ACE WITCHES -Count of the Cranes- (Theine137)
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プロローグ 『Unknown』

09:36 11.Jul.2020

New Arrows Air Base

 あの戦争が終わって半年ほどがたつ。エルジアの王女さまが終戦に向け動き出したことで、急進派は大義名分を失い、表向きはオーシアとの停戦協定が結ばれた。だが、エルジアでは独立を夢見る奴らがテロを起こし、急進派の中でも過激な奴らやマーチ好きの愛国主義者どもが「フリーエルジア」とかいうヤツに合流して徹底抗戦を叫んでいるらしい。一旦区切りはついたものの、まだまだあいつらとストライダー隊の二番機として飛ぶことになっている。

 通信衛星の破壊からくる通信障害はまだ解決の目処が立っておらず、どっかの飛行機が防空圏をかすめるたびにすっ飛んでいちいち赤外線カメラで確認するっていう神経をすり減らすめんどくせぇ事を毎回毎回することになっているし、情勢は悪化の一途をたどっていくもんだから、ほぼ毎日ブリーフィングとスクランブルする羽目になる。

 今日もまた、聞きなれてしまったブザー音が鳴り響きブリーフィングに行く羽目になっちまった。

 

09:36 11.Jul.2020

Runway at New Arrows Air Base

 

《今日もスクランブルかストライダー隊! 皆勤賞だな》

「おかげさまでな。勲章でもくれんのか?」

《考えておくさ、ストライダー2。よし、ランウェイ03に上がれ。風向255度、風速7ktだ》

 

 俺たちは、管制官の指示のもと滑走路へと誘導される。その間、今週何度目か分からないスクランブルという鬱屈した気分をどうにか上げるため俺たちは会話に勤しんだ。

 

「今日はちゃんと機体をあわせるんだな。なぁ、トリガー」

《最近はF-22だとかF-35だとかそんなんばっかだったな》

「戦争が終わっちまってから一番機の実感ってのがついたのか? 毎回、一機で突っ込んじまう癖も直してくれたらいいんだがな」

《それはお前が言えたことじゃないだろう》

「おいおい。そんなことはねぇだろう」

《夫婦漫才はここまでだ。ストライダー2、離陸を許可する。イチャイチャし過ぎて出発管制に切り替えんのを忘れんなよ》

「了解。さっさと上がってみせますよっと」

 管制官の小粋なジョークとやらも、裏でストライダー4「フーシェン」がごちゃごちゃいっているのも聞こえないふりをし、ただ軽口をたたいて計器をチェックする。ここで下手にくちをだすと、ストライダー3「イェーガー」が乗ってきて、さらに面倒なことになるってことはもう何度も味わっている。

 異常はないことを確認すると、いつものようにスラストレバーを押し込み、フラップを展開、ブレーキを解除してスロットルを上げる。エンジンは金切り声をあげて速度を上げてゆくのを見て、100ノットに達したのを確認すると、ゆっくりと操縦桿を半分まで引く。そうしたら、まず前輪が浮き上がり、その後ふわりと機体が浮かんだ。

《ストライダー2の高度制限を解除。ストライダー3、4が上がるまで高度15000ftで待機しといてくれ》

 指令への返事のかわりに、アフターバーバーを吹かす。天気は俺の気持ちを表したかのように曇天。アイシングしたら面倒だなと思いつつ、うっすらと映る太陽がだんだんと隠れていくのを見ていた。

 

10:15 11.Jul.2020

4°12’6“N 71°47‘2” In Spring Sea

 

《そろそろ、奴さんのあたりだ。未だに通信障害は続いているため、いつもの通りに赤外線カメラで識別を行う》

「まだ戻らないのか」

《仕方ない。本土すら回復していない場所もあるんだ》

 俺が愚痴をこぼすのを、イェーガーがたしなめる。

《ストライダー3の言う通りだ。ユリシーズのかけらが残る中、デブリをもぶちまけた結果、もう衛星は打ち上げられないからな》

「面倒なもんだ」

《こっちまで海底ケーブルを伸ばしてくれるまでの辛抱だな》

《だが、赤外線カメラは必要なさそうだ》

 フーシェンの言う通り、ソイツはどっからどう見ても民間機ではないし、味方のものでもない明らかに異様な形をしていた。こっちの5倍の大きさのブーメラン型の翼を2枚、交差させるように持できていて、真っ黒な塗装に薄い青の正六角形の文様、そして体中のところどころに赤い斑点と前方の翼の交差部にある赤い四角が見える。

 

「大陸戦争のときみたいに、フリーエルジアがなんか引っ張ってきたのか? 笑えねぇぜ」

《爆撃機なのか? 護衛機なしなのが気になるが》

《アンノウンから高熱源反応! 何か来るぞ!》

 

 ソイツの斑点が光り出したのを見たのととロングキャスターの報告から俺たちは回避行動を無意識にしていた。その直後、恐ろしいほど太い濁った赤色のレーザーが前いた位置を突き抜ける。

 

《みんな無事か?》

「なんとかな」

 大雑把な野郎のくせに、フーシェンが生きているかどうか確認をとってくる。それに返事をし、あの黒い機体をジッと睨む。どうやら、アイツは俺らを殺す気マンマンらしい。

「ロングキャスター、抵抗しても構わんな?」

《あぁ、これを正当防衛と判断。全機、ウェポンズフリー》

「了解。ロングキャスター、こいつのフルコースが来るまで待っててくれ」

《旨そうには見えねぇな》

「フーシェン。食わず嫌いはだめだぞ」

《なら、お前には人一倍食わせてやるよ》

「そりゃ、勘弁だぜ」

 

 軽口を叩き合い、互いの戦意を上げていく。まぁ、あの無口の隊長は乗ってはくれないが。フォーメーションを維持し、小刻みに動いてレーザーを避けつつヤツの顔に狙いをつける。

 各々がFOX2と唱え、操縦桿のグリップにある赤いウェポンリリーススイッチを押す。そうすると、ミサイルはレールから切り離され1秒も満たない自由落下の後、炎が吹き出し空に白い線を引く。そして、飛んでいったミサイルは、ヤツの緩やかなカーブを描く翼へ突っ込み、荒々しく削りとっていく。そこまで装甲は硬くないらしく、いくつかの大きなクレーターが出来たのが見えた。

 

 だが、ロングキャスターからは予想とは違う報告が入る。

《全弾命中。だがまだ敵はお元気一杯みたいだ。まだまだ来るぞ!》

《あんだけ顔が吹っ飛んだっていうのにまだ飛ぶのか!》

「どういう仕組みしてんだ!」

 

 やってられねぇと悪態をつき。次の攻撃のタイミングを狙おうとソイツに目を向けると、吹っ飛んだ場所が徐々に治っていく様子が見える。

「こいつ、自分で傷を直してやがる!」

《冗談だろ!?》

「ならよかったんだがな!」

 アーセナルバードだって急所や弱点と言える場所があった。だが、コイツは違う。数発のミサイルでその面がデコボコになっても、1ミリもきいている素振りを見せず、レーザーを出す赤い斑点を吹っ飛ばしても別のところに新しく出来るだけ。しかも、自分で傷を治すときた。

 

《すぐに空いている部隊を送る! それまで何とか耐えてくれ!》

「おいおい! 撤退できねぇのか?」

《こいつはまっすぐファーバンティーに向かっている。理由はわかるな》

「なるほどな、クソッタレ!」

《レーザーで焼かれちまったら、本当に何も残らないぞ!》

 どうしたって倒せない敵と倒さないとくる未来。こういうのを巨象とアリで喩えるらしいが、たった4機じゃアリにもならない。

 

「どうする? トリガー」

 俺がこう聞くと、トリガーは短く答える。

《下から翼を狙う》

 確かに下面はレーザーの出る赤い斑点が少ない、それにアイツは意外にも柔らかいため数発のミサイルで翼は吹っ飛ぶだろう。だが、ソイツはそこまで高い位置にはいない。上手くやらないと海面にキスをするかアイツに突っ込むことになる。だが、そいつを海に叩きつけねぇとファーバンティーはコイツのせいで火の海だろう。

《しょうがねぇ。やってやるか! トリガー! 俺は右のやつをいくぞ!》

 

《情報を追加した。HUBで確認してくれ。少しは役に立つだろう》

 ロングキャスターがそういうと、翼の付け根に照準が合うようにマーカーがつく。AWACSの素早い仕事に感謝しつつ、ヤツの下部に潜り込む。レーザーは5秒に1回。下手に避けて突っ込まないよう細心の注意を払い、上面部の射程外である海面スレスレまで降りた後、一気に急上昇してミサイルを叩き込む。

 

 ミサイルは迎撃をする暇を与えず、翼に突き刺さり爆発。翼にはいくつかの穴が開くが、奴はまだ何事もないように飛んでいる。さらに、恐ろしいことに修復されている場所の様子は前と違い“赤く”染まっている。

 

「下手にやるとレーザーの本数が増えちまうみたいだな」

《穴がでかい分、そっから出てくるレーザーも太いんだろうな》

《もしかしたら、こっちが料理する前にこっちがローストされちまうのか》

「そりゃ、勘弁だな」

《それなら、奴の傷が治るまでに解体を終わらさないとな》

 

 イェーガーの言葉を皮切りに、もう一度攻撃を仕掛ける。奴の攻撃もさらに激しくなり、間隔は段々と短くなっていく。おんなじ様な攻撃を2回3回と繰り返すが、なまじデカいのと修復が結構早いのでなかなか切り落とせない。

 7回目。根本の残った場所に慎重にミサイルを叩き込み、一つの翼がゆっくりと離れていく。クルクルと回りながら落ちていくのを見て歓声を上げる。

 

《一つ目!》

《結構面倒だったな。息子への土産話にはちょいと編集がいるな》

《速度が低下している。この調子で行けば落とせるかもな。ただ、無茶はするなよ》

 ロングキャスターの報告より、どうやら効いているらしい。どうにか光明が見えたようだ。そう思っていたんだが。

《速度が下がる割には、高度に変化がないな》

《そういえば、レーザーが飛んでこねぇ》

「こういう時は大抵何かあるもんだ」

 

 奴の減速は止まらない。それでも高度は下がらない。そして、空中で止まってしまった。

「おいおい! どうなってんだ! ありえねぇだろ!」

《的が止まったんだ! 当てやすくなっただけだろうが!》

「そりゃそうだが!」

 フーシェンはそういうが、本人も困惑している様子で誰も攻撃をしようとしない。そうしていると奴は背中から1本の柱を生やし、”自分“の翼を切り落とした。切り落とした翼は紫がかった黒いモヤへと変わり、その柱の先端へと集まっていく。あまりにも非現実的すぎて、気味の悪さが一転して妖艶な美しさを出している。誰も何も言えない。そのような雰囲気に横槍を入れるようなロングキャスターの報告が入る。

 

《対象が回転を開始。一体何が起こってるんだ!》

「わからねぇが、とんだクソッタレな状況ってやつだ!」

《断面が赤く変化!》

《そりゃ、やばくねぇか⁉︎》

《一気にケリをつけようってのか》

 

 翼の断面が赤くなりきると、光の翼が現れる。だんだんと早くなる回転に、振り回される光の翼。その翼も羽ばたくように変則的に動き出し、俺たちを跡形も残らずに消しとばそうとする。

 

 それを避けるため俺とトリガーは奴の上に、イェーガーとフーシェンは下に潜り込んだ。そして、翼の当たらない場所でクルクルと回っていると、光がおさまるのと同時に柱の周りに集まったモヤが集まりマーブル模様の濁った球ができたと思えば、それを貫くように一筋の光が柱から放たれる。その光の周りからは、紫がかった黒い雲が光を中心に同心円状に現れ出す。

 

《レーダーに大規模なノイズが発生している! 何が起こっているんだ!》

「何が何だかわからねぇ! 気持ち悪りぃ色の雲が迫ってきやがる!」

《ノイズの正体はそれなのか……。どうにか退避できないか?》

「下手こいたら、あの翼でネジ一つ残らねぇよ!」

《今は動いちゃいねぇが……誘い込む罠かもしれねぇしな》

 

 そう話しているうちに、雲は目の鼻の先まで迫り、時々翼がそれを切るように掠める。

 

《大丈夫か? ノイズが迫って……対象上昇開始!》

《一体何がしたいんだ?》

《元々、この煙は目眩しじゃないのか? おおよそ、見えないようにしてからレーザーをあてやすくしようって魂胆だろう》

 ロングキャスターの情報をもとにイェーガーが推理をする。確かに筋は通るが、何となく嫌な予感がする。

「とりあえず、突っ込んでも良さそうってんだな」

《あぁ、なんとも言えないがな》

 

 一抹の不安を覚えながら雲の中に入り込む。キャノピーは紫色に染められ、機体が大きく揺れる。上を向いているのか、下を向いているのかどうにもわからないので、計器とにらめっこをしながら飛ぶ。

《2人とも、奴はどんどん速さを増している。どうか当たらないでくれよ》

「あぁ、ケツに迫ってくるのが見えるぜ。飛び出しゃ丸焼き、追いつかれたらミートパテだ。どうもコイツは趣味が悪りぃようだな。下手な映画の悪役みてぇなやり口だ」

《それなら頑張ってくれよ、主人公ども》

 ジョークを返すフーシェンには、いつもの刺々しさはなく、俺たちを純粋に心配している様だ。

 

 雲の奥から黒い物体が迫るのが振り向くと見える。それから逃げるために、ほぼ垂直に加速し続けなければならない。下半身に大きくかかるGと戦うが、無常にも血液は下へ下へと下がり続け、脳へ血液は回らなくなる。このまま飛びつければ、いつか落ちることは明確だが、外に出ても逃げられるわけではない。俺の意識が落ちるか、コイツが止まるか。そんなチキンレースをこなすうち、紫がかったキャノピーは段々と色を失っていく。すでに脳は酸素を求めて悲鳴をあげているのだ。目の前を飛ぶトリガーを捉えていた視界も段々と黒く塗りつぶされいき、意識は真っ黒い闇へと落ちていった。




ここまでご精読ありがとうございます。自己満足の小説の上、処女作ということで見るに堪えないかもしれませんがどうか楽しんでいただけると幸いです。誤字などの指摘する点があれば指摘していただくと助かります。また、今後多くの原作改編が行われますのでご留意ください。


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MISSION01 Contact

1944年6月11日午前11時38分

北緯50度17分 西経1度74分 イギリス海峡

 

 微かに聞こえるプロペラの音。私は隻眼の女性の胸の中で目覚めた。私を抱き抱える女性はまっすぐとした父親のような温かい目で私を見る。

 

「気が付いたか?」

「坂本さん」

「よくやってくれたよ。おまえがいなかったら私もどうなっていたか」

「でも……私また最後に失敗しちゃったし……」

 

 私はついさっきまでネウロイと呼ばれるものと戦っていて、その戦いで私はコアを見つけることはできたものの、肝心のトドメを刺すことは出来なかった。そういった結果から来る気持ちは素直に自分が勝ったと理解するのを妨げる。そんな私に様子を見越したのだろうか、坂本さん私の目を見て、

「何を言ってるんだ。初めてであそこまでやれたら上出来だ」と励ましの言葉を贈った。

 

「ほら、見てみろ」

 そう言って、坂本さんが目線を向けた先には空母「赤城」があった。

 

 そこには甲板から、救難ボートから、そして屋根がなくなった艦橋から乗員のみんながその両腕を、その帽子を必死に振って勝利を祝う雄たけびを私たちに向ける姿が見えた。私は驚いて、その様子をしばらくのキョトンと見つめたあと、誰かを守ることができたという事実から来る喜びと達成感をかみ締めていた。

 

 その余韻を感じるのもつかの間、水平線の向こうに一筋の紫色の光が降りた。私を抱えている坂本さんの表情が強ばるのと同時に、その光から紫がかった黒色の雲がどんどんと出来上がっていくのが見える。雲ができるのは一瞬の出来事だったはずなのに、今度は何が起こるのかと思うと気が気でなくて、時間が数時間ぐらいに引き伸ばされたように感じられる。

 

 不安でしょうがなくて、坂本さんの顔に視線を向けると、坂本さんは眼帯をあげてからネウロイが現れていないか、必死の形相で探していた。

 

「雲の隙間からコアを見つけた。だが……」

「どうしたんですか? 坂本さん」

「宮藤。先に戻っておけ。もう限界だろう」

「まだ行けます!」

「無理をするな。奴はこっちから離れていっているが何をしでかすか分からん」

「でも1人じゃあ」

「私は他の部隊と合流するから心配いらん」

「それでも……」

 

 坂本さんが私を心配してくれるのはとても嬉しい。それでも私は坂本さんの役に立ちたい一心でジッと目を見る。意図を汲んでくれたのか、少し驚いた表情をした後に呆れたような喜んでいるようなそんな様子で微笑を浮かべた。

 

「わかった。だが私の後ろにしっかりと付いて来いよ」

「分かりました!」

 

 そうして私たちは立ち上る奇妙な雲の柱へと向かう。ある程度近づいたときにその大きな柱から巨大なネウロイと二体の小さな何かが現れた。

 

「坂本さん! 出てきました!」

「あぁ、でかいな。やはり増援の到着を待ったほうが……」

「それもですけど! あっちも!」

 

 そうして私は小さな何かが落ちているほうを指さすと、坂本さんは右目を使ってそれを確認した。そうすると、ひどく驚いた様子で私に小さくウィッチだと教えてくれた。

 

「それなら早く助けに行きましょう!」

「だが、罠かもしれん」

「他に何か見えたんですか?」

「コアらしきものは見えなかったが……話してみよう」

 

 そう言うと、坂本さんはそのウィッチたちに無線で呼びかけをするが返事は無く、その高度をどんどんと下げていく。

 

「気を失っているんじゃあ……」

「おそらくそうだろうな……」

「早く助けに行かないと!」

「その通りだ。動けるか?」

 

 そう尋ねる坂本さんをしっかりと捉えて頷くと、坂本さんは2人のもとへ最大速で向かい、私もその背中をどうにかして追いかけた。

 

 奇妙なことにネウロイは攻撃を仕掛けてこない。ただ、先程の雲がどんどんとネウロイに吸い寄せられているような気がする。ネウロイが何かをしようとしていることに坂本さんも気が付いているのか、どこか焦っている様子だった。

 

 そして、2人がはっきりと見える距離まで近づくと、2人の奇妙な様子に呆気に取られた。なぜなら、金髪の子と黒髪の子の2人が履いているストライカーユニットがとても奇妙な見た目をしていたからだ。私たちの履いているものは先が細くなる円錐形のものだが、この2人は円筒形のものを履いていたのである。備え付けられる翼も三角形で私たちのと全く違う。

 

「変なの」

「あぁ、この軍服も見慣れない」

 

 そう話す服装は2人が羽織っているオリーブ色のジャケットのことを指していた。そこには肩に『白と青の二つのラインに六つの星』という見慣れない国旗と、黒髪の子のには『リボルバーを咥えた狼』、金髪の子のには『羽の生えたシルクハット』のストライカーユニットにあるエンブレムと同じようなもののワッペンが、右胸には『二対の稲妻』と『突撃する騎兵』のエンブレムのワッペンがつけられていた。

 

「ここにある国旗も部隊も聞いたことがない。一体何者なんだ」

「坂本さん! 早く助けましょう!」

「……あぁ。金髪のほうを頼む。とりあえず赤城まで運ぶぞ」

 

 そう言った後、私たちは2人に詰め寄って、背中に背負って赤城の方へ向かう。かなりの重量で少しふらつくがどうにか飛ぶことはできる。

 そうして2人を運んでいた時、ネウロイはあの雲を大体吸い上げ終えていた。柱からマーブル模様の球体を出し、ネウロイの巣がある方向へ一筋の光を放つ。そうするとその方向には先ほど雲がまた現れて、その中にネウロイは入っていく。

 

「行っちゃうみたいですね」

「あぁ、増援もまだこっちまで来れないからな。助かったが、脅威を逃してしまったのは確かだ」

 

 坂本さんはネウロイが消えた雲を睨みそう言う。しばらくすると、雲は晴れてネウロイは姿形も見えなくなった。

 

「この2人はどうなるんですか?」

「ブリタニアにまで連れて行く。特にこのストライカーユニットのことでな」

 

 ふらふらと安定しない飛び方でしばらく飛び続け、ようやく赤城に着くと2人は用意してあったタンカに乗せられて医務室の方へと消えていった。

 

1944年6月15日午後03時17分

第501統合戦闘航空団基地

 

 私は正式にウィッチーズの一員となることが決まり、挨拶と案内を終えて部屋へと戻っていた。まだ家具も何もない殺風景な部屋には、窓の冊子の影とベッドしかなくどことなく寂しいく、扶桑が愛おしく思えてくる。

 

 ベッドに座り天井を眺めながらそのどことなくホームシックな感情を感じていると、軽いノックの後に坂本さんが私を呼ぶ声が聞こえた。そのため、私はドアを開いて訓練は明日からではないかと怪訝そうに坂本さんの顔をジロジロ見る。

 

「あー……お前の治癒魔法を見込んで話があるんだが……」

「どういうことですか?」

「2人の治療の手伝いはできないか?」

 

 その頼みに了承の返事を返し、坂本さんの後ろをついて行く。

 

「2人の容態なんだが……」

「悪いんですか?」

「そこまで外傷はひどくないんだが、奇妙な点があるんだ」

 

 医務室に着き、ノックをした後ドアを開ける。そこには患者服に着替えた例の2人がいた。坂本さんはその1人の腕を掴み、腕の様子を見せる。そこには無数の赤い斑点が特に肘あたりにあった。

 

「医師たちによると内出血の後だろうと。ここに来るまでに鼻と耳からの出血の跡も見つかっている。2人はもしかしたらそういう病気にかかっているかもしれんということでな、お前の力を借りたいというわけだ」

 

 私はわかりましたと一言返し、まずは手前の方にいた黒髪の子から治療を始めた。

 

 彼女の腕の上で両手を重ね、指先にかけて力を込め、魔法を発動させる。眩い青色の光が出るのを確認したら、ゆっくりと両手を離していく。坂本さんがいる前だという緊張感の中で行ったが、どうにか今度は上手くいったらしく腕の痣は消えていた。

 

 次の子のほうの治療に行こうとした時、ドアが叩かれてふと振り返る。そこには、この基地の司令官であるミーナさんがいた。

 

「あら、宮藤さんもいたのね」

「ちょっとこいつの手を借りようとね。宮藤は続けておいてくれ」

 

 坂本さんはそう言って私の近くから離れ、部屋の入り口の方へ向かう。

 

「それでどうだった?」

「服装にあった“長距離戦略打撃群”に相当する部隊も"STRIDER"に相当する部隊も存在しないわ」

「そっちもか。装備のことなんだが、こっちの拳銃も同型は存在しない。オーダーメイドとはなかなかなもんだ」

 

 そう言って、坂本さんは件の拳銃を出して、話を続ける。

 

「弾は9mmが12発。そしてこいつは一部が未知の物質でできている。そいつのせいなのか重量は1キロにも満たない」

「軽いとは思ったけれどそこまでとはね、一体何でできてるの?」

「あのユニットと同じく、全くの謎だ。」

「今研究されている素材と似たものはあるかしら?」

「軽い素材としちゃあベークライトがある。だが、この黒は塗ったっていうより元々こういう色だったってやつだろうから色が違う。似たような素材ってのはわかるんだがどんな分子からできてるかはさっぱりだ」

「どれも完璧なオーパーツね」

「ただ、そっちとは違ってリバースエンジニアリングから、内部機関の流用自体はできるだろうな」

「装備から傭兵ではなさそうだけど、やっぱり上層部しか知らない何かなのかしら」

「その可能性が高いだろうが、なにぶん起きてもらわないとな」

 

 金髪の子の治療をする最中、会話を盗み聞きしていてわかったことは、この2人の裏に何か大きな何かがあるということだけ。治療に集中したいが、2人の正体のことが気になってなかなか集中できない。

 

 坂本さんたちの議論が白熱する中、治療そっちのけで腕を組み、首を傾けて、目をぎゅっとつぶってあれこれ考えていた。それでも何も浮かばない。諦めて作業に集中しようと目を開けると、いつの間にか目を覚ましていた金髪の子と目があった。その子はキョロキョロと周りを見た後、一言だけ発した。

 

「……ここはどこだ?」




 もう1人の主人公視点での話です。2人の視点は不定期に入れ替わりますが、トリガーが視点となることは現段階ではありません。今回の彼はカウントにとっての道標としての役割のみ果たしてもらう予定です。


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MISSION 02 QUESTIONING

15:23 15.Jun.1944

501JFW Base : Medical room

 

 目が覚めて、初めて見た景色はあどけない少女の顔だった。目を合わせたまましばらくの間の沈黙が続いたあと、ゆっくりと周りを見渡す。この場所は医務室のようだが、分厚いブラウン管のモニターや板張りの床がどこか古臭く感じさせる。

 

 部屋の様子をもっと探ろうとした時、さっきの少女はふと我に帰ったようにして俺の腕を持つ。そしたら、その手が青く光り輝いてGによって破裂した毛細血管からの内出血の跡がみるみると消えていく。そのあまりに幻想的ながら非現実的な光景から、はっと彼女の顔を見ると、驚いたことにさっきまでなかった犬の耳らしきものが頭から生えていた。

 

 俺はあまりに突拍子もない出来事が続いたものだから、しばらくベッドの上に座って固まっていた。そんな俺に気づいたのか入り口にいた2人の将校らしき女性は少女を退出させ、代わりに小銃を持った男たちを部屋に入れる。

 

「…お目覚めのモーニングコールとしちゃ、なかなかなもんだな」

「えぇ、我がホテルはご満足していただけるよう最大限のサービスを提供するわ」

「モーニングが鉛玉とは大したもんだ」

「あら、もう昼よ。それにご注文とあれば、別のものでも用意するわよ? その分、チップは弾ませてもらうけど」

「どのくらいだ?」

「まずは所属ね。それと既に起きてるそっちのかたも」

 

 赤毛の将校がそういうと、寝たふりをしていたらしい黒髪の少女は体をおこしてきっと相手を睨む。その姿からはどことなく普通ではない雰囲気を出していた。

 

「起きた順から話してもらうわ」

「オーシア国防空軍だ」

「なるほど、あなたも?」

 

 そう赤毛が聞くと、黒髪はコクリと頷いた。

 

「そのような軍隊は存在しないはずだが。あくまでしらを切るつもりか?」

 隻眼の将校はそういい、こちらを睨みつける。

 

「オーシアが存在しない? んな馬鹿な! あんたらエルジアの者だろう!」

「エルジアというものも聞いたことがない」

「最近までドンパチしてたんだ。知らねぇってことはねぇだろう」

「国同士での戦争はここ数年はない。そろそろ、本当のことを教えてもらいたいんだが」

「だから、俺はストライダー隊の二番機としてロングレンジ部隊で戦闘機を乗り回してたってこと以上に何もねぇよ」

「そうか…だが、隣はそうでないみたいだな」

 

 そう隻眼がいうので、隣の方をみると、その黒髪の少女は溢れんばかりの驚きを隠せないらしく、なんとも分かりやすい表情を浮かべていた。

 

「さて、お前はどこに所属しているんだ?」

 隻眼がそう尋ねると、黒髪はこうしっかりと答えた。

 

 オーシア国防空軍 長距離戦略打撃群 第124戦術戦闘飛行隊

 コールサインは『ストライダー1

 

 あまりにも突飛な答えだった。けれども、2人の将校はこれを飲み込む時間を与えてくれない。

 

「おんなじ部隊に所属しているのね。一番機ってことは……」

「ちょっと待て! こいつが一番機? こいつがトリガー? 冗談じゃない!」

 赤髪が話を続けようとするのに待ったをかけるよう大声で遮る。

「俺の知ってるトリガーはこんなちんちくりんじゃねぇ! 第一、ガキは戦闘機には乗れねぇだろ!」

 

 その少女はハイスクールに通いたてぐらいの年齢、つまりは子供に見える。どうみても徴兵可能な18歳以上には見えない。そんな見え見えの嘘をつく少女への怒りは全く思いもよらなかった言葉で霧散してしまう。

 

「お前だっておんなじようなものじゃないか」

 

 隻眼の言葉は俺を混乱の渦の中に叩き込むのに十分な威力があった。もうすぐ30の俺が、こいつとおんなじだって?

 

 ふと顎に手を当てる。蓄えていた髭はない。

 

 両腕をもう一度見る。毛は綺麗さっぱりなくなり、腕は細く華奢になっている。

 

 将校の1人から手鏡を借りて、自分の顔を見てみる。

 

 そこにはいつもの自分ではなく1人の金髪のうら若き少女だった。

 

 手鏡を持ったまましばらく動かなくなった俺を心配したのか、それとも怪訝に思ったのか赤毛が声をかけた。

 

「自分の顔に何かついているの?」

「自分の顔自体がおかしいな」

「あら、どんな感じに?」

「どっからどう見ても俺が女だ」

 

 そんな返事が返ってきたので少し眉をひそめる2人を尻目に俺は感情をぶちまける。

 

「おかしいんだよ! なんでこんな格好なんだ! もうすぐ30行く男がこれだぞ! 若返っただけでも目ん玉ひん剥かれるほど驚かされんのにさらに女の体ときた!」

「あなたは男性だったっていうの?」

「そうさ! 28の男だったもんだよ!」

「そんなこと、あり得ないだろう」

「そうだったらよかったんだがな!」

 

 しばらくの沈黙。俺の絶え絶えの荒い呼吸の音のみが部屋に広がる。鋭い目つきでお互いを睨み合い、まさに一触即発の状況。

 

「別室へといきましょうか」

「…えぇ、例の部屋へ。手錠をお願いします」

 

 部屋にいた男の1人が沈黙を破り上申したのを、赤毛は了承し俺たちに手錠をかけさせる。抵抗しようとするがか弱い少女となった俺にそれだけの力はなかった。あっさりと両手には鉄の輪が通されベッドから立たされる。

 

「そろそろ鉛玉のプレゼントというわけか」

「まだお話は残っているわよ。しっかりと精算してもらうわ」

「こんな格好でか?」

「ちゃんと着てるじゃない。それとも初めの服のほうがよかったのかしら」

「ズボンなしとはなかなかのファッションだな」

「履いてるじゃない」

「どこがだよ」

 

 そういうと、奴は自分のパンツを指さす。どうしてこいつはパンツ一丁なのか。というか、どうして俺はこいつらがそんな格好をしているのに気づかなかったのか。

 男の服装はちゃんとしているのに、こいつらは当たり前のようにこんな格好で突っ立っている。全くもって恥じらいを感じてなさそうだが、エルジアにはそんな民族衣装があるなんて聞いてない。それじゃあ、独立しようとしてる旧自治領の奴らで、うんと昔にやってたのをもう一回やろうとした馬鹿がいたのかと思案を巡らせていると小銃の銃床で小突かれる。俺たちは仕方なくこのまんまの格好で外へと引っ張り出された。

 

15:53 15.Jun.1944

501JFW Base : Interrogation room

 

 俺たちが突っ込まれた部屋はいかにもなものだった。石造の無機質な部屋に鉄格子付きの窓、そのど真ん中には鉄製の机と4つのパイプ椅子が置いてある。俺たちはその椅子に座らされ、足は机の足に繋がれる。

 

「それじゃあ。遅れたけれど自己紹介をしましょうか。私はここの司令のミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ。所属は連合軍第501統合戦闘航空団。階級は中佐。でこっちが……」

「坂本美緒。所属は同じく連合軍第501統合戦闘航空団。階級は少佐だ」

「若いのに少佐だの、中佐だのなかなかなもんだな」

「あなたはどうなの?」

「俺は少尉だよ。そこで空ばっか見てる大馬鹿野郎は中尉の筈だ」

 

 俺のいうように、隣の黒髪の女の子は椅子に座ってからは前を見ることなく、ずっとこの部屋の外の青い空だけを我関せずと言わんばかりに見つめている。とりあえずこいつがトリガーだとは認めてはいないが、そうしたもんだとしておかないと話が進まない。

 

「本題にいかせてもらうわ」

 そう言って赤髪は、あのスクランブルした時の黒い機体のスケッチを渡す。

 

「このネウロイとの関係は?」

「関係も何も、こいつは俺たちが近づいたら骨ほど残らねぇほど吹っ飛ばそうとしてきたクソッタレってだけだ」

「つまりは味方としているということではない?」

「当たり前だ。まぁ、生きているってことはトリガーがどうにかしてくれたんだろう」

「いや、こいつはまだ確認されている」

「このネウロイは各地で確認されているの。昨日は扶桑。一昨日はリベリオン西海岸。あなたたちがこのネウロイと発見されてから世界中で目撃が相次ぐのよ」

「戦ったのだろう。何か特徴はあったか」

「特徴ねぇ……こいつはハリネズミみたいにレーザーを撃ち、あと、最後らへんに紫色のスモークを出していたな」

「スモークか……それについて何かないか?」

「こいつのレーザーから逃れるためにこいつの頭上を飛んだんだが、急に紫色の光と共にこのスモークが出たんだ。んで、頭上から離れたもんなら焼き鳥になっちまうから、仕方なくこの煙に入ったんだが、そこから記憶がねぇ」

「なるほどな。お前の諸問題もその煙が関係するかもな」

「煙がか?」

「光の発生方向に煙の柱ができるのはわかっている。そして、リベリオンで発射された光の方向は扶桑を向いていた。そしてその煙に入ってすぐ、扶桑の方に光が現れて同じような煙が出た後にこいつが現れた。」

「こいつは雲を使ってテレポートをしてるってのか? それで俺たちも巻き込まれたと?SFの見過ぎだろ」

「そうか、なら今までの出た国名は聞いたことがあるのか?」

 

 今まで出てきた国名はリベリオンと扶桑。たしかに聞いたことがない国名だ。少なくともユージア大陸では。

 

「だからって……」

「光の方向は?」

「……空に向かっていた」

「空ってことは、他の星から? 美緒、これはさすがにないんじゃない?」

「ネウロイ自体が超常現象だ。そいつが宇宙人を連れてきたって不思議じゃないだろう」

「じゃあ、そのエイリアンが俺らを連れて行くついでにこんな姿に改造したってのか? B級映画でもそんなひでぇ設定は使わねぇよ」

「でもここにいるだろう、エイリアン君。一回世界地図を見てみるかね?」

「あぁ、見てやろうじゃねぇか」

 

 そう言って隻眼は部屋を出る。

 あまりにひでぇ話だ。だが、直感はコイツが正しいもんだと言っている。たしかにあの黒いネウロイとやらに関わってから全てがおかしくなった。俺がこの星の人間ではないから、獣耳が生えたりすんのも、あんな格好が普通なのも不思議に見えるだけかもしれない。だが、こいつはあまりにもあり得なさすぎる。

 

 相談する相手が欲しくて隣を見るが、こいつはまだ空をじっと見つめている。『空さえありゃ問題ない』そんな雰囲気からはトリガーらしさを感じる。こいつの正体にやきもきしているうちに地図が届いた。

 

 机に広げられた地図。そこにはユージア大陸もオージア大陸も他の俺が知る大陸は何もない、全く見たことがない地図だった。

 

「見たことねぇ地図だ……」

「そうだろうな。君たちにとっては他の星のものだからな」

 

 得意げに隻眼がそういう。だが、赤髪はまだ受け入れていない様子だ。それを見越したのか、隻眼はそれを証明せんと意気揚々と拳銃を見せる。

 

「お前たちのベストから拝借したものだ。とくにフレームは明らかに未知の技術でできている。」

「そうなのか? ポリマーフレームは最近普及したんじゃないのか?」

「ポリマーフレーム……。そんなものはまだ普及してないわ。主流は金属と木材のはずだけど。オーダーメイドではないの?」

「いや、官製のモノだが」

「やはり話の認識のズレがあるな」

 正体見切ったりと言わんばかりの自慢げな表情で頷く隻眼を、少し心配したように赤髪は「これまでの話を鵜呑みにしたそんな仮説を信じるの?」と諭すが、

「あぁ、こいつらは嘘をついてないみたいだからな」

 そう言って、隻眼はニッと笑って赤髪の方を見る。それを赤髪は鳩が豆鉄砲を食らったように目をパチパチさせて見ていたが、しばらくして大きなため息を吐いたあと、俺たちを見る。

 

「あなたたちはこれからどうするつもり?」

「どうするったって……原隊に復帰したいが……」

「だが、その原隊は遠い空の向こうだな」

 

 しばらくの沈黙の後、隻眼がある提案をした。

「うちに来ないか? 大層な特殊部隊にいたそうじゃないか。お前たちの魔力も申し分ない。ウィッチとしてネウロイと戦っていたら帰るきっかけも見つかるだろう」

「美緒! 流石にそれは……」

「危険かなのは承知だ。流石に見張りはつける。それに戦力の増強は急務だろう」

「……試すだけ試しても損はないかしら」

「ないだろう。それに他の星のエースだなんてワクワクするじゃないか」

 そういう隻眼の目は少年のように好奇心を満たしていて、キラキラと光っている。

 

「だが、そっちの飛行機の飛ばし方なんて知らないぞ。」

そういう俺の言葉に、隻眼は一笑にふすように高笑いしてただ一言。

「なるようになる。」

 

 呆れて、何か反論しようとするが隣のヤツはもうやる気らしく、空を見るのをやめて、将校たちをじっと見ていた。ここが俺らの星と違うのなら生活のあてはたしかにない。どっちにしろここにいた方があのネウロイとの接点があるだろう。そう自分を言い聞かせなんとか決心をつける。

 

「…わかった。じゃあ機体をためさせてもらおうか」

「今、お前たちが元々使っていたのはないが、予備のやつがある。早速その実力を試させてもらおう。」

「…本当に使うのね。」

「もちろんさ。さあ、こっちまできてもらおう。」

 

 そう言われて、手錠と足枷が外される。俺たちは新たな翼とやらを見に格納庫へと向かった。




 F-15Cはしばらく帰ってきません。武装や機体などは諜報部にまわされているため、しばらくの間は研究に回されますがいつか必要な時は来るでしょうね。


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MISSION 03 Test Fly

 

16:13 15.Jun.1944

501JFW Base : Hangar

 

 広々としたハンガーの中にポツンと武骨な機械が三つ。多くの機体が入るであろう広さのハンガーにはあまりにも小さいが、スポットライトで照らされる様子は我が主役たらんと言わんばかりに堂々と佇む。そして、その機械には大昔のレシプロ機のミニチュアらしきものが備え付けらていた。

 

 隻眼の女、つまりは坂本少佐とやらはこいつを指差してこう言った。

 

「これで飛んでくれ」

「こんなちっぽけでコックピッドもないやつに乗れって?冗談だろ」

「ストライカーユニットは乗るモノじゃない、“履く”モノだ。」

「履くだって?」

「そうだ。まずは1番機のトリガーだったかな?そっちからやってみるか。」

 

 そう言われて、トリガーと名乗る女は足場へと登る。それを確認した坂本はストライカーユニットの四角い口をなぞる。どうやらここに足を通せということらしい。恐る恐るソイツは足を通すと、その口からは青い光が吹き出してアイツの体を照らす。足を通し終えると、ソイツの頭からは黄金色のオオカミの耳が、尻からは尻尾が生える。

 

 その変身ショーを目の当たりにして、しばらくは空いた口がふさがらなかった。だが、しばらくして口が閉じた後、その口角が上がる。足に謎の機械をつけ、オオカミの耳と尻尾を生やすその様子はトリガーと名乗るにはあまりにも威厳がなく、とても滑稽に見えた。そうして笑いを堪えていると俺に坂本は爆弾を投げつける。

 

「次はお前だぞ」

 

 その一言で俺の顔は一気に強ばる。こんな格好をしろと?たしかに俺は機体を試すだなんて言ったがこんな変なコスプレで空が飛べるほど変人じゃない。

 

「冗談だよな?」

「本気だ。別にやらなくたっていいが、その時には…」

「わかったわかった!やりゃいいんだろ」

 

 脅しの言葉をかけようとする坂本を遮り、ストライカーユニットを履く志願をする。あらかた、乗れない穀潰しは基地に置いとけないということだろう。どうも身寄りがない俺たちにとって、ここにいるのが数少ない生き残れる手段の一つ。世知辛いモノだ。

 

 足場に立ち、その機体を見下ろす。上から光が当たるのにその四角い穴の先は真っ暗で何も見えない。そこへゆっくりと両足を下ろしていく。そうすると、さっきと同じように眩い青い光が穴から溢れる。俺ははっとして、頭と尻を押さえてたが無慈悲にもそれは生えてくるのをはっきりと理解させるだけだった。病室で拝借した手鏡を恐る恐る自分の顔を見ると頭から鳥の羽が生えている。

 

 プライドをズタズタにされ気を落とす俺と涼しい顔でハンガーの扉の先にあるであろう滑走路の先の空を見つめるアイツを尻目に坂本は俺たちのものとは別のストライカーユニットに足を通す。

 

「よし。まずはエンジンを回してくれ。」

「回すったって、どうやるんだ?」

「そうだな…空を飛ぶイメージを持つんだ。」

「イメージねぇ…」

 

 『イメージ』と言われ真っ先に思い浮かんだもの。それはFー15Cのコックピッドだった。鮮明に浮かぶ記憶上のコンソールを動かしてエンジンをかけていく。奇しくも、同じタイミングで2人のエンジンは唸り声をあげた。

 

「上々だな。よし、離陸だ。離陸するときは…」

「いや、大丈夫だ。これなら聞かずとも飛べるさ」

「ほぉ…じゃあお手並み拝見といこうか」

 

 そう言って、坂本はニヤリと笑う。嘲笑なのか期待なのかは俺には分からない。

 

 ただ、それを考える前にハンガーの扉が開き、水平線へまっすぐ向かう滑走路が現れる。滑走路の先端をじっと見つめた後、目をつぶってもう一度コックピッドを思い浮かる。頭ん中のスロットルレバーをあげていくと、体が前に傾き、足元には魔法陣が現れる。そして、固定具が外れた。

 

 体が前へと進むのと同時に、記憶の操縦桿を引く。そうすると、ふわりと体が浮かび上がる。髪はなびき、体は僅かに押され、滑走路の白線は段々と細くなる。俺が目をつぶってイメージをしていた間に先に上がっていたのだろう。ヤツらしき人影が青い空の中にポツンと浮かんでいた。

 

 そうして、しばらく高度をあげていると、坂本が後ろから追い上げてきた。

 

「本当にできるとは中々じゃないか」

「そりゃどうも」

「魔導エンジンの制御も上々。初めてとは思えないぐらいだな」

「こんなので飛べるもんだな。コミックだけのもんだと思ってたんだが」

「よかったじゃないか。夢のヒーロー様だ。だがそれに完璧になるためには、空での動かし方を確認してもらう必要がある。しっかりとついてこい」

 

 そういうと、坂本は速度を上げる。右へ左へ自由に空を飛び回るスーパーウーマンのケツを俺たちの見習いはしっかりと追いかける。

 

 ある程度飛ばし終わったところで坂本はくるりと回って器用に背面飛行をし、こちらの方を見てニッと笑うと一気に軌道を変えた。ここからが坂本の本気らしい。ヘリも真っ青な機動力で、空をあっちへこっちへぐねぐねと。まるで宙を優雅に舞う龍のような軌道を描く。頭ん中の操縦桿は、スポッと抜けそうなほど振り回されて頭がこんがらがる。

 

 だが、そんななかでもヤツはピッタリと坂本にくっついている。まるで元からこいつの飛ばし方を知っているかのように澄ました顔で堂々とヤツは飛ぶ。その様を見て、さっきの滑稽に思っていた俺はどこへやら。驚くべきことに見ていて嫉妬よりも誇らしさとやる気が湧いた。

 

 別に俺はコイツをトリガーだとは認めちゃいない。だが、トリガーを名乗る女郎が天性のセンスをまざまざと見せつけるその様は、あの大馬鹿野郎の名を名乗るのにふさわしい。あのコスプレはともかく、本物だろうが偽物だろうが『トリガー』がそう飛ぶのなら、俺もそれを目で盗むだけ。機体の鞍替えはSu-33からFー15Cの時がある。あん時だって意外となんとかなったもんだ。なら今度もいけないことはねぇ。

 

 体全体を傾けて行うピッチや足を使ったロール。腕を使った慣性移動。五体を使う重心移動。坂本やヤツが使う動きをゆっくりと真似ていく。必死こいてついていく中でゆっくりと習得をしていると、坂本はブレーキをかけた。

 

 あまりにも急なものだから追い越して、変な姿勢で止まる。キッと睨もうとしたところ、しっかりと後ろで止まっているヤツを見て、なんとも言えない気分となってしまう。急ブレーキの怒りはどこへやら。その怒りは中途半端な感情へと中和されてしまった。どんな顔をすればいいのか分からなくなっていると、坂本は陸の方を指さす。その先に円錐形の黒い雲の塊がある。

 

「あそこからネウロイが生まれてくる」

「ネウロイってのはあの黒いヤツ?」

「あぁ。今から大体5年前に突如と現れて瘴気を撒き散らし、片っ端から消し炭にしてしまった。そのおかげで、向こうの国々は滅ぼすどころか塩漬けだ。エッフェルも、ブランデンブルクも、我ら人類の文明のいかなる構造物を焼き尽くし、その廃材を吸い尽くす異形どもの巣がアレだ」

 

 そう言う坂本の目は悲哀に満ちていた。何人が死に、何人が母国の地を踏めなくなったのだろう。ただ、その表情からはこの星の人類の悲しみが詰まったように感じた。

 

「海を隔てたここが最後の希望って訳か」

「その通りだ。君らにも働いてもらうぞ」

「エイリアンのセオリーは侵略者(インベーダー)じゃないのか?」

「人類を救うためやって来た救世主(ヒーロー)ってのもセオリーだろう?」

「やってくるっていう割には、なんとも強引なもんだ」

「それは連れてきた奴に聞くんだな。奴らなら知ってるだろう。」

 

 たしかに奴らが連れてきたなら、返すこともできるだろう。この星での住処と帰れる手がかりが手に入るんなら、断る必要はない。まぁ、元々断れる状況ではないが。それならばやる事はひとつだ。

 

「分かったよ。連中にはわざわざ連れてきてもらったんだ。こんな体にしやがったことだとか、いろんなツケを利子をしっかりと付けて払ってもらわんとな」

「頼みにしてるぞ。それとだ…」

「なんだ?急に改まって」

「何か欲しいものがあるか?この星のことに付き合わせるんだ。何か埋め合わせをしたい。」

「そうだな…」

 

 埋め合わせに欲しいものは沢山あるっちゃある。金だとかそんなんが頭に浮かぶが、真っ先に必要なものはとっくに思いついている。

 

「1カートンのタバコだ。こんなしみったれた空にはコイツがなけりゃ話になんねぇ」

「そうか…トリガーはどうだ?」

 

 坂本はそう尋ねるが、アイツは話に飽きていたらしく、俺らの後ろのほうでアクロバティックな飛行していて話なんぞ聞いていない。どうするかわからない坂本におんなじもんでいいだろうと助け舟を出して、もう一度巣を望んだ。黒い円錐の雲はゆっくりとまわりながら、うごめいていた。

 

1944年6月20日9時53分

第501統合戦闘航空団基地 ブリーフィングルーム

 

 新しく2人が入隊する。みんなはその話題でもちきりだった。基地に連れ込まれたウィッチの噂や数日前、坂本さんがその後ろにピッタリとくっつける腕利きのウィッチと飛んでいたといった話があちらこちらで聞こえる。

 

 だが、その喧騒もミーナさんの入室と共に静まり、視線は一気に前の新入り2人へと向けられる。その新入りはいつかに見たあの2人。ただ、着ている服は病衣ではなく、初めて見た時のオリーブ色のジャケットを羽織っている。

 

 いかにもトップシークレットだった2人が、意外にすんなりと部隊入りしていることの奇妙さもさることながら、あの医務室で見た美麗な寝顔からは想像もつかない鷹のような目でこちらをじっと観察する様子は恐怖を感じるに容易い。

 

「今日からここに新しく入る2人の新人を紹介します。」

「オーシア…いや、ガリア外人部隊 第一外人航空戦隊124戦略戦闘隊、TACネームはカウントだ。で、こっちはトリガー。名前は…えーと…ジョンだったか?」

「書類上では、あなたはエマ・スミスです。やっぱり偽名だったのね…」

「まぁ、そう頭を抱えんな。あっちの俺は死んだも同然なんだ。名前ぐらいはあっちに残しときたいもんさ。んで、コイツは…」

「ジェーン・ドゥです。つけるにしてももうちょっとまともなものはなかったの?」

「仮の名前なんぞそんなもんだろう。まぁ、カウントとトリガーと呼んでくれりゃあいいさ。」

 

 おちゃらけてサラッと偽名を使っていたことを話すカウントと名乗る少女の様子を見て、ミーナさんは何度目かわからないため息をつく。ジャケットにある見覚えのない国旗や部隊章、そしてその態度から、他のウィッチたちの目もより猜疑に満ちたものになる。

 

「おかげで先の計画まで台無しだわ…」

「そりゃあ、大変なこった。」

「もうちょっとこっちに馴染んでから話すつもりだったのよ。…単刀直入に言うわ」

 

 そういうと、ミーナ中佐は配属の経緯を話し始めた。

 

 最大の原因は世界中で確認されている、急に現れてはしばらくしてどこかに消えるネウロイだった。このネウロイは単体でも強大な力を持っているが、もう一つ特徴があるとされている。それは周囲のネウロイの活性化だ。実際、ブリタニアに発生した後にネウロイの発生周期は不規則となっており、同様な事例が様々な場所で確認されている。中央はこれを大変な脅威と認識していて、現在の最重要目標のひとつとしたが、決まった戦果は上がっておらず犠牲が増えるばかり。そこで、このネウロイとの戦闘経験のあるウィッチを派遣して、ブリタニアに現れた時に必ず仕留めるようにする計画が立案された。そして、白羽の矢が立ったのがこの2人という。

 

「何か質問は?」

「“あっちの俺は死んだも同然なんだ”といったがどういうことなんだ?」

「そのまんまさ。古巣から離されて、こっちで勝手に放り出されちまった渡り鳥って感じだな」

「今回の任務のために戦死扱いされているというのか?」

「まぁ、そういうことだ。だが、二階級特進じゃあなくて軍曹からのやり直しだがな」

「質問は以上ですか?バルクホルン大尉」

 

 バルクホルンさんは短く肯定の返事を返す。そうして他に質問がないかミーナ中佐は尋ねるが誰も質問をする者がいないのを確認するとこう言った。

 

「2人の階級は軍曹です。同じ階級の宮藤さんとリーネさんはしばらく面倒を見てあげてね」

 

 飄々としているカウントと名乗るウィッチと人形のようにその場に佇むトリガーと呼ばれたウィッチのどちらとも私とそこまで年齢は変わらないように見える。だが、その目は私とは全く違う。皮肉った笑みにも何の表情もない顔にも鷲のような鋭い眼光が宿っている。

 

 機密のヴェールにあらゆることが隠されて掴みどころがないし、ちょっと怖いしどうしたもんだろうと考えていたその時、警報が鳴り響く。

 

 ほんの少したって、坂本さんが部屋に入りあることを伝える。

 

「5体のネウロイが真っ直ぐロンドンへ向かっている」

「分かったわ。さっそく2人の腕を見せてもらいましょう」

 

 そう言って、ミーナ中佐が目線を2人に合わせると、初めてトリガーさんは表情を崩し微笑んだ。




 トリガーならストライカーユニットは余裕で乗りこなしそうなものです。だけれど、カウントはいけるのかと思っていたんです。
 けれど、よく考えたら、ほんの数週間でSu-33からF-15Cに機種転換を成し遂げて、しかも完璧に扱うっていう才能の持ち主なんですよね。


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MISSION 04 Initiation Rites

20.Jun.1944 10:28 / 51°07‘17“N 1°57’04”E

Cloud Cover: Scattered / Operation: Malleus Neuri

接近するネウロイを殲滅せよ。


——Briefing Log——

先程、坂本少佐からドーバー海峡を哨戒していたブリタニア海軍の駆逐艦が接近するネウロイを発見したという報告があったわ。これより、我々は当該空域に緊急飛行しネウロイを排除します。今回は新人の2人を編隊に入れるため、フォーメーションを変更するわ。

トリガーとカウントも前衛に起用。バルクホルンとハルトマンのペアと分かれてネウロイを攻撃する。目標はポーツマスに向かう2機とロンドンへ向かう2機の二つだ。前者をバルクホルンとハルトマンが、もう一つはトリガーとカウントが対応する。そして後衛としてシャーリーとルッキーニをポーツマス方面のやつに、リリーナは私とペアを組みもう一方のほうにあたる。トリガーとカウントにはブリタニア空軍から正式に譲渡されたスピットファイアMk.Ⅸとブレン軽機関銃があるのでそれを使ってくれ。

残りの人は私と基地で待機です。それでは状況を開始します。

——End Log——



10:28 20.Jun.1944

51°07‘17“N 1°57’04”E Straits of Dover

 

「初日から使いっ走りとは、なかなか素晴らしい職場だな」

「人手が足りないもんでな。それに、お前たちの腕のお披露目は早い方がいいだろう?」

「そりゃまた何でだ?」

「大方、自己紹介でやらかしただろう? とりあえず腕ぐらいは見せてもらわんと他の奴らが安心できん」

 

 たしかに自己紹介はひどいもんだった。一応の軍籍をもらうために書類を出した時に適当に偽名を決めたのがまずかった。

 ここが別の星だってのが本当なら、あっちの軍に配慮せずに本名を名乗ってもいいんだろう。だが、ここで名乗ってしまったなら、男だった俺と今の俺がおんなじもんだと認めてしまうような気がしてならなかった。それに、ここで俺が名前を名乗って、この組織の一員と完全になってしまったのなら、元の場所(オーシア)との繋がりが切れてしまうようにも。

 だから偽名を決めたんだが、書類を丁寧に書き上げる時間がなかったもんだから、かなり適当なものになり、選んだのもエマとスミスというありきたりな名前。無事に調整のための訓練がくり返された後には綺麗さっぱり忘れていた。

 だが、サカモトはあの時には現場にいなかったはず。どうして知っているのだろうかと聞こうとする前にサカモトはその理由を話した。

 

「部屋に入った時のミーナの顔と他の奴らの目を見れば分かる。何か余計なことでも言ったんだろう。お前たちの片方は口が悪いしよく喋るからな」

「おいおい、あいつだって無表情だし何も喋らないしで不気味だろ」

「そうだな。トリガーにお前の口の回りようを分けてやりたいな」

 

 話が少しずつ加熱していくのを、サカモトに付いてきたリリーナと呼ばれた眼鏡と金髪のいかにもプライドの高そうな女性がぶった斬るように報告をする。

 

「坂本少佐。そろそろ作戦空域です」

「そうか」

「この2人は本当に使えるんですか? どことなく胡散臭いのですけれど」

「腕は本物だぞ。私たちの仕事は今回ないぐらいにな」

「流石に盛りすぎではないですか」

「なに、今にわかる」

 

 自信溢れた笑みを浮かべるサカモトをまだ納得いかないという様子で見るペリーヌ。追求はまだしたかっただろうが、それをする前に黒い機体が現れた。

 

「ネウロイを視認。これより作戦を開始する。前衛は……」

 

 サカモトが作戦開始を宣言した直後、俺の相方はエンジンをぶん回し、追加の説明を聞くことなく敵へと突っ込んでいく。それがペリーヌにとっては気に食わないらしく、怒り心頭の様子だ。

 

「何ですの! 話も聞かずに行ってしまうだなんて!」

「そりゃびっくりだろうが、ああいうのはいつものことだ。俺も行くから後は無線で頼む」

 

「何ですの!」と真っ赤になって怒るペリーヌとそれを宥めるサカモトを尻目に俺をアイツの後ろを追う。トリガーらしいといったらトリガーらしい行動だ。アイツだって作戦が始まれば部隊員を置き去りにし、アフタバーナーを吹かして敵のど真ん中に突っ込むなんてのは日常茶飯だ。こいつがトリガーだというのを認める自分とまだ認めない自分に苛まれながらも敵陣に突っ込むアイツの後ろを追っていた。

 

《こちらから魔眼でコアを確認する。2人は出来るだけネウロイが動かないようにしてくれ。ペリーヌは一応のバックアップを頼む》

「あいよ。とりあえず攻撃を加えたんなら動かないんだな」

《あぁ。少なくともダメージを受けたなら速度は下がるはずだ》

「さっさと見つけてくれよ」

《それが上官に向ける態度ですか!》

《ペリーヌ、そんなにいうことじゃないか》

《ですが、少佐!》

《私が早く見つけられるかどうかで彼らの戦闘時間が変わるんだ。そこまでの死活問題だということだ》

「そうだぜ、嬢ちゃん。まぁ見てなって」

 

 そうしている間に、ネウロイは目と鼻の先。相手のレーザーをバレルロールで回避しつつ、2人でネウロイの上部を数センチ単位の高さで飛び、レーザーの出どころを少しづつ削っていく。

 前回のよりもだいぶ小型とはいえ、赤い六角形は片面にすら数十はある。発射から着弾までのラグはあるとしても当たったら大火傷どころか骨すらも残らない代物だ。古臭い機関銃から盛大に弾をばら撒き、あらかた鈍くなったあたりで六角形の少ない側面を使って射線を切りながらもう片方へ、さらにこっちが片付いてあっちが治ってきたら、次はあっちへと行ったり来たりを続ける。

 

《完璧な軌道ですわ……》

《言っただろう? 2人の腕は確かだ》

《ここまでの逸材聞いたことありませんわ。いったいどこから……》

「おいおい。喋ってる暇があんならさっさと見つけてくれよ」

《その通りだな。……コアは両機とも先端部だ》

 

 そう聞くと、相方はネウロイの腹の方へと潜り込み、オーバーシュートする瞬間にネウロイの鼻面に鉛玉を叩き込む。魔力とかいうとんでもパワーで反動や銃そのものの重さは無視できるほど軽くはなっているが、不安定な空中でさえ圧倒的な正確さをもって放たれた弾丸があっという間にコアをむき出しにする。そしてネウロイから飛んでくるレーザーを舞う木の葉のように避けつながらリロードを済ませて、一気に急上昇してからのパワーダイブで頭から落ちながらコアを射抜く。この間たったの数十秒。カバーに入る隙すらない。

 

 ただ、ネウロイはもう一体いる。アイツがこっちに上がってくるまでにネウロイの正面まで飛んで、一気にブレーキをかけて上へと避けようとするのを狙い撃つ。放たれた弾はネウロイの鼻からケツまで一文字に叩き込まれ、途切れ途切れの線ができたが、まだコアは見えない。

 アイツが戻ってくるのをチラリと確認すると、赤い六角形のあたりを撃ってネウロイの意識を誘導させる。こっちに攻撃が集中する中、その隙を使ってトリガーが先端部に接近し、すれ違いざまに発砲。今度はしっかりと赤い結晶があらわになる。

 そして、コアを狙われてお冠な様子のネウロイはさっきの恨みと言わんばかりにレーザーを放つが、蝶を刀で斬るが如く、ひらひらと避けて掠りもしない。

 こっちを狙うレーザーが手薄になったのを見計らうと、あの六角形のない側面を伝ってネウロイのコアを目指す。レーザーはこっちに一本に来ることなく、楽々と先端に到達。ほぼゼロ距離でコアを撃つと、ネウロイは白い煙となり綺麗さっぱり消えてしまった。

 

「一丁あがりよ」

《2人とも一体づつ、しかもほんの数分。素晴らしい戦果だな》

「やりにくいったらありゃしないがな。こんな格好で空を飛ぶなんて、昔の俺が見たら卒倒するぜ」

《その話は調整期間中の数日で何回も聞いたぞ》

《少佐! この2人と飛んだんですか?》

《あぁ、ストライカーユニットと銃の訓練を配属前にしたからな。アグレッサーとして何回かは飛んだんだ。とても強くてな、トリガーなんか……》

《一緒に飛んだんですのね》

「おいおい。それがどうかしたってのか?」

《……いえ、別に何もありませんわ》

《それではもう一組の方に向かうぞ》

 

 それを聞くと、アイツはネウロイがいるという方向にすっ飛んで行く。それに合わせて、少し遅れたが、こっちもエンジンを限界まで出力を上げる。いつも通りのトリガーらしいやつの動きに辟易し、愚痴がこぼれる。

 

「相変わらずだな」

《前の舞台もそうだったのか?》

「トリガーってヤツは天上天下唯我独尊ってのを地で行くやつだよ。任務じゃあ、はいともいいえとも言わねぇで、勝手に1人で飛んで勝手に無茶をするやつだ」

《どうしてそこまでに無口なんでしょう》

「さぁな、第一アイツがトリガーだとは認めちゃいないんだ」

《お前もほとんど同じことが起こっただろう。まだ認めきれないのか》

「そうさ。ただ、トリガーはただ一人さ。アイツの真似なんぞ誰でもできねぇ。そのうち本物かははっきりするだろうよ」

《起こったこと? 少佐、それはいったい?》

「どうせ、言ったって信じねぇさ。それよりもネウロイが見えたぞ」

《よし、こっちでももうすぐ視認できる。コアを見つけるまでよろしく頼む》

 

 サカモトに了解と返し、アイツがまっすぐ向かう中、俺は斜めに飛んで高度をあげる。そしてアイツの銃が弾をばら撒きだしたのを確認すると、こちらも一気に降りる。しばらくして、ネウロイスレスレで止まるように一回転をし足をネウロイに突き出すようにしてブレーキをかけると同時に弾をばら撒き、ネウロイの表面に傷をつけてそのまま一気に急上昇。そして、こっちの方にいた仲間に無線を入れる。

 

「新人様のご登場だぜ」

《トリガー! カウント! 貴様らはロンドンへ向かうネウロイへと対応するよう言われていたはずだ》

「あっちのはもう片付けちまったのさ」

《その通りだ。ネウロイ2体はすでに消滅。こっちの2体のみだ》

《戦闘開始からほとんど時間が経っていない。こりゃ本当に凄腕かもね、トゥルーデ》

《たった一度の出撃で実力なんて分からん》

《それにしたって、すごい連携だな》

《トリガーが切り込んで、空いた隙にカウントが追撃。これほどのウィッチが無名だったとはね》

 

 好きなように俺らを品評するここの4人もその会話を終えると一気に動き出す。前衛がこまめに銃撃を浴びせてネウロイの意識を引き寄せ、そのあと後衛が突っ込んで一気に叩く。そして離脱するのを前衛が援護し、その隙にレーザーの出本を減らしていく。なんとも見事なものだ。ただ、相方はその連携なんざ知ったこっちゃないと言わんばかりに空を掻っ切る。俺もそのスタントプレーに合わせてヒットアンドアウェーの戦法をとっていく。

 

 しばらく飛んでいたが、まだサカモトからコアの発見の報告がない。とっくに目視圏内のは入ってるはずなんだが。そう思いながらネウロイの周りを飛んでいると、ようやくサカモトの報告が入った。

 

《両機ともにコアが見つからない》

「そんなことあるのか?」

《……陽動ということか》

《だとしたら基地が危ない!》

 

 そう叫ぶサカモトの声には焦燥からか若干震えていた。

 

10:28 20.Jun.1944

51°10‘86“N 1°35’81”E Straits of Dover

 

 最大出力で俺たちは基地の方へと向かっていた。ミーナによると基地のレーダーがネウロイの接近を確認。亜音速で海面スレスレを飛んでいるらしい。自分たちのレシプロじゃあ追いつけるかどうか怪しく、かつての愛機がたまらなく恋しい。ただ、この焦りを感じるのは俺だけでなく、他の奴らも同じようだ。

 

「誰も気づけなかったのか?」

「低高度、それも海面スレスレだ。図体がデカかろうが海面の乱反射で捉えられなかったんだろう」

「居残り組に任せるしかないのは辛いもんだな」

 

 彼女らの会話からは焦りがはっきりと浮かんでいる。なかなかネウロイに追いつけず、誰もが基地のことが気がかりでいる中、ここでミーナから無線が入る。

 

《ネウロイを撃墜。リーネさんと宮藤さんのお手柄よ》

 

 無線が入った初めは身構えていたものの、報告が入るとどっと緊張が取れる。そしてここでふと、こうも思った。「こんな多感な時期である子供にこんな思いをさせてもいいのか」と。

 実際、軍の規定としては18歳以上が入隊するはずだ。だが、ウィッチたちはそれよりも若いのが多い。確かに魔力とやらは20までにしかないというのは講習で聞いた。だが、それに満たない子供達をいつ死ぬかも分からない戦場に送り込むのである。そんなことは許されるのだろうか。

 そんな、周りの安堵の空気とは違う悶々とした気分で空を飛んでいるとミーナたちと合流した。そして、その下の海面で笑い合って戦果を喜ぶ新人の2人とやらをじっと見つめていた。

 その2人には、戦争、そして戦場の暗い場所なんぞ全く見えていないようで、どこか他のエースとは違っているようにも見えた。




 エスコンのチュートリアルであるスクランブルなんですが、自分の文章力の無さから思ったように戦闘を書くことができず、作家の凄さというのをまざまざと感じた今日この頃。


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MISSION 05 Intersecting

1944年6月20日11時53分

第501統合戦闘航空団基地 テラス

 

 私とリーネちゃんは基地へ戻ると、ネウロイのせいで中断された基地の案内を2人にした。2人の部屋や食堂といった基地の施設を隈なく紹介して回り、紹介する最後の場所、基地の中央の塔を案内していた。

 

 趣向の凝らされた螺旋階段をのぼっていくと、だんだんと風の音が響き始めてくる。さらにどんどんと登っていくと、所々にあった小さな窓から入ってくる光の筋とは違う光が見えてきて、その光の入り口をくぐると、そこにはテラスがあった。澄み渡る空の下に広がる深い青色の海。左手には青々とした山々と言う若い緑の草原が、そして右手にはうっすらと欧州の姿が見える。つい最近見たばかりであるのに、それを超えるような感動を感じさせる景色だ。ただ、それを見る2人にはこの景色に感嘆する様子は毛頭もなく、もとより無口だったトリガーさんだけでなく、あの顔合わせで飄々ととしていたカウントさんも一言も話すことなく、空をどことなく遠い目で見ていた。

 

「ここは基地で1番高い場所なんです」

 

 そう話すリーネさんに、2人は軽く相槌をうつ。どうにも扱いづらい2人をどうしようかとリーネちゃんと目を合わせて考えていると、カウントさんが煙草を一本吸っても良いかと尋ねてきた。それに了承を返すと、彼女はおもむろにジャケットのポケットからタバコの箱を取り出して、スッと一本を取り出す。それを咥えて、どこからか取り出したライターを使って慣れた手つきで先端に火をつけると、その赤色は灰を作りながらゆっくりと根元に近づいていく。その動きが止まると、彼女は煙が立ち上り始めた煙草を手に取り、真っ白な煙を吐き出した。

 そして、手すりに手を置くと、私たちに話しかけてきた。

 

「あんたらはなんでここに来たんだ?」

「困ってる人の役に立ちたくて……」

「私もおんなじだよ!」

 

 近寄り難い2人が切り出した話題にようやく仲良くなれるきっかけを見出して、明るく応える私達。ただ、その答えを聞いたカウントさんはもう一度煙草を吸うと、もう一度質問をしてきた。

 

「じゃあ、なんでここなんだ? 別に平和のためだってんなら他にやり口はあっただろう。嬢ちゃんたちが別に命を張らなくたっていいだろう?」

「それは……」

「私たちは魔法が……」

「魔法が使えるからってやる必要はねぇだろう。別に徴兵されたわけでもねぇ」

「私はここを……故郷を守りたいんです」

「私は……」

 

 話している間、私たちを一瞥すらすることなく海を眺めて煙草を吸う彼女に、私はそう言いかけて、何かできることをやりたいと言う思いの中にあるものを心の中から探していた。お父さんのお墓に刻まれた言葉。そして、それを見てから決めた覚悟。それを話そうとしたその瞬間、12時の鐘が鳴り響いた。鐘の音に気を取られた私とカウントさんに、リーネちゃんがこの話をあやふやにしようと半ば強引にご飯に誘い、私たちは食堂へと引っ張られるように向かっていった。

1944年6月20日12時06分

第501統合戦闘航空団基地 食堂

 

「どうだ? よくやってるか?」

 

 坂本さんはあの2人が食事をしている間、手をこまねいて外に呼び出した後、そう尋ねた。私たちは目をしばらく合わせた後、バツが悪そうにあまりうまくいっていないことを報告する。

 

「2人ともなかなか話しかけてくれなくって」

「話しかけても空返事か適当な皮肉しか返ってこないんです」

「トリガーは……まぁ、それはそれとして。カウントは口が悪いがそこまで取っ組みにくい奴じゃないだろう」

「2人とも目が怖いんです。なんだが私たちのなにかを見透かそうとしてるみたいで」

「話しかけてはくれたんですけど……」

「なんて言われたんだ?」

「『なんでここに来たんだ?』って言ってました。『みんなの役にたちたいなら他に手があるだろう』とも」 

 

 それを聞いた坂本さんは、顎に手を当てしばらく考え込んだ後、急に笑顔を見せて一言。

 

「明日の模擬戦、2人と組んでみないか?」

 

09:47 21.Jun.1944

501JFW Base : Hangar

 

「本日10:00(ヒトマルマルマル)より、模擬戦闘訓練を行う。まずはリーネとトリガー、宮藤とカウントでエレメントを組み、高度10000まで上昇。その後東西に分かれてこちらの開始の合図で戦闘を開始する。どちらかのチーム2人を先に撃墜したほうは勝ちだ」

「こんな新入りがあいつについていけんのか? あいつはお構いなしに突っ込んでいくぞ」

 

 俺は空を飛びたくてウズウズしているアイツを横目に抗議をする。

 組まされるのは、あの時に浮かんでいた新人らしい2人。まだまだ立っているこの場所が命のやりとりをしている場だとはまだ気づけていない2人には、あまり関わりたくはなかった。実際、新人のお守りなんぞ御免だったし、この多感な時期に透き通る空の濁った部分なんぞ見てほしくはない。

 

 だが、そこの隻眼野郎は仲がうまくいってないんだろうと妙な親切心で、俺の気持ちとは関係なく、適当にエレメントを組ませやがった。余計なことをしてくれたとさらなる抗議をしようとしたところ、プロペラの音がハンガーに響く。音の鳴る方を振り向くと、アイツはとっくにコスプレ姿になって準備万端と言わんばかりの自慢気な顔をしてこっちを見ている。あの新人2人も準備を始めているようだ。とっくに外堀は埋まっていることを確認し、目に手を当てて大きなため息を吐いた後、俺も準備を始めた。

 

09:47 21.Jun.1944

N51°11‘04“ W1°26’99” Dover

 

「えーと……どうするんですか?」

「とりあえず、俺のケツについてこい。アイツほどのご利益はねぇが、まぁマシだろう」

 

 不安げに聞いてくるミヤフジとやらに軽くそう答える。十中八九、俺の態度のせいだろうが、どこか配慮している様子だ。気まずさがはっきりと見えるこの空気に辟易しながら飛んでいると、無線から開始の合図が飛び込んできた。

 

 そうして相手側の方向を見ると、高速で一気に突っ込んでくるヤツが1人見えた。それを見た俺は反射的に散開(ブレイク)の四文字を叫ぶ。

 

 そうして、俺は奴の視界の左下に逃げるように急降下し、元いた場所にはペイント弾とアイツが通り抜ける。その後、ヤツは照準をどことなく拙い避け方をするカモに決めたらしい。反転して、ミヤフジの方へと向かっていき、俺はそれをさせまいと銃で牽制する。それはあっという間に回避されたが、少しの隙は稼げた。その隙を使い、ミヤフジに無線を飛ばす。

 

「ミヤフジ! フラフラするな! 俺のケツに向かって飛ぶんだ!」

《でも、そっちにもトリガーさんが……》

「テメェはテメェの心配だけしとけ。こっちの心配なんぞしなくていい。ひよっこは親鳥について飛べ。少しでも飛んでいたけりゃな」

 

 だが、そうこうしている間にアイツは上での旋回を終えて、こっちにまさに向かって来ようとしてくる。こんなガキ1人ひっつけてヤツを落とすなんていう無理難題に、リードなんていう俺には荷が重い役をさせるなんてとサカモトへの恨み辛みをどしたもんだかと考えながら、次のアイツの手に対応していく。

 

 アイツは急降下した後、俺たちの進行方向へペイント弾の雨を降らせる。それを斜めに軌道を傾けて上方宙返りをし、それを避けると下に潜り込んだヤツがこっちへ登ってくると同時にヤツの銃が火を吹いた。アイツの銃撃をバレルロールでなんとかかわし、ヤツが上昇旋回を終えて下を通り抜けるのをチラリと確認すると、アイツのケツに潜り込むように下降旋回する。そして、今までのお返しをしっかりとお釣りの分まで食らわせてやろうとペイント弾を叩きこむが、奴は急上昇と共に速度を一気に落としたため、ペイント弾が無駄になっただけではなく、こっちがオーバーシュートした形になる。

 

 後ろをチラリと確認すると、降りてこようとするアイツともう限界に近いミヤフジの姿が見えた。こっちはもう耐えられる魔力は残ってない。なら、短期でケリをつけなければならない。だが、相手が相手だ。チェックはもう唱えられている。それでも、ここから反撃の一手をくらわしてやらないと気が済まない。だが、どうしたものか。

 

1944年6月21日11時09分

北緯51度10分 西経1度26分 ドーバー上空

 

 カウントさんの後ろにつくように言われてから、たったの3分ほどであっという間に疲労困憊の私。カウントさんの軌道は確かに素晴らしく、1人で飛んでいたらあっという間にペイント弾で、私の服は鮮やかに彩られていただろう。

 ただ、追ってくるトリガーさんはまるで別物だ。さっきからくっつかれて離れない。カウントさんが上へ下へとどれだけ動いたとしても、すぐに背後に迫ってペイント弾を放ってくる。

 そんなトリガーさんを避けるのに必死になったからこんなにも疲れたのかと言われるとそれは間違いである。他の理由、それは彼女の目だった。地上で感じた視線から感じる恐怖の正体は、相手を隈なく睨むオオカミの目の鱗片だったのだと一瞬で推察できるほど鋭く、模擬戦でありながら本能が警笛を上げるほどの迫力がある。

 

 その間にもトリガーさんは私たちの後ろにつき、断続的にペイント弾を放ってくる。

 その様子を、私の私の疲労の進み具合と共に確認したカウントさんは私に一本の無線を入れた。

 

《まだ、キツイのはいけるか?》

「はい! まだなんとか」

《俺が囮になる。お前が狙いやすいように飛ぶから時間は持たない。一気に決めるぞ》

「でも、それじゃあカウントさんが落ちるかもしれないんじゃあ」

《つべこべ言ってる場合じゃないだろ? お前さんの体力ももうもたねぇってことは自分でもわかってるだろ?》

 

 柄にもねぇことばっかだと小さく愚痴を言いながら、カウントさんが体を回してから足を進行方向へ向け、急ブレーキをかけながら後ろにペイント弾をばら撒くと、トリガーさんが上へと逃げる。それを追撃しようとカウントさんも上に上がるも、トリガーさんはバレルロールを駆使してオーバーシュートを誘い、まんまとカウントさんは前へ押し出されてしまう。

 だが、ここからが作戦の始まりだ。

 カウントさんが緩やかなバレルロールと急旋回を組み合わせた回避運動でトリガーさんを引きつけている間、私はカウントさんの入れ知恵から一撃離脱でトリガーさんに挑む。これはトリガーさんからドッグファイトに持ち込まれにくいだけでなく、魔力のコントロールが細かい旋回を少なくするためでもある。

 そして今まさに突っ込もうとトリガーさんを視界に捉えた時、その後方に1人の人影、リーネちゃんが見えた。じっとライフルを構えている彼女から意図が見えた。2人から1人に減り不確定要素が減ったので、あの偏差打ちができるようになったのだ。カウントさんが危ない。そう思った時にはもう身体は動いていた。向かう先はトリガーさんではなくカウントさん。真っ直ぐ飛び込んで、カウントさんを救出する。カウントさんがさっきまでいた位置には一発のペイント弾が通り、私のストライカーユニットを掠めていった。

 

「急に何するんだ!」

「リーネちゃんの狙撃です!」

「狙撃って……どんくらいの?」

「飛びながら遠くのものに命中するぐらいの狙撃です」

「おいおい、化け物かよ。だが、だからといってアイツを狙わなかったことの言い訳にはならんぞ」

「昨日、なんでここに来たのかって聞いたじゃないですか。あの時答えられなかったんですけど。今、答えます。お父さんが言ってたんです“その力を多くの人を守るために”って。私がここにいるのはもっとたくさんの人を守るために私の力を使いたいんです」

「それがどうしたんだ」

「言ったじゃないですか。多くの人を守るため。1人でも多く守るためって。1人だって誰かのために犠牲になるなんてことがあってはならないのは、模擬戦だろうが実戦だろうが関係ないんです」

「そんなことのために、わざわざ突っ込んできたのか」

 

 そう言って、カウントさんが目を覆うとしばらくして、その口角が上がった。手が目から離れると、そこには前とは違う優しい目があった。

「そんな綺麗事のために危険を賭して突っ込んでくるとは、なんて“大馬鹿野郎”だ」

「大馬鹿野郎だなんて酷いですよ」

「いーや、お前にゃお似合いだ。さぁ、もう一回やるぞ」

 

 そう言って2人が振り返った先には、すぐそばに佇んでいたトリガーが銃を構えていた。気の抜けた声が私たちから漏れると、銃口からペイント弾が飛び出して私たちの服に水玉模様を作っていった。




トリガーは会話が終わるまで待っててくれてます。お茶目なのか舐めプなのかはご想像にお任せします。


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MISSION 06 Purpose

06:07 22.Jun.1944

501JFW Base : Cafeteria

 

 ドアを開けると、スープからだろうかふんわりとした香りが鼻孔をくすぐる。料理が乗ったトレーが所狭しと置かれているカウンターの方を見渡すと、奥にはあの2人が楽しそうに笑いながら後片付けをしているのと、朝の挨拶を済ませながらトレーを持ち上げる少女たちの姿があった。

 

 好奇や懐疑なんかが入り混じった視線を感じながらカウンターへと向かい、適当にトレーを取って机に向かう。席の端の方には“アイツ”が座っていて、その隣の席は俺に遠慮したのか、誰も関わりを持ちたくないのかぽっかりと空いていた。ヤツの飯の減り具合から結構前に来ていたようだが、誰かと会話していたようには見えない。

 

 俺はアイツの席の隣に座って、周りの目を一度無視して料理に臨む。胡椒と玉ねぎが混ざっている、地味に手が込んだハッシュドポテトに野菜や豆の入った琥珀のように輝くスープ。簡素なサラダ。小鉢に盛られた副菜。ひときわ目につくのが発酵した豆らしきものだ。味は悪くはないのだろうが、食う気にはならない。

 

 とりあえずスープを飲みながら、この物体Xをどうしたものかと考えていると、天津爛漫な大声でおかわりを頼むのが聞こえた。ふと顔を上げ、声の元であるルッキーニとやらに小言の一つぐらい言ってやろうとそっちを向くと、ミヤフジがボウルを持ってきていて、ルッキーニの反対にいたバルクホルンに急に口に合わなかったかどうか尋ねていた。そしたら、バルクホルンは席を殆ど手をつけていない料理とともに立ち上がり何も言わずに立ち去った。そんな一連の流れに、喉から出かけていた皮肉は行き場を完全に失い、引っかかったままだ。

 

 中途半端な結果にヤキモキしつつ、まだおかわりを餌を求める雛鳥のように求めるルッキーニを傍目に料理に手をつけようとしたら、今度はペリーヌが口を開く。

 

「バルクホルン大尉じゃなくてもこんな腐った豆なんてとても食べられたものじゃありませんわ」

「納豆は体にいいし、坂本さんも好きだって言って……」

「坂本さんですって! 少佐とお呼びなさい! 私だって……」

 

 ものすごい剣幕のペリーヌとおかわりを要求し続けるルッキーニの板挟みになるミヤフジ。初めの方は茶々を入れようと思ったが、ここまで加熱しているところに火傷しに行くほど馬鹿じゃない。触らぬ神になんとやらってやつだ。

 

1944年6月22日08時17分

第501統合戦闘航空団基地 中庭

 

 青々とした芝生が広がる中庭から望む空は、雲一つなく晴れ晴れとしている。

「大変だったね。芳佳ちゃん」

 シーツを広げながらそういうリーネちゃんに大丈夫だと返事を返し、私シーツをかける。今日は風が強く手を離したらどこへでも飛んでいきそうだ。シーツを何枚か会話を楽しみながらかけていくと、どこからか音が聞こえてくる。その音はだんだんと大きくなっていき、ついに極値へと高まった時、これまでに肌で感じてきた風とは大きく異なる突風が吹く。思わず目を隠した腕をゆっくりと目から離すと、空には地上から伸びる二本の曲線が伸びる。リーネちゃんが言うにバルクホルン大尉とハルトマン中尉らしい。その綺麗な軌跡に見惚れていると、空の上から響く音に混じって、背中からドアの閉まる音が聞こえた。

 

「こりゃまた派手なもんだな」

 入ってきた金髪の彼女はそう言って、いつの間にか出したタバコに火をつける。

「カウントさんはどう思いますか?」

「別に呼び捨てで構いやしねぇよ」

「じゃあ、カウントちゃ……」

「それならさん付けの方がマシだ」

 

 カウントさんはそう吐き捨て、大空に白い線が引かれていく様をじっと見つめる。しばらくの沈黙の後、タバコを徐に口から離し、肺に溜め込んでいた煙を吐き出して一言言い放った。

 

「フォーメーションは完璧じゃねぇな。バルクホルンだったか? そいつが遅れてる」

「そうなの? あんなに綺麗に飛んでるのに」

「朝もあんまり食べてなかったし、今日は元気がないんじゃない?」

「元気ねぇ……」

 

 短く、そして小さな声で言葉を漏らしたカウントさんは、私たちが談笑を続ける中、もう一度タバコを咥える。風に煽られ点滅する赤色はゆっくりとカウントの口元へと近づいていく。そして、先端から灰がポロリと落ちるとともにタバコを手に取り、近場の机に置かれたクリスタルガラスの灰皿に押し付けた。

 

「カウントちゃ……」

「それ以上は言うなよ。……それでどうしたんだ?」

「えーと……カウント……さんはどう思うのかなぁって」

「食堂の時の顔は真っ黒なシーツで厳重に隠してた酷い何かをついうっかり見ちまったって顔だった」

「それってどういう意味?」

「ある日を思い出したんだろうさ。人生をねじ曲げたある日を」

「ある日って……ねぇ、リーネちゃん、カールスラントって……」

「陥落してる。それもこっ酷く。もしかしてそれを気にしてるのかも。バルクホルン大尉って真面目な方だし」

「国が落ちた責任なんぞガキが背負う分には重すぎる。だが、なまじっか力を持ってるもんだから背負っちまうんだろうな」

「どうにかできないのかな……」

「そいつは本人次第さ」

「けど……仲間でしょう?」

 

 私の言葉を最後に人の声はなくなり、ただ吊るされたシーツがバタバタと音を立てるだけだった。

 

08:21 22.Jun.1944

501JFW Base : Court

 

 あの後、サカモトたちが例のカールスラントの2人を見にきた。二人が来るや否や、ミヤフジたちはサカモトに基地内の掃除をするように言われ、大慌てで準備をして行ってしまった。さっきの話で後味の悪さが残るのをタバコで誤魔化そうと箱を出した時、サカモトは俺に聞いてきた。

 

「もう気付いているだろう?」

「アイツの調子が悪いってことか?」

 そう空を指差しながらいうと、坂本はうなづいた。

「カールスラントで何があったんだ?」

「あら? 本人次第じゃなかったの?」

「盗み聞きするとは趣味が悪いな」

「監視をつけるとは言ったでしょう?」

 

 そう言ってミーナはにこりと笑う。どうやらプライバシーとやらはなさそうだ。

「……別に知ってた方が徳だからな」

「そうね……じゃあ、あなたの三十数年の人生経験を頼ってみようかしら」

「アラサーだがそこまで行っちゃいねぇよ。というか28って言っただろう」

「そこは……まぁ……置いておいて、とりあえず話しましょうか」

 

 そう言ってミーナはゆっくりとこの世界の戦争を話し始めた。侵略するネウロイは遅滞戦術で侵攻は遅らせることはできても止めることはできない。国土は蹂躙され、ついにはベルリンまで奴らは迫った。奴らの圧倒的火力に火の海と化した街。多くの人は疎開することができたものの、バルクホルンの妹は運がなかったらしく、巻き込まれて今も意識不明の重体だと言う。

 

 この話は年端も行かない少女にはあまりにも重いものだ。魔力があるばかりに空を飛ばねばならず、その小さな背中には国の命運を背負うことはとてもできないのに、それしか国を守る方法はない。華の10代の明るい生活をすり潰し、その生き血を持ってネウロイと戦うこの世界にはあまりにも辟易する。

 

 だが、俺たちの世界だって一個の災厄を火種に、あっちこっちで戦火が上がる世界だ。クリーンな戦争だって、その奥にある醜い混沌だってアイツの隣で見てきた。俺があのクソッタレな世界から別のクソッタレな世界に送られた理由は……

 

……おーい、おーい、おーい!」

 

 俺を呼ぶ声ではっと五感が戻り、今までの思考が中断される。目の前ではサカモトの手が上下に動いており2人が心配そうに見ていた。

 

「気がついたみたいね。そこまで真剣に考えてくれたのかしら?」

「おうよ。元々舌は回る方だ。大船に乗った気で待ってな。……いやちょっと待ってくれ」

「どうしたんだ? もう切符は買ったぞ?」

「俺はあんまりにも警戒されて話しかけづらいって言うか……年頃の女の子になんて話しかけたらいいんだ?」

「……ところどころメッキが剥がれてきたわね」

「まぁ、次の訓練で組ませてみるか」

「また、模擬戦か? 随分と雑だな」

「模擬戦とは言っていないが、まぁそこはいいとしてだ。実際に実績があるだろう?」

「まぁ、あるっちゃあるが……」

「私もミーナも全く違う視点の人生に期待しているんだ」

「えぇ、トゥルーデにいつか安息の時が来るのをね。もう、苦しむあの子を見たくないの」

 

 そう言って、ミーナは目を逸らす。短く肯定の返事を返し手に持ちっぱなしだった箱から一本取り出して、火をつける。訓練はとうに終わったらしく、空の上に人は見えない。風もしばらく落ち着いて、前まではやかましく鳴いていた洗濯物たちも静まりかえっていた。中庭を出ていく2人を見つめながら、タバコに火をつけると、細く薄い線が大空へと伸びて消えてしまった。

 

1944年6月24日11時00分

第501統合戦闘航空団基地 ハンガー

 

「今日は編隊飛行の訓練を行う」

 ハンガー内に坂本さんの透き通るような声が響く。そしていつもの訓練とは違う面子が二人、バルクホルンさんとカウントさんだ。

「トリガーさんはどうしたんですか?」

「アイツはなぁ……」

 カウントさんの顔がひきつり、きまりの悪い顔で言葉を濁す。私とリーネちゃんが顔を見合わせていると、坂本さんが理由を話してくれた。

 

「この前に模擬戦をやってもらっただろう。その時の動きはどうだった?」

「こっちがどんなふうに動かしても後ろに着いてきました」

「私は完璧に置いてけぼりにされちゃって……。遠目から見てたんですけど、完璧な軌道ってのはああいうもんなんだなぁって思うくらいの動きでした」

「その通りだ。審判をしていた私が見ていても惚れ惚れするような動きだったがあれには代償があってだな……」

「魔力の出し入れが激し過ぎて、エンジンをぶっ壊したんだとよ」

「というわけで、代わりにバルクホルンに来てもらった」

 

 訓練では私がバルクホルンさんの2番機で追う役を、リーネちゃんがカウントさんの2番機で逃げる役となる。坂本さんはまた審判をするみたいだ。

 私たちが空へ上がるや否や、向こうはこちらのから高度を上げながら離れていく。

 それを見たバルクホルンさんは硬い表情で私に短く開始の命令を出した。

 

 あっちのほうがかなり緩やかなシャンデルを描くのを、内側から上方に宙返りする。こっちがループの頂点に達すると、急降下してくると踏んだのだろうかシザースで左右にぶれながら降下し距離を保とうとする。ここまでの流れにおいて、中々上手く背中についていけていた。あの恐怖の対トリガー戦のお陰か、せめて後ろに着いていけるぐらいの技能は身につけたようだ。まぁ、まだ若干旋回が膨らむようなことがあるけれど。

 

 しばらくの間、私たちは向こうの尻尾を追いかけていたが一向に掴ませてくれない。トリガーさんは比べ物にならないけれど、カウントさんの飛び方はとても上品で丁寧だ。だが、それと相対する時間は急に終わりを告げる。基地に鳴り響くサイレンと太鼓を思い切り叩くような破裂音。

 

 坂本さんはそれを聞き、敵襲と大声を張り上げた。塔からは文字の書かれた黒板が置かれ、そこにはグリッド東07地区高度15000に侵入とある。緊急スクランブルのため、ブリーフィングもなく、地上から上がってきた他の人と合流するとすぐに現場へと向かった。




トリガーが強すぎて扱いに困っていたりして。


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MISSION 07 Thanks a Lot


24.Jun.1944 11:19 / 51°74‘63“N 02°59’27”E

Cloud Cover: Scattered / Operation: Case - Emergency Scramble

接近するネウロイを殲滅せよ。



——Communication Log——

 これより訓練を中断し、グリット東07地区高度1万5000に侵入したネウロイに対しスクランブルを行う。基地からはペリーヌとミーナ、ハルトマンが上がる。これらとはグリット東04地区高度1万7000にて合流、その後敵の侵入と共に攻撃を開始する。合流時にはリーネはミーナ、宮藤は私に、そしてカウントはバルクホルンの2番機に入る。
——End Log——



11:19 24.Jun.1944

51°19‘37“N 03°88’40”E Oostende Belgica

 

 遥か上の淡い青の世界、17000フィート上空で風を切り、白い線を引いていく。風を遮るものなどない。その身に風を受け、髪をたなびかせ、風へ切り込む。雲も少ない絶好の行楽日和だが、ネウロイのクソッタレがバカンスしにこっちに来るのを、しっかりサービスしてやるっていう臨時の仕事が入ったというわけだ。今日の仕事はちょいとあの嬢ちゃんたちと遊んでやるだけだって思っていたのに蓋を開けてみればこれだ。

 

「明日って話じゃなかったのか?」

「最近、奴らの襲撃サイクルは不安定になっているからな」

「カールスラント領で動きがあったらしいけど、詳しくは……」

 

 俺の愚痴にサカモトとミーナが返事を返した時、いや、カールスラントの単語が出た時、バルクホルンの表情に明らかに動揺の色が見えた。すぐに見開かれた眼は寂しげな影に閉じられてしまい、目の光は無くなってしまいそうなほど静かになってしまったが、憂鬱なものとは違う初めて見せた表情は、彼女がかつての故郷に縛られているのを明確に暗示させていた。

 

 このやり取りの後、しばらくも立たないうちに空に小さな黒い点、ネウロイが現れた。

 

 ミーナがバルクホルン隊とハルトマン隊に突撃の指令を出すのを皮切りに、俺含む4人が高度を下げてヘッドオンをかます。

 

「突っ込み方は基地にいる誰かさんと同じだな」

「私語は慎め、新人。仕事の途中だ」

「お喋りは余裕の証だぜ」

 

 俺がそう返すと、一瞥することなく無言でネウロイの方へ飛んでいってしまった。どうも、仲良しこよしなコミュニケーションは苦手らしい。

 俺たちはネウロイの表面スレスレを発砲しながら飛んでいく。1番機様の飛び方はなかなかなもんだが、突っ込み方だけじゃなく独りよがりなところもそっくりだ。2番機のことなんぞどうでもいいのか、それとも……

 俺がこの1番機様のことを考えていると、一本の無線が入る。

 

《新入り君、聞こえる?》

「聞こえるが、あんたは……えっと……」

《エーリカ・ハルトマン。まぁ、自己紹介が有耶無耶になったから知らないのもしょうがないけど》

「それで、一体どうしたってんだ?」

《トゥルーデの様子には気づいているでしょ? いつでも視界に2番機を入れるしっかりものが、今日に限って一人で突っ込んでばかり。だから、やって欲しいことがあって》

「やって欲しいことねぇ……」

《だいたい察しはついてるだろうけど、トゥルーデを見ておいてくれないかな? 嫌な予感がするんだ》

「こういう大馬鹿野郎の相手は慣れてるよ」

《こっちは遠くの方で援護をしておく。よろしく頼むよ、“カウント”》

 

 無線は終わりらしい。さて、任された仕事どおりトゥルーデちゃんの様子を見ていこう。頭に血が上っているのを除けば、腕はそんなに悪くはない。独りよがりな所がどっかの大馬鹿野郎と同じでも、ケツを追っかけるのは全く難しくない。

 しばらくの間、ネウロイの周りを這いつくばるように飛び回っていると、視界の先でリーネが打ち込んだ弾がネウロイに突き刺さり、そこから噴煙が上がるのが見えた。どうやらネウロイもだいぶ応えたらしく、悲鳴をあげてレーザーを飛ばしてきた。

 

「だいぶお冠だな! 俺たちを焼こうって必死だぜ」

 

 軽いジョークを飛ばすも乗ってくれることはなく、淡々と仕事をする相方。本当にどっかの誰かとそっくりだ。だが、大馬鹿野郎っぷりを発揮するには腕はまだ足りない。弾を浴びせることに夢中で、危なっかしくもギリギリで攻撃を避けてはいるものの、いつ体に窓ができたっておかしくない。

 

「コアってのはまだ見つからんのか?」

《図体が無駄にでかいからな、探すのも一苦労だ》

《このままじゃ、ジリ貧だね》

《前衛4人でシュヴァルムを組みましょう。ネウロイのコアを見つけるまで敵の注意を向かせて、こちらかは援護射撃を行うわ》

了解(ウィルコ)

 

 司令の下、別の方を攻撃していたハルトマンたちと合流し、ネウロイに臨む。

 

「そこの……えーと……メガネのやつ!」

「ペリーヌです! 一回、一緒に飛んだでしょう!」

「まぁ、それはいいだろ? そんなことよりもだ、さっき出してた青いやつはなんだ?」

 

 さっき出していたのとは、ネウロイのレーザーを受け流した青色の円盤のこと。前回はアイツがさっさと片付けたもんだから、確認する暇もなかった他のウィッチとやらの動きを今度はしっかりと観察できた。そこで見たのが、それがレーザーを受け流す様子だった。

 そんなことを聞く俺に、そんなことも知らないのかと鼻で笑うような嘲笑を顔に浮かべた後、ペリーヌはそいつが“シールド”というもんだと教えてくれた。

 次に出し方を聞いてみると、出そうと思った時に出るとかなんとか。アバウトでクソみたいなアドバイスに感謝しつつ、とりあえず後で考えることにした。

 

 こっちの攻撃の少し後、ネウロイの赤い部分に光が集まる。それを踏まえて、こっちも回避行動を行おうとするが、バルクホルンだは光を確認したにもかかわらず、引っ掻き傷をつけるのに必死だ。

 

《トゥルーデ! 何してるの!》

《まだいける!》

 

 ハルトマンの悲鳴とも怒声とも取れる声。それに短くそして大声で返すバルクホルン。

 その会話の次が来る前にレーザーは放たれた。

 バルクホルンはどうにか上方向へ避けたものの、その射線上にはペリーヌもいた。バルクホルンに隠されて見えなかったレーザーを反射的にシールドで対処できたが、大きくバランスを崩すこととなった。吹っ飛ばされた体を持ち直そうと、下手にフラフラと上昇したことで、ペリーヌはバルクホルンの背中に突っ込んでしまう。さらに間の悪いことにネウロイの追撃が重なった。バルクホルンは咄嗟にシールドを貼るが、ちゃんとシールドに隠れきれなかった片方の銃がレーザーによって暴発。破片をあたりに撒き散らせる。

 

 声にならない悲鳴をあげるペリーヌと空気の裂けるような大声で落ちていく彼女の名を呼ぶミヤフジ。二人が全速力で彼女の元へ向かうのを、少しの間呆然と眺めた後、俺もいまだ現実を理解できていない色を失った表情のハルトマンを連れて降りていった。

 

 バルクホルンが落ちたのは鬱蒼とした森の中のちょっとした芝生の広場で、2人はどうにかバルクホルンが地面とキスをするのを止めることができたらしく、背丈の小さな草のベットの上に寝かされてある。派手な爆発の割には火傷の跡もなく、怪我は胸のところだけ。しかし、それからとどめなく溢れる血液は、この傷は命に関わるものだと知らせていた。

 

「私のせいだ! どうしよう……」

 

 今にも泣きそうな声で自分を責めるペリーヌを横目に冷静に怪我の様子を見るミヤフジ。

 

「動かせない。ここで治療しなくちゃ!」

「お願い! 大尉を助けて!」

 

 遠い星々の瞬きのように震える悲痛な叫びが森の中へ消えていく。返事をするように、手のひらから青い光が現れた。

 

 時を同じくして、ネウロイにも動きがあった。奴は頭を上へと向けゆっくりと降りてきた。

 じわりじわりと高度をを下げてくるネウロイは先刻の借りを返さんとレーザーを一発放った。ペリーヌがシールドでそれをとっさに受けたが、俺はここに降りて何もしていない。何か力になろうと試しに手を出して何か出ろと念ずるもうんともすんとも言わない。手をふれども、必死にシールドの事を考えても、ただ手が空を切り焦りが募るだけ。後ろでは空虚な目でバルクホルンを見るハルトマンが見える。俺は、こいつらよりも2倍も長く生きているのに何もできない無力感に呑まれていった。

 

「私に張り付いては危険だ。離れろ。私なんかに構わずその力を敵に使え」

 

 目を覚まして早々に、全てを諦め切った表情でバルクホルンはそう言った。

 

「いやです! 必ず助けます! 仲間じゃないですか!」

「敵を倒せ。私の命なぞ捨て駒でいいんだ」

「あなたが生きていれば私なんかよりもっともっと大勢の人を守れます!」

「……無理だ。皆を守ることなんてできやしない。私はたった1人でさえ……」

「皆を守ることは無理かもしれません! だからって、傷ついている人を見捨てるなんて出来ません! 1人でも多く守りたいんです!」

 

 バルクホルンの言葉を、綺麗に吹っ飛ばす年端も行かない少女の叫びを聞いて俺は腹を括った。

 

「皆を守れないなんざ、その通りさ。死は平等にいつか来るもんだ。ほっときゃ死ぬこいつをほっぽり出すことなんざ簡単なことだ。だが、こうやって敵が降りてくるど真ん中で必死こいて世話を焼く大馬鹿野郎がいるんだ。勝手に無力感に苛まれてる場合じゃねぇな」

「……そうだね。それじゃあ、トゥルーデが治るまでにどっちがあの悪趣味な野郎をやっつける?」

「決まってるだろ? 早い者勝ちだ!」

 

 地面に突き刺さったストライカーユニットのエンジンをぶん回し、一気に上昇していく。もうやることはわかっている。俺がここに来たのはこいつらが平和に暮らせるまで1人たりとも欠けないためだ。あの肥溜めの中で、あの渡り鳥の群れの中で、俺は数々の命の灯火が消えるのを見てきた。だからこそ、こいつらにはそんな思いなんぞさせるわけにはいかない。

 

「コアの位置は!」

《胴体中央! バルクホルンは大丈夫なのか?》

「下で大馬鹿野郎が治療してる! 俺たちでさっさと白煙に変えなきゃなんねぇ!」

 

 コアの位置はわかった。僚機にはハルトマンがいる。タイムリミットはペリーヌのシールドが耐えれるまで。こんな無茶振りはアイツ無しにはキツいが、出来ねぇとは言えねぇ。

 

 ネウロイはこちらに気づいたのか、地上への攻撃を取りやめこっちにレーザーを向けてきた。それを機織りのように2人で交差しながら飛んで、飛んでくるレーザーを避けながら2人で同時に肉薄し、攻撃を行こう。2人で円を作るように飛び、マシンガンから弾を撒き散らせる。そして、円の完成と共に赤い宝石があらわになる。

 

 一度、離脱して再度攻撃を行おうとしたその時、雄叫びとともに地上から上がってくる一機の機体、バルクホルンが現れた。手に持った二丁のマシンガンは火を吹き、曳航弾は光の帯を描く。そのいずれかがネウロイのコアを打ち砕き、その体を白い破片へと変化させた。

 

「綺麗に美味しいとこ持っていかれちまったな」

「それでいいよ。トゥルーデが無事なら」

 

 ミーナから愛の平手打ちをくらい、その上で愛のあるハグを受け取っているバルクホルンを遠目から見て、ハルトマンは心底安心して体の内側から灯がともったような温かな表情を浮かべていた。



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MISSION 08 The Eve

22:28 24.Jun.1944

501JFW Base : Commander‘s office

 

 俺たちが無事に基地に帰ってしばらくした後、俺とアイツはミーナに後でくるようにと言われていた。重厚でいかにも高級そうな木の扉を開けると、黒い闇のみを映す窓を背に、広い部屋にポツンとある執務机の所に彼女はいた。ちょっと前まではあったはずの柔らかで暖かい微笑みはなく、その表情はひどく神妙なもので笑った事など生まれてこの方ないと言わんばかりだ。ミーナは俺たちを一瞥すると、徐に机の引き出しから出てきた封筒から書類を取り出して話し始めた。

 

「トリガー……いえ、公的な話なのでこちらで呼びましょう。エマ・スミス軍曹、ジェーン・ドゥ軍曹、あなた方はこの基地に赴任した僅か4日でネウロイ二体の撃破し、その練度は極めて熟練したものといえます。それを考慮したゆえ、あなたたちを連合国によるガリア奪還の為の各作戦への編入を命じます。何か質問は?」

「部隊は変わんのか?」

「別にココから離れるって訳ではないのだけれど、あなた達には連合軍第501統合戦闘航空団の一員という立場の他に、原隊としてガリア外人部隊に所属していたわ。これはガリア外人部隊が兵籍を手に入れるのに打って付けだったという訳だったのだけど、あなたたちの話を持って行った時にブリタニア政府直々に命令が下ったの」

「エイリアンをガリアだけに任すなんぞ許せないってか」

「まぁ、その通りね。あなたたちの装備は世界をひっくり返すぐらいのものなのよ。そんな人類の切り札をたった一国、それもすぐ白旗をあげる国なんかに預ける形になるなんてっていうのが彼らの話ね。他の国からも小言が飛んできたわ」

 

 皮肉って言う俺に神妙な面持ちのまま、ミーナは少しの沈黙の後に話を続けた。お上直々の御達しだ。人間たるもの、おんなじ船には乗ったはいいが、部屋の割り振りには転覆しかけだろうが敏感らしい。実際、こんなお宝をどっかに任せるなんぞ簡単に決められる訳ではない。結局のところどうなったのか、そんな素朴な疑問を投げかける。

 

「だからって、どうなるんだ?」

「あなた達は原隊に戻るのよ」

「原隊って? ガリアなんたらは使えないんだろ?」

 首を傾げてそう尋ねる俺を見て、ミーナは初めて神妙な顔をやめてニッと笑みを浮かべると小馬鹿にするように言った。

「あら? あなた達はオーシア国防空軍長距離戦略打撃群第124戦術戦闘飛行隊の所属でしょ?」

「……おい、まさか」

「えぇ、あなた達はこの星でたった二人のオーシア人よ。まぁ、とどのつまりは人類全体で切れるカードになるってことで妥協した訳ね」

 

 原隊復帰。表情を露骨に変えることこそなかったものの、嬉しくないといったら嘘になる。突然、此処に引っ張られて、俺だったという印は今着ているフライトジャケットだけだった。それが、渡り鳥は二羽だけで、それがどんな思惑でできたものだとしても、古巣が戻ってくる、居場所が帰ってくるのは嬉しいものだ。だが、それ以上に気がかりがあった。

 

「俺たちの元の装備ってのはどうなってんだ?」

「その件において何だけど、上はそれを解析するらしいわ」

「解析だって? 俺たちの装備はキャンディーのおまけじゃねぇんだ。遊び倒そうだなんて御免被りたいもんだな」

「技術屋の人にとっちゃ喉から手どころか肩まで見えそうなくらい欲しいものなんでしょうね。はるか未来のジェットストライカーに自律制御するミサイルなんてものは。今のところ、かろうじて構造が分かりそうなのは銃ぐらいらしいわ。少なからずとも戻ってくるのは、しばらく先ね」

 

 どことなく申し訳なさそうに話すミーナに、気にすることはないと返す。だが、そういってもミサイルなしの戦闘ってのは意外ときつい。早めに返してもらえないものかというのが本音だが、どうにもならないものらしいということで、ただため息を吐くことしかできなかった。

 

 ほんの少し時間をおいた後、今後の予定を話し始めた。本来は明日にでも参加して欲しかったらしいが、無理しすぎてストライカーユニットから黒煙をわき散らした大馬鹿野郎のために、一ヶ月のお暇が貰えるらしい。その後は、上陸作戦の為の偵察作戦に参加するために一度、ブリタニアの南西端コーンウォールのセント・モーガン空軍基地に行くらしい。ふと、ミーナの後ろの窓の様子が気になって、チラリと見てみたが、未だに窓には星空は映らず黒い闇と反射するランプの光のみが映っていた。

 

1944年6月24日21時37分

第501統合戦闘航空団基地 浴場

 

 湯煙の立つ湯舟に身を委ね、中央に据えられた天使の像が湯気以外のためにぼやけるほどに溶け切った状態の私。その隣にスッとシャーリーさんが入ってくる。どことなく胸へと視線が移ろうとした時、シャーリーさんが話しかけてきた。

 

「トリガーって奴について教えてくれないか?」

 思いがけない内容に惚けた頭が急に元の状態まで引き戻される。確かにカウントさん達は目立つ存在だけれど、シャーリーさんが気になるようなことなんてないと思っていたが、興味津々だと目をきらつかせながら私を見る。

「一回、アイツが整備士から搾られているのを見たんだよ。話を聞くに、ほんの数日でストライカーユニットをぶっ壊したっていうらしいんだ」

「あぁ、坂本少佐達も言ってましたね。カウントさんもアイツは無茶ばっかするがここまでとはなって」

 シャーリーさんはそれを聞いてニッと笑うと、周りをチラチラと確認した後、そっと耳打ちして、あることを教えてくれた。

「それでこっそりと見たんだ。ハンガーに転がってたアイツの機体を」

「どうだったんですか?」

「ひどい有様さ。エンジンが悲鳴どころか喉が掠れて何も出ないところまで痛めつけられてるんだ。ありゃ、並大抵の使い方で出来るやつじゃない。実際飛んでみてそうだったんだろ?」

 

 そう言われて、数日前のあの模擬戦のことを思い出す。私はカウントさんについて行くのに必死だったけど、カウントさんがあらゆる手を打っても完璧で綺麗を通り越して恐ろしいまでいく軌道で私たちを狙ってくる彼女の様子を確かに見ていたし、それがもしかしたらできる人がトリガーさん以外にいないかもしれないとも感じていた。それを肯定の返事とともに伝えると、シャーリーさんは少し驚いたものの挑戦的な笑顔をにんまりと浮かべる。

 

「ありゃ、ただ単に魔力でぶん回してる訳じゃなさそうだからな。完璧な軌道の遂行ってののために速度を急激に上げたり下げたり……。エンジンをしっちゃかめっちゃかに扱ったっていうもんだろうな。そんなヤツが思いっきりダンスと洒落込んだらどうなるのかってのが気になってね」

「そうなんですか……。それでどうして私なんかに?」

「あの新入りコンビの相方とは結構面識があるみたいだからな。ちょいと顔利きしてもらおうかってね」

「まぁ、カウントさんとは結構話せますけど……。取り敢えず、今度にカウントさんの方へ一緒に行ってみます?」

「それでいいよ。明日にまたよろしくな」

 

1944年6月25日8時23分

第501統合戦闘航空団基地 テラス

 

「……っていうことがあって」

「それで俺のところに来たってわけか?」

 

 カウントさんは、タバコを中指と人差し指で挟み、嗜好の喫煙タイムを邪魔されたからか不機嫌そうな顔でタバコの先をクルクルと回しながら昨日の話を聞いていた。ほとんど吸っていないのに少し減ってしまったタバコのことを少しジッと見た後、それを咥えて思いっきり吸い込み、ため息混じりに吐き出すと、煙混じりの声で返事を聞かせてくれた。

 

「そいつは殊勝な心構えだ。出来ないってことを除けばな」

「できないってどういうことですか?」

「大体、ないじゃないか。あの飛ぶヤツ」

 

 カウントさんはそう話すと、シャーリーさんはバツが悪そうに笑う。よくよく考えたら、それもそうだ。壊してたった数日で直せるものじゃないだろう。それなのにどうしてだろうと思っていた矢先に、シャーリーさんが流し目で少し頭を掻きながら話し始めた。

 

「いや〜それは知ってるんだがね」

「知ってるのに来るとはな。冷やかしも大概にして欲しいもんだ」

「機体はあるんだ。……宮藤のが」

 

 余りにも急な話に思わず声にもならないような素っ頓狂な音が漏れる。私の機体をトリガーさんが? 冗談じゃない。あの人と一緒に飛んだのは一回だけだけれど、見らずともわかる。九割九分九厘無事で帰ってくる訳がない。良くてエンジンが焦げ臭くなるぐらいだけれど、悪ければ余裕で中身はボロボロになるだろう。

 

「シャーリーさん! 流石にそれは……」

「いやいや。流石に人の機体を無下に扱うなんて……あるのか?」

 

 あまりにも真剣な表情、というか今にも泣きそうになっている私に気後れして、自信が尻すぼみになったらしく、声の大きさが若干小さくはなった。しかし、諦めてはいないらしく、まだまだ彼女にゾッコンのままみたいだ。

 

「……それなら仕方ないな。だけど、直ってからならいけるだろ?」

「いや、その事なんだが。直ったら一旦、別の基地に移動なんだ。その後もちょくちょく作戦に出ないといけないらしい」

 

 タバコを灰皿に押し付けながら、あっけらかんと衝撃の事実を暴露して、ジャケットのポケットからタバコの箱を出そうとするカウントさん。それにシャーリーさんは慌てて待ったをかける。

 

「今からは?」

「普通に無理だな」

「届いてからは?」

「時間がないな」

「帰ってきてからは?」

「微妙なとこだな」

「じゃあ、いつできるんだ!」

 

 そう頭を抱えるシャーリーさんを見て、カウントさんはタバコのことを忘れて、捨て犬を見ているかのような哀れみの視線を向けていたが、何かをピンと思いついたらしくニッと笑って一つ提案をした。

 

「じゃあ、来てみるか? 俺たちと一緒に」

「行くったって……もしかして!」

「どうせ、小隊規模で行くらしいんだ。ピクニックと洒落込むのは俺たち2人だけじゃない。そういう訳でだ。俺たちが推薦すれば、もしかしたらいけるかもしれない」

「けど、大丈夫なんですか? そんなことしちゃって?」

「まぁ、それは神のみぞ知るってことで」

「そんな! 私は知りませんよ!」

 

 そう言ってプイと私が顔を背けると、シャーリーさんが肩を組んで、あからさまに胸を押し付けながら私には話しかけてくる。

 

「いいじゃんか〜。共犯してくれよ〜」

「そんなことをやったら、またミーナさんに怒られますよ!」

「夢のヒントがあるかもしれないんだ。追わなきゃもったいないじゃん」

「だからって……」

「胸貸してやるから……な?」

「……今回だけですよ」

 

 渋々私が乗ってくれたのを聞くやいなや、シャーリーさんは目をキラつせて、カウントさんの方を振り向くと清々しい声で、

「私と宮藤の2人で頼んでおいてくれ!」

 と言うので、私は今回のことを黙っておくだけだと思っていたものだから、また呆然としてしまった。驚きのあまりにぼーっと突っ立っていると、シャーリーさんは一言だけ挨拶をして脱兎のように逃げていってしまった。はっとしてそれに気づいて追いかける私。結局のところ、私もついて行くことになるのだが、それを私が知るのは先の話だった。



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