レストラン白玉楼 (戌眞呂☆)
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第1話 3ヶ月ぶりの再会

皆さん、お久しぶりです。
作者の戌眞呂☆です。

今回、幻想郷文写帳の続編としてこの物語を書き始めました。
再び、欧我君の活躍をお楽しみください。
 


 

 不思議と、笑みが漏れる。文と分かれたのに、身体に、唇に文の温もりがまだ残っている。3ヶ月ぶりに会えた嬉しさからなのか、今はとても幸せな気分だ。舞い落ちる桜吹雪が、俺達を祝福してくれているかのような感覚を覚えてしまう。それほど、俺は幸せに包まれていた。

 文は小傘に知らせるために一旦家に帰った。小傘とも再会できるとなると、うれしさと楽しさが混ざったような気分になる。3カ月ぶりに再会できる嬉しさと、どのような成長を遂げたのかという楽しさ。そして何よりも、一緒に暮らした2人の可愛い笑顔を見ることが何よりも楽しみだ。

 今になって分かった気がする。笑顔フェチだ、俺。可愛い笑顔を見ると、ドキッとしてついカメラを向けたくなる。カメラを失った今、どのような行動に出るのだろうか…。

 まあいいや、俺は白玉楼に戻ろう。俺の新たな生活場所であり、新たな職場でもあり、新たな主が待つ館へ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは」

 

 

 白玉楼の門を潜り抜け、中庭に向かった。ここに行けば、幽々子さん…いや、幽々子様に会えるような気がして…ん?なんだろう、何やら目の前からものすごい勢いで…

 

 

「があっ!?」

 

 

「欧我さーん!!」

 

 

 ものすごい勢いで鳩尾にタックルしてきたのは、銀髪の女の子、妖夢ちゃんだ。妖夢ちゃんは俺にしがみつき、涙を服にこすり付けてくる。…じゃなくて、泣いて再会を喜んでくれていた。

 

 

「よかった…。死んだと聞いた時は…っ。でも、会えてよかったです!」

 

 

「うん、ありがとう」

 

 

 頭をよしよしとなで、そして優しく抱きしめた。妖夢ちゃんも俺を抱きしめる腕に力を込めた。

 

 

「あらあら、文が見たら嫉妬しちゃうわね」

 

 

 不意に聞こえた声。この声は…。

 

 

「「幽々子様!?」」

 

 

 声がした方に目を向けると、縁側に座り、こちらを楽しそうに眺めている幽々子様の姿があった。

 

 

「あら、欧我は何故私に様をつけて呼ぶの?」

 

 

「俺はここで働きますから、必然的に幽々子様は俺の主ということになります」

 

 

「そうなの?別に呼び捨てでも構わないわ」

 

 

「私も呼び捨てで構わないですよ。…それよりもなぜ私は「ちゃん」なのですか?「さん」じゃなくて」

 

 

「妖夢ちゃんは子供っぽくて小さいからね」

 

 

 俺の返事を聞いた妖夢ちゃんは、頬をぷくっと膨らませる。そして楼観剣の柄に手をかけた。

 

 

「…斬りますよ」

 

 

「おお、こわいこわい。でも、分かったよ妖夢」

 

 

「えっ?」

 

 

 不意に呼び捨てで呼んだことに、妖夢は驚いた表情を浮かべる。頬もなぜか赤みを帯びてきた。

 

 

「何?妖夢」

 

 

「いえ、なんでもないです。でも、なんか嬉しくて…」

 

 

目線をそらし、恥ずかしそうに答える。

 

 

「あーもー、やっぱり可愛いな、もう」

 

 

「ふにゃっ!?」

 

 

 あまりの可愛さに、思わず妖夢の頭をわしゃわしゃと撫でる。妖夢は慌てて俺の手を払いのけようと腕を動かすが、それを避けるかのように腕を動かし、撫で続ける。俺の手を払いのけようと、妖夢があたふたと両腕を動かす光景が面白くて撫ですぎてしまい、ついに半泣き顔で楼観剣で斬りかかってきた。

 …限度ってもんはやっぱり大事なんだね。

 

 

 

 

 

「あら、文たちが来たみたいね」

 

 

 妖夢に謝り、縁側に座ってお茶を飲んでいると、唐突に幽々子様がそう呟いた。耳を澄ますと、確かに文と小傘が話し合う声が聞こえてきた。

 あ、そうだ。少し驚かそう。

 

 

「小傘、驚いてくれるのかな?」

 

 

 立ち上がり、姿を見えなくした。これは幽霊になったことで新しく手に入れた俺の能力だ。…いや、能力かは分からないが、一応能力としておこう。

 姿を見えなくし、文と小傘が現れるのを待つ。話し声がだんだん大きくなり、中庭に文と小傘が入ってきた。

 小傘は少し髪が伸びたような印象だが、子供っぽい笑顔は前とちっとも変わらなかった。

 

 

「欧我ー!」

 

 

 文が名前を呼んだが、俺は姿を現さなかった。音もなく移動し、2人の背後に移動する。

 

 

「いないの?せっかく驚かそうとしたのに」

 

 

 やっぱり俺を驚かすつもりだったんだね。

 …よし、行くぞ。能力を解除し肺一杯に空気を吸い込んだ。

 

 

「うらめしやー!!」

 

 

「「きゃああああ!?」」

 

 

 大声を上げると、2人は同時に悲鳴を上げ、飛び上がった。いやはや、まさか文まで驚いちゃうとは…。

 

 

「って欧我!?びっくりさせないでよー」

 

 

「えへへ。ごめんね、文」

 

 

 …ん?

 ふと小傘の方に視線を向けると、小傘の目からは大粒の涙が零れ落ちていた。

 

 

「欧我…欧我ぁ!!」

 

 

 涙を流し、小傘は俺に抱き着いてきた。俺もしっかりと小傘を抱きしめる。小傘の温もりは、前とちっとも変らなかった。

 俺の腕の中で、小傘は延々と泣き続けた。その間、俺は頭を優しく撫で続ける。文が2人を包むかのように俺と小傘の背中に腕を回し、包み込むように優しく抱きしめた。

 2人に会いたいという念願が叶い、俺の心が幸せで満たされていく。…あれ、視界がかすんで。ああ、俺泣いているんだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小傘が落ち着きを取り戻し、みんなでお茶を飲みながらワイワイと話していると、突然文があるものを差し出した。

 

 

「あ、そうだ。これ」

 

 

そう言って文が取り出したものは、指輪とネックレス、そして長年連れ添った俺の相棒のカメラだった。それらを身に着けると、以前の自分を取り戻したかのような感覚になった。

 

 

「どうするの?これからも写真屋はやる?」

 

 

 じっとカメラを見つめていると、文がそう聞いてきた。この質問の答えは、すでに決めていた。

 

 

「いや、俺の写真屋はこれで閉店する。それに…」

 

 

 一旦言葉を区切り、小傘にウィンクした。

 

 

「写真屋なら、もう立派な人がいるからね」

 

 

「えっ?」

 

 

「小傘。あなたはもう写真屋の助手なんかじゃない、一人前の写真屋だ。大丈夫だよ、小傘の腕はかなり上達している。これからは、自分の思うとおりに写真を撮り続けるといいよ」

 

 

「師匠…!」

 

 

 小傘に俺のカメラを差し出した。カメラを受け取ると、小傘はそれを首から提げた。こうして、二代目写真屋の多々良小傘が誕生した。

 その様子を見ていた幽々子様が、何かを思いついたのか手を叩いた。

 

 

「そうだ、今夜白玉楼で宴会を行いましょう。欧我の復活と文との再会、そして新しい写真屋の誕生を祝って」

 

 

「おお、いいですね!」

 

 

「そうと決まれば私は皆さんに知らせてきます!小傘さん、行きますよ!」

 

 

「うん!」

 

 

 文と小傘は立ち上がり、みんなに知らせるために空へと飛びあがった。

 

 

「じゃあ、私たちは宴会の料理を作りましょう」

 

 

「そうだね、妖夢。…あ、幽々子様、つまみ食いはいけませんよ」

 

 

「むぅ~」

 

 

 妖夢と一緒に、白玉楼の台所へと向かった。

 



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第2話 宴会の準備

 

台所に浮かび、黙々と調理を続ける。

一度死んで能力を失っても、俺の人間場離れしたイマジネーションは健在だった。

生前と同じように、食材を見ただけで調理法やメニューが溢れだしてくる。その通りに両腕を動かしていれば、あっという間に料理が完成した。

 

死んだことによって影鬼の手で施された移植や人体改造がリセットされたと考えれば、この料理のイマジネーションは生まれ持って手にしたものであることがわかる。

 

 

「すごい…。」

 

 

いきなり聞こえた声にびくっとして後ろを振り返った。

あれ?いつの間に妖夢が後ろにいるの?

 

集中していたから気付かなかったよ。

 

 

「もうできたのですね!すごいです!」

 

 

「ああ、ありがとう。…あのさ、頼みたいことがある。」

 

 

申し訳なさそうに、そう切り出した。

これからの事をイメージすると、深刻な問題が発生する恐れがある。

 

そう、深刻な…食材不足に。

 

 

「はい、何でも言ってください!」

 

 

妖夢はそう笑顔で答えた。

見たところやる気十分のようだけど、これを見たらきっとどひゃーとか言うぞ。

 

紙にすらすらとペンを走らせ、妖夢に手渡した。

 

 

「これ、買ってきて。」

 

 

「はい!…は?はぁぁぁぁぁ!?」

 

 

大人数が来る、さらに何日も続くことが予想されるため、その分料理は大量に必要になる。

もちろん料理を作るためにはその分の食材が必要なわけで。

さらに宴会後の幽々子様の食欲を考えれば、買えるときに買っておかないと最悪の場合飢餓地獄に陥るかもしれない。

白玉楼の台所を預かるということは、そのようなことにも注意を払わないといけないだろう。

 

…これでも抑えた方なんだけどな。

 

 

食材の量に度肝を抜かれている妖夢を尻目に、今度は揚げ物に取り掛かることにした。

唐揚げ、かき揚げ、フライドポテト、野菜の天ぷらに、後に使うために小さく切った肉も入れよう…

 

うん、やっぱりこの音は聞いていて気分が落ち着くね。

こんがりときつね色になったところで、油から取り出す。レタスを敷いた皿の上にきれいに盛り付け、トマトやパセリ、レモンで飾り付けると、欧我特製オードブルの完成!

でも、これをあと何皿作ったら足りるかな?

 

それにしても、みんなそろって桜の下で酒を飲むって考えただけで最高だな。

 

 

「あー、みんな喜んでくれるかな?」

 

 

自然とそう漏れた。

共に精一杯戦ってくれたみんなに、美味しい料理を食べさせる。

これが、今の俺にできる唯一の恩返しだ。

 

うんよし、この調子で取り掛かろう。

再び油に向かった。

その直後…。

 

 

「欧我ぁ~!!」

 

 

何者かが台所に飛び込んできて、後ろから俺を抱きしめた。

ものすごい勢いで飛び込んできたため前に倒れそうになったが、目の前に高温の油があったため両手をつっかえ棒のようにして耐える。

常に浮かんでいるから足で踏ん張れないんだよ。

 

 

「会いたかったぜ!心配掛けやがって、このー!」

 

 

「わっ、ちょっと魔理沙さん離してよっ。」

 

 

後ろから抱き着いてきたのは金髪白黒の魔女、魔理沙さんだ。

それよりも胸!胸が当たってるよ!!

 

 

「あら、やけに嬉しそうじゃない。」

 

 

「ええ、久しぶりに会えたのですから。もちろん、アリスさんにもね。」

 

 

台所の入り口に立つアリスさんに向かって、にっと笑いかけた。

…それよりも魔理沙さんどいて!お、重い…。

 

 

「あっ、今失礼なこと考えたな?」

 

 

「ぎくっ!?」

 

 

「魔理沙、いい加減離れなさい。苦しそうよ。」

 

 

アリスさんの助け舟によって、ようやく魔理沙さんが離れてくれた。

それにしても、2人とも3ヶ月前と変わらない可愛い笑顔だ。

 

…ん?なんだろう、この臭い。

 

 

「わっ!?焦げた!!」

 

 

やっちまったぁ…。

話に夢中で火にかけていた料理を焦がしちゃった…。

 

これは、自分で食べるしかないな。くそっ、せっかくの食材を…。

 

 

 

「これは、そっとしておいた方がよさそうだな。」

 

 

「そうね…。私たちは向こうに行ってましょう。」

 

 

背後からそのような会話が聞こえた。

まあいいや、この失敗を取り戻すため、集中してとりかかろう。少しでも美味しい料理を食べてもらうために。

 

…そう言えば妖夢に何か頼んだっけ?

…まあいいや、気にしない。

 

 

 

 

 

その後、一人で台所に向かい、黙々と料理を作り続ける。

料理を作っているときはその行為にのみ集中してしまい、周りが見えなくなった。

 

だから、息抜きのために外に出ようとした時に、入り口のところに大人数が集まっているのを見た時にはあまりの驚きに腰を抜かしそうになってしまった。

 

 

あ、そう言えば妖夢はいつの間にか帰って来ていたんだね。

大きな荷物を背負い、両手にも袋を下げて俺のそばに立っていた。

 

かなり疲れた様子だけど、まあこの量だからなぁ。

 

 

「お疲れ様、妖夢。ありがとね。」

 

 

「いえ、これくらい…大丈夫です。私も手伝います。」

 

 

そう言ってくれるのは嬉しいけど、傍から見ても分かるほど妖夢は疲れ切っていた。

隠し通そうとしても、無理をしているのはバレバレだった。

 

妖夢の肩に笑顔で両手を置くと、肩に担ぎ、台所を後にした。

 

 

「おっ、下ろしてください!は…恥ずかしいです…。」

 

 

両手両足をバタバタと動かす。

妖夢は激しく抵抗しているが、どれだけ揺すっても俺は浮いているから転んだりはしない。

 

 

「ダメだよ。疲れているのならしっかり休まないと、この後はっちゃけれませんよ。」

 

 

「はっちゃけるってなんですか?」

 

 

「まあ、色々だよ。とにかく、妖夢は頼んだ仕事をきちんとこなしてくれた。これだけで十分うれしいよ。ありがとう。」

 

 

「欧我さん…。」

 

 

妖夢を肩から降ろし、床に座らせた。

なぜか顔がトマトのように赤くなっていたけど、そんなに恥ずかしかったのかな?

 

…まあいっか。

 

そんなことより、宴会料理はあと少しで完成する。ラストスパートをかけよう。

 



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第3話 幸せな宴会

 

満開に咲き誇る桜の木の下にみんなが集まり、宴会が幕を開けた。

3ヶ月ぶりに会うみんなの笑顔は、ちっとも変らなかった。

みんなとの再会を喜び、抱きしめあい、追いかけられ、驚かされ、噛みつかれ…。

 

もう二度と会うことはできないと思っていた。喋ることも、笑いあうこともできないと思っていた。

でも、こうしてみんなと再会することができた。その嬉しさからか、俺は感極まって泣きまくってしまった。

 

 

俺が精一杯作り上げた大量の料理は好評で、各地で奪い合いや喧嘩などが巻き起こってしまい、その度に小傘がその光景を写真に収める。宴会で何度も見た当たり前の光景なのに、なぜか初めて見るかのような新鮮な気持ちになる。

これも、みんなと再会できたことに対する喜びから来るものなのかな。

眺めていると、ふつふつと幸せがこみ上げてくる。こういった何気ない日常も、一度死ぬとすべてが幸せに満ち溢れていることに気づく。どうして今まで気づかなかったのだろう…。

 

桜の木の枝に腰を掛け、眼下で繰り広げられる大騒ぎの大宴会をじっと見つめる。

隣に座る文の手を握り、そっと身体を傾けて寄りかかった。

何もせず文と寄り添いあう。お互いに何も話さなかったが、それでも文の隣にいるだけで心が安らぎ、幸せな気持ちになる。

 

この時間が、長く続いてほしい。

 

 

 

「おーい、欧我ー!」

 

 

「っ!?はーい!」

 

 

そのようなことを考えていたら、いきなり名前を呼ばれた。

声のした方を向くと、そこには霊夢さんが空になった皿を頭上に掲げて大きく振っていた。

 

…あれ、ちょっと酔っている。

 

 

「もっと料理持ってきてー!」

 

 

「おい、欧我は今日の主役だぜ。そんなこと…。」

 

 

「分かりました、少し待っていてください!」

 

 

霊夢さんの隣に座っている魔理沙さんが慌てて止めたけど、俺にはこういった形でしか恩返しができない。俺と一緒に戦ってくれたことに対する恩をみんなに返したい。だから、俺はみんなに感謝の気持ちを込めて美味しい料理を作る。

 

 

「文、ちょっと行ってくる。」

 

 

「うん、行ってらっしゃい。」

 

 

木の枝から降り、白玉楼の台所に向かった。

 

 

 

 

 

「さて…。」

 

 

なにを作ろうかな。

えーと、鶏肉があるな…。

よし、チキンステーキなんてどうだろう。

 

まずは鶏肉の皮、身の部分に切れ込みを入れ、塩とブラックペッパーをまぶす。

熱したフライパンに油を敷き、皮を下にして乗せる。

じっくりと、そしてこんがりと…。

うん、いい匂いがしてきた。

皮がパリパリに焼けたらひっくり返して蓋をし、中火で中まで火を通す。

焼いている間に醤油や砂糖などを混ぜてたれを作り、フライパンに入れて煮詰めながら馴染ませる。

 

箸でも食べやすいように切り分け、皿に盛りつけてキャベツなどをトッピングすれば…。完成!!

 

 

 

 

 

お盆に乗せ、霊夢さんのもとに向かった。

 

 

「はい、お待たせ!」

 

 

チキンステーキを霊夢さんに差し出した。

それを受け取ると、箸でつまみ、口まで運んだ。

 

 

「あぁ~、おいしい!」

 

 

「どれどれ?」

 

 

魔理沙さんが隣から箸を伸ばす。

 

 

「お~、本当だ!」

 

 

良かった、喜んでくれたみたいでほっとしたよ。

すぐそばにあった未使用の2枚の杯とお酒を持ち、文のいる桜のところに戻った。

 

 

「ただいま。」

 

 

「おかえりなさい。どうやら好評だったみたいね。」

 

 

文の隣に座って、杯を手渡した。

酒瓶を傾け、杯に酒を注ぐ。

 

 

「うん、喜んでくれてうれしかったよ。」

 

 

酒がなみなみと注がれた杯を傾け、文は美味しそうに飲み干した。

そして酒瓶を受け取ると、俺の持つ盃に酒を注いでくれた。

 

 

「それで、何を作ったの?」

 

 

「チキンステーキ。」

 

 

そう言って、杯の端に唇を近づける

その直後、文が俺の肩に手を置いた。

今の衝撃で酒がこぼれてしまった。

 

 

「欧我、いけません。鶏肉はいけませんよ…。」

 

 

「どうして?美味しいのに。…そうだ、今度文にも作ってあげるよ。」

 

 

「欧我…それは宣戦布告と受け取ってもいいのかしら?」

 

 

次の瞬間文から立ち上る怒りに満ちたオーラ。

わぁ、これ完全に怒っている。

 

 

「もちろん冗談だよ、ちょっとからかってみただけ。それよりも、飲みましょうよ。」

 

 

酒瓶を持ち上げると、文の持つ盃に酒を注いだ。

そう言えば、共食いだったな。今後気を付けないと。

 

文は少々むっとした顔で杯を傾けた。

 

 

 

 

 

「それよりもさ、お店出してみない?」

 

 

「店?」

 

 

しばらく酒を飲み続けていると、文がそう聞いてきた。

一体何の店だろう。

 

 

「そう、欧我の料理はどれも美味しいから、お店として出したらどうかしら。」

 

 

「お店、ねぇ。レストラン白玉楼…。」

 

 

俺が腕を振るった料理を、みんなに提供する。

そうすれば、恩返しができるのかもしれない。

 

…でも、勝手に白玉楼の大切な食材を使ってもいいのだろうか。

幽々子様の食欲を考えたら、大勢の人に提供したら食材が底をついてしまう。

そもそもレストランスペースとなる部屋を貸してくれるのだろうか。

 

 

「うん、考えてみる。」

 

 

まずは幽々子様と相談する必要があるな。

 

 

 

 

 

その後、2人は交互に酒を飲み続けた。

まるでこの世界に2人しかいないかのように、酒を酌み交わし、とりとめのない会話を続ける。

夜空から降り注ぐ月の光はピンクの花びらを照らし、辺りを幻想的に燃え上がらせる。

こういった光景に影響されたからなのか、それとも文と一緒にいるからなのか、少し酒を飲み過ぎてしまった。

 

文が俺の杯に酒を注ごうとしたので、俺は左手を上げて遮った。

 

 

「もう飲まないの?」

 

 

「うん、酔ってきちゃって。」

 

 

「あら、これくらいのお酒で酔っていてはだらしないですよ。それとも、私のお酒が飲めないと言いたいのですか?」

 

 

「そんなわけじゃないけど…。」

 

 

文が俺の頬に両手を添わせて顔を向けさせると、唇を合わせてきた。

いきなりのキスに驚いていると、次の瞬間口の中に酒が流れ込んできた。

 

 

「んっ!?・・・ごくっ」

 

 

え?え!?

酒!?いつの間に!?

 

 

唇が離される。

酒のせいなのか、文の顔は真っ赤に染まっている。

おそらく、俺も同じ状況だろう。

 

 

「どうでした?」

 

 

いきなり起こった予想外の行動に、俺の頭はパニックを引き起こす。

何を言っていいか分からず、

 

 

「あ…文の味がした。」

 

 

という言葉が口をついて飛び出した。

 

その後、しばらくの間心臓のドキドキは収まらなかった。

 



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第4話 朝のひと時

 

ん…あれ?

俺、寝ちゃったのかな?

空を見上げると、まぶしい太陽がさんさんと輝いている。

 

頭がさえるにつれ、辺りの状況がだんだんとつかめてきた。

白玉楼の縁側に腰を下ろし、壁にもたれ掛ってぐっすりと眠っていたようだ。

 

 

「ん~…」

 

 

「ふぁい!?」

 

 

思わず変な声が漏れた。

俺の太ももを枕にして、文がぐっすりと眠っていた。

仰向けに横たわり、太ももに頭を乗せて、幸せそうな表情を浮かべている。

 

ふふっ…。

しょうがないな。

文が目を覚ますまで、その寝顔をずっと堪能させてもらうよ。

左手で、そっと優しく文の頭を撫でる。…気の精かな、文が少し笑ったような気がした。

 

 

「可愛いなぁ、全く。」

 

 

寝ているから…聞こえないんだよね。

恥ずかしくて、面と向かってはっきりと言う事ができないから、今言うよ。

 

 

「文…本当にありがとう。」

 

 

頭を撫でながら、そう小声でつぶやいた。

最後まで俺を信じ、想い、一緒に戦ってくれた。

文のその気持ち、心。俺にとってそれは、文からもらった最高のプレゼントだった。

 

 

「もしかしたら、文が隣からいなくなったら生きていけないのかもな。」

 

 

いつもそばにいて、俺を慕い、支えてくれる。

そんな文の存在は、いつしか俺の中で大きくなっていた。

文と一緒にいられるから、俺は毎日を楽しく生きてこれたんだと思う。

文と一緒にいられるから、記憶を失った恐怖に打ち勝つことができた。

文と一緒にいられるから、俺はたくさんの仲間に出会うことができた。

 

文は寝返りを打つと、庭の方に身体を向けた。

右手を文の肩に乗せ、左手でそっと頭を撫でる。

 

 

「俺は文から、感謝してもしきれないほどの、たくさんの幸せをもらった。だから、これからもずっと俺の隣にいてほしい。それに…」

 

 

「欧我ー!おはよー!」

 

 

「小傘!?しーっ!」

 

 

塀を飛び越え、小傘が中庭に飛び込んできた。

そんなことより、文が起きちゃうよ!しーっ!しーっ!

 

そう身振り手振りで、文を起こさないように静かにすることを小傘に訴えたが、小傘は予想外の一言を口にした。

 

 

「でも、もう起きているよ?」

 

 

「えっ!?」

 

 

俺の体の動きが止まる。

え…もう起きているだって!?でも、寝てたじゃないか!?

 

 

「ばれてしまいましたか。もう少し幸せなひと時を満喫できると思ったのですが…。」

 

 

その声と共に、今まで眠っていたはずの文が上体を起こした。

まさか狸寝入り!?寝たふりをしていたということ?

 

 

「…いつから?」

 

 

「そうですねぇ、欧我が起きるずっと前よ。」

 

 

俺が、起きる…?

かぁぁぁぁっと顔が赤くなるのを感じる。

 

と言う事は…。

聞いちゃった?

 

 

「もう、欧我ったら私がいないと何にもできないのね。」

 

 

「わぁぁぁぁ!?」

 

 

言うな!言うなぁ!!

 

文はそんな俺をお構いなしに、両手を自分の頬に沿わせた。

 

 

「私を可愛いって。それに、欧我に頭を撫でてもらえたぁ。」

 

 

は…恥ずかしい。

小傘も何ニヤニヤしているんだよ。

 

…え、カメラ?どうしてカメラなんか取り出して。

あの…文?どうして再び俺の太ももに頭乗せているのですか?

 

パシャッ!

 

撮るなぁぁ!!

ああ…恥ずかしすぎて死にたい。(※死んでます)

 

 

 

 

 

外で行われていた宴会は、日付が変わった今でも盛大につづけられていた。

紅魔館のメンバーや命蓮寺の皆さんの姿は見えなかったが、霊夢さんや魔理沙さん、萃香さんなど、宴会や酒が好きな人たちはまだ残っていてお花見を楽しんでいる。

 

まあいいや、俺は自分の仕事をこなすだけ。幽々子様に朝食を作らないと…。

文たちと別れ、一人台所に向かった。

台所には、すでに妖夢の姿があった。

 

 

「おはようございます。」

 

 

「ああ、欧我さん。おはようございます。」

 

 

妖夢はまぶしい笑顔で挨拶を返してくれた。

すでに妖夢は何かを作っているようだった。両手を動かし、せっせと調理を続ける。

 

 

「ところで、幽々子様の朝食はいつもどのようなものを出しているのですか?」

 

 

「朝食…ですか?今は昼ですよ。」

 

 

えっ!?

もう…昼?

 

 

「仕方ないですよ。だって昨夜は文さんと一緒に夜遅くまで話していましたからね。」

 

 

と、妖夢は笑顔で言った。

確かに夜遅くまで文と喋っていたけど、まさかそのせいで昼まで眠っていたということ?

 

 

「さあ、一緒に昼食を作りましょう。幽々子様もお腹を空かせて待っていますよ。」

 

 

「あ、はい!」

 

 

 

 

 

出来上がった料理を食堂に運び、文と小傘も含めて5人で昼食を食べはじめた。

みんな俺の作った料理を美味しそうに食べてくれることがとてもうれしかった。

 

 

「うん、やっぱり欧我の作った料理は最高ね!」

 

 

幽々子様の食欲に驚きながら食事を終え、今は食後のお茶を飲んでのんびりとしている。

今なら、相談ができるかもしれない。

 

 

「あの…幽々子様。改まって相談したいことが。」

 

 

「まあ、何かしら?改まって。」

 

 

幽々子様は笑顔でそう聞いてきた。

 

 

「実は…。ここでレストランをオープンしたいのですが。」

 

 

「レストラン…?」

 

 

みんなの視線が俺に集中する。

 

 

「はい。お客に食べたい料理を提供して、代わりにお金をもらう場所の事です。」

 

 

簡単に、レストランについての説明を行う。

 

 

「そうね、面白いと思うわ。でも、お金をもらったとしても白玉楼の大切な食材を使わせるのはさすがにね。」

 

 

「そうです!それに、大勢のお客が押し寄せたら、うるさくて静かに暮らすことはできません。」

 

 

幽々子様と妖夢から、このような返事が来ることは予想できた。

だから、調理中にこの問題点の解決策を考えていた。

どうすれば、白玉楼の食材を使わずに料理を提供できるのか。そして、どうすれば幽々子様たちの生活を壊さずに済むのか。

 

自分なりに、解決策はできている。

 

 

「お客が持ってくるのは、お金ではなく食材です。その食材を使えば、白玉楼の食材を使うことはありません。それに、お客を招くのは昼と夜の2回、一組だけです。俺は、料理で皆さんに恩返しがしたい。だから、お願いします!」

 

 

床に手を突き、頭を下げる。

しばらくの間沈黙が続いた。

誰も言葉を発さず、幽々子様の返事を待つ。

 

やはりダメかと諦めかけていたら、パチン!と扇子を閉じる音が聞こえた。

 

 

「いいわ、好きにやってみなさい。」

 

 

「え!?」

 

 

「なんだか面白そうだし。それに、貴方が何かを成し遂げたいのなら、それを見守るのが主というものですわ。」

 

 

「幽々子様・・・ありがとうございます!!」

 

 

良かった、認めてもらえた。

ほっと安堵のため息を漏らす。

 

 

「よかったわね、欧我!そうと決まればさっそく取材よ!行きますよ、小傘さん!」

 

 

「はい!」

 

 

その後、俺は文から質問攻めにあった。

 

上手くできるのか、それは全く分からない。

でも、俺はみんなのために、ここで精一杯料理を作り続ける。

 

それが、俺のできる恩返しだ。

 




文々。新聞 号外

≪レストラン白玉楼オープン≫

冬の影鬼異変で命を落とした葉月欧我(18)が昨日、白玉楼に帰ってきた。(そのニュースについては別の記事を参照)この度、欧我さんは共に戦ってくれた仲間たちに恩を返すため、白玉楼でレストランというものを開く。お客が持ってきた食材を基に、欧我さんが秘められた才能を発揮して美味しい料理を作ってくれる。詳しい内容は別紙の広告に記載してあるのでそちらで確認してください。欧我さんの料理はとても美味しく、言葉が見つからないほど「美味しかった」。毎日のように料理を頂いてきた私にとって、欧我さんの料理は楽しみの一つになっている。欧我さんは私たちの取材に応じ、「皆さん、本当にありがとうございました。これからも俺を、そしてレストラン白玉楼をよろしくお願いします!」という元気いっぱいのコメントをしてくれた。時間と食材に余裕がある方は、一度足を運んでみるといいだろう。
 

新聞のように文章を書くのは難しいね…。


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第1章 初めてのお客様
第5話 お礼のフルコース


 
ついに、レストラン白玉楼がオープン!

記念すべきお客様第一号は誰でしょうか。


 

台所に浮かび、せっせと両手を動かす。

今日の昼、レストランがオープンして最初のお客様がやってくる。

そのお客様に丹精込めた料理を提供する。そのために、一人台所に入って料理を作っているというわけだ。

 

このレストランの仕組みはちょっと複雑だ。

まず、白玉楼宛に手紙を出す。その手紙を先着順に並べ、その順に俺が日時を指定した返事を書く。その返事の手紙を受け取ったら、俺が指定した日時に食材を持って白玉楼にやってくる。

こういった少し手間のかかるやり取りを経て、ようやくお客を迎えることができる。

どうしてこのような過程になったのか。それは、妖夢と幽々子様との長時間の相談によって、条件として決まったことだ。

 

…え?郵便配達員はどうするのかって?

ご心配なく。とある方が名乗り出てくれました。

 

 

「欧我、調子はどう?」

 

 

おっ、噂をすれば何とやら。

その人が来たみたいですよ。

 

 

「まあまあだよ、文。」

 

 

はい、文です。

何故自ら志願したのかというと、「私は幻想郷最速のスピードを持っているから!」だそうです。

 

でも、俺はその本心は違うことを知っている。

ついさっき小傘が「少しでも長く欧我のそばにいたい。」と文が言っていたことを教えてくれた。

その言葉を聞いた時、ジーンと胸にこみ上げてくるものがあった。

少しでも長い時間を一緒に過ごすためには、白玉楼に来る必要がある。

郵便配達のためにここを訪れれば、その分2人が会う時間が増えるというわけだ。

 

 

「わぁ、どれも美味しそうね!」

 

 

完成したばかりの料理を見て、文が目をキラキラと輝かせる。

今日のメニューは食糧庫の中にあるものから選び抜いた食材を用いた、独自のアレンジを加えたフルコースだ。

前菜に筍と胡瓜の梅肉ソース、サラダは季節野菜の和風サラダ、スープには和風出汁の利いたかぼちゃのスープ、魚料理は…魚が無いから飛ばして、肉料理はポークステーキのフルーツソースがけ、デザートには抹茶ケーキ、そして最後にコーヒー…まあ飲めない人には緑茶を出そう。

 

使いたい食材を選んでいたらこんなまとまりのないメニューになってしまったが、どれも美味しくできたと思う。自信を持って言えないけど、絶対に喜んでくれるだろう。

 

 

…え、お客様が食材を持ってくるんじゃなかったのって?

今日来るのは、俺と一緒に能力を活用して戦ってくれた4人の仲間たちだ。各地に現れた手下達を倒してくれたことは、非常に嬉しかったし、非常に頼もしかった。そんな大恩人たちには無料で食べてもらいたい。

だから、幽々子様にお願いして、特別に食糧庫の食材を使わせてもらうことになったのだ。

 

 

「あれ、どうして5人分あるのですか?今日来るのは4人のはずなのに…。」

 

 

並べられた料理を見て、文が首をかしげる。

確かに招待したのは4人だけど、一緒に戦ってくれたのはもう一人いるでしょ?

 

文に笑顔を向けると、言葉を発した。

 

 

「それは文の分だよ。」

 

 

「えっ、私の?」

 

 

「もちろん。文も、俺と一緒に戦ってくれた。あの時どれほど心強く感じたか。だから、文にも感謝の気持ちを込めて作った料理を食べてほしいんだ。」

 

 

そう文に笑いかけた。

文が隣にいる。たったこれだけのことが、どれほど心強くて頼もしいものだったか。

そんな文に料理で恩返しがしたい。だから、今回のフルコースは文を含めた5人分用意をした。

 

 

「欧我…ありがとう。」

 

 

「どういたしまして。」

 

 

よし、そうと決まれば仕上げに入ろう。

最高の料理を提供するため、一瞬たりとも気が抜けない。

 

 

「あの、取材してもいい?」

 

 

いつの間にか文はカメラとメモ帳を取り出していた。

取材か。料理に集中すると周りが見えなくなるからな…。

インタビューに答えることはできないだろう。

 

 

「写真だけならいいよ。」

 

 

「はい、わかりました!それでは欧我さん、よろしくお願いします。」

 

 

文はそう笑顔で答えた。

俺に敬語を使っていると言う事は、完全にブン屋モードに入っちゃっているな。

まあいいや、こっちも料理人モードに入ろう。

 

 

「うん、こちらこそよろしくお願いします。」

 

 

台所に向かい、調理を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、気付いたら12時近くになっていた。

もうすぐで約束の時間、12時になる。

 

料理の方は、あと少しの仕上げをすればすぐに出せるようになっている。

初めのうちは大まかなイメージしかなかったが、とうとうここまで形にすることができた。これを喜んでくれるといいな…。

 

 

調理も一段落し、台所を出て縁側でお茶を嗜む。

壁にもたれ掛り、お茶の香りを楽しみながら何もせずぼーっと中庭を眺める。

料理の時に酷使した両腕を休ませながら、お客様の到着を待つ。

常に浮いているから、両足の疲れは皆無なんだけどね。

 

やっぱり、緑茶は最高だ。

抹茶よりも緑茶派だな、俺は…。

 

 

「欧我さん、欧我さん!」

 

 

「…ん?」

 

 

「インタビューの途中なのですが。」

 

 

「・・・あ。ごめんなさい。」

 

 

そうだった、文…いや、ブン屋からインタビューを受けていたんだった。

いやはや、緑茶には人を和ませる程度の不思議な能力が秘められているな。その能力に惑わされてしまったよ。

 

それよりもインタビューだったね。

 

 

「それで、今日のお客様に…」

 

 

「おーい、欧我ー!」

 

 

この声は…!?

とうとうお客様のご来店だ。

 

俺が招待した4人。

それは、エレメントを駆使して共に戦ってくれた大恩人。

 

そう。にとりさん、屠自古さん、天子さん、そして妹紅さんだ。

 




 
俺もこんな感じのフルコースを作りたい。
 


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第6話 料理人、葉月欧我

 

縁側を離れ、声のした方へと飛んで行く。

その後を、不機嫌そうに頬をぷくっと膨らませた文が付いてきた。

何を怒っているのだろう。これからお客様を迎えるのに。

 

 

「文、笑顔笑顔。」

 

 

文と目を合わせ、にっと笑顔になる。

 

 

「ふっ、分かったわよ。」

 

 

俺の笑顔を見て、ふっと息を吐くと文も笑顔になった。

よかった、笑ってくれた。

やっぱり文は笑顔が一番可愛いな。

 

…別に惚気ているわけじゃないぞ。ほ、ホントだぞ。

 

 

門のそばまで近づくと、向こうから4人が歩いてきた。

住んでいるところも、それぞれの種族も違うのに、4人とも非常に仲がよさそうに笑い合っている。

もしあの異変が起きなかったら、この4人はこれほどまでに親密な関係を築くことはなかったのかもしれない。

 

 

「皆さん、いらっしゃいませ!」

 

 

4人の前に降り立ち、深くお辞儀をする。

その直後、なぜか4人が一斉に声を上げて笑い出した。

 

…ちょっとなぜ笑っているのか分からないよ。

 

 

「お、欧我…。その格好は何?」

 

 

「あはははっ!似合わないわよ!」

 

 

あの、にとりさんに天子さん。

この格好のどこがおかしいのですか?

 

いや、妹紅さんも笑い過ぎだよ。

 

 

「欧我…一体その格好は何だ?」

 

 

屠自古さんまで…。

な、なんか恥ずかしくて顔が赤くなってきた。

 

 

「外の世界の料理人はみなこの格好をするんですよ。」

 

 

今の俺の格好。

コックコートに、背の高いコック帽子。腰から下げた青いエプロン…。

外の世界の有名な料理人はみなこの服装をしているのに、どうして笑うのかな。

 

もしかして…そんなに似合っていない?

 

 

「ちょっとショック…。せっかくアリスさんが作ってくれたのに。」

 

 

今着ているコックセットは、レストランをオープンすると聞いたアリスさんがそのお祝いにと作ってプレゼントしてくれたものだ。

その出来の素晴らしさに感動して思わず抱き着いて、戦操「ドールズ・ウォー」で殺されそうになったのはいい思い出だ。…まあ既に死んでいるんだけどね。

 

 

「仕方ないですよ。幻想郷でこの格好は珍しいだけです。」

 

 

「文だって爆笑していたじゃないか。」

 

 

隣からそう言ってくれた文をじっと睨みつける。

そのフォローは嬉しかったけど、初めて見た時の文も同じくらい爆笑していたぞ。

 

も、もういいや。

みんなには慣れてもらうしかない。

 

 

「それではみなさん、レストランへご案内します。」

 

 

空に浮かび、白玉楼の中庭へと向かう。

その後を、文たち5人がついてきた。

 

 

 

 

 

レストランの会場に割り当てられたのは、台所のすぐ近くの部屋だ。

大きな机が部屋の中央にあり、その周りに旅館などによくある座椅子が並べられている。

机の上と床の間には花がきれいに活けられた花瓶が置かれ、部屋を色鮮やかに彩っている。流石庭師。

 

 

「さあ、座ってください。」

 

 

5人が席に着いたのを確認すると、料理を運ぶために台所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、あの…幽々子様?」

 

 

よだれが垂れていますが…。

並べられたフルコースを幽々子様が恍惚な眼差しでじっと見つめている。

 

ぐりゅりゅりゅ…。

 

 

「ねー欧我ぁ。お腹すいた。」

 

 

盛大にお腹が鳴っているよ。

 

 

「すみません。ですが、昼にお客様を迎える日は、昼食は1時30分でいいとおっしゃったのは幽々子様です。それまで我慢してください。」

 

 

「えー、でも、こんなに美味しそうな料理を前に我慢なんか…。」

 

 

「これはお客様にお出しするものです。幽々子様にも美味しい料理をたくさん作りますから。」

 

 

幽々子様って食事のことになるとこんなにも子供っぽくなるんだな。

我が儘というか…。何だろうこのギャップ。

 

 

「それに、まるで目の前に壁があるみたいで料理まで手が届かないの。」

 

 

幽々子様はそう言って手を伸ばす。

確かにその手は何かにぶつかって、まるでパントマイムをしているかのような壁をなでる動きをした。

 

そう、そこには見えない壁がある。

いつの間にか手に入れていた能力で作り出した“見えない壁”だ。

 

 

「それはですね、俺の『空気を操る程度の能力』で作り出した壁です。」

 

 

「空気を…?」

 

 

「そうです。その場にある空気を固めることで、強固な壁を作ることができます。それに、その壁の中はギリギリまで酸素濃度を薄めてあります。もし中に入ったら酸欠で倒れますよ。」

 

 

酸素濃度を下げる理由、それは…。

 

 

「あっ、酸化。」

 

 

幽々子様は気づいたようだ。

そう、空気中の酸素が結びつくことによって細胞が酸化し、食品が傷まないように酸素を抜いたのだ。

これ以外にも料理の時に役立つ活用法があるんだけど、これはその内にっていることで。

 

それよりも早く持っていかないと。

お盆を小脇に抱えると、目の前にある空気の壁をすり抜ける。

 

 

「欧我、呼吸は?」

 

 

「大丈夫ですよ。口の中で酸素を生成しているので、酸素がなくても呼吸できます。」

 

 

そう笑顔で答えた。

この能力、料理以外にも色々なところで活用できそうだな。

 

 

まずは前菜だ。

お盆に5人分の前菜「筍と胡瓜の梅肉ソース」を乗せた。

 

とうとう、レストランの初めてのお客様に料理を提供するときがやってきた。

自然と心臓の鼓動が早まる。

 

みんな喜んでくれるかな?

 




~欧我の能力説明~

Ⅰ、姿を見えなくする程度の能力

これはそのままですね。
幽霊になったことで使えるようになった能力です。
姿を消し、相手の視界から消える。また、この状態では完全に気配を消すことも可能。
死角からの不意討ちや、驚かし行為に有効。


Ⅱ、空気を操る程度の能力

これもその名の通りですね。
空気を固めることで壁を作ったり、剣や弾幕を作って放つこともできます。
固める空気の密度を変えることで、その強度を変えることができます。
さらに気圧や空気を構成している元素をも操ることも可能で、酸素を抜いたり、酸素を生成したりすることができる。



どうして『空気を操る程度の能力』なのかというと、以下の理由があります。

①弾幕を放つことができる
②料理にも使える
③文の持つ『風を操る程度の能力』と関連がある

です。
これらの条件をすべて満たすものと言ったら、空気が思いつきました。

③の理由に関してですが、風というものは空気の流れです。つまり欧我がいくら空気を固めても、文が風を起こせばすぐに吹き飛んでしまいます。つまり、欧我にとって文は、対抗することができない最強の敵となります。
しかし、能力を重ね合わせれば、お互いの能力や威力を無限に高め合うことができます。
この関係が気に入りました。


能力の説明は以上です。

では、次回いよいよ欧我の料理がお客様に出されます。
楽しみですね…。次回もよろしくお願いします。


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第7話 食事の時間

 

レストランスペースに近づくと、部屋の中から5人の楽しそうな声が聞こえてきた。

本当に仲が良くなったんだね。

笑顔を浮かべ、障子を開けた。

 

 

「お待たせいたしました。」

 

 

「来た!」

 

 

みんなから一斉に歓声ががる。

本当はこういった方法をとるのは良くないだろうけど、みんなに料理を配りながら今日の料理、フルコースについて説明を行った。

 

 

「今日は皆様にフルコースをご用意いたしました。フルコースというのは、簡単に言えば一定の順序で提供される一連の料理のことを言います。前菜から始まり、サラダにスープ、魚料理に肉料理、最後にデザートという順番で料理を提供します。」

 

 

「わぁー。」

 

 

「すごーい!」

 

 

目の前に置かれた料理を見て、それぞれが歓声を上げる。

 

おっ、文はさっそくメモ帳に書き込んでいるな。

ブン屋としてその行動は素晴らしいな。

 

 

「それでは、まずは前菜の「筍と胡瓜の梅肉ソース」です。召し上がれ。」

 

 

「キュウリ!?」

 

 

料理の名前を聞いた途端、にとりさんが声を発した。

そう言えばキュウリが大好物だったよね。河童だから。

 

…あれ?

 

 

「妹紅さん、食べないのですか?」

 

 

さっきから料理をじっと見つめて…。

 

 

「すごい、タケノコにこんな調理法があったなんて。ありがとうな、欧我!私の大好きなタケノコを。」

 

 

「どういたしまして。」

 

 

にとりさんはキュウリ、妹紅さんはタケノコ…。

それぞれの好物について事前に調べておいたけど、結局屠自古さんと天子さんの好物は分からなかった。

 

だから、フルコースにその食材を使うことは…

 

 

「欧我。」

 

 

「はい。」

 

 

この声は、屠自古さんか。

どうしたのだろう?

 

…え?涙目!?

 

 

「美味しい料理をありがとう。それに、私の大好きな梅を使ってくれるなんて…。」

 

 

「…え?」

 

 

か、感動しているの!?

それに梅が大好きなんて初めて聞いた。

 

…まあでも、みんなの好物をフルコースで使うという目標が達成できそうでよかったよ。

 

 

「すごいですね、キュウリとタケノコのシャキシャキとした歯ごたえに梅肉の酸味と甘み…。それらが口の中で一つに調和して…。」

 

 

「すごいね。」

 

 

思わず感嘆の声を漏らす。

文、いつの間に食レポの腕を上げたんだ?

 

 

「うん、これは使えそうね。忘れないうちに書き留めなくっちゃ。」

 

 

あの…声に出ちゃっていますが。

まあいいや。

 

それぞれの料理の状況を確認する。

どうやらみんなもうすぐで食べ終えるようですね。

じゃあ、そろそろサラダの準備をしましょうか。

 

部屋を後にして、台所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、妖夢?」

 

 

台所に戻ると、幽々子様の姿はなく、代わりに妖夢の姿があった。

台所に立ち、せっせと調理を進めている。

 

 

「あ、欧我さん。料理の方はどうですか?」

 

 

手を止めずに、顔だけをこちらに向けて聞いてきた。

 

 

「料理はまあ喜んでくれました。でも、どうして妖夢が料理なんか。」

 

 

「ああ、それはですね。欧我さんがお客様を迎える日くらいは私が幽々子様の食事を作ろうかなと思いまして。」

 

 

「え?」

 

 

どうして?

それは俺の仕事なのに。

 

 

「欧我さんはお客様の対応で忙しいと思います。それに、せっかく3ヶ月ぶりに会うのですから、その時間くらいはお客様とゆっくり話をしてはいかがですか?」

 

 

右目でウィンクをし、再び調理に取り掛かる。

その妖夢の言葉が、とても嬉しかった。

 

確かに、お客様に料理を提供することだけがレストランではない。

3ヶ月ぶりに会うお客様と再会を喜び、楽しく会話をすることも重要な仕事の一つだ。

 

どうやら俺は、専属料理人という仕事に縛られていたのかもしれない。

妖夢の言葉は、俺を縛り付けるそのロープをスルスルと解いてくれた。

 

 

「うん、ありがとね。妖夢。」

 

 

妖夢の背中にそう笑いかけ、サラダの準備にとりかかった。

春が旬の野菜、新キャベツにレタス、アスパラガスに新玉ねぎを皿の上に彩り、特製の和風ドレッシングをかける。

 

よし、こんなもんかな。

お盆に乗せ、レストランスペースへと運んだ。

 

 

 

 

 

サラダ―季節野菜の和風サラダ―

 

「このドレッシング美味しいな!野菜の旨味をしっかりと引き立てている。」

 

 

「なあ、このドレッシングの作り方を教えてくれないか!?」

 

 

ごめんね妹紅さん。それのレシピ、企業秘密です。

 

 

 

スープ―和風出汁の利いたかぼちゃのスープ―

 

「あー、なんかほっとするわ。」

 

天子さん、いい顔してる。

ほっとしているのがこちらまで伝わってくる。

 

 

「あ、屠自古さん。スプーンを使ってください。」

 

 

「すぷーん…?」

 

 

 

魚料理―無し―

 

「ごめんなさい、魚が無いです。」

 

 

「ま、まあ仕方ないわよ。」

 

 

 

肉料理―ポークステーキのフルーツソースがけ―

 

「肉汁がすごい!口に入れたらすぐにとろける~!」

 

 

こう見えて、文は脂ののった肉が大好物なんだよな。

意外と肉食系女子なんだよ。本当の意味で。

 

 

「フルーツの酸味が肉に合うわね。果物にこんな使い方があったなんて驚きよ。」

 

 

そう言えば天子さんって果物が好きだったような気が…。

 

 

 

デザート―抹茶ケーキ―

 

「う~ん、最高~!」

 

 

あの、メモをしなくても大丈夫ですか?

肉料理のあたりからメモ帳を投げ出して料理に夢中になっていましたが。

 

…まあいいや、気にしないでおこう。

 

 

 

こうして、レストランが始まって初めてのお客様に、感謝の気持ちを込めたフルコースをすべて提供することができた。非常に美味しそうに食べてくれて、その表情を見ているだけでなんだかとても幸せな気持ちになってくる。

 

 

「それでは、最後に食後の飲み物を用意します。コーヒーか緑茶、好きな方を選んでください。」

 

 

「「「緑茶。」」」

 

 

「私はコーヒーをお願い。」

 

 

「あ、私もお願いします。」

 

 

「かしこまりました。」

 

 

えーと、天子さんと文はコーヒーで、それ以外の3人は緑茶ね。

脳内でコーヒーの淹れ方をイメージしながら、台所へと向かった。

 



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第8話 フルコース、無事終了

 

「ふう…。」

 

 

台所に入り、ふうっと息を吐いた。

どうやら俺の料理を気に入ってくれたようだ。

みんなの美味しそうに食べる表情を見て、安心することができた。

 

さあ、最後まで気を抜かないように。

最後に最高の緑茶とコーヒーを用意しないと。

 

 

「あ、お疲れ様でした。」

 

 

コーヒーの用意をしていると、台所に妖夢が大量の食器を抱えて入ってきた。

もしかして…。

 

 

「それ、全部幽々子様の?」

 

 

「はい、そうです。」

 

 

マジで!?

俺、こんなにも大量の料理を作り続けないといけないの!?

しかも毎日、朝昼晩+間食、それが100年間…。

 

過労で死んだりしないだろうか。

 

 

「あっ、大丈夫ですよ。すぐに慣れますから。」

 

 

俺の青ざめた表情を見て、妖夢はそう笑顔で言った。

 

当分慣れそうにない…。

 

 

「そう言えば、フルコースはすべて出したのですか?」

 

 

「あっ!?」

 

 

妖夢のその言葉にハッと我に返る。

そうだった、まだコーヒーと緑茶を出してない!

 

慌てて準備を行い、台所を飛び出した。

 

 

 

 

 

「お待たせいたしました。食後のコーヒーと緑茶でございます。」

 

 

にとりさんと屠自古さん、妹紅さんの前には緑茶。

文と天子さんの前にはコーヒーとミルク、ガムシロップを置いた。

 

全員に行き届いたことを確認すると、自分の分の緑茶と共に床に座った。

 

 

「皆さん、今日はいかがでした。」

 

 

わざわざそんなこと聞かなくても、みんなの表情を見ただけで満足したかどうかが分かる。

 

 

「本当に美味しかったよ!」

 

 

「そうだな。私たちの好きなものを料理に使ってくれて、本当に嬉しかったよ。」

 

 

にとりさんと妹紅さんが笑顔で言ってくれた。

天子さんは何も言わなかったけど、コーヒーを飲んで幸せそうな笑みを浮かべている様子を見れば、一目瞭然だけどね。

 

それにしても…。

 

 

「しまった~。」

 

 

文はさっきから頭を抱えてぶつぶつと呟いてばかりいる。

コーヒーに手を付けようともしない。

 

 

「ど、どうしたのですか?」

 

 

「料理に夢中で写真を撮るのを忘れてた~。」

 

 

ありゃま…。

なんか申し訳ないことをしたような…。

 

にとりさんたちは苦笑いを浮かべているし。

 

 

「なあ、どうすればいいんだ?」

 

 

「あー、屠自古さん。しばらくこの状態が続きますから、そっとしておくのが一番ですよ。しばらくすれば復活しますから。」

 

 

「あら、欧我って文の事をずいぶん知っているわね。さすが同棲しているだけはあるね。」

 

 

そう天子さんがニヤニヤしながら肘で小突いてきた。

止めてくださいよ、恥ずかしくなってくる。

 

 

「写真が~…。」

 

 

「ま、今はそっとしておきましょう。それよりも、今は食後のひと時を楽しみましょうよ。」

 

 

そう言って、自分の分の湯飲みを持ち上げる。

口の中に流れ込んできた緑茶の温もりが、体に溜まった緊張や疲れを一気に溶かしてくれた。

 

しばらくすると文も復活し、みんなで談笑しながら午後のひと時を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなと笑いあい、しゃべり合っていると、いつの間にか2時を過ぎていた。

飲み終わったコーヒーカップや湯飲みをお盆に乗せて、台所まで運ぶ。

 

台所に妖夢の姿はなく、代わりに綺麗に洗われた大量のお皿が並べられていた。

どうやらフルコースの方で使用した食器も妖夢が洗ってくれたみたいだ。

後で感謝の気持ちを込めたケーキを作ろうかな。

 

 

流しのそばにお盆を置き、使用した湯飲みやコーヒーカップを洗う。

すると、台所の障子が開く音が聞こえた。

入口の方に顔を向けると、そこには文が立っていた。

 

 

「あれ、どうしたの?」

 

 

「欧我…。」

 

 

文の寂しそうな表情を見て、俺の顔から笑顔が消えた。

 

 

「私、そろそろ家に帰るわね。」

 

 

「うん…。」

 

 

文は宴会の後、今まで白玉楼に泊まりながら今日の食事会の準備や食材の買い出し、郵便の配達など、常に俺のそばにいて手伝ってくれた。

 

でも、その食事会もとうとう終わってしまった。

つまり、文がここに泊まる理由が無くなってしまったのだ。

 

俺はここ、冥界を出ることができない。

文が家に帰ると、もう文の隣にいることができなくなる。

そのことに悲しみを抱いたらしい。俺だって、文と一緒に暮らせないのはつらいし悲しい。

でも、それは仕方のないことなんだ。

 

 

「私、欧我と一緒に暮らしたかった。欧我のそばを離れたくない。」

 

 

「文。」

 

 

文に歩み寄り、そっと抱きしめた。

 

 

「ごめんな。俺だって文と一緒に暮らしたい。だから、もう100年だけ待っていてくれませんか。100年経ったら、また一緒に暮らそう。」

 

 

耳元で、優しくその言葉を口にした。

 

俺を抱きしめ、文は「うん。」と頷いてくれた。

 

 

「わかったわ。欧我と一緒に暮らせるなら、100年でも、1000年でも、ずっと待ち続ける。」

 

 

「文…ありがとう。」

 

 

文のその言葉が、とてもうれしかった。

そのまま、2人はしばらく抱きしめあっていた。

 

 

「あっ、俺の体冷たいよね。」

 

 

「ううん。欧我の心が温かいから、ちっとも冷たくないよ。」

 

 

「もう、恥ずかしいこと言わないでよ。」

 

 

「照れちゃって。ふふっ、欧我って可愛いわね。」

 

 

「可愛いって言うなぁー。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白玉楼の門の前で、今日のお客様と向き合った。

 

 

「皆さん、今日はありがとうございました。」

 

 

文たち5人に向け、深々と頭を下げる。

みんなが喜んでくれた。その事だけで、とても嬉しかった。

 

 

「いや、こちらこそ美味しい料理をありがとう。」

 

 

「ああ。レシピを聞けなかったのが悔しいがな。」

 

 

「妹紅さん、レシピを聞いてどうするつもりですか?」

 

 

「いや、私も普段料理を作っているが、試してみたい調理法がたくさんあったんだよ。それで自分でも作りたくなって。」

 

 

へぇ、妹紅さんも自炊をしているんですね。

妹紅'sキッチン…。

 

あれ?どこかで聞いたことあるような…。

 

 

「じゃあ私たちはこれで失礼するわ。また呼んでちょうだい。」

 

 

そう言って天子さんは空へと飛びあがった。

その後に続いて妹紅さんたちも飛びあがったが、文だけはその場に残ったままだった。

 

 

「欧我、また来るね。」

 

 

「うん、何時でもおいで。」

 

 

唇を合わせると、文は空へと飛びあがった。

その姿が見えなくなるまで、俺は手を振り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、妹紅さんに屠自古さん。」

 

 

「ん?なんだ文か。どうした?」

 

 

「実はですね…。」

 

 

妹紅と屠自古の耳元で何かを囁く文。

 

 

「今夜…?」

 

 

「面白そうだな。」

 

 

「はい。ぜひ協力してください。」

 

 

3人で不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「ああ、分かった。」

 

 

「やってやんよ。」

 



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第2章 多々良小傘のドキドキドッキリ大作戦
第9話 真夜中の悪巧み


 
この章は三人称視点で書いていきます。

若干読みにくいとは思いますが、あらかじめご了承ください。
俺も読みやすいように頑張ります。


今回の主役は多々良小傘です。
さあ、小傘ちゃんを皆さんで応援しましょう。


 

午後10時 冥界―

 

 

「皆さんうらめしやー!多々良小傘です!」

 

 

「アシスタントの射命丸文です。」

 

 

「様々なトリックを使って人々を驚かせていくこのコーナー、題して『多々良小傘のドキドキドッキリ大作戦』!記念すべき第一回のターゲットはレストラン白玉楼の料理人、葉月欧我さんでーす!」

 

 

「ちょっと待って。」

 

 

かなりノリノリな2人をアリスが制止する。

 

 

「まさか、そんなくだらないことのために私たちを呼んだの?」

 

 

「「はい。」」

 

 

アリスの問いかけに、文と小傘は同時に頷いた。

 

 

「まあ良いじゃないか。楽しもうぜ。」

 

 

信じられないという表情を浮かべるアリスの肩に、魔理沙がポンと手を置いた。

 

 

「なんでそんなに楽しげなのよ。それに妹紅と屠自古もどうして?」

 

 

「私は驚かせる行為に興味があっただけだ。亡霊だし。」

 

 

「私は、ただ面白そうだと思ったからな。それに、私の能力を必要としてくれるのが嬉しくて…。」

 

 

そう胸を張って答える屠自古と、若干うつむき加減で答える妹紅。

 

 

「亡霊とか関係ないわよ。それに、そんなにくだらないことにわざわざ付き合わなくていいから断りなさいよ!」

 

 

ツッコミ役に徹するアリス。

しかし、そんなアリスの背後には不気味な人形が…。

 

 

「なんだよ、アリスも結構ノリノリじゃないか。そんな人形を作って。」

 

 

「わっ!?私は…別に…。」

 

 

「なんだよ。断ってもいいんじゃなかったのか?」

 

 

「そっ…それは…。」

 

 

アリスの顔が見る見るうちに赤く染まる。

 

パシャッ!

 

その光景を文が写真に収め、コホンッと咳払いをする。

 

 

「それでは、今回特別に協力してくれる方に登場していただきましょう。白玉楼の主、西行寺幽々子さんでーす!」

 

 

「どうもー♪」

 

 

何も無い空中から突然姿を現した。

その予想外の登場に、

 

 

「きゃあ!?」

 

 

と小傘が悲鳴を上げた。

 

 

「あらあら、驚かせちゃったみたいね。ふふっ、もっと驚かせてあげようかしら?」

 

 

「ひぇーん!」

 

 

(小傘が涙目になっている。これで無事に成功するのかしらね。)

 

 

とため息をつくアリスであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて!」

 

 

幽々子に驚かされた小傘であったが、なんとか気を取り直し、今回のトリックについて説明を開始した。

 

まずはそれぞれの役割分担からだ。

 

 

「妹紅さんは炎を使って人魂や巨大な顔をお願いします。」

 

 

「ああ、任せろ。」

 

 

「屠自古さんは雷の爆音で驚かせてください。」

 

 

「うん。」

 

 

「アリスさんは魔法で人形や近くにあるものを操ってください。」

 

 

「はぁ、仕方ないわね。」

 

 

「魔理沙さんは様々な物を使って音を出してください。」

 

 

「ああ、準備はバッチリだぜ!」

 

 

「そして幽々子さんは幽霊の操作やサポートをお願いします。」

 

 

「いいわよ。」

 

 

「文さんは記録や写真ね。」

 

 

「はい!」

 

 

「そして最後はわちきが止めを刺すのよ!」

 

 

と、小傘は胸を張った。

 

しかし、未だに不安を感じているアリスは今一乗り気じゃなかった。

 

 

「大丈夫かしらね。そもそも、どうしてそこまでして欧我を驚かせたいの?」

 

 

「それは…。」

 

 

傘をぎゅっと握りしめ、小傘はうつむいた。

発した声にも元気がなかった。

 

 

「欧我が生きていたころは、どんなに下手な方法でも必ず驚いてくれた。それにその後に見せる困ったような笑顔が好きで、驚かすたびに幸せでいっぱいになったの。でも…」

 

 

ぽつん、と地面に一粒の雫が流れ落ちた。

 

 

「でも…欧我が死んでこの世からいなくなると、もう誰も私に驚いてくれなくなった。大好きな笑顔を見ることもできなくなった。驚いてくれる人がいなくて、お腹も心もひもじくて…。」

 

 

はらはらと、途切れることなく涙を流す。

嗚咽を漏らし、小傘は泣き続けた。

 

 

「…えぐっ…でも、欧我はここに帰ってきた。だから…だから私は何としても驚かせたいの!」

 

 

「そっか…。」

 

 

そう呟くと、アリスは小傘の肩に手を置いた。

 

 

「分かったわ、私たちが精一杯協力する。絶対に欧我を驚かせましょう。」

 

 

「アリスさんっ!」

 

 

アリスに抱き着き、小傘は泣き続けた。

身体の中に溢れだした感情を堪えることができず、それらは涙となって体外に流れ出した。

そんな小傘の頭を、アリスは優しく撫でる。

 

 

「あらあら、抱き着く相手が違うわよ。ふふっ、これで本当に成功するのかしら。」

 

 

優しい笑顔を浮かべ、頭を撫で続ける。

その笑顔のまま、アリスは文の方に顔を向けた。

 

 

「文もそうなのね。小傘の気持ちを知ったから、そんなにも協力的なのね。」

 

 

文は「それもありますが…」と小さくつぶやいた後、きっぱりとこう言い放った。

 

 

「ネタの予感。」

 

 

(わぁ、雰囲気ブチ壊し…。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小傘が落ち着きを取り戻したところで、みんなそろって白玉楼に向かった。

 

それぞれが所定の位置に付き、開始の瞬間を待つ。

 

 

幽々子の話によれば、欧我はもう自分の部屋で眠りについたらしい。

眠っている欧我を幽々子が起こし、食べ物をねだる。欧我が廊下に出た行動が開始の合図である。

 

息をひそめて所定の位置へと向かう小傘は、隣を歩く妹紅にこう聞いた。

 

 

「ねぇ、どうしたら欧我は驚いてくれるのかな?」

 

 

「そうだなぁ…。」

 

 

妹紅はわざとらしく右上を見上げ、顎に手を置いた。

 

 

「後ろからぶつかれば驚いてくれるのかもな。」

 

 

「後ろから…。」

 

 

そして小傘の方に視線を戻す。

 

 

「なんてなっ、冗談d…あれ、いない。」

 

 

しかし、すでにその場所に小傘の姿は無かった。

 

 

「しまった…。」

 

 

がっくりと肩を落とす妹紅であった。

 




 
さあ、いったいどうなることやら…。
 


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第10話 ドッキリ大作戦 ~前半戦~

 
始めに言っておきます。
キャラ崩壊注意警報発令中。

つまり、やりすぎちゃいました。テヘ


 

「zzz…」

 

 

割り当てられた部屋の中、欧我はすやすやと寝息を立てる。

もちろん、小傘達が驚かそうと白玉楼中に潜んでいることなど知る由もない。

 

障子を静かに開け、部屋に仕掛け人の幽々子が入ってきた。

枕元まで移動し、夢の中にいる欧我の顔を覗き込む。

 

 

「ふふっ、かわいい寝顔をしているのね。」

 

 

小さくそう呟くと、すぐそばにしゃがみ込んだ。

 

 

「欧我~。起きて~。」

 

 

そして、欧我の体を揺すり動かす。

しばらく揺すり動かしていると、欧我は重い瞼を開けた。

 

 

「…幽々子様?」

 

 

「あ、起きた。ねぇ欧我~、お腹減った。」

 

 

その言葉を聞くなり、大きくため息をついた。

 

 

「またですか…。夕食を大量に食べたばかりでしょ?」

 

 

「そうだけど…」

 

 

ぐぅ~。

 

幽々子のお腹の虫が、わざとらしく大きな唸り声を上げた。

 

 

「っ!?」

 

 

その音に驚きを隠せない欧我。

慌てて布団から飛び起きると、

 

 

「い、今すぐ作ってきます!」

 

 

そう叫んで廊下へと飛び出した。

 

欧我の部屋に一人取り残された幽々子は、扇子を取り出すと口元に当てる。

 

 

「ふふふっ、お祭りの始まりね。」

 

 

これが幽々子のもう一つの能力、「お腹の虫を操る程度の能力」である。(※嘘です)

 

 

 

 

 

 

 

 

「来た!」

 

 

部屋から飛び出した欧我の姿は、白玉楼中に潜んだ小傘達の目に留まった。

部屋を出たと言う事は、とうとうドッキリ大作戦が幕を開けるときが来たと言う事。

 

それぞれに緊張の色が浮かぶ。

屋根の上に待機した屠自古は、能力を発動させて雷をその身に纏う。

 

 

(行くぞ…。)

 

 

両手を近づけ、その間で一気に放電した。

 

バチバチッ!!

 

 

「わぁっ!?」

 

 

その雷の音に驚いて、欧我は空中で頭を押さえて丸くなった。

欧我の悲鳴を聞き、屠自古はさらに追い打ちをかける。

 

バチバチッ!ドーン!

 

 

「か、雷…?」

 

 

両耳を押さえ、辺りをきょろきょろと見回す。

最初の一発目は不意打ちと言う事もあって非常に驚いたが、2発、3発目になってくると雷の音にも慣れたのかあまり驚かなくなった。

 

 

「はぁ、今ので目が覚めた…。」

 

 

欧我はそう呟くと、空中にふわふわと浮かびながら台所へと向かった。

台所に開いた窓の向こうから、中の様子をじっと窺うアリスと幽々子、そして妹紅。

 

その3人の前に、欧我が姿を現した。

台所に入って流しに向かい、両手をきれいに洗う。

 

 

「さあ、何を作ろうかな…。」

 

 

(今ね…。)

 

 

幽々子が幽霊に指示を出し、欧我の後ろを横切らせた。

 

 

「っ!?」

 

 

何かの気配に気づき、慌てて後ろを振り返る。

その直後、欧我の体は恐怖によって硬直した。

 

目の前に、無数の人魂がゆらゆらと浮かんでいる…。

 

 

(練習した甲斐があったな。)

 

 

間髪入れずに、積み上げられた皿がカチャカチャと音を立て始めた。

これは、皿に向かってアリスが魔法の糸を伸ばし、手を小刻みに動かして音を出している。

 

 

(追い打ちをかけようかしら。)

 

 

包丁に魔法の糸を繋ぎ、空中に浮かび上がらせる。

 

ドスッ!!

 

欧我の目の前をゆらゆらと浮遊した後、真下の床に突き刺さった。

その追い討ちが見事に決まったのか、欧我の顔から血の気が一気に引いて行った。

 

そして…

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

大きな悲鳴を上げ、台所から飛び出した。

 

 

 

今のところ全て上手くいっている。

欧我も予想外に驚いてくれた。

 

少し離れたところから様子をうかがう文と小傘。

 

 

「あれ、小傘さん?」

 

 

「…ぐすっ。」

 

 

目に涙をたたえ、今にも泣きそうな表情を浮かべていた。

 

 

「どうしたのですか?」

 

 

「ううっ…。久しぶりに満たされていくような感じがして、それが嬉しくて…。」

 

 

欧我の悲鳴はここまで届いている。

その悲鳴を聞いて、小傘はお腹と心が満たされていくのを感じている。

久しぶりに感じた幸せに思わず涙がこぼれたのだった。

 

 

「あら、でもまだ自分自身で驚かしてはいないよね。」

 

 

「うん。確かに自分で驚かした方が美味しいしお腹もいっぱいになるよ。でも、欧我の悲鳴は特別なんだよね。」

 

 

「そうですか…。」

 

 

(ふふっ、もしかして私にライバルが現れたのかしら。)

 

 

小傘の発言を聞き、文は心の中でそう呟いた。

 

 

 

 

 

台所を飛び出した欧我は、半泣き顔で廊下を飛び続ける。

その間も妹紅による人魂攻撃は続き、更に幽々子が幽霊を操ってどんどん追い込んでいく。

 

 

「わぁ~~!!」

 

 

悪い夢なら覚めてくれと言わんばかりに、頭を押さえて左右に激しく振る。

しかし、どれだけ強く振ったとしても夢が覚めることはない。なぜなら、これは現実に起こっているからだ。

 

精神的に欧我は追い詰められていた。

真夜中に次々と襲いかかる不可解な出来事。冷静に物事を考えることができずに、ただ喚きながら廊下を飛び続けることしかできなかった。

 

 

廊下の角を曲がった直後、欧我の目の前に人影が現れた。

 

 

「わああっ!?」

 

 

「きゃああ!!」

 

 

同時に悲鳴を上げ、尻餅をつく。

 

 

「あれ?欧我さん?」

 

 

「…え?」

 

 

目の前に現れた人影…それは妖夢だった。

人影の正体が妖夢だと分かり、ほっと胸を撫で下ろす。

 

 

「ど、どうしたのですか!?そんな顔をして。」

 

 

涙が止めどなく溢れ出し、恐怖で青ざめている。

今まで相当恐ろしい出来事に見舞われていたことは明らかだった。

 

 

「よ…うっ…えぐっ…。」

 

 

「と、とにかく落ち着きましょう!深呼吸です!」

 

 

妖夢に言われた通り、目を閉じて深く息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。

すると、欧我の心の中を覆っていた恐怖が吹き飛んだような気がした。

 

深呼吸を数回繰り返し、欧我はどうにか平静を取り戻した。

 

 

「それで、今まで何があったのですか?」

 

 

「実は…。」

 

 

今まで起こったことをかいつまんで妖夢に説明をする。

幽々子様に起こされて台所へ向かったこと

廊下を飛んでいたら急な雷鳴に驚いたこと

何かの気配を感じて後ろを振り返ったら大量の人魂が浮かんでいたこと

皿が音を立て、足元に包丁が突き刺さったこと

ここに来るまで、人魂と幽霊に襲われたこと

 

欧我の話を、妖夢は頷きながら聞いていた。

しかし、妖夢の顔からうっすらと血の気が引いている。妖夢も怖いものが苦手なのだ。

 

 

「そ、そんなことはありませんよ。ゆっくりと寝れば大丈夫です。」

 

 

「そんなぁ…。俺と一緒に原因を調べてよ。」

 

 

「わ、私はこの後用事が…。」

 

 

そう言って自分の部屋に逃げ帰ろうとしたが、欧我に腕を掴まれた。

 

 

「頼むから俺を一人にしないでよ!」

 

 

精神的に追い詰められた欧我には、もう妖夢に頼るしか方法が残されていない。

欧我の手を振りほどこうと必死にもがく妖夢。だが、決して離そうとはしなかった。

 

 

「わ、わかりました!一緒に調べますから手を離してください!」

 

 

こうして、半ば(ほぼ)巻き込まれる形で妖夢も驚かされる対象となったのでした。

 

 

後半戦へ続く…。

 




 
もちろん、妖夢は何も聞かされておりません。 
 


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第11話 ドッキリ大作戦 ~後半戦~

 
先に謝っておきます。

妖夢、ごめん。
 


 

「でも不思議ですね。長い間ここに住んでいますが、今までそのようなことは起きたことがありません。」

 

 

廊下を歩きながら、妖夢は首をかしげる。

隣を飛ぶ欧我は信じられないという表情を浮かべていた。

 

妖夢の話によれば、今まで人魂だとか幽霊、皿が音を立てたといった出来事は全く起こっていないのだそうだ。

何か悪い夢でも見ていたのではないかとまで言われた。

 

 

「そ、そんなわけないよ。今までずっと起きていたし、夢なんか…。」

 

 

「そもそも、欧我さんも幽霊なんでしょ?幽霊が幽霊に驚くなんて」

 

 

カンッ!!

 

 

「ひっ!?」びくっ!

 

 

突然鳴り響いた、金属同士がぶつかったような音。

その音に驚いた妖夢はびくっと反応し白楼剣の柄を握りしめた。

その様子を、若干呆れ顔で隣から見る欧我。

何とも言えない沈黙が2人の間を漂う。

 

2人のいる廊下の下、死角になっているところに、お玉と鍋を構えた魔理沙が潜んでいる。

 

 

(よし、もう一度だぜ。)

 

 

鍋の底を、お玉で叩き付けた。

 

カンッ!!

 

 

「ひゃあ!!」

 

 

不意を突いた2発目の音に驚き、妖夢は悲鳴を上げた。

 

 

「あれ、妖夢…怖いの?」

 

 

「なっ!?こっ、怖くないわよ!!私がここにどれだけ住んでいると…」

 

 

ゴロゴロ!ドカーン!

 

 

「きゃああ!!」

 

 

突然鳴り響いた雷の音の驚き、妖夢は欧我の懐に飛び込んだ。

いきなり抱き着いてきた妖夢を、驚きと呆れの混じったような眼で見降ろす。

 

どうしていいか分からなかったが、とりあえず優しく頭を撫でた。

 

 

「あのー、妖夢。本当は怖いんでしょ?」

 

 

「こ…怖くないよっ。」

 

 

「じゃあ、どうしてそんなに震えているの?」

 

 

「震えてなんかいないもん!」

 

 

そう叫んで欧我の顔を見上げる。

しかし、すでに涙目になっていた。

説得力は皆無。

 

 

(次はこいつだぜ。)

 

 

板と1足の革靴を取り出す。

歩行時の足の動きのように、革靴を交互に板に打ち付けた。

 

 

「誰か来る!?」

 

 

上にいる2人には、この音が廊下を誰かが歩く足音に聞こえた。

魔理沙は打ちつける力を徐々に大きくしていった。

音が大きくなる、つまりどんどん近づいてくると錯覚させるのだ。

 

 

「来るなら来なさいよ…。こっちには白楼剣があるんですよ!!」

 

 

背中から白楼剣を引き抜き、前に構える。

この白楼剣は魂魄家に代々伝わる家宝で、幽霊を成仏させることができるのだ。

 

 

「やっぱり怖いんだね。」

 

 

そう呟いた欧我の声に、とうとう妖夢が叫んだ。

 

 

「怖くないって言っているでしょ!あーもう、わかったわよ!調べますよ、調べればいいんでしょ!?」

 

 

普段使わないような言葉遣いで喚く。

それだけ、妖夢も追いつめられているという証拠だ。

 

欧我がその様子に呆気にとられていると、白楼剣を構え、廊下を走りだした。

 

 

「出てきなさいよ!隠れていたって無駄なんですからね!」

 

 

「妖夢…怖い。」

 

 

「私の手にかかれば、幽霊だろうと切れぬ物など殆ど無いんだからね!」

 

 

スピードを緩めず、廊下の角を曲がった。

その直後、何かにぶつかった。

一歩下がって見上げてみると、目の前にはこの世のものとは思えないような不気味な妖怪が妖夢を見下ろしていた。

互いの目と目があい、妖夢の顔からスーッと血の気が引いて行く。

 

そして…

 

 

「ぎゃあああああああああああ!!!!!幽々子様ぁああああああああ!!!!!」

 

 

文も顔負けなスピードで、どこかへと走り去ってしまった。

 

 

「あっ、妖夢!!」

 

 

欧我の制止も聞かず、妖夢は塀の外へと飛び出していった。

 

こうして、白玉楼にはただ一人、欧我だけが取り残された。

 

 

(ふふっ、本当は欧我を驚かせるつもりだったんだけど、これはこれで面白かったわ。)

 

 

物陰に隠れ、先ほどの様子を眺めていたアリス。

妖夢の怖がり方と悲鳴を思い出し、くすくすと笑った。

 

 

 

 

 

こうして、数々のトリックを使って欧我を驚かせてきたチーム小傘。

妖夢が走り去った後も人魂や幽霊、人形などで驚かせてきたが、ついに最後の段階に入った。

 

幽霊や人魂から逃げるように、欧我は中庭へと飛び出した。

もちろん、中庭に誘導されたのは知る由もない。

 

 

(そろそろね…。)

 

 

物陰に隠れ、じっと様子をうかがう小傘。

緊張で傘を握る手に力が入る。落ち着くために、深呼吸を繰り返す。

 

 

(よしっ。あとは妹紅さんが言ったように後ろからぶつかれば…。)

 

 

自然と速くなる鼓動。

それを落ち着かせ、「わちきはできる!」と、何度も自分に言い聞かせた。

 

 

(そろそろかな?)

 

 

妹紅は白玉楼中に放った炎すべてに意識を集中させ、欧我の前に集合させる。

 

恐怖に襲われ、その光景から目を離せない欧我の目の前で、集まった炎はグニャグニャと動いて不気味で巨大な顔に形を変えた。

 

魔理沙が音を蓄えるマジックアイテムを使い、あらかじめ蓄えておいたとある妖怪の雄叫びを流す。

 

 

ぐるぉおおおおあああ!!

 

 

欧我の顔からはすでに血の気が引いており、涙と汗が混ざってだらだらと流れ落ちる。

そんな欧我の背後に、小傘が気配を消して迫る。

妖怪の雄叫びは、小傘の足音を掻き消すという効果もあった。

 

そして…。

 

 

「うらめしやぁ!!」

 

 

ドンッ!!

 

 

「ぎゃあああああ!!!」

 

 

欧我の背中に渾身のタックルを叩き込む。

不意を突かれた欧我は、悲鳴を上げながら顔面から地面に倒れ込んだ。

 

 

「何々っ!?…えっ、小傘…ちゃん?」

 

 

慌てて後ろを振り返った欧我の目の前には、欧我を見下ろしている小傘の姿があった。

そして、小傘の持つ傘には「ドッキリ大成功!」と書かれたプラカードが吊るされていた。

そのカードに隠れ、欧我からは小傘の表情を窺うことはできない。

 

 

 

 

 

 

欧我が、驚いてくれた…。

 

3ヶ月もの間、誰も驚いてくれず、ずっとひもじい思いをしてきた。

欧我がいなくなってから、ずっとお腹も心も空いたままで、幸せを感じたことは一度もなかった。

それなのに…。

 

欧我が、驚いてくれた。

3か月ぶりに食べる、欧我の驚いた感情。

それは、この世のどんな高級な食材よりも、今まで食べた感情よりも、比べ物にならないほど美味しかった。

 

 

「ドッキリ!?もー、小傘ったらぁ。」

 

 

そして、3か月前とちっとも変らない笑顔。

困ったように、私に見せる笑顔。それは、欧我の表情の中で、一番大好き。

 

 

3ヶ月もの間、決して満たされることが無かったお腹と心。

ひもじくて、ぽっかりと穴の開いたような気持ち。

 

今、それがどんどん満たされていく。

 

ぽつっ…

 

 

「小傘?」

 

 

私の目から、涙が溢れだした。

 

欧我…私。今…とっても幸せだよ。

 

 

溢れだした感情を抑えることができず、はらはらと零れ落ちる涙。

欧我は、そんな私の頭に手を置いて優しく撫でてくれた。

その優しさが嬉しくて、幸せで…。欧我に抱き着き、声を上げて泣いた。

 

 

「欧我…。私…空腹で、ひもじくてっ…」

 

 

上手く言葉を発することができない。

欧我に伝えたいことがたくさんあったのに、溢れだした幸せのせいで言葉にすることができない。

 

欧我は、「そっか。」と呟くと私をぎゅっと抱きしめてくれた。

 

 

「ごめんね。俺がいなくなって、ずっと寂しい思いをしていたんだね。でも大丈夫。俺はここに帰ってきた。だから、何時でもおいで。」

 

 

「本当に…?」

 

 

「ああ、俺は料理人だ。小傘のためなら、いつだって小傘の大好物を作ってあげる。だから…お腹が空いたら来てね。」

 

 

「うん…うんっ!」

 

 

欧我の胸に顔をうずめ、今までにない幸せを噛みしめる。

お腹と心が幸せで満たされ、あふれ出た幸せが涙となって、嗚咽となって流れ出す。

 

 

「欧我…私、欧我の事大好きだよ。」

 

 

「ありがとう、小傘。俺も好きだよ。」

 

 

ドッキリ大作戦に協力したみんなが中庭に集まる。

みんなに見守られ、2人はしっかりと抱きしめあっていた。

 




 
これで、小傘のドッキリ大作戦は無事に終了しました。
お腹と心が幸せで満たされてよかったね。


…あれ?何かを忘れているような。
 


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第12話 ドッキリの後 ~お礼の茶葉~

 
このページの話は、この小説に実際に書き込まれた感想をもとに書いてみました。
詳しくは、6月7日に書かれた感想を見てください。


…え?どうしてこんな話を書いたのかって?
たまにはいいじゃん。たまには。
 


 

「ぐすっ…えぐっ…ううっ…幽々子様ぁ…」

 

 

幽々子様に抱き着き、妖夢はさっきから泣き続けている。

あの後、全員で白玉楼を飛び出した妖夢を探し続け、10分後桜の木の陰で泣いているところを発見した。

白玉楼へ連れて帰り、今回のドッキリ大作戦について文たちから説明を受けて今に至る。

 

恐怖から解放され、幽々子様に抱き着いて泣き続けている。

 

 

「よしよし、もう大丈夫よ。」

 

 

幽々子様は背中を撫でて妖夢を慰める。

 

 

「しかし、まさか幽々子様までこのドッキリに加担していたとは。」

 

 

俺の言葉に、幽々子様はふふっと笑った。

 

 

「小傘の気持ちを知ったら、協力してあげたいなって思ったからよ。」

 

 

「小傘の…気持ち?」

 

 

そう言って小傘の顔を見下ろした。

 

小傘は今、正座した俺の膝に頭を乗せてぐっすりと眠っている。

お腹と心が満たされたような、幸せいっぱいな寝顔だ。

指でほっぺを突っついてみた。わぁ、ぷにぷにで柔らかい♪

 

それにしても、小傘が俺を驚かせるためにこんなに大きなドッキリを仕掛けていたなんて。

しかもそれに賛同するかのようにアリスさんたちが小傘に協力してくれたなんて。

 

 

「本当に、ありがとうございました。」

 

 

その気持ちが嬉しくて、みんなに頭を下げた。

 

 

「いや、お礼なんていらないぜ。私たちはただ小傘の協力がしたかっただけだ。」

 

 

そう魔理沙さんが言ってくれた。

 

 

「それにしても、欧我の驚きっぷりは面白かったわ。」

 

 

と、数枚の写真を眺める文。

 

…え?写真?

まさか、今まで全部撮られていた!?

 

ああ、こりゃあ絶対に新聞に載るな。文ならやりかねない。

もう恥ずかしいったらありゃしない。

 

まったく、小傘ったら…もう。

小傘は未だに夢の中だ。

でも、久しぶりに小傘に驚かされて、まさか幸せを感じていたなんてな。

 

 

 

「おっ、この緑茶美味いな。」

 

 

小傘の寝顔をじっと見つめていたら、妹紅さんの声が聞こえた。

顔を上げて妹紅さんの方を見ると、湯飲みを片手に目を輝かせていた。

 

 

「ああ、それ。頂いたんですよ、見知らぬ人に。」

 

 

「見知らぬ人?」

 

 

「ええ、そうです。あれは確か、俺が台所にいた時…」

 

 

 

 

 

~回想シーン~

 

「えーと、今日は何を作ろうかな…。」

 

 

「こんにちは。」

 

 

「はいっ!?」

 

 

不意に聞こえた男性の声に驚いて後ろを振り返ると、そこには見知らぬ男性が立っていた。

障子を開ける音は聞こえなかったのに、どうやって台所に入ってきたんだ?もしかして閉め忘れた?

入り口の障子を確認してみると、障子は閉まっていた。じゃあ、いったいどこから!?

 

その男性は優しい笑顔を浮かべると、「驚くのも無理はない。」と言った。

 

 

「僕はただ君にプレゼントを届けに来ただけだ。だから、警戒しなくていいよ。」

 

 

「プレゼント…ですか?」

 

 

その男性が抱える小箱に目を落とす。

普通の段ボール箱だし、何か細工がしているわけではなさそうだ。

 

 

「ああ、そうだよ。旨い料理を見せてくれた礼だ。」

 

 

「礼…ですか?」

 

 

釈然としなかったが、その小箱を受け取る。

うん、重さから考えると、何かがいっぱい詰まっている。

でも爆弾とかではないようだ。

 

 

「開けてみても?」

 

 

「どうぞ。」

 

 

段ボールを開けてみると、中には緑茶や紅茶、そして抹茶など色々な種類の茶葉がぎっしりと詰められていた。

これって、しかも全部最高級品じゃないか!

 

 

「機会があれば食べにくるよ。その時は美味い料理を食べさせてくれ、欧我君。」

 

 

「っ!?待って、なんで俺の名前を…。」

 

 

しかし、目の前には誰もいなかった。

 

 

~~~~~~~

 

 

 

 

 

「…と言う事があって。」

 

 

「ふ~ん…。不思議なこともあるもんだな。」

 

 

俺の話を聞き、みんなはじっと緑茶が注がれた湯呑を見下ろす。

見ず知らずの怪しい男性からもらった茶葉の数々。みんなが感じているように、最初は俺も疑ったよ、ヘンな物が入ってやしないかって。

 

試しにすべての種類を飲んでみたところ、身体に異変は起こらず、しかも非常に美味しかった。

 

 

「ヘンな物は入っていないので、安心して飲んでください。」

 

 

「ああ…。」

 

 

自分の前に置かれた湯呑に手を伸ばし、口元まで運ぶ。

最高級品だけあって、この香りも最高だ。湯呑の縁に唇を近づけ、ゆっくりと傾ける。

口の中に流れ込んできた緑茶は、滑らかな舌触りなのに緑茶独特のコクと深みがあり、飲み込めば優しくするっと流れて体中に温もりが広がる。

 

最高級品の名に恥じない味わいだ。

やっぱり緑茶って最高。

 

 

 

 

 

「ねぇ、欧我~。」

 

 

緑茶の旨味にうっとりしていると、幽々子様の甘えたような声が聞こえた。

 

 

「なんでしょう?」

 

 

目を開けて幽々子様の方を見ると、お腹を押さえている。

もしかして…

 

 

「お腹空いた。」

 

 

「っ!?」

 

 

そうだった!!

今までいろいろあって忘れていたけど、幽々子様はお腹を空かせていたのだった!

 

そもそもそのために起こされたのに、今まですっかり忘れていた。

 

 

「分かりました、今すぐ作ってきます!」

 

 

慌てて立ち上がろうとしたが、小傘が俺の膝を枕にして眠ったままだ。

これじゃあ立ち上がれないけど、小傘を起こすのは気が引ける。

 

…あ、そうだ。

 

 

「文、小傘のことお願いできる?」

 

 

「ええ、分かったわ。」

 

 

文は一瞬首をかしげたが、その言葉の意味を理解すると「うん。」と頷いてくれた。

 

小傘の頭の下にそっと両手を差し込み、ゆっくりと持ち上げて両膝を抜く。

今まで俺が座っていた所に文が座り、文の膝の上に小傘の頭をそっと乗せた。

 

よかった、小傘は起きていない。

 

 

「じゃあ、今から作ってきます。」

 

 

そう言い残し、急いで台所へと向かった。

 




 
いつもこの物語に感想を書いていただき、ありがとうございます!

これからも皆様が楽しく読めるような物語を書いていきたいと思いますので、これからもよろしくお願い致します。
 


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第13話 ライバル

 

そーっと台所の障子を開ける。

 

 

「誰もいない…。」

 

 

ドッキリ大作戦で散々驚かされたから、夜中に1人で台所に入るのが怖くなった。

床に突き刺さった包丁も、音を立てた皿もあの時の状態のまま残されていた。

 

床から包丁を引き抜いて状態を確認する。

うん、異常なし。

 

 

「まったくアリスさんったら、やることがえげつないんだよ。もし足に突き刺さったらどうするつもりだったんだ?」

 

 

はぁ、まあいいや。

お腹を空かせた幽々子様に何か作らないと。

 

…ってか、今何時?

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても欧我があんなに驚いちゃうなんてね。」

 

 

「それだけ私たちの仕掛けたトリックが素晴らしかったって事だぜ。」

 

 

欧我が台所へと向かった後、文たちは今回のドッキリ大作戦の話で盛り上がっていた。

妖夢は相変わらず泣き続けているが、徐々に落ち着きを取り戻している。

 

 

「ん…うう。」

 

 

「あら?」

 

 

文の膝に頭を乗せてぐっすりと眠っていた小傘がゆっくりと目を開けた。

 

 

「おはよう、小傘さん。」

 

 

「ふぇっ!文さん!?」

 

 

目を開けて真っ先に飛び込んできた文の顔に驚いて飛び上がった。

眠りについた時は確かに欧我の膝を枕にしていたのに、目が覚めると文さんに膝枕をされているのだろうか。

 

驚きを隠せない表情のまま部屋を見回すと、欧我の姿はどこにも見当たらなかった。

 

 

「あれっ?欧我はどこ?」

 

 

「欧我は台所にいますよ。幽々子さんの食事を作るために。」

 

 

「そっか…。」

 

 

文から欧我の居場所を聞き、この部屋にいないことがわかると、小傘は小さくため息をついて俯いた。

 

 

「もっと、甘えたかったな…。」

 

 

ボソッとつぶやいた小傘の声を、文は聞き逃さなかった。

 

 

「小傘さん、甘えたいってどういう意味ですか?」

 

 

「ひゃい!?」

 

 

「甘えたい?もしかして欧我にか?」

 

 

「あら、詳しく聞かせてもらえるかしら?」

 

 

文の声に反応し、魔理沙とアリスも身を乗り出した。

この部屋にいる全員の視線が小傘に注がれる。

 

その視線に耐えきれず、小傘は顔を赤らめて両手で顔を覆った。

 

 

「でも、文さんが…。」

 

 

話すべきだろうか。でも、文さんが聞いたらどう思うんだろう…。

そう考えていた小傘の頭に、文は優しく手を乗せる。

 

 

「私は構いませんよ。聞かせてください。」

 

 

「文さん…。」

 

 

文の顔を見上げた小傘の顔は、恥ずかしさで真っ赤に染まっていた。

でも、欧我のいない今のうちに打ち明けよう。

 

そう決心して、小傘は自分の気持ちについて語りだした。

 

 

 

私だって、欧我の事が大好きだよ。

人間に捨てられ、誰からも見向きもされないまま妖怪となった。

1人寂しく生きてきたのに、欧我と出会ってから私の生活は一変したの。

欧我は私を拾ってくれた。

写真屋の助手としていろいろな場所に連れて行ってくれたり、何も無い日は一緒に出歩いたり…。そのおかげで私にたくさんの友達ができた。驚かすこと以外に、熱中するものができた。

 

そんなある日、私の気持ちに変化が現れたの。

欧我の笑顔を見ていると、心がドキッとして、隣にいるだけで幸せな気持ちになる。そして、欧我を驚かすたびに今まで感じたことのない幸せで一杯になる。

そこで気が付いたの。

私は、欧我の事が好きになったんだって。恋と言うものが自分でもよくわからなかったけど、今なら分かる気がする。

 

でも、欧我は私とではなく文さんと恋に落ちた。

両想いでラブラブな2人を見ていると、なんだか心が苦しくて悔しくて…。

でも、2人の仲を壊したくない。だから、私はその恋心をずっと隠してきたの。

 

 

 

「そうでしたか…。」

 

 

小傘の話を聞いて、文は小さくため息をついた。

 

 

「でもっ、もうその気持ちは我慢できないよ!私だって欧我が大好きなの。もっと欧我に甘えたい!」

 

 

涙を流し、自分の気持ちをさらけ出す。

そんな小傘の頭を、文は優しく撫でた。

 

 

「もう我慢しなくてもいいですよ。」

 

 

「…え?」

 

 

文の発言に、小傘は驚いて顔を上げた。

 

 

「ごめんなさい。こんなに一緒に過ごしてきたのに、今まで小傘さんの気持ちに気づかなかった。小傘さんが欧我の事を好きなことも、私のためにその気持ちを抑え込んでいることも知らなかった。そのせいであなたに寂しい思いをさせていたなんて…。でも、今日その気持ちを知ることができた。だから、自分の好きという気持ち、心を隠し通す必要はありません。存分に甘えてください。」

 

 

そう言うと、文は真顔になる。

 

 

「ただし、私だって欧我の事が大好きです。その気持ちは誰にも負けません。もちろん、小傘さんにもね。」

 

 

「うん、わかったよ。でも、気を抜いていると欧我の心を奪っちゃうからね、文!」

 

 

「ふふっ、小傘には負けませんよ。」

 

 

そして2人は笑い合った。

お互いの気持ちを理解し合うことで、2人の仲はより一層深まった。

もちろん、欧我に対する“大好き”という感情も。

 

 

「恋のライバルか、いいね。」

 

 

「私も負けていられないわね…。」

 

 

「ん?アリス、何か言ったか?」

 

 

「なっ、何でもないわよ!」

 

 

そう言い返すアリスの顔は少し赤くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ、なんか楽しそうだな。

 

部屋から漏れてくる笑い声に耳を傾けながら、できたばかりの料理をお盆に乗せて運ぶ。

それにしても、幽々子様は一体どれくらい食べるのだろうか。まだ夜も明けていないし、朝食の時間もまだまだ先だ。

つまり夜食の時間だ。

チャーハンにオムライス、数種類の天ぷらに大量の味噌汁…。

そしてみんなのために作ったショートケーキに紅茶。

 

それにしても作りすぎちゃったな。残ったらどうしよう。

…まあいいや。幽々子様なら食べるでしょ!

 

 

「お待たせいたしました!!」

 

 

そう言って、障子を開けた。

 

テーブルの上に、2つの巨大なお盆を置いた。

その直後、周りから歓声が沸き起こる。

 

 

「まずは幽々子様、量はこれでよろしいでしょうか。」

 

 

「うーん、ちょっと少ないけど、これで十分よ。」

 

 

少ないの!?

どれだけ食べるんだよ…。

 

 

「そして、皆さんにはショートケーキと紅茶を用意しました。食べてください!」

 

 

人数分用意したケーキを配る。

紅茶はもちろんプレゼントされた最高級品だ。

 

 

 

ぎゅっ

 

ケーキを配り終えた途端、小傘がいきなり抱きついてきた。

あっ、もう起きたんだね。

でも、いきなりどうしたんだろう。

 

 

「どうしたの、小傘。」

 

 

「なんでもない。ただ、このままでいさせて。」

 

 

どうして小傘が抱き着いてきたのか分からなかったが、まあいいや。

小傘の頭をよしよしと撫でる。

 

 

「うん、わかった。」

 

 

その状態のまま小傘を持ち上げ、あぐらをかいた膝の上に座らせた。

何だろう、小傘の顔少し赤くなっていたけど、どうしたのかな?

 

 

「欧我、気を付けて。奪われちゃうわ。」

 

 

「奪われるって、何が?」

 

 

「えへへ、秘密。」

 

 

え?何?

2人して何を企んでいるの?

 

うーん…まあいいや。

細かいことは気にしないでおこう。

それにしても、夜食だというのに幽々子様の食べっぷりはものすごい。

 

 

 

「欧我さん!」

 

 

「はい!」

 

 

突然名前を呼ばれ、声が聞こえたほうを向くと、しっかりとした目つきでこちらをじっと見つめている妖夢と目があった。

 

 

「私だって、長い間幽々子様に料理を作り続けてきたんです。気を抜いていたら、欧我の仕事をすべて奪ってしまいますよ!」

 

 

そうきっぱりと言い放った。

その声には意志の強さと決意が含まれている。

 

ふふっ、つまり俺のライバルと言う事か。面白い。

だが、専属料理人は俺の仕事だ。長い間料理を作っていたからと言って、妖夢には絶対に負けない!

 

 

「ああ、望むところだ!」

 

 

笑顔を浮かべ、妖夢にそう言い切った。

 




 
ライバル…

ある一つのことに向け、互いに競い合い、認めあい、高めあう関係のことを言う。

恋のライバル
料理のライバル

ふふっ、なかなか楽しくなってきましたね。
 


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第3章 初めてのお買い物
第14話 冥界の外へ


 

ある日の昼下がり…

 

 

「はぁっ!それっ!」

 

 

白玉楼の中庭。

空中に浮かび、休むことなく弾幕を放ち続ける。

一度死んだことによって、以前持っていた『相手の能力を撮った写真を取り込むことで、それを真似ることができる程度の能力』、そして『写真に写したものを光弾として実体化させる程度の能力』を失ってしまったため、弾幕を放つには、俺の手に入れた新たな能力である『空気を操る程度の能力』に頼るしかない。

 

ただ…この能力で弾幕を放つには重大な問題点がある。

 

 

「くそっ、どうすればいいんだ…。」

 

 

この調子で弾幕を放ち続けているのに、一向に解決策が見つからない。

疲労も溜まってきた。このままじゃあ明後日に間に合わないじゃないか。

 

くそっ、考えろ。考えろ葉月欧我!

どうすればいい!イメージしろ。 

Don't think. Feel!!

 

 

「あれ、何を悩んでいるのですか?」

 

 

「ん…?」

 

 

不意に聞こえた声に顔を上げると、いつの間にか廊下に妖夢が立っていた。

妖夢が持つお盆には、お茶が注がれた湯呑と饅頭が2ずつ乗っている。

 

 

「休憩しませんか?」

 

 

まさか、俺のために?

…そうだね。このまま考えていても浮かばないだろうし、気持ちを切り替えてゆっくりと休もう。

 

縁側に腰を下ろし、妖夢から受け取った緑茶の香りを楽しむ。

うん、やっぱり緑茶は最高だ…。

 

 

「それで、さっきまで何をしていたんですか?」

 

 

緑茶を堪能していると、妖夢が思い出したように聞いてきた。

ある意味予想通りの質問が飛んできて、思わずがっくりと肩を落とした。

 

 

「やっぱり見えなかったか…。」

 

 

「え?えっ!?何がですか?」

 

 

妖夢はいきなり落ち込んだ俺を見て戸惑っている。

まあ、そりゃあ仕方ないか。

 

 

「いいよ。俺は今弾幕を放つ練習をしていたんだ。」

 

 

「弾幕ですか?空中に浮かんでただ暴れていたようにしか見えなかったんですが…。」

 

 

その発言にむっとした。

見えないからと言ってただ暴れているだけとは…。

 

能力を発動し、空気を固めて小さな球体を作り出す。

それを人差し指で妖夢に狙いを定めて弾く。

 

 

「痛っ!」

 

 

弾が当たった直後、妖夢は額を押さえてうずくまった。

あぁ、強くやりすぎちゃったかな。

 

 

「もー、痛いじゃないですか。」

 

 

「ああ、ごめんごめん。でも分かったでしょ、こうやって弾幕を飛ばすんだよ。」

 

 

そう言って、妖夢の額をよしよしと撫でる。

弾が当たったところは赤くなっていた。

 

もっと加減をしないとな…。

 

 

「でも、弾幕なんて見えなかったよ。」

 

 

「そう、それが問題なんだよな。」

 

 

本来、スペルカードルールで競うのは単純な力よりも『弾幕の美しさ』である。

相手よりも美しい弾幕を放ち、相手に魅せる。そう言った『精神的な勝負』、それが弾幕ごっこである。

 

しかし、空気を固めただけの俺の弾幕は人の目には見えない。

そう、『空気は目に見えない』のである。

美しさ云々以前に、目に見えなければ競うことなんてできない。

しかも回避不可能な弾幕は制限されているため、空気の弾幕は見えないから弾幕の位置を認識できないと言う事は制限の対象になってしまう。

 

 

「だから、美しいかつ見える空気を編み出さないといけないんだよな。」

 

 

「見える空気…ですか。」

 

 

一通り説明を行い、大きくため息をついた。

妖夢も弾幕の問題点に気づいたようで、その解決策を一緒に考えてくれた。

 

でも、この問題は解決できそうにない。

どうすれば、空気が目に見えるようになるのだろうか…。

 

 

「そもそも、どうして弾幕の練習をしていたのですか?」

 

 

「ああ、それはね…。魔理沙さんから弾幕ごっこを申し込まれたんだ。」

 

 

「魔理沙さんから?」

 

 

「うん。」

 

 

その時の様子を思い返した。

 

今朝いきなり魔理沙さんがやってきて、台所に入るなり俺に向かって「弾幕ごっこをやろうぜ!」って誘ってきた。

でも、生前の能力を失った状態で弾幕ごっこはできないと断ったらすごく悲しそうな表情を浮かべていて、なんか申し訳ない気持ちになった。だから、慌ててこう言ったんだ。

 

 

「2日間だけ待ってください。2日のうちに今の自分が出せる最高の弾幕を編み出すから!」

 

 

って。

そうしたら魔理沙さんは途端に笑顔になって「約束だぜ!明後日の昼に来るからな。」って言い残して帰っていったんだ。

おそらく見物客もいっぱい来るだろうし、そんな状態で弾幕が放てなかったらみんなに申し訳ない。

 

 

「はぁ、どうしようかな…。」

 

 

そう呟いて、湯飲みの縁に唇を近づけた。

 

 

「あら、ここにいたのね。」

 

 

「幽々子様!?」

 

 

その直後、突然聞こえた幽々子様の声に驚いてお茶を吹き出しそうになった。

ってか何時の間に!?

 

 

「ふふっ、人を驚かすのも悪くないわね。」

 

 

おいおい、完全に小傘に感化されているじゃないか。

でも、どうしたのだろう。

 

 

「何か御用ですか?」

 

 

そう質問した妖夢に、幽々子様は笑って答える。

 

 

「それはね、欧我に買い物をお願いしようかと思ってね。」

 

 

「買い物ですか!?でも、俺は…。」

 

 

突然されたお願いに驚きを隠せなかった。

買い物に行くと言う事は、冥界を飛び出して今まで住んでいた顕界に行くと言う事。

しかし、俺は映姫さんから受けた刑によって100年もの間冥界を出ることを許されていない。

 

 

「ええ、貴方が冥界の外に出ることは許されていない。それは知っているわ。でも、買い物に行くと言う事も料理人としての仕事よ。」

 

 

「でも…。」

 

 

確かに、幽々子様の言った事は一理ある。

しかし、だからと言って冥界を出ることは…。

 

 

「あら、主が冥界の外に出なさいって命令しているのだからそれに逆らっちゃダメよ。分かるでしょ?それに、もし閻魔が文句を言いに来たら私が追い返してあげる。」

 

 

「幽々子様…!」

 

 

幽々子様のその言葉が嬉しかった。

今まで夢に見た冥界の外に出ることができる!

 

 

「その代り、外に出ている間は妖夢と一緒に行動しなさい。」

 

 

「は、はい!」

 

 

「そしてもう一つ、重要なことがあるわ。」

 

 

急に変わった幽々子様の声色に、思わずごくりとつばを飲み込む。

 

 

「幽霊になったばかりの身体は脆いわ。顕界に長い間いたら身体が消滅して二度と戻れなくなる。だから、必ず5時間以内に冥界に帰ってきなさい。」

 

 

つまり、5時間以上冥界の外に出たらこの身体は消滅する…つまり、もう文や小傘たちに会えなくなる。

そんなのは絶対に嫌だ。

 

この門限は絶対に守らなければならない。

 

 

「分かったかしら?じゃあお買い物をお願いね。」

 

 

「「はい!」」

 

 

2人そろって返事をし、食糧庫の残りをチェックすると空へと飛びあがった。

 

まっすぐ飛び続け、そしてついに冥界と顕界を隔てる結界を通り抜けた。

目の前には、3ヶ月前とちっとも変らない世界が広がっていた。

 

その光景に胸が熱くなり、気付いたら大声で叫んでいた。

 

 

「ただいま!!幻想郷!!!」

 



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第15話 新・欧我のスペルカード

 

墓前にしゃがみ、そっと両手を合わせる。

 

 

「おかしな光景ですね。自分のお墓に手を合わせるなんて。」

 

 

「そうだね。」

 

 

目の前のお墓には、「葉月欧我」と彫られている。

そう、俺の遺体が眠っているお墓だ。このお墓の下に、今まで一緒に行動してくれた俺の身体が眠っている。

色々と無茶をさせちゃったかな。潜り抜けてきた数々の弾幕ごっこや永嵐異変、そして影鬼との戦い…。

そして最後は文を守る盾となって命を落とした。

 

今から思い返してみても、いろんなところに行っていろんな人と出会い、いろんな経験をした。陽炎さんや琳といった強い人物とも戦ったし、その人たちと親友になることができた。

そう考えてみると、俺は体を酷使しすぎたのかもな。

 

 

「今までありがとうな。」

 

 

今は、ゆっくりと休んでくれ。

そう願い、お墓を後にした。

 

 

 

 

 

それにしても、まさか自分のお墓が命蓮寺の墓地に建てられていたなんてな。

しかもきれいに掃除されていて、色とりどりの花が供えられている。

いつも誰かが掃除してくれているんだと思うと、とても嬉しくなった。誰かは知らないけど、ありがとう。

 

 

「それにしても、欧我がお墓参りに行きたいって言い出した時は驚きましたよ。」

 

 

「うん。自分のお墓があると聞いた時は絶対に行きたいと思っていましたから。」

 

 

妖夢と並んで歩きながら、命蓮寺の墓地を後にする。

お墓参りも済んだ、いよいよ買い物のために人里へ向かおう。

 

 

「でも、どうして足を動かしているのですか?もう二度と地面を歩く事ができないと言っていたのに。」

 

 

「ああ、それはね。人前に出るときはそうするべきかなって思って。だって、いきなり目の前に空中に浮かんでいる人が現れたら驚くでしょ?」

 

 

「ああ、確かに…。」

 

 

そう呟いて妖夢は頷いた。

妖夢の言った通り、死んだことによって二度と大地を踏んで歩く事ができなくなった。

座ったり寝転がったりはできるのだが、一度立ち上がると体が浮かんでしまい、自分の足を使って立つことができない。だから、移動するときは常に空中にふわふわと浮かんでいる状態になる。

 

でも、浮かんでいる所を誰か、特に俺を知らない人が見たら驚いて腰を抜かしてしまうだろう。そうならないために、人前に出るときはギリギリまで高度を落として、歩いているかのように足を動かしている。

傍から見れば、その姿は歩いている時と変わらない。

ただ…足跡が付かないのが難点だがな。

 

 

「あら、欧我さん!」

 

 

「あっ、白蓮さん。こんにちは。」

 

 

境内を歩いていたら、白蓮さんに声をかけられた。

この、包み込むような優しい笑顔も3ヶ月前とちっとも変らない。

何だろう、この安心感は…。

 

 

「あら、妖夢さんも一緒なのね。」

 

 

「はい。こんにちは。」

 

 

「もしかしてデートですか?」

 

 

「なっ!?」

 

 

「いえ、買い物です。色々あって妖夢と一緒に行動しているだけです。」

 

 

…あれ?どうして妖夢は顔を赤らめているの?

それに、さっきの驚いたような反応は。

 

 

「そう、お勤め頑張ってくださいね。」

 

 

「ありがとうございます。それでは失礼します。」

 

 

白蓮さんにお辞儀をして、命蓮寺を後にした。

俺の後を慌てて妖夢が追いかけてきた。

 

門を通り抜けると、そこでは響子ちゃんが「ぎゃーてーぎゃーてー」と連呼しながらほうきで掃除をしていた。

どうやら、夢中になって俺たちの存在に気づいていないようだ。

 

 

「こんにちは!」

 

 

「うわっ!?あ、こんにちは!!」

 

 

大声で挨拶をしたら驚いて後ろを振り返り、そして元気な声で挨拶を返してくれた。

この爆音波は3ヶ月前よりも威力が増したか?

 

その元気な挨拶につられて笑顔を浮かべると、響子ちゃんも可愛い笑顔を返してくれた。

 

 

「可愛いなぁ、もう。」

 

 

そう言って、頭をよしよしと撫でる。

 

 

「かわいi…ありがとうございますっ!」

 

 

あれ、尻尾振っちゃっているよ。

…ってかそもそも尻尾があったんだね。

 

 

「じゃあ、また来るね。」

 

 

「はい、お待ちしております!」

 

 

響子ちゃんと別れ、参道を人里に向かって歩く。

背後からは、再び響子ちゃんの大声が響いてきた。この声を聞くと、命蓮寺に来たって気がするな。…もう帰るんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

 

参道を歩いていると、目の前に数体の見知らぬ妖怪が集まっている。

どうしてここに妖怪が?

それよりも集まって何をしているんだろう。

 

…ちょっと嫌な予感がする。

 

 

「妖夢、ここで待ってて。ちょっと行ってくる。」

 

 

そう言い残して、その妖怪との距離を縮めていった。

能力を発動させ、姿を見えなくする。同時に気配も消すことができるので、妖怪たちに気づかれることもなく接近することができた。

 

見ると、妖怪は何かを取り囲んでいるようだ。

妖怪の一言を聞いて、俺の予感が的中した。

 

 

「おい、さっそく連れて帰ろうぜ。」

 

 

「だな。」

 

 

連れて帰る…?

上空に浮かんで空から見下ろすと、そこには10代くらいの人間の女性がうずくまっていた。まさか、連れ帰るってこの子を!?

 

俺の中に、怒りの炎がメラメラと燃え上る。

こいつら、どう料理してあげようか…。

 

 

「おい!その子から離れろ!」

 

 

能力を解除し、妖怪たちに声をかけた。

妖怪たちは後ろを振り返ると、俺の姿を見て笑い声をあげた。

 

 

「なんだ、人間ごときが俺様たちに命令するというのか?」

 

 

「痛い目に遭いたくなければとっとと逃げろ。」

 

 

うん、予想通りの返事が返ってきたな。

人数は…3人か。

どいつもこいつもひどい見た目だなあ…。

 

 

「お前は何者だ?」

 

 

お、まともな質問が飛んできたぞ。

 

 

「俺は料理人だ。」

 

 

胸を張って答えた俺の返事を聞き、3体の笑い声は一層激しくなった。

 

 

「料理人だと?こいつは傑作だ!」

 

 

「ただ料理を作ることしか能がねえクズは速く消えろ。」

 

 

その言葉に、カチンと来てしまった。

料理を作ることしか能がねぇだと…?クズ…だと!?

 

 

「料理人、舐めるな。」

 

 

「はぁ?」

 

 

「来いよ、お前らみたいな三流食材じゃあ美味い料理はできないが、片っ端から料理してやる。」

 

 

「やれるものならやってみろ!!」

 

 

そう叫んで妖怪たちは一斉に飛びかかってきた。

 

 

「さあ、料理開始だ!」

 

 

まずは食材の動きを止める。

そうすれば、余計な傷をつけなくて済む。包丁も入れやすくなるしな。

 

 

空縛(くうばく)『エアーズ・ロック』!!」

 

 

妖怪たちに右手を向けると、次の瞬間妖怪たちの動きが止まった。

まるで幾重にも巻きつけられた縄に縛られているかのように、ピクリとも動かない。

 

いや、動かせないのだ。

スペルカードを発動した瞬間、妖怪たちの周りの空気を固めて動きを封じた。

固めた空気の結束力は強固で、どんな力自慢だろうと破壊することができない。

…まあ勇儀さんあたりならできるだろうが。

 

妖怪たちは信じられないといった表情を浮かべている。

固めた空気が隙間なく覆っているので、もがくこともできない。

 

その様子を品定めするかのように眺めると、はぁと大きくため息をついた。

 

 

「やっぱダメだ。料理方法がイメージできない。」

 

 

そう呟くと、両手から糸を伸ばすように空気を固め、妖怪たちを捕える空気の輪に空気の糸を繋ぐ。

空中に浮かぶと、ハンマー投げの要領で身体を回転させて妖怪をブンブンと振り回す。

 

 

「空転『スパイラルキャスト』!!」

 

 

遠心力が十分溜まったところで、妖怪を空の彼方へと投げ飛ばした。

投げ飛ばされた妖怪は高速で飛んで行き、俺の視界から消えた。

 

はぁ、料理失敗か。まあいい、こんな日もあるさ。

気持ちを落ち着かせるため、何度も深呼吸を繰り返す。

 

 

どうやら妖夢は戦っている間に襲われていた女の子を避難してくれたようだ。

少し離れた木の陰で必死に女の子に話しかけている。

 

…あれ?なんか様子がおかしい。急いで駆け付けよう!

 



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第16話 迷子探しの特設屋台

 

「妖夢!」

 

 

慌てて妖夢のもとに駆けつける。

どうやらその女の子に怪我は無いようだが、妖夢は何故かあたふたと慌てている。

一体何があったというのだろう。

 

 

「ねえ、どうしましょう。」

 

 

「何が?」

 

 

「この子…記憶を無くしているわ。」

 

 

「えっ!?」

 

 

妖夢の口から聞かされた衝撃の事実に驚きを隠せなかった。

どうしてこの女の子が記憶を無くしてしまったのだろう。

妖怪に襲われたことで身体にではなく心に怪我を負ってしまったのだろうか。

 

 

「多分、妖怪に襲われたショックで一時的に記憶を無くしているのだと思う。」

 

 

「本当に?」

 

 

「いや、分からないけどそうとしか考えられないんだよね。」

 

 

その少女の前にしゃがみ、笑顔を浮かべた。

見たところ10代前半の女の子で、オレンジ色のかわいらしい着物に身を包んでいる。

髪型や着物の格好から、人間の里に住む女の子のようだ。外来人とは考えられないな。

 

 

「俺は葉月欧我。君は?」

 

 

笑顔を浮かべ、自己紹介を行う。

しかし、その少女は怯えたまま首を横に振った。どうやら、記憶喪失なのは間違いないらしい。

 

どうしようか…。

 

 

「とりあえず、人間の里に向かおう。この子に縁のあるものを見れば記憶が戻るのかもしれない。」

 

 

「そうですね。さあ、行きましょう。」

 

 

 

 

 

 

その女の子を連れて、人間の里に入った。

先ほどよりも怯えなくなったが、相変わらず妖夢の後ろに隠れて歩いている。

もしかして、妖夢には心を開いてきたのかな?

 

なんだか親子…いや、姉妹のようだね。

 

 

「何を見ているのですか?」

 

 

「いや、別に。とりあえず買い物を済ませちゃおうよ。情報収集も兼ねて。」

 

 

「そうですね、闇雲に歩くだけでは時間を無駄に浪費するだけですし。」

 

 

あらら、その子と手を繋いじゃって。

なんか羨ましいな…。

 

 

その後、食糧庫に足りなかった食材を買いながら、女の子についての情報を集めた。

あらゆる商店を巡り、店主や客に聞いてみたが、結局情報は得られなかった。

 

ここまで来ると、本当にこの女の子は人間なのかという疑問さえ浮かんでくる。

 

 

はあ、一体どうすれば…。

頭を働かせながら、隣に座る妖夢に寄り添ってリンゴ飴を食べる女の子をじっと見つめる。

笑顔が戻ってきたのが嬉しかったが、未だに俺には懐かないようだ。

 

 

「もっと人が集まればいいんですがね…。」

 

 

そう呟いた妖夢の言葉を聞き、俺の頭に一つの案が浮かんだ。

 

そうだよ、人を集めればいいんだ!

そうすれば情報も集まり、もしかしたらこの女の子の親も現れるかもしれない。

 

 

「妖夢、人を集めよう。」

 

 

「集めるって、どうやって?」

 

 

「いい方法を思いついた。妖夢、ちょっと手伝って。まずは…綺麗な鉄板を頼む。」

 

 

「鉄板!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、いらっしゃい!どう、食べてみないか!?美味いよ!」

 

 

そう大声を張り上げた。

鉄板は熱々に熱せられ、油が敷かれている。

 

そこに切ったキャベツと肉を入れて炒める。

ジューッという心地よい音が辺りに響いた。

いい感じに焼けたら隅にどかしておいて、中華麺を投入し、水を入れてほぐしながら焼いて行く。

あらかじめ炒めておいた具材と混ぜ合わせ、塩とコショウ、そしてソースで味付れば…。

 

 

「いらっしゃい!!焼きそばだよ!ほら、妖夢も声を出して。」

 

 

「う、うん…。いらっしゃいませー!」

 

 

妖夢は恥ずかしそうに顔を赤らめながら声を張り上げてくれた。

たくさんの人を集めるにはもっと宣伝しないと。

 

うん、女の子も笑顔で焼きそばの配膳などを手伝ってくれている。

こうすれば、もしかしたらこの子の知り合いが現れるんじゃないかな。

 

 

「妖夢、野菜の準備はできた?」

 

 

「うん!」

 

 

「よし、じゃあどんどん焼いちゃうよ!さあ、欧我特製焼きそば!一皿300円!安いよー!外の世界よりも200円安いよー!!」

 

 

人を集めるために急きょ開いた即席の焼きそば屋台は予想以上に好評で、あっという間にたくさんの人が集まってくれた。

俺は料理人だ。料理人なら料理人ができることでこの女の子の情報を集める。

 

鉄板の上にある焼きそばはあっという間に売り切れた。

さあ、4回目を作ろうとした時、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 

「欧我じゃないか!ここで何をやっているんだ?」

 

 

その声の主は青いメッシュの入った長い髪に不思議な形の帽子…。

 

 

「あ、慧音さん!どうですか、食べてみます?」

 

 

「ああ、頂こうかな。…ところで、どうしてここで焼きそばなんか作っているんだ?」

 

 

「それはですね…。」

 

 

野菜を炒めながら、配膳をしてくれている女の子を指さした。

 

 

「命蓮寺の参道で妖怪に襲われているあの子を助けたんです。助けたはいいもののそのショックで記憶を失っちゃったみたいで。だから情報を集めるために人を集めていたんですよ。」

 

 

そう簡単に今までの経緯を説明する。

 

 

「あの子は…。」

 

 

その女の子を見た途端、慧音さんはそう言う声を漏らした。

焼きそばから目が離せなかったから慧音さんの表情を窺うことはできなかったが、どうやらその女の子について何かを知っているようだ。

 

 

「知り合いですか?」

 

 

「ああ、私の生徒だ。そうか、欧我が妖怪から助けてくれたのか。ありがとう!」

 

 

その言葉を聞いて、ホッと胸をなでおろす。

良かった、無事に女の子に関する情報を手に入れることができた。

これで『焼きそば屋台で情報ゲット大作戦』は大成功だ!!

 

 

「どういたしまして。はい、できましたよ。」

 

 

丁度焼きそばも出来上がり、慧音さんに出来立てを手渡した。

 

 

「ありがとう。欧我には何かお礼をしなくてはいけないな。」

 

 

お礼…?

あ、じゃあ今俺が一番ほしい物をねだろうかな?

 

 

「じゃあ、今ほしい物があるんですが。」 

 




 
鉄板と薪、火、皿と箸以外はすべて空気を固めて作りました。
いやあ、空気を操るって便利ですねぇ~。


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第17話 目に見える空気

 

「あー、疲れたー!」

 

 

白玉楼に帰宅し、畳の上に大の字で寝転がる。

初めての買い物だったけど、本当に色々なことがあったなぁ。

自分のお墓へ墓参り、妖怪に襲われた女の子を助け、情報を集めるために即席屋台を開き、そして…

 

 

「よし、これで…。」

 

 

1冊の本を持ち上げた。

これで、俺の弾幕の問題点を解決することができる。

 

あの時女の子を助けたお礼として慧音さんからもらったのは“知識”だ。

目に見える空気を作り出すにはどうするのか。慧音さんに聞いたおかげで、その答えを見つけることができた。

 

それは後で試してみることにして、今はゆっくりと休憩しよう。

それにしても、ただ買い物に出ただけでこれほどまで疲れるものなのかなぁ…。買った量もそれほど多くなかったし、いくらなんでも…。

 

 

「理科…?面白い本を持っているわね。」

 

 

「幽々子様?」

 

 

目を閉じて体を休ませていると、不意に幽々子様の声が聞こえた。

目を開けると、右手に持つ理科の教科書を興味深そうに見つめている幽々子様の姿があった。

 

 

「あら、どうしたの?顔色が悪いわよ。」

 

 

「ええ、ちょっと疲れちゃって。」

 

 

幽々子様は小さく「そう。」とつぶやいた後、何かを考えるようにじっと俺の顔を見つめている。一体どうしたというのだろうか。

 

 

「ねぇ、貴方が外にいた時間ってどれくらい?」

 

 

時間?えっと…。

 

 

「大体4時間ちょっとくらい…ですかね?」

 

 

でも、それが一体なんだというのだろうか。

 

俺の発言を聞き、幽々子様は「やっぱり。」とつぶやくと、衝撃の一言を口にした。

 

 

「あなたの身体、消滅しかけていたわよ。」

 

 

「えっ!?で、でも、5時間経っていないし…。」

 

 

「そう、私は確かに5時間が経過したら消滅すると言ったわ。でも、それはギリギリのラインよ。言ったでしょ、幽霊になったばかりの体は脆いって。外に4時間もいたら消滅するのは当たり前よ。消滅し始めたとしても、身体の一部さえ残っていれば復活することができるけど、5時間経ったら何もかも消滅してしまう。そうしたらもう戻せないの。」

 

 

そっか…。

5時間も外に出れるというわけじゃなかったんだね。

4時間が経過したら身体は消滅を始めて、5時間が経過したら跡形もなく消えてしまう。

つまり、4~5時間の間がタイムリミットってわけか。

 

今感じているこの疲れも、身体が消滅しかけたことによって引き起こされたものなのだろう。

絶対に文や小傘、みんなと別れたくない。

これからは慎重に行動しないといけないな。

 

 

「それよりも、欧我~。」

 

 

「はい。」

 

 

「お腹が減ったわ。何か甘いものを頂戴。」

 

 

ありゃりゃ…。

真剣な話だと思ったらこれかよ。

 

 

「分かりました。しばらくお待ちください。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幽々子様に餡蜜を提供し、今中庭で空中に浮かんでいる。

慧音さんから教わった、目に見える空気の作り方をさっそく試そう。

 

まずは1つ目の方法だ。

でも、どうしてこれに気づかなかったのだろう。毎日見ているのに。

その1つ目は“湯気”を使う方法だ。

空気中に含まれる目に見えない水蒸気に意識を向け、状態変化させて小さな水滴に変える。

そうすれば…。

 

 

「はぁっ!」

 

 

両手を前に向け、空気を固めて弾を作り出す。

その中の空気中に含まれる水蒸気を操り、一気に状態変化させた。

 

 

「…できた!」

 

 

目の前に真っ白な弾が姿を現した。

さらに俺を取り囲む空気に意識を向け、水蒸気を状態変化させると同時に大量の弾幕を打ち出した。

その弾幕も湯気によって白く色が付き、目視が可能になった。

しかもよく見ると、球の中で湯気がまるで炎のようにゆらゆらと揺らめいている。

これで相手に魅せるという点もクリアできたかな?

 

しかし、大量に作り出すには集中する時間が長すぎる。そこは改善点だな。

 

 

「よし、次…。」

 

 

目に見えるようにする、もう一つの方法。

空気中の水分量を操って最適な濃度にし、そこに太陽の光を当てる。

 

すると…

 

 

「わぁ~!」

 

 

球体の弾の中に、7色に輝く虹が姿を現した。

 

先ほどと同じように、今度は虹の弾を大量に作り出して一斉に放つ。

すると、キラキラと輝く虹の弾は虹の形を変えながら円錐状に広がった。

なるほど、見える角度によって形が変わるのか…。

 

ただ、太陽が無いと虹の弾幕は放てない。

天気によって湯気と使い分ける必要があるな。

 

 

 

これで、無事に目に見える弾幕を作り出すという課題をクリアできた。

後は明後日の弾幕ごっこに備えてスペルカードを編み出さなければ。

課題の克服もしないといけないしな。

 

よし、やるぞ!

 

 

 

 

 

その後、体に溜まった疲労を忘れ、ひたすら弾幕を放ち続けた。

おそらく、「目に見える美しい空気を作り出す」という難題を達成できた嬉しさだけではなく、またみんなと弾幕ごっこができるという喜びが疲労を消し去ってくれたのだろう。

 

スペルカードの開発は明日にするとして、今日は課題点の克服に重点を置こう。

 

 

 

 

 

その様子を、縁側に座って眺める幽々子と妖夢。

 

 

「ふふっ、欧我もやるわね。」

 

 

「はい。でも、少し羨ましいです。」

 

 

「あら、そう?確かにあんなに素敵な弾幕は…」

 

 

「違います。」

 

 

「違う…?」

 

 

「はい。人のために、仲間のために全力を尽くす欧我の姿勢が羨ましいのです。今だって、弾幕ごっこを約束した魔理沙さんのために最高の弾幕を作り出そうと一心に頑張っている。それが羨ましくて…。私も、見習いたいです。」

 

 

そう言って欧我を見つめる妖夢の目には、どこか寂しさが感じられた。

 



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第18話 開幕、弾幕ごっこ

 
欧我と魔理沙の弾幕ごっこがいよいよ始まります!

欧我はいったいどのようなスペルカードを編み出したのか。
お楽しみください!


 

「よし、これで完成だ。」

 

 

テーブルの上に並べられた大量の料理を前に、ほっと一息を突く。

これで幽々子様の昼食がすべて完成した。

それにしても、まさか本当に大量の料理を作ることに慣れるとは思わなかった。

妖夢の言う「すぐに慣れますから。」という言葉もあながちウソではなかったと言う事か。

 

よし、みんなを呼んで昼食にしよう。今日の料理も喜んでくれると…

 

 

「欧我ー!いるか?」

 

 

この声は…。

障子を開けて外に出ると、中庭に魔理沙さんの姿があった。

その後ろにはたくさんの見物客が…って、え!?

 

 

「魔理沙さん!それに、みんなも!?」

 

 

「ああ、私が白玉楼で欧我と弾幕ごっこをすると知ったらみんな着いて来ちゃって。」

 

 

いったい誰からその情報を。

そのようなことをする人物は…うん、1人いた。

 

 

「文、また新聞をばらまいたんでしょ。」

 

 

「えへへ、やっぱりばれました?」

 

 

人ごみの中にいた文が苦笑いを浮かべながら頭をかく。

まったく、相変わらずというかなんというか…。

 

まあいいや。

今日のためにたくさん練習は積んできた。

そして、とうとう魅せるときがやってきた。昨日編み出したばっかりの、新しい弾幕を…。

 

 

 

 

 

 

 

「準備はいいか?」

 

 

「ええ、バッチリです。」

 

 

中庭に浮かび、魔理沙さんと対峙した。

お互いに相手を睨み、出方をうかがう。

両者一歩も動かず、緊迫した空気が張り詰める。

 

 

「はぁっ!」

 

 

先に動いたのは俺だった。

星形に空気を固め、湯気で色を付けた弾幕を放つ。

練習を積んだおかげで、短時間で大量の弾を生成、放出することができるようになった。

 

 

「おっ、面白い弾幕だな!」

 

 

そう言うと魔理沙さんはほうきを操り、弾幕の隙間を縫って飛び、次々と弾を避ける。

このスピードは、以前永嵐異変で戦った時以上だ。

 

 

「じゃあ私からも行くぜ!」

 

 

右手を掲げるとそこに魔方陣が出現し、大量の星形の光弾が放たれた。

俺は何も言わずに右手を前に掲げ、空気を固めて壁を作り出す。

 

目前まで迫った星形の弾幕は次々と壁に命中して爆発を起した。

魔理沙さんの弾幕はなかなかの威力だが、空気の密度を増やして固めた壁はびくともしなかった。

 

 

「何…!?」

 

 

魔理沙さんはその光景を見て驚きの声を上げる。

まあ無理もないか。爆煙が消えたら無傷の俺が立っているからな。しかも微動だにせずに。

 

おっ、魔理沙さんの両脇に1つずつ魔方陣が現れた。

 

 

「これならどうだ!」

 

 

その魔方陣からレーザー光線が放たれた。

それと同時に魔理沙さん自身が大量の星形の光弾をばらまく。

 

俺は再び空気を固めて壁を作り出して弾幕を防ぐ。

爆煙によって視界が遮られたが、レーザーが増えたところで空気の壁はびくともしな…

 

ピシッ!

 

 

「なに!?」

 

 

空気の壁に亀裂が走り、それがどんどん大きくなる。

次の瞬間ガラスが割れるような音が響き、壁は粉々に砕け散った。

 

 

「あぶなっ!?」

 

 

慌てて高度を上げ、壁を突き破って襲ってくる弾幕を避ける。

…そうか、さっきの弾幕を一点に集中したのか。

 

 

「逃がさないぜ!」

 

 

魔理沙さんはそう言ってほうきを飛ばし、俺に向かって突き進んできた。

左右の魔方陣からは耐えることなくレーザー光線が放たれ、俺を仕留めようと迫ってくる。

 

くそっ、生前の能力を失ったからスピードが出ないんだよな。

後ろ向きに飛びながら弾幕やレーザー光線を躱し、星形の弾幕をばらまく。

しかし魔理沙さんは華麗に避け、新たな弾幕を放ってくる。

この状況を打開しなければ。

 

こうなったら…。

スペルカード行くぞ!

 

空気を大剣の形に固め、その中の水分量を操る。

太陽は出ているな、よし!

 

 

「神断『ダーインスレイヴ』!!」

 

 

太陽の光を受け、目に見えない大剣は七色の虹を纏う。

両手で柄を持ち、思いっきり振り下ろした。

魔理沙さんまで剣先が届かなかったが、迫っていた弾幕を斬り裂き、さらに大剣から大量の虹弾を放った。

 

 

「うわっ!?この!」

 

 

次々と襲いかかる虹弾に驚きながらも、しっかりと軌道を読んで躱していく。

それに星形の弾幕の量を増やして攻撃の手も緩めない。

こういった臨機応変に対処できる実力って羨ましいな。

俺も負けていられないぞ!

 

再び大剣を振りかぶると、同じように振り下ろした。

 

 

「なんだ、同じ手は通用しない…」

 

ザシュッ!

 

「…ぜ?」

 

 

「くそっ、外したか。」

 

 

振り下ろすと同時に刀身の長さを増した大剣は魔理沙さんの髪の先端をかすめた。

空中をひらひらと舞い踊る金色の髪。

 

でも仕方ないか。

弾幕を避けながら飛んでいるし、こんなに剣が大きいと狙いなんかつけられない。

スペルカードを解除し、いったん距離を置く。

魔理沙さんもレーザー光線による弾幕を止め、上空で再び向き合った。

 

 

「やっぱり魔理沙さんは強いな。」

 

 

「ありがとう!でも、欧我もなかなか面白い弾幕を使うじゃないか。楽しくなってきたぜ!じゃあ、どんどん行くよ!」

 

 

そう言うと懐から青い光を纏ったカプセル状の物を取り出すと投げつけた。

あれは、一体何なんだ…?

 

初めて見るカプセルに興味を抱き、じっと見つめていると、次の瞬間…

 

 

「うわっ!?」

 

 

爆音とともに爆発を起こした。

慌てて両腕で顔を覆ったが、不意を突かれたためガードが遅れた。

 

あ…あれ?

耳が、聞こえない!?いや、耳だけじゃない。目も見えなくなっている。爆炎にやられ臭いをかぐことができない。

さっきの爆発の衝撃によって、五感のうち視覚と聴覚、そして嗅覚を失ってしまった。

時間が経てばまた復活するだろうけど、今はこの状態で乗り切らないと。

 

仕方ない、このスペルカードに賭けてみよう。

 

 

「探知『欧我の領域(俺のテリトリー)』。」

 

 

俺と魔理沙さんを囲むように、四方八方すべてを空気の壁で囲む。

そして、その立方体の中の空気に意識を集中させる。

空気の流れ、動きを読み取って相手の言動を捉える。

 

魔理沙さんは…丁度目の前にいるな。

口が動いているから、何かを話しているだろう。

空気の振動を肌で感じ、触覚を聴覚に変えて言葉を脳に送った。

 

 

「おい、大丈夫か!?どうす…」

 

 

「俺は大丈夫だよ。」

 

 

俺の発した言葉に、魔理沙さんの口の動きが止まった。

 

 

「心配してくれてありがとう。でも、俺は大丈夫。さ、続きをやろうよ。」

 

 

「続きって…。」

 

 

明らかに魔理沙さんは戸惑っている。

でも、俺の中で溢れる「弾幕ごっこを楽しみたい」という気持ちは、もう制御ができないほどまで膨らんでいる。こんな状態で、弾幕ごっこを中断することなんてできない。

 

 

「このような最悪な状態さえも楽しみたいんです!だから、中断なんかしないでください。」

 

 

「…うん、分かった。じゃあ行くぜ!」

 

 

「ああ!虹速(こうそく)『ラピッドクロウ』!!」

 

 

自分を取り囲むように4つの鴉の形をした虹弾を作り出し、その虹弾から大量の弾幕をばらまきながら自分の出せる最高速で飛び回った。

 

 

「やるじゃないか!じゃあ、私も付き合うぜ!『ブレイジングスター』!!」

 

 

お互いに高速で飛び回り、弾幕を放ち続けた。

 




 
弾幕ごっこのシーンを書いていると楽しいです。
文章にするのが難しいのですが。

弾幕ごっこですが、もしかしたら3ページにわたるかもしれませんが最後までお付き合いください。
 


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第19話 プライドをかけた攻防

 
なんとか2ページに収めました。
この話で、いよいよ決着がつきます。

一進一退の攻防の末に勝つのはどちらなのか。
 


 

「あー!あー!…よし。」

 

 

聴力が回復してきた。

視界も未だにぼやけているがさっきよりは見えるようになった。

 

だが、体力はほとんど持ってかれた。

全ての空気の動きに常に意識を向けないといけないし、高速で飛び続けたことで体力を激しく消費してしまった。

更にすべての弾幕の軌道を読み切れず被弾してしまった。

今はまさに危機的状況だ。しかし、今はこの状況を楽しみたい。だから絶対にあきらめない!

 

それに、ただ飛び回っていただけだと思わない方がいい。

もう、仕掛けは整っている。

 

 

「…あれ?」

 

 

魔理沙さんがいない!?

しまった、探知「欧我の領域(俺のテリトリー)」を解除してしまったために魔理沙さんを見失ってしまった。

きょろきょろと辺りを見回しても、魔理沙さんの姿はどこにもない。

真下を見下ろしても、ただ白玉楼の中庭が広がっているだけ。

 

…っ!と言う事は、上か!?

 

 

「星符『ドラゴンメテオ』!!」

 

 

虹線(こうせん)『ドラゴライズシュート』!!」

 

 

虹色を付けた空気を圧縮し、真上に向かって一気に解き放った。

虹色に輝く虹線は、まるで天に昇る龍のごとくまっすぐ突き進んだ。

どうやら魔理沙さんと同時にスペルカードを発動したようで、2人の光線はちょうど中間あたりで衝突した。

 

そのまま一進一退の攻防が続き、衝突部位で爆発が起こることで攻防は終わりを告げた。

爆風に吹き飛ばされ、背中から中庭に激突した。幸いにも中庭に敷き詰められた小石や砂が衝撃を吸収してくれたおかげで身体にダメージはない。

 

 

「まだまだ!虹符『蜻蛉(かげろう)の舞-巻の壱-』!!」

 

 

空気を蜻蛉(とんぼ)の形に固め、太陽の光で虹色に輝かせる。

大量にばらまかれた蜻蛉は一旦同心円状に広がると、それぞれの軌道を描きながら猛スピードで魔理沙さんに向かって飛び立った。

これは幽々子様の反魂蝶を参考に好きな昆虫である蜻蛉を使って編み出したスペルカードだ。

 

上空でこのスペルカードを見た魔理沙さんもスペルカードを発動する。

 

 

「じゃあいくぜ!魔符『スターダストレヴァリエ』!!」

 

 

魔理沙さんの両手からおびただしい数の星形の光弾がばらまかれた。

蜻蛉を操って光弾の間に開いたわずかな隙間を縫って飛び回らせるが、弾幕の密度は濃く次々と破壊されていった。

しかしこちらも負けるわけにはいかない!

 

 

「巻の弐!!」

 

 

軌道を変え、蜻蛉を1列に並べて飛び回らせる。

さらに周りに弾幕を展開し星形の光弾を破壊していく。

こうすれば、一番前の蜻蛉が破壊されてもその隙をついて後続の蜻蛉が相手に襲いかかる。それが破壊されればまたその次の蜻蛉が…といった感じに、弾幕を突破することに重点を置いた構えだ。

 

魔理沙さんの弾幕を突破した蜻蛉が一斉に襲い掛かる。

ほうきを走らせながらその攻撃を避け続ける。

わずかだが濃度が薄まった今がチャンス!

 

 

「巻の参!!」

 

 

蜻蛉の弾幕を大量に生成、放出し、四方八方から魔理沙さんに襲いかかった。

魔理沙さんは星形の弾幕を放ち続けながらその攻撃をかわし続けるが、次から次へと襲ってくる蜻蛉にいら立ちを募らせる。

 

 

「この!!」

 

 

そしていったん距離を置くと、ミニ八卦炉を取り出した。

 

 

「恋符『マスタースパーク』!!」

 

 

スペルカードを発動させた瞬間、ミニ八卦炉から極太のレーザー光線が発射された。

そのレーザー光線に巻き込まれ、蜻蛉の弾幕は跡形もなく消滅した。

 

あれほど大量に放出した弾幕がたった一撃で消されるとは。

やはりこの技の威力はすごいな。

 

 

「どうだ、弾幕はパワーだぜ!」

 

 

「すごいですね。やっぱり魔理沙さんとの弾幕ごっこは楽しいです。」

 

 

俺の言葉を聞き、魔理沙さんは「だろ!」と言ってニッと笑みを浮かべた。

本当に、魔理沙さんとの弾幕ごっこは楽しいけど、もうそろそろ決着をつけようか。仕掛けは万端、そのことに相手はまだ気づいていない。

 

イマジネーションを働かせ、魔理沙さんの動きをイメージする。

そして湯気の弾幕を展開した。

ほうきを操り、魔理沙さんはその弾幕を避けるが、その動きはイメージ通りだ。

タイミングを見計らい、空気に意識を向けて空気を固めた。そして…

 

 

「うわぁっ!?」

 

 

魔理沙さんはその固めた空気にぶつかった。

 

 

「痛て…。なんだこれは?」

 

 

手を伸ばすと、手の平が何か固い物に触れた。

 

 

「空気を固めて壁を作ったんだよ。正確には立方体だけどね。」

 

 

「空気を固めるって…どうやって!?」

 

 

「ああ。まだ話してなかったけど、一度死んだことで新たな能力を手に入れたんだ。それは「空気を操る程度の能力」。空気を固めることくらい朝飯前さ。」

 

 

もちろん手の内を相手に知られてはおもしろくない。

だから、わざと今まで自分の能力の事は隠し通してきた。

 

魔理沙さんは驚きの表情を浮かべる。

それに構わず、俺は言葉を続けた。

 

 

「空気は目に見えない、だから何でもできるのさ。空中に大迷宮を作り出すことだってな。」

 

 

そして、スペルカードを発動させた。

 

 

「空城『インビジブル・ラビリンス』!!」

 

 

意識を向けた空気を立方体の形に固め、湯気によって真っ白に色を付けた。

その直後、空中に大量の立方体が姿を現した。

 

その桁違いの多さに驚いた魔理沙さんはあたりをきょろきょろと見回している。

 

 

「いつの間にこれだけのものを!?」

 

 

「俺が虹速『ラピッドクロウ』で飛び回っているときに、あらかじめ固める空気に目印を付け、スペルカード発動と同時に一斉に固めたのさ。ただ闇雲に飛び回っているだけじゃなかったんだぜ。さあ、この弾幕の嵐を避けきれるかな?」

 

 

そして、その立方体から真っ白な弾幕を次々と放出させた。

 

 

「ああ、避けきって見せるさ!天儀『オーレリーズソーラーシステム』!!」

 

 

魔理沙さんの周りに複数の球体が出現し、そこから大量の弾幕がばらまかれた。

放たれた弾幕は真っ白の弾幕を次々と打ち消し、迷宮(ラビリンス)の中を飛び回る。

その華麗な動きに惚れ惚れするが、そろそろケリをつけよう。

 

大技を使い続け、体力を激しく消耗させてしまった。

残された体力の事を考えると、次が最後だろう。

 

 

上空に飛び上がり、右足に嘴が来るように周りの空気を固めて巨大なハヤブサを作り出す。

そのまま、猛スピードで魔理沙さんに向かってキックを繰り出した。

 

上空から真っ直ぐ急降下してくる俺の存在に気づいた魔理沙さんは、ほうきを縦に構え、星をまき散らしながら勢いよく垂直に飛びあがった。

 

 

「撃墜『ファルコンダイナマイト』!!」

「星符『エスケープベロシティ』!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん…」

 

 

あれ…?

太陽が見える。ということは、俺は白玉楼の中庭にあおむけで横たわっているな。

両者のスペルカードがぶつかり合い、激突した衝撃に耐えきれず俺は中庭に落ちていったのか…。

 

ところで、魔理沙さんは?

 

 

「おい、生きてるか?」

 

 

太陽の光を遮るように、魔理沙さんが俺の顔を覗き込んだ。

弾幕ごっこによるものだろうか、かなりボロボロだ。

 

 

「ええ、生きてます。でも…。」

 

 

この状況から考えたら、俺は魔理沙さんに敗れたんだね。

負けたのは悔しいけど、とても楽しかったな。

 

 

「やっぱり魔理沙さんは強いですね。負けました。」

 

 

「いや、負けたのは私の方さ。欧我の弾幕の美しさに見惚れて危ない場面が何度もあった。だから、引き分けにしないか?お互いに思う存分戦った。それで十分だぜ。」

 

 

そう言うと、魔理沙さんは右手を差し伸べてくれた。

 

 

「魔理沙さん…。」

 

 

その手を掴み、魔理沙さんに手を貸してもらいながら立ち上がった。

そのまま固い握手を交わす2人に向かって、観客から一斉に歓声が起こった。

 




 
この終わり方に少し不安がありますが、いかがでしたでしょうか。

それにしても弾幕ごっこを書くのは楽しかったですね。
思わず興奮してしまいました。
その興奮が伝わればいいかなと思います。


では、次の更新をお待ちください。
ネタが思い浮かばないので、かなり後になるかと思いますが…。
 


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第4章 九尾の狐と油揚げ
第20話 続けざまにお買い物


 
お久しぶりです、戌眞呂☆です。

今まで更新できなくてごめんなさい。
実は…ネタが浮かばなかったんです!

いや、ネタは浮かんでいるのですが、それらは話が進んでから使いたいネタばかりだったので、ネタがないのと同じって言うか…。


では、昨夜心友と話していて不意に思い付いたネタをお送りします。
それではどうぞ!
 


  

「さーてと、お買い物~おっ買い物~♪」

 

 

上機嫌に空中を一回転したり、ふわふわと浮かびながら人間の里を目指す。

まさかこうも立て続けに買い物を頼まれるとは思わなかったけど、顕界に来れて本当によかった。

 

 

「もう、はしゃぎ過ぎですよ。」

 

 

隣を飛ぶ妖夢が苦笑いを浮かべる。

でも、100年もの間冥界の外に出ることができないと言われていたのに、まさか短期間のうちに2回も出ることができるとは思わなかった。

離れてみて、初めて顕界に来る事の幸せを理解できた。

 

さあ、ちゃっちゃと買い物を済ませよう!

 

 

「それにしても、まさかこんな物を頼まれるとはね…。」

 

 

そう言って幽々子様から渡されたメモを広げた。

そこには、「桜餅、柏餅、わらびもち、団子、アンパン」と書かれている。

 

どれだけ甘い物が好きなんだよ…。

やっぱり女の子の甘いもの好きは理解できないよ。

 

甘い物に目が無いといえば、文は元気かな?

最近会ってないような気がする。

 

…いや、3日前に手紙を受け取りに来てくれた時に会ったっけ。ずっと一緒に暮らしていたから、少し離れただけで心の中が空っぽになったような、満たされないような感じがする。

ふふっ、これが文欠乏症か。

 

 

「さて、そろそろ降りるか。」

 

 

空を真っ直ぐ飛んでいたら、人間の里がどんどん近づいてきた。

頼まれたものを買う前に、欲しい物があるからまずはそこに行こう。

妖夢にそのことを伝えると、首を縦に振ってくれた。

高度を落とし、人間の里の入り口近くに着陸した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは~。」

 

 

目的の場所に移動し、暖簾をくぐった。

すると、店の奥から元気のいい返事とともに、飴色のツインテールと黄色いエプロンをした女の子が姿を現した。

そして、俺の顔を見た途端ぱあっと笑顔になる。

 

 

「あー!欧我さん!」

 

 

「こんにちは、小鈴ちゃん。」

 

 

そう、俺が来たかった場所。それは「鈴奈庵」だ。

ここには昨年の秋に一度来たことがある。文の「秋季特別企画『○○の秋』満喫特集! ~読書の秋編~」で、妹紅さんの自分だけの一冊を探すために訪れた。

 

その時にもらったあの本は時間の都合でまだ後2冊残っているけど、これを読んでいると昔を思い出して熱中して、気が付けば太陽が昇っていたなんてこともあったな。その後に行った文との取材では必死に眠気と戦っていたけど。

 

…そんなことは置いておいて。ここに来たのには理由がある。 

 

 

「あのさ、ちょっと探すのを手伝ってくれないかな。」

 

 

そう、あの本を探すために。

 

 

「はい、わかりました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございましたー!」

 

 

無事に欲しい本を見つけ出し、手に入れることができた。

小鈴ちゃんに別れを告げ、鈴奈庵を後にする。

 

…でも、本を探していたらいきなり抱きついてきたのは何故だったんだろう。

そう言えば死んでから小鈴ちゃんと会うのはこれが初めてだったよな。小鈴ちゃんなりに再会を喜んでいたのかな…。女心ってよくわからないよ。

 

えーと、妖夢は…と。

確か目の前の甘味屋に…ん?

 

 

「え…文?」

 

 

「あ~!欧我!」

 

 

妖夢の隣に座って、おいしそうにお団子を頬張っている。

俺の存在に気づくと、団子を丁寧に皿の上に置いて駆け寄ってきた。

そして、人目もはばからずに抱きしめあった。

 

空っぽになっていた心が、愛と幸せと温もりでどんどん満たされていく。

 

 

「どうしたの?100年間冥界を出ることができないんじゃなかったのですか?」

 

 

「うん、でも買い物のときは条件付きで外に出ることができるんです。」

 

 

「そうですか!これで頻繁に会えますね!欧我に会えなくて私…。」

 

 

「俺もだよ。文に会えないと心にぽっかりと穴が開いたような感じで、胸がキュンって。」

 

 

「あの~、お二人さん?時と場所を考えましょうよ。」

 

 

再会を喜びながら抱きしめあっていると、不意に妖夢の声が聞こえた。

辺りをきょろきょろと見回してみると俺たちの周りに人だかりができており、抱きしめあう2人を見つめていた。

 

途端に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして離れた。

くそっ、見世物じゃないんだよ。だからそんなにニヤニヤするなぁ~!!

 

 

 

 

 

「そう、いろいろと大変なんですね。」

 

 

「うん、だから何としても5時間以内に冥界に帰らないといけないんだよ。」

 

 

文の隣に座り、抹茶の入った器を口元に運ぶ。

やっぱり甘い物は好きじゃないな…。

 

それにしても、さっきから団子を食べ続けて…。

相変わらずだね。

 

 

「ところで、今日はどちらに行く予定ですか?」

 

 

あれ?どうしてメモ帳を取り出しているの?

 

 

「ここです。」

 

 

文の質問に妖夢が答えた。

ここは人間の里でも有名な甘味屋であり、饅頭などの甘い物の販売も行っている。

今回幽々子様から依頼された物は、すべてここで買うことができる。

 

そのことを説明したら、文はすらすらと手帳にペンを走らせていく。

完全にブン屋モードに移行しているな。

 

 

「今日行くのはここだけなんですか?」

 

 

「いえ、その前に鈴奈庵に行っていました。」

 

 

俺の言葉を聞くと、文はメモ帳から顔を上げた。

 

 

「鈴奈庵…ですか?」

 

 

「うん、この本を探しにね。」

 

 

そして、1冊の本を取り出した。

 

 

「抹茶大全集…ですか?」

 

 

「そうだよ。料理に関してはイメージで何でもできるけど、抹茶の淹れ方や作法と言った細かいところは知らないからこういう本に頼るしか無いんだよね。」

 

 

どうして抹茶の淹れ方を覚えなければならないかというと、近日中にお客様が訪れるからだ。

抹茶が大好きなあのお客様が。

だから、抹茶でおもてなしがしたい。そのためにわざわざ本を手に入れたのだ。

 

 

「なるほど。では、その時に私もお邪魔してもよろしいですか?」

 

 

キラキラと目を輝かせながらそう聞いてきた。

あー、そっか。最近ネタが見つからなかったんだね。目のキラキラ具合からネタが見つからなかった日数が算出できる…のは嘘だけど。

 

 

「うん、食材を持ってきてくれたら料理を作ってあげるよ。」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

途端に笑顔になり、お礼を言った。

世界一大好きな、とても可愛らしい笑顔だ。

 

うん、文の取材も終わったようだ。

そろそろ必要な物を買って帰ろうかな。

 

 

 

 

 

 

 

抹茶の代金と幽々子様に頼まれた饅頭を買い占め、甘味屋の前で文と向き合った。

文とはここで一旦お別れだ。

 

なんか寂しくなるけど、文の元気な姿を見ることができてよかった。

 

 

「それじゃあ、またね。」

 

 

「うん、元気でね。」

 

 

お互いに挨拶をかわし、後ろを向いて歩き出した。

 

空っぽになっていた幸せを補充できた。これで当分は頑張れそうだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

 

人里の道を進んでいると、目の前から一人の女の子が歩いてきた。

 

あれってもしかして!

 



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第21話 お礼の油揚げ

 
あの、前回の更新で最後に出てきた女の子。
読んでくれた皆様がその女の子の予想をしてくれたのは嬉しかったんだけど、実は誰も正解してはいませんでした。

それを見てると、とても申し訳なく思えてきて。
だから始めに言っちゃいます。
この女の子はモブキャラです!!
欧我が最近出会ったモブキャラの女の子と言えば・・・

そうです、あの子です。
 


 

「ねぇ、妖夢。あの女の子は。」

 

 

「え?」

 

 

妖夢は首をかしげながら目の前から歩いてくる女の子に目を凝らす。

着ている着物の柄は違うけど、背丈や髪形はあの子と同じだ。

 

 

「あっ!あの時の!」

 

 

「そう、俺たちが妖怪から助けた女の子だよ。」

 

 

初めてのお買い物に出た時に、命蓮寺の参道で3体の妖怪に囲まれていた女の子だ。

妖怪を投げ飛ばすことで追い払い女の子を助けたけど、その時のショックで一時的に記憶を失ってしまった。その女の子に関しての情報を集めるために広場で即席の焼きそば屋台を開いたことで、たまたま通りかかった慧音さんによって女の子の所在が分かり、慧音さんがその子の家まで送って行ってくれた。

あれから会っていないけど、もう笑顔を浮かべるまで回復したんだ。

 

その女の子はこちらの存在に気づくと、頭を下げてお辞儀をしてくれた。

俺達も会釈をし、その女の子に近づいて行った。

 

 

「こんにちは。」

 

 

「こんにちは。あの時はありがとうございました。」

 

 

挨拶をすると、笑顔で元気に挨拶を返して再びお辞儀をした。

見た目はものすごく幼いのに、声は落ち着いていて大人っぽい印象だ。それに礼儀正しいし。

 

 

「いや、俺達はただやるべきことをしただけさ。それに、その様子だと無事に回復したみたいだね。」

 

 

「はい、おかげさまで。」

 

 

うん、かわいらしい笑顔だ。

無事に回復できたと知って、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 

「そう、よかった。私は魂魄妖夢。あなたは?」

 

 

「私は弥生。よろしくね、妖夢さんに欧我さん。」

 

 

「うん、よろしく…って、どうして俺の名前を?」

 

 

「ふふふっ、だってあの時に名前を教えてくれたじゃないですか。」

 

 

あの時?…あっ。

妖怪から助けた直後、この女の子の名前を聞くために自分から名乗ったんだ。

でも記憶を失っているから答えることができなかった。

 

そっか、覚えていてくれたんだ。

 

 

「そうだ!ぜひお礼をさせてください!ついて来て!」

 

 

そう言った途端、弥生ちゃんは妖夢の腕を引っ張って駆けだした。

 

 

「わっ!ちょっと!」

 

 

妖夢は転びそうになるも、何とか踏ん張って足を動かした。

…分かったよ、そんな顔をしなくても追いかけるよ。

 

妖夢の後を、苦笑いを浮かべながら追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父ちゃん、ただいま!」

 

 

弥生ちゃんに連れてこられた場所は、人間の里で有名な豆腐屋だった。

まさか、豆腐屋の娘だったとは思わなかった。

 

弥生ちゃんの声を聞き、店の奥からがたいのいい男性が出てきた。

ねじり鉢巻きに口髭と、いかにも大将らしい風貌だ。

その男性は弥生ちゃんの姿を見ると笑顔を浮かべる。…予想外に優しい笑顔だ。

 

 

「おう、いらっしゃい!ゆっくり見ていってくれ!」

 

 

そして俺たちの姿を見ると、そう元気に言った。

人は見かけによらないんだな…。

 

店内に並べられた豆腐を見つめていると、弥生ちゃんの声が聞こえてきた。

 

 

「あのね、この人たちが私を助けてくれたんだよ!」

 

 

「なんだって!?そいつは本当か!そっか、ありがとうよ!」

 

 

不意に腕を掴まれ、ブンブンと上下に振られた。握手にしては力が強すぎるだろう。

妖夢も同じように力強く握手をされている。

その握手に戸惑いながらも笑顔を浮かべてその握手に応えている。

 

少し強引なのはイメージ通りかな。

 

 

「そうだ!お礼として油揚げを持って行ってくれ!うちの油揚げは美味いぞ!なんたって全て手作りだからな。」

 

 

そう言いながら、店にある油揚げをかき集めていく大将。

どんどん大きくなる油揚げの山。

 

 

「えっ、でもそんなにいいんですか?」

 

 

「いいんだ、貰って行ってくれ。俺の娘という宝物を護ってくれたんだ。これぐらいじゃ足りないが、お礼がしたいんだよ!」

 

 

そして、あっという間に店内の油揚げは空っぽになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いくらなんでも多すぎだよね。」

 

 

豆腐屋を後にし、冥界を目指して空を飛んで行く。

俺の両手には油揚げがたくさん詰められた袋が下げられている。

油揚げってこんなにも重いのかっていうくらいずっしりとした重さがある。

 

 

こんなに大量の油揚げを食べ切れるのだろうか。

 

 

「そうですね。でも、せっかくの気持ちは受け取りましょう。」

 

 

そうだよね。

娘を救ってくれたお礼にとくれた大量の油揚げ。その気持ちに応えるためにも、これを完食しなければ。

 

 

「うーん、藍さんがいればな。」

 

 

「うん。でも、どこにいるのかは分かりませんが…。」

 

 

そう言いかけて、妖夢は空のある一点を見つめた。

「何かがこっちに来る。」そう呟くと背中から楼観剣を引き抜いた。

実は俺も感じていた。空気の激しい流れを感じる。この流れは、何者かが猛スピードで向かってくる。

 

探知「欧我の領域(俺のテリトリー)」を発動し、空気の流れに意識を集中させる。

すると、こちらに向かって来る者の正体を捉えることができた。

2本の尻尾と9本の尻尾を持つ2人組の妖怪といえば…。

 

 

「ふっ、噂をすれば何とやらだ。」

 

 

「えっ?噂?」

 

 

どうやら妖夢は誰が来るのかが分からないようだ。

しきりに目の前から迫ってくるものに目を凝らしている。

 

まあ仕方ないか。ここからじゃ目視できない。

 

 

「相手がその気なら受けて立つまで。ちょっと行ってくるよ。」

 

 

そう妖夢に言うと、大気を蹴って2人組めがけて飛んだ。

 

すると、目の前から大量の楔状弾幕が迫ってきた。

その弾幕の隙間を縫いながら、能力を発動して姿を見えなくする。

どうやらこの状態になると、弾幕を無効化できるみたいだ。弾幕が次々と俺の身体を通り抜けていくが、ダメージは全く感じられない。

 

姿を消したまま突き進むと、相手の姿を見ることができた。うん、イメージ通り。

 

 

「よっ、橙ちゃん。」

 

 

迫ってきた人物、橙ちゃんの背後に回って能力を解除し、両肩にポンと手を置いた。

 

 

 

「にゃああ!いっ、いつの間に!?」

 

 

かなりびっくりしたようだ。ちょっと驚かせすぎたのかな。

 

 

「でも、どうして攻撃してきたの?また藍さんからの命令?」

 

 

「そうだ、私が命令したのだ。橙のさらなる成長のために。」

 

 

その言葉とともに、背後から藍さんが姿を現した。

あれ?なにこのデジャヴ…。

 

 

「はぁ、だからと言っていきなり攻撃してこないで下さいよ。こっちには油揚げがたくさんあるというのに…。」

 

 

そう言って両手に下げる2つの袋を見せた。

その瞬間、藍さんの目の色が変わった。

 

 

「油揚げ…だと?」

 

 

「藍しゃま、目が怖いです。」

 

 

橙ちゃんが怯えたような声で言った。

確かに、この獲物を狙う肉食動物のような眼をされては怖い。しかも涎が…。

 

…まあいいや。

 

 

「もしよかったら、これから一緒に白玉楼へ行きませんか?そこで一緒に料理をして油揚げを食べましょう。」

 

 

「えっ、良いのか?」

 

 

「はい。それに、こちらは初めから藍さんたちを呼ぶつもりでいましたからね。言わば、幸せのおすそ分けです。」

 

 

俺の言葉を聞いた途端、藍さんと橙ちゃんはまぶしい笑顔になった。

 

 

「そうか、ではお言葉に甘えましょう。」

 

 

「わーい!欧我の料理が食べられる!」

 

 

嬉しそうにはしゃぐ2人を連れて妖夢の元に戻る。

そして、4人で冥界へと向かった。

 



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第22話 信念という強さ

 
強さって…一体何でしょうね。

強さには色々な形があっていいと思います。
人それぞれ、自分の信じる『強さ』を持っています。

何が言いたいのかというと…俺も強くなりたい(←は?)
 


 

「そう言えば、紫さんは?」

 

 

結界を抜けて冥界に入った後、隣を飛ぶ藍さんに向かって今まで感じていた疑問をぶつけてみた。

もし紫さんもいれば、一緒に食卓を囲みたいと思ったからだ。

しかし…。

 

 

「紫様は、今眠っておられる。当分は目を覚まさないだろう。」

 

 

え…寝ているの?

 

 

「紫様は、冬になると長い間眠ることがあるんですよ。皆さんは冬眠と呼んでいます。」

 

 

頭に疑問符が浮かんだ俺を見て、妖夢がそう説明をしてくれた。

そうなんだ。そう言えばあの時も文が冬眠がどうとか言っていたな。

いつもなら眠っているはずだった冬の時期に、幻想郷に影鬼が攻め込んできた。その影鬼に対抗するために、紫さんは寝ずに色々とサポートをしてくれた。

全てが無事に終わったことを確認して、いつもより遅い冬眠に着いたのだろう。

 

俺のために、幻想郷に住む妖怪たちが力を貸してくれた。

本当にありがたいことだ。

その恩を返すためにも、俺は料理人として料理を作り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと…。」

 

 

白玉楼に帰ってきた後、すぐさま台所向かった。

藍さんたちは幽々子様と一緒に、妖夢が淹れたお茶を飲みながら縁側でのんびりとくつろいでいる。

俺もその輪に入りたかったが、帰ってきた直後何か食べたいとねだられた。

 

…え?また幽々子様だろうって?

いや、今回は違いますよ。実は…今俺の後ろにいる橙ちゃんです。

白玉楼に着いた途端お腹の虫が鳴り響いて。

橙ちゃんいわく「修行のし過ぎ!」だそうです。

 

 

「お腹減ったー!早く早く!」

 

 

「分かったから服を引っ張らないで。」

 

 

「む~。」

 

 

グハッ!

うるうるな瞳で、しかも上目づかいで見ないでよ。ノックアウトされる。

よーし、橙ちゃんのために美味しいものを作っちゃうぞ!(されましたー。)

…あれ?デジャヴ?

 

 

ま、まあいいや。

うーん、橙ちゃんは一応猫だから生卵の白身は危険だし、チョコレートやココアも危険すぎるな。牛乳も注意しなければいけないから…。

でも妖怪だからホイップクリームとかジャムは平気だろう。

丁度パンもあるし、簡単にサンドイッチにしよう!

 

食パンの耳を切り落とし、バターを塗ってレタスやトマト、チーズなどをマヨネーズと共に挟む。

その他にもリンゴやキウイなどのフルーツを薄く切ってホイップクリームと一緒に挟んだものや、長方形に切った食パンの真ん中に型抜きでハート形にくり抜き、ジャムを挟んだトランプサンドも完成した。

 

もちろんパンの耳も有効活用。

油で揚げ、砂糖と黄な粉を混ぜたものを塗せば簡単にもう一品の出来上がり。

 

 

「欧我ー、早く食べよ!」

 

 

「まだダメ。みんなとそろって食べた方が美味しいよ。よく言うじゃん、笑顔は料理の隠し味(スパイス)ってね。橙ちゃんも藍さんの笑顔が好きでしょ?」

 

 

「うん、大好き!」

 

 

そう元気な笑顔で答えた。

何とも微笑ましい笑顔だ。主従関係を超えた愛というか…本当に仲がいいね。

 

 

「でしょ。じゃあ一緒に藍さんの笑顔を眺めながら美味しく食べようね。」

 

 

「うん!」

 

 

人数分の紅茶(猫の場合お茶は注意が必要だから橙ちゃんの大好きなオレンジジュース)も用意して、みんなの待つ縁側へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

ん?何が起こったんだ?

幽々子様たちが待つ中庭に面した縁側に向かうと、中庭で妖夢と藍さんが激戦を繰り広げていた。

 

妖夢が振り下ろした楼観剣を、藍さんが身を翻して躱し掌底を叩き込む。

その一撃を右腕で受け止めると、左手に持ち替えた楼観剣を振り上げた。

楼観剣の切っ先はわずかに藍さんの服の袖をとらえたものの、虚しく空を切った。

なるほど、2人で手合わせをしているのか。橙ちゃんも空腹を忘れて藍さんを応援しているし、俺も妖夢を応援しようかな。心の中で。

 

 

「そこだ!」

 

 

「なんの!!」

 

 

お互いに有効打を与えることができず、実力伯仲の攻防が続く。

橙ちゃんと幽々子様とともにサンドイッチを食べながら観戦していると、ついに決着がつく時がやってきた。

 

 

「はぁぁっ!!」

 

 

楼観剣を振りかぶり、一気に間合いを詰める妖夢。

藍さんは微動だにせず、その様子を落ち着いた眼差しで見つめる。

そして妖夢が楼観剣を振り下ろした直後、一歩前に踏み出すと右手で楼観剣の柄を受け止めた。

 

 

「っ!?」

 

 

藍さんの意表を突いた突然の行動に驚きを隠せない妖夢。

身体の動きが止まったその一瞬を逃さず、妖夢の鳩尾に拳を叩き込んだ。

 

 

「くぁっ!」

 

 

鳩尾に叩き込まれた強烈な一撃に耐えられず、妖夢の全身から一気に力が抜けた。

楼観剣を取り落し、両腕は力なく垂れ下がる。

そのまま、前のめりに倒れ込んだ。

 

 

「妖夢!」

 

 

地面に倒れ込む直前に、妖夢のもとに駆け寄って優しく受け止めた。

 

 

「ら…藍さん。」

 

 

「なんだ。」

 

 

「参り…ました。」

 

 

「っ、妖夢!しっかりしろ!」

 

 

その言葉を最後に、妖夢は俺の腕の中で気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫かなぁ…。」

 

 

そう呟いて、紅茶のカップを口元まで持っていく。

あの後気を失った妖夢を隣の部屋まで運び、布団を敷いて寝かせた。

そして今は妖夢を除いた4人でサンドイッチを食べながら一息ついている。

 

しかし、手合わせで勝利した藍さんに元気が無かった。

サンドイッチに手を付けようともしない。

 

 

「どうしたのですか?」

 

 

「ああ、いや。別に…。ただ、妖夢は強いなと思ってな。」

 

 

藍さんは俯いたままそう答えた。その時の横顔はどこか悲しげだった。

 

 

「強い…ですか?」

 

 

「ああ、その心の強さがうらやましい。強くなるために常に努力を惜しまない妖夢の信念が羨ましいのだ。先程の手合わせだって妖夢が申し込んできたものだ。自分の強さのために、各上の相手に戦いを挑む信念、そして何よりも妖夢のキラキラと光る眼差しが羨ましくてな。」

 

 

「藍しゃま…。」

 

 

俯く藍さんを心配して、橙ちゃんがそっと寄り添う。

 

羨ましい…か。確かに、俺も妖夢の何事にも真剣に取り組む姿を羨ましいと感じたことがある。だから、その気持ちは分からなくもない。

 

 

「だったら、藍さんも強くなるために努力をすればいいと思います。自分よりも各上の存在を倒せるように、自分の強さを磨けばいいんです。」

 

 

「各上の?…っ、まさか!?」

 

 

藍さんの各上の存在。それは一人しかいない。

 

 

「そう、紫さんです。」

 

 

「しっ、しかし紫様は私の主であり、倒すと言う事は…。」

 

 

予想通りの返事が返ってきた。

藍さんは主である紫さんを尊敬し、紫さんの式神であることに誇りを持っていることは知っている。

そして、式神としてなのか自発的に考えて行動することが少ないと言う事も。

 

 

「今紫さんは冬眠している。だったら、紫さんが冬眠している今こそ式神という縛りから解放されて、自分の思う通りに行動すればいいと思います。式神としてではなく、一人の女性、八雲藍として。」

 

 

俺の言葉を聞き、藍さんは小さく「そうか…。」と呟いた。

そして空を見上げた。その時の横顔は、もう悲しみを浮かべてはいなかった。

 

 

「そうだよな。私も、もう少し自分の欲望に素直になってみよう。今度、紫様と手合わせをしてみようかな…。」

 

 

「はい、その意気です。じゃあ、俺は妖夢のそばにいます。」

 

 

縁側を後にし、妖夢が眠っている部屋に向かった。

 



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第23話 弱いという強さ

 
感想でそれぞれの持つ“強さ”について教えていただき、ありがとうございます。
俺も皆さんに負けないような強さを持って頑張ります。だって、ライバルには負けたくありませんから。

それに、このような強さがあってもいいと思います。
“弱い”という強さもね。
 


妖夢は未だにぐっすりと眠り続けている。

自分を高めるために各上の相手に立ち向かっていく心の強さ、信念という強さを持っている。

常に努力を惜しまない姿勢は、俺も羨ましいと思っている。

妖夢って、本当に強いんだね。

 

手を伸ばし、そっと頭をよしよしと撫でた。

 

 

「あら、浮気はだめよ。」

 

 

「ひっ!?」ビクッ

 

 

突然聞こえた声に驚いて思わず身構える。

すると、目の前にスキマが現れてそこから紫さんが顔を出した。

 

 

「えっ!?ゆ…ゆか」

 

 

「しーっ!」

 

 

その様子に驚いて声を出すと、紫さんは口元に人差し指を立てて静寂を促す。

慌てて口をつぐんだ。しかし、時すでに遅かった。

 

 

「どうした?」

 

 

障子を開け、藍さんが部屋を覗き込んだ。

紫さんは頭をひっこめるとスキマを消した。…どうやら藍さんは気づいていないようだ。

 

 

「あ、いえ、何でもありません。」

 

 

「…そうか。」

 

 

そして障子を閉めた。

その直後、橙ちゃんの「藍しゃま遊ぼ!」という声が聞こえたかと思うと中庭を駆けまわる音が聞こえた。

…何とか気づかれずに済んだみたいだ。

 

 

「ふふ、橙も相変わらずね。」

 

 

「ええ。でも、どうして紫さんがここに?冬眠しているんじゃなかったのですか?」

 

 

ついさっき藍さんから紫さんは当分目覚めないと聞かされていただけに、俺も紫さんは寝ているだろうと思っていた。

それなのに、どうしてここにいるんだ?

 

 

「悪いけど冬眠していると言う事にしておいてね。私はただあなたにお礼を言いに来ただけ。」

 

 

「お礼…ですか?」

 

 

「そう。私は常々、藍にいつかは式神から自力で抜け出せるように成長して欲しいと思っているわ。でも、藍はいつも受動的で自分からこうしたいという姿勢が見られないの。でも、今日貴方が藍に火をつけてくれたみたいね。それが嬉しいから、お礼を言いに来たのよ。」

 

 

「そうでしたか。いえ、どういたしまして。…そうだ、紫さんも一緒に。」

 

 

「悪いけど私は遠慮するわ。だって冬眠中ですもの。それよりも、藍に負けないように私も強くならないとね。」

 

 

そう言うと、紫さんはスキマの中に消えていった。

そっか、紫さんも藍さんのことを思っていたんだね。

お互いを思いあうその心の強さは、本当にうらやましいな。

 

俺も、負けちゃいられないか。

誰にも負けないように、自分の心を強くしていかないと。それが、ライバルってもんだろ。

 

 

「俺は負けないからな、妖夢。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん…うう。」

 

 

妖夢の寝ている部屋で以前鈴奈庵から借りてきた理科の教科書を読んでいると、不意に妖夢の声が聞こえた。

 

 

「おはよう。」

 

 

「欧我…。」

 

 

目を覚ました妖夢に笑顔で笑いかけると、妖夢の目に涙が溜まり始めた。

そして布団を頭までかぶると、声を上げて泣き出してしまった。

 

聞こえてくる妖夢の声から推測すると、どうやら藍さんに勝てなかったショックと自分の弱さが悔しくて泣いているようだ。

 

 

「わ、私っ…幽々子様を…お守りできるくらいっ、強くなりたいのに…。これじゃあ…弱いままじゃあダメなのに…っ。」

 

 

「ダメなんかじゃねぇよ。」

 

 

気付いたら、俺はそう呟いていた。

 

 

「…え?」

 

 

「いいか、よく聞け。弱いっていうのは“欠点”なんかじゃない。そこからまだまだ強くなれるっていう、無限の可能性を秘めた“強さ”なんだよ!」

 

 

昔、どこかで聞いて心に重くのしかかった言葉。

自分の弱さが嫌になった俺にとって、その言葉はまさに暗闇に差し込んだ一筋の光だった。

その言葉のおかげで、俺は立ち直ることができた。

 

だから、妖夢も立ち直ってほしい。

その願いを込めて、妖夢に言い聞かせた。

 

 

「ううっ、でも…」

 

 

「でもじゃない。それに、負けて悔しかったんだろ。その気持ちがあれば十分さ。自分を非難するんじゃなくて、もっと自分を信じてあげたらどうだ。」

 

 

そう言い残し、教科書を持って空中に浮かび上がった。

しばらく一人にしておこう。

 

障子の前まで移動すると、妖夢の方に振り返って笑顔を浮かべた。

 

 

「大丈夫だよ、妖夢は誰にも負けない強い心を持っている。それがあれば絶対に強くなれるさ。」

 

 

そう、誰からも羨ましがられる強い心をね。

障子を開け、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…。」

 

 

縁側に出て、大きく深呼吸をする。

妖夢のライバルである以上、俺もうかうかとしていられないな。

誰にも負けないように、己と心を強くしないと。

 

いつの間にか縁側に幽々子様の姿は無く、藍さんと橙ちゃんは寄り添いあうようにして寝息を立てている。おそらく遊びすぎて疲れてしまったんだろう。2人とも可愛い寝顔だ。

 

風邪をひいてしまっては困るので、自分の部屋から毛布を持ってくると2人を包むように優しくかけてあげた。

 

 

そして、白玉楼の外に出て弾幕を放つ練習を始めた。

誰にも負けないように、自分の出せる最高の弾幕を作り出すために、そして自分なりの強さを見つけるために…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃ~。」

 

 

夢中で弾幕を放ち続け、疲れがどっと押し寄せてきた。

しかし、そのおかげで自分の弾幕のバリエーションを増やすことができたし、新しいスペルカードを編み出すこともできた。

 

散りかけている桜の木の枝に腰を掛け、何もせず体を休めている。

 

 

「ここにいましたか。」

 

 

「あれ、妖夢?」

 

 

いつの間にか桜の木の根元に妖夢の姿があった。

枝から降り、妖夢の様子を確認する。どうやら回復したようだ。

 

 

「体はもう大丈夫?」

 

 

「うん。」

 

 

俺の問いかけに妖夢は首を縦に振った。

その様子と笑顔を見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 

 

「さ、帰りましょう。そろそろ夕食を作る時間ですよ。」

 

 

「うん、わかった。」

 

 

2人並んで白玉楼へと帰って行った。

 





どうでもいいけど、文字数が2222文字。
ぞろ目キター!!


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第24話 楽しいということ

 
感想の数が、文写帳を超えました!

なんか、嬉しいような悲しいような不思議な感じですが・・・
いつも感想を書いてくれてありがとうございます!
これからも頑張って更新していくので、よろしくお願いします!
 


  

白玉楼へ帰り、台所に立つ。

疲労が回復しきっていないけど、とにかくできることをやろう。

 

 

「さて、作ろうか。」

 

 

「そうですね。今日の食材は…。」

 

 

大量の油揚げ。

脇役としての働きが多い油揚げだけど、メインとして使っていくには…。

肉詰めと餡かけを行ってみよう。

 

油揚げと青梗菜(チンゲンサイ)を一口大に切って、油揚げと青梗菜の根元を油を敷いたフライパンで炒める。

その間に麺つゆと水溶き片栗粉を混ぜ合わせて餡かけの素が完成。

いい感じに火が通ったら葉の部分を加えて炒め、油がなじんできたら餡かけの素を加えてとろみがつくまで炒めれば…

『油揚げと青梗菜の餡かけ炒め』の完成!

 

 

そして…。

ひき肉にみじん切りにしたピーマンや玉ねぎを加え、塩こしょうで下味をつける。

それを粘り気が出るまでこねたら、油揚げの中に詰めて形を整える。

油を敷いたフライパンで片面ずつ焼き、大匙一杯の酒をかけてふたを閉じて蒸し焼きにすれば…。

『油揚げの肉詰め』の完成!これは…醤油やポン酢が合いそうだな。

 

 

「よし、まずはこれで。」

 

 

「もうできたのか、早いな。」

 

 

「ふぇっ!?」

 

 

突然聞こえた妖夢以外の声に驚いて、思わず変な声を出してしまった。

慌ててあたりを見回すと、いつの間にか台所に藍さんの姿があった。

ああ、来ていたんだ。料理に夢中になっていたから気付かなかったよ。

 

 

「どうした、そんなに驚いて。」

 

 

「いえ、何でもないです。それよりも、もう起きたのですね。」

 

 

「ああ、風邪をひかないように毛布を掛けてくれたらしいな。ありがとう。」

 

 

そう言うと藍さんは深々と頭を下げる。

いや、そこまでしなくても。

 

それに、こちらこそお二人の可愛らしい寝顔を見せていただいてありがとうございます。

 

 

「いえいえ、こちらこそ。それよりも夕食を作りましょう。今日は油揚げづくしですよ。」

 

 

そう言って、再び下ごしらえに向かった。

しかし、藍さんの「その前に。」という言葉によって俺の動きは止まった。

 

後ろを振り返ると、藍さんが真剣なまなざしで俺を見つめていた。

 

 

「なんですか?」

 

 

「お前…料理は楽しいか?」

 

 

「料理?…はい、楽しいですよ。」

 

 

俺の反応を見て、藍さんはため息をついた。

 

 

「そうか。そのようには見えないんだがな。」

 

 

そのようには見えない…と言う事は、俺は料理が楽しくないということ?

そんな…そんなことって…。

あり得るのだろうか。

いや、ありえないはずだ。

俺は食材に向かって、脳内に浮かんだイメージに従って料理を…あっという間に…

 

あっという間に、自分一人で、ただ黙々と…。

 

 

藍さんが何かを話しているが、その声も届かないほど俺は自分が弾き出した答えにショックを受けていた。

 

俺は、藍さんの言った通り料理が楽しいとは思っていないのではないか。

脳内に浮かんだイメージに沿って両手を動かしているだけで、あっという間に料理が完成する。しかも一人で、その間周りの物は入ってこない。

この状態では、俺は本当に料理が楽しいと思っていると言えるのだろうか。いや、言えないだろう。

 

 

「これじゃあ…料理人失格じゃないか。」

 

 

口をついて、その言葉が飛び出した。

料理が楽しくないようじゃ料理人とは言えないじゃないか。

 

 

「欧我…。」

 

 

藍さんの言葉を受け、うつむく俺を心配して、妖夢が肩にポンと手を置いてくれた。

 

 

「全く…お前は少し大げさに考え過ぎだ。楽くなかったのなら、今から楽しめばいいじゃないか。」

 

 

「今から…?」

 

 

「そうだ。今すぐに楽しむことができる方法が思いつくか?」

 

 

今すぐに…楽しめる?

どうやって?

 

どれだけ頭を働かせても、俺の持てるイマジネーションを総動員してもその答えは見つからなかった。

ううん、と首を横に振ると藍さんの優しい声が聞こえてきた。

 

 

「では、顔を上げて前を見ろ。」

 

 

藍さんに言われるがまま顔を上げる。

目に飛び込んできたのは、心配そうに俺を見つめる妖夢と腕を交互の袖の中に隠してじっと俺を見つめる藍さんの姿だった。

 

 

「私たちがいるだろう。」

 

 

「藍さんたち…ですか。」

 

 

「そうだ。お前は何事も一人だけするからな。私たちと一緒に作れば、料理を楽しむことができるだろう。レストランで客に出す料理を作っているときは一人のほうが効率がいいかもしれない。だが、何も無い日の料理ではもっと妖夢の存在を感じ、協力して一緒に作ってはどうだ。きっと楽しいぞ。」

 

 

「そうですよ!みんなで作ればきっと楽しめますよ!それに、私も欧我と作る料理を楽しみたいです。」

 

 

「藍さん…妖夢…。」

 

 

そうだよね。

うん、そうだよね。

藍さんの言った通り、みんなで協力しながら、笑いあいながら料理を作れば思いっきり楽しめるはずだ。

 

どうしてそれに気づかなかったんだろうな。

おそらく俺はすべての動作をイマジネーションのみに従っていたからかもしれない。

これからは、一緒に料理する時だけイマジネーションを抑えよう。

 

そして、楽しくやっていこう。

 

 

「では、みんなで一緒に料理を作ろう。今日は私自慢の油揚げ料理を伝授しようかな。」

 

 

「はい!」

 

 

うん、俺も目一杯楽しもう!

 

 

「はい!お願いします!」

 

 

俺の声に、藍さんと妖夢は笑顔でうなずいてくれた。

 

 

「じゃあ、まずは芋の皮をむいてくれ。」

 

 

藍さんの指示のもと、俺達は笑いあいながら料理を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ~。」

 

 

いつもより時間がかかってしまったが、無事に大量の油揚げ料理が完成した。

あれだけあった油揚げをほとんど使ってしまったが、その分大量の料理を作ることができた。

 

それに…。

 

 

「なんか、いつもより気持ちよく料理ができた気がします。」

 

 

すがすがしいというか、すっきりしたというか…。

仲間と一緒に料理を作るだけで、こんなにも楽しいとは思わなかったな。

 

俺は藍さんから大切なことを教えられた気がする。

藍さんは俺に、料理の楽しさを再確認してくれた。

そのことに関してお礼を言ったら、笑顔で「油揚げのお礼だ。」と言ってくれた。

 

 

「これからも一緒に作っていきましょう!」

 

 

「うん、そうだね。妖夢。」

 

 

妖夢と向き合い、笑い合った。

これから100年間、よろしくお願いします!

 

藍さんも含めて談笑していると、台所の入り口が開く音が聞こえた。

その方を見ると、お腹を押さえた幽々子様が立っていた。

 

 

「ねぇ~、お腹減って我慢できない。」

 

 

「あ、はい!すぐ用意します!」

 

 

しまった、すっかり忘れていた。

 

3人で廊下を何往復もし、食堂に料理を運ぶ。

今日の料理は、いつもより美味しく感じられた。

 




 
感想でいろいろ指摘を受けたので、少し書き直しました。
料理を楽しむのではなく、料理が楽しいという風に。

指摘をしてくださった方々、ありがとうございました。

 

えっと、この章は以上で終わりです。

次の章ではレストランにお客様がやってきます。
そして、あの人と2回目のコラボです。
そのために更新が遅くなるかと思いますが、それまでお待ちください。
 


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第5章 お料理教室
第25話 舞い込んだ依頼の手紙 ★


 
皆さん。
今まで更新ができず、申し訳ありません。
コラボ相手であるゆっくり霊夢さんが忙しくてコラボの相談があまりできませんでした。

でも、このまま更新しないのはダメだと思うので、コラボと本編を同時進行で書いていくことにしました。
もしページ数が増えたのに新しい話が更新されていなかったら、コラボの方を確認してください。

よろしくお願いします!


P.S.
実は、再び欧我君のイラストに挑戦しました!
Google画像検索で絵を検索して参考にしながら、鉛筆ですらすらと。

それは後書きに載せますので、ぜひ見てください。前書きが長くなるのが嫌なので…。
下手だとしても、決して非難はしないでくださいね。泣きますから。

では、よろしくお願いします!
 

7月9日、ゆっくり霊夢さんとのコラボを更新しました。
一つ前のページですので、読んでください。


 

「うーん…。」

 

 

火にかけられた巨大な鍋とにらめっこを続けて、これで大体15分が経過。

未だに決着はつかず、このまま睨み合いが続く。どうしよう、バナナはもう食べきっちゃったし…。

 

今の時刻は2時27分。いつも通り大量の昼食を作り上げ、その食器の片づけも終わったところで、一人台所に残って黙々と調理を続けている。え?何を作っているのかって?アレですよ、アレ。この前上質な豚のバラ肉を塊で貰って、その時に頭に浮かんだ強烈な存在感を放つ男のレシピ…そう、“ぶt

 

 

「おーうがっ!」

 

 

「わっ!?」

 

 

腕を組んだまま料理に集中(にらめっこ)していると、突然背後から何者かによる襲撃を受けた。

俺を驚かした人物はそのまま両腕を前に持ってくると、俺の体を引き寄せてぎゅっと抱きしめる。

 

 

「えへへ、驚きました?」

 

 

そう耳元で囁く声には聞き覚えがある。それだけではなく、抱きしめられているとひしひしと感じる温もりと幸せ。これだけヒントがあれば、誰が驚かしたのかという問題の答えは簡単に導き出せる。

 

前にまわした手を取って優しく握りしめる。その左手の薬指には、光を受けて鮮やかに輝く薔薇の指輪がはめられていた。

 

 

「まさか、文に驚かされるなんてね。」

 

 

文に驚かされたことが何故か嬉しくて、笑顔を浮かべる。

多分、文が俺を驚かすことなんてこれが初めてなんじゃないかな?もしかして小傘に感化されたのかな?

 

しばらくこの状態を堪能しよう…と思っていたら、いきなり文が思い出したように喋り出した。

 

 

「あ、そうそう。実は私だけじゃないですよ。」

 

 

文が言葉を言い切る瞬間、

 

 

「うらめしやー!!」

 

 

「うわっ!?」

 

 

突然目の前にナス色の傘が姿を現した。

完全に不意を突かれたが、驚かされて嫌な気持ちはしなかった。満たされたように満面の笑みを浮かべる少女。その笑顔を見て、俺も思わず笑顔になる。

 

 

「いらっしゃい、小傘。料理の味はどう?」

 

 

「うん、すっごく美味しいよ!ごちそうさま!」

 

 

俺の問いに笑顔で答えると、小傘は胸に飛び込んできた。

背中に手を回し、小傘をぎゅっと抱きしめながらよしよしと頭を撫でる。

さらさらでほのかに甘い香りの漂う髪の質感を堪能しながら、前後から挟まれた状態で幸せを心に補充する。そのサンドイッチ状態に嫉妬した(?)のか、鍋のふたがカタカタと震えだした。

 

来た!

今まで待っていた反応が起こり、思わず2人を振りほどく。

火を止めて鍋を流し台に移動させ、ふたを開ける。鍋の中に敷き詰められた肉を取り出して、鍋と一緒に水できれいに洗う。

 

 

「欧我、これって…もしかして!」

 

 

巨大な肉の登場に、文が目をキラキラと輝かせている。そう言えば文の好物ってこのような感じの肉だったよな。小傘も食い入るように肉を見つめている。…っていうかよだれ!?

 

 

「うん、そうだよ。豚の角煮を作ろうと思ってね。」

 

 

「「角煮!?」」

 

 

よく洗った肉を適当な大きさに切り分け、きれいに洗った鍋の中に戻す。

 

 

「…あ、でも、角煮を作るときって特殊な鍋を使う必要があるんじゃなかったっけ?」

 

 

「ああ、圧力鍋ね。」

 

 

その鍋の中に、生姜を薄く切ったものや酒、みりん、しょうゆなどの調味料を入れていく。

でも、この鍋はどこからどう見ても普通の鍋だ。そもそも、白玉楼の倉庫を探してみても圧力鍋を見つけることはできなかった。じゃあ、なぜこの調理が可能なのか…。

 

みんな、忘れていない?俺の能力の事を。

…まずは圧力鍋について簡単に説明しよう。

 

 

「圧力鍋を使えば、大気圧以上の圧力を加えることができる。そうすれば中の液体の沸点を高めることで、食材を通常より高い温度と圧力の下で調理することができるんだよね。別に無くてもできますが!!」

 

 

「それは欧我だけだ。」というツッコミが聞こえたような気がしたが、そんなのは無視だ。聞こえないったら聞こえない。

俺の『空気を操る程度の能力』は、気圧をも左右することができる。鍋の中の気圧を操って気圧をドンと掛ければ、普通の鍋を圧力鍋に変えることができる!

 

 

「空気は目に見えない、だから何でもできるのさ。普通の鍋を圧力鍋にすることだってな!」

 

 

そう胸を張る。

そんな俺を見て「もう完全に欧我の決め台詞ね。」と若干呆れる文と「わぁ~、すご~い!!」と一人ではしゃぐ小傘。

そんなことは置いておいて調理に戻ろう。調味料を入れた鍋を再び火にかけ、中の気圧を操って加圧。その状態のまま10分程煮込めば…。

 

 

「これでよしっと!」

 

 

大量の豚の角煮が完成した。

そうだ、二人が来たのなら一緒に食べよう!

俺と文、小傘、妖夢の分として3切れずつ皿に取り分け、残りを大皿に盛りつける。…あ、もちろんこれは幽々子様用ね。

後は鍋の中に残ったタレを万遍なくかけ、練りからしを添える。俺は辛い物が大好きだからからしはもちろん大量に…っと。

 

 

「完成!!じゃあ折角だしみんなで食べようよ!」

 

 

「「わーい!」」

 

 

まるで子供の用にはしゃぐ文と小傘を引き連れ、幽々子様のいる部屋に向かった。ちょうどその部屋に妖夢もいたので、5人で出来たばかりの角煮を堪能した。口に入れた瞬間とろけてしまう食感で、噛むたびに中から肉汁がぶわぁっと溢れ出した。

 

…あ、そう言えば料理に夢中になっていたから気にしていなかったけど、どうして2人はここに来たんだろう。ちょっと聞いてみよう。

 

 

「そう言えば、文と小傘はどうしてここに?」

 

 

「あ、そうだった。」

 

 

文は何かを思い出したかのように箸を置くと、懐から1通の手紙を取り出した。

それを受け取って差出人を確認する。ふむふむ、差出人は上白沢慧音さん。流石先生、かなりの達筆だ。

 

封を開けて中の手紙を読む。内容を要約すると、寺子屋で料理教室を開くから先生として子どもたちに料理を教えてほしいのだそうだ。慧音さんや妹紅さんがいるのに、どうして俺なんだろうか。その質問を口にしたら、文がその理由を教えてくれた。どうやら子どもたちから熱烈なオファーを受けたらしい。

 

子どもたちに頼まれた以上は引き受けたい。…でも、幽々子様は許してくれるのだろうか。

 

 

「そうね。欧我が幽霊になってどれくらいになるかしら?」

 

 

「確か…少なくとも1ヶ月は経ちましたね。」

 

 

俺が白玉楼に幽霊として蘇ってから今日でおよそ1ヶ月とちょっとが経過している。でも、それがどうしたというのだろうか。

 

俺の返事を聞いた幽々子様は小さくうなずくと口を開いた。

 

 

「そう。なら、冥界の外で過ごせる時間が長くなっているわ。」

 

 

「本当ですか!?」

 

 

思わず身を乗り出した。

今までは5時間程度しか活動できなかった。それが5時間を超えて長時間冥界の外で活動できるとなれば、いろんなところに行けて、いろんな人に会える。もしかしたら文の家に帰れるかもしれない。

 

 

「ただ、外で過ごせる時間がどれだけ長くなったのかは分からないわ。だから常に時間を意識して、何か不調を感じたらすぐに冥界に戻ってくるのよ。」

 

 

つまり、個人差みたいなものか。

でも、時間が長くなったというのは素直に嬉しかった。

 

 

「本当は妖夢に付いて行ってほしいけど、文が常にそばにいるのなら心配ないわね。無事に成功することを祈っているわ。」

 

 

「ありがとうございます!!」

 

 

幽々子様の言葉が嬉しくて、つい勢いよく頭を下げる。

テーブルにゴンっと頭をぶつけてしまったが、そんな痛みは気にしない。

 

 

「文、悪いけど慧音さんに伝言をお願い。その依頼を引き受けますって。」

 

 

「ええ、分かったわ。」

 

 

「それと…ひとつ条件がある。」

 

 

「条件…?」

 

 

「うん。絶対に妹紅さんを呼んでください。」

 




 
お待たせいたしました。
あえて名前を付けるとすれば…『キス5秒前』ですかね?

鉛筆ですらすらと書いた落書きがこちらです。

【挿絵表示】


どうですかね?
鼻が大きかったり、形がおかしかったりと変なところが沢山ありますが、まあ絵を描くのは下手なので勘弁してください。


それと、実は色鉛筆を使って塗ってみました。
色を塗るのはものすごく苦手なので、かなり雑ですが…。
え?どうして色鉛筆なのかって?そりゃあ手元に色鉛筆(11色)しか無かったからだ!

影の付き方が変だけど、気にしないでね♪

【挿絵表示】



欧我と文のラブラブな感じや、文の頬にそっと左手を添わせているシーンが伝われば幸いです。

そういえば東方キャラを描いたのって初めてだな。
…あっ!胸元のリボン描くの忘れた!!

うーん、まあいいや。
それはそれとしてもっと上手く描きたいです。


最後に、欧我君の特徴について説明します。
絵では分かりにくかったと思いますが、

・濃いめの銀髪
・エメラルド色の瞳
・白いカッターシャツ
・黒のベスト
・青のジーンズ
・青い帽子
・縁が茶色のゴーグル
・星の中に鈴の付いたネックレス
・目と同じ輝きを放つ指輪(料理中は外して保管。)

ですね。

もう絵を描くことはないでしょう。さらばです!アデュー♪
 


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第26話 欧我の大忙しな一日 ★


許可が下りました。
挿絵を投稿します。

…相変わらずの雑さですが、まあ大目に見てください。


 

縁側で壁にもたれ掛り、腕を組んで思案を巡らせる。

料理教室の先生を引き受けたと言っても、いったい何をどのように教えたらいいのだろうか。

ベストなのは、やはり家でも簡単に出来る料理を教えること。そうすれば親と一緒に作ることができるし、それによってコミュニケーションもとれる。

だが、それには問題がある。家庭によって台所設備が異なっているだろうし、未だにかまどで料理をしているところもあるだろう。

白玉楼や博麗神社のように、ほぼ最新の設備が整っているところでしか料理をしたことのない俺が、果たして火の調節でさえ一苦労する場所で料理を作れるのだろうか…。

 

それか、みんながあまり体験できそうにないことを体験させてあげるのはどうだろうか。

外の世界で人気のある洋菓子を作ってみんなで食べれば、それだけで忘れられない経験ができるだろう。例えばケーキの飾りつけは子供たちの個性によって出来上がりが何通りもあり、みんなで協力しながら楽しくできるだろう。

ただ、そのためには大量のスポンジ部分が必要になる。それを作るだけでもかなり時間がかかるし重労働なので、それを準備するだけでも大変だ。しかも家では簡単に作れない。

 

 

「どうしたものかなぁ…。」

 

 

自然とそう声を漏らす。

子どもたちだから、何か甘い物が良いんだろうね。

料理よりかは、お菓子の方が人気が高いだろう。

 

どちらにしても一長一短だ。

いい案が全然思いつかない。

 

慧音さんと相談してみるのがいのかなぁ…。

もしもの時のために呼んだ妹紅さんを含めて3人で話し合う必要があるだろう。

 

 

「あら、ここにいたんですね。」

 

 

「ん?…ああ、妖夢か。」

 

 

不意に聞こえた妖夢の声で、一人だけの世界から呼び戻された。

顔を上げると、妖夢が熱い緑茶の入った湯呑を差し出した。お礼を言ってそれを受け取ると、香りを楽しんだ後口に含んだ。

 

はぁ、やっぱり緑茶は落ち着くな…。湯呑を置き、お茶請けの煎餅へ手を…

 

…煎餅?

 

 

「そうだ!」

 

 

その直後、脳内を電流が駆け巡った。

そうだ、これがあるじゃないか!!

 

隣で驚いている妖夢をしり目に、自分の部屋に駆け込んだ。

さっそく計画を立てよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

 

「…というわけですが、どうでしょうか。」

 

 

寺子屋の一室で慧音さんと向き合い、昨日出来上がったばかりの計画を説明した。

 

 

「なるほど、クッキーというやつか。」

 

 

その計画書に目を通しながら、慧音さんが呟いた。

そう、昨日煎餅を見て閃いたもの。それはクッキーだ。

 

 

「子ども達に普段は経験できないような料理をやらせたいんです。それに、調理自体はとても簡単で子ども達の個性も発揮できます。たくさん作れるので、両親や友達へのプレゼントもできます。」

 

 

「なるほど…。でも、会場にはオーブンという機械は無いぞ。」

 

 

今回の料理教室の会場に充てられたのは、里の集会場だ。

そこには広いスペースにいくつもの調理台が並び、コンロやレンジといった近代的な設備が置かれている。だが、あいにくオーブンという珍しい機械だけは置かれていない。

 

 

「それに関しては、俺と妹紅さんの能力を活用すれば十分に代用できます。」

 

 

オーブンは熱した空気や壁面などから発する赤外線によって食品を加熱し、焼いて、または乾燥を行う調理器具である。

この機能は、俺の持つ『空気を操る程度の能力』と妹紅さんの『炎を自在に操る能力』を用いれば疑似オーブンを作り出すことができる。

 

そう説明すると、慧音さんは「なるほど。」と頷いてくれた。

 

 

「そうか、分かった。ではこれで行こう。」

 

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 

慧音さんに向かって頭を下げた。

 

 

 

 

 

「お待たせ。」

 

 

「遅いですよ。」

 

 

寺子屋を後にし、そばの甘味屋で休んでいた妖夢と合流した。

俺が慧音さんと相談をしている間、妖夢は頼まれた買い物をしてくれていたのだ。

隣には食材ではち切れんばかりになったバッグが置かれている。

 

妖夢は湯呑に残っていた緑茶を飲み干し、バッグを抱えて立ち上がった。

 

 

「さあ、帰りましょうか。」

 

 

「うん、でもその前にタケノコを掘りたいから竹林へ行くよ。」

 

 

「迷いの竹林!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~迷いの竹林~

 

 

「と、いうわけで…っと!」

 

 

地面に向かって鍬を振り下ろす。

タケノコを傷つけないように狙いを定め、周りの土を掘り起こしていく。

 

 

「そのために協力してくれませんか…とりゃっ!」

 

 

今の一撃で、ようやく根のあたりまで掘り起こすことができた。

 

 

「ふーん、料理教室ね。…ほら、スコップ。」

 

 

「お、ありがとうございます!」

 

 

妹紅さんからスコップを受け取り、先端をタケノコの根元へぐいぐいと押し込んでいく。

竹林でタケノコを掘りながら、妹紅さんに料理教室の内容と作るもの、そして妹紅さんの協力が必要であることを説明する。

 

スコップに蹴りを入れ、ザクッとタケノコを切り離す。

これで7個目だ。やはり妹紅さんと一緒にタケノコ狩りをするといっぱい見つかるもんだなぁ。

 

 

…ってそうじゃなくって!

俺はここに妹紅さんと相談するために来たんだった!

 

 

「というわけで、協力してくれませんか?」

 

 

「そうだな…あ、向こうにまだタケノコがあるぞ。」

 

 

「え。本当に!?…じゃなくて!」

 

 

むぅ~。

…仕方ない、許可を得られるまで掘りまくってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数時間後~

 

 

「た、ただいまぁ・・・。」

 

 

白玉楼の中庭に降り立ち、その場に倒れ込んだ。

傍らには約20個ものタケノコが入った籠が置かれている。

 

あの後勢いに任せて掘りまくったが、慣れない重労働のために疲労が溜まってしまった。

だが、ただ闇雲にタケノコを掘り返していたのではない。時間をかけての説得で、何とか妹紅さんの協力を得ることができたのだ。

 

 

「ほら、起きてください。幽々子様の夕食を作りますよ。」

 

 

「えー、でも疲れたし…。」

 

 

「文句は言わないでください!それがあなたの仕事ですよね?」

 

 

そう言いながらぐいぐいと腕を引っ張る。

くそっ、やってやるよ!やればいいんでしょ!

 

 

 

その後、夕食にはタケノコをふんだんに使った大量の料理が並び、欧我は台所で真っ白に燃え尽きていた。

 




 
ところで、文写帳にでてきたエレメントを操る5人についてなんですが…。

元ネタは戦隊物の第29代、魔法戦隊マ○レンジャーなんですよね。
大地、風、水、雷、火の5つのエレメント。
まさか東方ですべてそろうとは思いませんでした。



せっかくなので、5人に名乗ってもらいました。


「唸る大地のエレメント!緑の魔法使い、私は比那名居 天子!」

【挿絵表示】



「ふっ…吹き行く風のエレメント。桃色の魔法使い、射命丸 文///」

【挿絵表示】


「揺蕩う水のエレメント!青の魔法使い、河城 にとり!キュウリ大好き!」

【挿絵表示】


「走る雷のエレメント!黄色の魔法使い、蘇我 屠自古!」キラッ☆

【挿絵表示】


「燃える炎のエレメント。赤の魔法使い、藤原 妹紅。」

【挿絵表示】



5人
「溢れる勇気を魔法に変える!魔法戦隊、マ○レンジャー!!」


にとり
「文、顔真っ赤だよ。」


「だ…だって恥ずかしいです。」

妹紅
「そうか?たまにはコスプレもいいじゃないか。」

天子
「そうよ。ほら、葉団扇で顔を隠さないの。没収。」


「あやややや!?///」

屠自古
「この衣装、気に入ったぞ!」

欧我
「いいね!はい、チーズ!」
 


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第27話 突然の告白

 
実は、7月15日新たに新作を投稿いたしました。
題名は「幻想のテクノフィリア」です!

この作品では特別な能力を持たない、人一倍手先が器用なだけの青年の幻想入りを主題として書いていきます。
ぜひ読んでください!


ちなみに、主人公が幻想入りしたのは欧我のいる幻想郷です。
つまり、「レストラン白玉楼」と「幻想のテクノフィリア」はお互いに連動し合います!

今回投稿した話でもさっそく連動しています。
ちょっとした連動ですが、この連動が欧我と文の関係を大きく変えてしまいます。

詳しく知りたい方は、「幻想のテクノフィリア」の第4話を読んでください。


それでは、どうぞ。
 


 

料理教室の当日…

 

早朝から一人で白玉楼の台所にこもり、今回使用する大量のクッキー生地を作っている。生徒の人数はそれほど多くは無いのだが、料理教室を見学に数多くの親御さんが来る可能性がある。その親御さんたちも一緒にクッキーを作れば、それだけで十分思い出が作れるだろう。しかも、前日に文がばらまいた新聞で料理教室の事が大々的に報道されたから、関係のない人も現れるんじゃないだろうか。いや、そもそも寺子屋の生徒たち向けだからそれは無いか。

 

それにしても…。

その時の新聞で読んだけど、まさか新たに幻想入りした人がいるなんてな。しかも俺と同じ妖怪の山に。確か名前は…皆月(みなづき)(じゅん)だっけ。ちょうど、俺が幻想入りしてから一年と一ヶ月後か。今度会って酒を酌み交わしたいな。周りが女性ばかりだから、男性の友達も欲しいところだ。男友達は、今は琳と小櫃さんぐらいしかいないからな。

 

 

 

昼近くなり、ほとんどの生地が完成を迎えようとしていた所で、台所に誰かがやってきた。

 

 

「お邪魔しまーす。」

 

 

この声だけで、誰が入ってきたのかが分かった。そう、文だ。

笑顔で挨拶を返すと、文も俺の大好きな笑顔を浮かべてくれた。相変わらず元気な笑顔だ。文に駆け寄り、ぎゅっと抱きしめあう。やっぱり、この瞬間が一番幸せだな。

 

その後、生地を作りながら今日の料理教室の取材や段取りなどについて話し合った。午後から始まる料理教室では文と小傘が取材に訪れるようだ。小傘はブン屋の助手として来るらしい。ブン屋の助手兼写真屋…。その響きに懐かしさを感じる。小傘も立派になったな。

 

 

一通り話を終えて生地づくりを再開したところで、急に文が真剣な面持ちで話し出した。

 

 

「あの、欧我に言いたいことがあるのですが…。」

 

 

「うん、いいけど。でもどうしたの?急に改まったりなんかして。」

 

 

生地を混ぜる手を休めずに、首だけを動かして文の顔を見た。真剣な表情をしているのに、赤く染まった頬によってその印象は薄れてしまっている。一体どんな話なんだろうと思っていると、文は意を決したように口を開いた。

 

 

「欧我。わ、私と。け、けっ…」

 

 

どうやら文はなかなか言い出せそうにないようだ。

顔を真っ赤に染めたまま、「けっ…」という言葉を連呼している。何が言いたいのか分からないまま首をかしげ、混ぜている生地に視線を戻す。その刹那…

 

 

「けっ、結婚してください!」

 

 

という文の声が聞こえた。

 

 

「え…?」

 

 

その、あまりにもいきなりで予想外の言葉に、俺は思わず腕の動きを止めた。いや、正確には体中の動きが止まった。それなのに、心臓だけはやけにバクバクと激しく脈を打ち、体中に血液を送り込んでいる。

文は顔を熟れたトマトのように真っ赤に染めながら、じっと俺の顔を覗き込んでいる。

 

 

「私、今の関係が嫌なんです!指輪を交換し、キスをして、プロポーズもされた。なのに、なのに今の恋人同士のままじゃあ嫌なの!だから、私とっ!私とっ…。」

 

 

「文…。」

 

 

文がそんなことを思っていたなんて、夢にも思わなかった。俺は心のどこかで、今のままでも十分幸せだと思っていたに違いない。だから、文の気持ちに気づかず、そのせいで苦しい思いをさせていたのかもしれない。

ごめんな、文…。

 

文の肩に手を置くと、引き寄せてぎゅっと抱きしめた。

 

 

「文…ありがとう。」

 

 

「欧我…?」

 

 

気付いたら、俺は涙を流していた。

いきなりで驚いたけど、最愛の人からされたプロポーズ。それはとても嬉しくて、ありがたくて、そしてとっても幸せだった。

脳裏に、永嵐異変解決の宴会の様子が思い浮かんだ。そう言えばあの時、ファーストキスも文からだったな。本当は俺の方から行くべきだったのに…。でも、まあいいや。

 

 

「うん、よろこんで。」

 

 

「欧我っ!」

 

 

「文。こんな時になんて言えばいいのか分からないけど、俺は文を心から愛している。だから、俺と、結婚しよう。」

 

 

「うん!欧我…わぁああああん!」

 

 

感極まってしまったのか、声を上げて本格的に泣き出してしまった。文が落ち着きを取り戻すまで、俺はしっかりと抱きしめ続けた。

まさかいきなりこんな所で告白されるとは思わなかったが、これで、正式に文と結ばれることができた。文をしっかりと抱きしめながら、溢れだす幸せと喜びを噛みしめていた。

 

 

 

「それにしても、どうしてこんな時に告白したの?」

 

 

「実は…。」

 

 

抱きしめあったまま、文はこれまでの経緯を話してくれた。

何でも、2日前に幻想入りしたばかりの潤さんから告白するように勧められたらしい。欧我は絶対に断らないと励まされ、今日告白することを決意したというのだ。

 

 

「どうやら、潤さんに借りができちゃったみたいだな。」

 

 

「そうね。」

 

 

「まあでも、今は結婚式の事よりもこの後の料理教室に集中しないとね。」

 

 

そう言うと、文は頷いて両手を離してくれた。

未だに心臓のバクバクは収まらないが、まずは料理教室を無事に終わらせないと。そのために気持ちを切り替えて最後の仕上げに移る。能力を発動して空気で密封。さらに酸素濃度を操って生地の腐食の時間を止めた。よし、あとはこれを冷蔵庫で30分ほど寝かせれば準備完了だ。

 

大きく伸びをしていると、いきなり背後から文が抱き着いてきた。

 

 

「わっ!?どうしたの?」

 

 

「ふふっ、何でもないわ。あなた。」

 

 

なっ、なんだってんだよー。

文のその一言が、治まりかけた心臓の拍動を加速させてしまった。

 

もう、これはしばらく収まりそうもないな…。

 



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第28話 さあ、始まりだ! ★

 

なんだかなー…。

料理教室会場の控室で着々と準備を進める…はずだったのだが、なぜか文からプロポーズされたことが外部に漏れていたため、話を聞きつけた魔理沙さんや霊夢さん、そして生徒として参加する橙ちゃんと一緒に来た藍さんを含めて結婚式の話で盛り上がってしまった。

それにしても、一体誰が漏らしてしまったのだろうか。容疑者は絶対妖夢か幽々子様だろう。それ以外に思い浮かばない。7対3で妖夢かな?

 

まあでも、こんなにも多くの方が祝ってくれるのは本当に嬉しいな。小傘ちゃんにあまり元気が見られなかったのが気になるけど…。

 

 

「欧我、準備はできたか?…って皆揃って何を話しているんだ?」

 

 

そんな中慧音さんがドアを開けて入ってきた。おそらく、俺を呼びに来たのだろう。

 

 

「慧音、知っているか?実は欧我と文が結婚するんだぜ。」

 

 

不思議そうな表情を浮かべる慧音さんに魔理沙さんがそう伝えると、途端に驚きと喜びが混じったような表情に変わった。

 

 

「そうか!そいつはおめでとう!結婚式に関しては早苗に聞いてみたらどうだ?外の世界の結婚式についてはあいつが一番詳しいだろう。」

 

 

という助言をくれた。

…確かにそうかもしれないな。早苗さんは女子高生的な年頃だし、女の子だから結婚式にも詳しいだろう。でも、大丈夫かなぁ、あの常識クラッシャー(東風谷早苗)に頼んで。

 

それよりも、行かなくていいのかな?

 

 

「あ、そうだ!もうそろそろ始めるぞ。準備はできたか?」

 

 

と、思い出したかのように手をポンッ叩いて聞いてきたので、俺は力強くうなずいて見せた。ちなみに今の格好はもはやトレードマークとなっているコックコートにコック帽、そして青いエプロン。

え?笑われるんじゃないかって?ご心配なく、もうすでに慣れました。

 

 

「じゃあ行ってきます。よかったら皆さんも参加してくださいね。」

 

 

慧音さんの後について部屋を後にした。

部屋を出る間際に聞こえた文の「頑張ってねー!」という言葉に背中を押され、気合を入れることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会場に入った俺を包み込んだのは、割れんばかりの拍手の嵐だった。

いくつも並べられた調理台に5人がグループを組んで座り、部屋の奥には親御さんたちがずらっと並んでいる。部屋の廊下側の隅では文と小傘がそれぞれカメラを構えており、反対の方では慧音さんと妹紅さんがこちらをじっと見つめている。

 

 

「皆さんこんにちは!」

 

 

「こーんにちはー!!」

 

 

黒板の前に立ち笑顔で挨拶をすると、生徒達から負けないくらいの元気な挨拶が返ってくる。みんなの笑顔はとてもキラキラと輝いていてつい写真に収めたくなって…あ、カメラ持っていないんだった。

 

 

「元気な挨拶をありがとうございます!今回は皆さんに普段はあまり体験できないような素敵なひと時を提供していきます、俺の名前は葉月欧我です!よろしくお願いします!」

 

 

自己紹介をしてお辞儀をすると、拍手に混じって「お願いしまーす!」という声が返ってきた。すごい元気だな。負けていられないぞ!

 

 

「今日皆さんと一緒に作るのはクッキーです!詳しくはお配りしたレシピをご覧ください!クッキーというのは…」

 

 

白いチョークを握り、黒板に書きながらクッキーについての大まかな説明を行った。みんなに配ったレシピは俺の手描きで、文に印刷をお願いしたものだ。

そういえば、印刷機の調子がおかしくて故障した個所を治してもらうために、文はにとりのラボを訪れた。その時に潤さんに会ったと話してくれたな。…今はそれは置いておいて。

 

一通り説明し終えたところで、次に今日みんながやる工程について説明した。クッキーを作る工程は大まかに①生地作り、②形作り、③焼く の3段階に分けられる。今回みんながやるのは②番目の工程、形作りだ。さっそくお手本として実演しよう。

 

 

「今回生地は3種類用意しました。白色のプレーン、黒いココア、そして緑色の抹茶です。形作りはとても簡単で、まず生地を麺棒で伸ばし…」

 

 

プレーンの生地を少量千切ってみんなに見えるように頭上に掲げると、作業板の上に置く。その後同じく麺棒も頭上に掲げると、生地に押し当てながら伸ばしていく。

 

 

「はい、これで丸いクッキーの元ができました。これでもいいのですが…。」

 

 

次に取り出したのは円形の型抜き器。これを生地に押し当てて、作った生地の真ん中を丸くくり抜いた。

 

 

「こんな感じで真ん中をくり抜き、ココアパウダーの生地を五角形にして今くり抜いた生地に組み合わせれば…」

 

 

五角形の頂点を下にして、ドーナツ状の生地にくっつけた。それを板に乗せてみんなに見えるように持ち上げる。

 

 

「はい、指輪のかんせー・・・指輪?」

 

 

指輪!?

しまった、結婚の話がまだ頭に残っていた。新しい指輪を買うべきかなと考えていたら、無意識の内に指輪を作ってしまった。

部屋のどこかから苦笑いが聞こえてきて、思わず顔がうっすらと赤く染まる。

 

…気にしない。次行こう、次。

 

 

「でっ、では、今度はもっと難しいことをお見せします!今ここにいる誰かを作ります!誰を作っているのか、分かったら大きな声で言ってくださいね!」

 

 

まずはプレーンの生地を楕円形に伸ばし、輪郭を形作った。

次にココアの生地を切り抜いて髪を作り、先ほどの輪郭と重ね合わせた。黒髪のショート。

それに気づいた小傘が…

 

 

「わかった、文ね!」

 

 

と叫んだ。

それによって一斉に視線が文に集まり、文は俺の顔をじっと見つめている。顔を赤くしながら。

 

ああ…違うって言いにくい。

 

 

「あやややや…残念、違います。」

 

 

敢えて目を合わさないようにしよう。そうしよう。うん。

今作っているのは、3色の生地をすべて使う人物…いや、妖怪の顔だ。

会場で沸き起こった笑い声を聞き流し、今度はココアの生地で三角形を2つ切り抜いて頭に付けた。

どうやら数人は気づいたようで、ところどころで正解の名前があがる。

最後に抹茶の生地をドアノブカバーの形にしてくっつければ…。

 

 

「もう分かりましたね。正解は、橙ちゃんです!」

 

 

出来上がった橙ちゃんクッキーをみんなに見せると、「すごい!」や「わぁー!」という歓声と共に拍手が沸き起こった。それに混じって藍さんの「ちぇええええええん!」という雄叫び(愛の叫び)が聞こえたが、まあ聞こえなかったことにしよう。

 

よし、掴みはバッチリだな。今度はみんなの番だ。

 

 

「では、今度は皆さんの番です!制限はありません。星でも、花でも、虫でも、大好きな人の顔でも、何でも構いません!自分の好きなように、協力しながら作っていきましょう!」

 

 

「はーい!」

 

 

みんなから返ってきた大きな返事に負けないように、声を張り上げた。

 

 

「さあ、調理開始です!!」

 




 
はい、ついに始まりました、欧我の料理教室!

それは置いておいて、実は、ある衝動に駆られて4コマを描いてしまいました。
4コマ…と言えるのかはわかりませんが、載せます。
オチ?…あるかなぁ(汗)


で、では1コマ目

【挿絵表示】


2コマ目

【挿絵表示】


3コマ目

【挿絵表示】


4コマ目

【挿絵表示】



どうでしょうか。

では、次の投稿をお待ちください。
 
 


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第29話 似顔絵クッキー

 
俺の書いていたものがラブコメだと認定されてしまった戌眞呂☆です。
ラブコメについてあまり良い印象を持っていなかったのですが、皆様と話しているうちにその印象も変わってきました。

これからは、開き直ってラブコメを書いていきます!


では、ラブコメ主人公の欧我君の料理教室をお楽しみください。
 


 

「お、いい感じじゃないか。」

 

 

それぞれのテーブルを回りながら生徒達の様子を見て回る。生徒たちの想像力(イマジネーション)は素晴らしいもので、花や虫、友達の顔や何か分からない怪獣など、実に様々なクッキーが出来上がっていく。中にはグループで巨大なものを作っているところがあり、その出来栄えには目を見張るものがある。

 

しかし、子ども達がこんなにも集まれば必ず喧嘩が起こるわけで…。

 

 

「わー!!」

 

 

という泣き声に驚いてその場所へと向かった。

見ると、ひとりの女の子が床に座り込んで泣いている。その前には、女の子が作った母親の顔と思われるクッキーを片手にルーミアちゃんがクッキーを見て美味しそうな表情を浮かべていた。

 

 

「返してっ!返してよぉ…」

 

 

女の子の悲痛な叫びで、何が起こったのかを理解できた。女の子が作っていた母親のクッキーをルーミアちゃんが取り上げたのだろう。おそらく「食べてもいい人類?」とか言って。

 

まったく、ルーミアったら…

 

 

「ルーミア、いったい何をしたのかな?」

 

 

「ふぇ?」

 

 

周りの空気を固めてルーミアの動きを封じ、左手からクッキーを取り返す。クッキーには穴が開き、ココアの生地で作った目や鼻が取れてしまっていた。

 

 

「ダメでしょ、ルーミア。人の物を取っちゃ。」

 

 

「でもっ!」

 

 

はぁ、まったく。

両手でルーミアちゃんのほっぺをつまみ、左右にグイッと(優しく)引っ張った。

 

 

「ひぇ~!」

 

 

「人の物をとってはダメ。分かった?」

 

 

「ひゃい、ひゃひゃひひゃひひゃー!」

 

 

脳内変換、「はい、わかりましたー!」

うん、分かってくれたみたいだね。グイッと引っ張っていた指を離す。

そんなに強く引っ張ったつもりは無かったのに、つまんだ所がうっすらと赤みを帯びていて若干涙目になっていた。

ごめん、やりすぎた。

 

 

「よし、じゃあ謝って。」

 

 

「ごめんなさい…。」

 

 

声が小さかったが、しっかりと謝ることができたルーミアの頭を優しく撫でた。女の子も泣きながらだがうんと頷いてくれた。

その女の子に取り返したクッキーを返したのだが、形が崩れてしまったクッキーを見て再び泣き出してしまった。

これは元通り直してあげないといけないな。

 

穴が開いた箇所にプレーンの生地を少量のせ、へらで優しく撫でて回りと馴染ませる。今度はココアの生地を少し千切って形を整え、残っていた部分を見ながら大きさを合わせ、取れてしまった目と鼻を作り直した。後は細かいところを修正すれば…

 

 

「はい、元通り。」

 

 

元通り修復したクッキーを女の子に渡す。女の子はそれを受け取ると「ありがとう。」とお礼を言ってくれた。

そのお礼に笑顔で答えると、よしと呟いて立ち上がった。

 

 

「じゃあ、仲直りの記念にクッキーを作ってあげるよ。」

 

 

プレーンで輪郭、ココアで髪を作り、さらにココアの生地を使って目や鼻、口を作ってくっつけた。この技術はこの女の子から学んだものだ。こういう方法があったんだね。最後にルーミアの頭には特徴的なリボン、女の子の頭には花飾りをつけて完成だ。

 

何とか似せることができたけど、ほとんどデフォルメだな。

 

 

「はいどうぞ。ルーミアにもね。」

 

 

「「ありがとう!」」

 

 

2人はそれを笑顔で受け取ってくれた。どちらも太陽に負けないまぶしい笑顔だ。

しかしルーミアが…

 

 

「でも、私の髪は黒くない。」

 

 

「しかたないよ。じゃあ顔が真っ黒の方がよかった?」

 

 

「それはもっといやー!」

 

 

無事に仲直りができた2人の頭をよしよしと撫で、ほかのグループへと回ろうとしたが、急に誰かにコックコートの袖を引っ張られた。

俺の袖を引っ張ったのは女の子とおんなじグループの男の子だ。

 

 

「あの、先生!」

 

 

え、先生?

…ああ、俺か。

 

 

「僕の顔も作ってください!」

 

 

すると、その男の子の声に呼応するかのように教室のいたるところで「僕も!」、「私も!」、「おいらも!」、「わちきも!」という声が上がり、瞬く間に子ども達に取り囲まれてしまった。

あれ、これ料理教室だよな?

 

…まあいいや。

 

 

「よし!じゃあ作ってほしい子は前の作業台の前に順番に並べ!喧嘩をするような子は作らないからなー!」

 

 

「はーい!!」

 

 

という元気な掛け声とともに、あっという間に長蛇の列が出来上がってしまった。

これ、全員の顔を作るのか…。

その列の中に首からカメラを下げた水色髪のオッドアイの子がいるけど、まあ目を瞑っといてやる。

 

その後、俺はただひたすらに子供たちの似顔絵クッキーを作り続けた。

まさか、全員作るとは思わなかったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員分の似顔絵クッキーを作り合わったところで、再びみんなのグループを見て回る。もはや人間とか妖怪とかそんな境目など無かったかのように、みんなで楽しくクッキーを作り続けている。

文も体験取材とか言って四苦八苦しながらいろいろ作っているし、小傘は生地まみれになりながらも俺の顔を作ってプレゼントしてくれた。その他にも似顔絵クッキーのお礼として花や虫のクッキーを手渡してくれる子供たちがたくさんいて、俺の作業台にはクッキーの山が出来上がった。

 

作業台の上に用意した大量のクッキー生地はほとんど無くなっている。

じゃあそろそろ次の工程に移ろうか。

 

 

「はい、席について!!」

 

 

俺の号令に従い、みんなは自分の席に座った。全員が着席したことを確認すると、これからの工程について説明した。

 

一通り説明し終えると、みんなに号令を出す。

 

 

「作ったクッキーを並べたバットを持って、外に出てください!」

  



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第30話 クッキーの出来上がり!

 

みんなが形作ったクッキーを持ち、教室の外へ出た。これからやるのは、クッキーづくりの最後の工程である“焼く”作業だ。そのためにはオーブンが必要不可欠なのだが、生憎ここにはオーブンが無い。ならどうするか…。それはもうすでに手は打ってある。

 

会場の外に出ると、空気を操る程度の能力を発動して目の前に巨大な直方体を作り出す。突如現れた真っ白な直方体に歓声や驚きの声を上げる子ども達。まあ、そりゃあ目の前にこんなものがいきなり現れたら驚くよな。

 

 

「さて、あとはこれを炎で熱すれば疑似オーブンの出来上がり。妹紅さん、矢印のところから炎を入れてください。」

 

 

手招きをして妹紅さんを呼び、矢印の位置を指さしながら頼んだ。

 

 

「薄々気付いていたが、やっぱりこのために呼んだのか。」

 

 

そう不満を口にしたのだが、矢印の下にある管のところに手を当てて炎を放出した。真っ赤に燃える炎はあっという間に直方体の中に充満し、高熱を帯び始めた。

 

 

「この直方体は二重構造になっていて、厚い外側と薄い内側の層の間に炎を通すことによって中の温度を上げ、疑似オーブンとして利用することができます。温度調節については、俺が酸素と二酸化炭素の量を操って炎の勢いを調節することによって可能にしている。まずは180℃を目指そう。」

 

 

この疑似オーブンについて説明すると、子ども達から分かったような分からなかったような判別の付きにくい「へぇ~。」という返事が返ってきた。

 

 

「そんなの、私じゃなくてもマッチとかの炎でもよかったじゃないか。私は調理器具かよ。」

 

 

「違うよ。炎を繊細に操らないとクッキーの焼き加減にムラができちゃって失敗するんだ。だから、炎を巧みに操る妹紅さんの腕前がどうしても必要だったんだ。それに、妹紅さんは立派なアシスタントだよ。」

 

 

そう言って、妹紅さんの隣にしゃがみ込んだ。

 

 

「俺が似顔絵クッキーを作っている間、代わりに子供たちの面倒を見ていてくれたんでしょ?」

 

 

「えっ、見ていたのか?」

 

 

俺の一言に驚いて、妹紅さんは若干顔を赤く染める。

あれ、まさか褒められ慣れていないのかな?

 

 

「もちろん。妹紅さんのおかげで似顔絵クッキーづくりに専念できた。ありがとう。」

 

 

妹紅さんはさっきよりも顔を真っ赤に染め、赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いた。

やっぱり、褒められ慣れていないんだね。

 

 

「ありがとね、もこたん。」

 

 

もう一度お礼を言って、妹紅さんの頭をポンポンと優しく撫でた。

 

 

「頭を撫でるな…ってもこたん!?」

 

 

うん、もこたん。

 

 

その後、もこたんの活躍によって疑似オーブンの中が目標の180℃に到達した。後は中にクッキーの元を並べて焼くだけ。

大きい物や厚いものは下段に、そこから小さく薄くなるにつれて上になるように並べていく。そうすれば焼けたものから順番に取り出しやすくなる。

 

流石に全員分を入れることはできないので、まずは1グループからだ。空気を固めて疑似ミトンを作って両手を覆い、バットを掴んでオーブンの中に入れた。後は火の強さと時間に注意して焼いて行くだけだ。

 

これからは集中しなければいけないから冗談とかそう言うのは無しだ。

もこたんと呼吸を合わせ、火の温度を調節しないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、できたよー!」

 

 

ついに、最後のグループのクッキーを焼きあげることができた。すべてのクッキーを焼き上げるのにかなり時間がかかっちゃったけど、見たところ焦げた部分や割れちゃった部分が無かったので、ほっと安堵の息を漏らした。大成功だ。

 

あとは、クッキーを食べるだけ。

でもその前に…。

 

 

「プレゼントターイム!!」

 

 

俺の発した声に子供たちはシーンと静まり返り、視線が一斉に集中する。

ああ、横文字はまずかったのかな?

 

 

「あ、えっと…贈り物の時間と言う事です。…こほん。」

 

 

軽く咳払いをすると続けた。

 

 

「みんなの手元には自分のクッキーが行き届いたよね。じゃあそのクッキーを大好きな友達や親と交換したりプレゼント…いや、あげたりしてください。10分時間をとります。それでは始め!」

 

 

俺の号令を聞いた直後、子ども達が一斉に立ち上がった。

ほかのグループの子と交換したり、親にプレゼントしたり、いろんなところで交換が行われている。ルーミアと、クッキーを取り上げられて泣いていた女の子はお互い俺の作った似顔絵クッキーを交換していた。どうやら仲直りできたようだ。

 

その光景を微笑ましく眺めていると、「先生。」という声が聞こえた。声がした方を見ると、数人の子どもがクッキーを持って立っていた。まさか…

 

 

「このクッキーをあげる!」

 

 

そう言って差し出されたのは、なんと俺の似顔絵クッキーだった。髪型やコック帽の大きさ、目や鼻の形など細かい部分はすべて違っていたけど、どのクッキーもしっかりと特徴を捉えることができていた。

まさか俺が見ていないところで作ってくれていたというのか!?

 

 

「ありがとう!」

 

 

お礼を言って、そのクッキーを受け取った。どうしよう、嬉しすぎて食べるのがもったいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、俺の生まれて初めての料理教室は大成功を収めることができた。

みんなが帰った後の教室で、みんなから受け取ったクッキーを眺めている。子ども達の笑顔はとても眩しく輝いていて、見ているだけで元気を分け与えてもらったかのような幸せな気持ちになることができた。それぞれの個性が光ったこのクッキー。正直食べるのがもったいないけど、こういったものは完食して初めて料理が完成するものだ。だから、頂こうかな。

 

クッキーの山の中から一つをつまみ、口に運んだ。サクサクな歯応えのおかげで噛むのが楽しくなってくる。それにこの甘すぎない味も最高だな。

 

 

「欧我、お疲れ様。」

 

 

1人でクッキーを堪能していると、部屋に文が入ってきた。どうやら子ども達へのインタビューを終えたようだ。

 

 

「うん、ありがとう。文もお疲れ様。はい、あーんして。」

 

 

「あーん」

 

 

文は顔を赤くしながらも口を大きく開けた。その中にクッキーを優しく入れる。

文の表情を見れば、クッキーが美味しいのかどうかが一目瞭然だ。

 

 

 

「結婚かぁ。」

 

 

「あやや、どうかしたのですか?」

 

 

ぽつりとつぶやいた俺の一言を、文は聞き逃さなかったようだ。

 

 

「うん、なんか未だに実感が湧かないんだよな。まさか俺が文と結婚するなんて夢にも思わなかったよ。」

 

 

「そうね。潤さんがそっと背中を押してくれたおかげね。」

 

 

もし、潤さんが文の背中をそっと押してくれなかったら…

もっと言えば、あの時印刷機が故障していなかったら…

 

そう考えると、今頃結婚なんか考えていなかったかもしれない。潤さんには借りができてしまったな。

 

 

「ところで、身体の状態はどう?」

 

 

「うん、まだ消滅しかかってはいないよ。大丈夫みたい。」

 

 

身体の細部まで見渡し、まだ消滅が始まっていないことを確認してほっと胸を撫で下ろす。

でも、どうしたというのだろう。

 

 

「そう。だったら今から一緒に潤さんに会いにいかない?」

 

 

「潤さんに?いいね、行こう!潤さんにお礼が言いたい。」

 

 

 

そして、2人で手を繋ぎながら空へと飛びあがった。

目指すは潤さんがいるにとりさんのラボ。

 

結婚を間近に控えた2人を祝福するかのように、傾いた太陽が2人をやさしく照らしていた。

 




 
次の章で、ついに欧我と文の結婚式が始まります。

正直に言って、未だに結婚式を挙げてもよかったのか不安がありますが、もう気にせずに書いていきます。
そんな2人を祝福してあげてくださいね。
 


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第6章 幸せなウェディング
第31話 結婚式の前日 ★


 
こんにちは、作者の戌眞呂☆です。

ついに、欧我と文の結婚式が始まります。
未だに不安を取り除けていないんですが、どっちにしろ結婚することは以前から決めていました。

この章は2人をこれでもかっていうくらいラブラブにしようと思います。
できるかどうか不安ですが、頑張ります。


では、結婚式を翌日に控えたカップルの2人をお楽しみください。
 


 

文との結婚式を翌日に控えた早朝。

俺は白玉楼の台所にこもってただひたすらに料理を作っていた。何の料理かって?そりゃあ明日の結婚式のだよ。

結婚式の記事が掲載された文々。新聞を見たアリスさんが名乗り出て、結婚式用のタキシードとウェディングドレスを作ってくれた。さらにケーキを作ってあげると言われたので、頂いたスポンジと大量のイチゴを送っておいた。手先が器用なアリスさんの事だから、きっと豪華なものに仕上がっているだろう。ただ問題は魔理沙さんだ。アリスさんのケーキ作りを手伝ってくれているのだが、飾りつけに不気味なキノコを用いないか心配だ。

 

まあでも、その豪華なケーキに負けないようにこっちも頑張らないと。

今回の料理はビュッフェスタイル。大量の料理を並べて、自由に取ってもらうことにした。

本当は豪華なコース料理がいいと思ったのだが、結婚式の料理の作り方を知っているのは咲夜さんや陽炎さんなど極僅かしかいないし、食材も思うように集まらなかった。だから、みんなと相談を重ねた結果この形に決まったのだ。

料理は、俺以外では紅魔館で咲夜さんと陽炎さん、白玉楼で妖夢、そして藍さんが用意することになっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼近くになり、大かた料理を終えることができた。

後は会場で温めたりちょっとした仕上げをすれば完成だ。

能力を発動し、その料理を固めた空気で包む。中の空気を抜いて真空に近づけることによって腐食と酸化を抑えることができる。やっぱり俺の能力は万能だな、と自画自賛してみる。

 

よし、休憩するか。

緑茶セット一式(急須、湯飲み、茶葉、お湯)を持ち、自分の部屋に向かった。

 

 

 

「ふぅ~。」

 

 

畳の上にあぐらをかき、湯飲みを唇から離した。やっぱり緑茶を飲むと心から安らぐことができる。台所に浮かんで黙々と料理を作り続けたことによって両腕に疲労が溜まってズキズキとした痛みが走る。

まあでも、この痛みがあることによって頑張ったなと思うことができる。これが生きている証拠…あ、俺、既に死んでいるか。

 

 

「ん?」

 

 

部屋の外から聞こえる足音によって思考が中断された。一体誰が来たのだろうか。

障子に映る影の形から判断すると…

 

 

「欧我、おじゃまします。」

 

 

「うん、いいよ。」

 

 

障子を開けて部屋に入ってきたのは、最愛の人で婚約者の射命丸文だ。

文は部屋に入るなり、あぐらを組んだ俺の脚を枕にしてごろんと寝転がった。

 

 

「ちょっ、文!?」

 

 

「色々と飛び回って疲れたのよ。だから休ませて。」

 

 

大好きな人の大好きな笑顔に押され、俺は頷く事しかできなかった。部屋に入って来ていきなり寝転がったから驚いたけど、こんな近くで大好きな笑顔を見ることができて本当に幸せな気分だ。逆向きだけど。

 

目を閉じて体を休ませている(としておこう)文の顔を見ていると、これまで文と一緒に過ごしていた何気ない日常が次々と浮かんでくる。妖怪の山で文と出会い、ともに取材を行い、永嵐異変を潜り抜け、そして影鬼異変で文をかばって命を落とした。それまで俺達は恋人として支え合い、協力しながら過ごしていた。

でも、明日、俺達はとうとう結ばれて夫婦になる。そう考えたら、心の中に幸せと共に湧いてきた感謝の気持ち。文は、俺にとってなくてはならない大切な人なんだ。

 

 

「文。」

 

 

「ん?」

 

 

名前を呼ぶと、文は目を開けた。よかった、寝てはいないようだ。

目を合わせたまま、にっと微笑んだ。

 

 

「大好きだよ。」

 

 

「えっ?」

 

 

俺の突然の告白を受け、文の顔がうっすらと赤みを帯びた。

 

 

「な、何よ突然。」

 

 

「改めて言いたくなってね。愛しているよ、この世界の誰よりも。」

 

 

「むー。」

 

 

文は嬉しさと恥ずかしさのあまり顔を一層赤くして目線をずらした。

あれ、頬を膨らませて。突っついてやる。

 

 

「ひゃっ!?」

 

 

人差し指で文の左のほっぺを突っついた瞬間、文は驚いて飛び上がった。そして左の頬を押さえながら目を大きく見開いて俺の顔をじっと見つめている。その行動やしぐさが面白くて、つい吹き出してしまった。

 

 

「な、何するんですか!?笑わないでください!」

 

 

「ごめんごめん。でも、とても可愛くて。」

 

 

「むぅ~。」

 

 

そう唸った途端文が俺の頬を目がけて腕を伸ばしてきたので、その手を払って阻止した。

 

 

「欧我だけずるい!私も!」

 

 

「させるか!」

 

 

次々と迫る文の腕を払い続け、文のほっぺを狙って腕を伸ばした。

文はその腕を払いのけて腕を伸ばすが、それを受け止める。

 

しばらくの間お互いに笑いながらじゃれ合っていたが、

 

 

「うわっ!?」

 

 

バランスを崩し、文を畳に押し倒してしまった。

 

 

「ごめん。大丈夫?」

 

 

うわ、顔が近い。

 

 

「あやややや、とうとう欧我に押し倒されてしまいました。」

 

 

文は優しい笑顔を浮かべながらそのようなことを口にした。

どうやら痛くはなかったようだが、いきなり何を言い出すのだろう?

 

 

「さあ、私は何をされてしまうのでしょうか。」

 

 

「え?一体何を……っ!?」

 

 

文がそっと目を閉じた。唇を少し突き出しながら。

その様子を見た途端、俺の体を電流が駆け巡った。これって、キスしてもいいってことだよな!?

 

【挿絵表示】

 

 

意を決して、文の唇にそっと唇を近づける。

ゆっくりと、文の息遣いを感じながら、そっと…

 

 

「欧我、いますか?」

 

 

しかし、唇が重なり合う直前誰かが部屋の障子を開けた。そして中の2人の様子を見た途端

 

 

「し、失礼しましたぁ!!」

 

 

という声と共にバタンと大きな音を立てて障子を閉めた。その後ドタドタと縁側を走る音が聞こえ、そして再び静寂に包まれた。

あの声…。

 

 

「あやや、もう少しだったのに。」

 

 

「まったく、妖夢ったら。もう!」

 

 

何というタイミングで来たんだろう。それよりも、さっきの光景を見られたなんて恥ずかしすぎる!

 

 

「欧我が遅いからですよ。交代します!」

 

 

「えっ、ちょっ!?」

 

 

突然文が上体を起こし、俺の体に手を当てて力を込めた。

驚いてその力に抵抗することができなかったため、今度は俺が文に押し倒された形になった。

 

 

「文…。」

 

 

あれ、文の顔がさっきよりも赤くなっている。ふふっ、仕方ないね。

今度は文と同じように目を閉じた。

 

心臓がドキドキと早鐘を打ち、鼓動が早くなる。しかし、決して目を開けようとはしなかった。

文の息遣いが徐々に近づいてくる。しかし…

 

 

「欧我、いるかしら?」

 

 

今度は幽々子様かよっ!!

 

 

「あら、邪魔しちゃったかしら?」

 

 

タイミングが悪すぎだよ。まさかこうも同じタイミングで邪魔されるなんて…。

はぁ、仕方ない。

 

能力を発動して、幽々子様と2人の間の空気を固めて真っ白な壁を作り上げた。よし、これで誰にも邪魔されないぞ。

 

 

「文、愛している。」

 

 

「私もよ、欧我。」

 

 

文の首に腕を回し、そっと唇を重ね合わせた。

 



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第32話 結婚式に向けて ★

 
ついに、欧我と文の結婚式の日がやってきました。

結婚式の流れについて調べながらやっていきますが、どこか間違いがあるかもしれません。
しかし、そこは大目に見てください。お願いします。



あ、そうそう。
少し書き方を変えました。
これからはこれで行きます。
 


 

 結婚式当日…。

 とうとうこの日がやってきた。昨夜は心臓のドキドキが激しくてなかなか寝付けなかった。いわゆる遠足の前日の子供たちに似たような状態だ。そのせいか今はとてつもなく眠い。でも、結婚式の後には披露宴があるから頑張って起きていないと。

 

 今のうちに結婚式の流れについておさらいしておこう。と言っても、これは早苗さんと陽炎さんの記憶と鈴奈庵で手に入れた古い資料を基にして決められたものだから、本当の流れと合っているのかは分からないが…。

 まず、参列者が全員席に着いたら、新郎である俺が介添人と一緒に入場して右側に立つ。

その後に新婦である文が父親役と腕を組んでバージンロードを歩いてくる。その後賛美歌を歌って、聖書朗読。しかし讃美歌の歌詞と聖書を手に入れることができなかったのでこの2つはスキップすることが決まった。そして結婚の誓いを立て、指輪を交換し、キスをする。司祭が結婚を宣言して、そして新郎新婦が手を繋いで退場。

 確かこんな感じだったかな?

 

 今回の結婚式は紅魔館の一室で行われる。会場を決めるときに博麗神社を推す霊夢さんと紅魔館を推すレミリアさんによる弾幕ごっこが起こりそうだったので、参加者による多数決の結果、圧倒的多数で紅魔館に決まった。紅魔館の中に教会に似た部屋があったのには驚いたが、結婚式の会場には最適だ。

 それよりも、今は披露宴で出される料理の仕上げに集中しないと。紅魔館のキッチンにこもり、白玉楼であらかじめ作っておいた大量の料理の最後の仕上げに取り掛かっている。咲夜さんに陽炎さん、そして妖夢が協力してたくさんの料理を作ってくれた。俺もそれに負けないような豪華な料理を作らないと。

 

 そんなことを考えていると、勢いよくキッチンのドアが開かれた。驚いてドアの方を見ると、陽炎さんが慌てて中に入ってきた。

 

 

「欧我!ここで何をしているんだ!?」

 

 

「え?料理の仕上げ」

 

 

「違う!結婚式の準備をしなくていいのか!?」

 

 

「準備?」

 

 

 ちらっと時計を見た瞬間、俺は目を疑った。結婚式の開始まであと30分しか無いじゃないか!くそっ、朝寝坊しちゃって仕上げに取り掛かる時間が遅すぎた。

 

 

「どっどどどうしよう、まだ仕上げは完了していないのに!?」

 

 

 準備には時間を使いたいし、でもこのまま出すわけにはいかないし、今のうちにこれだけやっておきたいし…。

 

 

「まったく……私に任せろ」

 

 

「え、出来るの?」

 

 

「当たり前だ。親友の為なら、どんな事でもしてみせる」

 

 

「ありがとう!じゃあお願いします!」

 

 

 親友の心強い言葉を受け、慌ててキッチンのドアに向かう。しかし、ドアを出る直前に「欧我」と呼び止められた。後ろを振り返ると、陽炎さんが優しい笑顔を浮かべていた。

 

 

「まあ、その、何だ。……結婚おめでとう、欧我」

 

 

「うん!」

 

 

 陽炎さんに笑顔で微笑み返し、自分に割り当てられた控室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、いいかな?」

 

 

 アリスさんに作ってもらった特注のタキシードに身を包み、鏡の中の自分とにらめっこをする。特注なだけあって、サイズも着心地も質感もすべてがパーフェクト。まさに俺だけのタキシードと言っても過言ではない。それにしても、短時間でこんなものを作ってしまうなんてアリスさんはすごいな。

 

 

 

「おっ、似合っているじゃないか」

 

 

 不意に入口の方で聞き覚えのある声が聞こえたので、声のした方を向いた。そこには…

 

 

「潤さん!来てくれたんですね!」

 

 

 先日知り合ったばかりの外来人、皆月潤が立っていた。潤さんも来てくれたんだね!

 

 

「まあ、これを貰ったからな」

 

 

 そう言ってポケットから取り出したのは、文が幻想郷中にばらまいてくれた結婚式の招待状だ。そっか、潤さんにも届けてくれたんだね。

 

 

「にとりさんのラボからここまで来てくれてありがとうございます!空は飛べるようになりましたか?」

 

 

「いいや。もう一息なんだが、あと一歩が届かなくてな。だからここまでにとりの腕につかまって飛んできた」

 

 

 苦笑いを浮かべながらそう答えるジュンさん。そっか、まだ飛べそうにないか。幻想入りしたその日に飛べるようになった俺にはイメージできないほど、苦労しているんだね。

 

 

「そんなことより結婚おめでとう。それにしても、欧我が文ちゃんの恋人だと聞いた時は驚いたよ。まさか外来人が妖怪と恋に落ちるなんてね」

 

 

「ええ、まあ。文は命の恩人なんですよ。今の俺がいるのは、文のおかげだと言っても過言ではありません」

 

 

「確か、妖怪の山で倒れているところを助けてもらったんだっけか」

 

 

「え、ええ。そうです」

 

 

 そっか、潤さんは知っているんですね。おそらく、文かにとりさんあたりから聞いたのだろう。脳裏に、文と一緒に過ごした時の思い出が次々と浮かんできた。一緒に行った取材や、日常の何気ない会話。影鬼の部下という運命に翻弄されながらも愛を深めていく2人。辛いことも、苦しいことも、いつも2人で乗り越えてきた。文は、俺にとってなくてはならない大切な存在だ。

 

 

「いいよな、好きな人がいるって。羨ましいよ」

 

 

「潤さんもすぐに見つかるさ。俺の場合、幻想郷に来て初めて会った文と恋に落ちた。だから、潤さんも幻想入りして初めに会った人と恋に落ちるんじゃないかな?」

 

 

「最初に出会った人か…」

 

 

 そう呟くと、潤さんは顎に手を当てて何かを考えているかのように「ん~」と唸っている。

 

 

「にとりと恋…か。どうだろうな…」

 

 

「にとりさんですか?」

 

 

 へー、潤さんが初めて出会ったのはにとりさんなんだね。潤さんとにとりさんのカップル…。俺のイマジネーションが打ち出した結果は、かなりお似合いのようだ。

 

 

「そんなことより、時間大丈夫か?もうそろそろ始まる時間だぜ?」

 

 

「あ…。そうだね、行こうか」

 

 

 タキシードの乱れや忘れ物は無いかの最終確認を終え、潤さんと一緒に結婚式の会場に向かった。会場に近づいて行く度に心の中に溢れていく文への愛と感謝の気持ち。激しくなる鼓動を抑えながら、ゆっくりと進んでいった。

 

 そして、とうとう会場のドアの前に辿り着いた。

 

 

「じゃあ、介添人をお願いね」

 

 

「ああ、任せろ」

 

 

 2人で頷き合い、ドアを開いた。

 




 
ついに、次のページから結婚式が始まります。うまく書けるかはわかりませんが、大好きなキャラと自分のオリ主人公のために盛大な式を挙げたいと思っています。
なので、精一杯頑張ります。




「あれ、何を見ているんだ?」


欧我
「ああ、これ?この前文と小傘と一緒に撮った写真。」

【挿絵表示】



ってなわけで、写真風に絵を描いてみました。
どうですかね、色々とおかしなところがありますが…。

なんか、ときどき無性に絵を描きたくなる日があるんです。
なので、そんな日はかなりの確率で絵を投稿するかもしれません。
相変わらずの下手な絵ですが、どうかよろしくお願いします。


それでは、次の投稿までお待ちください。
失礼します。
 


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第33話 結婚式 ~愛の誓い~

 
とうとう結婚式が始まりました。
永遠の愛を誓う欧我と文を見守っていてください。


誰がどの役をこなすのか、それを予想しながら読むのも面白いと思います。

新  郎:葉月欧我
新  婦:射命丸文
介 添 人:皆月潤

司会進行:???
父親代理:???
司  祭:???
演  奏:???


 

 会場の中には、すでに多くの人が席について待っていた。プリズムリバー三姉妹の少し騒々しい音楽が流れる中、潤さんと一緒に祭壇を目指して進んでいく。会場には今まで俺が出会った仲間たちがたくさん集まってくれた。時に弾幕ごっこで競い合い、時に一緒に酒を飲み、時に写真撮影を快く引き受けてくれた、俺にとってかけがえのない仲間たちだ。

 みんなの視線が集まる中、ゆっくりとした足取り(浮いているけど)で祭壇の前に辿り着いた。後は、文の登場を待つだけ。実をいうと、俺は今まで文のウェディングドレス姿を見たことが無い。どんなドレスを着て登場するのか、それが非常に楽しみだ。

 

 祭壇の前に浮かんで文の登場を待っていると、ゆっくりとドアが開いた。開く音に反応して、みんなの視線がドアの方に集中した。大きく開いたドアのところには、純白のウェディングドレスに身を包んだ文が立っていた。

 

 

「っ…!」

 

 

 父親代理である小傘と腕を組み、バージンロードを一歩ずつ歩いてくる文の姿を見て、その美しさに心を奪われた。普段の文からは想像できないような魅力に溢れている。純白のドレスに身を包み、小傘と腕を組みながら一歩一歩着実に足を進める文の姿は、さながら地上に舞い降りた天使のようだ。ベールに覆われているが、いつも俺を見守ってくれる優しい瞳でじっと俺を見つめ、俺の大好きな笑顔を浮かべている。 

 俺は瞬きを忘れてその姿をじっと見つめることしかできなかった。ウェディングドレスを着た文の姿に、俺は改めて恋に落ちた。心を奪われ、ドキドキと鼓動が早くなる。

 

 ゆっくりとバージンロードを歩いてきた文は、祭壇の前で俺の左側に立った。間近で見る文の美しい姿は、筆舌に尽くし難い。ここまで文と腕を組んでくれた小傘とお辞儀をかわし、小傘は自分の席に戻っていった。彼女にはこの後写真屋としての仕事があるらしい。

 

 

「では、続いて結婚の誓いに移ります」

 

 

 司会進行役の妖夢の言葉に従い、俺達の前に司祭役の早苗さんが、なぜか神奈子さんと諏訪子ちゃんを伴って歩いてきた。どうして神奈子さんと諏訪子ちゃんが一緒に来たのか、その理由が分からなかったが、とにかく早苗さんなりの考えがあるのだろう。ここは突っ込まないでおくか。

 前に立った早苗さんは小さい声で「よしっ!」と気合を入れると、いつもの子供っぽい笑顔とは違う、大人のような優しい微笑みを浮かべた。

 

 

「新郎、葉月欧我さん。あなたは射命丸文さんを妻とし、永遠に愛していくことを神に誓いますか?」

 

 

 早苗さんはそう言うと、後ろに立つ神奈子さんは腕を組み、諏訪子ちゃんは腕を腰に当ててじっと俺を見つめている。

 …まさか、2人が出てきたのはそのため!?神って、こっちの神に誓うのかよ。確かに2人は神様だし、実際に存在するか分からない天の神様より、すぐ近くにいる仲のいい神様に誓った方が良いよな。うん。それにしても、この常識クラッシャー(東風谷早苗)は流石と言うか何と言うか…。

 

 

「もちろん誓います」

 

 

 神様2人が出てきた意味に自問自答したため少しの時間が開いてしまったが、はっきりと大きな声でそう宣言した。

 その宣言を受け、神奈子さんと諏訪子ちゃんは同時に頷くと、今度は文の方に視線を移した。

 

 

「新婦、射命丸文さん。あなたは葉月欧我さんを夫とし、永遠に愛していくことを神に誓いますか?」

 

 

 早苗さんは、俺の時と同じように文に聞いた。文の答えはもちろん…

 

 

「はい、誓います」

 

 

 文のその返事を聞き、心に…いや体中に溢れる幸せ。くそっ、目が潤んできやがった。

 

 

「では、指輪の交換をお願いします」

 

 

 介添人である潤が祭壇にやってきて、文からブーケと手袋を預かった。早苗さんから指輪を受け取り、文の左腕をとる。文の手は、純白のドレスによってなのか何時もより白くきれいに輝いて見えた。文と相談した結果「指輪は初めて交換した記念の物がいい」ということで、生前九天の滝の上で文にプレゼントした薔薇の指輪だ。その思い出深い指輪を、文の薬指にゆっくりと通していく。

 指輪をつけ終わると、今度は文が早苗さんから指輪を受けっとって俺の左腕をとった。そして、文からプレゼントされた、エメラルド色に輝く指輪を左手の薬指に通してくれた。

 

 

「それでは誓いのキスを」

 

 

 文の顔を覆うベールの隅を両手でそっとつまみ、ゆっくりと、そして優しく上げていく。改めて文の顔を間近で見ると、美しさの中に可愛らしさが秘められている。世界中の誰よりも、一番美しいと胸を張って宣言できる。

 文は、顔を赤らめながら潤んだ瞳でじっと俺を見つめてくれている。小さく頷き合い、唇を重ね合わせた。結婚の嬉しさ、幸せ、喜び、そして温もりを唇を通して分かち合う。一瞬という長い時間キスを交わし、そしてゆっくりと唇を離した。

 

 

「いいなー」

 

 

「ん?」

 

 

 今、早苗さんが何か小さな声で言ったような気がしたけど、聞かなかったことにしておこう。はっと我に返り、頭を小刻みに左右に振った後、早苗さんは俺達の手を重ね合わせた。

 

 

「2人は永遠の愛を神に誓い、指輪を交換し、キスを交わしました。よって、ここに2人を夫婦と認め、結婚が成立したことを宣言します!」

 

 

 司祭役の早苗さんの宣言により、俺達は正式に夫婦になることができた。これから先、予想外の異変や困難が待ち受けているだろう。でも、俺は文と一緒にそれらを潜り抜けていく。文を支え、愛し、助けながら生きてこう。

 

 

「新郎新婦の退場です。皆様、拍手でお見送りください」

 

 

 文と腕を組み、ゆっくりとバージンロードを歩いて行く。割れんばかりの拍手に包まれながら、俺達は新しい未来へと新たな一歩を踏み出した。

 




 
皆さんの予想は当たりましたか?
答え合わせです。

新  郎:葉月欧我
新  婦:射命丸文
介 添 人:皆月潤

司会進行:魂魄妖夢
父親代理:多々良小傘
司  祭:東風谷早苗
神  様:八坂神奈子&洩矢諏訪子
演  奏:プリズムリバー三姉妹

でした。
え、神様?それは早苗さんの案です。
 


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第34話 披露宴までのひと時

 

 式の会場を一旦退場し、一緒に文の控室に戻った。この後行われる披露宴は、紅魔館内の別の階、別の部屋で行われる。その部屋では咲夜さんと陽炎さんが時間を止めて着々と準備を進めてくれているであろう。

 結婚式を終え、俺達は正式に夫妻となることができた。未だに実感が湧かないが、今は最高に幸せな気分だ。それは文も同じなようで、俺の顔を見てにっこりと笑顔を浮かべている。部屋にあるソファに腰を下ろし、じっと文を見つめた。

 

 

「欧我ぁ…」

 

 

「えっ、どうしたの?」

 

 

 突然文の目に涙が溜まり始めたかと思うと、その涙が溢れ出してしまった。文はハンカチで涙を拭ってはいるが、それでも溢れだした涙は大きな滝となって流れ落ちている。

 

 

「文…」

 

 

文の隣に移動し、俺のハンカチを取り出して流れ落ちた涙を拭った。そして右腕を回して文の肩を持つと、慰めるかのように身体を引き寄せる。

 

 

「私っ…欧我と結婚できてよかった。それが、嬉しくてっ…」

 

 

 嗚咽を漏らしながら、文は胸の内を語ってくれた。

 ここまで来るのに、本当にいろいろなことがあった。記憶を失い妖怪の山に倒れていた俺を見つけて、命を救ってくれた。写真屋という職業を提案し、幻想郷に住むみんなと仲良くなるように各地に連れて行ってくれた。そして永嵐異変で文を愛する心に気づき、恋人同士になることができた。そして影鬼異変で俺が亡くなっても、復活後も常に俺のそばにいて、ずっと支えてくれた。

 俺にとって文は、命の恩人であり、この世界で一番大切な人であり、かけがえの無い家族なんだ。

 

 

「文、改めて言うね」

 

 

 文の身体を引き寄せ、しっかりと抱きしめる。今、俺の中に溢れている感情を伝えるにはこの言葉しかないと思う。たった5文字の、短い言葉。しかし、今の気持ちをしっかりと文に伝えるには十分すぎる程だ。文の耳元で、優しく、語りかけるようにその言葉を口にした。

 

 

「愛してる」

 

 

「うんっ」

 

 

 俺の肩に顔をうずめて泣き続ける間、俺は慰めるかのように、幸せを分かち合うように、ただ何も言わずに文を抱きしめ、頭をよしよしと撫で続ける。

 

 

 

「相変わらずラブラブですね」

 

 

 不意にその声が聞こえたかと思うと、突如として目の前に咲夜さんが現れた。能力で時間を止めている間にここに来たのだろうが、仕組みを知っているとしてもこの登場の仕方には驚いてしまう。

 文は肩から顔を離して咲夜さんの姿を確認するが、目があった途端小さく「あっ」という声を漏らして俺の胸に顔をうずめてしまった。おそらく、自分が泣いていたことと俺と抱きしめあっていたことが恥ずかしかったのかな?

 

 

「ええ、まあ大好きなので。その様子だと、会場の準備が整ったのですね」

 

 

 咲夜さんがここに来た理由は、おそらく披露宴の準備ができたことを知らせに来てくれたのだろう。それよりも、「大好き」と言った途端文に胸をグーで軽く叩かれたけど、それは照れ隠しと受け取っておこう。

 

 

「文、披露宴の準備ができたんだって。ほら、行くよ」

 

 

「…うん」

 

 

 文は俺の胸から顔を上げるが、泣いたからなのかところどころ化粧が崩れてしまっていた。これではみんなの前に出ることができない。

 

 

「あー、咲夜さん。化粧をお願いできますか?」

 

 

「はぁ、仕方ないわね」

 

 

 咲夜さんがフィンガースナップを決めた途端、文の化粧の崩れは見事に修復されていた。やっぱり、時間を止めることができるのはとても便利だな。

 

 

「それでは、会場にご案内いたします」

 

 

 咲夜さんの後について、披露宴の会場に向かう。しかし、なぜか文が俺の顔を見てニヤニヤとした笑みを浮かべている。俺の顔に何が?

 

 

「俺の顔に何が付いているの?」

 

 

「欧我、カッコいいよ」

 

 

 俺の質問に、文はそう答えただけだった。ま、まさか!?

 

 

「咲夜さん!もしかして俺にも化粧をしました!?」

 

 

「そうね、カッコいいわよ」

 

 

 化粧したのかよ!しかも咲夜さんからカッコいいって!?見る見るうちに顔がかぁ~っと真っ赤に染まっていく。生まれて初めてされた化粧に、嬉しさとともに恥ずかしさがどんどん湧いてきた。恥ずかしくて両手で顔を覆いたかったが、覆ってしまったらせっかくの化粧が崩れてしまう。

 あーっ、何だこのもどかしい気持ちは!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 披露宴の会場は結婚式を行った教会風の部屋と異なり、豪華なホテルの大宴会場のような部屋だった。天井からは幾つもの煌びやかなシャンデリアが吊るされ、絨毯や壁紙、装飾品に至るまですべてが高級な品でまとめられていた。これだけのものを集めるなんて、主であるレミリアさんはかなりのカリスマだと再確認した。

 その会場の入り口に立って、披露宴のゲストであるみんなを出迎えた。でも、来る人みんなが化粧の施された俺の顔を見て「カッコいいよ!」とか、「女の子みたい!」とか、「可愛い!」とか言ってくるのは恥ずかしすぎる。しかも写真屋が目をキラキラと輝かせながら俺のアップばかり撮っているのは我慢ならない。

 

 

「あのー、文も写してあげて?」

 

 

「いえ、私は写真に撮られるのが好きじゃないので。欧我のカッコいい顔を撮ってください」

 

 

 写真屋にそう懇願したが、文がそう言ってしまったため一旦俺から離れたカメラの照準は再び俺の顔に戻ってきた。そして響き渡るシャッター音。

 

 

「小傘ー、恥ずかしいよ」

 

 

「いいじゃん、だって今の欧我は今までで一番カッコいいもん!」

 

 

 そう言って小傘は再びカメラを構えた。小傘の言ったその言葉はとても恥ずかしかったが、それと同じくらいとても嬉しかった。やっぱり、化粧というのも悪くn...

 

パシャシャシャシャシャシャシャシャッ!

 

 

「ちょっそれ連写!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲストを迎え終わり、みんなが席に着いた頃、俺はドアの前で文と手を繋いでいた。そして、司会進行役の妖夢の言葉とプリズムリバー三姉妹の奏でるBGMに合わせて会場の中に足を踏み入れた。

 前を見て、ゆっくりと足を進める2人(俺は浮いているが)。ただ手を繋いでいるだけなのに、心に安らぎと幸せを感じる。文とは、季節を忘れるくらい色んな事があったけど、2人でただ歩いているこの感じがとても愛おしい。

 

 周りから贈られる祝福の拍手に包まれながら、笑顔を浮かべてゆっくりと進んでく。

 さあ、披露宴の始まりだ。

  



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第35話 披露宴に弾幕ごっこは付き物です!?

 

 一番前の一段高くなった席に2人で座った後、司会進行役である妖夢によって結婚披露宴の開催が宣言された。一通り紹介やスピーチを行った後、ゲストを代表して魔理沙さんが乾杯の音頭をとることになっている。なんでも、「ぜひ私にやらせてくれ!」となぜか乗り気であったために、文と一緒にお願いしたのだ。

 

 

「えー皆さん!今日は欧我と文の結婚式に来てくれてありがとう!」

 

 

 全員が起立したことを確認すると、魔理沙さんはワインが注がれたグラス…ではなく日本酒が注がれたコップを持って頭上に掲げた。

 

 

「この後やるのは披露宴なんだが、私たちが集まればやることは一つだろ?」

 

 

 …はい?

 

 

「宴を楽しもうぜ!乾杯!!」

 

 

 魔理沙さんの音頭に合わせて会場から一斉に「乾杯!」という声が溢れ、あっという間に盛大な宴会が始まってしまった。結婚式の披露宴とは思えないその宴に、あっけにとられる俺と文、そして司会進行役の妖夢。司祭役をやってくれた早苗さんは式の事をすっかりと忘れて神奈子さんたちとはしゃいでいる。

 

 

「この幻想郷では常識に囚われてはいけないのですか…」

 

 

 改めて痛感したよ…

 

 

「そうみたいね…」

 

 

 ボソッとつぶやいた俺の言葉を聞き、文は苦笑いを浮かべながらそう答えた。本来の披露宴では考えられないような光景だが、まあこれが幻想郷らしいというかなんというか…。咲夜さんに陽炎さん、藍さん、そして妖夢と一緒に用意した大量の料理を取り分けながらワイワイと騒ぎまくるみんなを見ていると、驚きや呆れといったマイナスな感情は薄れていき、逆に楽しさや面白いといったプラスの感情が溢れてきた。

 

 

「あの…ケーキカットはどうしましょう」

 

 

 妖夢に聞かれたことで、この後するべき仕事を忘れかけていたことに気が付いた。でも、始まったばかりのこの宴会を中断することはできないだろう。妖夢にケーキカットは少し落ち着いてからと伝えると、はぁと小さいため息を漏らして幽々子様の所にトボトボと歩いて行った。おそらく、もう諦めて宴を楽しもうとしているのだろう。

 

 

「とにかく、俺達も楽しもうよ」

 

 

「そうね、行きましょう!」

 

 

 いつも通りの宴会になってしまったため、もう披露宴の様式や順序は気にしなくてもいいか。ここには霊夢さんや萃香さんと言った宴が大好きな人が集まっているから、中断したら怒るだろう。なら、ここからはいつも通りの宴をやろう。文と手を繋ぎ、宴会の輪の中に飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それぞれの席を酒と料理を少しずつ頂きながら挨拶をして回り、今は会場を提供してくれた紅魔館メンバーの席で一緒に酒を飲んでいる。レミリアさんや咲夜さん、そして美鈴さん達と一緒に語り合っているとき、不意にレミリアさんが何かを思いついたような表情に変わった。

 

 

「ねぇ、今から弾幕ごっこをしてみない?」

 

 

「弾幕ごっこ…ですか?」

 

 

 なぜここで弾幕ごっこを?

 そう聞こうとしたら、少し離れた所でフランちゃんとはしゃいでいた魔理沙さんが「弾幕ごっこ」というワードを聞きつけ、目をキラキラと輝かせながら俺たちのもとにやってきた。

 

 

「弾幕ごっこか、いいね!結婚した夫婦のコンビネーションを見てみたいぜ」

 

 

「面白そう!見たい見たい!」

 

 

 フランちゃんがそれに賛同したことによって、さらに弾幕ごっこの輪はどんどん広がっていった。あれ、これって披露宴だよな?

 

 

「文…どうする?」

 

 

 隣に座っている文は…

 

 

「面白そうですね。でも、その前に着替えないと折角のドレスが破れちゃうな」

 

 

 どうやら、かなりやる気のようだ。

 

 

「面白そうなことになってきたわね」

 

 

 そう声を漏らした元凶(レミリア)さんはそばにいた咲夜さんと美鈴さんの方を向いた。

 

 

「咲夜、美鈴」

 

 

「「はい」」

 

 

「2人の相手をしてあげなさい」

 

 

「かしこまりました」

 

 

「はい、わかりました!」

 

 

 この状況、どうしてこうなっちゃったんだろうなぁ…。しかも周りはやる気満々だし。

 仕方ない、俺もやる気を出そう!

 

 

「よし、分かった。文、絶対に勝とう!」

 

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タキシードからいつも着ている服に着替え、上空で咲夜さん、美鈴さんと対峙する。隣には、ドレスからいつもの服に着替えた文が立っている。噂を聞きつけた観客が屋上に集まり、レミリアさんとフランちゃんを日光からガードするかのように陽炎さんが日傘を掲げている。

 隣に立って葉団扇を構えている文を見ていると、非常に心強く感じる。それが愛する妻だとなおさらだ。大きく深呼吸をすると、目の前に立つ美鈴さんに視線を向けた。

 

 

「美鈴さんとは、一度拳を交えてみたかったですね。それがこんな形で叶うとは…」

 

 

「そうですか、それは光栄です!悔いの残らないように全力で行きましょう!咲夜さんもいいですね?」

 

 

 嬉々と語る美鈴さんは隣に立つ咲夜さんに視線を向けた。咲夜さんは太腿に付けたホルスターからナイフを数本引き抜いた。

 

 

「もちろんよ。それに、今日のディナーは鴉の焼き鳥で決まりね」

 

 

「そんなことさせないし、この俺が許さない!」

 

 

 咲夜さんの焼き鳥発言を聞き、思わず文よりも早く反応をしてしまった。

 

 

「そうよ。それに、私は欧我以外には食べられたくありません!」

 

 

「そうそう俺以外に…って、文、その発言はちょっと不味くないか?」

 

 

「あっ…」

 

 

 文は自分のした発言の意味を理解した途端、顔を真っ赤に染めてその場にうずくまってしまった。慌てて文に駆け寄って慰めようとしたが、それよりも早く咲夜さんがナイフを投げつけた。

 まっすぐ文に迫るナイフは途中から倍の数に増え、しかも文はそれに気づいていない。

 

 

「全く…」

 

 

 そう声を漏らすと、能力を発動して空気を固めて壁を作り出す。その壁にナイフが突き刺さり、文へのダメージを回避できた。ほっと息をついたその瞬間、

 

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 

 いつの間にか目の前に美鈴さんが接近し、勢いをつけた回し蹴りを繰り出した。

 

 

「くっ!」

 

 

 慌てて左腕でその蹴りを防いだが、美鈴さんの気を纏った蹴りの一撃は強力で、空気で腕を覆わなければ骨が折れていただろう。左腕を回して美鈴さんの足を掴み、それを支点にして身体を反時計回りに回転させ、脳天にキックを叩き込む。しかしその一撃はギリギリのところで防がれてしまった。

 いったん美鈴さんと距離を置いて離れた直後、目の前に大量のナイフが迫っていた。おそらく時間を止めている間にセットしたものであろうが、美鈴さんと離れたことで気を抜いたその一瞬を突かれ、反応が遅れてしまった。

 

 しかし、その直後俺を竜巻が包み、ナイフを弾き飛ばした。この風は…

 

 

「文、ありがとう!」

 

 

「さっきのお返し。気を引き締めていくよ!」

 

 

 そうだ、弾幕ごっこは始まったばかりだ。ここで気を抜いていてはだめじゃないか。

 ここから、自分の出せる全力で立ち向かおう!そう意気込み、一枚目のスペルカードを取り出した。

 

 

「よし、スペルカード!」

 



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第36話 夫妻初めての共同作業は弾幕ごっこです!

 
()婚によって()ばれた2人の愛の()

それが夫妻スペルカードであり、(ゆい)符である。


 

「虹符『蜻蛉の舞-巻の(よん)-』!!」

 

 

 空気を固めて大量の蜻蛉を作り出し、同心円状にばらまいた。ばらまかれた蜻蛉は一旦広がると、一斉に美鈴さん目掛けて襲いかかった。

 

 

「なんの、彩符『極彩颱風』!!」

 

 

 美鈴さんも負けじとスペルカードを発動させ、粒状の光弾をまるで降り頻る雨のように放った。美鈴さんの持つ気によって形成されたその弾幕はまるで、空を飾る虹のようだ。なるほど、虹の弾幕には先駆者がいたか。

 美鈴さんはスペルカードを発動させて蜻蛉と相殺させようという魂胆だろうが、甘い。さらにこんな避けやすい弾幕じゃあ尚更だ。この蜻蛉はただの弾幕ではない。その蜻蛉一つ一つが、まるで生きているかのように空気の流れを感じとって弾幕の無いところを飛び回ることができるのだ。これは日々の修行によって可能になった技だ。

 

 

「くっ!」

 

 

 美鈴さんは自分の放った弾幕の隙間を縫って次々と襲いかかる蜻蛉を、拳や蹴りでことごとく打ち砕いていく。その動きに一切のムダは無く、しかも的確に蜻蛉の核を打ち抜いていく様を見ると、美鈴さんは相当の実力者だと改めて認識できる。門の前で居眠りばかりしている門番の時とは大違いだな。

 まあでも、これである程度は足止めできるな。今のうちに文を助けないと。咲夜さんの能力である時止めに苦戦しているようだから。もし文が目の前で串刺しにされたら……

 

 

「華符『芳華絢爛』!!」

 

 

「っ!?」

 

 

 まさか蜻蛉を打ち砕きながらスペルカードを発動させるとは…。美鈴さんを中心に、密度の濃い弾幕が次々放たれる。それはまるで、鮮やかに咲き誇る大輪の華のように。

 この密度の濃い弾幕を避けきることはできず、蜻蛉のほとんどが相殺されてしまった。

 

 

「くそっ、助けに行きたいのに!」

 

 

 自然と口をついて出てくる悪態。

 

 

「あっ!?」

 

 

 背後から迫るナイフ。文は咲夜さんの投げるナイフに気を取られて全く気づいていない!このままじゃあ…

 

 

「文っ!!」

 

 

 気づいたら体が動いていた。文の背後に移動し、弾幕を放出して前と後ろの両方から迫るナイフを打ち落とした。

 

 

「欧我!」

 

 

「えへへ、文は俺が守る」

 

 

 親指をグッと突きだし、右目でウィンクを飛ばす。文はその様子を見て笑顔を浮かべたが、その直後笑顔が消えた。

 

 

「私を忘れないでください!」

 

 

「危ないっ!」

 

 

 俺の背後から美鈴さんの蹴りが迫っていることに気づかなかった。文は右手に持つ葉団扇を扇ぎ、突風を巻き起こして美鈴さんを吹き飛ばした。

 

 

「あぶなかったわね。欧我は私が守りますよ!」

 

 

 今度は文が俺と同じように親指をグッと突きだした。ふふっ、なんかとても心強いよ。

 しかし、その直後俺たちの周りを大量のナイフが取り囲む。そのナイフの量と密度の濃さに圧倒されるが、これ以上に大変なのは抜け道が見つからないことだ。これをどう防ごうか…

 

 …そうだ!

 

 

「文、竜巻を!」

 

 

「えっ!?…そう、分かった!」

 

 

 文は頭に疑問符を浮かべるが、俺の真意を理解した途端葉団扇を握りしめて頷いてくれた。これぞ夫妻の阿吽の呼吸というやつだ。

 

 

「何をしようと無駄よ。空虚『インフレーションスクウェア』!!」

 

 

 咲夜さんがスペルカードを発動させた瞬間、大量のナイフが一斉に襲いかかってきた。

 

 

「欧我、行くよ!」

 

 

「おう!」

 

 

 その直前に文が俺の頭上で葉団扇を仰ぎ、2人を取り囲むように竜巻を発生させる。竜巻の中でパワーを溜め、大量の空気を一気に放出させた。

 

 

「「結符『アムールトルナーダ』!!」」

 

 

 大量の空気を取り込んだ竜巻は大爆発を起こすかのように一気に膨張し、周りに迫っていた大量のナイフをすべて巻き込んだ。これぞ俺の空気と文の風を組み合わせた夫妻スペルカード、そして(アムール)竜巻(トルナーダ)だ。

 

 

「っ!」

 

 

「うわぁぁ!!」

 

 

 咲夜さんは時間を止めている間に竜巻から距離を置いたので暴風を喰らわずに済んだのだが、そばにいた美鈴さんは暴風の直撃を喰らってしまったため吹き飛ばされてしまった。

 しかし、まだこの夫婦スペカは終わってなどいない。巻き込まれたナイフは竜巻の回転スピードと遠心力によって俺たちの弾幕となり、高速で竜巻から打ち出された。このスペルカードには、相手の弾幕を自分の物にしてしまうことができるのだ。

 

 

「やったね欧我!」

 

 

「ああ!」

 

 

 上から文が下りてきて俺に抱き着いてきた。おそらく2人の夫妻スペカが決まったことが嬉しかったのだろう。俺と文のように、空気と風の相性は抜群だ。この二つが組み合わされば、お互いの能力や技の威力を何倍にも強化することができる。

 

 

 

 

 

 2人を取り囲むように発生していた竜巻が止み、体勢を立て直した美鈴さん、咲夜さんと再び向かい合った。

 

 

「大丈夫?美鈴」

 

 

「はい!それにしてもすごい竜巻でしたね!」

 

 

 心からこの勝負を楽しんでいるように見える美鈴さん。どうやら竜巻で吹き飛ばされた時のダメージは殆ど受けていなかったようだ。やっぱり強いな…。

 

 

「こうなったら、私たちも負けていられないわね。美鈴、アレ行くわよ」

 

 

「アレですね!久しぶりに行きましょう!」

 

 

 咲夜さんと美鈴さんの言うアレとは一体何なのだろうか。自然と体に力が入る。咲夜さんがフィンガースナップを決めた途端、目の前から2人の姿が忽然と消えた。

 

 

「えっ!?」

 

 

 一体どこに消えたというのか!?慌ててあたりをきょろきょろと見回す。しかし、2人の姿はどこにも見られなかった。

 

 

「欧我、落ち着いて!」

 

 

 しかし、文は逆に落ち着いていた。目を動かし、風の流れを感じ、姿を消した2人の行方を捜している。俺も深呼吸をして心を落ち着かせ、文と背中合わせになった。これでお互いの死角である背後を補いあえる。

 

 

「探知『欧我の領域(俺のテリトリー)』」

 

 

 目を閉じて空気の動きを肌で感じ取る。人が動けば空気も動く。周りが空気に囲まれている以上、相手の動きは手に取るように分かる。ほら、さっそく頭上から…。

 右腕を掲げ、空気を固めて壁を作り出す。

 

 

「はぁぁぁっ!」

 

 

 その直後、その壁に美鈴さんの蹴りが激突した。さらに激突したと同時に弾幕が放たれたようだが、空気の壁はびくともしなかった。どうやら文も投げつけられたナイフを風で吹き飛ばしているようだ。

 

 

「やりますね…でも!」

 

 

 その言葉とともに、再び美鈴さんと咲夜さんの姿が消え、別の所から姿を現した。しかも、空気の動きからその場所に高速で移動したわけではない。まるで手品のように突然別の場所に現れ、攻撃を仕掛けてくる。これは一体…?

 目の前から迫ってくる大量のナイフを空気の壁で防ぎ、空気を固めて作った大量のナイフをお返しに放つ。

 

 ん?咲夜さん…?

 

 

「そうか!」

 

 

 なんだ、意外と単純な手品だったな。咲夜さんが時間を止め、その間に美鈴さんを別の場所に移動させているんだ。そして時間を動かせば、あたかも別の場所にテレポートしたかのように見えるというわけだ。

 それにしても、この息の合った攻撃は素晴らしいとしか言いようがない。長年レミリアさんのもとで共に生活しているだけあって、そのコンビネーションは流石だ。俺たちも負けていられないか。

 

 

「なるほどね!」

 

 

 この攻撃のタネを文に説明すると、文もそれに気づいたようだ。

 その後に、何かを思いついたように頭に電球が灯る。

 

 

「あ、ねえ!私も新しいスペルカードを思いついた!」

 

 

「本当に?」

 

 

 2人の周りを取り囲むように空気の壁で覆い、守りを固める。そして文の説明に耳を傾けた。

 

 …これは面白そうだ。

  




 
2人の放った結符「アムールトルナーダ」。
これはフランス語で

アムール(Amour)…愛、愛情
トルナーダ(tornada)…竜巻

を意味します。

では、次回も繰り出される2人の夫妻スペカもお楽しみに!


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第37話 あ、これ余興ですので。 ★

 
ついにこの弾幕ごっこに決着がつきます。

…それとは関係ないのですが、今回twitterを始めさせていただきました。
「https://twitter.com/Inumaro524」ですので、お手柔らかにお願いします。
 


 

「さっそく行くわよ!」

 

 

「うん!」

 

 

 文と頷き合い、文が思いついたスペルカードを発動させた。

 俺の周りの空気を固めて4羽の鴉を作り出し、そこから羽根型の弾幕を大量に放つ。文は葉団扇を握りしめる。そしてお互いに頷き合うと、大気を蹴って最高速で飛び回った。

 

 

「「結符『クロウズハネムーン』!!」」

 

 

 俺の虹速「ラピッドクロウ」と、文の「幻想風靡」で飛び回るこのスペルカードは、一見するとそれぞれのスペルカードで飛び回っているだけに見える。しかし、空気と風の流れを感じ取ることができる俺達なら相手の動きやお互いの動きを読むことができるので、相手の死角から攻撃したり、お互いの動きを合わせて同時に攻撃したり、変幻自在に攻撃ができるのだ。

 美鈴さんはあまりの素早さに追いつくのがやっとのようだったが、咲夜さんは逆に落ち着いていた。高速で移動する俺達や、放たれる弾幕を落ち着いて見極め、弾幕が飛んでこない場所を見つけ出して移動している。「時間を操る程度の能力」は相手にすると非常に厄介だな。

 

 

「あなたたちがどれだけ速くても…」

 

 

 ん?この声は…咲夜さん?

 

 

「時間の前では、速さなど無意味。速いだけの貴方たちに勝ち目は、無い」

 

 

「なに!?」

 

 

 その言葉と共に、俺の周りを大量のナイフが取り囲んだ。しかも文も同じように取り囲まれている。

 目視できないほど高速で動いていたはずなのに、なぜ咲夜さんに居場所が分かったというのだろうか。

 

 …そうか、時を止めたのか。時を止めてしまえば、咲夜さん以外全ての動きが止まる。動きが止まってしまえば、速さなど無意味だと言う事か。

 

 

「終わりよ。メイド秘技『殺人ドール』」

 

 

「うわぁっ!!」

 

 

 スペルカードの発動とともに、体中に突き刺さるナイフ。体中を襲う鋭い痛みに顔をしかめるが、その直後、大量のナイフが襲いかかってきた。慌てて体の周りの空気を固めたため第二陣のナイフは全て防ぐことができたが、俺の周りに現れた第一陣のナイフにはガードが間に合わなかった。

 遠くから文の悲鳴が聞こえる。空気の流れから、文は頭を押さえてしゃがみこんだようだ。文のカリスマガード…いや、今は呑気なことを言ってられない!

 

 

「文を守ると言ったのは誰かしら?実行出来ない事は口に出すものじゃ無いわ」

 

 

 そう咲夜さんの声が聞こえる。しかし、俺はニッと口角を引き上げた。

 

 

「確かに俺が口にした。だから、俺は文を守ったぜ」

 

 

 文の方に視線を向けると、文に襲いかかったすべてのナイフは体に突き刺さる直前で止まっていた。

 

 

「そんな、どうして…」

 

 

「あらかじめ文に空気を纏わせていたのさ。危機が迫った時に固まって、全身を守る盾になるように」

 

 

 竜巻の中で文に抱き着かれたときに、もしもの時のために空気を纏わせておいた。その空気に意識を向けて固めたために俺のガードが遅れてしまったが、まあ俺は幽霊。すでに死んでいるから、この痛みもしばらくしたら治まるだろう。自分が傷つく事より、愛する者が傷つくところを見るのは敵わないからな。

 

 

「さて、そろそろケリを付けますか。でも、その前に…」

 

 

「華符『彩光蓮華掌』!!」

 

 

 背後から迫ってきた美鈴さんの一撃を両手で受け止める。その直後放たれた虹色の弾幕は「姿を見えなくする程度の能力」を使って身体を通過させる。この能力を使うと弾幕を無効化することができるが、実態が消えたわけではないので物理攻撃は喰らってしまう。その効果を活用すれば、今のように相手の動きを止めたまま弾幕をやり過ごすことができるのだ。

 

 さあ、俺の新しいスペルカードでけりをつけよう!

 

 

「文、咲夜さんをお願い!」

 

 

「ええ、任せて!」

 

 

 咲夜さんを文に任せ、俺は美鈴さんと向かい合った。このスペルカードで決める。周りの空気に意識を集中させ、スペルカードを発動した。

 

 

「落下遊戯『()()()()』!!」

 

 

 空気を固めて立方体を大量に作り出し、その立方体を4つ使ってLブロックを作って美鈴さん目がけて放った。その後にも4つの立方体でスクエア(Square)スクイガリー(Squiggly)、Tブロックやラインピース(Line piece)をランダムで作り出し、次々投げつけた。

 

 

「こんなもの!」

 

 

 美鈴さんは投げつけられたブロックを拳や蹴りで弾き飛ばしている。しかし、俺のイマジネーションによってその動きや飛ばされる位置を予測済みだ。その後も投げ続けたが、美鈴さんに疲れは見えなかった。

 

 

「もう終わりですか?」

 

 

 ブロックでの攻撃を止め、右手にラインピースを構えたところで、美鈴さんがそう聞いてきた。

 

 

「ええ、このピースで終わりです。俺がただ闇雲に放ち続けていると思いますか?」

 

 

「っ!?まさか!」

 

 

 美鈴さんは驚いて後ろを振り返った。その隙をついて、ラインピースを投げつけた。今まで放ったブロックはすべて消滅したわけではない。今までのブロックは次々と積み上げられ、大きな壁を形成していた。ただ()()()()()()。その一列に、ラインピースがぴったりとはまり込んだ。

 

 

「決まったぜ、4列消し(テトリス)!」

 

 

 ラインピースがはまった列が輝き始め、その直後ブロックが弾け飛んだ。

 

 

「しまっ!?」

 

 

「美鈴!?」

 

 

 完全に不意を突かれた美鈴さんは、その攻撃を直に喰らってしまった。弾幕を被弾した美鈴さんは力なく地面に落ちていったが、空気を固めてクッションを作り出したため地面への激突を免れた。

 

 

「ごめんね美鈴さん、ちょっとやりすぎた」

 

 

 美鈴さんへの謝罪の言葉を述べ、咲夜さんに視線を向けた。

 咲夜さんは美鈴さんがやられたことが信じられないとでも言いたげな表情を浮かべている。

 その咲夜さんに向かって、親指をぐっと突き出した。

 

 

「お疲れ様、美鈴。あなたの敵は私が取ります」

 

 

「ごめんなさい、それは出来ません」

 

 

 なぜなら、既にもう一つのスペルカードを発動させているのだから。俺の編み出した、もう一つのスペルカード。

 

 

「文、ちょっと耳を貸して。」

 

 

「えっ?うん、わかった」

 

 

 文が俺のそばに来ると、耳元でスペルカードに関する説明を行った。今発動しているスペルカード、そして文と力を合わせたとどめ用の夫妻スペルカードについて。

 

 

「…うん、了解」

 

 

 文は笑顔で頷いてくれた。俺もその笑顔に笑顔で答えると、スペルカードを宣言した。

 

 

「封殺『アイアン・メイデン』!!」

 

 

 その直後、咲夜さんを取り囲むように大量の鋭い針が姿を現す。

 

 

「こ、これは!?いつの間に?」

 

 

「あらかじめです」

 

 

 そう言うと、咲夜さんに両手を向けた。

 

 

「このあと俺が号令を出せば、咲夜さんは全身を針に貫かれます。しかし、俺はこの後もみんなと一緒に楽しく宴会を続けたい。だから咲夜さんに止めを刺したくありません。なので、この弾幕ごっこは、これで終わりにしませんか?」

 

 

 そう、穏やかに懇願した。弾幕ごっこで競い合っていると言っても、これは披露宴の余興の一つだ。だから、咲夜さんを傷つけたくはない。美鈴さんだって大ダメージを負わないように急所は外しておいた。だから、この後もみんなで披露宴を楽しみたい。

 咲夜さんは目を閉じたまましばらくの間考えているようだが、ふうっと息を吐いて目を開けた。

 

 

「そうね…わかったわ。これでお仕舞いにしましょう」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 スペルカードを解除し、咲夜さんを取り囲んだ大量の針を消滅させた。

 俺たちの前に降りてきた咲夜さん、そして回復した美鈴さんと上空で向かい合った。

 

 

「流石夫婦のコンビネーション!見ていて惚れ惚れしました!」

 

 

「ええ、私たち以上のコンビネーションだったわ」

 

 

「いえ、それほどでも」

 

 

「そうだ!今度お二人の関係について記事に…」

 

 

「あら、そんなことしたらナイフで串刺しになるわよ」

 

 

「あやややや!?それはご勘弁を!」

 

 

 ナイフを取り出しての脅しに驚いた文は慌てて謝った。

 大丈夫、文は俺が守るから。これからも、ずっと、消滅するまで…

 

 上空で固い握手を交わす4人を見て、紅魔館の屋上に詰めかけた観客から拍手と歓声が巻き起こった。

 




 
またまた文の絵を描いてみました。
今回は、ちょっと文っぽくありませんが…

まあ、見てください。

【挿絵表示】



え?なぜウィンクや横顔の絵が多いのかって?
それは両目を描いたら大きさとか位置のバランスがおかしくなるからです。
バランスを合わせるのって難しいんですよね。

だから、横顔にしたり、片目を閉じることでその工程をカットしています。
コツとかあったら、教えてください。

では、次の更新までお待ちください。
 


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第38話 葉月一家

 

「えー、では、ケーキカットに移ります!」

 

 

 レミリアさんによって始まった弾幕ごっこも無事に終了し、みんなそろって披露宴の会場に戻ってきた。もちろん俺達は再びタキシードとドレスに着替えている。再び宴会で騒ごうとした直前、そうはさせるかとばかりに司会進行役の妖夢が大声を張り上げた。

 ああ、そう言えばまだやることが残っていたね。本来の、初めての夫妻共同作業であるケーキカット。

 

 

「それでは、ケーキ入場!」

 

 

 妖夢の合図によって、陽炎さんが会場に巨大なケーキを運んできた。いくつものスポンジ生地を何層も重ねた巨大なケーキは純白に輝くクリームでコーティングされ、色鮮やかなフルーツやホイップクリームによる飾りつけが施されている。そして、なんと大量のキノコが飾りつけに含まれている。青や赤、黄色といった、一見毒々しいキノコばかりが立ち並んでいるが、これは食べても大丈夫なのだろうか…。

 それにしても、まさかこれほど豪華なケーキを作ってくれるなんて。さすがはアリスさんだ。うん、まあ手伝ってくれた魔理沙さんもね。

 わぁ、これは切るのがもったいない。

 

 

「じゃあ、行こうか」

 

 

「ええ」

 

 

 席を立ちあがり、ケーキの前に移動した。文がケーキカット用のナイフを両手で握りしめ、その手に俺の右手を重ね合わせる。その状態で、ゆっくりとナイフをケーキに差し込んだ。

 

 

「こっち見て、こっち!」

 

 

 その様子を、写真屋がしきりにカメラに収めている。ここが大一番だと言いたげに写真に熱中する小傘を見ていると、師匠として、そして同じ写真屋として小傘を一人前の写真屋に育て上げることができたんだなと実感することができる。

 

ツルッ

 

 

「きゃん!?」どてっ!

 

 

「小傘!?」

 

 

 おっちょこちょいなのは、相変わらずだけど。

 その後も少し落ち込んだ小傘によって大量の写真が撮られながら、無事にケーキカットを終了させた。文が緊張して両手が小刻みに震えちゃっていたから、断面が少しいびつになってしまったが…。まあこんな小さなことが気になってしまうのも、料理人の性なんだろうか。

 

 

 

 ケーキカットの後はキャンドルサービス。各テーブルを回りながら来てくださったみんなと挨拶を交わし、少し談笑する。みんなから結婚を祝う言葉や冗談などを言われ、笑いあい、驚きながらテーブルを回っていく。本当に、俺は最高の仲間たちに囲まれていて非常に幸せだ。

 

 

 

 すべてのテーブルを回り終わり、自分たちの席に戻ってきた。この後はいよいよブーケトスだ。一体誰が手にするのか、それが非常に楽しみだ。

 

 

「ブーケトスを行います!参加者は前に集まってください!」

 

 

 ブーケトスを行う理由は、結婚の幸せをみんなにお裾分けするためだ。

 一段高いところに文が立ち、その前に参加者全員がずらっと並ぶ。この中で幸せを手にするのはいったい誰なのか。あらかじめ弾幕と能力の発動、そして飛ぶことは禁止という注意を行っているから、まあ喧嘩や取り合いは起こらないだろう。

 幽香さんから送られた色鮮やかなブーケを胸元に抱え、みんなに背を向けた。

 

 

「よし、行きます!」

 

 

 その掛け声とともに、ブーケが天高く投げ上げられる。天高く昇って行くブーケはやがてその勢いを失い、地球の重力につかまって徐々に落下してきた。みんなの視線がブーケに集中する。その直後…

 

 

「えいっ!」

 

 

 どこからか巨大な腕が伸びてきて、そのブーケを空中で掴みとった。この機械的な腕は…

 

 

「やったよ!」

 

 

 その腕をたどっていくと、それはにとりさんの背負う大きなリュックから伸びていた。まさか、必殺の「のびーるアーム」を使うなんて。

 周りからの視線を気にすることなくにっしっしと笑顔を浮かべて両手でピースを突き出すにとりさんのもとに、潤さんが駆け寄ってきた。

 

 

「やったな、にとり」

 

 

「うん!やはり河童の科学は偉大だね!」

 

 

 そう言って潤さんにウィンクを飛ばす。

 

 

「あ、ねえ、知ってるか?」

 

 

「え、何を?」

 

 

「ブーケを手にした人は、次に結婚できるって言われているんだぜ」

 

 

「ふぇっ!?」

 

 

 その瞬間、にとりの顔から笑顔が消え、かぁーっと真っ赤に染まっていった。

 

 

「ほっ、本当に!?わ、私が結婚って?一体、だ、誰と!?」

 

 

「さー、誰だろーねー」

 

 

 顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに慌てふためくにとりを見て、潤さんはからかうような笑みを浮かべている。非常に仲がよさそうで、とてもお似合いな関係に見える。

 もしかしたら、次に結婚式を挙げるのはあの2人になりそうだな。

 どうしよう、自然とニヤニヤしてしまう…。まあ、みんなもニヤニヤしたりひそひそと話し合ったりしているから良いか。

 

 

「よし、じゃあ宴会を続けましょう!さあ、今日は一杯食べるわよー!」

 

 

 霊夢さんの言葉に呼応するかのように、集まったみんなはそれぞれの席に戻って宴会を始めた。俺達も前の席に戻って文と一緒に用意された沢山の料理を堪能した。

 これで、結婚披露宴の日程もほとんどが終了した。とうとう、俺は文と夫妻になることができた。これからは、ずっと隣で文を守って生きていこう。それにしても…

 

 

「結婚したのに、妻と別れて暮らすのか…」

 

 

 俺は冥界の外で一日以上過ごすことができない。しかし、それは文も同じだ。天狗と言う縦社会の中に身を置いている文にとって、妖怪の山を飛び出して冥界で一緒に暮らすことはできない。つまり、夫妻そろって一緒に暮らすことができないのだ。

 しかし、文が思いもよらないことを口にした。

 

 

「ううん、そうとも限らないわよ」

 

 

「えっ?」

 

 

「急な招集に応じるのであれば、金土日の3日間は白玉楼で暮らしてもいいって天魔様が」

 

 

 本当に!?無意識の内に俺の顔がパァッと笑顔になっていく。3日だけだが、文と暮らすことができる。それだけで非常に嬉しかった。

 

 

「でも、これだけじゃないの。結婚祝いとして天魔様から2週間休暇がもらえたの!結婚してからの2週間はずっとそばにいることができるのよ!」

 

 

「ほんとうに!?」

 

 

「ええ!」

 

 

 満面の笑みでそう答える文。2週間は、全てを忘れて大好きな文と暮らすことができる。それが非常に嬉しくて、思わず文を抱きしめてしまった。文は驚いたものの、俺の体をしっかりと抱きしめてくれた。しっかりと抱きしめあい、幸せを分かち合う。

 

 

「それにしても、俺は本当に幸せだな」

 

 

「どうして?」

 

 

「隣に大好きな人がいて、一人前の写真屋という後継者がいて、支え合い、盛大に祝ってくれる大切な仲間がいる。それだけで本当に幸せなんだ。もっとみんなに、レストランで恩返しをしたい」

 

 

 俺の言葉を聞いた途端、文が何かを閃いたようだ。

 

 

「でしたら、私が記事を書きますよ!」

 

 

「文々。新聞で?」

 

 

「ええ!任せてください、一目見ただけで絶対に行きたくなる記事を書いて見せます!その代り、報酬はいただきますよ」

 

 

「えっ、報酬?」

 

 

「はい。私が今、一番欲しいものを貴方からプレゼントしてください」

 

 

「俺から?それって何を?」

 

 

「それは…」

 

 

 顔を赤らめ、俺の顔をじっと見つめてくる文。文が今一番欲しい物って一体何なのだろうか…。

 

 

「欧我の、苗字です」

 

 

「えっ…」

 

 

 俺の、苗字!?いや、まあ結婚したら苗字を同じにするのは普通だけど、文は苗字を変えていいのか?

 

 

「ダメ…ですか?」

 

 

「ダメじゃないけど、苗字を変えちゃってもいいの?」

 

 

「ええ、取材中や天狗として仕事をしている時は『射命丸』を使います。でも、欧我と一緒にいるときくらいは、貴方の『葉月』という苗字を使いたい」

 

 

「そっか…。うん、分かった。俺の苗字を大好きな文にプレゼントするよ」

 

 

 俺の返事を聞き、文は今までで最高の笑顔を浮かべた。

 

 

「じゃあ私は葉月小傘ね!」

 

 

 そんな2人のもとにやってくる小傘。どうして小傘まで苗字を変える必要があるんだ?

 

 

「だって、私たちは家族でしょ?家族なら苗字を一緒にするのが普通だよね?」

 

 

 笑顔で聞いてくる小傘。そうだ、家族は文だけではない。小傘も大切な家族の一員なんだ。

 笑顔で頷くと、小傘は嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねた。その様子を笑顔で眺める俺と文。血の繋がりは無いけど、俺達は“葉月一家”なのだから。

 

 

「よーし、葉月小傘としての初仕事よ!2人の写真を思いっきり撮らせてね!」

 

 

 そして懐からカメラを取り出し、レンズを俺達に向けた。

 

 

「よし、いいよ。文も、撮られるのは好きじゃないとか言わないでよ」

 

 

「分かったわよ。仕方ないわね」

 

 

 立ち上がった文の肩を右腕で支え、左腕を膝の後ろに通して抱き上げた。

 

 

「あややややややっ!?こっ、これはっ!?」

 

 

「これ?お姫様抱っこ」

 

 

 文の顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていく。恥ずかしそうに両手で顔を覆い、両足をバタバタと動かす。でも、常に浮かんでいる俺はそんなことで降ろしたりしないよ。

 

 

「お、降ろしてよっ!恥ずかしいじゃない!」

 

 

「そんなこと言わずにさ、写真を撮ろうよ。ねっ、俺のお姫様(プリンセス)

 

 

「むぅ~、欧我ぁ~」

 

 

「えへへっ、すごく可愛いよ」

 

 

「もう許さない!倒れるまで酔わせてあげるから覚悟しなさいよ!」

 

 

「おお、こわいこわい」

 

 

 その後、みんなそろって写真を撮りまくった。終始文の顔が真っ赤に染まったままだったけど、まさか調子に乗ってお姫様抱っこをし続けたのが原因だったのかな?そして、文に思いっきり酒を飲まされて気を失ってしまったのは内緒にしておこう。

 

 大宴会となった結婚披露宴は、外で過ごすことのできる制限時間を迎えて俺たち冥界へ帰った後も、3日間は止むことが無かった。

 




 
無事に結婚式を終えることができました。
これで、気分新たに欧我と文のラブラブな生活を書くことができます。

でも、その前にコラボを書かないとですね。
結婚式に熱が入ってしまい、後回しにして申し訳ありません。
結婚式が終わりを迎えましたので、今度はコラボを執筆します。
booty様、お忙しいかもしれませんが、相談やサポートなどをお願いいたします。


それではまた次回、お会いいたしましょう!


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第7章 新婚旅行?いえ、家族旅行です
第39話 旅行の計画を立てよう!


 
お待たせいたしました。
実は、皆様に重大なお知らせがあります。

それは…

……


…後書きで!!
 


 

「んん~~っ!」

 

 白玉楼の縁側を歩きながら、大きく伸びをする。昨日結婚式を終え、俺は正式に文と結ばれた。結婚後の2週間は妖夢が代わりに幽々子様のご飯を作ってくれるので、今日は家族3人でぐっすりと眠るはずだったのだが、普段通り朝早く起きて幽々子様の朝食を作り、さらには後片付けまで済ませてしまった。朝早く起きて大量の朝食を作ることが癖になってしまったのだろうか…。まあいいや。

 食器の後片付けを終えて自分の部屋に向かっていると、部屋の前の縁側に文と小傘が腰を下ろして何かを眺めている。一体何を見ているんだろう。その前に少し驚かそうかな。

 

 文の背後に気づかれることなく移動して肩をポンと叩き、振り返った文のほっぺを人差し指で突っついた。

 

 

「あややっ!?」

 

 

「えへへ、大成功」

 

 

 まさかこうも見事に決まるなんて思ってもみなかったよ。にしても、すごくぷにぷにしてて弾力があったな。もっと突っついていたいくらいだ。

 突っつかれたほっぺを押さえてこちらを睨んでくる文を尻目に、縁側に腹ばいで寝転がる。文たちが見ていたものは、生前俺が各地で撮った写真が収められたアルバムだった。

 

 

「ああ、文写帳を見ていたんだね」

 

 

 文写帳。

 それは、生前俺が写真屋として各地で撮った写真を収めたアルバムの名前だ。上下の2巻あり、そのほとんどが笑顔の写真で埋まっていた。しかし、影鬼異変の際、精神世界でオーガとの戦いの時に俺を守ってくれた仲間たちの笑顔の写真は全て俺の身体に取り込まれたため、その写真が貼られていた部分だけ空白ができていた。

 

 

「なつかしいな…」

 

 

 頬杖を突き、文写帳のページを次々とめくっていく。でも、やっぱり『妖怪(なかま)との絆の象徴』であり『大切な宝物』である笑顔の写真を失ってしまったのは悲しいな。

 

 

「ねえ、どうして空白になっているの?」

 

 

「ぐえっ!?」

 

 

 そう聞きながら、背中に小傘が飛び乗ってきた。飛び乗った時の衝撃に驚いたが、小傘を叱ることなく空白になっている理由を説明した。

 

 

「……と言う事があってね。だから」

 

 

「欧我の背中って大きいね!」

 

 

「ちょっ、聞いてる!?」

 

 

 まさか今までの話を聞かずにそんなこと思っていたの!?

 

 

「本当?じゃあ私も失礼して」

 

 

「えっ、ちょっ!?ぐぇぇ~」

 

 

 不意に文が立ち上がり、俺の背中にまたがった。背中に文と小傘の2人が乗ったことで腹部や胸部を圧迫されて息苦しい。文字通り尻に敷かれてしまった。

 

 

「文、小傘…。どいて…お、おも」

 

 

「あやや、重いなんて失礼なこと言わないでよね」

 

 

「そうだそうだー!」

 

 

 うん、傍から見たら微笑ましい光景だろうけど乗られている側は結構きついんだよ。しかも2人なんて。こら、人の背中ではしゃがないで!

 

 

「確かに、欧我の背中は大きいわね」

 

 

「でしょ?」

 

 

 俺の事はお構いなしに2人で楽しく笑い合っているが、もういい加減どいてくれないと空気を吸い込めない…。ああ、肺の中で酸素を生成すればいいや。二酸化炭素を吐き出すだけで呼吸ができる。

 いや、そう言う問題じゃなくって。

 

 

「大きくて、たくましい背中」

 

 

 えっ?いやあ、そんなこと言われると照れるのだが…

 って背中を撫でないで、くすぐったい!

 

 

「ねぇ、もう一度このアルバムを写真でいっぱいにしない?」

 

 

「写真で?」

 

 

 ああ、このままで話を続けるんですね。はいはい。

 

 

「うん、今度は私たち家族の思い出と幸せを写した写真でね」

 

 

「なるほどね、ちょうど凄腕の写真屋もいるし」

 

 

「凄腕?えへへ、照れちゃうなぁ~」

 

 

 確かに文の言うとおりだ。失ってしまった写真を嘆くよりも、これからの思い出をたくさん詰め込んでいった方が幸せに決まっている。大切な家族の、幸せな思い出を。

 

 

「じゃあ、さっそくどこかへ出かけようよ」

 

 

「出かけるって?」

 

 

「新婚旅行だよ。外の世界では結婚後に夫婦で何処か遠いところへ旅行に行くんだ。たくさんの思い出を作るためにね。俺たちの場合は、家族旅行だけど」

 

 

「家族旅行?それって私もついて行っていいの?」

 

 

 俺の背中から身を乗り出して小傘が聞いてきた。

 

 

「背中から降りないと置いて行くよ」

 

 

「あっ!ごめんなさい!!」

 

 

 

 小傘が慌てて背中から降りてくれたおかげで、これで少しは軽くなった。まだ文が乗ったままだけど、文を降ろす口実は見つからないからこのままでいいや。

 

 

「さて、じゃあまずは計画を立てよう。みんなはどこに行きたい?」

 

 

「命蓮寺!」

 

 

「私は、欧我と一緒ならどこでもいいわ」

 

 

「どこでもいいは無し。文も考えてよ」

 

 

「むぅ、ケチ」

 

 

 その後、3人でそれぞれが行きたいところを出し合った。俺が行きたい場所、それは『太陽の畑』と『ゆうかりんランド』だ。今は5月だし向日葵はまだ咲いてはいないだろうけど、季節の花が色鮮やかに咲いている中を文と一緒に歩いてみたかった。

 ただ、問題は幽香さんが快く入れてくれるかどうかだ。幽香さんとは去年小傘と一緒に太陽の畑を訪れた時に友達になり、その後も2人で時々立ち寄っては談笑しあったり花について教わったりと交流があった。だから、まあ大丈夫だろう。それに、去り際に「いつでも歓迎する」と言ってくれたし。

 

 

「うん、でも、私幽香さん苦手かな?」

 

 

「大丈夫ですよ、鈍足の幽香さんは幻想郷一俊足の私には追いつけませんからね!」

 

 

「あの、それ本人の前で言ったら確実にローストチキンにされるから気を付けてね。妻が他人に料理されるところなんて見たくない」

 

 

 そう言うと、文は俺に向かってウィンクを飛ばす。

 

 

「心配いりませんよ。私は欧我以外から料理されるつもりなんてありませんから!」

 

 

 まったく、どうしてこんなセリフを言うことができるのだろうか…。まあいいや。

 その後も意見を出し合い、相談しながら家族旅行の計画を立てていった。長い時間がかかってしまったが、とにかく幻想郷のいたるところを回ろうと言う事で決まった。

 

 

「おや?」

 

 

 途中から静かになったなと思ったら、いつの間にか小傘がすやすやと寝息を立てていた。幸せそうな寝顔を見ると、もしかして夢の中で一足先に旅行に出発したのだろうか。

 

 

「俺達も休憩するか」

 

 

「そうね。欧我、甘い物をお願い!」

 

 

「はいはい」

 

 

 2人を縁側に残し、台所へと向かった。

 確か幽々子様用のお茶菓子がまだ残っていたな。それを持っていくか。

 




 
いかがでしたでしょうか。
家族のほのぼのとしたシーンを書いていると、なんか楽しくなってきちゃいます。


そして、重大なお知らせというのは…

明日から約1週間、一人旅に出かけます!

電車を乗り継いで福岡県は博多を目指します。
その道中にいろいろと途中下車しますが、もしかしたら街ですれ違うかもしれませんね。

あ、その間執筆ができないというわけではありませんので。
移動中やホテルの中とかでも執筆していきます。

旅行中に投稿できるかどうかわかりませんが、よろしくお願いいたします。

それでは、ほな!


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第40話 ピクニックだー!!

 
博多のネットカフェからこんばんは。
一人旅中の戌眞呂☆です。

今日、俺の物語をお気に入り登録していただいている方と夜の博多に繰り出しました。
いやぁ、屋台って素晴らしいですね!会って数時間しか経っていないのに、非常に仲良くなりましたw
ラーメン美味しかったです。

そこで話していたんですが、番外編として屋台を基にした物語を書いていきたいと思います。
ここでは思いっきり欧我君をキャラ崩壊させようと思っているので、楽しみに待っていてくださいw
 


 

「小傘、ソースとってくれる?」

 

 

「はーい!」

 

 

 小傘が手渡してくれたソースをフライパンの中に回し入れる。フライパンで炒められていたのは中華麺と大きめに切ったキャベツや肉、そしてもやしだ。それらが漆黒のソースを纏い、焼きそばへと姿を変える。ジューという心地よい音を耳で楽しみ、ソースの香りを鼻で楽しむ。目で色合いを見て、肌で食材の質感を感じ、そして舌で味見をする。まさに五感をフル活用することができるのも料理の醍醐味なんだよな。

 

 

「ねぇ欧我、玉子焼きはこんな感じでいい?」

 

 

「お、腕を上げたね。十分だよ」

 

 

 え?何をしているのかって?朝早く起きて3人で弁当を作っています。何の弁当って、そりゃあもちろん新婚旅行の。

 …いや、ピクニックと言ったほうがいいのかな?

 …まあいいや。とにかく、今日は妖怪の山を守矢神社目指して登って行く。その途中にある景色の良いところでお弁当を食べたいという小傘の希望で、家族3人で白玉楼の台所に立っています。

 

 

「おっ、フライもいい感じに揚がったな」

 

 

 黄金色に輝く油の中からエビフライや豚カツをすくいあげてクッキングペーパーの上に載せる。狐色の衣を纏っていて、とても美味しそうだ。ああ、勿論定番の唐揚げはありませんよ。唐揚げ大好きなんだけどな…。

 

 

「欧我」

 

 

「ん?」

 

 

 名前を呼ばれて文のほうを向くと、出来たばかりの玉子焼きを箸でつまんで差し出してきた。

 

 

「はい、あーん」

 

 

「あー」

 

 

 正直、これをちっとも恥ずかしく感じなくなった自分に驚いた。

 

 

「どう?」

 

 

「うん、とっても美味しいよ」

 

 

「えへへ」

 

 

 笑顔でそう言うと、文は嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。やっぱり、何度見てもこの笑顔は世界で一番かわいい。

 

 

「ねぇねぇ、私も何か作りたい!」

 

 

 文と笑い合っていると、小傘がクイクイと袖を引っ張ってきた。

 

 

「よし、じゃあおにぎりを作ろうか」

 

 

「うん!」

 

 

 そして、文も含めて3人でたくさんのおにぎりを作っていった。鮭やシーチキンマヨネーズ、さらには卵焼きといった変わり種など、様々な種類のおにぎりが完成した。

 でも、やっぱり家族3人そろって料理を作るのはとても楽しいな。

 

 

「あつっ!!」

 

 

 ちょっとさわがしいけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、じゃあ行きましょうか」

 

 

 できたばかりの大量のお弁当を携え、妖怪の山のふもとに降り立った。生前この山で暮らしていたからなのか、とても懐かしく感じる。久しぶりに妖怪の山を訪れたけど、いったいどんな風に変わっているのか非常にワクワクしている。んだけど…

 

 

「ねぇ、まさか俺が全部持っていくの?」

 

 

 肩から3人分の水筒を下げ、弁当や必要なものが詰め込まれたリュックを背負い、大きめのシートを小脇に抱えている。まさかの荷物持ちかよ、俺。

 

 

「だって欧我は常に浮いているから楽だろうけど、私たちは歩いて行くのよ。それってずるいでしょ」

 

 

「そうだそうだ!」

 

 

「そう言うなら文たちも飛んでいけばいいでしょ」

 

 

 そう言うと、2人は大げさにため息をついた。

 え?え?俺って何かおかしいこと言った?

 

 

「まったく、欧我ったら。そうしたらピクニックにならないじゃない!」

 

 

「そーだそーだ!」

 

 

「さいですか…」

 

 

 はぁ、仕方ない。これ以上何を言っても無駄だから素直に荷物を持っていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局こうなるんだよな…」

 

 

「えへへ、楽だー!」

 

 

 はい、多々良小傘という荷物が増えました。

 リュックを前に移動させ、小傘を背中におんぶしている。どうして小傘をおんぶしているのかというと、答えは非常に簡単。「もう歩けないから」だそうだ。

 だったら飛べばいいじゃないかとも思ったが、小傘のウルウルな瞳を見ていたらそう言うことができなかった。俺って案外ちょろいのかな?

 

 

「文はまだ大丈夫?」

 

 

「もちろんよ!私がどれだけこの山で暮らしていると思っているの?」

 

 

 小傘とは逆に、文はまだ余裕そうだ。さっきから疲れているような様子は見られないし、軽快に険しい山道を登っている。さすが天狗と言うかなんというか、どこかの付喪神とは大違いだよ。

 

 

「行け行けー!」

 

 

「まったく、しょうがないな」

 

 

 ちょっと驚かしてやろう。

 背中から落ちないように小傘の足をしっかりと握りしめ、スピードと高度を上げていく。

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

 

 

 そしてそのまま空中で大きく一回転して元の場所に戻ってきた。

 

 

「どう、驚いた?」

 

 

「むぅ~、欧我ひどいよ!」

 

 

 小傘は不意をついての一回転がとても怖かったのか目に涙を浮かべながら背中をばしばしと叩いてきた。その様子がとてもかわいくて思わず吹き出してしまったら、叩くときの力がさっきよりも激しくなった。

 

 

「もうそろそろ九天の滝に着きますよ」

 

 

「そっか、じゃあそこで弁当を食べよう」

 

 

「うん!私お腹すいた!」

 

 

 小傘はあまり歩いていないだろう!という突っ込みはあえてしないでおこう。

 スピードを上げ、九天の滝に到着した。

 

 

「あややや?」

 

 

 どうやらそこには先客がいたようだ。

 

 

「おやおや、アツアツ夫婦の登場だね」

 

 

「あ、にとりさんに椛さん!」

 

 

 滝の上で将棋を指している2人の姿があった。ただ、椛さんは次の一手を考えることに集中していてこちらにはまったく気づいていないようだ。まあ、そっとしておこう。

 

 

「それにしても家族そろって何しに来たんだい?」

 

 

「新婚旅行よ」

 

 

「新婚旅行?」

 

 

 どうやらにとりさんは新婚旅行と聞いてピンとこなかったようだ。頭に疑問符が浮かんでいる。

 

 

「要するに、家族の思い出を作ろうということです」

 

 

 そう説明したら理解してくれたようだ。

 

 

「そうだ、にとりさんも一緒に弁当を食べませんか?」

 

 

「いいのかい?」

 

 

「ええ。それに、みんなで食べた方が美味しいに決まっています!」

 

 

「そうかい、じゃあお言葉に甘えようかな」

 

 

 にとりさんはそう笑顔で頷いてくれた。

 でも、椛さんはさっきからずっと考えてばかりいる。

 

 

「そうだ、私に任せて!」

 

 

 そう言うと、文は椛さんの背後に移動した。

 そして…

 

 ぎゅっ!

 

 

「ひゃん!?」

 

 

 しっぽを握りしめた。

 

 

「あ、文さん!?」

 

 

「もーみじっ!そんなに考えてばかりいないで、私たちと一緒にお弁当を食べましょう!」

 

 

「お弁当ですか?まあ、いただきましょう」

 

 

 そして椛さんとにとりさんを加えた5人で弁当を食べた。

 やっぱりみんなで食べる弁当はいつもよりも美味しく感じるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
今、午前3時。
眠気と闘いながら書いたので、まったく文章が思いつきませんでした。
でも、まあ、いいや。

いや、だめだよね、ごめんなさい。


では、おやすみなさい。


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第41話 山彦と、守矢の神と、温泉と!?

 
一人旅を1日延長します!!
 


 

 椛さんとにとりさんを含めた5人で楽しく弁当を食べ終え、再び妖怪の山を登り続けていく。家族3人そろって弁当を作ることが非常に楽しくて、気がついたら大量のおかずを作ってしまったが、5人で食べたのであっという間にきれいに平らげてしまった。そのおかげで一番大きな荷物であった弁当が非常に軽くなったし、さらに

 

 

「欧我、文!早く行こうよ!」

 

 

 小傘の元気が回復してくれたことも俺の荷物が軽くなった要因のひとつだ。もう小傘をおんぶしなくてもよさそうだからね。

 

 

「ほら、2人で仲良さそうにして!」

 

 

 一段高くなった岩の上に立ち上がり、カメラのレンズをこちらに向けてきた。どうやら写真屋としての仕事を忘れてはいないようだ。

 小傘が写真屋として一人前の仕事をこなしているということが元師匠として非常に嬉しくて、あれ、目の前が霞んで…。な、泣いてなんかいないんだからなコノヤロー!!

 

 

「もっとくっついて!」

 

 

 小傘の指示に従い、文と肩を組みながら両手でピースを突き出した。文も頭をこちらに少し頭を傾けながら左手でピースを作る。2人が満面の笑みを浮かべたところで、辺りにシャッター音が鳴り響いた。うん、これでまたひとつ旅の思い出ができたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ねぇ!」

 

 

 守矢神社まであと少しという所で、小傘が何かを見つけたようだ。右手の人差し指を突き出しながら、しきりに手招きをしている。一体何を見つけたというのだろうか。

 

 

「わぁ!」

 

 

「素敵ね」

 

 

 小傘が見つけたもの、それは幻想郷一帯を見渡すことができる絶景ビューポイントだった。九天の滝の上とはまた違った景色を見ることができるこの場所は、うっそうと茂る木々の葉によって隠され、パッと見ただけでは見つけることができなかった。やるなぁ小傘。

 

 そうだ、ちょっとやってみたいことがあるんだった。

 肺に思いっきり空気を吸い込んで…

 

 

「やっほーーーーー!!!」

 

 

 口の両端に手を当てて、大声を張り上げる。すると…

 

 

「ヤフーーーーー!!!」

 

 

 と、やけに発音がいい返事が返ってきた。

 俺がやりたかったこと、それは山彦…ではなく響子ちゃんとの会話だ。

 

 

「そーーーなのかーーー!!!」

 

 

 再び空気を吸い込んで大声を出すと、

 

 

「そーーーなのだーーー!!!」

 

 

 と、響子ちゃんの大声が帰ってきた。

 

 

「私も私も!」

 

 

 と、小傘も同じように空気を吸い込むと大声を張り上げる。

 

 

「おどろけーーー!!!」

 

 

「おどろかないよーーー!!!」

 

 

「ぐぬぬ…」

 

 

 だが、帰ってきたのは小傘の期待していた返事とまったく違っていたので悔しそうな表情を浮かべた。

 

 

「文もやってみたら?」

 

 

「私?そうね…」

 

 

 文は何かを考えているようなそぶりを見せると、おもむろに大声を上げた。

 

 

「1+8は!?」

 

 

「……」

 

 

 ありゃりゃ、どうやら計算問題は苦手だった様だ。今頃響子ちゃんは涙目で体中をブルブルと震わせていることだろう。ここから見えないのが残念だ。

 

 

「それにしても、どうして1+8なの?」

 

 

「それはですね…()()で答えは文です!」

 

 

 そう胸を張って答えた。

 うーん、そんな(バカ)な問題があるかよ。…まあいいや。

 

 

「さあ、守矢神社まであと一息ですよ!」

 

 

「だね。でもその前に…」

 

 

 命蓮寺のある方角に向かって大声を張り上げる。

 

 

「響子ちゃーん、ありがとーーー!!」

 

 

「どーいたしましてーーー!!!」

 

 

 今までで一番明るくて元気な山彦を背に受けながら、3人で山道を登り始めた。守矢神社はもうすぐだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたー!!」

 

 

 守矢神社の鳥居を潜り抜け、大きく伸びをする。俺は常に浮かんでいるから疲労は溜まっていないが、文と小傘は空を飛ぶことも無く、ずっと歩いていたので疲労が溜まっている

ようだ。呼吸も若干激しく、そして汗を流している。

 

 

「文、小傘。お疲れ様」

 

 

 2人に水筒を渡しながらねぎらいの言葉をかける。

 

 

「ありがと、欧我」

 

 

「うん、ありがとう…」

 

 

 2人はお礼を言ってその水筒を受け取り、中に入っているお茶をゴクゴクと飲み干した。

 休憩をしてだいぶ落ち着いたところで、さあお参りをしようと参道をまっすぐ進んでいくと、突然目の前に何者かが飛び出してきた。

 

 

「あれ、欧我に文じゃないか!」

 

 

「諏訪子ちゃん!」

 

 

 目の前に踊りだしたのは、守矢神社の二柱のうちの一人、神様の洩矢諏訪子であった。

 

 

「諏訪子様ー!?どこに行ったのですかー!?…あら?」

 

 

 諏訪子ちゃんの後を追いかけるように守矢神社の影から現れたのは、風祝であり現人神の東風谷早苗さんだ。でも、普段の格好とは少し違って緑色の艶やかな髪をすべてポニーテールに纏め、小脇に黄色の洗面器を抱えている。

 早苗さんは俺たちの存在に気づいたようで、笑顔でこちらに近づいてきた。

 

 

「あ、欧我さんに文さん!そして小傘さんも!家族そろってようこそ守矢神社へ!」

 

 

 相変わらずの元気な挨拶と笑顔。これを見ていると、なんか幸せな気分になるな。でもまあ何度も言うけど、文の笑顔が一番だけどね。…しつこいかな?

 

 

「ねー、みんなはどうしてここに?」

 

 

「家族の思い出を作ろうと思って、山を登ってきたんだ」

 

 

 諏訪子ちゃんの質問にそう答えた。

 

 

「思い出作りですか。仲睦まじくて羨ましいですね」

 

 

 俺の返答を聞き、早苗さんが声を発した。

 でも、どうして洗面器を抱えているのだろうか。まあ、その辺のお話は参拝を済ませてからにしよう。

 

 

 賽銭箱の前に移動し、懐から小銭を取り出す。そして賽銭箱に5円を投げ入れた。そして鈴を鳴らすと二礼二拍手一礼をして心の中でお願い事を唱えた。

 文と小傘も参拝を終えたところで、恒例のトークが始まってしまった。

 

 

「ねー、欧我は何をお願いしたの?」

 

 

「俺?そりゃあもちろん『ずっと家族で幸せに暮らせますように』だよ。文と小傘は?」

 

 

「私は、『欧我の隣にずっといられますように』って。それと、『文々。新聞の購読者が増えますように』」

 

 

「私は、『もっと多くの人が驚いてくれますように!』って!」

 

 

 2人とも個性豊かなお願いをしたんだね。文のお願いは聞いて嬉しかったけど、人の驚いた感情を食べる小傘からしたら意外と死活問題なんだね。

 

 

「お参りが済んだら、守矢神社名物のおみくじをやっていかないかい?今ならサービスで全部大吉にしてあげるわ」

 

 

「神奈子さん!?」

 

 

 驚いた、背後からいきなり声をかけないでよ。

 それにしても、必ず大吉が出ると分かっているおみくじをやる意味はあるのだろうか。

 

 よし、じゃあそろそろ早苗さんに聞いてみよう。

 

 

「あの、早苗さん。その黄色い洗面器はもしかして…」

 

 

「あ、これですか?実は今から博麗神社のそばに沸いた温泉に行こうとしていたところです」

 

 

「温泉ですか?」

 

 

 ああ、そういえば以前地霊殿異変のときに博麗神社のそばから間欠泉が噴出したんだったな。その異変のおかげで博麗神社の傍らに巨大な露天風呂ができた。ここ、前から行ってみたかったんだよなー!

 

 

「そうだ!もしよかったら皆さんも一緒に行きませんか?」

 

 

「やったー!!」

 

 

「お言葉に甘えましょう。汗を流してサッパリとしたい」

 

 

 文と小傘も温泉に行きたいようだ。もちろん俺も以前から行ってみたかったので断る理由もなく…

 

 

「ええ、行きましょう!」

 

 

 早苗さんの提案を快く引き受けた。

 

 しかし、まだ俺は気づかなかった。

 自然に形作られた温泉のため、男湯と女湯に分かれていないという重大な問題に。

 




 
え?
なぜ温泉のネタを持ってきたのかって?

そりゃあもちろん今別府にいるからです。


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第42話 家族みんなで温泉!

 

 かつて博麗神社のそばから噴き出した間欠泉。それが地霊殿異変の発端となり、霊夢さんたちが異変解決のために幻想郷の地下に飛び込んだ。これが、「地霊殿異変」である。あれ、でもちょっと待って。この前見た資料では、間欠泉が吹き出す要因となった霊烏路空さんに核融合の力を与えたのは、目の前ではしゃいでいる諏訪子ちゃんと神奈子さんだよな?つまり、元をたどれば地霊殿異変の黒幕は…

 

 じっと、目の前に広がる温泉にはしゃいでいる二柱の神をじっと睨みつける。

 うん、まあいいや、今は気にしないでおこう。

 

 

 それにしても、何度見てもこの情景には圧倒されるな。目の前に広がる温泉からは真っ白な湯気がまるで霧のように立ち込め、幻想的な風景を形作っている。また、奥の方に高く積みあがった岩の間からは勢いよく湯気が吹き出している。それに、ここに向かう途中に見えたのだが、お湯が赤や青に染まったものも所々見て取れた。おそらくお湯に含まれる硫化鉄などの成分によるものだろうが、こんなにも美しいものが自然によって作られるなんて驚きだ。

 だが、先の地霊殿異変の時に沸き出したのはお湯だけではない。お湯と同時にたくさんの怨霊が飛び出してきてしまったのだ。怨霊は人間だけではなく妖怪にまで悪影響を与えてしまう。そのために霊夢さんが異変解決のために地下へ行く羽目になったのだ。 

 もちろん、今いる場所はそんな怨霊が出てくる場所から離れているので非常に安全だ。そんなものを心配することなくゆったりと温泉につかることができる。

 

 んだけど…

 

 

「やっぱりこれ、分かれていないんだよね」

 

 

 温泉を眺めながら言葉を交わす早苗さんたちに聞こえないように、そう呟いた。

 そう、男湯と女湯に…。いやあ、流石に分かってたよ。自然にできた温泉だから分かれていないことくらい。でも、よく考えてみたら男は俺だけだし、その他はみんな女性なんだ。だから一緒に入ることは…。

 

 

「欧我、どうしたの?」

 

 

「…え?な、何でもないよ、文」

 

 

「もしかして、私たちと一緒に入ることが嫌なの?」

 

 

「あ、えっと…」

 

 

 まさか気付かれた!?

 文は俺の言動を見て大きくため息をついた。

 

 

「水臭いわね、私たちは夫妻なのよ。私は欧我と一緒に温泉を楽しみたいの」

 

 

「え…でも」

 

 

「それはいい考えだ」

 

 

 神奈子さん!?

 

 

「ああ、私たちの事は気にしなくていいよ。向こうにある温泉に入るから、貴方達はここを使いなさい。夫婦水入らずでね」

 

 

「うん!水を差しちゃ悪いからね」

 

 

 諏訪子ちゃんも!?

 はあ、そうだよな。夫妻水入らずで温泉を楽しんだ方が良いよな。うん、そうだよね。

 

 

「それでは、夫婦お幸せに。小傘さん、行きましょう」

 

 

「うん…」

 

 

 神奈子さんと諏訪子ちゃん、そして小傘が早苗さんの後について別の温泉に向かって歩いて行った。小傘がなぜか寂しそうな表情でこちらを振り返ったので、笑顔で手を振ってあげた。小傘はそれに笑顔で頷いてくれたけど、一体どうしたというのだろうか。

 

 

「さて、入りましょうか」

 

 

「うん」

 

 

 服を脱ぎ、お湯に肩までつかる。あ、もちろん2人ともタオルで覆っているからね。

 お湯はサラサラで非常に肌触りがよく、少し熱めの温度がとても心地よかった。この空気中を漂う硫黄の香りもまた温泉っていう感じでいい雰囲気だ。

 

 

「はあ、最高だ」

 

 

「そうね。それに、欧我と2人きりっていうのもまた最高ですよ」

 

 

「ああ、夫妻水入らずでのんびりとね」

 

 

 両腕を頭上に上げ、大きく伸びをする。非常に心地よいが…

 

 

「あのさ、どうしてそんなにくっつくの?温泉は広いんだからもっとゆったりと入ろうよ」

 

 

「ううん、私は欧我のそばにいたいの。大好きな貴方を近くで感じていたい。…ダメ?」

 

 

「うん、わかった。じゃあ…」

 

 

「あややややっ!?」

 

 

 文を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。

 

 

「この方が、もっと感じることができるでしょ」

 

 

「ふふっ、いつにも増して積極的ね」

 

 

 温泉の中、タオルを隔てて文と抱きしめあう。多分、熱で頭がやられていたのだろうが、なぜか同時に幸せも感じることができた。

 

 

「やっぱり、文はいつ見ても可愛いよ」

 

 

「もう、欧我ったらぁ」

 

 

 文の頬に右手を添わせ、お互いを見つめあう。そして、ゆっくりと唇を近づけた。

 その時…

 

 

「ばぁ~~~っ!!!」

 

 

「うわぁっ!?」

「きゃあ!?」

 

 

 突然何者かがお湯の中から飛び出した。

 

 

「えっへへ、大成功!」

 

 

 お湯の中から飛び出した妖怪は嬉しそうにけたけたと笑っている。そう、小傘だ。でも、小傘は確か早苗さんと一緒に向こうの温泉に向かったはず。それなのにどうしてここへ?

 っていうか、それよりも…

 

 

「小傘、タオルは?」

 

 

「へ?」

 

 

 小傘の体を覆っているはずのタオルは湯船の底に沈んでいる。おそらく飛び出した瞬間に外れてしまったのだろう。つまり、今の小傘は…

 

 

「~っ!!」

 

 

 声にならない悲鳴を上げ、顔を真っ赤にして小傘はお湯の中に潜っていった。

 お湯の中からタオルを拾い上げて未だにうずくまったままの小傘にかけてあげると、それで自分の身体を素早く覆い隠した。

 

 

「小傘、ドンマイ」

 

 

 苦笑いを浮かべ、小傘の頭をよしよしと撫でてあげた。小傘に水を差されちゃったけど、まあ家族で温泉に入るというのもいいかな。

 

 その後、どうにか落ち着きを取り戻した小傘を含めて家族3人で笑いあいながら温泉を楽しんだ。

 そろそろ体を洗おうと、文が家から持参してくれたタオルと石鹸を手に取った。もちろん髪を洗うためのシャンプーもある。意外と何でもあるんだなぁ。近くにあったちょうどいい大きさの岩に腰を掛け、シャンプーを泡立てる。すると、そこに小傘がやってきて俺の前にちょこんと座った。

 

 

「欧我、洗って」

 

 

「え、髪を?自分で洗えるでしょ?」

 

 

「もー、洗ってほしいの!」

 

 

「はいはい、分かったよ」

 

 

 ちょうどシャンプーを泡立てたところだから、そのまま両手を小傘の頭に乗せ、わしゃわしゃと洗い始めた。痛くないように、力を抜いてそっと優しく。

 

 

「あははっ、くすぐったい!もう、洗うの下手!」

 

 

「なにを?よし、じゃあこれならどうだ!」

 

 

「わー!」

 

 

 少し力を込め、わざと乱暴にわしゃわしゃと両手を動かす。他人の頭を洗うなんて生まれて初めての経験なので力加減とか全く分からなかったが、どうやらこの強さが丁度良かったみたいで、小傘は至福の笑みを浮かべている。辺りに漂うシャンプーの甘い香りがやさしく鼻孔をくすぐり、まるで2人だけの幸せな世界に来たのかのような雰囲気を作り出す。

 洗い残しが無いように注意を払って髪を洗っていると、不意に小傘が寄りかかってきた。

 

 

「ちょっと、これじゃあ洗えないよ」

 

 

「いいのいいの。ふふふっ」

 

 

 はぁ、まあいいいや。小傘の頭に両手を重ねて置き、そこに顎を乗せる。その様子を湯船の中から見つめていた文が、不機嫌そうに頬を膨らませていた。

 

 

「むぅー、負けていられませんね。欧我、私の髪も洗ってください!」

 

 

「えっと…文?一体何を競っているの?」

 

 

 まさか文の髪も洗う羽目になるとは思わなかったが、まあこれも家族の幸せなひと時だと思えば大切な思い出になった。さて、明日は人間の里で甘い物めぐりに出発する。明日も、家族の思い出をたくさん作れるといいな。

 

 

 あ、あの、お礼という気持ちは嬉しいけど2人して俺の頭をもみくちゃにしないで!

 



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第43話 小規模お料理教室

 
文字数が少ないんですが、きりが良いので投稿します。

今度はもっと長く書けるように頑張ります。


 

 月日が経つのは速いもので、結婚式からあっという間に1週間が経過してしまった。この1週間、俺は文と小傘と一緒に幻想郷の各地を旅行して回った。妖怪の山をはじめ、人間の里や霧の湖、紅魔館や命蓮寺など幻想郷の各地を文字通り飛び回り、たくさんの思い出を作ってきた。何度も立ち寄った場所のはずなのに、最愛の妻と一緒にいると言うだけでいつもの何倍もの幸せや楽しみを感じることができた。これも、大切な家族ができたからであろう。

 今は文と小傘と一緒に白玉楼の台所に立っている。何故って、それはもちろん一緒に料理をするためだ。ただ、文は殆ど料理を作った経験が無いらしく、作れる料理のレパートリーが少ないらしい。もっと料理を作りたいという文のために、俺が一肌脱いで小規模の料理教室を開くことになった。

 

 

「じゃあ、やるか」

 

 

「はい、先生!」

 

 

「よろしくね!…いや、よろしくお願いします!」

 

 

 いや、いつも通り普通に名前で呼んでほしかったのだが…まあいいや。

 今日作るのは子供たちに大人気のハンバーグ。ちょっと食材を大量に用意しすぎてしまったが、まあ幽々子様なら食べてくれるだろう。後で特大のハンバーグを作って…

 

 

「お邪魔するぞー!」

「お邪魔するのかー」

「あの、お邪魔します」

「お邪魔しまーす!」

 

 

 料理に取り掛かろうとした途端、入り口の障子を開けて元気な4人組が台所の中に飛び込んできた。

 

 

「あやや、お客さんね」

 

 

「たくさん来たねー!」

 

 

「うん、呼んだ覚えはないんだが…」

 

 

 と、台所に飛び込んできたチルノちゃん、ルーミアちゃん、大ちゃん、そしてリグルちゃんの4人を眺めて呟いた。レストランには招待していないし、この2週間は休業すると文々。新聞に載せてもらったからお客様は来ないはず。

 

 

「あの、みんなは何しに来たの?」

 

 

「料理を食べに来た!」

 

 

 チルノちゃんから予想通りの返事が返ってきた。

 

 

「え、でも…」

 

 

「これは人間の肉かー?」

 

 

 いつの間にかルーミアちゃんがテーブルの上に置いてあるひき肉に手を伸ばしている。

 

 

「これは豚と牛の合いびき肉よ」

 

 

「そーなのかー」

 

 

 人間の肉ではないことが分かり、がっくりと肩を落とすルーミアちゃん。そんな様子を見て、慌てて文がフォローに入る。一方の小傘はというと、大ちゃんとリグルちゃんを背後から驚かし、驚いた様子を見て満足そうな笑顔を浮かべている。

 

 

「なんだろう、この状況…」

 

 

 4人組の乱入によって台所は一気に騒がしくなってしまった。これじゃあ料理なんて到底できそうにない。かといって、せっかく来てくれた4人を無下に追い返したくはない。こうなったら、4人を含めて7人で料理教室をやるしかない。6人の生徒を見るのはちょっと骨が折れるけどね。

 

 

「みんな、注目!」

 

 

 張り上げた声に反応し、台所は一気に静まり返る。みんなの視線が俺に集中したところで、次の言葉を繋いだ。

 

 

「突然入ってきたチルノちゃん達には驚いたけど、みんなで一緒に料理を作りましょう!小規模じゃなくなっちゃったけど、料理教室を始めます!」

 

 

「私たちも料理するのかー?」

「やった!また欧我さんから学べるなんて嬉しい!」

「いいよ!アタイは料理においてもさいきょーなんだから!」

「うまくできるか心配…」

 

 

 みんなで料理をするという言葉を聞き、飛び込んできた4人はそれぞれが思ったことを口にした。なんかまとまりが無さそうな4人だけど、俺も負けずに頑張ろう。この前の料理教室と比べたら人数は少ないし、文もサポートしてくれるかもしれないし。

 

 

「そこで、今日のメニューを変更します。その準備をするので少し待っていてください!」

 

 

 テーブルの上に乗っているすべての食材を、空気を固めて作った巨大なトレーに移して食糧庫の中へと運ぶ。これらの食材はまた別の日に使えばいいとして、これから使う食材を選ばないと。もうメニューと必要な食材は頭の中に浮かんでいるから、あとはそれを探し出すだけだ。幽々子様の分は後で作るからいいとして、まずは7人分かな。

 

 

「おまたせー!」

 

 

 必要な食材を持ち、みんなの待つ台所に戻った。トレーからテーブルの上に食材を移動させながら、今日作るメニューについて説明を始めた。

 

 

「今日の食材は、豚のひき肉にキャベツ、ニラ、卵にしょうが、そして調味料の醤油やごま油、塩、中華スープのもとにおろしたにんにく、そして…」

 

 

 最後の一つ、円形をした真っ白なものをドンとテーブルの上に置いた。

 そう、今日のメニュー。それは、餃子だ!

 

 

「これが、餃子の皮です!」

 

 

「ぎょーざ?」

 

 

 そう、餃子。もしかしてなじみが無いのかな?

 餃子は誰でも簡単に、しかもみんなで仲良くワイワイと作ることができる。つまり、今のこの状況にピッタリというわけだ。

 

 

「さて、餃子を食べたことがある人はいるかな?」

 

 

 そうみんなに問いかけたら、大ちゃんがおずおずと右手を挙げた。

 

 

「食べたことはないけど、前、美鈴さんが作っているところを見たことならあります」

 

 

 なるほど、美鈴さんね。確かに美鈴さんは料理が上手いし、中華料理とか頻繁に作ってそうなイメージがあるからな。今度美鈴さんの餃子を食べてみたい。

 

 

「てことは、食べるのはみんな初めてと言う事だね。作るのはとっても簡単だし、本当に美味しいからぜひ覚えて帰ってください。では、料理教室を始めます!」

 



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第44話 欧我のパーフェクトぎょうざ教室

 
1ページに収めたいあまり、気づいたら3700文字も書いていました。

俺も欧我から料理を学びたいです。


 

「みんな、準備はいいですか?」

 

 

 食材をすべて7等分し、分配する。しかし調理器具は人数分無かったので、空気を固めて包丁とまな板、そしてボウルを作り出した。あ、もちろん清潔面や安全面は考慮していますよ。消毒は済ませてあるし、もし手を切りそうになったら霧となって消滅するようにプログラムしてありますから。

 

 

「はーい!」

 

 

 みんなの準備が整ったことを確認すると、次の指示を出した。

 

 

「まずは、キャベツを細かく切っていきます。まずは芯の部分を…」

 

 

 空気を固めた包丁を握りしめ、分かりやすいようにゆっくりとキャベツを細かくみじん切りにしていく。芯の部分を切り落としたら、細く千切りにしていく。

 

 

「千切りが終わったら向きを変えて…」

 

 

 千切りが終わったら、90°向きを変えて2~3㎜の幅で細かく切っていく。

 俺の包丁さばきを見て「すごーい!」という声が聞こえるが、まあ、これくらいは普通にできるからな。

 

 

「これくらいの大きさになったら、包丁を持つ手とは反対の手で包丁の頭を支え、握る手だけを動かしてこんなふうに…」

 

 

 包丁の先端を固定して手元だけを動かすことで、より細かく刻むことができる。

 

 

「このみじん切りの大きさは、それぞれ好きな大きさでいいですよ。シャキシャキとしたキャベツの食感を残したいのであれば大きめに、逆にそれが嫌ならより細かく切ってください…っと。できた!」

 

 

 俺は食感を楽しむ方が好きだからみじん切りも少し大きめにした。みんなが「おー!」とか感心して見ているけど、これをやるんだからね。みんな。

 

 

「まずはここまで。さあ、次はみんなの番だよ。始めてください!」

 

 

 号令に合わせて、みんなが一斉に包丁を手に取って作業に取り掛かった。芯を切り落とすところまでは良かったのだが、千切りにする段階でそれぞれの個性が出始めた。一回ずつ慎重に包丁を入れているのは文と大ちゃん。千切りの幅もほぼ同じくらいになっており、この2人は見ていなくても安全にできそうだ。

 

 

「いい感じだけど、肩に力が入りすぎているよ。もう少しリラックスして、リズムに乗って行こう」

 

 

「「はい!」」

 

 

 ルーミアちゃんにリグルちゃん、そして小傘の3人は千切りの幅を気にせずに自分のペースでどんどん切り刻んでいく。この3人は、まあ大丈夫だろう。

 

 

「添える方の手は、指先を握りしめない程度に軽く曲げてね。そうすれば安全にできるから」

 

 

「そーなのかー」

「あ、そっか!ありがとう!」

「うーん、難しいなぁ」

 

 

 そして、予想通りなのかチルノちゃんは「アタイったらさいきょーね!」と言わんばかりに得意げにどんどん切り進めている。包丁さばきは見ていて危なっかしいし、キャベツが辺りに飛び散っている。

 

 

「あっ!?」

 

 

「あー、今確実に指が飛んでいたよ。もっとゆっくりとやらないと」

 

 

 チルノちゃんが握っていた包丁は跡形もなく消滅していた。つまり、指を切りそうになってしまったと言う事。うん、こうなるだろうとイメージできたから本物の包丁を握らせたくなかったんだ。

 

 

「ほら、こんなふうに…」

 

 

 チルノちゃんの背後から腕を伸ばし、包丁を握る手にそっと添える。そして、チルノちゃんの動きを促すようにゆっくりと動かした。

 

 

「ゆっくりと、落ち着いて行こうね。そうしないと怪我していたよ」

 

 

「うん、わかった」

 

 

 チルノちゃんの手に添えた腕を離しても、俺の教えたペースを守ってゆっくりと慎重に切り進めていくチルノちゃんの姿を見て、俺は感心しっぱなしだった。これなら見ていなくても十分やってくれるだろう。

 みんなのみじん切りが終わったところで、みじん切りにしたキャベツをボウルの中に移させた。ここに塩を一つまみの半分くらい入れて絞ることで、浸透圧の関係でキャベツの中にある水分を出すことができる。

 

 

「面倒かもしれないけど、このひと手間のおかげで見違えるほど美味しくなるんだ。料理に手間と愛情は欠かさずにね」

 

 

「愛情?誰に?」

 

 

「あ…えっと、それは…」

 

 

 不意にされたリグルちゃんからの質問に、思わず顔を赤くして動きを止めた。切り替えようと咳払いをしようとしたが、慌てたため盛大に咳き込んでしまった。

 

 

「もう、恥ずかしがらなくてもいいのに」

 

 

「欧我って恥ずかしがり屋なんだねー」

 

 

「素敵ですね、愛って」

 

 

 そんな俺の様子を見て、文とルーミアちゃん、そして大ちゃんがそんなことを呟いたが、それによって一層顔の赤みが増した。

 

 

「も、もういいでしょう!次に行きますよ!」

 

 

 恥ずかしさを紛らわせるため、どんどん作業を進めていった。

 ニラのみじん切りではみんながキャベツの時と同じように上手に包丁を動かしていたので、思っていたよりも早く仕上がった。

 次の工程では、豚肉に調味料と卵を入れて、粘り気が出るまで混ぜ合わせる。

 

 

「こんな感じで、全体がピンク色になる感じになればオッケーだよ」

 

 

 先にお手本を見せ、次にみんなに作業を促した。豚ひき肉の触感に驚き、四苦八苦しながらも必死に手を動かしているみんなを見ていると、なぜか嬉しくなってきた。子ども達を教えている慧音さんはいつもこんな気持ちなんだろうか。

 

 

「欧我さん、こんな感じですか?」

 

 

「どれどれ…」

 

 

 流石と言うか、しっかり者の大ちゃんは呑み込みが早い。今までの作業もほぼ完璧にこなしている。

 

 

「上手いじゃない!でも、少しムラがあるから万遍なく…」

 

 

「あむっ!」

 

 

「ひゃいっ!?」

 

 

 突然何者かに人差し指を噛まれ、その直後に温かいベトベトしたものに包まれ、さらに奥に吸われる感覚が指を襲った。その一連の刺激が脳を襲い、一瞬パニックに陥って変な悲鳴が口をついて飛び出した。

 慌てて手を確認すると、ルーミアちゃんが指にしゃぶりついて美味しそうに指を、いや、指に付いた豚ひき肉を食べている。どうやら無意識の内に指にひき肉をつけたままルーミアちゃんの目の前でゆらゆらと動かしていたみたいで、それに釣られてしまったらしい。もう、面倒くさがらずに洗っておけばよかった。

 

 

「ルーミアちゃん、離してくれるかな?」

 

 

「んー、やっぱり人間の時の方が美味しいよ」

 

 

「知るかよっ!」

 

 

 予想外の展開に語気を強めて言ってしまったけど、まあ仕方ないよね。突然指を舐められるなんて絶対にありえないことだから誰だってそうなるよね!

 はぁ、死ぬかと思った…。気を取り直して、と。

 

 

「で、では次の工程に!」

 

 

 ってなんでみんなニヤニヤしているの!?もう!

 十分に練り終わったら、そこにキャベツとニラを加えて混ぜ合わせる。ここのポイントは、混ぜすぎないこと。気合を込めておりゃーって混ぜてしまうと、ぐちゃぐちゃになってしまうし野菜から水分や旨味がにじみ出てしまう。

 さあ、これで餃子の餡が完成した。この次は、餃子作りで最も難しい「包む」という工程だ。

 

 

「まず餃子の皮に餡を乗せて、縁に水を付ける。そして優しく皮を重ね合わせ、波を作りながらくっつけていくよ」

 

 

 正直に言ってこの工程はあまり得意ではないのだが、案外上手くできた。

 

 

「上手に作る上で気を付けることは、餡を入れすぎないことと力加減の2つ。餡を入れすぎたら上手く包めないし、力が強すぎたら破れてしまうんだ。ここが難しい工程だから、慎重に行こう」

 

 

「「はーい!」」

 

 

 元気な返事とともに作業を始めたはいいものの、あまりの難しさに上手く仕上げることができていない。餡が多すぎて包み切れなかったり、逆に少なすぎたり、波が形作られていないなど、かなり苦戦しているようだ。四苦八苦しながらも、どんどんと作られていくいびつな餃子、そしてどんどん破れていく皮。

 教え方が悪かったのかな?

 

 

「いい?量は大体こんな感じ。このスプーン2杯くらいね」

 

 

 と、空気でティースプーンを作り出し、みんなに手渡した。

 

 

「この量は覚えてね、そうすれば簡単にできるから。そうしたら、全体の2/3の範囲に水を塗って張り合わせるよ。この時に、まずは右手の親指と人差し指で右端をつまんで、左手で皮を寄せてひだを作るよ」

 

 

 左手の人差し指で皮を手繰り寄せ、右手の人差し指でひだを押さえる。指を離せば、簡単に波が出来上がるというわけだ。

 

 

「あとは最後までこの工程を繰り返し、手前側を押して形を整えれば…餃子の完成!さあ、失敗を恐れずにやってみよう!」

 

 

 簡単なコツを教えると、さっきまでの状態と打って変わって非常にうまく作ることができている。失敗する回数もぐんと少なくなり、わずかだがペースも早くなっている。

 

 

 

 ゆっくりと時間をかけながら、とうとう餃子を作り終えることができた。案の定餡が余ってしまったが、これは形を整えればハンバーグに生まれ変わる。材料や味は違うけどね。

 それにしても、何だこの達成感。真剣に取り組むみんなの表情を見ているだけで、もうお腹一杯だ。

 

 

「さあ、後はこれを焼けば出来上がりだよ。この工程は俺がやっておくから、みんなは白玉楼にいる妖夢を捕まえてテーブルとかの準備をしておいてね」

 

 

「「はい!」」

 

 

 ドタドタと騒がしく台所の外へ飛び出すみんなを見送った後、大きめのフライパンを火にかけて油を敷く。しかし、どうやら文とリグルちゃんは台所に残ったままだ。

 

 

「どうしたの?」

 

 

「私は焼く工程も学びたいの。こんな経験初めてだから餃子特集を組もうと思って」

 

 

「わ、私は幽香さんに作ってあげたいから、だから一人で作れるようになりたいの!」

 

 

「そっか、分かった」

 

 

 そんな2人ににっこりと笑いかけ、フライパンに向かい合った。

 

 

「じゃあ、授業を再開します!」

 




 
餃子食いてー!!
 


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第8章 共鳴鏡乱異変 ~物の悲しみ、物の反乱~
第45話 小さな異変、大きな異変


 
こんにちは、戌眞呂☆です。
何時も甘々シーンばかりを書いていますが、たまにはスパイスも必要かなと思い、今回異変を起こしました。

この異変では、オリキャラが登場します。
異変に巻き込まれ、少女と関わるとき、欧我たちはいったいどんな決断を下すのか…。

共鳴鏡乱(きょうめいきょうらん)異変” 始まります!
 


 

 白玉楼の昼下がり。食器の片づけを終えた後に飲む苦い緑茶は、これ以上ないほど格別な味がする。温もりが体中に伝わり、冷たく固まった疲労という名の氷を優しく溶かしていってくれるようだ。

 

 今、俺の隣には誰もいない。楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、文が天魔さんからもらった2週間という期間はあっという間に過ぎてしまった。今頃文は、取材をするために小傘と共に幻想郷中を飛び回っていることだろう。妻として俺の隣にいて、色々と支えてくれる姿よりも、取材をしている時の姿の方が文らしいというかなんというか…。文と小傘がいなくなって、少し寂しくなるけどね。でも、金曜日になったらまた会いに来てくれるからそれまでの辛抱だ。

 

 

「ん~っ!」

 

 

 やっぱり、風が気持ちいい。このままでいると、なんだか眠くなってきた…。

 

 

「欧我、ちょっといいかしら?」

 

 

「ん?あれ、幽々子様。昼食ならもう食べましたよ」

 

 

 いつの間にか、俺の隣に幽々子様の姿がある。一体俺の何の用事だろうか。冗談のつもりでそう言うと、

 

 

「むぅ、違うわよ。今は美味しい食事に満足しているけど…」

 

 

 少々むっとした表情でそう答えた。満足していただけたなら専属料理人としてこれ以上嬉しいことは無いんだけど、そんな俺に一体何の用事だろうか。

 

 

「ありがとうございます。ところで、何かご用でしょうか」

 

 

「実はね、蔵の中を見てきてほしいの」

 

 

「蔵ですか?」

 

 

 白玉楼の裏手には、とても大きな蔵がある。俺は今まで一度も足を踏み入れたことはないが、妖夢の話によれば昔から大切にされていた物やお宝が保管されているらしい。それにしても、どうして蔵の中を見てくる必要があるのだろうか。

 

 

「ええ。実は昨晩、蔵から大きな音と何者かが走り去る足音がしたのを妖夢が聞いたらしいのよ。妖夢は怖がって蔵に行こうともしないから、代わりに見てきてほしいのよ」

 

 

 蔵から逃げる足音が聞こえた?もしかして、泥棒が?泥棒と聞いて真っ先に浮かんだのはあの白黒の魔法使いだけど、果たして魔理沙さんが欲しがるものが蔵にあるのだろうか。いや、魔理沙さんならほうきで空を飛んで逃げるはずだ。百戦錬磨の魔法使い(泥棒)なら足音を立てるというへまはしないだろう。だったら、一体誰なんだ?冥界にやってきて白玉楼の蔵に忍び込むなんて、普通の人間には不可能のはずだ。

 とにかく、確認してみる必要があるみたいだな。

 

 

「分かりました、行ってきます」

 

 

 縁側から腰を上げ、空中にふわりと浮かぶ。幽々子様の「よろしくね~!」という声援を背に受け、まっすぐ蔵を目指した。

 白玉楼の蔵は敷地の奥の方にひっそりと佇んでいる。まるで隅に追いやられたかのようにポツンと佇む蔵は、日中でもどこか不気味な印象を漂わせる。幽霊とか出ないよね?…あ、俺、幽霊だったわ。

 廊下を曲がると、その問題の蔵が見えてきた。

 

 

「これはひどい…」

 

 

 蔵の扉は、無残にも打ち破られていた。蔵の前には扉の残骸が散乱し、ところどころ真っ黒に変色している。おそらく、弾幕をぶつけたのだろう。それにしても…

 

 

「おかしい…」

 

 

 これは、泥棒のせいじゃない。

 なぜなら、飛び散った破片の位置が不自然だからだ。普通外から弾幕をぶつけた場合、扉の破片は入り口の近くや蔵の内部に広がって散乱する。それなのに、この破片は入り口から遠く飛ばされている物もある。まるで、内部から破壊されたかのように。

 

 

「中から破壊って、普通は不可能だろう。鍵が付いている以上、外から侵入するのは不可能だ」

 

 

 いや、一人可能な人がいる。壁をすり抜けることができる人物。『壁をすり抜けられる程度の能力』をもち、『壁抜けの邪仙』の異名をとる邪仙の(かく)青娥(せいが)さんだ。

 しかし、そうだとしても腑に落ちない点がある。彼女が白玉楼の蔵に侵入する理由が分からない点だ。蔵の中に保管されている物の中で、青娥さんが欲しがるような物が思いつかない。それともう一つある。壁をすり抜けられるのであれば、わざわざ扉を破壊する必要などあるのだろうか。

 ありえないけど、何者かが蔵の中に現れ、扉を破壊して出ていったと考える方がしっくりくるような気がする。

 

 

「あり得るのかな…。また紫さんの能力が暴発したのかも」

 

 

 でも、弾幕を放つことができることを考えると、普通の人間や、外来人によるとは考えられない。

 

 

「まあ、外で色々考えていても仕方ないか」

 

 

 何かヒントを得られることを願いつつ、蔵の中に入った。

 蔵の中は、至る所に埃が積もっていて、(カビ)のような臭いが空気中を漂っている。この中にいると息苦しくなってくるな。

 

 

「これは…?」

 

 

 床に降り積もった埃の上に、何者かが歩いたような足跡が残されている。足跡の大ささと歩幅から、おそらく子どもだろうか。大体、小傘よりも少し小さいくらいの。

 それよりもここにいると埃によって肺が詰まりそうだ。空気を操って気流を生み出し、床の埃を飛ばさないように注意しながら蔵の中のよどんだ空気を外へと追い出した。代わりに入ってくる外の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、深呼吸を繰り返す。よし、これで長時間の作業ができるぞ!

 

 

「さて、無くなっているものはあるかな…ん?」

 

 

 なんだろう、長方形の形をした真っ黒な物が床に無造作に置かれている。拾い上げてみると、それは何かの箱の蓋だった。表面にはピンク色で桜の模様が描かれているが、長い間ほったらかしにされていたかのように表面の光沢はくすみ、桜も色あせている。

 その後蔵の中を確認してみたが、不思議なことに盗られている物は何一つなかった。結局何かの手掛かりを得ることはできなかったが、とりあえず幽々子様に報告しに行こう。この蓋の事も聞いてみようかな。

 

 

 

 

 

「幽々子様~!」

 

 

 幽々子様は縁側で妖夢と一緒にお茶を飲んでいた。2人のもとに向かうと妖夢が熱々の緑茶が入った湯呑を手渡してくれたので、それを受け取って一服。やっぱり、緑茶は最高だ!…じゃなくて。

 

 

「幽々子様、蔵の中を見てきました」

 

 

「お疲れ様。それで、どうだった?」

 

 

「はい。蔵の中を荒らされたり、何かを盗んで行ったような形跡は見られませんでした。蔵に残されていたのは、小さな足跡と、この蓋だけです」

 

 

 そう言って、床の上に残されていた漆の塗られた蓋を手渡した。幽々子様はそれを受け取ると、じっと蓋を見つめる。幽々子様の表情を見るに、どうやらこの蓋が何か分からないようだ。妖夢も同様に額にしわを寄せながら、じっと蓋を見つめていた。

 無論、俺も初めて見る。

 

 

「これ…。どこかで見たことがあるような気がするわね」

 

 

「幽々子様は見たことがあるんですか?私は初めて見ましたが…」

 

 

 幽々子様は真剣な面持ちで蓋をじっと見つめている。懸命に記憶をさかのぼり、この蓋に関する情報を探しているようだ。しかし、小さくため息をつくと首を横に振った。

 

 

「ごめんなさい、やっぱり分からないわ…」

 

 

「そうですか。まあとにかく、何か分かったことがあれば教えてくださいね」

 

 

 まあここで幽々子様が何かを思い出すのを待っても仕方がない。普段の生活のちょっとしたことが原因で思い出すことがあるかもしれないから、気長に待ってみよう。時間は永遠にあるのだから。

 

 

「じゃあ、お腹もすいたので何か作ってきます。ここで待っていてください」

 

 

「ありがとう欧我!やっぱり欧我の作る料理は美味しいわ」

 

 

「むぅ~、私の料理も褒めてくださいよー!」

 

 

 今日のおやつのメニューを考えながら、台所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~人間の里~

 

 

 木の上から、じっと下を見つめる少女。彼女の目線の先には、乱暴に(くわ)を扱う農民の姿がある。風に淡いピンク色の長い髪をなびかせ、水色の瞳に溢れんばかりの涙をたたえて。

 

 

「止めてよ、泣いているでしょ…」

 

 

 彼女の悲痛な叫びは、虚しく空中を漂う。自分には何ができるのだろうか。乱暴に扱われ、そして無残に捨てられる道具たちを救うには何ができるのだろうか。

 

 私の持つ能力なら、道具たちを救うことができる。

 待ってなさい、人間ども。

 

 

「絶対に、ドドーンと復讐してやるんだから」

 



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第46話 道具の怨み

 

 蔵の扉が破壊されてから、俺はほぼ毎日蔵の様子を確認していた。しかし、これと言って何の異変も起こらなかった。妙な足音も、弾幕がぶつかった音も、妙な人影も何一つ見つからず、結局原因を突き止めることができなかった。

 変わったことと言えば、にとりさんが破壊された扉の代わりに、新しく『河童シャッター』というものを設置してくれたことだ。何でも弾幕攻撃に強い特殊なコーティングを施してあるそうで、いかなる破壊行為にも屈しない頑丈なシャッターだとにとりさんは自慢していたな。でも、手伝いとして来ていた潤さんの話では、まだ試作品の段階だそうだが…。まあいいや。それにしても、潤さんのスパナやドライバーさばきは見事としか言いようがないな。間近で見ていて、その華麗で繊細な腕に心を奪われてしまったよ。

 そういえば、その時ににとりさんが文からの伝言を伝えてくれた。なんでも、取材や天狗としての仕事が忙しいから今週末は白玉楼に来れないそうだ。まあ、来週になればまた来てくれるだろうから、その時に目一杯2人だけの時間を楽しめばいいや。

 

 シャッターが設置されてからも俺は蔵の確認を続けてきたが、今まで何の変化も見られなかったからもう大丈夫だろう。蔵の事は念頭に置きながらも、普段の暮らしを続けていた。そして、蔵の扉が破壊されてから4日が過ぎた土曜日の午後。

 

 

「じゃあ幽々子様、行ってきます!」

 

 

「ええ、行ってらっしゃい。気を付けてね」

 

 

 幽々子様にお辞儀をして、白玉楼の門を潜り抜けた。必要な食料や幽々子様のおやつ、そして挑戦してみたい料理に必要な食材などを買い出しに行くため、まっすぐ人間の里を目指す。

 

 

「ねえ、あれから何か変わったことはあった?」

 

 

 隣を飛ぶ妖夢にそう聞いてみた。あの後、妖夢も恐る恐る蔵の中を確認してみたそうだ。俺よりも長いこと白玉楼に住んでいる妖夢なら何かに気づいたのかもしれない。

 

 

「ええ、実は…」

 

 

 すると妖夢は、妙に真剣な面持ちになる。

 もしかして、何か重要なものを見つけたのだろうか…。俺は思わず身構える。

 

 

「何も見つからなかったです!」

 

 

「はぁっ!?」

 

 

 思わずズッコケそうになったよ!え?なんでそうキリッとしたドヤ顔で言うの!?

 

 

「だってぇ、必死に探しても何も見つからなかったんですよ!」

 

 

「蓋の無い箱も?」

 

 

「見つからなかったです」

 

 

 そっか…。

 となると、泥棒は蔵の床に蓋を残したまま箱ごと持ち去ったと言う事になる。蓋だけを残していく泥棒がいるのだろうかと疑問には思ったが、まあ今は考えていても仕方がないか。それよりも早く買い物を済ませて料理をしたいな。

 そう思いながら、冥界を飛び出して人間の里に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「危ない!!」

 

 

 空気を固めて壁を作り、振り下ろされた鍬を受け止めた。ガキンという激しい音が響き、後ろに吹き飛ばされる鍬を持った男性。今のうちにと、俺の背後にいた女性に逃走を促した。

 

 

「何をしているんですか!?止めてくださいよ!」

 

 

 妖夢も楼観剣で別の女性が振り下ろした包丁を受け止めている。どうして里の人々が同じ里の人間を襲ったりするのだろうか。その状況に戸惑いを隠せないが、まずは襲われている人を救わないと。

 

 

「みんな、少し我慢してくれよ!」

 

 

 身体の周りにある空気を固め、身動きを封じた。妖夢も女性が動かなくなったことを確認すると楼観剣を鞘に収めた。

 

 

「どうしたんだろう、みんな」

 

 

「分かりません。何か恨みでもあるのでしょうか…」

 

 

 人間の里に降り立った直後、俺達は我が目を疑った。包丁や鎌、鍬や金槌と言った凶器になりうる道具を持った人々が、同じ里の人々に襲いかかっている。そのあまりにもおぞましくて信じられない光景を見て、俺達は慌て、戸惑いながらも人々を守るために空気を固めて動きを封じてきた。

 

 

「とりあえずは、この辺りの人々の動きは止めたかな」

 

 

「そうですね。それにしても、皆さんどうしたのでしょうか…」

 

 

「分からない。でも、これだけは言えるのかもしれない」

 

 

 幻想郷では時々こういった不可思議な現象が起こる。今回の事件も、おそらくそれと同じであろう。そう、つまり…

 

 

「異変が起こっている」

 

 

「異変…」

 

 

 そう、この不可思議な出来事も、何者かが起こした異変に違いない。じゃなければ、人間がいきなり凶器を持って暴れまわることなんて考えられない。ましてや、目に激しく燃える怨みの炎を灯すなんて。

 

 

「妖夢、悪いけど人間の里で情報を集めて。慧音さんあたりなら何か知っているはずだ」

 

 

「うん、わかった。欧我は?」

 

 

「俺は博麗神社に行く。霊夢さん達に異変解決の依頼をしてくる」

 

 

 これまで数多くの異変を解決へと導いた霊夢さんなら、今回の異変だってあっという間に解決してくれるだろう。一刻も早く里の人々を苦しみから救いたい。

 

 

「じゃあ、行ってくる!」

 

 

 妖夢と頷き合い、空へと飛びあがった。

 

 

 

 

 

「霊夢さーん!」

 

 

 博麗神社の境内に降り立ち、名前を呼んだ。しかし、霊夢さんの姿はどこにも見あたらなかった。

 

 

「おっ、文の旦那じゃないか~!」

 

 

 霊夢さんの姿を捜していると、不意に声が聞こえた。その声のした方に顔を向けると、萃香さんが大きな瓢箪(ひょうたん)を抱えてこちらに向かって歩いてきた。

 

 

「あ、萃香さん!」

 

 

 萃香さんはもう酔っぱらっているのか、かなりご機嫌な様子だ。でも、顔が赤くなったり千鳥足になったりはしていないところを見ると、どうやらまだほろ酔いと言ったところだろうか。若干呂律(ろれつ)が回っていないが。

 

 

「萃香さん、霊夢さんはいますか?」

 

 

「霊夢~?そう言えば、異変がどうこうとか言って飛び出していったよ。方角からして人間の里へ行ったんじゃないかな~?」

 

 

「人間の里へ?」

 

 

 まさか、もうすでに異変に気づいてアクションを起こしているとは。さすが博麗の巫女だ。それにしても、人間の里に向かったならどこかですれ違ったのかな?早く戻らないと。

 

 

「そんなことよりも、一緒に飲まないか?」

 

 

「ええ、異変解決後の宴会の時にね」

 

 

 萃香さんにそう言うと、再び上空に飛び上がった。目指すは人間の里。そこに霊夢さんがいるはずだ。

 

 

 

 

 

 人間の里に近づくと、道を並んで歩く2人組の姿が目に留まった。あの赤いリボンと銀色の髪はもしかして…。

 

 

「妖夢!霊夢さん!」

 

 

 その2人組の名前を呼びながら、2人の前に降り立った。どうやら運よく合流できたみたいだね。

 

 

「欧我、お帰りなさい」

 

 

「どうやら無駄足だったみたいね」

 

 

 そうだね。まさか霊夢さんがここにいたなんて思いもしなかったよ。そんなことよりも。

 

 

「霊夢さん、この異変について教えてください」

 

 

 霊夢さんは少し悩むようなそぶりを見せたが、小さく頷くとこの異変について語りだした。

 

 人々が暴れている理由は、道具に操られているからよ。何らかの原因で道具が意思を持ち、波長が共鳴した人間を乗っ取って暴れまわっているの。その目的は物を乱暴に扱う人間たちへの復讐よ。…何よ、別にふざけてはいないわよ。暴れていた人間数人を取り押さえてちょっと尋問したら教えてくれたわ。

 

 霊夢さんの尋問って一体どんなものなのだろうかという疑問が沸いたが、今はそれどころじゃないし大方イメージできる。それよりも知りたいのは、どうすれば乗っ取られている人々を助けられるのかと言う事だ。

 

 

「この御札を道具に貼り付けるのよ」

 

 

 救う方法を質問したら、霊夢さんは大量の御札を取り出して答えた。

 

 

「この御札を貼れば、道具に宿った意思を封印することができるわ。私の特注よ」

 

 

「なるほど。これをペタッとね…」

 

 

「でも気を付けて。この御札は強力だから、人が道具を持っている状態で貼るとその人の意思も同時に封じ込めてしまう危険性があるわ。だから、必ず人と道具を引き離してから道具に貼るの。いいわね?」

 

 

 そう言うと、霊夢さんは俺と妖夢に御札を分けてくれた。さっそく動きを止めた人々を救いに行こう!

 

 

「霊夢さん、ありがとうございます!行くよ妖夢!」

 

 

「ええ!」

 

 

「あ、ちょっと待ちなさい!」

 

 

 霊夢さんにお辞儀をして飛び立とうとしたが、不意に霊夢さんに呼び止められた。振り返ると、霊夢さんの手には一冊のメモ帳が握られていた。このメモ帳は、もしかして…

 

 

「欧我、貴方にこれを渡すわ。道端に落ちているのを見つけたの」

 

 

「これ、文のメモ帳…」

 

 

 それは、常に文が持ち歩いているメモ帳だった。俺がプレゼントしたもので、取材に行くときは肌身離さず持ち歩いている。でも、そんなものがどうして道端に?

 

 

「これは勘だけど、文はこれを欧我に渡そうとしていたんじゃないかしら」

 

 

 霊夢さんからメモ帳を受け取り、じっと見つめる。もしかして、文に何かあったのだろうか。

 ページを開いて行くと、後の方にこの異変についての記述を見つけた。霊夢さんが教えてくれたこととほぼ同じ内容が書き記されていた。しかし、ページをめくると目に飛び込んできたのは、「犯人像」という文字だ。その下には、犯人の特徴と思われる項目が書かれていた。

 

 

「キャスケット、ピンクの長髪、オレンジ色の服、子ども、大きな手鏡…」

 

 

 そこに書かれている特徴を声に出して読んでみた。さらに、大きな手鏡の所に矢印で「桜柄」という文字が書き加えられている。そして、この異変が起こったのは…

 

 

「4日前!?」

 

 

 4日前と言えば、蔵の扉が破壊された日と一致するじゃないか!これは偶然なのか?それに、蔵の中で見つけた桜柄の蓋…。

 その記述の最後には、走り書きで『山』と記されていた。これって、もしかして…。

 

 

「妖夢、俺は妖怪の山に行く」

 

 

 その文字を見て不吉な予感を感じ取った俺は、そう告げると妖怪の山を目指して飛び上がった。どうか、この予感が外れていてくれよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~白玉楼~

 

 

「今日の夕ご飯は何かしらね」

 

 

 自室でのんびりとしながら、私はそう呟いた。毎日欧我や妖夢の作る美味しいご飯を食べることができて、本当に幸せだ。幸せだからこそ、今日の夕ご飯が非常に楽しみである。

 

 

「ん?」

 

 

 ふと、部屋の片隅に置かれた姿見に目が留まった。その近くには、欧我が蔵の中で見つけた桜柄の蓋が置かれている。

 

 

「桜の模様、鏡…」

 

 

 その直後、脳内を電流が駆け巡った。

 

 

「もしかして…」

 



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第47話 付喪神少女の思い ★

 
いつも明るく、人懐っこい小傘ちゃんにも、
誰にも言えない悲しみを胸の内に秘めていると思うんですよね。

そんな小傘ちゃんの悲しみを表現できたのかは不安ですが、ぜひ読んでください。
 


 

「一体何があったというのかな?」

 

 

 人間の里にあるベンチに腰を下ろし、今まで撮った写真を見直している。数日前から撮ってきた写真には、人間が暴れまわっている様子が映し出されている。どうして人間が人間を襲っているのだろうか。どうしてこんなにも恐ろしい形相をしているのだろうか。私が感じられるのは、激しい怨みを抱いていることくらいだ。私は長い間誰にも拾われず、人間に怨みを抱きながら妖怪となった付喪神。だから、なんとなく分かるような気がする。この異変は、人間に乱暴に扱われた道具たちの反乱だと言う事を。

 復讐なんかして、何の意味があるのだろうか。人を殺め、復讐を果たして何が嬉しいのだろうか。私たち道具には、使ってもらう人間や直してくれる人間が必要だ。もし人間が一人もいなくなれば、私たちは誰にも修復されず、ただ朽ち果てていくだけなのに。

 

 

「はぁ~。さて、取材取材!」

 

 

 暗い気持ちを振り払うために、自分に言い聞かせるように呟いた。私はブン屋の助手であり二代目写真屋。今起こっている異変のすべてを切り取り、永遠に残すことが私の仕事であり義務である。

 一緒に取材をしていた文は、「山のみんなが心配になってきた」と言って里を飛び出して山の方に向かっていった。あれから3時間経つが未だに帰って来ていない。山で何かあったのかな?すごく心配になってきた。私一人で取材なんてできるのだろうか。

 

 

「文がいない分、写真屋として私がしっかりと取材をしないとね!一人でもできるんだと言う事を証明しなくちゃ!」

 

 

 自分で自分を勇気づけ、カメラを握りしめて立ち上がった。

 

 

「小傘ちゃん!」

 

 

 その時、不意に私の名前を呼ぶ声が聞こえた。その声と共に目の前に降りてきたのは、友達で私と同じ付喪神のメディちゃんだ。でも、その隣にいるピンク色の長い髪をした女の子は誰なんだろう。

 

 

「あなたが小傘ちゃんね?」

 

 

 キャスケットをかぶり大きな手鏡を持っている女の子は、水色の瞳で私をじっと見つめている。

 

 

「うん、そうよ。あなたは?」

 

 

「私は鏡美(かがみ)心華(こはな)。あなたと同じ付喪神よ!よろしくね!」

 

 

 と、その女の子、心華ちゃんは笑顔で自己紹介をしてくれた。その笑顔が無邪気で明るかったので、心華ちゃんにお願いして笑顔の写真を撮らせてもらった。でも、この子何処かで。まさか…。

 ポケットからメモ帳を取り出し、パラパラとめくっていく。

 

 

「あっ!」

 

 

 その中の記述を見て、思わずそう声を漏らした。なぜなら、心華ちゃんが異変の犯人の特徴とピタリと一致したからだ。

 

 

「どうしたの?」

 

 

「あ、ううん!何でもないよっ!」

 

 

 慌てて誤魔化そうとしたが、心華ちゃんの目を見て誤魔化せていないと分かり、はぁと小さくため息をついた。

 

 

「この異変を起こしたのって心華ちゃんだよね。どうして異変なんか起こしたの?」

 

 

「えっ、私が異変を起こしたことを知っているの?流石新聞記者の助手だね!」

 

 

 心華ちゃんは反省する様子もなく、嬉々とした表情で自分が異変を起こしたことをあっさりと認めた。どうしてこのような異変を起こしたのだろうか。

 

 

「この異変を起こした理由?もちろん復讐よ!私たち道具に感謝しようともせず、毎日乱暴に使い続けて、壊れたらはいさようなら…。私は数多くの泣いている道具を見てきたわ。だったら、私の持つ能力で復讐をさせてあげたいの!」

 

 

「心華ちゃんの、能力?」

 

 

「うん、『道具に意思を持たせる程度の能力』よ!この鏡に道具を映し、私の意思を感染させて意思を読み込ませるの。そうすれば、道具が意思を持ち、道具と共鳴した人間を乗っ取って暴れることができるの。すごいと思うでしょ?」

 

 

 確かに、心華ちゃんはすごい能力を持っている。異変を起こすことには十分すぎるくらい。でも、この方法は間違っている。はっきりとした理由はわからないけど、こんなことをして許されるはずはない。

 

 

「小傘ちゃんも、私たちと一緒に復讐をしましょう!怨みを晴らすのよ!」

 

 

 メディちゃんも、心華ちゃんの考えに賛同しているようだ。確固たる意志を浮かべ、私に右手を差し出してきた。でも、私はその手を、親友の右手を握り返すことはできなかった。

 

 

「わ、私は…」

 

 

「嫌なの?小傘ちゃんだって長い間誰にも使われず、無視され続けて付喪神になったでしょ。人間に使われることも、気に留められたこともないのに、怨みを抱かない方がおかしいわよ!」

 

 

 心華ちゃんの言葉が胸にグサッと突き刺さった。脳裏に人々から拾われることもなく無視され続けた、つらく悲しい日々が思い起こされる。胸を引き裂かれるような悲しみに襲われ、自然と傘を握る手に力が入る。

 その状態のまま何も言わずに悲しみを堪えていたら、心華ちゃんはため息をついた。

 

 

「もういいわ、付喪神同士仲間だと思っていたのに」

 

 

「さようなら、小傘ちゃん」

 

 

 2人はその言葉を残し、空へと飛び去って行った。残された私は、ただそれを見送ることしかできなかった。

 私は、この傘の色が気味悪いと誰からも相手にされず、無視され続け、雨風に飛ばされているうちに妖怪となった付喪神。心華ちゃんの言ったように、私は人間を憎んでいた。ずっと一人ぼっちで、孤独で、人知れず泣いた事もある。

 

 

「私は…うっ…」

 

 

 体を小刻みに振るわせ、唇を噛みしめる。必死に堪えていたのに、それでも大粒の涙が溢れだした。悲しみを抑えきれず、嗚咽の声が漏れる。その場に崩れ落ち、私は声を上げて泣いた。

 ずっと一人ぼっちで、ひもじくて、孤独に押し潰されそうになった日もある。でも、今は一人ぼっちなんかじゃない。命蓮寺のみんながいる。そして欧我もいる。私に優しく接してくれるみんなの心が、私から怨みや悲しみ、孤独を取り払ってくれた。

 

 

『わかりました。特別に助手として同行を許可します』

 

 

 あの時、もし私が欧我と出会っていなかったら、今の私はどうなっていたのだろうか。あの時私を助手にしてくれたことは、これ以上無いくらい嬉しかった。長い間誰からも拾われなかったのに、欧我は私を拾ってくれた。まるで自分の子どものようにいつもそばにいて、気遣ってくれた。そして色んな所に連れて行ってくれたことで、視野が広がり、たくさんの友達ができた。欧我と出会ったおかげで、私の運命はがらりと変わった。

 

 

「そうだ…」

 

 

 心華ちゃんも、きっと私と同じように悲しみを抱いているはずだ。だったら、私がその悲しみを癒やす存在になろう!私にとっての欧我のように。同じ付喪神として、同じ悲しみを抱く者として。そうすれば、もう二度とこんな異変を起こさなくて済む。

 

 

「心華ちゃんは、私が止める!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~妖怪の山~

 

 

 ガキン!

 

 空気を固めて作りだした日本刀で白狼天狗が振り下ろした剣を受け止める。妖怪の山に辿り着いた瞬間、目の前の光景が信じられなかった。人間の里で起こっているようなことが、白狼天狗の間でも起こっていた。どうしてここでも起こっているのだろうか。そんな疑問は後回しだ。

 

 

「楓さん、ごめん!」

 

 

 楓さんの剣を弾き、がら空きとなった手首に日本刀を叩き込んだ。もちろん峰打ちであり骨折しないように力を弱めたが、打たれた衝撃で手の力が弱まる。その隙をついて楓さんから剣をもぎ取ると、剣に霊夢さんからもらった御札を貼り付けた。その直後、楓さんは力が抜けるように地面に崩れ落ちた。意識を失っているだけだが、このままにしていては危険だ。

 

 

「蘭さん!守矢神社へお願いします!」

 

 

 そばにいた白狼天狗の蘭さんに声をかけると、蘭さんは頷いて楓さんを肩に担ぎ、飛び上がった。今回の異変でも、神奈子さんが避難場所として守矢神社を開放してくれたらしい。あそこなら大丈夫だろう。

 それを見送ると、そばで戦っている椛さんの所に向かった。椛さんは苦戦しているようだ。そりゃあ、相手が仲間である白狼天狗だから無理もないし、戸惑いや躊躇いもあるのだろう。

 

 

「それ!」

 

 

 白狼天狗の周りの空気を固めて動きを封じ込める。椛さんは剣を奪い取ると俺が渡した札を張り付けた。

 

 

「椛さん、お疲れ様」

 

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 椛さんは今までずっと戦っていたみたいで、かなり疲労が蓄積されている。椛さんの話では、白狼天狗の仲間が急に暴れ出したのは昨日の午後。原因は全く分からなかったが、山から飛び去る不審な人影を椛さんの千里眼は見逃さなかった。後を追いかけようとしたが仲間が暴れ出したせいで見逃してしまったらしい。その人物の特徴が文の手帳に書かれていた犯人像と一致したことを考えると、どうやら犯人はこの妖怪の山でも異変を起こしていたことになる。

 

 

「人間の里でも同じことが起こっていたんですね」

 

 

「うん、そうなんだ」

 

 

 俺は椛さんに人間の里で起こった異変、そして霊夢さんから教わった解決方法を説明した。

 

 

「暴れている人々を止めるにはこの…」

 

 

 懐から御札を取り出し、椛さんに渡そうとした瞬間、不吉な空気の流れを感じた。

 

 

「危ない!」

 

 

 咄嗟に椛さんを突き飛ばし、後方へと飛び退いた。その目と鼻の先をかすめるように飛んできたのは、風で作り出した鋭い刃だった。刃はさっきまで俺達が立っていた所に大きな裂け目を作り出している。

 

 

「この攻撃は、もしかして…」

 

 

 いや、間違いない!この攻撃は…!

 

 

「あやや、まさかこの攻撃が避けられてしまうとは」

 

 

 その声と共に、2人の前に何者かが姿を現した。

 俺の嫌な予感が、的中してしまった。

 

 

「文!」

 

 

 そう、俺達に攻撃を仕掛けてきたのは、まぎれもなく俺の最愛の妻である射命丸文だった。

 

 

「文さん!どうして!?」

 

 

 椛さんは文が攻撃を仕掛けてきたことで動揺を隠しきれていない。俺も信じられなかったが、文から感じ取れるオーラや、あの狂喜をはらんだ表情、そして瞳の中に燃える復讐の炎…。間違いない。

 

 

「椛さん、落ち着いて。文は今、意思を持った葉団扇に乗っ取られている」

 

 

「そんな!?」

 

 

 

 だったら、文から葉団扇を引き離して御札を貼れば文を救い出すことができる。今この場でそれができるのは、俺しかいない。

 

 

「ふふっ、私を止めるつもりか?無理ですよ、私が乗っ取っているのはお前の最愛の人だ。お前に文を倒せまい!」

 

 

 上空で相対した俺に向かって文は、いや葉団扇は勝ち誇ったような声でそう言った。それを聞き、俺は思わず笑みを漏らした。

 

 

「何がおかしい!」

 

 

「倒す?バーカ、救うんだよ。相手が誰であろうと、俺は絶対に最愛の人を守りぬく。文、待ってろ!今すぐ助けてやるからな!」

 




 
~オリキャラ紹介!~


この異変を起こした張本人である心華ちゃんの紹介をします。

名前:鏡美(かがみ)心華(こはな)
種族:付喪神(手鏡)
能力:道具に意思を持たせる程度の能力
身長:小傘ちゃんより一回り小さい

 腰まである淡いピンク色の長い髪で、瞳の色は水色。頭に真っ白のキャスケットをかぶり、オレンジ色の服に縞々のオーバーニーソックスとブーツを身に着けている。道具の気持ちを感じ取る不思議な能力を持っている。
 身長と同じぐらいの手鏡を持っており、それに物を映して自分の意思を読み込ませることによって道具に意思を持たせることができる。意思を持った道具は波長が共鳴した人間を乗っ取り、日ごろの怨みを晴らすべく暴れまわる。
性格は明るく子どもっぽいが、短気な面もあったり急に泣き出したりと、感情豊か。

絵はこちらですね。
色塗りを失敗しちゃいましたが。

【挿絵表示】


さあ、次のページでは、欧我と文の戦いが始まります。
欧我は無事に、葉団扇に乗っ取られた文を救うことができるのでしょうか。
 


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第48話 愛する妻のために ~欧我の決意~

 
今まで更新ができず申し訳ありませんでした!
なかなかシーンが思い浮かばず、四苦八苦十二苦してましたw

でも、なんとか書ききったので載せます!

それではどうぞ!


 

 空中でじっと文と対峙する。お互いに何も言わず、ピクリとも動かない。俺と文は長い時間を共に過ごしてきたし、共闘したこともあり、お互いの技や癖を熟知している。だから迂闊に手が出せないのだ。まずは文の様子や視線などから次の一手をイメージして、文が放った弾幕を打ち消すように竜巻状の弾幕を放つ。そうして隙をついて葉団扇を引き離せば、文を助け出すことができる。

 

 

「っ!?ここだ!」

 

 

 文のほんの少しの動きを読み取り、イメージよって導き出されたタイミングで弾幕を展開した。これで…

 

 

「はずれだ、愚か者め!」

 

 

「なっ!?」

 

 

 そんな、イマジネーションが外れた!?文の動きをイメージして、タイミングもバッチリなはずなのに、文は弾幕を放ってはいなかった。文は虚しく空回りする竜巻に狙いを定め、風の刃を放った。それは俺の作りだした竜巻を取り込み、より大きな刃となって襲いかかってきた。慌てて身を翻したものの、反応が遅れてしまい体中を切り裂かれた。

 

 

「くそっ…」

 

 

 体中を鋭い痛みが襲い、切り口から赤黒い血液が滲み出す。呼吸を整えながらじっと文を見据えているが、俺の頭は驚きと痛みで混乱していた。

 

 

「欧我さん!」

 

 

 不意に自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、俺と文の間に椛さんが割り込んだ。

 

 

「椛さん、どうして?」

 

 

「どうしたもこうしたもないですよ。今の欧我さんでは分が悪すぎます。ここは二人で文さんを止めましょう!」

 

 

 椛さんはそう言って剣を引き抜き、剣先を文に向けた。

 俺では分が悪すぎる…。確かにそうかもな。俺の放つ空気の弾幕じゃあ文の風に対抗できない。風は空気の流れ。空気が多くなれば、それだけ風は大きく、強力になる。それに、覚悟を決めたはずなのに、身体がそれを受け入れられない。大好きな文に攻撃を加えるなんて、そんなのは無理だ。

 

 でも……

 

 

「いや、俺は大丈夫。俺一人で」

 

 

「でも!」

 

 

「下がっててくれ!!」

 

 

 思わず声を荒げてしまった。

 どんなに分が悪くても、どんなに勝利の道筋がイメージできなくても、絶対に逃げちゃいけないんだ。一人の夫として、一人の男として、愛するものを守るために戦うだけだ。

 

 

「ごめん。気持ちは嬉しいけど、文は俺が止める。俺たちの夫婦喧嘩に、割って入ってきてほしくないんだよ」

 

 

 怒鳴り声に驚き、椛さんは怯えるような眼で俺を見ていたので、努めて穏やかに椛さんに語りかけた。確かに二人で戦えば文を止めることができるのかもしれない。でも、これは俺の戦いなんだ。それに、きっと文もそれを望んでいるんじゃないかって言う気がしてならない。

 椛さんは俺の言葉を聞くと、うんと頷いてくれた。

 

 

「わかりました。欧我さん、絶対に死なないでください!」

 

 

「俺は既に死んでいるよ」

 

 

 椛さんに笑顔で笑いかけ、視線を文に戻す。

 

 

「いいの?二人で来れば勝率も上がるのに」

 

 

「いいんだ、これで。おい葉団扇。文は返してもらうぞ!」

 

 

 文を、いや葉団扇を見据え、そう言い切った。しかし、葉団扇は不敵な笑みを浮かべると予想外の事を口にした。

 

 

「できるかな?対抗できる手段を持っていない癖に。そんなお前にいいことを教えてやろう。道具がただ人間を乗っ取って操っているだけだと思っていたら大間違いだ」

 

 

「えっ!?」

 

 

「乗っ取っている間、道具は人間の持つ生命エネルギーを吸収していく。そしてエネルギーを残らず吸い尽くされた人間に待つのは…死だけだ」

 

 

「そんな!?」

 

 

 文が…死んでしまう!?エネルギーを吸い尽くされれば、誰だって死を迎える。それが人間だろうが妖怪だろうが…。文はいったいどれくらいの時間を乗っ取られているのかは分からないが、吸い尽くされる前に一刻も早く救わないと!文だって戦っているんだ。もう遠慮なんてしていられるか!こうなったらもうイマジネーションなんか捨てて体の動きに、感情の赴くままに身を任せよう。

 空気の弾幕は葉団扇の攻撃を強化するだけ。だからもう空気は使えないな。こうなったら…。

 もう一つの能力「姿を見えなくする程度の能力」を発動し葉団扇の視界から消える。

 

 

「なるほど、姿を消したか。だが、風の動きまでは消せまい!」

 

 

 葉団扇はそう言うと風の流れを読み風の刃を発生させる。しかし刃が切り裂いたのは、空気で作り上げた偽物だ。本物は…

 

 

「こっちだ!」

 

 

 文の背後に移動し、回転によって生み出した遠心力を纏った拳を突きだした。

 

 

『欧我』

 

 

「っ!?」

 

 

 不意に響いた文の声に戸惑い、拳は文の顔の直前で止まった。脳裏に浮かんでくる文と過ごした楽しい時間。そして大好きな笑顔。決意を固めたにもかかわらず、心が、身体がそれを拒む。

 やっぱり、俺には文を殴ることなんてできない…

 

 

「隙があり過ぎるぞ!」

 

 

 葉団扇は動きが止まった隙を逃すことなく、お腹に一本歯の下駄による蹴りを叩き込んだ。

 

 

「がはあっ!!」

 

 

 腹部に叩き込まれた強烈な痛みは刺激となって体中を駆け巡る。胃の中の物が逆流するのを感じ、肺から空気が押し出される。衝撃に襲われた脳はパニックを引き起こし、視界が霞んできた。

 

 

「まだまだ!」

 

 

 葉団扇が放った声も、ジンジンと唸りを上げる耳に届かなかった。

 さらに葉団扇を仰ぎ、強力な突風を繰り出した。その風は慌てて空気を固めて作りだした強固な壁をいとも簡単に掻き消し、強大な弾幕となって襲いかかった。

 

 

「がぁっ!!」

 

 

 弾幕によって吹き飛ばされ、俺の体は激しく地面に叩きつけられた。体中が痛み、思うように動かせない。視界が霞み、意識も遠のいてきた。もう、俺はこれで…

 

 

「やはり、人を痛めつける快感は素晴らしい!それが愛する者であると尚更な。なあ、文よ」

 

 

 葉団扇のSっ気溢れる一言も、欧我には届いていなかった。必死に意識を保ち、立ち上がろうと抗っているが、身体中を襲う痛みがそれを阻む。

 

 

「止めだ!」

 

 

 そんな俺を目がけ、上空から葉団扇が急降下し、拳を突きだした。

 

 

(ああ、もう終わりなんだな…)

 

 

 もう抗うことを止め、目を閉じた。文にやられるなら、もう、これでいいや…

 空気の流れから、葉団扇は猛スピードで迫ってくることが分かった。二人の間の距離は狭まり、そして…

 

 

『欧我!!』

 

 

 不意に響いた文の声に驚き、はっと目を見開いた。葉団扇の拳はすぐ目の前で止まっていた。

 

 

『欧我、ありがとう』

 

 

 文の声が聞こえる。耳にじゃなく、直接脳に響いてくる感じだ。それってつまり…

 

 

『私は大丈夫よ』

 

 

「くそっ、文め!まだ対抗する力が残っていたとは!」

 

 

 文はまだ死んではいない!俺を守るために、葉団扇に抗って動きを止めてくれたんだ。こんなところで諦めてちゃいけないんだ。

 

 

『欧我、相手が私だからって遠慮はしないで。愛しているわ』

 

 

「俺も愛しているよ、文」

 

 

 ふっと文が笑顔を見せたような気がした。

 文の笑顔が、言葉が、心が温かい力となって身体中に満ちてきた。もうこうなったら遠慮はいらない。後は文を信じよう。

 

 

「準ラストワード、発動」

 

 

 俺と葉団扇を取り囲む空気に意識を集中させる。

 

 

「真空『生命(いのち)の途絶えた世界』」

 

 

 そして、スペルカード発動と共に周りの空気をすべて抜いて真空状態を作り出した。空気が無ければ、風も起こせない。そして、呼吸ができなくなる。葉団扇は空気を求めるように口をパクパクと動かしている。

 

 

(今だ!)

 

 

 腕の力が抜けた瞬間を見計らい、文の手から葉団扇を引き離す。そして力なく崩れ落ちた文の体を支えながら口を重ね合わせた。隙間ができないように唇を密着させ、俺の体内で作り出した新鮮な酸素を文の肺に送る。それと同時にスペルカードを解除させて無事に文を救い出した。

 

 

「欧我…」

 

 

「文!大丈夫?」

 

 

「うん…それと、ごめんね…私のせいで…」

 

 

「いいよ。妻を守るためなら、これくらいの傷は平気さ!」

 

 

 そう言って文にニッと笑いかけた。文も笑顔を浮かべると、そっと眠るように目を閉じた。呼吸の感じから疲れ切って眠ってしまったようだ。文は乗っ取られながらも葉団扇と戦い続けててくれていたんだね。お疲れ様。さあ、後は御札を貼りつけるだけ…

 

 

「まだだ、まだ!」

 

 

「えっ!?」

 

 

 葉団扇が空中に浮かんでいる。それにこの声…。まさか!

 

 

「まだだ!奪い取ったエネルギーは残っている。これを使えば…」

 

 

 その声と共に、葉団扇から妙なオーラが溢れだした。そのオーラはグニャグニャと形を変え、文と同じ姿になった。まさか、意思を持った道具にこんな能力があったなんて!それに、俺も文も、もう戦える力は残っていない。

 

 

「これで終わりだ!」

 

 

 葉団扇は唸りながら巨大な風の刃を繰り出した。それはまっすぐ俺達を斬り裂かんと猛スピードで突き進んでくる。俺には、この刃を受け止めるだけの力は残っていない。でも文を守らないと。

 風の刃に背を向け、文をかばうようにしっかりと抱きしめた。そして覚悟を決め、目を閉じた。その直後…

 

 

「そうはさせないよ!神具『洩矢の鉄の輪』!!」

 

 

 聞き覚えのある声が聞こえたのと同時にスペルカードが発動され、風の刃を相殺した。この攻撃は、もしかして…

 

 

「最後まで妻を守ろうとしたその心意気、天晴れじゃない」

 

 

「諏訪子ちゃん!それに神奈子さんも!どうして!?」

 

 

 俺達を風の刃から守ってくれたのは、諏訪子ちゃんと神奈子さんだった。でも、そうしてここに二人が来たのだろうか。その答えは、そばにいた椛さんで分かった。そっか、椛さんが呼んでくれたんだね。おかげで助かったよ。

 

 

「まさか、欧我が文と戦っているとは思わなかったね!かなりやられているけど大丈夫?」

 

 

「うん、何とか。助かりました。ありがとうございます!」

 

 

「いいのよ、お礼なんて。それに、貴方達は私の前で永遠の愛を誓い合った夫婦じゃない。私たち神に永遠の愛を誓った以上、私たち神は夫婦の幸せを奪うような如何なる敵からも守り抜く。それが神様ってもんだろ!」

 

 

「神奈子さん…」

 

 

「そうそう!ここは私たちに任せて、欧我は早く文を安全なところに!」

 

 

「諏訪子ちゃん…。ありがとう!」

 

 

 神奈子さんと諏訪子ちゃんに深々とお辞儀をし、文を抱きかかえて空中に飛び上がった。目指すは白玉楼。文、お疲れ様。もう少しだからな!

 



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第49話 小傘の思い、小傘の願い

 

「はぁ…」

 

 

 白玉楼の縁側に座り、壁に身体を預けてもたれ掛った。口を突いて出てくるのは乾いたため息ばかり。私は人間の里で鉢合わせた妖夢さんと一緒に白玉楼に戻っていた。妖夢さんの話では、一緒に買い物に出ていた欧我とは途中で別れたらしい。なんでも、霊夢さんから文のメモ帳を受け取った後、山が心配だからと言って飛び去ったらしい。まあ、山には文がいるし、椛さんやにとりさんもいる。欧我も大丈夫だよね!異変に巻き込まれてなんかいないよね!そう自分に言い聞かせても、ため息は収まらなかった。自分自身を納得させても、胸の中にあるこのモヤモヤと淀む霧を拭い去ることができない。

 

 

「心華ちゃん…」

 

 

 心華ちゃんの笑顔を写した写真を取り出し、じっと見つめた。この異変を引き起こした、付喪神の女の子。この輝く笑顔の奥には、道具を粗末に扱う人間への怒りと憎しみ、そして悲しみが秘められているのだろう。彼女の言った言葉にも、怒りと悲しみが感じ取れた。

 

 

『嫌なの?小傘ちゃんだって長い年月誰にも使われず、無視され続けて付喪神になったでしょ。人間に使われることも、気に留められたこともないのに、怨みを抱かない方がおかしいわよ!』

 

 

 確かに、私は心華ちゃんの言った通り人間に使われることも、気に留められたことも無い。それなのに…

 

 

「私って、おかしいのかな…」

 

 

「何がおかしいのですか?」

 

 

「ひゃい!?」

 

 

 不意に聞こえた声に驚いて飛び上がった。慌てて振り返ると、妖夢さんがやさしい笑顔を浮かべていた。妖夢さんに心華ちゃんの写真を見られないように、慌ててポケットに仕舞った。

 

 

「もう、私を驚かさないでよー!」

 

 

「ごめんなさい。でも、何かを思い悩んでいるようでしたので、少し気になって」

 

 

 そっか、妖夢さんは私を心配してくれていたんだ。こんなことで思い悩まずに、もっとしっかりとしないとね。

 

 

「ありがとう。でも、私は大丈夫よ」

 

 

 心配させては申し訳ないと、努めて笑顔でそう答えた。すると妖夢さんも笑顔になってうんと頷いた。どうやらうまく誤魔化せたみたいだ。

 

 

「そうですか。今から幽々子様のおやつを作るのですが、よかったら小傘さんも一緒に食べませんか?」

 

 

「本当に?ありがとう!私も何か手伝います!」

 

 

 確かに、今くよくよ悩んでいても仕方がない。まずは気持ちを切り替えよう。カメラを首にかけ、縁側から立ち上がった。そして妖夢さんの後について台所へ向かおうとしたが、こちらに向かって空を飛んでくる何かを視界に捉えた。

 

 

「妖夢さん、あれは?」

 

 

「ん?なんですか?」

 

 

 私が指さした方を見て、妖夢さんは目を細めた。

 その物体が近づくにつれ、私は驚きで目を見開いた。なぜなら、こちらに向かってきたのは…

 

 

「欧我!文!」

 

 

 ぐったりとした文を横抱きに抱え、ふらふらしながらも欧我は白玉楼を目指して飛んでくる。欧我の服は所々が破け、赤黒い物がついている。そして、誰かと戦ったからなのか、かなりの重傷を負っている。

 

 

「欧我!」

 

 

 慌てて上空に飛び上がり、欧我から文を受け取った。特に外傷は見られなかったものの、ひどく疲れ切っているのかぐっすりと眠っていた。欧我から文を受け取った途端、欧我はほっとしたような笑顔を浮かべると力尽きて真っ逆さまに落ちていった。

 浮かぶ力を失った欧我の体は妖夢さんが受け止めてくれた。しかし、その直後傷口から一斉に真っ赤な血が噴き出した。

 

 

「あわわ!欧我!?どうしたの!?」

 

 

「と、とにかく手当てをしましょう!」

 

 

 気を失った欧我と文を白玉楼の一室に運び、無我夢中で欧我の傷の手当てを行った。

 

 

 

 

 

 白玉楼の一室に座り、じっと欧我と文を見つめる。2人ともぐっすりと眠っていて、すやすやと寝息を立てている。一体2人に何があったのだろうか。どうして文はぐったりとしていたのだろうか、どうして欧我はこんなにも傷だらけなのだろうか。必死に考えても、その答えは見つからなかった。もしかして、2人とも異変に…?

 水に浸したタオルを絞り、欧我と文の額に浮かんだ汗を優しく拭き取っていく。この2人のおかげで、私は一人ぼっちでいる寂しさから救われた。欧我は私を助手として受け入れ、文はいきなり現れた私を家に住まわせてくれた。この2人との生活は、いつも優しさと温もり、笑顔と幸せに満ち溢れていた。今まで一人ぼっちだった私に“家族”というとっても大きな宝物をくれた。欧我と文は、私にとってかけがえの無い大切な人なんだ。

 

 だから、心華ちゃんにも…

 

 

「欧我、文。いつも本当にありがとう」

 

 

 面と向かってじゃあ恥ずかしくて言えなかった言葉を、そっと2人に贈る。2人とも大好きだよ。

 

 

 

コツッ!

 

 

「いたっ!?」

 

 

 突然頭に何かがぶつかり、両手で痛む頭を押さえてうずくまった。もう、不意打ちをするなんてひどいじゃない!一体誰の仕業なのよ!

 

 

「ん…?」

 

 

 洗面器のそばに転がっている物体に目が留まった。それを拾い上げてみると、小さな紙切れが挟まった小石だった。その小石に挟まっている紙を取り、折りたたまれた個所を広げていく。

 

 

「これって…」

 

 

 その紙には文字が書かれていた。手紙?誰に宛てた物なのかは書かれていなかったが、文面からして私に宛てられたものに間違いない。そこには、こう記されていた。

 

『もう一度話がしたい。白玉楼の階段下で待つ。心華」

 

 これ、心華ちゃんから…。その小さな手紙を握りしめ、立ち上がった。今度こそ心華ちゃんと話し合って異変を静めてもらうんだから。見ててね、欧我、文。私、頑張るよ!

 

 

 

 

 

白玉楼の門を出て、白玉楼の長い階段を下りていく。そして一番下に着くと、辺りをきょろきょろと見回した。

 

 

「心華ちゃん?」

 

 

「こっちよ、小傘ちゃん」

 

 

 声の聞こえた方を見ると、そばの桜の木の陰から顔を出して心華ちゃんが手招きをしている。私は心華ちゃんのもとに駆け寄った。

 

 

「小傘ちゃん、来てくれてありがとね。あなたをここに呼んだのは、もう一度話をしたかったからなの」

 

 

 誰にも聞こえないように、小声で私をここに呼んだ目的を説明してくれた心華ちゃん。それは手紙にも書かれていたから分かるんだけど、話って一体何なのだろうか。

 

 

「ねえ、もう一度お願いする。私たちに協力して!」

 

 

「心華ちゃん…。復讐なんてもう止めようよ」

 

 

 予想通り心華ちゃんの目的は異変への協力をお願いするものだったので、私は首を左右に振ると宥めるように優しく言った。

 

 

「どうして?あなたに私の気持ちは分かるの?」

 

 

「私に貴女のすべては分からないわ。でも、同じ付喪神として悲しみは分かるよ。それに、復讐なんかしても何の意味が無いことも」

 

 

「意味がない?じゃあこの悲しみは?憎しみはどうやって無くしたらいいの?」

 

 

 今の言葉で、心華ちゃんの目的が分かったような気がする。人間たちを乗っ取って暴れさせたのは、心華ちゃんの中にある悲しみや憎しみを発散させるためなんだ。

 

 

「復讐じゃない、別の方法でも無くせるの。それは人と関わる事よ」

 

 

「人と関わる?」

 

 

 私の言葉を聞き、心華ちゃんは信じられないという顔をした。

 

 

「道具を大切に扱わない人間と関わって憎しみが癒されると思っているの?逆に増していくだけよ!」

 

 

「違う。人間がみんなそうだと決まっている訳じゃないわ。人間の中にも、道具を大切に使っている人だっているわ。私も、そう言った人間と関わったことで、悲しみを、そして憎しみを拭い去ることができたの」

 

 

「その人って誰よ。名前は?」

 

 

「名前は、葉月欧我よ」

 

 

 脳裏に浮かぶ欧我の笑顔。欧我が私の悲しみを取り去ってくれた。だから、心華ちゃんにも…

 

 

「葉月欧我?」

 

 

「そうよ。一人ぼっちだった私を悲しみから救ってくれた掛け替えの無い大切な家族なの。欧我はいつも私に優しく笑いかけてくれる。だからなのかな?私、欧我の前にいるともっと甘えたくて、ついつい子供みたいな喋り方になっちゃうのよ」

 

 

 欧我に甘えたいあまり、時に自分でも驚くぐらい幼い子供のような言動をしてしまうことがある。それでも、欧我はいつも笑いながらそれを受け入れてくれた。その優しさのおかげで、私の心には常に幸せが溢れ返るくらい湧き上がってくる。欧我は私にとって、心を開くことができるただ一人の人間なのだ。今は幽霊だけど…。

 

 

「だから、心華ちゃんも欧我に会ってみて。彼は絶対に受け入れてくれるはずよ。だから私を、欧我を信じて」

 

 

 心華ちゃんに異変を、復讐を止めてもらうように懇願した。心華ちゃんは目を閉じて考えているようだったが、小さく息を吐くと首を横に振った。

 

 

「小傘ちゃんの言う欧我って人に会ってみたいけど、復讐のために起こした異変は止めるつもりは無いわ。それに、人間の里で起こした異変は私の能力を試しただけ。真に復讐したい相手は他にいるの。そいつに復讐をするまでは、異変を止めることなんてできない!」

 

 

「真に、復讐したい人…?」

 

 

 心華ちゃんの口から語られる異変を起こした本当の目的、そして真に復讐したい相手。それは、私の耳を疑う内容だった。

 



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第50話 真の目的、真の標的

 
始めに言っておきます。
長いですw

そして、この話で心華ちゃんの真の目的、そして正体がわかります。

お楽しみに!
…伝わればいいなぁ。


 

「はぁ…」

 

 

 白玉楼の縁側に腰を掛け、じっと中庭を見つめる。あのあと心華ちゃんと別れ、白玉楼に戻ってきた。幸い誰にも気づかれなかったので、ほっと胸を撫で下ろした。心華ちゃんの事や、この後起こる戦いについては、誰にも知られない方が良いだろう。特に、ここ白玉楼の人物には…。

 数時間たっているのに、欧我と文はいまだに眠り続けている。戦いで受けた傷やダメージが酷かったから当分目が覚めないだろうという妖夢さんの見解だが、早く目覚めてほしい。速く目が覚めて、また家族三人で幸せな日々に戻りたい。そう願っても、まだ異変は解決していない。異変が収束しない限り、前のような生活に戻ることはできないだろう。

 

 

「心華ちゃん…」

 

 

 心華ちゃんは、私の考えていた以上に深い悲しみと憎しみを抱いていた。それを復讐という形で仕返しをしようと立てた計画。もう一度、心華ちゃんから聞かされたことを思い返してみよう。

 

 

 

「小傘ちゃんの言う欧我って人に会ってみたいけど、復讐のために起こした異変は止めるつもりは無いわ。それに、人間の里で起こした異変は私の能力を試しただけ。真に復讐したい相手は、他にいるの。そいつに復讐をするまでは、異変を止めることなんてできない!」

 

 

「真に、復讐したい人…?」

 

 

 心華ちゃんの口から飛び出した予想外の言葉。心華ちゃんが起こした異変の目的って人間たちへの復讐だけじゃないの?道具を粗末に使う人間たち以上に恨みを抱く人物って一体誰なのだろうか。

 

 

「うん。それは…」

 

 

 ごくん、という唾を飲み込む音がいつもより大きく聞こえる。ピンと張りつめた静寂の中、心華ちゃんは予想外の人物の名前を挙げた。

 

 

「西行寺幽々子よ」

 

 

「幽々子さん!?」

 

 

 心華ちゃんが挙げた人物の名前を聞き、私は自分の耳を疑った。どうして!?心華ちゃんが幽々子さんに対してなんで怨みや憎しみを抱いているの?

 目を見開いて、信じられないという表情で心華ちゃんをじっと見つめていると、心華ちゃんはその理由を語ってくれた。

 

 

「私は手鏡の付喪神。長い時間を埃にまみれた狭い箱の中で過ごし、誰からも忘れ去られ、そして気づいたら付喪神になっていたの」

 

 

 私だってそうだ。私も長い間誰からも拾われることなく、雨風に飛ばされて付喪神へと変化した。だから、その悲しみは私にも痛いほど分かる。でも、心華ちゃんは暗く狭い場所でずっと一人ぼっちだったんだ。

 

 

「付喪神になる前、手鏡だったころの持ち主が西行寺幽々子。幽々子は私を大切に使ってくれていたの。いつも綺麗にしてくれて、本当に嬉しかった。だから私もいつかは幽々子に恩返しをしようと思っていたわ。けれど…」

 

 

 そう話すと、心華ちゃんの目に涙が滲み始めた。

 

 

「ある日を境に、幽々子は私を使ってはくれなくなった。暗い箱の中に閉じ込められた。でも、何時かはまた使ってくれるだろうと、淡い希望を抱きながら幽々子が蓋を開けてくれる日を待ち続けたの」

 

 

「でも、蓋が開かれることはなかった…」

 

 

 私の呟いた言葉に、心華ちゃんは頷いた。目に滲んだ涙は溢れ、頬を伝って地面に流れ落ちている。

 

 

「私はずっと待ち続けた。また幽々子の美しい笑顔を写しだすことができる日を。でも、その日は訪れなかった。私の希望は粉々に打ち砕かれ、そしてぽっかりと空いた心の隙間に悲しみと憎しみがどんどん溢れて行った。だから、この悲しみを幽々子に復讐をするのよ!」

 

 

 袖で涙をぬぐい、決意を宿した目でそう言い放った。今まで自分を暗く狭い箱の中に閉じ込めてきた幽々子さんへの復讐。それを達成させるために、心華ちゃんはこんな異変を起こしたんだ。でも、いくら復讐しようと(いえど)も幽々子さんは幻想郷屈指の実力者。道具を操れるからと言って、簡単に復讐できるほどの相手ではない。逆に返り討ちにされることは目に見えている。ましてや、私よりも小さな心華ちゃんが敵うなんて。

 

 

「ダメよ、心華ちゃん。幽々子さんはあなたの思っている以上の実力を持っているのよ。単身で乗り込んでいったって敵わないわ」

 

 

「それは分かってる。だから数で攻めるのよ」

 

 

「数?」

 

 

 すると、今度は悪だくみをしているような表情に変わり、不敵な笑みを浮かべる。涙はもう流れていないようだ。心華ちゃんの表情の変化は(いちじる)しい。

 

 

「私の能力はただ道具に意思を持たせて人間を乗っ取るだけじゃないの。人間からエネルギーを吸い取った後、道具は自分の力で飛び回り、私の命令ひとつで自由に操ることができる。人間の里や妖怪の山で起こした異変は私と共に戦ってくれる道具(なかま)を生み出すためだったのよ」

 

 

 今回の異変の真の目的を聞き、耳を疑うと同意に妙に納得をした。暴れまわっている道具が凶器になりうる物ばかりだったのは、自分の武器として操るためだったんだ。鍬だったり、包丁だったり、白狼天狗の刀だったり…。

 

 

「ほとんどは紅白の巫女に封印されちゃったけど、道具(なかま)はいくらでも増やせる。準備ができ次第復讐を開始するから、小傘ちゃんは今すぐ白玉楼から離れて。同じ付喪神を傷つけたくない」

 

 

 心華ちゃんはそう言うと、「絶対よ」と念を押して空へと飛びあがっていった。

 

 

 

 結局、私は異変の真の目的と心の奥に秘められた悲しみに押され、心華ちゃんを止めることはできなかった。あんなに意気込んで行ったのに、私は…。こんな時、欧我ならどうするのだろうか。欧我なら、誰も思いつかないような方法で心華ちゃんを救ってくれるだろう。でも、欧我はまだ目覚めていない。心華ちゃんの準備がいつ完了するかも分からない。そんな状況で、私は一体どうすればいいの?欧我、文、助けて…。

 流れ落ちた涙をぬぐい、空を見上げる。日は傾き始め、空はオレンジ色に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 ん…あれ……?

 ここは…どこだ?

 

 ゆっくりと目を覚ますと、真っ先に目に飛び込んできたのは見覚えのある天井だった。閉じられた障子の外からはオレンジ色の優しい光が差し込み、部屋の中を鮮やかに燃え上がらせる。部屋に置かれた家具や匂いからして、ここは自分の部屋だ。どうやら無事に白玉楼に辿り着けたみたいだ。

 

 

「ん……すぅ…すぅ……」

 

 

 首を左に向けると、文が隣に敷かれた布団に包まれて安らかな寝顔を浮かべている。未だに目を覚まさないが、ダメージは回復してきているようだ。あの時のような苦痛にゆがんだ、疲れ切った寝顔じゃない。無事に文を救い出すことができて本当に良かった。愛する妻を守れないようじゃあ夫失格だもんね。

 

 

「んっ…いてて…」

 

 

 上体を起こそうとお腹に力を入れると、腹部にズキッとした痛みが走る。布団をめくってみると、俺の身体のほとんどが真っ白な包帯で包まれ、ところどころ赤黒い血が滲んでいる。顔にも絆創膏が数枚貼られ、葉団扇との戦いで受けた傷が相当の物だった事が窺い知れる。それに、障子のすぐ下の畳にも赤黒いしみができていた。空を飛んでいるときに出血を抑えるために空気を固めて止血を行ったけど、どうやら意識を失った時に能力が解除されてしまったみたいだ。

 でも、こうやって文を無事に取り戻すことができたから良かった。

 

 

「文、これからも守っていくからね」

 

 

 腕を伸ばし、愛おしい文の頭を優しくよしよしと撫でる。そっと唇を近づけ、柔らかい頬にキスをした。あれ、気の精かな?文がちょっと笑顔になったような気がしたけど…。

 痛みを堪えながら上体を起こし、空中に浮かび上がる。常に空中に浮かんでいるから、痛みも軽減されるかな?日の光からしてもう夕方だろう。幽々子様の夕食を準備しないと…。枕元に畳まれていた新しいシャツに袖を通し、障子の引手に手をかけて障子を開けた。

 

 

「ん?」

 

 

「あっ…」

 

 

 縁側に出ると、すぐ近くに座り、小傘が涙に濡れた目で俺の顔を見上げていた。俺が無事に目を覚ました事が分かった途端、涙は洪水を起こし、口から嗚咽の声が漏れる。

 

 

「欧我ぁぁ!よかったぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 そして、安堵と喜びが混じったような表情で俺の胸に飛び込んできた。小傘もずっと俺たちのことを心配してくれたようだ。感謝の気持ちを込め、小傘の体をしっかりと抱きしめた。

 

 

「小傘、ありがとう」

 

 

「うん、欧我ぁ!」

 

 

 小傘もそれに応えるように抱きしめる力を強め、お腹にぐりぐりと顔を擦り付けてくる。その度に腹部に走る痛みに顔をしかめそうになるが、ここでしかめてしまったら小傘が悲しむから我慢しないと!歯を食いしばり、痛みをこらえる。そうだ、痛み以上に嬉しさと幸せを噛み締めるんだ!

 

 

「起きたのですね。でもまだ無理はしないでください!」

 

 

 しばらく小傘と抱き合っていると、いつの間にかそばに妖夢の姿があった。服の色がいつもの緑から青に変わっているけど、もしかして俺の血で汚れちゃったのかな?後で洗濯しないと。

 

 

「ええ、手当てをしてくれてありがとう。今すぐ幽々子様の夕食を…」

 

 

「ダメです!まだ傷は治ってはいないからじっと安静にしていてください!」

 

 

 妖夢の勢いに押され、俺はうんと頷くことしかできなかった。妖夢も俺の体をいたわってくれていると言う事だし、ここは素直に従うか。すると、妖夢は途端に真剣な面持ちになる。

 

 

「その前に、幽々子様から重要な話があるそうです。こちらに来てください」

 

 

「あ、はい。小傘ちゃん、文の看病をお願いね」

 

 

「うん…分かった」

 

 

 

 小傘と別れ、妖夢の後について廊下を進んでいく。それにしても、重要な話って一体何だろうか。

 

 

「幽々子様、失礼します」

 

 

「ええ、どうぞ」

 

 

 幽々子様の部屋の前に立ち、妖夢が中に声をかける。幽々子様の返事が返ってくると、障子を開け部屋の中に足を踏み入れた。

 

 

「欧我、まずは文を無事に救い出せて良かったわね。身体の具合はどう?」

 

 

 座卓を挟んで向かい合って座ると、幽々子様は俺にねぎらいの言葉をかけてくれた。

 

 

「ありがとうございます。身体は、まだ痛みがありますがもう大丈夫です」

 

 

 そう言うと、幽々子様は安堵したように笑顔で頷く。そして、ここに呼んだ理由を話し出した。

 

 

「この前欧我が見つけてくれたこの蓋についてなんだけど、箱の中身を思い出したの。昔古文書で読んだけど、中には私が生前愛用していた手鏡が入っていたわ」

 

 

「手鏡…ですか?」

 

 

 4日前、蔵の扉が破壊されたときに蔵の中で見つけた桜の模様が彩られた漆塗りの黒い蓋。この蓋は、手鏡を仕舞った箱の物だったんだ。

 

 ……手鏡?もしかして!?

 

 

「あの、幽々子様。その手鏡って、箱と同じ漆塗りで背面に桜の模様がありましたよね?」

 

 

 自分の中で浮かんできた疑念。何かが妙に引っかかる。この質問の答えで、もしかしたら…。

 幽々子様は呆気にとられたような表情で口を開いた。

 

 

「え、ええ、そうよ。どうして欧我がそれを?」

 

 

「やっぱり!!」

 

 

 もしこれが本当なら、全ての謎に説明がつくかもしれない。

 蔵の扉を内部から破壊した人物、床に残された手鏡が入っていた箱の蓋、埃の上に残された足跡、そして…異変の黒幕の正体が。数々の疑念が線で結ばり、確信へと姿を変えた。

 

 

「分かりました、全てが。4日前に蔵の扉を破壊した人物が」

 

 

「本当に!?」

 

 

「はい!」

 

 

 ポケットから文のメモ帳を取り出し、パラパラとページをめくっていく。そして異変の犯人の特徴が書き込まれている。そのページを広げ、座卓の上に置いた。

 

 

「今人間の里で起こっている異変を起こした犯人の特徴を文が残してくれました。キャスケット、ピンクの長髪、オレンジ色の服、子ども、そして、桜模様の大きな手鏡…」

 

 

 霊夢さんから手に入れた情報では、黒幕の正体は付喪神だと言う。そして、鏡の模様が一致した。そして足跡の大きさと歩幅から割り出した身長もこの特徴と一致する。つまり…。

 

 

「そうです。この異変を起こした黒幕は、ここ白玉楼の蔵で生まれた手鏡の付喪神です!」

 

 

 道具が長い年月を生きると魂が宿り、付喪神という妖怪になる。今回も蔵の中で長年ほったらかしにされた手鏡に魂が宿り、付喪神になって異変を起こしたとしたら、全てに説明がつく。

 

 

「そう、私の手鏡が…。私には生前の記憶が無い。だから、その手鏡の事も忘れてしまったのでしょう。私に忘れられた手鏡は、ずっと蔵の中で再び使われる日を待っていた。でも、その日は訪れなかった。そして付喪神になり、異変を起こした…。私、もっと道具を大切に使えばよかったわね」

 

 

 そう話す幽々子様の表情は、深い悲しみに覆われていた。

 



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第51話 文のあややややなひと時 ★

 
初めに言っておきます。
文さんのキャラ崩壊注意です。

そして、文さんのアンケートへの返答をありがとうございました。
結果発表の方は、この後集計して活動報告に載せます。


あのお方のようにテンポよく書けたかは不安ですが、それでは、どうぞ。


 

「ん……ん?」

 

 

 眩しい光に(いざな)われるかのように、ゆっくりと目を開く。ここは?私はどうなってしまったのでしょうか?目の前が霞んでよく見えない。人差し指で目を擦りまくっていると、だんだんと前が見えるようになってきた。擦りすぎて目が痛い…。

 ここは、とある和室の中。天井から吊るされた電灯の紐には鴉を象ったストラップが結ばれ、部屋の中を大好きな人の匂いが漂っている。これだけのヒントがあれば、この場所がどこなのかは目を覚ましたての私でもすぐにわかる。ここは、白玉楼にある欧我の部屋だ。ということは、私は葉団扇の呪縛から解放されたんだ。そして私を救ってくれたのは…

 

 

「欧我…」

 

 

 そっと私の夫の名前を呟いた。欧我は私の残したメッセージに気づいて、そして私を、私の仲間を救い出してくれた。そしてさらに夫に対する愛情が深まった。

 あの時小傘と別れた後、村の片隅で包丁を構えた女性に襲われそうになっている男性を見つけた私は、葉団扇を扇いで風を起こし、男性を救い出した。ほっと安堵の息を漏らした直後、呪文のような声が聞こえたかと思うと脳内に何者かの声が響いた。

 

『お前の身体をもらうぞ。お前の身体で、私の衝動を晴らさせてもらう。暴れたいんだ!さあ、まずは妖怪の山で暴れてやろうか?』

 

 

 その声がした直後、右手に持つ葉団扇から邪悪な何かが流れ込んできた。このままでは仲間を傷つけてしまう。私を止められるのは、夫の欧我しかいない。残る気力を振り絞り、開いていたメモ帳に「山」と走り書きをした直後に身体の自由が利かなくなった。それからの記憶はあやふやだが、欧我が私のために戦ってくれた事ははっきりと覚えている。私の能力が相手では分が悪いのに、それでも懸命に私を救い出そうとして頑張ってくれましたね。そ、それにしても、空気を奪って風を起こせなくするというのはいいアイデアだと思うんですが……

 

 

「あやや…」

 

 

 ど、どうしてキスをしてきたのでしょうか!?いや、あれは私に呼吸をさせるためにと考えれば自然なのですが…いや、自然じゃないですね!みるみる顔が熱くなってきました。鏡が無くても、顔が赤みを帯びてきたのは容易に想像できた。確かに私は欧我と何度もキスをしたことはありますが、あれほど必死で、あれほど意表を突いたキスは初めてですよ!

 

 はぁ、起きましょう。一体どれくらい寝ていたのでしょうか…。

 愛用の黄色とピンクのチェックのパジャマのまま、ゆっくりと障子を開けた。

 

 部屋の外に出ると、縁側に腰を下ろしてじっと中庭を見つめている欧我の姿があった。

 

 

「欧我…」

 

 

 名前を呼ぶと、欧我がこちらを振り返った。そして私の顔を見た途端、驚きと喜びが混じったような表情を浮かべたと思うと私の胸の中に飛び込んできた。

 

 

「文!よかった、心配したんだからね!二度と目を覚まさなかったらどうしようって!でも、よかった!よがっだぁぁぁぁあ!!」

 

 

 欧我は今まで溜まりに溜まった不安や悲しみと言ったマイナスの感情をすべて吐き出すかのように声を上げて泣き続けた。私の事を凄く心配してくれて、そして目を覚ましたことをこんなにも喜んでくれるなんて。感謝の気持ちを込めて、欧我の唇にそっとキスをした。不意を突かれた欧我は目を見開いて私の顔を覗き込んできたので、ニコッと笑顔になって一言。

 

 

「あの時のお返しですよ」

 

 

 すると欧我の顔がみるみる真っ赤に染まりだして、目線があちこちへ泳ぎだした。その様子があまりにも可笑しくて可愛くて、ちょっとからかってみたい気分になった。

 

 

「ねぇ、欧我…」

 

 

ぐぅ~~~っ!

 

 しかし、その雰囲気を引き裂くかのように鳴り響く私のお腹。キョトンとして泣き止む欧我。恥ずかしさのあまり目線をそらす私。相変わらず唸り続けるお腹の虫。もう、空気を読んでください!!

 

 

「あっ、お、お腹がすいたんだね。分かった、今から作ってくるよ」

 

 

 そう言うと欧我は私の腕からすり抜けて台所の方へと去っていった。なんですか!この後少し欧我にじゃれてみようかなと思っていたのに!どうしてこんなタイミングで鳴ってしまったのですか?私は幽々子さんと違って腹ペコキャラじゃないんですよ!そう心の中で弁護を図っても、お腹の虫はまるで反論をするかのように唸り続けている。はぁ、もう諦めましょう。素直に欧我の料理を待ちますか。

 縁側に腰を下ろし、じっと空を見上げる。考えるのは欧我の料理…ではなく異変の犯人についてだ。長い間幻想郷(ここ)で過ごしてきたけど、このような特徴を持つ人物を見たことも、聞いたことも、会ったことも無い。キャスケットに大きな手鏡なんてすごく印象に残りやすいんだけど…。もしかして外来人?いや、外来人がこんな能力を持っていることは無いはず。だったら…

 

ぐりゅりゅりゅぅ~!

 

 

「ああもう!」

 

 

 どうしてこうも空気を読んでくれないのですか!?やけになって身体を後ろに傾け、縁側にごろんと寝転がった。もう考えるのは止めましょう!まずはご飯です!うるさい虫を黙らせるためにも!…ん?

 鼻をヒクヒクと動かし、がばっと上体を起こした。台所から漂ってくる、この香ばしいにんにくの香りは…!

 

 

「おまたせー!ピリ辛にんにくのニラレバ炒め!そして卵スープにご飯!」

 

 

 その声と共に欧我がお盆に料理を乗せて台所から出てきた。私の前に置かれたその料理から立ち上る湯気が太陽の光を受けてキラキラと輝いているように見える。にんにくの香りが食欲をそそり、空腹と言う事も合わさってとっても美味しそうだ。それに疲労回復の効果がある王道のニラレバ炒め。今の私にとって最高の料理だ。ああ、よだれが…

 

 

「あれ、食べないの?」

 

 

 じっと料理を見つめていると、欧我が心配そうな顔でそう聞いてきた。

 そうだ、ちょっと調子に乗ってみようかしら。

 

 

「いえ。食べたいけど、腕に力が入らなくて…」

 

 

 もちろん嘘。

 

 

「本当に!?大丈夫なの?」

 

 

 嘘であるにもかかわらず、欧我は真剣に心配をしてくれる。その優しさがあるから、もっと甘えたくなるのよね。

 

 

「ええ、だから…」

 

 

 欧我の方を向いて、あーんと口を開けた。予想通り欧我は私の行動に驚いて目を丸くしている。ちょっと追い打ちをかけましょうか。

 

 

「あやや?欧我は病み上がりの妻の看病ができないのですか?」

 

 

「い、いや…分かったよ。はい」

 

 

 欧我はそう言うと、箸でニラレバ炒めをつまみ、差し出してくれた。

 

 

「あーんっ」

 

 

 その箸に笑顔でかぶりついた。

 ニラのシャキシャキとした歯ごたえと柔らかくて肉厚でジューシーなレバーの触感が絶妙で噛むのが楽しくなってくる。それに、少しピリッとした辛みとにんにくの風味も私好みでとっても美味しい。ゴクンと飲み込むと、その温もりが体中に行き渡り体の底から力が湧き上がってくる。そして…

 

 

「欧我が食べさせてくれると、いつもより美味しいわ!」

 

 

「そっか、よかったよ。じゃあいっぱい食べて元気になってね。はい、あーん」

 

 

 欧我は笑顔で箸を差し出してくれた。

 

 

「あー…」

 

 

 そして再び口を開けた直後…

 

 

「朝っぱらから2人して何やっているのよ」

 

 

「あややややや!?」

 

 

 え?え!?なんで!?どうして霊夢さんがこんなところに!?

 霊夢さんが私たちの前に仁王立ちして、じっとこちらを見下ろしている。え、どうして!?まさか、見られた!?あまりの恥ずかしさに顔が真っ赤に染まっていく。

 

 

「どうして霊夢さんがここに!?」

 

 

 そう聞くと、霊夢さんは「はぁ…」とため息をついてここに来た理由を話した。

 

 

「どうしてって、妖夢に呼ばれたのよ。まさか夫婦のラブラブシーンを見せたかったのかしらね。それよりも欧我。姿を見えなくしても無駄よ、箸が浮かんでいるからバレバレ。お腹が空いているから、私にも文と同じ料理を作ってきなさい」

 

 

「は、はい!」

 

 

 その直後縁側に皿と箸が下りてくると、台所の障子が開く音が聞こえ、そして閉まった。

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

 気まずい、気まずすぎます!今こんな状況で霊夢さんと二人っきりなんて!霊夢さんはいつからここにいたのですか!?まさか最初から見りゃりぇ…

 あまりの動揺に心の中で噛んでしまったが、このドキドキはしばらく収まることはないだろう。真っ赤に染まった顔を見られまいと目線をそらしていると、霊夢さんの声が聞こえた。

 

 

「文も変わったわね」

 

 

「え、わ、私がですか!?」

 

 

 その言葉は、私の予想外の物だった。

 

 

「そうよ。上からの命令で人間の命を奪いまくっていたでしょ?」

 

 

「そ、それは昔の話です!」

 

 

「それが人間を好きになるなんてね。意外だわ」

 

 

 確かに昔は、霊夢さんの言った通り命令に従って山に入ってきた人間をことごとく始末していた。そんな私が人間に恋をし、そして結婚までしてしまうなんて。昔は考えられなかったな。

 

 

「それに、あんた欧我に甘え過ぎじゃない?さっきのだって腕が動かないと嘘をついたんでしょ?」

 

 

「えっ、それはっ!?」

 

 

「ほら、やっぱり」

 

 

 ま、まさか勘で言ったのですか!?霊夢さんの勘は相変わらず的中しますね!

 

 

「最近の新聞の記事にも欧我の事ばかり書いているでしょ。あんたの新聞が世間で何と言われているのか知っているの?」

 

 

「世間で、ですか?幻想郷一の新聞…」

 

 

「お惚気新聞」

 

 

「あやややややっ!?」

 

 

 予想外の名前が飛び出し、私は思わず目を見開いて霊夢さんの顔を覗き込んだ。え、お…おのろけ!?どうしてですか!?私は普通に記事を書いているだけなのですが…

 

 

「はぁ、自覚なし…。今度欧我に読ませて感想をもらったらどう?きっと顔を真っ赤に染めてしどろもどろになるわよ」

 

 

 そう嬉々とした表情で語る霊夢さん。その顔を見てると、なんだかムッとしてくる…

 

 

「なんですか!私はただ欧我の珍しい料理方法などを報道したり、ありのままの事実を記事にしているだけです!私は伝統の幻想ブン屋、決してお惚気なんか…」

 

 

「その伝統の幻想ブン屋が無意識のうちに記事に欧我への愛だの魅力だのを書き込んで発刊しているなんてね。これからは伝統のお惚気ブン屋としてやっていったらどうかしら?」

 

 

「し、心外ですね!私がそんなことを…ってお惚気ブン屋ってなんですか!誰がお惚気ブン屋なんですか!?」

 

 

「今私の目の前で顔を真っ赤にして反論している射命丸文さんですよー」

 

 

 そう言って霊夢さんはまたニヤニヤとした笑みを浮かべる。その笑顔に煽られ、ついムキになってしまった。

 

 

「ああもう!欧我への愛を記事に書いたからってなんですか!確かに書きましたがそれは…」

 

 

「やっぱり、書いていたんだ…」

 

 

「ふえっ!?」

 

 

 不意に聞こえた欧我の声にハッと我に返る。霊夢さんのすぐ後ろに料理が乗せられたお盆を抱えた欧我が立ち、じっと私を見つめていた。その顔には恥ずかしさと絶望が混じったような何とも言えない表情を浮かべて。

 

 

「あ、あやや…その…えっと……」

 

 

「それに、言い争うくらい元気があるならもう食べさせる必要は無いよね」

 

 

「そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 その日、白玉楼に伝統のお惚気ブン屋の、断末魔にも似た悲鳴が響き渡ったのでした。

 




 
こんな文さんもあっていいと思いますw
では、次からまたシリアスに戻りますね。


~~~~~~~~~~

こちらが欧我君の公式(?)絵です。
上半身だけで、しかも毎度のごとく色塗りが雑ですが…。

【挿絵表示】

 


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第52話 襲撃

 
今回はちょっと文章がおかしいかもしれません。
良い文章が思い浮かばなかったです。

スランプなのでしょうかね…。


 

 まさか新聞に書き続けていたなんてね…

 壁に身体を預け、ぼおっと空を見上げる。傍らにある新聞を握りしめ、恥ずかしさに顔を真っ赤に染めながら。どうして今このような気持ちになっているのかというと、原因は今涙を流しながらニラレバ炒めをもしゃもしゃと食べている文だ。まさか、文が文々。新聞に俺への愛だとか魅力だとかを書き連ねていただなんて…。それが大勢の人々に読まれているところをイメージすると…ああ、穴が有ったら飛び込みたい。

 

 

「全く、このお惚気ブン屋が…」

 

 

「うう、ごめんなしゃい」

 

 

 大きくため息を吐き、もう一度目を通す。一面のトップには『餃子特集』という文字がある。この前乱入してきたチルノちゃん達と一緒に餃子を作った時の記事だ。あの時文は熱心にメモを取っていたし、取材も受けたからこれはまあ普通だ。そして書き出しを読むと「笑顔が素敵な…」はいアウト!これじゃあお惚気新聞と呼ばれても仕方ないよ。この一段落を読んだだけで、記事に何の関係もない俺の魅力が3つも出てきた。この一段落で読む気を無くしてしまったのでこれ以降は読んではいないのだが、このほかの記事やほかの新聞には一体どんな事が書かれているのだろうか。

 

 

「ただいま帰りましたー!」

 

 

 するとそこに妖夢がお使いから帰ってきた。妖夢は相変わらずニラレバ炒めを掻き込んでいる文とそれを見てにやにやと笑いながら同じくニラレバ炒めを食べている霊夢さんを一瞥して怪訝そうな顔を浮かべた。その後何かを思い出したかのように「あっ」という声を漏らした。

 

 

「霊夢さん来てくれたんですね!」

 

 

「ええ、あんたに呼ばれたからね。それで呼んだのは夫婦のラブラブを見せるためなの?」

 

 

「えっ?」

 

 

 驚いた顔を浮かべて妖夢は俺と文の顔にキョロキョロと視線を向けたので、あまりの恥ずかしさに同時に目線を逸らした。

 

 

「い、いえ、違います。あの、幽々子様が白玉楼に怪しい妖気が満ちてくるのを感じ取ったので、霊夢さんに原因を調査してもらおうと思いまして」

 

 

「そう言う事ね。確かにわずかに不穏な空気を感じるわ」

 

 

 幽々子様と霊夢さんが感じ取った不穏な空気って一体どんなものなのだろうか。文の様子を一瞥してみたが、どうやら妖気を感じ取れてはいないようだ。いや、そもそも感じ取れるような状態じゃないか。ちょっと酷い事をしちゃったかな?そう言う俺はというと、幽霊になりたてだからなのかは分からないがいつもの雰囲気と全く変わらない。

 

 

「欧我、白玉楼に怪しい人物がいないか見てくれるかしら?」

 

 

「あ、はい。分かりました」

 

 

 霊夢さんに言われ、目を閉じて白玉楼内の空気に意識を集中させる。感知できる範囲は限られており白玉楼の全域を見ることはできないが、感じ取れる範囲内の空気の流れや動きを読み、不審な人物がいないかを探る。どうやら、ここにいる俺達4人と幽々子様の部屋にいる1人、おそらく幽々子様を除いて他には誰もいないようだ。

 

 

「欧我、どう?」

 

 

「特にこれといった怪しいものは見られないですね」

 

 

 空気を読んだ結果を霊夢さんたちに伝えた。妖夢と文はその返事にほっとしたような表情を浮かべたが、霊夢さんは未だに表情を崩さない。まだ何か引っかかることはあるのだろうか…。

 

 

「じゃあ、白玉楼の外は?」

 

 

「外…ですか?」

 

 

 感知できる範囲には限界があって、今いる場所から外の空気を探知することはできない。周りを見回そうと上空に上がった途端、目の前の光景に我が目を疑った。これは空気で感知するまでもない。今まで経験したこともない事態に出くわし、思わず戦慄し呆然としてしまったが一気に警戒レベルを引き上げ、真下にいるみんなに向かって大声を張り上げた。目の前から迫りくる脅威は、そうせざるを得ない理由として十分すぎるほどであった。

 

 

「まずい…。妖夢!今すぐ幽々子様の護衛に!霊夢さんは戦闘準備を!文は俺が護る!」

 

 

 3人は俺の放った言葉に驚きを隠せていない。目を見開き、じっと俺を見つめている。ただ、霊夢さんはその直後に納得したかのように頷くと食器を置いてお祓い棒を握りしめた。

 

 

「ねぇ、一体何があったというの!?外に何か…」

 

 

「防空『空の城壁』!!」

 

 

 事態を把握しきれていない妖夢の声を遮るようにスペルカードを発動させ、巨大な壁を作り出した。その直後その壁に1本の包丁が突き刺さったかと思うと、大量の凶器がドスドスという激しい音を立てて空気の壁に打ち込まれていく。どうやら間一髪だったか。

 

 

「今の音は!?」

 

 

「襲撃を受けている!大量の凶器が、白玉楼目がけて飛んでくる!早く…」

 

 

 ガラスが割れるような轟音がとどろき、空気の壁が粉々に砕け散った。空気の障壁を突破した凶器は再び自由を取り戻し、白玉楼の敷地内へと雪崩込んできた。この空気の壁を突破するなんてこりゃあ普通の凶器じゃないな…っていうか感心している場合じゃないだろ!早く守りを!

 

 

「早く幽々子様の護衛と戦闘準備を急いで!」

 

 

「わ、わかった!」

 

 

 指示を出した直後に弾幕を放ったので下の様子を見ることはできなかったが、空気の動きから推測して妖夢は慌てて幽々子様の部屋へと向かったのだろう。それよりもこっちだ。こいつら、まるで弾幕の来る場所が分かっているかのように動いていとも容易くかわし続けている。

 こうなりゃ全体攻撃で一気に…

 

 

「欧我!」

 

 

「霊夢さん!?」

 

 

 霊夢さんが放った御札の弾幕が死角から迫ってくる包丁に命中し爆発が起こった。その包丁はそのまま御札による封印を駆けられ、まるで天井から吊り下げている糸が切れたかのように真下に落ちていった。この現象から察するに霊夢さんから渡された封印の御札は効果があるようだ。

 

 

「気を抜かないで。ただの道具だからって侮っちゃダメよ」

 

 

「空中に浮かんでいる時点でただの道具じゃないんですが…まあいいや」

 

 

 霊夢さんに言われた通り、ここは慎重に行こう。普通に考えて道具がひとりでに空中にふわふわと浮かぶことは有り得ない。人形劇のように、裏で糸を引く人形師が必ずいるはずだ。おそらくその人物が今回の異変の犯人であり、白玉楼の蔵で生まれた手鏡の付喪神だろう。どうして白玉楼を襲撃するのか、その理由が全く分からなかったがその人物はここに来るだろう。とりあえず空気での感知は続けておくか。

 それにしても、何なんだよ一体。次々に迫りくる凶器をかわしながら御札を貼り続けていくが、凶器の数は減るどころか逆にどんどん増えている。今はもう白玉楼の周囲をぐるっと取り囲み、次から次へと襲いかかってきた。

 

 

「キリが無いな…これ」

 

 

「口を動かす暇が有ったら身体を動かしなさい!」

 

 

「はいはい…。空縛『エアーズ・ロック』!!」

 

 

 スペルカードを発動し、凶器の周りにある空気を固めて動きを封じた。その数約40。すかさず霊夢さんが御札を投げ凶器に宿った意思を封じ込めていく。しかしこれはほんの一部。まだまだ凶器はたくさん残っている。よくもこれだけの数を集めたなぁと感心しつつ、次々と封印をしていった。

 

 

「っ!?」

 

 

 次々襲い掛かる凶器に気をとられて一番大切なことを忘れていた。文は!?病み上がりで思うように動けないはず!文にもしものことがあったら…

 

 

「えっ…」

 

 

 文は葉団扇を片手に襲いくる凶器を吹き飛ばしている。特に目立ったような傷が見当たらなくてほっとしたが、それ以上に目を引いたのは背中から伸びる1対の黒く大きな翼。文に、翼が…?そんな、今まで一度も見たことが無いぞ!?

 

 

「翼って…あるの?」

 

 

「文は鴉天狗だってことを忘れたの?翼は普通にあるわよ」

 

 

 ボソッとつぶやいた言葉を聞き逃さず、霊夢さんがそう答えた。確かに言われてみれば鴉だから翼が有るのは可笑しくは無いけど、今まで一度も見たことが…

 

 

「いや、違う」

 

 

 見たことが無いんじゃない、見せていなかったんだ。出会った時から今まで、ずっと。でも、どうして?そんなことは後回しだ!

 

 

「虹線『ドラゴライズシュート』!」

 

 

 限界まで圧縮した空気を一気に解放し、虹色に輝く光線を放つ。それは天駆ける龍のごとく突き進み、文の周りにある凶器を一気に吹き飛ばした。

 

 

「文!大丈夫!?」

 

 

「欧我!?…ついに見せちゃったわね」

 

 

 文は目の前に降り立った俺の姿に驚くと、背中にある翼を一瞥してそう呟いた。

 

 

「うん。でも、どうして今まで隠していたの?翼があるなんて聞かされていなかったけど」

 

 

「それは…」

 

 

「もしかして、見せたら嫌われると思ったから?」

 

 

「えっ!?う、うん…」

 

 

 そっか。翼を見せてしまったら嫌われてしまうのかもしれない。そう思ったから今まで俺に翼を見せていなかったのだろうか。でも、それは間違っている。

 

 

「まったく、そんなことで俺が嫌いになる訳が無いじゃないか」

 

 

「本当に?」

 

 

「ああ。翼が有ろうが無かろうが、文に変わりはないでしょ。それに、包まれて眠ったら幸せな夢が見れそうだしな」

 

 

「もう、欧我ったら!でも、ありがとう」

 

 

 笑顔で笑いかけ、うんと頷いた。文もにこっと笑顔になって頷いてくれた。やっぱり何度見てもこの笑顔は世界で一番輝いて見える。本当に…

 その直後、空気の流れに大きな変化が起こった。蔵の方角から何者かが白玉楼に潜入してきた。これは異変の犯人に違いない。なぜなら、背中に大きな手鏡の形をした何かを担いでいる。

 

 

「どうしたの?」

 

 

「白玉楼に何者かが侵入した。今から迎え撃つけど、文は一人で大丈夫?」

 

 

「もちろんよ!私がか弱い少女に見えるの?」

 

 

 そう聞くと、文は胸を張ってそう答えた。

 

 

「見えるよ」

 

 

「あややややっ!?」

 

 

「好きな人は何時も守っていたくなるもんだよ。じゃあ、行ってくる」

 

 

 文の頭を優しく撫で、上空に飛び上がった。

 

 

「気をつけてね!」

 

 

「もちろん!俺が弱い少年に見えるのか?」

 

 

「ええ、見えるわ!」

 

 

「全く…。文も気を付けてね!」

 

 

 手を振り、蔵のある方角へと向かった。

 

 

 

 

 

 どうやら侵入者は見つからないように物陰に隠れながら移動しているようだ。でも、姿を隠せても空気の流れを隠すことはできない。人が動くと必ず空気も動く。空気に囲まれている以上、俺から逃れる術は無い。

 空気の流れを読み、侵入者の行く手を遮った。その姿は、文のメモ帳に残されていた犯人の特徴と一致した。真っ白なキャスケットを被ったピンクの長髪にオレンジ色の服、子どもくらいの身長に、身長とほぼ同じ大きな手鏡。水色に輝く眼は、見つかったことに対する恐怖と驚きの色が浮かんでいる。この子が、蔵で生まれた付喪神…。

 

 

「ここに何のようだ。こんな異変を起こして何がしたい」

 

 

 苦手な威圧と殺気のオーラを全開に出し、じっと侵入者の少女を見下ろす。俺から沸き起こるオーラに押され、少女の顔には恐怖の色が浮かぶ。しかし、その恐怖を振り払おうと声を上げた。

 

 

「邪魔しないでよ!私を暗く狭い場所に閉じ込め続けた幽々子に復讐をするのよ!」

 

 

 なるほど、そう言う事か…。やっとすべての謎が繋がったように感じる。ここに襲撃をかけた理由も、異変を起こした理由も、そして幽々子様に抱く怒りも…。この子、小傘と同じかそれ以上に辛く悲しい経験をしていたんだ。

 

 

「そっか、辛かったんだね…」

 

 

「分かるならどいて!私は必ず幽々子に復讐を」

 

 

「でも!」

 

 

 その少女の言葉を遮り、声を上げた。

 

 

「そうと分かった以上、なおさらここを通す訳にはいかないな」

 

 

「どうして!?あんたは一体誰よ!?」

 

 

 その少女に聞かれ、勢いに任せて生まれて初めての啖呵を切る。まさか俺が、こんなセリフを言うなんて思いもしなかったよ。

 

 

「俺か?俺は西行寺幽々子様にお仕えする専属料理人、名を葉月欧我!我が主に仇なすと言うのであれば、俺がこの場で料理する。さあ、食材になる覚悟があれば全力でかかってきなさい!」

 




 
さらっと文さんの翼を出しちゃいましたが、これ以外に方法は思いつきませんでした。
ごめんなさい。

でも、俺も文さんの翼に包まれて眠ってみたいですね。
これが本当の羽毛布団…ってか?


あ、ごめんなさい!謝りますから拳を振り上げないで!
ごめんなさい!ごめ(ピチューン!


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第53話 激突!欧我 vs 心華

 

 白玉楼の上空で人間と相対し、次から次へピンク色に輝く弾幕を同心円状に放出する。この人間を倒さなければ、幽々子に復讐をすることはできない。復讐のため、なんとしてでもこいつを倒さないと!しかし、心は熱く燃えていても、頭は驚きと動揺が入り混じっていた。この男が放ったセリフ…。

 

 

『俺か?俺は西行寺幽々子様にお仕えする専属料理人、名を葉月欧我!我が主に仇なすと言うのであれば、俺がこの場で料理する。さあ、食材になる覚悟があれば全力でかかってきなさい!』

 

 

 葉月欧我って、小傘ちゃんを助けてくれた人間じゃない。あの時私は「会ってみたい」と言った。でも、まさかこんな感じで初対面を果たしてしまうなんて。しかも幽々子に仕えているなんて知らなかったよ!どうして小傘ちゃんは教えてくれなかったの!?

 でも、こうなった以上何としてでも欧我を倒さないと。欧我は弾幕の隙間を縫いながら真っ白な弾幕を打ち出してきては攻撃を仕掛けてくる。しかし、弾幕の軌道から予測するに私を狙って打ってきてはいないようだ。私の癖や弾幕の軌道を見極めようという魂胆かしら?だったら、手始めにこのスペルカードは突破できるのかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 まさかこうして復讐しにやってくるとは思いもしなかった。あの時見た光景は思い出すだけで背筋がゾクッとする。あれだけ多くの凶器を引き連れて白玉楼に襲撃を駆けるなんて、この女の子の復讐心はよっぽどのものだ。悲しみも孤独も怨みも、全てが俺のイメージを超えている。

 でも、どうしたのだろう。俺の名前を聞いた直後、一瞬だけど驚いたように目を見開いたのを見逃さなかった。まさか、俺の名前を知っていた?でも、一体誰から?まあ、今は考えていても答えは見つからないからまずは目の前の侵入者を倒そう。

 相手の女の子はまるで桜の花びらのように輝くピンク色の弾幕を放ってくる。初対面なのでどんな弾幕やスペルカードを繰り出してくるのか全く分からないから、迂闊に攻め込んでは返って反撃を食らうだけだ。まずは相手の癖や軌道を読んでイメージをしないと。ん?あれはスペルカード?

 

 

「桜符『枝垂桜(しだれざくら)の開花』!!」

 

 

 スペルの宣言と同時に背中に背負った鏡を構え、上から下に振り下ろした。すると鏡からピンク色の光弾が放たれ、こっちに迫ってきた。バレーボールくらいの大きさでその数4つ。

 

 

「なるほどね…」

 

 

 小さい声で呟き、その光弾との距離を縮めていく。その様子を見た女の子はこちらに手をかざした。

 

 

「甘いわ、ボッカーン!」

 

 

 女の子の声と共に突然光弾が破裂し、まるで花火が開くように全方位に小さな光弾を大量に放出した。攻撃が見事に決まったようで女の子の喜ぶ声が聞こえたが、生憎この爆発はイメージ通りだ。あの避けやすい4つの弾幕で終わりな訳がないからね。弾幕の密度はイメージよりも濃かったから驚いたけど、それにしてもボッカーンなんてちょっと独特な擬音語を使うんだな。

 

 

「当たったと思った?」

 

 

「えっ!?」

 

 

 弾幕をかわし、女の子の前に躍り出る。弾幕を食らっていない俺の様子を見て驚きを隠せていないようだ。目を大きく見開き、信じられないという表情を浮かべていた。

 

 

「だったら…ドドドーンと喰らえー!」

 

 

 女の子は再び鏡を頭上に掲げると連続で振り下ろし、先ほどのピンクの光弾をいくつも繰り出した。それらは一斉に炸裂して小さな光弾を大量に放出した。あまりの密度の濃さに目の前がピンク色に染まる。これは突破するのは難しいか。だったら…吹き飛ばす!

 

 

「虹線『吹き飛ばすドラゴライズシュート』!!」

 

 

 自分の周りの空気を極限まで圧縮させ、元に戻る反動を利用して光線のように打ち出した。普段よりも太くしたこの光線は周りの空気を巻き込んで強力な旋風を纏い、目の前から迫る大量の光弾を吹き飛ばした。

 女の子はこのスペルカードの威力、そして効果に驚くかと思いきや手を叩いて空中で飛び跳ねている。そんなにはしゃいでどうしたんだ?

 

 

「すごいすごーい!」

 

 

「へ?」

 

 

「すごかったね今の!バビューンって!じゃあ今度は私のビュオーンを見せてあげる!」

 

 

 楽しそうにはしゃぎながら嬉々として言うと2枚目のスペルカードを取り出した。その隙に離れ、女の子との距離をとる。誰も使わないような独特かつ強烈な擬音語のオンパレードに惑わされないようにしないと。

 

 あれ?空気の様子が…

 

 

「いっくよ!反符『我龍桜(がりゅうざくら)の極光』!!」

 

 

 スペルカード発動と同時に女の子の掲げた右手に魔方陣が現れると、そこにどんどん光が集まって眩い輝きを放つ光弾が形成されていく。それと同時に空気中に鏡と似た性質を持つ空気の壁が複数枚出現した。光と鏡…まさか!?

 

 

「ビュッオーン!!」

 

 

 その擬音語と共に魔方陣から眩い光を放つ光線が発射された。猛スピードで空を龍のごとく駆ける光線はまるでオーロラのように輝きを変えながら突き進む。そして空中にできた鏡に激突すると折れ曲がるように反射してこちらに迫ってきた。軌道を読んで左に避けたが、その光線が進む先に別の鏡があり、反射して今度は背後から襲いかかってくる。さらに光線の通った後には花びらのような光弾が残され、舞い散る桜のように範囲を拡散させていく。周りをよく見ると、同じように鏡が数枚浮かんでいて、その内のどの鏡に当たってどのように反射してくるのかを速攻で判断して動かないと避けきるのは難しい。光線の速度からして一瞬の遅れが被弾につながるだろう。

 女の子が放った光線は6回反射すると勢いを失って消滅した。ほっと胸を撫で下ろした瞬間、「まだまだ!」という女の子の声が聞こえた。慌てて女の子の方を見上げると、両手に魔方陣を掲げて光を集めていた。

 

 

「まさか2本同時に!?」

 

 

「ううん、4本」

 

 

 魔方陣から放たれた4筋の光線は先ほどよりも細くなったもののスピードは変わらずに高速で迫ってくる。俺を取り囲むように現れた大量の鏡に反射して襲い掛かってくる光線はどこから来るのか予測が難しい。それが4本ともなると尚更だ。考えている暇はないから直感で行こう!

 

 

「虹符『蜻蛉の舞-巻の(よん)-』!!」

 

 

 空気を固めて虹色を付けた蜻蛉を大量に飛ばしながら縦横無尽に襲いかかってくる光線の隙間を縫って飛び続ける。ある程度の軌道を読んで躱せてはいるものの、予想外の場所や反射をしてくる攻撃には対応が遅れ危ない場面が何度かあった。しかし、展開していた蜻蛉の弾幕によって女の子の注意が逸れて攻撃が中断されたことで何とかスペルブレイクが出来た。

 

 

「もー!なんで突破するのよー!」

 

 

「さっきも言っただろ、俺が幽々子様の専属料理人である以上ここを通す訳にはいかないって。それに、復讐なんかしても何も残らないよ!」

 

 

 復讐を止めてほしいという願いを込め、女の子に言い聞かせる。

 

 

「俺だって君と…うっ!?」

 

 

 突然視界がグラッと揺れた。一瞬真っ暗になり、焦点(ピント)が合わなくなる。体中から嫌な汗がドッと噴き出し、倦怠感や疲労が重りのように身体中にドンと圧し掛かってきた。一体何が起こったというのだろうか。目の前が霞んでよく見えないが、薄紫色の霧が漂い、鼻にツンと来る臭いも感じ取ることができる。これってまさか毒!?そして、この毒を操る事が出来る妖怪は…1人しかいない!

 

 

「霧符『ガシングガーデン』!!」

 

 

 スペルカードの宣言と共に迫ってくる大量の米粒のような弾幕。普通の状態なら躱すことは造作もないが、毒に侵されたこの状況では難しく、さらに何故あの子が攻撃を仕掛けてきたのかという疑問が体の動きを鈍らせる。顔の前で腕を交差させ、被弾のショックに備えた。

 

 しかし、次の瞬間…

 

 

「驚雨『ゲリラ台風』!!」

 

 

 まるで台風によって雨が吹き荒れているかのように、背後から大量の雨粒のような弾幕が飛び出し、迫りくる弾幕と辺りに漂う毒霧を吹き飛ばした。

 

 

「欧我!大丈夫!?」

 

 

 毒霧が消えたことで聴力を取り戻した俺の耳に届く聞き覚えのある声。霞みが晴れてきた視界は、心配そうに水色と赤のオッドアイで俺の顔を見つめてくる小傘の姿を捕えた。そっか、さっきの攻撃で俺を助けてくれたんだね。

 

 

「ありがとう、助かったよ。でも…」

 

 

「小傘ちゃーん!」

 

 

「心華ちゃん!もう止めようよ!」

 

 

 え、どうしてお互いの名前を知っているの?

 そう疑問を投げかけようとしたが、小傘の女の子を見つめる視線に押されその疑問を飲み込んだ。

 

 

「小傘ちゃん!どうして白玉楼から逃げなかったの?私はあなたに危ない目にあってほしくないの!」

 

 

「最初は逃げたわ。でも、それでも心華ちゃんが心配で居ても立っても居られなくて!」

 

 

 女の子、確か名前は心華ちゃんだっけ?心華ちゃんと小傘の話、そして心華ちゃんの隣にメディちゃんがいる理由を統合して考えると、心華ちゃんと小傘はどこかで出会って今回の異変について聞かされていたんだろう。メディちゃんは人間に対して怨みを抱いていたから、今回の異変の犯人である心華ちゃんに協力した。でも、小傘は協力しようとはせず逆に思い留まってほしいと懇願したのだろう。その願いは聞き入れられなかったみたいだが。

 

 

「どうして…どうして聞いてくれないのよ」

 

 

 必死の説得も小華ちゃんに聞き入れられず、拒否されてしまったショックで小傘の目には涙が滲んでいた。自分の力の無さを嘆き、悔しそうに歯を食いしばる。そんな小傘の方に、そっと優しく手を置いた。

 

 

「欧我…」

 

 

「小傘も戦っていてくれたんだね。ありがとう」

 

 

 笑顔でそう言うと、小傘は袖で涙をぬぐって小さく頷いた。

 

 

「でも、心華ちゃんを止められなかった。同じ付喪神として、友達になりたかったのに…」

 

 

「友達ね…。だったら心華ちゃんを止めよう。何が何でも」

 

 

「でも…」

 

 

「大丈夫さ。間違っている道に進んでいるのなら、たとえ殴り飛ばしてでも改めさせるのが友達なんじゃないのか?」

 

 

 優しく語りかけると、はっとした表情を浮かべて顔を上げた。

 

 

「それに、今回は俺もいる。一緒に心華ちゃんとメディちゃんを止めよう」

 

 

「うん、わかった!」

 

 

 小傘は頬を伝う涙を拭い、元気良く頷いて見せた。そして絶対に心華ちゃんを救い出そうという確固たる意志を瞳に宿し、俺の隣に立って心華ちゃんと向かい合った。

 なんか、この感じは懐かしいな。小傘と一緒に戦ったのは永嵐異変の時以来か。あれから時が経って今は師匠と弟子の関係じゃないけど、久しぶりに相符「師弟共同戦線」と行きますか!

 

 

「心華ちゃん!」

 

 

「なによ?」

 

 

「私は今から心華ちゃんを殴り飛ばすわ!覚悟しなさい!」

 



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第54話 決着 ~思いを込めた一撃~

 
今まで更新ができず、申し訳ありませんでした。
原因不明のスランプに襲われ、執筆する意欲が持てませんでした。

これからは自分のペースで執筆を進めていきますので、応援をよろしくお願いいたします!


では、欧我&小傘vs心華&メディの後半戦!
始まります!
勝負の行方はどうなるのでしょうか!!



 

「行くよ!」

 

 

 そう意気込むと、肩に担いでいた傘を振りまわして大量の光弾を全方位に生み出した。放たれた光弾は真っ赤に輝きながら突き進む。対する心華ちゃんは手鏡を前に掲げ、微動だせずに力と集中力を高めていく。

 

 

「はぁっ!」

 

 

 小傘の放った弾幕に対抗するかのように、メディちゃんが毒で生成した紫色の弾幕を放出した。すると、心華ちゃんが待ってましたと言わんばかりに鏡を目の前に突き出す。

 

 

「バイバーイッ!」

 

 

 その声と共に蓄えていた力を放出し、鏡面からまばゆい光を放つ。メディちゃんが放った弾幕はすべて鏡から放たれる光に取り込まれた。これでは光のせいで迫ってくる弾幕が全く見えない。

 

 

「「毒&鏡符『アシッドヘビーレイン』!!」」

 

 

 2人の能力が組み合わさったスペルカードの宣言と共に鏡を大きく振るうと、そこには…

 

 

「なに!?」

 

 

 毒の弾幕がまるで豪雨のように大量に降り注いできた。数が増えた弾幕は小傘の放った弾幕を飲み込み掻き消すと、スピードを緩めずに襲い掛かってきた。目の前で起こった出来事に驚きを隠せない小傘は瞬きも忘れて迫りくる弾幕の雨をじっと見つめている。って、このままじゃ大量の毒を食らってしまう!慌てて小傘に近寄ると空気を固めて分厚い壁を作り出した。その直後毒の弾幕は空気の壁にぶつかり、ジューッっという何かが溶けるような音が辺りに響いた。どうやら間一髪間に合ったようだ。

 

 

「小傘、怪我は無い?気を抜かないでね」

 

 

「うん、ごめんなさい」

 

 

 項垂れた小傘の頭を優しくポンポンと叩き、じっと心華ちゃんを見据える。それにしても、一体何をしたのだろうか。明らかに光に包まれる前より弾幕の量が増えている。ざっと見て、約2倍と言ったところだ。

 …そっか、増幅だ。弾幕を光で包み込み、鏡に映して数を2倍に増やした。さっき心華ちゃんが叫んだ言葉も「バイバイ」じゃなくて「倍々」だ。反射といい増幅といい、鏡の特性を上手く活用しているな。まあ手鏡の付喪神だから当然か。

 

 

「よし、ここから反撃するよ!」

 

 

「うん!スペルカード!」

 

 

 毒の豪雨(アシッドヘビーレイン)が収まったのを見計らって小傘はスペルカードを宣言した。

 

 

「化符『忘れ傘の夜行列車』!!」

 

 

 発動した直後どこからともなく大量の傘が列をなして現れ、大量の御札の形をした弾幕を放出した。まるで列車のように一列に連なった傘は真っ直ぐ心華ちゃんに狙いを定めて突き進む。

 

 

「メディちゃん、下がってて」

 

 

 札の弾幕を避けながらそう言うと、再び自分の前に手鏡を掲げてじっと力を集中させていく。そして傘の列が目前まで迫った時、心華ちゃんはスペルカードを発動した。

 

 

「反符『反鏡のビトレイ』!!」

 

 

 スペルカード発動と共にまばゆい光を放つ鏡。連なった傘が光に飲み込まれると、突然向きを反転させて大量の御札の弾幕をばらまきながらこちらに迫ってきた。

 

 

「そんな!?私のスペルカードが!」

 

 

 驚きの声を上げる小傘の横で、迫りくる傘の列をじっと見つめる。まさか光だけではなく相手の放ったスペルカードまで反射できるとは思わなかった。こちらが放った弾幕を鏡で反射させ自分の物としてしまうこのスペルカード。名前の通りbetray(ビトレイ)、弾幕が裏切ったというわけか。でも、どうやら欠点はあるようだ。力を集中させなければいけないから弾幕を避ける動作が疎かになる。そしてかなりの体力を消耗するようだ。心華ちゃんの様子や呼吸の仕方から見ても疲労やダメージが溜まっているのが分かる。

 っていうか流暢に分析している暇はないか。そうこうしているうちに傘の列は目前まで迫ってきた。あれは生半可な攻撃ではびくともし無さそうだ。こうなったら、ぶった斬るまで!

 

 

「神断『ダーインスレイヴ』!!」

 

 

 空気を固めて大剣を作り出し、思いっきり振り下ろした。振り下ろした大剣は迫りくる傘を両断し放たれた弾幕がお札の弾幕を次々と掻き消していく。その状態のまま大気を蹴って前に飛び出し、反射されて襲い掛かってくる傘をことごとく破壊して回った。そしてその勢いのまま心華ちゃんに斬りかかった。

 

 

「そうはさせないわ!」

 

 

 溜まった疲労によって反応が遅れた心華ちゃんを庇うようにメディちゃんが目の前に躍り出ると、両腕に猛毒を纏わせる。猛毒はグニャグニャと形を変えると二振りの剣に変化し、俺のダーインスレイヴを受け止めた。ガキンという金属同士がぶつかり合ったような音が響き、ギリギリと拮抗する。まさかメディちゃんにこれ程までの力があるとは思わなかったが、負けてたまるか!

 

 

「うおおおおおおりゃああああああ!!!」

 

 

 全身の力を両腕に集め、雄叫びとともに力任せに大きく振り払った。

 

 

「きゃああああああああ!!!」

 

 

 メディちゃんの体は力に負けて弾き飛ばされ、冥界の彼方へと消えていった。

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

 

 ダーインスレイヴは霧となって消滅し、深呼吸をして呼吸を整える。さっきの一撃で思っていたよりも体力を消耗してしまったようだ。でも、それも相手だって同じこと。小傘がいることを考えれば、幾分かはこちらが有利だ。

 

 

「よくも…」

 

 

 その声につられて心華ちゃんの方を見上げると、俯いて肩を小刻みに振るわせていた。歯を食いしばり、拳をぎゅっと握りしめて。次の瞬間、体内に溜まった怒りをぶちまけるかのように声を荒立てた。

 

 

「よくもメディちゃんを!許さない!絶対に許さないんだからぁ!」

 

 

 そして怒りに任せスペルカードを発動させる。その直後心華ちゃんの背後に4枚の鏡が形成される。

 

 

「喰らいなさい!鏡符『ミラージュ・ドッペルウーマン』!!」

 

 

 スペルカード発動とともにその鏡に飛び込むと、なんと4つの鏡全てに心華ちゃんの姿が映し出された。まるで分身したかのような光景に目を奪われていると、鏡の中の心華ちゃんは不敵な笑みを浮かべる。危険を察知し慌てて鏡から距離をとった。

 

 

「逃がさない!ドドドドーン!」

 

 

 しかし、俺を追いかけるかのように鏡が動き出し、一斉に真っ赤な輝きを放つ米粒状の光弾を打ち出した。いきなり発射された弾幕に驚いてしまったためガードが遅れ、弾幕をもろに喰らってしまった。体中に次々と打ち込まれる弾幕によって痛みが体中を駆け巡る。両手を顔の前で交差させて防御の姿勢をとるが、それでも容赦なく襲いくる痛みに耐えきれず悲鳴が漏れる。

 

 

「欧我ぁぁ!!このっ、傘符『大粒の涙雨』!!」

 

 

 小傘の悲鳴にも似た声で宣言されたスペルカード。発動と共にまき散らされた大粒の弾幕に不意を突かれ、心華ちゃんの攻撃が止まった隙を突いて慌てて距離をとる。

 

 

「欧我、死なないで!」

 

 

「大丈夫、俺はもう死んでいるから」

 

 

 目に涙を浮かべて駆け寄ってきた小傘の頭を優しくよしよしと撫でる。小傘に2回も救われた。その感謝の気持ちを込めてにっと笑顔を浮かべた。

 

 

「でも、助かったよ。ありがとう」

 

 

「うん!」

 

 

 お礼の言葉を述べると、小傘は涙を指で拭って頷いた。いつもの小傘とは違う、今まで知らなかった本当に頼もしい一面を垣間見て驚いたけど、初めて会った時と比べて成長したね。何かとても嬉しいよ。

 

 

「小傘ちゃん、邪魔はしないで!これ以上邪魔をするなら容赦はしないわ!」

 

 

「それはこっちのセリフよ!もう許さないんだから!」

 

 

「そう!なら小傘ちゃんもこの弾幕を食らえ!」

 

 

 心華ちゃんはそう叫ぶと再び鏡から弾幕を放出した。小傘は俺を守るように目の前で傘を構える。

 

 

「小傘!鏡を壊せ!4枚の中で他の3枚よりもほんの少し早く動く鏡、それが本体だ!!」

 

 

「なんですって!?」

 

 

 心華ちゃんが驚きの声を上げたところを見ると、どうやら図星のようだ。俺はあの時ただ何もせず弾幕を食らっていたわけではない。このスペルカードを突破するためのヒントを探し出すため、観察とイメージを続けていたのだ。そして見つけた突破のヒント。それは本体が入り込んだ鏡が、他の鏡よりも一瞬早く動くことだ。おそらく本体の動きを真似するようにほかの3枚が動くためだろう。

 小傘は俺の言葉を聞くと頷いてじっと4枚の鏡を見つめる。そして後ろに振り返って俺と目線を合わせた。

 

 

「…ああ、分かった」

 

 

 その目線で小傘の作戦を読み取り、脳内でイメージとして映像化する。よしじゃあ早速行こう!

 

 

「分かったところで無駄よ!あなたたちにこのスペルカードは突破できないわ!」

 

 

 そう言うと心華ちゃんの目の前にもう一枚の鏡が出現し、これで鏡の数は合計5枚に増えた。さらに5枚すべてがバラバラに飛び回り、一斉に弾幕を打ち出した。

 

 

「負けてたまるか!虹符『アンブレラ驚きトルネード』!!」

 

 

 空気を固めて作り上げた2本の傘を両手に握りしめ、身体を高速回転させて虹色の光弾を全方位にまき散らした。おびただしい数の虹弾は心華ちゃんが放ってきた弾幕を次々と相殺していく。心華ちゃんも負けじと5人がかりで弾幕を放ってくるが、俺はそれ以上の弾幕を放って次々と掻き消した。もちろん、このスペルカードには弾幕を相殺させるという目的とは別に、もう一つの目的がある。それは…

 

 

「私、目は良い方なのよ」

 

 

「えっ!?」

 

 

 その声と共に、突然心華ちゃんの背後に小傘の姿が現れた。そう、このスペルカードに秘められたもう一つの目的、それは心華ちゃんの気を引かせて小傘の行動から注意を逸らす事だ。うん、どうやら本物を見抜く事が出来たようだね。

 小傘は空気を固めて作りだしたグローブを纏わせた右手を振りかぶり、力を集中させていく。そして、心の中に湧き上がってくる思いをすべて込めた拳を鏡面に叩き付けた。

 

 

「きゃああああああ!!!」

 

 

 鏡が粉々に割れる音と共に響く心華ちゃんの悲鳴。それと同時に残された4枚の鏡は霧のように消滅していった。俺達が見つめる中、心華ちゃんの身体は力なく地面へと落ちていった。

 

 

「心華ちゃん、ごめん…」

 

 

 そう呟いた小傘の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。

 



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第55話 異変の終結

 
今回いつもより文字数が少なめですが、きりがいいので投稿します。
 


 

 「はぁ…はぁ…」

 

 

 体が思うように動かない。地面に叩きつけられた衝撃で全身を激痛が駆け巡り、身体に力を入れようとするとその指令に反して筋肉が悲鳴を上げる。声を出すこともできず、ただ呼吸を整え全身の激痛を耐えることしかできなかった。

 あと少しで、あと少しで幽々子に復讐をする事が出来たのに。たくさんの道具(なかま)を用意した、メディちゃんという協力者を手に入れた、計画も順調に進んでいた…それなのになんで?なんで私は今ここで倒れているの?どうして!?

 

 

「心華ちゃん、大丈夫?」

 

 

 小傘ちゃんの声が聞こえたのでそっと目を開ける。霞みがだんだんと晴れてきた視界の先には、私を地面に叩き付けた小傘ちゃんと復讐の邪魔をした欧我がじっと私を見下ろしていた。

 この2人が、私の復讐の邪魔をした。この2人さえいなかったら、今頃私は幽々子に復讐を果たしていたはずなのに!それなのにっ!怒りと悔しさによって歯がギリギリと音を立て、涙がにじむ眼でじっと2人を睨みつける。まだ道具(なかま)はたくさんいる。これなら復讐も…

 

 

「欧我!無事だったのね!」

 

 

「どうやら終わったみたいね」

 

 

 その声と共に、欧我の側に博麗の巫女である霊夢と葉団扇が意思を乗っ取ったはずの文が空から降りてきた。どうして2人がここに?意思を乗っ取ったはずなのに、たくさんの道具(なかま)をどうしたっていうの?

 

 

「文!霊夢さん!無事だったんですね。凶器の方はどうなりました?」

 

 

「全部封印し終わったわ。まったく、舐められたものね。私たちがあれだけの道具にやられる訳が無いじゃない」

 

 

 そん…な…

 道具(なかま)たちが全員封印された!?じゃ、じゃあもう動けるのは一人もいないってことなの?睨みつける目に滲んだ涙は溢れ、頬を伝って落ちていく。もう復讐を果たせなくなってしまったという悲しみが心の中で溢れだし、涙となって次から次へと流れ落ちた。

 

「それにしてもかなりボロボロじゃない。欧我はこんな小さな子どもに苦戦したの?」

 

 

「いや、意外と手ごわかったんですよ。鏡の反射と増幅によって…」

 

 

「まあいいわ。でもこれで、異変は解決ね」

 

 

 そう言うと霊夢は懐から1枚の御札を取り出し、こちらに向かって歩いてきた。あの御札は確か道具(なかま)に宿った意思を封印するものだったはず。もしかして私を封印しようというの!?またあの狭く苦しい真っ暗な世界に戻るというの!?冗談じゃない!早くここから逃げないと!しかし、痛みは和らいだとはいえ逃げ出そうにも体が思うように動かない。もがいてももがいても、ちっとも動けない。

 

 

「ちょっと待ってください」

 

 

「なによ?」

 

 

 しかし、こちらに歩いてくる霊夢を欧我が止めた。

 

 

「その御札をあの子に貼ったら、どうなるんですか?」

 

 

「道具に宿った意思を封印するのよ。つまり、あの子は元の手鏡に戻るわ」

 

 

「そんな!?」

 

 

 霊夢の言葉に、小傘ちゃんが驚きと悲しみが混じったような声を上げた。小傘ちゃんは私に元の手鏡に戻ってほしくないと思っているのかな?でも、なんで?私はあなたに酷い事を言ってしまったのに。

 

 

「霊夢さん…」

 

 

 欧我は名前を呼ぶと、手から御札をもぎ取り、私の方に近づいてきた。小傘ちゃんが慌てて欧我に駆け寄ろうとしたが、欧我は笑顔でそれを引き留めた。

 そう、最後は幽々子に仕える者として私を手鏡に戻すのね。悲しいし悔しいけど、やるならやりなさいよ!復讐が失敗した以上私には生きる価値も、目的も失ってしまった。この先生きていても、何の意味も無いんだから。暗く悲しい世界に戻ろう…

 欧我は私の目の前にしゃがみ、顔をじっと覗きこんできた。

 

 

「な…何、よ…。やるんな…ら…早く…やりな…さいよっ!」

 

 

 痛みを堪えながらなんとか発した声は悲しみで震えていた。欧我は小さく息を吐くと右手に持つお札を近づけてきた。

 

 

「欧我!止めて!!」

 

 

 小傘ちゃんの声が聞こえる。しかし、欧我にはその声が届いていないのかゆっくりと御札を近づけてくる。もう何もかも終わった。諦めるように、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

ビリッ!!

 

 

 突然響いた音に驚いて目を見開いた。私の目の前で、欧我は手に持つ御札を真っ二つに引き裂き、粉々に破いて行く。欧我が目の前で取った予想外の行動によって混乱し、状況が呑み込めずにいると「心華ちゃん」という欧我の声が聞こえた。名前を呼ばれて見上げた先には、優しい笑顔があった。

 

 

「心華ちゃんはずっと一人ぼっちで暗く狭いところで過ごしていたんだね。どれだけ辛く、苦しく、哀しい思いをしてきたか…。その苦しみはなんとなく分かる気がするんだ。俺だってそんな状況に追いやられたら、悲しみに押しつぶされるし、復讐という行動に出てしまうだろう」

 

 

 そう言うと欧我は少しの間を開ける。

 

 

「でも、復讐したってただ悲しみが大きくなるだけ。だから復讐という行為は間違っている。今回の異変を起こした心華ちゃんの行動だって許されるようなものじゃない。でも、生きていれば間違いを正す事が出来る。どんな罪を犯しても、その罪を償う事が出来る。俺がずっとそばにいて一緒に足掻くから、心華ちゃんもゆっくりでいい、自分の過ちを正そうよ」

 

 

「えっ…」

 

 

 欧我の言った言葉が信じられなかった。私はあなたに重傷を負わせてしまったのに、白玉楼に襲撃をかけたのに、それなのに私を許してくれるというの?

 

 

 

「みんなも、それでいいですね?」

 

 

 そう言って欧我は後ろにいる小傘ちゃん達の方を振り返った。

 

 

「欧我…!うん、いいよ!」

 

 

「まったく、欧我ってお人よしなんだから」

 

 

 欧我の声に応えるように、小傘と文が首を縦に振った。そして欧我のもとに駆け寄ると優しい笑顔を浮かべて私を見下ろした。

 

 

「霊夢さん…」

 

 

「はぁ、仕方ないわね。その代り、破いた御札は弁償してもらうわよ」

 

 

「はいはい。でも、ありがとうございます!」

 

 

 欧我は霊夢にお礼を言うと、再び私に笑顔を向けた。

 

 

「心華ちゃん、私も協力するわ。同じ付喪神として、同じ悲しみを知る者として、一緒にその悲しみを癒していきましょう!」

 

 

 小傘ちゃんはそう言うと右手を差し伸べる。

 

 

「うん。だからおいでよ。俺たち家族がずっとそばにいるからね」

 

 

「ええ、だからもう安心して」

 

 

 欧我と文も笑顔でそう言ってくれた。

 

 

「みん…な…」

 

 

 暗く狭いところでずっと一人で過ごしてきた私にとって、この気持ちは今までずっと感じたことが無かった。悲しみと憎しみしかなかった心に流れ込んできた、優しく、温かな気持ち。心に流れ込んできた気持ちは体の隅々まで行き渡り、痛みや苦しみがどんどん和らいでいく。これが、「独りじゃない」ということか。メディちゃんと一緒にいた時に感じていた気持ちと似ているけど、こっちの方が何倍も嬉しくて暖かい。

 

 

「ぐすっ…うっ…」

 

 

 欧我達の優しい言葉が、笑顔が、気持ちが、私の中の孤独を打ち消してくれたように感じる。みんなの優しい気持ちによって心にのしかかっていた重りが取り払われ、押さえつけられていた気持ちが鉄砲水の如く目から、喉から溢れだした。零れ落ちた涙は濁流となり、喉からすべての負の感情を吐き出した。

 

 

「うわぁあああああああああああああ!!!」

 

 

 今まで、哀しいときや苦しいときにしか泣かなかった。それなのに、まさか嬉しくて泣くなんて思いもしなかった。心にとめどなく溢れ出す嬉しさや幸せといった感情に任せて、私は泣き疲れて眠ってしまうまでえんえんと泣き続けた。

 




 
感動的なシーンなのに、感動できる文章が思いつかなかったです。
力不足ですね…。


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第56話 異変解決後の宴会

 
お待たせいたしました。
久しぶりの甘々シーンなので暴走してしまい、気付いたら7763文字も書いていましたw
なので前篇と後編に別けます。

甘々シーンは後編にあるのでよろしくお願いします。


それでは前編 -新たな家族- をどうぞ!
 


 

 「ん……あれ…?」

 

 

 ゆっくりと目を開けると、外からのまぶしい光が一斉に飛び込んできた。そのせいで目の前がよく見えなかったが、枕元から俺の名前を呼ぶ大好きな人の声が聞こえる。眩しい光に目が慣れると、枕元に座って心配そうな表情を浮かべる文の顔が見えた。俺が目を覚ましたことでその表情は悲しみから驚きに変わり、その直後に喜びに満ち溢れた笑顔に変わった。

 

 

「おはよう」

 

 

 優しい笑顔を浮かべているが、その笑顔にはわずかに疲れの色が滲んでいる。そっか、俺が目を覚ますまでずっと手当てをしてくれていたんだ。俺がどれほどの間気を失っていたのかは分からないけど、文には感謝の気持ちでいっぱいだ。

 

 

「ありがとうね、文」

 

 

「うん」

 

 

 文に感謝の言葉を述べると、笑顔で頷いてくれた。その笑顔が、文の一番大好きなところだ。誰よりも眩しくて、明るくて、そして愛おしいその笑顔が。

 

 

「文、大好…」

 

 

「欧我!起きたんだね!」

 

 

 言葉を遮るように小傘が俺の胸に飛び込んできた。その衝撃で胸に激痛が走ったけど、それをこらえて小傘の背中に両腕を回し、優しく抱きしめる。小傘も俺の事をずっと心配してくれていたんだから、痛みに任せて振りほどくのはやっちゃいけないもんね。

 しばらく抱きしめあっていると、何かを思い出したように「あっ」という声を漏らす。そしてイタズラのような笑みを浮かべた。そしていつもより少し低めな大人っぽい声でゆっくりと話し始めた。

 

 

「あ、ねぇ。欧我が眠っている間何をしていたと思う?」

 

 

「え、俺が?」

 

 

 小傘の言葉に、文ははっと息をのんで目線をそらした。かすかに顔が赤く染まっている。えっ、まさか俺が何かしちゃった?

 

 

「実はね、欧我は文の翼の中で寝てたんだよ」

 

 

「えっ!?」

 

 

 俺が、文の翼で!?確かにあの時背中から翼が生えているのを初めて見たけど、その翼で寝たってどういうこと?その状況を理解するために、脳内でイマジネーションを働かせる。つまり、横になった文の翼に包まれるようにして眠っていたということか。…っ!まさかその時に!?

 驚いた表情を浮かべながら口元に動かした右手を見て、小傘はニヤニヤという笑みを浮かべて頷いた。

 

 

「そうよ。翼を甘噛みしたりぎゅっと握ったりしていたから、その度に文が「ひゃん」とか「あんっ」とか言いながら顔を…むぐっ!」

 

 

「ちょっ、やめなさい小傘!」

 

 

 もう我慢できないと体現するかのように小傘の口を封じる文。その光景を眺めながら、小傘からされた死刑宣告に似た事実を聞かされ、俺の脳内でイメージが暴走を始めてしまった。一度暴走を始めたイメージを止める事が出来ず次々とイメージされるその時の光景。俺が眠っている間にそんなことが…。

 恥ずかしさと文の可愛さによって見る見るうちに真っ赤に染まる顔を見られまいと、

布団を引き上げて頭まですっぽりと覆い隠した。

 

 

「欧我、ちょっといいかしら?」

 

 

 そんな中、その声と共に障子の開く音が聞こえた。鼻の所まで布団をめくると、障子の所から幽々子様が中を覗いていた。慌てて起き上がろうとしたが、幽々子様からそのままでいいと言われたので再び枕に頭を乗せた。それよりも、顔が赤くなってないよね?

 

 

「はい、いいですよ」

 

 

 そう言うと、幽々子様はうんと頷いて部屋に入ってきた。その後ろには今回異変を起こした犯人である付喪神の心華ちゃんもいる。その様子から見ると俺が眠っている間に和解できたようだが、一体何の用事だろうか。

 

 

「実は、欧我が眠っている間に文と小傘と相談したんだけど、心華を貴方の家族に迎え入れてくれないかしら?」

 

 

「えっ…。しかしその子は幽々子様の手鏡…」

 

 

「いいのよ。私といるよりも、貴方たち家族の中で愛情に囲まれて過ごせば、この子の悲しみや孤独といった負の感情を癒せるんじゃないかと思ってね。それにこの子もそれを望んでいるみたいよ」

 

 

「心華ちゃんも?」

 

 

 そう言って、幽々子様の陰に隠れてじっと俺の顔を見ている心華ちゃんを見つめる。心華ちゃんは何も言わず首を縦に振った。確かに幽々子様の言う通りたくさんの愛情に包まれて過ごせばマイナスの感情も癒されるだろう。本人がそれを望んでいるのなら、俺に断る理由などない。

 

 

「はい、わかりました」

 

 

「えっ」

 

 

 俺の返事を聞き、心華ちゃんは驚いたような声を上げた。俺は何も言わず優しい笑顔を浮かべて頷いて見せる。

 

 

「おいで、心華」

 

 

「うん!」

 

 

 心華は涙目でうなずくと俺の胸に飛び込んできた。心華の身体を受け止め、優しく抱きしめる。色々とあったけど、まさか家族がもう一人増えるとは思わなかった。これからはこの家族4人で仲良く幸せに過ごしていこう。

 

 

「よろしくね、パパ!」

 

 

「パパは止めて!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、白玉楼には大勢の人々…いや妖怪が集まっていた。人間の里と妖怪の山で起こった共鳴鏡乱(きょうめいきょうらん)異変が無事に終結し、そのお祝いの宴会が開かれている。この宴会は白玉楼の主である幽々子が提案したもので、今回異変を起こした犯人である付喪神が白玉楼で生まれたことからここ白玉楼が会場に選ばれた。もちろん料理や酒といったものも白玉楼が用意したもので、欧我と妖夢が台所に立ち必死に両腕を動かした。

 宴会の会場には、今回の異変で活躍した霊夢や異変に全く関係ない宴会好きな妖怪たちがたくさん集まっていて、盛大な宴会が開かれている。そんな会場の中、欧我は料理に一段落を付け、一人離れた縁側で身体を休ませていた。

 

 

「ふぃ~…」

 

 

 今までどれくらいの時間台所に立っていたんだろうか…。今日の午後3時くらいから料理を作り始めていたのに、文の知らせを受けたみんなが殺到して開始時間である午後6時を待たずして宴会を始めてしまったから、折角作り置きしていた料理がどんどんみんなの胃袋の中に消えていった。だから次から次へ作らないといけなくなってしまった。でもこれで当分は大丈夫かな?

 大きく伸びをし、ワイワイと騒ぎまくっているみんなを眺めた。こういった宴会は眺めているだけでも楽しいし、一生懸命作った料理を喜んでくれるのは本当にうれしいからな。

 

 

「ん?」

 

 

 すると、その中から小傘と心華がこちらに向かって歩いてきた。心華は俺に駆け寄ると、ちょこんと膝の上に腰を下ろし、小傘は俺の隣に座った。どうやら全員に挨拶を済ませたようだ。

 

 

「お疲れ様。どうだった?みんなと馴染めそう?」

 

 

「うん、みんな優しそうでよかったよ!それよりも、甘えるって楽しいの?」

 

 

「えっ?」

 

 

 甘える…?

 

 

「小傘ちゃんが欧我に甘えていると幸せを感じるって言ってたから、私も甘えてみようと思って!」

 

 

「ちょ、心華ちゃん!?」

 

 

「えへへへ!」

 

 

 心華の言葉を聞き、小傘の顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていく。そっか、小傘が俺に甘えてくるのは幸せを感じるためだったんだね。でも、だったらなぜ今小傘も甘えてこないだろうか。

 

 

「小傘は甘えてこないの?」

 

 

「わ、私はいいの!だって私はお姉ちゃんだからお姉ちゃんらしくしようと思ってね」

 

 

「そっか。そういえば最近いきなり大人っぽくなったよね。この前まではずっと甘えてきたのに」

 

 

「それはねー、欧我に甘えた…ぎゃっ」

 

 

「心華ちゃん!それ以上はだめっ!!」

 

 

 トマトのように顔を真っ赤に染めて小傘は心華の口を封じた。

 

 

 

 その3人の様子を、一人離れたところでじっと見つめる文。文は1人カメラを片手に今回の宴会の取材を行ってきた。写真を撮っている途中にそんな3人の姿を見つけたのだ。3人を見つめる瞳はかすかに悲しみを抱いていた。

 

 

「文さん、飲みませんか?」

 

 

 そんな文のもとに、椛が徳利(とっくり)とコップを持ってやってきた。椛の顔は真っ赤になっていて、酒に酔っているようだった。

 

 

「ありがとう。頂くわ」

 

 

 文はコップを受け取り、なみなみと注がれた酒をじっと見つめる。そしてグイッと飲み干した。

 

 

「あ、美味しい」

 

 

「でしょ?」

 

 

 しかし、その直後頭がかぁっと熱くなってきた。いくら酒に強い私でもコップ1杯を飲み干しただけでこのようになってしまうのは、もしかして…

 

 

「も…椛、これって?」

 

 

「さぁ、向こうに一杯ありますから飲みましょうよ!」

 

 

 そう言って文の手を引っ張る椛の目は「ごめんなさい!」と訴えていた。その目からすべてを理解した文は死を覚悟した。椛に連れてこられた先には、案の定萃香と勇儀の2人の鬼がいた。

 

 

「待ってたよ、文。椛もお疲れ様」

 

 

「は、はい」

 

 

 鬼の2人の周りには空になった酒の瓶が散乱し、背後ではにとりがダウンしていた。この状況に身体がぶるぶると震えそうになるが、必死に堪えた。

 

 

「伊吹様に星熊様、お久しぶりです」

 

 

 平静を装って出した声はかすかに震えていた。

 

 

「何よ堅苦しい。それに様はつけなくてもいいよ。それよりも、身体が震えてない?」

 

 

「い、いえとんでもございません!私は震えてなど…」

 

 

「そう?そのようには見えないねぇ。私は天狗のそう言った嘘が嫌いなのよ」

 

 

「あやややっ!?」

 

 

 萃香から図星を突かれ、文の顔からは血の気が引いて行く。その様子を見て、鬼の2人はため息をついた。

 

 

「まあいい。それよりもお前、欧我に甘えたいんじゃないか?」

 

 

「えっ!?」

 

 

「さっきも欧我にじゃれる2人を羨ましそうに見つめていただろ?この際自分に正直になって本心から甘えてみればいいじゃないか」

 

 

 勇儀から言われた通り、文の心にはもっと甘えたいという気持ちがあった。しかし小傘がいつも甘えていたり、欧我に迷惑がかかるんじゃないかと思って遠慮をしていた。

 

 

「で、ですが私は…」

 

 

「何よ、正直じゃないね。ほら、こういう言葉もあるだろ?酒に酔った勢いで甘えなさいって」

 

 

 その言葉ですべてを理解した文はこの場を逃げようとしたが、それよりも早く椛に羽交い絞めにされた。どうやら逃げ出すことは想定済みだったらしい。

 

 

「さあ、一緒に飲もうじゃないか」

 

 

 そう言って萃香と勇儀の2人は真っ黒な笑みを浮かべながらコップに注がれた酒を近づける。その酒はもちろん鬼たちが飲む度数が高いものだ。

 文はこの世の終わりが来たような表情で必死にもがくが、椛の束縛からは逃れられなかった。ここで文を逃したら自分が標的にされるという恐怖心が椛の力を強くしたのだ。

 

 

「も、椛!離しなさい!嫌っ、誰か!誰…むぐっ」ゴクッ

 

 

 文の悲鳴に似た言葉は、残念ながら欧我に届いていなかった。




 
文さんが酒に酔ったらどんな行動をとってしまうのか…。
それは後編でのお楽しみ!
 


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第57話 デレデレあややちゃん

 
初めに言っておきます。
文さんがものすごくキャラ崩壊しています。
勢いに任せた結果がこれだよw

ま、まあいいや。
では後編 -文の甘えタイム- をどうぞ!


 

 縁側に座って小傘達と話していると、何やらものすごいスピードでこちらに走ってくる足音が聞こえた。その直後…

 

 

「おーうーがぁー!!!」

 

 

「きゃん!」

 

 

「ぶへっ!?」

 

 

 その声と共に文が胸に飛び込んできた。その勢いで小傘と心華が弾き飛ばされたけど、文はそのことに気づいていないようだ。弾き飛ばされた2人は打ち所が悪かったのか伸びちゃっている。猛スピードで飛び込んできた文はそのまま胸にすりすりと頬ずりをし始めた。

 

 

「ど、どうしたの?大丈夫?」

 

 

「ん~、私は大丈夫れすよ~」

 

 

 そうは言ったものの呂律は回っておらず目はうつろになっている。それよりも文から漂う酒の匂い…。間違いない、文は思いっきり酔っぱらっている。鴉天狗である文をこれほどまで酔わせる事が出来るのは、鬼である萃香さんと勇儀さんしかいない。

 

 

「大丈夫って、かなり酔っているじゃないか」

 

 

「にゃぁ~ん」

 

 

 猫の鳴きまねまで飛び出す始末。こりゃあじゃれる猫と同じじゃないか。いや、それ以上か?

 

 

「ちょっ、文…」

 

 

「文ちゃんと呼んでくらさい!」

 

 

「えっ!?……あ、あああ文ちゃん?」

 

 

「うふふふ~よくできました」

 

 

 文は笑顔を浮かべると俺の頭をいい子いい子と撫でる。文に撫でられるのはあまりないからとっても嬉しいんだけど、これはさすがに酔い過ぎだろう。いつもの文の姿からは考えられない。中身だけ一気に幼児化したような言動に、甘えられる嬉しさと突然予想外の出来事に見舞われたことに対する混乱も合わさって頭の中でグルグルと渦を巻く。

 

 

「え、ねえ文…ちゃん、どうしたの?」

 

 

「どうしたのって?私は欧我の、何?」

 

 

「えっ?……つ…妻」

 

 

「そーよ。欧我の妻はこの私。だから思いっきり甘えたっていいでしょ?」

 

 

 そう言うと今度は俺の身体を抱きしめて俺の頬に頬ずりをし始めた。頬に文のほっぺの柔らかな感触が伝わり、髪の甘い香りが鼻孔をくすぐる。そんな刺激に、一気に心臓の拍動が激しくなった。

 

 

「まったく、仕方ないな」

 

 

 その一言で文の気持ちを読み取ると、優しく文を抱きしめ返した。文だってたまには思いっきり甘えたいんだね。

 しかし、その光景を会場に集まったみんながニヤニヤしながら見ているのに気が付いて、顔が一気に真っ赤に染まる。

 

 

「むぅ~、見てんじゃないわよ!私の…ひっく…見世物じゃないんだからぁ~!」

 

 

「ちょっ、文ちゃん抑えて抑えて!」

 

 

 こりゃあ部屋の中に連れて行った方が良いんじゃないかな?俺自身みんなの視線から逃げたいと思っているし、こんな文の姿を見られたくないという思いもある。それに、みんなに見られている中ではいつ何時文が酒の勢いに任せて暴れ出すか分からない。よし、誰もいない部屋の中に避難しよう。

 文の手を握り、立ち上がって部屋の方に引っ張った。

 

 

「ほら、文ちゃんこっち」

 

 

「あー分かったぁ。欧我、もしかして私と…」

 

 

「そんなんじゃないから!」

 

 

 

 

 

 思いっきり酒に酔って豹変した文を連れて白玉楼の一室に入った。そして文の方を振り返った途端…

 

 

「それぇ!」

 

 

「うわっ!?」

 

 

 突然文が抱き着いてきてそのまま力を加える。不意を突かれたためその力を受け止める事が出来ず、畳の上に押し倒されてしまった。畳に打ち付けて腰が痛む。しかし、俺の気持ちなんか考えもせずに胸の上で頬杖を突いてじっと俺の顔を見つめながら、俺の頬や鼻を指で突っついたり耳を引っ張ったりしてくる。こんな文は今まで見たことが無い。

 

 

「えへへ~、欧我~」

 

 

「ちょっ!やめふぇっ!」

 

 

 俺の懇願もむなしく、文は頬を突っつく指を止めてはくれなかった。それだけではなく、頭を撫でたり耳たぶを摘まんだり頬を引っ張ったりとやりたい放題。逆にどんどんエスカレートしていく始末。そんなに俺の顔で遊ぶことが楽しいのかと聞きたいくらい文は笑みを浮かべていた。しばらく遊ばれていると、こんどは何故か頬をぷくーっと膨らませる。

 

 

「ねえ欧我もやってよー」

 

 

「はいはい」

 

 

 両腕を上げて文の頭をよしよしと撫でたり、柔らかくて張りのあるほっぺをすりすりと擦ったり突っついたりすると文は「えへへへ~」と言いながら満足そうで気持ちよさそうな笑顔を浮かべる。その普段は見せないような笑顔を見て思わず可愛いと心の中で叫んでしまった。くそっ、理性を失ってはいけない。あくまでペースを崩さないように…

 

 

「あ、そうだー。ねぇあれをやってみない?ほらー、早苗さんが言っていた何とかゲームっていう…」

 

 

 そう言いながら懐から何やら細いものを取りだし俺の口にくわえさせた。その行動と何とかゲームというワードを聞き、何がしたいかを理解した途端顔が真っ赤に染まっていった。

 そ、そんな!?ま、まさかあのポッキーゲーム!?

 

 

「ちょ、ちょっとまって!今日は11月11日じゃないし、それにこれはポッキーじゃなくてスルメ…」

 

 

「細かいことはいいのよ!ほら、始めるわよ」

 

 

 俺の言葉なんかお構いなしに文はやる気満々のようだ。酔いが回ってきたのか先ほどよりも目はうつろで顔も真っ赤だ。しかもいつもより少しテンションが高い。

 もうどうにでもなれ。俺は諦めてスルメを口にくわえ直し、目を閉じた。

 

 

「んっ!?」

 

 

 しかし、その直後唇同士が重なり合った感触に驚いて思わず目を見開いた。目を見開くと間近にトロンとした文の目があり、その光景がドキドキに拍車をかける。

 その目が閉じられたかと思うと…

 

 

「んんっ!?ん~~っ!!」

 

 

 口の中に文の舌が入り込んできた。そのいつもより激しいキスをされたのはわずか数秒だったが、驚きと混乱とドキドキによってかなり長く感じられた。唇が離され、2人の口の間を細い線がツーっと繋ぐ。

 

 

「えええええっ!?ちょ、ちょっと文ちゃん!?」

 

 

「はぁ、美味しかった」

 

 

「ちょ、ちょっと…」

 

 

 俺の身体に馬乗りになり、満足そうな笑みを浮かべる文。このままいったら理性が保てなくなる。ここは一旦落ち着いて…

 

 

「まったく、やり方が違うよ」

 

 

 え、俺今なんて言った!?明らかに自分の気持ちとは全く違うことを言っていなかったか?

 文を身体の上から降ろし、向かい合わせで座らせた。

 

 

「今からやり方を教えるからスルメを口にくわえて」

 

 

 心の中では一旦離れて落ち着こうと願っているのに、なぜか自分の言動を制御することができない。今まで見てきた文の甘えてくる言動に影響され、もう自分のブレーキが利かなくなっていた。

 文はもう1本のスルメを取り出すと口にくわえてじっと俺の顔を見つめてくる。ああもう、なんて可愛いんだ…。

 

 

「じゃあ、目をつむって。あ、スルメは離さないでね」

 

 

 コクンと頷いて目を閉じた文の顎にそっと手を添えると、唇を近づけスルメを少しかじる。思っていたよりも柔らかいのか、スルメは簡単にかじり取る事が出来た。味は全く分からなかったが。

 その後も少しずつスルメを食べ進めていく。どんどん短くなるスルメ。どんどん近づく2人の唇。

 

 

「こうやって、少しずつ食べ進めていくの。そうすれば、このキスまで続くドキドキを味わうことが…」

 

 

 俺の身体の動きがピタリと止まる。なぜなら、すぐ目の前に文の顔があったからだ。今まで、こんな近くで文の顔を見つめる事なんて片手で数えられるくらいしかなかったかもしれない。酒なのか恥ずかしさからなのか真っ赤に染まってはいるが、白く滑らかで張りのある顔にきりっと引き締まった鼻、きれいに整った眉にさらさらで(つや)やかな黒髪、(なま)めかしい唇は少し突き出されている。それらが見事に一体となった文の顔はこの世界の誰よりも可愛いと断言できる。

 そんな可愛い顔をじっと見つめていると、自分の中の何かが外れたような音が聞こえた。文の口にくわえられたスルメを取り上げると、両腕を頭の後ろにまわして唇を重ね合わせた。

 

 それからの記憶が曖昧になってしまったが、気が付いたら文は俺の膝を枕にしてぐっすりと眠っていた。周りには空になった徳利やコップが転がっているところからすると、部屋の中に酒を持ち込んで2人で飲んだのだろう。確かに今酒に酔っていて頭が痛い。あ、言っておくけど2人とも着衣の乱れは無いぞ。

 それにしても、まさか酒に酔った文があれほどまで甘えてくるなんて思いもしなかった。何度心の中で可愛いと叫んでしまったことか…。でも、酒に酔ったことで本来の気持ちがあらわになったことを考えれば文はもっと俺に甘えたかったんじゃないかな?もしそうだとしたら今までずっとその気持ちを我慢してきたことになる。今まで我慢して押さえ込んでいた感情が酒に酔ったことで一気に解放されたとすれば、今回の行動も理解できる。たまには俺も文に甘えてみよう。根拠はないけど、そうすれば文も嬉しいんじゃないかな?

 

 

「ふぁ~あ…」

 

 

 文の寝顔を眺めていたら、突然睡魔に襲われた。文も寝ているし、俺もそろそろ寝るか。

 

 

「文、お休み」

 

 

 頭をよしよしと撫でながらそう呟くと、膝から頭を降ろす。

 さっき文は俺に思いっきり甘えてきたから、今度は俺が甘える番だよね。文を抱き枕にして寝よう。

 文の身体を、抱き枕をするように抱きしめると目を閉じてすやすやと寝息を立てた。今日は、いい夢が見られそうだ。

 

 




 
次回予告。

ついに「レストラン白玉楼」建設決定!

もうレストラン要素ゼロなんて言わせません!
(↑地味に気にしていた人)


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番外編Ⅰ ☆クリスマス特別短編物語☆
欧我の初めてのクリスマス


みなさんこんにちは!
例年通り1人でクリスマスを過ごしている戌眞呂☆です。
 
今回初めての時事ネタに挑戦してみました。
風呂の中で思い浮かんだネタを膨らませたらいつのまにかネタよりもその前後の方が比率が重くなっちゃったけどねw
 
それでもよかったら読んでください。


その前に注意事項があります。
レストラン白玉楼内では今6月です。つまりそれから6か月後のクリスマスを前倒しして書いているので、着工していないはずのレストランが出来ています。その他にもネタバレらしきものも出てきますので、それが嫌な人は読むのを控えてください。

それでは、クリスマス短編の番外編、どうぞ!!


 

 窓の外を見れば、いつの間にか真っ白な雪がはらはらと空中を舞っている。雪が降り積もり、白一色に染まった外と比べて、レストランの中は色鮮やかな飾りつけや電飾など、まるで虹のような輝きに包まれている。ホールの中央には豪華にデコレーションされた巨大なもみの木がドンと立ち、天辺には銀色の星が燦然と輝いている。

 そう、今日は12月23日。クリスマスイブの前日だ。今日はレストランを休みにして、明日の夜7時から行うクリスマスパーティーの準備を行っている。幻想郷に来てから初めてのクリスマス。意外にもここ、幻想郷に住むみんなにはクリスマスを祝うという概念が無かったためクリスマスパーティーを開催すると宣伝しても今一反応が薄かった。唯一喜んでくれたのは早苗さんたち守矢神社のみんなだけだったな。まあいつも通りの宴会になっても楽しいからいいや。

 

 

「飾りつけの方はどう?」

 

 

 キッチンから顔を出し、ホールで飾り付けを行っている文と小傘、そして心華の方に声をかけた。3人とも明日のパーティーに向けてレストランの飾りつけを手伝ってくれているのだ。

 

 

「バッチリよ!」

 

 

 そう言う文の足元には鈴奈庵から借りてきた雑誌が何冊も積みあがっている。どうやらその雑誌を見て店内を飾りつけているみたいだ。

 

 

「ねー欧我、本当にこれを着なきゃだめ?」

 

 

「もちろん。雰囲気だって大切だよ」

 

 

 そう言って赤いボンボンの付いた帽子を怪訝そうな眼差しで見つめる心華。心華の気持ちも分からないではないが、サンタさんの格好をして接客をすればその分雰囲気も出て盛り上がるんじゃないかな。

 でも、アリスさんにサンタの衣装をお願いしたら心華の衣装がミニスカートで来たのは理解しがたいが、絶対寒すぎるだろう。まあその分レストラン内を暖かくすればいいや。

 

 

「大丈夫だよ。それに俺だって着るしさ、真っ白なお髭だって生やしちゃうよ」

 

 

 そう言って空気を固めて白色を付けた髭を口元に当てたら3人が声を出して笑ってくれた。やっぱりこういった家族で笑いあうと本当に幸せを感じる。みんなに笑顔を向け、調理を再開した。

 

 

「ねえ、そう言えばクリスマスって何をするの?」

 

 

「クリスマスはね、とっても幸せな1日なんだ」

 

 

 文からされた質問に手を休めずに答える。脳内でクリスマスの華やかな光景をイメージしながら。

 

 

「クリスマスの日は大好きな人と一緒に過ごし、プレゼントを送り合うんだ。日ごろ渡せない高価な物とか、お互いに欲しいものをプレゼントしあう。そして夜の料理も豪華なものになる。七面鳥の丸焼きや揚げたチキンに…」

 

 

ガシャーン!!

 

 

 突然響いた騒音に驚いて料理の腕が止まった。慌ててホールの方を見ると、文の足元に大きな星の飾りが転がっている。どうやらこの飾りが手元から落ちて音を立てたようだ。文は体をプルプルと小刻みに動かしている。俯いているため表情をうかがうことはできない。一体どうしたというのだろうか…。

 

 

「今…なんて言いましたか?」

 

 

「あっ!?」

 

 

 文の一言を聞き、全てを理解した俺は慌てて口を押えた。しかしその行動はもう遅かった。一度放った言葉は取り返しがつかない。

 

 

「七面鳥の丸焼き…?挙げたチキン…?」

 

 

 うっかりしていた。いや、楽しい光景を思い浮かべたことですっかり忘れていた。文は“鴉”天狗だと言う事に。俺は文と出会ってから、極力鶏肉を使った料理を作らないようにしていた。幽々子様の専属料理人になってからも、文がいる日は鶏肉を使った料理を避け、いない日に限って唐揚げとかを作っていた。

 そう、文にとって鶏肉料理は許し難い凶行であり、嫌悪感を抱く対象でもあるのだ。

 

 

「欧我…今すぐクリスマスを中止して」

 

 

 文の発した声も震えていた。

 

 

「それは無理だよ。俺が配った招待状にもデカデカと載せてあるから今更中止なんて…」

 

 

「じゃあ七面鳥とチキンだけ無しにしてくれれば…」

 

 

「ごめん。それも招待状に…」

 

 

「もういいわ!そんな野蛮な行為許さないんだから!!」

 

 

 そう叫んだ文の目には涙が溜まっていて、今にも零れ落ちそうだ。そしてそのままレストランを飛び出し、寒く凍える夜の冥界へと飛び出していった。俺はその光景を、ただじっと見つめることしかできなかった。文が怒鳴るところなんて、初めて見た。

 今までワイワイと明るかった店内が、一気にシーンと静まり返る。その光景に耐えられず、俺は声を上げてうずくまった。

 

 

「だ、大丈夫!?」

 

 

 小傘と心華が駆け寄って心配してくれた。しかし、それでも心の中に吹く冷たい吹雪は一向に収まらなかった。文に怒鳴られ、目の前からいなくなってしまったショックが心にズンと重くのしかかる。

 

 

「うん、ありがとう。大丈夫だよ…」

 

 

 心配させまいと放った言葉に元気は無く、傍から見ても分かるくらい落ち込んでいた。

 

 

「元気ないよ?ほら、笑顔笑顔!」

 

 

「うん…」

 

 

 小傘に言われ、精いっぱいの笑顔を浮かべる。

 

 

「うわ、引きつってる」

 

 

「ちょっと心華ちゃん!」

 

 

 心華からのとどめの口撃がグサッと心に突き刺さり、膝の間に顔をうずめた。あれ、目から何かが零れ落ちているぞ…。

 

 

「あっ、ご、ごめんなさい!!」

 

 

「いいよ、気にして無い…」

 

 

 慌てて謝った心華の頭を優しく撫で、立ち上がって空中に浮かんだ。そしてそのままゆらゆらとレストランの出口を目指した。

 

 

「ね、ねえどこ行くの?料理は?」

 

 

「今日はもう休む。料理は明日やるよ…」

 

 

 もう、料理を続ける気力なんか残されていなかった。大切な人がいなくなったことでボロボロになった心に冷たい隙間風が吹き荒れている。ドアを開けるとカランカランとベルが鳴り響いた。いつもは来客を知らせる心地よい音のはずなのに、今はやけにむなしく聞こえる。店内を振り返ることもなくレストランを後にした。

 

 自室に戻り、押し入れから布団を引っ張り出して寝転がった。いつも隣で寝ているはずの文はいなく、小傘や心華の姿もない。真っ暗な部屋の中、ただ一人布団に包まってぼおっと虚空を眺める。

 頭の中では、文の一言が何度も響いていた。

 

 

『もういいわ!そんな野蛮な行為許さないんだから!!』

 

 

「ああああぁっ!何やってんだよ!!」

 

 

 言い表せない後悔が、怒号となって弾き出される。固く握りしめた拳を強く振り下ろした。振り下ろしたところが布団の上だったので痛みはなかったのだが、心は比べ物にならないほど痛かった。

 今回ばかりは俺が悪い。文への気遣いが…足りなかった。

 

 

「……本当に…馬鹿だな」

 

 

 頬を一筋のしずくが流れ落ちた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌日、クリスマスイブの昼。

 白玉楼には魔理沙とアリスの姿があった。

 

 

「お、可愛いじゃないか!やっぱりアリスはこういうもの作らせた右に出る者はいないな」

 

 

「ありがとう魔理沙。どうやらサイズもピッタリで安心したわ」

 

 

 2人が白玉楼にいる理由。それは今日のパーティーで着る心華のサンタコスチュームの確認に来たのだ。2人の目の前にはサンタのコスチュームを着て恥ずかしさのあまり顔を真っ赤に染めた心華がいた。

 

 

「で、でも下がスースーする…。すっごく寒いよ」

 

 

 今の心華の衣装、頭には赤いおなじみの帽子をかぶり、上は真っ赤なケープを羽織り、胸元には白いボンボンが2つ付いている。ここまではいいのだが、下は裾に白いもこもこが付いた膝上のミニスカート。真冬なのにミニスカートでは寒いのは当たり前である。細くすらっとした脚には鳥肌が出来ていた。

 

 

「うーん、可愛いと思ったんだけどなぁ」

 

 

 そう言って魔理沙は頭を掻く。どうやらこのミニスカートという案は魔理沙が出したようだ。

 

 

「ならこれを着たら?これは熱を吸収してくれる生地で作ったから温かいと思うわ」

 

 

 そう言ってアリスが差し出したのは黒いタイツだった。心華はそれを受け取って早速脚を通す。

 

 

「本当だー!ちっとも寒くない!これなら雪の中をビューンってしても平気!欧我ー、どう?似合う?」

 

 

 脚が寒く無くなったことが嬉しいのか、心華は飛び跳ねたり走り回ったりしてはしゃいでいる。そして欧我に声をかけたのだが、返ってきたのは「うん」という返事だけだった。

 

 

「どうしたんだ?いつもの欧我らしくないぜ」

 

 

「それは後から話すよ」

 

 

 心配そうな表情を浮かべる魔理沙たちに対して、心華は小さい声でそう伝えた。今欧我がいる状況で話したら、今以上に傷ついてしまうかもしれないと思ったからだ。

 

 

「ここにいたのですか!」

 

 

 するとその時声が聞こえたかと思うと、欧我のもとに妖夢が姿を現した。

 

 

「あ…どうしたの?」

 

 

「どうしたのじゃないですよ!ほら、買い物に行くよ!」

 

 

「はーい…」

 

 

 欧我は重い腰を上げると、妖夢の後について空中に浮かび上がり、白玉楼から出て行った。心華たちにとってナイスタイミングである。

 

 

「欧我がいなくなったわね。それで、何があったの?」

 

 

「実はね…」

 

 

 心華は昨日の夜あったことを魔理沙たちに話して聞かせた。鶏肉料理発言で喧嘩をしたこと、その喧嘩のせいで文が出ていったこと、文が出て行ってから欧我の元気が無くなったこと…。

 その話を聞いた2人は…。

 

 

「「はははははっ!」」

 

 

 声をあげて笑っていた。

 

 

「なんだ、心配して損したぜ。ただの夫婦喧嘩でそんなに落ち込むものか?」

 

 

「欧我らしいと言えば欧我らしいのかもね」

 

 

 ひとしきり笑った後、魔理沙は何かを理解したようにうんうんと頷いた。

 

 

「だからか。だから文はあんなことをしていたのか…」

 

 

「ああ、あれね」

 

 

「え、えっ、何があったんですか?」

 

 

 2人の言葉を聞き、心華は首をかしげた。ニヤニヤした笑みを浮かべた魔理沙は小声で話し出した。

 

 

「じつはな、ここに来る時に見かけたんだが…」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 まったく、一体何があったのだろうか。隣を飛ぶ欧我を眺めながらはぁとため息をついた。昨日の夜から突然元気が無くなり、今朝だって幽々子様の朝食を作りには来なかった。こんな日は今までなかったからものすごく心配になる。どこか具合が悪いのだろうか。欧我に聞いても、「別に大丈夫」と言うだけで他には何も話さない。まあ、時間が解決してくれることを祈るしかない。私がどう足掻いても何の役にも立たないだろうから。

 

 

「もうすぐ人里に付きますよ。ほら笑顔をしてください」

 

 

「うん…」

 

 

 そう言って浮かべた笑顔にはやっぱり元気がなかった。これで大丈夫なのだろうか。

 

 

 

 

 

「「えっ、ええっ」」

 

 

 人里に降り立って目に留まった光景に思わず二度見をしてしまった。その直後欧我は能力を発動して姿を見えなくした。2人の目線の先には…

 

 

「クリスマスはんたーい!!」

 

 

「野蛮な行為を許さなーい!」

 

 

「クリスマスの中止をー…」

 

 

「ほら椛、もっと声を出す!」

 

 

「は、はーい…」

 

 

 里の一角を陣取って文とはたて、そしてミスティアとやる気のない椛の4人が「クリスマス反対!」、「鶏肉料理という野蛮な行為を撲滅しよう!」と書かれた横断幕を掲げて声を張り上げていた。4人とも背中に旗と頭に鉢巻、ミスティアは即興で作り上げたクリスマス反対の歌をマイク片手に歌い上げている。

 その光景に呆気にとられていると、隣にいる欧我が頭を抱えるようにうずくまった。いや姿は見えなかったけど発した声からしてそうだという予想を立てた。

 

 

「一体文さんに何があったんですか?」

 

 

「ちょっとこっち来て…」

 

 

「ちょっ、いきなり引っ張らないでよー!」

 

 

 いきなり引っ張られたことで転びそうになりながらも欧我の後について人気のない路地裏まで足を運んだ。文の目が届かないと判断した欧我は能力を解除して姿を現した。その顔には悲しみと後悔の色が浮かんでいる。

 

 

「それで、何があったんですか?もしかして元気が無いのも…」

 

 

「うん、そうなんだ。まさかあんな事をしているなんて思わなかった…」

 

 

 そう言って欧我は語りだした。昨日の夜レストランで起こった出来事を。

 鶏肉料理発言で喧嘩をしたこと、その喧嘩のせいで文さんが出ていったこと、まさかそのせいであんなデモ活動をするまでに発展していたこと。文さんをデモに駆り立てた原因が自分にあると知って欧我はかなり落ち込んでいるようだ。

 その話を聞き、思わず吹き出してしまった。だって、元気がない理由が夫婦喧嘩だったなんて笑わずにいられますか。しかも喧嘩の原因は鶏肉料理って。

 

 

「わ、笑わなくてもいいじゃないか!こっちはものすごく反省しているんだよ!」

 

 

「だったら、今謝りに行けばいいじゃない。丁度文さんもいることだし」

 

 

「で、でもあんなデモをしている所に行けないよ!原因を作った俺が!」

 

 

「謝りたいんでしょ?」

 

 

「うん、そうだけど…でも…。ねえ、文の話を聞いて来てくれないかな?」

 

 

「え、なんで私が!?」

 

 

「だ、だって!ほら行ってよねぇ!」

 

 

「わ、ちょっと押さないでよ!」

 

 

 欧我に背中を押されるまま道に飛び出した。そして運悪く文たちに見つかってしまった。

 

 

「妖夢さん!ちょうどいいところに!あなたも一緒にクリスマス反対運動をしませんか?」

 

 

 そう言って鉢巻片手に走り寄ってきた。私にはクリスマスに反対する理由が分からなかったが。

 

 

「クリスマスって、お互いにプレゼントを渡しあう幸せな日だと来ているんですが、どうしてそんなに反対しているのですか?」

 

 

「だって、クリスマスには鳥を丸ごと焼いたものや揚げたものを食べるんですよ?そんな野蛮で残虐な行為を許すことはできませんよ!」

 

 

 そう言って力説する文さん。それに続いてミスティアさんとはたてさんも「そうだそうだ!」と賛同の声を上げる。そっか、この人たちは鳥に関係しているんだった。鳥が鳥を使った料理を許すことはできないんだ。

 

 

「でも、クリスマスがなくなったらプレゼントを贈れなくなりますよ。欧我からプレゼントをもらえないんですよ。それでもいいんですか?」

 

 

「えっ…」

 

 

 欧我という言葉を聞き、文の顔が曇った。その反応を見て文の心理を理解した私はちょっと畳みかけてみることにした。

 

 

「欧我だって反省しているんですよ。あなたが飛び出して行ってからずっと元気が無くて落ち込んでいます。謝りたいと思っているのですから、文さんもこんなことを止めて欧我のもとに行ってみたらどうですか?」

 

 

「欧我…」

 

 

「夫が待ってますよ」

 

 

 それだけ言い残して、踵を返して文さんの前を後にした。後は文さんの行動に任せよう。

 

 里を飛び出し、冥界へと向かっていると隣に欧我が姿を現した。今まで姿を消して後をついてきたみたいだ。

 

 

「それで、どうだった?」

 

 

「ふふっ、大丈夫よ。文さんも心では反省しているみたいだから」

 

 

 そう言って欧我に笑顔を向けた。私の笑顔を見て欧我は首を傾げただけだった。まったく、夫婦って難しいものなんですね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夜、いよいよ待ちに待ったクリスマスパーティーの時間がやってきた。レストランの飾りつけも2人の衣装もバッチリと決まっている。しかし、結局文が現れることは無かった。欧我にとって一番大切なものが欠けているため、欧我の顔に笑顔は浮かんではいない。

 そして大勢のお客様が集まって盛大なパーティーが開催された。欧我と心華のサンタのコスチュームは思っていた以上に好評で、写真屋がたくさんの記念写真を撮りまくっていた。巨大なクリスマスツリーを囲う様にして配置されたテーブルに座って欧我が作り上げた料理を食べながら盛大に盛り上がっている。いつも通り宴会となってしまったパーティーは活気と笑顔に溢れ、とても幸せなひと時となっているが、主催者である欧我の真っ白な髭で隠れた顔には終始笑顔が見られなかった。いや、笑顔を浮かべてはいるのだが、いつものような明るい笑顔ではなく若干作られたようなぎこちないものだった。

 

 

「欧我、元気無いよな」

 

 

「仕方ないわよ、ここに大好きな文がいないんだから」

 

 

 欧我に元気がないことを心配するような会話があちこちでされるが、厨房で作業を続ける欧我の耳には届いていなかった。その話が聞こえるたびに心華が料理を運びながら欧我に元気がない理由を話して回っている。

 

 

「ごめんね、欧我には言わないであげて」

 

 

「わかった。心華も大変だな」

 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

 

 無事にパーティーも終盤に差し掛かり、いよいよプレゼント交換の時間がやってきた。これまでのパーティーは予想以上に盛り上がり、たくさんの笑顔の花が咲き乱れた。しかし、俺の心の中は未だに冷たい吹雪が吹き荒れている。結局、文は来なかったな…。

 そう言ってホールの方に目を向けた直後…

 

 

「あっ…」

 

 

 窓の外に目が釘付けになった。窓の外から、文が中をじっと見つめていたからだ。お互いの目があった途端文は顔を真っ赤にして影に隠れてしまった。

 

 

「文!!待って!!!」

 

 

 はっと我に返ると文の名前を叫びながら集まってくれたみんなをかき分け踏みつけてレストランの外に飛び出した。雪が降りしきる中、文は窓の下にしゃがんで身を隠していた。

 

 

「文…」

 

 

「っ、お、欧我!?」

 

 

 名前を呼ばれ、文は慌てて立ち上がる。2人とも何も言わずに気まずい雰囲気が辺りに漂う。

 やっぱり俺は文と一緒にいなければ心から笑顔になる事が出来ない。文と一緒にパーティーを楽しみたい。その気持ちが心の中で湧き上がってくる。謝るんだろ、俺。謝って文と笑い合わないと。そう自分を勇気づけ、じっと文を見つめる。

 

 

「文、本当にごめん!」

 

 

 謝罪の言葉を述べ、ものすごいスピードで頭を下げた。

 

 

「あの時は本当にごめんなさい!文の気持ちも考えずに酷い事を言ってしまって。文が出ていったことは分かる、でも俺には文がいなくちゃダメだ。俺は文と一緒に笑い合っていたい。だから戻って来てくれないか?」

 

 

 自分の気持ちを口に出し、文の返事を待つ。鼓動が激しくなり、ドキドキと音が聞こえるようだ。一瞬という長い間文は何の言葉を発しなかったので諦めかけていた時、俺の肩にポンと手が置かれた。驚いて顔を上げると、文の若干泣きそうな顔があった。

 

 

「ううん、いいの。私の方こそごめんね。私も欧我と一緒にいないと、悲しくて心にぽっかりと開いたような気持ちになるの。私も欧我の元から離れたくない。だから…だから、ごめんなさい!」

 

 

 目に涙をためながら、文も頭を下げた。俺は何も言わず文の肩に手を置くと引き寄せて抱きしめた。お互いに抱きしめあっていると、心の中に積もっていた悲しみという雪が溶けていくような、温かい気持ちに包まれる。身も心も温かくなり、自然と涙が溢れだした。

 

 

「文もパーティーに参加してくれる?」

 

 

「うん」

 

 

「じゃ、行こうか」

 

 

 文を体から離し、じっと見つめあう。その直後いきなり文が笑い出してしまった。

 

 

「何よ、その格好!やっぱり間近で見たら髭なんて似合ってないじゃない」

 

 

 そう言って俺の顔についている髭を取り上げた。

 

 

「ほら、こっちの方が欧我の笑顔をよく見れるでしょ。それに…」

 

 

 そう言った途端文は背筋を伸ばして俺の唇に唇を重ね合わせた。いきなりのキスに驚いたが、唇から伝わってくる温もりはとても心地の良いものだった。

 

 

「メリークリスマス、欧我」

 

 

 唇が離され、文の発した一言にドキドキして顔が真っ赤に染まったが、文の笑顔を見て俺も笑顔を浮かべる。

 

 

「うん、メリークリスマス。じゃあ中へ行こうよ」

 

 

「ええ」

 

 

 そして文の手を引いてレストランの中に戻った。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 レストランの中に入った途端、割れんばかりの拍手に包まれた。突然沸き起こった拍手の理由が分からずにキョトンとしてしまったが、途端に恥ずかしくなり文と見合わせて顔を真っ赤にしながら笑いあった。

 その後文と一緒に特製のケーキを楽しんだ後、いよいよ待ちに待ったプレゼント交換の時間がやってきた。

 

 

「さあ、いよいよプレゼント交換の時間がやってきました!皆さんプレゼントを持って来ましたかー?」

 

 

「はーい!!」

 

 

 掛け声に合わせて、会場のみんなが様々なものを取り出した。きれいに飾り付けられたもの、袋に入っただけのもの、キノコ、人形など実に様々なものがある。でもその前に、真っ先にプレゼントを渡したい人がいる。

 

 

「その前に、俺から大好きな人へプレゼントを渡そうと思います。文、おいで」

 

 

 文のいる方に向かって手招きをすると、驚きと嬉しさが混じったような表情を浮かべた。そして席を立つと隣に立ってじっと俺の顔を見つめてくる。俺は笑顔を浮かべながら懐から綺麗に包まれたプレゼントを取り出し、文に手渡した。

 

 

「はいこれ、俺から大好きな文に。開けてみてよ」

 

 

「うん!」

 

 

 ビリビリと包み紙をほどくと、中から出てきたのはオレンジ色のマフラーとニット帽、そして暖かそうな手袋だった。

 

 

「わぁー!これって!!」

 

 

「そうだよ。これからどんどん寒くなっていくけど、寒い中でも取材ができるようにって思ってね」

 

 

 ウィンクをしながら文に笑いかけた。いつも元気な文でも、何時風邪をひいたりするか分からない。そうならないために温かくしていれば大丈夫だろうと思って里を探しまわって手に入れたものだ。

 

 

「ど、どうかな?」

 

 

「とっても似合ってるよ。すっごく可愛い」

 

 

「もう欧我ったらぁ。ありがとう、大切にするわ」

 

 

 プレゼントされたニット帽をかぶり、文は笑顔を浮かべた。その笑顔はとても眩しく輝いていた。

 

 

「ねーねー、私たちのは?」

 

 

「文だけずるい!私にも!」

 

 

 その光景を見て心華と小傘が口をそろえる。

 

 

「大丈夫だよ、ちゃんと後で渡すから」

 

 

「本当に?絶対だよ!」

 

 

「やったー!じゃあ私はマフラーがいい!」

 

 

 プレゼントを用意していると知った直後2人は嬉しくて思わず飛び跳ねて喜んだ。本当に俺は幸せな家庭に包まれている。幻想郷で初めて迎えたクリスマス。いろいろあったけど、大好きなみんなと一緒に過ごす事が出来てとても幸せな一日になった。

 

 

「さあ、皆さんもプレゼント交換をしてください!そして最後までクリスマスパーティーを楽しんでください!!」

 

 

 そして幻想郷に来て初めて開かれたクリスマスパーティーは夜遅くまで続いた。文と小傘、そして心華の家族に包まれて楽しそうにはしゃぐ欧我の顔には、いつものまぶしい笑顔が戻っていた。

 




 
いかがでしたでしょうか!
基にした文のクリスマス反対デモというネタが少ししか出てこなくてちょっと微妙な出来になってしまいましたが…。

まあこう言った欧我と文の甘い展開の物語が俺からのクリスマスプレゼント!
喜んでくれるとうれしいなーなんてw


そして、もう一つプレゼントがあります。物語の中で出てきたサンタのコスプレをした心華ちゃんを描いてみました!
それがこちらです!
【挿絵表示】

どうでしょう、可愛く描けているでしょうか。


では、これからもレストラン白玉楼をよろしくお願いいたします!!
さぁてレストラン着工だぁ!


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第9章 レストラン建設開始!
第58話 重大な問題の発生


 
今更ですが…
明けましておめでとうございます!!

今年も頑張って執筆していくので応援をよろしくお願いいたします!


 

 共鳴鏡乱異変解決後の宴会で大いに盛り上がっていた白玉楼はいつも通りの静けさを取り戻し、中庭には心地よい風が吹き抜け、小鳥たちの歌が風に乗って運ばれてくる。縁側に腰を下ろして足を投げ出し、真っ青な空を見上げると、小さな雲が青色の海を気持ちよさそうに泳いでいた。太陽の暖かな光が降り注ぎ、ポカポカした陽気が非常に心地いい。このままでいると安らかなお昼寝の世界に誘われてしまうかのような最高の状態だ。

 

 

「はぁ…」

 

 

 最高の状態に似合わないため息を一つ。外の天気とは裏腹に、心の中はもやもやとした暗雲や濃霧などが隙間なく立ち込めていた。

 

 

「どうしたもんかなぁ…」

 

 

 誰かに解決策をすがるかのように呟いた言葉はむなしく空中を漂い、そして消えた。今、白玉楼は重大な問題に直面している。死活問題になりかねない重大な問題だが、その問題を作り出したのは自分だと言っても過言ではないだろう。そのために今俺は頭を悩ませて解決策を練っている。重大な問題、それは…

 

 

「「「おどろけー!!」」」

 

 

「うわぁあ!?」

 

 

 真後ろからの襲撃を受け、驚かされた拍子に勢い余って縁側の下に落ちてしまった。くそっ、打ちつけたお尻が痛い。縁側の上に目を向けると、俺を驚かして下に叩き落とした犯人の姿が見えた。主犯は予想通り小傘だが、その隣に心華とメディちゃんがいるのはどうしてなんだろう。ってか俺の心配をしたらどうなんだ?

 

 

「もう、いきなり驚かさないでよ!」

 

 

 打ち付けたことでジンジンと痛むお尻をさすりながら文句を言ってやったが、驚かしが成功したことで喜びあっている3人の耳には届かなかった。何だろうね、小傘達の満足そうな笑みを見ていたら怒りが和らいでくるよ。

 

 

「ちょっとは俺の気持ちも考えてくれたらどう?」

 

 

「あっ、ごめんなさい!」

 

 

 わざと低めの声で言うとようやく気付いたようで、3人は慌てて謝ってきた。うーん、どうしてこうも申し訳ない気持ちになってくるのかなぁ。そんな不思議な感情を抱きながら縁側に座りなおす。

 

 

「で、3人そろって何か用事かな?」

 

 

「うん、実は欧我に伝えたいことがあって」

 

 

「俺に?」

 

 

 なんだろう、3人そろって俺に言いたいことがあるって。まさかまた何かやらかそうとしているんじゃないだろうか。小傘の発言に、無意識に身構える。

 

 

「実は私たち同盟を組んだの!名づけて“付喪神同盟”!」

 

 

「…はい?」

 

 

 予想外の言葉が飛び出し、無意識の内に気が抜けたような声が出てしまった。一瞬自分の耳を疑ってしまったが、小傘達に聞き直したらはっきりと「同盟」と答えた。え、ど、同盟!?同盟を組むっていったいどういう事なんだ?その直後脳裏に浮かんだのは数日前に起こった白玉楼襲撃の光景。まさか…

 

 

「まさかまた異変を起こすんじゃないだろうな?」

 

 

「ううん!もう異変は起こさないよ!」

 

 

 心華は慌てて否定した。どうやら俺と小傘に敗れたことで悔い改めたのだろう。そうであれば信じてやりたいが。

 

 

「じゃあ、何をするの?」

 

 

「道具を大切に扱ってもらうように人々に注意して回るのよ。もう心華ちゃんが悲しまないようにね」

 

 

 メディちゃんからの返事を聞き、ほっと息を吐いた。心華の事を考えての同盟だと知って胸を撫で下ろす。でも注意して回って大丈夫なのだろうか。小傘達の事だからさっきのように驚かしてから注意するのだろう。ちょっとしたことなのにこんなにも心配に思うのは親心が芽生えた証拠なのかな?

 

 

「そっか、わかった。でも気を付けてよ。今回の異変で付喪神に恨みを抱いている人がいるかもしれない。特に心華にはね。だから驚かす行為はほどほどに、危ない所に行ってはいけないよ。危ないと感じたら迷わず逃げること。逃げ出す判断と勇気を忘れずにね」

 

 

 3人の頭をよしよしと撫でながら優しく言い聞かせる。今回の異変で道具に操られ仲間を殺そうとした人たちには異変を起こした主犯への憎悪が渦巻いているだろう。その主犯はほかでもない、心華なのだ。

 

 

「じゃ、気を付けてね!」

 

 

「うん!」

「じゃーね!」

「またね!」

 

 

 同盟を組んだ3人は俺に手を振ると上機嫌に元気よく空へと飛び上がって行った。

 

 

「コンパロコンパロ~!♪」

「パラリロパラリロ~!♪」

「おっどろけおっどろっけ~!♪」

 

 

 なんかとっても上機嫌なようだ。

 

 

「賑やかになったわね」

 

 

 空を飛んで行く3人を眺めていると、文がやってきて隣に腰を下ろした。

 

 

「いや、騒々しくなったんじゃないかな」

 

 

 そう言って文が差し出した湯呑を受け取った。湯呑の中には湯気がふわふわと立ち上る熱々の緑茶がなみなみと注がれていた。口元に持ってくると優しい香りが鼻を抜けほっと落ち着く事が出来る。唇をつけ、身体の中に流れてくる温もりを楽しんだ。

 

 

「美味しい。腕を上げたね」

 

 

「ありがとう。欧我に褒められるとすっごく嬉しいわ」

 

 

 文の嬉しそうな笑顔に頷いて笑顔を向けると、再び湯呑に唇をつけて緑茶を楽しんだ。そしてそのまま文の肩にもたれ掛る。宴会で起きたあの一件のお蔭で甘えるのもいいなと思うようになったからね。それになんか幸せな気分。

 

 

「でも、さっきから何を悩んでいるの?苦虫をてんこ盛り噛み潰したような顔をしてたけど」

 

 

「俺ってそんなに不機嫌な顔をしてたんだ。うん、実はね…」

 

 

 湯呑に少し残っている緑茶に目を落としながら、今まで頭を悩ませていた問題について話し始めた。自分自身が引き起こした、重大な問題について…。

 

 

「実は、食糧庫に備蓄された食糧が、今日の昼食を作った段階で底をついた」

 

 

「ええっ!?」

 

 

 文は驚きの声を上げると目を見開いて俺の顔をじっと覗き込んできた。俺はそれに苦笑いをして答えることしかできなかった。

 

 

「じゃ、じゃあ今日のおゆはんはどうするの!?食材が無ければ作れないよね。っていうか底をついたってどうして?何があったの?」

 

 

 文の留まるところを知らない質問を手で遮ってため息を一つ。「それはゆっくりと順を追って話す」と言って文を黙らせる。

 

 

「それは大丈夫、ついさっき妖夢に里の食材を買い占めて来るように頼んだから。食材が底をついた理由は至極簡単。俺が調子に乗って料理を作りすぎたからだ」

 

 

「調子に乗って?」

 

 

「うん。文は知ってるよね、異変解決の宴会が5日間も続いたことを。その時に俺が作った料理が好評で次から次に注文の波が押し寄せてきたんだ。最初の内は俺だって宴を楽しみたいと思っていたけど、俺の料理を食べて幸せそうな笑顔や美味しいって言葉を聞くととっても嬉しくなって、つい調子に乗ってたくさんの料理を作り続けた」

 

 

 そこまで話すと湯呑に残っていた緑茶をグイッと飲み干す。熱々だったお茶は少しぬるくなっていた。

 

 

「それで、5日間料理を作り続け、気が付いたら食糧庫の食材をほとんど使ってしまった…と」

 

 

「そうだよ。でも、問題はこれで終わりじゃない」

 

 

 そう言うと文はえっという声と共にメモ帳に走らせていたペンをピタッと止めた。っていうか何時の間にメモをしてたんだ?

 

 

「里の食糧を買い占めたら、今度は食費が底をつく」

 

 

「ええ!?」

 

 

「うん」

 

 

「うん、じゃないわよ!どうするの?お金が無くなったら食材を買えなくなるわよ!」

 

 

 「そんなこと百も承知だ」そう言い返そうとしたが思いとどまってその言葉を飲み込んだ。口喧嘩をしたいわけじゃないし、それにブン屋相手に口喧嘩じゃ部が悪いしね。ああ、夫婦喧嘩したら夫に勝ち目は無いな…。

 

 

「だから俺が稼ぐ。この問題を作り出してしまった以上俺が責任を取って働くさ」

 

 

「働くって、欧我は幽々子さんの専属料理人ですよ。外に出て働く事なんてできないじゃない」

 

 

「冥界に、もっと言えば白玉楼の近くに作ればいいじゃないか。何とかしてレストランを作って料理を振る舞い、お金を稼ぐんだ。まさしくレストラン白玉楼!どう、カッコいいでしょ?」

 

 

 胸を張って高らかに言ったら文は小さくため息をついた。え、カッコよくなかった!?ちょっとショックだなぁ。

 

 

「レストランを作るって言ったって、お店を建てるお金はあるの?レストランを建てるのにいくら掛かるか分かっているの?」

 

 

「わからないよ。だからその方法を考えてたんだ。お金を極力使わずにレストランを建てる方法を。考えたけど、仲間の力を使えば行けるかなーって」

 

 

 文の言うとおり、一からレストランを建てていたら莫大な費用が掛かる。俺の所持金では賄う事が出来ない。じゃあどうするか。

 ふっふっふ。皆さん、ここがどこかわかりますか?そう、ここは様々な妖怪が暮らす幻想郷。それぞれ特殊な能力や技能を持ち合わせている。それを活用しない手は無いでしょう。みんなの協力が得られれば、格安でレストランを建てる事が出来る。誰にどんな作業を頼むのか…。実は大体目星は着いている。さぁ、作ろうぜレストラン!!

 

 

「欧我、顔が怖いわ」

 

 

「えっ?」

 




 
本格的にレストランを作っていきますよー!
もうレストラン要素ゼロなんて言わせませんからね!

地味に悩んでいたんだから!←


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第59話 欧我の秘策

 

 「よし、じゃあ作ろうか…」

 

 

 作業台の上に置かれた食材の前に浮かび、よしと気合を込める。今の時刻は午後5時を過ぎた頃。大体この時間帯から調理を開始し午後6時30分~7時頃に夕食を食べ始めるのが白玉楼で日課になっている。その時間に間に合わせるためには早い時間から調理を開始しないと間に合わないのだ。ま、今日は案外早く完成しそうなんだけどね。なぜなら…

 

 

「でも、いつもより食材が少なくないですか?」

 

 

 隣に立つ妖夢が疑問の声を上げる。確かに妖夢が言った通り、今回使う食材はいつもより少ない。なぜかという理由は説明しなくても分かるだろう。里の食材を買い占めたことにより、俺のイメージ通り食費のほとんどを使い切ってしまったのでもう食料を買う事が出来なくなってしまった。未だに白玉楼の収入源が分からないので何時まとまったお金が入るか分からない。食費が手に入る日がずいぶん先になってもいいように食料は温存しておかないと。

 そう妖夢に説明をしたが、重大な問題がもう一つある。俺たちの主はあの大食いで有名な幽々子様だ。これだけの量では満足の行くたくさんの料理を作ることはできないだろう。でも、その辺は既に対策はできている。外の世界にいるときにテレビで「こんな貧乏くさい事なんて絶対にやるもんか」と思いつつ眺めていた“(かさ)増しレシピ”。これから先やることは無いだろうと思っていたけど、まさか今この状況でこの方法に救われるとは思いもしなかった。この嵩増しレシピを活用しまくってお腹一杯になる料理を作り続けていこう。さあ、欧我マジックをたっぷりと見せてあげよう!

 

 

「妖夢、この料理を覚えたら色々と節約できるかもしれないよ」

 

 

 

 

 

 そうしてドヤ顔で作り上げた大量の嵩増しレシピ料理を囲んで夕食を食べ始めた。数日前まで幽々子様と俺、そして妖夢の3人で囲んでいた食卓は、今や文と小傘、そして心華も加わって6人に増えだいぶ賑やかになった。なぜ3人がここにいるのかというと、家族そろって夕食を食べれば心華も幸せを感じてくれるだろうという文の提案を受けたからだ。今まで大きいと感じていた座卓もなぜか少し小さく感じられる。家族とワイワイしゃべりながら、笑いあいながら食べる夕食はいつもより数倍も美味しく感じる。その分食べられる量は少なくなったけど、みんなの笑顔でお腹一杯だ。どうやら幽々子様も満足そうで良かった。

 

 

「美味しい!こんな料理食べたことない!」

 

 

 おからを大量に使った嵩増しハンバーグを頬張りながら心華は幸せそうな笑みを浮かべる。口元にたっぷりとソースがついているが気付いていないようだ。面白いからそのままにしておこう。誰が気付くかな?

 

 

「でしょ?欧我の料理は幻想郷一なんだから!」

 

 

 そう自慢げに話す小傘。妖夢や藍さん、咲夜さんといった俺よりも料理が上手い人がいるから幻想郷一なのかは分からないけど、その言葉は素直に嬉しかった。小傘がもっと自慢できるように俺も料理の腕を磨かないとな。みんなが幸せになるように、みんなの笑顔を見るために。

 

 

「あら、心華。ソースが付いてるわよ」

 

 

「え、ホント?」

 

 

「うん。そのままじっとして」

 

 

 文はそう言うと心華の肩にやさしく手を置き、口元についているソースを丁寧に拭い取った。

 

 

「ありがとう!」

 

 

「ふふっ、どういたしまして」

 

 

 まるで本当の親子を見ている様で非常に微笑ましい光景だ。なんだか心華が家族に加わってから文もお母さんのような言動をとるようになってきたな。以前は無邪気でわがままで少しやんちゃな女の子のような振る舞いが多かったのに。

 

 

「んっ!」

 

 

「ん?どうしたの小傘…え」

 

 

 口元にべっとりとソースをつけ、何かを訴えるかのような眼差しでじっと俺を見つめている。いや、小傘が何をしてほしいのか分かるけど、心華と何を競い合っているのだろうか…。もう、仕方ないな。

 

 

「はいはい。じゃあじっとしててね」

 

 

 文が心華にやった時と同じように、小傘の肩にそっと手を置いてソースを優しく拭い取った。

 

 

「ありがと、欧我」

 

 

「今度はもう少しゆっくりと食べろよ」

 

 

「うん!」

 

 

 まったく、お姉さんのように成長したなぁと思っていたけど、まだまだ子供だな。

 

 

 

「本当に家族のようですね」

 

 

 その光景をじっと眺めていた妖夢は幽々子にそう話しかけた。

 

 

「そうね、本当に微笑ましい光景よね。ところで妖夢」

 

 

「はい?」

 

 

「あなたはソースをつけないのかしら?」

 

 

「つけませんよ」

 

 

「あらそう。じゃあ私が…」

 

 

「止めてください!」

 

 

 

 

 

「幽々子様、食後のお茶をお持ちしました」

 

 

 熱々のお茶が入った急須と湯呑、そしてお茶菓子が乗ったお盆を抱え、幽々子様がいる部屋の中に声をかける。後にお茶とお茶菓子をお出しするのも日課になっている。日課っていうか俺が来る前からの習慣みたいなものであるが。普段は妖夢が行っていることではあるが、今妖夢は心華たちと一緒に食器の後片付けを行ってくれている。

 

 

「ありがとう。入っていいわよ」

 

 

「失礼します」

 

 

 そう言って部屋の障子を開けると部屋の中へと足を踏み入れた。幽々子様は外へ通じる開け放たれた障子の傍に腰を下ろし、じっと漆黒の夜空に輝く月を見上げていた。傍に腰を下ろし湯呑に熱々のお茶を注ぐと幽々子様は湯呑を手にとって口元へと運ぶ。そして口に含みはぁっと一息をついた。

 

 

「綺麗な月ですね…」

 

 

 幽々子様の目線の先を追って優しい光を放つ月を見上げる。そう言えば昔永遠亭のみんなが起こした永夜異変という異変があったっけ。その時の経緯は全く分からないけど、幽々子様と妖夢が異変解決のために奔走していたらしい。月の異変は妖怪にしか分からなかったらしいが、幽霊である俺にはどのような月が見えていたのだろうか…。

 

 

「ところで、欧我」

 

 

「はい、何でしょうか?」

 

 

 月を見上げてイマジネーションを働かせていると、不意に幽々子様の声が聞こえた。え、なんか不満そうな表情を浮かべているけど、どうしたんだろう。

 

 

「今日のご飯いつもより少なかったわ。ちょっとずるしていないかしら?」

 

 

「たはは、やっぱり気づいていましたか…」

 

 

 使う食材を減らし、量を嵩増しによってごまかした事は幽々子様に内緒にしていたが、予想通り幽々子様にはお見通しだったようだ。そのことを言い当てられ、苦笑いを浮かべながら髪をわしゃわしゃと掻いた。

 

 

「ですが昼に言ったように食費が底をついたので、申し訳ありませんが我慢してください。そして、そのことに関してもう一つお願いが御座います」

 

 

 姿勢を正し真剣な面持ちになる。幽々子様は湯呑をお盆に置いてじっと俺を見つめている。その表情はいつものこちらの考えを見通しているのか、それとも何も考えていないのか判別できないようなものだ。

 

 

「あら、なにかしら?」

 

 

「今回の危機を起こしてしまった責任をとるために、レストランを建てて食費を稼ごうと思っています。ですが俺は幽々子様の専属料理人。幽々子様の傍を離れ人間の里で働くことなどできません。そこでお願いです。白玉楼の近くにレストランを建てさせてください!お願いします!」

 

 

 そう懇願して頭を下げた。正直に言ってこのお願いを幽々子様が聞いてくれるとは思っていなかった。却下されることを承知の上で頭を下げている。しかし、幽々子様の答えは予想外の物だった。

 

 

「ええ、いいわよ」

 

 

「…へ?」

 

 

 だから、この時自分の耳を疑ってしまった。

 

 

「まったく、貴方っていつも一生懸命なんだから。欧我が責任をとる事でもないのに。でも私はその気持ちが嬉しい。無事に成功することを祈っているわ」

 

 

「ありがとうございます!!」

 

 

 その言葉が嬉しくて、満面の笑みを浮かべて頭を下げた。その時に勢い余って額を畳にゴンッとぶつけてしまったけど、心の中で溢れだす嬉しさに比べたらこれっぽっちも痛くなかった。そうと決まったら早速明日から行動を開始しよう。いろんな人に協力を要請して、絶対にカッコいいレストランを建てて見せる。

 

 

「ところで、どうやってレストランを建てるのかしら?その計画はできているの?」

 

 

「もちろんできています。まずは人間の里に行って…」

 



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第60話 一大プロジェクト、始動

 
今まで更新が出来ず、申し訳ありませんでした。
3週間に及ぶ実習が終わり春休みに突入しましたので、ようやく執筆に使える時間が出来ました。

これからは時間を見つけて執筆を進めていきます。

では、約26日ぶりに書いた物語をお楽しみください。
執筆の腕が落ちていなければいいんですがね…


では、どうぞ!



 

「うーむ…」

 

 

 白玉楼の縁側に腰を下ろし、じっと紙面に目を落とす。伝統のお惚気ブン屋が俺の魅力を新聞に書き連ねていた事件が発覚して以来、新聞のチェックと言う意味も含めて俺も文々。新聞を購読するようにした。今まで文の事だから心配ないだろうと思って一切目を通してなかったことが災いして、いつの間にかお惚気新聞となってしまった。このままじゃあ「清く正しい」の通り名がガラガラと音を立てて崩れてしまう。俺も購読しているというと言う事にすれば、文も少しはマシな新聞を書いてくれるだろう。

 縁側から投げだした足をバタバタと動かし、マグカップに注がれた真っ黒な液体をすする。緑茶もいいけど、やっぱり朝の一杯はコーヒーに限るな。スッキリと目がさえるし、気分も晴れやかになってくる。今日から始まる一大プロジェクトのため、この1週間俺は幻想郷中を飛び回っては多くの仲間に声をかけて協力を依頼し、数多くの協力を得る事が出来た。それを取り仕切る俺が眠気でぼーっとしていてはみんなに申し訳ないからね。

 

 

「ふふっ、新聞にコーヒーなんて、ますますお父さんっぽくなってきているわね」

 

 

 不意に声が聞こえ、声がした方に視線を向けると、隣に幽々子様が腰を下ろして面白い物を見ているかのような表情を浮かべていた。

 

 

「お父さんって…俺はまだ19歳ですよ」

 

 

「でも子供がいるんでしょ。…え、19歳?18歳じゃなくて?」

 

 

「19歳ですよ。幻想郷に来た時点では18歳ですが、それから1年以上経過していますからね。俺の誕生日は2月22日!プレゼントを用意しておいてくださいね!」

 

 

 ウィンクを交えて幽々子様にそう伝えた。本当は去年の12月に命を落として幽霊になったから成長は止まっているため、享年である18歳以上年を取ることは無い。しかし、毎日毎年を一生懸命生きていることを実感するため、そして人間として生きていたころを忘れないために生前と同じように誕生日を過ぎたら1歳ずつ年を増やしていこうと決めたのだ。

 

 

「気が向いたらね~」

 

 

 幽々子様はそのような呑気な返答をして、傍らに置かれた古い新聞を拾い上げて一面に目を通した。

 

 

「白玉楼の危機、食費が尽きた館に明日はあるのか…ねぇ」

 

 

「ああ、それは5日くらい前の新聞です。この前食糧が底をついたことを文に話したときにメモを取っていたんですよ。きっとその時のメモを基にして書いたんでしょうね。しかも紙面で俺を犯人扱いって。事実だけどなんか胸にグサッと突き刺さる…」

 

 

 まったく、新聞で俺の魅力を書き連ねていたのに今度は犯人って…。夫を犯人呼ばわりするなんて初めて読んだときはあまりの衝撃に飛び上がったぞ。でも、この新聞を読んだからこそ白玉楼の現状について知り、快く協力要請を無償で受け入れてくれたのかもしれない。困ったときは助け合う。そんな優しい友達を持てて本当に有難い。

 マグカップを口元に近づけ、残っていたコーヒーをグイッと飲み干した。そして新聞を畳み、膝の上に乗せる。

 

 

「さて、俺は今から出かけてきます。帰りが遅くなるかもしれませんが昼食は妖夢に任せておりますのでご安心を。それから、心華の事をよろしくお願いしますね」

 

 

「分かったわ。いってらっしゃい」

 

 

 心華は今妖夢と一緒に枯山水の中庭で遊びながら庭掃除をしている。大丈夫だとは思うが、俺が出かけている間に何かあってもいいように幽々子様に任せておこう。お気に入りのゴーグルを目の位置に合わせ、大きく伸びをした。そして幽々子様に頭を下げ、大空の中へと白玉楼を飛び立った。さあ、目指すは博麗神社。お賽銭は忘れずに…っと。

 

 

 

 

 

 冥界と顕界を隔てる結界を抜けて空を飛んでいると、お目当ての博麗神社が見えてきた。今霊夢さんは境内を掃除してはいなさそうだ。とすると縁側で休んでいるのかな。久しぶりに博麗神社を訪れたからなんだか緊張する。

 

 

「おや…」

 

 

 今の時間博麗神社にいるのは霊夢さんと萃香さんの2人だけだと思っていたが、その2人以外にもう2人いる。上空から見えるのは、顔を赤く染めた萃香さんに絡まれている文と、霊夢さんにちょっかいをかけている紫さん。なんか幻想郷最強クラスの強さを持つ4人が集まって騒いでいるから、邪魔するのも悪いし、先にお参りを済ませちゃおうかな。

 賽銭箱の前に移動して財布から小銭を取り出し、わざと大きい音がするように賽銭箱の中に投げ入れた。そしてこれまた大きい音がするように鐘を鳴らし、柏手を打って目を閉じた。お願いすることはもう決まっている。「無事にレストランが完成しますように」だ。

 すると、ドタドタというこちらに猛スピードでかけてくる足音が聞こえてきた。「お賽銭!!」という声と共に目をキラキラと輝かせて目の前に現れたのはここ博麗神社の巫女、霊夢さんだ。

 

 

「あら欧我じゃない!お賽銭ありがとうね!」

 

 

 普段の様子からはイメージできないような満面の笑みを浮かべながら俺の手を取り、ブンブンと握手を交わす。その変わり様には毎回戸惑うが、その戸惑いを表情に出さず、いつも通りの調子で言葉を発した。

 

 

「いえいえ、いつもお世話になっておりますので。ところで萃香さんに用事があるのですが…」

 

 

「あの酔っ払いね。こっちにいるわ。それよりもお茶を飲んでいきなさいよー!御馳走するわ!」

 

 

「ああ、はい。ではお言葉に甘えていただきましょう」

 

 

 若干強引に引っ張られる形で霊夢さんの後について境内の奥の方にある居住用の建物の方に向かった。なんか文は強引に萃香さんに酒を進められているけど一体どうしたのだろうか。

 

 

「みなさんこんにちはー」

 

 

 縁側にいる3人に向けて挨拶をすると、視線が一斉に俺の方に集中した。3人は口々に挨拶を返してくれたが…

 

 

「欧我~!!」

 

 

「文ったら…。いいよ、おいで」

 

 

 文は俺の名前を叫びながら萃香さんを振りほどいて駆け出し、俺の胸に飛び込んできた。文の身体を受け止め、勢いを無くす意味も込めてクルクルとその場で回転しながらぎゅっと抱きしめる。やっぱり文を抱きしめているこの瞬間が一番幸せだな。

 

 

「どうしたの?あなたが博麗神社に来るなんて珍しいわね」

 

 

「まあね。ちょっと萃香さんに用事があって」

 

 

「えっ、私に会いに来たんじゃないの?」

 

 

「うん、神社に文がいるとは思わなかったから。でも、こうして会うことができて幸せだよ」

 

 

「私もよ、欧我」

 

 

「おーい、ラブラブなところ申し訳ないが、私に会いに来たんだろ?」

 

 

 2人で笑顔を浮かべていると、不意に萃香さんの声が聞こえてはっと我に返った。いけない、2人だけの世界に入り込んでいた。文は赤くなった顔を見られまいと俺の胸に顔をうずめている。仕方ない、このまま話を進めるか。

 

 

「ええ。以前お願いしていた通りやってほしいことがありまして」

 

 

「ああ、あれね。と言う事はついにレストラン建築がはじまったってことだね!楽しみだなぁ、みんなで集まってワイワイと酒を…」

 

 

 萃香さんはそう言いながら楽しそうな笑顔を浮かべる。おそらくその時の様子をイメージしているのだろうか。

 

 

「レストラン?また何か面倒なこと始めようとしているのかしら?」

 

 

 あ、霊夢さんいつの間にか普通に戻っている。

 

 

「いえ、違いますよ。新聞見ましたか?ちょっと色々あってお金が必要なので、白玉楼の近くに店を立ててお金を稼ぐんですよ。それがレストランです」

 

 

「お…お金!?」

 

 

 あ、もしかして言っちゃいけなかった?なんか目をキラキラと輝かせている…。

 

 

「欧我!ちょっと私にもお金を分けなさいよ!」

 

 

「そんな無茶な。レストランで働かないと渡せないなぁ」

 

 

「そうよ、霊夢。落ち着いて」

 

 

 あ、何時の間にか紫さんも話に加わっている。そして霊夢さんと2人で口喧嘩を始めちゃってるし…。なんだこの状況。面倒なことに巻き込まれないうちに萃香さんを連れて人間の里に行こう。

 

 

「萃香さん、放っておいて行きましょうか人里に」

 

 

「うん、そうだね」

 

 

「じゃあお願いしますね。文も来る?」

 

 

 そう言って未だに顔をうずめたままの文に声をかける。俺の声を聞き、文はゆっくりと顔を上げた。

 

 

「いいの?」

 

 

「もちろん。新聞のネタになるかもしれないよ」

 

 

 その直後文は嬉しそうな満面の笑みを浮かべた。この嬉しそうな笑顔を間近で見て心がドキッとしてしまったのは文には黙っておこう。

 

 

「行きます行きますっ!まさか欧我がネタを提供してくれるなんて!では早速行きましょう!」

 

 

 嬉々とした表情でそう叫ぶと元気よく空へと飛びあがって行った。いや、俺がネタを提供するのはこれが初めてじゃないんだけど、そんなに喜んでくれるなんて俺もうれしいよ。えへへ。

 

 

「じゃあ俺達も行きましょうか」

 

 

「鴉天狗に追いつけるのかなぁ」

 

 

 文の後を追い、俺達も博麗神社を後にした。

 

 




 
物語の中で欧我君の誕生日が出てきましたね。
どうして2月22日にしたのかというと、ハーメルンに幻想郷文写帳を投稿した日が2月22日だからです。
ハーメルンで欧我君の物語が始まった日を欧我君の誕生日としました。

本当のことを言うと欧我君を生み出したのはこの日よりも前なんだけど、その日がいつか思い出せないからね、うん。


っていうか、ハーメルンで活動を始めてあと2日で一周年か。
一年、あっという間だったなぁ…
 


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第61話 引越し のち 一悶着

 
なんと日間ランキングでこの小説が26位にランクインしていました!!
未だに実感がわきませんw

でも、この順位に浮かれることなく気を引き締めて執筆をしていきます。
これからも応援や感想をよろしくお願いいたします!!


では、物語の続きをお楽しみください。


 

 人間の里の北東部。ここに、まるで里から追い出されたかのように佇む一軒のさびれた道場がある。何時から立っていたのか、そして誰が何を教えるために建てたのかは一切記録が残っておらず、誰にも見向きもされないまま存在を忘れ去られ、独り寂しく朽ち果てていた。しかし、朽ち果てているとはいっても構造や土台は案外しっかりとしており、少し手を加えれば十分暮らせそうな感じだ。広さも申し分ないからこの建物をレストランのホール部分として再利用しようと言う事になった。そうすれば一から建てるよりもコストも労力も日数も格段に減らす事が出来る。

 しかし、この計画には一つの大きな問題があった。それは、『どうやって冥界へ持っていくか』だ。いくら怪力の鬼がいるからと言って、こんな建物を運ぶことはできないだろう。そこで俺が白羽の矢を立てたのは萃香さんの能力だ。萃香さんの能力、それは『密と疎を操る程度の能力』、つまり密度を操る事が出来るのだ。物質は密度を高めれば高熱を帯び、逆に密度を下げれば物質は霧状になる性質がある。つまり、萃香さんにこの道場を霧状に変えてもらい、俺が固めた空気で包み込んで運べば、たった2人で引っ越しが完了するのだ。

 

 …っと、簡単に説明をしながら空を飛んでいたらお目当ての建物が見えてきた。先に飛んで行ったはずの文の姿が見えないけど、どこ行ったんだろう。

 

 

「あっ、文に目的地を言って無い…」

 

 

 そりゃあここにいないわけだ。文、ごめん。

 

 

「仕方ないよ、私たちを置いて飛び出して行った文が悪い。それよりも早く始めようよ」

 

 

「そうですね、ではお願いします」

 

 

 まあ文の事だ、こちらが探しに行かなくても何かの手掛かりを見つけてここに来るだろう。

 萃香さんは道場の外壁に両手をあて、目を閉じて集中力を高めている。すると、道場の輪郭がゆらゆらと揺らめきだした。境目が曖昧になってくると言う事は、霧になり始めていると言う事だろうか。能力を発動させて道場の周りの空気に意識を集中し、覆いかぶさるようにドーム状に空気を固めた。

 

 

「いい?いくよ!」

 

 

「おう!」

 

 

 萃香さんの放った拳の一撃が打ち込まれ、衝撃波がまるで津波のように壁を走り、駆け、あっという間に道場全体に響き渡る。すると、道場がガラガラと崩れるかのように中心から細かい粒子が溢れだした。これが霧になったと言う事なのかな。っていうか、まさか本当に崩れてないよね、これ。

 

 

「すげぇ…」

 

 

 道場から巻き起こる霧を見上げ、その言葉が無意識の内に口をついて飛び出した。やっぱり、鬼の能力(ちから)には圧倒されるな…。萃香さんは「どんなもんだい!」と自慢げに胸を張っている。そのまぶしい笑顔と体の小ささから幼い女の子のような見た目だが、その小さな体に秘められた底知れない力と実力は計り知れない。

 

 

「さてと、俺も負けていられないな。この空気を操って霧を冥界へと」

 

 

 建設予定地にはすでに目印をつけている。後はそこへ空気を…

 

 

「飛んでけぇぇぇ!!」

 

 

 空気のドームの頂点を掴み、冥界と顕界を隔てる結界の穴を目がけて背負い投げの要領で投げ飛ばした。まるで首長竜がまっすぐ首を伸ばしていくかのようにドームから伸びる様はさながら天に上る龍のごとく。

 …まあ、本当はこんなことしなくても普通に飛ばせるんだけど、萃香さんの拳の一撃に触発されてカッコつけてみただけさ。別に深い意味は無いぞ。

 

 

「おぉ~、すごいね!」

 

 

「いやいや、萃香さんほどではないですよ。後そっちにある倉庫もお願いしますね」

 

 

 そう言って指差した先には道場の敷地内に建つ一軒の倉庫。道場よりもやや身長が高いその建物は道場で使うさまざまな道具を保管するために建てられたに違いない。だって倉庫だし。事前に確認したところ中は空っぽの状態だったから冥界へ運んでも大丈夫だろう。ここを改装して調理スペースの一部に使おうという計画だ。

 

 

「あやややや!ここにいたんですね!」

 

 

 倉庫の方に移ろうとした途端、その声と共に文が俺達の前に華麗に着地を決めた。そして俺たちの背後で小さくなり続ける空気のドームを見て目を見開いた。

 

 

「ちょ、ちょっとこれどうなっているのですか!?人間たちの間で龍が天に昇っていくようだと騒ぎが起こっていましたよ!」

 

 

 文の一言を聞き、俺は頭を抱えて項垂れた。もう少し詳しく里の人々に説明をしておけばよかったという後悔の念が頭を駆け巡った。こりゃあ後で弁明と謝罪の意味も込めて何かしないとな…。と思っていたが、文の嬉々とした声がその思考を遮った。

 

 

「これはものすごいネタになるかもしれません!仕組みを詳しく教えてくれませんか?」

 

 

 おいおい、里の人々に迷惑がどうこうといった話はどうしたんだよ。はあ、まあ仕方がないか。倉庫の方も残っているからどっちにしてもやらないといけないし。

 

 

「わかりました。萃香さん、お願いしますね」

 

 

「りょーかい」

 

 

 カメラを構える文の目の前で、同じ要領で萃香さんが倉庫を霧に変え、俺が空気で包んで冥界へと飛ばした。道場の方はもう半分以上が飛んで行っているからこのままいけば順調に引っ越しが完了するはずだ。そう思っていたが…

 

 

「待ちなさい!」

 

 

 不意に何者かの声が響いた。その声がした方に視線を向けると、上空からお祓い棒を構えた霊夢さんがじっと俺達を見下ろしていた。しかもこれ、ものすごく睨んでないか?

 

 

「あなたたちどういうつもり?これは一体何なのよ!」

 

 

 かなりの剣幕で怒鳴り、お祓い棒を向けた先には冥界へと延びる2本の空気のドームがあった。

 

 

「これはレストラン建設のための引っ越しです。こうした方が一番手っ取り早いんですよ」

 

 

 霊夢さんの怒りを刺激しないように、努めて穏やかに説明をする。倉庫の方は引っ越しが始まったばかりだし、道場の方もまだ時間がかかる。何とか全ての引っ越しが終わるまで時間を持たせないと。

 

 

「それに、俺は面倒なことを起こし…」

 

 

「面倒なこと…?」

 

 

 しかし、俺のその一言が霊夢さんの逆鱗に触れたようだ。怒りの炎をたぎらせ、怒鳴り声を上げた。

 

 

「里の人々が、異変が起こったと勘違いして騒いでいる。これだけで十分面倒な事なのよ!」

 

 

「うぐっ…」

 

 

 霊夢さんの放った言葉に、俺は返す言葉が見つからなかった。文と霊夢さんが言っていた通り、里の人々は天へ上る2本の龍を見て異変が起こったと勘違いし騒ぎが起こっている。異変解決を生業とする博麗の巫女にとって、異変ではない出来事によって騒ぎを起こした事は、紛れも無く面倒なことである。しかも霊夢さんにとっては異変を起こすこと自体面倒なことだ。

 物事に集中すると周りが見えなくなる…。俺の一番の欠点だなぁ。

 

 

「とにかく、これ以上はさせないわ!今すぐ止めなさい!もし止めなかったら…分かるわよね?」

 

 

 懐から数枚の御札を取りだしながら、相手を威圧するかのような低い声で言い放った。つまり、今すぐこの引っ越しを止めなかったら、力づくで止めさせると言う事だ。数々の異変を解決してきた霊夢さんを相手にしたら勝ち目はないだろう。実力の差は歴然としている。しかし、こちらのプロジェクトには白玉楼の未来が賭かっている。幽々子様の食事が賭かっている。だから、何としてもレストランを完成させなければならない。

 

 

「ふっ…」

 

 

 自分でも、こんな感情が湧き上がってきたことに少し驚いた。霊夢さんがその気なら、受けて立とうと言う感情に。脳裏に浮かぶのは、生前文のために奮闘した永嵐異変の際、異変解決に来た霊夢さんたちと戦った時の光景。結局勝つ事が出来なかったが、その時感じていた恐れや焦り、そして興奮や胸の高鳴り、楽しさが思い起こされる。幽霊となった今、俺はどれくらい強くなったのだろうか。使える能力が変わった今、どれだけ通用するのだろうか。それを試したくてうずうずが止まらない。

 

 

「ふふふ…。もちろん分かるさ、力づくだろ?」

 

 

 帽子を深めにかぶりなおし、ゴーグルを目の位置に合わせた。俺のその言動に萃香さんと文は戸惑いの表情を浮かべる。

 

 

「申し訳ないが、このプロジェクトを止めるわけにはいかない。霊夢さんがその気なら、受けて立ちますよ!」

 

 

「そう…」

 

 

 霊夢さんはお祓い棒を構えなおし、敵対心をむき出しにした瞳で俺を睨みつける。

 

 

「文、萃香さん。ごめんなさい、少し暴れてきます」

 

 

 2人にそう言い残し、上空に浮かび上がって霊夢さんと対面した。霊夢さんから感じられる殺気と威圧感。そう言った感情に怖気づくと同時に、言いようもない闘志やワクワクする興奮といったプラスの感情も湧き起ってくる。言うなれば、高い壁に直面した時の高揚感に近い。これを突破すれば、さらに自分が成長するんじゃないかという感覚。過去に霊夢さんと対面したレミリアさんや幽々子様、輝夜さん達も同じような感情を抱いたのだろうか。

 

 

「少し痛い目に合わないと分からないみたいね。相手があんただからって容赦はしないわ」

 

 

「ええ、その方が嬉しいです。しかし、俺にはまだやることが残っているのであまり時間をかけるわけにはいきません。だから、こちらが使うスペルカードは3枚!俺のとっておきの3枚、霊夢さんにブレイクできますか?」

 

 

「私を甘く見ないことね。あっという間に退治してやるわ!」

 

 

 そう宣言した直後、霊夢さんは御札を投げつけた。

 

 

「それを言うなら“成仏”だろ。ま、大好きな妻が生きている間は何があっても成仏なんかしないけどね」

 

 

 そう(ひと)()ち、周りの空気を固めて真っ白な弾幕を作り出した。この御札には自動で相手に狙いをつける誘導機能が備わっている。避けたとしても向きを変えて迫ってくる。つまりこの攻撃の対処法はたった一つ、撃ち落とすのみ!

 

 

「そらぁ!」

 

 

 真っ白な弾幕を放ち、全ての御札を撃ち抜いた。はらはらと地面に散っていくお札を前にしても、霊夢さんは眉1つ動かさなかった。様々な強敵と激戦を繰り広げていた霊夢さんにとっては、こんな光景は何度も見てきたのだろう。また、俺もすべての御札を撃ち落としても喜びの表情を浮かべなかった。御札の数が少ないし動きも単調。撃ち落とすことは俺にとってできて当然なのだ。

 

 

「これくらい出来て当然よね。次の攻撃は凌げるかしら?」

 

 

「ああ、凌いで見せるさ。俺を甘く見るな!」

 




 
霊夢さんとの弾幕ごっこは書ききるのに時間がかかるかと思います。
それに、欧我君のとっておきのスペルカードを3つも考えないといけませんからね。

次の投稿はかなり先になるかと思います。
予めご了承ください。


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第62話 3枚の切り札

 
皆さんお久しぶりです。
なんとか弾幕ごっこを書ききる事が出来ました。

勝負の行方はいかに!
では、お楽しみください。


それと、以前活動報告に出したクイズに答えていただきありがとうございます。
正解は1枚目のスペルカードです。正解者はいるのかな?
 


 

 弾幕ごっこの開始からすでに2分が経過。

 空気を固めて様々な軌道で弾幕を放っても、霊夢さんは表情一つ変えることなく身を翻し、少ない動きで弾幕をかわしながら反撃の手を緩めずに御札や封魔針を投げつけてくる。この動きはさすが博麗の巫女と言わざるを得ない。霊夢さんの能力は『空を飛ぶ程度の能力』である。重力に縛られず空を飛び、またいかなる弾幕や制限からも浮遊する。味方の時は非常に頼もしいと思っていた能力でも、いざ敵に回るとこれ以上厄介な能力は無い。埒が明かないから、スペルカード行くか。

 

 

「一枚目のスペルカード!」

 

 

 懐から1枚のスペルカードを取り出し、霊夢さんに提示した。

 

 

「ようやくね。でも、私はそのスペルカードを見たことがあるわ。だから対処も簡単ね」

 

 

 霊夢さんの余裕そうな声が聞こえてきたが、それに応えることなくスペルカードを発動した。

 

 

「落下遊戯『()()()()』!」

 

 

 空気を固めてテトリスのブロックを大量に作り出し、次々と霊夢さん目がけて投げつけた。しかし霊夢さんは単調な攻撃に小さくため息を吐きながらいとも容易く攻撃をかわしていった。

 

 

「確か4列積み上げた後に棒ブロックを突き刺して後ろから攻撃するんでしょ?」

 

 

「そうですよ。でも、ゲームの進行状況は常に変わる。それに合わせて臨機応変に動かないとすぐゲームオーバーになるよ」

 

 

 その声と共にTブロックを投げつける。霊夢さんは少し身を翻しただけでブロックをかわしたが、それが俺の狙いだった。何も4列消し(テトリス)だけがテトリスじゃない。

 

 

「ダブル」

 

 

 Tブロックが回転して列に収まった途端2列分のブロックがはじけ飛んだ。上手く霊夢さんの意表を突く事が出来たが、残念ながら命中させる事が出来なかった。

 確かに霊夢さんの言うとおり、このスペルカードは以前霊夢さんの目の前で披露したことがある。だから攻撃のパターンを知られているため弾幕を当てる事が出来ない。しかし、手順を知っているからこそ意表を突きやすい。霊夢さんの意表を突いて被弾を狙うためこのスペルカードを発動させたのだ。

 

 

「ゲームはまだまだ続く!行きますよ!」

 

 

 そう言って大量のブロックを作り出して連続で投げつけた。しかし、霊夢さんは御札の弾幕を大量に放出してブロックを次々と破壊したり、お祓い棒でブロックを弾き飛ばしたりと、このスペルカードの弱点を突いてきた。

 

 

「要するに、ある程度ブロックを積み重ねないと背後からの攻撃が出来ないというわけね」

 

 

「その通りですよ」

 

 

 本来ゲームではブロックを横一列に隙間なく並べないと列を消す事が出来ない。つまりこのスペルカードで背後からのはじけ飛ぶブロックで攻撃をするためには、ある程度の量のブロックを積み重ねて隙間なく並べる必要があるのだ。その弱点を見つけてスペルブレイクするなんてと感心すると同時にイメージ通りに決まらなかった悔しさも感じた。俺のお気に入りのスペルカードだったのに。博麗の巫女は俺のイメージからも浮遊するのか…。

 

 

「しかたない、2枚目行くよ!」

 

 

 懐から2枚目のスペルカードを取り出し、構えた。これは俺の新作でまだ誰にも見せたことが無い。相手を縛り、自由を奪うスペルカード。これをブレイクすることはできるかな?

 

 

「縛符『ストップ・ザ・モーション』!」

 

 

 スペルカード発動と同時に、霊夢さんの周りにある空気を固めて身体の自由を奪った。不意に指一本動かせなくなった状況に驚きを隠せない霊夢さんは動こうと必死にもがいている。その様子を見て、自分の周りに大量の星形虹弾を作り出した。

 

 

「さあ、避けてみな!」

 

 

 その声と同時に動けない霊夢さんに向かって弾幕を打ち出した。霊夢さんの顔が驚愕の表情に変わり、弾幕を避けようと必死に体を動かす。しかし固まった空気はびくともしなかった。

 弾幕がある程度の距離まで近づいたところで、霊夢さんの束縛を解除した。

 

 

「うわぁぁっ!」

 

 

 突然動くようになった体に驚きながらも、慌てて空を飛び弾幕を避け続けた。突然動かなくなった身体とその状態で迫る大量の弾幕、そして不意に自由を取り戻して慌てて弾幕を避ける。恐怖と混乱、そして動揺によって被弾を狙うスペルカード。普通の人なら混乱と動揺によって判断が遅れ被弾してしまうのだが、動揺していても弾幕の軌道を見て確実にかわすとはな。

 

 

「ちょっと!あぶ…っ!?」

 

 

「俺の攻撃はまだ終了してないぜ」

 

 

 文句を言ってくる霊夢さんの周りの空気を再び固めて体の自由を奪い、大量の虹弾を打ち出した。先ほどよりも密度を増した弾幕は先ほどとは違った軌道を描き霊夢さんに迫る。身体の束縛をいつ解除するのか、そして弾幕の密度に軌道。すべては俺の判断で決まる。

 弾幕が目前に迫っているというのに、霊夢さんは目を閉じたままじっと動かない。その様子を見て、自分の周りの空気に意識を集中させた。霊夢さんの事だ、諦めたとは考えられない。おそらく動けない時間を利用して霊力を集中させているのだろう。その攻撃に備えないと。俺の息をのむ音がやけに大きく聞こえた。

 体の束縛を解除した途端、霊夢さんは待ってましたと言わんばかりにスペルカードを発動させた。

 

 

「神霊『夢想封印』!」

 

 

 その直後無数の色鮮やかな光弾が現れ、霊夢さんの周りをクルクルと回転し始めた。その光弾は目前に迫ってきた虹弾を瞬く間に掻き消した。このスペルカードは霊夢さんの中でも切り札的存在の一枚。この光弾は妖怪を無理やり退治する事が出来ると言われている。今の俺は幽霊だから、もしかしたらこの攻撃を食らったら封印されてしまうんじゃないだろうか。きっと棺桶かなんかに。これは絶対に喰らってはいけない!

 

 

「はぁっ!!」

 

 

 空気を固めて壁を作り出し、迫りくる光弾を受け止める。壁に激突した光弾は激しい爆発音とともに弾け、霧のように消滅していった。背後に回り込んで迫ってくる光弾にも対応し、何とか全ての光弾をかき消す事が出来たが、光弾の爆発による霧が晴れた時、霊夢さんの姿はどこにも見られなかった。まさか…

 空気の流れを読み、慌てて頭を下げる。その直後、頭上をお祓い棒の一撃が通り抜けた。間一髪だったか…。危ない。

 

 

「くそっ、2枚目もブレイクされるとは…」

 

 

「私を舐めないことね」

 

 

 空気を固めて作り出し、振り下ろした剣をお祓い棒で受け止める。ガキンと言う金属同士がぶつかり合ったような音が響き、その状態のままガチガチと押し合った。くそっ、僅かに押されているなんて。少女の癖になんて力だ。それにお祓い棒って普通木製だよな。これも霊夢さんの持つ霊力によるものだろうが、これほどまでとは思わなかった。やっぱり、俺と霊夢さんとの間には追いつけないような差があるんだろうな。

 力を両腕に込め、お祓い棒を払いのけると開いたお腹に右脚の蹴りを叩き込んだ。しかしこの攻撃は予測されていたらしく、後ろに下がることでかわされ、虚しく空を切った。今度は反撃とばかりに霊夢さんが撃ち込んでくる打撃を受け止め、躱しながらカウンターを狙うように拳や剣を繰り出す。一進一退の攻防が続く間に、次のスペルカードの準備を整える事が出来た。攻防の合間に圧縮させた空気を両方の足底に付け、右足の空気をロケットの要領で噴出した。

 

 

「きゃあっ!」

 

 

 噴出した空気による爆発的な推進力を利用し、霊夢さんの周りを猛スピードで飛び回った。霊夢さんは俺の姿を追いかけようと必死に目をきょろきょろと動かしているが、このスピードには追いつけていないようだ。それもそのはず。今の俺は文の最高速と同じくらいのスピードで飛び回っている。目視はおろか弾幕を当てることもできない。

 一発目の噴射の威力が弱まったら今度は左脚の空気を噴出させ、その隙に右脚に新たな圧縮空気をセット。飛び回りながら大量の虹弾を放出した。そう、すでに俺の3枚目のスペルカードが発動している。文の「幻想風靡」を真似、開発した俺のとっておきの1枚。

 

 

「幻想風雅」

 

 

 猛スピードで空中を飛び回ることでゴーグルがぐりぐりと押さえつけられ、強力な風が顔面に襲いかかった。その強力な風圧に必死に耐え、歯を食いしばりながら大量の弾幕を打ち出した。ばらまかれた大量の虹弾は豪雨の如く降り注ぎ、霊夢さんに襲いかかった。

 霊夢さんは誘導能力のある大量の御札をばらまいたが、高速で飛び回る俺のスピードについて来れず空中を無意味に漂っている。

 

 

 

「これじゃあ攻撃できないじゃない…」

 

 

 霊夢はそう悪態をつきながらも必死に欧我の姿を確認しようとキョロキョロと辺りを見回し、御札を放つ。しかしどの御札も欧我のスピードに追いつく事が出来なかった。欧我の位置が分からず、更に襲いかかってくる弾幕の量が多く、全てをかわしきることは不可能に近い。弾幕の雨を何とかかわし、御札で打ち消しながら霊夢はこのスペルカードの突破方法を模索していた。

 

 

 

 襲い掛かってくる風圧にも慣れてきた。未だに霊夢さんは俺の姿を目視できていない。このままいけば霊夢さんに勝つ事が出来そうだが、スペルカードルール上この幻想風雅にも制限時間が有る。制限時間が過ぎればこのスペルはブレイクされたことになるので何としても残された時間で決着をつけないと。

 

 

「えっ!?うわっ!!」

 

 

 その直後、目の前の光景に驚いて慌てて進行方向を切り替える。なぜなら、無数の御札が目の前から迫ってきたからだ。おそらく空気を噴出させる威力が弱まり、スピードが遅くなった瞬間を狙って御札を放ってきたのだろう。あらかじめ右脚にセットしておいた空気を利用し宙返りをして迫ってくるお札を振り切った。しかし今度別の方角から御札が迫ってきたので身を翻して左に進路を変える。その直後…

 

 

「っ!?えっ!体が…動かない!?」

 

 

 突然体の自由が奪われた。まるで強力な縄で何重にも縛られたかのように、指一本動かすことが出来なかった。まるで俺のスペルカード、空縛「エアーズ・ロック」のように。でも、この身体を縛る縄は空気のようなものじゃない。もっと強く、ほのかに暖かい…。

 不意に体が動かなくなったことに驚きを隠せず、辺りを見回して原因を探る。よく見ると、自分の周りを結界が覆っていた。そして真下には霊夢さんの姿が見える。まさかさっきの御札は俺を霊夢さんの真上におびき寄せるためのものだったのか!?じゃあ、この結界は…

 

 

「捕らえたわよ。まったく、酷い事をしてくれたわね。でも、これで私の勝ち。神技『八方鬼縛陣』!」

 

 

 霊夢さんがスペルカードを発動した瞬間視界がまぶしい光に包まれる。このままだと確実に攻撃を食らってしまう!何とか脱出を!何とか空気を…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空中で何度も体を回転させながら、何とか着地を決めた。あの直後残っていた圧縮空気を一気に放出させることで莫大な推進力を得、結界を突き破る事が出来た。しかし、これで俺のとっておきのスペルカード3枚すべてブレイクされたことになるな。と言う事は俺の負けか。

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

 

 大きく深呼吸を繰り返して呼吸を整える。目線を上に向けた時、お祓い棒を突きつける霊夢さんと目があった。

 

 

「スペルカード3枚、全てブレイクして見せたわよ。これで面倒な引っ越しとやらを諦めてくれるかしら?」

 

 

「いえ、それはもう…」

 

 

 頭を掻きながら、道場と倉庫が建っていた所に視線を向ける。そこには弾幕ごっこを始める前まであった空気のドームが無くなっていた。そう、既に引っ越しは完了していたのだ。その光景を見て、霊夢さんはため息を吐くとお祓い棒を肩に担いだ。

 

 

「そう、そう言う事だったのね。まあいいわ」

 

 

 「まあいいわ」と言う言葉にほっと安堵の息を漏らした直後、「でも」と言う言葉に思わず息をのんだ。

 

 

「面倒なことを引き起こし、私の仕事を邪魔した事は許されないわ。なにか、無いの?」

 

 

「へ…?」

 

 

 霊夢さんの言葉が理解できず、拍子抜けた声が漏れた。

 

 

「だーかーらぁ!お詫びの品よ!お詫びの品!何かないの?」

 

 

「お詫びの品…ですか?えっと…」

 

 

 霊夢さんの剣幕におびえ、慌てて身の回りを探る。しかし、いくら探しても霊夢さんが喜びそうなものは見当たらなかった。必死に探していると、とある考えが頭をよぎった。今の俺がお詫びの品の代わりとして霊夢さんにできること。それは…

 

 

「わかりました。レストランが完成したその日から1週間、食事代を無料にします」

 

 

 俺の提案を聞き、霊夢さんはじっと俺の顔を見つめ続ける。しばらくの沈黙ののち、口を開いた。

 

 

「一ヶ月」

 

 

「えぇ一ヶ月!?それはちょっと…」

 

 

「一・ヶ・月!!」

 

 

「ひぃっ!?わっ…わわ、分かりましたっ!一ヶ月無料にしますからっ!!」

 

 

 霊夢さんの背後から漂う鬼のようなオーラ、そして睨みつけてくる目の鋭さに押され、俺は霊夢さんの条件を飲むことしかできなかった。ここで逆らったら、確実に成仏させられる。

 

 

「よろしい。これで一ヶ月は食事の心配がなくなったわぁー。早く完成させなさいよね」

 

 

 俺の返事を聞き、霊夢さんはそう言い残して上機嫌に博麗神社へと帰って行った。俺はただ、その後ろ姿をじっと見つめることしかできなかった。

 

 

「欧我、貴方完全に霊夢さんにしてやられたみたいね」

 

 

 霊夢さんが飛び去った後、弾幕ごっこをじっと見守っていた文が近づいてきた。え、してやられたって、俺が?

 俺が弾幕ごっこを挑んだ本当の目的は、引っ越しがすべて終わるまでの時間稼ぎをすること。冥界への引っ越しを完了させれば、後は全て冥界で出来る。なんとか引っ越しを完了させるために、霊夢さんの気を空気のドームから逸らす必要があったのだ。

 

 

「萃香さんは、俺が弾幕ごっこを挑んだ本当の目的って分かる?」

 

 

「当たり前だよ」

 

 

「だよね。萃香さんでも気付くぐらいだから、霊夢さんが気付かないわけないよね…」

 

 

「ちょっとそれどういう意味!?」

 

 

 萃香さんの文句を聞き流し、はぁとため息をついた。実は弾幕ごっこを行っている最中ずっと不思議に思っていた。「引っ越しが完了するまでの時間稼ぎ」と言う目的に気付いたはずのに、なぜ霊夢さんは弾幕ごっこを中断しなかったのだろうか。本当に引っ越しを止めさせるつもりなら、本当の目的に気付いた瞬間に中断して引っ越しを阻止するはずだ。幻想郷一勘の鋭い霊夢さんが最後まで気づかなかったとは考えられない。

 つまり、最初から霊夢さんは弾幕ごっこの目的を理解したうえで気付かないふりをして俺を撃破し、俺から一ヶ月分の食事代を無料にするというお詫びの品を引き出すつもりでいたことになる。最初っからお見通しだというわけか。まさに俺は霊夢さんの掌の上で踊らされていたんだ。

 

 

「あーもう!」

 

 

 悪態をつき、ゴロンと地面に大の字で寝転がった。晴れ渡る大空を眺め、俺は心に誓った。

 

 

「もう、霊夢さんに逆らうのは止めよう…」

 




 
いかがでしたでしょうか。

そしてクイズの答えは落下遊戯「帝都裏主」でした。
正解者無し…ですか。

では、これからもよろしくお願いいたします。
おそらく、当分弾幕ごっこは無いと思います。はい。


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第63話 食後、夜のひと時

 
新作の方、読んでいただけましたか?
「居酒屋女将の幻想郷見聞録」、これからもよろしくお願いいたします。
 


 

 夜空でほのかな光を放つ月を見上げながら、廊下をふわふわと浮かびながら進んでいく。夕食で使った大量の食器をすべて洗い終え、明日の準備も終えて家族の待つ自室に向かっている。それにしても、今日は本当に疲れた。霊夢さんと繰り広げた弾幕ごっこで予想以上に疲れがたまり白玉楼に帰ってきた直後ぐっすりと眠ってしまい、気付いたら午後3時。昼食を作り忘れたため幽々子様から説教を受け、罰としてそれからずっと屋敷の掃除を命じられた。そして5時から夕食の調理に取り掛かる…。文もひどいよな。12時直前になったら起こしてくれたってよかったのに、気付いたらいなくなってたもん。後で聞いたら今日の弾幕ごっこを記事にするために自分の家でまとめていたって。まあ新聞記者だから仕方ないけど。

 と一人で愚痴をぶつぶつと呟いていたら自室の前に辿り着いた。中からは3人の楽しそうな声が聞こえてくる。一体どんな話をしているんだろう。障子に手を駆け、開いて部屋の中に入った。

 

 

「欧我、お疲れ様」

 

 

「お疲れー!」

 

 

「ありがとう、文に心華。…あれ、小傘は?」

 

 

 部屋の中を見回しても、小傘の姿がどこにも見られなかった。さっきまで声が聞こえていたはずなのに、どこに行ったんだろう。きょろきょろと部屋の中を見回していると…

 

 

「ばあ!!」

 

 

「うわああっ・・・いたっ!」

 

 

 ジンジンと痛む後頭部を両手で押さえてうずくまった。くそっ、驚きのあまり飛び上がりすぎて後頭部を天井にぶつけてしまった。俺を驚かした犯人は俺のことなどお構いなしで満足そうな満面の笑みを浮かべ、文も心華も俺の心配をすることなく笑い声をあげている。でも、やっぱりこの小傘の笑顔と笑っている2人を見ていると驚かされたことに対する怒りは薄れていくな。まあ小傘に驚かされるというのは今に始まったことじゃないからそれほど怒りは感じないけどね。それにしても、小傘の人を驚かす技術は進歩してきていると感じているのは俺だけか?

 一体どこに隠れていたんだろう。え、天井?貼りついていた?忍者かよ。

 

 

「はぁ~。やっぱり欧我の驚いた心は美味しい」

 

 

「そう、よかった。料理人としてこちらも嬉しいよ。いてて…」

 

 

 あー、まだ後頭部の痛みは収まらないか。驚いて飛び上がりすぎたかな、ガンッてものすごい音が響いたし。

 気を取り直して畳の上に腰を下ろすと、小傘は俺の脚の間にちょこんと座りもたれ掛ってきた。なんか羨ましそうな目でじっと見つめてくる文と心華の視線が気になるけど、あえて気にしないでおくか。意表をついて頭をわしゃわしゃと撫でると「ひゃ~」なんて言いながら俺の手を掴もうとあたふたと両手を動かし、撫でる手を止めたら俺の手首をがしっと掴んで「捕まえたっ」なんて言ってくるから可愛過ぎる。

 

 

「ねえねえ欧我、レストランは順調?」

 

 

「途中で霊夢さんと弾幕ごっこをしたけど、今のところ順調だね。萃香さんに頼んで霧から元に戻してもらったし、後は明日から本格的にリフォームを始めるだけさ」

 

 

「りふおーむ?なにそれ?」

 

 

「リフォームだよ。家を壊さずに作り変えるってことさ。レストランの中も外も構想はできているし、準備もできている。完成は時間の問題ってところかな?」

 

 

「すごいね!あ、そうだ!欧我に見せたいものがあるの」

 

 

 小傘はそう言って立ち上がり、部屋の隅から持ってきたものは1冊のアルバムだった。ピンク色を基調とした真新しそうなアルバムで、表紙にはきれいな花の絵がプリントされている。これ、確か以前似た物を人里で見たことがあるような気がする。心華と文が近づいてきたのを確認すると、小傘は自慢げに表紙をめくった。その直後、俺は驚きのあまり目を見開いた。

 

 

「これ、全部小傘が撮ったのか!?」

 

 

「もちろん!私だって一人前の写真屋だよ」

 

 

 そこには、幻想郷の各地の風景を収めた写真が所狭しと貼り付けられていた。澄んだ青空を背景に天高くそびえる妖怪の山の写真や霞がかかり何処か神秘的な雰囲気を醸し出す迷いの竹林、まるで幻想的で神々しく、そしてどこか不気味さを感じさせる御柱の林、夕陽を受けて一層赤みを増した、燃え上がるように輝く紅魔館など、その名の通り幻想的で美しい幻想郷の風景が見事にとらえられている。それだけではない。里の人々や仲間たちみんなの日常を切り取った写真や眩しい笑顔、楽しそうに遊ぶ姿など生き生きとした写真も数多く見られた。まさか少し見ない間に一人前の写真屋としてここまで成長していたなんて。

 

 

「わぁー!小傘ちゃん凄いね!」

 

 

「そうね。かなり成長したわね」

 

 

 その後も小傘は自慢げにページをめくっていく。そこに収められている写真はどれも目を見張るものばかりだった。

 

 

「小傘は、いつの間にか俺を超えていたんだ…」

 

 

 師匠として弟子が成長したことに対する嬉しさと、初代写真屋として負けたことに対する悔しさが混じったこの不思議な感情は何だろう。

 

 

「写真屋としての仕事は順調?」

 

 

「もちろん!前に文が新聞に広告を載せてくれてから依頼の数も増えたよ」

 

 

「広告?」

 

 

「うん、これだよ」

 

 

 そう言って取り出したのは文々。新聞の切り抜きだった。そこには様々な写真と共に可愛い服に身を包んだ小傘の写真が載り、そこには『純情可憐なシャッターガール』という二つ名が書き込まれていた。なるほど、この広告なら依頼が増えたことにもうなずける。

 そうして家族みんなで笑顔や笑い声に包まれた幸せなひと時を過ごしていると、文が何かを思い出したかのようにあっと言う声を漏らした。

 

 

「いけない、明日朝から取材に行くんだった。小傘、そろそろ帰りましょうか」

 

 

「えっ、もう?」

 

 

「ええ。明日の準備をしなくちゃいけないし、遅れては先方に失礼でしょ?」

 

 

「うん…分かった」

 

 

 小傘は名残惜しそうにうなずくと帰宅の準備を始めた。俺だってもっと文や小傘と一緒にいたいけど、また明日になれば会える。そう言って小傘を慰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 文と小傘が帰った後、俺に任された仕事をこなすために一人で白玉楼の廊下を飛んで行く。その仕事とはお風呂のお湯を沸かすことだ。白玉楼のお風呂はまるで高級旅館の浴場のような(ひのき)造りでお湯が流れ出るような循環式の構造になっている。しかしお湯を沸かすためのボイラーは設置されておらず、お湯を沸かすためには外へ出て火を起こさなければならない。もともとは妖夢がやっていた仕事であったのだが、酸素と二酸化炭素を操って火の調整ができる俺が代わりにすることになった。

 酸素と二酸化炭素の量を調整し火の勢いを一定に保っていると、浴室の中からガラガラと引き戸が開く音が聞こえ、その後お湯を流す音が聞こえた。

 

 

「幽々子様、湯加減はいかがですか?」

 

 

「少し熱すぎるわ、もう少し下げてくれるかしら?」

 

 

「はい」

 

 

 窯の中に送る二酸化炭素の量を上げ、火の勢いを消えないギリギリまで弱める。これならお湯を温め過ぎることは無いだろう。

 

 

「今度はどうですか?」

 

 

「ちょうどいいわ、ありがとう」

 

 

 その声の後「ふぅ~」と気持ちよさそうに長く息を吐く声が聞こえてきたので、火の勢いを一定に保ちつつ地面に腰を下ろして壁にもたれ掛った。静かに吹き行く風を受け、燦然と輝く星空を見上げる。ここ冥界でも綺麗な星空を眺める事が出来、顕界と比べると見える星の量が多いような気がする。妖夢に教えてもらったのだが、この冥界のはるか上空に天子さんのいる天界があるらしい。天界っていったいどんなところなのだろう、一度行ってみたいものだ。

 

 

「ねえ、欧我?」

 

 

「なんでございましょうか」

 

 

「いつも、本当にありがとうね」

 

 

「えっ…?」

 

 

 予想外のお礼の言葉に思わず耳を疑ってしまった。でも、こうしてお礼の言葉を頂けるなんて本当にうれしい。

 

 

「どういたしまして。こちらこそ、俺の我が儘を聞いてくれてありがとうございます。この身体が消滅するまで、俺はこれからもずっと幽々子様にお仕えします」

 

 

「そう。その言葉を聞けて私も嬉しいわ。細かいところにまで気を配り、思いやった貴方の仕事はどれも素晴らしいわ。それに、毎日欧我の作った美味しい料理を食べる事が出来て、私は本当に幸せよ。だからもうちょっと…」

 

 

「幽々子様」

 

 

「なにかしら?」

 

 

「俺を褒め倒して食事の量を増やそうとしても、食材が少ない今は無理ですよ」

 

 

「ぎくっ!ばれちゃったわね…。ねえお願いよー、お腹減っているんだもん!」

 

 

「いけません。大人なんですから我慢してください」

 

 

「大人って、私はまだ少女よ」

 

 

「俺より何十倍もここにいるのに。とにかく我慢してください。これも食材を後々まで残しておくためなんですから」

 

 

「ぶー」

 

 

 まったく、食べ物のことになると途端に子供っぽくなるのは相変わらずだな。でも、幽々子様の言葉は本当にうれしかった。その気持ちにしっかりと答えられるようにこれからも一生懸命取り組もう。

 

 

 

 

 

 お湯につかり、四肢を大きく伸ばす。ものすごく極楽だ。やっぱり1日の仕事を終えた後のお風呂は格別だな、うん。特に今日は弾幕ごっこや屋敷の掃除でいつも以上に疲れがたまっているから気持ち良さもいつも以上。温かいお湯が体に溜まった疲労を優しく溶かしていってくれるようだ。

 毎回お風呂に入る順番は決まっていて最初に幽々子様、次に心華と妖夢が一緒に入り、最後に俺だ。心華は泡が目に入るのが怖いらしく、未だに一人でお風呂に入る事が出来ず妖夢に頭を洗ってもらっている。そう言えば外で火の調節をしている時に心華の「欧我と一緒に入りたい」っていう言葉が聞こえたな。聞き返したら慌てたような様子で「何でもないっ!」って叫んでいた。俺と心華は性別が違うから一緒にお風呂に入る事には抵抗があるけど、それ以前に親子みたいな感じだから入ってもいいのかな?今度心華が望んだら一緒に入ってみよう。

 

 

「はぁ~」

 

 

 明日から本格的なリフォームが始まる。全力で頑張れるように、今日は早めに寝よう。その前に、もう少しゆっくりと。

 




 
どうも。
幻想のほのぼのライター、戌眞呂☆です。
…勝手に二つ名を考えてみましたが、おかしいですよね。

今回は書きたいシーンがたくさんありましたが、いい文章が浮かばずこういった形になりました。
次回はいよいよリフォームが始まります。今後も欧我君の頑張りをお楽しみください。
では、次回もよろしくお願いいたします。


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第64話 森の中へ

 
心華ちゃんか心音ちゃんの絵を描いてくれる絵師さんはいないかなぁ~(チラッ
描いてほしいなぁ~(チラチラ

あ、えっと…
ごめんなさい。


気を取り直して、始まるよー


 

「本当にいるのかな?」

 

 

「わからない。でも、あの人は活発に外を出歩くようなタイプじゃないと思うんだ」

 

 

 今俺は心華を連れて幻想郷の空をのんびりと飛んでいる。俺たちの目的地は魔法の森。どうして森に向かっているのかと言うと、レストランで使う心華の制服を作ってもらおうとにアリスさんにお願いするためだ。俺が愛用しているコックコートはアリスさんが白玉楼でレストランを開店したお祝いとして作ってくれたもの。だからなのか制服はアリスさんが作ったものがいいと心華が言ってきかないため、今回2人でアリスさんの家を訪れてお願いをしようということだ。

 空を飛んでいると、前方にうっそうと木々が生い茂る森が見えてきた。何度見ても、この無造作に生い茂る森は見ているだけで入る気が失せるよな。木が複雑に入り組んだ森の中は太陽の光が届かず、薄暗くじめじめとしていて大量のキノコの胞子が空中を漂っている。普通の人間なら少し吸い込むだけで幻覚に襲われるけど、心華は大丈夫だろうか。少し心配だ。

 しかし心華は俺の心配をよそに初めて足を踏み入れる森に興味津々の様子で目を輝かせながらきょろきょろと見回している。ここに来る間に話していたのだが、心華は森の中を鮮やかな輝きを放つキノコとその胞子がオーロラのように輝き、鳥たちが歌い日の光が降り注ぐという、まるで童話のような光景をイメージしているらしい。彼女曰く「魔法使いが住む森だから絶対に幻想的な風景よね!」だそうだ。鈴奈庵から借りてきた童話の本の影響だな、これは。

 

 

「あ、ねえ!あの家は何?」

 

 

 心華が指さした先には、森の中にぽっかりと口を開けたところに建つ小さな家があった。

 

 

「ああ、あれね。あれは霧雨魔法店、魔理沙さんの家だよ」

 

 

「へぇ~!どうして周りに木が生えていないの?」

 

 

「太陽の光を入れるために周りの木々を切り倒したからじゃないかな?今度本人に聞いてみるといいよ。さあ、そろそろ着陸するよ。何回も言うけど、魔法の森は危険な場所だからね」

 

 

「はーい」

 

 

 俺の注意を聞き流し、心華はうきうきとした様子で森との距離を縮めていく。ああもう、迂闊に足を踏み入れたら危険なのに。仕方ない、後を追いかけるか。

 

 

 

 

 

「ねーまだぁー?」

 

 

「まだまだ」

 

 

 俺の腕につかまって体をブルブルとふるわせながら、何度目かの同じ質問を繰り返した。「何度も言ったでしょう、森の中は危険だって」と若干呆れながら心華の手を握る。森の中へ飛び込んだ心華が目にしたものとは、空を覆い隠すほど伸びた沢山の木々と妖怪が潜んでいそうな不気味な闇、そして奇妙な柄をしたキノコ。心華が抱いていた幻想はもろく崩れ去り、巨大な恐怖に打ちのめされた。しかも心華が降り立った場所はアリスさんの家から離れていたので、森の中を歩き続けなければならず、さっきからかなりおびえた様子で震える脚を前に進めていた。

 

ガサガサッ!

 

 

「きゃあっ!?」

 

 

「痛い」

 

 

 突然鳴り響いた草むらが揺れる音に驚き、心華は俺の腕を掴んでいる手をぎゅっと握りしめる。その予想外の強さに思わず悲鳴が漏れた。

 

 

「大丈夫、風で揺れただけさ」

 

 

「ぐすっ、もうダメ。抱っこ…」

 

 

「はいはい、しょうがないな」

 

 

 恐怖に打ちのめされたような悲痛な声を聞き、優しく心華の身体を抱きかかえる。抱きかかえると恐怖を和らげようと腕を俺の首の後ろにまわしてしっかりと抱きしめ、周りの光景を遮断するために胸に顔をうずめた。抱きしめて分かったことだが、心華の身体は小刻みに震えている。恐怖を少しでも和らげるために背中を優しく撫でながらアリスさんの家を目指して森の中を進んでいった。

 そのまま森の中を飛び続け、ようやく目的の家が見えてきた。窓から光が漏れていることから推測するとどうやら中にいるようだ。心華は落ち着く事が出来たのか、身体の震えは無くなっていた。

 

 

「さあ、着いたよ。ここがアリスさんの家だ」

 

 

「ここ?」

 

 

「うん」

 

 

 地面に降りてアリスさんの家へ向かっていく心華の様子を見ると、どうやらもう恐怖を感じてはいないようだ。しっかりとした足取りで玄関の方に足を進めている。おそらく目的地に着いたという安心感が恐怖心を無くしてくれたようだ。

 

 

「こんにちはー」

 

 

 扉の前に立ち、ドアをノックして中に声をかける。

 

 

「はーい」

 

 

 すると中から返事が聞こえて、ガチャっとドアを開けてくれたのがこの家の主、アリスさ…

 

 

「あれ、欧我さんじゃないですか!」

 

 

「えっ、早苗さん。どうしてここに?」

 

 

 アリスさんの家のドアを開けて中から出てきたのは、アリスさんではなく早苗さんだった。どうして早苗さんがこの家にいるんだろう。

 

 

「大切な服がほつれてしまったので直してもらおうかと思ったので。あ、心華さんも一緒だったのですね!」

 

 

「こんにちは、早苗さん」

 

 

「こんにちは。立ち話もなんですから、さあ中へどうぞ」

 

 

 そう言い残すと早苗さんは手招きをして家の中へと入って行った。ここは早苗さんの家じゃないから勝手に招き入れてもいいのだろうか。そう言った疑問が浮かんだが、早苗さんの後について何のためらいもなく家の中へと入って行った心華の姿を見ているとそんな疑問などどうでもよくなった。常識に囚われてはいけないよね。もっと自由に生きよう。

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 

 中にいるだろうアリスさんに聞こえるように声を上げ、家の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

「そう、それでうちに来たわけね」

 

 

「はい。お願いできますか?」

 

 

 テーブルに座り、アリスさんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら世間話をしたのち、ここに来た目的を伝えた。心華は少し離れたところに置かれているソファに腰を掛け、早苗さんと一緒に人形で遊んでいる。お互いに笑顔で遊んでいる2人の方に視線を向けながらアリスさんに心華の制服を作ってもらうようにお願いした。アリスさんも2人の方へ視線を移し、じっと心華の笑顔を見つめている。

 

 

「まったく、あんな笑顔を見たら断れないじゃない。いいわ、任せて」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 テーブルに頭をぶつけそうな勢いで、お礼を言いながら頭を下げた。

 

 

「えっ、欧我!もしかして…」

 

 

 俺の声を聞き、心華が駆け寄ってきた。心なしか心華の目がキラキラと輝いているように見える。

 

 

「うん。心華の制服、アリスさんが作ってくれるって!」

 

 

「本当!?やったー!ありがとうアリスさん!!」

 

 

 制服を作ってくれることを聞き、心華は満面の笑顔を浮かべてアリスさんの手を取りながら、嬉しさをこらえきれずその場で何度もピョンピョンと飛び跳ねた。アリスさんは突然手を掴まれたことに驚きながらも笑顔を浮かべている。

 

 

「えっ、制服ですか!?それってまさか…」

 

 

 早苗さんが興味津々といった表情を浮かべて聞いてきた。

 

 

「うん、心華がレストランでウェイトレスとして着る制服を作ってもらおうと思って来たんだ。本人もアリスさんが作る制服がいいって聞かないからね」

 

 

「そうですか!良かったですね心華さん!」

 

 

「うん!」

 

 

 それにしても、まさか心華が「レストランで欧我の手伝いをしたい」と言い出した時は本当に驚いた。俺一人でレストランを切り盛りするのは無理なのでどうしようかと悩んでいた時に心華が手伝うと言ってくれた時は本当にうれしかった。

 

 

「さて、そろそろ俺は冥界に戻るよ。まだまだやることがあるからね。じゃあ心華、アリスさんに迷惑をかけないようにね」

 

 

「分かってるよ!またね!」

 

 

「リフォーム頑張ってくださいね」

 

 

「わかりました、では失礼します!」

 

 

 アリスさんたちにお辞儀をすると、家を後にして空へと飛びあがった。リフォームに必要な木材や瓦はあらかじめ冥界へ移した倉庫の中にしまっておいたのでいつでもリフォームが始められる状態になっている。材料も道具もある、早く冥界に戻ってとりかかろう。

 

 

 

「あれ、欧我じゃないか!どうしてお前がここにいるんだ?」

 

 

「え?あっ、魔理沙さん!」

 

 

 冥界を目指して空を飛んでいると、不意に魔理沙さんから声をかけられた。こんなところで会うと思わなかったので驚いたが、今までの経緯を魔理沙さんに話して聞かせた。

 

 

「なるほど、そう言う事か。私はてっきり何か良からぬことを企んでいるのかと思ったぜ」

 

 

「まさか。どっかの泥棒じゃないし、盗みとか悪さとか、何も企んでなんかいませんよ」

 

 

「それもそうだな、あっはっは!」

 

 

 魔理沙さんは両手を腰に当てて笑っているけど、気付いていないのかそれとも気づいた上で笑っているのかどっちだろう。

 

 

「あははは。じゃあ俺は冥界に戻りますね、早くリフォームをしないといけませんから」

 

 

「リフォーム?なんだそれは」

 

 

 あれ、前にも似たような質問をされた覚えが。幻想郷では聞き慣れない言葉なのかな?

 

 

「リフォーム。家を壊さずに作り変えるってことですよ」

 

 

「なるほどな!ねえ、私もついて行っていいか?どんな風にリフォームするのか見てみたいんだ」

 

 

「え、まあ、手伝ってくれるならいいですよ」

 

 

「やったぜ!そうと決まったら早速冥界へ行くぞ!お先!」

 

 

「ああ!待ってよ魔理沙さん!!」

 

 

 冥界へ向かってほうきを走らせた魔理沙さんの後を追いかけて、慌てて空気を蹴りだした。

 




 
なんか今回は微妙な出来ですね…。

それよりもみなさんごめんなさい。
リフォーム開始は次回でと言う事でよろしくお願いします。

では次回をお楽しみに!


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第65話 解体作業開始! ★

 
とうとう始まったリフォーム…
正確には解体だけですが←

ま、まあとにかくよろしくお願いします。


 

「へぇー、これか。思っていたよりも大きいな」

 

 

「うん。たくさんの人に来てほしいからね。そしてたくさんのお金を落としていってくれれば…金が…」

 

 

「お前、最近がめついやつになったな」

 

 

「大食いの主のもとで食費を切り詰めながら金を集めていると誰だってこうなるさ」

 

 

「いろいろ大変なんだな…」

 

 

「そうなんだよな。あはははは…」

 

 

 魔理沙さんと一緒に人間の里から引っ越した道場を眺めながら、自傷気味な会話を繰り返す。本当に、幽々子様の食欲には毎回驚かされる。食費を切り詰め、使う食材の量を減らし、持てる全ての嵩増しアイデアを投入して作った大量の食事をペロッと平らげてしまい、さらにお代わりを要求してくる始末。その食欲は、もはや底なし沼かブラックホールのごとし。そのせいで幽々子様の量を増やしたことで結果的に俺や文たちの分が少なくなり、酷い時には空腹が満たされることは無い。まあ、文たちは妖怪だから食事を摂らなくても生きてはいけるけど、俺は幽霊になりたてだから未だに空腹や眠気と言った人間としての生理的欲求は消え去ってはいないのだ。まあいいや、このまま時間をつぶしていても進展しないから早速解体に移ろう。

 

 

「よし、そろそろ壁をぶっ壊そうか」

 

 

「お、壊すのか!だったら私に任せろ!」

 

 

「ほんと?ありがとう」

 

 

 やけに自信満々な魔理沙さん。おもむろにミニ八卦炉を取り出すと…

 

 

「マスタァァァァァ」

 

 

「ちょちょちょっ!ちょっと待てぇ!!」

 

 

 慌ててミニ八卦炉を取り上げた。ふう、危ない危ない…。魔理沙さんは不満そうなまなざしでじっと俺を見つめている。

 

 

「なんだよ、人がせっかくカッコよく決めようとしていたのに」

 

 

「決めちゃダメだよ!リフォームっていうのは最小限の破壊のみでより良い物に作り替えることを言うの。マスタースパークを決めたら作り変えるどころか跡形もなく消え去っちゃうよ。解体が終わるまでこの八卦炉は預かっておきます!」

 

 

「ちぇー。でもさ、ミニ八卦炉が無かったら解体はどうやるんだ?この建物壁が頑丈そうだし」

 

 

「それはこれを使います。はい、手伝ってよ」

 

 

 固める空気の量を増やし、鋼鉄並みの高度にした巨大ハンマーを手渡した。空気を固めているのでそれほど重量は感じないが、魔理沙さんは嫌そうな表情を浮かべている。

 

 

「まさか、これ力づくで壊すのか?」

 

 

「そうだよ。正確な破壊は人の手によってしか成し得ないからね。さあ行くよ」

 

 

「それよりももっと派手に、ドッカーンと…」

 

 

「ドッカーン(かっこ)物理(かっこ閉じる)

 

 

「物理じゃなくてよー」

 

 

 ぶーぶー文句を言ってくる魔理沙さんと一緒に道場の中に足を踏み入れた。この道場はレストランをするには十分すぎるほどの広さがある。天井は太い丸太の梁が何本も交差し、天井を支える柱が無くても丈夫な構造をしている。この構造、テレビで見たことがあるけどなんという名前だったっけ。思い出せない。この梁は見事なものだから必要な柱を足して強度を上げた後黒く塗って内部の装飾の一部として使おう。

 その梁の様子を見て圧倒されている魔理沙さんを連れてやってきたのは、隣同士くっついて立つ道場と倉庫を隔てる壁の前。この壁を壊して一つにつなげるのが目的だ。余計な破壊を生まないように破壊する箇所以外を空気の壁で覆って…と。よし。

 

 

「行くぞ!」

 

 

 気合を込め、ハンマーを振りかぶる。呼吸を整えたのち、目印として付けた×印の所に思いっきり振り下ろした。

 

 

バィィィィィィィン!!!

 

 

「ううぉぉ…っ」

 

 

 ハンマーと壁が激突し、その衝撃が強力な波となって襲いかかってきた。両腕に飛び込んできた波は瞬く間に全身に行き渡り、脳が揺れ、視界が揺れ、両腕が痺れてしまった。強烈なダメージを受けてしまったにもかかわらず、ものすごい音がしたのみで壁はびくともしなかった。

 

 

「おい!全然壊れていないじゃないか!」

 

 

 両耳をふさぎながら魔理沙さんが怒鳴り声を上げる。えっと、こんなはずじゃなかったんだけどな…。

 

 

「くそっ、もう一度行くよ!」

 

 

「え!?ちょっと待って!」

 

 

「待ちません!そりゃあああ!!!」

 

 

ドッカァァァァン!!!

 

 

 バラバラと音を立てて崩れ落ちる、俺のハンマー…。この壁一体どれだけ強靭なんだよ。あれか?鬼が中で大勢暴れまわっても壊れないように作った特別性の壁なのか?

 

 

「本当に解体できるのか!?」

 

 

「仕方ない、こうなったら…」

 

 

 魔理沙さんから預かっているミニ八卦炉を取り出した。生前何度も真似て使っていたから打ち方のコツは大方分かる。魔力はあるから、光を集めるようなイメージで…。

 

 

「真似っこスペカ、恋符『マスタースパーク』!!!」

 

 

 ミニ八卦炉から打ち出された極太のレーザー光線はまっすぐ突き進み、唖然として眺めている魔理沙さんの目の前で強固な壁にぶち当たり、メキメキと言う音を立てながら壁を突き抜けた。壁を突き抜けた時点で魔力を抑えたため、急速に勢いを失った光線はキラキラと空中に漂う光の粉を残して消えた。壁の周りには依然としてモクモクと土煙が待っている。

 

 

「よし、どんなもんだい!」

 

 

「マスパは必要ないと言っていたのはどこのどいつだ?」

 

 

「えっへへ。でも、結果的に破壊できたからいいじゃないですか。ほら、綺麗に…」

 

 

 破壊が成功し、壁には大きな穴が開いている。その穴から見えるのは、冥界に生える桜の木々と何かの残骸。あ、幽霊が通った。

 

 

「…残骸?残骸…えっ、えぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 慌ててその穴から外に飛び出した。俺の嫌な予感が的中し、隣に建つ倉庫の約下半分が見るも無残な残骸の山に変わり果てていた。残された柱で上半分が何とか建っている状態だが、その柱もマスパの影響で黒く焦げ今にも折れそうだ。

 

 

「いやー、やっぱりマスタースパークは強力だぜ」

 

 

「強力過ぎますよ!はぁ、建設費用がどんどん膨らんでいく…」

 

 

 項垂れ、がっくりとその場に膝をついた。実はこの建設には、生前写真屋としてコツコツ貯めた俺の貯金のほとんどをつぎ込んでいる。リフォームに使う木材も瓦も漆喰だってほとんどが里の人と交渉して安く仕入れた物ばかりだ。さらに俺に自腹を切れと言うのか…。

 

 

「ま、まあ元気出せよ。な?」

 

 

 項垂れたままの俺を気遣って、魔理沙さんがポンと優しく肩に手を置いて慰めてくれた。その気持ちが嬉しかった。それにしても、この空いたスペースをどうしよう。屋根があるから…

 

 

「そうだ!」

 

 

「な、なんなのぜ!?」

 

 

「オープンレストランにしよう!床をタイル貼りにして、柱を補強して、開いた穴に出入り可能な大きいガラス窓を取り付ければ、これはレストランの目玉になるぞ!」

 

 

 でもそうと決まったら内部の構造を1から考え直さなければいけないな。もともとキッチンスペースとして使おうと思っていた倉庫の部分をオープンテラスにするから、道場内に新たにキッチンスペースを設けないと。その前に柱だけ補強しておこう。

 

 

「魔理沙さん、手伝いますか?」

 

 

「いや、私は帰る。何か知らんがものすごく疲れたぜ」

 

 

「そっか、なんか振り回しちゃってごめんね。はい、ミニ八卦炉。もし気になるならもう一度来ていいからね」

 

 

「お、おう。それじゃあな、がんばれよ!」

 

 

 そう言うと魔理沙さんはほうきにまたがって飛び去って行った。なんか魔理沙さんを振り回してばかりだったな。今後気を付けないと。さあ、それよりも補強開始だ。土台が損傷を受けていなかったことが救いかな。

 倉庫の上部が落ちてこないように空気を固めて支柱を作り、ボロボロになった柱を切り落とした。そこに、今度は丈夫な柱を立てて土台と繋ぎ、しっかりと固定。さらに腐食防止の効果を持つ塗料で万遍なく塗れば大方の補強は完了。これで倉庫の上半分が落ちてくることは無いだろう。倉庫の外に運び出した資材を道場の中に戻し、内装を考えるために白玉楼の自室に帰った。

 

 

 

 

 

 あれから数日が立ち、内部の構造が固まってきた。キッチンスペースを道場の上の方からテトリスのTブロック、もしくはLブロックの形にして、間の壁は張らずにオープンキッチンにする。そして…。

 

 

「欧我ー!!」

 

 

 その声と共に、いきなり心華が部屋に飛び込んできた。その心華の姿を見て、思わず目を見開いた。

 

 

「どう?似合っているかな?」

 

 

 心華が来ていたもの、それは鮮やかなオレンジ色のメイド服だった。白いシャツの上からベストをはおり、膝の少し上まであるスカートの上から白いエプロンを巻いている。スカートとエプロンの縁からはひらひらとフリルがきれいな波を描き、咲夜さんのようなカチューシャを頭に付けている。靴下は白いニーソックス。ピンク色の艶やかな髪はポニーテールにまとめ、後頭部から下に垂らしている。心華はその場でくるりと一回転し、非常に可愛いポーズをとって見せた。俺はその可愛さに目を奪われ、言葉を失ってしまった。

 

 

「欧我、どうかな?」

 

 

「え?あ…いや、ごめん。あまりに可愛くて思わず見惚れていた。ものすごく似合っているよ」

 

 

「本当!?ありがとう!!」

 

 

 心華は顔を赤くしながら嬉しそうな満面の笑みを浮かべた。その笑顔がこれまたものすごく可愛い。

 

 

「良かったわね、心華」

 

 

 その声と共に、部屋にアリスさんが入ってきた。

 

 

「あ、アリスさん!ありがとうございます、こんなに可愛い制服を作ってくれて」

 

 

「どういたしまして。それに、心華ったら大好きなオレンジ色がいいって聞かないのよ。でも、そんなに喜んでくれるなんて苦労して作った甲斐があったわ」

 

 

 そう言うと、アリスさんも笑顔を浮かべる。やっぱり、アリスさんに頼んで正解だったな。里で買ったものじゃあ、心華のこんなに眩しい笑顔を引き出せないよ。制服を着てはしゃいでいる心華を眺めていると、何かを思い出したかのように「あっ!」と言う声を漏らした。

 

 

「見てて、行くよ!」

 

 

 そう言うと心華はその場でくるりと回り、

 

 

「お帰りなさいませ、ご主人様!」

 

 

 と俺の予想外の言葉を口にした。その爆弾発言に似た言葉に呆気にとられていると、心華が不安そうな声で聴いてきた。

 

 

「え、可愛くなかった?」

 

 

「心華、ダメだよ。その言葉を言っちゃダメだよ」

 

 

「えっ…そうなの?」

 

 

「うん、絶対に数多くの人たちから誤解を招く。そこはただ普通にいらっしゃいませだけでいいよ。レストランに来るのはご主人様じゃなくてお客様だから」

 

 

「そっか…。早苗さんから、このセリフを言えば絶対に喜んでくれると教えてくれたんだけどな」

 

 

「早苗さんが?」

 

 

 ああ、そっか。早苗さんがそう教えたのか。

 まったく、あの目に優しいカラーの巫女め。俺の子供に変な事を教えるんじゃないよ。俺はメイド喫茶を作っているんじゃないのだから。

 

 

「とにかく、その言葉は使用禁止!絶対に言わないで!」

 

 

「はーい…」

 




 
「あ、そうだ心華。せっかくだから写真撮ってあげるよ」


「本当!?やったぁ!」


「もちろん!ほら、そこに立って、ポーズ決めて…おお、ウィンク!可愛い!」


「え、もう、恥ずかしいよ」


「こら、下向かないの。はい笑って、チーズ!」


パシャッ!
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第66話 メニューが決まらない!

 
最近小説内で欧我と文をイチャイチャさせていなかったら、無性にほのぼのラブラブイチャイチャシーンを書きたくなってきます。これって禁断症状なのでしょうか。

もしそうだとすると、俺確実に末期だよなぁ。


そんなわけで前半に欧我と文をイチャイチャさせてますが、文字数が多くなり過ぎないように控えめにしました。

堪えろ、レストランが完成したら思いっきり甘えさせるんだから。
それまでの辛抱だぞ。

えっと…長くなりましたがそれではどうぞ。


 

 リフォーム開始から早くも3週間が経過し、レストランは徐々に形になってきた。解体は2週間ほど前に終了し、今は柱や梁の補強、耐震構造の組み立て、床、壁へと工程が移っている。にとりさんから調理器具の開発が終了したという報告を受けたから、それをレストラン内に運び込んでカウンターやソファの設置に取り掛かろう。それよりも…。

 目の前に置かれた紙に視線を落としはぁと大きなため息をついた。レストランは今勇儀さんや萃香さん、ヤマメちゃんをはじめ手伝い志願者や見物人たちが協力して設計図通りに改装が行われている。その改装に付き添って協力したいが、今取りかかっているこの作業も手を抜く事が出来ない大切な作業だ。だが、その作業は今行き詰っており、そのことに俺は頭を悩ませている。

 

 

「あーもー全然決まらねぇ!」

 

 

 頭を押さえながら、あおむけに倒れ込んだ。もう、一体どうすればいいんだ…

 

 

「考えるのを止めた…寝よ…」

 

 

「あやや、もう諦めたのですか?」

 

 

 その声と共に、文が俺の顔を覗き込んできた。なぜそんな勝ち誇ったようなニヤニヤとした表情を浮かべているのかが気になったが、今はその疑問を解決したいという気持ちよりも寝たいという生理的欲求の方が強かった。今の時間は午後1時30分ごろ。大量の食器を洗い終わった疲れがあるし、ポカポカと気持ちのいい陽気でものすごく眠い。

 

 

「なんだ、文か…。ごめんな、俺は今から寝る」

 

 

 そう言って目を閉じると、文の少し苛立ちがこもった声が響いた。

 

 

「もぉ~!寝るんじゃないわよ!俺もメニューを作るから文も一緒に原稿の執筆を頑張ろうと言ったのは欧我の方じゃないの!」

 

 

「そうは言ってもねえ、メニューを考えるのはとっても難しいんだよ。ずっと考えてもぜんっぜん決まらないの」

 

 

「そうなの?ただ作りたい料理を書けばいいんじゃない?ちょっと見せて」

 

 

「いいよ~」

 

 

 返事をして再び目を閉じた。テーブルの上からメニューの紙を持ち上げる音が聞こえ、その後に文の「ふーん」と言う声が聞こえたが、その2つを聞き流し思案を巡らせる。レストランで出す料理を決めるというのはイメージしていた以上に難しい作業なんだと言う事が痛感させられる。ただ自分が作りたい料理を並べても自分本位のレストランにしかならず、これではお客様としてやってくる皆に恩返しがしたいと言うレストランを始めた当初の目的が達成できない。かといってみんなが大好きな料理を出そうとしても、それがいったい何なのかっていうのが今一はっきりと分からない。俺が料理を提供するのは人間ではなく妖怪がメイン。その他にも僧侶や魔法使い、犬に猫にネズミと多種多様だからいちいち取り入れて行ったら国語辞典も顔負けしちゃうくらいのページ数になってしまうだろう。

 

 

「ねえ、この絵は何?」

 

 

「え?」

 

 

 文の方に視線を向けると、メニューの中に描かれた小さな絵を指さしている。ああ、それね。その絵は白い犬と黒い猫、そして僧侶を表すマークの3種類がある。

 

 

「それは注意書きをよく見ればわかる」

 

 

「注意書き?」

 

 

「そうだよ。幻想郷にはいろんな妖怪がいるでしょ。中には犬や猫の性質をもったり、またその物だったりする妖怪や、修行僧で肉や魚を食べない人だっている。そう言った人達が間違えて料理を食べないように、玉ネギやチョコなど犬や猫にとって有毒な物、そして肉を使った料理はこれですよーと示すためのものなんだ」

 

 

「なるほどね。その絵が完成しているのなら料理だってすぐ決まるんじゃない?もう少し頑張ろうよ」

 

 

「嫌だ、もう寝る。文、膝を貸してくれないかな?」

 

 

 文の提案に即答で拒否し、冗談交じりで膝枕を頼んでみた。文は新聞の執筆があるしどうせ断るだろう…

 

 

「いいよ、おいで」

 

 

「えっ!?」

 

 

 慌てて目を見開き、文の方を向いた。文は畳の上に腰を下ろし、優しい笑顔を浮かべながらおいでおいでをしている。その状態に呆気にとられて見ていると、文はぷくっと頬を膨らませる。

 

 

「来ないの?」

 

 

「いや、行きます」

 

 

 

 文の膝の上に頭を乗せ、目を閉じて身体を休ませる。いや、休ませようとしているのに心がやけにドキドキして全然落着けない。更に文が頭をよしよしと撫でたりほっぺたをツンツンと突っついてきたりするので尚更落ち着けずドキドキに拍車をかける。頭を必死に働かせて考えることは、どうして文は膝枕をしてくれたのかと言う事だ。いつもなら原稿の執筆が大切だからと断るはずなのに。それに頭をなでてくる行為に幸せを感じてしまって上手く頭を働かせる事が出来ない。

 

 

「あやや、もう寝ちゃった?」

 

 

 心の平静を保とうと目を閉じ、文にドキドキを悟られないようにしていると、その声と共に突然ほっぺたをグイッとつねられた。その不意を突かれた行為に驚きのあまり飛び起き、つねられた頬を押さえて文の方に顔を向ける。目線があった途端笑顔を浮かべ、

 

 

「おはよう」

 

 

 と言うセリフを口にした。そのセリフと笑顔の理由が全く理解できない。ああもう混乱しそうだ。

 

 

「いや、おはようじゃなくてさ!何してるの!?」

 

 

「何って、膝枕よ」

 

 

「そうじゃなくって!…いや、そうだけどさ。どうして頬をつねってきたりするの?」

 

 

「それは…」

 

 

「それは?」

 

 

「気分転換よ。原稿の執筆に行き詰ったから欧我で遊んでみようかなと」

 

 

「俺は玩具なんかじゃねぇよ!」

 

 

「まあいいじゃないの。それよりもほら、おいで」

 

 

 そう言って自分の膝をポンポンと叩きながら手招きをしているので、再びごろんと寝転がり文の膝に頭を乗せた。って、いやいや何当然の流れみたいに寝転がっているの!?

 

 

「まあいいや、なんか心が落ち着くし…」

 

 

「ふふっ、嬉しいわ。私も欧我の顔が見れて幸せな気分よ」

 

 

「もう、文ったら」

 

 

 そして2人で笑顔になり、笑いあう。何もしていないけど、文と一緒にいるだけでものすごく幸せを感じる。

 

 

「ところで、文はレストランが出来たら何が食べたい?」

 

 

「私?うーんと、欧我が作る物なら何でも食べたいわ」

 

 

「それは無し。メニューを考えるときの参考にするから」

 

 

「そんなぁ。えーっとうーんと…甘い物が食べたい」

 

 

「甘い物か、完全に予想通りだな。じゃあ、餡蜜にケーキにプリン…みたらし団子」

 

 

 甘い物の名前を挙げていくと、文は頭の中で食べているシーンをイメージしているのか思いっきり笑顔になったので、冗談交じりで「太るよ」と言うと無言でおでこをペチンと叩かれた。痛い。

 

 

「ねえ、丁度今レストランリフォームのためにたくさんの人が集まっているのよね。その人たちに聞いてみたら?」

 

 

「それだ!」

 

 

 そうかその手があったか!自分でどうしようもできないときはみんなに聞けばいいんだ。みんなの希望の料理を聞いてそれをメニューとして取り入れればレストラン白玉楼にふさわしいメニューになるのではないか。

 

 

「そうと決まったら早速聞きに行こう。行くよ文!」

 

 

「ええあなた!…あれ、カメラと帽子はどこに置いたっけ?」

 

 

 

 

 

 文と一緒にレストランリフォーム現場に来てみると、作業はどうやら順調に進んでいるようだ。最初は自分一人でこつこつと作って行こうと思っていたのだが、自分ではできないことがたくさんある。そんな時に力になってくれたのはここにいる妖怪たちだった。こんなにも協力してくれるなんて本当にうれしかった。そんなみんなにお礼を伝えた後、ここに来た目的を説明し本題に入る。

 

 

「みんなの好きな食べ物を教えてくださーい!」

 

 

「肉!人肉!」

「酒だなー」

「馬刺し美味いよね」

「キノコ!」

「キュウリ!キュウリ!」

 

 

 集まってくれたみんなに向けて好きな食べ物を尋ねると、口々にいろんな食べ物の名前が飛び出してきた。

 

 

「みんなバラバラねぇ。これでメニューが思いつくのかしら…」

 

 

「なるほど…。肉ならステーキとか焼くだけでもいいし、煮込むのもいいよな。酒と馬刺しって案外合うし、酒もアサリの酒蒸しとかで活用するのもありか。ふむ、キュウリはサラダはもちろんごはんで巻いてかっぱ巻きに。キノコは肉やベーコンと一緒にバターでソテーしてみるのも美味そうだ…」

 

 

 脳とイマジネーションをフル稼働させ、食材の名前から作る事が出来る料理を次々に連想していく。こうやってたくさんの料理を思いつく事が出来るのも幽々子様のもとで毎日いろんな料理を作ってきたからだろうか。

 

 

「すごいわね欧我。流石料理人よ!」

 

 

「伊達に専属料理人やってないからね。よし、この調子ならメニューもできそうだ」

 

 

 その後、みんなの好きな食べ物を聞きながらレストランのメニューとして出せそうな料理をメモに書き留めていく。これを活用すればメニューもできるかもしれない。

 

 

 

 

 

 十分情報収集が出来たのでメニューを形にしようと机に向かった。文も新聞のネタが出来たようでカチカチとキーボードで記事を打ち込んでいく。お互いに何も話さず、部屋の中はパソコンのキーボードをたたく音しか聞こえなかった。

 その部屋の外で、中の様子をうかがう幽々子の姿があった。障子の隙間から部屋の中を覗き、黙々とパソコンに向かう2人の表情を見てふふっと小さく微笑んだ。

 

 

「この家族に任せればレストランも絶対に成功するわね。邪魔をしちゃ悪いし、アレを渡すのはもう少し後でいいかもしれない。うふふ、完成が楽しみだわ」

 

 

 そう呟くと自室へと戻って行った。

 




 
最後の幽々子様が言っていたアレって一体何なんでしょうか…。


では次回もよろしくお願します。
感想待ってますねー。


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第67話 ちょっとした進展

 
サブタイトルが思いつかなかったです。はい。
でも今回の話でちょっとした進展があるのは事実です。

それではどうぞ。
 


 

 翌日、俺は早朝からレストランの改装に取り掛かっていた。昨日の夜遅くまでかけて何とかレストランで出す料理の種類を絞る事が出来た。メニューが決まると気持ちが引き締まるというか、改装作業に全力を注ぐ事が出来るような感じがする。もちろん幽々子様の朝食の準備は終わらせてある。俺は朝食を食べなくても死ぬことは無い…いや、すでに死んでいるか。

 って言うかなに変な事考えているだろう。それよりも空気を動かさないと。空気の硬度と気流を操って外に用意された沢山の木材をレストランの中に運び込む。レストラン内部の壁はメープル色の腰壁に漆喰と言う組み合わせで少し和風にし、ソファ席が3つとテーブル席が3つ、オープンキッチンとそれに面したカウンター席が7つと言った構成を考えている。外見はオープンテラス席の周りに日本庭園風の光景を作り、木材を使った落ち着いた和風な感じにすることに決めた。白玉楼と言う和風の建物の傍に洋風のレストランを作ってしまってはかなり浮いてしまうし景観を損ねてしまう。だから和風の外見にしつつ内装は洋風に少し近づけた感じにする。

 

 

「こんな感じでいいだろう」

 

 

 レストランの内部に運び込まれた大量の壁材の山を見つめてふぅと息を吐いた。壁材には木材のほかに煉瓦もたくさんあった。俺の好みに合わせ、オープンキッチンの内部の壁は煉瓦を積み重ねて作ることにした。だってなんか煉瓦造りって憧れるじゃない。

 壁に木材を張り付け、にとりさんから借りたネイルガンで釘を打ち込み固定していく。昨日みんなが3分の2をやってくれたので俺一人の作業でも午前中に終わるだろう。レストランの内部はネイルガンが放つ音が響くだけでそれ以外の音が全くしなかった。早朝だから当たり前だが、まだみんなは集まってはいない。そもそも契約をして雇ったわけではなく、あくまで協力を申し出てくれただけなので必ず来てくれるとは限らないしな。まあ一人だけの作業って言うのも悪くないだろう。

 

 

「終わったぁ~!!!」

 

 

 最後の一枚を貼り終わり、これで腰壁が完成した。一体どれくらいの時間がかかったのだろうか。よし、このままキッチンの煉瓦に取り掛かろう。レンガほどの小さく軽い物なら楽勝だ。接着剤の役割を果たすモルタルを塗った煉瓦を大量に空中に浮かばせ、一気に積み上げる。大量の煉瓦があっという間に素敵な壁に早変わり…っと。やっぱり空気を操る程度の能力って万能だな。

 大きく背伸びをするとものすごい空腹感に襲われた。一段落したし、白玉楼に戻って何か食べよう。そうと決まったら早速…

 

 

「欧我ー!」

 

 

「ん?」

 

 

 レストランの外から声が聞こえたので窓から外を眺めてみると、そこには協力を申し出てくれた勇儀さんと萃香さんの姿があった。

 

 

「おはようございます!今日も来てくれたんですね!」

 

 

「まあな。速く完成させないと幽々子の食べ物が無くなってしまうだろ。困ったときはお互い様さ」

 

 

「それに早くこの店でみんなと酒を飲みたいからね」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 2人の言葉が嬉しくて、頭を下げてお礼の言葉を述べる。そうと決まったら早速はじめよう。空腹については忘れよう。うん。

 

 

「それでは今日はカウンター席の設置について…」

 

 

 2人にこれから行う作業について説明を行い、改装に取り掛かった。やはり怪力を持つ鬼が2人も協力してくれるのは非常に心強い。お互いに笑いあい、話し合いながら作業を進め、昼近くになってとうとうカウンターとカウンターテーブルの設置が完了した。

 

 

「できた!よし、休憩にしましょう。ちょうど昼だし、何か食べたいものはありますか?今から作ってきます」

 

 

「そうかい!じゃあ酒の肴を頼む!」

 

 

 酒の肴って、今から宴会やる気満々じゃないか。まあいいや、適当に揚げ出汁豆腐とか出汁巻き卵、揚げ物なんかを作って来よう。

 

 

「分かりました、作ってくるので少し待っていてくださいね!」

 

 

 レストランに勇儀さんと萃香さんを残し、白玉楼の台所に向かった。

 

 

 

 

 

「やっぱり欧我の料理している姿ってかっこいいわね」

 

 

「しかも手先が器用で一切の無駄が無いね」

 

 

「確かこういうことを板についてきたって言うんだよね」

 

 

「あのー、そんなに見られたら料理に集中できないよ。それに褒められると…」

 

 

 料理の手を止め、後ろからじっと見つめている文、小傘、心華の方を向いて苦笑いを浮かべた。今日は金曜日、つまり普段は妖怪の山に暮らしていて一緒に住む事が出来ない文と一緒に生活することができる日だ。金曜日から日曜日の3日間は文が妖怪の山を離れ冥界で一緒に暮らすことを許された日であり、この期間俺は常に大好きな文の傍にいる事が出来る。なんだけど、料理している姿をまじまじと見つめられているというのはなんか気が散ってしまって料理に集中できないよ。

 

 

「なによ、レストランではオープンキッチンにするんでしょ。今よりももっと多くの人に見られるんだから今のうちに慣れておかないとだめじゃない」

 

 

「うぐっ…」

 

 

 文に痛いところを突かれ、返す言葉が見つからなかった。文の言うとおりレストランのキッチンスペースはホールから見えるオープンキッチンだ。来店してくれたみんなの顔を見ながら料理がしたいという俺の希望でこうなったのだが、みんなを見ることができると言う事は逆に多くの人から見られることになる。たった3人で恥ずかしがっては、見ている人が何十人に増えたら料理に集中できないだろう。うん、文の言う事はもっともだ。

 

 

「分かったよ、見てていいよ」

 

 

「やったー!」

 

 

 仕方なくずっと見ていることを了承した途端3人ともものすごく喜んでいる。そんなにずっと見ていたい物なのかな?ただ一人の幽霊が料理を作っているだけだぜ。そのようなことを考えながら黙々と料理を続ける。

 

 

「あっ、欧我聞いて!この前面白いことがあって。実は文がねー、鏡の前で…」

 

 

「ちょっ小傘!?その話は止めて!」

 

 

「あ、それ私知ってる!」

 

 

「なんで心華も知っているの!?まさか小傘が教えたの?」

 

 

「うん!」

 

 

「あややや!?」

 

 

 なんかものすごく騒がしい。気になって集中できないじゃないか。文が鏡の前で一体何をしていたんだ?

 

 

「何かあったの?」

 

 

「な、何でもありませんっ!!」

 

 

料理の手を止め後ろを振り返りながらそう聞くと、文は顔を真っ赤に染めながら慌てて否定した。なんか小傘と心華がやけにニヤニヤしているんだけど、その表情見てたらものすごく気になっちゃうじゃないか。

 

 

「実はね、鏡の前で…むぐっ!」

 

 

「しゃべっちゃダメ!」

 

 

 そして暴露しようとした小傘の口を慌てて封じた。しかし。

 

 

「鏡の前でいろいろなポーズとってたんだよ。両手で自分のほっぺを指さしながら顔を傾けたり、顎の下で両手を並べて笑顔になってみたり」

 

 

 文の注意が小傘の方に集中した隙をついて、心華がジェスチャーを交えて見事に暴露してくれた。文は驚いた表情を浮かべて心華の方を向いた。その顔は熟れたトマトと同じくらい真っ赤に染まっている。

 その様子を脳内でイメージしたら、その可愛さに思わず吹き出してしまった。こんな可愛らしい一面があったなんて知らなかった。

 

 

「文、可愛い」

 

 

「…っ!?」

 

 

 どうやらこの一言がクリーンヒットしたようで、恥ずかしさのあまり台所の隅でうずくまってしまった。今度そのポーズを見せてくれるように頼んでみようかな。写真を撮りたいけど、そうしたら文に殺されそう…。

 結局文が復活しないまま勇儀さん達に持っていく酒の肴が完成した。でも、そんなにショックを受けるなんて相当恥ずかしい事なのかな。鏡の前でポーズを決め笑顔を見せる文はイメージしただけでものすごく可愛いし、実際に目の前でされたら叫んじゃうよ。

 

 

「お邪魔しまーす!」

 

 

 休憩がてら小傘達と話しているとき、その声と共にガラガラと勢いよく入口の障子が開いた。そして入ってきた早苗さんの服装を見た瞬間、驚きのあまり言葉を失ってしまった。早苗さんが着ていたもの、それは心華がアリスさんに作ってもらったレストランの制服と同じものだった。

 

 

「え、どっ、どういう事なの!?」

 

 

 何とかして声を絞り出す事が出来たのだが、その状況が全く理解できなかった。どうして早苗さんが制服なんか着ているんだ!?

 

 

「どういう事って、決まっているじゃないですか。私もレストランで働くんですよ。所謂アルバイトです。外の世界では当たり前じゃないですか?」

 

 

「た、確かに当たり前だけど…」

 

 

 早苗さんの言うとおり外の世界ではアルバイトをしてお金を稼ぐことは普通だ。そのバイト先がレストランだったとしてもおかしくはない。しかしここは幻想郷。しかも風祝であり現人神である早苗さんが神社を離れ冥界でアルバイトをしてもいいのだろうか。

 

 

「あの…」

 

 

「大丈夫ですよ!レストランのバイトは経験済みです!それになんか憧れちゃうんですよね、レストランで働くというのが…」

 

 

 はあ、この調子じゃあ何を言っても無駄かな。しかたない、早苗さんをアルバイトとして雇おう。俺自身あれだけの広さを持つレストランを俺と心華の2人だけで切り盛りするのは難しいと思っていたからね。少しは心華の負担が減ったから良しとするか。

 

 

「わかったよ、じゃあしっかりと働いてもらうからね」

 

 

「もちろんです!任せてください!」

 

 

「心華もそれでいいよね?」

 

 

「うん、いいよ!でも…」

 

 

 そう言う心華の視線は早苗さんに注がれていた。もっと言うと、早苗さんのたわわに実った2つの果実に…。

 

 

「良いなぁ、大きくて」

 

 

 えっ!?心華なんてことを言うんだ!?

 

 

「そうですか?」

 

 

 そう言いながら早苗さんは胸の下あたりを両手で押さえる。着ている制服が押され、よりくっきりとした胸のシルエットは確かに大き…って男がいるこの場でそんな話をしないでよ!慌てて目線をそらし、作り終わった肴の方に視線を移す。しかし、心華の「でも」と言う言葉に反応して再び視線を心華たちの方に移した。心華の視線は今度は小傘の胸に注がれている。

 

 

「な、なに?」

 

 

「でも、小傘ちゃんのよりは大きいよ」

 

 

「えっ!?」

 

 

 小傘は驚きの声を上げると、両手で自分の胸を触って大きさを確認した後、その両手を今度は心華の胸に伸ばした。そして心華の胸に触れた直後、まるで雷に打たれたかのような形容しがたい表情に変わる。ショックを受けているのは分かるが、その様子から見ると心華の言ったことは本当だったようだ。その表情のまま右手だけを自分の胸に戻して数回撫でた後、がっくりと膝をついた。その様子を見た早苗さんが慌ててフォローに入る。この状況、俺は一体どうするのが正解なのだろうか。答えが全く見つからない。ひとまずこの場を退散するしか…

 

 

「ねえ、欧我」

 

 

「はいっ!?」

 

 

 逃げようとしたが捕まってしまった。

 

 

「欧我は、大きいのと小さいのどっちが好き?」

 

 

「えっ!?さ、さーてそろそろ料理を勇儀さん達の所へ持っていくか~」

 

 

「あ、話そらした」

 

 

 勇儀さん達に依頼された酒の肴を手に、逃げるように台所を後にした。まさかあんなことを聞かれるなんて思ってもみなかったからどう答えればいいか全然分からなかった。そもそもどっちが好きかなんて考えたことが無いから答えようがないじゃないか。まったく。…顔が赤くなっていないだろうか。

 

 

 

 

 

「おまたせ~!酒の肴を…あれ?」

 

 

 レストランの元に戻ると何故か萃香さんの姿は無く、代わりににとりさんと椛さんの姿があり、しかも3人でお酒を酌み交わしていた。にとりさんと椛さんはかなりおびえている様子だけど。

 

 

「おーう欧我か!遅かったじゃないか。私たちはもう飲み始めているよ!」

 

 

「あ、そうですか。で、萃香さんはどこに?」

 

 

「萃香は人を集めに行ったよ。宴会をするならみんなを呼ばないとね!」

 

 

 そう言ってガハハハと豪快に笑う勇儀さん。え、大勢来ちゃうの!?

 

 

「ダメですよ!白玉楼には食材が少ないから料理を人数分作ることはできません!」

 

 

「分かってるって!だから今回は食材を持ってくるようにと言う条件を付けた。そうすれば白玉楼の食材を使わなくて済むだろ?」

 

 

「それはそうですけど…」

 

 

「だから大丈夫さ!ほら、白玉楼の連中も連れてきて一緒に酒を飲もうぜ!」

 

 

 はぁ、この状態の勇儀さんに何を言っても無駄だよな。俺って押しに弱いのかな。

 

 

「分かりました、呼んできます」

 

 

 仕方ない、宴会をやると決まったらその宴会を楽しまないと。みんなで集まってワイワイと酒を飲むのは楽しいし大好きだからいいか。今日は張り切って酒を飲もう。

 白玉楼にいるみんなに宴会について伝えるために来た道を引き返しながら、俺はぼそりとつぶやいた。

 

 

「レストラン、何時になったら完成するんだろう…」

 





うん、何時完成するだろうねー(←他人事)


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第68話 完成間近のレストラン

 
皆さんこんにちは、作者の戌眞呂☆です。
今回はいつもより少しだけラブラブほのぼのにしてみました。

やっぱほのぼのシーン書いている方が心が安らぐって言うか…。


そして、後半には重大な発表があります。
最後までしっかりと目を通しておいてください。

それでは第68話、始まります!


 

「オムライスとスパゲッティひとつずつ追加でーす!」

 

 

「はいよー!」

 

 

 心華からの注文を受け、キッチンから返事を返す。ここは白玉楼の台所ではなく、レストラン白玉楼のオープンキッチンだ。昼ごろ冥界ににとりさんと椛さんがやってきたのはレストランで用いる調理器具が完成したので、それを届けに来てくれたからだ。今日と明日椛さんは非番のため半ば強制的に連れてきたとにとりさんが語っていたが、妖怪の山での河童と天狗の階級差を考えたら親友のために椛さんが手伝ってくれたと考えた方が良いだろう。まあその辺は置いておいて。宴会に集まってきたみんなと協力してすべての機材をキッチンの中に運び込み設置した。今全力で働いてくれているコンロやフライヤー、食器洗い機からオーブン、さらには換気扇から地下で動く発電機に至るまですべてにとりさんお手製の自信作だ。

 高性能の機械に負けないように、こっちも料理のスピードと質を高めてこう。フライパンの中では玉ネギがきつね色に変わり、薄く輪切りにしたウィンナーにも火が通ってきた。そこにご飯を入れて炒める。ケチャップを流し入れるとジューッと言う音と共に新鮮なトマトのほのかに酸っぱい香りが辺りに漂い始めた。隣のコンロにかけられた鍋には魚の煮付けがコトコトと心地よい音を立て、さらにその隣のフライパンにはそれ以前に注文された焼きそばが完成の時を迎えていた。焼きそばを皿に盛りつけ、刻み海苔をかければ完成っと。

 

 

「よしできた!」

 

 

「わぁ、美味しそう!」

 

 

 心華は出来立ての焼きそばを受け取るとお盆に乗せた。レストランの中にテーブルや椅子、ソファは運び込んではいないため集まってくれたみんなはレストランの外で騒々しい宴会を繰り広げている。宴会が始まってから早くも3時間が経過し、心華と早苗さんは外と中を何度も往復してくれた。俺もキッチンで料理を作りすぎて両手が疲れてきたし、注文された料理も残りスパゲッティとオムライス、そして煮付けの3品だけだから切りもいいし、そろそろ休憩にするか。

 それじゃあ早く休みたいから3品をぱぱっと作っちゃおう。オムライスの玉子で包む工程が苦手なんだよな…。フライパンに油を敷いて薄焼き卵を作り、出来たばかりのケチャップライスを乗せて形を整えてと。

 

 

「ほっ!」

 

 

 手首のスナップを生かし、ライスをひっくり返す要領で包み込んで…。

 

 

「頑張れー!」

 

 

「頑張るよー!」

 

 

 小傘の応援を受け、もう一度スナップを効かせて、やっ!

 

 

「あっ…」

 

 

 どうしよう、卵に穴が開いちゃった。……よし、ケチャップで隠そう。俺は何も見ていない。気を取り直して煮付けを皿に盛り、スパゲッティもミートソースをかければ完成だ!

 

 

「心華、これを届けたら休憩しようか。オーダーストップするから、早苗さんにもそう言ってきて」

 

 

「うん、わかった!」

 

 

「心華ちゃん頑張れー!」

 

 

 元気よく返事をするとレストランの外に飛び出していった。その姿をカウンターに座った文と小傘が見送る。家族みんなの時間を過ごしたいと思い、文と小傘の2人だけレストランの中に招き入れた。

 

 

「終わったー!」

 

 

「お疲れ様」

 

 

「お疲れ様!欧我かっこよかったよ!」

 

 

「ありがとう、文、小傘」

 

 

 カウンターに座り、ねぎらいの言葉をかけてくれた2人に笑顔でお礼を述べると、キッチンを出て文の隣の椅子に腰を下ろした。コック帽を脱いでカウンターの上に置くとどっと疲れが押し寄せる。3時間も休まず料理を作り続けていたし、慣れない環境での料理だったから無理もないだろう。

 

 

「あややや、すごい汗。じっとしてて」

 

 

「え、うん」

 

 

 文はハンカチを取り出すと額や頬、首筋を伝う汗を優しく拭きとってくれた。優しく触れるハンカチから伝わってくるねぎらいの気持ちと文の優しい微笑みによって少し疲れが引いた気がする。

 

 

「キッチンの調子はどう?欧我」

 

 

「ああ、すごいよ。約3時間フル稼働させても微塵の狂いもない。火力も申し分ないし、流石河童の技術は素晴らしいよ」

 

 

「そう、良かったわね。それにしても、コック姿が様になってきたわ。すごく似合っているよ」

 

 

「文…。ありがとう。えへへ」

 

 

 文の言葉が嬉しくて、照れくさくて笑顔を浮かべると文も可愛らしい笑顔を浮かべてくれた。やっぱり文の笑顔を見ていると心が安らぐ。この笑顔の為なら、俺はどんなことだって頑張れる気がする。

 

 

「文だけずるい。ねー、私も混ぜてよー」

 

 

 文と笑い合っていると、1人蚊帳の外にされた小傘が口を尖らせる。小傘の顔は酒に酔っているのか少し赤みを帯びている。

 

 

「あっ、ごめん!わかったよ、おいで」

 

 

 謝って腕を広げると、小傘はコクンと頷いて立ち上がり、多少おぼつかない足取りで俺の傍までやってきた。そして向かい合うような形で俺の脚の上に腰を下ろしてもたれ掛る。酒に酔っているからとはいえ、いつもより大胆な行動に俺は驚きを隠せなかった。

 

 

「えっ、ちょ、ちょっと小傘?あの…」

 

 

「だまって。このままでいさせてよ」

 

 

 小傘は人差し指で俺の言葉を封じると体を預けもたれ掛かった。状況がつかめないうえに、小傘のいつもより積極的で大胆な行動がドキドキに拍車をかける。無意識の内に両手を小傘の背中にまわし、そっと優しく引き寄せて抱きしめた。

 

 

「いつもよりも甘えん坊さんね」

 

 

「そうだよね。でも、たまにはいいんじゃないかな?」

 

 

「そんなこと言って、顔が真っ赤よ」

 

 

 そう言ってくすくすと笑う文。そんな文の表情を見て、今度は自分の顔が赤くなるのをはっきりと感じた。

 

 

「浮気したら許さないから」

 

 

「するわけないよ。俺は文一筋さ」

 

 

「もう、面と向かってそんなこと言わないでよ」

 

 

「おっ、文の顔も赤くなった」

 

 

「な、なってないわよ……バカ」

 

 

 途端に照れ始めた文の反応が面白くて、可愛くて思わず笑みが漏れる。二人とも笑顔になり、お互いの顔を見て笑い合った。

 

 

「ねー、私もいるんだけど!」

 

 

 文と笑い合っていると不意に心華の声が聞こえた。まだレストランの入り口の扉に来客を知らせるベルが付いていなかったので、心華がレストランに入ってきたことに全く気付かなかった。

 

 

「ごめんね。そしてお疲れ様、心華」

 

 

心華の頭をよしよしと撫でながらねぎらいの言葉を述べると、心華は笑顔になって「うん!」頷いた。初めのうちは、心華がウェイトレスをやると言い出した時は上手く行えるかものすごく不安だった。でも、今回の働きを見てそのような不安はどこかへと吹き飛んでいた。心華の働きは目を見張るものがあり非常に頼もしかった。

 

 

「ねー、お腹減ったから何か作って!」

 

 

「ごめん、今それはできないんだ。だって、小傘が寝ちゃっているから…」

 

 

 そう言って小傘の背中を優しく撫でる。小傘は今俺の胸の中で心地よさそうに寝息を立てている。この状態で動いては起こしてしまいそうなので少しも動けなかった。

 

 

「よし!じゃあ私が何か作ろうかしら」

 

 

「文が?できるの?」

 

 

「任せて!これでも料理の練習は積んできたつもりだから!」

 

 

 そう言って意気揚々と立ち上がり、キッチンに立つとやる気十分と言いたげにエプロンを身に着ける。その姿は多少頼もしそうに感じたけど、以前の料理している姿を思い出すといささか不安でならない。果たして練習の成果とはどのような物なのだろうか。心華は俺の隣の椅子に腰を掛けると、待ちきれないといった表情を浮かべている。文の手料理が好きなのは俺もだから非常に楽しみだ。小傘の眠りを妨げないように注意しながら徳利に残っていた酒をお猪口に注ぎ、口元に近づける。

 

 

「あ、そーだ。昼にも聞いたけど、欧我は大きい胸と小さい胸どっちが好きなの?」

 

 

「ぶっ!?」

 

 

 心華からされた予想外の質問に思わず吹き出してしまった。酒を口に含んでいなかったことが幸いして大惨事には至らなかった。そしてもう一つ幸いなことに小傘は目を覚ましていない。

 

 

「いきなりなんてことを聞くの!?」

 

 

「私も気になるわね」

 

 

「うわっ!?紫さん?」

 

 

 突然聞こえた声に驚いて声がした方を見ると、空間に開いた裂け目から紫さんが上半身を出し、口元を扇子で隠して、何を考えているのか分からないような不敵な笑みを浮かべていた。なんか眼元が少しニヤ付いていないか?

 

 

「私も知りたいわ、欧我の好み」

 

 

「それを紫さんが知って何になるというのですか?」

 

 

「ただの興味よ。そうだわ、質問を変えましょう。私の胸と文の胸、好きなのは…」

 

 

「文の胸です」

 

 

「そっ、即答したわね…。これでも私の胸…」

 

 

「文の胸の方が好きです。そして紫さん、何か用事でしょうか」

 

 

 紫さんの言葉を遮り、話を逸らした。だって紫さんが見せつけるかのように胸を寄せようとしたんだもん。こんなの目の前で見せられ続けたら理性の崩壊を招くかもしれない。っていうか文もいつまで照れているんだよ。

 

 

「用事…。そうだわ、思い出した!」

 

 

 そう言って扇子を閉じ、手をパンと叩く紫さん。この人本当に妖怪の賢者なのだろうか。

 

 

「欧我は、パラレルワールドって知っているのかしら?」

 

 

「パラレルワールド?この世界と並行して存在する、所謂別次元の世界のことですか?でも、そんな世界あるわけ…」

 

 

「あるわよ」

 

 

「えっ?」

 

 

 紫さんから聞かされたたった4文字の言葉に、俺は大きな衝撃を受けた。パラレルワールドがある?そんなの実在するの?

 

 

「信じられないという表情しているわね。でも確かに存在するの。創造者の数だけ世界があり、幻想郷がある。そこでは同じ人物が全く別の生活を営んでいるの。たまにその世界だけにしか存在しない人物が現れ、その人を中心に生活や環境、人々の関係が急激に変わることだってあるわ。そう、この次元で言う欧我と心華みたいにね」

 

 

「俺と…心華?」

 

 

 未だに実感が沸かないが、俺にも妙に納得することができた。以前そのような人物と関わったことがあるような気がしてならないからだ。

 

 

「私はこの世界にしか存在しないの?すごい!それってなんか私がレアみたいじゃない!」

 

 

 心華は、無邪気に喜んでいるみたいだが。紫さんの話は続く。

 

 

「そして私は考えたわ。この次元の幻想郷をより良いものにするために、別次元の幻想郷の文化や仕組みといった様々な情報を手に入れようと。そこで欧我、貴方に別次元の幻想郷に行って情報を仕入れてもらいたいのよ。別次元に行って異文化交流を行ってほしい。これが、今日私がここに来た用事でありお願いなのよ」

 

 

「えっ、お、俺が!?なぜ俺なんですか?」

 

 

「さっき言ったように、欧我はこの次元にしかいないレアな存在であるだけではなく、その料理の腕前はなかなかのものよ。欧我なら別次元でも料理をきっかけにして宴会を開き、交流や情報収集ができるかもしれない。だから、適任は欧我、貴方しかいないのよ」

 

 

 適任は俺しかいない。そう紫さんに言われ、俺の中で決心が固まってきた。

 

 

「ちょっと待って…」

 

 

 しかし、文の不安そうな声が聞こえ、その決心は再び揺らぎだした。

 

 

「別の次元に行ったとして、欧我は無事に帰ってこれるの?私は欧我と二度と離ればなれになりたくはない」

 

 

 文の言葉を聞き、俺も同じ不安を抱いた。俺にはこの次元に大好きな妻がいて、愛する家族がいる。そして完成間近のレストランや、みんなと気付いた絆。これらを無くしたくない。

 

 

「その点は心配いらないわ。どこに行ったとしても、私が必ずこの次元に戻して見せる。それは約束するわ」

 

 

 紫さんの言葉を聞き、俺は思案を巡らせる。かなり悩むものかと思っていたが、思っていたより決断に時間がかからなかった。

 

 

「分かりました、紫さんの言葉を信じます」

 

 

「欧我!?」

 

 

「大丈夫だよ、文。紫さんは()()()()幻想郷の賢者、信頼に値するほどの実力を持っているから大丈夫さ。それに、この幻想郷に役立つのなら力になりたいし、何より時空を超えた旅ってなんか楽しそうだもんね!だから、紫さん。その役目、俺が引き受けます」

 

 

「これでもって言う部分が気になるけど…決まりね」

 

 

 そう言うと紫さんは扇子を広げ、口元を隠した。

 

 

「明日の朝、また迎えに来るわ。その時までに準備をしておくこと。ではよろしくね、欧我」

 

 

 そう言い残し、紫さんはスキマの中に消えていった。

 紫さんが去ったレストランの中、俺は文と心華と一緒に別次元へ行くことについての不安や楽しみ、興奮などを話し合った。一体別次元の幻想郷ではどんな出会いが待っているのか、それが非常に楽しみでならない。この胸の高鳴りは、しばらくは消えそうにないだろう。

 それにしても、いつの間にかカウンターの上に置かれていた徳利が数本無くなっているけど、それについてはまた今度スキマ妖怪を問い詰めるとしよう。

 




 
はい、読んでいただけたでしょうか。
しっかりと読んでいただいたみなさんならもう分かりますよね。
実は!

とある小説とコラボをすることになりました!!ワーパチパチ

レストラン建設編は一旦ストップして、次回からコラボ編が始まります。
どの小説とコラボをするのか…。
それは投稿されるまでのお楽しみ!
活動報告でもお知らせするので楽しみに待っていてください!

コラボ回は、別の小説「東方共作録」にあります!
そちらの方で読んでください!よろしくお願い致します!

それでは、ほな!


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第10章 レストラン白玉楼
第69話 家族旅行


 
コラボも無事に終わり、レストランの物語が再開します。
 
今回は家族で出かける物語を書きました。
久しぶりのほのぼのシーンだと言う事もあり、書きたい内容を書いていたら6000文字を超えてしまいました。
今後は、5000文字以上を目指していきたいと思います。

では、ひさしぶりの葉月一家の物語をお楽しみください。


 

「ふぃ~終わったぁ!」

 

 

 白玉楼の台所で朝食の洗い物を終え、大きく伸びをする。別の次元での調査を無事完遂し、昨夜は家族のみんなと酒を飲み料理を食べ、夜遅くまで語り合った。文に甘えられなかった寂しさからか、酔いの力も相まって文に向かって思いっきり甘えてしまったけど、それでも文は受け入れてくれたっけな。今思い返してみると、小傘と心華が若干引いちゃっていた。今後は気を付けないと。うん。

 

 

「お疲れ様」

 

 

「お、ありがとう」

 

 

 背後から声が聞こえ、振り返ると文が熱々のお茶が入った湯呑を差し出してくれた。お礼を言って湯呑を受け取る。手の平から伝わってくる温もり、鼻をくすぐる香り、そして口に含んだ時のほのかな苦み。やっぱり緑茶って最高の飲み物だ。しかもそれが文が淹れてくれた緑茶となると、もちろん愛情も伝わってくるよ。

 

 

「ふはぁ~。やっぱり文が淹れてくれたお茶は最高だ」

 

 

「うふふ、もう欧我ったら」

 

 

 そして2人で笑い合った。やはりというか、文の笑顔を見ていると自然と心が癒されていく。大好きな人の大好きな笑顔。俺にとって無くしたくない大切なものだ。それにしても、1日ほど別れていただけなのに、笑顔を見ただけでこれほどまで心がドキドキするとは思ってもみなかったな。やはり俺の文欠乏症は重傷なようだ。

 残っていた緑茶をグイッと飲み干し、ふぅーと長めに息を吐く。そのおかげで眠気も疲れも吐き出す事が出来た。

 

 

「ごちそうさま」

 

 

「お粗末様でした」

 

 

 文に湯呑を返し、よしっと気合を込める。1日開いちゃったけど、あと少しでレストランが完成する。今日の空いている時間を使って完成させよう!そう意気込んで台所を出ようとするが、不意に文に腕を掴まれた。

 

 

「欧我、どこに行くの?」

 

 

「どこって、レストランを見に行きたいんだけど」

 

 

 レストランと言う言葉を耳にした直後、文はピクッと眉を動かした。瞬く間に起こった一瞬の小さな動きだったが、俺の目はしっかりととらえていた。一体文は何を考えているのか、その表情からは読み取れない。少しの沈黙が開いた後、文は何かを思い出したように「あっ」という声を漏らした。

 

 

「そ、そうだ!ねえ知ってる?最近里に新しい甘味屋が出来たの。実は私一度も行ったことが無くって、ブン屋としては早く行ってネタにしたいし。だからさ、欧我。一緒に行かない?」

 

 

「甘味屋?甘い物に目が無い文らしいね」

 

 

「えへへ。あ、そうだ!小傘と心華も連れて行きましょうよ!」

 

 

「良いね、最近家族で遊びに行くってことしてなかったし。よし、レストランの様子を見てから…」

 

 

「ダメよ!」

 

 

 レストランを見てから行こうと言いたかったのだが、途中で文に遮られた。なぜか真剣な面持ちをしているけど何があるというのだろうか。

 

 

「あの店には数量限定の特別な大福があるの!早く行かないと売り切れちゃう!私その大福がどうしても食べたいから早く行こうよ!」

 

 

「え、でも今から行くのは早すぎるんじゃ…」

 

 

 今の時間は7時45分をまわったところ。店はまだ開いてはいない時間帯だし、里でこんな朝早くから開いている店なんて今まで見たことも聞いたことも無い。そう文に告げると、途端にしょんぼりとしてがっくりと肩を落とした。文の小さな子供のような言動には驚いたけど、落ち込んでいる様子を見ているとなんだか申し訳なく思えてきた。

 

 

「わかったよ、今日はずっと文たちと一緒にいるよ」

 

 

 そう言って頭をよしよしと撫でると、途端に顔を上げぱあっと笑顔になる文。

 

 

「本当に!?」

 

 

「もちろんだよ。それによく考えたら最近レストランにかかりきりで、家族みんなで過ごした事ってほとんどなかったからね。今日1日はレストランのことを忘れて、みんなで何処かへ遊びに行こうよ」

 

 

「うん!ありがとう欧我!」

 

 

 文は笑顔で何度もうなずくと、胸に飛び込んで抱き着いてきた。両腕を背中に回し、文の身体を優しく抱きしめる。そう言えば、ここ最近はレストランばかりを気にして、家族のみんなに何が出来たのだろう。罪滅ぼしとは違うかもしれないけど、今日は家族のために時間を使おう。

 

 

「よし、じゃあ時間もあるし弁当を作ろうか」

 

 

「弁当?…それって!」

 

 

「うん。甘味屋へ行くついでにどこか景色の良い場所へ出かけて食べようよ。ちょうど開店まで時間あるし、それにみんなで作った方が美味しいと思うよ」

 

 

「うんうんっ!じゃあ私小傘達を呼んでくるね!」

 

 

 台所を飛び出していく文から視線を離し準備を始めようとしたが、文は不意に立ち止まる。どうしたのかなと思っていると文が笑顔で振り返り、

 

 

「欧我大好き!」

 

 

 と言う言葉を残して台所を出て行った。俺はその言葉を聞き、走り去る文の背中を見送る事しかできなかった。心のドキドキが収まらないが、その言葉は本当に嬉しかった。

 その気持ちのまま、準備を進めていく。家族で料理をすることはとっても楽しいから、つい時間をかけてしまう。でも今回は数量限定の特別大福があるからちゃちゃっと作っちゃおう。唐揚げは無しの方向で…。

 

 

 

 

 

「欧我、早く早く!」

 

 

「わかったわかった。小傘、心華!遅れないでよ!」

 

 

「うん!小傘ちゃんお先に!」

 

 

「あっ、待ってよー!」

 

 

 文と手を繋ぎながら人里の街道を爆走する。いや、ほぼ引っ張られる形で文について行くのがやっとだった。限定品の大福は大変な人気で開店と同時に長蛇の列ができ、あっという間に完売してしまうという情報が文の耳に入り、何としても完売前に店に辿り着こうと全力疾走。俺が空中に浮いているから転ばないことを知っている文は容赦なくスピードを上げていくが、後に続く小傘と心華は徐々に離されていく。俺たちの事に気が回らなくなるほど熱中するなんて、甘い物、特に限定品に目が無いんだな。女の子ってみんなそうなのか?

 しばらく走り続けていると、ようやく目的の店舗が見えてきたようだ。なぜなら文の嬉々とした声が聞こえたからだ。俺の目にも店の様子が見えてきたが、やはりイメージ通り長蛇の列が出来ている。大丈夫かな、限定の大福は。

 

 

「大丈夫かしら」

 

 

「待つしかないよ。売り切れたら諦めるしかないね。それよりも、小傘も心華もお疲れ様。お茶飲む?」

 

 

「うん、ありがとう」

 

 

「走りすぎて疲れちゃった。心華ちゃん、先飲んでいいよ」

 

 

 差し出した水筒を受け取り、仲良くお茶を飲む2人。かなり距離は開いちゃっていたけど、逸れることなく無事追いつく事が出来たみたいでほっと胸を撫で下ろす。一方の文はちょっと申し訳なさそうな表情を浮かべている。どうやら2人のことを考えてやれなかったことが申し訳なかったみたい。まあ次気を付ければいいよ。

 そして4人で談笑しながら時間をつぶすこと30分。とうとう俺たちの番がやってきた。満面の笑顔を浮かべ、文が店のおばちゃんに向かって指を4本突き出した。

 

 

「限定の大福を4つください!」

 

 

 しかし、途端におばちゃんは申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

 

「ごめんねぇ。大福は後3つしかないんだよ」

 

 

「えっ!?」

 

 

 その言葉に驚きを隠せない俺達。もっと早く来ればよかったという後悔の念にさいなまれたが、とりあえず残っていた饅頭3つを買い、広場に移動してベンチに腰を下ろす。大福の個数3個に対して俺達は4人。誰か1人は我慢しないといけない。どうしようかという相談を文がしようとしたが、俺は大福の入った袋を文に手渡した。

 

 

「俺はいいからさ、3人で食べてよ」

 

 

「えっ!?でも欧我、レストランで作る大福の参考にしたいとか言ってたじゃない」

 

 

「大丈夫、大福以外にも美味しいものがあるし、それを作るつもりだから。それに、俺は甘い物が好きじゃないしね」

 

 

「欧我…。ありがとう、頂くわね」

 

 

 文は笑顔で差し出した紙袋を受け取り、中から大福を取り出して小傘達に分け与えた。その大福はモチモチな純白の皮で包まれており、中には採れたて新鮮な苺がこしあんとクリームと共に包まれた所謂苺大福だ。苺の甘酸っぱさとこしあん、クリームの甘味の調和をお楽しみください…と言うのが店のパンフレットからの情報だ。

 いただきますという掛け声で3人は大福にかぶりついた。その瞬間繰り出される満面の笑顔、ん~と言う声、揺れ出す身体…。

 

 

「美味しい!これはネタにできそうね!」

 

 

 どうやら期待通り、いや期待以上の美味しさだったようだ。文はその美味しさを記事にまとめようとメモ帳を取り出す。小傘も心華もいい笑顔だ。その後も笑顔を浮かべ感想を述べ合いながら食べ進めていき、そしてあっという間に完食してしまった。俺はその笑顔を眺めているだけでお腹一杯だよ。

 

 

 

 

 

 人間の里を後にした俺達が向かったのは太陽の畑の傍に広がる野原。ここには色とりどりの花が咲き誇り、優しく吹き行く風の中に花の香りが漂う絶好のお昼寝スポット…だと思う。ここには凶悪な妖怪や屈強な猛獣が現れることは殆ど無いという。巷では、この野原を憩いの場とするべく幽香さんが迫りくる妖怪を追い払ってはソーセージを作り出すという噂が流れている。ソーセージの部分は幽香さんへの畏怖の念を込めた作り話だろうが、太陽の畑や所謂ゆうかりんランドが近いことから幽香さんが何かしらの策を講じているのだろう。そのおかげで思い切りくつろぐ事が出来る。

 俺達がここに来たのは弁当を食べるためだ。食費が無く、使える食材も限られているためおかずは少ししか無いが、生憎米はたくさんある。そのためおにぎりが8割を占めている。でも、飽きてしまわないようにおにぎりの具には様々なものを詰め込んだ。鮭に昆布はもちろん玉子焼きやエビの天ぷら、残っていた佃煮に肉味噌、そして漬物。バリエーション豊かなおにぎりが10個。人間の里を疾走した上に大福を食べていないからお腹も減っているし、早速食べちゃおう。

 

 

「いただきます!」

 

 

 目の前にあったおにぎりを掴み、口元へと運ぶ。そしてがぶりとかぶりついた。作ってから時間があいてしまったため冷めていてひんやりとしているが、中に入っている肉味噌の味がご飯にしみこんでいてとても美味しい。流石料理人が作った肉味噌だと自画自賛してみたり。

 

 

「小傘は何が入ってた?」

 

 

 並んでいるおにぎりを見ていると、ほとんど同じ形で具材が何かが分からなくなっているため、くじ引きのような感じで選ぶのが楽しい。みんなが食べているおにぎりの具材が何かが気になったので、話題になるのかなと思い聞いてみた。

 

 

「私は玉子焼きよ。欧我は何が入っていたの?」

 

 

 小傘のおにぎりに入っていたのは玉子焼きだったようだ。個人的に狙っていた具材だったので少し悔しかった。だってこの玉子焼きは文が作ったんだもん。まあ食べられちゃったのは仕方ないからおかずの方を食べよう。

 

 

「俺?俺のは肉味噌だね」

 

 

「肉味噌!?」

 

 

 小傘に聞かれたため自分のおにぎりの具材を言ったら、途端に文が詰め寄ってきた。この具材は文が狙っていたらしかった。

 

 

「ねえ欧我、一口頂戴」

 

 

 全部食べたかったのだが、目をキラキラと輝かせながらお願いしてくる文の顔を見ていると断れなくなってしまった。

 

 

「仕方ないな。ほら、あーんして」

 

 

「あーん」

 

 

 恥ずかしがるそぶりを見せず大きく開けた口の中に食べかけのおにぎりを近づけると、がぶっとかぶりついた。

 

 

「ん~!最高ね!」

 

 

「ありがと」

 

 

 やっぱり自分の料理が褒められるというのは本当に嬉しいことだよな。しかも料理を食べた人が浮かべる笑顔を見ていると、こちらも満たされた感じがしてとても幸せな気分になる。特に愛する家族の笑顔を見るのはこれ以上ないほど至福のひと時だな。

 

 

「私もやりたい!欧我、あーんして!」

 

 

 俺と文のやり取りに感化されたのか、心華がおにぎりを掴んで差し出してきた。文と小傘はその光景を見てニヤニヤとした笑みを浮かべながらじっと俺の方を見てきたので恥ずかしくて抵抗を感じてしまったが、やらないと心華が悲しんでしまうかもしれないと思い、恥ずかしさをこらえながらがぶっとかぶりついた。このおにぎりの中身は…

 

 

「ん゛っ!?」

 

 

 次の瞬間口いっぱいに広がる辛味、口の粘膜に針が刺さったような痛みが走り、ぶわあっと汗が噴き出す。心華が差し出したおにぎりには七味唐辛子がたっぷりと入っていた。俺は辛いものは大好きなのだが、まさかおにぎりに入っているとは思わず、意表を突かれてしまった。

 

 

「やった、大成功ね!」

 

 

 そう言ってキャッキャッとはしゃぐ小傘。まさかこれは小傘が作った物なのか?

 

 

「実はね、欧我をびっくりさせるために内緒で作ったんだ。ねえ驚いた?驚いた?」

 

 

 ニシシと言ういたずらっ子のような笑みを浮かべ、そう聞いてくる小傘。そう言えば小傘はおにぎりを作るとき俺達と離れた場所でこそこそと握っていたな。まさかその時にこのおにぎりを作っていたのか。

 

 

「まあ、驚いたけど…。残念ながら俺は辛いもの好きだからね、これはこれでアリかな」

 

 

「えっ、そんなー!せっかく3つ作ったのに」

 

 

「「「3つ!?」」」

 

 

 小傘から放たれた爆弾発言に思わず同時に驚きの声を漏らした。つまり、残されている5つのおにぎりの中に七味唐辛子がたっぷり入った小傘特製激辛おにぎりがあと2つ紛れ込んでいると言う事だ。確率で言うと40%。家族で過ごすほのぼのとしたひと時が一転、ハズレを引けば激辛が待つ恐怖のロシアンルーレット会場へと一変してしまった。みんなおにぎりに手を伸ばすことなく、無言の雰囲気が辺り一帯を包み込む。

 

 

「おっ、こんな所にいたのか!探したぜ!」

 

 

 その雰囲気を壊すかのように声が聞こえ、上空から魔理沙さんが下りてきた。言葉の内容から俺達を探していたようだが、一体何か用事でもあるのだろうか。

 

 

「あれ、魔理沙さん何か用ですか?」

 

 

「ああ、欧我に見せたいものがあってな。早く冥界に行こうぜ!」

 

 

 冥界。その言葉を聞いた瞬間、はっと息をのむ。まさかレストランの事か!?

 

 

「レストランが完成したのですか!?」

 

 

 そう聞くと、魔理沙さんはニッと笑ってうんと頷いた。

 

 

「欧我、今まで黙っててごめんなさい。欧我が別の次元に言っている間にレストランを完成させて驚かそうと思っていたけど、思っていたよりも早く帰ってきてしまって間に合わなかったの。それで…」

 

 

「それで俺にレストランが完成するまで見せないために、人間の里へ誘ったというの?」

 

 

 俺の問いに文は申し訳なさそうに頷いた。俺は文の言葉を遮るように文をぎゅっと抱きしめた。俺のために、レストランを完成させてくれたことが嬉しかったからだ。

 

 

「ありがとう!本当にありがとう!」

 

 

 ぎゅっと抱きしめた文の耳元で何度もお礼の言葉を述べる。文も俺の身体をしっかりと抱きしめてくれた。もっと抱きしめあっていたかったが、レストランが完成したならば早く見に行きたいという衝動をこらえきれなかった。文を引き離し、上空へと飛びあがる。そして「お先に!」と言う言葉を残し、家族と弁当を置き去りに冥界へと飛んで行った。

 

 

 

 欧我の後を追い飛び立つ文たちを見送る魔理沙。しかし彼らは欧我の後を追うのに必死で弁当を広げたまま忘れて行ってしまった。

 

 

「あいつら弁当を残して行きやがって、幽香に見つかったら怒られるぞ。それにしても美味そうな弁当だな。ちょっと食べちゃおうぜ」

 

 

 そう言っておにぎりの中から一つを持ち上げる。欧我が作ったおにぎりの中身は何か、それが非常に楽しみだと言った感じに、じっとおにぎりを見つめる。

 

 

「いっただっきまーす!」

 

 

 大きな口を開けてかぶりついた魔理沙は中身が何かを楽しむようにもぐもぐと食べているが、途端に目を見開いた。

 

 

「かっらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 野原に響き渡る絶叫。見事にハズレを引いた魔理沙であった。

  




 
はい、お待たせいたしました!
レストラン、ついに完成です!

どのようなレストランになったのか、その全貌は次回明らかに!
こうご期待!


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第70話 なんということでしょう!(色んな意味で)

 
推奨BGM:匠‐TAKUMI‐
(大改造!劇的ビフォーアフターより)
 


 

 人間の里から離れるようにポツンと佇む古い道場と倉庫。かつて稽古の声が響いていた道場も、今やしんと静まり返り、雨風にさらされてきました。中は広く構造は強固であり、さらに太い梁がむき出しになっている天井は風情と趣を感じられます。その利点に目を付けたのが、白玉楼で専属料理人を営んでいる葉月欧我。能力を活用し冥界へと移したその道場をレストランにするべく、限られた資金を活用し、知恵を振り絞り、仲間との協力を得て完成したレストラン。その全貌をご覧いただきましょう。

 

 生徒たちの声が響いていたのはもうずいぶん昔。今はさびれ、朽ち果てようとしていた道場は冥界へと場所を移し、なんということでしょう!見事豪華なレストランへと姿を変えたではありませんか!

 さびて朽ちたトタンの壁は姿を消し、落ち着いた黒い木材で化粧直しをした外観は高級感と風情漂うレストランへと大変身。以前は無かった大きな窓が並び、出窓にはきれいな花が飾られています。レストランの入り口へと石畳が続き、その奥には白玉楼の庭師である妖夢が手掛けた日本庭園風の庭が広がり、テラスにある席から一望する事が出来ます。

 朽ち果てて抜けそうになっていた床と殺風景な壁、そしてむき出しになっていた丸太の梁は、梁を腐食防止の塗料で黒く塗って残し、そこからアンティークのランプを吊るして照明にし、天井では大きな扇風機が優しく回っています。小屋組があらわになり、開放感が溢れる店内でゆったりとひと時を過ごす事が出来ます。漆喰を塗られた壁は腰のあたりから板が張られ、和風の内壁となりました。客席には紅魔館の倉庫で眠っていたソファを改修し、レストランの雰囲気に合うよう姿を変え、お客様をお迎えするソファへと変身。ソファ席4つが窓際に並び、テーブル席が4つ、そしてオープンキッチンと隔てたカウンターに席が6つならんでいます。もちろん客席の間にはレンガで組んだ花壇が並び、華やかな香りが辺りに漂います。

 レストランの顔ともいえるキッチンの壁は欧我の好みで赤いレンガが積まれ、にとりが作った調理器具が所狭しと並べられ働く時を待ちます。キッチンの奥には食材をたっぷりと蓄える事が出来る冷蔵機能付きの食糧庫を完備。これでたくさんのお客様が来ても安心です。

 店の奥には壁を隔てて控室が。限られた空間しかなかったものの狭さを感じさせないような作りになっており、休憩時間にお腹が空いた時に困らないように簡易的なキッチンも完備。温かい緑茶で疲れた体を癒すこともできます。

 

 みんなへの感謝の気持ちを伝えるため、そして白玉楼の食費を稼ぐため、限られた予算の中、使えるものを再利用し完成した今回のリフォーム。幻想郷で初めてできた夢のレストランを、葉月一家は喜んでくれるのでしょうか。

 

 

 

 

 

 顕界と冥界を隔てる結界を抜け、レストランを目指してまっすぐ冥界の空を飛び進む。レストランは白玉楼へ登る階段の麓にある開けた場所に建っており、結界からはかなり遠く、それなりに時間がかかる。魔理沙さんからレストランが完成したという報告を受け、早く見たいがために全速力で空を駆けてゆくが、なぜかいつもより距離が長く感じてしまう。

 

 

「欧我!」

 

 

「ん?」

 

 

 不意に名前を呼ぶ声が聞こえ、後ろを振り向くと文が後を追いかけてきた。レストランを早く見たい一心で家族みんなを放りだしてしまったことに少し申し訳なく思ってしまった。

 

 

「レストランはあなただけのものではないわ。私たちも完成を楽しみにしていたの。だから、家族みんなで見に行きましょう」

 

 

「そうだね、ごめん」

 

 

 文に頭を下げると、肩に優しく手を置いてくれた。みんなへの感謝の気持ちを伝えるために始めたレストランだけど、いつもそばにいて常に支えてくれた家族のみんなへの恩返しをないがしろにしていたのかもしれない。これからは家族のための時間を作ろうと心に決めた。

 そして小傘と心華が追いつくのを待ち、4人そろってレストランのある場所まで向かった。俺はほぼレストランのリフォームには付きっ切りで作業をしていたし、文の話では俺が異次元へ調査に向かっている間に家族で最後の改修を行ってくれたから、レストランの外見や内装に関しては初めて見るというわけではない。しかし、最後の改修に立ち会えなかった俺は完成したレストランを見るのは初めてであり、それが非常に楽しみである。向かう途中どんなふうになったのか聞いても、みんなは何も教えてくれなかった。

 

 

「あっ!!」

 

 

 冥界の空を飛んでいたら、目の前にレストランの屋根が見えた。もうすぐでレストランに辿り着く!そう思った直後一気にスピードを上げ、レストランの上空に辿り着いた。上から見ると葺き替えたばかりの屋根瓦が太陽の光を受けてキラキラと輝いている。そしてくるりとレストランの周りを一周すると、今までなかった「RESTAURANT」と「白玉楼」の看板が掲げられており、今まで改修に協力してくれたみんなが集まって手を振ってくれていた。

 

 

「みんな!!ありがとう!!!」

 

 

 大声で感謝の気持ちを述べ、地面に降り立とうとしたその直後…

 

 

「欧我危ない!!」

 

 

 不意に文の叫ぶ声が聞こえ、文の方に視線を移した直後かすめる様にして星形の弾幕が飛んで行った。この弾幕、もしかして…。

 

 

「おーうーがぁぁぁ!!!」

 

 

 怒り溢れる怒号と共に現れたのは俺を呼びに来てくれた魔理沙さんだった。それに先ほどの弾幕を放ったのも魔理沙さんで間違いないだろう。どうして攻撃を仕掛けてきたのか聞こうとしたが、グイッと突き出した右手に持つ弁当箱と首にかかっている水筒を見て察しがついた。そしてとめどなく流れる涙を必死にこらえようとしている表情からも窺い知る事が出来た。

 

 

「お前だな!おにぎりの中に辛い物をたくさん入れたやつは!!」

 

 

 やっぱり。魔理沙さん今日は厄日なのかな。おにぎりをつまみ食いした結果運よく(悪く?) 小傘が作った七味唐辛子たっぷりのおにぎりを選んでしまったと。それにしても、わざわざお弁当をきれいに包みなおして持って来てくれたんだね。

 

 

「あのー、ひとまず魔理沙さんドンマイです。そのおにぎりを作ったのは、俺じゃなくて小傘ですよ」

 

 

「ええっ!?」

 

 

 名前を出した直後、小傘は驚いたような声を上げ、俺の腕をつかんだ。

 

 

「なんで言っちゃうの!?ねえお願い、助けてよ!欧我!」

 

 

「小傘、因果応報に自業自得。申し訳ないけどさすがに今回は庇いきれないよ」

 

 

「そんなぁー!」

 

 

 小傘の絶望に覆われた声が聞こえるが、その声を魔理沙さんの怒号が掻き消した。

 

 

「小傘ぁ!」

 

 

「ひぃっ!?」

 

 

「今日と言う今日は絶対に許さないぜ!ぎゃふんと言わせてやるからな!」

 

 

「小傘、逃げろ。なるべく遠くへ」

 

 

「う、うん!」

 

 

 涙目と言うか既に泣き出してしまった小傘は魔理沙さんの横を突っ切って今来た道を引き返すように結界の方へと飛び去って行った。魔理沙さんはそれを逃すはずもなく、またがっているほうきをぐるりと方向転換し、小傘の後を追いかけていった。お、早速スペルカードを発動したか。あの光線は…ああ、アースライトレイか。

 小傘を助けなかったことに心が少し痛んだが、たまには厳しく接し間違いを犯したら責任を取らせるのも親の仕事だと言い聞かせ、気分を切り替える。

 

 

「欧我、良かったの?」

 

 

「良いんだよ、これで。じゃあ、さっそくレストランの中に入ろうか!」

 

 

「う、うん」

 

 

「そうね、小傘なら大丈夫よね」

 

 

 俺と同じで、心華も文も小傘の事が心配なようだ。でも、仕方ないことだよね。

 地上に降り立つと、目の前にドンと建っているレストランは大きくて豪華で立派なものに見える。正直に言って、まさかこれほどの素晴らしいレストランが出来るとは思っていなかった。こんなレストランが出来たのも、ここに集まってくれたみんなのお蔭だ。レストランの制服やコックコート、ソファの化粧直しを行ってくれたアリスさん。調理器具や発電機を組み立ててくれたにとりさん。外装や内装、漆喰といった力仕事をかって出てくれた萃香さんや勇儀さん、そしてヤマメちゃん。和風庭園のような庭を作ってくれたり、花壇の整備をしてくれた妖夢。そして最後の改修を俺に代わって行ってくれた文と小傘、そして心華。それぞれの手を取り、感謝の言葉を述べる。言葉では言い表せないほどの感謝の気持ちを、これから料理で伝えて行けるように、俺はこのレストランで頑張ろう。

 

 

「みなさんが協力してくれたおかげで、こんなに素晴らしいレストランが完成しました!ここまで来れたのは、快く協力してくれた皆さんのおかげです!本当にありがとうございます!今はまだ食糧庫に食材が1つも入っていないので料理を作る事が出来ませんが、食材がたくさん入ったら皆さんを招待して盛大な宴会を開きたいと思っています。本当に、今までありがとうございました!」

 

 

 感謝しても感謝しきれないほどの気持ちを込めてお礼を述べ、頭を下げるとみんなから拍手が沸き起こった。鳴りやまない拍手の中、俺の頬を嬉し涙が一筋流れ落ちていった。

 

 

 

 

 

「とは言うものの…」

 

 

 オープンキッチンにつながる食糧庫の扉を開け、はぁと大きなため息をついた。目の前に広がるのは、すっからかんで殺風景な光景だ。両サイドに取り付けた棚や飲み物や酒を冷やす冷蔵庫、冷凍されたものを保存する冷凍庫があるが、食材が1つもなかった。食材がいっぱいになったら宴会を開こうとは言ったけど、俺の財産はレストランリフォームに使ってしまったし、白玉楼の食費は無く、食材も底を突きそうなくらい少なくなっていた。まとまったお金がドンと入ってこない限り、宴会もレストランも開く事が出来ないだろう。そしてそれがいつになるかは分からない。

 

 

「完成したけど、貧困なことは変わらない…か。ひもじい」

 

 

「欧我、大丈夫なの?」

 

 

「うん、大丈夫」

 

 

 そう言って後ろに立つ文たちに顔を向けた。食材が少なくなってきたことによって、家族で食卓を囲むことは無くなり、俺も食事を摂らなくなった。ほとんどを幽々子様と妖夢のために作り、文が持って来てくれた食材も幽々子様の胃の中へと消えていった。俺は幽霊だし食事を摂らなくても生きていける事が幸いかな。それ以上に、いつも支えてくれる家族に何もしてあげられないことが悔しくて胸が痛む。

 

 

「文、心華、本当にありがとうね」

 

 

「ううん。欧我はいつも頑張っているんだもん!だから私たちも協力してあげないとね!」

 

 

「そうよ、心華の言うとおり。だから欧我も笑顔で頑張ってね。その笑顔が私の力になるから」

 

 

「うん、ありがとう!」

 

 

 文と心華の言葉が嬉しくて、2人をぎゅっと抱きしめる。その直後入口の扉に設置された鈴の音がカラカラとレストランの中に響いた。入口の方に目線を向けると、妖夢が扉の所に立って目線をそらしていた。あ、もしかして見られちゃったのかな…。

 

 

「あの、何か用ですか?」

 

 

「え、ええっと、あの、幽々子様がお呼びです」

 

 

「あ、はーい。じゃあ、行ってくるね」

 

 

 文と心華をレストランに残し、妖夢の後について白玉楼の幽々子様の部屋に向かう。用事とは一体なんだろう。食事を作ってくれだったらなんて言い訳しようかな。

 

 

 

 

 

「よく来てくれたわね。まずはレストランの完成おめでとう。これで冥界もにぎやかになるわね」

 

 

座卓を挟んで向かい側に座る幽々子様は、緑茶の入った湯呑を置いてお祝いの言葉をかけてくれた。その言葉が嬉しくてお礼を述べて頭を下げた。

 

 

「そして、これがあなたを呼んだ用事よ。レストラン完成のお祝い」

 

 

 そう言って何やら光沢のある紺色の布がかぶせられた大きなお盆を座卓の上に置いた。そして布をめくった時、目の前にあるものを見て思わず目を見開いた。

 

 

「こ、これは!?どうしてこんな大金が!?」

 

 

 そう、お盆に乗せられていたのは大量のお金だった。きっちりと束ねられたお札が重なり合い、大きな山を形作っていた。

 

 

「これは白玉楼の食費よ」

 

 

「食費っ!?え、なんで今これを渡すんですか?」

 

 

 食費が底をついてからというもの、食費が何時入ってくるのかわからないから限りある食材を切り詰め、工夫に次ぐ工夫を重ねながらなんとか今日まで繋いできた。そして食費を稼ぐためにレストランを建てたというのに。

 

 

「本当のことを言うとね、食費を渡す機会はいつでもあったの。でも、レストランを建てようと頑張っているあなたたちを見ると渡す気にはなれなくて。ほら、食費を稼ぐためにレストランを建設している段階で渡しちゃったら、レストランに向ける熱意とか情熱とかが無くなってしまうんじゃないかと思ったのよ。だからね、だから…」

 

 

「なんだよ~!」

 

 

 幽々子様の言葉を聞き、俺は力が抜けたように後ろに倒れ込んだ。幽々子様の言うことは間違っていないと思ったものの、やりきれなさを感じてしまった。じゃあ、俺の苦労は一体何だったんだ。持てる知恵を振り絞り、嵩増しレシピを総動員し、自分の食事を抜き、財産をつぎ込んでレストランを完成させた苦労は一体何だったんだ。なんか今までの苦労が馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 

 

「だからね、この食費は好きに使っていいからね、今日の夕食はお腹いっぱいまで食べたいな」

 

 

「へーい」

 

 

 この時ほど、幽々子様に対してこれほどまで言いようのない怒りと憤りを感たのは生まれて初めてだった。

  




 
「あ、これは…」

【挿絵表示】


「欧我、何か見つけたの?」

「うん、レストランの構想段階で俺が描いた内部の見取り図だよ。完成したレストランとの違いは、これよりもオープンキッチンが広くなったくらいかな」

「ふーん。…あ、ここソファがソアーになってる!」

「え、あ、間違えたの!」

「ほかにも間違いは…」

「間違い探し開始するんじゃねぇよ」
 


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第71話 魔理沙と仕事とホットケーキ

 

「よっこらせっと」

 

 

 抱きかかえるようにして持ってきた、食材がいっぱい詰まった籠をドスンと台所の床に置く。そして背中に背負っていた大きな籠も肩から降ろし、床に置いた。ふう、これで身体が軽くなったぞ。この2つの籠には人間の里で買い占めてきた大量の食材がびっしりと詰めこまれている。買い占めると言っても、全体の約3分の2くらいは里のみんなのために残しておいた。里のみんなだってお腹が減る。大切な食材をすべて買い占めたらその人たちが空腹に苦しむからね。

 

 

「妖夢、お疲れ様。重かったでしょ?」

 

 

「いえ、大丈夫ですよこのくらい!逆に欧我が手伝ってくれたおかげでいつもより軽いです!」

 

 

 胸を張り、少々ドヤ顔気味でそう返してくれた妖夢もまた背負っていた籠を床に置いた。大きな籠占めて三つ分の食材。里の隅々までめぐり、あらゆる店から食材を買い集める事が出来たのも、幽々子様から食費として大金を頂いたからだ。食費を頂いてから既に1週間が経過し、その間俺と妖夢は毎日買い物に出かけた。その他にも文が天狗の里から大量の食材を買い占めてきてくれたおかげで白玉楼だけではなくレストランの食糧庫にもたくさんの食材を備蓄する事が出来た。これだけ食材を集めればレストランで宴会を開催する事が出来るな。さっそく準備に取り掛かろう!

 

 

「妖夢、俺はレストランにいるから、何かあったら知らせてね」

 

 

「わかりました」

 

 

「お願いね。じゃ、いってきまーす」

 

 

 妖夢にニッと笑いかけると3つある籠のうち沢山食材が入った籠を背負い、妖夢の食材を置いて行くようにと怒鳴る声を聞き流し台所を飛び出していった。

 

 

 

 

 

「うっし、オッケーだな!」

 

 

 レストランの食糧庫の中で両腕を組み何度も首を縦に振る。今日買ってきた食材の3分の1が加わり、足の踏み場もないほど積み重ねられた食材を見ているとなんだか笑いをこらえられなくなってくる。この食材が様々な料理に姿を変え、それを食べているみんなの笑顔をイメージすると自然と笑みがこぼれてきてしまうのだ。

 

カランカラン!

 

 

「ん?」

 

 

 不意に小気味良い鈴の音がレストランの中に鳴り響いた。この鈴はレストランの入り口に備え付けられた来客を知らせるものであり、まだ開店すらしていないのになぜ鳴るのかと不思議に思い首を傾げた。おそらく文か小傘が来たのだろうと予想したのだが、その後に聞こえた声で予想が外れた事が分かった。

 

 

「欧我いるかー?邪魔するぜー!」

 

 

「いらっしゃい魔理沙さん!まだレストランは開店してないけど、なんで来たの?」

 

 

 レストランの扉を開けて中に入ってきたのは、ほうきを肩に担いだ魔理沙さんだった。魔理沙さんは当たり前の行動だといった感じで堂々と歩みを進め、カウンターの席に腰を下ろした。

 

 

「なんでって、そりゃあ暇だったからだな。それにお腹もすいているし、何か作ってくれよ」

 

 

 ニシシと笑いながらさも当然だと言った感じで俺の問いかけに答えてくれた。仕方ない、作ってやるか。魔理沙さんは文ほどではないが甘い物が好きらしいから何かしら甘い物を作ろうかな。お腹もすいているらしいから空腹が満たされるもので、なおかつ甘い物…。うん、アレしかないか、ちょうど粉もあるし。

 

 

「分かった、じゃあ今から作るからそこで大人しく待っててね」

 

 

「おう、サンキューな!」

 

 

 そう言って魔理沙さんは再びニッと笑顔を見せる。この無邪気な笑顔は嫌いじゃないな。はぁと小さくため息をつき、調理に取り掛かる。

 ボウルに小麦粉とベーキングパウダー、そして砂糖を入れて泡だて器でシャカシャカとかき混ぜる。ある程度かき混ぜれたら別のボウルを用意し、そこに玉子を割り入れて、牛乳を加えてかき混ぜる。よし、こんなもんでいいだろう。後はこの玉子の中にあらかじめ混ぜておいた粉を加え、粉っぽさが無くなるまでしっかりと混ぜれば生地の完成…っと。

 

 

「おい、何を作っているんだ?」

 

 

「甘くて美味しいやつ。まあ見てて」

 

 

 フライパンを熱し、油を敷いたら中火にセットして生地を焼いて行く。平たくならないように注意しながら形を整え、表面がプツプツとして来たらひっくり返して蓋をし、じっくりと焼いて行けば…。

 

 

「よし、焦げてない!」

 

 

 蓋をとると辺りにほのかに甘い香りが漂う。焼き加減も申し分ないようだし、同時にセットしたもう1枚の方も同様に美味しそうに焼きあがった。後は皿に盛りつけ、ホイップクリームと粉砂糖で飾り付ければ、甘くてお腹一杯になるホットケーキの完成!

 

 

「はいお待たせいたしました、ホットケーキでございます!このメープルシロップをかけて召し上がれ!」

 

 

「おぉー!美味しそう!いっただきまーす!」

 

 

 メープルシロップをドバっとかけると、ナイフとフォークを器用に使い大きめにカットし、大きな口を開けてホットケーキをぱくっと頬張った。

 

 

「んー!美味いぜ!」

 

 

 笑顔と共に美味いという言葉が飛び出し、それを見ていると心が幸せな気持ちで満たされていく。やっぱり俺の料理を食べた人から賞賛の言葉を送られるこの瞬間がものすごくたまらないな。

 今度はメープルシロップが染み込んだ部分を切り分けてからホイップクリームをべっとりと付け、これまた大口でぱくっと頬張る。ありゃ、口元にクリームが付いちゃってる。

 

 

「あーん、幸せだぜ~」

 

 

 頬に手を添え、とろけたような笑顔を浮かべる。どうやらそれほどこのホットケーキが気に入ったらしい。それにしても魔理沙さんのこんな表情初めて見た。いつもの無邪気な笑顔もいいけど、乙女のようなこの表情もまた可愛いよな。

 そしてホットケーキに夢中になりながら、あっという間にぺろりと平らげてしまった。

 

 

「ごちそう様!最高に美味しかったぜ!」

 

 

 顔の前で両手をパンと合わせ、ごちそうさまと言う言葉を述べる。残っていたクリームもすべてフォークできれいにすくい取って食べていたので皿の上には何も残っていなかった。相変わらずクリームが口元に付いたままだが。

 

 

「お粗末様。それじゃあ魔理沙さん、400円でございます」

 

 

「げぇっ!金をとるのかよ!?」

 

 

 お金の話を聞き、せっかくの余韻を邪魔するなと言いたげに嫌な顔をする。ここがお店でありお金を取るのは当たり前だと言う事を説明すると、納得してくれたようで何度もうなずいていた。しかしその直後申し訳なさそうに言葉を発した。

 

 

「あのー、悪いが私今お金持っていないんだ。だから頼む、今回は見逃してくれ!」

 

 

「えっ!?」

 

 

 予想外の発言を受け、まさかの一文無しだったことに驚きを隠せない。ここはレストラン、料理を食べた以上お金を払ってもらわないといけない。しかし今は開店前。仕方ないから見逃してもいいと思ったのだが、脳裏にふっと一つのアイデアが閃いた。外の世界の飲食店、特に餃子が美味い中華料理店でよく見かける手法。それは「お金が無いならその分働いてもらう」だ。そのために、わざと大きめにため息を吐いた。

 

 

「困るよ、それ。食べたらその分お金を払う、そう言う決まりなのに」

 

 

「ごめん、見逃してくれ、この通りだ。何でもするから、なっ?」

 

 

 両手をカウンターに付き、おでこがぶつかりそうなほど頭を下げる魔理沙さんの口から飛び出した「何でもする」と言う言葉。俺はこの言葉を引き出すためにわざと声色に若干の威圧を含めていた。思っていたよりも早くその言葉が飛び出したことで、無意識の内に口角が上に上がる。今の俺ものすごく悪そうな顔になってるよな。

 

 

「何でもする、そう言ったね?」

 

 

「あ、ああ…」

 

 

 俺の言葉を聞き、顔を上げた魔理沙さんの顔はしまったという後悔と何をされるのか分からないという困惑、そしてかすかな恐怖が入り混じったような表情を浮かべていた。しかし、そのような表情はすぐに消え去った。

 

 

「分かった、私も覚悟を決めるぜ!どんな内容だって受けてやる!」

 

 

 魔理沙さんは俺の能力について知っている。もう逃げられないと悟り覚悟を決めたようだ。若干の不安をにじませながらも、その表情は覚悟に満ちていた。なんかものすごく頼もしく感じる。

 

 

「よし、じゃあひとつ仕事をお願いしようかな」

 

 

「仕事?仕事ってなんだ、何をすればいい?」

 

 

 魔理沙さんの返事の後、わざと間を開ける。ほんの少しじらした後、ニッとした笑みを浮かべ仕事内容について口にした。

 

 

「今日の夕方7時からここで宴会を開く。レストランの改装に関わってくれたみんなに、時間になったらレストランに来るように伝えてくれ。お礼の気持ちを込めた料理をふるまいたいからね」

 

 

「へっ・・・?」

 

 

 仕事の内容を伝えると、魔理沙さんの口から意表を突かれたような声が漏れる。やはりというか、この仕事の内容は予想外だったようだ。

 

 

「仕事ってそれか?それだけでいいのか?」

 

 

 信じられないと言いたげに言葉を繋ぐ。それだけだと言う事を伝えると、緊張の糸が切れたように安堵の息を漏らした。

 

 

「はぁ、ぞっとしたぜ。お前が怖い表情を浮かべるからもっとハードな仕事、例えば一生をここで働けだなんて言われたらどう逃げようかと思ったぜ。お前えげつない顔をしすぎなんだよ!」

 

 

「ごめんごめん、魔理沙さんがあまりにもいい表情をするからつい調子に乗っちゃった。それにたった400円のためにそんなことさせるわけないでしょ。じゃあ仕事頼めるかな?」

 

 

「ああ、お安い御用だぜ!速攻で知らせてくる!」

 

 

 じゃあな!と一言口にすると元気よく立ち上がり、ほうきを担いで若干駆け足でレストランの入り口の方へと歩いて行った。

 

 

「あっ、食材とお酒の持ち込みは自由だってことも伝えてよ!」

 

 

「おう!」

 

 

 そして豪快に扉を開けると外へと飛び出していった。豪快に扉を動かしたことでレストランの中にけたたましい鈴の音が響き渡るが、それもすぐに鳴り終わり静寂に包まれた。

 

 

「えげつない顔って、胸にグサッと来たよ」

 

 

 ぼそりとつぶやいた哀愁漂う一言は空気に紛れて消えていく。頬を2回パンパンと叩いて気持ちを切り替え、今日行う宴会に向けての準備を始めた。このレストランがみんなの笑顔で包まれる、その様子をイメージしながら。

 



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第72話 文と思い出と白玉餡蜜

 

 レストランでの宴会の準備を終え、自室の前の縁側に腰を下ろして体を休める。太陽の光がさんさんと照りつける青空の中を、白い雲が優雅に漂う。レストランのリフォームにかかりっきりで、ようやくレストランが完成した時には気づいたらもう7月。日中の明るい時間は長くなり、4時を回ってもまだ太陽は高いところで輝いている。季節は夏真っ盛りなのに、あまり暑さは感じられず汗も流れない。ここが冥界だからか、俺が幽霊だからか、それとも日陰にいて風鈴の音に耳を傾けているからか…。

 

 

「ねぇ、欧我」

 

 

「ん?」

 

 

 名前を呼ぶ声が聞こえ、俺を一人だけの世界から引き戻す。声がした方に顔を向けると、文が不満そうな表情を浮かべていた。

 

 

「ねえ、聞いてる?せっかく取材について話してあげているのに」

 

 

 頬をぷくっと膨らませながらぶーぶーと不満を述べる文。それを聞いて失念していたことを思い出した。縁側で2人並んで腰を下ろし、取材中にあったことを身振りを交えて面白おかしく話て聞かせてくれていた。それを聞いていたのだが、吹き抜ける風と太陽の光が気持ちよくて途中から抜けてしまっていた。

 

 

「ああ、ごめんね。あまりにも天気が良かったから、ついね」

 

 

 両手を合わせて謝ると、はぁと大きなため息をつかれた。少々ふてくされた顔をしているが、どうやら許してくれたようだ。気持ちを切り替え、両手を組み上に上げて大きく伸びをし、そのまま後ろにごろんと寝転がる。頬を撫でる風が気持ちよく、このままでいると安らかな眠りの世界に誘われるようなそんな感じだ。

 

 

「ほら、文も寝転がってみたら?」

 

 

「んもう、しょうがないなぁ。欧我、腕」

 

 

「はいはい」

 

 

 伸ばした俺の左腕を枕にして、文も縁側に寝転がった。このように腕枕をねだられるのは今に始まったことではない。生前文の家で暮らしている時から何度もねだられ、小傘がいるときは両手を広げて2人分の枕を作るときもあった。腕枕と言うのは好きな人同士が愛を深めるために行う微笑ましいものだというイメージをしていたのだが、現実は全く違う。腕を圧迫されるため血液の流れが遮られ、腕の先端がピリピリと痺れてくる。そして頭をどかされた時、遮られた血流がせきを切った様にドバっと流れるときのあのゾワワっていう感触が好きになれなかった。さらに両腕が塞がれるとかゆいところを掻く事が出来ないし寝返りもできない。腕枕と言うのは男にとって苦行にも似たものだと痛感させられた。でも大好きな人の寂しそうな顔は見たくないから、ついついその苦行を進んで受け入れてしまうのが性と言うかなんというか。でも、幽霊になってからは多少楽になってきたのかな。

 される側の文はする側の俺の気持ちを知ってか知らずか、空を見上げながらなんだか幸せそうな笑顔を浮かべている。

 

 

「うふふ…」

 

 

「何がそんなに面白いの?」

 

 

「んー?なんでもなーい」

 

 

 そしてまたうふふと笑みを漏らす。文はいつもこうだ、頭の回転が速い上にそれを隠して相手のレベルに合わせてくる。だから文が一体何を考えているのか全く分からない。ずっと一緒に過ごしてきた俺だって分からない時がよくある。今だってそうだ。でも、俺に対しては時に純粋な少女のような、愛情に裏打ちされた単純で一直線な面もあり、それがちょっと魅力的でもあるからずるいんだよな。

 

 

「そう言えばさ、山で過ごしていた時も良くこういうことしてたね。縁側で寝転がっていたら隣に文がやって来てさ」

 

 

「そうね、何も話さなかったけど幸せなひと時だったわよ。欧我もそうだったでしょ?」

 

 

「うーん、あまり」

 

 

「あややややっ!?」

 

 

 俺の言葉を聞いた途端驚いたように上体を起こし、信じられないと言った表情を浮かべながら顔を覗き込んできた。

 

 

「やっぱりする側の気持ちは分かってくれてなかったんだね。腕を圧迫されて痛い上に、文は寝相が悪すぎるから何度お腹を殴られたことか…」

 

 

「そっ、それは…」

 

 

「いびきも大きい」

 

 

「う、うるさいうるさいっ!もういいもん!二度と頼まないから!」

 

 

 そう言うとプイとそっぽを向いて縁側に再び寝転がった。俺に背中を向けているが、相変わらず頭は腕に乗せたままだ。二度と頼まないと言ったくせに腕枕は続けるのか。

 さっき言ったように、確かに文は寝相が悪くいびきが大きい。しかしそれは気になるほどの程度ではなく、少し大げさに言ったまでだ。山で一緒に暮らしていた間、だらけたり大雑把になっていたりと、毎日ピッシリと決めている清く正しいブン屋からは想像できない言動をよく目撃していた。でも、それは俺に心を開いていてくれているからなのかな。心を許してくれているからこそ、普段見せないような言動を見せてくれているのかな。

 

 

「あれれ、もしかして拗ねちゃった…痛いっ」

 

 

 腕をグーで殴られた。まさか本当に拗ねちゃった?

 

 

「え、あの、文?」

 

 

「ふんだ」

 

 

 そして2人の間に漂う沈黙。どう声をかければいいか分からず、非常に気まずい空気が重くのしかかってくる。冗談のつもりで言ったのに本当に拗ねてしまうとは思ってもみなかった。どうしようこの状況…。

 必死に頭を働かせていると、不意に沈黙を破るように文の声が聞こえた。

 

 

「許してほしい?」

 

 

「へ?」

 

 

「許してほしいの?」

 

 

 許すというのは、腕枕が嫌だと言ったことに対する言葉であろう。でもたったそれだけのことで拗ねたり気を悪くしてしまうものなのか、女心というのは全く理解できない。かといってこのままでいるのも嫌なので、ここは素直に許してもらうしかないか。

 

 

「うん、許してほしいな」

 

 

「分かった、許すわ」

 

 

「ありが…」

 

 

「でも、ただじゃ許してあげない。私の一番の大好物を作ってきたら許してあげてもいいわ」

 

 

「大好物?」

 

 

「そうよ。私の最愛の夫なら分かるわよね?」

 

 

「はいはい、作ってきます。もう、食べたいんだったら普通に食べたいと言えばいいのに」

 

 

「えへへへへ」

 

 

 腕を文の頭の下から引き抜き、台所へと向かった。案の定幽霊になったことで腕のしびれや痛みは感じなくなっていたが、生きていることを実感できない虚しさとこれでずっと腕枕ができるという嬉しさが混じったような何とも言えない気持ちで満たされている不思議な心境だ。

 

 

 

 

 

「乙女心って、人生最大の難問だな…」

 

 

 台所に立ちボソッとつぶやく。さっきの言動について全く理解できないのだが、考えていても仕方ないので気持ちを切り替えて文の大好物を作ろう。文の大好物で真っ先に浮かぶのは甘い物だ。暇な時に人間の里に連れ出され、甘い物めぐりに付き合わされた。俺は甘い物は好きではないが、甘い物を食べている時の文の笑顔を見ているだけでお腹と心が満たされていた。その時に決まって食べていたものは…。

 

 

「餡蜜…かな」

 

 

 真っ先に思い浮かんだものは餡蜜だ。餡蜜を食べている時の笑顔が一番輝いて見えたのが印象に残っている。だから機嫌を直してもらえるような餡蜜を作らないとな。

 白玉粉に水を加えてこね、耳たぶくらいの固さになったら丸く形を作り、真ん中を少しへこませる。耳たぶの福耳具合が自慢の一つだ…って何どうでもいい自慢しているんだろう。そうしたらお湯を沸かして茹でて冷水で冷やす。こうすれば白玉の完成。後は皿に自家製のあんこと大好きなフルーツを乗せ、白玉を少し多めにおいて、そしてクリームを絞れば簡単に白玉餡蜜の完成だ!

 

 

「こんなもんかな」

 

 

 目の前に置かれた餡蜜を眺めていると、脳裏に昔のことが思い起こされた。俺が初めて手料理をふるまった相手、それは一緒に暮らしていた文だった。新聞の執筆に追われて家事が出来ないときに、代わりに身の回りの世話を一手に引き受けて必死に動いたことがある。その時に少しでも疲れを癒してあげようと秘密で作ったのがこの白玉餡蜜だ。その時の文の驚き様ととろけたような笑顔が印象的だった。そしてその後執筆の事を忘れて2人でのんびり過ごしたっけ。その時の温もりと幸せが記憶と共に蘇ってくる。

 

 

「どうして今まで忘れていたんだろう…」

 

 

 文と過ごした大切なひと時を作り出してくれた白玉餡蜜。2人にとって記念すべき料理なのに、これで良いのだろうか。

 

 

「作り直そう。これじゃだめだ」

 

 

 適当に作っただけじゃ、文は絶対に許してはくれない。少しの工程にも愛情を注ぎ、食べてくれる相手のことを思って作らなきゃ絶対に笑顔にはなってくれないはずだ。忘れかけていた大切なことを取り戻す事が出来、ぼそりとお礼の言葉を呟く。これは妖夢にあげるとして、一から作り直そう。

 そうして心と愛情を込めて作り上げた餡蜜をお盆に乗せ、文のいる縁側に向かった。文は中庭を眺めながら足をバタバタと動かしていたが、俺の姿を見ると頬を膨らませ「遅い」と呟いた。

 

 

「はい、じゃあこれをどうぞ」

 

 

「やったぁ!ありがとう!!」

 

 

 白玉餡蜜を手渡すと、途端に笑顔になる。そしてパンと両手を顔の前で合わせると白玉とあんこをスプーンですくい、口へと運んだ。

 

 

「うーん、美味しい!」

 

 

 文の隣に腰を下ろし、持ってきた緑茶をすすりながら夢中で餡蜜を食べ進めていく文の笑顔をじっと見つめる。見ているだけで幸せでお腹一杯になるこの笑顔が一番大好きだ。

 

 

「うふふ、この味はちっとも変ってないね。欧我が一番最初に食べさせてくれたのよね」

 

 

「覚えていてくれたんだね」

 

 

「当然よ!あの時本当に嬉しかったわ。執筆に追い詰められていた私を救ってくれたこの餡蜜とあなたの優しさが大好きよ。ありがとうね」

 

 

「うん!」

 

 

 文の言葉が嬉しく、思わず笑顔を浮かべた。文も笑顔になって餡蜜を再び口へと運ぶ。一口ずつ味わうようにゆっくりと食べ進める文の笑顔は、あの時とちっとも変っていなかった。

 

 

「ごちそう様。あー美味しかった!」

 

 

「どういたしまして」

 

 

 文の一言が嬉しくて、そして文の笑顔をじっと見つめていたことで少し赤くなった顔を見られないように、目線を離して冷めてしまった緑茶をすする。

 

 

「それに、貴方の愛情もたっぷり感じられたわ。私のためにわざわざ作り直してくれたんでしょ?」

 

 

「えっ!?」

 

 

 驚いて文の顔を見ると、いたずらっ子のように白い歯を見せ、ニシシと笑っていた。

 

 

「なんで知ってるの!?まさか覗いてた?」

 

 

「さあね。私は欧我のことは何でも知ってるのよ」

 

 

 何度問い詰めてもその笑顔のままはぐらかしてきたので、埒が明かないと思いあきらめて緑茶を飲み干した。

 

 

「それに、欧我って最近忘れてたんじゃないかしら?作った料理を食べてもらう人のことを考える事」

 

 

「え、う、うん。本当に何でも知っているんだな…。でも、文のお蔭で大切なことを取り戻せたよ。これからは全ての人に感謝と愛情を込めた料理をふるまっていくよ。文への愛情と同じようにね」

 

 

「うん、それでいいわ。それならレストランも大成功間違いなしね。でも、浮気したら許さないからね?」

 

 

「するわけないよ。俺は文一筋さ」

 

 

「もう、欧我ったらぁ」

 

 

「えへへ、でもこれは本心だよ」

 

 

 縁側に座り、2人で体を寄せ合う。お互いに何も話さなかったが、手を繋いでお互いの温もりを感じ合っているだけで心が幸せで満たされていく。これからも長い時間を2人で寄り添って生きていく。こういった何気ない日常も、俺にとっては大切な思い出の一つだ。

 

 

「あ、もうこんな時間か。幽々子様の夕食を作らないと。文、手伝ってくれるか?」

 

 

「ええ、もちろんよ!欧我に負けじと家で練習して、上達してきた料理の腕前を見せてあげるわ!」

 

 

「そっか、じゃあお手並み拝見と行くか」

 

 

 文のやけに自信満々な表情を眺めながら台所に向かった。文と一緒に立つ台所での料理だって、大切な思い出になる。これからはもう二度と忘れないように、心のアルバムにしまっていこう。

 




 
「ところで、欧我の得意料理ってなんなの?」

「得意料理?やっぱり唐揚げかな」

「えっ…。あ、あはは。ごめーん、良く聞こえなかったわ。もう一回言ってくれるかしら?」ゴゴゴゴゴ…

「唐揚げ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「そう言えば餡蜜のおかわりあるけど食べる?」

「食べる!ありがとー!」パァァァァ
 



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第73話 萃香と昔の話と酒の肴

「ふと思いだしたけどさ、昔名前を逆から読んだら面白いみたいなこと言ってなかった?」
「聞いたことあるわね、やってみましょう!私は文だから…『やあ』ね」
「なんか挨拶みたいだな、小傘は?」
「私?…『さがこ』」
「私私!『なはこ』よ、なはこ!」
「わー、なんか2人とも昔の人みたいな名前だね!佐賀に那覇、市の名前かな?」
「ねえ、欧我は何になるのかしらね?」
「え、俺?」
「わかった『がおう』ね!なんか雄叫びみたい!」
「がおーうがおーう!」
「もう、なはこにさがこったら」
「いや、『がうお』なんだけど…」

だ、第73話、始まるよー!
ちょっと、叫びすぎ!



 

「もうそろそろだね!」

 

 

 調理の音に混じって、かすかに心華の声が聞こえる。彼女の声からは、緊張や不安を感じていないかのような、嬉々とした響きを感じられた。それは俺だって同じ心境だ。ついに念願叶って完成した夢のレストラン。ここでみんなに腕によりをかけて作り上げた料理を振る舞うことができる。そう考えただけで、ワクワクとドキドキと調理の腕が止まらない。まるで自由に空を舞う鳥のように、軽やかに、そして滑らかに鍋から包丁へと両手を動かす。しかも幽々子様の夕食の調理時間と合わせて2時間半を超えて料理を作り続けているのに、不思議と疲れは微塵も感じない。

 

 

「欧我さん、いい笑顔をしてますね」

 

 

「そうね、心から料理を楽しんでいるみたい」

 

 

 早苗さんと文の声も聞こえてきた。確かに文の言う通り、料理をするのが楽しくてたまらない。今鍋の中でコトコトと煮込まれているカレーや魚、肉じゃがといった煮物たちがみんなの口に入り、美味しそうな笑顔を浮かべている様子をイメージしたら、それだけで笑顔になろうとする顔を抑えることができない。

 

 

「へへっ、そりゃあ楽しいに決まってるよ。…よしっ!これでいいかな。時間ももうすぐだし、最後にもう一度おさらいするか」

 

 

 料理に区切りをつけ、布巾で両手を拭いながらみんなの前に立った。みんなやる気のこもったいい表情を浮かべていて非常に心強い。一人一人の瞳を見つめながら、あらかじめ決めておいた役割について説明した。

 

 

「文はキッチンで俺のサポートをお願いね。完成した料理の盛り付けや暇を見て皿洗いもしてくれると助かるよ。大変だと思うけど、文は手際がいいから大丈夫だよね」

 

 

「ええ、もちろんよ!」

 

 

 そう言って力強くうなずいてくれた。文はここで働くことはないが、今日の宴会に備えて協力を依頼したら快く引き受けてくれた。この前文の料理の腕前を見たけど、安心して見ていられるほど上達していた。それに美的センスも俺以上だ。文ほど、俺の妻ほど心強い人はいない。それに、タンスの奥から引っ張り出してきたという純白の割烹着と頭に巻いた手ぬぐい姿が非常によく似合っている。

 

 

「早苗さんと心華はできた料理の配膳と空いた皿の片付けをお願い。一番忙しい仕事だと思うけど、2人で協力してね」

 

 

「任せて!私たち結構仲がいいから!頑張ろうね早苗!」

 

 

「うふふ、そうね、頑張りましょう」

 

 

 そう言って2人で笑いあった。心華っていつから早苗さんを呼び捨てで読んでいるんだろうか。でもそれだけ仲が良いっていうことだよな。なんか本当の姉妹みたいだし、この2人に任せておけば心配はいらないだろう。2人ともレストランの制服であるオレンジのメイド服が良く似合っている。

 

 

「そして小傘。小傘は写真屋として、文々。新聞の一面を飾る一枚をばっちりと写真に収めてね。そのほか好きなように写真に収めていいよ。一流の写真屋の腕を存分に振るってね」

 

 

「えっ、そんな一流なんて…。照れるじゃない、もう。えへへ、えへへへ」

 

 

 小傘は途端にもじもじして頭をわしゃわしゃと掻き出した。どうやら言葉通り照れているようだ。顔も赤くなっている。小傘の写真を撮る腕前は既に自分を超えている。写真屋の師匠として弟子の成長は喜ばしいことだ。首から下がっている、二代目襲名の際に託したカメラが様になっている。

 

 

「よし、じゃあ気合を入れて行こう!レストラン白玉楼、オー…」

 

 

「おーい来たぜ!」

 

 

 気合いを入れようとした俺の言葉を遮るかのように鳴り響く鈴の音と魔理沙さんの声。宴会開始の時間にはまだ10分早いけど、おそらく宴会が楽しみで仕方なかったのだろう、待ちきれないといった逸る気持ちを表情から読み取ることができる。

 魔理沙さんの後について、リフォームに協力してくれたみんな、そしてリフォームに一切関係のない人たちがどっとレストランの中に入ってきた。紅魔館のメンバーや妖精の姿も見受けられる。まあでも、これは予想できたことだし、宴会は大勢集まった方が楽しいから別に構わないけどね。それに料理も食材も多めに用意しておいた。何人でもいらっしゃい!

 

 

「みなさんいらっしゃいませ!今日は思う存分楽しんでくださいね!」

 

 

 そう声をかけると、みんなから「おーっ!」という返事が返ってきた。気合十分といった感じだろうか。

 文、小傘、心華、そして早苗さんの4人を見つめ、「よし!」と気合を込める。さっそく調理に取り掛かろうとキッチンの中に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

「心華、これを届けたら休憩しよう」

 

 

「うん!メディちゃんたちと一緒に遊んでくる!」

 

 

「うん、いってらっしゃい」

 

 

 手渡したアサリの酒蒸しをお盆に乗せ、心華は勇儀さんのもとへ若干スキップ交じりに歩いて行った。どうやらまだまだ体力が残っていそうだが、仕事を離れて宴を楽しむことができ、それが嬉しくなったのだろう。その足取りの軽さから窺い知ることができる。一旦オーダーストップして俺達も休憩しよう、さもないとバテて最後まで楽しめなくなるし、最高の料理も作れなくなるからな。そう思い、食洗機で皿洗いをしてくれている文の方に視線を移した。

 

 

「文、お疲れ様。皿洗いありがとうね。そろそろ休憩しながら、一緒にお酒飲まないか?」

 

 

「うん、そうね!」

 

 

 ねぎらいの気持ちを込めて誘ってみると、途端に文は笑顔になって頷きながら頭に巻いた手ぬぐいを脱いだ。あまり汗をかいていないところを見るとまだ疲れてはいないようだ。約3時間出来立ての料理を盛り付けたり、皿洗いをしたり、また時折俺の料理の補助をしてくれたのは本当に嬉しかった。今まで途切れることなく料理を作り続けることができたのも文の手助けがあってこそだ。

 

 

「文がいてくれて本当に助かったよ、ありがとう」

 

 

「うふふ、どういたしまして。じゃあお礼として欧我にお酌してもらおうかしら?」

 

 

「いいね、久しぶりに2人だけでゆっくりと飲もうか」

 

 

 思い返してみると、最後に文と2人だけでゆっくりとお酒を飲んだのは数か月も昔のことだった。最近はレストランの建築や、小傘と心華を加えた家族での団らんが多く、しかも2人が甘えてくるから文と一緒にゆったりとした時間を過ごすことができなかった。だから、たまには2人だけの時間をゆっくりと心行くまで楽しみたい。文が洗ってくれた食器の中から2つのグラスを取り出し、一つを文に手渡した。グラスに透き通った酒を注ぎ、カチンとグラスを突き合わせた。

 

 

「乾杯、文」

 

 

「うん、あなた」

 

 

 2人の間に響き渡る快い音の余韻を楽しみながらお互いに見詰め合い、優しく微笑みあう。

 

 

「おっ。相変わらず夫婦で仲良くやってるねぇ」

 

 

 グラスの縁に唇を近づけた途端、不意に誰かの声が聞こえた。声のした方に目を向けると、カウンター席に座り、頬杖をついてニヤニヤとした笑みを浮かべている萃香さんの姿があった。宴会で思いっきりお酒を飲んだからか、若干ろれつが回っていないように聞こえる。

 

 

「えへへ、まあそうですね。ところで、料理の方はどうでした?」

 

 

「最高だね!どの料理も酒に合って本当に美味いよ!」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 萃香さんの一言がものすごく嬉しくて、思わず大声でお礼の言葉を述べてしまった。それだけ、自分が作った料理を褒められることは嬉しいのだ。

 

 

「ねえ、私も混ぜてよ。酒はみんなで飲む方が楽しいだろ」

 

 

 その言葉とともに、常に持ち歩いている伊吹瓢をドンとカウンターの上に置いた。確かに萃香さんの言うとおり、宴会は大勢で飲んだ方が楽しいに決まっている。みんなではしゃぎながら飲めば、お酒もより美味しく味わえるだろう。文と2人だけで飲むお酒は、また今度だな。

 

 

「それもそうだね。じゃあ乾杯と行こうか。文もそれでいい?」

 

 

「仕方ないわね。では萃香さん、乾杯」

 

 

 萃香さんを加え、3人でもう一度グラスと瓢箪を突き合わせる。カチンという心地よい音の余韻に包まれながら、ぐいっとお酒を飲みこんだ。ただ、若干文の表情が引きつっているように見えるけど、それに関しては触れないで置こう。

 

 

「おーい文の旦那!何か酒の肴作ってくれよ!」

 

 

「あ、はいよ!」

 

 

 お酒を飲みながら3人で談笑していると、不意に萃香さんから酒の肴を頼まれた。料理から離れてもっと話していたいから、簡単に作れるフライで行こう。コック帽をかぶり直し、調理台の前に立った。用意したものは、トレーに広げた小麦粉と玉子、そしてパン粉だ。フライヤーの準備もできているし、さっそく始めよう。

 まずはエビの殻と背ワタを取って下処理を済まし、小麦粉、玉子、パン粉順番にくぐらせていく。余分についたパン粉を払えば一品目の準備完了。続いて二品目。豚バラ肉を3枚並べ、塩こしょうで味をつける。そこに細く切った人参とネギ、そして生姜を並べてクルクルと巻いていく。中の空気を抜くようにきゅっと握って形を整えたら、再び塩こしょうで味をつけて、エビと同じ順番でくぐらせればこちらも準備完了。あとは油で揚げれば…っと。油に投入すると、途端にジュワーッという音が響き、そしてパチパチという軽快な音が辺り一帯に広がる。

 

 

「おっ、揚げ物か!いいねぇいいねぇ。唐揚げかな?トンカツかな?」

 

 

「唐揚げ…地獄の果てまで……ブツブツ…」

 

 

 突然背後から強烈な殺気を感じ、背筋を冷たいものが駆け巡る。あまりのオーラに振り返ることすらできなかったが、萃香さんが必死に文をなだめている声が聞こえる。立場も実力も上であるはずの萃香さんがあんなにも慌てているということは、文の放つ殺気は相当のものだということか。もう、メニューから鶏肉料理をすべて排除した方がいいのかな…。そう思いながら、タルタルソースの準備に取り掛かる。別の料理で作って、残っていたゆで卵の殻をむいて細かく砕き、みじん切りにした玉ねぎとパセリ、マヨネーズを加えて混ぜれば…特製タルタルソースの完成!フライもいい感じに揚がったし、そろそろ盛り付けに入ろう。肉巻フライを一口大に切って、エビフライと一緒に皿に盛りつけ、特製タルタルソースをかければ…出来上がり!

 そういえば萃香さん馬刺しで一杯やるのが好きだと言っていたな。ついでに馬刺しも出しておくか。

 

 

「お、お待たせいたしましたー」

 

 

 若干和らいだものの、依然として放ち続ける殺気に怯えながら、恐る恐る後ろを振り返った。殺意と威圧が篭った眼差しでじっと睨みつけていたが、手に持つ料理が唐揚げではないことが分かると途端に殺気はまるで最初から無かったかのように消え失せた。完全に消え失せても。あの眼差しを見て震えが止まらなくなった俺の脚はいまだにプルプルしている。

 

 

「おっ、美味そうなエビだね!そしてこっちは肉巻!馬刺しもあるじゃないか!うんうん、酒も進みそうだ!いただきます!」

 

 

 そう言ってエビフライを豪快に指でつまみ上げ、パクッと頬張った。サクッという衣の軽快な音が響き、咀嚼(そしゃく)するほどに軽快な音が鳴り響く。夢中になって食べ進める萃香さんの笑顔を見ていると、文が耳元に近づいてきてボソッと一言。

 

 

「信じていたわ、あなた」

 

 

「も、もちろんさ」

 

 

 もう二度と、文の前で鶏肉料理を口にしないことを心に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「完成してよかったね、本当に…」

 

 

「ん?」

 

 

 そう言う萃香さんの表情は、どこか悲しげだった。普段、元気で明るい萃香さんのこんな表情は初めて見た。その様子に俺も文もどうやって声をかければいいか分からず、じっと見つめていると、グラスに少し残ったお酒を見つめたまま語りだした。

 

 

「私ね、昔異変を起こしたんだ。文は知っているだろうけど、春雪異変の後にね」

 

 

「ああ、俺もその異変のこと知ってます。たしか、頻繁に宴会が行われたっていう…」

 

 

 生前紅魔館の図書館で、過去に幻想郷で起こった異変について調べた時に、その異変に関する記述を見つけた。山を覆い尽くす薄紫色の桜が散り、深い緑に包まれても、人々は花見の宴会を止めようとはしなかったという。その宴会のたびに妖気が高まってきたが、その妖気の正体こそ自らの能力で霧状に姿を変えた萃香さんだったのだ。

 

 

「そう。その異変を引き起こしたのには理由があった。今から千年以上前、私たち鬼は妖怪の山に暮らしていて、天狗や河童たちと仲良く過ごしていたんだ。…いや、そう思っているのは私たち鬼だけなのかもしれない。本当は恐怖や畏怖によって、従っていたにすぎなかっただろう」

 

 

「い、いえ。そんなことありませんよ」

 

 

「無理しなくていいよ、文。本当は知っていたんだから。天狗と河童の地位が向上していく上で私たちが邪魔なことくらい。」

 

 

「あ、あやや…」

 

 

「だから、鬼は山を去ったんだ。地底へ行き人との関わりを絶った者、自身の力をつけるため修行の旅に出て消息が分からなくなった者…。山を離れた私たちはバラバラになってしまい、もう昔のようにみんなそろって宴で笑いあうことができなくなったんだ」

 

 

 話を区切り、ふうと長めに息を吐いた。萃香さんの話を聞き、俺も文も言葉を発することができなかった。鬼の過去にそのような歴史があるなんて知らなかったし、イメージもできなかった。

 

 

「異変を引き起こした理由、それは宴を開かせることによってバラバラになったみんなを集め、みんなとの関わりを取り戻し、もう一度笑いあいたからだったんだ。結局最後は霊夢たちに懲らしめられ、仲間が戻ることもなかった。でもね、そのおかげで鬼以外の仲間ができた。異変が起こるたびに宴会が行われ、新しい仲間が増えた。今では鬼も天狗も河童も、そして幽霊も…種族の壁を飛び越えて、みんなが集い、笑い合っている。時々思うんだ、あんな異変を起こさなくてもこうなっていたんじゃないかって。いや、あの異変を起こしたからこそこうなったのかもしれない。ふふっ、どっちだろうね」

 

 

 独り言ち、グラスの酒をグイッと飲み干した。氷がほとんど溶けてしまい、空っぽに近くなったグラスに氷を入れ、酒を注いだ。

 

 

「私がなぜ、レストランの建設に進んで協力したか、その理由も同じ。みんなで笑いあえる場所がほしかったからさ。勇儀が地底へ行ったのは、人間たちとの関わりに楽しみを見いだせなくなったから。でも見てみてよ。勇儀、あんなに笑っている」

 

 

 萃香さんの目線の先を負ってホールの中に視線を移すと、そこには盃を片手に、神奈子さんと酒を酌み交わし、豪快に笑っている勇儀さんの姿があった。傍ではにとりさんと椛さん、そしてパルスィさんが酔いつぶれて眠っており、神奈子さんにもたれ掛るようにして諏訪子ちゃんが寝息を立てている。早苗さんもその輪に加わり、元気な笑い声をあげていた。かつての部下である天狗や河童だけではなく、橋姫や神様、そして人間と…種族を超えて笑い合っている。

 

 

「勇儀のあんな顔、久しぶりに見たよ。あの笑顔を眺めると、今までの苦労が報われたような気がするんだ。これで、勇儀が少しでもほかの種族と交わる楽しみを取り戻してくれれば、私も嬉しい」

 

 

「大丈夫ですよ」

 

 

 俺のつぶやいた一言に、萃香さんはうつむいたままの顔を上げた。

 

 

「大丈夫、きっと取り戻してくれるさ。いや、取り戻しつつあるからこそああやって笑いあうことができると思うんです。そのためにレストランが力になれることがあれば協力します。だから、また勇儀さんを誘っていつでも来てください」

 

 

「うん、そうさせてもらうよ」

 

 

 そう言って萃香さんはにっと笑顔を浮かべる。その表情は、先ほどまでの寂しさを拭い去り、きらきらと輝いて見えた。こうして、レストラン完成を祝った宴会は夜通し続き、日付が変わっても終わることはなかった。その中には、酒を酌み交わす鬼の2人の笑顔があった。

  



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第74話 心華とお風呂と家族の絆

 
※お風呂シーンがあります。
 R-15の要素が含まれているかもしれませんので、読む際はご注意ください。
 
 


 

「ばっちり撮れてるわね!流石写真屋だわ」

 

 

「えへへっ、すごいでしょ?ほら、こっちの写真も見て!」

 

 

「うん、どれどれ?…あははっ、こんなシーンもあったのね!」

 

 

 楽しそうな2人の声が聞こえ、閉じていた目を開いて2人の方に視線を向ける。小傘は今日の夕方まで続いた宴会の中で撮った写真を畳に並べ、文はその写真を拾い上げて目を通し、新聞で使えそうなものを選んでいる。2人とも笑顔で笑いあい、とても楽しそうだ。そんな2人を見ていると、心にもやもやとした感情が渦を巻きだした。小傘よりも私の方がたくさん働いたのに、レストランの中を走り回って、料理を運び続けたのに、なんで私よりも小傘をたくさん褒めるんだろう。はぁ、と小さくため息をつき、目をそらすように寝返りを打った。私だって、もっと褒められたいのに。

 しかし、すぐに体の向きを戻し、2人の方に視線を戻した。なぜなら、ガラガラと部屋の障子が開く音が響いたからだ。開いた障子から欧我が部屋に入ってきた。かなり疲労が蓄積された表情を浮かべてはいるが、文と小傘の「お疲れ様」という声には笑顔で応えていた。欧我なら私を褒めてくれるに違いない。そういう期待を込め、あえて目を閉じて気にしていないように装った。

 

 

「おっ、この写真ってもしかして…」

 

 

「そう!宴会で撮ったんだよ!」

 

 

「そうかぁ!かなり上達したんだね!写真屋の師匠としてこれ以上嬉しいことはないよ」

 

 

「本当!?えへへ!すごいでしょ!」

 

 

 期待していたのに、欧我なら褒めてくれると思っていたのに、私の思いは届かず、欧我は小傘たちと写真の話で盛り上がってしまった。期待を裏切られ、もやもやとした感情はさらに濃くなり、ずしんと心に重くのしかかった。この感情は一体何だろう。

 楽しそうに話す3人から遠ざかるように顔をそらし、背中を向け、寝返りを打った。寝たふりをしていたけど、今日はこのままふて寝しちゃおう。そう思い、小さくため息をついて瞳を閉じた。その直後。

 

 

「あれ、心華…」

 

 

 やっと私に気付いてくれた。諦めていただけに少し嬉しかったけど、いまさら名前を呼んだって遅すぎるんだから。どうせ私より文や小傘と話している方がいいんでしょ。私に構わずに3人で話していなさい。心の中でそう毒づき、欧我の声を無視した。

 しかし、その直後頭に優しく手が置かれた。

 

 

「そっか、寝ちゃったんだね。そりゃああれだけ働いたんだから無理もないか。ずっと見てたよ、心華。常に笑顔を絶やさず、みんなへの気配りも完璧だった。心華の働きを見ていると、本当に嬉しく、そして頼もしく感じたよ。お前は俺の自慢の娘だ。ありがとう」

 

 

 そう言って、優しく頭を撫でてくれた。ずっと見ていてくれた。私の頑張りを認めてくれた。自慢の娘だと言ってくれた。その言葉が、心のもやもやを、負の感情を一気に吹き飛ばしてくれた。

 

 

「欧我、寝ているときに言っても聞こえていないわよ。起きているときに言ったらどう?」

 

 

「面と向かい合うと恥ずかしいんだよ。でも、もちろん伝えるつもりさ。よしっ、心華が起きるまで、小傘の撮った写真でも見ていようか」

 

 

「うん!私ね、心華ちゃんの写真もたくさん撮ったんだよ!ほら、この写真見て、いい笑顔しているでしょ」

 

 

「ふふっ、本当ね」

 

 

 欧我だけじゃない。文や小傘までも、私のことをずっと見ていてくれたんだ。私の頑張りは、ちゃんとみんなに伝わっていたんだ。

 頬を伝い、一筋の涙が流れ落ちた。泣いたことを気づかれないように涙をぬぐうと、ゆっくりと起き上がり、欧我の背中にしがみついた。煙と汗の混じった臭いが鼻を突き、うっと一瞬顔をしかめる。でも、この臭いはさっきまで汗を流して働いていたっていうことだ。私より何倍も疲れているはずなのに、みんなへの気遣いを忘れない欧我は本当にすごいと思う。

 

 

「うわっ!?もう、心華も俺を驚かしにかかってくるとはな」

 

 

 そう言って欧我は笑いながら私の手を取って隣に座らせてくれた。そして私の写真を見せながら、「いい笑顔している」や「この時凄かったね」といった短い言葉を発し続けている。でも、欧我が私に伝えようとしている事柄はしっかりと感じ取ることができた。私と向かい合うと恥ずかしくて言えないから、写真を使って遠まわしに言ってくれているんだよね。そんなに頑張らなくても、一番伝えたい言葉は、寝ているときに聞いたわ。それがすごく嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

「これでよしっと」

 

 

 長い髪をお団子にしてまとめ、きゅっとゴムで結んだ。ここは白玉楼の脱衣所。結局あの後言いだすことのできなかった欧我が「お風呂入って疲れを癒していきなさい」とか言って逃げるように部屋を出て行った。一緒に入りたいって言っても、いいよって言ってくれなかったし、欧我って恥ずかしがり屋なのか根性なしなのか分からないわ。

 

 

「んしょ」

 

 

 胸元から一つずつボタンをはずし、片腕ずつ袖から引き抜いてシャツを脱いだ。

 

 

「あれ?」

 

 

 上着を脱ぎ、スカートへと手を添えたところで、急に小傘が不思議そうな声を漏らした。小傘の方に視線を移すと、脱いだ服を手に持ったままじっとわたしを見つめていた。

 

 

「心華ちゃんってブラつけてないの?」

 

 

「ブラ?」

 

 

 小傘に言われ、目線を下に向けた。着ているものを脱いだので上半身は裸になっており、自分の胸があらわになっている。確かに小傘の言うとおり、家にいるときはブラをつけてはいない。締め付けられるのは好きじゃないからね。一方の小傘はというと常にブラをつけているみたいで、胸を覆うように白色のブラがまかれている。

 

 

「うーん、私もいつも着るべきかなぁ。小傘よりも大きいから」

 

 

「はぁっ!?ちょっとそれひどくない!?」

 

 

「まあまあ二人とも」

 

 

 険悪なムードになりつつある私たちを文がたしなめた。小傘もいちいちムキになりすぎなんだよ。それにしても…。見上げるように文の方へ視線を動かす。両手を背中に回してブラをはずそうとしているところだが、私たちでは到底敵わないほど大きな果実が2つ実っている。水色と黒の縞々模様のブラで押さえつけられてはいるが、それでも私たちとは比べ物にならない。欧我って、やっぱり大きいほうが好きなのかな?

 

 

「ん?どうしたの、心華」

 

 

「な、なんでもない!」

 

 

 文に気付かれたため、慌てて視線を外す。気づかれてはいないようだ。でも、どうやったらそんなに大きくなるのかな?

 

 

 

かぽーん…

 

 ふぁ~いいお湯だぁ~。極楽極楽ぅ~。

 やっぱり一仕事終えた後のお風呂って格別だよね。こりっこりに固まった疲労が緩やかにじっくりとほぐされていっているように感じられる。

 

 

「ほぁ~」

 

 

 温かいお湯が体中を優しく包み込み、じっくりと温めてくれる感覚が非常に心地よく、無意識のうちに気の抜けたような声が漏れた。

 

 

「あらあら、心華ったらご満悦ね」

 

 

 どうやらその声を文に聞かれたようで、口元に手を当ててくすくすと笑っている。その顔を見ていると途端に恥ずかしくなり、目線をそらした。

 白玉楼のお風呂はヒノキで作られ、木の匂いで、目を閉じたら森の中にいるような感覚になる。3人一緒に入っているから脚をまっすぐ伸ばすことができないけど、みんなで入るお風呂も、一人の時とは違う楽しさがある。一緒に笑ったり、おしゃべりしたり、お湯を掛け合ったり、それがとても楽しい。

 

 

「お湯の温度はどうだ?」

 

 

「ばっちりよ!ありがとう!」

 

 

 それに、外には欧我もいるしね。お湯の温度管理も欧我の仕事なんだけど、料理を作り続けて疲れているのに、まだこの仕事が残っているなんてかわいそう。欧我も一緒に入ってくればいいのに。人間の家族も、一緒にお風呂入ったりするのかな?

 

 

「ねー、小傘」

 

 

「ん?なに?」

 

 

「小傘は、欧我と一緒にお風呂入ったことあるの?」

 

 

「うん、あるよ」

 

 

「あるの!?」

 

 

 何気なく聞いた質問だったのに、小傘の口から予想外の返事が飛び出し、思わず驚きの声が口をついて飛び出した。小傘が、欧我と一緒にお風呂入ったことあるなんてちっとも知らなかった。

 

 

「うん、昔文の家で、私たち3人で暮らしているときにね。あとは、博麗神社のそばの温泉で3人一緒に入ったこともあったわ」

 

 

「そうなの!?え、文はもちろん入ったことがあるとして…えっ、じゃあ、私だけ入ってないってことになるじゃん!文たちだけずーるーいー!」

 

 

 驚きのあまり両腕を動かしてしまったので辺りに水しぶきが飛び散り、バシャバシャという音がお風呂場の中で反響して響いた。

 

 

「じゃあ、ちょうど外に本人がいるからお願いしてみたらどう?」

 

 

 顔を拭きながら、文がそう提案してくれた。っていうかさっき飛ばした水しぶきが顔にかかっちゃったみたいだね、ごめんなさい。

 

 

「そうね。ってことで欧我、一緒にお風呂に入ろうよ」

 

 

「えっ!?ってことでって言われても…ね。心華は女の子でしょ、性別違うし…」

 

 

 そうお願いしても、返ってきたのは欧我らしい返事だった。欧我って本当に根性なしなのかな。

 

 

「人里の友達も、一緒に入ってるって言ってたよ。だから気にすることないよ」

 

 

「そうですよ、欧我。心華がかわいそうよ」

 

 

 小傘も文も後押しをしてくれて、3人で欧我に訴える。その結果、渋々といった感じではあったが欧我は分かったって言ってくれた。これで私も欧我と一緒にお風呂に入ることができる。家族だからおかしいことなんて一つもないよね。

 

 

「さて、そろそろ体を洗おうかしらね。2人とも、自分で出来るかしら?」

 

 

「うん、できるよ!」

 

 

 文がそう言ってお湯から出て椅子に座った。改めて見てみると、文って思ったよりもスタイルが良くてうらやましい。引き締まったお腹に、大きく膨らんだ胸に、身長も高いし。でも幽々子のよりは小さいかな?

 文の質問に小傘が元気よく答えたが、私は自信を持ってできると答えることはできなかった。小傘がいるから気が引けるけど、頼まないと汗を流すことができない。

 

 

「文、頭洗って」

 

 

「えっ、心華って自分で洗えないの?」

 

 

 案の定小傘が驚いたような顔で聞いてきた。

 

 

「だって泡が目に入ると痛くて怖いんだもん」

 

 

「だから心華はいつも妖夢さんに洗ってもらっているよね」

 

 

「いっ、言っちゃだめー!!」

 

 

 思いもよらない人からされた突然の暴露。かあっと恥ずかしくなり、暴露をした文に向かってお湯をぶっかけた。そして隣で必死に笑いをこらえている小傘にも同じようにお湯をぶっかける。

 

 

「ごめんね心華。さあ、おいで、今日は私が洗ってあげるわ」

 

 

「はぁい」

 

 

 小傘のゴホゴホとむせる声を聞き流しながら、お湯から出る。お湯が喉の方へ入ってしまったからだろうが、笑うからいけないんだ。本当に怖いんだもん。お湯から出て、文に背中を向ける形で椅子に座り、髪を止めていたゴムをほどいた。締め付けていたゴムが解かれ、髪が花開くように広がった。

 

 

「あら、綺麗ね。心華の髪って」

 

 

「えへへ、そう?」

 

 

 文はそう言って私の髪を優しく撫でる。その言葉が嬉しくて、思わず笑顔になる。

 

 

「そうよ。長くまっすぐな髪で、ちっとも痛んでなんかいないし、滑らかで艶やかね。まるで春に咲く桜のように綺麗なピンク色をしているわ」

 

 

「うん、私も前から綺麗だなぁって思ってたよ」

 

 

「ありがと!でも、私からしたら文の黒髪も、小傘の水色もいいなって思ってるよ」

 

 

 小傘からも髪を褒められ、とっても嬉しくなった。早苗に負けないくらい艶やかでなめらかなこの髪。この髪は、私の自慢の一つ。

 

 

「さ、お湯をかけるから目を閉じて」

 

 

 文に言われたとおり、お湯が入らなように目をぎゅっと閉じて指で耳栓をした。そして鼻でお湯を吸い込まないように息を止める。その直後、頭にお湯が降りかかってきた。温かい流れは滝のように降り注ぎ、私の体を、髪を伝って流れていく。そして文の手が頭に乗せられ、わしゃわしゃと頭を洗っていく。程よい力加減で洗ってくれているので、ものすごく気持ちがいい。文って頭を洗うのが本当に上手。

 心地よさに笑みが漏れ、耳を押さえていた指を離した。でも目は閉じたままだ。

 

 

「本当に一人では洗えないんだね」

 

 

「るっさい!」

 

 

 お湯から出ているので小傘に向かってぶっかけることができないので、きつめの口調で言葉を浴びせかけた。

 

 

「そういえばね、里で見かけたけど、小さい子供が手をつないで歩いてて、それがすっごく羨ましかったの。だから、またみんなで手をつないで歩きたいな」

 

 

「ええ、そうね。また一緒に行きましょう。あっ、そういえば里に新しくできた甘味屋があるの、そこの饅頭が本当に美味しいって評判だから」

 

 

「もー、文ったらまた甘いものばっかり」

 

 

 そして3人で笑いあった。家族のみんなと過ごすこういった時間が本当に大好き。私は生まれたとき独りぼっちで、人間の言う「親」というもの、「家族」というものが分からなかった。でも、みんなと一緒にいれば、その家族という存在の温かさ、幸福感を感じることができる。私にとって、この家族は一番の宝物だ。もっと、その幸せをかみしめたい。

 

 

「ねぇ、文」

 

 

「なにかしら?」

 

 

「文のこと、ママって呼んでもいい?」

 

 

「あらぁ!」

 

 

「わっ!?」

 

 

 突然後ろに引き寄せられ、ぎゅっと抱きしめられた。目を閉じていたため不意のことで驚いたが、背中に押し当てられる柔らかい感触。文から優しい温もりがひしひしと伝わってきた。

 

 

「嬉しいわ心華!もちろんよ!私も、母親として見られていなかったらどうしようって思っていたけど、心華がそう言ってくれるなんて思ってもみなかったわ!もー、可愛い私の愛娘ったらぁ!」

 

 

 私を抱きしめ、頭をわしゃわしゃと撫でながらぐりぐりと頬ずりをしてくる文。それを見ていた小傘が羨ましそうな声を上げた。

 

 

「いいなぁ、ママって呼んでもらえて。ねえ心華、私は?」

 

 

「えっ、小傘は小傘でしょ?」

 

 

「ええっ!?文だけずるい!私もなんかないの?」

 

 

 そう言って小傘はふてくされたようにブーブーと口をとがらせる。その表情がすごく面白くて、つい吹き出してしまった。

 

 

「あははっ、もう冗談よ。ね、お姉ちゃん」

 

 

 お姉ちゃんと呼んだ途端、小傘は目と口を大きく見開き、そしてにぱぁっと太陽のようにまぶしい笑顔を浮かべ、首を何度も縦に振った。

 幽霊のパパに天狗のママ、そして同じ付喪神のお姉ちゃん。私にとってこの家族はかけがえのない大切なものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 お風呂を出た私たちは我先にと白玉楼の台所を目指す。すべては、お風呂を出る間際に外にいた欧我が発した一言から始まった。

 

 

「台所の冷蔵庫にアイスが3つあるよ。今まで頑張ってくれたみんなへのちょっとしたお礼さ。3つとも種類が違うから、早い者勝ちだからね」

 

 

 アイスクリーム。一口含めばひんやりとした心地よい冷たさと爽快感が体中に広がり、お風呂上りで火照った体を冷やすことができる。そして滑らかな口当たりと甘く濃厚な味。一体どんな種類があるのだろう。一番に台所にたどり着いて好きな種類を選ぶ。欧我の発した競走開始の銃声にも似た一声により、ドタドタと廊下を走り続けているのだ。

 そしてドタドタと走り抜け、台所の中に飛び込んだ。結局1番になることができなかったがスタートする前に決めたルールだから仕方ない。私が選ぶのは2番目、ママの後だ。

 

 

「さあ、どんなアイスが入っているのかしらね?」

 

 

 待ちきれないといった表情で冷凍庫の取っ手を握るママ。甘いものが絡んだとたんにこれなんだから。

 冷凍庫が開かれたとたん冷たくひんやりとした空気が飛び出し、走ったことでさらに火照った体を冷やしてくれた。そして問題のアイスの種類は…

 

 

「バニラにチョコにイチゴかぁ、悩むなぁ…。心華、私時間かかりそうだから先に選んでいいよ」

 

 

「えっ、本当!?ありがとう!じゃあ…イチゴ!」

 

 

「じゃあ私も選ぶね!チョコで!」

 

 

 冷凍庫から一番大好きなイチゴのアイスを取った途端、すかさず小傘がチョコのアイスを取り上げた。必然的に残ったバニラがママの食べるアイスになったけど、ルールだから仕方ないよね!ママは若干苦笑いを浮かべながら残されたバニラアイスを手に取った。

 縁側に行って食べようと2人が歩き出す中、私はアイスを冷凍庫の中に戻した。

 

 

「あれ、食べないの?」

 

 

「うん、後で食べる。それよりも私行きたいところがあるから」

 

 

 2人と別れ向かった場所はお風呂の脱衣所。床には乱雑に脱ぎ捨てられた欧我の服が散らばっていた。かすかに煙の臭いも漂っているから間違いない。お風呂の中からお湯の音も聞こえてくるから絶対に欧我がいる。欧我とも一緒にお風呂に入りたい。その気持ちが強くなり、ここまで来た。欧我と一緒に入るのはちょっと恥ずかしいけどね。

 気づかれないように極力音を出さずに寝巻を脱ぎ、体を大きなタオルで覆った。そして引き戸に手をかけ、驚かす意味も込めて勢いよく開け放った。

 

 

「おーうがっ!」

 

 

「うわわっ!?こっ、心華!?」

 

 

「えへへっ、来ちゃった」

 

 

 案の定欧我はとっても驚いている。そしてちょっと顔が赤くなっているかな。その直後はっとしたように我に返り、そばにあったタオルをお湯の中に引き込んだ。

 

 

「ど、どうして来たの!?」

 

 

「ちょっと走ったら汗かいちゃってね。だからついでに一緒に入っちゃおうかなって思って。ダメかな?」

 

 

 少し首を前にかがめ目をキラキラと輝かせ、胸の前に右手を置き軽くタオルを握る。その姿を見て欧我は一瞬ぐっと押し黙る。小傘から聞いたとおり、欧我はこの仕草に弱いらしい。少し考えたのち、欧我は首を縦に振った。

 

 

「わかった、いいよ」

 

 

「ありがとう!!」

 

 

 前々から一緒に欧我とお風呂に入ってみたかった。その願いが叶い、思わず笑みがあふれる。桶でお湯をすくって肩から流しかけたが、そのお湯があまりに熱かったためキャッという悲鳴を上げてしまった。欧我の好みなのか、お風呂のお湯がさっきよりずっと熱くなっていた。

 

 

「あっはっは、ごめんね。今温度下げるから」

 

 

「むー」

 

 

 少し時間を空け、今度は恐る恐るお湯に足を入れた。ちょん、ちょんっと温度を確かめ、ちょうどいい湯加減になったことを確認して、体をお湯に沈めた。ざばぁっとあふれるお湯の音を聞きながら、欧我の隣に座った。欧我の体は座った状態で比較しても自分の背よりもずっと高くがっちりとしていて、ところどころ筋肉もはっきりと見て取ることができた。

 どうしよう、今になってすごくドキドキしている。

 

 

「宴会はどうだった?このままずっと続けれそうかな?」

 

 

「すごく楽しかったよ!うん、早苗とも仲良くなれたし、一緒に頑張ろうねって約束したの。だから、私も一生懸命頑張るよ」

 

 

「ありがとう、心華。お前は自慢の娘だよ」

 

 

「ん、なんか言った?」

 

 

「な、なんでもないっ!」

 

 

 聞き返すと、欧我は慌ててそう言い、ごまかすように頭をわしゃわしゃと撫でてきた。でも、私はしっかりと聞き取ることができた。欧我から言われた「自慢の娘」という言葉。その言葉の嬉しさを、心の中で何度も噛みしめる。生みの親がいない、孤独のまま生まれた私を受け入れ、娘と呼んで受け入れてくれた家族の優しさが大好き。

 

 

「ねーねー、私の頭を洗ってくれない?お返しに背中洗ってあげるからさ」

 

 

「え、さっき洗ったばかりじゃないか」

 

 

「いいの!文と小傘だけ洗って、私だけ洗っていないのは不公平よ」

 

 

「わかったわかった、じゃあ外に出て髪をほどいてね」

 

 

「うん、ありがとう!パパ!」

 



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第75話 あきゅすずと幻想郷縁起とオムデミ

 
今回はリクエスト回です。
メインとなるキャラクターと料理をリクエストしていただきました。

リクエスト者:yuttii♪様
 


 

「あーやっ!」

 

 

 きわめて陽気な声を出しながら、障子の影からひょっこりと顔を出す。時には茶目っ気が必要かなと思い、少々おふざけも込めてやってみた。昨夜のお風呂の時から心華が自分のことを「パパ」と呼んでくれるようになってから、家族の距離が今まで以上にぐっと近くなった気がする。心華が間を取り持ってくれたことは本当にうれしかった。

 

 

「なにかしら、パパ」

 

 

 ニッとはにかみながら答えてくれた文の笑顔を見て、心がドキッと震え、顔がかぁっと熱くなる。文の可愛い笑顔を見れたこともあるが、やっぱり未だにパパと呼ばれ慣れていないな。うん。

 

 

「あー、えっとね。文にお願いしたいことがあってさ。これを見てよ」

 

 

 そう言って文に1枚の紙を差し出した。

 

 

「どれどれ?…アルバイト?」

 

 

「そう、アルバイトの募集をしようかなって思って」

 

 

 文に渡した紙、それはアルバイト募集の広告だった。今朝幽々子様の朝食の片づけを終わらせた後ちゃちゃっと作ってみた。かわいらしいフォントや見やすい配置、小傘が撮ってくれた写真を配置して作ったものだ。なかなかの傑作だと自負している。

 

 

「でも、まだ募集するの?早苗さんと心華がいて十分じゃないかしら」

 

 

「うん、確かに2人だけでも十分すぎるほどだったよ。でも、これが毎日続くとどうなる?そして早苗さんが来れない日は?そうなると心華や早苗さんの負担が大きくなって、続けられなくなっちゃうよ。だから1人か2人増やすことで、多少は楽になるんじゃないかなと思ってね。それに…」

 

 

 途中で言葉を止め、ごろんと寝転がった。文がポンポンと膝を叩いて膝枕を勧めてきたので、お言葉に甘えて膝に頭を乗せた。うん、絶景。

 

 

「問題はこっちの方さ」

 

 

「こっち?…ということは欧我の方?」

 

 

「うん。文が手伝ってくれたことで分かったんだ。レストランのキッチンは俺一人だけじゃ絶対に回しきれない。だからキッチンの方で誰か手伝ってくれる人はいないかなと思ってね」

 

 

 そう言ってはぁっと息を吐いた。今まで1週間続いた宴会の中で、文が盛り付けや皿洗いを引き受けてくれたことで俺は料理に集中することができ、会話やお酒を一緒に楽しむ余裕ができた。でも、文は鴉天狗であり幻想郷を股にかける清く正しい幻想ブン屋。取材で忙しい中手伝いを頼むわけにはいかないし、種族としての仕事もあるかもしれない。文がいなかった場合を考えると、自分1人ですべてを一手に引き受けることは不可能に近い。

 俺の話を聞き、文はふぅんという声を漏らして傍らに紙を置いた。

 

 

「つまりお願いというのは、この紙を新聞に挟んで幻想郷中にばら撒いてほしい…そういうことね」

 

 

「さすが文。そうなんだ、お願いできる?」

 

 

「もちろんよ、まっかせなさーい!」

 

 

 自分の胸をポンッと叩き、自信満々の表情でうんと頷いてくれた。さすが、自慢の妻だよ。それにしても、本当に来てくれるのかな。時給900円はいい条件だと思うけど、バイト先が冥界だし、冥界に来れる人たちはことごとく自由人だから働いてくれるかどうか…。むーん…。

 あ、もうこんな時間か。ふと壁際に置かれていた時計に目をやり、時間を確認した後ゆっくりと体を起こした。その直後、タイミングよく部屋に心華が駆け込んできた。

 

 

「パパー!準備できたよー!」

 

 

 かなり元気がいい。それだけ楽しみだということかな。

 

 

「よし、じゃあ行こうか」

 

 

「え、どこに行くの?」

 

 

 空中に浮かびあがって外に出ようとした俺を引き留めるように、文がそう聞いてきた。あ、言うのを完全に忘れていたよ。

 

 

「ああ、幻想郷縁起に心華のことを載せたいから来てくれって阿求ちゃんに呼ばれてさ。だからちょっと人里に行ってくるよ」

 

 

「そう!パパと人里、楽しみだなぁ!早くいこうよ!」

 

 

「はいはい。じゃあ文、行ってきます!」

 

 

「いってらっしゃい!」

 

 

 文に手を振り、心華に腕を引っ張られる形で部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 稗田邸の廊下をまっすぐ進んでいく。流石由緒ある邸宅というか、廊下には塵一つ落ちておらず、掃除したばかりのようにピカピカと輝いて見える。廊下だけではなく壁や天井、障子に至るまで掃除が行き届いている。以前もここに来たことはあるが、里で一番大きくて仰々しい屋敷に来ると、妙に緊張してしまって落ち着かない。

 

 

「こちらです」

 

 

 従者は一枚の障子の前に案内してくれた。

 

 

「葉月様と鏡美様が参りました」

 

 

「どうぞお入りください」

 

 

 従者が部屋の中に声をかけると、中から返事が返ってきた。この声は阿求ちゃんのものに間違いない。この部屋の中に阿求ちゃんがいる。またあの上品でかわいい笑顔が見られると思うと楽しみでならない。

 障子に手をかけ、ゆっくりと開いた。

 

 

「失礼します」

 

 

「お邪魔しまーす!」

 

 

 障子をあけると、そこは大きな広間になっていた。畳が何畳も敷かれた広いスペースで、奥にある床の間には大きな掛け軸と鮮やかな生け花があしらわれており、高級料亭の特別室のような雰囲気を感じさせる。部屋の中、入り口と反対側にある庭に面した縁側に阿求ちゃんと小鈴ちゃんの姿があった。小鈴ちゃんも遊びに来ているんだね。

 

 

「あ、欧我さん!こんにちは!」

 

 

「こんにちは、小鈴ちゃん。遊びに来てたの?」

 

 

「はい!あら、そちらのお方は」

 

 

「ああ、この子は鏡美…もとい、葉月心華。俺の愛娘」

 

 

 そう言って心華の背中を軽くポンッと叩いて紹介した途端、小鈴ちゃんは信じられないといったような驚愕の表情を浮かべ、えーっという絶叫に似た声を上げた。

 

 

「えっえっ!?む、娘さん!?あ、じゃあ文さんが!?で、でも欧我さんが結婚したのって今年ですよね、こんな短時間でここまで成長するわけないし…あわわ…」

 

 

「ま、まあ、そうなるのも仕方ないか…」

 

 

「ねえパパ、この人なんでこんなに驚いてるの?」

 

 

 状況が理解できず、パニックを引き起こしかねない小鈴ちゃんを前に、心華は不思議そうな表情を浮かべている。まあ人間の成長などについて心華は知らないから無理もないか。あとで何とかして説明しなきゃいけないな。

 

 

「うふふ、では、そのあたりの話も交えて、ゆっくりとお話を伺いましょう」

 

 

 阿求ちゃんに促され、大きな座卓を挟み、向かい合う形で席に着いた。そして、阿求ちゃんによる取材が始まった。取材と言っても堅苦しいものではなく、普段の生活や世間話と変わらないような和気あいあいとしたものだった。阿求ちゃんもこちらの話を興味津々で親身になって聞いてくれていて、こちらも気持ちよく話すことができた。どこかのブン屋の強引な取材とは大違いだ。

 家族のこと、心華との日常について話し続け、気づいたらあっという間に1時間が経過していた。そして今は心華の話を聞きたいということで俺は席を外し縁側に腰を下ろした。部屋の中から心華と阿求ちゃんの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。俺がいたら話せないことだってあるだろうし、胸の中に詰まっていることだってあるかもしれない。だから、思いっきり話してもらいたいかな。

 風を体に受けながら、傍らで丸くなった黒猫の背中を撫でる。阿求ちゃんが飼っている黒猫で、この子はものすごくのんびり屋で人懐っこい。

 

 

「それにしても驚きました、あの子は付喪神だったんですね」

 

 

 隣に腰を下ろした小鈴ちゃんが安堵したような声を漏らした。心華は俺たちが産んだ子供じゃないことが分かり、ようやくパニックが収まった。妖怪が生まれる過程には解明されていない部分だってあるし、もともと人間だった俺も詳しいわけではないから、同じ人間である小鈴ちゃんが理解できなかったことも頷ける。人間の場合で考えたら、子どもが生まれるまで10か月以上かかるし、今の心華の大きさまで成長するにはそれ以上の時間がかかる。結婚して1年未満の夫婦にいきなり12歳くらいの子どもが生まれることはありえないからね。小傘は、13歳くらいかな。

 

 

「そう、心華は今年白玉楼の倉庫で生まれた付喪神、すなわち手鏡が変化した妖怪さ。それから色々あって、今は大切な家族の一員なんだ」

 

 

「そうなんですね!いやあ、妖怪には子供ができないと聞いていたのでものすごく驚きました。種族を超えた愛が引き起こした奇跡だと思ったのですが」

 

 

「妖怪と人間の間に子供はできません、猫と鳥の間に子供ができないことと同じように。でも、確かに奇跡が起きましたね。大好きな妻と子供たち、小さいころから夢にまで見た家族がそばにいるという奇跡が」

 

 

 脳裏に文、小傘、心華の笑顔を思い浮かべる。いつもそばにいて、眩しくて可愛らしい笑顔を見せてくれる大好きな家族と一緒に過ごす。ここ、幻想郷に来たときは、まさかこの様に夢が叶うとは微塵も思っていなかった。奇跡だと言っても過言ではないくらい、今はとっても幸せだ。

 

 

「それは素敵ですね!羨ましいです」

 

 

「ありがとうね、小鈴ちゃん。俺たち家族に血のつながりはない。幽霊の夫に鴉天狗の妻、そして小さな付喪神の姉妹が2人。傍から見たらおかしな組み合わせだろうけど、俺にとってこの家族は何にも代えられない、とっても大切なものなんだ」

 

 

「素晴らしいですね!うんうん!」

 

 

 俺の話を聞き、感激したように何度も頷いていた。確かに傍から見れば、血の繋がっていないおかしな家族なのかもしれない。でも、俺は死んで蘇った幽霊。体の器官はどれも働かない。空腹や胸のドキドキだって本当は人間だった時の感覚の残り。つまり、俺は子供を作る機能を失ってしまった。だからこそ、今手にしている家族の絆は大切にしたい。

 小鈴ちゃんと話していると、ふと傍らに置かれている雑誌に目が留まった。表紙にはとても美味しそうな出汁巻き玉子の写真が載っている。

 

「あれ、その雑誌は……玉子特集?」

 

 

「え?あ、はい!最近入荷した外の世界の料理本です。この本に載っている料理がどれも美味しそうで食べてみたいんだけど、私も阿求ちゃんも料理に自信がなくて。ほら、これ!」

 

 

 そう言ってぱらぱらとページをめくっていき、ピッとあるページを指差した。そのページにあった料理、それはオムライス、しかも豪勢にデミグラスソースがたんまりとかかっている。ああ、確かに自信がないのも頷けるな。デミグラスソースを作るには3日くらい煮込み続けないとできないし、火加減の調節を間違えれば焦げ付いてしまう可能性だって考えられる。普通の家庭で作るとなるとかなりの根気と技術が必要なのだが、デミグラスソースは意外と女の子に人気だよな。

 

 

「このデミグラスソースというのがとっても美味しそうなんですよ!玉子との相性もいいと思うけど、今まで見たことも食べたこともなくって」

 

 

「なるほどね…じゃあ、俺が作ろうか?」

 

 

「えっ!?作ってくれるんですか!?」

 

 

 そう言った途端小鈴ちゃんの目はキラキラと輝きだした。女の子の好みは幻想郷の結界を隔てていても外と中で変わらないものだな。

 

 

「俺の仕事を忘れたの?俺はとある方の専属料理人。料理には自信があるし、ちょうど前作ったデミグラスソースも残っている。昼近いから、今日のお昼ご飯は俺が作ってあげるよ」

 

 

「本当ですか!?ありがとうございます!やったぁ!!」

 

 

 俺の手を取り、ぶんぶんと振り回しながらキャッキャと喜ぶ小鈴ちゃんを見ていると、つい可愛いなと思ってしまう。ふと部屋の中の様子をうかがうと、心華と阿求ちゃんの会話は終わる気配がない。いつ終わるかは分からないけど、全速力で往復すれば大丈夫だよね。今日の幽々子様の昼食は妖夢にお願いしたから作りに戻る必要もないし。よし、そうと決まったらさっそくレストランに取りに戻ろう。確かレストランの鍋にあったはずだから。

 

 

「んじゃ、今からちょっと必要なものを取りに行ってくるから、そのことを阿求ちゃんたちに伝えておいてね。わかった?」

 

 

「はいっ!わかりました!」

 

 

 そう言って小鈴ちゃんは立ち上がると、ウキウキとした様子で部屋の中へ駈け込んでいった。小鈴ちゃんが背を向けた隙を突いて空中に浮かびあがり、足裏に圧縮した空気をセット。それを一気に噴射させることで、推進力を得て猛スピードで冥界にあるレストランを目指した。さぁ、5分で帰ってこよう。

 

 

 

 

 

 

 よしっと気合を込め、台所に立った。流石豪邸の台所、大きなかまどがいくつもあり、食材保管庫には大量の食材が備蓄されておりどれも新鮮だ。そして最も驚くべきは使用人の数。料理を作るときにはこんなにも大勢の人が集まって作るのか。それも当たり前か、料理は阿求ちゃんだけのものではなく、使用人たちが食べる料理も作らなくてはいけないからね。使用人だって人間だからな。

 まあ、今日はその必要はないだろう。なぜならさっき使用人分の昼食を一気に作ってしまったから。阿求ちゃんと小鈴ちゃんの料理を作ると言ったら、使用人が血相を変えて拒否してきたのでざっと料理を作って黙らせた。俺の作った料理を食べた途端まるで手のひらを返したようにすごいだの調理法を教えてくれだの専属料理人にならないかだの言ってきたから丁重にお断りをしておいた。俺は幽々子様の下から離れるつもりはない。

 

 

「まずはっと…」

 

 

 鶏肉の余分な脂身をそぎ落とし、サイコロのような小ささにカット。玉ねぎは細かなみじん切りにして、食材の準備はこれでオッケー。濃厚なデミグラスをかけるからご飯の方はシンプルな感じでいいだろう。さあ、フライパンに油を注いで…と。

 

 

「パパー、手伝いに来たよー!」

 

 

「おー、心華!取材は終わったの?」

 

 

「うん!今終わったところ!それに阿求ちゃんが料理をしているところを見たいって!」

 

 

 心華の背後には阿求ちゃんだけではなく小鈴ちゃんの姿も見える。まあ確かに人が料理しているところって、どんな手際か、どんなテクニックを持っているのか、どのように作っているのか、いろいろと気になるよね。俺もオープンキッチンに行ったときは絶対に見える位置に座るからその気持ちはわからなくもないな。

 

 

「オッケー分かった。んじゃあじっくりと見ててくださいねっと。心華、さっそくだけど大き目のお皿と茶碗を一つ持ってきて!」

 

 

「はーい!」

 

 

 心華達と話しているとちょうどフライパンも温まったので、刻んだ玉ねぎを入れ、少ししんなりしてきた段階で鶏肉を加えた。

 

 

「玉ねぎと油って相性がいいんだよ。それにこうやって炒めてあげると辛みが抜けて甘く、美味しくなるんだ」

 

 

 そう教えてあげると、2人はなるほどといった感じで頷いている。まあ、もし一人で作る機会があった時に試してほしいかな。鶏肉にも火が通ったみたいだし、そこにご飯を入れて、バターを加えてまんべんなく炒め合わせる。この時はご飯粒をつぶさないように、斬るように炒めることが肝心。潰れちゃうとベチャッとしちゃうからね。塩と胡椒で味を調えたらバターライスの完成。さあ、ここからが大事なところだ。

 完成したばかりのバターライスを茶碗に盛り、軽く押し固める。茶碗を逆さにした皿の中央に押し当て、えいやっと皿ごとひっくり返した。茶碗を外すと、バターライスがまるで大きな山のように、皿の真ん中で胸を張っている。形の崩れはないようで安心したよ。もう一つの皿にも同じようにしてバターライスを盛り付け、次は上に乗せる玉子の調理。火加減や焼く時間に気を付けないと失敗してしまう、非常に難しい調理だ。

 

 

「じゃあ……あ、いや、やっぱりフライパンを使おう」

 

 

 自分の能力を使ってズルしようと思ったが、阿求ちゃんたちが見ている手前よくないよなと思い直し、フライパンを手に取った。失敗したらごめんね。

 玉子を2つボウルに割り入れ、塩と胡椒で軽く味をつける。熱したフライパンに油を敷き、玉子を流し込んだ。あとは時間との勝負。縁が固まってきたところで、フライ返しを操って破かないようにそっと、ゆっくりとフライパンから離し、下に滑り込ませた。あとはバターライスの上にこの玉子を乗せれば…

 

 

「よし…っと!できた!」

 

 

 少しずれてしまったが、なんとか破くことなく玉子を乗せることができた。でもやっぱりオムライス系の料理って苦手だな、こんなに神経使うから。でも一回できたら自信付くし、もう一つもやっちゃおう。

 背面から来る凄いや綺麗といった称賛の声を受けながら、再び温まったフライパンに油を敷き、玉子を流し込んだ。今度も時間や火加減、力加減に注意して…と。よし。こんなもんかな。

 

 

「あとはお待ちかねのこれ!」

 

 

 そう言ってデミグラスソースをすくってみせると、阿求ちゃんと小鈴ちゃんの目がキラキラと輝きだした。お待ちかねのソースの登場に、待ってましたと言わんばかりにはしゃぎだす2人。そんな2人を尻目に、レストランから持ってきて温めたデミグラスソースを玉子の周りに流しかける。最後に刻んだパセリを振り掛ければ、欧我特製オムデミの完成!

 

 

「さあできたよ!オムデミ!よし、それじゃあここからは心華の番だな」

 

 

「え?あ、うん、わかった!」

 

 

 

 

 

「お待たせいたしました!オムデミでございます!」

 

 

 座卓に座った2人の前に、レストランの時と同じようにオムデミとスプーンを並べて置いた。夢にまで見たオムデミが目の前にある、その事実に小鈴ちゃんの目はキラキラと輝いている。

 

 

「さあ、召し上がれ」

 

 

「うん!いただきます!」

 

 

 元気よく両手を合わせ、待ちきれないといった感じでスプーンをつかんだ。そして、デミグラスソースのかかった部分をすくいあげ、パクッと頬張った。

 

 

「ん~っ!美味しい!!」

 

 

「わぁ、美味しい」

 

 

 口に含んだ瞬間、歓声とともにぱあっと咲き乱れる笑顔の花。こんなにも眩しい笑顔を浮かべながら、美味しいという言葉を言いながら夢中で食べ進める様子を見ていると、こちらの心とお腹も嬉しさと幸せで一杯になってくる。傍らに立つ心華と向き合い、笑顔でうなずき合った。心華も嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 

 

「欧我さん、里でお店を開いてよ」

 

 

「え、お店…?」

 

 

 不意に小鈴ちゃんからされた提案に、思わず気の抜けたような返事が出てしまった。

 

 

「うん!とっても美味しいから里でお店出したら絶対に成功すると思うよ。それに、欧我さんの料理をまた食べたいから」

 

 

 きらきらとした瞳でじっと俺の顔を見てくるので、すでに冥界でレストランを開いているから無理だと言い出せなくなってしまった。もし行ってしまったら小鈴ちゃんは絶対に悲しむだろうし、冥界に行きたいとか言いだすかもしれない。

 

 

「うん、わかった、考えておくよ」

 

 

 だから、こう言うのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 人里の街道を、心華と手をつないで歩いていく。オムデミを作ったことで予定よりも時間がかかってしまったが、最高のひと時を送ることができた。でも、里でレストランか…。冥界の方が忙しくなったら里に来る暇はできないと思うし、白玉楼でもしものことがあったらすぐに駆けつけることができない。でも、毎日食材を安く提供してくれるみんなにも俺の料理を食べてもらいたい。

 

 

「パパ、レストランどうしようね」

 

 

「うん、もう少し考えようか。それよりも心華、少し寄り道しないか?」

 

 

「えっいいの!?やったー!あ、ねえねえ!ママにお土産買っていこうよ!たしかママお勧めの店は…」

 

 

 そう言って俺の腕を引っ張りながら街道を駆け出した心華。その笑顔も眩しく輝いて見えた。

 




 
「ただいまー。ってまた団子食べてるの?食べ過ぎると太るよ」

「いいの。食べるほどに強くなるんだから」MGMG

「はぁ、そうね。はい、今日の文々。新聞持ってきたよ」

「おーありがとう。この新聞、中には眉唾な情報もあるけど、幻想郷(ここ)の情報を集めるにはそこそこ役に立つよね。どれどれ…ん?」

「どうしたの?何か見つけた?」

「こ、このチラシは…っ!?」

「あああっ、よだれよだれ!」
 


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第76話 清蘭と鈴瑚のバイト面接

 

「いらっしゃーい!」

 

 

 店内に来客を知らせる鈴の音が鳴り響き、調理の手を止めて入口の方に視線を向けて声を上げた。玄関の方にあるソファが埋め尽くされ、お客様が、席が空くのを今か今かと待ちわびている。開店して早々レストランにはたくさんのお客様が来店し、あっという間に満席になってしまった。まさかこんなにお客様がどっとなだれ込むとは思ってもみなかったが、レストランの席がすべて埋まり、ワイワイと会話をしながら俺が作った料理を食べ、笑顔を浮かべている光景を目の当たりにするだけでとっても嬉しくなってくる。その分疲れも感じなくなるので、一瞬たりとも手を休めることなく料理を続ける。ま、始まり良ければ終わり良し…だな。

 レストラン内を、料理を手に走り回る早苗さんと心華の様子を見ていると、ものすごく安心することができた。店内がお客様でごった返しているのに、今までミスや失敗が生じていない。非常に頼もしい限りだよ。

 

 

「ものすごく繁盛してるな。いい笑顔をしてるぜ」

 

 

「えっへへ、わかります?さすが魔理沙さん」

 

 

 魔理沙さんに指摘されて思わずにやけてしまい、少し恥ずかしくなって頭をわしゃわしゃと掻いた。こんなにもお客様が来てくれると笑顔をたくさん見ることができるし、お金もたくさん入ってくるし、もう笑いが止まらないっすよ!

 料理の手を止め、ふと壁にかかっている時計を見て時間を確認した。今は10時50分ね。

 

 ……ん?んぇ!?

 

 

「やっばい!時間が!」

 

 

 もうこんな時間かよ、料理に夢中になりすぎた。慌てて調理の手を止め、さっと両手を洗う。そしてホールの中にいる心華と早苗さんの方に向かって声を張り上げた。

 

 

「心華、早苗さん!オーダーストップ!後は頼んだよ!」

 

 

「はーい!」

 

 

「いってらっしゃいませ!」

 

 

 2人からの返事を受け、事務室の方へ向かおうとしたが、突然魔理沙さんたちに引き留められた。

 

 

「おいおい、もう店を閉じるのか?まだ客はいっぱいいるぜ」

 

 

「それに、もうすぐ昼時でしょ?レストランとして一番の書き入れ時なのに休んじゃっていいの?」

 

 

 魔理沙さんに続き、隣に座っていたアリスさんもそう聞いてきた。たしかにアリスさんの言うとおり、レストランをはじめとした飲食店はお昼時や夕食時が一番お客様の出入りが激しく、その分たくさんのお金が流れ込んでくる。まさに書き入れ時なのだが、俺はどうしても休まなければいけない。なぜなら、このレストラン以上に大切なことがあるからだ。

 

 

「確かにそうですが、本業をないがしろにすることはできないので」

 

 

「本業?」

 

 

「ええ、そうです。俺は幽々子様の専属料理人。本業は幽々子様の望む食事を満足のいくまで提供すること。だからどうしても時間になったら抜けなきゃいけないんです。んじゃ、失礼します!」

 

 

 そう言い残し、事務室に駆け込んだ。

 

 

 

 

 

「本業で幽々子の食事を作り、副業でレストランで料理をする…。一日中料理しっぱなしで飽きないのか?」

 

 

 欧我がレストランを後にしたのち、残された魔理沙が隣に座るアリスに向かって愚痴をこぼした。一方のアリスは「さあね」とだけ返し、カップに入っているコーヒーをすする。

 

 

「でも、欧我って料理をしているときはものすごくいい表情をしているわよね。心から料理を楽しんでいるような、そんな表情を。だから飽きることなんかないんじゃない?」

 

 

「それもそうだな。まぁ、欧我って私たちと違って変人だからな」

 

 

「否定はしないわね」

 

 

 

 

 

 時間は13時20分。白玉楼の台所で皿洗いを終え、急いでレストランに向かう。今日の幽々子様の食欲もいつもと変わらずものすごく旺盛なようで、次から次へ注文やお代わりが飛び出してくるから台所と食堂を行ったり来たり。でも、やっぱり専属料理人として幽々子様の食事の仕草や満足そうな笑みを拝見することができてものすごく幸せな気分だ。至福のひと時、至福の料理だな。さて、レストランの方はどうなっているのかな…。おや?

 ふとレストランの方を見ると、屋根の上に2つの人影が見える。一人は青色の髪に青色の服、頭にはまっすぐ伸びたウサギの耳が生え、傍らには大きな杵が置かれている。そしてもう一人は茶色のハンチング帽をかぶり、何かをもぐもぐと食べている。そしてハンチング帽から出ている垂れたウサギの耳。

 

 

「ウサギ…ということは玉兎か?」

 

 

 鈴仙さんたちと同じ月の兎だと予想したが、俺はその2人を見たことがなかった。そもそも鈴仙さんから他にも月の兎が幻想郷にいるなんて聞いたことがなかったし、文からもそのような情報を手に入れたこともなかった。まあ、幻想郷は広いし俺の知らないことがあるのも当たり前のことか。誰であれ親しみを込めて受け入れるのみ。

 杵という鈍器の存在と2人のいる位置から襲撃という可能性も考慮し、警戒しながらそっとその2人に近づいた。どうやら気づいてはいないようだ。

 

 

「何しているんですか?」

 

 

「うわぁぁぁっ!?」

「ひぇぇっ!」

 

 

 小傘のまねをして背後に音もなく忍び寄り、不意を突いて声をかけると、案の定2人は悲鳴を上げて飛び上がった。しかしほかの人たちと違い、飛び上がった直後青い髪の子は傍らに置いていた杵を構え、ハンチング帽の子も鋭い視線を向けてきた。不意を突かれても一瞬のすきを開けることなく即座に臨戦態勢に入る。さすが月の都の部隊で訓練された玉兎だ。どんな訓練をしているのかは全く分からないけど。

 相手の出方を伺いながらじっと睨み合っていると、何かに気付いたのかハンチング帽の兎がはっと息をのみ、隣の青い髪の兎に何かしら耳打ちをする。俺のいる距離からは何を話しているのかさっぱり分からなかったが、構えていた杵を下げるところを見ると戦闘の意志はないらしい。

 

 

「あ、あの!このレストランのオーナー、葉月欧我さんですよね?」

 

 

 2人の出方をうかがっていると、不意に青い髪の兎がそう聞いてきた。

 

 

「え、あ、はい。そうですけど…どうして俺の名前を?」

 

 

「よかったぁ!あなたを探していたんです。実は…あ、鈴瑚(りんご)ちゃん、あの広告を出して」

 

 

「はいよ」

 

 

 俺を探していたって、いったい何の用事だろうか。しかも広告って。もしかして…。

 鈴瑚と呼ばれたハンチング帽をかぶったウサギがポケットから小さく折りたたまれた紙を取り出した。ぱらぱらと広げられたその紙は、まぎれもなく俺の出したアルバイト募集の広告だった。

 

 

「もしかして2人とも、ここで働きたいってこと?」

 

 

「はい!私たち色々あって幻想郷で暮らすことになったけど…」

 

 

「そのためにはお金が必要なんだよね。お金が」

 

 

「もー、鈴瑚ちゃんがたくさん食べるからよ!ほとんどあんたの食費に消えていくんだからね!もっと我慢してくれれば」

 

 

幻想郷(ちじょう)の食べ物が美味しすぎるんだもん、仕方ないよ。清蘭(せいらん)だって色々食べていたじゃない」

 

 

「うぐっ、そうだけどさ…でもっ」

 

 

「はいはいお2人さん」

 

 

 2人の可愛らしい言い争いが悪化しそうだったため途中で中断する。でも、なんかこの2人非常に仲がいいみたいだ。話の中で名前を呼び合っていたから、その話からすると青い髪の方が清蘭ちゃんで、ハンチング帽の方が鈴瑚ちゃんというわけだな。

 

 

「まあ詳しい話は中で聞くよ。ついて来て」

 

 

 そう言ってレストランの裏口へと案内する。この裏口を抜けた先は直接レストランの事務室へとつながっており、面接をするにはもってこいの部屋だ。今の時間帯心華と早苗さんはホールでお客様への対応をしているだろうから入っては来ないだろうし。でも、俺面接なんて初めてだからどうやってやればいいのかな。

 

 

「さて、じゃあこちらに座ってください」

 

 

 事務室の椅子に2人を座らせ、テーブルを挟んで向かい合う形で席に着く。

 

 

「改めて自己紹介します、ここレストラン白玉楼の店長、葉月欧我です。よろしくいお願いします」

 

 

「は、はじめまして!清蘭です!よろしくお願いします」

 

 

「私は鈴瑚。よろしくお願いします」

 

 

 自己紹介をした後、2人も名前を名乗ってくれた。苗字もあると思ったら、この名前だけのようだ。清蘭ちゃんははきはきとしていて礼儀正しい印象で、鈴瑚ちゃんはマイペースというかのんびり屋な印象を受ける。

 

 

「はい、よろしくお願いします。次にここでアルバイトをしたい動機だけど、食費を稼ぐということでいいかな?」

 

 

「あ、はい、そうですね」

 

 

 そう聞くと、清蘭ちゃんは頭をわしゃわしゃと書きながら鈴瑚ちゃんの方に視線を向ける。

 

 

「うん、私はもっと地上(ここ)の料理を食べたい、そのためにもお金が必要なのよ」

 

 

 なるほど、たくさん食べる相方にいろいろと苦労しているんだね。俺もその気持ちはよくわかる。幻想郷一とも言える大食いの主人の下でたくさん苦労しているからね。ということは、鈴瑚ちゃんも相当食いしん坊だということになるな。俺、食いしん坊は大好きだよ。

 

 

「そうか。確かに、月の都にはない料理や食材が地上にはたくさんあるかもしれないね。月の都について全く知らないけど、地上の料理もおいしい物ばかりだよ。よし、じゃあ、何か食べる?」

 

 

「えっ、いいんですか!?」

 

 

 何か食べる?と聞いた途端、今までの性格がコロッと変わったかのように鈴瑚ちゃんが食いついてきた。なんだか目がやけにキラキラと輝いて見える。

 

 

「うん、このレストランを知ってもらうには、何かしら食べてもらった方がいいかなと思ったのでね。ちょっと事情があって今スイーツに力を注いでいるんだけど、試作品を持ってきてもいいかな?」

 

 

「あ、はい!お願いします」

 

 

「おっけぃ、じゃあここで待っててね」

 

 

 そう言って席を立ち、レストランのキッチンに通じるドアの方に向かった。キッチンに入ってちらっとホールの方に視線を移すと、店内のお客様はさっきと比べて減ってはいるが、いまだに席に座り続けて談笑している人たちもいるな。あれから2時間もたっているというのに、でも、人間と比べて寿命が極端に長い妖怪たちにとって時間はあまり関係ないのかな。

 キッチンに入ってきた俺に気付いたのか、心華達がおかえりなさいという言葉を返してくれた。その言葉は素直にうれしかったのだが、いまだにカウンターに座り続けている魔理沙さんは口をとがらせ不満そうな顔をしている。

 

 

「おっそい!もう2時間も待って、お昼食べたというのにまたお腹すいちゃったぜ!ほら、早く何か作ってくれよ」

 

 

「すみません魔理沙さん。まだやることがありますのでもう少しお待ちください」

 

 

「なんだと!?」

 

 

「こら、座りなさい魔理沙。みっともないわよ」

 

 

 魔理沙さんが食って掛かろうとしたが、隣に座っていたアリスさんになだめられ、渋々ではあるが椅子に座りなおした。むっとした表情のままの魔理沙さんにもう一度謝り、食糧庫から試作品のスイーツを取り出した。これは蜜柑を使ったチーズケーキで、果肉をくりぬいた後の皮を器に使い、チーズケーキにも果汁を混ぜ込んでいる。あらかじめ5つ作っていたので、そのうちの4つを皿に盛り、余った蜜柑の果肉とホイップクリームを絞り、取り退いていた蜜柑の上1cm部分をふたのようにかぶせれば、まるごと蜜柑のチーズケーキの完成!どうだろう、まだ試作段階だが、酸っぱすぎないだろうか。

 

 

「はい、じゃあこれ、試作品だけどお詫びの品です。どうぞ」

 

 

 食糧庫から取り出した4つのうちの2つを魔理沙さんとアリスさんの前に差し出した。魔理沙さんは何が来たのかと一瞬目をキラキラと輝かせたが、その正体がただの蜜柑だと知り、先ほどのような不満そうな表情に戻る。その著しい変化に思わず吹き出してしまった。

 

 

「なんだよ、何かと思えばただの蜜柑じゃねぇか」

 

 

「ちっちっち。ふたを開けてみてねっ。はいフォーク…あ、いや、スプーンの方がいいな、どうぞ」

 

 

 ちらっとウィンクを飛ばしながら魔理沙さんにスプーンを差し出し、2人の待つ事務室に戻った。魔理沙さんの驚く表情が見たかったのだが、せっかくバイト面接に来てくれた2人を待たせるわけにはいかないからね。

 

 

「はい、お待たせいたしましたぁー!」

 

 

 ドアを開けて事務室に入ると、途端に2人の真っ赤な瞳がキラキラと輝きだした。鈴瑚ちゃんはそうだけど、清蘭ちゃんも甘いものが好きなのかな。そんな2人の前に例のチーズケーキを差し出した。その直後、2人の目からキラキラとした輝きが消えうせる。やっぱこの反応は月と幻想郷、どこでも同じなんだね。

 

 

「これ、蜜柑…ですか?」

 

 

 清蘭ちゃんから予想通りの言葉が聞こえてきて、思わずがっくりと肩を落とした。やはりこれは第一印象からくるインパクトが小さすぎるか。そりゃあ見た目はまんま蜜柑だから、ふたがあると気づかない可能性だってある。ここの問題をどうすればいいんだろうか…。

 しかし、その直後鈴瑚ちゃんが何かに気付いたかのようにはっと息をのんだ。

 

 

「ねえ清蘭、これ、もしかして上が蓋になっているんじゃない?」

 

 

「え?……あ、本当だ!」

 

 

 ようやく鈴瑚ちゃんが蓋の存在に気付いてくれたみたいで、2人一緒にふたを開ける。その直後、ほぼ同時に歓声を上げた。

 

 

「お、欧我さん!これって!」

 

 

「そう。果肉をくりぬいた蜜柑を容器に使った特製チーズケーキ。中にも果汁が入っているから、蜜柑の酸味がチーズケーキの甘味とマッチするかと…」

 

 

「んん~~っ」

 

 

 おっ!?

 説明を遮るように聞こえた声にはっとして2人の顔に視線を向けると、チーズケーキを口へ運びながら満面の笑顔を浮かべていた。特に鈴瑚ちゃんの表情は完全にとろけていて、まるで桃源郷をさまよっているかのような至福に満ち溢れた表情だ。いいねぇ、こういう表情大好きだよ。気づいたら、頬杖をつきながらじっとその表情を眺めていた自分に少し驚いてしまった。

 じっと眺めていると、事務室のドアがノックされ勢いよく開かれた。

 

 

「欧我さん失礼しまーす。あの、お客さんが…あら?」

 

 

「あっ!?」

 

 

 部屋に入ってきた早苗さんは、俺の前に座る2人に気付いたのか声を上げ、そして清蘭ちゃんも早苗さんの顔を見て驚きの声を上げた。その様子からするに、2人は面識があるみたいだ。

 

 

「あ、あんたはあの時の巫女じゃない!どうしてこんなところにいるの!?」

 

 

「私はここでアルバイトをしているんですよ。そう言うあなたはどうしてこちらへ?」

 

 

「え、どうしたの?もしかして知り合い?」

 

 

 二人の会話の内容からして仲がいい…というわけではなさそうだ。

 

 

「実はこの兎たちが幻想郷に移住するとか地上を浄化するとか言ってキュリオシティを山に放って植物を枯らしながら侵略してきたんですよ!だから懲らしめようと出撃したらいつの間にか月の都にいて、それでそこの女神から月の都を守れと言われ、妖精や変なTシャツヤローと戦って、それで…」

 

 

「はいはいストップ!詳しい話は、仕事が終わってからゆっくり聞くとして…。つまり、異変が起こってその際に二人は戦って早苗さんが勝ったと。そういうことね」

 

 

 なるほど、俺の知らない間にそんな異変が起きていたなんてな。月の都が幻想郷に侵略してきていたなんて、今まで聞いたことがないほど壮大な異変だな。異変の規模がけた違いだ。そっか、レストラン建設中に数日間早苗さんや魔理沙さん、霊夢さんの姿が見えなかったのはこの異変解決で月まで行っていたからか。

 

 

「そうよ!あの時ひどい目にあったんだから!この巫女が本当に容赦なくって」

 

 

「山を荒そうとしていたんだから当然よ。次また何かをたくらんでいたら容赦しませんよ」

 

 

「むぅっ!鈴瑚ちゃん、あなたからも何か言いなさいよ!ねえ鈴瑚ちゃ…」

 

 

 ちらっと鈴瑚ちゃんの方を向いた清蘭ちゃんが呆然としたような表情を浮かべていたので、何事かと思い鈴瑚ちゃんの方に視線を移すと、鈴瑚ちゃんはゆっくりと自分のペースで食べ勧め、満足そうな笑みを浮かべていた。それに、垂れ耳がかすかにぴょこぴょこと動いている。その様子を見た清蘭ちゃんは頭を抱えて大きなため息をついた。

 

 

「んん~っ、おいひぃ」

 

 

「はぁー。だめだ、完全に胃袋を掴まれている…」

 

 

「本当に?じゃあ、このぴょこぴょこと動く耳は?」

 

 

「鈴瑚ちゃんの癖よ。美味しいものを食べた時、決まって耳が反応するの。これは逃げようとしても逃げられないわね…」

 

 

 清蘭ちゃんの言葉を聞き、もう一度鈴瑚ちゃんの方に視線を戻した。ちょうど最後の一口をスプーンですくい上げたところで、ゆっくりと口の中に入れた。チーズケーキに夢中になっていたようで、どうやら清蘭ちゃんと早苗さんの会話に全く気付いていないようだ。相変わらず耳がぴょこぴょこ動いている。

 

 

「これは、ここで働くしかないわね。たった一品で鈴瑚ちゃんを虜にするなんて相当の腕前だし」

 

 

「え、働くってどういうことですか?」

 

 

 途中で入ってきた早苗さんは話の内容が理解できず、頭にはてなマークを浮かべた。

 

 

「ああ、実はこの2人はアルバイト募集の広告を見てきたんだ。お金が必要だからここで働きたいんだって」

 

 

「まあ、そうでしたの!私はてっきり非常食に…」

 

 

 早苗さんの一言に、2人は同時に悲鳴の声を上げた。ああ、そういえばこの2人兎だったな。レストランで使うウサギ肉が無くなった時に……いや、それは止めておこう。早苗さんが笑いながら冗談だといったことで、2人も落ち着きを取り戻したようだ。

 

 

「よし、じゃあ清蘭ちゃん、鈴瑚ちゃん!」

 

 

「えっ!?あ、はい!」

 

 

「うん!」

 

 

「今日は来てくれてありがとうね、嬉しかったよ。じゃあ明日からよろしくお願いします!」

 

 

 そう言うと、2人は「へっ?」という声を漏らした。

 

 

「それってもしかして…採用ってことですか!?」

 

 

「そう!清蘭ちゃん、君は礼儀正しいうえに元気がいいし言葉遣いもばっちり。笑顔も輝いているからホールの方で接客をお願いします。そして鈴瑚ちゃん、君はレストランのキッチンで俺のサポートをお願い。手際がよさそうだし、それだけ食べ物のことが好きなら自分から作ってみるのはどうかなと思ってね。どうかな、働けそう?」

 

 

 2人に尋ねたところ、元気よく返事を返してくれた。その返事が嬉しくて、思わず2人の手をぎゅっと握りしめて握手を交わした。レストランも新しいスタッフが加わり、一層にぎやかになることだろう。これからもずっとお客様の笑顔で溢れたレストランにしていきたい。

 

 

「よし!じゃあそういうことで、今日は思う存分俺の料理を食べていってくれ!場の雰囲気に慣れることも重要だし、何より料理の味を知ってほしいからね!」

 

 

「本当ですか!?ありがとうございます!!」

 

 

「ちょっ鈴瑚ちゃん!よだれよだれ!」

 

 

 そんな2人と早苗さんを率い、レストランのホールの方に向かった。でも、2人が働くとなると、もうウサギ肉を使った料理は出せなくなるな。人気料理になると思っていたのにな。鳥もダメ、ウサギもダメとなると、残るは牛と豚かぁ。ほかに何があったっけ…?

 



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第77話 鈴瑚の特訓10番勝負

 

MGMG…

      MGMG…

 

「美味い…」

 

 

「もー、着替え中なんだからいい加減食べるの止めたら?」

 

 

 隣から清蘭が頬をぷっくりと膨らませてブーブーと文句を言ってきたので軽く聞き流す。だって今日の団子はいつもと違って3色だからね、その分味も香りも3通り楽しめる。人間の里で新発売の絶品団子!そう聞いちゃったらもう買うしかないよね!ってことでレストランに来る前に買ってきちゃいました!はぁ、この歯が押し返される弾力も絶妙…。

 

 

「ねーねー鈴瑚ちゃん」

 

 

「はいはい」

 

 

 うるさく言われる前に、串を歯でくわえ、コックコートという服にそでを通す。この服は外の世界で料理人が身に付けるものだと欧我さんが言っていた。私が集めた情報からでは外の世界については分からなかったが、鈴奈庵と言う古本屋で見つけた雑誌にはこれと似たような服を着た写真が載っていたからあながち間違いでもないだろう。見た目は欧我さんの物と同じだが、青色の部分が私に合わせてオレンジ色になっている。それにしても肌触りからサイズまでぴったりだ。さすが森に住む七色の魔法使い。1週間分のお題を無料にしてまで頼む価値はあるね。一方の清蘭が着るオレンジ色のメイド服もその魔法使いが作ったものだ。でも、やっぱり…

 

 

「青い髪にオレンジは似合わないねぇ」

 

 

「仕方ないでしょ、制服なんだから。それに大丈夫、アリスさんにお願いしてこんなものも作ってもらったんだから」

 

 

 そう言って清蘭が取り出したものは1枚のバンダナ。オレンジ色で、穴が2つ空いている。それを頭に巻き、穴から耳をぴょこっと出した。なるほど、穴はそのための物だったんだね。これで青色の髪が隠れ、あまり気にならなくなった。それに…。

 

 

「なに?どうしたの?」

 

 

「べ、べつに。ほら、さっさと行くよ」

 

 

「あ、待ってよー!」

 

 

 面と向かって「似合ってる」って言えるわけないでしょ。

 

 

 

 

 

 レストランのキッチンはまさに戦場そのもの。次々来る注文に合わせてたくさんの料理を作り出す。そのために欧我さんは鍋から包丁と休むことなく手を動かし、次々と非常に美味しそうな料理を生み出していく。ああ、よだれが出ちゃう…。

 今日はレストランでのアルバイト初日ということもあり、場の雰囲気に慣れることが大切だと言われ、食器を食洗機にかけながら欧我さんの料理やホールの様子をじっと眺める。見て覚えることも大切な仕事なんだよね。ホールの方では清蘭が両手にお盆を乗せて駆け回っている。傍らには付喪神の心華が付き、優しく、そしてたまには面白く仕事について教えている。どうやらこの付喪神は欧我さんの子どもらしい。血のつながりは当然ないが、それを凌駕するほどの固い絆で結ばれているだろう。清蘭より小さいのに、思った以上にしっかりとしている。そして、清蘭もこんなに働いちゃって。私がここで働くって言い始めて、無理やり引き込んだのに、それなのに笑顔で、そして楽しそう。そういえば清蘭がこうして働く姿ってあまり見たことがないな。すっごく輝いて見える。

 

 

「…んごちゃん、鈴瑚ちゃん」

 

 

「ふぇっ!?あ、なんですか?」

 

 

「悪いけどさ、これを盛り付けてくれないかな?」

 

 

 そう言って指差した方向を見ると、そこには黄金色に輝く衣をまとい、純白の湯気を立ち上らせているものが、デンとまな板の上に置かれていた。これは…。

 

 

「これ、豚カツね。6等分してから皿に盛り付けて。刻んだキャベツとトマトにはドレッシングをかけてね。そしてこのソースも忘れずにお願い。あ、鈴瑚ちゃんのセンスに任せるから」

 

 

「う、うん。わかった」

 

 

 欧我さんは笑顔でうなずくと別の料理へと取り掛かったようだ。どうやら手が回らなくなったから私に頼んだのだろう。ここで働くためにも、少しずつ仕事を覚えないと。

 包丁を握りしめ、やたらと存在感を放つ豚カツと向かい合う。近くに寄ると、ジューシーな香りがかすかに鼻に届く。まずはこれを6等分する。真ん中に包丁を当て、前に押し出すようにして力を込めた。

 

 サクッ

 

 包丁を伝わり、私の右手に衣の軽快な感触が響く。あまり力を入れずとも楽々と切れる肉の柔らかさと、衣のサクサク感。これを包丁ではなく歯で切ったらどんな食感なんだろう。容易に想像できそうで、まったく想像できない。そして断面からあふれ出すより強力で食欲をそそる匂いと、光を受けて宝石のように輝く肉汁。ごくり、と無意識のうちに唾液を飲み込んだ。

 冷めないうちに完成させようと、次々に豚カツに包丁を切り込み、なんとか6等分することができた。皿に盛りつけ、欧我さんの指定通りにミッションを完遂した。でも…。

 

 

「ごくり…」

 

 

 豚カツの一番の醍醐味と言えば口に入れた瞬間だろう。アツアツの豚カツをほおばり、一口かじった瞬間の、歯が衣の中に入っていくときのサクッという感触。歯、骨を伝わって脳へと響き、軽快な音と相まって気分が一気に高揚する。そしてそれは肉の柔らかさに移り、それと同時に肉の旨味が詰まった肉汁が口の中に一斉に解き放たれる。サクサクと何度も咀嚼することで、肉につけられた胡椒のピリッとした辛みによって引き立てられたその旨味は、口の中隅々まで広がるんだよね。そして肉汁が脳に浸透して豚カツのことしか考えられなくなるよ!ああぁ、こうなったらもう自分の食欲を抑えられないよぉ!

 

 

「鈴瑚ちゃん、耳、耳」

 

 

「ふぇ?……あっ」

 

 

 欧我さんに指摘され、あわてて両耳を押さえた。またピクピクと動いちゃっていたかぁ。あれ、でもなんで動いていたんだろう。ふと冷静になってみると、口の中が非常に幸せな状況だ。肉の旨味が口の中全体に浸透し、舌に滑らかな脂の感触が残っている。もしかして!?

 豚カツが盛られた皿を見てみると、確かに6枚あったはずなのに2きれほど無くなっている。まさか無意識のうちに食べちゃった!?

 

 

「あの…ごめんなさい」

 

 

「あーうん、いいよ。仕方ないと思うし。これは作り直よ。でもな…」

 

 

 そう言って欧我さんは顎に手を当てながらじっと私を見つめてきた。何か考えているんだろうが、その表情から何を考えているのかは読み取れなかった。それに、客に出す料理を食べてしまった負い目からか、目を合わせることができなかった。

 

 

「よし!じゃあ鈴瑚ちゃん」

 

 

 名前を呼ばれ、恐る恐る欧我さんの顔を見上げた。その顔に浮かべている表情は、なぜか笑顔だ。私のことを怒ってはいないのだろうか。どのような言葉を放つのかじっと身構えていると、私の予想だにしなかった言葉を口にした。

 

 

「特訓しようよ。特訓。名付けて、料理盛り付け10番勝負!」

 

 

「えぇぇ特訓!?」

 

 

 特訓という言葉を聞き、思わず拒否の言葉が口をついて飛び出した。でも、欧我さんは私のためを思って言ってくれたのだろう。それに、私はお客に出す料理を食べてしまった。だから私にはその特訓を拒否する権利はないのだ。

 

 

「分かりました、よろしくお願いします…」

 

 

「うんよし、そうと決まったらさっそくルールの説明をするよ。まあ説明と言っても、これから用意する10の品目を一切つまみ食いすることなく盛り付けること。もし、少しでもつまみ食いをしたら、アルバイトはクビだ」

 

 

 アルバイトをクビにする。そう言われ、大きなショックに打ちのめされた。せっかく入ったばかりなのに、クビになんかなりたくない。それに私がもしクビになったら清蘭はどう思うのだろう。無理を言って連れてきたのに、清蘭は今このレストランになじみつつ仕事も楽しそうにこなしている。今まで色々と迷惑をかけてきたのに、また更に迷惑をかけてしまうことになる。それは絶対に避けないと。そのためにも、絶対につまみ食いなんかするもんですか!

 

 

「じゃあ1品目。リベンジも兼ねて豚カツ行ってみようか」

 

 

 そう言って出されたのは、先ほどと全く一緒の組み合わせだった。手順も知っている。そして匂いも、味も。あとは、この豚カツの誘惑に負けなければ…。

 

 

「…っと。できました」

 

 

 さっと豚カツを切り分け、千切りキャベツとともに盛り付けた。一度食べてしまったこともあってか、2回目は特に衝動とかはなかった。

 

 

「いいね、うん!じゃあこれはお客様に提供するとして。2品目はこれだよ」

 

 

 こ、これは!?に、ににに、人参!?2品目でこれはないでしょ、私兎だよ!いきなりレベルがガクンと上がったんだけど!でも待って私。これは既に千切りになっている。もし人参の形をしていたら夢中でかじりついてた。それにしてもこの人参、色、匂い、どれも完璧でものすごく新鮮じゃないか。ああ、食べたい…。……いや、負けるな私!これは特訓なんだ!絶対に誘惑に勝ってあの料理長を見返してやるんだから!

 千切り人参を青じそ風味のドレッシングで和えてから皿に盛り付け、山のように形を整えて刻んだパセリを振り掛けたら、これで人参サラダの完成。ふう、危なかった…。

 

 

「おお、やっぱり手際がいいね。ありがとう。じゃあどんどん行こうか」

 

 

 そう言って欧我さんは笑顔を浮かべている。その笑顔が、なぜか悪魔の微笑みのように見えた。背後のフライパンからはジューッという音が響き、非常に香ばしい香りが漂っている。これは、ベーコン!?

 

 

「次、3品目もサラダなんだけど、ちょっと難しいかな。見た目も気にしてね」

 

 

 そう言いながら取り出したのはレタス。洗ったばかりなのか表面に水滴がついていて非常に瑞々しい。レタスの水気をきって皿に盛りつけようとしたが、なぜかその手を止められた。ふと欧我さんの方に視線を戻したところ、さらに別の食材を手渡された。

 この皿に乗っているもの、クルトンにチーズって、これは紛れもなくシーザーサラダの材料じゃないですか!クルトンのサクサクとした食感にチーズのコクとうま味、そしてドレッシングを纏うことですべての味が引きたたされる、これはまさにサラダ界のアイドル!

 

 

「あ、そうだ。これもお願いね」

 

 

 そう言って差し出したのは小さく切り、カリッカリに焼いたベーコンと温泉玉子。チーズのコクだけじゃなく、ベーコンの脂の甘味と濃厚な旨味も加えちゃうなんて!そしてカリッカリに焼いたことでクルトンとは違った食感や歯ごたえが加わり、ずっと噛んでいたくなるよ。それに玉子のまろやかさですべてをまとめ上げるなんて…。ああ、食べたい…今すぐ食べたい…!

 ……いや、待つのよ鈴瑚。ここは私の食費のため清蘭のため、負けちゃいけないんだから!

 

 

「おー、3品目もクリアしたね。お疲れ様」

 

 

 シーザーサラダの誘惑に屈することなく、なんとか盛り付けを終えることができた。まだ3品しか終えていないのに、この疲労感はなんなんだろう。こんな経験は初めてだ。

 

 

「ほらほら、休まないで。まだ始まったばかりなんだから」

 

 

 そう、まだ特訓は始まったばかり。まだあと7品も突破しなきゃいけない。一体どんな料理が出てくるのか、それも全く予想がつかない。品数が増えるほどより困難で美味しいものが出てくるだろう。絶対に負けないようにしなきゃ。

 そこからの4品はまさに難関続きだった。4品目はフライドポテト。細く切ったジャガイモを油でカリッと揚げたもので、食べるとほくほくとした食感、そして塩を振り掛けただけなのに口の中でいっぱいに広がるジャガイモの旨味。一度食べ始めたら手が止まらないだろうな。

 

 5品目はこれだと、欧我さんがコンロにかけられた鍋をポンポンと叩いた。その鍋のふたを開けると、ふわっと醤油と肉の香りが鼻を突いた。この香りは家庭料理の定番、肉じゃがだ。しょうゆとみりんで優しい味付けがなされたこの料理は、何と言ってもじゃがいもの甘味と肉の旨味とコク、これが一体となって口の中で柔らかくとろける。これは皿に盛り付けるだけだったので、あえて肉じゃがを見ないようにして何とか切り抜けた。

 

 6品目、ようやく折り返し地点を突破した。後半戦の一発目から非常にハードな料理が出された。それは豚の角煮。トロトロになるまでじっくりと煮込まれた豚肉の塊は、光を受けてまるで茶色の宝石のようにきらきらと輝いて見えた。そしてこの鍋から立ち上がる匂いもまた嗅いでいるだけで食欲をそそる。それに箸で持ち上げた時のプルプルとした感触、少し挟んだだけでほぐれてしまいそうなほど柔らかい。頬張った時、この肉は口の中でどうやってほどけていくんだろう。ああもう、想像しただけでよだれが止まらないよ!

 

 7品目に出されたのは天ぷらの盛り合わせ。竹輪の磯部揚げから玉ねぎと人参の掻揚げ、しいたけ、大葉、そしてプリップリのエビ!エビの身を歯で噛んだ時の押し返されるような弾力によって、噛むことが楽しくなり、衣のサクサクとした食感も相まってそれだけでもっと食べたいという気持ちがあふれ出してくる。そしてここでも出てきたか人参!このタイミングは狙っているとしか思えないよ。天ぷらだけではなく、それらの天ぷらの味を引き立たせ、調和する天つゆと、ピリッとしたアクセントを加えてくれる大根おろし。アツアツサクサクをパリッと頬張った時の幸福感はたまらないだろうなぁ。はやく味わいたいよぉ!

 

 

 

「はぁ…はぁ……」

 

 

 ここまで7品目の料理の誘惑に打ち勝ち、一口もつまみ食いをすることなく見事盛り付けをこなすことができた。長く苦しい特訓も、残すところあと3品。疲労はピークに近く、体力もそがれてきた。いつの間にかこの特訓を一目見ようと、ホールの中にいたお客たちがカウンターに集まっている。その中にはもちろん清蘭の姿もある。清蘭のため、あと3品を何が何でも突破してやる!

 

 

「さて、オーディエンスが増えてきたところで8品目。その皿にご飯を盛り付けてからこの鍋を開けてね」

 

 

 そう言って指差した先には楕円形のお皿が炊飯器の傍らに置かれている。この皿の形、そしてごはんというワード。間違いない、8品目の料理はカレーライスだ。数種類のスパイスで辛みと深み、コクを引き出し、肉や野菜の旨味と合わさって絶妙な味わいを生み出す…というのは雑誌からの情報だ。でも、実際はどんな味がするのだろう。雑誌からでは味を確認することができないから、一度は食べてみたいと思っていた。それが、今、こんな状況で目の前に現れるなんて…。

 震える手を伸ばし、なべの蓋をつまみ、ゆっくりと引き上げた。その瞬間蓋の隙間から一気に押し寄せる豊潤で奥深いスパイスの香り。ああ、この香りを嗅いでいるだけでお腹が空いてくる…。

 

ぐりゅりゅりゅりゅぅ~~

 

 ついに耐え切れなくなり、私のお腹の虫がうなり声を上げた。盛大に響いた唸り声に、かぁっと顔が紅潮し、恥ずかしさのあまり顔を両手で覆い隠してしゃがみこんだ。もう、なんでこんな時に鳴るのよー!

 

 

「あらら、鳴っちゃったね。どうする、いったん中断して何か食べる?」

 

 

 欧我さんの声が聞こえてくる。うつむいたままなので表情を伺い知ることはできなかったのだが、声の調子から、少し笑っているようだ。なによ、人にこのような美味しいものをたくさん見せておいて偉そうに。でも、レストランで働くということはこういったことが10回だけではなく、数えきれないほどたくさん起こる。それに慣れるためにも、食いしん坊な自分がレストランで働くためにも、この特訓は何としても突破しなきゃ。

 

 

「ううん、大丈夫。続けます」

 

 

 そう言い、ゆっくりと立ち上がった。お玉を手に取り、カレールーの中にゆっくりと挿入する。ジャガイモや豚肉、そして人参が大きめに切られており、素材の味が溶け込み、まろやかな感触がお玉から伝わってくる。人参…ああ人参…。食べたい気持ちをぐっとこらえ、ご飯にかけて福神漬けをトッピング。これでカレーライスの盛り付けは完了。ようやく8品目を突破。

 

 

「お疲れ様。じゃあ9品目行くけど、いいかな?」

 

 

 その言葉に私は力強く頷いた。私の表情を見て欧我さんは優しく頷き、オーブンの中からあるものを取り出した。いつの間に料理していたのだろう。

 目の前に出された料理を前にして、思わず目を見開いた。9品目、それはハンバーグだった。ひき肉の旨味と玉ねぎの甘味、一度フライパンで焼いてからオーブンでさらに焼くことで中まで火が通り、肉汁がぎゅっと閉じ込められる。ナイフを入れた時のジュワァッと溢れるキラキラの肉汁がもうたまらないよね!しかも付け合せが人参とマッシュポテトなんて、もう最高の組み合わせじゃない!誘惑に打ち勝ち、なんとか盛り付けまで終わらせることができた。さあ、最後の一品だ。とうとうここまで来た、絶対にどんな料理が来ても絶対にやり遂げてみせる。

 そう意気込んでいたばかりに、最後の10品目として提示された料理に思わず意表を突かれてしまった。

 

 

「さあ最後!食糧庫のスイーツコーナーにショートケーキが入っているから、一つ皿に乗せて持ってきて」

 

 

「へ?あ、はい、わかりました」

 

 

 思わず変な声が出てしまった。特訓の最後だということで気合を入れていたのだが、最後の料理がまさかのショートケーキ、しかも取ってくるだけ。これはものすごく余裕ね!しかし、その余裕は色とりどりのケーキを目の前にした瞬間すぐさま脆く崩れ去った。整然と並んだ数種類のケーキが、まるで自分が一番美味しいと主張するかのようにキラキラと輝きを放つ。私にはその主張がひしひしと伝わってきた。くそっ、最後の最後で一番の難問を突き付けてきたわね。月の民で玉兎だけど、私は一人の女の子。甘いものは大好きだ。こんなケーキを目の前にしたら誰もが興奮するだろう。でも、私はその気持ちをぐっとこらえる。

 

 

「ん…?」

 

 

 ショートケーキへ手を伸ばした時、あるものを目にして腕の動きが止まった。な、なんでこんなものがここにあるの!?弾力のある純白の肌に茶色のタレをまとい、一際キラキラと輝くものが3つ、串に刺さっている。これは、間違いない。絶対にあれだ!

 

 

「ほぁ~!みたらし団子!!」

 

 

 なになに!?なんでみたらし団子がここにあるの!?いい焼き加減、しっかりと団子に絡まって輝きを放つみたらし、それが10本山のように積みあがって圧倒的な存在感を放っている。じっと見ているだけでよだれが全然止まらないよ!なんで、なんで私の大好物の団子がここにあるの!?これはあの欧我さんが作ったみたらし団子、いったいどんな味がするんだろう。甘いのかな、いや、甘すぎず団子の旨味を引き立たせているのかな。アツアツで食べるの?それとも冷めてから? 食感はどんなの?柔らかい?それとも弾力があるの?あああああっ!!食べたい、食べたいよぉ!!

 

 

「いやいやいやいや!食べちゃダメだ、絶対に食べちゃダメだよ!ここで食べたら、今までの頑張りが無駄になってしまうぅーっ!みたらし団子食べたいのにぃ!」

 

 

 食べたいという気持ちを抑え、何度も食べちゃダメだと自分に言い聞かせる。まったく、最後の最後でこんな嫌がらせをしてくるなんて。これは肉じゃが戦法で行こう、みたらし団子はもう見ない。幸いラップでくるまれ、冷蔵庫の中ということもあり匂いがここまで漂ってこないのが救いか。少し手が震えてしまったため形がわずかに崩れてしまったが、なんとかショートケーキを皿の上に乗せることができた。ふぅっと長めに息を吐き、逃げるように食糧庫を飛び出した。

 

 

「ショートケーキ、持ってきました…」

 

 

「おう、ありがとう。あれ、なんかやけに疲れているようだね。大丈夫?」

 

 

 私の顔を見てそう言う言葉をかけてくる。「何を心配そうに、これも全部特訓のせいだよ」という返事を飲み込み、無言でショートケーキを差し出した。一切つまみ食いをしていない。これでようやく特訓も終了だ。ああ、もうお腹が減りすぎて力が出ないよ。美味しそうな料理を目の前に出されたのに、その料理を食べてはいけないって新手の飯テロじゃない。

 

 

「うん、確かに。というわけで、無事特訓終了。お疲れ様!じゃあ裏でゆっくりと休んでて」

 

 

「はーい」

 

 

 

 

 

 事務室の中、机に突っ伏して未だに唸り声を上げるお腹を押さえる。ものすごくお腹減った。何か食べないと死んじゃいそう。なのに、ここ事務室には食べられそうなものが何一つない。ここで働ける自信がもうなくなってきた…。こんな美味しいものが溢れかえる場所で、食いしん坊の私が働けるのかな…。

 もう寝ちゃおう、そう思っていたところで、ガチャッと事務室の扉が開かれる音が響いた。それに続いて漂うスパイスの香り…。少し嗅いだだけでよだれと空腹感が刺激されるこの匂いはまさか!?がばっと上体を起こすと、目の前に大盛りのカレーライスが置かれた。

 

 

「こ、これは!?」

 

 

「カレーライス大盛り人参マシマシだよ。今日無事に特訓を乗り越えた鈴瑚ちゃんへのまかない兼ご褒美。どうぞ食べて」

 

 

「いいんですか!?」

 

 

「もちろん。今日の特訓を見ていて分かったんだ。目の前にどんな美味しい料理が出されても、ぐっとこらえて最後までやり遂げたその覚悟と気持ちは素晴らしいよ。そして、盛り付けの仕方も完璧で手際も申し分なかった。だから、鈴瑚ちゃんにはこれからもここで働いてもらいたいなってね」

 

 

 その言葉を聞き、なぜか心のもやもやが一気に晴れていった。欧我さんは私に厳しい特訓をさせていただけじゃなかった。私のことをしっかりと見ていてくれたんだ。そしてちゃんと褒めてくれた。空腹さえ堪えれば、私はここでずっと働けそう。

 

 

「はい、頑張ります!」

 

 

 その気持ちが嬉しくて、笑顔で元気よく返事を返した。欧我さんも笑顔でうなずき、「あ、そうだ」と言って背後からもう一つのお皿を取り出した。

 

 

「はわわわわ!み、みたらし団子!しかも10本も!?」

 

 

「そう、オマケだよ。しかも焼きたてだからゆっくりと食べてね。そしてカレーはお替り自由だから。んじゃ、ごゆっくり」

 

 

 そう言い残し、欧我さんはキッチンへと帰って行った。事務室には、私とカレーライス、そしてみたらし団子だけ。他には何もない。

 スプーンでカレーライスをすくい、パクッと頬張る。生まれて初めて食べるカレーライスの味は、ぬくもりと幸せに満ち溢れていた。

  



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第78話 勇儀と酒の肴にマヨネーズ!?

 

 レストランのオープンから、気が付けばあっという間に2週間が経過していた。今は8月に入ったばかりで、真夏日らしく天から眩しい光が降り注ぎ、桜の木々の葉が青々と茂っている。吹き行く風も熱気を帯び、外に立っているだけで汗ばみ、服がぐっしょりと濡れてしまうほどだ。しかし、ここは冥界。顕界である幻想郷と比べると気温は低く、比較的過ごしやすい。だからなのか、冥界に来ることができる人妖にとっては絶好の避暑地となっているのだ。しかもここレストランは、にとりさんお手製のクーラーがガンガンと稼働しているため、非常に涼しく快適である上に、俺手作りのアイスが評判になったため、顕界の暑さから逃れてきた人たちでレストランはごった返していた。そのアイスを幻想郷中に広めたのは他でもない…。

 

 

「う~ん、幸せぇ~」

 

 

 カウンターに座り、新聞の執筆をそっちのけで本日3つ目のアイスクリームを頬張っている文だ。最近文は新聞のミニコーナーとして『清く正しいスイーツ日誌』なるものを執筆し、俺の作ったスイーツを絶妙な写真とそこそこ伝わりづらい文章で紹介してくれている。もちろん写真は幻想郷一の写真屋である小傘が撮ったもので、その技術には目を見張るものがある。初代写真屋として、写真屋の師匠として、そしてパパとして誇らしく思うよ。文章は……まあ、いつも通りだけど。

 しかしまあ、その新聞のおかげでお客様の中にも俺のスイーツ目当てで来る人が多くなったのも事実だし、技術も、作れるようになったスイーツも多く手にした。これで、また文の笑顔をじっと見ることができる。

 

 

「ふふっ…」

 

 

 アイスを頬張り、幸せそうな文の笑顔を眺めていると、思わず笑みが漏れる。何回見ても、この可愛らしい笑顔は見飽きないものだなぁ。

 

 

「むっ。なによー欧我ー」

 

 

「べつに、なんでもないよー」

 

 

 俺の笑い声に気付いたのか、じーっと俺の顔を睨みつけてきたので、なんでもないとはぐらかして調理に戻った。

 その直後、ドアに取り付けられたベルが一層けたたましく鳴り響いた。豪快にドアを開けて入ってきた人物を見て、文の顔から笑顔が消え血の気がすーっと引いた。

 

 

「お、勇儀さんいらっしゃい!」

 

 

「来たぜ欧我!いやぁ、ここは涼しくて快適だなぁ!」

 

 

 勇儀さんは盃を掲げたまま豪快にカウンターまで歩いてくると文の隣の席に腰を下ろした。やっぱり天狗は鬼に対してかなり苦手意識を持っているんだね。文の表情からその凄さを伺い知ることができるよ。

 一方の勇儀さんは文の気持ちを知ってか知らずか、文の方に目もくれずにキッチンの方を覗き込んできた。このレストランはオープンキッチンということもあり、俺が料理をしているところを珍しそうに眺めるお客様はたくさんいる。今の勇儀さんみたいに、カウンターテーブルに座った人は皆コンロに負けないほど熱い視線を送ってくる。

 

 

「おっ、美味しそうな海老天だな!酒が進みそうだ…」

 

 

 フライヤーから取り出した小海老の天ぷらを前に、そうつぶやいて杯の酒をすする。さすが鬼というか、料理を見るだけでもお酒が進むんだね。いかにもこの海老天を食べたいという表情を浮かべてはいるが、この料理はまだ始まったばかりなんだよな。次に取り出したのは餃子の皮。これを勇儀さんからも良く見える位置にあるまな板の上に、数枚を重ねて置いた。

 

 

「ん?それは餃子の皮か?餃子でも作るのかな?」

 

 

「いや、違いますよ。包むだけじゃなく、こんな使い方もあるんです。まあ、見ててくださいねっと!」

 

 

 その声とともに包丁をぎゅっと握りしめ、餃子の皮のド真ん中にわざと強めに叩き込んで真っ二つに両断。その後も立て続けに包丁を叩き込み、細く千切りにしていく。案の定、予想外の行動に勇儀さんは身を乗り出すようにして覗き込み、目を丸くした。

 

 

「えー切っちゃうのか!?一体どんな風に使うんだ?切ったらもう包めないじゃないか」

 

 

 素麺ほどのように細くなった餃子の皮を前に、驚いたような、それでいて少し残念そうな表情を浮かべる。確かに突然目の前で餃子の皮を切り始めたら誰だって驚くだろう。餃子の皮は包むものだという観念が頭の中にある以上、餃子の皮のアイデンティティを奪うかのような予想外の行動に出れば誰しも度肝を抜かれるはずだ。勇儀さんは、少し反応が控えめだったけどな。布都さん辺りにやったらもっと驚いてくれそう。

 次はもっと驚いてほしいと願いつつ、切った餃子の皮を高温の油の中へ…。

 

 

「へー、揚げるのか!それは思いつかなかったね。なあ文。やはりお前の夫は頭いいなぁ」

 

 

「え、えへへ、ありがとうございます」

 

 

 驚くことを期待していたのだが、逆に感心したように何回も頷いていた。驚かなかったことは予想外だけど、頭いいっていう言葉は素直にうれしいよ。そんな気分のまま油の中に餃子の皮をパラパラと解すように投入した。油に入れた瞬間、餃子の皮は一気に膨張し、素麺ほどの細さからスティック状のフライドポテトのような太さに膨れ上がった。

 このままにしているとすぐ焦げてしまうため、薄くきつね色がついた段階で油から引き上げ、クッキングペーパーの上に載せる。このまま油をきっているうちに、海老天の方の調理も進めよう。フライパンを熱し、油を敷いたらみじん切りにした玉ねぎを投入。色が変わり始めた段階で揚げておいた海老天を入れ、玉ねぎと絡ませるように混ぜながらさっと炒める。

 

 

「ここで海老を使うんだな!欧我のことだから海老天で終わらないと思ったんだよ。味付けはどうするんだ?」

 

 

「なんで分かったんですか?うーんまあいいや。味付けはこのマヨネーズソースを使いますよ」

 

 

 そう言いながら取り出した特製マヨネーズソースをフライパンに流し入れ、エビや玉ねぎとよくからませれば、これで海老マヨの完成!皿にサニーレタスと揚げた餃子の皮を敷き詰め、その上に完成したばかりの海老マヨを盛り付けた。

 

 

「うん、よし。欧我流海老マヨの完成!」

 

 

 完成したばかりの海老マヨをどんとカウンターに載せると、勇儀さんはお酒を飲むことを忘れ、珍しそうにじーっと眺める。海老天をさらに炒めたり、餃子の皮を切って揚げたりといった工程を経て、こんな料理が出来上がったのかと感心するかのように何度も頷いていた。

 

 

「おお、とっても美味そうな料理だなぁ。この匂い、酒と一緒に飲んだらたまらないだろうな。ところで、まよねぃずとは一体何なんだ?」

 

 

「マヨネーズね。玉子と油と酢を混ぜて作ったもので、野菜に付けたり、ソテーやソースに活用できる万能調味料さ」

 

 

「万能だと!?気になるな、少し味わってみたい」

 

 

「お、じゃあ食べてみますか?マヨネーズの味を見るならシンプルな野菜スティックの方がいいだろうけど…勇儀さん、野菜食べますか?」

 

 

「食べないな。酒のつまみをくれ」

 

 

「酒のつまみね、じゃあイカでもどうかな…」

 

 

 さっと炙ったイカを細く切って自家製マヨネーズを絞ればあっという間に完成。意外とこの組み合わせは合うんだよな。勇儀さんもきっと気に入ってくれるはず……ってもう食べてるよ。

 

 

「おお、こいつは美味いじゃないか!普通にスルメを食べるだけでも上手いのに、マヨネーズが付くとこれまた乙なもんで酒が止まらないよ」

 

 

 マヨネーズにイカをどっぷりとくぐらせ、杯を片手に豪快にイカを噛み千切る。その表情を見ても、マヨネーズの味を気に入ってくれたみたいだ。いや、ただ単にお酒を楽しんでいるだけかな?

 

 

「よし!じゃんじゃんマヨネーズ料理を作ってくれ!まずはさっきの海老マヨを頼む!」

 

 

「勇儀さん、完全に宴をやるつもりでしょう。いいよ、思いっきり食べて行ってくださいね!」

 

 

「いよっ、やはり欧我は分かる男だな。じゃあ遠慮なく騒がせてもらうぜ!なあ文、飲もう飲もう!」

 

 

「え、あ…はい…」

 

 

 そうして上機嫌な勇儀さんの号令により、いつものように盛大な宴へと発展したレストラン。酒と肴さえあればどこでも宴を始めることができる鬼の行動力というか影響力というか、本当にすごいや。でも、勇儀さんの豪快な笑い声を聞くことができて俺も嬉しいな。

 よっぽどマヨネーズにはまったのか、海老マヨだけではなく、豚肉のソテーや豚バラのマヨネーズ炒めといった酒に合うマヨネーズ料理を注文し、残さずに平らげてくれた。やはり、マヨネーズは何でも合う。酒だって例外ではなかった。

 こうして始まった宴会は、閉店時間が来ても終わる気配は見られなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 マヨネーズを皮切りに始まった宴会も2日を過ぎればようやく収まり、レストランはいつもの日々を取り戻していた。いつものようにキッチンに立って注文された料理を作り、文もいつものようにカウンターでアイスを頬張りながら新聞の執筆に勤しんでいる。

 注文された料理を作り終え、ふぅっと息を吐いた。少し休憩しようと思い、コップを取りがてらふと文の方へ視線を映した。

 文はアイスを傍らに置き、熱心にパソコンに文字を打ち込んでいる。文は「レストランの方がスラスラと書ける!」とか言って、執筆をするときは必ずレストランにやってきてパソコンを開いてはスイーツを夢中で頬張るようになった。そのおかげで俺はほぼ毎日文に会うことができて、甘いものを食べた時のとろけた笑顔を見ることができてものすごく幸せだ。よく小傘も一緒にやってくるから、家族みんなの表情を見ることができて、それだけでもっと頑張ろうという気持ちがどんどん湧き上がってくるのだ。

 

 

「ふふっ、頑張ってるね」

 

 

 文の笑顔も好きだけど、もちろん仕事に打ち込む真剣な表情も大好きだ。負けていられないよう、俺ももっと頑張ろう。

 じっと文を眺めていると、こちらの視線に気づいたのか顔を上げた。文と目が合ったのでニコッと微笑みながら手を振ると、途端に文もにぱぁっと笑顔になって両手を振り返してくれた。ああもう、可愛すぎて俺もう頑張っちゃうぞ!

 

 

「邪魔するよ!」

 

 

 そう意気込んだ直後、不意にレストランのベルが鳴り響き、開け放たれたドアから勇儀さんが店内に入ってきた。

 

 

「あやややや!?これはこれは星熊様…」

 

 

「文、よかったら事務室の方に行ってていいよ」

 

 

 そう言い終わった直後事務室のドアがバタンと閉じられた。文が座っていたところには空になったアイスの器がぽつんと残されている。相変わらず素早いんだから。きっと、この前の宴で勇儀さんにべろんべろんに酔わされたのが嫌な記憶として残っているからだろう。

 

 

「なんだよ文のやつ。…まあいいや、鴉のことは放っておいて、実は欧我、お前に頼みがあるんだ」

 

 

 文の素早い逃げっぷりを見て小さくため息をつくと、カウンターテーブルの席に腰かけながらそう言った。

 

 

「俺に頼みですか?それは一体何でしょうか?」

 

 

 勇儀さんが俺に頼みごとをしてくるのはほとんどない。鬼の頼みと聞き、無意識のうちに体に力が入る。

 

 

「ああ、頼みというのはほかでもない。マヨネーズの作り方を教えてくれ」

 

 

「…はい?」

 

 

 マヨネーズの作り方が知りたい。そのあまりにも予想外で拍子抜けな頼みを聞き、気の抜けたような返事が口をついて飛び出した。え、真剣な面持ちだったからもっと大きな悩みとか、弾幕ごっこを挑んでくると思っていたのに、マヨネーズの作り方という簡単な頼みだったとは。いや、逆に簡単でよかったよ。

 

 

「いや、だからな。マヨネーズを家でも作りたいんだよ。あのときに食べたマヨネーズの味が忘れられなくて、家でも作ってみようって思ってな。欧我の言うとおり、油と玉子と酢を混ぜてみたら、油っぽいドロドロしたものが出来ちゃって。パルスィに聞いても分からないと言うし、これはもう欧我に聞くしかないなってことになったからここに来たんだ。だから、私にマヨネーズの作り方を教えてくれ」

 

 

 そう必死に頼まれたらもう断れないよ。ってか、完全にマヨネーズにはまってしまったのかな?

 

 

「わかりました、教えましょう。んじゃあ材料を用意するのでちょっと…」

 

 

「本当か!?ありがとう!よしちょっと待っててくれよ。今からパルスィを連れてくるからな!」

 

 

 俺の言葉を遮ってそう言い残した勇儀さんは颯爽とレストランを飛び出していった。俺はその背中を見送り、苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、さっそく行きますか。欧我のミニミニお料理教室!」

 

 

「いよっ!待ってました!」

 

 

 テンションを上げて発した言葉に、元気よく勇儀さんが返してくれた。ここはレストランの事務室。お料理教室と言っても、机の上に散らばっていたメニューやら資料やらを取り除き、マヨネーズ作りに必要な道具や材料をずらっと並べただけの物なんだけどな。もちろんその間レストランはオーダーストップしている。そういえば事務室へ逃げ込んだはずの文の姿がいつの間にか見えなくなっていたけど、どこまで逃げたのだろう…。

 やる気十分な勇儀さんとは対照的に、無理やり連れてこられたパルスィさんは乗り気ではないようだ。このテンションについてこれないのかな…。エプロンとバンダナ姿が非常によく似合っているんだけど。

 

 

「なんか納得できないわね。無理やり連れてこられて、何かしらと思ったら料理教室。ここに私がいる必要なんてないんじゃないの?」

 

 

「そんなことないさ。だって私料理なんかできないから、パルスィが覚えて作ってくれればいいじゃないか。だってパルスィ、料理が得意なんだろう?」

 

 

 勇儀さんにそう言われ、パルスィさんは言い返せないといった感じで、むっとした表情で押し黙ってしまった。確かにパルスィさん料理が上手いイメージがあるし、料理だけじゃなく何でもそつなくこなせる印象がある。

 

 

「はぁ、しょうがないわね。まったく、その強引さも妬ましいんだから…」

 

 

「おおっ、ありがとうパルスィ!さあ欧我、さっそく始めよう!」

 

 

「お、おう。それじゃあマヨネーズの作り方を説明します!…の前に、ミキサーって持ってますか?」

 

 

「みきさー?…なんだそれは?」

 

 

「大丈夫よ、私持っているから」

 

 

 ミキサーという言葉が分からず、勇儀さんは頭に?マークを浮かべる。その様子を見てパルスィさんはため息交じりにつぶやいた。まあパルスィさんが持っているのならそれを貸してもらえればいいだけだし、この作り方で問題ないかな。それにしても、地底にもミキサーがあるんだね。

 

 

「じゃあ、大丈夫ということで始めましょう。材料は玉子1個に卵黄1つ、塩小さじ1、酢大さじ2、砂糖小さじ1、そして油が250㏄。砂糖の代わりに蜂蜜を使ったり、さわやかな酸味のためにレモン汁を加えてもいいよ。でも、レモン汁を入れたらすぐ使い切らないといけないから長期保存には向かないな」

 

 

 そう言ってそれぞれの材料を手に取って見せた。レストランで使っているマヨネーズは蜂蜜を入れてコクと甘みを出しているが、長期保存する必要があるためレモン汁は加えていない。レモンが必要なときはその都度足すといった感じだ。

 2人とも真剣な面持ちで説明を聞いてくれていたので、このまま進めても大丈夫なようだ。次の工程に移ろう。

 

 

「じゃあ、ここでそのミキサーの登場ですね。ここに、油以外の材料をすべて入れてください」

 

 

「えっ、入れていいのか!?油は?」

 

 

「油は後で入れます。ほら、ドバっとやっちゃってください」

 

 

 俺の説明に釈然としないのか、首をかしげながらも言われたとおりにミキサーの中に材料を投入していく。勇儀さんが玉子を握り潰す寸前でパルスィさんが慌てて止めながらも、無事に材料を投入できた。

 

 

「じゃあ蓋をして、30秒ほど混ぜ合わせます。この工程は撹拌と言うんですよ。蓋を閉めて、ここを押し続けてください」

 

 

「ここか?」

 

 

 指差したボタンを押した途端ミキサーが勢いよく回転し始めたので、勇儀さんは思わず「うわっ」という驚きの声を漏らした。まあ確かに、ミキサーを初めて触る人は初動のギュルルッってやつで必ずビクッてなるよね。

 

 

「30秒撹拌したら、油を少しずつ入れて行きます。50㏄ずつ入れて、その都度撹拌。この繰り返しです」

 

 

「そうか、案外簡単なもんだな!でも、私はこういう細かい作業は苦手だからなぁ。というわけでパルスィ、頼んだ」

 

 

「はいはい、わかったわよ…」

 

 

 ため息混じりながらも、勇儀さんの代わりに計量スプーンで油をすくいミキサーの中へ入れた。渋々ながらも勇儀さんのために頑張るパルスィさんってなんか素敵だな。

 その後も油をミキサーに入れて撹拌を繰り返し、トロトロしていたものがどんどんマヨネーズらしいとろみが出てきた。最後の油を投入し撹拌すれば、これでマヨネーズの完成!

 

 

「おお、初めてにしては上出来だね。じゃあできたてを味見してみてください」

 

 

 そう言って2人にスプーンを渡した。完成したばかりのマヨネーズをすくい、口に入れた瞬間勇儀さんは途端に満面の笑みを浮かべた。その様子を見れば、無事にマヨネーズが出来上がったことが明らかだ。マヨネーズは撹拌する時間や油の量を間違えるとすぐ失敗してしまう。だから今回無事に成功できるかどうか不安ではあったが、パルスィさんが来てくれたおかげで完成までこぎつけることができた。それにしても、やっぱり勇儀さんの笑顔っていいな。明るく輝いているから、見てるこっちまで元気が湧いてくるよ。

 

 

「いやぁ美味い!なあ欧我、酒はあるか?完成を祝して一杯やろうぜ!」

 

 

「おう、あるよ!じゃあ今日も宴会と行きますか!さあ、パルスィさんも一緒に飲みますよ!」

 

 

「もう、そういう豪快で前向きで明るいところが妬ましいわ…」

 

 

 こうして、マヨネーズを皮切りにした宴会が再び始まった。宴会の渦の中央には、笑顔で笑いあう勇儀さんとパルスィさんの2人の姿があった。

 

 ……はいいけど、店に備蓄しておいたお酒が料理酒を除いてすっからかんになってしまった。どうしよう、早急に何かしらの対策を考えないと。

 



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第79話 ぶらりぶらぶら 文さんぽ

 
お久しぶりです、戌眞呂☆です。

この話は数話ほど続きますよ。
ぜひ最後までお楽しみください!
 


 

「いい風が吹くなぁ…」

 

 

 白玉楼の縁側に寝転がりながら、吹き行く風を体全体で感じる。ちょうど日陰になっていて、風が辺りの暑さを持って行ってくれる。静かな白玉楼の縁側で大の字で寝転がり、風を感じながら目を閉じる。日向ぼっこは俺の大好きな時間だ。

 今日は土曜日、レストランは閉店している。いくら料理が好きだからといっても、毎日レストランに立っていたら自分だけの時間や家族と一緒に過ごす時間を確保することができない。文が妖怪の山を離れここで一緒に過ごすことができる金曜日から日曜日に合わせ、レストランも土曜日と日曜日に閉店することを決めた。俺だって家族のみんなや文と一緒にのんびりしたいさ。文じゃないけど、思いっきり羽を伸ばせる時間がほしかった。

 

 

「それにしても文来ないな。今日は小傘と心華も、付喪神同盟の会合があるって言って鈴蘭畑まで遊びに出ているし、文と二人だけの時間を過ごせるいい機会だと思ったんだけどな…」

 

 

 そう独り言ち、はぁっとため息をついた。俺だって文に甘えたいんだよ。レストランに立って料理をしているときや、小傘や心華と一緒の時間を過ごしているとき、なかなか文に甘えることができず、ずっとモヤモヤしていたんだ。今日こそは甘えようと思っていたのに、もう来ないんならふて寝しちゃうぞー。心の中でぼやき、そっと目を閉じた。

 

 

「ん?」

 

 

 しかし、またすぐにその目を開いた。風に乗って、かすかに文の声が聞こえたからだ。やっと来た、これで文と一緒の時間を過ごせる。逸る気持ちを抑えることができず、体を起こして空へと視線を移した。青の中に見えるあの黒髪と大きく広げた翼は間違いなく文のものだ。

 …あ、でも、あのスピードは速すぎる。あんなに慌ててどうしたんだろう。そう疑問に思う間も、文は猛スピードでこちらに向かって飛んでくる。

 

 

「おーうーがぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

「お、おい…まさか…」

 

 

 脳裏にこの後起こるであろう光景がイメージされる。その光景通りに、文は俺の胸に猛スピードのまま飛び込んできた。空気の密度を高めてスピードを殺したため後方へ吹き飛ばされずに済んだのだが、それでも体に響いた衝撃はかなり強烈なものだった。文を受け止めた胸と押し倒された衝撃で打ち付けた後頭部がヒリヒリと痛む。

 飛び込んできた文は、胸の上に突っ伏したまま肩を震わせていた。え、泣いてるの!?

 

 

「ううっ、欧我ぁ…。どうしよう…」

 

 

「ちょ、ちょっと文!?どうしたの?まずは落ち着いて」

 

 

 文の背中に手をまわし、ぎゅっと抱きしめながら頭を優しく撫でる。文の髪は艶やかなうえに滑らかで、ほのかに花の香りが鼻に届く。まるで花畑にいるような華やかな香りだ。ぎゅっと抱きしめている身体もすらっとしていて細く、それでいてお腹に当たる感触は非常に柔らかい。

 しばらく抱きしめながら頭を撫でていると、どうやら落ち着いたのか泣き止んだようだ。それにしても、一体どうして文は泣きながら飛び込んできたのだろうか。購読契約を一方的に打ち切られたとかそう言った理由からなのかな。

 

 

「落ち着いた?」

 

 

「うん…」

 

 

「じゃあ、どうして泣いていたの?」

 

 

「じ、実は…」

 

 

 そうつぶやいただけで、再び口をつぐんでしまった。それほど言いにくい事なのだろうか。はっきりと伝えることができないほど重大なことなのだろうか。胸の上でうつむいたままでいる文の姿は、見ているだけで不安を感じてしまうほど落ち込んだ印象だ。

 

 

「じ、実はね…欧我。私……太ってた」

 

 

「……はぁ?」

 

 

 ふ、太っただけでそんなに落ち込むものなのか!?なんだよ、心配して損した…。

 

 

「そ、そうなんだ…。とりあえず、詳しい話聞かせてくれる?」

 

 

 若干呆れたように尋ねると、文はこれまでの経緯を話して聞かせてくれた。

 今日は久々に俺と二人だけの時間を過ごせるからと、家を出る前にシャワーを浴びたそうだ。だから髪からいい匂いが漂っていたのか。そして入浴後、数年ほど乗っていなかった体重計に何気なく乗ってみると…。なんと3kgも太っていたのだ。3kgっていまいちピンとこない数字だけど、女の子からしたら結構ショックな数字なのかな。文だって例外ではなく、その数字に激しいショックを受け、泣きながら俺のところまで猛スピードで飛んできた。

 文の話を聞き、どうコメントを返せばいいのか全く分からなかった。抱きしめた感触からは太ってるとは全く思えないし、かといって簡単に太ってないよって伝えてもいいのだろうか。女心って全く分からないな。

 

 

「ねえ欧我ぁ…。どうしよう。なんで太っちゃったのかな?」

 

 

「どうして…なのかな?うん、多分だけど…」

 

 

 今までの文の行動をすべて思い返してみると、一つ思い当たる節がある。文の体重が増えた最大の原因。それは…。

 

 

「食べすぎ…だと思う」

 

 

「えっ…」

 

 

 そう、食べすぎ。もっと言うと、甘い物の食べすぎだ。レストランができてからというもの、文は毎日のように来店しては、新聞の執筆をそっちのけでスイーツを大量に食べている。一番多い時でホールケーキの半分を平らげたこともある程。本人曰く「頭を使うにはたくさんの糖分が必要なの」ということだが、甘い物を食べたいがための言い訳にしか聞こえない。まあでも、そうまでして俺の作ったスイーツを食べてくれるのはとっても嬉しいし、とろけた笑顔をじっと見つめることができるのでものすごい幸福感で満たされる。だからきつく言えないんだけどね…。

 太った理由が食べすぎだと言われた文は、なぜかきょとんとした表情で首を斜めにかしげた。

 

 

「食べ…すぎ?」

 

 

 あれ、いまいち理解できていない?

 

 

「欧我、私は妖怪よ。何も食べなくても生きていけるわ。そんな私が食べすぎるわけないじゃない」

 

 

「その妖怪が、夜俺達と一緒に夕食を食べたり、レストランに来て甘い物ばかり食べていたりしたらどうなる?特に甘い物ばかり食べていると太りやすいの。もう少し食べすぎないように管理しないと…」

 

 

 ふと文の表情を確認した瞬間口をつぐんでしまった。え、なんで目に涙なんか溜めているの?なんで今にも泣きだしそうな表情をしているの?そうこうしているうちに文の目に溜まった涙は決壊し、滝のように流れ落ちた。

 

 

「うわぁぁぁんひどいよぉぉぉっ!!だって…っ、だって欧我の作る料理大好きだもんっ!それなのに、食べぢゃダメなんて…っ!そんなのあんまりじゃ…ぐすっ…もっと、もっど食べだいのにぃ…っぐずっ」

 

 

 嗚咽を漏らしながら、文は胸の内を吐き出すかのようにワンワンと泣き続けてしまった。俺の料理をそこまで好きでいてくれたなんて。思い返してみると、食事中の文っていつも非常に幸せそうな笑顔を浮かべていたな。それに、食べなくても生きていけるはずなのに、いつもたくさんの量を食べている。それってつまり、食事の時間が文にとってとても大切で、とても幸せなひと時だということだ。

 

 

「ごめんな、文」

 

 

 未だに泣き続ける文の肩を引き寄せ、そっと抱きしめる。やっぱり俺には、大好きな人の大好きな時間を奪うことなんてできない。二人言葉を交わすことなく、ぎゅっと抱きしめあった。優しく体を撫でてあげると、どうやら泣き止んでくれたみたいだ。

 

 

「俺の料理にそこまで思っていてくれて、本当に嬉しいよ。ありがとう」

 

 

「ええ」

 

 

 文と抱きしめあい、心にふつふつと湧きあがってくる幸せをかみしめる。こうやってしっかりと抱きしめあったのはいつ以来だろうか。

 

 

「でも、食べる量を減らさないとなると、残るは運動しかないか」

 

 

「運動?私毎日飛び回ってるけど…」

 

 

「歩いたり走ったりしてる?体全体を使って動けば、それだけ体についた余分な脂肪を燃やすことができるよ。その分体重も減るし。よし、んじゃあ一緒に散歩に出かけようよ!幻想郷中を歩き回るんだ」

 

 

「えっ、でも、今から?」

 

 

 きょとんとした様子の文の腕を引っ張って立たせる。体がうずうずして止まらなかったからだ。

 

 

「そうだよ、思い立ったが吉日。どうせなら弁当を作って景色のいい場所で食べようよ。そうと決まったらさっそく作りに行こう!ほら、行くよ文!」

 

 

「うふふっ、もうしょうがないんだから。そんなに欧我が張り切るのはいつ以来かしらね?」

 

 

 文と手をつなぎながら白玉楼の台所に向かう。2人一緒に台所に立って弁当を作っているとき、心の中は幸福感と楽しさで満ち溢れていた。おそらく、久しぶりに文と2人だけの時間を過ごすことができる。それがとっても嬉しかったからだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして完成したばかりの弁当を携え、緑色の葉っぱが茂った桜並木の間を歩く。同じ場所で同じ風を感じながら2人並んで歩いていく。何も言葉を交わさなかったが、繋いだ手から伝わる文の温もりを肌で感じ、無意識のうちにふふっと笑みが漏れた。

 

 

「何笑ってるの?」

 

 

「ん?いや別に。ただ、こうやって文と二人でいるだけで楽しいなって思ってね」

 

 

 前を向いたままそう返すと、隣から文の微笑む声が聞こえる。俺の手を握り返す力が少し強くなった。

 

 

「私もよ。欧我って最近レストランにこもりっぱなしでしょ。だから、私もあなたと一緒に過ごせなかったから今すっごく楽しいわ。でもね、欧我…」

 

 

「ん?」

 

 

「なんで欧我は歩かないの?言い出しっぺのあなたが歩かないのは不公平よ」

 

 

「歩かないんじゃない、俺は歩けないの。幽霊になってからというもの、地面に立つことすらできないんだから」

 

 

「でもこの前人間の里で歩いているのを見たわ」

 

 

「あれはギリギリまで高度落として、足を動かしているだけだよ」

 

 

「じゃあそれでいいからやりなさいよ」

 

 

「はいはい」

 

 

 文から強制されたため、仕方なくギリギリまで高度を下ろし、歩幅を合わせるように足を動かした。文は俺の脚を確認した後、「よろしい」と言って笑顔になり、上機嫌な様子で歩みを進めている。そう言えば、生前よくこうやって2人並んで歩いたな。言葉を交わさなくとも、手をつないで、同じ速度で歩いていたこともあったっけ。あれから色々なことがあって、別れたこともあったけど、今もこうして2人だけで歩いていることがとても幸せな気持ちだ。文も今この幸せを感じているのだろうか。

 そうして歩き続け、気づいたら桜花結界の前にたどり着いた。結界に開いた穴からは、はるか眼下に広がる幻想郷が一望できる。真夏らしく木々が青々と茂り、太陽の光を受けた霧の湖がキラキラと輝いている。そして、結界越しではあるが、かすかに真夏の暑さも感じられる。

 

 

「さあ、どこにいこうかな?」

 

 

「えっ、まだ決めてないの!?」

 

 

 幻想郷を見下ろしながらつぶやいた言葉に、文が驚いたような声を上げた。まあ当然だよな。散歩に行こうと誘って無理やり連れだした本人が目的地も決めていないというのは、連れ出された本人からすれば信じられないだろう。でも、文と散歩に行きたいという気持ちで一杯だったから目的地を決める余裕などこれっぽっちもなかった。

 

 

「うーん、まあ、いろんなところを歩こうよ。とりあえず霧の湖でもぐるっと一周する?」

 

 

「そうね、たまにはのんびりと歩きましょう」

 

 

「うん、じゃあ行こうか」

 

 

 手をつなぎ、結界を抜けて幻想郷へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 湖にかかる霧は、今日もうっすらと立ち込めている。湿気が多く、着衣が肌にべたっとくっついてしまう。しかし、湖の上を流れてくる風はひんやりとしていて、周りの暑さを和らげてくれているので、高い湿度を我慢すれば比較的過ごしやすいだろう。

 どこからともなく聞こえるセミの鳴き声、霧の間から見える眩しい太陽、真っ青な空に天高くそびえる入道雲。冥界とは違う刺激が、今の季節が夏であることを教えてくれている。

 

 

「まさに真夏だなぁ。顕界に来たら季節をはっきりと感じられるから、なんだか楽しいよ」

 

 

「欧我は冥界にいるからいいけど、私は毎日取材で炎天下を飛び回っているのよ。だからあなたみたいに夏を楽しむ余裕なんてないわよ…」

 

 

 そう言って額から流れる汗をぬぐった。幽霊になってからというもの暑さをあまり感じなくなったため夏を楽しむことができるけど、生きている文からしたら蒸し暑さによって体力を奪われ、余裕がなくなってしまったのかもしれない。そのせいか顔中から止めどなく汗が流れ落ち、着ているシャツもぐっしょりと濡れてところどころ肌色が透けて見える。

 このままでは熱中症を発症する危険性が考えられるため、頭上の空気を固めて水蒸気を操り、疑似的に雲を作り出した。さらに周りの空気から湿気を排除し、流れを速めて風を生み出す。自分の持つ『空気を操る程度の能力』をフル活用し、少しでも快適な空間を作り出せるようにできる限りの手を尽くした。そのおかげで少しは体力を取り戻せたみたいだ。お茶も多めに持ってきたし、当分は大丈夫かな。

 お茶を飲みながら休憩していたところに、空から何者かが姿を現した。

 

 

「おーい、アタイと勝負だぁー!!」

 

 

 威勢のいい宣戦布告とともにチルノちゃんが登場した瞬間、真夏の暑さが一瞬のうちにかき消された。目の前に現れ、腕を組んでエッヘンと胸を張る。文はその背後に一瞬で移動し、がばっと抱きすくめた。

 

 

「うわっ!?おいぶんぶん!離せー!」

 

 

「離しませんよー。ああぁ、冷やっこい…」

 

 

 チルノちゃんの放つ冷気を間近で感じ、文は気持ちよさそうな笑みを浮かべている。真夏の暑い中食べるかき氷と同じく、チルノちゃんを抱きしめることは暑さを吹き飛ばすにはちょうどいい方法なのだ。

 

 

「離せぇ!アタイは勝負しに来たんだ!」

 

 

「あら、あなたの自由を奪っているからこの勝負は私の勝ちですよ。負けたくなければ自力でこの束縛から脱出して、やり返してみなさいよ」

 

 

「このーっ!むぎぎ!」

 

 

 チルノちゃんは必死に体をよじらせ、文の腕の中から抜け出そうともがいている。しかし文は逃がすことなく、更に抱きしめる力を強くした。チルノちゃんは必死にもがいているけど、文は完全に遊んでいるな。

 しばらくこう着状態が続いたが、不意に文が抱きしめる腕の力を緩めるとチルノちゃんはここだと言わんばかりに腕の中から飛び出した。どうやら自分の力で脱出できたと勘違いしているようで、両手を腰に当て胸を張っている。自慢気な表情からも、自分の力で抜け出せたと思っているようだ。そしてそのまま文の背後に回り、がばっと飛びついた。

 

 

「どうだー!捕まえたぞ!これでアタイの勝ちね!」

 

 

「あやややや、捕まってしまいましたねぇ。でもやっぱりこうしてると冷たくて最高です」

 

 

「え、最強?」

 

 

「そうですよー。最高で最強ですよー」

 

 

「えっへっへー!アタイったらさいきょーね!ぶんぶんにも認められたわ!」

 

 

 そう言ってかなり上機嫌な様子で足をバタバタと動かし、満足気な笑みを浮かべる。遊ばれていることに気付かず、無邪気に文に勝った嬉しさを身体全体で表している仕草がとても可愛くて、非常に微笑ましい。

 

 

「そう言えばぶんぶん達ここで何してるの?」

 

 

「俺たちは今を散歩しているんだよ。ダイエ…」

 

 

 その瞬間殺気を感じ、口ごもった。文の表情を見たらわかる。「ダイエット」という言葉は禁句のようだ。言ったら、文に確実に殺される。

 

 

「だい…何?」

 

 

「えっと…ダイ…だい……あっ、大ちゃんはどうしたの?」

 

 

 文に殺されないように必死に脳をフル回転させ、なんとか話題を切り替えた。どうやら文の放つ殺気も収まったようで、ふぅっと胸をなでおろす。

 

 

「大ちゃん?ああ、大ちゃんはねー……いっけない!私たちかくれんぼしているんだった!早く見つけてあげないと!それじゃあぶんぶん、欧我!またね!」

 

 

 そう言い残し、チルノちゃんは霧の中へと消えていった。手を振ってその背中を見送ったのだが、文はなぜだかしょんぼりしていた。おそらく真夏の暑さを和らげてくれるチルノちゃんがいなくなってしまったからだろう。

 

 

「はーあ、冷たくて気持ちよかったのに、これで灼熱の暑さに逆戻りね」

 

 

「しょうがないよ、チルノちゃんは自由奔放なんだし。微力だけど俺も涼しくなるようにするから、散歩続けようよ。ほら、手をつないで」

 

 

「むー…」

 

 

 文は少々不満そうな様子だったけど、差し出した手をぎゅっと握り返してくれた。その手のぬくもりを感じながら、2人並んで湖のほとりを歩いていく。しばらく歩いていると、風に乗って誰かの歌声が聞こえてきた。

 

 

「この歌声…」

 

 

「欧我も聞こえた?やっぱり澄んだ声をしているわね。もっと近くで聞きに行きましょうよ」

 

 

「あ、ちょっと!」

 

 

 そう言って嬉々とした表情で駆け出した文に腕を引っ張られた。常に浮かんでいるため踏ん張ることができず、引っ張られるがまま後を追って足を動かした。でも、今日は無理やり連れだしたんだから、たまには彼女に振り回されるのも悪くないな。

 不思議と心に嬉しさがこみ上げ、無意識のうちに笑みが漏れる。さあ、歌声の主はもうすぐだ。

 



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第80話 霧の湖にて

 風に乗って運ばれてくる、澄んだ歌声に耳を洗われ、心を奪われ、何かが胸にジーンとこみあげてくる。文もこの歌に聞き入っているようで、穏やかな表情を浮かべている。

 声の主が歌い終えた瞬間、気づいたら2人そろって拍手を送っていた。素晴らしい歌を聞かせてくれたことに対する賛美を込めたつもりだったが、歌声の主は不意を突かれたようで「ひゃあっ」という悲鳴を上げてしまった。どうやら驚かしてしまったようだ。

 

 

「あ、ごめんね姫ちゃん」

 

 

「えっ、ああっ、欧我さんじゃないですか!お久しぶりです!」

 

 

「久しぶり!ごめんね、驚かせちゃったかな?」

 

 

「ちょっと待って、もしかして2人って会ったことあるの?」

 

 

 姫ちゃんと話していると、いきなり文が会話に割り込んできた。どうやら俺たちが知り合いだったことを知らず、驚いているようだ。そう言えば文に言っていなかったな。

 

 

「うん。小傘と一緒に何回か尋ねたことがあるし、遊んだこともあるよ」

 

 

「はい、毎回驚かされちゃうんですけれどね。お二人にはお世話になっております」

 

 

「へぇ、そうだったんですね!そうだ、その時の話を聞かせていただけないでしょうか?ついでにわかさぎ姫さんの取材なども…」

 

 

 って文、いつの間にかブン屋モードのスイッチが入っちゃってる。こうなってしまったらもう俺でも止めることができない。姫ちゃんも困惑しているようで、苦笑いを浮かべている。

 

 

「姫ちゃんごめん、少し文に付き合ってくれないかな?」

 

 

「えっ…え、ええ、分かりました」

 

 

 そうして始まった文の取材。いつものように強引な取材なのかと思っていたが、思った以上に穏やかで、姫ちゃんの話すことを傾聴し、相槌を打ち、共感や自分の考えや経験を交え、まるで親友同士の会話のような雰囲気を醸し出しているため、強引さは微塵も感じられなかった。姫ちゃんも最初に感じていた困惑は消え去り、笑いながら会話を続けている。

 しばらく見ないうちに劇的に変化した取材姿勢に、呆気にとられながらも非常に頼もしく、そして嬉しく感じた。これなら安心して取材に行く文を見送ることが出来そうだ。内心取材を断られていないか、相変わらず強引な手法で取材をしていないか、不安でたまらなかった部分がある。でもこの様子を見れば、そんな心配など不要だったみたいだな。

 取材の邪魔にならないよう、少し離れた岩に腰を下ろし、じっと霧の湖を眺める。先ほどと比べて若干薄くなった霧のおかげで、より遠くまで見通すことができ、岸辺に建つ紅魔館の真っ紅な時計塔が霧の間から顔をのぞかせている。そういえば、あの日以来紅魔館を訪れてなかったな。あの館の中で、レミリアさんや咲夜さんたちはどのような生活をしているんだろう。フランちゃんも元気に遊んでいるのかな。美鈴さん、また寝ていなければいいけど…。

 湖の景色を眺めながら物思いにふけっていると、ふと湖の上をこちらに向かって飛んでくる影が目に留まった。あの姿はチルノちゃんと大ちゃんだ。かくれんぼはもう終わったのかな?

 

 

「あっ、欧我発見!ねーねー、ぶんぶんはどこ?」

 

 

「文?今仕事中だよ。邪魔しないであげて」

 

 

「えーっ、そんなあ!」

 

 

 そう言うとチルノちゃんはやけに不満そうに、頬をぷくーっと膨らませる。かなり不機嫌な様子だけど、いったい何があったんだろう。大ちゃんはそんなチルノちゃんをなだめようと、何度も声をかけている。

 

 

「ねえ、チルノちゃん。文に何か用事があるの?」

 

 

 そう尋ねると、「うん!」と力強くうなずき、胸の前で腕を組んだ。

 

 

「だって、私がぶんぶんに勝ったことを自慢しても、大ちゃんが信じてくれないからね!だったら本人に聞くのが一番だと思って来たのよ!」

 

 

 なるほど、そういうことね。だから今すぐにでも文に会いたいっていうことか。彼女が言う勝ったというのは、おそらく背後をとるあの勝負のことだろう。あれは本当は文が暑さを和らげるためにチルノちゃんを抱きしめた、ただの遊びなんだけど、どうやらそれに気付いていないみたいだ。

 

 

「あの、欧我さん。チルノちゃんは本当に文さんに勝ったのですか?」

 

 

 大ちゃんが不安そうに、そして信じられないといった表情で問いかけてきたので、わざと大きく首をかしげ、両腕を組んだ。

 

 

「うーん、どうだったかなぁ…」

 

 

「もう、見てたでしょ!?もういいもん、だったら欧我、勝負しましょ!」

 

 

 イメージ通り、チルノちゃんは俺に勝負を挑んできた。あの遊びを見てなぜだか羨ましいと思ったし、俺も遊んでみたいと思っていた。それに、幽霊になったことで余り暑さや寒さなど、気温を感じなくなった状態でチルノちゃんに抱き着いたら、どれほど冷たく感じるのか、それも気になっていた。

 大ちゃんの心配をよそに、チルノちゃんは自信満々の良い表情をしている。俺も取材が終わるのを待っているのは暇だったし、少し遊びますか。

 

 

「ルールはさっきと一緒ね!どちらが背後をとれるか勝負だ、欧我!」

 

 

「いいよ。俺は文と違って、一筋縄ではいかないからね!」

 

 

「いいわ、どこからでもかかってきなさい!」

 

 

 ふふんと胸を張るチルノちゃんが目を閉じた隙を突き、能力を発動して姿を見えなくさせ、そっと彼女の背後に移動した。もちろん、不意にいなくなった自分に驚き、きょろきょろと左右を見回している。

 

 

「えっ、うぇっ!?欧我!?どこに行ったの!?」

 

 

「ここだよ!」

 

 

 能力を解除し、チルノちゃんの背後に姿を現した。驚いて体の動きが一瞬止まった隙をついて抱きしめようとした。ここまでイメージ通り。しかし、その直後チルノちゃんは予想だにしなかった行動に移した。

 

 

「アイシクル、フォール!!」

 

 

「うわっ!?」

 

 

 突然、氷符「アイシクルフォール」のスペルカードを発動。チルノちゃんを中心に氷の弾幕が形成され、一気に襲いかかってきた。弾幕を放つという行動は予期せぬ出来事であったため、イメージしていないことが生じ、完全に不意を突かれた。予想外のことが起き、頭が混乱し、身体が硬直する。その間に迫りくる弾幕と距離をとるため後方へ飛び退いた。

 

 

「私の勝ちね!」

 

 

「えっ!?」

 

 

 しかし、いつの間にか飛び退いた先にチルノちゃんの姿があった。弾幕を放ち、意識をそちらに向け、意識がそがれた隙をついて背後に回るとは思わなかった。それに、俺は弾幕を放ってはいけないというルールを設定していなかったが、チルノちゃんが弾幕を放たないと思いこんでいた。やられたな、こりゃ。

 

 

「つーかまえたっ!」

 

 

 そう言って元気良く背中に飛びついたチルノちゃんは、両手を前に回して俺をぎゅっと抱きしめる。ああ、冷やっこい…。

 

 

「どうだ、私だって欧我に勝てるんだぞ!」

 

 

「わぁ、チルノちゃんすごーい!」

 

 

 背後から聞こえる、チルノちゃんの元気な笑い声。大ちゃんもチルノちゃんに近づき、歓声を上げながら笑顔を浮かべている。二人の笑顔を見ていると、負けて良かったのかなと思えてしまうのはなぜだろうか。

 

 

「あやややや、欧我が負けるとは思わなかったですね」

 

 

 その声とともに、文がこちらに近づいてきた。あれ、取材はもう終わったのかな?文の姿を確認したチルノちゃんは俺を離し、彼女の方へ駆け寄った。その後を追って大ちゃんも駆け出した。

 

 

「ねえぶんぶん!私ってぶんぶんに勝ったよね!」

 

 

「そうですか?はて、そんなことありましたかねぇ?」

 

 

 そう言って文は口元にペンを当て、わざとらしく首をかしげて見せた。先ほど自分がして見せた仕草とどこか似通っている。そのしぐさを見て、チルノちゃんは不満そうな表情を浮かべたが、その後両手を組んでえへんと胸を張った。

 

 

「でもいいもんね!私欧我に勝ったもんね!どう、すごいでしょ?」

 

 

「ええ、見てましたよ。さすがチルノさんですね」

 

 

 そう言ってよしよしとチルノちゃんの頭をなでる。

 

 

「えっへへーん!やったぁ、ぶんぶんに褒めてもらったぁ!」

 

 

 文に褒められたことが非常に嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべながら、嬉しそうに何度もぴょんぴょんと飛び跳ねる。その無邪気で真っ直ぐな性格がチルノちゃんらしい。

 

 

「あっ、チルノちゃん!大妖精さん!おーい!」

 

 

「あーっ、わかさぎ姫!あそぼ!」

 

 

 後からやってきた姫ちゃんに呼ばれ、2人は彼女の方に飛んで行った。2人の姿を見送りながら、文は俺の隣でニヤニヤとした笑みを浮かべた。

 

 

「あやややや、まさか、欧我がチルノさんに負けるとは思わなかったわ」

 

 

 どうやら文は俺を馬鹿にしたいのかな。その表情がなんだかむっとする。

 

 

「しょうがないよ。弾幕を放つとは思っていなかったし、その発想はなかったからね。意外とチルノちゃんって頭いいのかもしれない」

 

 

「そうかもしれないわね。それでは早速…」

 

 

「文、新聞に書いたら焼き鳥にするよ」

 

 

「ギクッ!?そ、そんなわけないわよー」

 

 

 そう言い、頬をポリポリと掻きながら、途中まで取り出していたメモ帳を慌ててしまいこむ。まったく、やっぱり新聞のネタにするつもりだったのか。油断も隙もありゃしない。

 姫ちゃんの方に駆け寄り、3人で楽しそうにワイワイとはしゃいでいるチルノちゃんたちの姿を眺めながら、心の中に湧き上がってくる感情を優しく抱きしめる。今までずっとレストランに篭って料理をし続けていたから、こうして外で誰かと遊ぶことなんて全くなかった。だからこそ、こうして遊んでくれたみんなには感謝の気持ちでいっぱいだ。文のダイエットのために散歩に誘い出したんだけど、その文を差し置いて散歩を物凄く楽しんでいる自分に驚いた。

 

 霧の湖の上を走る風は、相変わらず涼しい空気を運んでくる。真夏の照りつける日光で火照った体を優しく癒してくれた。手ごろな石に腰を掛け、湖で遊ぶ姫ちゃんたちを眺めながら、隣に腰を下ろした文と何気ない会話を交わしながらそっと体を寄せる。たった2人だけの世界、幸せでいっぱいだ。

 

 

「ねえ欧我」

 

 

「ん?どうしたの、文」

 

 

「あのね、私…甘い物が食べた」

 

 

「だーめ、また太っちゃうよ。せっかくの運動が台無しになるよ」

 

 

 そう言って文をなだめるが、どうやら納得のいっていない様子だ。むっとした表情を浮かべ、ブーブーと文句を言う。

 

 

「だってぇ、運動して疲れたし、一仕事終えた自分にご褒美あげたくなるじゃん?それに暑いから、冷たいものがいいなぁ」

 

 

「はぁー、その自分へのご褒美が太る要因だよ、もう。痩せたいんじゃないの?」

 

 

 そう言ってはぁっと頭を抱える。甘い物が大好きなのは構わないし、食べたいと言われれば今すぐにでも作ってあげたいけど、さすがにダイエットのための運動中に言われるとなると話は別だ。文が痩せたいと思っているのであれば、精一杯協力するのが俺のするべきこと。時には鬼にならないと。これも文のためだ。

 

 

「とにかく、痩せたいのなら今後甘い物は無し!食べても一日に一種類。そうまでしないと逆にふうわぁっ!?」

 

 

「ひどいじゃない!もう!欧我のバカぁ!」

 

 

 そう言っていきなり俺の服を掴み、全力で大きく体を揺さぶる。甘い物のことになると途端に子供っぽくなるのが文の悪い癖だけど、そこが普段の文からは考えられないような仕草であり、ギャップ萌えで可愛いな…って流暢に思っている状況じゃないぞ、これ。鴉天狗の全力だから幽霊の俺だって痛い。

 

 

「ちょ、ちょっと文!?痛い、痛いってぇ!」

 

 

「なによなによ!太ったからってまた運動すればいいでしょ!たった3kgなんかすぐにダイエットできるわよ!それなのに甘い物を悪者みたいにぃ」

 

 

「へぇ、面白いこと聞いちゃったなぁ」

 

 

 不意に第三者の声が響き、文の動きがピタッと止まる。その表情を見ただけで、しまったという気持ちがひしひしと伝わってくる。彼女の視線がぶるぶると小刻みに震えながら声のする方に向かうと、見る見るうちに顔から血の気が引き、汗が止めどなく流れ、この世の終わりが来たような、愕然とした表情となった。

 その視線を追って空に視線を向けると、そこにはほうきに座った魔理沙さんが、ニシシといういたずらっ子のような笑み浮かべていた。よりによって口の軽そうな魔理沙さんに聞かれた以上、文が太ったという情報は瞬く間に幻想郷中に広まっていくだろう。文がそんな表情を浮かべたくなる気持ちは理解できた。少し気の毒だな。

 

 

「文、お前甘い物の食べすぎで3kgも太ったんだってな。少し運動すればすぐに痩せるなんて甘いぜ。そうだ、私が運動の相手になってやろうか」

 

 

「あやややや!な、なんですって!?」

 

 

「私は善意で言っているんだ。ほーら、ここまでジャンプしてみな。きっと痩せるぜ」

 

 

 無邪気に笑いながら、魔理沙さんはほうきの高度を下げて文を挑発する。あの表情は完全に面白がっている。さすがにそれはやりすぎだと思うが、案の定文は恥ずかしさからか、それとも怒りからか、顔を真っ赤に染め、目に若干の涙を浮かべている。

 

 

「もう許しませんよ!鴉天狗の跳躍力を舐めないでよね!」

 

 

 そう叫ぶと俺を吹き飛ばすような勢いで飛び出し、魔理沙さんの下に駆け寄ると、大地を勢いよく蹴り上げて空に跳び上がった。しかしわずかに箒に届かず、重力につかまって地面へと落ちて行った。その後も何度も跳び上がり、足をぶんぶんと振り回して少しでも推進力を得ようと踏ん張るが、魔理沙さんが手の届かないギリギリの距離を計算しているのか一向に届く気配が見られなかった。

 

 

「なんか、本当に子どもだなぁ。完全に遊ばれている」

 

 

 ムキになって何度もジャンプを繰り返している文の姿を眺めながら、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。でも、その姿がなぜか微笑ましく感じる。ああいう文も可愛いなとつい思ってしまった。飛ぶ能力は幻想郷一だけど、ジャンプ力はそれほど高くないのかな。

 

 

「おいおい、鴉天狗のジャンプ力はそんなものか?まったく、話にならない…」

 

ガシッ!

 

「…ぜ?」

 

 

 もう届かないなと思っていた次の瞬間、文は魔理沙さんの箒 をガシッと掴んだ。予想だにしなかった状況に、魔理沙さんだけではなく、俺まで目を見開いた。今までまったく届いていなかったのに、どうして急に箒に手が届いたのだろうか。長い間文と一緒にいた俺は、その理由がすぐに理解できた。

 

 

「嘘だろ!?届いただと?」

 

 

「あやややや、もしかして魔理沙さん。鴉天狗の跳躍力がこの程度だと本気で思っていたのですか?」

 

 

「ま、まさかお前!?」

 

 

 そう、今までのジャンプはわざと低く跳んでいただけであり、これだけしか跳べないと思い込ませて油断させるための演技。相手が油断した隙を突いて跳び上がったというわけだ。たぶん、これもまだ文の全力じゃないだろうけどね。

 

 

「今頃気づきましたか、我々天狗を甘く見ないでくださいね。そうだ、外の世界の情報で、ボクシングという競技もダイエットに有効だという話を聞きました。魔理沙さん、相手になってくれるんですよね?」

 

 

 こちらに背中を向けているため、その時の文の表情を見ることはできなかったが、魔理沙さんの顔からどんどん血の気が引き、身体をブルブルと震わせ始めた。その様子を見て、俺は心に誓った。

 

 

「絶対に、文を挑発しないでおこう…」

 



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第81話 腹が減っては○○ができぬ

 

 文から不意打ちを食らわされた魔理沙さんは、逃げるように魔法の森の方面へ姿を消した。もともとどこかから自分の家へ帰る途中だったみたいで、霧の湖にいる俺達を見つけて面白そうだと思い立ち寄ったらしい。でも、寄った挙句文を挑発して返り討ちを食らったなんてとんだ災難だ。自業自得だけど。まあこれで分かったことが一つ。「触らぬ神に祟り無し、挑発せぬ文に返り討ち無し」だ。

 

 

「ねえ欧我、何を考えているの?」

 

 

「ベ、別になんでもないよ!」

 

 

 慌ててはぐらかした。まったく、霊夢さんほどじゃないけど勘が鋭いんだから。

 

 

「それよりも、運動して疲れたんじゃない?はい、お茶」

 

 

「ありがとう!でも甘い物…」

 

 

「甘い物は太るって言ったじゃないか」

 

 

 甘い物をねだる姿はさながら小さい子供のようだ。先ほどの魔理沙さんに対して見せた狡猾な姿とは正反対だ。そんなことより散歩を続けよう。ちょうど昼近くなってきたし、こんな炎天下ではせっかく作ってきたお弁当も傷んでしまう。空気を調整して腐りにくくしてはいるものの、早く食べないと味も落ちてしまうだろう。

 

 

「そんなことより、そろそろ散歩を再開しようか。景色のいい場所を探して弁当を食べながら休憩しようよ」

 

 

 そう言って半ば強引に文の手を握って立たせ、足を前に出した。こうでもしないといつまでたっても散歩を再開することができないし、延々と甘い物をせがまれ続けてしまうだろう。

 

 

「あっ、ちょっと待ってよー!」

 

 

 案の定、文はブーブーと文句を言ってきたが、それに構わずに歩みを進める。最初は文句ばかりだったが、手をつないで歩いているうちにそれも少なくなり、隣に立って同じ歩幅で歩いてくれた。

 

 

 

 相変わらずさんさんと照りつける太陽の下、文と2人並んで歩く散歩道。しっかりと手をつなぐことで、文の息遣いやぬくもりが伝わってくる。まるで初めてのデートの時みたいに、彼女に対する感謝や愛が心の中に浮かび、溢れ出す。多分今時分ものすごく笑顔になっているだろうな。

 

 

「そうそう、この前心華がさぁ…」

 

 

「あははっ、あの子ってそんなことするんだ」

 

 

「うん、俺も驚いたよ。その後にね…」

 

 

 レストランで起こった面白かった出来事や取材中に体験したことを話し合い、笑いあいながら歩いていると、さわやかな風が吹く広い草原に出た。手ごろな岩があちらこちらに点在しており、動かせばテーブルと椅子に使えそうだ。しかも穏やかな風が暑さを優しく吹き飛ばしてくれるこの場所は、お弁当を食べる場所にふさわしいかもしれない。ただ強い日光を遮るものがないけど、そこは俺の能力で屋根を作ればどうにかできるだろう。

 そう文に提案してみると、笑顔でうなずいてくれた。了承してくれたことにお礼を言い、さっそくテーブルと椅子の用意に取り掛かった。用意と言っても、転がっている石を立てたり少しずらしたりといった簡単なものだけど。そしてその上に空気を固めて屋根を作り、水蒸気を操って白くすれば直射日光を防ぐことができる。

 

 

「さあ、早速食べようか」

 

 

「うん、私お腹空いちゃったな」

 

 

 テーブル用の石の上にリュックから取り出した大きい風呂敷包みを取り出した。思いつきで散歩に飛び出したとはいえ、弁当は文と2人で楽しく作ったためかなりの量になってしまった。ピーマンとニンジンのバラ肉巻きにネギ入り玉子焼き、焼きウィンナーに、チーズと大場を重ねて揚げたカツ、筑前煮に、ミニトマトやブロッコリーの鰹節和えなど、さまざまな種類のおかずを詰め込んでいる。デザートとしてリンゴやオレンジもある。おにぎりにも肉味噌や鮭、梅干しに玉子焼き、海老天などいろんな種類の具材が入っている。改めて見て思ったけどこれって文の大好物ばかりだな。

 目の前の弁当を前に、文の目がキラキラと輝きだし、自然と口角が上がった。そして、もう待ちきれないと言いたげに、俺の顔とお弁当を交互にちらちらと視線を向ける。

 

 

「じゃあ食べようか。いただきます!」

 

 

「いただきまーす!」

 

 

 おにぎりを一つ手に取り、がぶりとかぶりついた。やった、具材は肉味噌だ。味噌がご飯にしみ込んで、一口食べただけなのにしっかりと味噌の旨味が感じられる。少しピリッとした味付けにしたおかげで食欲が刺激されて、夢中でかぶりついた。気づいたらあっという間におにぎりを平らげてしまったが、刺激された食欲が収まることはなく、次から次へ食べたくなってくる。

 文もおにぎりにかぶりついており、非常に美味しそうな表情を浮かべている。その表情を見るだけで、美味しいかどうかなんてすぐにわかる。いままで文のいろんな表情を間近で見てきたけど、やっぱり美味しい物を食べている時のこんな表情が一番大好きだ。

 

 

「うーん!やっぱり欧我の料理は最高ね!」

 

 

「ありがとっ!」

 

 

「あらら、ものすごい笑顔ね!とっても嬉しそう」

 

 

「あははは、だって文に褒められるのってとっても嬉しいんだもん」

 

 

 そう言って二人で笑いあった。自分の料理が褒められるのは嬉しいし、それに大好きな文から褒められるのはもう格段に嬉しい。そりゃあ無意識のうちに笑顔になっちゃうよ。それに、文の顔も可愛らしい笑顔を浮かべている。太陽のようにまぶしい笑顔だ。

 楽しく笑いあいながら弁当を食べていると、ふと足に何かが触れた。なんだろうと思った直後、岩の上に一匹のネズミが跳び上がってきた。

 

 

「きゃっ!?ね、ネズミ!?」

 

 

「ネズミ!?でも、このあたりにネズミっていたっけ?」

 

 

 どうしてネズミがここに?しかも1匹だけじゃなく足元を見るとほかに2匹いた。野生のネズミがいたのかなと思ったが、その直後上空から誰かが下りてきた。

 

 

「おや、欧我に文じゃないか。せっかくの昼食を邪魔してしまって申し訳ない」

 

 

「あ、ナズーリンちゃん。このネズミはあなたのだったんですね」

 

 

「もう、びっくりしたわよ!」

 

 

「いやぁ申し訳ない。探し物をしていたら、突然この子たちが走り出していったからね。私は追いかけるのが精一杯だったんだ」

 

 

 そう言うことだったのか。でも、いったい何を探していたんだろう。それにネズミたちは何を察知してここにやってきたのだろうか。そう言う疑問が残っていたが、ナズーリンちゃんの後を追って星さんがやってきたことで、その疑問が解決できたような気がした。また宝塔なくしちゃったんだ…。

 

 

「星さんも一緒ということは、探し物ってもしかして」

 

 

「ああ、そうなんだ。また宝塔を無くしたみたいでね。まったく、ご主人は本当にドジなんだから」

 

 

 そう言ってナズーリンちゃんはため息交じりに頭を抱えた。隣に立つ星さんは申し訳なさそうな表情を浮かべている。

 

 

「いやぁ、本当に申し訳ないです。私ももっと注意せねば」

 

 

「本当だよ、まったくもう。第一ご主人が…」

 

 

 ぐりゅうりゅりゅ~!

 

 

 言葉を遮るかのように鳴り響くお腹の虫のうなり声。その声が鳴った途端、星さんが恥ずかしそうにお腹を押さえた。まさか叱っている途中に空腹を訴えられるとは想像していなかったようで、ナズーリンちゃんは呆気にとられていた。

 

 

「はぁ、ご主人…」

 

 

「ごめんなさい。だって朝から何も食べずに説法や仕事をしていたからお腹空いちゃって。そんな時にこんな美味しそうなお弁当を見てしまったから…つい…」

 

 

 そう言って岩の上に広げた弁当に視線を映した。朝から何も食べずに仕事ばかりしていればお腹が空いてしまうのは頷けるし、ちょうど今は昼時だ。誰だってお腹は空いてしまうだろう。

 

 

「お弁当に気をとられてしまうとは、ご主人も修行が…」

 

 

 ぐりゅうりゅりゅりゅうぅ~っ!

 

 

 星さん以上に激しく再び鳴り響く唸り声。今度はナズーリンちゃんが恥ずかしそうにそっぽを向いた。どうやらお腹が空いているのは同じなようだ。恐らくこのネズミたちもお昼時でお腹が空いてしまったため、俺達の弁当の匂いを嗅ぎつけてやってきたのだろう。

 

 

「これはいいネタが出来そうね!お弁当に釣られてやってきた…」

 

 

「文、それは止めておこうよ。それよりも、二人も一緒に弁当食べませんか?」

 

 

 そう声をかけると、二人とも驚いたような表情を浮かべた。

 

 

「えっ、いいんですか!?でも、せっかく二人で楽しむために作ったお弁当を頂くなんて」

 

 

「大丈夫よ。こういったお弁当はみんなで食べた方が美味しいし、それにあなたたちのことも詳しく聞きたいしね」

 

 

 そう言って文も薦めてくれた。と言っても真の狙いは弁当を食べながらの取材だろう。まあ姫ちゃんの取材時の様子を見れば、今回の取材も安心して見ていられると思うし、食べながらの会話を交えながら行えばお互いに楽しくできるだろう。俺も文の取材をじっくりと見物したいしね。

 文も了承してくれたことで、星さんの目の輝きが一層激しくなった。どうやら本当にお腹が空いていたのだろう。満面の笑みを浮かべてお礼を言った後、ナズーリンちゃんの方へ視線を移した。

 

 

「ナズーリン、お言葉に甘えていただきましょう」

 

 

 しかし、彼女はなぜか首を横に振った。

 

 

「その気持ちはありがたいが、それよりも早く宝塔を探さないと。ご主人はゆっくり食べてていいから、私はちょっと探してくるよ」

 

 

 そう言ってダウジングロッドを構え、空へと飛びあがってしまった。ナズーリンちゃんもお腹が空いていたはずなのに、あんなにキラキラした瞳で弁当を見つめていたのに、どうして宝塔を探すことを選んだのだろうか。おそらく、宝塔というものは俺たちの想像をはるかに超えるほど大切なものなのだろう。それに、性格を考えれば、本当は食べたいのに、自分の使命を優先したのかもしれない。

 

 

「ナズーリン、ありがとうございます」

 

 

 そう言って星さんはだんだん離れていくナズーリンちゃんを見送った。その姿を見送っていると、俺は気づいたらお弁当の中からおにぎりを3つ掴み、後を追うように上空へ浮かび上がった。

 

 

「欧我?どうしたの?」

 

 

「ごめん、俺はナズーリンちゃんを追いかけるよ。ダウジングってやつに興味があって、間近で見学してみたいからね。それに、もしかしたら新聞のネタになるかもしれないよ。文は星さんと一緒に弁当食べててね。ゆっくりと時間をかけて…ねっ」

 

 

 本当はお腹を空かせたままの彼女を放っては置けなかったというのが本心だが、ダウジングに興味があるのは嘘ではない。二人きりにした方が取材もはかどると思うし、こっちはこっちで何かネタにできそうなことが見つかるかもしれない。文の取材を見物するのはまた今度だな。

 手を振って見送ってくれる二人に手を振り返し、空へ飛び上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 後を追いかけて飛んでいると、大地に長い二本の棒を構えて歩く人影を見つけた。どうやら無事に見つけることができたみたいだ。高度を落とし、隣に降り立った。

 

 

「おやご主人、もうお弁当を…って君か。驚いたよ」

 

 

 どうやら星さんが来たと思っていたようで、こちらに視線を移し手俺の顔を見た途端驚いた表情を浮かべた。俺が来たことが予想外だったようだ。

 

 

「えへへ、すみません。ダウジングについてどのようにやっているのか前から気になっていまして。できればナズーリンちゃんに同行できないかなと思って、来ちゃいました」

 

 

「そうか。わかった、よろしく頼むよ」

 

 

 彼女は首を縦に振ってくれた。お礼を言い、歩き出した彼女の隣を浮かびながら、じっとロッドの動きに視線を移す。どうやらロッドの指し示す方向へ進んでいるようだが、ピクリとも動く様子がない。

 

 

「さっきはありがとう、私たちにお弁当を薦めてくれて。ご主人は本当にお腹を空かせていたんだ」

 

 

「いえいえ、ただのお節介と言うか。なんか、お腹を空かせている人を放っては置けないんですよね」

 

 

 ナズーリンちゃんの口から飛び出したお礼の言葉に驚いたが、その言葉が嬉しかった。あまりの嬉しさに思わず頭をわしわしと掻いて笑顔を浮かべた。

 

 

「ふふっ、さすがレストランのオーナーだね。やっぱり欧我って変わっているな」

 

 

「えへへへ、そうですか?褒め言葉ですよね、それ」

 

 

 そう言って笑いながら、懐から持ってきたおにぎりを差し出した。

 

 

「これ良かったら食べてください。お腹が空いていてはダウジングの制度も落ちてしまいますよ」

 

 

「まったく、君ってやつは。でもありがとう、頂くよ」

 

 

 そう言って笑顔で受け取ってくれた。傍らにロッドを置き、大地に腰をおろして一緒におにぎりを頬張る。美味しそうにむしゃむしゃと食べているナズーリンちゃんの笑顔は本当に輝いて見えた。

 

 

「そう言えば、ナズーリンちゃんたちってチーズは食べるんですか?」

 

 

「いや、食べないな。チーズのような赤みの少ないものは好きじゃないんだ」

 

 

「え、本当ですか?じゃあ、以前チーズケーキを前にして、目をキラキラと輝かせながらよだれを垂らしていたのは誰だったのかな?」

 

 

「むっ、よしてくれよ。それはただ…ってニヤニヤ笑うんじゃない!もう!」

 

 

「わぁ、顔が真っ赤だ」

 

 

「だっ、誰のせいだと思っているんだ!」

 

 

 お互いに笑いあいながら食べていると、あっという間に平らげてしまった。そして再びダウジングを開始した。

 しばらく歩いていると、木々が生い茂る林の中へ入っていった。風に揺れる葉っぱたちがカサカサと心地よい音を奏でる。日光が遮られたため辺りは心地よい温度だ。すると、ロッドに動きが見られた。わずかな動きしか見られなかったが、ナズーリンちゃんの話では近くに宝塔があるということらしい。ロッドはやぶの向こう側を指している。もしかしてあのやぶを抜けた先に宝塔があるのだろうか。

 ガサガサとやぶを抜けると、広い草原に出た。心地よい風が吹く草原には、てっきり宝塔が転がっていると思っていたが、そこには予想外の人たちがいた。

 

 

「あれ?あーっネズミ!藍様、ネズミがいますよ!」

 

 

「そうね。でもすぐに襲いかかってはいけませんよ、橙」

 

 

 そう、そこにいたのは藍さんと橙ちゃんだった。どうして二人がそこにいるのだろうか。ふとナズーリンちゃんの方を見ると、顔が青ざめているように見える。ネズミにとって猫は天敵だから無理もないか。しかし、なぜかロッドは二人の方を指し示している。これは一体どういうことなのだろうか。

 

 

「あら、それに欧我も一緒とは驚いたわ。これは珍しい組み合わせね」

 

 

「どうも、こんにちは!俺はダウジングに興味があって同行しています。あの、ところで藍さん、このあたりで星さんの宝塔を見ませんでしたか?」

 

 

「宝塔か。それは…」

 

 

 そう言って藍さんは袖の中に手を入れて何かを取り出した。それはまぎれもなくナズーリンちゃんが探していた宝塔だった。

 

 

「そ、それは!?どこで見つけたんだ!?」

 

 

 ナズーリンちゃんは驚きを隠せないようで、目を見開いて宝塔を見つめた。

 

 

「私が見つけたの!キラキラしててきれいだよね!」

 

 

 宝塔をキラキラと輝く瞳で見つめながら、橙ちゃんが答えてくれた。その言葉のおかげで、疑問が解決された。ロッドが二人を指し示していたのは、二人が宝塔を持っていたからだ。

 

 

「あの、藍さん。その宝塔を返してくれないでしょうか」

 

 

「ええ、構わないわ。でも、普通に返すのもつまらないし、ちょっと遊んでくれるかしら」

 

 

 そう言った藍さんの表情を見て、嫌な予感が頭をよぎった。しかもその予感は的中する確信がある。この幻想郷で遊ぶと言えばあれしかないだろう。

 

 

「私たちはここで修業をしていた。その成果を試させてもらうわ。この宝塔を橙に預けるから、お前たちは橙から奪い取ってみなさい」

 

 

 そう、予感的中。つまり、弾幕ごっこを行う中で、なんとかして橙ちゃんが持つ宝塔を取り返せば俺たちの勝ち。負ければ宝塔は戻ってこない。そしてこれは藍さんと橙ちゃんのチームに俺とナズーリンちゃんで挑む形だ。連携抜群な二人に対して、俺達はチームを組むことは今回が初めてだ。

 一方のナズーリンちゃんは目にうっすらと涙を浮かべ、わずかに体が震えていた。

 

 

「そ、そんなこと無理だ!だって猫はネズミを食べてしまうんだぞ!」

 

 

「じゃあ橙ちゃんは俺が引きつけます。藍さんはキツネだから」

 

 

「キツネだってネズミを食べることがあるんだぞ!」

 

 

 そう言えば彼女は知将と名高い。不利だと悟った相手からの逃げ足も速い。どうやら今までの経験からして、この弾幕ごっこに勝ち目はないと悟ったのだろう。しかし、このまま宝塔を手放して帰ることもできない。恐怖心と職務の間で心は揺れ動いていた。俺はそんなナズーリンちゃんの背中を軽くたたき、にっと笑って見せた。

 

 

「大丈夫、ナズーリンちゃんの頭脳があればきっと宝塔を取り返せるさ。それに微力だけど俺もいる。二人で協力して取り返そう」

 

 

「欧我…。うん、そうだな。やってみよう!」

 

 

 そう言って互いに頷き合い、上空へ飛びあがった。上空で藍さんと橙ちゃんと対峙すると、心の中でワクワクとした感情が湧きあがってきた。二人はどんな弾幕を放ってくるのか。ナズーリンちゃんはどんなスペルカードを放つのか。もう楽しみでしょうがない。さあ、久しぶりの弾幕ごっこを思う存分楽しもう!

 



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