自分のことを工藤新一だと信じて疑わなかったヤツ(黒歴史) (はごろも282)
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自分を工藤新一だと思い込んでいた人によるプロローグ

初投稿です。久しぶりにアクタージュを読み直してから気持ちが抑えきれませんでした。頑張って書いていこうと思うので、頑張ります。


 子供の頃、俺は自分が特別なんだと信じて疑わなかった。

 父親がなんかすげー小説家で、母親は俺を産む前は女優をやってたんだ。おまけにそれなりに仲が良くてかわいい幼馴染みまでいた。

 完全に『名探偵コナン』の主人公と同じじゃないか。

 勘違いしても仕方がないだろ?

 

 俺が名探偵コナンに出会ったのは6歳、まだピカピカのランドセル背負ったガキだった頃だ。あの時の俺はひとめ見た瞬間ピーンときたね。

 

 それで自分を工藤新一だと思い込んだ俺は親にコナン片手に言ったわけだ。

 

「ジンにこどもにされるまえにとっくんしなきゃ!!」

 

 ってね。誰かあのときの俺を殺してくれ。てか俺が殺す。なに子供にされるって。どこにあるのトロピカルランド。別に幼馴染みに角なんか生えてないけど?

 

 父さんも母さんもしばらく呆けていたけど、笑って

 

「そうねぇ、サッカーでもはじめましょうか?」

 

 と言ってくれやがりました。父さんも笑顔で

 

「じゃあカッコよく推理できるように、父さんの推理小説でも読むか!」

 

 って。6歳児に推理小説は難易度高いぜマイファーザー。

 

 父さんたちは子供の戯言だと思っていたんだろう。だが俺はマジのマジ、自身が工藤新一であると否定されなかった俺は完全にそれを信じこんだ。

 

 そこからの俺は今思い出しても恥ずかしい。

 自分を工藤新一だと思いこんだまま過ごしたんだ。サッカーも勉強も死ぬ気ではじめた。全ては工藤新一になるためだ。どう考えても中二病だった。何てことしてんだ俺。

 

 それから四年たっても俺は留まることを知らなかった。

 この時期に、俺は何を血迷ったのか、ある暴挙にでた。幼なじみを引き連れて事件を探し始めたんだ。

 

 彼女は友達も多かったがなんだかんだ言いながらも俺に付きあってくれた。かわいい顔して虫好きとかいうイカれた奴だったけど。なんなら人のことコソコソ見てくるヤベー奴でもあった。

 

 結局、大した事件に出くわすこともなかった。

 その後は、いつも通り幼なじみの虫取りに付き合わされたり、勉強したり、サッカーしたりと、あいも変わらず工藤新一と思いこんで生活していたが、流石に両親もマズイと思ったのかさり気なく

 

「父さんと小説書いてみないか?もしかしたらお前も気にいるかも知れない」

 

「母さんの昔いた劇団に行ってみない?一緒にお芝居やってみたくなっちゃうかもよ?」

 

 なんて言って俺の進路を誘導しようとしはじめた。

 当然自分は組織と戦わなきゃならないと思いこんでる俺はこれを一度拒否。主人公たる俺に寄り道なんかしてる暇はないのだ。すると流石俺の両親だけあって、

 

「犯人がどんな思考をするのか、どんなトリックで殺害したのかは勉強だけじゃ分からない。小説を書くことは、そういう発想力を養うということだよ」

 

 だとか、

 

「せっかく犯人を推理しようとしても、容疑者が嘘ついてたりしたら捜査が遅れちゃうでしょ?お芝居をしてると、そういう嘘は通用しなくなっちゃうんだから!」

 

 なんて言って俺を誘ってきた。まんまとひっかかった俺は父さんと小説書いたり、母さんのいた劇団に行って稽古中の役者を見たりするのも日課に加えた。

 

 それからしばらく経って俺が中学に入る頃、流石の俺も自分は工藤新一じゃないと察していた。両親や幼なじみに、

「俺、新一じゃないかも」

 って言うの超恥ずかしかった。死にたくなった。

 あのときのみんなの生暖かい目線、忘れたくても忘れられません。今でもたまに思い出して悶えてます。こうして俺の一度目の中二病は幕を閉じた。そう、一度目の中二病は。

 

 そうして新一の呪縛から開放された俺は劇団に行くことも減り、代わりにベッドでゴロゴロ本を読んだりする時間が増えた。サッカーはなんとなく続けることにした。

 

 この頃から俺はなんとなく流されるまま生活するようになった。人生の最大の目的が消えてやりたいこともなくなった。やるべきこともなくなった。だからといって何もかもつまらなくなったのかと言われれば、そうではなかった。サッカーは楽しいし、本を読むのは面白い。今の生活には満足していた。

 

 不満があったとすれば、工藤新一という俺の黒歴史がそこそこの知名度を誇っていることだ。色んなところで探偵くんとか呼ばれるの普通に恥ずかしい。お前のメンタルおかしいよ昔の俺。

 

 このままユルイ幸せな生活もいいなぁ、とか考えてたある日、突然幼なじみが役者になるとか言いだした。

 

 正直、へー、そうなんだ頑張って。くらいの感想しか思い浮かばなかったが、一応急に役者を目指すことにした理由を聞いてみることにした。

 そしたらあの女は笑いながらこう言ったんだ。

 

*1It's a big secret……I can't tell you…… A secret makes a woman woman. 勉強不足だよ、探偵さん?」

 

 思考が、止まった。

 

 幻視した。残忍で、妖美で、何を考えているか分からなくて、それでいて主人公とヒロインに激重感情をもっている大女優で悪の組織の女幹部を。

 

 思わず見惚れてしまったんだ。綺麗だとさえ思った。

 

 彼女の演技はまだ役者を目指すと決めたばかりの技法も何もないモノだったが、それでも。

 

 その後、何と返したのかは、覚えていない。

 

 あの後気づくと家に帰っていて、無性に悔しくなった。

 冷静に考えてみたが、あれは完全にからかってやがった。

 俺は売られた喧嘩はとりあえず全部買ってその後どうするか考えるタイプだ。負けたままなのは許せなかった。

 

 どうにかして仕返ししてやりたいという衝動のままに、俺はシナリオコンクールに幼なじみ主人公の自作小説を書いて出してやった。流石に名前とか細かい設定は変えたけど、俺の知ってること包み隠さず書き込んで、だ。応募するときに名前が必要だったが小心者の俺は、そう簡単に受かるわけないし、ふと思いついた適当な偽名にして応募した。あとからこのことを知った幼なじみにはちゃんとボコボコにされた。

 

 ここで偽名を使ったことを、俺は後悔することになる。

 

 後日、俺が書いたシナリオがなんか賞とったらしくて、そのせいで両親は俺が演出家の道に進むことにしたと思ったらしい。母さんの劇団時代の演出家に弟子入りさせられることになった。両親はそのまま海外に行った。

 そういうとこが俺が勘違いする原因だバーロー!!!

 

 そこからは地獄だった。両親が両親なだけあってセンスだけはあったらしく、めちゃくちゃ厳しく指導された。杖とか飛んできたもん。殺す気かクソジジイ。

 

 たちの悪いことに劇団の奴らは新一時代の俺を知ってるんだ。弱音吐くたびに

 

「どうした?やっぱ演出家辞めて探偵にしとくか(笑)」

 

 なんて煽ってきやがる。そして羞恥心と怒りで奮起しての繰り返し。そこで俺はしばらく下働きさせられた。

 当時から冴え渡る頭脳の持ち主だった俺はそこでこう思ったんだ。

 

 この業界、ブラックすぎない?って。

 

 だってそうだろ?朝の9時頃に始まって終わるのは次の日の5時とかの日もザラにある。一回の芝居で貰える額はとんでもないとしてもベッドで本読んだりしながら一日を無為にするのが幸せの俺からすれば割に合ってない。

 

 それにそもそも演出って別に面白くない。俺だって役者みたいに周りからチヤホヤされたい。が、残念なことに演出家は監督にでもならない限り、名前なんかそうそう覚えられるものでもないんだ。

 

 俺がこうしている間にも、幼なじみはスター街道を突き進んでいる。不愉快だった。だから俺は、忙しくてジャンプを読めていないであろう幼なじみにNA○UTOの最終話のネタバレを通話でしてやった。

 

 しばらくして、遂に限界がきた俺はそこで監督になろうと思い至った。来る日も来る日も迫りくる地獄に耐えられなくなったからだ。

 

 ガキの俺にはどう考えても成功する未来しか見えなかった。根拠はないけど自信に満ち溢れてるときってあるだろ?例えばテスト前日とか。

 まさにこのときの俺はそれだった。将来天才演出家としてチヤホヤされるビジョンが俺には見えた。

 

 そう、つまりは中二病再発の知らせである。

 

 工藤新一である時間が長過ぎた俺は、自信と自己肯定感に溢れた人間だった。工藤新一になるべく行ってきた努力が俺をそうさせるのもあったのかもしれない。

 とどのつまり、この頃の俺は自分が一番優れているんだから失敗なんかしないと本気で思ってたわけだ。恥ずかしいっちゃ恥ずかしいが、工藤新一時代と比べればどうってことない。恥ずかしいけどな!!

 

 思い至ったが吉日、俺は師匠である爺さんに土下座して映画を作りたいと頼んだ。俺のアツい想いをありったけ込めて、洗いざらいぶちまけた。

 当然のごとく認められなかった。当たり前だ。なんで包み隠さなかったんだ俺。もっと建前作れよバカなの?殺すよホントに。

 

 それから諦めを知らない素人のアホ(自分)は、毎日手元にくる仕事をこなしながら、頼み方を変えて強請り続けた。

 

 1日目

「爺さん!肩凝ってるだろ!揉んでやるよ!!ところでさ、俺映画つく「駄目だ」って……そう……」

 

 2日目

「爺さん!学校の病気の友達のチヨコってやつが、俺の映画みたら良くなりそうだっ「お前友達いないだろ」死ぬほどいるわボケェ!!」

 

 3日目

「おじいちゃん!ボクお願いが「キメェ」…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 N日目 

「貴様は既に包囲されている!!開放されたければ映画を作ることをって動くんじゃあない!!抵抗はやめてこっち来ないでホントゴメンなさい冗談です首絞まるってあああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな感じで毎日強請ってたら流石に鬱陶しくなってきたのか、遂に条件つきで相手が折れてくれたんだ。

 ふざけんなこんなの無理だろバカがどうすんだよ殺すぞとか思いつつも、どうにか条件を達成した俺は、14歳にしてようやく映画撮影ができるようになった。

 

 作品は俺がコンクールで入賞した内容で作ると決めていた。それなりに愛着があったからだ。そもそもそれ以外に選択肢がなかったというのもあるが。

 

 とはいえ、子供の撮影に協力してくれる奴なんかそうそういないってことでそこらへんは爺さんが色々やってくれた。サンキューじぃじ、愛してるぜ。

 

 そうしてなんやかんやあって人は集まったんだが、ソイツらは一癖も二癖もある連中だった。駄作に名前は残さねぇとかのたまうヒゲ野郎に常人じゃ理解できないこと喋る爺さんとこの演者だとか、ハッキリ言ってまとめられる気がしなかった。

 

 他の奴らも、失敗が見えてるとでもいいたいのか、やる気がなさすぎた。それじゃ失敗は目に見えてるってことで、俺はどうにかナメられない方法はないかと考えたんだ。そこで俺の天才的な脳は遂に答えを導きだした。

 

 何を考えているか全部見通せるってことにしたらいいんだって。

 

 俺には工藤新一という名の黒歴史があった。奴になりきろうとして、推理力やその他諸々を鍛えまくった過去があった。それらをフル活用した俺は、なんとか演者を従えて、一本のネット映画を作ることができた。

 

 できた映画は最後爺さんのチェックが入って、そのままネットに流された。そのとき俺は疲労で頭が働いてなかった。だから気づかなかったんだ。俺の犯した致命的なミスに。

 

 結論から言えばその映画は瞬く間に人気になった。

 俺は当初の予定通り期待の天才少年監督として有名になる。そう、シナリオから脚本まで一人で手掛けた天才少年

 

 

 

 エドガー・コナンとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は引退を決意した。

 

 

 俺は自分で映画を撮ることをやめ、中学卒業までは爺さんの手伝いをするのみになった。そして卒業、進学とともに実家で一人暮らしをはじめた。

 

 高校に進学してからは劇団に行くこともなくなり、労働から解放され俺は自由の身になって今に至る。ビバ自由!!ビバありあまる時間!!

 

 引退当初は周りから色々言われることもあったが3年も経てばそういうのもなくなる。エドガー・コナンは闇に葬り去られたのだ。

 

 現在高2の俺は定期的に来る幼なじみのコールを適当に受け流しながら級友と談笑したりして、一般高校生らしい生活を送っている。幸せだ。誰も俺の道を阻むことはできなかったようだな。

 

 そんな気持ち悪いことを考え、ニヤニヤしながら今現在、俺は一人机に向かっていた。周りには誰もいない。たった一人で強大な敵を前にして立ち竦んでいる。

 

 進路選択の紙だ。俺だけ出してなかったらしい。

 他のやつは出してるからお前も書いてもってこいと担任に告げられた俺は、放課後一人こうして進路を考えているという訳だ。

 

 ぶっちゃけやりたいこととか何もない。将来の夢とか特に思い浮かばないまま生活してきた俺にはこれはどんな難事件よりも難解だった。この問題に比べれば、好きな女の心を正確に読み取ることなんて赤子の手をひねるよりも簡単なはずだ。出来たことないから分からんけど。

 

 結局色々考えてみたがピンとくるものは何一つなかった。

 頭に浮かんでくるのは今まで経験してきたモノばかり。

 芸能界?あんなブラック企業にも劣らないとこ誰が選ぶか!映画作りも重圧でストレスハンパなかったし超つまんなかったし疲れるだけだったわ!

 え?探偵?ちょっと何言ってるかよくわからないです。

 あーあーせっかく忘れてたのにー!!高校ではみんな工藤新一のこと知らないから平和だったのにー!!

 

 ふぅ、落ち着いた。なんか面倒になってきたし帰るか。

 時間を無駄に消費して自問自答を繰り返すのはもういいや。

 俺は立ち上がると進路用紙を無造作にカバンにぶち込んで、意気揚々と我が家に向かって歩き出した。

 

 

 30分後

 

「私の家族になにするの?事と次第によっては……」

 

「待つんだ見知らぬ少女!まずは落ち着いてその手に持ったスマホから手を離すんだッ!!場合によっては路上の真ん中で見るに堪えない土下座を見ることになるッ!!!」

 

 俺は謎の女にドロップキックをかまされ、踏みつけられていた。

 

 

 バーロー!!ホント、どうしてこうなった!?

 

*1
名探偵コナンに登場するキャラクター、ベルモットの名台詞。原作では超おしゃれにこのセリフを使っている。見て。




演者にいうことを聞かせた方法

「〇〇さん、あなたは、さっきレストラン『コロンボ』から帰ってきましたね!!それも、かなり急いで!!そして、次にあなたは「ど、どうしてそれを!!」と言う!」

「ど、どうしてそれを!!……ハッ!?」

(((コイツ、ただ者じゃあない!!とんでもない凄みだ、まさか、全部見通しているとでもいうのか…ッ!?)))

超簡単にしたらこんな感じ


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自分を工藤新一だと思い込んでいた人による1話

1話あげてからいろんな人が見てくださったようで、とてもうれしいです。
テンションが上がって頑張っちゃいました。


 進路用紙の提出という難事件を迷宮入りさせた俺は、ビニール袋片手に茜色の空の下をウッキウキで歩いていた。

 ただでさえ学校を出るのに遅れたのに、寄り道までしてたんだ。もう外で遊ぶ子供も見当たらない。

 

 だからこそ、そのチビ二人はよく目立っていた。何かを探しているのか、表情は不安と焦りに覆われていた。

 

 素通りしても構わないんだが、なんとなく気まずい。どうせなら気分良く新作を読みたい俺は、チビどもの方へ向かった。見知らぬ他人に話しかけるのは久々だが、スマートに決めよう。

 

「ど、どうしたー?もしかしてなんか落としたりしたのか?」

 

 ダサすぎるだろ俺、てかもう変態じゃん俺。見ろよチビどもの顔『何だコイツ』って書いてあるぞバカ。

 

 気まずい雰囲気を感じ取ったのか、彼らは口を開いてくれた。

 

「知らない人と話しちゃダメだって姉ちゃんが言ってたー!」

 

「もしかして、お姉ちゃんの言ってたヘンタイってこういう人のことなんじゃ……」

 

 やはりとんでもない勘違いをされていた。俺の人生はここで終わるんだろうか。いやまだ諦めるには早いハズ、ここは俺の小粋な推理で場をなごませよう。

 

「お前ら、そろそろ家に帰らないとマズイだろ?でも大事なモノ無くしちゃって2時間ぐらい必死に探してる。この大事なモノは多分家族から貰ったもの、違うか?」

 

 決まった。

 俺のドヤ顔推理に、チビどもも尊厳の目を向けるに違いない。そう思い顔をあげると、

 

「すげー!なんでわかったの!?」

 

「ルイ多分この人ストーカーだよ!!逃げなくっちゃ!!でもそしたらアレ見つけられないしどうしよう!?」

 

 女の子のほうの警戒レベルがマックスまであがった。なんでいい事しようとしてこんなことになってるんだろうか。ただ推理が当たっててちょっと嬉しい。俺もまだ捨てたもんじゃないな。

 

 だが流石にこのままではマズイ。進路決まってないからって人生の終わり決めるのは早すぎる。そんな選択するヤツ間違いなくキマってる。

 もう面倒だし帰ってもいいが、ここで帰ればいきなり話しかけてきて帰っていったストーカーの変態になる。それだけは嫌だった。

 俺はガキ相手に必死の弁明を試みた。

 

「兄ちゃんは魔法使いだからな。お前らの考えてることなんてお見通しなんだ。今なら探しもの手伝ってやるぞ?魔法使ってパパっと見つけてやろう!」

 

 こんな感じでいいだろう。多分女のコの方はもう取り返しつかないけど、男の方なら、

 

「ほんと!?レイがね?ランドセルにつけてたストラップ落としちゃったの!お姉ちゃんから貰ったやつなんだけど、魔法使いの兄ちゃん!探すの手伝って!!」

 

 ほら、こうなる。自分の天才さに脱帽だぜまったく。

 あー!俺の才能が怖いねーホント!!

 

 しかしストラップね。探すの面倒なヤツだなマジでどうしようか。とりあえず特徴とかいつまでランドセルについていたかとか色々聞いてから思考をはじめる。

 

 ストラップはイルカのものらしい。どうやら帰るときはしっかりついていたらしい。そのまま公園によって、ランドセルを下ろしたときには既に無かったと。

 

 ……流石に情報が足りない。とりあえず辺りを一緒に捜索すること数十分、ストラップは一向に見つからない。そろそろ本格的に暗くなってきたし、明日交番を確認しに行くよう告げようとして、ふとあることを思いだした。そして

 

「少年、ちょっとこっち来い」

 

「なになにー?もしかして見つかったー?」

 

 俺があることを確認しようと少年を呼ぶと、二人してトテトテとこちらに駆け寄ってきた。不思議そうな顔をしている。

 おもむろに俺は少年のパーカーのフード部分の中を確認した。

 

 あった。イルカのストラップだ。

 

「君たちの探しているのは、このイルカかな?」

 

 俺がそう言いながらストラップを見せると、途端に二人の目はキラキラしだした。

 

「そう!どこにあったの!?」

 

 少年の無邪気なその質問に俺は気を良くして、丁寧に説明してやった。気分は既に推理パートだ。

 

「君の服のフードのなかさ。帰る途中じゃれあったりしてた拍子に入ったんだろう。激しい動きとかに心当たりはあるかい?」

 

「う、うん。公園までかけっこしたりしながら遊んでた」

 

「そう!つまり君たちは公園に来るまでの間に誤ってストラップをフードの中に入れてしまった。それで道を探しても見つからなかったというわけだ!」

 

 いやホントにあってよかった。そこに入ってなかったらいよいよお手上げだったし、てかホントあると思わなかったわ。

 

*1実はコナンでもなくしたストラップを探す話がある。灰原がストラップを落としてしまい、色々な場所を探してみて、結局元太のフードの中にあったという話だ。ワンチャンあるかと思って確認してみただけだが、結果オーライだな。

 

「ハイ、もう無くすんじゃあないぞ?」

 

 そう言いつつ目線を少女に合わせ、ストラップを手渡してやると、あれほど警戒していたのにキチンとお礼を言ってくれた。良くできた子どもだな。

 

 無事にストラップも見つかったことだし、コイツらに別れを告げて帰ろうとした瞬間、背後からとんでもない衝撃が俺を襲って……

 

「私の家族になにしてるの?ことと次第によっては……」

 

 こうなったというわけさ。厄日か今日は。

 ホントどうすればいいのこの状況。全然話聞く気なさそうだもんこの女。あれうちの制服だしリボンの色からして後輩だよな。これ弁明できなきゃ俺の高校生活終わっちゃう?

 とりあえず携帯から手を離してもらって土下座しよっかなーとか考えていると背後から

 

「違うのお姉ちゃん!!」

 

 なんていう俺をかばう声が聞こえてきた。

 

 先程まで俺を警戒していた少女だった。なんていい子なんだ!!いけ!そのまま俺の無実を証明してくれ!!

 そんな俺の魂の叫びが聞こえたのか、少女は意気揚々と俺の弁護をはじめてくれた。

 

「この人はストーカーかと思ったら実は魔法使いで、なぜか私がストラップを落としたことを知ってて、それで一緒に探してくれていただけなの!!」

 

「ルイ、レイ。早くこっちに来なさい。この男の近くにいると何されるか分からないわ」

 

 バカな!?更に警戒レベルが上がっただと!?

 

 すでに取り付く島もないとこまで行ってしまった気もするが、ここからどうにか巻き返さなければ俺に明日はない。もっといい弁護の方法あっただろとか思わなくもないが、言っていることに嘘はない。ホントどうしようコレ。慌てれば余計怪しまれる。

 なんも思いつかんが、とりあえずクールになんか喋らないと!

 

「この子たちの家族か?どうやら落としたストラップを探してたみたいでね。周りも暗くなってたから手伝ってやろうと思ってだね。決して邪な思いがあったわけじゃない。信じてくれホントなんでもするからお願い300円あげるから!!!」

 

 最終的に恥も外聞もない有様になった気もするが、実際そんなこと言ってられないくらいテンパっていた。俺は不測の事態には強くないのだ。

 

「と、とりあえず顔をあげて。というかこんなとこで大声出さないで恥ずかしいから!!やめて膝つかないで何しようとしてるかわかったからそれだけはホントやめて!!!」

 

 見知らぬ少女は俺の必死の剣幕に気圧されたのか、いやあれはドン引きしてるな。街中で大騒ぎされるのが恥ずかしかったんだろう。甘いな。数々の黒歴史を更新してきた俺にはこの程度恥ずかしいうちには入らないぜ。

 

 その後公園まで連行された俺は、チビどもと一緒にいた経緯なんかを話した。

 

「つまり、あなたは本当にただ通りがかっただけで、困ってる子を見かけたから手を貸してただけってこと?レイが事情を話す前から色々知ってたのも、状況から推察しただけだと?」

 

「そう!その通り!!」

 

 半ば食い気味で肯定する。なんでこんな事情聴取みたいなことになってんの?見た目完全に現行犯じゃん。

 

 チビどもが俺を擁護してくれたのもあって、どうやら一応納得してくれたらしい。まだ若干疑わしく思っているようだがこの際それは別にいい。

 

「まだ少し怪しいけど、レイとルイもこう言ってるしあなたを信じるわ。いきなり蹴ってしまってごめんなさい。大切な家族が襲われているのかと思っちゃったわ」

 

「いや、信じてくれるなら別にいいんだけど。それで、アンタ名前は?多分うちの一年だろ?教えてくれないならそれで別にいいけど、その場合は今後君をドロップキックガールと呼ぶことになる」

 

 これは普通に気になる。いきなり蹴り飛ばされたのに、名前知らないのはあんまりすぎるだろ。

 俺の思いが通じたのか、ドロップキックガールはハッとした顔になって、自己紹介してくれた。

 

「私は夜凪景。こっちが妹のレイで、こっちが弟のルイ。あなたは?」

 

 名前を聞き返されてしまった。別に普通に答えてもいいんだが、なんとなく誤魔化してみよ。すまんな夜凪、お前は俺の危険センサーが反応している。関係をもったら面倒なことになる気がするんだ。

 

「名乗るほどのモノでもないさ、もう会うこともないだろうし。じゃあなチビども!もうなくすなよー?」

 

 決まった。ちょっとかっこいいんじゃないこれ?このまま俺はクールに去るぜ。

 夜凪たちに背を向けて歩き出したハードボイルドな俺の背後から、ルイの大きな声が聞こえた。

 

「じゃーねー探偵の兄ちゃん!今度あったら遊んでねー!!」

 

 俺は夜凪たちのもとへ走って戻った。

 

 

 

 

 結局俺は奴らに名前を教えて、なんだかんだで夜凪家との関係をもってしまった。ルイのやつとサッカーして遊んでやったり、ウルトラ仮面ごっこの悪役をしてやったりした。互いに家に親がいないこともあって、食費を出す代わりに夜凪の家に飯を食べに行くことも稀にあった。

 両親が海外へ行って以来、手料理を食べる機会の減った俺は、誰かが作る料理に飢えていた。自分で作ってもなんとなく味気ない。そもそも俺料理下手だし。夜凪家の提案は渡りに船だった。

 てか夜凪アイツ料理めっちゃうめーわ。初めて食ったときマジ驚いた。

 ルイはあれから探偵の兄ちゃんという呼び方を変えてくれなかった。どうやら俺の推理(笑)がよほど印象に残ったらしい。ことあるごとに

 

「兄ちゃん!前みたいにカッコいい推理してー!コナンみたいでかっこよかったやつー!!」

 

 なんて言ってくれやがる。バーロー!!その名を口にするんじゃねぇ!!

 

 そんな感じで夜凪家とそれなりに仲良くなって一年程すぎて、今日も夕飯をたかりにいった日の食卓で、夜凪が急にこう言った。

 

「先輩、私役者になるわ」

 

「へーそうなんだ、頑張れ……ん?」

 

 お前もか。

 

 

 

 話を聞くと、どうやらスターズのオーディションを受けて見事に落ちてきたらしい。じゃあ役者なれないじゃんってことで終わるが、ここで終わらないのが我らが夜凪景だ。審査官の一人に拉致され、ソイツの事務所で役者として活動することになったらしい。

 

 うん、わからん。何だ拉致って。普通に犯罪じゃねーか。なんでそのままソイツの下で役者になろうとしたんだ。コイツ頭おかしいんじゃねーの?しかも聞く限りその拉致したやつあのヒゲ野郎じゃね?え、コイツあんなのが趣味なのか?ちょっと距離おこっかな。

 

 どうやら既にcm一本撮ってきたらしい。早速見せてもらったんだが、うん、すごかった。役者のこととかよくわからんけど、すごかったわ。

 

 とりあえず応援するよって激励して、夜凪家を出て帰宅する途中、あることを思い出した。

 

 スターズって、幼なじみの事務所じゃね?

 

 そう、中学で芸能界へいった幼なじみは、今や天使の異名で知られるトップ女優だ。なんだ天使って。恥ずかしくないのか。

 

 最近は大概のドラマで奴を見る。お前は*2沖野ヨーコか。

 今でもちょくちょく連絡を取り合っているが、奴は夜凪のことを知っているんだろうか、最近は話してないから、今度聞いてみよう。

 

 ちょうど奴のことを考えていたからか、久々にコールが来た。

 

『ごめん、いま大丈夫?』

 

「はいはい、どうしたー?」

 

『来月から映画の撮影でさ、一ヶ月くらい家に帰れないんだよねー。それで虫に餌とかあげたりしてほしいんだけど』

 

「あー、ハイハイりょーかい。報酬はいつもと同じ?」

 

『うん。腕によりをかけて作るから楽しみにしてて。じゃあよろし「あー、そうだ」……どうしたの?』

 

「お前さ、夜凪景って知ってる?高校の後輩なんだけどさー、最近役者デビューしたんだよね。なんかスターズオーディション受けたとかどうとかで」

 

『……いや、知らないかな?その子がどうかしたの?』

 

「別に。知ってるかなーってだけ。面白いやつだし、多分仲良くなれると思うぜ」

 

『ふーん、了解。じゃあさっき言ったことよろしくね、新一くん?』

 

 言うだけ言って、奴は一方的に電話を切りやがった。

 

 

 バーロー!!新一じゃねぇ殺すぞクソアマッ!!!

 

 

 それから少しして、夜凪から『来てくれ』という文面のみ書かれた熱烈なラブコールをもらった俺は、重い腰をあげて夜凪家へ向っていた。アイツから連絡が来るときはたいていが地雷案件だ。だけど夕飯とか作ってもらってる手前、こういうのでチマチマ好感度を稼いでいかないといつか作ってもらえなくなるかもしれない。それは普通に困る。俺は既に胃袋を掴まれかけていた。俺は手料理に弱いんだ。

 

 そうこうしてるうちに夜凪家に到着した俺は、いつも通り呼び鈴を鳴らし、ドアが開くとほぼ同時に声を発した。

 

「はーい、どちら様ですかー?」

 

「おーッス、きたぞー。今日はどんな御用でございや……」

 

 思考が止まった。出てきたのは見たことない女。この家には夜凪とレイとルイしか住んでいないはず。てことはどろぼうか?イヤ、それなら呼び鈴で出てくる必要がない。まさかとんでもなくアホなどろぼうってことはないだろうしな。

 いろいろ考えた結果なにか喋っている女性を尻目に奥を覗き込んでみようとして

 

 バタンッ!!

 

 反射的にドアを閉めた。ドアの向こうでは夜凪が男と取っ組み合いしていた。

 

 俺は即座に携帯を取り出し、爆速で電話をかけた!

 

「すいません警察ですかっ!!今目の前でどろぼ「ちょぉぉっと待ったァァァァァ!!!!??」ッ!!?」

 

 まさかのとんでもなくアホなどろぼうだったッッ!!!!

 

 

 

 

 

 携帯を没収され部屋に引きずり込まれた俺は、夜凪たちから諸々の説明を受けていた。どうやらこのどろぼう(仮)は、前話してた事務所の奴らだそうで。

 冷静になってよく見たら取っ組み合いしてた男あのヒゲ野郎だったわ。

 そうして、俺が状況を理解したあたりでドアを開けてくれた女性である柊さんが口を開いた。

 

「ていうか呼び鈴鳴らして出てきた時点でどろぼうなわけないって気づいてほしかったよ……」

 

「俺だって信じられませんでしたよ。ありえないと思いました。でもですよ柊さん。

 状況に合う説明として不可能なものを除外していって残ったものが……たとえどんなに信じられなくても……それが真相なんです!!」

 

「いやここでそんな決め顔されても困るよ!?そもそも君の推理間違ってたよね!?」

 

 チッ、誤魔化されてくれなかったか。

 しかしだ。俺も確かに悪いとは思っているが、紛らわしいことしてた夜凪たちにも責任はあると思う。

 

 誤解も解け、みんなが落ち着いた頃合いを見計らって本題に入ることにする。

 夜凪が言うにはもともと俺に頼みたいことはあったが、今日ここへ呼び出すように言ったのはさっきまで組み合いをしていたヒゲ野郎らしい。ニヤニヤしやがってこっち見んな塩撒いてやろうか。

 久しぶりにあったがいつ見てもムカつく顔だ。とりあえずシバいとこ。

 

「あ?何だテメーこっち歩いってイタッ!出会い頭に何殴ってんだテメー!!」

 

 普通に殴り返された。キレた俺とヒゲは殴り合いを開始。

 

 

 ROUND2.FIGHT!!

 

 

 二分後、俺とヒゲの聖戦は夜凪のドロップキックによって強制的に幕を下ろした。夜凪ィ……オマエの足、世界狙えるぜ。

 

 

「で?アンタはなんで呼び出したんだオッサン」

 

「おう、コイツが役者になったのは知ってるな?夜凪は来月から撮影で一ヶ月程この家を留守にすることになってな。お前が夜凪と仲いいってことで、お前含め俺たち3人でガキの世話することになったからその挨拶だ。仲良くしようぜ、お互いになぁ?」

 

 こ、コノヤロー、俺のこと知っててみんなに黙ってやがる……!

 黙っててやるから言うこと聞けって伝えてやがる!

 

 

 俺の平穏はどこにいきやがったッ!?バーロー!!

*1
心のこもったストラップというタイトル。好きなサッカー選手のストラップをなくした灰原のために少年探偵団がストラップを探したりする。灰原が滅茶苦茶かわいい

*2
コナンシリーズに登場する芸能界の第一線で活躍する超人気アイドル歌手、女優。超かわいい




コナン要素どこ…?…ここ?

実際いろんなとこでコナン要素出せてるか不安になります。


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自分を工藤新一だと思い込んでいた人による2話

うーん、この人たち、この時間のほとんどの読者が読む日刊上位作品じゃなく、わざわざこんな変わり種作品を読みに来た。なぜだ?

誤字活動報告とてもありがたいです。それで教えてもらったんですが、一話でカッコつけて入れたベルモットの英語が、普通に間違ってました。教えてくれてありがとう。
そこ間違えんの!?ってなったけど今日もぼくは元気です。


 誠に遺憾ではあるが、スタジオ大黒天の奴らとチビどもの世話をすることを余儀なくされた俺は、今後の動きについて真剣に考えていた。

 別にチビどもの世話をするのは構わない。もともと遊んでやったりしてたしな。問題は、協力することになった連中だ。

 

 柊さんの方は別にいい。優しそうだし。問題はあのヒゲ野郎だ。奴をどうにかしなければ俺に平穏は訪れないだろう。

 

 黒山墨字

 

 カンヌ・ベルリン・ヴェネツィアの世界3大映画祭全てに入賞している稀有な日本人映画監督。コレだけならただの凄い人だし、俺が警戒する必要もなかった。

 一番の問題は奴が俺が映画を作ったときの協力者だったってことだ。つまり俺のことを知っているってこと。

 

 今でこそエドガー・コナンの名はそれほど知られておらず、知る人ぞ知るといった様子だが、当時は結構な盛り上がりをみせていた。当然だ。情報では14歳で大ヒット作を作った天才だからな。

 14歳という情報を抜きにして客観的にみても彼の作品は素晴らしかった。まさに天才としか表現しようがない原石だった。

 

 一体何者なんだ、エドガー・コナンッ! 

 

 そんなエドガー・コナンだが、当時は話題沸騰中だったにもかかわらず顔出しはしていなかった。

 あのときの俺は簡単に言えばビビっていた。世界中に顔知られるのって恥ずかしいわ。リスクでかすぎるって。

 そのおかげもあり、俺はエドガー・コナンなんてふざけた名前と自身の顔を結び付けられることがなかった。あのときの俺、本当によくやった。どうせならちゃんと映画出す前に自分の名前とか確認してほしかったよ。

 

 そんなこともあり、エドガー・コナンは世間では顔のない正体不明の天才少年だった。

 正体不明だとより有名になりやすい、あると思います! 

 

 だから、俺とエドガー・コナンを結び付けられるのは極少数、当時俺と関わっていた連中のみなんだ。そのほとんどが界隈の人間だし、業界からバックレた俺は二度と会うこともないだろうと思っていたんだけど。

 

 黒山め、今更なんだっていうんだ。そもそもお前と俺そんなに接点なかっただろ。ぶち殺すぞバーロー! 

 結局何一つ打開策も思いつかないまま、遂に夜凪が撮影に出かける日となった。

 

 

「じゃあ行ってくるわ。二人のこと、よろしくお願いします。ルイもレイもいい子にしてるのよ? 先輩も、しっかり協力してあげてね」

 

「おー、行ってこい。しっかり盗めるもん盗んでこいよ」

 

「景ちゃん、無理しちゃだめだよ? 気をつけてね!」

 

「「いってらっしゃ~い!」」

 

「ハイハイ、お前はその泣き顔なんとかしとけよ? ガキどもはしっかり相手しておくから楽しんでこい」

 

 ルイの奴がグズったりして、夜凪も泣きだすなんていうハプニングもあったが、無事二人を預けた夜凪はそう言い残して現場に向かっていった。撮影って一ヶ月だよな? そんな今生の別れみたいなことなる? てかアイツ一ヶ月もなんの撮影行くんだよ。俺聞かされてないんだけど? 

 

 

 

 そして夜凪が撮影に行ったその日の夕方、俺は満を持してアイツがなんの作品に出るのか聞くことにした。

 

「で、アイツなんの撮影行ったんですか?」

「えっ!? 知らないでここまでついてきてたの!?」

 

 柊さんにありえないものを見るような目で見られた。お前らが教えなかったんだろーが!! さっさと教えろや! 

 

「あー、そういや言ってなかったな。それぐらい知ってると思ってたわ。今日からアイツは『デスアイランド』の撮影だ」

 

 黒山サンが教えてくれた。アンタいちいち癇に障るなぁオイ! って、デスアイランド? 

 

「デスアイランドって、あれ実写化するんですか? 俺漫画読んでたんですよねー。見に行こっかな」

「それも知らなかったの!? もしかしてあんまり映画とか見ない人?」

「いや、映画は見ますよ。定期的に催促が来るんです。でも公開されるまで情報とか調べたりしないですから」

 

 催促はホントにくる。幼なじみが主演の映画とかはだいたい見させられた。お前の演技が凄いことはよく分かったからもうチケット送らなくていいです(辛辣)

 

 俺の発言に疑問があったのか、柊さんは首を傾げ

 

「催促……? いやそれよりも、わざわざ調べなくてもテレビとかで散々やってたでしょ!?」

 

 そうなのか、それは知らなかった。だって、

 

「俺、テレビ捨てちゃったんで」

「捨てた!?」

「はい。N○Kの集金がウザくて」

「N○K!?」

 

 この人反応いいな。見てて面白いわ。叩けば響くって言葉の具現だろコレ。

 柊さんは一人頭を抱え、この子おかしいって……とか言っている。

 オイ、誰がおかしいだ女でもボールぶつけるぞ。

 

 そんな俺たちのやり取りを見て面倒になったのか、黒山サンが色々説明してくれた。

 

「この作品は、芸能事務所『スターズ』の主催映画で、登場人物24名の内の12名をスターズ俳優が、残り12名をオーディションの合格者が演じる。夜凪はオーディションで見事12人の中のひとりに選ばれたってことだ」

 

「へー、スターズのオーディションかーって、スターズ?」

 

 スターズって、あの? 

 

「そうだ。今回のアイツらは相当マジだ。主演に天使の百城千世子を据え、ウルトラ仮面の星アキラをはじめとする人気俳優をふんだんに使って絶対に成功させるつもりらしい。夜凪はソイツらと混ざって映画を撮影してくるってことだ」

 

 だから色々盗んでこいって言ったんだよ、なんて言ってる黒山サンを脇に、俺はある言葉に気をとられていた。

 

 主演、百城千世子? 

 

 そういえばアイツもこの前、一ヶ月近く撮影でいないとか言ってたような……。

 アイツら、共演すんのかよ。

 あれ? 待てよ? 千世子のヤツ、あのときなんか頼んでなかった? 

 

 俺は昔の記憶を探り出す。

 

『来月から映画の撮影でさ、一ヶ月くらい家に帰れないんだよね。それで虫に餌とかあげたりしてほしいんだけど』

 

 そうだ、昆虫のエサやり頼まれてたんだったわ。アイツいつからいなくなるんだろ。夜凪は今日からだったし……ん? 今日から? 

 夜凪が今日から撮影で、千世子は夜凪の出る映画の主演、つまり……

 

 

 今日から?? 

 

 

 そのとき、スマホに着信があった。嫌な予感がしつつも、内容を確認する。相手は、百城千世子。この時点で既に泣きそうだ。

 だがまだ内容を見なきゃわからない。俺は恐る恐る文面を読み始めた。

 

 ←            

今日から撮影はじまります 受信トレイ    ☆  

百城千世子10秒前

To:自分                ↰︙

 

 ヤッホー! 前言ったから知ってると思うけど、今日から一ヶ月帰れないので餌やりよろしくっ! って言われなくてもわかってるよね? 一日一回あげれば大丈夫だと思うけど、ちゃんとお世話お願いしますっ! あと…………

 

 

 

 文の途中で読むのをやめ、画面を消した。

 

 サーッと血の気が引いていくのがわかる。よほどひどい顔なのか、黒山サンも柊さんもギョッとした様子でこちらを見ている。

 心配した柊さんが声をかけてくる寸前に、俺の体は動き出した! 

 

「ヤッベェェェェエ!!!! かっっぜんに忘れてたッ!!! すいません二人とも!! 一旦退席しますッ!!!」

 

 虫になにかあろうもんなら、俺の命は消し飛ぶッッ!!! 

 

 

 

 幸いなことに、虫たちの中に死傷者はいなかった。生きててくれて、本当にありがとうッ!! 

 うーん、しかしいつ見てもキモいなコイツら。慣れたけど。

 やっぱ千世子のヤツ感性バグってるよ。アイツ天使からベルゼブブとかに改名した方がいいんじゃねえの? 

 今回に限らず前から撮影で長期間家を出なきゃならないときは俺が代わりに餌を与えたりしてきた。その度に報酬として食事を作らせていたからウィンウィンだ。実は夜凪の手料理より千世子の手料理歴の方が長いのだ。どっちか飯作るだけのバイトとかやらねーかな。

 

 そんなくだらないことを考えながら餌やりというノルマを達成した俺は今、絶賛黒山サンたちのもとまで戻る途中だった。

 

 そういえば、夜凪いないけど誰が夕飯を作るんだろうか。黒山サンとか料理出来そうな顔じゃないし、俺は作るより食べたい人だし。あ、でも柊さんがいるか。あの人料理できんのかな? 

 

「すいませーん。ただ今戻りましたー! ルイとレイもう来てますかー?」

 

 奴らがまだ来ていないなら迎えに行かなければならない。俺の声が聞こえたようで、柊さんが返事をしてくれた。

 

「あ、おかえりなさい。ルイくんもレイちゃんももう来てるよ。でも、ちょうどよかったよ。これからご飯にするから、君は何がいい?」

 

「あ! 兄ちゃんおかえりー! 兄ちゃんはなに食べたいー?」

 

 どうやらこれからちょうど夕飯にするようだ。この聞き方的に、出前か? まぁ、たまには悪くないかもしれないな。

 待てよ? 本当に出前は今日だけか? 柊さんも料理できないなんてオチじゃあないだろうな? これは確認しなければ。

 

「俺は何でもいいよ。ルイが食べたいものを頼みな。トコロで柊さんっていつも夜は自炊とかするんですか?」

 

「いやー、出来ないわけじゃないんだよ? 自炊とかしたいんだけどね? いっつもコンビニとかで済ませってとんでもなく蔑んだ目!? この一瞬で一体君になにが!?」

 

 予想的中だ柊バーロー!! 自炊できるようになって出直してきやがれッ!! 

 

 俺の中で少しずつ溜まっていた柊さん好感度メーターがものすごい速さで降下した。コンビニ弁当も美味しいことはよくわかるが、俺は既製品はそんなに好きじゃないんだ。

 

 ぬかった。まさか柊さんがズボラ戦士だったなんて。いや芸能界ってマジ忙しいからホントに時間ないだけかもな。

 どうすっかなーコレから一ヶ月コンビニとか出前なのは普通にイヤだ。かくなる上は俺が作るか? イヤだなー面倒だなー。

 そうこうしていると、奥からエプロンをしたレイと黒山サンが顔をだした。ん? エプロン? 

 

「おにーちゃんおかえりー! いまねー、クロちゃんと料理作ってるから待っててねー!」

 

「そういうことだ。さっさと着替えて待っとけ」

 

 黒山ァッ!! テメーやるじゃねえか黒山ァッ!! 

 

 

 

 どうやら夜凪のヤツがレイとルイに外食ばかりを食べさせ過ぎないよう頼んでいたらしい。夜凪お前やるじゃねえかお前! 確かに子どもに外食ばかりは健康に悪いもんね。

 そのおかげで今日は黒山サンが渋々作ってくれたらしい。明日は柊さんだそう。明後日は俺らしい。

 交代制なら仕方がない。俺もやってやろうではないか。*1工藤新一と違って料理はできなくはない。……後で卵かけご飯は料理かどうかだけ聞いておこう。

 

 ちなみに料理はマジでうまかった。黒山サンの好感度が8あがった。

 

 

 

 それから半月近く経ったが、俺たちの方は特に変わりなく、やったことといえば時折ルイやレイに頼まれて夜凪に電話をかけるくらいだった。そして今日も学校終わりにいつものようにスタジオに行くと、いつもとは少し雰囲気が違っていた。とりあえず俺は柊さんに声をかけた。

 

「こんちわー、どうしたんすか? ピリついちゃって」

 

「あ、こんにちわ! 実はね? 今接近してる台風が、ちょうど景ちゃんが撮影してる場所に直撃するみたいで。撮影も難しくなるだろうし、景ちゃんたち大丈夫かな〜?」

 

「間違いなくピンチだろうな。撮影もままならなくなるだろうし、最悪展開の大幅カットもありえる」

 

 心配を口にする柊さんに、黒山サンが付け加える。なんとなくヤバいってことだけは理解した。

 しかし台風ねぇ。上層部の判断になるからなんとも言えないが、それくらいなら千世子あたりは強引にやりきろうとしそうだけどな。『全部一発撮りなら間に合うよ?』とかいって。

 ほらアイツ頭おかしいし。

 

 そんな話をしていると、話題の夜凪から連絡が来た。

 

「もしもーし? どうした?」

 

『あ、良かった。ちょっと先輩に聞きたいことがあ「おねーちゃんからでんわ!? レイもはなす!!」』

 

 携帯ごと持ってかれた。取り返そうかとも思ったが、レイも夜凪と話すのは楽しみにしてるだろうし許してやろう。今日は俺が夕飯担当だし、今のうちに作りに行くか。

 

「じゃあ俺は夕飯作ってくるから、電話終わったらそこ置いとくんだぞ?」

 

 スマホの取り合いをしてる黒山サン除く3人にそう言って、返事を待たずに俺は部屋から出ていった。

 

 柊さん、心配なのは分かるけど何でチビに混ざってんだ……

 

 

 

 夕飯のときに、どうして夜凪が連絡してきたのかという話になった。なんでも、千世子と友達にならないとうまく芝居が出来ないんだそう。なんだそりゃ。

 

「夜凪の芝居はメソッド演技ってやつでな。自身の過去の感情を追体験する事で役に没入するっていう演技法だ。ハマれば強いんだが、経験したことないこととかは表現できない。今回は天使と仲良くなれないから役に入りきれず、うまく演技ができないってことだ」

 

 へー、わかりやすい。つまりそのメソッド演技のために千世子と仲良くしたいけど、方法が分からないってことね。ほーん……

 

「それで何で俺に聞いてきたんだアイツ」

 

*2一緒に殺人事件解決とかすればいいんじゃね? コナンと平次もそうだったし。

 

「お前に友達が多いからだと」

 

「にーちゃんはおねーちゃんとちがって、友達おおいもんねー?」

 

「ねー?」

 

 やだ妹弟にまでそんなこと言われるのアイツ可哀想。

 俺は涙が出た。

 

 それにしても天使と仲良くなれない、ねぇ……

 

「千世子が仲良くなれないって相当だと思うんですけど。夜凪の奴なんかやったんすか?」

 

 アイツ小中ではわりと誰とでも仲良くしてたイメージだけどな。芸能界で闇に染まったりでもしたんだろうか? 

 

 って、みんなコッチみて固まってる。どうした? 

 

「どうした?」

 

「どうしたって……え? 何で天使とそんな親しげなの?」

 

 代表してか柊さんが答えてくれた。

 何でってそりゃあ……ってそういえば、言ってなかった気もするわ。

 

「実は百城千世子って、俺の幼なじみなんすよ」

 

 別に黙ってたわけじゃないけど、あんまり言いふらすことでもないよね。それ目的で迫られても困るし。てかムカつくし。俺がアイツに劣ってるっていいてーのかっ!! 

 こちとら天才少年エドガー・コナンだぞオラァッ!! 

 

 にしても、そんな驚くことか? コナンが工藤新一だと知ったときくらい驚くじゃん。アイツなんでバレないんだろうな。もはやコントだろあれ。

 てか動きずっと止まってんな。おーい聞こえてるー? 

 

「「「な、なにィィィィィィっっ!?!?」」」

 

 うるっっっさっ!!! ぶち殺すぞバーローッ!!! 

 

 結局、奴らが静まるまで千世子のことについて根掘り葉掘り聞かれた。マジで疲れた……。

 こういうのを見ると、やっぱアイツ人気なんだなーって肌で実感する。大きくなって、俺は嬉しいよ千世子……。

 

 でも俺より人気なのは腹立つから罰を与える。(無慈悲)

 俺は斉木○雄の最終話のネタバレをしてやった。

 

 

 

 そんなこんなで一ヶ月は過ぎ去った。俺と柊さんはレイとルイを連れて夜凪の出迎えに来ていた。黒山サンはなんか知らんがいなかった。

 

「おっ! いたぞチビども、あそこだ」

 

「ほんとだー! おねーちゃんおかえりー!!」

 

「おかえり景ちゃん、お疲れ様!!」

 

 上から俺、チビども、柊さんの順。俺たちを見て夜凪は顔をほころばせた。

 

「ただいま! 二人ともいい子にしてた? 先輩たちも、面倒見てくれてありがとう!」

 

 夜凪と妹弟たちは抱き合って喜びを噛み締めていた。だから大げさだって。

 

「うわっ、てかなんだその服! お前それでここまで歩いてきたの!?」

 

 なんか無地に落書きされまくってる。イジメでも受けて来たのかお前は。

 

「うん! みんながサイン書いてきてくれたのっ! オシャレでしょう?」

 

「「えぇ……」」

 

 えぇ……。思わず柊さんと被っちゃったよ。お前ほんとセンスねぇな。しかもその服で帰るの止められなかったのかよ。なんか可哀想になってきたわ。

 

 仕方ない、ここはコイツの為に心を鬼にして現実を教えてやろう。

 

「だいぶ前衛的なセンスだな。俺たちにはついていけないわ」

 

「それ、竜吾くんたちにも言われたわ。褒められてるのかしら?」

 

 貶されてるんだよバーロー!! 

 こうして、夜凪の一ヶ月にわたる撮影は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京、某所にて

 

 場には男二人のみ。

 

「感情ってもんは臭うもんだからよ。俺が欲しいのは臭ぇ役者だけだ。確かにこの女は俺の舞台に出る資格があるのかもしねぇが、気に入らねぇのはお前だよ黒山ァ。俺のこと利用してイイトコだけ持ってこうってか? 潰すぞコラ」

 

「ウィンウィンでしょうが。夜凪はきっとアンタの最後の舞台に相応しい役者になる。だいたいアンタ俺に借りあるでしょ」

 

「チッまあいい。ソイツは引き受けてやるよ」

 

「それはありがたい。できればあんたのと「ただし、だ。条件がある」……なんだ?」

 

「タダで頼もうなんざ思っちゃいねぇよなァ? ちゃんとお前の役者は育ててやる。その代わり、お前はある奴をここに連れてきてもらう」

 

「あるやつぅ?」

 

「2年前勝手に消えやがった俺の馬鹿弟子、江藤新。

 ソイツを引きずってでもここまで連れてこい」

 

 彼らは、消えた天才をもう一度表舞台へ引きずり出そうとしていた。

*1
コナン平次の推理マジックにて発覚。きゅうりをちゃんと切れなかった。

*2
コナン世界で人と仲良くなるには、一緒に事件を解決したりするのが一番手っ取り早い。仲良くなるのに失敗すると大体死ぬ。




主人公の名前は江藤新でいきます。やっぱ名前同じにするとちょっと違和感がね?
ということで主人公が本格参戦するのは『銀河鉄道の夜』からとなります。アンケートの結果的に他視点のデスアイランド編が入ると思うけど。

この李白の眼をもってしても主人公視点の一章が一話で終わるとは思わんかった(焦)


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自身を毛利蘭だと思われていた少女による……

日間一位とってたみたいで、ほんとありがとうございます。なんでこんな作品が評価されてるのか、理解が追いつきません。でも俺ってやっぱスゲーや!向かうとこ敵なしだろこれ!(増長)

あと、今回初の他者視点です。主人公がさらっと流した裏では、こんなことがあったよって話。


 昔から昆虫と、他人の横顔が好きな変な子供だった。だれかに見られてるなんて思いもしていない、そういう無意識の表情を見るのが大好きだった。

 

 小学生のとき流行っていたプロフィール帳の〘好きなもの〙にそんなことを書いたら普通なら気味悪がられる。そりゃあそうだ。誰だって自分を自分の知らないところでジロジロ見られるのはイヤに決まっていた。

 

 でも、そうはならなかった。

 

 江藤新。幼稚園から一緒の私の幼なじみ。彼は昔から賢い子だった。幼稚園の先生たちからは遺伝かしら?なんて言われていたけど、そんな彼の横顔は、いつみても無気力だったのを憶えている。周りの男子よりも大人びていた彼は、女子から人気だったのもあって、私も何度か一緒に遊んだりした。

 それだけの関係だった私達の仲が大きく変わったのは間違いなくプロフィール帳でのあの一件のおかげだろう。

 

 プロフィール帳の内容で周りの男子にからかわれてるのをみた彼は、顔をキラキラさせながら走ってきてこう言った。

 

「どうした!?事件か!?」

 

 なんだ事件って。先に私の心配してよ。幼稚園からの仲でしょ。

 思わず困惑してしまった私をおいて、男子たちは説明をはじめた。

 

 最初はウキウキで話を聞いていた彼だが、どんどん不機嫌になっていき、最後には完全に興味を無くしたようで、

 

「んだよ、そんなことで騒ぐなよな。だいたい○○、オメーだってその年でプリキュアみてんじゃねーか。人のこと言えないだろ。オメーらも、そんなダサいことやってねーで、やるならもっと大きな事件にしろ」

 

 いうだけ言って彼は走って出ていった。プリキュアを見てることをバラされた子は、顔を赤くして走ってソレを追いかけていき、周りの子もそれを見て謝ってくれた。

 何が起きてるか分からなかったけれど、彼が助けてくれたのは確かだった。

 

 その日の帰りのことはよく覚えている。偶然彼を見つけた私は、助けてくれたお礼をした。彼は助けたわけじゃないと言っていたが、私は聞く耳を持たなかった。

 

 それから彼と仲良くなった私は、彼を見るたびになんとなくつきまとうようになった。彼は私の趣味も否定しなかったし、一緒にいると楽しかった。

 そんなある日、彼は私を見て何かが噛み合ったような顔をしてこういった。

 

「オメーが、俺の毛利蘭なのか」

 

 何を言ってるのか分からなかった。なんだ俺の毛利蘭って。一家に一台あるわけじゃないんだぞ毛利蘭。

 戸惑う私を脇に、彼はとてもいい笑顔でこう言った。

 

「やっぱ俺は工藤新一だったんだ!じゃなきゃこんな癖のある趣味持った幼なじみいるわけねぇ!!!改めてこれからよろしくな!ラン!!!」

 

 引っ叩いてやった。

 

 

 

 それから彼は私を色んなところに連れ回すようになった。事件捜索をしたり、昆虫さがしをしたりした。彼の家で彼のお母さん主演の映画をみたりもした。映画が好きになった。そうして私は作り物の世界に没頭していった。毎日が楽しかった。

 

 私を毛利蘭だと認識してからの彼は、行き過ぎたコナンファンから、主人公の工藤新一になった。

 今まで見られた彼本来の横顔も、いつ見ても工藤新一になっていたので私はそれを残念に思ったが、楽しそうな彼をみてそんな気持ちも薄れていった。

 しかし、そこで私は自分の横顔が周りからどう見えているのか気になった。一度気になり始めたら不安になる。思いきって彼に私がどう見えているか聞いてみると、呆れた顔でこう答えてくれた。

 

「何いってんだ?オメーはオメーにしか見えないだろ。これからもお前は俺の幼なじみの毛利蘭だ。試しに空手を始めてみろ。頭から角が生えてくるはずだ」

 

 彼は決め顔だった。

 

 良いこと言ったつもりかもしれないが私はランじゃない。そこだけは分かるようになるまで体に叩き込んであげた。

 

 

 

 それから中学に入る頃、彼は工藤新一から江藤新に戻った。顔を真っ赤にして「俺、工藤新一じゃないかも」とかいう彼は死ぬほど面白かった。

 

 江藤新に戻ってから、彼は大人しくなった。大勢を巻き込んでなにかやることもなくなったし、授業中に抜け出して事件探しに行くこともなくなった。剣道のときに「風の傷ゥっ!」とか言わなくなったし、頭からお湯被ってみたりもしなくなった。

 街ではもはやある種の名物だったのもあって、彼の変化をさびしく思う人は多かったが、からかわれる様子をみて面白がる人もまた多かった。

 そりゃ平和な街で数年間も事件探ししてたら有名にもなるよ。

 

 テレビの中の憧れに役者に向いてると言われ、役者になるのを決意したのもこの頃だった。単純に嬉しかったのもあったけど、理由は他にもあった。

 工藤新一じゃなくなった彼が昔のように戻っていくのが怖かったからだ。シン君は日を追うごとに気力を失っていった。まるで生きる目的を失ったかのように。

 私は勇気を出して彼に役者を目指すことを打ち明けた。

 

「へー、役者なるんだ。いつから?チケットとか融通できるの?いや、別に深い理由があるとかじゃないけどね。一応ね?」

 

 私の勇気を返せ。思考が完全に転売ヤーだった。映画出るたびに送り付けてやるからな。いらないって言われても続けるから。

 てかなんで役者はじめんの?とかのんきに言っている彼にムカついた私は、彼の好きなコナンから言葉を借りてからかってやった。

 

「私、役者として頑張るから。できること全部やって、努力して、有名になってみせるから」

 

 私は頑張るから君も頑張れ。そういうことを伝えたかったんだが、伝わったんだろうか。彼は呆けていて動いてくれない。

 

「ねぇ」

「お、おう。どうした?俺は何でも似合うと思うけど、どちらかといえば寒色のほうが好みだな」

「うん、聞いてないね」

 

 とりあえず、二度と服について聞かないことが今決まった。

 

「まあ、気楽にやれよ?失敗しても笑わないからさ。不安だったりしたらいつでも相談してこい。例え探偵じゃなくたって、友達一人の悩みくらい解決してみせるさ」

 

 彼は最後に一言そういってくれて、心が暖かくなった。

 

 結果として、シン君を焚きつけることには成功した。彼は新人シナリオコンクールで入賞したのだ。私を主役にした内容にするとは思ってもいなかったけど。一体いつからあんなに汚れてしまったのか。私はシン君を川で洗濯してあげた。

 

 役者デビューして私が忙しくなってきた頃、シン君も同じように忙しくなっていた。演出家に弟子入りしたらしい。

 両親に半ば強引にさせられたらしい。それでお互いに忙しくなって、会話したりする機会も少なくなり、メールでのやり取りが増えた。

 

 それから時が経ち、私の名前が有名になり始めてきたころ、同じ事務所で年齢が近いアキラ君と話していると、シン君から久しぶりに連絡があった。

 

『ハロー、俺さ、天才監督目指すことにしたわ』 

「待って待って待って何言ってるのかわかんないから」

 

 ほんとに何言ってるんだろうこのバカ。

 

『いや、裏方ってブラックじゃん。仕事量のわりに名声が足りてないと思うんだよね。だから名声が手っ取り早く手に入る監督になろうと思って』

「うん、詳しく聞いてもよくわかんないや」

 

 理解が及ばなかった。言っていることはわかるが、結論の飛躍が異次元だった。

 バカなこと言ってないで、頑張って地道に働け。そう伝えて通話を切ろうと思ったとき、

 

『そういや、お前大丈夫か?』

 珍しく言葉の足りない彼の言葉に、動きが止まった。

 

「大丈夫って、なにが?」

 

『最近さ、テレビでお前のこと視たんだけど、なんかアレだったから』

 

 要領の得ない彼の言葉に苛立ちが募る。はっきり言えばいいのに。

 

「アレってなにさ。はっきり言いなよ」

 

『じゃあ言うけど。お前さ、何のために役者やってて、何目指してんの?』

 

 なんのためにってそんなの決まってる。答えようとして、言葉が出なかった。

 

『お前が役者として努力してるのは知ってるけどさ、自分を捨てるのは違うだろ。今のお前は、自分が消えかけてる』

 

 分かったような口で言ってくるのが癇に障る。最近会ってないくせに、何がわかるっていうんだ。

 

「わかったように言うんだね。さすが探偵志望ってとこかな?」

 

 茶化すように言う。これ以上踏み込んできてほしくなかった。だけど今日の彼は引いてはくれなかった。

 

『探偵と口にしてごまかそうとしてるな。図星だからか?そうだな、お望み通り順序だてて説明してやる』

 

「へー。じゃあ説明してもらおうかな。君が百城千世子が消えかけてると考える理由を、根拠と一緒に」

 

 私がそういうと、彼は説明を始めた。

 

『まず、お前は演技するうえで、自分というものを客観的に把握しつくした。そうして自身という存在の価値を最大限発揮させ、観客を魅了する。そのために最適化させた仮面を作って出来上がったのが、“天使”百城千世子だ。間違いは?』

 

「ない」

 

『よし、次だ。仮面を作るすべを手に入れたお前は、どんな時もみんなの理想の百城千世子になった。だがそれは言い換えるとどこまで行っても百城千世子でしかないってことになる』

 

 体が震えた。

 

『おおかたネットで調べたんだろ。そこでお前は〈どこまで行っても百城千世子〉だの〈役の幅が少ない〉だのといった意見を目にした。大人びてるとはいえお前はまだ思春期の中学生だ。おとなしく酷評に耐えられるようにはできてない』

 

 まるで見ていたかのような考察だ。全部当たっているトコロが余計にたちが悪い。

 

『どうにかその意見を克服しようとしたお前は、そこから慣れない役の掘り出しにまで手を付けようとした。それで役に合わせて仮面の修正をするようになった。はじめはうまくいってたんだろうな。だが無謀だ。お前の仮面は自分を魅せるものであって役を掘り下げるのには致命的にむいて「……もういいよ」』

 

 驚いた。ここまで推理みたいなことをされるなんて。これでは本当に工藤新一みたいだ。

 

「うん、シン君の言ったことは全部あってるよ。それで、どうしろって?仮面なんかはずせって言いたいの?」

 

 もしそうならシン君とはここまでの付き合いになるだろう。この仮面は私の努力の証でもある。

 

『そんなこと言ってないから。言っただろ。自分捨てるなって。俺が好きなのは必死こいて研究して、泥臭く努力して、花のような仮面かぶって画面で映るお前だからな。そこにお前が消えたら意味がない』

 

 なんかとんでもないこと言いだした。思わず顔が赤くなる。今のは幻聴だ。聞かなかったことにしよう。

 

 それよりも、彼は仮面ごと私を認めてくれていた。そのことがとてもうれしかった。が、同時に恥かしくなる。

 

「……ありがとう

 

 せっかく彼が真剣に話してくれたんだ。忘れないようにしよう。そう決意を新たにした次の瞬間耳に飛び込んできた言葉を私は忘れないだろう。

 

『ま、もしお前がこの先自分を見失ったとしても、俺が絶対見つけ出してやるよ。*1たった一つの真実を見抜くのが、探偵の役目だからな!』

 

 ホント、彼はずるい。

 

 

 

 

 

『そういえばNA〇UTOの最終回みた?アレ結局ヒナタと結婚するんだぜ?』

 

 私はスマホを地面に叩きつけた。せっかくのいい雰囲気が台無しだっ!!私は怒りに震えた。彼はバーローだ。やっていい事と悪い事の区別もつかなくなったらしい。絶対に報復してやる。

 後日、江藤新はパラシュートのないスカイダイビングを経験した。

 

 私はその時の話のせいで、最初に話していた内容をすっかり忘れていた。

 

 

 一年後、突如現れた謎の天才少年エドガー・コナンがそれを思い出させることになる。

 

 

 エドガー・コナンが作った作品は、シン君が書いたシナリオのものだった。私はすぐにシン君に電話をした。

 

『はい?どうしたー?』

 

「あ、シン君?あのさ、エドガー・コナンって『人違いです』……」

 

 恐ろしい速さで通話を切られた。その態度で人違いは流石に無理があるよ……。エドガー・コナンは江藤新でまず間違いないだろう。

 ていうか私が主役の作品なのに、なんで私を呼ばないんだろうか。まったく理解できない。あの時かっこいいこと言ってた人と同一人物とはとても思えなかった。

 

 

 

 

 そして、世に大ヒット作を放出したエドガー・コナンがそのまま姿を隠して4年経った。シン君は高校入学と同時に弟子入りから逃げ出したらしい。監督になるのは理由は言わないけど辞めたと言っていた。

 私にエドガー・コナンの正体隠してるつもりならもっとちゃんと理由を作るべきだと思う。新一歴が長過ぎた弊害で周囲の洞察力が毛利蘭レベルだと誤認しているようだ。

 

「酷い台本、また私頼みか」

 

 今回の撮影の台本を確認する。いやホント酷いな。これ主演私じゃなかったら駄作になるところだよ?

 日程を確認する。一ヶ月間泊まり込みで撮影するようだった。

 

 そのことを把握してすぐ、私はスマホを取り出しシン君に連絡を入れる。

 

 私は今時代のトップ女優、彼はただの高校生。もはや簡単に会うことも難しくなった。かといって、縁が切れたわけでもなかった。今回みたいに長期間外出しなければならないときは、彼に昆虫の餌を頼んだりしている。

 昔から一緒に世話をしてきたから、最も信頼しているといっても過言ではない。

 

『もしもしー?どしたー?』

 

 いつもと同じ気の抜けた声が聞こえた。

 

「ゴメンね?いま大丈夫?」

 

『あー?なんかあったん?』

 

「あのさ、今度の撮影で一ヶ月くらい家に帰れなさそうなんだよね。それで昆虫の餌とか頼みたいんだけど」

 

 こうして頼めば、彼なら絶対に引き受けてくれる。

 

『りょーかい、報酬はいつもと同じでいいな?』

 

 ほらね?この報酬とは、私が作る手料理のことだ。高校生になってから、シン君は私がなにか頼むと料理を作るよう求めるようになった。シン君が弟子入りしたと同時に、彼の両親は海外へ行ったから、誰かの料理が食べたくなるらしい。

 

「うん、腕によりをかけて作るから楽しみにしてて。それじゃよ『そういえばさー』……どうしたの?」

 

 話が遮られた。一体どうしたんだろう。

 

『お前さ、夜凪景って知ってる?高校の後輩なんだけどさー、最近役者デビューしたんだよね。なんかスターズオーディション受けたとかどうとかで』

 

 どうやら知り合いが役者デビューしたらしい。夜凪景ね。聞いたことないけど、スターズオーディションを受けたのか。アキラくんなら知っているかも知れない。後で聞いてみよう。

 

「いや、知らないかな。その子がどうかしたの?」

 

『いや、知ってるかなってだけ。面白い奴だし、多分仲良くなれると思って』

 

「ふーん……。わかった。じゃあ今度調べてみようかな?」

 

 日程とかの詳細を伝えて、時間も押しているし通話を切る。

 今日はアリサさんに呼ばれてるから、いそがないとね。

 

 早足で現場まで向かう。ついた時には、既にうちの社長である星アリサさんがいた。

 

「ゴメンねアリサさん、遅くなっちゃって」

 

「構わないわ。もともとこの仕事はアキラに頼むものだったのだから。ついてきなさい」

 

 そういってアリサさんは歩き出した。私はそれについていく。

 

「──計24名の若手俳優で……少し固いな」

「アキラ」

 

 扉の奥では、アキラくんが練習をしていた。アリサさんに声をかけられてアキラくんはコチラに気づいたようで、練習を中断する。

 

「母さん」

 

「予定が変わったわ。記者会見の挨拶、あなたの出番はなくなった。あの子がきたから」

 

 あーあ、言い方が悪すぎるよアリサさん。アキラくんショック受けてるじゃん。これから出る私の気持ちも考えてよね。

 

「……彼女は映画の撮影中のハズじゃ──」

 

 ここだ。どうせ気まずいなら、せめてカッコよく登場しよう。こんなこと考えるようになったのもシン君の影響に違いない。おのれシン君め。

 

「アキラくん。撮影なんてね、NG出すから時間かかるんだよ。私はリテイクさせたことないから、私のシーンはすぐ終わっちゃうんだ」

 

 不敵な笑みを浮かべるのも忘れない。こういうひとつひとつ丁寧な気配りが、トップ女優への第一歩だ。今の私は最高にカッコイイ。

 

「しかしすでに僕が出ると告知していて」

 ホントにね。でも、どうして変更するかなんてわかってるでしょ?

「より数字を取れる方を使う。当たり前でしょう?」

 

 だから言い方やばすぎるって。アリサさん顔アキラくんの見えてる?わざとならバーローがすぎるよ。

 でもこればっかりは仕方ない。だって、

 

「"俳優は大衆のためにあれ”それがスターズだもんね」

 

「……あぁ……そうだね」

 

 ……そんな顔しないでよ。ホントいやになるなぁ。私こういう空気好きじゃないんだよ。

 

「そういえばアキラくん。夜凪景って子、知ってる?」

 

 だから場違いにもこんな質問をした私は、絶対に悪くない。

 

 えっ?なんでふたりともそんな驚くの?ねぇ、ねぇったら!!

 

 

 

 

 記者会見もバッチリ決めてから二ヶ月後、私は顔合わせに向かっていた。あのカントク絶対顔合わせさせる気なかったよね。

 今回の撮影では、シン君の言っていた夜凪さんが出演する。彼女はオーディションの12人に選ばれたんだ。

 私もオーディションの時の映像見せてもらったけど……ってそれは後でいいや。今はとにかく急がないと。

 

「ごめんなさい遅れてしまって。これでもだいぶ撮影巻いてきたんだけど。って私以外誰も来てないじゃんスターズ。こんな日に顔合わせなんてしたらダメだよカントク」

 

 掴みは悪くない。初対面から敵対心を持たれると面倒だからね。カントクは私の言葉を飄々とした態度で流す。

 

「ま、顔合わせなんてしなくても作品に影響ないからね」

 

「大ありだよ!酷い監督だなぁ、第一コレじゃみんなに失礼だよ」

 

 ホント何言ってるのこのサングラス。見てよあの子とか。絶対オマエも遅れてるじゃねーかとか思ってるよ。

 

「改めまして遅れてしまってごめんなさい。百城千世子です、よろしくおねがいします」

 

 笑顔で挨拶をして辺りを見渡す。うーん、やっぱりいい感情は向けられてないなぁ。特にあの男の子、反骨心が凄そうだ。

 うん!向上心が高いのはいいことだね!だけど、

 

「あ、源真咲くん。ザ・ナイトの劇場版みたよ!ツカサ役ばっちりハマっててちょっとタイプだったかも!」

 

 その感情は、今はいらないかな。

 

 うんうん、驚いてるね。わかるよその気持ち。明らかに自分より上の人から認識されているって事実は、間違いなく相手を弛緩させる。認められるってコトはうれしいからね。

 キミたちが今後どうなるかは好きにすればいい。でも、今回の作品は私が主役だから。目立とうとされたら困るんだよねー。

 

 一番のこの景色は、絶対に譲れないから。

 

 他の人にも順番に話しかけていく。リサーチは大変だけど、これが私が今の位置にいる理由の一つでもある。ほら、もうみんな私への悪感情なんて全然ない。

 そして、まだ話しかけてないのは一人のみ。

 

「あ、夜凪景さん。オーディションの時の映像見させてもらったの。まさに迫真っ!ってやつだったけど、あれお芝居じゃあないよね」

 

 夜凪景、シン君のお気に入りだ。

 

 彼女のオーディションの映像は見た。本当にスゴかった。

 

「まるでお芝居がお芝居じゃあないみたいだった。アレどうやってるの?」

 

 正直、この子に関してはシン君関係なく興味を持っていただろう。それくらいあの演技は衝撃的だったから。

 夜凪さんが口を開いた。

 

「私も聞きたいことがあったの。お芝居中自分をフカンしてコントロールする技術。天使さんならできるって聞いたんだけど本当?幽体離脱」

 

 …………へ?幽体離脱?何言ってるのかわかんないけど、私の技術のことなら、残念ながら企業秘密だ。適当に誤魔化させてもらおう。

 

「私、実は天使じゃないからぷかぷか浮いたりはできないよ?」

 

 私がそういうと、夜凪さんは恥ずかしそうな素振りを見せた。

 

「ごめんなさい、あなたなら本当にできるかもって……」

 

 どうやら本当にできると思っていたらしい。もしかして電波ちゃんなのかな?

 

「あはは、なんでそう思うの?」

 

「だって、テレビで見るあなたも今目の前にいるあなたもとても綺麗で、なのにどちらのあなたも顔が視えないから。人間じゃないみたいだなって」

 

 仮面が、剥がれかけた。

 夜凪さんは周りからなにか言われ慌てて弁明しているが、今は何も入ってこない。

 

 人間じゃないみたいって、演技してるとき私はどうみえた?

 知らなかった。才能のある人に積み上げてきたものを触れられるのがこんなに不愉快だったなんて。

 

 私はこの仮面を、私の努力の結晶を気に入っていたようだ。

 

 夜凪さんに近づいて話す。

 

「あなたの演技は、ちゃんと人間だったよ。私と違って」

 

 羨ましいよその才能が。

 私が求めてやまないソレを持つあなたが。

 

「幽体離脱がなんなのかよくわからないけど、一つだけこっそりアドバイス。私達俳優の使命は観客を虜にすること。素顔を晒してありのまま演じることを人間と言うなら、私は人間じゃなくていい」

 

 うん、確信した。シン君には悪いけれど、

 

「これでいいかな?夜凪さん」

 

 彼女のことは、好きになれそうにない。

 

*1
お馴染みコナンの名台詞。シンプルにかっこいいよね




今回真面目なシーンかいて主人公に存在感出したかったんだけど、コレジャナイ感が凄い。原因は千世子ちゃんのキャラをつかめてないことのあるとみた!


アンケートのその他は多分景になります。まさか茜さんとかでやれって人はいないでしょ。いないよね?


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デスアイランド事件 前編

デスアイランドの千世子ちゃんは内心ドロドロしてそうで健康にいい


事件は突然だった。修学旅行中の24名の生徒を乗せた飛行機が嵐に遭い海に落ちた。無人島の浜辺で目を覚ました12名の生徒たちの傍らには海に流されたはずの各々のスマホがあり、無人島にあるはずのないWi-Fiが繋がっていた。

 しかしなぜかすべてのアプリは起動せず、島外への連絡手段は皆無。唯一起動するアプリはインストールした覚えのないものだった。

 アプリ"デスアイランド"からは定期的に奇妙な指令が下る。理解の及ばない事態の連続に混乱する生徒たちだったが──

 

 今、わたしたちは現場の南の島まで来ていた。撮影が既に始まっていた。今日撮るべきものは着実に消化されている。私は最後だから、暫くは暇だ。カメラの確認でもしておこう。

 

「スタントマンですか?僕自身が演じたほうがアングル誤魔化さなくて済みますよね。やりますけど」

 

 いろいろと見て回ってると、そんな声が聞こえた。アキラくんだ。どうやら次はアキラくんの撮影らしい。

 アキラくんは撮影のシーンが始まると、走って崖を登っていく。頑張るなぁアキラくんは。

 

 スゲーなアキラ!3メートルくらい手使わずに登ってるぞ!

 

 周りがアキラくんをみてそんな声をあげる。私も天使らしく乗っておこうかな。

 隣にいる同じ事務所の町田リカちゃんとタイミングを合わせる。

 茶化すときは雰囲気が大切なんだ。町田さんはよく分かってる。

 

「すごーい!さすがライダー!」

「母親社長だし、イケメンだし完璧〜、結婚した〜い」

 

 うん、オッケー!

 監督の声が聞こえる。

 

「監督!母さんにはちゃんとワイヤー使ったって伝えておいてくださいね。後で怒られる」

 

 アキラくんはそう言った。そこだけ聞くとなんかすごいマザコンっぽいよね君。ほら、町田さんも小声で、ちょっとマザコンっぽいのがなぁって言ってるよ!ていうかふと思ったんだけど、

 

「アキラくんってさ、白馬探に似てるよね。そう思わない?」

 

 金髪だし、お金持ちだしイケメンだし、あとマザコンっぽい。

 私のセリフに、町田さんは苦笑いしながらこう言った。

 

「アンタホントに漫画好きね……特にコナン。確かに言われてみれば似てるけど普通白馬なんてそうそう出てこないわよ?」

 

 失礼な。私は確かに漫画は好きだが別にコナン好きではない。少し人より詳しいだけだ。私が漫画好きになったのは確実に幼なじみの影響だ。しかしコナン好きだと思われているのは心外だ。訂正しておこう。

 

「私が好きなわけじゃないよ。いつも言ってるけど、友達がコナン好きなだけなの。ところで今週の金曜は紅の恋歌(からくれないのラブレター)がやるんだけど、町田さんは録画した?私は勿論したんだけどさ、やっぱり映画は劇場で見たいと思わない?」

「うん、いつも言ってるけどアンタやっぱコナン大好きだよ」

 

 町田さんは若干引いた目でこちらを見ている。おかしい。私が大好きなら、幼なじみは何なんだろうか。工藤新一のなりきりしてたヤツだぞ。

 まあいいや。そろそろ私の撮影だし退散しよう。

 

「そろそろ私出番だし、準備してくるね!今度また二人で映画見に行こっ!」

 

「はいはい、予定が合えばね。撮影頑張ってねー」

 

 彼女は数少ないアニメ映画を見てくれる同業だ。大切にしていきたい。

 

 

 

 

 

「よかった。皆生きてたんだね。生き残ったのは私達だけかと、本当に良かった!大丈夫!?ケガはない?」

 

 身体を完全にコントロールして演出する。カメラの場所はすべて把握しているから、ソレに最適な映り方をするだけでいい。

 

「うっ、うん。私達は大丈夫皆こそ「私達も大丈夫!みんなで協力すればきっとこの島から生きて帰れるよ!」」

 

 カットの声が聞こえる。今日も私の演技はバッチリだ。途中で相手の子がつまっちゃったけど、ソレは私がカバーすれば問題ないよね。演出家要らずの天使は今日も健在です。

 

 今日はコレが最後。撮影一日目は予定より3時間早く終わった。明日はいよいよ夜凪さんの番だ。しっかり見させてもらおう。

 

 

 

 夕方、私はシン君に連絡を入れていた。今日から撮影だということを改めて伝えようと思ったのだ。あのとき伝えたとはいえ、忘れている可能性もゼロじゃない。万が一忘れられていて、虫が死んでいようものなら……いや、まだ死んだわけじゃないんだから落ち着け。

 

 ←            

今日から撮影はじまります        ☆  

百城千世子10秒前

To:自分                ↰︙

 

 ヤッホー! 前言ったから知ってると思うけど、今日から一ヶ月帰れないので餌やりよろしくっ! って言われなくてもわかってるよね? 一日一回あげれば大丈夫だと思うけど、ちゃんとお世話お願いしますっ!あと、前言ってた夜凪さんだけど、私とは仲良くなれそうにないかも。彼女の演技は、私には眩しすぎるからね。じゃ、よろしくね!

 

 

 

 こんな感じでいいだろう。少し弱音を吐いてしまったが今更だ。そもそも前の電話での一件以来、こうして愚痴のようなものの捌け口として彼を使わせてもらっている。役者になるって伝えた日になんでも相談してこいって言ってたもんね?

 

 メールを送信して辺りを歩いていると、海辺の方から声が聞こえた。近づいてみると、夜凪さんたちがなんかやってた。

 

 イヤあれほんと何してるんだろ。デートかな?まあいいや、私は先に戻らせてもらおう。

 帰ろうとしたところで、隠れて覗いている人を見つけた。アキラくんだった。あんなとこでどうしたんだろ。

 

「どうしたのアキラくん?そんなとこで」

 

「ああ、千世子くんか。そこで夜凪くんを見つけてね。何をしているのかわからなかったから話しかけるか迷っていたのさ」

 

「あ、そうなんだ。じゃあ私と一緒だね」

 

 私は話しかける気なんてなかったけどね。

 

「しかし夜凪君、随分印象が変わったな」

 ……へぇ。

「それは、どんなふうに?」

 

 独り言だったのか、急に話しかけられアキラくんは驚いていた。

 

「いや、なんて言えばいいのか。前までの彼女は一人で完結していたように見えたんだ。それこそ周りなんか知らないって具合に。でも、今の彼女は周りを見ようとしてる」

 

 アキラくんからはそう見えているらしい。言ってはなんだがアキラくんにはそういうセンスが欠けている。そんな彼でもそう見えるってことは本当にそうなんだろう。

 

「そうなんだ。それは明日が楽しみだね」

 

「ハハ、明日はウルトラ仮面の撮影があってね。本島まで戻らなきゃいけないんだ。だから僕は彼女の演技は見られないんだよ」

 

「そうなんだ、それは残念。じゃあ明日早いだろうし早く戻ろっか!」

 

 そうして、撮影は二日目を迎える。

 

 

 

「おまえだ!お前のせいでリンが死んだ!お前がアプリの命令を無視したから!!」

 

 目の前で、スターズ二人の撮影が行われていた。このあとは、夜凪さんの撮影に入る。

 

「OK、じゃあ次竜吾くんが和歌月さんに斬られて、ソレを目撃した三人のシーンもらうよ」

 

 きた。見せてもらうよ夜凪さん、あなたの演技。

 

 テスト!という声とともに彼らの演技がはじまる。

 

「リンが死ぬくらいなら、お前が死ねばよかったんだ!」

「やっ、やめっ!うわあああ!!」

 

 流石、スターズ二人の演技は安定してうまい。ここからはオーディション組の三人の演技だ。

 

「キャァァア!」

 

「アンタ達も、コイツとグルなんじゃないでしょうね!?」

 

「ち、違うよ!」

「信じられない!証拠はあるの!?」

 

 うん、いい感じだ。和歌月さんの錯乱したキャラもうまくハマっている。あとは夜凪さんが一言喋るだけのはずだが…………?

 

「うん?夜凪ちゃん?次、君の《皆、逃げて!》だよ。台詞飛んじゃった?」

 

 監督の呼び声に、夜凪さんはハッと何かに気づいたようで、すいません……と謝っていた。

 

 ホントに台詞が飛んでただけなのかな。あの夜凪さんが本番前に緊張なんてする?

 

「監督〜、俺達の芝居は問題ないでしょ。次本番にしようよ」

 

 竜吾くんがそういった。なにやら和歌月さんに言われているが、監督は少し考えてから、

 

「そうだね、夜凪ちゃん。次本番いけそう?」

 

 どうやら次は本番にするらしい。夜凪さんも承知したようだ。

 

 本番よーい、スタート!

 

 合図と同時に、空気が変わった。夜凪さんだ。

 びっくりした。テストのときとはまるで違う。

 

 竜吾くんが斬られる。さっきまでと同じだ。違うのは、それを見た夜凪さんの様子。

 

 そのシーンのあと、夜凪さんは一瞬で顔を青ざめさせ、嘔吐した。

 

 !?

 

 愕然とした。さっきまで平然と立ってきたのに、一瞬でそんなことできるものなんだろうか。まるで、目の前で本当に人が、斬られたのを目撃したかのよう……!?

 共演者も驚いている。驚いているが、

 

「皆……逃げて……っ!」

 

 彼女の鬼気迫る演技につられ、演技をやめられない。

 

 カットの音がなる。同時に、夜凪さんが倒れ込む。

 

「オイ!誰か急いで担架もってこい!!」

 

 一気に慌ただしくなった。芝居が終わると同時に倒れたんだ。心配になるのも当然だ。

 それにしても、スゴイ芝居だった。嘔吐した時も一瞬画面から外れるようにしていた。あれならただよろめいただけのようにしか見えないだろう。あんな技術いつ身につけたんだろう。

 

 まさか、私から学習した?

 

 確かにそう考えれば納得がいく。顔合わせの時言っていた幽体離脱も、私から技術を盗むためのことだったんだろう。

 

 それにしても、こんな短期間で自分を俯瞰する技術を一部とはいえものにするなんて。私はあれほど努力したというのに。

 

「ははっ、やっぱりスゴイな、天才は」

 

 ホント、嫌になる。

 

 

 

 撮影開始から3日目

 

 今日も夜凪さんたち三人の撮影だ。今はシーンの半ば刀を持った和歌月さんに追いかけられるシーンだ。

 

「飛び込んで!」

 

 夜凪さんが叫ぶ。ここでシーンは終了だ。飛び込むところは後で合成で入る。普通ならここでOKのサインが出るはずなんだけど。……?

 

「飛び込むシーンは後で合成で入れるから、ホントに飛び込まないでね。なんて」

 

 監督がそう言い終わる前に、夜凪さんが水の中へ飛び込んだ。

 

「あら」

 

 なんで監督は落ち着いているのか。当然、周囲は騒然となる。

 

 焦ったアキラくんが助けにいこうとしたところで、監督がそれを止めて言った。

 

「カットかけるの忘れた僕のミスだけど、カメラ回ってるし勿体ないから続けてもらおう」

 

 ……?へぇ、なるほどね。

 

 夜凪さんに誘発されるように他の共演者も飛び込んでいく。和歌月さんが追いかけるように飛び込んだところで、やっとカットが出た。

 

「早く様子見てきて!何かあったら大変だよ!」

 

 監督の声でスタッフが急いで様子を見にいく。

 結果、3日目は予定より3時間遅れて終了した。

 

 

 

 その日の夜、私はある場所に向かっていた。私の予想が正しければここに目的の人はいるはずだ。

 部屋を覗き込む。やっぱりいた。

 

「うん、よく撮れてる。いいね」

 

 私が探していたのは監督だった。一人で今日の撮影を見てチェックしている。

 

「よくないよ、カントク」

 

 後ろから話しかける。

 

「夜凪さんのせいで現場がピリピリしてきてる。このままじゃ竜吾くんみたいな人が増えるよ」

 

 断言できる。勝手な行動で現場を遅らせているんだから、スターズの人は特に反感を覚えるだろう。問題なのはこの人がそれを煽っているということだ。今日のあのシーンもわざとだった。この監督がカットを忘れるなんてまずありえない。

 第一もしそうであったとしても、カメラを回し続ける必要はないはずだ。あれだけ分かりやすければ*1山村警部だって気がつくだろう。

 

「いいじゃないか、本当の殺し合いみたいで」

 

 まったく、やっぱり確信犯だったか。

 

「それで、私にどうしてほしいの?」

 

「まとめあげてくれる?いつも通り、夜凪ちゃんごと」

 

 はぁ……監督は嘘つきだね。まぁいいや。それにしても

 

「また私任せってコト?」

 

 ホント、イヤになるね。

 でも、監督の思惑は分かった。それだけで今日は十分だ。さっさと部屋に戻ろう。でもその前に一つだけ。

 

「あ、そうだカントク。何をしたいのかはわざわざ問わないでおくけど、そう簡単に私の仮面とれると思わないほうがいいよ」

 

「……っ!さぁ?なんのことか分からないな」

 

「そっか、それならいいんだ。あんまり乙女を軽く見てると、痛い目みちゃうんだからね?」

 

 そう言い残して私は部屋から去った。

 そうだ、そう簡単に仮面を外したりするものか。この下を見ていいのは、私を、百城千世子を視てくれる人だけだ。

 

 それに、『女は秘密を着飾って美しくなる』

 そうだよね?シン君。

 

 部屋に戻った私は、作品の研究をしていた。

 

「オーディション組の子達は主に原作に準じた役、スターズは普段のイメージそのままの当て書き。原作ファンと俳優のファンのどちらもターゲットにって感じかな。極端だけど手堅い人だなぁ手塚さん」

 

 そう、手堅い人だと思ってたんだけどなぁ。

 たった一つの異物は、作品をあるべき姿から遠ざける。

 さーて、これはどうしよっかなー。

 

 ここからが、私の腕の見せどころだろう。

 

 

 

 撮影12日目

 

 今日はオーディション三人組の一人、湯島茜さんとの共演がある。

 彼女は初日に一度同じカットを撮ったが、あれから大きく成長しているはずだ。

 

 それでも、やることは変わらないんだけどね。

 

「ご覧ください!この人の数!千世子ちゃんを一目見ようと、大勢の観光客のみなさんが押し寄せています!」

 

 町田さんの声が聞こえる。あの子ホントにアナウンサーみたいな事やるの得意だな。絶対ヒーローショーのお姉さんとかの受けいいでしょ。

 

「千世子ちゃーん!」

「天使ー!」

「こっち向いてーっ!」

 

 見物に来ている大衆に手を振る。こういう細かい所作に気を配ってはじめて、天使の百城千世子だ。

 

「ゴメンね。半分宣伝目的なんだと思う。集中できないよね」

 

 一応謝っておく。私はそんなに悪くないけど、事務所のことだし、ここで謝らないのは天使じゃない。

 

「……ううん。今日は大丈夫」

 

 へぇ、やっぱり成長してる。初日だったら萎縮してろくな演技が出来てなかっただろうに。原因は、やっぱり夜凪さんかな?

 ほら、今も夜凪さんの方をチラ見してる。

 

「テストはなしだ。雨に濡れるシーンがあるし、二人に負担をかけたくないからね」

 

 カントクの声が聞こえる。撮影のため観客を静かにさせたら、いよいよ本番だ。

 

「カレンはいつも綺麗事ばっか!私たちに死ねって言うの!?」

 

 おお、やっぱりスゴイな。初日とはまるで別人だ。演技力が大幅に上がっている。茜さんの台詞は続く。

 

「あなたの綺麗事を鵜呑みして一体何人死んだ!?みんなで生き残りたいなんて嘘ばっかり!!」

 

 怒声が響き渡る。この演技に対応するには台本通りではダメだ。今私に求められるのは、カットとして違和感がなくて、天使らしい演技だ。そのためにこの感情の昂りは必要ない。

 心を落ちつかせ、身体をコントロールする。

 

「綺麗事だって、そう言われても仕方ないね」

 

 相手とは対照的な、静かな演技。普通ならあっけなく相手に呑まれてしまうような、小さな声。それでも、私がやれば結果は大きく変わる。

 

「でも、私はみんなで生き残りたいんだ。友達同士の殺し合いなんか、見たくない」

 

 少し台詞を変えながら芝居をする。そのほうがこの状況に合っているから。

 

 カレンは特別優れたキャラクターじゃない。頭がすごくいいわけじゃない、運動も人並みだ。それでも彼女が主役である理由は、その善性にあるはずだ。ただどうしょうもない現実に翻弄されるだけじゃなくて、どうにか解決しようとする強い意思がある。

 そんな彼女の言葉には、相手を引き込むある種のカリスマじみたものがあるハズだ。

 

 そして、相手を引き込むその話術は、元探偵志望の幼なじみのおかげで嫌というほど見てきた。

 

 役を掘り下げる必要はない。無理になりきる必要もない。ただ彼女が言っていてもおかしくない発言を、百城千世子がいってもおかしくない台詞を、発するだけでいい。

 

「それがどれだけ困難でも、またみんなで笑って過ごしたい。遊びたい。そんな明日が私は欲しい。だからあなたにも、協力してほしいの。それじゃあ、駄目かな?」

 

 そして台本に戻し、自然に手を差し伸べる。茜さんは呆気にとられていたが、台本通り手を握り返してくれた。

 

「カット!オッケーです!!」

 

 私の演技に、周囲がざわめくのが分かる。私がやったことを、それらしく説明している声が聞こえる。

 それらを無視して私は茜さんに話しかける。

 

「ゴメンね。みんなに夜凪さんみたいな芝居をされたら困るんだ」

 

 呆然としてこちらを見る茜さんに、構わず言葉を続ける。

 でも、夜凪さんみたいな芝居はホントに困る。だって、

 

「主人公は私じゃないといけないから」

 

 今日も天使は、健在だ。

 

 

 

 

 撮影終了後、監督である手塚は一人今日のカットを見直していた。

 

「……うーん、なかなか崩せないな。この仮面」

 

「仮面?」

 

 彼の独り言に、反応する声が一つ。夜凪景だ。

 

「……ここ僕の部屋なんだけどノックくらいしてほしいな……。なんの用だい夜凪ちゃん?」

 

「すいません、私、最後のシーン演じられないかもしれない」

 

 彼女はそういった。

 夜凪景が演じるケイコは原作には登場しないオリジナルキャラクターだ。特になんの活躍もせず次々起こる理不尽に振り回されるだけの脇役、それが彼女。ただし物語終盤、カレンの身代わりに自ら死を選ぶ。

 

 夜凪の言葉は続く。

 

「今日までずっと悩んでました。でもやっぱり私は千世子ちゃんの代わりに死ぬ役は演じられないと思うの。私、千世子ちゃんのこと好きじゃないんだと思う」

 

 彼女の演技法は自身の経験に基づいて行われるもの。そんな彼女が演じられないということは、百城千世子を友達として見ることができないことを意味する。

 

「ああ、今日のシーンのことね。彼女が無感情な人間にでも見えたのかな?」

 

 深刻そうな夜凪に対して監督の調子は軽い。

 

「ところで夜凪ちゃんこの映画の製作費知ってる?六億円」

 

「!?……食費何千年分?私そんな大金のかかった作品に出演していたの?」

 

 今まで金に余裕のなかった夜凪にとって、その数字は到底聞き流せるものではなかった。手塚の話は続く。

 

「それだけじゃないよ。映画の興行的成功は主演にかかっている。キャスト・スタッフの時間と労力、宣伝コストに大衆の期待──彼女はたった一人ですべてを背負っているんだ。だから百城千世子はああも美しい“天使”になったんだ」

 

 夜凪にとってその話は聞き流せるものではなかった。彼女がしっかりと演技をするためには、千世子のことを知る必要があった。

 

「彼女が天使なら、きみは……えーと、ブルドーザー?」

 

 ……?夜凪は理解できなかった。なぜ一方は天使なのにもう片方は無機物なのか。あれか?硬くて平らだとでも言いたいのか?どこのこと言ってんだ蹴り飛ばすぞ。

 そんなことを夜凪は考えていたが、口にはださなかった。彼女は大人だった。

 

「とにかく、演じられないなんて言わないでよ。僕はもうあの仮面見飽きたんだ。アレぶっ壊してやってほしいんだよね。そのために君をキャスティングしたんだし」

 

 まずは千世子ちゃんと仲良くなろう。

 

 監督から期待を寄せられていることを知った夜凪は、内心でそう考えていた。

*1
山村ミサオ。群馬県警の警部。通称・ヘッポコ刑事。

 元女優でコナンの母の工藤有希子の大ファンで、彼女が主演した刑事ドラマを見て刑事になった。巷ではコイツが組織のボスなんじゃないかと噂されている。多分そんなことはない。




このままじゃあただ原作なぞらえて書くだけになってしまう……
強引にマイノリティー出してくか……?いややめとこ


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デスアイランド事件 後編

前編ってしちゃったからどうにか後編で終わらせたかった。などと供述しており…


 撮影開始から18日目

 

「ち、千世子ちゃん!」

 

 私がベンチに座っていると、夜凪さんが声をかけてきた。後ろにはいつもの面子。どうかしたんだろうか。ていうかなんでそんなテンパってるの君は。

 

「……ここ、座ってもいい?」

「うん、もう座ってるね」

 

「「……」」

 

「千世子ちゃんのこと、千世子ちゃんって呼んでもいい!?」

「うん、だからもう呼んでるね」

 

「「……」」

 

 え?何なのこの子ホントに。てか座るときの距離近いって。密ってレベルじゃないでしょコレ。仲良くなりに来たんだとしたらド下手だ。もしかしてバーローなんじゃないか。ここは小粋なトークで場を和ませてあげよう。

 

「どうしたの?関西人かってくらい距離のつめ方すごいけど」

 

 後ろから関西人でももっとマシやわっ!という声が聞こえる。

 やっべ、湯島さんいるの忘れてた。どうしよう。コレじゃうまい具合にコナントークに持っていけない。

 いや、でも大丈夫だ。今ならまだ、夜凪さんが本題を切り出すだけで軌道修正できる。お願い夜凪さん!千世子ちゃんと友達になりたくてって言って!

 

「え?関西人って、距離のつめ方が私たちと違うのかしら」

 

 絶望した。なんでソコ食いつくかなこの子!?ホントにバーローじゃん!無理だよ湯島さんの前で関西人バカにできないよ!絶対あの子コナンしらないもん!

 もうよくわかんなくなってきた。多少強引でもコッチから話を切り出そう。

 

「え、えーと、あ!もしかして私とは仲良くなろうとしにきてくれた?」

 

「え?えぇ、でもそれより関西人「え?なんでわかるかって!?そりゃあ想像つくよ!夜凪さんは芝居に"心"を必要とするんだもんねきっと!」そ、そう。……?」

 

 話を戻そうとするんじゃないよバーローだね君は!!

 夜凪さんは私の言葉のどこかに引っかかったようで、こう聞いてきた。

 

「心を必要とするって、役者はみんなそうなんじゃないの……?」

 

 落ち着け。表情を崩すな。私は天使だ。

 

 そっかそっか、そういう認識ね。みんながみんな役になりきれると思ってるんだね。まあ彼女にとってはそれが当たり前なんだし、仕方ないね。

 この程度で怒ったりはしない。イラつきはするが、その程度だ。

 彼女は彼女で、私は私。ちゃんと仮面を含めた私を視てくれる人もいるんだ。彼との思い出は、私を成長させていた。

 

 好きにはなれそうにないが、撮影を円滑にするためにも、ココは仲良くなっておかないと。 

 

「それで、あなたは私と仲良くなるためにどうするの?」

 

 さっきの問いにはあえて答えない。答えれば夜凪さんと仲良くなるのは難しくなるだろう。

 

 私の質問に、夜凪さんはそういえば、といったような顔をしてからこう言った。

 

「そうなの、私にも一人仲のいい先輩がいるんだけど、その人から色々仲良くなる秘訣とか聞こうと思ったの。そしたら妹たちが乱入してきちゃって、結局聞けずに終わってしまったわ」

 

 結局どうすればいいのかしら?とか言っている夜凪さんに、返答を返す。いいぞ、この調子だ。

 

「随分その先輩と仲がいいんだね。家族ぐるみの付き合いなんだ?」

 

 夜凪さんはあまり友達がいなかったみたいだし、好きなことや自分のことを喋って貰ったほうが会話が弾む。相手が喋りたくなるような会話の回し方は、あのバカを思い出せばできるはずだ。

 私は頭の中に脳内シン君を創り出していた。

 

「家族ぐるみっていうワケじゃないの。先輩は一人暮らしで、私も自分と小学生の妹弟とで暮らしているから。先輩と仲良くなったのは弟で、そこから私も話したりするようになったの」

 

 うわ、笑顔になったと思ったら開幕から結構ドギツイのが飛んできた。キック力増強シューズでも履いていたんだろうか。

 ていうかその先輩一人暮らしなんだ。高校生で一人暮らしって珍しいな。シン君みたいだ。

 脳内シン君はタップダンスをしていた。あ、コケた。

 

「へ、へー。どうやって弟くんと仲良くなったの?あんまり接点とかなさそうじゃない?小学生と高校生って」

 

「妹が私があげたモノを落としちゃったらしくて、ソレを探してるときに手伝ってくれたんだって。私はじめ見たとき誘拐されかけてると思って蹴り飛ばしちゃったわ」

 

 笑いながらそう言う夜凪さんに若干引いた。なんで見ず知らずの他人蹴り飛ばせるんだこの子。生き方がロックすぎる。

 

「それで、そのときに弟が懐いちゃって。あ、ルイって言うんだけどね?とっても可愛いの!この前も先輩にサッカーしてもらってたんだけど、帰ってきてそうそうにリフティングの練習はじめて。どうしたのって聞いたら、『今度遊ぶとき兄ちゃんビックリさせてやるんだ!』って。私ホントにうれしくて!」

 

 うわ、すごいマシンガントーク。この子もしかしてブラコン?いや妹もいるんだしシスコンでもあるのか。でも、だいぶ打ち解けられた気がした。コレは勝ったのでは?脳内シン君も高笑いしてる。あ、むせた。

 

「じゃあ今は弟くんたちは先輩に預けてるの?」

 

「そうなの、今は事務所の人と先輩に頼んで面倒見てもらってるの。多分帰ったらまた報酬に料理とか作れって言われるわ」

 

「ふふっ、料理とか作ってあげてるんだ。ホントに仲いいんだね。一人暮らしだし、手料理が恋しいのかな」

 

 シン君もそうだし。報酬に料理なんて、まるで私とシン君みたいだ。私もなにか頼むときは報酬と称して料理を作らされる。

 そういえば、夜凪さんってシン君の後輩だったっけ。

 ……?

 

「よ、夜凪さん。その先輩って一人暮らしなんだよね?サッカーが得意で、人の手料理が好きな」

 

 いやいやそんなまさか、流石にシン君も後輩に料理作らせたりしないでしょ。脳内シン君は全力で首を上下させていた。

 

「うん。最近は食べたあと『掴まれた……ッ!』なんて言うようになったけど、あれどういう意味なのかしら」

 

 それは胃袋なのでは?私は怪しんだ。てか本人ならあのバカ胃袋掴まれてるじゃん。なにしてんの?わざわざこの私が作ってあげてるのに。いや、まだ本人と決まったわけじゃないよね?

 脳内シン君は顔を青くして逃げ出そうとしてる。

 

「も、もしかしてその先輩、妙に察しがよかったり、急にカッコつけたり、奇行に走ったりする?」

 

 踏み込みすぎたのか、夜凪さんはどこかコチラを探るような目を向けてきた。しまった、食いつきすぎたか……?

 

「……なんでわかるの?もしかして、千世子ちゃんもエスパー?」

 

 良かった。ただの電波だった。違うよと否定する。ていうかもってなんだもって。身近にエスパーいるのか。ぜひ紹介してほしい。不思議に思い、尋ねてみると夜凪さんは答えてくれた。

 

「さっき話してた先輩なんだけど、あの人もエスパーみたいなことするの。なにかあると全部解決しちゃって、それでルイたちも『コナンみたいーっ!』って喜ぶんだけど、なぜかそのたびに嫌がるのよね……」

 

 やっぱりあれは超能力なんじゃないかしら?という彼女の声は聞こえなかった。

 

 完全に黒だった。コナンなら既に全身黒塗りだろう。確かに後輩とは聞いていたがそれほど仲がいいのは想定外だった。ていうか胃袋掴まれてるのが一番悔しい。なんだ?私より上手なのか料理。こんなかわいい幼なじみに料理させといていいご身分だな?帰ったら作る料理全部にレーズン入れてやるからな。

 

 私は小さな復讐を決意した。仲良くなろうと思ったが、夜凪さんめ。どうやら相容れない存在らしい。脳内シン君は死期を悟ったらしい。穏やかな顔で眠っている。

 

 顔合わせのときの件、さっきの役者は全員心で演じるといったこと、そしてシン君をもっていきそうなこと。普通にスリーアウトだ。色々と我慢していたが限界というものもある。正直最後のはどうでもいいけど。勝手に持っていけあんなヤツもう知るか。

 私のことランとか言ってたくせに!!バカ!アホ!マヌケ!自分を工藤新一だと思い込んでる精神異常者!!死人がでないと存在価値無し男!!

 

「ゴメンね夜凪さん。ちょっと用事を思い出したから」

 

 夜凪さんが固まる。ていうかこっち見て震えてる。どうかしたのか。大丈夫だ。今の標的はあなたじゃないよ。

 

「あ、そうだ!さっき夜凪さん、お芝居に心が必要なのはみんなそうだって言ってたよね?じゃあ、私があなたとは仲良くなれないって言ったらどうする?演技ができなくなる?それじゃだめだよね」

 

 夜凪さんが息を呑んだ。

 

「だからお芝居に、心なんていらないの」

 

 景と千世子の壁は、まだ壊せていなかった。

 

 

 

 

「ハイ、オッケー!」

 

 カットの声が聞こえる。

 

「もうオッケーとしか言わないよねーカントク」

 

「はは、君たちの演技がいいからだよ」

 

 今は町田さんとのシーンを撮り終えたところ。コレから私と夜凪さんの共演するトコロがはじまる。

 彼女はまだ私と仲良くなれてないけど、どうするんだろうか。

 

 カントクが夜凪さんに何かを言っている。まとめあげてくれなんて言ってたけど、やっぱりだ。ウソつきの顔してるよカントク。

 

 それにしても天気悪いな。こういうとき、つくづく撮影は巻いたほうがいいと思う。

 

「大丈夫、一発撮りでいこう」

 

 私ならできるはずだ。夜凪さんを制御して、撮影を無事終わらせてみせる。

 夜凪さんが私の前に立つ。不安そうだ。

 

「夜凪さんは、お芝居は好き?」

 

 問いかけてみる。夜凪さんは困惑していたが、

 

「うん、好きなんだと思う」

 

 そう答えた。

 

「……そっか、ゴメンね」

 

 多分、あなたの好きなお芝居はさせられないから。

 本番が、はじまった。

 

 夜凪さんはきっと、嘘を現実にすることを芝居だと思ってる。でもそれは間違い。現実は美しくないから嘘はキレイに加工しなくちゃならない。芝居は商品だから。全部が正しいだけの作品を大衆は見ようとしない。現実味がなくても、キレイなものにこそ人は惹かれるんだから。汚れた真実を大衆に見せて称賛されるのは探偵の推理だけだ。

 

 だから私は、あなたも加工しないといけない。

 

「ケイコ、良かった無事で……他のみんなは?」

 

 いつも通り演じる。次は夜凪さんのパートだ。暴走するようなら、ちゃんと制御しなくては。

 

「……わからない。夢中で逃げているうちに離れ離れになってしまって……」

 

「そっか……ケイコだけでも無事でいてくれて良かった」

 

 夜凪さんが私に抱きつく。少し驚いている。普通の演技だ。

 

「本当によかった……カレンちゃんが生きていて」

 

 彼女はちゃんと台本通り適応してきていた。一体どうやったのか、彼女は間違いなく私を友達だと認識できていないハズだが……?

 でもよかった。コレなら彼女の演技を殺さなくて済みそうだ。

 

 抱擁をやめ、彼女から離れる。

 

 彼女をみると、なぜか泣いていた。

 一瞬焦ったが、すぐに私も涙を流し、再度抱擁する。

 

 ホントに油断ならないなこの子。演技の寒暖差が激しすぎる。コレでは作品が崩れてしまう。

 

「カット!オッケーだ!」

 

 よかった。大丈夫だったようだ。監督の方へ向かう。端的にいえば、苛立っていた。

 

「夜凪さんを煽ったね?乙女の秘密は暴いちゃいけないって、忠告したのに……」

 

 カントクは何も言わない。それが更に私を苛立たせる。

 

 いけない、落ちつかないと。少しそこらを歩いてこよう。

 そう思い、その場を離れようとしたときだった。

 

「──あんな仮面、かぶり続けてる千世子ちゃんが可哀想で」

 

 話の流れは分からなかったが、そこだけはハッキリと聞き取れた。

 

 

……は?

 

 

 確かにあなたの演技はすごいと思う。羨むものもある。でもさ、私の仮面悪く言うのは違うんじゃない?コレでも色々あがいて頑張ったんですけど?

 

「もう一度やりたい、やらせてください」

 

 夜凪さんがカントクにそう頼み込む。

 同時に雷がなり、雨が降り出す。

 

「……今のオッケーでいいよね?」

 

「ああ、悪いけど夜凪ちゃん。リテイクはなしだ」

 

 雨が降ってくれてよかった。もしリテイクされてたら、夜凪さんとの溝は一生埋まらなかっただろう。

 

 

 

 撮影の後、今日はインタビューが控えていた。そして現在はそのインタビューの真っ最中。

 

「漫画が好きということで有名な百城さんですが、今回の作品について、どう思っていますか?また、作品に対する感想なども聞かせてください」

 

「はい。最初は驚きました。でも嬉しかったです。デスアイランドは原作を読んでましたからね!まさか私がカレンを演じられるのか!って。カレンは普通の女子高生ですからね。年齢や設定が近いのもあって、自然体の私で演技できたので、是非会場まで足を運んでほしいです!」

 

 ハイ以上でインタビュー終了となりまーす

 

 あー、やっと終わったー!インタビューは疲れる。四方八方にカメラがあるから意識することも多いし。

 

「可愛く撮ってくれましたー?」

 

 カメラさんに話しかける。いつも通り可愛いですよー?なんて返事が返ってきて、軽く談笑して部屋を出ると、

 

「枕投げをしましょう!俺達はお互いを知らなさすぎる!」

 

 オーディション組の武光くんがそう言ってきた。

 

「枕投げ?は?なにそれ?」

 

 竜吾くんが率先して突っかかる。いいぞー!もっといえー!

 

「交流会ですよ、俺達は互いを知らなさすぎますから」

 

 再度武光くんが言う。だからなんで枕投げなんだ。竜吾くん、ガツンと言ってやれ。

 私の思いが通じたのか竜吾くんは前にでると枕を持った。

 

 ……?なぜ枕をもったんだ?

 

「はっ!何かと思えば共演者との交流のため枕投げ!?くだらないねぇ!!」

 

 投げてんじゃねーかバーロー。なにしてんのお前ホント。

 

「くだらなくないですよ!俺たちは飯を食うときもバラバラ!ろくに会話もない!コレでは同級生を演じるとき弊害がうまれる!」

 

 武光くんが言葉を返しながら枕を投げる。なんで君もしれっと乗っかれるんだ。疑問に思わないか今の状況。

 

 竜吾くんと武光くんの枕の投げ合いは続く。お前クランクアップした癖に一番ノリノリじゃねーか。はやく帰れよ。

 

「交流会でしたね。私もいいと思います。共演者を知らないと演じられない演技もあると思うので」

 

「そうだね。僕達も歩み寄るべきだった。すまない」

 

 和歌月さんとアキラくんも存外乗り気のようだ。私はどうしようか。別に混ざっても構わないが、どうにも雨がヤバい。プロデューサーたちが今後どうするのかも気になるし……。

 

「千世子ちゃん!」

 

 夜凪さんの声が聞こえソチラを向けばアキラくんが枕を思い切りぶつけられていた。え?なんでわたしを呼んだ?アキラくんにぶつけるとこを見てほしかったのかな?私達そんな仲じゃなくない?

 

「え、えーと、いい投げっぷりだね。砲丸投げとか出てみたら?世界取れるかも」

 

 知らないけど。

 

「え、ええ!?ホント!?でも私は役者だし、どうしようかしら……?」

 

 うわ、本気にしちゃった。普通そんなことなる?

 

「そ、それでさ!千世子ちゃんも枕投げやらない?」

 

 まるで子犬のような目だ。多少申し訳ないが、ここは断らせてもらおう。

 

「ゴメンね。用事があるから先に戻るね」

 

 あっ……という声が聞こえる。やめてその声。罪悪感が半端ないから。湯島さんが近づいてくる。

 

「千世子ちゃん……わかるやろ?夜凪ちゃんは千世子ちゃんと仲良くなりたくて」

 

 ナニコレ、なんで私が悪いみたいになってるの?いいの?私が今動かないと撮影なくなるかも知れないんだよ?いいんだね?

 仕方ない。ちょっとだけやってくか。楽しそうだし。

 

「……わかったよ。時間ないからちょっとだけね?」

 

 アキラくんが驚いた顔をしてる。なに?意外ってこと?確かに私の顔にキズが付けば何億ってくらいの損害がでるけど。そんな万が一はありえないから大丈夫だよ。

 

「夜凪さん、枕かして?」

 

「う、うん!ハイッ!」

 

 投げ渡された。普通に痛かった。千世子ポイントは下がった。

 

「夜凪さんハイパス!」

 

「えっ?あわっ!?」

 

 私は夜凪さんに枕を投げ返す。夜凪さんは危なげにキャッチする。よし。

 

「じゃあ私はこれで!枕投げ楽しかったね!!」

 

 完璧だ。コレで反感を買わずに抜け出せたハズだ。自分の天才さに鼻が高い。私は走ってその場を去った。

 

 

 

 千世子が去ったあと、その空間の空気は重かった。

 

「え?なにいまの、なに?……え?」

「わ、悪く思わないでやってほしい。彼女も悪気があったわけじゃないんだ」

「いや悪気しかなかったやろアレ。むしろ悪気なかったら怖いわ」

 

 みんな困惑している。アキラの擁護も流石に無理だった。擁護した本人の顔も困惑を通り越してもはや無だった。

 

「彼女はときおり、ああやって一人で誰も理解できない結論に達するときがあるんだ」

「嘘やろ!?天使やであの子!?」

 

 湯島のツッコミが響き渡る。

 アキラはもはやすべてを悟った遠い目だった。

 

「基本はいい人なんだ。自分の勝手で周りに迷惑がかからないように、ちゃんと自制も利く。今回の枕投げも色々考えて断っていたんだと思う。ソレがなんでああなったのかは全く理解できないけど」

 

 アキラは真剣だった。冗談でもなんでもなく、本当に百城千世子は善意からあの奇行に走ったのだと言っている。

 正気の沙汰ではなかった。現に彼の言葉を誰も信じてなかった。

 

 ただ一人、夜凪景を除いて。

 

「そうだったんだ。私てっきり新手の嫌がらせなのかと思っちゃったわ」

「嘘やろ夜凪ちゃん!?なんで信じとん!?」

 

 頭ハッピーセットなんか!?ウガーっ!と湯島が吠える。張本人よりもキレていた。怖い。

 

「ううん、ウルトラ仮面の言ってることは多分本当よ。茜ちゃん。善意でああいうことやる人、私にも心当たりはあるもの」

 

 どうなってんねん君の交友関係、そんなのとは縁きりぃやとか言ってる湯島をよそに、夜凪は頭の中で自身の先輩を思い出していた。彼も基本的にはよくできた優れた人間なんだが、時折すごいバカになる。

 この前も二人で映画の話で盛り上がって、私が一人じゃ観に行きづらい映画があることとかを話していたら、一週間後その映画のパンフレットと感想が書かれた作文用紙を渡されたことがあった。

 なんの嫌がらせかと思ってボコボコにしたあと事情を聞くと、

 

「だって観に行きづらいって言ってたから。せめて感想だけでも教えてやろうと思って」

 

 そう言ったのだ。あのときほど他人の頭を心配することは今後そうそうないだろう。

 

 そういう経験もあって、景は自分の理解の追いつかない思考をする人間がいることを知っていた。きっと彼女もその人種だろう。

 景はそう結論づけた。そして、

 

「ウルトラ仮面、千世子ちゃんの部屋教えて」

 

 ブルドーザーは、天使に直接攻撃することにした。

 

 

 

 夜凪さんたちと別れて今後のスケジュールなどを調べていた私は今、カントクのもとへ向かっていた。

 

「駄目だ!!」

 

 うわビックリした!!急に大きい声を出さないでよ!!まったくもう!

 そのまましばらく話を聞くと、台風の影響でケイコの役をカットしようとしているらしいことが分かった。それで監督が珍しく声を荒げて反論していると。

 

 いけ!頑張れ監督!ここで意見突き通さないと大変なことになるから!主に私の負担とか!

 

 そのまま静観していると、なぜか監督が折れた。使えねーなあんたホント。今のところ私に害しか与えてないぞ。

 

 私が監督を罵倒していると、夜凪さんが現れて監督たちを説得しだした。よし!この流れに乗じて私も出ていこう。

 

「監督。私千世子ちゃんと演じたい。今度は必「ダメだよ」!?」

 

 やっべ。入るとこミスった。これじゃ私も夜凪さんに反対してるみたいだ。いや、これはこれでちょっとした意趣返しになるんじゃないか?そうだそういうことにしよう。

 

「最小限のリスクで最大限の利益を……でしょ?余計なリスクは背負えないよ」

 

 やばい。私かっこいい。夜凪さんの顔もグッド、気分いいね。

 

「……主演が一番よくわかってるね。時にはあきらめることも必要だ」

 

 おっと、プロデューサーさん?別にあなたに賛同したわけじゃないんだから落ち着いてよ。

 

「台風だろうと何だろうと、このシーンは撮らないとダメだよね」

 

 プロデューサーがあわててるが構わず続ける。

 

「あと二日早ければ改稿のしようもあったけどもう遅いよね。三幕構成くらい守らないとさすがにお客さん騙せないよ。私なら全然巻けるし問題ないよ。撮ろう」

 

「い、いいの?千世子ちゃん」

 

 夜凪さんが尋ねてくる。なんだこの子。私が助けてくれたとでも思ってるのか。そんなわけないだろ。

 

「私は売れる作品のためならなんだってするよ。だからいやでもあなたには最後まで付き合ってもらう」

 

「……うん!」

 

 ここからが勝負だ。

 

 

 

 台風が去り、撮影は再開した。残ってるシーンはほとんどが私の出る場所だ。主演なんだから当たり前だが。ということは、私がセリフ全部覚えて全て長回しの通しでできるようにしてしまえば撮影はいくらでも巻ける。*1私の天才的頭脳プレイにより現場には活気が戻ってきていた。なんなら絵コンテとかまで手を出してる。疲れはするが表には出すな。もし出てしまえばその分だけ遅延する。この状況でそれは許されない。

 

 翌日、二度目の台風接近の知らせがあった。ちょっとそれはハード過ぎないかな?でも、これは夜凪さんとのあのシーンに使えるかも。臨場感も生まれるし最適だ。

 

 問題は、周りがそれを許してくれるか、だけど……。

 

「……監督。わかってるんでしょ?ここで撮るしかないよ」

 

 声をかける。責任者としてどうするか迷ってるな。ここでもう一押しできればいいんだけど。そう考えていると、夜凪さんが扉を思いきりあけながら入ってきた。

 

「すいません。予定の時間過ぎてるんだけどまだ撮らないのかと思って急いできたんだけど……」

 

 ベストタイミングだよ夜凪さん!

 

 

 

「ワンカット長回し!一発撮りで行く!君たちのことは必ず僕たちが守るから、よろしく頼む!!」

 

 さすがに現場も緊迫している。そりゃそうだ。こんな状況の撮影普通ならありえない。でもやるしかないんだからしょうがない。

 夜凪さんも緊張している。まだ私をカレンだと思い込めてないんだろう。でも失敗されても困るな。話しかけておくか。

 

「夜凪さん。顔はケガしちゃだめだよ?役者なんだから。顔以外はいくらでもケガしてもいいけどね……冗談だよ?ケガはNGだからね?」

 

 そういえばこの子あんまり冗談とか通じない子だった。失敗した。

 

「う……うん」

 うわめっちゃ困惑してるじゃん。ていうかさっきよりも固くなってない?コレ私のせい?どうしよ、なんか話して戻さないと。なんか話せなんか話せ!

 

「……枕投げ」

 

「え?」

 こっちがえ?だよ。なんだ枕投げって。なんで今出てきたんだ私のバーロー!もうこれから続けるしかないじゃん!できなかったらヤバいやつじゃん!どうにかしろ私!!

 

「撮影終わったらさ、枕投げやろうよ。今度はちゃんと。アレ、私ちゃんとできなくて悔しかったんだよね」

 

 終わった。何言ってんの私。夜凪さん呆けちゃってんじゃん。取り返しつかなくないこれ。夜凪さんが口を開く。

 

「うん!いっぱいやりましょう!」

 

 あ、なんか成功したわ。……私ってやっぱ天才!!

 

 

 

 よーい、スタート!!

 

「森の中のあの建物にきっとこのゲームの主催者がいるんだわ。直接会って話し合うの!ちゃんとわかってくれるはず……!」

 

 私と夜凪さん二人の芝居が始まった。

 

「大丈夫、私がケイコを守るから。こんなの捨てちゃおう!」

 

 走り出す。雨で地面がぬかるんでるから細心の注意を払え。

 

「時間がない。夜明けまでに見つけないと!いくよケイコ!」

 

 ここからはケイコのセリフも入ってくる。彼女もうまく演じてくれないと、全部終わる。頼むよ夜凪さん!

 A地点を通過する。ここで火薬が爆発するはずだ。足を踏み外さないようにしないと。

 

 そのとき、突然腕をひかれた。驚いて座り込む。目の前には、夜凪さんが私を守るように構えていた。

 

「大丈夫!?カレン!!」

 

 思考が止まったまま動かない。まだ演技の途中なのに。

 

「伏せて!遠くから狙われてる!私たちを近づかせないつもりだわ!」

 

 ケイコのセリフが続く。どういうわけか、彼女は私をカレンだと認識できている。私のほうも一瞬硬直してしまったが、もう動ける。大丈夫だ。

 

「ありがとうケイコ、行こう」

 

 夜凪さんがケイコになりきれているということは、もう心配していたミスは起きないとみていいだろう。僥倖だ。あとは私がケイコに押されないようにするだけだ。

 改めて先へ進もうとする。すると後方に引っ張られる力を感じた。夜凪さんだ。顔を見ると、おびえていた。役になりきりすぎた弊害だ。

 

「ケイコ、大丈夫。行こう」

 

 仮面を変える。相手を安心させる天使のような笑顔を浮かべる。大丈夫だ、私は喰われない。

 

「うん、行こう」

 

 夜凪さんは安心したような顔をして、立ち上がってくれた。よし、先へ進もう。

 

 B地点へ突入する。いよいよクライマックスだ。

 

「来た!隠れてケイコ!!」

 全力でカレンを演じる。気を抜けば主役を持っていかれる。

「やっぱり脅しだわ!当てる気はないみたい!」

 

「どうして!?」

 

「仲間同士で殺し合わせたいだけなんだ!」

 

「酷い……!なんのために!」

 

 ここまで夜凪さんの演技は完璧だ。ほんとに女優かってレベルの泥臭い演技、それは私を喰いかねない。

 

「攻撃が止んだ!今のうちに!」

 

 でも、あなたの演技が激しければ激しいほど、

 

「見えてきたよ、ケイコ」

 

 私の演技は、より美しく際立つ。

 

 いけない。仮面が外れそうだ。この子といると、いつもこうなる。流されちゃだめだ、私の演技を思い出せ。

 

 本当は、このシーンが始まる前から気がついていた。彼女が私を視ていることに。いつからだったかは定かではないが、彼女は仮面ごと私を認めてくれていた。

 本当は気がついていた。あなたが芝居に全力なだけだってこと。ホントは気づいてた。途中から芝居関係なく仲良くなろうとしに来てくれてたこと。

 でもそれは認めたくなくて、私はその事実から目を背けていた。

 だって悔しいじゃないか。あなたには私にない才能があって、私はそれが悔しくて、嫉妬して、八つ当たりみたいなことしてたのに。人間性まで私より上だっていうのかちくしょう。

 

 あなたは、私とは真逆の演技をする。自分の横顔を見られることを気にしない。

 

 あなたを見てると、彼を思い出す。頭は回るのにバカで、運動はできるくせにドジで、すぐ調子に乗って痛い目見るどうしようもない奴なのに、なんだかんだ相手のこと視てて、不安な時は助けてくれて、肝心な時は外さない精神異常者の幼なじみを。

 

 性格も言動も全然違うのに、どこか彼と重なるあなた。そんなあなたを根本から嫌いにはなれなかった。強く拒絶しようとしても、最終的には折れている自分がいた。

 あなたは今この仮面を認めてくれている。これごと私を視てくれている。なら私はこの仮面で最後まで演じて見せる。あなたたちが認めてくれる、この自慢の仮面で。

 

 今なら言えそうだ。私、あなたと仲良くなれるかも。

 

 そんなことを考えていたのが悪かったのかもしれない。芝居から気がそれていた。最悪だ

 

 水に足を取られた。

 

 一番やっちゃいけないことなのに。ごめんね監督。私の事故って今後に響いちゃいそうだ。

 ごめんね夜凪さん。けがはNGって言ったの、私なのに。せっかくこんな私を好きになってくれたのに。

 

 どうしようもないと流れに身を任せていると、手をひかれた。体が道に戻される。

 

「カレン、行って」

 

 夜凪さんが私の代わりに落ちていく。台本通りだ。違うのは、ここが決まった場所じゃなくて、安全もちゃんと確保されてないトコロだということ。

 

「ケイコ!!」

 

 セリフが出てこない。彼女がせっかく修正してくれたのに。無駄にするのか、その頑張りを。

 言えよセリフを。作れよ仮面を。何してるんだ。いつもやってるだろ。あとはありがとうと言うだけだ。友達候補がつないでくれたんだぞ?絶対にやり通せよ。

 

 口を開く。いつものように、いつもの仮面で──

 

「ありがとう」

 

 

 仮面は、とっくに外れていた。

 

 

 

 

 あの後、夜凪さんは安全対策で張られていたネットに引っかかっていたところを保護された。彼女は幸いにもかすり傷程度の軽傷ではあったが、その日から高熱に襲われ最終日までベッドで過ごすこととなった。

 

 そして最終日、

 

「カット!これにてクランクアップになります!お疲れさまでしたー!!」

 

 無事に撮影を終えることができた。疲労から一息ついていると、夜凪さんが下りてきた。よくなったんだ、よかった。

 

「百城千世子さん、星アキラさん、そして夜凪景さん、クランクアップです!」

 

 そういって花束を渡される。夜凪さんは困惑していた。どうやら何が起きているか理解できていないらしい。監督が説明をする。すべて聞き終えて夜凪さんは固まっていたが、

 

「知らなかった。こういう時こんな気持ちになるなんて。ありがとう、すごくうれしい」

 

 そういって、泣き出した。むき出しでぐちゃぐちゃの顔だったが、それはとてもきれいだった。

 

 

 

 その日の夜、私たちは打ち上げをしていた。私と夜凪さんのおかげで時間ができたからだ。全員私たちに死ぬほど感謝してほしい。

 

「ずいぶん人数減ったよね」

 

 そう監督に話しかける。

 

「そうだね。スターズ組はクランクアップした端から東京へ戻っていったから。みんな驚くと思うよ。あの夜の君の演技を見たら。……怒ってる?」

 

「当たり前でしょ?あれだけ乙女の秘密には触れるなって言ったのに。もう映画出てあげないよ?」

 

「おっと!?それは本当に困るなぁ!?」

 

 まあいい作品になったならギリギリ許容してやってもいい。

 

「……助監督時代にね、生意気な後輩が言ってたんだよ。『俺たち映画監督は呪われている。見たことないものを見るためなら人の道を外れることをいとわない』ってね。僕は僕に少し安心した」

 

 監督の言葉は続く。

 

「僕はどうしても君のまだ知らない顔を撮りたかったみたいだ」

 

 カントクの顔は満足げだった。……まいったな。そんな顔されたら多くは言えないじゃないか。

 

「あーあ、私の初めて、あげる人決めてたのになー。カントクにとられちゃったよ」

 

 だからこれくらいは許してもらおう。

 

「おおい!?言い方に悪意を感じるなあ!?まあいいや。それで、キミにそういわせる幸福な監督は誰なんだい?」

 

 有名なのかい?僕も知ってるかな。と言っているカントクに笑顔を見せる。もちろん知ってるはずだよ。特別に教えてあげよう。

 

「その監督の名前は、エドガー・コナン。天才少年の作品の主演を飾るのが、私の目標の一つでもあるんだから」

 

 カントクの眼が開いた。とても驚いている。気分がいい。

 

「驚いた。ここでその名前を聞くことになるとはね。確かに彼なら納得もできる。けど、彼は作品を一作出したきり失踪している。そして復帰するかどうかも「するよ」……?」

 

「彼は必ず復帰する。だって彼の作品は、まだ完成してないからね」

 

 そうだ。あの作品はまだ完成してない。アレは私が主人公の作品なんだから、私が歴史を紡ぐ限り、完成しない。私が満足いくまで、終わらせない。そもそも主演が私じゃないなんてありえない。いずれ無理やりでも復帰させてリメイクとして作らせてやる。

 

「……随分と自信を持っているね。もしかして彼の正体を知ってるのかい?」

 

 おっと、しゃべりすぎた。悪いけど、ここからは教えられないね。

 

「It’s a big secret. I’m sorry, I can’t tell you…… A secret makes a woman woman……」

 

 このセリフは大好きだ。もはや私のセリフにしてもいいんじゃないか。あのキャラもなんとなく私に似てる気がするし。

 私のセリフに監督は茫然としていたが、我に返りひとしきり笑ってこういった。

 

「君は本当にコナンが好きだねぇ」

 

 何度も言っているが、好きじゃない。そう言って、私は背を向けてその場を立ち去った。

 

 カントクの元を離れた私は、夜凪さんを探していた。話したいことがあった。あ、いた。なんか食べてるとこ悪いけど、少しだけ付き合ってほしい。

 

「夜凪さん。ちょっと反省か……デートしに行こうよ」

 

 話しかける。夜凪さんはこちらを見て固まった後、震えて返事をした。

 

 そんな怯えなくてもよくない?私は悲しかった。

 

 

 

 景を呼び出した千世子は、人気のない場所に来ていた。これに対し、景はビビっていた。それはもう盛大に。あんまり私のこと好きじゃないだろう同僚が急に失態を犯した自分を呼び出したらどう思う?少なくとも景は腹パンくらいは覚悟していた。顔面はさすがにしないだろう。できれば一思いにやって欲しい。景の頭の中はそんな感じだった。相手が天使の肩書を持つことなど記憶から消し飛んでいた。

 

「前にさ、私と仲良くなろうとしてくれたよね。あれって、演技をするためだった?」

 

 思わぬ質問に景は硬直した。意図はわからないが真摯に答えるべきだ。そう直感した。

 

「最初は、そうだったわ。でも、台風が来て、できることを全力でやっているあなたを見て、分かったの。その仮面は、あなたの映画への執念そのものなんだって。いっぱい努力して創りあげたものなんだって。それからは、本当に友達になりたかった」

 

 この際だ。思ってることは全部言おう。景はそう思った。

 

「千世子ちゃんは、どこか先輩と似てるわ。全然違うのに、ふとしたところが重なるの」

 

 枕投げの時の意味わかんない行動とか、とは言わなかった。言ったら雰囲気が崩れる。景は大人だった。

 

 その言葉を聞いた千世子は、面食らったような顔をしていた。それに景は慌てる。

 

「ご、ごめんなさい。いきなりそんなこと言われても困るわよね!私ったらホント「そうじゃないよ」?」

 

 千世子の声がかぶさる。千世子は笑いながら続ける。

 

「私もね、同じこと思ってたの。あなたは私の幼なじみと似てる。性格も性別も違うのにね。名前は江藤新っていうんだけど……」

 

 知ってる?なんて聞いてくる千世子に、景は困惑した。まさか相手も同じことを思ってたなんて。しかも幼なじみ男なのか。仲いいんだろうか。くそっ!千世子ちゃんの幼なじみとかうらやましい!

 江藤新め!なんか既視感ある名前だなと思ったら先輩と名前同じじゃん!……え?名前同じじゃね?

 じゃあ何?あの人千世子ちゃんのこと知ってるの?一年くらいいてそんなこと聞いたことないけど?さすがに同姓同名か?

 

 景はさらに困惑した。

 

「ははっ。夜凪さんはわかりやすいね。あなたの考えている通り、先輩と私の幼なじみは同一人物だよ。実はメールであなたのこと聞いてて、黙っててごめんね?」

 

「????」

 

 景はさらに困惑した。もはや自傷率100%だ。欠陥ポケモンもいいところである。

 

「私もさ、たまに料理とか作ってあげてて、この前そんな話をしたじゃんか。それで、先輩とは聞いてたけどそんな仲良かったんだって驚いたよ」

 

 徐々に状況が理解できてきた景の耳に、とんでもない爆弾が飛んできた。料理を作ってあげてる、だと?千世子ちゃんが?先輩に?

 

……せない。許せないわ!!私だって千世子ちゃんの料理食べたい!」

 

 景は壊れた。戻ったら黙っていたことも含めて必ず報復をしようと決めた。私と先輩の仲なのにどうして教えてくれなかったんだ。景は怒りに震えた。

 それを見て千世子はドン引きした。なんなら怖かった。前回は千世子が景と同じようになっていたが、千世子はそれを知らなかった。

 

 

 

 景が落ち着きを取り戻してしばらくして、

 

「あの夜に撮った映像、夜凪さんは観た?」

 

 千世子はそう切り出した。これを聞いて景は落ち着いて答える。

 

「う、ううん。ず、ずっと寝てたから」

 

 嘘である。彼女はついに来たかとビビり散らかしていた。なおも千世子の言葉は続く。

 

「私さ、思わずケイコって呼んでたよ夜凪さんのこと。ああいうのを芝居って言ってたんだね。自分でもびっくりしちゃったよ。あの時の私、顔ぐちゃぐちゃで超不細工でさ」

 

 言葉とは裏腹に、千世子の顔はすがすがしいものがあった。ここまでくると景もあれ?怒ってないかもと気づいたようだ。千世子は話すのをやめない。

 

「でも案外、私の横顔もきれいだった。だからありがとう。私の芝居はもっと良くなるよ。あなたの芝居を盗んじゃったから」

 

 それは宣戦布告だった。負ける気はないという意思を、率直にぶつけてきていた。

 

「……うん。私ももっと──」

 

 言い終える直前だった。あたりが明るくなった。花火だ。

 

「さすがに二人を仲間はずれにするわけにはいかないからね。締めに海で花火と行こう。乙でしょう?」

 

 カントクがそう言う。

 

「花火!?本当に!?」

 

 景はすごい喜んだ。あまりの感情の起伏に千世子はちょっと引いた。

 

 

 

「みて!みんな!花火二本で二倍きれい!!」

 

「こら!危ないで夜凪ちゃん!」

 

 はしゃいでる声にたしなめる声。どちらも楽しそうだ。

 

「夜凪甘いぞ!見てろ!!」

 

「ギャーッ!武光てめぇコラァ!打ち上げ花火ほとんど使いやがった!!」

 

 騒がしい声が響く。そんな中、夜凪は端で線香花火をしている千世子のもとへ駆け寄った。

 

「見て!千世子ちゃん!!とってもきれい!すごいでしょ!?」

 

 好きな子に話しかける小学生か。光彦でももっとうまいわ。でもせっかく私の元まで来てくれたんだ。とっておきを見せてあげよう。

 

「夜凪さん、あっちいこ?」

 

 そういって武光くんたちのもとへ行く。まだ打ち上げ花火は残ってるだろうか。

 

「ごめん、打ち上げ花火って残ってる?」

 

 そう話しかける。源くんたち仲良し組は驚いているが、

 

「え、あ、はい。武光の奴がほぼ使っちゃいましたけど、まだ残ってます。やるんすか?」

 

「おお、どうぞどうぞ!やっていってください!!」

 

 みんなはそう言って私に打ち上げ花火を渡してくれた。不思議そうな顔の夜凪さんに話しかける。

 

「今からとってもすごいものを見せてあげるから、楽しみにしてて?」

 

 私が準備していると、監督とアキラ君も近づいてきた。

 

「何するんだい?ケガだけはやめてくれよ?」

 

「だいじょーぶだって。でも危ないからみんなこっちに来ないように見張ってて」

 

 私がそういうと、アキラ君は露骨に顔をしかめた。なんだその顔。喧嘩売ってんのか、さっさと場所取りしてこい。

 

「千世子ちゃん、いったい何するの?」

 

 夜凪さんたちは心配そうにこちらを見ている。そろそろ教えてあげよう。

 

「夜凪さんたちは、コナンって見たことある?……あ、わかるんだね。よかったー」

 

 私がそういうと、何をするのかと集まってきていたスターズの人たちが頭をおさえた。なんだその反応。ていうか見世物じゃないぞ。そんな大勢で来るな。

 状況が呑み込めていないオーディション組にアキラ君がひきつった顔でこういった。

 

「前に話したよね。彼女は時々奇行に走ることがあるって。それに加えて彼女はああみえてコナンジャンキーでね。映画もどれだけ忙しくても毎年初日に見に行ってる。僕も何度か付き合わされたよ。それで時々こうして再現できそうなときは暴走するんだ。スターズはもう慣れたよ。多分今回は打ち上げ花火を使って何かやるんだろうけど……」

 

 何するかまではわからないな。そういってるアキラ君に安堵する。バレてたら間違いなく止められるからね。

 よし、準備が完了した。気づかれる前にやってしまおう。

 

「打ち上げ花火っていえば、ちょっと前の映画で*2コナンが蹴り飛ばしてたけどな……ってまさか!?」

 

 源くんが何かに気が付いたようだがもう遅い。テープで巻き付けたすべての打ち上げ花火に火をつけ、全力で蹴り飛ばす!

 

「いいいいいっっっっけぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

 蹴り飛ばされた花火はどんどん上に進んでいき、おおきな花火となって破裂した。後ろで顔を青ざめさせている監督たちを無視して、夜凪さんに話しかける。

 

「どうだった夜凪さん。最高にすごかったでしょ?」

 

 夜凪さんは笑顔でこう言った。

 

「うん!最高だわ千世子ちゃん!!」

 

 こうして、私たちのデスアイランドは終わった。

 

「あぁ、奇行に走るって本当やったんや。私、また勘違いしてたわ」

 

 そんな声は聞こえていなかった。誰が奇行だバーロー!

 

 

 

 余談ではあるが、当時この状況を見ていた源真咲は、のちにこう語った。

 

「マジで原作と一致してたなあれは。蹴りで風圧出す人間なんて初めて見た。ちょっと足光って見えたし。千世子……さんって、毛利蘭の生まれ変わりなんじゃないっすかね」

 

 

*1
やってることはただの脳筋プレイ。お前には毛利蘭がお似合いだよ。

*2
劇場版第18作『異次元の狙撃手』で花火機能が追加された。バックル右のダイヤルでタイマーをセットし花火ボール用の新たなボタンを押すことで射出され、切り離されてから指定の時間で炸裂する。外見は通常排出されるボールと特に変わらず、サッカーボール程度の大きさでしか使用されていない。またコナンが蹴らずとも炸裂し、衝撃も大きい上に爆発力の調整は特に無く、爆発する直前に光り出すまでサッカーボールと見分けがつかない危険性もある(水中でも生成、炸裂可能)




自分の中の千世子が抑えきれなくなった、気づいたらおかしくなっていた。などとわけのわからないことを繰り返しており……




最初の方で千世子がプランを押し通していたら

「え?関西人って距離のつめ方が私たちと違うのかしら」

「そうだよ。彼らにはパーソナルスペースって言葉がないからね。多分道頓堀あたりに落としてきたんだと思う。だからそんな距離の詰め方してたら関西人にしか見えないっちゅうわけでおまんがな」
「上等やかかってきぃゴラァッ!!」

たぶんこうなる。源くんだけ元ネタ分かって困惑してる、でも千世子の顔で笑っちゃう。
没にした理由は間違いなく湯島さんとの仲が修復できなくなるから。


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自分を工藤新一だと思い込んでいた人による3話

ぴすぴす←かわいい


 数日前の話だ。いつもと変わらぬ生活をしていた俺のスマホに、千世子からの連絡があった。撮影のときの虫の世話のお礼をするから土曜に会おうというもの。俺は何も考えず了承。そういえばそうだった。まだ何も返してもらっていない。

 俺は既にウキウキだった。

 

 そして迎えた今日、約束の日になり、俺は待ちあわせに向かっていた。アイツはああ見えて料理がうまい。この一ヶ月間は黒山サンや柊さんと協力して作ったりしていたが、俺からすれば何もしなくても料理が出てくる環境が一番だった。こういう日の千世子は俺が座ってるだけで全部やってくれる。最高だった。

 

「お、きた。もー!遅いよー!」

 

 どうやら待たせてしまっていたらしい。こういうときのマニュアルはしっかり持っている。

 

「いや、俺も今来たとこだから大丈夫」

「いや知ってるけど?それ私の台詞だから。待たせた側の言っていい台詞じゃないから」

 

 しまった、コッチじゃなかった。機嫌を悪くさせたままだと面倒だし話題を変えよう。

 

「いやー、それにしてもお前と会うのも久しぶりだな。元気してた?」

「話のそらし方ド下手すぎない?それ一ヶ月撮影してきて疲れてる人に言っちゃダメだよ。ビックリしちゃった。まあいいや。今日は私に付き合ってもらうからね!」

 

 細かいとこにいつまでも粘着しないのがお前の美点だよな。まるでゆってぃだ。その粗雑さが人気の秘訣なのかもしれない。ほら、粗雑なヤツの周りってよく集まってくるじゃん、虫とか。

 お前虫好きだし、お似合いじゃないか?

 

「なんかムカつくし、そもそも君は私を待たせたから、今日は全部奢りでよろしくね!」

 

 少しでも隙があればソコに群がるように食いつくのがお前の欠点だよな。卑しい女だ。まるでカマドウマだ。この便所コオロギにも劣るバーローが!!

 

 

 

 

「それで、今日の予定は?あんまり金持ってきてないぞ」

 

「そうだねー、私ストレス溜まってるし、カラオケでも行く?……あっでもやっぱやめとこうか」

 

 便所コオロギはとても申し訳無さそうな顔で撤回してきた。何だオメー、バカにしやがって。俺がいつまでも下手だと思ったら大間違いだぞお前。

 

「カラオケだな?行くぞ」

「い、いや、ホントに大丈夫だよ?ゴメンねホント。やめとこうかカラオケはさ、もっと違うとこにしよう?」

「うるせー行くぞほらさっさとこいバーロー!」

「いやホントごめんってやめとこカラオケは!この際正直に言うけど私が聞きたくないんだッ!!」

 

 引きずってでも連れてってやるからなバーロー!!覚悟しろよって何だコイツ力つよっ!!どこからそんな力出してんだお前バッファローより強いんじゃねーの!?そんなに行きたくないのか!?

 

 

「あぁ、折角の休日なのに……、なんでこんなことに……」

 

 便所コオロギ兼バッファローはカラオケボックスにて絶望していた。人類の限界を突破した女を絶望させる偉業を成し遂げたのに、なぜか達成感はゼロだ。なんなら虚しい。

 

「お、おい。そんなに絶望しなくてもいいだろ?俺だって少しは上達してるかもしれないじゃん。ちょっと信じてみよ?ね?」

 

 なんで俺が励まさなきゃならないんだろう。自分で言ってて悲しくなってくる。

 

「ハハ、そうだよね。天動説が真実な可能性くらいはあるよね、ジンが詰めまでちゃんとするくらいには可能性あるよね」

 

 実質ゼロだった。どんだけ無理だと思ってるんだよ。てか沈んでると思ったらキレッキレじゃねーか。よくそんな思いつくなお前。そもそも失礼だと思わないのか目の前に本人いるぞ?

 

「ま、まあ一曲歌おう。千世子先歌えよ。今日はお前のストレス発散なんだし」

 

「そうだよね、ストレス発散だよね。そのまま鼓膜も爆散しちゃうんだよね」

 

 め、面倒くさい……。確かに俺の歌スキル上昇のために嫌がる千世子を連日付き合わせたことはあった。千世子は恥じらいもなくギャン泣きしてたし若干ノイローゼになりかけていたがそれだけだ。どこにあれほど錯乱する理由があるのか。

 若干投げやりになりつつも、千世子に曲を選ばせる。

 なにやら物寂しいイントロが流れる。……?

 

 

 

 曲 ドナドナドーナ

 

「千世子オメーコラァッッ!!!」

 

 俺は千世子に殴りかかった。返り討ちにされた。

 

 

 

 色々ハプニングもあったが、遂に俺の番がやってきた。先程の激闘を終え、曲選ぶヤツの強奪に成功した俺は意気揚々とある曲を選曲する。

 

「あぁ、折角夜凪さんと仲良くなれたのに。一緒に遊びたかったなぁ……。お母さんたちにも挨拶くらいしたかったし。親不孝な娘でごめんね……」

 

 千世子はもうコレから自殺する人みたいなテンションだ。目の焦点が既に合っていない。クスリやってんのか?芸能人らしいな。

 確かに俺は歌が苦手だ。それはもう周知の事実として認めよう。だが、この俺が苦手と分かっていてなんの対策もしていないと思うか?

 見ていろ千世子ッ!俺の歌声に惚れても知らないからな!!

 

 

 曲が終わる。千世子はもはや表現しようのない顔をしていた。まるで森羅万象の理を知ってしまったときのような、そんな顔だった。少なくとも理解が追いついてないことだけは間違いなかった。

 

「……え?なに、今の。……なに?歌ったの?キミが?今?……え?」

 

 失礼すぎるだろコイツどんだけ信用してないんだ。

 

「……フッ」

 

 俺は意味深に嗤う。コッチのほうがカッコイイから。するとやっと理解が追いついてきたのか、千世子が満面の笑みを浮かべた。

 

「すごいよシン君!!本当にうまくなってるなんて!!」

 

 すごい褒めるやん、悪い気はしないけど。もっと褒めて!

 

「天才!神!工藤新一の上位互換!今のキミをみて永久機関が発明できることを私は確信したよ!!」

 

「アッハッハ!!そうだろそうだろ!俺ってやっぱスゲーよなぁ!?……え?最後どういうこと?」

 

 絶対不可能だと思ってたの?

 

「いやー、シン君ったらいつの間に上達してたの?私ビックリしちゃたよ!あんなゴミ以下のジャイアンにも劣る歌声からどうやったの?もしかして夜凪さんと来てたりした?」

 

 コイツ急にすごい喋るじゃん。さっきの感じどうしたホント。それでめちゃくちゃ辛辣じゃん本人に言えるのおかしいよお前。

 

「フッ……てかお前夜凪と仲良くなれたんだな」

 

 夜凪から来てた連絡では途中まで仲良くなれそうにない雰囲気だったっぽいけど……

 

「……?私の質問は?まあいいや。それで、夜凪さんと仲良くなれたかだっけ?実は私達はもう親友といっても過言ではないよ!……いやそれは過言だな」

 

 どっちなんだ。でも仲良くなったのは間違いなさそうだ。あんまりいないけどな。10日ちょっとでそこまで仲良くなれる奴ら。何したんだろ?

 

「でも仲良くなったのはホントだよ?台風の中一緒に撮影したし。なんなら死にかけたトコ助けてもらったし」

 

 ホントになにがあった!?大丈夫だったの!?にしてもお前ら二人ともよくそれでそんな元気だなぁ……

 

「それよりさ!せっかく歌えるようになったんだし、デュエットとかしようよ!」

 

 カラオケに話が戻ってきた。へー、デュエットねぇ……

 

「……フッ」

 

 やるしかなければやるだけだ。

 

 曲が始まる。歌い出す。中断される。胸ぐらを掴まれる。顔に激痛。この間わずか5秒。

 

「オイコラ、説明しろ?歌えるようになったんじゃあなかったのか?」

 

 もはや天使の面影もない。どっちかっていうと大阪府警のヤーさんに似てる。

 

「……フッ」

「フッじゃないよバーロー死にたいの?さっきの歌声はなんだったんだって聞いてるんだけどわかんない?」

「……ほ、本当は今考えている事の逆が正解だ。でもそれは大きなミステ「え?」心の底からごめんなさい」

 

 怖すぎる。本格的にボコられるのを幻視した。あと謝るのが数秒遅ければカラオケボックスで素晴らしいザクロが見れただろう。

 

「それで、キミが最初ちゃんと歌えていた理由は説明してくれるんだよね?」

 

 尋問されている。歌がうまかっただけで。別に答えは単純なんだが、めちゃくちゃダサいから言いたくない。誤魔化したいです。

 

「……実は、さ」

「うん、実は?」

 

 どうする?考えろ俺。違和感なくダサくない理由を今ここで。

 

「実はお前を見たときから喉のビブラートがすごいことに「知ってる?人間の6割は水分なんだって。そういえば雑巾絞りってすごい水出るよね」やめて!!俺の腕をどうするつもり!?絞るの!?もしかして俺の腕を捩じ切ろうとしてる!?」

 

 なんてこと考えてるんだこの子は!?正気の沙汰とは思えない!

 

「やだなぁシン君ったら、そんなわけないじゃんか。バカだなーホントに」

 

 ホッ、よかった。そうだよな、さすがの千世子も大事な幼なじみの腕を再起不能になんてしないよな。

 

「まったく、腕じゃなくて胴体だよ」

 

 マズイ、確殺を狙っている。違ったのは絞ることじゃなくて絞る場所だったらしい。

 

「ハハハ!千世子ったら冗談が上手いな〜!でも、そんなトコもかわ「シン君?私は冗談は好きじゃないよ?」……」

 

「それもこれもシン君が悪いんだよ?私は真剣に聞いてるのに、ふざけてばっかりで……幼なじみに対して隠し事ばっかしてさ」

 

 何だコイツ、こんな可愛いこと言うような奴だったか?まるで好きな人に嫉妬する女じゃねーか。おいおい、もしかして脈あるんじゃないのこれ!?

 

「だからさ」

 

 カーッ!悪いねぇこんな美人に好かれちゃって!しかも天使なんて言われてるのよこの子!じゃ、おさきに失礼非モテども!!俺、幸せになりまーっす!

 

「千世「だから、一度悪いもの全部絞り出そう?」…………」

 

 違った。物理的に脈ナシにしにきてるわコイツ。

 俺は急いで説明した。どれだけ惨めでも、生きていたかった。

 

 

 

 

「それで?苦手なのは分かってたし、今度私を驚かせてやろうと一曲だけ死ぬ気で練習したってこと?3ヶ月も一人で毎日カラオケ行って同じ曲だけ歌ってたってこと?」

 

 目線が痛い。そんな蔑むように見ないでほしい。

 

「だって、音痴ってバカにされたくなかったし」

「まずその発想からバカでしょ。お金の使い方どうなってんの?なんで毎日行って同じ曲だけ歌ってんの?その曲嫌いになるでしょ普通に考えて」

 

 散々な言われようだ。だが本当に曲は嫌いになったから強く否定できない。

 

「ああ、3ヶ月で上達してよかった。2ヶ月くらいからカラオケボックスに入ると痙攣が止まらなくて。その歌を聞くだけで吐き気がすごかったんだ。既に治ってきてるんだが、実はさっき歌ってから耳鳴りがスゴイ」

「ああもうホントバカ!!なんでそうなるまでやったの!?時々キミがどこを目指してるのかわかんなくなるよ!!」

 

 ものすごくバカを見る目ですごいダメ出しされてる。仕方ないじゃないか、どうしても歌えるようになりたかったんだ。音痴は恥だ。歌下手が新一と被ってるのはもっと嫌だ。ネタにされるから。

 

「にしても良かったよ。素直に話してくれて」

 

 なにが良かったと言うのか、深手を負ったのはこっちだけだというのに。ちくしょーめ!

 

「私も、幼なじみを*1サンタナにするのは心が痛いからね」

 

 発想が猟奇的すぎる!?君の頭はどうなってるんだ!?

 まったく、昔はあんなに可愛らしかったのに誰が原因だっ!!星アキラか!?おのれ芸能界め……ッ!おのれイケメンめッ!!

 

 

 

 カラオケも終わり日も暮れてきたということで、俺たちは今千世子の家に向かっていた。そう、夕食の時間だ。もともと今日のメインはお礼だからね。作ってもらわないと。

 

「何食べたい?」

 

「あー、なんでもいいや。美味しいのでよろしく」

 

「もうっ!そういうのが一番大変なんだよ?」

 

 よく聞くよねそういう言葉、あれホントなんだろうか。いや確かにレイとルイに作ったりしてたときは食べたいって言ったの作るだけだったし簡単だったな。そういうものか。

 

「お前の作るものだいたい美味しいんだよな。だから任せるわ」

 

 実際ホントに美味しいし。忙しいのにどこで練習してるんだ?

 話しているうちに着いた。

 

「さっ、入って入って!」

 

 なぜか千世子が急かしてくる。スキャンダルとか気にしてるんだろうか?

 

 俺が中に入ると千世子は鍵を閉める。

 ……?なんで鍵閉めた?そんな防犯しっかりしてたっけ?

 まぁいいや、それよりも今は料理が楽しみだ。

 

「そこらへんでいつも通り寛いでてー。私これから準備するから」

 

「了解、ゆっくりで構わないよ」

 

 言われなくてもそうするつもりだ。なぜなら今日はお礼だから。残念だが手伝いなんて絶対にしない。

 

 テレビをつけソファーに座る。後方ではガチャガチャとなにかの作業の音が聞こえる。どこか安心感のある雰囲気に気が緩んでしまう。

 テレビを見ていると、ちょうど天使が写っていた。いつでもいるなお前は。こうして画面に写っているのをみると、やはり人気女優なんだと改めて実感する。

 

 背後ではガチャガチャと音がする。番組を切り替える。ちょうどコナンがやっていた。

 どうやら再放送っぽいな、*2小五郎の同窓会のやつだ。小五郎がカッコイイときのコナンはだいたい面白い。普段ちゃらんぽらんの癖にここぞって時はキメるのかっこよすぎるって。新一を人生経験で上回るトコとか痺れた。あんな人間になりたい。

 

 背後ではガチャガチャと音がする。コナンで思い出したけど、今年の映画見に行けてないな。今度千世子とか誘って行こうかな。アイツもたまにはアニメとか見るのもいい気分転換になるだろう。

 コナンの映画と言えば、ベイカー街の亡霊が一番面白かった。若干思い出補正が掛かっている気もするけど。後は水平線上のヤツ。最後の小五郎がカッコよかった。むしろ小五郎以外あんま覚えてない。やっぱ小五郎はスゲーや!

 

 背後ではガチャガチャと音がってうるさくない!?なにしてんのさっきから!?そろそろトントンとかジューッとか聞こえてこないかなぁ!?料理してるんだよね君!?

 

ガチャガチャ!ガンっ!キュィィイン!!ドパンッ!

 

 ドアが開いた。皿を持って千世子が出てくる。

 

「おまたせ~!じゃあ夕飯にしよっか!」

 

「……ち、千世子サン?今までなにを?」

 

「なにって料理に決まってるじゃん。他に何があるの?」

 

「い、いや!そうだよね!何言ってるんだ俺……!」

 

 本能で察した。コレは触れちゃ駄目なやつだ多分。だっていつもは普通にやってるんだもん。今日だって幻聴か何かに決まってるそうだよそうに違いない。

 

「シン君はレーズンとナスが嫌いだったよね?」

 

「ん?そうだね。覚えててくれたのか」

 

 確かにレーズンとナスは好きじゃない。色がやばいだろまず。よく紫のモノ口にしようと思ったな。見た目の観点からキノコも無理だ、食感もヤバいし。

 

「そりゃ覚えてるよー!だから今日は……」

 

 料理が持ってこられる。さ、今日はどんなもの作ったの……か……?

 

「今日はその二つを使った料理にしたから!」

 

 なにを言っているんだろうこの子は。

 

「千世子さん千世子さん。俺の嫌いな食べ物は?」

「ナスとレーズン、あとキノコとか」

 

 正しい。

 

「この料理は?」

「ナスとレーズンをたくさん使った料理です!」

 

 そこがわからない。嫌がらせじゃなかったらもうお前のこと直視できないよ俺。

 

「……なんで?」

「さ、召し上がれ?」

「できるわけねーだろ!?」

 

 上目遣いまでしやがってかわいいなぁオイ!状況がこうじゃなければ惚れてたよ多分!!

 

「食べてくれないの?」

 

 ここにきてそんなこと言う!?どんな精神してるの君は!?作ってもらって申し訳ないけど、これは無理だ!

 

「いや、作ってもらって言うのもなんだけどさ、嫌いなもの全種盛りはちょっとキツ「やっぱり夜凪さんの料理の方がいいの?」殺気!?」

 

 一目散に離脱する。逃走ルートを一瞬で確保し、荷物をもって走る!よし、このまま逃げ出せそうだってあぁ!!鍵閉まってる!

 鍵を開けるというロスタイムであえなく確保された俺は千世子の目の前で正座させられていた。

 

「違うんです。偶然なんです」

 

 もはや魔王にしかみえないよ。怖すぎるって。灰原がジンに追い詰められたときとかこんな気分なんだろうか。

 

「夜凪に料理作ってもらってるのは事実なんですけど、それは彼女の弟たちに懐かれたからついでってだけで……」

「言い訳は身長180超えてからにしてくれない?」

 

 ひどい暴論を聞いた。世の男性のほとんどに発言権が消えた瞬間である。

 

「食べたあと『掴まれたっ……!』とか言ってたらしいけど」

「誤解です」

 

 どうしよう、取り返しつかないとこまで知られてる。

 

「掴まれたって言ったんじゃないんです。チーカマ入れた?って言ったんです。ほら、響き似てるじゃないですか。聞き間違えたんじゃないかな?」

 

 千世子の目がどんどん細くなる。どうしようバーン様にみえてきた。

 バーン様はため息をつくとこう言った。

 

「言い訳?」

「い、言い訳ってことじゃなくて「え?」……言い訳でした」

 

 どうすればいいんだろう。

 

「いいよ別にキミがどうしようと。でもさ、昔から私も作ってあげてるわけじゃん?たまにだけど。それで負けたら悔しいわけ。わかる?」

 

 どうやら女として負けてることが悔しいらしい。でもそれは違うってコトをどうにか伝えないと。

 

「よ、夜凪と千世子は全然美味しいのベクトルが違うから!極論手料理が食べたいだけだから誰でもいいから!!」

「へー、そうなんだ」

 

 まずい、さらに機嫌を損ねたらしい。どこかで失敗したようだ。

 

 そもそもなんでこんな怒ってるんだ?料理の腕で負けてることだけでここまで怒るヤツはそういない。この怒り方はまるで大事なもの取られた子供みたいだ。なんだ?夜凪になにかとられたりしたのか?

 

「も、もしかして夜凪となんかあった?大事なものとられたりとか」

「は?そんなのないけど?勘違い甚だしいね笑いが止まらないよホントやめてくれるそういうこと言うのちょっと引いちゃったよ」

 

 うわビックリした。すごい早口じゃん。ちょっと顔赤くなってるし酸欠になるまで喋ってたのかよ。

 

「と、とにかく!私は怒っているわけです!!だから罰として、この料理を食べてもらいます!」

 

 どうやらこの料理は罰らしい。自分で作った料理罰ってどんな神経してたら言えるんだろうか。悲しくないのか?

 ……え?ホントに食べるの?マジで?嫌なんだけど。

 

「……い、いただきます!!」

 

 覚悟を決めて一気に食べる。嫌いといっても料理自体は成功してるんだ!それなら食べられる!!

 

「あ、今回は特別に辛子とかワサビ沢山使ってみたんだ!」

「キミはバカなのか!?」

 

 そこからはもう、覚えていない。

 

 

 

 目を覚ますと、頭上には千世子がいた。

 

「……なにしてんの?」

「あ、起きた。いやー食べ終わってすぐ倒れちゃったから、看病」

 

 まさか食べきるとは思わなかったよね。と言ってる千世子の言葉で思い出した。あのゲテモノを口にして意識飛んだんだ。食べきったのか俺。ていうかこの状況って、もしかして膝枕ってヤツ!?確かに後頭部には柔らかい感触が!ああっ!マジかヤバいなんだコレ急に恥ずかしい!!

 

「なに?急に赤くなったけど?……あ、もしかして照れてる?」

 

 なんだこのラブコメみたいな感じ。恥ずかしいってなんか。

 俺は無言で起き上がる。そして立ち上がり、壁に自分の頭を叩きつける。

 

「え?なにしてるの?いやホント何してるの!?血出てるって!!」

「いや、ラブコメの波動を感じたからちょっと……」

「ラブコメの波動感じたならそれを享受しなよ!!なんでちょっと抗ってみようとしたの!?」

 

 突然の事態に千世子は困惑している。やった俺も困惑している。なんでこうなったんだろう。

 

「じゃ、帰るわ。膝枕ありがと!今度は俺の好きな料理でよろしくー!」

「待ってこの状況で帰るの!?本気で言ってるのそれ!?……嘘でしょホントに帰ったんだけど」

 

 今日は大変だったけどなんだかんだ久しぶりに幼なじみと遊べて楽しい一日だった。コレからももっといい日になるよね、ハム太郎?

 

 

 

 

 

 

 

 そして数日後のことである。学校にて平穏な暮らしをしていた俺に災難が襲いかかっていた。

 

「せ、先輩!一緒に演劇を観に行かない?」

「…………は?」

 

 突如教室に入ってきた今や人気者である夜凪。飛んでくる爆弾。突き刺さるクラスメイトの視線。

 

 バーロー!!学校で話しかけてくんなって言ってただろ!!!

*1
ジョジョのキャラ。サンタナ 空気供給管で検索するとわかる。多分ねじりながらやってる。

*2
小五郎の同窓会殺人事件、結構な人気をもつ回。小五郎がかっこいい




この小説に書き貯めなんて存在しないので毎回話思いつくまで時間がかかります。


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自分を工藤新一だと思い込んでいた人による4話

スマブラソラ参戦おめでとう!!!!!


ありふれた日常、いつも通り退屈な授業を聞き、クラスメイトと談笑し、平和な日常を送る。

 

「せ、先輩!演劇を観に行きましょう」

 

 今日は一日平和だった。平和だったんだ。この瞬間までは。

 

「……は?」

 

 ちょっとなにいってるのか分かんないです。そもそもなんでわざわざここまで来たんだろう。夜凪はまったくバカだなぁ。仮にも女優で美人のお前がそんなことしたら……

 

「これより判決を下す!!死刑!!!!」

「「「異議なし!!!」」」

 

 こうなるのが分からなかったのか?彼らの行動は早い。既に俺は両腕を拘束されていた。なんなら裁判もせずに判決まで出しやがった。

 

「や、やだなーみんなどうしちゃったんだよ?いい年して裁判ごっこ?俺も混ぜろよな〜」

「何言ってるんだ江藤、お前も参加しているに決まってるだろう?死刑囚として」

 

 被告人ですらないらしい。既に死は決定していたみたいだ。

 

「え、えっと、みんなどうしちゃったのかしら……」

「ああ夜凪さん。少し待っていてくれるかな?今からコイツにとどめをさすから」

「どうして!?」

「言わなくてもいい、脅されてるんだろう?今からその鎖を解き放ってあげるからね。それとコレから暇?カフェでもどう?」

「どうしよう先輩!この人たち話通じない!!」

 

 当たり前だ。嫉妬に狂った男には何も通じない。現実を教えてやろう。

 

「多分お前のせいで俺たちがそういう仲だと思われてる」

「そ、そういう仲って……えぇ!?違うわ!?」

 

 そんなことは知っている。むしろそんな仲だと思ってたら怖いわ。だからさっさと誤解を解いてほしい。

 

「あ、あの!私と先輩は別に付き合ってるわけじゃ……」

「分かってるさ、アイツはスペックだけは高いからね。だが騙されちゃあいけないよ?人間性だけはドブに捨ててきてるみたいだからね。アイツの性格に比べればカラチャイ湖だって透き通ってみえるものさ」

 

 性格バルト海がなんか言ってら。取り繕ったような喋り方しやがってバーローが。

 

「ほ、ホントにそういうのじゃないの!!コレはただのお礼だから!!」

「お礼?」

 

 お礼?なにかしただろうか。

 

「そう!弟たちの面倒みてくれたお礼!」

「言葉の選択を間違えるなよ夜凪。みんなさらに殺気立ってる」

「えぇ!?どうして!?」

 

 どうしてもなにもないだろう。間違いなくお前のせいだよ。

 

「そ、それは家族ぐるみの付き合いということかな?」

「?違うわ。確かに弟たちはお世話になってるけど、これは個人的な関係だと思う」

「夜凪……命がもったいないと思わないのか?」

「もういや!なんでこうなるの!?」

 

 俺のセリフだ。奴ら遂にコンパスの素振り始めたぞ。どうしてそんなにも地雷を踏むのが得意なんだお前。

 

「江藤……俺たちはお前のことを友達だと思ってたよ」

「あ?ああ、俺もだって今思ってたって言った!?今は!?もう違うってこと!?」

 

 コイツらの友情はこうも脆いのか、驚きを隠せない。

 

「俺たちも元とはいえ友人に酷いことはしたくない。そこで、だ。お前には選択肢をやろう」

 

 選択肢?一体なにを選ばせようとしているのか。

 

「火か水、どちらが好きだ?」

「テメェそれ殺し方の選択だろ!!」

 

 なんて物騒なヤツなんだ!?このままではマズイ!なんとかして夜凪が違うヤツを誘うように誘導しなければ!

 

「夜凪も俺なんかじゃなくて他の俳優と行けばいいだろ?折角撮影で仲良くなったんだしさ?」

「え?で、でもまだ千世子ちゃんを誘うには勇気が……って、そういえば先輩!あなたなんで隠してたの!?」

 

 隠してた?なんのことだろう。だがコレから先は言わせてはいけない気がする。俺の危険予知センサーが警報を鳴らしている。

 

「なんで千世子ちゃんとおさな「知っているかみんな!!さっきからリーダー面している鳥取だが、隣のクラスの近山と幼なじみらしい!」」

「な!?なにを言って……」

「しかもだ!ヤツの弁当はいつも近山の手料理だ!先日確認した!!おかずも全て同じだったから間違いない!!」

「なんで知ってるんだテメーは!?」

 

 あっぶねぇぇえ!!夜凪お前ほんと場所考えろよ!?今の聞かれてたら間違いなくチェックメイトだったぞ!

 しかし、だ。ここで流れは俺の手にある。このまま押し切って離脱させてもらおうか!

 

「どう思うみんな!?噂によれば二人の仲は家族公認らしい!!こんなヤツ許しておいていいのか!?」

「「「「いいわけねぇよなぁ!?」」」」

「だからお前はなんで知ってるんだよぉ!?」

 

 探偵目指してたときはこれくらい必須スキルだと思ってました!今となっては黒歴史だけどなぁ!?

 だが丁度いい!彼女持ちなんてくたばっちまえ!!妬ましいヤツだぜ!!ボコボコにしてやっからな!

 

「総員かかれ!逆賊の鳥取を逃がすな!必ずヤツに制裁を下してやれ!!」

「「「おおおお!!」」」

「ま、待てお前達!!話せば分かるからやめ畜生覚えてろよ江藤コノヤロー!!!」

 

 鳥取は走って出ていった。逃げ出した程度でどうにかなるわけもないだろうに。嫉妬に狂ったハイエナどもが騒ぎ出す。

 

「逃がすな!追え!ヤツの息の根を止めるんだ!!」

「手当り次第に探せ!蟻一匹でも見逃さない気概で行け!」

 

 ここでさらに追い打ちをかけておこう。鍛え上げた推理力をフル活用して追い詰めてやる。

 

「落ち着け!ヤツの運動神経は高い!むやみに追いかけても捕まえられないだろう!」

「な!?だが江藤!じゃあどうすれば!」

「行動を予測するんだ。ここは4階、グラウンドにはそうそう出られない。つまりヤツは校舎内にいるはず。そして校舎内で俺たちが簡単に探せない場所と言えば?」

「そうか!女子更衣室!!」

 

 そうだ、俺ならそうする。まさか男が女子更衣室に隠れているとは思わないからな。そしてこの時間帯は女子更衣室は誰も使わない。間違いなく最高の隠れ場となるだろう。

 

「助かったぜ江藤!ともにヤツを叩きのめしてやろう!!」

 

 そう言ってハイエナどもはこぞって出ていった。教室には女子と夜凪、そして俺のみ。

 

「よし、面倒は押し付けたし一度ここを離れるぞ夜凪」

 

「……え?なに今の」

 

 

 

 

「それで?演劇がなんだって?」

 

「そうなの。黒山さんがチケットを渡してきて、誰かと観に行けって。それでこの前のお礼もかねて先輩を誘ったらって雪ちゃんが」

 

 帰り道、改めて聞いてみるとどうやらあの二人の差し金だったらしい。なんてことしてくれたんだあの二人。

 

「別にいいけど、なんの演目なんだ?」

 

「えっと、巌裕次郎って人の……どうしたの先輩?」

 

 巌裕次郎だと?黒山の野郎、こうなることわかってて黙ってやがったな?

 

 巌裕次郎

 老いて未だ評価高き舞台演出家。演劇界の重鎮。そして俺の師でもある。母さんが勝手に弟子入りさせただけだけど。

 

 あの人なぁ……、俺何も言わずに脱走してきたからなぁ。行きづらいし顔も合わせづらいよなぁ……。夜凪には悪いけどコレは断らせてもらおう。もし会ったら何されるか分かったもんじゃない。

 

「悪い夜凪。やっぱそれは無理そうだ。予定が入ってた。千世子でも誘って行ってくれ」

 

「あ、そうなの……残念だわ。いやそれよりも!なんで千世子ちゃんと幼なじみって黙ってたの!?しかも料理作ってもらってるって!!ずるいわ!」

 

 残念そうだったのに急に怒り出した。情緒どうなってるんだお前。

 

「有名人の幼なじみって面倒なんだよ。色々聞かれたりとか。アイツのプライバシーもあるしあんま言わないようにしてる」

 

 お前らも知りたくないだろ天使が昆虫大好きキチガイガールだなんて。身体能力が天元突破してるって。

 

「でもいい経験になると思うよ、あの人の演劇観てくるのは」

 

「?先輩も知ってるの?」

 

「ああ、よく知ってる。あの人の作る演劇は、役者含めてレベルが違う」

 

 本当に。アイツらのせいで俺はあんなに大変な目にあったんだからなぁ!!

 

「……ところで、どうしてあの人の幼なじみ関連のこと詳しく知ってたの?こうなることが分かってたみたいだったわ」

 

「ああ、それね。もしもに備えてある程度の弱点はリサーチ済だ。あんな感じでいいスケープゴート先になるから。まぁ鳥取についてはそういうの関係なく処断するつもりだったけど、可愛い幼なじみとかムカつくし」

 

「……よく言うわ。自分だって千世子ちゃんの幼なじみの癖に。今度あの人たちに教えたほうがいいのかしら」

 

 聞こえてるぞ夜凪、マジでやめろよ?冗談じゃないからな。絶対やめろよ?……返事をしろぉ!!

 

 

 

 

 そして翌週、どうやら宣言通り観に行ってきたらしい。そして俺は今日も今日とて何故かスタジオに呼び出されていた。

 

「こんちわー、なんの話してるんすかー?」

 

「それで……あ!いらっしゃい江藤くん!今ちょうど景ちゃんが舞台の感想を教えてくれててね?あーあ!私も阿良也の演技生で観たかったなー!」

 

 どうやら感想交流会をやっていたらしい。いやこの場合は感想発表か。

 

「先輩も聞いて!阿良也君の演技は本当にすごかったの!でも実際会ってみたら失礼なセクハラ男だったのよ!!」

 

 会って即座にセクハラしたのか?とんでもねーなアイツ。あ、でもそういえばアイツら臭いがどうとかよく言ってたな、それのことだろうか?

 

「あー、臭うとか言われた?もしそうなら褒め言葉だよソレ多分。アイツ頭おかしいから」

 

 いやホント。定期的にアイツからは*1コナン1010話バリの狂気を感じる。あんなん作成時に笑うだろ絶対。……ってどうしたみんなコッチみて。

 

「な、なんで分かったの?というかどうしてそんなに親しげなの?」

 

 ……あ、どうしよ。

 千世子のこと知られたせいで気が緩んでいた。てか黒山サンがもう伝えていると思っていた。まさかまだ知らなかったなんて。

 

「そ、そんなことはどうでもいいだろ?それよりさ!何か参考になるとこ見つかったのか?」

 

 知られてないなら全力で誤魔化すに限る。勢いだけで行ってしまえ。

 

「え?えーと、そうね。……考えてみたけど、私にはあんな演技出来そうにないわ」

 

「できないじゃねーよ。するんだ」

 

 黒山サンがタイミングよく登場した。思わず睨みつけてしまった。アンタのせいで俺は何度ピンチになったことか……!

 俺の怨念に気づいてるかどうか分からないが、黒山サンが夜凪に色々喋る。なんか演技指導とか久しぶりに見た気がする。この人の指導には杖が飛ばないから平和だぁ。

 

「ったく、お前新しい仕事紹介してやんねーぞ?」

「仕事!?お芝居の!?新しいオーディション受けてないのに!」

 

 どうやら話は新しい仕事のことになったらしい。いいのかここに一般人いるけど。

 

「いい鼻もった演出家は時にオーディションなんて必要としねぇもんだ。阿良也の芝居に近づきてぇならココへ行け。お膳立ては済んでる」

 

 それにしても新しい仕事ねぇ。どんどん夜凪が一流に近づいていくな。このままトップスターまでうなぎのぼりなんじゃないか?

 

「それと江藤、今回お前も行け。相手方の指名だ」

「ふぁ!?なんで!?」

 

 ふぁ!?なんで!?

 

「黒山さん、どういうこと?先輩はただの頭おかしい一般人よ?」

 

 言ってくれるじゃねーか頭おかしい元一般人の現女優が。いつもなら噛みつくところだが今は許してやろう。

 後でルイとサッカーするとき偶然を装って脛当て続けてやる。

 

 そもそも、だ。エドガー・コナンとしてでしか俺の名前は知られてないはず。俺のことを名指しで呼べるやつなんてそれこそジジイのと……こ……。

 

「……黒山サン。夜凪が参加するヤツ、名前は?」

「銀河鉄道の夜だな」

「阿良也の演劇観に行かせた理由は?」

「色々あるが、共演者の演技観るのも大事だろ」

 

 間違いないな。相手の演技を事前に知ってるのはプラスにしかならない。

 

「……その参加する作品、演出は?」

「巌裕次郎だ。お前を呼んでるのもあの人」

「ぜっっったい!!イヤだ!!!」

 

 だと思ったよ畜生が!!

 

「そういうと思ったぜ。こうなりゃ無理やり連行するからな!」

「うるせぇバーカ!!こればっかりは聞かねーぞ!なにがなんでも逃げ切ってやらァ!!」

「テメェ江藤!モノ蹴るんじゃねぇ!!しかもやたら精度いいの何なんだお前!!」

 

 俺と黒山の戦いが始まる。新一目指して始めたサッカーなんだ!なんでも精度良く蹴れるわバカが!

 

「おい柊!お前も手伝え!」

「え、ええ!?何が起きてるかも理解できてないのに!?ていうか江藤君もモノ蹴らないで!?壊れるから!!」

 

 柊さんも加わる。夜凪はアタフタしている。こうなれば夜凪を仲間に……!

 

「夜凪!手伝ってくれ!俺にはお前が必要なんだ!!お前しかいない!!」

「どうしてそんな情熱的なことココで言えるの!?というか大人しくしてくれないかな!?」

 

 柊さんにツッコまれる。今は話しかけるんじゃねぇバーロー!!

 

「江藤君!巌裕次郎ってとってもすごい人なんだよ!なんで指名されてるのか分からないけど栄誉なことなんだから!!」

「黙れろくに料理もできない女子崩れ!!説得ならCカップ超えてから出直してきやがれ!!」

「酷いこと言うな君!?そんなこと思ってたの!?」

 

 死闘は続く。俺の発言から柊さんの拳に勢いが増した。腰の入ったいいパンチだ。

 

「ちょ、夜凪ホント助けて!柊さん強すぎる人間やめてるってコレ!!なんで俺の周りの女はみんな人間辞めてるんだ!?」

 

「先輩、私も女なんだけどソレ分かって言ってる?」

 

「当たり前だろうが人間失格筆頭!!お前と千世子がトップ2だバカがって冗談に決まってるだろお前ほど人間やってる女俺見たことねぇよ!!」

 

 危ない。助けを求めているのに本音が飛び出してきた。やっぱ探偵目指してただけあって俺の口は真実しか話せないようだ。

 

「ていうか先輩もよくわからないけど行けばいいじゃない。すごい人なんでしょ?巌裕次郎って人。先輩だって話してたじゃない。よく知ってるすごい人だって」

 

「よく知ってるから問題なんだ!とにかく顔を合わせるのだけは無理だ!俺の命が惜しくはないのか!?」

 

「あれ?今私達そんな話してた?」

 

 してただろバーロー!そんな話しかしてなかっただろ!!

 

「オイ夜凪!コイツ連れてかなきゃ仕事の話なくなるぞ!そういう話になってる!!」

「なんてことしたんだこのクソヒゲ野郎!とんでもない条件作ってんじゃねーぞ!!そんなことしたらお前「先輩、悪いけど大人しくしてて」ほらこうなったぁ!!」

 

 2分後、俺の起こした暴動は鎮圧され、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

「やっと落ちやがったか。面倒かけさせやがって」

 

 黒山さんがそういった。目の前には散々暴れ散らかしてやっと気を失った先輩。

 

「それにしてもどうしてあんなに暴れたんだろうね。あんな江藤君はじめて見たよ」

 

 私も初めて見た。よほど嫌だったんだろう、どうしてかは分からないけど。

 

「黒山さんはわかる?先輩がどうしてあんな嫌がってたのか」

 

「確か巌裕次郎って名前に拒否反応を起こしてたよね?もしかして知り合いなのかな?」

 

 そうなのかもしれない。千世子ちゃんの例もあるし、考えられなくもないだろう。

 

「そういや、お前らには話してなかったな。コイツと巌裕次郎は師弟関係だ」

 

 え?

 

「「えぇ!?」」

 

 思わず大声が出てしまった。雪ちゃんも同じらしい。

 

「そんな話、一度も聞いたことなかったわ。本当なの?」

 

「ホントだったとして、何で隠してたんだろうね?というか何でただの高校生やってるんだろ」

 

 本当だ。ソレが事実ならどうして今芸能界と関わっていないんだろう。千世子ちゃんもそんなこと一言も言ってなかった。

 

「言いたくなかったんだろ。高校入学と同時に何も言わずに失踪したらしいし。言っておくがお前らが知り合いだと知って俺も超驚いたんだからな?それよりも、こいつが眠ってる間にさっさと目的地まで届けねぇと今までの苦労が水の泡だ」

 

 黒山さんの言うとおりだ。今先輩が目を覚ましたら、また暴れだすに違いない。先輩については後で聞けばいい。……あれ?

 

「みんな、私気づいちゃったんだけど、先輩のこと何も知らないわ」

 

「そういえば、江藤君自分のことあんまり言わないよね」

 

 そうだ。あの人は自分のことをめったに話してくれない。千世子ちゃんのことも教えてくれなかった。

 

「もしかして他にもとんでもないものを隠してるかもね」

 

「そうかも。黒山さんは何か知らない?もう知らないなんて嫌だわ。ちゃんと先輩のこと知っていたいの」

 

 知らないことをそのままにしておくなって先輩も言ってたし。

 

「あー、まあ言ってもいいか。どうせすぐわかることだしな。お前らエドガー・コナンって知ってるか?」

 

 エドガー・コナン?それって……

 

「知ってるも何も、少し前に登場した天才少年でしょ?私も見たわ。確かに面白かったし、でもそれが関係あるの?」

 

「そうだよ!エドガー・コナン!脚本も監督も自分で務めた正真正銘の天才!もう復活しないのかなぁ?」

 

 雪ちゃんの声が大きくなった。聞けば大ファンらしい。とんでもない狂乱だ。

 

「それ、コイツな」

 

 黒山さんが先輩を指している。……?なんて?

 

「黒山さん?今なんて言ったの?」

 

「だから、エドガー・コナンってコイツ」

 

 は?

 

「は!?えぇぇぇぇ!?」

 

 うるさい。雪ちゃんうるさい。私も驚いてるけど隣にもっとすごい人がいた。

 

「黒山さんはどうして知ってるの?」

 

「なんでもなにも、あいつの映画の助監督、俺だから」

 

 そういった瞬間、黒山さんが真横に吹き飛んだ。え?

 見れば雪ちゃんが馬乗りになっていた。完全にマウントポジだ。

 

「な!ん!で!さっさと教えないの!?しってたでしょファンだって!!」

 

 怖すぎる。先輩が言ってた人間やめてるって意味が初めて分かった気がした。

 

 

 

 

 

 

「おら!さっさと起きろ!」

 

 身体に衝撃が走り目が覚めた。微かに聞こえた声から察するに蹴り起こされたらしい。

 

「イッテー……。人様のこと蹴ってんじゃねぇよ何処で教育受けたんだお前。蹴り飛ばすぞ」

 

 状況は分からないがとりあえずムカついたことを口にする。

 そうこうしてる間に思い出してきたぞ。スタジオでリンチにされて気を失ってたんだ。夜凪たちめ、今度とっておきの仕返ししてやっからな。

 

「へぇ、ソイツは誰に言ってんだ?」

 

 頭上から声が聞こえる。質からして多分結構な歳だ。いい歳してマナー悪いなコイツ。顔を上げながら悪態をつく。

 

「アンタに決まってんだろ爺さん。悪いが今の俺はあんま優しくないぞ?謝るならい何でもありませんゴメンなさい!!」

 

 声の主は巌裕次郎だった。どうしよう汗が止まらねぇ。

 

「ちょっと見ねぇ間に言うようになったじゃねぇかオイコラ。誰のこと蹴り飛ばすって?えぇ?」

 

「い、いや。蹴り飛ばすじゃないっすよ!えぇと、ホラ!襟正すぞって!っぱシャキッとする必要があると思って!勿論俺が!!」

 

 こえぇ!!何で俺こんなトコいるの!?もしかして俺の意識飛んでる間に連行された!?

 辺りを見渡す。夜凪がいた。目があったと同時に顔を逸らされた。犯人はお前らかやっぱり!!

 

「まぁいい。丁度夜凪の紹介が終わったとこだ。さっさとてめぇも挨拶しやがれ」

 

 爺さんからそう言われるが、なんの挨拶かさっぱり分からない。分かりたくない。分かっちゃいけない。その先は地獄だ。

 

「あ、あのーお爺さん?なんの挨拶かまるで分からないんですけど……気づいたらここにいた感じで」

 

「てめぇも何も知らねぇのか面倒だな。あー、紹介する。コイツは江藤新。2、3年前までここにいたから知ってる奴も多いと思うが、今日からコイツも加える」

 

 やっぱりそういう感じか。今更呼び戻してどうするつもりだジジイ。周り見てみろ、アンタの演者理解できてないぞ?

 

 ジジイの方を見るが何も言ってくれない。こういうときはもう何を言っても無駄だ。腹をくくるしかない。

 

 あぁ、やだなぁ。帰りたいなぁ。

 

「ご紹介に与りました江藤新です。はじめましての方ははじめまして。お久しぶりの方はお久しぶり。たくさん頑張ります」

 

 あーあ、手抜いたら殺されるし、腕なまってても殺される。ホント割に合わない仕事になりそうだ。

*1
『笑顔を消したアイドル』とは、『名探偵コナン』のエピソードの一つである。

 2021年6月26日に第1010話として放映された、原作漫画にはないアニメオリジナルエピソード。とにかく狂気。おかしいと思わなかったか?ってレベル




スマブラソラ参戦おめでとう!!!!!


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自分を工藤新一だと思い込んでいた人による5話

今回書き直すかも。なんかよくわかんなくなっちゃった。


「ちょっとちょっと巌さん!?嘘でしょ!?色々理解追いついてないけど、まずこの子がカンパネルラ!?無理だって!ちんちんついてないじゃん!!てか何でしれっと帰ってきてるのお前は!?」

 

 久しぶりに声聞いたけどうるせーなこの人やっぱ。それと帰ってきたんじゃねーよ連行されたんだ。

 

「うるせーぞ亀。だいたいまだついてないかは分かんないだろ」

 

 !?たしかに!!天才かよ爺さん!

 

「!?確かにってわかるかぁ!それで納得するバカがいるかぁ!!」

 

 何故かピンポイントで心に刺さった。何としても撤回させたい。

 

「いや、亀さん。シュレディンガーの猫によると何事も確認しなければ結果は分からないらしい。ここはしっかり確認しておいたほうがいい。ああ大丈夫、俺と夜凪は仲がいいからね。代表して俺が確認しよう。さ、夜凪。とりあえずその胸の膨らみが本物か確認しよう」

 

「お前俺たちとの久しぶりの会話の最初それでいいのか!?それとその確認なら俺がやりたい!」

 

「どっちにもさせないけど!?バカなの!?」

 

 チィッ!夜凪への仕返しと俺の欲望が同時に満たせるチャンスがッ!!

 

「……景だっけ?説明して」

 

「そんなに見てわからない!?ついてない!!正真正銘女!でも確認されるなら貴女がいいわ!!」

 

「それは分かってるし確認もしない。あのバカどもと一緒にしないで」

 

 酷い言われようだ。七生さんの毒舌は今日も絶好調のようだ。

 

「そもそもカンパネルラを女性が演じるのは演劇では珍しくない。巌さん、この子素人だよね?」

 

 おお、なんか真剣な感じだ。これは夜凪認められてないな?なら俺も拒否してほしいんだけど?

 

「役者に免許はない。なら何を以って素人とプロを区別する?」

 

「……経験値」

 

「ならすべての子役は素人か」

 

 言いくるめられてやんの。仕方ないよ爺さん普通にレスバ強いから。あの人に勝つには恥も外聞も捨てる必要がある。三日三晩連日でな。

 

「簡単だ。売れてるかどうかでしょ」

「ならお前素人じゃねぇか亀」

 

 あはは!と笑いが漏れる。夜凪も混ざっている。

 

「こらぁ!せめてお前は慎め新入り!先輩だぞ!?というかシンは笑いすぎだろ!変わらねぇなお前!!」

 

「いや、スイマセン一生素人。でも俺先輩のこと一生素人でもソンケイしてますよ」

 

「一生とは言われてなかっただろ!?あと一生素人ってやめろなんか別の意味でも悲しい響きだ!!」

 

 そっちの意味では素人も無理だろ(ド辛辣)

 というかなんの話だっけ?

 

「役者を名乗る覚悟があるかどうかだよ」

 

 阿良也の声で思い出した。そうだ素人とプロの区別だった。

 

「言葉ってのは重く強いものだ。だから俺は言葉を軽く扱う奴が嫌いだ。もう一度聞くよ夜凪」

 

 

 君、役者?

 

 

 うわぁなんかシリアス。漫画でよくある覚悟を問うシーンだ。果たして夜凪は受け入れられるんだろうか。俺もなんか身構えとこ。でも夜凪が答える前に話が流れちゃった。

 

 七生さんがテストするみたいだ。なんか姑みたいだな。

 

「エチュード……テストのつもりか。言ったよな七生、意味のねぇケンカは──」

「違う。私は巌さんの舞台を必ず成功させたいだけ」

 

 凄い気迫だ。よほどこの舞台に賭けてるらしい。何かあるのか?

 しかし、もしそうならこんな雰囲気の中にやる気のない俺がいるの、どう考えてもおかしいよなぁ……。

 

 テストが始まった。夜凪の様子が変わってる。七生さんも少したじろいだようだが、演技を始めた。

 あの人演技始まると人変わるからな。ぶっちゃけだいぶタイプ。

 ……どちらも凄いが結果は見えたな。ほら、夜凪の自然な演技に七生さんが固まった。

 

「もう十分だろ、七生」

 

 ゴンッ!という杖が床を叩く音と共に、爺さんがそう言った。

 

「夜凪の台詞になぜ戸惑いを見せた?手前の詰めの甘さが理由だろうと決して顔に出さずに演じ続けろ。舞台に失敗は許されねぇんだぞ」

 

「……はい」

 

 相変わらず厳しいね。仕方ないと思うけどね、舐めてかかった相手が超すごかった時なんて固まっちゃうもんだろ。まぁ最初の演技で気づけなかったのは問題だけど。

 

「今の夜凪の芝居、阿良也以外に理解できた奴いるか?」

 

 爺さんが問いかけるも誰も反応しない。共演した七生さんだけだ。

 

「共演者だけか。オイ馬鹿弟子、夜凪の芝居についてとその欠点、説明してみろ」

 

 は?

 

「いやいや待ってくださいよ。そんな急に言われても困るって!そもそも俺挙手してないし!」

 

「お前芝居中の視線険しくなってただろ。こういう場に立つといつもそうなる。お前はその思考をどうしてか嫌ってるようだが今は捨てろ」

 

 嫌いになるに決まってんだろバーロー!鋭い視線で相手を考察して謎を理解する、まるで工藤新一じゃねーか!演出家も探偵もやめた今、ちょっとしたコト以外ではこんな癖なくした方がいいに決まってんだよ!

 

「だいたい、本当に分かってないならどうなるか想像つくだろ」

 

 そう言われて考えてみる。残念なことに弟子である俺が、夜凪の今の芝居を理解できなかった時の爺さんは……

 

 間違いなく、俺を殺しにくる。

 

「さっきの芝居、顔は斜め左を向いているが視線の焦点は固定されていなかったし身体は僅かに動いていた。汽車の中で窓から変わる景色を見ていたんだろう。夜凪が通路側から窓を見ていたことから、途中までは誰かが座っていたと考えられる」

 

 さっきまで渋ってたのが嘘のように凄い勢いで口が動く。死を間際にしたら誰でもこうなるだろう。まるで追い詰められた犯人があの手この手で言い訳する時のようだ。

 

「夜凪の表情と景色を見ていたって条件から、多分だけど汽車から人がどんどん降りていって今はほとんど人が乗っていない田舎付近。だから自然豊かな光景と合わさりリラックスしている。そういう設定で演じていたから、そこでわざわざ景色を遮る位置に座ろうとした七生さんに困惑した」

 

 どう?と夜凪に聞いてみるが夜凪は困惑しているご様子。

 

「……なにからなにまで合っていて、正直気味が悪いわ。やっぱり先輩ってエスパーなんじゃないの?」

 

「違う。こじつけが得意なだけだ。ということでここまでが夜凪の芝居について。ここからが欠点だ。夜凪はさ、演者の仕事って何だと思う?」

 

「……演じること?」

 

 あっさい意見だなお前ビックリするわそんなの。だが間違ってない。知ったような態度されるより全然マシだ。

 

「そうだ。より正確に言うなら演じて伝えることだな。お前の場合演じることは十分だがいまいち伝えるって意識に欠けてる。相手は人工物じゃないからな。いい演技だとしても伝わらなきゃ無価値だ。演者は現実味がなくなるんじゃないかってくらいオーバーに演ったほうがいい。日本人の場合は特に」

 

 アメリカのファミリー映画見てみろ。あれくらいの気持ちでやっても多分だけど丁度いい感じになるぞ。現実感を持ち込みすぎると自分が思ってるよりも小さい演技になるから。

 

「簡単にいえば、お前の演技は一流のわかる奴にしか刺さらないってコトだ。良悪で言えば良だけど、可否でいえば否だね」

 

 そして、俺の好悪で言えば……これはいいか。

 

「……あんまり信じてなかったけど、ホントに詳しいのね。今までお芝居についてこんな深く話したことなかったのに」

 

 当たり前だろバーロー。今は命懸かってんだよ俺の。

 

「ほらみろ、ちゃんと分かってんじゃねぇか。さっさと答えやがれ馬鹿が」

 

 うるさいぞハゲジジイ。これくらい答えないとアンタ怒るだろうが。

 

「で、実際治りそうなんですか?コイツの欠点」

 

 タイプ的には阿良也が近いけどどうなんだろう。コイツが落ちてくれたら俺も逃げ切れると思うから、是非とも無理であって欲しい。悪いな夜凪、今回ばかりは俺は敵だ!

 

「無理だね。俺も同じタイプだから分かるけどさっきシンの言った欠点を治すには公演までじゃまず間に合わない」

 

 よし!ナイス阿良也さん!信じてたぜ俺はアンタをよォ!!

 

「できるできないは聞いてねぇ。夜凪を使うのと使わねぇの、どっちが面白いかだ」

 

 できるできないを聞け。リスクヘッジはちゃんとしろバーロー!

 なぜか七生さんが爺さんに賛成している。この一瞬で何があったと言うんだ……!裏切られた気分だ。

 

「夜凪、明日から稽古に入る。いいな!」

 

「はい……!」

 

 あーあ、夜凪の参戦決まっちゃった。コレはこのまま俺も参戦決定だろうか。参戦決定はソラに譲るよホントおめでとう!

 

「ちょっと待ってよ巌さん。まだ話は終わってないでしょ」

 

 終わりそうな雰囲気に阿良也がストップをかける。

 

「なんだ阿良也、まだ何か俺の配役に文句があんのか?」

 

「別に夜凪に関してはもういいよ。でもシンに関してはまた別でしょ」

 

 あ、阿良也ぁぁぁ!!お前のこと信じてたよ俺!!

 

「さっきのヤツで腕がなまってないのは分かったよ。でも、あんまりにやる気に欠けてる。やる気のないヤツはいらないんじゃない?」

 

 そーだそーだ!!やる気のないヤツは参加させるな!!

 

「やる気のあるないでパフォーマンスが変わるような弟子に育てた覚えはねぇよ。それにそっち方面は気にしなくてもすぐに解決する」

 

 ……?解決するのか?俺のやる気が?

 

「……はぁ、じゃあいいや。一回逃げ出した癖にどんな気持ちで帰ってきたのか知らないけど、足引っ張んないでよシン」

 

 あ?喧嘩売ってんのかコイツ?ネチネチした奴だなナメクジ野郎が。

 

「いやー、阿良也センパイが俺のいた頃から変わってなくて安心ッスよ〜。コレなら足引っ張んなくて済みそうッスわ!」

 

「へ〜、やっぱ目とか衰えたんじゃない?そんな節穴で探偵業やってけるの新一くん?」

 

「はぁ?随分自信あるんだな。自分を客観視できない演者ってどうよ?もしかして肩書通りよく見えないってギャグなのカメレオン俳優さん?」

 

「「…………調子のんなよお前!」」

 

 テメェ見てろ!演者の芝居霞ませてやっかんな!!

 

「時間潰すんじゃねぇっつってんだろバカどもが!!」

 

 ジジイに鎮圧された。なんなんだあの人強すぎるって。若い頃京極真やってたでしょ。

 

 

 

「それにしても、まさか先輩が演出と関わりあるなんて知らなかったわ。どうして教えてくれなかったの?」

 

「もうやる気ないヤツ教えたところで無駄でしょ。なんで言う必要があるんだよ」

 

 無事参加を認められ、スタジオで話していたときのコトだ。

 

「じゃあ、先輩がエドガーコナンって言うのもホント?」

 

「あ?ああ、俺がエドガー……!?」

 

 なんで知ってんの!?

 

 亀さんか!?阿良也か!?七生さんか!?それともジジイか!?周りを見るが首を横に振られる。じゃあ一体誰が──

 

「黒山さんが教えてくれたの。その様子だと、本当だったみたいね。どうして隠していたの?」

 

 あっんのクソヒゲ野郎がぁ!!今度会ったらホント覚えとけよバーロー!!

 後日、事務所の机に夜凪似のエロ本が大量に置かれる事件が発生した。

 

「じ、実はミステリアスな男に憧れを持っててね。秘密が多ければ多いほどモテるんだよ男ってのは」

 

「先輩はいつもそうよね。さっき改めて考えてみたけど、私先輩のことほとんど知らないわ。自分のコト話してくれないもの」

 

 そりゃお前自分語りばっかする奴嫌われるに決まってんだろ常識的に考えて。友達いないのか?いないんだったな……。

 

「だからちゃんと教えてほしいの。私、もっと先輩のこと知りたいわ」

 

 ド直球にそう言われると照れるだろやめてくれ!

 だいたいそんなこと言われても話すことないよそんな!話すにしてもそんな重くないよ俺の過去!『実は、工藤新一になりたくてさ……』とか言えねぇよ俺!

 

「おい、その辺で止めとけ。これ以上グダグダされても面倒だ。シン、てめぇはちょっと話があるからこっち来い」

 

 じ、ジジィィィ!!信じてたぜアンタのことは!!やっぱ持つべきは汚え髭面よりハゲたジジィだぜ!!

 

「そういうわけだから夜凪!また明日!」

 

「え?ちょっ先輩!……もう!」

 

 じゃあな夜凪ー!気分はさながら怪盗キッドよ!

 

 

 

「で、話ってなによ?」

 

 爺さんに呼び出された俺は、二人しかいない場所で話を切り出した。

 

「俺がお前を何で呼び出したか分かるか?」

「はぁ?話があるからじゃねーのかよ」

「それじゃねぇ。どうして連れ戻したのかだ」

 

 分かるわけねーだろ。アンタは自分から出てった奴を追いかけたりはそうそうしない。

 

「わかんねーよ。アンタはこんな事する人じゃなかった筈だ。出てった奴には見切りをつけるのがアンタだった」

 

 一度喋り始めたら止まらない。溜まった鬱憤が吐き出される。

 

「アンタはやる気のないヤツに執着しない。例外は阿良也くらいだ。そもそも連れ戻そうとするならもっと早く出来たはずなんだ。どうして今更行動に移した?巌さん、アンタは俺に何を見出しているんだ?」

 

 俺に背を向けたまま、巌裕次郎は喋りだした。

 

「お前が母親に連れられて初めて俺に顔を見せた時だ。まだお前が工藤新一だと思い込んでたとき」

 

 黒歴史だ。わざわざ今思い出させんなバーロー!

 

「黙って聞いてろ。ちゃんと関係ある」

 

 ……関係あっても聞きたくないんですけど。

 

「あの時お前の両親はかなり切羽詰まっててな。お前のやってたなりきりがメソッド演技に酷似してたから。だから執拗に違うことを学ばせようとしていた」

 

 そうだったのか。ただイタいヤツなのが見るに耐えないからだと思ってたわ。

 というか、メソッド演技って夜凪のヤツだっけ?それが問題あるのか?

 

「メソッド演技は優れた演技法ではあるんだがな、役に没頭するあまりその役から帰ってこれなくなることがある。ソレで潰れた役者をお前の母親は知ってたからな。余計心配だったんだろう」

 

 めちゃくちゃあぶねーじゃねーか。俺工藤新一のまま帰ってこれなくなりそうだったの!?良かったホント。

 

「それでお前の母親は俺に頼み込んで来たんだよ。息子を役者として導いてくれって。同じ境遇の役者一人潰した俺にだ。頭おかしいのかと思ったぞ」

 

 ヘビーだな急に。アンタ役者潰したのかよ。知らなかったぞ。

 

「ただ、お前は役者に向いてないからな。途中で無理やり演出家の方向へ変えさせて貰ったが。お前の才能は演出家向きだ」

 

 そうだったの!?確かに弟子入りの件めちゃくちゃ急だったけど!それまでそんなコトしたことなかったのにビックリしたけど!

 

 というか俺が役者に向いてないって?

 

「でも爺さん、自慢じゃないが俺も演技なら結構できる方だぜ?」

 

 実際何年もなりきりしてたんだ。下手な俳優より出来る自信はある。

 

「演技の出来る出来ないじゃねぇ。向いてるか向いてないかだ。そうなるとお前は役者には向いてねぇ」

 

 アンタその言い回し好きだよな。何が違うのかさっぱり分からない。

 

「そもそも本当に役者に向いてる奴は何年もなりきりしててスッと帰ってこれるわけねぇだろ。根本的に演じるってことに違和感を覚えていた証拠だ」

 

 確かに。今の話が本当なら俺と同じ境遇から自力で帰ってくることなんてそんなにないのか。てことは俺、もしかしてセンスない?

 

「気にするな。工藤新一がお前の本来の潜在的な性分と合ってなかっただけだ。他はほとんど同じなのにな。とはいえ役者に向いてる奴はそんなの関係ないんだが」

 

 マジか!?俺って工藤新一に向いてないの!?うれしいはずなのになんかショック!!

 

「工藤新一は真実を解き明かす存在だ。モノマネガチ勢のお前はどっちかっていうと嘘の塊だろ」

 

 言われてみれば。じゃあ何?なりきろうとした時点で工藤新一から離れてくって?俺の数年何だったんだよ。

 

「なまじ才能があるからどうにかなったんだろ。自分が工藤新一だって嘘を真実に作り替えられた。なんだかんだ今もしみついてるみてぇだし。もしお前が真似したのが……それはいいか」

 

 ンだよ気になるだろ!!そこまで言って止めんじゃねーよバーロー!

 

「まあ結局お前は演出家としての才能が秀でてるってことだけ覚えときゃいい」

 

「……さっきからさ、その演出家の才能ってなんなんだよ。それが今この状況に関係あるのか?」

 

 危ない。そう言えばそんな話だった。話がそれていたが結局何が言いたいんだ。結構大事だけど今はどうでもいいんだよ俺の性分は。

 

「演劇なんてな、つまるところ嘘の塊だ。作られたシナリオに作った役を当てていくだけの物語。そこに真実なんて存在しない。だが観客はそれに惹かれる。どこまで行っても虚構でしかないモノに、どうしようもなく焦がれるんだ」

 

 またよくわかんねぇこと言い出しやがった。どんどんイラついてきた。何が言いたいんだこのジジイ。

 

「役者の役目が嘘をキレイに仕立て上げることだとしたら、演出家の役目は嘘と現実の境界を限りなく寄せることだ。観ている奴を自分の世界に引きずり込むこと、客席を神視点から参加者まで持ってくることだ。ありえないことをありえると錯覚させられる奴は、演出家としては天才だよ」

 

「だからさ!何が言いたいんだよさっきから!意味わかんねーんだよ!何させたいんだアンタ!?」

 

「バカでもわかるようにわざわざ説明してやってんだ。自分のこともろくに理解できてねぇバカにな」

 

 ……俺のこと言ってんのか?ふざけやがって。知ったようなこと言ってんじゃねーぞ。

 

「なんか物足りてねぇんだろずっと。将来も定めらんねぇんだろ結局。久しぶりに会ってからずっとつまらねえ目しやがって。今のお前、ユーモアに欠けてるぞ」

 

 余計なお世話だ。確かに将来は決まってないがそれとこれとは話が違うだろ。

 

「アンタがそれに俺が向いてるって言いたいんなら大きな間違いだ。この際はっきり言っておくが、俺があの作品で辞めた理由は監督業がつまらなかったからだ。やっててストレスしか感じなかった。何も楽しくなかった。アンタ風に言えば出来るけど向いてないんだよ」

 

 一番の理由はエドガー・コナンだけど。実際つまらなかったしこういってもいいだろう。

 

バカが。だからあの時撮影許可したくなかったんだ。才能に振り回されやがって。言っても聞かねぇだろうからここに今回呼んだんだよ。お前のその勘違いはもったいねぇ。あいにく俺は時間がねぇからな。特等席で俺の最高傑作を見せてやる」

 

 勘違いだぁ?何言ってやがる。というか時間がねーってどういうことだ?

 

「ま、今回が俺の最後の舞台だからな。弟子として、真剣に手伝ってくれや」

 

 ……は?

 

「お、おい!どういうことだって!聞いてねーぞ!?なんで急に引退なんて……」

 

「歳だ。そろそろ後継も欲しかったからな。俺の舞台でお前の意思を変えさせてやる。よく見とけ」

 

 くそっ!好き勝手言いやがって!そんなこと言われたら手抜けねえだろバーロー!

 だがな、絶対にあとなんて継がねーかんなッ!

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、結局俺の性分って何なんだ?」

 

「あ?めんどくせえから今度な。お得意の推理で考えてみやがれ」

 

「ヒントくらいないとわかんねーだろ!?ネクストコナンズヒントプリーズ!?」




シン君がメソッド演技から帰ってこれた理由ってコレで満足してもらえるだろうか。伏線とか下手だから急展開っぽく感じたら申し訳ないです。


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自分を工藤新一だと思い込んでいた人による6話

感想欄に読解力SSがたくさん現れて震えました。自分でも適切に表現できなくてモヤモヤしていたのをスッと説明されて「もう君が続き書いてよ(褒め言葉)」ってなったけど今日も僕は元気です。


「ど、どうしよう先輩!私殺されるかもしれない!」

 

 どうしよう、後輩がコナン世界に行ったかもしれない。

 

「とりあえず周りを見ろ。コナンもしくは少年探偵団はいるか?ソイツらがいるなら間違いなく殺されるから諦めろ。怪盗キッドがいる場合はほとんど死なないから全力で探せ」

 

「なんの話してるの!?」

 

「はぁ?殺人事件が起きるときの対処法に決まってるだろ。そうだ。自分以外が死んだとき用にコナンたちには媚を売っておけ。やりすぎると怪しまれるけど」

 

「真剣に聞いてくれる!?」

 

 真剣に聞いてるだろ。お前も遂にそういう時期になったんだよな。弟妹の世話は俺も手伝ってやるから早めに直せよ?

 

 仕方ない。とりあえず話だけでも聞いてやるか。

 

「で、お前が本当に殺されるとして、お前誰に何やらかしたんだよ?」

 

「台本が、台本が頭に入ってこないの!」

 

 知らねーよバーロー。台本が覚えられなくて殺されるわけねーだろ。

 

「ソレが関係あるのか?」

 

「さっき武光くんに、巌さんには気をつけろって言われたの。身の危険を感じたら逃げろとも。もしかしたら私明日死ぬかもしれないわ」

 

 ジジイのことなんだと思ってんのお前。流石に可哀想だぞソレ。

 ……いや、そうでもないな。あの暴虐無道なハゲ野郎には丁度いい評価かもしれない。

 

「武光ってヤツは知らないがジジイには気をつけたほうがいいのは正解だ。顔面以外ならどこ殴ってもいいと思ってる節があるような男だ。ほら、顔面セーフって言うだろ?」

 

「顔面セーフって顔面以外ならセーフって意味じゃないけど!?」

 

 じゃあ顔面だからセーフってことか?流石にアウトだろ顔面は。セーフの要因どこにもないぞ。

 

「ま、大丈夫だって。多分お前より先に亀さんが死ぬだろうから。それから考えればいい」

 

「それも大丈夫じゃないわ!?えっちょっ……」

 

 通話を切ってやった。俺も明日から面倒な仕事に参加させられるんだ。明日に備えて早く寝る必要があるって夜凪もわかってくれるよな?

 

 俺はSwitchの電源を入れた。ソラ参戦に備えて身体を馴染ませて置かなければ。

 

 

 

「……す、すいません。サボるつもりはホントになかったんです。久しぶりすぎて頭に入ってなかったんです。でも頑張りますから痛くしないでください」

 

「似たようなのがさっきもいたぞ。オマエら揃って俺のことなんだと思ってやがる」

 

 翌日、当然のごとく寝坊した。別に特大遅刻というわけではないが、謝罪しなければ何されるかわかったもんじゃない。

 

「別にまだお前の仕事には関わってこねぇから構いやしねぇよ。お前も今日は見学だ。久しぶりだろうから頭に詰め直しとけ」

 

 お前も?ってコトは夜凪もだろうか?アイツ昨日台本読み込んでたのに。

 

「亀テメェ何回言わせんだ!頭要らねぇんなら千切るぞコラ!」

 

「ちょ巌さんホント危ないって!死ぬからマジで!?」

 

 久しぶりに杖が飛んでいく風景を見た。新鮮だ、昔はコレが日常だったんだからな。神経を疑う。

 

 え?いま杖刺さったよね壁に。ウソ、そんなことある?殺傷性上がってるんだけど。杖で銃弾と同じ殺人現場作れるじゃん。完全犯罪成立でしょこんなの。

 

 見学をしている夜凪の方まで行く。夜凪は俺を見ると安心したようにコチラに駆け寄ってきた。心細かったのかお前かわいいな。

 

「せ、先輩。先輩の言うとおりだわ。あのメガネの人殺されるかも」

 

「あぁ、俺も半分冗談だったが杖の威力が上がってる。コレは本当に殺人事件が起きるかもしれない」

 

 なんていう話も交えながら見学すること数時間。全体的にレベルが上がってることがよく分かった。七生さんとか亀さんとか俺がいたときより2ステップくらい上にいる。

 まぁ、これくらいなら問題ないが。少なくとも練習で足を引っ張ることはないだろう。助監督なんてそれほどやることもないし。ココでは。

 

「よし!お前ら、ちょっとこい!」

 

 ジジイの呼び出しだ。

 

「夜凪、ココで喜怒哀楽の表現やってみろ」

 

「えっ?えっと……これが喜」

 

 夜凪の喜怒哀楽表現が始まった。お前ビックリするくらい表現の幅ちっさいな!?

 

「そしてコレが楽!!」

 

 ピスピス!とダブルピースでニコニコの夜凪。超絶かわいい。でも失格です。

 

「巌さん。コイツにはそれ投げないんスか?ふざけてますよ」

 

「ふざけてない!真剣です!!ねぇ先輩!?」

 

「正直とてもかわ何でもありません」

 

 ここで俺にパスすんなよお前ビックリしちゃうだろ!

 

「ったく、一旦見学させた意味がねぇな。察しが悪すぎる。亀、もう一度見せてやれ」

 

「うィす。よーく見とけよこの和製ジムキャリーの演技をなぁ?」

 

 今度は亀さんの喜怒哀楽らしい。この人も演技はスゴいからなぁ……。

 

「ハイ喜ィ!」

 

 身体全体を使った大げさな表現だ。だがさっきの夜凪と比べれば雲泥の差だ。夜凪に教えるという点で言えば100点だろう。そのまま怒と哀も繋げていく。

 

「そしてコレが!!え、エクスタシィ〜

「亀テメェそこに直れ」

 

 汚い(直球)

 

 完全にイッてるだろコレ。R18指定の顔してるぞ。非合法でトンでるだろこんなん。

 

「えぇ!?伝わんなかったっスか!?喜怒哀楽の楽!!」

 

「間違ったほうに伝わってんの。訴えるよアンタ。シンもなんか言ってやんな」

 

 爺さんにシメられてる亀さんを眺めていると、七生さんから発言を求められた。別に言いたいこととかないんだけど……。

 

「童貞のくせになんであんな演技できるんスか?」

「お前あんまバカにすんなよ!?言い方悪すぎだろ!?」

 

 あんな事後みたいな顔を童貞ができるわけないだろ。経験もないんだから。

 

「だいたい夜凪に教えるって名目なんだからそんなのされても真似させ……ハッ!!」

 

 瞬間、天才的なことを思いついた。

 

「亀さん!さっきの楽、もっかいやって!!」

 

「はぁ?いいけど、お前なにしようとしてんの?」

 

 なんだアンタ分かっててやったんじゃねーのか?仕方ない、教えてやるよ!

 

「アンタの放送コードギリギリアウトの楽は、アンタがやってるから吐き気を催すほど汚いものになったんだ!」

 

「お前ホント少しは言葉を包めよ!本人に言うかそれ!?」

 

 うるせー!そんなこと今はいいんだよ黙って聞いてろ!

 

「そこで、だ。もしアンタの楽を夜凪にさせられるなら、それはもう擬似的なイキガフゥッッ!!」

 

「シン!?畜生任せとけ!お前の願いは俺がかならイタイイタイ!!巌さんそれ以上いけない!!」

 

 腹に大砲でも食らったのかってレベルの衝撃がぁ……っ。

 

「七生、ソイツそのままシバいとけ。俺はコイツで手が離せねぇ」

 

「任せといて。二度とふざけたこと言えない身体にしておくから。オラ、さっさと起きろセクハラ野郎」

 

 畜生!亀さんより俺の方が罰がキツイのはなんでなんだ!!

 

 二時間後、意識を取り戻した俺は五体満足だったことに泣いて喜んだ。

 

 

 

 アレから無事生還を果たした俺は、夜凪と一緒に帰っていた。

 

「あんまり近寄らないでくれるセクハラ男」

「辛辣すぎないか?未遂だったんだからセーフだろ」

「どうしてそんなに堂々とできるの!?」

 

 いや、悪いとは思ってるんだけどさぁ。なんか夜凪への対応が千世子と話してるときに近づいてきてるんだよな。コイツなら大丈夫だと思って結構攻めた発言をしてしまう。

 

「そもそも本気でやる気はなかったからな。俺がそんなコトさせるような男に見えるか?冗談に決まってるだろ」

 

 2割くらい。

 

「……本当かしら。先輩なら結構本気で言っててもおかしくないと思うけど」

 

「ハッ!俺にセクハラされたいならもっと自分を磨くんだな。具体的には色気を出せ。秒で惚れる自信がある」

 

「やだこの人何でそんなに強気なの?しかもチョロすぎない?」

 

 黙れ。俺は可愛くて色気がある人が好みだ。もっと言えば俺のことが好きな人が好みだ。でも料理を作れる人じゃないと嫌だ。

 

「あ、そうだ。今日食べてくからよろしく」

「唐突!?雪ちゃん達もいるから別にいいけど」

 

 やったぜ。コレでお前の俺にした行いは許してやろう。感謝するんだな。

 

 

 

 夕食も作ってもらい美味しく頂いた後、俺はまだ夜凪家に滞在していた。すぐ帰っても良かったんだが流石にソレはどうなんだと俺の良心が訴えていたのもあり、今はルイたちの遊び相手をしていた。

 

「頭ではわかってるの。阿良也くんの演技は大げさなのにリアル。動作から感情が伝わってくる感じ」

 

 隣では夜凪の演技お悩み相談が始まっていた。ぶっちゃけほとんど聞き流していたが、レイはそっちに行ってしまった。悲しい……。

 ルイは俺と遊ぶもんな?あっち行かないもんな?

 

「だそうだが、江藤。お前から見てどうなんだ?」

 

 急に話をふられてしまった。一体なんのことについての質問なんだ。とりあえず適当に肯定しておこう。

 

「そうだな、俺もそう思う。そういうとこだと思うわ」

「おい、何について話してたか言ってみろ」

 

 しまった。会話を聞いていなかったのがバレたらしい。完璧な肯定だったはずなんだが。

 

「現場にいる人間としてお前も聞いとけ。夜凪だけじゃ情報が偏るかもしれねぇ」

 

 やだよ忘れさせてくれよ。俺だって好きでやってるわけじゃないんだぞ。今だってルイとの交流で忙しいんだぞ。

 

 ルイさんはテレビに夢中だ。俺はどうやら必要ないらしい。大人しく夜凪たちの会話に混ざることにした。レイを捕まえて俺の上に座らせることで仕事への嫌悪感を中和しておくのも忘れない。

 

「で、なんの話?あんま演技については分かんねーぞ?」

 

「エドガー・コナンが分かんねぇわけねぇだろ。夜凪の演技についてだ。見ててなんかあんだろ」

 

「やめろそのエドガー・コナンって!アンタバラしたのまだ許してねぇからな!」

 

「黙れ。いつかバレることだったんだから今更だろうが」

 

 コイツ……!絶対仕返ししてやるからな!社会的に終わるレベルのっ!

 

 レイの頭を撫で回しながら言われたことについて考えてみる。柊さんの方は見ない。エドガー・コナンバレしてからあの人の顔が怖い。何か恨みでもあるのか?

 

「夜凪には言ったけど表現がリアルすぎるんだよ。今日の亀さんを見たらわかるだろ。あれくらいでいいんだよ演技なんて」

 

 ぶっちゃけそれ以外分からない。なんでそうなってるとかも知らない。ちょっと調べればわかるかもだがそこまで踏み込む気もない。

 俺たちは学校の先輩と後輩だからな。あんまり根底まで探る気はないぞ。

 

「でも大袈裟にやればやるほど役に入り込めなくなるの」

 

 あー、そういうタイプね。メソッド演技だからこそ大袈裟な演技はズレてくって事か?

 

「役者にも色んなタイプがいるんだよ。例えば……」

 

 黒山さんがホワイトボードで説明を始める。流石プロだけあって説明が上手だ。

 なるほどね。夜凪は役に深く入りすぎてそのまま戻ってこないのか。コレがジジイの言ってた俺にありえた現象。怖すぎるって。

 

「例えば千世子はお前と真逆。アイツは役の感情を掘り下げるつもりがねぇ上っ面の演技だ。ただし自分の魅せ方をよくわかってる」

 

 千世子についてだ。別にアイツに役を掘り下げるつもりがないワケじゃないぞ。アイツのスタイルにちょっと向いてなかっただけだ。

 

「要するに百城は媚の精度が高すぎて誰が見てもキレイなんだよ。俺から言わせりゃクソだが売れる理由はよくわかる」

 

 媚びとか言うな。言い方悪すぎだろ。仮にも幼なじみなんだし気分は良くないぞ。

 

「ちょっおにーちゃん!イタイ!」

「あ?あっ、ゴメンなレイ!」

 

 気づかぬうちに力が入っていたようだ。痛くしたお詫びにレイを全力で撫で回してやる。キャーッと喜んでいる様子なので俺も気分がいい。

 

「そう考えると阿良也君は景ちゃん寄りだね」

 

 柊さんはそう言うとホワイトボードに何かを描き始めた。多分アラヤだ。ド下手じゃねーかパンチドランカーかよ。

 

 結局のところ阿良也には役の掘り下げを表現する技術があって夜凪にはそれがないってことだ。で、それはみんな忘れてるだけで誰でも出来ることだってワケ。

 

「あー!!ちょみんな静かに!!」

「お前が一番うるせーよ」

 

 夜凪が詳しく聞こうとしたときだった。ルイが大声をだした。どうやらテレビで何かあったらしい。一体何が……?

 

 〘星アキラ熱愛発覚か!?明神阿良也の舞台挨拶に現れたアキラさんですが謎の美少女と……〙

 

 あ?星アキラと写ってんの、夜凪じゃね?

 

「なにしてんの景ちゃん」

「てかお前千世子と行ったんじゃなかったの?」

「オシャレしていってよかったわ……」

「そういう問題じゃないよおねーちゃん……」

 

 柊さん、ヒゲ、夜凪、レイが喋っているが俺の耳には届いていなかった。

 

 星アキラ、スターズのイケメン俳優。ウルトラ仮面役で人気沸騰中。社長の息子。イケメン。

 

「……星、アキラァ……ッ!」

 

 思わず声が漏れる。憎しみで人が殺せたなら……っ!

 

「ど、どうしたの先輩?様子が変よ?」

 

 心配してか夜凪が声をかけてくる。夜凪はたまに頭がイカれるが基本的には良いやつだ。家族のために一生懸命なトコロは好感がもてる。だから今も交友が続いてるんだ。それをあのクソイケメンが……!

 

「クソが!あのイケメン!!一回会えばすぐ手だしやがって!羨ましいなチキショウ!!幼なじみの次は後輩まで持っていきやがったッ!!」

 

「まさか熱愛信じてる!?というか多分千世子ちゃんもそんな関係じゃないわ!?」

 

 おのれイケメンめッ!!夜道には気をつけやがれバーロー!!

 

 

 

「だからウルトラ仮面とは何もないんだってホントに!」

 

「わかってるって、詮索しやしないよ。問い詰めるつもりもないから。ただコレから彼氏動かなくなっても許してくれよ」

 

「何もわかってないって!!というか何するつもり!?」

 

 翌日のことだ。どうやら昨日の熱愛騒動は舞台の宣伝ということになったらしい。もちろんそんな話は知らされてないのでダウト。急遽入ったイレギュラーに違いない。

 

「ハハッ。これから星アキラがここに来るんだろ?待ちきれねぇぜオイ……」

 

「ねえホントに大丈夫なの先輩?目が血走ってるわよ?」

 

「……夜凪、コイツどうしちゃったの?」

 

「分からないの。昨日の報道からずっとこんな感じで……」

 

 七生さんと夜凪が何やら話しているが今はいい。今はどうやってあの下半身野郎を処分するかだ。アイツの演技は努力の跡が見えたから好印象だったがそれもここまでだ。必ずここで仕留めてみせる。

 

「オイオイ新君よぉ!!愛しの夜凪取られて嫉妬してんのかぁ?」

 

 亀さんがダル絡みしてくる。後ろで夜凪のたじろぐ声が聞こえた気がするが気にしてられない。嫉妬してるのか、だって?

 

「してるに決まってんだろバーロー!あのイケメン野郎モテやがって羨ましい!」

 

「……は?」

 

 亀さんはどうしてか俺の慟哭に呆けた顔をしている。アンタは俺の仲間じゃないのか?

 

「俺の幼なじみが千世子なのは知ってるだろ?千世子とアキラは同じ事務所。年も近い。そしてアキラの母はその会社の社長。つまり──」

 

「間違いなく、堕とされてるってことか……ッ!?」

 

 その通りだ。それにそれだけじゃないぞ。

 

「スターズにはほかにも美少女がたくさんいる。それに加えて夜凪だ。コイツも見てくれはいいからな」

 

「あぁ、とんでもねぇ野郎だぜ星アキラ!涼しい顔して特大ハーレム作ってるってのか……?」

 

「そうだよ。そして今日この天球に来るってことは……」

 

「……?何があるっていうんだ?」

 

 ここまで行ってまだわからないのかアンタ!このスタジオに来るってことは──

 

「七生さんも、時間の問題ってことだよッ」

 

「理解したぜシン。協力してアキラをぶっ殺してやろう」

 

「アンタならそう言ってくれるって信じてたぜ亀さん!」

 

 俺たち二人なら、きっとイケメンにだって勝てるさ!!七生さんは俺たちが守る!

 

「す、すごいわ。会ったこともない人間にここまで憎悪を抱けるなんて。もしかしたらお芝居の参考になるかも」

 

「やめときな。それより悪いけど私これから用事できたから。おっきなゴミが二つほど見つかってね。捨ててくるから」

 

 不可視の速攻(ただのシバキ)まで、残り10秒。

 

 

 

「今日からお世話になります!星アキラと言います。舞台は初めてですが精一杯頑張ります!よろしくお願いします!」

 

「「「……」」」

 

 星アキラと劇団天球との初絡みは、とんでもなく空気が悪かった。

 

「テレビで見るよりかわいい顔してる」

「顔だけじゃないといいけどな」

 

 天球とスターズは分かりやすく方針が違う。真逆と言っても差し支えない。当然アキラは歓迎されていなかった。にしてもいびりが怖すぎる。もっと優しくしてやれよ。

 

 さすがのアキラもこの雰囲気は気まずかったようだ。知り合いである夜凪を見つけると表情に明るさが戻った。

 

「ああ、夜凪く──」

「私、ウルトラ仮面さんと熱愛なんてした覚えないわ」

「いやあれはほとんど君のせいじゃ……!」

 

 まるで信じていた人が真犯人であったかのような驚き方だ。彼の中ではとんでもない裏切り行為だったのだろう。

 

「星君。はじめまして、明神阿良也です」

「……初めまして」

 

 周囲に緊張が走る。いったいどうしたというのか。

 

「……やっぱり凄いなキミ。却って珍しいよ。驚くほど何の臭いもない」

 

 私は臭くてなぜアキラ君だけ……という声はいったんスルーする。どうやら阿良也の判定には引っかからなかったらしい。

 

「……あまりいい意味ではなさそうですね」

 

「?別にいいも悪いもないんじゃない?俺はあんまり好きじゃないけど」

 

 のっけから好きじゃない認定を受けたようだ。みんなしてアキラに厳しすぎる。だんだんかわいそうになってきた。もっと優しくしてあげてほしい。

 

「というか、巌さんも好きじゃないと思ってたけど」

「何度も言わせんなよ阿良也」

「俺の配役に口出すな、でしょ?ハイ挨拶終わり」

 

 どうやらもう挨拶は終わったらしい。黙って静観していたがいくら何でも雰囲気が悪すぎる。これじゃ稽古にもならないだろう。

 

「じゃ稽古の続きやるよ夜凪」

 

 嘘だろここから続けんのかよどんな神経してるんだお前。今から俺もアキラと会話しようと思ってたのに。

 

「よし……喜!!「それ癖になるからやめな」

 

 夜凪の演技に爆速でストップがかかった。早すぎるストップ、見逃しちゃったね……。

 

「潜ることを諦めるな。鏡でも見て練習してきたの?」

「うん……沈んでも戻ってくる方法がわからなくて……」

「最悪だ。二度としないでくれ」

「……はい」

 

 目まぐるしく動く事態についていけない。分かるのは、俺がずっと見ていたアキラの様子が変わったということだけ。どうやら覚悟が決まったらしい。

 

「僕が、皆さんにどう思われているかはわかっているつもりです。でも、きっと皆さんに認められる芝居をするつもりです。よろしくお願いします」

 

 ついさっき同じような自己紹介をしていたが、さっきとは言葉にかける重みが違っていた。

 

「青臭さもかっけぇのズルいよなイケメンって」

 

 亀さんの発言には同意する。たまに見る芝居に感じる形跡からも薄々思っていたが、コイツは面白そうだ。

 ゆっくりとアキラに近づいていく。挨拶を済ませていないからな。

 

「俺は江藤新、よろしくな。といっても、俺は演者じゃないけどね」

「……?よろしくお願いします」

 

 困惑しているようだが律儀に挨拶を返してくれた。いい奴だ。熱愛とかがなかったらもっと好印象だった。

 ただ、仕事の時はそういうのは置いておこう。

 

「じゃあ何なんだって顔してるな。俺の仕事は補佐。巌裕次郎の補佐だよ。演出家としての名前もあるにはあるけど知らなくていい」

 

 恥ずかしいからな。エドガー・コナンは消し去りたい過去だ。そのうちバレるだろうが俺の口からは言いたくない。

 

「ジジイが俺を呼んだ理由はまだ理解できないけど、アンタがいるなら少しやる気が湧いてきた」

 

 バックレ決めた奴が何言ってんだって話だけど、俺は弟子だった時からずっと。

 

 死ぬ気で努力する奴らを磨き上げることが、演出家としての本懐だと思っている。




たまに投稿で見かける〇〇杯ってアレなんなんスか?公式が主導でなんかやってんスか?どっかに書いてあったり?教えてエロい人!


あとアンケートに他意はありません。しいて言うなら今後の参考です。


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自分を工藤新一だと思い込んでいた人による7話

おまたせっ!(ソラ並感)


 爺さんが俺を呼び出したのは理由があった。何かを俺に気づかせること。だがその何かはよく分からない。現状では手がかりさえ掴めやしねー。

 とりあえず今までに起きた出来事をまとめて整理してみる。

 

 天球に新たに星アキラが入ってきた。努力の跡が分かる役者。個人的にはそういう奴は嫌いじゃないし、実際モチベーションも上がった。

 けどジジイの目的はコイツじゃないはずだ。コイツが入ってきたのはスキャンダルからのただの偶然。俺を連れてきたときには決まっていなかったはず。

 

 夜凪景。メソッド演技を駆使した天才的な役者。有り余る才能を持て余し気味だがそれにかまけず努力する良い役者。俺の後輩でもありジジイも気に入る根性もある奴。

 だが夜凪と俺が高校で同じだったのも偶然だ。ヒゲ経由で夜凪を連れてくるにしてもそこに俺が入ることはなかったはず。多分夜凪と俺が連れてこられたのはそれぞれ別の理由。

 

 ジジイが今回の舞台を最後に引退する。単純に考えるならコレが最たる要因だ。自分の最後の前に俺を後継として呼び出し、教えること。ソレが目的になる。

 だがソレにしては不可解なことが多すぎる。どうしてわざわざ最後の舞台まで俺を放置していた?やろうと思えばいつでも連れてくることは出来たはずだ。単純に人手が足りなかったっていうのが一番ありえるのがやばい。絶対ありえないのに。

 

「……駄目だな。情報が足りてなさすぎる」

 

 考察しようにも手がかりがない。しばらく観察もしていたが俺に与えられる仕事もほとんどない。これじゃなんの為にここにいるのか分かったもんじゃない。

 

「亀さん、今の大げさ過ぎだ。本番それだと多分浮く」

 

「あ?何処がだよコレくらいでちょうどいいだろ」

 

「マジでそう思ってんならアメリカ行ったほうがいいよ。多分B級映画で引っ張りだこだぜ」

 

「バカにしてんのかテメー!?」

 

 実際オーバーが過ぎるって。夜凪に大げさにやれとは言ったけどそれはアイツが自然な演技しか出来ないからだ。アンタくらいだとソレは悪手だ。

 

 今俺がしてるのはこんな感じの芝居の指摘のみ。それもあんまりないけど。全体練習も始まってない段階でやることはほぼない。

 

「今の演技コナンで言えば『あれれー?おっかしいぞー?』くらいにはイタい。他の役者とやってたら絆創膏じゃどうにもならないレベルの致命傷だと思う」

 

「そこまではいかないだろ!!……え、いかないよね?」

 

 あーもう面倒くさい。ここの人たち芝居は凄いんだけどそれ相応に自信持ってるからな。言っても聞いてくれない時がよくある。そろそろ稽古も本格的にはじまるっていうのに。これは良くない。

 

「今の俺は巌裕次郎の補佐として言ってる。発言には責任持ってるから安心してくれていい」

 

「……わかったよ。信じるからな?」

 

 良かった。なんだかんだで話が通じてよかった。巌裕次郎最後の舞台を絶対に成功させたいという気持ちが強いのが理由だろうか。

 

「おいシン、今後の確認だ。こっち来い」

 

 そんなことを考えていると、その巌さんから招集がかかった。

 

「へーい。じゃ、そういうことで」

 

 さて、今日こそなにか分かるだろうか。

 

 

 

「ここの演出だが、登場のタイミングで煙を使って──」

 

「それならここの音響は少し下げたほうがいいのか?」

 

「まかせる。それとここの照明だが、一旦右にピントを──」

 

 うーん、言ってることが細かい。これを担当スタッフに伝えるのも俺たちの仕事のひとつ。今はその指示内容の共有だ。演出の補佐として関わる以上はある程度把握しておくことも必要だ。

 

「了解。ソレで、セットについてだけど……」

「ああ、セットは今回使わない。椅子と煙だけで行く」

 

 は?何いってんだこのジジイ?

 

「悪いな爺さん。もっかい頼めるか?セットはなんだって?」

 

「だからセットは作らねぇ。今回は役者の力でどうにかする」

 

 どうやらボケてしまったようだ。*1森谷帝二レベルでイカれたこと言ってるよアンタ。

 

「無茶すぎだろ。役者への負担がデカすぎるって。アイツらなら出来るかもしれないけどリスキー過ぎる」

 

「黙れ。何度も言ってんだろ。出来る出来ないじゃねぇんだ。だいたい銀河鉄道なんて誰も見たことねぇんだ。だったら誰でも見えるセットなんかに頼る必要もねぇ」

 

 そりゃ理屈はそうかも知れないけどさぁ……。

 言ってることは理解できる。できるけど納得できるかと言われればそれはまた別だ。

 

「演者のコストがデカすぎるのはどうするんだ?もし不評であればソレは俺たちじゃなくて演者の力量不足に直結する」

 

「そうさせないのが俺たち演出の仕事だろうが。読み合わせが始まれば芝居の細かいとこまで指摘していくことになる。今までみたいなヌルい指摘で済ますんじゃねぇぞ」

 

 ヌルい指摘なんてしてきたつもりないんですけど?結構厳しめで見てきたつもりだったんですけど?

 

「……了解。稽古の時は誰を見てればいい?夜凪か?」

 

「お前は全体的に見てろ。夜凪については気にしなくていい。俺が個人的に担当する」

 

 わーお。爺さん直々に教えることなんてそうそうないぜ。よほど期待してると考えていいのか?流石にこの歳で下半身に従ってるなんてことないだろうし。……え?ないよな?

 

「と、歳の差考えろよ?」

「お前ホント一回シメてやろうか?」

 

 ああ良かった大丈夫そうだ。最近の夜凪はモテ期だからな。ちょっと先輩として心配になってるんだよ。

 

「それでこれが最後の確認だけど、アキラはどうするつもりだ?」

 

「アキラの方も俺が見る……と言いてぇが俺も夜凪につきっきりになる可能性があるからな。ある程度はお前の方へ回す。あの手の奴は得意だろう?」

 

 得意とかじゃない。ああいうのが相手じゃないと張り合いがないから相対的にそう見えるだけだ。

 結局、アキラに関しては俺にもある程度発言権があると考えて良さそうだ。主体はジジイになるだろうけど。

 

 にしても、あのタイプは爺さんは好まないハズだけど、一体どうしたというのか。分からないことが多すぎる。

 

「……というか、セットも作らないとなるといよいよ俺の仕事なくなるんだが」

 

「……そのうち出てくるから待ってろ」

 

 アンタ今何も思いつかなかったから適当に濁したろ。

 とりあえず人手不足だったという線は消えた。前進……か?

 

 

「ところで、夜凪たちはどこ行ったんだ?」

「知らねぇ。アキラと出てったのは見たぞ」

「わりぃ爺さん。役者一人減ることになるかも」

「何する気だテメェおい待て!」

 

 野郎ぶっ殺してやる!人が真面目にやってるのにッ!!

 

 

 

 ソレから2日。実は夜凪が明日で降板になるかもしれないことを初めて知った。いつの間にそんな話が進んでいたんだ……?

 というかそんな重要な話が進んでいたなら教えるのが筋だろう。

 

 仲間ハズレか?いいのか?泣くぞ全力で。

 

「約束の日まで残り一日、こりゃ逃げたな」

あ!え!い!う!え!お!あ!お!

「来れない日だってあるでしょ。私も昨日まで公演だったし」

か!け!き!く!け!こ!か!こ!

「いーや違うね。巌さんが怖くて逃げたに決ま「さ!せ!し!す!せ!そ!さ」うるせぇよ星アキラ!!先輩が今喋ってるだろうが!コレだからイケメンは!!」

「えっ?すいません……」

「謝ることじゃないから」

 

 そうだぞ。見苦しいぞクソ童貞フツメン野郎。イケメンが腹立たしいのは心底同意するけどね?そんなチンピラみたいな突っかかり方むしろダサいから。ここは後輩が優しく教えてあげるべきだろう。

 

「亀さん、流石にソレはダサいっすわ。チェリー丸出しです」

 

「ああ!?お前はこっち側じゃなかったのか!?」

 

「バカだなぁ。チェリーの嫉妬は醜いだけですよ。それにしても……もうすぐ23なのに(笑)」

 

「テメー表出ろゴラァっ!顔の割に彼女もできたことねぇ奴が調子のんなカスがッ!!」

 

 ハッハッハ!何言われても痛くも痒くもないね!なぜなら君の方が恥ずかしいからっ!!23チェリーより下はないからっ!

それはさておき次言ったらタマ潰すからな?

 

「──心配しなくても夜凪君はすぐ戻ってきますよ。勝手に力をつけて」

 

 先程の亀さんたちの話への返答だろう。俺たち格下の小競り合いには目もくれずアキラはそう言うとその場を去る。彼の言葉に周囲の人は固まってしまう。

 

「……やっぱあの報道ガチなん「おい待てやクソイケメン」

 

 俺以外は。先日は結局ジジイに捕縛されたが、今は違う。そんな簡単に逃がすわけにはいかない。

 

「えっと……なにか?」

 

 若干震えながらアキラは尋ねてくる。なにか?じゃねーだろ?

 

「ちょっと詳しく聞かせてくれる?どうしてお前が夜凪の事情について知ってるわけ?あ、そういえばジジイから一緒に出ていったって聞いたなー」

 

「い、いやアレはそういうことじゃなく……」

 

「そういうこと?どういうことかな?もしかして逢引ってこと?えー、それは困るよなぁ。ただでさえ熱愛報道されてるんだから。そうだ!いいこと思いついた!迷惑かける前に俺がその下半身の割り箸切り落としてやるよ!」

 

「話を聞く気がまったくない!?ちょ待って、やめて……離せぇッ!!」

 

 暴れんじゃねークソが!ふざけんなクソゴミバーローが!イケメンだから何でも許されると思ったら大間違いだぞ!?

 

「やめな童貞。嫉妬全開でだらしないよ」

 

「離してくれ七生さん!このクソイケメンの!この性病野郎の【自主規制】を切り落としてやるんだッ!ソレが平和の為なんだ!!」

 

「傍から見るとよく分かるな。コレが嫉妬丸出しで情けない童貞……なんて醜い」

 

「というか性病なんて患ってません!!だいたい僕はまだ未経って何言わせるんですか!?」

 

「ソレはお前が勝手に自爆したんだろ」

 

 畜生離せコラ!許さねぇ!許さねぇぞ星アキラァ!練習終わりには気をつけやがれ!

 

「離せ!この際熱愛はどうでもいいッ!【自主規制】だけ切らせてくれッ!それ以上は何も望まない!」

 

「それ以上も何もそれが一番重いと思うんだが!?仮に誤報だったときの被害が僕だけ大きすぎる!?」

 

 結局無事鎮圧された俺は大人しく仕事をこなして一日を終えた。宣言通り練習終わりと同時にアキラに襲いかかったが察していた七生さんに撃退された。

 星アキラめ、お前だけ演技指導スパルタ決定だバーロー!

 

 

 

 翌日を迎えて、今日で夜凪がどうなるのかが決まるという日がやってきた。やることは喜怒哀楽の表現らしい。最後に見たのは阿良也にボロクソに言われていたときだったが成長したのだろうか?俺は若干心配しながらスタジオに向かった。

 

 結局の所、結論から言えば、出来ていた。バッチリだった。すごい成長していた。何故か両手によく分からない人形を着けていなければ、だが。

 

「夜凪」

「は、はいっ」

 

 爺さんが微かにだが笑った。よほど満足したみたいだ。

 

「明日から台本に入れ」

 

 夜凪は正式に舞台に参戦が決定したようだ。おめでとう。俺からすれば地獄への片道切符に等しいが、お前にとっては喜ばしいことのハズだからな。明日からも頑張れ。

 

「なるほど、ビックリだな」

 

 いい感じで終わりそうだった雰囲気に水を指すような声が聞こえた。阿良也だ。

 

「俺人のこと見誤るの久しぶりなんで正直ちょっと苛ついてんだけど自分に。でもそれ以上にありがとうって気持ちです」

 

 どうでもいーよお前の自分語りなんてキモいな。自分大好きか。

 

「な……何が?」

 

 ホントだよ。夜凪の疑問が正しすぎる。コナンに推理されて自ら全部自供しだす犯人かお前は。

 

「それで相談なんだけどさ夜凪」

「な、なに?」

「今度夜凪の家行っていい?」

 

 速報、夜凪モテ期到来。

 

「なっ、何言って……」

 

 アキラがすごく驚いている。落ち着けよ彼女が寝取られかけてるだけだろ?ザマァねーなバカが!!Fooooo!!!!

 

 さて、足がつかない人の殺し方は……と。

 

 俺は落ち着いてスマホで検索をかける。アキラの不幸は嬉しいが、阿良也の行為を許したわけじゃない。どちらも地獄へ送ってやる。

 

「いや」

 

 俺がスマホを触っている間に、阿良也は見事に断られていた。ハッ!俺が手を下すまでもなかったようだなこの変態が!気軽に女の部屋に入れると思うな!

 

「なんで?いいじゃん一日だけ」

「嫌」

「夜凪の部屋の匂いも知りたいし」

「絶対嫌」

 

 マジで変態じゃねーか。めちゃくちゃ粘るじゃん。

 一体何を考えてるんだ?本当に気持ち悪いよアラヤ。

 

「まずいね景。完全に阿良也に好かれちゃった」

 

「確かに、本番前にこういうのは……」

 

「そうじゃなくて、アイツ一度共演者に惚れたら理解するまで相手嗅ぎ回るの。ほとんどストーカー。ソレがアイツの"役作り"なんだよ」

 

 速報。カメレオン俳優さん、まさかのガチストーカーだった。

 

 

 

 "読み合わせ"

 演劇の稽古のひとつ。台詞のみのやり取りで芝居の感覚を掴む試み。夜凪が台本に入ったことで、今日からその読み合わせが始まった。

 

 そんな中、俺は今、

 

「あー、その服ですけど。ジョバンニは貧乏な設定なんでもうちょいボロい方がいいかもです。そのザネリ用のも、彼はお調子者なので、少し崩した感じで設定しておくべきかも」

 

 舞台での衣装などの打ち合わせを行っていた。そしてソレに合わせて香盤表の作成もだ。

 

 演出助手の仕事は大きく分けて4つ。1つ目に稽古スケジュールの調整、2つ目に香盤表の作成、3つ目が衣類スタッフ等といった他セクションとの調整、最後に稽古補助だ。

 

 今俺がやっているのが2と3。

 

 香盤表とは、出演者の出番を記したいわば出番表。どの場面で誰が出演しているのかが一目で分かるようになっているため、準備段階から本番まで非常に重要な資料になる。

 これは役者だけじゃなくてスタッフにも必要なものだから、適当に作成するとほぼ確実に舞台はグダグダになる。

 

 そして一番重要と言っても過言ではないのが他セクションとの調整。稽古での様子を見て稽古の追加をスタッフと検討したり、衣装や小道具の確認をする。また、演出家の指示をスタッフに伝達、逆にスタッフの意見を演出家に伝えたりするのも含まれる。

 

 コレからは稽古補助が主になってくるからな。そろそろ他の作業を仕上げて置かなければ支障が出てくる。

 

 とはいえ、今回の俺は途中参加だったから香盤表や稽古スケジュールはある程度組まれた状態からのスタートだったわけだが。俺がやったのはちょっとした細かい修正のみだ。楽な作業で最高だぜぇ!

 

「すいません、ここの衣装についてなんですけど……」

 

「あ、はい。……大丈夫だと思います。でもジョバンニの背を小さく見えるよう工夫しておいた方がいいかも知れません。ジョバンニがイジメられる理由の一つとして視覚的情報は多いほうがいい」

 

「わ、分かりました!あ、それと、ザネリの羽織の袖とか後ろの部分、少し広くとったほうがいいと思うんですけど……」

 

 スタッフの人は真剣に相手してくれるから非常に助かる。それでいて意見もしっかり言ってくれる。とてもやりやすい。

 

「構いませんけど、どうしてですか?あんまり必要ない気もしますけど」

 

 袖が目立ちすぎることになれば視線がそっちにズレてしまう。芝居の中に違和感が生まれる原因にもなるだろう。

 

「いや、亀くんってイキイキした演技するじゃないですか、身体全体を使って。間抜けな役柄だからこそブンブン揺れる衣類はちょうど役にハマると思うんです」

 

 なるほど、流石だ。キャラの特徴と演者のスタイルがよく分かっているからこそできる発言だ。素直に尊敬する。確かに大きく揺れる衣類はザネリの騒々しさとか間抜けな感じを伝えるには丁度いいかも知れないな。

 

「分かりました、それで行きましょう!それにしても流石ですね!俺には全然思いつきませんでしたよ!」

 

「いやいや、江藤くんも久しぶりだというのに凄いですよ。ただ、彼ら役者も成長していますからね。君のいなかった2年間の差が出たというだけでしょう」

 

 ……確かにその通りだ。分かった気になっていたが、もう一度ちゃんと見ておく必要がありそうだ。

 

 アキラも含めて。

 

「はは、その通りですね。俺も気を引き締め直します!」

 

 とりあえず、気合入れ直さないとな。

 

 

 

「で、アイツなにやってんの?」

 

 衣類系統のあと、照明、音響と回ってあらかたの調整と確認を済ませて稽古場に合流してみれば、何故か突っ伏した夜凪がそこにいた。

 

「分からない。最近彼女ああやって悩むんだ」

 

 だからなんでオメーが知ってんだオラ?この際付き合ってるならもうそれでいいから彼女の作り方教えてくんね?ワンチャンあるかと思ってた奴らがみんな有名になって手が出せなくなってきたんだ。

 昔から千世子とか何回かイケる気がしてたんだがなぁ……。いつも気がつけば俺の命が危うい状況になってんだよなぁ。脈消しに来てんだもんなぁ……。

 

 いや、そんなことはどうでもいいんだ。どうでも良くないけど。全然どうでも良くないけどッ!!

 

「星くん。お前自分の出た作品どれだけ持ってる?すぐ持ってこれるモノだけでいいんだけど」

 

「え?えーと、十数本くらいならすぐ持ってこれると思うが……」

 

 十数本か……。少し足りないがまぁいいだろう。

 

「よし、今日からソレ貸してくれない?」

 

「あ、ああ。別に構わないけど。何に使うんだい?」

 

 何に使うってお前決まってるだろう。お前は役者で俺は演出家だぞ。誠に遺憾ながら。

 そう答えようと口を開いたときだった。

 

「あ」

 

 うつ伏せになっていた夜凪が急に起き上がった。そのまま俺は話すタイミングを失った。

 

「……え?うそ?……彼に聞くの?私が……?」

 

 めちゃくちゃか細い声だった。劇場版で新一に助けを求める蘭でもそんな声出さないぞ。

 ひとしきりウンウンと唸った夜凪は苦虫を噛み潰したような顔をしてこう言った。

 

「背に腹は代えられないわ。ちょっと役作りの方法について聞いてくる」

 

「よく分かんねーけど苦肉の策を見つけたらしいな」

 

 そんな家族の為に水商売に手を出す人みたいな顔で言うことか?

 心配だな、ついていくか。アキラは行くみたいだし。

 俺はアキラからモノを借りるんだから一緒にいる必要がある。だからコレは奴らが二人きりになることへの嫌がらせではない。違うんだ。違うはずだ。違うに決まってる。

 

 

 

「役作りの方法を阿良也さんから教えてもらう?」

 

「うん、阿良也君出かけてるみたいだから探しに行くの。アキラ君は私達熱愛してないのに何故ついてくるの?先輩も」

 

「引っ張るね君も……」

 

 何だテメー文句あんのかゴラ?オメーらがどんな関係だろうがこっちにはこっちの予定があんだよ。

 

「もともと俺と星くんは外出の予定があるんだよ。だからお前はついでだ。だからといって目の前でイチャついたらぶち殺すからな」

 

「だから話聞いてた?熱愛なんてしてないから」

 

 分かってるよ。そこまで何度もお前が拒絶するなら本当に熱愛はウソなんだろう。お前とは割と長い付き合いだからな。流石にもう理解できてる。今のもほんの冗談だ。

 ただ、もし本当ならアキラの命はないと思えよ?

 

「それで?阿良也の場所に心当たりはあるのか?」

 

「分からないわ。でも役作りのためだもの。探さないと」

 

 場所も知らないで一人で探すつもりだったのかよ。そういう無鉄砲なところが心配になる原因だよバーロー。これは俺たちも手伝ってやった方が良さそうか……?

 

「丁度良かった。俺もその用件で君を探してたんだよ」

 

 俺たちも予定を後に回すべきかと二人で話していたときだった。丁度目の前に阿良也が現れた。今戻ってきたようだ。タイミングが良かった。けどなんでそんな濡れてんのお前。

 

「ど……どうして濡れているの阿良也君?」

 

「?ああこれ?ジョバンニについて悩んでたんだ」

 

 何言ってんのお前キモくね?

 

 夜凪がこちらに助けを求めるような目を向ける。そんな目で見ても誰も理解できてないから意味ないぞ。

 まあどうせ役作りでイカれたことやってきたんだろ。それで何でそうなったのかは理解もしたくないけど。

 

「役作りの仕方、俺で良かったら教えるよ」

 

「ホント!?ありがとう!」

 

 おお、なんだか早く話が進みそうだ。良かったな夜凪。これで俺たちも本来の目的に移行できる。

 

「そのかわりやっぱり、今日夜凪の家行っていい?俺もジョバンニを夜凪から教わりたいんだ」

 

 ヤバこいつ、ガチでキモいんですけど。

 

 ここまで悪質な行為ははじめてみた。役の為だということが分かっていたとしてもコレはキモい。キモい超えて怖い。

 漆黒の追跡者*2の内容よりも追跡者してるよ今のお前。

 

「……夜凪。頼むからこっちを見ないでくれ。俺も極力は関わりたくないからイヤマジで。さ、星くん。早く作品を取りに行こう」

 

「え?で、でも……」

 

 やめろそっちを見るな引きずり込まれたいのかバーロー!お前らやっぱ熱愛してんだろ!?

 クソっ!オメーのせいで夜凪に腕掴まれたじゃねーか!!

 

「お願いよ先輩!二人はホントに無理!先輩と一緒じゃなきゃ嫌!助けてお願い何でもするから!」

 

「よ、夜凪君!落ち着いて!江藤君の腕が大変なことになってる!」

 

「ねー早く家行かない?もう四人で行けばいいじゃん」

 

「元凶はオメーだろバーロー!ちょ、ホント腕痛いんだけど離してくんない!?ねぇ、ちょ……離せコラァッ!!」

 

 しがみつくならもっと雰囲気を作ってくれ!!胸が当たってラッキーよりも腕への心配が勝ってるから今!!

 

 

 

 3時間後、夜凪の家の前には三人の男女がいた。結局夜凪は悪質な変態からは逃げ切れなかった。

*1
劇場版『名探偵コナン』シリーズ第1作目で登場する犯人。建築家。自分の過去作品がシンメトリーになっていないという理由から大規模な爆破事件その他諸々を引き起こしたコナン史上屈指のあたおか。劇場版一作品目ということもあり設定も盛られていて、モデルはあのモリアーティである。マジでおもろいから見て

*2
劇場版『名探偵コナン』シリーズ第13作目「ガキの姿になって生きていたとはな……」ジンに追い詰められてこの台詞からはじまるCMで期待感バク上がり。ジンとチェイスしてバトルのかと正直当時はめちゃくちゃ期待したけどまさかの夢オチだった。作品としては面白かったけどCMの期待感返してもらえます?って作品。とりあえず見て




余談なんですけど、アクタージュ原作の総合評価順にするとこの作品は上から四番目なんだそうです。上三つは多分本職の方々なので実質僕が一位ですね。本当にありがとうございます。


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演芸少女の懊悩

前回のあらすじ
全てをアキラに託して一人で帰った。
よって久々の他者視点です。嬉しいか?

それと今回アンケートをとっています。結果次第でこの作品の今後が大きく変わる可能性もあります。


「ちょっとおねーちゃんどーいうこと!?こんな時間にどーいうことなの!?」

 

「ルイも一緒に夜ふかしする!夜ふかし!」

 

 私がアキラ君たちを連れて帰ってくると、レイとルイはそう騒ぎ出してしまった。許してレイ。私にもよく分かっていないの。

 

「サンカク、ううんヨンカクカンケーなの!?ダメだよ許さないよレイ!おにーちゃんのことはどうしたの!遊び!?遊びだったの!?」

 

「ルイも一緒に遊ぶ!寝る時間エンチョーする!〈9時までに寝る〉ルールははきしてください!!」

 

 どうして先輩は帰ってしまったのか。こういうときはいつも先輩が相手してくれるから助かっていたのに。

 後レイ、ヨンカクカンケーじゃないし先輩ともなんともないの。というか何処でそんな言葉覚えてきたの?え?黒山さんと先輩?……へぇ、そうなの……。

 数カ月後、壁に頭から埋まる男性二人が見つかった。

 

「はは、遅くにごめんね」

「カレー食べたいな。夜凪カレー作ろうよ」

 

 私が必死に宥めているのに呑気にそんなことを言ってくるアキラ君と阿良也君。アキラ君はともかくとして、阿良也君に関してはアナタのせいだという自覚はないのかしら?

 

 

 

 なんとか二人を寝かしつけて言われた通りカレーも作ってやった。先輩以外の男性に作るのははじめてかもしれない。

 

「そういえば堀くんはなんでここにいるんだっけ?」

 

 もくもくとカレーを食べていた阿良也君が、ふとそんなことを言い出した。堀くんとはアキラ君のことだろうか?

 

「星です。江藤君に絶対に付いていけと言われました。それに僕も是非阿良也さんの役作りについて伺いたくて……」

 

「ふーん、夜凪カレーおかわり」

 

 何杯食べるんだこの人。というかアキラ君先輩にそんなこと言われてたのね。確かに阿良也君と二人なのは流石に嫌だったから助かった。でも欲を言えば先輩に一番来てほしかったわ。私アキラ君と熱愛してないもの。

 

「というか阿良也君、本当に役作りの仕方教えてくれるつもりある?」

 

 カレーのおかわりを渡しながら聞いてみる。これでもし無かったら5発は許されるだろう。何処にするべきか……。

 

「もちろん、俺嘘つくの大嫌いだからね」

 

 良かった。ちゃんと教えるつもりはあったらしい。しかし殴ってはおきたかった。少し残念だ。

 

「ところで夜凪って弟妹のこと疎ましく思ったことある?」

 

 ……え?

 

 質問の意図がよく理解できなかった。

 

「阿良也さん何言って──」

 

「さっきのチビっ子たちのことだよ。疎ましく思ったことない?」

 

 アキラ君が止めようとしてくれたけどそんなのお構いなしに阿良也君は話を続ける。とりあえずよく分からないが答えるべきだろう。

 

「二人共とてもいい子だし全然手はかからないの。さっきのは私が誰かを家に招くのが先輩くらいだったか「そうじゃなくてさ」?」

 

 話が遮られる。じゃあ一体何だというのか。

 

「三人ぐらしでしょ?だってこの家君達の臭いしかしない。まだ10代なのにあの子達のせいで大人になることを強いられたんじゃない?」

 

 何を言っているんだ。そんなことあるわけが……ある、わけ……。

 

「夜凪よく思い出してよ。自分の感情に正直であることは役者の条件だからね。二人を恨んだ夜もあったんじゃない?本当は弟妹なんていなければ良かったって──」

 

 アキラ君が阿良也君の胸元を掴む。阿良也君の話が止まる。

 

「なんのつもりですか……!」

 

「……星くん。どうして怒ってるの?」

 

「どうして!?あなたは人の気持ちがわからないのか!?」

 

 アキラ君は多分私の為に怒ってくれている。なのにどうしてか私から阿良也君への怒りが全く湧いてこない。

 

「じゃあ君はどうして自分が怒ってるのか分かってるの?ちゃんと説明できるの?例えばさ──」

 

 その後も阿良也君の言葉は続くけれど一向に頭には入ってこない。昔の、まだ先輩と出会うより前の記憶が脳内を巡る。

 

「──だからそういう役者は臭わない。"嘘つき"は臭わないんだよ」

「あったかもしれない」

 

 唐突に口が開いた。

 

「『どうして私だけ』そう思っていたことがあったかも知れない」

 

 一度話しだしたらもう止まらない。止められない。誰にも話したことのないコトが溢れ出す。まるで懺悔のようだ。

 

 お母さんが死んで私達は三人になって。二人の為に悲しい顔は見せられなくて。映画だけが心の拠り所になっていた。

 

 いつも私は辛いのに画面の中のみんなは楽しそうで、ソレが羨ましくて。映画の世界へ逃げてしまいたいって思っていたことがあったと思う。

 

 そんなようなことがすべて吐き出される。確かにレイとルイを疎ましく思ったことはあった。

 

 それでも、そんな私を救ってくれたのもルイとレイだった。

 

「でも、そんな私をルイとレイが救って──」

 

「ジョバンニは母親に救われていたのか」

 

 私を遮るように阿良也君が呟いた。阿良也君の方を見ると、彼は泣いていた。

 

「ジョバンニが病気がちな母親をどう感じていたのかずっと掴めないでいた。夜凪にとってそれは自分が支えるべき二人の弟妹だと思っていた。てっきり疎ましく思っているものかと……」

 

 私の語りから自分の役について掴んだらしい。あぁ、これが役作りというものか。

 

「ありがとう夜凪。少しジョバンニに近づけたよ」

 

 この日、私はレベルの違いを思い知った。

 

 

 

「お皿後で洗うからいいって言ってるのに。アキラ君」

 

「ご馳走になったんだ。これくらいやって帰るよ」

 

 阿良也君は既に帰った。外は大雨だけど、大丈夫なんだろうか。私はというと、机に突っ伏していた。ぶっちゃけるとなんのやる気も湧かなかった。

 

「自分の感情って自分だけのものだと思っていたの。でも、そんなはずなかったのね」

 

 私の感情は阿良也君に食べられてしまった。あれが私に必要な役作り。文字通り身をもって体感した。

 

「他人の感情を自分のものにする。あんな真似が私にできるなんて思えない」

 

 今まではなんとなく出来るような気がしていた。でも今回は話が違う。そもそもやり方が分からないんだから。

 アキラ君に言ったって仕方ないけど、思わず弱音を吐いてしまう。現在の天気同様に私の心もブルーだった。

 

 コンコンッコンコンッ

 

 そんなとき。唐突に、ドアを叩く音が聞こえた。こんな時間に一体誰が……?阿良也君だろうか。雨が酷くて戻ってきたとか?とりあえず玄関に向かう。アキラ君も後ろから付いてくる。

 

 

「はい、どちら様でしょう……うそ」

 

 扉を開けた先にいたのは、どう考えてもここにいるはずのない人物だった。え?なんでここにいるのホントに。

 

「なぜ……君がここに。てっきり突然の雨で阿良也さんが引き返して来たのかと……」

 

「えー、『うそ』とか『なぜ』とか二人共ひどいなー。なに?もしかしてホントに熱愛してた?友達なのに連絡ないから来ちゃったよー。……というわけで、今日泊めて?」

 

 扉の前の人物、百城千世子はそう可愛らしく首をかしげてお願いしてくる。とりあえず、よく理解できてないんだけど……

 

「い、いいけど、熱愛はしてないわ」

 

 熱愛はしてないことだけは伝えておくべきだろう。

 

 

 

 ど、どうする?千世子ちゃんに粗茶なんか与えてしまった。舐めてんのか私。相手は天使だぞ。バカな先輩と同じにするなよ。

 

「ありがとう夜凪さん。あったまるよ。骨から」

 

 骨から!?そんな表現する人初めてみたんだけど!?溶けてるんじゃないのその骨!

 

「いっ、いえ!お粗末様です!」

 

「で、なんでアキラ君はここにいるの?夜凪さんと何してたの?熱愛なの?あんまり自制利かないようなら去勢しとく?」

 

「もうそれ本当に勘弁してほしいな。仕事の関連だよ。……え?去勢?去勢って言った今?おい!千世子君!?」

 

 どうして幼なじみ揃って発想が似ているんだろうか。多分先輩のせいだな。こんど蹴り飛ばしておこう。千世子ちゃんに悪影響が及んでいる。

 

「仕事の関連で夜凪さんの家にいるっておかしくなーい?怪しいなー?」

 

「ご、誤解だ!コレは彼女の先輩から頼まれたからで……」

 

「?なんでシン君がそこで出てくるわけ?」

 

 ……?あぁ、そっか。千世子ちゃんは先輩が手伝いしていることは知らないんだ。

 

「千世子ちゃん。今回先輩は巌さんに呼び出されて助手として芝居に参加してるの」

 

「……へぇ〜。全然知らなかったよ〜。じゃあなんでシン君はココにいないの?アキラ君に任せるなんてことアレがする?」

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!話についていけない!まず江藤君と千世子君は知り合いなのか!?」

 

 アキラ君が会話に割り込んできた。もしかして千世子ちゃん、先輩と幼なじみって伝えてないんだろうか。

 

「あれ?前にも言わなかった?仲いい幼なじみがいるって。それ、アレのこと」

 

 どうやら前から伝えていたらしい。アキラ君は忘れっぽいのかしら?その年で大変そうだ。

 

「え、えぇ!?噂に聞く頭のネジの代わりに綿棒詰めてる精神異常者って彼だったのかい!?確かに少し触れ合えば分かるレベルの性格の汚さと言動のぶっ飛び具合だったが……」

 

 酷い言われようですよ先輩。後アキラ君そんなふうに思ってたのね。先輩たちにあんまりな言われようだったから少し可哀想だったけどどっちもどっちね。相性いいと思うわ。

 

「まあまあそれはいいじゃん。で、シン君はどこなの?まさかホントにアキラ君に任せて帰っちゃったの?」

 

「そうなの。どうしてもやらなきゃいけないことがあるからって、アキラ君の出演作品貰ってすぐ帰っちゃったわ」

 

「へー……ん?アキラ君の出演作品をもらったの?」

 

 千世子ちゃんは何かに思い至ったような顔をしてそう尋ねてきた。

 

「あ、ああ。他にもスタジオ天球の人たちの作品も借りていたから、多分観るつもりなんじゃないかな?指導もするようだし」

 

「あちゃー……。……一応聞くけど、次の集合はいつ?」

 

「え?全体集合は明後日だったハズだが……」

 

 一体千世子ちゃんはなにを心配してるんだろう。よく分からないけれど、重要なことなんだろうか。

 

「ま、別にソレはいいや。じゃあさ、夜凪さんはどうしてそんなに落ち込んでるの?誰に何されたの?私が遊びに来てるのにそんな顔されるの、へコんじゃうなぁ」

 

 えっ、ちっちがう!さっきのことも気になるけど、今はそれよりも勘違いされる前に誤解を解かなきゃ!!

 

「ちっ、違うの!それはとっても嬉しい!ただ──」

 

 全然言うつもりじゃなかったのに、どうしてか千世子ちゃんに悩みを話してしまった。私はそれほど弱っているのだろうか。

 

「ただ、とても凄い役者さんがいて……あんなの私真似できなくて……このままじゃ私、カムパネルラを演じられない」

 

 どこまで千世子ちゃんが理解できているのかも分からないのに、ろくな説明もしないまま悩みをうちあけてしまった。千世子ちゃんも困惑しているに違いない。あぁ、私は本当にダメダメだってイタイイタイ!!何事!?

 

「あ、ごめんね。思わず愛情表現が」

 

 なんで!?愛情表現で暴力ってこと!?過激すぎるわ千世子ちゃん!

 

「今日は泊めてもらうね。そして明日は付き合ってもらうよ夜凪さん。私が遊びに来たっていうのに、そんな顔されるの許せないからね。友達といるときは笑ってるものだよ」

 

 えぇ……。唐突に現れた千世子ちゃんに、唐突に明日の予定を決められてしまった。

 

 

 

 翌日、結局千世子ちゃんに連れられて私は渋谷を歩いていた。お互いに格好は強盗するんじゃっていうモノだったけど。千世子ちゃん曰く有名人だから仕方ないだそうだ。

 役作りも出来ていないのに遊び回るのは流石に……ということで断ろうとしたんだけど、千世子ちゃんの泣きの演技にあっさり陥落したなんて事実はない。ないったらない。

 

 それから私と千世子ちゃんは、

 

「コレがクレープ。初めて食べたわ。甘くて美味しいけど食べづらいのね……」

 

「夜凪さん、口もとすごいことになってるけど大丈夫?」

 

「え?わぁ!?見ないで!?」

 

 クレープを食べに行ったり、

 

「ご、ゴメンね千世子ちゃん。私カラオケなんて行ったことないし、歌もあんまり歌わないから下手くそで……って泣いてる!?そんなに聴くに堪えなかった!?」

 

「ち、違うの。感動して……ただの音痴って最高だよね。ちゃんと声聴いてても大丈夫なんだもん。コレから絶対上達できるよ。あの生ゴミと違って」

 

「生ゴミ?生ゴミが歌うの?千世子ちゃん生ゴミとカラオケ来たの?というか私生ゴミと比べられているの今?」

 

 カラオケに行ったり、

 

「ち、千世子ちゃん!二つ!二つ同時だわ!?百円なのに二つも取っちゃっていいのかしら!?赤字になっちゃうんじゃ!?」

 

「アハハ、大丈夫だよ夜凪さん。私の知り合いに百円で四つ落とした後店員さんにイチャモンつけてフィギュアまで貰ってた人もいたから」

 

「なにしてんのその人。犯罪じゃないのそれ?」

 

「よくわかんないけど、どうせ何かあったんだよきっと。その前の月は五万近く溶かしてたし」

 

「えぇ……」

 

 クレーンゲームをしたり、

 

「ほら夜凪さん。もっとこっち寄って?写んないよソコじゃ」

 

「こ、こう?」

 

「こうだよっ!はいポーズとって?」

 

「近い!近いわ千世子ちゃん!?」

 

 プリクラを取ったりした。人生初めてが多すぎたけど楽しかった。

 

 そして今、私達はオシャレなカフェにいた。

 

「えー、プリクラ撮ったことないのケイコ?ここに貼ればいいよ」

 

「すぐ剥がれちゃうと思うわ千世……カレン」

 

 人の目が多いところでは本名ではなく違う名前で呼ぶようにすることを千世子ちゃんから言われていた。見つかると千世子ちゃんくらいの有名人だと大騒ぎだから仕方ないだろう。

 

「プリクラもクレープもスタバも友達と街歩くのも初めてなんてまるで化石だね。シン君とは行かなかったの?」

 

「う、うん……。基本的にバイトとかで忙しかったし、先輩もそういうのは誘ってこないから」

 

 あの人勝手に行って感想だけベラベラ喋ってくるし。わざわざ伝えてくるなら私も連れてけって何回蹴り飛ばしたことか。唯一誘われたのは昆虫博物館だった。女の子のことなんだと思ってんだあの猿。

 

「へー、そんなんじゃ普通の女子高生役やれって言われたら大変だね。できないじゃん」

 

「……うん」

 

 千世子ちゃんは優しい。私を元気づけようと今も色々気を遣ってくれている。おかげで今日一日ずっと楽しかったけれど、改めて分かったことがあった。

 

「ありがとう千世子ちゃん」

 

 千世子ちゃんの話を遮るようなかたちになってしまった。けれどここまで気を遣って貰ったんだ。思ったことはちゃんと伝えよう。

 

「千世子ちゃんはいつもキラキラして遠くを見ていて、でも本当は誰よりも優しくて。やっぱりカムパネルラみたい」

 

 そうだ。カムパネルラは千世子ちゃんみたいな人にぴったりだ。私にできるとは到底思えない。

 

「私、千世子ちゃんに……ううん、カムパネルラにはなれそうにない。きっとみんなに迷惑をかけてしまう。そうなるくらいならいっそ降ばわぁあ!?」

 

 急に千世子ちゃんがもっていたコーヒーを握りつぶした。なに!?コーヒー飛び散ってびちゃびちゃになってるよ!?コーヒーのシミは取れないんだよ!?

 

「ち、千世子ちゃん。コーヒーフラペチーノがこぼれて……大丈夫?」

 

 主に頭。

 

「大丈夫?それはこっちの台詞だよ」

 

 いや、こっちの台詞だと思うんですけど(名推理)

 

「降板?なにそれ?」

 

 千世子ちゃんが変装に使っていた道具をすべて外していく。同時に周りがざわつく。え……ちょっと怒ってる……?

 

「要は"役作り"に悩んでるってことでしょ?じゃあ聞くけど夜凪さん」

 

 よく分からないけどなんかスゴみがあるってことだけは分かる。一体何を……?

 

「この人たちが撮っているのは、本当に私?」

 

 …………。

 

「そりゃ美少女とか天使とか、私がそんなふうに見られてるのは知ってるよ。でも私は自分をそんなふうに思ってない。夜凪さんならわかるでしょ?彼らは私を見ているけど、視てないんだ」

 

 天使として、私よりも長く深く業界にいたトップ女優としての台詞。どうしてか、その言葉は私の心に深く刺さった。

 

「今日だってね、実は私夜凪さんを利用して『平凡な女子高生』の"役作り"に来てたんだ」

 

 千世子ちゃんの言葉が続く。一字一句聞き逃しちゃいけない。私は本能的に、そう悟っていた。

 

「いつもキラキラしてて、どこか遠くを見ていて、でも誰よりも優しいだっけ?フフッ変なの。それなら君は最初から私のカムパネルラじゃん。勝手に壁作ってつまんない悩み方してんじゃないよバーロー」

 

 彼女は私の背を押してくれていた。それがよく分かった瞬間で、どうしようもなく嬉しかった。同時に、この期待に応えたいと強く思った。

 

「最後まで逃げちゃダメだよ?*1逃げてばっかじゃ勝てないもん。ぜーったい……ね?」

 

「……うん!」

 

 ありがとう千世子ちゃん。絶対に期待に応えてみせるわ。役者として。友達として。

 

 

 

 

 

「ヤフーニュースとTwitterのトレンドになってる。一体何しに来たんだ千世子君」

 

「デート。だいたい熱愛報道のアキラ君に言われたくないなぁ。君は黙って私のアッシーやってなよ」

 

「…………」

 

 夜凪さんと別れた帰り、私はアキラ君を呼び出して運転をして貰っていた。最近免許をとったばかりの彼だが、こういうときにとても助かる。

 

「というか、夜凪さんも"役作り"に悩んでたんだね」

 

「?知ってて来たんじゃ……」

 

「まさか。本物の天使じゃあるまいし。そんなの名探偵でも分かんないよ」

 

 きっと私がシン君だったとしても分からないだろう。

 

「でも、夜凪さんには一つ嘘ついちゃった。私の演じる役、平凡なんて嘘で、ホントは人を殺したことを隠して友達と遊ぶ女子生徒の役なんだよね」

 

 カバンから赤く染まった包丁を取り出す。アキラ君はあからさまに狼狽えている。驚くのはいいけど事故らないでよ?お願いだから。

 

「君っ!それ本物じゃ……!?」

 

「えー?どーだろーね?」

 

「どうだろうねって……しかもそんな役を君が演じるなんて……」

 

 ちょっと狼狽えすぎでは?そんなにこの役意外?私は結構ハマり役だと思ってるんだけど……。

 

「やー、にしても助かったよ。案外友達といると罪の意識とか忘れちゃうもんなんだね。前のお出かけじゃ分からなかったよ」

 

「前!?前にもやったのかい!?」

 

「うん。シン君と出かけた時にちょっとね。でも全然ダメだったよ。合流して1時間以内には気づかれてたと思う。なのに何も触れずに放置されるからもうヒヤヒヤで。ま、アレはアレで参考になったけどね」

 

 多分役作りの一環だと理解して放置していたんだと思う。その程度には私のことを信頼してくれている証拠だ多分。まさかビビって一切触れなかったなんてことはないはずだ。

 

「……何者なんだ?彼は。その包丁に気づいたということもそうだが、あの巌裕次郎と関わりがあるただの高校生なんて有り得ない」

 

 アキラ君がそう聞いてくる。何者なんだって言われてもね……。

 

「ただの私の幼なじみだよ。思い込みが激しいだけの」

 

 よく考えたらアレの経歴っておかしくない?私よりもぶっ飛んでる気がしてきたよ。ムカつくから今度赤山剛昌先生に会う予定があること自慢しまくってやろう。

 

「あ、アキラ君!ここで下ろしてくれない?」

 

「え?だが、ここから君の家まではまだそれなりに……」

 

「いいからいいから!ちょっと行くところもあるの!」

 

 

 

 目的地に到着した私は玄関のインターホンを押す。

 ……いつもならすぐに応答するハズだけど、やはり反応はない。私は郵便受けの裏に仕舞ってある鍵を使って扉を開ける。

 靴が脱いである。やっぱり家にいたようだ。ここに来るのも久しぶりだが、昔はよく入り浸っていたのもあり、内装はまだ覚えている。迷いなく廊下を進み扉を開ける。

 

 部屋の中には見終わって適当に投げ捨てられたであろうブルーレイ。そしてその先にはモニターを食い入るように見ているシン君。Lかお前は。

 

「おーい」

 

 返事はない。どうやらかなり集中しているらしい。……?近づいてみて初めて気づいたが、何かを呟いてる。

 

「七生さんたちの演技は新しいものになるに連れて進化していってる。ジジイの指導の賜物だな。とはいえ出来ることはまだあるな。亀さんに必要なのは観客を巻き込む演技。最初のみ登場だからコッチの世界観へ引きずり込むのは彼の仕事か。大丈夫だ。ここまで行けるんだったら問題ないはず。この細かいトコは俺が担当するべきだな。ジジイも夜凪で忙しくなるだろうし。問題はアキラだ。コイツ何処直せばいいんだ?別にこのままでも大して問題はない。アイツのルックスなら全然やっていけるだろう。でもそうじゃない。多分だけど彼は一流の演技を求めてる。自分の今の地位をすべて捨ててもいいと思えるくらいに。夜凪みたいな、阿良也みたいな、そんな力を求めてる。そうなるとここから今までの方法でレベルアップはこの短期間じゃほぼ見込めない。ただ芝居練習するだけじゃコイツだけ本番で浮くことになる。なら大幅にスタイルを変えさせるべきか?いや、それじゃ駄目だな。俺たちが伝えちゃ駄目なんだ、アイツ自身で気づくことが重要だ。待てよ?そもそもどうしてそこまで演技力に固執する?どうしてこんなになるまで周りは放っておいた?母親は大女優なんだろ?だってこんなの、教科書に載ってることを片っ端から覚えてきたようなものだ。誰も指摘しなかったのか?非効率的だって、もっとこうしたらいいよって。誰も教えてあげなかったのか?一流の演技法は一つじゃないって、多様性があってはじめて作品の色が生まれるからって。一流の証明方法は誰もが見惚れる主演をすることじゃないって。何も教えず突き放したのか?ただ才能がないからって、ただそれだけで。母親なのに、血を分けた息子を見捨てたのか?偉大な母親の背を追って進もうとした息子を。そもそも才能を絶対視するようならどうして夜凪をオーディションで落とした?なぜアイツに役者に向いてるなんて言った?行動に一貫性がなさすぎる。客観的に見れば……いや、逆なのか、もしかしたら。そうか!そう考えれば辻褄はあうかもしれない!推理なんて呼べない想像ばかりの考察だけど、探偵なんて名乗れないこじつけばかりのものだけど。これが正しいとしたらおそらく──」

 

 こっわ、思考を全部口に出して整頓してるのか知らないけど怖すぎるよシン君。小声で早口すぎて何言ってるかわかんないし。 

 

 これはいけない。やっぱり様子を見に来て正解だった。この調子だともうしばらくはこの調子だったに違いない。

 

「シン君!シン君ってば!!」

 

「──となるとあの一貫性のない行動には何か意味がってうおっ!?……千世子?どうした?てかここ俺の家。なんでいんの?」

 

 なんでいるのとは失礼ではなかろうか?勝手に入ったとはいえ私だって心配していたというのに。

 

「夜凪さんたちに聞いて様子を見に来たんだよ。いつからやってんのこれ?」

 

「あ?てか今何時?あー、19時か。まだ3時間しか経ってないじゃん。あれ?そんなわけなくね?時計壊れてない?」

 

 壊れてるのはお前の頭だ。

 

「日にち見てみなよ。現実が分かるから」

 

「は?日にち?……えっ日付変わってんだけど。バグ?最近DOC○MOってもしかしてバグあった?」

 

 だからバグってんのはお前の頭だよバーロー。

 

「回線エラーはあったけど君のスマホは正常だよ。丸一日なんてホント無茶するよね。止めてくれる人いないんだから無茶しちゃダメだよ。今回も私が来なかったらぶっ倒れてたでしょ」

 

「……嘘だろ?俺の休日が……。ちょっとやって済ますハズだったのに……」

 

 自業自得なのに可哀想に見えるのは何故なんだろうか。相手が曲がりなりにも幼なじみだからか?まぁ見るからに頑張ってたからなぁ。少しは大目に見てあげよう。

 

「仕方ないなー君は。どうせ何も食べてないんでしょ?キッチン借りるからね?」

 

 脳を酷使した影響か回転が遅いらしい。私の幼なじみ様は似合わない間の抜けた顔をしていらっしゃる。あ、再起した。

 

「……?……!?おいおい流石俺の自慢の幼なじみだわ。包容力がハンパねーって。今ならプロポーズもやぶさかじゃねーな。愛してるぜ千世子」

 

「はいはい。私も愛してるからさっさとシャワー浴びてきたら?頭も回ってないみたいだし」

 

「そーするわ。すぐ出てくるから。あ、ゴミは冷蔵庫に捨てといてくれたらいいから。明日ゴミ出しだし」

 

「じゃあ君もその頭冷蔵庫に入れときな」

 

 すごいや。さっきからずっとビックリするくらいイカれた事言ってるのになんの違和感も覚えてないっぽい。だいたいこの地区のゴミ出しは明日じゃなくて今日だろう。

 

 ……クソがッ!驚かせんじゃねーよバーローが!

 

*1
歩美ちゃんチョーかわいい




お陰様でこの作品は既に二部の中盤に突入しました。
10話そこらで。ちなみに他の作者さんたちはココまでに倍以上の話数があります。

どういうことですかコレ(半ギレ)


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自分を工藤新一だと思い込んでいた人による8話

3000票を超えるアンケートへの投票、ありがとうございました。

うち1600票以上は決闘者の方々で、感想欄でもデュエルを申し込む輩が多数見受けられました。デュエルを申し込んだ時点で童貞と自白していると同然です。

よって3000票のうち2500票は童貞票でした。さすがハーメルンですね。


「それで、収穫はあったの?」

 

 千世子が作っておいてくれた料理を二人で食べていると、ふいにそう声をかけられた。

 

「まあ、それなりだな。だけど思ってたよりも掴めなかった。昔なら倍は効率良かった気がするんだけど……」

 

 思い出補正だろうか?昔ならできたって自分を美化することってよくあるよね。個人的には昔は髪もあってイケメンだったって言ってる奴はだいたい昔から髪もないし顔も残念だ。現実を見ろ。そう言ってるヤツは大概今も未婚のチェリーだ。

 というか若干千世子が不機嫌なのは何故だ。今回は怒らせるようなことした記憶もないけど?でも触れないほうが良さそうなのは確かだな。スルーしとこ。

 

「ふーん……にしても無茶するよね。一日あそこから動いてなかったわけでしょ?私も似たような感じの研究するけどそこまではいかないよ」

 

「いや、ここまでやるつもりは本当になかったんだって。でもブランクあるし、少しはやっとかないと。それに一日程度なら大丈夫大丈夫。酷いときは三日くらいやってたから」

 

「三日もやってたの!?バカだねぇ早死にしちゃうよ?一体何やってたらそんなことになるのさ」

 

 何だったっけなぁアレ……あっ。

 

「いいいいいや、覚えてねーな。うん心当たりないわ」

「嘘じゃん。声震えてるじゃん。心当たりしかないじゃん。なになに恥ずかしいこと〜?誰にも言わないから教えてよ?」

「…………お前に解けるか?この芸術が……!」

「芸術は爆発だっけ、顔からいってみようか?」

 

 いけない、あの顔は本気だ。こころなしか千世子の掌も光って見える。

 

 あれは、確かまだエドガー・コナンになる前、ジジイのトコで働かされてたときだ。千世子の芝居に違和感を覚えて原因捜索をしたことがあった。仮にも幼なじみだし心配もするだろう。人生最高レベルで集中したから記憶に残ってた。

 

 とにかく、本人に直接そんなことを伝えるのは嫌だ。それでからかわれようものなら憤死する自信がある。追及される前に別の話題をふろう。

 

「それより千世子はどうしてココに来たんだ?というか何で俺が研究してること知ってたんだ?」

 

 これは普通に疑問だ。何の用事もなくわざわざ俺の家まで来るような奴じゃない。さっきも知ってたような口ぶりだったし、一体何処で知ったと言うんだ?

 

「うん、さっきも言ったけどね?やっぱ覚えてないんだゴミ死ねよ。まあいいや、もっかい詳しく説明するよ。昨日夜凪さんの家で泊まったんだけど、そのときにアキラ君がいてさー。出演作品借りて家に帰ったって聞いたからやってんじゃないかなと思って」

 

 流れるように聞こえた罵倒はきっと気の所為だ。むしろじゃないと心が折れる。

 

 というかお前夜凪の家行ってたのか。ソレなら納得だな……?夜凪の家?

 

「え?何?お前夜凪の家行ってたの?なんで?」

 

 昨日ってアキラと阿良也も居たんじゃ……ハッ!?

 

「バーローなんでそんな魔境に飛び込むようなことした!?流石に未成年がそれはマズイって!」

「ちょ、なに!?近いって顔近い!!どしたの急に!?」

 

 涼しい顔してとんでもねー女だぜコイツ……。この俺がそこまで情報が揃ってるのに気づかないとでも思ったのか……?

 

「どうしたのってお前トップ女優がそんなことして……ッ!というか俺コレからどんな顔してお前と話せばいいか分かんねーよ!」

「友達の家に遊びに行くのってそんなヤバいことだっけ!?ちょっと落ち着きなよッ!」

 

 錯乱する俺を正気に戻すために軽く殴られた。体が浮いて壁に衝突した。全身が痛い。

 

 ……?おかげで少し冷静にはなった。その冷静さを以て考えると腰の入ってない拳でここまで威力出せるのはおかしくないか?もはや人間じゃあない。それにここまでやって心配する素振りも見せない。世界線が違いすぎる。

 

 俺は千世子が恐ろしくなった。コイツだけ世紀末に生きてるんじゃないのか?コイツだけ世紀末の鐘の音が鳴り止んでいないんじゃないか?取り残されてないかお前?

 

「少しは落ち着いた?何勘違いしてたか分かんないけど、ホントにただ遊びに行っただけだからね?アキラ君がいたのも偶然だし、そのアキラ君も私が来てすぐ帰ったから」

 

 ジャギ様は詳しく俺に説明してくれた。どうやら本当に何も無かったらしい。信じるぞ?信じていいんだな?

 

「というか何してたと思ってたのさ。尋常じゃない焦り方してたけど」

 

 これ多分言ったら殺されるよなぁ。言えるわけないよなぁ……。

 

「い、いや大したことじゃないから千世子さんが気にするようなコトじゃないというか……」

「大したことじゃないなら教えて?」

「……聞いても怒らない?」

「怒らない怒らない」

 

 なんだ。じゃあ安心だ。軽いジョークのノリで伝えればいいや。

 

「いやー、顔のいい四人が集まったってことだろ?ワンチャン乱交でもしてんじゃなァァァアア!?」

 

 腕が!俺の腕がマイノリティーを出そうとしている……ッ!?

 

「怒んないって……言ったじゃん……ッ!」

 

「バカでしょ。ソレで女の子にそんなこと言って怒られない訳なくない?幼なじみじゃなかったら訴えてるまであるよ?」

 

 だから言うの躊躇ったんじゃないか!お前が聞いてくるから仕方なく答えたのにッ!

 千世子っていつもそうですよね!俺の身体の事なんだと思ってるんですか!

 

 

 

 

 

「とりあえず、役作りの為に夜凪の家に偶然訪れたときに偶然居合わせたアキラから俺のことを聞いて心配になって見に来てくれたってこと?」

 

「べ、別に心配したとかじゃないけどね?」

 

 人の身体の関節を増やしかけた分際で千世子は何故か照れていた。

 握手を求めるファン相手に『私の名前を言ってみて?』とかやるような厚顔な女が何を照れているのか。

 

 というか別にお前がなんだかんだ優しいのは知ってるから隠さなくていいよ。そういうとこは素直に好感が持てるし。

 

「つーか役作りって次お前なにやるの?」

 

「人殺したこと隠して友達と遊ぶ女子高生役。前遊びに行ったときカバンに入ってたの気づいてたんじゃないの?」

「あー、アレね。そういう意味だったんだ。今思い出したわ」

 

 正直めちゃくちゃ怖かったぞアレ。だって最後まで触れねーんだもんお前。あの後帰ってからここ一ヶ月の行方不明者と不審死について調べたからね俺。怖いから言わないけど。

 

「それにしても驚いたよ。まさかまた演出やってるなんて。いつから戻ってきたの?いつか連れ戻そうと思ってたから丁度よかったけど」

 

 千世子が思い出したかのようにそう言った。どうやら自主的に手伝ってると勘違いしているようだ。そんなわけないだろ。

 

「ちげーよ。無理やりやらされてるんだ。これが終わればもう本当にオサラバだ。こんなのやってられねーよ」

「えー?じゃあエドガー・コナンはまだ復活しないの?」

「バーロー、ソイツはもう二度と復活しねーよ。だいたい著作権ギリギリだろあれ」

 

 

 ……?……!?

 

「なんでエドガー・コナンが俺だって……ッ!?」

 

「本気で隠せてると思ってたんだ。アレで分からないの毛利蘭くらいだよ。それかジン」

 

 一体いつバレたっていうんだ。職業は探偵かお前。

 

「なんで驚いてるのか理解できないけどまあソレはいいや。でもさ、丁度いいから伝えておくけど、私は認めてないからね?」

 

 千世子の雰囲気が少し真剣味を増した。認めてないって、エドガー・コナンが引退したことをか?

 

「悪いが、お前がなんと言おうがもう戻るつもりはないからな。あんな面倒なこと、もうコリゴリだ」

 

 監督なんて売れないまま引退する奴もたくさんいる。話題になる作品作ったんだ。今でも名作として人気あるし。引退したって構わないだろう。

 

「駄目だよ。だってあの作品は、まだ未完成だからね」

 

 ……いや、あの、完成……してます。作者の自分が言いますけど、完結してます。

 

「あの作品は、私がモデルなんでしょ?じゃあ主演は私がやるべきだよ。それに私の物語は終わってない。コレからもっと私は輝く。羽ばたく。魅了する。だから君には意地でも付き合ってもらうし作品を完成させてもらうよ。嫌がったって絶対に逃さないから」

 

 かっけぇ……。流石は大女優の卵。普段の生活でも俺の心を掴み取るような場面を作るなんて。

 

 というか、知らない間にとんでもなく重い感情を芽生えさせてしまったみたいだ。ここまで強い意志を持った千世子を見るのははじめてだ。コレは本当にどうしようと逃してくれなそう。

 

「返事はまだしなくていいよ。というかしないで欲しいな。いつもみたいに流されてやるなんて言われても困るからね。ちゃんと自分の意志で選んでほしいんだ」

 

 俺の返事を待たずして千世子は話を進めていく。おいおい、話を聞かない女はモテないぜ?

 

「もし、君が辞めた理由に演出の仕事がつまらなかったっていうのが入ってるなら、もうそんなこと言わせないから。絶対に退屈させないから。だから私から、目を離さないでね?」

 

 百城千世子はからかうように笑みを浮かべ、コナン世界にいる人物のようなキザなセリフを大胆不敵に、そう宣言してみせた。

 

 

 

 

 千世子の啖呵からしばらく、俺達のいる部屋は静寂に包まれていた。親しい仲だからこそ存在する沈黙が少し心地良い。いやそんなわけあるか。あんなこと言われた直後にこの沈黙、俺じゃなきゃ耐えられねーよ。

 

「……アキラ君のこと、よろしくね」

 

 ふいに、千世子はポツリとそう呟いた。アキラに対して何か思うところがあるのだろうか?だがナイスだ。乗っかってやろう。

 

「あー、まあなんとかなるよ。アイツなら絶対大成するさ」

 

「それは、エドガー・コナンとしての言葉?」

 

 千世子は軽く笑いながらそう言った。その手には乗らないぜ。それにしてもバカだな千世子は。

 

「バーロー、ただの演出の手伝いとしての言葉に決まってんだろ。そんなの必要ないくらい確実に、アイツは大成する。間違いなく」

 

 なんたって、俺と俺が最も信頼する演出家が面倒みるんだ。成功以外に選択肢はない。

 

「それよりも、随分アキラにご執着されてるようで。なに?そんなに気になるのか?」

 

 きっと今の俺は嫌らしい笑みを浮かべているに違いない。だが仕方ないだろう、勝手に口角が上がっていくんだ。それにさっきは俺が大打撃を喰らったからな。今度は俺のターンだ。

 

 千世子は最初キョトンとした顔をしていたが、ニヤリと笑ってこう言った。

 

「そりゃもう、愛しの彼氏だからね」

 

 からかおうと思ったらとんでもないカウンターパンチが飛んできた。この衝撃は灰原の初登場のときと近いものがある。

 コナンと同じ幼児化でかつ正体を知っているあの緊張感はすごかった。最近は俗に染まって可愛さも増した。昔のミステリアスクールな感じも好みだけど今のちょいポンコツっぽい感じも推せる。近年は正体を知っているキャラや他の幼児化したババアも出てきたりしているが俺はずっと灰原が好きです。

 

「フフッなんてね。冗談だよ。同じ事務所の同僚として……シン君?」

 

 千世子の声が何か言っているがよく聞こえない。千世子と言えば昔から少し思っていたが最近は蘭より灰原の方が近い感じがする。わけわかんない身体能力は除いて。気質っていうのかな?初期の頃と最近のちょうど中間くらいのイメージだ。幼なじみ補正で蘭と認識していたが、今となっては夜凪の方が近い気がする。早とちりで蹴り飛ばしてくるわんぱくガールだし。まぁ結局どっちもアキラにお熱なんですけどね?

 

「おーいシンくーん?反応ないと恥ずかしいんだけど?」

 

 千世子に肩を叩かれてやっと気がついた。あまりに目を背けたい現実のせいでトリップしてしまっていたようだ。

 

「えーと、なんだったっけ?カレーライスかランドセルかだっけ?どっちも良いところがあるから甲乙つけがたいけど」

 

「うん落ち着いて?動揺だけは伝わってくるって。ソレだと甲乙つけられないよ?だってどっちとか選べる選択肢じゃないからね。というかどんな話してたらそうなるのさ?」

 

「何言ってんだ。幼女に似合うシチュエーションだろ?個人的にはじめてランドセルを背負って逆に背負われてるんじゃない?っていうのも好きだけど、普段済ましてる子がカレーライスの辛さで涙目になっててかつ口もとが汚れてるのとか──」

 

「凄いよ君。もし私が錯乱してても幼なじみとはいえ美少女の前でそんな性癖暴露したくないもん」

 

 おっとまたあらぬ方向へ行ってしまっていた。大人しく現実を見よう。確か千世子とアキラが付き合ってるって話だったか。

 そっか、悔しいがお似合いだ。美少女の夜凪と熱愛されても違和感のないアキラなら……?

 

 アキラって夜凪と熱愛報道されてなかった?

 

「ごめん千世子。ちょっと用事できたから出るわ」

「え?いいけど、どしたの?」

「ああ、ちょっとアキラ殺してくる」

「ふーん……いってらっしゃいはしちゃ駄目だねステイステイ」

 

 背後から千世子にしがみつかれて進行を阻害される。相変わらずとんでもない力だ。もうすぐ背骨が折れそうだから少し力を抜いてほしい。

 

「離せ!あの野郎ここまで完璧な彼女いるのに夜凪と熱愛報道なんかされやがって!そんな奴に千世子は任せられるか!このままじゃお前は不幸になるかも知れないッ!」

 

「嬉しいけど!そんなに褒めてくれるのと心配してくれるのは正直嬉しいけど落ち着いて!ウソウソ!嘘だから!付き合ってないから!!」

 

「あと単純に羨ましい、羨ましいぞ星アキラァ!芸能人同士ならファンも怒らないだろうしこの際夜凪がマジでも大人しく祝福してやろうと思ったがもう無理だッ!なんでお前だけそんなモテるんだ少し分けてくれよ!」

 

「ねぇ話聞いてよっ!?クソっちょっと嫉妬してくれるかと思ってやっただけなのに!ここまで怨嗟が溜まってると思わなかった!!てかそれなら私に告ればいいじゃんコイツ!!」

 

 星アキラッ!次に会ったらぶん殴った後弟子にしてもらうからな!!

 

 

 

 

 あれからしばらく経った。結局付き合っているというのは冗談だったらしい。千世子が俺を再起不能にした後詳しく説明してくれた。再起不能にする必要はなかったのでは?

 

 そして立ち稽古に入って20日、本番までは残すところ30日を切っていた。

 

 今、目の前では阿良也と夜凪の芝居が行われている。夜凪の進歩は本当に早い。気がつけば想像しているよりも先のラインに足を踏み入れようとしている。これが天才ってヤツなんだろう。

 見れば今も阿良也と張り合ってる。少し前じゃ信じられなかった光景だろう。

 

「……あれ本当に景?阿良也と渡り合ってる……」

 

「本番一ヶ月前でこのレベル凄いよ……!」

 

 全体的なレベルの高さは他と比べても群を抜いているこの劇団でもこの評価。やはり夜凪の才能は凄まじい。

 

「おい、爺さん。どうするつもりだ?夜凪の中で既に役が固まりつつあるぞ。手を加えるなら今しかない」

 

「分かってる。だがアイツらはまだ化けられる。前も言った通り夜凪達については任せてくれていい。お前はお前の仕事をこなせ。アキラをどうにかしたいんだろ?」

 

 他の連中なんてまだ芝居してないだろ今は。今この瞬間手持ち無沙汰だから聞いてるんだ。

 

「その夜凪への指導は俺には教えられないものか?アンタ俺になにか伝えるつもりなら俺にもソレを伝えるべきだと思うけど?」

 

「コレはお前にはまだ早い」

 

 勝手すぎない?急に呼びつけて秘密主義とか舐めてんのか。

 

「あっ、オイ!シン。どこ行くんだよ?」

 

「仕事。そのうち戻るから大丈夫」

 

 このままじゃ指導にも悪影響だ。一旦他の作業をして頭を冷やすべきだろう。

 

 俺はどうにか苛立ちを抑えながら外へ向かった。

 

 

 

「なぁ巌さん。いいんスか?ここ最近シンのヤツ妙にピリついてますよ。多分みんなもなんとなく感じとってます」

 

 亀のヤツがそう俺に聞いてくる。言われなくとも分かっている。夜凪が変わりはじめた辺りから、シンの野郎も変わった。最初は夜凪に触発されてかと思っていたが、どうにもそうじゃねぇ。

 今までの俺たちやアキラの作品を見て研究しようとしていたのは知っていたが、それが理由じゃねぇのは確かだ。

 

「アイツについては気にしなくていい。どっちにしろやる気は以前と桁違いだ。現場にマイナスにはならないだろう」

 

 間違いなくやる気だけは上がっている。少し前までは渋々従っていたのが嘘みてぇに技術を盗もうとしてきやがる。ともすれば中学の頃よりも真剣に。

 

「いや、そうなんスけど、アイツ、生意気だけど俺らの弟みたいなもんなんで。心配っていうかなんていうか……」

「分かってる。コッチで対応しておくから安心しろ。それより亀、テメェ人のこと心配してる暇があるのか?」

「何でもないです!!ちょっと台本読み直してきます!!」

 

 亀が走って出ていく。それにしても、アイツも周りをよく見ている。みんな、なんて言ってたが気がついているのは少数だろう。シンは演技の中でも偽るような芝居に関してはかなりレベルが高い。亀が気づけたのはアイツが団員の中でもシンとの距離が近いからってのと……。

 

「あー、面倒なことになった。時間もねぇってのに」

 

 あのバカのことだから周りのやる気に当てられてモチベーションも上げるだろうと思っていたが、上げ過ぎだ。一体どこのどいつに誑かされればああなるんだ。あんなアイツ見たことねぇぞ。

 今回の劇は良くてもこのままじゃ近いうちに潰れる。そうなりゃ俺にはどうしょうもない。

 

 夜凪たちも、アキラのやつも、バカ弟子も。

 

 全員を正しく導く。ここからが俺の仕事だ。

 

 

 

「はぁ?食事会?俺はいいや。まだ作業が残ってる」

「強制参加だ。ただの会食じゃあねぇ。芝居の上で必要になる。勿論、お前にも益はある」

 

 そんなやり取りもあって渋々参加したが、本当に意味があるんだろうか。今は時間が惜しい。業界に戻るかは別として、あんな啖呵を切られたんだ。アイツを満足させる能力くらいは持っとかないと。意図せずアイツを焚き付けてしまっていた俺の義務だ。

 

「なにシケた面してんだよシーン?もっと楽しめよっ!」

「アンタはテンション高すぎだろチェリーマン。会食なんて今更だろ」

「アンタそれ諸刃の剣だよ分かってんの?」

 

 まだ17だからセーフなんだよ。ソレに俺は未成年だからチェリーボーイだ。チェリーマンなんて残念な野郎と一緒にするな。

 

「違うよシン。このバカはアンタと景、あとアキラがいるから楽しみなの。少しは察してあげな」

「バッカ七生お前ちげーよ!そんなんじゃないから!」

 

 へー?なにアンタそんなこと考えてたの?カワイイとこあんじゃーん?

 

 仕方ない。いい歳して恥ずかしいセンパイのために今日は楽しもう。

 

「センパ〜イ?そんなに俺と飲みたかったんスか〜?仕方ないなーもう。ほら、早くお茶注げよ」

「なにお前急に態度でかいな!?あとお茶注ぐの俺じゃなくてお前!年功序列って知ってる!?」

「亀、アンタ年功序列なんて意識してんの?じゃあさっさと私の酒注ぎなよ」

「畜生七生てめぇ早生まれが!泡ゼロで注いでやるから覚悟しろよ!?」

 

 

 

 

 

「えー、乾杯」

 

「「「「…………」」」」

 

「え?そんだけ?もっとなんかあるでしょ」

「仕方ないよ。巌さんこういうの苦手……何であんたもう食べてんのシン」

「……うぇ?らっふぇもうふぁんふぁいひははろ?」

「ごめん。聞いた私が悪かったね。食べ終わってから話しな?」

 

 乾杯したならもう食べ始めてもいいのではなかろうか?

 

「……ぅン、乾杯したんだから食べはじめてもいいだろ?こっから先はどうせ年寄りのろくでもない長ったらしい話が続くだけだぜ?痴呆だから同じ話5回はするぜ多分」

「おうシン、テメェそこに直れや」

 

 おっといけない。

 

「さっき亀さんがそう言ってました。本当です。俺は知らないけどいつもそうだって彼が言ってました」

「言ってない!?お前シンやりやがったな!?」

 

 悪いが俺の食事の邪魔はさせねーぞ。可愛い後輩のために犠牲になってくれや亀さん。

 ……?やめろ!コッチ来んなジジイ!亀さんだけで満足しておけ!来るんじゃねぇ!!

 

 

 

 

 

 

 バカな童貞二名がダウンしたのを境に宴会は始まった。

 ガヤガヤとした陽気な空気が会場を包み込んでいる。

 

「アキラ君」

 

 バッチィィ!!

 

 夜凪は渾身のウィンクをアキラに披露する。実は夜凪、喜怒哀楽の表現課題の時から密かにアキラのウィンクに憧れていた!

 

「どう?」

「……大丈夫?目に虫でも入った?」

 

 しかし無念。一向に伝わらない。確かに傍から見れば強めの瞬きにしか見えなかった。控えめに言ってセンスゼロだった。

 

「ねぇアキラぁ……わたし眠くなってきちゃったよ……肩貸して……?」

 

 そんな夜凪を差し置いてアキラに忍び寄る影。七生だ。この女、メガネを外すと分かりやすく豹変する。そして酒癖がかなり悪い。今もアキラへのボディタッチがとても激しい。

 

「えっ?はっ、はじめまして……?……誰?」

「ちょっと待った七生さん!肩なら俺が貸します!何なら全身貸します!何でもしていいですよ!おい離せジジイ!今しかねーんだ!あんなエロい七生さんとイチャつけるのは今しかねーんだよッ!!」

 

 イケメンの役得展開を察して気力で復活した戦士が1名。しかし残念、待っていたのはハゲジジイのアイアンクローだった。ハゲの癖に調子のんな。そう言ってシンは再び眠りについた。

 

「はい七生の勝ちー。色気のない役者はダメだよ老若男女問わずね」

「じゃ次阿良也君が手本見せてよ」

 

 目の前の惨劇はあえてスルーして会話する夜凪と阿良也。間違いなくこの場での勝者は彼らだろう。

 

「ヤダこの子身体めっちゃ鍛えてるヤラシイ」

「誰!?やめてもらえます!?えっホント誰なんスか!?」

「なんて羨まじゃなかった破廉恥な展開だ。仕方ない。ここは俺がR18指定が入る前に未成年のアキラと代わコパッ!?」

「何回起き上がってくるんだゾンビかテメェは。というかお前らも勝手に出来上がってんじゃねーよ」

 

 元凶であるシンに今度こそトドメをさして巌裕次郎は完全におかしくなっていた空間を仕切り直した。

 

「落ち着けお前ら。景色を楽しむのが屋形船だ。外を見てみろ」

 

 そう言われて面々は外の景色を見る。

 

「流れる夜景はさながら銀河に輝く星空。見覚えあるだろ?お前たちの頭の中で。銀河鉄道の車窓だ」

 

 ソコから見えるのは美しい夜景。暗闇の中で明るく光るビル等の灯り。ソレらは水面で反射して幻想的だ。

 それは確かに銀河鉄道からの眺めだと言われても納得できるくらいの神秘を備えていた。

 

「よく刻んでおけよ。あれら一つ一つの輝きは人の営みが作ったもの。あんなにも美しいが俺たち乗客には二度と触れられない、死の景色だ」

 

 そう言った巌の言葉にはどこか重みがあった。

 

「気味が悪いな巌さん。今日はやけに饒舌だ」

「年寄りだからな。そういう日もある。なぁバカ弟子?」

 

 阿良也の言葉を軽く流して自称年寄りのハゲは自身がトドメをさした筈のシンに話しかける。

 

「イッテテ……気づいてたのかよ。容赦ないな全く」

「うるせぇ。どうだ、わざわざ来た甲斐があっただろ?」

「そんなコト聞くために起こしたのかよ……。綺麗だよ。アンタが連れてきた理由も分かったさ」

 

 本当に認めざるを得ないほど美しい光景だった。コレのためなら時間を割いても仕方ないと納得できる程の。

 

「お前がなにを焦ってるのか分からねぇが、少し落ち着け。お前は若い。ゆっくりと選んで進んでいけばいい。切羽詰まって迷いながら進んでるようじゃ、どれだけ技能があっても良いもんは作れねぇよ」

「……なんだよバレてたのか。怖いねー。年寄りの慧眼ってやつか?」

「抜かせ。これはお前の師匠だからだよ。お前が思ってるより俺はお前をよく見てる。だから安心して試して失敗しろ。危なければいつでも止めてやる」

 

 それは久しぶりに聞く演出の師としての言葉だった。信頼し尊敬する人物のその言葉に、シンの肩の力が抜けた。

 

 船の上での食事会はまだ、始まったばかりだ。




今後は作中で童貞への煽りがあったとしてもソレは読者へ向けたモノではありません。本当です。僕嘘つきません。


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自分を工藤新一だと思い込んでいた人による9話

感想がいっぱい来て気持ちよかったので頑張りました。半分くらい決闘者だったけど。


 食事会が始まってから数時間が経過した。

 皆既にあらかた食べ終えており、今はどったんばったん大騒ぎの真っ最中だった。

 

 だから、隅に座り物思いに耽るアキラの姿は一際浮いて見えた。

 彼は一人スマホで自分の演技を見返し、反省をしていた。

 

「つまんねぇ芝居だ。何よりもまずテメェに芝居をしてやがる」

 

 手元を覗き込みながら話しかけてきたのは他でもない巌裕次郎だった。

 彼は今まで一度も自分の演技に触れてこなかったのに、いったいどういう風の吹き回しだろうか。

 アキラは急な出来事に戸惑いそう思った。

 

「ど、どういう意味ですか?」

 

 意図はどうであれはじめて自身に指導してくれようとしているのは間違いない。このチャンスを逃してなるものか。

 そう思ったアキラは深く追及しようと試みた。

 

「自覚のない嘘つきも不幸なもんだよな。母親の名前が……事務所の看板がそうさせるのか。それを自分の武器だと捉えられるなら良いが、見ている限りそういうことでもなさそうだ」

 

 話の内容は独り言のようなものだった。

 

「この世で最も自由な職業は役者だというのに、お前はそれを逆だと誤解している。その真理を理解するまで、お前は一生そのままだよ星アキラ」

 

 それは断定だった。ただ、ここから先は教えるつもりもないと言わんばかりに巌は口を閉ざしたままだった。

 

「それはどういう……えっ?寝てる?嘘だろ寝言だったの今」

 

 顔を巌の方へ向けたアキラが次に見たものは、何故か眠った巌裕次郎だった。

 自分で考えるべき、なんて高尚な思いから口を閉ざしたわけでは無かった。そこにいたのは高齢期を迎えたただの老いぼれだった。

 

「おおオオーイ!飲んでるかイケメーン!?」

 

「うわっ!未成年ですから飲んでませんよ!というかこの船カオスで怖いんですけど!」

 

 会話していた相手が突如爆睡するという不思議現象に困惑していたアキラに絡みに来たのは面倒くさい酔っ払いの七生だった。

 

「えーウッソ皆聞いた!?アキライケメンのくせに童貞だって!!」

 

「言ってない!怖いな酔っぱらい!ちょっと外の空気浴びて落ち着きましょうか!?」

 

 このままではさらに自身への被害が拡大する。本能でそう察したアキラは七生とサンドバッグの代わりにそこらへんに転がっていた亀を連れて船の外へ向かった。

 

 

 

「あれ?シンじゃん。なにしてんの一人で」

 

 屋形船の尖端に座ってぼーっと夜景を眺めていると、背後からそう声をかけられた。振り返ればそこにいたのは亀さんとアキラ、そして七生さんだった。

 

「え?いやー、まあちょっとね……。それより三人はどうしてここへ?」

 

 言えない。屋形船の尖端で一人黄昏る俺最高にカッコいいんじゃないかと思って試してたなんて言えない。

 

「いや、七生さんが酔っぱらって暴走しだしたからココまで連れてきたんだ。もう一人はもしものとき用に」

 

 代表してアキラが答えてくれた。あー、身代わりね?なかなかいい判断だ。亀さんはそこにいるだけで俺たちの被害を半分に減らしてくれるからな。

 ……というかお前も結構言うようになったな。来たばかりの頃とは大違いだ。

 

「もう劇団には慣れたのか?」

 

 アキラに軽く話題を振ってみる。七生さんたちは後ろでタイタニックごっこしてるからな。デカプリオ役死にかけてるけど。ちなみに俺も死にかけだ。船の先端って思ったより揺れる。気持ち悪い……。

 

「おかげさまでね。みんないい人ばかりだよ。今日みたいな姿ははじめて見たけどね。ハメを外し過ぎじゃないかい?」

 

 俺も思った。ビックリするくらい暴れまわってるからな。主に七生さん。俺がいたときはまだ二十歳前だったのもあって酒癖があそこまで悪いのはしらなかった。でもエロ可愛いから全部許します。

 

「みんなはしゃいでるんだよ。せっかく最後だからって奮発してくれたからね巌さんが」

 

 そんなことを考えていると、丁度話題の人物である七生さんがタイタニックごっこをしながら会話に混ざった。デカプリオ役は既に意識がない。

 

「最後?」

 

「あれ?言ってなかったっけ?」

 

 アキラも知らされてなかったのか。あの人ホント報告をしないよな。俺も先日急に聞かされて驚いたから。

 というか最後だからこんな豪華なのか。確かに金かかってんなーとは思ってたけど。

 

「これが巌裕次郎の……最後の舞台……!?」

 

 正しく衝撃が走っているといった顔してるな。お前芝居でそれできれば完璧なのにな。やっぱ余計なこと考えすぎなのが原因だと思うんだよね。

 この役に合わせて演じようって意識が出すぎてて逆に不自然に見えるっていうか、なんていうんだろう?演技の最中に自分が抜けてないんだろうな。この正直者め、その手の*1演技は自分を偽りきって初めて完成だぞ?

 

「ギャアァァァ!!!!何するんですか!?何するんですか!!」

 

 うわびっくりした!ちょっと思考の海を泳いでいたらアキラの大声で現実に引き戻された。

 

「……いやホントになにしてんの?」

 

 目の前では何故か七生さんの前でアキラがフルチンを晒していた。そしてそのまま亀さんの胸ぐらを掴んでいた。七生さんはアキラのアキラを凝視してるし亀さんは苦しんでいる。なにこのカオス、これもう警察呼んだほうがいいだろ。

 

「お前がふざけたこと言ってるからだろ!なにが『僕なんか』だバカヤロー!お前が俺たちに認められる演技をするって言ったんだろ!まだ俺は認めてねーぞ!認めさせろよ!!やる前からフルチンで自虐してんじゃねークソが!!」

 

 俺の知らない間にアキラが弱音でも吐いたのか、亀さんがアキラにブチギレていた。ブチギレながら叱咤激励をしていた。

 ……いいトコなのかも知れないがフルチンだ。

 

「……すいません、どうすれば成長できるのか……。あと三十日しかないのに……。自分が情けない……!」

 

 おう、そりゃその格好なら情けねーよ。だってフルチンだもんお前。いい歳してフルチンだもんこの夜景の下で。

 

「まだ三十日もある」

 

 七生さんがアキラの言葉を訂正する。まるで青春スポ根の1ページのようだ。

 

「普通の三十日と巌さんの下での三十日を一緒にするな。あの人の下でならいくらでも化けられる。それに今回はコイツもいるから」

 

 急に話題を渦中に放り込まれてしまった。すまない、状況は理解できたけどお前たちの世界観は理解できてないんだ。

 

「シン、出来るよね?まさかエドガー・コナンが出来ませんなんて言わないでしょ?」

 

「は?なに?煽ってんの?出来るに決まってるだろバカにすんじゃねーよぶっ殺すぞ。つーかフルチンにツッコめよなんなのフルチンなんでフルチンなの何で*2ちょっと大きいのムカつくなお前」

 

 しまった。フルチンなのにスポ根してる奴らに喧嘩を売られてつい衝動的に買ってしまった。

 まあアキラは千世子に頼まれてるから言われなくとも全力を尽くしてただろうけど。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!今、江藤くんに向かってエドガー・コナンと言わなかったか!?」

 

 俺に言われて慌ててズボンを履きながらそう尋ねてくるアキラ。もういいよそれ何でお前知らねーんだよぶっ殺すぞ。最近みんな知ってるから油断したじゃねーか。

 

「それも知らなかったの?四年くらい前に映画作ってたのコイツ。当時14歳で。その後失踪したけど」

 

 おい個人情報。七生さんならいざしらずオメーなにベラベラ喋ってやがる亀コラ。

 俺は亀さんでリフティングしながら船から落とそうとする。必死でしがみついてきた。まるでサイバイマンだ。キモい。

 

「……なんてことだ。こんな身近に幻の存在が……!サインとか貰えないかな?……というかどうして失踪なんて……?」

 

「知らないよ。どうせ名前が嫌だったとかじゃない?コイツ昔からスタジオ来てたから知ってるけど自分のことを工藤新一だと思い込んでたし。多分エドガー・コナンも江戸川コナン由来だよ。恥ずかしかったんでしょ。あーあ、子供の頃はアレで可愛らしかったのにどうしてあんなふうになったのか……」

 

「嘘だろ……!?こんなところで長年ネットで議論されてるコトの一つを知ってしまった……!」

 

 七生てめぇ!?禁句中の禁句に触れやがったな!?エドガー・コナンバレしてもそれだけは隠してたのに!夜凪もまだ知らねーのに!

 ……というかネットで議論されてんの?それって掲示板とか?当時からビビって深層には触れてこなかったけどそんなんなってるの?

 

「七生さん。明日からの稽古楽に終わらせないから。映画撮影の条件の課題出されてたときの5倍は厳しくするからアンタだけ」

 

「じじじ上等だよ。こっちだって真剣にやってるんだから願ってもない話。……ちょっと怒ってる?」

 

「いや、全然怒ってない。でも七生さんの熱意を甘く見てたよ。俺も本気でやらないとね。明日から長袖でよろしくね?ボールって皮膚に当たると跡つくから」

 

「怒ってるよね?ゴメンホント酔ってて口が滑ったんだ許して!嫌だよあのサッカーボール飛んでくるの!弟子だからってそんなとこまで似なくていいじゃん!!」

 

 七生さんが珍しくマジビビリしている。俺もマジギレしていた。女相手だからって容赦しねーからな。よく考えたら俺の周りの女はみんな突然変異種だからセーフだろ多分。

 

 ……最後に見た女の子してる女の子って誰だ……?もしかして映画撮ってたときの主演の子か?ちょっとやさぐれてたけど可愛くていい人だった。あれからまだ頑張っているだろうか?

 

「ねぇシン聞いてる?確かに良い舞台にはしたいけどちょっとは手心を……」

 

 いけない。最近物思いに耽ることが増えてきた。一度考えだしたら容易に帰ってこれなくなった。え?まさか工藤新一に戻ってきてる……?

 

「ああ大丈夫だ。コントロールには自信がある。どうしてもってなら亀さんとアキラにもやるから。コレで一人じゃない」

 

 後ろでギャーギャーうるさいが、全部無視した。

 

 

 

 

 

 

「テレビをつけても映画館に行っても同じ面したイケメンばかり並んでる!まるで美形が役者の条件と言わんばかりだマジウゼェ!」

 

 どうしてこうなった?

 

 ついさっきまでギャーギャーやかましく抗議してきてたから適当に流しながら明日からのプランニングをしていたらいつの間にか矛先がアキラになっていた。

 しかも内容がまるきり僻みだとても醜い。

 

「大手芸能事務所に所属してなきゃ役者は飯も食えねぇ!仕事がねぇからな!なのに芝居だけを見てくれるトコなんて殆どない!じゃあ俺たちはどう努力すればいい!整形か!整形なのかオイ!?」

 

 酔った勢いで凄い突っかかってる。ダサいことこの上ない。何がそこまで彼を駆り立てるのか。別にそれほど不細工でもないだろアンタ。カッコよくもないけど。

 

「卑屈なんだよ。売れてる三枚目もいるだろ」

「ブスのフリしてる奴は黙ってて下さーい!!」

「してねーよぶっ殺すぞ」

 

 わあ怖い。一瞬だけとんでもない圧を感じた。もしかしたら七生さんにはブスは禁句なのかもしれない。

 

 七生さんは付き合ってられないとばかりに首をふると俺の方を向いた。どうやら丸投げしようとしているらしい。

 仕方ない。仮にも演出家なんだしバシッと言ってやろう。

 

「大丈夫ですよ七生さん。俺七生さんくらいの方が逆に落ち着きます。とりあえず今度一緒に出かけませんか?ちなみにメガネ外してくれてたら泣いて喜びます」

 

「そこじゃねーよぶっ殺すぞ。亀の方のフォローだろ普通」

 

 しまった、つい本音が。軌道修正だ。

 

「……確かに、確かに僕はスターズ社長の息子で……イケメン俳優として名が通っています。でも!僕は自分が恵まれていると思ったことはない!」

 

 フザケたのが良くなかったのかもしれない。フォローの前にアキラが爆発した。でも、コレでアキラの胸中を聞くことができる。

 

 いや、むしろ計算通りじゃないか?自分でも気づかぬうちにここまで誘導していたんだ。そうだよきっとそうに違いない。流石俺だ。そういうことにしてスカした顔でいることにしよう。

 

「僕はアナタたちの方が羨ましい。完全実力主義と言われるあの巌裕次郎に認められ……阿良也さんと芝居をしてきたアナタ達の方が!」

 

 話を聞いてて確信した。おそらくアキラは自分の実力がコンプレックスになっている。母親は大女優。しかも同期に千世子までいた。この時点で心がへし折れても仕方ないのに、トドメとばかりに夜凪まで出てきた。改めてよくここまで好青年で生きてきたなコイツ。俺なら多分既に役者の道にいないだろう。

 

「変に絡むからだよバカ!地雷踏んだっぽいじゃん!」

 

 七生さんと亀さんが何か話している。俺が黙っていても話は進むかも知れない。けど、俺だって話したいことはある。この場の主導権は頂いた。

 

「うん。お前の思いはよく分かったよ。でもさ、勘違いしてるよお前」

 

「勘違いって……一体何を……?」

 

 あの挨拶の場でどうしてあそこまでやる気が出たのかよく分かった。お前が努力する存在だったからってのは勿論だが、それだけじゃなかったらしい。

 

「確かにさ、俺の目から見てもお前の芝居はいまいちだよ。天球の人と比べても当然だが見劣りする」

「……ッ!!」

「ちょ、シン!今言うことそれ!?」

 

 お前は俺と正反対なんだな、多分。同じように優秀な親から生まれたのに、お前には母親のようなキラキラした才能はなくて、自慢じゃないが俺にはあった。

 お前はその才がなくても演劇の道を愚直に進んで、俺はお前の羨む才があるのに全部途中で投げ捨てた。

 

「皮肉だよな。嫌味に聞こえるかもだけど、俺すごいから。正直お前の気持ちよく分かんないけど。もうバレたから言うけど、エドガー・コナンの活躍もトントン拍子に進んでさ」

 

 実際挫折も何もしてない。爺さんの課題も難題だったが普通にクリアしちゃったし。

 

「……何が言いたいんだ?」

 

「お前の欲しいものは俺が持ってるってことだ。どうだ?羨ましいだろ?」

 

 やば、ちょっとピキッてる?眉間にシワが寄ってるこわ。手出されたらどうしよ。でもまだ我慢だ。

 

「でも、母親の才能なんて絞りカス程度しか遺伝してないお前の演技が、俺は好ましいんだ。何でだと思う?」

 

「……同情か何かなんじゃないか?求めてはいないが」

 

「ハッ!違うさ。そんなんじゃない。俺を惹きつけたのは間違いなくお前の力だ」

 

 千世子に発破をかけられて、ジジイに諭されて、お前の心の叫びを聞いて、久しぶりに絶好調だ。まるで工藤新一時代に戻ったみたいだぜ。今ならどんなクサい台詞も言えちゃうね。

 

「経験は少なくても分かるんだよ、俺は芸術家だから。小綺麗な演技の内側にさ、泥臭い跡が見えた。とても綺麗なモノだ。いや、言い方が違うな。お前がソレを表に出してこなかったからこそ、綺麗なモノになったんだ。流石だな。試行錯誤の数なら俺が見てきた中でもトップだよ」

 

 努力をひけらかさず、自分がひたすら上を目指す為のツールとしてしか見てこなかったから、逃げずに目的と手段を入れ替えなかったから、ソレは綺麗なモノになったんだ。

 

「君は、一体何を……」

 

「おっと、悪いけど俺の眼は誤魔化せないぜ?なんたって、ホームズに憧れる探偵を目指してたんだからな。当然、十年近い妄執は俺の力になってるのさ」

 

「ッ!?」

 

 まあ、芸術品の鑑定はどっちかと言えば怪盗キッドだけど。

 

「天才達に囲まれても折れなかったお前と、曲がりなりにも才能を磨きまくった俺。階段の積み上げ方を知ってるお前と、登り方を知ってる俺。どうよ、俺たちならなんとでもなりそうだろ?」

 

「……は?」

 

 は?ってなんだよは?って。当たり前だろーが。いつの時代も死ぬ気で努力する凡才は最強なんだ。ヒル魔さんを知らないのか。0.1秒縮めるのに1年かかったヒル魔さんだぞ?

 まあいいや。つまり、そんなお前に、才能マンのこの俺がいるならそれはもう鬼に金棒だろ?

 

「多分さ、俺じゃなくてもいいんだ。お前は既にジジイに選ばれてるから、俺が何もしなくても成功するかも知れない。コレでもあのハゲのことはそこそこ知ってるから、どっちがやっても最終的な結果は同じになると思う」

 

 間違いない。あのジジイが本気でどうしようもないヤツを劇に加えたりしない。アキラ参戦にどんな理由があったとしてもジジイがコイツを加えた以上アキラは何らかの形で成功していたのは間違いない。でも、それじゃイヤだ。

 

「それでも、出来るならその役は俺がいい。次で引退するハゲの老いぼれになんか譲ってやるわけにはいかない。俺に託して欲しい。作品のためじゃなくて、ただ星アキラという役者を、この俺が輝かせたい」

 

 正直ジジイの最後の舞台と知って、俺は今回サポートに徹するつもりだった。急な呼び出しでやる気もなかったし、何よりも巌裕次郎最後の舞台に手を加えたくなかったから。

 

 でも、ソレもやめだ。爺さんは俺に試せと言った。これが最後なのに、失敗は許されないのに。それなら俺も相応の覚悟を持って挑むべきだ。コレはそのための誓いでもある。

 

「全員が何かを思って真剣にやってる。色んなものをかけてる。お前も、夜凪も、爺さんも、亀さんも七生さんも。だから俺も役者1人の人生を背負う覚悟を決めた。流されるわけでも押し付けられるわけでもない、他ならぬ()()()()()()()()()んだ」

 

 黙って俺の言葉に耳を傾けているアキラに畳み掛ける。こういうときは口数が多いほど了承されやすい気がする。ここで断られたら恥ずかしいし死にたくなるから是が非でも認めさせたい。

 

「よくここまで愚直に進んできたな、凡才。そんなお前は天才に届く刃がある。才能に乏しいのは事実でもソレが真実とは限らないことを証明してやろう」

 

「……それは、信じてもいいのかい?」

 

 圧倒的な才能を知って。無力を知って。それでも前に進んできた君は栄光へ進む資格がある。なくちゃ道理が通ってない。

 

「勿論だ。やってやろうぜアキラ。お前は路上の石ころなんかじゃない。誰もが2度見するビッグジュエルだ。ソレをこのエドガー・コナンが保証、いや証明する。だから手始めにお前は母親の度肝を抜いてやれ」

 

「……ああ!やろう江藤……いや、シン君!」

 

 努力する凡才(アキラ)は、最後には報われるって決まってるんだ。もしそれが違うなら、天才()が無理やり道をこじ開けてやる。

 

 俺が、アキラの道を演出するんだ。

 

 

 

 …………。

 

「……っ!!」

 

「え!?なに!?どうしたんだシン君!?ちょ!二人も手伝って下さい!」

 

「離してくれアキラ!俺はもう、もう海に還るんだッ!」

 

 何が天才だバーロー!!お前みたいな新一なりきり異常者が天才なわけあるかぁ!!このドバーローがッ!!

 

「あー、コレは多分自分の言ったこと思い出して恥ずかしくなってんな。コイツ勢いに乗るとカッコつける癖に思い出して黒歴史認定するから」

 

「えぇ……、僕は割と心に刺さったのに……。何この締まらない感じ」

 

 ああああ!ホントに俺何してんだよバカなんじゃねーのバッカじゃねーの!?調子乗りすぎだろお前キザすぎるって!コナン世界でギリギリ許されるラインだろコレぇ……。

 

「まあまあ、落ち着きなってシン。でも、久しぶりにカッコよかったよ。ちょっとだけ見直したかも」

 

「やめてくれ七生さん。それ以上言えば愉快な水死事件が起きることになる。楽しい屋形船の旅を凄惨な記憶で塗り替えたいのか?」

 

 畜生なんでよりによって亀さんたちの前でやったんだ!誰かこのバーローを殺してくれ!!

 

 

 

 

 

 

 同時刻、屋形船の上の別の場所で。

 

「半年ほど前に膵臓に悪性腫瘍が見つかった。およそ3ヶ月から半年、それが俺の寿命だ。だからまだ死を知らないカムパネルラに、俺が直接演技指導する」

 

「……え?」

 

 泥酔してぶっ倒れ、顔面落書きまみれの阿良也の隣で夜凪と巌の秘密の会合が行われていた。事態の深刻さを考えればまず間違いなく阿良也が邪魔だが、ソレも気にならないくらい夜凪は動揺していた。

 

「このことは誰も知らない。阿良也も、シンのヤツも。正真正銘お前と俺だけの秘密だ」

 

 夜凪から見れば巌は明らかにピンピンしている。身体に異常があるなんて分かりもしない。勘の鋭さが常軌を逸している自身の先輩であっても分からないだろう。そのレベルだった。

 

「……どうして、私にだけこんなこと……」

 

 頭の中が真っ白になりなりながらも、どうにか口に出した疑問はアッサリと答えられた。

 

「お前の役のカムパネルラは自分が死んでいることを自覚している。だからコレから1月、俺は俺の死の体感を伝えてお前を演出する。だからお前は俺の死を喰って役作りしろ。それが俺の最後の演出だ」

 

 当然のように告げられた言葉は、納得できないことばかりだった。

 

「……どうして、ちゃんとみんなに言わなくちゃ……!ちゃんと入院して、ちゃんと治療して──」

「俺が演出家で、お前が役者だからだ」

 

 かぶせるように言われた言葉は、認めたくないのに心にスッと入ってきた。

 

「なんだよその顔は。俺はな夜凪、演劇をやるために生まれてきたろくでなしだよ」

 

 淡々と話す巌に、夜凪は口をはさむことができなかった。

 

「お前も俺と同じ人種だ。役者になるために生まれてきた……そうだろ?」

 

 否定することはできなかった。似たようなことを自分も昔アキラに言ったことがあったから。オーディションを受けたばかりの頃だ。

 

「俺の死で舞台がよくなりゃそれでいい。今日から俺たちは共犯者だ」

 

 一度受け入れてしまったからには止めることはできなかった。こうして夜凪と巌は共犯者となった。

 

 

 

 

 

 

 結局あの恥ずかしい事件を消し去ることはできず、気が付けば朝になっていた。

 屋形船の旅も終わり俺たちはすでに陸に上陸していた。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫じゃない……」

「飲みすぎなんだよバカ、大学生か」

 

 完全にグロッキーな亀さんを介抱するアキラと罵倒する七生さん。完全に平常運転だ。

 ただ、船の上では七生さんのほうがヤバかった気がするんだが、これはどういうことだろうか。まさか酔った時の記憶がないタイプだろうか。もしそうなら夢が膨らむ。

 

「夜凪、そういえば朝帰り大丈夫なの?チビッ子たちは?」

 

 なぜか顔中落書きまみれの阿良也が夜凪にそう尋ねる。そう言えばお前夜凪の家行ってたもんな。*3レイに手出したらぶっ殺すからな。

 

「大丈夫、こういう時事務所で預かって貰ってるから」

「……ふーん」

 

 そういや最近チビどもの顔を見ていないな。俺も忙しかったから仕方ないが今度ちょっと行ってみようかな。喜んでくれるだろうか。ガキは成長が早いというが『何しに来たの?』とか言われないだろうか。もし言われたらギャン泣きする自信がある。

 

「よしもう一軒行くか」

「バカ言ってるよこのジジイ歳考えな」

「あ?」

 

 爺さんと阿良也のそんな掛け合いをはじめ、周囲はがやがやとした喧噪であふれていた。対していつもと変わらない風景、最近よく見る光景だ。

 

 ただ一人を除いて。

 

「あーもう、面倒極まりないな」

 

 原因を解明することは簡単だ。俺のスペックなら余裕で推理できる。だが、踏み込んでいいのかの区別がつかない。

 出来ることと行うことは別だ。俺は*4コナンのように殺人以外は何してもいいとは思っていないんだ。隠していることを解き明かすのは躊躇する。秘密にしなければいけないことを無理やり暴くのは悪だ。工藤新一もその点で言えば普通にやべー奴である。

 品行方正質実剛健を地で行く俺がそんなことするわけにはいかない。

 

 とはいえ、親しい後輩だ。悩みがあるならどうにかしてやりたくもあるのも事実。うーん、どうしようか。

 

 しばらく考えた末に俺は判断を先送りにした。ぶっちゃけ日和った。

 何も問いただすことがすべてではない。そっとしておいてやるのも優しさの一つだろう。軽く尋ねて何か言ってきたら相談に乗る、そのスタンスで行くことにした。

 

*5ま、どうにかなるだろ!

 

 

*1
なお、自分はできない模様

*2
自分と比べて急にキレるチェリー

*3
倫理的な問題、決してロリコンではない

*4
緋色の弾丸参照。アイツマジでやりたい放題してる。一回捕まるべきだろアレ

*5
特級フラグ




全然関係ないけど遊戯王ってもともとマジック&ウィザーズって名前だったんですね。直訳で魔法と魔法使い……。


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自分を工藤新一だと思い込んでいた人による10話

ドシリアスです。シナリオが重かったからどうせなら重そうなのここで消化しとこって思いました。真面目に書こうとすると頭がおかしくなるので書き直すかもしれません。

簡単に言えば節穴、というお話。


「お母さんは僕を許してくださるだろうか」

 

「?カムパネルラ?どうしたの突然」

 

「僕は皆がほんとうに幸になるならどんなことでもする。けれどもどんなことが皆の一番の幸いなんだろう」

 

 舞台に向けた稽古中、屋形船の日から夜凪は演技に身が入っていなかった。今だってお母さんと皆を間違えて言っているのに違和感を覚えていない。重症である。

 

「やめよう、これ以上は癖になる」

 

「えっ?」

 

「全然芝居に没入できてないしその自覚もない。重症だよ。夜凪に何したの巌さん」

 

 夜凪の芝居相手である阿良也はそう言って芝居を中断して爺さんに食ってかかった。間違いなく夜凪の不調の原因は目の前のハゲである。

 

「新しい価値観を教えている。一時的に混乱しているだけですぐに安定する」

 

「……新しい価値観って?」

 

「お前はまだ知る必要はない」

 

 出たよ新しい価値観。少し前に言っていたことだ。ようやく夜凪に教え始めたらしい。俺も何故か教えてもらえなかったんだし阿良也が教えてもらえるはずがない。むしろ教えて貰えたら俺がキレてるよ。

 

 ソレにしても大丈夫なのか夜凪のヤツ。ここ最近ずっと思い詰めたような顔をしている。今日あたりで一度踏み込んでみるべきだろうか。イヤでもなー、どうしようか。

 

「あのさー巌さん、わかるだろ?俺は今かつてないほど役に潜れてる。いくらアンタでも余計なことしたら許さないよ」

 

 おっと?いつの間にか緊迫している。ジジイにつっかかる阿良也と黙って見つめ返すジジイ。そしてそれを見てザワつく周囲。うーんコレは雰囲気最悪だ。まあいいや、ここらへんは俺の管轄外だ。どうせどうにかなるだろ。

 

「アキラ、ボサッとしてんなよ。お前が一番ポンコツなんだ。休んでる暇なんてねーだろ」

 

「!……ああ!」

 

 アキラを俺が見ると船の上で決めたんだ。なら俺はソコに集中するべきだ。稽古中は他のことは二の次でいい。

 

 

 

 稽古が終わり、今現在俺たちは夜凪を待っていた。爺さんとの特別レッスンで様子がおかしい夜凪を心配した亀さんたちが延長で練習をしようと考えたからだ。

 というかもともとアキラのために頼み込んで読み合わせに付き合ってもらっていたのに夜凪も加えようとしているだけだ。別に夜凪のために待っていたとかではなかった。

 

 お、ちょうど夜凪がでてきた。どうやら今日は終わったらしい。一人で出てきた夜凪に声をかける。誰もいないと思っていたからか、夜凪は俺たちを見て驚いているようだ。

 

「みんな……待っててくれたの?」

 

「当たり前だろ。最近巌さんと何してるか知らねーけどな、これ以上主演にボサッとされてると俺たちが困るんだよ!」

 

 ツンデレかよ。素直に心配ですって言えばいいのに。ちなみに俺がここにいるのはアキラの指導の為だ。別に夜凪が心配だったとかではない。勘違いしないでほしい。

 

「読み合わせでも何でも付き合ってやるよ。どうせアキラとその予定だったしな」

 

「この舞台は必ず成功させなきゃいけないからね。巌さんと芝居を続けるために」

 

「……ありがとう、でもごめんなさい。今日は具合悪くて……」

 

 だが、夜凪は亀さんと七生さんの誘いを断り、その場を去ろうとする。

 

 ……亀さんと七生さんの言葉を聞いて一瞬だが夜凪の様子がおかしくなった。今の発言のどこかに地雷があったと考えていいだろう。

 

 このまま調子を崩したままだと面倒だな。夜凪だけじゃなくメンバーにまで影響が出るかもしれない。

 だが、俺にはアキラを見る義務がある。夜凪は心配だが、今は色んなことに手を出している場合ではない。どうしよコレ。

 

「こりゃこっぴどくやられたな巌さんに」

「洗礼だ洗礼、皆通る道さ。俺たちももう始めようぜ」

 

 亀さんたちは既に読み合わせを始めようとしている。

 

「……シン、今日はいいからアンタ景の方に行きな」

 

 俺も読み合わせの手伝いに入ろうとすると、七生さんにそう言われた。なんだ?俺が迷ってるのがバレたのか?

 

「いや、俺はアキラを見なきゃいけないから」

「いいから。今日一日くらい大丈夫だから」

 

 うわ、すごい剣幕だ。迷ってるのがバレたとかではなさそうだ。ただ夜凪が心配なだけっぽい。

 

「シン君。僕はいいから夜凪君の方へ向かってくれ。別に1日くらいいなくても大丈夫だ」

 

「え、えぇ……?」

 

 何この感じ。ラブコメかよ。何で俺が行かなきゃいけないみたいな雰囲気になってんの?お前らがいけよ。この流れで行くの恥ずかしいよ俺。

 

「じゃ、じゃあ行きますけど。……え、ホントに行くの?俺が?」

 

 早くいけと蹴り飛ばされた。理不尽すぎるだろ。

 

 

 

「おーい!夜凪ー!」

 

「……?先輩?どうしたの?」

 

 夜凪の下へ向かうよう指示されてから少し。俺は夜凪を追いかけていた。そしてようやく追いついた。

 

「……いや……ハァ……ちょっとね……ハァ……久しぶりに……ちょっとまって息整えさせて」

 

「えぇ……大丈夫?」

 

 うるせー黙ってろ大丈夫に見えるかコレが。だいたいお前歩くの速すぎだろ。なんで追いつくだけでここまで息切れなきゃいけないんだおかしいだろ。

 

「……ふぅ。よし、もうオッケーだ。話を戻そうか、いやーアキラたちにお前いらねーからって言われて追い出されてさー、じゃあ夜凪と帰ろっかなって思ったわけよ」

 

 ココでお前が心配だったなんて言うのはド三流だ。そんなこと言えば間違いなく相手は気を使うから。よく漫画とかで見かけるが冷静に考えたらアレやばいからね?自分の行いに自信持ちすぎだろ。

 

「……もしかして、心配してくれてる?」

 

「は?バカ言ってんじゃねーよ誰がお前みたいな女の皮被ったバケモン心配するんだ俺はただレイたちに会いたかっただけだ勘違いしないでくれ」

 

「うわすっごい早口。しかも結構な罵倒も挟んでたの聞こえてるからね先輩?誰が化け物なの?」

 

 やっべ。テンパりすぎてつい本音が。だが仕方ないと思う。ただ暇になっただけと言っているのに何故かエスパー並の解読をされたのだから。しかも夜凪に。

*1この前まで『飛行機って翼に鳥詰め込んでるから空飛べるんだぞ』って言われたらマジにしそうな女だったのに、お前いつの間にそんな大人になったんだ……?

 

「ま、まあそういうことよ!どうせ事務所行くんだろ?今日は俺も行くよ」

 

「う、うん……」

 

 そうして一緒に事務所へ向かっているわけだが。

 

 き、気まずい……!何だこの空気。いつもなら静かでも別に何も感じないのになんだコレ。重い、重いよ空気。重症じゃねーかコレ。誰だよ大丈夫だろとか言ってたヤツ。

 

「どうした?悩みごとか?」

 

 軽く話題をふってみる。まずは様子を伺うことからはじめよう。

 

「……ううん、なんでもないの」

 

 あー絶対なんかある何でもないのだコレ。どっちだ?踏み込んで欲しいメンヘラの何でもないのか、マジで踏み込んで欲しくないけど演技ド下手クソな何でもないの、どっちだコレ?

 

 夜凪は芝居得意だから踏み込み待ちか?いやでもなー、そういうのできない人種だろコイツ。

 ……分からん!もういいや、雰囲気で突っ走ってやれ!

 

「亀さんたちも言ってたけどさ、主演がヤバいと困るんだよ。一応演出補佐としてはこの状況は良くないと思ってる」

 

「……うん」

 

 めっちゃ落ち込んでるじゃん。心が痛いよ俺も。

 

「俺個人としては単純にお前が心配ではある。コレでもそれなりの付き合いだからな。悩みがあるなら相談に乗ってやりたいとも思ってる」

 

「……うん」

 

「確かに、いかにお前が能天気で短絡的な口より先に手が出てもおかしくない犯罪者予備軍だとしても悩みの1つや2つあるだろう」

 

「……うん?」

 

「そこでバファリンの擬人化と言われている俺は思った。ボッチでコミュ障で妹弟しか話し相手がいないお前に悩みを打ち明けられる人間がいるんだろうか、と」

 

「……」

 

「そりゃ今は事務所の人もいるよ?でもお前多分言えないじゃん。黒山サンとかが踏み込んできてくれてやっと言えるレベルじゃん。だってお前コミュ障だもん。顔がいいから許されてるけどお前のソレ普通にクラスでうしろゆびささイタタタッ!なにすんだよっ!!」

 

「こっちの台詞なんだけど!?ボロクソ言いすぎじゃない!?そんな言わなくてもいいでしょ人が落ち込んでるときに!」

 

「俺だってあんまり隠されると信頼されてないんじゃないかって悲しくなっちゃうだろ!」

 

「そうその気持ち!今!今現在私のほうが悲しいから!ずっとそんなこと思ってたの!?」

 

 俺と夜凪の取っ組み合いが始まった。10秒で決着がついた。気がつけば俺は惨敗していた。

 

「……クソっこの女、電柱にヒビ入れられんじゃねーの?」

 

「なんか言った?」

 

「何も言ってねーよこの実写キャプテン・マーベルッ!」

 

 傷が4倍になった。

 

 

 

「ただいま」

 

「あ!おねーちゃんおかえ……何でにいちゃんボロボロなの?」

 

 事務所につきチビどもの第一声はそれだった。どう思う夜凪、こんなこと言われてるぞ?オイ、目逸らすんじゃねーよ。

 

「兄ちゃんはな、さっきまでキングコングと闘ってグフゥッ!……兄ちゃんドジだから20回くらい転んだんだ」

 

「20回もころんだの!?すげー!」

 

 恐ろしく早い手刀、食らってなきゃ気づかなかったね……。

 

 畜生なんでこんな目に遭わなきゃいけねーんだ。夜凪は少し元気になったけどやっぱり様子がおかしいし。

 というかコレどう考えても俺に話す気はなさそうだ。黒山サンに頼んどこうかな。

 

 

 

《演劇界の巨匠、巌裕次郎が手掛ける『銀河鉄道の夜』がいよいよ今月末初日を迎えます。巌作品には──》

 

 テレビを見ながら机を囲んで食事をしていると、そんなニュースが流れてきた。家にテレビなんてないからこういうのも久しぶりだ。にしても飯がうめー!やっぱあったけぇ料理は最高だな!

 

「話題になってるねぇけいちゃんの初舞台。稽古の方はどう?……けいちゃん?おーい?……あれ?」

 

「おねーちゃん?」

 

「あっ、えっ?何?」

 

 夜凪は柊さんとレイが話しかけても上の空。柊さんたちもそんな夜凪の様子が心配なようだ。

 

「何かあったの?今日も事務所でご飯食べたいとか言うし……ってソレはシン君がいるからか」

 

「……私……ううん、なんでもない」

 

 しれっと俺のせいになったが多分今日は俺がいなくても事務所で食べたがってたと思うぞ。明らかに何かを相談したくて仕方ないってオーラがにじみ出てるから。

 

「夜凪家、今日は泊まってけ」

 

「!」

 

 黒山サンが何かを察して夜凪に泊まっていくよう勧めた。この人もしかしなくても何か知ってるな?

 

「わーい!クロちゃんポニョ観よポニョ!」

「レイトトロがいい」

「兄ちゃんはコナンが観たいぞ」

「えー!ジブリがいいー!」

「というかお前は帰れよ」

「どうして!?」

 

 この状況で一人で帰るなんて寂しいことしたくない。というか間違いなくこの後話聞いたりする流れだろ。その為に引っ付いてきてるんだからここで帰るわけにはいかないんだ。絶対帰らないからな。

 

「お前らも兄ちゃんといたいよなー?」

 

 こういうときはガキどもを味方につけた方が強いんだよッ!俺の人望を舐めんじゃねーぜ!

 

「うーん、映画だと兄ちゃんネタバレするからなー」

「クロちゃんは色々教えてくれるのにねー?」

 

 お、俺の人望……。

 いやまだだ、まだ諦めるな。

 

「に、兄ちゃんだって色々教えてやれるぞ?なんたって兄ちゃんはエドガー・コナンだからな!当時のことも教えてやれるぞ?」

 

 この際もうバレてるんだからエドガー・コナンであることも使ってやろう。というかなんで俺はこんなことしてるんだろうか。

 

「エドガー・コナンの映画観たことないからいらなーい」

「なん……だと……っ!?」

 

 嘘だろ……?あの天才エドガー・コナンの奇跡の一作だぞ?確かに結構前だけど今観ても全然悪くないと思うんだが?

 

「そ、そっか……。エドガー・コナンとかぽっと出の一発屋だもんな。そりゃあ興味もないよな。どうせ若いからチヤホヤされてただけだよな……」

 

「そ、そんなことないよシン君!私は好きだから!大ファンだから!お話たくさん聞きたいなー!」

 

 柊さんのフォローが心に突き刺さる。優しいなこの人。欲を言うならズボラじゃなかったらもっと良かったよ。

 

「ハハ、ありがとう柊サン。でもいいよエドガー・コナンなんて所詮過去のモノだから……。ちょっと褒められてたからって調子乗ってたわ俺」

 

「えっ、ホントに話さないの?ホントに……?」

 

 あれ?マジでショックそうな声聞こえたんですけど?コレホントに楽しみにしてた?いや自惚れるな俺。柊サンは優しいからそう聞こえているだけだ。

 

「分かっただろ江藤。ガキどもも別にお前はいなくていいんだ。大人しく帰りやがれ」

 

「アンタはどうしてそこまで帰らせたがるんだ!?」

 

「お前事務所に大量のエロ本置いてったの忘れたのか!?アレ柊と夜凪に似てたせいで大変だったんだぞ!?」

 

 そういえばそんなコトもあったな。確かにあんなことされちゃ事務所に泊めるのも嫌か。ただアレはアンタが先にエドガー・コナンの暴露をしたのが原因だから俺は悪くない。

 

「チィッ!器の小さい髭面め!結局アレでヤッたんだからいいだろうがよ!どうだったんだ感想は!」

 

「お前みたいな思春期のガキと同じにすんな!ヤッてねーから!お前どうすんだアイツの目!犯罪者を見る目だぞアレ!」

 

 柊サンの目線がとんでもなく冷たくなっている。夜凪は依然として心ここにあらずである。ザマーないぜこのヒゲ野郎。お前はコレからあんな目を向けられながら……正直マジで申し訳ない。オッサンの歳までは考慮してなかった。

 

「もうお前ホント帰れよ。ガキどもも俺の味方だからお前を止める人間はいないからな」

 

「はー?それは分かんないね。見とけよガキどもはすぐコッチの味方にしてやるから」

 

「ハッやってみやがれ!できればの話だがなぁ!」

 

 よし、どうしようか。大見得を切って手前アレだがノープランである。俺の秘策エドガー・コナンは興味ないで叩き斬られたし。いけない、思い出して悲しくなってきた。

 

 考えろ、俺の持つ手札はなんだ?映画知識とか推理はどうだ?……ダメだ、ネタバレウザいって言われた。じゃあサッカーとかの身体能力は?夜じゃなんの役にもたたねーよカス。

 

 嘘だろ……?俺ってマジでエドガー・コナンと新一以外取り柄なし?そんなバカな。

 

 …………いや、アレならいけるんじゃないか?

 

「なあルイ、兄ちゃんに協力してくれたらさ……」

「何回やっても同じだ、大人しく出ていくんだな」

「ウルトラ仮面のサイン貰ってきてやるよ」

「クロちゃんにいちゃんも泊めてあげて!」

「プライドはないのかお前!?」

 

 ハッハッハ!俺には優れたコネがあるんだよ!ウルトラ仮面舐めんじゃねーぞオラァ!!

 別にコレは虎の威を借る狐とかではない。だからプライドも傷つかない。傷ついてないッ!!

 

 

 

 結局事務所宿泊の権利をもぎ取った俺はひとしきりガキどもと暴れたあと奴らを布団へと送還した。柊サンも同伴させてやった。あの人成人のクセにチビより早く眠そうにしてたからな。ビックリしちゃったぜ。

 そして俺は今、黒山サンと対面して座っていた。夜凪は消えた。多分一人で黄昏れてる。

 

「で、どうした?あそこまでしつこきゃ流石に分かるぞ」

 

「いやー、まーね?俺も一応は舞台に携わる人間の一人なわけでして。夜凪がおかしくなった原因、多分アンタ知ってますよね?教えてもらえません?」

 

 アンタさっき明らかに何か悟ってたもんな。じゃなきゃ急に泊まってけなんて言うわけ……なんだテメーため息ついてんじゃねーよカスヒゲオイコラ。

 

「ソレはジジイか夜凪に聞けばいいだろうが。どうしてわざわざ俺に聞こうとする?」

 

「確かにアンタの言うとおりだ。残念ながら奴らは教えてくれなくてね。ハゲは『お前にはまだ早い』の一点張り、ボッチのバカは弱音さえ吐く相手がいないのか抱え込んだまま。流石に見過ごせないってことッスよ」

 

 アンタの言わんとすることは分かってる。分かったうえでここにいるんだよ俺は。

 

「わざわざ黙ってるのに俺が言っちゃ……なんてアンタは思わない。そんな殊勝な考えがあるなら俺のエドガー・コナンはバラすはずがないから」

 

「それとこれは別だろ」

 

「別にするなぶっ殺すぞ」

 

 なんでそこで別にしてるんだお前マジふざけんなよコラ。

 

「お前のエドガー・コナンはただ知られるのが嫌なダダみたいなもんだろ。対して爺さんたちのはおそらく明確な理由がある。ソコを無下にはできないだろ普通」

 

「ぐぬぬ」

 

「何だぐぬぬって。口で言うやつはじめてだぞ俺も」

 

 ここぞとばかりに正論かましてきやがって……!アンタからそんな言葉が出てくるとは思わなかったッ!端的に言って失望しました!千世子のファン辞めます!!

 

「……分かった。百歩譲って夜凪の件を聞くのはやめる。いや千歩譲って、うーん、やっぱ万歩で、いやそれもな……」

 

「どんだけ認めたくないんだお前。ガンジーでもそんな譲らねーよ。そろそろブチギレて殴り返してくるよ」

 

「ええい、認めるから妥協案だ。どうせ夜凪は俺には隠したいみたいだから聞かない。ズケズケ探るのもどうかと思うしな。だから、アンタが少し夜凪と話してくれ」

 

「頼み方勉強してからこいクソバカ」

 

 うるさい。出鼻くじかれてどうしたらいいか分かんなくなっちゃったんだよ。なんでそんな真面目なんだバーカバーカ!

 

「そもそもアンタ最初からそのつもりだろーが。別に文句ないだろ」

 

 分かってんだからなそんなコトくらい。

 

「分かった分かった。ったく、気持ちわりーヤツだな。話聞くだけだぞ?」

 

 そこらへんはもういいや。夜凪はアンタの事務所所属だからな。舞台までに立ち直らせてくれたら何でもいい。夜凪の件は仕事の範疇だからどうにかなるなら俺じゃなくてもいいし。心配していたのは事実だが俺が当たった方が人に頼るよりその後のプランを練りやすいからやりたかっただけだ。

 

「ソレで?本題はどうした?」

 

「え?やだなー、コレで話は──」

 

「惚けんなよ江藤。マジなら俺をナメ過ぎだ。そんな事務的なことでお前があれほど粘るわけがない。何を悩んでる?」

 

 ……どれだろうか。正直心当たりが多すぎて見当がつかない。

 

「……?どうした、さっさとしろ」

 

 いやさっさとしろとか言われても。ホントに分かんないんですけど。なに?俺の潜在意識でも読み取った?じゃあ本人分かってないのに凄すぎるだろ本業演出家。このレベルまで行ける気しねーよ俺。あ、コレ聞けばいいじゃん。天才キタコレ。

 

「……幼馴染みに、演出家復帰を望まれた」

 

 観念して話しだしたかのような素振りは完璧である。ジジイには話せねー内容だし丁度いいや。

 

「どいつもこいつも自分の都合押し付けてさ。ジジイのヤツも俺をコッチに戻そうとしてる。あの人は俺に何かを見出してて、困るんだよそういうの」

 

 別にそんな深刻な悩みでもないんだけど、まあちょっと引っかかる部分もあるし言語化してみようかな、なんて単純な理由で。爺さんと並ぶレベルのマジモンの天才である先達の助言を求めるように。

 

「俺がスゴイのは当然だ。だって俺天才だし。自分の能力を過小評価するつもりはない」

 

 当たり前だ。工藤新一なんてハイスペック人間を目指した手前ある程度高性能じゃなきゃ話にならない。そしてソレを行えた俺のスペックはちゃんと優れている。父さんも母さんもイカれた経歴してるし。

 

「だけどソレと才能は別だろ。才能ってのはソレを自分が楽しめるかどうか。心の底からコレが自分の天職だって思えてはじめて才能があると言えるはずだ」

 

 工藤新一が憧れながら欲望のままに探偵を目指すように。黒羽快斗が手品と怪盗を何だかんだ楽しんでいるように。夜凪が声高らかに一生芝居をすると叫んだように。千世子が天使として前を見据えて躍進するように。

 

「なんかちげーんだよな。いまいちピンと来ないんだよ。映画製作も雰囲気で売れた。作ってたときは面白かったけど労力の割にこの程度の達成感なのかって思ってしまった」

 

 大嘘の中に少しだけ真実も混ぜて。やっば俺役者向いてるだろやっぱ。コレで今の俺は自分の進みたい道が見えない思春期の少年だ。本当にやりたいことを求め苦悩する小さな人間。

 

 大嘘なんだけどね。ピンと来なかったのはマジでもその程度割り切って進める程度の神経はあるし。だって我慢するだけで金も貰えるしチヤホヤされる。

 

 ただ一つ、俺が辞めた理由は監督名のエドガー・コナン。コイツだけは乗り越えられなかった。誰が人生の黒歴史を一生背負える?背筋のムズムズなんてレベルじゃねー、ヤスリで削り取られてるみたいなものだ。

 

「お前には才能があるから、だって?冗談キツイぜ。そりゃ俺が凄いのは分かりきったことだけどさ、そうじゃないだろ。出来るかどうかじゃなくてやりたいかどうかで語るのが才能持ちの演出家だろ、少なくとも俺はそう捉えてる」

 

 ま、ソレが共感されないのは理解できる。誰もエドガー・コナンが嫌だから辞めたなんて想像できないだろ。

 だからこそ普通なら割り切れるこの部分が理由として上がってもみんな納得する。だってコレだって事実だから。

 

 全体の2割程度の理由ではあるがなんとなく引っかかってる部分。こんな思考をする時点で俺は目の前のコイツらとは違う人種なのは分かりきってる。たからジジイの言葉が気味悪くって仕方ない。

 

「アンタは紛れもなく爺さんの同類だ。だから聞く。アンタらが言う演出家の才能ってなんだ?俺の本質ってなんだ?俺はどれを選ぶのが正解だ?」

 

 正直望まれてるなら復帰してもいいとは思いはじめている。名前変えていいなら。というか普段なら復帰の決意は既にしていた。

 

 あのバカ幼なじみが『自分で選べ』なんて言わなければ。

 

 アイツのせいで面倒なことになってる。素直に『復帰します』なんて軽々しく言えなくなった。俺が秒で千世子に絆されたみたいで気に食わない。あのクソ貧乳が、余計なこと言いやがって。

 

 背筋を駆け巡る悪寒は気にせず俺は黒山サンを見つめる。さあ、答えられるなら答えてみろ!ジジイからもコナンズヒント貰えなかったから俺の本質は迷子のままだそ!

 だいたい自分を客観的に見ることなんて不可能なんだクソハゲ。そんなことできたらコナン君も既に自首してる。他人に盗聴器付けたりスケボーでトンネルの側面走ったりしてるんだから順当だろう。

 

「お前マジメな顔してゴミみたいなこと言ってんの気づいてるか?」

 

 うるさい、俺はもともとこんな感じだ。俺の行為は基本楽したいか持て囃されたいのどちらかから始まってるから今更だ。まして俺なんか、なんて言うつもりはない。ソレはある種の侮辱にも等しい。

 

「ま、柄にもなく考え込んでるようだから助言だ。あんま深く考えんなよ。1個の行動に逐一理由付けしだしたらソイツは三流以下だ」

 

 ふーん、そんなもんだろうか。

 

「今お前がやるべきは巌裕次郎を視る事だ。何か考えるならあの人が本当に伝えたいことを考えろ。仮にも弟子なら分かるはずだ」

 

 えぇ……。そんなこと言われましても……。というか俺の質問に何一つ答えてないんだけどこの人。

 

「お前がこの道に向いてるかはお前が決めることだ。あの爺さんはその為にお前の知らないお前を伝えようとしている。それと──」

 

 黒山サンが俺に背を向けて歩き出した。全部言ってから背を向けろ。なんでちょっとカッコつけてるんだよ俺もやりたいソレ。

 

「お前がどう思ってるかは知らねーが、映画撮ってたときのお前はそれほど悪くなかったぞ」

 

 ……なんだあの人ツンデレかよ。ちゃっかり俺のこと認めてんじゃん。もっと褒めてもいいんだぜ?

 

 というか夜凪のこと聞こうとしたのに結局成果0じゃねーか。ホントに俺何しに来たんだろう。まあいいや。黒山サンが夜凪のことどうにかしてくれるらしいし。たぶん今そっちに向かったんだろ。安泰だなこれは!

 

 

 

 

 

 

「巌の爺さんに『言うな』とでも言われたか?」

 

 眠れなくて一人で外に出てぼーっとしていると、背後から急に声をかけられた。ビックリした。

 

「……黒山さん。……知ってるの?」

 

 急に声をかけられたことにもビックリしたが巌さんのコトを知っているかも知れないということにもビックリしている。

 

「ああ、だいぶ前に本人から聞いてる」

 

 どうやら黒山さんも知っているらしい。正直私一人では抱えきれないから非常に嬉しい。

 

「良かった……!私しか知らないのかと思ってて……。私、どうし「知らん」……?」

 

 なんなんだこのヒゲ男。何しに来たんだこのヒゲ男。

 

「……もっと大人らしいアドバイスくれるんじゃないの?」

 

「弱音吐きたいなら江藤にぶちまけろ。アイツ今俺に色々聞いてきたぞ」

 

「えっ?もしかしてバレてる?」

 

「なんでバレてないと思ったんだお前」

 

 だって聞いてこないし……。エスパーなのに聞いてこないからてっきり隠し通せてるんだと思ってたわ。

 

「じゃ、じゃあ教えちゃったの?」

 

「あ?まだ言ってねーよ。ちょっと踏み込んで来てすぐ引いてったぜ。多分どこまで攻めていいか分からなくてビビってるなアイツ。じゃなきゃとっくに全部見抜いてるだろ」

 

 アイツそこらへんバケモンだし昔から*2、とか言ってる黒山さんの言葉に、私は巌さんの話を思い出した。

 

 巌さんも黒山さんと同じことを言っていた。先輩は洞察力がとても優れてるけど隠し事は極力触れないようにするから気にしなくていいと。相手の内心を探るのに嫌悪感を抱いているから、と。

 

 違和感を覚えられても踏み込んでこないから気にしなくていいと言っていたがまさか本当にそうなるとは思わなかった。

*3いったいどうしてなんだろうか。何か理由があったりするのかしら。

 

「……いや、そんなことよりも!私は、病気のことちゃんと伝えるべきだと思うの。死んだらもう会えないんだから……」

 

 劇団の人たちは巌さんを慕ってる。先輩だってそうだ。そんなみんなにちゃんと教えないのは不誠実だ。

 

「……知ってるか?銀河鉄道の夜は宮沢賢治の死後に発見された作品なんだよ」

 

 今そんなことどうでもいいんだけど。ソレ関係ある?

 

「実は未完成の作品で、遺作だと俺は思っている」

 

「知らないんだけど。なんの話してる?」

 

「『本当の幸いってなんだろう』作中で何度も出てくるこの言葉は病に伏した宮沢賢治の最後の人生の疑問だ」

 

 ???ちんぷんかんぷんになってきた。でも大事な話っぽいことは分かったから聞くことにしよう。

 

「カムパネルラは友達のために死んでもそれが『本当にいいこと』だから母親はその死を許してくれると信じてる。冗談じゃねえよな。残された人間のことなんて考えもしてねぇ。俺から言わせりゃ巌もカムパネルラもエゴイストだよ。だからあいつら似てるだろ?」

 

「……カムパネルラは千世子ちゃんとは似てるけど巌さんとは──」

「似てるさ」

 

 断定する口調で遮られた。そこまで似ているだろうか?そんな感じはしないけれど。

 

「『本当にいいこと』さえしてりゃお前たちが許してくれると信じてんだよあの人は」

 

 ハッとした。屋形船での一幕を思い出す。あのとき巌さんは達観した様子で自身を演劇の為に生まれてきたろくでなしだと話していた。

 

「巌さんにとっての『ほんとうにいいこと』は、最高の舞台を私達に演じさせること」

 

「役者なら覚悟決めろよ夜凪、巌とカムパネルラの『ほんとうの幸』を演じる覚悟だ。巌裕次郎になってあの劇団を導くことがお前の役作りだ」

 

 ソレが答えだとして、私はコレから何をするべきだろうか。時間はない。悠長にはしてられない。

*1
そんなわけない。ないよね?

*2
一話後書きのアレ。あんな感じで撮影中は舐められないように必死だった

*3
新一なりきりセットへの恐怖。昔を思い出して恥ずかしいだけ




そういえば匿名外しときました。理由はいろいろです。投稿作品見れば察するかも。同じ名前のTwitterは本物です。だからって特に何もないけど伝えときます。

情弱だからurlの貼り方とか知らないとかじゃないです。



追記 1.28
微修正。黒山さんとの会話部分を分かりやすくしときました。コイツ脳内の2、3割程度の部分誇張しまくって話してます。3割程度の癖に引っかかる部分を他人使って解消してやろうとしてます。こんなシリアスな場面なのに。この引っかかってるトコロが次話に繋がるわけですね。あ~小説って難しいね


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巨匠による江藤新の記録

ふぉ〜!


 最初は、弟子なんかとるつもりはなかった。

 いくらかつての団員に頼まれたからと言って簡単に頷くような人間じゃない。それでもアレを自分の弟子にしたのは、どうしてだったか。

 

 俺を恐れて逃げていった役者は数しれない。芝居ばかりで家庭を省みない俺に家族も愛想をつかして出ていった。俺の舞台を最後に芝居を辞めた天才女優もいた。

 それでもまだ演劇を続けているろくでなしが俺だった。こんなろくでなしは俺一人で十分だった。新たなろくでなしを作る必要はない。そう思っていたときだ。新しい光を見た。

 

*1……次郎吉?」

 

 最初にあったときの一言目はコレだった。まだ工藤新一だと思いこんでいたバカはそんな妄言を真剣に言っていた。無論母親にすぐさまシバかれていたが。

 

 印象的だったのはその時の目だった。なにかに取り憑かれたみたいなギラついた目、ソレは自分が工藤新一であると疑ってなかった証明だった。

 

 七生や亀のように自分から俺の下に来たわけじゃない。阿良也のように俺がスカウトしたわけじゃない。あのときのアレはただ親に連れられて渋々ついてきただけだった。

 正確には演劇を観るというよりも特別なイベントで事件が起きるかもと期待していただけだった。

 

 邪魔をしない代わりに見学をさせてくれという母親の要望を聞いたのは、アレがメソッド演技ではないかと心配する両親の顔に免じてだった。そうじゃなきゃガキなんざ置いとくわけもねぇ。

 

 そこが始まりだったんだ。俺とあの探偵気取りのクソガキとの関係は、そんな偶然からはじまった。

 

 

 

 当初のアイツは今よりもイカれてた。まだ10歳そこらだったアイツは工藤新一全盛期だった。

 

 ヤツは動くなといっても動き回って「ここの金具が外れて事件が起きるに決まってる!」とかいって器材の安全確認はするし装飾用かなんかの破片の粉を見つけたら必ず「コレは……青酸カリ!?」とかいって舐めていた。

 

 ハッキリいってクソガキだった。邪魔しないといいつつまったくもって邪魔だった。しかも質が悪いことに何かを壊すとかそういう決定的なことは起こさなかった。簡単に言えばいつも端の方でコソコソしてるだけだったから追い出すには決定打に欠けていた。

 

 そんな俺からすれば鬱陶しいクソガキでも団員からの評価は高かった。特に女連中の。アイツがいると芝居にメリハリがつくような連中が少なからずいたことも見学を認めていた理由の一つだ。

 

 当時からシンは無駄に賢かった。

 

*2うわー!おねーさんたちやさしー!!」

 

 と言いながら女団員から餌付けされてたのをよく見かけた。ヤツは狡猾だった。スリザリンにマイナス7億点。

 

 俺がアイツに演出家としての才能を見たのもそれからすぐだった。当時新人だった七生と亀の才に気がついていたからだ。

 

「うわっ、……園子?次郎吉に懐いてるし。えーでもパットしないよなぁ……。あ、メガネ外すよ。あーイケるな。よし!今日からアンタギリギリ園子ね!……年齢違うじゃん。アンタ留年すんのか……?」

 

「うーん、印象に残るタイプのモブキャラ。……*3ふなち?あれ?じゃあアンタもしかして女!?」

 

 アイツらと話すようになって直後の発言がコレだった。どう考えても役者を目指して入ってきたヤツに言う台詞じゃねーがソコは問題じゃなかった。シンは両方に引っ叩かれてたがソレも問題じゃなかった。

 

 どうせ自分の世界に当てはめてただけなんだろうアイツはピンポイントで亀の脇役としての才能があることや七生のことを見抜いてやがった。しっかりした理屈がなかったとしてもその直感が演出家にはなによりも必要だ。

 

 10歳そこらのガキが俺と同じ目線を持っていた。このときの衝撃は相当なものだった。

 

 

 

 それから2年ほどして、シンが来る機会が極端に減った。話を聞く限りでは工藤新一の闇から抜け出したらしい。

 

 それはおかしかった。そんな簡単にやめられるものならメソッド演技で壊れる役者なんて存在するはずがないからだ。

 いかにアイツがブッチギリでイカれた頭の持ち主だったとしても幼少期の人格形成期に工藤新一だったのならもはやアレは工藤新一本人になってるはずだ。

 

 ソレが起きてないということはつまりアレはメソッド演技ではなかったということになる。ただの思い込みでただの猿真似、ソレも一流の目を欺けるくらい高度な。

 

 それはもはやメソッド演技なんじゃなかろうか。

 

 よく分からなくなってきた俺はとりあえず才能がなかったということにした。ソレが一番丸く収まる気がしてきた。きっと探偵になりきってたから自分が偽物だという真実も見つけてしまったんだ。きっとそうだそうに違いねぇ。

 人生長い、そんなミラクルだってあるさ。

 

 俺はアイツを常識の範疇から除外した。今後メソッド演技で苦しむ人間が現れたとしてもアイツはなんの参考にもならないだろう。

 

 もし俺がその当人なら自分がヤバいときに『工藤新一になってた男がな……』なんて言われたらシバき倒す自信があった。

 

 結局メソッド演技問題が解決されて円満解決!とはならなかった。それと同時に新たな問題が浮上したらしい。

 

 どうやらあのクソガキは抜け殻になったようだ。シンの母親にして俺の劇団の元役者、江藤有希は一人でスタジオにやってくるとこう言った。

 

「最近金ローでやってた*4江戸川コナン失踪事件?だったかしら。うちの子ずっとあんな感じなんです」

 

 お前まで絶対に分からないコナンで例えだすのはやめろ。何よりも先にそう思った。

 

 なんでお前までコナンに侵食されてるんだ。お前ら親子二世代に渡って俺にコナンを布教するな。ちょっと詳しくなっちゃったじゃねぇかどうしてくれるんだバーロー。

 

 話を要約すると工藤新一に代わる新しい目的を作りたいから協力しろというモノだった。その為に役者デビューをさせるのも考えていたらしい。確かに悪くない案ではあったが俺としてはその頃にはアレに演出家としての道を見出していた。

 

 というよりあのイカレ探偵小僧モドキをうちに入れるのは抵抗が凄かった。その当時は阿良也を見つけた頃と重なっていたから新しい悩みのタネはゴメンだった。

 

 その旨を伝えてなんやかんやあって結局様子見に落ち着いた。色々話し合ったところでまだどれも現実味に欠けた内容だった。

 

 決め手となったのはその2年後だった。雑誌のシナリオコンクールの担当をさせられてた時だ。そこで俺はとんでもない奴を見つけた。

 

 そう、エドガー・コナンだ。

 

 頭が痛くなった。確かにコイツは他と比べても突出して優れていた。だがどうしてもバカの影がチラついた。

 

 ただ冷静に考えて本人の確率は著しく低かった。アイツは今こういうのに参加するような状態じゃないのは確認がとれている。それに俺が昔話した限りではアイツはシナリオライターに全く興味がなかった。

 

「将来?探偵だから。無理なら泥棒でもやるわ、最悪海賊だな」

 

 とか言ってた犯罪者予備軍を信じろ。どう考えても未来のフレ幅が大きすぎる。何と戦ってるんだろうかアレは。バイオリンスケボーサッカーなんでも出来るんだからそっちでやれよ。

 

 最終的にバカは頭から除外した。エドガー・コナンだってきっとただの野球の方のファンだそうに違いねぇ。俺はそう考えてその作品を入賞扱いにした。

 

 

 本人だったよバーロー畜生が。何してんだあのクソ坊主。それであのバカは劇団に入ることが確定した。同時にアレの両親が海外へ旅立った。

 

 あんなに極端な退路の断ち方ははじめて見た。ソレは俺にとってもシンにとっても神の一手に違いなかった。おのれ江藤優作、工藤優作みたいな頭の回転しやがってくたばっちまえ。

 

 そこでせめてもの抵抗として役者としてじゃなく演出家として育てることを敢行した俺の目は間違いなく正しかった。転換点は間違いなくここだ。

 

 

 

 いざ指導が始まるとアイツは凄い速度で技術を吸収していった。半年もすれば俺のアシスタントとして置いていても問題ないくらいには成長していたんだから驚いた。

 

 後はやる気があれば完璧だな、なんて思っていると唐突に監督をやると言い出しやがった。アイツはいつも想定の斜め上を爆走していく。常識の二文字が脳内にないようだった。

 

 もちろんのこと承諾はしなかった。監督は本人の能力は勿論だが他にも必要なものがあるのは少し考えれば分かることだ。

 

 確かに俺の弟子なだけあってシンには能力はあった。だがそれを証明する実績はなかった。失敗したときに責任を取ることは出来なかった。その他諸々懇切丁寧に説明してやったっていうのにろくに話も聞きやがらねぇ。常にブチギレ一歩手前だった。

 

 当時のシンの言い分はこうだった。

 

「次郎吉だって小学生のコナンを正当に評価してたのにアンタはどうだこの脳筋ハゲ!俺がやるって言ったら成功以外ないだろバーロー!」

 

 とても苛ついた。中学生にもなって目上への敬語もできないようじゃ先が思いやられる、そう思った俺はシンで杖投げの精度を高めた。

 シンは「コイツッ!妻の旧姓絶対京極だ!子供の名前真だッ!」と言っていたから速度を上げた。一歩間違えば虐待だが当時の俺には関係なかった。

 

 結局の所課題を達成できたら考えると伝えて毎日くるウザいねだりは止めさせた。しつこすぎてノイローゼになりかけた。*5ストレスが溜まりすぎてハゲるかと思ったぜ。

 

 出した課題はよくある無理難題である。一ヶ月一人でスタジオの清掃とか含め事務関連こなせなんていう嫌がらせから3時間俺の肩を揉み続けて俺が満足するまで延長可能なんて意味わかんねぇことまでさせた。

 肩の骨がなくなるかと思った。意地の張り合いとはいえ9時間はキツかった。

 

 その中でも群を抜いて高難易度になる筈だった監督としてのスキル関連の課題の達成が最も早かったのは計算外だった。

 

 うちの団員全員の短所とそれを改善する練習法をまとめてこい、と言って3日で終わらせるやつがいるかボケ。そんな簡単に短所が見つかる指導してねぇんだよ俺も、とか調子乗ってたかもしれねぇ。悲しかった。

 

 ナメたまとめ方してたならなんとでもできた。ただ憎たらしいことにアイツはしっかりと分析してきやがった。しかもほぼ俺と同じ見解だった。

 ソレを否定すれば俺を否定するのと同義であるという屈辱によりシンは監督への道を手に入れた。

 

 

 

 そしてあまりにもサックリと人気作を作ったせいでシンは監督業へのやる気を完全になくしやがった。

 

 最悪だった。アイツなら簡単に成功して調子乗るパターンの可能性の方が高かったから許可したというのに。まかり間違ってもアレはレベルの低さに絶望した、なんて殊勝な考え方するような奴じゃない。

 

 アレは天性の調子乗りだ。間違いなく*6「ククク、ハッハッハ!俺やっぱすげー!!」くらいはやる。ニュースとか新聞で自分のこと探してニヤニヤする。なんならエドガー・コナンって知ってますか?って街頭で尋ねるくらいはする。

 

 だがアレは顔出しインタビューを断った。完全に顔出しNGのインタビューも断った。自分の露出をことごとく減らした。それはまるで天才監督と自分は同一人物ではないと思い込もうとするかのようで、率直に言えばキモかった。

 

 異常だった。あの顕示欲の塊が「安易な個人情報の漏洩は自分の首を絞めるから」なんて常人らしいこと言うわけがなかった。名が売れるとなれば聞かれずとも自分の事細かな業績、交友関係、好みのタイプまで自己アピールするのが江藤新だった。

 

 つまり、江藤新はエドガー・コナンとして活動することを忌避していた。それも映画撮影を終えてまもなく、だ。

 

 おおよその見当はつく。演出の仕事が思ったより楽しくなかったし労働に対する対価として釣り合ってない、とかだろう。

 間違ってはないはずだ。「なんで労働時間こんな長いのこの業界」とか「こんな頑張ってんだからもっとチヤホヤしろよ」なんて愚痴ってたのは忘れねぇ。なんなら俺も昔思ってた。

 

 だがコレでは理由の3割くらいだろう。多く見積もっても5割はない。このままヒットさせ続ければ有名になってプラマイゼロになる、アイツならそう考えるはずだ。

 

*7だから残りの大きな理由を見つけるべきなんだが……コレが全くわからねぇ。今の調子だと中学卒業と同時に天球に来ることも無くなるだろうからそれまでになんとかしなければならない、そう思って時間が経過した。

 

 

 

 なんの成果も得られずシンは天球に来なくなった。

 

 仕方なかった。シンと同様に阿良也も視ていては時間が圧倒的に足りなかったのだから。そのまま俺の悪性腫瘍が見つかった。詰みだった。

 

 びっくりするくらい面倒なことが重なってそこまで行くと一周回って冷静になる。そうなれば天啓も浮かんだ。

 

 

 遺言にすればアイツも観念するだろ

 

 

 コレだ、と思った。いくらシンでも世話になった恩師の遺言ともなればやるに違いない。

 

 そうと決めれば後は簡単だった。最後の舞台を整えてシンを呼び戻す、そのまま演出がつまらねぇという部分だけ解消して死ぬ、コレだけで任務完了だ。流石探偵志望の師、頭が冴え渡りすぎだ。

 

 

 

 そして現在へ至る。

 

「アキラァ!いつまでカッコつけてんだテメェ!その芝居やめろっつってんだろ!!」

 

「つけてません格好なんて!!」

 

「落ち着けってアキラバカ。爺さんもコイツは俺が見てるから」

 

「ろくに指導も出来てねーから言ってんだろ探偵気取りが!!老いぼれに劣る三流は口挟むんじゃねぇ!!」

 

「あぁ!?探偵じゃねーしアンタの言ってること全部俺がもう言ってるから!アキラができてないだけでな!!」

 

「なっ、僕のせいにする気か!?君にももっと具体的に説明する義務はある筈だぞ!」

 

 今日も俺とアキラとシンの三つ巴の論争がはじまる。場当たりが始まってから連日ずっとこの調子だ。

 アキラは着実によくなってる。間違いなくシンの指導の賜物だし俺が望む方向に成長させていってるのは流石俺の弟子といったところだろう。

 でもまだ伸びるはずだ。そう思ってつい口を挟んでしまうのは老いたからか奴らを見込んでのものか。

 

「また始まったよあの喧嘩。アキラも結構やり合うよね」

 

「アキラのくせにな」

 

「テメェもだぞ亀!集中にムラがありすぎる!場当たりだぞ本番だと思え!!」

 

「うぇ!?あ、うぃす!!」

 

 後ろで呑気に喋ってるうちの団員にも指導は忘れない。お前たちもまだできるはずだ。今のでシンとアキラにも気合が入ったようだしアイツらはほっといても問題ないだろう。

 

「七生は芝居が分かりやすすぎる!客バカにしてんのか!」

 

「わ、分かってる!」

 

「分かってねぇから言ってるんだバカが!」

 

「じゃあもっかいやるから見ててよ!!」

 

「たりめぇださっさとやれ!!」

 

 コイツらがいるからどんな激痛でも耐えられる。痛み止めなんかよりも強い薬だ。団員は当然としてバカ弟子もなんだかんだ真剣にやってる。何があったのかは知らねぇがいい傾向だ。アレがやってるのを見ると俺もより身が入る。

 

「巌さん、少し休んだほうが……」

 

 唯一事情を把握している夜凪がそう声をかけてくる。最初俺の事情を知ったときは動揺していたが突然吹っ切れたのは幸いだった。家に来て俺から死者を知ろうと真剣にやるようになった。

 

「人の心配してる場合か?お前のカムパネルラは生者のままだぞ、本番まであと5日をきってる。いつ死者になるんだ」

 

 思えば黒山がコイツを紹介してくれたのはタイミングが良かった。夜凪の存在は俺のやりたいことを最大限演出するキーカードとなった。コイツのおかげでシンだけじゃなく阿良也たちにもまとめて最後の指導ができる。

 

『星アリサの再来だ、きっとアンタの最後の舞台にふさわしい女優になる。名前は夜凪景』

 あぁ、お前の言うとおりだ黒山。夜凪は間違いなく俺の舞台にふさわしい女優になるだろうよ。過去最高の舞台になるに違いねぇ。

 

 演劇一筋の短いようで永い人生だった。

 

 俺を恐れて逃げていった役者は数しれない。芝居ばかりで家庭を省みない俺に家族も愛想をつかして出ていった。俺の舞台を最後に芝居を辞めた天才女優もいた。

 

 だが、こうして親子よりも離れた奴が集まって演技して、俺が口出して、才気溢れる俺の後継みたいな奴もいて。どいつもこいつもこんなろくでなしのことをバカみてぇに慕ってやがるときた。

 

「僕のお母さんがほんとうに幸になるならどんなことでもする。でも本当の幸いってなんだろう、なにがしあわせか分からないんです」

 

 ろくでなしの癖に弟子なんかとって、懲りずに若い才能にがめつく食いつき、俺は「ほんとうの幸い」からは程遠い人間だと思っていた。

 

 ああ、それでも──

 

「──これが幸せか」

 

 俺が育てたこの先を作る奴らといる何気ないこんな風景がしあわせなんだと、死に際になって漸く気がついた。

 

「ん?巌さんなんか言った?今なんか言ったっしょ?」

 

「……?いや?──まぁいい。聞け!」

 

 稽古も休憩になり集まっている今がちょうどいいだろう。

 

「お前たちの芝居は日に日に良くなっているよ。そして明日からの公演は数十日にも及ぶ」

 

 公演が始まっちまえば俺たち演出家にできることは大してない。だからこそ今伝える必要があり、演者へ俺ができる仕掛けは終わる。

 

「進化し続ける芝居こそが演劇だ。ここからは俺の想像を超える芝居をし続けろ。明日からは思う存分演じるんだ、いいな?」

 

「「「……はい!」」」

 

 そして、その日の最後に──。

 

「爺さん、少し話せるか?」

 

 だいぶ時間がかかったようだが、推理の拝見といこうか。

 

 

 

 

 

 

「で?随分時間がかかったようだが漸く答え合わせか?」

 

 まるで呼び止められるのが分かってたかのような発言である。控えめに言って出鼻をくじかれました。どうしてくれるんですか?

 

「いやー、いよいよ明日本番なのに教えてくれないんだから。そりゃこっちも強行突破しかないだろ」

 

 ぶっちゃけ途中からあ、本気で何も話すつもり無いんだって感じてたからいいけど。赤井秀一だってもうちょい説明するよ多分。

 

「えーと、なんだっけ?とりあえず俺を演出家に戻そうとしてるのは間違いないよな?」

 

「ま、そうだな。お前の疑問は『何故今なのか』、『引退間際に何を教えようとしてるのか』ってとこだった」

 

 そう、そんな感じだった。そのまま色んなことが重なったから一旦保留ってことになってたが、実際はあれからもある程度探っていた。

 

「まず状況整理だな。アンタは俺が天球に来なくなってから今まで俺を呼び戻そうとはしなかった。なのに今になって急に呼び戻した。夜凪景を引っ連れて」

 

「そうだな」

 

 正直ここら辺の推理があってようが間違ってようがどうだっていい。大事なのは最後の部分だ。

 

「俺はアンタじゃないからアンタの思考が何から何まで理解できるわけじゃない。だけど俺に関することならそれなりには予測できる」

 

 少し前に内心を誇張しまくった黒山サンとの対談でプロから見た俺の評価も知ったし。それらをもとに推理すると──

 

「ぶっちゃけさ、アンタ俺が演出家の才能があると思ってる?自分や黒山サンと同じような人間だと本気で思えてたか?」

 

「……」

 

 俺の予想なら多分アンタはそうは感じてない。

 

「アンタ俺を呼び戻した直後に話したとき御大層なこと言ってたよな。『演劇なんて嘘の塊で、そこに真実なんて存在しない。演出家の役目は嘘と現実の境界を限りなく寄せること』だったか?」

 

 長ったらしくそんなようなこと言ってたぜ。

 

「『ありえないことをありえると錯覚させられる奴は演出家としては天才だ』コレは理解できる。納得もできる。でもその前のは明らかにおかしい。アンタが役者に求めんのは正直者であることだろ。だいたいアンタの言ったことが事実なら演出家は嘘つきとかペテン師ばっかだぜ」

 

 いや、言わんとすることは大いに理解できる。それほど観客を引き込めるような演出がってことだろ多分。俺は分かる。多分千世子も納得する。でもアンタや夜凪は違う。

 

「そもそもな、それがプロの条件ならアンタも黒山さんももっとうまく立ち回ってんだよ。嘘と現実の境界をなくせる奴は『分かる奴が分かればいい』なんて言わないし、芝居に熱中して妻子に逃げられねー。俺の知ってる一流のプロってのは、どいつもこいつも自分に馬鹿正直な奴なんだよ」

 

 そうなるとあの発言は何だったのか。それを考えるためのピースは揃ってた。決定打はアキラだった。

 

「阿良也がアキラを入れたばっかの時いろいろ言ってたな。俺も少しひっかかった。俺の知ってるアンタはあんなことしないからな。まあ俺は長らく離れてたからあれだけど。でもアキラについて調べてて分かったよ」

 

「へぇ、何が分かったって?」

 

「アンタ前メソッド演技の役者ぶっ壊したって言ってたよな、俺の母親がいた時期に。俺さ、昔から幼なじみと母親の作品見たりしてたからある程度アンタの過去作は観てるんだけど、星アリサも出演してたよな確か」

 

 千世子がマジでうるさかったから覚えてる。目キラッキラだった。キモかった。

 

「それでさ、星アリサって調べたらあの舞台が最後なんだよな、女優活動。──アンタがつぶした女優ってこの人だろ?」

 

 それなら急なアキラの参入も理解できる。そんな罪悪感だけとは言わせねーけど、それがあったのは間違いないだろう。

 

「……正しいな。続けろ」

 

 さっきからちょっと上からなのやめろムカつくから。もっと犯人みたいに狼狽えてくれてもいいじゃん。

 

「ここでの焦点は役者ひとりつぶしたってとこだと思う。結局ソレを気にしてたアンタはそこで俺と会った。それでようやく最初の質問につながる」

 

 こうして過程をうめていけばおのずと結果は見えてくる。推理ってのは繋がってるものだからな。

 

「アンタは俺が自分たちみたいに芝居に命を懸けられる人間じゃないと理解していた、自分たちとは違う人種だと。アンタが俺を弟子にしたのは俺がそれなりの眼を持ってて、それでいてアンタらみたいなぶっちぎりの才能がなかったからだ」

 

 芝居一つに熱中することがないから役者を潰したりしない、でもセンスはあるから優れた演出はできる、そんなところだろうか。よく言えばハイブリッドだ、夢がある話だぜ。

 

「……なかなかやるじゃねーか、限られた情報でよくそこまで導いたな」

 

 爺さんからのお墨付きももらえた、これは勝ったなガハハ。まあ肝心の『なぜ呼び出したか』とかは全く触れてないんですけどね?

 

「だが、70点ってとこだな。致命的な間違いがある。だから俺が『何を教えたいか』もいまいちピンと来てない」 

 

 70点!?700点じゃなくて!?おいおい、負け惜しみかよ嘘ついてんじゃねーぞコラ!!

 

「顔凄いことなってるぞ。そんなに推理が違ったのが悔しいか?」

 

 うるせーバーロー!さっさと答えてみろ真実をよぉ!

 

「致命的な間違いっつーのはお前に才能がないってとこだ」

 

 ……は?

 

「お前は俺が正直者だといったな。ならわざわざお前に『才能がある』なんて嘘つかねぇだろ」

 

 ……確かに。いや、でも……え?

 

「そもそも俺はお前が思ってるほどできた人間じゃねぇ」

「そんな人格者だとはもともと思ってないぞ」

「殺すぞ」

 

 自分で言ったのに……。そういうとこだぞ!?

 

「お前の演出家としての力はお前が工藤新一だったころから目をつけていた。星アリサの件を省みずにな。俺はそういうろくでなしなんだよ」

 

 工藤新一の時って……え?まだ10歳そこらなんだが?てか目節穴だろ工藤新一やってんだぜソイツ。

 

「お前が俺たちとは違うと分かったのは正式に弟子にしてからだ。だがそれが逆に好都合だった。俺みたいなろくでなしになることがないと理解できたからな。それからはお前が人の道を外すことなく俺が見たことのないところまで進んでくのを想像した」

 

 ???スケールがでかくない?まだ基礎教えられてる時期じゃないかそこ?期待が大きすぎないか当時の。

 

「覚えているか?映画撮影のときに話したことを」

「ぜんぜん」

「少しは申し訳なく思えカス」

 

 いやまったく覚えてない。多分やっと許可したなクソジジイとか考えてた。

 

「俺はハナから成功はすると思ってたんだよ。問題はそのあとのお前だ。゛「簡単すぎてつまんねー」なんて調子に乗るな゛って話したんだよ。そしたらお前、つまらねーから辞めたってお前、一番面倒な方向へ進みやがって」

 

 嘘だろそんなこと言ってたのか?いや言ってた気もする。後辞めた理由の6割はエドガー・コナンだ。それがなかったら他の苦痛は耐えられたから。つまりはアンタが悪い。

 

「張り合いのない達成は大して魂を潤さない。若くして突出した人間は必ず経験する。お前は工藤新一なんていう極上のモン先に味わったせいで顕著だがな」

 

「黒歴史を極上扱いしないでくれない?」

 

「黙れ。ソレのせいで俺がどれほど苦心したと思ってる?漸くといったところで映画作るなんて言い出される身になれ」

 

 マジな目だった。思い出して軽くキレてる目だった。こわい。

 

「だからこそ今回が最後の教えなんだ。明日からの講演を目に焼き付けておけ」

 

 ……。

 

「いつだ?」

 

「何がだ」

 

「あと何か月だって聞いてんだよ」

 

「……二か月から半年だ。知ってたのか」

 

「なめんな。あんだけ夜凪とこそこそやってりゃ嫌でも気づく」

 

 まぁ確信したの最近だけど。その頃にはどう考えても手遅れだった。第一何を言ったところで無意味なのは分かりきったことだった。

 

「場所は?」

 

「膵臓、見つかったのは半年前だ」

 

 末期じゃねーか。よく今まで平気な顔してたなアンタ。そりゃ俺とはちげーや。

 

「少し意外だったぞ。お前は気がついても認めないし踏み込まないと思ってた」

 

「……認めるしかないだろ、それが真実なら。*8ありとあらゆる可能性を必死に探しまわった後ならなおさら」

 

 実際今この瞬間まで間違いなことに縋ってた。全部俺の深読みで、いい年だから辞めるだけなんだと。俺を呼び戻したのもいいタイミングだったからだと。

 

 

「『演出家にとっての成功とはなんだと思う?』」

 

「あ?」

 

「昔アンタが俺に聞いたんだ。弟子入りさせられるときに」

 

 何もしらない14とかの俺は「売れる事」とか答えた気がする。

 

「ここで伝えておく。俺にとって成功は──」

 

 ジジイの顔が固まった。いい気味だ。推理中も何食わぬ顔してたからな、茫然とさせてやったわ!

 

「ハっ!いいじゃねーか、いい答えだ。ソレを捨てずに俺を超えてみせろ」

 

 それが俺と巌裕次郎の、演出の師との最後の会話となった。

 

 

 

 翌日、俺は巌裕次郎が自宅で倒れていると知らされることとなる。

 

*1
コナンの登場人物。鈴木財閥の偉い人。髭の生えたハゲ

*2
コナン特有の猫かぶり。ぶっちゃけ慣れた手法

*3
乙女ゲームオタクの女子大生。22歳。第797話「夢みる乙女の迷推理」にゲスト出演して、強烈なインパクトを残していった。作中で死亡フラグとか言っちゃってた。ナチュラルに不法侵入しちゃう子。かわいい。悠木碧

*4
2014年12月26日に金曜ロードSHOW!にて放送された、アニメ『名探偵コナン』のテレビスペシャル。アニメオリジナルストーリー。コナン君シューズの故障で記憶喪失になります。欠陥シューズがよぉ……

*5
自分をハゲだと認めないハゲの鑑

*6
だいたい原作コナン一話参照。アイツ初期だいぶおかしい

*7
原因がエドガー・コナンだとは夢にも思ってない。なんなら自分で提出した名前のため順当

*8
「カッコよくなんかねーさ!きっとその時は、疲れてボロボロになってるよ……。その人が犯人じゃない、ありとあらゆる可能性を必死に探しまわった後だろーからな……」

 初期の新一が知り合いが犯人だったとき真実を話すのかと尋ねられた時の台詞。蘭にカッコつけてクールに決めるのね、と言われた後にこのセリフが出てくる。コナン史上トップクラスで好き




なお、遊び>執筆>受験勉強という優先順位のため次も遅くなります。アクタージュは読み直しから始まるから時間かかるし…。

生存確認したい人はマイページかなんかにtwitterのURL貼っとくんで勝手に飛んでください。前回わざわざ教えてくれた人がいたのでやってみました。


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銀河鉄道の夜 前編

ハッピーバレンタイン!
説明ばっかで重たいけど許してください。


正直この展開気に入らないんですよね。時間があれば書き直します


 舞台『銀河鉄道の夜』公演初日

 

 巨匠巌裕次郎による大作を期待するファン、出演者の関係者などが続々と押し寄せる開演前の会場、その舞台裏にて。

 

「──フゥー」

 

「緊張してんなアキラ、女でも来んのかよ?」

 

「えっ、いや……女と言えばまあ……女ではあるんですが」

 

「フーン……ところで俺ずっと思ってたんだけどさ、お前ってツラ良いし人気あるしで俺とキャラ被ってるよな?」

 

「……?」

 

「やめろその顔。何だコイツ頭おかしくね?もう死ねばいいのにこの童貞、みたいな顔すんな」

 

「そこまで思ってる顔に見えました?」

 

「いやそこまでは見えなかったけど。でも今うわコイツ面倒だな……って顔はしてる。ま、その調子でガンガン顔に出してけよ?どうせ俺たちはどれだけ取り繕ってもダセーんだから」

 

 舞台での経験が初となる新人の緊張をほぐす為か、そんな軽口のような助言で張り詰めた気を緩ませる先輩役者。

 

「──」

 

「もう3時間はああしてるよ。慣れないな阿良也のアレ」

 

「集中してんだって、絶対話しかけんなよマジで怖いから本番前のアイツ」

 

 一人鏡の前に座り虚空を見つめ集中を高めるカメレオン俳優。

 

 三者三様のルーチンのような何かが繰り広げられる舞台裏で、それでも看過することのできない異変があった。

 

「ねぇ……巌さんみなかった?いつも誰より早く小屋入りするのに」

 

 いち早くそれに気がついたのは三坂七生だった。小走りで団員のもとまで駆け寄り巌裕次郎の所在を尋ねる。走り回って探した後なのか、その額にはじんわりと汗が滲んでいる。

 

「あ?いないのか?とっくに来てて設備チェックでもしてるのかと──」

 

「おかしいよ……!景もまだ来てないし……それにシンだって──」

 

 焦りからか団員を責めるような口調でまくし立てる発言の途中だった。唐突に控室の扉が開かれた。

 扉を開けたのは話題に上がっていた人物、夜凪景だ。

 

「みんな、聞いて」

 

 入室と同時に視線を集める景。そんな彼女は、どこか悲しんでいるようで、それでいて覚悟を決めたような表情で、ソレは彼女が真剣である事を団員に理解させるには十分だった。

 

「今日、ココに巌さんは来れない」

 

 だからこそ、告げられたその言葉は団員の思考を停止させるに足る剣となる。

 

 

 

「……巌さんが来れない?どういう事、景……?」

 

 いち早く声を発したのは七生だった。景が来るよりも前から巌が見つからない状況を不審に思っていた彼女が、先陣を切るように景へと追求する。

 

「毎朝巌さんの家に寄って一緒に稽古に向かうのが最近の日課だったの。それで今日も巌さんの家に向かった。そしたら──」

 

 景は今朝の出来事を語った。巌の家に着いて景が最初に目にしたのは救急車と隊員と会話する黒山墨字だった。ソレが意味するところは即ち、巌裕次郎が危篤である、ということだった。

 

「巌さんが……危篤……?」

 

「うん。巌さんはずっと病気でお医者さんには公演まではもつって言われていたらしいの。でも、今朝意識がなくなっていて……」

 

「う、嘘つけよ……だって昨日までピンピンして──」

 

「ずっと隠してたの。モルヒネとか使いながら痛みを我慢して「景!冗談やめてってば!!」──隠していてごめん」

 

 状況が飲み込めない団員に冷静に答える景。景の言葉を認めたくない七生が大声で景の発言を遮ろうとするが、それにすら淡々と返答をする。ソレが逆に景の言葉が事実だと周囲に理解させる一手となり、遂に追求の声も止み、沈黙が空間を包む。

 

「……夜凪、巌さんは死ぬのか?」

 

 そんな中で、確かめるようにそう質問したのは先程まで深い集中状態に入っていた明神阿良也だった。

 

「……いつ亡くなってもおかしくないって、舞台が終わるまでもつかどうかも分からない」

 

 景のその言葉に深く考え込むような仕草を見せた阿良也。そうして、再度沈黙が訪れるかと思われたとき、亀がこう切り出した。

 

「巌さんの元に行こう……!」

 

 或いは、コレは必定だったのかもしれない。亀のその発言に驚く周囲ではあったが、ソレはこの場にいるほとんどが心の底で思っていたことだったのだから。たまたま今回切り出したのが亀であっただけで、ソレは少し違えば他の誰かがそう言ってもおかしくない、そんな心の底からの願いだった。

 ただ、現状がソレをさせてくれないだけで。

 

「……そんなこと簡単に言わないで……!もうお客さん入ってるし、本番当日に中止なんて許されない……。巌さんの舞台に傷はつけられない……!」

 

 そう、今は舞台の控え時間。今から巌の元へ向かえば確実に舞台は中止となる。それはつまり巌裕次郎の舞台を傷つけたことと同義で、ソレこそが団員がこの場を動くことのできない理由だった。

 

「じゃあ!あの人の最後がッ!俺らの親父の最後が!!病院のベッドで一人きりって……許されるのかそんなこと!?いいだろ1日や2日の延期くらい!」

 

「……親の死に目に会えないのが役者だよ。そのくらいの覚悟、みんなしていたはずだ」

 

 ヒートアップしていた空気に待ったをかけたのは阿良也だった。阿良也は独り言のようにそう呟き、更に言葉を重ねる。

 

「俺たちはあの人のために芝居をしていたわけじゃない。あくまで自分のためだ。そうだろ?」

 

 流れるように話す阿良也。巌裕次郎の秘蔵で天球のエースである彼の言う役者としての在り方は、ここにいる誰もが理解しているモノ。真に優れた役者であればこんな時でも動じず、舞台に臨まなければならない。

 

「ああ、だけどそうだな──俺は知らなかったよ。あの人への感情が……思い出が……ここまで心を乱させるなんて、知らなかった……!」

 

 ただ、阿良也だって完璧ではない。コレはただ、それだけの話だ。

 

 

 

 もともと、今回の舞台を最後に舞台を辞する筈だった。だからこそ劇団の人間は、もっとコイツらと芝居がしたい、演劇が続けたい、そう思ってもらいたいという一心で稽古に励んできた。

 今の状況は、前提から大きく崩れ去ったようなもので、予め状況を理解していた人間でもない限り、普通の人であればどれだけ構えていても狼狽えてしまうのも仕方のないこと。

 

 だからこそ、この場の誰よりも先に気持ちを整理できていて、かつ巌裕次郎との関係も薄い景が行動することはおかしなことではない。そしてソレができる彼女だからこそ、巌裕次郎は彼女を演劇に加えたと言える。

 阿良也達が立ち止まったとき、自身の代わりに言葉を投げかけ、前を向かせる事が彼女に託された使命だった。無論、夜凪景はソレを知ることはないが。

 

 ここで、混沌とした空間で景が行動を起こし、ソレに触発された団員が劇に向かう、ソレこそがもしもを想定した巌の策略の一つだった。

 

「……何してんの?舞台もう始まるんだから着替えてくんない?」

 

 だが、巌裕次郎にはもう一つのプランがあった。それは彼ですらどう転ぶか分からない存在であり、信頼するには薄すぎる線。

 

 江藤新という自身の継承者と呼ぶべき人間。自身のもしものとき、この少年がどう動くのかは最後まで巌裕次郎には分からなかった。

 

「……え?シン……アンタどこに……」

 

「は?設備チェックとか照明の確認だけど?急に仕事が増えてやっと一段落したとこ。いやそんなことより本番始まるって!」

 

 巌はシンが自分や黒山のような人間でないことを理解していた。なんやかんやで昔のように人の内へズケズケと踏み込んでいくことを忌避しているのも理解していた。

 だから、シンが自分の病に気付けなかったとき、彼が今の団員のように狼狽えるかもしれないと予測していた。

 

 自分たちのようなロクでなしであれば、だからなんだと演劇を優先させられる。何処までも自分に正直で狂っているから、よりよい作品の為に人の道を踏み外すことを厭わない。

 だが、江藤新はそうじゃない。彼は自分たちのようなロクでなしではないから、縁深い人間の死に目に演劇を優先させることはできない。師であるからこそ、それを巌は理解していた。

 

「って!お前そんなことより!!巌さんが!!巌さんが「危篤なんだろ?知ってる」──は?」

 

「だから知ってるって。朝連絡を受けた。だから俺が代わりに色々やってんだから」

 

 だけど、もしも、もしも江藤新が気がついたのなら。巌裕次郎の思惑を知り、言葉を交わすことが出来たのなら。万が一のときも彼が自身の代わりとなることもまた、巌はよく理解できていた。

 

 そして、巌裕次郎は賭けに勝った。

 

「……なんで、じゃあなんでそんなに冷静でいられるの!?巌さんが死んじゃうんだよ!?それなのになんでっ!!」

 

「俺が演出家で、お前らが役者(プロ)だからだろ」

 

『ッ!』

 

 江藤新は巌裕次郎たちとは違う。彼等と違って演劇に狂えない。彼等と違ってロクでなしではない。

 そして、彼等と違って()()()()()()()

 

「何?もうじき死ぬから演技なんてしてられないって?舞台を延期してもいいって?演出家の遺作ナメてんの?」

 

 確かに江藤新は師たちのように演劇に狂うことはできない。ロクでなしではない。なら江藤新が常人か。

 

 いや、彼は彼でしっかりと狂っている。

 

「いや分かるよスゲー分かる。アンタらがこんな時に冷静でいられる程人間辞めてないのも分かってる。でもさ──」

 

 荒れていた空間がしんと静まる。目の前で話しているのが一人の監督として話していたから。彼に自分たちの親父を幻視したから。

 

「自覚持てよ、巌裕次郎の最後の作品なんだぞ。巌裕次郎は役者に何を教えた?」

 

『!』

 

 江藤新は工藤新一になっていたイカレ野郎だ。今は立派に黒歴史となり自分は江藤新だと公言する彼ではあるが、ソレでも彼は工藤新一だった。冷静に考えて少年期の人格形成に大切な時期のほとんどが工藤新一だった人間が急に工藤新一を切り離せるわけがない。というか本気で工藤新一だと思ってたことがまずヤバい。

 

 江藤新は嘘を許容できる。コレが良いと思えば容易く自分を偽れて、嘘なら嘘で固め尽くしてキレイにしてやろう、と考えられるタイプ。

 

 対して工藤新一は嘘を許容できない。自分にどこまでも正直で、危険だとしても真実が隠されているならどうしても暴きたくなるタイプ。

 

「巌裕次郎が命削って描いたんだ。グダグダしてても幕は上がるぞ。なあ夜凪……いや、カムパネルラ?」

 

「うん。私が巌さんなら……カムパネルラなら見ていたい。銀河鉄道の車窓から、みんなが星みたいに輝き続けるのを。ソレがきっと巌さんにとっての一番の幸いだから」

 

 既に夜凪景の装いはカムパネルラだった。彼女は既に心が決まっていて、彼女もまた、巌裕次郎の思いを汲む一人だった。

 

「……“役者を名乗る覚悟”か。そうだったね。こんなバカに言われるまで忘れてるなんて情けない」

 

「夜凪言われてるぞ」

 

「!?」

 

「いやお前だよ。……余計なことしてないよねシン?」

 

「もち。客席メッチャ荒れてるけど、何から何まで巌裕次郎の演出のまま。開演まであと少し、どうする秘蔵っ子?」

 

「聞くまでもないでしょ秘蔵っ子。弟子なんだから巌さんの演出の足引っ張んないでよ?」

 

「は〜?コンマのブレなく完璧に演出してやっからマジで見とけよこの野郎」

 

「バーカ。見てたら演技出来ないだろ」

 

 そんな軽口が叩けるまでに空気が緩み、控室には活気が戻る。気が抜けたわけじゃなく、むしろ舞台への意識はより洗練されている。キビキビと舞台メイクや衣装への着替えに移るため控室を後にする役者、少し経てば控室にポツリと残されたのは江藤新と準備を終えていた夜凪景の二人のみ。

 

「……先輩、知ってたのね。巌さんの病気のこと」

 

「昨日聞いた。でも今日倒れるのは想定外だわ。おかげで朝からドタバタしててさー」

 

「……あの、ごめんなさい。言うなって言われてて」

 

「ん?ああ、気にすんなよ。別にお前は悪くないだろ。そんなことよりお前、カムパネルラ頑張れよ」

 

「……うん」

 

 二人きりになった夜凪とシンはポツポツと会話を始める。

 

「朝は爺さんに会ったか?」

 

「ううん。顔は見てない。黒山さんが手続きみたいなことをしてるのを見ただけ」

 

「へえ、俺もあの人から連絡貰ってさ。そのままここまで直行して代わりにチェックして。音響とかも混乱してたから時間掛かってさ、お前が先に話してくれてて助かったわ」

 

 会話の内容は今朝のこと。それは事情を知っていた二人だから起こる会話で、そこから僅かな時間とはいえ話題は膨らんでいく。巌裕次郎とのこと、今までのレッスンでのこと、色んな話をしているうちに時間は刻一刻と迫ってくる。

 

「──うし、お前もそろそろみんなと合流してろ。最高の演劇を観せてくれよな」

 

「うん、行ってきます。ちゃんとサポートしてね?」

 

 そんな会話を最後に、夜凪は控室を出ていく。そうして残されたのはシン一人。大きな控室に一人残ったシンは、そこで大きく息を吐いて座り込んだ。

 

「……あー疲れた。ホントにもう、コレが最初で最後だからなジジイ」

 

 コレはあくまでも巌裕次郎の作品であり、江藤新はただの補佐。

 

 もしもこれが自分の作品であるのなら、江藤新は舞台を延期にしていたかもしれない。わからないが、恐らく今回のように役者に発破をかけたりはしないだろう。

 もし、巌裕次郎の容態に気がつかずに今日知らせを聞いていたら、恐らくは阿良也たちのように狼狽えていただろう。自分は巌裕次郎たちのような人種ではないから。

 シンは自身のことをそう認識していた。

 

 それでも彼が今、こうしてこの場にいるのは前日の巌との会話があったからだった。

 

 前日の会話で、江藤新の工藤新一である部分が巌の願う事を把握した。してしまった。

 

 そして、巌の望みを理解してしまった彼は代わりに公演を成功させた方が良いと考えた。なぜなら今回の公演は巌裕次郎の作品だから。彼が命を賭け、自身に何かを伝えようとしていたから。

 

 本当なら自分の目で見届けたかったに違いない。いや、実際はシンには巌が何を思ってるのかは分からない。シンと巌は違うから。あるいは黒山墨字なら分かるのかも知れない。いや、きっと彼にも分からない。巌裕次郎が何を考えているかは巌裕次郎にしか分からない。

 

 ソレでも、言葉を交えた前日の事を、目の前であることを宣言した自分に笑みを溢した巌裕次郎の顔をシンは覚えていた。

 その笑みは本当に嬉しそうで、安心したようで、だからこそ、何度も言っていた最後の教えが気になった。

 それを知るために、ソレが巌の願いであると理解するが故に、江藤新は芝居を優先させる道を選択した。亀たちのように巌の元へ向かいたい気持ちはあれど、巌裕次郎らしい選択をした。

 

 江藤新は彼等と違う価値観の人間ではあるが、自分を容易く偽って彼等と同じ選択をできる人間でもあった。

 

 巌裕次郎がシンに自分のようなロクでなしにならないことを願っているのは聞いた。だからこその最初で最後。

 

 あくまで今回は巌裕次郎の作品で、動けない巌裕次郎の代わりに、仕事として動いただけ。

 此処から先はシンは観客であり、最後の教えとやらを拝見するだけ。そして終わったら言ってやるのだ。

 

「スゲー作品だけど、すぐ追い抜いてやる」と。

 

 




後編はサクッと終わらせます。主人公君あくまでコレは巌裕次郎の作品ってスタイルだから。


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銀河鉄道の夜 中編

目指せ月1


 巌裕次郎の危篤、その知らせは瞬く間に広がった。観客はどよめき、もはや演劇を鑑賞するという次元ではない。現状は演者にとって最悪と言ってもいいほどに逆風だった。

 

 しかし、定刻とともに照明が落ちる。ソレは芝居の始まる合図。

 

「──ずっと一緒にいられると思っていた。カムパネルラは僕の側にいつもいてくれたから」

 

 開幕は、静かなもの。反してその声は混乱する客席を一瞬で支配する。

 その一言は、巌裕次郎の秘蔵っ子と言われる阿良也のレベルの高さを示すために十分すぎるものだった。

 

 そして舞台は進む。阿良也は観客の視線を集め、客席は舞台に引き込まれる。

 

 その並外れた技量に、星アキラは舞台袖で思わず息を呑む。心なしか体が固まってしまっている気もする。

 

「すごいだけじゃもたねぇのが演劇だぞ、アキラ」

 

 そこに声をかけるのは、もうじき舞台にむかう亀だった。アキラよりも先に出番が控えているというのに、その身体には過度な緊張はない。

 

「観客の集中を取り戻したのはいい。次はそれを持続させるんだ。演劇には俺達みたいな引き立て役が必要だって教えてやるよ」

 

 そう言って舞台へと向かう亀。

 

「ぃようジョバンニ!!」

 

 舞台に立つと意気揚々と阿良也の演じるジョバンニに声をかける亀ことザネリ。

 

「オイオイ、お祭りになんて来ている場合か?母ちゃんの面倒を見に早く帰ったほうがいい。らっこの上着も帰ってきてるんじゃないか?お前の父ちゃんのことだよ密漁してる」

 

 青田亀太郎はお世辞にもカッコいいとは言えない。彼の演じるザネリの出番はジョバンニが汽車に乗る前の冒頭だけ。汽車に乗ってからが本番の銀河鉄道の夜においては脇役も脇役。

 分かりやすくいじめっ子でそのくせマヌケ、川で溺れてカムパネルラを死なせるようなどうしようもなくダサい役。

 

 天地がひっくり返っても主役にはなれない。人気になる要素だってほとんどない。そんな嫌われ役なのに、彼は舞台の上で阿良也とだって張り合う。

 

 亀はダサい演技を自然体で演じることができる。ソレは間違いなく彼の才覚で、それを磨いた巌裕次郎はやはり凄いと実感させる。

 

 そうして、舞台を盛り上げて出番を終えた亀たちが戻ってくる。やりきった顔をして、満足げな顔をして。

 

「見たかイケメン、お前も教えてやれ観客に。巌裕次郎の舞台はここからが本番だってな!」

 

 そうやって、巌裕次郎の不在など問題ではないと自分たちを鼓舞するのだ。

 

 

 

 亀たちの出番が終わると同時に一度舞台は暗転する。

 

「どうして暗くなったの!?続きは?続き!」

 

「ルイ!しっ!」

 

「場面転換してるの。すぐに始まるよ」

 

 

「まだ夜凪ちゃん殆ど出てきてへんのに……!」

 

「ああ、すごいな劇団天球」

 

「演出家という芝居の大黒柱が突如欠けたというのに……流石だ……!」

 

 暗転で一度芝居が途切れたとしても客席の高揚は収まることはない。客席からは続きを待つ声、演者を称える声がそこらかしこで溢れている。

 

「すぐに崩れるわ」

 

「……?」

 

 しかして、それとは別に順調に見える劇に異を唱える人間も存在した。それは本業である夜凪の友人たちよりもさらに経験に富んだ人物であり、スターズ社長にして星アキラの母親である星アリサ。彼女の事務所の女優である百城千世子と劇を見に来ていた元大女優である彼女の眼には他の観客とは違う未来が鮮明に映っている。

 

「たった一箇所の小さな綻びが全壊につながる。それが演劇よ」

 

 吐き捨てるようにつぶやく彼女の脳裏に巌と交わした会話が過ぎる。

 

『何の因果だろうな。俺の最後の舞台にお前の息子が立つことになるとは』

 

「何が最後の舞台よ。それなら最後まで見届けるべきでしょう。こんな無念だけが残る舞台なんて、最初から始めなければよかったのよ。巌先生」

 

 星アリサは吐き捨てるようにつぶやいた。

 

「……、……!?」

 

 その隣で千世子はいちゃいけないのを見つけて咽た。

 

 

 

 暗転はすぐに戻り、舞台は再開される。そして先ほどまでと変わることなくつつがなく進行される。

 

「七生、あと頼んだぞ……七生?」

 

「七生さん?」

 

 自分の役目が終わった亀が出番の控える七生に話しかけたとき、小さなその異変は浮き彫りになった。

 

「……」

 

「!」

 

 仲間の声に答えることなく虚空を見つめる七生。その頬には涙が伝っていた。

 

「……大丈夫、すぐ止まるから」

 

 本来、巌裕次郎がこの場にいることは当たり前のこと。彼女は気合の入った仲間の演技をすごいと感じ、その場にいるはずの巌裕次郎に話しかけようとして彼の不在をより強く実感してしまったのだ。本番直前のこのタイミングで。誰が悪いでもなく、ただ間が悪かっただけ。しかし、ソレを強く意識してしまった以上誰よりも優しく繊細だと評される彼女にすぐに平静に戻るなんてできるはずもなく、静かにその場に座り込む。

 

「……七生さん」

 

 周囲が不安げ、心配げに七生を見つめる中で、状況は刻々と悪化をたどる。

 

「……ねぇ、ほんとに巌さんのとこ行かなくていいのかな……?」

 

 そう、七生の感情が他のメンバーに伝播しだしたのだ。誰もが見ないようにしていた感情が一気に出てこようとしている。このままでは控室が混乱に包まれる。

 

「……おい、シンはどこだ?」

 

 比較的冷静な亀が悪い流れを断ち切るかのようにそう切り込んだ。

 

「それが、さっきから見当たらなくって──」

 

「クソっ!……アキラ、七生の出番まであとどれくらいだ?」

 

「!……えと、僕と共演なのでもう一時間もないかと……」

 

「そうか……七生の代役の準備をしよう」

 

 それは、ある種冷酷な決断だった。芝居を進め、周囲に広がる不安を押しつぶすための苦渋の選択。

 

「な……何言ってるんですか!!それじゃ七生さんは──」

 

「もう後戻りはできない。俺たちは最後まで演じ切るって決めたんだ」

 

「だからって──」

 

「巌さんはもういない。阿良也は出ずっぱりだ。こういうのを決めるシンは見当たらない。なら俺が決めるしかねぇだろ……!」

 

「!!」

 

 今までの練習を思い出し亀の案に反発するアキラ。しかし、亀の歪んだ表情に口をつぐむ。それが彼の本意ではないと、理解してしまったから。

 

「七生、出番の10分前には俺が決める……いいな?」

 

「うん……大丈夫だから」

 

 それを最後に会話が途切れる。舞台裏には沈黙が走り、七生の回復を待つのみの時間が過ぎていく。

 

「……七生さんは誰よりも舞台の成功を望んでました。今更代役なんて……」

 

「分かってるよ。だけどもう後戻りはできねぇ。もうじき第二幕、ジョバンニも銀河鉄道に乗り込む。もうすぐ夜凪の出番もってうわっ!?」

 

 亀のセリフが驚きで途切れる。アキラと会話していると真後ろにここにいるはずのない夜凪が不意に現れたから。後ろに立つ夜凪は顔色一つ変えることなく座り込む七生を見つめている。しかし彼女の出番は目と鼻の先、早く袖に戻らなければ事故もあり得るため当然周りは慌てだす。

 

「夜凪何してんだもう出番だろ!早く袖に戻れ!」

 

 そう声を荒げた亀に一瞥することもなく夜凪は泣き崩れる七生に近づいていく。そしてゆっくりとその隣にしゃがみ込み──

 

「景……ごめん、大丈夫だから」

 

「七生さん。そんなんじゃ銀河鉄道には乗れないね」

 

 ──泣きじゃくる子供をあやすように頭に手を乗せ一言、そう告げた。

 

 シン……と静まり返る空間。それを一切気に留めることなく、彼女は立ち上がり背を向けて歩き出す。

 

「よ、夜凪くん……そんな言い方は──」

 

()()は、少しだけ先に巌さんと同じ景色を見てくるよ」

 

 そして、再度の場面転換の合図がくる。それは夜凪の登場場面であるということ。

 

「!!まずい場面転換だ!急げ夜凪!」

 

「……じゃあ、待ってるから」

 

 言うだけ言って、夜凪はステージへと向かっていく。その姿に、七生は巌裕次郎を幻視した。似ても似つかないはずの彼女から、大好きな巌と同じ匂いを感じとった。そうして三坂七生は理解した。なぜ夜凪景が突然舞台に抜擢されたのかを。

 

「……亀。どうして巌さんは自分の病気を景にしか明かさなかったんだと思う?」

 

 気が付けば、勝手に口が動いていた。思い起こされるのは夜凪との初対面の記憶。

 

「みんなの反対押し切って外部から連れてきて、どうして巌さんは景にだけ……」

 

 口に出すことで脳内が整理されていく。最初は自分も阿良也も彼女の参入に反対した。しかしそれはすぐに覆された。

 彼女のあまりに繊細で、異常なまでの没入をみせる芝居。阿良也をも唸らせる異常な成長速度。他の演者より深くまで潜って戻ってくる、人を映す鏡のような芝居。そのすべてによって。

 

 彼女の潜在能力を最初から巌さんは見抜いていたんだと考えれば考えるほど理解できた。

 

 次によみがえったのは、屋形船での記憶。珍しく饒舌に語っていた言葉。

 

『あれら一つ一つの輝きは人の営みが作ったもの。あんなにも美しいが俺たち乗客には二度と触れられない、死の景色だ』

 

 あの時は深くは理解できなかった。しかし、今ならば理解できる。点と点が結びつくように、思考がクリアになっていく。そしてゆっくりとステージへ姿を現したカムパネルラを見て、確信した。

 

「……巌さんは、私たちに銀河鉄道からの光景を見せるために景を選んだんだ」

 

 壇上を歩くカムパネルラはまだ喋ってすらいない。それでも、観客は、団員はソレに圧倒される。触れれば消えてしまいそうなほどのその儚さに。それはまるで本物の死者のようで。

 

「ジョバンニは生者、カムパネルラと同じところへはいけない。巌さんとは一緒に行けない俺たちのように」

 

「巌さんは最初から(カムパネルラ)を通して私達に最後の指導をするつもりだった。大切な人のいなくなった世界で、私達が一人でも生きていけるように」

 

 

 

「……ああ、カムパネルラ」

 

 壇上でジョバンニとカムパネルラが邂逅する。それだけで、空間は銀河鉄道の夜の世界に引きずりこまれる。

 

「皆はね、随分走ったけど乗り遅れたよ。ザネリも随分走ったけれど追いつかなかった」

 

「ザネリも来るの?」

 

「ザネリは帰ったよ。お父さんが迎えに来たんだ」

 

 ただ会話をしているだけ、それなのに凄まじい存在感。元の夜凪を知るものはその成長に驚きを隠すことはできない。

 

 時間の経過によってスモークが晴れていく。クリアになる視界の先にはポツリと椅子が置いてあるのみだった。銀河鉄道に乗りこんだとは思えないほどの簡素な舞台、そんな中カムパネルラの腕が宙を泳ぎ──

 

カシャン

 

 ──虚空より、そんな音が聞こえた気がした。おそらくそれは車窓の開く音。

 

「ごらんよジョバンニ。この汽車、銀河を走ってる」

 

 セットは簡素な椅子のみで、窓なんてどこにもなく鉄道なんて見る影もない。それでも客席には、それが視えた。まさしく阿良也と夜凪の表現力の高さを示すにふさわしい。

 

「見てカムパネルラ。あの河原は月夜かな?」

 

「月夜じゃないよ、銀河だから光るんだ」

 

「銀の空のすすきが風に揺れてる、海みたいだ」

 

「河原や海のように見えてるだけだよ、きれいだね」

 

「見てカムパネルラ。煙突から煙が出ていない。この汽車石炭を焚いてないね」

 

「うん、アルコールか電気だろう」

 

 ごとごとごとごと、空のすすきの風にひるがえるなかを走る汽車に揺られながら、少年たちの会話が続く。この瞬間間違いなく彼らを媒介にして観衆は銀河鉄道からの景色、死の景色を見ていた。

 それこそが巌裕次郎の狙いであり、ソレを為すために夜凪景はこの舞台に抜擢された。誰も見たことがない銀河鉄道を観客の心に作らせる、そんな突拍子のないことを実現させるために。

 

 阿良也たちの作る銀河鉄道の景色を見ていたのは観客だけではなかった。舞台裏からソレを見ていた団員もまた、心に死の景色を映し、そしてそこに巌裕次郎を感じとる。舞台の上に、自分たちの芝居の中に、巌の演出が生きているんだと、巌裕次郎は今も自分たちとともにあるとはっきりと認識する。

 

 だから、それは必然だった。

 

 おもむろに、七生はペットボトルの水を頭上からぶちまけた。

 

「!ちょ……七生さ……何して──」

 

「メイク、直してくる。泣き面のままじゃ不細工でしょ?」

 

「……はは、よかった。代役はいらなそうだ」

 

 そうして、崩れかけた舞台は持ち直しをみせる。じきに折り返しだ。

 

 

 

 

 

 

 子供のころの記憶だ。母さんはよく僕を現場に連れて行ってくれた。きっと、僕を事務所の跡継ぎにするため。だけどやっぱり僕が憧れたのは、かつての母さんの仕事だった。

 

「子供はみんなああいう見世物に憧れるの。あなたはもっと幸せになる仕事に就きなさい」

 

「……でも、母さんは昔役者だったでしょ」

 

「ええ、()()()辞めたのよ」

 

「幸せになれないから?」

 

「ええ」

 

「──じゃあスターズの役者さんも幸せになれない?」

 

 このときの会話は、やけに鮮明に覚えている。どうしても、役者に心がひかれたから。

 

 多くの仕事を受けるうち、最初は自分の努力と才能のおかげだと思った。しかしその自信はすぐに砕かれた。母さんから見るように言われて覗いた週刊誌やネットには、真実がこれでもかと書き連ねてあったから。

 

 悔しかった。言われ放題なことも、母さんがこれをわかっていたのに記事を勧めてきたことも。けれどなにより何より悔しかったのは、記事を読んで納得した自分がいることだった。

 

 だからだ。役者を諦めるように言う母さんの話を遮って"本物の役者"になると豪語したのは。それは別に覚悟が決まったからじゃない。今もその時も、いつだって僕が決意を口にするのは逃げ出してしまいそうな自分を無理やり繋ぎとめるためだった。

 

 本物になれないと辞めていく役者を見て苦しくなった。自分より後にデビューした人が羽ばたいていくのを見て嫉妬した。

 

 分かっていた。自分に才能がないことは。だから誰よりも努力しなきゃいけないと言い聞かせて、毎日毎日芝居のことだけを考えて生きてきた。

 

 そして今、僕はここに立っている。舞台裏で、自分の出番を前に壇上で繰り広げられる芝居を見ている。

 

「切符を拝見いたします」

 

「……切符?あ、えっと……これ?」

 

「!これはすごい、三次空間からお持ちになったのですか?」

 

「?」

 

「やあ、こいつは大したもんですよ!こいつはもう本当の天上にだって行ける切符だ!」

 

「天上どころじゃない、どこでも自由に歩ける通行券です」

 

 死にゆくものを乗せて走る銀河鉄道。ただ一人の生者であるジョバンニはそれに気がついていない。様々な乗客が彼の前に現れて消えていく。ジョバンニは傍らのカムパネルラの死にも気づいておらず、楽しいひと時がもうじき終わろうとしていることもまだ知らない。

 

 そんな設定であるが故にジョバンニとカムパネルラを中心に役者たちが入れ代わり立ち代わり訪れる。

 もともと皆巌裕次郎に見いだされた役者、一人一人のレベルが高かった。だけど今は、稽古の比じゃない。まるであの二人(阿良也と景)に引っ張られるように、真に迫る何かを感じる。

 

 全身に緊張が走る。自分の芝居がこの中で通用するのか、そんな不安に全身が包まれる。

 

 思考が悪い方向へ流れそうになった瞬間、不意に到来した体を叩かれる衝撃でそれは中断された。振り向くと、そこに立っていたのは七生さんだった。

 

「なに、緊張してんの?」

 

 そう軽快に話しかけてくる七生さんはさっきのことは完全に吹っ切れた様子で、僕の緊張をほぐそうとしてくれる。

 

「私達の何倍も現場慣れしてんでしょアンタ。大丈夫だよ」

 

「……はい」

 

 絞り出すようになんとかそう発するのがやっとだった。これから同じ舞台へ向かうというのに余計な心労を負わせるわけにはいかない。それでも、背筋を言いようのない焦りが駆け巡る。

 

 この人たちにあって僕にないもの、それは巌さんとのつながり。

 

 もう一度舞台に目をやると、そこには明神阿良也と肩を並べる夜凪くんの姿。僕と同じように急遽舞台に抜擢された存在で、役者歴もほとんどない新人。そうにもかかわらず僕と彼女の間には隔絶した差がある。

 

 彼女と初めて会ったとき、彼女の芝居を初めて見たとき。僕にはソレの良し悪しがわからなかった。『悲しみの演技』という課題を前にただ立ち尽くす彼女に、やる気がないのだと早合点した。彼女の才能を理解できたのはもっと後になってから。

 

 母さんが僕を役者の道に進ませたくなかったのも今となっては理解できる。

 

 僕の不幸は、この景色(星アキラに映る世界)に虚しさを覚えてしまうこと。

 僕の不幸は、キミ(才能の塊)に手が届かないと気がついていること。

 

 子供のころから偉大な母という高すぎる壁が身近にあり続ければ嫌でも気がつく。僕は本物に届かないこと。

 

 それでも、憧れたんだ。かっこいいと思った。芝居をする人をみて、ああなりたいと願ってしまった。才能がないと自覚していても止まることなんてできなかった。

 

「出番だ、行こう」

 

「はい」

 

 母さん、僕の不幸は、僕の本当の不幸は、才能のなさを自覚していることでも実力以上の評価を得てる自覚があることでも昔のあなたに憧れたことでもない。あなたの子供として生まれてきたことでもあなたの思う道を選ばなかったことでもない。

 

 僕の本当の不幸はきっと、今ここにいる自分を後悔していないことだ。

 

 

 

「……あら、ここはどこかしら。……!綺麗な景色」

 

「この汽車、銀河を走っているんです」

 

「へぇ、素敵ね。ここ、座っても?」

 

「どうぞ」

 

 先に七生さんだけが舞台に出ていく。七生さんの演じる女の子がカムパネルラを演じる夜凪くんたちと会話を交わし自然な流れで相席する。

 

「あれ?髪が濡れている……どうしたの?」

 

「……ああ、これ。私たちの乗っていた船が沈んでしまったの」

 

 先ほどまでの柔らかな雰囲気とは一変した暗い声色。ソレによって周囲の空気が一瞬で重たくなる。タイタニック号の犠牲者と思われる女の子と青年、それが僕たちの役だ。僕らの登場によってジョバンニと観客は乗客たちが死者であることに気がつき始める。

 

「……船?そ……それってどういう──」

 

「先生も一緒なの。ねぇ、先生はやく」

 

 ジョバンニの声を遮るようにそう言う女の子の声が合図。ここで僕の出番がやってくる。ゆっくりと、確固とした足取りで壇上へ出ていく。

 

「私達は天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もう何も怖いことありません。私達は神さまに召されているのです」

 

 ここでは台詞の抑揚を意識すべきだ、2歩前に出て天を仰ぐようにするとより効果的になるはず。次は教え子の女の子を元気づける台詞、自分の不安を押し殺しながらも彼女を慮るような演技を……なんてように次のことを考えつつ、一つ一つ丁寧に正しい感情を正しく表現していく。

 

 そう、正しい感情を、正しく──あれ?

 

 客席が、やけに視界に入る。

 

「さあ、ごらんなさい」

 

 自身に違和感を覚えつつも舞台の流れはとまらない。なんとか台詞を紡ぎつつも、全身を覆うような気持ち悪さは剥がれることはなく、集中力がそがれていく。

 

 ……なんだ?この感覚は──この、自分だけ服を着ているかのような情けなさは。

 なにが「ごらんなさい」だ。僕には彼女たちと同じ景色は視えていないじゃないか。

 

 落ち着け、何冊も書いただろう演技プランを、役の細かな経歴だって作って読み込んだだろう。実際稽古までは皆に何とかついていけていた、そう思っていた!!

 

 集中しなければいけない。落ち着いて、焦った感情を整えなければ、そんなことは当然分かっている。なのにどうして──

 

 どうしてこうも余計なものが目に入る?

 

 いまだ思考はまとまらず、どうしようもなく焦っているという事実のみを如実に突き付けてくる。

 

 正しさってなんだ、すべきってなんだ?ここから、僕はどう行動したらいい?

 

 思い起こすのは、巌裕次郎の姿。僕はあの人の美しい舞台の一員になるためにここにいるんだ。決してこんな芝居をするためにここにいるんじゃない。そうだろ?なら今、僕はどうすべき──

 

『公演は数十日に及ぶ、進化し続ける芝居こそ演劇だ』

 

 不意に、そんな言葉が脳をよぎった。それは、本番前日に巌さんから演者に向けた台詞。

 

 ……そうだ、なにも舞台は今日だけじゃない。今日はこのままやり過ごせばいいじゃないか。幸いもう夜凪くん達との絡みも終わった。残るは僕の独白のみ。

 

『でも、きっと皆さんに認められる芝居をするつもりです』

 

 いつか言われて奮起した激励も、みんなの前で誓った決意も、今は置いておいて。

 

 今日の失敗を明日に活かそう。

 

 だってもうそうすべきだから──

 それが一番正しいはずだから──

 

 そんな思いに突き動かされる中で、依然としてよく客席が映る僕に視界が、見知った姿をとらえた。

 

 それは、そこにいるはずのない人、本来なら監督の代わりに裏で走り回ってなきゃいけないはずで。ああそっか、亀さんも姿が見えないって言ってたっけ。なんにせよ、あとで絶対みんなからいろいろ言われるだろうなぁ。

 なんて場にそぐわない感想が浮かんできて、サッと血の気が引いた。

 

 練習中に僕の演技を最も見ていたのは彼だ。あくまで巌裕次郎の舞台であるというスタンスを崩すことはなかったけれど。

 

 思い起こすのは、船での出来事。僕の何が彼に刺さったのかはわからない。千世子くんや夜凪くん、劇団のみんなという面々と面識を持っているのに、彼自身も才覚溢れる人種であるのに、わざわざ協力してくれると言われたあの日。見る目にも恵まれなかった僕ではあるが、あの時の彼の眼は同情とかそういうものではなかったように見えた。

 

 あのとき、確かにうれしかったんだ。間違いなく天才である人に、僕の努力が認められたようで。報われる思いだった。

 

 そして今、その当人は何かを見極めるように舞台を見つめている。そんな彼の前で、やり過ごすような演技をすることに間違いなく僕は躊躇していた。

 

 そして、その一瞬が命取りとなった。

 

「あの。具合がよくないようですけど、大丈夫ですか」

 

「!?」

 

 しまった、と思ったときには遅かった。僕に襲い掛かってきたのは夜凪くんのアドリブ。なぜこのタイミングで、どうして僕に!?まずい、早く返事を──

 

「……?どうぞかけてください」

 

「ほんとだ、掛けて休んでください」

 

「大丈夫……?」

 

 みんなまで間髪入れずに……!ついていけていないのは……僕だけ!

 

「「?」」

 

「ほら、座って先生」

 

 ……怖い。公演本番での即興劇……決まった台詞がないことがこんなに怖いなんて。

 

「きっと体が冷えたんですね。船が海に沈んだって……」

 

「はい……」

 

 とりあえず、なんとかして台詞を台本に戻そう。

 

「しかし救命ボートの数は限られていて、この子を助けるためには皆を押しのける必要がありました」

 

 何とか言葉を紡ぐ僕を見る夜凪くんが何を考えているかなんて、分かるはずもなくて。

 

「皆を押しのけこの子だけを救うよりも、皆と一緒に天上へ向かう方がこの子の本当の幸せとも思いました」

 

 色々なことから目を背けて、ただ舞台を無事に終えるという一点のみに集中させようと必死で。

 

「だから私たちはこうしてこの汽車に──」

 

「──今はどういう気持ちですか」

 

「!!」

 

 だからこそ、こうも簡単にかき乱される。

 

「もしその時皆を押しのけていればあなた達は今ここに居ずに済んだかもしれません」

 

 その言葉は、とても演技のようには思えなくて。

 

「残された家族も悲しい想いをしないで済んだかもしれません。それでも──」

 

 その言葉が、先生ではない別の誰かにあてたモノに思えてならず。

 

「それでも自分は正しかったと思いますか」

 

 俯いていた夜凪くんの顔が上がり、迷子の子供のような今にも泣きそうな顔が目に入って。

 

「教えてください、僕達は本当に正しかったのですか──?」

 

 静かな慟哭が、僕の身体を貫いた。

 

 

 

 ずっと”正しい答え”を探していた。

 

 明確で誰からも非難されない”正しい答え”が、図書館や教科書や偉い人や世間や台本の中にあるはずだと信じていた。

 ソレを探すことを努力というのだとすら思っていた。

 

 彼女は……いや……()()”正しい答え”がこの世にないから苦しんでいるというのに。

 

 何が”正しい答え”だ、何が”どうすべき”だ。

 

()には、僕の言葉で答えないとダメだ!

 

「ぼっ……ぼくは──ッ!」

 

 絞り出した声は、いっそ情けないほど震えていた。

 

 

 

 

 

 

≪これより15分間の休憩になります≫

 

 巌裕次郎不在の中始まった芝居は、それを感じさせないほどの勢いで前半を駆け抜けた。

 食い入るように見ていた観客も感想を口にしはじめ、客席は一息にざわつきに包まれる。中でも話題の中心は直前まで芝居をしていたアキラだった。

 

「甘く見ていた。星アキラ、アイツ()()()()()できたんスね」

 

 舞台を見に来ていた役者はその芝居をそう評した。

 

「いやあ、あれはなしでしょう」

 

「ええ、舞台の演技じゃないですよ」

 

「何より星アキラにあんな役柄需要あります?」

 

 そう評を下す人もいた。

 

 そして、口を閉ざし物思いにふける人もいた。

 

 そんな中、ひとりで席を立ち音響回りのもとへ向かう俺に制止がかかった。

 

「ねぇ、なにしたのさ?」

 

 主語とかいろいろ吹っ飛んだ一言。痛々しいヤツめ。カッコつけてこっちに視線よこさず言うもんだから隣の通行人びっくりしてるじゃねーか。

 このまま何も言わずに立ち去って千世子が恥ずかしい思いをするのも一興だろう。しかしソレをしたら次会うときグーパンは覚悟しなきゃならない。

 先が考えられる賢い俺はここは素直に返事をすることにした。

 

「なんかしたのはカムパネルラだろ。途中どう考えてもアドリブだったし」

 

「引き金はそうだね。でもさ、それだとまだ足りないよ」

 

「弾はアキラ君、引き金を引いたのはカムパネルラ。じゃあ、肝心の銃はどこ?」

 

 ……どうしてコイツこんなにポエムチックなんだろう。なに?もしかしてテンション上がってんの?いい歳して恥ずかしいぞバーロー。

 まあいいや、長話してるわけにもいかないしな。

 

「パーツはもともとあったんだ。綺麗に磨かれたヤツがあって、俺はソレを組み立てただけだ」

 

 しかも爺さんが見つけてきたのを。誰でもできるっつの。

 

「イケメンで大女優の息子、加えて勤勉で人当たりもいい。おまけに所属事務所の方針は主演俳優の育成ときた。誰だって主演に据えたがるさ」

 

 なんなら本人もそのつもりだったし。

 

「でも、そんな苦しみも喜びも、アイツが進んだ人生全部が武器にできる」

 

 理想になろうと必死で、他人ばかりに目をやって、自分のことを見やしねー。だから今まで表出しなかった。

 

「客席から背を向けてても、発声がデタラメでも、イメージが書き換わるくらいダサくてもいいんだ」

 

 公演中、アキラが台詞を吐けば吐くほど、観客の意識は夜凪たちに向かっていった。それはまるで、光と闇のように。

 

「偉大な演出家が言ってるだろうぜ。()()()()()()()()()()()()()ってな」

 

 影から他人を輝かせる美しい脇役に。

 

 

 

「にしても、親バカってめんどくせーよな」

 

「……どしたの急に?」

 

「聞く話じゃあの人アキラに随分冷たいらしいじゃん?」

 

「うーん、まあ……」

 

()()()()ぜ、さっき」

 

「──ホント?」

 

 

 

 




――コナンなら後編で締めたぞ?


おまけ 最後の部分

「というか、もうすぐ続き始まるけどどこ行くのさ?」

「ん?スタッフ控えっていうか、音響とかのとこ」

「えー、なんで今更?」

「いや、何も言わずに出てきたから連絡が鬼のように……震えとまんねーぜバーロー」

「えぇ……」

こんな会話があったりなかったり。


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銀河鉄道の夜 後編

2021年、16話!2022年、3話!!
……?

今回もいずれ書き直す可能性があります。難しいね文章。あと原作は100倍ここ凄いので是非読んでほしいです。


『ハイエナか黒山』

 

『あ?誰がハイエナだ。ただのキャスティング目的の見学、真っ当でしょうに』

 

 病室で一人、在りし日の記憶を思い出す。

 

『つっても、やっぱり俺の映画と舞台役者は相性が悪い。邪魔しましたね』

 

『……いつまで星アリサの幻影を追ってる』

 

『……』

 

『まるで透明な水のように何色にも染まって放っておけば2度と戻らないほど黒く濁る。もう出てこねぇよああいう役者は』

 

『見つけたらアンタに紹介してやってもいいぜ』

 

『……興味ねぇよ。今の俺にはアイツらがいる』

 

 そういって眩しげに団員を見つめていた男を、よく覚えている。

 

 スターズのオーディションで夜凪と出会ったのは、その一月後だった。

 

「あーあ」

 

 この場には、自分と死にかけの爺の二人だけ。当然何を喋ったところで返事なんかあるわけもない。それでも、話を止めることはできなかった。

 

「アンタの舞台の初日を見逃したのは初めてだよ、巌さん」

 

 いつだって必ず足を運んでいた。それほどまでに、俺はアンタの作品が好きだった。

 

「夜凪はどうだった、いい役者になるだろ?」

 

 きっとアンタのもとで飛躍的な成長を遂げたはずだ。きっと公演が終わるころには見違えるようになって帰ってくることだろう。

 

「江藤のヤツだって、引っ張りだすのは面倒だった。恐れ入るよ、アンタは役者だけじゃなくて演出家まで育て上げた」

 

 育て上げるときはさぞかし癇に障っただろう。俺たちとアイツでは演出への向き合い方が違うから。

 

『江藤新を、引きずってでも連れてこい』

 

 はじめっからそんな無理難題を押し付けやがって。運よく夜凪と同時に見つかっていたからよかったものの、俺とアイツの接点なんざほとんどないってのに。

 最後の作品だってのに好き放題して。あぁ、本当に初日を見逃したのは痛い。

 

「結局、アンタはアイツに──!!ジジイ!」

 

 まるで俺の内心を見透かしたかのようだった。そう疑うのも無理のないほどのタイミングで、巌裕次郎はかすかに目を開けた。

 

「──」

 

「!!……そうだな。悪かった」

 

 音として発せられることはなくとも、巌裕次郎は確かに口を開いた。ならば迷う必要などありはしない。

 

 “いけ”

 

 死ぬ間際まで、間違いなく巌裕次郎は演出家であった。

 

 

 

 

 

 

「すみません……稽古通りできなくって」

 

 公演の合間の休憩時間、ステージから戻ってきたアキラは控室でメンバーに謝罪していた。

 

「頭がごちゃごちゃになって……酷い芝居を──!?」

 

 続く自責の言葉は、アキラの両頬をプッシュする荒業で強引に話を遮られた。

 

「最高にダサかったぜアキラ。忘れんなよその感覚」

 

「──」

 

 返ってきたのはアキラの想定とは全く異なる称賛の言葉。突然の事態にアキラは困惑を隠せなかった。

 そんな彼を尻目に天球の面々は好き放題に次々と口を開く。

 

「うん、なんかめっちゃアキラっぽかったよね」

 

「ああ、流石のフルチンだったな」

 

「え……な、なにが?」

 

「わかる。すげー童貞臭かったよな」

 

「何の話です!?というか僕の何を知ってるんです!?」

 

 そんなアキラを弄って遊ぶような空気で満ちていく中で、まだ出番を控える阿良也がメイクを直されながら呟いた。

 

「俺は一目見てそいつの人となりを知った気になるきらいがある。悪い癖だ」

 

「!」

 

「君の芝居は本当に素晴らしかった。ありがとう星アキラ」

 

「……いえ」

 

 なんとかそう言葉を返すアキラの胸中は、言いようのない思いで溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 はじめは期待すらしていなかった。星アキラはもちろんのこと、夜凪にだってまだ早すぎると思っていた。だから、巌さんの裁量に苛立ちすらも覚えた。

 

 だけど、結果はどうだ?

 

「……ふふ、はははは」

 

 さっき自分で言ったとおりだ。勝手に全部わかった気になって、まだまだ自分が未熟だったと思い知らされた。

 

「知らなかった、他人の成長がこんなにも嬉しいなんて」

 

 進化する芝居こそ演劇、あの人はずっとそう言っていたじゃないか。

 

「俺は安く見積もっていた、自分すらも」

 

 内から湧き出るようなナニカを抑えることすらも惜しい。どうやら俺は彼らの成長に感化されてしまったらしい。

 

 ああ、ありがとう巌さん。

 

「俺はもっと進化できる。今日、証明してやる。巌裕次郎の一番は、俺だ」

 

 

 

 

 

 

 最終幕は、暗闇の中を幽鬼のような姿で一人歩いてくるジョバンニの姿ではじまった。

 

 その姿は休憩前の電車内で楽しく過ごす彼とはまるで別人。先ほどまでの完全な子供のような顔を見ていた観客はその急な変化にジョバンニに何が起きたかを理解できなかった。

 

「母さん、今帰ったよ。具合はどう?」

 

 回答はすぐに得られた。それは、回想シーン。

 本来、物語の序盤にあるジョバンニと病気の母親との会話。それを最終幕の今になって一人芝居で差し込んでいたのだ。

 

「角砂糖を買ってきたよ……うん牛乳に入れてあげようと思って──」

 

 違和感なくその一連の流れが受け入れられるのは、明神阿良也の演技力の高さあればこそ。

 

 時間によって変化し続ける感情を時系列によって完璧にコントロールする、そんな卓越したタイムトラベラーのような芝居。阿良也だから許される構成で、それゆえに最も観衆を引き付ける劇の魅せ方だった。

 

 ジョバンニの言葉が続けられる中、舞台はだんだんと暗くなっていく。ついにライトが消え、ステージが完全に黒に包まれ、次にステージが照らされたときにはすでに銀河鉄道の車内だった。

 

「ねぇカムパネルラ?」

 

「なにジョバンニ」

 

「僕たちまた二人っきりになったねぇ」

 

「うん、そうだねぇ」

 

 回想とは全くの別人のようなジョバンニのしあわせそうな表情。回想での虚無と車内での幸福、研ぎ澄まされすぎた相反する感情は、芝居に深い造形をえる人間に危うさを覚えさせるほど。

 

「ねぇカムパネルラ。僕たちずっと一緒にいようねぇ」

 

 物語として、ジョバンニはカムパネルラの死に気がついていない。

 

「……カムパネルラ?」

 

「……」

 

「どうしたのさカムパネルラ。急に黙りこくって変だよ」

 

 だからこそ、無垢な少年の楽し気な表情や言葉、一挙手一投足が切なく際立つ。今まで登場人物の話を聞いてきた電車にのっているだけの少年が、ここにきて圧倒的な存在感を持ち始める。

 それは、回想を用いて2つの顔を見せることでより顕著になる。

 なにより彼らの芝居が涙を誘うのは、銀河鉄道の旅路を、乗客たちとの出会いを通して、ジョバンニがきっとカムパネルラの死に気がついているから。

 本当は気がついているのに現実から目を背ける。その醜い人間らしさに、人は共感するからだろう。

 

 そして、そんな共感を与える芝居こそが、明神阿良也の真骨頂。

 

「ねぇ、カムパネルラ」

 

 明神阿良也は、経験を喰らって芝居をする。孤独の経験を、幸福の経験を喰らい、役に降ろすことで芝居をする。

 

「カムパネルラ……返事してよ」

 

 ここにきて、阿良也の芝居は加速度的に成長している。

 

 カムパネルラと巌裕次郎を同一視することで、彼は役とよりシンクロすることで、過去1番の役への入り込みを成功させていた。

 

「カムパネルラッ!」

 

 出会いも別れも、不幸も幸福もすべて自分の血肉にする怪物。それこそが憑依型カメレオン俳優、明神阿良也だ。

 

「──ジョバンニ」

 

 必死の叫びを切り裂くように、静かに、カムパネルラが口を開く。

 そして音もなく立ち上がると自身へ手を伸ばすジョバンニの横を通り過ぎて、一言だけ告げる。

 

「僕も、もう行かなきゃ」

 

「……え?」

 

 こうしてカムパネルラは音もなく立ち去り、一人残されたジョバンニは気がつけば元の世界に戻る。そこでやっとカムパネルラの死を教えられ物語は幕を下ろす。

 

「カムパネルラ、行くっていったいどこへ──」

 

 明神阿良也はカムパネルラと巌裕次郎を同一視することで高みへ至った。つまり、ジョバンニと明神阿良也の思考は直結していると言えるだろう。

 

 だからこそ、観客は彼の芝居に心動かされ涙を誘われる。

 本当は気がついているのに現実から目を背ける、醜い人間らしさに共感して。

 

 ジョバンニは、心の整理のつかぬまま別れを告げられ幕を下ろした。

 しかし明神阿良也は知っている。この先に待つのが別れであるということを。

 

「ジョバンニ、さようなら」

 

 だから、コレはある種の必然だった。

 去ろうとするカムパネルラの足は、腕を掴まれることで止められる。

 

「──いやだ」

 

 ジョバンニ(明神阿良也)は、本当の"別れ"を受け入れられない。

 

 

 

 黒山墨字が会場に到着して最初に目に入ったのは、カムパネルラと巌裕次郎の現実と芝居の世界の狭間で危ういほどの演技を見せる役者の姿だった。

 その演技は黒山の事務所の役者である夜凪の明らかに別人と化している芝居よりも視界のうちに入ってくるほど。

 

「あれ、来たのか」

 

 扉の前で佇む黒山の姿をみて、音響スタッフたちに指示を飛ばしていた江藤新はそう声をかけた。

 

「ジジイはいいのか?」

 

「ああ、あの人はずっと演出家だったよ。それよりも──」

 

「……グランドフィナーレはまだ先だ」

 

 黒山のセリフを引き継ぐようにして続けるシンの視線の先に映るのは、脚本にない展開に突入したステージ上の二人。

 それは、ステージを去ろうとする夜凪にしがみついて崩れ落ちる阿良也の姿だった。

 

 

 

 巌裕次郎は自身の死を利用して明神阿良也を余すことなく引き出した。その素晴らしい技量に黒山は嫉妬の念を覚えるほど。

 だが、それとは別の思考もまたあった。そしてそれは客席で芝居を見ていた星アリサも同様。

 

 明神阿良也の観客を魅了する芝居を超えた芝居。それと引き換えに阿良也はその芝居(かんじょう)から戻ってくることはできない。

 

 黒山は知識から、アリサは自身の経験から。プロの中でも有数の二人の思考は最悪の結論で一致していた。

 

 そも、この素晴らしい芝居は巌裕次郎の喪失という現実が阿良也に影響を与えて生まれたものだ。故に、その喪失に耐え切れず阿良也がもう立ち上がれないのは理解できる。

 けれど、なぜ夜凪まで動こうとしないのかまでは分からない。

 

「ここだ」

 

 そんな思考を遮ったのは、シンのそんな声だった。

 

「この先に、真実がある」

 

「!」

 

 誰に聞かせるでもなくそう呟いたシンの姿を見て、黒山はようやく巌が江藤新を選んだ理由がわかった気がした。

 

 

 

 

「罪滅ぼし?」

 

 いつだったか、そんな話をしたことを夜凪は覚えている。

 

「昔、一人の女優の役者人生を絶ってしまった。だから、芝居で役者を救える演出家になろうと思った」

 

 そう話す姿は、いつにもまして小さく見えないこともないなぁ、なんて思って。

 

「そのために立ち上げたのが劇団天球だ。才能がなくてもいい、売れなくてもいい、ただ星のように輝けるような役者を育てたい。そのために役者という人生が必要な奴を集めた」

 

 そのときはどうしてそんな話をするのかが分からなかった。死の感覚とは違うその感傷は、言うべき相手がもっと他にいるように思えて。

 

「昔の仲間からは裏切り者と罵られ、作品は日和ったと評されて、今まで築いたものを捨てたと言われ、芝居で人を救いたいなどくだらないエゴイズムだと言われ。その通りかも知れないと思った日もあった」

 

「でも皆ちゃんとキラキラしてるわ。巌さんのおかげで」

 

「……それは、俺が死んだ後にわかることだ」

 

 こちらを見ることもなく淡々と言葉を紡ぐ光景に、改めてコレが死にゆく人なのだと実感した。

 

「……夜凪、芝居ってなんだと思う」

 

 続く台詞で夜凪は理解した。巌が思い出話をした理由を。

 

「俺はずっと忘れていたよ。それをアイツらが思い出させてくれたんだ。お前はもう気付いているよな、お前も芝居に救われた口だろうから」

 

 巌が自分をキャスティングした理由を。

 

「お芝居は……誰かと出会わないと演じられなくて。でもいなくなった人との思い出も……お芝居にできて」

 

「そう、俺たちはたとえ死んでも一人にはなれない。その幸福に気づくことを芝居という」

 

 

 だから今、夜凪は自分がやるべきことを分かっている。

 

 だって、どんなに大切でも、声をかけたくても死者は口を開けない。生きていく人が気づくしかない。

 

『俺たちは信じるだけでいい。役者を信じることだけが演出家の仕事だから』

 

 自分は、ここに立てない彼の代わりなんだと。言葉はいらない。ただ待つだけでいい。

 立ち止まったって、一度倒れたって、巌さんの信じる役者なら自分で立ち上がるから。

 

 夜凪に縋る阿良也の眼が開かれる。目の前には、カムパネルラでも観客でもなく、巌と、天球の仲間たち。

 

 そうして、カムパネルラの腕を借りてゆっくりと()()()は立ち上がる。ジョバンニではない、阿良也本人の立ち方で。

 

「──ああ、よかった。僕は行くよ」

 

 そして、ステージはスモークに包まれた。

 

 

 

 白に染まった視界が晴れたときは、現実に戻ってきた合図。

 

「カムパネルラが川に落ちたんだ」

 

「まだ見つからない、もうずっと探してるんだけど」

 

 それは、夢から覚める合図。

 

「もうダメです。45分も経ちましたから」

 

 人は死ぬ、必ず。それでも、ジョバンニ(阿良也)の人生は続く。だから──

 

「僕、もう帰らなくちゃ」

 

 背を向けて歩き出すジョバンニを最後にカーテンは閉じられる。

 銀河鉄道の夜は、ここで終幕だ。

 

 

 

 ギリギリの綱を渡っていたせいだ。舞台袖まではけてきた阿良也は、その流れのまま倒れ込みかけた。支えるようにその肩に手をかけた亀はねぎらいの言葉をかける。

 

「おつかれ」

 

「……ぼろぼろの初日だった」

 

「……ああ、そうだな」

 

「でも、明日があるから」

 

 へらりと笑ってそんな会話をする二人にそう声をかけたのは夜凪景。

 

「明後日も明々後日も、()たちにはあるから」

 

 当たり前のようにそう告げる夜凪に面食らった面々の顔。自分の言ったことがおかしかったのか不安になった夜凪はとりあえずアキラに突っかかってみることにした。

 

「……」

 

「……なに?アキラ君」

 

「え、あ……いや、なんでも」

 

 そんなやり取りを見て、少しの思案の後阿良也はおもむろに夜凪の首根っこをひっつかんだ。

 

「じゃ夜凪、行こうか」

 

「わっ?なに?」

 

「なにって、カーテンコールだよ」

 

 そうして、連れられるように舞台に再び戻された夜凪を迎えたのは歓声の嵐だった。

 

「こんなにたくさん……いつのまに」

 

「いや最初からいたけどね」

 

「それ才能だよねもう」

 

 鳴りやまぬ拍手とようやく観客を認識したこととかなんやかんやで夜凪は急に緊張してきた。所詮お芝居をしていない素の彼女は経験不足のクソ雑魚でしかなかった。

 

「夜凪笑顔が固いね、もっと星く……堀君を見習って」

 

「う……うん」

 

「え待って今わざと間違えた?」

 

 そんな彼らの漫才を聞く余裕もなく、夜凪はダラダラ汗をたらしながら不格好にピースしてみた。

 

 

 

「人の成長する瞬間がみれた、いい芝居だった。そうだろ?」

 

「あー、まあ」

 

「で、掴めたのか?真実とやらは」

 

 劇の感傷に浸りながら黒山はそう話を振った。相手は当然、目の前にいるバカ。

 

「最悪だよ、正月親戚のジジイに長々と孫自慢された気分だ」

 

「ハッ!そりゃ違いないな」

 

「だけどまあ、爺さんの思惑通りに動いてやらんこともない」

 

「……そうか」

 

 それは最高の結果だろうと黒山は思う。最後の最後まで巌はやりたいことをやっていったのだ。

 

 そんなピロートークみたいな雰囲気の中、黒山はなんとなくスマホを覗く。

 

『黒山、俺を利用して美味しいとこだけ持ってこうってか?』

 

 不意に、いつぞやのそんな言葉が思い出された。

 

「……フッ、よく言うぜクソジジイ」

 

「?……なにが?」

 

「俺もお前も、勝ち逃げされたってことだよ」

 

「は?」

 

 自分の目で見ろと投げ渡されたスマホを覗いたシンは驚愕した。

 

 

 

「しばらく荒れそうね」

 

 時を同じくして同じ情報を得た星アリサはそう言う。その声に、*1隣に座る千世子は他人のスマホとか関係なしに躊躇いなく盗み見した。

 

 彼女が見ていたのはニュース速報。そこには巌裕次郎の訃報と、あと一つ。それを見て千世子の口角はゆっくりと上がっていく。

 

「日本を代表する演出家の死と──」

 

「新星の発見、ソレともうひとつ」

 

 未だステージで不格好な笑みを浮かべる夜凪を見据えたまま千世子は言葉を引き継いだ。

 ニュースには巌裕次郎の訃報とともに、ハッキリと書かれていた。

 

「──天才(バカ)の復帰」

 

≪謎の天才少年エドガー・コナンの活動再開、巌裕次郎の訃報と同時に発表≫

 

 

 

「……

 

「はっはっは!いい様にやられたなバーカ!」

 

「く、クソジジイいいいいいいい!!!!」

 

*1
他人に発信機をつけるコナン程度の滑らかな動作。ムダがない。スゴイね




銀河鉄道の夜、完!
重たい展開の終了!

完走、見えます!(視力0.002)


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銀河鉄道の夜 Endroll

正直次は早いとか言ってるけどどうせ何ヶ月か先だと思っていた皆さん、正解です


《自らが演出を手がけた舞台「銀河鉄道の夜」。その公演初日にすい臓がんのため亡くなった巌裕次郎さん。舞台は巌さんを欠いた状態で3日目を迎えます》

 

 厳かな雰囲気の中葬儀屋みたいな人のナレーションだけが響く。いや、シャッター音も響き渡っている。なんならシャッターの音の方がうるさい。

 

《そんな中、今日巌裕次郎さんの葬儀・告別式が開かれました。三千人を超える参列者が見守る中、今──演出家巌裕次郎さんが出棺されます》

 

 霊柩車がゆっくりと進んでいく。シャッター音が一段と大きくなる。

『オレは高校生探偵工藤新一』とか今やったら様になるんじゃないだろうか。

 

 というかこういう有名人の告別式とかってはじめてだからなんか新鮮だ。マジで実在するんだなという気持ちと俺がその場にいるという事実でなんとも言えない気分だ。

 

 不審に思われない程度に周りを見回す。夜凪にアラヤをはじめとした劇団の奴らも喪服に身を包んで参列している。沈痛な面持ちだ。黒山サンや柊サンもいる、てか人めっちゃいる。多分有名人なんだろうなって人もたくさんいる。大栗旬とかいねーかな。

 

 そんな中で、不思議と心には余裕があった。仮にも恩師との別れの場だと言うのに脳内でクソみたいなことを考えられる程度には。

 

 きっと、納得のいく別れ方ができたからだろう。死の間際まで演出家として生きて、俺の師としてやることをやっての大往生だ。急な別れではあった。けれど、俺たちもこれから先前を向いて進んでいける、そんな離別でもあったということだ。

 

 そんなわけあるかバーロー。

 

 いや、いいと思うよ演出家として生きて。アラヤが戻ってこれなくなったとき、夜凪を通して全部どうにかした手腕は流石だった。途中アラヤと星アリサがダブって見えたりもしたが、結局のところジジイは自分でその過去を超えたわけだ。

 

 常に進化する芝居こそ演劇、そう言うだけのことはある。人にモノを言うのなら自分がそうあるべきだよな。

 

 ああ、流石だった。思い知らされたよ。演出家の作品は演者込みだってことを。

 

 舞台を通して人を成長させる、そんな演出は胸を熱くさせた。最後に呼び戻してまで見せたかったものの正解はもう確かめようがない。だから勝手に学んだ気になって、勝手に覚悟するだけだ。死者は口を利かないから。

 

 だから、切実に願う。黙って死んでってほしい。

 

 最後に取り返しつかない爆弾おいて死んでく必要があったか?立つ鳥跡を濁さずってことわざ知らねーのか。濁しまくりじゃねーか。死ぬ間際にできる限りのクソして飛び立っていったよあのハゲ。

 

 俺は悲しみとかそういうのとはまた別に普通に荒れ狂っていた。

 

 許せねぇ……!人は必ず死ぬが俺の人生は続く、その真意を作品を通して教えた人間のやることとは思えない。

 ジジイ、俺の人生はお前のクソ掃除するところから続いていくぜ。

 回想シーンにのみ登場するヒロイン枠を確立したハゲの悪辣さにひとしきり悪態をついたところで、周囲がさらにうるさくなってきてることに気がついた。

 

 聞き耳を立ててみた結果、普通にマスコミだった。演出家が消えた状況で舞台が続く天球のメンバーたちに注目が集まっているようだ。カメラに映るのがイヤな俺はさも当然であるかのような顔をしてその場を離れる。

 

「ちゃんと撮れよ、あいつだ」

「はいはいアキラと明神阿良也でしょ」

「ちげーよバカ」

 

 カメラを抱えた連中のそんな声が聞こえる。やはり天球の連中のなかでも注目の的というものがあるらしい。考えるまでもなくあてはまる役者は一人しかいない。

 

「女優夜凪景。新人だが素晴らしい芝居をするらしい。もうみんな目をつけ始めてる」

 

 流石は期待の新星ちゃんだ。凄い評価を受けていて俺も鼻が高い。別に何もしていないけど。これが後方腕組みヅラってやつなのかもしれないな。へいへ~い、俺は夜凪景の古参ファンだぜー!!

 

 そんなことよりはやく知り合いを見つけたい。大勢がいる中で一人でいるのは非常に心もとないということを実感している。

 

 あ、柊サンがいる。レイとルイのチビッ子も一緒だ。とりあえず合流しとこう。

 

「雪ちゃんおねーちゃんまだ?」

「うん、劇団のみんなとまだいるみたいだから」

「そうだぞ、ホラあそこ。インタビュー受けてるだろ?」

「あ、にいちゃん」

「ん?シンくんも景ちゃんと同じで──どうしているの?」

「抜け出しました」

「何やってるの助監督!?」

 

 やめてその助監督っていうの。助監督とかになると責任とかついてくるし。巌裕次郎の作品なのにーとかいう厄介どもに絡まれるのはごめんだね。

 

「まあまあ、落ち着いてください。騒ぐとあの集団がここに来ます」

「最低の脅し文句だ……!」

 

 なんてこと言うんだこの人。いったい誰が脅しなんかしたというのか。ただ善意で状況を伝えただけだというのに。

 

「にしても随分と人が多いっすね、見たことある顔ばっかだ」

「ね、日本のアーティストほとんど集合してそう」

「ハゲでカスなのに意外と人望はあったのかな」

「なんてこと言うのこの子!?」

「ねー見て!ウルトラ仮面喋ってる!」

 

 そんなしょうもない会話はルイの声によって遮られた。ルイがさした指の先には多くのマイクを向けられたアキラの姿。

 

「僕と巌さんの付き合いは3か月と本当に短く、けれど巌さんに与えてもらったものは本当に大きいものだと思っています。なんて言ったら『俺は何も与えてねぇ』って怒られそうですけど」

 

 アキラの返答が聞こえてくる。流暢な受け答えだ。

 

「さすが星アキラ、慣れてるねぇ」

「でしょう?俺が育てました」

「はいはい」

 

 ちょっと?返事適当じゃない?そんなお姉さんじみた対応されるとうっかり惚れてしまうだろう。もっとおっきくリアクションしてほしい。

 

「では、お母様の星アリサさんと続いて親子二代での巌舞台になったわけですが」

 

 知ったことかと言わんばかりに質問は続く。

 

「当時のお母様の評価に対してアキラさんは今回の出演に関してもコネだったという声が上がっています。そういった声が巌さんの舞台に与える影響についてどう思いますか」

 

 凄い、とんでもないこと言われてる。周りもざわついているし多分とてもマナーが悪い。隣で柊サンも怒ってる、今にも吠え出しそうだ。ガオーっ!ワンワン!

 

「──どうぞ僕たちの芝居を観に来てください。皆さんの判断に任せたいです」

 

 まっすぐ目をそらさずに、アキラはそう言い切った。大した奴だ。マスコミも隣のチワワ(柊)も呆然としている。便乗して俺も格好つけることにしよう。俺はそっと柊サンの肩に手を置いた。

 

「──俺が育てました」

 

 無言で払いのけられた。

 

 

「ところで、今回の舞台はエドガー・コナンが補助としてついているという話もありますが」

「あ、彼なら──え、いない?」

「ちょ、シンくん!探されて──いない!?」

「おにーちゃんなら逃げちゃったよ」

「も、もう!!あの自由人め!!」

 

 ☆

 

 会見も終わり、天球の面子はとある部屋に集合していた。

 

「アキラ~カッコ良かったよ~!」

 

 不穏な気配を察知して適当に時間をつぶして帰ってきた俺が目にしたのは、異様に陽気な七生さんに絡まれるアキラの姿だった。

 

「なんで酔っぱらってるんですか七生さん明日も舞台ですよ」

「ノンアルでも酔うんだよ七生は」

 

 こうしてみるとアキラも随分七生さんの扱いが雑になった。肩の力が抜けたということでいいんだろうか。

 というかノンアルでも酔うなんてむちゃくちゃエッチじゃないか?すごくいいと思う。

 とりあえずあたかも最初からいたような顔で立っていよう。

 

「って、だから阿良也さんくっつきすぎ!ふざけてんですか!?ていうかシンくん!?え!?いつから!?」

 

 ダルがらみする七生さんを捌いたり肩を組んで密着している夜凪と阿良也に苦言を呈したりと慌ただしく右往左往とするアキラ。自由な先輩たちに振り回されて大変そうだ。

 

「ん?俺たちは親友だからね。フツーだよ」

「親友ってそういうのじゃないでしょ!!」

「だそうだ夜凪、遠慮せずに払いのけてやれ。そのまま顔面パンチだ」

「先輩今までどこに行ってたの?」

「それより星く……堀君」

「いやだからそれわざと──」

「失礼するわよ」

 

 と、そんなアキラの台詞はある来訪者の声によって中断された。

 

「か、母さん!?どうして!?」

 

 声の主はアキラの母、星アリサだ。鋭い目つきで喪服?に身を包んだ装いはなんとも大人の女性らしい美しさを醸し出している。

 当然の来客に団員の顔もどこか固い。阿良也なんかは特に。それもそのはず。巌裕次郎、ひいては天球と星アリサの間には浅からぬ因縁がある。思うところがあるのはむしろ当然だろう。

 対して夜凪なんかはそこらには疎い。今だってやっと誰だか分かったようで「……あ、スターズの」とか言っている。

 そんなことを気にする様子もなく、こちらに向かって進む星アリサ。彼女の視線の先は、阿良也と夜凪のいる方向だ。

 

「……あなたはよく帰って来たわ。きっともう大丈夫」

 

 彼女の言う『あなた』とは、阿良也のことだろう。多分、初日の公演で役に呑まれかけたことについてだ。彼女自身、阿良也を昔の自分と重ねていたのかもしれない。

 そして、阿良也がそれを乗り越えた今、彼女の目的は夜凪景。

 

「けれど、公演はまだ30日近くある。日に日に芝居の精度は研ぎ澄まされてゆくでしょう」

 

 謳うように言葉を紡ぐ星アリサ。彼女のことは少ししか知らないが褒めるためだけに来るような人じゃない。となれば、その目的はおのずと見えてくる。

 

「あなたはその度に死を体験する。自分にすり込むように何度も何度も」

 

 夜凪の目の前で、ようやく彼女は足を止める。

 

「朝起きた時まず目に入る家族を昔の写真のように懐かしく感じたら気をつけなさい。あなたがあなたでなくなる前兆よ」

「お気遣い感謝します」

 

 個人的にベストなタイミングで会話に切り込む。突然の横やりに虚を突かれたような表情の彼女。畳みかけるなら今だ。

 

「けれど、この公演に限っては何ごともなく終わらせます」

「あなたは……」

 

 こちらを見つめる瞳がわずかに見開かれる。ふふん、いい気分だ。今のちょっとカッコよかったんじゃないか?

 

「江藤──エドガー・コナン」

「おっと江藤新と呼んでもらおうか。次に手が出ない保証はない」

 

 どうして呼びなおすんだこの女!この息子との距離感拗らせおばさんめ!!読めてんだぞこっちは!

 

「なるほど、有希の息子がね……」

「母さんも知ってるのか。母が御迷惑を」

「ええ、本当にね」

 

 えぇ……こういうときって『そんなことないわ』とかお世辞でも言うものじゃないの?即断で全肯定なんかするか普通?なにしたんだ母さん……。

 

「そう。なら、代役として責任を果たしなさい」

 

 しばらく俺を見つめたかと思うと、視線を外してそう一言。なんとか認められたらしい。なんか、どっとつかれたな……。

 

「それともう一つ。良い話には気をつけなさい」

 

 と、去り際にそんな台詞。そして、部屋から出ていく彼女と対照的に入室する新たな人物の影。

 

「手出し無用ですよ社長。ビジネスですから」

 

 新たな人物は、星アリサとすれ違いざまにそう口にする。スーツを着こなした、背の高く細長い目で白髪の男だ。

 

「はじめまして。私は色々な才能を導くという……ふわふわしたことを生業にしているものです」

「……今日は人気者だね夜凪。次から次へと」

 

 阿良也が夜凪にそう話をふる。ピリついているな。現状、職業が不明だからそれもそうか。

 

「プロデューサーの天知心一といいます。良い話を持ってきました夜凪景さん」

 

 男、天知はそう名乗ると、その端正な顔に笑みを浮かべる。どうやら彼はプロデューサーらしい。

 

「事務所通されましたか?」

「……みんな?」

 

 と、そんな天知さんの進路を阻むようにアキラが立ちふさがる。声を出してはいないが亀さんに七生さん、阿良也も同様だ。その姿はまるで夜凪を守るよう。突然の事態に夜凪もちゃんと混乱している。

 俺も守ったほうが良いんだろうか?でも夜凪は俺よりフィジカル強いしなぁ…。

 

「……分かります。私の仕事は少々胡散臭く見えやすい」

 

 おそらくそれは職ではなく風貌と言動のせいだろう。

 

「それにしても、本当に良い見世物……失礼……良い舞台でした」

 

 会話もそこそこに、本題へ入るようだ。プロデューサーの会話術は相手を不快にさせるところから始めたりするものなのか。言葉のチョイスが死んでいる。

 

「さて、次は私の見世物になりませんか夜凪景」

 

 そう言いながら何やら雑誌を見せる天知さん。なんて書いてあるんだろう。ここからじゃ見えない。

 

「どうして……」

 

 あの空間に飛び込むのはだいぶ嫌だが、背に腹は代えられない。具体的には話の流れがつかみたい。

 

「私の仕掛けた記事です。これを皮切りにキミをスターにしたいと思っています。一緒に頑張りましょう夜凪景さん」

 

 あ、何かの特集らしい。えーと、なになに?『新星女優は悲劇のヒロイン』?なんだこれ。

 

「誰が悲劇のヒロインだよ!!お前、何勝手なことして──」

「ちょ、七生さん」

 

 あまりの無作法に烈火のごとく憤る七生さん。確かに、記事の内容は嘘もいいところだ。

 

「これは来週発売予定の文秋ですが心中お察しします。売れ始める芸能人はまずそこで苦しむ。自分の売れ方に」

 

 流れるようにセールス?を続ける天知さん。紡ぐ言葉とは裏腹に一切の呵責はなさそうだ。

 

「でもね夜凪さん」

 

 様々な言葉で懐柔しようと試みているようだが、次はどうするつもりだ──って、うそぉ!?

 

「『悲劇のヒロイン』は金になる。それでいいじゃないか」

 

 あろうことか、天知さんは夜凪の頭上から万札の束を落とした。あれ、全部本物じゃないか!?現実味のない光景に俺は勿論、当事者の夜凪も硬直する。当然だ。ただでさえ生活に余裕はない暮らしをしてきた夜凪にそんな大金は猛毒だ。今も現実に意識が追いついて震えだし──あ、倒れた。

 

「夜凪くん!?えっ何されたの!?」

「見たことない大金に触れて腰が抜けたんだ」

「大丈夫か夜凪!傷は浅いぞ!誰か、誰か100円玉を持っていませんか!?小銭の音なら貧相なコイツも親近感で息を吹き返すはずなんです!」

「シンくん!それはあまりにも彼女に失礼だ!」

「せ、せんぱい……ここはバブルよ」

 

 抱き起こしてやれば、支離滅裂なことを呟く夜凪。くそっ!脳がやられてしまった!もう助からない……!

 

「くッ……天知心一、卑劣な男だ……!」

「君は──いえ、今はいい。こんな額すぐに小銭に思えるようになる」

 

 なんだって!?この紙束が!?じゃ、じゃあ少しくらい盗んでもバレないんじゃ……?

 

「私がキミを輝かせよう。この芸能界の誰よりも。君の不幸を武器にして」

「他人の人生を手前の物差しで測ってんじゃねーぞ守銭奴天知君。お前、罰金刑だな」

「――断るよ黒山。君には一円も惜しい」

 

 天知さんの独壇場を止めたのは、これまた新たな来訪者。夜凪の会社の社長、ボサツいた髪と髭面のおっさんである黒山墨字だ。

 知り合いだろうか、二人の間で険悪なムードだ。

 

「くッ黒山さん!?」

「次から次に誰だよ」

「キナ臭いな……」

「神妙な顔して言うのはいいけどその札束から手を放しなシン」

 

 驚くアキラとツッコむ七生さん。七生さんは黒山を知らないらしい。どうやら阿良也は知っているようだけど。今も興味深げに髭面を眺めている。あぁっ!俺の大金!拾ったカード(万札)は七生さんに回収されてしまった。

 

「黒山。君はどうせ『夜凪の心を尊重しろ』などと悪人のような顔をして善人面で宣うのでしょう。先に言っておきましょうか」

 

 すごい、先ほどまでの比にならないぐらいペラペラと喋りだした。おっさん同士弾む会話もあるのかもな。

 

「私も何より、人の心を最も大切だと考えています。なぜならビジネスとは人の心の売買だから」

「ハッ、心っつって脳幹指すあたりお前らしいよ。何が目的だ?」

「ですから、夜凪さんを頂きます」

「質問を変えるよ。お前にしてはやり方がみみっちぃ。何手先が目的だ?」

 

 言葉の応酬は黒山サンのその台詞で一旦打ち切られる。どうやら口喧嘩では黒山サンに分があるらしい。あの男の意地汚さであれば驚きはない。むしろ順当だろう。

 

「……何のことで──」

「ペン」

 

 天知さんを遮るように割って入る夜凪の声。どうやらペンをご所望らしい。

 

「ペンある?」

「勿論。ビジネスマンですから」

 

 と、言いながらペンを差し出す天知さん。夜凪はそれを受け取ると、雑誌に向かってキュッキュとペンを走らせる。

 

「皆!わたしと皆って友達よね!」

「?」

「友達ってより……妹?」

「ペットだよペット」

「……こういうのは時間が大切だからね。今はまだ友達でいいと思ってるよ夜凪、いや景」

「何スかそれ?まだって……」

 

 上から七生さん、亀さん、阿良也、アキラの順で口々に所感を言う。聞いて夜凪はフフンと満足そうだ。天知さんは夜凪の異常行動に疑問符が浮かびっぱなし。

 

「アキラ君。私って結構おしゃれよね!」

「え……あー、そういう見方ができる側面も……」

「素直になれよアキラ。街中で隣だけは歩きたくな──」

「それに!熱愛もしてないわよね!」

「そ、それはうん……大丈夫かシンくん

 

 な、なにも殴らなくてもいいのに……。ちゃんと空気読んでアキラだけに小声で言ったのに。

 

「黒山さん。レイとルイはカワイイわよね!」

「寝てるときはな」

 

 夜凪式質疑応答が続く。途中で言論統制が入ったけど。目的はまあ、ひとつだろう。

 

「黒山さん、あと先輩も。私って不幸?」

「知るか。それはお前が決めろ」

 

 まずい。黒山サンの返事が速すぎてタイミングを逃した。なんでこのタイミングで二人に聞くんだよバカ夜凪。って、なんでこっち見てんだ!もう言うことないよ!

 くっくそっ!とりあえずしたり顔で頷いておこう。これで難題の6割は潜り抜けられるんだ。*1

 そんな必死の願いが通じたのか通じてないのか、夜凪はフッと笑うと視線を雑誌に戻す。な、なんとか乗り切ったか……。

 

「うん、天知さん。添削したわ。これが本当の私」

 

 そういって、ペンを置いて突き出した雑誌には、至る所に×印と書き直した跡。そこには等身大の幸せを享受する少女の影が見え隠れするのみだ。最初の不幸な少女とは似ても似つかない。

 

「私は私の好きな私を演じる。これからもずっと。だからあなたとは無理」

 

 つまるところ、これは天知さんの誘いを拒否する返答だ。なんとも彼女らしい、堂々とした物言い。

 

「……なるほど」

 

 明確な拒絶を聞いてすぐそんな台詞が出せるあたり、天知という男も相当なやり手だ。正直もう疲れてきたから帰ってほしい。

 

「まあすべてどっきりなんですけどね」

「……は?」

 

 ここにきてそんなことを宣う天知さん。手のひらにドッキリ大成功の文字まである。用意周到だ。

 

 いや、絶対ドッキリじゃないだろ。

 

「お金は本物なので回収しますけどね。集めるの手伝ってください。もちろん記事は偽物で、推しの女優をからかいたかっただけです」

「事案?」

「事案だろケーサツ呼ぶか」

 

 言いながら札束を回収する天知さん。亀さんたちの発言は完全にスルーするつもりらしい。

 しかし、札集めを手伝いながらふと思う。この、天知さんと黒山サンの夜凪を巡る対立。なんか──

 

「……おじハーレム?」

「先輩?どうしていま私を見てその台詞を口にしたの?」

 

 しまった。つい口に出てしまっていたらしい。

 

「ねぇ先輩、どうして目を逸らすの?ねぇ!」

「景、アンタも探すの手伝ってよ」

「待って!今それどころじゃないの!なにか凄く不名誉なレッテルを貼られている気がするのっ!」

 

 ハーレム系がなにか言ってる。確かに荒良也ともアキラとも色々あるみたいだし。アイツらはおじさんじゃないけど。

 ……ハっ!?じゃあもしかして俺もハーレム要因なのか……!?

 

「お、俺はそう簡単には落ちないぞ!」

「何言ってるの!?」

 

 宣戦布告だ。俺には七生さんがいるんだからな!

 

「あ、そうそう。君、江藤新くんですよね?」

 

 ビクッ!

 札を集めるのをやめて急に振り返る天知さんに、思わず背筋が伸びる。さっきの、聞こえていたか……?

 

「な、なんすか……?」

「いえ、君にもお話がありまして」

「は?いや、申し訳ないですけど夜凪同様また日を改めて──」

「いえ、そうではなくて」

「……?」

 

 なんだ、記事の誘いではないのか。じゃあ一体何だって──

 

「君に関しては既に発信済みなので、こうして報告をと」

「キシャ──ッ!!!」

 

 全力で目標めがけて走る。狙うは当然、頸動脈──!!

 

「って、離せ!どうして邪魔するんだお前ら!」

「待って待って!落ち着いてくれ!」

「やめなってシン!いったいどうしたの!?」

 

 どうしたの、だって!?

 

「この野郎!俺のエドガー・コナンも確認しろよバーロー!」

「いえ、それは巌裕次郎さんの仕組んだことですので」

「ここでもかクソジジィ!」

 

 何処までも付きまとうなあのハゲっ!お前のせいでエドガー・コナンが副監督みたいな話が爆発的に拡散されてるんだぞ!人の心がないのか!

 

「分かった!後でちゃんと聞いてあげるから落ち着いて!やっとまとまったんだからさ!」

「放してくれ七生さん!どうせシンイチなんて名前にろくなヤツはいないんだ!ここで粛清してやるっ!」

「かつての憧れにそこまで言うかコイツ」

「ところで札が1枚ほど足りないのですが」

「今それどころじゃねぇんだよ!てかテメーも探せよ天知!」

「だいたいなんだそのデコ!ふざけてんのか!落書きされたのか!説明しろ!」

「ついに関係ないとこまでいちゃもんつけだした!?」

「あ、私も気になってたわその黒子。どうして見せびらかしているの?」

「景も変なとこで入ってこないの!」

 

 いずれ、いずれ報いは受けさせるぞ天知心一!!

*1
コナンなら9割6分




いい感じのエピローグ、完結か?


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自分を工藤新一だと思い込んでいた人による11話

息抜きです。感想欄ではハゲのHだのヘリポートのHだの散々な言われようでしたが、コレが答えです。


「……何やってんの?」

 

 自宅にて。パソコンとにらめっこしていた俺は、不意に背後から聞こえたそんな台詞で我に返った。

 

「千世子か。人の部屋に勝手に入るクセどうにかしたほうがいいぞ」

「君もインターホンに応答するクセつけたほうがいいよ」

 

 売り言葉に買い言葉。家の主である俺よりもデカい態度なのはどうなんだろう。お前は不法侵入なんだからな。

 

「それで、何をそんなに必死に見てたの?」

「わ、わわっ!見るなって!」

 

 身を乗り出す千世子に慌てて画面を隠そうとするも、千世子の俊敏な動きによって瞬く間に俺の動きは抑えられてしまう。

 

「えーっと、なになに……?エドガー・コナンを語る──なにこれ掲示板?」

 

 千世子の声色ご疑問が滲んでいたものから困惑混じりに変わる。

 クソっだから見られたくなかったのに!自分のこと調べてるのを知られたいヤツがいるか!このデリカシーなし女!と、とりあえず深く見られる前に話題を変えねば……!

 

「あ、アレだよ。なんかたまたま見つけたから好奇心で……」

「ふーん。あんまり好奇心で見るものじゃないけどね。って、なにか書き込もうとしてたの?」

 

 どうしてこの女はいつも気づいてほしくないことだけは気づくんだ。もしかして嫌がらせなのか?

 必死の抵抗も虚しく片手間で身柄を拘束された俺をおいて、千世子が再度パソコンを覗き込む。

 

「『エドガー・コナンエアプか?彼は本物の天才だし容姿も整ってるらしいし彼女もいるっぽいし正真正銘17歳だしなにより江戸川コナンとは無関係だよ』……え、自演?」

 

 いけない。千世子の声が本気で引いてるときのトーンだ。

 

「そ、それで今日は何の用だって?」

「えぇ……。無理があるよ今その方向展開は」

「ふっ、バーロー……」

「強引すぎない?もうそれでいいよ」

 

 千世子の良いところは自分から折れてくれるところだ。これが夜凪だとあと5分はかかる。

 

「まあいいけどさ。自演とかダサいよ?」

「もうしない。今日だってたまたま見かけてレスバしてただけだし」

「レスバ!?未遂じゃないの!?」

 

 驚くようなことじゃないだろ。千世子が登場したタイミングがちょうどコメントしようとした時だった方がレアだろう。

 と、そんなことはいいんだ。さっさと話を戻そう。

 

「で、何のようだ?」

「何のようじゃないよ。舞台も終わって暇になったんだよね?」

 

 ……?確かに時間はできたけど、それが一体どうしたんだろう?

 

「エドガー監督、復帰するらしいね」

「……あ」

「私、なにも聞いてないなぁ」

 

 そういえば、もともと千世子の一声で復帰するかどうか悩まされてるところだったような。

 必死に過去の記憶を探る。あれは確か屋形船での会食前のことだ。唐突に訪問してきた千世子がなんやかんやでエドガー・コナンとして復帰するように迫ってきたことがあった。当然ながら一度はその願いを跳ね除けたが『私を題材にして私を主演に据えないのはどうなの?』と至極正論をぶつけられてしまい絶体絶命。

 結局自分の意志ではないとはいえ、こうしてなんの報告もなく俺は復帰している現状は、千世子にとってみれば文句の一つも言いたくなってもおかしくはない。

 

「あ、ああ!それは理由があるんだ!」

 

 まずいぞ。どうにかして適当なことでっち上げないと……。

 こういうときの千世子は面倒なんだ。結構尾を引くからな。昔のことだが、千世子とのかくれんぼの途中で帰ったときなんかは本当に大変だった。

 

「へぇ。どんな理由なのかな?」

 

 もちろん、本心であれば『忘れてた』の一言だ。

 しかし、そんな正直な返答は求めていない。今必要なのは窮地を脱する詭弁なのだ。

 

「あー、えーと、その……」

 

 考えろ、まずは何でもいいから言葉にしなくちゃはじまらない!

 

「い、言えなかったんだ!」

 

 ほう、そう来るのか俺の脳は。我ながら無計画だな。今のところ自分の脳には落胆しかない。

 

「……へぇ?」

 

 千世子の顔に笑みが刻まれる。天使の名にふさわしい美しい笑みのはずなのに、どうしてだろう。俺の身体が震えている。

 

「俺だってお前に最初に言うつもりだった。本当だ」

 

 おかしい。これじゃ懺悔じゃないか。新一が蘭を誤魔化すときもこんな気持ちなのかもしれない。こんなところで初発見だ。

 

「でも、実際は違うもん。口ではなんとでも言えるよね」

「──あ、天知心一!」

 

 口から飛び出したのは、思わぬ人物の名前だった。

 

「デコでキャラ付け必死な男だ。俺になんの連絡もなく公表したんだよあの人」

「天知さん?いくらあの人でもそんなことしないよ。常識的に考えてさ」

 

 まずい。事実と違わないはずなのに千世子の言い分が本当にその通りだから反論の余地がない。

 だが、言ってしまった以上は貫き通すしかない。ここからどうにか巻き返すんだ。

 

「知らないのか?天知心一といえば金の為なら何でもする犯罪者みたいな思考の男で、職と面次第じゃ手錠待ったなしのイカれた詐欺師だぜ」

「シンくんって天知さんに恨みでもある?」

 

 まさか。勝手に記事にされたことを怒ってたりなんてするはずがない。ただデコの黒子はヤスリとかで取れたりするのか気になっているだけのことだ。叶うなら是非とも試させてもらいたい。

 

「とにかく、俺にも想定外のことだったんだよ。第一、エドガー・コナンとして復帰するつもりなんてサラサラなかったし」

「待ってソレ聞いてない。どういうこと?」

 

 どういうことって言うのはいったいどういう意味なのか。言葉通りの意味でしかないけど。

 

「その理解できないみたいな顔やめてくれるかな?じゃあなに、復帰するつもりとかなかった感じ?」

 

 ああ。そういうことか。確かに話だけ聞けばそう捉えるのも無理はない。よし、ちょうどいい機会だし、少しからかってやるか。

 

「少なくとも、エドガー・コナンが復帰する予定はなかったのは確かだな」

「……なにその含みある言い方」

「含んでると感じるのはオメーの主観でしかねーよ」

「うわなつかしっ。久々だねその喋り方と小難しい言い回し」

 

 やめろ冷静に分析とかするんじゃねーよバーロー。こっちがただただ恥ずかしくなるじゃねーか。

 

「んんっ!俺には業界に戻る意志はあった。これに嘘はない」

「数秒前と矛盾してるよ。いよいよ本格的にバカになった?」

「オイ失礼だぞ中卒低学歴」

「どっちが!?」

 

 別に俳優に学歴とか関係ないもん……と口を尖らせるバカは無視する。

 

「つまりだな。俺はエドガー・コナンじゃなくて別の名前でやり直すつもりだったんだよ。エドガー・コナンの顔を知ってる人もそういないからな」

「……それってできるものなの?」

 

 知らない。できないかもしれない。できなかったら復帰しないつもりだったから関係なかったし。もしできるなら強くてニューゲームだ。もうこれほぼ異世界転生だろ。

 

「というか、そんなんじゃデビュー作リメイクできないじゃん。意味ないよそんなの」

 

 うっ。それを言われると耳が痛い。こいつは自分を主役に据えて作品のやり直しが目的だと前から言っていたからな。俺のプランではそれが叶わないことにすぐに気がつくと思っていた。

 

「でも、それでも……!こんな不名誉な芸名……!!」

「せ、切実すぎる……」

 

 当たり前だバーロー。こんな、ただでさえ目をそらしたい現実と肩組んで歩くなんて耐えられるわけがない。ニュースのタイミングも重なって既にもうレッドカーペットじゃねーか。どんな顔して外出ればいいんだよ俺。

 

「まあ結局エドガー・コナンなわけだからいいや。結果オーライってね」

「オメーからしたらそうかもしれねーけどな……」

 

 ニヤついてんじゃねーよ。なに笑ってんだ。

 

「でもさ、実際こんなことになって大変なんじゃない?」

 

 シンくんと夜凪さんはさ。なんて続く千世子の台詞に思わずため息が出てしまう。

 

「そうなんだよな。俺は特にフリーだからな。今は天球に連絡がいってるらしい」

 

 七生さんがさっさとどうにかしろってブチギレてた。詰められたときは正直財布出す寸前だった。

 そう、舞台『銀河鉄道の夜』はトラブルもなく全日程を終えた。舞台は全日満席となり好評。そのため、主演を務めた夜凪景の知名度は著しく向上し、そのついでにエドガー・コナンも再びその忌々しき名を聞くようになった。一般的には夜凪の方が注目されているのがせめてもの救いだろう。

 

「所属はどうするの?やっぱり巌裕次郎を継ぐ?」

「うーん、それはないな。あの人の劇団はあの人のだし、教え子がどうにかしていくものだろそういうのって」

「シンくんだって教え子じゃん。演出家としては唯一の」

「だとしてもさ。一度離れた時点で終わってるんだよそういうのは」

 

 もともと団員のつもりなんてなかったし。天球は巌裕次郎の劇団で、俺は巌裕次郎に師事していた。そしてその師事も自分から願ったものではない。改めて考えると俺ってその場の空気に流されすぎじゃないか?

 

「第一、頑固ジジイの中古なんてこっちから願い下げだね」

「言い方が終わってるよこの人格破綻者」

 

 お前こそ幼馴染にむかってなんて言い草だ。

 

「んー、じゃあさ。うち来る?」

 

 ……うちっていうのは千世子やアキラの所属するスターズみたいなものだろうか。それっていわゆるスカウトってやつなんじゃないか?そうだとするならそんな「今日暇?」みたいなノリで尋ねてくるのは間違っていると思う。

 

「悪い話じゃないと思うよ?私は勿論、アキラ君もいるし」

 

 どうかな?といいつつ顔を覗き込んでくる千世子。相変わらずの整った顔立ちだ。分かっててやってるであろうことが質の悪さを際立たせる。この顔面エンジェル内面ベルゼブブめ。ベルモットでもお前をエンジェルと呼ぶことはないだろうぜ。

 それにしてもスターズか……。確かに知人がいるのは心強い。千世子の目的からしても活動の距離が近くなるということはメリットのある話だし、社長の星アリサも実力を評価する人っぽい。一見するといいことばかりだ。

 

「いや、やめとくわ」

 

 しかし、俺レベルになるとだまされることはない。一度話しただけでなんとなくわかる。星アリサ、あの人は平気でとんでもない仕事を回してくるタイプだ。『できるわよね?』とかやってくるに違いない。

 ちなみに千世子にもこの傾向はみられる。*1無意識に理想を押し付けるのは人間の弱さだ。愚かな人間、やはり滅びねばならぬ……。

 

「ならどうするの?もしかしてだけど──夜凪さんのとこ?」

 

 探るように千世子が聞いてくる。確かに天球でもスターズでも無いとなればそう考えるのも分からなくもない。というかそれほど重要なことなのかこの問題って。

 まあ、夜凪の名前を出した瞬間微妙に千世子の雰囲気が変わったような気もするし、コイツにとっては大事なことなのかもしれない。

 

「夜凪のトコでもないよ。一旦はフリーで考えてる」

 

 気になっているようだから簡潔に答えも教える。今言ったように、俺はどこかに所属するつもりはない。演出家ってのはフリーランスだって結構いるし、別におかしなことでもないしな。千世子の言うように事務所に所属する人もいるがどっちかというとそれは例外だったりする。

 そもそもの話、俺の師匠ヅラしていた巌裕次郎は舞台演出家でエドガー・コナンがやったのは映画監督だからな。自分で言ってても何やってんのか分からないくらいには複雑なことになってるのは否めない。

 

「ふーん……フリーの理由とかってあるの?」

「……今日はやけにしつこいな。どうしたんだ?」

「そう?久々の会話だし、こうして役者と演出家として話すのって初めてじゃん?なんか新鮮なのかも」

 

 確かに、俺が演出家として千世子と顔を合わせるのは初かもしれない。脱走前はエドガー・コナンのことは隠してたし、舞台練習のときはあくまで補佐だったわけだから。そう考えるとおかしなことでもない、のか?

 ……まあいいか。ここは流されておこう。無理に角を立てる必要もない。えーと、フリーの理由だったか?

 

「大した理由があるわけじゃないけど、事務所とか責任がついて回りそうで面倒だし」

「本当に大した理由じゃないねこの社会不適合者」

「正直事務所とかで先輩のご機嫌とるのとかダルいっていうか……」

「仮にも事務所の顔相手にとんでもないこと言ってるよ君」

「あと単純にそのうち自分でスタジオつくるつもりだし」

「今言う!?最初に言うことだよねそれ!?」

 

 えぇ……。そんなに驚くことか?よくある話じゃないかこういうのって。

 

「な、なんでまた個人事務所なんか……」

 

 個人事務所をつくる理由か。まあ、色々思い浮かびはするがあえて言うのであれば──

 

「──約束したからな」

 

 宣言しちゃったからな。ジジイを超えるって。これで達成できなかったなんて俺のプライドが許さない。

 

「……そっか。なんか懐かしいな」

「ん?」

 

 何故か千世子から感じる優しげな笑み。なんだこの、我が子の成長を微笑ましく見守るかのような生暖かい視線は。

 

「シンくん、横顔が昔に戻ったみたい」

「今世紀最大の誹謗中傷だぞ!?」

 

 笑顔でなんて酷いこと言うんだこの幼馴染は。こんなひどい台詞、俺じゃなかったら耐えられてないぞ。言葉は刃物だってコナン君も言ってただろう。

 

「というかお前のその横顔って単語も久々だけどな。人の顔盗み見る趣味は健在なのか」

「言い方。まったく、小さいときは認めてくれたのにさ」

「別に今も否定してないだろ」

 

 かといって理解もしていないが。そういうもんだと受け入れているだけで。

 情けねーが、人の無防備の横顔が好きなんてニッチな性癖はどんなに筋道立てて説明されてもわからねーんだ……。

 

「でも、ちょっとくやしいな」

 

 スッと俺から背を向けながら、ふいに千世子がそう切り出した。

 

「……なにがだよ?」

「その横顔は、私が取り戻すつもりだったのに」

 

 その台詞に、思考が真っ白になった。

 

「知ってる?私が役者をはじめるきっかけなんだよ?それって」

 

 だから、ちょっとだけ巌さんに嫉妬、なんて少し寂しげに言う千世子を意識する余裕もない。

 

 そんなことははじめて聞いた。役者は千世子がなりたいからなったんだと思っていた。いや、それが正しいんだろうけど、俺がキッカケの一端であるなんて思ってもいなかった。

 千世子が役者になると俺に打ち明けたときのことはよく覚えている。忘れようにも忘れられない。あれがエドガー・コナンの原点だからだ。

 

「――俺はさ」

「うん、なに?」

「俺は……いや、なんでもない」

「なにそれ。いいところで話終わるのやめなよ。逆に気になるじゃん」

「男は謎が多いほうがモテるんだ」

「なにその胡散臭いブログに書かれてそうな台詞」

 

 突然の出来事にまとまりのない思考のまま喋ろうとして、結局なにも出てこなかった。なんとなく、今なにを言っても本心は伝わらない気がした。

 

「にしても、そんな事考えてたんだな。全然知らなかったよ」

 

 いやホントに。そんな素振り一切見せなかったよな。エドガー・コナン関連にも舞台練習の時まで触れなかったし、コイツの忍耐力どうなってるんだ?

 

「ふふん、前にも言ったはずだよ」

 

 千世子はそこで言葉を区切ると、背を向けたまま少しだけ振り向くとこう言った。

 

It's a big secret……I can't tell you…… A secret makes a woman woman. キミには難しかったかな、探偵さん?」

 

 からかうように笑う彼女に、あの日の光景が重なった。

 

 ☆

 

「それで、話がそれちゃったけど個人事務所の話だったよね」

 

 フリーズしている俺をよそに千世子がそう言った。俺にとっては今の話がメインくらいの衝撃の連続だったが、千世子にとっては脱線らしい。

 

「スカウトする子とかは目星つけてるの?」

「いや全然。気がはやすぎるだろ流石に」

 

 そのうちっつってんだろうが。滅茶苦茶先の話だしお前にしか話してねーんだぞコレ。

 

「へー。じゃあその時最初の役者は私ね」

「やっぱお前って頭おかしいんじゃねーの?」

 

 バカなんじゃないかコイツ。設立と同時に潰れるわそんなの。自分の立ち位置分かってんのか。

 

「おま、スターズがそんなに嫌なのか?」

「全然。むしろすごく気に入ってる」

「なんなのもう怖いよ俺お前のこと」

 

 同じ言語を話してるのかすら怪しくなる。未知の生命体を相手してるような気分だ。

 

「まあそれはいいじゃん。先のことなんだし」

「いいわけねーだろ俺のスタジオ始まる前から倒産の危機迫ってるんだぞ!?」

「実力で示せばいいじゃん。自信ないんだ?」

「は?甘く見んなよこの日本映画の救世主をよー!?」

「じゃあいいじゃん」

 

 あれ……?もしかして今すごく軽やかに致命的なことをしなかったか?

 

「ところでさ、シンくんのことは聞いたけど夜凪さんは?あれだけの舞台だったし、オファーとか引っ張りだこなんじゃない?」

「あ、ああ。夜凪なら今は仕事全部断ってるらしいぞ」

「え!?どうして!?」

「知らねーよ。アイツの事務所の方針だろ」

 

 俺が全部知ってるわけがないだろ。いちいち聞くつもりもないし。聞いたって教えてくれねーだろうしな。

 

「うーん。どうしてだろう?役者のメンタルのため?でも夜凪さんはお芝居大好きってタイプだし……」

「別にいいだろなんだって」

「でも気になるじゃん。だって期待の新星だよ?シンくん本当になにも知らないの?」

「だから知らねーって」

 

 千世子のヤツ、夜凪のことを随分気にしてるな。すげー意識してるじゃん。うーん、これ以上聞かれるのも面倒だな……。

 

「黒山サンだってバカじゃないんだし、何か理由があるんだろ」

「その理由が気になるんじゃん」

「考えてみろ。この状況、アイツのスタジオにとってチャンスなのは疑いようのない事実だ。いくら夜凪のセンスが化け物だからって人の目に触れるのは波に乗ってる今が絶好の機会だし。なのに敢えてすべてのオファーを断って業界から距離を置かせてるってことは──」

「そうしなきゃいけない理由がある?」

「まあそんなとこだろ。ハイこの話終わり!」

 

 コレでコイツも満足だろう。難しそうな顔してるが俺のもう話すことはないという意思が伝わったようだ。これ以上聞いてくる素振りもない。

 夜凪がオファーを受けさせてもらえない理由なんて推理するまでもなく想像がつくが、そう簡単に人に教えていいわけがないしな。

 

「まあでも、ちょうどいいんじゃないか?リフレッシュになって。うちの高校そろそろ文化祭だし」

「へー、そうなんだ。じゃあシンくんもそれでインタビューとか断ってるの?」

「いや、別にそれは関係ないけど」

 

 インタビューとかはただ面倒なだけだ。顔出し怖いよぉ……。

 

「さっさと顔出しちゃいなよ。一回出したら慣れちゃうから」

「危ないことやってるヤツは皆そういうんだ。くっせめてエドガー・コナンなんて名前じゃなければ……!」

「どこまでも足を引っ張るなぁその名前」

 

 ホントだよ。昔軽いノリで決めた名前がここまで足を引っ張ることになるなんて誰が想像しただろうか。

 

「でも、そのうち顔も出すさ。逃げ続けられるわけじゃないしな」

 

 どうせ出すならドでかい場所で出してやりたい。カッコよく、それでいて衝撃的に。それまでは大事にしておきたいところである。

 

「あんまりグダグダしてたら私が出しちゃうからね。幼馴染ですって」

「新手の脅迫はよせ。自爆テロだぞもはや」

 

 コイツは本当に危機管理能力が終わっている節があるな。

 ただでさえ俺は毎回お前の横を歩くときはビビってるんだ。もうね、すでに満身創痍なわけ。お前らの距離の近さでどれだけ俺が勘違いしそうになってるのか分かってるのか。鋼の意思でそういうのから目をそらし続けた俺を誰か褒めてくれ。10代でこれとか勲章レベルじゃないか?

 

 人知れず自分の偉大さを噛みしめている俺をよそに、千世子が何かを思い出したかのように「ああそうだ」と呟いた。

 

「当初の目的を忘れるとこだったよ」

「目的?」

 

 まだ何かあるのか?いったい今度はなんだって──

 

「シンくん。暇になったんだよね。デート行こ?」

 

 じ、地雷が自分から突っ込んできた……!?

 

*1
幼馴染に一本角ヒロインの理想を押し付けた人




いくぞ。息抜き、H(ell)!


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自分を工藤新一だと思い込んでいた人による12話

タイトル出オチの一発ネタだったはずなのに気がつけば2年経ったようです。投稿頻度的に最初から読んでた人とか絶滅してるよ


 太陽輝く快晴で絶好お出かけびより。風が頬を撫でる感覚がなんとも心地よく、気づけばスキップで踊りだしてしまいそうになるほどの良い天気。

 

 そんな中で俺こと江藤新はというと、

 

「……ぅぐっ……ぇぐっ……」

「ねえいい加減泣き止んでよ。恥ずかしいよ隣歩くの」

 

 ギャン泣きしていた。

 

「お、お前……!?そうか!芝居モンスターは感情を演じるものだと誤認しちまってるのか!」

「大丈夫私にもちゃんと感情はあるから。怒りとか」

 

 しまった、流れに乗じて言い過ぎた。俺の腕を握る千世子の握力がとんでもないことになってる。

 

「まったく失礼しちゃうよ」

「なぁ千世子。そんなことよりお前は俺の腕を見てなんとも思わないのか?」

 

 みて、紫になってる。

 

 と、ここで渋々といった具合に千世子は俺の腕を解放してくれた。よかった。幼馴染は血の通った人間だったんだ。止められていた血が腕に流れ込む感覚が俺に生を実感させてくれる。

 

「確かにお話は面白かったけどさ、そんなになってるの君だけだよ?」

 

 そう言われて少し記憶を遡ってみる。確かに泣いていたのは俺だけだったような……。

 ということはもしかして、おかしいのは俺の方なのか……?

 

「い、いや、そんなはずはない……そうか、たまたま俺のほかは全員エアプだったのか!」

「そっちに舵きっちゃうんだ!?」

 

 想定外と言わんばかりに声を荒げる千世子。しかし驚きの表情を浮かべていたのもわずか。彼女の顔はみるみるうちに人をバカにし腐ったように変わっていった。

 

「公開初日なんだからそんなわけないのに……」

「うぐ……け、けど……!」

「しかも今回死んだの2人だけだよ?泣く要素あった?」

 

 そう言われたらそうだと思えてくる。

 ……よくよく思い返せば感動シーンとかは特になかったかもしれない。なんてことだ。雰囲気に流されていたのは俺だったらしい。

 

「でも面白かったよね。ヒロイン可愛かったし」

「ああ。好きだ」

「演出家、作家にあるまじき語彙力のなさしてる……」

「言葉を尽くせばチープになる。そういうものもあるんだ。俺たちの世界ではな」

 

 素人は数で凄さを決めたがるが、それはまだまだ甘い。

 どうやら俺の堂々とした立ち振る舞いに千世子も呆気にとられているみたいだ。*1普段は振り回されてばかりだからな。こういう状況は気分がいい。

 

「わ、なんかそれっぽい。それって誰のセリフ?」

「もちろん、俺が今考えた」

「台無しだよ限界オタク」

 

 当然、合ってるかどうかなんて知らない。適当言ってもそれっぽくなるのが演出家という役職の数少ない利点ではないだろうか。

 

「それで、これからどうしよっか?」

 

 話を切り替えるように千世子が口を開いた。言葉から察するに、今後はノープランらしい。今日は俺も着いてきただけだから予定もない。

 

 ……よし!ここは男として俺がバシッとリードしてやるか!

 

「帰ろう」

「あはは、何言ってるのかなこの自惚れ探偵バカは」

 

 返答はいっそ清々しいほどの罵倒だった。時々コイツが本当に天使なのか分からなくなる。

 

「まあ聞きたまえ千世子くん」

「聞くだけだよホームズモドキの成れの果て」

 

 モドキにすらさせてもらえないらしい。

 

「いいか?忘れているかもしれないが俺たちは有名人だ」

「ちゃっかり自分も含んでるのにちっさいプライドを感じる」

「黙れ黙れ。つまり誰かに撮られでもしたらスキャンダルじゃすまないわけだ」

 

 反論の余地もないだろう。遊び心が足りないと言われても仕方がないほどの正論だ。

 イカれてる部分はあるが、なんだかんだで千世子がリスク管理を徹底している。だから、この指摘を無視することはできないはずだ。ふふん、俺の慧眼を誤魔化すことはできないのさ。流石の千世子もこれには頷かざるを得な──

 

「うんうん、それで?」

 

 ……なるほどね。さて、万事休すか。

 

「いや、それでもなにもだねキミィ……」

「そんなこと気にしてるなら私は今外にいないよ?」

 

 自覚があるようで何よりだ。ならばどうして二人での外出を踏みとどまらないのか、これが分からない。

 

「新くんさ」

 

 そう前置いた千世子は、まるで物分りの悪い子どもを諭すような顔をしていた。あきらかに俺を下に見ている。ぶん殴ってやりたい。

 

「ホント、まるで女心が分かってないよね」

 

 人の心が分かってるか怪しい女に言われたくはない。

 

「そんなんだからいつまでたっても彼女もできないんだよ」

「なっ!?」

 

 コイツ、禁句に触れたな!許せねえ。いいぜ!そっちがその気ならこっちにも考えがある!!

 

「ハッ!俺だってなー!!既に彼女の一人二人──」

「一人二人、なに??」

 

 おかしい。何故か足の震えが止まらない。

 

「ひ、一人二人、三人くらい居たらいいな〜なんて……」

「そっか。現状は?」

「ぜろです……」

 

 ど、どうにか緊急回避できたようだ。危ないところだった。俺の第六感が冴え渡らなければ今日、儚くも一つの灯火が消えていたことだろう。

 

 なんて、悠長なこと言ってる場合じゃない!とにかく、どうにか千世子に一撃与えねば俺の気がすまない!なにか、なにか言い返すんだ!

 

「ひ、人のこと言える立場か!お前だって彼氏の一人もいないくせによくそんなこと言えたな!」

「なに熱くなってんのさ?というか私は女優だもん。その気になればポポンのポンだよ」

「くっ……!!」

 

 そうだった。芸能人だからリスクを考えているだけで、本来千世子はアキラと同じタイプだった。亀さんとは違うんだった。

 

「あのさ。女の子が遊びに誘ってるんだよ?なのに、どんな思いかも分からないの?」

 

 目をあわせ、真剣な顔つきでそう言う姿につい気圧されてしまう。

 

 な、なんだこれ。なんでこんな問い詰められてるんだ俺。相手はあの百城千世子だぞ。そんな展開あるわけがないだろう。今まで何もなかったし?そもそもそんなの大損害だし?というか俺たち幼馴染みだしぃ!?

 ……いや待て逆にか!?ここにきて逆になのか!?互いに芸能の世界に踏み込んだ今だからこそ、ということなのか!?

 

 おおお落ち着け江藤新。俺は賢いBe.cool。冷静に対処したらこんな状況一発打破だ。よーく現状を整理して、最も適した解答を導くのだ!

 

「じゃ、じゃあお前は……あれか?そういうことなのか?」

「イヤまあそんなことは無いんだけどね」

「返せ!俺の純情を返せっ!!」

 

 真面目にとりあおうとした俺の心意気を何だと思ってるんだ!悪女!悪魔!ベルモット!カプ厨ババア!!

 憤る姿を見てケラケラ笑う千世子の姿は、天使とは程遠かった。

 

 ☆

 

「ねーゴメンって。そんな怒んないでよー」

 

 ひとしきりからかわれ終えた後、軽いトーンで謝っている千世子を無視して俺は歩いていた。

 

「ちょっとからかっただけじゃーん、なんでそんな怒ってんのさ?」

「黙れ。胸に手を当ててみろ」

 

 俺の怒りは深いんだ。簡単に鎮まることはない。

 

 なんて、そんな俺の内心をおいて、千世子は素直にも胸に手を当てて何かを考えこんでいた。

 ……もしかして本気で反省していたりするのか?そんなに真剣に対応されるとこっちが困ってしまうからやめてほしいんだけど。

 

「心配ありがとう。心臓は動いてたよ」

「そっか。じゃあ多分悪いのは頭だ」

 

 流石は千世子だ。いつだってコイツは俺の想像の斜め上を躍進してくれる。

 

「で、どこ向かってるのコレ」

「本屋。帰らなきゃいいんだろ?」

 

 歩みに先、目的地は本屋だ。もともとどこかで立ち寄ろうとしていた事もあって、今日の出来事はまさしく渡りに船だった。まあ、そのかわりに千世子には付き合わせるような形になってしまったが。

 

「と、言ってる間に着いたな。お前はどうする?なんだったらどこかで時間潰しててくれてかまわないぞ」

「うーん……いいや、ついてくよ」

 

 千世子の了承も得たところで、店内へと足を勧める。秋に入るとはいえまだ若干の暑さが残るせいもあり、室内は冷房から放たれる冷ややかな空気で満ちていた。

 

「なんか今日は迷いなく歩くね。いつもはもっとフラフラしてるのに」

「今日は買うもの決まってるからな」

 

 目的もなく立ち寄ってただ店内を歩き回ることが多いこともあり、千世子には真っすぐ進む今日が不自然に見えたようだ。とはいえ、早く事が済む分にはコイツもかまわないだろう。

 

「あ、サンデーコーナーはあっちだよ?」

「知ってるが?」

「えっ……もしかしてコナンじゃないの!?」

「おかしくないその反応?」

「おかしいのはそっちだよ!コナン以外が目当てなんてどうしちゃったの!?」

「俺はもともと読書家だけど!?」

 

 千世子には一度俺の家族を思い出して欲しい。仮にも小説家の息子に対して酷い言いようだ。

 

「むむ……言われてみればそうだった気もするね」

「そうだよ。だいたいあんな小規模図書館みたいな部屋があって本読まないわけないし」

「私現実であんな書斎ある家はじめて見たよ。小説家はみんなそうだったりするの?」

「小説家は父さんしか知らねーよ」

 

 小説家の分母が1でいいなら100%だ。俺の父こと江藤優作はその職業柄大量に本を読む。とはいえそこに趣味の余地が無いかといえばそんなことはないだろうけど。

 そんなわけで俺の家には購入した本が大量に保管されたデカい部屋があるのだ。それはさながら工藤邸の如く。俺が工藤新一だと思い込んでいた原因の二割くらいは両親にあるんじゃないかと思っている。

 

「っと、これだ」

「あ、それ最近話題のヤツだよね?」

 

 目当ての品を手に取った俺の背後から千世子が表紙を覗き込む。どうやらこの本の存在を前から知っていたらしい。

 

「千世子は読んだことあるのか?」

「いや、名前を見たことがあるだけだよ。面白いの?」

「どーかな。なんなら読み終わったら貸すけど、どうする?」

「いいの?じゃあお言葉に甘えようかな」

 

 そんな約束も交えつつ、なんやかんやで目当ての品を購入し終えてしまった。そして今後の予定は真っ白だ。

 しかし、わがままな女王様もそろそろ満足してくれたことだろう。ここは俺から切り出すべきだな。

 

「さて、じゃあそろそろ解散でいいよな」

「えー?まだ時間はあるよ?」

「まあ聞け。平日とはいえもう昼時だ。人だかりも増えてきてるしそろそろ限界だろ。あと俺今買った本読みたいし」

「…………」

 

 不服そうな顔を隠そうともしない千世子。だが甘い、千世子は普段マジなときほど表情が死んでいき笑みが貼り付けられるのだ。つまり、今の顔は不機嫌アピールがしたいだけ。まったく、いつまでも子供っぽいところの抜けない女だ。

 

「安心してくれ。すぐ読み終わって貸してやるから」

「そこの心配はしてないよ?」

「もしかして平日に連れ回してることか?お前は知らないだろうが高校には自由登校というものがあってな」

「あれもしかして今バカにしてる?」

「というか俺は首席だからいくら休んでもいいんだ」

「多分だけどそんなことはないよ?」

「俺は女心が分からないから帰りたいんだ」

「根に持ってる!?めんどくさっ!」

 

 当然だ。俺は女心の分かるモテ男なのに、あんな謂れのない誹謗を受けたのだから。

 

「じゃ、そういうことで。おまえも仕事頑張れよー」

「あ、ちょっ……。逃げ足だけは速いよねいつも!!」

 

 ハッハッハ!あばよ千世子。俺は一足先に帰らせてもらうぜ!

 

 

 ☆

 

 

 千世子と別れて少し。当然大人しく帰るはずもなくあたりを歩いていると、意外な人物と遭遇した。

 

「――とまあ、だいたいそんな感じで今に至る」

「話の流れだと、家に帰るべきだよね」

「だからお前は堀なんだよダサダサ仮面」

「突然拉致しておいて酷い言い草だな!?」

 

 それ言ってるの阿良也さんだけだよね!?なんて騒いでる絶賛業界で再ブレイク中の日曜ヒーロー。一人で歩いているところを見つけたため拘束させてもらったのだ。

 

「というかキミ文化祭の準備はいいのか?」

「んん?なんでうちの文化祭が……ああ、夜凪か」

 

 アキラとそんな話をした覚えはない。となれば情報の発信源はおのずと絞れてくる。俺の高校で芸能関係者なんて夜凪しかいないからな。

 

「ああ。ちょうど君の高校に行っていたんだ。ほら、夜凪君今活動休止中だろ?七生さんと亀太郎さんがうるさくてね」

「みなまで言うな。俺は分かって……待って高校まで行ったの?」

「あ、ああ。なにかまずかったかな……?」

 

 そんなこと俺に聞かないでほしい。まあ当人同士で納得の上ならいいんじゃないだろうか。

 ただ少なくとも、俺が夜凪の立場であればぶん殴ってると思う。

 

「前に母さんが言ってただろ。その言葉がどうも頭に残ってて」

 

 どこかバツの悪そうなアキラの台詞に、告別式の記憶が思い起こされる。

 

『あなたがあなたでなくなる前兆よ』

 

 アキラの母、星アリサが夜凪に警告したソレがアキラには気がかりだったらしい。思っていたよりも真面目な理由に茶化してた自分が急に恥ずかしくなる。なんだか突然はしごを外された気分だ。

 

「どうやら映画部という部活に……どうしたんだ?」

「いや、なんでもない。少し穴に入りたくなっただけだ」

「どうして急に!?」

 

 やめて!これ以上俺を辱めないで!さっさと本題に入って!そしたら俺もちゃんとするから!!

 そんな祈りが通じたのか、アキラは訝し気にしつつもこれ以上触れないようにしてくれたようだった。

 

「えーと、どこまで話したかな……そうだ映画部。どうやら彼女、文化祭で映画をつくるみたいだよ」

「へぇ。面白そうだな」

 

 アキラの話によると、ロケ地の人集りをのけるために夜凪はメソッド演技を使ったらしい。ナニカに怯える演技で感情を伝播させて無理やり人を遠ざける、なんて強引な方法だ。

 そして、問題はここから。事が済んだあと、アキラが夜凪に話しかけると、夜凪はひどくおびえたようなしぐさを見せたらしい。それが未だ戻ってこれないことへの不安につながっている、と。

 

「ふむ……まあ、なんとかなるんじゃないか?」

「そ、そんな適当な……」

「銀河鉄道の夜はどうだった?なんともなかったろ」

「それは、そうだが……」

 

 そう、確認した通り舞台銀河鉄道の夜において夜凪景の不調は見受けられなかった。星アリサへの宣言通り、何事もなく終わらせたというその実績があるからこそ、アキラは俺に強く出ることができない。

 

「俺を信じろアキラ。夜凪なら問題ないよ。どうせいきなり2段階くらい進化して戻ってくる」

「……そこまでいうなら」

 

 そうそう。夜凪のことなんて気にしても無駄だ。黒山サンが面倒見てるんだからな。どうせどうにかなる。だからこの話はこれで終わりだ。ということで、ここからは俺のタ──

 

「ところで、どうして新君は学校に行ってないんだ?夜凪君がひどく怒ってたよ。公演後から一度も見ていないと」

 

 出鼻をくじかれた。まったく質問の多いヤツだ。

 

「どうだっていいだろそんな事。俺はもう高校へは行かないんだ。なぜなら自由登校期間だから」

「えぇ……。文化祭はどうするんだい」

「出ない。予定があるんだ」

「滅茶苦茶だなキミ……」

 

 こんなこと言っておいてなんだが、実際のところ自由登校期間かどうかは不明だ。だけどそれを言えば面倒なことになるのは明白。故にここは強引に話を変えるのがベストだろう。

 

「それよりも!今!俺は!キミの相談に乗ったよねぇアキラく〜ん?」

「うわすごく面倒くさいことになった気がするぞ!?」

 

 離れようとするアキラをがっしりと掴む。その際、簡単に振りほどかれることのない様に手首をつかむようにすることを忘れない。

 ふっ、逃がすわけにはいかないな!ここからは俺たちの時間だ!!

 

「くッ!異様に拘束するのがうまいな!?はな……はなしてくれないか!?」

「そんなこと言うなよ……!俺らの仲だろ……!!」

 

 路上で全力の引き合いをする俺とアキラ。おとなしく捕まってほしい。まだ話すらしていないのにこの扱いはあんまりだと思うんだ。

 

「わ、分かった!聞く、話を聞こう!だから離してくれ!これだとあまりにも人の目が痛い!」

 

 人の目の原因は騒いでいるアキラにもあると思う。

 とはいえ、こうして言質が取れた以上はもう密着する理由はない。さっさと手を離してやろう。

 

「ひ、酷い目にあった……」

「大人しくしておけばこうはならなかっただろ」

「日頃の行いをかえりみてくれ」

 

 乱れた服装を整えつつもそう悪態をつくアキラ。

 改めて思うが、初対面の時から比べて俺への対応が雑になりすぎじゃないか?

 

「それで、用件はいったいなんなんだ?」

「ああ。さっき千世子と出かけていたときの話をしただろう」

 

 想いが伝わるように真剣な表情をつくることを意識する。ふざけていると思われたらたまらない。

 

「『女心が分からない』、『だからモテない』。あのバカが証拠もなく喚いていたセリフだ」

「既に聞く気をなくしてきたよ……」

 

 アキラの表情がみるみるうちに曇っていく。どうやらことの重大さに気がついたようだ。

 

「アキラ。お前はモテる」

「あーやっぱり最悪の結論に進んでる!」

「あえて今もう一度言おう。アキラ、俺たちならなんとでもなりそうだろ?」

「やめろッ!*2僕が心打たれたセリフをこんな場面に持ち込むなっ!!」

「まあ、なにが言いたいかというとだな──」

 

 アキラはなにかの確信に至ったようで必死の抵抗をみせる。だがもう遅い。

 

「これから、俺たちでナンパをします」

「絶対にイヤだッ!!!」

 

 俺は千世子に一泡吹かせてやると決めた。その気になればなんだってできると証明するんだ。

 

*1
そんなことはない

*2
自分を工藤新一だと思い込んでいた人による9話参照。屋形船にて




2年とは思えない話数で笑っちゃうぜ


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