有情のヒーローアカデミア(ただし本人はヒーローにあらず) (激流を制するは静水)
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第一話 有情転生!の巻

あらすじ通りの見切り発車による北斗の拳のトキがそのままの姿でヒロアカの世界に転生する話です。
不定期更新になるしエタる可能性も大ですが、読んで頂けると北斗の拳っぽく泣いて喜びます。


「哀しみを怒りに変えて生きよ!!拳王の統治は恐怖によってなる!されどその後の平安はおまえの手で!」

 

「哀しみを怒りに……」

 

「リュウガよ、いこう!乱世に生き殉じた男たちのもとへ。わたしたちもまた星となり熱い男たちとともにケンシロウを見守ろう!!」

 

 さらばケンシロウ!!

 

 

 

 

 

 北斗四兄弟の次兄、トキ。

 

 彼は義弟であるケンシロウに後の世のことを託し、逝った。

 

 しかし、彼は天に帰ったのではなかった!

 

 救いを求める声は次元の壁を超え、北斗神拳史上最も華麗な技の使い手にして、「人の命を助ける人間」として生きた彼を天に輝く星々はその世界へと導いたのだ!

 

 これは、誰よりも『有情』であった男が誰よりも命を救うための物語である。

 

 そして同時に、これは『ヒーロー』の物語ではなく――

 

 

 

 『無個性』でありながら強く、優しく、そして誰よりも英雄(ヒーロー)だった一人の『医者』の物語であることも、付け加えておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある世界――

 

 その世界の廃墟の一角にトキは一人、立っていた。

 

 

「ここは……?」

 

 

 辺りを見回すが、誰一人いないどころか小動物の気配もない。

 

 

「ん……?」

 

 

 トキはふとした違和感を感じて精神を集中すると、その表情は驚きのものに変わる。

 

 

「これは……!わたしの肉体が刹活孔を突く前どころか、死の灰によって病を患う前と同じ程の活力を得ている!?」

 

 

 近場にあった割れた鏡を見てみると、そこにあるのは死の直前の姿と何ら変わりない自分の姿。

 

 

「外見は変化していないようだが、肉体がある程度若返っているのか?それとも感覚が麻痺しているのか……いずれにしても、病に侵されていた頃と違って体の中に違和感は感じない。何故かは分からないが、ともかく誰かいないかここを出て探してみよう。体が軽くなったのは幸いだな」

 

 

 瓦礫を踏み分け、廃墟から出たトキが目にしたのは信じられない光景であった。

 

 核戦争後の世界とは到底思えないそれは、高層ビルが所狭しと建てられ、そこかしこに木々による緑があり、道行く人々が色鮮やかで様々な服装をしている。

 それだけでもトキからすれば驚愕すべきことだが、それ以上に目を疑ったのは人とも思えぬ異形が普通に人々の生活に溶け込んでいたからだ。

 

 

(どういうことだ!?まさか……ここはあの世界の未来だというのか!?いや、だとしてもあの異形の者たちを当然のように受け入れている理由も気にかかる。まずは何か情報を手に入れなければ……)

 

 

 そう思って一歩踏み出したトキの耳に聴こえてきたのは、複数の銃声。

 

 

「この音……!」

 

「おい、あんた!何ボーっとしてんだ!」

 

「『銃指』の個性を持ってる強盗がいよいよこの町に来たんだよ!奴は金のためなら形振り構わなくて有名な凶悪『(ヴィラン)』なんだぞ!早く逃げろ!!」

 

「何だと……!?」

 

 

 この世界ではしっかり金が価値あるもの……というのはこの際どうでもいい。彼にとっては強盗、そして凶悪『ヴィラン』ということしか耳に入らなかった。『ヴィラン』がどういうものかは分からないが、聞く限り犯罪者のようなものだろう。

 

 

「くそっ!『ヒーロー』は何してるんだよ!」

 

「被害者が多くてそれの救助に手一杯だって!」

 

「アイツを放っておいてもますます被害者は増えるだろ!」

 

 

 彼方此方から上がる悲痛な声、それを無視出来るようなトキではない。彼の足は自然と銃声が鳴り止まぬ方へと向けられた。

 

 

「な……!?あんた、そっちは!!」

 

「誰かが行かねばなるまい……そしてわたしの北斗神拳は力なき命を助けるためにある」

 

「北斗神拳……?聞いたことない『個性』だな……」

 

 

 『個性』……気になる言葉ではあったが、今は尚も聞こえてくる悲鳴と銃声を無くすのが先決。その考えを変えないトキは、音のする方へと駆け出す。この時、彼自身は意図していなかったのだが、明らかに常人では出せない速度で走って行ったためにそれを見ていた一般人は唖然としていたという。

 

 

 

 

 

 トキがその場に到着すると、そこでは人差し指が銃口へと変化している男が笑いながら弾丸を撃ちまくっていた。逃げ遅れた人々の中には被弾したのか、足や腕から血を流して苦しんでいる者もいる。

 

 

「ヒャッハァァァ!!退かねえと怪我しちまうぞぉ〜?退かなくても撃つけどなぁ!!」

 

「貴様……!」

 

「ああん?何だオッサン、それともジジイか?まあどっちでもいいけどな!!」

 

 

 その男――件の『ヴィラン』が銃口と化した人差し指から銃弾を撃つも、トキは緩やかな動きで回避した。

 

 

「ハァ!?」

 

「貴様の放つ弾道は見切りやすい。それは何故か?答えは簡単だ、跳弾でもなく貴様はその人差し指を向けている方向にしか弾丸を撃てていないからだ」

 

 

 トキはそう言い放つと、ゆっくりと円を描くように構え、そのヴィランに通告する。

 

 

「大人しく捕まり、罪を償うと言うならばわたしからも口添えしよう。そうでなければ仕方ないが、少々手荒なことをしなければならない」

 

「まぐれで避けたくらいで調子に乗るんじゃねえ!!」

 

「……では、まぐれではないことをその身で持って証明させてもらおう」

 

 

 次の瞬間、トキは目にも止まらぬ早さでそのヴィランの懐に飛び込み、瞬く間に秘孔を突いた。するとどういうわけか、ヴィランは両手を真横に伸ばしたまま、体を動かせなくなってしまう。当然、『個性』というものの使用も不可能。

 

 

「ぐ……おお……!?テメェ、何をしやがった……!?」

 

「秘孔の一つ『戦癰(せんよう)』を突いた。しばらくそのままでいてもらおう」

 

 

 完全にヴィランが動けなくなったのを確認したトキは、すぐさま怪我人の治療に入る。ヴィランにやったように、しかし今度は全く違う効果を発揮する秘孔を突く。

 

 

「……!?血や、痛みが止まった……!?」

 

「今突いたのは『亜血愁(あけつしゅう)』という秘孔だ。痛みと出血を取り除くことが出来るが、あくまで応急処置……何処か本格的に治療出来る場所でしっかり治療した方がいい」

 

「助かったよ……あんた、すごい『個性』だな」

 

「ここに来る前に聞いたが、これは『個性』とやらではなく拳法で、そこで得た知識を使った治療にすぎない。おそらくその『個性』とやらがあればもっと良い治療かが出来るのかもしれないが……」

 

「なっ!?あんた、これだけのことが出来て『無個性』だってのか!?信じられねぇ……世の中が本気でひっくり返るレベルだぞ」

 

 

 新たに出てきた『無個性』という単語……おそらくは度々言われていた『個性』を持たない者を指すのだろうが、トキにとって重要なのは今も苦しんでいる怪我人に治療を施すこと。その場を駆け回り手当をしていくトキを見た人々は、彼が『無個性』だと分かってもまるで救世主を見るような目であった。

 

 程なくして警察が到着し、救急車が到着するとトキは若干驚きつつも怪我人の搬入を手伝う。しかし、どうやらこの世界では大っぴらに個性の使用は出来ないらしく、個性の使用許可が下りる免許無しで個性の使用を行ったとされたトキは連行される。

 

 ……はずだった。

 

 しかし、人命救助に尽力したこと、そして何より複数人がトキは『無個性』であり己の知識と技術のみでヴィランの無力化と怪我人の治療を行ったのだと証言したため、その確認を行うべくまずは怪我人たちと共に病院へと連れて行かれた。

 

 

 

 

 

 

 病院での検査結果は当然、結果は無個性と確定。

 

 そもそもこの世界で生まれ育っていないトキは『個性因子』さえ有していない。加えて事情聴取に協力的であり、証言した一般人の言っていたことが嘘ではないと証明するべく秘孔の一つを突きながら説明することで信憑性は更に高まりトキは無事解放、凶悪ヴィランの逮捕と多くの負傷者の救助に協力したと後日表彰されることになる。

 

 

 

 生まれた世界とは違う世界。

 

 再び生を受けたトキの、命を助ける闘いが今再びここから始まったのである。




あんだけやって無個性って言われても信じられないよね、ってなわけで検査と事情聴取されました。

本人は病の進行=実力の低下と言われるのを嫌っていたとはいえ、病によって全力を出せなかったのは事実だから完全復活したらどんだけ強いのトキ兄さん。
ってなわけで書いてみましたが、これからどんどんご都合主義が出てくると思いますがご容赦下さい。

ついでに、秘孔を突いたら体の動きが止まる→体の一部を使った個性も発動出来ない、というのは私個人の独自解釈です。


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第二話 今を生きる者たちのために!の巻

トキ兄さん、早速問題に直面する。
現代社会じゃ仕方ないけど、あの世界で生きてきたならこっちもまた仕方ないよね的なことですね、コレ。
それにあっちは世界が世紀末、ヒロアカは人間が世紀末(個性的な意味で)。
……いや、向こうも平均身長が高かったり大多数のモブモヒカンがムキムキマッチョだったりと大概ですけど。


 彼が無個性でありながら並みのヒーローを上回る活躍をしたことは瞬く間に世間に報じられた。しかし、そんな彼にも困ったことが起きてしまう。

 

 そう、戸籍問題。

 

 今の彼には戸籍がない。家に関してはぶっちゃけ監獄でケンシロウを待っていたことがあったりしたため、然程問題ではなかったが……。これではこの世界においてまともな職にありつけず、今はまだしも後々響いてくることは目に見えている。人を助ける前に助けられる側になることなど一目瞭然だ。

 

 だが、彼の行いを聞き即座に動いた者たちがいる。

 

 国立雄英高等学校――通称雄英高校。

 

 その校長である根津と、何より彼を欲したリカバリーガール。この二名がトキと接触を試みた。

 

 例によってリカバリーガールはともかく、二足歩行してスーツを着たネズミを見たトキはしばし絶句するが、思い返せば異形が町を平然と歩くくらいなのだから、と割と早く納得。命に色はないのだと改めて実感したそうな。

 

 

 

 

 

「こちらの頼みに応じてくれてありがとう。僕は国立雄英高等学校校長の根津、見ての通りネズミさ!いや本当は犬か熊かもしれないけどそこは気にしないでほしいのさ。ちなみに僕の個性は『ハイスペック』、まあ簡単に言うとものすごく頭が良いと思ってくれればいいのさ!」

 

「同じく私は雄英高校看護教諭のリカバリーガール、個性は『癒し』だよ。あんたの噂は聞いている……というより知らない人はほとんどいないだろうね。ここまで早く広まるなんて予想外にも程があった」

 

「初めまして、トキと申します。遠路遥々私を探してこちらまで来てくれたようで……宿無しの身の上、申し訳ありません」

 

 

 深々と頭を下げるトキに、根津とリカバリーガールは少々困惑する。それだけの実力がありながら宿無しというのはどういうことなのか?考えられるのはその実力が無個性差別派によって危険と判断され、命を狙われているというのが一番濃厚だが……。

 

 

「ちょっと信じられないね。それだけの力があるなら仮に宿無しだとしても、何処かに住み込みで働くとか食い扶持には困らんだろう?」

 

「そこです。恥ずかしながら、今のわたしには正規に働くということさえ困難なのです」

 

「んん?どういうことなのか詳しく聞かせてもらってもいいかな?」

 

「もちろんです。貴方たちがこうして三人だけで話せる場を用意してくれて助かりました。貴方たちは信頼出来る人物だと、目を見れば分かります」

 

 

 穏やかな表情でそう言ったトキは、瞬時に顔を引き締め強い意思を持って二人の顔を見る。雰囲気がガラリと変わったトキに一瞬驚くも、長年の経験から敵意ではなく覚悟の表れだと理解した二人も気を引き締めた。

 

 

「お話ししましょう。その理由……いえ、わたしが今日まで歩んできた『生』を!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トキの話は二人とって想像を絶するものであった。

 

 彼が生まれ育った世界は別の世界であること。

そしてその世界は第三次世界大戦による全面核戦争が勃発。それによって地上は荒土と化し、国家機構も崩壊したことに始まり、通貨や貨幣が無価値となり近代文明の所産の大半が失われた結果、当たり前のように略奪が行われるという、暴力が全てを支配する世界であったこと。

自身が北斗神拳伝承者候補であったが、義弟とその婚約者を庇うようにシェルターへと押し込み、結果死の灰を浴びて被曝し、病に侵されたことで継承者争いから脱落したこと。

それからは、『死ぬまでにどれだけの人を救うことができるか、それが自分の生きた証』……そう考えて先日の事件の時のように人を助ける人間として生きてきたこと。

 

 その後も様々なことを語ったトキではあるが、根津とリカバリーガールが最も心動かされたのは彼が実兄である北斗四兄弟の長兄にして、度々話の中で登場した拳王『ラオウ』との決戦。そして、その後に彼自身が落命した時の話だった。

 

 残命を削ってでもラオウを止めるべく、刹活孔を突いてまで挑んだその闘いは、刹活孔を突いて剛力を得たとしてもそれは一時的なものに過ぎず、ラオウを追い詰めはしたが徐々に弱っていく拳では決定打となる一撃を放てずに敗北した。

 

 そして、ラオウの慈悲によって生き長らえたものの、刹活孔を突いた代償で医療活動も支障をきたす程に病が進行し、余命幾ばくもない中でリュウガによる襲撃。

だがリュウガの真意を読み取り、致命傷となる一撃を自ら甘んじて受け、その最期は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自身に致命傷を与えた相手を抱きかかえながら、死んだはずだった、と……壮絶にも程があるのさ」

 

「呆れるぐらいの自己犠牲の精神だよ。己の命を賭してまでその義弟に道を示したってのかい。今のヒーローにそれをやれって言ったってできる奴なんて数えるほどしかいないだろうね」

 

「……それから、気がつけばわたしは廃墟に立っていました。その後はお二人も知っての通り、周りの変化に驚きつつヴィランとやらの動きを封じ、怪我人の治療に当たりました」

 

 

 そして思い出すようにトキは自身の身に起きたことも話す。

 

 

「先程お話しした通り、わたしの体は死の灰を浴びて病に侵され、刹活孔を突き、そしてリュウガによる致命傷を受けていた。にも関わらず、この世界に来たときはそれら全ての『体の負』が取り除かれたかのようになっていたのです。そして、いかなる異形であろうと秘孔の全てが目に視えるようにもなっていました」

 

「確かに、あんたの話を聞くとそのリュウガってのに襲撃される前じゃ体を動かすのだってキツかったようだし、こうやって話してる限りそんな兆候すら見えないね」

 

「加えて、どんな相手の秘孔も見抜ける目を得た……話の中にあった北斗神拳が経絡秘孔絡みの拳法だとしたら、鬼に金棒と言っても過言ではないのさ」

 

 

 異形型個性によってトキの世界の人間とは全く違う姿の者もいるこの世界で、秘孔を見抜ける目が偶然とはいえ手に入ったのはトキにとって僥倖だった。無論、戦闘以上に医療面で。

 

 

「今のわたしに話せることの大半はお話ししました。北斗神拳は一子相伝の拳法故、根幹など詳細を話すわけにいかないのはご容赦頂きたいのですが」

 

「構わないよ。その北斗神拳ってのはこっちじゃ聞いたこともないし、今のところあんたが唯一だからここじゃ伝承者と名乗ってもいいと思うがね」

 

「……伝承者はケンシロウです。たとえ世界が違おうと、わたしは真に拳が必要となった時以外、北斗神拳を振るうことはありません」

 

「それはこの間のように、誰かが助けを求めた時……なのかな?」

 

「そう思って下さって結構です」

 

 

 根津の言葉に頷きながら返すトキに、二人はお互い顔を見合わせると目に狂いはなかったと笑いつつ本題に入ることにする。

 

 

「前置きがだいぶ長くなってしまったね。私らがここに来た理由なんだけど」

 

「単刀直入に言うと、君を我が雄英高校の保健医としてスカウトに来たわけさ!」

 

「わたしを……!?」

 

「そう!その際に君の過去を参考にした来歴や戸籍なんかもこちらで用意しよう。無論住む場所やお給料も出すし、今聞いたことは外部には漏らさず信用出来る人物にしか話さないから、そこも安心してほしいのさ!」

 

 

 トキにはあらゆる面で願ったり叶ったりの好条件だ。しかし、包み隠さず話したとはいえいくら何でも待遇が良すぎる気がする。

 

 

「わたしとしては嬉しい限りですが、逆にそこまでされるとその意図を知りたくなるといいますか……」

 

「そりゃそうだろうね。順を追って説明すると、雄英高校(うち)はヒーロー養成のための学校でね。その性質から怪我人が出るのは日常茶飯事、それこそ擦り傷切り傷大小様々な」

 

「中には個性の反動によって重体になる子もいる。リカバリーガールがいてくれているものの、彼女もその個性と経験上、彼方此方から呼び出しがあって常に居られるわけではない」

 

「そこであんたの噂を聞いて飛んできたんだ。道具も個性もなく出血や痛みを止めたって話を聞いた時はどんなことをしたんだと思ったけど、直接聞いて納得したよ。個性ばかりで失念していた、人間本来の体に備わっていたものを利用するとはね。正直、私の代わりを務められるとしたらあんたしか思い浮かばないくらいさ」

 

 

 回復系の個性は希少。それはリカバリーガール自身がよく分かっている。そんな中で現れたトキの存在は世界各国の医療機関も喉から手が出る程、欲しい存在だ。

リカバリーガールの個性は対象の体力如何によっては逆に命を落とす場合もある。だがトキの北斗神拳の原理を利用した治療と組み合わせるとどうだろう?

トキが痛みを和らげ、体力に余裕が出てきたところでリカバリーガールの個性を使い傷を癒やす。それを実現出来れば負傷者の生存率は格段に上がる。

 

 

「私とあんたが組むことは元より、あんたが常勤してくれるとそれだけで私のフットワークも軽くなって彼方此方に飛び回れる。だから何としても雄英に入ってほしかったのさ。これからの世界を背負って立つヒーローの『卵』たちのためにね」

 

 

 トキはリカバリーガールの言葉を聞いて静かに目を伏せる。この世界もまた、少なからず悪は蔓延っている。しかし、この世界を守る者もまた存在している。己のいた世界、魂を託した義弟・ケンシロウがいたように。

 

 ならば自分はそんな未来への希望を守るために、一度は失ったこの命を使おう。再び……いや、今度こそ天に帰る時が来ようとも、自身の守った命がこの世界を救う救世主となるのならば、この命は惜しくはない。

 

 

「既に一度は無くしたこの命……それが新たな力とともに授けられたのは、この世界でわたしが成すべきことがあったからだと確信しました。そして、この新たな力と命は天の星となった熱い男たちが私にくれたものに違いありません」

 

「では……!」

 

「根津校長、そしてリカバリーガール……貴方たちの申し出、受けさせて頂きたい。このトキ、命ある限り今を生きる者たちを救うためにこの拳を使いましょう!!」

 

 

 その生気溢れる瞳に圧倒されつつ、承諾された喜びを根津もリカバリーガールも隠せなかった。彼に伝えてはいなかったがもう一つ、彼は大きな功績を上げていたことを二人は知っている。

 

 それは『無個性でも、知識と技術を磨き上げれば個性にも決して負けない』――それを体現したことで、無個性と言われた者たちが一念発起して己を鍛え始めたことだ。

 

 トキは医療関係だけでなく、無個性の者たちにとっても希望の星となっていたのである。

 

 個性を磨けど制限されて使用出来なければ、残されるのは己自身の力のみ。ならば最初から無個性ならば己自身の力(それ)を徹底的に鍛え上げればいい。

それを証明したトキはもはや無個性などと蔑めるような存在ではなかった。

 

 

(これは、今後の雄英の入試が楽しみになってきたのさ)

 

(彼に感化されて医療拳法とか使う子が入学してきたりしてくれるとありがたいんだけどねぇ)

 

(しかし……今のわたしにこの世界の文明の利器がまともに使えるのか、少し不安はあるな……)

 

 

 それぞれ期待や不安を胸に、トキの新たな生活がスタートすることになる。

 

 

 

 

 

「あ、住居なんだけど雄英の敷地内に一軒家を用意するからね!何か困ったことがあったら遠慮なく言ってほしいのさ!」

 

「助かります。なにぶん生きてきたところがお話しした有様だったもので……」

 

「ああ……いっそその世界での生活体験、カリキュラムにぶち込んじまうかい?そうすりゃ過酷な環境での耐性なんかも身に付くかもね」

 

「トラウマになる子も出そうだからやめておくのさ……あれ?ちょっと待って二人とも割とその気?」

 

 

 トキの不安はあっさり解決したが、別方面で問題が出そうになったようだ。根津の尽力によってあの世界での生活を体験させる案は流れたらしい。

 

 根津校長、グッジョブ。




あの世界での生活体験させたら爆豪あたり本気で荒みそうだし、個人的に止めて正解だと思う。
根津校長よく頑張った!
トキ兄さんは蛇口とかコンロ使うより、窯とか普通に自作して料理しそう。
とりあえず岩山両斬波で食材を真っ二つにはしないと思う。


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第三話 挑め若人!雄英の狭き門!!の巻

今回は他の教師と初顔合わせや入学試験。
ちょっと駆け足気味ですが、トキ兄さんは受験生ではないのでそうなってしまいました。
正体を隠して参加……と考えて「それ、アミバと似たようなことしてね?」って感じになったのでボツに。
あれみたく非道な真似するわけじゃないんですけどね。


 あれから三人の行動は早かった。

 

 トキが身一つで動いていたこともあり、根津とリカバリーガールは即座に移動手段を手配し、他の団体がトキに手に入れるべく動き出す前に彼を雄英へと移動させ、その最中に詳しい来歴や戸籍を作るための下準備を行う。

 

 雄英に到着すると、断られることを想定していなかったのか既に件の一軒家は建築済み。これにはトキですら目を丸くしてしまい、前述の通り断られた場合はどうするのか聞いてみたところ二人揃って「嘘偽りなく頼めばそれはないだろう」と思っていたらしい。

人を見る目があるにしても会ったことがないのに分かるものなのか、とトキは二人を相当な人物と認識した。

実際はいきあたりばったりだったのだが、二人の名誉とそれを良い方に誤認したトキのために今後明かされることはないだろう。

 

 それはさておき、案の定水道の蛇口などは問題なく理解出来たトキであったが、連絡用にと雄英から用意されたスマートフォンを渡された時は本気で驚愕していた。

それこそ、マミヤに死兆星が見えていたことを知った時と同じくらいに。

 

 

「こ……こんな小さな機器にそれ程の情報が詰まっているのですか……!?」

 

「正確にはそうじゃないけど……あんた大丈夫かい?すごい顔してるよ、今」

 

(そういえば、彼の世界では電気とかも失われていたのを忘れていたのさ)

 

 

 この後、ノートパソコンや電子辞書、さらには現代の風呂や洗濯機など、過酷な環境下で生きてきたトキには衝撃的なものばかり目にし、それら全てを理解しようとしてトキはストレス性高体温症を発症してしまった。

 

 真面目過ぎた結果である。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 それから幾ばくかの時が過ぎた。

 

 元来の資質や勤勉さもあり、トキは現代家電を始めとした機器の使用法を完璧にマスターし、パソコンに関しても自分で一から組み立てる事こそ出来ないが、起動後の各種設定を自在にこなせるまでに上達。

超人社会における医療方法を多方面から片っ端から頭に叩き込んでいた。

 

 その過程で、雄英の他の教師たちとの顔合わせも済ませてある。特にプレゼント・マイクなど自身のラジオ配信にゲストに呼ぼうとして同期の相澤が頭をひっぱたいていた。

 

 

「何すんだよイレイザー!だってあのトキだぞ!?あの一夜にして時の人となったトキ!あ、コレギャグじゃないぜ!」

 

「んなことは知ってる。どのみち雄英にいるのがバレるのは時間の問題だろうが、同じ教師とは言っても俺たちはヒーローでトキは一般人扱いだ。その俺たちが一般人の生活を脅かすようなマネはするな」

 

 

 そう、ヒーロー免許を持っていないトキは基本的に一般人の教師(保健医)として扱われることが決まっている。逆に考えれば無個性である彼は個性の使用許可を取らずにその桁外れの身体能力や北斗神拳を行使できるわけで、雄英最強の隠し玉にもなるのだ。

とはいえ相澤の言うように一般人扱いの彼の生活を脅かすようなことをしでかせば、雄英どころかそれこそヒーロー自体が批難の対象になりかねない。ましてそれがトキであるならば尚更。

 

 

「お気遣い感謝します、相澤先生。なにぶん以前わたしの名を語る者がいたそうで、変装までして悪事を重ねていたと」

 

「そんなことがあったのか?」

 

「弟と、その友人からの情報ですが。余程変装が上手かったのかここまで再現されたようです」

 

 

 そう言ってトキが上着を脱いで背中を見せると、そこには大きな傷跡が残っており、その場の全員が絶句する。

 

 

「な……なんだよこの傷は!?」

 

「昔、弟の滝行中に落ちてきた流木から弟を庇った際に出来たものです。ここまで似せていたことだけはさすがと言えました」

 

「……よく見かける半端な連中よりよっぽどヒーローらしい。最近じゃ自分が力を発揮出来ないと分かると尻込みする奴が多くてな」

 

「無欲で、家族愛に溢れ、誰かを助けるために体を犠牲にまで出来て、さらに強くて頭脳明晰……おまけに渋い……!アリね!」

 

「何言ってんですかミッドナイトさん」

 

 

 18禁ヒーロー・ミッドナイト。現在独身。

 

 トキの事が色々と刺さったようだが、未だ彼の心にはかつて愛し、それ故にケンシロウとの仲を見守り続けることを選んだユリアがいる。悲しいかな、今のままでは芽はないだろう。

……彼女が黒髪だった頃のトキを見たらどう反応するのか興味は尽きないが。

 

 

 

 他にもセメントスや13号などとも言葉を交わしたトキは教師陣に温かく迎えられた。教員免許や医師免許等はリカバリーガールの口添えもあり、特例で最速取得。

特に医師免許取得に至っては、並み居る名医たちすら唸らせ「これで医者と認めない医者がいるなら、そいつは医療業界から離れたほうがいい」とまで言わしめた。

 

 

「あ、トキ先生ちょっといいかな?」

 

「どうしました?根津校長」

 

「……肩こりとか、疲労回復に効く秘孔、ある?」

 

「ええ。よければ体験されますか?」

 

「是非お願いしたいのさ!」

 

 

 

 

 

 その後――

 

 

 

 

 

「てなわけで見てほしいのさこのツヤツヤすべっすべな毛並み!いやぁトキ先生のおかげで疲れがこう、ぶしゅ〜っと蒸発していくような感じで内側からパゥアーが漲ってきちゃってさ!今ならライオンにさえ正面から勝てそうな気がする、うん」

 

「すみません校長、なんかムキムキになってません?」

 

「一時的なものなのさ!このままでもいいけどね!あ、そうそう。老化抑制のツボなんかもあるらしいのさ!」

 

 

 これを聞いた女性教員がトキの元に殺到したそうな。無論リカバリーガールに説教くらって追い返されていたが。

 

 

 

 そして、さらに時は過ぎ――

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

「トキ先生、時間は大丈夫かな?」

 

「構いませんよ、根津校長。今日も疲労回復ですか?」

 

「いやいや、相変わらずアレは魅力的だけど今日は別件なのさ!」

 

 

 ある日、トキの元を訪れた根津はいつもの頼みではなく至極真面目な話を彼に持ってきた。

 

 

「近々この雄英の入学試験があるんだけど、君にも教師の一人として審査に参加しつつ、受験者が何らかの事情で負傷した際に備えて保健医としてスタンバイをお願いしたいんだ」

 

「それは構わないのですが、入学試験に確実に保健医が必要な理由は……なるほど。そういうことですか」

 

「察してくれたみたいだね。君の予想通り、ヒーローを目指す者として避けては通れない、戦闘行為の実技試験があるのさ。これはどれだけ気を配ったとしても、毎年少なからず負傷者が出てしまう。リカバリーガールに待機してもらってはいるんだけど、倍率が倍率だから場合によっては全然手が足りなくてね」

 

「『Plus Ultra』――この雄英の校訓を受験者にも適用するためですね。相澤先生も言っていましたが生半可な覚悟ではヒーローは務まらない。故にヒーローの登竜門たる雄英の試験もまた苛烈なものであると」

 

 

 根津はトキの言葉に頷く。トキ自身初めてこの世界に来た日に早速事件に遭遇し、ヒーローという仕事が危険と隣り合わせであることはその身を持って理解している。今度雄英の教師として赴任するという、日本が世界に誇るトップヒーロー・オールマイトなど凶悪事件との遭遇が日常茶飯事だというし。

 

 危険といえば、あの世界では一般人は毎日が生きれるかどうかというレベルだったのだが、さすがに比べるのは酷だろう。

 

 

「そういうわけで、当日はよろしくお願いするのさ!」

 

「分かりました。何事もなく、無事に試験を終えられるよう尽力させて頂きます」

 

「ありがとう、トキ先生。で……いつものもお願いしたいんだけど」

 

 

 このネズミ、抜け目がない。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 来たる入学試験当日。

 

 本来ならば教師は一ヶ所に集まってモニターを見るのだが、トキとリカバリーガールは急患が出た場合に備えて救護室の隣部屋で見学することにした。と言ってもさすがに余程珍妙な事態でない限り筆記試験で怪我人は出ないだろうということで、当然の如く実技試験のみ見学中。

 

 プレゼント・マイクのアナウンスによって内容が説明され、唐突にスタート。実戦で敵は待ってはくれない、その通りである。

 

 

「ふむ……」

 

「どうだい?あんたから見て有望株はいるかい?」

 

「少々手荒なところが目立ちますが、爆破する個性を持っているこの少年はかなり良い動きをしています。しかし個性と性格が連動しているのか、言葉がだいぶ苛烈です。そういうヒーローもいるかもしれませんが、その点も矯正する必要があるでしょう」

 

 

 まずトキが評したのは先日事件に巻き込まれた爆豪勝己という受験生。戦闘能力は他の受験生に比べて抜きん出ているが、人格に問題があるらしい。

 

 

「それから、こちらの体を硬化させる少年。単純な個性ですが、この手の力というのはそれ故に練度が大きく反映されます。しっかり鍛えれば驚くほど伸びを実感するはずです」

 

 

 その後も次々と評していき、リカバリーガールも頷きながら聞いていたが、ここにきてプレゼント・マイクがルール説明の際に伝えていた『0P』のヴィランロボが出現する。

 

 

「何という大きさだ……!これは一筋縄ではいかない。しかし、あれを前にヒーローとしてどんな手段を取るか、それがこの試験の境目になる!!」

 

「そう、ただ逃げるだけなら誰にだって出来る。予測し得ない脅威に対して如何なる行動に移るか、この実技試験はそれを見るものでもあるんだよ」

 

(やはり逃げようとする者がほとんどか……分かりやすい『力』を表す巨体、人の心にはそれが強い先入観となって恐怖を煽り、抵抗する意思さえも奪っていく。しかし、それを乗り越えねば……む!?)

 

 

 逃げ惑う受験生たちの中で、ある一人の少年がトキの目に入ってきた。これまでにターゲットとなる1・2・3Pのヴィランロボを一体も倒していないその少年は、逃げ遅れた一人の少女を助けるべく0Pへと立ち向かっていく。

 

 あまりに無謀と思えるその姿に、トキはケンシロウの姿が重なる。レイがやられ、怒りのあまりラオウへと挑もうとして自身が力づくで制止したあの時を。

 

 しかし、今画面の向こうにいる少年は怒りではなく、誰かを守ろうという意思のもと眼前の敵に立ち向かっている。

 

 

 

 そして――

 

 

 

 彼は、0Pを撃破した。――己の拳で。

 

 

 

(これは……!まるでラオウ(兄さん)の剛拳のようだ!それだけではない、ケンシロウのように慈しむ心も持ち合わせている。まだまだ未熟だが、彼はあの二人と同じように世界を動かすほどの男になるかもしれない……!!)

 

 

 画面に釘付けのトキを見ながら、リカバリーガールは静かに微笑んだ。

 

 

「……どうやら、あんたの興味を引く子が出てきたみたいだね」

 

「はい……おそらく、彼は鍛えれば大化けするでしょう。しかし、今のままでは個性に殺されてしまうかもしれません」

 

「そうならないためにあんたが支えると?」

 

「いえ、わたしはあくまで彼を見守り、育てることに専念するつもりです。彼を支えるのは、これから彼と共に学ぶ者たちだと、わたしは思っています」

 

「おやおや、まだ合格と決まったわけじゃないのに言い切るじゃないか」

 

「しますよ、彼は。彼は実力よりもっと大事な、ヒーローに必要なものを既に持っていますから」

 

 

 笑顔でそう返すトキに苦笑しつつリカバリーガールは椅子から立ち上がり、それに続いてトキもまた立ち上がる。

受験生たちの『闘い』は一先ず終わった。これから始まるのはトキとリカバリーガールの『闘い』だ。

 

 

「さあて、例年通り負傷者が出たね。さっきの子のことも含めて、ここからは私らが頑張らなきゃなんないよ」

 

「もちろんです。どのような結果にせよ、受験した皆が五体満足に合否を待てるよう治療しなければ」

 

 

 いつもの道着の上に白衣を羽織り、トキはリカバリーガールと共に負傷した受験生たちの治療へと赴く。たとえ不合格だったとしても、今日の出来事は必ず彼らの糧となるだろう。

 

 今回が駄目だったとしても、諦めずにまた挑戦してほしい――そう願いながら、彼は負傷者の治療に当たるのだった。

 

 

 

 

 

 そして後日、彼が興味を示した少年――緑谷出久の合格が決定することになる。




トキ兄さん、爆豪にもマイルドな批評。
だってあのラオウさえ怯ませる彼の場合、爆豪も大人しくなり……いや、無個性と知ったらどうなんだろ。
出久は逆にトキの治療をアテにして無茶振り繰り返しそうな気がしてならない。だって止血と痛み止めって序盤の出久に一番必要なものじゃないか……そこは相澤先生やリカバリーガールにお説教頑張ってもらいましょう。

ついでに根津校長、一時的にムキムキになりましたが別に刹活孔は突いてないのでご安心を。


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第四話 入学、そして邂逅の時!の巻

出久、いよいよ雄英入学の回です。
元が強いので忘れがちですが、トキ兄さんも彼ら同様学んで修行して日々パワーアップしております。
アミバは模倣が得意らしいですが、そういうトキ兄さんもリュウケンとラオウの修行を覗き見ただけで北斗神拳の技を体得してしまうぐらいだし、技の模倣とか普通にしそうな気がしますよね、あの人。


 入学試験を終え、受験生らの治療も無事に完了したトキはリカバリーガールと共に一息ついていた。

 

 

「お疲れさん、トキ。おかげで去年までとは比べ物にならないほど円滑で手早く済んだよ。個性に頼り過ぎは良くないとつくづく実感するくらいにね」

 

「いえ、リカバリーガール先生は個性を使うだけでなく的確な治療を施していました。個性に頼りきりではないですよ。しかしこのスポーツドリンクは素晴らしい飲み物だ……水分のみならず塩分も素早く補給出来る。あの世界では水すら貴重でしたから」

 

「当たり前のものがそうじゃなくなるとどうなるのか……あんたに教えられたよ。しかし煙草はともかく酒もほとんどやらないそうじゃないか」

 

「ええ、まあ。酒は百薬の長と言いますが、真の健康とは日常生活を整えることでしっかり維持出来るものと、私は考えていますので。もちろん、ちゃんと管理していても患うときは患うものですが」

 

 

 このトキ、最近は神仙術なども研究しているらしく、辟穀(へきこく)なども始めたときはランチラッシュを筆頭に「せめて昼食は普通の物を食べてくれ」と懇願されたくらいである。なお、それでも焼魚定食などヘルシーなものを好んでいるのは言うに及ばず。

 

 ついでに食料不足が起きた時は自ら望んで断食する所存とまで言い切った。これは北斗神拳に欠かせない呼吸法が絡んでいるからで、一ヶ月程なら飲まず食わずでもギリギリ体を保たせられるそうだが……この件は本気でリカバリーガールさえ止めた。相澤まで青くなりつつ「それはその時になってから考えろ」と言い、プレゼント・マイクに至っては「え、何この聖母。いや聖父?聖人?」と暫し放心状態にあったそうな。

 

 

 閑話休題。

 

 

 そんなトキも根津に「君の意見も聞かせてほしいのさ!」呼ばれ、相澤ら他の教師と同じく会議の場に招かれる。まず根津から聞かれたのは過酷な環境下で多くの猛者を見てきた彼から見た受験生たちはどうだったか、ということ。

 

 

「当然個々のばらつきはありますが、この総合ポイントの上位陣は皆見込み有り……というのがわたしの意見です。無論、現時点での改善すべき箇所などもかなり目立ちますが、そこを指導していくのが我々の役目ではないでしょうか」

 

「まあ、今年は豊作って言ってもアイツらまだまだ子供だし仕方ないよなー。それで、トキ個人としての「ベストリスナー!」は誰だ?」

 

「ベストリスナー……?」

 

「分かりにくくてすまんな、こいつが言ってるのはお前が注目してる奴のことだ。おい山田、勝手な造語でトキを悩ますな」

 

「脈絡もなく本名出しちゃらめぇぇぇ!!」

 

 

 プレゼント・マイク(本名・山田ひざし)の涙ながらの抗議もスルーされ、相澤に聞かれたことに対してトキは自身が見定めた一人の少年を推挙した。

 

 

「彼です。緑谷出久」

 

「お!さすが分かってんな〜トキィ!俺もあの0Pブッ飛ばした時は思わず「YEAH!」って言っちゃったからなー」

 

「だが戦い方は非合理的だ。トキ、お前も見ただろう。アイツは自らの個性で自壊している、それもたった一回でだ」

 

「ええ、分かっています。今の彼は未熟かつ危うい。しかし――」

 

 

 映し出された映像を見ながら、トキは静かに微笑む。

 

 

「『助けを求める誰かのために』――その心を持って動いた彼の勇気を、わたしは尊重したい……!!」

 

(トキくん……!!)

 

 

 出久本人が聞いたら涙しそうな台詞だったが、彼以外にもダバダバと涙している者がいた。例の如く、オールマイトである。トキはまだ、諸事情によってオールマイトと出久が師弟関係になった事を知らないのだが、トキの慧眼の前ではバレるのも時間の問題だろう。

 

 

「トキ先生の言う通り、たとえ未熟であっても雄英の門を叩き、そしてちゃんと結果を残した。なら僕達が次にすべきことは彼らを、次代を担うヒーローとして立派に育て上げることなのさ!」

 

 

 根津校長の一言により、今回の雄英の入学試験は本当に終了したのである。合否通知にトキを参加させる案もあったのだが、結局流れてしまったのも最後に付け加えておこう。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 そして、新たな一年生が入ってくる入学式の日……トキは相澤に苦笑しながら話しかけた。

 

 

「まさかわたしが保健医だけでなく相澤先生の担当するA組の副担任まで受け持つことになるとは思いませんでしたよ」

 

「俺も聞かされた時は耳を疑ったよ。ただでさえお前は今まで以上に忙しくなるっていうのに」

 

 

 そう、トキは相澤が担任を務める1年A組の副担任も兼任することになったのである。実を言うと、担当するならB組にというB組担任のブラドキングからの申し出もあったのだが、クラス分けされた生徒の内訳を見て根津がそう判断したのだ。

 

 

 

「ところで相澤先生」

 

「なんだ?」

 

「……修行がてら、わたしが担いで行きましょうか?」

 

「……すまん、頼む。色々あって寝不足なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼――緑谷出久にとって、雄英での生活は波乱に満ちたものになるだろうということは初日から明らかであった。何を隠そう、因縁のある幼馴染の爆豪勝己と同じクラスであり、入学試験で顔を合わせたことのある面々もいるとなればそう思うのも当然といえば当然。

 

 その中の一人が可愛らしい女子であったのだけは彼にとって僥倖だったのかもしれないが。

 

 まだ喧騒の中にある1年A組。それを黙らせたのは男性の声。

 

 

「お友達ごっこがしたいなら他所に行け。ここはヒーロー科だ」

 

 

 声のした方を全員が向けば――

 

 

 

 道着の上に白衣を着た筋肉隆々の偉丈夫の肩に担がれる、黄色の寝袋に入った無精髭の男性。

 

 

(((いやソレどんな状況!?)))

 

「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね。……悪い、トキ。少し角度ずらしてくれ。ゼリー飲料飲みたい」

 

「分かりました」

 

(((そしてそっちも普通に対応するの!?)))

 

 

 偉丈夫が担ぎ方の角度を変えると男はゼリー飲料を飲み干し、一息入れて自己紹介する。

 

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

「副担任を務めるトキだ。よろしく頼む」

 

(((え、普通逆じゃない?)))

 

 

 担任と副担任――相澤とトキのポジションが間違ってるんじゃないかと思われるのも無理はない。もしトキが正式なヒーローであればそうなっていた可能性もあるが、生憎と彼は一般人扱いだ。

 

 「凶悪なヴィランを指先一つで倒すお前のような一般人がいるか」……そんなことを思ってはいけない。

 

 生徒のうち何名かはトキにより治療を施されたのを思い出したのか、「あ!」と声を上げるが次の相澤の言葉にかき消されてしまう。

 

 

「早速だが体操服を着てグラウンドに出ろ」

 

「相澤先生、このままグラウンドへ向かっても?」

 

「ああ……いや、その前に職員室に寄ってくれ。さすがに寝袋は置いていく」

 

「分かりました。では皆、グラウンドでな」

 

 

 穏やかに言うトキではあったが、寝袋に入った相澤を担ぎながら踵を返し去っていく姿はシュールという他ない。

 

 

(((まだ担いだままなの!?)))

 

(ん……?トキ……?トキってまさか!?)

 

 

 他の生徒たちが二人の奇妙な行動に驚く中、少し前まで無個性であった出久はトキの素性に気がついた。

 

 ある日、突然現れた無個性希望の星。

 

 個性どころか道具や機器を使わず、傷や痛み、出血や発熱さえも治し、さらには後天的に失った視力さえ取り戻すという奇跡の『技』を持つ医者。

しかもヴィランを自身も相手も無傷で制圧するという並外れた戦闘能力も見せたという。

 

 突然現れたと思えば、また突然消えたと言われていたが……まさか雄英にいるとは。

 

 まだその話の『トキ』と確定したわけではないが、出久にはある種の確信があった。何故ならばあの入試の後、彼を治療したのは他ならぬトキだったのだから。

 

 

(穏やかな人だったけど、何となくわかる……オールマイトに並ぶレベルの人物だって)

 

 

 彼にとって、憧れの存在はオールマイトだけではない。トキもまた彼が憧れ、尊敬する人物なのだ。

 

 

 

 

 

 そして彼が無個性でありながらヴィランを制圧したその実力の一端……それを彼は、否、彼らはこの後の出来事で思い知ることになる。




相澤先生を担ぎ、トキ兄さん堂々登場。
最初は体育館を真っ暗にしてカサンドラの牢獄をイメージしつつ、相澤先生に連れられた生徒たちを座禅で待つとか考えましたけど、やるならもう少し後ですね。
同じ髭持ちでも相澤先生とプレゼント・マイク、トキ兄さんが並ぶと最後の圧が段違いだと思いました。


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第五話 刮目せよ!個性把握テスト!の巻

有名な個性把握テストの回ですが、どう詰め込もうか考えた結果前後編にすることにしました。
今回で全部終わらせることも考えたんですが、今回起きることの説明みたいなものもやりたいと思いまして。

……最近気になったのは、もしジャギがUSJ編に現れたら今のA組に対処出来るのかどうか。アレそんじょそこらのヴィランよりタチ悪いからなぁ……。


「「「個性把握テストォォォオ!?」」」

 

 

 相澤から指示されたとおりグラウンドに行くと、待っていたのは入学式でもガイダンスでもレクリエーションですらない、全く予想外の出来事であった。

 

 寝袋から相澤が出てきたのはいいとして、どういうわけかトキも白衣を脱いで道着姿となっている。

 

 

「入学式は!?ガイダンスは!?」

 

 

 そう問いかける女生徒に相澤は容赦無く言い放つ。

 

 

「ヒーローになるならそんな悠長な行事する時間ないよ。雄英は"自由"な校風が売り。そしてそれは"先生側"もまた然り」

 

「ヴィランは何時何処で何をしてくるかも分からない。つまりヴィランもまた"自由"ということだ」

 

「トキの言うように、ヒーローになってヴィランと関われば今回のようなケースはこれから幾度となく出てくるぞ。時間は有限、さっさと始めようか」

 

 

 個性把握テストで行われるのはソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横とび、上体起こし、長座体前屈の八種類。まずはデモンストレーションとしてソフトボール投げを1名にやってもらうことにする。

 

 無論、指名されるのは――

 

 

「爆豪、中学の時ソフトボール投げの最高記録は何mだった?」

 

「67m」

 

 

 これだけでも割と凄い方ではあるのだが、雄英では個性把握テストであるため更に突っ込んで測定する。

 

 

「じゃあ個性を使ってやってみろ。円から出なけりゃ何してもいい。はよ、思いっきりな」

 

「んじゃまあ……」

 

 

 爆豪は大きく振りかぶり――

 

 

 

「死ねえ!!!」

 

(((…………死ね?)))

 

 

 

 明らかにヒーローらしからぬ叫び方ではあったが、投げ飛ばす直前に己の個性を使って爆破による加速を上乗せしたソフトボールは、遥か彼方まで飛んでいく。

 

 

「まずは自分の『最大限』を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

 

 その記録、705.2m。

 

 相澤の持つ端末に表示された数値を見て驚く者、ワクワクする者など反応は様々であったが、相澤だけでなくトキにとっても聞き逃せない言葉があった。

 

 「面白そう」――この言葉である。

 

 この言葉を聞いた二人……相澤はトキを見ると彼も表情を引き締めて頷いており、それを合意と判断して相澤はある決断を下す。

 

 

 

「……面白そう、か……。ヒーローになるための三年間、そんな腹積もりで過ごす気でいるのか?」

 

「『楽しむ』という行為が悪いわけではない。気を引き締めて望まなければならない場と区別を付けねば、それはヒーロー科に来たということで既に満足していると同義……即ち『停滞』あれど『進化』なし!!」

 

「よし、ならトータル成績最下位の者はトキの言うとおり、良くて停滞だろうということで見込みなしと判断、除籍処分としよう」

 

「「「「「はああああ!?」」」」」

 

 

 二人の判断に驚きの声が上がり、さすがにやりすぎだと抗議の声も上がるも相澤とトキはバッサリ両断。

 

 

「先程"自由"な校風が売りと相澤先生からも伝えられただろう。そしてまた、君たち生徒の処遇如何に関してもわたしたち教師の裁量次第……つまり"自由"ということ」

 

「そういうわけでようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ。っと……その前にもう一つ」

 

 

 ようやく個性把握テストが始まる、と思った矢先に相澤は何かを付け足す。それは……。

 

 

「トキ、お前も今の自分がどれほどのものか知りたいと言っていただろう。一緒に個性把握テストに参加していいぞ。あの事は……そうだな、手本代わりのソフトボール投げをしたあとにこいつらに説明する」

 

「ありがとうございます、相澤先生」

 

「気にするな。個人的に興味があるし、こいつらにお前の実力を示すには一番分かりやすいだろ。今後を見据えた合理的判断だ」

 

「分かりました。では……」

 

 

 その瞬間、トキの雰囲気が変わった。

 

 何で先生なのに個性把握テストを、などと考えたのも束の間、周りの空気がトキに呑まれていくかのような感覚を覚え、誰もが目を離せなくなる。

 

 

「なあ……何かトキ先生、湯気が出てね?」

 

「いや湯気じゃねーだろ!?」

 

「あれがトキ先生の個性なのか!?」

 

 

 あれこれ推測している生徒たちを余所に、トキは呼吸を整えて遥か空を見据え、イメージをボールに乗せ――

 

 

 

「ぬんっ!!!」

 

 

 

 普通にぶん投げた。

 

 最後は若干肩透かしだったが、相当な距離を飛んでいたボールが出した飛距離は――

 

 

「……690.8mか。どういう鍛え方したらそんなになるんだお前」

 

「はは、修行環境だけでなく生活環境も関わっていたと言いますか……」

 

 

 好記録ではあるが、爆豪には一歩及ばずといった記録であった。にも関わらず、相澤はトキを称賛しているような、そんな雰囲気である。

 

 当然、生徒たちが疑問に思わぬ訳がない。

 

 

「あの……確かに凄い記録だとは思いますけど、爆豪の方が10m以上遠くまで投げれてましたよ?」

 

「次やったら分からない、とかは理解出来るけどそこまで驚くようなことじゃ……」

 

「まあな……これが()()()使()()()()()()俺だってこんなに驚かないよ」

 

「「「「「え?」」」」」

 

 

 耳を疑う言葉が、相澤の台詞にあったことを誰一人聞き逃さなかった。その上で出たであろう一言に対し、相澤はニヤリと小さく笑い、ここでトキに関わる重大な事実を暴露する。

 

 

「この際だから包み隠さず言ってやる。トキは『無個性』だ。今のも文字通り己の『力だけ』で出した結果だよ」

 

「「「「「むっ……無個性!?」」」」」

 

 

 当然、こんな反応にもなるだろう。いくら大人と子供で差があるとはいえ、身体能力の優れた爆豪が個性なしで出した中学での最高記録は67m……その十倍以上の記録を叩き出したことになる。

 

 

「ありえねーだろ!!さすがに無個性でここまで出るわけねーって!!」

 

「最近では無個性の方々もかなり伸びてきているとは聞きますが……」

 

「そりゃそうだろ。その無個性たちの火付け役になったのが他ならぬトキだぞ」

 

「……!!じゃあやっぱり!!」

 

 

 出久がここにきて確信した。やはり彼はあの『奇跡の医者』と呼ばれるトキであると。

 

 

「やっぱり先生があの指先だけでヴィランを無力化したり、目を見えるようにしたり解熱したりと様々な偉業を打ち立て続けている『奇跡の医者』であり『無個性の希望』と言われているトキなんですね!?」

 

「なっ……!?それは本当か、緑谷くん!!」

 

「うん……!あの入試の日、怪我をした僕を診てくれたのも先生だった……無個性であんなことが出来て、今みたいなこともやれるのは先生以外に考えられない!」

 

 

 無個性だった頃を思い出した出久は、興奮気味にトキについて説明し出すがトキ自身によって制される。

 

 

「確かにわたしが君の考えている『トキ』で間違いないだろう。しかし、今すべきことは個性把握テストに集中することだ。他の事に意識を向けていては相澤先生の言ったようなことになるぞ?」

 

 

 その言葉を聞いてA組全員がハッとなった後、何名かは顔色を青くする。逆に大丈夫だと確信している者もいるが、トキとしては彼らにも少し危機感を持ってもらいたいところだ。

 

 かくして、トキも交えた個性把握テストが実行された。しかし、本来各々の得意分野である競技においても無個性であるトキが交ざることで、彼らの中に焦りが生まれてしまう。

 

 例えば――

 

 

 

「んじゃ行くぞ。よーいスタート」

 

「ふっ!!」

 

 

 トキの50m走、記録4.08秒。

 

 

「ふむ。走り方や鍛え方次第でまだ伸ばせそうだな」

 

「いや普通に早いんスけど!?」

 

 

 続いて、握力。

 

 

「むん!!!」

 

 

 ビシィ!!と何かにヒビが入る音を出して叩き出した記録は衝撃の850kg。ソフトボール投げより北斗神拳向きだったからかブッ飛んだ記録を叩き出している。

 

 

「「「「「いやいやいやいや!?」」」」」

 

「ふむ、今はこれぐらいでも上々か。兄さんやケンシロウならばこれ以上出せるのだろうが……」

 

(((トキ先生以上って何その化け物!!)))

 

 

 失礼極まりないことを考えている生徒たち。とはいえラオウなら握力計を簡単に粉砕するぐらいはしそうなのもまた事実。伊達や酔狂で拳王を名乗っていたわけではないのだ。ケンシロウも同様である。

 

 そして、立ち幅跳び。

 

 

「はあっ!!」

 

「いや普通に飛んでるけど高さおかしいって!?」

 

「それにしてもまるで新体操の選手のような綺麗なフォームで飛んでますわね」

 

「あいつの真骨頂は空中戦だそうだ。今だって全方位に気を配りつつ、いつでも戦闘態勢に移行出来るようにしている。空中戦云々は俺も聞いたくらいだが、どうやらマジらしいな」

 

 

 北斗神拳史上最も華麗な技を持つ男と呼ばれているだけあって、ジャンプ一つでも優雅である。美しさで張り合えるとすればおそらく南斗水鳥拳のレイぐらいではないだろうか。

 

 

 

 しかし、記録そのもので見れば彼を上回る記録も出ている。個性の有無が原因の一つではあるが、実はトキを上回った側の方が焦りを見せていた。

 

 理由は簡単。トキは、彼らが出した自分を上回る記録に対し、嫉妬するどころか称賛するからだ。

 

 そのことが、無個性でありながら桁外れの記録を連続して出していく以上に、トキと自分の器の違いを見せつけられているように感じてしまっている。こういう場合、大抵無個性である者は嫉妬したり圧倒的敗北感に苛まれるのだが、トキはそういったことをせず強者を認め、あくまで己を高める目標にするのだ。かつて兄のラオウを目指したように。

 

 その結果、この場においてトキはプレッシャーなどのストレスを全くその身に溜め込むようなことがなく、逆に個性を持つ生徒たちが「もし自分が無個性だったら」「もしトキに個性があったら」と考えてしまいがちになり、最終的にモチベーションを低下させてしまう事態になってしまったわけだ。

 

 

(すみません、相澤先生)

 

(お前の気に病むことじゃない。この程度で相手を気にして潰れるならそれまでの奴らだったってことだ)

 

 

 さすがに責任を感じたトキであるが、相澤からしてみればプレッシャーを受けた(というかトキにその気はないので勝手にそうなってるだけ)という理由で及び腰になるヒーローなど以ての外、それこそ雄英の掲げる校訓『Plus Ultra』に反しているというのが彼の持論である。

 

 それでも何とかソフトボール投げまで進んだA組の生徒たち。爆豪とトキは既に終えているので他の生徒たちの測定だが、ここで出久が相澤によって個性を抹消され、平々凡々な記録しか出なかった。もう一度チャンスを貰った出久ではあるが、いつもの癖が出て思考の渦に飲み込まれてしまう。

 

 

「相澤先生」

 

「何だ?」

 

「少しだけお節介を焼いても?」

 

「……直接的な手助けでないのならな」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 ここで、未来のヒーローのために『有情』が動いた。




トキ兄さんが握力は別として他の競技で一歩及ばずなのは、さすがに北斗神拳を使えるといっても無個性で何でもかんでもトップでは面白味がない、と思ってこんな感じに。

ただし冷静に考えると、転龍呼吸法によって普通の人間が30%しか使えないはずの力を100%使えるわけで、例を挙げるなら個性なしで67mの記録持ちの爆豪が100%出せたら単純計算その三倍以上、多少色付けて250m。
だとしてもトキ兄さんはその2.5倍以上の記録を出してるわけだからそりゃおかしいわな。
おそらく北斗剛掌波とか天将奔烈を使えば簡単に数km行きそう……でもあんなん受けたらボール持つかな?


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第六話 本当のスタート!!の巻

個性把握テスト、終了です。
原作と違って出久の心情にも変化が現れます。
最近あと一人か二人程度、誰か北斗キャラ出そうかトキ兄さん一人に絞ろうか悩んでます。
まあ、出すことにしたとしてもかなり先でしょうけど。


 トータル成績最下位は除籍処分――

 

 そう告げられた個性把握テストにおいて未だ目立った記録を出せていない出久は崖っぷちに立たされていた。

オールマイトから受け継いだ個性『ワン・フォー・オール』……その制御が完全でない今、下手に個性を使えばその反動で他の競技に参加出来なくなる程のダメージを負ってしまう。

 

 しかし、結果を出せねば苦労して入学した雄英の初日に除籍処分という、今までの努力が水泡となる。

 

 加えて、以前まで無個性であった自分に比べ、現在も無個性であるトキはクラスメイトが驚く程の記録を連続して叩き出しているという衝撃もあり、出久は精神的にも追い詰められていた。

 

 

(どうする……!やっぱり自壊覚悟でワン・フォー・オールを使うしか……でも、この後の種目に参加さえ出来なくなれば確実に除籍処分されるだろうし……)

 

 

 ブツブツと悩む出久にトキが近づいていく。

 他の生徒たちは「どうしたんだ」とか「除籍勧告だろ」などと言っているが、少なくとも『まだ』除籍を言い渡す気はトキにはさらさら無い。

 

 

「緑谷出久、でよかったかな?」

 

「え!?あ、はい……」

 

「何を思い悩んでいるのかは大体想像がつく。その上で言わせてもらおう。前にも後ろにも地獄しか見えぬというならば、思い切って眼前の地獄に飛び込むことで光が見えることもある」

 

「……!」

 

 

 トキは死の灰を浴びて病を患った時、自身の命がどれだけ持つかという不安に日々襲われていた。しかし、自身の死に抗えぬならば、せめて他者の死には抗ってやろう。そう思い己の命続く限り、人の命を救おうと決めた。

 

 その結果の一つとして、ラオウによって同じく死を待つのみとなっていたレイは僅かに生き長らえ、己の命と引き換えに愛したマミヤから死兆星を見えなくすることが出来た。彼が死ぬ直前にトキへと伝えた感謝は魂に刻まれ今も尚忘れてはいない。

 

 

「そして……何処かで聞いた言葉だが、『ピンチはチャンス』だそうだ。緑谷……いや、出久よ。今がまさにその時だろう。焦りを孕む極限状態の今だからこそ冷静になるのだ。そうすることで見えなかったものが鮮明に見えてくる」

 

「見えなかったもの……」

 

「それが道か、それとも別の何かなのかはお前自身にしか分からない。しかしこれだけは言える。他者がどう言おうと、後悔しない選択ほど最高の結果などないということを」

 

「!!」

 

 

 後悔しない選択――それは何よりも重要なことだ。後悔先に立たず、という言葉があるように何かしてしまった後で悔やんだところでどうにもならないのだ。

 

 

「行くも地獄、戻るも地獄……なら……!」

 

「……その目が見たかった。もう大丈夫だな」

 

 

 トキはそう言うと、再び相澤の元へ戻る。その背に出久の礼を受けながら。

 

 

 

 

 

「……どうだった?」

 

「それは、これから彼自身が見せてくれるでしょう」

 

 

 トキは笑みを消さぬまま、意味深に相澤に返答する。若干その様子を訝しんだ相澤だったが、出久へと視線を戻し測定準備に入った。

 

 そして――

 

 

(全力でやろう、今の――)

 

(見せてくれ、出久。お前の中に感じた、ケンシロウと同じ救世の輝きを!!)

 

(僕に出来ることを!!!)

 

 

 

 

 

「SMASH!!!」

 

 

 可能性の光は、今現実のものとなった。

 

 緑谷出久、記録――705.3m。

 

 

「あの痛み……程じゃない!!先生ッ!まだ……動けます!!」

 

「こいつ……!」

 

(わたしの言葉があったとはいえ、これ程までにすぐ活路を見出すとは……!)

 

 

 二人の教師は驚きと喜びを隠せない。

 今はまだ小さな光、しかしいずれそれは太陽の如き輝きとなることを二人は予感していた。

 

 

 

 

 

 全ての個性把握テストを終え、相澤によって結果が一括開示された。先刻まで渦中にあった出久の結果は……最下位。しかし、出久の表情は不思議と穏やかだった。トキの言うように全力を出し切ったからなのだろう。

 

 そこに追い打ちをかけるかのような相澤の一言。

 

 

「あ、ちなみに除籍処分は嘘な。最大限に力を引き出して結果を知るための、合理的虚偽」

 

「「「はあああああ!?」」」

 

「あんなの嘘に決まってるじゃない。少し考えれば分かりますわ」

 

 

 推薦入学であった八百万百がそう言うも、それを否定したのはトキだ。

 

 

「それは違うぞ」

 

「え?」

 

「相澤先生は分からないが、わたしは冗談抜きで見込みなしと判断すれば『全員』除籍処分する気でいたからな」

 

「「「全員!?」」」

 

 

 トキは普段通り、小さな笑顔を浮かべてはいるが言ってることはとてつもなくえげつない。だが、これに納得する理由もまた述べられる。

 

 

「仮に良い記録を残したとして、あまりにふざけた態度やヒーローとして相応しくない行いを繰り返していたのであれば、わたしは間違いなくそうしていた。ヒーローとは皆の憧れであると同時に模範となるべき存在。皆にはそれを肝に銘じてほしい」

 

「ヒーローは皆の模範……確かにそうだ!」

 

 

 最も納得したのはやはりというか、トキと同じく真面目(すぎ)な飯田天哉。実際彼は問題ないが、正直トキの言葉がモロにぶっ刺さっている生徒が既に二名ほどいる気がする。

 

 そして、ソフトボール投げで記録∞というブッ飛んだ記録を出した麗日お茶子が気になることを相澤に聞く。

 

 

「あの……トキ先生が結果欄に入っていないんですけど……」

 

「これは本来お前たちヒーロー科生徒の個性把握テストだぞ。無個性、しかも保険医で一般人のトキを入れるわけないだろ」

 

「……何かすんごい聞いちゃいけない単語聞いた気がするんだけど」

 

「「「保険医で一般人!?」」」

 

 

 副担任じゃないの!?とか一般人に失礼だよ!とか、後者などそれこそトキに失礼だろと言いたい台詞が飛び出すが、当のトキは苦笑するばかり。

 

 

「副担任で間違いないが、同時にトキは保険医でもある。苦労が単純計算で倍なんだからあまり面倒かけるなよ?それから、そもそも無個性のトキが無理してヒーロー免許取る必要もないし、当の本人は医師免許取得してる上に元々そちら志望だ。ということはだ、『一般人』のトキに万が一危害を加えるとそれだけで『ヒーロー』として不適格になるから注意するように」

 

(((危害加えようとしても返り討ちにされる未来しか見えません!!)))

 

 

 事実である。というかまず一般人に失礼発言を咎めるべきだと思うのだが、相澤自身トキを一般人というか常軌を逸脱した能力を持つ一般人、略して『逸般人』と思っているのでスルーしていた。そりゃ個性を一時的に消す『抹消』の個性持ちの相澤では、無個性で素のスペックが別次元のトキと相性が悪過ぎるし。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 それから教室に戻り各種資料が配られ、その他諸連絡を伝えられて一日目は終了。生徒たちは帰路につき、トキは保健室に、相澤は職員室にそれぞれ向かう。

 

 

「よーうイレイザー!初日からブッ飛んだことやったな!」

 

「今年は去年と違って一人も除籍処分にしなかったのね。珍しいじゃない」

 

「あいつらに見込みがあった、それだけですよ。それにトキも本気で除籍処分を検討してたようですし」

 

「おいおいマジかよ……あの菩薩みたいなトキがイレイザーと同種の人間だったなんて」

 

「……そういえば、彼も生徒たちに交じって参加したそうだけど。結果はどうだったの?」

 

 

 ミッドナイトが聞いた質問に対する相澤の答えを、職員室にいたほぼ全教師が耳を傾けて待っている。

 

 

「……目を疑いたくなるものでしたよ。ハッキリ言います。無個性が出せる記録じゃない。今の科学でドーピングしたって無個性じゃあんな記録は出やしない」

 

「……そりゃガチか、イレイザー」

 

「ああ。クラスの連中の上位陣と張り合える記録を、無個性で叩き出した。それからもう一つ」

 

「マダ何カアルノカ?」

 

「これはトキ自身から聞いた話だが、トキは人間が通常30%しか使えないはずの力を100%使えると言っていた。あいつが使う流派独自の呼吸法の産物らしいが……それでも入試トップの爆豪が個性なしで投げた最高記録は67m、対してトキは690m超え。明らかにおかしい」

 

 

 もはや絶句するしかない教師陣だが、そこに相澤はさらなる爆弾を投下した。

 

 

「確かに独自の呼吸法で100%の力を出せるとは言っていたが、あいつが全力だったとしても今回の個性把握テストでその呼吸法――『転龍呼吸法』とやらを使ったとは()()()()()()()()()

 

「「「!?」」」

 

 

 使っていたかもしれないが、使っていないかもしれない。これに関してはトキに聞いていなかったので相澤も分からないが、もし使っていなければトキにはまだ上があるということになる。

 

 

「ホントにオールマイトぐらいしか対等にやり合えないんじゃねーのか、それ」

 

「かもな。そのオールマイトでさえ厳しいかもしれん。それに握力測定の際にあいつが呟いたんだが、あいつの兄やケンシロウ……おそらく親類か何かだろう、そいつらはトキ以上らしい。握力だけかもしれんがな」

 

「握力の結果はこれ?……何これ、これより上って彼のご家族にオールマイトみたいなトンデモパワー持ちがいるわけ?」

 

「知りませんよ。そこは本人に聞いてみたらどうですか?教えてくれるかは分かりませんけど」

 

 

 ますますトキに興味が出てきた教師陣ではあるが、相澤が生徒たちに言ったように彼は一般人扱い。あまり問い詰めるような真似をしたくないし、してはいけないのも事実。

 

 

「まあ、何にせよ生徒共々興味が尽きない男だというのは確かですよ。ところで校長は?」

 

「トレーニングだって」

 

「は?」

 

 

 

 

 

「HAHAHA!いやー、トキ先生に秘孔突いてもらって以来トレーニングが楽しくて仕方ないのさ!健全なる精神は健全なる身体に宿る、至言だね!その逆もまた然り!」

 

 

 とあるトレーニング施設、そこには嬉々として150kgのベンチプレスを軽々と何度も上げ下げする根津校長がいたとかなんとか。




出久、この作品ではトキのおかげか最下位でも悟り開いてたのか満足モードでした。結局悟り開いても除籍なかったわけですが。
トキ兄さん、転龍呼吸法まだ未使用の可能性浮上。一応あれも奥義扱いなので、掟により他流派との闘いでは使用不可……ってヒロアカに明確な流派の拳法使いっていたっけ?というか、そもそもただのテストかあれは。

あと、根津校長が妙に書きやすいです。なんでだろ?


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第七話 戦闘訓練!その怒りは何故なのか!

今回はかの有名な戦闘訓練の回。
当然のようにトキ兄さんは現場医療班です。
だって本人が参加したら死屍累々になるのが目に見えてるんだもん……。

そしてとある要望があったので、試しにぶっ込んでみました。最後は脳内であのBGMを流しつつ、千葉繁さんの声をイメージしてお楽しみ下さい。

追記:投稿時にサブタイトルが無かったので付けました。加えて、度々の誤字脱字報告ありがとうございます。


 雄英では入学式兼個性把握テスト(後者はA組だけだが)の翌日から早速授業が始まる。相澤いわく「悠長なことをする時間はない」ということだが、実のところ初日のインパクトが強すぎて、プレゼント・マイクの授業などは拍子抜けするほどだった。

 

 

(((すごく……普通です)))

 

「オイオイオイ!もうちょっと盛り上がっていこーぜ!!」

 

 

 とりあえず、プレゼント・マイクのテンションが平常運転だったことだけが注目する点だろう。

 

 

 

 

 

 A組の副担任ではあるが、A組が座学の間は基本的にトキは保健室勤務。そこでもトキは負傷者ないし患者がいない限り、医学の勉強に励む。

 

 

「……やはりそうか。"個性"の発現によって秘孔の位置に誤差がある場合がかなりの割合で出ているな。こうなっていたと分かったからには秘孔が視える目になっていたのは僥倖と言える」

 

 

 トキは"個性"の始まりが中国であったことに北斗神拳との繋がりを運命だと感じ始めていた。そして調べていくうちに、過去僅かながら秘孔について研究されていることを突き止めたのである。しかし、彼が言ったように個性発現によって秘孔の位置に個々の差異が出ることが頻発してきたため、結局その研究は頓挫してしまったようだ。

 

 

「それは仕方ないことかもしれない。例の一つとして異形型の個性では身体の作り自体、わたしの世界の人間とは大きく違うのだし、ましてや"個性因子"というものの存在はこの世界特有なのだろう。さて……ここから先に進むにはどうすべきか……」

 

 

 困難な問題ではあるが何故だろう、楽しく感じるのは。明日も見えないかつての世界と違い、やはり心に余裕があるのがその一因なのか。

 

 そう思ったのも束の間、そういえば午後はA組がヒーロー基礎学……しかも戦闘訓練だったと思い出したトキ。自身やラオウ、ジャギにケンシロウが北斗神拳の修行を行っている時は、それこそ何かにつけて命がけだったのは忘れえぬ記憶。

 

 まあ、さすがにそこまではやらないだろう……と考えて時は思い直した。一人、やりそうな生徒がいることを。

 

 

(爆豪か……やけに出久を敵視しているようだが、出久の性格からして余程でない限り自分から突っかかっていくようなことはしないはず……とすれば逆か。個性把握テストの時もそうだったが、根深い問題のようだな)

 

 

 そう、爆豪勝己。

 

 強個性かつ身体能力も高いが故に、プライドもそれに比例して高く周りを見下す傾向が強い。特にどういうわけか出久に対してそれは顕著であり、個性把握テストの際もあの記録を出してからかなり強めに問い詰めてきたが、相澤が個性を使って制止したぐらいである。

 

 

「荒療治とはいえ最も効果がありそうなのはその自尊心を一度木っ端微塵にしてやることだが……今はまだ様子見にしておこう。何かの切っ掛けで変化が訪れるやもしれん」

 

 

 そう納得すると、トキは交代するように入ってきたリカバリーガールに頭を下げ、戦闘訓練の場であるグラウンドβに向かうのだった。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 誰よりも早くグラウンドβに到着したトキは、カサンドラでケンシロウを待っていた時のように坐禅を組み、生徒や今日の担当であるオールマイトを待っている間、瞑想を行うことにする。

 

 静かに目を閉じ、雑念雑音を廃し、ただただ精神を統一。実は今トキが行っているのは煉丹術――即ち気功法の一つであり、その中でも高度なものである『大周天(だいしゅうてん)』と呼ばれる技法。

気によって大宇宙との交流を行うというとんでもないものだが、これの修得によってトキは視覚・聴覚に頼らずとも万物が発する気を感知することで、まるで見え、聞こえているように身体を動かせるレベルに至っていた。

 

 修得してからも、トキは常に万全を期すべくこの鍛錬を欠かしていない。

 

 

 

 

 

 そこへ教師として一足早くやってきたオールマイトは、トキのその様子を見て圧倒的な存在感を即座に感じ取る。

 

 

(これは……!彼が発するエネルギーなのか!?静かだが、それでいて周りを覆いつくすような途方もないエネルギー……体格は私の方が勝っているというのに、まるで彼の掌の上にいるような感覚だ……!!)

 

 

 強者は強者を知る。まさにそれだ。

 

 そうやってオールマイトが立ち尽くしているうちに、A組の生徒がやってくる。そんなオールマイトを怪訝に思った生徒らが彼の視線の先を見ると、やはり爆豪や轟ら実力者はトキの放つ静かで強大なプレッシャーを感じ取った。

 

 

(んだよこれ……!ふざけんな!!どんだけ強くても所詮無個性のモブだろ!!俺が一瞬でもビビるなんてありえねぇんだよ!!)

 

(無個性云々で出せるモンじゃねぇ……いや、待てよ……これを俺も修得出来れば『左』を使わなくてもあいつを否定出来るんじゃないか……?)

 

(……轟が何を考えているかは分からないが、やはり爆豪は個性と無個性の差を重く考えているのが気の『ブレ』で分かる。これはなるべく早く矯正せねば後々取り返しのつかないことになりかねんな)

 

 

 二人がトキのプレッシャーを感じたようにトキもまた二人の気から、爆豪からは明確な焦りと敵意を、対する轟からはトキにこそ敵意はないが、別の何かに並々ならぬ怒りを抱いていることを感じ取れた。

 

 しかし、まずやらなければならないことは別にある。

 

 

「失礼しました、オールマイト先生。時間に余裕があったので瞑想をしていたのですが、そちらに集中し過ぎてしまったようです。申し訳ありません」

 

「え!?あ、いやいやノープロブレム!たとえ教師でも向上心があるのは良い事さ!HAHAHA!!」

 

 

 いきなりトキが目を開いて謝罪してきたことに、オールマイトは驚いて一瞬吃りつついつもの調子で笑う。ついでに飯田も「さすが雄英……!教師も日々学んでいるということか!」と感心しているし、峰田など「あれ以上バグってどうすんだよ」と言い出す始末。

 

 

「さて!ちょっと予想外の出来事はあったが始めようか有精卵ども!戦闘訓練の時間だ!」

 

「先生!ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか?」

 

 

 飯田の質問にオールマイトはそれより二歩先に踏み込むという。真に賢いヴィランは闇に潜むというオールマイトの説明に、トキは一人頷き納得する。卑劣な外道は大抵、部下にそれらを実行させ自分は安全な所で高みの見物を決め込んでいる、というケースは珍しくない。

 

 ケンシロウはそういう連中を平然と発見し、制裁して回っていたが、それは北斗神拳の真髄が暗殺拳であったが故の、相手にとって不幸という他ない理由だったりする。自業自得だが。

 

 それはそうとして、蛙吹梅雨という女生徒の不安げな質問を切っ掛けに、オールマイトは質問攻めにあってしまう。

 

 

「んんん〜〜〜聖徳太子ィィィ!!!」

 

「では、分かる範囲の質問にはわたしが答えよう」

 

「「「え?」」」

 

 

 ここで雄英の聖徳太子ならぬ雄英の聖人、トキの出番だ。予め打ち合わせしてあったことを、それ以外の質問へ対する答えと共に的確に説明する。

 

 

「まず安心してほしいのは、わたしが先日の個性把握テストの時にも言ったように、明らかにヒーローとして逸脱行為をしなければ除籍処分するようなことはない」

 

 

 ここで大半の生徒が安堵する。余程先日の『合理的虚偽』は効いたらしい。

 

 

「そして今回の戦闘訓練の状況設定だが、ヴィランがアジトに隠した核兵器をヒーローがそれを処理・確保すべく、ヴィランのアジトに突入するというものだ。二対二で行われるため、勝敗条件はヒーローないしヴィラン二名の確保、もしくはヒーローならば核兵器回収、ヴィランならば制限時間まで核兵器を守り抜ければ該当陣営の勝利となる」

 

「トキ先生!チーム分けはどうなるのですか!」

 

「ヒーローは常に最良のメンバーで事件解決に望めるわけではない。何らかの要因によって分断されたり、参加出来る者が限られる場合もある。それを考慮し、今回のチーム分けは公平かつ不正無しの方法で決定する」

 

「つまりくじ引きだ!!」

 

 

 飯田の質問にも丁寧に理由を述べて説明したトキだったが、その直後のオールマイトのくじ引き発言のおかげでシリアスな空気がブッ飛んだ。

 

 そしてその結果、一番最初にトキの注目する生徒が戦闘訓練の場に立つことになる。

 

 ヒーローチーム 緑谷出久&麗日お茶子

        V  S

 ヴィランチーム 爆豪勝己&飯田天哉

 

 

(狙ったわけではないが、こうなるとはな)

 

 

 とはいえこれはチーム戦、多少なりとも協調性が生まれるのではないか。そう思ったトキだったが、彼のそんな予想は一人に限って外れることとなった。

 

 出久とお茶子は互いにフォローすることで見事勝利したのだが、問題はヴィランチーム……というか案の定爆豪。出久目掛けて速攻で突撃していったのである。

しかも核という、それこそ火気厳禁の見本のような物がある場所で遠慮なく大爆破を行うなど、もはやガチのヴィランでも取らないんじゃないかと思うような戦いぶりであった。

逆に飯田は自身の個性や室内であることを活かし、相手を倒すより逃げる事を選択。爆豪の個性による爆破も、飯田としっかり打ち合わせ……例えば単純にお互いの距離を離すなどすれば問題がない、それどころか爆豪の個性が持つ破壊力を最大限に使用出来ただろう。

 

 しかし、コンビである飯田から見ても執着するように出久に突っかかっていく爆豪はスタンドプレーに走り、その結果敗北した。

 

 

(……やはりな。仕方ない、すぐには変わらないだろうが一石を投じるとしよう。願わくば、彼が少しでも仲間と共に歩むよう意識を変えることを信じて)

 

 

 トキがそんなことを考えている合間に、戦闘訓練は進んでいく。轟がビルごと凍結させたりしたことがあったものの、大きな負傷はトキが治療している出久ぐらいでほぼ問題なく戦闘訓練は終了。

 

 

 

 ……するはずだったのだが。

 

 

 

「まだだ。最後にわたしと、選抜した生徒二名による戦闘訓練が残っている」

 

「「「えええええ!?」」」

 

 

 トキの一言に、A組全員とオールマイトが驚愕の声を上げるのだった。

 

 


 

 

 突如告げられたトキとの訓練!!

 

 英傑に選ばれし二人の才児が目にするのは巨大な壁か、それとも地獄か!?

 

 

 次回!有情のヒーローアカデミア!

 

 『トキの洗礼!強個性超えるは鍛えし拳!』

 

 

「覚えておくがいい。覚悟を決めたヴィランほど恐ろしいものはないということを……!!」




あんなハイテンション予告をやり遂げた千葉繁さんに心から拍手と尊敬の念を送らせて頂きます。
そしてそのナレーションの文を考えていたシナリオライターさんもマジですげぇや……。
好評なら次回以降も続くかも。

ちなみにトキ兄さん強化案は既にある程度実行されてます。多分今回の大周天が出てきたことで神仙術と合わさって分かる人は分かってしまうんじゃないかな?


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第八話 トキの洗礼!強個性超えるは鍛えし拳!

ようやくトキ兄さん、本格バトル。
とはいえ世紀末じゃないからヒロアカ世界だと有情拳すら安易に放てないんだよなぁ……。
そのためのトキ兄さん強化なんですけどね。
少なくともドラゴンボールみたく舞空術使い始めて気弾が乱れ飛び地球がぶっ壊れたり、NARUTOみたく土だの水だの火だのを吐いて巨大生物を口寄せしたりとかはまず無いのでご安心を。


 予定になかった戦闘訓練が告げられたことで、生徒はよりもオールマイトがまずトキにその理由を問う。

 

 

「ト……トキくん、それ私聞いてないんだけど……」

 

「先日は相澤先生に乗っかる形でしたが、雄英の校訓と校風をわたしもこの場で使わせて頂くとしましょう」

 

 

 即ち『Plus Ultra』と『自由』。分かりやすく言ってしまうと『良い受難の為なら何でもあり』……そんな感じなのだが、オールマイトはトキの人となりを知っているので意味なくそんなことはしないと理解する。

 

 

「先程の戦闘訓練の成績を考慮し、わたしが選んだ二名とわたしによる戦闘訓練を行う。勝敗条件は変更なし、選抜された二名以外は当然見学。見るのもまた闘いだ」

 

「そ……それで、その二名って誰なんですか?」

 

 

 まさか自分なのだろうか、と不安な気持ちが分かりやすく出ている出久に苦笑するが、トキは表情を引き締め熟考の末に選んだ二人の名を告げた。

 

 

 

 

 

「爆豪勝己、そして轟焦凍。二人は準備するように」

 

 

 

 

 

 この発表はその場をざわつかせるのに十分な衝撃であった。入試主席と推薦入学枠が組んで、無個性の教師に挑む――前代未聞と言ってもいい出来事だ。

 

 

「爆豪と轟だって!?」

 

「二人とも強個性じゃねぇか!いくらトキ先生が強くても無個性、その時点で対策不可能だろ!?」

 

「戦闘訓練を見ていれば分かるが、絶望的にトキ先生が不利だぞ……!?」

 

「何を基準に選んだのかしら……?」

 

 

 驚きのあまりトキが無個性、爆豪と轟が強個性とそこに焦点が行ってしまっている……が、これがトキの狙いの一つ。

 

 そしてもう一つが――

 

 

(出久と爆豪を組ませるのは時期尚早だろう。先の戦闘訓練の感じからして、わたしと出久の戦闘中にまとめて爆破しようとする危険性が垣間見えるほどだった。同時にその個性でビルを凍結させて瞬く間に勝利した、轟の実力をより知るための良い機会でもある。あれでは個性という面でしか実力を判断出来ない)

 

 

 爆豪は当然として、轟はその実力を自らの身で確かめることにあった。個性の扱いは見事、しかし先日の個性把握テストでも判断出来なかった部分はどうか?

 

 それらを見極めるべく彼を指名したというわけである。

 

 既に準備が出来ていたトキは、自分がヴィラン側になると言いながらビルに入っていく。

 

 

「ヴィラン側って……ますます不利な状況になったぞ」

 

「一人であの二人を相手しながら核を守れって、そんなの無理ゲーじゃん!」

 

「守ることは攻めることより難しい……一体どうする気なんだ……?」

 

 

 生徒たちが不安を募らせていくが、爆豪と轟はそうではない。

 

 

(願ってもない機会だぜ……!相手が誰だろうが無個性が俺より上なわけねぇってことを証明してやる!!)

 

(あの強さの秘密を知るには直接戦う必要があるだろうな……やろうと思えばいつでもビルを凍結させて核の確保は出来る。あいつを超えて否定するためには強さの究明の方が大事だな)

 

 

 ……トキ自身か、それとも彼が相手だからと戦闘訓練の勝敗条件を甘く見ているのか、トキと戦うことばかりが頭の中を占めていた。

 

 それが、思いもよらぬ結果になると誰が予想出来ただろうか。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 トキがビルに入ってもうすぐ十分――訓練開始まであと僅か。

 

 

「おい、半分野郎」

 

「……何だ?」

 

「ビルごと凍らせるんじゃねえぞ。俺が確保して勝つ」

 

「分かってる。……だがもしもの時は凍らすぞ」

 

「ハッ!もしもなんかねぇ!俺が勝って終わりだ!!」

 

 

 出久相手に比べればマシなのだろうが、相変わらずスタンドプレーする気満々である。もっとも、轟の方も似たようなものなのだが。

 

 そして開始時間になって二人が突入しようとした時、なんとビルの入口からトキが悠然と歩いて出てきた。これには爆豪も轟も唖然とする。一人だというのに核兵器を放っておいてもいいのかと。そして、それは見学中のオールマイトや生徒たちも同じであった。

 

 

 

 

 

「何であそこに核を……!?二人が突入したりすればすぐに見つかるぞ!」

 

「しかも本人は出ていくし!はなっから勝負を捨ててるとか?」

 

「いや……トキ先生はそういう人じゃない」

 

「デクくん?」

 

「トキ先生は僕たちが思っている以上に広い視野で周りを見ているんだ。実力だけじゃない何かを狙っているに違いない」

 

 

 ほとんどのクラスメイトがトキの行動を理解出来ない中、出久だけはその行動の先にある何かを探ろうと頭をフル回転させている。彼が分析が得意なのは周知の事実だが、トキもまた分析は得意なのだ。そこに今回の鍵が隠されている、と出久は踏んでいた。

 

 

(しっかり見なきゃ……!無個性とかそんなのは関係ない、トキ先生の強さを!!)

 

 

 

 

 

「何でビルから出てくるんスか。俺らが突入したら終わりッスよ」

 

「かもしれん。故にそうさせるわけにはいかん」

 

「……いくら先生でも厳しいと思いますが」

 

「お前たち……『背水の陣』というものを知っているか?」

 

「「!?」」

 

 

 少し話して気づいたが、トキの纏っている空気が普段と明らかに違う。

 

 

「核兵器はあの中だ。無論、()()()()動かしていない」

 

「そんなことバラしてどうするんですか?」

 

「……お前たちヒーローによって、ヴィラン(わたし)は追い詰められた。もはや後はない。だからこそ全てを賭けてこの場でお前たちに最後の勝負を挑もう」

 

 

 トキは今、ヴィランになりきっている……モニターを通して見学しているオールマイトたちにもそれは分かっていた。

 

 しかし、目の前の二人――爆豪と轟だけはそれだけでなく、彼らをも覆いつくすような、トキの圧倒的気迫がその場を支配していることに気づく。

 

 

「覚えておくがいい。覚悟を決めたヴィランほど恐ろしいものはないということを……!!」

 

 

 爆豪と轟の目にはトキの纏う闘気(オーラ)が視えていた。静かだが、ハッキリと――積み重ねられてきた年月の違いを思い知らされるような、強大なモノが。

 

 

「……上等だァ!!!」

 

 

 未だ棒立ちのままのトキに対して、爆豪が先手必勝とばかりに一気に踏み込んで爆破する――かと思われた。

 

 

 

「ゴハァ!?」

 

 

 

 気づいたときには爆豪の腹にトキの拳が炸裂し、爆豪の身体はくの字……いや、『<』の記号のような凄まじい曲がり方をしていた。まだ距離がある、そう油断していた爆豪は思いもよらぬ強烈な一撃をもろに食らい、堪らず腹部を押さえて片膝をついたが、それで終わりと慢心するトキではない。

 

 トキは爆豪が痛みで動けぬうちに、左の胸あたりを突く。

 

 

「があぁぁぁああっ!?」

 

「秘孔新膻中(しんたんちゅう)を突いた……爆豪よ、お前の体はわたしの声がかからぬ限り動かぬ。悪いが確保させてもらうぞ、ヒーロー」

 

「何だと……ッ!クソがァァァ!!!」

 

 

 確保用のテープを爆豪に巻き付けたトキは、轟へとその標的を変える。そんなトキに爆豪は力の限り叫ぶも体を動かすことはおろか、個性すら発動出来ない状態。自らのタフさに驕り、相手は無個性だと一瞬でも防御を怠ったことで爆豪は瞬く間に無力化されたのだ。

 

 

 

 

 

 それを見ていたオールマイト以下A組の生徒たちの表情は驚愕一色に染まる。あの爆豪が、真正面から即座に制圧されたのだ。個性を使う暇さえ与えられぬまま。

 

 

「な……何だよ、あれ……何で爆豪が動けなくなってんだよ!?」

 

「秘孔新膻中……とかを突いたと、トキ先生は仰っていましたわ」

 

「うん、ウチも聞いた。なんかトキ先生が声かけないと動けないとかなんとか」

 

「はあ!?何だそのチートみたいな技!」

 

(あれが校長やリカバリーガールが言っていた北斗神拳……!!相手を必要以上に傷つけず、的確に無力化するとは!!)

 

 

 一応、鍛え抜いた者が自力で解除して動けるようになることは可能。だが、それは同じく北斗神拳を使うケンシロウでさえ特殊な状態になった時であったため、今の爆豪では到底不可能。

 

 

(これが個性に頼らないトキ先生の"技術"……!!)

 

 

 出久もまた、息を呑んでモニターを注視している。モニターの向こうの轟もまた、あっという間の出来事に唖然としていた。

 

 

 

 

 

 轟は目の前の光景を信じられない。たった二発。その二発だけで、間違いなくA組トップクラスの実力者である爆豪が何も出来ぬまま確保された。

 

 

「お前もわたしとの戦いが目的だったのだろう?いつまでそうしているつもりだ」

 

「ッ!」

 

「今はこうしてわたしが待っているから良いものの、実戦ではヴィランが待つことなど基本的には有り得ない。思考をすぐに切り替えるのだ。でなければ次の瞬間、お前の命の灯火が消えていてもおかしくはない」

 

「そんなこと……とっくに分かってる!」

 

 

 トキの技量ならば、ここからビルを凍らす前にこちらに仕掛けて爆豪と同じ目に合わせることが可能だと判断した轟は、まず自分の周囲に氷を発生させ、防御を強化した上でトキの動きを制限する戦法に出る。

 

 

「安易には攻め込まない。良い判断だ」

 

(見たところ爆豪を戦闘不能にしたアレは、相手の体を突くことで発動する……そうなると定石といえばやっぱり距離を取っての攻撃しかないか)

 

 

 既に一人になってしまっているため、慎重に戦術を練らなければ敗北は免れない。しかも相手は無個性と言ってもその技量や素の身体能力が別次元……これ以上は一つのミスも許されない状況だ。

 

 ただ、轟は一つ思い違いをしていた。

 

 北斗神拳には相手に触れずとも攻撃する方法がある。爆豪を戦闘不能にしたことが相当なインパクトだったから仕方ないとはいえ、その可能性すら考慮していなかったのだ。

 

 トキは左の掌に右拳を添え、精神を集中する。それに対し、悪寒を感じた轟は即座に無数の氷を飛ばしてトキを狙うも、逆に距離を取ったのが仇となりトキに届く前にその攻撃は無に帰することになる。

 

 

 

北斗乾坤圏(ほくとけんこんけん)!!!」

 

「ッ!?」

 

 

 誰が予想出来たか、突き出されたトキの両掌から闘気による弾丸が連続発射されたのだ。その闘気密度は恐ろしく高く、大きさも轟の放った氷より大きい。轟が放った氷を破壊しながら突き進む無数の弾丸をどうにか回避した轟だったが、彼はそこで判断を誤った。

 

 個性把握テストのとき、トキが立ち幅跳びをした際に相澤が呟いた「トキの真骨頂は空中戦」――ほんの僅かな間の一言を、彼が真面目に受け止めていたらそこで勝負は決まらなかっただろう。

 

 気がつけば轟が見た場所にトキは居らず――

 

 轟よりも更に上空へと飛んでいたトキは、轟の両耳の下辺りを目にも止まらぬ早さで突いた。

 

 

「この訓練はお前たちの負けだ。抵抗せず確保されるんだ」

 

「分かりました」

 

 

 轟は間髪入れずに答えた上、トキにそのまま空中で抱えられて地上に降りた後、本当に何の抵抗もせず黙って確保テープを巻かれてしまう。それには爆豪の怒声が更に増し、それから戸惑いながら告げられたヴィラン側勝利のアナウンスの後で、トキは二人に突いた秘孔効果の解除を行った。

 

 

「半分野郎!!テメェ何簡単に諦めてんだ!!」

 

「諦める?俺が?それよりいつ決着がついたんだ。先生の攻撃を飛んで避けた後の記憶が無いんだが」

 

「ふざけんな!!負けだって言われて分かったって言ってただろうが!!」

 

 

 このままではまずいと思ったトキは、轟が意識を失ったのは自分が秘孔"風巌(ふうがん)"を突き、一時的に意識を支配したからだと説明すると、二人は揃って目を見開く。後からやってきたオールマイトや生徒たちが集まった場で再度説明を行い、驚愕の声が演習場に木霊した。

 

 

「い……意識を支配って……」

 

「つーか突いたって何!?指先一つで何でもありかよ!!」

 

「まさに一騎当千、華麗なる業師」

 

「ところでトキくん、何故核を入口入ってすぐ目につくような所に置いたんだい?」

 

「簡単ですよ。二人は私が入口を守っており、そこを突破出来無ければ本来置かれている場所まで爆破で空を飛ぶか、氷を使って足場を作り別の階の窓か屋上から侵入するだろうと考えたのです。その上でわたしはこう言いました。そこから動かしていない、と」

 

 

 そう言ってトキが指差したのはビルの入口。そう、文字通り入口に持ってきてそこから動かしていない、という意味で、とどのつまり逆に頭を使わずビルに正面突撃すれば良かったのだが……結果は、二人が率先してトキと戦おうとしてしまったため徒労に終わってしまった。

 

 

「侵入して無駄足を踏ませた後で確保することも作戦の一部ではあったのですが、二人がそれをまるで狙わず私の確保を優先してきたので、思いのほか早く勝敗が決してしまいました」

 

 

 そう言って苦笑するトキであったが、あーでもないこーでもないとトキの技について議論している見学していた者たちに対して、爆豪と轟は未だショックを受けたままだ。

 

 勝てないとは微塵にも思っていなかった。多少は苦戦するだろうが、むしろ自分たちの実力を示せるという自信が少なからずあったのだが、それは容易く木っ端微塵にされ、実力差を実感させられるだけという散々な結果になり、爆豪は誰に向けてか怒りに震え、轟も悔しさのあまり下唇を噛んでいる。

 

 

(確かに二人は強個性を持っているだろう。身体能力も高い。だが世界は広い……自らを井の中の蛙と思い一層励むか、それともこの結果を認めぬか……それが未来への分岐点と言ってもいい。この敗北が二人の糧となってくれればいいのだが)

 

 

 トキの願いが届いたのかは定かではない。

 

 少なくとも言えるのは、二人とも今回のことで折れたりだけはしなかった、ということだけだ。

 

 


 

 

 常に話題を追い求めるマスコミたち!

 

 しかし、その裏でそれすらも利用しようとする恐るべき悪意が雄英を襲う!

 

 

 次回!有情のヒーローアカデミア!

 

 『委員長選挙!メディアの影で蠢くヴィラン!!』

 

 

「お引き取り願おう。ここはお前たちがいて良い場所ではない!!」




まず今回、トキ兄さんが使った技と秘孔で分かりにくいやつの説明を簡単に。

○北斗乾坤圏:北斗無双にて登場した、闘気を放つ遠距離技。もう病人じゃないので連射しても無問題。

○秘孔"風巌":蒼天の拳で登場。霞拳志郎が馬賊に対して使用した。突かれた者は術者の言う通りにしてしまう、心操人使の個性の物理版。個人的にチートだと思う。

どちらも北斗の拳の原作には登場していないので分からない人もいるかもしれません。特に風巌。

しかし他の北斗キャラ(一名蒼天いるけど)出すにしても精神世界に出すか現実に出すか悩みますね、コレ。


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第九話 委員長選挙!メディアの影で蠢くヴィラン!!

ご存知、委員長選挙(というけどほぼ自己投票)とマスコミの回です。
年度末ということで、このところ仕事がハードになり寝転がって書いてたら寝落ちして変な文になってるのが当たり前でした。なんだ「ひこにゃんご飯」って。
やっぱり学校系バトル漫画で主人公が生徒な場合、生徒視点じゃなくて先生視点だと難しいですね。


 戦闘訓練の翌日、職員室ではやはりというかA組の戦闘訓練――正確にはトキの闘いばかり話題に上がっていた。

 

 

「オイオイオイ、ヤベーだろコイツぁ……指先で一突きするだけで動きを封じて、挙げ句意識支配まで出来るって、数多のプロヒーローが是が非でもサイドキックに欲しがるぜ!?」

 

「ヴィランの無力化、怪我人の治療、尋問その他諸々を一人で可能……おまけに本人の戦闘能力も桁外れ。校長やリカバリーガールが雄英に保護する形で連れてきて正解だったな」

 

 

 そうでなければ、今もトキは様々な人物に狙われつつ彼方此方を転々としていただろう。多くの人を助けられるなら彼は特に気にしなかったかもしれないが、その場合は彼を守る後ろ盾が何も無い状態であり、疲労や精神的ストレスが酷いことになっていたんじゃないかと容易に想像出来る。

 

 

「そういやトキ、今日は姿を見てねーな。珍しく寝坊か?」

 

「生徒たちが怪我をした時の治療に加えて、俺のクラスの副担任、しかもリカバリーガールに呼ばれりゃそっちにも行かなきゃならない……一般人なのにヒーローの俺たちと比べて負担が重いんだぞ。俺としては寝坊程度であいつの体調やモチベーションが維持出来るならその方が良い。今後を見据えるとそっちのが合理的だ」

 

「ソモソモ普段ハ我々ヨリ早ク来テイル時ガホトンドダカラナ」

 

 

 そんな話をしている相澤たち。そしてその話題の人物はというと――

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「――ということだ。貴方たちはオールマイトオールマイトと彼のことでばかり騒いでいるが、その彼が自分が原因で生徒や同僚に迷惑をかけたらどう思うか……考えたことはあるのか?」

 

「い……いや、その……」

 

「わ……私たちはただ彼の雄英での生活について知りた……」

 

「ならば尚の事、事前に連絡を入れて許可を貰い、堂々と雄英へ来ればいいだけのこと。その手間すら惜しんだ結果、こうして生徒たちが登校する時間を見計らって彼らを狙い、インタビューと言って拘束する。やっていることがヴィランと変わらぬ」

 

 

 先日の爆豪&轟との戦闘訓練で見せた静かなる圧倒的気迫を纏い、雄英近くで生徒を捕まえてはオールマイトに関する質問攻めをしているマスコミに説教している真っ最中。

 

 

「あの、トキ先生……」

 

「ん?耳郎に芦戸、時間にまだ余裕はあるが、早く教室に行くといい。わたしについて相澤先生に聞かれたら、ありのままを答えてくれると助かる」

 

「はーい!」

 

「すみません、それじゃウチら行きますね。ありがとうございました」

 

「うむ」

 

 

 そんな二人を普段通り穏やかな笑顔で見送ったトキだが、逃げようとするマスコミ連中を見た瞬間、再びプレッシャーを放つ。

 

 

「「「ひいいっ!?」」」

 

「まだ話は終わっていないぞ。彼女らはヒーローの卵……厳しい試験を乗り越え、己の胸にそれぞれの大志を抱いて入学したばかりの未来への宝とも言うべきものだ。貴方がたが原因で万が一除籍処分にでもされたらどう責任を取る気でいる?」

 

 

 ぶっちゃけオールマイト以上に画風が違いすぎて、ただそこにいるだけでとんでもない圧をかけてくるトキに、その場のマスコミ全員例外なく涙目。ちなみに、先の二人の後にも続々と生徒たちが登校してきたので、マスコミたちは公開処刑されたようなものである。

 

 その様子を見ながら、トキに挨拶しつつ登校した常闇はこう語った。

 

 

「聖人君子たるトキ先生のあの怒り。まさに咎人裁く天罰の如し」

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 そんな感じでトキは遅めに職員室に顔を出し、事の顛末を教室に行くべく準備していた相澤らに伝えると、プレゼント・マイクは大爆笑してサムズアップ、エクトプラズムには生徒のために動いた事の礼を言われ、相澤からは「よくやってくれた」と労いの言葉をかけられた。

ただ、ミッドナイトは「彼のお説教、受けてみたい」とか言い出しており本気でドン引きされたらしい。

 

 朝っぱらからトラブルに遭遇したものの、本日はA組の教室に顔を出すことになっていたトキは相澤と共に入室。口々に礼を言われるが、普段通り穏便な返答で返していく。

 

 そして始まったHR、戦闘訓練の批評から爆豪や出久への諸注意なども程々に、相澤はこう告げた。

 

 

「これから君たちには学級委員長を決めてもらう」

 

「「「学校っぽいの来たァァァ!!!」」」

 

「委員長!!やりたいですソレ俺!!」

 

「ウチもやりたいス」

 

「オイラのマニフェストは女子全員膝上30cm!!」

 

「ボクのためにあるやつ☆」

 

「リーダー!!やるやるー!!」

 

 

 誰もが我先にと立候補。トップヒーローを目指す上ではまずリーダーになることが求められるのか、とトキは解釈する。一応、トキに相澤が『もし生徒だとしたら学級委員長に立候補するか』と聞いたところ、トキはこう答えた。

 

 

「いえ、わたしは保健委員を希望します」

 

 

 予想通りだった。キリッとした表情で言う彼に、A組の生徒たちは「そう言うと思った」とでも言いたげな、温かい笑顔で頷いたという。

 

 結局、飯田発案の投票による平等な選抜によって、出久が委員長、八百万が副委員長という結果に落ち着いた。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 昼休み――トキは保健室で有事に備えつつ昼食を摂っていた。なお、食堂利用時以外は自作弁当を持参。野菜多めで白米の代わりにカリフラワーを入れる健康志向。

 

 

「……あの世界ではこういったものはほとんど食せなかった。農林水産業に従事し、我々の生活を支えてくれている者たちに感謝を忘れぬようしなければ」

 

 

 人にとって当たり前のことが当たり前に出来ることの喜びを感じつつ、昼食を終えたトキは食後の茶を飲んで一息入れていたのだが、突然警報が鳴り響く。

 

 

「む?」

 

『セキリュティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難して下さい』

 

「穏やかではないな。生徒の、と放送がされている以上は教師であるわたしは何かに対処せねばならないということだろう」

 

 

 一先ず相澤らの指示を仰ぐべく保健室を出ると、タイミングよく相澤やプレゼント・マイクが走っていく寸前であった。これを幸運と言わず何と言おうか。

 

 

「うおおおお!?ナイスタイミングじゃねーか!地獄に仏とはまさにこの事!!」

 

「相澤先生、マイク先生。何か非常事態ですか?」

 

「非常事態と言えば非常事態だ。朝、お前が説教してくれたマスコミ共がいるだろ?そいつら、どうやら諦めてなかったらしくてな、どういうわけかここに入って来たんだよ。雄英バリアのチェックは欠かしていないはずなんだがな……ったく、これだからメディアの連中は嫌いなんだ」

 

「それで俺ら教師総出でそれの収束に当たろうってわけなんだよ!メシ食った直後っぽい時に悪いけど手伝ってくれねえか!?」

 

 

 要はネタ欲しさにマスコミが正真正銘のマスゴミと化して雄英になだれ込んできたらしい。トキの説教を受けて尚その欲を叶えんとする図太いメンタルは称賛に値するが、人としては言うまでもなく最低である。

 

 だがここでトキは不審に思う。自分が見た限り、朝のマスコミの中に強固な雄英バリアを突破出来るだけの身体能力や個性を持っている者はいなかった。何より、それが出来たとして実際にやろうとする者はいないだろう。不法侵入という不祥事を起こしたとして、悪い意味で認知されてしまうのだから。

 

 

(だが今回はそれがされた。彼らにそれをやるだけの力が無いにも関わらず……そして雄英のセキュリティ……即ち安全対策は万全、故に想定外の事態が起きたとあれば教師が総出で生徒の安全を……総出で?)

 

 

 ここでトキはある仮説に辿り着いた。

 

 

「相澤先生、マイク先生。わたしは別の場所へ向かいます」

 

「ホワイ!?今度はそっちがどうしたってんだよ!?」

 

「……お前ほどの男がこの状況下で俺たちと協力しないとなると、何かあるな?」

 

「はい。杞憂に終わればそれで良し、しかしそうであれば今後生徒たちに、いえ雄英全体に危害が及ぶ恐れがあります」

 

 

 プレゼント・マイクは「はあ!?」と素っ頓狂な声を上げ、相澤は一度目を見開いたがすぐに表情を引き締めた。今の彼はプロヒーローの顔だ。

 

 

「分かった。俺たちはマスコミを出来る限り早く追い返す」

 

「ぅおぉぉおい!?イレイザー!?」

 

「お二人もお気をつけて。時に執念は実力以上の力を発揮しますから」

 

「オーイ!?俺を置いて二人で突っ走るのやめて!?」

 

 

 相澤はトキの言わんとしていることを察したのか、プレゼント・マイクを引っ張りマスコミの収束へと赴く。それを確認したトキは自身が言ったように『ある場所』へと急ぐ。

 

 

(彼らは自覚は無いだろうが『囮』として使われている。雄英のセキュリティが強固であることを逆利用した見事な策と言える。強固であるからこそ有事の際には全力を持って対処せねばならないからな)

 

 

 

 

 

 誰もいなくなってガラリとした職員室。そこに二つの影が現れた。

 

 

「やっぱり思った通りだな。一見万全に見える雄英のセキュリティも、蓋を開ければこんなモンか。ここの教師たちがマスコミに気を取られてる間にさっさと済ますぞ、"黒霧"」

 

「もちろんです、"死柄木弔"。さて、確かオールマイトは今日非番……彼が出てくる日程とカリキュラムは……」

 

 

 ゴソゴソと教師たちの机を探す二つの影に、一つの影が近づき――

 

 

 

「火事場泥棒とはやることが姑息だな」

 

「「ッ!?」」

 

 

 殺気を孕んだ声で話しかけた。当然、全員出払っているだろうと思っていた二人は驚愕の表情をしながら、勢いよく振り向いてその声の主を見る。

 

 

「おい、黒霧……何だこいつ」

 

「雄英の教師……のようですね。まさか戻ってくるとは」

 

「お引き取り願おう。ここはお前たちがいて良い場所ではない!!」

 

 

 声の主――トキは二人を即座に今回の元凶であると見抜き、白衣を脱ぎ捨て道着姿で構えを取る。雄英バリアを突破したであろう、眼前の二人は間違いなくヴィラン。それもかなりの実力者だろう。

 

 

「心配しなくても帰ってやるよ。オールマイトがいないんじゃ意味がない」

 

「……随分と物分りが良いな」

 

「ええ。つい先程目に入りましたし、何よりこれから続々と帰ってくるプロヒーローの大群とかち合うようなことは避けたいので」

 

(目に入った……つまり最初から偵察が目的だったというわけか。だが……)

 

 

 構えを解き、静かに目を伏せるトキ。しかし、その瞬間を待ってましたと言わんばかりにヴィランの一人、死柄木弔と呼ばれた者がトキに飛びかかった。

 

 

「けど手土産の一つぐらい貰っても゛っ!?」

 

 

 ……が、トキは目を伏せたまますれ違うように死柄木を躱すと、その背に強烈な蹴りを叩き込んだ。当然、そんなことをしてくると思わなかった死柄木は呆気なく吹っ飛び、その先にあったドアに顔面から激突。ついでに手が触れたドアが崩れていく。

 

 

「死柄木弔!?」

 

「お前たちがやりそうなことは大体予想出来る。案の定わたしが構えを解いた途端に仕掛けてきたな。おかげで何故マスコミがここまで来れたかハッキリした」

 

「お前ッ……!!」

 

 

 手痛い一撃を食らい、しかもそれが狙ってやられたことを知り怒りに震える死柄木を、黒霧と呼ばれたヴィランが諌め撤退を促す。先程のドア激突が相当派手な音だったのか、何名かが駆けてくる音が聞こえてくる。

 

 

「ここは退きましょう。あのマスコミもそろそろ追い返される頃です。このままでは下手すると多くのプロヒーローに包囲されかねない」

 

「……クソッ……!次に会ったら殺してやるぞヒーロー……!」

 

 

 忌々しげにトキを睨みつけながら、黒霧の個性であろうその名の如く黒い霧に包まれた死柄木は黒霧と共に消えた。それと入れ替わる形で、相澤を筆頭とした教師陣が職員室へと駆け込んでくる。

 

 

「トキ!何があった!?」

 

「うおっ!?何かドアが粉々になってんぞ!?」

 

「ヴィランに侵入されていたので交戦しましたが、場所が場所だけに激しい戦闘は出来ず……相澤先生たちが到着する直前に逃げられました。すみません」

 

「……いや、むしろ朝のマスコミ対処に続いてよくやってくれた。お前と俺たちの挟み撃ち状態から逃げられるってことはワープ系の個性持ちか?」

 

「ええ。全てかどうかは断定出来ませんが、相手の個性も判明しました。外見も含めてこの後開かれるだろう緊急会議にてお話しします」

 

 

 

 

 

 その後、根津校長も含めた教師陣の緊急会議で、唯一ヴィランと交戦したトキから様々な情報が開示された。外見や個性、ざっと見た性格……如何にトキの観察眼が鋭いか再認識させられる教師陣。

 

 

「……以上がわたしがその二名と交戦した際に得た情報です。最初から偵察目的……それもオールマイト先生絡みと見て間違いないでしょう。日程やカリキュラムと言っていたのでオールマイト先生が担当する教科、特に屋外訓練を行う場合は細心の注意を払うべきだとわたしは思います」

 

「なるほど……短い時間の間によくそこまで調べてくれたね。ありがとう、トキ先生」

 

「絵まで描いてくれてたなんて……しかも上手い」

 

「特徴だけだと聞いた個人のイメージで全く変わる場合がありますからね。情報を共有するという意味で合理的だ」

 

 

 トキに何気に絵心があったことで死柄木と黒霧の姿も知ることが出来た雄英は、先の情報と合わせて今後の対策を練っていくことに決定。

 

 それも踏まえて、近く行われるA組の救助訓練の授業はオールマイトも担当するとあって、早速対策会議が行われることになる。

 

 だが、彼らは知らない。

 

 ヴィラン側の隠し玉が想像を超えるモノであることを。

 

 

 

 それから、A組の委員長は出久が辞退したため飯田になったらしい。非常口のマークがどうとか聞かされたトキは、黒霧の件もあって――

 

 

「まさか……彼も転移系の個性を隠し持っていたのか!?」

 

 

 と変な勘違いをしてしまったそうな。

 

 


 

 

 ヒーローの本懐、救助訓練に胸踊らせるヒーローの卵たち!

 

 だがそんな彼らを嘲笑うかのように、ヴィランはその牙を悪魔と共に向ける!

 

 

 次回!有情のヒーローアカデミア!!

 

 『ヴィラン強襲!悪意の果てに仁王は蘇る!!』

 

 

「何だよ、あのデカさ……!!」




三回だけなのに次回予告に力(ネタ)尽きそうになってる自分がいる。我ながら早くないかオイ。
実は最初、マスコミ連中の秘孔突いて雄英の外に放り投げてもらうのも考えてました。さすがにダメですねそれは。
何かもう、次回のネタバレ感がすごい気がしますけどそこは知らんぷりでお願いします。

【本日の不満】

死柄木「俺のやられ方がギャグっぽいんだけど」


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第十話 ヴィラン強襲!悪意の果てに仁王は蘇る!!

やっと完成いたしました、USJ襲撃編。今回は前編相当です。
過去最長になったけど、展開的にA組とトキの合流タイミングに悩んだ結果、そこでかなり時間がかかりました。それ以降はある程度スラスラ書けてたけど、どのぐらいまでにしようかとまた悩み、本日ようやく完成に至りました。
少しばかりギャグに見えるシーンがありますが、そこはご愛嬌ということで。


 トキが死柄木弔と黒霧という二人組のヴィランに遭遇した数日後、トキの警戒していた『オールマイトが屋外で教導を行う日』がやってきた。

 

 それはA組のヒーロー基礎学の時間。

 

 

「今日のヒーロー基礎学は、訳あって俺ともう一人を含めた三人体制で教えることになった。内容は人命救助訓練、今回はその内容から場所よって色々と制限がかかるだろう。よってコスチュームは各自の判断で着ろ」

 

「オールマイトに相澤先生、それともう一人の三人体制……トキ先生は参加しないんですか?」

 

「あいつは今日リカバリーガールの代わりに孤児院へ医療ボランティアに行ってる。本人は遅れて合流するよう努めるとは言っていたが、用事が用事だけに疎かにはさせられん。いつものようにどこかぶっ壊して、すぐにトキに診てもらえると思うなよ、緑谷」

 

「は……はい!」

 

 

 

 

 

 都合悪くトキはリカバリーガールが定期的に行っている孤児院での医療ボランティアに代理で行っており、危惧していたその日に現場でスタンバイ出来ないことを申し訳なく言っていたのだが――

 

 

「安心してくれ、トキくん!如何なるヴィランが来ようと私が生徒たちを守ってみせる!HAHAHA!!」

 

 

 ……と、普段通り笑っていたオールマイトを信じ、早朝からボランティアに向った。しかし、これまた普段通り通勤ギリギリまで活躍したおかげで仮眠室で休憩することになったという、何とも言えないことになっているとはトキが知る由もない。

 

 事前に伝えられていたにも関わらず、トキの信頼をヒーロー故に仕方ないとはいえ裏切るようなことになってしまい、仮眠明けにオールマイトがリカバリーガールから怒鳴られるのは不可避であった。

 

 

「ちょっとは危機感を持ちな!あんたは実力も正義感も立派だけど昔っから頭が残念なんだよ!」

 

「返す言葉もございません……」

 

 

 オールマイトには一度トキに頭が良くなる秘孔でも突いてもらった方がいいのかもしれない。そんな都合の良い秘孔があるかは疑問だが。

 

 

 

 

 

 それはともかく、訓練場までバスで移動することになり、委員長として仕事しようとした飯田が張り切ったところ無駄に終わったり、出久の個性がオールマイトに似てると言われ焦ったりした後、何故かトキの話題となった。

 

 

「そういやさ、トキ先生ってどっから来たんだ?」

 

「ケロ、確かに気になるわね。普通に鍛えただけじゃあんなに強くはなれないわ」

 

「個性把握テストのとき、『兄さんやケンシロウ』って言ってたけど、ケンシロウって誰だろ?」

 

「あれだ、兄さんの後に続くんだし弟じゃねーか?」

 

「ていうかトキ先生以上にスゲーパワー持ちなんだろ?もしかしたら握力1t超えるんじゃ……」

 

「……まさかその方々も無個性なのでは……」

 

 

 八百万の疑問は当たりである。あの世界、分かりやすく個性持ちと分類されるなら肉体的な意味でサウザーなどほんの一握りしかいないだろう。

 

 ヒャッハーなモヒカンはアレあの世界のデフォルトなので除外。こっちの世界の人間が見たらあれを個性と解釈するかも。

 

 ついでに言っておくが黒王号も強靭で巨大な馬なだけで別に『筋肉』の個性があるわけではない。個性持ちの根津校長(最近ビルドアップしてきてる)と同じに考えないように。

 

 

 盛り上がってきたところを相澤に中断され、やや不完全燃焼気味だが気持ちを切り替えて授業に臨むA組の生徒たちの前に現れたのは、アトラクションのような施設が立ち並ぶ『ウソの災害や事故ルーム』略してUSJと、宇宙服のようなコスチュームに身を包んだスペースヒーロー・13号。ちなみ性別は女性。

 

 

「13号、オールマイトの姿が見えないんだが……」

 

「それが先輩、実はですね……」

 

 

 案の定人助けに飛んで走って回っていたことにより仮眠中、と聞かされた相澤は額を抑えるハメになった。トキが詳細な情報を齎し、注意喚起してくれたのに全くを持って骨折り損、トキの読みが良い意味で外れてくれることを祈るしかない。

 

 そんな相澤を慰めつつ、13号から救助訓練前のお小言を頂戴することになったA組。

 

 要約すると個性は人を生かすことも殺すことも出来る危険な力、それを理解しヒーローとして己を律するように、ということだ。トキがいればその姿勢に迷わず拍手を送ったことだろう。暗殺拳――人の命を奪う拳法である北斗神拳を人の命を助けるべく振るうトキはその考えに深く賛同している。

 

 その後、彼女は続けて個性を人命救助のためにどう使えるかを学ぼうと努めて明るく告げた。個性は人を傷つけるためではなく、助けるためにあるのだとも。

 

 

「以上、ご静聴ありがとうございました」

 

 

 お辞儀する彼女に惜しみない拍手が送られ、授業を行うべく相澤が説明しようと口を開いた瞬間、その場にいる者全員が突然悪寒に襲われる。それから相澤の判断と動きは早かった。

 

 

「全員一塊となって動くな!13 号は生徒を守れ!」

 

 

 切羽詰まったような声で叫ぶ相澤と、黙って頷き生徒たちを取りまとめそれを守るように自身が前に立つ13号。そのタイミングを見計らったかのように、USJの中央広場にある噴水付近に黒い霧が突然出現し、少しずつ大きくなり広がっていく。

 

 そして、その中から現れたのは――

 

 

(あの風貌……!トキの報告にあったヴィランか!)

 

(となるとあの霧はもう一人のヴィランの!)

 

 

 相澤と13号は数日前に会議したとき、トキが描いてくれていた似顔絵と一致するヴィランを確認し、警戒を更に強める。どちらの個性もかなり厄介なのは教師たちの間では周知の事実。その二人だけでなく、数十人のヴィランも続いて霧の中から続々と現れた。

 

 

「何だ何だ!?また入試と同じく始まってるパターンか!?」

 

「違う!あれは正真正銘のヴィランだ!!」

 

 

 相澤が叫び、死柄木と呼ばれているだろうヴィランを睨む。先に口を開いたのは黒霧と呼ばれていた方だった。

 

 

「13号にイレイザーヘッドですか。先日目にしたカリキュラムではオールマイトもいるはずですが……あの男が何か入れ知恵したのかもしれません」

 

「何だよそれ。あのチート野郎に俺たちの作戦がバレてたのか?でもそれでオールマイトを外したのは愚策だったな」

 

 

 死柄木はそう言うが、逆にオールマイトを万全の状態でスタンバイさせておくつもりだったのに、当の本人が台無しにしたのだと気付く日は来るのだろうか。

 

 

「平和の象徴は助けを求める声を見捨てない……じゃあ、見せしめに子供を殺せば来るのかな?」

 

 

 底なき悪意は、不気味に笑う。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 その頃――

 

 

「予想よりも早く終わったな。皆良い人ばかりでよかった。さて、今から向かって間に合うか?」

 

 

 ボランティアを終え、多数の人々からの感謝の言葉で見送られつつ、トキは救助訓練の場であるUSJに向かうことにする。せめて、間に合わなかったとしても労いの言葉の一つもかけてやりたいと思い、根津校長直筆の地図を取り出す。

 

 

「さすが個性"ハイスペック"の根津校長、分かりやすく的確だ」

 

 

 最近筋肉もハイスペックになりつつあるからか、隅に書いてある自画像が「サイドチェストォォォ!!」ポーズなのはスルーしておく。

 

 場所を確認し、急ぎ足でUSJまでの道を駆けていたところ、前方から猛スピードで爆走してくる見知った顔を見つけて声をかけた。

 

 

「む……?飯田?」

 

「ッッッ!?トキ先生!?」

 

「どうした?こんなところで。救助訓練は?」

 

 

 トキとしても飯田が授業をサボったりするような人物でないのは十分理解している。その彼が焦った顔で、しかし必至に走っている姿から何かを察したのだ。

 

 飯田はというと、トキという自分から見ても凄腕かつ人格者な教師に、偶然とはいえ雄英までの道で出会えた安心感を覚えて目に涙が溜まり始めてる。

 

 

「トキ先生……!USJに、大勢のヴィランが……!皆が、僕に助けを呼ぶようにと行かせてくれて、今、雄英に……!!」

 

「何だと……!?」

 

 

 やはりと思ったトキではあるが、驚くのは一瞬。元より想定していたことだ。唯一気になるのは――

 

 

「オールマイト先生もいたはずだ。彼は?」

 

「い、いえ……何かあったらしくて、僕たちが来たときにはまだ……」

 

(何をしてるんだ、あの人は……)

 

 

 いくら人助けに奔走したとはいえ、結果がこれでは素直に褒められない。事前に伝えてあったのに、とトキすら呆れ気味である。

 

 

「分かった。彼らが来るまでわたしが何とかしよう。飯田、君は皆に頼まれたように、雄英に助けを呼びに行くんだ。頼んだぞ」

 

「ッ……はいっ!トキ先生もお気をつけて!!」

 

「うむ、お互い全力を尽くすぞ」

 

 

 ビシッと敬礼し、飯田は再び全速力で走り出す。トキはその姿を穏やかに見つめ、すぐに気を引き締めてUSJへの道を疾駆する。

 

 

 

 

 

 

 

 トキがUSJに到着した時、目にしたものは――

 

 

「相澤先生……!?」

 

 

 脳が剥き出しの黒い巨体を持ったヴィランに叩きのめされている相澤、そして案の定訪れていた死柄木。

 

 

「ん?ああ、やっと来たかチート野郎。こないだの借りを返しに来たぜ」

 

「これはお前たちがやったのか……?」

 

「見ればわかるだろ?ガキ共は分からないけどイレイザーヘッドはこの通り"脳無"の手でズタボロさ」

 

 

 死柄木はそう続けて言い、せせら笑うも――

 

 

 

 

 

 ――ゴキリ

 

 

「ぎゃあああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 いつの間にか背後に回っていたトキに、両肩の関節を外された。その目は静かな怒りに染まっている。

 

 

「相澤先生を解放してもらおう……!でなければ次は他者の命を奪うその指を貰うぞ!!」

 

「あ……がぁ……ッ誰がッ……!脳無!!」

 

 

 死柄木が苦し紛れに脳無に指示を出し、トキを攻撃させるもそれは無意味と化す。

 

 

「激流を制すは静水」

 

 

 緩やかな動きで脳無の一撃を反らし、脳無のその動きから相手が拳法を使うわけではないと見抜いたトキは両手を静かに脳無の胴に添え――

 

 

 

 

 

「北斗剛掌波!!」

 

「ギッ……!?」

 

 

 

 

 

 凄まじい闘気の波動を零距離から脳無に叩き込み、大きく吹き飛ばした。あまりに突然かつ衝撃的なことで死柄木も驚愕していたが、そうしているうちにトキに頭を鷲掴みにされ、脳無が吹っ飛んだ方向と同じ方へ思い切りぶん投げられる。個性把握テストにて700mに迫る記録を出した腕力は伊達ではなく、死柄木は今までで一番空を飛んだという。

 

 

「うわあああああ!?」

 

「今はお前たちの相手をしている暇はない。救うべき命が目の前にいるのだ」

 

 

 トキは相澤を横抱きすると、近くに来ていた出久、蛙吹、そして峰田の傍まで瞬時に移動する。三人はトキに驚くも、それ以上に相澤の状態が心配でならない。

 

 

「トキ先生いつ来たんだよ!?」

 

「つい先程到着したばかりだ。こちらに向かう途中、飯田に会って大体の状況は聞いていたが、ここまでとは……」

 

「飯田くんは無事なんですね!」

 

「ああ、時間的に今頃は雄英に到着しているはず、彼が援軍を連れてくるまでの辛抱だ。蛙吹、わたしの鞄から包帯やガーゼの入った救急箱を出してくれ。わたしは相澤先生に応急処置を施す」

 

「ケロ、分かりました」

 

 

 そう言うとトキは相澤の秘孔を順番に、かつ的確に突いていき、蛙吹が出した救急箱を礼を言いつつ受け取り、可能な限りの治療を済ませる。

 

 

「よし、幸い見た目は大怪我だが命に別状はない。本格的な治療をする必要はあるが一先ずは安心だ」

 

 

 トキの言葉もあって、三人はようやく安堵した。とはいえまだヴィランが残っているため、安心するのはまだ早いが少しくらいはいいだろう。

 

 

「ト……トキか……?」

 

「……!はい、遅くなって申し訳ありません」

 

「気にするな……元々来れないと踏んでいたからな……だが、見ての通り俺はこのザマだ……生徒たちを、頼む」

 

(何という人だ……こんな状態になっても自分の体より生徒たちのことを)

 

 

 弱々しく手を上げる相澤の手をしっかり握り、トキは頷いた。

 

 

「もちろんです。貴方が決死の覚悟で守り抜いた生徒たち……今度はわたしが貴方も含めて守ります。今はゆっくり体を休めて下さい」

 

「トキ先生!」

 

 

 出久が焦ったように叫び、何だと思って顔を向けるとそこにはチンピラ風のヴィランがゾロゾロとやって来ていた。死柄木がいたということ、それはおそらく黒霧もいたのだろうと予想したトキは、黒霧が万が一に備えて用意した増援だと考える。

 

 

「……三人とも、相澤先生を頼んだぞ」

 

「トキ先生、まさか一人で……!?」

 

「相澤先生は負傷して動けない。彼を守る者が必要だ」

 

「け……けどよ!あいつら武器を持ってる奴もいるぜ!?」

 

「むしろ、好都合だと言っておこう」

 

「「「え?」」」

 

 

 聞き返してきた三人を置いて、トキはゆっくりとヴィランの群れの前に歩を進める。案の定というか、ヴィラン側は丸腰のカモがやってきたと思っただろう……が、実際はその逆。カモはヴィランの方なのだ。

 

 

「何だ何だ?自殺志願者かあ?」

 

「んだよ女なら良かったのによお〜オッサンかよ」

 

「つーか俺らを睨んでやがるな。身の程ってやつをわきまえな!」

 

「お前たちがな」

 

「あぁ!?ゴブッ!!」

 

 

 気がつけば、トキが一人のヴィランの腹に手を添えると、そのヴィランの中で何かが弾けたような感じになり、顔の穴という穴から血を噴き出して倒れる。痙攣しているが、死にはしないだろう。

 

 

「な……て、てめえ!何しやがった!?」

 

「最近覚えた"仙氣発勁"という技だ。少々危険なため威力をだいぶ低めに抑えたが……そうして正解だった。本気でやれば体が弾け飛んでいたかもしれぬ」

 

 

 トキは淡々と言ったが、ヴィラン、そして出久たちは真っ青になっている。手で触れたものを崩壊させる死柄木よりある意味タチが悪い技だ。そうなったら内臓が辺り一面にぶちまけられる光景になってしまう。実にエグい。

 

 

「て……てめえヒーローだろ!?そんなことしていいのかよ!?」

 

「わたしは単なる保健医だ。ヒーローではない」

 

「ウソつけぇ!!そんな殺意全開の技使う保健医がいてたまるか!!」

 

 

 殺意全開、というが本来は普通に倒す程度の技だ。トキが練り上げた気の質が異常に高かっただけである。

 

 

「ビビんな!相手は一人だ!フクロにしちまえ!!」

 

「「「うおらああああ!!!」」」

 

 

 一斉に飛びかかってくるヴィランに心配そうな声を上げる出久たちだったが、それはヴィランに向けるべきだったと即座に手のひらを返すような光景を目にしてしまう結果となった。

 

 先程峰田の「武器を持ってる奴もいる」という発言に対し、トキが言った「むしろ好都合」という言葉……それを体現するように相手の武器を奪い取ってそれで叩きのめしている。

 

 北斗連環組手(ほくとれんかんくみて)――北斗神拳の初歩の組み技なのだが、組む前にぶっ飛ばしてるとか言ってはいけない。己の拳や、奪った相手の武器を駆使し、襲いかかってくる多数の敵を倒すというもので、手っ取り早く言うなら『大乱闘』もしくは『無双』状態と覚えればいい。

 

 ヌンチャクを使ってきた相手は奪われたそれで顔面を粉砕され、放り投げたもので同じくぶっ飛ばされたり、棒術自慢のヴィランは受け止められて逆に掴んだまま棒を振り回され周りのヴィランに激突しまくり悲惨なことに。

 

 しかし、悲惨な末路の頂点はその上を行く。

 

 

「げえっ!?俺の"念操"の個性で動かしてるナイフが!?」

 

二指真空把(にししんくうは)。一応奥義ではあるが……お前は流派持ちではないな。ならば問題ない」

 

 

 空中を自在に飛び交うナイフをトキに中指と人差し指で掴まれ、飛び交っていた時より凄まじい速さでヴィランに投げ返されると――

 

 

「おっふぅ!?」

 

 

 ヴィランの股間にドスッという音を立ててブッ刺さった。これには他のヴィランや出久、峰田にも精神的ダメージが降りかかる事態に。特に峰田は血涙まで流して失神直前のダメージを受けたらしい。別に攻撃されてないのに。

 ……ついでにやられたヴィランは何か恍惚とした表情で失神していた。ヤバい。

 

 それからは瞬く間に蹴散らされ、死柄木が黒霧に手を貸されながら戻ってきた頃にはヴィランたちは全滅していた。

 

 

「お前っ……このチート野郎……どこまで俺たちの邪魔をすれば気が済むんだよ!!」

 

「どこまでもだ。少なくともお前たちが改心するまではな」

 

「ああそうかよ……ならやっぱり()()を使うしかないみたいだな。黒霧!」

 

「ええ、ただ……正直アレは私たちでも制御困難。出したら即座に退避しましょう。あの脳無もまだ先のダメージから回復出来ていないし、壁にもなりはしないでしょうから」

 

「わかってる。仮に脳無が使い物にならなくなっても、アレがオールマイトを殺すだろ。他の連中も巻き添えになるだろうが……まあ、どのみち適当なヴィランを寄せ集めただけだしな」

 

 

 死柄木が言い終わると、黒霧はその個性でUSJ襲来時同様に何か――おそらくはヴィランか脳無――を呼び出そうとする。だが、今回は規模が段違いだ。トキはそうはさせまいと妨害しようとしたが、一歩遅かった。

 

 辺り一面に黒い霧が広がり、その中から一体の脳無らしきモノが少しずつ姿を見せる。そこまではよかったのだ。問題は――

 

 

 

 

 

「何だよ、あのデカさ……!!」

 

 

 

 

 

 そう、峰田が零したように大きさがおかしい。一番最初に確認出来た手だけでも成人男性を握り潰せるような大きさで、吹っ飛ばした脳無はまだ巨体で済んでいたレベルなのだが、今現れ出したのはそれすら可愛く思えるほどだ。

 

 

「や……ヤバいヤバいヤバいヤバい!!」

 

「ケロォ……!?」

 

「待てよ待て待て待てって!おかしいだろそいつ!人間じゃねえだろ絶対!!」

 

「さあな、俺は詳しく知らないぜ?何せ"先生"が拾った死体をベースに作ったらしいからな」

 

「何……!?」

 

 

 トキからしてみれば、今死柄木の言ったことが事実なら許せぬ蛮行。死者を弄ぶような真似をするのは言語道断。医者としてだけでなく、人として許せぬことだ。

 

 

「おいおい、言葉足らずだったのは悪いと思うが、拾った時はそりゃもう悲惨な状態だったって話だぞ?何でもダイナマイトで吹き飛ばしたかのようにあちこち吹き飛んだ形跡があったみたいでさ……人の形に戻してくれた先生に感謝があってもいいと思わないか?」

 

 

 戯けて言う死柄木に、トキの怒りは爆発寸前であった。そして脳無らしきモノがその全身を現すと、出久たちは戦慄する。そしてそれはUSJの各所に散り散りにされた生徒たちから見えるほどの巨体を晒す。

 

 

「さあ好きなだけ暴れろ、"悪夢"!!」

 

「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!」

 

 

 10mを超えるその体から、聞く者全てを恐怖に陥れる咆哮を上げ、巨大脳無――悪夢は動き出した。

 

 トキは窮地に立たされる。

 

 かの悪夢が使う、古代インドにて完成された殺人拳――羅漢仁王拳によって。

 

 そして何より、相手が拳法を使うことで、ある『掟』にトキが縛られてしまったことで。

 

 


 

 

 かつてない脅威が現れた!

 

 掟に縛られ全力が出せないトキに、絶望的状況を打破する術は!?

 

 

 次回!有情のヒーローアカデミア!

 

 『全てを解き放て!真なる継承の時!!』

 

 

「お前がこの世界で、最初の伝承者だ!!」




デビル・リバース、肉体改造されパワーアップして蘇生(?)しました。
というかあの巨体で素早くて破壊力無限の殺人拳使うって、そんなん改造したらヤベーだろと書いてて実感しました。
Mt.レディが巨大化して約20m、ギガントマキアが通常で確か約3m……デビル・リバースは通常時で約10m。
こんなんあっさり倒したケンシロウが如何にデタラメか良くわかります。その当時のケンシロウさえ万に一つの勝ち目もないと言われた拳王様……やはり世紀末ですわあの世界。


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第十一話 全てを解き放て!真なる継承の時!!

大変お待たせいたしました、第十一話。
展開は考えてあったんですが、途中書いた部分が保存されてなかったり、今後登場させられるかわからない後半のゲストたちとの会話で悩みまくりと難産でした。


 A組の生徒たちは戦慄していた。

 

 ある者は遠くから見て尚、存在感をその身に感じ。

 

 ある者は近付くにつれて、恐怖が膨れ上がり。

 

 そしてある者は間近で見るそれに、絶望で心が埋め尽くされる。

 

 その名の通り、それは――『悪夢』だった。

 

 

 

 

 

「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」

 

「これは一筋縄ではいかなそうだな……!」

 

 

 負傷した相澤と、それを守る出久、蛙吹、峰田。この四人を守りながら、トキは眼前の存在と闘わねばならない。並のヒーローどころか、ベテランのヒーローでもほとんどの者が闘うことそのものに難色を示すであろう相手を前にしようと、トキが『撤退』を選ぶことはなかった。

 

 今、この『悪夢』とまともに戦えるのは自分だけ。であるならば彼が取る道は唯一つ。

 

 

「たとえ勝てぬとしても、オールマイト先生たちが来るまでの時間は稼いで見せる!」

 

 

 自分がここで倒れれば確実に出久たちは殺されるだろう。そんなことをさせはしない、とトキは強い意思を持って構える。

 

 容赦無く振るわれる悪夢の豪腕。避ければ背後の出久らが危ないと瞬時に理解したトキは、硬気功を使い防御を固めるが――

 

 

「ぐうっ!?」

 

 

 洗練されたトキの硬気功を以ってしても、防ぎきれない強烈な一撃による衝撃が全身を襲う。

 

 

 

 

 

「へえ……やっぱりあいつチート野郎だな。悪夢の一撃を受けて倒れるどころか五体満足なんて」

 

 

 被害を受けないように遠くから見ていた死柄木は、先程トキに肩の関節を外された怒りを忘れたかのように喜々として呟いた。自身や(オマケ程度にしか考えてなかったが)連れてきたヴィランたちを軽く一蹴したトキが苦悶の表情を浮かべていることが嬉しくてしょうがないのだ。

 

 

「けどどうするつもりだ?悪夢にはその体の大きさから『超再生』も『ショック吸収』も付けられなかったらしいが……その分、ステータスは軒並み底上げ。しかも元が相当な奴だったみたいだし」

 

 

 死柄木の言葉の意味、それはこの後に悪夢がとった『構え』にあった。

 

 

 

 

 

 トキは全身を襲う痛みに歯を食いしばり、その場に踏みとどまった。背後からはトキの身を案じる出久らの声が聞こえるが、今回ばかりはそちらに気を向けていられる状況ではない。

 

 

(この程度の痛みは修行で幾度となく受けた……兄さんと決戦の際はもっと苦しいものだった。そこは問題ない。だが、彼らを守りながらというのはやはり厳しい。それに……!?)

 

 

 トキは直後、悪夢がある構えをとったことに目を見開く。脳無は我武者羅に暴れると表現出来る戦い方だったが、悪夢のそれは違う。しっかり構えをとる――それだけでも元となった人物が戦い慣れしていたのだろうと推測は出来るのだが、その構えがトキにとって最悪の事態を招くこととなった。

 

 悪夢がとったのは、まるで金剛力士像――仁王と呼ばれる阿形と吽形、その二つを合わせたような構え。

 

 

「こ……この構えは羅漢仁王拳!?」

 

「羅漢仁王拳!?」

 

「何だよそれ!?名前からしてヤバそうなモンじゃねーか!!」

 

 

 トキが口にした羅漢仁王拳という言葉に真っ先に反応した出久、そして峰田。

 

 

「羅漢仁王拳……五千年の歴史を持つ古代インド拳法の殺人拳だ。しかし、その無限の破壊力と比例するように残忍獰猛な殺人拳ゆえに時の皇帝から禁じ手とされ、伝える者は既にいないはず……!!」

 

「「「は……破壊力無限の殺人拳!?」」」

 

 

 このトキの説明には二人に加え蛙吹も動揺してしまう。それはそうだろう、そんな拳法を知性など欠片もないような巨大な化け物が使っているのだから。

 

 だが、それ以上の難題がトキには降りかかっている。その問題とは北斗神拳に連なるもの――即ち北斗神拳の掟である、『伝承者以外は他流との闘いで奥義を封じねばならず、次代に北斗神拳を伝えてはならない』ということ。

 

 次代に伝えてならないのはまだいい、この場において問題なのは奥義を封じねばならないという方だ。この悪夢に対して神仙術や、北斗神拳の奥義以外の技で太刀打ち出来るとはトキから見ても不可能に近い。

 

 

(今のわたしに奥義抜きでこの強敵を打ち倒せるのか……!?だが、やるしかない。未来のために守らねばならぬ者たちがわたしの後ろにはいるのだ!!)

 

 

 そう決意したトキは、唯一『相手が死体をベースに作られた改造人間』である点に着目した。つまり相手を死に至らしめるような技を使うことが出来る――再び眠らせることが出来るということだ。

 

 ヒーローではないとしても、元の世界のような場所ではない上、医者である以上無闇やたらと殺生はしたくないし、生徒たちに見せたくもない。しかし死柄木自らがそう言ったということ、そして何より羅漢仁王拳が元々この世界に存在していたとは思えないことから、トキは悪夢に対して常人であれば死に直結するだろう技を使うことを決めた。

 

 

(あの技はまだ未完成……ならば仙氣発勁、その全力を叩き込むしかない!!)

 

 

 トキは気を急速に練り上げ、その全てを右手に集約する。そして悪夢へと助走をつけて胸元へと低く、早く跳躍。当然、それに合わせるように悪夢も拳を繰り出すも――

 

 

(……!ここだ!)

 

 

 バレルロールの要領で体をひねりつつ、敢えて気を練らずにおいた左手で流すように捌き、見事悪夢の懐へと飛び込んだ。

 

 

「すごい!ギリギリの瞬間を見極めて、相手にスキを作らせつつ一気に至近距離戦へ持ち込んだ!」

 

「よっしゃー!相手を触れるならトキ先生の勝ちは決まったも同然だぜ!」

 

 

 出久と峰田が興奮気味に叫び、蛙吹も声には出さないが片手でガッツポーズをしている。三人の期待に応えんと、トキは気を練り込んでいた右掌に左拳を添え、両手に気を纏わせた。剣道などでもそうであるように、片手で行うよりも両手で行った方がバランスが取れ、その結果、力――この場合は気――を込めやすく威力が上がるのだ。

 

 遂にトキは悪夢の腹部へと両掌を触れさせ――

 

 

「真・仙氣発勁!!」

 

 

 練り上げた気の全てを悪夢の体内へと叩き込んだ。

 

 凄まじい光と衝撃が悪夢を中心に巻き起こる。真・仙氣発勁はあくまでダメージを与えるに留まっていた仙氣発勁と違い、完全に相手の体内を破壊する技だ。さすがにそれをトキの気の質や練度で叩き込まれれば如何に強大な悪夢と言えどもただでは済まない――出久たちだけでなく、死柄木や黒霧さえもそう思っていた。

 

 だが、悪夢はその場の全ての者の予想を超える。

 

 真・仙氣発勁を打ち込んで着地したトキは、突如感じた悪寒にその場からすぐさま後退した。すると、間髪入れずにトキが今までいた所へ悪夢の剛拳が振り下ろされたのだ。

 

 

「まさか……!?」

 

「う……嘘だろ!?何であのトキ先生のヤバそうな技をモロに受けてあんな平然としてんだよ!?」

 

(もしや……!)

 

 

 出久たちが驚愕する中、トキはある仮説を立てる。本来、気というのは体が大きければ大きいほど、溜められる量も比例して大きくなる。無論例外はあるが。

 

 質に関しては別としても、悪夢の大きさはトキの五倍以上……さらに、死柄木の呟きもトキには聞こえていた。『ステータスを軒並み底上げ』――もし、それが体内にも適用されていたら?

 

 強化された内臓、加えて大容量の気による防御。羅漢仁王拳を使うことから、気の質もかなりのものだろう。脳無の性質から、おそらく思考ではなく生前に会得したことを体が覚えており、所謂『本能』で動いているのだろうが――。

 

 

(だとすれば、気による体内へのダメージはほぼ効果が無い……!やはり確実に倒すには北斗神拳の奥義を使う他ない。だが……)

 

 

 そんなトキのことなどお構い無しに、悪夢は羅漢仁王拳の技を繰り出そうとする。

 

 羅漢仁王拳は風圧を自在に操る。その真骨頂とも言うべき技――風殺金剛拳。悪夢は幾度となく風を巻き起こし、最後はそれを重ねるように――

 

 

「オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 

 トキに向けて両手で撃ち出した。強化改造を受けた悪夢の風殺金剛拳、まともに食らえばトキとてただでは済むまい。

 

 しかし、予想外の事態は重なる。

 

 無事であった脳無が飛び出し、ちょうど風殺金剛拳の射線上に入ったのだ。トキを倒すため、という脳無の単純な思考ではあったが、悪夢にとって明確に敵と認定したトキ以外はどうでも良かった。

 

 無防備な背後に常識外れの風圧の直撃を受け、ショック吸収の個性をも簡単に貫通し、超再生も間に合わぬほどの一撃を受けた脳無は即座に機能を停止。脳無というクッション役――ほとんど役に立たなかったが――のおかけで、トキは腕をクロスさせて防御し、かつ硬気功でそれをさらに軽減する準備が出来た。

 

 だが、悪夢の圧倒的殺傷力を持つ風殺金剛拳はそこまで防御を厚くしても、いとも容易くトキを吹き飛ばし――

 

 

「ぐわあああああ!!」

 

「「「トキ先生ぇぇぇ!!」」」

 

 

 激突した施設を瓦礫に変えながら、トキ自身も瓦礫の下敷きになってしまった。

 涙を浮かべ、瓦礫を見る出久たちに対して、死柄木はまたも子供のように笑い始める。

 

 

「っはははは!!凄いじゃないか悪夢!!あのチート野郎を一方的に倒すなんて!!脳無が駄目になったが、お釣りが出るほどの戦果だ!!超再生もショック吸収も目じゃないならオールマイトにだって絶対に勝てる!!」

 

 

 目の前の敵が消えた悪夢は、さらなる敵を求めて辺りを見回し――出久たちが目に入った。……が、タイミング良くと言うべきか、もう少し早く来てくれと言うべきなのか、オールマイトを含めた雄英のプロヒーローたちが遂に到着。

 

 

「もう大丈夫!私たちが来……ってデカァ!?何だこのヴィランは!?『巨大化』の個性でも持っているのか!?」

 

「オールマイトぉぉぉ!!」

 

「オールマイト!トキ先生が!!」

 

「何……!?」

 

 

 出久ら三人の表情と視線の先には瓦礫と化したUSJの施設。そして眼前の巨大ヴィラン・悪夢――

 

 

「トキ先生、たった一人でヴィランに立ち向かって……!」

 

「何ということだ……!」

 

 

 自分が油断して仮眠をとっている間に、生徒たちは危険に晒され相澤も重症、そしてトキは……。

 

 

(全く自分が情けない!!誰より命の重さを理解し、助けるべく戦っていた彼の命を落とさせてしまった!!あれほど他の先生方からも言われていたというのに……!!)

 

 

 己の失態に自責の念に苛まれるオールマイトだが、いつまでも自分を責めている場合ではない。トキが命がけで稼いだ時間、決して無駄にはすまいと彼は眼前の悪夢へと立ち塞がる。

 

 

「行くぞヴィラン……!体の大きさだけで私を倒せると思うな!!Plus Ultra!この程度の困難を乗り越えられなければ、トキくんに合わせる顔がない!!」

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 オールマイトに勝手に死んだことにされていたトキだが、瓦礫の下でまだ生きていた。そもそも脳無がクッション代わりになって風圧を軽減したこともあり、ダメージはあれど十分戦闘続行は可能。

 

 しかし、北斗神拳の奥義が使えぬ状態ではやはり決め手に欠ける。オールマイトたちが到着したであろう声を聴きながら、どうすればいいかと目を伏せると、トキの意識は何かに導かれるように遠くなっていった。

 

 

 

 

 

「……っ……ここは……」

 

 

 トキが目を開けると、そこは太陽が照らす雲海が足元に広がる場所であった。草木や水はないが不思議と穏やかさだけがその場を支配する神秘的な空間。

 

 

「今までのことは夢だったのか?……いや、元よりわたしは天へと帰った身……心の奥底にあった願望があまりに現実味を帯びた夢として現れたのだろう」

 

「い〜や、違うな。むしろ今の状況の方が夢だぜ」

 

「!?」

 

 

 何者かに背後から声をかけられ、驚くトキ。これでも北斗神拳を学んだ身、特に暗殺拳である北斗神拳では背後を取ることはあれど、取られても余裕で反撃出来るように鍛えられている。

 

 にも関わらず背後を取られ、かつ自分の死を感じたというのは、即ち北斗の拳に連なる者――それも桁外れの実力者に他ならない。

 

 その顔を見るべく後ろを向くと、そこに居たのは――

 

 

「よう」

 

「ケ……ケンシロウ……!?」

 

「ん?俺、お前に名乗った覚えはないぞ」

 

 

 可愛がっていた義弟かと思ったが、当人がそう言ったようによく見れば髪の長さが違い、服もジャケット姿ではなく漢服……何より、ケンシロウはタバコを吸わない。

 

 

「……失礼した。どうやら義弟と間違えてしまったようだ」

 

「へえ、俺と同じ名前で俺とそっくりな義弟か。会ってみたいもんだな」

 

 

 スパーッとタバコをふかしながら言うその男、一見無作法に見えてもトキは何故か不快感を感じなかった。逆にありのままを見せる蒼天のような快活さが垣間見える。

 

 

「しかし、羅門も継承者に恵まれ過ぎたな。だいぶ悩んだんだろうぜ。もしもたらればでお前たちの誰がなってもおかしくない……ん?いや、一人ちょっと……って奴がいた気がするが……まあ、いいか」

 

「羅門……!それは師父のかつての名!貴方が何故それを!?」

 

「んん?あいつは俺の弟だからな。異母弟だよ異母弟」

 

 

 ココ重要、と宙に『異母弟』と書くような動作をしながら笑うその男を見て、トキは思い出す。羅門――リュウケンがかつて話してくれた、『蒼天のようだった兄』のことを。

 

 

「まさか、貴方は……第62代北斗神拳伝承者の……!!」

 

「第62代北斗神拳伝承者、霞拳志郎」

 

 

 一瞬、トキさえ息を呑む迫力を出したと思えば、すぐさま先程までの空気に戻り「よろしく頼むぜ、甥っ子」と笑う拳志郎。飄々としながらもストレスを感じさせないのは、拳志郎の纏う独特の空気からか。

 

 

「……申し遅れました、わたしは……」

 

「知ってるぜ、トキだろ。俺でもあんなに綺麗に技は出せない。俺のはお前たちでいう剛拳だからな」

 

「恐縮です」

 

「あー、そんなに畏まるな。折角の叔父と甥の対面だぜ?もう少し気楽にいこう」

 

 

 師父もそうだが、歴代の北斗神拳伝承者は厳格だと思い込んでいたトキは、リュウケンが言っていたように拳志郎は蒼天の如く大きな器を持った男のようだと僅かに微笑んだ。

 

 

「そうそう、肩の力を抜け。それでだ……お前、このままでいいのか?」

 

「このまま、とは?」

 

「さっき言っただろ。この状況の方が夢だってな。ぶっちゃけ、あの……何だ……オールマイティー、だったか?そいつとあのデカブツじゃ、良くて相打ちだ。デカいだけならまだしも羅漢仁王拳なんてもんを使うとなれば話は別、そいつが鍛えてるのは分かるが相手の使う拳法が悪過ぎる」

 

 

 拳志郎の言う通り、あの規格外のパワーで羅漢仁王拳を放つ悪夢相手では、圧倒的な身体能力と豊富な経験を持つオールマイトであっても勝利は厳しいだろう。羅漢仁王拳は格闘技術云々だけで破れるような拳法ではないのだ。

 

 

「……その通りでしょう。北斗神拳ならば可能性はある……しかし、伝承者ではないわたしは奥義を使ってはならない。それが北斗の掟」

 

「そうだ。それ故に俺も修行時代、他の流派に喧嘩を売られても奥義を使わなかった。使えなかったが正しいな」

 

 

 真面目な表情で言う拳志郎。しかし……

 

 

「ならなっちまえばいいだろ、伝承者」

 

「……は?」

 

 

 相変わらずタバコをふかしながら笑う拳志郎。だが言ってることはとんでもない。

 

 伝承者になれ、と簡単に言うが北斗神拳の伝承者になるのは容易いことではないことぐらい、伝承者である拳志郎なら分かっているはずだ。

 

 

「何をいきなり……!?」

 

「今、お前が生きている世界には北斗神拳どころか、北斗孫家拳(ほくとそんかけん)北斗曹家拳(ほくとそうかけん)北斗劉家拳(ほくとりゅうかけん)、そして北斗神拳の原点とも言える西斗月拳(せいとげっけん)すらも存在しない。そう、あの世界で北斗神拳を使えるのはお前だけだ」

 

「……!やはり、北斗神拳はあの世界に存在しなかったのか……」

 

「ああ。ならお前が伝承者を名乗っても問題ないだろ」

 

 

 無茶苦茶を言う拳志郎ではあったが、確かに理に適っている。実質的に、トキがあの世界で最初の北斗神拳伝承者――つまり創始者となるというわけだ。

 

 

「もしそれが恐れ多いってんなら、栄光の初代様に直接伺ったらどうだ?ほれ」

 

「!?」

 

 

 軽く言った拳志郎の隣にはトキの見知らぬ人物が立っていた。その人物こそ、北斗宗家に生まれた、北斗神拳創始者のシュケンその人である。

 

 

「貴方は……!!」

 

「第64代北斗神拳伝承者候補、トキよ。お前は北斗神拳を伝承して何を成す?」

 

 

 シュケンの問いに、トキは少し目を伏せた後、その目を開いて真っ直ぐシュケンの目を見て語った。

 

 

「わたしは予てより北斗神拳の伝承者となったときは、北斗神拳を医学に使おうと考えておりました。そして、それは今も変わりません」

 

「悪を……あの世界ではヴィランと呼ばれる存在を倒すのではなく、か?」

 

「必要とあればわたしもその為に拳を振るいましょう。しかし、悪を倒すことだけが人を救う方法ではない。まずは各々の命が未来を手にすること、その果てに新たな道が開ける可能性がある」

 

「……そうか。では、もう一つ問おう。お前にとって、愛とは如何なるものか?」

 

 

 北斗神拳の究極の到達点――それこそが『愛』である。代々北斗神拳伝承者は、同じく北斗宗家の血を引く『北斗琉拳』の一族に『愛を説く』ことを創始者たるシュケンは伝えていた。詳しいことは省くが、トキもこの北斗琉拳とは関わりがある者だ。

 

 

「……一言では言い表せませんが、強いて言うなら『愛』は相手のことを真に想うことと、わたしは考えています」

 

「ほう……?」

 

「己が気持ちの押しつけは『愛』にあらず『欲』……本当の意味で相手を尊重し、理解し合い、それらを経て様々な形で想い合うもの――それが、わたしの考える『愛』です。恋愛、情愛、親愛……愛とはいくつもの形があります。そして……そのいずれも、正しく愛と呼ぶには相手のことも考えてこそだと」

 

「……良き答えを聞いた」

 

 

 シュケンは満足げに微笑み、頷くとシュケンは告げる。

 

 

「トキよ、今この時より名乗るが良い」

 

「は……?」

 

 

 突然のことにトキが理解しきれずに聞き返すと、隣でタバコをふかしていた拳志郎が笑いながらトキを指差しつつ、声を張り上げた。

 

 

「お前がこの世界で、最初の伝承者だ!!」

 

「!!」

 

「こう言えば意味が通じるだろ。初代に認められたんだよ、お前は」

 

「わたしが……」

 

「しかしまあ……肩書きが問題だよなあ。第何代って名乗ると不自然だし……お!『北斗神拳新世界創始者』ってのはどうだ?なかなか良いと思うぜ、俺は」

 

 

 ドヤ顔で言う拳志郎。確かにそう悪くはないし、トキとしても真面目に考えてくれただろう拳志郎の意見を、先程自分が言ったように『尊重』し、そうすることに決めた。

 

 

「では……今後はそう名乗らせて頂きましょう」

 

「こっから戻ったら、まず言う相手がいるだろう?」

 

「ふ……確かにその通りでした」

 

 

 穏やかな時間――しかし、いつまでもここにいるわけにはいかない。ヒーローならばこういうだろう――『救いを求める声が聞こえる』と。

 

 そんなトキの心を察し、シュケンと拳志郎は最後にとあるものをトキへと渡すことにする。

 

 

「新たなる伝承者にして創始者、トキよ。お前に我らが記憶を託そう」

 

「記憶……?」

 

「ああ。俺や初代はお前にとって『過去』に生きた者だ。その記憶を受け継ぐのは俺たちを『未来』に語り継ぐ上で必要だろう?それに――」

 

 

 拳志郎はトキの後ろを指差しながら言う。

 

 

「そいつらの記憶にはお前が逝った後の記憶もあるからな。そっちまで知ろうとは思わないだろう?」

 

「っ――!?」

 

 

 トキがその言葉の意味に気づいて後ろを向けば――

 

 

「ケンシロウ……!兄さん……!」

 

 

 穏やかに微笑む義弟(ケンシロウ)と……かつて自分を抱えて崖を登ってくれた時のように、誰かを守ろうとしていた、野心無き頃の――トキが真に目標とした実兄(ラオウ)が腕組みしながら、片や優しく、片や力強く頷いていた。

 

 その姿にトキは瞼が熱くなるが、必死に堪え天帰掌の構えで返すと、二人もまたその構えで返してくれた。例え一時の夢でも構わない――そう思いながら、トキは再びシュケンと拳志郎の方に向き直り、今度こそ二人から記憶を受け継いでいく。

 

 北斗神拳の始まりや、拳志郎が過ごしてきた戦いの日々、多くの朋友(ポンヨウ)たちとの出会いと別れ――そして、北斗神拳の究極秘奥義も。

 

 それらが全てトキの中に流れ込み終わったとき、再び世界は眩さを増していく。

 

 

――また会おうぜ、甥っ子。いや、朋友――

 

 

 拳志郎の、蒼天の如く晴れやかな声を聞き――

 

 

 

 

 

 新たなる『北斗の拳(物語)』が本当の幕を開ける。

 

 


 

 

 時は来たぁ!!

 

 悪夢に苦戦するオールマイトの危機に、北斗神拳の奥義を解禁したトキが今再び立ち上がる!!

 

 

 次回!有情のヒーローアカデミア!!

 

 『悪夢よ眠れ!地上最強の拳、北斗神拳!!』

 

 

「その目でしかと見るがいい……『闘神の化身(インドラ・リバース)』と呼ばれる北斗神拳を!!」




霞拳志郎、ケンシロウ、ラオウ……ここらへんは鉄板ですよ、でも展開上必要だったとはいえシュケンを出すことになろうとは私も思いませんでしたよ、ええ。
リュウケンがいない?会話分で羅門って名前が呼ばれてたからセーフ。
ジャギがいない上に影も形もない?『夢っぽい所』にはいませんよ、あの御仁は。うん。

次回!服が破けるのはトキか、オールマイトか、根津校長か!?
……なんでだろう、根津校長が混じっても違和感感じない自分がいる。


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第十二話 悪夢よ眠れ!地上最強の拳、北斗神拳!!

大変お待たせしました!
戦闘シーンの尺とか表現とか悩みまくって唸りながら書いてみたところ、思ったより文字数無かったです。
ついでに最近寝落ち酷くて、気がつくとブッ飛んだ文章と化して何度も修正するハメに。
とりあえず無事(?)USJ襲撃編は今回で幕引きです。


 オールマイトと悪夢、平和の象徴と規格外の化物による激戦は、一見互角に見えてはいるがその実、オールマイトが押され気味。というのも、悪夢は体力切れの心配がなく、それこそ文字通りの一撃必殺でなければほとんどの攻撃は効果がないと言っていいからだ。

 

 加えて、羅漢仁王拳という拳法を体が憶えており、さらに本能で使うためオールマイトが決定打を与えられないのが大きい。オールマイトは格闘技術こそ素晴らしいが、ヒーローであっても拳法家ではない。

 

 そして何より、オールマイトには活動時間に制限がある。かつて巨悪との戦いによって重傷を負ったオールマイトは、その姿――マッスルフォームを維持できる時間に大幅な制限がかかっているのだ。

 

 

「がはっ!!」

 

「「オールマイト!!」」

 

(まずい……!悪夢って奴が予想以上に強くて、オールマイトが活動限界を迎える方が早いかもしれない!何か……何か方法は……!?)

 

 

 出久が必死になってこの状況を打破する方法を模索していたとき、それはあまりに唐突に起きた。

 

 そう、文字通り()()()()()()のだ。

 

 瓦礫を吹き飛ばし、その目と心――魂に熱き闘志を燃やし、そして……体から誰もが視認出来るほどの凄まじい闘気を発しながら――トキが再び姿を現した。

 

 

「「「トキ先生ぇぇぇ!!」」」

 

「トキくん!?無事だったのか!!……くっ!?」

 

 

 トキに気を取られ、危うく悪夢の拳が直撃するところだったがそこはトップヒーロー。辛うじて後方へ飛んで回避する。

 

 そのオールマイトの隣へと、トキは急ぐでもなくゆっくりと歩いて行き、静かに並び立つ。

 

 

「オールマイト先生」

 

「な……何かな?」

 

「貴方は生徒や相澤先生たちをお願いします。あの悪夢を一人で抑え続けて体も辛いでしょう、あれの相手はわたしが引き継ぎます」

 

 

 ここでオールマイトは気がついた。いや、彼だけではなく相澤を始め出久や蛙水、峰田さえも気がついている。

 

 今までのトキとは何かが違う、と。

 

 オールマイトとしては一般人扱いのトキをこれ以上危険な目に合わせたくなかったのだが、彼の纏う空気がそれを許さず、かつ自身の活動限界も考慮し素直に応じることにした。

 

 ……ついでに。

 

 

「それから、後でお話があります。今日は結構なので、後日リカバリーガール先生や根津校長と共にわたしの自宅まで御足労頂きたい」

 

「あ……ハイ」

 

(((あれ?何かオールマイト怯えてない?)))

 

(説教食らっても仕方ないな、あの人は)

 

 

 説教かどうかはともかく、仮に説教だとしても弁護出来ないやらかしなので我慢してもらおう。今回は事前情報を無駄にしたオールマイトに非がある。

 

 そんなオールマイトを余所に、トキは今一度悪夢と相対する。しかし、そんな彼を死柄木はせせら笑った。相変わらず肩の関節は外れっぱなしだが。

 

 

「へえ、コンティニューかチート野郎。脳無が偶然盾になったとはいえ、悪夢の一撃を受けて復活したのは褒めてやるよ。で?攻撃が通じないのに今度はどうするんだ?言っとくけど、こいつの情に訴えるなんてバカな考えはやめといた方がいいぜ」

 

「何を言っている」

 

「あ?」

 

「情に訴えるわけではない――」

 

 

 トキはそう言ってゆらりと両腕を動かし――

 

 

 

 

 

「有情の(こぶし)を以て悪夢(かれ)を今度こそ安らかな眠りにつかせるだけだ」

 

 

 

 

 

 悪夢ごしにも関わらず、その圧倒的な気迫を受けて死柄木は息を呑む。そして次のトキの言葉は、彼の真の実力を知る者であれば戦慄せずにはいられないものだった。

 

 

「羅漢仁王拳……それを修得した者は『悪魔の化身(デビル・リバース)』の称号を得るという。おそらく悪夢と言う名もそれと脳無の組み合わせからきているのだろう。その上で言わせてもらおう」

 

 

 トキは悪夢を見据え――

 

 

「その目でしかと見るがいい……『闘神の化身(インドラ・リバース)』と呼ばれる北斗神拳を!!」

 

「「「!!」」」

 

(北斗神拳!?確か、根津校長の話では伝承者以外は他流派……つまり流派のある拳法を使う相手に対し奥義の使用は禁じられているというほどの一子相伝の暗殺拳だと……確かに悪夢というヴィランはゾンビ同然らしいし、討つことに異論はないが……!)

 

 

 オールマイトは北斗神拳について、トキが教えた根津校長やリカバリーガールから大まかに聞いていた。故に、悪夢相手に奥義が使えず倒された(わけではなかったが)ということも納得がいくものだった。

 

 そんな彼が禁を犯してまで使おうとする――

 

 

「何故わたしが今まで使わなかった北斗神拳を使うことにしたのか、簡潔に説明しておこう。つい先程、わたしは伝承者となったばかりだ」

 

「「「ついさっき!?」」」

 

 

 ――わけではなかった。

 

 

「初代、そして偉大な歴代の伝承者より告げられたのだ。今まで狭き『世界』の中でしか振るわれなかった北斗神拳……それをまだ見ぬ『新たな世界』で振るえと。彼らが過ごした壮絶な記憶と共に全てを受け継ぎ、新たな伝承者となった今のわたしは――」

 

 

北斗神拳新世界創始者・トキ!!

 

 

 その強き眼差しと共に言い放ったその言葉に、誰もが驚きを隠せなかったが、中でもオールマイトと出久……『ワン・フォー・オール』の継承者となった二人には衝撃であった。

 

 受け継ぐ――ただ一子相伝なだけではなく、記憶も受け継いだと、トキはそう告げたのだ。しかも彼は初代、とも言っていた。北斗神拳は2000年もの歴史を持つ暗殺拳、歩んで来た道はワン・フォー・オールよりも遥かに長い。

 

 

「今のわたしには北斗神拳伝承者たちが悩み、苦しみ……そして哀しみつつも、愛のために生き、闘い抜いた記憶が宿っている……!たとえ羅漢仁王拳といえど――本能のみの『魂』宿らぬ拳に負けはせぬ!」

 

 

 その瞬間、トキの体からさらなる闘気が発せられた。

 

 

「はあああああ……!」

 

 

 服が破けたケンシロウほどではないが全身の筋肉が盛り上がり、周囲の空気を震撼させるほどの闘気が辺り一面へと放たれる。

 

 そう、これこそ――

 

 

北斗神拳奥義

 

転 龍 呼 吸 法 ! !

 

 

「常人は本来人間の持ちうる驚くべきパワーを全体の30%の力しか使うことが出来ない。それより上を使おうとすれば体が保たず、結果的に死を招いてしまうため脳が無意識に制限をかけているのだ。だがわたしたち北斗神拳の使い手は過酷な修行により作り上げた体と、独特の呼吸法を用いることで残る70%の力を解放しその全てを使うことが出来る。それが北斗神拳奥義・転龍呼吸法!」

 

 

 相澤はこれに驚くと共に確信する。やはりトキはあの個性把握テストのとき、全力ではなかったのだと。先程の説明を聞く限り、おそらくはその鍛えた体とあの転龍呼吸法ではない独特の呼吸法を使っている状態が普段の30%ということなのだろう。そして観察眼の鋭い出久もまたそれに気づく。

 

 

(じゃあ、個性把握テストでかっちゃんが出した記録……いや、他の皆が他の種目で出した記録さえ、今のトキ先生は上回ることになる!!)

 

 

 そして出久は思う。鍛えることと、呼吸法――正しく学び、そしてやり遂げる意思さえあれば人は……無個性でもこれほどまでに強くなれるのかと。

 

 しかし、それを認めぬ者もいる。

 

 

「北斗神拳だか何だか知らないけど、多少筋肉が膨れたぐらいじゃ悪夢の一撃をまともに食らえばすぐにお陀仏だ。どれだけ鍛えたか聞く気もないが、その浅はかな考えが命取りだったことをあの世で後悔するんだな。やれ、悪夢!!」

 

 

 死柄木の命令で悪夢が再び風殺金剛拳の構えをとる。それに対しトキは真っ向から立ち向かう気だ。無謀だ、と誰もがそう思っていた。

 

 悪夢は幾度となく両手で風を巻き起こし、遂にその一撃が放たれる。吹き荒ぶ風が両手で打ち出され、前回と違い脳無という強固なクッションも無い状態で、トキは両腕をカーテンの様にして正面から風殺金剛拳を受け止める。当然、その暴風によってトキは吹き飛ばされ、再び瓦礫に突っ込み轟音と共にその下敷きになってしまう。

 

 

「トキくん!!」

 

「「「トキ先生!!」」」

 

 

 オールマイトと生徒三人が悲痛な声を上げるが、相澤はまたも確信していた。

 

 ――今のトキに、あの攻撃は通じない。

 

 

「ははっ!直撃して原型を留めていたのは大したもんだが、結局同じことの繰り返しじゃないか!」

 

「――そう、同じことの繰り返しだ」

 

「「「――!?」」」

 

 

 瓦礫の下からトキの声が聞こえたかと思えば、先程と同じようにトキが無傷のまま瓦礫を吹き飛ばして立ち上がった。今回は間違いなく直撃……それも悪夢の動作から威力が初撃より高かったのは一目瞭然。にも関わらず、トキは五体満足で三度姿を現し、両手の指を左右対称に合わせて△を作るような構えを取った。

 

 

「な……何なんだよお前は……!」

 

「言ったはずだ。北斗神拳新世界創始者と」

 

 

 見た目では分からないが満身創痍なのでは、という死柄木の淡い期待は返事を返したトキの衰えぬ闘気によって否定される。

 

 

「静から動に転じる時に転龍呼吸法の奥義はある。そしてその奥義を目にした者には……死、あるのみ」

 

 

 その言葉の後、トキはカッと目を見開き空高く跳躍する。死柄木も直感的に危険と判断したのか、急いで悪夢へ命令を下す。

 

 

「悪夢!あいつを浮かせるな!叩き落とせ!!」

 

 

 それを聞き、悪夢はトキを追って地を蹴り宙を舞う。あの巨体で見事なジャンプを披露した悪夢もとんでもないが、オールマイトたちは知っている。空中戦はトキの十八番であることを。

 

 その両手に風を纏わせ、挟み込むように平手でトキを叩き潰さんとする悪夢であったが、勢いよくトキに激突した瞬間、両掌が風穴を開けるように吹き飛んだ。

 

 

「オ゛オ゛オ゛!?」

 

「ふおお――!!」

 

 

 かつての兄・ラオウとの決戦に匹敵する闘気をその身から立ち上がらせ、今放たれるは――

 

 

北斗有情七星破(ほくとうじょうしちせいは)!!」

 

 

 トキの拳と蹴りがスローモーションのように何発も悪夢へと炸裂し、トキが地上に着地すると悪夢も地上に――両膝をつくように着地。

 

 

「な……何だと……!?」

 

「呼吸法により極限まで力を溜め、深く秘孔を突き全ての肋骨を内側にへし折る……あとは死あるのみ!」

 

 

 トキの言葉が終わると、待っていたかのように悪夢の体からバギャッ、バキバキッ、と骨が砕け、折れる音が聞こえ――その体に両掌同様、巨大な風穴が開く。そしてゆっくりと仰向けに、悪夢はズゥゥン……と大きな音を立てながら倒れる。出久ら三人は当然として、相澤やオールマイトすらその光景を驚愕の表情で眺めていた。

 

 

「う……嘘だろ……!?脳無を超える最高傑作だって先生が言ったんだぞ!!」

 

「有り得ない……!一体どんな個性を!?」

 

 

 死柄木と黒霧もかつてない衝撃を受け、動揺している。だが、彼らが真に驚くとするなら、トキが無個性と知った時なのだろう。

 

 出久はふと気がついたが、いくら悪夢とてあれだけの大技を受ければさすがに苦悶の声を上げるはず……しかし、悪夢からはそんな声は全く聞こえない。

 

 

「不思議だと思うか、出久」

 

「え!?は……はい……」

 

「たとえ悪人といえど、死ぬ時まで苦しみたくはないだろう。ましてや望まぬ生を与えられ、道具にされたというのに。わたしの北斗有情拳は痛みや苦しみを感じさせぬまま死を迎えさせるための拳だ」

 

 

 そういえば、トキは奥義らしき名を『北斗有情七星破』と言っていた。確かに有情の文字が入っている。

 

 説明を終えると、トキは静かに悪夢へと近づく。オールマイトたちからはまだ危険だ、と言われるがトキにはすべきことがあった。

 

 先程、悪夢の体に風穴が開いた時、光る何かが体内から弾き出されたのを目にしたトキは、それが何かを理解して飛んでいった場所を記憶しており、悪夢の近くにあったそれを拾うと、倒れた悪夢の顔の近くまで足を進める。

 

 

「オ……オォ……」

 

 

 有情拳の影響か、静かに声を出す程度の力しか残されていない悪夢。じきに機能を停止するだろう。その前に、とトキは穏やかに微笑み、拾った物を悪夢に見せた。

 

 

「これは、お前の大切な物なのだろう?」

 

 

 トキが差し出したのは――悪夢が人間として生きていた頃に大切にしていた、(マザー)の肖像が入ったペンダント。

 

 

「オ……!オオ……マァ……ザァ……!!」

 

「「「!!」」」

 

 

 それを見た悪夢が、初めて言葉を発した。死柄木や黒霧も知らなかったのか、或いは話せないと言われていたのか驚いている。

 

 そんな彼らを余所にトキは微笑んだまま、もはや動けぬ体の悪夢の風穴の開いた片手……その指の付け根あたりにペンダントを置き、悪夢の指を一つ一つ丁寧に折り曲げてやり、しっかり握らせた。

 

 

「お前を制御するためなのか、それともこうして意識を取り戻させないためか……いずれにせよ、ペンダントがその体内にあったのはたった一つの幸せだったのかもしれぬな」

 

 

 そう言ってトキは、静かに北斗天帰掌の構えをとる。

 

 

「わたしはお前が生前にどのような罪を犯したのか知らぬ。だが、もういいだろう。地獄ではなく、心安らかにその母のいる天へと帰るのだ。他の誰もがお前を許さずとも、わたしはお前を許そう。もう『悪夢』を見ずとも良い。静かに眠りにつくがいい」

 

「オォ……アリ……ガ…………」

 

 

 悪夢が何を言いたかったのか、トキだけでなく出久たちも何となく理解することが出来た。悪夢の目から一筋の涙が流れ落ち、トキの言うとおり悪夢は――静かに機能を停止する。

 

 

「クソッ……!お前さえ、お前さえいなければ!!」

 

「落ち着いて下さい、死柄木弔!」

 

 

 彼らを見て相変わらず癇癪を起こす死柄木と、それを諌める黒霧だが直後に体を強張らせた。トキが変わらぬ気迫で睨みつけていたからだ。

 

 

「お前たちは死者を弄び、あまつさえ未来ある若者たちの命を道楽のように奪おうとした。それはお前たちの過去が悲惨なものであったとしても許されぬ……!お前たちには、地獄すらなまぬるい!!」

 

「ふざけんなよ……!お前さえいなければオールマイトも倒せたし、悪夢もやられなかったんだ!」

 

「死柄木弔!悪夢も脳無も失った上、しかも相手は常識の通用しない規格外!オールマイト以外のプロヒーローもいる以上、包囲されるのは時間の問題……ここは引くべきです!」

 

「畜生……!今度会ったら確実に殺してやる!覚えてろチート野郎!」

 

 

 そう言い残し、雄英に忍び込んだ時と同じく死柄木は黒霧と共にワープゲートで消えていった。……連れてきた有象無象のヴィランを残して。

 

 

「……その言葉をそっくり返そう。お前たちが懲りずに今日と同じことを繰り返すと言うならば、その時はお前たちの頭上に死兆星が輝く事になるだろう……!」

 

 

 死柄木と黒霧が消えた場所を見ながら、トキは決意を新たに呟いた。

 

 そしてトキの勝利を皮切りに、各所で次々と生徒たちが保護され……波乱に満ちた今回の事件はようやく終焉を迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 余談だが――

 

 

「んだァこのネズゴフッ!?」

 

「くそっ!齧歯類が調子にぶべら!?」

 

「おい何かコイツおかあべしっ!?」

 

 

 チンピラモブヴィランが次々と叩きのめされていく。その実力者の正体はもちろん――

 

 

「HAHAHA!鍛え方が足りないのさ!僕の『ハイスペック』によって導き出された効率的ビルドアップトレーニングの効果、身を持って知りたまえ!」

 

 

 ……ケンシロウが乗り移ったのかと思うような、スーツの上半身を盛り上げた筋肉で破りながら拳を振るう根津校長である。そして毛並みはいつにも増してフワフワだ。

 

 

「今日の校長……オールマイトより活躍してない?」

 

 

 それは相手が相手だっただけに仕方ないのかもしれない。

 

 


 

 

 トキ!リカバリーガール!そして根津校長!!

 

 三人に包囲されたオールマイトに弁解の余地はあるのかぁ!?

 

 

 次回!有情のヒーローアカデミア!!

 

 『命の息吹!平和の象徴はまた輝く!!』

 

 

「人間にはまだ見ぬ力と可能性が隠されている……!わたしはそれに賭けてみたい!!」




[技紹介]
○北斗有情七星破

簡単に言うと、北斗七死星点と北斗有情拳の合わせ技。威力自体は北斗七死星点とあまり変わらず、有情拳の効果が付与された程度なのだが、北斗七死星点そのものがかなり手間がかかる上にその状態で有情拳も放たねばならないため、空中戦が得意かつ万全に回復したトキだから出来たようなもの。総括すると、慈悲の賜物。


というわけで、最後に服が破けたのは誰もが予想出来ただろう、ネズシロウもとい根津校長でした。いや注目してほしいような、それは別のところにしてほしい気もしますけど……。

普段と転龍呼吸法の状態の違いは文字通り独自解釈です。呼吸法だけでああなると思えませんし、あの呼吸法を使うのに適した体作り(修行)は前提条件なんじゃないかなと。


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第十三話 命の息吹!平和の象徴はまた輝く!!

今回、過去最高にご都合主義や独自解釈満載です。
トキ兄さん、別に魔法とか神様パワー使えるわけじゃないからそれっぽくするの難しかったんですもの……。
神様パワーはともかく、ヒロアカ世界なら魔法使える人がいてもおかしくないけど。


 USJ襲撃事件の翌日。

 

 臨時休校となったその日に、オールマイトはリカバリーガールと根津校長を伴ってトキの自宅を訪れていた。

 

 

「…………」

 

「覚悟しておきな。ああいう温厚な奴ほど怒ったときは凄まじいからね。何せマスコミ連中を泣くまで説教かましたらしいし、あんたもそれぐらいされるかもしれないよ」

 

「Plus Ultraさ!オールマイト先生!いつも通り笑顔でポージングすれば(精神的)困難は乗り越えられるよ!さあ一緒に!フロントラットスプレッド!!」

 

 

 リカバリーガールはともかく、いつもオールマイトのやっているボディビルポージングをやらせようとする根津校長。下手なボディビルダーよりキマってるのはこの際どうでもいいとして、オールマイトは笑顔のまま汗が滝のように流れ落ちている。

 

 

(ちょっと待ってこれ逃げたら噂の北斗神拳で秘孔とかいうの突かれて動き止められた上で延々とお説教?いやソレ勘弁してほしいというか私が悪かったので程々にお願いしますというか土下座するんで解放してほしいというのが今の心情でありまして)

 

 

 平和の象徴、内心テンパりすぎである。そりゃ先日あんな超戦闘力を見せられてからこうして呼び出しくらえばそうもなろう。そうして玄関先でグダグダしていたらトキがドアを開けて顔を出した。

 

 

「足を運ばせて申し訳ありません」

 

「ごめんなさいでした」

 

「は?」

 

 

 いきなり謝罪っぽい言葉を言いながら土下座するオールマイトに、トキは呆気にとられてしまった。

 

 

「……よくわかりませんが、とりあえず中へどうぞ」

 

 

 未だビクビクしているオールマイトを怪訝に思いつつ、リカバリーガールと根津校長も含めて招き入れるトキ。

 

 

(あのエプロンに描かれていたのはアブドミナルアンドサイをしている筋肉猫……しかも相当なレベル!これは僕も負けていられないのさ!)

 

 

 根津校長がトキの着けていたエプロンに描かれていたモノを見て闘志を燃やしていたが、トキもトキで何でそんなのが描かれていたエプロンを使っているのか疑問である。誰だこんなん発売した奴は。

 

 

 

 

 

 客間に通された三人は、トキが淹れたお茶を飲みながら話し始める。

 

 

「さて、改めまして本日は御足労ありがとうございます。昨日の今日ではまだ事後処理などで忙しいでしょう、それにも関わらずこうして足を運んでくれたことに感謝させてください」

 

「い、いやこちらこそ……」

 

「まあ、私から見でもあんたは働き過ぎだよ。少しばかり休んだ方がいいと思っていたし、今日ぐらいはゆっくりしな……と言いたいところだったんだけど、そういう雰囲気じゃなさそうだね」

 

「幸い残っているのは明日以降に回せる仕事がほとんどなのさ!だから今日はトキ先生の用事を優先させてもらうよ。込み入った話のようだから」

 

 

 トキは頭を下げ、礼を伝えると早速本題に移る。

 

 

「さて……今日来て頂いたのは他でもない、オールマイト先生のことです。正確にはオールマイト先生の体のことですが」

 

「すみません仮眠をとってヴィランの襲撃に間に合わぬという醜態を晒し……あれ?」

 

 

 再び土下座し出したオールマイトだが、前半の台詞だけ聞いて後半を聞こうとせず、途中で気がついて顔を上げるとリカバリーガールと根津校長がため息を吐き、トキは相変わらず汗一つ垂らさず真面目な表情。

 

 

「え……あ……うぉっほん!わ、私の体についてというのはどういうことかな、トキくん」

 

「それを説明する前に楽にして下さい。無理にその姿でなくとも結構です」

 

「……!そうか、気づかれていたのなら隠す必要もないな」

 

 

 そう言うとオールマイトは筋肉隆々の姿から徐々に萎んでいき、ガリガリに痩せてそれこそ骨と皮だけじゃないかと思うレベルになる。

 トゥルーフォーム……先程までのマッスルフォームではなく、本来のオールマイトはこちらの方なのだ。

 

 

「見ての通り……これが本当の私だ」

 

「随分と印象が変わりますね。それはいいとして、何故『活動限界』があるのか……教えて頂けますか?」

 

「そこまで知っていたか……わかった、話そう。このことは僅かな関係者しか知らない。他言無用でお願いしたい」

 

「わかりました。星となった熱き男たちに誓いましょう」

 

 

 オールマイトの頼みをトキが承諾すると、オールマイトは自身の身に起こったことを話し出す。数年前、ある巨悪との戦いで相打ち状態となり、呼吸器官半壊、胃の全摘出という重傷を負ってしまい、その後の度重なる手術と後遺症の結果がこの姿だという。しかも、そのおかげで活動限界が出来てしまっていたにも関わらず、先日の悪夢との戦いで無理をしたことでさらに短縮されてしまったらしい。

 

 

「……そういったご理由がありましたか。私がもう少し早く北斗神拳を使っていれば……」

 

「いやいや、君のせいではない。最終的には結局トキくんに助けてもらってしまったわけだし、感謝こそすれ恨むなどお門違いもいいところさ」

 

 

 HAHAHA!と変わらぬ調子で笑っては吐血し、周囲を慌てさせるオールマイト。

 

 

「いや失礼……まあ、そんなこともあって私は私が受け継いだ個性――『ワン・フォー・オール』をある人物に託したんだ。今こうしてヒーローとして活動出来ているのはその残り火のおかげだよ」

 

「それが……緑谷出久ですね?」

 

「……!予想はしていたけど、やっぱり知っていたのか」

 

「いえ、貴方の話を聞くまでは経験上の予想に過ぎませんでした。いくら遅咲きの個性だったとしても、個性は即ち身体機能の一部!転龍呼吸法について説明するとき言ったように普段であれば人間は、自壊を防ぐため30%の力しか使えないよう脳が自然と制限をかけるはず……」

 

 

 黙って聞いている三人に、トキはさらに続ける。

 

 

「それが元々自分の中にあったものであれば自ずと脳が認識・抑制し、ある程度は無意識に今の体に適した出力にされるでしょう。それが出来ないとすると純粋に体が最低限の個性を使用する段階まで出来上がっていないか、もしくは何らかの外的要因によって個性が体に馴染んでいないかという、大まかな二つの原因に絞られる」

 

「さすが、医者であり拳法家でもあるというべきか……見事な観察眼だ」

 

「正直、体の方もかなり急いで作り上げたのでしょう。『発動に制限がある』くらいならまだしも『一度発動したらその場では二度と使えない』ような基本の個性なら最初から使用せず、鍛えた身体能力をそのまま使った方が、相澤先生に倣うなら合理的というものです」

 

 

 そういうトキに、オールマイトは相澤を幻視してしまったが仕方ないだろう。ちなみに一応オールマイトもA組の副担任だったりする。トキが保険医との二足草鞋であるように、何かと彼も忙しいためA組は副担任二人の特別体制なのだ。

 

 

「出久に関しては一先ず置いておきましょう。先程も言いましたが、今日お呼びしたのはオールマイト先生の体のことです。今の話を聞く限り、普段の生活にもかなり支障が出ていると推測しますが」

 

「確かにその通りだが……もしや!?」

 

「……いえ、結論から言うと半壊とはいえ残っている呼吸器官はともかく、全摘出した胃の方の治療は不可能です」

 

 

 なんとなく予想出来ていたとはいえ、トキの言葉にオールマイトは若干落胆するが……よくよく考えると呼吸器官の治療は出来るかもしれないということのようだ。それだけでも十分過ぎるが、その後に続けた言葉はオールマイトはおろかリカバリーガールや根津校長すら驚愕させるものだった。

 

 

「……以前のわたしであればそこで終わりだったでしょう。ですが、神仙術を中心に様々なことを学び直した今であれば、可能性が全くないというわけではありません」

 

「「「!?」」」

 

「個性の発現……それが最もな例でしょう。人間にはまだ見ぬ力と可能性が隠されている……!わたしはそれに賭けてみたい!!」

 

 

 そう言うトキの目には諦めないという強い意思が込められていた。確かにトキの言うように個性の発現はこの世界に激変を齎した。そのことで個性そのものについて注目されることが今の世では当たり前になっているが、トキはより突き詰めることで個性を含む『人間の潜在能力』全てにその眼を向けたのである。

 

 

「この方法は人体に大きな影響を及ぼすでしょう。それが吉と出るか凶と出るかはわかりません。故に断って頂いても構いません。わたしがやろうとしている治療を受けてもらえるかどうか、よく考えて返事を頂きたい」

 

「……私の返事なら決まっているよ、トキくん。受けよう……いや、受けさせてほしい」

 

 

 ほとんど悩みもせず、オールマイトはそう告げた。これには先程とは逆にトキが驚くことになったが、オールマイトはその理由も伝える。

 

 

「あの戦い以降、私はこの体にいつ爆発するやもしれん爆弾を抱えているようなものだ。ワン・フォー・オールの残り火が消えるのも時間の問題、ならばどんなものであっても、可能性があるならば私も試してみたい!仮に上手くいかずともそれでトキくんの道が一歩でも開けるのであれば私としては本望さ!」

 

「……ありがとうございます、オールマイト先生……!」

 

 

 笑顔で言い放ったオールマイトに、トキは深々と頭を下げる。そして同時に思う、この人を……笑顔を奪ってはならない。必ずや成し遂げ、輝きを取り戻すのだと。

 

 

☆★☆★☆★☆

 

 

 それからすぐにオールマイトの治療準備は進められた。

 

 元々、小さな個人病院として機能するように造られていたトキの家には診療台などの施設も完備されている。オールマイトはそこに寝かされ、トキはその隣に立つ。リカバリーガールがその補佐に着くのはいいとして、何故根津校長までいるのかは謎だ。気にしてはいけないのだろうが。

 

 

「麻酔代わりに秘孔を突くのは予想出来るが、他の道具は使わないのかい?」

 

「はい。今回の治療に使うものは私の『気』であるからです」

 

「気……!?」

 

「なるほど。病は気から、とも言うからね!しかし部位の事情が事情だけにやり方が気になるのさ」

 

「確かに校長の言うとおり、人工臓器の用意も無しにどうするのか私も医者として気になってるんだけどね。あんたのことだ、しっかり考えているんだろ?」

 

 

 トキは静かに頷く。

 

 

「段階的に説明しましょう。まずは半壊したという呼吸器官と、その他の部位。そしてその後に胃の治療に入ります。わたしの気を体内に送り込み、擦り傷や切り傷などの外傷と同じように、わたしの気を媒介に各々の器官を自力で治すよう働きかけます」

 

「そんな事が可能なのか!?」

 

「北斗神拳、そしてわたしが学んだ神仙術は脳に直接作用する術があります。それを併用し、外部からの干渉を加えて体内組織の再生とその促進を行えれば、しっかりと現存している呼吸器官などは問題ないでしょう。逆に問題なのはやはり全摘出した胃の方です。こちらはさらに段階を踏む事になります」

 

 

 オカルト的な治療になるとはいえ、真面目な表情かつ人を救うことに一切の妥協をしないトキならば冗談ではないだろうと、三人はそのまま聞き続ける。

 

 

「わたしの気でオールマイト先生の胃の骨組みを作ります。骨組みと言っても実際に骨を作るわけではなく、『仮の胃』を作る感じです。その後に呼吸器官の時同様、脳に働きかけて気で作った仮の胃を覆うように徐々に胃の再生を行います。しかし胃の再生を行うと同時に、再生している間は胃が行っていた『消化』を体のどこかしらで代行しなければならない。これを再度脳に働きかけ、腸を軸に残る体の全器官で補助させるようにします」

 

「割と合理的なようで、やろうとすると相当無茶な治療だね」

 

「ええ。相手がオールマイト先生となると私の消費する気の量も並大抵ではないでしょう」

 

 

 気とはつまり、生命エネルギー。使い過ぎればそれこそ命を落とす危険もある。それを承知でトキはやろうとしているのだ。

 

 

「オールマイト先生、もし体に不調を感じた時はすぐに申し出て下さい」

 

「ああ、わかったよ。けれど私はそうしないと断言しよう。私はトキくんを信じているからね!」

 

「重ね重ね、ありがとうございます。その信頼に必ず応えましょう……!」

 

 

 かくして、オールマイトの治療は始まった。

 

 まず痛みを無くす秘孔など、数か所を突いた後にトキは両手をオールマイトの腹部に当て、目を閉じて精神を集中させ気を送り込む。

 

 同時にオールマイトは体内が少しずつ熱くなってくるのを感じ取った。

 

 

(ぐっ!?これが『気』を使った治療ッ……!痛みを無くす秘孔を突かれてもこれほどに刺激を感じるとは……!)

 

 

 歯を食いしばりながら、オールマイトがトキの方をチラリと見てみると、トキも同じように歯を食いしばりながら、尋常ではない汗を流しつつ気を送り込んでいるのが目に入った。リカバリーガールと根津校長が流れる汗を何度も拭いており、オールマイトが感じている体の中の熱さが勢いを弱めないことからトキが変わらぬペースで気による治療を施しているのがわかる。

 

 

(そうだ……!トキくんは命を賭けて私を治そうとしてくれている!ならば私もそれに応えずしてどうする!どんな結果になろうと、ここまでしてくれているトキくんに治療後にしっかり言おう……『私が治った!』と!!)

 

 

 治す側と、治される側。双方が命がけと言えるこの治療は、午前10時から始まり――午後8時、のべ10時間という長時間に及び、治療が終わると同時に四人は気絶するように眠り込んでしまった。

 

 

☆★☆★☆★☆

 

 

 翌日、早朝4時。

 

 オールマイトは診療台の上で目を覚ました。治療後を受けていたのだから当然と言えば当然なのだが。

 

 

「そうか、私は昨日トキくんから治療を受けて、終わったという言葉と同時に気を失うように眠ってしまったのか……」

 

 

 そこまで言って、オールマイトは自分の手を見てみると知らぬ間にマッスルフォームへと戻っていることを知った。一瞬目を見開き、体のあちこちを触ってみればやはり馴染みのあるマッスルフォーム。

 

 

「こ……これは!?」

 

 

 自分でも理解し切れない衝撃を受けつつ、周りを見てみると毛布をかけられたトキが診療台に突っ伏していた。リカバリーガールと根津校長の姿は見えない。

 

 

「ト……トキくん!大丈夫か!?目を開けてくれ!!」

 

「……う……」

 

 

 変な体勢で寝ていた、というより気絶に近かったからか頭を押さえながらトキが目を覚ます。

 

 

「……オールマイト先生……?」

 

「ああそうとも!見てくれトキくん!この体を!内から湧き上がる力を!私が治ったぁぁぁ!!」

 

「朝っぱらから大声出してんじゃないよ!!」

 

「ホワッツ!?」

 

 

 荒々しくドアを開けて怒鳴ったリカバリーガールに、オールマイトはもちろんトキも思わず立ち上がってしまった。

 

 

「全く……治療後早々そんなに張り切るバカがいるかい。一応終わったと言ってもまだ完治までは程遠いんだよ!少しは落ち着きを覚えなって昔から言ってるだろ!!」

 

「も……申し訳ありません……」

 

「ああ、トキ。昨日はお疲れさん。休みを丸々潰すようなことになっちまったけど、大したもんだよ。さすがに腹減っただろう?勝手に冷蔵庫漁ったのは悪いと思ったけど、朝食の用意をしといたから、そのバカと一緒に食べにきな」

 

「お気遣い、ありがとうございます。リカバリーガール先生。ところで根津校長は?」

 

「日課のジョギングだよ。あんたに秘孔突いてもらって以来、元気が有り余ってるとはいえ、昨日の今日でも変わらずだからね。相当タフになってるよ」

 

 

 その光景が容易に想像できてしまい、思わず笑ってしまうトキとオールマイト。

 

 二人でリカバリーガールが用意してくれた朝食――白米に豆腐の味噌汁、焼き魚にほうれん草のおひたしと簡単なものだが、今の二人には御馳走だ。特にオールマイトは長年ゼリー飲料による栄養補給がほとんどだったため、涎まで垂らす始末。

 

 

「「いただきます」」

 

 

 本当に治療が上手くいったのかを確かめる意味でもある朝食……オールマイトはまず、と豆腐の味噌汁へと手を伸ばし、ゆっくりと具材と共に流し込む。

 

 

「!!」

 

 

 染み渡る味噌の味や豆腐の食感が消えぬまま、白米の盛られた茶碗を手に取り一口二口と食し、焼き魚、おひたしと箸を進ませる。口に運ぶ度、懐かしい味が甦り涙するオールマイト。胃の全摘出によって栄養補給程度しか出来なかった彼が、再び食事を摂れたという感動は想像に難くない。

 

 

「美味い……!美味いっ……!!」

 

「リカバリーガール先生が言ったように、まだ完全ではないでしょう。これからしばらくはわたしが定期的に気による健診を行い、体調管理に協力します」

 

「本当にありがとう!トキくん!それから気になっているんだが、私がマッスルフォームになっていることに何か心当たりはあるかい?」

 

「オールマイト先生、貴方の中にあるのはワン・フォー・オールの残り火。そう仰られましたね」

 

「ああ、いつ消えるかわからないが、トキくんのおかげでもう少しは……」

 

「個性もまた体の一部。残り火とはいえ、薪を焚べ、油を注げばまた燃え上がる。そしてそれが続くように環境を整えれば――」

 

 

 トキは穏やかに微笑む。それはつまり、トキの気――つまり生命エネルギーによって残り火程度だったワン・フォー・オールの残照が再び炎となり、またオールマイトの体が治る――即ちトキの言った『環境を整える』ことによって、出久へと継承したワン・フォー・オールとは別の形でオールマイトの力が戻った……否、生まれ変わったと言うべきだろう。

 

 

「それは何という……まさに奇跡としか言いようがない!!」

 

「いえ……奇跡ではなく、元々人間が持っていたものと、貴方の強い意思が齎した結果だとわたしはおもいますよ、オールマイト先生」

 

「だがその火付け役となったのは他ならぬ君だ。私はこの先、死ぬまで君に感謝を忘れる事はないだろう……!」

 

「感激し合うのはいいけど、さっさと食べちまいな」

 

 

 リカバリーガールから声をかけられ、食事を再開するトキとオールマイト。食後はジョギングから帰ってきた根津も交え、束の間の団欒を過ごす四人。

 

 平和の象徴は心優しき医者の手により、本当の意味でその輝きを取り戻したのであった。

 

 


 

 

 ヴィラン襲撃を乗り越えた1年A組!

 

 しかぁし!彼らの身に降りかかる困難はヴィランだけとは限らないぃ!

 

 

 次回!有情のヒーローアカデミア!

 

 『受難終わらず!迫る雄英体育祭!!』

 

 

「相澤先生、教師参加のレクリエーションはありますか」




オールマイト、まさかの方法で復活。
トキ兄さんも気を使い過ぎたとはいえ寿命とか縮んだり弱体化したりはしなかったので無問題。寝落ち?したけど。
代償として、トキ兄さんの休日が潰れました。一番休まなきゃいけない人の休日が潰れたので立派な代償です(暴論)。

今日の愚痴。

AFO「無個性な医者を野放しにしてたらオールマイトが完全復活してしまったでござる」←本作本編ではまだ気づいてない


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第十四話 受難終わらず!迫る雄英体育祭!!

今回はサクッといきます。
……というのも自ら次回のハードル上げてしまったからなんですが。
それから、某漫画からちょっとした技(?)を使用します。あれなら北斗キャラがヒロアカ世界にいなくても大丈夫だよね!ってことで。
前回も書いたように魔法とかの類ではないのでご安心下さい。いや、ある意味魔法っぽいけど。


 治療が成功し、経過観察が必要とはいえ以前とは比べ物にならないほど体調が改善されたオールマイトと共に、トキは雄英へと通勤していた。通勤と言っても長時間の治療後に気絶してしまい日を跨いでしまったため、トキの家からだ。万が一を想定して必要な物を事前に持ってきていたことが功を奏したらしい。

 

 校舎のすぐ近くのため、焦る必要はないし時間に余裕もある。そういうわけで、トキはオールマイトから雄英体育祭について聞かされていた。

 

 

「なるほど……全国に大々的に報じられるほどの行事、雄英体育祭。良くも悪くも活躍すれば目立ちますね。しかし、先日の事があったばかりでは安全面で懐疑的になるのでは?」

 

「そこは私も危惧してるんだけどね。どうやら警備人数を何倍にもすることで、安全面を強化すると共に雄英の防備は万全だとアピールする狙いもあるらしい」

 

「確かにそうすることで先日のヴィランによる強襲は、相手が並外れたヴィランだと間接的に知らせる事にもなり、プロヒーローたちの危機意識を高めることにも繋がる……と。相変わらず根津校長は抜け目がない」

 

 

 さすがだ、と根津校長に感服するトキ。なお、根津校長は一足先にリカバリーガールを担いで通勤済み。「校長だからいち早く通勤しなければならないのさ!」と言い、高笑いしつつ爆走していった。

 

 

「ところでトキくん、頼み事ばかりで申し訳ないが、もう一つお願いしてもいいだろうか?」

 

「あまり過度な期待をされては困りますが、わたしに出来ることであれば」

 

「ありがとう……!トキくんも知っての通り、私は人に教えるというのが苦手でね……緑谷少年に満足のいく指導をしてやれなかった。だから事情を知っているトキくんも彼を見てやってほしいんだ」

 

 

 オールマイトの頼みは出久の指導をしてほしいということ。トキ個人としては見てやりたい気持ちは十分にあるが、さすがに一教師である自分が一生徒の指導に力を入れ過ぎるのはマズいし、不公平だろう。そこでトキは考えた。

 

 

「出久の成長に貢献することは構わないのですが、やはり雄英の教師として一人に付きっきりという訳にはいかないでしょう」

 

「まあ、公平性に欠いてしまうからね……」

 

「ですから、わたしが希望者を募って何かしら実践するという、見学会のようなものを開く形にしましょう。どちらかといえば見取り稽古という方が正しい。そこから学んだ事をどう活かすか、そこは各々の見せ所です」

 

「そうか……!緑谷少年は観察力に長けている。何よりトキくんの動きは剛柔を兼ねていて参考にしやすい上、拳法は最もワン・フォー・オールに応用がきく!」

 

 

 大多数の希望者を募ってやるのであれば贔屓などと言われることもなく、ついでにアドバイスなどを付け加えた後は個人個人で磨かせてやれば、違いも出てきて全体的なレベルアップにもなるだろう。

 

 

「実は先日、生徒が何かの漫画で見たという『リアルシャドー』というものを教えてくれたのです。何でも、並外れた集中力と想像力によって実在しないようなものと戦えるとか」

 

「リアルシャドー……確か、簡単に言うと超真面目なシャドーボクシングだっけ?」

 

「その認識で構わないかと。わたしはそのリアルシャドーを試してみようと思っています。そして、わたしの仮想対戦相手ですが――」

 

 

 その後に続いた言葉にオールマイトは息を呑み、自分も立ち会っていいかと聞くと、トキは快く承諾。

 

 何故ならば、トキが告げた相手は――

 

 

 

 

 

 『世紀末覇者拳王』ラオウ。

 

 

 

 

 

 ――トキが目指した、実の兄だからだ。

 

 

☆★☆★☆★☆

 

 

 襲撃を受けた1年A組だが、無事全員がクラスに揃うことが出来た。教室ではやはりというべきか、オールマイトが苦戦した悪夢を圧倒的強さで倒したトキの話題で持ちきりである。

 

 

「いやマジで半端なかったんだよ!あの超デケー化け物の攻撃何発も受けたのに平然と立ち上がってさあ!!」

 

「緑谷くん、蛙水くん、本当なのか!?」

 

「ケロ、本当よ飯田ちゃん。相澤先生やオールマイトも見てたから間違いないわ」

 

「最後の技もすごかった……!なんでも呼吸法で極限まで溜めたパワーによって全ての肋骨を内側にへし折るとか……」

 

「それも凄まじいが、『闘神の化身(インドラ・リバース)』……正しくトキ先生に相応しい二つ名」

 

 

 最後の常闇の台詞は少し本人の嗜好が入っている気がするが、概ねトキが解放した真の実力を驚愕と称賛を表す意見ばかり。例外は爆豪と轟、初めての戦闘訓練授業にてトキに敗北した二人だ。

 

 

(なんでオールマイトが苦戦するようなバケモノを無個性が倒せんだ……!ありえねえんだよクソが!!)

 

(あの時の訓練でも本気じゃなかったのは分かっていたが、こんなに差があったのか……このままじゃアイツを否定することなんて出来ねえ。どうにかあの強さの一部でも手に入れないと……!)

 

 

 そう二人が考えていると、噂の人物が例の如く担任を担いで入室してきた。何というか、わずか数日にして見慣れてしまった光景である。

 

 

「「「相澤先生復帰早えぇぇぇ!?」」」

 

「まあ、トキのおかげで応急処置も早かったからな。とりあえず席つけお前ら」

 

「とはいえ、相澤先生も安静しておくに越したことはありません。ですので、こちらの椅子に座って下さい」

 

「すまん」

 

 

 教壇にトキが持ってきた椅子を設置し、そこに相澤を下ろすトキの姿はもはやヘルパーにしか見えなかったことを記しておこう。ちなみに、相変わらず大声を出したプレゼント・マイクだが、職員室にてトキに『小声になってしまう秘孔』を突かれてしまい、強制的に静かにさせられた。大声は傷に響くのだ。

 

 

「さて……ヴィランとの戦いを終えて一安心と言ったところだろうが――」

 

「すでに新たなる戦いの時は近づいている!」

 

 

 ヴィランとの戦いでその実力を見せた二人の言葉に緊張が走るA組一同であったが――

 

 

「「――"雄英体育祭"が迫っている!」」

 

「「「クソガッポイ(※『学校っぽい』の略)のきたぁぁぁぁぁ!!!」」」

 

 

 恐怖は一転、テンション爆上がり。除籍を賭けた個性把握テストに始まり、先日のヴィラン襲撃と様々な『Plus Ultra』に遭遇してきたA組にとって、学校らしい行事はこの雄英体育祭が初めて。

 

 しかし、トキ同様に開催に関して不安を持つ者もいる。トキと悪夢の戦いを間近で見た峰田だ。そんな彼の不安を解消するように、相澤とトキから説明が行われる。

 

 

「――逆だ。開催することで雄英の防備が盤石であることを示すつもりだ」

 

「わたしも峰田と同じ意見だったのだが、オールマイト先生からも警備人数を何倍にもするということを知らされ、今朝方の職員会議で各プロヒーローに警備の依頼を出すことも伝えられた。一部のプロヒーローからは既に承諾の返事を受けているらしい。例を挙げるなら『エッジショット』『リューキュウ』といった者たちだ」

 

「エッジショットにリューキュウ!?」

 

「ビルボードチャートでも上位に位置するトップヒーローじゃねーか!」

 

「それだけ雄英側も本気ってことだ。その他一般の警備人数も去年の五倍……何より最大の"チャンス"を無くさせるわけにはいかん」

 

 

 個性が発現したことで従来のオリンピックが縮小・形骸化し、それに代わり日本が誇るビッグイベントとなった雄英体育祭。報道陣やプロヒーローも大勢見学に来るし、トップヒーローも当然来訪する。前述の二名も見学を兼ねているため、生徒たちにとっては自身をアピールする絶好の場なのだ。

 

 そう、雄英に入学した以上、この雄英体育祭の結果次第で将来が決まると言っても過言ではない。

 

 

「年に一度、最大で三回きりのチャンス――時間は有限。焦れよ、お前ら。それから、そんなお前らにトキからありがたい話がある。聞き逃すと後悔するぞ……トキ」

 

「はい。三日後、体育館にてわたしが『リアルシャドー』による仮想模擬戦を実演する。わたしの動きが皆の参考になればと思うが、見学は任意だ。開催時刻は放課後、人数が誰一人来なくともわたしは行う気でいる」

 

「もう校長に許可は取ってあるそうだ。誰一人、と言うが俺やオールマイトさんは見学する気でいるからな」

 

 

 二人の言葉とオールマイトの参加に教室内は一気にざわめく。その中において出久は悩む事なく参加を決めていた。ここでトキが一言付け加える。

 

 

「そうだ、わたしの仮想模擬戦見学において持ってきてほしいものが一つだけある」

 

「え!?金取るんスか!?」

 

「そんなわけ無いだろうが。最後までトキの話を聞け」

 

 

 上鳴が声を上げたが相澤が呆れたように諌める。苦笑しつつトキが告げた持ってきてほしいもの、それは予想外のものであった。

 

 

「わたしが持ってきてほしいもの……それは集中力だ。それも決して途切れることのない――せめて、仮想模擬戦中だけでも切らせないだけの集中力を」

 

「しゅ……集中力、ですか?」

 

「『リアルシャドー』に必要なものは並外れた集中力と想像力……だが、後者は実際にやる者のみが持っていればいい。しかし、見る者にも集中力は必要だ。なにせ相手は仮想……わたしの想像の相手なのだから、見学する側も相応の集中力が無ければ、ただわたしが動いているだけにしか見えないだろう。それでは半分程度にしか役には立たぬ」

 

 

 実際、眼前に存在せぬ相手と行うそれは、やる気の無い者が見たところでろくな知識にもならない。やる側も、見る側も本気だからこそ何かを掴めるのだ。

 

 ここで、出久が誰もが最も知りたいだろう質問をした。

 

 

「トキ先生!リアルシャドー……仮想模擬戦ってことは相手がいるわけですよね?一体誰と……」

 

「わたしが仮想模擬戦で戦う相手……それはわたしが目指した実の兄、世紀末覇者拳王――ラオウだ」

 

「「「!!」」」

 

 

 実の兄、というだけでも相当な衝撃だが、世紀末覇者拳王の部分やラオウという名前でも驚いているA組生徒一同。

 

 

「世紀末覇者拳王……!」

 

「おい常闇大丈夫か?やけに震えてるけど」

 

「つーかトキ先生は柔らかい名前だなーって思ったのにいきなりラオウとか、明らかにラスボスみてーな名前出てきたんだけど!?二つ名含めて絶対ヤベーだろその人!!」

 

「ちなみに愛馬もいてな。名を黒王号という」

 

「駄目だ俺絶対勝てねー自身がある」

 

「馬に?」

 

「ちげーよ!……あれ、どうしてだろ?ガチで馬にも負けそうな気がしてきたわ」

 

 

 事実、黒王号は普通の馬どころか並の拳法家すら簡単にぶっ飛ばせるくらい強いのだ。そう思うのも仕方がない。それからラオウ以外にもトキにはカイオウというさらに上の兄や、サヤカという妹もいるのだが今回は割愛。

 

 

「わたしが言ったように集中力を持ってきたならば我が兄ラオウの姿を見ることも出来よう。もう一度言うが見学は任意、持ってくるものは集中力だ」

 

 

 講師がトキでオールマイトが参加、そして相手はよくトキが口にしていた兄・ラオウ……それだけの条件が揃って参加しないA組の生徒たちではない。

 

 ある者は純粋な興味から、ある者は雄英体育祭へ向けてトキの技術を一部でも己の血肉とするために――理由は異なれど三日後に行われるトキの仮想模擬戦に、誰もが期待を膨らませるのだった。

 

 


 

 

 世紀末覇者拳王!

 

 トキもケンシロウも目指した偉大な長兄に、今のトキの拳は届くのか!?

 

 

 次回!有情のヒーローアカデミア!

 

 『仮想模擬戦!その目に映せ覇者の剛拳!!』

 

 

「想像するのだ……野心無き、優しさと力強さを兼ね備えた姿を――真の拳王としてのラオウ()の姿を……!」




答えはグラップラー刃牙からリアルシャドーでした。
いや、相手ラオウのリアルシャドーってかなりヤバい気がしますけどね。心血愁とか突かれたらいくらイメージでも現実に直結して死にそうなんですが。
とはいえ逆に弱くても駄目だし、トキ兄さんが会ったことあるの限られてるしで相手選びに困る。

……あ、霞拳志郎やシュケンの記憶も継承してるんだしヤサカとかって手もあったのか……。


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第十五話 仮想模擬戦!その目に映せ覇者の剛拳!!

皆様お待たせいたしました、もはや知らぬ方はいないであろう拳王様の御登場。
ものすごい難産だった上、どこまで書くか悩んだ挙げ句本格的なバトルは次回に持ち越しになってしまいました。スミマセン。


 雄英体育祭について説明した日から数日後、トキの伝えた仮想模擬戦の日がやってきた。

 

 あの日、敵情視察のような群がりに加えて、一人の普通科の生徒によるA組への宣戦布告らしきものがあったが、「ヴィランの襲撃を切り抜けた」と言われた瞬間に一部を除くA組の心は一つになった。

 

 

「僕たちは助けられたんだ……オールマイトと、トキ先生に。あの二人がいなかったら、今頃先生たちを含めた全員がここにいなかった」

 

 

 強い眼差しで普通科の生徒へと告げたのは出久。悪夢の恐ろしい戦闘力、そしてオールマイトはもちろん、トキの真の実力を間近で見た彼の発言に、同じくその場にいた蛙水や峰田もそれに同調し、反論したという。さらにその場にいなくとも、遠目で悪夢を確認した者たちも口々にその時の心情を吐き出し、今なお切り抜けた喜びより恐怖が勝っていると話したらしい。

 

 その後、普通科の生徒は退散したそうだが、同じく顔を見に来たというB組の生徒に偶然トキの仮想模擬戦のことを聞かれてしまい、ブラドキング直々にB組も見学させてほしいと頼まれ、トキはそれを了承。

 

 彼いわく「しっかりと集中出来るなら構わない」とのことで、根津校長(彼も見に来るらしい)によって仮想模擬戦のことは瞬く間に全校中に広まった。

 

 ついでにあのオールマイトが真っ先に参加を表明したという事実まで何故か広まってしまい、仮想模擬戦の見学者は大層な数になったようだ。

 

 

 

 

 

 トキは本日、放課後まで自由時間をもらい仮想模擬戦へ向けて体育館にて座禅を組み、精神統一をしている。リアルシャドーに必要な集中力と想像力は並大抵のものではなく、少しでも集中が途切れれば練り上げたイメージが一瞬にして霧散してしまう。

 

 集まってくれる者たちのために、そしてトキ自身のためにも言い出した自分がそんな失態をさらすようなマネはしてはならない。

 

 この日のため、体育館は放課後まで使用不可にしてもらった。あの日、ケンシロウと再会したカサンドラの牢獄を思い出すように、カーテンを閉め切り真っ暗になったそこの中心で、トキは只々その時を待つ。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 遂に放課後、人数が人数になってしまったのもあり、急遽参加者は自分のクラスの担任も見学する場合、担任に先導されて体育館へと向かうことに変更。無論、これで飯田が張り切ったのは言うまでもない。

 

 

「なんか、自分がやるわけじゃないけど緊張するよな」

 

「そりゃお前、トキ先生が目指したラスボスみてーな兄貴だぞ。ぜってーあん時の超デカいヴィランよりヤバいのが出て来るって」

 

「出て来るっていうか、トキ先生のイメージを可視化させるようなものだけどね」

 

「世紀末覇者拳王……果たして如何なる強者なのか」

 

「なあ常闇、後でトキ先生に聞いたんだけど他にも『天帝』とかそういう二つ名持ちが結構いるらしいぜ」

 

「!!」

 

(((わかりやすっ!!)))

 

 

 『閻王』霞拳志郎や、ジュウザを始めとした南斗五車星らはその筆頭と言える。ちなみに、あちらでは一部の地域でトキを『銀の聖者』と呼ぶ者もいるとか。

 

 途中でブラドキング率いるB組と合流、その際なんか煽ってきた生徒がいたが――

 

 

「あんま騒いでトキの集中を乱すようなら叩き出すぞ」

 

 

 トキの理解者である相澤が本気で黙らせた。

 

 

 

 

 

 既に体育館前にはオールマイトや根津校長ら多くの人物が集結しており、その中には――

 

 

「ねえねえ!トキ先生って新しい保健の先生だよね!私まだ話したことないんだけど、どんな人なの?」

 

「すごく穏やかで優しい先生だよ!それに強い!静かだけど周りを圧倒するようなオーラがある!今まで無名だったのが信じられないくらいさ!」

 

「なんで二人ともそんなに元気なんだ……後輩とはいえ初対面の人ばかりだぞ……!?二人が見てみたいのはわかったから俺は帰らせてくれ……!もし何かあった時、注目されでもしたらとても耐えられない……!」

 

 

 何かあった時、とは言うものの既に注目されていることに気づいたその男子生徒が、もう一人の男子生徒の背に隠れるように移動したのを見て、その男子生徒と話していた女子生徒が不思議そうに何やら話しかけていた。

 

 それを見た相澤がぽつりと呟く。

 

 

「"ビッグ3"まで見に来たか。トキの話題性はそんじょそこらのプロよりよっぽど上、まあ当然と言えば当然だな」

 

「"ビッグ3"……?」

 

「文字通り、この雄英に在籍する生徒のトップ3だ。通形ミリオと天喰環、それから三人の中で唯一の女生徒の波動ねじれ。この三人をひっくるめてビッグ3と呼ぶ」

 

「「「雄英トップ3!?」」」

 

 

 彼らの素性を知り、顎が外れるんじゃないかと思うほどあんぐりと口を開けた出久たち。ついでに峰田はねじれのある部分を凝視している。このエロ葡萄、ブレは無し。

 

 

 

 

 

 ついに時間ということで、ゆっくりとドアを開けるとカーテン等で真っ暗になった体育館の奥でただ一人、トキが目を瞑ったまま座禅を組んでいた。

 

 常闇のダークシャドウが暗がりを喜んでいるが、出久を始め全員が不思議な感覚に襲われる。

 

 見学者全員が体育館へ足を踏み入れると、自然とドアが閉まると共に周囲の景色が一変し、石で出来た地下施設のような様相になった。これにはオールマイトすらも驚くが――

 

 

「慌てず集中するのさ。既に仮想模擬戦……その前哨戦が始まっていると見ていいだろうね」

 

 

 落ち着いた根津校長の言葉に皆が冷静さを取り戻すも、トキに近づくと再び衝撃的なモノが見えた。

 

 スキンヘッドで筋肉隆々とした二人の男がいつの間にかトキの左右に現れ、巨大な斧を振りかぶっている。狙っているのは……トキの首。

 

 誰もがトキの身を案じ、中には飛び出そうとする者もいたが、それより早く男たちの斧が振るわれ――

 

 

「トキせ――!?」

 

 

 ――目を瞑ったままのトキがその斧をいとも容易く掴み止めた。人差し指と中指、そして親指で、左右両方をだ。その後、トキは目にも止まらぬ早さで二人の男に何かを行ったかと思えば、その二人は快楽を感じたような表情になり――頭が弾け飛び絶命。

 

 

「「「ひっ!?」」」

 

 

 短く悲鳴を上げた女性陣だが、ほとんどの男子生徒も真っ青になっている。それはそうだろう、目の前で人があまりに衝撃的な死に方を遂げたのだ。

 

 それを見てもなお冷静だったのは相澤を始め極僅か。

 

 

(あの一瞬で何発も叩き込んだ……それも、おそらく秘孔とやらを正確に)

 

(いくら殺気を感じたからといっても、目を閉じたまま完璧なタイミングで斧を掴んだ!一体どれほどの鍛錬を積み重ねてきたんだ……!?やはりすごいな、トキ先生!)

 

 

 相澤とミリオは内心のテンションこそ違うが、トキの実力を改めて感じ取る。リアルシャドーによって相手とその強さは自由に作れれど、己の強さまで自在になりはしない。そうなってしまえばただの妄想であり、幻影(シャドー)の意味がなくなってしまう。

 

 

 

 

 

「待っていたぞ。皆、よく来てくれた」

 

 

 

 

 

 トキの目がゆっくりと開かれ、先程倒した男たちの姿がゆらりと消える。周囲の驚きも気にせず、トキは立ち上がるとよりその眼光を鋭く光らせた。

 

 

「これよりわたしとラオウの決戦の場へと向かおう。数多の星々が見守るその場所が、わたしとラオウ……二つの北斗神拳が雌雄を決する戦場(いくさば)となる」

 

 

 参加者全員が今のトキの雰囲気に息を呑む。今のトキは『リアルシャドーによる仮想模擬戦』ということを敢えて忘れ、彼の実兄にして目標たるラオウとの決戦に臨む一人の拳士となっていた。

 

 それはそれとして、どうやってその決戦の場に――と思ったのも束の間、周囲の景色が霧に包まれるように見えなくなった直後、雲の合間からいくつもの陽光が差す荒野へと彼らは移動しており、またも混乱する。さすがに「これがリアルシャドーか」と納得する者もちらほら出てきてはいるが。

 

 そしてトキはより強くイメージする。

 

 己の目指した、遥かなる高みに座す男を。

 

 こうあってほしかったという願いと共に。

 

 

(想像するのだ……野心無き、優しさと力強さを兼ね備えた姿を――真の拳王としてのラオウ()の姿を……!)

 

 

 全員がトキを見守る中、トキの体から闘気が湯気のように立ち上り始めると、見学に来た者たちの中でも強者とされる者は圧倒的なプレッシャーを感じ取った。その方角を向くと、どこからともなく霧が発生し、その中に朧気ながら一つ……いや二つの影が見えた。そしてそれに誰もが気づいた時、霧が晴れ現れた姿に誰もが驚愕する。

 

 最初に姿を見せた黒き馬ですら、通常を上回る巨躯に加えて明らかな威圧感を放っており、その時点で普通ではない。一歩一歩ゆっくりとその蹄で大地を鳴らしながらやってくる姿はそれだけで格の違いを見せつける。

 

 その黒馬――黒王号に跨り荘厳な鎧兜を身に纏い、オールマイトに匹敵する体躯と視線のみで相手を倒せそうな鋭い目、そしてプレッシャーだけでなくカリスマも同時に感じさせるほど溢れんばかりの闘気。

 

 

「まさか、あれがっ……!?」

 

 

 誰が呟いただろう。それを肯定するようにトキが言葉を紡いだ。

 

 

「世紀末覇者拳王――ラオウ、そして愛馬の黒王号」

 

 

 もはやその二つ名を否定する者はおらず、またそれぞれの名も相応しいと思う者がほとんどであった。

 

 しかし、未だ認められぬ者もいた。

 

 ラオウと黒王号が現れたのは、一年A組・B組の後方……つまり、必然的にクラスの間を横断するように歩を進めていく。峰田ぐらいの体格なら一踏みで絶命させそうな黒王号に跨ったラオウを、道を開けるように左右に分かれて避ける一年生。

 

 

(これが拳王……!紛れも無く王の風格!!)

 

(なんて筋肉だよ……!これで無個性で武器も持たないとか漢らしすぎだろ!)

 

 

 常闇や切島のように尊敬の眼差しを向ける者がいれば――

 

 

(潰されませんように潰されませんように)

 

(……無個性っつーか個性いらねーよこれ。むしろ下手な個性なら邪魔にしかならねーぐらい強いだろこれ)

 

 

 ガチビビリな峰田や上鳴のように恐れる者もいる。

 

 そして――

 

 

(何が世紀末覇者だ……!何が拳王だ!!)

 

 

 忌々しげにラオウと黒王号を見る者もいた。言うまでもなく爆豪である。普段なら同じような反応をするかもしれない轟はというと……。

 

 

(雰囲気は親父に似ているが、何かが決定的に違う。一体何が……)

 

 

 己の父であるエンデヴァーと重ねられそうで、重ねられなかった。

 

 結論から言えばエンデヴァーとラオウの違いとは、エンデヴァーがオールマイト超え……即ちNo.1、頂点になることを轟に託したのに対して、ラオウは何があろうと己が頂点であることに拘り続けたことだろう。最期はケンシロウが自身より上であることを認めたが。

 

 そんなとき、いよいよトキ――ではなく爆豪が動いた。未だ悠々とトキへ向かって黒王号を歩ませるラオウに近づき爆破を仕掛けようとしたのだ。突然のことにクラスメイトはおろか相澤やオールマイトすら出遅れてしまったが、心配は無用の長物。

 

 

(くらえや無個性の――!?)

 

 

 モブ野郎、と続けようとして爆豪は振りかぶった右腕を引っ込めると、全身から汗を噴き出しつつも急遽その場から後退した。どういうことか出久らは不思議がるが、よく見ると爆豪は驚きの表情のまま震えている。

 

 

「何だよ、今の……!俺に向かって一瞬で何発も拳が……!!」

 

 

 ほとんどの者は爆豪が何を言ってるのか分からなかった。ラオウはそんな動きなど全く行なっていないのだから。その後、爆豪をラオウが一睨みすると思わず爆豪は体をビクリと震わせ尻餅をついてしまう。

 

 ――勝てない――

 

 戦うまでもなく、爆豪は思い知らされたのだ。ラオウは自分とは次元が違うと。

 

 爆豪が受けたもの、それはよくトキが放っている闘気である。もっともトキのそれとは様々な面で大きく異なるため、よりダイレクトに感じることができる。

 

 しかし、弱者はそれでも感じ取ることは不可能であり、明確に感じ取れた爆豪はラオウに敵いこそしないものの、強者である証明にはなったと言えるだろう。

 

 

(単純な力比べなら私に分があるかもしれないが……トキくんの話によれば彼もまた北斗神拳を操り、それどころか他流派の技も吸収していたという。そうなるとまともに戦えば勝てるかどうか……)

 

 

 オールマイトでさえ、冷や汗を垂らしラオウと黒王号を見送っている。

 

 ある程度の距離までトキに近づいたラオウは黒王号からゆっくりと降り、その両足で大地に立つ。それから拳王の象徴の一つたる兜を脱ぎ捨て、北斗天帰掌の構えを取った。一瞬驚いたトキだが、すぐにフッと笑った後に同じく北斗天帰掌の構えで返す。

 

 この北斗天帰掌の本来の意味は『もし誤って相手の拳に倒れようとも、相手を怨まず悔いを残さず天に帰る』というもの。それはリアルシャドーにおいても変わらず、トキとしては仮想模擬戦においてその中での事が原因で倒れることになろうと、それは己の未熟さゆえに起きたことだと自身に言い聞かせる意味でもある。

 

 遂に、トキとラオウによる仮想模擬戦が幕を開けた。

 

 お互いに構えを取ってから放った最初の奥義は――

 

 

「『北斗剛掌波!!』」

 

 

 脳無をも軽々と吹っ飛ばした北斗剛掌波の撃ち合い。出久や相澤らはその威力を間近で見てよく知っている。しかし、彼らにとっても予想外の出来事が早くも巻き起こっていた。

 

 

「ト……トキ先生が両手で放っているのに対して、ラオウって人は片手だけ……!なのにトキ先生を押している!?」

 

「おいおいおい!?いくら何でもいきなりおかしくねーか!?トキ先生はあの馬鹿デカいヴィランをブッ飛ばせるほどのパワーがあるんだぜ!?」

 

「……そうとも言い切れん。おそらくだが北斗神拳の技にも使用者によって相性の良し悪しがあるんだろう。あの技……北斗剛掌波と言ったか、名前の感じからして強烈な闘気を手から放つ技みたいだが、単純にラオウの方がその手の技を使用するのに適しているか、慣れているんだろうな」

 

 

 出久や峰田の疑問に相澤が自分なりの意見を述べる。概ねその予想は当たりであり、『柔の拳』を得意とするトキと、『剛の拳』を得意とするラオウでは、当然の如く単純な力比べとなった場合、ラオウに分がある。

 

 ましてやこの北斗剛掌波はラオウの得意技の一つにして代名詞とも言える技。『技の熟練度』が違うのだ。

 

 このままでは押し切られると判断したトキは、自身の北斗剛掌波をラオウの北斗剛掌波の威力を弱め受け流す方法へと戦法を変える。北斗剛掌波を放ったまま、ゆっくりと合わせた両手を離しながら円を描くように動かし、ラオウの北斗剛掌波を拡散させた。

 

 とはいえ相手はラオウ、拡散させてもなお残った闘気の波動は少なからずトキにダメージを与える。しかし、トキは軽く呻くがさして痛手ではなかったらしく、すぐにラオウへと視線を戻す。

 

 

(最初の小手調べはやはり私の負けか……やはり剛の拳で兄さんと渡り合うのは今はまだ不可能。だがあの時と違い、命を賭して止めるために戦うのではない以上、この場において剛の拳に拘る必要もない)

 

『そうだ、我が弟トキよ』

 

「「「!?」」」

 

 

 突如、トキの生み出した幻影であるはずのラオウが口を開いたことに、トキを含む誰もが驚く。リアルシャドーであるため、確かに生きてその場にいるような動きをするのは理解出来る。だが、目の前のラオウはまるで自分の意思を持っているような雰囲気だ。

 

 

『今のお前の拳、このラオウに見せてみよ!』

 

 

 最後に見た時と変わらぬ――いや、より気迫を増したラオウの言葉に、トキは表情を引き締め構えを取る。

 

 天の覇王と銀の聖者。

 

 北斗神拳の歴史においてその名を残す傑物が今、別の世界にて激突する。

 

 ただ、一つだけ――リアルシャドーによって生み出されたラオウが、既にトキの意思を離れて動いていることは、トキ自身さえも知らぬことであった。

 

 


 

 

 激しくぶつかり合う剛と柔!

 

 模擬戦の枠を超えた闘いに、若きヒーローの卵たちは何を見出すのか!?

 

 

 次回!有情のヒーローアカデミア!

 

 『奥義天将奔烈!目指した兄は未だ遠く!!』

 

 

「こりゃあ羅門が悩むわけだ」

 

「「「どちら様ですか!?」」」




爆豪は確かに才能マンだ!……けど一発で相手がひしゃげて即死するような拳王様の拳を何発もっていうのはタフネス云々でどうにかなるもんじゃないと思う。
防御がほとんど意味を成さない天破活殺とかもあるし。

やっぱりラオウと黒王号はセットですよね。
思えば黒王号ってラオウ吹っ飛ばしたこともあるというから主同様規格外だわ。


【本日の不満】

物間「僕の扱いがあまりに雑じゃないか!?」


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第十六話 奥義天将奔烈!目指した兄は未だ遠く!!

お待たせいたしました。悩みまくった結果、拳王様が原作より遥かにパワーアップしてしまいました。
リアルシャドーだし別にいいよね!……と思ったのも束の間、いやリアルシャドーだと強くし過ぎたらガチで死ぬじゃん……と考え、最終的にブッ飛んだ展開に。

強いて言うならAFOもテコ入れしないと冗談抜きでヒーロー側のワンサイドゲームになりかねないなと。

追伸:誤字脱字報告、並びに多くのお気に入りや高評価、そしてたくさんのご感想ありがとうございます。個別にお返事はほとんどしておりませんが、全て作者にとってとてつもない原動力となってます。不定期更新かつ、拙い作品と作者ですが、これからもどうかよろしくお願いいたします。


 遂に始まったトキと、リアルシャドーによって生み出されたラオウによる仮想模擬戦。

 

 しかし、ラオウはリアルシャドーとは思えぬほど明確な意思を持ち、もはやそれは模擬戦ではなく――かつてトキが生まれ育った、あの世界における強者同士の死闘そのものであった。

 

 

 

 

 

「はあっ!!」

 

 

 トキの鋭い手刀がラオウを狙い繰り出される。以前初めての戦闘訓練にて、爆豪の秘孔新膻中を突いて動きを止めたものと同じ……しかし、その一撃は速度、精度、そして込められた気迫はあの時の比ではない。

 

 

(あれが決まれば勝負は終わったも同然……!)

 

(ラオウは避けるか、捌くか……どう出る!?)

 

 

 出久とオールマイト、ワン・フォー・オールの継承者師弟は両者の一挙一動を見逃すまいと集中している。真の達人同士の闘いは、一瞬で驚くほどの駆け引きがされるものであり、当然の如く彼らの闘いでもそれは同様。

 他にも相澤やミリオ、加えて格闘技をやっている尾白もそれを理解しており、他の生徒や教師たち以上に注視していた。

 

 だが、ラオウは彼らの想像の上を行く。

 

 ドスッという鈍い音と同時に、ラオウは新膻中を突かれたのである。これには全員――それこそトキすらも――予想外としか言いようがなかった。

 

 

(突かれただと!?あれだけの動きをしていながら……)

 

(確かに彼は巨体だが、今までの動きを見る限りでは鈍いというわけではない……もしや、肉を切らせて骨を断つ作戦か!?)

 

 

 相澤とミリオはやはりと言うか訝しむ。一見ミリオの考えが一番濃厚ではあるのだが、それは体の一部が封じられた場合であり、新膻中を突いたときの『術者の言葉がかからぬ限り動きを封じられる』という状況下では叶わぬものだ。

 

 一部を除き、誰もがトキの勝利を確信するもトキ本人はラオウのとった行動の意味を理解し、即座に防御態勢に移行した。何故ならば――

 

 

『ぬうん!!』

 

 

 一瞬動きが止まったラオウは凄まじい闘気を発し、ケンシロウのように新膻中に突かれた状態を自力で簡単に解除してしまったのだ。

 

 そのままラオウはその剛拳をもってトキを防御の上から軽々と吹き飛ばし、何事もなかったかのようにその場に仁王立ち。質実剛健、威風堂々。その言葉を体現したかのような闘いに出久たちは圧倒される。

 

 

「ば……爆豪が瞬殺されたあの技を正面から受けて、あっさり打ち破りやがった……!!」

 

「あれが肉体を鍛え抜いた姿……!漢すぎるだろ!!」

 

「振るわれし拳は破壊の鉄槌、そしてその肉体は鉄壁の城塞が如し……!」

 

「……個性って何だっけ……?」

 

 

 生徒たちは上鳴を皮切りに様々な反応を見せており、峰田など個性のあり方を考え出してしまう始末。それほどまでにラオウの戦法は度肝を抜くものだった。

 

 

『技の冴えも気迫も以前とは比べものにならぬ……さすがトキよ。だがその程度の戦い方ではこのラオウを打ち破ることなど出来ぬと、身に沁みて理解していよう。出し惜しみは不要!北斗神拳のみならず、お前が得た全てをもって挑んでくるがよい!!』

 

 

 そう吼えたラオウは、トキが既に北斗神拳以外の術技を修得したことを知っている。トキ自身も薄々勘づいていたが、ある時を境に敢えてラオウが言い出すまで使わずにいた。

 

 

「あなたならば気づくと思っていた反面、気づかぬフリをするならそのまま隠しておこうと思ったが……同時にその言葉を待っていたわたしがいる」

 

 

 小さく笑みを浮かべた後、トキは静かに気を練り両手に纏わせる。その構えから出久はすぐに理解した。あのUSJ襲撃事件の際に見せた技……『真・仙氣発勁』を放つのだと。本来なら直撃すれば相手の体内を完全に破壊するほどの極技――それを使わねば痛手を与えられぬであろうほどの相手、それがラオウ。

 

 

(けど……あの悪夢というヴィランが特別だったとはいえ、何故だろう……トキ先生のあの技でもラオウに決定打が与えられると思えないのは……!)

 

 

 この時、既に出久は少しずつ強者としての階段を登り始めていた。無意識のうちに相手の力量を感じ取っているのがその何よりの証拠。

 

 そんな出久の様子は露知らず、トキは意を決して再びラオウに挑みかかる。

 

 

『小細工を捨てて真っ向より仕掛けるか!それもまた良し!!』

 

「兄さんが自ら作ったスキをついたところで、それはただ誘い込まれているだけに過ぎぬ!ならばこそわたし自身の手でスキを無理矢理作り出す!!」

 

『むうっ!?』

 

 

 先程トキを吹き飛ばしたときよりも早く、重い拳がトキに振るわれるが――

 

 

「流・仙氣発勁ッ!!」

 

『ぬう!これは!?』

 

 

 寸でのところでラオウの剛拳を回避しつつ、振るわれた右腕に滑らせるよう、トキは同じく右手をラオウの右腕に添えて仙氣発勁を叩き込み、大きく弾く。そしてバランスを崩したラオウの腹部に、今度は左手を添え――

 

 

「真・仙氣発勁!!」

 

『ぬおおおおっ!?』

 

 

 ラオウの全身を凄まじい衝撃が襲い、体が宙に浮かされる。

 

 

「決まったか!?」

 

「いや、ラオウは五体満足で存命してる!おそらく咄嗟に闘気というもので相殺したんだ!」

 

「咄嗟にしたって防御しきれるモンじゃねえだろあの攻撃!どんだけ化け物なんだよ!?」

 

 

 出久の言う通り、ラオウはトキに拳を弾かれた時点でトキが放ってくる技の危険さを理解し、攻撃ではなく防御に闘気を集中させ、真・仙氣発勁の威力を可能な限り減少させていた。トキが込めた気の量や質は尋常ではないが、即座に対応するラオウもまた恐るべき判断力と、それを実現する能力を有した峰田いわく『化け物』だろう。

 

 しかし、トキの狙いは更に先にあった。

 

 その事に気づいたのはラオウ、そして相澤。そう、トキの真骨頂は空中戦。浮かせたラオウを追い、華麗なムーンサルトで宙を舞うトキ。

 

 無防備となったラオウに放たれるは――

 

 

「天翔百烈拳!!」

 

「ぐおおおおおっ!!」

 

 

 かつて元の世界で戦ったときとは違う、万全かつより洗練された天翔百烈拳。目にも止まらぬ早さで叩き込まれたそれは如何にラオウと言えどただでは済まず、体に無数の拳の跡を残しながら吐血する。

 

 だが、ラオウもまた黙ってやられるはずがない。落下を始める直前に驚くべき威力を持った蹴りをトキに炸裂させた。

 

 

「ぐはあっ!!」

 

 

 先に技を決めたトキの方が大きく放物線を描きながら吹き飛び、トキとラオウ双方が痛み分けといった形で空中戦は幕を閉じた。

 

 

「お……おい、これホントに模擬戦だよな?トキ先生もあのラオウってのも本気で相手を倒しにかかってないか!?」

 

「そりゃそうだろ。北斗の拳の使い手同士が本気でやりあえば、ああなるのは当たり前だ。俺がそうだったからな」

 

「「「!?」」」

 

 

 切島の焦った発言に誰も聞いたことのない声が返事を返し、オールマイトや根津校長らも一斉にそちらを向くと――

 

 

 

 

 

「しかしまあラオウの方は俺が知ってる奴らより恐ろしくタフだし、トキの方も割とえげつない技を使うねえ。こりゃあ羅門が悩むわけだ」

 

「「「どちら様ですか!?」」」

 

 

 

 

 

 漢服を着た長身の、服の上からでもわかるほど鍛え上げられた肉体を持った男が煙草をふかして腕を組み見学していた。しかも、その男は誰だという質問に対し……。

 

 

「ん?ああ、俺はあいつらの叔父だよ。甥共々ヨロシク」

 

「あ、ハイ。よろしく……」

 

「じゃねーだろぉぉぉ!!いつの間にいたのとか、叔父にしちゃ若過ぎだろとかそんなんどーでもいいんだよ!ベクトルが違うとはいえトキ先生もラオウもイケメンだと思ったけど、ここにきて叔父までイケメンとかどうなってんだあの人の家系は!!」

 

 

 やはり峰田はブレなかった。とはいえ上鳴も同じことを思ってたりするのだが、わかりきってるので放置。

 

 ちなみに、あくまでトキとラオウはリュウケンの養子なのでこの男――霞拳志郎と直接的な血縁関係はない……と思われる。風貌からしてケンシロウや、その実兄であるヒョウとはありそうだが、詳しくは不明なのでこの件はとりあえず置いておく。

 

 外野が騒いでいる間に、互いに攻撃を受けたトキとラオウが再び立ち上がり、睨み合う。しかしそこでラオウはふと優しい表情になり――

 

 

『今の天翔百烈拳、実に見事。さすが北斗神拳史上最も華麗な技を持つ男よ』

 

「兄さん……」

 

『故に次の一撃で此度の闘いの全てを決しようぞ。お前が倒れるか、それとも我が最大の奥義をも耐え抜き、このラオウを打ち負かすか――勝負と行こうではないか!!』

 

 

 トキの実力を認め、その上で『最大の奥義』を放つと言い切った。それに応じるかのように構えを取るトキを見てラオウは小さく笑い、次の瞬間には目を見開き、両手を大きく左右に開いてそこから上下で放物線を描きつつ円を作る。

 

 

『ぬううううん……!!』

 

「これは……!?」

 

 

 ラオウが腕を動かすだけで大地が揺れ、大気が震え、少しずつ眼前のラオウの体が大きくなっていくような錯覚さえ覚える。

 

 

「……あれはヤバイな」

 

「え!?」

 

「闘気の練り方が半端じゃない。下手な食らい方をすれば一発でお陀仏だ。拳王の二つ名は伊達じゃないってことか」

 

「そんな……!これは模擬戦ではないのですか!?」

 

「北斗の拳……特に北斗神拳の本気の組手ってのは文字通り命がけだ。伝承者候補同士で相手の秘孔を突き合うなんざ普通のことさ。最初に北斗天帰掌をやっただろう?あれは誤って相手の拳で命を失う事になろうと、相手を怨まず天に帰るって意味なんだよ」

 

「「「ッ!?」」」

 

 

 焦り気味な八百万の質問を、拳志郎は冷静にバッサリと切り捨てた。拳志郎自身、北斗三家拳を使う者たちと死闘を繰り広げただけあって、目の前の光景も当然の事と捉えている。

 

 だが生徒たちや、教師たちはそうもいかない。

 

 何としても止めなければ――そう考えて動こうとしたとき、凄まじい殺気が全員に放たれた。

 

 その主は――拳志郎。

 

 

「黙って見届けろ。あれはあいつら自身が望んだ決着のつけ方だ。ただの勝負じゃない、北斗の星の下に生まれし者たちが背負った宿命……立場は違えど己の信念のもとに拳を振るうあいつらの勝負の邪魔をする事は俺が許さん。第62代北斗神拳伝承者としてお前らに言っておく。

 

 

北斗の文句は俺に言えぇ!!

 

 

 拳志郎のあまりの迫力に、生徒はおろかオールマイトすら黙らされてしまう。これが北斗神拳伝承者――長き歴史を持つ究極の最強拳・北斗神拳を受け継いできた者の纏う気迫なのだと改めて思い知らされる。

 

 そして、当のトキは――

 

 

(あれはわたしの知らぬ奥義……おそらくは兄さんが独力で編み出したものなのだろう。初見でもわかる!これから放たれる奥義の凄まじさが!生半可な防御など意味は成さぬ……どうする!?)

 

(トキよ……いくらお前といえど、この奥義を受ければただでは済むまい。お前がこの状況を打破するためには『あの奥義』を今ここで得る他ないのだ。既にお前は『哀しみ』を得ていよう……資格は十分、このラオウの前でその奥義を会得し、見事この窮地を脱してみよ!!)

 

 

 カッとラオウの目が再度見開かれ、遂にラオウが編み出した最大の奥義――無敵の拳と名付けたそれが放たれる。

 

 

『受けてみよ!天将奔烈!!』

 

 

 ――それは激流どころではなかった。

 

 圧倒的な質と量の闘気の波動。大地を抉り、その余波で一時的に景色が歪むほど膨大な力の奔流。それは轟音と共に容易にトキを呑み込み、出久たちはもちろん拳志郎さえも冷や汗を垂らすほどの衝撃を与えた。

 

 

「な……何だよ今の……!?」

 

「トキ先生は無事なの!?」

 

「わからん。俺もある程度は予想していたが、ここまで馬鹿げた威力とは思わなかったぜ」

 

 

 拳志郎をも唸らせるラオウ無敵の拳、天将奔烈。単純な攻撃力であれば間違いなく最強クラスの奥義と言えるだろう。それをまともに受けたトキは――

 

 

 

 

 

「……うっ……」

 

「「「!!」」」

 

 

 

 

 

 なんと力無く片膝をついているものの、天将奔烈を放たれる前と同じ姿のまま。どういうことかと全員が騒ぎ出す……いや、騒がぬ者が二人いた。

 

 ラオウ、そして拳志郎だ。

 

 二人とも穏やかな表情でトキを見つめている。

 

 

『……改めて称賛しよう。それでこそ我が弟よ』

 

「まさかあの土壇場で『無想転生(むそうてんせい)』を会得するとはな。それとも元々会得済みだったのか?どっちにせよ大したもんだ」

 

「「「『無想転生』?」」」

 

 

 北斗神拳と関わりのある三人を除き、誰もが首を傾げる。それはそうだろう、何故ならば――

 

 

「北斗神拳究極奥義『無想転生』。無から転じて生を拾うという意味合いがあってな――」

 

「すみません、長くなりそうなんで出来たら簡単に……」

 

「何だよ、究極奥義なんだからせっかく熱く語ってやろうとしたのに。ざっくばらんに言うとだな、透明化。もっとわかりやすく言うなら無敵状態になるってことだ」

 

「「「無敵!?」」」

 

「透明化……!?それはミリオの個性『透過』と同じってことじゃないか……!そんなものを奥義とする流派があるなんて……」

 

「いや、それだけじゃない」

 

 

 天喰の言葉に続くように、引き合いに出されたミリオが口を挟む。

 

 

「それだけじゃないってどういうこと?教えて教えて!」

 

「う〜ん……俺も感覚的なものだからよくわからないけど、俺の『透過』とは何かが決定的に違う気がするんだ」

 

「ほう、無想転生の持つ特異性に朧げながらきづくとは、お前なかなか鍛えているな」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 元気溌剌と応えるミリオに拳志郎も笑みを浮かべる。味方には優しく頼もしく、悪や外道に辛辣な二人は何気にウマが合うようだ。

 

 

「よし、蒼天のようなお前に敬意を表し、無想転生の特性……その一部を教えてやろう。教えたところでそう易易と破られるようなものでもないし、仮に破られたとしても戦えなくなるわけでもない。それに()()()()()()からな」

 

「「「!?」」」

 

 

 果たしてこの驚きは究極奥義たる無想転生の特性を教えてくれることになのか、それとも――無想転生のさらに上の何かがあるということになのか、或いはその両方か。

 

 

「さて、今から教える無想転生の特性の一つ、それは……無想転生を破るには無想転生しかない、ということだ。まあ何らかの外的要因で自分から解除するように仕向けたりすることも出来るっちゃ出来るんだが……トキ(あいつ)相手にそれは悪手だな」

 

「つまり、トキ先生のあの技を破るには……いや、最低でも互角に戦うには北斗神拳を使うものでなければならないと!?」

 

「それも同じ境地に至った、な。ただ北斗の拳を使うだけの奴じゃそもそも無想転生を会得した奴の相手にすらならない。逆に無想転生を会得した者同士で戦うと――」

 

「「「た……戦うと!?」」」

 

 

 ゴクリと息を呑んで拳志郎の次の言葉を待つ見学者一同。しかしこの拳志郎、同じ『ケンシロウ』でもそこは違った。

 

 

「んふふ……どうなるだろうねえ。それは俺以外の奴に聞くか、自分の目で見た方が驚くだろうぜ」

 

「「「えええええ!?」」」

 

「こ……ここまで引っ張ってそれかよ!」

 

「何言ってんだ。いつまでも他人に引っ張られる奴が『ヒーロー』になんてなれると思ってんのか?」

 

 

 拳志郎の『ヒーロー』発言に驚くが、真に驚くべきなのは次に続けられた言葉であった。

 

 

「『ヒーロー』ならよ、良くも悪くも引っ張る側にいろ。誰かが迷ったとき、悩んだとき、苦しんだとき……どうしようもないときにお前らが引っ張ってやれ。天の星が夜空を照らすように、そいつらを導く星になってやれ」

 

 

 誰かを導く星になれ――その言葉は生徒たちだけでなく、教師たちの心に残る言葉となった。そんな拳志郎だが、少しずつ足元から光が溢れ姿が薄れていく。そして、それはラオウも同じ。

 

 

「兄さん……まさかあの奥義をわたしに修得させるために……!?」

 

『ふ……何を言う。おれはお前を倒す気で天将奔烈を撃った、それをお前は死中に活を見出し、無想転生にてそれを回避した。ただそれだけのことよ』

 

 

 そういうラオウであったが、彼の表情は最期にケンシロウを認めたときの優しい表情だ。トキにとって憧れであり、目標であった兄。元の世界ではついぞ超えることが出来なかったが――

 

 

「……どうやら、わたしは今ようやく兄さんがいる場所に辿り着いたばかりのようだ。超えるのはまだまだ先……目指す頂がやっと見えるようになった、というところらしい」

 

 

 まさかの敗北宣言。ラオウと拳志郎以外が驚きはするも、それ以上はない。何故ならばトキもまた満足げに微笑んでいるからだ。

 

 彼にとって、ラオウは永遠に目指すべき存在。

 

 それを実感出来たことは、無想転生を修得したこと以上にトキにとって大きな収穫。そんなトキに頷き、次にラオウが見たのは――なんと爆豪。

 

 

『小僧、爆豪と言ったな』

 

「!!」

 

 

 いつの間にか眼前にいたラオウに爆豪は体を強張らせるが、そんな爆豪にラオウはトキのような穏やかな笑みを浮かべつつ頭を撫でる。

 

 

『その齢にしてこのラオウに挑まんとした気迫、見事だ』

 

「「「!?」」」

 

『強くなれ!!男なら強くな』

 

 

 この瞬間、爆豪勝己は悟った。自分が目指すのはNo.1ヒーローたるオールマイトだけではない。自分よりも圧倒的に格上でありながら、自分を認めてくれたこの強さ、そして器も計り知れない拳王――ラオウもまたそうなのだと。

 

 

「……ッたりめーだ……!俺は絶対にオールマイトも……アンタも超える『男』になってやる!!そんときは俺と勝負しろや!!()()!!」

 

 

 あの爆豪が相手をちゃんとした二つ名で呼んだ!?と誰もが別の意味で目を見開いている。出久など顔がトキやラオウ、拳志郎らと同じ世紀末風になるほどの驚きっぷり。

 

 そんな爆豪に応えるよう、ラオウは静かに拳を突き出した。爆豪もまた、拳を突き出しラオウの拳にぶつける。これを見た切島と、B組の切島というべき鉄哲は絶賛男泣き。

 

 

「ふふ……この『回帰拳合(かいきけんごう)の地』にこんな大勢がいっぺんに来たのは初めてだが、退屈だったここでこんな熱い場面を見られるとはな。存外ここも悪くねえな」

 

「回帰拳合の……?」

 

「それについちゃあ今は知らなくてもいいさ。俺が出会った強敵(やつ)の言葉を借りるなら、今は『運命の旅を楽しめ!』……ここにいる奴ら全員な」

 

 

 相変わらず深い意味がありそうな短い言葉を連発する男、霞拳志郎。

 

 

「じゃあな。今度は俺とやろうぜ、甥っ子(トキ)――」

 

 

 最後まで蒼天の如き笑みを絶やさず消えていく拳志郎。それを見届けたラオウは再びトキへと向き直り、自身が伝えるべきことを伝えていく。

 

 

『おれとまたこうして相まみえることが出来るかはわからぬ。だがお前が強き心をもって望めば、お前が知る男たちとここで出会うことも出来よう』

 

「それは……!」

 

『そして……注意するがよい。この回帰拳合の地には……()()()がおらぬ。お前と同じく『そちら側』にいる可能性がある!!ゆめゆめ油断するなよ、トキ』

 

 

 ラオウが示す者たち、それが誰なのか。前者はともかく後者は後で思い返さねばなるまい、とトキも考えラオウの言葉に頷いた。

 

 いよいよ、別れの時。

 

 

『トキ、そしてその友と教え子たちよ。次の再会がいつになるかはわからぬ。だが次にあったとき、お前たちがこのラオウを唸らせるほどに成長していることを期待しておるぞ。仮に次が無かったとしても、さらなる強さを得た我が弟……そして多くの可能性を秘めた若き英傑の卵たちに出会えたことで――』

 

 

 ラオウは闘気を限界まで集約した拳を天に突き上げ――

 

 

 

『我が生涯に一片の悔いなし!!』

 

 

 

 放たれた闘気が天と地を結ぶ柱のように立ち昇った。拳志郎同様、見る者を最後まで圧倒したラオウ。彼が消えると一気に光が爆ぜ――

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 ――気がつくと、トキを始め全員が元の体育館にいた。何も壊れている様子はなく、皆が皆キョロキョロと周囲を見回している。

 

 

「え……あれ……?」

 

「も、もしかして今の今までリアルシャドーだったの!?」

 

「いや、それにしてはさっきまでの感覚が残り過ぎてる……!」

 

「……そうだ!時間!……嘘、ほとんど経ってない」

 

 

 幻なのか、それとも別の何かだったのか。ざわめき出す者たちを一喝したのはラオウが認めた少年、爆豪。

 

 

「信じたくないなら信じなきゃいいだろうが。ギャーギャー言ってんじゃねーよモブ共」

 

「おい、爆豪!おま……「拳王はいた!!」ッ!!

 

「お前らがどう言おうが関係ねえ。あれを見て何も思わねえならそれがお前らの限界だ。俺は覚えてる、そして忘れはしねえ……!あの強さを!デカさを!!」

 

 

 怒りではなく、純粋に闘志を燃やす爆豪を見て、半信半疑になっていた者たちはしっかりと認識し直した。あの場所で出会った二人の男たちのこと、そして短い時間の中で言われた重みのある言葉の数々。

 

 何より、彼らが確かにいたという事実がもう一つ。

 

 それは――

 

 

「その通りだ、爆豪。わたしも覚えている……この身に受けた兄さんの拳の重さを」

 

 

 ――マジでボロボロになっている、天将奔烈を無想転生で間一髪回避したトキそのもの。

 

 

「「「トキ先生ぇぇぇ!?」」」

 

「ほ……保健車!!救急室ー!!」

 

「落ち着くんだ麗日くん!逆になって……あれ?逆でも別に間違いはないのか」

 

「変なとこで落ち着いてんじゃねーよ飯田!!保健の先生……ってトキ先生じゃん!!」

 

「アンタは飯田の言うとおり落ち着け!普通に考えてリカバリーガールがいるでしょ!!」

 

 

 トキ本人は落ち着いているのだが、リアルシャドーだからなのかは別としてラオウから何発ももらったトキは口もとから血は出ているし、服は破けて大きな痣や擦り傷切り傷も結構ある。

 

 お約束の『自分では何とも思わないが、傍から見れば大惨事(というほどのものでもない)』というやつだ。

 

 こうして、参加した者全てに多大な影響を与え……仮想模擬戦は終了。トキはリカバリーガールに傷ついたことを珍しがられながら治療を受けつつ、ラオウの最後の言葉を反芻する。

 

 もしかすると、レイやサウザーらとも拳を交え、出久らの成長の糧として見せることが出来るかもしれない。同時に、ラオウが警告していた人物が誰なのかを考えつつも、ラオウや拳志郎との出会いで一皮むけたであろう教え子たちの活躍を願い、雄英体育祭の開催を楽しみに待つのであった。

 

 


 

 

 オリンピックに変わる新たな祭典!

 

 数多の思いが交差する雄英のビッグイベント、雄英体育祭が遂に開催の時を迎える!!

 

 

 次回!有情のヒーローアカデミア!

 

 『雄英体育祭開幕!今年の一年生は何かが違う!!』

 

 

「ちょっと待ってコレ涙より血の方が流れんじゃねーのか!?」

 

「ご協力ありがとうございます、根津校長」




はい、拳志郎とラオウの名言ぶち込みたいがための展開になりました今回。
少なくともこの闘いだけでトキはもちろん、出久や爆豪、それに漢二名は少なくとも強化フラグが立ちました。
とりあえず下地は整った!これで他の北斗キャラや蒼天キャラもゲスト参戦くらいは出来る!
……何か敵に回しちゃヤベーやつ出した気もするけど。


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第十七話 雄英体育祭開幕!今年の一年生は何かが違う!!

大ッ変お待たせしました!
まさか悩んでいる間に月が変わり、直後職場で立て続けに三人入院……ただでさえカツカツなのに相当切羽詰まってしまってました。
募集しても簡単に人が来る職種ではないのでまだしばらくこのままかと……。

とりあえず少しずつ頑張っていこうと思います。


 トキが行った仮想模擬戦。それは観に来ていた者たちに大なり小なり何かしらのモノを残した。

 

 その二つ名は決して偽りではなかった『拳王』――ラオウ。

 

 突然と現れ、実力の片鱗を垣間見せその場の空気を掌握した『閻王』霞拳志郎。

 

 そして――トキ。

 

 トキ以外の常軌を逸した『無個性』の存在は衝撃と共に参加者に新たなる目標を掲げさせる程であった。無論オールマイトや、普段やる気なさげな相澤すら何かに目覚めたかのような気迫を持ったことに、開催した本人であるトキは内心とても喜んでいる。

 

 

(願わくば、新旧関係なくヒーローたちがさらなる成長を遂げられるよう)

 

 

 そのトキの願いを知ってか知らずか、A組・B組問わず多くの生徒が雄英体育祭へ向けて猛特訓を開始。とりわけ、最もラオウの影響を受けたであろう爆豪は凄まじいものであった。

 

 

「足りねえ!こんなんじゃ拳王には良くてかすり傷程度しかつけらんねえ!!もっとだ、もっと個性を!体術を!!何より体を鍛えきゃ背中さえ見えねえんだよクソが!!」

 

 

 今まで強個性に胡座をかき気味だった爆豪だが、そのタフネスさもあって己に課す修行は最初からハイレベルだ。己を知り敵を知れば百戦危うからず――爆豪は己の目指す漢の立つ場所の高さを知った。故に、体育祭に支障のないギリギリのラインを見極め、限界を超えるべく鍛えている。

 

 彼だけではない。

 

 他にも出久は当然として、意気投合した切島と鉄哲もまたラオウの『漢らしさ』に惚れ込み、彼のような堂々とした(ヒーロー)を目指し始めた。

 

 

(ワン・フォー・オールはどちらかといえば剛の拳寄り……けど、僕個人としてはトキ先生の扱う柔の拳の方がヒーローとしては良いと思う。でも両方極めようと欲張っちゃ駄目だ!剛と柔、それぞれの利点を僕が最も使いやすい部分のみ抜き出して使えるようにならなければ、中途半端に終わる!考えろ!僕にとって最適な戦い方を!!)

 

「個性を使わずあの鋼鉄の肉体!!」

 

「鍛え抜いた体一つで相手を粉砕する圧倒的パワー!!」

 

「「俺たちもあの人みたいになるぜ!!目指せ北斗剛掌波ァァァ!!」」

 

 

 ラオウに父・エンデヴァーと似て異なる何かを感じ取った轟もだ。確かにエンデヴァーもラオウも強いが、根本的な何かが違う――そう思った轟はトキに質問した。何故ラオウはあれほど強かったのかと。それにトキはこう答えた――『哀しみを知り、それでもなお自分自身の生き方を変えなかったからだ』。

 これに轟は悩んだ。自分も母の事で哀しみはあり、故に母から受け継いだ個性のみで結果を出し、エンデヴァーを否定する……その目標は今でも変わらない。しかし、自分でも何故かラオウとは違うと思ってしまう。

 

 そんな轟にトキが何かを思っていることなど、トキ以外の誰も知らぬことだった。

 

 そして、時は過ぎ――

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 雄英体育祭当日――オリンピックに代わるビッグイベントというのは誇張ではなく、既に多くのプロヒーローや観客が押し寄せている。

 

 そんな中、トキは招待した障害者施設に住む者や、そこで働く職員達を出迎えていた。

 

 

「トキ先生、この度はこんな素晴らしい行事に招待して頂きありがとうございます」

 

「いえ、たとえ自分の身でヒーローになる事は叶わねど、次代を担う若き卵を見たいと思うのは当然でしょう。皆さんが安全に観戦出来るよう、雄英高校も細心の注意を払い、多くのプロヒーローにも協力してもらい万全の状態にしています。どうぞ最後まで楽しんでいって下さい」

 

 

 頭を下げる施設長に笑顔で応対するトキ。そしてそんな彼に多くの者たちが感謝を込めて礼を述べていく。まだ完治こそしていないが、トキの尽力によって一生ものだと言われていた症状が良くなっていく人々の数は日に日に増えている。無個性であることを蔑む医者はいるが、そういう人物に対し彼の受け持った患者たちが一致団結して反論し黙らせるほど、トキの影響力もまた日々上昇傾向にあった。

 そしてトキを後押しする人物にかのリカバリーガールに根津校長がいるのは周知の事実だが、そこについ先日からオールマイトまで入ったというのだからその勢いは留まることを知らない。

 

 

「おはようトキくん!いやあ絶好の体育祭日和なのはもちろんだけど、朝から君の周りに笑顔が咲き誇っているのは見ていてとても良い気分になれるよ!HAHAHA!」

 

「おはようございます、オールマイト先生。今日も朝から大活躍だったみたいですね」

 

 

 噂をすれば何とやら、オールマイトの登場に周囲が一瞬で沸き立つ。少しとはいえしっかりファンサービスの一環で手を上げ笑顔を振り撒くオールマイトだが、トキに返事を返すのも忘れない。

 

 

「また少しずつ馴染ませていかないといけないからね。言われた通り無理せず徐々に活動時間を増やしているよ。そういえば今日はこの後、マイク先生に呼ばれているんだっけ?」

 

「ええ、何か頼みたいことがあると」

 

(あ、なんとなく予想ついた)

 

 

 おそらくは渋る相澤を解説に参加させるために彼も巻き込むのだろう、とオールマイトは推測した。当たりである。トキのおかげで体調も回復しつつある相澤だが、彼もまた完治しているわけではない。……が、プレゼント・マイクは何としても彼を引っ張り出したいようで、予めトキに「当日開会式が終わったらここまで来てくれ」とハイテンションで告げ、目的も言わぬまま今日という日を迎えたというわけだ。

 人の良いトキは「マイク先生なら悪事は働かないだろう」と考えて応える気だったのだが、知らぬ間に客寄せならぬイレイザー寄せにされていたと知ったらプレゼント・マイクは今度はどの秘孔を突かれるのやら。

 

 一度救護設備の確認に行くというトキを見送り、オールマイトはプレゼント・マイクが体育祭後も問題無く雄英で教鞭を振るえることを願う。

 

 ……なお、そのプレゼント・マイクは結局お仕置きとして数日間、相澤とトキから本名で呼ばれるという、彼にとって一番苦痛を感じる罰を与えられたそうな。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 開会式に爆豪が選手宣誓で一位になる宣言をするというハプニングというか平常運転というか、まあそんな事があったが無事第一種目・障害物競走が開始された。

 

 

『さあさあ遂に始まった第一種目!実況はこの俺、プレゼント・マイクがお送りするぜ!そして解説はよろしく、ミイラマン!アンド!ベスト・オブ・聖人!』

 

『トキが来るから仕方なく……というかトキの方もほぼ無理矢理だろ。少しは配慮してやれ。あと俺も休ませろ……』

 

『よろしくお願いします。それから相澤先生、体調が優れないようでしたら無理せず途中退席を』

 

 

 この日のために体力を温存していただろう同期より、己より忙しなく動いているというのに他者を思いやる同僚を見捨てるわけにもいかず、相澤は残ることにした。が、前述通りプレゼント・マイクがこの二人によって精神的に大ダメージを負うことになるのでよしとしよう……いいのか?

 

 こんなやり取りをしている間に、スタートシグナルは点灯。同時に轟が足元を凍らせるも、いざ自分が動き出そうとした瞬間に前に躍り出る影があった。それだけならまだ驚きは小さかっただろう。自分の前に飛び出したのが彼でなければ。

 

 

『轟がいきなり広域妨害ィィィ!!と思いきやそれを物ともせずまず先制でトップに立ったのはァァァ……一年A組の緑谷出久ゥゥゥ!!』

 

『ほう?予想外だな』

 

『なるほど……』

 

『お!?何かわかったのかベスト・オブ・聖人……もうトキでいいか』

 

 

 自分で言っておいてやめるなよ、と相澤は思ったものの、それより出久がどうやって轟の妨害を防げたのかという方が気になり、そちらに耳を傾けることにする。当然、他の観客(特にプロヒーロー)も一言一句聞き逃すまいと集中しているようだ。

 

 

『彼は個性よりもっと踏み込み、『個性因子』の段階で受け流しを行ったのです』

 

『ホワイ!?』

 

『……詳しく聞かせてもらえるか?』

 

『はい、この場では出来る限り簡単に説明させて頂きます。個性とは本来持つ人間の体組織に個性因子が追加されることで発現するもののようですが、それはつまり個性こそ多種多様人それぞれであるものの、基本的な仕組みは変わらないということ。彼はそれを利用し、瞬間的に個性因子を共鳴・同調させ、相手の個性そのものに『自身は同じものである』と認識させることで対象外にさせたのです』

 

『……ゴメン、わかりやすくプリーズ』

 

『つまり個性の誤認識による受け流し……か。聞いた限りとんでもない技術だな』

 

 

 プレゼント・マイクが頭から煙を出しているように、聞いていた者たち(オールマイトが含まれているのは言うまでもない)も似たような状態になっている者が多かったため相澤が簡単に纏めてくれた。相澤の言うように相当な技術ではあるのだが、欠点もあるし出久のそれはまだ完全には程遠い。

 

 

『彼は個性が遅咲きだったことに加え、ヒーローへの憧れが強かったこともあり分析能力に優れていた。それが良い意味で開花した結果と言えるでしょう。しかしながら、今回成功したのは轟の個性を彼が目にしていた事があり、かつスタートまでに若干時間があり準備が出来た事などによるプラス要素が重なったからと言えます。また、この方法で受け流せるのは現状放出系の個性に限られ、更に言うならば個性が絡まなければ受け流し自体が不可能という点が弱点です』

 

『高等技術ではあるが欠点が無いわけじゃないってことだな。それを差し引いても凄まじいが』

 

『オーケーオーケー!とりあえずスゲー技だってのはわかったぜ!』

 

 

 アバウトになりすぎだろ、とツッコミを入れられそうだが相澤も完全には理解出来ていない。多分、根津校長ぐらいじゃないだろうか。完璧に理解出来そうなの。

 

 そうこうしているうちに出久は第一関門である『ロボインフェルノ』に突入。

 

 

『さあ!最初っからまさかの番狂わせが起きている障害物競走だが、本番はここからだぜ!第一関門『ロボインフェルノ』!!さあてどうするリスナー達!!』

 

 

 それはいいのだが――

 

 

『ヒャッハー!!』

『オブツハショウドクダー!!』

『ホホホー!!』

『ワハハハドゲザシロー!!』

 

 

 ……ロボが揃いも揃ってトキの世界の荒くれ者と同じ台詞を口にしているのは何故なのか。しかも質の悪いことに変なところでヴィランぽさをより突き詰めたらしく、機能というか装備が追加されていた。

 

 

「えええーっ!?何かバイクっぽい体になって突撃してくるぅぅぅ!?」

 

『ショウドクサレテエカー!!』

 

「ひいいいいい!?炎まで出してきたぁぁぁ!!」

 

 

 もはや世紀末にあってもおかしくない兵器である。冗談抜きでこれをヴィランと戦わせた方が人的被害が抑えられるんじゃないだろうか。市街地などで使用した場合は別のところで被害が出るけれど。

 

 

『トップに立った緑谷だが早くもロボインフェルノの洗礼で足止めを食らっているぞー!!』

 

『……妙に既視感を感じるのですが』

 

『誰だあんな改造したの……それはともかく後続が次々と追いつき始めてるな』

 

 

 轟は当然、それと並んで爆豪も爆速ターボで並走状態にあり、そこに続くのはまさかの切島と鉄哲。二人を追う感じでA組の生徒が続々とやってくる。やはりというかラオウの影響を強く受けた面々が頭一つ抜けていた。

 

 

『ヒャッハッハッ!!』

 

「邪魔だオラァ!!」

 

『アベシ!?』

 

『おーっとォ!?爆豪勝己、トップスピードのままロボを瞬殺ぅぅぅ!!』

 

「図体がデケえだけの奴なんざどうとでもなるんだよボケが!」

 

 

 爆豪は己の中でオールマイトと同格に位置づけるラオウを思い浮かべる。先程ブッ壊したばかりのロボより全然小さいが、そのプレッシャーたるや比ではない。それに触発されたのか、出久や轟らも撃破していく。

 

 

「(かっちゃん、増々強くなってる……僕だって負けていられない!!)SMASH!!」

 

「あのクソ親父が見てるんだ。もっと凄いやつ出せよ……!」

 

「こんな奴らに手こずってちゃあ……!」

 

「あの人のような漢にはなれねえ!」

 

 

 破壊され、どんどん積み重なっていくロボの残骸。余談だが雄英体育祭、この障害物競走が一番予算をかけているのは職員たちにとって周知の事実。特にこの第一関門と最終関門は相当な額が動いており、確実に雄英の財源に大打撃となるだろうからと相澤やトキ、リカバリーガールは止めたのだが……結局『Plus Ultra』のため、と押し切られてしまった。

 

 

『しばらく節約生活をしなければ』

 

『いやお前の節約は度が過ぎてる。強行した連中にさせとけ』

 

『え……ソレ俺も入ってる?ねぇ?』

 

『まあコイツの訴えはどうでもいいとして、先に行ったヒーロー科がブッ壊したロボの残骸で道が塞がれたな。校訓を考えればこれを突破することも試練の一つなんだが……』

 

『御心配なく、相澤先生。それを想定して別ルートも用意していましたので』

 

 

 トキの発言に相澤もプレゼント・マイクも驚愕する。実はトキ、無個性であるが故にこの第一関門が戦闘力重視に偏重すぎると考えて根津校長に予め相談していた。その結果、隠しルートと呼べる場所を作っておき、そこを探すことで戦闘系個性でなくとも第一関門を突破出来るように配慮したわけである。実際、こうして道が塞がれたのだから。

 

 

『そういうことか。だがそこを通って安全に進んだらそれこそウチの校訓に反する気がするぞ?』

 

『そこもご安心を。ちゃんと考えてありますので、詳しくは見てもらった方がお分かりになるかと思います。ちょうどそのルートを見つけだしたようですし』

 

 

 小さく微笑むトキであったが、相澤は感じ取った。これ、下手したら瓦礫をどうにかして乗り越えた方が楽だったんじゃないかと。そしてその予感は的中することになる。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 一人の普通科の生徒が見つけた地下ルート。それがトキの用意した隠しルートである。多少道は暗いが、荒れている地上を突き進むよりは安全だろう。

 

 

「でかしたぜ!毛皮干拓(もひ かんた)!」

 

「ここを通れば先頭集団に追い付ける可能性がある!急ぐぞ!」

 

「おうよ!ヒャッホー!!」

 

 

 ゾロゾロとやってくる普通科やサポート科の生徒たちだが、彼らは知らない。その先に待ち受ける存在がロボインフェルノなど比較にならない化け物だということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでなのさ!!」

 

「「「!?」」」

 

 

 

 

 

 少し開けた場所で彼らを待ち受けていたのは、良く知る声の人物……のはずだった。

 

 

「「「…………え?」」」

 

 

 何これ?

 

 背ェデカくね?

 

 でも声変わんないよね?

 

 つーか筋肉スゲえ。

 

 

 トキの秘孔マッサージと自身の個性『ハイスペック』をフル活用し、鍛え抜いたその体。ボディビルダーも唸るほど、見事な肉体美と機能美を兼ね備え、つやつやした毛並みを有する二足歩行の哺乳類。

 

 人呼んで根津校長・戦闘モード改。

 

 それを見た生徒たちは一瞬にしてこう思ったという。

 

 

(((この(ヒト)、本気じゃん!!)))

 

 

 

 

 

 それからは悲惨であった。

 

 ハイスペックという超頭脳に超人的身体能力が加わればどうなることか、そのルートを通った生徒たちは男女問わず身を持って知ることとなった。異常な威力の剛拳剛脚がこれまた異常な速さで繰り出され、裏をかこうと準備するもあっさり見抜かれ返り討ち。誰かが言った。

 

 これ、こっちのが無理ゲーじゃね?

 

 そう言った人物もまた、即座に犬神家の一族よろしく頭から地面に突き刺さるハメになったのは言うまでもない。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 例によって会場は全体が絶句。特に雄英の卒業生や根津校長を知る者は顎が外れている。あのオールマイトやエンデヴァーも声を出せないレベルだ。

 

 

『ちょっと待ってコレ涙より血の方が流れんじゃねーのか!?てゆーか何あの形態どこのグラップラー!?』

 

『……こりゃトキが笑うわけだ』

 

『この場を借りてお礼を言わせていただきます。ご協力ありがとうございます、根津校長』

 

 

 後に今回の雄英体育祭で、ある意味一番語り継がれることになる競技――それがこの障害物競走であった。

 

 


 

 

 辛くも(?)第一関門を突破したヒーローの卵たち!

 

 しかし!それはまだ単なる序章に過ぎなかったぁ!!

 

 

 次回!有情のヒーローアカデミア!!

 

 『続く困難!世紀末すぎる障害物競走!!』

 

 

「ヒャッホー!!簡単にゴールはさせねえぜー!!」

 

「ロボインフェルノのベースっぽい人たち来たー!?」




ロボインフェルノ、テコ入れしたら変な方向に行ってしまった上に根津校長は根津校長でヤバい進化をしてしまった。

なお、戦闘モード改の根津校長は『ぐりとぐらップラー』の画像を検索して見てくだされば大体合ってます。ただし頭はあのつぶらなおめめの根津校長です。


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