Rise Up to the Dawn (Yama@0083)
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1. 破滅の純情

これは...どういうことだ!?

一体、何がどうなってる!?

 

黒いバルキリーに搭乗し、今まさに大空を駆けているその男の脳内は、疑問符で溢れかえっていた。

彼が驚くのも無理はない。彼は先ほどまで、任務のため宇宙空間を航行していた。しかし突然、キャノピーの向こうに見える景色が、全面大空の青で満たされていたのだ。

 

彼が如何にして、この様な事態に陥ったのか。時は数時間前に遡る。

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

とある船団のS.M.S支部にて、一人の男が物憂げな表情で廊下を歩いていた。

 

「はぁ...司令から急に呼び出しなんて、今日はついてないな」

 

彼の名はコウマ・ダイソン。天才マクシミリアン・ジーナスにも並ぶ、あるいは彼以上の腕とも評された、イサム・ダイソンの息子にあたる人物である。彼はちょうど司令官からの召集を受け、司令室への道のりを進んでいた。

 

「ダイソン准尉、入ります。」

『ああ、入れ』

「は、失礼します。」

 

司令室のドアの前にたどり着いた彼は、中にいる司令からの返答を確認し、ドアを開け入室する。

 

「ご苦労。唐突な召集、すまなかったな。」

「いえ、問題ありません。」

「よし。では、話に移るとしよう。ダイソン准尉、貴様に出向命令だ。場所はブリージンガル球状星団のS.M.Sアル・シャハル支部。補充要員として、少しの間現地に駐留させることとなった。」

 

ブリージンガル。司令の口から出たその場所に、彼は思わず目を丸くした。

 

「どうした?何か不明な点があれば、遠慮はするな。」

「ありがとうございます。では...ブリージンガルというと、あの辺境の銀河、という認識でよろしいでしょうか。」

「ああ、それで間違いはない。なんだ、田舎への出向が不満か?」

「いえ、そういう訳では。ただブリージンガルというと、既にケイオスが常駐しているのでは?」

 

その質問に司令は納得した様子を見せ、椅子に深く座り直した。

 

「その疑問はもっともだな。あそこは長年の問題であったウィンダミア王国との関係も、恒久的な解決へと向かっている。確かに、これで表立った争いの種は無くなったと言っていいだろう。しかし今でもあそこを中心として、いずれ銀河中に大混乱を招きかねん不穏分子たちが潜伏している。『ヘイムダル』、貴様も聞いたことはあるだろう?」

「はい。現在でも正確な行方は分かっていない『メガロード01』からの情報提供者・通称レディM。彼女を銀河を裏で操る支配者であると断じ、抹殺しようとした組織ですね?」

「ああ。15年前のかの銀河での事案から、目立った動きこそまだ見られないが・・・メンバーやシンパは、今も多く身を潜めている。来るべき脅威に本腰を入れて備える為、政府はS.M.Sやケイオスといった民間軍事企業との連携をより強化すると発表した。そしてその一環として、企業同士でも足並みを揃えよとの通達が来てな。それで我々S.M.Sも、小規模ながらあそこに展開することになった。」

「しかしそれでは、仕事の取り合いになりそうなものですが?彼らケイオスは、言うなれば我々の商売敵ではないですか。」

「そうだな。だがそれは互いの上層部が協議することだ、我々が気にする問題ではない。質問は以上か?」

「は、ありがとうございました。」

「うむ。それでは準備が整い次第、バルキリーで発進しろ。貴様が今回搭乗する機体は、ノイマン技術顧問に任せてある。」

「う、ヤンさんですか・・・あの人の腕は信頼していますが...その、変な改造とかされていないでしょうか」

「かつて奴がYF-19を手がけていた頃ならともかく、今はそう無茶なことはすまい。まあ、開発者は死ぬまで浪漫を持ち続けるともいうがね。」

 

そう言って笑う司令に、彼は内心で頭を抱える。

 

「だといいですけど・・・ではダイソン准尉、これより任務に当たります。」

「ああ、現地での健闘を祈る。」

「は、失礼しました。」

 

 

 

 

 

司令室を後にした彼は、自室に戻って部屋を片付けにかかった。

 

「まさか入社して一年も経たない内に、ここを出ることになるなんてなぁ・・・ま、クビになった訳じゃないんだけどさ」

 

彼が一人ごちりながら荷詰めを進めていると、ベッドの下の小物入れに、伏せられた写真立てを発見した。

 

「ん?これって・・・」

 

彼がそれをひっくり返してみると、そこには一枚の写真が入っていた。少し色あせたその写真には、笑顔の父と母と、二人に持ち上げられて楽しそうにしている、幼き日の自分がいた。その手に、大きな竜鳥の羽を掲げて。

 

「・・・・・・」

 

何やら複雑な表情でそれを眺めた彼は、少しして再びそれを伏せ、荷物の奥にしまい込んだ。それ以降、彼は一言も言葉を発することはなかった。

 

 

 

 

 

 

その後荷物を送る手続きを済ませ、満を持して彼はハンガーに足を踏み入れた。そこの一角には黒いバルキリーが鎮座しており、足下に一人の男が立っていた。彼は黒縁のメガネをかけており、白衣の下に私服というかなりフランクな格好をしている。彼はコウマに気付くと、笑顔で彼を出迎えた。

 

「来たね。いやぁ、すっかり待ちくたびれたよ。思えば昔もこんなことがあったなあ・・・」

「ヤンさん、ご無沙汰してます。前会った時より顔色が良くなってますね?特にクマとか、前はもっと濃かったのに」

「はは、不本意ながらね。ホントはもっと彼ら(機械)と触れ合ってたいんだけど、そろそろ歳には勝てないみたいだ。最近は前より長く眠るようになったもんだよ。」

 

 

ヤン・ノイマン。かつて齢17歳にして「YF-19」の設計主任になったという経緯を持つ、これまた天才の技術者である。当時は少し気性に難があったが、そこから40年超の年月を経て、今ではすっかり落ち着きのある初老の男性となった。2人はコウマが小さい頃からの顔見知りであり、それなりに親しい関係を築いている。

 

 

「それはそうと、今回はブリージンガルに行くんだったよね?」

「はい。そうですけど、何かあるんですか?」

「以前仕事の関係で、あるお嬢さんと会う機会があってね。なんとその子が、あの中島雷蔵の家系の娘さんだったんだよ。彼女自身も知識量が凄くて、思わず盛り上がっちゃって・・・確かその子が、あそこを中心に活動していた音楽ユニットの一員だったような...えぇと、なんだったか」

「中島...てことは、マキナ・中島ですか?ワルキューレの。」

「そう、ワルキューレ!いい機会だったから彼女、ひいては彼女たちの曲をいくつか聞かせてもらったんだけど・・・中々悪くなかったな。シャロン以外の曲を聞いたのは久々だったけど、結構気に入ったよ。」

「ああ、なんか分かります。中毒性ありますもんね、彼女たちの歌」

「うんうん。だから今度、アルバムを買いに行こうかと思ってて。コウマも一緒にどうだい?」

「あー...俺は大丈夫です。実家にワルキューレ含めて、色々ありますんで。すみません、せっかく誘ってくれたのに・・・」

「いやいや、いいんだよ。お母さんは歌が好きだもんね、そりゃあ彼女たちの曲もあるか。」

 

そこまで彼との雑談を楽しんでいたヤンは、襟を正して本題に入る。

 

「じゃあ改めて、今回の君の相棒を紹介しよう。VF-171 ナイトメアプラス、ここでも未だ多く採用されてるお馴染みのヤツだ。武装は従来の物と変わりはないけど、説明は必要?」

「いえ、変更がないなら大丈夫です。訓練や何度かの出撃を通して、そこら辺は大体把握してますんで。」

「話が早くて助かるね。で、今回は長旅だから、追加でファストパックとフォールド・ブースターを付けてある。正直パックは付ける程じゃあないんだけど...ま、いざって時の保険ってことで。・・・それで、だ」

 

そのもったいぶった言い方に、コウマは怪訝そうな顔をする。

 

「・・・まだあるんですか、やっぱり」

 

彼が諦観を含んだ声色でそう聞くと、ヤンは眼鏡を怪しく光らせ答えた。

 

「更に僕のお節介半分・個人的興味半分で、別のものも取り付けてある。『BDIシステム』、分かるかい?」

「えっと・・・確か、VF-22についてる、操縦補助システムのことじゃ」

「今の認識じゃそうだろうね。あとはギャラクシーのVF-27が、その発展型を採用してたらしいけど・・・あれは生身の人間には扱えない代物だから、置いておくとして。でもそれからも分かる通り、このシステムは本来、そんなちゃちな物じゃなかったのさ。」

 

 

BDIシステム。

それはかつて、若き日のヤンが手掛けた「YF-19」と制式採用を争った「YF-21」に搭載されていたものだ。パイロットの思考をダイレクトに機体の操縦に反映できるという優れた技術だったが、その特性故、操縦者の精神状態に強く影響されやすいという難点が存在した。トライアル段階でその欠点と危険性が明らかになった結果、正式な採用は後継機である「VF-22」に大幅な簡略化を施されたものが搭載されるに留まった、という経緯を持つ。

 

 

以上の情報を説明されたコウマは、腑に落ちないといった表情で彼に疑問を呈した。

 

「なるほど・・・で、なんでそんなもんを付けたんです?自分で言うのもアレですけど、俺って少し感情の起伏が激しいですよ」

「いやね。せっかくの単体飛行なんだし、いつもよりのびのびと飛んでみたいんじゃないかと思って。それと大丈夫、流石に完全再現はしてないよ。思考制御できるのは、今のところエンジンの出力だけ。それ以外は普通の操縦だし、いつだって手動操作に切り替えられるから、安心してくれていい。」

「ああ、それならまだ・・・でもそれならそれで、そんな中途半端な調整でいいんですか?正直ヤンさんは、この程度の性能じゃ満足できないと思うんですけど」

 

それを聞いたヤンは、少し寂しそうに笑った。

 

「僕ももう60だからね・・・流石に、弁えの一つ位は覚える。組織に属している以上、何でも好き勝手って訳にはいかない。自由であることは、無責任であれということではないからね。ま、今でもギリギリのラインを攻めることはあるけど。」

 

彼のその言葉からは、長い年月を経た精神的な成長と、かつての日々への追憶が感じられた。彼は天井を仰ぎ見て、また普段の笑顔に戻る。

 

「そう考えると、やっぱりイサムは凄いなあ。あいつ、ロイ・フォッカー勲章を貰っては剥奪されての繰り返しだっただろ?あれってある意味、あいつなりの自分の行動に対する責任の取り方だったのかなってさ。」

「それは・・・どうなんでしょうか」

「まあ、ただの僕の想像だから。話半分で聞いてくれればいいよ。でもそれが9回目になった時は、流石のお偉いさんも本気で頭を抱えてたなぁ。彼らがイサム専用の賞を新しく作るか否かで大モメしてる、なーんてことを聞いた日には、もう皆が大爆笑したもんさ。」

「はは・・・父はそういう人間ですから。誰よりも自由で、銀河一危険な男...」

 

口では軽くそう答えながらも、彼は人知れず拳をきつく握り締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

ヤンから諸々の説明を受けた後、彼の機体はカタパルトに移され、いよいよ発進という段階になった。機体の最終チェックを済ませた彼は、管制室へと通信を繋ぐ。

「こちらダイソン准尉、スタンバイ完了しました。いつでも発進できます。」

『確認しました、発進タイミングをそちらに譲渡します。』

「了解。コウマ・ダイソン准尉、発進します!」

 

掛け声と共に機体はマクロス級より離れ、宇宙空間へと飛び出した。彼は予定進行ルートに機体を合わせ、続けて報告をする。

 

「予定ルートに入りました。その後予定ポイントに到着後、フォールド・ブースターを起動します。」

『了解。ではお気をつけて』

 

オペレーターとの通信を終えた彼は一息つき、腕を前にぐぐっと伸ばす。

 

「ふぅ、1人で飛ぶのはいつぶりかな・・・にしても、エンジンの思考制御か。さて、どんなもんか」

 

僅かながらの不安はあったが、彼は物は試しとBDIシステムを起動させた。頭が研ぎ澄まされる感覚と共に、神経とシステムの同調がなされる。

 

「うわっ、なんか変な感じだな・・・えーと、あとはやりたい動作を強く念じるんだったか?」

 

彼は集中し、少しスピードを上げるイメージを強く思い描く。するとそれに合わせて、機体の速度が僅かに速くなった。

 

「おおっ...ハハッ、すげぇな。確かに俺の思う通りに動く・・・自由に飛ぶって、こんな感じなのか」

 

彼は速度を上げたり下げたりして、少しの間それに興じていた。しかしふと、ある疑問が彼の頭によぎる。

 

 

 (でも・・・俺がやりたかったことって、こんなんだったか?俺が思ってた『自由』って、これでよかったっけ・・・)

 

 

だが、その言葉に否応なしについて回る父の影が、彼を曇らせる。それを振り払うが為か、彼は更に速度を上げ始めた。

 

 

 (考えるな。俺があの人から自由になる方法はただ一つ、あの人より速く飛ぶだけなんだ!!)

 

 

彼の思いに呼応するように、機体のスピードはぐんぐん上がっていく。宇宙の闇を切り裂く程の速さで航行するその中で、彼は襲いかかるGに苦悶の表情を見せた。しかしそれでも、彼は止まろうとしない。

 

 

 (っぐ・・・まだだ。もっと、もっと速く!更に遠くへ!!じゃなきゃ俺は、ずっと...!)

 

 

彼が強くそう念じた瞬間、ある異変が起きた。機体上部に取り付けられたフォールド・ブースターが、突如起動し始めたのだ。その異常に彼はハッと我に帰り、モニターを確かめる。

 

「機体がフォールドを始めるってぇ!?んな馬鹿な、まだ予定ポイントにも着いてないってのに!!」

 

彼は慌ててコンソールを操作するが、それを中断することはできなかった。しかし彼は諦めずに、歯噛みしながらも次の行動に出る。

 

「くっ・・・なら急停止だ!ゲートにさえ入らなきゃ、フォールドはしない筈...」

 

彼はいつもの癖でエンジンを手動で操作しようとしたが、それはかなわなかった。それもそのはず、今の彼はBDIシステムでエンジンを操作しており、手動操縦に切り替わっていなかったからだ。

 

「エンジンの操作が効かない!?...そうだ、システム!これを切ってなかったから・・・!」

 

異常事態の連続ですっかり忘れていたそれを切った彼だったが、その頃にはもう遅かった。機体の前面にフォールドを行うゲートが開かれ、為す術もなく彼はそこに吸い込まれる。

 

「クソッ!!一体どこに向かうってんだ、コイツは!?」

 

フォールド中特有の極彩色の歪んだ景色の中、その身に起こった予想外の出来事の数々に、彼は悪態をつく。すると唐突に、その空間の中に一つの歌声が響き渡った。

 

 

 

 

【ギリギリまで Love Forever 悶えるほど 歌えば  魂は 蜷局を巻き yeah】

 

 

 

 

「歌!?この曲は...確か、ワルキューレの曲?誰だ、どこから流れてる!?」

 

彼は周囲を見回すが、もちろん発信源など見つかるはずもない。そんな彼の困惑などどこふくかぜで、その歌声の主は歌い続ける。

 

 

 

 

【それでもまだ 叫べば  生きることに 滾れば】

 

 

 

 

「この声、ワルキューレ・・・いや違う。美雲ってエースボーカルの声に聞こえるし、若くして亡くなったっていうフレイアってメンバーの声にも...どうなってんだ、これ」

 

彼がその歌声に違和感を覚えたのも束の間、はるか向こうから彼の下に光が差し込んでくる。それすなわち、出口が近いことを示していた。

 

 

 

 

【その先は 破滅の純情!】

 

 

 

 

「デフォールド・・・鬼が出るか蛇が出るか、ええい!」

 

彼が光の中に飛び込むと共に、ゲートは静かにその大口を閉じた。

 




ということで、第一話でした。

本作の主人公は、イサムの実の息子であるという設定のオリジナルキャラ、コウマ・ダイソンです。おそらく、イサムが誰かと結婚するような人物なのか否かは、個々人の解釈が分かれる点かと思います。あの男は、果たして一つの鞘に収まるような男なのか・・・ただ、今回はこの解釈の上で、話を進めさせて頂きます。




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2. 風は予告なく吹く

「そーのさーきはー、破滅の純情・・・・よし、今度の分の収録も完了っ...と」

 

ウィンダミア星のレイヴングラス村。フレイア・ヴィオンの故郷であるこの村のある家で、一人の少女が椅子に腰掛け、卓上の端末に向かっていた。机の上には、彼女が自前で用意したのであろう収録用の機材がずらりと並んでいる。

 

「さてと。じゃあいつもみたく、いい感じの編集を...っ」

 

意気揚々と次の作業に取り掛かろうとした彼女だったが、何かを感じルンをその手で覆った。

 

「何、この感じ・・・何か、来る?」

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

ウィンダミア星のある地。そこにはかつて、カーライルと呼ばれた場所があった。第一次独立戦争時、その町は大地に落とされた次元兵器によって消し飛び、爆心地には今も痛々しい時空の裂け目が残っている。

通称『カーライルの黒い嵐』。その中心部に突如デフォールドのゲートが開き、そこから颯爽と現れた黒いバルキリーに、かのコウマ・ダイソン准尉は乗っていた。

 

「な・・・なんなんだよここは、地獄か!?」

 

彼は周囲の禍々しい景色に身震いし、そして上に美しい空の青が見えるのを確認すると、水を得た魚の如くまっすぐそれに向かっていった。しかしそれを遮る様に、彼の目の前を黒い稲妻が奔る。すると次の瞬間、モニターに次々と赤い警告画面が表示された。

 

「うっ、今度は何だって...おいおい嘘だろ、エンジンに異常!?」

 

目の前の計器は、全てのエンジンの出力が低下し、その他各部にも様々な問題が発生している現状を知らせていた。更に、彼がその事を認識した時を見計らったかのように、機体をいやな揺れが襲う。

 

「ぐうッ...マズイ、このままじゃ・・・!」

 

彼は緊急脱出を考えたが、付近に村々が広がっていることを認識し、その択を抹消した。頭に浮かび上がる最悪の事態に冷や汗を流す暇もなく、彼の機体はどんどん高度を失っていく。

 

「クソッ、俺はまだ銀河の星々に名を連ねるつもりはねぇんだ!何か、何か方法は...!?」

 

彼は周囲の状況や計器に表示されている情報から、今とれる選択を必死になって考える。そして、ある一つの道を導き出した。

 

「ここは風がよく吹いてる!そんでコイツには、もう使い物にならないファストパックがある!この二つがありゃ...多分できる、『アレ』が!映像でしか見たことはないが・・・」

 

大きな不安が頭の中に残るが、彼はそれを押し退け腹を括った。機体の姿勢を無理矢理に調整し、やけくそ気味にメットの奥で笑う。

 

「ええい、どうせやらなきゃ死ぬだけなんだ、やってやる!お前も腹ァ括れよ、カワイコちゃん!!」

 

彼は自らを鼓舞し、意を決してエンジンを完全停止(・・・・)させた。続いて脚部のファストパックをパージし、来る衝撃に備える。すると瞬間、あらかじめ起爆するように設定したパック内蔵のミサイルが爆発し、それが燃料を巻き込んで激しい爆風を起こした。その煽りを受け、機体は一気に上昇していく。

 

「うっ、ぐうぅ・・・行けるか!?行ってくれ、頼む!」

 

そうして上空に浮き上がった機体は、そこに吹く風に乗ることに成功した。再び滑空し始めた己の機体に、まさか本当に成功するとは思っていなかったのか、彼は思わず目を白黒させる。

 

「で...できた、のか?あの技(竜鳥飛び)を、俺が・・・?」

 

機体の姿勢もすっかり安定したのを確認した彼は、はぁぁ、と脱力して深く息を吐いた。

 

「クラゲ座の下に召されずに済んだ...か。ここの風と、ファストパックに助けられたな。まったく不細工もいいとこだ、さっきの竜鳥飛びは」

 

あの人ならもっと・・・と考えたところで、彼はその思考を中断した。

 

 

 (何はともあれ、助かったんだ。ひとまずは喜ぼう...)

 

 

そうして気を取り直した彼は、首を回してぐるりと周囲の様子を伺う。

 

「さて、と・・・マジでどこなんだ、ここは」

 

彼がデフォールドしたその場所には、雄大な山々に囲まれた美しい緑の大地が広がっていた。風に吹かれて草花が揺れるその様子は、見るものにあまねく安らぎを与える。

 

「とりあえず、あの村からは離れられたみたいだな。てか、随分と緑が多いな・・・お、ありゃあ街か?えらく古風というか、洒落た感じの建築...っと、ゆっくり見てる場合じゃねえか。早いとこ、不時着できるとこを見つけないと」

 

のどかな情景に、彼が見惚れていたのも束の間。コクピット内にけたたましくアラート音が鳴り響き、消えていた焦燥感を蘇らせる。

 

「ロックされた!識別番号は...Sv-262!?それにあの紋章は・・・なんてこった。俺、ウィンダミアに来ちまったのかよ!?惑星国家に直接フォールドしちまうなんて・・・大丈夫なのか!?」

 

新たに訪れた危機に、彼は悲鳴を上げた。更にそれに追い打ちをかけるように、相手のパイロットより彼に通信が届く。

 

『我々は空中騎士団、ウィンダミアの大地と風を守護する者。VF-171のパイロットに告ぐ。貴官の行為は密航、もとい侵略行為であり、許容されるものではない。直ちに投降せよ、さもなくば撃墜する。』

「向こうから警告が!?もう時間が無い、救助要請を!」

 

彼は即座に通信を繋ぎ、なりふり構わず必死で呼びかける。

 

「こちらS.M.S所属、コウマ・ダイソン准尉!そちらへの敵対の意思はない!!フォールド・ブースターの原因不明の異常により、この国に直接フォールドしてしまったことについては、謹んで謝罪する!だが当機もその影響か、エンジンを含めた飛行能力が著しく失われている状態だ!どうか無礼を承知で、この地への着陸の許可を願う!!」

 

彼の懇願に対し、通信の主は少しの間沈黙した。しかし彼の切羽詰まった様子を感じ取ったのか、敵対的な雰囲気を鎮めて再び彼に話しかけた。

 

『・・・成程、事態は把握した。正式な許可は私の一存では出せないが、一刻を争うのだろう?特例としてそちらを「遭難機」として扱い、このウィンダミアの大地への不時着を認める。我々の後ろにつき、機体を然るべき段階まで減速させろ。後は我々が空中で受け止め、地面へと下ろす。いいな?』

「寛大な対応に感謝する!では、頼むっ!」

 

先導に従い彼は機体の機首を上げ、その場で大きく旋回し、機体の速度を徐々に下げていく。それを幾度か繰り返し、一定まで速度が落ちた時、再び彼らより通信が入った。

 

『よし、頃合いだな。これより回収作業に移る、準備は良いか?』

「こちらはいつでも良い!俺の機体とこの命、一時そちらに預ける!」

『フ...心得た。各機、位置につけ!4番機・5番機は周囲の村の保護、2番機と3番機は対象の左右にて待機!』

 

その号令と共に、二機が離れて地上へと降りていき、残った三機が彼の機体のスピードに合わせ、ゆっくりと正面・左右から近づいてくる。そして、前面のリーダーと思しき機体がバトロイド形態に移行し、彼をそっと受け止めた。それは逆方向にスラスターを吹かし、更にスピードを落としにかかる。

 

『現在の速度は?』

「もうじき機体制御可能な領域を下回る、姿勢が崩れるぞ!」

『承知した。両機、来い!』

 

その一声で、待機していた両機がガウォークに変形し、同じように両脇から機体を支えた。それにより機体はバランスを崩すことなく、やがてゆっくりと空中で制止した。

 

「止まっ、た...あぁ、肝が冷えた・・・」

『無事のようだな。では一度、この機体を地面に降ろす。その後少し待機していろ、迎えの者が貴官を回収しに来る。』

「了解した、そちらの助力に感謝する。命を預けて正解だったよ」

 

そして機体は騎士たちの手によって、そっとその体を大地に横たわらせた。それを確認した彼らは、再びガウォーク形態に変型し宙に浮いた。

 

『では、また後ほど会おう。全機、発進!』

 

飛び立っていく彼らを見送ったあと、彼は深々とシートに体を預けた。その時彼は初めて、自分の体が汗で湿っていた事に気がついた。

 

「はぁ・・・うわっ、汗が凄いな。ちょっと外に出てみるか・・・」

 

彼はキャノピーを開けて立ち上がり、メットを勢いよく脱ぎ捨てる。その瞬間、なんとも心地のよい風が、彼の茶色がかった黒髪を揺らした。それはしっとりと濡れた体を優しく乾かし、彼は目を細めて全身でその感覚を堪能した。

 

「んん〜っ...ほんっと、いい風だな・・・ここが風の王国、ウィンダミアか。エデンのといい勝負...いや、それ以上かも」

 

彼がしばしその身を風に預けていると、辺りに一際強い風が吹き始める。それに目を開けた彼の眼前では、ちょうど一機の青いバルキリーが上空から飛来し、近くの地面に着陸しようとしていた。そしてそれは変形するとスラスターを巧みに操り、滑らかに彼の前に着地してみせた。

 

「アンタかい?大気圏内に直接フォールド、なんて事をやらかしちまったのは」

 

ハッチを開き操縦席から降りてきたその男は、軽い調子でコウマに話しかける。

 

「申し訳ありません。その事については、後ほど詳しく説明を・・・」

「まあまあ、そう固くなるな。お前がこの国を襲いに来たって訳じゃない限り、それを厳しく責める気はねぇよ。それに、お前はそんなことしなさそうだし。」

「...?なぜ、そんなことが・・・」

「そうだなあ、この星なりに言えば・・・お前の風は、いい奴の風だからだ。」

「は、はあ...?」

「ハハ、分からなくても無理ねぇさ。っと、自己紹介がまだだったな。よっと...」

 

ヘルメットを脱いだその中身には、青い髪をツンツンとさせた男がいた。その顔に快活な笑顔を浮かべ、彼は形式的な敬礼をする。

 

 

 

「俺はケイオス・ウィンダミア支部所属、ハヤテ・インメルマン少佐だ。よろしくな!」



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3. WANNA BE AN ANGEL

「インメル、マン・・・」

 

 

その男の名を聞き、彼は目を見開く。するとそこで、ハヤテの端末の着信音が鳴り響いた。

 

「おっと悪い、連絡だ。はい、こちらハヤテ少佐。お、赤騎士さんか・・・はは、悪い悪い。これでいいだろ、ボーグ?おう、例のパイロットは見つけたぞ。今から連れて帰るから、そいつの機体の回収は任せたぜ。んじゃ、また後で」

 

手早く通信を済ませた彼は、変わらない笑顔で再びコウマの方を向いた。

 

「てなわけだ。事の顛末を聞かなきゃなんねぇから、俺と同行してくれ。」

 

彼はそう言って、親指で後ろのバルキリーを指さす。それが意図することを汲んだコウマは、即座に彼の機体の後席に乗り込んだ。彼が搭乗したのを確認したハヤテは、自身もさっさと操縦席に戻り、慣れた手つきで発進準備を整えた。

 

「よし、良いな?そんじゃあ出発!」

 

2人を乗せたバルキリーは大地から離れ、脚部を折り畳みグンと空へと飛び立った。すると早速、ハヤテが彼に向かって操縦席から陽気に話しかける。

 

「そういや、お前の名前を聞きそびれてたな。なんてんだい?」

「はっ、失礼しました。S.M.S所属、コウマ・ダイソン准尉です。」

「だーから、そう固くなんなって。階級は違うが、お互い気楽にいこうぜ?ここにはそういうのを気にするお偉いさんもいないんだしさ。」

「...なら、お言葉に甘えて。にしても、あんたがあのインメルマンか・・・まさかこんなとこで会えるとはな」

「おっ、同じ飛行機乗りに知られてるってのは光栄だな。ちなみに、どのインメルマンで通ってんだ?」

「ええと・・・ケイオスの問題児筆頭、Dancing in the moonlight、それに...」

「オーケー、もう分かった。やっぱその方向で知られちまってるか・・・ま、今までだいぶハチャメチャやったからなぁ、無理もねぇや。」

「はは...でもあんたの実力は、こっちでも皆が認めてるよ。そのダンスのセンスもな」

「ハハッ、ありがとよ。よし!じゃあせっかくだ、そこから俺の十八番を見てってくれよ。」

「は?いや、別に体感したいとは一言も・・・」

「サービスだよ、サービス!んじゃ行くぜぇ・・・そおらっ!」

「ちょ、待っ...うおおおおおっ!?」

 

彼の制止も虚しく、機体はグンと高度を上げ、次々と形態を変えつつアクロバティックな飛行を繰り広げた。

 

「ハハハッ、今日の風もいい感じだ!!」

「ぐぐぐ...こんなサービス、いらねぇってえ!!」

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

ハヤテの操縦で王都ダーウェントに到着したコウマは、そのまま彼に連れられ、ケイオス・ウィンダミア支部の一室に通された。そこで彼は、先程自身を救助した騎士団の男に、これまでの事の経緯を説明することとなった。

 

「成程。つまり君がアル・シャハルに向けて移動していた時、フォールド・ブースターが突如暴走し、ウィンダミアに辿り着いてしまった、ということか。」

「ええ、概ねその認識の通りです。」

 

彼が質問に応じるその男は、名をアレクと名乗った。彼は空中騎士団において栄誉ある称号『白騎士』に相当する『碧騎士』の名を賜っている者だという。

 

「アレの暴走とは...信じ難いが、有り得ない話ではないか。メカニックの不備等に心当たりは?」

「いえ。主観ではありますが、俺の機体を今回担当した者は、機械の整備において手を抜く人物ではありません。彼が今まで整備した機体たちの中で、メカトラブルを起こしたものは一つもないとも聞きます。」

「腕は確か、ということか・・・了解した。他に何か、不可解なことは?」

「・・・そうだ、歌だ。俺がフォールドをしている最中、あの空間の中で歌が聞こえました。曲は確か・・・」

 

するとそこで部屋の扉が開き、赤髪で顔の一部に白い模様が浮かんでいる壮年の男が入室してきた。彼の姿を見たアレクは、即座に起立し姿勢を正す。

 

「ボーグ様!まさか貴方がいらっしゃるとは...」

「いつも言っているだろう、アレク。今はお前が騎士なのだ、前線を退いた私に気を遣う必要などない。」

「何を仰るのです、貴方は今も訓練教官としてご活躍されているではありませんか。貴方は未だ皆が敬愛する『赤騎士』なのですから、もっとそれに準じた行動を・・・」

「分かった分かった、とりあえず今はこれを片付けさせろ。」

 

彼はそう言ってコウマを見、モニター上に資料をずらりと表示させた。

 

「コウマ・ダイソン准尉、S.M.Sマクロス18船団支部に所属。西暦2063年生まれの20歳で、両親はイサム・アルヴァ・ダイソンにミュン・ファン・ローン...間違いはないな?」

「はい、間違いありません。」

「今回の件をS.M.Sに問い合わせたが、確かに貴様の証言と合致する情報が得られた。それを踏まえて陛下にご報告をしたところ、今回の一件は不問として下さるそうだ。そちらに悪意は無かったといえ、陛下のご厚意に痛み入るのだな」

「そうでしたか・・・ありがとうございます。」

「礼はそこのアレクに言え。貴様が少しでもウィンダミアの大地に被害を出していれば、こうも簡単にはいかなかった。」

 

そう言われて彼がそちらの方を向くと、件の男は初めてにこやかな笑顔を見せた。

 

「あの村の周辺には広いりんご畑がある。あそこに突っ込まれるようなことは、どうしても避けたかったのでな。騎士としての義務を果たしたまでさ。」

 

 

 (そういや・・・この星は、りんごが主産品だったっけか?なるほど、そりゃあ無茶してでも守りたいよな)

 

 

彼がその返答に一人納得していると、ボーグが話を次に進めていく。

 

「そして何故あのような事が起こったか、だが…貴様の機体を調べさせてもらった。」

 

彼は続けて、コウマが乗ってきたVF-171の検査結果を表示した。ポップアップされた機体データには、破損状態を示す赤い円が所々に見受けられる。

 

「無理なデフォールドや高エネルギー体との接触により、機体全体に軽〜中程度の損傷。特に、エンジン周りの消耗が顕著だった。報告によると、貴様はカーライルの跡地より飛び出してきたらしいな?あそこには次元兵器による時空の裂け目がある。前代未聞の話だが・・・それが出口として選ばれたのなら、この次元断層に囲まれた星に直接フォールドできたことへの説明はつく。」

「次元兵器・・・あれが」

 

彼は深淵の如くどす黒いあの場所を思い出し、表情を強張らせた。

 

「また、航行中のログ等を全て覗いた所、このようなデータが出てきた。これによるとフォールド・ブースターが起動する前から、貴様の精神は異常な反応を見せていたそうだ」

 

彼が提示したデータには、彼の脳波が大きく波形を描く様子が映し出されていた。

 

「これって・・・まさか」

 

その独白に、ボーグは静かに頷く。

 

「あの機体には、BDIシステムが組み込まれていたそうだな。まだ確定事項ではないが、それが貴様の精神に反応しフォールドを発動させた...と見るのが妥当だろう。」

「そんな・・・しかし整備士は、あくまで制御できるのはエンジンだけだと」

「確かに、そのように設定されてはいた。しかし生物の脳や精神というのは、まだ未知の領域が多い。ましてやこのシステムはそれに多大な影響を受けるのだから、それに引っ張られて異常をきたす、ということも起こりうる。」

 

コウマはその言葉に唖然とし、机の下でぐっと手を握り締めその場で俯く。

 

 

 (そんな・・・じゃあこの騒動は全部、俺の心が引き起こしたものだってのか...?)

 

 

その静かな悩みを知ってか、ボーグは少し優しめのトーンで彼に語りかける。

 

「まあ、何が貴様にそうさせたかは知らんが・・・何にせよ、航行中に心を乱すことは褒められたものではない。今後、精進することだな」

「なーに言ってんだよ。お前だって、昔はいつもルンピッカピカだったじゃねえか。」

「やかましいっ!全く貴様という奴は...」

 

やいのやいのと騒ぎ始めた二人に、アレクは『また始まった』というような顔をして、俯いているコウマに向き直った。

 

「すまない、話の腰を折ってしまったな。それで、歌が聞こえたのだったな?」

「あ...ああ、はい。俺がフォールドゲートの中に飛び込んで少しした後、聞こえたんです。不思議な声だったな・・・そう、それにあの曲は確か、ワルキューレの...『破滅の純情』、だったか」

 

彼のその証言に、仲良く喧嘩をしていた二人が同時に振り向いた。

 

「また懐かしい曲だなぁ、16年くらい前のあいつらの曲だ。」

「ああ・・・ルンにジクジクと刺さる、良い歌だった。それで、あの歌が聞こえたというのか?そのような音声記録は残っていなかった筈だが・・・」

「え...そんな、まさか。俺は確かに聞いたんです、それはワルキューレが実際に歌ってるとか、音源が流れてるとか、そういうのじゃなくて。今まさに別の誰かがそこで歌っていた、みたいな・・・」

「それがその『不思議な声』の持ち主、ということか・・・どんな声だったか、覚えていることは?」

 

その質問に、コウマは大きく頷く。

 

「はい、鮮明に覚えています。あの声は、早くして亡くなったフレイア・ヴィオン...彼女の声にとても似ていた。でも一方で、かの美雲・ギンヌメールのような雰囲気も感じられました。」

 

すると、彼ら三人が一斉に目を見合わせた。

 

「なあ、その特徴ってもしかして」

「ああ、ヴィアナの歌声だろう。」

「だよな。なんだってそんなことが・・・」

「如何しましょう、ボーグ様。ここは一度、彼女の下を訪ねてみるのは...」

「む...だがこの男は、一応問題行為をしたのだ。そう易々と民と接触させる訳には・・・」

「大丈夫だってボーグ、何なら俺が監視についてやる。これはきっと偶然なんかじゃない...こいつがここに流れ着いて、あいつの歌を聞いたってのには、何かの理由がある気がしてならねえんだ。」

「・・・・・・ハァ、分かった。確かに、未知の要素を残したままにすべきではないな。陛下に進言してくる、少し待っていろ」

 

ため息をついて部屋を出る彼を見送ったあと、コウマは新たに抱いた疑問をぶつけた。

 

「...あの、そのヴィアナってのは一体?」

「悪い悪い、置いてきぼりにしちゃってたな。ヴィアナは色々と事情があって、俺が10年前に引き取った子なんだ。」

「養子ってことか・・・どんな子なんだ?」

「そりゃあお前、ぶっちゃ可愛いぞ!会った時に腰抜かすなよ〜?」

 

そこからハヤテの娘自慢が始まって少しした後、ボーグが再び部屋に戻ってきた。

 

「陛下より許可が降りた。これより貴様を、あ奴が住む村へと案内しよう。私と此奴が監視役として同行する。」

「あんま気にすんなよ、あくまで形だけのもんだからさ。景色の案内とかもしてやるから、ゆるく観光気分で行こうぜ。」

「フン。なんでも構わんが、くれぐれも逃げ出そうなどとは考えんことだ。我らはいつどこで貴様が姿をくらまそうが、追跡し捕縛することができるのだからな。」

「逃げるなんて、そんな・・・けどまあ、よろしくお願いします。」

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

その後3人を乗せ出発した乗用車は、王都から少し離れた地点にある村の前で停止した。

 

「よっし、着いたぞ。ここがヴィアナの住んでるレイヴングラス村だ。」

 

彼に続き車から降りたコウマは、辺りをゆっくりと見回す。遠くに見える無骨で圧倒されるような山と、いくつもの小高い丘に囲まれたその村は、のどかな雰囲気で彼を出迎えていた。

 

「ここも綺麗なとこだな・・・さっきの王都も洒落た感じで好きだが、ここも味があっていい。」

「だろ?このゆったりした感じがいいんだよなあ。あと、ここのりんごは特に絶品でさ、何個でもいけるんだ。せっかくだし、あとで食ってけよ。」

「おい、話は歩きながらでもできるだろう。私としては、長時間この男を外に置くことは望ましいことではない。なるべく手短に済ませ、必要であればヴィアナも連れて王都に戻るぞ。」

「へいへい、分かってるって。んじゃコウマ、俺について来てくれ。おっかねぇガイドさんも一緒にな。」

 

ハヤテは宣告通り、コウマに見える景色や村の紹介をしながら、歩みを進めていった。彼らがそうして歩いていると、何人もの村人がハヤテやボーグの下にやってきて、楽しげに会話を交わすこともあった。彼はその光景を見るたびに、この星は平穏を取り戻したのだと再認識するのであった。

 

 

 (地球人とウィンダミア人が、こんなに仲良く話を・・・教本に載ってた歴史が嘘みたいだ。ほんとに平和になったんだな、この国は...)

 

 

やがて、彼らは広々としたりんご畑に突き当たった。ハヤテはそこでヴィアナなる少女を探して、きょろきょろと辺りを見回した。

 

「あいつはこの時間、この村の畑を手伝ってるんだ。えーと、今日は多分あの辺で...お、いたいた。おーいヴィアナ、ちょっといいかー?」

 

ハヤテがその少女に向かって、大声で呼びかける。するとその声に気付いた彼女が、遠くで髪をたなびかせ振り向いた。

 

「・・・!!」

 

コウマは振り返った彼女の顔を一目見た瞬間、思わず目を疑った。彼女の顔は遠目からでも分かるほど、亡きフレイア・ヴィオンにそっくりだったからだ。そして──

 

 

 (なんっつう綺麗な子だよ・・・今までで見たことねぇぞ、ここまでのは)

 

 

彼はその可憐さと、どこか感じる彼女の神秘性に、我を忘れて惚けていた。

 

「あら?随分早いのね、ハヤテ・・・あっ」

 

彼女は彼らを...否、二人に連れられたコウマを見るなり、りんごでいっぱいになった籠を地面に置き、そそくさと彼らに駆け寄ってきた。

 

「...ねえ、ボーグ様。この人は?」

 

彼女はボーグに話しかけながらも、興味深げにちらちらとコウマの方を盗み見る。

 

「この男は先程、トラブルからウィンダミアに流れ着いた者だ。この者に関してお前と話したいことがあり、こうしてここまで連れてきたのだ。」

「そういうこった。今少し・・・あれ。どうしたんだよ、コウマ?」

 

ハヤテは先程から呆けた顔をしている彼に気付き、声をかけた。彼はその声に反応したのかしていないのか、依然とぼんやりとした顔で呟く。

 

「・・・天使って、ほんとにいるんだな」

「・・・えっ?」

「...あっ!?いや、これはその・・・」

 

彼女がすっかり目を丸くしているのを目にし、口を滑らせてしまっていた事に気付いた彼は、必死に弁明を図る。しかしそれを気にもしないように、ハヤテが豪快に笑った。

 

「ハハハハッ、だから腰抜かすなって言ったろ?ホントに可愛いんだからよ、うちのヴィアナは!そう簡単にゃくれてやらねぇぞ。」

「ちょっと...もう、ハヤテも貴方もからかわないで!!話、聞いてあげないよ!?」

「監視者と保護者の前で堂々と軟派とは・・・つくづく見上げた根性だな。」

「も、申し訳ない・・・」

 

彼は頭を下げながら、自分の無用心さと己の中にある父の面影を呪った。

 

 (ナチュラルに口説いちまった・・・くそ、こういうとこはあの人の息子なんだな、俺は)




劇場版ラストで誕生したあの子(本作品では、『ヴィアナ』と言う名前を独自で付けました)のこの話での外見は、あの派手な格好を取り除いた闇フレイア、と想像していただければ分かり易いかと思います。目の色も、オッドアイではなく左右対称の普通の目です。


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4. GIRAFFE BLUES

「へえ、フォールド中に私の歌が・・・それ、確かなの?聞き間違いとかじゃなくて?」

「ああ、確かに君の声だった。あの独特な歌声は、忘れようがない。曲は『破滅の純情』だったんだが、心当たりはないか?」

 

コウマがそう尋ねると、ヴィアナは腑に落ちたような表情を浮かべ、そして笑った。

 

「確かに...さっきまで、収録の為に歌ってたわね。そっか・・・じゃあ、やっぱり貴方だったんだ。あの時私が感じたのは」

「感じた?一体何を感じたのだ。」

「んー、上手く説明出来ないんだけど...こう、何かドクッときたの、私のルンに。ね、もっとよく顔を見せてよ。」

 

彼女は親しげに、彼の顔を覗き込む。それにより彼はもっと鮮明に、彼女がどのような顔をしているのかを理解できた。

全体的なクリーム色に、所々明るいオレンジや薄い紫が含まれた、長くふわふわとした髪。それを後ろで大きく二つに括って束ねたことで、いかにも少女らしい可愛らしさをかもし出している。更に彼を見つめるその双眸には、まるで吸い込まれる様な美しさがある。気恥ずかしさを感じた彼は、すぐに視線を彼女から逸らしてしまった。

 

「ふふっ、こんな小娘にドキドキしてちゃダメじゃない。そんなんじゃ、お付き合いなんてできないよ?」

「く...仕方ないだろ。女性に言い寄られることは何度かあったけど、俺自身は未だそこまで慣れちゃいないんだ。」

「初々しい人ねぇ。見た感じそれなりに男前なのに、もったいな...」

 

彼女はころころと笑いながら彼を弄んでいたが、ふっとその顔から笑顔が消え、一転して真剣な眼差しで彼を見つめた。

 

「・・・ねえ。なんでそんなに辛そうな顔をしているの?」

「...辛そう?俺が?」

「ええ、何かを押し殺してる顔。行きたくもない道を、ただがむしゃらに走ってるみたいな顔。満足...ううん、納得いってないんじゃない?貴方が今していることに。」

「・・・・・・。」

 

彼女のその発言は、どこか核心を突いているように思われ、彼は押し黙った。

 

「教えて、貴方は何がしたい?本当は何を望んでるの?」

「...そりゃあ、俺は・・・」

 

彼は当然の如く『自由に飛ぶこと』と答えようとした。しかし今までに自分の身に起こったこと、そして自分の心が引き起こしたことを考え、口をつぐんでしまった。

 

「俺、は・・・なんなんだろうな」

「・・・そう。もう大人なんだね、貴方」

 

彼の答えを聞いた彼女は、悲しそうにふいと顔を背け、彼から離れてしまった。

 

「お、もういいのか?」

「うん、もう大丈夫。私の歌が聞こえたっていうのも・・・ただの偶然じゃないかな。じゃあ、皆の手伝いに戻るわね。」

「おう、時間取らせて悪かったな」

 

ぶっきらぼうにハヤテにそう告げ、彼らに背を向け畑へ戻っていく彼女の姿に、彼はずしりと胸にのしかかる何かを感じずにはいられなかった。

 

「我慢している...俺が。いや、そんな筈は・・・」

 

彼女の言葉を反芻し、その意味を一人考える彼を、ハヤテはポンとその肩を叩き励ます。

 

「そうガッカリするなよ。あいつ、少し気分屋な所あるからな。」

「そうだ。それにこの問題は、今日一日で解決する物ではないだろう。後日また時間を設けてやる、その時に再び話をしてみるといい。」

「はい・・・ありがとうございます」

 

その弱々しい返事を聞いたボーグは、畑に背を向け元来た道を歩き始めた。

 

「さて、では早急に王都へ...と、いきたいが。その前に行かねばならん所があるな。」

「そうだな。コウマ、色々連れ回して悪ぃが、もうちょっと付き合ってくれ。」

「・・・ああ」

 

彼の心はここにあらずであったが、二つ返事で二人の後ろを着いていき、村を後にした。

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

日が傾き、夕暮れが大地を朱色に染め上げる頃。彼らはハヤテの運転する乗用車に揺られ、ある場所へ向かっていた。

「あの・・・一体どこに向かってるんだ?村から随分離れたとこに来たが...」

「これから行くとこはな、地球人がウィンダミアを訪れた時は、必ず見せることになってる場所だ。気分の良いもんじゃないから、そこは覚悟しといてくれ」

 

彼は小高い丘の近くに車を停め、その丘の頂上へと向かっていった。彼の後を追い、見晴らしの良さそうなその頂点へと辿り着いたコウマだったが、目の前に広がっていた衝撃的な景色に思わず絶句した。

 

「こ、れは...!?」

 

そこには彼が先ほど飛び出してきた、あの恐ろしい場所があった。遠くから俯瞰するそれは、黒が禍々しく蠢き、毒々しい色の稲妻が轟く、巨大なクレーターとでもいうべき物だった。まるで地獄への扉が大口を開け待ち構えているかの様なその光景に、彼は言葉を失った。

 

「ここにはずっと昔、カーライルって街があったんだ。多くの人たちが生まれて、生きて、そして風に召された街が・・・」

「しかし第一次独立戦争の際、統合軍の謀略に巻き込まれ、投下された次元兵器によって街は消し飛んだ。民や家々、彼らの日々の営み、全てを呑み込んでな。...そこには、私の姉もいたのだ」

 

横に並ぶ二人はそう説明し、目を閉じて腕を胸の前に当て、哀悼の意を表する。その所作を見て、彼は初めてその場所がどういう場所かを理解した。

 

「そうか...これが、『カーライルの黒い嵐』。統合軍の、地球人の、ウィンダミアに対する罪の象徴・・・」

 

彼も続いて、敬礼を捧げて死者たちへの追悼を行った。そんな中、姿勢を戻したボーグが静かに語り始める。

 

「勘違いするな。何も貴様らの罪を噛み締めよと言いたいが為に、この地を見せた訳ではない。だが、よく覚えておけ。今の我らが掴み取った平穏の裏には、確かにウィンダミア人と地球人が憎しみ合い、殺し合った過去があるのだ。」

「今のこの平和は、ハインツ様や地球側の上の人たちが努力を重ねて、ようやく手に入れたものなんだ・・・いや、それだけじゃないな。ウィンダミアの人たちや俺たち地球人も、必死こいてお互いに歩み寄って、やっと最後に手を取り合うことができた、その結果だ。ボーグなんか、昔はもっと苛烈に地球人を憎んでたんだぜ。」

 

彼のその言葉に、コウマは驚いて隣に立つボーグを見る。

 

「えっ...そうなんですか?確かに厳しそうな雰囲気はありますけど、そんな感じは・・・」

「フン、かつての私も若かったのだ。戦争で家族を亡くした怒りと哀しみから、全ての地球人を憎んでいた。あのような所業ができる奴らは悪魔だと、心からそう思っていたからな。だが...」

 

彼はそこで表情を和らげ、美しく照らされる地平線に目を向けた。

 

「私もあれから多くの地球人に出会った。屑の様な者もやはり多かったが、それに負けず気のいい者たちもいた。特に、音楽の趣味で意気投合した奴らがいてな。歌やライブのことを語り明かしたあの夜の事は、昨日のことの様に覚えている。」

 

彼はその時を懐かしむ様に、穏やかな笑みを浮かべる。そんな彼を、隣にいるハヤテも優しい目でみつめていた。

 

「私は悟った。陛下は勿論、最も深く傷付いたであろうウィンダミアの民たちが、必死で地球人と寄り添って歩こうと模索している中、私は何をやっているのか...とな。」

「そっからは凄かったよなぁ。地球人の文化、特に歌をより自由に享受できるようにって、色んな所に働きかけてたっけ」

「無論、今でも地球人たちが犯した愚行を許すつもりはない。だがいつまでも地球人全てに恨みをぶつけていては、陛下が望まれる平和の妨げになる。それを理解してからは騎士として、個人的な感情はなるべく潜め、あの方に少しでも貢献できるように行動してきたのだ。あれも、民たちが地球人を受け入れやすくするための土壌作りに過ぎんよ」

 

あくまで使命に準じたまで、と語ってみせる彼を、ハヤテはニヤニヤと笑って茶化す。

 

「おっと?ハインツ様たちに自前のCDを持ちながら力説してたのは、どこの騎士様だったっけなぁ。」

「未だ地球人を完全には好かん理由の一つは貴様だ、ハヤテ・インメルマン!!!全く貴様はいつもいつも、俺のルンをこそばすような真似を・・・!」

「ハハハ、気にすんなって!俺とお前の仲じゃねぇか。」

「そんな仲になれと頼んだ覚えはないわ!!」

 

 

 (・・・なんだかんだ仲が良いんだな、この人たち。ボーグさん、一人称変わってるし...ルン、めちゃくちゃ光ってら)

 

 

二人の喧嘩をぼんやりと見ていた彼は、自分の知らない彼らの若き頃の姿を垣間見た気がした。そして、ありのままの自分を出せる二人のその関係に、少しの羨望を抱いていた。

 

 

 

──なんでそんなに、辛そうな顔をしているの?

 

──もう大人なんだね、貴方・・・

 

 

 

先ほど聞いた彼女の言葉たちが、いつまでも彼の頭から離れない。それらは彼にとって、安定した思考を妨げるインクの染みのような物だったが、同時に錆び付いた頭の歯車にさされた潤滑油のようにも感じられた。未だ確かな答えは出ないまま、彼はぽつりと茜色の空に呟く。

 

 

「本当の、俺・・・か。ガキの頃、俺はなんであの人と同じ道を選んだんだっけな・・・こうなっちまうって、分かってた筈なのに」

 

 

彼は自然と空に向けて伸ばしていた手のひらを、目の前でぎゅっと握り締めた。

 



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5. ワルキューレはあきらめない

夢を、見ていた。

 

 

道を歩いていると、すれ違う人々が皆足を止め、彼を見る。そして、彼らは次々と口にする。

 

 

『あれがイサムの息子か』

『あの歳で中々良い腕をしてるが、イサム程じゃない』

『イサムの再来、とはいかんな』

『イサムがまだまだ現役なんじゃ、世話ねぇな』

 

 

彼の評価に、まるで枕詞の様に必ずつけられる、父の名前。彼はそれらの声に耳を塞ぎ、なりふり構わず走って逃げようとする。しかし、それらの声はいくら逃げようとも後ろについて回り、指の隙間から彼の耳へと届く。どこまでも、どこまでも──

 

 

 

イサム。

 

 

イサム。

 

 

 

イサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサム・・・・

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

「ハッ・・・また、夢か。畜生...」

 

コウマは重い体を動かし、のそのそとベッドから立ち上がる。そこで今いるのがいつもとは違う部屋だと気付き、一瞬体を緊張させた彼だったが、頭が冴えるに連れ自分の置かれた状況を思い出した。

 

「そうだ...ウィンダミアにいたんだった、俺」

 

彼はブラインドを開け、外からの光を全身に浴びる。それに向かって大きく背伸びをしたところで、初めて自分の空腹感を認識した。

 

「とりあえず・・・飯、食うか」

 

 

 

 

 

ケイオス・ウィンダミア支部は、ウィンダミアに十年前に設立されたものであり、その規模は他所と比べるとかなり小さい。それは彼らの主な業務が空中騎士団のアシスト的なもので、彼らと様々な施設を共有して生活していることによる。そして、それは食堂も同じだった。

コウマがそこに足を踏み入れると、そこでは多くの空中騎士団のメンバーと、ケイオスの構成員が食事をしていた。彼とすれ違う度に、一部のウィンダミア人がちらと横目で彼を見る。しかしそれは地球人への訝しみや、彼がイサムの息子であるということへの好奇の視線というよりも、単純に『見慣れない顔がいるな』というごく普通のものであった。

 

 

(ここじゃ、俺がどんな人間かを知る人は少ない・・・正直、ありがたいな。あの夢を見た後じゃ...)

 

 

一人そんな事を思いながら、彼はトレーを持ち列に並ぶ。すると、配膳係らしきウィンダミア人の男性が、並んでいる彼に話しかけてきた。

 

「聞いたよ。あんた、トラブルでここに来ちまったんだって?」

「え?ああ、はい・・・よくご存知でしたね。」

「碧騎士様が気にかけてたもんでね。まあそのうち迎えが来るさ、これでも食って元気出しな。」

 

そう言って彼がトレーに置いたものを、コウマはまじまじと見つめた。

 

「これって...アップルパイ?」

「ああ。兄ちゃん、いい時に流れ着いたねぇ。今日のは特別上手く焼けたんだ。皆に内緒で、一番美味しくできた奴を置いとくよ。」

 

その純粋な善意に、彼は思わず頬を緩ませた。

 

「はは...ありがとうございます。それじゃ、いただきます。」

 

小さな幸福感に包まれながら残りの料理を選んだ後、適当な席に座ろうとしたその時、彼をある声が呼び止めた。

 

「おーいコウマ、こっちだこっち!」

 

彼が声の方向を見ると、ハヤテが席に座り手を振っていた。

 

「おはようさん。流石はS.M.S、こんな状況でも寝起きはきっちりしてるな。」

「まあな。そういうあんたも、朝から元気そうで何よりだ。」

「俺は朝早めから起きて、そこら辺を走ったり散歩したりしてるからな。ここの朝はいいぞー、澄んだ空気がひんやりしてて、気分をさっぱりさせてくれるんだ。冬はちと寒いけどさ」

「へえ、そりゃあいい...あれ、そっちのは普通のりんごなんだな。てっきり皆、アップルパイを貰ってるもんかと思ってた。」

「おう。りんご料理も大好きだが、ここのりんごは生で丸かじりが一番、ってね。」

 

いい笑顔でそう答えながら、ハヤテはりんごを一口かじる。

 

「うーん、やっぱこの時期のりんごは最高だな。ごりあま、ごりうまだ。」

 

幸せそうにりんごを頬張る彼を横目に、コウマも自分のアップルパイに手をつけた。

 

「ん・・・美味い。アップルパイってのもあるだろうけど、すげぇ濃厚な甘みをしてる。流石、この国の特産品なだけはあるな...」

「あとでりんごミルクも試してみろよ。後味がすっきりしてて、これまた美味いんだぜ。」

 

そうして彼らが朝の時間を過ごしていると、食堂にボーグが姿を現した。彼を見て、全ての人々が雑談を止めて姿勢を正すが、彼は皆を収めて二人の下にやって来た。

 

「珍しいなぁ。いつもは皆に余計な気を使わせないよう、もっと早くに食ってなかったか?」

「ああ、そこの男に用があってな。完了したら、すぐにでも出ていくつもりだ。」

 

彼はそう答えると、コウマの方に目線を向けた。

 

「朝からすまんが、朝食を済ませて一息ついた後、パイロットスーツに着替えてデッキに上がれ。貴様の腕を私が見てやろう」

「えっ・・・良いんですか?ていうか、俺に機体なんて貸し与えて大丈夫なんです?」

「何、今の私はただの訓練教官だ。そう遠慮することはない。そして勿論、貴様の機体に弾薬は一切詰め込ません。あくまで模擬戦ともいかん単純なレースだ、肩の力を抜いていけ」

「分かりました。では、よろしくお願いします。」

 

(これは・・・いいチャンスだ。まさかウィンダミアの『騎士』の手ほどきを受けられるなんて、滅多にない。勝てるかどうかは分かんねぇけど、ここで俺は・・・!!)

 

 

そう決心し、闘志を燃やす彼であった。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

「よく来たな。では改めて、ルールを説明しておく。今回我々が使用するのは、この訓練用のSv-262だ。あらかじめ機体に登録されたコースに沿い、ダーウェント周辺を三周する。そしてゴール地点に早く到達した方が勝者となる...理解はできたな?」

「はい、了解しました。」

「よし。管制塔、こちらの準備はできている。発進タイミングの指定を頼みたい」

 

『了解しました。それでは、両機発進用意。カウントダウンを開始...5、4、3、2、1・・・ゴー!』

 

オペレーターのアナウンスと共に、両機は勢いよく空へと飛び出した。初めは互いの距離に差はなく、横並びになって航行する。

 

 

(この勝負・・・きっと一度でも遅れをとったら、そのままズルズル負けちまう。いつもの出撃じゃありえないが、ずっとケツを追っかけさせてやる!)

 

 

彼はそう判断し、速度をぐんと上げて距離を離しにかかった。しかし、向こうもそれを見抜いていたのか、ぴったりと速度を合わせて彼の機体に張り付く。

 

「くっ、そう簡単にはいかねぇか。でも!」

 

彼は更にスピードを上げて、一度はボーグの先を行くことに成功する。しかし、彼の機体が加速しきったところに、突如としてボーグの機体が瞬発的な急加速をかけ、彼の前方に躍り出た。それはまるで、一陣の風のように一瞬の出来事だった。

 

「嘘だろ!?ぐ・・・まだまだぁ!!」

 

彼はその後もあきらめずに挑戦し続けたが、最後まで巻き返すことはできなかった。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

レースが終わり、二人は基地へと帰還した。機体から降りたボーグは、同じく既に降りていたコウマに近づく。

 

「貴様の風、中々どうして悪くはない。恐らく才能はあるのだろう・・・だが、より強大な風に吹かれ、それに己の風がかき消される事を恐れているようにも感じられた。地球人の言葉で言う、『臆病風に吹かれる』という奴か」

 

そのコウマに対する評価は、見事に彼の現状そのものを言い当てており、彼はピクリと肩を震わせた。

 

「・・・そうかも、しれません」

「では、これだけは言っておく。風というものは、いつも予告無しに吹き始めるものだ。今貴様が乗っているそれに固執し、脇から突如吹いてきた真の大いなる風を逃す、などということはあってはならん。機を見極めろ、尻込みはするな・・・飛べば、飛べるのだ。」

 

そう言い残すと、彼はデッキの向こう側へと歩いていった。すると、それとバトンタッチをするように、ハヤテがコウマの下にやってきた。

 

「お疲れさん。良かったぜ、2人のレース。」

「...やめてくれよ。結局、最後まであの人に追い付けなかった・・・」

「いやあ。慣れない機体で、アイツにあそこまで食らいついただけでも大したもんだ。」

 

彼は賞賛の言葉を送りつつ、コウマの隣に並んだ。

 

「お前の親父さんって・・・あのイサム・ダイソンだろ?名前を聞いた時は、あえて突っ込まなかったけどさ。」

「...ああ、そうだ。もしかして、と思ってたが・・・やっぱ知らないわけねぇか」

「お前がどんな気持ちをしてるのかは、大体分かる。偉大な親、しかも同じ分野で活躍してるとくりゃ、デカいプレッシャーにもなるだろうな。」

「...そう簡単に分かるはずねえさ。ハヤテ、あんたの両親を馬鹿にするわけじゃないが・・・あの人は、規格外過ぎるんだ。飛行機乗りでその名前を知らない奴はいないって位、あの人の名は知れ渡っちまってる。どこに行っても、どこに行っても・・・!」

 

彼は昨晩の夢を思い出し、顔を歪めて頭を抱えた。それでも、ハヤテは少し間を置きつつ、優しく彼に語りかける。

 

「分かるよ。といっても、俺自身の経験じゃなくて、知り合いの話なんだけどな。俺が前に所属してた部隊に、ミラージュって奴がいたんだ。アイツのじいちゃんは、とある超有名なパイロットだった・・・天才マックス、知らないわけないだろ?」

 

その名を聞いたコウマは当然驚きを露わにし、慌ただしく彼に聞き返す。

 

「マックスって...あのマクシミリアン・ジーナスか!?80代も後半だってのに、未だ飛行機を乗り回してるっていう・・・」

「ああ、まさにその人さ。アイツも少なからず、天才のあの人に引け目を感じてた。でも、最後にはアイツだからこそできる飛び方...アイツだけの空を、見つけたんだ」

「自分だけの、空・・・」

 

彼はゆっくりと、噛み締める様にその言葉を復唱する。ハヤテは最後に、次の言葉でこう締め括った。

 

「親父さんと全く同じ道を走って、頑張って追い越そうとする必要はねぇさ。全然違うことをしろって訳じゃないぞ?ただちょっと脇道に逸れて、そこで横を走る親父さんを追い抜けばいい。ま、何をするかってのはお前次第だけどな。」

 

彼がそう言ったところで、唐突に彼の端末が鳴り響く。

 

「もしもし?・・・ああ、分かった。じゃ、後は頼んだぜ」

 

彼は端末をポケットにしまい、静かに笑みを浮かべた。

 

「ヴィアナだ、もう一度会って話をしたいってさ。ほら、もうそこで待ってる。」

 

コウマは彼が指さす方向を向いた。するとその言葉通り、彼女はそこにいた。吹く風に髪と服を揺らしながら、強い意志がこもった笑顔で、再び彼に問いかける。

 

「結局、昨日は聞けずじまいだったけど・・・やっぱり、諦められなくて。だから今日こそは、絶対に聞かせてもらう。」

 

 

 

「コウマ・ダイソン。貴方のしたいことは何?」

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

二人はヴィアナの運転する乗用車で、再びレイヴングラス村に向かった。彼女は手馴れた様子で車を操り、彼女の自宅の横にそれを停めた。

 

「お待たせ。さ、入るわよ。」

「凄いな・・・その歳で、あそこまで車を乗り回せるって」

「ウィンダミア人の寿命は短めだからね、仕事に必要なことは早めから覚えるのよ。運転だって、元々りんごを運ぶために勉強したの。」

 

ま、そんなに乗る機会はないんだけど...と呟きながら、彼女は自宅の扉を開けた。彼女に続いて彼が中へ入ると、そこには整然と整頓された間取りが広がっていた。

 

「へぇ、意外と物は少ないんだな。てっきり、女の子の家は物が多いもんとばかり...」

「まあね。あ、でも私の部屋は凄いわよ。・・・見てみたい?」

「えっ?...ま、まあ・・・君さえいいのなら」

 

女性にあまり慣れていない彼は、それだけのことにも少し赤面し、抵抗感を示した。そんなウブな反応を見せる彼に、彼女はクスリと笑みを零す。

 

「もう、部屋に入るくらいで恥ずかしがらないの・・・ほんと、かわいい人」

 

彼女は楽しそうに部屋の前に進み、扉を開けた。入って入ってとその目で促す彼女に従い、彼は恐る恐るその部屋に足を踏み入れる。

 

「ほら、そんな怖いものじゃないでしょ?」

「あ、ああ・・・そうだな。」

 

そこには、所狭しと色々な物が置かれていた。部屋の作業用の机を筆頭として、衣装タンス・姿見・本棚等が部屋に並んでいる。しかし、それでも乱雑とした様子は微塵も感じられないところからは、彼女のしっかりとした面が伺えた。

 

「あの机・・・特に物が多いな。なんなんだ、あれ?」

「あそこにあるのは収録用の機材。モニター端末はレイナに譲ってもらって、他のは全部自分で揃えたの。昨日も丁度、そこで歌ってたのよ。」

「成程・・・そういうことか。じゃあ、あの馬鹿でかいぬいぐるみは?」

「あれはマキナからの贈り物ね。昔はもっと沢山あったんだけど、流石に部屋に入り切らなくなっちゃって。一番気に入ってるやつだけ、貰っておくことにしたの。」

「えらくワルキューレの知り合いが多いんだな...しっかし、デフォルメされたガウォークのぬいぐるみって、面白い趣味してるなあ」

「ふふ、でしょ?マキナの『きゃわわ』って、王道な物から変わった物まで色々あって、飽きないのよね。」

 

その後、彼女の部屋を見て回った二人は、最後にCDがずらっと綺麗に並べられた棚に目を向けた。

 

「おお...すげぇなこりゃ。これ、全部君が?」

「勿論。ワルキューレ、シェリル・ノームにランカ・リー、Fire Bomber、そしてリン・ミンメイも。有名どころのアルバム、シングルは全部聞いてるの。」

 

彼女のコレクションを眺めながら、彼は感嘆の声を上げる。

 

「へえ、まさに歌好きって感じだな。お、シャロンもあるじゃねえか。俺、シャロンの歌は結構好きなんだ。知り合いによく音源を貸してもらってたっけ・・・」

「シャロンね...私も好き。昔はちょっと、複雑な気持ちもあったけど。」

「ん?そりゃどういう...」

「・・・そうね。貴方についてあれこれ聞いていくんだから、まずは私からじゃないと、ね。」

 

彼女はそう言うと、タンスの上に飾ってある写真立ての中から一つを選び、彼に差し出す。そこにはパンクな衣装に身を包んでいる彼女と、ワルキューレのメンバーの姿があった。長い袖をだらんとぶら下げ、元気に両手を上げている幼い頃の彼女を中心に、それぞれのメンバーが笑顔でWのサインを掲げている。

 

「これ・・・もしかして、ワルキューレか?めちゃくちゃ派手な格好だな。てか、レイナ・プラウラーはなんで一人だけ角を付けてんだ。」

「これはね、ワルキューレの皆と一緒にコスプレした時の写真。私にとっては、ある意味自分オリジナルの衣装と言うべきだけど・・・Yami_Q_ray(ヤミキューレ)って、聞いたことはある?」

「名前は知ってる。15年前のヘイムダルが起こした動乱で、奴らが兵器として使ってたっていう・・・」

「そう。『星の歌い手』の細胞をパクったあいつらが、それをコアにして作ったシャロン・アップル型ヴァーチャロイドシステム。それがワルキューレを学習して、対抗馬として生み出したのが、そのYami_Q_rayってわけ。」

「...待てよ。今そんな話をするってことは、君は・・・まさか」

「あら、もう気付いたの?流石、察しがいいわね。」

「風の噂で聞いた事がある。あの動乱の時、一人の赤ん坊が敵の旗艦から救出されたって。...そうか、それが・・・」

 

彼がヴィアナを見ると、彼女は彼の考えていることを肯定するように頷いた。

 

 

 

 

 

「そう。私はヴィアナ、ヴィアナ・インメルマン。元は音響兵器として、この世に産み落とされた存在・・・生まれながらの『闇の歌い手』よ。」



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6. God Bless You

「闇の・・・歌い手?」

「ええ。私は元々、盗まれた『星の歌い手』の細胞から生まれたの。本来なら、成長すれば美雲みたいな外見になるはずだったんだろうけど...かつての私は、フレイアみたいになることを選んだみたい。」

 

その説明で、彼は彼女に抱いていた数々の疑問に納得がいった。

 

「そうか。それで君は、そんなにもフレイア・ヴィオンと・・・」

「そういうこと。だからこの衣装も、実質私が考えた物ってわけ。『歌は狂気!』...ってね?」

 

彼女は小悪魔の様な笑顔で、右手の人差し指と小指をピンと立てる。その仕草はかつて、ワルキューレと対峙し彼女らを苦しめたYami_Q_rayの1人、通称『闇フレイア』のものと瓜二つだった。

 

「...にしては、えらくノリノリでやってくれるんだな、それ。嫌じゃないのか?」

「嫌なわけないでしょ?形はどうあれ、彼女たちは私が初めて生み出した音楽だもの。ルンにチクチク刺さって、聞く人をアブない気持ちにさせるあの歌は、我ながらよく出来てると思うわ。」

 

彼女は少し得意げな表情を浮かべ、写真の中のかつての自分を見る。

 

「とにかく、そんな生まれだったからかしらね。幼い頃からワルキューレに・・・フレイアに、憧れてた。彼女の歌う姿...ワルキューレとして、皆に元気を与える姿を見て、私はずうっと思ってた。『いつかこの人みたいになるんだ、この人たちと歌うんだ』って。・・・でも」

 

彼女は写真を眺めながら、少し声のトーンを落として話を続ける。

 

「大きくなって、色んなことを理解していく内に・・・分かっちゃったんだ。あそこ(ワルキューレ)に、私が入る余地はないって。」

「...そんなことはない。君の歌声だって、凄くよかった」

「ありがと。でもね、そういう問題じゃなかったのよ。彼女が加入する前の曲、加入後の曲、いなくなった後の曲・・・全部おかしくなるくらい、何度も聞いた。だからこそ、分かってしまった...ワルキューレは、あの5人で一つなんだって。」

 

そう言い切った彼女の顔には、それに対する確信と、少しの寂しさが含まれていた。

 

「私が彼女たちと関係無いただの村娘なら、まだよかったのかもしれない。けど、私はフレイアを色濃く受け継いでしまった。そんな私が、彼女の後釜みたいな感じでメンバー入りなんて・・・皆はそんなこと思わないだろうけど、私はどうしても許せなかった。だって私が愛していたのは、あの4人...そして、あの5人で一つのワルキューレ。私はどこまで行っても、フレイアじゃないもの」

 

コウマは一理ある、と思いながら彼女を眺めた。声も外見も、生前のフレイア・ヴィオンとそっくりな彼女だが、その身に纏う雰囲気や本人の気性はフレイアではなく、むしろ美雲・ギンヌメールのイメージを彼に想起させた。

 

「それを認めるのは辛かったなぁ。なんたってワルキューレは、あの時の私の全てと言っても過言じゃなかったから。そこから、色んな暗い気持ちが頭を支配するようにもなって・・・こんな苦しい思いをするくらいなら、いっそ歌う事を諦めた方がいいんじゃないかって、何度も思った。...でも、できなかった」

「ナンセンスな質問だとは思うが・・・どうして、諦めないでいられたんだ?」

 

彼の問いに応える様に、彼女はゆっくりと目を閉じて胸に手を当てた。

 

「...あの歌が、私の中で生き続けていたから。皆の思いが・・・皆の風が一つになって、私の奥にどっと入り込んできたの。あの時の暖かさ、えも知れない幸せな気持ちは、きっといくつになっても忘れない。この感覚が息吹く限り、私は歌への思いを捨てられないわ」

 

彼女はその感覚を思い出し、ルンをほわほわと淡く灯す。それはその記憶に対する彼女の感情を、ありありと示していた。そして、湧き上がる感情を抑えきれなくなったのか、彼女は静かに歌い始めた。

 

 

 

『あおいみひとつ ひかれてふたつ こころもえている』

 

 

 

 (これは...『ALIVE』、か。確か、この国に古くから伝わる民謡をリスペクトした曲だったよな。)

 

 

彼女が優しく、柔らかな声で歌う姿を、彼はじっと見つめていた。彼女の声、彼女の歌を聞くにつれ、彼の体の奥底で熱が籠る。

 

 

 (...ハハッ。全く、なんて幸せそうな顔して歌いやがるんだ、こいつは・・・)

 

 

 

やがてひとしきり歌い終わると、彼女はにこりと微笑み彼の方を向いた。

 

「ごめんなさい。あの時のことを思い出すと、どうにも止められなくて。さ、私の話はもうすぐ終わり。次は貴方の番よ。こんなにいい天気なんだし、外に出て話しましょ?」

 

 

 

 

 

 

 

コウマはヴィアナに連れられ、りんごの木があちこちに植えられた丘にやって来た。きらきらとした日光に照らされた丘の頂上近くまで上った彼女は、一際大きく立派な実をつけている木の前で立ち止まった。

 

「この大きな木は、フレイアのおばあちゃんのりんごの木。一度燃えてしまったそうだけど、ハヤテが守った実の中の種から、またここまで育ってくれたの。フレイアと直接対面したのは、ほんの一瞬だったけど・・・ここにくると、今でも彼女を感じれる。しょっと...」

 

そう言うと彼女は背を伸ばし、丸く実ったりんごを一つもぎ、彼に差し出した。

 

「食べてみて。美味しいのよ、この木のりんご。」

 

彼はそれを受け取り、一口かぶりついた。シャクシャクとその果肉を噛むに連れ、やさしい甘味が彼の口いっぱいに広がる。

 

「美味い・・・朝食べたアップルパイも絶品だったが、こりゃ別格だな。」

 

彼の感想を聞いて満足気に微笑んだ彼女は、その木に背中を預けてゆっくりと腰を下ろした。コウマもそれに続き、その隣に腰掛ける。

 

「フレイアはね、村を飛び出して密航した先で、偶然ハヤテと出会って・・・で、それがキッカケで入っちゃったんですって、ワルキューレに。ふふ、凄いことじゃない?あの超時空シンデレラ、ランカ・リーもびっくりのシンデレラっぷり。」

「へぇ、そんな経緯があったのか。行動力がダンチだな・・・」

「でも、私は彼女みたいなぶっとんだ行動力や、ツキを持ってるわけじゃない...だから、私ができる所から始めていこうって決めた。それが歌のカバー、丁度貴方が聞いたやつね」

「ああ・・・なるほどな。それを銀河ネットワーク上に投稿してるってわけか。確かに、今時はカバーをきっかけに有名になるのも珍しくないし...いいんじゃないか?」

「勿論、誰もがそれで成功するわけじゃないけど・・・やらずにずっとこのまま、なんてありえない。だってこれは、私の人生なんだもの。生まれなんて関係ない、流星みたいに光ってみせないと、つまらないじゃない?」

 

そう語る彼女は、芯の通った可憐な笑みを浮かべる。彼女の生い立ちと、それを乗り越えた現在を知った彼は、苦笑しながらため息をついた。

 

「本当...君は大した奴だよ。自分のコンプレックスに、上手く折り合いを付けてる・・・俺なんかより、ずっと大人だ」

「そう?私はそうは思わないけど。私はまだまだ子供のまま。小さい頃に抱いた夢を、ずっと持ち続けているだけよ。それが叶うまでいつまでも、いつまでも・・・ね」

「俺は・・・君ほど難しい生まれに苦しめられた訳じゃない。ただ親父が天才の飛行機乗りで、俺にもその才能が半端に受け継がれちまった...それだけなんだよ。ほんと、くだらねぇよな。今となっちゃ、なんで俺がパイロットを志したのか・・・何がしたくてこうなったのかすら、覚えてないんだ」

 

彼の自嘲を含んだその言葉に、彼女はゆっくりと首を横に振る。

 

「...ううん、貴方はきっと覚えてる。子供の頃の理想とは、違っているかもしれないけど・・・その夢を叶えたから、今貴方はここにいるんでしょ?」

 

そう言うと彼女はその身を乗り出し、ある提案をした。

 

「ねぇ、ちょっとゲームをしない?ぱっと思いついたこととか、今感じてることを言葉にして、順番に話していくの。例えば・・・『空は高い』、とか。詰まった方が負けね。」

「随分急な話だな・・・けどまあ、悪くない。いいぜ、乗るよ。」

「じゃあ、早速スタートね。...空が、青い。」

「山が・・・緑。」

「雲が、ふわふわ。」

「風が...心地いい。」

「ふふっ、その調子。...りんごは、甘い。」

「空気が、うまい。」

「りんごは、すっぱい。」

「おい、ありなのかそれは」

「何よ、間違ったことは言ってないでしょ?」

「ったく、なんだそりゃ・・・草が、柔らかい。」

「陽射しが、眩しい。」

「日照りが、暖かい。」

「私は、歌う。」

「...俺は・・・・・・飛ぶ、か」

「私は、歌いたい。」

「・・・・・・」

 

彼女はすっくと立ち上がり、彼に聞かせるように堂々と言い放つ。

 

「闇の歌い手、Yami_Q_ray、そしてワルキューレ・・・みんな今の私を形作った、大切な物。その全てを追い風にして、私は歌うの。歌って歌って、私の中に息づくこの温もりを、皆にも伝えたいから。」

 

彼女はそう語ると彼の方に向き直り、再び歌い始めた。

 

 

『...光る風の中で出会った2人 迷わない もう二度と  熱いハート焦がして今すぐ』

 

 

歌う彼女が持つその眩さに、彼は思わず目を背けそうになる。しかし、それを遮るように彼女が手を伸ばし、両手で彼の頬に触れる。そしてクイッとその顔を動かし、逃がさないように彼女の方へと向けさせた。

 

 

『もしかしたら キミは全て分かってたの? ありがとう そばにいて 見守ってくれた日々に』

 

 

 

 

──逃げないで。

 

──本当の思いから、目を逸らしちゃ駄目。

 

──貴方は、何がしたいの?

 

 

歌いながらも、その目をずっとこちらに向ける彼女は、彼にそう訴えかけているようだった。そしてそれを感じ取った彼もまた、目を逸らせずに苦悶の表情を浮かべる中、なんとか言葉を絞り出そうとする。

 

 

「俺、は・・・・ッ!?」

 

 

その時だった。彼は、真っ直ぐ視線を捉えて放さない彼女の瞳に、歌に乗せて何かが映った様に見えた。それは──

 

 

「人力、車...親父の?・・・・・ハッ」



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7. VOICES

気が付くと、彼は白い空間の中にふわふわと漂っていた。そこは上下左右の概念も存在しない、宇宙空間のような場所だった。

 

 

──あ、れ...アイツは?あの人力車は、一体・・・

 

 

ぼんやりとした意識の中、彼はゆっくりと周りを見る。パッと見るだけでも気が遠くなる程広く、まるでどこまでも続いている様にも思える。

 

 

──なんだ...?夢でも見てるのか、俺は・・・

 

 

すると突然、周囲の空間に光が灯り、徐々に色付いていく。彼はその様子をぼうっと眺めていたが、それがある光景を形作っていることに気がつくと、信じられないものを見た様な顔で、その身をぐっと乗り出した。

 

 

──この間取りは...!間違いない、こりゃエデンにいた時の家だ。懐かしいな・・・あ、あれ。親父と遊んでた時に、うっかりぶっ壊しちまった母さんの...まだあったんだな、この時。

 

 

彼は懐かしさに駆られ、感傷に浸りつつかつての実家を見て回る。すると、玄関の扉が勢いよく開き、彼のよく知る人物が姿を現した。

 

『よう!不肖イサム・ダイソン少佐、ただ今帰還しましたぁ!』

 

 

──親父!?なんでこんなとこに・・・

 

 

突如として現れた父に彼は大きく動揺したが、そこへ大きな声と共に小さな男の子が走って来て、勢いよく父に飛びついた。

 

『ぱぱぁぁぁ!!』

『うおっとぉ!元気でやってたみてえだな、コウマぁ!』

 

その子供を笑いながら受け止める父の姿を見て、彼は今の状況を概ね理解した。

 

 

──こいつは...俺だ。てことは、これは俺の過去・・・いや、記憶か?

 

 

彼が目の前の光景を見ていると、奥の方から母もやって来た。彼女は彼と対照的に、落ち着いた様子でイサムを出迎える。

 

『おかえりなさい。出先でのいきなりの事件だったし、結構ハードだったんじゃない?』

『バカ言え、あの程度屁でもねぇよ。あん時のヤツといいギャラクシーのヤツといい、ハイテク頼りはつまらん飛び方のダボばっかだ。』

『こっちはあのゴーストたちが出てきた時は、驚いたなんてもんじゃなかったのよ?まあ、無事に帰ってきて何よりね。』

『身内に心配されてちゃ、俺もまだまだだな...おいおい、どうしたよコウマ?今日はいつもよりお迎えが激しいじゃねぇの。』

『あのとき中継を見てたら、一瞬貴方が映ってたのよ。そしたらこの子、パパが飛んでるーって大騒ぎしちゃって・・・』

『ねーパパ、かぁいこ!!かぁいこのる!!』

『おっ!乗りてえってのかい、俺のカワイコちゃんに!ったく、ガキの頃から親父のカノジョに唾つけようたぁ、将来が楽しみだな、ハハハ!』

『何言ってるの、もう・・・コウマ、あなたはお父さんみたいなだらしない人になっちゃダメよ?』

『え?パパかっこいいよー?』

『さっすが、お前はよーく分かってるなあ。けど、すまん。また今度乗っけてやるから、な?』

 

 

──これって...親父が、出張から帰って来た時の?今思い出したってのか・・・でも何で今更、こんな記憶が

 

 

ええー!と不満そうにする我が子を、イサムは彼の頭を撫でながら宥める。

 

『そう言うなって。その代わりと言っちゃなんだが、ちょいと面白ぇトコに連れてってやる。もしかしたら、俺のカワイコちゃんよりイカしてるかもしれねぇぞ?』

 

 

そこでその空間は再び淡く光って、別の場面を映し出す。そこは風がよく吹いている小高い丘で、彼らはその頂上から、遠くに見える景色を見下ろしていた。

 

『良〜い風だなぁ。あの時みてぇにギュンギュン吹いてやがる。コウマ!あそこの崖、見えるか?』

『きれーなうみ!ランカ?がでてたやつみたい!』

『ああ。今から俺たちゃ、コイツに乗ってあそこから飛ぶんだ。ここをダッシュで走って、ビューンってな。どうだい、アガるだろ?』

『うんっ!!!』

 

彼はその目をきらきらと輝かせ、眼下に広がる丘と海を見つめる。その様子にイサムは満足そうに笑い、横に控えた人力車の翼に手をかける。

 

『うっし、そんじゃ行くか!ヤン、タイミングは任せたぜ!』

『了解!ええと・・・次の風は、約20秒後!』

『よぉし、行くぜぇコウマ!そぉらぁぁぁぁ!!!』

『むむむむ...わあっ!?』

 

二人は全力で走りながら、人力車を目一杯押した。幼きコウマは何度も転びそうになるも、その度にイサムが手を伸ばして彼を支える。その影響で坂を下る勢いがぐんと増したそれに、ここぞとばかりにイサムはコウマを抱えて飛び乗った。そして──

 

 

『イィィィヤッホォォォォォウ!!!!』

『わぁぁぁぁぁぁ!!!!!』

 

 

二人の雄叫びが大きくなると共に、その全身を突き抜ける風の感覚が、彼の体に蘇る。刹那、彼はその記憶の全てを思い出した。

 

 

──そうだ、この日だったんだ。この時に、俺は・・・!

 

 

そして二人が崖から飛び立ったその瞬間、彼の意識は遠のいた。

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

......ウマ、コ ....マ、コウマ。

 

 

どこからか聞こえる彼を呼ぶ声に、コウマはゆっくりと目を覚ました。彼の目の前には、じいっと自身を見つめるヴィアナの顔があった。彼はゆっくりと起き上がり、体についた草をはらいながら彼女に話しかける。

 

「あ・・・寝てたのか、俺」

「うん、ほんの少しね。いい夢見れた?」

「夢...そうか、夢だったんだな。でも・・・久々に、懐かしい夢を見た。いや、思い出したっていうのかな・・・」

 

彼は、起きがけに眩しく照りつける青空の光に目を細めつつ、先ほど見た幻影に思いを馳せるように、その手を空にかざした。

 

「見えたんだ・・・お前の歌に乗せて、あの人力車が。親父と一緒に飛んだ、あの思い出が...」

「そっか...どうだったの?」

「...思い出せたよ。何で俺が、この道を選んだのか」

 

彼が彼女をちらと見ると、彼女は一つ頷き、続きを話すよう促した。それを確認した彼は、ぽつりぽつりと語り始める。

 

「あの日・・・親父と一緒に、エデンの丘で人力車を飛ばした。母さんとヤンさんも一緒に、ここみたいに風がよく吹く所でさ。ヤンさんが持ってきてくれたあの人力車を丘の上にセットして、俺たちは駆け下りる時を待ってた。」

 

「そのあと、風が吹くタイミングを見計らって、坂をダッシュで下ったんだ。めいっぱい人力車を坂の上で転がして・・・で、最後は一気に崖からテイクオフ、ってな」

 

彼は右手で飛行機を形作り、宙でふらふらとそれを遊ばせた。

 

「俺は親父に抱き抱えられながら、初めての空ってのを全力で楽しんでた。そしたらさ・・・あの親父(バカ)、俺に途中から操作を譲りやがったんだよ。当然、ガキにできるわけもない。機体は失速して、海に着水しちまった。俺は飛行機をおじゃんにしたーって思って、めそめそ泣いてたっけな・・・でも」

 

彼は思い出したその時を懐かしむように、笑いながら話を続ける。

 

「親父はその時・・・笑ってたんだ。墜落したことを気にもしてない...むしろそれすら楽しくて仕方ねぇって感じで、口をおっ広げて大きな声でさ。」

「素敵な人じゃない。素直に心の奥底から笑える大人って、中々いないわよ。」

「ああ。子供ながら思ったね、『なんてガキみたいに笑う人なんだろう』って。あん時はそれが不思議でたまらなくてなあ、鬱陶しく思った時もあったけど・・・それ以上に、憧れた。そんな親父の姿を見て、『この人みたいに生きたい』って思ったんだ。」

 

「あの人の生き方の象徴は、空を飛ぶことだった...だから俺は自然と、パイロットになりたいって思うようになった。親父は、飛ぶことが本当に好きでな。空がありゃ飛ばずにいられない、周りの目とか環境なんざクソ喰らえで、自分の心にいつも正直で・・・俺はあんな風になりたくて、同じ道を選んだはずだったんだ。それを・・・」

 

彼は胸元をぎゅっと押さえて、苦しそうに嗚咽を漏らし始めた。その表情を彼女に見られることを避ける為か、彼はその場で俯き顔を隠す。

 

「それを・・・結局、周りの目に流されて、勝手に嫉妬して...いつの間にか、あの人を超えることばかり考えるようになっちまった。俺ときたら、あのフワッとした感覚も、坂を下る時の重力も...吹き飛ぶくらい強かった風も、全部忘れて・・・あの頃の純粋な気持ちを、劣等感で無茶苦茶に上塗りしやがった。そうだ。結局俺を縛ってたのは親父でも、誰でもない。俺自身だったんだ...!!」

 

隠した顔から、涙が一つ、二つとこぼれ落ちる。それに対して彼女は、正面からそっと右手を彼の目元に添え、優しくその涙を拭った。

 

「貴方がこれまで進んで来た道は、間違いじゃなかった・・・迷い道の果てで、私たちはこうして出会えたんだから。これから先もきっと大丈夫...私が、約束してあげる。」

 

彼女の発する声、そしてそれが紡ぎ出す言葉。彼にはそれらが、まるで福音のように優しさに満ちているように感じられた。その暖かさの一端に触れた彼は、とめどなく溢れ出す涙で頬を濡らした。

 

 

 

 

 

 

しばらくして落ち着きを取り戻した彼は、その目を涙で赤く腫らしていたものの、どこかスッキリとした表情をしていた。

 

「あー、泣いた泣いた・・・悪いな、カッコ悪りぃ姿見せちまって。年下の子に慰められるなんて、情けないったらありゃしない。」

「あら、私はこの星ではもう大人と変わりないのよ?多分地球人換算で言えば、3・40代は堅いんじゃないかしら。そういう意味では、むしろ私は貴方よりお姉さんなんだからね。」

「ハハッ、言ってくれるなぁ。まだまだ子供、なんじゃなかったのか?」

 

彼が笑いながらそう言うと、彼女はいたずらっぽく舌を出した。その年相応の可愛らしい姿に、彼はまた心を奪われる。

するとそこへ、上空で二機のバルキリーが旋回し、ガウォークへと変形して着陸した。キャノピーが開き、ハヤテが出てきたその内の一機に、彼は見覚えがあった。

 

「あれ・・・俺のナイトメアプラス!もう直ったのか!?」

「おう、うちのメカニックにかかればこんなもんだ!さ、乗れよ。こんな絶好の日に飛ばねぇなんて、もったいねえぞ?」

「・・・!サンキュー、ハヤテ!んじゃ早速...!」

 

彼は素早く、ハヤテが彼に明け渡した操縦席に乗り込む。そして機体の再確認をしていると、ヴィアナがガウォークの腕を伝って、後部座席に滑り込んできた。

 

「悪くない乗り心地ね、空を飛ぶのは久しぶり。よろしくね、パイロットさん?」

「ヴィアナ!?お前・・・なあ、これって大丈夫なのか?」

 

彼は同乗する気満々でいる彼女に困り果て、ハヤテに意見を仰ぐ。

 

「俺は全然いいぞ!ボーグは...聞くまでもねぇよな!」

「おい貴様。・・・・我らの所有する機体でない以上、乗り方を厳しく取り締まることはせん。せいぜい安全運転を心がけろ。」

「マジかよ・・・仕方ない、じゃあここをこうして...よし」

 

彼は一度立ち上がり、後部座席に座る彼女の安全確認を行なった。それを完了させた後、再び操縦席に腰掛ける。そして脚部のスラスターの出力を上げ、ゆっくりと飛び立った。

 

「わあ、綺麗・・・見慣れた風景だけど、空から見るとやっぱり違うわね。」

 

機体が上昇するにつれ小さくなっていく景色に、彼女は感嘆の声を上げる。

 

「分かるぜ、その気持ち。しっかし・・・いざこうして二人で飛んでみると、俺もあの頃よりでかくなったもんだな。」

「それって...さっきの人力車の話?」

「ああ。あの頃は、基本親父が操縦してたんだ。それが今じゃ、俺がこの席にいる・・・あの時は、想像もつかなかったな」

 

彼は感慨深そうにして、ふいに鼻歌を口ずさみ始めた。歌と聞いては黙っていられないヴィアナは、それに素早く反応する。

 

「・・・歌?そういえば、貴方は歌ったりするの?ねえ、せっかくだし何か歌ってみせてよ。」

「え?いや・・・正直、歌にはあんま自信ないんだが...」

「小さいコト気にしないの、別に評価しようなんてつもりはないし。ただ、貴方の歌も聞いてみたいの。」

「うーん・・・じゃあ、俺の思い出の曲でも歌うかな。悪いがシャロンのは勘弁してくれ、あれは俺が歌えるもんじゃない」

 

彼女の頼みを受け、彼はしぶしぶといった様子で、すぅと息を吸う。そして、ある曲の一節を口ずさみ始めた。それは昔、母がよく彼に歌ってくれた曲だった。

 

 

 

『ひとつめの言葉は夢 眠りの中から』

 

 

 

そのフレーズを聞いた瞬間、ヴィアナはその目をはっと見開いた。

 

「むーねーの奥の暗闇を、そっと連れーだーす...あれ、どうした?」

 

彼女の異変を感じた彼が、一旦歌を中断し声をかける。

 

「・・・あ、ごめんなさい。この歌を聴いてると、何だか不思議な気持ちになるのよ。聞いた事のない筈なのに、何故か知っているような・・・でも、綺麗な歌。きっと凄い人だったのね、これを作った人は。」

「そこまで大それた人じゃないさ...けど、ありがとな。今度本人に伝えとくよ、きっと喜ぶ。よし・・・なら、二人で歌ってみるか?」

「...ええ、喜んで。」

 

彼女は目を閉じ、息を一つ吐く。そして魂へ降りてきた言葉のままに、彼女は彼に続けて歌い始めた。

 

 

 

【ふたつめの言葉は風 行くてを教えて】

【神様の腕の中へ 翼をあおるの──】

 

 

 

 

 

 

一方地上に残ったハヤテは、空を飛ぶ彼らを見上げつつ、同行していたボーグに話しかける。

 

「うーん、いい飛びっぷりだ。やっぱ持ってきといて正解だったな、ボーグ?」

「全く、面倒な手続きをしたのは誰だと思っている...が、今回ばかりは認めてやる。あれは実に・・・尊く、美しい風だ」

 

彼らは遠くから聞こえる二人の歌声に耳を預け、その流れるような旋律に聞き入っていた。

 

「奴ら二人を見ていると・・・かつての貴様と、フレイア・ヴィオンを思い出す。貴様等二人が生み出す風は、あれと同じく小気味よいものだったな。」

「へへ、ありがとな。お前にそこまで言わしめたんだ、アイツもきっとニヤついてるよ。」

「ルンをまばゆく光らせて、か。目に浮かぶようだな・・・奴は、いつもルンを輝かせていた。...それにしても、あの男だけがヴィアナの歌を感知できたというのは、なんとも珍妙な話だ。フォールドクォーツのかけらでも持っていれば、話は別だが・・・」

 

一人そんな疑問を呈する彼に、ハヤテは軽く笑ってそれに答える。

 

「フォールドクォーツだとか、生体フォールド波の共鳴だとか、小難しいことは分かんねぇけどさ・・・結局、あいつらは会うべくして会ったんだよ。コウマはヴィアナと出会ったことで、しがらみから解放された。きっとヴィアナにとっても、いつかあいつは大切な存在になる。だから出会った...それでいいじゃねえか。 」

「...フ。まあ、貴様の戯事もたまには良いだろう・・・風の導きに、わざわざ理屈をこねくり回すのも野暮というものだ」

「やっぱり・・・歌はあああるべきだよな。どんな形であれ、戦いに利用するもんじゃない。そんなの無くたって、歌は誰かを救うことができるんだ...あんな風にさ。」

 

そう呟いたハヤテは、滑空する彼らのバルキリーに、自らの手で形作った飛行機を重ね合わせた。

 

「見てるか、フレイア?全銀河からはまだまだ遠いけど...作ってみせたぞ、俺たち。お前らが優しい歌を歌って、それに合わせて俺たちが飛ぶ、そんな世界・・・」

 

 

 

【見たこともない風景 そこが帰る場所】

【たった一つのいのちに たどりつく場所】

 

 

 

きらきらと光を反射させるその機体に目を細めながら、彼は柔らかな微笑みで二人を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

二人が歌い終わると、そこへコクピットに一つの通信が届く。その送り主を確認した彼は、驚きをあらわにした。

 

「通信・・・ヤンさんから!?まずい、心配してるだろうな・・・」

 

彼は機体が安定していることを確認し、モニター上に通信を表示させた。

 

『コウマ!?コウマなのかい!?』

「はい、俺です!すみません、俺がしくじったばかりにご迷惑かけて・・・」

『君が謝ることじゃないよ!幾ら機能を大幅に制限していても、危険と分かっていたものを搭載したのはこの僕だ。本当にすまない...怪我はしてない?』

「大丈夫です、現地の人たちに助けてもらいました。俺自身はピンピンしてますよ。」

『ああ、よかった・・・とにかく 「繋がったのか!?おいヤン、テメェ早くそこ代われ!!」 ちょ、ちょっとイサム!?まだ説明することが...うわあ!?』

 

どこからか響く怒号と共にヤンは画面外へと引きずり出され、それと入れ変わるようにある男が姿を現した。

 

 

『ようコウマ、久々だな。話は聞いたぜ?ヤンのバカが付けやがったもんで、面倒なことになったらしいな。』

「・・・親父」

 

 

画面上にいたのは、まさに彼の父である、イサム・アルヴァ・ダイソンその人だった。記憶の中の姿よりもその姿は老いていたが、その若々しさは今でも健在であった。

 

「貴方のお父さん?結構カッコいい人じゃない。」

 

コウマの横から興味深げに顔を出す彼女を見て、彼はヒュウとわざとらしく口笛を鳴らす。

 

『中々のカワイコちゃんじゃねぇの。まさかお前、迷った先で引っかけたってか?』

「んな訳ねぇだろ?俺が女にあんま耐性ないの、親父も知ってるだろ。」

『ったく、情けねぇなあ。嬢ちゃん、どうよソイツは?ピヨっ子も度が過ぎて笑っちまうだろ?』

「ふふ、そうね。こんな小娘の一挙一投足に、面白いくらい振り回されちゃって・・・でも、貴方の息子はきっといい男になる。そう思わない、お父様?」

『ほーお、えれぇ高く買ってくれやがる。お前も早いとこ、カノジョに釣り合うような男にならなきゃなあ?』

「だーから、違うっての・・・」

『さて...んじゃ嬢ちゃん、悪いが少しの間引っ込んでてくんな。今から俺は、このアホにちとご高説を垂れなきゃなんねぇんだ。』

 

先ほどまでのおちゃらけた雰囲気から一変し、真剣な表情になったイサムを見て、彼女は素直に奥に引っ込んだ。

 

『お前・・・エンジンをお気軽に全開でブッ放せるだけじゃあ、飛行機乗りは到底名乗れねえぞ。パイロットは一度空に出たら、途中で何をしでかそうと、最後にはちゃんと帰らなきゃなんねえ。帰って自分のオイタのケツまで拭けて、初めて一人前なんだ。それを最後の最後でトチりやがったから、ガルドのタコはおっ死んだんだよ。』

「・・・ああ、分かってる。今回のことでよく身に染みたよ。」

『そうかい。ならいい・・・心配かけさせやがって、バカが。』

 

口調こそぶっきらぼうだが、父のその表情からは、息子に対する大きな愛情が感じて取れた。そんな不器用な父の愛を感じた彼は、ふっと肩の力を抜き表情を和らげた。

 

「ごめん・・・ちょっと、熱くなり過ぎてさ。次からは気を付ける。」

『ま、ブレーキなんざ踏まずにどこまでも飛んでいきたいって気持ちも分かるがよ。ミュンの奴にも、あとで連絡しとけよ?あいつ、心配で今にもぶっ倒れそうになってら。俺が宥めるのも一苦労だったんだからな...今度、時間空いたら顔見せに来い。そんときゃ3人揃って乾杯だ・・・お前の奢りで』

 

最後にちょろっと付け加えられた一言に、コウマはぎょっとして噛みつく。

 

「ちょっ...おい、なんでだよ!?なんで俺が・・・」

『口答えすんじゃねぇ、これもテメェのポカの尻拭いだよ!オラ、高ぇ酒頼んでやるから金貯めとけよ!!』

「うるせえ!アンタそんなだから、ガルドさんにいつまでも奢らした回数を覚えられんだよ!!てめぇのガキに率先して奢らせにいくとか、親の威厳無いんじゃねぇのか、ええ!?」

『何ィ!?』

 

そこから繰り広げられるまるで品のない罵り合いに、後ろからそれを見ていたヴィアナはくすりと笑う。

 

「なあんだ、やっぱり仲がいいんじゃない。ふふっ...二人とも子供みたい」

 

 

 

 

やがて「超」がつく程下らない親子喧嘩が終わると、コウマの方から再び口火を切った。

 

「・・・なあ、親父」

『なんだよ。言っとくが、奢りの件はぜっってえ譲らねえからな』

「違えよ。そうじゃなくてやっぱ...楽しいよな、空を飛ぶのはさ」

『・・・ったりめーだろ?どんな時でも、どんな形でも、空ってのは最高さ。』

 

彼は静かに機体を航行させながら、全身をリラックスさせ、その体に当たる穏やかな風を感じていた。彼がふとそこで外を見ると、さわさわと揺れる髪に見え隠れして、ウィンダミアの村々がその目に映った。

 

「...なんだ。そんな速く飛ばさなくたって、見える景色はダンチで綺麗じゃねえか・・・」

 

彼が見たその景色は、この星に迷い込んだ時のものとなんら変わりはなかったが、彼にはそれがより鮮明な色付きを持っているように感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

そして、翌日。コウマは王都の飛行場に来ていた。理由は一つ、彼が帰る方法が確立されたからだ。修理が完了された彼の機体の上部には、ケイオス・ウィンダミア支部が所有している、フォールド断層を越えた航行が可能な次世代型フォールド・ブースターが備え付けられていた。これを使用してフォールド断層を越え、元々の目的地であるアル・シャハルに向かうという寸法だった。

 

 

(まさか、S.M.S所属の俺の機体を修理するどころか、まだ数が出揃ってない新型のブースターを貸してくれるなんて・・・これも、連携強化の賜物なのかね)

 

 

彼がケイオス側の手厚い待遇に驚いていると、そこへヴィアナがひょっこりと現れた。

 

「あ、いたいた。もうすぐそれに乗って帰るんでしょ?最後だし、お別れの挨拶でもって。」

「ヴィアナ?あれ、ハヤテとかボーグさんはいないんだな。」

「今日は二人とも忙しいみたいで、碧騎士様は言わずもがな。だから私が一人で来たの。」

「あー・・・悪いな、気ぃ使わせて」

 

ヴィアナは彼と話しながら、その隣に立って彼の機体をしみじみと眺める。そんな彼女の哀愁が含まれた横顔に、彼はしばし魅せられた。

 

「ホント、突然ね。出会うのも別れるのも...」

「俺が来たのもつい二日前だったし・・・まさか、ここまで早く帰れるなんてな。」

「あーあ。折角、お互いを知り始めていいところだったのに。名残惜しいけど・・・でも、ありがとう。楽しかったわ、昨日の貴方とのデュエット。またできたらいいな」

「俺も...楽しかったよ、お前と飛ぶ空はさ。スピードも、テクニックもクソもなかったけど・・・あの時と同じくらい、良い時間だった。」

 

すると彼女は、先日のことを振り返る中であることを思い出す。

 

「そういえば・・・あのゲーム、結局貴方の負けで終わったわよね。覚えてる?」

「あー...確かに、俺のターンで止まってたな。」

「じゃ、負けた方には罰ゲーム、受けてもらおうかしら。何にしよっかな〜...」

「おい、聞いてねぇぞそんなの。くそぉ、やっぱ受けるんじゃなかったかな・・・」

 

彼の不満の声もどこ吹く風で、彼女は楽しそうに敗者への処遇を考える。そして、いよいよ最終的な決定が彼女の口から告げられた。

 

「決めた。貴方は次会う時までに、また自分だけの道を見つけること。もし見つけれてなかったら、またしつこく言い寄っちゃうんだから。」

「うっ、これ以上お前が口説き方を覚えたらどうなっちまうんだ・・・?ま、お前の毒牙にやられないよう、精一杯やるさ。」

「ふふふっ・・・覚悟するんよ?」

 

ヴィアナは彼の鼻先を人差し指でちょんと差し、白い歯を見せ満面の笑みを浮かべた。奇しくもそれは、かつてのフレイア・ヴィオンの笑い方と同じものであった。その仕草と、満開の花びらのような笑顔を見た彼は、自身の鼓動がドクン、と波打ったのを感じた。

 

「っ・・・お前を見てると、俺の心臓がもたねえよ。」

「あら、ごめんなさい。貴方の反応が面白くてつい、ね。」

「ったく、毎度ハラハラさせられる俺の身にもなってくれ...」

 

彼らはそんな取り止めのない話をして、互いに笑い合った。そしてみるみる内に、彼が出発する時間が迫る。

 

「やべっ、もうこんな時間だ・・・じゃあ、そろそろ」

「待って。最後に...笑わないで聞いてくれる?私がここまで、歌にこだわるもう一つの理由・・・」

「ん?おう、よかったら話してくれよ。どんな理由だって、お前の夢は立派なもんさ」

「・・・天使になりたい、から」

「...天使?ハハッ、随分大きく出たなぁ。」

 

そのスケールの大きな告白に、彼は不覚にも笑ってしまった。そんな彼を、彼女はやっぱり、と小憎らしげに見つめる。

 

「もう、笑わないって言ったのに・・・勿論、そのままの意味じゃないわよ?私の歌で、みんなに色んなことを感じて欲しい・・・勇気、希望、安らぎ、救い。きっとそんなことができるのは、天使や女神様でしょ?だから『天使みたいな』子じゃない、そのものになりたいの。だから...」

 

彼女は言葉を詰まらせ、少し恥ずかしそうにはにかんだ。

 

「貴方が私の事を、『天使』って言った時。びっくりしたけど、嬉しかった・・・・まあ、デリカシーの欠片もなかったけど。」

「う、あれは悪かったって・・・けどまあ、絶対なれるさ、お前なら。なんたってお前は、俺にとっての『天使』だからな?」

「じゃあ貴方は、私の迷える子羊ちゃん第一号ってトコね。どうだった?私のお導き。」

「ああ、しっかり響いたよ。いつかきっと見つけ出してやる、俺が飛ぶ空、俺の生み出す風ってヤツを・・・!」

 

彼はまっすぐな瞳で頭上に広がる空を見つめ、両手を空に掲げる。そしてそれを掴もうとするように、手のひらをぐぐっと大きく広げてみせた。

 

「そんじゃ・・・またな、ヴィアナ。」

「うん。きっとまたいつか、コウマ。」

 

しばし見つめ合ったのち、二人は別れの挨拶を交わし、それぞれ背を向け歩き出した。コウマは目の前のバルキリーへ、ヴィアナはデッキを出て、自分の村へ。彼らはもう振り返ることもなく、その場で別れることとなった。

 

「...最後まで可愛かったな、アイツ・・・俺も、もうちょい女に慣れるようにするか。逆にアイツを口説き返してやれるくらいには」

 

彼は自身のバルキリーに乗り込み、滑走路を走り出す。そして満を持して飛び立つと、すぐさまフォールドのカウントダウンを開始した。

 

「ありがとな、相棒。俺をここに連れてきてくれて・・・おかげで、何かが変わりそうだ。」

 

機体前面にフォールドゲートが開かれ、とうとうウィンダミアを離れる時が訪れた。彼は自身のバルキリーに語りかけ、迷いなくその中へと突き進む。フォールドの色鮮やかな空間の中に突入すると、彼がかの星に迷い込んだ時と同じように、ある歌声がどこからともなく響いてくる。それはヴィアナの歌だった。しかし、彼が今まで聞いた彼女の歌とは、少し毛色が違っていた。

 

 

 

【──地平線の向こうに キラリ光った おまえの姿は夢じゃなかった】

 

 

 

「アイツ・・・!ハハハッ、まさか見送りがFire Bomberとはなぁ。そこはワルキューレじゃねえのかよ」

 

その歌声の奥には、それまでの彼女の声には見られなかった、確かな情熱が込められていた。それは彼女の別れを惜しむ気持ちか、自分の世界へと戻っていく彼への激励か、本心は分からない。

 

 

 

【流れ流れていこう いつかまた会おうぜ】

 

 

 

ANGEL VOICE(天使の歌声)、か・・・ああ、お前は絶対にやれる。そして俺も・・・今度会う時は、お互い夢を叶えた時だ。」

 

そう誓った彼は、操縦桿を持つ指を強く握り直す。そして自らの手で出口に向けて、機体の速度を上昇させた。

 

 

 

【瞳閉じれば いつも心の中に響く ANGEL VOICE】




リアルでの用事が立て込んでいたので、かなり遅めの更新となってしまいました。申し訳ありません。

さて、およそ一ヶ月ほどお付き合い頂いたこの物語ですが、次回で最終回となります。ぜひ最後までお楽しみください。


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8. Rise Up to the Dawn

「体中をよびーさーまして、ふかーくていせいコズミック・ムーブメント、フレーズの波を君と越えて──」

 

 

暗い宇宙で、一機の黒いバルキリーが悠然と飛行している。その機体は、宇宙の闇の中でも判別できるほどギラリと光を反射させており、コクピットの中ではある一人の男が気分よく歌っていた。そんなご機嫌な様子の彼だったが、不審なものを進行方向にて発見し、一時歌を中断する。

 

 

「・・・ん?ありゃあ...バルキリーの編隊? 三機か...迷い込んじまったか、それとも・・・」

 

彼は訝しげにしながら、オープンの通信回線を開き、遭遇した三機に退避を呼びかける。

 

「こちらS.M.S所属、M01。現在当機は試験飛行中であり、この宙域は関係者以外の侵入は禁じられている。即刻退去されたし」

 

しかし、件の機体たちはその警告に耳を貸さず、散開して彼の下に向かってくる。相手の敵対的な行動に、彼は意識を臨戦態勢へと移行させた。

 

「チッ...アブないお客さんか。まあいい、そっちがやる気だってんなら・・・買ってやるよ、その喧嘩!」

 

彼はぐんと速度を上げ、中央の一機と猛スピードですれ違う。その際見えた、刻印されていたあるエンブレムに、彼は覚えがあった。

 

「あのマーク・・・ヘイムダルか!一生眠ってりゃいいもんを、また何かやらかそうってかあ!?」

 

軽口を叩きながら、彼は脚部を展開して前面にスラスターをゴオッと吹かし、機体を急停止させた。そしてすぐさま脚部を収納すると共に、向きをくるりと変えて敵の背後をとる。

 

「アンタらはここ十数年、気味が悪い位姿をくらましてやがったからな。お上の人は、今のヘイムダルの情報を少しでも多く欲しがってる...だからさぁ!」

 

彼は機銃をばらまいて相手の動きを牽制しつつ、まずは一機と敵の主翼にガンポッドを狙い撃つ。しかし、出力が弱めの機銃をピンポイントバリアで防いだ相手は、そのまま本命のビームを旋回して回避した。

 

「流石に、この程度でやられるタマじゃねぇか・・・ならよっ!」

 

続けて彼はミサイルを一斉射し、狙いを定めた敵機を追い立てる。敵はフレアを使用しつつ回避行動に移るも、それを見越していた彼は相手の移動先を読み、機体をバトロイドに変形させガンポッドでの偏差撃ちを行った。発射されたビームは見事に敵の主翼のエンジン部を撃ち抜き、爆発と共に隊列から脱落させた。

 

「一丁上がり...残りは二機だ、手早く済ませる!」

 

彼は続けて敵を追うが、彼らはお返しとばかりに同時にミサイルを発射する。彼はバトロイドに変形し、機銃を用いて向かってくる弾を一つでも多く撃ち落とした後、再びファイター形態に戻ってフレアを焚き一気に離脱した。それを逃すまじと、敵は追い討ちをかける様に更に多くのミサイルを放つ。

 

「く...流石にテロリスト、簡単にはやらせてくれねぇか。出し惜しみしてたら、しっぺ返し喰らうかもな・・・仕方ねぇ」

 

彼はそう呟くと、意を決した表情でコンソールを操作する。すると主翼全体が変形し、まるで四枚羽根の様な姿に形を変えた。そして、目を引く主翼の巨大なエンジンは分離し、4つの翼の先端それぞれに小・中型のエンジンが展開された。

 

「本当は、全員生かして捕虜にしたいところだが...こうなっちまったら、手加減する余裕はねぇぞ!」

 

瞬間、彼の機体はエンジンを吹かして、自分からミサイルの雨の中に突っ込んだ。一見無謀な突撃にも見えるが、彼は機銃とピンポイントバリアの集中展開で的確にボディを守りつつ、4基のエンジンを自在に操って急上昇・急旋回を繰り返し、ミサイルの合間をかいくぐって一気に敵に近づいていく。

 

「ぐうっ、お・・・やるじゃねえか、カワイコちゃん!!」

 

その曲芸の如き超機動に、機体を操作する彼自身が翻弄されそうになる。しかし彼はそれをぐっと抑え、眼前の状況に目線を集中させた。

 

「よぉし・・・あと、一歩おッ!!」

 

あと少しで攻撃の手が届く、というところまで来た彼は、機体のエネルギーを全身のバリアに集中させ、残りのミサイル群を無理矢理突破した。爆発の中からそのまま敵の頭上に躍り出た彼は、バトロイドに変形し得物を向ける。

 

Yami_Q_ray(ヤミキューレ)でも持ってくりゃ、話は別だったかもなあ!?」

 

巨大な一つ目の如き頭部が妖しく赤い光を発し、二機を狙うガンポッドが光を放った。

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

『こちらM01、ヘイムダル残党と思しき集団と交戦後、二機の無力化に成功。』

「ありがとうございます。回収班を向かわせていますので、到着まで待機してください。」

『了解。身柄の引き渡し後、帰投します。』

 

通信室にて彼との交信を担当した女性は、驚いた様子で隣のオペレーターに話しかけた。

 

「凄いですね、彼・・・元は新型の飛行試験が目的だったのに、偶然遭遇した敵を単独で制圧してしまうなんて」

「ん?ああ、アイツか。少し前に頭角を現してなあ、今じゃ一つの隊を率いてる、うちの新進気鋭のパイロットさ。」

 

 

 

 

 

 

 

「ふう・・・全く、骨が折れる...」

 

ドックにて機体のキャノピーを開き、ヘルメットを外して汗を拭う彼の下に、二人の男がやってくる。

 

「お疲れさん、隊長!災難だったなあ、まさかドンパチする羽目になるなんてよ。 」

「隊長、ご無事で。我々が側におれず、申し訳ありませんでした。」

「仕方ないさ。皆は哨戒任務で、俺は今回新型機のテストだったんだから。そっちに何か異常は?」

「幸い、会敵はなかったものの...別部隊からは、奴らと思しき機影を確認した、との報告が。あまり楽観視はできないかと・・・」

「そうか・・・だいぶきな臭くなってきたな、アイツらも。気を引き締めねぇと...」

「ったく。アイツら前の動乱で、旗艦も切り札も全部失くしちまったんだろ?しまいにゃ、主力機すら敵側にぶんどられてるときた・・・どうするつもりなんだろなぁ、実際」

 

その隊員の言葉に、三人は彼が乗っていた黒く光を反射させるバルキリーに目を向ける。

 

「これが新型...なんとも柄の悪い機体ですね」

「Sv-307『サーヴァルナ』。ヘイムダルが昔使ってたゴーストを、人間向けに再調整したんだと。」

「へーえ・・・にしても、今更Sv系の機体かよ。あの系列って、ウィンダミアがお得意様の斜陽機体じゃなかったか?」

「実際お上も、まともに量産するつもりはないだろうな。コイツ、乗って分かったがとんだじゃじゃ馬娘だ。生身の人間が乗れるったって、実際乗りこなせるのはエース級の奴らだけだろうよ。」

「成程なあ。んで、コイツを操り見事あの連中を撃墜してみせたのが、我らがミルヴァス隊の隊長ってわけだ。」

 

その茶化すような軽口を、彼は笑って受け流す。

 

「ハハ、よせよ。上の人達に比べりゃ、俺はまだまだひよっこさ。聞いたか?あの天才マックス、これを渡すかどうかを真面目に検討されてるらしいぜ。」

「彼はもう90代を超えていますが・・・それでも全く不安を感じさせないのが、彼の天才たる所以ですね」

「かーっ、やっぱマジもんは違うなぁ...そういや、隊長の親父さんも有名なパイロットなんだろ?もしかしたらこれ、乗るんじゃねえの?」

「いやあ、そりゃ絶対にないな。意外と一途なとこあるんだよ、うちの親父は」

 

三人が雑談に興じていると、彼の下に一つの通信が入る。彼は素早くそれに応対し、丁寧な口調で話し始めた。

 

「はい、こちらダイソン中尉。如何なるご用でしょうか、司令?」

『中尉、ご苦労だった。奴らの襲撃についての当時の状況を聞きたい、至急司令室まで頼む』

「は、了解しました。早急にそちらへ伺います。」

 

彼は通信を切ると、困った様子で二人を見た。

 

「・・・てなわけで、司令がお呼びだ。すまない、哨戒の報告書はそっちに任せてもいいか?」

「了解しました、我々にお任せ下さい。よし、行くぞ」

「へいへい、しょうがねえなあ。んじゃ隊長、また後でな!」

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

「はあ・・・結局、テスト結果とヘイムダルの件と合わせて、随分長引いちまったなぁ。あー疲れた...」

 

 

その男...コウマ・ダイソンは、疲労から自室のベッドにドスンと飛び込んだ。反動で全身が飛び跳ねる感覚と共に、彼の目線は天井に向けられる。

西暦2086年。彼は現在、S.M.Sマクロス18船団支部に戻り、そこで勤めていた。彼にとっての運命の日である、三年前のあの日──ウィンダミア星に流れ着き、そこでヴィアナという少女と出会った日から、彼は心機一転してめきめきと実力を伸ばしていき、遂には小規模ではあるものの、一部隊の隊長を任される程となっていた。

 

 

「あ〜...ダメだ、飯食う気力も出ねぇ・・・今夜は栄養食で済ませて、さっさとシャワー浴びて寝よう...」

 

彼はのっそりとベッドから起き上がり、棚に常備してある補給食を手に取って、もそもそと口に運ぶ。それをすぐに飲み込むと、シャワールームへと向かった。

 

「フフフフフン、フフフン、フフフー...」

 

彼は鼻歌を歌いながら、ぱぱっと全身を洗う。そうして手早くシャワーを済ませた後、肩にタオルをかけてリビングに戻った。次にデスクの前の椅子に腰掛け、備え付けの端末を立ち上げる。そこでまず行ったのが、今日一日のメールの確認だった。

 

「連絡は・・・ああ、これはもう確認済みで、こっちは...よし。さてと、なんだかんだ時間も余っちまったし・・・」

 

彼はメールフォルダを閉じ、続けて銀河ネットワークのブラウザを開いた。そして、最もメジャーな動画投稿サイトにアクセスする。

 

「お...ヴィアナのチャンネル、少し見ない間にだいぶ更新されてら。この頃忙しくて見れてなかったからなぁ・・・再生、っと」

 

彼は手始めに、一番最新の動画に手を伸ばした。彼女のチャンネルは楽曲のカバーを専門としているため、それ一つで完結する動画がほとんどである。よって、新旧どれから見ても楽しめるという点は、多忙な日々を送っている彼にとってありがたいものだった。

 

 

『君は君のヒーローなのさ 誰かから自分を切り離そう Get it on Get it on──』

 

 

「ほんと・・・アイツの歌声は不思議だな。同じ声の筈なのに、歌う曲ごとに雰囲気がコロッと変わりやがる。まさに百八変化ってか?」

 

彼が彼女の歌声に聞き入っているうちに、その動画はあっという間に終わってしまった。続けて別のものに手を伸ばそうとした彼だっが、動画の最後に流されたとある宣伝を見て、その手をピタリと止める。

 

「え・・・完全オリジナルの新曲!?しかも、ファーストアルバム発売記念ライブを開催だって!?日付は...月末ゥ!?やべぇ、今すぐチケット取って有給の申請を・・・!」

 

彼は慌てて端末を操作し、チケットの販売ページに飛ぶ。しかしそこで彼を待ち受けていたのは、見る者に無慈悲な現実を突きつける『SOLD OUT』の文字だった。

 

「嘘だろ!?クソォ...見に行きたかった・・・!」

 

彼は机の上に突っ伏し、日頃からの情報収集を怠っていた自分を呪った。しかし、そこからある事実を自ずと導き出し、その顔をふいと上げる。

 

「待てよ、全部売れちまったってことは・・・それだけたくさんの人が、アイツの歌を楽しみにしてるってことじゃねえか!ハハハッ...すげぇ、すげぇよ!」

 

彼は自分事のようにはしゃぎ、彼女の夢の成就を心から祝福した。あまりの驚きと喜びに、思わず自分の目が潤んでいたことに気付くと、彼は乱雑に涙を袖で拭う。

 

「ヴィアナ、お前・・・ホントにやったんだな!やっぱ大したヤツだ、お前は...!」

 

しかし喜びも束の間、彼の頭にある考えがよぎる。

 

「...そういや、俺・・・叶えられたのかな、夢」

 

そう呟いた彼は、少しの間物思いにふける。父・イサムの操縦技術には、今でも遠く及ばない。しかし、彼はもう父を超えることに固執しておらず、周囲からの評価も彼個人を評する声が目立つようにもなった。現在の一隊の隊長という立場や、新型機のテストパイロットという役目は、ダイソンのネームバリューだけで得られる物ではない。これらは間違いなく、彼の能力と努力で勝ち取ったものであった。

だがその一方で、彼はどこか『ズレ』を感じていた。今の仕事は気に入っているが、未だに何かが違うという感覚を拭えずにいたのだった。

 

「俺は・・・まだまだ、か。...いや、あれからまだたった3年しか経ってねえんだ、焦らずいこう。今回アイツのライブのチケットを取れなかったのも、まだ会うには早すぎるから・・・アイツと、約束したもんな」

 

 

 

──次会う時までに、また自分だけの道を見つけるのよ。さもなくちゃ、またしつこく言い寄っちゃうんだから。

 

 

 

「フ...ああ。待ってろ、ヴィアナ。俺も必ず・・・!」

 

彼は見事夢を掴んでみせた彼女に思いを馳せつつ、ベッドの上で静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

それから一週間ほど経ったある日。彼は基地司令に呼び出され、司令室の前に来ていた。ドアがスライドし、部屋の中へ入った彼を、司令と彼の部下二人が出迎えた。

 

「お呼びですか、司令・・・ってあれ、お前らもか?」

「よっ、隊長。」

「おはようございます、隊長。お先に失礼しています」

 

彼らはコウマと挨拶を交わすと、司令官の前からそそくさと離れる。二人が空けた場所にコウマが立つと、司令は毅然とした表情で話を始めた。

 

「ご苦労。それでは任務の通達だ、ダイソン中尉。貴様に依頼が来ている。場所はブリージンガルのアル・シャハル、歌手のライブ会場の護衛を頼みたいそうだ」

「アル・シャハル...また懐かしい場所ですね。ちょうどあの時も・・・」

「ああ、貴様がウィンダミアに迷いこんだ時もそうだったな。」

「それで、誰のライブの護衛を務めるんですか?最近は流行りの曲も聴いているので、もしかしたら知ってるかも・・・」

「すまんがその歌手が誰なのかは、現地について初めて伝えられるそうだ。これも向こうからの依頼でな」

「え?そんなことがあるのか...まあ、向こうの希望なら仕方ありませんね。了解しました。その任務、務めさせて頂きます。」

「うむ。では以上だ、下がっていいぞ。」

「は。お前らはまだ帰らないのか?」

 

彼が敬礼をしつつ部下たちに問いかけると、二人はお気になさらずといった様子で笑い返す。

 

「我々はまだ、司令とのお話がありますので・・・」

「つーわけさ。隊長はせいぜい、つかの間の平穏を楽しめって。」

「縁起でもねえなオイ。まあでも、それなら・・・では司令、失礼しました。」

 

そうして司令室を後にした彼を、彼ら三人は含み笑いで見送った。

 

「...隊長、驚くでしょうか」

「クライアントから事情は聞いているな?あんな依頼をするんだ、おそらく奴と相当良い関係にある人物なんだろう。」

「確か、最近銀河ネットワークを中心に有名になってきた子でしょう?まさかそんな子と面識があるたぁ...ヒュウ、隊長も隅に置けねえなあ」

「・・・もしやすると、奴にとって重要な選択をする時が来るかもしれん。その時は、隊員のお前たちが奴のケツを引っぱたいてやれ。」

「おっ、いいんですか司令?俺たちゃ隊長が大好きだからなぁ、きっと容赦なく追い出しちまいますよ?」

「S.M.Sはあくまで企業だ。奴のような人材は惜しいが、本人の意思で去っていくのを引き止めはせんよ」

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

かくして、彼は任務先であるアル・シャハルへと降り立った。機体を降りた瞬間から感じる、肌をジリジリと焦がす熱に懐かしさを覚えた彼は、自然とその顔に笑顔を浮かべる。

 

「アル・シャハル...!久しぶりだなぁ、この熱気。支部の奴ら、元気にしてっかな・・・時間があったら顔出すか」

 

彼は大きく息を吸い、胸を現地の空気でいっぱいに満たした。そうして気を引き締めた彼は、次に会場に足を踏み入れ、顔合わせの為に指定された部屋へと向かう。

 

「ここか...失礼します、S.M.Sより派遣されました、コウマ・ダイソン中尉です。本番前に一度ご挨拶をと・・・」

 

彼は楽屋のドアをノックするが、いくら待てども返答がない。彼が怪訝そうにしていると、一人でにドアがスッと開いた。

 

「おっ、開いた・・・あれ、誰もいないのか?一体どこ行っちまったんだ、クライアントは」

 

困惑する彼の後ろから、何やら妖しい黒い影がスススッと彼に近づく。そして・・・

 

「だーれだ?」

「うおぁッッッ!!!??」

 

突然何者かの手によって視界を塞がれ、彼の目の前は真っ暗になった。彼はいきなりのことに驚愕し、年甲斐もなく大きな叫び声を上げてしまう。

 

「ふふっ、久しぶり。面白い声出しちゃって、そんなにびっくりした?」

「え・・・誰だ!?もしかして、今回のクライアントですか!?な、何故こんな・・・」

「もう、ニブい人ね...こっちを見て、コウマ。」

 

同時に、彼の視界が一気に解放される。彼が慌てて後ろを振り向くと、そこにいたのは──

 

 

「あ・・・ヴィ、アナ?」

「ご名答。声を聞いた時点で気付いて欲しかったな?」

 

 

そこに立っていた目の前の彼女──ヴィアナ・インメルマンは、そう言ってにこりと笑った。三年の月日を経て、彼女はすっかり成長していたが、向けられたその笑顔を彼が忘れるはずがない。彼は少しの間目をぱちくりとさせるも、やがてその顔を俯かせ、無言で手を伸ばし彼女の両肩を掴んだ。

 

「え...どうしたの、急に」

「...ああ、マジで久しぶりだ。聞きてえことも、話してえことも山ほどある・・・けど、けど・・・!」

 

彼は小刻みに手を震わせながら、顔を上げる。その目は再会を喜ぶ涙でいっぱいになっており、彼の体が震える度に一滴、一滴と流れ落ちた。

 

「おめでとう...!本当に、本当に・・・!!」

「ちょっと・・・感極まり過ぎよぉ。ほんと、仕方ないんだから...」

 

彼のその表情に、彼女もつられてその目に涙をにじませ、肩を掴む彼の手にそっと自らの手を重ねた。

 

 

 

 

 

「にしても・・・えらく成長したなあ、お前。」

 

彼は改めて彼女を見る。身長は三年前に出会った時よりも伸び、高身長な彼と並ぶ程になっていた。更に容姿はより端麗となり、長い髪をサイドテールにして結っている点は、以前にも増して美雲・ギンヌメールの様な──有り体に言えば、大人の女性の雰囲気を醸し出している。

 

「ありがと。私ももう18だしね、色々と大きくもなるわよ。」

「あん時は、子供っぽさが結構残ってたが・・・今や完全に美人の姉ちゃんだな。ったく、時間の流れってのは恐ろしいね」

「そういう貴方は、あんまり変わりないみたいで何よりね。後ろ姿だけでもすぐに分かったもの。でも、少しだけたくましく...ううん、頼もしくなった?」

「かもな・・・あの時、お前と出会ったおかげだよ。お前がいたから、俺はここまで来れたんだ」

「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。でも私だって、貴方と出会えたから...っていうのも、あながち嘘じゃないのよ?」

「やめろって、照れ臭い...俺は別に何もしてねぇよ」

「ふふふっ・・・ねえ、久しぶりにまた話しましょ。お互いについて、これまでのこと。あれからどんなことがあったのかを、ね?」

 

 

 

彼女の発案の下、二人はこれまでの三年間について、すっぽりと抜けていた時間を埋める様に、お互いに事細かく伝え合った。時に驚き、時に笑いつつ、互いの歩いてきた旅路を称え合った。

 

「そう・・・まだ見つけられてないのね、貴方だけの道」

「う...ああ、その通りだ。あんだけ大口叩いといて、情けねえよ」

 

コウマは肩身が狭そうにするが、対するヴィアナは獲物を狙うような目つきで彼を見つめる。

 

「ふぅん。任務達成ならず、ってこと・・・忘れてないわよね、あの約束」

「口説くんだろ、俺を?ああ、ドンと来いよ。俺だってあれから、色んな女と交流してきたんだ。お前の誘惑くらい今更・・・」

 

冷や汗をかきながら精一杯の強がりをしてみせる彼に、彼女はいじらしそうに笑う。だが一方でその笑顔は、どこか期待感に満ちていた。

 

「ちゃんと覚えてるじゃない。それじゃ...覚悟はいい?」

 

彼女もまた少し緊張しているのか、呼吸を整えるように、すぅと息を吸う。その仕草に、彼は固唾を飲んで身構えた。

 

「・・・コウマ、私と一緒に来て。私と、一緒に歩いて欲しいの」

 

彼は彼女の言葉を受け流してやろうと息巻いていたが、それはかなわなかった。その言葉を発した彼女の声は、どこか熱を持っていたからだ。更に、普段はあまり光らない彼女のルンが、柔らかな光を放っていた。思ってもみなかったその状況に、彼は動揺を隠せない。

 

 

(な、んだ・・・?コイツ、様子が)

 

 

出鼻を挫かれ何も言えなくなっている彼に、彼女は真剣な眼差しで右の掌を差し出す。その目に見つめられた彼は、蛇に睨まれた蛙の様に彼女から目を離せなくなった。

 

「...あ、あ」

 

彼はその手を取ってしまいたくなる強い衝動を、腕をむんずと掴み必死に鎮める。

 

「・・・すまん、ヴィアナ。それは...できない」

 

彼はぐっと拳を握り締めながら、苦しそうにその言葉を紡ぎ出した。

 

「ヘイムダル・・・昔、お前を良いように使ってた奴らが、この頃おかしな動きを見せるようになってる。この調子じゃ、いつまた大規模な戦闘が始まるかも分からない。だから俺は・・・俺たちは、奴らから皆を守らなきゃなんねぇんだ。」

 

彼は初めて会った日の彼女の反応から、キツい言葉が来るだろうと予想し、目をぎゅっと瞑りながら覚悟を決める。しかし彼の想像とは裏腹に、彼女はいつもの調子で彼に話しかけてきた。

 

「顔、上げて?貴方が悪く思う必要なんてないわ。」

「お前・・・でも」

「昔の私なら...失望して、怒ってたかも。でも、少し歳をとった今なら分かるの。人がそれぞれ、背負わなきゃいけない責任ってヤツ。それが貴方の責任なら、私がそれを押しのける権利なんてない・・・けど」

 

彼女はすうっと彼の耳元に顔を近づけ、囁くように呟く。

 

「大人であることと、子供の夢を追い求めるのは相反しない・・・待ってるから、貴方のこと」

 

突然、机に置いてあった彼女の端末が、激しいアラーム音を鳴らす。二人が部屋の時計を見ると、本番の時間まであと少しという段階にまで迫っていた。

 

「あっ、もうこんな時間!ごめんなさいね、わがまま言っちゃって。じゃあ警備は任せるから・・・よかったら楽しんでいって、仕事のついでに。」

 

彼女はいつもの笑顔に戻って彼にウインクを送り、楽屋を後にした。しかし、それに哀しみの色が含まれていたことに、彼は気が付いていた。

 

「これで・・・よかったのか、俺は」

 

彼は少しの間、何もできずにその場で立ち尽くしていた。するとそこへ、見知った者たちが楽屋に現れる。

 

「おーっす隊長。うお、ひっでえ面してやがるな。」

「おい、失礼なことを言うな...隊長、少しよろしいでしょうか。」

「お前ら・・・」

 

彼は呆然とした表情で、隊員の二人を見る。

 

「何シケた面してんだよ。行きてぇんだろ、あの子と一緒に?だったら行けば良いじゃねえか。」

「そんな事・・・許されねえだろ、俺には」

「ですが、ご自身はそれを望まれているのでは?ならば迷う必要などないでしょう」

「ダメなんだよ・・・!俺はもう、唯のペーペーじゃないんだ。それにこんな状況だ、好き勝手する訳には...」

 

中々首を縦に振らない彼に、部下の一人がふるふると肩を震わせる。そして──

 

 

「隊長・・・ご無礼をお許しくださいッッ!!!」

 

 

パアァァァン!と部屋中に乾いた音が鳴り響く。気が付くと、彼は部下の一人からフルスイングの平手打ちを受けていた。少し遅れてもう一人が口笛を鳴らすと同時に、彼の頬がジンジンと熱を発する。

 

「・・・・・え?」

 

その痛みに思わず唖然とする彼を、その隊員は勢いよく叱責する。

 

「俺たちはミルヴァス隊・・・新人の中でも能力が高い者を集めた部隊の一員です!元より自分の能力は自負しておりますし、貴方にしごかれた今では、それ相応の実力があると確信しています!貴方の代わりなど、すぐにでも勤めてみせましょうとも!それに、現在人材が豊富なS.M.Sから貴方一人が抜けた程度で、大局が変わると本気でお思いですか!?S.M.Sを、俺たちを見くびらないで頂きたい!!」

 

普段は冷静沈着な彼のその変わりように、コウマは面食らった。一方でもう一人の隊員は、いつもの軽い調子で彼に語りかける。

 

「あー...うん。そうだよ、どっちみちアンタがいようといまいと、S.M.Sは問題なく回り続けるんだ。ひひ、丁度いいや。俺も一度はなってみたかったんだよなぁ、隊長ってさ。」

 

唐突に憎まれ口を叩く二人に彼は困惑するも、自ずと彼らのその態度の真意に辿り着いた。

 

 

(ああ・・・背中押してくれてんだな、コイツらは。それに、この仕事を俺に寄越した司令(オッサン)も、きっと・・・ったく、どうして俺の周りには、こうも不器用な奴らが多いかね...類友って奴か、ハハ)

 

 

二人の気遣いを察した彼は、腫れた頬を吊り上げて笑みを零す。そんな中、不意にある言葉が彼の中で蘇る。

 

 

 

──乗るべき真の風を見極めろ、尻込みはするな。

 

──親父さんと同じ道を走って、頑張って追い抜こうとする事はねえよ。

 

 

 

(そうか...今がその時なんだよな?ボーグさん、ハヤテ!)

 

 

かつて彼らから貰った言葉を思い出し、心を奮い立たせる彼に、二人がダメ押しとばかりに笑って告げる。

 

「ほら、どうすんだよ隊長。俺たちゃアンタの新しい門出を応援するぜ」

「まあ、その後しかるべき処分と、手続きは受けて頂きますが・・・あの司令のことです、きっと便宜を図ってくれますよ。」

「・・・ありがとう。俺は...ホント、良い仲間を持ったよ。最ッ高に生意気で、頼りになるな」

 

そう言い残し、彼はニッと笑って勢いよく楽屋から飛び出した。周りには一切目もくれず、ただひたすらにある一点を目指して、彼は走る。

 

 

(俺って奴は、色んな人に助けられて・・・!でも、俺はそれでいいんだ。風はキレイに花びらを散らせて、雪を吹雪かせ銀色の景色を作る。そうだ、俺の風は・・・!)

 

 

会場の外に出ると、ヴィアナのライブは既に始まっていた。離れた場所にあるステージから聞こえる彼女の歌声を聞き、彼の心はそれに応じて燃え上がる。その心の赴くままに、彼は会場外に停めていた自身のバルキリーへと全力で駆けた。

 

「俺の風は、誰かと呼応する為の風なんだ!親父が他人なんて関係なく、自由気ままに空を飛ぶなら...俺は、誰かと一緒に空を飛ぶ!足並み揃えて、お互いに引き立て合って、同じ風を感じて・・・っ、俺はッ!」

 

バクバクと高鳴る心臓に胸を圧迫され、息を切らしながらも、彼はなりふり構わず走り続ける。その顔は、若々しい活気に満ち溢れていた。

 

「俺は...アイツと、ヴィアナと飛びたい!!この気持ちは、俺だけの物だ!!」

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

(やっぱり・・・来ない、か)

 

 

今日の日を楽しみに来てくれた愛すべき観客たちの手前、ヴィアナは爽やかな笑顔を崩さないが、その心には一つの暗い影が落ちていた。

 

 

(私...あの時からずっと待ってた。大勢の皆の前で歌える日を・・・確かに、あの夢はこうして叶った。...でももう一つは、私一人じゃ意味がないのよ)

 

 

彼女が思い返すのは、あの時の記憶。二人で空を飛び、優しい歌を歌って、心地よい風に吹かれた、彼女にとってもまた、かけがえの無い時間。

その気持ちが、今の彼に迷惑をかけてしまうことは分かっている。しかしそれでも、彼女は願わずにはいられなかった。全ては、あの時密かに彼女の中に生まれた、もう一つの夢のため。

 

 

(...来てよ、お願いだから。私をこんな強欲な子にしたのはコウマなのに)

 

 

しかし彼女の思いとは関係なく、時間はどんどん進んでいく。彼女は後ろ髪を引かれながらも、切り替えて次に移ろうとした。

 

「皆、ありがとう!じゃあそろそろ、今回の本命・・・」

 

するとそこで、彼女の声は観客たちのどよめきにかき消される。彼女が何事かと空を見ると、一機の黒いバルキリーが飛来してきていた。突如として会場上空に現れたそれは、その体を真っ白な色に変えていく。まるで、純白の羽毛に覆われた天使の翼の様に。

 

 

(あれって・・・!)

 

 

彼女はその名を呼びそうになるのを必死でこらえる。そしてマイクを口から少し離すと、目元をキラリと光らせ、人知れず小さな声で呟いた。

 

「遅いじゃない、もう」

 

 

 

「ヴィアナ!お前が天使になるなら...俺は、お前の翼になる!!お前はどこまでも・・・銀河の果てまで飛んでいくんだ!!」

 

彼はライブの邪魔にならないようスピーカーを切っていたが、それでも彼女に声を届けんと大声で言い放ち、コクピットの中で眼下に見える彼女に手を伸ばした。本来は予定外のバルキリーの乱入であったが、観客たちは大きな歓声でそれを演出として受け入れていた。

 

「このライブの主役はヴィアナだ、俺はどうやってアイツを際立たせるかを・・・」

 

彼が注意深く会場の動向を見守っていると、彼女が目をきらきらと輝かせながら、ハヤテの様に...そしてコウマの様に、片手で飛行機を形作り、目の前に浮かぶ己の機体に重ね合わせたのを見た。

 

「! そうか・・・よし!!」

 

コウマは彼女の意図を瞬時に汲み、その手の動きに合わせて機体を移動させる。その後彼女の腕が伸び切ったのを確認して、一気にステージの上空に舞い戻った。そしてバトロイドに機体を変形させると、舞台裏で拝借した大型のステージライトを手に持ち、真下の彼女に──ヴィアナに向け光らせる。ライトに照らされた彼女の天使の如き様相に、人々はハッと息を飲む。

 

彼女は不敵な笑みを浮かべ、スキップをする様な身軽さでステージの端へと飛び移った。するとそれを皮切りに、会場の照明が暗転し、ステージに一定の感覚を開けて明かりが灯される。彼女が走り始め、その光の帯の中に入る度に、身を包む衣装が次々と変化していった。その魔法の様な光景に、観客たちは大いに盛り上がりを見せる。

 

やがて最後の明かりに身を投じ、そこで彼女は『闇フレイア』の姿に変身した。身長はそのままに、衣装や髪型・目の色がパンクなものに変わる。蠱惑的な笑顔と仕草を携え、長い振袖を振りかざしながらステージを横断し、最後に一気にセンターへと跳躍した。皆の注目を最も集めるその場所で、彼女は片膝を立ててそっと目を閉じる。

 

 

 

 

 

──歌は、慈愛

 

 

彼女は技術面でこれまで最も助けられた、レイナを想う。彼女の飄々としていながらもユーモアのある性格には、よく笑顔をもらった。

 

 

 

──歌は、鼓動

 

 

幼い頃から最も交流が盛んだった、マキナを想う。彼女の「きゃわわ」に対する姿勢、そして万人を包み込む様なその包容力には、いつも救われていた。

 

 

 

──歌は、息吹

 

 

大人として様々なアドバイスをくれた、カナメを想う。自分のアイデンティティについて苦悩していた頃、共に悩み、メンタルケアも含めた相談によく乗ってくれた。

 

 

 

 

──歌は、安らぎ

 

 

生き方を決める際の手本となった、美雲を想う。話した回数自体は少ないが、生まれが複雑な自分でも暖かな場所に行けるのだということを、身をもって示してくれた。

 

 

 

そして・・・

 

 

──歌は・・・・煌めき!

 

 

 

瞬間、彼女はそこでパッと目を開き、思いっきり飛び上がった。黒い衣装が光の粒となって弾け、白く短い可憐なドレスへと姿を変える。

 

 

(ありがとう、フレイア・・・歌うことの楽しさ、誰かと生きることの尊さ...全部全部、貴方に教えてもらった。今ここで・・・貴方からもらった物を、全て!!)

 

 

彼女はステージの床を踏みしめ、力強い目で観客たちを見据える。ルンはこれ以上にない程にまばゆく輝き、ピンク色の粒子を振りまいている。そして、彼女は声を張り上げ、堂々と宣言した。

 

「聴かせてあげる、『私』の歌を!!!!!」

 

 

 

 

 

それは、彼女が再び自分の手で生み出した歌。

 

闇の中より生まれし彼女が、光の下で高らかに歌ってやるという決意を、全銀河へと突きつける歌。

 

その歌の名は──

 

 

 

 

 

Rise Up to the Dawn!!!(「夜明けに向かって這い上がれ」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

「・・・そう。これが貴方の歌なのね、ヴィアナ」

 

どこかの惑星で、大きな帽子とサングラスを身につけた女性が口元を綻ばせ、端末に入っている彼女の歌に聞き入っていた。すると彼女の端末が鳴り響き、通話が始まる。その相手は彼女の人生における永遠の友人たちであり、仲間たちであった。

 

『ねえねえ聞いた、アナアナの曲!!?もうすっっごくきゃわわで、ハートにビリビリ来て...うー、今にも泣けてきちゃいそう・・・』

『マキナ、相変わらずヴィアナにベタベタ・・・あと、ライブの動画も見るべし。実は一部演出、私担当。予想外の乱入もあったけど。』

『ぐずっ...あのナイプラちゃんかぁ。結構良い線いってたよねー、訓練したらハヤハヤたちみたいになれるんじゃない?』

『そうねぇ・・・あっ。じゃあ久しぶりに、今度みんなでウィンダミアに行ってみない?もう少ししたら、仕事も落ち着くだろうし。』

『さんせーい!!久々のアナアナ、楽しみだな〜・・・』

 

賑やかに進められる会話に耳を傾けながら、彼女はくすりと笑う。そして付けていたサングラスを外し、天に高く広がる空を見上げた。

 

 

 

 

「飛んでいきなさい、遙か高みへ。私たち(ワルキューレ)も、フレイアをも超えるスピードで」

 

 

指で形作られたWのサインが、広い銀河の中で4つ、高々と掲げられた。




以上で、本短編は終了となります。元は劇場版を初めて見た日の帰りに思いついたしがない妄想でしたが、こうして完成させて皆様と共有できたこと、大変嬉しく思います。

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