第4十刃が異世界へ渡るそうですよ? 【ブラック・ブレット編】 (安全第一)
しおりを挟む

1.異世界へ

どうもです、安全第一と申します。
前作の『第4十刃が異世界に来るそうですよ?』の続きとなっております。

注意事項としては、
・ウルキオラ最強
・少々のオリジナル要素
・戦闘シーンはあるが、メインは戦闘シーンではない

これぐらいですね。
以上の注意事項にて「大丈夫じゃない、問題だ」という読者様は諦めて下さい。

ではどうぞ


 ───“サウザンドアイズ”二一○五三八○外門支店。

 

 其処へ、一人の白き剣士が佇んでいた。

 

 彼の着ているコート状の装束は純白で、それに見合う白い肌。その腰には卍の字を模した鍔が付いた刀が腰に挿してあり、その出で立ちは近寄り難い雰囲気を醸し出ししている。

 そして非常に整った顔立ちに、左頭部には角の生えた割れた兜を被っており、彼の両目は翠色でその下には垂直に伸びた翠色の線状の模様がある。まるでそれは涙の様でもあった。

 

 彼の名は、ウルキオラ・シファー。

 

 彼が生きていた世界では、【第4十刃(クアトロ・エスパーダ)】の座に着き、『虚無』という死の形を与えられていた破面(アランカル)である。

 

 そう、彼に与えられた死の形は『虚無』。

 

 故に、彼には『心』というものが(わか)らなかった。

 

 しかし彼はその世界にて、己の圧倒的な力の差を見せ付けても尚、強く有り続け決して折れなかった死神代行との決戦の末にて敗れ、消滅の間際に『心』を悟り、去って行った。

 

 そして彼は異世界にて蘇った。

 その死神代行の力を手にして。

 

 その異世界にて蘇った彼は三人の人間と出会い、彼等と共に箱庭の貴族と呼ばれる兎の少女が壊滅しながらも守り続けて来た組織の傘下に入る。召喚された彼等三人を介して、その組織がどの様に変わって行くのかを見届ける為に。

 

 何よりも、己が悟った『心』を完全に理解する為に。

 

 

 

 彼がこの異世界へ蘇って早百年の月日が過ぎた。彼はあのコミュニティから既に脱退しており、現在は『心』を理解する為の流浪の旅に出ていた。

 彼が嘗て『ノーネーム』と呼ばれ蔑まされていたコミュニティから脱退したのは、そのコミュニティが名と旗印を取り戻し、復興してから三年が経った時だった。

 

『此処を抜ける。

貴様等には世話になった。

礼を言う』

 

 そう書かれた書き置きが彼の使っていた部屋で見つかったのだ。当然、兎の少女は血相を変え仲間達に知らせた。だが、問題児と言われていた三人はウルキオラの心境を理解しており、兎の少女を宥めた。兎の少女は中々納得しなかったが、最後には渋々と納得した。それでも彼女一人でウルキオラを探し回ったり、階層支配者に復帰した白夜叉などに捜索を依頼していたのだが、案の定彼が見つかる事は無かった。

 

 ウルキオラがコミュニティを脱退してから凡そ百年の間は、『心』の理解の為の旅と自らの力の研鑽を積んでいた。

 その道中では様々な者の『心』に触れたり、箱庭最大の天災である魔王との戦いに明け暮れていた。最もその力は『帰刃』無しで三桁の魔王を打倒出来る程に研鑽を積んでいる為に、敵う相手などそうはいない。それに加え魔王との戦いに常勝だったウルキオラはその魔王の魂を喰らい時には隷属させる等、その成長は現在も止まる所を見せない。

 

 その最強の一角に君臨するウルキオラは今、ある人物に会う為に“サウザンドアイズ”の支店の一つに顔を出していた。

 支店の前には以前、箱庭の貴族である黒ウサギを出禁にしようとしたある意味大物の女性店員が居たが、相手は箱庭の天災すら恐れる破面。それにある人物から事情を聞いていた為、すんなりと中へ通した。

 

「どうぞウルキオラ様。オーナーが中でお待ちです」

「……ああ」

 

 女性店員がそう言い、ウルキオラはそのまま店内へと入っていく。しかしある人物が待っている部屋は、私室の方である。

 店内は中々広いものであったが、以前にも来店した事があるウルキオラは迷わずに私室の前へと辿り着くことが出来た。

 

「入るぞ」

 

 一言だけ入れ襖を開けるウルキオラ。その私室の中にはある人物が上座に座って待っていた。

 

「おお、待っておったぞ。ほれ座れ座れ」

 

 それは嘗て“白き夜の魔王”と呼ばれた強者。“人類最終試練(ラスト・エンブリオ)”の一つ“天動説”を司る太陽神。太陽の主権を十四個も保持し、この箱庭の世界に置ける最強種である星霊の最強個体にして箱庭席次第十番。

 

 白夜王。又の名を白夜叉と言う。

 

 だがその見た目は幼女であり、女性にセクハラ(主に黒ウサギ)を行う駄神でもある何とも残念な人物だ。とは言っても公私を弁えている故にマシな分類だろう。

 

 ウルキオラと同じく最強の一角に君臨する白夜叉であるが、凡そ百年前に仏門へ神格を返上しており、東区画の階層支配者の座を降りていた。その後は天界へと移ったのだが、現在は天界からの許しが出たのかちょくちょく下層に来ては主にウルキオラが所属していたコミュニティを中心に四桁以下のコミュニティに手を貸していた。

 因みに神格を返上した白夜叉の姿は本来は幼女では無く女性の姿なのだが、姿を自在に変えられるので現在は幼女の姿をしている。

 

 その見た目幼女姿の白夜叉だが、コミュニティを抜けた以降のウルキオラも彼女の世話になっていた。当然ながら借りばかりでは無く貸しも有る為に今の所は貸し借りは無い。

 

 話を戻し、ウルキオラは白夜叉の言われた通りに座布団の上に胡座をかいて座る。そして白夜叉はウルキオラに尋ねる。

 

「どうだったかの? 凡そ百年間の心の探求は」

「……悪くない」

「重畳だの」

 

 ウルキオラの返答に白夜叉は満足気に笑う。百年間の付き合いだからこそ分かるものがあるのだろう。ウルキオラの事情は有る程度把握している彼女にとってウルキオラの収穫は上等だと思った。だがウルキオラは違った。

 

「……だが、まだだ。まだ『心』の理解には至っていない」

「……成る程、百年の時を経た今でもおんしはまだ『本質(こたえ)』を掴んでいないようだの」

 

 それを証拠にウルキオラは納得の行かない表情をしていた。表情としては無表情そのものだが、長い付き合いの白夜叉には分かっていた。それを分かっていてウルキオラに再び問う。

 

「おんしはまだ心の探求を続けると言う事だな?」

「……ああ」

 

 その白夜叉の問いにウルキオラは首肯する。ウルキオラは『心の探求者』としてその歩みを決して止めないだろう。『本質(こたえ)』を得るその日まで。

 

「だが、これ以上この箱庭で心の理解は無理なのではないか?」

「……ああ。もうこの世界で心の探求を続けるのは不可能だ」

 

 しかし、白夜叉の言う通りこの箱庭の世界においてこれ以上心の探求をする事は不可能だった。百年間もの時を費やしたウルキオラにとって既にこの世界の『材料(ストーリー)』を見つけ出す事が困難となったからだ。

 

 『心』を理解する為の『材料(ストーリー)』が。

 

「ならばどうするつもりだ?」

「問題ない。方法と手段は既に得ている」

「……それは如何(いか)に?」

「異世界だ」

「!」

 

 ウルキオラのその言葉に白夜叉は目を開く。

 異世界への移動。嘗てこの世界に呼び寄せられたのならばその逆も然り。その方法はギフトによるものが主だが異世界移動のギフトの類は希少であり、そう存在しない。

 しかしウルキオラは既に方法と手段を得ていると言った。それは異世界移動のギフトを所持していると言う事だ。

 

「まさかそれに関する魔王を……?」

「違う」

「? ならば何のギフトだ?」

「……箱庭席次第十番の貴様ならば十分理解出来る代物だ」

「……?」

「『崩玉』だ」

「何だと!?」

 

 ウルキオラから発せられたその単語に白夜叉は驚愕する。嘗てウルキオラの居た以前の世界に置いて『死神と虚の領域の境を取り除く』物質と呼ばれ、藍染惣右介と融合していた物。しかしその能力は『崩玉の周囲にいる者の心を崩玉の意思によって具現化する力』であり、それは箱庭の世界すら変革せざるを得ない程の代物であるからだ。それ以前にその存在自体が只の眉唾物と言われていた為に、信憑性も無いが。

 

「証拠ならば見せてやる。これだ」

「……!」

 

 しかし間髪入れずウルキオラが死覇装の胸元を開ける。その胸の中央にはしっかりとビー玉程度の大きさの『崩玉』が埋め込まれていた。そして『崩玉』から伝わる凄まじい『何か』に白夜叉はそれが本物だと悟る。

 

「……おんしは何時それを手に入れた?」

「俺があのコミュニティを抜けて五十年が経った頃だ。この崩玉曰く、心を探求していた俺に興味を持ったらしい」

「つまりおんしはその崩玉と融合し半世紀を過ごした訳だな?」

「ああ」

「……おんしは何処まで規格外になれば気が済むのだ……」

 

 因みにこの崩玉曰く、自身は開発されて『造られた』物では無く、森羅万象によって『創られた』天然物の様で、それ故に完全覚醒には凡そ三十年を有するらしい。半世紀を過ごしたと言うことは、裏を返せばウルキオラは既に崩玉を完全覚醒させている事になる。加えて現在では崩玉の力を使い熟せる領域にまで至っているとの事。

 

「まあいい。それで此処には大した用も無いのだろう?」

「ああ、貴様に挨拶を済ませた後は直ぐに異世界へ発つ」

「それは良いのだが……おんしが世話になったあのコミュニティに挨拶せんでも良いのか?」

「構わん。挨拶ならばコミュニティを抜ける際に既に済ませている」

「……おんしがそう言うのなら私から言うことは何も無いの」

「……そうか」

 

 白夜叉がそう言うとウルキオラは早々に立ち上がり、その私室から退出しようとする。すると白夜叉が不敵に笑い口を開いた。

 

「まあ、偶には帰って来るのだぞ。その時はお茶でもしようぞ」

「……その時が来ればな」

 

 ウルキオラはそれに静かに応えると、そのまま私室を出て行った。それを見届けた白夜叉はふぅ、と溜息を吐く。

 

「……全く、更に面白くなりおってからに。心の理解の為に異世界を渡るなんぞ思い付きもせんの。まあ彼奴がこれからどの様な道を選ぶのかは彼奴次第と言う事か……」

 

 ウルキオラの心の探求がどの様な形で終わるのか。もしかすると終わりなど無いのかも知れないが、彼の進む道は険しいものがある。その道の先に待っているのは『希望(理解)』か『絶望(理解不能)』か。

 

 それはその異世界に存在する『心』を理解する為の『材料(ストーリー)』とウルキオラの選択次第なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “サウザンドアイズ”の支店から出たウルキオラは『響転(ソニード)』でその場から姿を消し、瞬く間にある場所へと辿り着く。

 

 そこはウルキオラが脱退した嘗てのコミュニティ“ノーネーム”の領域内。

 百年前の死んだ場所とは違い、今ではすっかり賑わっているその場所。あの問題児三人が復興させたコミュニティの在るべき姿。

 

「はーい! みんな集まって下さい! 遠くに行っちゃダメですよー!」

 

 そして、ウルキオラから離れた場所で子ども達に囲まれ笑顔を振りまいている兎の少女。その天真爛漫な姿は今も昔も変わらずにいた。

 

「………」

 

 ウルキオラはそれだけを確認すると踵を返し、再び『響転』を使って姿を消した。その表情は何時もの無表情でも、少しだけ笑っていた様にも見えた。

 

「……ウルキオラさん?」

 

 兎の少女が不意にとある方角へ顔を向ける。そこには誰も居なかったが、彼女には嘗て恋い焦がれた彼が其処にいてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『響転』によって再び移動した場所はとある荒野。其処には誰も居ない不毛の土地。その場所でウルキオラは異世界へと移動する為に『崩玉』の力を使い異世界へ座標を合わせる。

 

 行き着く場所(異世界)はランダム。

 

「『解空(デスコレール)』」

 

 ウルキオラが空間に手を翳しそう呟くと、その空間が徐々に裂け次元の狭間を作り出す。

 元々は現世と虚圏(ウェコムンド)を繋ぐ為の技術であったが、それを『崩玉』の力を使い異世界移動の技術へと改良し発展させたのだ。

 

「………」

 

 ウルキオラが天を見上げる。そこに広がるは偽り無き晴々とした青空。そして全身を吹き抜ける優しい微風(そよかぜ)。眺めれば眺める程、清々しい気分になる。

 

 

 ───いつかはあの青空の様に心を得る時が来るのだろうか。

 

 

 ウルキオラはそう思い、次元の狭間に足を踏み入れる。そしてその入口は閉ざされて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───行ってらっしゃい」

 

 ───その少し離れた後方で兎の少女に見送られながら。




さて一話を終えたウルキオラですが、ここで一つ。

ウルキオラ×崩玉=もう無敵に近い状態

という事になっています(白目
そこら辺もご注意下さい。

次回はウルキオラがブラブレの世界へやって来ます。
お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.ガストレア戦争

いよいよウルキオラがブラブレの世界に介入!
つまりそれは………







ガストレア \(^o^)/ オワタ


 ウルキオラが開いた異世界へと通ずる空間は断界の様なものに近いものであった。

 辺りは暗く、白き一本道を只歩きながら進んで行く一人の破面、ウルキオラ。

 

「……そろそろか」

 

 ウルキオラがそう呟く彼の視界には、遠くから一つの光が差し込んでいる。彼処が異世界へ通ずる扉だ。其処に向かい、躊躇無く歩いて行く。

 

「………?」

 

 その時、その光から漏れる『雰囲気』に異質なものが混じっている事に気が付く。

 だが霊圧では無い。大多数の人間の感情が其処から溢れ出ているものだと感じる。しかも、その感情は殆どが似通っている『絶望』の色をしている。

 嘗ては絶望の権化とも言える力を振るい、かの死神代行を一度は絶命させたウルキオラだ。それに興味を持つのも当然と言えた。その『絶望』の正体を知りたい所だ。

 そして光の扉が眼前へと迫り、ウルキオラを包み込む。

 

「……これは」

 

 其処で彼が見た光景は───

 

 

 

 

 

 ───戦火によって荒れ果てた都市だった。

 

 

 

 

 

 蹂躙。

 その単語が似合う程に、その都市は壊滅していた。周りには人の死体に崩れ去ったビル。星座を映す筈の静かな夜空は紅蓮に染まっていた。

 

「……!」

 

 その光景を眺めていたウルキオラの上空に戦闘機が高速で通り過ぎる。その戦闘機を目で追うウルキオラは『あるモノ』を見た。

 

 巨大生物の形をした『ナニカ』を。

 

 戦闘機が空対空ミサイル(AAM)を切り離し、ジェットエンジンに点火したそれは巨大生物の横腹に命中し、火焔の華を咲かせる。そして片翼が()げ、空中で悲鳴を上げた巨大生物は落下し墜落して行く。

 

「……追うか」

 

 ウルキオラがそう呟き、巨大生物が墜落した地点へと歩を進めようとした時だった。

 ウルキオラの探査回路(ペスキス)に高速接近する『ナニカ』を感知。

 そして足音。

 

「………」

 

 ウルキオラのすぐ近くに別の巨大生物の形をした『ナニカ』が姿を現していた。その姿はトカゲが巨大化した様なもの。後に人類が『ステージIV』と呼称する個体だった。

 

『グルルルル……』

 

 その巨大生物はウルキオラをジロリと唸り声を上げ、睨むと同時に舌舐めずりをしている。ウルキオラを獲物として認識している証拠だ。

 ごく普通の人間ならば、生きる事を諦める絶望の状況だろう。何も出来ず、只捕食されるのみ。この巨大生物はウルキオラを人間(捕食対象)として見ている事だろう。

 

 ───その前提(・・)すら間違っている事も知らずに。

 

 それがこの巨大生物の最大のミスであった。

 

 

『ゴガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!』

 

 

 雄叫びを上げ、鋭く巨大な爪をウルキオラへと向け襲い掛かる。それは肉を裂き、骨を砕く強力な一撃であるそれを使う。

 

 しかし、ウルキオラはそれを一瞥すらせず指一本で受け止めた(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

『───!?!?』

 巨大生物は大いに困惑した。受け止めるまでなら良い。その膂力を活かしその人間を吹き飛ばせば良いのだから。

 

 だが其処から一つも微動だにしない(・・・・・・・・・・)とはどう言う事だ。

 

 巨大生物は目の前の事態に獣同然の思考を最大限に活性化させていた。

 

 

 

 何だ『コイツ』は。

 

 分からない。

 

 本能が告げている。

 

 『拙い』と。

 

 そもそも『コイツ』は人間なのか。

 

 人間じゃない。

 

 全く違う別次元の存在。

 

 このままだと『拙い』。

 

 恐怖。

 

 殺される。

 

 ニゲロ。

 

 

 

 ───殺気。

 

 

 

『!?!?!?』

 いや、殺気という次元では無い。それを証拠に四肢が言う事を聞いていない。

 

 “支配されている”

 

 巨大生物は碌に動けない状態の中、恐る恐るウルキオラを見やる。視線の先の彼は相変わらず此方を一瞥すらしていない。

 

「おい」

『カ……ッ……!?』

 

 その呼び掛け一つに巨大生物は息すら詰まり呼吸困難となる。逃げようにも逃げられず、最後の手段の逃亡すら許されない。ウルキオラが巨大生物に行っている事を形容する単語はこれしか言い表せないだろう。

 

 『蹂躙』と。

 

(ゴミ)が気安く俺に関わるな」

 

 漸くウルキオラがその無機質な翠の双眼でこちらを一瞥する。その瞬間、巨大生物が感じていた恐怖は臨界点を突破した。

 この後、巨大生物がどうなったのかは言うまでも無い───

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 幼き少年、里見蓮太郎は地面を()(つくば)っていた。

 

 彼のこれまでの人生はその年齢にしては絶望的なものであった。

 謎の寄生生物『ガストレア』の侵攻により彼の住んでいた地域が激戦区となったのはつい一週間前の事。

 戦闘機による上空からの砲撃や迫撃砲によって夜空が紅蓮に染まった中、列車に押し込まれる。その時に両親は『俺と母さんもすぐに行く』という最後の言葉を残していた。

 そして五日後、小さい消し炭として少年の元に来た。同時に告げられた言葉である合同葬儀。

 

 そして少年、里見蓮太郎は『絶望』した。

 

 目の前の状況を理解するのに何時間も掛かった。いや、理解では無くそれを肯定したくなかった。

 気付けば葬儀の中、読経を唱える和尚に掴み掛かり、棺の蓋を蹴り飛ばして大暴れし、挙句の果てには家を飛び出す始末。

 

 そうして少年が流れ着いた場所は避難民のいる仮設テント。しかしこの過酷な時代の中、無一文の彼に食料を分け与える様な者が現れる筈も無い。

 だがあの家───天童家に戻ろうとする意思は微塵も無い。空腹よって彼は次第に衰弱して行った。

 

 それを追い打ちするかの様に現在、戦闘機によって撃墜された巨大生物が少年の付近に墜落した。

 墜落した巨大生物は大音響と共に幾多の建造物や彼の住んでいた仮設テントを纏めて薙ぎ倒す。そしてこちら目掛けてハードランディングして来る。

 

「う、うぅ……」

 

 破砕音と共に墜落した巨大生物は蓮太郎の手が届きそうな距離にまで接近していた。蓮太郎は地に這い蹲り呻き声を上げる。同じく巨大生物も呻き声を上げ、赤い目で此方を見ている。

 

 ───こいつらのお陰で。

 ───いや、こいつらの所為で。

 

 両親を奪ったであろう謎の寄生生物『ガストレア』達。蓮太郎の憎悪はその赤い目を見た瞬間、奥底から溢れ出て来る。その憎悪に共鳴するかの様に、巨大生物が再び活動を始める。

 ガストレアには基本的に通常兵器は意味を成さない。驚異の再生力によって無効化同然と化してしまうからだ。

 空対空ミサイルによって()がれた片翼も徐々に再生しつつあった。それを機に強靭な四肢で自らの巨体を持ち上げる。

 

『ギギギギ……』

 

 そしていよいよ、その巨大生物の大きな口が開かれた。蓮太郎を喰らい尽くそうという魂胆だ。

 それを目にしても尚、少年は諦め切れなかった。ガストレアに対する憎悪を抱えたまま無残に喰われるなどと真っ平御免だ。

 

「く、そぉ……」

 

 しかし、衰弱し切った身体では動くにも動けなかった。これではガストレアに対する憎悪を向ける事すら出来ない。

 蓮太郎は己の非力さを呪った。

 

 ───もっと力が有ったなら。

 

 ───こいつらを倒せるだけの力が有ったなら。

 

 ───ちくしょう。

 

 そう少年が己を呪い、ガストレアが少年を喰らい尽くそうとした。

 その時だった───

 

 

 

「『虚閃(セロ)』」

 

 

 

 ───不意に聞こえた声と共に、目の前の巨大生物がより巨大な翠の閃光によって一瞬で掻き消された。

 

「……え?」

 

 目の前の出来事に、蓮太郎は惚けた声を上げる。一体何が起こったのか理解出来なかった。

 すると、近くから足音が聞こえて来る。それは決してガストレアの様な大きな足音では無く、人が歩く時の静かな足音と同じもの。

 

「……だ、れ?」

 

 少年はその足音の方向に顔を向ける。そして目を見開く。

 その視線の先にいた人物は、白い肌に白い装束、左頭部に角を生やした割れた兜を付け、腰に刀を携えるその姿は他とは全く別次元の雰囲気を放っていた。

 

「………」

 

 その白い人物は黙ったまま此方を見下ろし、無機質な翠の双眼で少年を見ていた。その威圧感に蓮太郎は息を呑み、白い人物を見つめる。すると、その人物は不意に蓮太郎へ問い掛けた。

 

「……力が、欲しいか?」

「……え?」

 

 その問い掛けに、蓮太郎は再び惚けた声を上げる。その言葉をすぐに飲み込めなかったからだ。

 

「力が欲しいのかと言っている」

 

 再度詮索する白い人物。その言葉は本当がどうかは分からないが、蓮太郎にとってはそれが本当の様に聞こえた。

 そして少年、里見蓮太郎の選択は───

 

 

 

「───欲しい。アイツらを倒す力が、欲しいっ……!」

 

 ───それを望んだ。

 

 

 

「……そうか」

 白い人物はそう言うと右手に刀を、左手には髑髏の仮面を創り出した。そしてそれを蓮太郎の目の前へと落とす。

 

「……力を手にしたくば、それを取れ。来るべき時、それはお前を助ける力となる」

 

 蓮太郎の目の前に落とされた刀と仮面。

 

 刀は飾り気の無い形をしていた。

 

 髑髏の仮面は紋様が何一つ入っていなかった。

 

 だが、その二つは白い人物と同じ雰囲気を発していた。

 

「……だが、一つ忠告しておこう」

 

 そこで白い人物から忠告が入る。蓮太郎は再び顔を上げ、相手を見る。

 

「その力に己を呑み込まれるな。確固たる自我を持て。さもなくばお前という存在は消えて無くなるだろう」

「……っ」

 

 その忠告に、蓮太郎は再び息を呑む。何故かその忠告を忘れてはならない気がした。蓮太郎の本能がそう告げているからだ。

 

「そして、もう一つだけ言おう」

「……?」

 

 そう言うと白い人物は踵を返し、ガストレアが此方に接近している方向へ向く。

 そして相対する新たなガストレア。それは『ステージIV』と呼ばれる個体だった。

 ガストレアは咆哮を上げ、彼に襲い掛かる。対する白い人物は右腕を薙ぎ払う様に振るった。

 

 ───それだけの行為で相対するガストレアは一瞬にして塵と化し絶命した。

 

 

 

「───『生きろ』」

 

 

 

「!!」

 最後にそう告げて彼は一瞬にして姿を消した。その現象にも驚いたが、何よりもその言葉が少年の心に響いた。

 

「……僕は、死にたくない。生きる。生きて生きて生き残ってやる」

 

 蓮太郎は白い人物から告げられた言葉を心の中で反芻しながら自身に言い聞かせていた。

 

 

 『生きろ』と。

 

 

「……うぅ……!」

 少年は手を伸ばす。彼が与えてくれた力を手にする為に。残った全ての力を両腕に込めて、それを掴み取る為に。

 

 そして掴む刀と仮面。

 

 するとその二つは蓮太郎に溶けて行くかの様に馴染んで行く。蓮太郎は右手に刀を握り締めて、左手に掴んだ仮面を己の顔へゆっくりと被った。

 

 それを最後に少年、里見蓮太郎の意識は途切れた───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの餓鬼の瞳は何故か黒崎一護に似ている」

 

 ウルキオラはそう呟いた。

 最初に目撃した巨大生物が墜落した地点へ到着すると、一人の少年が衰弱した状態で地面を這い蹲っていた。

 だが、その()は諦めていない色をしていた。絶望し巨大生物に憎悪していようとも、その瞳の輝きは失っていなかった。

 

 それに興味を持ったウルキオラは『死神の因子』と『虚の因子』を少年へ与えた。

 

 それは因子であり、すぐに発生するものでは無い。斬魄刀の『浅打』の様に何年も掛けて馴染んで行き、力を顕現する。少年に与えた因子はそういう構造にしてある。

 その因子がどの様な形となって顕現するのかはあの少年や与えた本人であるウルキオラですら分からない。

 只、一つ言えるとすれば与えた本人がウルキオラである故、因子の力は『最上大虚(ヴァストローデ)』級である事は間違い無いだろう。

 何がともあれ、与えた力は与えられた本人次第で強くなったり弱くなったりするという事だ。

 

 ウルキオラは響転(ソニード)で少年が居た場所から移動した後、焼け野原で空を見つめていた。

 

「……この世界は『死』と『絶望』によって包まれている」

 

 ───そして最も感じたもの。

 

 それは『負の感情』。

 

「……箱庭ではあまり感じた事の無い『心』だ。この世界が今後どの様な形になるのか興味深い」

 

 そう呟いた後、ウルキオラは右手に『剣虚閃(グラディウス・セロ)』を精製し、巨大生物の大群に向かい弾く様に投げ付け、それは第三宇宙速度を持って向かって行く。

 百年の研鑽によって『破道の九十六・一刀火葬』を上回る威力を手にしたそれは一瞬にして巨大生物達を焼き尽くす。

 

「……そして学ぶ必要が有る様だ。この世界に充満している『負の感情』を」

 

 そうしてウルキオラは歩き出す。巨大生物など目もくれずに。

 

 新たな世界にて、ウルキオラの心を理解する物語の続きが始まった───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は二○二一年。

 

 謎の寄生生物『ガストレア』に為す術も無く、人類は駆逐され全人口八○億人の九割が死滅した。

 

 それに伴い、世界の各国は事実上の敗北宣言を行い『モノリス』へと閉じ籠る事になる。

 

 

 

 

 

 ───人類は『ガストレア』に敗北した。

 

 

 




ウルキオラがやって来たのはガストレア戦争初期の頃です。
つまり原作前ですね。
それと原作と違い様々な変更点が有りますのでご注意下さい。
変更点についてはその話ごとに挙げていきます。

では次回にて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.vs『ステージV』

第三話です。

ここで原作と違う点は、

・前回の話で蓮太郎が力を得ている(未覚醒)
・ゾディアックガストレアの数が11体→この作品では12体

この2点ですね。

因みにこの第三話の時系列はガストレア戦争の六年後、つまり原作の四年前となっています。

ではそれを踏まえた上でどうぞ。



 ───人類がガストレアに敗北してから凡そ六年の歳月が流れた。

 

 『モノリス』へと閉じ籠る事によって生き永らえた人類は現在もガストレアの脅威に怯えながら過ごしていた。

 『ガストレア戦争』が世界規模で勃発し、日本国では瞬く間に活動領域を五つに分断されてしまう。その五つの活動領域である『エリア』は東京、大阪、北海道、仙台、博多の五つであり、それぞれ狭い空間に閉じ籠って暮らしている。

 当時は自衛隊による自衛戦が張られた関東区域では多大な犠牲を払い辛うじて侵攻を防ぐものの、更に活動領域が後退してしまった。後にこの出来事は『第一次関東会戦』と呼ばれた。

 次いで一年前にガストレアの大群によって東京エリアが未曾有の危機に晒されたが、既に人類はガストレアに対する対抗手段を得ていた。

 

『バラニウム』

 

 ガストレアの再生能力を阻害出来る唯一の金属であり、様々な用途に使われている。幅約一km、高さ約一・六kmもある巨大な『モノリス』もバラニウムの塊を加工し等間隔で囲う事によって磁場を形成しガストレアの侵攻を食い止めているのだ。

 自衛隊はそれを弾頭や弾薬として使用して応戦する事でガストレアを退ける事に成功した。この日を『第二次関東会戦』と呼び、東京エリアを守った記念として二千挺の銃を溶かして作った記念碑「回帰の炎」を外周第40区に建てた。

 

 そしてこの『第一次関東会戦』及び『第二次関東会戦』にて自衛の為とはいえ、ガストレアを蹂躙する圧倒的戦闘力を見せた第4十刃、ウルキオラ・シファーは現在───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───『五翔会』本部

 

「……『ステージV』だと?」

「その通りだ。君には現在東京エリアに侵攻しつつあるこの『ステージV』を撃破して貰いたい」

 

 僅かなライトによって照らされた薄暗い空間にて、ウルキオラはある人物と会合していた。

 相手は『第一次関東会戦』後、大規模で発足し始めた超国家的組織『五翔会』の頭領である。薄暗い空間の所為で顔は視認出来ないが、その雰囲気は只者では無い事が伺える。

 ウルキオラがこの五翔会と関わりを持ったのは『第二次関東会戦』以降の事である。その会戦にてウルキオラの持つ圧倒的な力に目を付けた五翔会は頭領自らが直接コンタクトを取って来たのが始まりである。

 五翔会の目的はガストレアのいない世界を作る為、世界各国に成り代わって秩序を維持し、世界の覇権を握ることにある。ウルキオラにとってはどうでも良い事でありその組織には組さなかったが、その頭領とは何度か会合を開いていた。

 そして今回の会合にて、その頭領はウルキオラへ依頼を申し込んでいた。

 

 内容は『ステージV(ファイブ)』の撃破。

 

 ガストレアには感染して間もないステージIから完成形であるステージIVまで4段階に分けられている。尚、ステージが進行して行く過程にて様々な生物のDNAを取り込む。それ故にステージIII以降のガストレアはそれぞれ異なる異形の姿と特徴を持ち『オリジナル』と呼ばれている。だが、その段階の差別は『I』から『IV』では無い。

 

 本来のガストレアの段階の差別は『I』から『V』。

 

 それは通常では発生し得ないガストレア。

 

 ステージIVが子供同然に見える程に巨躯。

 

 通常兵器が殆ど通じない程の硬度な皮膚。

 

 分子レベルの再生能力。

 

 通常のガストレアと違い、『モノリス』の地場の影響を受け付けない。

 

 そしてガストレア戦争にて猛威を振るい、世界を滅ぼした存在でもある。

 

 現在は十二体がその存在を確認されており、一体として撃破されていない。

 

 その総称を『ゾディアック』と呼ぶ。

 

 

 

「……個体名は?」

「『巨蟹宮(キャンサー)』。ステージVの中で最も堅牢であるガストレアさ」

 

 現在この東京エリアに侵攻している『ステージV』は『巨蟹宮(キャンサー)』。その名の如く甲殻類に近い個体との事。

 だが侮るなかれ、その個体は『ゾディアック』。確認されたデータによると体躯は当然ながら超弩級。そして先程の頭領の言った通り、『ゾディアック』中最強の防御力を持つ個体。恐らく核弾頭でも倒せないだろうと科学者達の中では結論付られている程だ。

 その防御力最強の『ゾディアック』がこの東京エリアに侵攻している。五翔会が『ゾディアック』侵攻を察知したのは東京エリア襲来まで残り六日と言った所であった。

 その事態は東京エリアや他のエリアでは知らされていないが、五翔会にとって此れは危機的状況に直面していた。

 

 故に、ウルキオラへ依頼した。

 

 腰に挿さった刀を抜くこと無く、片腕を薙ぎ払っただけでステージIVを容易く消し飛ばす別次元の力。それがあれば『ゾディアック』を撃破する事も夢では無いと。

 それに加え、ウルキオラが『ゾディアック』を撃破すれば人類初の大快挙となり、世界に多大なる影響を与えるだろう。

 

「……成る程、俺としてもこの東京エリアが壊滅する事は避けたい」

「では、依頼を()けてくれるのかい?」

「良いだろう。その依頼、承けてやる」

 

 ウルキオラはその依頼を即断し了承する。優柔不断の要素が皆無であり、完璧主義である彼の性格は五翔会の頭領も高く評価している。曰く、「非の打ち所がないとはこの事」らしい。

 

「……だが対価は何だ? 幾ら貴様と俺の仲とはいえ、対価が無い依頼なら即刻取り消すが」

「いや、既に報酬は用意してあるよ。何せ『ゾディアック』討伐だからね。戦果は特一戦果級ものだよ」

「……内容は?」

「最近発足した国際イニシエーター監督機構『IISO』のIP序列一位の権利、聖天子との直接交渉権、重要機密情報のアクセス権、と言った所かな? 勿論、莫大な報酬金も恵むがね」

「……『IISO』はプロモーターとイニシエーターの二人一組でなければ申請出来ない筈だが?」

「フフフ、例えそうであれ世界最強の戦闘力を持つ君が序列一位に居座る事は必然でないかな? イニシエーターすら霞んで見える程の力を世界が否定する道理が無いよ」

「……まあいい、対価は及第点として見てやろう」

 

 このやり取りの後、一時間程の会話を経てウルキオラはその場から立ち去った。その姿を頭領は不敵な笑みを浮かべて見ていた。

 

「……私としても君との会話は実に有意義なものだよ。ウルキオラ・シファー。

君のその眼が世界をどの様に映しているのか、拝見させて貰うよ」

 

 その時に呟いたその言葉は誰にも聞こえる事は無い───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───未踏破領域

 

 依頼を承けてから一日が過ぎた頃、ウルキオラは単身で未踏破領域の奥深くまで進出していた。

 エリア外へと行くと、六年前の光景が嘘の様に変化していた。廃墟だった建物は不気味な植物によって侵食され、全体が樹海の如く覆われていた。此れも常識を覆すガストレアウィルスの影響である。

 その未踏破領域では恐竜が存在していた大昔の様に巨大なガストレアであるステージIIIやIVが多数生息している。並の実力者では只蹂躙されるだけだろう。とは言え、『IISO』は最近発足された組織である為、ガストレアに対抗する戦力は皆無に等しい。戦力の要である自衛隊もガストレア侵攻の迎撃のみに展開される故、此方から攻めに行く事も無い。

 

「グオオオォォォォォォッ!!!」

 

 ウルキオラの真正面から、ステージIIIであろうライオンに酷似した巨大なガストレアが大きく口を開き襲い掛かる。だがウルキオラにはその出来事自体、眼中に無い。

 刹那、噛み砕こうとしていたガストレアが突如として崩壊し勝手に消滅して行く(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。それでもウルキオラは依然として目的地まで歩いて行く。

 

「キシャアアアァァァァッ!!!」

 

 その歩みを止めようと、次は大蛇に似た巨大ガストレアが襲い掛かる。此方は恐らくステージIV。

 

 だが、結果は同じ。

 

 大蛇のガストレアも先程のガストレアと同じ様に、勝手に形象崩壊して行く。

 此れまで幾百のガストレアがウルキオラへと斃す為に襲い掛かるが、そのどれもが自らを形象崩壊させて斃されて行く。

 その理由はこの現象が原因だった。

 

 

 

 ───『細胞自殺(アポトーシス)

 

 

 

 アポトーシスとは、例えばオタマジャクシがカエルに変態する際に、その過程として尾が短くなって行く現象の事を指す。人間の手や足なども、その形を形成する為にアポトーシスを引き起こす事で指を得て丁度良いバランスとなるのだ。

 つまり個体をより良い状態に保つ為に積極的に引き起こされるもの。管理・調節された『細胞の自殺』、つまり「プログラムされた細胞死」なのだ。

 

 だがこのガストレア達が引き起こしたケースは違うものと言って良い。

 

 嘗て箱庭の世界にて己の力に加え、黒崎一護の力を得たウルキオラは百年もの間、研鑽を積みその力を強大して行った。

 

 そして崩玉との邂逅、そして完全融合。

 

 此れによって、殆どの修羅神仏はウルキオラの霊圧を感じ取る事が出来なくなった。その圧倒的過ぎる力の差によって。

 今回の現象はそれによる原因でもある。『モノリス』の中ではウルキオラが自らの霊圧のレベルを極限まで下げている為に人間に影響を及ぼしていない。

 

 だが未踏破領域では別だ。

 

 ウルキオラは未踏破領域へ進出した瞬間から霊圧を通常レベルへ戻す。その時点からウルキオラはガストレアにとって最も恐ろしい天敵となるのだ。

 次元の違う霊圧に触れた生物達はその形を維持出来なくなる。それは常識を覆すガストレアも『生物』という前提が有る為に、逃れられなかった。

 ウルキオラは通常の霊圧ですら僅かにしか解放していない。その僅かな霊圧こそがガストレアをアポトーシスへと陥れる原因だったのだ。

 

 ウルキオラの霊圧に恐怖し、細胞単位でショック死を引き起こす事で「死」を内包しているプログラムを無理矢理書き込まれる(・・・・・・・・・・)という形で。

 

 ただ厳密に言えば外部からの影響によって引き起こされているのでアポトーシスでは無く、『ネクローシス』と言った方がニュアンスに合っているだろう。

 

 その結果ウルキオラの歩いた道の後方では、アポトーシス(厳密に言えばネクローシスだが)によって踠き苦しみながら死んで行くガストレア達や既に死亡しているガストレア達の死骸が転がっていた。

 まるで蟻を踏み潰すかの様に、ウルキオラはガストレア達に目もくれていない。彼の目標は『ステージV』を斃す事だけ。故に一々ステージIV以下のガストレア達(雑魚共)に構っている趣味は無いのだ。まあ元から相手にしていないのだが。

 この光景を人類が目撃すれば、たちまちウルキオラは世界を震撼させ尚且つ畏怖の象徴として掲げられるだろう。

 

 

 

 

 

「……あれがそうか」

 

 ウルキオラがふとそう呟く。その眼前に広がっていた光景の中に凡そ五km先からであるが、巨大な影が此方に向かって侵攻していた。

 

 体躯は凡そ七○○mはあろう巨躯。ゴツゴツとした堅牢な甲殻に覆われ、鋏の代わりに右腕が巨大な剣を、左腕は巨大な盾を構成していた。

 脚も本来の蟹の四対の脚を無視し五対の脚へと変化しており、横歩きをする気配は無く、その五対の脚を巧みに動かしそのまま前進していた。その一歩一歩の前進をする度に地が震える。

 

 

 あれこそが『ステージV』。又の名をゾディアックガストレア・キャンサー

 

 

 敢えて言おう。ガストレアウィルスは常識を覆す。

 キャンサーは既に凡そ五km先に居るウルキオラの存在を認識していた。

 

 そして同時にウルキオラを我らガストレアの天敵たる者だと認識していた。

 

 キャンサーはウルキオラに向けてその巨大な剣を構成した右腕を大きく振り上げ、狙いを定める。

 

 刹那、巨躯からでは有り得ない速度で振り下ろされたそれは巨大な斬撃となり、五km先にいるウルキオラへと肉薄した。

 

「……ほう」

 

 ウルキオラは感嘆と共にその斬撃を素手で受け止める。だが受け止めても尚、その斬撃はウルキオラを切り裂かんとする。

 しかしウルキオラはそれすら覆す超越者。手に力を込め、その斬撃を掴み取った(・・・・・・・・・・)

 

「返すぞ」

 

 その一言と共に、斬撃を弾く様に投げる。するとその斬撃はあろうことかキャンサーへと返って来たのだ。

 

「ギギィッ!!!」

 

 斬撃を返された驚きからなのか、突如として声を上げる。そして咄嗟に左腕の巨大な盾を展開し、肉薄するそれを防ぎ切る。盾からは煙が出ていたが、傷は一つも付いていない。

 

「……成る程、貴様は只のガストレアでは無い事は認めてやろう」

 

 

 

 ───だが、それだけだ。

 

 

 

 ウルキオラはそう呟くと、手刀に霊圧を込め僅かに横へなぞる様に薙いだ。

 

 『月牙天衝』

 

 その霊圧を込めた手刀の斬撃は辺り一面の樹海を全て切り裂き、キャンサーの脚を二、三本切断した。

 

「ギシャアアアアァァァッ!!」

 

 バターの様に軽く切り裂かれた脚から黒い血の様な体液が霧の様に噴出する。その一撃に脚を失い体勢を崩したキャンサーは改めてウルキオラに憤怒の感情をぶつける。しかしその行為をウルキオラは冷酷にあしらう。

 

「……心無き弱者の貴様が幾ら憤怒の感情をぶつけた所で、何も変わらん」

 

 ───心が無ければ、それは無駄な事だ。

 

 響転(ソニード)

 ウルキオラはそれを使用し、五km先であるキャンサーの元に一瞬で肉薄した。それと同時に既に両手には『剣虚閃(グラディウス・セロ)』を形成しており、それを投げつける。

 莫大な霊圧と霊力が込められた剣はキャンサーの堅牢な甲殻へと突き刺さる。その防御力を一切無視して(・・・・・・・・・・)

 

 その事実はキャンサーを戦慄させた。

 

「ギガアァァッ!!!」

 

 咆哮したキャンサーは巨大な剣をウルキオラへと振り回し、大地を裂いて行く。だが、ウルキオラはそれを僅かな動きで意図も容易く躱す。それから暫くの間、その応酬が続いた。

 

 ウルキオラが霊力の剣をキャンサーの部分箇所に次々と突き刺して行き、キャンサーの攻撃を悉く躱して行く。

 キャンサー相手では幾らその防御力を貫通したとはいえ、剣で突き刺されただけでは決定打を与えられない。ウルキオラはその事は既に承知している。だがキャンサーはそうでは無かった。

 

 その剣が一体何なのかを重要視していなかった。

 それ故に、その剣を放置していた。

 

 応酬が続き、キャンサーの堅牢な甲殻には様々な部位に剣が幾つも突き刺さっている。ウルキオラは頃合いだと判断し、その場を離脱する。その際に指先に霊力を収束させていた。

 

迅光虚閃(ルース・セロ)

 

 指先から放たれた虚閃はこれまでの虚閃と違い、鋭く細い翠の光線となってキャンサーに襲い掛かる。キャンサーはこれを防ぐべく、盾を展開しその虚閃に備える。

 

 だが、翠の光線は紙を破る様に盾を容易く貫き、キャンサーの脳天を貫通した。

 

「ギガアアアアァァァァッ!!」

 

 改めて己の盾と脳天が貫かれた驚愕し、共に襲い掛かった痛みによってキャンサーは悲鳴の如き声を上げる。

 

 しかしそれだけでは終わらなかった。

 

 ウルキオラが幾つも突き刺した霊力の剣。キャンサーがそれを放置していた事はこの後重大な誤りであることに気付かされる。

 ウルキオラは響転で先程と同じ約五kmの距離を取ると、『剣虚閃』を形成しキャンサーへと尋常外の速度で投げつける。それがキャンサーへと突き刺さる寸前で起爆した(・・・・)

 

 

剣虚閃・無天(グラディウス・セロ・ナーダ・シエロ)

 

 

 その起爆によって、多数に突き刺さっていた『剣虚閃』が一斉に起爆し、半径三kmの全てが焼き尽くされた。

 巨大と形容しても物足りないその超弩級の火柱は天高く舞い上がり、空を紅蓮の色へと塗り替える。

 

「……やはりこの程度の威力か。改良の余地が必要の様だ」

 

 ウルキオラは霊子を固めて足場を作る事で空中に立ちその様子を見ていた。だが結果は今一つらしく、今後の改良を考えていた。

 すると、その火柱の中から影が現れる。ウルキオラは予想していたのか眉一つ動かさなかった。

 

 その中からキャンサーが満身創痍の状態で現れた。

 

 堅牢な甲殻は罅割れ、崩れ落ちている部位が多く、両腕の剣と盾は粉々に崩壊していた。五対の脚も三、四本が消失していた。

 

 だが満身創痍となっても尚、その歩みを止める事は無かった。

 

「ギ、ギギィ……」

 

 残った僅かな脚で砕けた脚を引き摺り、東京エリアへと進んで行く。しかし先程の一撃はキャンサーの意識は朦朧となっており、ウルキオラとの交戦を維持する事すらままならない状態だった。

 その醜態は最早、世界を滅ぼした一体とは到底思えなかった。

 

「……良いだろう。せめてその五体、塵にして葬ってやろう」

 

 その醜態を見兼ねたのか、ウルキオラは指先に霊力を収束させる。

 それと同時にキャンサーを取り囲む様に霊力の塊が出現した。

 

 

 ───その数、千。

 

 

 本当ならば、先程の『剣虚閃・無天』でキャンサーは絶命する筈だった。しかし、キャンサーはそれに耐えた。

 何故、キャンサーは満身創痍となっても尚、東京エリアへと侵攻を止めなかったのか。その姿は奪われたものを取り返しに行っている(・・・・・・・・・・・・・・・・・)様にも見えた。

 ウルキオラはその事に興味を持ちながら虚閃を放った。

 

 虚閃が直撃したキャンサーは甲殻が次々に砕け散って行き、遂にその巨躯が崩れ落ちた。

 ウルキオラはその様子を見た後、踵を返しキャンサーを取り囲んでいる千もの数の霊力の塊を一斉掃射した。

 

 

 

千星虚閃(エストレヤ・セロ)

 

 

 

 『多重虚閃(マルチプル・セロ)』を容易く上回る虚閃の弾幕にキャンサーは為す術もない。

 

「ギシャアアアアアアアァァァァ………」

 

 そのままキャンサーは断末魔の悲鳴を上げながら翠の弾幕に包み込まれ、分子レベルで崩壊し死滅して行った。

 

「………」

 

 ウルキオラはその最期を見届ける事はせず、そのまま来た道へと引き返すのだった───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 ウルキオラは歩きながら思う。この出来事を皮切りに、人類の反撃が始まると。己はその一役を買って出ただけに過ぎないと。

 ウルキオラは人間ではないし、加えて異世界から来た住人だ。その住人がこの物語を無闇矢鱈(むやみやたら)と掻き乱してはならない。

 だが、今回の介入は巨蟹宮(キャンサー)の存在自体がイレギュラーだったからこそ可能だったのだ。

 ウルキオラの崩玉曰く、ウルキオラというイレギュラーによって本来現れる筈の無かったイレギュラーが現れた。それが巨蟹宮(キャンサー)

 イレギュラー(キャンサー)にはイレギュラー(ウルキオラ)で対処するのが必然。故にウルキオラはこの依頼を承け、イレギュラー(キャンサー)を斃した。

 

 今回は只それだけの事だった。

 

 まだ物語の歯車は動いていない。歯車を動かすに必要な主要人物が来るべき時まで成長していないが故。

 そこでウルキオラは六年前のあの幼き少年を思い出していた。

 

 里見蓮太郎。

 

 後に、彼の情報を得て知った名だ。ウルキオラは彼の名に関心を持った。

 

 

『蓮』

 

 それは極楽浄土や往生の象徴的表現である文字。

 仏教の世界では宇宙で最も美しいものの象徴。

 

 

 彼と出会ったのは偶然か必然か。それは分からないが、ウルキオラは想定していた。

 

 あの少年が、この世界の中心となる存在に成り得るだろうと。

 

「……見届けてやろう。あの餓鬼の決断を」

 

 ウルキオラはそう言葉を漏らし、未踏破領域の中を歩いて行った。後に、ウルキオラの予想は的を射る事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───その事実に世界が震撼した。

 

 『人類初のゾディアックガストレア撃破』。それは人類に希望を(もたら)す事になった。

 

 同時に世界は彼に畏怖した。

 

 彼の名は明かされる事は無く、謎に包まれている。何らかの組織が情報規制をしている為、正体が伺えなかったからだ。

 それと同時に彼は『IISO』の序列一位に君臨する。その二つ名は『虚無(エンプティ)』。イニシエーターが不在という例外だが、人類初のゾディアックガストレア撃破者である為、誰も咎めなかった。

 

 

 

 

 

 しかし、その二年後。

 

 とあるイニシエーターとプロモーターがゾディアックガストレアの一体『金牛宮(タウルス)』を撃破。続いてドイツに所属するイニシエーターとプロモーターが『処女宮(ヴァルゴ)』を撃破する。

 それを機に序列一位に君臨していた人類初のゾディアックガストレア撃破者はあっさりとその座を明け渡した。現在は『金牛宮(タウルス)』を撃破したペアが一位、『処女宮(ヴァルゴ)』を撃破したペアが二位となっている。

 

 そして、それを境に人類初のゾディアックガストレア撃破者は自らの名を明かした。

 

 ウルキオラ・シファー。

 

 現在、序列四位の彼はある二つ名(・・・・・)を称し自らの名を明かした。それは瞬く間に世界へと認知される。

 

 そして世界は彼が称しているその二つ名で認識され、その呼称で畏怖される事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───『第4十刃(クアトロ・エスパーダ)』と。

 

 




ウルキオラの開発した虚閃。

『千星虚閃(エストレヤ・セロ』
『多重虚閃』を超えた虚閃。千の虚閃を放つ最強の戦略級の技。霊力を莫大に消耗する為、使用頻度は低いが威力、範囲は共に絶大。

『迅光虚閃(ルース・セロ)』
通常の虚閃を細く圧縮し光線として放つ。速度と貫通力に優れる。見た目としては破道の白雷。

剣虚閃・無天(グラディウス・セロ・ナーダ・シエロ)
剣虚閃を投擲後、あえて爆発させずに放置。一定範囲内に数本ばら撒く。
その後敵を誘導し、解放。山のように大きな一刀火葬が立ち上がる。
複数の剣虚閃を共鳴爆発させることで威力を乗算的に倍化。
本数が多いほど威力、霊力のコストパフォーマンスに優れる。


月牙天衝 手刀ver
手刀に月牙を収束させて放つ技。
斬魄刀で放つより幾分か威力が落ちるが、加減の調整がやり易い。
月牙を纏ったままの斬撃も可能。




今回はウルキオラ無双回(白目
ゾディアックガストレアもこれには涙目(震え声
ですが、恐らく無双回はこれ以降出てこないと思います。

そして今回登場させた虚閃(月牙天衝 手刀verは除く)は、あるお方からアイディアを頂きました。本当に有難うございます!

次回はなんとあの人物が……!?

では次回にて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.井上 織姫

どうもです。
今回はタイトル通り、あのキャラとの邂逅もとい再会です。
因みに時系列はウルキオラがキャンサーを倒した二年後です。


では、どうぞ。


 ウルキオラがステージVを斃してから早二年が経過した。

 

 当時は『IISO』IP序列一位の座に君臨していたが、やはり自分に「1」という数字は似合わない。そう思ったウルキオラは新たにステージVを斃したペアにあっさりとその座を明け渡した。

 現在のIP序列は四位。それでも一桁台であり一位とは大差ないものだが、ウルキオラにはこの序列が妥当だと考えていた。昔「(クアトロ)」という称号を冠していた彼にとってやはりこの数字が相応しい。それと同時に自らを『第4十刃(クアトロ・エスパーダ)』と称するようになった。

 ウルキオラが自らの名と冠する称号を明かしたのは凡そ半年前だが、既に全世界では序列四位を『第4十刃』と呼称する様になった。ウルキオラには二つ名として『虚無(エンプティ)』という名が有るが、そちらよりも『第4十刃』や『(クアトロ)』という呼称で呼ばれる方が多くなった。

 

 さて、序列四位へ退いても尚、実質一位と謳われるウルキオラは現在、東京エリアの街並みを歩いていた。それ程の有名人が街並みを歩いていれば注目の的となるだろう。

 しかし明かしたのは名と自らの呼称のみ。素顔まで明かした訳では無い。故に街並みの中を歩いていても然程違和感が無かった。ただ、ウルキオラはルックスが良いので特に女子達にはちらほらと注目の的となっている。ついでにその破面死覇装も。

 

「……この世界に来てからもう八年か。よくこの状態にまで復興出来たものだ」

 

 ウルキオラが歩いている東京エリアの街並みは既にガストレア戦争前の水準へと回復している。それこそガストレア戦争後の三年間は復興が難航し、ままならない状態だったが、五年目以降より漸く復興が進む様になった。その影には一年後に人類初のステージV撃破という出来事が人類に希望を与えた事が大きい。

 因みに海外間の空路や航路は確保されており、食糧自給率も安定している。

 ウルキオラは念の為にこの世界で空座町という地域が有るか確かめたが、その様な町は存在しなかった。やはり日本国には平行世界によって存在する町と存在しない町が有るらしい。これは箱庭の世界にて学んだ事で有り、様々な世界が存在しているという事は存知(ぞんじ)の通りである。

 

「………」

 

 人通りが多い街並みを抜け、静かな住宅街へと歩いているウルキオラ。その視線の先には巨大な『モノリス』が(そび)え立っている。

 現在、世界各国はこのモノリスを等間隔で配置する事でバラニウムの磁場による結界を展開し守られている。

 だが、ウルキオラはこれらを「守られている」とは認識していなかった。

 

 

 

 “偽りの平和”、と。

 

 

 

 ウルキオラは今の世界をその様に認識していた。モノリスによる結界を張ることで安心している者達が多いからだ。

 

 そのモノリスの一つでも崩れれば、結界など消えてしまうのに。

 

 一般人は「モノリスの結界が有れば安心」という常識に囚われてしまっている。偽りの余裕を得てしまっているからこそ発生してしまっている問題がある。

 

 “ガストレアショック”

 

 これは殆どの人間が患ってしまっている症状である。十年前のガストレア戦争にて肉親や恋人、我が子を奪われた影響で発症している。

 その症状はガストレアの赤い目に対して過剰な恐怖を抱いてしまうというもの。一種の精神病の様なものだが、これが深刻な問題へと発展してしまっているのだ。

 

 それは「呪われた子どもたち」になった嬰児(えいじ)の殺害が相次いだ事。

 

 「呪われた子どもたち」とはガストレア戦争頃より生まれて来た十歳以下の子ども達の事を指す。

 ガストレアウィルスの影響力は凄まじいが、それは血液感染でしか感染しない事が既に解明されている。だが例外が一つだけ存在し、妊婦の口からガストレアウィルスが入り込むと影響こそ及ぼさないものの、その毒素は胎児へと蓄積されて行くのだ。

 そうして生まれて来るのが「呪われた子どもたち」である。生まれた頃よりガストレアウィルスを保菌しながらそれに対する抑制因子を持っており、何よりもガストレアと同じ赤い目が特徴である。因みにガストレアウィルスは生態の遺伝子に影響を与える為、男性へと変化せず全て女性である事が分かっている。

 そして「呪われた子どもたち」の特筆すべき点はその能力。それは超人的な身体能力や治癒力、そのガストレアウィルスのモデルによって様々な恩恵を得ている所にある。

 それ故、「呪われた子どもたち」を恐れた人間達は彼女達を迫害した。

 

 それは彼女達を抹殺しようもする者達まで現れるくらいに。

 

 ガストレアショックとはそれ程までに深刻な症状なのだ。一時期、嬰児を川に沈めて窒息死させる遊びが流行った程に。

 現在でも大多数の人間が「呪われた子どもたち」を迫害する運動が続いている。自分自身が正しいと思い込み、狂っている事すら気付かずに。

 

 

 

 果たしてそれを、“平和”と言えるだろうか。

 

 

 

「………」

 

 ウルキオラがこの世界で感じた『負の感情』の正体でもあるそれは、世界そのものを狂わせている。

 

 実際に、ウルキオラが『崩玉』を使えばその“歪み”を修正する事が出来る。「呪われた子どもたち」を元の人間へと戻す事も、ガストレアを絶滅させる事も、世界の認識を正す事も出来る。

 

 だが、それは“禁忌”そのもの。世界を勝手に修正する事はその世界を消滅させるリスクが高い。それに“世界の修正”は易々とやるものではない。

 何よりウルキオラ自身も『崩玉』を使って“世界の修正”をする気など更々無い。

 その世界を紡ぐのはその世界の住人のみ。その“歪み”を修正するのもその世界の住人のみ。

 ウルキオラは異世界からやって来た『イレギュラー』に過ぎないのだから。

 

 ウルキオラに出来るのは見届ける事だけ。

 この世界をどう修正して行くのか。人の可能性というものは『負の感情(歪み)』を正せるのかどうかを。

 

 それを見届けるだけなのだ。

 

 

 

 

 

「まっ、待ってぇ〜!」

 

 ウルキオラが思いに(ふけ)ていると、一人の少女の声が耳に届いて来た。

 

 何故かその声はよく聞こえた(・・・・・・)

 

「………」

 

 ウルキオラがその声に振り返ると、男がその少女の鞄を奪い此方へ逃走を測っていた所だった。

 

 所謂、引ったくりという奴だ。

 

「オラァ! そこをどけぇ!」

 

 その男が此方に叫びながら向かって来る。だが、ウルキオラは微動だにしない。仕方なく男はウルキオラを突き飛ばそうとそのまま突っ込んで来た。

 

「……(ゴミ)が気安く俺に命令するな」

 

 ウルキオラはそう言うや否や、男の突進を横にずらす事で回避し、足で男の足を引っ掛け派手に転んだ所を手刀で(うなじ)に叩き込む事で気絶させた。称賛に値する程の早業である。

 

「………」

「はあっはあっはあっはあっ」

 

 ウルキオラが引ったくられたその鞄を拾い上げると、男が逃走して来た方向から先程被害に遭った少女が此方に走って来た。

 

「……?」

 

 ウルキオラは訝しんだ。遠くからだが、何故か見覚えのある姿だった(・・・・・・・・・・・・・)

 

 ウルキオラが視線を鞄に移すと、女子が持っていそうなごく有り触れた鞄。だが、何故かそこから懐かしい雰囲気が感じ取れた(・・・・・・・・・・・・・)

 

「はあっはあっ、あ、ありがとうございますっ!」

 

 視線を再び移すと、少女が頭を下げながら言っている。先程走った影響で疲労している様だ。

 

「……構わん。これは貴様の鞄か?」

 

 ウルキオラがその鞄を少女へ差し出す。そして荒い息を整えた少女はゆっくりとその顔を上げ、屈託の無い笑顔で答えた。

 

 

 

「はいっ! そうです!」

 

 

 

「!?」

 

 刹那、ウルキオラの時が止まった感覚がした。

 顔を上げたその少女の顔をウルキオラが忘れる筈が無かった。

 

 胡桃色のロングヘアー。

 

 髪には六枚の花弁を持つ花の形のヘアピンが留めてある。

 

 そして、整った顔立ちに母性溢れるその優しい瞳。

 

 何よりも、ウルキオラに『心』を教えてくれた少女。

 

 

 

(……何故、貴様が此処にいる?)

 

 ───井上織姫が、そこに居たからだ。

 

 

 

「……あの、あたしの顔に何か付いていますか?」

「……いや、何でも無い」

 

 その井上織姫らしき少女に呼び掛けられ我に返ったウルキオラは鞄を渡す。そして問い掛ける。

 

「……貴様の名は何だ?」

「はいっ、あたしは井上織姫と言います!」

「……そうか」

 

 その問いに答えた少女は井上織姫と言った。これは同姓同名と言っている場合では無い。ウルキオラは恐らくだが仮説を立てた。

 

(……恐らくこの“井上織姫”はパラレルワールドの“井上織姫”だろう。そうでなければ説明が着かん)

 

 別の可能性の“井上織姫”と仮説したが、目の前の少女はかつての“井上織姫”と何ら変わりない性格をしていた。

 

(……まあいい。別の井上織姫とはいえ、この世界に居た事だけでも良しとするか)

 

 ウルキオラはそう思い、踵を返して立ち去ろうとする。すると、織姫が彼を呼び止めた。

 

「あ、あのっ」

「……何だ?」

 

 ウルキオラは歩みを止め顔だけ振り返る。再び視界に捉えた織姫は少々上目遣いで提案した。

 

「せ、せめてものお礼ですけど、あたしの家でお茶しませんか?」

「………」

 

 そこでウルキオラは考える。彼女がこの世界の主要人物たる可能性があるのならば、その物語を左右しかね無いと。

 しかし、その可能性は低いだろう。何せこの“井上織姫”はパラレルワールドの人間である故、別世界の物語の主要人物となる事は無いのだ。その為イレギュラーであるウルキオラが井上織姫に接しても大した影響は与えないだろうと言う結論に至った。

 故にウルキオラはその誘いに乗る事にした。

 

「……構わん」

「ホントですか!? ありがとうございます!」

 

 ウルキオラの了承に喜ぶ織姫。すると、何か聞きたがる表情を示し始めた。

 

「……どうした?」

「……あの、貴方のお名前は?」

「……ウルキオラ・シファーだ」

「ウルキオラ・シファーかぁ、良い名前だね。ウルキオラくんって呼んでも良い?」

「……好きにしろ」

「ホント!? ありがとう!」

 

 以前ならば「ただウルキオラと呼べ」と言っていたものだ。だが今は違い、その点に関しては既に気にならなくなっていた。そのウルキオラの了承に笑顔を綻ばせて喜ぶ織姫。それに、いつの間にか彼女の素が出て丁寧語を崩していた。

 

 その笑顔にウルキオラは思う。

 

(……もしもあの世界で俺とこいつが敵同士でなければ、より『心』を知る事が出来ただろうか。この笑顔の意味と共に)

 

 あの世界でもしも敵同士でなかったら。

 

 もしも自身が人間だったら。

 

 もしもお互いに解り合えたとしたら。

 

 もしも黒崎一護と同じ立場であったならば。

 

 

 

 ───今と違い、『心』を完全に理解出来ていただろうか。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 あれから小一時間、織姫と話し合ったウルキオラは不思議な親近感を得ていた。

 既に織姫の方はすっかり打ち解けて、丁寧語を崩している。ウルキオラとしては堅苦しい言葉は好きではない為、別段構わない事だが。

 『心』を多少は理解しているからか、あの世界の時の様な雰囲気は無い。何となく柔らかいというか、暖かい雰囲気を感じた。

 

「……此処が貴様の家か?」

「うん、そうだよ」

 

 現在、ウルキオラは織姫と共に彼女の家の前へ辿り着いていた。家と言うよりは事務所の様な場所だったが。そして玄関の付近に看板でこう書かれていた。

 

『井上民間警備会社』

 

「……貴様は民警の仕事に就ているのか?」

「ううん、あたしは事務の方に専念しているんだけどね……」

 

 そこまで言うと、織姫は少し俯き悲しみの表情を見せた。ウルキオラは訝しんだが、有る程度察していたのか敢えて問い掛けた。

 

「……戦死か?」

「……うん」

 

 やはりか。そうウルキオラは思った。

 民警とは加速因子(プロモーター)開始因子(イニシエーター)の二人一組のペアで行動し、『感染爆発(パンデミック)』を防ぐ役割を持つ。当初こそ警察やその麾下(きか)の機動隊、自衛隊などの役割だったが、現在は戦闘職としてのシェアを民警が完全に掌握している。

 その対ガストレアのスペシャリストである民警だが、その誰もが命を落とさない訳では無い。一瞬の不覚を取られガストレア化してしまう者やそのまま命を落とす者もいるのだ。

 

「……これは……」

 

 その後、織姫の家の中へと入って行ったウルキオラが見つけたのは写真立て。後方に織姫が映り、メインはプロモーターであろう人間がイニシエーターである少女を撫で回している風景だった。

 イニシエーターを恐れる人間とは違い、家族同然で接しているそのプロモーター。困った顔をしているものの、拒絶する気配が一切無いイニシエーター。それを微笑ましく見つめている織姫。今の時代には珍しい光景。

 

 ───歪みが無い。

 

「………」

 

 ウルキオラはその写真立てを手に取りそれを見つめる。これこそが歪みを正すに必要なもの。本当の平和とも言える風景。

 

 だが、それは虚しく塵となり崩れ去った。

 

 井上織姫はどれ程の絶望を味わったのだろう。一人残された孤独をどれくらい感じたのだろう。あの笑顔も、その絶望を隠す為のものであったとウルキオラはすぐに理解した。

 

 

 

 

 

「隠したものは弱さと真実

 

失くしたものは永遠の安息」

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 紅茶を淹れ終え、机に紅茶を置いて戻って来た織姫はウルキオラのその呟きを聞いていた。ウルキオラはゆっくりと振り返り、言葉を紡ぐ。

 

「……解っているのだろう? 貴様はこのプロモーターとイニシエーターを失って以来、己の非力さに絶望しそれを隠している事を」

「!」

 

 その言葉は、図星である事は間違い無かった。織姫はその事に目を見開く。

 

「……そして一人で塞ぎ込み、今を孤独で生きている」

「………」

 

 これもまた図星。感情を押し殺す役目を持っていたその笑顔も消え、俯いてしまう。

 

 あの時の兎の少女の様に。

 

 だからと言って、ウルキオラは人間の様に同情したりしない。彼はどこまで行っても破面(アランカル)なのだから。

 

 だからこそ、彼は彼なりのやり方がある。

 

「……一つ問う」

「……なに?」

「お前の心の中に、その二人は存在しているか?」

「……え?」

 

 ウルキオラから問われたのは、織姫にとって不思議な質問だった。

 そんなの、当然ではないか。

 

「もちろんいるよ。だってあの二人は両親が死んでから出来た家族だから……」

「……ならば、何故お前は塞ぎ込む事でその二人を消し去ろうとしている?」

「……それはっ……」

 

 ウルキオラの的を射たその言葉に織姫は言い淀む。

 それは事実だった。

 あの二人がいたからこそ、両親が死んでも心を保つ事が出来た。心の平穏を持つ事が出来た。

 両親はガストレアによって殺された。そのショックは織姫を絶望させるには十分だった。

 それを追い打ちするかの様に、引き取ってくれる身寄りも全てガストレアによって殺されていた。ただ孤独という現実が幼い彼女を蝕んでいた。

 

 そんな彼女を救い上げてくれたのがあの二人だった。

 

 『IISO』が創立された初期に組んでいたペアらしく、プロモーターはまだ青年、イニシエーターはたったの六歳だった。

 彼らに何の物語があったのかは詳しく知らない。ただプロモーターは彼女に優しく接してくれた。

 

(お前、一人ぼっちだったのか? なら、俺たちと一緒だな)

(俺は─────。で、こっちがイニシエーターの────。よろしくな!)

(呪われた子どもたちだろうがなんだろうが関係無ぇ。あの子達も同じ人間なんだ、あの時の俺みたいに一人ぼっちなんだ。───だから、俺はあいつらを山ほど護りたいんだ)

(そりゃあ力が無ぇのは分かってる。だからこそ護らなくちゃなんねぇんだ。他でも無い俺が、俺たちが)

 

(───必ず帰ってくる。だから、ここの留守番は任せたぜ)

 

 

 ───俺たちの居場所をな。

 

 

 そして、彼らは死んだ。

 

 

 

「───」

 溢れかえって来る思い出に織姫はいつの間にかその瞳から一筋の雫が流れ落ちていた。

 得る事の喜びは大きい。だが、失う事の辛さはそれを上回る。

 

 こんなに辛いのなら、忘れてしまった方が良い。

 

 だが、出来なかった。その二人を貶している気がして。だから無理矢理明るくで振る舞う事でそれを塞ぎ込んだ。

 

 だが、目の前の白い青年に看破されてしまった。

 

「うぅ……ひっく……」

「………」

 

 双眸から流れ落ちる雫は止まらず、織姫から嗚咽する声が漏れる。ウルキオラはそれを無機質な双眸で見つめているだけ。

 

「井上織姫」

「……ひっく、なに……?」

 

 ウルキオラの声に、織姫は僅かに顔を上げる。織姫が見たウルキオラは、先程と何も変わらない無表情をしていた。

 

 なのに───

 

 

 

 

 

「───俺が、お前の希望になってやろう」

(───なら俺が、お前の希望になってやる)

 

 ───何故、その一瞬だけあのプロモーターの姿と重なったのだろうか。

 

 

 

 

 

「……え?」

 突如として聞こえたのは、その見た目からでは到底紡がれる様なものでは無い台詞。

 

「……かつて、俺はお前と良く似ている女に出会った。“希望”があったからこそ強く有り続けた女を。心無き俺は、その女から“心”というものを教わった。お前は、その女に限り無く似通っている」

「……ウルキ、オラくん?」

「今のお前には“希望”がいない。絶望してしまっているお前を見捨てれば、それはあの女を見捨てる事と同義であるからだ」

 

 ウルキオラも普段言う筈の無い言葉に多少なりとも戸惑っていた。それは目の前の人物が井上織姫だから故。

 それが例えパラレルワールドの井上織姫であろうと彼女は彼女であり、唯一無二の存在。ウルキオラを変えた優しい少女。

 箱庭の世界では、心を理解する為に子ども達を『護ろう』と思った。その無駄を試す為に。

 だが、今のウルキオラはこう思っていた。

 

 

 

 ───『護りたい』と。

 

 

 

 それは心の理解の為という不明瞭なものでは無く、心が自然に思わせる明確なものだった。

 これこそが、黒崎一護の『強さ』の原点。不思議な感覚に囚われて行く内に、ウルキオラはそれを理解した。

 

「……お前の中に居る二人を消し去るのも、塞ぎ込むのもお前の自由だ。あの女もかつてはそうだった」

「………」

「お前の心はあの女と同じ様に澄んでいる。それはこの世界の歪みを正す唯一の希望だ」

「!」

 

 ウルキオラは改めてその翠の双眸で彼女を見る。織姫はウルキオラのその双眸は無機質なものでは無くなっていた気がした。そしてまた、あのプロモーターと姿が重なって見えた。

「あ……」

 

 

 

「ならば、絶望しているその心を俺が救ってやろう」

(俺が、絶望してるお前の心を救ってやる)

 

 

 

 ───お前は、俺が護る。

 

 

 

「あぁ……」

 かつて織姫を救ったその言葉、その姿が鮮明に蘇って来る。ウルキオラとあのプロモーターでは似ても似つかないかも知れない。しかし、その根本は一緒なのだと織姫は悟った。

 当然、その希望を失ってしまう恐さは払拭し切れていない。次にその希望を失えば、たちまち織姫の心は砕け散ってしまうだろう。

 だが、それ以上に彼女は嬉しかった。希望を失い、孤独となっていた自分に手を差し伸べてくれた存在が再び現れた事が。

 そう、彼女が再び孤独になる必要など無いのだ。

 

 

 ───もう、彼女は孤独(ひとり)では無い。

 

 

「う、うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」

 その救いに、織姫の涙は堰を切ったように溢れ出し、ウルキオラへと抱き付いた。

 

「………」

 

 ウルキオラは何も言わず、無表情のまま彼女の背に優しく腕を回し、目を閉じた。

 

 そして彼女の気が済むまで、それは続いたのだった───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとう。ウルキオラくん」

「……気にするな」

 

 あれからどれくらい経ったのかは分からない。だが、織姫の心は先程と違って澄んでいた。

 

「……それで、ウルキオラくんは私の民間警備会社に入ってくれるの?」

「無論だ」

「……!」

 

 織姫の確認にウルキオラが即答すると、織姫はたちまち嬉しそうな表情をした。

 それは隠す為の笑顔では無く、本来の彼女を持つ笑顔だった。

 

「……俺は今まで拠点を転々としていたが、漸くまともな拠点を得られそうだ」

「……え? そ、それってもしかして……」

「当然、此処に邪魔させて貰う」

 

 まあ何とも勝手な判断だろう。その潔さには呆れるものが有るが、当の本人は完全にその気である。何故か織姫は顔を赤くしていたが。

 

(わ、私の家に住み込み……!? そ、それってつまり……ど、同棲……!?)

 

 かつてのプロモーターですら自身の家を持っており、そこで暮らしていた。実質両親が死んで以降、ウルキオラがこの家で初めての同居人と言う事だ。

 そして、ウルキオラはルックスが良い。体格こそ小柄であるものの、イケメンの部類に入る容姿だ。無表情で冷たい感じを醸し出しているが、その中に優しさがある。

 そんな彼と同じ屋根で過ごす。そんな妄想が勝手に浮かび上がり、織姫はますます顔を赤くした。

 

「……何をしている?」

「ひゃあっ!?」

 

 その妄想に捕らわれていた織姫は、突如として聞こえたウルキオラの呼び掛けに冷水を掛けられた感覚がして飛び上がる。

 

「な、なんでもないよ!」

「……?」

 

 織姫は自分の心境を読まれまいと笑い照れ隠しをした。その行為にウルキオラは首を僅かに傾げていたが、織姫の心中は読めなかった。その際に、テーブルに置かれたすっかり冷めた紅茶が目に入った。

 

「……紅茶が冷めているな」

「あっ、ご、ごめんね! また新しく淹れるから!」

 

 そう言って織姫は慌てて台所へ向かう。別に冷めた紅茶が嫌いとは言っていないのだが、慌てて向かった織姫の姿にため息を吐く。

 すると、織姫はピタリとその動きを止めた。

 

「……どうした?」

 

 ウルキオラが織姫のその様子に声を掛ける。すると、織姫は微笑みながら言った。

 

「……ありがとう、ウルキオラくん。ウルキオラくんのお陰であの二人の心も私の中に生き続けているよ」

「……そうか」

 

 織姫のその言葉に、ウルキオラはただそう返す。無機質な返事かも知れないが、その返事に織姫は満足した。

 

「ウルキオラくん」

「……何だ?」

 

 そして、向日葵が咲いた様な明るい笑顔でこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───井上民間警備会社へようこそ!」

 

 

 

 




その後。

織姫「そう言えば、ウルキオラくんって民警なんだよね?」

ウルキオラ「そうだが?」

織姫「ウルキオラくんのIP序列って幾つなの?」

ウルキオラ「四位だ」



この後、あまりの驚愕に織姫がもんのすごい声を出したのは言うまでもない───








今回の話は井上織姫との邂逅、そして救済という話でした。
この話は『もしもウルキオラが織姫を護る立場だったら』というIFをイメージして執筆しました。
ウルキオラらしく無いのかも知れませんが、心の理解を少しでも得ているからこその成長の証なのです。
織姫はパラレルワールドの存在ですが、原典の方の織姫とあまり変わっていません。

そして黒ウサギの恋の宿敵となるのです(笑



原作まで後二年。
では次回にて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.朝宮 柚菜

どうもです、安全第一です。

何とか最新話書き上げました。
や、やっと更新出来ますぜ……!(汗
相当考えて書くのに時間が掛かりすぎたので、ぐちゃぐちゃになっているのかも知れないです(ぇ
後、作者の英語は壊滅的です。
英語の翻訳とかはGoogle先生任せなので英文や読みが間違っていても指摘しないでね(汗
英語が得意な人で「こっちの英文の方が正しい!」と仰る読者様がいればご意見下さい。
ではどーぞー



 彼女は真っ直ぐその道を見据える。

 

 この残酷な世界に負けぬ様に、彼女は笑顔を絶やさない。

 

 その笑顔は絶望を浄化する。

 

 子供達を笑顔に変える。

 

 彼女は『光』だ。

 

 彼女は『希望』だ。

 

 だが、その『光』は自分自身には決して降り注がない。

 

 その笑顔は紛い物だから。

 

 偽りの笑顔だから。

 

 “本物”を犠牲にしたから。

 

 だから救われない。

 

 

 

 ───悲しい、少女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 Anyone not you look at me .(誰も私を見てくれないの。)

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝宮柚菜は無垢の世代であり呪われた子どもたちだ。

 呪われた子どもたちは必ずと言って良い程、迫害される。ガストレアショックを受け、精神状態が不安定且つ悪い方向に精神年齢が低くなってしまった大多数の大人達がそうするからだ。

 少女、朝宮柚菜も迫害された一人であり、外周区に追われた彼女は他の呪われた子どもたちと同様に苦しい生活を余儀無くされていた。

 しかし、朝宮柚菜はその苦しい生活を強いられていても尚、笑顔を振りまき続けた。

 

 

 

 まずはそのきっかけを話して行くとしよう。

 

 

 

 呪われた子どもたちの過去は悲惨なものばかりだ。大抵の呪われた子どもたちは笑顔を失い、人間不信に陥っている。柚菜もまた、両親に迫害され暴力による虐待を受けており、笑顔を失いかけた時期があった。そして笑顔を失うのを恐れた柚菜は堪らず家を飛び出し、外周区に逃れたのだ。

 だが、その外周区に住んでいる呪われた子どもたちの表情を見た柚菜は絶句した。

 

 

 

 笑顔が、全く無い。

 

 

 

 恐らくは柚菜よりも残酷な扱いを受けた子ども達なのだろう。その表情は無表情であり、目は死んでいた。

 

 柚菜は恐怖した。

 

 何で誰も笑っていないのか。

 

 何で心を壊されている子供達ばかりなのか。

 

 自分も彼女達の様に、いずれ笑わなくなってしまうのか。

 

 そう頭に過った瞬間、身体中が震えてしまった。自分もこうなってしまうのか、笑顔が失われてしまうのかと。柚菜の思考が徐々にマイナスの方向へと働いてしまう。

 

 嫌だ。

 

 嫌だ。

 

 嫌だ。

 

 彼女は抵抗した。そんな風にならない、そんな風になりたくない。そう否定した。

 だが柚菜はどうそれに抗うのか方法を見出せなかった。呪われた子ども達の大半もその方法を見出せず心を失ってしまったのだろう。

 

 だから彼女は笑う事にした。

 

 笑顔を絶やさない様にした。

 

 そうしなければ、壊れてしまうから。

 

 柚菜の取った唯一の方法。しかしそれは明確なものではなく、その場しのぎの不明瞭なもの。それもいつどうなるのかすら解らない苦し紛れ。

 

 

 

 壊れかけの仮面(ペルソナ)

 

 

 

 だからこそ、子ども達はそれに惹かれた。理由など無く、ただその存在に無意識に魅せられた。

 完全なものなど存在しない。物事は何かが欠けている事が必然。柚菜の拵えた不完全は何よりも壊れかけで美しかった。

 

 完全より不完全。

 

 新品よりも中古品。

 

 完成品よりも欠陥品。

 

 不完全であればそうである程それは脆くなり、儚くなり、その存在はより魅力的に際立つのだ。

 その笑顔が虚偽であるのは柚菜自身百も承知だ。ツギハギだらけの仮面で出来る事など高が知れているし、それが子ども達を救えるなど微塵も思っていない。それにこの虚偽は自分自身を守る為の措置にしか過ぎない。

 所詮は紛い物、されど紛い物。偽物とは本物よりも本物でなければならない。そうでなければそれは偽物とは到底呼べない。

 本物以上の笑顔(偽物)に触れた彼女達はそれに惹かれて壊れた仮面()を直していった。

 

 そうしていく内に、いつしか柚菜の周りの負の連鎖は断ち切られていた。

 

 偽物だからこそ起こせた奇跡。本物では起こせなかった結果。奪われた世代からは疎まれるだけのもの。

 

 それで構わない。

 

 本物の私を犠牲にしたこの仮面(にせもの)が周りを救える結果に導けるのなら、私はそれを貫こう。

 

 負の連鎖が断ち切られた事に気付いたその日から、彼女は常に笑顔という名の仮面を被る様になる───

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 ───とある孤児院にて

 

「また来てくれたんだね。いつもありがとう、柚菜ちゃん」

「ううん、だいじょーぶだよ! またお手伝いしたいって思ってたから!」

 

 少女、柚菜はいつもの様に孤児院へとやって来ていた。それを暖かく迎え入れた優男の青年は柚菜の笑顔につられて微笑みを浮かべる。まるで近所の子どもが親しい人の所に遊びに来た光景だった。

 

 

 しかし柚菜は決して孤児院へと遊びに来た訳では無い。

 

 

 話は遡る。

 朝宮柚菜は呪われた子ども達の一人だ。当然、外周区を拠点として過ごしている。だが外周区にて過ごす呪われた子ども達は例外無く苦しい生活を強いられているのが現状である。まして一日分の食料を確保するのにも苦労する上に下手をすれば確保することすら出来ない日もある。それ故に呪われた子ども達の中には東京エリアの街中にやって来ては食料品を盗んだりしている子どもすら存在するのだ。

 そんな中、柚菜は日々の糧を得る為になんとかお金を稼ごうと頑張っていた。

 

『働かざる者食うべからず』

 

 ロシアの革命家、レーニンが社会主義を実践する上で守らなければならない掟として使った言葉だ。とある友人からその言葉を聞いた彼女は感動を覚え、その友人と別れた今でもその言葉を忘れずに生きている。

 なのだが、これには特に感動するストーリーが有る訳では無いし、ドラマチックなものでもない。

 まあ簡単に会話のみで回想するとこうだ。

 

 

 

『はたらかざるものくーべからず?』

『はい、幾ら私達が呪われた子どもだと言っても人間です。日々の糧を得るにも是等の事を心得なければ唯の犯罪者同然ですからね』

『なにそれカッコイイ!!!』

『え?』

『カッコイイじゃん! はたらかざるものくーべからず! はたらかざるものくーべからず!』

『……あの、柚菜さん』

『なーに?』

『働かざる者食うべからずの意味を知っているのですか?』

『え? 働いてるおさるさんがバナナ食べられないってことだよね?』

『………』

 

 

 

 回想、終了。

 

 働いているのに食べる事が出来ないとかどれだけブラック企業なんですか、とツッコミを入れてしまいそうだった友人がそこにいたと言う。因みに友人が正しい意味を教えると柚菜は目が点になっていたと言う。

 

 そんなエピソード(?)もあって、稼ぎ先を探し回った柚菜はようやくこの孤児院を探し当てる事が出来た。まあ孤児院を見つけることが出来たのは紛れもない偶然なのだが。

 それは別として、その孤児院は少し特殊でガストレアに殺された子どもから呪われた子ども達まで分け隔て無く保護している孤児院だった。

 それもその筈、その孤児院を営んでいる青年は“奪われた世代”であるにも関わらず、呪われた子ども達を擁護する側の人間だった。そんな彼が日々の糧を得る為に稼ぎ先をあちこちと探していた柚菜を助けたのは当然だと言えた。

 ガストレア戦争直後に生まれた柚菜は呪われた子ども達の中で最も年上である。柚菜の事情を知り、彼女の歳を聞き出した彼は主に年下の呪われた子ども達を相手にさせた。勿論適当に担当させた訳ではなく、柚菜は真っ直ぐな性格故に面倒見が良いと判断したからである。それに光に満ちた表情をしている彼女を助けたいという気持ちは紛れもない本心だと言うこともあった。

 

 その後だが、柚菜は面倒見が良くなんと呪われた子ども達に懐かれていた。それ程までに柚菜の笑顔は眩しく、同じ子ども達には無かったものだったから感化されたのだろう。これまで色々な子ども達を孤児院で世話して来た彼ですら驚いた程だった。

 そしてその日の夕暮れ時。彼は柚菜にお手伝いのお礼として金が入った封筒を手渡していた。封筒の中の金は多過ぎず少な過ぎずと言ったものだが。

 

「はい、柚菜ちゃん。大事に使ってね」

「ありがとー!」

「ううん、お礼を言うのはこちらの方だよ。君の笑顔のお陰でまさかここに居る皆が笑顔になれるなんて思いもしなかった」

「えへへ、だって笑顔が一番だもん!」

「……そうだね。笑顔こそがこの世界を光で照らすには一番必要なのかも知れないね。

 また来たければいつでもおいで。みんな待ってるから」

「うん!」

 

 その日以降、柚菜はそこの孤児院へ顔を出す様になり、今に至ると言う訳だ。

 そして現在、青年と挨拶を交わした柚菜は孤児院の中に入るや否や、子ども達の姿を見て満面の笑みを見せた。

 

「みんなー! また来たよー!」

 

 その声が響き渡り中の子ども達の様子が一変し、皆が明るい笑顔になる。

 

「あ! 柚菜おねえちゃん!」

「また来てくれたんだぁ!」

「前に遊んでくれた続きやってー!」

 

 最近ではいつもの事だが、柚菜が来ると孤児院の子ども達がみんな喜ぶ事もありその日は子ども達から笑顔が絶えない日となった。

 

 

 

 その中で、本物の笑顔を犠牲にした柚菜と本物の笑顔を取り戻しつつある子ども達。

 笑顔を取り戻せる希望に満ちている子ども達と、笑顔を取り戻せない絶望に苛まれる柚菜。

 

 己を犠牲に貼り付けた仮面はもう剥がれないし剥がせない。

 

 皮肉と呼ぶには十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

「〜♪」

 

 柚菜は帰りの中、夜に染まった路地裏を鼻歌交じりでスキップしていた。金が入った封筒を大事そうに持ちながら帰ったら夏世に見せびらかそうなどと考えていた。

 

 

 だが、それは急に終わりを見せる。

 

「居たぜぇ、ゴキブリがよぉ!」

 

 

「ガッ……!?」

 柚菜の背中に鈍痛が響き渡る。余りにも急な出来事に柚菜はそのまま倒れ込んでしまう。

 柚菜を襲った衝撃の方向を見ると、何人かの男達のグループがそこに居た。どうやら不良の類の様だった。その中の一人が柚菜を見下したまま近寄る。

 

「おいおい、何でこんな所にガストレアがいやがるんだぁ? それも金なんてモンを持ちやがってよぉ」

「ごふっ……!」

 

 男はそう吐き捨てると同時に柚菜の身体を蹴り飛ばす。柚菜の身体はボールの様に軽く吹き飛ばされ、その拍子に封筒も手放してしまった。

 

「ヒヒヒッ、安い金だろうがガストレア如きが持つようなモンじゃねえなぁ」

「あっ……」

 

 ひらひらと落ちた封筒を男が拾い上げ、そのままポケットへと突っ込む。それを見た柚菜はどうにか取り返そうと手を伸ばした。

 

 それを別の男が踏み付ける。

 

「あああああッ!」

「チッ、勝手に触ろうとしてんじゃねえよこのバケモノが」

「うぐうぅうぅうッ!」

 

 腕を踏まれ悲鳴を上げる柚菜だが、封筒を奪った男が更に追い打ちを掛けるように柚菜の頭を踏み付ける。その目には嫌悪感が込められていた。見下ろした男の視線が柚菜の目を捉える。その目は此方を恨んでも、憎んでもいなかった。

 

 それが男の怒りを助長させた。

 

「……何だその目はよぉ、あ"あ!?」

「あぐッ!」

 

 柚菜の目を見た男が怒鳴りもう一度踏み付ける。幾ら超人的な身体能力を持っている呪われた子どもとはいえ、痛覚は人間と同じであり痛みに耐え切れる程の精神的強さは無い。その表情は苦痛に満ちていた。

 

「バケモノがそんな顔してんじゃねえ!!」

「がはッ!」

 

 男が罵倒と共に柚菜の鳩尾を蹴り付ける。ボキリ、と鈍い音が響き柚菜の口から血が溢れ出る。

 満身創痍になりながら柚菜は何故こんな目に遭っているのか分からず、思考がぐちゃぐちゃになっていた。

 

「んん〜? 何が何だか分かってねぇ顔だなぁ。所詮はゴキブリ同然のガストレアか」

 

 男はニヤニヤと嗤いながら罵倒を続ける。そして柚菜を襲った訳を喋り始める。

 

「テメェがバケモノ共を匿っている孤児院に邪魔しているこたぁ分かっていた。だが俺達が不快に思っているのはそこじゃねぇ」

「……?」

 

 自分が頻繁に孤児院に来ている事を知りながら目に付けているのはそこでは無い事に訝しむ柚菜。

 そして、柚菜はその話の先を聞いてはならなかった。それは柚菜の仮面(ペルソナ)を叩き割るには十分なものだったから。

 

 

「俺達が一番不快に思ってるのはテメェのそのツラだよ」

「……え?」

「テメェのその薄気味悪い笑顔が不快だって言ってんだよこのクソガキが」

「……ぁ」

 

 

 理解出来なかった。

 

 この男が言っている事が分からなかった。

 

 いや、分かりたくなかった。

 

 分かろうとしなかった。

 

 それは自分の、柚菜自身の存在意義を全否定しているから。

 

「別に俺達だけがそう思っているんじゃねぇ」

「この周辺の大人共は皆が皆、テメェのツラに不快感を感じてたんだっつうの」

「つまりは近所迷惑ってワケ」

「だからこうして俺達がゴキブリ駆除の為に出張ったのさ」

「ついでにゴキブリが持ってる金も回収しなきゃなあ。ゴキブリが持っていても結局ゴキブリに真珠っていう諺にしかならねぇしなぁ!」

 

 

 ピシリ、と仮面に亀裂が入る。

 

 

「テメェは害悪にしかならねぇ」

 

 

 メキメキ、と亀裂が広がる。

 

 

「テメェの存在自体が目障りなのさ。だから此処で殺してやるよ」

 

 

 バキン、と仮面が壊れ始める。

 

 

「ぃ……ゃ……」

 

 

 壊れてしまう。剥がされてしまう。抵抗など出来はしない。

 見られてしまう。晒されてしまう。それを隠す事は出来ない。

 傷付いてしまう。傷を負ってしまう。それも無理矢理ナイフで刺されて。

 

 柚菜は無理矢理剥がされた仮面の下を晒してしまう。ぼろぼろと止め処もなく仮面の破片が散り、ぼろぼろと涙が零れ落ちてしまう。

 身体はガタガタと震え上がり、脚もガタガタと震えてしまう。陵辱の様な感覚を感じ、その全身は恐怖に囚われてしまっていた。

 

「嫌、嫌あぁあぁぁ……」

 

 私を否定しないで。

 

 私を嫌いにならないで。

 

 私を見捨てないで。

 

 私を無視しないで。

 

 私を殺さないで。

 

 殺さないで。

 

 殺さないで。

 

 殺さないで……

 

「死ぬのは嫌……」

 

 まだ死にたくない。

 

 死にたくない。

 

 此処で死にたくない。

 

 死にたくない。

 

 だけど身体が動かない、動かせない。己の仮面が壊れてしまったそのショックで心は崩壊寸前の風前の灯となっていたからだ。

 

「死ぬのは、嫌……」

 

 外傷による痛みが麻痺して来た。心が身体が崩壊する事を防ぐ為に自らの機能を一時停止させようとしているから。

 意識が混濁として来た。

 

「し、ぬのは、いや……」

 

 朦朧とする意識の中、これで意識のが落ちれば二度と戻って来れなくなるという本能による予感が頭をよぎる。

 最早自分ではどうすることも出来ない。抵抗も反撃も何も出来ない。

 

 だから求めた。

 

「たす、けて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……其処で何をしている、塵共」

 

 助けは、来た。

 

「……ぁ」

 

 その声を聴くと同時に、柚菜はその意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

「……ここ、は?」

 

 見知らぬ天井。そこで柚菜はうっすらと目を覚ました。

 

「……起きたか」

「!」

 

 その近くから声が掛かり、柚菜ははっとなって横を見た。

 そこには白の装束を身に包み、腰には刀を挿し、側頭部には骸骨の破片の様なものが付いている不思議な青年が居た。

 

「俺の名はウルキオラ・シファー。 ……お前の名は何だ?」

「柚菜はね、朝宮柚菜っていうの。 ……それで、柚菜を殺そうとしてたあの人達は?」

「……俺が直に始末した」

「……そっか」

 

 柚菜の質問にそう淡々と答える青年、ウルキオラ。柚菜を殺そうとしていたあの男達は全員ウルキオラによって殺された事を理解した柚菜は短くそう返事をした。

 

「……お前に問いたい」

「……どうしたの?」

「何故、反撃しなかった?」

「!」

「お前は呪われた子どもだ。あの塵共を抹殺出来るだけの力が在った筈だ。だが何故、反撃しなかった?」

「そ、それは……」

 

 ウルキオラからの衝撃的な質問に言い淀む柚菜。あの時、別に男達からの攻撃に対応出来なかった訳では無い。その気になれば対応など容易に出来れば、そのまま彼等を殺せる事も出来た筈なのだ。

 だが柚菜はそれをしなかった。反撃も何もせず、ただ受け身となってそれを全て受けた。その果てに心を抉るナイフを突き刺され、貼り付けていた仮面は砕かれたのだ。

 ウルキオラはその一部始終を見ていたのだ。柚菜の瞳から感じたのは強く、弱く、脆い意思。それに興味を持ったウルキオラはこうして柚菜を助け出した。

 

「……よく分かんない」

「……何だと?」

「よく分かんない! ……だけど、分かっちゃうんだ。あの人達を殺してしまったら、何かが終わってしまう様な気がして……」

「……そうか」

 

 解らないのに解っている、何とも興味深い『心』だとウルキオラはそう思った。

 

「ならば何もせず、そのまま奪われ続けるつもりか」

「ッ! それは嫌ッ!! それだけは嫌なのッ!! もう奪われたくないのッ!!!

 だから、あの時どうしようか必死に考えてたの。どう話したら逃がしてくれるのかって……」

「……」

 

 もう奪われる事には耐えられない、何かを壊されるのも耐えられない。柚菜の強く放った声が、彼女の本心を如実に現していた。

 

(……何とも興味深く、不思議な奴だ。黒ウサギの様な奴が此処にも居たとはな……)

 

 ウルキオラは内心でこの少女、朝宮柚菜の在り方に興味を抱く。まるで、あの自己犠牲の塊とも言えた箱庭の眷属と同じではないか。

 自分の事ではなく、相手の事を第一に考えて動く。例え自分が犠牲になろうとも相手が助かればそれで良い。その様な自己犠牲と同じではないか、と。

 

(……面白い)

 

 ウルキオラはある事を考えた。

 

 そう、己のイニシエーターにしてしまおうと考えた。

 

 だから、この少女を救おうと口が動く。

 

「……お前は馬鹿だ」

「ふぇ?」

「……所詮は馬鹿だ。馬鹿が頭を使っても良い案など出て来る筈がないだろう」

「え、えぇ〜!! そ、そんなぁー!? 柚菜だって一生懸命頑張って考えてるのにぃ〜!」

「馬鹿なお前が幾ら考えようと結果は同じだ。ならば馬鹿は馬鹿らしく、能天気に笑っていろ」

「……え?」

 

 今、何と言ったのか。

『笑っていろ』とそう言った。

 否定も拒否も拒絶も何もせず、彼はただそう言った。

 

「……馬鹿には笑顔だ。これは箱庭で百年間もの時を過ごして解った『答え』の一つだ。お前が笑う事しか出来ないのならば、それを精々貫いて行くが良い」

 

 肯定してくれた。

 彼は自分が被っていた虚偽の仮面をそう認めてくれた。朝宮柚菜という人間そのものを見てくれた。

 

「お前の付けている仮面が虚偽であろうとそれはお前自身だ。否定などしない、お前はお前らしく馬鹿になって笑っていれば良い。

 

 そう、今まで通り能天気に笑え。生きる方法は俺が教えてやる」

 

 ドクン、と彼女の胸が高鳴った。

 

 始めて自分自身を見てくれたこの人が自分の傍に居てくれると、そう言った。

 生まれてこの方、何も無く何も得る物も無く、ただ奪われ続けていた自分に何かを与えてくれた。

 それは真実の仮面。今までの様な自己防衛の為だけのものでは無く、本当の笑顔になれる本当の自分がそこにいた。

 

 頬に雫が流れ落ちる。

 

「あ、あれ? おかしいなぁ。 何でこんなに嬉しいんだろ? 分かんないや……」

 

 涙が止まらない。

 服の袖で拭っても拭っても溢れて来る。あの時の無理矢理仮面を剥がされたショックによる絶望によって溢れ出る涙では無く、希望を得た余りの嬉しさによって溢れ出る暖かい涙。柚菜が始めて流したその涙に柚菜は理解することが出来なかった。

 

「……今は解らなくても良い。後から解れば良いだけの事だ。

 ……胸を貸してやる。今だけは馬鹿らしく泣け」

 

 ウルキオラの優しい、一言。

 柚菜にはもうその涙を止めることは出来なかった。

 

「うぅっ……、うあぁっ、あぁっ、うわああぁあぁぁあああぁあぁあああぁあぁぁぁあぁあああああぁあぁぁあああぁあぁぁああんッッッ!!!」

 

 ウルキオラの胸に飛びつき、泣きじゃくる。今までの苦しみを全て吐き出すかの様に。

 柚菜が泣きじゃくっている中、ウルキオラは心中でため息を吐いていた。

 

(……俺も随分と甘くなったものだ。井上織姫の時と言い、この馬鹿の時と言い。……これも『心』による影響なのか──……)

 

 昔の自分では想像もつかなかった事だ。

 だが、此れもまた悪くないとそう何処かで納得してしまっている自分がいた気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウルキオラが井上民間警備会社に所属してから凡そ一年半が経った。

 その中で変わらぬ日常を過ごしているウルキオラは今、井上民間警備会社にて紅茶を啜りながら報告書に関する書類を整理していた。

 

「………」

 

 今日も何も変わらない日常。昨日も一昨日も、それは同じだった。

 別段、つまらないという訳では無い。確かにどちらかと問われればつまらない日常の連続だろう。だがウルキオラにとっては何も無くつまらない日常という訳で無かった。

 

「ウッルキッオラーーー!」

 

 突如として事務所の中に木霊す可憐な声。その声は織姫である可能性が有ったがその声には幼さが有り、その声の主も織姫では無かった。

 少女の髪はアホ毛が特徴である黄色のセミロングに金色の瞳、その整った容姿は正に美少女であり服装はワンピースとラフな格好をしていた。

 そして彼女は帰宅するや否や、ウルキオラの姿をその目で捉えると脇目も振らずに彼へと飛び掛かった。

 

「………」

 

 しかしウルキオラはその様子を一瞥することも無く首を傾けるだけで回避した。しかも器用に紅茶を啜りながら。

 

「へぶっ!?」

 

 そのウルキオラの行動のお陰(?)で彼への抱擁に失敗した彼女はその勢いのまま顔面から壁に激突した。とても痛そうである。

 見事なまでに壁への激突を果たした彼女は鼻を摩りながら涙目でウルキオラに抗議した。

 

「む〜、何でよけるのー!」

「……お前が馬鹿正直に突っ込むからだろう」

「ひ、ひどーい!」

 

 しかしその抗議は軽くあしらわれてしまい、軽くショックを受ける少女。いささかオーバーリアクション気味だが、余り気にしてはいない様子だ。

 

「じゃあどうやって抱きつけばいいの?」

「……一々飛び付かず普通にすれば良いだろうが」

「えー! それじゃダメなのー!」

「………」

 

 お前は態々飛んで抱きつかないと気が収まらないのか、と思いながらウルキオラは内心で嘆息しながら報告書の整理を終えた。

 

(……おっ!)

 

 その様子を見た少女は良い事を思いついたのか、ウルキオラを伝ってよじ登り、向かい合う形で彼の膝に座った。それもキラキラとした眼差しで。

 

「じゃあこれで良いよね!」

「……勝手にしろ」

「やったー♪ うれしー♡」

 

 ウルキオラの半ば投げやりの了承を得た少女は向日葵の様な笑顔を咲かせ、ウルキオラに抱き付いた。この少女はウルキオラの事になれば梃子でも動かないので、此方が早々と諦めないと余計に疲れるのだ。

 

「ねぇウルキオラー」

「……何だ?」

「えへへー、だーいすき!」

「………」

 

 少女はそう言うとにへらと笑い、ウルキオラを強く抱き締める。思わず「むぎゅー」等という効果音が出て来そうだ。

 

「柚菜」

「ん? なーにー?」

 

 ウルキオラの呼びかけに、柚菜と呼ばれた少女は少し顔を話して小首を傾げる。

 

「……あいつらはどうした? お前だけ先に帰って来たのか?」

「うん! 咲希ちゃんと綾歌ちゃんはお買い物の当番だから織姫おねーちゃんと一緒にスーパーに行ってるよ!

で、柚菜は天誅ガールズの録画当番だからこうして帰って来たの!」

「……そうか」

 

 柚菜は何故かドヤ顔でそう言うと再びウルキオラに抱き付いた。すりすりと頬ずりまでしており、ウルキオラにどれ程懐いているのかが伺える。ウルキオラも柚菜のこれは日常茶飯事なので抵抗することはとっくの前に諦めている。

 

(……このガキは本当に良く懐きやがる)

 

 純粋に自分に好意を抱いているこの少女にウルキオラはそう思いながら呆れていた。

 この少女は純粋故に素直で天然且つ少々抜けている所がある。馬鹿と言っても良いだろう。それ程までにこの少女は愚直だ。

 

(……まぁ、何時もの事か──……)

 

 そう思ってウルキオラは目を静かに閉じる。

 先程まで啜っていた紅茶はすっかり温くなっていたのだった。

 

 

 




あひぃー(汗

とゆー事でウルキオラのイニシエーターの一人目、朝宮柚菜ちゃんのお披露目です!
まあ後二人残ってるんだけどね!(錯乱




安全第一のひとりごと

昨日、アニメで『結城友奈は勇者である』を見て「これはまた面白そうなのが出たなぁ」と思っている私こと安全第一。
なんでも『タカヒロIVプロジェクト』の第4弾だとか。
女の子達もみんな可愛くて仲が良いし戦闘シーンも一人ひとりの強い意志がある、これは良作になりそうな予感。
なのですが……企画と原案があのタカヒロさんなんだぜ!?
『アカメが斬る!』で敵味方両方のキャラを普通に殺せるドSさんですぜ!?
『真剣で私に恋しなさい!』のほうはわからないけど、『アカメが斬る!』で死亡フラグ満載の内容見てたらこっちのSAN値が直葬された事も有るんですよ!?
そう考えると死亡フラグとかありそうで安心して見れねぇよぉ!!?

あと、書いてて自分ギャグとかコミカルな描写出来ねぇわ、と思ってしまいました。
この話もシリアス展開ですもん!
最近なんてごちうさに超シリアスぶち込んでほのぼの要素ゼロにしてみようかなー、とかゲスい事思い付いてたりするんですよ!?
あー、これは末期ですね(白目


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.沙斬 咲希

どうもです、安全第一です(・ω・)ノ

今回の話は過去最長の話となります。

しかし完成までに時間が掛かったので、違和感があるかもです。

あ、時系列は朝宮柚菜ちゃんを救ってから一週間後です。

注意事項
今回出てくるオリキャラは二重人格の影響により、ぶっこわれた性格です(ぇ
もう片方はとても可愛い性格ですが。



 彼女は人を斬る。斬り捨てる。

 

 彼女は怪物を斬る。斬り捨てる。

 

 其処には目的も無く、目標も無く、信念も無く、何も無く。

 

 唯、斬る為に斬る。思いのままに、思うがままに。

 

 故に其れは殺人剣。業深き修羅外道の道標。

 

 彼女はその外道を突き進む。其れが、彼女の選んだ『道』故に。

 

 そして其れは───

 

 

 

 

 

 ───唯一遺されていた最後の『道』───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 I always alone .(私はいつもひとりぼっち。)

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───井上民間警備会社

 

「……『白斬鬼(はくざんき)』かぁ。何だか物騒だね」

 

 朝のテレビ番組の特集を見ていた織姫はそう呟いた。

 そのテレビが伝えていた内容はこうだ。

 

 現場はモノリスの外、未踏破領域にて起こった。

 そのモノリスの付近にて、珍しくステージIVのガストレアを警察が発見。警察の応援要請に対し民警を五組、つまり十人も送り込んだ。ガストレア一匹に対して過剰戦力なのではないかと思うだろうが、侮るなかれ相手はステージIVのガストレア。下手をすれば全滅する可能性も十分に有る。

 だが出撃した民警と警察からそれ以来、一切の連絡がつかなくなった。警察はもしかすると全滅し、全員がガストレア化してしまった最悪の可能性と感染爆発(パンデミック)の危険性を考え、直ぐに新たな民警を現地に送り込んだ。

 

 そして現地に到着した民警はその光景を目撃し、驚愕した。

 

 

 

 ───地獄絵図

 

 

 

 そこは血の海だった。

 ガストレアも民警達も全て切り刻まれており(・・・・・・・・)、現場には交戦したとされる跡が一切見つからなかった。恐らく民警達が駆け付ける前にガストレアを一瞬で始末し、その後に着いた民警達を一方的に斬り殺した。若しくは、ガストレアと民警が交戦しかけた時に全員を斬り殺した。この二つの線がその現場で起こっただろう出来事なのではと予想した。

 そして切り刻まれて殺された手口からするに、犯人はかの『白斬鬼』と断定した。

 

『白斬鬼』

 一年前から東京、大阪、仙台エリアにて有名になった人斬りである。

 その正体は十中八九イニシエーターとされており、空前絶後の極悪人ともされている。

 その斬り殺した人数は数知れず。少なくとも千人以上は斬り殺しており大半は市民で残りは全て民警だと言う。

 だが同時に斃したガストレアも数知れず。そのガストレア撃破数も最低で千体以上だろうと推定している。その実績を元に『白斬鬼』の他に『千人斬り』などと言う二つ名も付けられるぐらいだ。

 故にその実力は超高位序列の民警に匹敵するとされており、IP序列が最低でも百五十番から上でなければ全く歯が立たないとのこと。

『白斬鬼』の異名の由来は幸いにもその姿を目撃した人物によると、髪は白く肌も白く、とても秀麗な美少女だったという。唯そこに二本の小太刀と返り血を浴びた姿が無ければの話だが。

 その白き人斬りの姿を取って名付けたのが『白斬鬼』である。因みにこの存在の影響でガストレアショックを受けた多くの大人達からは呪われた子ども達を一刻も早く排除すべきとの声が続出している。

 

(……でも、本当に殺すだけの殺人鬼なのかな……? 犯人が呪われた子どもならそこに原因となった出来事があると思う……)

 

 テレビによる放送では、『白斬鬼』を一方的に邪険な扱いで語っていたが、織姫はそうは思わなかった。

 呪われた子ども達は普通の人間であり、体内にガストレアウイルスを持っているだけで排他的にされている被害者なのだとそう思っている。

 幼い彼女達の心は脆く弱い。その大半は迫害により心を失ってしまった者達ばかりだ。大人達は何故こうまでして迫害するのか織姫には解らなかった。その現実に対して悲しんだ。

 織姫は幼い頃に両親をガストレアによって無くしている。僅かながらもガストレアには怨んだ事はある。しかしそれが呪われた子ども達へ怨嗟の声をぶつける理由にはならない。寧ろ織姫はその理不尽な暴力を受けている呪われた子ども達を救いたいと思っている側だ。だがそう思っている人間は少ない。現実とはそういうものだった。

 

「……何をしている?」

「あっウルキオラ君、おはよう。ちょっと考え事をしてただけだよ」

 

 そこでウルキオラが事務所に現れる。織姫はいつもの如くウルキオラに挨拶した。するとウルキオラの雰囲気が少し違うと感じた彼女は小首をかしげて問う。

 

「あれ、どうしたの? もしかしてお仕事?」

「……ああ、聖天子から直々の任務だ。つい先程、俺の携帯からそう伝えられた」

「聖天子ちゃんから? 珍しいね〜」

 

 ほぇ〜、と感心する織姫。因みに織姫が聖天子をちゃん付けしている理由は同じ美和女学院の生徒であり、彼女よりも先輩だかららしい。一つのエリアの最高権力者にちゃん付けするとはある意味、織姫は大物と言えるだろう。

 

「それで内容は何なの?」

「……ここ周辺にて現れた『白斬鬼』の抹殺、又は捕縛だそうだ」

「……っ!?」

 

 その内容を聞いた織姫は思わず息を飲む。先程、考えの中心にいた『白斬鬼』がウルキオラの口から出たからだ。それも抹殺、又は捕縛と。

 『ガストレア新法』を掲げている聖天子からすれば、呪われた子どもを抹殺するなど苦渋の決断に間違い無かっただろう。幾ら独裁とはいえ聖天子一人で何もかも簡単に決めてはならないからだ。だが最大限の譲歩として捕縛という条件を付けた。そしてその任務を必ずこなすであろう人物にウルキオラが抜擢された訳だ。とはいえこれまでの任務で一度のミスもせず完璧にこなしたウルキオラが抜擢されるのは当然の事だろう。ウルキオラはかのゾディアックガストレアを撃破した実績とIP序列四位という雲の上の存在だ。それにウルキオラはこの東京エリア最強戦力なのだから。

 

「……ウルキオラ君は」

「……?」

「ウルキオラ君は、『白斬鬼』って呼ばれてる子をどうするつもりなの?」

 

 先程も述べた様に、織姫は呪われた子ども達を一人でも救いたいという思いがある。ウルキオラと出会ってから一年半という時間が経ったが、その間にも織姫は慈愛の心を持って多くの呪われた子ども達の心を救って来た。その事実はウルキオラも承知済みであり、聖天子にも認められている。

 だが今回はそうはいかない。この任務はウルキオラが単独で行う任務であり、織姫はそこについていけない。何より任務の対象はあの『白斬鬼』である。その殺人鬼次第ではウルキオラが殺す可能性もある。どうにかしてそれは避けたい、と織姫は思った。それ程までの殺人鬼になるという事は、あまりにも悲しい過去がある筈なのだ。

 

 そんな子が救われないまま抹殺されるなど悲しすぎる。

 

 『白斬鬼』を何とかして救いたいと織姫は思い、ウルキオラに問いた。しかし彼から返って来た言葉はどちらでも無かった。

 

「……解らん」

「え?」

「俺がその餓鬼の『心』に何かを見出すまでは解らん。生殺与奪はそれからだ」

「……そっか」

 

 解らないという言葉に織姫はそう言いながら視線を落とす。ウルキオラの判断次第だが、生かすも殺すも確率は五分五分だろう。ウルキオラという破面(アランカル)はどこまでも破面であり、人間ではない。

 だがウルキオラは良くも悪くも破面であり容赦が無いが、それは同情しないと言う事だ。価値が有れば容赦無く助け、それが無ければ容赦無く切り捨てる、そんな存在だ。だからこそウルキオラは『白斬鬼』を救おうとすれば救えるだろうと織姫は思った。

 

「……任務は今夜にも実行する。奴は神出鬼没らしいが大体の位置は絞っている。恐らくその場所に現れる筈だ」

「相変わらず仕事が早いね。そう言えば柚菜ちゃんは連れて行くの?」

「いや、連れて行かん。あの餓鬼がガストレアや殺人鬼を斃すにはまだ戦闘経験が足りん」

「でも柚菜ちゃんは天性の素質って言うのを持ってるらしいんだよね?」

「ああ、あいつは叩けばどこまでも伸びる逸材だ。たった一週間で戦闘技術の三割が完成するとは予想外だったが」

 

 ウルキオラはそう言いながら己のイニシエーターである朝宮柚菜を賞賛する。ガストレアを倒すには戦闘経験が足りないとは言ったが、ステージIIまでなら倒せるだろう。このまま行けばステージIVのガストレアも余裕で倒せる程に成長するに違いない。ウルキオラは柚菜に僅かながら期待していた。

 

「……兎に角、任務は今夜だ。だが目標の餓鬼を救えるかは解らん。これだけは憶えていろ」

「……うん、分かった」

 

 ウルキオラはそう言うと椅子に座り今回の任務に関する書類を整理し始める。

 織姫はその様子を見ながら、彼が『白斬鬼』を救えるように祈ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───路地裏

 

「ヒイッ!? や、やめろ! やめてくれええええええぇぇぇぇぇッ!!! 死にたくな───」

 

 鮮血。

 

 男の首が刎ねられ、辺りに赤い液体が舞う。しかしそれだけでは終わらなかった。

 

「あはっ♪ もう一丁★」

 

 小太刀を持つ両手で残った首から下の腹の部分を交差しながら真一文字に斬る。更に鮮血が舞い、少女は返り血を浴びる。斬られた腹からは臓物が飛び出し、至る所へとばら撒かれた。

 

「良いよ良いよぉ♪ 返り血のシャワー♥︎ 生暖かいのが飛び散って堪らないよぉ♥︎」

 

 返り血を浴びた事に対して少女は愉悦を感じていた。それを至福だと身体で感じながら火照り、真っ白な頬が若干紅くなっている程だ。しかも腰まで長く伸ばしている美しい白い髪が更にそれを助長させる。

 

 そして路地裏は辺り一面が真っ赤に染まり、夥しい死体と相俟って愉快で素敵なアートが出来上がっていた。

 

「お、お前はまさか───」

 

 先程斬り殺された男の友人はその光景を目の当たりにし、腰を抜かすと少女を指差しながら言葉を紡ごうとする。だがそれよりも先に翠の色を持つ少女の瞳がギョロリと動き───

 

「次はテメェだ★ クヒッ♪」

 

 ───死刑宣告。

 

 死の宣告と同時に少女の着たワンピースが靡き、縦二つに割れるその身体。再び舞う鮮血に脳漿が混じりぶち撒けられた。

 

「あは。あはは。あははは。あッははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははギャッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

 

 可憐な声に似つかわしくない哄笑が辺りを木霊し、少女の口が歪む。辺りに転がっている死体が少女の残虐性を強調している様で、そこは正に死の空間と化していた。

 

「フヒヒッ。ここら一帯の生ゴミ共はみぃんなお掃除しちゃったしぃ。次は大物狙いで聖天子とか言う偉いヤツでも殺っちゃおうか───」

 

 

 

 ───虚無

 

 

 

「───?」

 

 思わず少女は振り返る。

 

 おかしい。

 充満していた死の空間がいつの間にか別のもの(・・・・)に変質している。

 一体誰が───

 

「………どうやら貴様の様だな」

 

 路地裏の奥からやって来る『虚無』

 青年の姿をしたそれは白の装束を身に包み、腰には刀を挿し、側頭部には骸骨の破片の様なものが付いている。肌も病的なまでに白であり、瞳は自分と同じ翠。

 

 似ている、限り無く己と似ている。

 

 服も白く、肌も病的なまでに白く、瞳は翠。唯一の違いは髪の色だけでそれ以外は全て似ている。

 

(……おかしいなぁ、どういう事?)

 

 だが少女は不自然な点に気が付く。その出で立ちには全く隙が無く、相当な手練れである事を証明している。

 

 

 

 なのに何故、彼からは何も感じないのか(・・・・・・・・)───

 

 

 

(ま、いいや。どっちみちぶった斬っちゃう事には変わり無いしぃ♥︎)

 

 少女はその疑問を気に留めず、血に濡れた鞘から小太刀を抜く。その動作一つにしても美しく見えるのは慣れた動作か又は少女自身が秀麗であるが故か───

 

「いっくよぉーーー!」

 

 静かに一歩踏み出す。そのたった一歩で肉薄し、両手に小太刀の(きっさき)を彼に向け振りかぶる。

 

「死んじゃえ♪」

 

 少女が白い青年に死刑宣告を告げる。そして少女の振り下ろした刃がそのまま彼をクロス状に斬り裂き血飛沫を飛び散らせ、少女に愉悦を与える。

 

 

 

 ───筈だった。

 

 

 

「え?」

 

 少女が斬り裂こうとしていた青年は瞬く間に消え失せ、刃は空を斬る。

 

(何処に───)

 

攻撃が失敗した事に動揺するも、少女は目標を探すべく降り向こうとした。

 

 

 ───世界が揺れる。

 

 

 青年に頭を鷲掴みされた少女はその勢いのまま放り投げられ、音速の領域を超えて壁に衝突する。衝撃に耐えられなかった壁は崩壊し瓦礫が少女に降り注ぎ、強烈な風圧が辺りを襲う。

 

「………」

 

 何事も無かったかの様に佇む青年は、全てを見透かす翠の瞳で瓦礫の方向を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……殺戮に特化した餓鬼と言えど、所詮は人間のレベルか───)

 

 少女を投げ飛ばした青年、ウルキオラは『白斬鬼』の少女がどれ程のものなのかを計ろうとして、嘆息した。

 どうやら彼女の戦闘経験は豊富だ。実力は恐らく最上級大虚(ヴァストローデ)に近い中級大虚(アジューカス)と言った所か。護廷十三隊の副隊長ぐらいの実力と言い換えた方が分かりやすいだろう。

 

 しかし相手が悪過ぎる。

 

 ウルキオラは元々最上級大虚であり、破面化した後に黒崎一護に敗れたが奇跡的に蘇り、新たな力を手に入れた。そしてその力は箱庭の世界で既に研鑽を積んでいる。それに加えて天然物の崩玉と融合し、超越者へと成った。先程少女がウルキオラから何も感じ取れなかったのはそれが原因だ。

 

 隔絶とした力の差が有れば、弱い方は何も感じ取れなくなる。

 

 以前にも説明したが、ウルキオラはエリア内において霊圧を極限にまで抑えている。しかしそれでも少女はウルキオラから何も感じ取れなかった。

 例え自分が実力を抑えていたとしても、相手が此方から感じ取れるものは何一つ無いだろう。

 

 これは実力(レベル)の問題ではなく次元(ディメンション)の問題なのだから。

 

(……元より実力などに期待はしていなかったが)

 

 殺人鬼とはいえ所詮は十年も生きていない未熟な子供。虚の時代から永き時を生きて来たウルキオラとは何もかもが未熟過ぎる。始めから勝敗は決している様なものだ。ウルキオラからすればこれはただの戯れとしか認識していないが。

 すると、瓦礫が徐々に動き始める。そして瓦礫を斬り刻んで辺りに吹き飛ばした少女が憤怒の表情で現れた。

 

「クソが、クソが、クソがあああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!

 テメェ……許さねェぞッ! 絶ッッッ対にバラバラにしてぶった斬ってやるッッッ!!!」

 

 憤怒の表情をした彼女は口を大きく歪め、先程よりももっと汚い口調でウルキオラに怒鳴りつける。

 だがウルキオラは明確にぶつけて来る殺気を意に介さず、極めて普通の態度で語りかけた。

 

「……お前を突き動かしているものは何だ?

 復讐か? 執念か? 因縁か? それとも唯の衝動か?

 見せてみろ、お前の『心』を」

 

「訳の分かんねぇ事ほざいてんじゃねぇぞクソがあああああああアアアアアアァァァァァァッッッ!!!」

 

 怒鳴り散らした少女は弾丸の速度で飛び出し、再びウルキオラに斬りかかる。

 

「死ねッ!!!」

 

 次に仕掛けた斬撃は二本の小太刀を揃えており、先程の斬撃よりも威力が上がっている。ただウルキオラを斬り殺したい一心なのだろう。

 

「!!?」

 

 だがそれは徒労に帰す。

 

 ウルキオラはその斬撃を手の甲でいとも容易く防いでいたからだ。それも片手で。

 

(なッ……!? 素手に斬りつけた筈なのに全然手応えがねぇ───!?)

 

 そう、素手で防ぐという事は相手も傷を負う筈だ。なのにも関わらず出血どころかの傷の一つも付いていないではないか。

 それ以前に、硬過ぎる。まるで地球の核を相手にしているかの様な感触だった。

 

「うぐッ!?」

 

 その隙を突かれ、空いているもう一方の手で首を掴まれる。少女は脱出しようと必死に(もが)こうと刀を振り回そうとする。

 だが足掻きすら許さないのがウルキオラ。即座に二本とも弾き飛ばし、武器を手放させて無力化する。弾き飛ばされた刀は回転しつつ大きく弧を描き、最後には壁へと突き刺さった。

 

「うぐぅッ! は、離せぇ……ッ!」

 

 幾ら刀を失ったとはいえ少女は呪われた子どもだ。この程度なら普通に自力で脱出出来るぐらいの筋力はある。

 だが相手が相手だ。ウルキオラという超越者による万力の力の前には超人的能力を持った呪われた子ども達も一介の弱者に成り下がる。すると少女はウルキオラと目が合う。

 

「一体、何、を、しようと、してやがるッ……!?」

「………」

 

 万力の力で首を掴まれている為、苦しい呼吸の中で話し掛ける少女。だがウルキオラは言葉を発さない。故にウルキオラが一体何をしようとしているのか解らない。このまま殺そうとしているのかそれとも無力化しようとしているのか。未だにウルキオラからは何も感じ取れず、何を企んでいるのか全く解らなかった。

 

 

 

 

 

(……貴様の『心の記憶』を見せて貰うぞ)

 

 一方のウルキオラは自身の『瞳』の能力を発動させていた。

 ウルキオラの『瞳』の能力と言えば『共眼界(ソリタ・ヴィスタ)』だ。ウルキオラ本人は『全てを見通す目』と言っている。

 

 だがそれは本来の能力では無かった。

 

 それが判明したのは箱庭にて崩玉と融合した時、その瞳の本来の能力が発現したからだ。それ以来、その能力はウルキオラが『心』の理解をする為に欠かせないものになった。

 

 

 その名を『境眼界(オキュロス・ヴィデント)』と言う。

 

 

 その能力とは凡ゆる境界を見通す事が出来、その先をすらも『視る』が可能となった。例えば相手が考えていることを『視る』事も可能であり、相手の手の内を『視る』事も可能だ。ウルキオラの言った通り『全てを見通す眼』なのだ。そして視ている間は時が止まったかの様に時間が進まない(現実世界ではほんの一瞬の出来事となる)メリットまで有る万能な眼だ。

 但し相手の『心』を視る事だけに関しては“対象の眼を至近距離で合わせる”という条件を満たさなければ効果が無かった。それ故、『白斬鬼』の動きを直接封じたのだ。

 ウルキオラは『境眼界』を発動させ、少女の過去を視る。何故彼女がここまでの殺人鬼と化してしまったのか。そこに至るまでの彼女の『心』とはどういうものだったのか、それが知りたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時が止まり、彼女の過去が映し出される。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……これは)

 映し出された世界は何処かの研究室だろうか。そこには研究員と五人の子ども達が居た。子ども達は身包みを全て剥がされ手術台に拘束されており、至る所に電極が取り付けられている。子ども達は明らかに怯え切っており、その瞳は絶望の色に染められている。余りの絶望に囚われ、言葉を発する事すらままらない少女達。だが一人だけ涙を流しながら、頑なに拒絶の姿勢を取っている子どもがいた。

 

『い、いやっいやっ、いやああぁぁ……』

 そう、『白斬鬼』である白い少女だ。

 

 少女は嘗て内気で大人しく引っ込み思案で、部屋の隅っこにいる様な性格だった。殺人鬼となった彼女とは似ても似つかない、寂しがり屋なだけの普通の女の子だった。

 そんな女の子だからこそ、この後においてまだ抵抗しようとしている。だがこの状況に対する恐怖心は誰よりも大きかった。その抵抗する姿はレイプ寸前の女性の様にも見える。

 

『フヒヒヒッ、このガキだけはっきりと抵抗の意思を見せるとは、今宵の実験には丁度良い素体だァ』

『ひうっ!』

 

 その様子にこの実験を統括する研究者が舌舐めずりをしながら白い少女の華奢な素肌に触れ、いやらしく腹部を撫でる。その事に声を上げながらびくんっ、と跳ねる少女の身体。

 

『おお、活きの良いガキだァ。コイツだけはスペシャルコースにしてやろゥ。感謝しろよォ? この俺様が行う偉大な実験のメインプランになれるんだからなァ。精々良い声で啼き喚けェ』

『えっ……?』

『実験開始だァ』

 

 男の言葉に少女は理解出来ず、ただ嫌な予感だけがした。その事に少女は身構えるが、それは無駄な行為だった。

 

 

 

 ───天を衝くかの様な激痛。

 

『あ、ああ"あ"あ"あ"あああ"あああ"あああ"あああ"ああああ"ああ"ああああ"ああ"ああ"あああ"あ"あ"あアアア"アア"ア"アアア"ア"アア"アアアアアア"ア"アア"アアア"アアア"アア"アア"ア"ア"アアア"ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!???』

 

 

 

 全身に染み渡る様に流れる激痛に有りっ丈の悲鳴を響かせる少女。それは彼女だけでなく、他の子ども達も同じ悲鳴を上げていた。

 

 余りの苦痛に崩壊しそうになる。

 肉体的にも、精神的にも。

 

 正に地獄。

 

 その地獄から逃れられる術は少女には無かった。舌を噛み切って死のうにも、少女にはそこまでの覚悟も無ければ勇気も無い。()してや抵抗すらも出来なくなった少女はされるがままに、実験という名の地獄を味わい続ける事になった。

 

 

 Project:【APOTHEOSIS(アポテオーシス)

 

 

 アポテオーシスの意味は『神化』・『神格化』

 その名の通り神の如き力を発現させる為、選りすぐりのイニシエーター達に凡ゆる投薬や身体に改造を施し『凶化』する事で能力を極限、又はその先の領域へと引き出す事を目的とした実験である。

 並のイニシエーターでは実験初期の段階で耐えられず死んでしまう欠点が有り、少数のイニシエーターで実験を行う手筈になった史上最悪の身体実験で、『四賢人』の実験よりも遥かに狂った実験でもある。実験の担当責任者である所長は『四賢人』と同等の知能と実績が有ったにも関わらず残虐非道な実験ばかりを行っていた為、世間から追放された『兇気の科学者(マッド・サイエンティスト)』だった。

 

『ヒャアァアッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァ!!!! そうだ! 啼け! 喚け! 死を恐れて生に執着しろォ!!! 生に執着し、神の領域に至れえぇええぇえエエェェエエェッ!!!』

 

『兇気の科学者』の奇声が響き渡る。それは少女を更なる絶望へと陥れるには十分な声だった。

 

 

 

 それから二年もの間、実験は続いた。他の四人の呪われた子どもは中盤まで実験に耐えたものの、結局は耐え切れず死亡した。肉体の崩壊や精神の崩壊等、原因は様々だったが。

 一人残された白い少女は地獄の様な実験を受け続けても尚、精神を保っていた。寧ろ壊れていない事の方が異常なのだが、それ程までに『生』への執着が強いと言える。しかし肉体の方は限界が来ており、精神という名の『心』も満身創痍であった。

 

(痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて)

 

 心の中で必死に助けを求めようとも、誰も来てくれない。誰も助けてくれない。

 

 

 イタイ。

 

 

 他の四人が死んだ為、少女一人に集中して様々な実験が行われた。更に過酷な地獄を味わう羽目になった。

 

 

 クルシイ。

 

 

 研究者達は少女に加虐を加える度に恍惚とした笑みを浮かべるばかり。所長にしては子どもが玩具で遊ぶかの様に嗜虐的な表情をしている。

 

 

 タスケテ。

 

 

 逃げたい、でも逃げられない。

 

 こうしている間にも自分の身体や『心』が犯されていく。

 

 

 ツライ。

 

 

 もう自分が自分なのかが解らなくなって来た。長い間耐えて来たがもう限界だ。

 

 それでも、『心』だけは壊される訳には行かない。それだけは絶対に嫌だ。壊されたらそれは『死』を意味するのだから。

 

 

 ───それだけは、絶対に死んでも嫌。

 

 

 故に少女は自らの『心』を死守する為に、『もう一人の自分』を作り出した。否、自己防衛の為に勝手に作られた(・・・・・・・)と言った方が正しいだろう。

 

『次の実験もヨロシクぅ〜、お嬢ちゃん(モルモット)?』

『……ぁ……ぅ……』

 

 そしてそれは、実験が終わった後に少女が投げ入れられる暗闇に包まれた牢獄の中で発現した。

 

『………ぁ』

『んん〜〜? 何だか様子がおかしくねぇか……───』

 

 発現した人格は弱り切っていた少女の身体の支配権を乗っ取り───

 

 

 

 

 ───少女の意識は反転した。

 

 

 

 

 三日後、警察が何処かの研究所にて研究員全員が壮絶な死体となっていたのを発見した。所長だけは行方不明となっていたが、恐らく重傷を負っているだろうと思い、別の場所で既に死亡しているとして放置した。それに警察には所長の正体が『兇気の科学者』であるなどと分かる筈も無く、事件の真相は闇に包まれた。

 

『クク……クヒヒッ』

 

 廃墟となったとある街を血に塗れた一人の少女が口元を歪め嗤いながらゆらゆら歩く。研究員から奪った白衣を着込み、手にはバラニウム製のナイフを持ってそれは歩く。そこに嘗ての少女の面影は既に消え、残虐性だけが滲み出ていた。

 

 

 ───殺す、ころす、コロス

 

 

 非情にも『白斬鬼』という残虐な殺人鬼が誕生した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ほう」

 その一部始終を視たウルキオラは興味深そうに感嘆する。『心』を守る為に『もう一人の自分』を作り上げるとは思わなかった。

 

「!」

 

 すると世界は突然、暗闇へと反転する。どうやら此処は白い少女の『心』の奥底であり、何も映さない黒は『無』を表している様だ。しかしウルキオラの目に入ったのは暗闇では無い。

 

「……───お前は」

 

 ただそこにぽつりと一人の白い少女が蹲っていた。服は着ておらず、ウルキオラと同じ病的なまでの白い肌が人形の如き美しさを伺わせる。そこには『白斬鬼』の面影は一切無く、禍々しい雰囲気が少しも感じられない。

 

『……だ、れ?』

 

 少女は弱々しく顔を上げ、ウルキオラを見つめる。少女の『瞳』は澄み切っていて真珠と思わせる程に美しいのだが、触れただけですぐに壊れそうな脆さと儚さが備わっていた。

 

(……成程、『白斬鬼』本来の人格か)

 

 それが元々の人格である事を看破したウルキオラは、彼女とコンタクトを取る。向こうはどうやら此方を認識している様なのでやり易い。

 

「……俺の名はウルキオラ・シファー」

『うるきおら……?』

「……お前の名は何だ?」

『……沙斬(さきり)咲希(さき)

「……そうか」

 

 淡々とした自己紹介。だが言葉を交わすというのは重要な事だ。特に『感情』に敏感な子どもはそれだけで相手の印象が解ってしまう。沙斬咲希もまた、『感情』に敏感な部類だった。

 しかし彼女がウルキオラから感じたものは何も無い。精神世界であろうと、ウルキオラからは何も感じ取れなかったからだ。

 

 未知。

 

 しかし咲希はウルキオラの『瞳』を見て安心した。その瞳からはあの研究員達がしていた濁りに濁った色が全く無いからだった。咲希の様に澄み切っている訳でもないが、ウルキオラの瞳は綺麗だと思った。

 

 何より、自分をちゃんと見てくれている。

 

 その事がとても嬉しかった。暗闇の精神世界で出会って間もないし、自己紹介だけという会話らしい会話すらもしていない。だが咲希は既にウルキオラに心を開いていた。感情は何故か何も感じないが、邪な感情がウルキオラの瞳には一切無かった。それだけで十分だった。

 ウルキオラはそれを察したのか一つ咲希に問い掛ける。

 

「……お前はこれからどうしたい? 本来の人格であるお前は何を望む?」

「……わたしは、ここからでたい。でも、しってるの。『もうひとりのわたし』がわたしのためにいっぱいがんばってて、……いっぱいひとをころしちゃってるんだって……」

 

 咲希は精神世界から殺人鬼と化しているもう一人の人格の様子を全て知っていた。幾ら主導権が自分に渡っても千人以上を殺して来た重罪は変わらない。それに重罪を背負うには彼女は幼すぎる。この時点で既に罪悪感で押し潰されそうなのに。

 

「……確かに、お前が表に出たとしてもその罪や事実は一切変わらん」

「……ぁ……ぅ」

 

 ウルキオラの言及に、咲希の声はか細くなり俯く。しかしウルキオラは彼女を責めるつもりは毛頭ない。

 かく言うウルキオラも、虚の時代に沢山の虚や人間を殺して来た。それは千を超え万を数えるぐらいに。ただウルキオラは『虚無』だった故に、責任感も罪悪感も、倫理すら何も感じなかっただけだ。

 

 

 ───それが貴様等の言う心というものの所為ならば、貴様等人間は心を持つが故に傷を負い、心を持つが故に、命を落とすという事だ───

 

 

 黒崎一護との決戦と時、彼に言い放ったあの台詞は強ち間違いでは無かったらしい。現に心を持つが故に傷を負っている少女が目の前に居る。

 

 

 ───ならば、心に傷を負っている者を救えば、その傷は癒えるのだろうか。

 

 

 否、だろう。

 心に負った傷は一生癒えることは無い。その者は負った傷を一生抱え続けねばならない。心に傷を負った者とはそういうものだ。

 だが救う事で何かが変わるのは間違いないだろう。救わねば何も変わらないのだから。

 

 そう、心の傷が癒える事に意味が有るのではなく、救うという行為自体に意味が有るのだ。

 

 織姫には救えるかどうかは解らないと言ったが、目の前に居る少女はウルキオラにとって救済するに値した。

 

 故に、ウルキオラは手を差し伸べる。少女と同じ白い肌で。

 

「……だが、何かを変える為に行動しなければ何も変えられないのもまた事実だ」

「……ぇ?」

「……お前が自らの変化を望むのならば、手を貸そう」

 

 その言葉に咲希は俯いた顔を再び上げた。差し伸べられた白い手が視界に入る。

 

「……俺の手を取るかどうかはお前次第だ。だがお前が自らの変化を望み、お前の犯した罪とやらと向き合う積もりがあるのならば手を取れ。その為の力と居場所を与えてやる」

「……!」

 

 初めての救済の言葉。生まれて初めての救いの手。地獄を味わい、重罪を背負った彼女には衝撃とも言える言葉だった。

 咲希にはその言葉が途轍もなく甘い蜜の味がする言葉の様に聞こえた。ウルキオラは当然その気はないのだが、少女にはそう聞こえた。例えその言葉が嘘であろうと咲希は甘美な誘惑に酔い痴れてしまうだろう。

 

 

 だって貴方は

 

 

 ───傍にいても、良いの?

 

 

 こんな私に

 

 

 ───当然だ。

 

 

 優しくしてくれたから……───

 

 

 少女の答えは初めから決まっていた。

 

「……はいっ」

 

 返事と共に、その手を取る。

 暗闇の世界に罅が入り、硝子の如く砕け散る。世界に光が差し込む。

 

(あったかい……)

 

 生まれて初めて触れる光の暖かさに咲希は涙を流しながら微笑む。失った笑顔を取り戻したそれはとても美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識は現実世界へと引き戻される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガ、ハッ……!? ゲホッゲホッ……」

「………」

 

 本来の咲希を閉じ込めていた檻を破壊したウルキオラは掴んでいた手を放す。『もう一人の自分』である殺人鬼は突然の解放に戸惑いながらもバックステップで距離を取ると咳き込んだ。

 ウルキオラは構えずそのまま咲希を見据えていた。殺人鬼の人格である咲希は呼吸を整えながら隣に一本だけ刺さっていた小太刀を引き抜き、構えた。

 

「こ、のやろ……ッ!?」

 

 再び殺気を振り撒こうとした直後、ズキリと頭に鋭い痛みが走り、ここで初めて殺人鬼は冷や汗を流す。その原因は解っていた。

 

「ぐああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!?? 止めろッやめろッヤメロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッ!!!」

 

 頭に走る激痛に殺人鬼は耐えられず頭を抱えながらもがき苦しむ。小太刀を持っていた腕は何かを振り払う様に乱雑に振り回していた。その中で殺人鬼は本来の咲希に訴え掛ける。

 

「何故だッ!? 何で今更『テメェ』が出て来やがるッ!? 『テメェ』はあの地獄に耐えられずに『私』を創ってそのまま逃げただろうがッ!! !」

 

 殺人鬼の『人格』に罅が入る。本来の咲希が目覚めた以上、その人格は消滅を辿る運命(さだめ)となっていたのだ。

 

「『私』は身体を支配した時から『テメェ』の為に今まで生ゴミ共を駆逐して掃除し続けたんだぞッ!? 呪われた子どもたちを虐げている汚ねえゴミ共を斬って斬って斬り殺し続けたんだぞッ!? 『私達』をこんな風にした根源のガストレア共だって斬り殺しまくった!!!」

 

 血走った目で本来の咲希に訴える。『人格』に罅が入った以上、ウルキオラを殺そうとする思考は既に破棄されていた。

 

「なのにその見返りがこれなのか!? 何故だァッッッ!!! 何で今更出て来て『私』を殺そうとしてやがるんだ!? 邪魔だったのか!? 『私』は『テメェ』にとっての障害物だったのか!? 今まで『テメェ』の為に生ゴミ共を斬り殺し続けた『私』を否定するってのか!?」

 

 徐々に『人格』が消えて行く。卵を護り続けた殻の様に、ボロボロと剥がれ落ちて行く。

 

「何なんだよそれはッ!! それこそ“理不尽”だろうがッ!! じゃあ『テメェ』から創られた『私』は何だったんだ!!! 『私』の存在意義は何だったんだ!!! 『テメェ』に否定された『私』は一体何なんだ!!! あの生ゴミ共と同類だったのか!? 今までの『私』とは何だったんだああああアアアアアアァァァァァッッ!!!」

 

 目の前の“理不尽”に虚しさすら覚えた殺人鬼の瞳からはボロボロと涙が零れ落ちる。剥がれ落ちて行く卵の殻と同じ様に。徐々に消えて行く『人格』と共に零れ落ちて行く。

 

「教えろよ。答えろよ。何か言えよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!」

 

 天涯孤独の殺人鬼は泣き叫ぶ。

 

 

 

 

 

 ───ありがとう。わたしのために、いっぱいいっぱいありがとう。

 

 

 

 

 

「ぁ………」

 

 それは感謝の言葉。苦労をした者を労わる言葉。今まで『自分』の為に頑張ってくれた『彼女』への救いの言葉。

 

 そして殺人鬼が何よりも一番欲しかった『言葉』

 

 それを聞いた途端、殺人鬼の悲鳴はピタリと止んだ。

 全身の力が抜ける。

 手から小太刀がするりと抜け落ちる。

 頭を抱えていた手の力も抜け落ちる。

 いつの間にか頭の中に走っていた激痛は無くなっていた。それどころか心地良さすら感じていた。

 

「……そっか……───」

 

 殺人鬼の『人格』が消滅する。全身の力が抜け落ち、両膝を地面に付けそのまま倒れて行く。その“最期”の瞬間、彼女は救われたかの様に涙を零しながら微笑んだ。ウルキオラに救われた本来の咲希と同じく、その微笑みは女神の様だった。

 

 

 

 

 

 ───だいすきだよ、『私』

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

「………ぁ」

 

 咲希が目覚めると、そこは知らない天井だった。どうやらベッドに寝かされている様で身体に力が入らないのか、そのまま呆然としている。視線を窓側に移せば日が暮れようとしており、あの時から半日以上は寝ていると把握した。

 

「あ! 目が覚めたみたいだよウルキオラ!」

「……分かっている」

 

 咲希の耳に聴こえて来たのは明るい少女の声。そして聞き覚えのある、自分を救ってくれた人の声。

 何とかして首を動かし、声のする方へと向く。そこに写ったのは黄色の髪をしたセミロングの少女に、髪と瞳の色以外が全て白の青年、ウルキオラ。その瞳は此方を見ていた。すると黄色の髪をした少女が興味津々の様子で詰め寄って来た。

 

「すごーい! まっしろできれーい! ねえねえあなたのお名前は!? 好きな食べ物とかある!? 柚菜はりんごが好きだよ!」

「ひうっ……!?」

 

 元々引っ込み思案の咲希には驚くほどの事だった様で、びくりと身体を震わせて縮み込む。

 

「煩い」

「おぶっ!?」

 

 そこにウルキオラの脳天チョップが炸裂する。見事なまでのクリーンヒットだ。

 

「ぉぉぉぉぉ……」

 

 黄色の髪の少女である柚菜はそのまま蹲って悶絶していた。それなりに痛かったのだろう。それをスルーしながら咲希に話し掛けるウルキオラ。

 

「……沙斬咲希。お前は本来ならその身柄を聖天子の所に引き渡され、そのまま処刑されるという手筈だった」

「!!」

 

 処刑という単語に、咲希は酷く震えながら身を縮こませる。死にたくないという感情が丸分かりだ。しかし人を千人以上殺害している事実は変わらないし処刑という裁きも当然の判断だった。

 

「だが俺が聖天子に進言し、『IP序列四位の二人目のイニシエーター』としてお前を保護する事になった」

「……え?」

 

 その震えもウルキオラの次の発言により止まる。その中でとんでもない単語が入っていた気がする。

 殺人鬼の人格であった咲希とは記憶を共有しており、広範囲で活動していた咲希は当然ながら民警の存在を知っていた。その民警の中で伝説の存在とされている民警が存在している事も知っていた。

 

 IP序列四位『第4十刃(クアトロ・エスパーダ)

 

 民警の中で唯一イニシエーターを持たない民警であり、過去に元凶の一つ『ステージV』を単独で倒した功績があるのにも関わらず一位の座を明け渡す等、頂点に固執しない人物。名前は明かされたものの、その顔までは公開されなかったとして伝説の民警と噂されていた。

 

 そんな雲の上の存在が目の前にいる。

 

 まさかとは思うが、ウルキオラがあの『第4十刃』だとは思わなかったのだ。

 

「あ、わわ………」

「……何を動揺している」

 

 これが動揺しなくてどうすると言うのだ。咲希は驚愕の余り、言葉を失って口をパクパクと動かしていた。

 

「……お前は今から俺のイニシエーターとなる。その事だけは忘れるな」

「だいじょーぶだよ咲希ちゃん! ウルキオラはいっつもこんなんだけどとっても優しいよ! ぜったい咲希ちゃんの事を護ってくれるから安心して!」

 

 ウルキオラの発言に対し、柚菜は咲希を安心させる様にサムズアップまでしながら明るく言う。因みに咲希の名前は柚菜が悶絶している間にウルキオラが喋っていたのでそこから知った様だ。まあ「こんなとは何だこの餓鬼が」とウルキオラによってアイアンクローをお見舞いされて断末魔の悲鳴を上げているが。ウルキオラの額には何となく青筋が浮かんでいる気がしないでもない。

 

「……クスッ」

「……えへへ♪」

 

 そのやり取りを見ていると此方まで元気になる。咲希はクスリと笑い、微笑んだ。現在進行形でアイアンクローを受けている柚菜もそれを見て向日葵の様にニッコリと笑った。

 

「入るね」

 

 そこに織姫が部屋に入って来る。そしてそのままウルキオラに礼を述べた。

 

「ありがとう、ウルキオラ君」

「……別に構わん。こいつは救う価値が有ると判断したまでだ。お前が礼を述べる必要は無い」

「ふふっ、そっか」

 

 ウルキオラの素っ気ない返事に、織姫は微笑む。これもウルキオラの良い所なのだと織姫は解っているからだ。織姫の理解者であるウルキオラだが、織姫もまたウルキオラの理解者たる存在だった。

 

「沙斬咲希ちゃんだよね? あたしは井上織姫って言うんだ。これからよろしくね」

「は、ぃ……。よろしく、お願いします……」

 

 織姫との自己紹介だが、やはり初対面だけあって咲希の引っ込み思案が発動する。顔を赤くしながら掛け布団で身体を隠し、もじもじとしながら応えた。そんな微笑ましい光景に織姫はニッコリと笑った。

 

「それじゃあ、あたしは新しい家族が出来たお祝いも兼ねて晩御飯の支度をするね」

「あっ、なら柚菜もお手伝いするー!」

「ありがとう。でも転んでお皿を割らないようにね」

「はーい!」

 

 そう言うと織姫と柚菜は部屋から出て行った。二人となったその部屋は途端に静かになった。

 

「……騒がしい奴だ」

「……ウルキオラ、様……?」

「お前の呼びやすい呼称で構わん」

「じゃ、じゃあ……おにぃ、ちゃん」

「……まあいい」

 

 咲希はウルキオラへの呼称を顔を赤くしてそう呼んだ。なんともまあ典型的な呼称だが、ウルキオラはその辺は余り気にしなくなった。箱庭の世界で百年を過ごし、この世界で織姫と出会った今のウルキオラは呼称程度では揺らがなくなった。ただ前に柚菜が呼称した「ウルキー」と言う名だけはどうしても許容出来なかったが。今でも柚菜に呼ばれる事が偶にあるのでその度にアイアンクローをかましている。

 

「……おにぃちゃん」

「……何だ?」

わたし達(・・・・)を、救ってくれて、ありがとう……」

 

 今だに引っ込み思案が発動しており、その言葉はつぎはぎだ。しかしウルキオラは特にその事に関しては気にしていない。

 

「……そうか」

 

 目を閉じながらそう言う。その姿は夕日に照らされ、オレンジ色に染まってもその白い肌はいつまでも病的なまでの白色のままだった。




そのあと、織姫の手伝いをしていた柚菜は盛大にすっ転んで皿を割ってしまい、再びウルキオラにアイアンクローをお見舞いされたそうな。








過去最長、16322文字……っ!!
ヤベェ、こんなに書いたのは初めてですわ(白目

さて、この話で出てきた沙斬咲希ちゃんですが、私のオリキャラでは一番気に入っております。
白いロングヘアーで美少女ロリが殺人鬼というのも新鮮かなー、と書いてみた結果がこれだよ!(白目
そのせいか文字数もめっちゃ長くなりました(汗

因みにこの沙斬咲希ちゃんは『蛭子小比奈の成れの果て』というイメージで作りました。
なので小比奈ちゃんよりも残虐で残忍な殺人衝動を持っています。口調が汚なかったのもその一つです。
しかし、この『残虐で残忍な人格である沙斬咲希』は『本来の人格である弱く優しい人格の沙斬咲希』を助けたい一心で頑張っていた本当は優しい『人格』なのです。
ただ、その頑張りが殺人へと歪んでしまっただけの哀れで悲しい『人格』なのです。

簡単に言えば、“大切な人を護る為に自分の手を汚した”。そんな感じです。

今回の話でそのことを分かって頂けたらなー、と思ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。