。

 やがて大魔砲は弾けるように消滅した。

 

 カモン、フレンド――

 

「能力、開拓」

 

 蜘蛛の巣を貫通してすいせいは魔王へ向かった駆け出す。

 

「大地震」

 

 魔王が一歩、力強く踏み込むと全世界が大激震。

 足場が震え、地割れが発生。地下水が噴き上がり、すいせいは地上に立てなくなる。

 

 頼む陽キャ――

 

「能力、浮遊」

 

 全身が軽くなる。

 こんな感覚なのか。

 そしてプラスで、スター彗星。

 星に跨る。

 浮遊を切り、魔王から一旦距離を取った。

 

「動くな!」

 

 すいせいは絶叫した。

 喉が枯れる程の声量で。

 

「――?」

 

 一瞬、痺れるように全身が身震いを起こす。

 が、魔王は意に介さず視線の高さにいるすいせいを狙い飛び出した。

 秒速約120m。

 

 Hey、道化師――

 

 すいせいの右手にメガホンが生まれる。

 メガホンを口元に当て、拡声のボタンを押しながら息を大きく吸う。

 

「『動くな‼︎‼︎‼︎‼︎』」

 

 刹那――秒速の動きが停止する。

 魔王の全身には、先ほどの小さな痺れから一転、脳にモスキート音が響くような身体機能の麻痺を感じる。

 腕も、脚も、頭も、口も、どこもかしこも動かない。

 

(誰の力だ……?)

 

 流星の如く、すいせいが魔王の下へ飛来する。

 気が付けば、メガホンから一本の刀に変わっていた。

 見覚えのある刀。それは、羅刹だ。

 更に肉体を強化して――

 

「鬼神一刀流、鬼門・閉」

 

 5秒にも満たない攻撃モーション。

 その隙に魔王の身体に掛かる呪縛が解けてしまう。

 しかし、半歩手遅れ。

 両腕で急所を覆うようなガードをするに留まる。

 

 ザシュッ、と初めての感触が刀から腕に伝う。

 刀で人を斬るとは、こんな感覚なのか。

 

「ぐっ――」

 

 可能ならクビでも切り落としたかった。

 だが、防御に阻まれては決定力に欠ける。

 読めない一撃分のダメージよりは、読める一撃を。

 即座に狙いを首や心臓からズラして、腹部へ。

 星の高度を急激に落とし、魔王の巨大な腹に横筋一閃。

 

 深めの傷を与え、腹部から出血させた。

 傷さえ与えればこっちのもんだ。

 後は外傷に触れればすいせいの勝ち。

 

 道化師、もう1発――

 

 手中にある刀がメガホンへ早戻り。

 口元に当て――

 

「うごっぉ――」

(…………は?)

 

 声ではない、生暖かい何かが口内から飛び出す。

 全身が一瞬火照ったかと思えば、見る見る血の気が引いていく……。

 

「っだ……盛り沢山な力だが……あー……かなり負荷が大きいんだな、協賛」

 

 腹に手を当て、傷の様子を確かめる。

 血も出たし、かなり深いが、致命傷ではない。

 まだ死なない。

 

「しかも、一部のスキルはコピーできないみたじゃないの」

 

 身体機能を利用したスキルなどはコピーできない。

 ころねの超人的なパワーや、マリンのオッドアイ、他にも精霊との対話を必須とする精霊術も扱えない。

 

「的がでかいと困るな」

 

 そう呟くと、魔王は元のサイズに戻る。

 

「っぱこっちだよな。しっくり来るよ」

 

 やはり、傷を与えても随分余裕そうだ。

 本気本気と言い続けて、まだ本気を出していない様子。

 こいつ、パラメーターの底が見えない。

 どれだけのスペックを隠しているんだ。

 

「大爆風!」

「――!」

 

 ガツンと拳を打ち鳴らし、全身を力ませる。

 直後、右腕を全身全霊で振るった。

 

 人の力とは思えない風圧が一直線に押し寄せ、全ての糸を吹き飛ばし、すいせいすらも吹っ飛ばす。

 

 口と鼻から血を撒き散らしながら飛ばされる。

 

 まずい……キング……

 

「コンフリクトアイス」

 

 雪の壁で自身をキャッチし、大きな衝撃を避ける。

 が、反動でまた出血が増える。

 心臓が苦しい。

 

「適合しない力を無理矢理導線引いて使ってんだから、そらそうなるわな」

 

 速い疲弊も当然だと、魔王は腕を広げた。

 そのまま正面で両手を叩き打ち鳴らす。

 バァァンッ、と轟音が轟いた。

 

 すいせいの口、鼻、耳から血が流れ出す。

 5感のうち3つが潰された。

 

(クッソ……)

「じっッ――ぶはっ――」

 

 言葉一つで殺せれば苦労はしないか……。

 更に吐血する。

 これ以上無駄に身体を壊すわけにはいかない……。

 遠距離戦闘は望めないか。

 

 すいせいが力強く地を蹴り、魔王へ特攻する。

 

「第6感ってのは5感あってこそ使える感覚なのよ。つっても、聞こえちゃいねぇんだろうけどさ」

 

 聴覚、嗅覚が効かない今、人の気配なんて感じれない。

 見失えば、最後――

 悟った時には、手遅れだった。

 

 魔王の姿が無い。

 妙な風を感じる……周囲を走っているのか。

 自分の位置を特定させない為に、円を描くように走り続けている。

 姿は見えないが、捕捉の能力でどっち方面に回っているかは分かる。

 きっと円の中心地から一点を狙い撃つことはできない。

 捕えるなら……

 

「蜘蛛の大釜」

 

 描く円の通り道に、糸のトラップを仕掛け、それを反対方向に回す。

 ぐるりと一周。

 でも掛からない。

 

「小物しか狙えんぞ、そんな網じゃあ――」

 

 刹那にも満たない時が過ぎ、魔王の拳がすいせいの背後を撃ち抜――

 

「能力・姫の威厳」

 

 撃ち抜けない。

 殴りたい、でも寸前で身体にブレーキが掛かる。

 

「……新手のテレパスか――」

 

 瞬時に能力のカラクリまで見抜き、魔王は距離を取る。

 ルーナの使う能力、『姫の威厳』。

 物理攻撃をさせない能力、だと数多の人間が勘違いする。

 正確には、攻撃が命中する寸前に、敵の脳に直接停止命令を下す、ある種のテレパシー。

 だから、遠距離攻撃や、人の手を離れた道具による攻撃は防げない。

 

 今だ、悪魔――

 

 すいせいは力強く拳を握り、背後に飛んだ。

 魔力酔いで平衡感覚が危ういが半回転。

 右手を真後ろの魔王に――放つ。

 

「ぉっ、と……」

 

 先刻負傷させた腹部を狙った一撃。

 普通の人間なら、屈めば顔面に、飛べば股間に当たる絶妙な位置。

 でも相手は普通とは無縁の怪物だ。

 その体躯をまるで軟体のように柔軟に逸らし、膝から上を地面と平行に。

 すいせいの拳は空を裂いて、無限大の風圧を巻き起こす。

 

 放たれた風圧は、勢力を保ったまま後方の瓦礫の山を粉砕して遥か彼方へと遠ざかってゆく。

 

「あんたの動きは、魔力の流れで基本的に予測できる。まだまだ甘いぞ」

 

 魔力を感知できてこそ一流。

 魔力を扱うだけは二流だ。

 

「そういう意味じゃ、あの海賊は魔力がねぇもんだから、動きが読めなくて厄介だな」

 

 と、魔力が無いことの利点を口にした。

 が、結局それも、今のすいせいには聞こえない。

 耳は人体干渉で治せるが、聴覚を取り戻す為に大きく体力を削るのは、勿体無い。

 

「この近距離じゃ外さねぇぞ」

 

 魔王が口をがらんと開く。

 口の奥底から、黒と白の混ざった光?が溢れ出し、口元に溜まる。

 それも僅か数秒で。

 流石にどうすることも出来ない――。

 

「大魔砲」

 

 特大ビームがすいせいの全身を焦がす。

 熱く冷たい。

 冷たくて焼けるのか、熱くて焼けるのか、分からない。

 全身が溶けるように痛い。

 全身に殴打されたような衝撃が駆け巡る。

 

 ………………。

 

 どさっ、と後方へ吹き飛んだ挙句、受け身もなく地に転がった。

 

「…………」

 

 意識がない。

 

「死んだか……?」

 

 魔王は神妙そうに顔を顰めた。

 生命体としての身体活動を感じ取れない。

 でも、これはゲームで、死んだら消滅する仕組みのはずだ。

 この場に存在し続ける限り、生きている証拠となる。

 生死の狭間で彷徨っているのかもしれない。

 

 どっちに転んでも……いや、生き返る、に転べばクソ面白い。

 魔王は様子を伺う。

 

「………………」

『あーあ……ダメだなぁ』

「………………」

『いい器なのに』

「………………」

『やっぱりあたしより、あの子なんだね』

「………………」

『でも今は、頑張ってくれないと』

「………………」

『ほら起きて、とびきりの力を貸してあげる』

「…………」

『正念場だよ』

「……」

『すいちゃん』

「――」

 

 

 天から眩い日からが降り注ぐ。

 陽光ではない、まるで天の光。

 すいせいの倒れた身体が、そのまま宙へ浮き始める。

 髪も、血も、肌も、全てが光を反射して、神々しさが増す。

 光がすいせいを抱擁し、まるですいせいが光を放っているように錯覚する。

 次第に輝きは増し、目は眩み、すいせいの姿が光に埋もれていく。

 

「なんだ……」

 

 光の塊の中から、はらはらと何枚かの羽が舞い落ちる。

 平和を象徴するかのような、白い羽。

 

 そして、まもなく光の中から翼が生まれた。

 

「おいおい……」

 

 真っ白に染まった二翼が太陽光と間近の発光を反射して煌めく。

 その羽はまるで天使のそれだ。

 

「プリキュアかよ……」

 

 次の瞬間――光が弾け、中からすいせいが現れた。

 服装が今までと違い、プリンセスのようで、それでいて戦闘を意識した機能性のある衣装。

 女児の憧れる女戦士のように。

 加えて目を見張るのは、突如生えた双翼。

 双翼は、すいせいから生えているように見えて、実際には背中と羽根にはほんの少し空間があった。

 分かりやすく言えば、アキロゼの髪のような感じだ。

 

「…………」

 

 全てを超越した歌姫が、この地球の一生に一度だけ、ただこの瞬間にだけ生まれた。

 

 



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109話 ゲームセット

 

 超越――。

 その言葉は、ある二つの存在に対して使用される。

 

 世界の種族分類を覚えているだろうか?

 天界が発祥の、巫、天使、天神。

 魔界が発祥の、鬼、アンデッド、悪魔、魔神。

 地上が発祥の、人、獣人、超獣人、魚人、エルフ、妖怪。

 

 天界の神、天神。魔界の神、魔神。

 この2種族は世界の中に指折りで数える程しか存在しない。

 しかし、その力や世界への影響力は絶大で、指一本で天地をひっくり返すほどの実力を持つ。

 そんな神格化された種族は、時に神をも越える力を発揮する事がある。

 それが超越。

 

 超越は神達が己を超えた時に起こす。

 4人の魔神と2人の天神のみが発動する、天災である。

 

 

 

          *****

 

 

 

「――あたし、何してたんだ?」

 

 目が醒めると、眩い世界が広がっていた。

 眩い光景の中に、1人の男が立っている。

 

「ああ、そっか」

 

 アイツを倒しに来たんだった。

 っつか、クソ眩しい。

 何がこんなに輝いてんだ?

 

「ああ、自分か」

 

 魔王の攻撃が直撃し、死にかけた。でも生きていた。

 これも「その内のひとつ」なのか。

 

「それが最終形態か? 乙女戦士してんのな」

 

 機動力のあるフリフリ衣装に身を包むすいせいを見上げ、魔王が苦笑した。

 

「ごめんけど、お前を倒すのが目的だから、喋る暇ないみたいだわ」

 

 すいせいが大きく両手を広げた。

 右手に黒紫のエネルギー玉を、左手に白黄色のエネルギー玉を生み出す。

 反発する2つの力が、弾け合う。

 両立なんて不可能な、魔力と聖力だ。

 

 虚式みたいな攻撃手段。

 反発する2つの力を魔王に放った。

 暴発するエネルギー同士が互いを呑み込み、侵食し合い――無が生まれた。

 世界が真っ白に染まり、激しい耳鳴りが響く。

 更に、周囲の物体が、上下左右も分からない白世界の中、とある一点に引き寄せられる。

 

「ブラックホール?」

 

 技名が疑問系とは、実に異質。

 矛盾する言葉、白のブラックホール。

 全てを吸収する重力の塊が飲み込めない白の光。

 

「まだ早いってーの!」

 

 白い稲妻が発光する世界で、魔王はブラックホールを強く握り込んだ。

 右手で握り潰すように握力を強める。

 

「ぐぎ…………」

 

 ――――。

 

 世界に白以外の色が帰り、ブラックホールは姿を消した。

 すいせいは地上を見下ろす。

 魔王が右腕に大火傷を負って倒立していた。

 すいせいがその姿を発見すると同時に、魔王は平衡感覚を失い転倒する。

 

「どうなってんだ」

 

 物理法則なんて無視。これぞ神の所業。

 

「死ね――」

「――‼︎」

 

 冷静に、冷酷に、呟いた。

 魔王の首が吹き飛んだ。

 その光景がコマ送りで脳内に焼きついていく。

 頭が空中に弾けてんで、回って、回って、回って……弧を描き、高度を下げて、地に転がる。

 

「――」

「生き返んなよ、バカ」

「んあー、酷いし、惨いし、滅茶苦茶だなぁおいよぉ」

 

 グチュグチュと不快な音を立て、魔王の頭が置き去りにした胴体に吸い寄せられ、再生した。

 再生した頭だが、早速両耳から流血している。

 

「それはズルいだろうよって」

「でも楽しいし、いいや」

 

 すいせいの言霊の力の防衛手段として、再生早々両耳を破壊した。

 本当に分析力も高く、機転も利く。リアルでは決して相手にしたくない。

 

 魔王が土を撒き散らして飛び出した。

 宙に高く跳び、更にぺこらのように空を蹴る。

 秒速150m。

 早いくせに小回りが効く。目で追えない。

 

 拳が迫るが、空中で身を翻し回避。

 驚愕の反応速度に度肝を抜かれるが、直ちに追撃する魔王。

 脚、額、拳、光線とあらゆる手段を用いて肉薄するが……。

 

 何一つ攻撃が当たらない。

 魔王は瞠目し、一度距離を置く。

 

(何故だ……魔力の流れは読まれていないはずだ。未来視が可能な生物だって、この世に1人しかいない。反射神経の賜物とも思えない……なんなんだ)

 

(なんで? 動きが分かる……。未来なんて見てないし、動きだって予測できないし、速すぎて目にも止まらない……。でも、分かる)

 

 ――――――――。

 

(ああそっか……世界は自分の思う通りに造られるんだ。自分が望めば、ある程度の事は現実になるんだ。これが、創造神の能力――)

 

「あははっ」

「――っ」

 

 すいせいが愉しそうに笑う。

 虚式の次は太陽神のつもりか?

 何をそんな、ジャンプジャンプしてるんだ。

 

「お前の残機って、幾つあんの?」

「一応3つだな。今一回死んだから、あと2つだ」

「そうかぁ、あと2回殺せばいいのかぁ」

「乙女戦士がしていい顔じゃないってのよ」

「あはははっ、身も心も躍動してさ、ハイになってんだってぇ……でさぁ、なんで聞こえてんの?」

 

 耳を破壊した魔王は当然のように意思疎通を図っている。

 言霊を聴覚の遮断で防げると見抜いた事は見事だった。

 

「言葉を全て吹き出し表示してるんだ。ゲームならではだな」

 

 NPCと会話する時と同じ容量。

 ボイスの無いキャラの言葉が分かるのは、制作側が文字化してくれているから。それをその場で行っているだけ。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーー」

「それは意味ない」

 

 吹き出しが視界を遮るのなら、少しは有効活用できるだろうか。

 そう思い大声で叫びながら距離を詰めたが、なんの意味もないらしい。

 軽々と回避する、事を見越して拳を寸止め、からの回し蹴りに転換。

 予測位置ではないが、命中した。

 ぺこらに借りた抵抗力のおまけ付き。

 

「身体能力まで爆上がり。いよいよだな」

「ほらよ、さっきまで喰らってた分、お返しだ」

 

 追い討ちをかけ、右の拳を1発打ち込む。

 思い通りに事が運ぶ。

 ゲーム開始から、現在に至るまでに得た負傷を力に変えた。

 その破壊力は絶大。

 魔王は100メートルほど吹き飛んだ。

 

「瞬間移動ができれば楽なのに」

 

 攻撃後に開くこの間が煩わしい。

 今でこそ、100メートルなら5秒ほどで走れるが。

 

 彗星の如く、一直線に魔王の下へ。

 今、魔王には触れる事が可能な位置に傷がある。

 つまり、触れば(たお)せる。

 

「人体干渉だろ! 喰らわんからな!」

 

 危機察知も一流。

 迫り来るすいせいの両手を警戒し、後方に引く。

 

「ってな感じで避けるタイミングで、こう」

「――⁉︎」

 

 パチンと手を合わせば、魔王とすいせいの位置が入れ替わった。

 予測不能な展開に、魔王は判断が遅れ、1、2秒ほどは後方へ引き続けていた。

 気づいた時には、やっぱり手遅れ。

 魔王の行動は、全てが後手に後手にと廻っていて、少しずつすいせいに遅れをとり始めた。

 

「人体干渉」

 

 魔王の傷が張り裂けるように拡がり、目にも止まらぬ速さで血飛沫を上げた。

 華々しく神々しい衣装には似つかわしく無い、残虐なまでの返り血が付着する。

 視界も赤く染まった。

 

「あと一機」

 

 すいせいの戦闘スタイルに翻弄され、瞬く間に二つの命を失った魔王。

 本気も通用しないと分かった今、最後の命でどう諍ってくるのか。

 そして、すいせいも、最後はどう斃すのか。

 

「血塊」

「――ん!」

 

 すいせいから滴る鮮血が、乾き、力強く固まる。

 まるですいせいを束縛するように。

 

 様々な能力を掛け合わせ、怪力を使っても、その血塊は微動だにしない。

 

「力ではどうにもならねぇよ、その魔法はよ」

 

 弾けた魔王がみるみる再生して、再形成される。

 力量差では敵わないと判断し、別の戦術でアプローチをかける。

 そう、闇魔法。

 

「偶にはお前も一発喰らいなっての」

 

 全力で踏み込み、利き腕の右を振り翳す。

 アイドルの顔面を狙って拳を放つ。

 すいせいは無抵抗で真正面から受け止めた。

 多分、普通なら頭蓋骨が砕けていた。

 

 四肢を束縛されたまま密林の樹木に激突した。

 

「悪いけど、痛くないし、無傷」

 

 すいせい自身、正直理屈が分からないが、痛覚などないように何も感じない。

 衝撃は感じたが、傷痍もなければ、衄血すらなし。

 俗に言う、無敵状態。

 

「スターでも取った?」

「まあ、元々星だし」

 

 魔王からすれば絶望でしかないが、豪く嬉しそうだ。

 

「無敵とは言っても、例えば穴に落ちたりマグマに落ちたら死んじまうのよ」

「それはゲームの話でしょ」

「何言ってんだ、これは立派なゲームさ」

「ああ、ああ、そうでしたそうでした」

 

 無敵を漢字のまま直訳すれば、敵が無い。

 敵と呼べない、無形物の脅威からは逃れられないと言うことか?

 

「まあ何しても、無駄だけど」

「そうかい」

 

 すいせいはサッと身軽に立ち上がり、腕や脚、お尻の辺りの砂汚れを払った。

 そして、「さて……」と呟き、しばし唸る。

 

「最後は綺麗にアレだね、魔力玉で決めようか」

 

 シオンの力も使える今、コストと威力を鑑みた時に放てる、最もコスパの良い技がこの「魔力玉」。

 

「アンタって、リアルでも魔法使うの?」

「ふっ、そうだな、これで終わっちまうなら、名乗っといても良いかもな」

「――」

「俺は『サタン』。世界に4人しか存在しない、魔神のうちの1人だ。今後出会うことがあれば、宜しくな」

 

 すいせいは小さく首肯した。

 この境地に達しても尚、無視できない奇妙な魔王の気迫。

 しかし妙だ……。

 何を目的に、こんなクソゲー企画に加担しているのか。

 しかも、様子から、勝つ気がない。

 

「すぅー……ふぅー……」

 

 いや、分からないことは考えるな。

 

 すいせいは深呼吸で心を落ち着ける。

 

 魔力玉。

 人の魔力を貯蓄する攻撃魔法。

 親和性のある魔力を吸収し、その力は上乗せされてゆく。

 そら、AZKi、すいせい、メル、フブキ、はあと、アキロゼ、まつり、シオン、あくあ、ちょこ、あやめ、スバル、おかゆ、ころね、ミオ、フレア、ノエル、ぺこら、わため、ルーナ、トワ、ねね、ぼたん、ポルカ、ラミィ。

 ホロメンの中で魔力を持つ計26名。

 この場にいない2名を引いて、24名。

 この数の魔力を上乗せすれば、相当な破壊力になる。

 本来は各メンバーが魔力玉に触れるか、攻撃する事で魔力を貯めていくが、自身の中に仲間の欠片を宿すすいせいには、不要な作業だ。

 

「魔力玉」

 

 両手を正面方向に翳し、念能力でも使うかのように魔力を発生させる。

 バチバチとシオンを彷彿とさせる紫電が弾け、魔力の塊が増幅してゆく。

 

「それ、避けてもいいか?」

「無理でしょ。こっちには捕捉があるし」

「そうだったな」

 

 魔力玉が形成され、間も無く射出という時、素朴な疑問を魔王が発した。

 しかし、ぼたんの能力で回避不能。

 受けて耐え切る他、道はない。

 

「Go」

 

 若干ネイティブな発音と共に、魔力玉が射出された。

 地面と平行に、地を抉りながら一直線に照準先へ。

 

 魔王は動じず、いつまでもクールに。

 身が焼かれる寸前まで呼吸を整え、己に触れる間近――右拳で球を殴り返すように、衝突させ対抗する。

 魔王から流れる魔力が、すいせいの攻撃に反乱を起こし、敗北に抗う。

 今攻撃ができれば、不意を打って倒せるが、すいせいが動けば緻密に錬成された魔力玉は発散してしまう。

 

 魔王が倒れるか、魔力玉が破壊されるか。

 そのどちらかに限り、すいせいは次の行動を起こす。

 

 紫の稲妻が迸り、すいせいの頰を焼く。

 そして魔王の右腕も。

 魔王の右腕が悲鳴を上げ、徐々に黒ずんで行く。

 右腕だけでは力不足と判断し、更に左腕も防御に回す。

 ジリジリと後方へ押され、両腕の燃焼も速度を増す。

 

 が、それを代償として、魔力玉を今にも跳ね返しそうだ。

 魔王の筋肉が増強され、魔力が向上し、最後の力が絞り出されて……。

 

「返すぞ、これは」

 

 ダメだ跳ね返される――。

 魔力玉を自ら破壊して飛び出しかけた時、

 

「こおねと――」

「ラミィの分――」

「「上乗せじゃぁー――‼︎」」

 

 2人の影が間に差し込み、魔王の対面から魔力玉を蹴り込んだ。

 蹴りによる弾力と、2人分の魔力玉の強化。

 

「わりこむな、よ――躾がなってねぇぞ!」

 

 たかが2人分、されど2人分。

 この加重で魔王のキャパを超えた。

 魔力玉はグングンと魔王を押し返し、しまいには魔王の腕を破壊して、消滅させるかの如くその場を通過して弾けた。

 

 抉れた土地の上に、ラミィところねが立っている。

 そして、魔王の姿は消えた。

 

『討伐完了。直ちにスタート地点へ戻り、クリアボタンを押してください』

 

 と天の声からアナウンスが響いた。

 

 敵幹部、魔王。

 全ての標的を倒し、今戦いが終わった。

 

「ねぇラミィ」

「ねぇころね」

「「……あれ、すいちゃん?」」

 

 プリキュアのような衣装に身を包み、後光すら発するほどの背中から生える天使の羽。

 しかも、先までは魔力玉を扱っていた。

 到底この世の生命体と思えない多種混同体。

 

 ラミィところねは、ひそひそと小噺を始めた。

 その時――

 

「が、はっ――ぁ――」

「「すいちゃん⁉︎」」

 

 血涙、鼻血を流し、大量に吐血し、すいせいが倒れ込んだ。

 華々しく神々しい衣装が塵のように消滅し、羽もまた光となって空へ昇ってゆく。

 ラミィところねが駆け寄った時には、すいせいの身体そのものも、消滅してしまった。

 ただその場に、大量の鮮血を残して。

 

「……スタートに戻ろう」

「うん」

 

 2人は至急、クリアボタン目指して駆け出した。

 

 そして、数分後――甲高いホイッスルオンと共にゲームは終了を迎えた。

 

 



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110話 参上

 

 ゲーム終了時刻、現実世界、マスタールームにて――

 

「終わった……が、ホロメンは少なくとも30分は起きない」

 

 パソコンデスク前のイスに腰を下ろす「ろぼさー」がイスを半回転して「箱推し」を見上げた。

 首肯すると、「箱推し」は拘束したゲームマスターを正面に捉える。

 

「お前の考えそうな事だ、手を打ってあるから、そこで舌巻いて見てるといい」

 

 無感情の顔から放たれる威圧感にゲームマスターは震え上がる。

 その滑稽な姿も見ず、「箱推し」は出口へ向かった。

 

「えーちゃんさん、ここはお願いします」

「どちらへ……」

「野暮用です。安心してください、大したことではないので」

 

 最後に「ろぼさー」に一瞥を向けると、退室した。

 

 マスタールームを出ると、「箱推し」はスマホを取り出しグループチャット内に通話をかけながら、施設を出る。

 周囲を見周すと街中にも関わらず、人っ子一人おらず、街は閑散としていた。

 状況確認と同時に数名と通話が繋がる。

 

『周辺一帯の避難は終わった、ぞ』

『連絡、首を長くして待ってたんだ、首無いけど』

「団員もルーナイトもご苦労。今動けるものは俺の位置情報を辿ってここへ来てくれ、緊急招集だ」

 

 そう告げると、返事も待たず通話を切断した。

 

「緊急とは、一体何事ですか?」

 

 通話終了に重ねるように声が掛かる。

 到着が早過ぎだ。

 

「敵だ、迎え撃つ」

「数は?」

「1」

「――? たった1人? あなたでも手に負えないのですか?」

「いーや――」

 

 答えを享受するように、地響きが発生した。

 ウィーン……という機械音が響く。

 恐らく、ゲームクリアに連動して動作を開始する仕組みなのだ。

 

「一台と言うべきか、一機と言うべきか……」

「まさか……ロボット」

 

 地響きが近付き、既にその機体の一部が視界に入っている。

 その巨体は、高層ビルに匹敵するサイズだ。

 

「俺1人で破壊する事はできる。でもそれは、街への被害を度外視した場合の話だ」

「つまり、あなたが街を守る、我々があれを崩す、と?」

「そう言う事だ。いくら俺でも、街を無傷に抑えながらは戦えない」

「戦わずとも、一般人にそれは不可能ですがね」

 

 呆れたように肩をすくめると、男性――「百鬼組」は懐からタバコを取り出し一服する。

 

「おー、ついたー!」

 

 コンクリートを砕いて地中から1人現れる。

 

「おーおーおーおー、早い方だと思ったんだがなあ、3番か」

 

 空から1人ふわりふわりと浮遊してくる。

 

「残念、3番は俺だ、半豚肉野郎」

 

 猛スピードで道路を駆け抜けて、滑り込みの3位を確保する鬼。

 そして4着目に浮遊していた大学生。

 

 巨大ロボの上半身が既に見える距離まで迫っている。

 

「あれを壊せって?」

「そう言う事です」

「俺でもあれは食えねぇな」

「よーし、準備OKだー!」

 

 到着速度上位4名は早速戦闘準備に入る。

 

「あ、あのぅ……俺も、い、居るんですけど……」

 

 並んで構えを取る4人の背後から、冷気と共にどんよりとした空気が流れ込む。

 ひゅー……と、冷めた音が響いた。

 

「うう、寒い……」

「こっちの方が寒いわ! 居るなら最初から声出せっての、影薄いんだから、お前は!」

「ご、ごめん……」

 

 短い茶番の内に、一歩がでかい巨兵は更に前進。

 このままホロメンのいる施設を破壊するつもりだ。

 

「街への被害は俺が止める。お前らは何がなんでもアレを止めろ!」

「あいよ!」

「では――参ります」

 

 元気のいい、子どもじみた「ねっ子」の返事に呼応するように、「百鬼組」が飛び出した。

 咥えていたタバコを風に置き去りにして。

 

「ポイ捨てすんな、アホ」

 

 火が付いたタバコの吸い殻を「おにぎりゃー」がパシッと掴み、一飲みにした。

 タバコだから不味い。

 隣に未成年が居るというのに……。

 

「っしゃオラッ、鬼の力でぶっ壊してやんよ! 砕けばちょっとくらい食べれるようになるだろ」

 

 爆速でロボットへ立ち向かう。

 

「俺も行くか」

 

 続いて「はあとん」が呑気に歩いて追いかける。

 

「……なあ『ねっ子』、お前穴掘り得意じゃん? あのロボット壊せんの?」

 

 「はあとん」も消えると、控えめな存在だった「雪民」が背筋を伸ばしてハキハキと話し始めた。

 

「あー、無理、多分。流石にそんな作りはしてないと思うし」

「まあそっか」

「お前こそ冷気で凍らせらんねぇの?」

「無理だと思う。俺のはあくまで感覚的なもんだから」

「よく分かんないけど無理ならいいや」

 

 作戦会議のように小会議を開く2人の背後に突如シュタッと、何者かが華麗な着地を決める。

 「雪民」が飛び上がる程肩を跳ねさせて、「ねっ子」の裏に回り込んだ。

 しかし、その正体が存在しない。

 

「ツンツン」

「ひゃぁ!」

「ザンネーン、こっちでした」

 

 どう回り込んだのか、背後から「雪民」の頬に指を埋めドッキリ大成功と愉快に口角を上げた曲芸師が現れた。

 

「おお、『座員』」

「ば、バカ! 脅かすなよ!」

「ごめんネ、『雪民』のソーユー可愛い反応が好きでネ。ちょっとした出来心サ」

 

 非常事態も気に留めず、集えばジョークをかます奴ら。

 

「さて、俺たちは正面切って戦うタイプじゃないのよネ。だからこっち」

 

 『座員』は起点を利かせて、2人を連れて路地裏に隠れていく。

 

 

 一方、その先陣と正面を切った奴らはと言えば……

 

「両断」

 

 「百鬼組」が刀片手に立ち向かうが、歯が立たない――否、刃が立たない。

 装甲が厚すぎて、並の腕力では相手にならない。

 

「参りましたね……『箱推し』があの状況では、能力も使えません」

 

 硬質化の能力さえあれば、もう少しまともに張り合えるのだが。

 

「どいてろ、ひっくり返して、まな板の上の鯉みたくしてやる」

 

 「百鬼組」を押し除けて「おにぎりゃー」がロボットの右足に突っ込んだ。

 鈍い音が響き、ロボットの動きが一瞬停止した。本当に一瞬。

 即座に足は動き出し、鬼すら蹴り飛ばしてしまった。

 

「いいですよ! 目標がこちらに変わりました」

 

 2人の妨害により、人工知能が2人を敵と認識した。

 施設への侵攻を止め、2人を抹殺する任務へ移行する。

 

「俺への心配はないのか――っての!」

「鬼でしょう? タフさが売りならこの程度で文句を言わないでください」

「お前こそ、自慢の硬さはどうした!」

「使えない物は仕方ないでしょう」

「ほら来るぞ!」

 

 巨兵が倒れる様に前屈みになり、2人のいた場所へ鉄腕を撃ち込む。

 震度3ほどの地響き。

 しかし、地面には罅一つ入らず、周囲の建造物への被害も一切無い。

 「箱推し」の人間離れした術が成せる業。

 

「鈍間だぞ、あいつ」

「ええ、このまま一進一退を保てばなんとか――」

「いやダメだ。ホロメンが逃げたとしても、コイツを野放しにはできない」

「まったく……国の衛兵もなーにしてんだかだよ」

 

 とろとろと重たい足取りで「はあとん」が遅刻してきた。

 

「遅いぞ半豚肉野郎。でも丁度いい、身体貸せ」

「おい……まさか……」

 

 許可も得ず「おにぎりゃー」は「はあとん」の体を抱え、投げの構えを取る。

 そして、全力投球。

 

「一球入魂‼︎」

「バーカーやーろぉーー‼︎」

 

 人体を、人間の球速を超えて投函する。

 空気を引き裂いて「はあとん」がロボットの腹部に直撃し、その豪傑な体躯の均衡を崩す。

 見事にロボットの体勢が崩れた為、文句を言いつつも的確に「体重を変えて」くれたようだ。

 上出来。

 

「倒れるぞ!」

 

 巨体が蹌踉めき背後へ大きく転倒しかける。

 しかし、ガシッとまるで人間のような動きで近場の建築物に手を掛け、転倒を防ぐ。

 倒壊防止の「箱推し」の魔法を無意識的に利用した形となる。

 

「失敗か!」

「そもそも、倒した所で意味もないですよ」

「うぉぉ…………バカになった、絶対……」

 

 今のメンバーでは決定力に欠けるどころか、ダメージすらまともに入れられない。

 弱点を探るか、有効打を与えられる仲間が来るまで時間を稼ぐか。

 

 方法を模索する短時間の内にロボットが上体を完全に起こし、頭を3人へ向けた。

 

「やばくね?」

 

 キュィーン、と切り裂くような光線が両目から放たれた。

 2線は3人の居る場所で交わり、威力を倍増させる。

 

「っぶね!」

 

 「百鬼組」と「おにぎりゃー」は、その俊敏性で爆風を浴びる程度に抑えた。

 「はあとん」は頭を強打してフラフラしていた所を「おにぎりゃー」に助けられた。

 

 続けてロボットは右腕から機関銃を生やし、対象目掛けて連射を始めた。

 

「くっ」

「クッソ」

 

 「百鬼組」は物陰に身を隠すが、「おにぎりゃー」は鬼特有の豪傑さで銃弾を浴び切る。

 背後の「はあとん」を庇うために。

 己で危険に晒した仲間くらい、守るさ。

 

「普通の銃なら、かまいたちみたいなもんだ」

「かまいたちは痛いだろ」

「私の鎌鼬はかなり強いですよ?」

「んな事はどうでもいいわ!」

 

 比較の仕方がおかしい。

 風の切り傷と銃撃の傷の比較をしているんだ。

 確かにかまいたちは痛いが我慢できる。

 それと、剣技の「鎌鼬」の話はしていない。

 

「ゴホッ、ゴホッ……おお、やってんな」

 

 銃の嵐が止むと同時に、空から1人の男性が舞い降りた。

 咳と共に火の粉を撒き散らす。

 

「風切火羽」

 

 一度舞い降りた「エルフレ」がもう一度宙に飛び出し、大きく翼を広げた。

 その両翼の風切羽が発火して、火の粉塵を纏い、ロボットへと飛翔する。

 鉄兵の周囲を囲う様に火羽が迫り、次の瞬間には全てが小さく爆発する。

 

「……ごほっ、こほっ……メタルボディだな」

 

 数秒で爆煙が霧散し、太陽光を反射する金属のボディにはほんの僅かな焦げ跡が見えるだけ。

 

「やっぱ特殊な攻撃じゃ無理か」

「超絶物理特化いねぇの⁉︎」

 

 鬼を超えるパワーを持つ仲間を探し始めるが、今はいない。

 更なる増援を待つしかないのか。

 

「いーや、頭を使うのヨ。エルフレ、今ので機関銃を狙うのサ」

 

 路地裏の方から指示が飛ぶ。

 それに従い「エルフレ」はもう一度、今度は機関銃の銃口を狙い撃つ。

 意思を持つように飛翔する羽は、銃口に潜り込み、内部で小規模な爆破を起こす。そこから内部の火薬が連鎖爆発を起こし、機体を内側から破壊した。

 

「ナイス! 右腕破壊!」

 

 ロボの右腕が煙を吐き、損壊。これで機関銃は使えない。

 所詮巨体を動かすには小さすぎた人工知能だ。対抗手段はいくらでもあった。

 

「でもどうする? 装甲をどうにかせんと!」

「そうだな、何か策は――」

 

『お前ら気を付けろ、何か来る!』

 

 突如、ホロリス軍にテレパシーで信号が送られた。

 「箱推し」からだ。

 何か……ってなん……。

 

「なん、だ……?」

 

 遥か遠方の空から、何かが飛んで来る。

 相当の距離から目視できる巨体。

 空を飛んで来るそれは……まるで目前にいるロボのよう……。

 

 巨兵と巨兵が邂逅する。

 物凄いエンジンを吹かせて、新台が上空に到着。

 目前の物と同等のサイズ感と質感。

 ただ一つ違う事は――。

 

「ほら着地着地! 脚操縦しっかり!」

「う、うるさいなぁ! 新人にこんな事させるなって!」

「ああああ! そこの会社潰さないで!」

「じゃあおめぇがやれよ!」

「仕方ないでしょ! お金ないんだから!」

「こんこよがマヨネーズとか買うからだろうがって!」

「そんな事言ったらいろはちゃんだってナス代掛かってるじゃん!」

「いいから2人とも早く!」

 

 そう、操縦者がいる事。

 しかも複数。

 かなり、バカっぽいが。

 数は……3人?

 

「さて! 征服すべき国を守る、holoX参上!」

 

 



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111話 ロボの実験場

 

 新たな増援は敵対するロボットにタメを張るような戦闘機。

 背中に巨大な刀を装備し、腕や足にも様々な仕掛けが見受けられる。

 そんじゃそこらのカラクリではない。

 

「なんじゃこりゃぁ」

 

 たまげた声を上げるホロリス軍。

 目の前に想像を絶する巨大ロボが2機もあれば当然だ。

 まるでガン◯ムやエ◯ァのように。

 

「お前ら」

 

 交戦が一時的に停滞したこの一瞬の間に、「箱推し」がこの場へ飛んで来た。

 

「何だよコレ」

「holoXっつってたな。多分秘密結社だ」

「秘密結社⁉︎ こんな堂々としてどこが秘密だよ」

「俺に言うな」

 

 裏世界の際の潜入は「暗躍する組織」のような、謎めいた雰囲気があったが、今回は結界もなく、白昼堂々と巨大ロボで登場して、名乗っている。

 隠す気配すら感じない。

 

「でも、あれ、いけるんじゃね?」

 

 ロボ対ロボなら勝てるかも。

 全ホロリスがそう感じた。

 

「一旦下がって見守ろう」

 

 「箱推し」は全員に一時撤退の指示を出す。

 この場にいるホロリス軍が、「箱推し」の背後で待機する。

 

「こより、周囲の人は離れてるから、今なら暴れていいよ」

「りょーかい。いくよ、クロちゃん」

「はいはい」

「こよりロボ、戦闘態勢だ」

 

 無駄に拡声される声が街中で反響する。

 併せてウィーン、という機械音が響く。

 敵対ロボは早々にこよりロボを敵と見做し、右腕を伸ばした。

 

「ミサイル発射〜!」

「――! ちょっと待てッ」

 

 拡声されたセリフに、顔には出さないが「箱推し」が焦燥感を持つ。

 街を破壊しないよう、攻撃に合わせて物質を固定していたが、強すぎる衝撃は抑えきれない。

 ミサイルは破壊力が高く、威力相殺など到底できまい。

 しかし、ミサイル発射直後からそれを止める手段は――無くはないが、消耗やら周囲への影響が絶大。

 

 敵ロボとその周囲がミサイルで爆破され、爆炎を立ち上らせた。

 

 からっ……がらがらっ……。

 

 敵ロボの最も付近に位置していたビルの外壁が微かに崩れた。

 

「っぶねぇ……」

 

 肝を冷やすとはこの事か。

 初めて体感した。

 

 少し粗暴だが、黒煙が止み、ロボへの跡を見れば、苦情は喉の奥へ引っ込んだ。

 

「効いてんなぁ」

「おお、いいぞー!」

 

 外野となったホロリス軍から声援が上がる。

 

 そのまま二機のロボは近接戦へと入る。

 敵ロボが近接戦を仕掛けたため、こよりロボも近接に移行した。

 鉄腕を振るったり、鉄剣を振るったり、鉄脚を振るったりする風圧などはやけに大規模な戦い。

 

 「箱推し」的には少々焦ったい戦いではあるが、国のためだ。

 必死こいて街を守る。

 

 しかし、近接戦へと移行してからは、互いに中々ダメージを与えられない。

 ミサイルこそ強力だったが、腕力や装甲などは、両者五分五分といった様子。

 距離を詰められては、ミサイルなどの爆撃は自爆につながるため扱えない。

 

「こより、何かないの?」

「あるにはあるけど、5秒は動きを止めないと」

「聞こえた? 行けそう?」

「……だ…………ご、あ……、で……ざ……」

 

 機内で会話する2人と、無線機か何かで通じる誰か。

 無線機の相手は、拡声器を通してでは聞こえない。

 

「――! ん……?」

 

 不意に「箱推し」が空を見上げた。

 何かを見つけたように天を仰ぎ、その何かを目で追うように見詰める。

 

「……誰か見てるな」

「え、誰かって?」

「さあな」

 

 その場に人はいない。

 特殊な視覚を使用して見ている。

 シオンの千里眼に近い。

 

「――そこの私を見てる人」

「――?」

 

 どうやらこよりロボの内部の誰からしい。

 しかも、あの距離で見られている事に気付いている。

 

「5秒だけ、あのロボットの動きを封じられますか?」

 

 との事だ。

 それさえ実行すれば、勝利をくれるのなら。

 

 「箱推し」は視線に向かって親指を立てた。

 

「こより、一旦距離取って」

「クロちゃん、一旦距離とって、てルイ姉が――」

「聞こえてる!」

 

 こよりロボが距離を取ろうと周囲に気を配りつつ後退するが、敵ロボはそれを逃さない。

 

「聞いたろお前ら、5秒だ。それだけ稼げばいい」

「足止めだな」

「おー、任せろー」

 

 後方待機していたホロリス軍が飛び出す。

 

「ごほっ……風切火羽」

 

 「エルフレ」の風切羽が敵ロボの目前で破裂し視界を塞ぐ。

 光認証でもサーマル認証でも一時的に視覚を封じた。

 その間にこよりロボは距離を取り、ホロリス軍は距離を詰める。

 

「ササ、作戦通りやるのサ」

「まーかせろー」

 

 「座員」の号令で「雪民」以外が動き出す。

 「根っこ」は道路に穴を開けて地へ潜る。

 煙が晴れぬうちに「おにぎりゃー」が「はあとん」を抱える。

 そのやや後方で刀を構える「百鬼組」。

 

「いいですか、痛いですよ」

「我慢する、それくらい」

「では……」

 

 強く刀を握り込むと、軋んだ。

 その音を合図に、「おにぎりゃー」は軽く跳躍。

 

「神風」

「っ――ぁあ!」

 

 足に風の斬撃の衝撃を受ける。

 その吹き上げる風と、斬撃を蹴り返す勢いを糧に爆発的な跳躍を見せる。

 それでも高々ロボの腹あたり――だが充分。

 

「ほらよ、一球入魂――行ってこい‼︎」

 

 更にその位置から「はあとん」を空高く投げ飛ばす。

 鬼のパワーで吹き飛び、高度はロボットを数十メートル程越した。

 その頃には流石に煙幕も履けたが、どうって事はない。

 

「その巨大、何キロまで耐えれるか」

 

 勢力を失い、「はあとん」は落下を始める。

 落下地点をロボの頂点に定めると、体重を増加させ落下速度を上げる。

 こんな巨大、例え100キロの重さで潰しても、普通なら跳ね返されるが、今は仕込みがある。

 

「その上で、1(トン)(t)だ」

 

 衝撃波が国中を伝う――。

 

 ドガァァー。

 

「ヒュー、強烈!」

「街の事ももう少し考えてくれよ」

「必要経費サ」

 

 波紋が付近の建造物にヒビを入れ、世界を震わせる。

 そして、1tの重圧を喰らった敵ロボは右足を道路に陥没させていた。

 

「『根っこ』ごといってないよな……?」

「生きてるから気にすんな」

 

 地中で地盤を緩めた「根っこ」が顔を出さず杞憂する「雪民」に、魔力感知による生存報告して安心させる。

 さあ、コレでロボの動きは止まった。

 動きを止めろ、とは、位置を固定しろの意味。

 上半身が動こうが、攻撃が避けられなくなれば同じだ。

 

「「「今だ‼︎」」」

 

 ホロリス軍が叫んだ。

 こよりロボが呼応するように動き出す。

 

「いろは!」

 

 名前か?

 

 ――――!

 

 突如強風が――。

 

「なんだ?」

「風が――」

 

 電光石火、疾風迅雷。

 一筋の光が風となり道路を抜ける。

 ただの風だと、誰もが錯覚する速度。

 

「――?」

 

 誰だ?

 見えないし、感じないが、誰かいる。

 こいつが「いろは」か――。

 これは――――化け物。

 

 人間の視覚では追えない速度に加え、「箱推し」ですら読めない魔力。

 いや――違うな。魔力を持たないのか。

 生まれ持った、天性の身体能力だけで風と一体になれる。

 なんたる曲者。

 魔法使いの、天敵だ。

 

「今回の敵はロボだけど……」

 

 いくら速かろうと、あの硬さを人間の力でどうにかできるのか――

 

 スパン。

 

「「「………………」」」

 

 ビジジジジっ。

 

「「「え…………」」」

 

 埋まったロボの右脚が、突如膝から抉られた。

 ギリギリ切断されない程度に切り開かれ、殆どの内線が断線して放電していた。

 誰にも理解できない、謎多き一撃。

 

「「「ええええ⁉︎」」」

 

 バランスを崩した敵ロボが右半身を傾け倒れ始める。

 そこへこよりロボが被さるように襲いかかる。

 

「ひっさーつ! こんこよレーザービィーーーーーム!」

 

 こよりロボの両腕が丸型を作り、それを口元へ添える。

 手と口から、甲高いエネルギー音が響き、熱く眩しく発光する。

 照準完了後、出力上昇とエネルギー装填に5秒を要した。

 足止めの必要な理由はコレか。

 

 ガガガ……と敵ロボが出力を上げ、充電中のこよりロボを押し返そうとする。

 

「あぁーん! 発射まであと5秒かかるのにぃ!」

 

 妙にセンシティブな声を拡声する。

 男どもが「おお……」と小さな歓声を上げた。

 

「いろは!」

 

 また呼ばれるあの名前。

 刹那――

 スパッ、と風が敵ロボの右腕を切断した。

 

「んなバカな……」

 

 あのロボットをいとも容易く破壊して見せる。

 「いろは」とか言う風人間、得体が知れない。

 

「こんこよレーザー、発射〜!」

 

 決め台詞を耳にし、「箱推し」は身構えた。

 その瞬間――爆音が耳を裂き、耳鳴りが響く。

 街が揺れ、付近の建造物が複数倒壊。

 更に、レーザーの形跡として円形の焼け跡がロボを貫通し、地盤さえ貫いていた。

 

「街への……被害が……」

 

 「箱推し」でさえ防ぎ切れない超破壊力。

 嘆いたところでもう遅い。

 

「ふぅー、お仕事完了。動作実験も完了」

「「実験⁉︎」」

「じゃあ、片付けよろしくお願いしまーす」

「「はぁぁぁああああ⁉︎⁉︎」」

 

 こんこよロボはエンジンを蒸して、全ての被害を放置して、遥か彼方へと飛び去ってしまった……。

 

「……あのロボ、必要だったか?」

「聞いたろ、動作確認の実験だ」

「んな事言ったって、どうすんだよコレ!」

「片付けるぞ、ホロメンが起きる前に。ほら早く!」

「何だよそれぇ……」

 

 こよりロボに搭乗する3名と、『いろは』が去り、ロボの残骸や、倒壊した建造物の瓦礫が散らばる道路。

 ホロリス達は、ホロメン防衛戦という格好良い職から、戦後の瓦礫処理班という格好悪い職へと移ったのだった。

 

 



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112話 次のステージへ

 

 デスゲームが終わり、ホロメンがゲームから帰還すると、えーちゃんと警察が施設で待機していた。

 ゲームマスターは既に連行され、「箱推し」と「ろぼさー」も身を隠した後。

 えーちゃんの案内のまま施設を出て、その日は1日休息を取るよう指示が出た。

 幸いにも、精神に異常を来した者はおらず、強いて言うならマリンがフレアに対して羞恥心を抱いていたり、すいせいがほんの少し自身を見失っていただけだ。

 

 ホロメンは帰宅して、静かに1日を過ごした。

 

 そして翌日、会社から招集がかかり、一同は事務所で介した。

 一同が集結すると、えーちゃんが前へ出て深々と頭を下げ、開口一番にこう言うのである。

 

「今回はこちらの不注意で皆様に多大な被害を与えてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 我々の不徳の致すところ、と社のマネジメントを代表して謝罪した。

 

「仕方ないよ、こればっかりは……」

「相手が相手だし」

 

 と、擁護の声が多かった。

 

「皆さんなら、そう答えるとは思いましたが、こればかりは謝罪だけで済ませるわけには行きません」

「「――?」」

「ですので、後日改めて告知致しますが、お詫びをさせて頂きたいと考えております」

「お詫び……って?」

「いやいや、今後日告知って聞いてた?」

「焦んなよ」

「気にしなくても、ほら。みんな元気だよ?」

 

 わやわやと団欒が和を広めていく。

 その温かさにえーちゃんは涙を流しながら笑う。

 

「はい。そんな皆さんへの、お詫びと感謝の気持ちです」

 

 こうして、会社内で「何か」が決定した。

 

 

「それよりもえーちゃん、ゲームマスターはどうなったの?」

 

 責任問題の話題がひと段落つくと、早速とシオンが切り出した。

 

「え、ええ、ではそちらの話に移ります」

 

 と、えーちゃんも切り替え早く話題転換する。

 そして、用意していたモニターに画面を映す。

 

「ゲームマスターは現在、求刑の受理待ちですが、懲役10年は堅いでしょう」

 

 あの規模で10年はやや短いが、死者が出ていない事を鑑みると妥当なのかもしれない。

 刑が言い渡されれば、間違いなく「大監獄」送りになる。

 

 が、そんな事より、ホロメンたちは皆、映し出された画面を見て戦慄していた。

 

「うっ、そ……」

「待って、手回し早すぎない? 昨日の今日だよ?」

「誰がこんな……」

 

 モニターに投影される画像――それは、裏社会の手配書。

 まるで活躍を予言したかのように、一部のメンバーの賞金が既に上昇していた。

 そのメンバーは次の通りの遷移を遂げていた。

 

 『海賊』宝鐘マリン、50万→200万。

 『桜花の巫女』さくらみこ、100万→300万。

 『永久の悪魔』常闇トワ、100万→300万。

 『最悪のハーフエルフ』不知火フレア、100万→500万。

 『協賛の星』星街すいせい100万→『協賛の歌姫』星街すいせい、1000万。

 

「この手配書更新から分かるように、今回の事件もまた、黒幕がいる可能性が高いです」

「黒幕か……」

「それってやっぱ、国家転覆の時と同じ?」

「――恐らく」

 

 しかも黒幕は、ゲームの進行を随時確認していた筈だ。

 国家転覆を目論む連中の指揮、そして相当有能なゲームマスター、更に敵役を行っていた魔神――サタンとの関係。

 大きな組織や存在と関与できる大物が、陰で動いている。

 しかも、尻尾すら掴めなていない。

 

「調査……した方が良くない?」

 

 シオンが進言する。

 同調して皆が首肯する。

 それにはえーちゃんも賛成だ。

 だが、ホロメンの役目ではない。

 なんせホロメンは、見ての通りの賞金が掛かってしまっている。

 

「そちらは既に調査中です」

「――誰が?」

「専門の方です。心配は入りません」

「……」

 

 その調査員とはホロリス軍だ。

 だが、えーちゃんと「箱推し」は協定を組み、その契約の中に、ホロメンにホロリスの情報を一切流さない、と言うルールがある。

 ホロメンを含み、他言は厳禁だ。

 

「皆さん、手配書が裏世界で出回り、額も高騰してしまいました。今後の私生活、十分にお気をつけて」

 

 えーちゃんからの注意喚起に、賞金首のメンバーは恐る恐る首を縦に振った。

 

「……あの、さ……いや、単なる疑問なんだけど……その裏社会指名手配で捕まったらどうなんの?」

 

 と、マリンが興味本位で首を突っ込む。

 深入りすれば、突っ込んだ首が飛ぶ世界。

 でも残念なことに、賞金は既にかかっている。今更だろう。

 

「場合によりますが、生け取りの場合は『大監獄』へと送られます」

 

 ホロメンは全員「生け取りのみ」の手配。

 つまり、捕まればその「大監獄」へ送還される。

 この国の東の海岸に位置する港から出港し、ずっと東へと進めば、それはそこにある。

 この国ほどの島が鋼鉄を纏って海に佇んでいるのだ。

 島そのものが巨大な檻となり、世界のあらゆる囚人を内側に閉じ込めている。

 

「でも大監獄って、世界公認でしょ? 非公認の手配書が通るの?」

「確かに……」

「監獄の主が、裏社会にも通じているそうで……」

 

 凶悪な犯罪者を獄内へと封じ続ける実力や、一部の兵を統率するカリスマ、そして各国の王たちなどと幅広く利く顔と融通から、黙認される裏稼業。

 

「じゃあ、もし捕まったら……」

「十中八九、出て来れない」

「……」

 

 沈黙が走る。

 悪行は何一つしていないのに、何故監獄へ送られなければならない。

 そんなの……間違ってるじゃないか。

 

「……この世界は間違った事だらけです。50数年前の事件だって、まだ新しい話です。世界はまだ、穏やかではないんです」

「この国は確かに……中枢の国として、発達してるし、取り締まりもしっかりしてるけどね」

「うん、エルフの森や魔界、天界、その他沢山の国々は無法地帯だって多い」

 

 ホロライブは、そんな世界情勢の中で始まった新型のアイドル。

 今ではもう、その名を知らぬ者は居ない程、成長した。

 今こそ、この影響力を持って、世界に少しでも和を届けなければ。

 

「確か3rd.fes、決まってたよね?」

「Link Your Wishですね」

「そこだ。そこで何か……」

「だね」

「おうよ!」

 

 次のライブへ向けて――ホロメンが動き出す。

 ホロメンが動けば、ホロリスも動く。

 その動きは人を伝い、国を伝い、世界へ届く。

 

 一同は、会議を終えると続々と仕事や配信準備へ動き出す。

 

「あ、あやめさん、ちょっといいですか」

「――? なーに?」

 

 緊張感が解け、ほわほわなあやめがえーちゃんに呼び止められ、小走りに駆け寄る。

 

「割れた刀――まだ持ってますか?」

「え、ああ……羅刹ね、持っとるけど、今は家にあるよ」

 

 えーちゃんの問いに僅かに顔を強張らせた。

 

「知り合いに、刀鍛冶もできる方がいるんですが……その方に、見てもらいませんか?」

「羅刹を?」

「はい」

「いやでも…………割れた刀は、修理できないんじゃ……」

 

 刀が割れれば、簡単に再生はできない。

 凄腕の刀鍛冶であろうと、元通りの硬度までは持ち直せない。

 それに、一度割れた刀は、以後同じ部分が破損しやすくなる。

 正直望み薄だ。

 

「直せるか否かは、見てもらわないと何とも……」

「…………」

「どうします?」

「……」

「……」

「……明日、持ってくるよ」

「――分かりました。知り合いにも伝えておきます」

「ん」

 

 こうして、ホロライブは次のステージへ。

 



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第七章 holoX登場&魔神対決編
113話 推し事疲れ、してませんか?


 

 密かに発生したデスゲーム事件から数週間が経ち、ホロメンはまた、配信の日々を繰り返していた。

 だから当然、ホロリスも、配信を観る日々だ。

 今回は、あるホロリスのお話。

 

 

 ピリリリリ、ピリリリリ、ピリリリリ……

 

 

 朝の不快な騒音が枕元から響く。

 パッと目を覚まして、スマホに触れ、スヌーズする。

 ちょっと眠いが、起きようと思えば起きられる。

 でも、起きようと思う程、体が重くなって、次第に起きたくなくなる。

 

「…………」

 

 自分でかけた目覚ましが鬱陶しい。

 先ほどスヌーズしたが、もう一度鳴ると迷惑だから、スマホを開いてアラーム設定を解除した。

 

 今日も、別にいいか……。

 

 スマホを閉じて、目も閉じる。

 ――寝よう。

 

 ピンポーン。

 

「…………」

 

 インターホンが鳴った。

 こんな時間に宅配か?

 一瞬で覚醒し、玄関へ向かう。

 

「…………何のようだよ」

 

 扉を開けて顔を合わせた途端、不機嫌になる。

 

「ほら、さっさと準備しる」

「にゃぁ? にゃんのだよ……」

「大学に決まってっしょ! まだ1限間に合うし」

「う、うるせぇにゃぁ……今日は休むんだ」

「今日も、っしょ? いいから早よし」

 

 急な訪問者の勢いに流されて、仕方なく大学へ行く準備をする。

 とは言っても、教材は鞄に入っているので、服を着替えるだけ。

 寝起きなので軽くお茶を飲んで水分補給。

 耳と尻尾の寝癖を確認――問題なし。

 

 玄関を半開きにして待機する「星詠み」を手で払って、自身も玄関を潜る。

 

「ほら、朝飯」

「っ、と……」

 

 コンビニのおにぎりをパスされた。

 ツナマヨ、単価120円。

 朝飯にしても少ないが、無いよりはマシ。

 

「『星詠み』、お前今日仕事は?」

「これから。だからわざわざお前と行っちゃろうと思ったわけよ」

「……傍迷惑な奴だにゃぁ」

 

 星詠み……天使、会社員。

 35P……白ネコの獣人、大学2年生(経営学部)。

 

 男2人が並んで道端を行く、中高生の日常じみた光景。

 1人は会社員で、1人は大学生なので、少しだけ年不相応な光景だ。

 

「確か3限まであったよな?」

「そうだけど……」

「俺は夜まで仕事だからさ、帰りは別のやつよこしちゃるよ」

「にゃぁ? いいよ……子供じゃにゃいんだから……」

「まあまあそう言わず。つっても、気にせず帰ってたらいんだけどね」

「――?」

 

 『星詠み』が愉快そうに笑った。

 『35P』は少し遅れた分の距離を早足で詰めると、正面を向いたまま『星詠み』に詳しく聞くが、何も答えてくれなかった。

 そのまま時は流れて、すぐに2人は別々の道へ進んだ――。

 

 

 

 1〜3限が終わり、『35P』はそそくさと大学を出た。

 帰り道、ゲーセンや本屋など、偶に寄っていた店が目に付くが、今は特に欲しい物も、やりたい事もない。

 少しだけ顔を顰めて、真っ直ぐと帰路を進む。

 

「なあ、そこのあんた」

 

 背後で男性の声がした。

 まさか自分の事ではあるまい……。

 

「猫耳のあんただよ」

「――⁉︎ なんにゃ⁉︎」

 

 そのまさかで、めちゃくちゃキョドッた。

 奇妙な仮面を付けていて、明らかに不審者だ。

 通報した方がいいかもしれない。

 

「聞いた通り可愛いな」

「――⁉︎ にゃぁ、不審者だ!」

「不審者じゃない」

「嘘だ!」

「『星詠み』。これで察しろ」

「にゃ……ぁ……」

 

 『星詠み』の名前を出せば、『35P』は落ち着いた。

 今朝の会話を思い出せたから。

 でも、目の前の仮面男が何者かは分からないまま。

 

「ちょっとこっち来い」

「にゃ――は?」

「……」

 

 突然声のトーンが落ちて、猫語が抜けた――と言うより、意識して変えた。

 本気で嫌がっているようだ。

 

「いいだろ、みこちは昼に配信する人じゃないんだから」

「そう言う問題じゃ――」

「いいから来い。つまらない時間にはしない」

 

 拒否されたり、逃走されたりしても、無理矢理連れて行く。

 その予定だったが、案外素直にここで頷いた。

 

 仮面男――は、勿論『箱推し』。

 『星詠み』は既にホロリス軍に加入しているが、『35P』はまだ。

 だからこれは、勧誘だ。

 

 2人は無言で歩き、とある喫茶店に辿り着いた。

 『35P』は決して立ち入らないような小洒落た喫茶店。

 2名で通され、対面で席に着く。

 『箱推し』が開いたメニュー表を見ると、値段もそこそこ高い方だ、と思う。

 

「あんまこう言うとこ来ないからなぁ……スペシャルブレンドってのでいいか」

 

 『箱推し』はオススメ、と記されたコーヒーを選ぶ。

 オススメだが値段は他と比較してもかなり高い。

 メニュー表をひっくり返して、『35P』に差し出す。

 

「奢るから何を何個頼んでもいいぞ」

「じゃあ全部」

「分かった――」

「ままま待って待って、うそうそ! えーっと……」

 

 冗談に対して本気の姿勢で返して見せると、『35P』は焦ってメニュー表を凝視する。

 苦い物は苦手なので、何か甘い、ジュースとかは……。

 いやでもここは喫茶店だから、せめて紅茶とかの方がいいのか?

 

「ピーチティー……」

「食べ物は?」

「お前は食べにゃいのか」

「甘い物は嫌いなんだ」

「…………」

「よく気付いたな」

「――⁉︎」

 

 『箱推し』の答えが、嘘である事を直感したが黙っていた。

 特に目で訴える事もなかった。でもバレた。

 気付いた事に気付かれて、思わずドキッとする。

 

「気にせず選べって事だ」

「じゃあ……」

「サクラパンケーキだろ。『35P』だし」

「いや、キャラメルソースとカスタードクリームのフルーツパンケーキ」

「そうか……」

 

 みこち推しとしては恥ずかしいが、サクラの味はあまり好きじゃない。

 嫌いではないが、態々選びはしない。

 

「ま、フルーツの中にチェリーは入ってるしな」

「こじつけなくていいの」

 

 2人は店員を呼んでそれぞれ注文した。

 

 品が届くまで、数分かかる。

 呼ばれた理由や経緯を尋ねたい『35P』は、中々切り出せずもじもじしていた。

 

「あんた、なんで大学行かないんだ?」

「――」

 

 『箱推し』の唐突な切り出しに、肩を跳ねさせる。

 

「さっきも言ったが、みこちは平日の昼配信なんて最近はまずしない。昼間に大学休んでまで家にいる意味って、あるのか?」

「いいじゃん……なんだって……」

 

 表情が陰り、声音も暗くなる。

 そして感情も黒くなる。

 この話題を酷く嫌っている様子。

 

「大学休むのはグッズ買う時だけにしといた方がいいぞ」

「俺の勝手……」

 

 と、逃げるように話題を切ろうとする。

 

「朝目覚ましかけるか?」

「……かける」

「夜は配信がなければ何時に寝る?」

「――? 1時くらい」

「今日出席した講義では、何してた?」

「――?? そりゃ板書取ったり……」

 

 大学へ行こうとする姿勢は感じられる。

 

「今の大学は志望校だったのか?」

「……わかんない」

「学費は親負担?」

「そりゃあにゃ」

 

 大学への進学が当然、と言う社会の風潮の賜物だな。

 義務教育は中学までだが、間違いなく大学へ行く事に義務を感じている。

 カリギュラ効果も相まって登校し辛くなるわけだ。

 

 そこに大好きなみこちの配信まで絡んで、拗らせている。

 

「親になんか言われないのか?」

「……言われるよ」

「なるほどな」

「……?」

 

 『箱推し』はある程度の心情を把握した、つもり。

 

 ここでコーヒーと紅茶、パンケーキが運ばれてきたので一度話が止まる。

 そして、店員が離れると話題は再開する。

 

「経営学部だったな?」

「……」

「大学へ行くにはまず、義務感を失くす事からだな……」

「ちょっと待って……俺は別に……」

「行かなきゃまずいだろ、流石に」

「いいよ……今年はもう留年決まってるし……」

「そのまま来年も引きずるぞ。そうなったらそれこそ――」

「関係ないじゃん……やめてよ、その話はもう……」

 

 『箱推し』は不登校児の気持ちが分からない。

 自分が不登校になった事などないから。

 普通ではない学校?に通っていたが、勉学は楽しかった。

 

 いや、今は関係ないか。

 

「同じホロリスとして言うが、あんま推しを追いすぎるな」

「なんだよ、みこちは関係ないじゃん」

「本当にそう思うのか?」

「…………」

「推し事自体は悪い事じゃないが、日常生活に支障を来す程までのめり込むのは良くない」

 

 『35P』の反論を一蹴して『箱推し』の見解を述べる。

 が、今日初めて会った男の助言など、簡単には響くまい。

 

「……とまあ、説教じみた事を言ったが、本題はここからなんだが、いいか?」

「…………めんどくさいのはいらにゃいから」

 

 あまり前向きではないが、奢ってもらった手前帰りにくそうにしている。

 ここでうまく引き込む。

 

「実は俺、リスナーズ拠点って言う施設を運営してて、『そらとも』から『座員』までを集めてる」

「……意味の分からにゃいのに加われって?」

「ああ」

「いやにゃ」

 

 そう来ると思った。

 だからここでリーサル・ウェポンを投入する。

 心理学上、直接褒められるより、第三者から間接的に褒められる方が、強く心に響くらしい。

 おそらく共感性も同じだろう。

 

「『星詠み』は参加してる」

「――」

 

 驚いたような、そうでないような……。

 非常に曖昧に顔を顰めた。

 元々アイツは人と関わる事が好きで、『35P』程変な性格もしていない。

 

「この話した事、本人には内緒なんだが、実はアイツ、今の会社嫌いなんだと」

「……そうにゃの?」

「知らなかったろ? 多分俺しか知らない」

 

 『星詠み』を見つけ、勧誘するために調査したから知っている。

 他人には話してはいないはずだ。

 

「後輩は不真面目だし、同期は話とかしてくれないし、上司は理不尽に怒るし、あと序でに給料少ないし、中々休み取らせてくれないし」

 

 と、主に人間関係で難航している事実を伝える。

 意外そうに目を見開く『35P』。

 耳もツンと尖る。

 

「お前とは理由が違うが、正直会社行きたくないってよ」

 

 『星詠み』も本当は仕事へ行きたくない。それなのに、今日は朝から『35P』を連れ出してくれた。

 そう知れば、多少心は動くだろう。

 

「でも、配信を楽しみに、それとグッズとかライブ代とか稼ぐために頑張るってよ」

 

 『35P』も『星詠み』も、大学や仕事が嫌な所は同類。

 2人の違いは、配信者との付き合い方、配信の使い方だ。

 推しを足枷に束縛され続ける『35P』。

 推しの活動を糧に奮起する『星詠み』。

 

「……すいちゃんは」

「――」

「すいちゃんは最近、配信が少ない……」

「そうだな、忙しいから仕方がない」

「配信がない日は――」

「そんな時こそリスナーズ拠点に寄ったりしてる」

「――」

 

 今では毎日配信をするメンバーの方が少ない。

 週1しかできないメンバーだって、体調を崩して長期休暇を取るメンバーだって、増えてきた。

 そんな時、共に推し活できる仲間や、それを共有できる知り合いがいれば、もっともっと楽しくなる。

 

「うちに来い『35P』」

「――――」

「お前みたいな奴も沢山いる。そいつらと一緒に毎朝時間通りに登校して、大学が終わったらうちへ来い」

「でも…………」

「お前は妄想の中で生き過ぎている。もう少し現実に戻れ。現実に生きて、夢を体験するんだ」

「……」

「充実した生活に組み込むからこそ、推し活は充実するんだ」

 

 推し活をするだけでは生きていけない。

 推し事は、お仕事ではない。

 

 もっと、楽しい夢を見ろ。

 

「今より数倍楽しい人生にしてやる」

「――――」

「少しでも心が動いたのなら、明日の講義後、ここへ来い。お前の仲間を紹介してやる」

「――仲間?」

「ああ、話が合うと思うぞ」

 

 『箱推し』は手書きの住所をすっと差し出す。

 まずは外へ出る事の素晴らしさを知る。

 そして、少しでも1日に期待したくなる世界を見せる。

 そうすれば、次第に足は軽くなる。

 

 推し事は、現実逃避の道具じゃない。

 人生を一層充実させるコンテンツだ。

 それを履き違えてはいけない。

 

「つまんなかったら、すぐ帰るよ」

「退屈しない事だけは、保証する」

 

 『35P』が住所を記した紙を、丁寧にしまった。

 その一連の動作をしっかりと確認すると、『箱推し』は先に会計を済ませて1人で帰宅してしまった。

 

「……」

 

 『35P』は、1人ポツンと喫茶店に残り、少し気不味くなった。

 けれど、折角のパンケーキはしっかり味わいたいので、もう少しゆっくりしていこう。

 

「……美味しいにゃ」

 

 パンケーキとピーチティーを味わって、店を出た後は、夜のみこちの配信を楽しみに、家へと帰宅したのだった。

 

 



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114話 参上‼︎ 我ら――

 

 10月31日。

 世ではハロウィンと言う恒例行事が行われる。

 この国も例に漏れることなく、店はハロウィン模様に装飾され、通りには仮装した人々が往来していた。

 

 ホロライブの事務所も、雰囲気作りで装飾されたハロウィングッズが山程。

 そんな事務所に1人の……仮装者がやって来た。

 

 どこで受けたのか、狂気的な特殊メイクを施して、恐ろしい殺人鬼のような衣装と人相、更には人を殴り殺せそうな斧をぶら下げて。

 そう、星街すいせい。

 

「ぁ……へへ」

 

 すいせいは事務所前にシオンを発見すると、気配を殺して忍び寄る。

 背後へ周り、ポンポンと肩を叩いた。

 

「あやめちゃ――」

「ハロー」

「っ――⁉︎…………びっくりした、すいちゃんか……」

「んー、リアクションの迫力に欠けるなぁ」

 

 もっと絶叫して欲しかった。

 しかも、パッと見ではすいせいと判別できない外見を、ものの数秒で見破られてしまう。

 初手シオンは失敗だったか。

 

「シオンも仮装? それ何?」

「吸血鬼」

「メルちゃんじゃん」

「パッと思いつくものがなかったから」

 

 近くで見れば可愛らしいが、遠目にはシオンと判別し辛かろう。

 

「……すいちゃん」

「――?」

 

 特に気が付いてはいないのか。

 なら、今野暮な話はよそう。

 

「シオン⁉︎ 誰その人⁉︎」

「あ、あやめちゃんだ」

 

 曲がり角からあやめが顔を出して、シオンに気がつくと同時に、隣の狂人に視線を持って行かれた。

 

「すいちゃんだよ」

「ハロー」

「全然分からんよ……怖いし」

 

 じっくりとメイクを観察し、半歩引いた。

 ハロウィンのコスプレをする連中が行き交うからこそ、まだ馴染んでいるが、普段の景色の中にいれば、一発で通報され警察沙汰になる。

 

「あやめちゃんも、般若のお面は怖いよ?」

「そう? 鬼っぽいかなって思ったんだけど」

 

 顔だけ切り取れば、すいせいに負けず劣らずでなかなか怖い。

 

「それで、シオン」

「うん、あやめちゃん……」

「――?」

 

 あやめとシオンが目を合わせた。

 感じる。

 そもそも、シオンは何故、事務所に入らず立っていたのかを考えてみれば、分かるだろう。

 

「なんか、前にも似た感じの事あったよね」

「あったね。もう、2年半くらい前だけど」

 

 2人がデビューして間もなく、不審者が事務所に侵入した。

 それを今ここで掘り返すと言う事は。

 

「――??」

「すいちゃんはここに居て。中の様子を見てくる」

「そう? なんか分からんけど分かった」

 

 ギュイン――

 

「ッ――!」

 

 カァーーン…………。

 

 甲高い音が耳鳴りの様に長く響いた。

 金属と金属の衝突。

 

 すいせいに振り下ろされた斧。

 それをすいせいが反射的に防いだ。

 

「コイツはいいよ! 行きな」

 

 不本意だがすいせいを狙うなら、ご本人が相手しようじゃないか。

 あやめとシオンはフードとマスクで顔を隠した魔力だけを記憶して、事務所の奥へと駆けて行った。

 

「ここに、何の用ですかぁー?」

「そっくりそのまま返すぞ」

 

 黒フードに、黒のアイマスク。

 涼しくなってきたとは言え、暑苦しそうな格好。

 殺し屋か?

 

「パシられて戻ってくれば、新拠点に殺人鬼みたいな怪しい人が居るからさぁ〜。気晴らしにお掃除しょっかなぁ、って」

「新拠点? は、誰か知らんけど、丁度いい。この衣装に足りない最後の彩りは、お前の返り血で飾ることにしよう」

 

 白昼堂々、事務所前にて、殺人鬼2人が戦闘開始。

 

 

 

 事務所内へ侵入したあやめとシオン。

 2人は記憶に無いたった1人の微弱な魔力を頼りに敵の位置を探る。

 魔力自体が弱いため、対して強い敵ではないと思われるが……。

 

 大至急、敵を排除しなければ。

 

 会議室前で2人は立ち止まる。

 周囲に人がいない事を確認すると、会議室の扉を開いた。

 

 ガチャッ…………。

 

「「――」」

 

 2人とも表情には出さなかったが、正直肝を冷やした。

 想定していた数よりも、明らかに人が多い。

 敵は1人でなく、4人いた。

 

 さらしを巻き、一本の刀を携えた女。

 白衣を着て、複数の試験管を備えた女。

 背の高い、腰に鞭を備えた女。

 手首足首、そして首に計5つもの枷を嵌めた、子ども(女)。

 

 魔力が読めなかった。

 微弱な魔力は、白衣の女から。

 それ以外からは、まるで魔力を感じない……が、少なくとも、枷を嵌めた少女は、魔力を有している。

 その容姿が……頭に生えるツノが、悪魔である事を証明しているのだから。

 

「何だ貴様ら」

 

 まず1番に口を開いたのは、その少女だった。

 偉そうに、でも幼稚に特等席へ腰を下ろしていた彼女は、2人に指を差した。

 失礼だな。

 

「お前こそ誰だよ」

 

 シオンが冷や汗を流して会話を図る。

 正直……既にやばい。

 

「吾輩か? ふっふっふ! 刮目せよ! 吾輩の名前は、ラプラス・ダークネスだぁ!」

 

 椅子の上に立ち、そこから机の上に立つと、大層立派に、猛々しく無い胸を張って名乗った。

 なんとお行儀の悪い!

 

「ラプ、机に立たないで」

 

 隣の女性が、娘を嗜める様に肩を引いた。

 

「キッズだなー」

「…………」

 

 さらしの女は揶揄う様に口を挟み、苦笑した。

 白衣の女は無言で2人を見つめる。

 

「貴様ら吾輩に何か用か?」

「いや……用事? そっちこそ、ここで何……してんの」

「今日からここは吾輩らの拠点になるんだ」

「そう」

 

 嘘だろうと本当だろうと、排除せねば。

 

「博士ー、侍ー、任せたー」

 

 子どもがドア付近の2人に相手を任せる。

 任せたが、2人は不服そうに相手を一瞥すると、その子どもの下まで歩み寄る。

 2人でその首根っこを掴み、シオンとあやめの方へ放り投げた。

 

「「お前が行け」」

 

 ずでーっと綺麗に床を滑り、2人の目前に転がった。

 

「おい! お前らなぁ、総帥の命令だぞ」

「この前だって、その前だって、いっつも何もしてないでしょ!」

「吾輩は総帥だから座して吉報を待つんだよ」

「勝手にお金使って推し活してるだけでしょ」

 

 博士の指摘に対して逃げ道を探す総帥。

 背の高い女性が肩を竦めて、真実を吐く。

 

「そうだそうだ、社内費を推し活に使うな! 給料上げろー」

 

 侍も後方から強く非難する。

 何だこの組織は――。

 

 いや、何でもいい、とにかく追い出さなきゃ!

 

 シオンが小さく魔法陣を展開し、虚を突く一撃を総帥に放っ――

 

 キュイン!

 

「――」

 

 振り向きもせず、打ち消された。

 

「吾輩今忙しいから、お前らがやれって」

 

 元の席に戻ろうと、敵に背を向け歩く総帥。

 あやめが背後から気配を殺して刀を振るう。

 

 一閃――もう一閃。

 更にもう一閃。

 

「っ――は?」

 

 刀が一本であるため、連撃力は落ちているが、それでもあやめの猛追だ。

 それを、背を向けて、歩きながら、話しながら、簡単に避けられた。

 

「忙しいって……これ、ゲームでしょ?」

 

 総帥がテーブルに置いていたスマホの画面を見せつけた。

 可愛いアイドルの3Dモデルが、何か喋って笑っている画面だ。

 

「い、いいだろ別に! 吾輩は戦わないからな」

「はぁ……まったく……これだから赤字なんだよ、もう」

「幹部だって推し活してるだろ」

「私は節度を持ってるし、自己負担。会社のお金は使ってませんー」

 

 幹部まで少しムキになる。

 シオンとあやめの攻撃など、そよ風とも思っていない。そんな光景。

 

「ねえ、こよちゃん。これ、風真達がやらなきゃ一生このままなんじゃ……」

「ぽいよね……。クロちゃんが戻ったら任せれるかも知んないけど、流石にクロちゃんじゃこの2人には勝てなさそうだし……」

 

 総帥――改め、ラプラスのやる気の無さを目の当たりにして、もはややるしか無いと、2人はため息をついた。

 

「風真が鬼さんのほうね」

「こよりが魔法使いのほうね」

 

 博士――改め、こより。

 侍――改め、いろは。

 

 こよりはシオンへ、いろははあやめへ、敵が誰だか知らずに飛び込む。

 

「「ぁ、え?」」

 

 いろはとこよりが消えた。

 一瞬戸惑うが、シオンは冷静になれた。

 魔力を見れば――と思ったが、侍さんには魔力が無かった。

 消えた理由すら分からない。

 博士さんはどうやら、光学的に姿を眩ませている様だ。

 自身の像が投影されないように、光を反射・屈折させている。

 と思う。

 

 確証が持てない理由は、博士さんの消滅が、魔力とは一切無縁であるから。

 一ミリでも魔力を使用していれば、その流れでどんな魔術演算をしているか、大方予測できるが、あれは完全なる科学技術。

 魔術側の天才であるシオンとは対をなす存在だ。

 

「ん? おいいろは、風技は使うなよ」

 

 何かを予知したラプラスから、一つだけ注意喚起。

 風技の風圧と霧散する風の斬撃が、室内を崩壊させてしまうから。

 

 警告直後、あやめは直感だけを頼りに一本の刀を振るった。

 

 カキッ――ン。

 

 刀と刀が交わり、火花と電撃を放つ。

 そして更にまた、刹那の間を置いて、別方向から刀が迫る気配を感じる。

 防いだ!

 でもまた……これも防御。

 

「っく……!」

 

 刀一本で、しかも頼れる物が第六巻だけ。

 刀2つなら迎撃も可能だが、ひとつではどうにも、攻撃に転じることができない。

 なんせ敵が、速すぎて見えないのだから。

 

「半・紫苑砲」

 

 一方シオンは敵の位置がギリギリ分かる。

 その微弱な感覚を頼りに、威力減させた紫苑砲をぶっ放した。

 

「――⁉︎」

 

 その技名に、博士の――否、敵全員の動きが一瞬鈍る。

 

「ぁっと、吸収チューブ」

 

 遅れて反応したが、シオンの魔法を止めた。

 正確には、その魔力をひとつチューブの中に収めた。

 敵方向へ噴射すれば、それは魔法の反射を意味する。

 だが、こよりは吸い取ると、自身の像を正しく投影させた。

 いろはも、こよりの隣へ風のように駆けつけて、止まった。

 

 幹部が一歩踏み出し、2人の容姿を再確認したがる。

 が、その時、幹部と総帥にビビッと、複数の信号が送られた。

 

「――! ラプラス、これは!」

「あ、わわ……どうしよ、本物だ……」

「「え?」」

 

 焦燥感と緊張感が2人に走る。

 ラプラスは、バタバタと室内を駆け回り、転げ回った。

 その少しだけ気持ち悪い反応で、こよりといろはも察した。

 

 たったったっ、と廊下をかける音、そして――

 

 バン、と扉が盛大に開かれた。

 真っ先に顔を出すのは、冷や汗を流すえーちゃんだ。

 仮装はしていない。

 

「ちょっと! 何してるんですか皆さん!」

 

 室内に咆哮する。

 主に、謎の4人に向けて。

 

 息を切らすえーちゃんの背後から、トワが顔を覗かせた。

 仮装をしていて、判別しづらい。

 

「なんやなんや、この騒ぎは」

「はぅあ!」

 

 途端に、ラプラスが射抜かれたように倒れた。

 

「え、と、トワ先輩なの?」

 

 ラプラスの反応で、こよりも照合を始めたが、記憶と一致しない。仮装をしているせいで。

 

「ほら、2人も来てください」

「「はぁーい」」

 

 その更に後方から、斧を引きずり、2人の殺人鬼が。

 

「あひゃぁ……」

「ん……? ぇーーーー――!」

 

 いろはの掠れるような感嘆の叫びと、殺人鬼の甲高い悲鳴が会議室で響く。

 

「――? 何? どういう事?」

 

 状況を飲み込めない早とちり二人組。

 えーちゃんが重くため息をついて、会議室の奥へ。

 そこへ、謎の5名を引っ張り、集めると、こう紹介した。

 

「こちら、新たにホロライブにデビューした6期生、秘密結社holoXの皆さんです」

「「……ぅそじゃん」」

 

 holoX登場。

 総帥――ラプラス・ダークネス(魔神)。

 幹部――鷹嶺ルイ(鷹の獣人)。

 博士――博衣こより(コヨーテの獣人)。

 掃除屋(インターン)――沙花叉クロヱ(シャチの魚人)。

 用心棒――風真いろは(人)。

 

「「「「「よろしくお願いします」」」」」

 

 



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115話 holoX誘拐事件

 

 ホロライブ6期生、holoX。

 それが、新たに入社したメンバー。

 計5人から成る、全く秘密要素のない秘密結社だ。

 

 個性豊かなメンバーがさらに増え、ホロライブは一層勢い付く……かと思いきや、ここ最近、過去のリスナーがホロを離れているようだ。

 チャンネル登録は外さず、ホロから徐々に離れ、幽霊部員の様なアカウントが数多点在する。

 ホロライブと似た活動が世界に広まったからか、もしくは動画配信アイドルを追いかける事に飽きたのか……。

 真相は、当人にしか分からない。

 

 それでもまだ、新規ユーザーの方が数を上回り、プラスになっている。

 しかし、このままではこの業界は次第に衰退してしまう。

 それが自然の摂理である事は、明白だが、やはり、ファンが消えて行く事は悲しいだろう?

 

 だから、早く何とかしたいのだが、早々に解決は出来ないものである。

 時間をかけて少しずつ、この業界を再発展させて行く。

 それこそ今の、ホロライブの命題の一つとなる。

 

 

 

          *****

 

 

 

 さて、前述の事は全く関係なく、場面は大きく変わる。

 ある日、ラプラス・ダークネスが事務所に来た時のこと。

 

 holoXのミーティングのため、面倒くさいが、会議室へ来た。

 すると、誰もいなかった。

 稀にラプラスが早く到着する事はあるが、それでも必ず1番はルイである。

 一瞬眉を顰め訝しむが、特に連絡もせず、1番偉い人が座りそうな席についた。

 

 待つ事30分――。

 

「誰も来ねぇじゃん」

 

 誰1人、一向に来る気配が無い。

 集合時間を大幅にオーバーしても、ルイすら来ない。

 まさか、日程を間違えた?

 そんな筈はない。

 

 電話でもかけてみようかと、ゲームを起動していたスマホの画面を切り替える。

 そしてコールボタンを押しかけて指が止まる。

 

 コンコン。

 

「失礼します」

 

 えーちゃんが丁寧に入室してきた。

 

「あれ、ラプラスさんだけですか?」

「来ねぇんだわ、あいつらが」

「そうなんですか……」

 

 珍しいですね、と軽く足しながら歩み寄ると一枚の手紙をラプラスに手渡す。

 

「これ、事務所の郵便に入ってたんですが、差出人の名前が無いんですよ」

「はぁ……」

 

 それは、困るな。

 困るが、何故ラプラスに?

 

「吾輩宛なんすか?」

「いえ……中身を見れば分かると思ったら、読めなくてですね」

 

 手紙の封は一度剥がされていた。

 その跡をなぞってラプラスは本文を取り出した。

 

「おお……」

 

 そこには、アルファベット2文字と、大量の数字が羅列してあった。

 文字は鉛筆の様な亜鉛で書かれているが、その字は出力した様に美しく並び、記されていた。

 えーちゃんにはサッパリだったその一文を見て、ラプラスはやる事を察する。

 

「RSA暗号だな。ちょっと待ってくれ、今……」

 

 と、断りを入れながら、数字と格闘を始めた。

 数百桁もある数字の羅列を見て、ラプラスは何をどう脳内処理しているのか……。えーちゃんには想像すらできなかった。

 

 それが、僅か1分後。

 

 ラプラスが目を見開いた。

 

「……道理で来ないわけだな」

「お、分かったんですか?」

 

 額に右手を当て、不敵に笑った。

 

「分かった。ただ……」

 

 ラプラスは珍しく一度熟考した。

 アレコレと今のスペックで可能な限りの展開を想像、予測して、手の打ち方を思案する。

 クソみたいな奴が目の前に立ちはだかっても、ラプラスは大抵の敵を瞬殺できる自信がある。

 しかし、今回ばかりは、少々面倒だ。

 流石に、タイマンのフィールドを用意する必要があるし、恐らく向こうもそれがお望みだ。

 

 作戦が決まって、ラプラスは「よし」、と頷いた。

 

「えーちゃんさん、ありがとうございます」

「はい?」

「それで、悪いんですけど、今からある3人を至急ここに呼んで欲しいんっすけど、いっすか?」

「――はぁ……相手が応じれば、ですけど」

 

 ラプラスの要望に従って、えーちゃんは3人のホロメンを緊急招集した。

 

 

 

 その、呼ばれたメンバーとえーちゃんを交えて、ラプラスを中心に作戦会議、基、作戦説明を始める。

 まず、呼ばれたメンバー。

 さくらみこ、宝鐘マリン、紫咲シオンの計3名。

 共通点は特に無い、様に見える。

 

「なんなん? この会議」

「これがここの郵便ポストに入ってたって」

「……?」

「何です、これ」

 

 最初に手紙の暗号文を皆に提示する。

 読める者はおらず、それがRSA暗号と分かったのはシオンだけ。

 魔術と科学に関する研究や論文などに目を通す時、偶に目にする程度だから、簡単な計算もできない。

 こんな何百桁もの暗算なんて到底不可能。

 

「これを計算してアルファベットに変換するとM、A、X、W、E、L、Lと導き出される」

「えーっと……マックス……ウェル?」

「――! マクスウェル?」

 

 やはりシオンだけ、一足早く答えに辿り着く。

 この名前は、魔界では――特に悪魔の間で有名な名前。

 

「科学的魔神。吾輩と、もう一方の存在。それが、マクスウェルの悪魔だ」

 

 魔神と聞いてピンとは来ない。

 ラプラス以外に魔人を見たことがないから。

 

「4人はコイツに捕まった可能性が高い」

「――何でそうなんの? 名前が届いただけで」

「勘だ。大方、目的は吾輩を倒すか懐柔するか……そんなとこだろ」

「ええ……」

「それに、アイツらは簡単に捕まったりはしない。なのに、誰1人時間内にここへ着いていない。そこへタイミングよくこの暗号文」

 

 関連性を疑わない方がおかしい。

 

「……んで、ラプラスはシオンたちに助けるの手伝えって言いたいわけ?」

「ああ」

「ま、待って! この2人はまだしも、船長はおかしくない?」

「こっちの都合っすね。基本皆さんが戦う事はないと思うんで」

 

 本当はもう1人、お呼びしたい先輩がいたが、今回の作戦には向かない。

 それでも、アイツらはこれで十分だろう。

 

「アイツら、本気出せば強いのに、吾輩と同じでそう言うの面倒くさがるんっすよ」

「そりゃあ誰だってにぇえ……いざこざはヤだと思うよ」

「でも今回はちょっと頑張ってもらうために、先輩たちです」

「――?」

 

 自覚のある者とない者がいる。

 この3人はholoXの各メンバーを動かすスパイスになる。

 そう、だからもう1人、すいせいにも居てほしかった。

 

「って事なんで、これからマクスウェルの拠点へと向かいます」

「え、いきなり⁉︎」

「作戦は『成り行きでどうにでもなるだろ』作戦です」

(((これだから最強は……)))

 

 最強であり、クソガキであり。

 

「まあ、後輩の頼みくらい、聞いたりますけど」

「吾輩、人生のウルトラスーパー大先輩ですけどね」

「はいはい」

 

 えーちゃんに仕事関連の事は任せて、4人はマクスウェルの拠点へと向かった。

 

 



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116話 やっぱり、逃げのマリン

 

 魔界、マクスウェルの根城。

 

 魔界に太陽光はないが、不思議な照明が天井から魔界全体に灯りを届けている。

 太陽よりも赤いため、地上とは見え方が少し異なる。

 しかし、特に人体に害はなく、活動にも支障はない。

 

 マクスウェルの城の周囲に、警備員は1人もいない。

 警備が必要ないから。

 魔神の住まう城を襲う輩は、そういない。

 そんな奴が来れば、警備は全く意味をなさない。

 経費削減にもなるし、寧ろいない方が良い。

 

「数百年前に一度だけ来た事はあるが、多分内装は変わってる」

「数百年前ねぇ〜……」

「ロリババア……」

「あん?」

 

 規模が人間の比でない。

 まあ、それだけ月日も経てば当然、建築物は再建されるだろう。

 

「門をぶち破って……と行きたい所ですけども……」

 

 ラプラスは門を凝視して顔を顰めた。

 こう言う時、奴の能力は厄介だな。

 

「まあ、やってみます」

「開いたらどうすんの?」

「おお、そうでした」

 

 忘れていた、と手を叩きラプラスは尋ねたみこではなく、マリンを見た。

 

「吾輩とみこさん、シオンは同時に突入して、マリンさんだけは遅れて侵入してください」

「はい⁉︎ それ死にますよ⁉︎」

「マリンさんの側に我々が居ると意味ないんで」

「んな事言われても……」

 

 1人では心細いのか、乙女チックに視線を逸らして縮こまる。

 でも、ビビってるなら寧ろ好都合だ。

 その方が、きっとオッドアイが上手く働く。

 

「マリンさん。マリンさんは『いろはだけ』を探してください」

「え、なんで――」

「何でもです。いいですね、いろはだけ探す事を目的として、それ以外は見つけても無視してください」

「鷹嶺ルイも沙花叉も、こよりも?」

「はい。そいつらは助けを求められても無視して、『いろはだけ』助けてください」

「……それ、船長嫌われない?」

「大丈夫です」

 

 誰がどこに居るか、分からない中で、いろはだけを探し当てる事は困難。

 でもそれが、特定条件下でマリンには可能である。

 本人が自覚していないために、ラプラスはここまで強く念押しをする。

 

 マリンは、本気で細心の注意を払えば、監視の目を全て潜り抜け、ただ一つの目的を完遂する能力がある。

 そんな作戦遂行能力に長けている。

 

「みこたちは?」

「中層を適当に探して見つけたやつ助けてやってください」

「雑」

「ラプラスはどうすんのさ」

「吾輩はマクスウェルだ。高慢なやつだから、どうせ天辺で吾輩の到着を待ってんだろ」

 

 マクスウェルと戦えるのは同格――否、彼の上を行く存在だ。

 

「適当に中層を探して4人のうち誰か1人でも助けたら、シオンは吾輩と来い」

「はぁ? 大して戦わないって言ったじゃん」

「戦わなくていい。見学させてやるんだよ」

「上から目線すぎ。後輩のくせに」

「人生の大先輩」

 

 ガキ同士の言い争い。

 

「シオンの魔術は過去と未来に干渉するものだろ。吾輩の未来演算は参考になると思うぞ」

「…………はいはい」

 

 それは興味がある。

 魔力使いの頂点に君臨する者から、その術の扱い方を学べれば、シオンの魔法もまだまだパワーアップする余地がある。

 

「にぇ……なんかみこだけオマケ感がパニぇんだけど」

「そんな事ないっすよ。うちにはみこさんを慕うような奴もいるんで」

「おいコラ、クソガキぃ!」

「ま、まあまあみこち、落ち着いて」

 

 統率力のないチームだが、大丈夫か?

 

「ま、どれもこれも、扉をぶち破れれば、の作戦なんっすけど」

 

 ラプラスは右腕をぐるぐると回して肩慣らし。

 てくてくと門前まで歩み寄ると、右腕を大きく振るって魔法を放つ。

 

 バゴンっと、ビーム的な魔法ではなく、爆発のような魔法が発生して扉を破壊した。

 黒煙を上げ、扉がボロボロと崩れて道が開いた、がラプラスはまだ進まず、様子を伺う。

 

「……直らないな。歓迎って事か」

 

 扉が復元される事を危惧したが、そんな「超常現象」は発生しなかった。

 敵はやはり、ラプラスを待っている。

 なら望み通り、ぼこぼこにしてやろう。

 

 先頭をラプラスにして、3人が城に足を踏み入れた。

 爆音は響いたはずだが、悪魔1人来ない。

 3人は、早々に暗闇の奥へと消えていった。

 

「……」

 

 1人残されたマリンは、敵に怯えながらも、可愛い後輩のため、勇気を振り絞って単独行動を開始する。

 もう既に泣きそう。

 何が何でも、ホロメン以外との遭遇は避けよう、と心に誓う。

 

 城内へ一歩、踏み込んだ途端――

 

「――――⁉︎⁉︎」

 

 意識が飛びそうな気魄に全身が震え、身の毛がよだつ。

 最上階にいるであろう、マクスウェルから放たれる魔力と威圧感。

 

「まるで覇王色じゃないですか……」

 

 益々単独行動への不安が募る、が過去の戦闘経験が僅かながらにマリンに勇気をくれた。

 森でのエネルギー男戦、デスゲームでのシステマー戦。

 

 もう一歩、力強く踏み込めば、その先の足取りはまだ軽い方だった。

 

 室内は人工太陽光が無いため薄暗い。

 仄かな灯りと、自身の目、直感を頼りに暗中を行く。

 

 十字路に到達。直進。

 T字路に到達。右折。

 階段を発見。下階へ。

 

「ぉ――」

 

 人を発見。

 普通に彷徨いている辺り、顔は見えないがここの住人に違いない。

 暗い視界をぐるりと回し、周囲を確認。

 魔力&聖力感知センサーが複数個と、映像カメラが数台。

 センサーは無視して、カメラと人の目に注意を払う。

 全カメラと監視の、数センチの綻びを探っては身を寄せる。

 

 今なら、ラプラスがマリンを選んだ理由がわかる。

 センサーにかかる人間は、この監視網を突破できない。

 マリンといろはのみが――否、きっとマリンだけが突破できるセキュリティだ。

 

「おるおる」

 

 野蛮そうな監視員がおるではないか。

 金棒を持った1人の男性。あれが恐らく、この中で最も危険。

 

 この先に少し開けた空間が見える。

 そこでキラキラと輝く何かも。

 怪しい。

 

「…………」

 

 視認できる距離まで近付いて…………。

 

「あぇ……?」

 

 視認できないのに、何で見えた?

 デスゲームの時と同じ感覚だ。

 ハイになっていたあの時と違って、今は冷静だから、不思議に頭を悩ませることができる。

 良く見える。オッドアイの開眼が定着してきたのか。

 

 まあいい。自分が少しは使えるのなら、その力でいろはを助ける。

 

「…………」

 

 そう言えば、何でここにいろはがいると思ったんだ?

 いや、それも今はいい。

 今必要ない分析は後回し。

 目の前の敵と任務に集中しよう。

 

 闇と死角に紛れて、マリンは徐々に徐々に、距離を詰めてゆく。

 不明の物質へと。

 

「……」

 

 暗がりの中でも、認識できる距離まで辿り着くと、物陰に隠れて、キラキラと輝く巨大な――檻を見つめた。

 そう、キラキラと輝く物質は、鉄柵のように1人の人間を囲っていた。

 だからあれは檻だ。

 でも、見るからに金属ではない。勿論、石でもない。

 

 何だ……あれは?

 宝石……?

 

「――!」

 

 檻の反射で、見辛いが、中にいろはがいる。

 四肢は拘束されておらず、檻の中では自由な状態。

 自慢のチャキ丸は背負っていない。

 没収されたか……。

 

「すんすん……」

「――???」

 

 遠目にいろはを含め、現場を観察していると、突然いろはが鼻を鳴らし何かを探知し始めた。

 なんだ、とつぜ――

 

 

「ああ! マリンせんぱぁーい!」

「ん゛が…………‼︎‼︎‼︎」

 

 

 付近の監視が、いろはを一瞥――そして、その視線と手を振る先を見た。

 

(あのアホ……!)

 

 どう見ても隠密行動してんだろうが――!

 

 視線を流すように、マリンも真後ろを見た。

 

「「「………………」」」

 

 恐る恐る振り返る。

 

(うわ〜、みんな怖い目……)

 

 たった1人だけ笑顔で手を振っている。

 先輩が救出に来た現実に感極まって、その嬉しさの余り檻以上に眩しい顔でぶんぶんと。

 

「ニヒッ! 退屈凌ぎキタァ!」

 

 最もヤバそうと一目置いていた金棒を持った男性が、嬉々としてマリンへ襲い掛かる。

 

「ぎゃあぁ! 風真いろはのあほー!」

 

 暗闇を駆け出すと、周囲の監視たちも一斉にマリンを標的として攻撃を放つ。

 無意識にオッドアイを駆使して全てを回避していた。

 絶叫しながら、懸命に室内の物陰を移りながら駆け回る。

 魔法、銃、その他飛び道具が、ヒュンヒュンと周囲を突き抜ける恐怖。

 どれかが当たれば死ぬ自信がある。

 

「おい風真いろはぁ! お前出れんのかぁ⁉︎」

「鍵が無いと出れませーん。檻がダイヤで出来てて、壊せないでござるー!」

「鍵ぃ⁉︎」

「チャキ丸でもいいですー!」

 

 監視カメラも意に介さず、大声を張り上げて会話を図る。

 結果、鍵か刀を要求された。

 どちらでもいい。そうすればあとはいろはが何とかする、はず!

 

「オーイ、待てってェ!」

「わぁ! わぁ! わぁ! 来んな来んな来んなぁ!」

 

 金棒を持った男が微笑んでマリンを追う。

 足が速いため、物陰に上手く隠れなければ、逃げ切れない。

 他にも敵は複数いる。全員マリンよりは戦える敵。

 とにかく逃げ続けて、鍵か刀を――

 

「――‼︎」

 

 オッドアイが警告した。

 反射的に身を翻せば、マリンの正面を、ビュン、と強風が通過した。

 車が走ったかのような風。

 ブレーキを掛けなければ、「その勢い」はマリンに直撃していた。

 

「オオォ! 何でわかった? ナァ、ナァオイ! 何でだ!」

 

 間一髪の緊急回避に、男は益々口角を上げ、喜悦を感じる。

 敵と会話する余裕はないので、無視無視無視。

 

 金棒を持った――鬼は、置き去りにして室内を縦横無尽に?駆け巡る。

 

「鍵、刀、鍵、刀、鍵、刀、鍵、刀……」

 

 どちらか一方でいい。

 懸命に探すが、全速力で動くので、注意深く探る暇が無く、探索のムラは多い。

 

「刀あったー!」

 

 ふと視界に入った刀を掴み、即行でダイヤの檻へ駆ける。

 その際に押し寄せる攻撃も全て掻い潜って。

 

「はい刀!」

 

 檻の隙間から刀を受け渡し。

 パシッといろはが受け取るが、それはチャキ丸ではない。

 城の住人の、誰かの刀。

 

 マリンは猛スピードで檻から距離を取り、また「逃げのマリン」に徹する。

 

「ダイヤモンドは切れないでござる、が」

 

 馴染まぬ刀の柄をグッと握り締め、牢内で構える。

 

「オイ、お前ら、逃げたほうがいいぞ」

 

 金棒鬼が注意喚起するが、状況を飲み込めないものが殆どだ。

 

「疾風刃雷」

 

 大半が行動を起こす前に、いろはの一撃が室内に波紋を発生させた。

 いろはを中心とした斬撃の風が、雷のような速度で室内に拡がり、接触するモノドモを切り裂き、薙ぎ倒してゆく。

 

 マリン、金棒鬼、そして無名の監視数名を除く、全てがその身を赤く染め、地べたへと身を投げた。

 

「アーア、ダァから言ったのにィ」

 

 金棒をガシンと地面に叩きつけ、小さく欠伸した。

 

 その絶大な威力に、マリンは目を剥いて硬直していた。

 

「あー……壊れちゃったでごーざる」

 

 いろはの手元から、刀身が4分割ほどされた刀が溢れた。

 疎らに金属音を鳴らして、ダイヤの床に転がった。

 

 やはり、チャキ丸以外は刀が保たない。

 

 今の一撃を受けた者は全員倒れたが、ダイヤの柵で守られた雑魚もそこそこいる。

 

「マリン先輩、やっぱり鍵を探してほしいでござる」

「お、おん……わかった!」

 

 いろはの実力を目の当たりにし、やる気がほんのり湧き上がる。

 彼女が全力で暴れれば、怖い者はないだろう。

 鍵だ。鍵さえ手に入れれば――

 

「鍵なら、オレが持ってる。イコール、オレを倒すのはマスト」

「ぅえ……」

「ナァ、遊ぼゥや、海賊さんよォ〜!」

 

 それでもやはり、関門がマリンに立ち塞がる。

 

「…………」

 

 いろはのせいだ。

 隠密行動を台無しにしやがって……!

 その可愛さあってこその、赦しだからな!

 これで死んだら恨むからな!

 

「ふぅ……」

 

 覚悟を決めたように、大きく深呼吸。

 はい吸って〜、吐いて〜。

 

「いざ、尋常に――」

「ッシャァ――」

「逃げる‼︎」

 

 

 逃げのマリンは、逃げ続ける。

 

 

 



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117話 悪魔レベル

 

 ラプラスを先頭に、1階を巡り、一同は上への階段を発見。

 

「みこさん、2階の捜索を頼んでいいっすか?」

「ん、いいよ」

「シオンは3階、吾輩は4階を見る」

「へいへい」

 

 階段は基本、一気に上階まで駆け上がれる設計で、ここも例に漏れはない。

 この先は各々が単独行動を行う。

 

「んじゃ、がんばれ〜」

 

 それぞれ、各階の捜索を開始した。

 

 

 

 4階――ラプラス・ダークネス視点。

 

 靴音を鳴らし、カメラやセンサーも全て無視して、堂々と歩く。

 ポケットに手を入れて、傲然と胸を張り、てくてくと。

 

「何者だぁ!」

 

 警備兵か?

 10人ほどが束になって寄ってきた。

 

 予備動作なく魔法を放つ。

 数名には直撃。

 数名は回避を試みたが、結局追撃でノックダウン。

 

 一瞬で全滅させると、もくもくと道を進み、仲間を探す。

 

「…………」

 

 妙な気配を感じた。

 相当な魔力量を、微塵も隠さず、まるで威圧するかのように放つ者の気配。

 

「子どもじゃないじゃないじゃないか」

「ぁ?」

 

 変な男が暗闇から堂々と現れる。

 ラプラスに倣ったように。

 無駄な対抗心を燃やしやがって。

 

「子どもよ。ここがどこだか知らない訳がない訳がない訳がないよな?」

「――」

 

 顔に見覚えはない。

 魔力量や外見から、悪魔だろう。

 マクスウェルの部下か。

 多分、新人(沙花叉)よりは強い。

 

 因みに余談だが、ラプラス的holoX内の強さランキングは弱い順に――

 新人→博士→侍・幹部→総帥(吾輩)。

 となる。

 

「さっささ、さっさっさささささっとお家に帰る事を推奨しよう」

「ムカつくからその喋り方と、子どもって呼ぶのやめろ」

「口調は俺の『IでんてぃT』だから、文句は一切合切、葛飾北斎受け入れられない」

「じゃあせめて子どもはやめろ。吾輩は大人だ」

「すべては主観。分かるだろう? 子どもでも」

 

 コイツはアレだな。

 頭がイってるらしいな。

 

 そして、今の簡単な会話で大方は理解した。

 

(さては、マクスウェルの奴、誰にも吾輩の事、話してないな……)

 

 いくらマクスウェルの部下が強かろうと、魔神相手では敵わない。

 にも関わらず、馬鹿げた対抗心丸出しに登場する辺りから、そう予想する。

 手間なことを……。

 

「時間の無駄だから一度だけ言うぞ。邪魔だからどけ」

「時間の無駄か。ならどける気はない。から子どもよ、君がこの先へ進みたくぶバァッ――!」

 

 言葉を最後まで待たずして、ラプラスは敵を葬った(倒した)。

 魔力で爆破を起こして、一撃だ。

 その程度でラプラスを止められはしない。

 足止めにもならない。

 

「めんどくせー奴だなー、マクスウェル」

 

 ラプラスは、気絶した敵を放置して、また歩みを進める。

 

「…………ああ、近いな」

 

 しばらく進むと、また別の気配を感じた。

 親のように感じ慣れた気配。

 この魔力の気配は、やはり鷹嶺ルイだ。

 

 悪いな幹部、助けに来たのが吾輩で。

 

 この作戦に於いて、ラプラスとルイは他のメンバーよりも少し損な役回りだが、諸々の兼ね合い上、致し方ない。

 

「おーい! 幹部ー、居るかー?」

「鷹はこちらにおりまーす」

 

 大声を張れば、ジョーク混じりに返答があった。

 意識もしっかりしている。

 

 声と気配を頼りに奥へ進めば、手足に枷を嵌められたルイがいた。

 見張り、警備の類は1人もいない。

 先程の雑魚数名が、この階の警備すべてだったようだ。

 

「悪いな、吾輩が助けに来たぞ」

「悪いって何が?」

「ん、待て。幹部、見てないのか?」

「ホークアイのことなら使えないよ」

 

 ……。

 なるほど?

 マクスウェルの魔力で妨害されているのか。

 てっきり、ホークアイで全てお見通しだと思っていた。

 通りで普段通りな訳だ。

 

「一応聞いとくけど、何で捕まってた?」

「なーんか、変な男の人に突然襲われてさー。捕まっちゃってさ」

「そん時幹部、誰といた?」

「クロヱ」

 

 クロヱとルイの二人掛かりでもでも、到底敵わない、と言うこと。

 やはり、ラプラス以外ではどうにもならない。

 

「ん、それじゃ…………幹部は2階か3階で新人か博士探しといて〜」

「分かったよ。でもいろははいいの?」

「アイツは吾輩以外の魔力持ちが行っても意味ねぇし」

「そ、りょーかい」

「あー、でも――」

「――?」

「侍んとこ行けば、幹部にとっちゃ、滅茶苦茶嬉しいことがあるかも」

 

 直接的な表現を避けつつ、ルイに情報を与える。

 上手くマリンたちと遭遇できれば、驚きのあまり泣いてしまうのでは?

 

「覚えとくよ。ラプも気をつけなよ」

「吾輩を誰だと思ってるんだ?」

「キモオタ最強キッズ、ラプラス・ダークネス」

「キモくはねぇ」

「気にする事ないって。オタクって大抵キモい部分があるから。私も自覚あるし」

 

 「キモい」が何を指すのかによるが、大体のオタクはキモい。

 キモいほど◯◯、なことが多いから。

 その◯◯が、いい事だといいね。

 

「じゃ、ちょっとクソ野郎をぼこしてくるわ」

「いってら」

 

 2人は階段へ戻り、ラプラスは更に上へ、ルイは下へと向かった。

 

 

 

 ラプラスは最上階へ到達。

 そこで出迎えてきた者は。

 

「超久々だな、ラプラスの悪魔。5、600年ぶりくらいか」

「覚えてねぇ。そんな細かい上に、記憶する価値もねぇ事は」

 

 最上階にて、マクスウェルとラプラスが対峙した。

 

 



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118話 キメラ

 

 2階探索担当、さくらみこ。

 多種多様な機械類が設置されたこの空間は、視界が悪い。

 魔力がなく、気配を感じ取れないみこには、ミスマッチな地形。

 嗅覚も優れてはいないので、耳だけで判断する。

 足音の有無で存在を確認、更に角からチラリと前方の安全を視認してようやく次の分かれ道まで進む。

 極めて面倒。

 せっかちな者には特に。

 

「スゥーーーーー…………はぁーーーーー…………」

 

 耳を澄ませていると、足音ではなく、吐息が聞こえた。

 ラジオ体操やヨガでもやってんのか?

 

「はぁあああ……この香り……ミーと、お・な・じ・だぁ〜」

 

 次に続く独り言で、みこは警戒心全開に。

 序でに嫌悪感もかなり剥き出しに。

 全方位を満遍なく見渡し続け、襲撃に備える。

 本当に、全方位を確認していた。

 

「ねぇえ? そうでしょぅお? 聖力を持つ人の香り、だぁ〜」

 

 ピクリと一瞬眉を寄せた。

 魔界にも、天界出身がいるのか。

 聖力を持つ事ができるのは、天上で生まれた、天上の血を引く者のみ。

 天使、巫、天神のみである。

 どれに分類するのか。

 天神なら、勝ち目はない。

 

「ミーはねぇええ……人体実験の成功例だよぉおお」

 

 見えずとも見える愉快な笑み。

 歪さまで分かる、この笑い声。

 

「こんにちわぁああ〜」

「――! なんだ、オメェは⁉︎」

 

 突如頭上から人が舞い降りてくる。

 身の危険を感じ、距離を取れば、視点が変わり、見え方が変わる。

 その身体は…………この世の物とは思えぬ異形。

 

「ミーはぁああ、俗に言われるキメラってやつぅう?」

 

 煌めく鱗、ふわふわの体毛、2本の腕に、鉤爪のある翼、鋭い牙、奇妙な尻尾、瞳も左右で異なる。

 

「キメラ?」

「知らないのぉお? いろぉ〜〜〜んな動物が、混ざった物だよぉおお」

「そんな事、知ってっし!」

 

 バカにされたと感じて、みこは怒鳴った。

 

「何と……何のキメラだよ」

 

 唇を振るわせて問うたが……2種類の生物では、これほどの特徴は具現化されない。

 一体何種類、組み込まれたんだ。

 

「おさかなとぉ、とりさんとぉ、わんちゃんとぉ、にゃんちゃんとぉ、むしとぉ、あくまとぉ、てんしとぉ、えっと、えぇっとねぇええ……」

 

 本当に、一体何種類の生物が混ざって…………。

 

「おいおめぇ……」

「んんん〜?」

「悪魔と天使って……人に人を混ぜたのか」

「そうだよぉおお」

 

 ばさっ、と右翼と左翼を交互にはためかせる。

 右は黒く、左は白い。しかも、その羽の先には、鳥のように鉤爪が付いている。

 実質腕が4本。

 

「今はこの身体も気に入ってるけどねぇええ、改造されてここに来るまではねぇええ…………本当に最悪だった……よぉおお」

「そう……か」

 

 反応に逡巡する。

 過酷な人生だった事は、程度に差異あれど想像に難くない。

 でもコイツは、間違いなく敵だ。

 

「そうなのぉおお……だからミーはねぇええ――科学者嫌い」

「……にぇ」

 

 そうか。

 つまりこの奥に、こよりがいるんだな。

 

「嫌いなら、そいつをみこが引き取るにぇ」

「ぇええ〜、やだ。嫌いだけどぉおお、マクスウェルが捕まえておけってぇええ」

「なら、同情が無くはにぇえけど、力尽くでいく、にぇ」

 

 みこは手を叩き、天叢雲剣を現出した。

 両手で握り込み、くいっと剣先を見せつけた。

 

「ミーも、ミーも、力尽くでぇええ」

 

 両腕に刀を装備する。

 目を凝らして見れば、腰に鞘を携えていた。

 

 上空からクロスした刀が迫る。

 上達したみこの剣技で受け止めると火花が散った。

 薄暗い中で数少ない照明が、敵と重なって逆光となり、動きが見難い。

 

「えぇっへへぇええ」

「――⁉︎」

 

 パァン……。

 

「あれぇええ?」

 

 キメラキッドの尻尾から、硝煙が立っている。

 いや、正確には、尻尾が器用に装備して発砲した拳銃から。

 危機感知センサーの反応と、僅かに見えた途端の回避がみこ自身を救った。

 

「八咫鏡」

 

 鏡を現出し弱い照明から光を吸収――光線を発射。

 

「えっへっへぇええ」

 

 左翼、天使の羽がただの光へと返すようにガードすれば、見事に相殺された。

 

「天使の羽は聖力をぉおお、悪魔の羽は魔力をぉおお、収束発散させる器官だからねぇええ、すごぉおおいパゥワぁああがないとぉおお、効かないのぉおお」

 

 聖力を込めた攻撃も、魔力を込めた攻撃も、相当の質でないと吸収、最悪反射される。

 文字通りの手数、対応範囲、戦術範囲がデカすぎる。

 こんなチート生命体を作るなんて、傍迷惑な科学者もいたもんだ。

 

 たったったっ……。

 

 今度は正面から駆けてきた。

 

「あっちあっち! あっちに行こぉおお」

 

 みこの背後を指しながら、勢いよく攻撃を連打する。

 右腕からの斬撃、左腕からの斬撃、右翼鉤爪からの斬撃(爪による)、左翼鉤爪からの斬撃、尻尾からの発砲、ギラつかせる牙、稀に各足からの強力な蹴り。

 意識を割くべき箇所が多すぎる。

 

 防御に徹しても、どんどん後方へ後方へ――

 

「んあっ!」

 

 突如、足場が消えた、ように錯覚する。

 ある意味消えたのだが、正しくは無い足場に乗ってしまった、だ。

 

 ぼちゃん……。

 

(水槽⁉︎ でっけぇ……ってか、みこ、泳げにぇえ……)

 

 ドチュン、と翡翠のようにキメラキッドが高速で入水する。

 両翼を丁寧に折りたたみ、呼吸を鰓呼吸へと変更して。

 

 魚を取り込んだキメラなら泳ぎは早そうだ。

 でも――!

 羽はともかく、少なくとも体毛は水を吸うから泳げないだろ、普通!

 

「ロータス効果ってぇええ、知ってるぅうう?」

 

 水中でも言葉を発してきやがる。

 勢いを殺さず、2本の刀を構える。

 

「しゃっきーん!」

「――――!」

 

 斬撃が炸裂。

 確実にみこを上半身と下半身で両断できる威力。

 

「――あれぇええ? 綺麗なお花だぁああ」

 

 しかし、当のみこは消滅し、水槽を彩る桜の花弁だけが漂った。

 その桜から、じわりと血が滲み出ていたが、大した量ではない。

 

 

「……」

 

 

 桜花に紛れて水槽外へ離脱したみこは、脇腹の傷口に軽く触れる。

 水槽内が海水なら、激痛に悶えていたに違いない。

 

「くっそぉ……」

 

 戦う必要がない、とラプラスは言っていた。

 大嘘じゃないか。

 戦う必要はあったし、しかも超強いときた。

 

 よく考えれば、ここはマクスウェルの根城。

 つまり敵はholoX以上の強さを誇る。

 今のみこをholoXに突っ込めば、強さ的に……ルイとこよりの中間、くらい?

 相性もあるが、みこ1人にあのキメラは厳しい。

 こよりの解放を優先しよう。

 

 水槽から離れ、辿ってない道を行けば、その檻は容易く見つかった。

 しかしこよりが……。

 

「こより! こより⁉︎」

 

 倒れている。

 檻はただの鉄格子。問答無用に天叢雲剣で切断すると牢内へ侵入。

 駆け寄って容体を確かめる。

 首元に腫れが見られる。

 大きくないが、原因はこれだろう。

 酷い高熱だが呼吸が弱い。

 

「神具・大幣」

 

 外傷が浅く、実害の大きな物、それは大抵が毒物。

 大幣で祓う。

 

 予想は的中したのか、こよりの呼吸が戻る。

 腫れは治らないが、毒物の排出により、時期意識を取り戻すだろう。

 しかし、一体いつから倒れて、何を打ち込まれたんだ?

 

「よかった、けど……参ったにぇ……」

 

 こよりはおそらく無事だが、抱えて脱出は出来まい。

 あのキメラはきっと、すぐにここへ来る。

 こよりが目覚めるまで、粘って、起きたら逃げるか戦うか、ってとこだな。

 

「ぁああ! 壊されちゃったぁああ……」

 

 噂をすれば……。

 

「おめぇ……毒持ってんのか」

「――うん、むしさんだよぉおお」

「虫?」

「ぶんぶーん……はちさんはちさん、24」

 

 蜂の毒……。

 スズメバチか何かが一度刺した程度で気絶はしない。

 アナフィラキシーショックを起こす程の回数、毒を盛ったのか。

 

「厄介な組み合わせだにぇ」

「ミーも、そうおもぉう」

 

 みこは会話で相手の気を逸らしながら、こよりを抱えた。

 重い。

 こよりが特別重いわけではなく、人1人抱える事が、みこには苦だ。

 でも、目覚める迄はこれで凌ぐ。

 マクスウェルのせいで、結界は張った瞬間に破れるから、回避を基本としよう。そうしよう。

 

「へっへへぇええ! いっくよぉおお!」

 

 数多の矛先が、みこに狙いを定める。

 

「…………」

 

 初撃の発砲を合図にみこの耐久戦が始まった。

 

 



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119話 拡張遺伝

 

 3階捜索者、紫咲シオン。

 ふたつ上の階から放たれるマクスウェルの魔力が感覚を狂わせる。

 魔力での探知が上手く効かない。

 

 無駄な魔力消費はせず、歩いて担当する階を探索する。

 聴覚以外はほぼ使えない状態。

 一般人の気分味わうのは、久しぶりだ。

 何だか懐かしい。

 

「…………?」

 

 なんだ?

 

「…………」

 

 何なんだ……?

 

「…………だれ?」

 

 何の気配だ?

 魔力で上手く探れない。

 何も感じないが、何かを感じる。

 

「…………」

 

 気のせい……では、ないよな?

 

「…………」

 

 何なんだよ、これは――

 

「――‼︎」

 

 頰を何かに掠めた。

 小さな切り口から、ほんのりと血が滲む。

 

「…………」

 

 何も見えない。

 あれだけ間近を通過されても、魔力を感知できなかった。

 マクスウェルが居たとしても、真横まで迫れば流石に感知できる自信はあった。だがどうやら、ここにいる「何か」は、気配を消す事に長けているようだ。

 

 しかも、安易に声や姿を晒さないあたりが、極めて厄介。

 こんな戦いに慣れている。

 

「マジで……」

 

 参ったもんだ。

 これでは碌に探索もできない。

 あまり魔力を使う予定は無かったのだが……。

 片付いたらラプラスに愚痴ってやろう。

 

「マニュピレーション」

 

 詠唱し魔法を発動。

 シオンも姿を消して対抗。

 同じシチュなら、相手もきっとシオンを感知できないはず。

 

「…………」

 

 シオンは無言で歩き出す。

 「不明」は今、どこで何をしているだろうか。

 何も起きない――。

 

「……」

 

 予想通りか。

 シオンはそのまま足音を極力抑えて、holoXメンバーを探す。

 

「……」

 

 いた。

 クロヱが、檻の中で寝ている。

 体勢を見るに、寝たくて寝た、のだろうな。

 こんな時にこんな場所で、よく眠れるな、と感心してしまう。

 

「……んー、あぇ?」

 

 寝起きの掠れ声が鳴る。

 目を擦り、周囲をよくよく確認――捕まっていた事を思い出した。

 暇すぎて、寝てたんだ。

 まだ大して時間が経っていない、と思うが、目覚めてしまった……。

 不思議だ。いつもならもっと眠れるのに……。

 

「…………」

 

 クロヱは突如立ち上がる。

 

「……!」

 

 ガシンッ、と檻につかみかかる。

 音が反響して聞こえた。

 偶然?目の前にいたシオンは驚いて、思わず声を出しかけた。

 

「……」

 

 クロヱも歓喜のあまり声を出しかけた、が思いとどまった。

 目の前の1人とは別で、見えない何かがいる。

 互いに姿を眩ませて、牽制し合っている状況だ。

 寝起きでもクロヱの頭の回転は中々に早い。

 こよりやルイみたく、頭がいい訳ではないが、IQは高め。

 序でに愛嬌も高め。

 

「ふぁ〜……まだ眠い」

「――――」

 

 クロヱは檻に背を預けて地に座る。

 演技には見えない、そんな卓越した演技。

 

「つーか、マジでアイツどこいったんだよ……沙花叉の武器隠しやがって」

 

 独り言をぼやき始める。

 シオンは黙って聞く。

 

「アレさえあれば、こんな檻壊せるのに」

「――――!」

 

 クロヱからシオンへの伝言。

 「武器を探してくださいお願いします何でもします、マジで何でも」。

 が、恐らく届いた。

 必要部分だけ切り取って。

 

 この場でシオンは「不明」と戦えない。

 見えないし、感じられないから。

 だがクロヱは、今確実にシオンに気づいている。

 漫画やアニメで見た事がある。シャチは超音波で物を感知し、さらには魚を気絶させて捕らえると。

 きっとクロヱには、敵も見えている。

 

「――――」

 

 2人の臨機応変が機能した。

 シオンは足音を殺し、クロヱの武器を探した。

 あの日から変わってないのなら、武器は斧で違いない。

 

 「不明」と、この均衡を保ちつつ、斧を探す。

 クロヱが自由になれば、シオンはそのまま最上階へ直行だ。

 

「…………」

 

 だが、探していてふと思った。

 シオンは「不明」を発見できない。

 その原因すらわからない。

 シオンと違って透明感や屈折の類なら、自身の間近に無い物質にも、その力が働く可能性はある。

 

「…………」

 

 考える事が増えた。

 このまま探しても、一生発見できない可能性が出てきてしまう。

 

「ふんふふーん……ふんふん〜」

(え……?)

 

 だれだ、こんな所で鼻歌を歌っているやつは……。

 緊張感が無さすぎる……敵か?

 

「……」

 

 コツコツと靴音が鳴る。

 その靴音に多少の気品が感じられた。

 

「ふんふんふ〜ん……」

 

 その人は、呑気に鼻歌を歌い、斧と鞭を手にしている。

 見覚えがありすぎる顔。

 解放された鷹嶺ルイ。

 シオンは未だholoXの戦力を計り知れていないが、ラプラス曰く、ルイが最もバランスの取れた戦闘能力を持つと言う。

 

 だが、今はマズイ。

 ホークアイとやらも、魔力を必要とはしないが、この場では使えないはず。

 敵の存在にすら気付けていないはず。

 

「dynamic present」

(うっそ……)

 

 振りかぶったかと思えば、斧を投げた。

 そんな怪力あんのかこの人。想像がつかない。

 でも、その斧って多分クロヱの……。

 

「バリア」

 

 シオンは姿を現し、ルイと自身を内側に閉じ込めてバリアを展開した。

 

「あれ、シオン先輩! 居たんですか」

 

 突如現れたシオンを、居た、と判断できるのか。

 

「敵もいるから、歌ってる場合じゃないよ」

「あー……聞いてたんですか。気まずいなぁ」

 

 クロヱさえ動けば、見えない敵は何とかなる。

 見えない内は、こうして2人を守っていればいい。

 

「……ビックリした。なんて事を」

「「――‼︎」」

 

 2人の正面、バリアの外側に、1人の男性がシオンのように出現する。

 右手にナイフを掴んでいる。

 その手を振り上げて、バリアに突き立ててみたが、弾かれてしまう。

 

「困った。なんて事」

「……?」

 

 ナイフが普通だ。

 こいつ……魔法を使ってないのか。

 とすれば、消える力はその他の部類。

 妖怪族か、そんな超獣か、はたまたそんな動物か。

 

「あなた……カメレオン?」

「俺、カメレオン。そう言う事」

「保護色……普通のカメレオンの域を超えてるね」

 

 人の目でカメレオンは探し出せる。

 だがコイツは、完璧に周囲に溶け込んでその気配すら消していた。

 

 獣人には稀にその能力を拡張させた存在が現れると、言われている。

 それが近年、例が増えつつあるらしい。

 全ての人種において、急成長の波が来ている。

 これは、間も無く世界に起こる異変を予言する物。変革の前兆とされる。

 

 バキッーん…………。

 

 鋼鉄の破壊される轟音。

 クロヱが解き放たれたか。

 

 たたたたたたたたたっ。

 

 こちらへ全速力で、掛けてくる。

 

「逃げられた。何と言う事」

 

 カメレオンが消えた。

 しかし残念。クロヱには効かない。

 クロヱは迷わず突き進む。

 斧をがっしりと構えて――。

 

「シオンセンパーーーーー――ふべっ!」

 

 斧を投げ捨て、全力でシオンに飛びついた。

 不運にも(シオン的には幸運にも)バリアに阻まれ、クロヱは地面にキスした。

 バリアは超音波で検知できないのか。

 

「うぅ……シオン先輩、どうして……」

 

 冷たいキスの味を忘れようと、口元を拭う。

 起き上がったクロヱは、悲しんだフリをしながら捨てた斧を拾った。

 意外と冷静だな。

 

「いや……敵が居るから」

「あいつか〜……」

 

 重厚そうな斧を軽々と担ぎ上げて、肩に回す。

 シオンはバリアを解除した。

 

「えっと……じゃあ、シオンは上いくね」

「えぇ〜、一緒に戦いましょうよ〜」

「え…………えー……」

「いや反応ガチなやつじゃん」

 

 マジで嫌そうで、マジで困惑していた。

 ありだがショック。

 

「クロヱ、私がいるって」

「鷹嶺ルイじゃん、居たの?」

「その斧返したの私だから」

「そうなんだー、へぇ」

 

 興味・関心・意欲・態度、1。

 シオンに対しては5。

 

「シオン、ラプラスんとこ行かなきゃいけないから、じゃあね」

「あぁー! 待ってシオン先輩!」

 

 シオンはもう無視を決め込んでいる。

 早い。対応が早すぎるぞ。

 

 スッ、とシオンとクロヱの間に何かが割り込む。

 

 カキッ――!

 

「……お前さぁ、そりゃ無いわぁ、マジでさぁ〜」

 

 ナイフと斧の衝突。

 人体への負荷は、ナイフ側が遥かに大きい。

 

「困るので、逃げられると。つまりそう言う事」

 

 恋路を邪魔する厄介なやつめ。

 

「まあまあクロヱ、私がいるから、我慢してよ」

「えぇ〜……」

「我慢しろ、しなさい」

「しょうがないなぁ〜」

 

 なんだかんだで、ルイクロもあり。

 さらば塩シャチ、またコラボするその時まで。

 

 シオンはカメレオンを2人に任せ、最上階、神々の戦場へと赴く。

 

「それでクロヱ、手貸そうか?」

「いいよ、沙花叉のポイントにしちゃいたいから」

「そう? なら見とくね。見えないけど」

 

 ルイは半歩退いて、戦いをクロヱに一任した。

 万が一があれば、助力する程度で。

 その方が楽だし。

 

「ポイント? 賞金ではなく。どう言う事?」

「身内の話だから気にすんなって〜」

「それは残念。そう言う事」

 

 裏社会指名手配とは全く関係のない、holoX内の序列を決めるためだけのポイント制度。

 コイツはあまり、稼げそうにないが。

 クロヱはいつか、ルイといろはを越えたいと思っている。

 理由は特にないが、強いてあげるならば、掃除屋としての維持。

 ラプラスには叶うはずもないから、2番手で妥協してやる。

 

 

「じゃ、お掃除するね〜」

 

 

 クロヱはマスクを装着して笑った。

 

 



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120話 サムライ無双

 

 逃げる、逃げる、宝鐘マリン。

 鬼の金棒が恐ろしすぎる。

 

 あれはきっと名工ってやつ。

 一定範囲内のどこか自由な位置に、金棒を振るった衝撃を与える、的な。

 遠隔物理攻撃が可能な武器。

 

 危機察知で見えない衝撃がどこから来るかを見極めて、反射的に避け続けているが、逃げ回った事とオッドアイの使用により、体力がやばい。

 刀は見つけられないし、鍵は当然盗めない。

 マジでどうにかしろよ、holoX!

 

「――!」

 

 また来た。

 金棒が振り下ろされる瞬間、マリンの頭上から迫る危険。

 右に逸れて回避。

 その隙を突くように、他の警備兵からの発砲。

 全て空振り。

 もしかすると、マリンが避けたのかも。

 

「マリンセンパーイ!」

「なんだぁーい!」

「こっち来てください!」

「大声でゆぅなぁ! 行けんだろうが!」

 

 いろはが大声で檻によるよう頼むが、すると敵は警戒を始める。

 至極当然。

 いろはは頭が悪いのか?

 いや違う。強すぎて、そんな些末な事を計算していない。

 1人で全ていなせる計算をしているんだ。チートめ。

 

 短時間でも、待機はできない。

 一瞬だけ牢屋前を通り過ぎよう。

 

「はいすいませーん、通りまーす!」

 

 宣言して、檻の前を猛ダッシュ通過――。

 金棒と銃弾の餌食となるが、最後の力を振り絞るように目を見開き、回避した。

 死力を尽くして牢屋前を通過したのだが、いろはからは作戦どころが言葉一つ与えられなかった。

 悲しみ。

 

 悲しくて、「おいいろはぁ!」と、叫びたくなった。

 だから振り向いてみたが、いろははもう、勝った顔でいた。

 

「おいおい……マジかよ、本当に人間か、お前」

 

 鬼が呆れ果てた顔でいろはを眺める。

 

「人間じゃなかったら、何に見えるでござる?」

「化け物」

「安心してほしいでござる。ほら、怪我したから」

 

 空中で握りしめた右手の拳を開くと、切り傷や火傷痕が複数あった。

 そして、その傷痕が目について1秒後、パラパラとダイヤの床に小さな金属片たちが落下した。

 

 マリンは足を止めた。

 敵の意識が完全にいろはに向いている。

 

 そう、マリンが檻の前を駆け抜けた時、銃弾が数発流れていろはの側へ飛んだ。

 あろう事か、いろははそれを全て、素手でキャッチしたのだ。

 弾丸が、計10発。

 弾だけあっても――と、思うだろう。

 それで十分なのだ、彼女には。

 

 ピキュン――ピキュン――ピキュン――、――、――、――、――。

 

 10発の弾丸を素手から放ち、10人の警備兵を撃ち抜いた。

 さて、これで残る敵は警備兵6人と、鬼1人。

 しかも、マリンが慧眼を発揮して、倒れた警備兵から拳銃と刀を奪った。

 どちらも、いろはのものではないが、付け焼き刃でいろはは十分戦える。

 

「おいおい……こりゃ先に、牢屋の中潰した方がいいか」

 

 鬼が金棒を振り上げる。

 いろはにオッドアイは無いため、攻撃は見えない。

 だが、予測ならできる。

 頭上から――

 

「――!」

「いろは!」

 

 右腕を突き上げかけたその時、左脇腹に果てしない衝撃が。

 鬼は今、確実に金棒を振り下ろした。

 でも衝撃は横方向に走った。

 

「別に、方向なんて自由に決められる」

 

 いろははダイヤモンドの柵に頭を強く打ち付ける。

 

「っ……てて……ダイヤ硬ぇ〜」

 

 強靭な肉体も、ダイヤモンドの硬度には敵わない。

 額から血が垂れる。

 

「やっぱ耐えるんだな。ならどんどん行くぞ」

「ぁ、いろは!」

 

 鬼がまた振り上げた。

 全方位の警戒なんて不可能。

 1発2発は耐えれても、積み重なればいろはだって……。

 

「おりゃぁ‼︎」

 

 右手拳を正面――眼前に放った。

 空中で何かと腕が衝突したかと思えば、次の瞬間――

 

 バキッ…………。

 ぼろぼろぼろ…………ぼろ……。

 

 金棒が粉砕した。

 

「「……ぇ」」

 

 敵も味方も、呆気に取られて放心した。

 

 勘?

 偶然?

 奇跡?

 

 え、なんで?

 

「最初は先入観が勝っちゃったけど、攻撃したい位置を無意識的に見てるでござる。鬼の人も、周りの人も、きっと風真だってそう」

「――え?」

「だーかーら! 目線。鬼殿の目を見て、攻撃先を予測した、んでござる。いぇい」

 

 自分の両目を人差し指と中指で指し、そのままその手でピースした。

 勝利のVサイン。

 

 まあ、まだいろはは檻を出てないが、それももう時間の問題。

 

「よし!」

「な、あぁ⁉︎」

 

 放心状態の鬼の懐から、鍵を抜き取った。

 これもやっぱり、マリンの目があってこそ。

 鍵は妙な材質でできている。

 

「うわ、これもダイヤじゃん」

 

 檻の鍵である事は、材質から一目瞭然。

 こんな大量のダイヤ……売ったらいくらになるだろう……。

 

「ほいいろは」

「どうも」

 

 檻の隙間から刀と拳銃をいろはに渡し、マリンは鍵を開けようとする。

 させまいと計7人の敵が迫るが、それを任せるためにいろはに武器を与えた。

 ガチャガチャと手間取るマリンを守るため、いろはは拳銃のマガジンを抜き取り、手に弾丸を握った。

 

 敵も中々に賢い。

 銃を持つ者は敢えて距離を取り、物陰に隠れながらマリンを狙い撃つ。

 

「そう来ると思った」

 

 マリンの脳幹へ迫る1発。

 柵の隙間から手は届かないので、その音速の弾丸に弾丸をぶつけて撃ち落とす。

 

「なら――!」

 

 同時に3発放たれた。

 腕は2本。さあどうだ人間!

 と、不敵に笑う敵たち。

 

「ぷっ!」

 

 右手、左手、口。それぞれに弾を仕込んで、同時に発射。

 マリンを狙う3発全てを弾き飛ばした。

 唖然とする……ような光景だが、鬼が怯まず更にその隙をついてきた。

 

 弾の装填が間に合わないので、地に置いた刀を使う。

 だが当然、それを拾い上げるモーションすら致命的な遅れ。

 だから刀を蹴り飛ばす。

 見事な縦回転で、檻の隙間を抜け、鬼へ。

 強制的に回避モーションを与え、数秒の時間を稼ぐと急いで弾を装填。

 

 ガチャン――。

 

「開いた!」

 

 牢屋の錠が外れる。

 直後、マリンは緊急で右方向に飛び退いた。

 

 カシャン――

 

 豪快に扉を蹴り開いて飛び出したいろはが、鬼の拳を受け止めた。

 

「ナイス回避です、マリン先輩」

 

 マリンが飛び退かなければ、いろはは牢屋を出られなかった。

 牢屋ないから見て、扉が押し開きだったから。

 初見だが、オッドアイなのかなんなのか……とにかく反応できた。

 

「……力勝負か」

「――? するの?」

「ああ」

 

 鬼が後方へ飛び退き、近接格闘の構えを取る。

 周囲には拳銃持ちが3人と刀持ちが3人。

 最初の斬撃で魔法系統の敵を全て倒せたのはラッキーだったな。

 

 まあ、この鬼の部下ということもあり、元々比率が少なかった為でもあるが。

 

「マリン先輩、寝てていいですよ」

「疲れたから寝たいけど、ここでは流石に寝れんわ」

 

 正論を返すが、もう目を使う気は無いのか、ダイヤの檻に凭れながら座り込んだ。

 あとは任せた、の合図と取ろう。

 光栄だ。

 

「所で、風真の刀はどこでござる?」

「さあな。盗品管理は俺の仕事じゃない。まあ少なくとも、この階にはないだろう」

「あまり格闘は、好みじゃないけど……」

 

 いろはは口元を曲げて不満を露わにした。

 金棒を無くした鬼は、構えを取るがいろははいつまでも構えない。

 周囲の一般兵も銃口をいろはとマリンに向け、刀を鋭く煌めかせている。

 

 さて、まずは誰が動くのか……。

 

 パァン、と銃声一つが合図だった。

 

 銃弾は真っ直ぐマリンへ。

 頭を狙っている。

 マリンが凄いため気付かなかったが、敵のエイムは非常に良い。

 一撃で死ぬように感じる。

 

 任せられたので、必ず守りに行くと踏んでいるのだろう。

 その通りだ。

 

 いろはは鬼に背を向けマリンの下へ。まるで瞬間移動。

 目で終えたのか知らないが、鬼の拳がそれを追う。

 いろはが躱わせばマリンに当たるよう計算されている立ち位置。

 

 まず、銃弾を掴んで阻止。

 次に迫る拳に対処したいが、そこに合わせて更に2発の弾が捲し立ててくる。

 多対1は得意でも不得意でもないが、組み合わせが厄介。

 そもそも敵も、ラプラス級の親玉が指揮してる組織だから、強さもholoX程度はある。

 

 仕方ないのでマリンを担いだ。

 

「おわっ……と、風真いろは……優しくしてくだたーい」

「気をつけます」

 

 マリンを担いだので一先ず銃弾を回避しつつ拳に右足で対抗。

 なかなか重い。

 加護は持っていそうだ。

 

 全て受け切る事は可能だが衝撃がマリンに響くので上手く軌道を逸らして拳を地面に落とす。

 背が檻なので、出来れば離れたいが追撃に3つの斬撃。

 襲い方が上手いな。

 遅れてまた銃声が一つ。

 

 マリンを右肩に抱えているので、右腕は使えない。

 乱暴すれば使えるが、したくないので。

 

 という事で、迫る三つの刃を――

 

「きっ――」

 

 噛む、摘む、踏み潰す。

 

 刀一つは踏み砕いた。

 続けて咥えた刀を噛み砕く――。

 砕けた鉄が口内に散らばる。美味しくない。

 

 最後に摘んだ刀をへし折り、折れた部分を握った。

 そのまま身体を回し、折った刀の破片で銃弾を両弾。

 

 そこを二つの銃口が狙っているので、破片を投函し銃を一つ破壊。

 間近の鬼が足払いを掛けてきた。跳んで回避できるが次のモーションを制御される。

 

 足払いに左脚をぶつけて対応。回避せず受け止めた。

 鬼は併せて両手を軸に、倒立するような蹴り上げ。

 は、身軽にズレて避ける。

 倒立の態勢から、加えて両手をバネに天井まで跳躍。

 

「――」

 

 の間で、折れた刀2本と銃弾2発が押し寄せる。

 刀一本に自ら迫り、いろはは容易く奪い取る。

 

「ちょっと、疾風刃雷」

 

 マリンへの負荷を鑑み、半回転で止める。

 迫る危険と一般兵全てを切り裂くと同時に、手にした刀が粉のように消滅。

 

 これで1対1。

 

 天井から弾丸のように発射される拳。

 これも受ければ衝撃がマリンへ伝う。

 しかし、これ以上回避を続けても一辺倒な展開が続いてしまうだけ。

 どこかで一度マリンを下ろそう。

 

「パワーじゃなくスピード勝負かよ」

 

 矢継ぎ早に鬼の追撃が襲い、それを回避回避と連ねてゆく。

 

 0.3秒ほどの隙を探り、その隙間時間を見つけると、いろはマリンをそっと素早く地に降ろした。

 マリンが想像していた以上に優しい扱いだった。

 

「舐めプされてる気分だな」

「そんなつもりはないけど……本気ではないでござるな。現にチャキ丸使えてないし」

 

 愛刀の有無は実力に大きく作用する。

 あの刀が無いだけで、いろはの戦力は30%減って所。

 

「兎に角とっとと、檻の中に戻ってもらうぞ」

「それはいやだ」

 

 鬼の態度に僅かな焦りが見え始めた。

 時間をかけて2人の確保を試みているものの、進展どころか次第に味方が減っている。

 負けの色が濃い。

 いや、確実に負ける。

 

「……」

 

 鬼は真正面からいろはへ飛びかかる。

 無謀な事だと分かっているはずだが、なぜ?

 

「――!」

 

 いろはの迎撃体制を目視した途端、懐から拳銃を取り出し、マリンへ向け発砲。

 0.2秒判断が遅れた――!

 無理やり止めるしかない。

 

「――ぃっ」

 

 右足を伸ばして自ら銃弾を受ける。

 いろはだって人間。

 銃弾は十分ダメージになる。

 

 ピチュんと小さく血が跳ねる。

 

 痛みと咄嗟の判断による不均衡で一瞬全身がふらついた。

 そんな隙を鬼は絶対に見逃さない。

 

 強く握った右拳をいろはの鳩尾に打ち込む。

 

「だぁーー――!」

「――⁉︎」

 

 いや、打ち込めなかった。

 不均衡状態だったいろは。

 理由は右足で地面に踏み込めば激痛が走るから。

 それさえ我慢すれば――問題無し。

 

 ピシャッと傷が広がり、血が更に吹き出た。

 んな事お構い無し。

 イッテェ!

 でも、そんなこともどうでもいい。

 

「用心棒の、お仕事ぉー!」

 

 鳩尾を狙った鉄拳を、根性の踏ん張りで捕まえると、その勢いに乗せて鬼を地面に叩きつける。

 軸足は左足。

 ダァン、と軽い衝撃が響くが、相手は鬼だ。倒れるはずがない。

 

「っ、くっそ……こんにゃろ――ぉ!」

 

 だから倒れた鬼野郎の首根っこを掴んで、猛疾走。

 いろはの通り道に血痕が残る。

 そして、神速に乗せて、鬼の後頭部を、丁度いいダイヤの檻に衝突させた。

 

 ッカァ〜〜〜〜ん…………。

 

 未だ嘗て耳にした事ないような、美しい響き。

 宝石のように美しい音色と共に、鬼の意識も散ってゆく。

 

「ふぅ……マリン先輩、無事ですか?」

「いやこっちのセリフだが。大丈夫そうですね」

「痛いですけど、我慢できますよ、これこくらい、はい!」

 

 少し癪だが後でラプラスに治してもらおう。

 そう決めつつも口にはせず、根性論を見せつけた。

 

「いろはに背負ってもらおうと思ったけど、流石に無理っぽいし、歩くか」

「おんぶですか? いいですよ、しましょうか?」

「流石に遠慮するわ、足やられてんのに」

「よくある事なんで」

「じゃあ今後はよく起きないよう気をつけて……と言っても、原因は船長なんですけどね」

 

 先輩の役に立ちたいのか、いろはは痛みなど意にも介さない。

 だが、寧ろ肩を貸すべきはマリンである。

 

「いえいえそんな、風真たちが捕まったのが悪いんです」

「……んま、逆責任転嫁はもういいよ。早くここ出よう。上からの圧がやばい」

 

 2人とも魔力は持たないが、それでも感じるマクスウェルの存在感。

 普段側にいるラプラスからは感じたことが無いが、枷のおかげなのだろうか?

 

「そうですね。それじゃあ行きましょうか」

「…………」

「ねえいろは」

「はい」

「前と後ろってどっちが安全だと思う?」

「え〜……風真がいるからどっちも安全ですよ」

「それはそうかも知れんけど……前、いや、やっぱり船長が後ろ!」

 

 船長なのに?

 とは言わないでおいた。

 

 かわよいなぁ、と思いを心に留めつつ、いろは地上を目指し進みはじめた。

 その後ろからついてくるマリン。

 絶対守らねばならぬ。

 

 いろはは半有頂天になりつつ、歩みを進め続けた。

 



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121話 桜花、そしてハカセ無双

 

 尻尾からの銃撃、両手の刀、草食動物のような脚、鉤爪付きの翼、鋭い牙。

 こよりを抱え必死に防御に徹するが、防ぎ切れない。

 巫女服はビリビリに破れ、生傷も時間と共に増してゆく。

 

 でもこよりには、以降傷一つ付けていない。

 

「おいこより、起きろよ」

「――――」

 

 定期的に声を掛けるが、中々意識が戻らない。

 

「すごぉおおく、仲間思いなんだねぇええ」

 

 脚力を爆発させて前方に跳躍。刀でみこを捉える。

 

「天叢雲剣」

 

 口に刀を現出し、咥えた。

 両手が塞がっているので、手は使えない。

 だから咥えたままキメラの二本の刀の動きを見切り、受け止めずに流す。

 刀で刀の軌道を逸らし、顎への負荷を最大限に抑えて。

 

「むがっ――!」

 

 みこのパワーでは、完全に流しきれなかった。

 胴体にバッテンでも刻みたかったのだろうか。その軌道をなんとか逸らしたものの、左脇腹に深く刀が刺さり、切り裂かれる。

 

 体験した事のない……否、リアルで体験した事のない激痛に、咥えた刀をポロリと落とした。

 刀と一緒に吐血する。

 脇腹からもビチビチと血が溢れる。

 

 これはマジでヤバい。

 深く入りすぎた。

 動きすぎれば死ぬ。

 

「おい゛、こより゛…………おきろ……っ゛」

 

 もう、こよりを抱える事もできなくなる。

 限界は間近。

 頼むから、起きてくれ!

 

「そう、都合よく行かないよねぇええ」

 

 目覚めぬこより。

 迫るキメラ。

 回避の体力なんてない。

 

 それでも、みこは体力と血を文字通り振り絞る。

 こよりだけは守る。先輩として、仲間として。

 そんなありきたりな決意。

 

 その覚悟だけで、今のみこは強くなる。

 既にその兆しは、あのゲームで見せている。

 己の真価が漸く見え始めた。

 

「桜花絢爛」

 

 薄暗い室内が桃色の花弁で埋め尽くされる。

 

「――⁉︎」

 

 視界が閉じる前に、キメラは急いで攻撃に出る。

 スッと刀を振るったが、桜が刀身に纏わりつくだけ。

 半分空を切った。

 

 みこが消えたのだ、再び。

 でも、こよりは可哀想に、地べたに寝転がっている。

 

「ひぃひひっ」

 

 狙いをそちらに定める。

 殺すなと指示されているから、殺しはしない。

 毒だって、死なない程度に打っていたから、死にはしなかった。

 みこが危機感を得て、勝手にビビってるだけ。

 

 それが痛快だったのか、キメラは愉悦の笑み。

 

 刀二本がこよりの腹部を狙う。

 

「桜花・枝垂れ」

「いひひぃ!」

 

 何処からともなく、みこが現れる。

 予期していたように、キメラは刀で受け止めた。

 

 この状況で、敢えて攻撃に転じてみたが、失敗か。

 

「くっ……」

「もう、保たないんじゃなぁああい?」

 

 キメラに弾き返され、ガクンと膝をつく。

 こいつの言うとおり、これ以上は本当に、命に関わる。

 

「んがぁああああ! 起きにぇかぁ! こよりぃ!」

 

 しゅるるる……ぱりん。

 

「――――結局起きるんだぁああ」

 

 キメラに試験管が飛来し、こよりの復活を彷彿とさせる。

 試験管は割れ、中身の液体がキメラに降り掛かったが構わない。

 

「警告、今投げたのはエチルアルコール。燃えやすいよ」

「――ユーたち、炎使えないでしょおおお?」

 

 白衣の両ポケットに手を突っ込んで、こよりがカツカツと2人の間に割って入った。

 

「生憎、火炎放射器はラボに置いてるからねえ」

 

 みこは、安心したのか大きく脱力した。

 お疲れ様。

 

「ほーら――」

「でも、随分濡れてるみたいだねぇ……」

 

 試験管に含まれるエタノールだけでは、アソコまで濡れない。

 水槽にでも、入ったのだろうな。

 

「それが……?」

「これあげるよ」

 

 もう一つ、試験管をぶん投げた。

 

「おっと……」

 

 避けられた。

 

「ミーには化学式とかさっぱりだけどぉおおお、一応ねぇえええ」

 

 パリン、と地面に液体と固体が飛び出た。

 

「これはなぁに?」

「金属ナトリウム」

 

 液体? 固体?

 どっちが金属ナトリウムか、分からない。

 ……まあ、金属っぽいし、固体の方か。

 

「んま、何でもいいけど、牢屋に戻ってねぇえええ!」

 

 刀がこよりに振り下ろされる。

 

 ガキん――。

 

「ありゃぁあああ?」

「色々な場面に備えて、服や体に仕込んでんだよねぇ。なぁんで、身体チェックしなかったのかなぁ?」

 

 刀はこよりを拒絶するように軌道を逸らし、地面に突き刺さった。

 即座に切り替え、尻尾から銃口を向ける。

 発砲――。

 軌道が逸れ、ミス。

 

「じゃあ爪で!」

 

 大きく右腕を振り下ろす。

 

「ほい」

「ッ――‼︎」

 

 その直前に、こよりは右袖からライトを点灯させた。

 薄暗い中の突然な光に、目が眩む。

 

「これだけ暗ければロドプシン出てるからね」

 

 僅かな隙を作って回避、背後へ周る。

 

「はい、硫酸」

「ああああ!」

 

 正面にぶちまけたエタノールと混ざらぬよう、背中の羽根にのみ、硫酸を流した。序でにそっと、キメラの懐に別の試験管を忍ばせる。

 

 焼けるように痛い。

 羽が少し溶けていた。

 

「触ると手にも炎症が出るかもよ」

「ぅう! このぉおおお!」

 

 キメラは少々怒ってみせる。

 本心は定かではないが、刀をみこに向けたので、それなりに頭に来ている。

 

「次刺したら死んじゃうよぉおおお?」

「――やれば?」

「――じゃあ!」

 

 ガ、キン――。

 と、地面に刀を突き立てると、角度が悪かったのか、割れてしまう。

 

「――⁉︎ なんで!」

 

 割れた刀はみこをすり抜けている。

 

「気付かない……か。みこにぇさん、少しずつ距離置いてたから、バレねえように、にぇさんの像ずっと残してたんだよ」

 

 光の屈折、反射をうまく計算して、同じ位置にみこの像を作っていただけ。

 

「ふん! 血の匂いで……あ、アルコール臭ぃいいい!」

 

 薬品の匂いで自慢の鼻は効かない。

 こよりは臭いの区別に慣れたので、こよりだけは鼻が効く。

 

「ちくしょーぅ! なら身体能力勝負」

 

 脚力を爆発させ、こよりへ突撃。

 避ける。

 右腕大ぶり。

 回避。

 左足回し蹴り。

 回避。

 

 こよりだって獣人だ。

 そこそこの運動能力や動体視力はある。

 回避に専念するくらいなら、可能だ。

 

「へへへ」

 

 回避オンリーのこよりに、策なしと感じたのか、意気揚々とキメラは攻め続ける。

 やがて水槽前へ追い詰めた。

 

「あれま」

 

 文字通り背水の陣。

 このキメラの生態は完璧に把握していないが、濡れていたことを鑑みれば、水中戦も行ける口だ。

 きっとお望みだろう。

 

「とぉおおお!」

「ぃよっと」

 

 猛進してくるキメラ。

 こよりは迷わず水槽内へダイブ。

 当然キメラも嬉々として水中戦へ移行。

 

(大体5秒くらいかなぁ)

 

 荒波に注意――。

 

「カワセミダーイブ」

「ゔぇ⁉︎」

 

 果てしない速度で入水するので驚いた。

 一瞬脇腹に何かが掠ったがギリギリ回避。

 そのままキメラは勢いに乗せて水槽の奥深くまで真っ逆様に――。

 

(バカバカバカ! それじゃ水圧で試験管が――)

 

 水底で爆発が起きた。

 急いで水面へ向けて泳ぐが、爆風に揉まれる。

 溺れそうだ。

 でも、何とか這い上がった。

 

 水槽から出て、びしょびしょの白衣を気持ち悪そうに持ち上げた。

 

「はぁ……計算とは違うけど、どうかな」

 

 待つ事1分ほど。

 キメラがぷかぷかと漂い、浮上した。

 爆発で肌が少し焼けているが、死んではいない。

 気絶しているようだ。

 

「ふぃー。金属ナトリウムと水の反応。実践は初めてだったけど使い難いかもなぁ」

 

 試験運用したが、活用のタイミングは少ないだろう。

 なんせ、金属ナトリウムは空気に触れると即酸化してしまうから。

 

「もっと使いやすいの考えないと」

 

 こよりは手にリモコンを持つ。

 ボタンを押した。

 

「磁界もオフオフ。銃は流石に危なかったなぁ」

 

 間近で発砲されていたら、流石に軌道を逸らしきれなかった。

 アホで助かった。

 

 結局ライトと磁力が使い勝手がいい。

 もっと有用な開発品を生み出していこう。

 

 そうこうしながら檻付近へ戻る。

 

「にぇさん、大丈夫ですか?」

「ん……全然だいじょばにぇえけど……」

「包帯なら、あ…………いや、ないです」

「え? 今あるって言いかけた……よにぇ?」

「いやぁ〜、水槽に入ったからびしょびしょで使い物にならないです」

「あぁ……」

 

 意地悪じゃないならいいや。

 

「……ちょっと待ってくださいね」

 

 こよりは先ほどとは異なるリモコンを取り出してボタンを押した。

 

「しばらく待ちましょう。こより、流石ににぇさん抱えて脱出はできないんで」

「なに、したの?」

「超音波信号を発信したんで、しばらくしたらクロちゃんが来ると思いますよ」

 

 シャチに救難信号を送ったのか。

 なら助けが来るまで、待つとしようか……。

 

 

 クロヱの到着を、しばらく待った。

 

 



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122話 ルイクロ、その絆の片鱗……?

 

 シャチとカメレオンが闘っている。

 普通に考えて、シャチが勝つ。

 

 でも、中々どうして、いい勝負。

 シャチの超音波で保護色もほぼ意味をなさない中で。

 

「お前マジで、進化しすぎだろ」

「はて、何の事?」

「とぼけんなよー」

 

 ぶんぶんと斧を振り回すクロヱ。

 対してカメレオンは壁面や天井を這い回って回避する。

 

「カメレオンってさ〜、ヤモリと違うから、この辺の壁や天井にはまず張り付けないんだって」

「俺はカメレオンじゃない、獣人。だからそう言う事」

「はー!」

「お前こそ、シャチは歩けないが、どう言う事だ?」

「ほ〜、煽るなぁー」

 

 天井に張り付くカメレオン目掛けて斧を振るう。

 その際、斧についたボタンをポチッと。

 

 すると、斧の先端――狂気となる部分が分離した。

 ぐるぐると回転し、勢いのままカメレオンへ。

 

 ジャキン、と天井に突き刺さる。

 どうやら避けたようだ。

 

 シュッ、と音速で細長い何かがクロヱに迫った。

 パシッ、と細長い何かが腕を捕まえた――但し、ルイの。

 

「なぁんで割り込むの!」

「流石に身体は嫌でしょ、コレ」

「――んー?」

 

 ルイが右腕に巻き付いたそれを見せつけた。

 腕でも嫌だが、身体よりはマシだろう。

 

「うぉぇ――!」

「可愛い女ならまだしも、得体の知れん男の舌とかさ」

 

 そうそれは、カメレオンの伸びた舌。

 さすが爬虫類。

 気持ち悪いな。

 

 ルイは踏ん張りを効かせて敵の動きを抑え込む。

 その時間で分離した斧が謎の原理で戻ってきた。

 斧を掴み、クロヱは舌を断ち切ろうとした。

 

 しかし――

 

「ん――!」

 

 ルイの身体が持ち上がり、舌の収縮に合わせて吹っ飛ぶ。

 飛んだ先には当然カメレオンがいる。

 ナイフを構えていた。

 ギリギリまで舌が絡みついていて、行動の制限が大きい。

 

「無理か――」

 

 人1人の体重を巻いてこの速度。

 パワーが凄い。

 もはや回避不能と判断したルイはギリギリまで無防備を装う。

 

 タカの瞬発力を舐めるなよ――。

 

 ザクッ――

 

「ッ――‼︎」

 

 振り下ろされたナイフは、高速で迫るルイの左腕に突き刺さった。

 腹部を狙った筈なのに。

 

「い゛っ――たいでしょうがー!」

 

 ルイは顔を顰めながら、反対の腕で鞭を振るった。

 今の出来事を敵にお返しするように、鞭でカメレオンの脚を捕まえた。

 

 天井から無理矢理引っぺがして、クロヱの方へ放った。

 

「なんたる事」

 

 斧を大きく振りかぶり、標的をロックオン。

 振り下ろす瞬間――カメレオンが再び舌を伸ばし、斧に巻きつけた。

 

「きったねぇ!」

 

 腕力と舌力。

 どうしてこんなに、力が拮抗するのだろう。

 

「ねえクロヱ、もう2対1でよくない?」

「えぇ〜……」

 

 このままタイマンを任せても、きっと進展しない。

 

「ポイントは全部クロヱ持ちでいいからさ」

「うーん……まあいっか」

 

 ポイントは建前で、クロヱのただのプライドだったが、まあいいか。

 1日で頂点を取れるなんて思えないし。

 まだまだ時間はある。地道に少しずつ、成長していこうか。

 

「じゃあ、私も全力出すよ」

「おっけー」

「――訳のわからん。という事」

「うちらの勝ち――」

「――そういう事〜」

 

 クロヱが思いっきり斧を引いた。

 カメレオンは逆方向に斧を引き、クロヱの動きを抑えようとするが、同時にルイの鞭が緩み、カメレオンがクロヱに向かって飛んだ。

 

 勢いに合わせてクロヱは斧を振るう。

 中々の速度だが、カメレオンの回避はきっと間に合う。だから――

 

「ぽちー」

 

 ボタンを押して斧の先端を分離。

 先端はルイの方へ飛んでゆく。

 ぶん、と先端が外れた斧の持ち手をフルスイング。

 

 カメレオンは右腕で斧の柄を受け止める。

 

 その背後で、ルイが分離した斧の先端に鞭を巻きつけた。

 実にしなやかに踊る鞭。

 

 ルイは空中を旋回しながら鞭を振り回す。

 

「present death」

「Oh〜、no thank you」

「Haha〜、don't hold back!」

「Uhm!」

 

 ルイからの死のプレゼントを拒否したカメレオン。

 一度は見事に身を翻したのだが……。

 クロヱが斧を再び結合させ、振るった。

 見事腹部に一撃。

 

「いた……」

 

 流れは途絶えた。

 

 クロヱは斧の先端を跪くカメレオンに突き出す。

 

「どうする?」

「…………」

 

 ルイは地に舞い降りると、先刻ナイフの刺さった左腕を再生させた。

 

「……魔法も使えるのか、勝ち目がないな」

「そう言う事」

 

 片一方ならどうとでもなるが、2対1では勝ち目がないと判断し、カメレオンは観念した。

 

「お前らは――総帥が好きか?」

「「――?」」

 

 唐突な質問に面食らう。

 他意は無いようだが……。

 

「俺はマクスウェルさんが好きだが、いつも手を焼いている」

「――」

「理由は明白な能力の差だ。あの人と俺は、見る世界もできる事も違う。だからこうやって、お前たちに負ける。と、言う事」

「――」

「いつかきっと、お前らにも来るぞ。己の弱さを呪う日が」

 

 ルイはカメレオンの腹部に手を翳した。

 

「知ってるよ。あの2人に比べて私らが弱い事は」

「沙花叉たちにも勝てない人は多い。現に、沙花叉1人じゃお前すら圧倒できない始末。世界征服なんて夢のまた夢」

 

 ルイ1人でも、カメレオンは倒せない。

 向き不向き、有利不利もある。

 得意不得意で、生きる道が変わる。

 

「でもアイツには――あの総帥には私たちが必要なの」

「そうそう、沙花叉たちがいないと、アイツ多分なーんもできねーから」

 

 恥ずかしいから、色々言わないけど。

 

「――羨ましいな、お前たちは」

「お前も悪い人じゃねぇじゃん」

「でも、不出来な人間だ」

「いいだろ、悪く無いだけで。臨みすぎなんじゃねぇの?」

「――――すきだからな、仕方ない」

 

 クロヱは強くなりたいと言うが、それは単なる意地。

 最悪今のままでも、まあいいかな、なんて思ってる。

 ルイだって、幹部である事を光栄に思う。

 

 勿論、アイドル活動とは別の話だが。

 アイドルは夢を追い、夢を届ける仕事なので、さらに高みを目指してゆくが、holoXの一員としては今のままでも十分。

 総帥が仲間に求めているものは、強さじゃないから。

 

「何とかしてみろよ、好きならさ」

「――――」

「じゃあクロヱと私は、他のメンバーと合流しに行くよ」

「――――俺もそうするか」

 

 2人とカメレオンは別方向へ歩き始めた。

 

 やがて互いに闇へと消えてゆく。

 

「……クロヱ、カッコつけてたね」

「鷹嶺ルイもね」

 

 ルイは身嗜みを整えて、クロヱはマスクを外した。

 

「はぁーあ、沙花叉もシオン先輩と一緒がいいな」

「だから私で我慢しろって」

「鷹嶺ルイだって、いるならマリン先輩とがいいくせにさ」

 

 照れ臭そうに視線を逸らした。

 図星のようで。

 

「いや、私は……クロヱを選……ぶ、よ?」

「信用できねぇ〜」

 

 葛藤しながら言葉を紡ぐその姿は、いかにも胡散臭い。

 

「下降りるよ」

「ほーい」

 

 2人はひとつ下の階へと降り、みっこよりと合流した。

 

 



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