超次元ゲイムネプテューヌ Origins Succession (シモツキ)
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作品情報
人物紹介


マホ/グレイシスター

 

 プラネテューヌにて女神候補生の四人が出会った少女。快活且つ軽快、ギャル語を始めとする若者言葉を使いこなすフットワークの軽い少女で、そのフットワークの軽さを示すかのように、出会って早々にネプギア達へとクエストを依頼し、更に同行をした。特技はソフトウェア開発であり、その技術はネプギアが目を輝かせる程。更に調子の軽い性格をしている事は間違いないが、一方で時折達観したような、陰のあるような表情や声を見せる事もあり、またネプギア達と会話が噛み合わない…知識や認識に微妙な齟齬があるなど、すぐにネプギア達と仲良くなり、ネプギア達からの一定の信頼を得ながらも、その様子にはどこか「ただの少女」らしからぬ部分があった。

 彼女の正体は、グレイシスターという別次元の女神。意図せず信次元に迷い込んでしまった彼女は本来の『旅』へと戻るべく、次元移動の為のシェアエナジーを必要としており、その為の手段として偶然接触したネプギア達と最終的に交戦をした。マホがネプギア達を知っていたのは元の次元、そして旅の中でネプギア達と友情を育んだからであり、そんな彼女にとって信次元での時間と出会いは、過酷な旅の中で擦り減りつつあった『希望』を掴み直す事に繋がっていた。二つの依頼も、信次元のこれまでとこれからを知る、というのが真の目的だった様子。

 グレイシスターの武器は、投擲武器としても使える盾。同じく盾を使ううずめ(オレンジハート)と比較した場合、攻撃面ではグレイシスターが、純粋な盾としての性能はオレンジハートが勝る。加えて砲台としての機能も持つ、シェアエナジー吸収用のユニット四基も使用しており、それを用いて戦闘しつつ、ユニットで受ける事によってネプギア達からシェアエナジーを確保していた。

 武器でも性格や口調の面でも、どういう訳かうずめと親和性のあるマホ。意気投合している様子も見られたが、時代が違うという事なのか、同じギャル語でもマホのものとうずめのものとではそこそこ内容が異なっていた。

 

 

シーリィ

 

 マホに付き従う人型ロボット。次元の扉を開くのに必要なデータの収集や観測、演算等を一手に担うロボットで、シェアエナジーの確保はマホが行うが、次元移動そのものは実質シーリィの機能によるものと言える。加えて旅の中ではただの機械に留まらない『同行者』でもあり、マホを気遣う様子も見られた。そして具体的な事は語らなかったが、シーリィはマホにとって大切な相手から託された存在であるとの事。

 

 

デンゲキコ

 

 各国教会公認報道業者、ゲイム記者である少女。はきはきとした喋り方が印象的な少女で、小脇に何とも言えない表情のぬいぐるみを抱えている事が多い。同じゲイム記者のファミ通と比べると、よく言えば物怖じしない、悪く言えば冷静さに欠ける性格をしており、記者魂が燃え上がると前のめりな取材をしてしまう事もあるが、公平公正な記事を作る事を心情にしており、記者としての倫理観はきちんと持ち合わせている。因みに女神達とは顔馴染みであり、若いながら記者としての経験は多い為、その点でもファミ通と共に女神達からの信頼を受けている。

 

 

ファミ通

 

 各国教会公認報道業者、ゲイム記者である少女。何となくおっとりとした雰囲気を感じさせる少女で、グローブの様な大きな手袋を常用している。ライバル同士であるデンゲキコに比べると、フットワークの軽さでこそ一歩劣るが、思慮深く、記者としての知識や経験からくる聡さが彼女の武器の一つ。また、彼女もデンゲキコも取材だけでなく記事の制作に関しても高い実力を有しており、短時間で質の高い記事を書く事もお手のもの。デンゲキコ共々、ファミ通は水着コンテストだけでなく、これまでの女神が関わる多くの行事や式典に取材に来ていた。

 

 

ディール/グリモアシスター

 

 招待を受け、信次元へと訪れた女神の一人。双子であるエストの姉で、控えめな性格…だが、付き合いの長さもあってかイリゼに対してはからかう事も少なからずある。その性格故に積極的に周りに話し掛ける場面こそ少ないものの、エスト共々姉の様に慕ってくるイリスの事は常に気にかけ、なんだかんだ言いつつもバニーガールの格好をする、ライブに飛び入り参加する等、信次元での時間を楽しむ様子は多く見られた。また、自分から話す事は少ないと言っても常に受け身という訳ではなく、今回の交流以前から面識のある面々は勿論、初交流となった面々に対しても、振り回される事こそあれど、それぞれに良好な関係を築いていた。

 

 

エスト/グリモアシスター

 

 招待を受け、信次元へと訪れた女神の一人。双子であるディールの妹で、恐れを知らない活発な性格ながら、要所要所で冷静さや経験の豊富さを見せた。好戦的な部分も変わらずで、ディールを始め周りを振り回す事も多かったものの、周りも非常に個性的な為か、突っ込みに回る事もしばしば。加えてイリスとのやり取りでは面倒見の良い、或いは世話焼きとも取れる一面を見せており、そこでもエストの経験の深さと素の性格が伺える。因みにイリゼに対する「おねーさん」呼びは親愛の表れではなく、どちらかというとからかう意図でのものだったが、当のイリゼが喜んでいる為呼び方を変える方が気の引ける状態となり、内心苦笑しつつも変えずにいる様子。

 

 

凍月影

 

 招待を受け、信次元へと訪れた一人。茜とは夫婦で、子を持つ父親。イリゼや友人達との再会を主な目的としていた茜とは違い、希望を信じ続けたイリゼと信次元の今の在り方を見る事、感じる事を主な目的に訪れた。冷静沈着で理詰めな性格及び思考は元来なものだが、加えて現在は多くの喪失と小さな幸せを掴んだ事で、老成しているとも枯れているとも言える言動が散見される。…が、割と突っ込み気質でもある為、信次元に訪れた所謂『大人の男性』の中では突っ込みをする場面も多い。過去の出来事の関係でディールやエストを気に掛けている節があり、更に父親という立場もあってか、心身共に特に幼いイリスの問いには柔らかく、且つ真剣に応える事もあった。

 影にとって現在の信次元は、イリゼ共々『眩しい』と感じる存在。ある意味それは彼の心に根付いた暗い部分の表れ、それがあるが故に強く感じる事でもあると言えるが、眩しいという言葉に付随する感情はどれも卑屈なものではない事や、仮想空間での戦闘における思考からは、その暗い部分をただ引き摺っている訳ではない、という事も伺える。また、影はイリゼに自身の義妹を彷彿とさせていた事があったが、現在もそうなのか、その場合セイツの事はどう思っているか等は、今のところ不明。

 戦闘時には、ナイフと複数の銃器を使用。更にシェアデュアライザーという装備を用いる事で戦闘能力を大きく引き上げる事も可能で、その際はスラッシュバレットと呼ばれる銃剣と、遠隔操作端末の黒切羽を用いて戦う。純粋な能力自体も高いが、影の真骨頂は複合的な戦術と先読みによって相手を誘導し、心身共に追い詰めていく事。更にシェアデュアライザーの機能で多彩な武器を使い分けて戦う事も可能で、左の義手と両脚の義足にも戦闘用の機能が搭載されているなど隙のない強さを誇るが、継戦能力には難があり、長期戦は不得手な部類。

 クールに見える影ではあるが、茜が絡むとクールを装いつつも内心煩悩が猛威を振るう。状況把握は基本的に得意ながら、所謂デリカシーというものがよく欠けている。普段は隙のない、隙を見せない彼だが、その実隙や穴は意外と多い…のかもしれない。

 

 

凍月(仙道)茜

 

 招待を受け、信次元へと訪れた一人。影とは夫婦で、仙道は旧姓。快活で明るい表情の絶えない性格は相変わらずだが、現在は母親という事もあってか、時折子を持つ母だからこそ醸し出せる雰囲気を見せる事もある。とはいえ基本的に周りとの接し方が変化している事はなく、ムードメーカーの様に振る舞う様子も見られた他、イリゼ、アイと共にアイドルユニットを結成した際は、リーダーとして二人が抜群のパフォーマンスを発揮出来るよう立ち回りつつも、自身も目一杯活動を楽しんでいた。仮想空間での最終決戦時には精神干渉によりイヴと矛を向け合う状態にまでなってしまったが、雨降って地固まるが如く、後にそれが親交を深める事にも繋がっていた。

 

 

ルナ

 

 招待を受け、信次元へと訪れた者の一人。妙なテンションになる事さえなければ常識的、それ故に個性的な面々の中では気後れや遠慮をしがちな彼女だが、イリゼに次いで面識のある相手が多いという状況な事もあり、相手問わず話し、交流し、信次元での日々を満喫していた。前回の交流の事もあってか、ズェピアに気に掛けられがちだった彼女だが、仮想世界での最終決戦では要所要所で女神を守る、目立たないが必要なサポートを行う等の支援面で着実な活躍をし、攻勢面でも連携で力を発揮するといった、集団戦での能力の高さを発揮。また、局地的な運の高さは依然として他の追随を許さず、カジノでは最終的に圧倒的な一人勝ちをしていた。

 

 

篠宮アイ/ローズハート

 

 招待を受け、信次元へと訪れた女神の一人。気楽ながらも思慮深い、飄々としているが聡いというべき少女で、その掴みどころのない性格は相変わらず。社交性の高さから多くの相手に積極的に関わり、面白そうという理由でイリゼ、茜とのアイドル活動や、仮想空間での各種イベントにも前向きだった。一方で意外と振り回される(突っ込みに回る)場面も少なからずあり、その辺りから性格はともかく思考は良識的である事が伺える。嘗て全力勝負で引き分けとなった事や、初めて会った『全く知らない別次元の女神』であるが故にイリゼから突っかかられる事が多く、アイもそれを煽りで返す事が多い為、両者はよく衝突しているが、これは『遠慮不要であるという信頼』があるこその衝突とも言える。

 

 

イヴォンヌ・ユリアンティラ

 

 招待を受け、信次元へと訪れた一人。右腕が義手の少女で、通称イヴ。信次元に招待された者達の中では、唯一『それ以前での関わり』がない立場にあり、そんな彼女が信次元へ訪れる事を希望したのは、自身が支える女神の国作りにおいて、有益な知識や経験を得られそうだと考えた為。その様な経緯である事と、アイ以外は初対面である事から、初めこそ周囲と若干距離があったが、同じ時間を過ごす内に、そして良くも悪くも濃密な経験を共にする内に周囲と打ち解け、目的とは別に楽しもう、という風にも考えが変わっていった。また、同じく殆どの相手と初対面のウィードや、同じく片腕が義手の影とは、その共通性から早期から打ち解けている節もあった。

 彼女にとっては全くの以外、想定外の事ではあったようだが、うずめ及びくろめとの交流にはかなり思うところがあった様子。特にくろめに関してはとても一言では語り切れない、言い表せない思いや感情を抱えていたらしく、くろめと話し込んだ際には感情を揺さぶられる場面も度々あった。しかし彼女とのやり取りで感情を大きく揺さぶられたのはくろめも同じであったようで、招待したイリゼの知らぬところで交流が深まった面々は多い訳だが、その際たる例がこの二人と言っても過言ではない。

 超常的な能力や性質を持たない彼女の武器は、義手含む自らが開発した装備。基本は銃器による射撃と義手の打撃によって戦い、強敵が相手の場合は全身を覆うバトルスーツを身に纏う。バトルスーツは身体能力向上に加え、飛行能力も有しており、より強力な打撃や射撃による戦闘を可能とする。そして切り札としてシェアリングフィールドという、シェアエナジーに溢れる空間を展開する機能もあり、多機能且つ高性能な装備と言えるが、(スーツケース程度まで小さくなるとはいえ)その場になければ装着出来ない、使えないという当然の短所は存在する。

 どういう訳かは全くの謎だが、仮想空間では何故かやたらとイヴに噂が付き纏った。その噂はどれもイヴにとって好意的なものながら、例外なく『可愛い』と称賛するような内容であり、その噂を聞く度にイヴは恥ずかしさで顔を赤くしていた。

 

 

カイト

 

 招待を受け、信次元へと訪れた一人。訪れた面々の中でも一二を争う前向きさ、不屈さを持つ青年で、信次元での濃密な日々も、時に驚き、時に苦笑しつつも、真正面から楽しんでいた。紆余曲折の末セイツと手合わせをする事になった際には、イリゼとの手合わせの時から更に磨きのかかった攻撃能力に加え、新たな能力も駆使し、全力でセイツに食い下がった。最終的には及ばなかったものの、イリゼ同様セイツにも心からの期待や、成長し更なる強さを掴む姿を見てみたいという思いを抱かせるに至っていた。そしてその後カイトはセイツとデート(という名の単なるお出掛け)をし、更に交流を深めた。また、カイトはポケモンやズェピアを『知っていた』為、その存在には驚いていた。

 

 

ミスミ・ワイト

 

 招待を受け、信次元へと訪れた一人。寛容さと冷静さを兼ね備えた男性で、彼なりに信次元での日々や活動を楽しみつつも、他の面々を一歩引いた位置から見守ってもいた。巨大人型兵器のパイロットとしての能力は依然として圧倒的であり、恐るべき速さでMGの操縦方法も会得。そしてその技能を仮想空間で発揮した他、最終決戦ではソフト面が未完成同然の『愛機の再現機体』を乗りこなした。その技能、指揮官としての経験、信頼のおける人間性等からイリゼはワイトを神生オデッセフィア国防軍の将官(便宜的な意味も含めての准将)として勧誘したが、当然ワイトはこれを辞退。これは彼の愛国心及び忠誠心が改めて示されたと共に、イリゼからのかなりの高評価が明らかとなった一幕であった。

 

 

グレイブ

 

 招待を受け、信次元へと訪れた一人。常識に囚われない言動と、自信に満ちた性格、何よりポケモンへの好きという気持ちに溢れる少年で、信次元への二度目の来訪でも思うままに満喫をした。イリゼからのリベンジ戦ではイリゼを認めているが故に、チャンピオンとしては大人気ない選出で再度勝利を掴むも、前回同様イリゼとるーちゃんには感嘆をしていた。彼のよく言えば柔軟性に飛んだ、悪く言えば無茶苦茶な発想は仮想空間での戦いでも大いに発揮され、ディール、エストとの協力で通常ならばあり得ない形を用いてポケモンの真価を引き出した他、最終決戦でも愛月を引っ張りながら大立ち回りを繰り広げた。また、カジノでの普段の彼らしからぬ行動は、全員を困惑させていた様子。

 

 

愛月

 

 招待を受け、信次元へと訪れた一人。若干グレイブの影響を受けている節もあるものの、基本的には年相応の心身を持つ少年。それ故に信次元での活動では様々な事に一喜一憂していた他、前回信次元を訪れた際一緒となったイリスの事を、ディールやエストとは違う形で気に掛けていた。真面目さと常識的思考からグレイブの派手さに隠れがちだが、彼のトレーナーとしての能力もまた仮想空間での戦いでは幾度となく発揮されており、アイやズェピアと意外な形での連携を見せていた。グレイブやイリス共々子供として見られる事が多く、実際まだ今は子供な愛月だが、きちんとそれを受け入れた上で思いを貫こうとする一幕もあり、そこから彼もまた強い思いを秘めているのだという事が伺える。

 

 

ピーシェ

 

 招待を受け、信次元へと訪れた女神の一人。エディン(神次元)の女神だが、アイとは別次元の女神。ピーシェ、という女神は他の女神同様複数の次元に存在するが、彼女はセイツのいた神次元のピーシェと同じように、ある程度の外見年齢まで成長している。少々冷めた、斜に構えたようにも感じられる言動を見せる事が多く、それは彼女の過去、経験に起因するものではあるが、それだけがピーシェという女神の在り方という訳ではなく、ビッキィを初め気を許している相手には、柔らかく穏やかな表情を見せる事もある。また、基本的に常識人である為、個性が非常に強い周りの面々に対しては、困惑や突っ込みの反応を見せる事もしばしば。

 人や社会に対してはやや後ろ向きな、上記の通り冷めた視点、思考を持っており、人の在り方を全面的に肯定する…よく言えば信頼の深い、悪く言えば無自覚に理想を当て嵌めているイリゼとは『思想』や『理念』という点で折り合いが悪く、過去にはかなり険悪な雰囲気となる事もあった(これはよく衝突する割には理念の食い違いにはあまりならないイリゼ・アイ間とは対照的)。とはいえ仲が悪い訳ではなく、「考え方は相容れないが、貫く思い、貫きたい気持ちへの真摯さは失わないでほしい」…と互いに思っている点においては、むしろ共通している。性格、理念共に距離の開いているように見える両者だが、寛容なようで実は結構意地っ張り…という点では似た者同士と言えるかもしれない。

 他の次元の自分と同じように、ピーシェは鉤爪及び肉弾戦での戦闘を得意とする。女神化した際は外見とは対照的に精神年齢が下がる為、高度な戦術や読み合いは不得手となるが、幼い思考からくる予想も付かない判断と、高い身体能力が組み合わさる事で、下手な策謀ならば一切意に介さず(というより策謀を認識する事すらなく)真正面から打ち砕くだけの力を発揮する。一方、人の姿の際はグローブではなくナイフを使い戦闘を行う。しかしリーチが短く、取り回しの良い武器である為、戦い方の基礎は肉弾戦と変わらない。

 別次元の『ピーシェ』という事でセイツやアイから話し掛けられる事が多かったピーシェだが、片や(基本はまともとはいえ)変態と称される事の多いセイツ、片や捉えどころのないアイという二人に対しては、振り回される事も多かった。彼女も中々突っ込み気質である。

 

 

ネプテューヌ/パープルハート

 

 招待を受け、信次元へと訪れた女神の一人。勿論信次元のネプテューヌとは別人であり、そもそもゲイムギョウ界とは全く別の世界の存在。しかし出自は違えどネプテューヌはネプテューヌとばかりにボケを連発し、周囲を引っ掻き回しながらも賑やかな雰囲気を常日頃から作っている。女神化した際の性格もやはり信次元他各次元のネプテューヌと同様で、冷静ながら情に厚く、女神化前後問わず他者と希望を信じる心は非常に強い。また、カジノでの発言でも分かる通り、面倒見の良さは信次元のネプテューヌ以上。しかしこれは、しっかり者のネプギアのみの姉である信次元のネプテューヌと、彼女からすれば手の掛かる弟の姉でもあるネプテューヌという、環境の差も関係していると思われる。

 一見すれば、そして普通に交流している限りでは殆ど感じられないが、表面的な言動とは対照的に、内面の深い部分において彼女は他のネプテューヌとは大きく違う。これは性格的な意味だけでなく、存在そのものに対しても言える事で、厳密には彼女は本来のネプテューヌではなく、『ネプテューヌ』という身体に宿った別人と称するべき存在。有り体に言えば『見た目と能力は同じで中身は違う』のであり、外部に見せない最新の部分で差異があるのは当然の事。ただ、ネプテューヌという存在に影響を受けているのか、それとも本人が意識していないだけで本質の部分も元から近しい面があるのか、イリゼを始め中身が違うと知っても尚、彼女をネプテューヌらしい、女神らしいと思う者もいる。

 (大)太刀を使う戦闘スタイルもまた、ゲイムギョウ界のネプテューヌと同じ。ただ、全く同じという訳ではなく、少なくとも信次元のネプテューヌと比較した場合、炎や電撃を太刀に纏わせ単なる斬撃に留まらない攻撃をする事もある。更に信次元のネプテューヌが持つネクストフォームとは系統の違う力も有しており、仮想空間での最終決戦ではそれも発揮。とはいえその際はプロセッサユニットを弄っていた事、仮想空間はあくまで再現、場合によってはシステム側がより処理し易い形に変更する事から、周囲から正確には認識されていなかった。

 信次元のプラネテューヌに訪れた際は、大きいネプテューヌや超次元のネプテューヌも集まり、四人のネプテューヌが一堂に会するという非常に混沌とした状況が生まれていた。その際は勿論騒ぎまくったが、意外にも真面目な話もした他、プロセッサを弄る等もしていたらしい。

 

 

ズェピア・エルトナム

 

 招待を受け、信次元へと訪れた一人。人間ではなく吸血鬼であり、死徒二十七祖第十三位、ワラキアの夜、タタリ等の名で呼ばれている。常に目を閉じており(見えてはいる模様)、芝居掛かった喋り方をする為、何やら怪しい雰囲気を感じさせる男性だが、実際には分け隔てない気遣いを常に行える、それでいて全く鼻に付く印象を与えない紳士であり、ワイト共々その立ち振る舞いは大人そのもの。紅茶には一家言あり、リーンボックスに訪れた際にはその一面を発揮していたが、拘りはあれども押し付けはしない、マニアの鏡の様な存在。だが一方で、察知した異常の性質を調べる為とはいえ女性陣を策略に嵌める(そして自爆もする)という、単なる善人とは言えない部分も確かに持つ。

 世界の終焉を観測し、魔術師や錬金術師としての力の全てを尽くしてその終焉を回避する方法を探すも見つけられず、発狂の末に人ならざる吸血鬼へと至った…というのが、彼の来歴。しかしそれは、本来の『ズェピア』の来歴であり、信次元に訪れた彼は、ズェピアの姿をした別物との事。故にその精神は本来のものとは違い、実は割と愉快な思考をしていたりもするのだが、一方で一度絶望に染まった者としての思考も確かに持ち合わせている。そんな彼は、イリゼに対する呼び方を初交流の際と変えているのだが、それは守護女神となった現在のイリゼの在り方や、イリゼや他の女神達が守り導く信次元の持つ可能性、未来の可能性に対し、思うところがあるが故…なのかもしれない。

 前述の通り彼は魔術師であり錬金術師でもある為、吸血鬼の高い能力に加えて多彩な術を駆使して戦う。…というのは間違いないが、大概の対象を解析、掌握する事の出来るエーテライト、未来の観測すら可能とする分割・拘束思考、致命傷すら軽く対処してしまう治癒能力、何よりタタリという情報さえあれば凡ゆる事情の再現がほぼ可能という能力(本質)等、極論出来ない事を探す方が難しい程の規格外的強さを持つ。ただ、前述の通り発狂の過去を持つのも事実であり、精神もまた人並外れてはいるが、女神の様な異常というべき域には一歩劣ると思われる。

 良好な性格、コミュニケーション能力を持つ彼ではあるが、どうにも胡散臭さは否めず、また本人もそれを理解しわざと(冗談として)怪しさを演出する事もある為、交流が深まった事で逆にぞんざいに扱われる場面もあった。流石の彼も、そうなるとちょっとショックな様子。

 

 

イリス

 

 招待を受け、信次元へと訪れた一人。モンスターである彼女の知識欲は変わらず旺盛で、二度目の来訪でも気になった事について片っ端から周囲へと尋ねていた。外見、精神のどちらも最も幼い為、周囲からは常に気に掛けられており、特にディールとエストからは、イリス自身が積極的に関わった(行動を共にした)事もあり、一緒にいる時間が非常に多かった。基本的に戦闘では主力となり得なかったが、モンスターである事、モンスターの声が分かる事から、イリスでなければ出来ない決着や、イリスがいなければどうにもならなかった状況の打開等、彼女ならではの活躍もしていた。相変わらず無表情な彼女だが、言動の節々から見える様子からして、信次元での日々を楽しんでいたのは間違いない。

 

 

ビッキィ・ガングニル

 

 招待を受け、信次元へと訪れた一人。ピーシェの従者であり、信次元には単に招待に応じたというだけでなく、ピーシェの付き人という役割も持って訪れた。静かで近付き難い雰囲気…と思いきや特にそんな事はなく、本人が思っている以上に感情表現が豊かである(むしろその面においては彼女より一見近付き難そうな面々も何人か訪れている)。付き人という立場である為ピーシェと行動を共にする事が多いが、ネプテューヌやグレイブと交流する場面も多く、他数名と共にイリゼをお母さん呼びして弄る事もある等、これまた本人が思っているよりも社交性が高い。また後述の通り身体能力は凄まじいが、それに反して思考はかなり常識的であり、精神面は比較的まとも。

 現在でこそ止めているとの事だが、元々は所謂暗殺者的役割も担っていたらしく、その関係で嘗てはやや影のある性格だった。…が、その頃でもやはり社交性は低くなく、食事中等気が抜けると一層感情表現が豊かになる(表情にもよく出る)辺り、裏表がなく真っ直ぐなのがピーシェの素である可能性が高い。また、遊びとはいえ仮想空間でカードゲーム勝負をした際には、ネプテューヌとは心から熱い勝負を、イリゼとはピーシェ及びネプテューヌの思いを背負っての勝負を繰り広げていた。そのような素を持ちながら先述の役割も担っていた事、戦闘においては連携含め、かなり多芸な技を持ち合わせている事からして、相当器用な人物である可能性がある。

 実はビッキィは忍者でもあり、戦闘においては徒手空拳の他、多種多様な忍術を使いこなして戦う。所謂回復や補助といった後衛的役割こそあまりしないものの、ピーシェを支える形での戦闘経験も多いのか、前衛で攻撃担当を積極的に担うは勿論、攻撃役を行いつつも、必要に応じて援護や支援も卒なくこなす事も出来る。特に忍術に関しては、火遁雷遁土遁などその場その場で使い分けて効率的に運用する事は勿論、味方と同系統の忍術を使う事で連携に役立てる場面もあった。ただ、性格的な問題か、多少突っ込みがちなきらいは感じられる。

 身体能力の高い彼女だが、特に速力は人の域を大きく変えており、走れば地面が、拭き掃除をすれば拭く対象が焦げ付く程。その速度をフルに活用したテーブル拭きは圧巻の一言ではあるが、布巾やテーブルが無事かどうかは定かではない。

 

 

ビッキィ

 

 別次元よりボロボロの状態で迷い込んできた幼い少女。両腕が異形のものとなっており、初めは彼女を保護したイリゼやセイツ達を警戒していたが、優しさに触れた事で少しずつ心を開いていき、年相応の無邪気な姿を見せるようになっていった。イリゼ達と暮らす中で少しずつ成長し、異形の腕も本来の外見に戻せるようになったビッキィは学校にも通うようになり、見違える程元気となったが、心身共に成長したが故の、そしてある種自立への一歩とも言える思いから危険を冒し、叱られる事もあった。だがそれすらも糧とした、イリゼの親子間の理解を深める事となった末に、ビッキィは生みの親を探す旅に出る事を決意。そんな彼女を家族や友達は、再会を約束して見送るのだった。

……というのは、仮想世界形成装置にて形成された仮想空間、そのシミュレーション内での出来事。その為当然上記のビッキィ・ガングニルとは別人であり、全くの無関係。ただ、イリゼはそれを「どこかには本当にあるのかもね」と、柔らかな表情と共に捉えていた。



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技(スキル)集&機体解説

技(スキル)集

 

セイツ

 

真巓解放・信頼

 連結剣に巨大な刀剣状となったシェアエナジーを纏わせ、圧縮シェアエナジーの爆発による加速を乗せて振り抜く技。イリゼの『天舞参式・睡蓮』と対の技であり、長所や使いどころも基本的には同じだが、睡蓮とは連結剣(主武器)が芯になっている点、圧縮シェアエナジーを刀身の外からではなく、刀身の峰側に組み込んだ上で解放している点で異なる。分割(双剣)状態の連結剣で発動する事も出来るが、サイズや重量的に片手で振るのは厳しい事、小回りが全く効かない技で片手を開けても有効には機能しない事から、連結状態での使用が基本となる。

(使い手から一言)「繊細に、淑やかに…されど時には雄大且つ盛大に咲くのが花というもの。得物を芯にしてるからこそ、振った後に即解除して得物での追撃に繋がるような事も出来るわ」

 

真巓解放・貞淑

 プロセッサ各部のカートリッジに装填された圧縮シェアエナジーを一斉解放し、更に連結剣自体にも同様の加速を掛ける事で行う、超高速斬撃技。イリゼの『天舞陸式・皐月』と対の技であり、上記の信頼と同じく、長所や使いどころも共通している。基本的にセイツの圧縮シェアエナジー解放はカートリッジ方式で行うが、連結剣にはカートリッジがない関係で、イリゼと同様空中にシェアエナジーを展開し行う。また、イリゼも出来る事だが、圧縮シェアエナジーを突進や斬撃とは違う向きで行う事により、強引な軌道変更を行う事も出来る。

(使い手から一言)「駆け抜けた跡に散るシェアエナジーの光は、風に舞う花弁の様に。イリゼと対の技を同時するのは勿論素敵だけど、そこにルナまで加わった時は…興奮しない筈がないってものよ!」

 

 

ディール

 

氷爆天星(仮)

 分裂の術式を組み込んだ氷塊を放つ魔法。氷塊は精製時に設定したタイミング、或いはトリガー用の魔法を当てる事によって分裂し、続けて元通りの状態に戻る(分裂した破片が中心に向かって殺到する)事により、分裂範囲の内側にいる対象を攻撃しつつ封じ込める。個々の威力は決して高くないが、タイミング次第で全方位からの攻撃が出来、同時に封じ込められる為、拘束の為の技としても機能する。原理や使用方法こそ違うものの、一度分裂した後集合し攻撃を行う、相手の意表を突けるという性質は、ルナのクレッセント・リフレイクを参考にしている。

(使い手から一言)「単体で使うより、他の攻撃とか味方の動きとかと組み合わせる事で強みを発揮する魔法…って感じかな。合図の魔法は本人じゃなくても出せるし、そういう意味でも連携向きかも」

 

 

エスト

 

治癒魔法(名称不明)

 対象に直接触れる事によって行う治癒魔法。直接触れる必要がある事から超至近距離でなければ使用出来ず、治癒能力もあまり高くはなく、更に直接触れる性質上、全身にダメージを負っている場合はどうしても相手に強い痛みを感じさせてしまう等、回復面を見ると決して優秀とは言えない…が、その分非常に燃費が良く、元から魔法に長けるエストにとってはほぼ負担なしで使う事が出来る。負担を気にしなくて良いというのつまり、他の魔法の準備や使用と並行しての発動も容易という事であり、そのような観点からは使い勝手の良い魔法とも言える。

(使い手から一言)「技術的には別に凄くない、っていうか初歩的なタイプの治癒魔法だけど、要は使い所次第って事よ。…たっちするよ?…うん、まぁ…今もその名前で使うのは、流石に…ねぇ?」

 

 

凍月影

 

Origin Heart Arms drive singllized

 対象とした女神の力を限定的に再現するシェアデュアライザー、その機能を用いた再現の内、イリゼ(オリジンハート)の力を引き出したもの。イリゼの得意とする、多数の武器を次々と切り替え使い分ける戦法を発揮する事が出来、影の卓越した先読み能力と状況分析能力が組み合わさる事で、イリゼ以上にその時々の状況や、相手の得手不得手に合わせた攻防が可能となる。但し、そもそも影とイリゼの戦い方は似ているようでその実対極である為、純粋に力を重ねて強化するという形ではなく、それこそイリゼが如く戦い方を「切り替える」形での使用が必要。

(使い手から一言)「これは技、というか形態だが…まあ、いいか。正直、他のフォームより使い勝手は悪いが、隠し球としては悪くない。……読めない?それは…俺に言われても困る」

 

 

ルナ

 

月光一閃

 月光剣を構えた状態で力を溜め、爆発的な加速を用いて接近すると共に斬撃を放つ技。単発の近距離技という、ルナの中では比較的珍しい技であり、加速を乗せた一撃は十分な威力を持つ。更にこの技の精度と速度は比例しており、即応的に使うのではなく、しっかりと溜める事で真価を発揮する技とも言える。原理や使用する力こそ違えど、その性質はイリゼの皐月やセイツの貞淑と近く、それ故に相性も良い。ただ、皐月や貞淑の攻撃そのものは純粋な斬撃なのに対し、月光一閃はその斬撃に『月』という属性を有している。

(使い手から一言)「月光…一閃!…って感じに放つ技だよ。イリゼとセイツさんに合わせて使う時は緊張したなぁ。……え、月ってどんな属性かって?月は、月だよ?」

 

転換移行(トランスコンバート)

 触れた対象からのシェアエナジー吸収及び、同じく触れた対象へのシェアエナジー供給を行う技。シェアエナジー(シェアエネルギーと呼ぶ次元もある)に限定されてはいるが、吸収、供給共に対象を問わず使用出来、吸収と供給のどちらかのみを使用する事も出来る。その性質上、女神にシェアエナジーを送る、別の女神からシェアエナジーを受け渡す、といった味方のサポートにて使われるのが基本となるが、シェアエナジーを奪う事で対象を弱体化させる事も出来る。但し触れる必要がある事、一度自分に取り込む事から、不用意に狙うのは危険とも言える。

(使い手から一言)「これは、月光剣が…相棒がいなければ使えない技。相棒と一緒だから出来る技。シェアエネルギーを渡す事で、皆を支える…それも戦い方の一つだよね」

 

 

篠宮アイ

 

カーディナル・アスター

 シェアエナジーを砲弾上に凝縮させ、蹴り放つ事で打ち出す技。紅の砲弾はそれそのものの直撃と、爆裂による爆風とで二重のダメージを狙う事が出来る(徹甲弾と榴弾の機能を併せ持つようなもの)。蹴り放つ性質上、砲弾を直接飛ばすよりも一手間増えてしまう事は欠点と言えるが、逆に女神の脚力…それも蹴りを戦闘の主体とするアイの力で打ち出される事により、砲弾は爆発的な速度を得る事が出来る為、単なる短所という訳ではない。加えてアイの場合、蹴りなら軌道や回転に調整を加える事も容易であり、むしろ蹴りこそ効率的な射出方法とも言える。

(使い手から一言)「別に長々説明する程の事でもねーと思うんだがな。シェアエナジーの砲弾を蹴り放つ。そんだけの単純な技だし、単純だから細かい調整も状況を問わない使い方も出来るってこった」

 

 

カイト

 

ミスティック・ドライブ

 極限まで精神を研ぎ澄まし、静かな…それでいて爆発的な集中の極致に至る技。ミスティック・ドライブを発動した状態では、炎の様に勢いのある士気(高揚感)と冷静な思考が共存し、それによって炎の出力も制御の精度も向上する。加えてこの状態では冷静な思考…即ち積極的ながらも落ち着いた心が保たれている為、相手の動きを正確に把握し、そこから適切な回避や行動に繋げる事も出来る。謂わば自身の最高、ベストコンディションを引き出す技であると共に、あくまでこれ自体は何の力もない、最高の状態を解き放つ為のスイッチであるとも呼べる技。

(使い手から一言)「力任せに戦うんじゃない、自分の中の勢いを殺して思考に従う訳でもない…どっちかじゃなくてどっちも、全部を最高の状態で引き出し合わせる。それが、ミスティック・ドライブだ」

 

 

ネプテューヌ

 

ブレイズブレイド

 刀身へシェアエナジーを用いた炎を纏わせる技。炎を纏う事により、炎熱の性質を付与させる事は勿論、揺らめく炎によって攻撃範囲を広げる事が出来る他、放出する事により中距離以上の攻撃に使用する事も出来る。加えて炎熱の性質を持つ一方で単なる炎ではない為、通常よりも鎮火させられ辛く、相手や状況を問わない行使が可能。とはいえネプテューヌは他の性質を刀身に付与させる事も出来る為、適宜使い分ける行使が基本となる。また、火力は溜めた力に左右される事と、元々素の斬撃でも十分な威力がある事から、十分に溜めての使用が基本となる。

(使い手から一言)「属性剣、魔法剣は刀剣使いの定番でしょう?特に炎は主人公、メインキャラ御用達の属性。つまり自分にぴったりな技って事よ。…まぁ、他の属性の斬撃も普通に出来るんだけど」

 

 

ズェピア・エルトナム

 

ブラックバンテージ

 傷や怪我を保護すると共に治癒を行う包帯を精製する技…というより、その包帯の名称。単なる医療器具に留まらず、怪我した部分の固定にも使用可能な他、十分な強度と柔軟性も有している為、傷を癒やしながらの戦闘継続を実現する事が出来る。但し、激しく動いても剥がれないようにする関係上包帯の締め付けは強く、使用中は常に痛みを伴う。加えて治癒速度も決して速い訳ではない為に、回復より戦闘継続(復帰)を重視しているとも言える(即席で作り上げた術式の結果でもある為、きちんと構築し直せば、デメリットが改善される可能性もある)。

(使い手から一言)「じっとしていられない、皆の力になりたいという思いに応える一品…といったところかな。信次元には同じく治癒魔法を包帯の形で発生させる少女もいるんだとか、少し気になるものだね」

 

偽・黒い銃身(イミテーション・ブラックバレル)

 真エーテルによって活動する存在であれば、如何なる性質や防御があろうとそれを無視して傷付けられる兵装…を、仮想空間内で出来る範囲で再現した物(術)。本来の性能での再現は仮想空間内では不可能且つ、仮に完全再現出来たとしても違う法則の世界では考えた通りの性能が発揮されるか分からないという状況であった為、単なる超威力兵装にまで劣化しているが、それでも強力。更に、影の黒切羽に組み込む形で形成している為、厳密には単体で成立している術ではなく、黒切羽に付与された機能の一つと言うべきもの。

(使い手から一言)「まさかこれまで持ち出す事になるとは、ね。因みにこれはオリジナルではなく、レプリカ版をベースにしているよ。今回の目的には、レプリカの方が性能的に合致しそうなものだからね」

 

 

山激(グレイブ)/塞牙(愛月)

 

メガ・ダイロック/メガ・ダイスチル

 ポケモンが外部からの力を受けて発揮する幾つかの能力の内、メガシンカとダイマックスの力を重ね合わせた『メガマックス』状態で山激と塞牙が放つ、全力の技。それぞれ岩タイプ、鋼タイプという性質を持つが、それだけでなく、メガシンカとダイマックスのエネルギーも限界まで込められており、単純な打撃でありながら、規格外の破壊力を持つ。因みにダイロック、ダイスチルという(ダイマックスポケモンにとっては)通常の技もあり、名称こそここから取られていると思われるが、技の内容としてはどちらも大きく異なる。

(使い手から一言)

「使い手から〜って事だが、山激と塞牙に喋ってもらっても伝わらねーし、代わりに俺達が話すとするか。いやぁ、やっぱやってみるもんだな。メガマックスもそうだが、滅茶苦茶爽快だったぜ」

「発想が滅茶苦茶過ぎて、僕はほんとびっくりしたけどね…。だけど、これに関してはグレイブが正しいのかも。無理とか出来ないとかを、ポケモンの可能性を、トレーナーが否定なんかしちゃいけないよね」

 

 

ユニゾンライズ・ヴィートクロス

使用者・イリゼ、エスト

 

 イリゼは圧縮シェアエナジーによる多数の武器を、エストは多様な魔法を飛び回りながら放った後、イリゼが突撃からの連続攻撃を行い、イリゼの離脱と共にエストが精製した巨大剣で突貫を仕掛ける合体技。離脱したイリゼがエストと合流し、巨大剣にシェアエナジーを流し込みつつ自身も剣を押し込む事により、更に威力を向上させる事も可能。魔法で精製した刃ではなく各種魔法を放っているという点こそ違うものの、端的に言えばイリゼとエストで行う『ユニゾンライズ・ペイルクロス』であり、その為に長所や短所も共通している。ただ、それはあくまで行動面の話であり、連携の性質としては、イリゼとエストらしく、協力しつつも互いに競い合い、その力を認め合う…という心の動きが強い。

(使い手達から一言)

「わたしとイリゼおねーさんの連携だから、ペイルじゃなくてヴィートクロスよ。…っていうか…もしかしてこれ、コラボ用の技名かしら?だとしたら、ここまで来て漸く二つ目っていうのは……」

「ちょっ、そ、そんなとこ突っ込まなくていいから!そこは普通に、そこそこ長い付き合いなのにそういえば連携技なかったね…みたいな話をしようよ!?…エストちゃんの指摘の否定はしないけどさ…!」

 

 

アンセンドブル・ペイルクロス

使用者・セイツ、ディール

 

 セイツは圧縮シェアエナジー弾頭による遠隔攻撃を、ディールが魔法による多数の刃を飛び回りながら放った後、セイツが突撃からの連続攻撃を行い、セイツの離脱と共にディールが精製した巨大剣で突進を仕掛ける合体技。離脱したセイツがディールと合流し、巨大剣にシェアエナジーを流し込みつつ自身も剣を押し込む事ににより、更に威力を向上させる事も可能。こちらは謂わば、セイツとディールで行う『ユニゾンライズ・ヴィートクロス』。ペイルクロス及びヴィートクロスがそれぞれ酷似しているのは、ディールとエストは双子で、セイツとイリゼも『女神としての力や性質』が通常の姉妹以上に近しく、それ故どの組み合わせも『グリモアシスター』と『原初の女神が創りし女神』となる為。

(使い手達から一言)

「連携する相手が違うのに、おんなじような感覚で出来る…っていうのは、少し不思議ですね。…ひょっとして、エスちゃんとセイツさんでやるアンセンドブルも…?」

「えぇ、その内それも披露したいわね。因みにこれは、わたしとディールちゃん…つまり妹のいる次女同士の連携でもあるの、気付いてる?ふふふっ、姉妹共々これを機にもっと合流を深めたいわ…!」

 

 

緋影双撃・閃紅十文字

使用者・凍月影、凍月茜

 

 背後へ構えられた茜の大剣の上に影が乗り、茜が振り抜くのに合わせて影が跳躍し、上からは影が、正面からは突撃を仕掛けた茜が攻撃を放つ事により、相手の後方で交差する十字の斬撃を刻む合体技。影は茜の力も借りて鋭い跳躍を掛ける事により視線を自身へと誘導し、一撃は重いが大振りな茜の斬撃をサポートしている。とはいえ、二人の能力からすれば、わざわざ一手間掛けて茜が影を跳躍させる必要はない。にも関わらず行うのは、分かり易く『連携技を行う』と示す事で相手に身構えさせ、視線だけでなく思考も『連携への対処』へと誘導する事で、影は分析能力、茜は把握能力を用いてその対処の隙や裏を突くのが目的…即ち、跳躍の強化ではなく思考の誘導こそが真の狙いである。

(使い手達から一言)

「えー君えー君、お蔵入りだった私達のコンビネーションをまさかの形でお披露目する事が出来たね!因みに分かってる人もいると思うけど、私とぜーちゃんの緋天双撃・閃紅十文字の元になったのがこれだよ!」

「確かに、まさかの形ではあるな。…緋天双撃は茜とイリゼの高い能力で相手の対応を超えて直撃させるが、こっちはそもそも対応をさせずに直撃させる。どっちがいいかは…まあ、相手と状況次第だな」

 

 

反転紅橙・百撃穿荊

使用者・凍月茜、イヴォンヌ・ユリアンティラ

 

 茜は遠近それぞれの斬撃や刺突を、イヴは光実織り混ぜた射撃を次々と放ち、連撃を重ねていく合体技。はっきりした流れの形がある訳ではないが、茜の大剣の柄にイヴが義手を重ね、二人掛かりで斬撃を叩き込む事を最後の一撃とする場合が多い。この合体技の真髄は、茜は自身の把握能力、イヴはバトルスーツの各種センサーやレーダー等を用いたデータ収集と解析を用いる事により得た『情報』を下に、最適な位置へ連撃を当てる、当て続けられる点にある。これは相手に対しては勿論、互いの動きを把握し隙のない連携を成立させる事にも一役買っている…が、情報はあくまで情報。そこから得られた最適解を実現させているのは、二人の高い技量や卓越した動きに他ならない。

(使い手達から一言)

「百歩穿楊ならぬ、百撃穿荊…ってね。えー君も推理推測で色々分析したり、義眼にそれ手伝ってもらったりしてるけど…ゆりちゃんの分析と合わせるのは新鮮だったなぁ。やっぱり息が合うのは気持ち良いね」

「寸分の狂いなく全弾叩き込む最中に、息が合うのは気持ち良いなんて考える余裕は私にはないわ…。…けど、そうね。全力で茜と合わせて攻撃を積み重ねるのは、嫌な気分じゃなかったわ」

 

 

キョクダイ豪炎球

使用者・カイト、バックス(愛月)

 

 ブレイズキックを重ねる事で火力を増した火炎ボール(どちらも炎タイプの性質を持つ)へミスティック・ドライブ発動中のカイトが最大火力の炎の斬撃を叩き込む事により、回転する火炎ボールに炎を吸収させ、巨大を超えた極大の炎弾を放つ合体技。双方の全力の炎が合わさる事で、炎は近付くだけでも燃やし焦がすだけの熱量となり、その巨大さで対象を覆い、焼き尽くす。炎が重なるには若干ながら時間が掛かり、更に炎弾の速度自体はそこまで速い訳ではない為、素早く動き回る相手には向かないが、逆に鈍重な相手や、受け止めようとする相手には絶大な効果を発揮する。更に巨大な炎が迫っていくという性質上、生半可な迎撃であれば炎弾は容易に飲み込みそのまま突き進む。

(使い手達から一言)

「バックスの炎とカイトさんの炎を合わせれば、それぞれの炎よりもっとずっと凄い火炎になると思ったけど、まさここまでなるなんて…。…うん、やっぱりキョダイカキュウを超えるキョクダイ豪炎球だよっ!」

「巨大を超えた極大、火球を超えた豪炎球…その技は知らないが、名前負けしてない火力だって俺は思ってるぜ。…けど折角だし、大剣で火炎ボールを打ってみるのも面白かったかもな…」

 

 

ぽかぼかフレンドタタリZ

使用者・ドッペル(愛月)、ズェピア

 

 自身の本質でもある『タタリ』によって作り上げた暗い森の中へとドッペルが入り込み、同じく森によって包まれた相手に対して『何か』を行う合体技。対象を包み、ドッペルが入り込んだ森が消えた時、そこに残っているのはドッペルだけであり、相手の姿は跡形も無く消えている。非常に謎の多い技であり、森の中で起きた事、恐らくドッペルが行った事は何か砕ける音がする以外は愛月やズェピアからしても全くの不明。何か分からない事が起き、相手がいなくなっているという、結果だけ見ると最強にも思える技だが、ズェピア曰く森はドッペルが『全力』を出せる場を用意しているだけに過ぎないらしい為、森の破壊や脱出によって、何か起こる前に回避する事は少なくとも可能と思われる。

(使い手達から一言)

「ドッペルにはぽかぼかフレンドタイムっていう技があってね、ズェピアさんの力でそれを引き出せるようにしてもらったんだけど…ほんとこれ、元の技でも言える事だけど、何が起きてるんだろう……」

「単に引き出せるようにしただけじゃなく、私なりにサポートもしてはいるが…正直、それについてだけは私も本当に分からない。…多分、安直に調べようとはしない方が良いんだろう…」

 

 

デュアラ・ブルブレイ・クロー

使用者・ピーシェ、ビッキィ・ガングニル

 

 共に超近距離戦を得意とするピーシェとビッキィが、空中と地上からヒットアンドアウェイを主軸とした高速連撃連携を行い、その末にビッキィの放つ鎖鎌で相手を拘束した後前後から二人が斬り裂く合体技。この技の使用時はビッキィも鉤爪を装備する。普段から上司と部下という関係で交流を重ねている二人だけあり、連携の練度は非常に高く、その状態で双方高速で動き回る為に、相手からすれば反撃はおろかまともな防御すらもままならない。攻撃の性質上、相手が素早い場合でも有効な反転、重装甲の相手には効き辛い…ものの全く効かない訳ではなく、その場合でも装甲の隙間の様な脆い場所を縫うように狙う事で、十分なダメージを与える事が出来る。

(使い手達から一言)

「こんな形でビッキィとの技をする機会があるとは思っていませんでした。……改めて考えると、女神より女神の動きに喰らい付けるビッキィの方が特異な存在なんじゃ…」

「ピーシェ様との連携技…ちょっとこそばゆいですね。でも、こういう事が出来るのも光栄で…へ?わたしの方が特異?ふふ、わたしも鍛えてますからねっ!…え、そういう事じゃない…?」

 

 

ラビット・ラピッド・ラディアント

使用者・イリゼ、ディール、エスト

 

 イリゼは近接戦を主体とする女神の身体能力と技術をフル活用する事で、ディールとエストは女神の身体能力に加えて魔法での強化を行う事で、三人同時に全力の蹴撃を叩き込む合体技。早い話が「三人同時の踵落とし」であり、攻撃としてはそれ以上でもそれ以下でもないが、ほぼ同時に三ヶ所へ強力な打撃を打ち込む性質上、全てを防御し切るのは難しく、強固な防御を誇る相手に対しても、三人が叩き込む位置を調整する事により、衝撃を交差させて突き崩すという芸当も可能。じっくりと練られた技ではなく、その場の勢い(思い付き)で生まれた技に過ぎないが、単純な内容とはいえきちんと連携技として成立しているのは、三人の付き合いの長さがあってこそとも言える。

(使い手達から一言)

「完全に即興でやった連携だけど、思ったより上手くいったよね。バニーガールの格好をしたのもそうだし、エストちゃんは勿論、ディールちゃんもなんだかんだノリが良いよねぇ」

「そりゃそうよ。今も昔も大人しいタイプとはいえ、昔はディーちゃんもわたしと一緒に散々悪戯をしてきたんだから。…にしても、この二人とバニーガールの格好で飛んだり跳ねたりするのは…ちょっと辛い…」

「エスちゃん…?…まぁ、ノるのはそんなに嫌いじゃないので、良いですけど…割と安直な技名ですよね。響きはいいので、ついついわたしも言っちゃいましたけど…」

 

 

真巓解放・信頼・交凛雪華

使用者・セイツ、ディール、エスト

 

 分割(双剣)状態の連結剣それぞれでセイツが真巓解放・信頼を発動し、そこにディールとエストが氷を纏わせる事で二振りの巨大氷剣とする合体技。氷剣は信頼を単純に強化するだけでなく、対象を斬り裂いた後に炸裂する(無数の氷の刃となった拡散する)事により、対象への内側からの追撃や、周囲への追加攻撃をする事も可能。これは氷剣側に術式として組み込まれているだけでなく、セイツの側でも圧縮シェアエナジーの解放を行っている為、炸裂のみでもかなりの威力を持つ。因みに信頼を分割状態で行うという珍しい技でもあり、対多数、対大型への効果は非常に高いが、対単体、対小型へは有効に活かし辛いという、信頼が元から持つ得手不得手が一層はっきりしている技でもある。

(使い手達から一言)

「わたしの真巓解放・信頼を強化させる方向での連携技よ。…やっぱり、二人共流石ね。サポートでの察しの良さも魔法の精度も、心強いなんてものじゃないわ」

「ま、当然ね。魔法の精度は言うまでもないし、わたしもディーちゃんも前衛の経験をそれなりに積んだ今だからこそ、前で戦う仲間の考えや求めている事が前より分かる…そういう部分は確かにあるわ」

「とはいえ、前衛の味方がちゃんと動けないと、サポートするっていうか庇う形になっちゃいますし…セイツさんこそ、信頼のおける仲間だってわたしは思います」

 

 

炎天雷光絶氷境界

使用者・ディール、エスト、氷淵(グレイブ)

 

 女神と魔導の力を受け取った事により新たな姿、グリモアキュレムG(グレイ)S(スノー)となった氷淵が放つ、炎、雷、そして氷の力を併せ持つ合体技。その為厳密には、これは直接的な合体技ではなく、二人から力を受け取った氷淵が行う、間接的な合体技と言うべきもの。燃やし、貫き、凍て付かせる…それ等が順にではなく完全に同時に巻き起こるという、通常ならばあり得ない現象を起こすその力は膨大な光となって突き進み、対象を飲み込む。この技は元から炎と雷それぞれのフォルムを持つ氷淵が、魔法による制御を全力で行うディールとエストのサポートを受けて漸く成立する程高度且つギリギリの均衡で保たれており、僅かでも狂いがあれば暴発し自爆に繋がるという側面も持つ。

(使い手達から一言)

「この技、強いのは間違いないし、わたし達の力の全てが融合した光は綺麗でもあるんだけど、ただでさえ力を送るだけでも大変なのに、更に凄い体力と持っていかれるというか…ほんと、無茶な要求だった……」

「いやぁ、悪い悪い。大変なんだろうなぁとは俺も思ってたし、そういう負担に関して俺は何も出来ないから、少し申し訳ないとも思ったが…だからって氷淵に手を抜いてやれって言うのも、二人に失礼だろ?」

「言ってくれるわね。まあ実際、無茶な要求されるよりも、気を遣われて手を抜かれる方がわたしは嫌だけど。にしてもほんと…意外な親和性だったわよね、わたし達と氷淵って…」

 

 

デュアライド・デルタスラッシュ

使用者・ミスミ・ワイト、ネプテューヌ、イリス

 

 飛翔する三連斬撃がデルタの形を描くネプテューヌの『デルタスラッシュ』の軌跡へ重ねる形で、ワイトは機体の近接格闘武装を、イリスは刃の形へ変化させた自身の腕を振り抜き斬り裂く合体技。基本的にワイトが二本の近接格闘武装を両腕部で用いる事で、二つ目のデルタを作り出す。ネプテューヌの斬撃(デルタスラッシュ)は防御の突破や対象に傷を刻む事を目的とし、ワイトとイリスの斬撃が本命への攻撃や傷への追撃を行うという、はっきりと二つの行程に分かれている技であり、攻撃範囲や威力の最高値で押し込む類いのものではないが、その分『溜め』に多くの時間を必要とはしない技でもある為、本命の攻撃としても、布石や本命への繋ぎとして使う事も出来る柔軟性のある技と言える。

(使い手達から一言)

「女神、ロボット、モンスター…色んな合体技があるけど、その中でもこれはかなり多様性に富んでると思うわ。誰とでも、何とでも手を取り合える証明の技…とまで考えてやった訳じゃないけどね」

「まあ、多様性を前提に組む技…というのも妙なものですからね。とはいえ、これは良い技だと思います。派手な爆発を起こす事や、縦横無尽に動き回る事だけが連携攻撃の意義ではありませんから」

「ネプテューヌは凄い。ワイトも凄い。だから、イリスも頑張った。頑張って、えいやーとした。…イリス、二人の力になれた?なれたなら…それはとても、嬉しい」

 

 

エクストリーム・ハーツ ver.AE

使用者・イリゼ、ディール、エスト、ピーシェ、ネプテューヌ

 

 ディールとエストが放つ魔力の光芒と、イリゼ、ピーシェ、ネプテューヌが得物での斬撃を皮切りに、種類問わず全員が持てる限りの攻撃を行い(その際ディールとエストは魔法の付与というサポートも行う)、その果てに五人同時の全力攻撃で以って締め括る合体技。女神五人の連携なだけあり、威力も勢いも凄まじく、更に攻撃の種類も多種多様である為、相手を問わない強さを誇る。一方で五人という人数で次々と攻撃を仕掛ける関係上、味方に当たる危険性も非常に高く、個々の能力も連携としての信頼も、どちらも一級のものでなければ成立しない。また、内容は大きく違うものの、女神五人の連携という事で『フルティミックハーツ』が参考にされた節があり、名前からもそれが感じられる。

(使い手達から一言)

「重なり合う女神の力、闇を斬り裂き未来を照らす思いの光、それが形となった存在の一つがエクストリーム・ハーツ。…誇張じゃなく、私は本気でそう思っているよ。皆となら、そう思える」

「イリゼおねーさんらしいわね。…ま、否定はしないし、おねーさんのそういうところはほんと好きよ。それに実際、この技が強いのは…わたし達が目一杯力を重ね合わせたのは本当だもの、ね」

「そうですね。そこまで言えるだけの強さがこの技にあるのは、間違いのない事実です。…ところで、何やら気になる文字が技の後に付いているように見えるんですけど……」

「この技の真髄は、女神が力を合わせる事、同じ思いを胸に貫く事だから、決まり切った一つの形がある訳じゃない…って事かもしれないわね。そういうの、素敵でしょ?」

「確かに、そうかもしれないですね。でも、別に違う名前にしてもいいのに、あるかどうかも分からない別パターンを想定した名前になってる理由は…気にしない方が良いのかな…?」

 

 

クロスレンジ・オブ・ブライズレット

使用者・篠宮アイ、獄炎(グレイブ)、バックス(愛月)、ビッキィ・ガングニル

 

 拳による攻撃を得意とするビッキィと獄炎、足技による攻撃を得意とするアイとバックスによる、乱舞が如き打撃の嵐を叩き込む合体技。決まった形はなく、相手やその動きに応じて全員が入れ替わり立ち替わり攻撃し続ける事で相手を追い詰めていく。基本的にビッキィと獄炎は拳を、アイとバックスは蹴りを主体に仕掛けるがその限りではなく、自身の得意な攻撃に囚われない事もまたこの連携の強み。更にその対応力は反撃を誘導し、逸らし、躱して次の攻撃に、自身のではなく仲間の攻撃に繋げる面でも発揮されており、その点もあってこれは一つの『技』というよりも、一気に畳み掛ける為の『コンビネーション』と表現する方が適切と言える。

(使い手達から一言)

「大人数だから、って言えばそれまでだが、打撃主体のメンバーがこうも集まる、ってのも大したもんだよな。…まあ、全員打撃以外の攻撃手段もそこそこあるっちゃあるが」

「バックスとアイさんでキックのコンボ、獄炎とビッキィでパンチのコンボ…だよね。手持ち次第になるけど、他の子達が参加する事も出来たのかも」

「それを言うならピーシェ様も結構打撃をするし、もっと別の形の合体技を作る事も出来ただろうね。けど、このメンバーで上手くいったって事は、それが正解なんじゃない?」

「そーそー、上手くいったんだからそれで良いってな。てかほんと、拳と蹴りだけでどんどんダメージを刻んでいくのにゃ燃える部分があるっつーか…ぶっちゃけ俺も参加したかったぜ」

 

 

双王氷帝雷炎

使用者・ディール、エスト、ルナ、カイト、氷淵(グレイブ)

 

 強大な火炎と雷電を重ね合わせた『雷炎』、それをルナとカイト、ディールとエストが力を貸した氷淵(グリモアキュレムGS)のそれぞれが作り出し、更にディールとエストが幾層もの氷結界で相手を包んで二つの雷炎の力を逃す事なく浴びせ続ける合体技。その内容から分かる通り、ディール、ルナ、カイトの合体技である『マテリアライズ・エボリュート』の拡大技であり、威力は当然それを上回る。炎と雷を重ね合わせ、氷結界で包む…完全に偶然ながら、これはグリモアキュレムGSの性質とぴったりな技でもあったが為に生まれたという経緯を持ち、ルナとカイトの雷炎は青い雷電と赤い炎で紫となったのに対し、グリモアキュレムのそれはディールとエストの存在もあり白い輝きを放っている。

(使い手達から一言)

「久し振りにやった連携だが、ルナもディールもあれから更に強くなってるんだ…って事を感じたよ。しかもそこに、エストと氷淵まで加わったんだから…そりゃ、あの時以上に凄まじい技になるよな」

「俺は無茶苦茶だってよく言われるが、カイト達こそ中々に無茶苦茶な技を編み出してるよな。この技もそうだったが、三人の時も皆がおまけの一撃を放ったんだろ?その場に俺もいたかったぜ」

「次々攻撃を仕掛けてく連携も凄いなぁって思うけど、こうやって力を…融合?…させるのも、どうだっ、って気持ちになるよね。…ところでディール達はこれ、負担大丈夫…?」

「まあ、わたし達は氷淵に力を送りつつ氷結界も作ってるから、実質負担が倍なのよね。だから大変といえば大変だけど…最強のわたし達としては、やり切ってみせるの一択って感じ?」

「いやそんな、そうよね?…って顔で見られても…。…大変なのは本当にそうですけど、遠慮しなくていいですからね?皆さんの全力は…わたしとエスちゃんが、全身全霊で受け止めてみせますから」

 

 

 

 

機体解説

 

OMG-01(A/S)【マエリルハ】

 

所属・神生オデッセフィア国防軍

設計開発・神生オデッセフィア国防軍/神生オデッセフィア企業組合

生産形態・量産型

生産仕様・A型(一般機)、S型(指揮官機)

動力・GOB-O-NG4 バーストエンジン×1

主推進器・脚部中型スラスター×2

武装

OGD-P02 携行荷電粒子機関砲/荷電粒子長砲(ビームマシンガン/ロングビームライフル)×1

OGN-P01 携行荷電粒子収束剣(ビームサーベル)×2

OGS-01 中型シールド×1

特殊機構

可変機構

視線誘導式マルチロックオンシステム

ユニットパック換装システム

 

 神生オデッセフィア国防軍MG部隊の主力量産機。メインカラーはイエローを主体にホワイトをあしらったものであり、それは国色でもある。土地や街はともかく、軍事に関しては完全なゼロから立ち上げる必要のあった神生オデッセフィアにとって、MG(とそれを運用する艦船)の開発は急務であり、神生オデッセフィアに求められる各要素を盛り込んで開発されたのが本機。この機体最大の特徴は装備の換装システム及び簡易変形システムであり、それぞれラステイションとプラネテューヌのMGを連想させるが、装備の換装は全身の装甲すら変えるラステイション製と違い背部(バックパック)を主にしている点で、変形は『簡易』の文字通りプラネテューヌ製より単純化されている点で差異が存在する。簡素化、というと一見性能が落ちているようにも思える(その一面もなくはない)が、整備性では一歩長けるという長所を持つ。

 ユニットパック(特にキエルバユニット)の装備を前提にしている本機は素の状態だと比較的軽量であり、火力も装甲も目を見張る部分はないが、反面機動性に長け、軽快な運動性を発揮する。これは実際の機体の動きだけでなく、パイロットにとっても機体が思ったように動く、挙動を感覚的に理解し易いという利点にも繋がっており、パイロットの平均練度の面でも他国には劣る神生オデッセフィア国防軍にとって、この利点は非常に大きい。その上で各ユニットを使いこなせば高いポテンシャルを発揮出来る為、本機は決して新兵の為だけの機体ではない。

 上記の二要素に加えて、本体の武装や推進器を兼ねる無人機を装備するという点ではリーンボックスのMGと通ずる部分があり、国の背景から手探りで開発が進められたという点ではルウィーのMGとも通ずる部分があるが故に、本機は信次元の四ヶ国それぞれから影響を受けていると見る者もいる。現在信次元では国家間組織である信国連(信次元国家間連携機構)としてMGを始めとする兵器の開発も行われており、そこでも各国の技術やノウハウを結集した研究が行われているが、それ等と本機とは、当然似て非なる存在と言える。

 

GOB-O-NG04 バーストエンジン

 胴体部に搭載される動力機関。有人機でありながら各国で主流となりつつある魔光動力炉ではなく通常の動力炉を採用しているのは、現段階の神生オデッセフィアでは魔法技術面でのメンテナンスも必要となる魔光動力炉の安定運用は難しいと判断された為。当然その分出力は劣ってしまうが、それを補うべく、パック側にも別の動力炉を積んでいる(魔光動力炉には劣るものの、この動力炉も決して性能は低くない)。

 

脚部中型スラスター

 本機の主推進器。サイズ、出力共に同世代の脚部搭載中型スラスターと大きな差はなく、機体を動かす上で十分な性能を持つ。流石にこれのみでの飛行は出来ないが、マエリルハは本体のみであれば比較的軽量な為、主となる推進器がこれのみでも軽快な機動を実現している。因みに空戦形態では足裏部分が完全に塞がってしまう為、下腿部背面にも噴射口が搭載されている。

 

携行荷電粒子機関砲/荷電粒子長砲(ビームマシンガン/ロングビームライフル)

 左右どちらかの腕部で保持する、携行火器。バレルを追加装備する事によって、高い連射製を持つマシンガン形態と、威力と射程に長けるロングビームライフル形態を使い分けられ、未使用時にはバレルをシールド裏に懸架する事が出来る。

携行荷電粒子収束剣(ビームサーベル)

未使用時は両肩部(付け根付近)に装備される、近接格闘用武装。高い切断能力を持つ他、ビームで刀身を形成する為エネルギー消費がある事と引き換えに、未使用時は殆ど場所を取らない。性能面で特筆する点はないが、装備位置の関係で、引き抜く動作のまま振るう事が可能。

中型シールド

左右どちらかの腕(前腕)に装備される、携行防御武装。裏面はロングビームライフルのバレルの収納場所も兼ねている他、先端は衝角になっており、サーベル程取り回しは良くないが近接攻撃にも使用可能。ルヴァゴユニットでの運用を考慮し、曲面主体の形状をしている。

 

変形機構

 ユニットにもよるが、本機は簡易変形機能を有する。簡易である為プラネテューヌ製MGに比べると空気抵抗や正面からの被弾面積等の面で劣っているが、簡易故に関節部への負担が小さく、メンテナンスのし易さや機体の剛性では逆に優っている。変形(航空形態)はバックパックを兼ねる無人機ユニットの存在を前提としている為、ユニット無しでは変形不可(変形は出来るが、飛ぶ事もまともな戦闘も出来なくなる)。

視線誘導式マルチロックオンシステム

 プラネテューヌやラステイションで運用されていたものが、技術交流の一環としてリーンボックスやルウィーと共に公開され、採用されたシステム。基本的なシステムは同じだが、パイロットの平均的な練度に合わせ、性能はややマイルドにされている。

ユニットパック換装システム

 本機の根幹となる、装備を換装するシステム。これにより一つの機体で大きく性能の違う複数の機種があるのと近い運用が可能となり、まだ配備数の少ない神生オデッセフィア国防軍MG部隊を支える要素の一つとなっている。基本的にはバックパック及び左右腰部ユニットを換装するという形をとっているが、キエルバユニットの様に、全身に装備するタイプのユニットパックもある。

 

バリエーション

A型

 一般のパイロット向けの仕様。厚みのあるゴーグルアイを採用しており、S型に比べると性能はやや控えめだが、ユニットパックの性能を十分に引き出す事が出来れば、同世代の他国製MGにも何ら劣らない強さを発揮する事が出来る。

S型

 指揮官や一部のエース向けの仕様。ブレードアンテナや高品質パーツを使う事による性能向上の他、指揮官機は通信性能も強化されている。本機体の場合、基本的にビームマシンガンのロングバレルは作戦や任務によらず、パイロットの任意で装備する事が許可されている。

 

 

UPOM-01【ルヴァゴ】

 

動力・GOB-O-NG5 バーストエンジン×1

推進器

ユニット後部大型スラスター×2

武装

OGD-P04 荷電粒子砲(ビームカノン)×1

OGI-S01 連装ミサイルランチャー×2

OGD-P03 腰部荷電粒子砲(ビームシューター)×2

 

 マエリルハのユニットパックの一つ。無人支援戦闘機を兼ねるバックパックと腰部のビーム砲で構成されており、マエリルハのユニットパックはこれが基本となる。このユニットを装備した状態であればマエリルハは航空形態に変形出来る他、本装備の上にマエリルハが乗る(空戦形態)事により、新兵でも高い安定性を確保しつつ空中戦を行う事が出来る。その安定性は同世代の機体の中でも随一だが、反面空中機動能力では劣っている為、腕の立つパイロットは状況に応じてルヴァゴから飛び立つ事も戦法に組み込んでいる。また、他にもルヴァゴを分離する事なく人型となる滞空形態もあり、ルヴァゴ底面のグリップを握る事で、素早く空中離脱する事も可能(但しその場合の運動性は劣悪)。

 人型と航空での変形時には一度本体と分離し再合体する為、通常の変形より隙が大きく危険性もある。その為、本体がルヴァゴに乗る際には先にワイヤーを射出して連結した後合体する事も出来る他、プラネテューヌ製MGより変形に時間が掛かる事為に、味方の援護や身を隠せるものがない状態での変形は推奨されていない。航空形態の空戦能力もまたプラネテューヌ製MGより低く、これ等の事がある為マエリルハの変形は戦闘よりも浮遊大陸である神生オデッセフィアでの効率的な運用を目的として採用された、という面が強い。

 また、当然ルヴァゴは無人機であり、完全に本体から分離して運用する事も可能。リーンボックスの無人機より大型な分、小回りは効かないが火力や防御性能に長ける。半自動操縦が基本となるが、手練れのパイロットは適宜指示を出す事により、地上のマエリルハと空中のルヴァゴで挟撃を掛けるような、柔軟且つ強力な運用も行っている。

 そしてもう一つの特徴として、ルヴァゴは前方の装甲で覆われている部分をコックピットに換装し、武装の代わりにコンテナを始めとする装備を搭載する事で、小型輸送機としても運用出来るという点を持つ。これはまだ様々なものが乏しい神生オデッセフィアならではのコンセプトであり、軍備の増強がそのまま平時における空輸能力の充実に繋がっていく。

 

GOB-O-NG5 バーストエンジン×1

 ルヴァゴに搭載されている動力機関。無人機側であるこちらにも動力炉が搭載されている為、本体と分離しても長時間の運用が可能となっている。流石にもサイズは本体の物より小さく出力も低いが、本体と合わせて二発の動力を積む事で、マエリルハは総合出力を高めている。

 

ユニット後部大型スラスター

 本装備の飛行能力を支える推進器。その出力は高く、直線での速度はプラネテューヌ製MGの航空形態にも劣らない。尚且つ本体が軽量な分積載能力にも余裕があり、航空形態ならばキエルバユニット装備のMGを始めとする他の機体を上部に乗せてそのまま飛ぶ事も可能。

 

荷電粒子砲(ビームカノン)

 ユニット上部中央に装備されている固定火器。射角は機体の向きに左右されてしまうが、威力、射程共に高い。航空形態、空戦形態共に使用出来る武装で、特に航空形態においては、本装備の火力と直線での速度を活かした一撃離脱が基本戦術の一つとなる。

連装ミサイルランチャー

 ユニット上部左右に装備されている固定火器。左右二基ずつ、計四基の発射口を持ち、そこからマイクロミサイルを放つ。本装備を纏うユニット唯一の実体弾火器だが、空戦形態では本体の乗る位置の関係上撃てなくなる(機体の脚部に当たってしまう)という欠点を持つ。

腰部荷電粒子砲(ビームシューター)

 ルヴァゴ本体とは分離している半固定火器。携行火器との兼ね合いで、威力と連射性の高いシュータータイプが採用された。基本的にはルヴァゴと合わせて運用されるが、下記のキエルバユニットと共に装備する事も出来る(逆もまた然り)。

 

 

UPOM-02【キエルバ】

 

動力・GOB-O-NG5 バーストエンジン×1

推進器

バックパック搭載中型スラスター×2

腰部フレキシブルスラスター×2

武装

OGD-P05 右背部荷電粒子砲(ビームカノン)×1

OGD-S04 左背部多目的電磁投射砲(マルチレールランチャー)×1

OGD-S02 頭部外装機銃ユニット×2

OGI-S03 前腕部連装グレネードランチャー×2

OGI-S02 脚部8連装マイクロミサイルポッド×2

OGI-S04 連装マイクロミサイルポッド×6

 

 マエリルハのユニットパックの一つ。強襲用の重装ユニットであり、バックパックを主体とするルヴァゴと違い、装甲共々全身に各パーツを装着する形で装備される。本装備を扱う事も想定された為に、素の状態のマエリルハは軽量な作りとなっているが、それでもキエルバ装備となると非常に重く、当然ながら変形は出来ず、単独での自立飛行も不可能となる。機動性も大きく落ちるが、それはあくまで急加減速や小回りの話であり、バックパック及び腰部のスラスターによって推進力自体は重量増加に合わせて大幅向上しており、最高速度自体は素のマエリルハとそう変わらない。本装備を纏ったマエリルハはその鈍重さや武装の多さから操縦難度は上がり、火力と重装甲を活かした敵陣への斬り込み役を担う事もある為、基本的にはそれなり以上の技量や経験を持つパイロットによって運用される。

 本装備は、ルヴァゴ及び素のマエリルハと比較して、実体弾武装が非常に多い。と、いうよりルヴァゴ及びマエリルハが光学武装に偏重しているのであり、これは神生オデッセフィアの弾薬費の節約を可能な限り行いたい、という懐事情に起因している。その一方で本装備に実体弾武装が多いのは、偏に本装備も光学武装主体とした場合エネルギー面の負担が大きくなり過ぎる為。また、誘導兵器に関しては実体弾でなければ行えない事や、装甲各部に搭載するには実体弾の方がコンパクトにする事が出来る、という実際に開発・運用する上での観点もまた、本装備の武装構成決定に影響をした。

 武装の多さからも分かる通り、本機の火力…特に面制圧火力は高いが、(ビームシューターは基本ルヴァゴ用という事もあり)光学兵器の数だけでいえば、ルヴァゴ仕様よりも減っており、一概に砲戦面で勝っているという訳ではない。また、勘違いされがちだが本ユニットは後衛用の装備ではなく前衛として突っ込む為の装備であり、火力支援用のユニットパックは別で開発が行われている。

 因みに型式からも分かる通り、本ユニットはルヴァゴより後に開発が始まったが、変形や自立飛行の実現難度から進歩は逆転し、更に建国式の警備にマエリルハを運用する際、重装備であるこちらの方が見栄えが良いという意見も出た為、ロールアウトはこちらが先になった。

 

GOB-O-NG5 バーストエンジン×1

 バックパックに搭載されている動力機関。ルヴァゴの物と同じ動力炉であり、本基がユニットの主推進器と直結している面でも共通している。そして本体及びユニットパックと同様、この動力炉と本体の動力炉(GOB-O-NG4)も同時運用を前提に開発された。

 

バックパック搭載中型スラスター

 バックパックに搭載された推進器。縦二列で構成されている方式であり、動力炉の斜め下に位置している。下記のスラスターと含めた計六基のスラスターを主とする事により、高重量による鈍重さを補い、近接戦闘にも対応出来るようにしている。

腰部フレキシブルスラスター

 左右腰部に搭載された推進器。プラネテューヌ製MGの物と同様前方にも回転させて向ける事が出来、鈍重ながらも自在な動きを可能にしている。機動力向上の本装備と、火力向上のビームシューターは一見逆の装備方式にも見えるが、これはそれぞれの性能の穴を補う事が目的。よって基本的な運用からは外れるが、逆にしての装備も決して非効率ではない。

 

右背部荷電粒子砲(ビームカノン)

 バックパック右側に背負う半固定火器。ルヴァゴのビームカノンから砲身を短くする形で開発されており、その分射程距離はやや低下している。これはそのまま装備した場合砲身が長過ぎる為で、本装備が後方からの支援用ではない事を表す装備の一つでもある。

左背部多目的電磁投射砲(マルチレールランチャー)

 バックパック左側に装備する半固定火器。電磁加速によって弾頭を放つ武装で、通常のレールカノンもあるが、基本は杭状の対艦大型鉄甲榴弾(四連装式)を放つタイプが搭載される。また、電磁投射ではない、通常のミサイルポッドに換装する事も可能。

頭部外装機銃ユニット

 両側頭部に追加装備される固定火器。他国のMGが同じ位置に装備する機銃と同じ、牽制や迎撃を主な目的とする装備であり、外装式な分、総弾数でやや勝る。因みにルヴァゴ仕様の場合、本装備が変形時に干渉してしまう為に装備出来ない。

前腕部連装グレネードランチャー

 両前腕部の追加装甲に内蔵される固定火器。単体での運用は勿論、マシンガンやサーベルでの攻撃に合わせて使う事で追撃を行う運用にも向いている。追加装甲に内蔵する方式である為、装甲の上から装着するシールドの運用を阻害する事はない。

脚部八連装マイクロミサイルポッド

 下腿部外面の追加装甲に内蔵される固定火器。マイクロミサイルタイプである為射程距離はあまり長くないが、キエルバユニットは相手と近い距離で戦う為の装備である為、その面が欠点となる事はあまりなく、小型故の多連装方式から弾幕形成をする上で有効に働く。

連装マイクロミサイルポッド

 肩部、胴体部、上腿部追加装甲に計六基内蔵される固定火器。機体の動きを大きく阻害しない範囲で搭載された関係上、個々の連装数はマイクロミサイルの割に少ないが、その分をキエルバユニットの各部に装備する事で補っている。

 

 

BUMG-X01-EX 【ブランシュネージュ・ミラージュ】

 

所属・なし

設計開発・信次元国家間連携機構(原型機)

生産形態・実験機(実機なし)

生産仕様・データ上のみの為なし

動力・GBXE-04 魔光動力炉×1

主推進器

脚部内蔵中型スラスター×2

腰部旋回式スラスター×2

ギガレールランチャー部スラスター×2

武装

OGD-P02 携行荷電粒子機関砲/荷電粒子長砲(ビームマシンガン/ロングビームライフル)×1

OGD-S02 頭部外装機銃ユニット×2

OGN-P01 携行荷電粒子収束剣(ビームサーベル)×2

OGI-S02 脚部8連装マイクロミサイルポッド×2

OGS-01 中型シールド×1

ギガレールランチャー【ロンギニウスハウザー】

特殊機構

視線誘導式マルチロックオンシステム

NPドライヴ[T]

NEPNS-AM

 

 特異な空間となった仮想世界形成装置内のデータ世界において、ミスミ・ワイトの新たな力として、『機能停止したマエリルハ(神生オデッセフィアの主力量産機)をデータ改竄する形で』『その場で』作られた機体。ベースとなったのは信次元国家間連携機構(信国連)にて五国家共同開発が行われている、まだペットネームすら設定されていない実験機(X01)であり、そこにワイトの記憶から彼の愛機『ブランシュネージュ』の外見や性能を上書きする形で構築された。その為大まかな見た目やカラーリングはブランシュネージュのそれに準じるが、彼自身も曖昧(正確には覚えていない)な部分や、再現すると原型機から離れ過ぎてデータ的な負荷がある部分に関しては、原型機寄りとなっている。

 その段階で用意出来るデータのみで構築している事、X01の武装はまだ全く開発が進んでいない事から、即座にデータへのアクセスが出来た(アクセス権限が用意出来た)神生オデッセフィア及びプラネテューヌの機体から(ワイトの要望に合わせて調整した上で)流用している部分も多く、ロンギニウスハウザー以外の武装は全てマエリルハのもの、特殊機構は全てプラネテューヌ製のものとなった(但しNPドライヴに関してはデータ改造が行われている)。

 また、突貫工事にも程がある構築であるが故に、操縦系統は煩雑極まりない、最早未完成そのもの。しかしそれを、ワイト自身が「最低限の部分以外は自分でカバーする」と言って起動を前倒ししており、実際にワイトは見事乗りこなして見せたものの、「一瞬でも気を抜けば、どんなに些細なレベルでも操縦ミスをすれば、即座に横転するかどこかへ吹っ飛ぶかして終わる」と彼が戦々恐々としていたレベル。だが姿勢制御システムすら不完全で一々パイロットが操作しなければいけない状態なのが本機であり、構築に関わったある人物曰く、「ワイトは本来片手で一体を操る(=普通の人間は両手合わせて二体を動かすのが限界)仕様の操り人形を六体同時に操作しつつ、ナレーションも同時に行い、更に観客の反応を観察して適宜アドリブを入れている様なもの」…即ち人間業ではない操縦技術で乗りこなしている、との事だった。

 

GBXE-04 魔光動力炉×1

 胴体部に搭載されている魔光動力炉シリーズの最新型。大出力機であろうと一基で賄える動力炉の新型である為通常戦闘時には何の問題もなく、高い信頼性を持つ。

 

脚部内蔵中型スラスター×2

 左右脚部に一基ずつ内蔵されている推進器。脚部内蔵型は広く普及した、最も一般的な仕様であり、X01からそのまま使われている。

腰部フレキシブルスラスター×2

 腰部両側面に一基ずつ搭載されている推進器。キエルバユニットの物を流用している。ロンギニウスハウザー搭載の為に背部にスラスターを配置する事が出来ない関係上、ワイトが求める機動性確保の為に搭載される事となった。

ギガレールランチャー部スラスター

 ギガレールランチャーに装備されている推進器。本来はランチャー使用時の反動を軽減する為のものだが、ランチャー自体が背負う形で装備されている関係から、補助推進器としても使用可能。

 

携行荷電粒子機関砲/荷電粒子長砲(ビームマシンガン/ロングビームライフル)

頭部外装機銃ユニット

携行荷電粒子収束剣(ビームサーベル)

中型シールド

 マエリルハ及びそのユニットパックからそれぞれ流用された装備。どの装備を採用するかは、ワイトの希望に沿って決定された。

脚部8連装マイクロミサイルポッド

 マエリルハの強襲用装備(所謂フルアーマー装備)である、キエルバユニットを構成する火器の一つ。脚部周りの追加装備は性能向上よりも、ロンギニウスハウザー使用時に機体が吹き飛ばないよう重量を増やす為に装備されたという面が強いが、ミサイル自体の使い勝手は良い。

ギガレールランチャー【ロンギニウスハウザー】

 恐らく必要となる、『現段階で実現可能な最高火力』の為に装備された、大型電磁投射砲。未使用時は背部に背負っており、そこから機体右側に展開後、右腕部で掴みつつ固定用のパイルバンカー(このパイルもマエリルハのある装備からの流用)を使用する事で運用する(固定せずに使用する事も出来るが、適切な体勢で使わないと腕部ごと吹き飛ぶ)。弾頭は杭の様な(そして実際突き刺さってから爆発する)徹甲榴弾で、これもキエルバ装備の物をベースにしている。

 驚く事にこれは、プラネテューヌ製のMG用超大型追加ユニットの主砲、400m級戦闘艦の副砲にも匹敵し得る巨大『ビーム』砲をデータ改竄する事によって作り出されており、いっそ非常識な程の威力を持つが、様々な面において「でっち上げ」な本機の中でも特にその傾向が強く(型番がないのも改竄元から離れ過ぎている為)、一発でも撃てば多くのエラーとバグを発生させてしまう。そして撃つごとにエラーとバグは深刻化していく為、弾頭は二発しか搭載されておらず、二発目を撃った時点でこの装備は自壊、データ消去が行われるよう設定されている(仮にシステム的な問題がなくとも、負荷が大き過ぎて三発目はこの装備か機体の腕が壊れてどちらにせよ使えなくなるだろう、とも言われている)。

 

視線誘導式マルチロックオンシステム

 プラネテューヌ製MGで活躍されているシステムの一つ。元から少々鋭敏なこのシステムを、本機は更に限界まで性能向上させている(その分使い辛くなっている)が、ワイトはしっかりと使いこなしている。

NPドライヴ[T]

 NP粒子を発生、運用する為の装置。T型と称されたこれは、NPドライヴ自体がまだ他国に殆ど情報開示をしていない装備である為に(そして完全版を搭載した事がデータ流出に繋がってしまわないように)、限られたデータの中から再現される形で作り出されたもの。その為下記のNEPNS-AMを発動する事にしか使えず、一度使うと故障してしまう不完全品となっている(…が、それでも有用な装備であり、実際この時のデータを元にT型の研究がプラネテューヌ以外で行われ始める事に繋がってしまった…かもしれない)。

NEPNS-AM

 NP粒子の「エネルギーを取り込む」性質を利用し、リミッター解除状態で機体全体を包む事によって、一時的に慣性や各種抵抗を完全に無視した機動を実現する事が出来るようになるシステム。本来NP粒子の色は薄い紫なのだが、本機のそれは青白い光を放つようなものとなっている。

 




 何度かお伝えしていた通り、今回の投稿を最後に、OSは一先ず終了とさせて頂きます。OIとOPの時の様に、時系列や展開の関係でこちらに投稿する程が適切だ、と判断する内容の話が出てきた際は、こちらが更新される場合もありますが、そのような事がなければ、基本的に更新はされない可能性が高いです。ここまでOSに付き合って下さり、本当にありがとうございました。
 そして…勿論、まだOriginsシリーズは続きます。新作(続編)、あります。それに関する活動報告を近日中(明日…つまり元旦ですね)に更新する予定ですので、もし良ければご覧になって下さい。


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その日々は、夢か現か
第一話 思いもしない関係の始まり


 お知らせした通り、今回からは『絶次元ゲイムネプテューヌ 激爪のビッキィ(ノイズシーザー(旧ノイズスピリッツ)さん作)』……のリメイク前の作品である、『大人ピーシェ番外編 追憶のアサシン』とのコラボストーリーとなります。より厳密には、『大人ピーシェが頑張る話。合同コラボ』を受けてのストーリーです。…が、今回はかなり特殊なコラボであり、あくまで設定上はこのような形のコラボだ、と思って頂けると助かります。
 また、このコラボの間は、OEまでと同様の週二投稿(木曜と日曜)となりますので、よし宜しければ読んでみて下さい。


──これは、夢の話。現実の中で生まれた、真実の世界の中で紡がれた、夢の現。

 いつか消えゆく幻なのか、未来の果てで本物となるのか、そんな事は分からない。けれど、その中で芽生え、繋がった思いは…その輝きは、消えたりはしない。

 

 

 

 

 女神には、ある種の能力とでも言える程の…超が付いても良さそうな程の、直感力がある。戦闘の中で、無意識的に発揮されるそれによって、私も皆も、何度も窮地を脱してきた。

 けれど当然、それは目的を持って行うものじゃない。直感は考えて引き出すものではなく、不意に感じるものだから。そして今、この時……私が「それ」に気付いたのも、きっと直感によるものだと思う。

 

「……うん?」

 

 私が神生オデッセフィアの守護女神となってから、暫く経ったある日の事。ある程度環境の下地はあったとはいえ、元の国から変わったものではなく、本当の意味で新たに生まれた国がそう簡単に軌道に乗る筈もなく、国民だって将来への不安が大きい筈。だからこそ、女神として積極的に姿を現し、意欲と安心を与える事が、私の…女神の使命。その思いで活動していた時に…不意に私は、何かを感じた。

 上手く言語化出来ない、それこそ「何かを感じた」とした言いようがない、そんな感覚。それに引っ張られるように、私は振り向き……見た。あまりにも遠くてよく分からない…でも、無視してはいけない気がする一つの『穴』を。

 

(…何なのか分からない…けど……)

 

 分からないからこそ、見過ごせない。そう私は考えて、今はもう消えている穴があった場所へと向かっていく。念の為、インカムで教会に連絡を入れておいて、真っ直ぐ穴の見えた方向へ。

 

「…この辺り、だよね…?」

 

 幸い穴が開いた…ように見えた場所は、森林の上空。ここなら仮に危険を伴うものだったとしても、人や街が被害を受ける可能性は低い。…その危険が、移動をしていなければだけど。

 

(ここからじゃ…駄目だ、やっぱり降りないと…)

 

 ぐるりと見回すだけじゃ、森林の地表はよく分からない。だから私は女神化したまま着地をし、もう一度ぐるり…と見回してみたけど、降りてもこれといっておかしなものは見つからない。

 とはいえ、この森林は広い。視認した時はかなり遠くにいた訳だから、穴が開いた場所から少しずれてる可能性も十分にある。少々骨が折れる作業になるけど、まだ判断はせず、まずはここを一通り回ってみて……

 

「…あれ?」

 

 そんな思考をしていたところで、私は見つけた。少し離れた位置にある木…その枝の幾つかが、折れてぶら下がっている事に。

 念の為、この場から目を凝らす。折れ方からして、上から衝撃を受けたように見える。多分状態としても、折れたばかりなんだと思う。

 謎の穴、上からの衝撃で最近折れたと思われる枝。この要素が示す可能性は……落下。

 

「…………」

 

 足音が立たないよう少しだけ浮いて、ゆっくりと近付く。いつでも戦闘に入れるよう、何が起きても大丈夫なよう、神経を張り詰めて。

 敵か、そうじゃないか。生物か、非生物か。まだそこにいるのか、いないのか。様々な可能性を思案しながら私は近付き……そして見えたのは、小さな足。

 

「……──っ!?」

 

 倒れている。そう分かった瞬間、反射的に私は飛び出した。勿論、危険がないとは限らないけど…それより優先するべき事が、目の前にある。

 一目で理解した。倒れているのは子供だと。助けてあげなきゃいけないと。飛び出し、駆け寄り、声を掛けようとして……そうして、気付いた。この子の肩から伸びる両の腕。それは、子供らしい細くて華奢なものではなく…およそ人のものとは思えない、異形のそれになっている事に。

 

「……え…?」

 

 ネプテューヌやネプギアを思わせる、薄紫色の髪。反応のない意識。そして異形と化した、両の腕。私が目にしたのは、そんな少女であり──これが、私達の出会いだった。

 

 

 

 

 その少女が目を覚ましたのは、私が彼女を教会に運び、一先ず私の部屋で寝かせてから数十分程経った時だった。

 

「……っ…ぅ…」

 

 それまで静かに寝ていた女の子の瞼が、ぴくりと震える。ゆっくりと開いていき、ぼんやりとした瞳が私の視界の中に映る。

 

「…こ、こ…は……」

「…起きた?」

 

 蚊の鳴くような女の子の声に対し、私はベット横に置いた椅子から声をかける。…目を開いて、声も出している相手に、起きているかどうかを訊くのは少し変な気もするけど…今そこは重要じゃない。

 

「…ぁ…。……──ッ!?」

「っと、急に動かない方が良いよ。手当てはしてもらったけど、まだ傷は塞がってないんだから」

「手当て…?」

 

 私の声に気付き、ちらりとこちらを見た女の子は、少しの間私を見ていて…そこから意識がはっきりしたのか、びくりと肩を震わせて跳ね起きる。

 でも、驚くのは予想の範囲内。だから私は慌てず騒がず、下手に止めようともせず、まずは会話を優先する。…女の子からすれば、ここも、私の事も、きっと何から何まで訳が分からない状態だもの。その状態でいきなり距離を詰めようとするのは、違うよね。

 

「…身体はどう?熱っぽかったり、手当てされてない場所で痛いところがあったりしない?」

「…………」

 

 問い掛けに対して、返ってきたのは無言の視線。私が誰なのか気にしている…というより、誰なのか分からない相手を警戒してるような、そんな瞳で私を見ている。

 

「もし痛かったり苦しかったりしたら、言ってね?無理に我慢しちゃ駄目だよ?」

「…別に……」

「そっか。…っと、そうだ。まだ名前を言っていなかったね。私はイリゼ、って言うの。もし良かったら、君の名前も教えてくれないかな?」

 

 ぼそり、と口にしたのは素っ気ない答え。女の子は顔を背けていて…でも、確かに反応してくれた。

 だから私は、もう一つ…ほんとは最初から頭にあったけど、わざと今思い出したような言い方で、女の子の名前も訊く。勿論その前に、自分の名前を伝えてから。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「……ビッキィ、です…」

「ん、ビッキィ…って言うんだね。それじゃあビッキィちゃん、早速だけど……お腹、空いてない?」

 

 問いに対する、再びの無言。けれど今度は私も言葉を続けず、じっと見つめる。表情は意識して柔らかくしたまま…でも、じっと。じーっと。

 そうして無言の時間が少し続いた末、根負けしたように女の子は答えてくれた。私に教えてくれた。…ビッキィという、名前を。

 名前を伝え合う。それは、初対面なら当たり前にする事で…けれど確かな、一歩前進。そしてその一歩分、私は進めたからこそ、私は今一度ビッキィちゃんを見つめて…今度はなんだ、と少し身構えた様子を見せるビッキィちゃんへと、微笑みを浮かべながら言った。

 

「…空いてないです」

「ほんとに?」

「ほんとうに空いてないです」

「ほんとのほんとに?」

「だから、空いて……」

 

 少々鬱陶しいような訊き方をしてみる私。案の定(勿論本当の可能性もあるけど)ビッキィちゃんは空いてないの一点張りで…けれど三度目の否定をしかけた瞬間、くぅぅ…という可愛らしい音が聞こえてきた。…ビッキィちゃんから。ビッキィちゃんの、お腹から。

 

「…………」

「…………」

「…空いてるんだよね?」

「……はい…」

 

 かぁっと赤くした顔で頷くビッキィちゃんに私は微笑み、立ち上がる。近くテーブルの前に移動して、そこにある物の…鍋敷きの上に置かれた土鍋を開く。

 ふわり、と広がる仄かな匂いと温かな湯気。土鍋に入っているのは卵とわかめのお粥で、それを器によそった私はお盆に乗せてビッキィちゃんの隣へと戻る。

 

「はい、どうぞ。好みが分からなかったから、ちょっと薄味にしたけど、お粥だし食べ易いとは思うよ」

「…いらない、です……」

「え?でも、お腹空いてるんだよね?」

「空いてる、けど…わたしは……」

「遠慮しなくていいんだよ。…と、いうかこれはビッキィちゃんの為に作ったんだから、食べてくれないと困るなぁ…」

 

 これじゃあ丸々余らせる事になっちゃうなぁ…というニュアンスを言葉に込めつつ、ちょっと横を向いた上でビッキィちゃんを見ると、ビッキィちゃんはぴくっと肩を揺らし…やっとスプーンを持ってくれる。

 正直、ここまでのやり取りで私は面倒な人だと思われているかもしれない。でも、今はそれでもいい。名前を聞く事もせず、本人が要らないと言うんだからとこんな小さな子を放置するのに比べれば、面倒に思われるなんて瑣末事ですらないんだから。

 

「ゆっくり食べればいいからね?」

「…いただき、ます」

 

 お粥をスプーンで掬い上げ、ふー…と数度吹いて冷ます。それからスプーンを口に運び…ぱくり。もぐもぐ、もぐもぐ…こくん。

 何も言わない、ビッキィちゃん。何も言わず、二口目を掬い上げて、またぱくり。三口目も、四口目も、ぱくり、ぱくり、またまたぱくり。もぐもぐとお粥を食べ続けて……

 

「…美味しい?」

「ふぁい。…あっ……」

「ふふっ、それは良かった」

 

 不意打ちのように私が訊くと、口をもごもごさせたままビッキィちゃんは答えてくれた。答えてから、反射的に「はい」と言ってしまった事に気付いたようで…やっぱり可愛いよね、素直な子って。

 

「まだお代わりもあるからね。それと、お粥とはいえ喉に詰まらせたりしないよう、時々コップの水も飲んでね?」

「……どうして…」

「うん?」

「…どうして、作ってくれたん…ですか…?手当ても、してくれたんですか…?」

 

 ここまでの言動と次々口に運ぶ様子からして、衰弱している訳じゃない事は分かった。色々気になる事もあるけど、この子が元気を取り戻せそうなら取り敢えずはそれで良い。それが一番、大事だから。

 そう、私は思っている中で聞こえた、どうしてという言葉。意外な言葉に私が訊き返すと、ビッキィちゃんは器とスプーンを下ろし、私を見つめる。どうしてこんな事をしてくれるのかと、尋ねてくる。…どうして、か……。

 

「…理由なんて、ないよ。勿論大変だとか、放っておけないとか、感じたものはあるけど…傷付いて倒れている子を、その場に放置するなんて事は、私の選択肢の中にはないから。……って、これはやっぱり『放っておけない』が理由になるのかな?はは…」

「…こわく、ないんですか…?これを見て、こわいとか、気持ちわるいとか……」

「腕の事?うん、腕に関してはびっくりしたよ。凄くびっくりした。でも……」

 

 分からない。理解出来ない。そんな表情と共に、ビッキィちゃんは自分の両腕を挙げる。異形の腕を、自分自身で見つめながら。

 確かにそれは、そう思って当然だと思う。普通の人なら、怖いと思っても無理はない。だけど……

 

「……え?…ぁ……」

「──説明が遅れたね。私はここ、神生オデッセフィアが守護女神、オリジンハートことイリゼ。私は腕どころか、全身が異なる二つの姿を持つのだ。ならば驚きこそすれ、君の腕を恐れる事などないさ」

 

 私は立ち上がり、女神の姿となる。オリジンハートとしての私の姿を見せ…笑う。人を基準にするのなら、自分も十分特殊なんだと。だから私は、ビッキィちゃんを恐れないんだと。

 勿論、異形の腕と女神・人それぞれの姿とは、同列には語れないものだと思う。けど、これで少しでもビッキィちゃんの気持ちが楽になったのなら……私は、嬉しい。

 

「…ふぅ。そういう訳だから、心配しなくていいんだよ。……って、あ…今気付いたけど、守護女神って分かる…?神生オデッセフィアっていうのも、国の名前なんだけど…そっちも分かった…?」

「…なんとなく、わかります……」

「そ、そっか。それなら良かった。…それとねビッキィちゃん。お粥は私が作ったんだけど、手当ては私がお粥作ってる間に、私のお姉ちゃんが…セイツって人がしてくれた事だから、会ったらお礼を言ってね?」

 

 少しは安心してくれたのか、そうじゃないのか。…それは分からないけど、それからビッキィちゃんはまたお粥を食べ始めた。一粒残さず器の中のお粥を食べ切ってくれた。

 

「お代わり欲しい?」

「…いらないです」

「そう?欲しかったら言ってね。…さてビッキィちゃん。私はビッキィちゃんに、色々と訊きたい事があるんだけど……」

 

 完食後、一口水を飲んで、小さく吐息を吐いたところで、私は少し真面目な表情を浮かべる。顔と声音でその内容を察したのか、ビッキィちゃんはぴくっと小さく肩を揺らして、私の顔を見返してくる。

 子供らしく丸くて、でも子供らしい無邪気さが曇ったような、ビッキィちゃんの顔。そのビッキィちゃんと見つめ合い…私は、軽く肩を竦める。

 

「…取り敢えずそれは、また今度にしよっか。ビッキィちゃん、まだ眠かったら寝てもいいし、暇なら何か遊べる物持ってくるよ?」

「…こんど……」

「そう、今度。まずはビッキィちゃんが、元気にならないと…ね?」

 

 それは心配であり、現実的な判断でもある。ビッキィちゃんの心身が最優先だし、それが保たれてない状態で色々聞き出そうとしても、多分効率良くは得られないから。

 どうしたい?…という私からの視線を受けたビッキィは、小さな声で「ねます」とだけ言った。だから私は頷いて、そうだ、と言いながら立ち上がった。

 

「ビッキィちゃん、私ちょっとだけ用事があるから一回ここを離れるね。でも私の事は気にせず、ゆっくり休んでて」

 

 って言っても、私がいない方が休み易いかな…なんて事も思いながら、私は部屋の外に出る。扉を閉じた後、携帯端末を取り出して……気付いた。廊下にいた、自分の姉の存在に。

 

「…もしかして、待ってた?」

「ううん。今丁度、あの子が着られそうなパジャマを見繕ってきたところよ」

「あ、そっか。ありがとね」

「ありがとうって…あの子本人ならともかく、イリゼがお礼を言う事なんてないわよ。放っておけないと思うのは、わたしも同じなんだから」

 

 そう言って肩を竦めるセイツの言葉に、それもそうかと私は思った。感謝の念を抱いた事自体が悪い訳じゃないとは思うけど…確かに私が、セイツへ「ありがとう」って言うのは変かもね。

 

「…それで、あの子の調子はどう?」

「うん、流石にまだ私を警戒してるみたいだけど…意思疎通して、お粥を食べるだけの元気はあるみたいだし、悪い子って訳でもないと思う。それと……」

「……?」

「あの子じゃなくて、ビッキィちゃんだよ」

「ビッキィ…ふふっ、良い響きの名前ね」

 

 にこりと笑ったセイツに私も「でしょ?」と頷き、それから一緒に笑う。

 また事情に関しては訊いてないから、ビッキィちゃんがどういう子なのか断言する事は出来ない。実は悪事に関わってるのかもしれないし、本当は凄くお淑やかな子なのかもしれない。けどそれは、これから分かる事で…今の私は、感じた部分から思うだけ。…きっと、悪い子じゃないと。

 

「セイツもビッキィちゃんと話す?…あ、いや、寝るって言ってたしもう横になってるかもだけど…」

「んー…いや、止めておくわ。最初から色んな人に会うよりは、一人と会って信頼を築いた方が良いと思うもの」

「そう?なら、パジャマは渡しておくね」

「えぇ。…でも、楽しみだわ…ビッキィちゃんって、どんな心の輝きを持ってるのかしら…わたしに会った時、どんな風に心を揺らしてくれるのかしら…!」

(…確かに、すぐにセイツに会わせるのは良くないかも……)

 

 セイツの事は心から信頼してるけど…この性癖(?)に関しては、流石に呆れ寄りの苦笑いを禁じ得ないのが実際のところ。まあでもセイツだって全く自重しない訳じゃないし、いざ会う時は気を付けてくれる…と、信じたい。

 とまぁそんなやり取りを交わした後、私はセイツと別れ、本来の目的である電話をかける。そしてその相手というのが…もう一人の姉である、イストワール。

 

「……っていう事なんだけど、イストワールの方に何か情報が来てたりはしないかな?」

「いえ、それらしき情報はないですね…本人からは、何か聴き取れそうですか?(・・?)」

「それは、これからの私次第かな…。でも、多分ビッキィちゃんは……」

 

 電話越しに、私は事情を話す。ここでイストワールさ…こほん、イストワールが何か知っていたら楽だったけど、流石にそう上手くはいかないらしい。

 そして…恐らくだけど、ビッキィちゃんはこの次元の人間じゃない。加えてただ迷い込んだだけ(帰る事さえ出来れば解決)とも思えないから、考えなきゃいけない事は沢山ある。

 

「…分かりました。別次元だとすると、調べられる事は限られますが…可能な限り、わたしも情報を集めてみます(`・ω・´)」

「うん、お願い。それとその、ほんとにいつも頼っちゃって……」

「いいんですよ、わたしは女神のサポートをする事が使命であり…これは、妹の頼みでもあるんですから( ̄▽ ̄)」

 

 当然教祖としての仕事もあるのに、いつも私の頼みを快諾してくれるイストワールは、本当に優しい。セイツも頼れる姉だし、他の皆もきっと色々協力してくれる。…でも、だからこそ私も、自分で出来る事は自分でやらなきゃいけない。何でも頼るんじゃなくて、自分も頼られた時は気持ち良く手を貸す…それこそが、信頼関係ってものだから。

 

(私がすべきなのは、私なりに調べる事と、ビッキィちゃんからの信用を得る事。…よし、頑張るよ…!)

 

 もう一度お願いねと言い、私は電話を切る。それから私は、心の中で自分を鼓舞し…やれる事から、始めていく。小さなビッキィちゃんに、あの女の子の為に、私がしてあげられる事を。

 

 

 

 

……因みにその後、ビッキィちゃんのいる私の寝室へと戻ったら、ビッキィちゃんは横になっていた。なっていたけど…ふと土鍋の蓋を開けてみると、お粥がさっきよりも減っていた。…ふふっ。美味しいと思ってくれたんだね、ビッキィちゃん。

 

 

 

 

 倒れていたビッキィちゃんを保護してから、数日が経った。その間にビッキィちゃんの体調が悪くなったり、何か騒動が起きたりする事もなく、ビッキィちゃんに落ち着いた生活をさせてあげる事が出来た。

 その中で、幾つか分かった事がある。まずは腕、異形の両腕の事だけど…私の見る限り、日常生活に支障が出ている様子はない。人目の問題はあるし、縫い針に糸を通す…みたいな作業は流石に厳しいのかもしれないけど、人の腕として必要な機能は大体満たしてると思って良いように思える。

 次に上げるなら、ビッキィちゃんの外見は、児童前半…凡そ5〜10歳位で、精神面も見た目相応だと思う。基本的に大人しい、というか物静かで、まだ私に柔らかい表情を見せてくれる事もまずないけども、お肉やデザートは積極的に食べる一方、野菜類…特に苦いものは食べる速度が遅かったり、児童向けアニメを見てる最中に呼ぶと、ほんのちょっぴり声音が不満そうになったりと、決して「大人」ではない言動が見て取れる。…そんな様子を見て、私は安心した。見た目の成長が遅いだけ、見た目は子供、頭脳は大人…ってだけなら良いけど、本来なら無邪気で明るい筈の性格が、歪に落ち着いたものへ変わってしまっているのだとしたら…それは凄く、悲しいものだから。

 

「…よし、出来た」

 

 夕飯の食事が出来上がったところで、私は一息。盛り付けはまた後で…という事で蓋をし、私は台所から、リビングから出る。女神なんだから、食事の用意なんてわざわざ自分でやらなくたって良いんだけど…やっちゃいけない理由もない。

 廊下に出た私は、そのまま私の寝室…ではなく、その隣の部屋に用意した、ビッキィちゃんの部屋へ。ノックをし、呼び掛け、返答を受けて私は中へ。

 

「ビッキィちゃん。ちょっとお話しても、良いかな?」

「…なんですか…?」

 

 一日だけならともかく、連日となると不都合が多い…という事で準備をした、仮のビッキィちゃんの部屋。特に理由がない限りは殆どこの部屋にいるビッキィちゃんは今、どうやら絵本を読んでいた様子。

 

「うん。…実はね、ビッキィちゃんの事を調べさせてもらったの。どこに住んでたんだろう、とか、ビッキィちゃんに何があったのかな…って」

「……っ…そう、なん…ですか…」

 

 話を切り出した私が初めに伝えたのは、まだしていないビッキィちゃんからの聞き取りとは別で、調査をしたんだという事。それを聞いたビッキィちゃんはぴくっと肩を震わせ、表情を曇らせる。

 調べられた事そのものか、知らぬ間に調べられたからなのか、それとも調査の結果から何かを想像しての事なのか。表情が曇った理由は、今の返答だけじゃ分からず…でも私は、軽い調子で肩を竦める。

 

「…でもね、結論から言っちゃうと今のところは全然分かってない、空振り続きの状況なの。私には凄く頼れる、調べるのが得意な家族がいて、他にもそういう事をお仕事にする人達にも手伝ってもらってるんだけど、それでも空振り」

「…それは、そうだと思います…だって……」

「…でも、こうも分からないって事は…多分、ビッキィちゃんは別の次元から、こことは違う世界から来たんだよね?」

 

 困っちゃったなぁ、というようにおどけた調子を見せた後に、少しだけ声音を真面目なものに変えて私は言う。

 別次元の可能性は、元から考えていた。調べてみて、全くもって情報が出てこなかった事で、逆にその可能性が現実味を帯びてきた。そして、私からの問い掛けを受けたビッキィちゃんは……

 

「…べつ、じげん……?」

 

──目を瞬かせ、きょとんとした顔で私を見ていた。頓珍漢な事を言われたから…というより、「別次元」という言葉そのものを分かっていないような表情で。

 正直それは、想定外。私としては、ビッキィちゃんの反応でこの可能性に確信を得ようと思っていたから、内心かなり驚いてしまった。…って事は、別次元じゃないの…?けどだとしたら、イストワールがさっぱり分からないってのも……いや、待った。

 

(そもそもの話として、ビッキィちゃんが別次元の概念を分かってない可能性もあるよね…?)

 

 私自身は何度もその経験をしてるけど、普通別次元と関わったり、ましてや移動したりする事なんてない。であれば、仮に次元移動してたとしても、それを認識してない可能性は十分にある。実際、そういう前例はあるんだから。

 

「うーんとね、別次元っていうのは似てるけど違う世界っていうか、遠く離れたもう一つの…いや、一つどころか沢山あるけど…とにかく、文字通り『別』の『次元』なんだけど……」

「……?」

「…うん、だよね…分からないよね…」

 

 さっき以上に、完全にきょとんとしてしまったビッキィちゃんを見て、私は苦笑い。…い、一度この話は置いておこうかな…。

 

「…こほん。とにかく、私はビッキィちゃんの事が、全然分からなかったの。ほんとに全然、ね」

「…だから、はなせ…って、ことですか…?」

「そう、話してくれたら嬉しいな。ビッキィちゃんの好きな食べ物とか、得意な事とか、今してみたい事とか…良かったら、私に教えて」

「…わたしは……って、え…?」

 

 躊躇いや、恐れを抱いたような顔になるビッキィちゃん。暗い顔をし、俯き…けど次の瞬間、顔を上げる。凄く意外そうに、目をぱちくりさせながら。

 それに対し、私は普通に言葉を続ける。今の問いが、さも普通の事であるように。

 

「だって、私はまだビッキィちゃんの事を、名前と、見た目と、大人しいけど普通に絵本とかアニメとかは好きで、割と沢山食べる子って事しか知らないもん。それじゃあ、これまでは良くても…これからは、ちょっと不便でしょ?」

「…これから……?」

「そうだよ、ビッキィちゃん。…ビッキィちゃんは、これからどうしたい?怪我が全部治って、元気になったら、ここを出ていきたい?それとも…これからも、ここにいたい?」

 

 言ってから、私は軽く首を傾ける。どうする?どうしたい?…というジェスチャーとして。そうしてから、ビッキィちゃんを見つめる。

 じっと見る私の事を、ビッキィちゃんも見返す。でもビッキィちゃんは目を見開いていて…その表情が、語っていた。信じられない、どうしてそんな事を…って。

 

「…いやじゃ、ないん…ですか…?出ていけ、って…言わないん、ですか……?」

「言わないよ。言う理由がないもん。ビッキィちゃんが出ていきたいなら、それはそれで考えるけど…出ていきたくない子を、無理に追い出したりなんてしない。それが困ってる子なら…安心出来る場所に帰れない子なら、尚更だよ」

「…でも、わたし…今まで、なんにも……」

「そうだね。これからもここにいるなら、お手伝いをしてもらったり、お勉強をしてもらったりも、将来的にはするだろうけど…それも、ビッキィちゃんを追い出す理由にはならないよ。私に迷惑が…なんて事は考えなくていいし、もし自分には何にも出来ないって思ってるなら…それは、これから少しずつ、出来る事を作っていけば良いだけだよ。だって、ビッキィちゃんはまだ子供で…子供を守って、色んな事を教えてあげるのが、大人の役目なんだから」

 

 言葉と共に、微笑む。別に重く受け止めたり、変に感謝する必要はないと、伝えるように。

 そう。これは女神である事すら関係ない。子供を守り、助けてあげるのは、大人として当然の務めなんだから。子供は守られ、愛されながら育って、大人になって、その人がまた別の子を守り、愛しながら育てる…世の中は、そうやって回っていくものだから。……大人とか子供とかを、女神が語るとややこしいけども。

 

「だから、教えてくれないかな。ビッキィちゃんの事と…これから、どうしたいかを」

 

 子供に安心出来る今と、希望のある未来をあげるのが大人ってもの。それが出来る国を、社会を作るのが女神ってもの。…だけどそれは、押し付けであっちゃいけない。たとえ相手が小さな子供であっても、ちゃんと話して、とことん話して、お互いの気持ちが合うようにしなきゃ、ただのエゴにしかならないから。

 だから、私は待つ。ビッキィちゃんの答えを。どんな答えであっても尊重はする気だし…その上で、大人としてちゃんも言葉を返したいと思う。

 まだ小さいビッキィちゃんには難しい話だったかもしれないけど、ビッキィちゃんなりに考えてくれる事を信じて、見つめる。そのまま五秒が経って、十秒経って、ビッキィちゃんは少しだけ緊張した顔になり…だけど、言う。

 

「……ココア…ココアが、すき…です。オセロも、すきで…得意、です」

「…うん。ココアが好きで、オセロが得意なんだね」

「してみたい、ことは…ふつうに、お外に行って…おさんぽしたり、あそんだり…したいです…」

 

 好きな事、得意な事、してみたい事。さっき私が挙げた事、教えてほしいと言った事を、ビッキィちゃんは答えてくれる。

 私はそれに、一つ一つしっかりと頷く。ちゃんと聞こえてるよ、受け取ったよと示す為に。そして……

 

「…わたし、は…わたしは、にげてきました…いやな場所にいて、くるしいことがあって、あたまの中がぐるぐるして、どこにいるのかわからなくなって…大人の人も、きずつけました…。きっと、わたしは…あぶなくて、きけんです…。…それでも…出ていけって、言いませんか…?まだ、ここにいても…いい、ですか……?」

「…勿論だよ、ビッキィちゃん。どこにいたとか、危険とか、それは重要な事じゃないの。大切なのは、ビッキィちゃんの気持ち。ビッキィちゃんが、ここにいたいって言ってくれた事なんだよ」

 

 それは、ビッキィちゃんからの、初めての思いだった。これまでビッキィちゃんから何かを話す事はなく、食べ物にしても服にしても、与えられたものには良いも悪いも言わずに受け取っていたビッキィちゃんが、初めて私に言ってくれた「こうさせてほしい」という願いだった。

 嬉しかった。そういってくれる事が。誇らしかった。そう思ってもらえた事が。だから私は、ビッキィちゃんの両肩に手を置き頷いて…それから、撫でる。ビッキィちゃんの頭を。柔らかな、その髪を。

 

「……っ、ぅ…」

「よしよし。これからは、何が欲しいとか、こういう事をしたいとか、もっと言っていいんだからね?何でも聞いてあげられる訳じゃないけど…言っちゃ駄目な理由なんてないんだから」

「は、いっ…ありがとう、ござい…ます……っ!」

「それと、敬語も要らないよ。普通に、話してくれればいいからね」

 

 ぽろぽろと、ビッキィちゃんの瞳から零れ落ちる涙。それを私は、撫でるのとは逆の手の指で掬って、また微笑む。

 これはきっと、ビッキィちゃんが押し込めていた…或いは、無意識に押し込めてしまっていたものの、感情の発露。であればちゃんと、受け止めてあげなきゃいけない。この人なら、この人の前なら、自分は我慢しなくていい…そう思ってくれたって事なんだから。

 

「…ご飯、食べよっか。ビッキィちゃんも、もうお腹空いたでしょ?」

「はい…じゃ、なくて…えっと…うん…!」

 

 ビッキィちゃんが泣いていた時間はそう長くなく、落ち着いたかな?…というところで、私は夕飯の事を切り出す。するとビッキィちゃんは頷…こうとしてからさっきの私の言葉を思い出したのか、少しだけ考えて…それから、うん、という言葉と共に改めて頷いた。

 ベットから立ち上がったビッキィちゃんに、手を差し出す。ビッキィちゃんは、「いいの…?」というように私を見上げてきて、私は頷く。ビッキィちゃんの手を握って、リビングへと向かう。

 異形となっているビッキィちゃんの手は、見た目通りゴツゴツとしている。指先は尖ってもいる。でも…これは、ビッキィちゃんの手なんだ。だったら、躊躇う理由はない。

 

「待っててね、ビッキィちゃん。すぐに完成するからさ」

「…いいにおい……」

 

 リビングに到着した私はビッキィちゃんに座ってもらい、台所へ。予め準備しておいた溶き卵をフライパンにかけ、程良くかき混ぜてから、蓋をしておいた別のフライパンを開き、中のチキンライスを固まり始めた溶き卵の上へ。後は包んで、形を整えて……

 

「じゃーん!今日のご飯は、オムライスだよっ」

「オムライス…!」

 

 完成したオムライスを、野菜スープやお茶と共に食卓へ並べる。我ながら中々の出来になったオムライスを、ビッキィちゃんは嬉しそうに見つめて…でもまだ、食べない。私の事を、じっと見ている。

 どうやらビッキィちゃんは、私を待ってくれてるみたい。だから私は、自分の分も手早く完成させ、ビッキィちゃんの向かいに座る。

 

「お待たせ、ビッキィちゃん。それじゃ、食べよ?」

「食べます…じゃなくて、食べるね、イリゼさ……あ…」

「……?」

 

 言われてすぐに食べる…と思いきや、何故か止まるビッキィちゃん。なんだろうと思って私が見ていると、ビッキィちゃんは何やら考え込んでいて…少ししてから、言う。

 

「え、と…イリゼさんのこと…なんて呼べば、いい…?」「あー…そういえばそうだね……」

 

 それを言われてから、私は気付く。そういえば、これまではそもそも呼ばれてなかったと。基本いつも私から話しかけ、ビッキィちゃんは私の問いに答えるだけ…って感じだったから、ビッキィちゃんが私の名前を呼ぶ事自体、今が初めてじゃないかと。

 別に、イリゼさんでもいい。けど、敬語じゃなくていいと言ったのに、名前だけはさん付け…っていうのも変な話。いや勿論、タメ口だけど呼び方だけはさん付けって事もおかしい訳じゃないけど、まだ幼いビッキィちゃん的には、呼び方だけ丁寧なまま…というのは混乱を招いてしまうかもしれない。…けど、どうしよう…うーんと……あ。

 

「ふふっ。じゃあ、ママとか?」

「ママ…?」

「…なんて、ね。イリゼさんでもイリゼちゃんでもお姉さんでも、ビッキィちゃんが呼び易い言い方をしてくれれば私はそれでいい──」

「…ママが、いい…じゃあ、ママがいい」

「へっ?…い、いいの?」

 

 冗談半分で言った、ママって言葉。嫌じゃないけど本気でもない…というか、家族絡みの呼び方は安易に出すべきじゃなかったかも、と言ってから少し不安になった、その呼び方。

 でも、ビッキィちゃんは言った。それがいい、ママがいいと。驚いた私は、思わず訊き返し…ビッキィちゃんは、こくんと頷く。迷いなく、私の目を見て。

 

「…そっか。じゃあ…召し上がれ、ビッキィちゃん」

「うん。ママ、いただきます…!」

 

 ちゃんと両手を合わせて、ビッキィちゃんは食事の挨拶。それと共に、私を…私の事を「ママ」と呼んでくれて、それに私は自然と微笑む。

 ママ。この言葉は、この響きは悪くない。からかうように「お母さん」と呼ばれるのとは違う…純粋な思いで、そう呼んでくれていると分かるから。悪くないし…だからこそ、身も引き締まる。それが、信頼し始めてくれたって事なら、私もそれを裏切らないようにしなきゃいけないから。ママと呼んでくれるビッキィちゃんの思いに、信頼に応えたいから。

 そうして私達は、二人でご飯を食べる。仲良く談笑を…とまではいかなくても、固い表情のない食卓で。そして、きっとこの日から──私とビッキィちゃんは、家族になった。ちょっと奇妙で……でも、確かな繋がりのある家族に。




今回のパロディ解説

・超が付いても良さそうな程の、直感力
家庭教師(かてきょー)ヒットマンREBORN!に登場する、超直感の事。即ち見透かす力、ですかね。勿論イリゼはマフィアのトップではなく国のトップですが。

・見た目は子供、頭脳は大人
名探偵コナンにおける、代名詞的なフレーズの一つの事。外見が成長しない女神も、ある意味これですね。…頭脳が本当に大人かどうかはまた別の話ですけども…。


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第二話 子供はすくすく成長する

 どこかから…恐らくは別次元から迷い込んだビッキィちゃんを保護し、共に暮らすようになってから、暫くが経った。

 初めは心を開いてくれなかったビッキィちゃんも、積み重ねとあるやり取りを切っ掛けに、私を信用し始めてくれて…そこからは、見た目相応の子供らしい言動も見せてくれるようになった。見せてくれるというか、感情やそれに基づく姿を隠さないでくれるようになった。加えて怪我もすっかり治って、毎日元気な姿を見せてくれる。それは安心出来ると同時に、喜びというか、私の日々に新たな活力が生まれた…そんな風にさえ、私は思えた。

 まだビッキィちゃんがどこから来たのかとか、ビッキィちゃんの身体の事とか、未解決の問題もある。でも今は、毎日ビッキィちゃんが元気で、すくすくと成長している…それも大事な事だと、私は思う。

 

「じゃあ次の問題だよ。4足す2足す8は、なーんだ?」

「えっと…4と2で、6だから……14!」

「正解!なら、19引く6引く8は、何かな?」

「んと……5?」

「合ってるよ、ビッキィちゃん。それじゃ、最後の問題!13引く6足す3は、答え分かる?」

 

 ホワイトボードにペンで数式を書き、ビッキィちゃんに答えを尋ねる。ビッキィちゃんはホワイトボードをじっと見た後、頭を捻ったり指を折ったりしながら数え、ちゃんと答えを返してくれる。

 今は、お勉強の時間。私は毎日時間を作り、教科書片手にそこで私が勉強を教えていた。

 

「これは……あっ、9?」

「9?うーん、惜しいねビッキィちゃん。近いけど、違うよ?」

「え?…でも、ピンクのかみのお兄さんは、9って……」

「あ、あれは間違ってるから…そのお兄さんも妙なダンスをしちゃう位動揺するレベルの間違いだから……こほん。確かにこれ、足すと引くが両方あって大変だよね。でもビッキィちゃん、よく見てご覧。『引く6』と、『足す3』を入れ替えてみたら、どうなる?」

「いれかえ…?…えと、13足す3だと16で…16引く6は…10!わっ、かんたんになった!」

「ふふっ、正解。全部が全部そうって訳じゃないけど、計算は入れ替えると楽になる事もあるから、覚えておこうね?」

 

 凄い!…と感情を露わにするビッキィちゃんを見て、私は微笑む。

 本当に、ビッキィちゃんは喜怒哀楽をよく見せてくれるようになった。これは、この位の年の子なら当たり前の事で…でも、当たり前の事が、当たり前に起きるのもまた尊い事なのだと、私は知っている。

 

「よし、今日のお勉強はここまでだよ。ビッキィちゃん、今日もお疲れ様」

「はふぅ…ママ、おべんきょうって、走ったり力いっぱい何かをしたりするわけじゃないのに、なんだかつかれちゃうね…」

「身体はあんまり動かさないけど、頭を使ってるからね。でも疲れるって事は、ビッキィちゃんが頑張った証拠だよ」

「そう、かな?…えへへ……」

 

 ボードに書いたものを消して、部屋の端に片付けて、それから私はビッキィちゃんの頭を撫でる。すると吐息を漏らしていたビッキィちゃんは、私を見上げた後ふにゃりと表情を緩ませて……可愛い。一生懸命考えてたさっきの差がも可愛いけど、この緩んだ表情もまた可愛い。

 それに、ビッキィちゃんはまだ小さいだけあって、覚えるのが早い。この調子なら、年相応の知識を持つのも、そう遠くないと思う。…私がちゃんと教えられれば、だけどね。

 

「さてと、お勉強はこれで終わりだけど…ママは今から、お買い物に行きます。ビッキィちゃん、お手伝いに来られそう?それとも、休んでいたい?」

「お手伝い…ううん、だいじょうぶ!」

 

 ふるふると首を横に振って、一緒に行くと言うビッキィちゃん。それじゃあお願いね、と私は返し、教科書も片付けた後に出掛ける準備へ。

 と言っても、ただの買い物だから仰々しい準備はない。必要なのは、買い物に必要な物と…後は、伊達眼鏡だけ。……伊達眼鏡の理由?ほら、私は女神でしょ?女神として人前に出る場合、基本的に女神の姿をしてるし、「女神がこんな所にいる訳ない」って心理から、人の姿で街中を歩いているだけなら案外女神って気付かれないものだけど、ビッキィちゃんと一緒となると、気付かれた時に「隠し子!?」…ってなっちゃうからね。だから念の為、変装として……え?そうじゃなくて、伊達眼鏡程度で変装のつもりかって?…いやいや、伊達眼鏡だよ?前は私もそう思ってた気がするけど…伊達眼鏡なんだよ?

 

「…ママ?そこのかべに、だれかいるの…?」

「あ、ううん気にしないで。じゃあ、行こっか」

 

 何だか不安そうなビッキィちゃんに声をかけられ我に返った私は、何でもないよと答えた後に手を差し出す。こくんと頷いたビッキィちゃんも手を出してきて、その手を……長手袋に包まれた手を握って、私達は教会の外へ。

 これは勿論ファッション…とかじゃなく、ビッキィちゃんの両腕を隠す為のもの。基本出掛ける時は付けるようにしているんだけど、ただ付けてるだけじゃなくて…っと、いけないいけない。少しずつ慣れてきてるとはいえ、ビッキィちゃんはまだ興味を抱いたものへふら〜っと向かっていっちゃう事があるから、今はビッキィちゃんに集中しないと…。

 

「ビッキィちゃん、今日も前行った所だけど…場所、覚えてるかな?」

「うーん、と…うん、おぼえてる!たぶんっ!」

「うん、『多分』って言葉はそんな元気良く、自信満々に言う事じゃないよ〜ビッキィちゃん」

 

 自信があるんだかないんだか分からない返答に、苦笑いしつつも内心ほっこり。この無邪気さ、無垢さは今…というか、小さい内だからこそのものだと思うし、大事にしたい。

 なんて事も思いながら、私達は並んで歩く。目的地はそう遠くない場所だし、私からすればなんて事ない道のりだけど…ビッキィちゃんにとっては、誘惑が沢山。例えばパン屋の前を通れば、甘い香りが漂ってきて……

 

「すんすん…」

「…ビッキィちゃん、パン食べたい?」

「……は…っ!う、ううんだいじょうぶ!今は、お手伝い中だからっ!」

 

 私が肩を竦めながら尋ねてみれば、ビッキィちゃんは首をぶんぶんと横に振って強く否定。ただそれは私への否定というより、自分に言い聞かせるような否定で…けど折角やる気を出してくれてるんだから、私はその気持ちを尊重し、軽く撫でてパン屋前を後に。そうして私達が行き着いたのは…最寄りのスーパー。

 

「(…さて、買い物の量的には籠一つで済むし、当然そうなれば持つのなんて楽だけど…)ビッキィちゃんビッキィちゃん、あれを使ってお手伝い、してくれるかな?」

「……!うんっ!」

 

 店内に入り、まず私が指差したのはカート。それも、子供用の小さいカート。すると途端にビッキィちゃんは目を輝かせ、そのカートを引っ張り出してくる。

 ふふっ。小さい子は、カート好きだよね。やっぱり、操縦してる感じが楽しいのかな。

 

「これ、お願いね」

「はーい。…カットわかめ…カットわかめは、ここ」

 

 手渡された商品を受け取り、ビッキィちゃんは自分のカートへ。それから商品があった場所を指差して、覚えるように小さく呟く。

 それを見ながら、私は逆側の棚にある薄力粉を籠に入れる。出来るだけ重みのある商品は私が持ち、軽い商品をビッキィちゃんへ渡すように心がけていて…でもあんまりあからさまだと気付かれちゃうから、食事のメインとなる物も程良くカートに入れてもらう。

 

「パスタもお願いね。はい、これだよ」

「わぁ、かたい…あれ?何これ?ビスケット?」

「ううん、それもパスタだよ。今ビッキィちゃんに渡したのとは違う食べ方をするもので……名前は、ルオーテっていうんだよ」

「ルオーテ…ちょっとかっこいい……」

「あはは、そうだね。ロックルオーテとか月光のルオーテとか、なんだか合いそうだもんね」

 

 多種多様な商品を扱うスーパーは、ビッキィちゃんにとって気になるものが一杯の場所。それでもこうやってお手伝いをしてくれるのは嬉しいし、だからこそビッキィちゃんが抱いた疑問には、出来る限り答えてあげたいと思う。

 概ねぐるりと一周回って、必要なものを籠やカートに入れて、それから私達はレジへ。そしてビッキィちゃん、お菓子・玩具コーナーの所を通った時は、色んな商品をじっと見ていたけど…欲しい、買ってとは言わなかった。お手伝いだもん、がまんがまん…!…って思ってたのかな。だとしたら……うん。

 

「ママ、はんぶんもつよっ!」

「ありがとね、ビッキィちゃん。なら、こっちをお願いしようかな」

 

 そう言うと、そう言ってくれると思っていた私は、選んでる最中と同様に軽いものを中心にした方をビッキィちゃんに渡す。片手で持ってもらって、カートを片付けて、それからまた手を繋いでスーパーの外へ。

 

「わー、ビッキィちゃんが片方持ってくれてるから楽だなぁ」

「ほんと?んふふぅ…」

 

 帰りの道を歩きながら、おもむろに楽だと言う私。それを聞いたビッキィちゃんはぱっと嬉しそうな顔になり、そのまま笑う。…嘘じゃないよ?ちょっとでも、持ってくれれば楽になるんだから。それにお手伝いするって気持ち自体、『ママ』にとっては嬉しいものだから。

 

(ママって言葉も、大分しっくりしてきたなぁ…)

 

 ほっこりするけど、少し照れ臭くもある、ママという言葉。それに私は微笑んで…それから足を止める。

 

「……?ママ?」

「ビッキィちゃん、今日もちゃんとお勉強頑張って、その後は気持ち良くお手伝いもしてくれたからね。だから今日は、パンを買って帰ろっか」

 

 私からの言葉に、ビッキィちゃんは目をぱちくり。でもその後、再び嬉しそうな顔になって、「うんっ!」と頷く。

 

「外からでも匂いはしてたけど、お店の中はもっと良い匂いだね。ビッキィちゃんはどれにする?」

「えとえと…メロンパン!」

 

 言うが早いかビッキィちゃんはメロンパンの台の前へ。走ると危ないよ、と注意しながら私は追い、ビッキィちゃんの返事を聞きながらメロンパンを一つトレイへ。更に自分用とセイツ用、二つのクリームパンもトレイに乗せて、お会計して外に出る。

 こっちも持てるよ、というビッキィちゃんの気持ちを尊重し、スーパーでの買い物と合わせて二つを持ってもらい、また手を繋いで私達は歩く。メロンパンを買ってもらってにこにこのビッキィちゃんは一歩一歩が大きく、でもやっぱり元々の背の関係で私が置いていかれそうになる事はなくて…それがまた、そんな姿がまた、私には愛おしく見えた。

 

「ただいまっ!」

「あら、ビッキィちゃんお帰り。イリゼとお出掛けしてたの?」

 

 教会へと帰った私達は、行き同様裏手側の出入り口から教会の中へ。すると同じく今帰ってきたところなのか、早速セイツと出くわして、セイツの言葉にビッキィちゃんはこくんと頷く。

 

「うん!わたしね、ママのおかいもののお手伝いしたんだよっ!」

「へぇ、そうなの。ふふっ、ビッキィちゃんは偉いわね」

「でしょ?でしょ?…あ、そうだ。それでママ、メロンパンをかってくれてね、セイツおねーさんのクリームパンもあるんだよ?…いっしょに食べる?」

「はぅぅ……あ…こ、こほん。そうね、折角イリゼが買ってくれたんだし…」

 

 床に膝を突いたセイツに頭を撫でられて、ビッキィちゃんは嬉しさ半分、自慢げ半分みたいな表情に。それに…というか、その表情を生み出すビッキィちゃんの感情に対し、セイツは例の如く萌えていたけど…誘いを受けた事で我に返り、私へ視線でありがとうと言いつつ一緒に食べる事を約束する。

 ビッキィちゃんは元々無邪気で人懐っこい性格をしているからか、初めこそ少し緊張していたけど、すぐにセイツの事も信用するようになってくれた。勿論セイツもビッキィちゃんの事を大切にしてくれるから、二人の中は良好で…でも私がママだからって、セイツが「叔母さん」と呼ばれる事は特にない。多分、そもそもビッキィちゃんが「叔母」って言葉を知らないからだろうね。

 

「でもビッキィちゃん、食べる前には…というか、帰ってきたらまずする事があるわよね?」

「うん、わかってるよっ」

 

 言うが早いかビッキィちゃんはリビングへ行き、奥の台所で手を洗う。その際には当然、長手袋を外して……手袋の中から出てきたのは、滑らかな人間の両腕。

 

「あ…感触でもしかしたらって思ってたんだけど、ずっとこのままでいられたんだね」

「ふふん、がんばったのっ!」

 

 そう言って胸を張るビッキィちゃん。私は出掛けていた間の、大体の時間を確認し…もうここまで伸びたのかと、深く頷きながら感心。

 異形のものとなっていたビッキィちゃんの両腕は、そこだけ変身させていた…とかじゃない。だから、外での生活において腕はどうしても問題だったんだけど…なんとこのように、頑張れば普通の腕に戻せる事が判明した。という事で、ビッキィちゃんには戻していられる時間を伸ばす(事と、その際の負担を減らす)訓練もしてもらっていて…そっちも今のところ順調。今のペースで伸び続ければ、長手袋なしでも大丈夫になるかもしれない。

 

「ママもいっしょに食べよ?」

「うん、そうしようかな。じゃあ……」

 

 伊達眼鏡を外し、買った物を仕舞ったところで、ビッキィちゃんが呼びに来る。ただ自分が食べるだけじゃなくて、皆と一緒に食べたい。そう思ってくれる事が私は嬉しく、ビッキィちゃんを軽く撫でてからリビングのソファへ。

 真ん中のビッキィちゃんを挟むように、私とセイツが左右に座る。そうして三人揃ったところで…頂きます。

 

「ん…まだほんのり温かいのがいいわね」

「メロンパンもサクサクだよ!あ、ママ、セイツおねーさん、一口どーぞっ!」

「ありがと、ビッキィちゃん。…んっ、ほんとにサクサクだね。それじゃあビッキィちゃんも、あーん」

「ふふふっ。こっちも、あーん」

 

 柔らかなパンと、その中のまったりした甘さのクリーム。それに私の心もまったりしていると、ビッキィちゃんが一口くれて…だから私も、一口お返し。セイツもそこで頬を緩ませて、逆側から一緒に差し出して…ビッキィちゃんは、連続でぱくり。どっちも同じパンだから、味もおんなじなんだけど…二人がくれたから、二倍美味しい。それ位の笑みをビッキィちゃんは見せてくれたものだから、私もセイツも自然とつられて笑っていた。

 ビッキィちゃんは小さくて、まだまだ出来ない事も多い。でも、だからこそ日々成長を、新しい姿を見せてくれて…きっとこれが子育ての喜びの一つなんだろうって、私は思う。

 

 

 

 

「うん、そう。こっちもその予定で進めておくよ」

 

 執務室の机、そこにおいた機器を用いた、五ヶ国でのオンライン会談。前はプラネテューヌの会議室でネプテューヌ達と一緒に話したり、或いはそもそも国の長じゃなかったから不参加だったりしたこういう事も、今はこうして自国で、国の長の一人として参加するようになった。

 その会談も大方終わったという事で、私達は一度休憩に。…ふぅ…苦手じゃないけど、やっぱり対面しての会話とは勝手が違うよね。

 

「〜〜♪」

 

 ぐっ…と伸びをして、軽く身体を捻った後、少しだけ視線を前に、応接用のソファがある場所へと向ける。

 そこにいるのは、ビッキィちゃん。相手をしてあげられる人がいない場合は、長時間一人にするのは可哀想って事で、執務室に読んでいて…今ビッキィちゃんは足をぷらぷらさせながら、児童向けの本を読んでいる。

 

「……?ママ、きゅーけー?」

「うん、そうだよ。ビッキィちゃん、その本面白い?」

「これね、なぞなぞの本なの。いっぱいなぞなぞかいてあるんだよっ」

「そっかぁ。じゃあ今度、その中から何かなぞなぞを出してみてほしいな」

 

 視線に気付いた様子のビッキィちゃんはこっちを見て、私の今度なぞなぞを出してほしいという言葉に元気良く頷くと、再び視線を本へと戻す。

 読書が楽しいのか、それとも私の邪魔をしないようにって意識が強いのか。どっちだとしても良い事だと思うし…うん、今日も仕事が終わったら、静かに待てて偉いねって一杯褒めてあげなくちゃ。

 

「ねぇねぇイリゼ、ビッキィちゃん今そこにいるの?」

「あ、うんいるよ。…画面越しになるけど…会いたい?」

「もっちろん!勿論さっ!」

 

 何故か某ファーストフード店のマスコットキャラクターみたいな声音で言い直した事はともかくとして…会談の相手の一人、ネプテューヌは凄く意欲的。でも他の三人は消極的…って訳じゃなく、「あ、なら私も」「ふふ、どの位成長したのかしら」「本と言っていたわね…ビッキィちゃんは将来有望だわ」…という感じで、普通に皆会いたい様子。

 ならばとビッキィちゃんに訊いてみると、ビッキィちゃんも「いいよっ」と即答。という訳で、ビッキィちゃんを呼んで私の膝の上に乗せると……

 

「おー、ビッキィ久し振りっ!…あれ?久し振りって程だっけ?」

「うーんと…ひさしぶりじゃなくて、ちょっとぶり、かも?」

「あ、そっかちょっと振りか!ふふん、じゃあ改めて…ビッキィちゃん、ちょっと振りっ!」

「ネプテューヌおねーさんも、ちょっとぶり!」

 

 なんと早速、同レベルの会話が発生した。……あれだよね?何だかんだ言っても最後はちゃんとしてるネプテューヌだし、ビッキィちゃんに合わせてあげてるんだよね?ビッキィちゃんも楽しんでるし、その為にやってるんだよね…?

 

「ふふ、元気そうね。やっぱり子供は、元気なのが一番よ。…元気過ぎるのは少し困りものだけど」

「……?…あっ、ベールおねーさん。前にくれたチョコレート、すっごくおいしかったよ!」

「まあ、それは良かったですわ。であれば、今度は詰め合わせの大箱をそちらに……」

「ベール、やたらめったらあげてたら糖分過多になっちゃうでしょ。少しは栄養の事も考えなさいよね」

 

 微笑んだり、お菓子をくれようとしたり、全く…とそれを窘めたりと、皆の反応はそれぞれ。共通しているのは、皆ビッキィちゃんを可愛がってくれる事で…ビッキィちゃんも、皆の事は優しいお姉さん達として見ている、と思う。…まぁ、私は勿論セイツよりもずっと接する機会は少ない訳だし、となれば基本は可愛がる一辺倒になるよね。

 

「おかし…おかしはママがよくつくってくれるよ?クッキーとか、ケーキとか、えっと…きゅらそー?…とか」

『キュラソー?…イリゼ……』

「え…ち、違う違う!お酒なんてあげてないよ!なんでビッキィちゃんもそんな…って、あ……チュロス、チュロスの言い間違えだからね!チュロスなら、最近作ったし!」

 

 まさかビッキィちゃんの前で変な会話はしないだろうし…とのんびり私がやり取りを見ていたら、あろう事か皆ではなくビッキィちゃんが爆弾発言。びっくりしながら私は否定し、同時に何故お酒の名前をと考え……結果、ただ単に名前を間違って覚えていただけだったという事が判明した。…び、びっくりしたぁ……。

 

(……でも…こうやって色んな人と接するのは、絶対ビッキィちゃんの為になるよね。…今の場合は人じゃなくて女神だけど)

 

 その後も暫く、ビッキィちゃんと皆は会話。気付けば予定していた休憩時間を超えてしまっていたけど、リフレッシュという休憩の目的は十分に果たせたんじゃないかと思う。

 それに…私はこうも思う。皆の場合は初めから友好的だったから、毎回こんな感じで上手くいくとは限らないけど、人と関わるっていう事には、色んな学びや発見がある。時には上手くいかない事もあるものだけど、それだって一つの学びになるし…何よりビッキィちゃんには、もっともっと色んな人を、色んな事を知ってもらいたい。狭い人間関係、限られた環境だけで完結する世界なんて…そんなのは、悲しいから。

 

「…これでよし、っと」

「ママ、おしごとおわり?」

「終わったよ、ビッキィちゃん。今日も待っててくれてありがとね」

 

 ビッキィちゃんに膝の上から降りてもらった後、会談は再開し、終わり、その後はデスクワークを片付けていって…今日予定していた分の仕事は終了。決めていた通り、大人しく待っていてくれたビッキィちゃんの事を撫でながら褒めて、それから私達は執務室を出る。

 

「ビッキィちゃん。ビッキィちゃんは、ネプテューヌ達と話したり、遊んだりするの好き?」

「うんっ。おねーさんたち、やさしくて、おもしろいからっ」

「そっかそっか。…怖く、ないんだね」

「ほぇ……?」

 

 少し含みを持たせるような声音になってしまったからか、ビッキィちゃんはきょとんとした顔で私を見上げる。その目は今日も純粋で、真っ直ぐに私を見ていて…少し考えてから、私は答える。何でもないよ、という反射的に浮かんだ言葉ではなく…今、私が思っている事を。

 

「ねぇ、ビッキィちゃん。お外は、どう?今は買い物に出掛けたり、お散歩をする位だけど…お外も、怖くない?」

「え?…うーんと…うん、こわくないよ?」

「…だよね。普通に外に出て遊びたい、ってあの時も言ってたもんね」

 

 思い出すのは、初めてビッキィちゃんが私へ語ってくれた日の事。あの時確かに、ビッキィちゃんは普通に外へ行きたいと言っていて…多分本当に、外への恐れはないんだと思う。

 

「だったら、知らない人は?…あ、いや…この言い方だとちょっと不味いね。えーっと…ほら、お店の店員さんとか、外を歩いてる時にすれ違う人とかは、怖い?」

「うぅん…?……お外の人は…こわくない、けど…おっきぃ人とか、えと…はくい?…の人は、ちょっとこわい…」

 

 次々と投げかけられる質問に、流石に変だと思ったのか、ビッキィちゃんは少し首を傾げる。答えてはくれたけど、「ママはなにが言いたいんだろう…」みたいな顔で、私を見ている。

 大きい人が怖い、というのは小さい子なら普通に抱く事だと思う。白衣は…きっと、ビッキィちゃんが逃げてきた所にいた人達が、着ていたから。

 これについては、気を付けてあげなきゃと思う。どっちも慣れれば、大きかったり白衣を着ていたりするだけで恐れる事はなくなると思うけど、慣れる以外の方法がないとしても、怖いものは怖いんだから。でも、だからって大事にしてあげるだけじゃ、変わらない。慣れるというのは、外に出なきゃ…色んな場所で、その要素を持つ色んな人に出会わなきゃ、進んでいかないものだから。

 

「いきなり色々訊いてごめんね。…もう一個だけ、訊いてもいい?」

 

 足を止めて、顔だけじゃなくて身体全体でビッキィちゃんの方を向いて、私は訊く。何だろう…私の問いに対して、ビッキィちゃんはそんな顔をしていて……でもいいよと頷いてくれる。だから、私もありがとうと言葉を返し…言う。

 

「ビッキィちゃん…学校、行ってみたい?」

「え……?」

 

 学校。子供が勉学に励み、健康な心身を育み、多くの人と触れ合い、集団というものを…違う環境で過ごす多くの人を知る為の機関。その学校に行く事が、学生としての日々を送る事が、ビッキィちゃんにとって大きなプラスになるんじゃないかと、私は思っていた。

 

「…がっこう……」

「…学校は、知ってるよね?」

「う、うん…おべんきょうをするところで、テストがあったり、うんどうかいもあったりするところ…だよね…?」

 

 私からの言葉を受けたビッキィちゃんは、少しだけ表情が硬くなる。表情一つで、感情の全てが分かる訳じゃないけど…その表情から伝わってくるのは、不安の思い。

 

「学校はね、勉強したり運動したりもするけど、他にも色々あるんだよ?歌ったり絵を描いたりもするし、社会見学…工場とかお店の裏とか、普段は見られない場所に行ったりもするし、遠足とかもあるらしいし…それに、友達も出来るよ?入るだけで出来る訳じゃないけど…ビッキィちゃんならきっと出来るって、ママは思うな」

「…ともだち……。…うん。わたし、ともだち作りたい。…でも、だいじょうぶかな…わたし、まだ知らないこといっぱいあるし…手も、つかれるともどっちゃうし…へんな子だって、思われないかな…」

 

 学校に対して不安に思うのは分かる。きっと皆、初めて学校に行く時は、同じように不安を抱くものだろうから。だから私は、学校でするのは勉強だけじゃなくて、それ以外にも色々な事をするんだと、勉強だって普段やっているような事ばかりじゃないんだと、ビッキィちゃんへ伝えていく。

 するとビッキィちゃんは、友達に…友達が出来るという事に対して、こくんと頷く。友達を作りたいと言って…それから、答えてくれた。不安の理由を。自分は学校に馴染めるかどうか…異端だと思われないだろうかという、自分の気持ちを。

 

「…そうだよね、不安だよね。でも、大丈夫。だってビッキィちゃん、毎日一生懸命お勉強してるでしょ?手だって、どんどん変えていられる時間が伸びてるでしょ?だからきっと大丈夫。ビッキィちゃんが学校に行きたいって思うなら、それまで私がちゃーんと、ビッキィちゃんが困らない位になるまで教えてあげるから」

「…けど…うぅ……」

 

 両膝を床に突き、目線の高さをビッキィちゃんと同じにしてから、私は話す。不安な事があるなら、私が大丈夫なようにしてあげると。それに腕だって、私の方で話を通しておけば、長手袋をつけての登校をする事だって出来る。ビッキィちゃんの不安は、決して対処出来ないようなものじゃない。

 それでもビッキィちゃんの表情は晴れない。そしてそれはきっと、ビッキィちゃんの中にある不安は漠然とした、実体験に基づく不安じゃないから。だからこそ、言葉では安心し切れないんだと思う。

 

(…実際に見学させてあげるとか、学生経験のある皆に話をしてもらうとか、方法は色々ある。…けど……)

 

 少し、考える。ビッキィちゃんの不安を和らげる方法や、不安より期待を膨らませる方法を。

 だけどそれ等は、少し違う。そんな気がした。だから私はビッキィちゃんの頭を撫でて…続ける。

 

「…でもね、今ママが言った事は全部、学校じゃなきゃ出来ない事じゃないの。もしも、ビッキィちゃんがどうしても嫌なら…学校は、行かなくてもいいんだよ」

「…そう、なの……?」

「うん。勉強も運動も、絵も歌も学校以外でだって出来るし、遠足はピクニックとか日帰り旅行とかと同じようなものだし…ママは、女神様だからね。見学したいところなら、どこへだって連れて行ってあげられるの」

「…ともだちは……?」

「友達なんて、それこそ学校じゃなくても出来るものだよ。だって、ママの友達は皆、学校じゃないところで出会って、仲良くなったんだもん。何より…ママも、学校は行った事ないの。だからもし、ビッキィちゃんが学校に行かなくても、それは全然、いけない事じゃないんだよ」

 

 当然、学校の存在を蔑ろにする訳じゃない。学校がどれだけ重要な機関なのかは十分理解してるつもりだし、実際学校で得られるもの、学べるものは多い。現代社会において、学校は必要不可欠な存在と言っても過言じゃない。

 けどそれは社会全体での話であって、全ての人に必須かと言えば…違う。私や女神の皆を抜きにしても、教祖を始め、学校へ通わなかった人はいる。何故なら学校は、良くも悪くもやる事やその進度が多かれ少なかれ決まっていて、時間も自由が利かず、どうしても学校の在り方に縛られてしまう部分があるから。勿論その縛りも教育機関として機能させる上で必要な事で、教育のプロから一定レベルの各種学びを、各家庭で学ぶより遥かに低額で…というか、段階によっては無償で受けられるというのが学校の強みなんだけど……逆に言えば、十分にお金があって、普通学校じゃ学べないような事も子供に教えたい場合や、自由の利く環境で学習をさせたい場合なんかは、学校に通わないというのも選択肢になる。

 そして、私は女神。学校に行かない、独自の勉強をするという選択肢のデメリットなんて、どうとでもなる。流石にやりはしないけど、ビッキィちゃんの望みを叶える、ビッキィちゃんの為の学校を作る事だって女神には出来る。だから…ビッキィちゃんが学校に行かない選択をするのなら、それでも良い。

 

「…………」

 

 俯いたまま、ビッキィちゃんは黙り込む。そうしたいとも、それは嫌だとも言わず、沈黙したまま床を見つめる。

 素直だ。ビッキィちゃんは、とっても素直だ。…私はこう思った。黙ってしまったのは、考えているから。言われた事、与えられた情報を全部受け止めて、考えるそのさまは…本当に素直だって、私は思う。

 

「…学校、行きたいんだよね」

「…わかるの…?」

「分かるよ、ママはビッキィちゃんのママだもん。行ってみたいけど、怖くて心配…そう思うビッキィちゃんは何もおかしくないし、行きたいって気持ちより不安な気持ちの方が大きいなら、行かなくても良いし……だけどビッキィちゃんならきっと、やっぱり楽しかった、不安だったけど行って良かったって、そう思えるよ。だって…ビッキィちゃんは、ママの子だから」

 

 その言葉と共に、私はビッキィちゃんを抱き締める。ゆっくりと抱き寄せて、大丈夫、と頭を撫でる。

 ちゃんとした説明になってない事は百も承知。でもビッキィちゃんの心を、思いを後押しするのは、理路整然とした話より、こっちの方がずっと良いって私には分かる。まだまだ日は浅くても、私はお母さんだから…だから、分かる。

 初めはぴくりと肩を震わせるだけだったビッキィちゃんは、それからゆっくりと私の背中に腕を回す。ぎゅっ、と私を抱き締め返してきて……そして、深呼吸。

 

「…すぅ、はぁ……ママ」

「うん」

「わたし、決めたよ。わたし…がっこう、行く」

 

 背中から離れる手。呼ばれた事で私も離し、ビッキィちゃんの両肩に手を置き直してから、私達は見つめ合う。真剣な顔をしていたビッキィちゃんは、私を見つめて…言った。決めたよ、って。学校に行く、って。迷いの消えた……真っ直ぐな目で。

 

「大丈夫?」

「だいじょうぶ。だってわたしは、ママの子だからっ!」

 

 ふふんと笑って、胸を張るビッキィちゃん。その表情から感じるのは、確かな信用と信頼で…そんなビッキィちゃんを、私はもう一度抱き締めた。今度はビッキィちゃんの顔を胸へ寄せるように、ぎゅーっと。ビッキィちゃんも、初めは驚いたようで「わぷ…っ!」って声を出していたけど、嫌がったりする事はなくて……えへへ、と少し照れ臭そうな、でも嬉しそうな顔をしていた。

 

「そうと決まったら、これからもお勉強頑張らないとだね。ビッキィちゃんが学校で困ったりしないように、お勉強の事だけじゃなくて、生活の中で必要な色んな事、一つずつ教えてあげるからね」

「はーい!……あれ?ママ、がっこう行ったことないんだよね…?…だいじょうぶ…?」

「む?それはママが、お勉強以外の必要な事を教えられないって意味かなぁ〜?」

「わわっ!ご、ごめんなさーい!」

 

 少ししてから離して、今度はぽふぽふと軽く両肩を叩くと、ビッキィちゃんは元気よく返事。でもその後、なんだか変な…少々私を過小評価しているような事を訊いてきたものだから、私はわしゃわしゃ、ぐしゃぐしゃ〜っと髪型を無茶苦茶にするような勢いで撫でる。するとビッキィちゃんは、目をきゅっとした状態で謝ってきて……だけど少しだけ、これを楽しんでもいるようだった。…全く、ビッキィちゃんめ…ママをからかう事を覚えたら、ママだって怒っちゃうぞ?

 

「…さて。それじゃあビッキィちゃん、今日もご飯作るから待っててね」

「うんっ!」

 

 そうして暫くぐしゃぐしゃ〜、とした後、手で軽く髪を撫で付けて、立った後に私は言う。執務室でおやつをあげたし、もうお腹ぺこぺこで耐えられない…って事はないと思うけど、早く作ってあげないとね。それに今日はビッキィちゃんが学校に行くって決めたんだから、いつもより豪勢にしてあげようかな。

 なんて事を思いながら、私達はリビングへ。その最中にふと、「ビッキィちゃんが学校に行くようになったら、こうして過ごす時間も減るんだよね…」と思って…自然にそんな思考をするようになった自分は、思ったより母親が板につき始めてるんだなぁ、と軽く肩を竦めるのだった。

 

 

 

 

 ご飯の後は、一緒にテレビを見たり、遊んだりして、その後はお風呂に入って……いつもの就寝時間になると、自然とビッキィちゃんは眠そうになっていた。厳密に、この時間になったら寝るんだよ、と決めてる訳じゃないけど…大体いつも同じ時間帯に寝られるのは、とても良い事だと思う。

 

「すぅ…すぅ……」

 

 ベットで寝息を立てるビッキィちゃんを少し開いた扉から見ていると、自然に口元に笑みが浮かぶ。ビッキィちゃんの寝顔は穏やかで…ここがビッキィちゃんにとって安心出来る場所なんだと思うと、やっぱり嬉しい。

 

(…学校…私の方から言い出して、ビッキィちゃんも行く気になった訳だけど、色々と準備が必要だよね……)

 

 隣にある自室に戻りながら、私は考える。学校に通うに当たり、その為の…早々の知識や能力は勿論必要だけど、それだけあればいい訳じゃない。当たり前の話だけど、まずはどこの学校に行くかを決めなきゃいけないし、用意しなきゃいけない物だってあるし、手続きやらなんやらもある。私は女神なんだから、誰かに任せる事だって出来るけど…出来る限りは、自分でやりたい。母親として、ちゃんと親の務めを分かっていたい。

 

「それに……」

 

 既にビッキィちゃんと仲良くなれたるーちゃん、まだまだ仲は発展途上だけど、少しずつ前進しているライヌちゃん…私の部屋でのんびりしていた家族達と戯れながらも、思考を続ける。

 親としての事もそうだけど、何よりの問題は、ビッキィちゃんの出自や過去。まだビッキィちゃんがどこから来たのかが分かってないし、ビッキィちゃんも全てを知ってた訳じゃないから逃げてきた組織の事もまだ不明な部分が多いし…その組織が、ビッキィちゃんを追ってくる可能性だってゼロじゃない。教会に、私の側にいる時は問題ないけど…学校に通い始めたら、当然そうもいかなくなる。

 だからこそ、考えなきゃいけない。ビッキィちゃんも、ビッキィちゃんの通う学校やその周囲も守る仕組みや計画を。

 

「…………」

 

 考え出すと、色々出てくる。もうビッキィちゃんは心身共に回復してるし、ちゃんとした検査を…腕を始めとする、ビッキィちゃんの身体の状態、施された事を調べる必要があるんじゃないかとか、もっと母親に必要な事、子にしてあげなくちゃいけない事みたいな括りより広い、普通の親子はこんな事をしている…みたいな事も調べて、可能なものは取り入れた方が良いんじゃないかとか。そして何より、ふとした時に思い出すのは…ビッキィちゃんの、本当の家族の存在。

 もしもビッキィちゃんに辛い思いをさせた組織が追ってきたのなら、勿論私は守る。だけどもし、家族がビッキィちゃんを見つけて、ここまで来たというのなら、その時私は……

 

「…ううん、そうじゃないよ私。いつかは考えなきゃいけない事だけど…今は目の前の、今のビッキィちゃんの事を考えてあげなくちゃ」

 

 ふるふると頭を振って、私は思考にストップをかける。これも必要な思考だけど、今ビッキィちゃんが目指しているのは、学校に行く事。頑張ろうとしてるのは、その為の勉強。ならば母親である私にとって大切なのは…その為の行為。

……そう考える事で、必要な思考としつつも後回しにしている事は分かってる。だけど、それより優先すべき事があるっていうのも、間違いじゃない筈なんだ。だって…ビッキィちゃんは、私をママと呼んでくれているんだから。そう呼んで、そう思ってくれるなら…私は今、精一杯母親としての事をしたい。それが今の……私の思いだ。




今回のパロディ解説

・ピンクのかみのお兄さん
お笑いコンビ、EXITの兼近大樹さんの事。作中で言っているのは、霜降りミキXITでの一幕ですね。簡単な問題でも、時に不注意ミスが起こる…気を付けないとですよね。

・ロックルオーテ
ベイブレードシリーズの一つ、ロックレオーネのパロディ。ルオーテはほんとに食べ物らしくない名前というか、似た響きの言葉なら違和感なく置き換えられますよね。

・月光のルオーテ
バトルスピリッツ ヴレイヴに登場するキャラの一人、(月光の)バローネの事。こちらも違和感がありません。まあ、月光のレオーネ、ロックバローネでも違和感ないですが。

・某ファーストフード店のマスコットキャラクター
マクドナルドの看板キャラ、ドナルド・マクドナルドの事。今でこそ見かけませんが、「勿論さっ!」とクシャミはCMでの印象が物凄く強いですね。


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第三話 大きな一歩、友との一歩

 学校に行くと決めてから、ビッキィちゃんはそれまで以上に勉強へ、知識を得る事への積極性が増した。次々と色々なものを覚えようとするから、名前がこんがらがっちゃったりした事もあったけど…学びに積極性が出るのは、凄く良い事。私は出来る限り訊かれた事に答えて、ものによっては「そうだね、ビッキィちゃんは何だと思う?」と訊き返す事で知識だけじゃなく、思考力も養えるようにやり取りを交わしてきた。

 私も私で準備を進め、ビッキィちゃんが安心して、安全に学校へ通えるように取り計らった。そういう女神だからこそ出来る点は勿論、母親として雑巾を縫ったり、ビッキィちゃん用に筆記用具を買い揃えたり(これまでは私のを使わせていた)、普通の家庭なら当たり前の事もやって、編入の日へと向かっていった。

 そして…今日がその、編入の日。今日は初めて、ビッキィちゃんが学校へ行く日。

 

「…着いたよ、ビッキィちゃん」

「う、うん」

 

 手を握ったまま、学校の前で足を止める。既に一度、登下校の道筋確認の為に来ているから、ビッキィちゃんも見るのは初めてじゃないんだけど…やっぱり緊張しているようで、表情は硬い。

 当たり前だけど、選んだのはビッキィちゃんが教会から歩いて通える学校。勿論車両を用いる…要は送迎有りの学校生活だって駄目じゃないけど、折角だからビッキィちゃんには『普通』の経験をしてほしいし、ビッキィちゃんも自分で通いたい、と答えてくれた。…まだどうなるかは分からないけど…ビッキィちゃんが友達の家に行く、或いは友達が来るって場合を考えても、子供が自力で行ける範囲である方が良い筈だと、私は思う。

 

「…学校、本当は嫌だったりしない?今ならまだ、そのまま帰ってもいいんだよ?」

「ううん。その、ドキドキするけど…いやじゃ、ないよ」

 

 少し身を屈めて、ビッキィちゃんの方を向いて、訊く。勿論学校側としては「えっ?」ってなるし、親として謝る必要が出てくるけど…一番は子供の、ビッキィちゃんの気持ちを尊重する事。だから私は訊いて…だけどビッキィちゃんは首を横に振り、ぎゅっと私の手を強く握り返す。大丈夫、行けるよと私に示すように。

 

「じゃあ…入ろっか」

 

 長手袋越しでも伝わる温かさを感じながら、私もまた手を握り返し、私達は敷地の中へ。まずは来客用の入り口から入り、事務を介して校長先生や担任となる先生、その他数人の人と面会。予め、女神ではなく編入する生徒の親として来るつもりだと伝えてはいたんだけど…うん、雰囲気は完全に『女神様がいらっしゃるぞ!』状態だね、はは…。

 

「オリジンハート様。お子さ…いえ、保護していらっしゃる方の安全には、最新の注意を払う事をお約束します」

「はい、お願いします。…ですが、どうかうちの子を『女神から預かっている少女』ではなく、普通の生徒の一人として見てあげて下さい。他の子に、不公平感を抱かせたくはないですし…ここに通う生徒も、貴方達先生方も、この国で生きる人全てが、私にとっては大切な人達ですから」

「…勿論です。我々も教育に携わる者として、精一杯…通う子全てが充実した学校生活を送れるよう、力を尽くしたいと思っていますから」

 

 暫く話をし、担任の先生にビッキィちゃんを預けてから、改めて私は校長先生と言葉を交わす。ただの親として来ているんだから、と敬語を使いつつも女神の立場での発言をしちゃって、我ながらちぐはぐだとは思ったけど…結果私は、校長先生の、先生方の思いを聞けた。これは多分、私が親という立場になったからこそ聞けた、出来た会話で……ビッキィちゃんは、私に色々な事を教えてくれる。これまで私が教育をしてはきたけど、そのビッキィちゃんからも、色々な事を教えられる…そんな風に、私は思った。

 

「ではまた、下校の時間に迎えに来ますね」

 

 今日ビッキィちゃんは、そのまま授業を受けて、昼食も学校で食べる事になっている。だから私は一度教会へと帰って、普通に仕事。ビッキィちゃんがいない事、これから学校のある日は基本そうなるんだという事に対し、ほんのり寂しさを感じたりもして…だけどこれはビッキィちゃんの望んだ事なんだからと、気を取り直して仕事に集中。…の、つもりだったんだけど……

 

(うぅ、ビッキィちゃんが心配であんまり集中出来なかった……)

 

 これは私が心配性なだけか、それとも親なら皆そうなるものなのか。とにかく想定より進まなかった分はどこかで補わないとな、と思いつつ私は再び学校を訪れ、もう一度来客用入り口から校内に入る。もうすぐ帰りの会が終わるという事で、校長室にて待つ事になり…十数分程経ったところで、扉が開く。

 

「さ、入ってビッキィさん」

「はいっ」

 

 先に先生の声が聞こえて、続けてビッキィちゃんが姿を現す。ビッキィちゃんは私を見るとすぐに側まで歩いてきて、そのビッキィへ私はお疲れ様と労う。

 校長先生から二言三言質問され、それにビッキィちゃんが答え、最後に私と先生達とで少し話して会話は終了。互いに「明日も宜しくお願いします」と言い、私達は学校を出る。

 

「…ビッキィちゃん、さっき校長先生にも訊かれてたけど…学校、どうだった?」

「あ、うん。…すぅ……」

 

 手を繋いで帰る道中、少し学校から離れたところで私は一度足を止め、ビッキィちゃんへと向き直りながら訊く。するとビッキィちゃんは一度頷いた後、大きく息を吸って……言った。

 

「学校は……すっごく、たのしかったよっ!」

 

 言葉と共に輝く、満面の笑み。そっかそっか、と私が撫でると、ビッキィちゃんは嬉しそうに肩を竦め、続けて色々と話してくれる。今日は早速授業を受けたけど、ちゃんと付いていけたよとか、班ごとに机をくっ付けて給食を食べたんだよとか、その後のお昼休みには数人の子に学校の案内をしてもらえて、その中で色々な話を出来たよとか…そんな風に様々な話を、楽しそうに。

 

「それでねっ、それでねっ、明日はたいいく…ってじゅぎょうがあるのっ。グラウンド、っていう広いところで、いっぱいうごく……」

「うんうん、ちょーっとストップビッキィちゃん。ママの方から訊いておいて悪いんだけど、残りは帰ったら話そっか。ビッキィちゃん、まだまだ沢山話したいでしょ?」

「ふぇ?…あ…えへへ……」

 

 止まらないビッキィちゃんの肩に手を置いて、落ち着かせるようにそう言うと、ビッキィちゃんは周りを見回した後にちょっと恥ずかしそうな顔で笑う。どうやらビッキィちゃん、話すのに夢中でまだ帰る途中だった事を忘れてしまっていたらしい。

 

「だけど、良かった。ビッキィちゃんが、一日で学校を好きになれたみたいで」

「…わたしがすきになれると、ママうれしいの?」

「うん、嬉しいよ。学校に行きたいって思ってたビッキィちゃんが、やっぱり嫌だ、学校は嫌なところだった…ってなっちゃったら悲しいし…だからそうならなくて、安心した…って感じもあるかな」

「そっか……あ、ママ!ママ!」

「どうしたの?ビッキィちゃん」

「わたし、がっこうすきだけど…ママのことは、もっとすきだよっ!」

 

 安堵と喜び。その両方があるから嬉しいんだと伝えると、ビッキィちゃんは跳ねるようにして私を呼んでくる。そして、今度は何だろうと思って私が尋ねると……ビッキィちゃんは、言ってくれた。ママの事は、もっと好きだって。

──嗚呼、なんて母冥利に尽きる言葉だろうか。こんな事を言ってくれる程にまで、ビッキィちゃんは私を信頼してくれていたのか。…そう思うと、私は嬉しくて堪らず…その場でビッキィちゃんを、抱き締めてしまっていた。

 

「もー、ビッキィちゃんったら…私もビッキィちゃんの事、すっごく好きだよっ」

「わぷっ…く、苦しいよママぁ……」

 

 帰る為にビッキィちゃんの言葉を止めておきながら、その場でぎゅーっと抱き締めるのは如何なものか。なんて思考はその時の私にはなく、ただただ感激で抱き締めていて…苦しいと言いつつも、ビッキィちゃんも声は何となく嬉しそうだった。……まあでも最初はともかく、段々ほんとに苦しくなってきたみたいで、それに気付いた私はすぐに離したんだけど、ね。

 

 

 

 

 初めての登校、初めての学校生活は、ビッキィちゃんにとって大成功、大満足のものとなった。純粋に楽しみにしていた学校へ行けた事、学校が期待通りのものだった事、勉強に関してもちゃんと出来た事…色んな事が嬉しさに繋がって、大満足の初日になったんだと私は思う。

 でも、一日行くのと、毎日行くのじゃ大きく違う。だから学校に慣れてくる事で、楽しいだけが学校じゃないんだと分かってくる事で、やる気がなくなったりしないかと少しだけ懸念していたけど……それは、杞憂だった。慣れてきてはいるものの、毎日元気良く学校に行って、元気良く帰ってくるビッキィちゃんは、日々学校生活を謳歌していた。

 そして、ある日がやってくる。ビッキィちゃんは勿論…私にとっても、少しドキドキする事になる日が。

 

「ママ、ただいまっ!」

「お帰り、ビッキィちゃん」

 

 ノックの後、執務室の扉が開かれると同時に聞こえてきたのは、ビッキィちゃんの元気一杯な声。基本的に、私が仕事を終えるよりビッキィちゃんが帰ってくる方が早いから、いつも帰ってきたビッキィちゃんは、こうして執務室にやってくる。まぁ勿論、ビッキィちゃんの下校に合わせて仕事を終えられる時間配分に変えたって良いんだけど…そうしない理由は、別に変えないと困る訳じゃないって意外にも、一つある。

 

「ビッキィちゃん、今日は学校から家の人宛てのプリントがあったりした?」

「ううん、ないよ」

「じゃあ、宿題は?」

「今日はけいさんドリルと、本よみ!」

 

 はきはき答えるビッキィちゃんに、私もうんうんと頷きを返す。手洗いうがいもしたというビッキィちゃんはいつも座る場所、ビッキィちゃんにとっての定位置に座り、早速宿題に取り掛かる。

 これが、その理由。私も仕事をしている…つまり、親も机に向かっている環境の方が、「自分も頑張ろう!」って気持ちになれると思って、私は仕事の時間帯を変えていない。現にビッキィちゃんは、毎日自分から宿題をやっているし、私としてもちらりと視線を動かすだけでビッキィちゃんの頑張りが見える訳だから…これが、在宅ワークの長所だよね。在宅っていうか、厳密には家と同じ建物の中にある職場だけど。

 

「でーきたっ!ママ、本よみ…今からでいい?」

「大丈夫だよ。今日も昨日と同じところかな?」

 

 暫くして計算ドリルを終えたビッキィちゃんは、本読みを開始。ビッキィちゃんの音読は、決して上手い訳じゃないけど、ちゃんと読めてるし、真面目さが伝わってくる。それに、真剣にやりつつも物語の風景を想像してか時々表情が緩むビッキィちゃんの姿は…とても可愛い。私にとって本読みの時間は、仕事中の良い息抜きになってると思う。

 

「……ために、たびに出ることになりました。たびのどうちゅう、色々な子があらわれて、きびだんごを下さいな、と言います。そんな子たちに、それならなかまになって、いっしょにたびをしてくれるかな?とかえします」

(うんうん、それでここから三匹の動物が仲間に……)

「そうして、からみてぃ、ふぉびどぅん、れいだーをなかまして、さらにたびを……」

「動物じゃなかった!?え、何故に後期GAT!?きび団子で仲間に出来るの!?そしてなら、主人公の旅って青き清浄なる世界でも目指してるの!?」

 

……息抜きどころか全力突っ込みを引き出されてしまったけど、ほんとに普段は息抜きになっている。なっている筈。そしてビッキィちゃんが読んでいたのも、教科書じゃない何かな筈。

 

「…ん、よく出来ました。サインするから、本読みカード出してね?」

「はーい……あっ!ママっ、わたし大事なおはなしがあるの!」

「大事なお話?」

「うんっ!あのね、わたし明日、ともだちとあそぶの!こうえんにしゅうごうで、そのあとわたしのいえに来てみたいって言われたんだけど…いい、かな…?」

 

 カードを出したところで、ぱっと表情が変わるビッキィちゃん。何かな、と思って訊けば…何と明日、即ち休みの日に、友達と遊ぶと言う。そしてうちに招きたいとも言う。

 ビッキィちゃんが学校外で友達と遊ぶだなんて初めての事。だから当然、友達を家に呼ぶのも初めての事。前者は勿論構わないし、普通に喜ばしい事なんだけど…問題は後者。

 

(招く事そのものは問題ないけど…子供達って皆、ビッキィちゃんが教会に住んでる事知ってるのかな……)

 

 隠す事じゃないし、隠さなきゃいけない事だとビッキィちゃんに思ってほしくもないから、ビッキィちゃんを教会が保護してる事は保護者さん達に伝えている。伝えているというか、先生に伝えてもらえるようお願いしてある。だけどそれを、子供達がどれだけ理解してるかは分からない。だから家に、教会に来る事でビッキィちゃんが凄い家の子なんだって分かって、友達の子が気後れしてしまうかもしれない…そう思うと私は不安で……でもビッキィちゃんは、期待の目で私を見ている。その瞳を見れば、分かる。友達を家に招いて一緒に遊ぶ…それをどれだけ、楽しみにしているかって事が。

 

「…うん、分かった。色んなところに出入りされたり、仕事をする場所に入られたりしたら困るけど…そういう事はしないって約束出来るなら、呼んでも良いよ」

「ほんと!?やったぁ、ママありがとう!」

 

 表情を輝かせる、本当に気持ちが分かり易いビッキィちゃんに頬が緩むのを感じながら、私は柔らかなビッキィちゃんの髪を軽く撫でる。

 友達と遊ぶ。学びでも何でもない、普通の事だけど…これだってビッキィちゃんにとっては、大きな経験。ならそれを良いものに出来るよう最大限協力したいっていうのが、私の思い。

 

「あ、それと公園に行く時はちゃんとママに言うんだよ?公園の場所は分かってる?待ち合わせの時間とかも話してある?」

「もー、だいじょうぶだよママ。わたしだって、もう学校にかよってるんだからっ!」

 

 ふふん、と胸を張るビッキィちゃんに「あー、やっぱり可愛いなぁ…」と思うのも、「ほんとに大丈夫かな…念の為、こっそり尾行して…」と思うのも、きっと両方親心。というか、ビッキィちゃんが学校以外で一人で外に行く事自体、まだあんまりないんだから、これに関しては心配するのも当然…だと思う。

 とまぁ、そんなやり取りをしたのが昨日の事。今日はビッキィちゃんの友達が来る当日で、ビッキィちゃんが出掛けたのが数十分前の事。

 

「…うぅ、駄目だ…どうもそわそわしちゃう……」

 

 別に私が遊ぶ訳じゃないのに、自分の友達が来る経験なら何度もしてるのに、何故かそわそわしてしまう。何度も仲間と共に次元を救い、交友関係は別次元や別世界にも及び、今は国を治めてもいるこの私が、義理の娘の友達が来る位でそわそわするんじゃ面目が立たない……

 

「ママ、ただいま!ともだちをつれてきたよ!」

『おじゃましまーす』

「……!あぁ、いらっしゃい。ゆっくりしていってね」

 

──ぱっとリビングにビッキィちゃんが姿を現し、その後ろから二人の子も顔を見せた瞬間、完全に私は意識が切り替わり、完璧な女神スマイルでビッキィちゃんの友達を迎える事が出来た。…流石私、流石女神。……ゆっくりだからって、生首にはなってないよ?

 

「あ…えっと、シャットですっ」

「リンカで〜す」

「うん、シャットちゃんにリンカちゃんだね。二人共、何かアレルギーがあったりは…(……あれ?)」

 

 名前だけの簡素な自己紹介を受けた私は、用意したおやつを食べられるか確認する為にアレルギーの事を…訊く途中、ある事が気になった。

 遊びに来たのは二人共女の子で、シャットちゃんは青い髪をちっちゃなポニーテールにしている子。こっちの子は、普通に初対面。でも黄緑色の髪をしたリンカちゃんは、なんとなーく見覚え…というか、似た人を見た事があるような……。

 

「…ママ?」

「あ…うん、何でもないよ」

 

 呼び掛けられて我に返った私は、改めてアレルギーを確認。問題ないと分かったところでここが仕事場と繋がっている事を伝えて、後はビッキィちゃんに任せる事に。

 

「よーし!じゃあビッキィ、ボクとオセロでしょうぶだ!」

「え、オセロ?」

「うん。学校にオセロがあるばしょがあってね、前にわたしかったの!」

「そのリベンジなんだって〜」

 

 びしっ!…と勝負を申し込むシャットちゃん。対するビッキィちゃんは受けて立つよ、ってスタンスらしく、リンカちゃんの発言からしてオセロ勝負は元々決まっていた事らしい。

 ビッキィちゃんが好き、って事でちょこちょこ私もオセロをやるけど…ビッキィちゃんはまあまあ強い。流石に大人相手でも余裕、って程じゃないけど、同年代の子とやればまあまず勝てるよね、って位の実力はあって…って、あれ?ビッキィちゃんもシャットちゃんでオセロをするってなると……

 

「リンカちゃんは、その間見てるだけ?私と何かする?」

「ううん、だいじょうぶ〜。わたし、のんびり見るのがすきだから」

「あ、そっか。それなら良いけど…(これは、後で一応ビッキィに言っておいた方が良いかな…)」

 

 今回は…というか、リンカちゃんの場合は問題なかったけど、誰か一人だけ取り残される…有り体に言えば仲間外れになるような遊び方は良くない。勿論、常に全員が楽しめてるかどうか気を遣う、っていうのも変な話だし、そこまではしなくてもいいけど、三人なのに二人でやるゲームを早速やる…というのは、やっぱり気を付けるべきだと思う。まあでも、難しいよね。ビッキィちゃんも二人も、まだまだ他人との付き合い方を勉強中の子供なんだから。

 

「ボクのターン!ここにおいて、2つをロック!」

「ふふふー、引っかかったねシャット。わたしのターン、シャットがそこにおいてくれたおかげでかどをゲット!さらに1つをアンロック!」

「……!む、むぅぅ…!」

 

 そうしてビッキィちゃんがオセロボードを持ってきた事で、二人は対戦開始。序盤は一進一退の攻防だったけど、段々ビッキィちゃんが優位になり始め、シャットちゃんが押される展開に。…楽しそうで何よりだけど、なんでカードゲームっぽい言い方してるんだろう…しかも呪縛(ロック)解呪(アンロック)って…確かにひっくり返してるし、白と黒でそれっぽいけど……。

 

「このターンで決めるよ…!ここにおいて…とどめだー!」

「そ、そんな…うぅ、またまけたー!」

「わー、一気に白がふえちゃったね。やっぱりビッキィさんはすご〜い」

 

 勝敗が決した事で残念そうにするシャットちゃんと、ほんわかした様子でぱちぱちと拍手をするリンカちゃん。ビッキィちゃんは照れた顔をしていて……うーん何だろう。やっぱりちょっと、リンカちゃんには既視感がある気がするなぁ…既視感があるけど、同時にこののんびり具合には違和感があるというか、もっとせっかちなイメージというか……。

 

「むむむ…リンカ、ボクの代わりにビッキィを…!」

「まかせて〜。シャットさんのかたきは、わたしがとるよ〜!」

「ふははー、来るなら来ーい!」

 

 え、仇って…それだとシャットちゃん、死んだ事になっちゃうよ…?…と私が心の中で突っ込む中、謎の悪役ムーブをしているビッキィちゃんとリンカちゃんも対戦開始。…まぁ、一応後で仇の意味を誤解してないか確認するとして…その対戦を、私はシャットちゃんと見守る。

 

「…ね、シャットちゃん。学校でビッキィちゃんは、どんな感じ?」

「え?んーと…ふつう?」

「ふ、普通…?」

「うん、ふつー」

「…そっか。そっかそっか」

「……?」

 

 やっぱりビッキィちゃん有利っぽい勝負の最中、私はシャットちゃんに、学校でのビッキィちゃんを…私が知らない間の姿を訊いてみる。良い事だろうと悪い事だろうと、私は学校での姿を知りたくて……でも反応は、「普通」の一言。思わず訊き返した私だけど、シャットちゃんの反応は変わらず…でも、それもそうかと私は思い直す。シャットちゃんだってまだ幼いんだから、ざっくりした問いに細かく具体的な返答を返すのは難しいだろうし…きっと普通の生活をしているシャットちゃんから見て「普通」なら、それは悪い事じゃないと思えたから。

 

「やーらーれーたー…」

「やったー、れんしょーだー!」

「そ、そんなリンカまで……こうなったらもう、たおせるのはビッキィのママしかいない…!」

「ふっ、任せてもらおうか…って、私がやるの?それだとシャットちゃんとリンカちゃん、二人して見てるだけになっちゃうよ?」

「あっ…それもそっか……」

「シャットさんはうっかりやさんだね〜」

「うんうん、シャットはうっかりや〜」

「えっへっへ〜。……あれ?これボク、ほめられてる…?」

 

 ほんわかした雰囲気でやり取りをする三人の姿に、私も微笑む。ビッキィちゃんがこうして友達と遊べているのは嬉しいし、小さな二人の国民が楽しそうにしているのも嬉しい。私にとって今は幸せな時間で…でもあんまり、子供達が遊んでいるところに保護者がいるのは良くないかな。いや、別に悪い訳じゃないだろうけど、友達間と同じ距離にいるのはなんか変だし。

 

「さてと。ビッキィちゃん、私は少し離れるけど、教会の中にはいるから、何かあったら呼んでね?」

「大声で…?」

「うん、普通に呼びに来てほしいなぁ…」

 

 謎のボケ(天然なだけ…?)をかますリンカちゃんに、私は苦笑いしつつやんわりと突っ込み。これがパーティーの皆とかなら、「誰もそんな原始的な呼び方しろとは言ってないよ!?」…とか突っ込むところだけど、流石に小さい子にそれは出来ない。…まぁ、呼びに「来て」だから、結局ハイテクな呼び方ではないんだけども。

…と、そんなやり取りをした後に私はリビングを出て、自分の部屋に。今日は私も休みの日にしてあるから、何かあったら駆け付けられる心づもりでいながらも、のんびりと自分の時間を過ごす。

 

「〜〜♪……っと…んー、そろそろかな」

 

 そうして暫く経ったところで、私は時間を確認して部屋を出る。リビングに戻るとビッキィちゃん達はいなくて…でも別に、問題はない。

 リビングから繋がる台所へ入り、冷蔵庫を開ける。そして入れてあったスフレチーズケーキを取り出し、切り分けてお皿へ。

 

「ビッキィちゃーん。……あれ、いない…」

 

 食卓に並べておやつの準備完了したところで、ビッキィちゃんを呼びに行った私。でも、ビッキィちゃんの部屋にはいない。うーん、リビングじゃないなら自分の部屋でゲームしてるのかなぁと思ったんだけど…ビッキィちゃん達、どこ行ったんだろう…。何も言わずに外に遊びに行っちゃう事はないだろうし……。

…なんて思いながら廊下を歩いていたところで、ふっと視界に入ったのはシャットちゃんらしき後ろ姿。え?と思ってそれが見えた方向、窓の外を見ると…ビッキィちゃん達は、教会の庭でボールを使って遊んでいた。

 

(あ、なんだそういう……)

 

 確かに教会の庭、敷地内の場所であれば、言わずに出ていってもおかしくない。庭の場合でも声をかけるように、っていうのは…そうするか否か迷うところ。まあどちらにせよ見つける事は出来た訳だから、私も庭に出て三人を呼ぶ。

 

「皆〜、そろそろおやつにするのはどうかなー?」

「あ、ママ!うん、おやつ食べ……おわっ!?」

「び、ビッキィちゃん大丈夫…!?」

 

 ボール遊びをしていた三人は私の声で振り向き、ビッキィちゃんは答えも返してくる……のは良いんだけど、丁度それはビッキィちゃんに向けてボールが飛んだタイミング。直撃こそしなかったものの、余所見している間にボールはビッキィちゃんのすぐ側に落ち、それにびっくりしたビッキィちゃんは飛び退いてしまい…着地失敗。尻餅をつき、更に両の掌も芝生に打ち付けるような形となってしまう。

 

「いたた…うん、だいじょーぶ…」

「ビッキィさん、ほんとに…?」

「ほねおれてたりしない…?」

「し、してないしてない…ほら、こんなに元気だからっ!」

 

 駆け寄った全員に心配されたビッキィちゃんは、ぴょこんと跳ね起きてくるりと回る。どうも痛い云々とは別に、転んだ事への恥ずかしさもあるみたいで、よく見ればビッキィちゃんの顔は少しだけど赤くなっていた。

 でもまぁ、元気なのは間違いない。だから私はほっとして、三人をリビングに連れていく。手洗いうがいをちゃんとしてもらって(ビッキィちゃんが洗う時はそれとなく二人の気を逸らして)、それから三人にケーキをどうぞ。ちゃんと味見もしてあるから、甘いのやチーズが苦手じゃないならきっと喜んでもらえる筈。

 

「いただきまーす!あむっ……わぁっ、おいしいっ!」

「うん、おいしい〜♪これ、ビッキィさんのお母さんが作ったの?」

「ふふ、そうだよ」

「ふふん、そうだよ〜」

 

 目を輝かせ、美味しいと言ってくれる二人に私が微笑むと、真似するようにビッキィちゃんもそうだよと返す。…可愛い。自分が作ったんじゃないのに胸を張ってたり、私の真似をするような返し方をするうちの子はほんとに可愛い。

 

(この調子なら、最後まで楽しく遊べるかな)

 

 心配だった…とまでは言わないけど、ビッキィちゃんは色んな事が普通の子とは違う訳だから、気にかけてあげないと…って思ってた。何かあれば、すぐ何とかしてあげないとって思って、休みにしていた。

 だけどどうやら、杞憂だったらしい。これならきっと大丈夫だと私は感じ、安心感を抱き……

 

「……あれ?ビッキィ、その赤いの何?」

「へ?……あ…」

「……!」

 

──だけど、その時だった。シャットちゃんがビッキィちゃんの手を指差し、そう言ったのは。長手袋の一部が破れてしまっている事に、気が付いたのは。

 

(しまった…まさか、さっき転んだタイミングで……!?)

 

 地面に手を突いた瞬間、擦れて破れてしまったのか。その下にある手が、人間のものではなく、異形のそれとなっているのも、先程驚いた事で元に戻ってしまい、うっかりそのままにしてしまったという事なのか。…いや、理由や原因は二の次でいい。今、真っ先に考えなきゃいけないのは……二人への、説明。

 

「…あ、あの…これは、その……」

「ビッキィ…?」

「ビッキィさん…?」

 

 見ればビッキィちゃんは青い顔になり、声もしどろもどろ。不思議そうに二人が見つめれば、ビッキィちゃんは俯き…今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。

 不味い、これは私が何とかしてあげなきゃいけない。だけど、どうやって?激しく動揺している今のビッキィちゃんじゃ、さっきのように気を逸らしている隙に腕を人のものへ…とはいかないだろうし、子供は案外鋭いから、下手な嘘は疑念を残してしまう。仮に誤魔化せても、今後ビッキィちゃんは常にその嘘を、それと矛盾が生じないような言動を心掛けなくちゃいけなくなる。そして…正直に話すのも、リスクが大きい。まず二人にちゃんと理解してもらえるか分からないし……もしも話した事が、ビッキィちゃんへの恐怖や嫌悪感に繋がってしまったら、それこそビッキィちゃんは酷く傷付くだろうから。

 

「…ぅ、ぁ…ぐすっ……」

「え…?び、ビッキィさん…?」

「び、ビッキィだいじょうぶ…?どこか…あっ、やっぱりさっきころんでいたかったの…?」

「じゃ、じゃあお手当てしないと…えっとえっと、こういう時は……」

 

 私が判断に迷う中、いよいよビッキィは涙声に。でも、それに対する二人の反応は、困惑……だけじゃなかった。一番は困惑だろうけど…そこには心配の感情が、ビッキィちゃんを思う気持ちが確かにあった。

 それを見た事で、一つ私は思い付く。これは二人の良心を信じるしかない…好奇心旺盛な年頃の子にとっては不服になるかもしれない方法だけど……信じられる。まだちょっとしか見ていない二人だとしても、この二人ならきっと…と、私の直感が答えている。だから私はまず、ビッキィちゃんを落ち着かせるように頭を撫でてから…二人に向き直り、言う。

 

「シャットちゃん、リンカちゃん。私もちゃんとは説明出来ないんだけど…ビッキィちゃんはね、大変な事があって、両腕が少しだけ変わってるの。普段は大丈夫なんだけど、凄く疲れてたり、びっくりしたりすると、皆とは違う感じになっちゃうの」

「…そうなの…?…あ、ビッキィさんが、長い手ぶくろしてるのって……」

「うん…せんせーが、いちばんさいしょににたようなこと言ってた……」

「そっか、そうだよね。…でもね、ビッキィちゃん、変な子じゃないでしょ?私は…ビッキィのお母さんは、元気で、優しくて、ちょっと慌てん坊だったりもするけど、とっても良い子だって、思うな。…二人は、違う?」

 

 テーブルの向かいに座る二人を真っ直ぐに見て、私は語る。細かくではないけど、変に隠したりはせず…何より真剣に、ただの子供ではなく「ビッキィちゃんの友達」として。

 そして、二人に問う。そんなビッキィちゃんを、どう思うか。ちゃんと私の気持ちも言ってから、二人に訊いて……それまで私を見つめていた二人は、ビッキィちゃんの方を向いて…それから首を横に振る。

 

「ううん、ちがわない。ビッキィとあそんでると、ボクたのしいもん!」

「わたしも…!わたしもビッキィさんは、やさしいって思う!」

「ぅ…シャット、リンカ……」

「うん。ありがとね、二人共。うちのビッキィちゃんを、そう思ってくれて」

 

 きゅっ、と胸の前で両手の拳を握って、そんな事はないと言うシャットちゃん。それにうんうんと頷いて、同意を示すリンカちゃん。二人の言葉、二人の気持ちに、ビッキィちゃんはぴくっと肩を震わせて…私は二人に、感謝を伝える。私の家族を、私の子を友達として受け入れてくれている、好いてくれている二人へ向けて。

 

「…大丈夫だよ、ビッキィちゃん。誰もが、皆が気にしない…とは限らないけど、少なくとも二人は…シャットちゃんとリンカちゃんは、ビッキィちゃんのその『腕』じゃなくて、友達の『ビッキィちゃん』を見てくれているんだから」

「うん、うん…っ!ママ、わたし……っ!」

「よしよし…。…ビッキィちゃん、二人に何か…言いたい事、ある?」

 

 それから私はビッキィちゃんに向き直り、頭を撫でる。ぽろぽろと落ちる数滴の涙を拭いてあげて、小さな声でビッキィちゃんへ言う。

 数秒後、ビッキィちゃんが返したのは首肯。ならばと私が退けば、ビッキィちゃんは心配する二人をじっと見つめて、もう涙は止まっているようだけどぐしぐしと長手袋で目元を拭って、そうして二人に見せるのは笑顔。

 

「シャット、リンカ…わたしをこわがらないでくれて、ありがとう…!…わたし、二人とちがうところがいっぱいあって、まだ知らないこともたくさんあるけど…でも、これからも……」

「うんっ!ビッキィさんは、わたしの友だちだよ〜!」

「ボクも友だちだからねっ!」

「……っ!ふ、二人ともぉぉぉぉっ!」

『わわぁ!?』

 

 にこりと笑った二人の『友達』という言葉に感極まったように、ビッキィちゃんは二人へ駆け寄ると纏めて抱き締める。抱き締めるというか、抱き着くというか…とにかく勢いのあるそのハグに、二人共目を白黒させていて…でもその後は、笑う。楽しそうに、嬉しそうに。

 

(…やっぱり、良いよね。友情って)

 

 きゃっきゃとはしゃぐ三人を見て、私はそんな事を思う。友情の良さなんて、当事者としても第三者としても、何度も見てきたし感じてきたけど…まさか親としてそう思う日が来るだなんて思ってもみなかったし……悪い気はしない。しないどころか、普通に嬉しい。

 

「…さ、残りのスフレも食べて食べて。おやつを食べた後も、まだ遊ぶでしょ?」

『うんっ!』

 

 揃って頷く三人を見て、私は微笑む。それから三人がまた食べ始めたところで、私はビッキィちゃんの長手袋、その変えを取りに行く。もう二人との関係は…いや、最初から二人とは問題なかったみたいだけど、もしまた外で遊ぶなら、念の為として必要だからね。

 

「はふぅ…ママ、ごちそーさまっ!」

「ビッキィのママ、ごちそーさま!」

「さいごまでおいしかったです〜」

「ふふふっ、お粗末様。皆が美味しそうに食べてくれて、私も嬉しかったよ」

 

 完食し、満面の笑みを浮かべる三人に私も嬉しかったよと言葉を返す。…ひょっとしたら、今後もまたこんな風に、ビッキィちゃんの友達にお菓子を振る舞う事があるんだろうか。もしそうなら…腕が鳴るよね。

 そうしてビッキィちゃん達はまた遊び、帰るその時まで大いに楽しみ笑い合った。思いっ切り楽しんでいる…誰が見てもそう分かる程、三人は今日という日を満喫していた。

 

「ビッキィ、また学校でね!」

「またね〜!」

「うんっ!二人とも、ばいばーい!」

 

 二人を教会の敷地外まで見送ったビッキィちゃん。もしかしたら、帰ってしまうのを寂しく思うかな…と思ったけど、そんな様子は見受けられない。…やっぱり、すぐにまた学校で会えるから、かな?

 

「ビッキィちゃん、楽しかった?…って言うのは、訊くまでもなさそうだね」

「えへへぇ…でもねわたし、もっと成長しなきゃな…って思ったの」

「成長?…あぁ、そっか…」

 

 建物の中に戻ったところで、自分の両手を見るビッキィちゃんの姿に、私は理解。確かに今回は何とかなったけど、そうならなかった可能性もあるし…頑張りたいと思っているなら、応援するのが親というもの。

 

「それとね、ママ」

「うん?何かな、ビッキィちゃん」

 

 変化させてる以上、何があっても元に戻らない…というのは難しいかもしれない。だからそれよりは、動揺してもすぐに戻せる練習の方が現実的かな…なんて思っていた中で、更にビッキィちゃんからかけられる言葉。それに対し、私は何気なく訊き返し…ビッキィちゃんは、言った。

 

「ママ。またわたしを助けてくれて、ありがとねっ!」

「ビッキィちゃん…」

 

 にっこりと笑うビッキィちゃんに、きゅーんとなる私の心。当然私はビッキィちゃんを撫で…ビッキィちゃんも、心地良さそうな表情を浮かべる。

 今日みたいな事以外にも、これからもビッキィちゃんには大変な事やハプニングはあると思う。今日は私がいたから良かったけど、私のいない場で…って事も十分あり得る。だからこそ、ビッキィちゃんの『成長』は必要な事だし…その上で、思う。大変な事があっても、同じ位…ううん、それ以上に今日の様な楽しい事や嬉しい事があれば、きっと乗り越えられるって。二人の様に信じられる友達がいれば…ビッキィちゃんは、大丈夫だって。




今回のパロディ解説

・「〜〜青き清浄なる世界〜〜」
ガンダムSEEDシリーズに登場する団体、ブルーコスモスのスローガンの事。勿論カラミティ、フォビドゥン、ライダーというのはMSの名前ですよ。

・「〜〜ゆっくりしていってね」
インターネットスラング(アスキーアート)のパロディ。昨今においては、東方Projectのキャラを使った動画のイメージの方が強そうですね。

呪縛(ロック)解呪(アンロック)
カードファイト!!ヴァンガードにおける効果の一つ(二つ)の事。裏返したり表に戻したり、白と黒だったりする事を考えると、やはりこのネタが合いそうだと思う私です。


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第四話 力になりたい

 日々、ビッキィちゃんは成長していく。知識や技術、能力だけじゃなくて、見た目も変わっていく。背が伸びて、体重も増えていく。これは、自分自身は勿論周辺も変化に乏しい人だったり、既に外見的成長が終わり、緩やかな老化に移り変わる大人だったりが大半な私にとっては、結構新鮮なもので…暫く前に撮った写真より明らかに背が伸びていたり、これまで着ていた服がキツくなっていたりするビッキィちゃんを見て、びっくりする事もままあった。…ダジャレじゃないよ?ママがびっくりする事がままある、とかそういうの狙った訳じゃないからね…?……ごほん。

 まだまだ子供とはいえ、少しずつ幼さが薄れていくビッキィちゃんを見るのは、嬉しいような寂しいような、上手く言葉に出来ない気持ち。でも健康に、毎日意欲的に生活している…それは間違いなく、嬉しいと言える。

 

「ただいま、ママ」

「あ、お帰りビッキィちゃん。今日はクラブ活動だったんだっけ?」

「そうだよ。今日もオセロは連勝!」

「おー、流石だね。…因みに他のは?」

「…さーて、宿題宿題……」

(あんまり戦歴は良くなかったかぁ……)

 

 白々しく誤魔化すビッキィちゃんを見て、私は何となく察した。今ビッキィちゃんは学校のクラブ活動(部活というより、授業の一環)の内、ボードゲームクラブに所属している。…ビッキィちゃんは別に頭が悪かったり固かったりする訳じゃないから、オセロ以外も練習すればそれなりの強さになると思うんだけど……これはあれかな。ほんとは他のゲームも悪い戦歴じゃないのに、オセロが断トツで得意な分、相対的に他のゲームの結果が良くないように思えてるとかかな…。

 そして最近気になるのは、今のビッキィちゃんはロムちゃんラムちゃんと同じ位の背格好だけど、二人より…昔の二人より、結構言葉がしっかりしているような気がする。もしかするとロムちゃんラムちゃんは、女神の性質上イメージが先行して、内面が外見以上に幼いものとなってしまっていた…のかもしれない。…突然何の話してるの、って感じだね、うん。

 

「…………」

「…………」

 

 十中八九誤魔化しだったとはいえ、今日もちゃんとビッキィちゃんは宿題をこなす。私がデスクワークをするのと同じ部屋で、ビッキィちゃんも机に向かう。もう入学から何年も経っているのに、きちんと毎日、決めた時間にやるのは立派で…だけど勿論、それにだって変化はある。

 今のビッキィちゃんは、宿題を黙々とやる。当然難しい問題に対しては首を捻ったり、小声で「うーん…」って唸ってたりはするけど、前よりは静かに、落ち着いた状態でやるようになった。

 

(反応豊かなビッキィちゃんを見ながらの仕事も良かったけど…こうしてお互い集中してる、って感じも悪くないよね。ビッキィちゃんの明るさは、今も全然変わらないし)

 

 成長は、上位互換になる事じゃない。成長して良くなったり、出来る事が増えたりすれば、逆にしなくなる事も出てくる訳で…親の欲する、親にとって都合良い変化だけを求めるというのは、完全なる親のエゴ。間違った事をしようとしたら、それを止めるのも親の役目だけど…そうでないのなら、どんな変化も肯定的に受け止める母親でありたいと、私は思う。

 

「…しました。めでたしめでたし」

「うん、今日もつっかえる事なく話せたね。感情も込められてたし良い本読み……」

「──から始まる、新たな戦いと感動のストーリー。濃密なシナリオとごーか声優陣で贈る、あなたがまだ見た事のない冒険」

「何故かいきなりソシャゲのCMっぽくなった!?え、まだ続きあったの!?ストーリーとかシナリオとかは分かるけど、豪華声優陣って何!?ビッキィちゃん以外にも誰か読むの!?…あ、学校!?本読みやってる学校の皆!?」

「…ママも、突っ込みに対してはびっくりする位感情込めてるよね」

「いやボケかい!分かってたけど!絶対そんな文章も続きもないだろうなと思ってたけど!お、親をからかうんじゃありません!」

 

 宿題の最後、本読みを終えたところで謎のボケをかましてきたビッキィちゃんに、思わず私は全力突っ込み。…駄目だ、いけない…絶対ビッキィちゃん、私の交友関係に悪い影響を受けている…多少ふざける程度なら良いけど、日々がっつりボケる子にはならないようにしないと……。

 

「あははっ、ごめんなさーい。…ママ、今日もちょっと出かけてきていい?」

「全くもう…いいけど、どこ行くの?友達の所?」

「ううん。えっと…運動、かな…?」

「そっか…いつも言ってるけど、遅くなってから帰るんじゃなくて、遅くならないように時間を意識しなきゃ駄目だからね?後、おやつは食べてく?」

「食べてく!」

 

 勿論!…とばかりに頷いたビッキィちゃんに苦笑いしつつ、いつもの場所にあるよと返す私。本読みカードに私からのサインを貰ったビッキィちゃんは、広げていた筆記用具をぱぱっと片付け、執務室を後にする。

 そのスピーディーな動きは、素早く出掛けて少しでも運動をしたいって事なのか、それとも早くおやつを食べたいだけか。何れにせよ、宿題中に見せた落ち着きなんて微塵もなくなったビッキィちゃんの様子に、また私は苦笑いし……でも、思う。

 

(運動って、何の事だろう……)

 

 運動する為に、外に行く。これは一見普通の事だけど…教会の敷地内には、運動出来そうなスペースだったら十分にある。なのにわざわざ外に行く、っていうのはよく分からない。…まぁ、バッティングセンターに行くとか、相手がいないと出来ない運動…要はスポーツをしに行くって事なら、合点がいくけど…。

 

「…ま、その内話してくれるよね」

 

 気にはなったけど、私はあまり重く考えず、その内はっきりするだろうと考えて済ました。大きくなってきてもまだ子供なビッキィちゃんは、嬉しい事や驚いた事があればよく私に教えてくれるし、母娘間の仲はかなり良好だって自負もしている。だからこそ、この時の私は…この件を、正直軽めに捉えていた。

 

 

 

 

 それから数日経った日の事。その日もビッキィちゃんは宿題後、出掛けていった。活発なのは喜ばしいけど、じっとしていられない子に成長しつつあるなら困る。

 

「…なんて、ね。普通に何もない時は落ち着いてるし、その心配はないと思うな」

 

…今、私は誰に説明をしたのだろうか。少なくとも、目に見える範囲には誰もいない。まぁでも、こういうのはもう今更だからいっか…。

 

「…あれ、でも…ビッキィちゃん、ちょっと遅い…?」

 

 夕飯の支度をしながら、時計を見て私は気付く。別に門限は決めてないけど、ビッキィちゃんはいつも心配になるような時間まで出掛けてたりする事はないし、その辺りはしっかりしてると思う。

 だからこそ、気になる。まだ「帰りにちょっと寄り道しちゃって…」レベルの遅さだから、心配とまではいかないけど、やっぱり普段より遅いとなれば気にはなって……

 

「た、ただいま」

「あ……お帰り。…今日も、運動してきたの?」

「そ、そう。運動してたら…夢中になっちゃって……」

 

 そんな風に考えていたところで、ビッキィちゃんが帰ってきた。心配とまではいかない…なんて思ってたけど、声が聞こえた瞬間には、ほっとした。

 でも…何か、今のビッキィちゃんはおかしい。おかしいというか…ちょっと、ぎこちない。考えながら喋っている、感情や出来事をそのまま口にしているんじゃなくて、言葉を作って返答している…そんな感じがビッキィちゃんにはあり、リビングから廊下に戻ろうとしたところで、私は気付く。

 

「あれ、ビッキィちゃん…ほっぺた、怪我してない?」

「……!そ、そんな事…ナイヨ-」

(わー、嘘下手ぁ……)

 

 ギギギギ…と音がなってそうな程ぎこちなく、ゆっくりと顔を逸らすビッキィちゃん。どこぞの海賊王を目指す船長並みの下手さに私は「えぇぇ……?」…となってしまい…だけど、流石に見逃しはしない。

 料理は一旦中止し、ビッキィの下へ駆け寄る。そして改めて頬を見れば…やっぱりそこには擦り傷、それもそこそこ大きい傷が出来ていた。

 

「…ビッキィちゃん。この傷、どうしたの?」

「…こ、転んで…そう、転んでその時ぶつけちゃっただけだから!全然痛くないし、だいじょーぶだから…!」

 

 声のトーンを落とし、ビッキィちゃんを真正面から見つめて訊く。対してビッキィちゃんは、大丈夫だと返すけど…分かる。これは、嘘だって。

 確かに、この擦り傷自体はそこまで痛くないのかもしれない。だけど、ビッキィちゃんの語った事は多分真実じゃない。

 

「本当に、そう?嘘じゃないって、お母さんに胸を張って言える?」

「…それ、は……」

 

 ビッキィちゃんは口籠る。今の問いに対し、こういう反応を見せた時点で何かあったのはほぼ確実。そして、ビッキィちゃんを…顔だけじゃなく、全体をじっと見る事で、更に気付いた。薄っすらとだけど、服が内側から赤くなっている場所が幾つかあると。その理由なんて、一つしかないと。

 

「…手当てしてあげるから、傷…見せて」

「い、いい。ほんとにわたしは、だいじょーぶだから…」

「大丈夫じゃないよ。それでも大丈夫って言うなら、ちゃんと見せて。見て、確かに大丈夫そうなら、お母さんこれ以上は言わないから」

「あ、ま、待って…!ほんとに、ほんとに痛くなんか……」

 

 多分、ビッキィちゃんの方から見せてくれる事はない。そう思った私は、片手でビッキィちゃんの肩を掴み、もう一方の手で長手袋を片方下ろす。その瞬間、ビッキィちゃんは慌て出して……私は、目にした。薄っすら赤くなっていた部位…そこにあった、切り傷を。

 

(……っ…まさか、誰かに襲われて…いや、これは……)

 

 頭に浮かぶ、嫌な想像。もし誰かがビッキィちゃんを襲ったんだとしたら、心が苦しくなる。ビッキィちゃんが襲われた事も、襲った人がいる事も、それはきっと私の国民だって事も。けど、襲われた理由を考える前に、気付く。ビッキィちゃんの腕に出来た切り傷は、刃物で出来るような傷じゃないと。それよりも鈍く、厚みのあるもの…爪や牙によって出来る類いの傷跡であると。

 

「……ビッキィちゃん」

「…………」

「もしかして…モンスターと、戦いに行ったの?」

 

 俯くビッキィちゃんに、私は訊く。襲われた、とは思わなかった。もし生活圏にモンスターが侵入したなら、私にその情報が届く筈だし、ビッキィちゃんが隠そうとする理由もない。

 にも関わらず、隠そうとしたって事は…理由はどうあれ、ビッキィちゃんが勝手に生活圏外へ行ったんだと思う。

 

「モンスターは危ないって事は、ビッキィちゃんも知ってるよね?…何か、理由があったの?生活圏外に行かないといけない、何かがあったの?」

 

 見つめたまま、言葉を続ける。戦いに行ったの?…と言ったけど、よく考えたら必ずしもそうだとは限らない。何かを取りに行ったとか、誰かを探す為とか、他にも可能性はあると思う。

 だからまずは、何故なのかちゃんと訊きたかった。じゃなきゃ…私からも、ちゃんと言葉をかけられないから。

 

「……ケガ、痛くない。だから、心配…しないで」

「そうはいかないよ。多分まだ、他の場所も怪我してるだろうし…ビッキィちゃんこういう怪我をしてるのにまぁいっかなんて、お母さんは思えない」

「……っ…」

「…ね、ビッキィちゃん。話して、くれないかな。どうして、こうなっちゃったのかを」

 

 話したくない理由がある事は、分かった。だけどやっぱり、訊かない訳にはいかない。訊かなきゃ、どうにも出来ないから。同じようにどころか、もっと酷い怪我をまたするかもしれないから。

 だから止めずに、見つめ続けた。ビッキィちゃんも、黙り続けているのは辛いみたいで…少しの間の沈黙を経て、ビッキィちゃんは言う。

 

「…ママは、女神だから……」

「…お母さんが、女神だから…?」

「ママ、国を守ってる。国のリーダー…?…の仕事もだけど、悪いモンスターを倒して、皆がおそわれないようにもしてる…」

「う、うん…それが女神の務めだからね。…でも、それとビッキィちゃんとに、どう関係が……?」

「……お手伝い、したかった…わたしが強くなって、モンスターをいっぱい倒せるようになったら…ママ、喜んでくれるって…思ったから…」

 

 私の為の行動、私を手伝う為の行為…ビッキィちゃんは、そう語った。答えてくれた。

 嬉しかった。ビッキィちゃんが私の手助けをしてくれようとするなんて、それも自主的にだなんて、嬉しいに決まってる。だけど、当のビッキィちゃんの表情は暗くて……その理由は、分かる。多分ビッキィちゃんはどんどん強くなって、成果を上げて、私に喜んでほしかったんだろうけど…そう上手くはいかなかったから。勝敗はどうであれ、怪我して、逆に私に心配をかけてしまったから。それなら落ち込むのも、隠そうとするのも無理はない。

 

(そっか、ビッキィちゃん…)

 

 何故、の部分はよく分かった。そしてその気持ちは嬉しいけど、私は親として、女神として手放しに喜べる訳じゃないのも事実。だから私は、ビッキィちゃんの頭を軽く撫で……この時は純粋に、私なりに言葉を選んだつもりで、言った。言ってしまった…。

 

「ありがとね、ビッキィちゃん。でも、それは気持ちだけで十分だよ。ビッキィちゃんは、そこまでしなくても大丈夫だから」

「……っ…な、なんで…?だって、そうすればママは……」

「危険、でしょ?お母さん、危なくてもやりたかったらやろう、とは教えてないでしょ?危ない事はやっちゃ駄目、そういう事はしないようにって、教えたよね?」

 

 もしかしたらビッキィちゃんは、TVか何かで私がモンスターを倒すシーンを見たのかもしれない。そういう撮影をする事もあるし、そうだとしたらモンスターがあんまり強くないように見えたとしても無理はない。

 だけどTVであれば、ちゃんと危険性も伝えてる筈だし、私自身、ビッキィちゃんによく言い聞かせている。モンスターの危険性も、生活圏外に出るのがどれだけ危ないのかって事も。ちゃんと覚悟を決めて、能力や技術も磨いた上ならともかく、そうでもないのに倒しにいくなんて無謀も良いところだし…何より私は、ビッキィちゃんにそういう事を望んでる訳じゃない。そんな形で、役に立ってほしいなんて微塵も思ってない。

 だから私は、そんな事しなくても大丈夫だって伝えた。その上で、しっかり「危険でしょ?」と続けた。過剰でも何でもなく、命に関わる事なんだから、なぁなぁになんて出来ない…そう思ったから。でも……

 

「…やだ……」

「え?」

「…わたし、出来るもん…ちゃんと、倒せるもん…!」

「……っ…ビッキィちゃん…!?」

 

 ぽつり、と呟くように漏れた「やだ」という言葉。驚いて私が訊き返せば、ビッキィちゃんは語気を強め…私に、言い返す。私に対して、反抗してくる。

 

「倒せる!倒せたもん!」

「そ…そうだとしても、だよ。ビッキィちゃん、怪我しちゃったでしょ?他にも怪我してるでしょ?…ボロボロでも、勝てれば良いって事じゃないの。負けてたかも…もっと酷い怪我をしてたかもしれないんだよ?ビッキィちゃんだって、それは分か……」

「勝ったもん!倒せたもんッ!」

「ビッキィちゃん…!?」

 

 論理的じゃない、感情的な反論。そんな態度を見せるビッキィちゃんに内心動揺しつつも、私はビッキィちゃんを諭そうとし…だけど、ビッキィちゃんは聞いてくれない。むしろ私の言葉で余計怒ったように、勝って倒せたんだという事を私に言い放ち…そのまま部屋を出て行ってしまう。

 

「び、ビッキィちゃん手当て!取り敢えず手当てをさせて……」

「いらないッ!」

 

 慌てて追いかけた私ながら、追い付く前にビッキィちゃんは自分の部屋へ。呼び掛けても返ってくるのは突っ撥ねるような言葉だけで、私を入れてくれる気配も、扉を開く気配もない。

 

(ビッキィちゃん…どうして、そんな……)

 

 扉の前で、途方にくれる。私だって、喧嘩の一つや二つはした事あるし、何なら譲らない思いの為に命懸けで戦った事もあるから、思いが伝わらなかったり、激しい感情を向けられる事自体には慣れてるけど…今の私には、ビッキィちゃんがこんなにも怒っている理由が分からない。私の言葉がビッキィちゃんを怒らせちゃったんだろうけど、思い当たる節はない。……なら、まさか…反抗期?

 

「い、いやいや…まだ反抗期には早い…の、かな…?」

 

 何となくのイメージとして、反抗期は○○位の年頃から…と思ってる私だけど、人なんだから、個人差はあって当然だし、そもそもイメージはイメージであって、ちゃんと調べた情報じゃない。だから反抗期なのかもしれないし、だとしたら反抗期だと捉えて、それを踏まえてどう接するかを考える方が良いと思う。…本当に、反抗期だっていうのなら。

 

「…………」

 

 否定はし切れない。本当に、反抗期なのかもしれない。…だけど、そうじゃない可能性だってある。私の言い方次第で、こうはならなかった可能性もまだ残ってる。

 なのに、私は反抗期だと断定するの?そう決め付けて、反抗期だから…って考えるの?…それは、不誠実だ。親としても、ビッキィちゃんという個人に対する女神の接し方としても、自分や状況をちゃんと顧みず、相手に責任を押し付けるなんて…それを私は、正しいとは思わない。

 なら、どうする?どうしたら、誠実と言える?…そんなの、きちんと顧みて、何が理由なのか、ちゃんと考える事だ。

 

(一つ一つ、思い出すんだ。私が指導や教育をしたのは、ビッキィちゃんが初めてじゃない。これまでの経験や、気を付けてきた事も照らし合わせて、本当の理由を探さなきゃ)

 

 ビッキィちゃんの部屋とは逆側の壁へ背を預け、一言一言私は思い返す。思い出して、考えて、探る。何を思ってビッキィちゃんがこういう事をしたのか、ビッキィちゃんが目指していたもの、求めていたものは何か、私の言葉はビッキィちゃんからすれば、どんな風に聞こえたのか。色んな事を考えて、ビッキィちゃんの気持ちを想像して、私だったらって思って……

 

「……あぁ…」

 

──私は、気付く。合っているかどうかは分からないけど…もし私の思った通りなら、確かにビッキィちゃんは傷付くよね、と。怒る気持ちも生まれるよね、と。

 危ない事をビッキィちゃんがした。それは事実だし、それそのものは肯定しちゃいけない。けど…その上で、私は思った。…私も、謝らなくちゃ、って。

 

「…ねぇ、ビッキィちゃん」

 

 扉をノックし、呼び掛ける。反応はなくて、ビッキィちゃんが聞いてくれているかどうかは分からない。でも、私は聞いてくれていると信じて、言葉を続ける。

 

「ビッキィちゃんが、同じ位の普通の子より強いのは私、知ってるよ。それに、ビッキィちゃんが自分も…って思う気持ちも分かる。だって、ビッキィちゃんとそこまで変わらないように見えるロムちゃんとラムちゃんは、女神として立派に戦ってるもんね。その二人とも、よく遊ぶもんね」

 

 技能はまだ未熟だろうけど、ビッキィちゃんの身体能力が高いのは事実。それは昔から分かっていた事で…恐らく、それがビッキィちゃんの力。外見として変わってるのは両腕だけだけど、身体能力の高さは全身に言える事であり…ビッキィちゃんが倒れていた所に一緒にあった、メモリの様な物を使って戦えるのがビッキィちゃん。

 そして、女神の皆はビッキィちゃんを可愛がってくれるし、特にロムちゃんとラムちゃんは自分達より小さい子という事で、本当によく遊んでくれている。そのロムちゃんとラムちゃんに背丈が近付いてきて、『遊んでもらう』から『一緒に遊ぶ』に変わりつつある今、自分も同じように…って思うのは無理もないって、私は思う。身近な存在に感じられるからこそ、自分は女神じゃないから…って思考になり辛いんだと思う。

 だからそれは否定しない。そう思うのは理解出来るし…だけど、肯定するって事でもない。

 

「でもね、やっぱり私は、ビッキィちゃんがそうする事をいいよとは言えない。言いたくない。…ビッキィちゃんが大怪我したり、痛い思いをするのは嫌だから。ビッキィちゃんには、毎日元気でいてほしいから。ビッキィちゃんが、何かしなきゃって思わなくても…私はこれまで、ビッキィちゃんに沢山のものを貰ってきたから」

 

 女神として、親として、これは言わなきゃいけない。伝えなきゃいけない。優しくする事と、甘くする事は違うから。私は、ビッキィちゃんが大切だから。

 

「……だけど…そうじゃ、ないんだよね。そういう事じゃ…ビッキィちゃんが怒ってるのは、嫌だって思ったのは、単に私が危ない、って言ったからだけじゃないんだよね?」

 

 だけど。私は私の思いを伝えた上で、自分の言った事が間違いではないと思ってる上で、だけどと言う。

 ここまでは、実際の話。実際と、私の気持ちの話。でも大切なのはそれだけじゃない。私の気持ちとビッキィちゃんの気持ち、両方が大切で…ここからが、本当に伝えたい事。

 

「…ビッキィちゃん、ごめんね。私、一番大切な事を忘れてた。ビッキィちゃんは、頑張ってたのに…きっと一生懸命だったのに…それを、何にも考えてあげてなかった」

 

 一拍置いて、私は謝る。扉越しに謝り…さっきの私が失念していた事、思ってあげられなかった事を、ちゃんと伝える。

 そうだ。理由はどうあれ、ビッキィは一生懸命な筈だったんだ。私を手伝いたいって、力になりたいって、私を思って行動したんだ。だったら行動や結果はどうあれ、それは感謝しなきゃいけないのに…心からのありがとうを返さなきゃなのに、私はそうしなかった。ありがとうとは言ったけど、すぐに「それは不要だ」って話にしてしまった。……そんなの、まだ成長途中なビッキィちゃんが傷付くに決まってる。自分の思いを否定されたと思ったんだとしたら…それは間違いなく、私のせいだ。

 

「自分が頑張れば、ちょっとでも倒せれば、お母さんに楽をさせてあげられるって、そう思ったんだよね。ビッキィちゃんは、お母さんの為に頑張ってくれてたのに…なのに、お母さんはビッキィちゃんの思いを否定しちゃって…ごめんね、ごめんねビッキィちゃん…」

 

 あぁ、不甲斐ない。人が何かをする時はいつも、そこに動機が…そうしたいって思う感情があるのに、女神は思いによって形作られる存在なのに、こんな当たり前の事を私は失念してしまっていた。

 自責する。反省する。何より、ビッキィちゃんに謝る。心を込めて、精一杯に。

 

「……ママ…」

 

 数十秒か、それとも数分か。私が謝罪の言葉を重ねてからは、沈黙の時間が続いて…その末に、部屋の扉が開く。ゆっくりと開いて…ビッキィちゃんが、出てきてくれる。

 

「…わたしも、辛かった…悲しかった…ママはいつも、わたしにやさしくて、わたしのどんな話もちゃんと聞いてくれて、わたしが何かするとほめてくれたから…ママはいつも、わたしの味方だって思ってたから…ママが急に、わたしの事好きじゃなくなっちゃったのかもって思って……」

「そんな事ない…そんな事ないよ、ビッキィちゃん…。お母さんは、ビッキィちゃんのお母さんになった時からずっと、ビッキィちゃんの事が大好きだから…!」

 

 語りながら、悲痛な顔になる…口にする事で、より辛く感じているようなビッキィちゃんを、抱き締める。怪我が痛まないように、優しく…だけどしっかりと。

 改めて、痛感する。どう思ってるかだけじゃなく、どう伝わるかも大事だって。どんなに相手を思っていても、それが伝わらなきゃ…ちゃんと伝えられるようにしなきゃ、すれ違いが起きるんだって。

 

「わたしも…わたしも、ごめんなさい…ママに心配、かけちゃって…ママにちゃんと、話さないで……」

「ううん、いいのビッキィちゃん…これから気を付けてくれれば、ちゃんと言ってくれれば、お母さんはそれでいいの…」

 

 きゅっ、と背中に感じる小さな力。抱き締め返してくる、ビッキィちゃんの温かな両手。怪我をしたとしても、こうしてビッキィちゃんがいる。元気でいてくれる。…それだけで、十分嬉しかった。心から、良かったって安心出来る。

 

「…ね、ビッキィちゃん。お手当て、させてくれる?」

「…うん」

 

 こくん、と頷いたビッキィちゃんの頭を軽く撫でて、私は離れる。ビッキィちゃんをベットに座らせ、私は救急箱を取ってきて、ビッキィちゃんの手当てを行う。幸い重傷はなかったから、手持ちの物だけで対応出来たけど……やっぱりこれに関しては、「軽傷だったからヨシ!」…とはならない。しちゃいけない。

 

「…ビッキィちゃんも、分かってはいるよね?戦うっていうのが、すっごく危険だって事は」

「…ママはもう、わたしにこういう事…してほしくない…?」

「うー、ん…戦わずに済むなら、それに越した事はないけど…してほしくない、っていうのとは少し違うかな」

 

 手当てしながら、ビッキィちゃんと言葉を交わす。少し違う、と言われたビッキィちゃんは、怪訝そうな表情を浮かべて…少し肩を竦めてから、私は言葉を続ける。

 

「お母さんはね、危ない事はしてほしくないけど、戦うのが駄目とは言わないよ。遊びで危ない事をするのは良くないけど…理由があって、思いがあって戦うなら、それは危ないの一言で片付けて良いものじゃないから。…その一言で片付けたように思わせちゃったんだから、私もまだまだだけど、ね」

「…え、えっと……」

「…こほん。とにかく私は、ビッキィちゃんに真剣な思いがあるなら、私はもう駄目だとは言わないよ。だけど、このまま続けていいよとも言わない。…戦うなら、強くなくちゃ…周りが大丈夫だよね、って思えるようにならないといけないって、私は思うから」

 

 私は知っている。相手の思いを否定してでも、相手を守る、傷付かないようにする…それはただのエゴであると。たとえ守る為だとしても、思いを踏み躙るのは、絶対に間違っていると。だから、他の親子や家庭がどうかは分からないけど…私はビッキィちゃんに、相応の思いがあるなら、二度とやるな、とは言わない。

 でも同時に、戦うっていうのは、自分を大事に思ってくれる人に、心配をかける事だっていうのも知っている。心配をかけたくないなら、戦わないか、きっと大丈夫だって思ってもらえるようになるしかない。そして、大丈夫だと思われる為に必要なのは…一つ。

 

「…まだ、やりたい?またお母さんは心配するかもしれないけど…それでもビッキィちゃんは、ビッキィちゃんの思う形で、お母さんを手伝いたい?」

「…わたし、お母さんが喜ばないなら…悲しくなるなら、もうやらない…だけど……ちょっとでも、ちょっぴりでも、お母さんのお手伝いが出来るなら…お母さんが喜んでくれるなら…がんばり、たい…!」

「…なら、お母さんが見てあげる。ビッキィちゃんが強くなれるように…これなら安心だなって思えるように、お母さんが指導してあげる。…ビッキィちゃんが、本気ならね」

 

 その言葉と共に、ビッキィちゃんを見つめる。真面目に、真剣に、ビッキィちゃんへ問う。その気持ちは本物か、本気なのか、しっかりと。

 少しだけ、緊張した表情を浮かべるビッキィちゃん。きっとビッキィちゃんに、私の真剣さが伝わったんだと思う。そしてビッキィちゃんは、私を見つめ返して、深呼吸を一つして……言った。

 

「ママ、わたしがんばりたい。だから…よろしく、お願いしますっ!」

「…分かった。でも、本当に本気にならなきゃ駄目だよ?それが、戦いってものだから」

 

 ぺこん、と頭を下げたビッキィちゃんの肩を、軽く叩く。口角を緩めて…だけど言葉は真剣なまま、ちゃんと伝える。

 ビッキィちゃんには、しっかり伝わっていると思う。だって、ビッキィちゃんは素直で…相手の話を、思いを、ちゃんと聞ける子だから。

 

「これでよし、っと。ビッキィちゃん、締め過ぎて痛かったり、まだお手当て出来てない所があったりはしない?」

「えっと…大丈夫!これでもう痛くない……事はないや、えへへ…」

「あはは、だよね。怪我は治り切るまで気を付けなきゃ駄目だよ?治りかけと治ったの間には、大きな差が……」

 

 後頭部を掻きながら、えへへと照れ隠しのように笑うビッキィちゃん。それに私も肩を竦めつつ、一応ビッキィちゃんへ注意を…と言っていた最中、不意に聞こえてきたのは「くぅぅ…」という音。おや?…と思って私が話すのを止めると、さっきまで照れ隠ししていたビッキィちゃんの顔が真っ赤になって……あぁ、そういう事ね。

 

「ビッキィちゃん、動き回った後ならお腹だって空くよね」

「う、うん…」

「ふふっ、じゃあ待ってて。すぐにご飯出来……あ」

 

 すぐに出来るから、そう言いかけたところで私は気付く。まだ料理は、後少しって言える段階じゃなかったと。完全に、それを忘れてしまっていた…と。…あちゃー……。

 

「…えーっと…ビッキィちゃん…すぐは出来ないけど、なるべく早く作るから、我慢しててくれる…?」

「ふぇ…?…あ……」

 

 頬を掻きながら私が言えば、ビッキィちゃんはきょとんとし…それからその理由が分かったようで、今度はビッキィちゃんが苦笑い。つられて私も苦笑い。こういう妙な一体感は嫌いじゃないけど…そんな事より、さっさと作らないとだね…。

 

(…よし。煮たり焼いたりは自分の努力じゃどうにもならないけど、そういうところ以外の部分で出来る限り早く……)

「…ママ。あのね、今日ご飯が遅くなっちゃうのは、わたしも悪いと思うの。だから…お手伝い、してもいい…?」

「ビッキィちゃん…ふふっ、勿論。だったらビッキィちゃんに、ばっちり手伝ってもらおうかな」

 

 心の中で気合いを入れようとしていた私への、ビッキィちゃんからの申し出。一瞬「ビッキィちゃんは怪我してるんだから…」と思った私だけど、怪我は生活に支障が出る程のものじゃないし、折角手伝いたいって気持ちになってくれているんだから、その気持ちを尊重してこそ親ってもの。

…うん、そう。そうなんだ。詰まる所、ビッキィちゃんの行いは『お手伝い』っていう些細で、ありふれた気持ちからきているもの。ただ、私もビッキィちゃんも特殊だったから、普通にはない選択肢があったというだけで…元々の思いは、親子として何気ないものだったんだっていうのは、忘れちゃいけない事だと思う。

 

「ママ、ママ、そろそろ良さそう!良いのかな?」

「んー、と…うん、そうだね。なら、私がお皿によそうから、ビッキィちゃんは……はい、これを持って行ってくれる?」

「はーい。ビッキィ、いきまーす!」

「うん、そんなカタパルトから発進するみたいな言い方はしなくていいけど…いやほんと全力疾走とかしないでね!?スープだからね!?」

「……?分かってるよ…?」

「そ、そっか…はは、そりゃそうだよね…」

 

 何かつい突っ込んでしまった私だけど、ビッキィちゃんは普通に歩いて水餃子スープを食卓へ運ぶ。…これ、ビッキィちゃんからしたら私がいきなり訳分からない事を言った形になるよね…ちょっと恥ずい…。

 

「くんくん…うぅ、良い匂いだからもっとお腹空いてきちゃった……」

「(っと、そうだったそうだった)ふふっ、ビッキィちゃんが手伝ってくれたおかけで、いつもより早く進んだよ。ありがとね、ビッキィちゃん」

「んへへぇ…」

 

 ご飯やお茶等も運び、夕飯の準備が完了したところで、お腹が空き過ぎて元気がなさそうなビッキィちゃんの頭を撫でる。嬉しそうな顔をしたビッキィちゃんと向かい合わせて食卓に座って、手を合わせて、私達は食事の挨拶。それが済むと、待ってましたとばかりにビッキィちゃんは食べ始め、美味しいと表情を綻ばせ…その笑顔に、私も笑う。

 

「…こういう形でも、良いんだからね?」

「ほぇ?」

「お手伝い、だよ。ビッキィちゃんがやる気なのは分かったから、これからちゃんと指導してあげるけど…お手伝いは、何をやるかじゃなくてやりたいっていう気持ちが大切なんだから」

「むー…ママ、やっぱり反対なの…?」

「ごめんごめん、そういう事じゃないって。…でも、今の言葉は覚えておいてね?」

 

 サラダを食べようとしていた手を止め、じとーっとした目で私を見てくるビッキィちゃん。そういう事じゃないよという声音で肩を竦めつつ、後半は少し真面目な顔で言えば、ビッキィちゃんもジト目を止めて、分かったよと一つ頷く。

 

(…でも、そっか…ビッキィちゃんは、ここまで大きくなったんだね……)

 

 お茶を一口飲んで、それから私は思いを馳せる。出会ったばかりの頃は知らない事も沢山だった、小さな女の子だったけど、今は見た目相応の知識や思考を持ち合わせてるし、身体だって大きくなった。ただ言われたら手伝う、じゃなくて、目の前の事を手伝うでもなくて、自分で考えて、どうすれば私の助けになるか思考して、それを行動に移せるようにまで成長した。勿論この件は、手放しに褒められる事じゃないけど、それだけ成長したのは事実。

 そしてきっと、まだまだビッキィちゃんは成長する。身体も、心も、大人に近付いていく。勿論、すぐにじゃないけど…少しずつ、一歩ずつ、小さな変化を積み重ねて。

 

「…ビッキィちゃんは、どんな大人になるんだろうね」

「……?」

「ふふふっ、何でもないよ。…あ、お代わり欲しい?」

「欲しい!」

 

 ふと呟いた私は、ビッキィちゃんの不思議そうな表情に微笑みを返し、お代わりが欲しいか訊く。元気良く答えるビッキィちゃんに「でも、まだまだ今は子供だね」と思いながら、お代わりをよそう為にまた台所へ。

 子供がどんな風に成長し、どんな大人になるかなんて分からない。何気ない出来事が夢の切っ掛けになる事や、大きな挫折をどこかで味わう事だってあるかもしれない。たとえ親だって、それを完全に定める事は出来ないし…しちゃいけない。いけないけど…良くも悪くも強い影響力を持ち、応援する事も、邪魔する事も出来るのがきっと親。

 だからこそ、私は見ていたい。進むビッキィちゃんの手助けをしながらも、見守りたい。私の思ったようには成長しない…でもだからこそ楽しみで、期待が持てるビッキィちゃんに対して、私はそんな風に思っていて……だから、忘れていた。そっちの方向は色々探ってみても進展がない事で、あまり考えないようになっていた。元々ビッキィちゃんは、自分の意図じゃない形でこの次元に来たのであり──これからもずっとここに、信次元に居る保証なんて、何もないんだっていう事を。




今回のパロディ解説

・どこぞの海賊王を目指す船長
ONE PIECEの主人公、モンキー・D・ルフィの事。過去編におけるシーンの様に、ビッキィは物凄く分かり易い顔をしていた…のかもしれません。

・軽傷だったからヨシ!
現場猫(電話猫)のフレーズの一つのパロディ。軽傷だったからヨシ、とした場合、「何を見てヨシって言ったんですか?」…辺りの返しをされそうですね。

・「〜〜ビッキィ、いきまーす!」
ガンダムシリーズ(宇宙世紀)の主人公の一人、アムロ・レイの代名詞的台詞の一つのパロディ。でも作中では一度しか言ってない…というのを前にも書いた気がします。


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第五話 目指す未来は過去への道

 当たり前だけど、協会の敷地は広い。建物自体もかなりの規模だし、建物があった上でまだ土地には結構な余裕がある。正面、側面、その三点はどれもガーデニングをしたり、モニュメントを設置したりしても、全然狭くならない位の広さがあり…その上で、裏庭もある。裏庭なだけあり、個人対個人のスポーツなら余裕で出来る、それと同時に更に別の事も出来る、って位には開けていて……そこで今、行われているのは組手。

 

「ふっ、はっ、やぁああぁぁっ!」

「そう、そうだよ!攻める時は勢い良く!考えなしの攻撃は危険だけど、反撃を気にして躊躇っていたら、それこそ反撃の余裕を与える事になるからね!」

 

 素早く繰り出される打撃を往なし、躱し、防ぎながら、指南を飛ばす。全て対応する私に対し、組手の相手…ビッキィちゃんは「うん!」とだけ答えて、攻撃を続ける。

 

「良いね、さっきより隙が無くなってる!迷いなく行動する事が、付け入る隙を減らす手段の一つだよ!」

「攻撃は最大の防御、だね…!」

「そうそう、でも覚えておいて。それも間違いじゃないけど…時に防御も、最大の攻撃になったりするんだよ?」

 

 褒めて伸ばす、指示や指導は具体的にするのが私のスタンス。他の指導方法も色々実践した訳じゃない(知識として得てはいる)けど、少なくともこのスタンスが私には一番合ってると思うし、良い指導方法だと自負している。

 そして、そのスタンスの下私が更に教えれば、ビッキィちゃんは怪訝な顔に。まあ確かに、一方的に仕掛け続ければ反撃は飛んでこない…って考えられる、攻撃は最大の防御と違って、防御が攻撃になるっていうのはイメージがし辛いと思う。だから私は、短いステップと受け流し…正面から完全に受け止めるのではなく、上手く勢いを逸らす対処を主体にビッキィちゃんの攻撃を受け続けて、攻撃させ続けて……暫くしたところで、言う。

 

「…どう?ビッキィちゃん、まだ余裕ある?」

「はぁ…はぁ…そっか、防御は最大の攻撃、って…こういう事、なんだ……」

「うん、そういう事。場合や力量差にもよるけど、基本的に攻撃より防御の方が消耗は少ないものだから、上手くやれば相手を疲れさせる事が出来る。つまり、相手の『体力』にダメージを与えられる、って事だね」

 

 息が上がったビッキィちゃんは、こういう事かと一つ首肯。私もそうだよと返して、口頭で改めてしっかりと伝える。

 

「防御…でも、防御も色々あるよね?とにかく諸に受けなければいいの?」

「まあ、そうだよね。うーんと…例えば、相手が体当たりをしてきたとするよ?で、その時正面から受け止めたら、衝撃もあるし止めるのに少なからず体力を消耗するよね?でも避けた場合、それもギリギリまで引き付けて回避したなら、一歩移動する分の体力消費だけで凌ぎ切れる。この場合は防御より回避の方がいいし、逆に相手が手数で攻めてきたなら、全部回避するより、防御したり上手く逸らしたりした方が、最終的な消耗は少なくなる。その上でもっと言うなら、防御より逸らす方が衝撃を少なく出来るし、相手の体勢を崩し易いけど、確実性においては防御の方が長けてて……って感じに長々と言ったけど、要は『臨機応変に』だね。ゲームだって、相手との相性とか技の性質を考えなきゃ、適正レベルになってても長々勝てないでしょ?」

「あー…初めての連戦ボスになるノワールさんとか?」

「いや、あの時のノワールはシンプルに強いっていうか、レベリングを意識してないとぶつかる序盤の壁…って、その発言はややこしくなるから……」

 

 ぴっ、と右手の人差し指を立てての、ビッキィちゃんへの解説。結局さっき言った「場合や力量差にもよる」に帰結してる気がするけど…色々例を挙げた方が、話としては分かり易かった筈。結果的にビッキィちゃんの謎のメタ発言を誘発させてしまったけど…多分、伝わってる……よね…?

 

「…ママって、ほんとに色々考えて戦ってるんだね。何も考えなくてもモンスターをどんどん倒せちゃいそうな位、パワーもスピードも凄いのに」

「普通のモンスターなら確かにそうだけど、女神と同じ位…ううん、場合によってはそれ以上に強い存在ってのもこれまで見てきたし、戦ってきたからね。それに女神は皆を守るものだから、今ある強さに満足する…じゃ駄目なんだよ」

「そっか…じゃあわたしも頑張らないと。そんなママから直々に教わってるのに、強くないんじゃ恥ずかしいからね」

 

 さっきまでは肩で息をし、楽な姿勢を取っていたビッキィちゃんだけど、ここで表情を引き締め構え直す。今の発言は自分を追い詰める、強迫観念的なものじゃなく、もっとポジティブな感情から来てるって伝わってきたから、私も軽く構えて組手を再開。今度は私が仕掛けていき、ビッキィちゃんには防御を、攻防の判断を動きの中で学ばせていく。

 

(成長してる…本当に伸びてきてるよ、ビッキィちゃん)

 

 ビッキィちゃんに戦いの指導をするようになってから、年単位の時が過ぎた。もうビッキィちゃんはネプギアとどっちが大きいかな?…ってなる位大きくなって、変わらずの明るい性格ではあるけど、日々の言動にもかなりの落ち着きが見られるようになった。戦闘技能に関しても、積み重ねの成果がしっかりと現れていて…今はもう、普通のモンスターなら難なく倒せる域に到達している。元々の身体能力の高さもあるから、比較的強いモンスターや、複数体のモンスターが相手でも、油断やミスをしなければ勝てるだろうし…きっと、まだ伸びる。それなりに強くなったからって満足せず、今も私から知識や技術を吸収しようとし続けているんだから、もっと強くなれる。

 

「……!てぇいッ!」

「そう、そういう事だよビッキィちゃん!逸らすなら相手の力を見切って、最低限の力で逸らす。これが一番効果的で、次の行動にも繋がるんだからね」

「はふぅ…よし…っ!」

 

 上手くいった、と言うようにビッキィちゃんはガッツポーズ。それに私は微笑んで、今日はここまでにしようかと言う。

 

「ビッキィちゃん、お疲れ様。今日は卵サンドとバナナジュースを作ったけど、どうする?先にシャワー浴びてくる?」

「…それって、手作り?」

「勿論。あ、足りなかったらバナナジュース用に買ったヨーグルトがあるから、それも食べて良いよ」

「ママ…ママは女神で忙しいんだから、トレーニング後の軽食位は買ったもので良いのに……まさか、うちって実は財政難だったりするの…?」

 

 外から中に戻りつつ私が話すと、ビッキィちゃんは何とも言えない感じの表情に。それからちょっと、経済面を心配するような事を言い出して…い、いやいやいや……。

 

「ざ、財政難じゃないから心配して。というか、国の長が食費の節約を強いられるような状況なら、もう国の未来は真っ暗だから…こほん。お母さんが毎回作ってるのは、お母さんがそうしたいからだよ。スイーツ作りがお母さんの趣味なのは知ってるよね?」

「それは知ってるけど…でも卵サンドも普段のご飯も別にスイーツじゃないし…」

「まあ、それはそうだけどね。だけどちゃんと休みも取ってるし、本当に心配しないで。…あ、それとも…もしかしてビッキィちゃん、お店で売ってる食事の方が好きだったり…?」

「え?あ…ち、違うよママ!ママのご飯はいつも美味しいから!そこに不満はないから、ママこそ心配しないでっ!」

「ふふっ、それなら良かった。にしても、ビッキィちゃんも気が遣えるようになったんだねぇ…うんうん、偉いよビッキィちゃん」

「き、気位前から遣えるって……」

 

 もー、と肩を落とすビッキィちゃんに、私はくすくすと笑いを漏らす。勿論今のは冗談だけど…こういう冗談を気軽に言えるようになったのは、何だか嬉しい。本当にちょっとした事だけど…これもやっぱり、成長の成果の一つだって思うから。

 

「…んっ、美味し。ちょっと塩味がある分、甘いバナナジュースと良く合うかも」

「でしょ?でもその上で、栄養だって考えてるんだよ?まだまだビッキィちゃんは伸び盛りだしね」

「ママ…ふふっ。このままいくと、ママより背が高くなるかもね」

「それならそれで嬉しいよ。……後、私の本来の姿は女神の方だし…そっちの方が背だって高いし…」

「…ママ……」

 

 そうか、そんな事もあるよね…と考えながら話していると、いつの間にかビッキィちゃんは半眼に。…しまった、未来のビッキィちゃんの姿を想像しながらだったから、自分でも何言ったかよく分からない…。

 とまぁ、こんな感じで今日も一日を過ごしていく。戦闘訓練を除けばご飯を食べて、ゲームをしたりテレビを見たり、その内ちょっとソファでうつらうつらしたりと、ビッキィちゃんは誰が見ても普通な休日を送っていて…昔ビッキィちゃんが望んだ、言ってくれた、普通の日々が今はある。いや…何年も前からあげられていると、私は自負している。

 なら、今のビッキィちゃんの望みは何だろう。私の手伝いを抜きにした、ビッキィちゃんの望みや目標…それを果たせる、叶えられる道を進めていればいいなと、私は思う。そして、大きくなったって言ってもまだビッキィちゃんは子供。何があっても、私の娘。だったら必要とされた時、いつでも力を貸せるように…私だって、これからも頑張らないとね。

 

 

 

 

 神生オデッセフィア建国に際して、移住者を確保する為に行った色々な支援の一つである、教会での保育事業。幼児期から女神と触れ合える、接する事が出来る事を売りにしたこの事業は、今も続けていて……かなり前から、これをビッキィちゃんは手伝ってくれていた。

 

「皆、おいで〜。今日はねぇ、昨日のアリスの続きだよ〜!」

「わぁ、つづき〜!」

「おねーちゃ、よんでっ、よんでっ!」

「あぃす、こんどはどーなうの…?」

 

 絵本片手に呼び掛けるビッキィちゃんと、目を輝かせて集まる子供達。ビッキィちゃんが読み始めれば、子供達は真剣に、或いは楽しそうに絵本の読み聞かせを聞いていて…もっと小さい子達の面倒を見ながら、私はその様子に小さく微笑む。

 前からビッキィちゃんは、ここを手伝ってくれていた。ただ、前は面倒を見るというより、お姉さんとして皆と遊んであげるって感じで…今みたいに、しっかりとお世話出来るようになってきたのはここ最近。とはいえ何年もここに顔を出しているおかげで、小さな子と接する事は自然に出来ていて、安心してお世話を任せる事が出来る。…勿論、保育全般を、って事ではないけどね。

 

(…仕事も、成長の形の一つだよね)

 

 女神である事、女神の務めを果たす事が生まれた意味である私や皆と違って、人間のビッキィちゃんは、自分で仕事を選ぶ事が出来る。この経験を活かして保育や教育の道を進んでも良いと思うし、自分が興味のある業界だって良いし、ギルドのクエストを…っていうのも選択肢の一つ。教会で働きたいって思うなら、縁故採用も出来る…けど、その場合でも働くのに相応しい能力や気持ちは備えてもらわないとだね、流石に。

…とまぁこんな感じに、仕事の事も気になる。まだ早いかもしれなけど、気になるものは気になるんだからしょうがない。でもあんまり露骨に訊くと、将来へのプレッシャーになっちゃうかもしれないから、自然な流れで訊けるように……

 

「おねーちゃ、おねーちゃ。おねーちゃって、めぁみさまーのこども、なの?」

「へ?…あー…うん。女神様は、わたしのママ、だよ」

「おー。でも、おねーちゃとめぁみさまー、あんまぃにてない、ね」

「……!」

 

 何気ない、きっといつ起こっても不思議じゃないような、ありふれた会話。でもその中で聞こえたある言葉に、思わず私は反応してしまった。

 それは、当たり前の事。家族ではあっても、実の親子ではないんだから、似てなくて当然の事。でも、当然だからと簡単に流せるかどうかは別で…心配になった。そう言われたビッキィちゃんが、傷付いてしまわないかって。ショックを受けたんじゃないか、って。

 振り向いた私が見やる、ビッキィちゃんの顔。不安な思いで私は見て…だけど私が見た時、ビッキィちゃんは落ち着いた顔をしていた。

 

「……そうだね。でもわたしは、ママの事好きだよ。君も、そうでしょ?」

「ぅん!おかーさ、だいすきっ!」

「わたしもっ、わたしもママとパパすき〜!」

 

 さらり、と自然に話を逸らすビッキィちゃん。皆は問いにきゃっきゃと答えていて、結果何事もなく…少なくともぱっと見では問題なく、そのやり取りは終了する。

 そうして時間は過ぎ、親が迎えに来た事で子供達は帰っていく。それを他の職員さん達と一緒に見送って…最後の一人が帰ったところで、ビッキィちゃんは吐息を漏らした。

 

「ふぅ…慣れてきても、皆が帰るとぐっと疲れがやってくるなぁ…」

「緊張が解けるから、だろうね。今日もお疲れ様」

 

 今日もと言ったって、私もビッキィちゃんも一日中携わっている訳じゃない。私は女神だし、ビッキィちゃんも学生なんだから…というのはさておき、頑張ってくれたのは事実なんだから、私は労い笑みを浮かべる。

…あの後も、ビッキィちゃんに特に変化はなかった。いつものように子供達を見てあげて、今も普通に見送っていて…私の杞憂だったんじゃないか、そんな風に思えてくる。

 

(…大丈夫なら、良いんだけど……)

 

 安易に大丈夫だと考えるのは良くないけど、ビッキィちゃんだってもう小さな子じゃない。心配し過ぎるのも違うし、一番はビッキィちゃんをちゃんと見て、接して、杞憂じゃなかったのなら寄り添ってあげる事だけど…心の問題だもん、楽に出来る事じゃないよね。

 

「ビッキィちゃん、ちょっと……」

「あ、ママ。わたし、先に戻っていい?戻るっていうか、夕飯の前にぱっと買い物に行っておきたいんだけど…」

「え?あ、うん」

 

 偶々か、それとも意図的か。私の問いを遮るようにビッキィちゃんは言い、私が首肯をすると、すぐにビッキィちゃんは教会の方へと走っていく。そして私は、それを見送る。

 意図的だったら勿論だけど、仮に偶然でも、こんなタイミングで遮られてしまったのなら、縁起が悪い気がする。それに、毎日一緒に過ごしてるんだし…と、私は今日の内に訊く、という選択肢を一旦引っ込める。そして代わりに考えるのは、だったらいつ訊くべきか、そもそも何もない内に訊くべきなのか…という事。

 

「…う、うーむ……」

 

 腕を組み、悩む。多分これに正解はない、というか訊いてみなきゃ、或いは何かが起こらない限り選択が正しかったかどうかは分からないし…仮に訊くとしても、訊き方によって変わる部分はあると思う。

 難しい。心の問題だから当たり前だけど、これは特に難しい。だって…過去に纏わる、事だから。私自身、過去に纏わる事で物凄く辛い思いをした事があるし…私は女神で、ビッキィちゃんは人。そこの違いがあるから、きっと同じようには語れない。それに……

 

(…それに……?)

 

 ふと止まる思考。今、私は何を気にしていたのだろうか。考えてみるけど分からない。無意識的に何かを思ってたって事なんだろうけど……駄目だ、なんか段々思考が行き詰まってきてる気がする…。

 

「うぅん、どうしたものかな…」

 

 今すぐ訊くのは違う気がするし、行動するにしても後日…って事で、一旦この思考は終わりにしたっていい…んだけど、それも出来ない位になってしまったのが今の私。だけどほんとにどうしたら良いものか。どこまでいっても義理の母である私が、実の親に纏わる話なんて……

 

「……あ」

 

 と、そこまで考えたところで、やっと気付いた。気付いたというか、思い付いた。──だったら私も、実の親に話してみれば良いじゃん、って。

 

 

 

 

「……って、事なんだけど…どうしたらいいと思う?」

 

 翌日。私はビッキィちゃんがいない時間を見計らい、リビングで相談を持ちかけた。…他でもない、私の親に。

 

「…ぅ……」

「……?」

「も、もうそんなに大きくなったんです、ね…少し前までは、こんなに小さかったのに…。…嬉しい、です…健やかに成長、してて…凄く凄く、嬉しいです……っ!」

「あ、あはは…私もそう思うよ、オリゼ……」

 

 声を詰まらせたかと思えば、感激で胸を一杯にしていた様子の私の親……オリゼ。オリゼは私を産んだ…のではなく生んだ、もっと言えば創り出した存在だから、世間一般で言う『親』とは少し違うけど…私はオリゼをもう一人の自分であると同時に、親であるとも思っている。私自身がそう思い、感じているんだから、それで良い。……ところでオリゼ、小さかったを指で表現してるけど…そんなに小さかったら小人とか妖精とかになっちゃうよ…百歩譲ってそこはスルーするにしても、私がビッキィちゃんと出会った時点で、親指と人差し指の間で表現出来る大きさより遥かに大きかったから…。

 

「い、イリゼ。でも、いつ何があるか、分かりませんっ。ビッキィさんの事は、親としてだけじゃなく、女神としても、ちゃんと見てあげて…ぁ、も、勿論他の子や、大人の人も…です、よ?女神は皆の、全ての人の……」

「わっ、ストップストップ。落ち着いてオリゼ。皆を守る、助けるって事は、常日頃から心にあるし…皆私にとっては、大切な人達だから」

 

 エンジンがかかってしまったオリゼを落ち着かせつつ、でもしっかりと言葉には頷く。するとオリゼも感情先行の思考になっていた気付いたようで、「あぅ、すみません…」と言って落ち着いてくれる。

 

(…女神として、か……)

 

 相変わらずだなぁと苦笑しながらも、私は考える。私は親である以前に女神だし、女神としてもビッキィちゃんを守り導くつもりでいる。そして…女神として考えられば、私の中にある迷いに答えも出せている。…けど……

 

「……ねぇ、オリゼ…女神である事を抜きに、親として考えたら…その時は、何が一番ビッキィちゃんの為に…ビッキィちゃんを悲しませない形に繋がるかな…?」

 

 先程口にした問いを噛み砕いて、もっと具体的な形にしてオリゼに話す。答えとは言わずとも、意見だけでも…とオリゼに求める。これは、オリゼにしか訊けない事。オリゼだからこそ訊ける事。だって私はオリゼが生んでくれた存在であり、私の親は、オリゼなんだから。

 

「お、親として、ですか…うー、ん…うぅ、ん……」

 

 腕を組んで、オリゼは考え始める。見るからにしっかりと、一生懸命に考えてくれる。私からの相談へ、真剣に答えようとしてくれるのは嬉しくて、急かさないようにと私もゆったりとした姿勢で待つ。

 やっぱりオリゼにとっても難しい話みたいで、傾く頭。うーんと唸って、頭を傾けて、更に唸って、傾けて、またまた唸って傾けて……

 

「わわ……っ!?」

「えぇっ!?ちょっ、オリゼ大丈夫!?」

 

……まさかのオリゼ、頭どころか身体も傾けてしまい、そのまま椅子から落ちかけていた。何とか持ち直したものの…ある意味予想もしない展開だった。…はは…オリゼ……。

 

「あぅぅ…ご、ごめんなさいぃ……」

「い、いや謝る事じゃないしいいけど…気を付けてね、オリゼ……」

 

 しゅーんとするオリゼを軽く宥める私。何ともオリゼらしいうっかりだけど…これで転んで怪我でもしたら笑えないから、気を付けてほしいところ。

 

「…す、凄く…難しいです。イリゼの、言っている事は……」

「そ、っか…そうだよね…。親っていうものに明確な正解なんてないだろうし、そもそもオリゼと私…というか私達じゃ、普通の親子とは全然違うし……」

「あ…え、えと…そうじゃ、ないん…です」

「え?」

「そうじゃ、なくて…め、女神である事を抜きに、っていうのが…全然、考えられ…なくて……」

 

 ふるふる、と横に振られるオリゼの首。訳が分からず私が訊き返すと、オリゼは更に答えてくれて……そこで、気付く。

 女神は多かれ少なかれ「人の理想の体現」であらんとする。言い換えるなら、『女神』であろうとする。中でも、オリゼは飛び抜けてその意識が強くて…だからオリゼに、「女神である事を抜きに」なんて問い掛け方自体が、良くなかったんだ、って。

 

「そっか、そうだよね…ごめんオリゼ、今のは私の訊き方が良くなかったよ。私が言いたいのは、女神じゃない自分を想像して…って事じゃなくて、親という立場から何かを言ったりしてあげたりする場合、どんな事が良いかなっていう……」

「あ…わ、分かって、ます」

「え…そ、そうなの?じゃあ、難しいって言うのは…?」

「その…女神である事を抜きに、考えるっていうのが…そ、そういう事をする理由が、分からなくて……」

 

 そういう事じゃない、と説明する私だけど、どうも勘違いしていたのは私の方。分からないのは質問の内容ではなく、質問の意味だとオリゼは言う。

 

「…ぁ…で、でもそれなら、考えられない、じゃなくて…さ、最初から、分からない…って言うべき、でした…よね…すみま、せん…すみませんイリゼ…ふぇ……」

「あ、だ、大丈夫!大丈夫だから、ね?」

 

 何でそんな事を…と思うのも束の間、オリゼが泣きそうになってしまった事で私は慌てて慰める。尚且つ持ち歩いている飴を取り出し、オリゼにあげる事で心を落ち着かせる。そうしてオリゼが泣いてしまうのを回避したところで、改めて回り出す私の思考。

 

(でも、何が分からないんだろう…オリゼは別に、思考力まで幼い訳じゃない筈なのに……)

 

 女神としての考え方と、親としての考え方は違う。その違う思考の内、後者で考えるなら?と言っているだけで…やっぱり、難しい事だとは思えない。

 

「あ、あの…女神として、考えちゃ…駄目、なんですか…?私もイリゼも女神、で…人の幸せを願い、作り、守るのが女神なんですから…女神である事を抜きに、考える方が変だって…私は、思い…ます…」

「えっと…うん、それはそうだし、私もそう思うよ?ただ、なんて言うのかな…立場は勿論だけど、女神として抱く思いと抱かれる思い、親として抱く思いと抱かれる思い、それってそれぞれ違ってて、今必要なのはきっと後者で……」

 

 間違ってはいないけど、そうじゃない。オリゼは理解出来なくて困ってるみたいだけど、私も私でどう伝えるべきか困ってて、自分の中で改めて噛み砕きながら説明を続ける。

 ただでも、こうなるとオリゼに相談したのは良くなかったのかもしれない。勿論オリゼが頼りにならないって訳じゃないけど、むしろ物凄く頼りにしてるけど、女神にも人にも得手不得手がある訳で、この手の話に関してはオリゼより他の誰かに相談した方が……

 

「だけど、イリゼは…イリゼは、女神…です、よね…?親でも、何でも…どんな立場になっても、女神である事は変わらない…です、よね…?女神なのが、イリゼで…皆も、そう思ってるんじゃ…ないん、ですか…?」

「あ……」

 

──そう、思っていた私の思考に広がる波紋。オリゼからの問い掛けが、私の思考へ波紋を呼び…気付く。あぁ、そうだ、そうじゃないか…って。

 私は女神であり、それが変わる事はない。皆だって…ビッキィちゃんだって私を女神として見ているだろうし、私自身親である事だけを意識してこれまでビッキィちゃんと接してきたなんて事はない。なのに、今だけは…この件だけは、女神である事を抜きに考えるの?……それは違う。私は親である以前に女神であり…女神である事と親である事、この二つはどっちが上という事もなく、どっちも等しく私なんだから。

 

「…い、イリゼ…?」

「そう、だよ…そうだよね…。…うん、ありがとうオリゼ!やっと私、分かったよ!自分がどうしたらいいか…ううん、どうしたいかを!」

「ふぇっ!?あ、え、えと…えへへ……」

 

 ばっと椅子から立ち上がり、オリゼの手を握って感謝を伝える私。いきなりお礼を言われる形となったオリゼは当然戸惑い…結果、取り敢えず照れる事を選んでいた。

 

「よし。そうと決まれば早速…って言いたいけどまだビッキィちゃんは帰ってきてないし、ちょっと考えを纏めておこうかな…」

 

 やっと答えを出せた事で気分が高揚したせいか、頭の中で考えればいいのにわざわざ私は独り言を話す。…まぁ、それはともかくとして…私の中で、答えは出た。だから後は…ビッキィちゃんと、話すのみ。

 

 

 

 

 数十分後、ビッキィちゃんは帰ってきた。だけど今は、ご飯前の微妙な時間。準備をしながら話す事も出来なくはないけど、落ち着いて、面と向かって話したい。だから夕食を先にして…一服したところで、ビッキィちゃんを呼んだ。

 

「ママ、どうかしたの?」

「うん、どうかしたの。…うん?」

「え、ええっと…どうかしてるぜ、とか言えばいいのかな…?」

「…ごめん…今のは普通に言葉選びを間違えただけだから気にしないで……」

 

 身構えさせてしまわないよう、自然な返答になるよう気を付けていた私だけど…変に意識した結果、むしろ不自然な返答になってしまった。…ど、どうかしたのって…すぐに自分で気付いたけど、これはおかし過ぎるって…。

…と、いきなり変な感じになってしまったけど、気を取り直して私はココアを淹れたコップをビッキィちゃんの前へ。

 

「こ、こほん。…ビッキィちゃん。ビッキィちゃんとママが出会ってから、もう随分と経つよね」

「へ?…まあ、そうだね。わたしがママと出会った時は、まだずっと小さかったし…」

 

 仕切り直すように咳払いをし、私は切り出す。と言っても単刀直入にではなく…ゆっくりと、少しずつ順序立てていくように。

 困惑しつつも、ビッキィちゃんは答えてくれる。私の言った「出会った時」を、思い出すように。

 

「凄く今更だけど…こうして暮らしてきて、どう?教会に住むようになって…お母さんの娘になって、良かった?」

「…それは……ほんとに今更だね。良かったか、って言われたら…そんなの、良かったに決まってるじゃん。わたしがこうして普通に…いや教会での生活が普通かどうかは分からないけど…とにかく普通の人として暮らせてるのも、学校に行けたり友達が出来たりしたのも、色んな楽しい事とか、嬉しい事があるのも……全部、ママがママになってくれたからだもん」

「ビッキィちゃん……」

 

 既に察し始めているのか、数秒黙ったビッキィちゃん。それからビッキィちゃんが口にしたのは、捻くれなんて微塵もない幸せの実感と、私へ対する感謝の言葉で…思わず、これだけで満足してしまいそうになった。早くも私は胸が一杯になっていた。

 けど、これで満足しちゃいけない。まだこれは本題じゃない、前置きの話なんだから。

 

「…ありがとね、ビッキィちゃん。ビッキィちゃんにそう思ってもらえて、そう思える日々を送らせてあげる事が出来て、お母さんは凄く嬉しいよ。嬉しいし、誇りに思う」

「わたしこそ、ありがとう。…でも…ママがしたいのは、そういう話じゃないんでしょ?」

 

 本題に入ってくれていい。言葉の裏にそんな雰囲気を籠らせて、ビッキィちゃんは私に問い掛ける。それはその通りだから、分かっているような気がしたから、私は誤魔化す事なく…頷く。

 

「…ビッキィちゃん。お母さんね、凄く迷ったの。ビッキィちゃんも段々しっかりしてきて、頼もしくもなってきたけど…やっぱりまだ、子供だから。国の長、女神って言っても…親としては、まだまだお母さんも未熟だから。不安な事も、分からない事も多くて、だからどうするか迷って……だけど、決めたよ。ちゃんと話そうって、訊こうって」

「…うん」

 

 私は具体的な内容を言っていない。何の話か言わないままに話していて…なのにビッキィちゃんは、静かに聞いてくれている。

 教育の賜物か、それともビッキィちゃんの性格故か。…なんていうのは、別にどっちでも良い。ビッキィちゃんが心優しい事には、変わりないんだから。

 

「…訊いてもいいかな?ビッキィちゃん」

「…うん。いいよ、ママ」

 

 何を、と訊かないのが、もう分かっている証拠。それを確かめた上で、私はビッキィちゃんを見つめ…言う。

 

「ビッキィちゃんは…自分の本当の親を、どう思ってる?…会って、みたい?」

 

 ここまで話したのならもう、回りくどい言い方は必要ない。核心の話を、ずっと私が思っていた事を、ビッキィちゃんへと問い掛け訊く。

 その問いを受けたビッキィちゃんは、暫く何も言わなかった。じっくりと、浮かんだ言葉を心の中で反芻しているように、黙ったままの時間が続いて……

 

「…会って、みたいよ。今どこで、何をしてるのか…会いたいし、知りたい」

 

 頷いた。沈黙の末に、肯定の言葉と共に。会いたいと、知りたいと、そう言った。

 それは、当たり前の感情。余程仲が険悪だったりでもしない限り、何年も会っていない…それも小さい頃に、望まぬ形で別れてしまった両親の事が、気にならない筈がない。

 

「…ごめんね、ビッキィちゃん。もしかしたら、期待させちゃったかもしれないけど、会ってみたい?っていうのは……」

「訊いただけで、会える用意をした訳じゃない…でしょ?それ位分かってるよ」

「そっか…」

 

 察しが良いのか、それとも娘だから分かるって事なのか、とにかくぬか喜びさせる事がなくて少しだけ安堵。ほっとして…だけど同時に、思う。やっぱりビッキィちゃんは、両親へ対しての思いがあるんだ、って。だとしたらきっと、保育の手伝いの時に言われた言葉は、ビッキィちゃんの中で残っていたんだろう、って。重荷か、棘か、それとも単純な興味か…どんな形であれ、心の中に残っていたのは間違いない。

 なのに、その上で、ビッキィちゃんはそれを表に出さなかった。…ほんと、大きくなったねビッキィちゃん。

 

「…保育の手伝いは、嫌だったりしない?しない、っていうか…本当は嫌だった、とかあるなら言ってくれていいんだよ?」

「ううん、それは全然ないから大丈夫。っていうか、小さい子を見てあげるのは楽しいし…ママの力になれるのも、嬉しいから」

「それなら良かった。ビッキィちゃん、皆にも人気だもんね(ビッキィちゃん…ほんとに、ほんとに良い子なんだから…っ!)」

 

 いつもの調子で言葉を返した私だけど、内心ではまた感動していて…ビッキィちゃんがまだ小さい頃なら、撫でて抱き締めてたんじゃないかと思う。

 

(……だけど…だけどもう、私が守ってあげなきゃいけない、小さなビッキィちゃんじゃない)

 

 今日私は、親の事を…実の親についてを訊いた。でも、その事関係なしに、いつかはビッキィちゃんも大人になる。守られる側から守る側に、自分から何かをしていく存在になる。そしてビッキィちゃんが自分の道を選ぶ時が来たら、或いはもう選んでいるのなら…私は応援してあげたい。血の繋がった親ではなくても、日々を共に過ごしてきた親として、そうしたい。

 

「…ママ。わたしもママに…話したい、事があるの」

 

 会話が途切れた数秒後。今度はビッキィちゃんが、私へ対して切り出してくる。神妙な顔で、真剣な顔で。

 

「…うん、聞くよ。聞かせて、ビッキィちゃん」

 

 話したい事があるというなら、それが真剣な話なら、私に聞く以外の選択肢はない。娘でなくても聞くし、ビッキィちゃんであれば尚更聞く。私だって今、私の話をビッキィちゃんに聞いてもらったんだから。

 

「…わたしもね、色々考えていたの。前から偶に、自分の両親の事は考えたりしたけど、これまでは何となく考える位で…だけど、わたしとママが似てないって言われてからは、はっきりと思うようになったの。ママはママだけど…わたしの実の親は、ママじゃないんだ、って」

「……っ…」

 

 分かっていた。当たり前の事だし、理解していた。…だけど、ビッキィちゃん自身の口から、自分の実の親は私じゃないと言われた瞬間、胸が苦しくなった。理解していても、ビッキィちゃん自身から言われるのは、辛かった。

 でも私は、ぐっと堪える。辛いのは、悲しいのは、私だけじゃないから。ビッキィちゃんも同じように思っているのであれば…母である私が先に、心を乱したりする訳にはいかない。

 

「これまでちゃんと考えてこなかったのは、考えたって分からない…っていうのもあるけど…今が、ここでの生活が、満たされてたからだって思うの。さっきも、言った通りに」

 

 ビッキィちゃんは、自分の言葉を変に飾ったりしない。それはつまり、いつも自分の心を、その心のままに話してくれるって事で…私が頷くと、ビッキィちゃんは語りを続ける。

 

「…正直、言うとね。わたし、早く大人になって、一人で生活出来るようにならないと…って思ってた事もあるの。ママは忙しいし、やっぱりわたしは普通の子じゃないから、ずっとわたしがいたら、迷惑になっちゃうかも…そんな風に、考えて」

「…そんな事ないよ、ビッキィちゃん。確かにビッキィちゃんを…子供を育てるっていうのは、楽な事じゃない。でも私はそれを、ビッキィちゃんを育てる事を、一度たりとも嫌だと思った事なんてないんだから」

「ありがとね、ママ。でも、今は思ってないから大丈夫。そういう事を思ったり、何か手伝わなきゃって躍起になったりした事もあったけど…今は、全然そんな事思わない。…それ位、わたしにとってここは…ママと生活するのは、心地良い事だから」

 

 勿論、手伝いたいって気持ちは今もあるけどね。そう付け加えて、ビッキィちゃんは軽く肩を竦めた。

 本当に今日は、ビッキィちゃんが色んな嬉しい事を言ってくれる。心から幸せな気持ちになる。…だけど、だからこそ…何となく、感じる。この話の先を。こうして感謝を伝えてくれるビッキィちゃんが、本当に伝えたい…結論を。

 

「でも、わたしは考えた。あの時言われて、それから沢山考えて、振り返って、思い返した。ママの事も、一緒に住む皆の事も、教会の事も、学校の事も、友達の事も…わたしが、信次元に来る前の事も」

「…それは、ビッキィちゃんの中で、思うものが…はっきりさせたい事が、あったからたよね?…答えは、出たの?」

「うん、出たよ。ちゃんと、答えが」

 

 真剣なままの眼差しが、私を見る。最後まで聞いてほしい、最後まで伝えたい…そんな思いの籠った瞳が私を見つめる。

 ビッキィちゃんの答えが、私にとって嬉しいものかどうかは分からない。もしかしたら、悲しいものかもしれない。でも、どんな答えだとしても、それがビッキィちゃんが考え抜いて出したもので、間違ったものでないのなら……受け入れたい。母親として、ビッキィちゃんをここまで育ててきた家族として。

 

「ママ。わたしは信次元に来られて、ママに出会えて、本当に良かったって思ってる。だから……」

 

 もう何も言わず、何も問わず、ただビッキィちゃんの選択を…答えを待つ私。ビッキィちゃんも躊躇う事なく、言い淀む事もなく、既に心は決まっているのだと…これが自分の道なのだと示すように、言った。

 

「──わたしは、行くよ。わたしが逃げてきた…わたしが本来いた次元に。わたしを生んだ、ママとパパを探す為に」




今回のパロディ解説

・「〜〜初めての連戦ボスになるノワール〜〜」「〜〜レベリングを意識〜〜序盤の壁〜〜」
原作シリーズの一つ、超次次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth1の展開の一つのパロディ。OA序盤のノワール戦に当たる場面ですね、印象深いです。

・(〜〜もう、私が守って〜〜ビッキィじゃない)
マクロスfrontierに登場するキャラの一人、オズマ・リーの(ノベライズ版における)台詞の一つのパロディ。…別にイリゼ、この後意識を失ったりしませんよ?


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第六話(コラボ編最終話) その絆は、どこかできっと

 自分の元居た次元を、自分の生みの親を探しに行く。ビッキィちゃんがそう決めてから、月日が過ぎた。これまでと同じように…けれど確かな、はっきりとした目的を持った、ビッキィちゃんとの毎日が。

 ビッキィちゃんは、多くの事を学んだ。学業も、次元に関する知識も、戦闘技能も、意欲的に、積極的に習得していった。…まぁ、全部を完璧に、って訳ではないけど…それでも目的意識が、果たしたい望みが、強い原動力になっていた事は間違いない。

 力強く進んでいくビッキィちゃんの姿は、嬉しく、誇らしく…でも、寂しくもあった。前にも似たように感じた事はあったけど、その時とは違う。あの時は単に、変わっていく事への喜びと悲しさを感じていただけだけど、今は逞しくなっていくビッキィちゃんの成長が、今ここにある…私にとっては完全に日常となった日々が終わる、そのカウントダウンのようで。

 

「…ママ、どう?」

 

 緊張と不安、その両方が籠った面持ち。それを浮かべているのはビッキィちゃんであり、向けられているのは私。そして私は、小さく一つ頷いて…言う。

 

「うん、美味しい。具はもう少し薄く切った方が火の通りが良くなるし、ちょっと鍋を掻き回し過ぎではあったけど…一人でこれだけ出来るなら、十分だよ」

 

 ただ褒める、肯定するという訳じゃなく、きっちり改善点は示した上での、ビッキィにに見せる笑顔。するとビッキィちゃんの表情もぱぁっと明るくなり…その上で、次はもっと良くすると意気込む。それを見て、これはまだまだ上達するな、と私も感じる。

 今私は、ビッキィちゃんの作ったスープを食していた。これも別次元へ向かう日に向けての勉強の一つであり…私の経験上、簡単な料理だけでも作れるのと作れないのとじゃ全然違う。料理が出来るなら、食材さえあれば食料を用意出来るという事だし、食事は心の安らぎにもなるものだから。

 

「ママ、次はもう少し難しい料理でもいいよ?」

「ふふ、向上心があって宜しい。…けど、目的を見失わないようにね?豪勢な料理が作れるなら良いけど、そういう環境が得られるとは限らないんだから」

 

 やる気はあるに越した事はないけど、念の為私は目的を、何の為の料理なのかを改めて言っておく。

 ここでいう簡単っていうのは、器具や設備が揃わない場合でも作れる…というのも含めての事。前提は環境が整っている事ではなく、整った環境があるか分からない事だっていうのは、忘れちゃいけない。

 

「さてと、じゃあ次は外だね。どうする?少し休憩する?」

「ううん、大丈夫!」

 

 二人で食器を洗ったところで、私は休憩するかと訊く。するとビッキィちゃんはファイティングポーズを取り、しゅっしゅと軽く拳を突き出し元気アピール。ビッキィちゃんらしい、快活な姿に私は微笑み、ならばと二人で教会の庭へ。

 

「ほっ、ふっ、ふッ…でやぁあぁッ!」

「お、っと…!」

 

 踏み込み繰り出される、鋭い殴打。素手の長所の一つである、回転率の高さを活かした連続攻撃をビッキィちゃんは私に放ち、私はそれを下がりつつも逸らす形で、受け流す事で防いでいく。

 押し込むような殴打の末、ビッキィちゃんは飛び上がって回し蹴り。私は蹴りを交差させた腕で受け、その衝撃を利用して後ろに大きく跳び…着地したビッキィちゃんもまた、地を蹴り追撃をかける。そうして再度の接近と同時に振り出される腕は…異形のそれ。

 

「良い連撃だね、ビッキィちゃん。なら、ここからは…私も反撃していくよ!」

「うん…ッ!」

 

 真剣白刃取りの様に両手でビッキィちゃんの腕を掴み、投げ出すように左へ逸らす。ビッキィちゃんが振り向いたところで、私は反撃する事を伝え…た瞬間、またビッキィちゃんは飛び掛かってきた。

 それで良い。闇雲な攻撃はカウンターに繋げられてしまうものだけど、息吐く間を、余裕を与えない連続攻撃というなら別。今のビッキィちゃんは、間違いなく後者であり…私ではなく並みのモンスターなら、今に至るまでに一発は攻撃が入っている。

 

「もう抵抗も、その腕への不安もないんだね…!」

「ないよ、だってこの腕が、わたしの腕だから。わたしの一部だから…!」

 

 殴打、掌底、肘打ち、裏拳。ビッキィちゃんの対応力を鍛える為に、とにかく私は多彩な打撃で攻め立てる。合間合間で蹴りも織り交ぜ、ビッキィちゃんに防御を強いる。

 ビッキィちゃんは、無理に反撃しようとはしない。しっかり見て、しっかり防御して、私の隙を伺っている。そして私が手刀で横薙ぎをかけた瞬間、ビッキィちゃんは後ろへひっくり返るような動きで手刀を避け、しっかりと両手を地面に付ける事により一回転し、回り終えたところで「どうだ!」とばかりににっと笑う。そこからほんの一瞬、私もビッキィちゃんも動きを止め…先に動いた私が跳び膝蹴り。するとビッキィちゃんは、さっきのお返しをするように私の膝蹴りを両手で左右から掴んで受け止め、そのまま地面に叩き付けようとしていた。でもその直前、私が掴まれたのとは逆の脚を振り出した事で、ビッキィちゃんは両手を離し、少し惜しそうな顔をしながらも回避の為後退。とはいえ私は両脚を振った状態で、着地後即動ける訳じゃなく、それを目敏く看破したビッキィちゃんはすぐにまた仕掛けてくる。

 地面を押し出すように蹴って、横に跳ぶ。回避行動と共に一度私は距離を取り、今度はビッキィちゃんからの動きを待つ。

 

「そこだっ!…と、見せかけて……ッ!」

「フェイント…?…中々良い狙いだ、ね…ッ!」

 

 突進からビッキィちゃんが見せてきたのは、姿勢を下げての足払いの挙動。脚を狙われるなら、と私は跳んで、避ける流れからそのまま反撃…に移ろうとした瞬間、跳ね上がるようなアッパーカットが下から迫る。

 違和感のない、上手いフェイント。しかも姿勢を下げていた事により、ただのアッパーカットより勢いがある。フェイントをフェイントで終わらせるのではなく、一つ一つの行動を独立させてしまうのではなく、繋がっている一つの流れとする事は、戦闘において凄く有用となる動きであり…ここまでの事が出来るようになったのかと、私は誇らしさを禁じ得なかった。

 

(本当に…大きくなったね、ビッキィちゃん…!)

 

 迫り来るアッパーカットに対し、私は元々放とうとしていた打撃を合わせる。ビッキィちゃんの強靭な拳と、私の外見は普通の…でも人間の姿とはいえ、多少なりとも女神の力が乗った拳がぶつかり合い、私達は視線を交わす。

 激突の瞬間は互角。けど地面を踏み締めているビッキィちゃんの方が力は持続し、私は押し返される。無理に反撃をせず私が下がれば、さっきと同じようにまたビッキィちゃんは懐へ飛び込んできて……ここで少しだけ、私は本気を出す。突き出された右ストレートを見切り、紙一重で躱し…そこから手首と襟元を掴んで、身体を捻って背負い投げ。ビッキィちゃんは私のカウンターに目を見開き、そのまま投げられ…だけど私が途中で手を離した事で、再び両手を地面に付けて、今度はハンドスプリングをするような動きで叩き付けられるのを回避した。

 着地の瞬間軽くよろけながらも、すぐ構え直すビッキィちゃん。私はその構えに崩れた部分がない事を確認し…ふっと笑う。

 

「…大きくなったし、強くなった。これだけ戦えるなら…もう、何も心配する事はないね」

「ママ……」

 

 力を抜き、立ち姿でここまでにしようかと伝えると、ビッキィは私を見つめた後、同じように力を抜く。…と、いうより…緊張の糸が切れたように、ビッキィの身体から力が抜けた。

 

「ふー…つっかれたぁ……」

「ビッキィちゃん、最初から最後まで果敢に攻め続けてたもんね。どう戦うかは相手によって考えるべきだけど、どんな相手でも及び腰にならず、強い気持ちを持って臨むのは大切な事だよ」

「でも、無理に相手に合わせる位なら、自分の得意を全力でぶつけた方が良い、だよね?」

「そういう事。要は自分の土俵で戦うって事だね」

 

 出る前に用意しておいた飲み物を渡せば、ビッキィちゃんはぐっと飲む。流石に一気飲みはしないけど、そこそこの量をぐぐっと流し込んで…それからビッキィちゃんは私を見る。

 

「…ママは、まだまだ余裕そうだね」

「まぁ、ね。あ、でも私を比較対象にしちゃいけないよ?自分で言うのもアレだけど、女神は基準としては不適切過ぎるし」

「あ、うん。…でも、女神じゃなくたって、わたしより強い人とか存在は、沢山いるよね…」

 

 その言葉と共に、ビッキィちゃんは思うところがあるような表情を浮かべる。ビッキィちゃんは強くなる為に訓練をしていて、指導者となった私が女神である以上は、そういう思考をするのも無理はない事で…だから私は、ビッキィちゃんの頭に手を置く。触れて、ゆっくりと撫でる。

 

「ビッキィちゃんには、頑張れる心も、もっと強くなろうって気持ちもしっかりあるでしょ?目先の何かじゃなくて、もっと先を、本当に叶えたい事を見て進む事が出来るでしょ?だったら、大丈夫だよ。まだまだビッキィちゃんは強くなれる、立派になれるって、ママは信じてるから」

 

 そう。才能や知識、経験も大事だけど、同じように気持ちだって大事。それがなければどこかで止まってしまうだろうし…その心を持ち続けられれば、ゆっくりでも、迷ったとしても、成長が止まる事はない。信次元の女神として、それははっきりと言う事が出来る。

 

「…だよね。ママ、わたしはもっと強くなるよ。心配の必要がないだけじゃなくて、頼りになるって思われる位に」

「そう思ってくれるだけでも頼もしいよ。…頑張れ、ビッキィちゃん」

「うんっ!…あ、後必殺技とか欲しいな…ママの言う、絶対の自信を持てる切り札ってだけじゃなくて、シンプルに格好良い必殺技が……」

「それは、まぁ…出来ると良いね……」

 

 私からのエールに大きく頷き、ビッキィちゃんは笑う。浮かんだ笑顔に曇りはなく…でもその後手を戻したビッキィちゃんは、顎に指を当てて、何やら思案していた。…まぁ、分からない事はないけどね…女神としては戦いの中にも華麗さ、綺麗さを意識したいものだし、格好良く技を決める事が出来れば、やっぱりその時は気分が良いし。

 

「こほん。じゃ、訓練もここまでにしようか。改善点は…んー、中に戻りながら話せば良いかな。もう一つ一つ、しっかり話さなきゃいけない程粗がある訳じゃないからね」

 

 訓練を始めたばかりの頃は、当然知識も考え方もまだ整っていなかった訳だから、じっくり説明したり、実演してみせた事も多かった。けど今は、ある程度の事なら歩きながらの説明でも理解し改善に繋げられる。そういうレベルまで、ビッキィちゃんは至っている。

 

(…立派になったね。もうビッキィちゃんは、立派な大人だよ)

 

 今日気付いた事を話し、それを受けての質問に答え、終わったところでビッキィちゃんは廊下を進みつつも思考に入る。改善点を踏まえたイメージをしているのか、自分で更なる改善点を探しているのか、それとも本格的に必殺技を考えているのか…とにかくビッキィちゃんの思案顔は大人びている。

 勿論、まだビッキィちゃんは少女と表現するべき見た目だし、精神面だってそう。だから私が大人だと感じたのは、出会ったばかりの…まだ幼かった頃のビッキィちゃんや、色んな事に触れ、少しずつ学んでいた頃のビッキィちゃんと比較しての事。そしてビッキィちゃんが、自らの道を定め、そこに向けて歩んでいるからこその事。大人も子供もない女神が語るのも変な話だけど…今のビッキィちゃんは、私から見て確かに大人だと、そう思ってる。立派になったと、そう感じている。

 自分の育ててきた子が、私を母と慕ってくれる子が、立派な大人になったと感じられる日がくるなんて、私は幸せものだ。母冥利に尽きるというものだ。…だから、だからこそ…もっと私は見ていたい。出来る事なら、これからももっと……

 

「……っ…」

「……あれ?ママ?どうかしたの?」

「…ううん、何でもないよ」

 

 はっとして、足を止める。不思議そうな顔をしたビッキィちゃんに何でもないよと返して、私は浮かんでいた思考を振り払う。

 駄目だ。ビッキィちゃんは、自分の意思で、自分のルーツについて知ろうとしている。その為に、日々頑張っている。なのに私が、母である自分が引き止めるなんて、あっちゃいけない。ビッキィちゃんはきっと私を信じてくれているのに、私が私の都合で引き止めようとするなんてのは…私自身が、許せない。

 それに…私はビッキィちゃんを、歩もうとしている道を、応援したい心もある。この気持ちもまた、嘘偽りのない本心であり……私は心を引き締め直す。これからも、ビッキィちゃんを応援出来るように。最後まで、ビッキィちゃんの背中を押せるお母さんで在れるように。

 

 

 

 

 更に、時が経つ。ビッキィちゃんの気持ちは固く、けれども焦る事はせず、着実に準備を重ねていった。心は固く決まっているからこそ、焦りはしなかったんだと思う。

 どれだけ準備が進もうと、ビッキィちゃんが変わる事はない。成長はしても、ビッキィちゃんはビッキィちゃんのままで、共に過ごす日々もこれまで通りで…だけど、終わりは確かに存在する。ビッキィちゃんが、元いた次元へと旅立つ……その日が遂に、訪れる。

 

「ビッキィちゃん、貴女がしようとしている事は、きっと凄く難しいわ。でも、不安に思ったりしなくても大丈夫。だってビッキィちゃんには、強い思いがあるんだもの。強い、強い…奏でるような心の輝きが!」

「無理や危険な事はしないで下さいね?勿論、止むを得ない瞬間はあるかもしれませんが…自分を大切にする事が、ビッキィさんの目的を、果たしたい事を果たす事に繋がる筈です(´・∀・`)」

 

 神生オデッセフィア教会の…うちの正面玄関で、私達は向き合う。ここにいるのは、これから旅立つビッキィちゃんと、それを見送る私達。

 両手を肩において、力強く…若干(?)テンションの上がった様子でセイツは語り、イストワールさんも穏やかな表情と声音で言葉を送る。それに対し、ビッキィちゃんはイストワールさんの言葉にはしっかりと頷いていた一方、セイツの語りには苦笑いをしていて…やはりというべきか、そんな反応に対してもセイツは、「これよこれ、普段明るいけど実はちょっと落ち着きもある今のビッキィちゃんの、この何とも言えない時の感情も素敵…!でも、これも見納めなのね……!」…とかなんとか言っていて、そりゃ苦笑いされるよね…という話。

 

「はは…大丈夫だよ、イストワールお姉さん。ママからも、無理しちゃいけないってちゃーんと教わってるから。セイツお姉さんも、ありがとね。実はちょっと、緊張してたんだけど…セイツお姉さんの言葉を聞いたら、何だか緊張が解れちゃった」

「あ、そ、そう?…わたしとしては、どちらかというと勇気付けるつもりだったんだけど……」

「であれば、気持ちを舞い上がらせながら言うべきではないでしょう…(ーー;)」

「う…でも、どんな形であれビッキィちゃんの力になれたのなら良かったわ」

 

 苦笑の後に、ビッキィちゃんは言葉を返す。思っていたのとは違う反応にセイツは戸惑い、半眼のイストワールさんに突っ込まれ…でもその後、セイツは柔らかな表情を浮かべた。旅立つ者を祝福する女神として…そして、多くの時間を、数え切れない程の経験を共にしてきた家族としての、愛情と優しさの詰まった笑みを。

 そんなセイツの気持ちが伝わったようで、ビッキィちゃんはまた頷く。二人を順番に見て、頑張るからねと意思の籠った声で言った。

 セイツとイストワールさんも、ビッキィちゃんを私の娘として、家族として接し、大切にしてくれた。そのおかげで、ビッキィちゃんは二人の事も慕い、私だけじゃなく、私の家族は皆、ビッキィちゃんとも家族になれた。家族皆で、沢山の思い出が作れて……だから今、こうしている。二人はビッキィちゃんを見送りたいって、ビッキィちゃんもその気持ちに応えたいって、きっとそう思ったんだ。

 

(…それに、二人だけじゃない)

 

 飾らないやり取りを交わす三人を見つめていた私は、小さく振り返る。

 ここにいるのは、何も私達だけじゃない。ビッキィちゃんが関わってきたのも、私達だけなんかじゃない。教会にはビッキィちゃんの成長を見てきた職員や、ビッキィちゃんと何度も話した事がある職員だって沢山いて、そういう人達もビッキィちゃんを見送りに来てくれた。そんな皆にとっても、ビッキィちゃんはただの「教会に住んでる子」なんかじゃない。そしてここには、ビッキィちゃんの進まんとしている道への感動と、ビッキィちゃんが旅立つ事への悲しさから、さっきからずっと目に涙を溜めているもう一人の……

 

「うぅ、ぐすっ…び、ビッキィさん…絶対絶対…ご両親、を…見つけて、下さい…ね…!な、何かあったら…呼んで、下さいね…!そうしたら、私…いつでも、どこでも…駆け付けます、から…っ!」

「あ、う、うん…大丈夫、大丈夫だから顔拭いて…?周りの職員さん、皆物凄く心配そうにしてるからね…?」

 

……もう一人の私は、オリゼは、それはもう号泣していた。しょっちゅう泣くオリゼだけど、今日は特別泣いていた。周りの職員に心配をかけてると言われた途端、それはいけないと目元を袖で拭い、泣くのを我慢していたけど……目はまだうるうるとしまくりだった。…きもちはわかるし、ビッキィちゃんの事をここまで思ってもらえてるなら、私としても嬉しい限りではあるんだけどね…。

 

「シャットとリンカも来てくれてありがと。二人が来てくれてわたし、凄く嬉しいよ」

 

 と、私が視線をオリゼに向けている間に、ビッキィちゃんはそのオリゼから、シャットちゃんとリンカちゃん…二人の親友とのやり取りに移る。

 

「ビッキィ、本当に行っちゃうの…?」

「ビッキィさん、すぐには戻ってこないんだよね…?」

「…うん」

 

 先程までの、私の二人の姉達とは違う、しんみりした声音。私から二人の顔は見えないけど、その表情は想像出来る。それに、声音へ籠った感情も、凄く凄く理解出来る。

 友達が旅に出る。普通に考えたってそんなの寂しいものだし、私達と違ってシャットちゃんやリンカちゃんにとって、別次元というのは全く想像も付かない、未知の領域そのものな筈。そこへ友達が行ってしまうなんて、寂しいだけじゃなく不安だったり心配だったりもきっとあるし、ビッキィちゃんも二人に対して声を詰まらせる。数秒間の沈黙が訪れ…その沈黙を破ったのは、二人の方。

 

「…けど、ビッキィさんが決めた事、だもんね」

「うん。今日の為に、ビッキィは毎日頑張ってたんだもんね」

「二人共…あ、あのね。わたし二人が友達になってくれて……」

「待った!ここからは、しんみりした感じはなしにしよ?」

「わたしもそれに賛成!…って言っても、先にしんみりしちゃったのはわたし達の方だけどね〜」

 

 友達を悲しませてしまっている。その事への負い目があるのか、ビッキィは二人へ声をかけようとし…でもそれを、シャットちゃんが止める。リンカちゃんも、発言に頷く。

 その言葉は、ビッキィちゃんへの気遣いか、それとも笑って見送りたいという、友達の思いか。私には分からない事だけど、ビッキィちゃん達には…友達同士には伝わるものがあるのかもしれない。そしてビッキィちゃんが見つめる中、二人は息を吸い……言った。

 

「ビッキィ、ボク応援してるからねっ!ビッキィの、トップオセラーへの道を!」

「わたしも期待してるよー。ビッキィちゃんならきっと、全次元オセロ大会も制覇出来る、って!」

「シャット、リンカ……って、違うよ!?え、いや…えぇっ!?もしかして二人、わたしがオセロを極める旅的なのに出ると思ってたの!?だとしたら大間違いもいいところだよ!?後、全次元オセロ大会って何!?トップオセラーはもっと何!?」

 

 ぐっ、とサムズアップしてみせる二人。心を打たれたような表情を浮かべ…たのも束の間、唖然とした顔で突っ込むビッキィちゃん。…二人は言った。物凄く、物凄ーく頓珍漢て、予想の斜め上にも程がある事を。

 

「全次元オセロ大会の覇者として、ベストオブオセラーになって帰ってきたら、盛大に祝ってあげるからね!」

「また聞いた事のない言葉が出てきた…!?い、いやあのね二人共、わたしはオセロ絡みで旅に出るんじゃなくて……」

「けど、時々連絡してくれると嬉しいな〜。あ、それかわたしの方から、ちょこちょこ電話したりとかしてもいいかな?」

「オセロ絡みを解決しないまま進めようとしないで!?というか、別次元だよ…?一応、準備とか設備を整えれば出来るって話だけど、そんな気軽には……」

「あ、お土産お願いねー」

「近くに寄る事があったら、帰ってくるんだよー?」

「だーかーらぁぁぁぁ!ふ、二人共ふざけてるね!?分かってて言ってるよねぇ!?」

 

 繰り広げられるのは、何だか普段の女神同士や、私が友達同士とするようなやり取り。初めは本当に勘違いしてるのかと思ったけど…どうやらふざけているだけらしく、それをビッキィちゃんに指摘されると、笑いながらも二人は冗談を重ねるのを止める。

 

「もー…なんでこんな時にまでふざけるかなぁ…」

「言ったでしょ?しんみりした感じはなしだって」

「え…まさか、最初のしんみりしてたのも演技だったとかじゃないよね…?」

「流石にそれはないよ〜。…寂しいのは、ほんとだもん…」

 

 軽い調子でシャットちゃんは返したけど、その次のリンカちゃんは、いつもののんびりした声で返した後…雰囲気が、変わる。寂しいのは本当だって、思いを漏らす。

 

「…ボクも…正直、実感がないよ…別次元なんてのも、ビッキィがそこから来たっていうのも、そこに旅立つっていうのも、全部…全然……」

「…ごめん…二人はわたしが学校に行き始めてからすぐ友達になってくれたし、わたしの秘密を知っても友達のままでいてくれたし、二人のおかげで毎日凄く楽しかった。…なのに、二人にちゃんとお返しもしないまま旅に出る事は、本当に悪いと思って……」

「そ…そんな事ないよ、ビッキィ!」

「うん、ない…ないよ、ビッキィさん…!」

 

 きっとこれまでは、飲み込み切れていない思いを押し殺していたんだ。リンカちゃん、それにシャットちゃんの言葉で私はそう感じる。今生の別れじゃないとはいえ、仲の良かった子と、これまで会うのが当たり前だった友達と離れ離れになるのは、しかもその先が自分達には何も分からない場所ともなれば……本当は二人共、泣きたい位辛く、悲しかったのかもしれない。

 そんな二人に向けて、ビッキィちゃんが伝えるのは謝罪。恐らくはさっき伝えようとした、感謝の思いがあるからこその謝罪の言葉で…でもそれを、二人は否定する。聞いた途端に二人共首を横に振って、それは違うとビッキィちゃんに返す。

 

「お返ししてないなんて事ないよ、ビッキィさん。だって、わたし達も楽しかったもん…!ビッキィさんとお喋りしたり、遊んだり、一緒にお出掛けしたりするのが…!」

「そうだよビッキィ!お返しって、それじゃあまるでボク達が気を遣って友達になったみたいじゃん!そんな事ない、ないからなっ!」

「……っ…リンカ…シャット…嬉しい……二人はわたしの、本当に本当に大切な友達だから、そう言ってくれるのが…そう思ってくれるのが、凄く嬉しい…っ!」

 

 心のままに、思いのままに、三人は言葉を紡ぐ。他意、打算、気遣い…そういう理由なんて一切ない、真っ直ぐで純粋な「友達だから」という思いだけで、嘘偽りのない友情で三人は繋がっているのだと、見ている私にもはっきりと伝わってきた。

…でも、二人は言わない。行かないでとは、一言も言わず……二人は袖で顔を拭う。

 

「…ビッキィ…ボク達、友達だよ…!ビッキィがどんなに遠くに行っても、友達だ…っ!」

「応援してるからね…!ビッキィさんならきっと大丈夫だって、信じてるから…!」

「ありがとう…ありがとう、二人共…っ!お土産、持って帰るから…!凄い話も、面白い話も、帰ったら沢山話すから…!絶対帰ってくるから、待っててね…!」

 

 友達として送り出す二人の言葉と、友達として再会の時を約束するビッキィちゃんの言葉。ビッキィちゃんの目には涙が浮かんでいて…でも、泣く事はなかった。耐えていた。…きっと、二人に不安を抱かせない為に。送り出してくれる二人へ、安心してもらう為に。

 

「……生まれた場所が違ったって、普通じゃない何かがあったって、人は人。友情を育む事も、違う誰かと思いを交わす事も出来る…そうよね、イリゼ」

「うん。これは私達が、女神や家族が与えたものじゃない。ビッキィちゃん自身が、掴んだものだよ」

 

 微笑むセイツの、優しい声。感情を感じて心踊るいつものそれではない、人の歩みを、生み出したものを見守り喜ぶ、女神の笑み。

 私も頷き、共に見守る。自分の手で、自分の思いで繋がりを生み、それを深める事の出来るビッキィちゃんなら、きっと向かう先でも大丈夫だと思いながら。

 

(そう。もうビッキィちゃんに、心配はいらない。勿論まだ、成長途中だけど…それは誰もが同じ事。人の成長に完成なし…ビッキィちゃんは不完全なんかじゃなくて、完成した人なんかいなくて…誰もが進化し続けるんだから)

 

 少し大袈裟かもしれないけど、私はそう思っている。不完全でも未完成でもない、常に進み続けるのが人なんだと。そしてそれを感じさせてくれる、ビッキィちゃんが私は誇らしかった。欠かせない存在となった二人にも、私は感謝しかなかった。

 そして、三人のやり取りは終わる。友達と、お互い伝えたい事を伝えられたビッキィちゃんが次に見るのは……私。

 

「…ママ」

「うん。お母さんからも、少しいいかな?」

 

 呼ばれた私は、一つ頷いて問い掛ける。嫌だ、って言われるとは思わないけど…というか嫌だって言われたら膝から崩れ落ちるかもしれないけど……ビッキィちゃんはそんな事を言わず、勿論、と返してくれた。自分も話したいからと、そう言ってくれた。

 

「なら……」

「あ…でも、歩きながらでもいい…かな?…その…最後に教会の中を…わたしの家を、見て回りたくて……」

「そっか。それでも大丈夫だよ」

 

 家という、どこよりも馴染み深い場所を見て回りたい。プラネタワーから神生オデッセフィアの教会に移り住む形になった私には、ビッキィちゃんの気持ちが分かったし、だから快諾と共に私とビッキィちゃんは教会の奥へ。その際、皆は気を遣ってくれたのか、イストワールさん達は勿論、シャットちゃんやリンカちゃんも「行ってらっしゃい」という雰囲気で私達を見送ってくれる。

 

「ビッキィちゃんにとって、ここは自分の家なんだね」

「え、それはそうだよ。…普通に考えたら、そうなるんじゃないの…?」

「まあ、それはそうなんだけどね。けど私が言いたいのはそういう事じゃなくて……まぁ、いっか」

 

 他人の家に住まわせてもらっている、ではなく自分の家だと思っている。それもまた、私にとっては感慨深いものだったんだけど…別に伝える程の事でもないよね、と私は胸の内へ納める事に。

 その代わりに、私はさっきしようとした話を切り出す。…と、いっても厳かにとかじゃなくて、もっと軽く、いつもの調子で。

 

「ビッキィちゃんは、ここまで本当によく頑張ってきたね。両親を探しに行く、って決めてからは本当にそうだけど…それより前も、ビッキィちゃんは色んな事を頑張ってきた。学んで、経験して、積み重ねてきた。お母さんはそれを、ちゃんと知ってるよ」

「それは、ママや皆のおかげだよ。ママが頑張れるように色んな事をしてくれたし、皆も支えてくれた。わたし一人だったらきっと…ううん、絶対こんなには頑張れなかったから」

「かもしれないね。でも、そうしたいって、支えてあげたいって思わせたのは、他でもないビッキィちゃん自身だよ。そして…それもビッキィちゃんの力の一つだって、お母さんは思ってる」

 

 いつも一生懸命で、真っ直ぐなビッキィちゃんだから支えたい…そう思った人が多いのは間違いないだろうし、私もビッキィちゃんの意思を、強い思いを感じられていなかったのなら、怪我の一件の時訓練を付けるではなく、止めさせる選択肢を取っていたかもしれない。だからこれは、本人に自覚はなくても、ビッキィちゃんの力。そんな風にやり取りをしながら、私達は教会内を回る。時々「ここではこんな事があった」なんて風に話しながら、ビッキィちゃんとの日々を思い出す。

 

「色んな事が、あったよね」

「うん。色んな事があったよ」

 

 真剣に絵本を読んでいたのは、もう遥か昔の事。勿論何十年、何百年も前の事ではないけど、実際の年月以上の時が経ったと思ってしまう位、ビッキィちゃんとの日々は濃密で、充実していた。大変な事、難しい事も多かったけど、それ以上に楽しく、嬉しかった。

 リビング、大浴場、裏手側の出入り口に、庭。軽く国の中枢としての境界区画を回った後は、ゆっくりと居住区画の教会を回り……最後に行き着いたのは、ビッキィちゃんの部屋。

 

「やっぱり、ここが一番思い入れある?」

「そう、だね。だってここは…ここで、わたしはママと出会ったから」

「…そっか、そうだもんね」

 

 言われて確かにそうだと気付く。私がビッキィちゃんと出会った…というか見つけたのは森の中だけど、ビッキィちゃんが私と出会ったのはここ。初めて話したのも、初めて私の作ったご飯を食べたのも、心を開いてくれたのも、この部屋。ここじゃなきゃいけなかった訳じゃないけど…だからこそ、ただの部屋であるここは、積み重ねで特別な場所になったんだ。

 

「…………」

「…………」

 

 二人で並んで、部屋の中をゆっくりと見回す。もう荷物を纏めた後のビッキィちゃんの部屋は、小綺麗な状態になっていて…でも、家具やカーテン、クッションなんかはそのままにしてある。空き部屋の状態には戻してないし…戻す気もない。

 

「…ありがとね、ママ」

「うん?」

「わたしを見つけてくれて、わたしを助けてくれて、ここに居ていいって言ってくれて…ありがとね」

 

 どれ程か分からない沈黙の末、ビッキィちゃんはありがとうと言う。そんなの、お礼を言う事じゃない…一度はそう返そうとした私だけど、その言葉は飲み込む。代わりに私も、感謝を伝える。

 

「お母さんこそ、ありがとね。元気に成長してくれて。一杯笑顔を見せてくれて。私に今まで知らなかった事を…想像すらもしてなかった経験を、沢山させてくれて」

「…ママは、わたしと出会えて良かった?」

「勿論。ビッキィちゃんと出会えて、家族になれて…私は凄く、幸せだよ」

 

 自分と出会えて良かったか。それがどんな思いからくる問いなのかを、私は想像する事しか出来ない。でもどんな意図だろうと、私が返す答えは一つ。良かったと、幸せだったという答え以外、ある筈がない。

 答えを受け取ったビッキィちゃんは、小さく笑った。わたしも出会えて良かったと、そう返す言葉と共に。でも、それから笑顔は少し不安そうなものになり…また私に、訊く。

 

「…ママ…わたしはほんとに、行ってもいいのかな…。ママはそんな事気にしなくていい、って言うと思うけど…それでもわたしは、まだママに恩返し出来てない。親孝行もしてないのに、ずっとずっと遠い場所に行くなんて…そんなの、良いのかな…?」

「…ビッキィちゃん。お母さんはね、ビッキィちゃんのお母さんになって…義理でも母親になって、分かった事があるの。何だと思う?」

 

 ビッキィちゃんが口にしたのは、自分の選んだ道への不安。その道を進む事ではなく、このまま信次元で、これまで通りに生きる事を選ばなくて良かったのだろうかという、実は結構責任感というか、律儀なビッキィちゃんらしい不安の感情。

 もしここで、残るよう言ったらどうなるか。…多分そう言えば、ビッキィちゃんはそうする。そうするし、それはそれで不安な気持ちが消えると思う。私だって…これからもビッキィちゃんと居られるなら、嬉しい。でも……違う。今はもう、引き止めたいなんて思ってない。ちゃんと、ビッキィちゃんを送り出してあげたい。だから私はビッキィちゃんの両肩に手を置いて、微笑んで…言う。

 

「お母さんっていうのはね、親っていうのはね…子供が自分の力で、自分の望んだ道を、胸を張って生きていけるなら、何があったって幸せなんだよ。親孝行って事なら…今、これからビッキィちゃんがしようとしてる事が、お母さんにとっては何よりの親孝行なの。だから……行ってらっしゃい、ビッキィちゃん。行って…本当のお母さんとお父さんを、見つけておいで」

 

 親として、子供の後押しをしたいという気持ちはある。女神として、人の決意、決心の味方でありたいという思いもある。けど、私が口にしたのはそのどちらでもない。後押しとか、味方とか、そういう大層な事じゃなく…私の気持ちを、私が知った『お母さん』の思いを、ただただビッキィちゃんへと伝えた。これもビッキィちゃんに、ビッキィちゃんとの日々に教えてもらった事であり、だから伝える事が出来た。

 続けた言葉は、行ってらっしゃい。なんだか色々と話してしまったけど、それが悪いとは思わないけど、これさえ伝えられれば…気持ちを込めたこの言葉さえあれば、良かったのかもしれない。穏やかに、前向きに、この気持ちを送れる。この言葉と共に送り出せる。それだけで、全て示せるような気もするから。

 あぁ、そうだ。どこまで行ったって、私は義理の親。ならばビッキィちゃんの幸せの為に、未来の為に…本当の親を、見つけてほしい。実の両親を見つけて、絆を結び直して…もっともっと、幸せになってほしい。

 

「ママ……」

 

 笑った私の前で、ビッキィちゃんの顔は感情が込み上げてきたように変わっていく。でも完全に変わる前に、くるりとビッキィちゃんは私に背を向け、後ろで手を組む。

 照れ隠しかな?それとも泣き顔は見せたくないって事なのかな。背を向けたビッキィちゃんに対して、私はそんな事を思っていて……そんな私へ向けて、聞こえてくるビッキィちゃんの声。

 

「…わたし、良かった。ここに、信次元に来られて良かった。最初はただ逃げてきただけで、逃げられるならどこでも良かったけど、来たのが信次元で本当に良かった。わたしの事を大切にしてくれる家族がいて、わたしを受け入れてくれる友達がいて、他にも優しい人が沢山いる、楽しい事も凄い事も一杯ある、信次元が好き」

「…ありがとう、ビッキィちゃん。私達を…信次元を、好きになってくれて。そう言ってもらえて、私も嬉しいよ」

「だから…ここが、わたしの故郷だよ。皆がわたしを、信次元の一員にしてくれたから、ここがわたしのいる場所だよ。絶対絶対、帰ってくるよ。それに、それに……」

 

 こっちまで思いが込み上げてくる、ビッキィちゃんの言葉。語られる思い。そこまで思ってもらえていたのか、そこまでの思いを抱ける私達で在れたのか。そう思うと、やっぱり私はビッキィちゃんの事を笑顔で送り出せそうで……

 

「ママは、ママだよ…!わたしを産んでくれたお母さんじゃないけど、実の親子じゃないけど……ママだって、わたしの本当のママだよ…っ!大切な、大切な…大好きな、ママだからっ!」

「……──っ!…ビッキィ、ちゃん…。……うん、そう…だね…そうだよ、お母さんだってそうだよ…お母さんだって…ビッキィちゃんを、大好きだよ…!ビッキィちゃんは、かけがえのない…私の、娘だよ…っ!」

 

 振り向くビッキィちゃん。涙と共に紡がれる、私への…母への愛。それは、溢れ出したような思いで……無理だった。さっきまでは笑顔で送り出そうと、最後まで頼れるお母さんでいようと思ったけど…そんな事を言われたら、耐えられる筈がない。

 私は飛び込んでくるビッキィちゃんを受け止め、抱き締める。それは私もだと、ビッキィちゃんが私を母として思ってくれるのと同じように、私もビッキィちゃんを娘として心から思っているんだと、滲む涙を一切気にせず本心で返す。

 もしかしたら…いや、もしかしなくても、私は思っていた。血に勝る縁はないと、それ程までに実の繋がりは大切だと。その思いは、間違ってるなんて思わない。思わないけど…勝る事はなくとも、だからって劣る訳じゃない。時間が、愛が紡ぐ縁もまた尊いのだと、同じ位の絆が生み出せるんだと…今なら、言える。ビッキィちゃんとの間には、確かにそれだけの絆がある。

 

「ママ、帰ってきたらまた沢山教えてね…?沢山の事を、一緒にしようね?約束、だからね?」

「約束するよ、ビッキィちゃん。でも、帰ってくる時は言うんだよ?その時は、ちゃんと…ご飯を用意して、待ってるから」

 

 抱き着いたままのビッキィちゃんの頭を撫でて、もう一度微笑む。それが、いつになるかは分からない。その時ビッキィちゃんが、どれだけ変わっているかも分かりはしない。だけど、どれ程の時間が経とうと、どれだけ変わっていようと…私は変わらない。ご飯と共にビッキィちゃんを迎えて、旅の話を沢山聞いて、また一緒に色んな事をするだけ。だって…それが、親子だから。ビッキィちゃんは私の娘で…私は、お母さんだから。

 

 

 

 

 ビッキィちゃんとの最後の時間を過ごし、私達は皆の下に戻ってきた。もうこれで、本当に最後。これから私達は見送り…ビッキィちゃんは、旅立つ。

 

「イリゼ、何の話をしてきたの?」

「ふふっ、色々だよ」

「親として子に、生き抜けって言ってきた?」

「そ、それは言ってないかな…言っても良かったとは思うけど……」

 

 別次元への扉をイストワールさんが開く中、シャットちゃんリンカちゃんが改めてビッキィちゃんと言葉を交わす中、側に来たセイツと私は話す。

 因みにセイツ…というか、セイツ含め何人か、自分が同行しようか、と言ってくれた人はいた。勿論その方が安全だし、私も安心出来るけど…他ならぬビッキィちゃん自身が、大丈夫だと言った。そして私達は、その意思を尊重する事を選んだ。ビッキィちゃんが決めた、ビッキィちゃんの旅だからっていうのもあるし…ちゃんとビッキィちゃんは、戦える力をもう持っているから。

 

(…これが、見送る側の気持ちなんだよね)

 

 懸念事項が何もない訳じゃない。何かあるかも、という漠然とした懸念の他にも、そもそもの切っ掛けとなった、ビッキィちゃんが逃げ出してきた相手の存在もある。結局それについては分からず終いだったし、そちらからのアクションもなかったから、追跡出来ずに諦めた可能性も高いけど…確証は、ない。

 これまで私は見送られる事の方が多かったけど、見送る経験もある。例えばそれは、犯罪組織を討とうとするネプテューヌ達を見送った時で、あの時も似たような思いになったけど…今は、違う。今は十全の力があり、今や国の長でもある。今なら、何かあっても助けられる。それもまた、ビッキィちゃんの一人旅を見送れる理由の一つ。…まあ、そんな事にはならないのが一番だけど、ね。

 

「…準備が、出来ました(´-ω-`)」

「…うん。じゃあ…行くね」

「は、はい…っ!だ、大丈夫ですよ、ビッキィさん…!こ、今度は…うぅ…今度は泣かずに、見送ります…っ!」

 

 開いた次元の扉と、目を見開く友達の間で、ビッキィちゃんは頷く。シャットちゃんとリンカちゃん、二人ともう一度再会を約束して、二人が離れ…ビッキィちゃんは、私達を見回す。

 

「…すぅ、はぁ……皆、これまで本当に、本当にありがとう!わたし、頑張ってくるから!頑張って、叶えたい事を全部叶えて…それから、胸を張って帰ってくるから!だから……行ってきます!」

 

 最後までビッキィちゃんらしい、別れの…ううん、戻る事を約束した上での、出発の挨拶。それに対して私達は、揃って行ってらっしゃいと返し、笑顔を送り…ビッキィちゃんもまた笑顔で、次元の扉へと踏み込んだ。しっかりとした足取りで、自らの定めた道を歩み出し……ビッキィちゃんは、消える。

 

「…行ってらっしゃい、ビッキィちゃん」

 

 次元の扉も消え、静かになった教会の前で、私はもう一度だけ、送り出す為の言葉を呟く。

 これで、私と…私達とビッキィちゃんとの日々は一度終わる。進む道は、一度別れる。だけどこれは、最後じゃない。一度離れる事となっても、それが決めた道だとしても…いつかまた、必ず重なる。共に歩む日が、また訪れる。そう、私は信じている。

 だから…それまで心の中に、留めておこう。その日の為に、温めておこう。そして…その日が訪れた時、私は言うんだ。──お帰りなさい、って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………っていう感じの仮想シミュレーションがされたらしいよ」

「え……嘘ぉ!?え、え…はぁああああッ!?いや、これ…架空の話ぃ!?」

 

 ある日の神生オデッセフィア教会。私にとっての家でもあるそこで、ある次元からの客人を…友達を迎えた私は、その子に関係するとある話を、仮想世界形成装置が紡いだ物語を彼女に…ビッキィに伝えた。

 

「う、うん。…え、あの…最初に言ったよね?そういう装置があって、それのテストの中で凄く意外なシミュレーション結果が出たんだけどって……」

「聞いてませんよ!?初耳ですよ!?少なくとも第一話の冒頭で意味深長な語りがあった位で、仮想世界形成装置による物語だなんてどこにも書いてませんよねぇ!?」

「わー、凄いメタ発言……」

 

 物凄い前のめりで言うビッキィに若干気圧されながら、私は苦笑。

 そう。今ここにいるビッキィと、仮想空間の中のビッキィは違う。嘗て私が多くの人と出会ったり再会したりしたあの次元で出来た友達の一人、それかここにいるビッキィであり……だからこそ、このシミュレーション結果には疑問が残る。

 

「けど、ほんと何なんだろう…十分データが蓄積出来れば、シミュレーション内で架空の人物を作る事も出来るらしいし、ビッキィって名前も私の記憶…私から得たデータが活用されたんだとは思うんだけど、だったらなんで本物のビッキィじゃなく、色々違うビッキィが形成されたんだろう…。ビッキィに関するデータが少なくて、違う要素で補った結果とかって事なのかな……」

「それはわたしに訊かれても分かりませんって…。……あ、でも一個だけ思い当たる節なら…」

「え、何々?」

「お母さん」

「それなの!?」

 

 そうだった、私やたらとお母さんネタ(?)で弄られてたんだった!…と変なショックを受ける中、ビッキィはにやにやとした顔でこっちを見てくる。…くっ…表情からして、ふざけてるねビッキィ…!けど、割とほんとにその要素を装置が拾って反映させた可能性もあるからタチが悪い…!

 

「…まぁ、それはともかく…ほんとびっくりですよ。そういう事が出来る機械も、その中でそんなシミュレーションがされてた事も…」

「私だって驚きだよ…仮想空間とはいえ、友達が娘になってるって……」

「はは…でも結局のところ、全部仮想の…架空の話なんですよね……」

 

 そう言って、ビッキィは少し遠い目をする。そして…その理由が、私は分かる。シミュレーションのログは事細かに分かる訳じゃないけど、基本設定で分かるのはざっくりとした事だけだけど……それでも、所詮作り物の物語、だなんて言えない程に、感じるものがあったから。

 

「…そうじゃないかもしれないよ?」

「え?でも、あくまで仮想世界形成装置の……」

「うん、今語ったのは、その装置のシミュレーション結果の一つだよ。…けど、次元は無数にある。可能性は、きっと無限に存在する。だったら、どこかには本当にこんな感じの日々が存在してるかもしれない…限りなくゼロに近くても、絶対ゼロではないって、私は思うな」

 

 だからこそ、私は言う。もしかしたら…その可能性は、きっと存在していると。確証なんてなくても、それを言い出したらキリがなくても…あり得ないと断言される事だけは、絶対ないって。それを聞いたビッキィは、目を瞬かせ…それから小さく肩を竦めて、そうかもしれませんねと言った。ちょっぴりだけど、笑った。

 そうして語り合えた私は、ちらりと視線を窓に、そこから見える空へと向ける。いつものように、綺麗な空。いつもそこにある、青い空。そして……シミュレーションの中の私やビッキィも…ううん、ビッキィちゃんも、どこかに存在するかもしれない私やビッキィちゃんも、同じようにこんな空を見上げた事があるかもしれない。見えるのは、そこにあるのは、そんな風に思わせてくれる空だった。




今回のパロディ解説

・(〜〜人の成長に完成なし〜〜)
イナズマイレブンシリーズに登場するフレーズの一つのパロディ。究極奥義絡みのフレーズですね。…と、書かないと伝わらないかも、と思うパロになってしまいました…。

・「親として子に、生き抜け〜〜」
クレヨンしんちゃんシリーズの登場キャラの一人、野原ひろしの名台詞の一つのパロディ。名台詞は色んなキャラにありますが、これは本当に名台詞…というか名言ですね。




 ここまでコラボを読んで下さり、ありがとうございました。これまでよりやや短く、更にコラボ開始の時点で書いた通り、かなり特殊なコラボとなりましたが、書いている身としては、これまでと同じように楽しく、同じように熱を込められるコラボになったと思います。そしてそのコラボを、読んでいる皆さんも楽しんで下さったのなら、幸いです。
 いつもの通り、このあとがきを近い内に活動報告に載せますので、そちらも良ければお読み下さい。次話は本編に戻りますので、そちらもお楽しみに。
 では皆さん、それにノイズシーザーさん、本当にありがとうございました!この特殊なコラボが生まれたのは、他でもないノイズさんの思いあっての事です!やはりコラボは良いものですね!


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コラボエピソード 紡いだ繋がり、重なる道
第一話 神生オデッセフィアへの招待


 先日お伝えした通り、今回よりこれまでOriginsシリーズがコラボしてきた全作品との合同コラボストーリーを開始します。どういう話になるかは活動報告の方に載せてありますので、気になる方はそちらをご確認下さい。そして是非、このコラボをお楽しみ下さい。


 私は思い出す。思い出す、という程昔の事でもないけど、とにかく私は回顧する。

 あの時…負のシェアの城の暴走により、生み出された負常モンスターが押し寄せる中で、次元を守る為の最終決戦の中で、別次元への門が開いた。それも、一つや二つじゃない。負のシェアの城周辺に、巨大な門が幾つも開き…そこから負常モンスターが雪崩れ込んだ。本来別次元との接続なんて有り得ない…信次元の、別次元との隔絶が不安定になっていた事を考慮しても、十以上の門が同時に開くなんて、異常中の異常であり……それ程までに、シェアの力は強大且つ際限がないんだと、その後にあった事と合わせて私は感じた。

 けれど、同時に…もう一つ、私の中で感じるものがあった。空に開いた幾つもの門…その先に、その向こうに、繋がりを。自分でも、はっきりした事は言えないけど…それでも私は感じていた。そして…全てが終わった後に、私は知った。私の感じた繋がりは、まやかしなんかじゃなかったんだと。時に繋がりは途切れるもので、時に繋がりは災いを運んでしまうもの。だとしても、私が紡いだ繋がりは、あの時も確かに続いていて…災い以外にも色んな事を生み出しながら、きっとこれからも続いていくんだと。

 

 

 

 

 神生オデッセフィア教会。今の私、守護女神オリジンハートの拠点であるここで、ある事が進められていた。これから始まる…私にとって、期待と緊張の混ざったとある事柄が。

 

「イストワールさん、いけそうですか?」

「大丈夫です。流石にわたしも慣れてきましたからね( ̄▽ ̄)」

 

 機材を設置した部屋の中で、私はイストワールさんに問う。肩を竦めながらの返しに、いつもお世話になります…と私は軽く手を合わせ……たら、ちょっぴり怒られてしまった。自分は姉なのだから、いつもありがとうで十分だ、と。…うん、だよね。最初は知らなかった訳だし、今も喋り方はお互い変えてないから、ついこういう言い方をしちゃったけど…イストワールさんは、お姉ちゃんだもんね。

 

「じゃあ、宜しくお願いします。…最初は、どこからにしますか?」

「まずは、比較的信次元と性質が似ていて、接続回数も多いあの次元からですね(´・∀・`)」

 

 やはり、回数が多い次元の方が感覚も確かですから。そう言って、イストワールさんは実行にかかる。集中の邪魔をしないようにと、私は黙り…静かに見守る。

 私がイストワールさんに頼んだ事。期待と緊張を抱いている事柄。それは、皆の招待。私がこれまで関わってきた、繋がりを紡いできた皆を…これから信次元に、神生オデッセフィアへ招待する。

 

(ちょっと前にも会ってるとはいえ、緊張するな…)

 

 とはいえ、久し振りに会うかといえば、それは違う。先日(といっても同日ではないんだけど)も、私は守護女神の皆と共に、各次元や世界へ向かった。負常モンスターの侵攻という、信次元の問題が及んでしまった事への謝罪と対応への感謝…そしてそれに纏わる各種会談を行う為に。その時、会談の相手として…或いは仲介を頼む為に、それぞれの次元や世界の皆と再会した。

 だから再会への感動…は正直薄いんだけど、その時は女神としての重要な責務を背負っている状態だったから、素直に再会を喜べた訳じゃなかったし…だからこそ、この招待がある。今度は素直に喜びたいって、これまでみたいな騒動と共にじゃなくて、純粋に皆と交流したいと思って…今がある。

 

「イリゼさん、開きます…!」

 

 呼び掛けられ、私の意識は目の前へ戻る。私が思考している間に広がっていった別次元への扉は、既に人が通れる程まで大きくなっていて…そこから、二つの人影が現れた。飴色の髪と、小柄な体躯をした、よく似た二人の女の子が。

 

「よいしょ、っと。…こんにちは、イリゼさん」

「イリゼおねーさん、久し振りね!…って言った方がいいかしら?」

「こんにちは、ディールちゃん、エストちゃん。そういう気遣いは…要らないかなぁ」

 

 落ち着いた声音の挨拶と、快活な声音での問い掛け。私は挨拶を返すと共に、苦笑いを浮かべる。ディールちゃんとエストちゃん、私の二人の友達に向けて。

 ディールちゃんとエストちゃん。私が初めて出会った、別次元の女の子と、その次に出会った、ディールちゃんの妹。幻次元の、双子の女神。二人とは色々あったし、ディールちゃんは別次元…神次元の様に継続的な交流を持つようになった次元とは違う、基本個人間の関係に留まっていた相手の中では、多分一番多くの交流があって……なんというか、安心する。また会えた!嬉しい!…って感じよりも、ふふっ、また会えたね…って感じというか…って、駄目だ…我ながら、これじゃ分かり辛い……。

 

「わたし達以外誰もいない…って事は、わたし達が最初なんですね」

「みたいね。おねーさん、いきなり上の空になったけどどうしたの?何か見えちゃ不味いものでも見えたとか?」

「んー…今見えてるのは、頼れる姉と、仲良しの友達だけかな」

 

 怪訝な顔で見てくるエストちゃんに対し、私はくすりと笑って返答。するも二人は、鏡合わせの様に顔を見合わせて……

 

「えっ…おねーさん、ほんと急にどうしたの…?」

「もしや、酔ってます…?」

「よ、酔ってない酔ってない…小粋な返しに対してそんな事言わないでよ……っていうか、自分で小粋なとか言わせないでよ!?私赤っ恥じゃん!」

『えぇー……』

 

 酷い、辱められた!…と抗議の声を上げる私。困ったような顔で声を漏らす二人。くっ…エストちゃんは元々だけど、ディールはほんと私を弄る事に躊躇いがなくなったよね…!

 

「いやイリゼさん、今回に限ってはイリゼさんが変なだけですから…」

「でもおねーさんのそういうなんかズレてるところ、わたしは面白くて好きよ?」

「うぐっ…い、イストワールさん次いきましょ次!二人はそこに用意したお菓子と飲み物でも摘んで待ってればいいじゃない!」

「ほ、本格的に空回り始めてる…イリゼさん、貴女はしっかりしてるようでしっかりしてない、でも普通に頼りにはなる人なんですから、落ち着いて下さいね?」

「それは褒めてるの!?褒める風に弄ってるの!?」

 

 きゅっ、と私の手を握り、ディールちゃんは私をクールダウンさせて…くれたんだかどうか、よく分からなかった。ただ少なくとも、エストちゃんはくすくす笑っていて、エストちゃんが面白がっているのだけは間違いなかった。

 なんか凄く釈然としないけど、落ち着いた方が良いのは事実。だから私はイストワールさんが再び扉を開く中、ゆっくりと深呼吸し、気持ちを整える。

 

「…ふぅ、完了です( ´ ▽ ` )」

 

 さっきと同程度に開いた扉と、一息吐いたイストワールさんの声。その頃には私も平常心を取り戻し、扉の向こうからの来訪者を待つ。

 

「…………」

 

…………。

 

………………。

 

……………………。

 

「……あ、あれ?イストワールさん、これちゃんと繋がって……」

「──こそ謎の空間に飛ばされたり、いきなり空だったりしませんように…っ!」

 

 おかしい、全然来ない。そう思ってイストワールさんに呼び掛けたところで、ふっと現れる金髪の…プラチナブロンドの髪をした女の子。その子は何故か、きゅっと目を瞑っていた。

 

「…え、っと…ルナ?」

「ふぇ?あ…よ、良かったぁ……」

 

 これはどういう事なんだろう。そう思って私はその子に…一見ちょっと気弱で常識的な、でもその実変なところに暴走スイッチがある私の友達、ルナの名前を呼ぶ。するもルナは目を開け、私を見て、周りを見て…見るからに安堵し脱力。

 

「…もしかして、こっちに来るの…というより、扉潜るのを躊躇ってたりした…?」

「う、うん…一応大丈夫とは言われたけど、こっちから確認する事は出来なかったから……あ…け、けど勿論、信次元に来たくなかったとかじゃないよ!?全然そんな事ないし、むしろ楽しみだったから!楽しみ過ぎて『今日のルナちゃんは落ち着きがない』って言われちゃった位だから!」

「そ、そうなんだ…ごめんね、次元間交信をすればその問題は発生しなかっただろうけど、色んな次元に対して双方向での接続を短時間で色々やると、次元の境界が不安定に……って、ルナー…?」

 

 こくりと頷き答えたのも束の間、わたわたとルナは釈明。その、何ともルナらしい反応に、私は思わず苦笑い。それから今回はイストワールさんからの一方的な呼び掛けだけで、普段の様な次元間交信をしなかった理由を説明した…ものの、途中からルナはぽかんとしていた。…ま、まぁそれはそうか…次元の境界とか、隔たりが不安定にとかって、私もくろめ達の一件があったから知ってるだけだし…。

 

「…はっ!え、えっと…あれだよね。何事もやり過ぎは良くないって話だよね…?」

「うん、分かってないね…でも微妙に間違ってもいない辺り、流石だよルナ……」

 

 実際やり過ぎると碌な事にならない訳だから…と思って私が返すと、何故かルナはえへへ…と笑ってちょっと照れる。…うーん、可愛い。でも褒めてないからね、ルナ。

 それからルナは、ディールちゃん達の方へ行って挨拶。二人は面識があるし、エストちゃんは社交性が高いだろうから、私が間を取り持つ必要はない…って事で、また次の人を出迎える準備へ。

 

「イストワールさん、休憩を入れなくても大丈夫ですか?」

「問題ありません、先程も言いましたが…いい加減わたしも、慣れてきましたから٩( 'ω' )و 」

 

 ぐっ、と小さな…背格好の関係で本当に小さな力こぶを作るジェスチャーを行った後、またイストワールさんは次元の扉を開いてくれる。

 形成される、三度目の扉。ルナの時とは対照的に、すぐに扉の向こう側から姿が現れ…彼はすぐに、私に声を掛けてくれた。

 

「よ、っと。数日振りだな、イリゼ」

「うん、数日振りだねカイト君」

 

 私に先んじて呼び掛け、軽く手を挙げた男の子。彼に…カイト君に、私も手を挙げて言葉を返し、私達は小さく笑い合う。

 

「ありがとな、わざわざ招待してくれて」

「お礼なんて必要ないよ。信次元、それに私の国を知ってほしいと思って招待した訳だし…迷惑をかけちゃったお詫びも兼ねてるんだからね。…まぁ、それで言うならカイト君一人じゃなくて、そっちの次元の人達皆を呼ばなきゃいけなくなっちゃうけどね」

 

 そう言って私が苦笑いをすれば、それは無理だもんなぁ、とカイト君も肩を竦める。…そうだよ、これだよこれ。よく分からない内に私弄りになったり、初っ端から天然を発揮してたりでさっきまでは妙な会話になってたけど、私が想像してたのはこういう普通の会話なんだよ…!

 

「…ありがとう、カイト君……」

「あ、おう。……何が…?」

「うん、だよね…そりゃそうなるよね…でもそうやって、取り敢えず感謝されたらその思いは受け取ろうとするところ、ほんとに私は良いと思う」

 

 一回受け取ってから怪訝な顔をしたカイト君に、私はうんうんと深く頷く。

 今も前も私は女神だけど、同時に今は国の長でもある。だからこの辺りで一つ、威厳のありそうな事でも言って……

 

「…イリゼ、何か少し意気込んでないか?」

「うっ…な、何の事カナ-…」

 

……バレた。速攻見抜かれた。表情からして、そう感じた、って程度だろうけど…うぅ、さっきからずっと上手くいかない…。

 

「…ま、いいか。それより楽しみだ、皆と再会するのも…ここでまた、知らない世界に触れていくのも」

「…そっか、なら覚悟しておいてね?沢山沢山、色んな事を知ってもらうんだから」

 

 興味と好奇心、自分の中で生まれた感情を素直に表現すれカイト君に私はまた口角を上げ、にっと笑う。

 この短いやり取りだけでも、分かる。カイト君の本質、どこまでも真っ直ぐで、目の前の事を真正面から受け止める在り方は、今も健在なんだって。だからこそ、私は楽しみに思う。そんなカイト君が、私の国を見てどんな反応をしてくれるかを。

 

「それと…もし良かったら、また手合わせしてくれるか?多分、今も敵わないが、それでも……」

「いいよ、勿論構わない。…見せてもらおうか、今の…きっとあの時よりも進んだ、新しいカイト君の実力を」

「あんまり油断するなよ?敵わないとは言ったが…負けるつもりでやる気なんか、これっぽっちもないからな」

「えっ?…あ、う、うん…望むところだよ望むところ…!」

 

 やる気に満ちたカイト君の表情。それに私は、女神らしく言葉を返した。…べ、別に何もないよ?ネタ発言したのにノータッチで内心軽く動揺したとか、そんな事ないからね…?……こ、こほん。

 そうしてまた、扉を開いてもらう。問題ないと言うイストワールさんだけど、連続で開いている訳だから、もう少ししたら一度休憩を…と考えていたところで、次に現れたのは一組の男女。

 

「お邪魔します、っと。やっほー、ぜーちゃん元気?」

「いらっしゃい、茜。それに…影君も。来てくれて、ありがとね」

「…まあ、別次元の守護女神から直々に呼ばれたら、行かない訳にはいかないからな」

 

 軽快に扉から出て、早速にこりと笑ってくれたのは茜。クールというか枯れているというか、とにかく茜とは対照的なテンションを見せたのは影君。なんとびっくり、数日前の再会で知った事だけど、二人は今夫婦らしくて…ある意味、この二人が一番時の流れを感じさせてくれた…と、私は思う。

 

「んもう、またそういう事言って…そーゆーとこ良くないよ、えー君」

「や、まぁ…一応数日前も会ってる訳だが、昔の別れ際の事を思うと、な…」

「あぁ…今思うと、あの時ちょっと格好付けてたでしょ、影君」

「いやそんな事は……」

「あー。えー君、無意識的にちょっと格好付けちゃうところあるからね。ま、常にえー君は格好良いんだけどね」

 

 昔の別れ際、というのは私と影君が嘗て出会い、色々あった末にそれぞれの次元へ戻ろうとした時の事。あの時影君は、もう二度と会いたくないと言っていて…なのに再会し、更に今度は招待までされてるんだから、確かに影君からすれば気恥ずかしい部分があってもおかしくない。

 そして、思い返せばその直後、茜と一緒ならいいとも言っていた。…あの時は、こんな形で実現するとは思わなかったな…。

 

「…それはさておき、さっきから微妙に気になる視線を感じるんだが……」

「気になる視線?…あー、あれじゃない?茜、事ある毎に影君の話してたし、基本べた褒めだったから、『まさか、この人があのえー君さん…?』…みたいに思われてるんじゃないかな?少なくとも、私は前会った時そうだったし」

「…茜……」

「いやぁ、えー君の事を話すと止まらなくなっちゃってね。あの頃は私も若かったなぁ…」

 

 見た目は若いのに、かなり歳を重ねたかのような事を言う茜に対し、私は苦笑い。…まぁ、見た目云々を女神の私が言うのか、って話だけども。

 

「まぁ、とにかく宜しくねぜーちゃん。あぁそうだ、出来るだけえー君を勝手に連れ出したりはしないでね?今のえー君は要注意人物だから」

「あ、うん(前に会った時から要注意人物だった気が…というか、その相手と夫婦になった茜って一体……)」

「茜は物好きなんだ。イリゼと同じで…な」

「地の文とかじゃなくて、普通に思考を読むのは止めてくれない!?」

 

 地の文を読まれるのはもう慣れたけど(いやよく考えたらこれも本来おかしいんだけど)、こうまで的確に思考を読まれる事は早々ない訳で、思わず全力で突っ込んでしまった私。すると二人は、揃って「変わらないなぁ」とばかりの表情をしていて…ど、どこで懐かしさを感じてるのは二人は…!

 

「全くもう…調子狂うなぁ……」

『え、今更…?』

「今のは独り言なんだから反応しなくていいのっ!」

 

 調子が狂う。そんな事を呟きながらも、私は自分がそう悪くは思っていない事を感じていた。…歓談中の面々の一部から余計な発言が聞こえたけど、こっちこそ気にしない。思わず突っ込んじゃったけど、もう私は気にしない。

 気を取り直し、イストワールさんに次の扉を開いてもらう。次に接続する次元から招く子は、少し特殊だから、気を付けてあげないと…と少し心を引き締める。

 

「…………。…あ、イリゼ」

「おわっ…と、取り敢えず入っておいで、イリスちゃん…」

 

 扉が開き、そろそろ来るかな…と思っていたところで、不意に扉へ浮かんだのは…生首。それは決してグロテスクな何かが起こったとかではなく、扉から顔だけを出しているという、ただそれだけの事。でも、分かっていても見ていて落ち着かない光景である事は間違いない訳で…私がほんのり動揺しながら手招きすると、顔だけを出していた女の子、イリスちゃんはこくりと頷いて扉から出てきた。

 

「ん、と…こんにちは、イリゼ。イリスは、元気。イリゼは?」

「え?…うん、私も元気だよイリスちゃん(なんだろう、この例文みたいな問い掛けは…)」

 

 まるで特徴のない、むしろその特徴のなさが特徴的と言えそうな問い掛けに私は返す。するとイリスちゃんは周りを見回し…ディールちゃんとエストちゃんを見たところで、ぴたり、と動きを止める。

 

「ロム、ラム。……じゃ、ない…?」

「あー、っと…そうだね、二人はディールちゃんとエストちゃんっていうの。…まぁ、ロムちゃんラムちゃんじゃない、とも言い切れない部分は無きにしも……って、イリスちゃんどうしたの?」

「違うなら、まずは自己紹介。仲良くなるには自己紹介って、イリスは学んだ」

「そっか。けど、大丈夫?二人以外にもいる訳だけど、一人でちゃんと自己紹介出来る?」

「う…そう言われると、少し不安。…なので、イリゼが一緒にいてくれると、嬉しい」

 

 その辺りの事情は複雑というか、私もよくは知らないからなぁ…と思いつつ小声で呟いていると、イリスちゃんは無言で私の横をすり抜け皆の方へ。どうやら自己紹介をしようと思ったらしく、けど私が大丈夫か訊くと、イリスちゃんは私を見上げて一緒に来てほしいと言った。

 イリスちゃんはいつも無表情で、声音も淡々としている。でもなんだか、今の発言からは私への信頼を感じられて嬉しかった。後、シンプルに可愛かった。

 という訳で、イリスちゃんの自己紹介に付き合う私。ここまでのやり取りを聞いていたのか、皆は温かな雰囲気で聞いてくれて…イリスちゃんの自己紹介は端的だったけど、終わった時にはほっこりした空気が広がっていた。

 

「自己紹介、上手くいった。これは、イリゼのおかげ」

「ううん、これはイリスちゃんが頑張ったおかげだよ。…イリスちゃん、今回は前出来なかったような事もしようと思ってるから、楽しみにしててね?」

「分かった。イリス、楽しみにする。大いに期待しておく」

 

 素直に受け取ったイリスちゃんの反応に、私は微笑む。私も皆もそうだけど、次元移動は意図せずしてしまった、起きてしまったという事も多い訳で…だからそうじゃない、招待して訪れてもらった今回は、皆に気兼ねなく楽しんでもらいたいし、その為に私は頑張りたい。

 

「それでは、次の次元と接続します。信次元と比較的近い性質を持つ次元は、次で最後になりますね(´・ω・`)」

「なら、これで一旦休憩にしましょうか。いいですよね?イストワールさん」

 

 ちゃんと休んでもらえるよう、少し声のトーンを落として言えば、イストワールさんには伝わったようで一つ首肯。そんなやり取りを交わしてから、休憩前最後の接続を行ってもらい…迎えたのは、がっしりとした体格の男性。

 

「…ご無沙汰しております…は、適切ではありませんね。本日はお招き頂き感謝します、イリゼ様」

「うん。こちらこそ、応じてくれた事を感謝するよ、ワイト君」

 

 潜った先、信次元へ完全に姿を現したところで、挨拶と共に頭を下げるのは一人の軍人。その言葉に、ワイト君の挨拶に私も言葉を返し…笑みを見せる。

 

「…ワイト君、ですか…やはり、まだ少しむず痒さがありますね。元々、長い付き合いだったという訳ではありませんが…」

「あはは……正直言うと、私もワイトさん…もとい、ワイト君への『君付け』はまだちょっと慣れなかったり…」

 

 小さく肩を竦め、ちょっぴり雰囲気を和らげたワイト君の感想に、私も苦笑い。私なりの、これまでの…国を持たない女神だった頃の自分との切り替えとして、イストワールさん以外は基本さん付けを止め、敬語も外している訳だけど…やっぱりもっと呼んで回数重ねないと、慣れないものだよね。

 

「しかし、宜しかったので?イリゼ様から直々に招待を頂けたのは光栄ですが、他にもっと呼ぶべき相手が……」

「貴方は呼ぶべき相手だよ、ワイト君。あの時、あの場所で出会って、同じ目的の為に力を合わせた一人だから、ワイト君を呼んだの。これ以上に、招待をする理由がある?」

「…失礼しました、イリゼ様。では、この国に…神生オデッセフィアに招かれた者の一人として、存分に楽しませて頂こうと思います。ブラン様からも、偶には立場を忘れて羽を伸ばしてこい、と言われましたからね」

「…それ、出来そう?」

「はは…まぁ、努力はします」

 

 少し困った顔で笑うワイト君。努力しなきゃいけない時点で、忘れるのは難しいんじゃないかなぁ…とも思ったけど、私は言わないでおく事にした。

 

「…ところで、見慣れない方もいるようですが…彼等は信次元の住人で?」

「ううん、イストワールさん以外は皆私が招待した人だよ。あの時より前にも、あの後にも、結構私は別次元とか別世界に飛ばされててね…」

「それはまた…心中、お察しします…」

「え、ほんとに察せてる?勿論困りはするけど、割と私毎回飛ばされた先で友達が出来たり新しい繋がりが生まれたりしてるから、いつも戻った後は良かったって思ってるんだよ?」

「…タフですね、イリゼ様……」

「ふっ、オリジンハートを舐めてもらっちゃ困るよワイト君」

 

 別に舐めてる訳じゃないんだろうけど、少しだけ自慢げな顔をして私は言う。一見厳格そうな、でも実はノリが悪い訳でもないワイト君は、「これは失礼」と言いつつまた軽く肩を竦め…そう、これだよこれ。私が求めていたのはこういう、大人な感じのやり取りなんだよ…!やっぱりワイト君は違うね!ナイスミドルな大人は違うよ!

 

「…あの、イリゼ様。不躾ながら、そのような発言は大人らしさに欠けるかと……」

「地の文を読まれた!?い、いや…さっき地の文ならまだしも的な思考はしたけど、だからってワイト君がそれやる!?」

 

 やられた、油断してるところに地の文読みをぶっ込んでくるなんて…!しかも気を遣って丁寧な指摘の形を取ってるのが逆に堪える…!うぅ、最後まで大人な感じで会話出来たと思ったのにぃ……!

…と、嘆いても時既に遅し。私は惜しさを感じながらも何とか飲み込み…ワイト君が来た時点で休憩に入っていたイストワールさんにもう少し休むよう頼んだ後に、皆と歓談。暫くし、イストワールさんがもう十分休めたという事で、また私は次元の扉を開く際の補助を行う機材の前に立ち、次の次元との接続を待つ。

 

「ここからは、神次元との接続を行います。では、始めますね(`・∀・´)」

 

 神次元。ここまで接続した次元よりは、信次元との性質に差のある…けど同じ『ゲイムギョウ界』であり、これから接続するのとは別だけど、同じ名を持つ次元とは定期的な交流を行っているという実績がある分、接続に対する不安はない。

 そして再開後、最初の次元の扉が開く。そこから現れた二人の少女を、私は笑みと共に迎え入れる。

 

「ふー…待ちくたびれたッスよ、イリゼ」

「ごめんごめん、イストワールさんに無理はさせたくなかったからさ。…で、えぇと…もしかして貴女が……」

「初めまして、神生オデッセフィアの女神様。私はイヴォンヌ・ユリアンティラ。けど、イヴで構わないわ」

 

 二人の内、一人は知っている人物。今接続した神次元の国の一つ、エディンの守護女神である篠宮アイ。でももう一人…ショートカットの黒髪に、珊瑚朱色に近い赤色の瞳をした少女の事は知らなくて、でも思い当たる人物はいた。差し出された右手と共に発された自己紹介で、私は予想通りの人物だったと理解を得た。

 

「私は神生オデッセフィアの守護女神、オリジンハートことイリゼ。まあ、その辺りはアイから聞いてると思うけど…宜しくね」

「えぇ。超次元とも神次元とも違う次元の技術、色々学ばせてもらうわ」

 

 差し出された右手に応じて、私は握手。けどその際…というより、差し出された時点で、私は気付いていた。…イヴの右手は、生身のそれではない事に。

 

「…これについては、触れない方が良いのかな?」

「別に気にしなくても大丈夫よ。けど、少し意外ね。もっと驚かれるかと思ったのに…」

「それに関しては…まぁ、初めて見る訳じゃないから、かなぁ…」

 

 その言葉と共に、ちらりと視線を向けてみれば、影君も気付いた様子でこちらを見ていた。…後、義手っていうと一時期ネプテューヌもそういう状態だったしね。機械ではないから、同列には語れないだろうけど。

 

「あぁでも意外云々でいうと、別にあるかな。アイがもう一人いても大丈夫かって訊いてきた時は、ヤマト君が来るのかと思ってたから」

「へ?なんでそこでヤマトが出てくるんッスか?」

「いやだってほら、この通り複数人で来てるのって、皆姉妹とか夫婦とかだし」

「ふ、夫婦…?…あ、あー…別にヤマトを呼んでもよかったッスけど、イヴから話を受けてたッスからね。なんならおまけで今から連れて来てもいいッスよ?」

「自分の兄の様な存在をおまけ感覚って…まあそれも、それ位気兼ねのない相手って事だよね」

「間違っちゃいないッスけど、早速またそういう方向にしようとするのは止めてくれないッスかねぇ…」

 

 うんうんと私が頷きを返せば、呆れ気味にアイは言う。…こういうやり取りも、懐かしいなぁ…。

 

「ま、それはさておき楽しみにしてるッスよ。イリゼの国、神生オデッセフィアを…女神として」

「うん、楽しみにするといいよ。…その期待、余裕で超えてみせるから」

「そりゃまた大きく出たッスねぇ。これは一層楽しみッス」

 

 楽しみにしている。その言葉に対し、私は薄く笑って、挑戦的な答えを返した。これが他の人なら、もっと好意的に応える回答を選ぶけど…女神だからこそ、アイだからこそ、私はそういう返しにした。私からの返答を受けたアイもまた、ぴくりと肩を震わせた後薄く笑い…あぁ、私も楽しみになってきたよ。ここまでも十分楽しみだったけど…こういう反応をされたってなれば、更に…ね。

 

「二人は結構仲が良いのね。先日の件があるまでまるで聞いた事なかったから、知り合い程度かと思っていたけど」

「いやぁ、何せ本気で顔面に膝入れた相手ッスからね」

「そうそう、私も本気で腹パンとかしたしね」

「あ、うん…やっぱり女神って、色んな意味で流石ね……」

 

 間違いなくわざとなアイの言葉選びに私も乗り、二人してイヴから軽く引いた視線を受ける。…と、いうか…思い返すと私、出会って数分の女の子と一戦交える事になったり、いきなり襲われた上脚を刺されたり、胸にナイフ突き立てられた上に銃弾で駄目押しされたり、ワイト君にはあんな感じに言ったけど、別次元絡みだと中々ハードな経験もしてるよね…。

 それから私は、後でもう少しイヴと話し、もう少し彼女の事を知りたいなと思いつつ、次の次元への接続を開始したイストワールさんに声を掛け……また別の神次元と、信次元が繋がる。

 

「扉の先に危険は…なし、っと」

「別にわざわざ先に入って確認しなくても…」

「危険…?…あぁ…ようこそ二人共。私の国、神生オデッセフィアに」

 

 開口一番の警戒と、ほんのり呆れたような返しの言葉。そのやり取りと共に入ってきたのは、連続しての二人組で…今度は両方知っている相手。

 

「あ、いーすん様。扉の形成、お疲れ様です」

「目の前にいる私をスルー!?視覚的にも聴覚的にもいきなり無視!?」

「いや冗談ですよ、余裕なくなるの早過ぎません…?」

「うぐっ…ここまでこれだけの面子とやり取りしてきたんだから、私にとっては早くも何ともないの…!」

『あー……』

 

 既に一話分として投稿しても成り立つ程度の文字数にはなってるんだから!…とまでは流石に言わない。けど二人には伝わったようで、二人揃って苦笑いしていた。…しかも、まだ終わりじゃないんだよね…。我ながらほんと、色んな次元や世界と繋がりを持ったものだよ…嬉しいし、ありがたい事だけど。

 

「じゃあまあ、改めて…先日振りですね、イリゼさん」

「守護女神就任、おめでとうございます。…って、まだ言ってませんでしたよね?」

「言われてなかったね。ピーシェ、ビッキィ、前の時はそっちにお世話になった訳だし、今回は遠慮なく寛いでいって」

 

 あの時は珍しく、ちゃんとした次元に飛ばされたんだったなぁ…なんて思いながら、私は返答。するとそこで、アイが目を丸くしていて……なんだろう、ピーシェの事かな…ピーシェは私のよく知る神次元にもいて、今接続した神次元にもいるって事は、アイの次元にいてもおかしくはない訳だし…。

 

「しかし、前の時とは違う人達も多いですね…流石はめが…イリゼさん」

「え、今『女神』だとわたしも該当するから言い直した…?」

 

 じとーっとした目でピーシェから見られ、ビッキィはあからさまに目を逸らす。言動共に、あまりにも分かり易かったものだから、思わず私は笑ってしまって…そのせいで今度は私がじと目で見られてしまった。え、冤罪だ…今のはビッキィの分かり易さに笑っただけなのに……。

 

「全く…わたしは自分のステータスにする為のような人付き合いはしないだけです」

「え、私もそうだけど?」

「…煽ってます?」

「いや、さっきのお返しかなー」

「……器が小さい…」

「うぐっ……」

 

 元々ピーシェにはちょっと対抗心の様なものがあったけど、守護女神となってからそれが強くなった…気もする。けど、今回はちょっと見込みが甘かった。完全に図星を突かれる形となった私は言葉を返せず、しかも「自分が悪いって思った時は、反論せず受け入れるところ、わたし結構好印象ですよ」と、余裕たっぷりに言われてしまったものだから、完全に私は返り討ちとなってしまった。くっ…。

 

「ま、まあとにかく期待してますね…!イリゼさんの国なら、きっと美味しい物も沢山あると思うので…!」

「(気を遣われてしまった…)な、なんで私の国だと美味しい物が沢山だと……って、あぁそっか…私向こうじゃ色々作ってたもんね…」

「考えてみると、来て最初にした事も、写真を除けば最後にした事も料理でしたね。…ま、参考にさせてもらいますよ」

「料理を…?」

『違う(と思うよ)…』

 

 今のは狙ったのか、それとも素なのか、ビッキィのズレた問いに揃って突っ込み、私とピーシェは軽く肩を竦め合う。さっきはお返しをした私だけど、別にピーシェと仲が悪い訳じゃないし、良好な関係を築きたくない訳じゃない。少なくとも、私はそう。

 ともかくこれで、神次元からの来訪も終了。そして、ここからは別次元ではなく、別世界になる。そうなると、難易度も大きく上がるとの事で…だから向こう側からも手を貸して貰ったり、向こう側に『目印』になってもらったりした上で、イストワールさんは扉を開く。

 

「ほいよっと。なんだかんだで、違う世界に行くのも慣れたよなぁ」

「だねぇ。あ、イリゼ!」

「待ってたよ、グレイブ君、愛月君。二人共、何か問題があったりはしなかった?」

 

 片や活発そうな、片や純粋そうな雰囲気をした、二人組の男の子。その二人、グレイブ君と愛月君に私は挨拶で返し、続けて問題はなかったか訊く。それに対し、何事もなかったと回答を受けて、取り敢えず私は一安心。

 

「へぇ、ここが神生オデッセフィアか…こう、ワクワクするな」

「え、まだ景色のけの字もないような段階で…?」

「するんだよ。俺は今!神生オデッセフィア地方への第一歩を踏み出した!って感じでさ」

「いや一地方じゃないから神生オデッセフィアは…まあでも、そういう事なら分からないでもないかな。愛月君もそんな感じだったり?」

「んー…僕はどっちかっていうと、また皆に会える…といいうか、会えてる事の方が楽しみだったり?」

 

 たとえ屋内でも、旅が日常なグレイブ君にとっては新天地というだけで心踊るものがあるんだろう、と私は納得。なら愛月君はどうなのかな、と思って訊いてみると、返ってきたのは朗らかな表情。それから皆の方を見て、知っている相手には笑顔を、知らない相手には興味の浮かんだ顔を見せ…それからまた、愛月君の視線は私の方へ。

 

「あ、そうだイリゼ。イリゼは今、国の指導者…なんだよね?なら、忙しくてこれまでみたいに出掛けたりは出来ない感じなの…?」

「ううん、大丈夫。勿論暇ではないけど…別次元や別世界からの来訪者をもてなすのも、大事な事だからね。それに、国の長だからこそ自由に時間を作れるって部分もあるんだよ?」

「そっか。まあ確かにグレイブもチャンピオンだけど、色んな地方に行ってはジムとリーグ荒らししてるもんね」

「おい、誰がジム&リーグ荒らしだ」

「だって実際そうじゃん。特にジムなんて、バトル中に破壊したり勝手に改造したりしてるし」

「毎回後でちゃんと直してるだろうが」

『そういう問題じゃないと思う…』

 

 いやいやいや…と私達は揃って突っ込むものの、グレイブ君は不服そうな顔。まあ、グレイブ君の性格を考えればこの反応もそうだろうね、って感じだけど…ほんとこの二人も、中々に凸凹なコンビだよね。

 

「そんな事より、俺は色々と見て回るのが楽しみだ。前の時はこっちの世界のモンスターを見られなかったしな…!」

「グレイブ、勝手にどっか行っちゃ駄目だよ…?」

「分ぁってるっての。愛月こそ、ふらふら出てって迷子になるなよ?」

「失礼な、僕だって旅には慣れてるんだからそう簡単に迷子になんてならないよ。……多分…」

「た、多分なんだ…モンスターも良いけど、他にも色々あるから、二人共存分に期待するといいよ」

「おう!」

「うん!」

 

 見た目相応の、元気な二人の返しを受けて、私の中のやる気は上昇。普段から旅をして、色んなものを見ている二人はきっと、街にしろ自然にしろ観光に対しては目が肥えている筈。そんな二人が楽しめるようにするのも、私の腕の見せ所…ってね。

 そんな風に二人を迎えた後、また別世界への接続をしてもらう。残りの世界は後二つで、もう一踏ん張り。集中しているイストワールの邪魔にならないよう、私は心の中でエールを送り…残りの二つ、その一つ目との接続が確立する。

 

「…ふむ、どうやら前回の様なハプニングはないようだ。ご機嫌麗しゅう、イリゼ君」

「そっちこそ、ご健勝みたいだね。ズェピア君」

 

 こちらは姿を現した直後、軽く見回した後、小さく笑みを浮かべた金髪の男性。彼の恭しい挨拶に私も合わせ…ワイト君同様、前とは違う敬称で挨拶を返す。…こ、こっちもこっちでまだ慣れない…慣れないけど、仕方ないね…。

 

「ふふ、まさか私が偶然ではなく、女神から直々に招待を受けるとは思っていなかったよ。吸血鬼が女神から、国への招待を受ける…不思議な時代になったものだ」

「私が招待したのはただの吸血鬼じゃなくて、同じ時間を共に過ごした吸血鬼、ズェピア・エルトナムだからね。私としては、至って当然の事だよ?」

「これは失礼。しかし、当然の事、か…うん、君らしい」

「私としては、元々さん付けをしてた男性が二人共ちょっと似てる反応をした事に驚きだよ…」

「おや、それはそれは…」

 

 ズェピア君といいワイト君といい、飛ばされた先で出会った大人の男性はどうも、必要以上に謙遜をしているような気がする。私からすればどちらも有能な、凄い人物だというのに。……え、もう一人大人の男性がいるって?いや、ほら…彼はナイスミドル感はないでしょ?ズェピア君も、ナイスミドルって言葉が合うかと言われると、全然そんな事はないけども。何ならワイト君だって若々しいけども。

 

「それにしても、これは中々の大所帯…と、思ったが、まだ全員ではないようだね」

「うん、後もう一人だね。……あっ…」

「どうかしたかい?」

「いや、ズェピア君がいるんだから、飲み物の種類に紅茶も用意しておけば良かったかな、と……」

「いいや、用意しなくて正解だとも。イリゼ君とて、招いて早々に紅茶の批評をされたくはないだろう?」

「そ、それは確かに…(あ、雰囲気がマジだ…用意してたら、多分がっつりと批評されてたよこれ…)」

 

 穏やかで大人な彼の事だから、良くない点があったとしても、私を非難するような言い方はしないと思う。けど、ズェピア君の雰囲気は語っていた。私に紅茶の話をさせたら、長くなるよ?…と。

 

「…こほん。ともかく、今回はたっぷりと神生オデッセフィアを、信次元を知っていって。別世界な以上は困る事もあるだろうし、その時は何でも言ってくれていいからね?」

「いやいや、多少の事は自分で…と、思ったが、ホストの顔を立てるのがゲストというもの。それに君の…女神オリジンハートの国なんだ、たっぷりと満喫させてもらうよ」

 

 その言葉と共に笑みを浮かべるズェピア君は、やっぱり物腰柔らかで……でも、感じる。ほんのりとだけど、興味を。暖かな期待と、それとは対極の、どこか冷めた視点から見ているような、そんな二つの思いが入り混じった、私に対するズェピア君からの興味を。

 ならばそれに応えるまで。別次元だの、吸血鬼だのは関係なく…応え、そして超えるまで。

 

「…では、次で最後ですね(´-ω-`)」

「はい。最後も、宜しくお願いします」

 

 一つ開くだけでも苦労する筈の事を、一日の内に何度もしてくれているイストワールさんには感謝しかない。だからお礼として、終わったら予め作っておいたお菓子を食べてもらおう。そう思って、私は最後の接続を頼む。…まぁ、皆が帰る時、また開いてもらう訳だけども…。

 とにかく、イストワールさんによって開かれる、最後の扉。つつがなく開いた扉から入ってくるのは、私にとっては見慣れた姿をした少女。

 

「およ?なんだ、イリゼといーすんじゃん!んもう、間違えてる間違えてる!間違ってこの次元のわたし呼んじゃってるよ?」

「えぇ!?あ、す、すみませんネプテューヌさん!ではすぐにやり直しま……」

「なーんちゃって!大丈夫、ちゃんと別次元…っていうか、別世界?のわたしだよ!って訳で、もっかい来るねー!」

『えぇぇッ!?』

 

 ひょっこり現れた…と思いきや、最後の最後でまさかのミス。…かと思ったら、何とも分かり辛い冗談だった。しかも私達がぽかんとする中、まだ開いている扉へ彼女…別世界のネプテューヌは戻ると、私達の反応も何のそのとばかりに再び現れ……

 

「──セイバー、真名ネプテューヌ。召喚に応じ参上した。貴女がわたしのマスター……」

「ではないよッ!?」

 

……またボケてきた。重ねてボケてきた。恐らくその為に、わざわざ出直してきた。いや、らしいけども…!物凄くネプテューヌらしいけども…!

 

「あ、それならわたしはアサシンですかね」

「ビッキィはランサーとか、クラッシャーの適性もありそう」

「そういう話なら、わたしとディーちゃんは勿論キャスターよね。あーでも、アルターエゴもいけそうかも?」

「ならありきたりッスけど、カイトはセイバー、ワイトはライダーで、ルナはムーン……キャンサーではなかったッスね。代わりにヤマトをアーチャーかバーサーカーに推すッス。ヤマトいないッスけど」

「アーチャーならえー君もいけるね!だって接近戦もするし!」

「ライダーってなら俺や愛月もいけるな。鳥にしろ竜にしろ、色々乗ってるんだから」

「ズェピアさんは…プリテンダーって感じ?」

「…ははは、私にそんな大層なクラスは似合わないよ。あってもせいぜいしがないキャスターさ。というか、『フリ』という意味ではつい先程君がしていただろうに」

「う…何の話か、全然分からない…。これは恐らく、イリスには分からない、高度な対話……」

「うわぁ!?いきなり皆で乗ってきた!?突如としてカオスな状況になったんだけど!?後、結構序盤で違う作品のやつ出てきたよね!?ファンタジアでリビルドな方のが出てきたよねぇ!?」

 

 これが『ネプテューヌ』の力だとばかりに、一気に収拾が付かなくなる超混沌的展開に。というか皆、ほんと乗り良いね!抜群だね!そのせいで大いに困ってるんだけどさっ!

 

「あぁもういいからいいから!そういう話は第一話と第二話の間にでもしてくれる!?」

「…ね、イリゼはなんだと思う?」

「あ、それは俺も気になるな」

「あぁいや、今その話をすると恐らくイリゼ様が反射的に……」

「え、私はルーラーで……ってルナもカイト君も乗せないでよね!?えぇい、もう今回の話は……」

「これにてお終い!そしてここから、総勢十三作品による大騒ぎの合同コラボが、はっじまっるよ〜!」

「締めの言葉すら取ろうとしないでくれないかなぁ!?」

 

 駄目だ、これはもうどうしようもない。直感的にそう確信した私は強引に締めようとしたものの、それすらネプテューヌに乗っ取られて、更にカオスな展開に。あーもう、どうしてこうなるかなぁ!?……まぁ、これだけの面子がいたらこうもなるよねッ!

 

 

……と、本当に…本当に大賑わいな形で…こんな形を皮切りに、再会した皆との時間は始まるのだった。




今回のパロディ解説

・「〜〜見せてもらおうか〜〜カイト君の実力を」
機動戦士ガンダムUCに登場するキャラの一人、フル・フロンタルの名台詞の一つのパロディ。新しい、と入っている通り、シャアではなくフル・フロンタルのパロネタです。

・「〜〜俺は今!〜〜踏み出した〜〜」
ポケモンシリーズの一つ、金・銀及びハートゴールド・ソウルシルバーに登場する、あるNPCの台詞のパロディ。ポケモンシリーズは名無しキャラの台詞も有名ですよね。

・セイバー、アサシン、ランサー、キャスター、アルターエゴ、ライダー、ムーンキャンサー、アーチャー、バーサーカー、プリテンダールーラー
Fateシリーズに登場するクラスの事。これだけではなく、この流れの切っ掛けになったネプテューヌの台詞も、Fateシリーズの代名詞的な台詞の一つのパロディです。

・クラッシャー、ファンタジアでリビルド
ファンタジア・リビルド及びそれに登場するクラスの一つの事。システム的には似てる部分も多かったんですよね。逆に違う点も色々とあった訳ですが。

・「〜〜はっじまっるよ〜!」
アサルトリリィの主人公、一柳梨璃の代名詞的な台詞(アニメにおける掛け声)のパロディ。ただ、似たようなイントネーションで言うキャラ(作品)は他にもありますね。


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第二話 再会した女神の案内

 それぞれの次元から、私が招待した相手を出迎えてから数十分後。瞬く間に広がったカオス的大賑わいから数十分後。なんかもう、私自身よく分からず「これから思いっ切り案内とかするんだから、覚悟しておいてよねッ!」…とか言っちゃってから、数十分後。取り敢えず私は皆を呼び、教会内のリビングルームへと移動した。

 

「つ、疲れた…あの場からここに来るまでで、こんな時間がかかるなんて……」

 

 疲労からソファに飛び込みたい気持ちをぐっと抑え…けれど抑え切る事は出来ずに、がっくりと肩を落とす私。当たり前だけど、距離が遠くて疲れた訳じゃない。教会は広いとはいえ、同じ居住エリア内での移動に数十分かかる、なんてレベルではない。

 

「まぁ、なんというか…完全に同窓会のノリになっていましたね…」

「君はよく頑張っていたよ、後で一杯振る舞おう」

「あくまで私的に呼んでる体なんだから、もう少し肩の力を抜いても良いと思うけど、な」

 

 リビングに来ても尚皆はわいわいとしている中、成人男性トリオからの慰めを受ける。…いや、一人吸血鬼だし、トリオと言うには要素の幅が広過ぎる三人だけども……。

 

「やー、にしても驚いたッスよ。ピーシェは成長するとこんな感じになるんッスね」

「あぁ、はい、まぁ…でも、わたしも驚きました。貴女の次元では、貴女がエディンの守護女神なんですね…」

「え、記憶喪失で、しかも行き倒れているところをちっちゃな女の子に助けられた!?何その隙のない主人公ムーブ!?良いな良いなぁ、わたしも似たようなものだけど、ヘアピン…じゃなくてリコピンなんだよなぁ…」

「い、良いなぁって…そんな事言われたの初めてですよ…後多分、ヘアピンでもリコピンでもなくニアピンです……」

 

 二十人弱にも及ぶ人数なだけあって、あっちこっちから会話が聞こえてくる。今ワイト君が言った通り、初めは同窓会の様な…主にあの空間で出会った組と、ピーシェの次元で出会った組とで分かれての会話が多かったけど、双方の社交的且つ積極的な面々が中心となり、今は二組が混合状態。どちらでもないイリスちゃんも、グレイブ君と愛月君が気にかけてくれてるおかげで、浮いている感じはなくて…皆と関わりを築いてきた私としては、なんだか嬉しかった。

 

「あー…こほん。皆、ちょっと良いかな?」

「あ、イリゼがちょっと元気になってる…どうかしたの?」

「うん。さっきも言った通り、まずは皆に私の国を、神生オデッセフィアの街を案内しようと思います!」

 

 でも、ほっこりしている訳にもいかない。いや、しちゃ悪い訳じゃないけど、私にはしようと思っている事が…案内がある。

 ルナからの訊き返しに一つ頷き、私は宣言。すると今までは各々好きなように話していた皆が、意識をこちらへ向けてくれる。もしこれが、皆神生オデッセフィアに興味を抱いているから…って事なら、私は嬉しい。

 

「待ってたよぜーちゃん!案内は招待を受けた時から楽しみにしてたからね!」

「えぇ、お願いするわ。…けど、この人数で一人一人の興味に応えていたらキリがないでしょうし、取り敢えずはざっくり案内して、後は各自で…って感じになるのかしら?」

「まあ、そうだね。けど、実は案内役としてもう一人呼んであるの」

「案内役…イストワールさん?」

「ううん、でも当たらずとも遠からず…かな。案内役っていうのは、私の……」

 

 少し考えてから言った愛月君の言葉に私は首をゆっくりと横に振り、まだ来てないけど先に伝えておこうかな、と考える。

 ただ案内するだけなら任せられる人は沢山いるけど、大事なお客でもある皆へ、私の代わりに案内してもらうってなると頼れる相手は限られてくる。そして、私が案内を頼んだ相手というのは……

 

「ふふっ、もう集まっているみたいね!わたしはレジストハートことセイツ、妹がお世話になったわ!」

 

……たった今、妙に高いテンションでリビングに入ってきた彼女…私の、もう一人の姉に当たるセイツであった。…いやほんと、やけにテンション高いねセイツ…。

 

「うわっ…なんかどんな扉でも横開きで開けてそうなテンションの人が入って……え、妹?」

「妹がお世話にって…もしかして……」

 

 目を瞬かせ、こちらを見てくるエストちゃんとビッキィの視線に私は苦笑をしながら頷く。その間、セイツは「あぁ、感じるわ…!新たな出会いと、新たな感情を…!」とか言っていて…あぁ、だからテンション高かったのか……。

 

「えー…お察しの通り、こちら私の姉です」

「ご紹介に預かりました、姉です」

「…なんで敬語なんだ?」

『何となく?』

 

 別に深い意味はないからなぁ…と思ってグレイブ君の問いに答えると、セイツと回答のタイミング&内容が完全に被る。

 そしてその結果、皆から受けるのは「あ、これは姉妹だ」的視線。…まあ、姉妹だからね。

 

「と、いう訳で、観光は二組に分けて、片方をセイツに頼もうと思ってるの。セイツもこの国の女神だからね」

「イリゼの姉、か……うん?けど、守護女神はイリゼ…なんだよな?」

「わたしは神次元の女神でもあるから、守護女神はイリゼの方が向いているのよ。それにイリゼが守護女神になったのは、もう一人のイリゼ…わたし達からすれば親である原初の女神に向けられていた信仰に、『イリゼ』として応えるって側面もある以上、神生オデッセフィア建国の守護女神は、イリゼじゃなきゃ駄目なの」

「わっ、急に真面目になったね、ぜーちゃんのお姉さん…だから、せーちゃん?」

「急にっていうか、基本はしっかりしてるんだよ、セイツは。…基本は、ね」

『あー……』

『あーって何!?』

 

 カイト君からの問いに答えたセイツに、茜が意外そうな顔をする。それに、今度は私が答えると、皆は私を見てから納得したような声を出し…また私とセイツの声がシンクロした。でも今度は、理由が違う。セイツは恐らく、基本は…って発言に納得されてしまったからで、私は…私を、妹である自分を見て納得されてしまったっぽいから。

 

「イリゼとセイツ、同じ事をよく言う。…姉妹だから?」

「いやそれは…ない事も、ないのかな…?…って駄目だ、話が脱線してる…とにかく観光は二組に分けて、片方はセイツに案内してもらおうと思ってるの。そこのところはどうかな?」

「俺はそれで大丈夫だ。えぇと、イヴ…だったか?…がさっき言った通り、物足りなかったら改めて自分で回るか、誰かを誘うかすれば良い訳だしな」

「大所帯だと目立って観光し辛いでしょうし、わたしもそれで良いと思います。…にしても、この人も神次元の……」

「女神よ、向こうにわたしの国はないけどね。にしても、驚きだわ。話には聞いてたけど、わたしの知ってるピーシェとは全然雰囲気が違うんだもの」

「あ、それ同感ッス。というかそもそも、成長している時点でびっくりッスよね」

「え?」

「え?」

 

 お互いきょとんとするセイツとアイ…はさておき、他の皆からも同意を得られた事で、案内は二組でする事に決定。早速私達を含めた九人ずつの組を作って……数十分後、こっちにいる間皆に使ってもらう部屋及び、教会の居住エリアを軽めに案内した後、神生オデッセフィアを知ってもらう為の観光が始まった。

 

 

 

 

「ん〜♪流石お菓子作りが趣味なぜーちゃんの国!ふらっと寄ったお店でも、文句無しの美味しさだね!」

「うん、美味しい。…でも、鯛が入っていない。たい焼きは見た目が鯛で、たこ焼きは中身がたこ。これは、何故?」

「え、えぇ?えっと…い、イリゼ〜…!」

 

 見たり、遊んだり、感じたりと、観光には様々な形がある。当然その中には、食べて楽しむ、味わって楽しむというものもあって…暫く街を案内した後、私達はあるたい焼き屋さんへと立ち寄った。そこで買って、移動して、今私達がいるのは噴水広場。

 

「うーんと…料理の名前は、こういうルールで付けなきゃ駄目、ってものがなくて、それぞれ思い付いた人、作った人が自由に付けたから…かなぁ」

「名前そのままなイカ焼きとか、嫌いな物が入ってても成立するお好み焼きとかもあるッスからねぇ。料理は奥が深いんスよ、イリス」

「因みにたい焼きによく似た食べ物として、鮒焼きや鯉焼きというものもあったりする。厳密な決まりがある訳じゃないようだけど、たい焼きより小さいのが鮒焼き、それより少し大きいのが鯉焼き、と呼ばれているらしいね」

「ん、ん…三人共、詳しい。とても勉強になる」

「知識欲旺盛なのは良い事ッスよー、イリス。…ところで、最後の説明が知的だったせいで、ウチ等の返しがふわっとしてる感じになってるのは……」

「気にしても虚しくなるだけだよ、アイ…」

 

 はは…と乾いた声で笑う私とアイ。話を振られた私はともかく、そういう訳じゃなかったアイは完全に藪蛇というもの。…まぁ、自分から首を突っ込んだ結果とも言えるけど。

 

「ねね、茜のは白あんだったよね?わたしのカスタードを一口あげるから、一口ちょーだい!」

「良いよ〜。…えー君、ぜーちゃんと来てお次はねぷちゃんかぁ、君も人気だねぇ」

「大半を食べられて後は頭だけになったたい焼きに話し掛けるな茜、側から見ると猟奇的だ…」

 

 食べ進める中で、こういうお菓子の定番であるあげっこも出てくる。私はイリスちゃん、影君とあげっこ済み…なんだけど、二人共選んだのはチョコレート。美味しそうだなぁ、と思って影君にあげっこを誘ったところ、それを見ていたイリスちゃんに誘われた結果、私は同じ味を別々の人から貰う形になってしまった。…あ、そうだ。

 

「ワイト君も一口どう?餡子が嫌いじゃなければ、だけど」

「あー…はい、ありがとうございます。ではこちらを……」

「あっ…ごめんイリゼ、実は私がもうワイトさんとは交換済みだったり…そして私のたい焼きも餡子……」

「へ?そうだったの?」

「…まあ、私は餡子も嫌いではないので……」

(しまった、逆に気を遣われてしまった……)

 

 抹茶も美味しそうだし、ワイト君は積極的にあげっこするタイプじゃない筈。そう思って誘ってみた私だけど…ルナに先を越されていた。しかもワイト君、それを隠して私の誘いに応じようとしてくれて…今日もワイト君は紳士です。

 

「さてと。次は何か、見たいものとかしたい事とかある?もしなければ、このまま大通り中心に案内していくけど…」

「あ、だったらわたし観光名所行ってみたいな!」

「観光名所…イリゼの国の名所は、私も行ってみたいかも…」

「そう?…まぁ、観光名所って言っても幾つかあるし、どこにするか迷うところだけど…皆もそれで良い?」

「勿論構わないよ。君の国の名所なんだ、さぞ壮観なんだろう」

 

 ネプテューヌとルナから観光名所のリクエストを受け、皆にも意見を求めつつ私は思案。するとズェピア君は、一見普通の返しを行い…けれどその中で『壮観』という言葉を使う事により、さらっと選択肢を自然にしろ建物にしろ、とにかく見て楽しむものへと狭めてくれた。それを明言せずにしてくれた。…ズェピア君も、紳士です。

 と、いう訳で、私は観光名所に向けて案内再開。道中で他にも色々と説明をしつつ、景色といえばここだ、と思う場所へ向けて進んでいく。

 

「…活気に溢れているな」

「うん。発展具合で言えば、途上って感じだけど…だからこそ、ここからもっと進んでいくんだ、って雰囲気があるよね」

 

 このお店はこれが有名だ、この辺りにはこういう施設が多いんだ…そんな風に解説をする中、ふと聞こえたのは影君と茜のやり取り。ちらりと目をやれば、二人共憂いを帯びた瞳をしていて……その理由は、分かる。分かるけど…今は何も言わなかった。多分二人も、今その話を掘り下げたい訳じゃないだろうから。

 

「ところでイリゼ様、その名所は徒歩で行ける距離なのですか?」

「うー、ん…私としては行けるよね、とも思うけど、女神の基準じゃ当てにならないだろうし、頃合いを見て飛ぼうか。……と、思ったけど…観光だし、他の手段の方がいい?」

「他の手段…はっ、まさかモルカー!?」

「違うよ!?その選択肢は徒歩以上にないよ!?」

「じゃ、リアカーッスか?」

「誰が引くのさ!?私やだよ!?」

「……あ、アトラル…」

「最早カーじゃなくて『カ』じゃん!…いや、乗り込んだりはするけども!ネセトに乗る気!?」

 

 ついフルスロットルで突っ込んでしまったけど、ネプテューヌがふざけてくるのはよくある事。アイもノリは抜群だから分かる。でもまさか、ルナまで…しかも三段ボケのオチを担当してくるなんて思わなかった。くっ…知らぬ間に、そういう方向に成長してるだなんて…。

 

「はは、イリゼは楽しそうだな」

「楽しくないよ!?……って、言い切ったらちょっと嘘になるけども…!」

「ふふ、私から見ても楽しそうだよ、イリゼ君」

「ズェピア君まで!?…ま、まさか茜…は表情からして訊くまでもない…!…わ、ワイト君も……?」

「…正直に申し上げますと…楽しそうかな、と…」

「うぅ…何故急に孤立無援に……」

 

 楽しそうだね、という男性諸君からの何とも他人事な評価にがっくりと私は肩を落とす。そんな中、イリスちゃんは背中をさすってくれて、良かった、味方がいた…!…と思ったのも束の間、そもそもイリスちゃんは話の展開をよく分かっていない様子だった。

 

「…ま、冗談はさておき飛ぶのも良いとは思うッスよ?けど、観光なのに最短距離でー、っていうのは味気ないッスし、のんびり行くでも良いんじゃないッスか?」

「うん、そうだね。それに今は友との再会や、新たな出会いの延長線上にある時間なんだ。何なら名所をゴール地点にして、そこまでの道中を楽しむのも一興ではないかな?」

「な、なんか良い感じに纏められた…でも、皆がそれで良いなら……」

 

 そういう考えがあるなら最初から言ってよ、という不服な思いはあるものの、それはそれ、これはこれ。私が皆に聞くと、皆は勿論、と首肯をしてくれて…それならば、と私はプランを練っていく。ここまでは、向かう道すがらの案内や解説だったけど、ここからは私の考えている場所をゴールに据えた観光ルートを頭の中で組み立てていく。

 

「それにしても、凄いよねぇ。内装はアップデートされてるみたいだし、補強もされてる様子だけど、多くの建物はずっと前の時代のものなんだもん」

「うぇ?これ、補強されてるの?見た目じゃ分からないけど…」

「歴史的けーかんを崩さない為に工夫されてるんだろうねー。でも、ねぷちゃんの目は誤魔化せても、私の目は誤魔化せないよー?」

「あ、そっか。茜はそういう事、全部『分かっちゃう』んだったね」

「全部分かる…いや、分かってしまう、か。…君も中々、重みのある力を有しているんだね」

「…ズェピア、だったか。今言い直したのは……」

 

 プランを練りながらも案内を続けていると、ふとした流れから茜の能力絡みの話が出てくる。そして私達とは違って、初対面のズェピア君が茜の能力に対する表現を言い直した瞬間、影君はぴくりと肩を震わせ、少しだけ見定めるような瞳でズェピアを見やり……

 

「…それは、凄い。とても、凄い。とても、とても…凄い」

「え、えーっと……あれ?今私、物凄い尊敬の視線で見られてる…?」

 

 けれどその続きの言葉が発されるよりも先に、イリスちゃんがぽてぽてと茜の前に出て、見上げながら言った。茜に対し、とても凄い、と。無表情で、抑揚もない、いつも通りの…けれど何となく興奮が感じられる、そんな雰囲気を纏いながら。

 

「イリスはまだ、知らない事ばかり。イリス、もっと沢山の事を知りたい。…ので、全部分かるのは、羨ましい」

「そ、そっか…そっかぁ。でもイリスちゃん、そういう事なら私の力は、きっとイリスちゃんが持ってても嬉しくないと思うよ」

「…どうして?」

「だって、自分で全部分かっちゃったら、誰かに聞いたり、自分で調べたりしなくて良くなっちゃうもん。それってさ、詰まらないと思わない?」

「…それは、確かに。ミナやブランに教えてもらうの、イリス、好き。それがなくなるのは…悲しい」

 

 食い気味に、けど外見上は淡々と言うイリスちゃんに、茜は目をぱちくりとさせる。けどイリスちゃんの思いを理解すると、目線が同じ高さになるようしゃがみ込んで、柔らかな表情と声音で言葉を返した。

 諭す、とも違う、優しげな返答。茜の言葉でイリスちゃんは納得したようで、また一つ学べたと満足気。そして伝えた茜の方も、なんだか楽しげで…うん、だよね。元先生、だもんね。

 

「…素敵な御仁だ。して、先程の事は……」

「いや、聞かなかった事にしてほしい。…この雰囲気じゃ、訊く気にゃなれない」

「うんうん、わたしもその方がいいと思うな〜」

「おや、ネプテューヌ君いつの間に?」

「普通に聞こえてたからね。折角案内してもらってるんだから、一波乱ありそうな雰囲気はノーセンキューだよノーセンキュー!」

「別に波乱を起こす気があった訳じゃないが…まぁ、それもそうだな」

「うん、イリゼ君の厚意を台無しにするのは、私としても本意ではないよ」

 

 そんな事を私が思う中、影君とズェピア君のやり取りも終息していた。流石はネプテューヌ。…と、言いたいところだけど…ひょっとしてネプテューヌ、単にシリアスな展開を回避したかっただけなんじゃ?…なんて事も思ったり……

 

「ふふん、そんな事は無きにしもアラス・ラムス!」

「早くも地の文読みを体得するとは…ほんと流石ッスね、ネプテューヌは」

「うん、しかもパロネタまで混ぜて……ってアイも読んでるよねぇ!?しかも『地の文を読まれた事による反応』を、同じく地の文を読んで、勝手にやってるよねぇ!?何その訳分からない芸当!」

「……!?わ、わたしのボケが、踏み台にされた…!?…やるね、あいちゃん…は、何か貴女じゃなくて、もっと呼ぶべき相手がいるような気がするから…シノちゃん…!」

「ネプテューヌもそんなところに感心しなくていいから…ほら、案内続けるよ案内!」

 

 いけない、このままだと脱線したままになる…!そう感じて、私は強引に軌道修正。幸い(?)にも私は案内役であり、私がどんどん案内を続けていれば皆も話を中断して付いてきてくれる。

 

「…そういえば…ねぇイリゼ。偶に現代風…って言えばいいのかな?…の、大きい建物があったりするけど、それって何?やっぱり、大きい会社のビルとか?」

「あー…まあ、色々あるけど、例えばあそこならギルドの本部だね。で、あっちの少し遠くにあるのが、信国連の施設だよ」

「ギルド…そうだ、もし良かったらあそこの案内もしてくれないかな?信次元のギルドがどんな感じなのか、ちょっと気になるんだ」

「勿論。…ワイト君は、信国連の施設の方が気になる感じ?」

「…えぇ、まあ。……あっ…」

「ふふ、もう立場は忘れて、って事を忘れてたね?」

 

 こくり、とルナのお願いを聞き入れた後、私はワイト君の視線から察して問い、返答に対してにやりと笑う。それからルナに返事した通り、ギルドの本部…ではなく、併設された神生オデッセフィア支部へと寄って、ついでにギルドという組織そのものについても軽く解説。ギルドのない次元や世界から来た皆にとっては色々興味を持ってもらえた…と思うし、ルナとも「自分の次元のギルドはこう」という話を交わす事が出来て、私からすれば発見もあった。ただでも一番驚きだったのは、ギルド云々というか、アイから聞いた別次元の黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の立場と関係性で……似ていても、同じじゃない。一つ一つは小さな違いでも、それが繋がる事で、積み重なる事で、大きな違いにもなるんだと、意外なところで、意外な形で私は学んだ。

 

(…これだけじゃ、ないよね。もっと沢山の違いがある筈。まだまだ私の知らない、思い付きもしない色々な事が、別次元や別世界にはきっとある。…知りたいな、国の為にも…信次元の為にも)

 

 今回皆を呼んだのは、私が皆にお礼を伝えたり、これまでのような騒動の中ではなく、平和的な時間の中で交流を交わしたりしたかったから。でも、100%それだけかっていうと、そうでもなくて…今回の交流の中で得られるものもある筈。そんな思いも、確かにあった。…けどまぁ、取り敢えずはまだ楽しむ事を最優先にしようかな。今みたいに、思いもしなかった形で学べる事もあるんだから。

 

 

 

 

 景色を楽しむという点においては、主に二通りの見方がある。自然の景色か、人工物の景色かという観点が。どっちが美しいか、なんて個々の感性次第だし、どっちも多種多様なものがあるんだから、順位を付けようとする事自体がナンセンス。…まぁ、女神である私としては、人の手による景色の方が素敵だって思ったりもするけどね。

 まあ、とにかく景色には主に二通りがあって、大概の国は両方ある。更に言えば、毎回二つは分かれている訳じゃない。自然の中にある建物、建物に組み込まれた自然…そういうものも往々にして存在していて……それは、神生オデッセフィアも同じ事。

 

「到着、っと。ほら、ここだよ」

『おぉぉー…!』

 

 足を止め、振り返り、私は言う。続いて辿り着いた皆は見渡して…感嘆の声を上げる。

 

「どうかな?ここなら街を一望出来るし、自然の豊かさもよく分かるでしょ?」

「確かに、良い景色ッスね。普通に街を歩いてても、建物一つ一つは見えるとはいえ…こうやって全体を見ると、神生オデッセフィアがどんな国なのかがよく分かるッス」

「自然なら、ここに来るまでに十分見た…と言うのは野暮か。…あぁ、ここからならイリゼの国が、国の姿がよく見える」

 

 自分でも声音にほんのり自信のそれが乗るのを感じながら私が更に言えば、まずアイが、続いて影君が頷いてくれる。他の皆も良い景色だと言ってくれて…でも、皆が同じタイミングでここへ、街から離れた崖へと辿り着いた訳じゃない。

 

「ふぅ、ふぅ…着いた〜。えっと、イリスちゃんは大丈夫?」

「大丈夫。…でも、ネプテューヌは大丈夫じゃなさそう」

「ぜぇ…ぜぇ…はぁ…はぁ…み、水…水ぅぅぅぅ……」

「あ、あはははは…確かにね……」

 

 例えばルナは、皆にちょっと遅れ気味だった。でもここは平坦な地形じゃないし、基本皆身体能力が並みのそれじゃないんだから、多少遅れるのも仕方のない事。というか多分、普通の人ならまだここまで辿り着いてないと思う。

 同じくイリスちゃんも、後列組。ただイリスちゃんの場合は、何度もきょろきょろと見回しては景色を瞳に収めていて、その結果遅れ気味だった、という感じ。

 でも、もう一人…ネプテューヌだけは、完全にへろへろとなっていて……誰がどう見ても、体力は尽きてしまっていた。

 

「もー、ねぷちゃん。だから序盤に飛ばし過ぎると後で辛いよー、って言ったのに…」

「うーん、デジャヴ…約六年半越しのデジャヴ……」

「だ、だってぇ…普通に登るだけじゃ、芸がないと思ったんだもん…」

「何を言っているんだ君は。後、残念ながら道中はほぼカット、のようだよ」

「がーん……」

 

 ならわたしが意気揚々と登ってた場面もなし…?…と項垂れるネプテューヌ。それからまたネプテューヌは水を求めて呻き…そこに差し出されたのは、栄養補給用のゼリー飲料。

 

「ほぇ…?く、くれるの…?」

「あぁ、見苦しいからな」

「え、影……って酷い!声音は若干穏やかなのに、発言が抜き身の刃状態だよ!?」

「後、五月蝿い」

「しかも追撃までされた!?うぅぅ…でもこれは貰うね!だって喉乾いてるし!」

「……因みにメイトもあるが…」

「ぎゃあッ!?」

「い、イリゼ様…?突然どうしました…?」

 

 変な漫才みたいなのが始まったなぁ、と気を抜いて見ていたところに現れたのは、別次元や謎の空間において私へ(何故か)付いて回る存在。不意打ちを仕掛けられた私は思わず叫んでしまい、皆にぎょっとされた。ワイト君なんて、表情こそ怪訝な感じだけど、手の動きからして銃か何かを引き抜こうとしていた。…驚かせてごめんね、皆……。

 

「よく分からないが、君も大変だね。…ところでイリゼ君。ここは、君の思う名所かい?それとも……」

「うん、私の思う名所だよ」

「……?ズェピアさん、それはどういう…?」

「ここが国、少なくとも地域にとっての名所なら、店なり整備された道なりがある筈だ、という事だよ。ただ見てもらうだけでは…まぁ、そこまでの交通や宿泊なんかを考慮しなければ利益にならないし、整備されていない道ではそもそも目的となる場所までのハードルが高くなってしまうからね」

「つまりここは、ぜーちゃんが個人的に好きな場所、って事なんだね」

「好きだし、思い入れもある場所…って感じかな」

 

 将来的には、ここも観光スポットにしたいけどね、と内心で呟きながら、私は茜の言葉に首肯。思い入れ?と皆は小首を傾げて…私はあの日の事を思い出す。

 

「ここはね、オリゼが…もう一人の私が女神としての力を取り戻した場所で、私の中に眠っていた力が解放された場所で……私とオリゼが、『親子』になれた場所だから」

「そっか…それなら、思い入れもあるよね。思い出のある、場所だよね」

「そういう事。…まぁ、厳密にはここじゃなくて空中だったり、多分もう少し離れた場所だったりするから、ここ…って言うと少し間違いでもあるんだけどね。…というか、ここだけで言うならむしろ、オリゼがレイに散々侮辱された上で転落する羽目になった、全然良くなんかない場所なんだけど……」

「あ、あー…なんか、申し訳ないッス…」

「え、なんでアイは謝ったの…?」

 

 思い出。確かにそれもあるね、と思いながら私はネプテューヌに返し、それから苦笑い。何故かアイには謝られたけど、それはそれとしてまた私は視線を遠くへと向ける。

 

「…イリゼ様。オリゼ様、というのは確か……」

「私を生み出した、もう一人の私。複製体じゃない『イリゼ』で、色々あったけど私達に力を貸してくれた…今ここにはいない、私の大事な家族だよ」

「…すみません、このような場で訊くべきではない質問でした」

「大丈夫だよ、ワイト君。それに…なんなら私、皆には自慢したい位だからね!オリゼの凄さと格好良さ、可愛さ偉大さその他諸々を余すところなく──」

『あ、それは結構です』

「イリゼ、凄く嬉しそう。イリス、聞いてみたい」

「皆揃って拒否!?ちょっ、それは酷い…ってイリスちゃん!?こ、ここは違うよ!?ここは全員でばっさり拒否して、私がショック受けつつ突っ込む流れだからね!?」

「……?」

「……うん、ごめん…流石にこれは、というか冷静に考えたらこれは、普通に何言ってるの、って感じだよね…」

 

 側から見たら今の私は完全に情緒不安定な女神だよ…と、がっくり肩を落とす私。こう、お約束とか定番の展開に慣れ切っちゃうのも怖いよね…メタ視点も慣れ過ぎるとこういう弊害が出てくるよね…はは…。

 

「…ふふっ」

「……?どうしたの、ルナ」

「あ、いや…イリゼはイリゼなんだなぁ、って」

「え、えぇ…?」

 

 微妙な心境になる中で、不意に零れたのはルナの笑い声。なんだろうと思って訊くと、ルナは柔和な表情で答えてくれた…んだけど、イマイチ意味が分からない。え、と…私、私はラウ・ル・オリーゼだ、とか言ったっけ…?

 とか何とか思っていたら、どうも今の発言をイリスちゃん以外は分かった様子。ど、どういう事…!?私とイリスちゃんにだけ分からないって…イリを持つ者には理解出来ない何かがあるの…!?というか、イリを持つ者って何…!?思考がネプテューヌのそれになってない…!?

 

「落ち着いて下さいイリゼ様、大分意味不明な思考になっています」

「あ、う、うん…というかワイト君、凄い真面目な顔で地の文読んできたね……」

「そーゆーとこ含めて、ぜーちゃんはぜーちゃんって感じだよね。前に会った時も、今も」

「あ……」

 

 茜の言葉で、今度こそ理解する。今も前も、私は私。でも、前の私は国を持たない女神で…今の私は、神生オデッセフィアの守護女神。ただ単に、立場が変わったってだけじゃない、それ以上の意味がそこにはあって……だから皆、ちょっぴりとでも思っていたのかもしれない。守護女神になった事で、私の在り方にも変化があったんじゃないか、と。或いは逆に、変化があったから、守護女神になったのかも、と。

 

「…そうだね。前の私と、今の私は同じじゃない。前に抱いていた思いと、今抱いている思いの間には、きっと違う部分もあると思う。でも…それは皆も、同じでしょ?」

「ああ、そうだね。人は絶えず変化し続けるものだ。その大半は些細な、誤差程度のものだとしても、何も変わらない人などいない。仮にいたとしても、それは維持ではなく、停滞だよ」

「い、いや別に、そこまで理路整然とした考えの下言った訳じゃないけど…こほん。私は何も変わらない訳じゃない。だけど、私は私だよ。守護女神になったって、原初の女神の複製体であるオリジンハートは…皆の友達のイリゼは、今も皆の知ってる私なんだからね」

 

 自分が全く変わらないとは思わない。知らずに変わっていた部分、意図的に変えていった部分、それぞれがあるし、ズェピア君の言う通り、人も女神も…ううん、きっと凡ゆる存在が、日々少しずつ、微かに変化を重ねている。

 でもその上で、私は言える。私は私だと。変化した部分もあるけど、私の根底は…私を私らしくさせている部分は、変わっていないって。私は私を、そう信じている。

 

「…やっぱり、凄いなぁ。うん、ほんとに『女神』って、凄いや…」

「…ネプテューヌ?ネプテューヌは、女神じゃなかった?」

「あ…違うよー、イリスちゃん。見ての通り、わたしも女神!ラブリーでチャーミングだけど、ボケるタイミングは見逃さない女神だよっ!」

 

 びしぃ!と決めポーズっぽい事をするネプテューヌに、私達は苦笑い。それを見て、「おぉ、よく分からないけど、凄い」と、ふわっとした感想を口にするイリスちゃんの様子に、また苦笑い。そこからは一度、会話が途切れて…今度はワイト君が、ぽつりと言う。

 

「…イリゼ様は、ここを…神生オデッセフィアを、どのような国にするおつもりで?」

「…ワイト君、まさかまた軍人的思考になってる?」

「いえ、これは個人としての単なる興味です。新たな国が生まれ、発展していく…それを自分は、見た事がありませんでしたから」

 

 言葉と共に向けられたワイト君の視線、それには確かに興味の色があった。見回してみれば、他の皆も私からの答えを聞きたそうにしている。

 そういえば前に、セイツにも同じような質問をされた。でも多分、あの時と求められてる答えは違うんだろうなぁ…そんな風に思いながら、私は一度目を閉じて、頭の中を整理して…目を開ける。見回して、それから答える。

 

「神生オデッセフィアはこれまでずっと存在しなかった、信次元第五の国。四ヶ国のどこにも満足出来ないなら、妥協するか、女神の加護や利便性を手放して四大陸の外で生活するしかなかったところに現れた、女神の加護を得ながら四ヶ国とは違う可能性を得られる、新しい選択肢。だから凡ゆる業界におけるニッチ市場を求められてるだろうし、それに応えたいとも思ってる。他にも拠点としての価値や、昔のまま、老朽化や風化をしていない『歴史』の存在も強みにしていくつもりだけど……そういう事じゃ、ないもんね?」

「えぇ、それも興味はありましたが…訊きたかったのは、思いの部分です」

 

 だよね、と返して私は笑う。興味はあると言ってくれたけど、多分皆からすれば、こういう現実的な話は面白いものじゃなかったと思う。だから私は一拍置いて…紡ぐ。私が抱く、私の目指す、守護女神としての思いを。

 

「私はね、皆の側で、皆と一緒に、色んなものを見て、色んな経験を重ねてきた。楽しい事も、大変な事も、嬉しい事も、悲しい事も…沢山のものが、私の中にはある。それが私の力に、道標になっている。だから……私は神生オデッセフィアを、誰かと繋がり合える場所に、抱いた思いを貫ける大陸に、希望を力に進んでいける国にするよ。したいんじゃなくて…私は、する」

 

 願いではなく、決定。そう出来たらいいな、なんて思いじゃなくて、そうするんだという断固たる意思。それで私は締め括り…もう一度、笑った。皆っていうのは、信次元の皆だけじゃなくて、関わってきた別次元の皆や、今日来てくれた皆の事でもあるんだよ、と心の中で続けながら。

 

「…素敵、ですね。私は国の事を語れるような人間ではありませんが…一人の人として、素敵だと…そう、思います」

「うんうん、ぜーちゃんならきっと出来るよ。ねー、えー君」

「あぁ、そうだな。イリゼらしい、甘くて、青くて、絵空事で、綺麗事で……眩しい理想だと、俺も思うよ」

「ちょっとー?私はそんな毒のある事考えてないんだからね?」

 

 違うからね?と念を押してくる茜に苦笑いし、酷いなぁ…と影君に視線を送る。いい大人は無闇に角の立つ言い方をしたりしないんだよ?…と言ってワイト君やズェピア君を見やり、ちょっと巻き込んでみる。それを見ていたルナとネプテューヌは、顔を見合わせ肩を竦めて、イリスちゃんはまた「……?」となっていて……そんな中で聞こえたのは、雑に頭を掻く音と、嘆息。

 

「…えと、シノちゃん?どったの?」

「や…まぁ、なんというか…困ったなぁ、というか……」

「困った…って?」

「イリゼの事ッスよ。正直、友達のよしみで『国のリーダーとはなんたるか!』…的な事を教えてやるのも悪くないかも、なんて思いもあるにはあったんスけど……」

 

 ネプテューヌから訊かれれば言葉通り困ったような表情で笑い、続いてルナも訊けば今度は頭ではなく頬を掻き、嘆息の主…アイはゆっくりと歩き出す。歩き、私の前に…私と正対する位置まで来ると、頬から指を離し……言った。

 

「神生オデッセフィアを見て、イリゼの言葉を聞いて、思いを感じて……気が変わったッス。手心なんざ一切無しに、神次元の女神として、エディンの守護女神として──真っ向からぶつかってやるッスよ、オリジンハート」

「…望むところだ。神生オデッセフィアの発展を、我が国の人々の革新を──これから存分に見せてやろう、ローズハート」

 

 視線と視線を交わらせ、思いと思いをぶつけ合う。守護女神、ローズハートとしての言葉を受けたからこそ、私も守護女神、オリジンハートとして凛然と返す。相手の力を認めた上で、その上で挑発するようにお互い薄く笑い合う。

 今は、アイの方が…エディンの方が、間違いなく上。人口も、国としての積み重ねも、地力も深みも、神生オデッセフィアはエディンに、信次元の四ヶ国に…私の知るどの他国にも敵わない。…でも、それは今の話だ。今はまだ敵わなくとも、必ずや未来では対等に…いいや、それ以上の国に……

 

「こ、これは…神生オデッセフィアとエディンの次元間戦争…!?あわわ、わたしはとんでもない瞬間の目撃者になっちゃったのかも…!」

「え、そ、そうなの…!?ど、どうしよう…私はどっちの味方をすれば……」

「う…これは、喧嘩…?…喧嘩は、良くない……」

『いやいやいやいや…そういう事じゃない(ッス)から……』

「あははー…あ、そういえば二人って、前に勝負して引き分けだったんだよね?国と個人じゃ全然違う話になるけど、今やったら結果は……」

『それは勿論(私・ウチ)が勝つ…(はぁ・あぁ)?』

「おい茜、なんでこのタイミングで焚き付けた…!単に気になっただけだとしても、今訊くのは致命的だろうに…!」

「…そういう部分は、やはりどの次元の女神も変わらないんですね……」

「ふむ、ここで幕を降ろさねば一波乱起きてしまいそうだね。という訳で…カット、第二話はこれにてクランクアップだ」

 

 多分ネプテューヌはふざけて言ってるだけだとしても、ルナやイリスちゃんは本気にしてしまっているかもしれない。そう思って誤解を解こうとした……のに、アイが余計な事を言うものだから、私も女神として引き下がれなくなる。…え、どっちもどっち?向こうも同じ事思ってるだろう?いやいやいや…私だよ、勝つのは私なんだからっ!

 バチバチと視線をぶつけ合う私達二人。動揺してたり、嘆息していたり、肩を竦めていたりする皆。まだ案内は終わってないけど…仕方ない。私は一歩も引く気なんかないんだからね、ローズハートぉ!

 

 

 

 

 

 

……あ、因みにこの後街に戻った私達は、喫茶店で飲み物なんかを頼みつつ、皆で仲良く休憩しました。…うん、仲良く和やかにだよ?だって皆親しい相手だし。




今回のパロディ解説

・モルカー
PUI PUI モルカーに登場するキャラ達の事。ネプテューヌシリーズである事を考えたら、モルカーの様なトンデモ乗り物が出てきてもおかしくはなさそうですね。

・「……あ、アトラル…」「〜〜ネセトに乗る気!?」
モンハンシリーズに登場するモンスターの一つ、アトラル・カの事。ネセトというのは、勿論アトラル・ネセトの事です。…乗る…乗り攻撃か、操竜でしょうか…。

・アラス・ラムス
はたらく魔王さま!に登場するキャラの一人の事。なきにしもあらず、ならぬなきにしもアラス・ラムス…明らかに変ですね。ちょっと語感は良さそうですが。

・私はラウ・ル・オリーゼだ
ガンダムSEEDシリーズに登場するキャラの一人、レイ・ザ・バレルの台詞の一つのパロディ。あくまでクルーゼではなく、レイの発言です。複製繋がりネタでもあります。

・「〜〜ラブリーでチャーミングだけど〜〜」
これはゾンビですか、におけるフレーズの一つのパロディ。ある呪文を逆から読んだ場合のパロディでもありますし、そう書いた方が伝わるかもしれませんね。


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第三話 初対面の女神の案内

「という訳で、皆の事はわたしが案内するわ!初対面の相手に?…って思いもあるだろうけど、案内はちゃんとするから安心して頂戴!」

 

 二組へのチーム分けを終えて、わたしが案内する事になった八人を見回して、わたしは言う。自分でもはっきり分かる程、嬉々とした表情と明るい声で。えぇ、当然よ。当然じゃない!出会いは、まだ知らない感情の輝きを持つ相手との邂逅は、いつだって心が躍るもの。その出会いを一度にこんな沢山出来るなんて、しかも皆、イリゼが再会を楽しみにしていた相手だなんて…うぅ、もう少し人数が少なければ、一人一人デートに誘っていたところだわ…っ!というか、折を見て全員誘ってみようかしら……!

 

「…なんか、さっきから凄い元気だな。えっと…セイツ」

「えぇ、セイツよ!えぇ、えぇ、元気になるってものよ!貴方達と会えるのを、話すのを、思いに触れるのを、ずっと楽しみにしてたんだものっ!」

「圧が凄い……」

「モナミ先輩に似た何かを感じる……」

 

 合ってるよな?…的視線に大きく強く頷いて、元気な理由を答える。結果訊いてきた彼、カイトには苦笑いされ、二人の女の子…ディールちゃんとビッキィには軽く引かれたけど、問題なし。だってこういう反応は、もう慣れっこだもの。…あ、勿論全員の名前は頭に入ってるわ。当然じゃない、会うのが楽しみだったんだから!

 

「…こほん。でも案内の前に、改めて軽く自己紹介しておくわ。さっきも言ったけど、わたしはセイツ。暫く前まで、レジストハートとして神次元で活動していた、イリゼの姉にして信次元のイストワールの妹よ。細かい事はおいおい話すとして……ディールちゃん」

「え、は、はい…?」

「わたしは所謂次女で、貴女もそうでしょ?だから、同じ女神姉妹の次女として、是非とも仲良くしましょ?まずは姉であり妹でもある話から……」

「はいはーい、そういう話もいいけど、まずは神生オデッセフィアの案内してほしいなー」

 

 早速仲を深めようとディールちゃんにアプローチをする中、間に入ってきたのは双子の妹のエストちゃん。にこやかな表情で、明るい声音で案内をしてほしいなとわたしに笑顔を見せてくれて…でも、感じる。止めてよね、ディールちゃんが困ってるんだから…という、言外から滲む牽制が。

 いきなり牽制されて、面喰らう?まさか。面喰らうどころか…うん、いいわっ!静かに、冷静に、理性で制御された上で研がれる怒りなんて中々見られるものじゃないもの!素敵よ、素敵だわエストちゃんっ!

……けどまぁ、素敵な感情を見たいからといって、わざと怒らせたり不快にさせたりするのはわたしの主義に反するし、そもそも皆は神生オデッセフィアへ訪れた客人。ならきちんと案内しなきゃ、女神の名折れよね。

 

「そうね、失礼したわ。じゃあ、案内を…といきたいところだけど、ただ歩き回るだけじゃ味気ないでしょ?だから先に、コンセプトだけ決めておきたいと思うんだけど、何かリクエストはあるかしら?」

「コンセプト…どういう場所を案内してほしいか、って事か?それならやっぱ、面白そうなところがいいな」

「面白そうって、ざっくりし過ぎでしょグレイブ…僕は色んなお店を見てみたいかも」

「リクエストって事なら私は…そうね、人の多く集まる場所を見てみたいわ。この国では何が、どんな風に多くの人を惹き付けているのかを知りたいの」

 

 次々と出てくるリクエストをわたしは聞き、考える。色んなお店を見られて、多くの人が集まる、面白い場所……

 

「……で、デパート…?」

「いや、一度で全部のリクエスト叶える必要はないでしょう…。後、チェーン店だった場合は神生オデッセフィアらしさもあるかどうか怪しいですし」

「た、確かに…だったら、お店に関してはわたしがよく活用するところとか、雑誌で特集を組まれた事があるところなんかでどう?で、人の集まる場所っていうと……」

 

 呆れ顔のピーシェ…わたしが知るのとは別の彼女から突っ込まれ、それはそうだと考え直す。アイデアを出しては皆に訊き、回るルートを少しずつ決めていく。

 

「…さっきも思ったけど、このセイツさん、って人……」

「えぇ、イリゼおねーさんが言ってた通り、基本は真面目っぽいわね。神次元のノワールさんと同じで、感情が乗るとブレーキが効かなくなるタイプなのかも?」

 

 そんな中で聞こえたのは、わたしへの評価。…まあ、否定はしないわ。だって、落ち着いていられなくなるのは事実だし。輝く感情、煌めく心の動きを目の当たりにしたら、興奮せざるを得ないものねっ!

 という訳で、話す事十数分。ある程度だけど、案内プランが定まって…イリゼ達に少し遅れる形で、わたし達も出発する。

 

「さぁ、行くわよ皆!わたしの案内で、神生オデッセフィアの魅力で、皆のハートにレボリューションを起こしてみせるわっ!」

「うわ、宇宙海賊みたいな事を言い出した…というか、女神がレボリューション起こされたら駄目では?」

「うっ、言われてみれば確かに…。…ちっ、折角楽しい気分だったのに、あいつの事思い出したせいで腹が立ってきたわ…」

「いきなり黒い部分出てきた…。見た目は似てるけど、結構イリゼおねーさんとは性格違うのね」

「…………」

「…ま、姉妹は同一人物じゃないもの。気を取り直して、今度こそ行くわよ!」

 

 湧き上がった不快感を思わず吐露してしまったわたし。けど今回は早めに立て直して、自分にエンジンをかけ直す。

 その際、ピーシェはじっとわたしを見ていた。一体何故、わたしを見てたのか。何か感じるものがあったのか。けどまぁ、取り敢えず今は…ちゃんと案内をして、楽しんでもらう事が第一よね。

 

 

 

 

 当然だけど、一日で国中を案内なんて出来る訳がない。くまなく案内なんてしていたら、何日かかるか分かったものじゃない。だからわたしは、これからの事を考えて教会周辺と、大通りを中心に案内するプランを立てて、回っていった。

 有名どころのお店に立ち寄ったり、ゲームセンターで軽く勝負をしたり、休憩を兼ねて軽食を取ったりして、案内を開始してから数時間が経過。そうして今、わたし達がいるのは…国で管理をしている図書館。

 

「こっちは…地下?…地下まであるんだ……」

「ふふ、そうよ。凄いでしょ?」

 

 目を丸くするビッキィの言葉に、わたしは軽く胸を張りつつ頷く。地下まである、って言葉の通り、この図書館は二階以降もあって…更に言えば、別館もある。

 神生オデッセフィアでも…ううん、信次元全体で見てもトップクラスの規模を持つのがこの図書館。どうしてそれだけの規模があるのかといえば…その理由は二つ。

 

「へぇ、ここの図書館は普通に漫画とかもあるんだな。ちょっとある、とかじゃなくてこんなに色々ある図書館は初めてだ」

「漫画だけじゃなくて週刊誌も…って、これ同人誌じゃ…!?…ま、まさか…あ、良かった如何わしくない……」

 

 驚きと興味の混じった声を上げたのはカイトで、一人で一喜一憂していたのはピーシェ。あ、良いかも。このピーシェは冷めてるって印象だったけど、今の右往左往していた感情は凄く良いかも…!

 

「…あの、セイツさん。その理由は二つ…の内容は説明しなくていいんですか…?」

「え?あ…いけない、うっかりしてたわ…。…というか、また凄い地の文の読み方をしてくるわね……」

「まぁ…慣れてますから」

 

 慣れているから、と返したディールちゃんの表情は苦笑い気味。イリゼから聞いているけど、何だかんだ一番関わっているのがこのディールちゃんらしくて、確かに彼女からは慣れが…イリゼと関わる事への慣れを感じる。実際わたしに対してはまだ少し壁を感じるけど、イリゼと話していた時は表情も柔らかくて…って、また理由の説明を忘れるところだったわ……こほん。

 ここが大規模な理由の一つ目は、種類を問わず多種多様な本を取り扱っているから。というのも、この図書館は街の各地から集めた、街並みや各建物の内装と共に存在していた『オデッセフィア時代の書物』を保管、展示する為の施設で、だから書物であれば大概は取り扱っている。流石に公序良俗に反するものなんかは一般公開していないけど、代わりに一般公開されている物の多くは、手に取って読んでもOK。だってオデッセフィア時代のあれこれが、そのまま再現されてるんだもの。街中を探せば、大半の本は複数冊見つかるし、だから展示用と保管用をそれぞれ確保出来るって事よ。

 

「皆、どう?面白そう、って思える本は見つかった?」

「あぁ、気になる本に出会えたぜ。この、『はじめにあったのは、こんとんのうねりだけだった』から始まるやつとかな」

「それは良かっ……そんな本あったの!?た、多分違うわよ!?違う所の図書館から持ってきてない!?」

「あ、セイツさん、もし場所知ってたら教えてもらえますか?地球(ほし)の本棚なんですけど……」

「勿論よ。それなら……いやないわよ!?絶対ないわよ!?それも違う図書館じゃないかしら!?」

「黒猫祭祀秘録……」

「だからないから!というか最早、それ魔道書じゃない!特にそれはない…って、思ったけど、よく考えたら二番目の方も相当突飛よ!?」

「流石イリゼさんの姉…突っ込みに余念がないですね」

「そんなところ評価されても嬉しくないわ……」

 

 グレイブ君、ビッキィ、エストちゃんによる三段構えの冗談(じょ、冗談よね…?)に、わたしは図書館だというのに全力で突っ込みを入れてしまう。加えて変なところをピーシェに評価されて、がっくりと肩を落とす。…皆が楽しんでくれてるならいいけど、こういう楽しみ方は想定してないわ……。

 

「昔の本を実際に読める、っていうのはいいわね…単に展示するよりも、手に取れる方が興味も持ってもらえるだろうし…。…あ、少し向こうの博物館も見ていいかしら?」

「大丈夫よ。…それにしても、イヴは凄く真剣に見てるわね。こういう場所は好きなの?」

「特別好きって訳じゃないわ。けど、私は色々知っておきたいの。私を頼りにしてくれた人の、支えになる為に」

 

 一度は変な流れになったものの、皆この図書館を物珍しげに回っている。その最中、わたしはイヴに呼び止められ、彼女の言葉に頷いた後問いを返す。イヴの言った、博物館…それは図書館と繋がっている施設であり、これがあるから施設の規模は大きくなった。単なる図書館じゃないのが、さっき上げた二つの理由の内の、もう一つ。

 そして、そうじゃない、と語るイヴの表情に籠っていたのは信念。強い思い。それはきっと、その相手を大切に思う気持ちと、だからこそ力になりたいっていう思いからなる、穢れのない感情で……

 

「はぁぅ…!…ちょ、ちょっとイヴ、この図書館には休憩スペースとして喫茶店も併設されてるの…い、今からそこでお茶しない…?ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから…!」

「……遠慮、しておくわ…」

「あぁんっ!その訳が分からない、って思いつつも引いてるような感情も素敵…!」

 

 湧き上がる衝動、その思いのままに気付けばわたしはイヴをお茶に誘っていた。それ自体は、つれない態度で断られてしまったけど…今の感情を見られただけでも十分だわ、十二分だわ…!引いてる感情っていう、おまけまでついてきたんだもの…!

 

「…ねぇグレイブ、僕はさっきから時々セイツさんが怖くなるんだけど……」

「なんか変だもんな。それより俺達も向こう行ってみようぜ?」

「ディーちゃん、さっきのは冗談だけど、魔法絡みの本はあったわ。読んでみる?」

「うーん…うん、折角だし読んでみようかな」

 

 そんなわたしのときめきを他所に、皆は思い思いに本を見たり、博物館の方に向かっている。…ちょっと安心するわね。国の事はよく知ってても、完全に初対面の相手に街の案内をするだなんて、流石にわたしも初めてだもの。

 

「…貴女は変な人ですね」

「だ、誰が変た……え、変な人?」

「え、今変態って言いかけました?」

 

 何となく、思考につられて表情が緩んでいた気がする中、不意に横からかけられた声。振り向けば、その声の主はピーシェで…しまった、ついいつもの調子で変態呼ばわりされたのかと思っちゃったわ…。

 

「こ、こほん。変な人に見えるかしら?」

「えぇ、とても」

「うぐっ…発言に遠慮がないのは、貴女も同じなのね……」

「何の事やら…。…とにかく、少し意外です。イリゼさんの姉というからには、もっとまともな…いえ、まともそうな印象を持つ人かと思ってましたから」

 

 まともそうな。そう言い直したところに、イリゼとピーシェとの関係性を感じるわたし。余程の相手じゃなければイリゼが険悪になるとは思わないし、別次元とはいえこの子はピーシェなんだから、仲が悪いって事は……って、うん?

 

「…さらっと流しちゃったけど、わたしのどこら辺が変だと…?」

「まぁ、強いて言えば……」

「強いて言えば…?」

「全部」

「全部!?」

 

 深く溜めてからの「全部」発言は、わたしの心にクリティカルヒット。わたしがメンタルダメージでよろめけば、ピーシェは「ふっ…」と小さく笑い、それから博物館の方へと向かう。や、やられた…この妙な強かさ、やっぱり彼女もピーシェな訳ね…。

 

(んもう…。……次は、どこにしようかしら…)

 

 窓際に行き、外を眺めながらわたしは思考。どんな風に回るかは出発前に決めたけど、決めたのは全体的な方向性であって、具体的な部分はこれまでも歩きながら決めていた。

 多分、先に全部決めておいた方が、案内する側としては楽。けどそうしなかったのは…わたしも楽しみたいから。その時々の思いを優先したいと思ったから。だって、これはわたしにとっても新たな『出会い』なんだもの。勿論皆に楽しんでもらう事が第一だけど…わたしだって、楽しみたいに決まってるわ。

 

 

 

 

 図書館でまったりとした時間を過ごす事一時間弱。その場を後にしたわたし達は、次の観光スポット…へ行く前に、遅めの昼食を取る事にした。

 

『おぉ……!』

「ふふん、どうかしら?…って言っても、これはお店が凄いだけで、わたしは凄くも何ともないんだけど」

 

 驚きの声を上げる皆と、わたしが胸を張れる事ではないと分かっていても、ちょっぴり良い気分になったわたし。皆の視線が向いているのは…このお店の看板メニューである、チーズフォンデュ。

 

「これがチーズフォンデュ…TVとかで見た事はあったけど、ほんとにチーズが噴水みたいに出てくるんだ…!」

「チーズフォンデュ…なんかちょっと懐かしいな」

「確かに…今となってはあれも良い思い…出、ではないかも……うん、今でもあれば微妙な思い出でしかない…(げんなり)」

「ははは…」

 

 興奮の眼差しを見せているのは愛月君で、早く食べてみたいと言った様子。一方カイトは何やら懐かしんでいて…何とも言えない顔をしつつも、それにディールちゃんが頷いていた。でも、他の皆は二人の発言にピンときていない様子。え…って事はまさか、前に二人でチーズフォンデュを食べた経験が…?

 

「にしても、チーズフォンデュ専門店なんて凄いわね。ここに来るまでにも『え、それの専門店なんて出来るの?』ってお店が幾つかあったし、神生オデッセフィアでは専門店に力を入れてたりするの?」

「えぇ、その通りよ。うちでは移住や企業の誘致の為に、色んな支援とか補助とかをしてるの。勿論延々と支援し続ける訳じゃないし、結局は個々の努力が必要な訳だけど……切っ掛けがあるだけでも、踏み出せる人は多いと思わない?」

「切っ掛け…あぁ、大事だよな。切っ掛け一つで人生が変わる事だってあるだろうしよ」

 

 少し真面目な顔をしたエストちゃんの問いに頷いて、わたしは語る。確かになぁ、とグレイブ君は腕を組んで、それからちょっと笑って愛月君の方を見ていた。…さてと、この話を掘り下げても良いけど…それをするにしても、まずはチーズフォンデュよね。

 という訳で、わたし達は挨拶をして食事開始。パンやお肉、野菜を串に刺して、流れるチーズをたっぷりをかけて…ぱくりと一口。

 

「んっ、見た目以上に濃厚で美味し♪初めて来たけど、このお店良いかも…」

「来た事ないお店に案内したんですか…けど、確かに美味しい…」

「もぐもぐ…ですね、もぐもぐ……」

 

 パンに絡んだチーズの濃厚な旨味。わたしの発言にピーシェはちょっと呆れてたけど、同じく美味しいと言っていて…隣のビッキィは食事に夢中。もしかして、食いしん坊キャラなのかしら。

 

「こう…あれだよな。これだけのチーズが流れてると、直飲みしたくなるよな」

「…まあ、ちょっと分かる」

「男の子、って感じの発言ね……あ、でも、これはうずめも言いそう…」

 

 これでもか、という位にチーズをかけたお肉を一口で食べたグレイブ君の発言に、ちょっとと言いつつカイトが同意。一方イヴは二人の発言に苦笑していて…あ、そういえば……。

 

「皆って、全員が面識ある訳じゃないのよね?」

「そうよ。っていうか、わたしは知らない人の方が多い位だし。その辺りは、イリゼおねーさんから聞いてないの?」

「個々の話は聞いてるけど、関係性までは流石に、ね。あ、因みに皆の話をしてくれた時、イリゼは皆との写真を見せながら、それはもう嬉しそうに教えてくれたのよ?」

 

 可愛い妹がご機嫌にしていた姿を思い出し、自然と頬が緩む。それを聞いた皆も、「へぇ…」とにまにました表情を浮かべる。ふふっ、皆笑顔になれてWIN-WINよね。…どこかから、「代わりに私は大負けだけどねっ!」…って声が聞こえた気もするけど。

 

「って訳で、皆の関係性を色々教えて頂戴。皆も知らない相手に対しては、気になる事とかあるでしょ?」

「なら、俺からいいか?俺はこの中だと、ディール以外は初めて会うな。向こうのメンバーなら、イリゼの他にもワイトさんとかそこそこ知ってる相手もいるんだけどさ」

「あら?エストちゃんとは知り合いじゃないの?」

「わたしだって、いつでもディーちゃんと一緒って訳じゃないわ。第一、別次元に『飛ばされる』なんていつも唐突だし」

「エスちゃん…」

 

 そう言って、肩を竦めたエストちゃん。その声音には、複雑そうな色があって…見つめるディールちゃんもまた、同じような表情をしていた。二人に一体何があったのか…それは分からないけど、並々ならぬ何かだって事は二人の様子からひしひしと伝わってきていて…でもその雰囲気を霧散させたのは、エストちゃん自身。

 

「ま、そんな話はどうでもいいってね。さっきも言ったけど、わたしが知ってるのは、この中じゃピーシェだけね。勿論ディーちゃん以外では、だけど」

「…ピーシェ様、お知り合いだったんですか?」

「イリゼさん達が来た時と、似たような事があってね。…そういえば、イオンさんは……」

「今回は来てないですけど、元気ですよ。…えと、わたしは…カイトさんとピーシェさんは知っていて、他の人とは初対面です」

「僕達が知ってるのは、ピーシェさんとビッキィさんだけだね。…一誠兄さんともまた会いたかったなぁ…」

「だな。ところで、ディールとエスト…だったよな?二人は……」

「そーよ。どうしても気になるって言うなら話すけど…長くなるわよ?」

「じゃ、いいや。…おっ、上手い事合わせると一口サイズのチーズバーガーっぽくなるな」

 

 雰囲気が変わった事で会話は繋がり、何となくそれぞれの関係性が見えてくる。少し意外だったのは、全員どころか大半の相手を知っている、という人すらいない事で……って、よく考えたらイリゼもイヴとは初対面なんだから、全員を知ってる人がいないのは当然だったわね。

 

「ふぅ…いい。上の方のまだ液体に近いチーズをかけるのも良いし、下の少し固まり始めたチーズで包むのも違う味わいがあって、全然飽きがこない……」

「あはは、前のオムライスの時もそうだったけど、ビッキィさんってほんとに美味しそうに食べるよね」

「オムライス…イリゼがピーシェとビッキィの次元に飛ばされた時の話?」

「パフェもだったが、あれは美味かったな。イリゼとズェピアが作って…ルナ達も手伝ったんだったっけ?」

「ルナと、うちのシオリね。…今思えば、原初の女神の複製体と吸血鬼の合作料理って……」

「というかイリゼさん、そっちでも料理担当してたんですね。わたしの時は…ルナさんや茜さんとカレーうどんを作ったんだったかな…」

 

 チーズフォンデュ専門店でする話?…というのはさておき、流れは料理と料理人の話題へ。どうもイリゼは色んな場所でその手腕を発揮しているらしくて…ふふっ、これは姉として鼻が高いわ。

 

「ありがとう皆、どういう繋がりがあるのかは大体分かったわ。それで、イヴは神生オデッセフィアに興味を持ってくれたから来た訳で……あ、なら皆は?単に誘われたから来たってだけ?」

「いーや、こっちに来てすぐの時も言ったが、俺は色々見たいものがあったからな。それに……」

「イリゼにリベンジの機会をあげないと可哀想、だっけ?ほんとグレイブは、バトルが絡むと色々遠慮がなくなるよなぁ…」

「リベンジ…リベンジといえば、わたしもイリゼおねーさんには返さなきゃいけない借りが幾つかあるんだったわ…どこかでちょーっと時間を作ってもらわないと。ね、ディーちゃん」

「え、わたしは別に……」

「イリゼ、色んなとこで色んな勝負してきたんだな…やっぱ俺も、もう一度…今度は、あの時より一歩でも……」

 

 自信満々で楽しみだ、とばかりの表情を浮かべるグレイブ君。ある種の貪欲さを伺わせる、勝ちへの意欲を見せるエストちゃん。純粋な、真っ直ぐな、ただひたすらに前を、高みを目指す者の瞳をしたカイト。三者三様の反応だけど、三人共芯のある思いを心の中で滾らせていて……

 

「んはぁ…♪いいわ、凄くいいわ…話を聞いた時からきっとそうだとは思ってたけど、本当に皆、煌めきのある心と感情を秘めてるんだもの…♪」

「…今この人、チーズを付けずにそのまま……」

「こう、まともな時とそうじゃない時の落差が凄いわね、貴女……」

 

 咀嚼中、チーズを付け忘れていた事をピーシェに言われて初めて気付く。けど、まぁそんなの瑣末事よ瑣末事。今の感情で、ご飯三杯はいけそうだもの。

 

「ところで愛月、さっきイリゼ『に』リベンジの機会を…って言ってたよな?なら、グレイブは……」

「うん。でも、それはチャンピオン対素人の、グレイブが勝って当たり前の勝負だったんだ。けど結構追い詰められたよね?グレイブ」

「相性的にはこっちが不利だったろ。それに…それだけイリゼが強かったって事だ。まあ俺の方が強いけどな」

「…なんか、ちょっとエスちゃんと気が合いそうな性格してるよね」

「そう?わたしはもうちょっと謙虚じゃない?」

「…………」

「む、無言は止めて…それはない、って言われる以上に何か刺さるから……」

 

 賑やかに、会話は続く。皆が同程度に話してるって訳じゃなくて、積極的に話したり訊いたりする人もいれば、どちらかというと聞き手に回っている人もいて…まあでもそれは、一人一人性格が違うんだから当然の事。

 会話が弾んでいるのは、まだ半日にも満たない関係のわたしでも分かる程、社交性の高い人が複数いるから。けど、それだけじゃない。弾む理由として一番大きいのは、間違いなく『イリゼ』っていう共通の話題が、友達があるからで……そんなイリゼが、少し羨ましい。

 

「……?セイツさん、そんなに長くチーズに浸してても味は……いや、待った。浸し続ける事でチーズを染み込ませて、更にその状態で上を流れるチーズを掛ければ、層になったチーズを味わう事も…そっか、そういう食べ方も……!」

「へ?あ、い、いや違うわよ…?試すのはいいけど、層になるかどうかは保証出来ないわよ…?」

 

 うっかり流れるチーズへ串を伸ばしたまま思考に浸ってしまった結果、妙な勘違いをされてしまった。…ちょっと申し訳ない…。

 

「はふぅ、そろそろお腹一杯かも…。それでセイツさん、次はどこに行くんです?」

「あー、っと…そうね、また少しお店を回って……うん。最後は少し、毛色の違う場所を案内しようと思うわ」

 

 一度串を置いて、わたしはある場所…ある地域への案内を提案。皆はわたしの含みのある言い方にきょとんとしていて…けれど構わない、とそれぞれに頷いてくれた。

 そうして十数分後。デザートという形で果物やクッキーなんかもフォンデュして、満足のいった昼食を終える。お店を出て、教会から離れていく向きで案内を再開。元々雰囲気が重かった訳じゃないけど、昼食とその中での雑談が皆の精神的距離を縮めてくれたようで、食後の道のりではこれまでよりも雑談が…他愛のない話が多かった。そして…わたしは、到着する。わたしが皆に、別次元や別世界から来た皆へ見せたかった、神生オデッセフィアのもう一つの姿を。

 

 

 

 

 神生オデッセフィアは、日々進歩する国。それは新天地として意欲を持って移住する人が多いからであり、四ヶ国は勿論四大陸の外からも人が来る分入る技術や知識の幅も広いからであり…何より、神生オデッセフィアがまだ未熟な国だから。日々進歩出来るのは、それだけ未発展の場所が多いから。ゲームだって、低レベルの方が高レベルより成長し易いでしょ?

 だから、日に日に神生オデッセフィアは、街は発展し、新しい景色が生まれていく。これは神生オデッセフィアだからこその日々。他の国にはない光景。──未熟な、未発達な、まだ豊かではない地域も沢山ある神生オデッセフィア故の、光と陰。

 

「ここよ。ここが皆に、見てほしかった場所なの」

 

 足を止め、振り返り、わたしは言う。続いて辿り着いた皆は見回して…数秒の間、沈黙する。

 

「…折角の案内の最後にこんな場所を選んじゃって、ごめんなさい。でも…これも、今の神生オデッセフィアの光景の一つだから」

 

 案内した、しようと思った理由を告げて、わたしも見回す。今ここにある光景を。道路があって、建物があって、自然もある…少し整備すればそれだけで生活出来るような、少し前まで人の営みがあったように感じられる……けれど誰もいない、誰も生活していない、寂しい街並みを。

 

「…なんかちょっと、不気味だな。ゴーストタウン、って言うんだったか?」

「き、君は本当に遠慮ないね…流石に今のは、私でも『いきなりそれ言う…?』って思ったよ…」

「って事は、同じように思ってはいたんですね、ピーシェ様……」

 

 分かっていた…というか、そう思われて当然とはいえ、それでもこうもはっきり言われると「うっ…」となる。いやほんと、当然の事ではあるんだけど。風化していないのに人の気配がないのが、逆に不気味さを増してる訳だけど…。

 

「はは…神生オデッセフィアには、こういう場所が複数あるの。こういう、街並み『だけ』がある地域が」

「神生オデッセフィアは、オデッセフィア…もう一人のイリゼさんが統治していた国の、再現がされた場所を利用して建国されたんでしたよね。…だから、こういう場所がある……」

「そういう事よ、ディールちゃん。この大陸に収まるよう縮小されてるといっても、今は人口より街の規模の方がずっと上。…歪な国でしょ?神生オデッセフィアって」

 

 成り立ちの時点で特殊も特殊なんだから、普通じゃないのは当たり前。人のいない街は、犯罪者の潜伏先としては格好の場所ではあるけど、そもそも浮遊大陸である神生オデッセフィアは物理的な入国難度が高いんだから、その点はそこまで問題にならない。

 それでもわたしは、これを良しとは出来ない。…いや、違うわね。良い悪いじゃなくて…この寂しさが、どうしても心に残るのよ。

 

「歪、ね…うん、少し分かるわ。人がいる場所は活気があるっていうか、やる気を感じられた場所だった分、同じ国の筈なのに、そうじゃない感じっていうか……ここを見てると、賑やかな場所も仮初めみたいに思えちゃう、そんな感じなんでしょ?」

「…どうしよう、あんまりにも以心伝心でぐっときたわ。エストちゃん、ちょっとこれから二人でお出掛けにでも……」

「行かないから、っていうかもうお出掛けの最中だし」

「ぁん、つれないんだから。…と、いうのは一旦置いといて…ここを見ていると寂しくなるし、エストちゃんの言う通り、少しだけ怖くもなるのよ。神生オデッセフィアが信次元第五の国じゃなくて、一過性のもので終わっちゃうんじゃないか…って」

「セイツさん……」

 

 軽く一蹴されたわたしはちょっぴりオーバーなリアクションを取り…それから表情を戻して、自分の心情を吐露した。

 それを聞いて、わたしの気持ちを慮るように愛月君が見つめてくる。…いけないわね、これだと皆に気を遣わせちゃうわ。それに…これじゃわたしが、不安になってるみたいだもの。

 

「ふふっ、心配しないで。わたしは泣き言なんて言う気はないし、神生オデッセフィアを一過性の国にもさせない、ここはイリゼが思いを込めている国で、オリゼの思いも籠ってる国で、何より願いと希望を持った人達が、夢への道を歩んでいく国だもの。だったら、それを守るのが、支えるのが、導くのがわたしの…レジストハート、セイツの使命よ。使命であり…わたしの願いってものよ」

 

 だから大丈夫なんだと、胸を張る。恐れはあっても、尻込みはしない。女神であるわたしが、歩みを止める訳がない。そしてこの気持ちが伝われば、皆もわたしに気を遣うなんて事は……

 

「…別に、そんな意気込む必要はないと思うけどね。私からすれば、ここには十分未来を感じるわよ?」

「え?」

 

 不意に投げ掛けられる、落ち着いた声。肩を竦めたイヴからの、平常心を伺わせる言葉。予想外の言葉に、わたしは目を瞬かせ…だってそうでしょう?とイヴは続ける。

 

「確かに街はあるのに人が全くいない、普通じゃない状態ではあると思うけど…逆に言えば、ここはいつだって、誰かが何かを始められる場所でもあるんでしょ?何かを始める為の準備が出来ている、そういう場所でしょ?」

「それは、まぁ…止まってはいるけど、インフラも存在自体はしてるし…」

「ならやっぱり、さっき貴女が言った、『切っ掛け』はちゃんとあるんじゃない。他の場所と、賑やかな場所と同じように。…少なくとも、全てが滅びに向かっていく、もう既に終わってしまったような場所よりは…『始まり』を感じさせるだけでも、ずっと違うって私は思うわ」

 

 始める準備は出来ている。だから切っ掛けもここにはある。イヴはそう語り、それから遠くを…ここじゃないどこかを見つめるような表情を浮かべた。

 

「俺もそれに賛成だな。寂しい感じだ、ってのは俺も思うが…最初は国中がそうだったんだろ?そっからセイツ達が頑張って、人が集まってきて、賑やかな街になったんだろ?ならここも、いつかはそうなる…かもしれないって、俺なら思う」

「…イリゼから聞いてたけど、本当に前向きね、カイト君って」

「そうか?俺は何が起こるかなんて何も分からない未来の事より、積み重ねてきた自負のある過去…ってか、これまでの事を考えた方が良いって思っただけだけどな」

 

 特別な事を言ったつもりも、よく考えて発言したつもりもない。そういう風に感じさせる、カイトの表情と声音。そんなカイトの姿を見て、わたしはイリゼが彼の精神性を絶賛していた理由を理解した。

 多分彼は無意識に、理由や根拠なんて必要なしに、心から前を向ける人物。だから自分が前向きだなんて自覚がないんだろうし…だから強い。心からの言葉だからこそ…こっちまで、前向きな思考になりそうな気がする。

 

「…まあ、大丈夫だと思いますよ。いつまでも順風満帆に進む国なんてありませんし、私はここに未来や希望を感じる、なんて言いませんが…イリゼさんは、この国の守護女神は、妥協なんてしないでしょう?何が何でも、意地と信頼を譲らない…立派で不愉快な、女神らしい女神なんですから」

「わ、辛辣…。…あの、セイツさん。こういう場所の事を、イリゼさんはどう思ってるんですか?」

「それは…どう、かしらね。わたしと同じように、このままで良いとは思ってないだろうし、こういう場所にも人の生活を、活気を生み出せるようにしたいと思ってる…んじゃ、ないかしら…」

「ですよね。…わたしも、大丈夫だと思いますよ。イリゼさんは、誰かを頼れる人ですから。頼って、自分も力を貸して、無理に思えた事でも乗り越えてみせる…それが、イリゼさんですからね」

 

 ピーシェとディールちゃん。女神の二人は、大丈夫だと言ってくれた。二人共、言葉の方向性は違って、そこにはイリゼへ対する思いの差とでも言うべきものもきっとあって……伝わってきた。あぁ、二人共イリゼの事をよく分かっているんだな、って。

 気付けば、エストちゃんやビッキィ、グレイブ君や愛月君…皆がわたしの方を見ている。皆を見て、わたしに向けられた視線を感じて……思う。やっぱり、良かったって。皆にここを見てもらって、見てもらえて、本当に良かったって。

 

「…ふー…これは想定外だわ。皆に街を見てもらって、神生オデッセフィアの凄さを知ってもらおうと思って案内してたのに、逆にわたしが皆の凄さを感じさせられちゃうなんて……」

「…セイツさんも、凄いと思うよ?…色んな意味で」

『確かに…』

「うっ、何かその同意には不服なものを感じるわ……こほんっ。それはともかく…こうもエールを受けちゃったら、大丈夫だろうって思われちゃったら、気張らない訳にはいかないわよね!」

 

 全会一致で愛月君の言葉に同意をされて、わたしはショック…ではあったけど、今はそんな事じゃへこたれない。それより、そんな事よりって、わたしの中には湧き上がる思いがある。

 そしてそれは、皆がわたしに抱かせてくれた思い。だからこそわたしは、募る思いを言葉に乗せて皆へと言う。

 

「ありがとう皆!わたしの思いはさっき言った通りだけど…皆と話して、一層その思いが強くなったわ!絶対にそうするんだって、心から思えるようになったわ!だから…楽しみにしていて頂戴。いつか必ず、ここも賑やかで、活気のある地域に変えて…今度はここを、皆に案内してあげるんだからっ!」

 

 ばっ、と見得を切るようにわたしは地面を踏み締めて、言い放つ。皆はわたしに思いをくれた。わたしの思いを燃え上がらせてくれた。ならわたしがするべきなのは、皆にしてあげられるのは、この思いを貫き、思いを果たし、皆のしてくれた事が価値あるものだと、意味ある行為だったと証明する事。やってやるわ、やってやろうじゃない。だって…わたしは、そうしたいんだもの!

 

「ははっ、良いなそれ。さっきセイツはカイトに前向きって言ってたけど、セイツも前向きじゃねぇか」

「そういうところ、イリゼさんの姉…って感じですね。色々違う部分も多いですけど」

「ふふふ、そうでしょ?わたしも前向きで、わたしはイリゼの姉なのよ。それがわたし、セイツよ?」

 

 頬を緩めたグレイブ君とビッキィの言葉に、わたしも笑って軽快に返す。

 一部とはいえ、皆に神生オデッセフィアを知ってもらう事が出来た。何となくでも、神生オデッセフィアがどういう国なのかは、ちゃんと皆に伝わったと思う。でも、それだけじゃなくて、皆にはわたしの事も…イリゼとは違う、殆どの人にとって初対面のわたしの事も、知ってもらえたって…今の言葉で、皆の表情で、わたしは感じた。わたしの事も、分かったのはまだ少しだけだろうけど…それは、わたしも同じ事。わたしも今日、皆の事を少し知れたし、これからもっともっと知っていきたい。

 そして…わたしは皆と、友達になりたい。ここにいる皆とも、イリゼが案内してる皆とも、イリゼの友達じゃなくて、わたし自身の友達として、皆と繋がりを築いていきたい。だから、友達になれるように……アタックをかけていかなくちゃよね!

 

「ね、皆。わたしは皆と、これから仲良くなっていきたいわ。だから……わたしとデート、してくれないかしら?」

 

 ばっちり決めた笑みと共に、右手を差し出す。今日はもう厳しくても、明日以降がある。まだ時間は、機会はある。だから皆をもっと知り、皆の感情に触れて、繋がりを紡いでいけるよう…わたしは皆を誘うのだった。

 

 

 

 

 

「…あ、因みにこの後、セイツおねーさんは普通に振られたわ。ま、当然よね」

「ちょっと!?な、なんで返答をぼかす形で終えようとしたのに、そんな事言うのよエストちゃん!後、別に振られてないわ!今回のデートは断られただけ、それだけなんだからねっ!」




今回のパロディ解説

・「〜〜皆のハートにレボリューション〜〜」、宇宙海賊
お笑いタレント、ゴー☆ジャスこと増井智宏さんの事及び、彼の代名詞的なフレーズのパロディ。確かに国を治める女神が革命を起こされたら駄目ですね。

・「〜〜『はじめにあった〜〜だけだった』〜〜」
ポケモンシリーズに出てくる街の一つ、ミオシティの図書館にある本の内容の一部のパロディ。…パロディです。ポケモンコラボしてる以上、微妙なラインな気もしますが。

地球(ほし)の本棚
仮面ライダーWの主人公の一人、フィリップの脳内にある図書館の事。脳内図書館なんですから、物理的にある筈がありませんね。

・「黒猫祭祀秘録……」
とあるシリーズに登場する、魔道書の一つの事。ですがもしかしたら、何かしらの魔導書はオデッセフィア(を再現された神生オデッセフィア)にもあるかもしれません。


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第四話 一日目はまだ続く

 本来ならば、第一話の時点で書いておくべき事でしたが…参加して下さっている皆様。各自のキャラの口調や他者への呼び方などに関して、「あ、ここはこうしてほしい」…のような要望を抱いた際には、お気軽にお伝え下さい。


 別次元や別世界から来た客人を、イリゼとセイツでそれぞれに案内する事で、彼女等を招待しての一日目は終わった。……と、表現すると多少の語弊がある。夜を一日の終わりと表するなら、間違ってはいないが…何も案内を終え、教会に戻れば後は休むのみ、などという訳ではない。

 即ち、案内の終了後は、一日目の終わりと同義という事ではない。皆と過ごす初日は、まだまだこれから…そういう事である。

 

「ねぇイリゼ。イリゼの部屋って、どんな感じなの?」

「あ、それわたしも気になるわ」

 

 組を二つに分けて街を回った一行は、それぞれに教会へ戻り、リビングで合流した。もう一組の側は、どんな所に行って、何をしてきたのか…合流してからの話は専らそれで、その会話がひと段落したところで、ルナがイリゼへと尋ねる。そしてイリゼが返答するよりも早く、エストがそれに反応し…二人以外からも、ちらほらと興味の視線がイリゼに向かう。

 

「…見てみたい?」

『勿論』

「そっか、なら先に案内しようかな。どっちにしろ場所は教えるつもりだったし、紹介しておきたい子達もいるし」

 

 二人からの即答を受け、イリゼは案内する事を決定。私の私室と執務室は知っておいてもらった方が良いだろうから、という思考の下で全員に声を掛けて、イリゼはソファから立つ。

 

「イリゼさん、紹介しておきたい子というのは…?」

「それは会ってのお楽しみ、だよ。あ、でも怖がりな子もいるから、驚くだろうけど大きい声を出したり、ましてや攻撃しようとしたりはしないでね?」

 

 廊下を進む中で、イリゼはビッキィの問いに答え…たものの、訊く前よりもビッキィはきょとんとした顔に。

 されどそれも、求められた答えは言ってない上、ヒントでもない情報だけは発した事を考えれば当然の事。そういえばこんな感じの事、前にも言ったなぁ…と思いながらイリゼがグレイブ、愛月を見れば、二人は全部分かってる様子で楽しみそうな顔をしていた。

 

「さて、到着っと。ここが私の部屋だよ…って言っても、中に入らなきゃ感想も何もないよね。ちょっと待っててくれる?」

「いいよいいよ〜。さてと、入る時はこれを持って……」

「突撃隣のイリゼ部屋…って、何妙な事を書いた巨大しゃもじを用意してるんですかネプテューヌさん…。…いやどこからそんな物持ってきたんです!?いつの間に!?」

 

 イリゼが部屋に入る間際、聞こえてきたのはピーシェの二段階突っ込み。そ、そんな物をどこからか用意してたのか…と内心狼狽しながらイリゼは入り、準備をし…数十秒後、もう一度廊下へ。

 

「さ、それじゃあ皆…ようこそ、私の部屋へ」

「おっじゃましま……おぉぉ!?」

 

 扉を開き、横へと移動しイリゼは部屋への道を開ける。やはりというべきか、一番乗りはネプテューヌで…入った直後、ネプテューヌが上げたのは驚きの声。ルナやエストを始めとする、興味を示していた面々も次々と入っていき…すぐに驚く。イリゼの思った通りに、予想通りに。

 

「ぬ、ぬらら……!?」

「ちる〜…ちる!ちるっる、ちるる〜!」

 

 驚く皆の視線の先、そこにいたのはイリゼの家族。家族ながら、見た目はどう見てもモンスターなライヌちゃんと…そもそも本来は信次元の住人ですらないるーちゃん。続々と入ってくる面々に、ライヌちゃんはぶるぶると震え、るーちゃんは興味の浮かんだ表情を浮かべた後、見覚えのある相手を見つけてその場から飛び立つ。

 

「よっ、久し振りだなるーちゃん。…って言っても、俺達的にはちょっと振りなんだけどな」

「ちちる!ちーる、ちるぅ〜!」

「ふふっ、るーちゃんはほんとにふわふわだね。ライヌちゃんも、ちょっと振り〜」

「ぬら…ぬらぁ……!」

「あっ……うぅ、やっぱりまだ駄目かぁ…」

 

 楽しげにるーちゃんは二人の周りを飛ぶ一方、ライヌちゃんはイリゼが部屋に戻るや否や彼女に駆け寄る。イリゼの脚の後ろに隠れ、びくびくしながら来客達の様子を伺う。そんな状況に対し、一行の殆どはぽかーんとしており…次に動いたのは、イリスちゃん。

 

「るーちゃん、ライヌちゃん、また会えた。…ライヌちゃん、おいで」

「ぬ、ら…?……ぬらっ」

「え?わっ…さっきまで凄く怯えてた……ら、ライヌちゃん?…が、すーちゃんには躊躇いなく近寄ってる…」

「人を襲わないモンスター…けど、海男達とも違う…?」

 

 おもむろに近付くイリス。これまでとは一転して、怖がる様子がなくなるライヌちゃん。そうしてイリスがライヌちゃんを抱き上げると、ライヌちゃんは素直に抱かれて…また全員から、それも今度は「おぉー…!」という類いの驚きが上がった。予想外の光景に、茜は目を丸くし、イヴは知人…否、知モンスターとも何か違う、と疑問を抱く。

 

「…イリゼさん、このモンスターは…スライヌ、ですよね?というか、モンスターですよね?」

「そうだよ。でも見ての通り、人を襲ったりしないし、それどころか極度の怖がりでね」

「信次元には、こういう人を襲わないモンスターが極稀に現れるらしいわ。…まあ、世の中には人を襲わないどころか、会話が出来たり人や女神に協力したりするモンスターもいたりするけど、ね」

 

 全員の気持ちを代弁するようにピーシェが問えば、まずはイリゼが回答。続いてセイツも解説をしつつ、ライヌちゃんを撫でようとする…が、すると途端にライヌちゃんは緊張の面持ちへと変わってしまい、まだわたしにも慣れ切ってはくれてないのよね…とその場でがっくり肩を落とす。因みにその最中、アイとイヴは「それって…」と顔を見合わせていたが、その後の思考を中断させたのはもう一方のモンスター。

 

「ちるー?ちるちるち、ちるーち?」

「おおっと、こっちの…るーちゃん?…は、人懐っこそうな感じッスねぇ。見た事ないッスけど、この鳥もその、人を襲わないモンスターッスか?」

「いいや、るーちゃんは前にイリゼが俺達の世界に来た時、イリゼについてったんだよ」

「だからるーちゃんは信次元じゃなくて、僕達の世界の出身なんだよね」

 

 ぱたぱたと棉の様な翼をはためかせ、興味津々な様子で一行の周囲を回るるーちゃんを見て、今度はアイが尋ねる。その問いには、グレイブと愛月の二人が答え……

 

「…………(あれ、こんな感じのモンスター、ポシェモンで見た事ある気が…)」

「…………(前に行った世界の中で、似たようなのを見た気がするわね…ポケモン、だったかしら…)」

「…………(…見た事ある…ってか、チルット…だよな…?え、って事は…グレイブと愛月は、ゲームの世界の住人なのか…?)」

「…………(うーん、ポケモンが実在する世界がある事は、二人と出会った時点で理解していたが…まさかイリゼまでとはね!というかこのチルット、色違いじゃ…?)」

「はっ…何か今、わたしとかネプギアとかいーすんとかにも該当する思考が出てきた気がする!」

 

 主に可愛らしい生物だ、やそんな経緯があったのか、という感想を各々が抱く中、四名程大分方向性の違う事を考えていた。ディール、エスト、カイト、ズェピアと、まるでグラデーションの様に内心での驚きが増大していた。

 

「そうだイリゼ、折角だし皆をるーちゃんと会わせてやってもいいか?」

「いいよ…って言いたいところだけど、それは別の部屋でもいいかな?…ほら、今だと流石に部屋の中が狭くなり過ぎるからね……」

「皆?…という事はグレイブ君、君もこのようなモンスターを?」

「あぁ、俺も愛月もポケモントレーナー…えーっと、こういう生き物を捕まえて、一緒に色んな事をしてる人間だからな」

(ポケモントレーナー…やっぱり二人はあの世界の住人なのか…。……そういえば、ズェピアさんも確か…なんだったかな、ワラキアの……)

「うん?どうかしたのかなカイト君」

「あ、いや…そのマント、リーチが長かったり、実は当たり判定があったりします…?」

「…いやいや、何を言っているのかな君は。ゲームじゃあるまいし、マントに当たり判定なんてある筈ないだろう?」

 

 また別の問いをワイトが口にし、グレイブがそれに答える中、カイトとズェピアもまた会話を交わす。何とも言えない表情をしたカイトの発言にズェピアは肩を竦め、返しを受けたカイトは記憶違いだろうか、と釈然としない思いを抱きながらも一応は納得。……その後ひっそり、「ビビった…」という声が漏れたのだが、その声は誰にも聞こえていないのであった。

 

「本来外敵であるスライヌに、別次元のモンスターか…芯が通っていると言うべきか、我が強いと言うべきかは分からないが…ほんと、イリゼはイリゼだな」

「…どっちも合っているんでしょう。芯も我も強い…何ともイリゼさんらしいじゃないですか」

「はぁん…!影君とピーシェによる、イリゼへと向けるちょっと冷めた感情のダブルパンチ…!けれど一方は穏やかで苦笑気味な、もう一方はちょっぴり俯瞰するような思考から生まれた、似てるけど違うイリゼへの思い!この不意打ち的感情の発露、素敵ぃ…!」

「あははー、せーちゃんは面白い事言うね。けど、えー君が魅力的だからって、惚れちゃ…駄目だよ?」

「…か、会話の流れが全く分からない…まさか、別次元ではこれが普通……」

「じゃないッスよー、ビッキィ。茜はそういうキャラなだけッスし、セイツの事は…まだよく分からないッスけど、多分ネプテューヌと同じで常に思考のアクセルをベタ踏みしてるだけッスからね」

「ふふん、思考のアクセルはベタ踏み一択、ネプテューヌです!……あれ、これわたし褒められてる?」

 

 人数の多さ故に、ふとした事でもやり取りは生まれ会話が広がる。来客を恐れず、興味津々な様子を見せながら飛び回るるーちゃんに心惹かれたのか、初めにディールが、続いて女神達が戯れ始め、ほんわかとした雰囲気が広がっていく。

 

「イリゼ。この子が、ライヌちゃんだったんだね」

「え?…あ、そういえば……」

 

 そんな中、イリゼの隣へと移ったルナは、イリスに撫でられているライヌちゃんを見ながらイリゼへと言う。言われたイリゼは初め、不思議そうな顔をしていたが…数秒後、思い出す。ルナとは、ひょんな事から一度、ライヌちゃんに関わるやり取りをした事があった、と。

 

「ライヌちゃん、可愛い?」

「勿論。ルナこそ、エル君は可愛い?」

「うん、とっても」

 

 端的なやり取りを交わして、二人は微笑む。それ以上の会話はない。しかしそれでも、心を通わせたモンスターがいる、という共通点で、イリゼとルナは通じ合っていた。

 

「あ、それはそうとイリゼおねーさん。あれっておねーさんのぬいぐるみよね?なんで自分の部屋に、自分のぬいぐるみがあるの?」

「あー、あれは…愛月君が作ってくれたんだよね」

「ははぁ、だから他のぬいぐるみと一緒に飾ってある訳ッスね。…この出来栄え、プルルートとも良い勝負出来そうッス」

「このレベルのぬいぐるみを全員分作ってくれたんだから、大したものだよね。…そういえば、今日回ったお店の中にも、こういうのの専門店があったっけ…」

 

 大したものだ。ピーシェからのその言葉に愛月は照れ、それから照れ隠しをするように、「そういえば、前のイリゼの部屋よりぬいぐるみ増えてるよね」と幾つも飾ってあるぬいぐるみ、その数について言及する。そこからはぬいぐるみを幾つも飾ってある事に話の中心は変わり、それを「可愛い」と評された事で今度はイリゼが照れて赤面。

 

「あぁっ、照れてるイリゼもいいわ…!ナイス、ナイスよ皆…!」

「君は本当に愉快な性格をしているね。ゲイムギョウ界女神というのは、往々にしてこうなのかな?」

「いえ、流石にそんな事は……」

「…そんな事は?」

「…はは……」

 

 返答の代わりに、誤魔化すようにワイトが零したのは乾いた笑い。ない、とは言えないのか、とズェピアは察し…自分の主を含め、とても「ない」とは言えなかった…どころか思えなかったワイトは、「すみませんブラン様…」と何とも言えない表情になりつつ内心で謝っていた。

 

「にしてもあれだよねぇ。人数が多過ぎるせいで、こういう時の定番イベントである部屋荒らし…じゃなかった、隠してる物探しが一向に発生しないのって何気に凄いよねぇ」

「どこが凄いのかは分からないけど、女神様の部屋を荒らしたらそれはもう犯罪なんじゃないかな…」

「落ち着いてルナ。女神じゃなくても人の部屋を荒らしたらそれは犯罪よ」

「イヴさん、ルナはこれが素なんです。イリゼさん程アレじゃないだけで、ルナもそこそこ『しっかりしてるようでしっかりしてない』系の子なんですよ」

『しっかりしてるようでしっかりしてない系って何!?』

「しっかりしてるようでしっかりしてない、か…。…………」

「あ、今えー君『茜は逆に、しっかりしてないようでしっかりしてる系かなぁ…後、アイもそんな気がするな』って思ったね?」

「さらっとそこまで読めるの恐ろしいッスね……え、というかウチ、地味にdisられてないッスか…?」

 

 ネプテューヌの言葉通り、部屋そっちのけで会話が四方八方へと展開を続ける。暫くし、漸く(?)一行の興味が部屋に戻ってからも、幾度となく脱線をして全く進まない部屋紹介。されど部屋の場所を伝える事、ライヌちゃんとるーちゃんの存在を教える事、それが済んだ時点でイリゼは目的をほぼ果たしていたという事もあり、イリゼはあまり気にせず皆との会話を楽しんでいた。

 

「けどほんと、女神はあんまり神…って感じないよな。強いし、心から凄いって思える場面は色々あるけど、こう…良い意味で、親しみ易さがある…というか」

「確かに部屋の内装は、見た目相応だものね。けれどカイト君、世の中には親しみ易さなんて微塵も感じられない…それこそ人の価値観なんて欠片も通じない神だっている。それは覚えておいた方がいいよ」

「ゲイムギョウ界だって、犯罪神がいますしね。…ところで…イリスちゃんは、一体何を…?」

 

 部屋を知り、カイトが親しみ易いと口にすれば、違う世界にはそうではない神もいるのだとズェピアが伝える。ディールも犯罪神の事を実例に上げ…それから怪訝な顔をして、イリスを見やった。そして、問われたイリスはといえば……

 

「ぬら…ぬらら……」

「ん」

「ぬら?ぬらぁ〜」

「…………」

「……!…ぬ、ぬらら……」

「ライヌちゃん」

「……?ぬらぬら〜♪」

 

 一行の方を向き、ぷるぷると震えるライヌちゃん。くるりと自身の方を向かせるイリス。途端に表情が緩むライヌちゃん。何を思ってか一行の方は向け直すイリス。また震え出すライヌちゃん。再び自身と向き合う抱き方に直すイリスちゃん。やはりその瞬間から緊張が緩むライヌちゃん……と、何ともよく分からない行動を繰り返していた。その行為の意味は、女神のみぞ知る…ではなく、イリスのみぞ知る事である。

 

 

 

 

 賑やかな街探索、部屋紹介を経ての夕食。別次元や別世界からの客人との最初の夕食という事で、イリゼが選んだのは教会の一角を使ってのバイキング形式だった。

 やはりと言うべきか、夕飯の間も一行は大いに談笑。そして夕食を終え、入浴も経て…また一行は、リビングに集まっていた。

 

「えぇっ!?これだけの美男美女が揃ってるのに、お風呂のシーンはないの!?」

「ふふ、知らないのかなネプテューヌちゃん。このシリーズって、実はお風呂のシーンがあんまりないんだよ?」

「っていうか、自分で美男美女って言っちゃうんだネプテューヌお姉ちゃん…」

 

 いきなり突飛な発言をするネプテューヌへ、慣れた様子で茜と愛月が言葉を返す。他の者…このネプテューヌとは今日初対面の面々も「相変わらずだなぁ」という反応をしている事からも分かる通り、『ネプテューヌ』の基本のテンションはどこでも変わらないものである。

 

「にしても、まさかここにまた全員揃うなんて…」

「さっきまであれだけ賑やかだったのに、もうお風呂も済んだからって部屋で一人…っていうのは寂しいって、皆思ったんじゃない?っていうか、愛月さんもここに来た一人でしょ?」

「それは、まぁ…うん。…あ、というかエストさん。僕の事はさん付けじゃなくても大丈夫だよ?別にさん付けでも大丈夫だけど」

「あ、そう?だったらそうさせてもらうわね」

 

 賑やかだった分、基本一人となる個々の部屋、割り当てられた部屋に行く事に寂しさを感じたからだろう。その発言に、内心で数人が同意を示し…それを感じ取ったのか、愛月、それに他数名と呼び方に纏わる会話をした後エストはイリゼの方へ振り向く。

 

「って訳でイリゼおねーさん、今日は一緒に寝ない?ディーちゃんもそっちの方がいいでしょ?」

「え?…まぁ、嫌じゃない…けど」

「あ、それ私も賛成!前の時みたいに、布団敷いて皆で寝ようよ!」

「前の時…あぁ。なんかちょっと懐かしいですね」

「うん、同感だよ。あの時は…私の話に付き合ってもらったね」

 

 エストの提案に、茜が賛成。前の時という言葉から、カイトとワイトもその時の事を思い出し…提案されたイリゼは少考。

 

「うーん、そうだね…この人数だと、広間にした方がいいかな?」

「おや?イリゼ君、男女別々にはしないのかい?」

「あー、っと…流石に分けようか、うん。でも早々に分かれるのも味気ないし…もう暫く、皆で話そっか」

 

 という訳で、布団を敷く為イリゼは教会内にある広間の一つへ。各々が協力した事で準備はすぐに済み、一行はリビングへと戻って、さぁ話を再開しよう、という雰囲気になったのだが……一度途切れた事で、次なる話題に行き詰まってしまう。

 

「なんか急に話が続かなくなったな…さっき言ってた『前の時』は、どんな話してたんだ?」

「それは…あー……」

『……?』

((男女混合で恋バナは、ちょっと…ねぇ…?))

 

 そういえば…と言うように訊いたグレイブに対し、ルナが答えようとする…が、途中で止まる。同時に何とも言えない表情を浮かべたルナに対し、皆は怪訝な顔を浮かべ…その場にいた五人、ルナとイリゼ、ディール、茜、アイの五人は、それと同じ話題をする訳にはいかないだろうと肩を竦め合っていた。

 

「えーっと…じゃあ、二人の方は?ワイトが付き合ってもらった話っていうのは?」

「俺達が飛ばされた空間に対する話、だったな。何かおかしい、ただの別世界とか、見知らぬ場所…って訳じゃなさそうだって話をしたんだよ。…そういや、ワンガルーは元気かな……」

「元気なんじゃないッスかねぇ。何となくしぶとそうなぬいぐるみだったッスし……って、イリゼ?」

「…あ、えと…どうしようこれ、やっぱり伝えた方が良いかな……」

 

 仕切り直すように、今度はセイツが質問。そこから会話は派生し…イリゼは一人、何とも複雑そうな表情に変わる。だが、すぐにイリゼは注目を集めてしまった事に気付き、話題を逸らす。

 

「そ、そういえばイリスちゃん!今日一日振り返って、何か気になる事はあったかな?今は皆が集まってるし、気になる事を訊くなら今だよ?」

「気になる事?…んと…ある。アイと、ワイト、ブランの匂いがする。それは、何故?二人は、ブランと仲良し?」

「に、匂いって…イリスちゃんはおね…ブランさんの匂いを認識してるの…?」

「…匂いと言えば、わたしの知ってる超次元のロムちゃんは、自分の姉と神次元のブランとを、おんなじにおい、って言ってたわね」

『え……?』

 

 何気ない表情でセイツが口にした、衝撃(?)の発言。その言葉にディールは固まり、エストも「え、分かるの…?」とばかりの表情でディールを見やり…い、いやそれはわたしじゃないからね!?わたしは分からないからね!?…とディールは全力で否定していた。そんな様子に、他の面々は苦笑していた。

 

「まあまあ落ち着くッスよディール。ブランちゃんの良い匂いは、分かる人には分かるものッス」

「あ、アイさんは分かると…!?」

「はっはっは、冗談ッス。けどまぁ、ウチからブランちゃんの匂いがするとしたら、それはイリスの言う通り、ウチとブランちゃんが大の仲良しだからッスね!」

「私の場合は、近衛の立場柄ブラン様と接する機会が多いから…かもしれないね」

「このえ…?」

「あー、カロス地方の街の」

「それはクノエでしょグレイブ…」

「アーチャーのクラスカードを触媒にしてたり、気まぐれな堕天使だったりするあの…」

「それはクロエですピーシェ様…」

 

 ディールを軽くからかった後にアイが、続けてワイトがイリスに返答。近衛、という言葉にイリスが小首を傾げれば、まぁそうだろうね…と肩を竦めた後にワイトは更に返答をする。

 

「近衛というのは、君主…国のリーダーを守る人や、チームの事を言うんだよ。私の場合は、ただ守るだけじゃなくて、一緒に戦ったり、問題を一緒に何とかしようと考えたりもするけどね」

「ブランは、女神で、国のリーダー。ブランを守ったり、一緒に戦ったり、考えたりするのが、ワイト。守る、戦う、考える……はっ」

「…分かったかな?」

「つまり、ワイトはブランのナイトさま?」

「な、ナイト…?」

 

 はっ、と合点がいったような声を出したイリスに対し、身を屈めて視線を合わせたワイト小さく笑う。屈強な外見とは裏腹の、優しげなワイトの物腰に皆も穏やかな気持ちとなり…しかし次なるイリスの発言により、ワイトは目を丸くした。

 

「違うの?」

「ち、違…うっ……(これは、童話好きな子供の無垢な瞳…!ひ、否定し辛い…)」

「くくっ…いいじゃないッスかワイト。ワイト程の男なら、ナイトとしてブランちゃんを任せられるッス」

「うんうん、ワイト君は誠実だし頼れる大人、って感じだもんねぇ」

「アイ様もイリゼ様も乗らないで下さい…!お二人共ふざけ半分なのは口元で分かりますからね…!?」

「ナイト…ナイトのワイト…ナイトオブワイト……」

「詰まらないですネプテューヌさん」

「ピー子酷い!」

(その逆だと俺も似たような感じになるなぁ…)

 

 じっと見つめられてワイトが口籠れば、アイとイリゼが口を端をひくひくとさせつつナイトを推す。しかしこれは不味い、と収拾が付かなくなる前にワイトが「ナイトとは少し違うんだ、すまないね」と言うと、割とすんなりイリスは納得し……それからくるりと振り向く。

 

「あら、今度は影?彼からも匂いがするの?」

「いや、俺は……」

「する。でも、ちょっとだけ。…影は、昔ブランと仲良しだった?」

「……っ!」

 

 何気無くイヴが訊けば、イリスが首肯。そしてそのまま、影にも訊き…息を呑んだのは、茜だった。ただ、仲良しなのかと訊いたのではない、『昔』という言葉を含んだ問いに表情を崩し…問われた影より先に、言葉を返す。否…返そうと、する。だが……

 

「え、えっとねすーちゃん、それは……」

「…あぁ、昔は仲良しだったさ。凄く、仲が良かった。けど、色々上手くいかなくて、なのに自分で全部何とかしようとして…どうしようもない位、ブランに迷惑をかけてしまったんだ。もし、今の俺をブランが見たら、怒って…それから呆れるだろうな。全く、貴方は困った男ね…って」

「そう。なら、次に会った時は、ちゃんと謝るといい。謝るのは、大事。ブランは優しいから、ちゃんと謝れば、きっと許してくれる」

「……そうだな。次に会えた時は…そうしなくちゃ、な」

「えー君……」

 

 ぽふり、とイリスの頭に手を置き、静かな声でそう返す影。その影を茜は見つめ、イリスはよく分からないという雰囲気を醸しつつも「その方が良い」と答え…やり取りは、終わった。

 

「…………」

「…………」

「…え、えーっと…そうだイリゼ!匂いといえば香水、香水といえば女の子!女神なイリゼはどんな香水をお使いに……」

「──イリゼ、影とブランとの交流の場を作るわよッ!何が何でも、何があろうともッ!」

「なんか変なスイッチ入ってる!?い、いやせーちゃん、それは色々と無理が……」

「無理など女神の前では障害足り得ない!それが精神に起因するものなら、私が覆そう!物理的な事であれば、私が切り開こう!必要とあらば、我が名において信国連艦隊の派遣も辞さない!そして概念が邪魔をするのなら、奇跡で以って創り変え……」

「ぜーちゃんまで!?お、落ち着こうね二人共!後、シリーズ本編で出てきてないであろう連合艦隊的なのを、こんな場で出そうとするのもどうかと思うよ!?」

 

 何となくだとしても、全員がただの喧嘩や仲違いではないのだと感じたのだろう。それ故に話は途切れ、雰囲気に重さを抱いたルナは別の話題を振ろうとした……が、その時イリゼとセイツは燃えていた。放っておいたら本当に国レベルでの何かをしそうな程に、思いが燃え盛っていた。これには茜も目を白黒とさせ…他の面々、特に女神達は二人に嘆息。

 

「…いや、まぁ…イリゼさんらしいと言えば、らしいけど……」

「なんかイリゼおねーさん、会う度尖った性格に変わっていってる気がするわね…セイツおねーさんは言うまでもなさそうだし……」

「…この国、大丈夫かな…トップがこれだと、プラネテューヌとは別方向で独特過ぎる国になりそうな気がしてきた……」

「お?心配してあげてるんッスか?やっぱりちょっと冷めてる感あっても、ピーシェはピーシェなんッスねぇ」

「う……あ、呆れてるのは事実、です」

 

 流石に放置出来ない、と茜他数名がイリゼとセイツのクールダウンを図る中での、女神達の会話。にやりと笑ったアイの発言に、ピーシェは目を逸らしながら反論をし…ま、それは同感ッスけどね、アイも返した。

 

「なんかどんどん話が飛ぶよなぁ。今の話の前は何話してたんだっけ?」

「赤と紫のどっち買った?どこまで進んだ?って話じゃなかったっけ?」

「凄くタイムリー!そしてグレイブ君と愛月君がいるから、なんか色々微妙なラインのネタになってそうな気がするよ!?」

「随分とメタを気にしない発言だねルナ君…これもこの次元、いやこの世界の影響かな?」

「そう言うズェピアさんも、全然気にしてないですね…って、あ…わたしもだ…何これ、指摘の無限ループ……?」

 

 グレイブとネプテューヌの発言から続く、三度の突っ込み。その三人目、ビッキィは妙な部分に戦慄をし、聞いていた面々もそれには何とも微妙な顔に。

 しかし結果的にとはいえ、重かった雰囲気は完全に霧散。代わりに他愛のない話が次々と生まれては続き、雑談で夜は更けていく。

 

「ふぁー、ぁ…」

「いや、それより俺は…っと、もう愛月が眠そうだな。グレイブはまだ大丈夫か?」

「大丈夫かどうかって言われたら…眠い」

「ま、もう子供は寝る時間だものねー。…イリスなんてもう、ぼーっとしちゃってるし」

「では、そろそろお開きにしましょうか。恐らく明日以降も色々と計画して下さっているであろうイリゼ様達の為にも、寝不足になるのは宜しくないですし」

「そうですね…(良かった…わたしもちょっと眠かったけど、言い出すのは少し恥ずかしかったし…)」

 

 周りを見回し言ったワイトの言葉に、ぼーっとしているイリスを除いた全員が首肯。それからイリスを誰が布団を敷いた部屋に運ぶか、という話になったものの、寝惚けた彼女が立ち上がり、「…ロム、ラム、もう寝る…?」と尋ねた事を受けて、肩を竦め合ったディールとエストがそれぞれ手を繋いで連れて行くという事に決まった。

 

「…夜、といえば……」

「おや、何かなイヴ君。吸血鬼とて、朝に起きて夜寝る事もあるものだよ。夜に起きて昼に寝る人間がいるように、ね」

「あ、そうだ。男の子の皆、えー君は寝起きがどうしようもないレベルで悪いから、起きそうにない時は放っておいてね?」

「あぁ……寝起き、寝起きかぁ…」

『……?』

 

 リビングから部屋へと移動する最中も、当然のように会話は続く。その最中、イリゼは不意に遠い目をし…同時に浮かんだ、何とも複雑そうな表情を見て、周りは小首を傾げたのだが、イリゼがそれについて話す事はなかった。…というより、注目されている事に気付いていなかったようである。

 

「それじゃあ皆、ゆっくり休んで頂戴。何かあったら…いや、国の中心である教会で何かあっちゃ不味いんだけど、とにかく私かイリゼを起こしてくれればいいわ」

「照明の調子が悪くなった、空調の付け方が分からない等でも呼んでくれて構わない、という事だろう?分かっているよ、セイツ君」

「…まぁ、それだけの為に女神様を起こす、というのは気が引けますけど…ね」

「あはは、確かに……」

 

 頬を掻くワイトの発言に、苦笑しながらルナが同意。言われてみればそれもそうか、とセイツ自身もこれには苦笑し、そうして一行は男女それぞれで別れて部屋へ。

 

「ほれ愛月、布団入って寝ろー」

「そうする…じゃ、皆もお休み……」

「あぁ、お休み愛月君。グレイブ君も、無理せず寝るといい」

「そうさせてもらうよ。…よいしょ、っと」

 

 真っ先に愛月が布団へと入り、グレイブもワイトの言葉に頷き腰を下ろす。そうして残ったのは、大人三人に青年一人。

 

「この二人は、親友…ってか、ちょっと兄弟っぽくもありますね」

「兄弟、か…。…………」

「…ふむ、君は人間関係で色々と古傷があるようだね。いや…今回の面々を考えれば、君『も』と言うべきかな」

「…その中には、自分も含めているのか?」

「ふふ、どうだろうね。だが一先ず、この話は止めにしよう。折角さっきまで愉快だった雰囲気が、ここまで来て冷えてしまうのでは興醒めにも程がある」

「別に俺も、話を広げようとは思ってない。というか変に話を広げていると、イリゼはともかく姉の方が察して飛び込んで来そうな気がする…」

「いや、幾ら女神様とはいえ、そこまでの事は……」

((…ありそうだから困る……))

 

 まるでイリゼの部屋でのやり取りを再現するかのように、また途中で言葉の止まったワイト。しかも今回は、四人全員が同じ事を考えていた。イリゼと違い、まだ各々との交流が少ない筈のセイツだが…妙な部分は、既に全員から理解されていた。

 

「ま、まあともかく、我々も寝るとしましょう。電気は消しても?」

「構わない。ここは広いし、何かしたければ奥だけ電気を付けて、そこに移動すれば良いだけだしな」

「必要なら、個人用のフロアスタンドを用意するよ?」

「うおっ…ズェピアさん、今どこからそれを…?」

「ちょっとした能力さ。爆発したりはしないから安心するといい」

「…フロアスタンドを作り出す能力…?」

「な訳なかろう。そんなピンポイント過ぎる生成能力は、どこぞの手から和菓子を出せる力だけで十分だよ」

「…というか、起きてたんだなグレイブ」

「いやそりゃ、うとうとしてる訳でもなかったら横になって数十秒で寝るとか出来ないって」

 

 むくりと起きたグレイブにカイトが声をかけ、手を横に振りながらグレイブが返答。その後またグレイブは横になり…起きていた四人も各々のタイミングで身体を休める。

 人数の少なさと面々の性格故か、男性側は比較的静かな雰囲気で就寝へと入っていった。しかし、やはりというべきか女性陣はそうでもなく……

 

「くしゅん!…誰かわたしの話でもしてたのかしら…どこかでわたしの存在が誰かの心を揺らしてたのなら、光栄だわ……!」

「下手な発言かと思いきや、凄い独特な発言してるねセイツ…ねぇイリゼ、こういう姉だと面白いけど毎日大変だったりするんじゃない?」

『…………』

「止めて!?全員で揃って『えっ、ネプテューヌがそれ言う…?』みたいな反応するのは止めて!?全員でやられると、流石にわたしも傷付くよ!?」

「ネプテューヌちゃん、イリスちゃんが起きちゃうから静かにねー?」

「うっ…ごめんなさい……」

 

 布団の上に座る者、仰向けとなり、頬杖を付いている者…それぞれ体勢は違うながらも、まだまだ賑やかに話を続けていた。声こそ控えめながら、流れる速度は然程変わっていなかった。

 

「イリゼさん、明日は何を予定してるんです?」

「そうだね…ビッキィは何したい?」

「え?…そう、ですね…折角なので、身体を動かしたいです。別次元まで来て、屋内にいてばっかり…じゃ詰まらないですし」

「ブランさんが聞いたら『そんな事はないと思うけど…』って言いそうですね…。…イリゼさん、仕事は大丈夫ですか?」

「大丈夫。皆が来た時にも軽く言った気がするけど、守護女神だからこそ自由を効かせられる部分も大きいからね。…ふむ、そうだなぁ…身体を動かすって事なら、明日はスポーツでもする?」

「スポーツ…前の事を考えると、ほんと平和だよねぇ。…いや、前も坂を駆け上がったり、鬼ごっこみたいな事したり、状況とミスマッチな事を色々したけど……」

「やるならそういう『遊び』の方がいいんじゃないかしら?スポーツはルールを覚える必要があるし、気軽に…単に遊ぶだけなら、スポーツである必要はないと思うわ」

 

 右腕の指を軽く立てて提案するイヴ。それもそうか、と他の面々も納得をし、ならば何にするかという話に移行。女神の面々は勿論、他の者も所詮遊び…という冷めた思考はしなかったが為に、話は盛り上がり…それでも何人かが眠そうにし始めた事で、明日への話もお開きとなる。

 

「ふふっ、明日も楽しみだねピーシェ」

「あ、うん(ピーシェ、か…そう呼んでくれてほっとしたような、でも少し寂しいような……)」

「皆、寝坊…は別にしてもいいけど、あんまり遅かったら置いてっちゃうから気を付けてね?…あ、それと私、朝だけはやる事あるから、ちょっと朝ご飯が遅くなったらごめんね」

「おー、神生オデッセフィア二日目の朝は、イリゼの朝ご飯から始まるんだね。これは楽しみだなぁ」

「ふふふ、わたしも楽しみにしてますよ、イリゼお母さん」

「いや、そこまで期待しないでよ?少なくとも今日の夕飯みたいに豪勢な朝食には……ってもう!さらっとお母さん呼びしないでよねビッキィ!」

「お母さん…?ぜ、ぜーちゃん…ぜーちゃんはえー君の妹なんじゃなかったの…!?」

「妹でもないよ!?後茜、反応がわざとらし過ぎない!?」

「イリゼが妹なら、わたしやイストワールは姉と妹のどっちに…って、じょ、冗談よイリゼ…そんな、セイツまで乗ろうとしないで!?…みたいな顔をしなくても、本気で掘り下げたりはしないって……」

 

 寝る前というには、あまりにも高いイリゼのテンション。しかしイリゼを知っている面々からすれば、むしろそれこそがイリゼらしいのであり、イヴもまた「あぁ、彼女はやっぱりそういう女神なのね」とイリゼの性格を把握しつつある様子。

 

「…全くもう…あ、そうだ」

「んー?どうしたの、イリゼおねーさん」

「皆、今日一日…最初の一日は、楽しめた?」

 

 今度こそお開き…となりかけたところで、ふとした表情を浮かべた後に、イリゼは問う。自然な雰囲気で、気軽な様子で…しかし内心では、少しだけ緊張を抱きながら。

 その問いを受けて、来訪者達は顔を見合わせる。そして、小さく肩を竦めて…言った。勿論、と。

 

「ふふっ、ありがとう皆。そう言ってもらえるなら…わたしも、明日も、皆が楽しめるよう精一杯頑張るわ」

「ま、程々に頑張ってくれればいいッスよ。ウチ等も別に、もてなしを期待して来た訳じゃないッスからね」

「だよね。それじゃあ…皆、お休み」

 

 ルナの呼び掛けに皆も「お休み」と返し、こちらの面々も眠りに着く。

 様々な次元や世界から呼ばれ、神生オデッセフィアに集まった者達の一日。訪れた瞬間から一日の終わりまで、徹頭徹尾濃密な時間が彼女達の間には流れ…しかし、まだこれで終わりではない。彼女達が共に過ごす時間は、まだまだ始まったばかりである。




今回のパロディ解説

・「突撃隣の〜〜しゃもじ〜〜」
ヨネスケこと小野五六さんの出演する、ワイドショーや情報番組のコーナーの一つのパロディ。このネタも、既にやった事のあるパロディ…だったと思います。

・「アーチャーのクラス〜〜」
Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤに登場するキャラの一人、クロエ・フォン・アインツベルンの事。こちらのクロエは知っている人もそこそこいるのでは、と思います。

・「〜〜気まぐれな堕天使〜〜」
千年戦争アイギスに登場するユニットの一人、堕天使クロエの事。こちらは作品そのものはまだしも、キャラまでは知らない、という人も多いかなと思います。

・「赤と紫の〜〜」
ポケットモンスター スカーレット バイオレットの事。こういうタイムリーなネタは、上手い事入れられると楽しいですね。パロネタの魅力の一つ…かもしれません。

・「〜〜どこぞの手から和菓子を出せる力〜〜」
D.C. 〜ダ・カーポ〜の主人公、朝倉純一の持つ魔法の事。ただ、厳密には彼だけの魔法ではないですね。彼に限定しても、その魔法は祖母から受け継いだものですし。


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第五話 朝も昼も大賑わい

 一日目…っていっても、丸一日いた訳じゃないし、朝一で来た訳でもないけど…まあとにかく、私がイリゼから信次元に呼ばれて、信次元で再会や新しい出会いを経験して、初日から大賑わいだった一日目は終わった。そんな一日がどうだったかっていうと…楽しかった。それはもう楽しかった。

 その日の終わりは、あのよく分からない空間でしたみたいに、皆で布団を敷いて、最後まで色んな話をしてから寝た。寝るまでは楽しくて、目を瞑ってからも、明日はどんな事があるかな、どんな話が出来るかな、って思うとわくわくして、全然眠れ……ないと思ったけど、街を歩き回った事もあって、意外とすんなり眠れた。そうして私は、ぐっすりと寝て……二日目の、朝を迎える。

 

『マスター、朝ですよ。起きて下さい』

「ぅ…ん…後、五分……」

『分かりました。では、後四分五十九秒、四分五十八秒、四分五十七秒、四分五十六秒……』

「ま、毎秒カウントするのは止めて…!?段々迫ってきてる感があって全然眠れないからぁ…!…うぅ……」

 

 親切心を効かせてくれたのか、それとも私の反応を計算してなのかは分からないけど、淡々としたトーンで五分のカウントダウンを始めた月光剣(私の相棒)。堪らず私は起き上がり、ストップをかけて…肩を落とす。突っ込みで目が覚めちゃったよ…。

 

『おはようございます、マスター。今日も良い天気ですよ』

「みたいだね……あれ?」

 

 挨拶を返すように、荷物の中から月光剣を取り出して、鞘越しに軽く撫でる。それからぐっ、と伸びをして…部屋の中に、何人かの姿がない事に気が付く。

 イリゼは確か、朝用事があるって言っていた。けどそのイリゼ以外にも、四人…セイツ、茜、アイ、ビッキィの姿もなくて……もう皆、起きて部屋を出たって事かな?

 

(…うーん、もう目が覚めちゃったし、私もリビングかどこかに行こうかな?)

「うぅん…ハロー、ハッピー、アラウンド、イェーイ…」

「いやネプテューヌ、混ざってる混ざってる……」

 

 謎の寝言を言うネプテューヌに思わず突っ込んだ後、私は布団を畳んで部屋を出る。

 リビングに行くか、イリゼやセイツの部屋を覗いてみるか、それとも他の場所に行くか…そんな事を考えながら、廊下を進む。ふと窓から外を見てみれば、そこからは明るい空と、神生オデッセフィアの街並みが見えて、視線を戻す直前には大きな火球が視界の端を駆け抜けて……

 

「って、えぇ!?な、何事!?」

 

 ぎょっとした。反射的に二度見してしまった。い、いや…するよ二度見!だって火の玉だよ!?しかも結構大きいやつだよ!?何事!?え、事件か何か!?

…と、思って私は慌てて教会の庭へ。もしかしたら戦闘になるかもしれない、そう警戒しながら飛び出して……でもすぐに、それが杞憂だったと私は知る。

 

「…カイトさんに…グレイブ君…?」

「うん?おう、おはようルナ。早いな」

「あ、うん、おはよう…二人も早いね…」

 

 普通に挨拶してきたカイトさんに、普通に挨拶を返す私。そのカイトさんは、大剣を地面に刺していて……あ、じゃあさっきの火球は、カイトさんのやつだったんだ…。

 

「それで、えっと…そっちのがっしりしてる…ポケモン?は……」

「獄炎だ。ついさっきまで、カイトと一緒に軽くトレーニングしてたんだよ」

 

 グレイブ君の隣に立つ、黒とオレンジが特徴的で、首元から炎が出ている獄炎(後から聞いたけど、エンブオーって種類のポケモンなんだって)は、同意するようにブルッ、と一鳴き。この子は見るからに炎を使いそうだし…カイトさんと炎対決をしてたのかな。

 

「そっか。…二人共、偉いね。こんな朝からトレーニングをしてるだなんて」

「俺は偶々早く起きただけだよ。グレイブは違うみたいだけどな」

「って事は…もしかして、普段からトレーニングしてるの?」

「まぁな。いつどこで、誰に勝負を仕掛けられても勝てるようにする為には、結局毎日頑張るのが一番だしさ」

『おぉー』

 

 さらっと言ったグレイブ君に、私は軽く拍手。グレイブ君っていつも自信満々だけど、それはきっとこうやって、普段からしっかり頑張って、自分は強いって思える努力を重ねてるからだよね。……と、思っていたら、「ま、俺ならちょっと位サボっても、そうそう負けないけどなー」…なんて言葉を続けていた。これには私もカイトさんも苦笑いだった。

 

「ルナも、何かしに来たのか?」

「ううん、私は火の玉が見えたから外に出ただけ。他の皆は?」

「俺とグレイブが部屋を出た時、愛月と影はまだ寝てたな。で、ワラ…ごほん、ズェピアさんはリビングで紅茶飲みつつ新聞を読んでたけど、ワイトさんは分からない」

 

 ふるふる、とグレイブ君の質問に首を横に振ってから答えて、私からも訊く。それにはカイトさんが答えてくれる。…って事は、イリゼ達もワイトさんと一緒?…とは、限らないか。教会の中って広いし、外出てるかもだし。

 

「邪魔しちゃってごめんね、二人共」

「別にいいって。どっちにしろ、俺はこの辺で終わりに……あ、イリゼ」

「え?」

 

 発言の途中でいきなりイリゼの名前を呼んだグレイブ君。振り返ると、確かに屋内…窓から見える廊下をイリゼが小走りで進んでいて、なんだかちょっと急いでる様子。それを目にした私達は顔を見合わせて…追い掛けてみる事にした。

 

「何かあったのかな…」

「かもしれないな。けど、大事ならもっと急いでるんじゃないか?」

 

 確かにカイトさんの言う通り、さっき見えたイリゼは切羽詰まってるって程じゃなかった。でもそれだけ分かっても仕方ないし、むしろ余計気になってくるしで、私達は追うのを続けて……

 

「っと、ごめんなさ…あ」

「わ、っとと…ルナ?」

 

 廊下が交差点になっているところで、私は横から来た人にぶつかりかける。お互いギリギリで気付けたからぶつかる事はなくて、でも反射的に謝っ…たところで、私はその相手がビッキィだったと気付く。ビッキィの方も、私だって気付いたみたいで…その後ろには、ワイトさんの姿もあった。

 

「二人共、怪我はないかい?」

「あ、はい。…二人は、どこかに行ってたの?」

「どこかというか…ジョギング?」

 

 何故か小首を傾げながら、ビッキィはジョギングと回答。でも最初から二人でしようとしてた訳じゃなくて、カイトさんとグレイブ君同様、偶々同じ発想になったから一緒にしていただけらしい。まあ確かに、ビッキィは身体動かすのが得意だし、ワイトさんは軍人さんだし、どっちも朝ジョギングしててもおかしくない…っていうか、そうなると二人もトレーニングしてたんだ……わ、私も何かした方がいいのかな…。

 

「そっちこそ、何してたの?」

「さっきまではトレーニングで、今はイリゼの尾行だなー」

『尾行?』

 

 訊き返す二人に、私達が軽く説明。…といっても、小走りしてたイリゼが気になって追ってみてた、ってだけなんだけど。

 

「ふむ…女神が急いでいるとなれば、まず考えるのは自国に何かあったという可能性だけど…さっき見てきた限りでは、街におかしな様子はなかったね。となると他国か、もっと個人的な理由か……」

「それは確かに気になるかも…よし、決めた。わたしも追い掛けてみる」

「じゃ、これで五人か。てか、急がないとどこ行ったか分からなくなるんじゃないか?」

「そ、そうだね。急がないと…!」

「えぇ……え?…私も…?」

 

 言うが早いか、グレイブ君は行ってしまう。それもそうだ、と先を行くグレイブ君に私達も続いて…ふと後ろを見ると、最後尾でワイトさんが何とも言えない顔をしていた。でも、付いてきてはくれていた。

 

「えーっと、確かここを曲がって……駄目だ、完全に見失ったな…」

「さっき普通に会話しちゃってましたもんね…」

 

 何があったんだろう。そう思ってドキドキしながら追い掛けていた私達だけど…この通り、途中で見失ってしまった。カイトさんはぐるりと廊下を見回してるけど…姿は勿論、イリゼの手掛かりだってどこにもない。

 これじゃあどうしようもない。こうなるともう、片っ端から探すしかない。そんな状態になっちゃって…私達が立ち往生していた、そんな時だった。そう遠くない場所から、泣き声みたいな音が聞こえてきたのは。

 

「これって……」

 

 ぽつりと呟いたグレイブ君の声に続いて、私達は顔を見合わせる。それからすぐに、この音の…声の元を確かめてみよう、という意見で一致する。

 勿論、イリゼを追う事とこれとは多分関係ない。でも…これって、誰かが泣いてるのかもしれないんだもん。なら、無視なんて出来ないよ。

 

「この泣き声…って、子供っぽいよな…。…教会…子供……暫く前に信次元であった、大災害級の戦い…」

「止めよう、ビッキィさん。ここに神父はいないし、それだとイリゼ様が外道になってしまう…」

 

 途中、何やら物々しい会話が交わされたりしながらも、声を頼りに進む。途中で教会の職場エリアに入ってる事にも気付いたけど、ここまで来たんだから、と捜索続行。そして、かなり泣き声が大きくなってきた事を感じる中、私達は角を曲がって……

 

「あれ?皆、どうしてここに?」

「あっ、イリゼ…」

 

 そこでばったり、私達はイリゼに出会った。イリゼを見失って、泣き声の元を探していたら、見失っていたイリゼと遭遇した。そのイリゼは、泣いてる赤ちゃんを抱っこしていて……そっか、聞こえてたのはこの子の泣き声だったんだね。

 一体何事?と目をぱちくりさせるイリゼ。どういう訳かだんまりな皆に代わって、私は私達がここにいる理由を説明──

 

「って、えぇぇぇぇええええええッ!?あ、あかっ、赤ちゃんんんんッ!?」

「ちょっ、ルナ声…!今泣き止みそうなんだから、大きい声は出さないで…!」

 

 時間差で来た衝撃に、私は思いっ切りびっくり仰天。い、いや…だって赤ちゃんだよ!?赤ちゃん、イリゼが赤ちゃん!赤ちゃんのイリゼ!……あ、違う。これじゃイリゼがばぶばぶ言ってる事になっちゃう…じゃなくて!何でイリゼが赤ちゃん抱っこしてるの!?

…と、一気に私の思考は混乱。イリゼからは、声を抑えてと言われたけど…私はそれどころじゃない。

 

「……はっ…!ま、まさか…イリゼの朝の用事って…!」

「え?…うん、まぁ…この子達絡みだけど…」

「や、やっぱり…!……え、この子『達』…?」

 

 一瞬浮かんだ、何かの間違い、勘違いでは?…という可能性も、イリゼの肯定で消滅する。しかもイリゼは『達』と言って……気付けばイリゼの後ろに、角から覗き込む形でこっちを見ている小さな子の姿があった。

 

「…う、うっそぉ……」

「ま、まさか…まさかイリゼさんがだなんて…いつの、間に……」

「うん?神生オデッセフィアを建国してから、そう日が経っていない内かな」

『い、勢いがあり過ぎる……』

「あー、っと…イリゼ様、その子達は一体……」

「……!そ、そうだイリゼ、その子達のお父さんは誰!?も、もしや私の知ってる人達の中で……」

「ぜーちゃんぜーちゃん、賑やかだけどどうかしたの?」

「そッスねー、誰か来たみたいッスねー。じゃあウチと一緒に確かめ…お?」

『二人までぇ!?』

 

 驚きの連続で、加速する私の混乱。しかもそんな中、奥から現れたのは茜とアイで……二人も小さな子を連れていた。茜は赤ちゃんを抱いていて、アイはちっちゃな子の手を握っていた。あ、茜は結婚してるしまだ分かるけど…アイまでなの!?…というか、茜も昨日まではその子いなかったよね!?な、何かあったの!?私が寝てる間に、何かがあったのぉ!?

 

「……さっきから二人は何をテンパってるんだ?」

「さぁ…?」

 

 何やら後ろからグレイブ君とカイトさんのよく分からないやり取りが聞こえるけど、それどころじゃない。もうこれは、訊かない限りは引き下がれないよ…!

 

「ね、ねぇ…二人はどういう事なの…?連れてきた、って訳じゃないよね…?ひょっとして、信次元に来てからなの…?」

「信次元に来てから?…うん、そうだよ?だって会ったばかりだもん」

「なーんか好かれちゃったみたいッスからねぇ。なら、付き合うしかないッスよ」

「つ、付き合…ッ!?…な、なら父親は誰です…誰、というか名前は……?」

「さぁ?それは知らないッス」

「一回会っただけだもんねぇ」

「父親の名前?父親は皆違うけど、全員分知りたいの?」

 

 さも当然みたいな顔で答える三人。会ったばかりの相手、好かれちゃったから付き合う、名前も知らない相手、一回会っただけの関係、それぞれ違う父親…信じられない答えを次々と知る事になった私とビッキィは顔を見合わせ、肩を震わせ……そして、言った。

 

『ふ…不純過ぎるぅううううううぅぅッ!!』

『えぇえぇぇぇぇぇぇッ!?』

 

 

 

 

 神生オデッセフィアの教会では、支援の一つとして保育所を開設しているんだとか。それが判明したのが数分前で…ルナとビッキィの凄まじい勘違いがあきらかになったのも、数分前だった。

 

「つまり、二人はあの子達をイリゼ君達の子供だと勘違いしていた、という訳なんだね」

「うぅ、はい…」

「会話が成立してたものですから、てっきりそうなのかと……」

 

 あの後、合流したズェピアさん(何か起きている気がしたんだとか。…勘が凄まじいな、ズェピアさん…)に事情を話し、ズェピアさんの纏めた発言にルナとビッキィはしょんぼりしながら頷きを返す。しかし…流石はゲイムギョウ界だな。まさか、アンジャッシュ現象を現実で見る日がくるなんて思わなかったぜ。

 

「なんか変な事言ってるなぁとは思ってたが…普通勘違いするか?見た目も特に似てないしさ」

「それはそうだし、言われてみればその通りなんだけど…か、勘違いするよね?ルナ…」

 

 結構ずけずけ言うグレイブの発言に、ビッキィは意気消沈しながらルナへと呼び掛け、ルナはまたこくこくと頷く。

 確かに俺も、最初はぎょっとした。…が、途中から何か違うなと感じていた訳で、しょぼくれる二人に対しては苦笑いをするしかない。

 

「にしても、三人共子供と接するのが上手だな。茜とアイなんて、ほんと会ったばかりの筈なのに、もう懐かれてるし」

「言動の一つ一つに慣れを感じるし、経験のなせる技なんだろうね。…赤子、か…このように小さな子を育てた経験はないが、やはり微笑ましいものだ」

 

 俺の言葉に、ズェピアさんが同意をする。確かに三人からは慣れが感じられて…今はご飯をあげている最中。

 

「ほーら、美味しいミルクだよ〜。はい、あーん。ゆっくり、ちょっとずつ飲もうね〜」

「うん、裏ごしも問題ないね。それじゃあこれ、食べられるかな〜?美味しいよー?」

「そッスねぇ、この野菜苦いッスよね。だから、これと一緒に食べるんッスよ。一緒に食べてー…そう、偉いッス!」

 

 抱っこし、哺乳瓶でミルクをあげるイリゼ。小さなスプーンで離乳食を掬って、ゆっくりと口元に運ぶ茜。無理に食べさせる事はなく、理解を示しながらも助言を行い、子供が食べるとわしゃわしゃ頭を撫でながら褒めるアイ。それぞれ担当する子供達の年齢が違う事もあって、接し方は三者三様だが…三人共笑顔である事は、優しさを感じる柔らかい表情である事は一貫している。さっきズェピアさんは経験のなせる技と言っていたし、それも実際あると思うが…一番は心だと、三人の優しさが子供達に伝わってるんだろうなと、俺は感じた。

 

(…それに、ワイトさんみたいなパターンもあるしなぁ…)

 

 それから俺は、少し視線を横へ…ワイトさんの方へと移す。色々あって、今は子供達の遊び相手をしている…片腕で二人、左右合わせて四人の子供を腕にぶら下げた状態で持ち上げている、やたら人気なワイトさんへ。

 あれはどう見ても、技術なんて部分はない。筋力とか、バランス感覚とか、そういう能力面が求められていて…私はいつまでこうしていればいいんだろうか。…穏やかな表情をしているものの、ワイトさんからはそんな雰囲気が出ていた…気がした。…あ、別の子達を持ち上げようとしたところで、背中にも乗られてる…。

 

「イリゼー、いるー?なんか書き置きあったから、こっち来たけど…ねぷ?これ、どういう状況?」

「あ、ネプテューヌに愛月じゃねぇか。…書き置き?」

「それは私が書いたものだね。皆がいる事と、ここへの地図を簡単に書いておいたんだ」

「な、何故リビングを出る前にそこまでの情報を…」

 

 不意に背後から聞こえた声。振り向けば、そこにいたのはネプテューヌと、眠そうな目をした愛月の二人。愛月はぽけーっとしており、その愛月へネプテューヌは「おーい、もう皆のところ着いたよー?」と肩をぽふぽふしながら呼び掛けていた。そしてビッキィは、ズェピアさんに愕然としていた。

 

「あ、うん。実はかくかくしかじかで……」

「あー、飛車角金銀だね」

「えっ、これ将棋の話だっけ…?」

 

 軽いジャブの様なネプテューヌのボケを経て、突っ込んだルナが改めて説明。その間も四人は子供達の相手をしていて…だが説明が終わるのとほぼ同時に、四人も子供達を職員に任せ、俺達の方へと歩いてきた。…その表情に、満足そうな色を浮かべながら。

 

「いやぁ、やっぱりまだあれ位小さい子達は目が離せないね。ゆーちゃんの時を思い出すなぁ…」

「子供はほんと、何をするか分からないッスからねぇ」

「二人共、手伝ってくれてありがとね。ワイト君も、お疲れ様」

「いえ、大した事はありません。…が…本当に、子供というのはパワフルですね…」

 

 満足そう、と表現したが、ワイトさんだけは疲れた様子。やってた事も事だが、子供達に振り回されて精神的に疲労した…って部分もあるんだろうな。

 

「んもう、子供の相手ならわたしも呼んでくれればいいのに〜」

「あぁ、そういえば得意だったッスねぇ。相手をしてたというか、一緒に遊んでただけ感強かったッスけど」

『あー』

「なんかすっごい不服な同感のされ方してる…それはわたしじゃないわたしなのにぃ……」

「でも実際、得意な感じあるよな。やっぱ姉だからか?」

「ちょっとグレイブ…?なんでそれ、僕を見ながら言う訳…?」

「ふふっ、じゃあ次の機会にはネプテューヌも呼ぼうかな、…さて、と。それじゃ、朝ご飯にしよっか。ある程度準備は出来てるけど、お味噌汁の温め直しとかがあるから、少し待ってね」

「ならば手伝おう。お三人は子供達の相手で、他の皆も運動をして空腹だろうしね。まさか、彼女達を待たせてまで一人でやろうとはしないだろう?」

 

 鮮やかに「皆はゆっくりしてて」を封じたズェピアさん。全員で教会の居住エリアに戻ると、他の皆ももう起きていて、早速イリゼはリビングから繋がる台所へ。俺もテーブルの上を片付ける、箸を出すみたいな形で準備を手伝い…ご飯に味噌汁、甘い卵焼きに豆腐という、なんだか懐かしさを感じる朝食を皆と食べた。

 前の時も思ったが、違う世界の人と接するのは、普段とは違う事を知れる。思いもしなかった学びがある。中には全然役に立ちそうもない事もあったりはするが…それはそれで、面白い。面白いから、もっと接し、知ってみたい。昨日再会した皆の事も、初めて会った皆の事も。

 

(さて…この後は外遊びをしてみよう、って言ってたな。今回は、前以上に色々と凄いメンバーなんだ。なら、ただの鬼ごっこで終わる訳がない、よな)

 

 戦いじゃないが、身体を動かすとなれば、皆の力や強さの一端が見れる筈。そう思うと、俺は楽しみで仕方なかった。そんな皆の実力に触れる事も…俺がどれだけ通用するか、確かめてみる事も。

 

 

 

 

 朝食を終え、休憩をした後、私達は昨晩話した件をもう少しだけ詰めてから、外へと出た。

 目的地は、この神生オデッセフィアに点在する、無人地域の一つにある公園。なんでもセイツさんは朝、動き回れて、且つ貸し切り状態に出来る場所を探してくれていたらしく…確かにその公園は、近くに来た時点で分かる程の広さがあった。

 

「と、いう訳で…第一回、次元大混交ケイドロを開始するよー!」

「いや、なんでネプテューヌさんが仕切ってるんですか」

 

 楽しみで仕方ない、とばかりに拳を突き上げるネプテューヌさんへ、私は突っ込む。とはいえ、正直これは予想通り。ネプテューヌさんならこういう時、仕切ろうとするに決まっているし。

 

「…ケイドロ?」

「あ、イリスちゃんケイドロ知らないの?ケイドロは警察と泥棒に分かれてやるゲームで、鬼ごっこに似てるけど違うっていうか……」

「警察と、泥棒…。……犯罪に手を染めるゲーム…?」

「いや違う違う、実際に泥棒になるゲームじゃないからね…。えっと…ほら、鬼ごっこも別に、鬼になるゲームじゃないでしょ?」

 

 ご飯の後はモンスター…ライヌちゃん、るーちゃんと遊んでいたが為に知らなかったイリスさんへ、愛月君とイリスさんがケイドロを解説。…にしてもまさか、今になって、別次元に来てまで、ケイドロをする事になるとは…。

 

「…何か不満ですか?ピーシェ様」

「…そう見えました?」

「少なくとも、シンプルに頑張るぞー、って心境をしてる感じには見えませんでした」

「そう言うビッキィは……(はは、見るからにやる気に満ちてる…)」

「……?」

 

 まだ警察役、泥棒役も決まっていないというのに、入念に準備運動をしているビッキィ。その瞳は、シンプルに頑張るぞー、とばかりの輝きを放っていて…まぁ、らしいけども。ビッキィは、基本身体動かすのが好きなタイプだけども。

 

「さぁて、それじゃ早速役を決めましょ。今ここにいるのは、わたしとイリゼ含めて十八人だから……」

「いや、俺は遠慮させてもらう」

「えー?えー君やらないのー?」

「やらん。もうそういう歳じゃないだろうに」

「あー…私も出来れば遠慮させて頂きたいかと。無論、何が何でも嫌だ、という訳ではありませんが…」

「ふむ…では、我々で昼食の準備をしておく、というのはどうだろう?折角なんだ、バーベキューでも如何かな?……まぁ、その費用はイリゼ君達に頼る他ないのだが」

 

 役分けを遮る形で口を開いた影さんに続きワイトさんが、更には遠回しにズェピアさんも遠慮を示す。これは遊びである事、確かに昼食の事も考えないといけない事から、三人の発言には概ね容認の雰囲気が広がり……あ、今ならまだ他の人も続けるチャンスか。なら……

 

「だったら、私も……」

「私も遠慮良いかしら?私だって、そういう歳じゃ……」

「えぇー、つれないッスねぇイヴ」

「歳の事言ったら、わたし結構複雑っていうか、ややこしい感じになるんだけど、これわたしも遠慮した方が良いと思う?」

「いや、そんな事はないんじゃないかな…っていうか、エスちゃん遠慮したいの?」

「まさか。こんなごちゃごちゃした面子でのケイドロなんて、面白そうに決まってるじゃない」

 

…と思っていたら、あっという間に言い出し辛い流れになってしまった。人数が多いせいで流れの変化が早い……。

 

「イヴさん、どうする?私達としては…もとい、私としては君がこちらを手伝ってくれても構わないよ。私達だけより、女性がいた方が偏りのない料理になると思うからね。…料理といっても、バーベキューだけど」

「そうなると、それはそれで責任重大ね…。…前言撤回、私もケイドロやらせてもらうわ」

「おや、ではやはり私達三人で準備かな。…ところでワイト君、バーベキューを軽んじてはいけない。単純な料理というのは、裏を返せば誤魔化しが効かない料理でもあるのだからね」

「こ、これは失礼。…単純な物程誤魔化しが効かない…えぇ、確かにその通りですね」

「…イリゼ、俺は選択を間違えたのかな。何か、どんどん思ってもみない展開になっていってる気がするよ…」

「それは、まぁ…でももうケイドロやる歳でもないんでしょ?なら頑張って」

「…ぅぇーぃ」

 

 料理には一家言ある、とばかりにズェピアさんは燃え、その様子に若干気圧されつつも、それはそうだとワイトさんは頷き、くすりと笑いながらの返しを受けた影さんは何とも覇気のない声で返す。そんな三人+αの様子を見ていて、私は思った。あ、これケイドロやる方が正解だ、と。

 

「こほん、話を戻すわね。逃げる泥棒役と追う警察役、まぁ当然泥棒役の方が多い割り振りにするとして…警察役、やりたい人はいる?」

「あ、なら私ケーサツやるよー。一応は私も大人だし、逃げる役は他の子達に譲らないと、ね」

「じゃあ、私もそうさせてもらうわ。やると決めた以上、本気で追わせてもらうけどね」

「うーん…じゃ、僕も警察役いいかな?多分、泥棒役やってもすぐ捕まっちゃうだろうし…」

「余程時間がかかりでもしない限りは、それぞれの役を変えてやるのも良いと思うけど、ね。なら後は、ホスト側としてわたしとイリゼも警察役…でどうかしら?比率的には、悪くなさそうでしょ?」

 

 確認を取るセイツさんの言葉に皆が頷き、取り敢えずは泥棒役十人、警察役五人の割り振りに決定。続けて砂場に線を引く事で簡易的な牢屋を作り…最後は注意事項の話に。

 

「まあ当然の話だけど、女神化したり、警察を物理的に行動不能にしたりするとかは駄目だからね?」

「それと、公園からも出ないようにね。ゲームとして範囲を決める必要があるのは勿論だけど、公園の外は安全確認がまだ済んでないのよ」

「…それって、大丈夫なんです…?」

「心配しないで、ルナ。出来てないのは『改めての』確認であって、地盤とか危険物とか、そういう確認は建国前に街中きっちりしてあるわ」

(やっぱりこの人、基本はしっかりしてるな…ほんと、その分緩急は凄まじいけど……)

 

 そんなやり取りも経て、遂にケイドロは開始になる。ビッキィは勿論、グレイブ君やネプテューヌさん、カイトさんと結構やる気に満ちている人は多く…私?私はまぁ…程々にやりますよ、程々にね。

 

「じゃ、ケイドロ開始よ!時間は…そうね、ここ広いし六十秒経ったらわたし達も動き始めるって事でどう?」

「では、私達は道具と食材の準備に行きましょうか」

「あ、なら道具の方は用意しておいてもらうよう、イストワールさんに連絡しておくよ。今ならまだうちの教会にいるだろうし」

「あの身体で道具の準備は厳しいだろうに…頼むのは案内だけでいいさ。気を遣わなくても、用意は俺達でする」

 

 昼食の段取りも決まる中、イリゼさんは携帯端末で連絡を取る。それも済むと、いよいよ警察側のカウントが始まり…ケイドロが、スタート。

 

「さーって、じゃあ逃げるわよディーちゃん!」

「…ディール、エスト、ついていってもいい?」

「うん、いいよ。一緒に行こっか、イリスちゃん」

「ピーシェ様、わたし達はどうしますか?」

「どうもこうも、逃げる一択です。それと…これは遊びですし、私に付き添わなくても大丈夫ですよ?」

「そうですか?では……」

「うわっ、早……」

 

 では、と言った直後に全力ダッシュで駆けていくビッキィ。その足取りに躊躇いはない。…いやほんと、迷いゼロで「そうですか?」って言ったねビッキィ…どんだけ楽しみにしてたの…。

 

「…まぁ、いっか。気を遣いながら遊ぶなんて、誰にとっても楽しくないものだし…」

 

 気を遣われている事に気付いてすらいない人の場合は別…というのはさておき、私も軽く走り出す。警察役から距離を取りつつ、周囲に視線を走らせていく。

 

(下手に動き回るよりは、どこかに隠れて体力を温存するのが無難…ではあるけど、まずは大体の作りを把握しないと……)

 

 この公園は、どこにどう道があるのか。どんな遊具や起伏があるのか。走り抜けられそうな場所、身を隠せそうな場所はどの程度あるのか。それが分かっていないと、闇雲に逃げる事になる。情報が重要になるのは、遊びも戦いも同じ事。

 

「……うん?あれは…」

 

 そろそろ六十秒経ち、警察側が動き出しただろうか。そう思っていたところで、視界に映ったのはロープで出来た三角錐タイプのジャングルジムと、その頂上付近に立つカイトさんの姿。何故あんな目立つところに…と一度は思った私だけど、よく見れば周囲を見回していて、その後彼は素早く降りる。中程からは飛び降りて、着地後すぐに走り去っていく。あぁ、高さを利用して周辺の把握をしていた訳か…って、待った。周辺把握はともかく、すぐに走り去ったって事は……

 

「ふふふっ、見つけたわよピーシェ…!」

「やっぱりそういう事か…!」

 

 迂闊にも足を止めていてしまった自分を呪うと同時に、インターロッキングの道を蹴って私は駆け出す。声からして、追っ手はセイツさん。女神である以上、距離があろうと侮れない。

 

(にしても早い…!碌に作りも把握せず、最初から飛ばしてきたって事…?)

 

 低い屏状のブロックを飛び越え、坂を駆け下りる。一瞬だけ後ろを見やり、セイツさんとの距離を確認し、遊具を障害物にする軌道で私は走る。それと同時に、やけに早く来た事への理由を考え……気付いた。彼女は予め、確認の為にここを訪れていたって事を。

 

「…流石はイリゼさんの姉、いい性格をしてますね…ッ!」

「それは、褒め言葉として受け取っておくわ!」

 

 会話を仕掛け、声で大体の距離を測る。今のところ、距離は開いても縮んでもいない。まだ開始直後な以上、どっちも体力は残っている。となれば有利なのは…公園の作りを把握しているであろう彼女の方。

 これは単なる遊び。捕まったからといって何か困る訳でもないし、楽しもうとしている人達を冷やかす気なんて微塵もないけど、そこまで私はこのゲームに熱意を向けている訳でもない。…けど……

 

(速攻で捕まるのは、流石に癪だ…!)

 

 階段を駆け上がり、階段が終わった一歩目を踏み込んだ瞬間、私はその足に力を込めて後方宙返り。前ではなく、後ろに思い切り跳び…まだ登っている最中のセイツさんを跳び越えて、階段前の道へと着地。直後に足払いの要領で脚を振って、その遠心力で反転をして、急ブレーキせざるを得なくなったセイツさんを引き離す。

 

「やるじゃないピーシェ…そうでなくっちゃ!」

 

 我ながら、ケイドロでやるレベルの行動じゃない…とは思うけど、相手も女神なんだからこれ位は良い、良い事にする。実際セイツさんも愉快そうだし、サービスですサービス。

 そして今聞こえた声からして、やっぱりある程度離せている。とはいえ見失わせるには、もう少し距離が必要な訳で…その為にはまだ、策や幸運が必要になる。

 けど、運なんて曖昧なものに期待するつもりはない。それは体のいい他力本願でしかない。遊びですら他力本願だなんて、馬鹿馬鹿しいにも程がある。…って、遊びで一々こんな事考えるのも馬鹿馬鹿しいか。とにかく焦ってコケたり、茂みに突っ込んだりはしないようにしないと…。

 

「良い走りじゃない、無駄がないし判断も早い…!」

「それはどうも。私もそう簡単に捕まるかはありませんからね…!」

「だと思ったわ。けど……イリゼッ!」

「な……ッ!?」

 

 お互いペースを落とさないまま、走り続けていた私とセイツさん。その中で私は幾つか策を練り、使えそうなものを選び、後はそれを実行するタイミングを図るだけの状態にまでなり……けれど次の瞬間、背後からセイツさんが叫ぶ。まさか、と私が思う中、左側の茂みの奥、小さな林の様になっている場所に人影が現れ……イリゼさんが、私の前へと躍り出る。

 

「挟撃…!?く……ッ!」

 

 反射的に、前へ足を突き出すようにして急ブレーキ。直後に気配を感じて、飛び前転で横へと退避。私が避けたすぐ後に、私のいた場所へセイツさんが飛び込み…私も素早く立て直す。

 

「残念。今のはいけると思ったのに」

「悪いねピーシェ。でもこのまま、捕まえさせてもらうよ?」

 

 辛うじて避ける事は出来たものの、今私は壁を背にしてしまっている。その場跳びでも、しっかり勢いを付ければ越えられるかもしれない…けど、それを許してくれる筈がない。

 

(どうする…適当な出まかせじゃ、二人の注意を同時に逸らす事なんて出来ない。だったら一か八か、こっちから踏み込んで……)

 

 ゆっくりと、逃げる隙間を作らないよう左右に分かれて二人が近付いてくる。確実だと思える策なんて思い付かない以上、私に出来るのは諦める事か、賭けに出る事だけ。そしてその二択なら…後者以外あり得ない。……そう、思った時だった。

 

「よ…っとぉ!」

「んなぁ…ッ!?」

 

 不意に聞こえた、イリゼさんでもセイツさんでもない、第三の声。続けてふわり、と黄色の髪が宙でなびき…イリゼさんがその場から飛び退く。その直後、一瞬前まで彼女がいた場所に、勢いの乗った踏み付けが叩き込まれる。

 立ち上がる襲撃者。まさかの行動を起こしたのは…アイさん。

 

「ちょっ…アイ!?危ない事はなしだって言ったよね!?」

「いやいや、ウチは上から飛び降りてきただけッスよ?それに…この程度、ウチ等にとっては危ないの範疇じゃないと思うんスけどねぇ?」

「……っ、言ってくれる…!」

 

 驚愕の声を上げながらも、即座にイリゼさんは手を伸ばし、捕縛を図る。それをアイさんは、軽快なステップで避けつつ私から離れていく。イリゼさんの注意を、私から引き離す。

 このチャンスを逃す理由はない。私はセイツさんがイリゼさんとの連携に走るより早く、セイツさんの横をすり抜ける形で駆け抜ける事で、連携を阻害しつつ距離を取る。そうして私は、アイさんと合流する。

 

「…どうしてこんな事を……」

「何となくッスよ何となく。それにピーシェが二対一で追い詰められているのを高みの見物…っていうのは、気分の良いものじゃないッスしね」

「…一応お礼は言いますけど、逆の立場になっても期待とかはしないで下さいよ?」

「遊びで一々貸し借りなんて気にしないッスよ。ウチはやりたいようにやるだけッス」

 

 飄々とした態度で言うその言葉が、本心かどうかは分からない。ただ一つ言えるとすれば…私は彼女の行動により、窮地を脱した。ならこの場では…少なくともこの機会では逃げ果せないと、気分が悪い。

 

「二対二、ね。どっちかを狙うか、それぞれ追うか…どうする?イリゼ」

「この場においては、またピーシェを狙うのが堅実だとは思うけど…それはそれで嫌だね。なんか、一対一だと捕まえられないって認めるみたいだし」

「さっきまで普通に二人掛かりだったのに、よく平然と言えますね…」

「まあまあ、各々もっと緩く構えたっていいと思うッスよ?なんせこれは、遊びなんッスから」

 

 向かい合ったところで私達泥棒側は逃げる一択ではあるけど…とにかく形の上では、二対二の様に対面する。警察側の二人はまだ余裕そうな顔をしつつも、目は本気。アイさんもアイさんで、脱力してるように見えて…いや実際脱力してるけど、だからこそ身体に余計な力が入っていない。とにかく序盤から狙われ、一度は窮地に立たされた私ながら、仕切り直しをするような形で逃走を続けるのだっ……

 

 

 

 

 

 

「ははははははははははっ!鬼…じゃなかった、警察さんこーちら、捕まえられるなら捕まえてみなーっと!」

「はぁ、はぁ…ちょ、ちょっと…グレイブって、超人とか特殊能力者とかじゃない、普通の人間なのよね…?なら、なんであんな速度出る訳……?」

 

……正対する私達の横を、凄まじい速度で突っ切った影と、冗談みたいに巻き上がる砂煙。聞こえる声は、あっという間に遠くなり……数秒後、追い掛けていたらしいイヴさんが現れ、私達の近くで止まって、訳が分からないとばかりの表情で私達に訊いてきた。思わずそちらを見てしまっていた私達四人は、顔を見合わせ…それから、言うのだった。

 

『…さ、さぁ……』




今回のパロディ解説

・「〜〜ハロー、ハッピー、アラウンド、イェーイ…」
BanG Dream!に登場するバンドの一つ、ハロー、ハッピーワールド!の掛け声及びD4DJに登場するユニットの一つ、Happy Around!のパロディ。見事(?)に混ざってますね。

・「〜〜ここに神父は〜〜イリゼ様が外道に〜〜」
Fateシリーズに登場するキャラの一人、言峰綺礼の事。彼が神父を務める冬木教会の地下に隠された真実絡みの事ですね。でも実際は今回の話の通り、全然違った訳です。

・アンジャッシュ現象
お笑いコンビ、アンジャッシュのすれ違いコントの様な現象、状態を指す言葉の事。パロディ…と言うかは微妙ですが、アンジャッシュという言葉自体はパロですね。


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第六話 意外過ぎる大逆転

 色んな次元や世界の人が集まった状態で、ケイドロ…ってなると、思い出す。あの時、あの場所でも、色んな人達と鬼ごっこ…らしき事をした。あれも中々凄かったし、何なら最後は戦闘してたし、色々な意味で無茶苦茶だった。そして多分、今回も無茶苦茶な事が一つや二つは起きると思う。少なくとも、面子は前より凄い訳だし。

 箇条書きで表現したら、あの時と今とは共通点が多いと思う。でも一つ、大きく違う事もある。それはエスちゃんがいなかった事…も、違うといえば違うけど、そうじゃなくて……あの時は、楽しめなかった。楽しめる状況でも、楽しむ余裕もなかったんだから、楽しむ発想自体がなかった。だけど……今は、今回は違う。

 

「えっほ、えっほ」

「イリスちゃん、大丈夫?疲れてない?」

「大丈夫。まだ疲れてない」

 

 ケイドロが始まってから数分後。エスちゃん、イリスちゃんと一緒に逃げているわたしは今、小走りで公園の中を移動中。えっほ、えっほと声を上げながら走るイリスちゃんに大丈夫かと訊けば、イリスちゃんは無表情のまま返答をして…イリスちゃんを挟んで向かい側のエスちゃんが、わたしを見ながら肩を竦める。

 

「ディーちゃんってば、過保護じゃない?ここまで全力疾走で来た訳じゃないのよ?」

「いやでも、わたし達は女神な訳だし、わたし達基準で考えるのは良くないでしょ?」

「じゃ、イリスちゃんが疲れてるように見えた?」

「それに関しては、会った時からずっと無表情だから何とも……」

「あー…うん、それはそうだったわね…」

 

 エスちゃんと二人、小さく苦笑い。イリゼさん曰く、イリスちゃんはいつもそうらしいから、別に「怒ってるんじゃ…?」って気にする必要はないみたいだけど…やっぱりまだ、昨日の今日じゃ慣れない。ブランさんも平常時は表情豊かな方じゃないけど、それはあくまで平常時だし…。

 

「というか、まだ移動する?まだ時間あるし、動き続けるよりは隠れた方が良くない?」

「えー?隠れて時間が経つのをじっと待つなんて、面白くないじゃない」

「そうかな…わたしは追い掛け回されるよりは良いと思うけど……」

「いやケイドロってそういうゲーム……ま、いいけどね。イリスちゃんはどう?イリスちゃんは隠れたい?」

「イリス?…イリスは、ディールとエストと一緒にいるだけで、楽しい」

 

 そこは好き嫌いだものねー、という表情を浮かべた後、エスちゃんはイリスちゃんに訊く。するとイリスちゃんは、エスちゃんとわたしの顔を順番に見て…やっぱり無表情のまま、言った。わたし達となら、一緒にいるだけで楽しい、と。

 そのあまりにもあっけらかんとした返答に、わたし達は思わず足を止めてしまう。どうしたの?と振り向くイリスちゃんの前で、わたし達は目を瞬かせ…今度は二人で、肩を竦め合う。

 

「なんかちょっと、むず痒いわね」

「だね。イリスちゃん、わたし達はイリスちゃんの知ってるラムちゃんやロムちゃんとは少し違うけど…それでも、楽しい?」

「楽しい。少し違うのが、不思議…だけど、それはそれで面白い。興味深い」

「きょ、興味深い…?」

「あれ、わたし達って知的好奇心の対象にされてる…?」

 

 むず痒くもあるけど、イリスちゃんにそう言われると、なんだか心が温かくなる……と思っていたのも束の間、最後の一言でわたし達はぽかんとなる。興味深いって…創作とかじゃ人に対して言う場面が偶にあるけど、まさか実際に言われる日が来るなんて……。

 

「ま、まあとにかく、移動し続けるにしても方針は決めない?じゃないと多分、その内捕まるよ?」

「んまぁ、そうよね。色々凄そうな人たちが集まってる訳だし、作戦なんかも考えて……」

 

 追い掛け回されるのは嫌だけど、簡単に捕まるのも嫌。だからわたしは方針を決めようと振って、エスちゃんもそれに頷いて、角を曲がりつつ具体的な話を始めようとした……その時だった。

 

「やっほー、三人共」

『うわぁああぁぁぁぁっ!?』

 

 まるで最初からそこにいたかのように、全部分かっていたかのように、曲がった瞬間対面した人影。余裕そのものの表情をした、茜さんの姿。そのあまりにも唐突な登場に、対面に、わたし達は仰天し……次の瞬間、エスちゃんは煙玉を地面へと叩き付ける。

 

「ちょっ、え、エスちゃん!?それは有りなの!?だ、駄目じゃない!?」

「ぅ、煙たい……」

「し、仕方ないでしょ!?びっくりして、思わずやっちゃったんだから…!けど、取り敢えずはこれで凌げる…って、はぁ!?」

 

 躊躇いゼロで煙玉を叩き付けたエスちゃんに、何よりわたしがぎょっとする。面子が面子だから、普通じゃない展開もあって当然だとは思ってたけど…出会い頭に煙玉なんて、相手が相手ならびっくりして転んだり、怪我をしたりするレベルの事。

 でも、やってしまったものは仕方ない。茜さんには後で謝るとして、取り敢えずはイリスちゃんの手を引きながらエスちゃんと一緒に逃走……始めた直後、エスちゃんは再び驚く。茜さんが、煙玉を意に介さず突破し追い掛けてきた事に。

 

「ふふふ、甘いよえすちゃん。煙玉だけで私を止めようなんて、今日の朝の卵焼き位甘いよ!」

「うっそ、こっちの位置が見えてた訳…!?」

「あ、そっか…エスちゃん、茜さんにそういう系の妨害は一切通じないって思った方がいいかも…!」

「そういう事。領域把握(エリアチェイサー)は追撃において最強の能力だ、なーんてね!」

 

 迷いのないその動きで、わたしは茜さんの能力を思い出す。過程も理屈も無視して、目の前の事が『分かる』のが茜さんなんだから、煙幕なんて少し邪魔…って位でしかなくてもおかしくない。

 すぐ後ろに感じる茜さんの気配。茜さんは身体能力も高いし、普通に走るだけじゃ振り切るのは難しいだろうし…よく考えたら、隠れるのも通用しないのかもしれない。それに……

 

「おおぉおぉおぉおぉぉ……」

「あーっと、すーちゃんだいじょーぶ?…うーん……」

「ぉぉおぉ…お?茜、少し遅くなった…これは、チャンス……」

 

 ついそこそこ本気で走っちゃったせいで、わたしが手を引くイリスちゃんはがくんがくんしてしまっている。手を振り解くか、速度を落とさないと、イリスちゃんはその内転んでしまいそうで…でもイリスちゃんは、わたしの手をぎゅっと握っている。

 それは茜さんも分かっていたのか、ふっと感じる気配が緩む。その少し後でイリスちゃんは振り向き、茜さんとの距離が開き始めた事に気付いてチャンスだと言い……次の瞬間、エスちゃんの雰囲気が変わる。

 

「ね、ディーちゃん。さっきの煙玉はまぁ、反射的にやっちゃったものだけど…ズル過ぎない程度なら、魔法使ったりするのもアリよね?」

「それは…うん。オンオフ出来ないらしいとはいえ、茜さんも素の力だけで追ってきてる訳じゃないし…」

「じゃ、イリスちゃんの事は任せたわ!」

「え、ちょっ!?」

 

 冷静な声音で訊いてくるエスちゃんに、うん?…と思いながらも頷く。でも冷静な感じだったのはその時だけで…イリスちゃんは任せたと言った直後、エスちゃんはイリスちゃんの背中を押す。

 飛び込んでくる形になったイリスちゃんを、慌てて抱き抱えたわたし。唐突な行動に、思わずわたしは文句を言おうとして……けど、その時にはもうエスちゃんはいなかった。ほんの一瞬の間に、エスちゃんは反転し、茜さんの方に向かっていた。身体強化魔法で、身体を大人の状態に変化させて。

 

「……!凄いね、こんな魔法もあるんだ…!」

「まぁね。ちょーっと付き合ってもらうわよ、茜おねー…さんッ!」

 

 突っ込んでいくエスちゃんに対し、当然茜さんは手を伸ばす。その手が触れそうになった寸前で、エスちゃんはターンと身体の捻りを組み合わせる事ですれ違う軌道のままタッチを避けて…躱した上で、また茜さんの前へ出る。茜さんの、注意を引く。

 

「え、エスちゃん……」

「ほらほら行ったディーちゃん。…わたしは大丈夫だから、行って」

 

 背中を向けたまま、わたしへと投げ掛けられる言葉。それからちらりと肩越しにわたしを見たエスちゃんは、にっ、と笑って……一人でまた、茜さんへ向かっていく。

 

「…エスト、逃げない…?泥棒の、抵抗…?」

「はは…まあ、そんなところかな。イリスちゃん、ちょっとごめんね」

「……!ディールも大きくなった…おぉ、こっちも大きい…これはブランに報告──」

「し、しないでね…!?」

 

 こんな事されたら、わたしも応えるしかない。そう思ってわたしも同じ魔法を使い、イリスちゃんをお姫様抱っこ。

 胸を見て軽く恐ろしい事を言ったイリスちゃんに止めてねと言ってから、再び駆け出す。

 

(エスちゃん……)

 

 気配とも違う、エスちゃんだからこそ感じる繋がりのようなもので遠ざかっていくのを感じながら、わたしは心の中で呟く。

 ああ、まただ。いつもそうだ。そうやっていつも、エスちゃんは格好付けようとする。本当に大変な事は、一人でやろうとする。わたしに話もしないで、相談もしないで。

 今もまた、エスちゃんは行った。その瞳に本気を、その表情にわたしを安心させる為の笑みを浮かべて。そんなエスちゃんに向けて…ここからじゃもう聞こえないって分かっている、届かない筈だって思っているからこその思いを、言葉を……わたしは、言った。

 

「…ケイドロでそんな格好付けられても、反応に困るだけなんだけどなぁ……」

 

 

 

 

 えー君はもうケイドロなんてやる歳じゃない、って言ってたし、実際私も自分からやろうとは思わないけど…いざやってみれば、楽しいんじゃないかなー、って思った。だって私、心はまだまだ女の子のつもりだからね!……というのは半分位冗談だけど、大人だからもうやらない、大人だしどうせ楽しめない…ってやる前から決めてたら、そんなの詰まんないしね。

 で、やってみた結果どうだったかといえば…まー、面白い。皆凄いし、「え、そんな事する!?」って事もちょくちょく起こるから、想像以上にドキドキする。それに…やっぱり、いいよね。偶には気兼ねなく、思いっ切りはしゃいだりするのって。

 

「皆ー、ルナちゃんを捕まえてきたよー」

「うぅ、特に見せ場もなく捕まった…」

 

 捕まえたルナちゃんを連行して、最初の場所…牢屋のある地点に戻ってきた私。あ、見せ場もなくって言ったルナちゃんだけど、結構凄かったよ?坂を駆け下りる時なんて、転びかけた状態から絶妙なバランスで踏み留まって、信じられない位の加速に繋げてたし。つまり、メタ視点でって訳だね!

 

「やっぱり凄い人が多いと、ただのケイドロでもハードになるね…」

「だねぇ。でもその分楽しいでしょ?あ、はいこれ囚人帽子だよ。折角だから被ってね」

「あ、うん……いやなんであるの!?え、しましま帽子!?こんなベタな囚人アイテムって現代でも使われてるの!?」

「えるなむさんが雰囲気作りに、って事で作ってくれたんだー。凄いよねぇ、あの人」

「あ、あー…確かにズェピアさんならやりそう……」

 

 あははと苦笑いしつつ、ルナちゃんはちゃんと被ってくれる。因みにえるなむさんは、えー君やワイトさんと一緒に、ちょっと離れた所でバーベキューの準備中だよ。ん〜、休日のお父さんみたいな事してるえー君も良いなぁ…。後々、えるなむさんの呼び方を考えてる時、「ズェピア…ずーちゃんさん…?」って言ったら、「ずーちゃんは止めてくれ」とまあまあマジなトーンで言われたんだー。なんでだろう?

 

「あ…そっか、ルナも捕まっちゃったんだ…」

「ピーシェにアイ?あれ、二人も捕まってたんだ…二人は中々捕まらなそうなのに……」

「いやぁ、警察側にもそう思われたみたいで、ピーシェと一緒に逃げてたら、最終的に全員で追われたんッスよねぇ」

「わー、容赦ない…」

 

 えぇー…という視線で見てくるルナちゃんに、私はあははと頬を掻く。いやまぁ、大人気ないとは思ったよ?でも相手も子供ではないし…というか、女神だったしね。

 と、笑いつつルナちゃんを収容したところで聞こえた足音。それはぜーちゃん…というか、警察チーム四人のもの。

 

「お待たせ、茜。仕込みは完了したよ」

「ありがとー、皆。体力の方は大丈夫?」

「問題ないわ、まだまだ余裕よ」

 

 振り返って私が声をかければ、皆も返してくれる。表情からして…うん、仕込みは上々みたいだね。

 

「けど、こんな事で大丈夫なの?正直、狙い通りにいくビジョンが見えないわ」

「ふっ、えー君の予測を舐めちゃいけないよゆりちゃん。えー君の予測は、当たると話題の占い師の言葉位当たるからね!」

「な、何とも言い難い精度だね…まあ、冗談だとは思うけど」

 

 ふふんと胸を張る私に、三人は怪訝な顔…だったけど、ぜーちゃんだけは分かってる様子。流石はぜーちゃん、えー君への理解度が違うね!…他の皆は昨日初めて会ったんだから、当然の事だけど。

 

「えと、それで茜さん。僕達はこの後どうすれば?」

「後は隠れて待ってるだけで大丈夫だよー、あい君」

「うぇ?呼んだッスかー?」

「呼んでないよー、あい違いだよー」

「そッスよねー、分かってたッスー」

 

 シノちゃんとゆる〜いやり取りをした後、私達は配置に着く。そんな中で聞こえたのは、牢屋からの声。

 

「ねーねー、警察チームは何企んでると思う?」

「仕込みって言ってたし、色んな方向から戻ってきた事からして、結構広範囲で何かしてたんじゃない?」

「だよねぇ。ま、ムショ暮らしのわたし達には関係ない話かー!ねぇちゃんは何してパクられたんだい?」

「物凄く状況を楽しんでるね、ネプテューヌちゃん…。…わたしは、まぁ…威力業務妨害?」

「え、何それ必殺技?」

「いや、確かに『イリョクギョームボーガイ』って響きは技名っぽいけど……」

「でしょ?じゃあエストちゃん、イリョクギョームボーガイを駆使して脱獄だよ…!この鉄格子のての字もない、脱獄し放題な監獄から、わたし達は脱出する…エストちゃんのイリョクギョームボーガイと、わたしのオデッセフィア・フリーで…!」

「ちょっ…だ、誰かこっち来てくれない…!?このペースでボケられたら、わたし対処し切れないんだけど…!?」

 

 愉快な話をしているえすちゃんとネプテューヌちゃんを含めた、五人が今捕まっているメンバー。だから残りは五人で…残り時間も、後少し。何を以って勝ち負けを決めるかにもよるけど、泥棒チーム対警察チーム、って考えるなら全員捕まりさえしなければ泥棒チームの勝ちだし、捕まるリスクを負ってまで捕まった仲間を助けに行くのは多分、賢明じゃない。…でも……

 

(…来たね……!)

 

 二分と四秒後、木や遊具に身を隠しながらも現れたのはカイト君。まだ普通に見えているのはカイト君だけだけど…分かる。他の皆も、こっちに近付いている。仲間を助ける為に。私達が、狙った通りに。

 

「…よし、今だ……!」

「おっと、そうはさせないわよカイト!」

「やっぱいたか…そりゃ、牢屋に見張りを立てない訳がないよな…ッ!」

 

 そこから先は身を隠せる物がほぼない。そんな所まで進んだカイト君は、一気に飛び出して…そこへせーちゃんが躍り出る。間一髪、不意を突かれたカイト君はせーちゃんを躱して、でも牢屋の前からは逃走。せーちゃんは隠れている私達に目配せしながら、逃げるカイト君を追っていく。

 

「誰もいない…?…エスト、助けに来た。……つまり、囚われのエストを助けるイリスは、王子様?」

「あ、い、イリスちゃん…!」

「王子様…?それはよく分からないけど…ここは通さないよ、イリスちゃん!」

「……っ、また…まさか、これって…」

 

 十八秒したところで、今度はすーちゃんが現れる。そのすーちゃんには、あい君が対応をして…慌てて出てきたディールちゃんは、この状況に対して何かしら気付いた様子。だから冷静な対処を…一度退く事を封じる為に、私は飛び出たゆりちゃんへ合わせる形で、一緒にディールちゃんを捕まえにかかる。

 

「っとと、ディール…!」

「す、すみませんカイトさん…!それと…多分これ、してやられました…!わたしもよく分かりませんが…多分、誘導された結果です…!」

「だから次々出てくるのか…!けど、俺達で三人引き付けてる状態なら…!」

「状態なら……?」

 

 せーちゃんが追いつつ上手い事誘導した事で、ディールちゃんとカイト君が合流。逃げる方向が同じなら、一気に捕まえられる可能性も出てくるし、こっちは三人だから一人が別の所に…例えばちょっと離れたところで、「わっせ、わっせ」と掛け声を上げながら逃げてるすーちゃんを追う、あい君の方に行く事だって出来る。ここまではばっちり、狙った通り。えー君の予測通り。

 けど別に、凄い作戦をしてきた訳じゃない。ただちょっと、出来るだけ残りの五人が情報共有出来ないよう、ばらけるように追い掛けたり、程々のタイミングで取り逃がして「向こうも疲れてる筈」って思うように図っただけ。位置とかタイミングとか相手の割り振りとかは結構練られてたし、そこは流石えー君なんだけど…やった事としては、多分ケイドロの範疇でしょ?……え、訊くのはズルじゃないのかって?参加してないえー君が、なんとなーく喋ってくれただけだからせーふせーふ!

…なーんて思っている中で聞こえた、何とも気になるカイト君の言葉。ディールちゃんも訊いてるって事は、少なくとも情報共有の妨害は成功している筈。じゃあきっと、連携って事でもない訳で……

 

「……ふぇ?何この音…」

「こ、この音は…まさか……」

 

 地鳴り…ってゆー程じゃないけど、何やら聞こえる響きのような音。走りながら私が見回していると、ゆりちゃんが動揺したような顔になって…せーちゃんも、はっとしたような表情に変わる。え、何?どゆ事どゆ事?

 と、疑問を抱いていたのも束の間、すぐに私は理解する。響きの元を。二人の浮かべた表情の意味を。

 

「ぬぉおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」

「えっ、ちょっ…はっやぁ!?」

 

 段々大きくなる音に続いて、見えたのは砂煙。でもそれだけじゃなくて…その中央にあったのはなんと、人の姿。猛烈な勢いで走ってくる…迫ってくる彼に、思わず私は声を上げる。

 

「あ、あれは……いぶ君!?」

「へ?呼んだかしら?…あれ、でも響きが少し違ったような…」

「あ…っとごめんね。いゔ、じゃなくていぶだよ。グレイブ君だから、いぶ君かなーってね」

「いやそんなやり取りしてる場合じゃないわよ!?」

「あぁそうだった!ありがとせーちゃん!で、えーっと…ぜーちゃん、お願い!」

 

 二人を追ってる私達は方向的に厳しいし、あい君は一対一ですーちゃんを追っているから対応出来ない。だから私はぜーちゃんを呼んで…そうだと思ったと言うように、ドーム型の遊具に隠れていたぜーちゃんは真っ直ぐいぶ君へと向かう。

 

「退いた方がいいぜイリゼ!正直、勢いをつけ過ぎて避ける余裕とか全然ないからな!」

「堂々と言う事じゃないよ!?…けど…なら安心すると良いよ、グレイブ君!私が受け止めて、そのまま収監してあげるからッ!」

 

 迫ってくるいぶ君を迎え撃つように、ぜーちゃんも走る。砂煙を上げたりはしないけど、無駄のない…最適化されたような走りで、真正面から捕まえにかかる。

 言った通りにぜーちゃんが止めるのか、それともいぶ君が突破するのか。どっちも速い二人だから、あっという間に距離は近付いて、ぜーちゃんは最後の加速を掛ける為に地面を蹴って、そして……

 

「な……っ!?」

 

 いぶ君は、跳ぶ。走り幅跳びの様に踏み切って、高くぜーちゃんを飛び越える。

 それを見て、咄嗟にぜーちゃんもジャンプ。慌ててのジャンプと思えない程、ぜーちゃんも高く跳んで…でも後一歩、伸ばした手は届かない。跳んで躱したいぶ君はどんっ!…と着地して、そのまま牢屋へ一直線。

 

「くっ…まだ、まだぁ!」

「イリゼ…!…二人共、ディールちゃんとカイトをお願い!わたしはあっちに行くわッ!」

 

 勢い良く振り向いて、本気の声を発しながら戻るぜーちゃん。同じく反転するせーちゃん。でも…多分、間に合わない。

 だけど、逃げられてもまたタッチ出来れば、牢屋に戻せる。もしかしたら、せーちゃんはそれも考えて戻ったのかもしれない。そして牢屋の直前まで到達したいぶ君は、手を伸ばして……

 

「……今だ、レオンッ!」

「ぴっ、ぴかちゅう!」

「んなぁ……ッ!?」

 

──タッチした。確かに、触った。…ぴょこんと砂に大部分が埋まっていたボールから出てきた、可愛い黄色の…ねずみ?…っぽいモンスターに。

 伸ばされたいぶ君の右手と、モンスターの両手がハイタッチ。次の瞬間、そのままいぶ君は衝突しそうになって……ヘッドスライディング。頭からずさーっと、それはもうずっさーーッ、っと。

 

「おわわっ!グレイブ君だいじょーぶ!?」

「いってぇ…レオン、怪我ないかー…?」

「ぴかー?」

 

 びっくりしたねぷちゃんに声を掛けられたいぶ君は、すっと右手を持ち上げて…そこに乗るモンスター…えっと、ピカチュウのレオン、だったかな?…に無事か訊く。訊かれたレオンはきょとーんとしていて…やるね、いぶ君。衝突寸前のところから、自分の安全よりレオンの事を優先して、腕に抱えながらヘッドスライディングしたなんて。

 

「無事みたいだな…じゃねぇ!おいこら愛月!何レオン仕込んでるんだ!これ反則だろ!」

「いやだって、僕一人じゃ皆に敵わないもん。少し位の魔法がありなら、ポケモンの力を少し借りるのもありでしょ?」

「だからってなぁ……あ、まさかこれアウトじゃないよな?サポートはともかく、レオンも警察としてタッチされたらアウトとかだったら、流石に怒るぞ?」

「いやいやグレイブ君、そこまでは流石に言わないよ。にしても凄かったね、さっきのジャンプ」

「まーな、おっとありがと……あ」

 

 称賛の言葉と一緒に手を差し出すぜーちゃん。いぶ君は服に付いた砂を払いながら、その手を取って…固まる。まぁ、そうだよねぇ。ぜーちゃんが自然な流れで差し出したからつい取っちゃったみたいだけど…ぜーちゃん、普通に警察側だし。

 

「や…やっちまったぁぁぁぁ……!」

「…怖いわね、うっかり…って」

「だねぇ。さぁて、それじゃあこっちも捕まえちゃうよー!」

 

 項垂れるいぶ君を、ぜーちゃんがせーちゃんと一緒に連行。それを見届け…たりとかはせず、私はゆりちゃんとディールちゃん、カイト君を追い詰めにかかる。そこに連行を終えたせーちゃんが戻ってきて、ぜーちゃんはすーちゃんの方に向かって……今は私達が、圧倒的に有利。

 

「ふぅ…はぁ…さ、流石に少し…キツくなってきた、かも……」

「くっ…二対三じゃジリ貧か……!」

 

 このままいけば、三人共捕まえられる。こっちも疲れてきたけど、三人捕まえちゃえば、後は一人だけ。五対一なら、負ける筈がない。……あれ?なんか五対一はむしろ、負けフラグな気がしてきたよ?全く歯が立たなかった挙句、捕まる可能性が浮上してきたよ?

 

(っていけないいけない、前向きにいかないとね!だって遊びなんだから!)

「イリスちゃん、捕まえたー!」

「あぅ、捕まった…これはもう、ソウルかカウンターをブラストしないと出られない……」

「いや、私達は超銀河警備保障(コスモセキュリティ)じゃないからね…?」

 

 向こうでは、回り込んだぜーちゃんに行く手を塞がれたすーちゃんが、あい君に捕まって五対三から五対二に。ふふふ、いける…いけるねこれは!

 

「このままこっちも追い詰めるわよ、二人共!」

「そうね、でないといい加減体力も切れるし…同感、よ…!」

「向こうももうすぐ捕まえられそうだね」

「みたいだね。カイトさんとディールさんを捕まえられれば後は一人だし、これは僕達の勝利……」

「…………」

「…………」

『……あれ…?残りの一人、って……』

 

 少しずつ距離を縮めていく中で聞こえた、ぜーちゃんとあい君の会話。やっぱり皆考える事は同じみたいで、その五対一にする為に、私達は二人を追い詰め…でもそこで、ぜーちゃん達の会話が止まった。止まって、二人で呟いて…それから上がる、大きい声。

 

「し、しまった…迂闊だった……!」

「さっきから全然見当たらないのは、遠くにいるって事…?それともまさか、実はもう近くに……」

 

 途端に慌て始める二人。けど、私からすればその理由が全く分からない。ただ一つ分かるのは、二人の余裕そうだった雰囲気が完全になくなったって事で……私がそこまで思った、次の瞬間だった。

 

「──忍は忍ぶ事こそが本分。そして、この距離…捉えたッ!」

『……──ッ!?』

 

 いきなり、突然に、ふわりと牢屋近くに現れた…着地をした、女の子の姿。周辺への注意を怠っていた訳じゃないのに、私が今の今まで接近に気付かなかった……きぃちゃんの姿。

 そして、着地したきぃちゃんは小さく身を屈め……直後、その姿がブレる。静かに現れた一瞬前とは対照的な、爆ぜるような勢いで…というか実際、爆ぜたみたいに砂煙を上げながら、私達の全員が対応するよりも早く……牢屋の前に、到達する。

 

「お待たせしました、ピーシェ様」

「いえ、割とのんびり出来ましたのね。…さて、それじゃあ…私はこういうの苦手なので、ネプテューヌさん掛け声を」

「え、わたし?んじゃあ…皆の者、脱獄じゃー!」

『おー!』

 

 軽快に、捕まっていた全員をタッチしたきぃちゃん。最後にきぃちゃんは、片膝を突きながら手を差し出して、その手にぴぃちゃんが応えて……ねぷちゃんの掛け声で、全員が一斉に逃走する。四方八方に分かれて、牢屋の外に散っていく。しかも私達が唖然としている間に、ディールちゃんとカイト君にも逃げられてしまう。

 あんまりにも一瞬で終わった逆転劇。圧倒的有利からの、振り出しへの転落。私達はその場で茫然としてしまって……残ったのは、なんかちょっと焦げたような臭いだけだった。

 

 

 

 

『頂きまーす!』

 

 公園に響く、男女混ざった賑やかな声。それに私は、小さく頷く。数度のケイドロを終え、昼食を始める皆へと向けて。

 

「あー、むっ…ん、美味し♪」

「バーベキューなんて、久し振りだなぁ…うん、やっぱり外で食べる食事ってのも悪くないよな」

「うんうん、場所もそうだけど、この絶妙な焼き具合、抜群の切り方と厚み、ソースのチョイス…どこを取っても文句なしのバーベキューだね!これはねぷ子さんのお墨付きあげちゃうよー!」

 

 がぶり、と串に刺さった肉へかぶり付くエスト様に、一枚一枚焼かれた肉の一つを取って、ソースに付けて食べるカイト君。ネプテューヌ様からは謎のお墨付きを貰い…共にバーベキューを用意した、ズェピアさんや影君と顔を見合わせた私は、軽く肩を竦める。

 

「喜んで頂けたようで何よりです。食材は十分に用意してありますから、遠慮せずに食べて下さい」

「うん、ありがとねワイト君。…けど、ほんといい感じに焼けてる…ネプテューヌも言ったけど、食材ごとにちゃんとサイズとか厚みを変えてるのはズェピア君の指示かな?」

「味や食感は勿論だけど、肉はきちんと焼かなくては危険だからね。しかし切り口の綺麗さは、他でもない二人の技量があっての事だよ」

「はいえー君、あーん」

「……あぁ、うん…」

 

 技量あっての事、と言ってくれるズェピアさんだが、自分としてはそんな技量があっただろうか…と思うところ。そして言われたもう一人、影君はといえば…楽しそうに野菜を差し出す茜君に対して、「こんな場でするのか…と、言っても聞かないんだろうなぁ…」と言いたげな表情をした後、観念したように差し出された玉ねぎを口にしていた。

 

「この肉は、程良い噛みごたえ。この肉は、脂身が溶けて口の中で旨味が広がる。こっちは肉汁が溢れ出してとてもジューシー…」

「わぉ、淡々と食レポしてるッスねイリス……」

「イリスちゃん、野菜も食べなきゃ駄目だよ?……あ…セイツさん、この椎茸どうぞ。えっと…姉同士、お近付きの印、という事で」

「え、いいの?ふふふっ、そういう事ならありがたく頂くわ♪」

 

 少し視線をずらしてみれば、イリス君が…食レポ?…中。ここにいる面々の中で恐らく最年少であり、無垢さが見て取れる彼女は、何かと気にかけられている事が多く、それは何とも微笑ましい光景。…しかし何か、今のディール様にはそこはかとなく違和感があったような……。

 

「どう?皆美味しい?まだまだ沢山あるらしいから、皆も沢山食べるんだよ〜?」

「…えっ、今下の方から手っぽい何かを出して食べた…?この子の身体ってどうなって……」

「止めときなピーシェ。ドッペル…ミミッキュの中を見た学者が、恐怖でショック死したって話があるからな」

「恐怖でショック死!?…あ、愛月くんはそんな子を連れ歩いてるの…?」

「…ど、どうしよう…そう聞くと、逆に気になる…なにこれ罠…!?誘い込んで殺すタイプの恐ろしい罠…!?」

「いや、ドッペルは別に誘い込んでないからなルナ…むしろ見られないよう、必死に隠すのがミミッキュだし」

 

 ショック死という言葉にピーシェ様がぎょっとする中、私も内心で同じ反応。一方の愛月君はのんびりとした様子でそのポケモン…ドッペルを撫でており、頭…ではなく胴体の辺り?…を撫でられているドッペルは、何となくながら心地良さそうな雰囲気をしていた。

 そんな愛月君、それにグレイブ君は、それぞれ連れてきたという手持ちのポケモンを出し、その子達にもバーベキューを食べさせている。今のドッペルやケイドロでも活躍したレオンの様に一見愛らしい個体から、どう見ても見た目は竜な個体、全身が鋼で覆われているような個体、果ては浮遊する剣と盾の様な個体など、その姿は多種多様。更に竜の様な個体は、「水・飛行であってドラゴンではない」のだとか。…どういう事なのだろうか。

 

(…いや、だがモンスターの姿が大概なのはこちらもか…動く土管にゲームの画面の様な個体、どう見ても人なのに人ではない、色々な意味で突っ込みどころが多いモンスターなんてものもいるのだから……)

「ワイト君、追加分は私が焼くから君もそろそろ食べるといい」

「あぁいえ、ズェピアさんこそ食べて下さい。今回のバーベキューで、一番動いていたのは貴方なんですから」

「いやいや、私にとって料理は趣味みたいなものだからね。好きな事をしただけなのだから、気にする事はないよ」

「…では、そうさせてもらうとしましょう。ありがとうございます」

「こちらこそ感謝するよ。いい歳した大人がいつまでも譲り合っていたら、格好が付かないからね」

 

 と、軽く思案していた私はズェピアさんに呼び掛けられ、言葉を交わした後にお互い軽く苦笑い。因みにこの後、「おー、なんかほんとに大人の会話、って感じだよねぇ」「だね〜。僕もあんな大人になりたいなぁ…」…という、ネプテューヌ様と愛月君のやり取りが聞こえてきた。決して私は、憧れられるような大人ではないが…向けられた純粋な思いに水を差す程無粋な大人でもない。少なくとも、そんな大人ではありたくないと、思っている。

 

「にしても、ほんと一回目の最後はしてやられたわ。潜んでいたのもそうだけど、踏み切った地面が焦げてるってどういう事よ…」

「はは…前に向こうでテーブル拭いた時もそうだったけど、あの時より更に速くなってなかった…?」

「えぇ、鍛錬してますからっ!」

「貴女はピーシェを支える身だったわよね。その辺りの話も後で少し聞かせてくれるかしら?後、両手で串を持ったまま良い顔をしてもあんまり締まらないわよ?」

「わたしは忍って言ってた事が気になるかなー。それと、バーベキューの匂いが漂ってきてからは動きに制裁が欠けてた点も、ちょっと締まらないんじゃないかしらね」

「…うぅ……」

「あー、お二人共止めてあげて下さい。ビッキィ、クールを装ってますが見ての通り実際はそんなクールでもないので」

「ぐふっ……」

「うわぁ、味方からの容赦ない追撃…ピィー子ってば無自覚に容赦ないとこあるよね…」

 

 更にまた視線を移せば、イリゼ様、エスト様、イヴさんビッキィさんが会話をしており、得意気だったビッキィさんは、ものの十数秒でずがーん、と項垂れてしまっていた。

 なんというか、本当に賑やかだ。全員が誰かしらと面識があり、社交性の高い方々も多いとはいえ、十以上の次元や世界から…それぞれ違う環境や歴史を持つ場所から集まった者達が、こうもすぐ和気藹々と出来るのは……眩しさを、感じる。同じ次元に住む者ですら、争い奪い合う事も珍しくはないというのに。

 これは、若さの為せる技だろうか。それとも実力の…個で障害を捩じ伏せられるだけの実力を持つが故の事だろうか。ただ少なくとも、そこにある種の強さがあるのは事実で……

 

「難しい顔してどうしたんッスか、ワイト」

「え?…あ、いえ、何でもありません。少し考え事をしていただけです」

「そッスか?なら折角のバーベキュー中なんッスから、もう少し柔らかい表情をしていた方がいいッスよ。でないと……」

「でないと…?」

「多分、セイツが感情を察して…察して?アレ、察してるんスかね…?…まぁとにかく、察したセイツが面倒な絡みをしてくるかもしれないッスよ?」

「は、はは…(そうですねとは言えない…)」

 

 何か思い詰めているのか、と気にしてくれたのか、それとも単にからかいたかっただけなのか、にやりとするアイ様に私は乾いた笑いを漏らす。恐らく許して下さるとはいえ、軍人が他国のトップの一人を「面倒な絡みをする」と認めてしまったら、最悪国際問題です…。

…とはいえ確かに、もう少し柔らかい表情をしていた方がいいだろう。他の方にも気にされてしまうかもしれないし…実際、肉も野菜もかなり美味しい。なのにしかめっ面で食べては、勿体無いというものだ。

 

「…うん、美味い…だがやはり、食べ進めていくと白米が欲しくなるというもの…。焼きおにぎりはあるとはいえ、単なる白飯と焼きおにぎりでは得られる味も、出来る事も違う……」

「え、わ、ワイトさん…?何かいきなり、孤独な貿易商みたいになってませんか…?」

「いや、もしかすると絶滅しそうな飯を求めるサラリーマンの方かもしれないわよ?」

「別にどちらでもありません、ルナ君、セイツ様…私はあくまで軍人ですから…」

「けどまぁ、なんていうか…ワイトさんは食事でも渋さがあるよな。ズェピアさんはどっちかっていうと華やかなタイプだし、影は……大変そうだなぁ、ほんと…」

「そう思うなら茜を引き取ってくれ…ここぞとばかりにくれてくる…」

「ここぞとばかりにあげるよ?だって普段は何だかんだで流されちゃうからね!」

 

 その後も暫くの間、バーベキューを楽しみながらの雑談は続く。やはり若さというのは凄いもので、数度のケイドロを終えた時点では疲れ切っていた皆が、今ではほぼほぼ元気な様子。もし私も参加していたら…ここまでの回復は出来なかった事だろう。というか、前にあの空間でも奇妙な鬼ごっこをしたとはいえ、途中で大きな砂煙が上がるようなケイドロには、付いていける気がしない。

 

(……いや、それで良いのかもしれないな)

 

 少しばかり枯れたような思考をしていた事に気付き…だがそれも良しと考え直す。

 身体を動かすのが好きな者、のんびりとするのが好きな者、賑やかな空間が好きな者、静かな場所が好きな者…人にはそれぞれ好みがあり、そこに優劣はない。そして我々を招いた主催者、イリゼ様は、その内のどれかへ無理に合わせる事を求めたりはしないだろう。それが、イリゼ様という女神だ。

 

「……あっ!」

「おや、どうかしたかなネプテューヌ君」

「いやほら、バーベキューって言ったら、お肉とか野菜の他にもマシュマロ焼いたり、アイス食べたりするのも良いでしょ?しまった、そういうのも用意してねー、ってリクエストしておけば良かった……」

「あぁ、そういう事でしたらご心配なく。…その辺りは、彼がばっちり用意してくれましたから」

「別にネプテューヌの為じゃないんだけど、な」

『おぉー……!』

 

 軽く肩を竦めながら、テーブルにボックスを二つ置く影君。その内一つは常温、もう一つは冷凍用の箱であり…開かれたそれの中にあるのは、チョコレートを始めとする多彩な菓子。やはりというべきか、甘そうな菓子類の数々に女性陣が色めき立ち…流れは一気にデザートへ。

 

「やっぱりまずはスモアだよね。これは私が焼くとして…はい、食べる人挙手!」

「流石イリゼさん、お菓子絡みになると即座に主導権を握りますね…あ、わたし一つ下さい」

「んーと、何があるかな…っておぉ!プリンあるじゃん!やったね、これはわたしが貰っ……」

「因みにネプテューヌの為に、ナスも用意しておいた」

「なんでッ!?」

「しかし、本当に色々用意してあるわね…茜、もしかして彼って甘党なの?だとしたら意外だわ」

「でしょー?えー君ってば普段からごちゃごちゃ考えてるから、糖分が不足しがちなんだと思うな〜」

「う…イリス、もうお腹一杯…これではお菓子を食べられない……」

「ふふっ、良い事を教えてあげるよイリスちゃん。女の子にとってお菓子とか、甘いものは…別腹なんだよ」

 

 まだ肉や締めの焼きそばを食べたい、という青年&男子諸君の為にバーベキューコンロの内一つを残し、残りは全てお菓子や果物へと移行。イリゼ様を始め、料理へそれなりに造詣のある数名が焼きを行い、雰囲気はバーベキュー…というよりお菓子パーティーに。私はズェピアさんと交代で締めの焼きそばを炒めていく。

 その最中、合間合間で私は皆を見つめる。楽しそうに、面白そうに、食べて話して笑う彼女達。そんな彼女達を見て…私は思った。何も、前のめりにそこへ参加する必要はない。こうしてズェピアさんや影君とバーベキューの用意をしたように、基本は一歩下がって眺めつつ、けれど時には参加をしたり、或いは少し振り回されてみたり…そんな時間を過ごすのも、悪くはないだろう、と。

 

 

 

 

……因みにこの後、ルナ君の返しを聞いたイリス君は「別腹…?女性には、そんなものが存在している…?…やはり、人体は不思議。もっと知る必要がある」…と、真面目(?)そうに言っていた。…大丈夫だろうか…この濃ゆい面々と交流を深める事で、彼女の知識に妙な偏りが生まれたりはしないだろうか…。




今回のパロディ解説

・〜〜領域把握(エリアチェイサー)は〜〜最強の能力だ
NARUTOシリーズに登場するキャラの一人、日向ヒアシの代名詞的な台詞のパロディ。ですが、少しONE PIECEのロブ・ルッチのゾオン系に関する台詞も意識しています。

・オデッセフィア・フリー
ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャンの主人公、空条徐倫の幽波紋(スタンド)、ストーン・フリーのパロディ。絶対今回の牢の脱出には必要ない力ですね。

・「〜〜ソウルかカウンターをブラスト〜〜」、超銀河警備保障(コスモセキュリティ)
カードファイト!!ヴァンガードにおける、ゲーム上及び背景ストーリー上の用語の事。こちらもやはり、不要ですね。何せ地面に線を引いただけの牢屋ですし。


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第七話 戦慄と暴虐の庭球

 神生オデッセフィアへの…イリゼからの、招待。初め俺は、行こうとは思っていなかった。行かない理由、行けない理由、行きたくない理由…真っ当なものから今思えば馬鹿馬鹿しいものまで、断る理由なら幾らでもあった。恐らくイリゼも、食い下がる事はなかっただろう。

 だが、俺は今来ている。イリゼの招待に応じ、神生オデッセフィアに…俺の次元と対極の未来を、明日を手に入れた世界へと。確たる理由があった訳じゃない。何故来る事を決めたのかと訊かれれば、「さぁな」としか返せない。それ程までに、俺自身にとっても来ようと思った、決めた理由は曖昧模糊で……それでも理由を言葉にするとしたら、きっと…見てみたかった、からだろう。イリゼの歩む、イリゼの創る、未来を。

 そして、その判断は、そう思った心は、間違いではなかった。最初の一日で俺はそう感じ、もう少し居てもいいと思えた。時には明るい場所で、眩しさを感じる時間を過ごすのも悪くないじゃないかと…そう、思っていたというのに──。

 

「嘘、でしょ……」

「そんな…馬鹿な……」

 

 他に倒れ伏す、少女達の姿。瞳も、声も、信じ難い…認める事など出来よう筈もない現実を前に、震え、力を失っていく。

 それは、蹂躙だった。手を抜いていた素振りも、油断していた様子も、一切なかった。にも関わらず、全員が全力で戦ったにも関わらず、あまりにも一方的な…いっそ暴力的な程の『差』を、『結果』を見せ付けられ、刻み付けられ…一度足りとも可能性が生まれる事なく、終わった。彼女達は強い。力だけでなく、心の強さも持ち合わせている。それでも折れてしまうのではないかと思う程の……蹂躙だった。

 

「あははははははははっ!さぁどうする?もう終わり?それともまだ立ち上がる?…どっちでもいいよ?好きな方を選べばいいよ?どっちを選んでも…今負けて終わるか、もっと敗北を重ねて負けるかの違いでしかないんだから」

 

 高笑いが、響く。彼女達と正対する…否、彼女達が倒れ伏すまでは正対していた存在が、理不尽な程の力を振るった非常識そのものが、余裕に満ちた笑い声を響かせる。

 誰が、こうなる事を想像しただろうか。誰が想像出来ただろうか。明るく、優しく、温かい…そんなひと時が、無残にも崩れ落ち、戦慄が空気を支配するなどという事を。嗚呼、本当に…どうしてこうなってしまったのか。

 

 

 

 

 時間は、少し前へと遡る。それは、一行が昼食を終え、次は何をするかという話に入った、その時だった。

 

「ね、皆。昨日はスポーツより遊びの方が…ってなったけど、一応球技系の道具は幾つか用意してあるから、これを使ってくれても構わないよ」

 

 発言と共に並べられる、複数種のボールや道具。どれどれ、と並べられた道具を各々が見に行き、尚且つ触れる。

 

「今いるのは十八人だから……あ、野球をフルメンバーで出来るな。…って思うと、ほんとに多いな人数……」

「あ、野球じゃなくてサッカーだったら、僕の代わりにエースバーンのバックスに出てもらってもいいのかなぁ…絶対僕より上手くやれるだろうし…」

「球技、私はどれもあんまりやった事ないな…ケイドロよりルールもきっちりしてる筈だし、私は遠慮しておこうかな……」

「いやいやルナ、そうとも限らないかもしれないよ?もしかしたらここから、サポートしてくれるメカもイリゼが出して、エクストリームでハーツなスポーツをって流れも……」

「うん、残念だけどそこまではないかな…あってもルール面の問題は解決しないし……」

「単純なルールの球技であれば、ドッジ……あ、やっぱり何でもないです…」

 

 カイトがバットを、愛月がサッカーボールを持ち、それぞれに呟く。ルナにネプテューヌ、イリゼのやり取りを聞いていたビッキィは、ドッジボールと言おうとしだが、身体能力のばらつきが大き過ぎるこの面々でボールのぶつけ合いをしようものなら、大変な事になると気付いて撤回。それは他の皆にも伝わったらしく、確かになぁ…と全員で苦笑。

 

「球技…となると、ルールの他にも人数や、道具の数の問題もありますね。全員で何か一つを、というのも良いですが、各々やりたいと思ったものを行う、或いはのんびりと眺めるというのも選択肢としては有りかと」

「確かにねー。何か一つを全員でやらなきゃ、なんて決まりはないし、やりたいようにするのがいいんじゃない?」

「だったら私は、少し休憩させてもらおうかしら。さっきまでと同じ調子で球技までやってたら、今は良くても後が大変になりそうだし…」

「私も取り敢えずはそうしようかな…風が気持ち良いし、のんびりするのも一興…なんてね」

 

 顎に手を当てて言ったワイトの発言に、エストが同意。それを受け、イヴとピーシェは眺める事を選び…ケイドロの際も初めは遠慮する事を考えていた二人は、気が合うな、と軽く肩を竦め合う。

 

「ディール、これは手袋?…固い……」

「それはグローブっていう、ボールを取る為の道具だよ。…あ、違う違う。取るのはその大きいボールじゃなくて、この小さいボールでね……」

「凄く平和な光景だ…。…いやほんと、誰かが落ちてくる訳でも、帰る手段を探す必要がある訳でもないって、平和だ……」

「だなー。けど、前の時に色々あった騒ぎの内一つは、ビッキィが原因じゃなかったか?」

「それは……か、返す言葉もない…」

「…おや?イリゼ君、それは…テニスのラケットか」

「うん、そうだよ。私、テニスは得意だからね」

 

 ふと向けられた問いに対し、素振りをしながら答えたのはイリゼ。やる?とイリゼが返せば、ズェピアは曖昧な笑みで遠慮をし、代わりに茜が声を上げる。

 

「そういえばぜーちゃん、テニスゲームの時は物凄く強かったもんねー。手合わせの時も結局負けちゃったし、ここは一つ、テニスでリベンジさせてもらおーかな?」

「え?…や、私はいいけど…リベンジって事なら、お勧めはしないよ?私、ほんとテニスに関しては負ける気がしないし」

「おー、言うねぇぜーちゃん。ならリベンジはまた別の機会に、って事にして、取り敢えず軽くやろ?」

(さらっとリベンジを取り下げたな…イリゼの口ぶりから危険察知したって事なのか、それとも単に気分で言ってるだけなのか……)

 

 発言の内容に影が思考する中、茜はラケットを一つ手に取り、自身の能力を用いて地面へ正確なコートを描く。その間にイリゼはネットを張り、簡易的なテニスコートを作り…テニス開始。

 

「まずはちょっとラリーしよっか。はいっ」

「だねー、ほいっ」

「楽しそうだねぇ…よーし、わたしはサッカーやろーっと。愛野ー、サッカーやろうぜー」

「なんか違うの混じってる気がするよお姉ちゃん…でも二人だけじゃ足りなくない?」

「なら、俺もいいか?テニス見てるのも悪くないが…やっぱり、自分も何かした方が楽しいだろうしさ」

「わたしもいいですか?わたしも見てるよりはやりたいタイプですので」

「だったら俺も…って思ったけど、それじゃ五人か…ルナー、ルナも一緒にどうよ?」

「私も?…うーん、いいけどあんまり期待しないでね?」

 

 軽快な音と共に、テニスボールが行き来する。それを見ていたネプテューヌが愛月を誘った事を切っ掛けに、別の場所では六人の小規模サッカーが開始される。イリスが球技の道具へ本格的な興味を示し始めた事で、ディールとエストは解説をしており、残りの者はそれ等を眺めながら軽く雑談、という構図が出来上がり、また和気藹々とした時間が流れる…かと、思われた。

 

「そろそろゲームに移ってみる?茜、最初のサーブは譲るよ?」

「そう?じゃ、まずはこの辺りに……」

「──ふ…ッ!」

「えっ?」

 

 だが、和やかな雰囲気は一瞬固まる。小手調べのように放たれたサーブに対し、これまでとは一変した速度で反応したイリゼがラケットを振り抜き、間髪入れずに茜側のコートへボールを叩き付けた事で。

 その豹変した動きに、目を丸くする茜。対するイリゼは小さく息を吐くと、「さぁ、続きやろ?」と軽く言い…この時点で、茜は理解していた。イリゼの言葉に、態度に、嘘や誇張は一切ないと。そして数分後…早くも1ゲームが終了する。イリゼの、ストレート勝ちという結果と共に。

 

「ふぅ、流石茜。攻守共に緻密さが凄いね」

「は、はは…どうしよう、ぜーちゃんの言葉が嫌味にしか聞こえない……」

 

 余裕綽々且つ、清々しそうな表情でイリゼは言う。言葉そのものは彼女らしい、しかし結果と合わせるといっそ嘲笑してるとすら思えそうな発言には、流石の茜も普段の朗らかな様子では返せず…そのすぐ後に、気付く。イリゼはまだ何も言っていない。だが…その顔付きには、まだまだやりたいという感情が醸し出されている事に。

 

「え、えー君ヘルプミー…ってうとうとしてる!?まさかさっき、調子に乗って食べさせ過ぎたから、血糖値が上がって…?」

「あ、そういえば影さっき、『インスリンが…血糖値の急上昇による反応が……』って、某スーパーリケイ人みたいな事言ってたわね」

「やっぱりぃ…ならせーちゃん…は、普通にぜーちゃんの味方っぽいし……」

「…え、ウチッスか?なんか面倒な事になりそうッスし、あんまり気乗りしないんッスけど……」

「助太刀って事なら、二人同時でも構わないよ?一人でも二人でも変わらないからね」

「……前言撤回ッス。なら言葉通り、二人でやらせてもらおうッスかねぇ…」

「ふーむ、珍しく煽るねイリゼ君…単にテンションが上がっている、という訳ではないようだが、さて…」

 

 ベンチから立ち上がり、軽く首を回しながらテニスラケットを手に取るアイ。あ、乗るんだ…とイヴやピーシェが見る中、アイは茜と同じコートに立つ。

 

「ふふん、シノちゃんとなら余裕…と、言いたいところだけど、しょーじきぜーちゃんの動きは色々おかしいからね…絶対油断しちゃ駄目だよ?」

「おかしい、っていうのは見た目以上に…茜から見ても、って事ッスか?…なら、茜には後衛を頼むッス。後ろから指示を出してくれれば、出来る限り合わせるッス」

「りょーかい、それじゃあ…本当に一人でも二人でも変わらないかどうか、試させてもらうよぜーちゃん!」

 

 前後に分かれた二人が構える。イリゼも構え直し、二ゲーム目という事で、イリゼのサーブから始まり…鋭く放たれたそれを、茜が返す。

 

「ほッ!」

「お、っとぉ!」

「やるね!」

「……!シノちゃん前!弱いの来るよ!」

 

 指示を受けたアイが前に跳べば、イリゼは敢えて弱く、相手コートの前方へ落とすような打ち方で返す。狙った通りの返球を、アイは掬うように打ち返し、ラリーが続く。

 

「つぁ…!これ、コート上だと…余計無茶苦茶に、見えるッスね…!」

「そう、でしょ…?…あ、シノちゃん左!左前…じゃない!ちょっと戻って!」

「うぇっ!?こ、のぉ…!」

「へぇ、今のを返すんだ…ならこれはどうかなッ!」

「なッ……」

 

 的確な指示と女神ならではの身体能力、反応速度を用いてアイは次々と打ち返す…が、次第に茜の指示が間に合わなくなり、ギリギリで返して体勢を崩したアイの逆サイドへと鋭いスマッシュが打ち込まれた。

 追い付かない茜の指示。だがそれも当然の事。後衛故の広い視野と、二人である事による心身の余裕で動きを見切る事は出来ても、それを正確にしている内にボールが返ってきてしまうのだから。

 そしてその読みも、イリゼのおかしい…速い、や巧み、の域を超えた、いっそ異常な動きの前には対応し切れず、段々と二人は追い詰められていく。それでも何とか、それぞれが持ち味を活かして喰らい付いていくが……

 

「ふふっ、やっぱりテニスはボールが返ってきてこそだよね。まだまだギア上げていくよッ!」

「え、ちょっ…まだギア上がるの!?」

 

 ラインギリギリに打たれたボールを、間一髪茜が拾い、次なる一手をアイが渾身の力で打ち込む。

 前方寄りだったイリゼの逆を突く、後方へ向けた強力な一発。それは常人には勿論、女神であっても位置の関係上対応するのは難しい攻撃であり……しかしイリゼの姿がブレたように見えた直後、打ち込まれていたボールは茜・アイ組の方へと戻ってきていた。唖然とする二人の視界の中では、既にイリゼがラケットを振り終えていた。

 

「…茜が、視界の中の動きを捉え切れていない…?…動体視力を遥かに超えた動き…いや、違う…これはそんな、論理的な説明の付く事象じゃない……」

「…それは、論理的な説明が付かない…という事かい?……というか、起きてたんだね影君…」

「俺にもまだよく分からない、今のところはそう思った…というだけだ。…後、別に寝てない。眠くはなっていたが」

((あ、そこ気にする(のか・のね・んだ)……))

 

 ぼそっ、と呟き付け加えた影。その間もテニスは続いており…言葉通りにギアの上がったイリゼの動きに、いよいよ二人は追い付かなくなる。一対二をものともしないどころか、圧倒すらし始めるイリゼの動きは、確かに論理的な説明が出来そうもない程であり…二ゲーム目も、終わる。

 

「……っ…二人掛かりでも、ストレート…?」

「あれだけ無茶苦茶な動きをされたのに、まだ全然底が見えないなんて…どうなってるの、ぜーちゃん……」

「ふふふっ、付き合ってくれてありがと二人共。けど、取り敢えず私はもういいかな。それなりに楽しめたし、折角色んな人がいるのに私とテニスばっかりじゃ勿体ないでしょ?」

 

 歴戦の女神と、幾度も死線を潜り抜けてきた勇士。どちらも自他共に認める実力者であり、対等な条件であればそうそう土をつけられる事などない…仮にそうなったとしても、一矢足りとも報いず終わりなどはしないアイと茜。…だからこそ、そんな二人であるが故に、その場の誰よりも目の前の現実に愕然としていた。対等どころか有利な条件ですら、届かない…下手すると、全力を引き出し切れてすらいない現実に、動揺を隠せず……そんな中でイリゼが発した、感謝と気遣いの言葉。イリゼからすれば、他意はなかったのかもしれないが…その言葉に、二人は肩を震わせた。

 

「…ぜーちゃん、今のは聞き捨てならないかなぁ…。それなりに楽しめた、って…余興程度だって言ってるようなものだよね?」

「へ?あ、いや…そういうつもりで言った訳じゃ……」

「無自覚、ッスか…それで『もういい』とか、正直気に食わないッスね」

「うん、気に食わないね。ぜーちゃんには悪いけど」

 

 アイコンタクトを取るように、頷き合う二人。どうやら本当に無自覚だったらしいイリゼが言葉に詰まる中、二人は構え直し…続行の意思を見せる。

 そうして始まる三ゲーム目。連続で行っている分の疲労は確かにある筈だが、茜もアイもそんな素振りを見せる事はなく、機敏な動きで打っては返す。

 

「ぜーちゃんのペースになったら勝てない…だからどんどん攻めていくよ!」

「ウチは最初から、そのつもり…ッスよ!」

 

 攻めるの言葉通り、二人は次々と仕掛けていく。ライン際を狙った打ち込みは勿論、緩急を付けた返球や、時には意表を突いてイリゼの足元へとスマッシュを放つなど、攻撃の手を緩めない。

 前のめりな攻勢故に、失点のペースは先程より早い。だが二人は気にしていない。守りに入り、ジリジリと追い詰められていくよりは、仕掛け続け、攻め続けて流れを変える事を、待つのではなく自ら突破口を作り、こじ開ける事を選んでいた。

 

「ここなら、どうッ!?」

「お、っとと…なら私も、そーれぇッ!」

「おわッ!?」

 

 二人いる事も活かし、アイは打ち返す…と見せかけて横へ避ける。直後、その背後にいた茜が打ち返し、連携技で惑わされたイリゼは反応が一瞬遅れる……が、打ち損じ気味だった筈のボールは、何故か空中で加速し戻ってくる。反射的にアイは打つも、ボールは明後日の方向に行ってしまい…茜・アイチームは連敗を喫する。

 

「今の、よく打てたね…やっぱり反射神経が凄い相手だと、油断出来ないや…」

「だから何ッスかその気遣い風煽りは!ほんとにわざとじゃないんッスよねぇ!?」

「え、えぇ!?いや、その…ごめんね?」

「うーん、このぜーちゃんはタチが悪い…シノちゃん、まだやれる?」

「当然!こうなったら徹底的にやってやるッスよ!」

 

 すぐに二人は次戦への意欲を見せる。連戦でも疲労を見せない事に加え、連続で完敗しようとも気力が減衰しないどころか増していくさまは、やはり二人が強者である事を示している…が、それでもイリゼとの差は埋まらない。それどころか、勝負を重ねる毎にイリゼはイリゼで調子が上がっているようで、二人の攻勢が跳ね返される。ボールもイリゼ自身もしばしば動きがおかしくなり、異常な挙動に二人は翻弄されてしまう。

 

「んなぁ!?い、今ボールが二つになってなかったッスか!?」

「さ、錯覚とかじゃないよね!?今一瞬、ほんとに二つになってたよね!?なんで!?」

「何言ってるの二人共。それよりまだやる?やるならもっと、二人の力を見せてくれるかな?…それなりに楽しめた、なんかじゃ終わらせないんでしょ?」

 

 明らかにおかしい事象が起きようと、イリゼは平然と勝負を続ける。それもまた二人の調子を狂わせ、見せる事はなくとも連戦の疲れは少しずつ蓄積していき、気持ちとは裏腹に陰り始める二人の攻勢。

 対照的にイリゼの調子は上がる一方であり、段々とラリーが続かなくなる。数度の往復で、イリゼ側に点が入ってしまうようになる。そして……

 

「これで何連勝目、だったかな。…ま、いいや。二人共、そろそろマンネリしてきたし…ちょっと趣向を凝らしてみようか」

『趣向…?』

「ほら、よくあるでしょ?これに勝ったら○○〜、って。そうだなぁ、二人には…そうだ、私…っていうか信次元じゃ暫く前から女神が時々コンサートしてるの話したっけ?折角だから、それに付き合ってよ。勿論色々と配慮はするからさ」

 

 ひらひらとラケットを揺らしながら、趣向を凝らすと言うイリゼ。思い付きで言っているらしい彼女の言葉に、二人は呆気に取られる…が、さも当然の様にイリゼは続ける。

 

「あ、心配しないで。何も私だって、一勝でそうしてもらおうとは思ってないから。三連勝…いや、五連勝でどう?」

「…………」

「…………」

「…二人共?もしかして、気乗りしない感じ?まあ、それなら仕方ないよね。言っておいてアレだけど、連勝してる時に連勝を条件に出したって、普通に出来る事を要件にしてるのと大差ないし……」

「…はッ、誰が気乗りしないって言ったと?」

「そういうとこ、ぜーちゃんも女神だよねぇ…いいよ、その話に乗ってあげる。けど…そういう事言えば言う程、知らぬ間に自分も追い詰められてくって事は知っておくべきじゃないかな」

 

 イリゼに言い切らせる事なく、アイが言葉を跳ね除ける。茜も軽く肩を竦めた後、ほんのりと冷ややかな…抜き身の戦意とでも言うべき気迫を見せる。

 言い方はどうあれ、イリゼの態度は二人を下に見たものであり…それが二人の心を燃え上がらせる。圧倒されるだけならともかく、軽んじられてそれをただ流すような二人ではない。

 

「アイがああやって乗るのは珍しいわね…普段はもっと、飄々と面倒事は回避している感じなのに…」

「イリゼさんの言い方が、分かり易く煽ってるとかじゃなくて、和やかに腹立たしい事を言ってきてる感じだから、かもしれませんね。…普段よりイラっとする態度なのは間違いないですし」

「ふむ…茜君も、普段はそういうタイプじゃないのかな?」

「えぇ、私の知る限りでは、彼女は明るいですがもっと冷静なタイプですね」

「…だが、茜は基本的に激情家だ。確かに普段は内心一歩下がって冷静さを保つタイプだが、許容範囲を超えればむしろ冷静さなんて自分から投げ捨てるさ」

 

 ある意味挑発に乗ったとも取れる二人の様子へ、見ている面々は言葉を交わす。その間に三人は構え直し…ネット越しに、正対。

 

「茜、連勝だけはさせない…なーんてちっぽけな事は言わないッスよねぇ?」

「勿論。いい加減ぜーちゃんの鼻を明かすよ、シノちゃん!」

 

 ここまでで一番と言っても過言ではない闘志を見せる二人。士気は十分、勝利への意思は十二分。二人の雰囲気にイリゼも表情を引き締める中、精細さを取り戻した二人の動きは幾度となくイリゼを攻め立て……

 

 

 

 

 

 

「あははっ!今のは少しばかりひやっとさせられたけど、この勝負も、私の勝ち。だからこれで、私の五連勝だよ?」

 

……結果、それすらイリゼは捩じ伏せていた。確かに二人の調子は戻り、士気も上々だったが、イリゼの調子は際限知らずだった。加えて態度的な意味でも、調子は乗っていく一方だった。

 

「うぅ…お煎餅好きな忍者女子高生みたいな事言われた…しかも、勝っておいてそれって……」

「ほんとなんッスかイリゼの動きは…掌握空域か何かでも使ってるんスか…?」

 

 疲労と負担から膝を突いた二人の口から漏れるのは、信じられないという声音の言葉。実際、おかしさを増すイリゼの動きは、技術や駆け引きでどうこう出来るレベルではない…「そういうもの」と捉えるしかないと、二人共薄々気付き始めていた。単純に実力差があるだけならともかく、相手だけ違うルールやシステムで戦っているように思えてしまえば、二人もやり切れない気持ちになるというものである。

 

「ほらほら、どうする?止める?まだ続ける?でも流石に、続けるんだったらインターバルは入れた方が良いと思うな。二人だって、休憩したりじっくり作戦考えたりする時間、欲しいでしょ?」

「……っ…ほんと、余裕綽々だねぜーちゃんは…」

「まぁ、実際のところ余裕はあるからね。ほら、私の事は気にせず休憩しよ?それとも、敢えてこのままやる?それならそれで、二人の踏ん張る姿を見られて素敵だから、私としては構わないけど…」

 

 ころころと表情を変えながら、至極楽しそうにイリゼは提案。まだ薄っすらと醸し出されている程度だった煽りの雰囲気は、最早隠す気がなさそうなレベルに達しており…それでもイリゼに直接問えば、彼女はきょとんとした顔を浮かべるだろう。タチの悪い、無自覚な煽り。今のイリゼは、完全にその状態だった。

 しかし、言っている本人は無自覚でも、傍から見れば明らかな煽り。そして当然、イリゼの声は対戦相手の二人だけに届いている訳ではなく…暫く三人のままだったコートの中へ、新たな人影が現れた。

 

「…イリゼさん。この勝負、私も混ぜてもらっていいですか?」

「…ピーシェ?急に、何のつもりッスか…?ウチ等を助太刀すると…?」

「いえ。…あ、いや、形としてはそうですが、別にお二人へ助力したくなったから…という訳ではありません。ただ、このままだと本格的にイリゼさんがウザ…こほん、調子に乗ってきそうなので」

((今、ウザいって言いかけた(ッス)ね、(ぴぃちゃん・ピーシェ)…))

 

 真顔で言いかけたピーシェに、茜もアイも内心で乾いた苦笑を漏らす。一方ピーシェはイリゼを見やり…イリゼは、頷く。

 

「あぁ、そうだイリゼさん。先程イリゼさんは自分が連勝した場合の事を言っていましたが、逆に負けた場合の事は言ってませんでしたよね?それは不公平なのでは?」

「それはそうだね。でも…必要かな?まあまず起きない事への言及は、し始めたらきりがないでしょ?」

「…前言撤回、もう手遅れだった……」

 

 返された言葉に、ピーシェは片手で額を押さえる。対してイリゼは、まだ参加する者は?と問うように見回し…そこでひらりと、飴色の髪が舞う。

 

「イリスちゃんの興味に付き合ってる間に、こんな凄い事になってるなんてね…。ディーちゃん、あの時の雪辱…ここで晴らすわよ!」

「え、わたしは別に……」

「えー、ほんとディーちゃんってばそういうとこドライっていうか、乗ってくれないよね。…ま、半分位は予想してたしいいけど」

「エストちゃん…やるのは私が幻次元に行った時ぶりだよね?なら、ピーシェ含め取り敢えずはお手並み拝見…かな。四人相手なら、さっきより色々面白くなりそうだし」

「うっわ、四対一でもまあ勝てる、って前提で話してる感じ?これは雪辱とか関係なしに、普通に今のイリゼおねーさんには負けたくないかも」

 

 ピーシェに続いて参加を表明したエストを見て、イリゼは楽しそうに口角を上げる。確かにその様子には、四人相手だろうと何ら問題はないとばかりの雰囲気が漂っており…エストもエストで、臨戦態勢の面持ちを見せる。

 

「それじゃあ……」

「待ったぜーちゃん。このコート、四人じゃ少し狭いし、書き直してもいいかな?勿論ぜーちゃんの方はそのままで良いからさ」

「あー、そういえば水中バレーした時はそれで負けたし、幻次元の時も同じ問題が起きてたね。いいよ、けどコートの広さが敵味方で違うと色々面倒だし、こっちもその広さにしよっか」

 

 広くなろうと自分には大した差にならないとばかりにイリゼは返し、早速ネットの調整に入る。いちいち反応していてはキリがない、と四人の側もそれは流す事にして、茜の計測で地面にコートを引き直す。

 

「四対一…これで勝ってもすっきりする気はしないッスが、この際もう関係ないッス。とにかく、全力で…イリゼを張っ倒すッスよ」

「えぇ。実際に勝負していたお二人には言うまでもない事かもしれませんが、イリゼさんの動きは色々とおかしいです、おかしいとしか言いようがありません。それを踏まえ、イリゼさんがどうこうではなく、各々が全力を尽くす事を考えるべきかと」

「じゃ、ポジションとか作戦とかはどうする?一応四人でテニスやった事あるけど、決めとかないとほんとぐっちゃぐちゃになっちゃうわよ?」

「うーん…ここはコートを四つに分けて、きっちり自分のところは自分がやる!…って感じにするのはどう?際どいとこでも皆ならすぐ見切れるだろうし、無理そうならすぐ無理!…って言って、その時はフォローする…みたいな感じでさ」

 

 広いコートに作り直したところで、四人は軽く話し合う。とはいえまともな戦術が通用する勝負でない事はもう明白であり、コートを分割する事で負担と対応の難度を落とし、その上で純粋に力の限りを叩き付ける…そんなシンプルながらも現実的な作戦が固まると、四人はコートの四方に分かれる。

 

「さーって、それじゃあ…勝負よ、おねーさんッ!」

 

 緩く上げられ、勢い良く放たれるボール。イリゼが素早く返せば、それをアイが打ち返し、次はピーシェが、茜がと順に返ってくるボールをラケットで叩く。

 

「うん、流石に四人が相手だと厳しいね…どこ打っても余裕で返される、そんな気がするよッ!」

「そう言う割には、まだ余裕そうッス…ねッ!」

 

 コートの奥、四人側から見て左端へ飛んだボールへ地面を蹴って追い付き、ラケットを左手に持ち帰ると同時に裏拳の要領で返すイリゼ。逆回転のかけられたボールは四人側のコートへ落ちると同時に急減速するも、同じく地を蹴ったアイは跳んだままコンパクトな振りでネット近くへ素早く落とす。

 端から端への、際どい攻撃。だがイリゼは女神の速力で間に合わせると、相手陣の中央…誰のエリアになるのか、最も判断が難しくなる場所へと打ち込み……

 

「甘いッ!」

 

 地面に落ちた直後、ほんの僅かにでも早ければアウトとなるタイミングでボールの横へと身を踊らせ、下から上へ当てたピーシェの一手。それは殆ど力の込められていない、本当にただ「当てた」だけのリターンであり、ラケットに当たった反動だけで飛ぶボールは不規則な動きのまま、ネットを超えた時点ですぐ落ちる。その返しにイリゼは間に合わず…新体制での初得点は、四人側のものとなった。

 

「ナイスぴぃちゃん、まずはこっちのポイント、だね。先取出来たのは、幸先が良い…って言えるかな」

「そうですね。けど……」

「イリゼ、ウチ等へ順番にボールを飛ばしてたッスね…きっちり小手調べしやがったって事ッスか…」

 

 先取点を掴んだピーシェを三人は労う…が、無邪気に喜んでもいられない様子。というのもアイの言う通り、最後の一手以外は順番にボールを、それぞれの動きや守備範囲を見定めるようなリターンをイリゼは行っていたのであり、それもあってかこれまでの異常な動きは今回然程見られなかった。それを踏まえ、先取点となりつつも茜達は警戒を解かず…まあでも、とそこでエストが肩を竦める。

 

「確かに手放しで喜べる訳じゃないけど、点を取ったのは事実でしょ?しかもこれはおねーさんのミスじゃなくて、こっちでもぎ取った先取点。だったら……」

「それを楔にすれば良い、って事ッスか。まぁ、油断出来る訳じゃないとはいえ、前向きに捉えられる結果なのは事実ッスね」

「多分ぜーちゃんは色々把握してから動き出すんだろうけど…分かるっていうのは、何も良い事ばっかりじゃないもんね。分かった事で焦ったり、考え過ぎたりする事もあるし…これ以上、ぜーちゃんの思い通りにはさせないよ!」

「それでは…イリゼさんには、そろそろ大人しくなってもらいましょうか」

 

 冷淡にピーシェが言い放つと共に、四人はラケットを下へ向けて軽く振るう。それはまるで、刀に付いた血糊を落とし、次なる戦いに臨む武人であり…相対するイリゼもまた、鋭い視線で四人を見ていた。

 やはりイリゼがまた勝つのか、それとも四人が遂に連勝を止めるのか。四人側の先取点により、これまでで最大の緊迫感を放つ中、サーブが放たれ…大勝負が、幕を開けた。

 

 

 

 

……と、いうのがここまでの経緯。そして、時系列は冒頭に、今に戻る。…突き付けられた、結果と共に。

 

「ほらほら、取り敢えず立って?皆が這い蹲ってる姿なんて、とても見てられないもん。ショックかもしれないけど、皆はよく頑張ってたよ。何度もひやりとさせられたし、今回は運が良かったって部分も多分あるんだから…顔上げて、胸張ろう?」

 

 地面に倒れ伏す茜達とは対照的に、今も尚イリゼは健在。流石に本気は出していただろうし、余裕とまでは言えない表情だが…四人との差は、歴然。そして何より…煽りが酷い。あからさまに相手を嘲笑している訳じゃなく、むしろ一見相手を気遣っているような言葉なのが、余計に酷い。…テニスを始めた直後までは、まだいつものイリゼだったというのに…一体何がどうしてこうなるんだ、イリゼ……。

 

「マジで、なんなんッスかこのイリゼ……調子乗りまくってる時のノワール並みって、ほんとにイリゼッスか…?」

「どうしよ、おねーさんの事殴りたくなってきた…割とがっかりなテニスみたいにラケットで叩くのは有りかしら……」

「このイリゼさんほんとやだ…いや、ちょっと…本当に嫌悪感しかないんだけど……」

「うぅぅ…正気に戻ってよぜーちゃん!今ぜーちゃん凄まじく不評だよ!?私も皆と同意見だよ!?後……まずはその豪華な椅子に座るのは止めようよ!?どこから持ってきたのそれ!?」

 

 コートから聞こえる怨嗟の声もまるで届いていないのか、周囲からの引いた視線もまるで意に介していないのか、イリゼは玉座風の謎の椅子で片肘を突きながら、見せ付けるように脚を組み直す。

 

(…さて、どうしたものかな)

 

 ここまでは観戦に徹していた俺だが、こうも茜を貶されるのは…いや、形的には貶してないが…とにかく良い気分じゃない。今のイリゼを見ているのも、精神衛生上良くない。

 されど、問題はどうするか…だ。実力行使するのが一番手っ取り早いが、テニスそのものは正々堂々やったイリゼに実力行使をしたところで、俺の自己満足にしかならない。というより、そんな事をすればそれこそこの場の雰囲気は最悪になるだろう。恨みや憎しみを向けられるのは慣れたものだが、悪化するだけで何も解決しないんじゃ本末転倒も甚だしい。

 であれば、今のイリゼを言葉で窘め、制止したらどうか…とも思うが、それも言葉の上じゃ気遣っている以上は難しい。姉であるセイツなら…というのも考えたものの、横を見てみたら「やっばぁ…こんなイリゼの感情見るの初めてぇ…♡四人も色んな感情がごちゃ混ぜになった心の揺らめきをしてるし、眼福過ぎるのぉぉ……♡」……と、訳の分からない事を言っていたし、これは駄目だろう。こっちはこっちで出来るだけ視界に入れたくない。

 

「ネプギアと同じ位…というか、メカオタじゃない分ネプギアよりまともかと思ってたけど…蓋を開けてみたら、とんでもない一面があった訳ね……」

「他の女神、を私はあまり知らないが…イリゼ君が中々愉快な性格をしているのは事実だよ。…まぁ、流石に今のイリゼ君を、愉快というのは些か違うと思うけどね」

「……イリゼ、さっきから嫌な感じ…いつものイリゼの方がいい…」

「そう、ですね…イリゼ様、この辺りでテニスはお開きにしてもらえませんか?何もずっとやる必要は……」

 

 これ以上は、続ける事自体が悪手。そう判断したのか、イリゼへ呼び掛けを行ったのはワイト。確かに悪くなるばかりの状況からすれば、巻き返しを諦めてでも打ち切っておくのは堅実な考え方であり…だがそこで、一人の少女がコートに入る。

 

「…ディールちゃん?」

「ディーちゃん…?…やりたくなかったんじゃ……」

「うん、こうなる気がしてたし、やりたくなかったよ。けど…ちょっと、イラっとしたから」

 

 剣呑な雰囲気と共にコートへ入った少女ディールは、すぐにでも始められそうな素振りを見せる。

 既にまともにやって勝てる勝負じゃないのは明白な中で、それでも敢えて参加の選択をしたのは、何か策があっての事なのか、衝動故か、はたまたテニスで決着を付ける必要があると思ったのか。何れにせよ、茜側のチームが四人から五人になった事は事実で……いや、違う。

 

「では、わたしもやらせてもらいます。ピーシェ様をコケにされた以上、黙ってはいられませんから」

「俺もいいか?イリゼ。俺も少しばかり、これには『関係のないやり取りだ』…って考えでスルーしたくはなくなってきたからな」

「じゃ、俺も〜っと。イリゼとテニスなら、俺だって思うところがあるしなー」

「おー、仲間が続々参戦なんて、なんかラスボス戦みたいになってきたねぇ。…って訳で…わたしもこの決戦、絡ませてもらうよ!なんたってわたしは主人公、愛と正義とプリンのヒロイン、ネプテューヌさんなんだから!」

 

 ついさっきまで、サッカーをしていた面々。全員でこそないものの、その面々が次々と参加を表明し、茜達の方へ立っていく。手を差し出し、四人を引き上げ、共に並び立っていく。

 数は倍へ、四人から八人へ。最早違う競技をやった方がいいんじゃないかという人数になった今の状態だが…単に数が増えただけじゃない。イリゼという共通の相手を前に、別々の次元や世界から来た、昨日会ったばかりの関係だって複数ある八人が、今この瞬間団結している。

 

「…本来、イリゼもそっち側で、俺みたいな奴が敵側にいるべきだろうにな…全く、本当に訳が分からない状況になったもんだ」

「えー君…まさか、えー君も……?」

「ああ。それにどうやら、総力戦になりそうだ」

 

 偶には乗るのも良いかもしれない。そんな風に思いながら、俺もラケットを手に取る。更に雰囲気に当てられたのか、はたまたそれぞれの思惑があるのか、最終的にはセイツを除く全員が茜達の側に立ち…セイツも、落ち着いた面持ちで「なら、わたしは見届けさせてもらうわ」と言いながら、どちらでもない側へと立った。…一周回って冷静になったのだろうか、この女神は…。

 

「そっか、そっか……なら皆、場所を移そうか。こうなるともう、ここじゃ私が本気で戦えないからね」

 

 それはハッタリか、気が大きくなっているが故の発言か、或いは本気で言っているのか。それは分からないものの、これまでの妙なテンションとは違う、静かな…既に全身全霊を込める事を決めたような声音で、イリゼは俺達へと言い…俺達も、それに応じる。

 そうして訪れたのは、人気のない荒野。テニスをするのに、こんな場所に移動する必要があるのだろうか…という問いは誰も口にせず、やはりテニスというには広過ぎるコートを地面に作り、ネット越しに互いを見合う。

 

「多分、これが最後の勝負になるだろうね。…私は勝つよ。これまで通り、最後まで……圧倒的にねッ!」

 

 本気の表れという事なのか、イリゼは女神化。何を言うでもなく、こちらもそれぞれが全力を出せる姿となり…始まった、最後の戦い。激戦中の激戦、死闘と言っても過言ではない程の激突。俺達もイリゼも、ただひたすらに勝利を目指し、力を振り絞り──そしてその果てに、終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふ、ふふ…見事…ッ!」

 

 満足したような、充足感の伴った声。小さな笑いと共に、イリゼは見事と言い……倒れた。…巨大なクレーター、その中心で。

 

「いやなんでこうなったッ!?」

「わぁ!?…え、影さん…?どう、しました…?」

 

 思わず、ほんと思わず全力で突っ込んでしまった俺。近くにいたルナにぎょっとされたが、これは突っ込まざるを得ない。でなければ、これを読んでいる多くの人が置いてけぼりを喰らうだろう。

 や、うん…この面子で、各々が加減無しの本気出したらクレーターの一つや二つ出来るだろうさ。普通にイリゼのとこ以外にも、地面が抉れてたり亀裂が走ってたりする所は色々あるし、何なら俺も黒切羽で全方位攻撃とか仕掛けた気がする。どう考えたってルール違反な事した気がするし、それをイリゼはリターンで、打ち返したボールの跳ね返りで全基撃ち落とした上にこっちのコートへボールを落とすっていう意味不明な事してきた気もするし……ほんとなんだこれ!?現実か!?仮想空間とか、精神世界の話じゃないのか!?

 

「か、勝った…勝ったよ皆!もうテニスで勝ったのかどうかよく分からないけど、とにかく勝ったよ!」

「勝ったッスね!最早やっていたのがテニスかどうかも怪しいッスけど、まあ勝ちは勝ちッス!」

 

 湧き上がるのは、混乱混じりの歓声。特に最初からやっていた茜と、二人目であるアイの喜びは一入らしく、凄まじく首を傾げながらも嬉しさを表情で表していた。

…が、当然全員が手放しで喜べる訳じゃない。これだけの激戦となれば、疲労困憊になる面々もいる訳で…例えばそれは、この少年。

 

「つ、疲れたぁぁ…疲れたし、もう途中から何が何だか分からなかったよ……」

「愛月君お疲れ〜。大丈夫、立てる?」

「お疲れ、愛月も結構頑張ってたな」

 

 尻餅をつくようにして座り込んでいた愛月へ、ネプテューヌとカイトの二人が手を差し出す。それぞれの手を握って立ち上がった愛月は、疲労もあってかふにゃーっとした顔で感謝を伝え…それからまた、ぐてっとしていた。

 一番疲労が見えるのは彼だが、他の面子もそれなり以上に疲労している。それ程までの激戦だった。十六対一のテニスで疲労…?とも思うが……いや、よそう。これはテニス、テニスだったんだ。もう、そういう事にしておこう。

 

「すっごい大変だった……けど、やっぱり…楽しかったぁ…」

「ふふっ、良かったわねイリゼ。わたしからも、楽しんでる事は伝わってきたわよ」

「けど、態度に関してはもう少し自重するべきだったと思うよ。あれでは折角の君の善性が損なわれてしまう」

「うっ…確かに言われてみたら、おかしいテンションでおかしな事言ってたかも…ごめん、皆……」

 

 訳の分からない激戦を終え、得たのは勝利。だがそれだけでなく、負けた事で…或いは満足して気が抜けた事で、イリゼも我に返っていた。全く、世話の焼ける女神だな…本当に。

 

「…理性的に、現実的に生きるばかりが人ではない。馬鹿馬鹿しくとも、しょうもない事でも、やってみれば意外と糧になったり、楽しかったりもする…ケイドロや昼食も含め、女神様達や彼等は、そう思わせてくれるね」

「……そうだな。あのタイミングで中止にしても良かっただろうし、そもそも遊びとして始めた事なんだから、ムキになる事自体が間違ってる…そう言って片付けていたら、確かにこれはなかった光景だ」

 

 暫し眺めていた俺にかけられた、ワイトからの言葉。軽く笑って言う彼の言葉に、俺は少しだけ考え…頷いた。

 多分これは、嘗ての俺にはなかった…気付く事も、感じる事もなかった答えの一つだ。今でこそ、これも一つの答えだと思えるが、前の俺なら、冷めた目で一蹴していた事だろう。

 別に、それを俺は否定しない。目の前にある光景は、偶々出来たものでしかないし、答えの一つであって絶対的な正解じゃない。だが……これだけは言える。時にはこういう事もして、心に余裕を作った方が…意外と、楽に進めるかもしれないな、と。

 

(そしてもし、もしも嘗ての俺が、少しでも心に余裕を持てていたら……)

 

 つい、考えてしまう。自然に視線が、ネプテューヌやディール、エストに向かう。だが……止めよう。今は頭の片隅に置いておこう。忘れる事は出来ないが、したくないが、して良い訳がないが…それを考えるのは、今じゃない。

 

「…さて、もうかなり時間も経ったし、そろそろ帰るのはどう?疲れ過ぎて動けない、って人はわたしが抱えていってもいいわよ?」

「まあ、そうですね。取り敢えずは、多少は溜飲も下がりましたし?」

「い、いやほんとごめんね、皆…今日は私の楽しみに付き合ってもらったし、今度は皆のやりたい事に付き合うから、何かあったらその時は言ってね?」

 

 女神化を解いたイリゼは、ピーシェからのほんのり毒を混ぜた発言でもう一度謝罪をしながら立ち上がる。それから今度は皆に付き合うと言い、皆もそれに頷いて、この大変トンチキなテニスとそれに纏わる事態は終わりを迎え……

 

「あ、それならイリゼ、ウチ早速付き合ってほしい事があるんッスよねぇ」

「ん、何かな?私に出来る範囲なら付き合うよ?」

「お、言ったッスね?三人共、今のちゃんと聞いたッスか?」

『勿論』

「え…?」

 

……なかった。和やかな雰囲気の中、言質を取った、とばかりにアイが言った瞬間、イリゼを囲うように茜、ピーシェ、エストが展開し…イリゼは固まる。

 

「いや、あの…皆……?」

「で、その付き合ってほしい事なんスけど、映画鑑賞なんッスよね。信次元のとびきり怖いホラー映画鑑賞会ッス」

「んなぁ…ッ!?ほ、ほらっ、ホラー映画って……」

「ほーら、行きましょイリゼおねーさん。映画って長いんだから、早く行かないと…ね?」

「け、けど私はまだ見るとは言ってな……」

「出来る範囲なら付き合う、と言いましたよね?まさかイリゼさん、嘘吐いたんですか?」

「う"…そ、それは……」

「うんうん、ぜーちゃんはこういう時に嘘吐いたりしないもんね。ほらほら、行くよー?」

「ひぃッ!だ、誰か助け……うわぁ担ぎ上げられた!?」

 

 まるで捕まった獲物が如く、担ぎ上げられ連行されるイリゼ。どうもホラー系が苦手なのか、イリゼは助けを求める…が、きょとんとするイリスを除き、周りは苦笑いをするだけで応えはしない。そうして最後にイリゼと目があったっぽいのはディールであり、イリゼはディールを見つめる……が、「自業自得です」の言葉で轟沈。そして……

 

「あ、あぁ…ぁ……いぃやあぁああぁぁぁぁああああああぁッッ!!」

 

──その日の夜、神生オデッセフィア教会には、それはもう凄いイリゼの悲鳴が響くのだった。

 

 

 

 

 

 

「ぐすっ、うぇ…うぇぇ…ふぇぇぇぇ……」

「ま、まさかイリゼさんがここまで苦手だったとは…もうずっと泣きっ放しって……」

「もー、泣かないのおねーさん。もう映画終わったから、ね?」

「前にお化け屋敷…みたいな所に入った時もそうだったけど、ここまで泣かれると流石に申し訳なくなるね…はは……」

「そッスね…やったウチ等が言うのもアレッスけど…落ち着くまで一緒にいてあげるッスからね…」




今回のパロディ解説

・エクストリームでハーツなスポーツ
Extreme Hearts及び、作中の同名の競技の事。ゲイムギョウ界だったら、エクストリームギアとかもありそうですよね。人型のロボットとかはある訳ですし。

・「〜〜愛野ー、サッカーやろうぜー」
サザエさんに登場するキャラの一人、中島弘の代名詞的な台詞のパロディ。加えてサッカーやろうぜ、だとイナズマイレブンの円堂守のパロディっぽくもなりますね。

・某スーパーリケイ人
理系が恋に落ちたので証明してみた。における、作中キャラに対する作者の表現の事。実際彼は理系でしょうね。色々作ってたりもしますし。

・お煎餅大好きな忍者女子高生
閃乱カグラシリーズに登場するキャラの一人、夜桜の事。わしの勝ちで宜しいですね?…を意識はしたものの、あんまりそれっぽい感じになりませんでした…。

・掌握空域
惑星のさみだれの主人公、雨宮夕日の掌握領域(特殊能力)の事。勿論イリゼは相手の動きを阻害してたりはしませんし、そもそも特殊能力を使用している訳でもありません。

・「〜〜何度もひやり〜〜運が良かった〜〜」
ポケモンシリーズの登場キャラの一人、ダンテのアニメ版における台詞の一つのパロディ。圧勝でしたからね。そして勿論、イリゼも他意なくこれを言ってたりします。

・割とがっかりなテニス
ギャグマンガ日和シリーズにおける短編の一つ、ゲーム大好き兄弟の中で登場したゲーム、割とテニスGC(がっかり)の事。魔法で伸ばして叩く…のでしょうか。

・「〜〜皆、場所を移そう〜〜戦えないからね」
BLEACHの主人公、黒崎一護の台詞の一つのパロディ。愛染との最終決戦時の台詞の一つですね。別にイリゼは最後の女神化を習得したとかではありませんが。


 今後の合同コラボの展開の一つとしてリクエストがきましたので、参加して下さっている作者の皆様にご質問します。現在参加しているメンバー同士で(男女分かれて)恋バナ、更に集まっているメンバーの中だと、彼(女)はこういうところが魅力だよね、という会話をする…みたいな展開はどうでしょうか?どう、というか、そういうやり取りはしても大丈夫でしょうか?
 また、OEを読んで下さった方であればお分かりだとは思いますが、現在信次元には、うずめとくろめが存在しています。彼女達と会った場合、作品によっては今後の展開(VⅡ(R)編を書く予定でしたら)に影響を及ぼしてしまうかと思うのですが、彼女達の登場に関しては、控えた方が宜しいでしょうか?又は、問題ないでしょうか?
 上記の二点を、何かしらの形でご返答して下さると助かります。


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第八話 今度は街の外にまで

 再会だったり出会いだったりがあって、イリゼの国を…神生オデッセフィアの姿を知った一日目。偶々早めに目が覚めた事からちょっと保育に付き合った後、公園で遊んだり、バーベキューしたり、今振り返っても色々意味不明なテニスをしたりした二日目。体感としてはその倍以上に感じる二日間を終え…ウチ等は三日目の朝を迎えた。

 まぁ、なんというか…二日共、愉快で楽しかった。久し振りに友達と会うのも、遊びに全力を注ぎ込むのも、守護女神になったイリゼの道や、目指す先を感じるのも。イヴもちょこちょこ困惑しながらも、楽しんでいるようで一安心。なんかしら問題が起こるんじゃ…とも思ったものの、今いる面子の事を考えれば、多少の問題なら速攻で何とかなる事間違いなし。いやはやほんと、ちょっとした悪の組織位だったら日帰りで解決とか出来るんじゃないッスかね。

 とにかく、ウチにとって二日間は、楽しい時間になった。なら…そりゃ、期待するッスよね。三日目である今日、する事にも。

 

「今日もありがとね、皆。手伝ってくれたおかげで、凄く助かったよ」

「いーのいーの、わたしとしても楽しかったからねー」

「けどやっぱり、小さい子は体力が凄いですね…。…な、何ですか…確かにわたしも皆さんよりは小さいですけど、あの子達と同じじゃありませんからね…?」

 

 朝食を食べながら交わす話題は、今日も軽く手伝った保育の事。今回は昨日いなかった面々も何人か参加し、子供達にも喜んでもらえた。いやぁ…やっぱり、行った途端に「あっ、きのうのおねーちゃん!」って言って駆け寄って来られたら、可愛がってあげる他ないッスよねぇ。

 

「けどさぜーちゃんせーちゃん、こんな半端…っていうか、ちょっとだけの手伝いで良かったの?そりゃ、本格的な手伝いは素人の私達には出来ないけど、少し遊んであげたり、ミルク飲ませてあげたりする位じゃ、そこまでの手伝いにはならないよね?」

「大丈夫よ。うちの保育は、特別な経験…言ってみれば、乳幼児期から女神と関われる、って事を利点の一つにしてるんだもの。だからネプテューヌやディールちゃん達は勿論の事、茜達だって『女神の友達』なんだから、あの子達と関わってくれるだけで十分意味はあるの」

「女神様と関われる、上手くいけば名前を覚えてもらえる…確かに子の未来を思う親からすれば、魅力的な保育環境ですね」

「そういう事。それに…皆、喜んでたもん。皆が楽しそうにしてくれたんだから、私は凄く感謝してるよ」

 

 ワイトの言葉に頷いて、イリゼはにこりと笑みを浮かべる。こういう事を自然に言える辺りは、イリゼの人の良さが表れてるッスよねぇ。いや、ほんと……

 

「昨日あれだけイキってたのと同じ女神とは思えないッスねぇ……」

「最終的にはわんわん泣いて精神年齢も退行してたのと同じおねーさんとは思えないわよねぇ……」

「うっ…だから、ごめんってば…後エストちゃん、その事は言わないで…それ言われると……」

『言われると…?』

「思い出してまた震えてくる……」

「あ…う、うん。流石にあのイリゼおねーさんは見てて居た堪れな過ぎるから、もう言うのは止めておくわ……」

 

 あの後、四人で連行して強制ホラー映画鑑賞会を行った結果、イリゼは見る影もない程情けない状態になっていた。それこそ、さっきの保育園の子にホラー映画見せるのと同じような有り様だった。確かにあれは、色々切なくなるレベルだったッスね…。

 

「ふふ、まあ誰にも苦手なもの、不得手なものは存在するさ。それでイリゼ君、今日はどうするのかな?」

「あ…うん。今日はちょっと、生活圏外に…これまでよりもっと遠い場所まで出てみようと思ってるんだだけど、どうかな?」

「……!って事は……」

「モンスターを見られるかもしれない、って事だよな…!」

 

 遠出をする。そう聞いて真っ先に反応したのは、ポシェモン…もとい、ポケモントレーナーの愛月とグレイブ。二人…特にグレイブの期待の表情を見ながら、そういえば確かにそういう事も言っていたな、とウチは一日目の事を思い出す。

 

「モンスター…っていうと、るーちゃんとか、愛月君、グレイブ君の連れてるポケモンもモンスターなんだよね?」

「まあ、ポケットモンスター、縮めてポケモンだしな」

「…カイトさん、何やら少し詳しそうな口振りですね」

「あ、あー…昨日今日と、グレイブと少し朝練っぽい事してたからな。だからその影響…かもしれない、うん」

「ねぇねぇビッキィ、『少し詳しそう』ってちょっと変な感じあるよね。少し詳しいって…いや詳しいのか詳しくないのかどっちなんだーい!的な感じでさ〜」

「え、凄くどうでもいい…何となく詳しそうとか、そういう意味で言っただけだと思いますよ…?」

 

 ソーセージを刺したフォークをひらひらさせながら言うネプテューヌ。それを言葉通り、凄くどうでも良さそうな顔で返すビッキィ。まぁ、確かにどうでも良いッスね。

 

「まあネプテューヌの発言はともかく、貴方達の連れていたポケモンと違って、ゲイムギョウ界のモンスターはあまり魅力的じゃないと思うわよ。危険な種類や見た目が良くない種類だって沢山いるもの。…後、人面魚とかも」

「人面魚?…それって……」

「うん、知ってるよ。僕は少しだけど前にも見たからね。でも、そういうモンスターばっかりでもないでしょ?」

「それに、ポケモンだって危険なやつはいるしな。昨日話したミミッキュの他にも、暗闇から命を狙いにくるやつとか、近寄ってきた相手をミイラにしたり身体の中に閉じ込めるって言われてるやつとか、愛情表現で抱き着いてくるけど力が強過ぎて背骨折られるやつとか……」

「お、おおぅ…結構普通にホラーなものから色々悲し過ぎるものまで色々いるんスね……」

「あ、後子供をあの世に連れてこうとするけど、逆に子供に振り回されちゃうって話のポケモンもいるよね」

『えぇ……』

 

 ぼそっと付け加えたイヴの言葉にセイツが反応し、そこから話はそれぞれの世界に存在するモンスターの事に。しかしそう言われるとちょっと気になってくるッスね。…と、思ってこの後に少し訊いてみたら、何でもいばらポケモンなる種類もいるんだとか。実際に一度見てみたいものッス。

 

「…まぁ、良いんじゃないか?ただの子供ならともかく、モンスターとの付き合い方なら、俺達よりも二人の方が分かってる部分も多いだろうさ」

「いざとなれば、それこそポケモンがいるもんね。って訳で、道中モンスター探しをしても良いよ。けど…今日のメインイベントは、単に生活圏外に出る事じゃなくて、その目的地にあるんだよね」

「目的地?っていうと、おねーさんモンスターの討伐でも計画してるの?」

「いやいやモンスターは関係なくてだね…えー、今日は温泉に行こうと思っています!」

 

 温泉。そう言ったイリゼに、ウチも皆も目を瞬かせる。この反応をイリゼは想定済みだったようで、だよねと言って言葉を続ける。

 

「少し前に、未開地域の開拓中に温泉を見つけてね。結構景色も良いし、温度も丁度良かったから、ちょっとした冒険みたいになるんじゃないかと思ったんだ」

「温泉かぁ…うんうん、さんせー!未開地域って事は、俗に言う秘湯になるんだよね!だったら楽しみ……はっ!?」

「どうかしたの?ねぷちゃん」

「ちょっ…ま、まさかとは思うけど、混浴じゃないよね…!?」

『……!?』

「え…い、いや違うよ!?違う違う混浴じゃない!その地域には複数温泉になってる所があるから、男女別々の場所で、って事を考えてて…ほんと、そういう事じゃないからね!?」

 

 えらい慌てながら言ったイリゼの否定で、ウチ等は安堵。しかしまた、随分と慌ててたッスねイリゼ…考えてみればどう入るのか、男女別々に入れる温泉なのかって事はどこかしらで出てくる話な筈ッスし、想定しておけばいいものを…。

 

「こ、こほん。そういう事だから、皆が良いなら行ってみようと思うんだけど…どうかな?」

「うん、私は構わないよ。旅行の様で楽しそうじゃないか」

「わたしもそれで良いですよ。折角イリゼさんが計画してくれたなら、拒否するのも悪いですし」

 

 咳払いした後イリゼが意見を求めれば、まずズェピアが、次にディールが賛成を示す。ウチ含め、その後も賛成が続いて…結果は全会一致で行く事に決定。なら早速、とイリゼは出発時間を相談して決め、それまでに準備をしてねと言う。

 

「あ…っとそうだ、今回はもう一人来るんだ。その人にも時間を伝えとくから、来たらまた紹介するね」

「もう一人…それってもしや、第八話にて新たなコラボキャラ登場!?しかも新しいコラボ先とか!?」

「メッタメタにメタい事言ってるところ悪いんだけど、違うから…普通に信次元の住人だから……」

「…ちょっと訊きたいんスけど、皆の次元のネプテューヌもあんな感じなんッスか?」

「あ、はい。あんな感じです」

「あんな感じだな」

「あんな感じ…あんな感じ?あんな感じとは、どんな感じ?」

「えーっとね、なんて説明したら良いかな…」

 

 もし初めて会う人が今の発言を聞いたら、正気を疑うんじゃないッスかねぇ…と思うようなネプテューヌの発言。ウチからすれば慣れたものとはいえ、これがどの次元においても普通なのかふと気になり…訊いてみたら、ご覧の通り。イリスには伝わってなかったッスけど…まぁ、ルナが自分から説明してくれてるっぽいから、任せる事にするッス。

 

「じゃ、準備しに行きましょディーちゃん。まあ、準備って言っても大した用意はないと思うけど…」

「あ、エストちゃんにディールちゃん。それにネプテューヌとピーシェ、アイもちょっといいかしら?」

「はい?どうかしましたか?」

(…全員女神、ッスね…表情からして、何か起きた訳じゃなさそうッスけど……)

 

 朝食も終え、一度割り当てられた部屋に…と思ったところで、セイツに呼び止められたウチ等。何事?とピーシェの反応に続いてウチ等が見れば、セイツは軽く肩を竦める。

 

「別に大層な事じゃ……あるわね」

「え、あるんですか…?」

「ちゃんと考えたら、ね。…こほん。ちょっと、シェアエナジーについて気になったのよ」

「あぁ、そういう事ッスか」

 

 シェアエナジー。そう言われて、ウチはすぐに合点がいった。

 確かにそれは、女神にとっては重要な事。生きる上でも、シェアという存在そのものに対するという意味でも。

 

「そういう事であれば、問題ありません。見ての通り、元気ですので」

「わたしも大丈夫よ。まあ勿論、こっちじゃ得られるシェアエナジーの量なんてずっと減ってるけどねー」

「そもそも世間一般じゃ知られてないんだから、当然ね。でも良かったわ。皆その辺りは何とかなるって聞いてたとはいえ、折角来てもらったのにシェアエナジー不足で帰らざるを得なくなる、なんてなったら残念だもの」

 

 この通り、とピーシェは肩を揺らして、エストも気楽な調子で言う。ウチやネプテューヌ、ディールも頷けば、セイツは良かったと笑みを浮かべる。

 

「帰らざるを得なくなる、か…」

「うん?どったのディールちゃん」

「あ、いえ…これまで別次元とかそういう場所だと、帰りたくても帰れない状況の方が多かったので……」

「あー。ほんと、帰ろうと思えば帰れるっていうのは安心感あるッスよね。シェアの方も、今いる面子で最低限は確保出来てるッスし、多分これまでで一番気楽な次元移動だと思うッス」

「ふふっ、シェアに関してはこれから積極的に外に出て、もっと色んな人から得ても構わないわよ?勿論、わたしやイリゼ以上の魅力を国の皆に感じさせられるなら、だけどね」

「イリゼさんだけじゃなく、貴女もそういうタイプですか…」

「というか、わたしやエスちゃんは勿論、ネプテューヌさんやピーシェさんも何かとややこしい事になるのでは…?」

 

 言われてみればその通り、事情を知らない殆どの人は、別次元の同一人物…なんて事を分からない筈。つまり、まともにシェアを得られそうなのは、ウチだけって事ッスか。…まぁ、別にそんな事する気ないッスけどね。そもそも知ってもらう機会自体、ほぼないだろうし。

 

「え、でもアイ、確かイリゼおねーさんに五連敗してコンサートに付き合う事になったんじゃ……」

「あれ本気だったんスか!?」

「ふふふ…アイ、楽器は弾けるかな…?歌の経験はどの位かな…?」

「しかもイリゼいたんッスか!?」

 

 ふふふ、と笑いながら現れるイリゼ。ぎょっとするウチの前で不敵に笑うイリゼの顔は、明らかに本気。更にその背後、廊下では茜が「はは…困ったね、これは…」と言っているような苦笑いをしていて…うん、これはアレっすね。物語である事を活かすのが一番ッス。よいしょ、っと。

 

 

 

 

「いやアスタリスクの私的利用は許さないよ!?」

『キャンセル!?アスタリスクキャンセル!?』

 

 ちっ、これで次の地の文担当に回してしまおうと思ったッスのに…やっぱりこういう事は、ホームグラウンドのイリゼの方が上手みたいッスね…。

 

「お、シノちゃんそれはここが信次元だからって事と、誰が書いてるかって事とで二重に言ってるのかな?」

「流石はネプテューヌ。メタが絡む事は見逃さないんッスねぇ」

「いや…というか、どうやってアスタリスクなんて出したんですか……」

「私、二人に会った時も驚きましたが…これはそれを遥かに超えているというか、最早色々な意味で別次元過ぎる……」

「これは真似しようと思って出来る事じゃないわよねー。でも、イリゼおねーさんと関わってたらいつの間にか地の文読めるようになってたし、結局は経験とノリなんじゃない?」

(あ、これは……)

 

 強引に場面展開させる事には失敗したものの、結果的に逸れてくれた話の流れ。けどこんな事考えてると、また引き戻されそうッスから、今度こそウチのターンは終了ッス。なんだか良く分からない締めになっちゃったッスけど…未開の地の温泉なんてそうそう入れるものじゃないッスし、面倒な事は考えずに楽しみたいものッスね。……あ、この後のアスタリスクは普通に場面転換として出てくるやつッスから、身構えなくても大丈夫ッスよー。

 

 

 

 

 やぁ、皆の衆。ご機嫌は如何かな?愉快なやり取りをしていた女神諸君からバトンタッチを受けて、ここからは俺が地の文を務めさせてもらうよ。

 

「よいしょっと。ここからは歩きなんだよね?」

「うん、そうだよ。温泉直行でも駄目じゃないけど、それじゃ少し味気ないでしょ?」

 

 車両から降りたところで、振り向いたルナ君がイリゼさんに問う。イリゼさんはそれに頷き、それじゃあ行こうかと先頭を進む。やはりというべきか、モンスターを見たいと言っていたグレイブ君や愛月君が真っ先に続き、いつも快活なネプテューヌ君が更に続く。

 

「同じゲイムギョウ界って言っても全く同じな訳じゃないし、見た事ないモンスターもいるのかしら…」

「それはいるかもしれないけど…いたからって、嬉々として狩りに行くとか止めてよね…?」

「いや、わたしそこまで戦うのが好きって訳じゃないからね…?…まぁ、強そうだったら興味は湧くけど」

「モンスターかぁ…なんか思い返すと、私達って全然モンスターと戦ってないよねぇ」

「言われてみるとそうだな…うん、思い返せば思い返す程、人とばかり争っていた気がする……」

 

 今いるのは、森林浴にはもってこいの場所。とはいえ特別凄いものや珍しいものがある訳でもなく、各々雑談をしながら森を進む。うん、やっぱり家族の会話というのはいいものだね。前者は微妙に、後者は明らかに物騒な気配があるけど、まあそれはそれ。今和やかに話しているんだから、問題はないというものさ。第一俺も、普段は色々と考えている訳だし。

……うん?あぁそうか、確かに補足は必要だね。一人称が『俺』なのは、誤字ではないよ。本音と建前…ではないけど、君達だって状況によって一人称を使い分けたりするだろう?

 

「人とばかり、か……」

「イヴは逆に、前はほぼずっとモンスターとしか戦ってなかったんスよね?」

「まぁね、そもそも私以外人のいない次元にいた訳だし」

「それもそれで大変そうだな…まぁ俺も、似たような次元に一時期いたんだが……」

 

 影君の言葉にワイト君が呟き、それを耳にしたアイ君がイヴ君に問う。訊かれたイヴ君は答え…その答えに、彼が……同行者として紹介を受けた、ウィード君が共感を示す。

  今回彼が同行する事になったのは、入浴の際イリゼさんもセイツ君も俺達男性の方には来られない為。ま、当然だね。同行されたらむしろこっちが困る。きゃー、女神さんのえっちー、としか反応出来ないよ。というか逆ならともかく、女性が男湯を覗きに来るシーンなんて需要ないだろう。…多分。

 

(しかし、何というか…特異だな、彼も……)

 

 初対面という事でまだ探り探りという印象はあるものの、何気なく…至って普通に会話をしている彼。実際彼の人となりは、ここまで見ていた限りでは、特に突飛なところなどない…少なくとも、日常的な会話においては普通と判断出来るだろう。

 だが、生命…否、存在としての本質、根底の部分はかなり特異だと言っても過言ではない。ここにいる面々は、大半が多かれ少なかれ特殊であるが、彼の場合は普通と違うのではなく、普通とはそもそも別の領域にいる…そう言っても過言ではない。生命ではなく現象、いるのではなく起きている、もし俺の見立て通りなら、彼はそういう存在であり……うーん、なんという偶然。タタリな俺には、センチメンタルな運命を感じずにはいられないね。

 

「…あ、グレイブ、愛月。あそこ」

「うん?…お!あれは……!」

 

 と、そこで聞こえたのは、何かを見つけたらしいビッキィ君の声と、興奮混じりなグレイブ君の声。そしてビッキィ君の指差す先にいるのは、某RPGの代名詞的モンスターに犬の耳と鼻、それに尻尾を付けたような存在…ライヌ君の種族であるスライヌの下から触手を生やしたような、これまた某RPGに出てきそうなモンスター。…いや、ほんと似てるな…そして色々どうなってるんだあのモンスターは。教授が見たらなんて言うだろう…。

 

「わぁ、ライヌちゃんと同じ…スライヌ族?…なのかな?なんか、ドククラゲとプルリルを混ぜたみたいな見た目だね」

「ぱっと見クラゲなのに、普通に地上にいるのか…なぁイリゼ、あれはなんてモンスターなんだ?」

「グレイブ、イリスは知っているので教えてあげる。あれは、ヒールスライヌ。少し苦いけど、それが後から来る甘さを引き立たせている」

『へっ…?』

「あ、あはは…イリスちゃん、惜しいけど違うよ。あのモンスターは、ヒールじゃなくてヒーリングスライヌ。まぁ、亜種である事は間違いないけどね」

「違う…?…確かに、色が違う…イリスが知っているのは、ライヌちゃんと同じ水色。でも、あれはピンクに近い……」

 

 さらっと出てきた味の情報に皆がぽかんとする中、乾いた笑い声を漏らしたイリゼさんは話を逸らすように間違いを指摘。…やはりイリス君は、そういう存在という事か。まぁ、折角和やかな雰囲気なんだ。わざわざ波風を立てるような事は言わないよ。

 

「向こうはこっちに気付いていない、か…。…ところで二人共、ゲイムギョウ界のモンスターに興味があるみたいだけど…私の次元に来た時も、塔でモンスター見てるよね?」

「うん、見たね。でもほら、あの時はロボットとか、パーカー着たぬいぐるみみたいなのとか、変なのが多かったから……」

「スライヌも犬部分が取って付けた感凄いし、よく考えたら結構変なやつじゃないか?…あ、でもポケモンもそうか…どう見てもネジと磁石なパーツがあるやつとか、明らかに複数なのに一匹扱いなやつとか……」

「あ、言われてみれば確かに…。…あれ?カイトさん、そういうポケモンの事もグレイブから…?」

(うん、分かる、分かるぞカイト君。知ってると、つい言いたくなってしまうものだよね)

 

 朝と似たような光景に、うんうんと俺は首肯。一方グレイブ君はただ見るだけでは満足しないようで、身を屈めつつもゆっくりモンスターに近付いていた。そしてイリス君もその後に続いていた。

 

「いぶ君、私達もいるとはいえ、いちおーは気を付けてね?」

「分かってるって。さーて、まずはエサにするか…いや、ドロを投げるか…?」

「なんでサファリなのグレイブ…」

「いいじゃねーか。普通にポケモン出したらこっちが強過ぎて、よく知る前に倒しちゃうかもしれないんだからよ。…お、丁度良いところに水溜まりが……」

 

 そう言って、躊躇いなく水溜まりへ手を突っ込むグレイブ君。次に彼が手を上げた時、その手にあったのは泥の塊。

 

「……?泥を投げると、どうなる?」

「ポケモンなら、投げると捕まえ易くなるな。逃げ易くもなるけど」

「泥を投げると、捕まえ易くなる…?」

「なんでだろうなー、でも俺はダメージが入るからだと思ってる」

「ダメージ?何言ってんのグレイブ、泥を投げたってダメージは……」

 

 入らない。愛月君はそう言おうとした。間違いない、何せダメージは入らないんだから。カイト君も頷く筈だ。

 だが当のグレイブ君は言葉を返す気配もなく、中々さまになっているフォームで振り被ると、腕を振り抜き……

 

「ヌラァッ!?」

 

……ダメージが、入っていた。ヒーリングスライヌ、結構よろめいていた。…グレイブ君、マジか…。

 

「おぉ、クリティカルヒット…じゃないよ!?え、なんで!?なんで泥でダメージ入ってんの!?」

「ふっ…これは泥ではない、マッドショットだ」

「大魔王みたいに言っても意味分かんないままだから!…た、確かに泥の塊ではあるけどさぁ!」

 

 無茶苦茶な事を言うグレイブ君に対して、愛月君は唖然とした顔をしながらも突っ込んでいく。ちょくちょく無茶苦茶な面を見せるグレイブ君だけど、愛月君の方は比較的まともだからそこは少し安心する。…しかしほんと、どうなってるんだグレイブ君は…それが魔法や異能、或いは人外故の身体能力によるものならどれだけ異常でも理解は出来るが、彼は普通の人間で、特殊な能力もない筈なんだ。…ない筈、なんだけどなぁ……。

 

「全く、五月蝿いなぁ…確かに愛月は無理でも、割と出来る人はいるだろ?」

「いやいないよ…!?魔法で泥飛ばすとかなら出来るかもだけど、水溜まりから出した泥投げ付けてそれは無理だよ…!?」

「ルナも無理なのか…なら、女神なら……」

『女神でも流石にあれはちょっと……』

 

 いやいやいや、と揃って手を横に振る女神一同。そりゃ無理でしょうよ、俺だって能力一切無しでマッドショットなんて無理よ。…と、思っていたが、蹴ればいけるかもしれない、両手で上手く圧縮すれば可能性はある等、後から色々聞こえてきた。

 

「別に特別な事はないんだけどなぁ…強く握りゃ固まるし、何度かぐーぱー繰り返せばそれなりの大きさになるし、そうしたら後は投げるだけだってのに……」

「ぐーぱーして、投げる…分かった。イリスやってみる」

『えっ?』

 

 そんなもんかねぇ、とグレイブ君が釈然としないような顔をし、更に流れる「えぇ…?」という雰囲気。…が、そんな中、おもむろにイリス君は水溜まりに手を入れたかと思うと、グレイブ君の真似をし…投げる。

 

「イリス の マッドショット」

 

 放物線を描いて飛ぶ、一掴みの泥。それはきっちりモンスターのいる方向へと飛んでいき…しかし届くよりも遥か前に、四散しべちゃりと地面に落ちた。

 

「あー、握りが甘かったな。これじゃマッドショットじゃなくて泥かけってとこか」

「う…残念、まだまだイリスは精進が足りない…」

「精進とか、そういう問題ではないと思うけど…ところで、モンスター近付いてきてるわよ?」

 

 頬を掻きつつ呟いたイヴ君は、それからどうするの?…という視線を皆へ向ける。とはいえそこに焦りはなく、声の方も「どの対応を選ぶ?」という旨の響きが強い。

 

「倒す…のは心苦しくなる程、圧倒的戦力過ぎますね…一応確認しておきたいのですが、あのモンスターはどの程度の強さで?」

「まぁ、わたしやイリゼからすれば、油断してても余裕な位かしら」

「ではやはり戦力過剰にも程がありますね…適当に威嚇をして追い払います?」

「それで良いのでは?それで尚も近付いてくるなら、一蹴するだけ……ビッキィ?」

 

 段々と近くなるモンスターに対し、ワイト君は追い払う事を提案。それにピーシェ君が賛同をし…たものの、続く言葉が途中で止まる。何かと思って俺がピーシェ君…ではなく呼ばれたビッキィ君の方を見れば、彼女も水溜まりに手を入れており……

 

「こんなもの、かな。…ふんッ!」

「ヌララァッ!?」

 

……おおぅ、出来ちゃってるよ…これはグレイブ君の無茶苦茶が伝せ…いや違うな。ビッキィ君もまあまあ無茶苦茶なタイプだった…。けど、泥を片手でそれなりの硬さを持つ泥弾に出来る人間が、こんな近場に二人って…なんかこう、自分が普段してる計算とか発明とかが色々馬鹿馬鹿しくなりそうだよね、うん…。

 

「いやなんで出来るのビッキィ……」

「やれる気がしたんです。やれそうな気がする時は〜、って銀河美少年も言ってましたし」

「流石はビッキィ、けどもう少し強めに握った方が良かったんじゃないか?」

「と、思うでしょ?でも、あれより強く握っても、もう威力的には殆ど変わらない。なら無駄に力を入れて体力を消耗する必要はない…ってね」

「凄いもんだな、二人共…水溜まりを活用して、即席の遠距離攻撃…固めて塊に出来れば石代わりになるし、イリスみたいに途中で崩れても、上手くいけば目眩しになる…ってところか……」

 

 ふふふ、と自身あり気にビッキィ君が胸を張れば、グレイブ君も「それもそうか…」と納得したように一つ頷く。いや、何か知的なやり取りしてるみたいな雰囲気になってるけど、泥を握力で固めて投げるなんて、やってる事自体は思いっ切り脳き……げふんげふん、いやまあそれはいいとしよう。後カイト君、君も君で凄いな…ここは突っ込むべきところであって、学びに繋がるところではないよ普通……。

 

「はは…この次々と驚く事が出てくる感じ、記憶喪失状態で目覚めた直後を思い出す……っていやモンスター!二発当てられて普通に敵意剥き出しなんですけど!?流石にそろそろ対応しない…と……」

「おぉ、よしよし。ここが痛かった?なら、撫でてあげる。よしよし、よしよし……」

 

 さて、そんなやり取りをしている間にも近付いてたヒーリングスライヌ。その事をウィード君が指摘し、おっとそうだったという雰囲気になる…が、そこでイリス君が前に出ると、慣れた様子でモンスターを愛撫。すると数秒前まで唸りを上げていたヒーリングスライヌは、途端に表情を緩ませ、大人しく撫でられる無害なモンスターに変身してまった。その早変わりに、これまた一同目をぱちくりである。

 

「…ライヌの時もそうだったが…まさか、敵意を向けられた状態からでも手懐けられるのか…?」

「手懐ける…?…その言葉は分からない、けどイリスはモンスターと仲良くなれる。…あ、そうだ。誰か、お菓子ある?」

「うん?ビスケットならあるけど…欲しい?」

「ありがとう、イリゼ。…これ、あげる。だから、あっちへお行き」

 

 影君に答えたイリス君は、イリゼさんからビスケットを受け取ると…いや、お菓子持ち歩いてるんだね、イリゼ君…こほん。…受け取ると、それをヒーリングスライヌへ渡す。それからもう一撫でし、言葉が伝わったのか去っていくモンスターを見送って…ばいばい、と手を振っていた。

 

「おー…凄いねイリスちゃん。もしや魔物使いの才能有り?」

「うーん、すーちゃんは魔物使いっていうか、むしろ……まぁでも、凄い事には変わりないもんね。偉いよー、イリスちゃん」

「イリス、凄い?偉い?…うん、イリスは凄く、偉い。凄そうで、偉そうな、イリス」

「意味が変わってきてる…けど、怒ってるモンスターに不用意に近付いちゃ駄目だよ?イリスちゃんは仲良くなれるみたいだけど、危ない事なのは変わりないんだから」

「う…ごめんなさい、気を付ける…」

 

 モンスターが去った事で…というより、イリス君の活躍でさっきまでの和やかな雰囲気が戻ってくる。注意したディール君もそう怒ってはいないらしく、そうしてね?…と柔らかな表情で肩を竦める。

 そうしてグレイブ君達の手を水の魔法や魔術で洗い流した後、俺達は移動を再開。この後も何度かモンスターを発見し、その度に足を止めてはいたものの、これといって問題もなく進行は続く。

 聞くところによると、温泉まではまだそこそこ距離があるらしい。だがイリゼさんの口振りからして、その道中も今の様に楽しむつもりと言ったところ。確かにこの面々なら多くの驚きや発見があるだろうし、道中飽きるという事もないだろう。…まあ、ちょくちょく突っ込みたい言動が出てきて、変な疲れとかは感じそうな気がするけどね!

 

 

 

 

 車両から降りて、歩きながら喋ったり、時々モンスターを観察したりしながら進んで、結構時間が経って…大きな木の生えた、小高い丘みたいな場所の近くまで来たところで、イリゼさんは足を止めた。

 

「んー…うん、やっぱりここが良さそうだね。皆、そろそろお昼休憩にしよっか」

「あぁ、そういえばもうそんな頃合いですね。あちらでするので?」

 

 ちらりと丘を見やったワイトさんの問いに、イリゼさんは首肯。…あれ、でも食事って……。

 

「昼食は、用意してあるんです…?…え、まさかこんなところまで来てくれる出前とかないですよね?それとも、某メガフロート都市の宅配業者さんみたいな存在が神生オデッセフィアにも…?」

「いやないからないから、あったら輸送はそこの一強になるから…。そうじゃなくて……ふふふ、私がお弁当を作ってきましたー!」

『おぉー…!』

 

 木の前に着いたところで、イリゼさんは振り向き…幾つものお弁当箱が入ったバケットを見せる。左右それぞれの手で持たれたそれに、自然と「おぉー」という声が上がる。って事は、お昼もイリゼさんの手作りか…イリゼさんの料理、プロ級の味って訳じゃないけど、丹精込めて作ってくれたんだっていうのが伝わってくるんだよね…ふふっ。

 

「…って、わっ…全員分が別々に分けられてる…イリゼ、用意するの大変じゃなかった…?朝ご飯も作ってたし、子供の相手もしてたんだから、作ったのはそれより更に前だよね…?」

「まぁね。でもほら、こうやって皆が遊びに来てくれる、揃う機会なんてそうそうないんだから、精一杯のおもてなしをしたいな…って思ったんだ」

「イリゼ…うぅ、イリゼは女神様だよ…ありがたや、ありがたや〜…」

「あはは、ぜーちゃんは元から女神だけどね〜。でもありがたや〜」

「神様仏様イリゼ様〜、的な?ありがたや有田焼き〜」

「ちょっ、も、もう…妙なからかい方をしないでよね!後、なんで有田焼き!?」

 

 拝むように、イリゼの方を向いて手を擦るルナ、ネプテューヌ、それに茜さん。からかうな、といいつつイリゼさんは若干照れている様子で…でも有田焼きにはしっかり突っ込んでいた。流石イリゼさん。

 

「…うん?有田焼き…そういえば、ゲイムギョウ界の住民が有田焼きを分かるのって……」

「止めるんだカイト君。それは掘り返して得られるものより、掘り返した事で起こる面倒事の方がずっと多くなる思考だよ」

「あ、はい……」

「イリス、イリゼのお弁当楽しみ。食べてもいい?」

「その前に、レジャーシートを敷かないとね?イリスちゃん、手伝ってくれるかしら?」

「セイツ様、私も手伝います」

「あ、なら僕もやるよー」

 

 ばさり、と木の近くで開かれていく複数のレジャーシート。十八人もいるだけあって、レジャーも一枚や二枚では足りず…なんだか花見みたいな光景に。いや、花見も何も、この木には花びら一つないんだけども。

 

「ありがと、皆。じゃあ…イリスちゃんはこれ。ディールちゃんはこれで、エストちゃんはこれ…じゃなかった、こっちだね」

『……?』

 

 シートの設置が終わったところで、イリゼさんは弁当箱を出していく。

 その中で気になったのは、イリゼさんが一人一人に分けている事。まさか、弁当箱にも凝っている…とか…?

 

「朝食を作って、お弁当も用意して…凄く家庭的な女神よね」

「そッスねぇ。大したもんッス」

「わー、凄く他人事ねアイおねーさん…まぁ、わたしも侍女っぽい事ならともかく、家庭的云々は人の事言えないけど」

「それより早く食べようぜ?イリゼ、頂きまーす」

「うん、召し上がれ」

 

 真っ先に食事の挨拶をしたグレイブに続いて、わたしも手を合わせる。蓋を開いて、箸を持つ。

 開いてまず目を引いたのは、白米の上に敷かれた海苔。おかずの方はといえば、唐揚げに鳥ささみのサラダ、卵焼きに金平ごぼう、更にデザートのカットされた梨という、色鮮やかなラインナップ。しかも量も結構多くて…一言で言えば、凄く美味しそう。

 

(…あ、しかもこれ、ご飯の間にも海苔が挟まれてる…手が込んでるな……)

「ほう、これはこれは…流石イリゼ君、見た目も味もばっちりだね」

「えぇ、好かれ易い食べ物を選びつつも、おかずが一色にならないような工夫をしてる…こういうところは、ほんとマメですよね、イリゼさん」

「ふふっ、そうでしょ?細かいところまで気にするのがイリゼの良いところなんだから」

「楽しそうですね、セイツさん。また、色んな人の感情を感じられている…からですか?」

「それもあるけど、今は妹が褒められてて、妹の自慢も出来たんだもの。ならそれは、姉として嬉しいに決まってるじゃない」

「…ですよね。感情云々はよく分かりませんが…そういう事なら、わたしにも分かります」

 

 イリゼさんの弁当は皆さんからも好評価。それを受けたセイツさんはご機嫌で、またイリゼさんは照れ顔に。そんなやり取りを眺めつつ、わたしは海苔の敷かれた白米を食べて、次は唐揚げと一緒に食べて…自然と表情が綻ぶ。綻んでいるのを、自分でも感じる。

 

「金平ごぼうも歯応えが良いなぁ…」

「…金平ごぼう?え、そんなのある?」

「へ?」

 

 うんうん、と頷きながら咀嚼する中、不意に声をかけてきたのは愛月。予想外の言葉にわたしが振り向いて、愛月の弁当箱を見ると、確かに金平ごぼうはない。

 

「…ポテトサラダ?え、金平じゃなくてポテサラ?」

「うん?わたしもポテサラだよ?…って、あれ?愛月のは人参入ってるの?わたしのは入ってなかったけど…」

「じゃあ…もしかして、ナスの味噌炒めも入ってない感じか?俺のは入ってて、ネプテューヌは食べられるのか…?…って思ったんだが……」

 

 すっ、とウィードさんが見せたナスの味噌炒めにぎょっとするネプテューヌ…だったけど、確かにそれもネプテューヌのところにはない。

 夕食のおかずか何かを間違えて入れた?それとも食材が足りなくなって、慌てて別の料理を作った?…そんな風に、初めは思った。でも、違う。見比べてみると、皆少しずつ弁当の中身が違っていて、一見同じに見えるラインナップでも、それぞれの量が違っている。…これ、って……

 

「まさかイリゼさん、一人一人に分けてたのは……」

「あ、気付いた?実はお弁当、一人一人に合わせて作ったんだよね」

(な、なんて手の込んだ事を……)

 

 全部が全部、まるっきり違うって訳じゃないけど…それでも弁当を、一人一人に合わせて変えるなんて、どう考えても大変な事。それをさも普通の様に…少し胸を張ってはいるけど、苦労したなんて気配は微塵も見せないイリゼさんに、思わずわたしは舌を巻く。

 

「…そうか、だから…か。……ありがとな、イリゼ」

「あ…うん。折角のお弁当だもん、全部食べてほしかったから」

「ぜーちゃん…うぅ、良い子良い子してあげるね…!」

「ちょっと!?そ、そんな感動した顔で撫でないでくれる!?…というか影君も!?う、うぅぅ……!」

 

 何やら静かな雰囲気から始まった、ダブルなでなで。えぇ…?…と思ったわたしが何となく影さんの弁当を覗いてみると、そこにはコロッケみたいな揚げ物はあっても、肉や魚類がなかった。…菜食主義者…?それか、アレルギーとか…?

 

「あぁ、だから私やビッキィさんの弁当箱は少し大きめだったと…ご厚情痛み入ります、イリゼ様」

「ほんと凄いわね…けど、どうやって一人一人の好みに合わせたの?他の皆ならまだしも、私は好き嫌いを教えた覚えは……」

「…ひょっとして、初日の夕食はこの為だったのかな?」

「初日…あ、そっか…夕飯がバイキング形式だったのは、そこでの取り方で好き嫌いとか食べる量とかを見る為だったんだ……」

 

 ふむ、と顎に指を当てて言ったズェピアさんと、ぽんと手を叩いたピーシェ様の言葉で、わたしも納得。…と、同時に、そんな事しなくても、普通に好き嫌いを訊いておけば良かったんじゃ…?とも思ったけど、流石にそれは言わなかった。わたしでも、この流れでそれを言うのは台無しだって分かる。

 

「熱意を感じるッスねぇ…けどそうなると、ヤマトは連れてこなくて正解だったかもッス」

「ヤマト…って確か、アイの家族なんだっけ?連れてこなくて正解っていうと、そのヤマトは偏食家なのか?」

「偏食家…まあ、ある意味そうッスね。現状好物はキャットフードッスし」

『キャットフード!?』

 

 カイトさんからの問いに対する回答に、キャットフードという言葉に、わたし達は揃って仰天。これにはズェピアさん達、大人の男性トリオもびっくり仰天。へ、偏食なんてレベルじゃない…そもそも人の食べ物ですらない……!

 

「ヤマトも色々あるんスよ。もしかしたら、ポケモンフーズ?…とかいうのも、ヤマトなら美味しいって言うかもッス」

「マジか…流石にそれは俺も真似出来ねぇ……」

「…イリゼおねーさん、もし来てたらどうしてた?」

「え……。…………。…きゃ、キャットフードって確か、成分的には食べても大丈夫だったよね…?」

「食べてみる気ッスか!?まさかそれで味の再現する気ッスか!?…流石にそこまではしなくて良いッスよ…気持ちだけで十分ッス……」

 

 大丈夫な筈、仮に有害でも女神なら多少は問題ない筈…と呟くイリゼさんに、今度はアイさんが仰天。な、何かもう、ここまでくると熱意というか、意地とか執念の域な気がする…いつも冗談半分に言ってるけど、こうなるとほんとお母さんっぽくなってくる……。

 

「凄い、こんな新手のボケ殺しは初めて見たよ…むむむ、イリゼは典型的な突っ込みタイプだと思ってたけど、狙ってないところでは割とボケもこなせるタイプだったなんて……」

「いやネプテューヌ、今のはボケじゃないのよ…?私も初めて知った時はぎょっとしたけど……」

「でもほんと、凄いなぁイリゼは…あ、そうだ。ここでも皆を出していい?皆の分のご飯は僕達用意してあるしさ」

「あ…っとそうだね。ここでも伸び伸びさせてあげて」

 

 ひょいっと投げられたボールから、昨日の様に出てくるポケモン達。十八人と十二匹、昨日もだったけどほんと今は大所帯で…賑やかも賑やか。

 

「こうなってくると、まるでピクニックだな」

「ピクニック…なんかポケモンを洗ったり、サンドイッチを作りたくなってきた……」

「急にどうしたのグレイブ君…でも確かに、影さんの言う通りピクニックみたいだね。私も前に、ネプギア達とピクニックしたなぁ…」

 

 小高い丘で、レジャーシートを広げて、揃って弁当を食べる。それは本当にピクニックの様で…なんだかそう思うと、ほっこりする。ほっこり、してくる。

 

「…ピーシェ様」

「…どうしました、ビッキィ」

「シオリ先輩達も、一緒に来られたら良かったですね」

「そうもいきませんよ、ある程度は向こうにも人を残しておきたかったですし。…それに、今でもちょくちょくカオスな展開になるのに、ここにモナミまでいたら……」

「あー…それは……」

 

 確かにそれは面倒になりそうだ、いやなる事間違いない。そう思って、わたしはピーシェ様と共に苦笑い。でも、ピーシェ様とのやり取りはそこで終わらず…苦笑いを解いたピーシェ様は、軽く笑う。

 

「…けどまぁ、帰ってから皆でピクニックをするのは良いかも、ね」

「えぇ。勿論お伴しますよ、ピーシェ様」

「ビッキィ……いや皆でって言ってるんだから、そりゃそうでしょ」

「あっ…あはははは……」

 

 全くもってその通りの返しに、わたしはもっと苦笑い。それから誤魔化すように弁当をかき込んで……あ、でも勿体ない…!ここまでいい感じに、どの料理も少しずつ食べてきたのに、残りをかき混むのは凄く勿体無い……!…と思って、やっぱり普通に食べる事にしたわたしです。

 

「ふぅ、ご馳走様。イリゼのお弁当、とても美味しかった。…ので、また作ってほしい」

「お弁当の括りごとなんだ…ご馳走様でした。昨日もそうでしたが、やっぱりこうやって取る食事はひと味違いますね」

「昨日とは違う味も、な。…よし、一服したら腹ごなしも兼ねて少し動くか」

「わたしもそうしよーっと。あ、でも良い場所だし、お昼寝するのも良いかな?」

「あはは、どっちでも良いんじゃないかな?皆、今日のピクニックも最後まで楽しんでね?」

 

 そうして昼食の時間は終わる…けど、和やかな空気は終わらない。イリゼさんの呼び掛けにも頷いて、一服の後遊んだり、遊んでいるのを眺めたり、レジャーシートの上でのんびりしたり…そんな時間を過ごしながら、言われた通りわたしも皆も、楽しく過ごすのだった。

 

…………。

 

………………。

 

……………………。

 

 

 

 

 

 

『……いや温泉はッ!?』

「あ……あはは、ごめん…忘れてました…」

 

……しっかりしてるようでしっかりしていない…いや、ほんとそうだなイリゼさん…。




今回のパロディ解説

・きゃー、女神さんのえっちー
ドラえもんに登場するキャラの一人、源静香の代名詞(?)的な台詞の一つのパロディ。これ位しか言う事ない…というか、これすら誰が言うんだ、って話ですね。

・タタリな俺には〜〜感じずにはいられないね。
機動戦士ガンダム00に登場するキャラの一人、グラハム・エーカーの名台詞の一つのパロディ。後に愛を超え、憎しみを超越し、宿命に…なったりはしません。

・「〜〜これは泥ではない、マッドショットだ」、大魔王
ダイの大冒険に登場するキャラの一人、大魔王バーン及び、彼の代名詞的な台詞のパロディ。グレイブなら、本当にマッドショットも出来るんじゃないかと思います。

・「〜〜銀河美少年〜〜」
STAR DRIVER 輝きのタクトにおける代名詞的な単語の事。更に言えば、この場においては主人公のツナシ・タクト(と彼の代名詞的な台詞の一つ)を指してもいます。

・某メガフロート都市の宅配業者さん
Engage Kissの舞台となる都市、ベイロンシティ及び作中に登場する宅配業者の事。あの業者の速さは、ワイリー・ヨコーテとロード・ランナーのアクメ社並みですね。

・「〜〜まるでピクニックだな」
GOD EATER2に登場するキャラの一人、ジュリウス・ヴィスコンティのある意味代名詞的な台詞の事。まるでというか、実際ピクニックしているようなものですね。


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第九話 湯に浸かり、語らう

 信次元…神生オデッセフィアへの来訪は、その守護女神であるオリジンハート、イリゼからの招待によるもの。彼女の友達や仲間として、誘われた事によるもの。…ここにいる、皆はそう。けれど、私は違う。こちらに来て、初めて会う間柄なんだから、それは当然の事。

 ここに来たのは、知る為。違う部分も多いとはいえ、私と…私達と同じように、新たな国を興した彼女や神生オデッセフィアから、糧になるものを得られるんじゃないかと思ったから。友達や仲間の集まりに、打算で参加する事には少し気が引けたけど…誘ってくれたアイが「イリゼはそういうの気にしないッスから大丈夫ッスよー」…と言っていたし、折角の機会を逃すのも惜しかったから、行く事を決めた。……アイは適当な事言う時があるから、一抹の不安はあったけど。

 そうして訪れてから今日で三日。一日目は何人もの相手と出会ったり、街を回ったりと、情報量が多かったし、得られるものも多かった。二日目は…なんというか、全体的に疲れた。面白い事もあったけど…本当に疲れた。そして三日目になり、三日目も出掛ける事になって…少しずつ、私は感じ始めた。というより、連日の賑やかな雰囲気で、思い始めた。色々得るのも良いけど…少しは気楽に、前向きに楽しむのも良いかも、と。

 

「よ、っと。愛月、大丈夫?登れる?」

「もう、これ位大丈夫だよ。確かに僕達の世界は、何故かちょっとした段差も登れなかったりする時あるけど…」

「そ、そうなんだ…ネプテューヌは……良かった。調子乗って走った挙句、バテてるとかになってなくて…」

「うっ…や、やだなぁ…そんな事ある訳ないって〜…」

 

 お昼を取った丘を後にした後、また私達は森林へと入った。けど歩いてて心地良かったお昼前の森林と違って、今いるのは起伏が多い森の中。未開の地の温泉に向かっている、という意味ではそれっぽい道中だけど…これがまだまだ続くとなると、少し大変になってくるわね…。

 

(そういえば、あの二人は大丈夫かしら)

 

 ふと気になって、私は振り向く。ここには女神を初め人を遥かに凌駕する存在が普通にいるし、人であっても人間の域を超えているであろう人が少なくない。…高所から落ちても何故か平気なネプテューヌみたいに、実力の一端って呼んで良いのか怪しい能力も、ここ数日の間に何度か見たけど…とにかくここにいるのは、この位の道は難なく歩けるであろう人ばかり。私もまぁ、そういう人達には当然敵わないけど、多少の高低差なら慣れたもの。荒れ果てた環境や瓦礫だらけの街よりは、まだまだ歩き易いレベル。

 でも、全員じゃない。普通の人も、ここにはいて…例えば気遣われていた愛月がそう。そして、私より後ろにいる二人…イリスとウィードも、多分そちら側。

 

「イリスちゃん、ここ木の根っこあるから気を付けてね」

「うん、気を付ける」

「ここはこっちから降りた方が楽そうね。急いで降りたりはしないように」

「分かった、ゆっくり降りる」

「ウィード君、君は目的地の温泉に行った事あるのかな?」

「一度あります。俺が頼まれたのも、それが理由の一つ…ですかね、多分」

 

 左右からディールとエストに助言されているイリスと、ズェピアと会話をしつつ普通に歩いているウィード。大丈夫か気になって見てみたけど、どうやらどちらも杞憂だった様子。…と、いうか…ウィードの方は、慣れてる感じがあるわね…。

 

「ゆりちゃんゆりちゃん、後ろ向きながら歩くと危ないよ?」

「イヴォンヌさん、何か気になる事があったんですか?」

「あるにはあったけど、大した事じゃないわ」

 

 茜とルナに呼び掛けられて、私は前へと向き直る。専らイヴと呼ばれる事が多い(私自身それで良い、って言ってるんだから突然だけど)私を、それ以外で呼んでくる二人が揃って声を掛けてきたのは…まぁ、偶然でしょうね。

 

「そっか。ふふっ、温泉楽しみだね」

「だね。大きいお風呂なら経験はあっても、温泉なんて全然行った事ないし、ほんと楽しみだなぁ…」

「二人共、期待してくれていいからね?効能…は、まだちゃんと調べてないから分からないけど、気持ち良かったって話はばっちり聞いてるから」

「温泉といえば、体力を回復出来るのも定番だよねっ。あ、そっか、だからイリゼは回復出来る前提でこういう道を……」

「そ、そういう訳じゃないし、多分ゲーム的な感じで回復出来る訳でもないから…。…今の、狙ったボケなのかな…それとも天然ボケなのかな……」

 

 途中から参加したイリゼも交えた、三人の会話。ぼそりと呟いたイリゼの言葉に茜は苦笑をし、聞こえなかったらしいルナはきょとんと小首を傾げる。

 この三人は、前からアイと面識があった人達。私にとってはどちらにせよ初対面だから、あまり関係ない事柄ではあるけど…やっぱりこういう何気ない部分で、距離感の近さは感じる。再会した相手と、出会って数日の相手の間にある、些細だけど確かな差を。

 

「皆、もう少し…ではないけど、もう道のりの半分以上は過ぎてるわ。だから頑張って」

「残り半分以下とはいえ、まだもう暫くはあるという事か…。…我ながら、体力の衰えを感じるな…」

「衰え…って、疲れてきたって事です?俺には全然そう見えませんが……」

「というか、どれだけ疲れててもその様子を見せない、疲れたって言わないタイプっぽいッスよねぇ」

「俺は百年に一人の逸材じゃないんだ、疲れるし疲れた時はそう言うさ。むしろそういう評価は、彼辺りにするべきだろうよ」

『あー…確かに(ッス)…』

 

 また視線を移してみれば、そこでは四人が会話中。その内の一人、影が見やったのはズェピアであり、それにアイ、セイツ、カイトが同意。一方、ズェピアの方は「何かな?」と軽く肩を竦めていて…うん、確かに疲れたって言いそうにないわね、彼…。

 と、こんな風に私は、どちらかというと周りを眺めている事が多い。皆に接し辛い、話せないって訳じゃないけど、私自身は結局的に会話を持ちかけるタイプじゃない事と、アイ以外とはまだ浅い関係って事もあって、自然とそういう状態にやっていた。なっていたけど…そこで私は、呼び掛けられる。

 

「…え、っと…イヴ、だったよな?」

「…どうかしたの?」

 

 暫くしたところで声を掛けていたのは、さっき見た時ズェピアと話していたウィード。ならズェピアは?…と思えば、さっきの四人の方にいて、何やらズェピアはズェピアでアイに呼ばれた様子。

 

「いや、どうって訳じゃないが……やっぱりちょっと、さっき会ったばかりの相手ばっかりだと、な…」

「あぁ……」

 

 それを聞いて、それもそうだと気付く。彼も私に近い…どころか、今日の朝会ったばかりなんだから、私以上に殆どの人とは関係が浅い。なら、自分から話しかけるハードルが高いのは当然の事。自分が場違いに思える、雰囲気の壁を感じる…そんな風に考えてしまって、ね。

 

「…うん?なのに、私には声を掛けたのね」

「イヴはこの中じゃ、一番俺に近いかと思ってな…あ、不快だったら謝る、すまん」

「別に不快じゃないわ、実際立場的には近いと思うし。…にしても、社交的な人ってのは凄いものね」

「はは、同感だ」

 

 知り合いが多くても少なくても、初対面の相手は話しかける時の緊張は変わらない筈。でもここには、自然と交流を始められている人もちらほらといて…その事に肩を竦めあった後、私は彼へ疑問をぶつける。

 

「貴方、サバイバルには慣れているの?」

「サバイバル?…まぁ、多少はサバイバル…みたいな経験をしてるが…なんでだ?」

「動きよ。貴方の動きは、洗練されてる訳じゃないけど、悪い足場での負荷を減らす歩き方だったり、体重移動だったりになっていた。洗練されてはいない…って事は、技術じゃなくて経験によるものでしょ?違う?」

 

 なんでだという問いに私が答えれば、ウィードは目を瞬かせ…頷く。それから驚きの視線を向けてくる。そこまで分かるのか、っていう視線を。

 

「分かるわ。…私も、同じだから」

「そう、なのか。…もしかして、その腕も……」

「そういう事よ。…あ、先に言っておくけど、気遣いは不要よ。確かにこれは義手だけど、私の身体の一部だもの」

 

 自分自身は気にしていない、それで良いと思っている事に対して気を遣われるのは、不快…ではないけど、こっちも困る。そう思って私が返せば、彼はまた頷き…自分の胴に触れる。

 

「…空腹?」

「い、いや、お腹空いたなぁ…のジェスチャーじゃなくてだな…。…やっぱ普通は、そうなるもんな…それが普通だもんな……」

「…ウィード?」

 

 少し遠い目をした彼の声音から感じるのは、複雑な感情。普通、という言葉を繰り返した部分が、私は引っかかって…けれど私が呼べば、彼はすぐに別の話を口にした。

 

「…あ、でもあれだぞ?サバイバルみたいな経験って言っても、割と街の中にいたりもしたぞ?…街って言っても、廃墟だけどな」

「へぇ…驚いたわ、そこも同じだなんて」

「マジか…後はあれだな、サバイバルなのにプリン食べられた事あったな。冷凍プリンとかじゃなくて、出来立てのやつを」

「…それも同じだわ。まさか、こうも似たような経験をしてる人がいるなんて……」

「…そういや確か、自分以外人のいない次元にいたって言ってたよな…?…もしやそれって、人はいなくても女神とさ、友好的なモンスターとかはいたり……?」

「…した、わね……」

「…………」

「…………」

 

 彼と二人、黙り込む。サバイバル経験があるだとか、廃墟で生活してたとかは、普通の事ではないけど、まぁお互い経験しててもおかしくはない。でも、こうも重なれば…ピンポイントでプリンや、人はいないけど女神と友好的なモンスターはいるなんて部分まで合致したとなれば、これはもう、偶々『似たような』経験をしただけとは思えない。そう…ひょっとしたらこれは、似てるんじゃなくて……

 

「…ふぅ。皆、到着したよー!」

 

 そこで聞こえた、イリゼの全体へ向けた声。いつの間にか、目的地へと行き着いていたみたいで…正面に早速、湯気を立てる温泉があった。

 

「お、ここが秘湯の…って……」

「え…イリゼさん、まさかここに入るつもりで…?」

 

 数秒湧き立ち、その後困惑へと変わった皆の雰囲気。それは、目の前にある温泉が原因。そこにあるのは、確かに天然の温泉の様だけど…状態が良くなかった。有り体に言えば、かなり汚かった。

 

「いやいや違うよ?ほら、もっと奥を見てみて」

「奥…イリゼ、よく見えない……」

「イリス、奥っていうのは多分湯の底じゃ……あぁ、そういう事か」

 

 納得の声を上げるカイト。どういう事かと私も目を凝らせば…奥にも温泉があった。更に奥にも温泉らしきものがあって…私も理解する。どうやらここは、一ヶ所二ヶ所じゃなく、もっと多くの場所から温泉が湧き出ているらしい。

 

「ほうほう…こうなると、単なる温泉というより、温泉自体が一種の美景になっていそうだね。空から見てみたいものだ」

「けど、ここみたいに入るのは気が引けるのも多そうねー。…ディーちゃん、浄化の魔法は使えたっけ?」

「え…浄化して入るのは、何か台無しじゃない…?」

「女神が温泉を浄化…そういえばディールって、女神化すると髪が水色に……」

「だ、誰を連想してるんですか誰を…!」

 

 憤慨するディールに対し、言ったアイは「いやぁ、失敬失敬」と謝罪しつつも、その口元に笑みを浮かべる。そうして不服そうにするディールをワイトが宥めて…話を、進める。

 

「…では、ここで男女に分かれるのですか?」

「そういう事よ。って訳でウィード、男性諸君の事は任せるわね?」

「おう。って言っても、二人みたいにちゃんともてなせるかは不安だけどな…」

「もてなすも何も、ここは森の奥なんだ。仮にしようとしても出来る事は限られるだろうし、そう気にする事もないさ」

 

 水質を確かめるように温泉を覗いていた影からの言葉を受けて、それもそうか…とウィードは首肯。じゃあまた後で、と私達は男女に分かれ…あ、しまった。さっきの件、結局訊けず終いだわ…。…まぁ、いいか。一刻を争う事でもないし、話す機会はまだあるだろうし。

 

「さ、じゃあもう少し歩くよ。一応近くにも入れそうな温泉はあるけど…折角入るんだもん、もっと広くて綺麗な所の方が良いでしょ?」

「もっちろん!ここまでの道のりで良い感じに疲れたし、一番良い所までレッツゴー!」

 

 後数分位かな、と言うイリゼに続いて、最後の道のりを進む。この辺りは温泉の影響で滑り易かったりぬかるんでたりする所もあるし、気を付けないと。

 

「イヴ、少しは喋れたッスか?」

「…その口振りだと、彼と私が話せるようにズェピアを呼んだわね?」

 

 歩き始めてすぐに、女神仲間と話していたアイが歩みを緩め、私の隣にまで来る。私が何気なく言ってきたアイに返せば、アイは曖昧な笑みで肩を竦めた。

 

「意図は何?何か思うところでもあったの?」

「別に深い意図はないッスよ。ただ、二人で話せばお互い取っ掛かりになるんじゃないかと思っただけッス」

 

 深い意図はないとしながらも、アイは言った。まずは立場的に近しい彼に話す事が、私にとってもウィードにとっても、この中で交流していくには丁度良い一歩目になるんじゃないかと思ったんだ、と。…全く…普段は適当な言動が目立つのに、ふとした時にアイは視野の広さというか、思慮深さを感じさせるのよね。一体どっちが素なのか…それとも二つの姿がある女神だし、どっちも素って事かしら。

 

「シノちゃんゆりちゃん、なーに話してるの?」

「やー、イヴがウィードと仲良くなれたって話をしてたところッス」

「な、仲良くって…まぁ、別に間違ってはいないけど」

「そっかそっかー。あ、そうだゆりちゃん。温泉入ったら、ゆりちゃんの話を色々聞かせてもらってもいいかな?」

「あ、それは私も気になるわ。というか、もっと皆の事を知りたいわ。一緒に食事したり遊んだりしたとはいえ、まだ皆の事は数日分しか知らないんだもの」

「…数日見てきて思いましたが、本当にセイツさんはオープンというか、色々積極的な方ですね」

「でも、今の発言はちょっとイリゼとも似てる…かも」

『あ、そう?』

((見事にハモった……))

 

 ピーシェとルナの発言と、別の位置で別の方向を見ていたイリゼとセイツの、寸分違わぬ言葉のハモり。それに私達は目を瞬かせ…確かに姉妹だ、と共に肩を竦め合った。

 

「ふっふっふー、それじゃあ温泉で訊いちゃうよー!あーんな事からこーんな事まで、イヴのおはようからおやすみまでをね!」

「具体的な事が全く分からない宣言ね…。…でも、いいわ。隠す事もないし、私に答えられる事なら何でも話すとしようかしらね」

「…あの、いいんですか…?」

「……?どういう事?」

「いや…この面々でそんな事言ったら、どれだけ質問責めにされるか……」

「あっ……」

 

 困惑気味の顔をしたディールに言われ、しまった…と気付いたけど、時既に遅し。周囲からは、獲物を狙う豹の様な…きゅぴーん、という擬音が聞こえてきそうな視線が私へと刺さり……ディールの懸念通り、それはもう根掘り葉掘り訊かれるのだった。何ならある程度知っている筈のアイも、皆に乗って訊いてきたのだった。…えぇ、まあ、その中で少しは皆との距離は、私が感じていた雰囲気の距離感は、縮んだような気がするわ。…でも、まさか……質問で疲労困憊になるなんて、思いもしなかったわ…。

 

 

 

 

 ふふーん!明るさと前向きさとボケの申し子、今回は異世界からやってきた紫の煌めき、ネプテューヌことねぷねぷねぷ子さんが…あ、違った逆だった。まぁいっか。とにかく自分が、満を持して地の文担当だよ!皆、待たせたな!…なんちゃってー!

……って、第九話!?第九話の中盤担当!?そ、そんな…ここまで引っ張ったって事は、大一番で地の文を任されるんだろうって思ってたのにー!十話ならキリも良かったのに、その直前の中盤って…酷いよ!あんまりだ!あんまりドゥ!

 

「…あ、でも今年最後の投稿って意味じゃ、九話も九話で悪くないかも?まあ、やっぱりそれならこの話の最後に地の文やりたかったけどさー」

「えぇ…?ネプテューヌさんは何を言ってるんです…?」

「地の文の流れのまま発言しちゃうっていう、イリゼの悪癖の真似かなー」

「ぶふぅ!?な、何でそんな事するの!?っていうか、知ってたっけ!?」

 

 ピィー子の言葉にさらっと自分が切り返せば、びっくりした様子でイリゼが突っ込み。ふっ、狙い通り…。

 

「イリゼはほんといつも元気ッスねぇ…」

「だねぇ…」

「ですねぇ…」

 

 目的の温泉に着いて、皆で湯に浸かり始めてから…んーと、どれ位かな。とにかくまあまあ時間が経った。イリゼはハイテンションで突っ込んでたけど、他の皆は温泉の気持ち良さでのんびりしていて、特にシノちゃん、茜、ビッキィなんかは仲良く並んでのーんびり状態。でも、皆がゆっくりのんびりって訳じゃなくて……

 

「うぅ……」

「イヴ、辛そう。大丈夫?」

「質問責め…っていうか、質問の波状攻撃だったもんね…あそこは凄く浅いですし、あっちで横になりますか?」

「いや、いいわ…あそこで仰向けになると身体の上半分だけ外に出て、なんか恥ずかしい外見になりそうだし……」

 

 ついさっきまで自分達の約半数に次々と、休み無しで質問され続けたイヴは温泉の縁にもたれかかる形でぐったりとしていた。いやぁ…最初はシンプルな興味とふざけ半分で訊いてただけだったけど、ちょっと大人っぽいイヴが段々気圧されて縮こまる姿を見たらなんか変なテンションになって、皆で更に質問しまくっちゃったんだよねぇ。

 

「しっかしセイツおねーさんって、服脱ぐと更にイリゼおねーさんと似るわね。スタイルなんて、殆ど同じに見えるし」

「ディールちゃんと瓜二つな貴女がそれを言うのね…。…わたし…っていうかわたし達に関しては、オリゼに創り出された存在な訳だし、姉妹って事で似た外見にしたか、逆に何も拘らず似た感じにしただけか…なのかもしれないわ」

「…あの、セイツさん…それって……」

「あぁ、気にしなくていいわ。わたしはオリゼにどんな目的で、どんな思いで創り出されたんだとしても、わたしはオリゼもイリゼもイストワールも、皆大好きだし大切な家族だって思ってるもの」

 

 ちょっとドライに…生み出された、じゃなくて創り出された、と言ったセイツにルナが気遣うような顔をした…けど、セイツはけろっとした様子で言葉を返した。何ならちょっと良い感じの事を言った後、「あ、でもその気遣いの気持ちは貰っておくわ!むしろもっと見せてほしいわ!」…と、 今のところ毎日見てるセイツムーブをかましていた。……まぁ、その反応はともかく、気持ちは分かるかな。今の自分がある経緯がどんな形であっても、家族とか友達とか、今ある繋がりが好きだって思いは変わらないもん。

 

「にしても、良いところだねぇここ。ほんと秘湯っていうか、動物達も入りに来てそうっていうか…」

「でも実際、動物が入ってたら一緒に浸かるのは気が引けるような…。…後やっぱり、わたし達以外いないって分かっていても、こんな外で裸になるのはちょっと……」

「そう?確かに誰かいたら…って思う気持ちは分かるけど、これはこれで開放感があると思うわ」

 

 森を抜けた先の開けた空間にある、正に自然の真っ只中な温泉。特別絶景とか心に残る景色がある訳じゃないけど、なんだか自然から癒しの力を貰えてそうっていうか…なんだっけ?プラスドライバー?ブレストファイヤーだっけ?…あ、そうだマイナスイオンだよマイナスイオン!いやぁ、うっかり工具とか必殺技を連想しちゃったよ。

 まあそれはともかく、ディールちゃんは裸になる事に抵抗があった様子で、逆にセイツはそこまで気にしてなかった様子。性格的にはどっちも「らしい」訳だけど、ここで余裕綽々な雰囲気を出すなんて、さぞやセイツさんはご立派なものを……あ、うん…持ってたね…圧倒的質量!…って訳じゃないけど、普通に今いる中じゃ大きい方だったね…。

 

(むむむ…まあでも良いもんね!ちょっと見回せば、私の仲間は結構いるし!)

 

 湯船に浮かぶセイツの胸から目を逸らした自分は、心の中で叫ぶ。気にする事はないよ自分!なんたって多数派はこっちなんだから!上から下までキュートでぷにぷにしてそうなディールちゃんにエストちゃんにイリスちゃん、スレンダーでちょっとセクシーなシノちゃんに茜、そして可愛さを限界まで凝縮したが故のちょっと慎ましボディの自分で、半分はこっちサイドなんだから!

 

「なーんかネプテューヌちゃんからちょっと不服な視線で見られてる気がする…」

「うーん、そうかな?皆綺麗だから、それで見られてるだけじゃないの?綺麗だし、髪はさらさらだし、肌もすべすべだし……」

「……ちょ、ちょーっとウチはあっちの方にでも…」

『……?』

 

 妙に熱を持ってルナが語る中、何やらシノちゃんはルナから離れるように移動。なんかちょっと冷や汗?…をかいてるし、何かあったのかな…。

 

「…あ、ルナルナ。ちょっといーい?」

「ほぇ?」

「…うん、やっぱりルナは中間…かなぁ」

「え、え?何が…?」

 

 念の為ー、って感じでルナの胸も確認する自分。ルナは大きいって訳じゃないけど、それが逆に可愛いっていうか、ナイスサイズ!って感じ。

 そしてルナが中間だからこそ、自分達は多数派。しっかり膨らんでてちょっぴりアダルティなイリゼとセイツ、大きいだけじゃなくて柔らかそうだって見た目から伝わるピィー子にイヴ、身体が引き締まってる分実際以上に大きく見えるビッキィと、そこそこおっきぃ面子もいるけど、一人の差でこっちが多数派な事は揺るがないんだから!っていうか大きいって言っても、リアスちゃんとか朱乃ちゃんとか、自分の世界の知り合いに比べたらまだまだだしね!……って、何考えてるんだろう自分…ちょっと悲しくなってきた…。

 

「…………」

「(…あれ?私も見られてる?)イリスちゃん、どうかしたの?何か見つけた?」

「ネプテューヌは、胸が小さい」

「ぐふぅ!?い、イリス…ちゃん…?」

「ディールやエスト、茜も小さい」

「ぐっ……い、いきなりイリスちゃんに馬鹿にされた…?」

「あははー…こうも真顔で言われると、流石にダメージあるね…」

「でも、イリゼとか、ビッキィは大きい。これは、何故?この個体差には、どんな意味が?」

 

 突然ぶつけられた貧乳呼ばわりは、自分の心にクリティカルヒット。そのまま辻斬りみたいに次々とダメージを生み出したイリスちゃんは、そのまま悪びれる様子もなく…っていうか、ダメージを与えた事にすら気付いていない様子で、何とも答え辛い事を訊いてきた。…ど、どんな意味がって…そんなの分からないよぉ!貧乳な事に意味があるんだとしたら、それは自分だって訊きたいよ!?

 

「う、うーん…えーっとほら、同じ果物とか野菜でも、ちょっぴり味が違ったり、大きさとかは全然違ったりする事があるでしょ?だからそれと同じで、皆ちょっとずつ違うのが人…って事…なのかな。…わたしは人じゃなくて女神だけど」

「あ、なんかそれっぽい…イリスさん。意味はともかく、大きさに価値は関係ないですからね。胸一つで人を判断するなんて浅はかにも程がありますし、第一大きくても邪魔になるばかりですし」

「ピーシェ様、流石にそれを小さい子に語っても仕方がないかと……」

「ねー。っていうか、大きいと邪魔〜なんて、背が高いと上にある荷物を取らされて大変だ〜っていうのと同じ、贅沢な悩みってやつじゃないかしらー?」

 

 苦心して捻り出したディールちゃんの答えに、一応イリスちゃんは納得した様子。でも、続いたピィー子の言葉にエストちゃんがちょっとだけ不満そうにして……ごめんねピィー子。今のやり取りに関しては、自分もエストちゃんに同意かなー。

 

「…つまり、胸は重り?…はっ、ブランもミナも賢いから、胸が大きくならないように……」

「イリスちゃん、それ絶対本人に言っちゃ駄目よ?言ったら大変な事になるからね…?」

「はは…まあ、重りではないよイリスちゃん。勿論、大きければその分重くはなるけど…邪魔だと思った事は一度もないね」

 

 ブラン…というのが、女神の一人っていうのは聞いている。そのブランに言っちゃ駄目って事は、多分その子もこっち側なんだろうなぁ…と思っていたら、何故か女神の姿になるイリゼ。姿が変わって、背丈も少し伸びて…浮く。アレが、それはもうしっかりがっつり、浮く。

 

「おおぉ……これは、凄い…女神の姿のイリゼは昨日も見た、けど…その時より、大きく見える…」

「今はプロセッサユニットを纏ってないからな。ふふ、こちらの姿で湯に浸かるのも一興というもの…」

 

 そう言ってイリゼは背中を温泉の縁に預け、寛ぐように両腕の肘も縁に引っ掛けて、ざばんと水面を揺らしながら温泉の中で脚を組む。うーん…これは犯罪的。あったかいから肌もほんのり紅潮してるし、そんな状態で脚組んで、湯の中とはいえ色々隠さない格好してるし……イリゼってこういうキャラだっけ…?え、何…?妖艶なお姉さん枠にチェンジしたの…?

 

「み、見せ付けるねぜーちゃん…えー君の前ではやらないでね?体調悪くなっちゃうから」

「いや幾ら何でも、異性の前でこの格好は……え、体調悪く…?体調悪くって…貴方の旦那さんはどうなってるのよ…」

「むむむ…それはともかく、なんか明らかに自慢してるよねイリゼ…シノちゃん、ここは女神として許す訳には……」

「イリゼ、無駄に女神化するのは止めてくれないッスかねぇ?折角の温泉が台無しになるッスから」

「…あっれぇ……?」

 

 ふざけ半分悔しさ半分で、シノちゃんに話を振ってみ…ようとしたわたし。けど、わたしが言い切るより早く、ドライな声をしたシノちゃんはイリゼに視線をぶつけていて……なんか嫌な予感がする…。

 

「あぁ、申し訳ない。ついノリで女神化をしてしまったが、確かにこれは短慮で気遣いに欠ける行為だったね」

「おーおー、それわざと言ってるッスねイリゼ。いいッスよ?言葉で言い負かす方が簡単ッスけど…勝ちの見えてる方法で負かすのは流石に可愛そうだからな」

 

 組んだ脚を解いて、多分イリゼは人の姿に戻ろうとした…けど、その時の言葉でシノちゃんがぷっつん。対抗するようにシノちゃんも女神の姿になって…おぉ、なんか格好良い…赤い髪に鋭い目付きで、言葉通りに勝気って感じ!後スタイルも良い!自分と同じように全体的に成長してるけど、それだけじゃなくてすらっともしてるしこれがエロ格好良いってやつ?…って、違う違う!一触即発、一触即発だよ!?

 

「…………」

「…………」

「あ、あわわ…どうしようピーシェ…!なんかすっごい大変な事になっちゃった……けど、それはそれとして、なんかこう…くるものがあるよ、私…!お湯の滴る良い女神っていうか、腕を組むイリゼと片手を腰に当てたアイが至近距離で向き合う事で、芸術的な何かになってるような気がしてくるよ…!」

「うん、落ち着いてルナ。確かに大変な事になってるけど、ルナも違う意味で大変な感じになってるからね?」

「…お湯をどうこうする場合、ちょっとアイが近過ぎる……」

「エスちゃん…?今、氷か水の魔法使おうとしてなかった…?」

 

 いつバトルが始まってもおかしくないような雰囲気の中、変な会話もちらほら聞こえてくる。こういう時は、巻き込まれないようひっそり端っこに行くのが賢明なのかもしれないけど…そんなの自分じゃ、主人公じゃないよね!愉快に軽やかにピリついた雰囲気はぶっ壊すのが、この自分なんだから!えーっと、今出来る事は……そうだ!

 

「くっ…なんて事なの、わたしは姉として仲裁をしなきゃいけない立場なのに…二人の感情の奔流を、もっと見ていたくて仕方ないわ…!わたしは、わたしはどうしたら……」

「セーイツっ!今更だけど、今はお風呂パート!ならサービスシーンの一つでもなきゃ駄目だよねっ!」

 

 ある事を思い付いた自分は、ちゃぽちゃぽと変な事言ってるセイツの後ろへ。そして両手を広げて、飛び出して…セイツの胸を、後ろから鷲掴む!それはもうがしっと、ぎゅーっと!

 お、おおぉ!見た目から予想は出来てたけど、良い感じに大きい!柔らかい!ハリも感じる!なんかすっごい悔しいけど、これで雰囲気は変わ──

 

「ぴぁっ!?ぁ、え…ひゃあぁあぁぁああああっっ!?」

「え……っ?」

 

……あ、あれ…あるぇぇ…?…いや、その…凄く予想と違う反応が出てきたよ…?

 

「あ、あのー…セイツ、さん……?」

「ね、ねぷっ…ねぷてゅー、ぬ……?」

「は、はい…ネプテューヌでございます、宜しくお願いします…」

 

 もしや、誰か違う人と間違えたか。ディールちゃん辺りにやっちゃったかも思ったわたしだけど…うん、それはない。この感覚は流石に違う。でも、聞こえた反応も明らかにセイツらしいものじゃなくて、訳が分からず呼んでみたら…やっぱりセイツだった。セイツなのに、この反応だった。え、えぇ…?セイツってむしろ、こういうのは積極的にやるっていうか、少なくともこんな反応するキャラじゃなかったよね…?

 

『…何してん(の・だ)、ネプテューヌ……』

「あ、え、えーっと……迂闊な事…?」

 

 気付けばイリゼとセイツは、揃ってわたしを半眼で見ていた。結果的に一触即発の雰囲気は霧散したけど…な、なんか思ってたのと違うぅぅ……!

 

「突飛な事した結果微妙な雰囲気になるって…偶に変な空回りするのも、私の知ってるネプテューヌと変わらないのね」

「は、はは…これに関しては何も言い返せないや……け、けどまぁ、目的は果たせてるし結果オーラ……」

「ふ、ふぇっ…は、離し…離して、よぉぉ……っ!」

「あぁっ!?ご、ごめんね!いやほんとごめ…おわぁ!?」

 

 二人に加えてイヴまで半眼。しかもそこで、怯える小動物みたいになっちゃったセイツに涙目で見つめられて、慌てて自分はセイツから離れ…ようとしたけど、ここは人の手なんて全く入ってない温泉。足場も普通に滑り易くて…自分はその瞬間思いっ切りスリップ。ひっくり返った自分は頭を打って、でもまあ浮力のおかげでそんなに痛くはなかったんだけど……

 

「痛た、ここ凄い滑り易い…ね…って……」

「っとと…せーちゃん、だいじょーぶ?」

「ふぇっ…!?ぅあ、あっ…ぁっ…ふぇ、ふぇぇぇぇ…っ!」

「あー、ネプテューヌちゃんがセイツ泣かしたー」

「ネプテューヌさん、離すと見せかけて脚で突き飛ばすなんて……」

「えぇぇっ!?ち、違うよ!?今のは偶然だからね!?」

 

 ざばっ、と自分が顔を上げた時、そこにあったのはセイツをハグしてる茜と、その腕の中であわあわした末に、泣き出してしまったセイツの姿。エストちゃんのわざとらしい糾弾と、ビッキィの結構ほんとに引いてそうな呟きを受けた自分は弁明するも、既に「あーあ…」って感じの雰囲気が出来上がっていて…ごめんなさいを、するしかなかった。じ、自分はただ、ピリついた状況を何とかしたいだけだったのに、それだけだったのにぃいぃぃぃぃぃぃ…!

 

 

 

 

…後、まさか二日連続で、この国の女神がマジ泣きする姿を見る事になるとは思わなかったよ……。

 

 

 

 

 温泉に入る、って事でイリゼ達と分かれ、ウィードの案内で入る予定の場所まで歩く事…まあ、五分か十分かそれ位。綺麗で良い感じの広さがある温泉に着いた俺達は、早速その湯の中に浸かった。

 

「ふー…温泉というと、フエンタウンを思い出すよなぁ…」

「だねぇ…フエンせんべい、美味しかったなぁ……」

 

 ちょっと熱い、けどこれぞ温泉って感じの湯の中で、俺と愛月は取り敢えずまったり。フエンせんべい…あれ、町の名前が入ってるのにフエンタウンじゃ買えないんだよなぁ…。

 

「極楽極楽……」

「お、温泉で極楽極楽って実際に言う人って、本当にいるんだな…」

「言われてみるとそうだなぁ…」

「はは、影君も流石に温泉の中では気が緩むようだね。…普段よりは、だけど」

 

 聞こえてくるのは、こっちに負けず劣らずのんびりした会話。確かにあの影って人、なんか常にどっかで油断してない感じあるんだよなぁ…愛月とは大違いだ。

 

「あ…そういえばズェピアさん。吸血鬼は流れる水が苦手だっていうけど、温泉の場合は大丈夫なの?後、流れるプールとかも駄目?」

「うん、問題ないよ。吸血鬼の流水云々は、説明するとややこしい部分が多いから止めておくとして、少なくとも私が温泉に入っても動けなくなったり苦しくなったりする事はないね」

「なんだ愛月、吸血鬼狩りでも考えてるのか?」

「ち、違うよ!?単に吸血鬼なんていう、あり得そうにない存在だからちょっと気になっただけだって!」

「俺からすれば、女神も巨大人型ロボットもポケモンも吸血鬼も、全部びっくりな存在だけどな」

「いつの間にか凄まじい火力の炎を扱えるようになっていたらしいカイト君も、特殊能力なんてない身からすれば大概驚きの存在だと思うけどね…」

「これがジェネレーションギャップ…じゃない、えーとこの場合は…ディメンジョンギャップ、ってやつか……」

 

 なんだか皆凄いなぁ、と言うような声を漏らしたのはウィード。…こうして見ると、ウィードってなんか普通だな…カイトは鍛えてるって感じの身体してるし、影とワイトはそれに加えて傷痕だらけだし、ズェピア…なんか見た目からして色々凄いし、逆にウィードの普通な見た目が目立つっていうか…。

 

「…ウィードも何か、特殊能力があったりしないのか?信次元の人間なんだろ?」

「信次元の人間だからって、誰でも特殊な力がある訳じゃないさ。多分、何の力もない人の方が多いし……俺も、前はそうだった」

『…前は?』

「あー…まぁ、別に隠す程の事じゃないんだが、今の俺はなんていうか……不死身の可能性有り、的な…?」

 

 不死身の可能性有り。そう聞いてに俺が首を傾げれば、ウィードは続けて教えてくれた。前に一度、どう考えても死ぬような事態になった事があって、けど気を失っている間に、怪我したところが元通りになっていた(らしい)って事を。その後も何度か怪我をしたけど、どれもあっという間に元通りになって、傷痕一つ残らなかったんだと。

 

「回復…いや、再生能力って事か?なんか、ライトノベルの主人公みたいな力だな」

「羨ましい力だ。今の説明を聞く範囲だと、な」

「うん、旅をしてるとちょっとした怪我はよくするし、僕も羨ましいかも…あれ?でもそれなら、なんで『可能性有り』なの?」

「そりゃ単に、俺もはっきりしたところまでは分からないからだ。回数制限はあるのか、回復条件や回復出来る限界はどうなのかってところを、俺も知れたら知りたいが……」

「あぁ…それを調べる為にわざと負傷して、結果回復が機能せず死んでしまった…ってなったら洒落にならない、だから調べられない、という事かな?」

「そういう事です。…まぁ、こういう理由で今の俺の状態、存在があるのかも…って推測もあるにはあるんですけど…すみません、それについてはちょっと恥ずかしいので、秘密にさせて下さい……」

「ははは、ワイト君も私達も、そう言われても尚追及しようとしたりはしないさ。けど君の話を聞く限りだと、君の再生…いや、復元能力は、少し吸血鬼のそれと似ているかもね」

 

 俺は気になるけどなー、と思ったが、まあそれはそれとして頷く。俺だって、それ位の分別はある。

 

「さて、それより折角ののんびりした時間なんだ。今の話も興味深くはあったが、もっと気楽で明るい話でもしようじゃないか」

「確かにそれもそうですね。では…グレイブ君、愛月君、君達は旅をしていると聞いたけど、その話を少し聞かせてもらってもいいかな?」

「ああ、いいぜ。けど、これまで色んな地方に行ってきたからなぁ…どっから話したもんか……」

「どこからでも構わないよ。…けど、色んな地方に、か…私からすればそれは危険なようにも思えるけど、危ない事はなかったのかい?」

「ううん、危ない事もあったけど…ポケモンも一緒だからね。…後、グレイブはむしろ危険に自分から突っ込んで行ったり、下手すると危険を色々生み出す方だったりするし……」

「失礼な事言うなっての。危険を生み出してると思ったなら、それは愛月が柔なだけなんだからな」

 

 全く、俺はいつも色々考えた上で行動しているというのに…と思いながら愛月に言い返し、それから俺は頼まれた通り、旅の話をする事にした。これまでの事全部じゃ多過ぎるから、まずはどの地方をどの順で回ったか話し、その後は特に印象深い経験を愛月と共に伝えていった。

 

「で、そこでも俺は勝って、チャンピオンになった訳だ。やっぱポケモンリーグはどの地方でもヒリヒリした戦いになるし、だから挑戦は止められないんだよなぁ」

「僕も毎回、『そんな戦い方する!?』ってなるから、ある意味ヒリヒリだけどね…。…あ、そうそう。僕達とイリゼが出会ったのは、その少し後だったんだ」

「そうだったんだね。しかし、旅の行く先々でマフィアやら過激派集団やらと戦って倒しているとは……」

「なんか、俺が思ってたよりずっと波乱万丈な旅だな…しかもグレイブ、何冠制覇してるんだよって位チャンピオンになってるし……」

「小動物や虫と変わらない程度のものから、天変地異や概念への干渉、側は神と呼ばれる存在までいるとは、ポケモンの多様さも凄いものだな…」

「…なんか、知らない地方とかポケモンの名前とかもあったな…実際には、出てる作品以上に色々あるって事か…?それとも、俺がゲイムギョウ界に来た後も、シリーズの新作が……」

「他の地方で育てたポケモンをそのまま連れてくる…アニメ主人公は相棒を除いて頑なにしてこなかった事を、割と普通にやってるとは……」

 

 ある程度話したところで一回俺達が区切ると、五人からそれぞれの感想が聞こえてくる。なんかカイトとズェピアは声が小さかったし、何言ってるんだかよく分からなかったが…取り敢えずこれ位にするか。まだしてない話もあるけど、それは追加で訊かれたらまた話すって事で。

 

「今度は皆の話も聞かせてくれないか?皆だって、なんか凄い戦いとか、旅とかをしてるだろ?」

「聞いておいて悪いが、俺は話せないな。俺の経験は、暗過ぎてこの場に全く合わない」

「すまないね、グレイブ君。私も影君と同様、明るいような経験はあまりしてきてなくてね…まぁ、戦いの合間の事なら少しは話せなくもないけど…」

「私は…話してもいいが、非常に長くなる。暗い話を除いても、かなり長い。聞いていると、恐らく誰かしらは湯あたりしてしまうよ?」

「となると、俺かウィードか。どうするよ、ウィード」

「あ、さっき別の話した俺もなのか…」

「そういやそうだったな。じゃ、俺の話でいいか?」

「うん、聞かせてカイトさん。グレイブもそうだけど、僕もやっぱりゲイムギョウ界はまだまだ知らない事が多いし、聞いてみたいな」

 

 愛月の返しに俺も頷けば、カイトは「やっぱゲイムギョウ界に来たところからかな」…と言って語り出す。カイトがゲイムギョウ界に来て、その次元のネプテューヌ達と出会って、特命隊ってところに入って、色んな戦いや経験をしてきた話を、順番に俺達に話してくれる。

 

「それから最後はネプテューヌ達四人が決めて、決着だったな。実力もそうだが、やっぱり女神って凄ぇよ。いるだけで、言葉や行動の一つ一つで、周りの雰囲気を変えちまうんだからさ」

「うん、私もそう思うよ。個としての強さには限界があるし、代替出来ない事なんてそうそうないけど、そのカリスマ性はそれぞれが唯一無二と言っても良いだろうね。…少なくとも、私の次元ではそうだ」

「ふふ、信頼を感じるね。…そういえば、私の知り合いには四人で世界を統治する魔王がいるんだ。この次元の守護女神は、イリゼ君しか知らないが…残りの四人と彼等のやり取りも見てみたいものだよ」

「魔王と女神…普通から対立確定の関係だな……」

「いいや、対立はしないだろうさ。魔王と言っても悪行を成している訳じゃないし…何より愉快な面々だからね。…その分割と疲れる事も多いけど……」

 

 だよなぁ、と影の言葉に頷く俺だったが、そんな事はないらしい。…けど、女神に吸血鬼に、今度は魔王か……。

 

「…ズェピアさんの世界も、他のゲイムギョウ界も、行ってみたいなぁ……」

「気が合うな、愛月。俺もだ」

「お、流石は色んな所を旅してるコンビだな。…てか、ほんと二人共凄ぇわ。俺が二人位の頃なんて…ってか、今の俺でもちゃんと旅出来るかどうか怪しいもんだし…」

「だろ?けど、旅って割とその場のノリで何とかなるもんだぞ?…ってより、考える事考えたら、後はばっちりやる事決めて、怖がらずに進む事が大事だと思うな」

「うんうん。それに旅って言っても、基本は街から街への移動だし、困ったら最悪ポケモンに運んでもらって近くの街に戻る事も出来るからね。だから…サバイバル、っていうのかな。そういう旅とはまた違うんだ」

「…だとしても、大したものだ。夕もこれ位立派に……」

 

 褒められるのは嬉しいが、旅に関してはそこまで凄い事じゃないとも思っている。だから俺も愛月も軽く否定した訳だけど、それでも影は凄いと言い…途中でふっと、表情を曇らせた。…理由は、分からない。誰も訊かなかったし、俺も訊こうとは思わなかったから。

 

「…ふむ。話は変わるが、実はこんな物を用意していてね」

『こんな物……?』

 

 突然温泉から出たズェピアは、近くにある別の湯へ。何だろうと思って見ていると、ズェピアは戻ってきて…その手にあったのは、籠に入った幾つもの卵。つまりそれは…温泉卵。

 

「秘湯の温泉卵とは、また粋な事をしますねズェピアさん」

「だろう?イリゼ君達の分は別に用意してあるから、気にせず食べてくれ給え」

 

 ワイトの言葉に首肯したズェピアは、どこからか塩を取り出す。今の格好じゃ、絶対どこにも仕舞えない筈だが…まぁそれは良いとして、俺も一つ貰って食べる。…うん、美味い。

 

「ん〜♪このトロトロ感が良いんだよねぇ」

「これ位トロトロだと、卵かけご飯にして食べたくもなるな」

『あー』

 

 確かになぁ、と全員で同じ声を上げる。ここに白米はないからまあ無理だが、それはそれとして美味い。秘湯の温泉卵、って事で特別な感じがするし、ここまで歩いてきて少し疲れてるのも、より美味しく感じる理由…なのかもしれない。

 

「ご馳走様でした、と。…さて、もう少ししたら上がるとしようか。ここは少し熱めだし、湯当たりしてしまっては詰まらないからね」

「同感だ。風呂は疲労回復も出来るが、長風呂は逆に体力を消耗するからな」

「では、その後は向こうと合流かな。彼女達は、どんな会話をしていたんだろうね」

 

 そうして温泉卵を食べ終えたところで、そろそろ出ようかという流れになる。向こうはこっちより人数も多いし、個性的なメンバーばっかりだから、きっと盛り上がっているんだろう。どんな話をしたかは、後で聞いてみたいもんだ。

 

(…偶には良いんだよなぁ、こういうのも)

 

 肩まで浸かって、力を抜いて、ふぅ…と息を吐く。どっちかって言うと、俺はのんびりするより色んな事をしたいタイプだが…ほんと、偶にはこういうのもいい。けど、こんな事普段はしようとも思わない訳で…その機会をくれたイリゼには、感謝しねぇとな。…へへっ、んでこの感謝を返すとしたら…全力でリベンジに応えてやる事が一番だよな。

…と、そんな感じの事も考えながら、俺は最後にもう一度身体を温めて、秘湯でののんびりとした時間を終えるのだった。

 

 

 

 

 

 

「……あ…普通に終わるんだな…温泉だし、ちょーっと魔が差したりは…」

「うん、それは普通にアウトだよウィード君」

「止めておくんだな、碌な事にならないのは明白だ。後、向こうに妻がいる妻帯者の前でよく言えたな…」

「憲兵さん…じゃなかった、親衛隊長さんこいつです」

「止めようか、ウィード君。私も男として、その気持ちは理解するけど…止めようか、ウィード君」

「い、いや冗談ですよ、冗談ですって……」

「…これは何のやり取りなの?」

「さぁな。てか愛月の場合、分からないなら分からないままにしておいた方がいいんじゃないか?」

「え、えぇ……?」




今回のパロディ解説

・百年に一人の逸材
プロレスラー、棚橋弘至さんの事。仮面ライダーキバの登場人物の一人、紅音也の台詞のオマージュのパロディでもありますね。前にもパロネタにした…かもしれません。

・「女神が温泉を〜〜水色に……」
この素晴らしい世界に祝福を!のヒロインの一人、アクアの事。しかし駄女神といえば、ディールよりもよっぽど近そうな女神がいますね。

・ブレストファイヤー
マジンガーZに登場するロボット、マジンガーZの武器の一つの事。マイナスイオンなら良いですが、ブレストファイヤーを浴びたら一溜まりもありませんね。


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第十話 まさかまさかのハプニング

 招待した人達の内、男性陣の案内を頼みたい。そうイリゼに頼まれた時、俺は「また大変な事を頼まれちまったな…」と思った。ただ、男女に分かれてからちょこっと案内するだけとはいえ、イリゼが別次元や別世界で繋がりを得た面々と接すると思うと、俺も出来る限りの事をしなきゃいけない…そう思えてしまったんだから。気さくに接してくれてるとはいえ、女神からの直々の頼み事というのも、やっぱりプレッシャーは感じてしまう。

 ただまぁ、今思えば引き受けて良かったとも思う。男女問わず、皆から貴重な話を聞けたし、俺も俺で少しは交流が出来たと思うし…やっぱ、不安はあっても絶対無理だと思わない限りは、やってみようとするのも大事なんだな。

 

「なぁ、ウィード。取り敢えずイリゼ達と合流するとして…その後は、何かするのか?」

「あー、っと…その後は俺も聞いてないな…ただまぁ、もういい時間だし、教会に戻るんじゃないか?」

 

 温泉でのまったりとした時間と談笑を終え、俺達は着替えた…というか、服を着直し、入っていた湯を後にした。今は合流地点…さっきイリゼ達と別れた場所へと向かっている最中であり、カイトからの言葉に俺は答える。答えるっていっても、はっきりした事は何も言えない訳だが。

 

「戻るんなら、帰りの道でもう一回位モンスターを見たいよなぁ…てか、モンスターボール投げたらどうなるんだ…?」

「反応しないんじゃない…?確かボールって、ポケモンの性質を利用してるらしいし…」

「そういえば、ボールから出し入れする際には、ポケモンの姿が実体から光…いや、量子か何かに変わっていたな…モンスターも倒すとデータが消えるように消滅するが、これは両者に何かしらの関連性があるという事か…?」

「ふむ…モンスターとはそういうもの、なのかもしれないね。全く異なる世界であっても、それぞれの世界における『人』の性質はほぼ同じ事から考えるに、個々の世界の法則、ルールとでも言うべきものとは別に、無数の世界の多く、或いは全てに影響をしているより大きなルールが存在している…なんてどうだろう?ここまで言うと、推測ではなく単なる想像になってしまうけどね」

 

 後ろから聞こえるのは、モンスター絡みの話と、そこから派生した小難しい話。分かるような、分からないような…そんな風に思って振り返ってみれば、影さんは熟考しているような顔を、ズェピアさんは少し面白そうな顔をしていた。

…と、同時に俺が気になったのは、同じく後ろにいたワイトさんの行動。ワイトさんは、幾つもある木、その枝の一つに触れていて…けど何をしているのかは、よく分からない。

 

「…ワイトさん?」

「うん?…あぁ、すまないね。少し、ここの植物が気になったんだ」

「気になった…というと、ワイト君は植物に対して造詣が?」

「いえ、全くの素人です。ただ、この木に咲いた花は、ルウィーの比較的温暖な地域でも見た事があるように思いまして」

「…言われてみると、俺もルウィーで見覚えがあるな。だが確か、この花は特定の環境でなければ木として成長はしても、花を咲かせる事は殆どなかった筈……」

「あ、なんかこういう感じのやり取り、前にイリゼが僕達の世界に来た時もあったよね」

「あったな、あの時は色々驚きだったぜ。…で、えっと…つまり、ここでその木の花が咲いてるのは不思議だって話なのか?」

 

 腕を組みながら言ったグレイブの言葉に、影さんワイトさんが首肯。それから二人の視線は俺へと向き…あ、これはあれか。君は何か知らないかな?的な視線か…。…えーっと、なんだったかな……。

 

「えぇと…そうだ。俺も詳しい事は知らないんですけど、この浮遊大陸はオデッセフィア…大昔にあった国と、その時代の四大陸を再現したものらしいんです」

「それはイリゼも言ってたな。もう一人のイリゼ…オリゼ、だったか?…が、ここを創ったんだって」

「そうそう。で……」

「あぁ、そういう事か」

「え?」

「成る程。確かにそれならあり得なくはないね」

「えぇ?」

 

 カイトの返しに頷いた俺は、説明の続きを…としていた最中、突然影さんが納得したような声を上げた。続けてズェピアさんも同じような反応をし、二人と違って少し考え込むような顔をしていたものの、ワイトさんもまた「考えてみれば、私が見たのも国境付近だったな…」と呟いていた。三人共、分かった様子だった。…まだ俺は、前置きの部分しか言ってないのに。…うっそぉ…なんで今ので理解出来るんすか貴方達…まだ碌に説明してないんですが…?

 

「…何がそういう事で、何が成る程なんだ…?」

「俺にもさっぱり分からない…」

「俺もなんで理解してもらえたのか全く分からないよ……」

 

 ま、まさか全員分かったのか…?…と一瞬不安になった俺だが、グレイブとカイトはそうでもない様子で、愛月も今はきょとんとした顔。それに俺はほっとして、説明する筈だった部分を…完全再現ではなく、四つに分かれていた大陸を一つの状態に、しかも本来より縮小した形で再現したのがこの大陸だから、ところどころに特殊な環境が生まれたんじゃないか、という予想を伝えると、三人も納得してくれた。…普通こうなんだよな…理解が早過ぎるお三人は「やはりか」みたいな反応してたけど、普通納得って説明を聞いてから、最低でもある程度は伝えられてからするものだよな……。

 

「こ、こほん。そんな感じの成り立ちなので、普通とは違う環境が生まれていたり、もしかすると未知の資源が誕生していたりするかもしれない…って、イリゼは言ってましたね」

「未知の資源…それは国にとって大きな強みだね。技術や治安、その他人の手によるものと違って、資源は努力や投資じゃどうにもならない部分も多い。特に、新たな資源となると、ね」

「…だが、そこに胡座をかけば、神生オデッセフィアの躍進はないだろうな。人の手によるものと違って、資源は成長しない上、技術立国と資源国家じゃ前者の方が上に立ち易い」

『…………』

「影君…言っている事には同意するけど、今言う事ではないと思うよ……」

「…それは、まぁ…すまん……」

 

 想定を超える影さんの発言に会話が止まる中、何とも言えない顔でワイトさんが言葉を返してくれて…なんというか、苦笑気味の雰囲気に。そんなこんなでちょっと真面目な会話をしつつ、俺達は歩いていき…合流地点へと、到着した。

 

「イリゼ達は…まだ来てないみたいだね」

「女性は長風呂って言う…というか、実際長いしな。ゆっくり待とうじゃないか」

「おや、よく知っているような口振りだね。さてはウィード君には、親しい女性がいるのかな?」

「あ、そうなのか?」

「へ?あ、いや、まぁ…それは、その……」

 

 小さく笑ったズェピアさんと、それに乗ったカイトに訊かれ、俺は返答に詰まる。だがこれは悪手。しまった、この反応じゃ「いるけど言うのは恥ずかしい」って答えているようなものじゃねぇか…とすぐに気付いた俺だったが、時既に遅し。複数人から「へぇ〜」という目で見られ、余計恥ずかしい思いをする事に。

 

「ふふ、良い事じゃないか。親しい相手が、親しいと思える相手がいるのは素敵な事だと思うよ」

「う…そ、そう言うズェピアさんにはいるんですか…?」

「あぁ、いるとも。血縁関係ではないが、私には娘がいてね。これがまた可愛いんだ。しっかりしているし、姉妹仲も良いし…おっとしまった、その娘というのは二人いてね、この二人もまた血縁関係こそないが絆は確かに──」

「お、おおぅ…?ズェピアが急に滅茶苦茶話し出したぞ…?」

「…子供…それって、シオ──」

「否!そうだ影君、君にも確か娘がいるという話だったね。今度その辺りの話をしようじゃないか。なぁに親としての在り方を談義しようなんて堅い事じゃない、もっと気楽に楽しく娘の愛らしさを語ろうではないか!」

「……そうだなー…」

((あ、断るのを早々に諦めたような表情に……))

 

 これまでは、温和で思慮深い大人っぽさに溢れていたズェピアさん。その彼が、そのキャラが、なんかよく分からない内に崩壊し…凄い饒舌に話すキャラと化していた。紳士的な大人から一変、子煩悩全開の人…じゃないや、子煩悩全開吸血鬼になっていた。後、結果的にそのトリガーを引いてしまった俺を、影さんが恨めしそうな顔で見ていた。…ほんと、申し訳ないです……。

 

「…そういや、ワイトさんは子供がいるんでしたっけ?前の時は、そういう話はしませんでしたけど……」

「いや、私は独り身だよ。ロム様やラム様とは時折接するけど、それ位だね」

「でも、昨日は子供に大人気だったよな?」

「あれは人気というか、面白がっていただけだと思うけどね……」

 

 そう言って肩を竦めたワイトさんが浮かべたのは、少し困ったような笑み。けど、困った風でありながら、嫌そうな感じは全くなくて…だから子供に人気だったんだろうな、と俺は思った。…まぁ、その場に俺はいなかった訳だが。

 

「…てか、イリゼ達ほんとに遅いな。どっかで迷ってるのか…?」

「…そもそもの話だが、合流時間は決めてるのか?」

「あ……」

 

 その後も暫し俺達は話し…ふとしたタイミングで、グレイブが言った。それを受けて、影さんも言い…俺は気付いた。そうじゃん、時間決めてねぇじゃん、と。

 

「どうしたものかな…探しに行く訳にはいかないし、まだ入浴中なら電話しても分からないだろうし……」

「あ、レオンに伝えてもらうのは?レオン結構賢いから、ジェスチャーで何となく伝えられるかも…」

「良い案だね、と言いたいところだけど…レオン君は、イリゼ君達のいる所までの道筋を、説明を聞くだけで分かるのかい?」

「幾らレオンでもそれは無理だろーな。…あぁそうだ、それより俺のスラッシュに竜星群をしてもらって目印にする方が……」

「よ、よく分からんが止めてくれ…!絶対それ結構高火力の技だよな…!?」

 

 提案ではなく既にその気だったのか、グレイブは鮫と竜が合わさったようなポケモン…後で聞いたがガブリアスという種のポケモンを出し、明らかに危険そうな技を繰り出させようとした。慌てて俺が止めると、割とあっさり引き下がってくれたが…即断即決過ぎるだろうグレイブ…。

 後、この時カイトとズェピアさんの方から、600だとか両刀だとか聞こえてきた。何なんだろうか。

 

「…まあ、待つしかないだろうな。人生は長いんだ、それを思えば少し待つ位訳ないさ」

「ま、また随分と達観した事を言うんだね…」

 

 まるで煙草でも出しそうな雰囲気を醸しながら待とうと言う影さんと、それに苦笑いで返すワイトさん。俺も「ここで人生出てくる…?」とは思ったが、待つ他なさそうだって事には同意。それからここにいる六人を見回し…呟く。

 

「…しかし、これまた濃い面子だよな……」

 

 イリゼ達もそうだが、ここにいる男性陣もまた濃い。個性的で、とにかく全員印象に残る。日々俺もうずめやくろめ、それに皆と接しているからこそ付いていけているが、もしそうじゃなかったら、とても無理だっただろう。これを愉快と言うか、半端ないと言うかは人によるだろうが…俺?俺はまぁ…両方、だろうな。うん、両方だ。

 ともかく、そんな皆と今暫くの間、俺はイリゼ達が来るのを待つ。結構な時間待って、その間に色々な会話をして…漸くイリゼ達も戻ってきた。…何故か、酷く疲れた状態で。

 そして俺達は、思いもしなかった。俺達が「遅いなぁ」と思っている間…イリゼ達が、予想外の厄介事に遭っていたのだという事を。

 

 

 

 

 セイツが…えっと、抱き着かれたから?あたふたした末?…まぁとにかく、泣き出しちゃってから十数分後。何とかセイツが落ち着いたところで、そろそろ出る?…って流れになった。

 

「ほんと、ごめんねセイツ……」

「いや、これに関しては私が要らない事したのが元凶みたいなものだし、私こそごめん…」

 

 流石に申し訳なさそうなネプテューヌちゃんが謝って、そのネプテューヌちゃんへイリゼおねーさんも謝る。まぁ、どっちもどっちよね。ネプテューヌちゃんは理由はともかく取った方法が普通に悪いし、おねーさんに関しては……ちょっと胸が大きいからって、それを強調するなんて…ねぇ?

 

「…エスト、少し怖い顔してる…怒ってる……?」

「怒ってる、とは少し違うんじゃないかなぁ…」

 

 と、思っていたら、イリスちゃんから不安げ…な気もするけど、ぱっと見何の変化も見られない、無表情な顔で言われる。そしてそのイリスちゃんを、ルナが宥めるようにのんびりと撫でていた。イリスちゃんも、素直に撫でられていた。…なんかすっごいほっこりしてるわね…。

 

「こ、こほん。まあそれはともかく、出るとしましょ?もしかしたら、向こうはもう出てるかもしれないし」

「あ、せーちゃん復活した」

「そうですね。流石に少し熱くなってきましたし、良い頃合いかと…」

 

 そう言って、ピーシェは軽く手で仰ぐ。そういえば、わたしの知ってるピーシェも長風呂が好きなタイプではなかった気がするけど…その辺りは、同じ『ピーシェ』として共通する部分なのかしら。

 なーんて事も思いながら、わたしもそれに頷いた。わたしももう熱いし、十分温泉を堪能する事だって出来た。だから最後に一度、温泉の中で身体を伸ばして、それから立ち上がろうとしたその時……予想外の事が起きる。

 

「ひゃっ…!」

「……?ディーちゃん?」

 

 突然隣から聞こえた、小さくて可愛い悲鳴。それはディーちゃんの声で…何かと思って振り向くと、ディーちゃんはきょろきょろと湯船の中を見回していた。

 

「い、今……」

「今?」

「今、何かに背中触られた…」

「触られた?木の葉が落ちてきただけじゃないの?」

 

 身を守るように交差させた両手で二の腕を掴むディーちゃんの、触られたという言葉。でも、少なくとも手の届く範囲にいるのはわたしだけで、勿論わたしは触ってない。で、わたしと同じようにそれはおかしいと思ったのか、近くにいた…大分回復したっぽいイヴも、落ちてきた木の葉が偶々触れただけじゃないのかと言って……

 

「ひゃわ…っ!?」

『え?』

 

 これまでのちょっとクールな印象とはかけ離れた、普通の女の子っぽい悲鳴。ディーちゃんの発言へ冷静に返していたイヴは…その直後に、自分自身でその返しを撤回する事となっていた。

 

「どうしました?イヴさん」

「らしくない声が出てたッスねぇ」

「こ、声については気にしないで頂戴……そうじゃなくて、確かに何か…うぁっ、また…!?」

 

 なんだなんだと寄ってくるビッキィとアイ。聞かれて恥ずかしそうなイヴは、それより、と話を戻そうとして…だけどまた、何かが触れた様子。うーん…ディーちゃんのと含めればこれで三度目だし、流石に気のせいとか、木の葉が触れただけとかじゃなさそうよね…けど、なら何…?

 

「えぇと、何かに触られてると?…まさか、モンスター…?」

「それはないんじゃないかしら、ビッキィ。だってこれだけ人がいて、女神だって何人もいるんだから、モンスターなら誰も気付かないなんて事…ひゃんっ!?」

 

 その可能性は低い。そう言い切ろうとしたところで、脇腹に感じたのはつつかれるような…痛くはないけど、ちょっぴりくすぐったいような感覚。分かっていれば「あ、くすぐったいかも?」って感じる程度だとは思うけど、今のは完全に不意打ちで…わたしまで、ちょっと恥ずかしいような声を出してしまった。

 しかも、それだけじゃない。この感覚を味わったのは、わたし達三人だけに留まらない。

 

「ふわっ!?い、今太腿の辺りに何か……」

「エストさんにアイさんまで…?ならやっぱ…うひっ!?」

「皆もなのね…やっぱり何かが…ひぁっ…!?ちょ、わ、私だけなんで三度目…!?」

 

 次々上がる被害の声。今さっきわたしは、モンスターはないと言おうとしたけど…ここまでなればもう、『何か』がいるのは間違いない。この温泉の中に…何かが、いる。

 

「こ、これ透明人間の仕業とか、そういう事じゃ…あぅっ…!」

「お、温泉で透明人間って、もしそうなら禄でもない…うぁまたわたしにも来た…!って、いうかこれ…単独じゃない…!?」

「皆、さっきから何を…ひゃうっ!?な、なんか来た!?え、何これ何これ!?」

「……?…何かに、吸われた……?」

 

 わたしとディーちゃんがやり取りをした直後、ルナとイリスちゃんまで何かに襲われる。襲われるって言っても痛みがあったりはしないけど…とにかく襲われてはいる。…こういう時でもイリスちゃんは表情変わらないのね…普通に悲鳴とか上げちゃった自分が少し悔しい……って、そんな事考えてる場合じゃない…!

 

「あぁ、もう!さっきから何度も一体何よ…!」

「……!アイさんエストさん、今そこに何か影が…!」

『そこ(ね・か)ッ!』

 

 フラストレーションが溜まる中、ビッキィが『何か』の影を目で捉える。その声に弾かれるように、フラストレーションをぶつけるように、わたしは手刀を、アイは温泉の中から振り出すような蹴りを示された位置へと放ち……攻撃が当たった感触はない。無かったけど…水飛沫と共に、それは飛んだ。小さな、一見無害そうな…一匹の魚が。

 

「…え、これって……」

『まさか……』

 

 目を丸くするルナに続いて、わたし達の声が重なる。顔を温泉のすれすれまで下げて、湯の中を覗いて……同じような魚の姿が無数にある事で、気付く。

 

(ど…ドクターフィッシュ!?)

 

 それは確か、人の古い角質を食べてくれる…だから美容に良いって事で有名な魚。詳しい事は知らないから、絶対そうだとは言えないけど…ドクターフィッシュかそれに近い魚なら、ここまでの事も理解出来る。理解は出来るけど……ちょっ、斜め上の展開過ぎない…!?

 

「迂闊だった…エストの言う通り、モンスターはないと思ってたから、それより弱い存在もやっぱりないって根拠もないのに思い込んでたわ…!あ、ちょっと…わ、腋にまで……っ!」

「ぴゃっ…!い、今お尻のところに…!(びくびく)」

「……?魚、あんまり来なくなった…魚はイリスに、興味なし…?」

 

 次から次へと、小魚はわたし達を突っついてくる。一匹二匹ならどうとでもなる…っていうか無視出来そうなものだけど、あんまりにも多いせいで処理なんて出来そうな気がしない。…まぁ、温泉ごと凍結させるとか、電撃を流すとかすれば簡単に殲滅出来るけども、流石にそれは気が乗らないっていうか、心苦しい。だって、元からこの辺りに住んでた魚だって事なら、テリトリーに侵入したのはこっちな訳だし……。

 

(…そういえば、イリゼおねーさん達は……?)

 

 どうしたものかと考える中、そういえば…と思い出すわたし。ちょっと離れてるとはいえ同じ所にいる訳だし、おねーさん達も群がられてる筈。そうじゃないなら、むしろその理由を知りたい。

 と、思って見てみれば…やっぱりおねーさん達も襲われていた。でもわたし達程は大変そうじゃなくて…って事は、もしや……!

 

「…やっぱり……!」

「ど、どうしたのエス…くふっ、お、お腹は駄目だってぇ……!」

 

 ばっとわたしが目を向けたのは、イリゼおねーさん達がいるのとは逆側。わたし達を挟んだ反対側になる辺りへ視線を走らせて…わたしは泡が浮き上がるように、魚がこの温泉に現れる場所を発見した。

 って事はつまり、あの辺りから魚は出てきて、まず近い方にあるわたし達に群がってるって事になる。…んだけど、それは正直分かってもあんまり意味がない。今必要なのは、その状況から脱する手段や作戦で……

 

…………。

 

……いや、別に難しく考えなくて良くない…?脱する方法も何も…普通に温泉から出れば良くない…?どっちにしろ、もう出ようって流れだったんだし…。

 

「はは……」

 

 物凄く単純な解決策があったのに、それを思い付かなかったなんて…とわたしは自嘲。それからこの変な体験から一抜けすべく、わたしは立ち上がって……

 

「うひゃあ!?」

 

……コケた。つるーんと。それはもう、さっきのネプテューヌちゃんばりに、つっるーんと。

 

「え、エスちゃん!?」

「…ぷはっ!な…何これ!?なんか下…というか、お湯がぬるっとしてるんだけど!?」

「ぬるっと?エストさん、急に何を言って…いやほんとですね!?い、いつの間にこんな……」

「…あ、イリゼ達も転んだ」

 

 顔に感じる、ぬるりとした感覚。べたべたねとねとって程じゃないけど、明らかにお湯の状態が変わっている。

 そしてこちらに流れてくるのは、ぷかーっと浮いたイリゼおねーさん達。後頭部、背中、それにお尻を晒しながら流れてくる五人は…え、揃って転んだの…?

 

「うぅ、本日二度目の温泉転倒…これは二度ある事は三度あるのパターンで、その内またコケるとか…?」

「いやそれは知りませんが…な、何故湯がぬるぬるに…?」

「……あっ…もしや…」

「何か知っているんッスか、茜!」

「知ってるっていうか…確か、身を守る為にぬるぬるした粘液を出す魚っていたよね…?」

 

 ぬめる粘液を出す魚。名前は覚えてないけど、それも聞いた事がある。警戒してるのかは分からないけど、数え切れない程いる魚が粘液を出してるなら、一匹一匹は小さくても、温泉全体が滑り易い状態になっていてもおかしくない。

 

「ぅひゃ…!…こ、こんな魚がいるなんて、思いもしなかったわ…。けど、まだぬめりがあるって程度だし、落ち着いて動けば滑りなんてしない筈……!」

「セイツさん、それはフラグ──」

「おぉ、一杯出てきた」

『もうフラグ成立したぁ!?』

 

 ピーシェが制止するように突っ込むけど、時既に遅し。イリスちゃんの言葉に「まさか」と思いながら振り向けば、そこには群れの本隊が到着したとばかりに押し寄せてくる小魚の姿があって……

 

「あははははははっ!だ、駄目!駄目だって!駄目だってばぁぁっ!」

「な、何なのよこれぇ!ただの小魚なのにっ、こんな…あははははっ!」

 

 笑いながら身を捩って、笑顔で苦しそうな顔をするイリゼおねーさん。多分おんなじ顔をしているわたし。押し寄せる大群から逃げる事の出来なかったわたし達は今…くすぐりぬるぬる地獄の真っ只中だった。

 

「くぁふふっ、こ、このっ…うおわっ!?」

「び、ビッキィ下手に動くと……ふぁぁっ!む、胸の谷間にまで入ってきたぁ…!?」

「ぎ、義手のっ、付け根に…ばっか、り……っ、ぅ…あははははふふふふっ!」

 

 殺到する小魚を振り払おうとして、ビッキィは転倒。ひっくり返ったビッキィを引っ張り上げようとしたピーシェは声が裏返り…これまで笑うのを耐えていたイヴも、我慢の限界だって言うように大きな笑いを上げてしまう。

 洒落に、ならない。最初はちょっとくすぐったいかも位だった小魚の突っつきも、四方八方からずーっとされ続けたら…くすぐったくて、仕方がない。

 

「ひゃぁあははははっ!こ、こんな魚にモテたってわたしは嬉しくないぃぃいいいいっ!」

「私もえー君以外はのーせんきゅーぅうふふふふふふふふっ!ふーっ、ふーぅぅ!」

「うひゃははははっ!ふふふっ、あははははっ!む、無理ぃ!これ以上は無理だよぉぉぉぉっ!」

 

 笑いながらの悲鳴を上げるルナ。それは他人事じゃない。痛くなくても、くすぐったいだけでも、笑い続けてたら体力を持っていかれる。酷くならば、呼吸だって厳しくなる。

 

「あひっ!?あ、足の指の間って、そんなとこまでっぉははははははっ!う、恨むッスよイリゼぇぇえぇっ!」

「わ、私だって今膝の裏に殺到されてるんだからぁ!な、なんかこの魚変なとこばっかりに来てない!?脚とか胸とかお臍とか……って思ったけど普通に全身来てるねっ!変なとこだと余計気になるだけでそこのみ来てる訳じゃぉひひひひひひっ」

「い、イリゼさん長々と何を……ぴゃあぅっ!う、うなじにっ、までっ…うひゃっ、ふふっ、んぁぁ……っ!」

 

 頬を赤くして、もどかしそうに身体をくねらせるディーちゃん。ぬるりとしたお湯に濡れた状態で、そんな声を出すものだから…なんていうか、如何わしい。普段だったら「わー、ディーちゃんってばえっちぃ〜」とか言ってからかうところだけど……わたしだって同じ状態なんだからそんな余裕はない。ああぁもぉっ!どうしてこうなるのよぉぉぉぉっ!

 

「あっははははははっ!わ、わたしのお尻を狙うとは、この小魚達見る目があるね!けどここまでされたらもう容赦しないよっ!く、くふっ…このわたしをおそそそそそそそそ……」

「ネプテューヌちゃん!?ぐ、ぬぬっ…でもわたしだって…ひははっ!うひゃ、あはっ!…こうもされて、黙ってなんて……」

「ちょおっ!?え、エストさん何を…ひぁうんっ!くひゅ、ぅああ…うふはは…っ!」

 

 ついカッとなった(勿論皆の被害無視して爆破しよう的な事は考えてないけど)わたしを止めようとしたピーシェの、可愛い悲鳴。同じような笑い声が、似たような悲鳴が、粘液混じりで艶めく温泉で濡れた表情と一緒に流れっ放しで……

 

「…魚は、冷たい水の中で生活する生き物。でも、ここは熱い。つまり、これは魚ではない…?」

((……あれ…?))

 

 小魚に襲われている。皆が皆、ドクターフィッシュ…っぽい魚に殺到されている。…そう思っていた中で、一人だけ…イリスちゃんだけは、よくよく見れば違っていた。同じように突っつかれてはいるけど…執拗に襲われている感じはないというか、イリスちゃんにだけは魚の反応が淡白だった。

 

「…い、イリスちゃんだけ、どうし…うわわたしのうなじにも来た!?ちょぉっ、だからっ…くすぐったい、ってぇ…!」

「……?…魚、めっ」

「そんな事言っても魚には通じな……。…あ、そういう事!?」

『どういう事…!?』

 

 ディーちゃんので味を占めたのか、魚はわたしのうなじにまで突っついてくる。そんな中で、イリゼおねーさんはイリスちゃんの言葉に反応し……いきなりやり取りが何個か飛んだみたいな事を言い出した。多分、おねーさんの悪癖が発動したんだと思うけど…おねーさん視点じゃないと、訳が分からない…!

 

「い、イリスちゃん…今はイリスちゃんが、イリスちゃんだけはがきぼあははははははっ!」

「イリゼさんそれだと吹き出してるみたぃひひひひははははははっ!」

「…皆、楽しそう…では、ない?…救援が、必要?」

『……!』

 

 爆笑するイリゼおねーさんとビッキィを見て、わたし達の事も見て、小首を傾げながらイリスちゃんは訊いてくる。その言葉に、わたし達は思い切り、ぶんぶんぶんぶん!…と首を縦に振った。

 理由は分からないけど、イリスちゃんはわたし達程襲われていない。そんなイリスちゃんが、わたし達にとっては本当に唯一の…そして、最大の希望。

 

「分かった、イリス頑張る」

「あ、ありがとうイリスちゃん…!ま、まずは…ぁふ、くくっ…た、立てる…かな…?」

 

 こくん、とルナの言葉に頷いて、イリスちゃんは立ち上がる。っていっても、ぬめる温泉のせいでかなりふらふらしていて、立ち上がるまでには少し時間がかかっていた。

 それでも、これまで立とうとした他の人よりは早い。やっぱり魚の突っつきが苛烈じゃない分、イリスちゃんには余裕がある。

 

「イリス、立った。次はどうすればいい、ルナ」

「つ、次は…どうすればいいのかな…!?」

「くぁ、ふふっ…と、取り敢えず外に出るッスイリス…!何をするにも、温泉の中にいたんじゃ……」

 

 温泉から出るよう伝えるアイ。その判断にはわたしも同意で、太腿を抓ってくすぐったさに耐えながら、視線でそうして、とイリスちゃんに伝え……ようとしたけど、アイの言葉は、途中で途切れる。

 笑いそうになるのを堪えているのか。初めわたしはそう思った。でも、違う。言葉の途切れたアイは、笑いとくすぐったさで真っ赤になった顔とは別に、血の気が引いたような表情をしていて…わたし達も、理解する。血の気が引いた、その意味を。

 

「…は、はは……」

 

 これまでの激しい笑いとは違う、乾いた笑い声。わたしかもしれないしわたしじゃないかもしれない、誰かの…茫然としたような、そんな笑い。

 理由は簡単、考えるまでもない。先行部隊に対する本隊の様な、一気に大量に現れた小魚達。さっきのそれに匹敵するような大群が、また……駄目押しみたいに、現れ押し寄せてきたんだから。

 

『あ、あ…あぁ……──もうやだぁあぁぁぁぁあははははははははははっ!!』

 

 もう探す必要もない位の、どこを見てもひしめいている、夥しい数の小魚達。わたし達は囲まれて、完全に包囲されて、一斉に襲われて……そこから先は、思い出したくない。…いや、うん、ほんとに…思い出したく、ない…。

 

 

 

 

「…っていう事が、あってだね……」

 

 随分と…それはもう随分と男性陣を待たせてしまった私達は、やっとの事で合流し…何があったのかを、掻い摘んで説明した。細かく説明するのは、色々と恥ずかしかったから、起こった事だけを端的に伝えた。

 

「それはまた、大変だったな……」

「ドクターフィッシュはリラクゼーション効果もあると言いますが…全身襲われたとなれば、確かにリラックスどころではありませんね…」

「…ドクターフィッシュ?魚のお医者さん…?」

「バナナフィッシュの親戚みたいなものかなー」

「いや親戚どころか対極の存在じゃないそれ…」

 

 私の説明に、男性陣は皆が苦笑い。カイト君やワイト君は、同情するような事を言ってくれて…一方ネプテューヌは、ドクターフィッシュを知らないらしいイリスちゃんに適当な事を言っていた。それをイヴが半眼で突っ込んでいた。

 

「そんな事があったのなら、さぞ苦労したのだろう。大した疲労回復にはならないかもしれないが、これを食べるといいよ」

「あぁ、ありがとうございますズェピアさん…。…お、美味しい…凄まじく疲れた分、温泉卵が凄く美味しい…!」

「空腹は最高のスパイスなんて言うけど、こんな形でのスパイスは美味しくても全然嬉しくないわ……」

 

 差し出された温泉卵を、皆で食する。ビッキィの言う通り、笑い過ぎて疲れた分温泉卵はやたら美味しくて…でも、これまたセイツの言う通り、美味しくても全然気分は晴れなかった。折角用意してくれたのにごめんね、ズェピア君…。

 

「ところで、その魚は結局ドクターフィッシュだったのか?数はともかく、ドクターフィッシュだったら温泉的にはプラスの要素だよな?…ほんと、数はともかく……」

「どうなのかしらね…なんか粘液も出してたし……」

「粘液…なんか皆肌がつやつやしてるけど、それも粘液のせいか?」

『あー、それは……』

 

 なんとも言えない顔で締めたウィード君の発言に、エストちゃんが返して、続くグレイブ君も私達へと質問をしてくる。それを受けた私達は、顔を見合わせ…肩を、竦める。

 実際、私も皆もいつの間にか肌がつやつやしていた。ハリが凄く良くなっていた。それ自体は、普通にありがたい事だけど…どう、なんだろう…。

 

「粘液にそういう性質があるなら、角質食べてくれるのも含めてほんとに女の子の味方の魚な筈なんだけどねぇ…あ、えー君的には今の私どう?」

「どうも何も、確かにさっきより肌の艶は良さそうだが…評価ががらっと変わる程じゃないだろうに」

「…こーいうところは、ほんと直してほしいんだけどね……」

「茜…影君良くない、良くないよそういうの」

『うんうん』

「…そんな悪かったか…?」

「良くないね、影君。確かに推測する為の情報を殆ど開示せずに『どう?』と訊いたのなら、相手も理解してもらう努力に欠けているところだが…答えがほぼ出ている状況でのその返しは、デリカシーがないと言わざるを得ないよ」

 

 分かってた、分かってたけどさ…と肩を落とす茜の肩に手を置きながら、私は影君に良くないと返す。流石に全員ではないけど同性の皆からも首肯が続く。

 そして締めは、ズェピア君の指摘。良くないと言いつつも、伝わってほしいなら伝わる努力もしなければいけない、と先に言っている辺り…ほんと、紳士だと思う。

 

「…なんかよく分からんが、難しそうだな」

「だね…元から皆綺麗なんだし、そこまで気にしなくても良いと思うけど……」

「女心は難しいんだよ〜、二人共。でも、そういう言い方は悪くないよっ、愛月君」

「え、わわっ!?きゅ、急に撫でないでよぉ〜!」

 

 うんうん、と頷きながらネプテューヌは愛月君の頭をわしゃわしゃ〜、と撫でる。人前で恥ずかしいって事なのか、愛月君はびっくりした顔であたふたとした様子を見せる。さっきまでとは真逆のほっこりした展開に、私達も表情が緩み…セイツがぱん、と手を叩く。

 

「さ、それじゃ戻るとしましょ。折角温まったのに、いつまでもここにいたら湯冷めしちゃうし…温泉卵だけじゃ、お腹一杯にはならないもの」

「帰りもまた徒歩なんですか?わたしは別に構いませんが、今から徒歩は少し大変なのでは?」

「だよね。だから女神化して、空から一気に森を抜けようと思ってるんだけど…皆、協力してくれる?」

「がってんッス」

「えぇ、それは勿論。小さい子達にまた歩かせるのは気乗りしませんからね」

「それは、わたし達も入ってるんです…?…まぁとにかく、これだけ女神がいれば、人数が多くても問題なさそうですね」

 

 女神の皆の同意を得た事で、早速私達は女神の姿となり、皆(といっても、女神以外でも飛べたり飛ぶ手段を用意出来たりする人もいるけど)を抱えて森を抜ける。私達自身、温泉で予想外のハプニングを受けた訳だから、寄り道とかは考えないで真っ直ぐ教会への帰路に着く。

 

「…っと、そうだ。今日までの三日間は、基本皆で行動してたけど、明日からはどうする?私としては、多少なりとも神生オデッセフィアの事を知ってもらえたと思うし、皆も各々見たいものとかやりたい事があるだろうから、明日からは自由行動でも良いと思うんだけど…」

「私はそれで良いと思うな。皆で一緒に何かするのも楽しいけど、やっぱり個人的に気になるものがあるって人には、自由行動の時間もほしいだろうし」

「自由行動…それはやっぱり、神生オデッセフィア内でって事かしら?」

「遠出とか、他の国に行きたいとかならわたし達が付き添うわよ?あ、何ならそこでそのままデートしても……」

「そういう事なら、こっちのルウィーに行ってみるのもいいかもね。こっちのお姉ちゃん達は会った事あるけど、国の方は全然知らないし」

 

 そうして教会に戻り、着地して女神化も解いたところで、私は明日以降の話をする。ルナを皮切りに、皆自由行動には賛成の様で、これなら明日からも各々楽しんでくれると思う。

 

「やりたい事、か…こういう時だからこそ出来る事って思えば、色々楽しみだ」

「お、気が合うなカイト。俺も楽しみにしてた事が出来そうで、今からわくわくするぜ」

「イリスも楽しみ。でも、ここで過ごすのも悪くなさそう」

「あはは、勿論うちでまったりするのも良いよ?やりたい事をしてもらうのが一番だからね。…あ、それとまだいつの何時からってところは決まってないけど、面白い体験の準備も進めてる…というか、進めてもらってるから、それもお楽しみにね」

 

 何をするの?なんて事は訊かない。訊かずとも、それぞれにしたい事、やりたい事をしてくれるのは間違いないし、私達の付き添いが必要な事なら、皆だったらちゃんと言ってくれる筈。そう思いながら、私は皆と共に教会の建物の中へと入った。

 ここまでの三日間、皆には楽しんでもらえたと思う。ちょっとやらかした部分もあるけど、反省はしても引き摺りはしない。招いた私自身がうじうじしてたら、皆も素直に楽しめないだろうから。それにまだまだ、皆との時間は続く。続くんだから、皆にはもっと楽しんでもらって……私は作りたい。ここまでの三日間と同じように、皆との楽しい時間を、思い出を。

 

 

 

 

「……と、いう訳で新年一発目、元旦にお送りするお話もコラボとなった訳ですが…皆、どうだったかな?楽しんでもらえたかな?」

「うん、何最後の最後でとびきりのメタ発言をしてるのかなぁ!?というか、その和装どうしたの!?ネプテューヌはどっからそれを用意したの!?」

「ふふん、わたしの世界の友達にはこういう服装を普段からしてる子もいるんだよね〜」

「全く説明になってない…!こっちのネプテューヌならともかく、流石にコラボ先のネプテューヌが新年の挨拶やって締めるとかにはさせないよ!?元からこういうのほぼやってなかったんだから!」

「まあまあ落ち着いてってイリゼ。あ、因みにコラボはもうちびっとだけ続くんじゃよ」

「落ち着いてと言いつつ更にメタとパロを組み合わせたボケするのも止めてくれないかなぁ!?あぁもう、今年も宜しくお願いします!後、もうちびっとっていうかまだ結構続くからね、このコラボ!」




今回のパロディ解説

・「何か知っているんッスか、茜!」
魁!!男塾に登場するキャラの一人、雷電の台詞…ではなく、彼に質問を行う際の台詞のパロディ。これ単体だと、やはりパロディっぽく見えないですね。

・「〜〜このわたしをおそそそそそそそそ……」
ポケモンシリーズに登場するキャラの一人、アカギの台詞の一つのパロディ。ギラティナに破れた世界へ引き込まれる際の、何とも特徴的なシーンのパロディです。

・バナナフィッシュ
BANANA FISHに登場する、特殊な薬物の事。ドクターフィッシュとバナナフィッシュ…まあ、わざわざ説明するまでもなく、普通に違いますね。

・「〜〜もうちびっとだけ続くんじゃよ」
DRAGON BALLに登場するキャラの一人、亀仙人の台詞の一つのパロディ。代名詞とまでは言わずとも、割と有名な台詞ですね。前にもパロった気がしないでもないです。


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第十一話 王者への再戦

 僕が信次元に来るのは、これで二回目。一回目は何故か飛ばされちゃった形で、でも二回目である今回は、グレイブと一緒に、イリゼに招待をされて来た。何だかんだで一回目も楽しかったし、嬉しい出会いもあったけど…やっぱり理由が理由な分、今の方がずっと安心して信次元や皆との話をする事が出来てる。知らない場所に行くのは、普段の旅でもそうだけど…突然飛ばされていつ帰れるかも分からないのと、自分の意思で来るのとじゃ、全然違うもんね。

 でもまあ、それは別に重要じゃなくて…僕は思っていた。いつかやるんだろうな、って予想していた。グレイブの事だから、絶対に…絶対どっかのタイミングで、イリゼとのリベンジマッチをする事を。リベンジするのはイリゼの方だけど、間違いなく乗り気で「いつやるよ?」とか言いそうだって事を。前に信次元に来た時は、状況的にそういう話にはならなかったけど…旅行みたいな感じで来た今回なら、絶対言う。絶対やる。断言出来る、間違いない。グレイブは、そういう人間だから。僕は、そう思っていて……予想は当たった。その通りだった。その通りでは、あったんだけど…当たったのに、僕はびっくりした。

 

「ちるっ!ちるちるーっ!」

「ヒュララララ…」

 

 だって、だってさ、ここまでは予想出来る訳ないじゃん。する訳ないって思うじゃん。そんな、イリゼとるーちゃん相手に…チルタリス相手に、キュレムを選ぶなんてさぁっ!

 

「さぁて、準備はいいか?イリゼ」

「勿論。私もるーちゃんも、準備万端だよ」

「いやいやいやいや!準備はいいか?じゃないよ!?準備万端だよ、でもないよ!?」

 

 ここはテニスや温泉に行った時と同じような、街からは離れた開けた場所。そこでグレイブとキュレムの氷淵、イリゼとるーちゃんでそれぞれ正対し、声を掛け合ったところで、僕は待ったをかけた。かけるよ、かけるに決まってるじゃん!

 

「何だよ愛月。…あ、もしや愛月もイリゼと勝負を……」

「したい訳じゃないよ!?そうじゃなくて…るーちゃん相手に氷淵はあんまり過ぎるでしょ!」

「かもな。けど俺はそうするって決めた。イリゼもそれでいいって言った。なら、どこに問題があるんだよ」

「いやそれは……」

 

 さも当然みたいに言うグレイブに、僕は頭を抱える。うん、分かってる。グレイブが手加減なんて全く出来ない事位。それに本気だからこそ得られるものとか、全力だからこそ楽しめる事とかがあるのも、分かってはいる。けどやっぱり、この勝負はあんまりで…そう僕が思っていると、イリゼが僕に近付いてきた。

 

「ありがとね、愛月君。でも、大丈夫だよ。私は相手がどんな存在か知った上で、それでもここにいるんだから」

「ほ、ほんとに分かってる…?確かに昨日話した時、氷淵の話もしたけど……ってまさか、昨日のあれは今日の為の事だったの!?」

「え、うん。…あ、そうとは知らずに話してたんだ……」

 

 昨日僕は、イリゼにグレイブの手持ちの事を聞かれて色々話した。思い返せば、氷淵に関しては特に色々訊かれたけど…まさか勝負に向けた情報収集だったなんて…。

 

「…けど、良かったの?昨日の段階で、氷淵を出すって私に教えてて」

「良いも何も、俺はイリゼがるーちゃんを出す事も、るーちゃんがどんなポケモンなのかも知ってるんだ。だったらイリゼもこっちの事を知ってなきゃ、フェアな勝負にならないだろ?」

 

 そう言って、グレイブは勝気に笑う。やっぱり選択肢がるーちゃん一択なイリゼ相手に、チャンピオンのグレイブが伝説のポケモンの一体で、タイプ的にも有利な氷淵を選ぶなんて、フェアでも何でもない気がするけど…はぁ、言っても止まらないのがグレイブだもんな……。

 

「僕は止めたからね?後で大人気ないチャンピオンだって言われても知らないからね?」

「大人気ないも何も、まだ大人じゃねーし」

 

 口を尖らせてと言い返すグレイブを僕はじとーっと見て…離れる。イリゼとるーちゃんには頑張って、と伝えて…ここまで一緒に来た皆のところに戻る。

 

「490対660かぁ……」

「タイプ一致で四倍弱点狙ってくる禁止級……」

「……?ズェピアさん?カイトさん?」

「おっと、何でもないよ。けど、驚きだね。るー君が進…もとい、あんな姿に変わるなんて」

「ポケモンには進化っていう…現象?…があって、チルットって種類のるーちゃんは、進化すると今の姿…チルタリスって呼ばれる姿になるんだ。…一度したら元には戻らない普通の進化と違って、何故かるーちゃんはチルットの姿に戻れるんだけどね」

「つまり、るーちゃんは変身が出来る?」

「変身…うん、そんな感じかも」

 

 戻れる…っていうか戻っちゃうんだから、確かにるーちゃんのは進化じゃなくて変身って言った方がいいのかも。そう思って僕は、イリスちゃんの言葉に頷く。

 ここには僕やバトルする二人の他に、ズェピアさんとカイトさん、イリスちゃん…そして、イリスちゃんに抱っこされたライヌちゃんがいる。バトル、って事でグレイブやイリゼ達とはちょっと距離を取っていて……あ、そうだ。この勝負、スマホロトムで撮っとこっと。そうすれば、来てない皆も後で見れるし。

 

「んじゃ、改めて…始めても良いんだな?イリゼ。氷淵の事について、今ならまだ答えるぞ?」

「大丈夫だよ。愛月君から色々聞いたし…自分の目で、戦いの中で相手の事を掴んでいくのも、勝負だからね」

「確かにな。…前と違って、今回はハンデ一切無しだ。うかうかしてたら、速攻で終わらせちまうぜ?」

「グレイブ君こそ、私とるーちゃんが前と同じだと思ったら大間違いだよ?私はここに、戦いに来たんじゃなくて…リベンジを果たす為に来たんだから」

 

 余裕のある笑みを浮かべるグレイブと、同じ位の余裕で視線を返すイリゼ。どっちもよく見る表情をしているけど、もう雰囲気は臨戦態勢そのもので…見てるだけでも、緊張する。

 翼で胴体を包んでるるーちゃんは、見た目からしてやる気一杯。静かに立つ氷淵は、流石伝説のポケモンって位に堂々としていて…分からない。普通に考えたらグレイブと氷淵が圧倒的に有利だし、圧勝出来そうな気もするけど…良い勝負になりそうな気も、イリゼがそれ以上のものを見せてくれそうな気もしてくる。

 だから、僕はもう何も言わない。最後まで見届けるって決めた。ほんと、フェアじゃないと思うけど…二人は本気だし、僕だってポケモントレーナーなんだから。

 

「やろう、るーちゃん」

「俺達の実力見せてやろうぜ、氷淵」

 

 呼び掛けに、るーちゃんと氷淵はそれぞれ頷く。それから二組は互いに見合って、一瞬静かになって……

 

『──勝負ッ!』

 

 二人の戦いが、グレイブとイリゼの…チャンピオンと女神の、二度目の勝負が始まった。

 

「先手必勝だ!」

「跳んで迎え撃つよッ!」

 

 真っ先に動いたのは氷淵。地面を蹴って、技としての突進並みの勢いで氷淵は突っ込んでいって、それをるーちゃんは真上に跳んで回避する。跳んで避けた後すぐに翼を開いて、一気に減速して、るーちゃんは上からキックを返す。

 避けられた氷淵は、そこからもう一歩前に踏み込む事でるーちゃんのキックを紙一重で躱す。続けて踏み込んだ脚を軸に回転して、るーちゃんに向けて翼を振る。翼から伸びる、杭みたいな氷を武器にるーちゃんを狙って、けれどるーちゃんは羽ばたいてまた上昇。上がる事で、るーちゃんの方もギリギリ回避して…グレイブとイリゼは、同時に叫ぶ。

 

「氷淵!」

「るーちゃん!」

『竜の波動!』

 

 空のるーちゃんと、地上の氷淵、その双方の口から放たれる紫色の光。ドラゴンの力が込められた光線は、宙で激突して…そこから強い光が巻き起こる。

 ぶつかり合ったのは、同じ技。でも、氷淵の方がより高出力で、少しずつるーちゃんの竜の波動を押し始めて……けれど、押し切るより先に光線は爆発。爆煙が広がって、どっちの姿も見えなくなって……それが晴れた時、氷淵とるーちゃんは、どちらも無傷のままでいた。

 

「ヒュララ…」

「ちーる…ちるるっ!」

 

 ここまでは小手調べ。そう言うように氷淵は見上げて、るーちゃんは深呼吸するように空から鳴く。

 まだお互い、出した技は竜の波動一回だけ。ここまでの時間も、一分だって経ってない。だけど…もうかなりの攻防の後みたいな、緊張感があった。

 

「おぉ…るーちゃんも、氷淵も、凄い。今の…光線?…も、格好良い」

「確かに凄いな…氷淵は伝説の名に恥じない動きと余裕を感じるし、それと互角なるーちゃんも凄い」

「純粋に強い、シンプルに能力の高い氷淵君と、恐らく空気抵抗や風の影響を受け易い翼を活用して対応するるー君…これは中々見応えのある勝負になりそうだね」

 

 氷淵とるーちゃんが見合う中で、イリスちゃん達三人が呟く。僕はそれを聞いて…頷く。氷淵もるーちゃんも、強いし凄いんだから。

 

「やるじゃねぇか、るーちゃん。単純なスピードなら獄炎よりずっと速い筈なんだがな」

「言ったでしょ?その獄炎と勝負した経験も含めて、前とは違うって。それに、最高速度に加速力、旋回力に上昇下降能力…一口にスピードって言っても、その時々で必要になる力は違うからね」

 

 戦う氷淵達と同じように、グレイブとイリゼもまだ余裕。けどきっと、二人は考えてる。ここまでの、一分もない戦いの中から、相手の強さを分析して、どう戦おうかっていう作戦を。

 でも、ただ見合ってる訳じゃない。言葉を交わした数秒後、二人の視線は鋭くなって…また、戦いが動き出す。

 

「るーちゃん、エアカッター!」

「真上に跳んで反撃だ、氷淵!」

 

 強く羽ばたいたるーちゃんの翼から放たれる、幾つもの風の刃。広がりながら振るエアカッターを、氷淵はがっしりした脚で踏み切る事で大きく跳んで、避けた後すぐ翼の先をるーちゃんに向ける。そこにある氷を一気に伸ばして、槍みたいにるーちゃんを狙う。

 左右で合わせて四本の氷の槍を、るーちゃんはくるりと後転して回避。一回転してまた氷淵の方を向くと同時に竜の波動を撃って、紫の光は氷淵に迫って……

 

「いけるな?氷淵。フリーズドライ!」

「ヒュラリラ…!」

 

 けれど竜の波動は当たる直前、氷淵の寸前で止まる。氷淵の力、フリーズドライで急激に固まっていって…凍結した竜の波動を、氷淵は蹴り砕いた。

 

「マジか、竜の波動を凍らせやがった…」

「マジだぜカイト!氷淵のフリーズドライは『特別製』だからな!」

「……っ…だとしても、空にいる限りはるーちゃんの方が……」

「違うな。間違ってるぜイリゼ。空も氷淵の…領域だッ!」

 

 今のはイリゼも驚きだったみたいで、動揺した顔に。でもだからって気弱になったり、何かミスをしたりする事はなくて、蹴り砕いた反動でまだ空にいる氷淵へと次の攻撃をしようとする。

 そのイリゼへ向けて、にやりと笑ったのはグレイブ。空も氷淵の領域、それはきっと氷淵へ向けた合図で…次の瞬間、氷淵の翼から冷気が吹き出す。それと同時に氷淵の足元が凍り付いて…氷淵は、滑り出す。足元を凍らせて、冷気を噴射する翼をブースターにして……空を、滑る。

 

「ちるぅ!?」

「速い…ッ!くっ…コットンガード!」

 

 最初の突進にも負けない…ひょっとしたらそれより速いかもしれない突撃を氷淵はかける。るーちゃんは突撃を躱したけど、氷淵は体勢も翼の向きも変える事で、スキーしてるみたいに滑らかに旋回。びっくり状態のるーちゃんを、突撃を繰り返す事で少しずつ追い詰めていって…何度目かの突撃の末、背後を取った氷淵は竜の波動。咄嗟のイリゼの指示でるーちゃんはコットンガードを、厚い綿のガードをする事で防いでいたけど、氷淵自身は止まらない。竜の波動を撃ちながらも氷淵は突撃を続けていて…激突。防御で散ったコットンガードが周囲に広がる中で、氷淵の突進はるーちゃんに直撃して、氷淵諸共るーちゃんは地上へ。

 

「うっしまずは一発!けど油断するなよ氷淵!反撃される前に、至近距離からフリーズ……」

 

 フリーズドライ。グレイブはそう言おうとした。言おうとして…けれど、止まる。そしてその理由は…すぐに、分かった。

 凄い速度で氷淵が叩き込んだ突撃。技じゃなくても、絶対十分な威力を持った一撃。…それが、止まっていた。るーちゃんの寸前で、ぎりぎりるーちゃんに触れない形で……コットンガードに阻まれて、攻撃が塞がれていた。

 

「ちーる、ちるーっ!」

「これは……ただのコットンガードじゃねぇな?」

「ご明察。これが、私とるーちゃんで編み出した『技』の一つ──コットンガード・アブソーバースタイルだよ」

 

 普段よりずっと綿の増した…胴体を中心に綿が大増量状態のるーちゃんは、翼を広げて高く鳴く。氷淵を一度下がらせたグレイブは、少しだけ目を見開いて…イリゼは薄く笑う。

 この勝負の決着が、どうなるかは分からない。でも……これが前の勝負にも負けない激戦に、心から凄いって思えるポケモンバトルになる事は、間違いない。

 

 

 

 

 コットンガード・アブソーバースタイル。一見すると通常のコットンガードと変わらないそれは、その実同じではない。

 通常の、従来のコットンガードが単に身体へ全体的に綿を纏う技であるのに対し、アブソーバースタイルは綿を胴体のみに纏い、その分の余剰リソースで胴体の綿を密度の違う積層構造とする、より『受け止める』事に特化した技。表層の低密度帯で衝撃を拡散させ、深層の高密度層で確実に止める、コットンガードの正統強化。纏う部位を全身としない点も、コットンガードを展開したままでの行動力確保に繋がっており…氷淵の突進を真正面から受け止め阻んだ。その事実が、通常より高難度である事を差し引いても、技としての有用性を見せていた。

 

「るーちゃん、反撃に出るよ!スタイルチェンジ、エアリアルフォーム!」

 

 イリゼからの指示を受け、るーちゃんは飛翔。ある程度動けるとはいえ、そのままでの空戦は分が悪いという事なのか、纏っていた綿を解除し…新たに別の綿を纏う。先のそれとは対照的に、翼を中心に尾羽や脚の一部へと綿を纏い、舞うようにして空へと上がる。

 

「違う展開の仕方…今度は飛行能力重視ってとこか。だったら氷淵、竜の波動!スピードで翻弄するぞ!」

「ルヒュラ…!」

 

 空に上がるるーちゃんを追って、氷淵も再び空へ。下から回り込んだ氷淵は竜の波動を撃ち込むも、るーちゃんは僅かに身体を傾ける事で、それだけで身体一つ分横に逸れて攻撃を回避。氷淵は数度攻撃を続けるが、どれも僅かな動きで、翼と綿とで巧みに風に乗るるーちゃんには当たらない。

 

「そう簡単にいくとは思わない事だね!るーちゃん、エアカッター!」

「来たか…!氷淵、さっきのより広範囲に来るぞ、気を付けろ!」

 

 数度の攻撃を避けた後、避ける挙動から更にるーちゃんは一回転。綿で拡大された翼からは、より多くの刃が放たれ、氷淵を襲う…が、急反転と加速をかけた氷淵は間一髪で回避し、そこからは複雑な軌道を描く事でるーちゃんに狙いを定めさせない。

 風に舞うるーちゃんと、空を滑る氷淵。全く違う形で空を疾駆する両者だが、やはり速度は氷淵が上。されど自力飛行と風に乗っての飛行を組み合わせるるーちゃんの動きは変幻自在であり、双方の距離は開いて縮んでを繰り返す。

 

「ヒュラルラ…」

「るちるっ!」

 

 ドッグファイトを思わせる、背後の取り合い。後ろを取る度お互い攻撃を仕掛けるも躱され、攻撃が裂くのは空ばかり。一度氷淵が接近した際、フリーズドライでるーちゃんの左翼を凍結させるも、るーちゃんは凍結が自身の翼に到達する前に左翼を覆う綿をパージし、即座に再展開する事で被弾を無効化。直接的なダメージは一切無く…されどもイリゼ、グレイブ共に焦りはない。

 

「自由自在、って感じだな。けど、翼が大きくなってるんだ。飛ぶ能力は上がっても、接近された時は辛いんじゃないのか?」

「そう思うなら、接近するといいよ。接近、出来るならね!るーちゃん!」

 

 声に反応し、翼を広げて脚を振り出するーちゃん。綿が一気に抵抗となる事でるーちゃんは瞬く間に減速し、後方から前に投げ出される形となった氷淵に向け、下から竜の波動で偏差攻撃。それは氷淵の未来位置へ的確に放たれていた……が、グレイブと氷淵は、それを逆手に取った。

 竜の波動が直撃する寸前、氷淵は再びフリーズドライを発動。先と同じように、氷淵の放つ冷気が問答無用で竜の波動を凍結させ…しかし蹴り砕いた一度目とは違い、二度目である今は反転しながら竜の波動に、凍結したエネルギーの柱に氷淵は飛び乗る。そこから下へ、斜めに伸びた柱の上を滑走し…面食らったるーちゃんに肉薄する。

 

「ち、ちる…っ!?」

「捉えたぜ、るーちゃん。──氷淵、氷獄砕破!」

「ヒュルラララ…!」

 

 懐に飛び込まれる直前、るーちゃんは拡大した翼で大きく羽ばたき、一気に距離を取ろうとした。だがそれより一瞬早く、グレイブは覇気の籠った声を上げ…氷淵が応えた瞬間、るーちゃんの周囲に氷塊が出現。それ等は氷淵の咆哮が響いた瞬間、一斉に砕け……炸裂した氷塊の破片が、るーちゃんへと殺到した。

 

「……っ!るーちゃんッ!」

「ちる…ちる、るぅ……!」

「決まった…!……けど、るーちゃんはまだやれる感じか…」

「今の攻撃、何割かは綿の方に当たっていたね。先程の姿…アブソーバースタイル程ではないにしろ、綿を纏っている部位なら防御ないしは威力の軽減が出来るという事だろう」

 

 遂に入った、まともな直撃。弱点を突かれた形でもあるるーちゃんは、綿を瓦解させながら落下する…が、イリゼの声に反応し、頭を振りながら再び空へ舞い上がる。

 ズェピアの見立て通り、氷獄砕破はるーちゃんへと直撃していたものの、翼を中心に纏っていた綿が盾となり、当たった全てがダメージとなった訳ではなかった。それでも強大なポケモンである氷淵…キュレムに弱点を突かれた事は大きく、立て直すべくるーちゃんは距離を取る。当然氷淵はそれを追う。

 

「逃がすかよ!立て直させるな氷淵、回り込め!」

「逃げる?それは違うよグレイブ君。るーちゃん…今だよ、後ろに一回転!」

 

 指示の通りに加速し、上方から回り込んだ氷淵は、滑走したまま翼の先端を下へと向け、両翼から氷の槍を打ち込む。対するるーちゃんもまた、指示の通りに後方宙返りを行い、躱した直後に急降下。氷淵も追って降下をかければ、るーちゃんは地上すれすれで飛行を行い、砂煙を巻き上げる。一度はその砂煙でるーちゃんの姿は見えなくなり、氷淵も飲み込まれる…が、すぐさま冷風で吹き飛ばす。

 

「逃げてないってなら、次の手の準備中ってところか…いいぜ、見せてみろよイリゼ!」

 

 砂煙が四散した時、るーちゃんは反転し、氷淵と向かい合う形になっていた、その時点でもう、るーちゃんは突撃を掛けており…グレイブは正面からの迎撃を選ぶ。

 勿論それは、強者の余裕…グレイブの持つ、圧倒的な自信に起因している部分もある。だが同時に、氷淵に…伝説に名を連ねるポケモンに、逃げ腰の戦い方はさせられないという、共に戦う仲間を思っての選択でもあった。

 その上で、グレイブは考える。感覚を研ぎ澄ませ、るーちゃんがどんな技を使ってくるか何パターンも想定し、その一つ一つへ対処法を組み立てていく。

 

「ちるちるるーっ!」

(これは…このまま突っ込む気か!だったらギリギリまで引き付けて……)

 

 真っ直ぐ迫るるーちゃんに対し、地に脚を付けた氷淵もまた向かっていく。そのまま突進、或いは超至近距離から弱点を突ける竜の波動を放ってくる、そう予測したグレイブは、見切って返り討ちにするべく引き付ける。ギリギリまで、寸前まで引き付け、来ると思った瞬間口を開き……

 

「──ッ!るーちゃん…スリング・ブレイドッ!」

「ちぃぃぃぃ…るぅぅッ!」

「は、ぁ……!?」

 

 次の瞬間、グレイブは目を見開いた。左翼を氷淵の首へと巻き付け、そこを基点に半回転し、左翼を離した直後に右翼を再び首へ打ち付けたるーちゃんの姿に、それによって倒され地面に叩き付けられる氷淵の姿に。そして何より……聞いた事のない、未知の技に。

 

「え…な、何あの技!?スイング……」

「スリング・ブレイドッスよ、愛月」

「あ、そっか。スリング…って、アイさん!?」

 

 目を見開いたのは、愛月も同じ事。全く知らないその技に愛月は驚き…直後に聞こえた言葉で訂正をするが、すぐにまた驚いた。つい先程までいなかった筈のアイの存在に、仰天した。……だが、いつの間にかいたのは彼女だけではない。

 

「旋回式ネックブリーカー・ドロップを更に変化させた、遠心力を使っての技…まさかそれを、ポケモンがやるなんて…ね」

「これ、素早く正確に腕をフックさせるのが重要なんだけど…確かにあの翼なら、軽く引っ掛けるだけでも上手くいきそうだものね。面白い事考えるじゃない、おねーさん」

「うおわっ、ビッキィにエスト…え、なんか皆やけに詳しいな……」

 

 興味深い様子で言葉を続けるもう二人…ビッキィとエストの存在に、カイトも驚く。イリスも目をぱちくりとさせており、少なくとも外見上落ち着いているのはズェピアだけだったが、なんて事ない様子で三人は二組の勝負を見つめる。

 

「ヒュル、ラ……!」

「これは…まさか格闘タイプか…!?……っ、飛び退け氷淵ッ!」

 

 叩き付けられた氷淵の反応と、るーちゃんの動きからグレイブは今の攻撃が格闘タイプ…氷淵の弱点を突く事の出来る技だと判断。流石の彼もそれ以上の事は分からなかったが…そこで直感的に危機を感じ、思考を止めて回避を指示。それを受けた氷淵が飛び退いた直後、一瞬前まで氷淵がいた場所をるーちゃんの竜の波動が貫き…下がる氷淵を、羽ばたくるーちゃんが追う。

 

「もう一撃叩き込むよ!コットンガード・カウンタースタイルッ!」

 

 追撃するるーちゃんは、今一度発展型のコットンガードを使用。三度目であるカウンタースタイルにおいて綿を纏ったのは翼の一部と脚のみであり、一見すれば綿を切り離した際の残りにも思えてしまうような、脅威を感じられないスタイルチェンジ。

 だが、グレイブは軽んじない。展開部位と積極的に近付いてくる事から、彼は近接戦に重きを置いた姿だと考え…反撃のタイミングを図る。

 

「ちっる!」

「ヒュララ……!」

 

 宙返りにより振り出されるるーちゃんの尾羽。氷淵は左に躱し、両翼の氷で左右から狙う。るーちゃんが下がれば、氷淵は振り抜いた翼の氷を伸ばして追撃し、されどるーちゃんは身体を九十度回し、左右からの氷の合間に滑り込む。地面とほぼ垂直になったまま、近付きながら竜の波動を氷淵に放つ。

 それを氷淵は、氷を切り離し、尚且つ前に踏み込みながら跳躍する事で回避。切り離した氷は左右への回避を阻み、地上戦故に下に避ける事も出来ない。そんな状況を即座に作り出した上で、跳んだ氷淵は再度翼に現れた鋭い氷を眼下のるーちゃんに向けて振り抜く。

 

「こいつで…ッ!」

「ふっ……今だよ、るーちゃんッ!」

 

 上から迫る氷淵に対し、るーちゃんは脚を振り上げ飛ぶ。上から下への翼と、下から上への蹴りが交錯し、氷淵は地に、るーちゃんは空に。そして互いに…ダメージはない。

 

「喰らってない…って事は、接近戦用のプロテクターだったか。なら追うぞ氷……何!?」

 

 ダメージが入らなかったのなら、次の手を打つまで。一瞬でそう切り替えたグレイブだったが、追撃を指示しようとし、氷淵も凍結と冷気噴射で空へ上がろうとしたところで…気付いた。つい先程までるーちゃんが脚に纏っていた綿、それが今は氷淵の翼に纏わり付いており、冷気で凍り付いた綿が蓋となる事で飛行に支障が出た事に。

 それ自体は、致命的ではない。即座に冷気ではなく氷の槍を突き出す事で、凍結した綿を砕いた氷淵だったが、

イリゼにとっては、僅かにでも時間が作れれば十分だった。末端部位に纏った綿を相手の直接攻撃にぶつけ、威力を殺しつつ綿を纏わり付かせる事で動きの阻害と綿排除の手間を取らせる…それがカウンタースタイルのコンセプトである以上、一瞬だろうと動きが鈍ればその目的は達成されているのであり…氷淵の直上に、紫色の光が輝く。

 

「これで二撃目…るーちゃん、竜の波動ッ!」

「ちるるぅぅッ!」

 

 動きの止まった隙に上昇から反転をかけたるーちゃんの、溜めを作っての竜の波動。今なら回避もされない、溜めた分これまでより凍結させられる可能性も低い筈、そんな判断と推測を踏まえての攻撃であり…イリゼの見立て通り、竜の波動は躱される事も氷漬けにされる事もなく、音を当てて直撃する。だが……

 

「……ッ!」

「…氷塊防壁。完全には間に合わなかった分、ちょっとばかし抜かれたが…まぁ、許容範囲だな」

 

 一瞬、直撃により広がった霧。しかしその中から現れた氷淵は、弱点を突かれた割には涼しい顔であり…そんな氷淵の周囲に転がるのは、砕けた氷塊。

 それを見て、イリゼは先の攻撃…先程はるーちゃんの周囲に展開した氷塊を、今度は自身の周囲に展開し防壁にしたのだと理解。隙を突いた為不完全な防御となり、多少のダメージは入っているようだったが…成果としては、想定よりも明らかに低い。その事にイリゼは表情を歪めたが、ならば仕方ないとるーちゃんに上昇をするよう伝えた。

 

「…本当に、凄いな。相性も、トレーナー的な意味でも、どう考えたってるーちゃんの方が圧倒的不利な筈なのに…ここまで誇張抜きに、ほぼ互角じゃねぇか」

「うん、凄い。…ほんとに、凄いよイリゼは。前の時もそうだったけど、今もコットンガードで色んなフォルムを作ったり、全然違う技を使ったり…そんなの、僕は思い付かないもん。僕はそうだし…グレイブだってきっと、そこまでは思い付かない」

 

 一進一退の攻防を前に、カイトは感嘆混じりの言葉を漏らす。その言葉に愛月も頷き…真剣そのものの顔で、言う。イリゼの戦い方は、発想は、無茶苦茶なグレイブですら思い付かない、と。

 

「んー…それはきっと、イリゼおねーさんがポケモンのいる世界じゃなくてゲイムギョウ界の女神で、トレーナーじゃないからこそ、ね。わたしも詳しくは知らないけど、ポケモンの技って基本的に、それをそのまま使うでしょ?」

「……?それって、どういう……」

「ふむ…ポケモン世界の住人は独立した『技』として捉えているものを、イリゼ君は単なる『技術』として捉えるという事かな?」

「そうそうそういう事。多分だけど、おねーさんは…コットンガード?…を、防御に向いている綿を纏う技術、って考えてるのよ。けど貴方やグレイブは、違うんじゃない?」

 

 エストに言われ、愛月は気付く。確かにそうだ、と。自分はコットンガードを防御に使う技…体当たりを始めとする、主にポケモンが自分の身体をぶつけて行う技への耐性を大きく上げる技だと考えていた、と。

 しかしイリゼは違う。剣を振る、翼を用いて飛翔する、シェアエナジーを圧縮するといった、基本的な技術と同様に捉えているが故に、ポケモンの技に対する固定観念が全くない。無論、炎を放つ技を加速や飛翔に使うという程度の応用は、ポケモントレーナーも思い付くが…その発想の幅が、イリゼは桁違いだった。元から変幻自在な戦闘スタイルを得意としている事も手伝って、発想力による派生や応用においては、明確にイリゼが上回っていた。

 

「本当に大したものだ。…だけど、良くないね」

『良くない…?』

 

 トレーナーには出来ない芸当を披露し、グレイブ達に渡り合うイリゼとるーちゃんの力は、その場の誰もが認めるところ。しかしそれを認めた上で、ズェピアは現状を良くないと称する。その言葉に全員が視線を向け…彼は、続ける。

 

「確かにほぼ互角である事は間違いない。でも、どうも私の目には、イリゼ君とるー君は次々と手札を切っているのに対し、グレイブ君と氷淵君は手札を小出しにしているように見えてね。一方は出し惜しみなし、もう一方は手を抜いてこそいなくとも、次々新たな一手を打つ必要はない程度に戦えているという状況なら……」

「一見互角に見えても、それぞれの余裕には大きな差がある…という訳ですか」

「そういう場合、おねーさんとるーちゃんに求められるのは短期決戦だけど……」

「それが出来そうにはないッスねぇ。むしろイリゼはそれを分かってて、一気に決着を付ける為に出し惜しみなしの戦い方をしていたのかもしれないッス」

 

 それはまるで、長距離走のペースで走る者に対し、短距離走のペースで何とか喰らい付いているようなもの。ズェピアの言葉にイリスを除いた女性陣は納得の表情を浮かべ、他の面々も確かに…と小さく頷く。

 

「それに、一つ気になる事があってだね。愛月君、るー君…いや、チルタリスだったか。……は、本来このように戦うポケモンなのかい?」

「へ?…えっと…そんな事はないかな。チルットよりずっと力強くはなってるけど、普通はもっと……あ」

「…そういえば…そうか、言われてみればそれもそうだ……」

 

 尋ねられた愛月は途中まで答え…また気付く。続けてカイトも愛月と近い表情を浮かべるが、他の面々はきょとんとした顔。

 

「愛月、普通はもっとなんなの?」

「あ、うん。チルタリスは普通、自分だけでガンガン攻めるよりも、仲間のサポートをしたり、えーっと…搦め手、って言うのかな?…で、じわじわ追い詰めていく事の方が向いてるポケモンなの。だから……」

「ははぁ、つまり今の戦い方は、種族的に向いてるスタイルじゃないって事ッスね。それならウチも、ズェピアの言いたい事は分かるッス」

「るーちゃんの技の中で、チルタリスに向いてる技はコットンガードだけ…でもそれを、イリゼは知らないんだ…るーちゃんの事は知ってても、チルタリスの事は……」

 

 ビッキィの問いに愛月は答え、自分の中で理解を深める。イリゼの持つ、短所を知る。

 向き不向きというのは、ある意味他者と比較して把握するもの。だがイリゼはポケモンの多くを知らず、当然信次元にはるーちゃん以外のポケモンも、ポケモンに詳しい者もいない為に、相対的に見たるーちゃんの強みというものを分かっていない。ポケモンを知らないが故に、その普通に縛られず、ポケモンを知っていないが為に、実力者ならば当然把握し戦術の根底に置いている『最適解』を外したまま戦ってしまっている…それが、イリゼだった。

 そして、愛月達が会話を交わしている間も、戦闘は続いていた。戦闘は続き……イリゼ達は、見る事になる。伝説のポケモンたる氷淵…その力の、真価を。

 

「ちるっ…ちるっ……」

「…るーちゃん…?」

 

 少し前から低下し始めていた、るーちゃんの敏捷性。始めそれを、イリゼはるーちゃんの体力消耗…激しい戦いが続いている為に仕方のない事だと考えていた。

 だが、何か違う。単なる体力消耗が…少なくともそれだけが原因ではないと、直感的にイリゼは感じ始め……それに勘付いたグレイブは、やっとか…と内心思いつつ、にやりと笑う。

 

「なぁ、イリゼ。なーんか…ちょっと寒いと、思わないか?」

「……!」

 

 小馬鹿にしたような…そんな響きで揺さぶりをかける事を狙った、グレイブの言葉。それを聞いた瞬間、そう言われて漸く、イリゼは肌寒さを感じ…気付いた。いつの間にか、グレイブの策は展開されていた事に。自分とるーちゃんはもう、その術中に嵌っている事に。

 

「今更何かしたってもう遅いぜ?…ようこそ、『凍える世界』へ」

 

 戦いの場に漂う冷気。動きが鈍り始めたるーちゃんと、冷気の中でも悠然と立つ氷淵。表情に浮かぶ焦りを隠せないイリゼと…仁王立ちをするグレイブ。

 特別何かをしていた訳ではない。ただ氷淵は、自身の放つ冷気で周囲を冷やし続けていただけ。ただ存在するだけでも周囲に影響を及ぼす氷淵の力により、戦場が冷やされ続けていただけ。本当に、ただそれだけであり……しかし、その効果は絶大。発せられた名の通り、氷淵のいる戦場は氷淵がいる限り冷え続け、凍てつく環境は敵も味方もその影響から逃れられず……氷淵だけが、生まれた凍土の主だけが、絶対者としてそこに立つ。それが、それこそが──凍える世界。

 

「……ッ!るーちゃん、アブソーバースタイル!」

「ち、ちるるっ!」

「うん?…考えたなイリゼ、確かにそれなら凍える世界の影響も和らげられる…けど、そのままで戦う気かよ!」

 

 不味いと分かっても時既に遅し。そこまで理解した上でのイリゼの対応は早く、るーちゃんをアブソーバースタイルへ…胴を中心に綿を纏う姿へ変化させる。それによって、るーちゃんの表情はある程度和らぎ…即座に対応策を繰り出したイリゼに対し、グレイブは大したものだと素直に思った。同時にるーちゃん…コットンガードを使える相手には、ほんの少し相性が悪かったな、と自身の認識を改めた。

 だがあくまで、ほんの少しである。何も出来ないよりは、多少マシというだけで…イリゼとるーちゃんの状況は、まるで好転していない。

 

「るーちゃん、飛んで!上ならまだ……」

「そうはいくかよ!氷淵、氷獄砕破!」

 

 比較的でもまだ温度が高いであろう上方へるーちゃんを向かわせようとするイリゼだが、即座にグレイブは氷淵に攻撃を指示。上昇するるーちゃんの周囲に氷塊が精製され、咆哮と共に炸裂する。

 機動力は落ちるアブソーバースタイルだった事もあり、氷獄砕破は直撃。当たる寸前、るーちゃんは綿の中に頭や翼を引っ込める事で、氷獄砕破をほぼ無傷で凌ぐものの、代わりに綿を剥がされる。そして当然、再展開を許すグレイブではない。

 

「滑走しながら竜の波動!こっからはどんどん冷やしていくぞ氷淵!」

「ヒュルリルラ…!」

 

 空を滑りながら竜の波動を放ち、るーちゃんへ向けて薙ぎ払う氷淵。それを何とか躱していくるーちゃんだが、もうバレないようじっくり進める必要はないからか、グレイブの言葉通り戦場の気温低下は加速度的に進んでいく。戦闘時間が伸びていくだけで、イリゼとるーちゃんは不利になっていく。

 

「ほんと自在に空を飛び回ってるな…まるで氷の線路だ」

「そう言われると、氷淵の見た目も先頭車両感が…なんかこのまま、タイムトラベルも出来そうな気が……」

「イリゼ、るーちゃん……」

 

 自分達もほんのりと冷気を感じながら、カイト、ビッキィが言葉を漏らし、イリスが呟く。

 ほぼ互角の戦況が崩れ、グレイブと氷淵側に傾いているのは明らか。チルタリスらしい戦い方をしていないが故に、ダメージは稼げていてもるーちゃん側に有利な、氷淵側に不利な「積み重ね」は殆どない事も戦況悪化の一因であり、イリゼがポケモンを知らない点もここにきて響いてしまっている。

 それでも何とか、るーちゃんは粘る。されど更に、凍える世界はイリゼとるーちゃんに牙を剥いた。

 

「るーちゃん、エアカッター!」

「ちーるっ……ちるぅ!?」

 

 回避の動きから、そのまま掬い上げるように翼を振って放ったエアカッター。しかしそれ等は全て、氷淵に届く前に凍結する。凍り付き、重みで落ちていく。

 それがフリーズドライによるものではなく、低温化した環境によるものだと、すぐにイリゼは見抜いた。見抜いたが…イリゼに凍結を防ぐ手立てはない。

 

「だとしても…竜の波動!」

「落とすぞ氷淵!ハイパーボイス!」

 

 次の瞬間、るーちゃんより高高度を取った氷淵に向け、るーちゃんは竜の波動を照射。対する氷淵も、眼下に向けて音の攻撃を、不可視の衝撃波を放つ。

 点の攻撃である竜の波動は素早く動く氷淵を掠め、面の攻撃であるハイパーボイスは動きの鈍ったるーちゃんへ直撃。落下する中、イリゼはコットンガードを指示し、綿をクッションとする事で墜落のダメージはほぼゼロに抑えられたるーちゃんだったが、冷え切った地面に触れた綿はすぐに凍り付いていく。

 

「……っ…るーちゃん…!」

 

 急いで綿を切り離し再度空に上がる事で、るーちゃんは凍結を免れた。しかしこうなるともう、落ちただけで命取りとなる。高エネルギーを収束させた竜の波動はともかく、エアカッターや切り離した後のコットンガードは凍結をしてしまう。それは考えるまでもない、圧倒的不利であり……イリゼの心は、揺らいでいた。

 まだ諦めた訳ではない。自分一人ならば、まだまだ粘り、逆転を目指す。だが…今直接戦っているのは、イリゼではなくるーちゃん。力を振り絞るのも、自分以上に寒い思いをするのも、傷付くのも、全てるーちゃんであって自分ではない。その事実が、イリゼの心を揺らがせ……

 

「……ち、る…?…ちるる、ちーるぅぅぅぅううっ!」

 

……だが、そんなイリゼの思いを感じ取ったのか、るーちゃんはくるりと一度、イリゼの方を見やり、その瞳でイリゼを見つめ…それからグレイブと氷淵に向き直り、鳴いた。高く、凛々しく、力強く…その鳴き声を響かせた。

 それはまるで、宣言のよう。まだ負けない、まだやれる…まだ、諦めてなんかいないと、グレイブや氷淵…そしてイリゼに言い切っているかのよう。その響く鳴き声に、グレイブと氷淵はぴくりと肩を揺らし……イリゼの心に、火を点ける。揺らぎを沈め、凍える世界へ挑むように思いの炎を滾らせる。

 

「そっか…そう、だよね…あの時も、今も、るーちゃんは……だったらいくよ、るーちゃん!まずは立て直すなんて言わない…一気に勝利まで、駆け抜けるッ!」

「そうこなくっちゃな、イリゼ!ならこのまま、押し潰すッ!」

 

 覇気を取り戻したイリゼの声に応えるように、るーちゃんは翼を広げて高く飛ぶ。それを追って、氷淵が鋭い軌道で空を滑る。るーちゃんもよく飛んではいるものの、やはり速度の差は覆し難く、次第に距離は詰まっていく。

 

「るーちゃん、エアリアルスタイルで上にエアカッター!直後にコットン切り離し!」

「あぁ?エアカッターはやったって凍るだけ……うおっ!?」

 

 一気に増量する翼の綿。その状態で翼を振れば、多数の風の刃が作り出され…放った後すぐるーちゃんはエアリアルの綿を解除する。一方グレイブは、凍って届かない筈のエアカッターを行った理由を考えようとした……が、次の瞬間氷淵を複数の氷塊が襲った。

 されど当然、それはるーちゃんが精製した氷ではない。それは氷淵の力によって生まれた氷。飛行状態から切り離された事で、急激に冷やされた綿が氷の塊となって、慣性のままに背後を取っていた氷淵へと飛来したのである。そしてエアリアルスタイルを選んだのは、エアカッターの強化に向いたスタイルである事に加え、カウンタースタイルと違ってそれなりの大きさを持つ綿を、アブソーバースタイルと違ってひと纏まりになっていない状態で作り出せるからであった。

 

「凍結を逆に利用しやがったか、やっぱイリゼの考え方は一味違──」

「ヒュラ……!?」

 

 一味違う。そう言いかけたところで、再びグレイブは驚く。上から氷淵を叩く、無数の氷の刃に目を見開く。驚いて…それから理解した。これは、先程のエアカッターだと。

 そう。イリゼが凍結を逆利用したのは、切り離した綿だけではなかった。凍結する前提で、イリゼはるーちゃんにエアカッターを使わせ…上へ飛んだエアカッターは、見立て通り凍って落ちた。風の刃や氷の刃へと変わり、その状態で氷淵を襲った。それ単体ならば、グレイブに見抜かれていた可能性もあったものの…それを考慮したからこそ、イリゼは切り離しを先に行う事でグレイブの思考を邪魔したのである。

 

(やられた、イリゼが一枚上手だったか…。…けど、こんなんじゃ碌なダメージにはならない。せいぜい氷淵が足止めされるだけ……って事は…!)

 

 狙いを見抜けなかった事を悔しく思うグレイブだったが、その程度で動揺するチャンピオンではない。すぐに状況を考え、氷の刃の影響を思考し…これがまだ本命ではなく、本命に向けた布石であると即座に判断。そしてその読みは当たっており…ここまでは逃げていたるーちゃんが、逆に肉薄。

 

「カウンタースタイル!そしてそのまま振り抜いて、るーちゃん!」

 

 暫し前の氷淵の様に、左右から振り出されるるーちゃんの翼。一見それは、もこもことした翼を振るっているだけであり…しかし反射的にグレイブは、氷淵に翼の氷で防御する事を指示。そうして翼同士はぶつかり合い…高い音が、響く。

 

「あれは…綿が凍って出来た、氷の短剣…ッスか?」

「切り離さなくても、素早く振ったら凍る…とことん利用していくわね、おねーさん」

 

 翼と翼がぶつかった。だが真にぶつかったのは、凍ったカウンタースタイルの綿と氷淵の翼から伸びる氷であり、両者はせめぎ合う形に。数秒の拮抗の後、やはりというべきか、氷淵は少しずつ押し始める…が、次なる指示を受けたるーちゃんは、そこで縦に回転。くるりと回り、踵落としを…否、翼側と同様の理由で凍結した脚の綿による打撃を浴びせ、先程の意趣返しとばかりに氷淵を地上へ落下させる。

 

「まだ終わりじゃないよ、グレイブ君、氷淵!るーちゃん、もう一回転してコットンガード、切り離し!翼と脚の綿を打ち込んで……あれをやるよッ!」

 

 同じ落下でも、氷淵のダメージはるーちゃんの時よりも軽微。しかし噴射と足元の凍結で空を滑っていた氷淵は、すぐに持ち直すには至らず…そこに飛来したのは、回転の勢いを付けて切り離されたコットンガード。広がった綿は氷淵に覆い被さり、凍結が始まった事で重みを増して氷淵を完全に地面へ落とす。そこに思い切り翼と脚を振り抜く事で打ち込まれた、るーちゃんの凍った綿が突き刺さり、それ等は杭の様に綿と地面とを繋げて氷淵を地面に拘束する。

 

「…凄ぇ連続攻撃だな。こりゃ追い詰めた事で逆に、イリゼの底力を引き出しちまったか?」

 

 流れるように連続で策を展開し、氷淵を地面に落としたイリゼとるーちゃんに対し、グレイブは驚きながらも笑みを浮かべる。だからいい、こうして驚かせてくれるからこそ楽しいんだ、とばかりに不敵な笑みを浮かべて…考える。

 凍った綿で地面に繋がれたとはいえ、氷である時点で氷淵の脅威にはならない。加えてコットンガードと氷が組み合わさったこの拘束は、氷淵にとっては強固な盾にもなってしまう。その二点から、グレイブは考え、答えを出す。これも時間稼ぎだと。小さな時間稼ぎを大きな時間稼ぎへ繋げ、大きな時間稼ぎを切り札へ繋げる…そう読んだグレイブは視線を上げ…やはりか、と更に笑う。天空で翼を広げるるーちゃん、その姿が眩い光に包まれているのを見やりながら。

 

「ちぃぃぃぃるぅぅぅぅぅぅ…!」

「あれは…ゴットバード…!」

 

 輝きを放つるーちゃんの姿に、緊迫の面持ちで愛月は声を上げる。それはイリゼとグレイブによる、嘗ての戦いでもるーちゃんが切り札として使った技であり…グレイブをギリギリのギリギリまで追い詰めた技。それを目にして緊張しない筈などはなく、更に光は増していく。

 

「ゴットバード…確かに喰らったらただじゃ済まねぇが…前みたいにいくとは思うなよ!氷淵ッ!」

 

 名前を呼ばれると同時に、凍結した綿の檻を粉砕し現れた氷淵は、空に向けて竜の波動を放つ。続けて翼も上に向け、氷の槍を打ち込む準備も整える。

 無論、グレイブも上手く当たるとは思っていない。十中八九避けられると思っている。だがグレイブにとっては、それで良かった。ゴットバードは、謂わば超強力な突進であり、溜めた力を解放しながら突っ込んでいく技である為、『回避』という動きをさせてしまえば、後は解放された力を無駄にしない為イリゼは突進指示を出さなくてはいけなくなるのである。そして氷淵は動く準備万端な上、前に戦った獄炎より速い以上、ゴットバードを凌げる可能性は十分にある…そう考えていたのである。

 それは何も間違っていない。これが通常のゴットバードなら、その通りの結果になっていた。──通常の、ゴットバードであったのなら。

 

「──ゴットバード・オルタナティブ」

「な……ッ!?」

 

 空へ、輝きへと伸びる紫の光芒。しかしそれは、やはりそれは、これまでとは比較にならない速度で以ってるーちゃんに避けられる。避けた事で、グレイブは笑みを浮かべかけ、追撃の氷の槍、更にはハイパーボイスがるーちゃんを狙い……そして、グレイブは目を見開いた。

 素早く、且つ四連続で打ち込まれた氷の槍と、広範囲をカバーするハイパーボイス。だがそれを、るーちゃんは全て避け切った。それも超スピードで振り切るのではなく、本来ならばあり得ない程の、鮮やか過ぎる程の空中機動で。

 ゴットバードは本来、その強大な突進力故に、方向転換を苦手とする。超スピードで突っ込む事は出来ても、飛び回る事は出来ない技となっている。にも関わらず、るーちゃんは確かに飛び回っており……グレイブは、理解する。今聞こえた名前の通り、これはゴットバードではなく、ゴットバードの発展技だと。

 

「…ああ、そうか…ゴットバードのエネルギーを、短時間の突進じゃなくて一定時間の強化に使ったって訳か!大したもんだぜ、イリゼもるーちゃんも!」

「それをすぐ見抜いたグレイブ君こそ脱帽だよ!けどもう、氷淵にるーちゃんは捉えられない!今のるーちゃんの速さは、氷淵を上回る!」

「かもな!けど、氷淵以上っつっても、前のゴットバード程じゃねぇ!それに飛行タイプの技じゃ、氷淵の弱点は突けねぇ!おまけに…そんなに速くちゃ、竜の波動も上手く狙えないだろうよ!」

 

 対空攻撃を次々と躱するーちゃんに対し、氷淵は素早いステップで位置を変えながら攻撃を続ける。その間、イリゼとグレイブは言葉を交わし、双方闘志を見せ付け合う。

 グレイブの言う通り、ゴットバードは強力な技ながら、これで決め切れる保証はない。グレイブの見立ては正しく、実際ゴッドバード・オルタナティブは発動時間の延長と超機動を得た分、速度そのものは多少落ちてそれが威力の低下にも繋がっている。まだ余裕のある氷淵に対し、これだけで決め切るのは些か難しいというのが事実であり……だからこそ、イリゼは決め切る為の最後の一手を、隠し球を切る。

 

「波動を纏え、るーちゃんッ!」

『……!?』

 

 イリゼがるーちゃんに行わせたのは、竜の波動。しかしそれが氷淵へ向けて伸びる事はなく、るーちゃん自身が追い付くように紫の閃光と一体化する。イリゼが言った言葉の通り、竜の波動をるーちゃんは纏う。

 黄金の輝きは、それに混ざる水晶の様な煌めきは、紫の閃光と重なり更に幻想的な光を放つ。その光は、見る者の心を奪い…しかし同時に、グレイブと愛月、それにカイトとズェピアは愕然としていた。

 

「竜の波動を纏う、って…愛月、ズェピアさん、あれじゃるーちゃんは……!」

「…あぁ…愛月君、あれはるー君的に大丈夫なのかい?私の見立てが正しければ、あの攻撃はるー君自身はとても……」

「……メガチルタリス…」

『え?』

「ポケモンの中には、メガシンカっていう特殊な進化を出来る種族もいるんだ。チルタリスもそれが出来るポケモンで…メガシンカしたメガチルタリスは、ドラゴン・飛行から、ドラゴン・フェアリーってタイプに変わるんだよ!で、フェアリータイプっていうのは、ドラゴンタイプの技を無効に出来て…そうだよ、きっとそうだよ!元々るーちゃんの進化は、メガシンカと似てるもん!だから姿はチルタリスのままだけど、メガチルタリスみたいにフェアリータイプの力を得てて、だから竜の波動を纏ってもダメージがないんだよ!」

 

 口にしたのは、完全なる予想。確証のない、愛月の想像に過ぎない答え。だが現に、るーちゃんは苦しむ様子などなく…氷淵に向けて飛び続ける。

 それはさながら、光の舞。溢れ出る飛行の力を、身に纏う竜の力を、イリゼとの繋がりが紡いだシェアエナジーの力を光に変える、輝きそのもの。その光に、イリゼは勝利へと思いを込め……グレイブもまた、勝利への意思を轟かせる。

 

「は、はは…ははははははっ!面白ぇ、だから待ってたんだ!だから楽しみだったんだよ、イリゼとの再戦が!……けど、勝つのは俺達だッ!離れてろ皆!氷淵……凍える世界、全開だッ!」

 

 直後、凍て付いた領域は一気に広がる。愛月達のいる場所も、領域の中に飲み込まれ、急激に冷やされていく。次の瞬間から、領域の至る所に氷塊が生まれ、イリゼとるーちゃんはこれこそが本気だと…ここまではグレイブが、愛月達の事を考え氷淵に力をセーブさせていたのだと理解し…その上で、浮かぶ氷塊を躱していく。

 そして、超機動のまま低高度まで降りたるーちゃんは、半円を描く旋回をかけて氷淵の後方へ回り込む。氷淵は即座に振り向き、るーちゃんと氷淵の視線はぶつかり、それぞれの背後に立つイリゼとグレイブの闘志もぶつかり……最後の攻防が、戦場に響く。

 

「超えるよ、るーちゃんッ!今ここで、私達でッ!!」

「ちるぅぅぅぅううううううッ!」

「超えさせねぇよ、俺もッ!氷淵もッ!氷塊防壁、最大出力ッ!!」

「ヒュララララァァアアアアッ!」

 

 残る力の全てを込めて、全力全開で突撃するるーちゃん。その前方へ、自身とるーちゃんの間の空間へ、無数の氷塊を、氷壁を生み出し阻む氷淵。上へ下へ、左へ右へ、一切速度を落とす事なくるーちゃんは阻む氷を避け、躱す。

 イリゼは超えると言い放ち、グレイブもまた超えさせないと言い放つ。無数に生まれる氷の全てを避け切ったるーちゃんは、遂に氷淵に肉薄し…次の瞬間、最後の壁だとばかりに、これで終いだと言い切るように、巨大な氷塊群が外から内へ、氷淵の周囲からるーちゃんの前へ、一斉に殺到する。るーちゃんは怯む事も、恐れる事もなく、最後の壁へと挑みかかる。そして……

 

「ち、る…るぅぅ、ぅ……」

「…ヒュラララ、ラ」

 

 白い光の様に、砕けた氷の欠片が舞い散る。霧が広がり、るーちゃんと氷淵は霧に包まれる。そうして静かな、沈黙の時間が流れ……視界を阻む全てが消えた時、そこにあったのは地に倒れ伏するーちゃんと、地面へ踏ん張り、かなりの距離を押された跡を残しながらも、その両の脚でしっかりと立つ氷淵の姿があった。

 力なく、それでもゆっくりと頭を上げ、るーちゃんは氷淵を見上げる。それを見下ろす氷淵は、立派だったと言うように静かに鳴き、前脚でるーちゃんの頭に軽く触れ……るーちゃんがチルットの、普段の姿に戻った事で、戦いは終わった。

 

 

 

 

「お疲れ様、るーちゃん。最後まで一生懸命戦ってくれて、ありがとね」

 

 元の姿に戻ったるーちゃんを抱え上げて、撫でる。終了と同時にグレイブ君は凍える世界を解除してくれた訳だけど、すぐに寒さが収まる訳じゃないし…だからぎゅっと、包み込む。

 

「イリゼもお疲れ様。前もだったけど…今回も凄かった!」

「同感だ。どう考えても滅茶苦茶不利なのに、あそこまで良い勝負になるなんてな」

「見てるこっちまで熱くなりましたよ、イリゼさん。…まあ、冷気で身体的には寒いですけど」

「るーちゃん、大丈夫?氷淵も、痛いところない?」

 

 興奮や感心の面持ちを浮かべて集まってくる皆。イリスちゃんはまずるーちゃんを、次に氷淵を撫でて…るーちゃんだけでなく、なんと氷淵もイリスちゃんに撫でられると、何だか少し心地好さそうな表情に変わる。…ほんと、イリスちゃんはどんなモンスターにも好かれるんだね…後、ビッキィ達はいつの間にここに……。

 

「しっかしまあ、良い勝負だったとはいえ最後は堂々の勝利ッスね、グレイブ」

「チャンピオン、なんだっけ?確かにその称号は伊達じゃない、ってとこかしら」

「まあな。ふー…けど、流石に疲れた。負けるとは思ってなかったが、ここまで喰らい付いてくるとも思わなかったぜ」

「はは。まあ何にせよ、グレイブ君もお疲れ様。君達の舞台が、見る者を魅了するものだった事は私が保証するよ」

 

 私に声を掛ける人がいれば、グレイブ君に声を掛ける人もいて…皆からの声に言葉を返す中、私はグレイブ君と目が合う。目が合って…思う。

 

(リベンジ失敗、これで二連敗か…。…悔しいなぁ……)

 

 多分、皆が凄かったと思ってくれてる。私も全力を尽くせたし、前の時も今の時も、負けたって何も恥ずかしくない勝負だったんだろうとも思う。…それでも、悔しい。負けて、二連敗して…凄く凄く、悔しい。……そう、私が思っていると、目の合ったグレイブ君は、今日何度目か分からない笑みを浮かべて……

 

「…何度だって、リベンジを受けてやるよ。だから…またやろうぜ?イリゼ」

「……勿論だよ、グレイブ君。私は諦めなんて、しないんだからね」

 

 不適に、自信満々に…何より真っ直ぐ笑うグレイブ君に、私は返す。

 二度目の勝負で、また私は負けた。完敗した。だけど…終わりじゃない。負けても、私の思いは折れていない。きっとそれは、るーちゃんだって同じ事。だから…絶対に勝つ。どれだけ負けようと、どんな不利な勝負だろうと、私は、私達は挑み続けて……いつの日か、必ず勝つ。




今回のパロディ解説

・「違うな、間違っているぜイリゼ〜〜」
コードギアスシリーズの主人公の一人、ルルーシュ・ランペルージ(又はヴィ・ブリタニア)の台詞の一つのパロディ。グレイブは王者ではあっても王族(皇族)ではないですね。

・「〜〜なーんかちょっと〜〜思わないか?」「今更〜〜ようこそ、『凍える世界』へ」
BLEACHに登場するキャラの一人、平子真子の台詞の一つのパロディ。勿論「ようこそ、『凍える世界』へ」は、斬魄刀の解号ではありません。氷雪系でもありません。

・「〜〜このまま、タイムトラベルも出来そう〜〜」
仮面ライダー電王における、時の列車の事。意識したのではなく、結果的にキュレムが空を駆ける列車みたいになりました。外見的にはガウォークっぽさもありますが。

・「波動を纏え、るーちゃん!」
ガンダムビルドファイターズシリーズに登場するキャラの一人、ユウキ・タツヤの台詞の一つのパロディ。トランザムはしてませんよ?どちらかというとYF-29風です。


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第十二話 燃え上がる炎、焦がれる心

 哮り、轟き、燃え上がる炎。どこまでも純粋に、どこまでも力強く…高く高く、天にまで届かんとする、赤き炎。

 その炎の根源を、わたしは知らない。わたしの知る何かなのか、わたしの知らない何かなのか、それすら分からない。けれど感じる、伝わってくる。その炎に込められた…その炎を燃え上がらせる、意思の力が。

 心が震える。震え、躍る。聞いていた通りだと、想像していた以上だと、心がときめいて仕方がない。だから…だから、だから……もっと見せて頂戴。もっと感じさせて頂戴。貴方の力の、意思の、思いの全てを…わたしに教えて、カイトッ!

 

 

 

 

 もう一度、イリゼと手合わせがしたい。俺はそう思っていたし、イリゼからも前向きな返事を貰えていた。あの時より俺がどれだけ強くなれたのか、今のイリゼはどれだけ強く、凄いのか…それを感じられる時を、楽しみにしていた。

 そしてそれを実現する為に、改めて俺はイリゼへと頼み込みに行った。そんな中で、その時その場にいたセイツから言われた、一つの言葉。

 

「ねぇ、カイト。その勝負…わたしじゃ駄目かしら?」

 

 セイツ。イリゼの姉であり、この神生オデッセフィアの、もう一人の女神。彼女からの提案…イリゼとではなく、セイツとの勝負に対して、俺はその場で首肯した。

 勿論俺は、イリゼと手合わせしたかった。だが、セイツとも手合わせしてみたかった。きっと強い、強いに決まっているイリゼの姉と手合わせするチャンスが、向こうからやってきたのなら…その勝負は、受けるに決まっている。

 だから俺は、セイツとイリゼ、それに手合わせの事を知って観戦したいと言った数人と一緒に、周りの被害を気にしなくてもいい場所まで移動し…今は、セイツと正対している。

 

「まずは、感謝させてくれ。ありがとう、俺の頼みに応えてくれて」

「変な事を言うわね、カイト。貴方との勝負を切り出したのは、わたしの方よ?」

「けどそれは、俺がイリゼに手合わせを頼まなければ…こっちから言ってなきゃ、セイツだって切り出さなかっただろ?確かに相手の変更はあったが…俺が頼んで、セイツが受けてくれたって事には変わりねぇよ」

「そう?だったら…その感謝、ありがたく受け取っておくわ」

 

 そう言って、セイツは小さく笑う。その表情や言葉選びは、やっぱりイリゼと似ていて、姉妹なんだなって感じさせる。

 一旦やり取りを止めて、俺は大剣を抜く。まだ構えず、地面に立てて…もう一度口を開く。

 

「それと、もう一つ頼みがあるんだ。俺は本気のセイツと…本気の女神レジストハートと戦ってみたい。だから…女神の姿になってくれないか?」

「へぇ…そういえばカイトは、イリゼにも同じ頼みをしたのよね?相手が強いって分かってて、でも自分から挑んで、しかも手加減じゃなくて本気を望む…素敵よ、素敵な向上心と闘争心だわ。……けど、その頼みは聞けないわね」

 

 なんだか嬉しそうにセイツは言う。その声音には、好意的な響きがあって…けれど俺は言われる。それは聞けない、出来ない…と。

 

「…俺は、本気を出すのに値しないって事か?」

「そうじゃないわ。そうじゃなくて…本気は、頼み込んで出してもらうものじゃないでしょ?本気は、なってもらうものじゃなくて……させるもの、でしょ?」

 

 二振りの剣を鞘から抜き、左の剣は肩に、右の剣は下段のまま俺の方へと向けるセイツ。少し身体を逸らし、その上で俺を見る、見つめるセイツの言葉に、俺は数秒止まり…それから自然と、笑みが浮かぶ。

 あぁ、そうだ。確かにそうだ。仮に頼んで、それで本気を出してもらっても、相手がそれを快諾してくれるような人間なら、どっかで相手の身を案じて手を抜いてしまう事もあるだろう。けど、それは俺の望んでいるところじゃない。俺の望みは、セイツがそう言うってなら……

 

(いいぜ、セイツ。だったら俺が引き出してやる。セイツの本気を…俺の本気で、全力で…ッ!)

 

 湧き上がる闘志を込めるように、大剣を構える。セイツも格好は変わらないが、ほんの少し俺への視線が鋭くなる。

 大きく一つ、深呼吸。セイツの方から仕掛けてくる気配はない。だから俺はこの余裕を存分に活かし、全身に力を漲らせ…力一杯に、地面を蹴るッ!

 

「勝負だ、セイツッ!」

 

 飛び込み、跳び上がり、上段から大剣を叩き付ける。これは先手の一撃であり、小手調べの一撃。セイツへ向けた、俺からの挨拶。

 俺が振るった大剣に対し、セイツは二本の剣を掲げ、刃を交差させて防御。衝撃は諸にセイツへと伝わり…だがセイツは蹌踉めかない。肘や膝を使って、しっかりと衝撃を和らげて、俺の一撃を真っ向から受け止めた。

 

「真っ直ぐで、良い斬撃ね。迷いのなさが伝わってくるわ」

「それはどうも、っと!」

 

 返ってきたのは、余裕のある言葉。けど、今のを阻まれたのは驚きじゃない。だから俺はセイツを押し、押し返してくる力を利用して大剣を引き、そのまま今度は回転斬り。遠心力を乗せた、横の斬撃をセイツへ打ち込み…それをセイツは、今度は避ける。後ろに跳んで、避けたかと思えばすぐまた距離を詰めてきて、右の剣を俺に突き出す。

 

「当たる、かよ…ッ!」

 

 迫る刺突を、肩から横に跳んで回避。すぐにセイツも向きを合わせ、二本の剣で次々と斬撃を放ってくる。俺は横や後ろに何度も避けて、避け切れない分は大剣で受けて、セイツからの連撃に耐える。

 

(速いな、今は防御するしかない…けど、それで良い。それで、間違ってない…!)

 

 無理に斬り返そうとはしない。相手は女神で、しかも剣は二振り。大剣と双剣の時点で、スピードで勝てる訳がないんだから、焦らず俺は耐える。しっかり受けて、避けて、タイミングを待つ。そうしてそのまま、何回も防御と回避を続けて…不意に、直感的に、今だ、と思った。その感覚を信じ、俺は防御した直後の大剣を力で無理矢理振り抜いて…セイツの攻撃を弾き返す。

 

「…やるわね、今のは狙ってたの?」

「狙ってたさ。考えてじゃなくて、感じてだけどな」

「あはは、どこぞの拳法家みたいな事を言うわね」

 

 とんとんっ、と短いステップを数度行い、弾かれたセイツは下がっていく。俺は追わず、構え直し、距離を開けたまま軽く会話する。

 後から分かったが、俺が弾いたセイツの攻撃は、これまでよりほんの少し隙があった。多分、連撃の切れ目だった。

 

「いいね、カイト君。前より大剣の使い方が上手くなってる」

「ちょっと力任せな感じもあるけど…もしかして意図的なのかしら。大剣って下手に技術を出そうとするより、重さとか大きさを活かす、力に力を重ねるスタイルの方が上手く扱えるものだし」

「そういえば、茜さんも大剣を使っていたんだったね。…という事は、エスト様も……」

「うん、エストちゃんも大剣を使ってたね。エストちゃんの場合は、大剣『も』だろうけど…やっぱり同じ武器を使う者としては、この手合わせは気になる感じ?」

 

 聞こえてくるのは、見ている皆の言葉。エストも大剣を使うのか、とかワイトさんが前に乗っていたロボットの剣も人間からすれば大剣…どころか巨大剣みたいなもんだし、少しは心得があったりするんだろうか、とか色々頭に浮かんだが、それは一旦脇に置く。余計な事を考えながらで、セイツを本気にだなんてさせられるものか。

 

(ふー…よしッ!)

 

 もう一度、突撃を掛ける。だが今度は跳躍せず、大剣を脇構えで走り込み……

 

「うぉっ!?」

「また来るまで待ってると思った?残念、もしそうなら外れよ!」

 

 反射的に仰け反った直後、俺の真上をセイツの飛び膝蹴りが襲う。仰け反った俺の目に、通り過ぎていくセイツの下からの姿が見えて…転倒。反射的な回避だったせいでバランスなんか取れず、ひっくり返って、けどすぐに立ち上がる。立って、セイツの上からの斬撃を防ぐ。

 

「しっかり防御してくるわね…でも、大剣で防御してたら、わたしの事は見辛いんじゃないかしら?」

 

 仕掛けては動き、動いては仕掛けて、セイツは素早く位置を変えながら攻撃を続ける。今言われた通り、大剣は大きい分視界の邪魔になる事もあって…立て続けに位置を変えられると、見切れなくなる。

 なら、どうするか。状況を変える為に、また弾き返す?…それは駄目だ。さっきと同じ手が通じる訳ないし、そもそもあれは直感的に隙を見抜いた…つまりは受動的な対応。再びそれが訪れるまで、凌げる保証はどこにもない。

 

(……大丈夫、焦るな。よく見ろ、感じろ。相手は訳の分からない何かじゃない…相手はイリゼ達と同じ、女神だ…!)

 

 段々押されていく。追い詰められていくのを肌で感じる。だが俺はまた、防戦に徹する。さっきは反撃のタイミングを待つ為に、今度はセイツを見て、感じる為に。

 ある意味、セイツが初めから女神化をする選択をしないでくれて良かった。女神化されていたら、()()戦い方じゃ速攻でやられていたかもしれない。

 けど、そうはならなかった。セイツが初手から女神化する選択をしなかったおかげで、俺は見て、感じる事が出来た。だから……

 

「…ここだッ!」

「……!」

 

 自分から見て左側から、逆袈裟の様に振るわれる一太刀。隙がある訳でもない、これまでより劣る部分があったりする訳でもないその一撃に対し、俺は腰から身体を捻り、その捻りを加えた斬撃を、剣へとぶつける。

 さっき以上に剣を弾かれ、崩れるセイツの体勢。そのセイツが逃げる前に、俺は次の攻撃に移る。振り下ろした大剣を、腕力で強引に振り上げる。

 

「やっと、見えてきたぜ…セイツの、狙いがな…ッ!」

 

 反撃である峰での振り上げを、セイツは左の剣で防御。だが俺はそれを押し切る。スピードじゃこっちが不利だが、双剣の片方と、両手持ちの大剣なら、パワーだったらこっちが有利。

 それを活かして、反撃を重ねる。深く踏み込み、一撃一撃に力を込めて、とにかくセイツにガードをさせる。ガードさせ、回避に移れないよう体勢を崩して、次の攻撃もガードを強いる。そうして少しずつ、体勢を立て直せない状態へ押し込んでいく。

 

「やっぱり積極的ね、カイト。そうやってどんどん進もうとする意思は、わたし好きよ…!」

「積極的になるさ、でなきゃ剣は届かない…!……っ、これでッ!」

 

 さっきとは逆に防戦一方なセイツは、それでも口元に笑みを浮かべる。積極的、その言葉に俺は頷いて…大きく踏み込んで、上段斬り。両手の剣での防御を、叩き付けるような一振りで纏めて弾いて、仰け反ったセイツへ本命の一撃。体重を掛けた、身体ごとぶつけるような刺突を打ち込む。

 見えるという事は、分かるという事。攻撃が見えるなら、防御も…どこへどんな防ぎ方をしようとしているのかも、完璧に…とまでは言わずとも、ある程度は見切れるようになる。そしてそれが見え始めたからこそ、俺は反撃に転じる事が出来たし…分かる。いける。諸に入る事はないだろうが、これだけ体勢が崩れた状態なら、刺突はセイツに届……

 

「甘いわッ!」

「……っ!?」

 

──次の瞬間、大剣ごとぐっと引っ張られる俺の身体。刺突をしていた俺は、そこから前へと投げ出され……見えたのは、両脚で大剣の側面を挟み、その状態で後方宙返りをする事でカウンターを掛けたセイツの姿。

 

「た、大剣を介してのフランケンシュタイナーとは…また器用な事をしますね、セイツ様は……」

「あれちょっとでも失敗したら脚が斬れちゃう訳だし、大胆だねぇ…」

 

 また地面に身体を打った俺は、衝撃を堪えて前転し、すぐに立って振り返る。追撃に備えてすぐに立て直しを掛けた……が、セイツは着地した状態からゆっくり立ち上がるだけで、攻撃してくる気配はない。

 

「…今のも良い攻撃だったわよ。女神じゃなかったら、避けられてなんかいなかっただろうし」

「…でも、避けられた。届くかと思ったが…まだまだだったみたいだな」

「そんな事ないわ、貴方には届かせる力がある。…なのになんで、使わないの?貴方の力を、貴方の炎を」

 

 知っていたのか、と返せば、イリゼから聞いたわ、とセイツは言う。俺を見定めるような、そんな視線で見つめてくる。

 そう。セイツの言う通り、俺にはまだ力が…炎がある。だが、まだ今は使っていない。使えるが、敢えて使わず戦ってきた。

 

「…………」

「……使う気はないみたいね。少し残念だけど…いいわ。どう戦うかは貴方の自由だもの。けど…使わず勝とうと思ってるんだとしたら、まずはその認識をぶち壊してあげるわッ!」

(……っ!逆手持ち…!?)

 

 無言でセイツを見返す俺。その反応に、セイツは残念と言ってから肩を竦め…ほんの少し前傾姿勢になったと思った直後、一気に俺へと肉薄してきた。

 殴り付けるような腕の振りと共に、外側から刃が迫る。その挙動で俺は、セイツの剣が逆手持ちに変わっている事に気付いた…が、不味い。これは不味い。順手から逆手になった事で動きが変わり、折角見えつつあったセイツの動きがまた見切れなくなる。

 

「つぁッ…けど、その持ち方なら防御は……」

「防御はし辛い、確かにそうね。でもそれなら、防御を必要としない立ち回りをするだけよ?それに…必要なら、こうすればいいだけだものッ!」

「あ、左手の剣だけ元の持ち方に戻したわね。順手、逆手、混合が二パターンで、四通りの構え方を使い分ける…ってところかしら。やっぱりおねーさんの姉なだけあって、そういうスタイルは共通してるのね」

「そーなると、ここまでせーちゃんは使える手の多くを隠したまま戦ってた…って事かな?」

「そうなるね。でもそれは、炎を使ってないカイト君も同じだし…まだ手札を隠してるよ、セイツは」

 

 斜めに振り出した大剣が、差し込まれるようにして出された左手の剣に阻まれる。幾ら両手対片手でも、速度が乗ってなきゃ押し切れない。

 そして阻むと同時に逆手で振るわれる、右手の剣。それは後ろに避ぶ事で避けたものの、順手と逆手、振るわれ方の違う斬撃を左右で交互に…と思いきや、時々同じ側で連続攻撃を仕掛けてきたりして、セイツは徹底的に俺を翻弄してくる。

…また、このパターンだ。一度目は直感の見切りで、二度目は感覚が慣れ始めた事で凌げたが…次はどうする?三度目を凌ぐ方法は……

 

(…いや、ここは攻める…ッ!)

 

 左右の同時斬りが来た瞬間、俺はそれを大剣の腹で受け、自分側の腹へと手を当てる。そのまま力任せに押し切って、まずは連撃を止める。

 対するセイツは跳躍し、俺の背後へ。俺は前のめりの体勢になる…が、こういう対応をしてくるだろうなとは思っていた。心構えは出来ていた。だから足を踏み出し、前進を止め、思いっ切り身体を回転させる。その勢いを大剣に乗せ、遠心力で加速した大剣の横薙ぎを叩き込み……そうして、弾かれた。まるで何かに正面衝突したかのように、激しい衝撃が走ると共に。

 

「ぐ……ッ!」

「ふふっ、驚いた?驚いたわよね?驚いてくれるって…信じてたわッ!」

 

 弾かれ蹌踉めいた俺の前では、セイツも同じように体勢を崩している。そしてその手にあるのは、刃が互い違いになるよう柄尻同士を連結させた、一つになった二本の剣。二つを一つにし、両手で持って、セイツも俺と同じ回転斬りを放っていたんだと、今のセイツの状態から理解し…立ち上がりは、セイツの方が早かった。連結を解除し、軽くなった状態で片方だけを逆手で振って、斬撃と刺突の中間の様な攻撃を打ち込んできた。何とか、辛うじて俺は大剣を引っ張り、ギリギリで大剣の柄を当て防御するが、衝撃はまるで殺せず俺は背中から地面に倒れる。

 今日三度目の転倒。見えているセイツの顔に浮かんでいるのは、楽しそうな表情。上手くいったからなのか、そんな手もあるのかと驚いた俺の感情が良かったのかは分からないが、セイツの表情からは満足そうな感情が感じられて……だが次の瞬間、俺は見た。見えた。満足そうだった表情の中に混じる、微かに感じる…残念そうでもある色を。

 

「…でも、これで終わり…かしらね」

(……っ…)

 

 何故、セイツはそんな表情をしている?見間違いでないとしたら、どうして残念そうな感情が混じるのか。それは……いや、そうだ。そんなのは、分かり切っている。

 セイツはきっと、期待していたんだ。俺の力に、俺の本気に。だから女神化はしない、じゃなく、本気にさせてみろと言うような返しを最初にしたんだ。逆手持ちや連結を出したのも、多分俺の全力を引き出す為で…だけど俺は、まだ炎を、本気と全力を封じたまま。手を抜いている訳じゃないが…手を尽くしている訳でもない。セイツからすれば…拍子抜け、なんだろう。本気を求めた、他でもない俺がその本気を出していないんだから。それで決着しそうなんだから。

 だったら、どうする?ここから俺には、何が出来る?…そんなの、決まってる。そんなのは……一つしかない…ッ!

 

「悪い、セイツ。けど、まだ…終わりじゃ、ねぇ…!」

「……──!」

 

 上から振り下ろされる刃。今の俺じゃ、防御も回避も出来ない。仮に出来ても、今の状態からじゃ一撃凌げても二撃目は確実に無理。……今の、今のままの、俺ならば。

 だがもう、止めだ。俺は自分の意思で、自分の力を封じてきた。剣技だけでどこまでやれるか試す為に、自分の中にある力へ安易に頼ってしまわないように。けどそれが、全力を出さないまま、出せないままの決着に繋がってしまうなら、期待し応じてくれたセイツの気持ちを無下にしてしまうのなら……これ以上封じる意味はない。

 だから俺は、力を解放する。迫る刃に対して、右腕に力を込め……炎の噴射と共に、片手で大剣を振り上げる。

 

『あれは……!』

 

 剣と剣とが激突し、だが一瞬の拮抗もなく俺の大剣がセイツの片手剣を弾き返す。こうなる事は予想してなかったのか、セイツは仰け反り、その隙に俺は立ち上がって構え直す。

 セイツだけでなく、見ている四人からも驚きが伝わってくる。やっぱ皆からしても、俺は炎のイメージが強いみたいだな。エストは知らないだろう、けど…ッ!

 

「…やっと、なのね…やっと見せてくれるのね、貴方の全力を…!」

「あぁ。これまで手を抜いてた訳じゃないが…ここから先は、さっきまでと同じとは思うなよ…!」

 

 立て直しまた剣を振るってきたセイツに対し、俺もまた炎の噴射を利用した斬撃で再び弾く。直後、弾かれた動きを利用し逆側の剣を振ってきたセイツだったが、今度は炎を俺自身の跳躍に利用して真上へ回避。空中で大剣を振り、斬撃の軌道で炎を放てば、セイツも後方へ大きく跳び、回避の後にまた二本の剣を連結させる。

 

「今度はパワー勝負…だけだと思ったら大間違いよッ!」

「くぉッ…みたい、だなッ!」

 

 着地の瞬間を狙って接近してくるセイツ。確かにセイツの言う通り、上にも下にも刀身がある剣っていうのは動きが変則的で、こっちの予想を超えてくる。

 だが、俺はそれを上から叩き潰す。火力でセイツがやろうとする連撃を、変則的な動きを強引に断ち切り反撃を通す。

 

「…これは…もしや、カイト君が押している…?」

「押してるねぇ。ここまでずっと炎を出さないでいた分、せーちゃんの動きにちょっとは慣れてるカイト君と、まだカイト君の炎に慣れないせーちゃんって形になってるのかな」

「けどセイツも女神なんだから、すぐに慣れて対抗してくるでしょうね。だから、短期決戦が鍵…ってところかしら」

 

 お互い振った剣同士でせめぎ合う中、セイツは剣の連結を解き、せめぎ合っている方の剣で踏ん張り持ち堪えながら、逆の剣で横薙ぎを掛けてくる。ならば、と俺は炎で素早く引き、避けた次の瞬間には逆向きの噴射で無理矢理再接近。無理な動きで身体に衝撃が走るが、歯を食い縛ってそれを耐え抜き、袈裟懸けで大剣を振り下ろす。セイツは二本の剣で防御しようとするが、そこに俺は力を、腕力と炎の両方を込め……完全に、振り抜く。

 

「……ッ!」

「これが、俺の…全力、だぁああああッ!」

 

 弾かれ飛んでいく、左手の剣。目を見開いたセイツは、飛んだ剣を追う事なく…一切の迷いなく、残る右手の剣で俺に刺突を掛けてくるが…俺の作戦は、既に終了している。

 振り抜き、地面に食い込んだ大剣から噴き上がるのは、猛烈な炎。振り下ろす時に込めた力を完全解放した、大火炎。相手が女神じゃなきゃ躊躇う…取り返しのつかない事態になってもおかしくないような爆炎がセイツを包み、俺の視界を赤で染め──

 

「……だよな。そりゃ、女神なら…これで終わる訳がねぇよな」

 

……次の瞬間、燃え上がる炎は斬り裂かれる。その内側から放たれる斬撃で、生まれた剣圧で寸断され、散らされ……奥から現れたのは、真っ白な髪と、深い黄色の瞳をした、両手に特徴的な剣を携えた女神。

 

「ふぅ、今のは驚いたわ。女神化しないと危ないかも、って感じたもの」

「でなきゃ困るさ。……やっと、本気になってくれたんだな、セイツ」

「えぇ。貴方は全力を見せてくれた、わたしに本気を出したいと思わせてくれた。だから…次はわたしが見せてあげるわ。わたしの…女神レジストハートの、真の力を」

 

 至近距離で、言葉を交わす。セイツはまだ仕掛けてこないし、俺もゆっくりと焼けた地面から大剣を抜いて、セイツへ小さく笑みを浮かべる。

 押せてたとはいえ、炎を…ミスティックドライブを発動しても尚、セイツを圧倒するには至らなかった。そこから女神化されたなら…やっぱり俺が不利だろう。けど、いい。不利だろうが何だろうが気にしない。

 こっから先が、ここから先こそが、本当の勝負。なら俺は、最後の瞬間まで全力を尽くして…セイツに、女神に、挑むだけだ。

 

 

 

 

 女神化せずに戦う事も出来た。その場合、無事では済まなかったとは思うけど、女神化しなければ負ける…とは思わなかった。…負けず嫌い?そうよ、わたしは負けるの嫌いだもの。皆だって、少なくとも好きではないでしょ?

 ただ、それでもわたしは女神化する事を選んだ。大きな怪我をしたら勝っても負けてもお互い悔いが残るだろうから、というのも理由の一つではあるけど…一番の理由は、わたしがそうしたいと思ったから。彼の思いに、カイトの本気に、応えたかったから。

 それに…もっと感じて、もっと心を躍らせたかったから、というのもある。女神の姿で、女神としての本当の姿で…カイトの本気を、彼の心に燃え盛る感情の炎を。

 

「ふー…せぇいッ!」

 

 エンジンを掛け直すように息を吐いたカイトは後ろに飛び、跳躍中に大剣を振る。そこから業火が吐き出され、周囲諸共わたしへ襲いかかってくる。

 その動きに、恐れはない。下がったのも距離を取る為で、闘志は微塵も変わる事なく感じられる。それに安心と喜びを抱きながら、わたしは前に跳んで、両手の剣で迫る炎に穴を開ける。

 

「並々ならぬ火力の炎…でも、ただ放つだけじゃ通じないわよッ!」

「分かってるさ、女神だもんなッ!」

 

 迫るわたしに対し、着地したカイトは斬撃で迎え撃ってくる。わたしは突撃の勢いを乗せた右剣の袈裟懸けで対抗し、大剣を止めつつ左剣で突く。

 わたしが女神化した以上、大剣と双剣だからパワーなら圧倒出来る…だなんて、彼ももう思っていない筈。勿論難なく弾き返せるとは言わないけど…さぁカイト、ここから貴方はどうするのかしら?

 

「……!」

(避けた、それも最小限の動きで…!)

 

 突き出された剣を、カイトは身を逸らす事で…人混みの中でぶつかるのを避けるような、殆ど労力を必要としない動きで躱した。

 それ自体も凄い。斬り結びながら、女神の攻撃を最小限の挙動で避けるなんて、やっぱり彼は只者じゃない。でも、それ以上に凄いと思うのは…わたしの心を惹き付けたのは……

 

「なんて度胸、なんて胆力…凄い、凄いわカイト!まさか、こんなにもすぐわたしを魅せてくれるだなんて…ッ!」

「へ?あ、お、おう…っとぉ……!」

 

 感じ、流れ込む度胸という心の力に、わたしの心も震える。ゾクゾクという刺激が走り、自然に歓喜の声が漏れてしまう。それと共にわたしが左剣を引き戻し、二本で大剣を挟んで封じ込めつつ蹴りを放てば、カイトは目を瞬いた直後にまた避けて…けれど今度はギリギリで、無駄もある動きでなんとか避けて、炎による反撃をかけてきた。

 刀身から噴き出す炎がわたしに届くまでは一瞬。でもその一瞬の間にわたしは跳び、宙で何回も回転を掛けながら斬り掛かる。

 

「来るか…ッ!」

「これは避けないのね、やっぱり大した度胸だわ…ッ!」

 

 振り上げたカイトの大剣と、回転のままに振るうわたしの右剣が激突。落下の勢いと遠心力でわたしが押し切り…でもカイトは、そこから即座に切り返す。弾かれた時点で炎を使い、お返しとばかりに一回転しての斬撃が鋭くわたしに迫ってくる。素早くわたしは左剣で受けるけど、今度はわたしの方が弾かれる。

 でも、彼の斬撃は弾くだけじゃ止まらない。そのまま斬撃をわたしに届かせようと、自身の力に炎を重ねた一撃をわたしに伸ばしてきて…だからわたしも、()()()()()迎え撃つ。

 

「……ッ!これは、イリゼの…!」

「えぇ、わたしとイリゼは姉妹だもの。同じ技術を持ってたっておかしくないでしょ?…まぁ、使い方は少し違うんだけど…ねッ!」

 

 数瞬前に押し切って、それ故に振り抜いた後の状態だった右剣での高速迎撃。それを成立させたのは、圧縮したシェアエナジーの解放。その爆発を推進力とした事で、わたしは右剣を割り込ませた。

 

「やっぱりせーちゃんもやってくるんだね。…でも今の、ぜーちゃんと違ってプロセッサユニットから出てきたよーな……」

「流石茜、見えてるんだね。…その通り、セイツはプロセッサに圧縮状態のシェアエナジーを装填していて、そのカートリッジがプロセッサの各部にあるんだ。で、今のはそれを使った訳だね」

「へー。それのメリットは、先に用意しておける事で、デメリットはカートリッジになってる部分の強度が落ちる…ってところかしら。まあ、どっちも他にも色々あるんでしょうけど」

 

 多分継続的に出せるカイトの炎と違って、わたしの圧縮シェアエナジー解放で得られる推力は瞬間的なもの。だから押し合いになる前に、受け止めた時点でわたしは横に跳び、そこから平行にした二本で同時に横薙ぎを仕掛ける。カイトは剣の腹で受け、けれど衝撃は殺せず軽く後退する。

 

「折角だもの、どんどんわたしの力を見せてあげるわ!」

 

 多少とはいえ距離の離れたカイトへ、わたしは二振りの斬っ先を向ける。何か来る、そう察した様子のカイトへと狙いを定め…わたしは剣を、剣を芯にする形で展開したシェアエナジーをバレルに圧縮シェアエナジーを射出する。

 放った不可視のエネルギーは真っ直ぐ飛び、カイトの前で炸裂。防御体勢を取っていたカイトは大きく仰け反り、そこへ向けてもう一発。

 

「まだまだいくわよ、カイト!」

「あぁ、そうだな…俺だって、まだまだこんなものじゃねぇ…ッ!」

 

 二発目で更に体勢を崩したカイトへ接近し、斬り付ける。それへの防御で彼の手からは大剣が飛び、カイトは無防備な状態に。それにカイトは表情を歪める…けど、手から離れた剣を追う事はなく、下がるどころかむしろ前に出て、同時に両手に炎を纏って、その手で私を殴ってくる。

 上手い。この状況で前に出る気概も、得物を目ですら追わない割り切りもそうだけど…前に出ての徒手空拳を選ぶというのは、この場においてベストな選択。即座に自分から距離を詰める事で、わたしの剣も振り辛い距離に飛び込む事で、こっちの得物も使えないようにして振りを打ち消すなんて、歴戦の強者か、無意識にベストな選択を引き当てられる直感力の持ち主位のもの。そして、どっちにしたって武器を失った直後に、武器を持つ相手の懐に飛び込むなんて並みの神経じゃ思い浮かんでも実行になんて移せない。

 

(あぁ、ああ…なのに貴方は、それを平然とこなす…凄いわ、素敵だわ、貴方の心はなんて魅力的なのカイト…!)

 

 更に心が踊っていく。彼の心の炎に当てられるように、わたしの心も焦がれてしまう。

 わたしは、わたしも武器を手放す。片手だけでも良かったけど、敢えて二振り共に手放して、開いた両手で迫る拳の手首を掴む。

 

「ふふふ、捕まえたわよカイト。ここからどうしてあげようかしら?」

「……っ…いいのかよセイツ。俺を捕まえたままだと、炎だって避けられないぜ?」

「なら、やってみる?正直もう、貴方の炎にだったら火傷位はさせられても嫌じゃないわ」

『えぇ……』

 

 至近距離での、言葉での駆け引き……をしていた中で、いきなり聞こえた引き気味の言葉。見ている皆だけならまだしも、カイトまで怪訝そうな目でわたしを見ている。…んもう、仕方ないじゃない。本当にそう思う位、カイトの強靭な精神力は素敵なんだもの。っていうか、わたしにそう思わせたカイトが引くなんて酷いわ!けど、そう思う感情も良い…!魅力的ぃ……!

 

「…やっぱりちょっと変わってるな、セイツって」

「ちょっと…?これはちょっとのレベルじゃ……って、ほんとに放った…!?」

「容赦っていうか躊躇いがないよねカイト君って…だ、大丈夫かなせーちゃん…」

 

 面白いな、と言うようにカイトが軽く笑った次の瞬間、手に纏っていた炎が膨れ上がる。

 超至近距離からの、火炎放射。流石に掴んだままじゃ防ぎようがなくて、わたしは手放し全力で回避。ここまでは使わなかった翼も展開し、横飛びで辛うじて火炎から逃れる。

 

「逃がすか!」

「安心して、逃げたりはしないわ」

 

 追うように放たれる火球。それをわたしは殴り付ける要領で手甲部から圧縮シェアエナジーを放出し、その爆発で相殺する。

 その隙に、大剣を回収しに向かうカイト。なら、とわたしも連結剣を拾い、お互い構え直して…また、突撃。数度斬り結んで、わたしはアッパーカットの様に左剣で斬り上げ、カイトが避ける中そのまま跳び上がる。空で後方宙返りをかけ…二本の剣を、縦連結。双剣から大剣状態へと移行し、その状態で急降下をかけて振り下ろす。

 

「大剣同士で勝負って訳か、面白ぇ…!」

「…そういえばおねーさんって、わざと相手と同じ武器とか戦法とか使って、揺さぶったりその気にさせたりもするわよね。あれもそういう感じ?」

「どう、かな…色んな武器で相手の慣れとか予想とかを崩していく私と違って、セイツは連結武器によるある程度の多彩さと、一つの武器に翻弄される事による心理的プレッシャーを与える事の両立が戦法みたいだけど…今の場合はシンプルに、大剣同士になった事へのカイト君の反応を期待しただけ、かも?」

「実際嬉々としていますね、セイツ様。…それにしても、縦に繋げての連携とは…女神様の武器とはいえ、接続部の強度が気になるな……」

 

 にっ、と笑い下から跳ね上げるように大剣を振るうカイトと、刃同士をぶつけ合う。カイトは自分の力で、わたしはぶつかり合った衝撃で後ろに跳んで、着地してすぐ地面を踏み切る。袈裟懸け、横薙ぎ、再びの振り下ろしと振り上げとで、三度わたし達は斬撃を衝突させ、そこからせめぎ合う。

 

「重い、な…!…けど、まだだ…もっと強い筈だろ、セイツは…女神は…ッ!」

「ここにきて、わたしを煽るの…?…もう、何よカイト…そんな事も出来るなんて、そんな感情も見せてくれるなんて…それを隠してたなんて、狡いわ…っ!」

 

 ぞくり、と背筋が震える。ドキドキして、吐息が荒くなってしまいそう。これは疲労のせい?…まさか、そんな詰まらない理由で、こんな感覚は味わえない。

 圧縮シェアエナジーを使って一気に押し切るか、逆に引いてカイトを前のめり状態にさせるか、それとも普段はあまりやらないけど、シェアエナジーで武器を精製して、それを上から射出するか。そんな風に、幾つかわたしは考えて…でも全て没にする。このまま押し合い、純粋な力で押し切ってみせようと、わたしの心がそう選ぶ。理由は勿論、きっと負けるものかと奮起してくれる彼の心の動きを感じたいから。

 

「ほら、ほら…貴方の言う通り、まだまだわたしは力の底まで到達してないわよ…?貴方はどうなの、カイト。もしもう限界なら、このまま終わっちゃうわよ?でも、そんな事ないわよね…大丈夫、貴方はもっとやれる…そうでしょう、カイト……!」

「…そう、だな…なんかちょっと、変な方向での怖さがある気がするが……まだ、終わりじゃねぇさ…!」

 

 少しずつ、力でわたしが押し始める。どんどんわたしは圧を掛け、カイトの姿勢が崩れていく。一気に押し切る事はしない。それじゃあ感情を見られないから、っていうのもあるけど…直感が鋭い様子の彼には、じっくり追い込んだ方が確実というもの。

 だけど、だからってこのまま押し切れちゃったらそれはそれで残念。どうもわたしは、自分で思っていた以上にカイトへ期待して、心を惹き付けられてるみたいで……嬉しかった。その期待に、彼が応えてくれるのが。本当に…まだまだ終わりじゃなかった事が。

 押されながらも、体勢を崩しながらも、声を上げるカイト。底力を引き出すような、腹の底から出しているような声が響き…地面に、彼の足元が起点となるように、赤い煌めきが走り輝く。

 

「……──ッ!これなら…どうだッ!」

 

 次の瞬間、彼を包むように巨大な火柱が立ち昇る。爆ぜるような炎が、広がりながら天へと昇り…当然そんな反撃をされたら、わたしは退かざるを得ない。

 

「まだだ…もっと、燃えろッ!」

「……ッ!いいわ、だったら正面から打ち砕くッ!」

 

 大きく退いたわたしへ向けて、火炎柱の中から真紅の斬撃が飛来する。対するわたしは避ける事なく、真正面から斬り裂き両断。一撃一撃放たれる斬撃を、一太刀一太刀斬り飛ばしていく。

 

「わー、派手ねぇ。…にしても驚きだわ、結構粘る…っていうか、攻め切られずに持ち堪えてるじゃない、カイト」

「カイト君の攻撃力…っていうか、火力?…は、ほんとに凄いもんね。決まれば一発で決着、みたいな可能性もあるから、せーちゃんも強引に押し切る事は出来ない感じなのかも」

 

 聞こえてくる的確な分析に、迎撃しながらわたしはちょっぴり感心。確かにその通り、カイトの炎はカウンターで受けるとそれだけで戦況がひっくり返りかねないから、わたしは最後の一手を何度も逃している。…まぁ、こっちから底力引き出して、自分でチャンス潰してる面もあるんだけど。

…でも、彼は人間。無限に力が湧き出る訳じゃないし、もう彼の戦い方は見切った。だから…彼の全力を、真っ向から超えてわたしは勝つわ。わたしの心を魅了してくれた彼への感謝として…わたしも、全力で…ッ!

 

「カイト、貴方の力は凄いわ。炎もだけど、その心の在り方こそがきっと貴方の一番の武器。…だけど…そう簡単に超えられたりはしないわ、だってわたしは女神だものッ!」

 

 幾度目かの、炎の斬撃。それにわたしは斬っ先を向ける。けどシェアエナジー弾ではなく、わたし自ら突っ込んで、刺突突進で砕き、そのまま突撃。更に迫る斬撃も全て突き貫いて、彼のいる火炎柱へと肉薄し…斬っ先を突っ込むと同時に、圧縮状態のシェアエナジーを撃ち込む。撃つと同時にシェアエナジーは炸裂し、炎を全て吹き飛ば──

 

「漸く来たか…"()"ってたぜ…この"瞬間(とき)"をよ…ッ!」

「……ッ!?(まさか…誘い、込まれた…!?)』

『な……ッ!?』

 

 消し飛び晴れた炎の柱。その中から見えたのは…深く、そして熱く感情の籠った笑み。

 直感的に、わたしは距離を取る事を考えた。でも、踏み込み吹き飛ばした時点で、彼の術中に嵌っていた。

 再び地面に走る、さっきよりも遥かに広がる、赤い煌めき。その煌めき全てが爆ぜるような、そんな轟音が耳に届き…皆の驚愕の声が聞こえたのとほぼ同時に、巨大な炎のドームが現れた。そのドームに、わたしはカイトと共に包まれる。

 

「…自分と相手だけを包む、炎のドーム…これで炎が紫色だったら、完全に某匣兵器ね」

「セイツ…ってか女神はとにかく速いし飛べるからな。だから、その両方を封じる為に、少しずつ力を溜めてたんだよ」

「つまり、さっきまでの斬撃は全部時間稼ぎだった訳ね。完全にしてやられたわ」

「力任せに戦うだけじゃ、超えられない壁があるからな。…ふー…にしても、その場の思い付きが上手くいって良かったぜ」

「へ?これ思い付きなの…?」

「思い付きだ。後……正直自分でもこれ、どうやって制御すりゃ良いか分からねぇ…」

「え"……?」

 

 そう言うカイトの額には、脂汗が浮かんでいる。それは明らかに、力が暴走しそうなのを何とか押し留めているって感じで……

 

「…って、ちょっと!?何か少しずつ、ドームが狭くなってるわよ!?これはそういう攻撃なの!?」

「…………」

「そうじゃないの!?ならこのままじゃ、わたしどころか貴方まで丸焦げ…いやそれ以前に熱とか色々な方面でカイトの身が持たないわよ!?あぁもう、取り敢えずこれはわたしが壊すからカイトは出来るだけ中央に……」

「待ってくれ、セイツ」

 

 思わず慌ててしまったわたしの問いに対するカイトの反応は、まさかのゆっくりと目を逸らすというもの。それによってこの状況のヤバさを確信したわたしは、何よりもまず彼の安全をと思って背を向け……ようとしたところで、カイトから待ったをかけられる。

 いや悠長に構えていられる状況じゃない、と返そうとしたわたし。けど、そんなわたしに対し、彼は真っ直ぐな…どこまでも真っ直ぐな目をして、言う。

 

「馬鹿な事言うな、って思うかもしれない。実際馬鹿な事だって自覚はある。…それでも、最後までやらせてくれないか?」

「最後まで、って…手合わせを……?」

「ああ。折角セイツが本気になってくれたんだ。女神と本気で戦えてるんだ。なのにそれを、こんな形で…こんな中途半端に終わらせるなんて、嫌なんだ。負けたっていい、無様に這い蹲ったっていい、どんな結末になるとしても…俺はちゃんと、この勝負に決着を付けたいんだ」

「…その結果、自分の炎に焼かれるとしても?」

 

 見つめるわたしに対し、返事の言葉はない。返ってきたのは、至ってシンプルな頷き一つで…わたしは、嘆息。

 

「大したものね、本当に貴方は度胸があるわ。いっそあり過ぎて短所にもなり得る位にね。……でも、わたしは女神よ。人を助けて、人を守って…人の幸せを願う、女神なの。幾らそれが貴方の望みでも、心からの思いでも、それを受け入れる訳にはいかない。もし貴方が、自分の炎に焼かれる事になったとしたら…わたしは後悔する。例えカイト自身がなんて事ないと思ったとしても、間違いなく悔やみ続けるわ」

「……っ…だよ、な…ごめん、セイツ。流石に今のは自分勝手過ぎた。決着はほんと付けたいけど…最後にセイツに後悔させたら、俺も俺を許せなくなる。だからやっぱり今のは無しにして、出来ればいつかまた再戦を……」

 

 

 

 

 

 

「──でも、わたしは今…凄く凄く、貴方の思いに応えたい。だって貴方の感情に、ひたむきな意思に、真っ直ぐな心に惹き付けられて、魅了されて…どうしようもない位に、焦がれてるんだもの。だから…付けましょう、決着を。貴方の望む通りに、貴方の願う形のままに」

 

 たっぷりと溜めてから、きちんと女神としてのわたしの意思を伝えてから…それから伝えた、わたしの…『セイツ』の思い。それを聞いたカイトは目を見開いて…ゆっくりと、口を開く。

 

「…いい、のか…?」

「勿論よ、わたしはわたしの思いに正直だもの。…安心して、カイト。決着は付けるけど、わたしが後悔する事も、貴方が自分を許せなくなる事もないから。そうなる前に…わたしが、勝ってあげるから」

「…は、はは…ははははははッ!そっか、そっか…分かった、なら頼んだぜセイツ!けど、だったら後の事も考えておいてくれよ?俺が勝った時の事も、な!」

 

 吹っ切れたように笑い、カイトが見せる生き生きとした表情。それだけでもわたしは嬉しくて、心踊って、なんだかもう彼を抱き締めにいっちゃいそう。けど、そんな事はしない。彼の望みに、彼の思いに応える事の方が、今はずっとしたいから。

 湧き上がる興奮と高揚感。多分、他の人ならこれは雑念で…でもわたしにとっては、意識と集中を研ぎ澄ませてくれる感覚。

 少しずつ、けれど絶え間なく迫ってくる炎のドーム。だけどそんな事は気にせず、わたしもカイトも構え、互いを見据え…同時に、地を蹴る。

 

「あぁっ、好き、好きよカイト!好きで、大好きで、大大大好き!貴方の感情が、心がわたしを震わせて、ときめかせて仕方がないの!だからまた今度、デートしましょ!今度は二人で、二人っきりで♡!」

「ああ、良いぜ。皆で街を回るの楽しかったが、二人でっていうのも面白そうだしなッ!」

「やったぁ!」

 

 全力で得物を振り抜き、攻撃ごとカイトを仰け反らせる。カイトは炎の噴射で無理矢理体勢を直し、そのまま上段斬りを放ってくる。対するわたしは連結を解除し、二本同時に大剣の左側へと叩き付けて、斬撃を逸らす。左剣を一瞬手放して、振り抜く手刀とそこからの掌底による打撃二連発でカイトを狙う。

 打撃はカイトに当たらない。斬撃を逸らされたカイトは止まる事なく、自分から大剣に引っ張られるようにして斜めに転び、それで以ってわたしの追撃を回避し立つ。明らかに頭から転んでいたというのに、一瞬も怯む事なく、立ち上がってすぐわたしへ向けて大剣を振り抜く。

 

「ぐぅっ…間に、合わねぇ…!」

「でも挫けない、でも諦めない!もう、そんなに魅了されたらわたし、貴方の事しか考えられなくなっちゃいそう…♡!」

「でも、勝ちを譲ろうとはしないんだな…ッ!」

「当然よ、勝ちたいもの!それに、譲られた勝利なんてカイトは望まないでしょう?」

「当たり前、だッ!」

 

 斬られる前にまだ宙にある左剣を掴み、斬撃の範囲を見切って無駄なく避ける。またわたし達は斬り結んで、何度もカイトの姿勢を崩す。その度カイトは持ち堪えて、剣技も炎も胆力も、あるもの全てを使ってわたしに喰い下がる。何度も何度もぶつかって、ほんの少し距離が開いて…わたしはシェアエナジー弾を、カイトは炎弾を発射。不可視と赤とがぶつかり、爆ぜ、わたしもカイトも後ろに跳んで……背中に、熱を感じる。

 もう、余裕はない。後少しでも長引けば…お終い。だから……次で最後よ、カイト…ッ!

 

「超えるさ、超えてやるさ……セイツッ!!」

「いいえ、勝つのはわたしよ。勝ってまたいつか…貴方からの再戦を受けたいもの!だから……真巓解放・貞淑ッ!」

 

 真っ直ぐに振り上げられる大剣。刀身が巨大化するような炎が、燃え盛り猛る火炎が強く広がり、地を蹴り突っ込んでくるカイト。火炎の峰側も加速の噴射となり、一直線にカイトは跳ぶ。

 わたしは今一度連結剣を縦に繋げ、カイトと同じように上段で構える。カイトを見据え、カイトを見つめ、全身に力を込め……飛翔。上ではなく、カイトへ向けて全力で飛び…今加速に使える圧縮シェアエナジーの全てを用いて、身体が軋む程の速度で以ってカイトに迫る。

 激突すれば、どちらが勝つか分からない。本気でそう思う程の力がカイトには、加速がわたし達にはあった。何があろうと、これが最後の一撃になる。わたしはそう確信した。だから……

 

「な、ぁ……ッ!?」

「…素敵だったわ、カイト。本当に、本当に…素敵だった」

 

 激突の寸前、きっとカイトが持てる力の限りで炎と共に大剣を振った瞬間、わたしは技の二段階目…得物自体の加速を掛けた。本来ならば、斬撃の速度…つまりは威力の向上の為に使う加速を、今回は軌道修正の為に使って……ギリギリのギリギリ、本当に後僅かでも足りなければ火傷していたと思う位の距離と角度で激突を避け、連結剣に引っ張らせる事で衝突を躱し…慣性をありったけの力で捩じ伏せて、わたしはカイトの背後を取った。背後から、振り抜き止まったカイトへと…連結剣を、突き付ける。

 

「……狡いなぁ、セイツ…ここは激突するって、思うだろ…」

「ふふ、そう思うと思ったから、敢えてこうしたのよ?…それに…激突を選んだら、多分そこで残りの力全部を注ぎたくなっちゃうもの。それじゃあお互い、困るでしょ?」

「…ははっ、確かにな。…じゃあ、セイツ。後は……」

「えぇ、任せて頂戴」

 

 振り向かずとも見えている筈の刃。小さく肩を竦め、笑ったカイトに、見えてないだろうけどわたしは頷く。そして、この手合わせを締め括る為…この勝負をわたしにとってもカイトにとっても素敵な時間だったという思いで終わらせる為…女神としての責務を果たす為に、わたしは本当に最後の攻撃を放った。

 

「──真巓解放・純潔…満開ッ!」

 

 双剣状態に戻した連結剣を、全身全霊で以って振るう。風に舞う、華麗に散りゆく桜吹雪の様に、幾度も二振りの得物を振るい…同時に圧縮シェアエナジーも放つ。斬撃に乗せて、乱舞に重ねて、わたしを中心とした刃とシェアエナジーの嵐を起こす。

 そうしてわたしが最後に、軌道を交差させるように二振りを左右斜め下へと振り抜いた時…裂かれ、穿たれ、切り刻まれた炎のドームは……完全に、消え去っていた。…完敗だよ、セイツ。そんな声を、静かに一つ残しながら。

 

 

 

 

 よく晴れた空にも匹敵するような、清々しさ。負けたというのに心の中に残るのは、確かな満足感。悔しさもありはしたものの、それは鬱屈としたものではなく、どこか心地良さすらある感情。それを感じながら、力を出し切ったカイトは仰向けに倒れ込み、身を屈めたセイツはカイトに微笑み……そこから彼にとって、色々と予想外過ぎる事が起きた。

 

「はぁ…はぁ…♡あぁ、駄目…やっぱりダメ…満足したと思ったけど、まだ足りないわ……♡」

「へ…?…セイツ……?」

 

 何故か跨いだかと思えば、そこからなんと馬乗りになるセイツ。熱を帯びた瞳、紅潮した頬、艶やかさを含んだ吐息……明らかにセイツの状態は普通ではなく、そんな彼女にカイトは困惑。

 

「もっと貴方の心に触れたいの、もっとカイトを感じたいの…♡わたしの身体が、心が疼いて仕方ないの、カイト…♡だって素敵なんだもの、こんなに刺激的で魅力的な感情を知っちゃったら、もう我慢なんて出来ないのぉ…♡」

「いや、あの、セイツ…?重…くはないが、さっきから凄い変なプレッシャーがあるというか、妙な危機感を感じるんだが……」

「大丈夫、全部わたしに任せて頂戴…♡こんなにもわたしを満たして、その上でもっと、って思わせてくれたカイトの為だもの。お互いの心に刻まれるような時間を、これから貴方とわたしで……」

 

 何か…というか、色々とおかしい。元からちょっと変わっていたが、もうその次元ではない気がする。そう感じるカイトだったが、セイツ…即ち女神は力でも技術や経験でも格上の存在。ましてや今は力を出し切ったばかりである為馬乗りにされてしまえばどうにも出来ず、流石に冷や汗をかきながらカイトは悩ましげに身体をくねらせるセイツを見るばかり。そしてカイトがそんな状態の中、恍惚の

笑みを浮かべたセイツは、彼の衣類に手を掛け……

 

「何をしようとしてるのかなぁ、セイツ!」

「ひぁんっ!」

 

……彼女の妹、イリゼに引っ剥がされた。怒りか、それとも恥ずかしさからか、若干頬を赤くしたイリゼに引っ剥がされ、そのままカイトとの間を阻まれる。

 

「な、何をするのよイリゼ!今、ほんとにいいところだったのに…!」

「だから止めたんだけど!?これ以上はほんとにアウトだから止めたんだよ!?」

「そんな…わたしの心は、こんなにも高鳴っているのに…!」

「分からないよ!?いや興奮してるのは一目瞭然だけどさぁ!…はぁ、あんまり気にしないでねカイト君。セイツ、女神化して感情が昂り過ぎると、いつもこうなるから…」

「いつもじゃないわ!こんなに昂る事なんて、心惹かれる事なんて、滅多にないもの!それに、イリゼだってカイトの事は魅力的でまた会いたいって言ってたじゃない!」

「ぶ……ッ!?そ、それは人としてなんだけどッ!?まだまだ強く、もっと高いところにいけるって前に手合わせしたり皆で協力し合った時に思ったから、今はどうなってるか楽しみだって意味で言っただけなんだけど!?後滅多って、やっぱり前例があるんじゃん!」

「わたしだって人としてよ!?人として大好きになっちゃっただけよ!?むしろイリゼは何だと思ってるのよ!」

「変態だよッ!家族として言いたくはないけど、変態と言わざるを得ないんだからね!?」

「がーん!」

 

 突然始まった姉妹の言い争い、或いは女神姉妹による漫才。急展開過ぎる流れにカイトは更に困惑し…そこで他の面々も、凄まじい苦笑いをしながら三人の下にやってきた。

 

「あはは…なんか、すっごいね…色々と……」

「同感…後、無茶もし過ぎ。なんか、セイツが何とかしたみたいだけど、二人が炎に包まれた時は、流石に少し焦ったんだからね?中が見えないせいで、下手に炎を吹き飛ばしたり凍らせたりする訳にもいかなかったし」

「あー…すまん、ほんとにすまん。熱くなり過ぎたっていうか…軽率だった」

「ふぅん、ちゃんと理解はしてるのね。……ま、気持ちは分かるわ。わたしだって、あんな戦いを見せられちゃったら、湧き上がるものがないでもないし」

「だよねぇ。こんなの見たら、ちょっとは熱くなっちゃうよね」

「……!待って、もしかしてエストちゃんと茜もやりたいの?いいわ、勿論大歓迎よ。二人の心もわたしに見せて、わたしに二人を感じさせ──」

『うん、これは変態(だ)ね』

「早速それが広まり始めてる!?あ、でもその冷ややかさも良い!火照った身体に染み渡るのぉ……!」

 

 またもや火の点くセイツに対し、イリゼは呆れ、エストと茜はただただ引く。おかしなやり取りにカイトは大の字となったまま苦笑をし……そんな彼に差し出されたのは、ワイトの手。

 

「…お疲れ様、カイト君。凄い戦いだった、感服したよ」

「…ありがとうございます、ワイトさん。けど、やっぱ完敗でしたね…イリゼの時もそうだったし、今回も負け…まだまだ高いな、女神の壁は……」

「女神様だからね、それは当然だ。…けど…格好良かったよ、カイト君」

「…俺にとっては、ワイトさんも格好良い大人の一人ですよ」

 

 自身へと差し出された手を掴み、立ち上がる。自分は見ている者にとって、格好良い戦いが出来ていたのか…そう思いながら、カイトはセイツ、それにイリゼを見る。

 彼にとって女神は、本当に高い壁。成長し、力を付けても尚超えられない…より女神というのが、どれだけ超常の存在なのかと理解していくばかりの、そんな壁。しかしカイトは、女神を超えられない存在とは思っていなかった。無理だと、不可能だと、自身へ陰を落とす存在ではなく…高いからこそ乗り越えたい、届きたいと思う目標と、目指す先として捉えており……だからこそ、またいつか…と二人を見ながら思うのだった。

 

 

 

 

 

 

「…あ、ところでエストちゃん。エストちゃんって、イリゼの事はおねーさん呼びするのに、わたしの事は普通に呼び捨てなのね」

「そうよ?え、セイツもおねーさんって呼んでほしいの?」

「えぇ、勿論呼んでほしいわ!呼んでくれる?呼んでくれるの?」

「ん〜、そうねぇ。まあセイツおねーさんって呼んであげても良いけど…やっぱりそれはイリゼおねーさんだけのトクベツだから、ダーメ♪」

「はぅあ…っ!や、やだ、どうしよう…拒否されたのに、悲しいのに、伝わってくる感情が魅力的で嬉しくなっちゃうぅぅ……!」

「あはは、残念だったわね、セイツ♪(ほんとはイリゼをおねーさん呼びしてるのも、親愛の証とかじゃなくて、そう呼ぶと若干機嫌良さそうだからちょっと喧嘩…じゃなくて挨拶仕掛けた時のままにしてるだけなんだけど…これは黙ってた方が良さそうね。黙っておけば、いつかからかう時のネタにもなりそうだし)」




今回のパロディ解説

・〜〜俺の作戦は、既に終了している。
ジョジョの奇妙な冒険 ダイアモンドは砕けないの主人公、東方仗助の台詞の一つのパロディ。こう書くとすぐ分かるかもですが、解説なしだと分かり辛そうな気もします。

・「〜〜"()"〜〜"瞬間(とき)"をよ…ッ!」
疾風(かぜ)伝説 特攻(ぶっこみ)の拓に登場するキャラの一人、一条武丸の代名詞的な台詞のパロディ。この台詞自体は知っている、という方は多いかなと思います。

・某匣兵器
家庭教師(かてきょー)ヒットマンREBORN!に登場する兵器の一つ、雲ハリネズミの事。更に言えば、裏球針態の事ですね。丁度炎繋がりでもありますし。


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第十三話 関わりの多い国

 ルウィーに行く事になった。

 これはつまり、またこっちのブランやミナ、ロムやラムに会えるという事。とても嬉しい。

 

「えー、本日この面々でルウィーに行く訳だけど……」

「結構多くなりましたね…」

 

 イリゼが喋って、ディールも喋る。ゆっくりイリゼは見回していて、イリスも見回して見る事にする。

 確かに、沢山いる。イリゼと、ディールと、エストと、アイと、ワイトと、茜と、影…後、イリス。皆、ルウィーに行きたいらしい。ルウィーは、人気。

 

「ディールちゃんエストちゃんイリスちゃんは分かるし、ワイト君も自分の次元における母国だから分かるけど…アイと茜、影君はルウィーに何か思い入れがあるんだっけ?」

「アイ様は、ブラン様と仲が良いらしいですよ」

「そッスそッス。信次元に来た理由の八割は、こっちのブランちゃんに会う為と言っても過言ッスからね」

「そこまでなの!?そこまでブランに…って否定形じゃなかった!?過言ならわざわざ言わないでよ……」

「あははー。私に関しては、えー君の付き添いかな。で、えー君は……」

「…アイじゃないが、俺も会ってみたいから…かな。……多分、いや間違いなく、後悔するだろうが…会わなくたって、後悔するんだろうな、俺は…」

「えぇー…やらずに後悔するよりやって後悔する方が、なーんて言葉があるけど、あれって言い方変えるとこんな鬱屈とした感じになるのね…」

「ま、まぁ後悔するかもしれなくても、やりたいって思える事は時にあるものだしね…。…こほん、とにかく行こうか」

 

 少し黙った後に影が喋ると、皆変な顔をした。

 でも、イリスにはよく分からない。…ので、黙っていると、イリゼが行こうと言った。イリスは早く行きたかったので、勿論頷く。

 

「こっちのロムとラムに会うのも久し振りよね。ちょっとは成長してたりするのかしら」

「いや、二人共女神なんだから、そうそう変わる事は…と、思ったけど、内面はちょっと変わってるかも?同じロムちゃんラムちゃんって言っても、わたし達の次元とは起こってる事柄が違う訳だし…」

「……?エスト、ディール、それはどういう話?」

「あー…えっと、二人にまた会うのが楽しみ…みたいな…?」

「そう。なら、イリスも一緒」

「かなり無理のある纏め方したわねディーちゃん…まぁ、間違ってるとは言わないけど……」

 

 外に出て、ルウィーに向かう。

 神生オデッセフィアは…浮遊大陸?…なので、途中からは段々降りていく形になった。

 飴玉みたいに小さかった建物が、少しずつ大きくなるのは面白い。ルウィーを上から見るのも、不思議で面白い。

 

「よ、っと。やっぱり信次元のルウィーは超次元と同じで、教会が城になってたりはしないんッスね」

「え、シノちゃんの次元のルウィーって、教会がお城になってるの?」

「そッスよー。中をモンスターがたむろしてたり、地下牢があったりする、素敵なお城ッス」

『えぇぇ…?』

「素敵なお城…その文脈だと、素敵が皮肉の意味で言っているようにしか聞こえないな…というか、そういう意味で言っているのか…?」

「あっはっは」

 

 到着したイリス達は、早速中へ。出発の前にイリゼが連絡をしているから、そのまま入っても大丈夫らしい。

 

「そういえば、イリスちゃんは来た事あるんだっけ?」

「うん、ある。イリスは皆より詳しいので、困った事があればイリスにお任せ」

「はは、頼もしいね。なら出入り口が分からなくなったらイリスさんに……」

「あ、もう来てたのね!」

「イリスちゃん…と、ディールちゃんと、エストちゃん…と、後は…知らない、人…?」

 

 イリスがエストに答えると、ワイトが小さく笑って…それから聞こえたのは、元気な声と、ちょっと大人しい感じの声。イリスがよく知っている声。

 

「いらっしゃい、皆。よく来てくれたわ」

「……っ…ロム、ラム…ブラン…」

「初めまして、ブラン様。私は……」

「……?…ミスミ・ワイトでしょう?貴方の事は…じゃないわね。全員、イリゼから聞いているわ」

「お、気が利くッスねイリゼ」

「ふふ、そういう事じゃないわよ?こういう事があった、こんな出会いをした…って、イリゼが嬉々として話してくれた事がある…って事だもの」

「ちょっ、ブラン!?」

 

 くすりとブランは笑って、何故かイリゼはあたふたとする。

 それから影は、最初辛そうな顔をしていた。…やっぱり、影は不思議な人。

 

『へぇ〜』

「に、にまにまするなぁ…!」

「ねーねーそれより今日はあそべるんでしょ?」

「でしょ…?(わくわく)」

「あ、うん。そもそも信次元に来た事自体、遊びに来たようなものだし…」

「じゃ、決定ね!イリスちゃんも行きましょ!」

「ん、分かった。イリスも遊ぶ」

 

 手をラムに握られて、連れて行かれる。

 けどイリスも遊ぶのは賛成なので、問題はない。…ぎゅっ、と少し強めに握るのは、このラムも、いつも一緒にいるラムも、同じ。

 

「ディールちゃんも、行こ?」

「わっ…べ、別にわたしの手は握らなくても……」

「……え、あれ?わたしは…?」

「はは…エストちゃんも呼ばれてると思うよ、引っ張られてないだけで…。…えーと、ロムちゃんラムちゃんにもてなしを頼むって訳にもいかないし、こっちに私も行くから、そっちは頼めるかな?」

「こっちこそ、そっちは頼むわ」

 

 後ろから、ディール達も付いてくる。

 ラムは何をする気だろう。ゲーム?お絵かき?絵本?

 と、思っていたら外に出る。

 

「お出掛け?」

「んーん。今日はね、雪だるまを作ろうと思ってたのよ!」

「雪だるま…って、皆が集まってる時にわざわざやる事かしら…」

「…エストちゃんは、やりたくない…?」

「う…そ、そういう事じゃないわ。やりたいなら、別にわたしもいいと思うし…」

 

 じっと見つめられたエストは、頬を掻きながら言葉を返す。

 この反応も、少し不思議。まだまだイリスには、よく分からない反応が多い。なので、興味深い。

 

「……?…えと、イリスちゃん?何…?」

「観察中」

「あ、そ、そう…」

「えー、っと…それで、どう遊ぶの?六人で、大きい雪だるまでも作る?」

「ふふん、よく聞いてくれたわね!せっかく六人なんだから、三チームに分かれてしょーぶしましょ!」

「ふぇ?そうするの…?」

「そうするの!」

『あぁ、その辺り話してなかった(んだ・のね)…』

 

 どうやら雪だるまは、三組に分かれてやるらしい。

 多分、ロムとラムはチームになる。ディールとエストもチームになる。つまり、イリスはイリゼと?

…と、思ってイリゼに聞いたら、いいよ、と笑ってくれた。

 

「まあ、勝負は別にいいけど、勝ったチームへのご褒美とか、負けたチームへの罰ゲームとかは考えてあるの?」

「それは……む、むむ…」

「あ、考えてなかったんだね…。…なら、私が勝ったチームにお菓子を作ろっか?私もイリスちゃんとやるし、がっつり時間は取れないだろうから、ぱぱっと作れる物になっちゃうけど…」

「イリゼさん、いいの…?」

「さっすがイリゼちゃん、たよりになるわね!じゃあ、えっと…けーひ?…で、落としてくれていいわ!」

「けーひ…?ラム、けーひとは何?」

「えっ?…けーひは……ケーキの、友達…?」

「なるほど」

 

 ケーキの友達には、けーひというものもあるらしい。イリスは新たな学びを得る事が出来た。

 けどその後、すぐにイリゼ達から「いやいや違うからね…?」と訂正を受けた。

 けーひ…経費とは、仕事や作業などをする時の費用の事。ラムは間違っていたけど、ラムが言ってくれなければ知る事も出来なかったので、やはり感謝。

 

「じゃあ、始めよっか。頑張るよ、イリスちゃん」

「イリス、頑張る。目指せ雪だるまチャンピオン」

「そんなチャンピオンないと思うけど…。…エスちゃん、普通に雪だるま作る?」

「まさか。遊びとはいえ勝負なんだから、勝てる雪だるま作りをするに決まってるじゃない」

 

 そうして雪だるま作りを開始。ディールとエストは話ながら教会の裏の方に行って、ロムとラムはもう雪玉を転がし始める。

 イリスもイリゼに呼ばれて、ちょっと離れたところへ。イリゼが雪玉を二つ作ってくれて、それをイリゼと一緒にごろごろ。

 

「ごろごろ、ごろごろ」

「…イリスちゃん、楽しい?」

「楽しい。一回転するとほんの少しだけど大きくなる、それが雪玉。達成感がある」

「そ、そっか…なんか、ドリルで天を突きそうな表現だね…」

 

 並んで二人で転がしていると、雪玉も同じ位に大きくなる。イリスの雪玉は、イリゼと同じ。…やはり、楽しい。

 

「…っと、そうだ。取り敢えずは転がして大きくするにしても、ただ雪玉を重ねるだけじゃ味気ないよね」

「味気ない?…イリゼ、雪だるまを食べる…?」

「あはは、味がないじゃなくて味気ない、だよ。木の枝とか木の実とか、バケツとか手袋とかを使って、雪だるまを飾り付けした方が楽しそうでしょ?」

「それは確かに。雪だるま、何もなしは…寂しい」

「うん、そうだね。それじゃあ雪だるまを重ねた後は、飾り付けに使える物を探そっか」

 

 こくりと頷いて、ごろごろを続ける。

 あっちへごろごろ、こっちへごろごろ。

 段々重くなってきて、少し大変…だけど、その分達成感も大きい。これが、積み重ねというもの?

 

 それからも転がし続けて、大きいイリスの雪玉と、イリスより少し長く転がして、イリスより少し大きくなったイリゼの雪玉が完成した。

 

「よーし、後は合体だね。よいしょ、っと」

「おぉ、イリゼは力持ち…これも女神の力?」

「まあ、そうだね。女神化しなくたって、女神は強いから」

 

 ちょっと笑ったイリゼがイリスの雪玉を乗せて、雪だるまの形になる。

 でもまだ、完成ではない。ここからは、飾り付け。

 

「…これは、良さそう。これも、良さそう」

 

 使えそうな木の枝や、木の実を拾う。拾って、歩いて、また拾って、歩いて……

 

「あれ、イリスちゃん?」

「……?エスト?」

 

 呼び掛けられて顔を上げたら、目の前にエストがいた。ちょっと離れた所に、ディールもいた。二人共、不思議そうな顔でイリスを見ている。

 

「エストとディールも、こっちに来た?」

「こっち、っていうのがどこかは分からないけど…多分、イリスちゃんの方がわたし達の近くに来たんじゃないかな」

 

 そう言って、ディールは後ろを指差す。

 振り向くと、そこには長く続く足跡があった。

 これは、イリスのもの。つまり、イリスはいつの間にか裏の方まで来てしまった?

 

「しまった、気付いていなかった…」

「あぁ、やっぱり…気を付けなきゃ駄目よ?うっかり教会の外に出ちゃったら、通行人の邪魔になるかもしれないし、外に出なくても集中し過ぎて木に頭ぶつけたりとかしたら嫌でしょ?」

「それは…うん、エストの言う通り。…なので、気を付ける」

「そうしてね。…それは、雪だるまの飾りに使うの?」

「そう。これを使って、イリゼと飾り付け。とても良い雪だるまになる…予定」

『そっかそっか』

 

 イリスが肯定すると、ディールもエストもちょっぴり笑って、それからイリスを撫でてくる。

 似てるけど違う、ディールとエストの手。ロムとラムに似てる…でも、ほんの少し違う、二人の手。

 でも、好き。ロムとラムの手と同じで、ディールとエストの手も…心地良い。

 

「じゃあ、また後で」

 

 二人にばいばいと手を振って、イリスは戻る。

 

…あ、二人がどんな雪だるまを作っているのか、見ていなかった…。

 けど、どちらにせよ後で分かる。だから、後のお楽しみという事にする。

 

「…あ、イリスちゃんお帰り。結構沢山取ってきてくれたんだね」

「うん、沢山取ってきた。イリスは採取上手」

「ふふ、私も色々借りてきたよ?」

 

 戻るとイリゼはもう雪だるまの前で待っていた。イリゼも飾り付けの道具を沢山用意していた。

 集めた材料を使って、雪だるまを飾っていく。

 まずは頭にバケツを載せて、次は木の実と枝で顔を作る。目指すは笑顔の雪だるま。

 

「むむ…口が、難しい…。笑顔にしたいのに、枝が折れる……」

「そういう時は、木の実をカーブ状に付けていけば……」

「おお、笑顔になった。流石イリゼ、賢い」

「ふふふっ、ありがとね。じゃあ次は、この太い枝で腕を作ろっか」

 

 顔の後は、身体。枝で腕を作って、ゴム手袋を先端に被せる。

 少しずつ、雪だるまの見た目が良くなっていく。正面で枝と木の実を組み合わせると、服を着ているようにも見える。

 

「…………」

「ふー、大分様になってきたよね。結構可愛らしい雪だるまになったし、後は……」

「…これも、付ける」

 

 近付いて、『それ』も雪だるまに付けてあげる。

…うん、良くなった。こっちの方が、良い。

 

「…イリスちゃん…それは、いいの?」

「うん、いい。帰るまで、貸してあげる」

「そっか。良かったね、雪だるま君」

「これは、イリスの大事なもの。汚したら、駄目。分かった?」

 

 ぽふん、と頭を触ったイリゼに続いて、イリスは注意。

 借りたものは、大切に使う。これは、とても重要。イリスもそうしている。

 

 雪だるまからの、返事はない。…でも…にっこりしている雪だるまは、嬉しそう。イリスには、そう見えた。

 

「イリゼ、イリゼ」

「うん?どうしたの、イリスちゃん」

「雪だるま作り、面白かった」

「それは良かった。ただ転がしてるだけでも案外面白いものだよね」

「うん。それと…イリゼと作る雪だるま作り、楽しかった」

「…ふふっ。私もだよ、イリスちゃん」

 

 楽しかったと伝えたら、私もだよと返してくれた。

 とても、嬉しい。同じ気持ちだと思うと、心がぽかぽかする。

 だから後は、この雪だるまで勝負に勝つだけ。雪だるま、君に決めた。

 

 

 

 

 雪だるま作りを始めて数十分。遊びだろうと勝負なら妥協しない、というエスちゃんの熱意に付き合って、何とかわたし達は雪だるまを完成させた。…疲れた……。

 

「〜〜♪」

「ご機嫌だね、エスちゃん」

「えぇ、満足のいく雪だるまが出来たもの。それに…久し振りにやったら、意外と楽しかったし」

「それはまぁ、確かに…」

 

 今エスちゃんが言った通り、思ったより雪だるま作りは楽しかった。エスちゃんのやる気に付き合った、みたいな雰囲気を出してはいるけど、実はわたしも、途中からは楽しくなって凝り出した部分が…ない事もない。

 

「あ、来たね二人共」

「お待たせ、おねーさん。皆いるって事は…わたし達が最後なのね」

 

 教会の庭、最初に勝負の話をした所まで歩いて戻ると、もう四人はいた。ラムちゃんは自信満々そうな顔をしていて、ロムちゃんはそんなラムちゃんを見ながらにこにこしていて、イリスちゃんは歩いてくるわたし達をじーっと見ていた。……イリゼさん?イリゼさんは…いつも通りかな。

 

「さーって、それじゃあ二人も来たし、どの雪だるまが一番か決めるわよ!」

「あ、そういえばその事なんだけど、一番は誰が決めるの?自分達で決める場合、普通は自分の作った雪だるまを選ばない?」

「そこは公平に選ぼうよ。意地張らずに、凄いって思えたものを選んで、それが自分達で作ったものじゃないなら、素直に褒める…その方が、皆楽しく見られるでしょ?」

「…ですね。じゃあ、最初はイリゼさんとイリスちゃんの…かな。もう、見えてるし」

 

 公平に決めよう。公平に決めて、いいと思ったのを選んで、褒めよう。その方が楽しいから。イリゼさんの言葉は結局のところ、各々に任せてるようなもので…でも、イリゼさんらしいとも、わたしは思った。だからわたしは頷いて…近くに立っている雪だるまを見る。

 イリゼさんとイリスちゃんが作ったのは、わたし達と同じ位の背丈をした、シンプルな雪だるま。飾りに使われているのも、よくある雪だるまって感じのもの。笑っている表情は可愛いし、イリスちゃんが一生懸命転がしたりさっきみたいに飾りを拾ったりしてる姿を想像すると、なんだかほっこりするけど、特別目を引く何かがあるかっていうと……

 

「…あれ?このマフラー…さっきまで、イリスちゃんがしてなかった?」

「うん。これ、イリスちゃんのマフラー…だよね…?(きょとん)」

「ううん、違う。これは、ブランのマフラー。ミナがくれたものを、今は雪だるまに貸してあげている」

「へー、そうだったのね。たしかにこれ、おねえちゃんが選びそうかも…」

 

 そう言って、ラムちゃんがマフラーに触れる。…わたしも、そう思う。意外とブランさんは赤も似合うというか、実際神次元では赤が目を引く服を普段着にしていたし。

 

「どう?凄い?」

「うん、凄いし可愛いと思うな」

「イリスちゃん、あんまり雪だるま作った事ないんでしょ?それなのにこんなしっかり作れたならすごいって思うわ!」

「…うん、イリスは凄い。ふふん」

 

 首肯したわたしとラムちゃんの言葉で、イリスちゃんは気分が良さそうになる。実際には無表情だから、確信はないけど…気分が良さそうに見えた、そんな気がした。

 

「でもイリスちゃん、わたしたちの雪だるまもすっごいのよ?」

「うん、堂々のできばえ(ふんす)」

「ロムとラムの自信作?それは気になる、早く見てみたい」

 

 腰に手を当て、揃って胸を張るロムちゃんとラムちゃん。二人の自信にイリスちゃんも興味を示して、それから三人は軽快に走って行ってしまう。

 

「ふふっ、なんか妹みたいねイリスちゃん。ラムなんてさっきからずっとお姉ちゃんぶってるし」

「少しほっこりする光景ではあるよね。…ロムちゃんとラムちゃんを見て、わたしやエスちゃんがほっこりする、っていうのも変な話だけど…」

「二人は視点が完全に大人だねぇ。一緒に走って行っても良いんだよ?」

「じゃ、おねーさんは一人でゆっくり来てくれて構わないからね」

「先行きますね、イリゼさん」

「えっ?あ…も、もう!」

 

 ちらり、とエスちゃんと目を見合わせて、直後にわたしとエスちゃんも走る。するとイリゼさんは、数秒ぽかんとした顔をしていて…その後、ちょっと怒りながら走ってきた。…この何とも言えない弄り易さは変わらないなぁ…ふふっ。

 

「ところでエスちゃん、二人はどんなの作ったと思う?」

「そうねぇ。二人の事だからやたら派手な飾りをしてそうな気もするけど、案外シンプル方面で……へぇ」

 

 走りながら、エスちゃんと話すのは雪だるまの事。二人なら雪だるま作りも慣れてるだろうし、中々凄いのを作ってるかも。そんな風に思いながら、わたし達はイリスちゃん達三人と、二人の作った雪だるまの所にまで到達して…エスちゃんが、感嘆混じりの声を漏らす。

 その理由は、わたしにも分かった。エスちゃんが感嘆の声を漏らしたのは、雪だるまに対してで…一見すると、二人の作った雪だるまはイリゼさん達のものと似た、よくある雪だるまのイメージから外れていないもの。でも…質が違った。作りの緻密さが、丁寧さが、気付いた次の瞬間には「凄い」と思わせるようなものだった。

 

「…これは…綺麗だね、二人共…。どっちも真ん丸っていうか、全然ぼこぼこしてないっていうか……」

「わたしたち、がんばったの(にこにこ)」

「ふふーん、きれいでしょ〜」

「ほんとに綺麗だね…びっくりしちゃった…」

 

 普通、雪玉は転がしていると自然にぼこぼこしてきちゃう。ゆっくり慎重にやってもある程度凹凸は出来ちゃうものだし、そうならないよう気を付けていると中々大きく出来ないから、焦れったくなる。で、二人は…特にラムちゃんは、焦れるような作業は苦手だろうから、それを我慢して真ん丸にし続けるのは相当な苦労があった筈。

 けれど二人は、二つの雪玉を真ん丸に作り上げた。慣れててコツを掴んでるから、っていうのもあるだろうけど、それを差し引いても…やっぱり、凄い。

 

「やるじゃない。少なくとも、作りの丁寧さじゃわたし達よりも上ね」

「…総合的には、自分達の方が上だって口振りだね、エストちゃん」

「まあ、見てみれば分かるわ。ね?ディーちゃん」

「…まぁ、ね」

 

 振り向いたエスちゃんの言葉に、小さく肩を竦める。次はわたし達の番、と雪だるまがある裏手へと歩き始める。

 イリゼさんとイリスちゃんのは可愛かった。ロムちゃんとラムちゃんのは素直に凄いと思った。でも…エスちゃんじゃないけど、わたしにも正直自信があった。それ位のものを作った自負があった。

 

「ディールとエストの雪だるまは、どんなもの?」

「それは見てのお楽しみ、だよ」

 

 隣に来て、じっと見てくるイリスちゃんに小さく笑って、角を曲がる。そこで止まって、エスちゃんと一緒に道を開ける。そして…見てもらう。建物の影に隠れていた、わたし達の力作を…雪だるまを。

 

『わっ…これ、って……』

「…大きい……」

 

 見上げるイリスちゃんの呟きに、わたし達は首肯。その通り、わたし達が作ったのはイリゼさんよりもずっと大きい、巨大雪だるま。大きい雪玉は転がすのも合体させるのも大変だけど、そこはまぁ魔法で身体能力を上げればカバー出来るからそんなに苦労しなかった。むしろ苦労したのは別の部分で…でも苦労したからこそ、見てもらいたいって気持ちもある。だからわたしは、エスちゃんと頷き合って…大きさへの驚きが少し収まったところで、本当の見所を四人に見せる。

 

「ふふ、凄いでしょ?でも、これだけじゃないのよ?」

「よく見ててね?せー、のっ」

 

 皆が見つめる中、わたしはエスちゃんと一緒に力を込める。魔法を、魔力を雪だるまへと流し込み……そして雪だるまは、輝き出す。色取り取りの光が、煌びやかに。

 

「わぁ…きれい……」

「うん、きれい…(きらきら)」

「光る雪だるま…初めて見た…」

「イルミネーション、みたいだね…これも、魔法…?」

「そうですよ。雪だるま作りより、術式を組み込む方が大変でした…」

「けど、これだけ綺麗になったんだから、頑張った甲斐があるってものよ」

 

 建物の影に設置したのは、暗い方がより綺麗に見えるから。大変だったけど、イリゼさん達が夢中になってくれてるのを思うと、確かに頑張った甲斐がある。それに、やっぱり…エスちゃんも一緒に何かを作り上げるというのは、楽しかったし達成感があった。

 

「……さて、それじゃあどの雪だるまが一番か決めよっか。皆、どうする?もう一回見る?じっくり考える?」

「…大丈夫。イリスはもう、決めてる」

「…うん、わたしも(こくこく)」

「むむむ…わたしもー……」

 

 真っ先に答えたイリスちゃんに続いて、ロムちゃんとラムちゃんも答える。ロムちゃんは数度頷いて、ラムちゃんはちょっと悔しそうに…でも、もう決めてるとイリゼさんに返す。

 

「じゃあ、チームに分かれて、それから一斉に良かったチームを指差す事にしようか。ディールちゃんとエストちゃんも大丈夫?」

「えぇ、構わないわ」

「大丈夫です、わたしも決めてます」

「なら、せーの!」

 

 イリゼさんの掛け声で、わたし達は揃って指差す。わたしが指したのはロムちゃんとラムちゃんチームで、エスちゃんが指したのはイリゼさんとイリスちゃんチーム。そして、四人の指が向いていたのは…わたしとエスちゃんの方。

 

「えー、っと…一票対一票対四票で、雪だるま勝負はディールちゃん、エストちゃんチームの勝利だね。皆、拍手!」

「あ、いや、拍手なんて…」

「ふふ、まあ当然の結果ってとこかしら。それじゃあおねーさん、悪いけどご褒美のお菓子お願いね?」

「任せて。ぱぱーっと作っちゃうから、皆はその間待っててね?」

 

 拍手を受けて、ちょっぴり感じる照れ臭さ。でもエスちゃんの方は平然としていて…早速ご褒美の話を持ち出した辺り、ある意味しっかりしてるなぁと思う。…あ、そういえば……

 

「…エスちゃん、自分の雪だるまは選ばなかったんだね」

「ん、まーね。ディーちゃんこそ、どうしてロムとラムのにしたの?」

「いや、だってほら…改めて考えると、わたし達のは魔法が凄いのであって、雪だるまは単に大きいだけでしょ?だから雪だるま対決としては二人の方が良いかな、ってね。…エスちゃんがイリゼさんとイリスちゃんのを選んだ理由は?」

「…聞きたい?」

「言いたくないの?」

 

 さっきは「まーね」で済ませていたし、何か深い理由があるのかな?と思って訊き返すと、エスちゃんは小さく肩を竦める。それから「言いたくない訳じゃないわ」と言って…教えてくれた。

 

「…なんていうか…わたし達がまだ小さかった頃…いや、今も外見はそんな変わってないけど…とにかく今より色々と幼かった頃、ロムちゃんと作ってた雪だるまは、こんな感じだったかな…って思ったのよ。ただ、それだけ」

「そっか。…うん、そうだったかもね」

 

 そうかもしれない。そう言ってわたしは頷いた。わたしとエスちゃんにも…確かにそんな頃が、あったんだから。

 それからわたし達は建物の中に戻って、五人で雑談をしていた。雑談っていうか、ロムちゃんとラムちゃんに色々訊かれて、それにわたし達が答えてたって感じで…暫くしたところで、やってきたイリゼさんに呼ばれる。

 

「お待たせ〜。今回作ったのは…じゃん、ういろうです!」

『おー』

 

 扉を開けて入ってきたイリゼさんが、手に持つお皿に載せていたのは、切り分けられた甘そうなお菓子。可愛…くはないけど、白と薄い赤のういろうは綺麗で、見てすぐに「美味しそう」だとわたしは思った。

 

「ういろう…クッキーとかケーキとかを想像してたけど、まさかういろうとはね…これって、作るの大変じゃないの?」

「と、思うでしょ?でもういろうって、拘らなければかなり簡単に作れるんだよね。むしろクッキーとかケーキの方が手間かかるだろうし。ささ、ういろうは日持ちするものじゃないから食べちゃって」

「あ、そうなんですね。それなら早速……」

 

 元からすぐに食べるつもりではあったけど、作ってくれたイリゼさんが言うなら尚更置いておく訳にはいかない。

 という事で、わたしとエスちゃんは手を合わせてまずは一口。切り分けられた内の一つを口に運ぶと、濃いめの甘さとしっとりした食感が口の中に広がって……うん、美味しい。

 

「はふぅ…雪だるま作りで程々に疲れたし、甘いものが沁みるわ…」

「エスちゃん、言い方がお婆ちゃんみたいになってるよ…?」

「ま、わたしも色々経験してるしねー」

「…いいなぁ……」

「おいしそう…」

「…………」

 

 甘さとしっとり感で何だか緩い気持ちになりながら、エスちゃんと食べ進める。わたし達が食べる様子を、イリゼさんは機嫌良さそうに見てて…けれど段々、感じ始める。何とも羨ましそうな、じーっとわたし達を見る三人の視線を。

 

「…え、えっと…三人も、食べる…?」

「え、ディールちゃんいいの?」

「でも、わたしたちがもらったら、ディールちゃんの分ちょっとになっちゃうよ…?」

「わたし…があげても、かなり減るのは変わらないわね…おねーさん、もし無理じゃなかったら、もう少しういろうを……」

「ふっ…安心して二人共。こうなると思って…実は全員分作っておいたよ」

 

 小さく笑い、廊下に出るイリゼさん。何だろうと思って見ていると、イリゼさんは廊下に用意していた物を取ってきただけらしくて…数秒後、戻ったイリゼさんの手には、沢山のういろうが載ったお皿があった。

 二人分から六人分へと変わったういろう。それをわたし達は、皆で談笑しながら食べる。全員分用意したら、勝者のご褒美感が…なんて事は言わない。確かにそれはなくなったけど……皆で楽しく食べられるのが、一番だもんね。

 

 

 

 

 早かれ遅かれ、えー君はルウィーに行ってみたいって言うだろうなぁ、と思っていた。ルウィーに行きたいっていうか、ブランちゃん達に会いたいっていうか…とにかくそう言うと思ってたし、だからルウィーに行く機会が出来たのはありがたかった。ちょっと意外だったのは、結構人数が多くなった事だけど…理由を聞いたら納得だよね。っていうか、ブランちゃんは人気だねぇ。

 

「お、ブラン饅頭じゃないッスか。やっぱり信次元のルウィーにもこの商品はあるんッスね」

「という事は、貴女の次元にもあるのね。まあ、次元が違うとはいえ同一人物が考えたなら、同じものが生まれるのもそう不思議ではないんじゃないかしら」

 

 で、ぜーちゃん達と分かれた私達が今いるのは、教会の応接室。ブラン饅頭かぁ…自分の顔が描かれたお饅頭を商品にするなんて、よく考えたらかなり大胆だよね、流石女神。

 

「さて…それで貴女達はルウィーに訪れてくれた訳だけど、どこか行きたい所はある?あるなら、案内するわ」

「いえ、女神様直々に案内してもらうなど…」

「けどワイト、既に神生オデッセフィアでは女神直々の案内受けてるッスよね?」

「そ、それはまあ、そうなのですが…」

「ふふ、確か貴方はルウィーの軍人なのよね?つまりわたしとイリゼでは、畏れ多さに差があるという事じゃないかしら」

(わー、ぜーちゃんが聞いたらなんて言うかな今の……)

 

 さらりと言うブランちゃんに、わたしは苦笑い。言われたワイトさんの方は、返答に困ったようなをしていて…ほんとワイトさんは真面目だよねぇ。軍人だから、立場的に下手な事は言えないって部分もあるんだろうけど。

 

「っと、そうだ。先に確認させて頂戴。貴女がアイで、貴女が茜、そして貴方が影で合ってる?」

「そッスよー、ブランちゃん。ブランちゃんの親友で有名な篠宮アイッス」

「名前まで知ってるって事は、ぜーちゃんってば余程しっかり話してたんだね」

「…みたいだな」

 

 ぜーちゃんが楽しそうに話している姿はすぐに想像出来る。それは微笑ましいし…やっぱり、嬉しいよね。誰かに話したくなる程、ぜーちゃんにとって私達との出会いは大切な思い出なんだって事だもん。

 

「…しかし、まぁ……」

『……?』

「なんでもないわ。で、話を戻すけど、貴女達は何をしにルウィーに来たの?わたしに何か出来る事はある?」

「サービス精神旺盛だねぇ、ブランちゃん。私の知ってるブランちゃんも優しいけど…貴女の方がもっと気さく、かも?」

「当然よ。だって貴女達は、神生オデッセフィア以外で最初に訪れようと思ったのがルウィーな訳でしょ?なら女神として、気分が良くなるに決まってるもの」

 

 あ、だからなんだ、と私はブランちゃんの返しで納得。…因みに帰る前にこっそり「さっきのしかしまぁ、ってなーに?」って訊いたら、「女性陣と男性陣で目から感じる明るさが違い過ぎると思って…」っていう返答が返ってきた。これには苦笑いするしかなかったね。

 

「何か出来る事…っていっても、正直ウチはブランちゃんに会えた時点で目的はほぼ完遂してるというか、このまま駄弁るだけでも満足なんスよね」

「私もえー君の付き添いだから、特別何かやりたい…って事はないかなぁ」

「そう。なら、貴方達二人は?」

「…俺も、似たようなものだ」

「私もこちらのブラン様に挨拶をしておきたかった、というのが実際のところでして……」

「あ、貴方達も…?…まさかルウィーじゃなく、わたし目的が殆どだったとは…それはそれで嬉しいような、反応に困るような……」

『あはは…』

 

 流石にぽかんとしたブランちゃんに、私達は頬を掻く。でも確かに、そうなると「じゃあこれからどうするの?」ってなっちゃう訳で…ロムちゃんラムちゃん達がいたら、話題には事欠かなかったんだろうなぁ…。

 

「…あ、そういえばシノちゃんって、どんな感じでブランちゃんと友達になったの?」

「馴れ初めッスか?切っ掛けは…ウチが迷った時に、偶々会ったって感じッス。そこからはまあ、とんとん拍子に仲良くなって……あ、因みにウチ的には、茜の事も結構好きッスよ」

「馴れ初めって……」

「あ、そうなの?えへへー、じゃあ友情の証としてこのブラン饅頭をあげるね」

「いやぁ、どうもどうもッス。ならお礼に、ウチもこっちのブラン饅頭をプレゼントするッスよ」

「いやあの、それは意味がないのでは…?」

『ない(ッス)ね!』

 

 ブランちゃんが半眼でシノちゃんを見る中、私達はブラン饅頭とブラン饅頭(勿論どっちも同じ味)をトレード。うん、無意味だよ?でも何となく面白いから問題はなし!

 

「あ、それと答えてくれたお返しに、私はえー君とブランちゃんがどう出会ったかを話そうかな。っていっても、境遇が似てた幼馴染み…って感じなんだけどね。因みに私はその前に出会ってるから、言うなれば私がファースト幼馴染み、ブランちゃんがセカンド幼馴染みかな!」

「なんで茜が俺とブランの出会いを話すんだ…まぁ、いいが」

「いいんだね、影君……うん?幼馴染み…?」

「そうそう、幼馴染み。私の次元は色々ごちゃごちゃしてる…というか、ごちゃごちゃしちゃったからその辺りの説明は省くけど、ブランちゃんも他の女神も、立場としての女神になる前は学生だったんだ」

 

 そう言いながら、私は思い出す。あの頃を、もう随分昔に感じる…未熟で、青くて、今よりずっと可能性に溢れていた時の事を。……まぁ、私は皆との学生生活なんて送ってないんだけども…。

 

「学生、ね…わたしは生まれてからずっと女神だから、少しそっちのわたしが羨ましいわ。勿論、今の立場を投げ出す気なんて毛頭ないけど」

「ブラン様…。…アイ様も、確か初めから女神だった訳ではない、のでしたよね?」

「そッスよ、神次元は女神メモリーで女神に『なる』次元ッスからね。…あ、でもウチも学生だった頃とかないッスよ。代わりに七賢人っていう、ヘンテコ組織の一員をやってたッス」

「あら、そっちにも七賢人があるのね。…学生というのは、楽しいものなの?それとも、窮屈なもの?」

 

 多分、ブランちゃんに気遣って話を変えたワイトさん。でも話は戻っちゃって…私はまた、頬を掻く。

 

「いやぁ、実は私も語れるような学生生活はなくて…教師生活ならあるんだけどね」

「低いわね、就学率…女性陣全滅じゃない……」

「…そう楽しいものじゃないさ。少なくとも、誰にとっても楽しいなんてものじゃなかった。……今思えば、何一つ楽しい訳じゃなかった…なんて事も、ないんだけどな」

「ありきたりな回答になりますが…楽しい事もあれば窮屈に感じる事もある、といったところですね。ただ…学校だから経験出来る事、学生だからこそ感じられるものというのは、確かにあったと思います」

「…そうなのね。二人共、答えてくれてありがとう」

 

 答えようがない私達の代わりに言った二人の回答は、どっちも一歩引いた感じの答えで…でもそんな答えだから本心なんだろうなって思えるし、訊いたブランちゃんも何となく納得したような、そんな顔をしていた。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……およ?なんかディールとエストは雪だるま作ってるみたいッスね。やけに雪玉が大きい気はするッスけど」

 

……のは、良いんだけど…話が途切れてしまった。シノちゃんは特に気にせず、窓の外を見てたりするけど…そっちじゃ話は広がらないよね…。

 

「えー、っと…ブランちゃん、他に何か質問ある?今なら別次元の事、訊き放題だよ?」

「他の質問?…そうね、だったら…印象深い出来事を教えてくれないかしら。戦闘、自然現象、文化…内容はなんだっていいわ。信次元にもある事かもしれない…そんなのは気にせず、話してくれたら嬉しいわ」

「…別次元の事を知りたい、という訳ですか?」

「えぇ、別次元なんて執筆のネタの宝庫……こほん、女神として見識を広げるのに越した事はないもの」

((物凄く堂々と言い直した……))

 

 凄いというか、なんというか…女神ってこういうとこあるよねぇと思いながら、私は考える。

 話すのはいいけど、流石に内容は選ばないといけない。幾ら特徴的だからって、私の次元のブランちゃんは今…なんて事を話したら、空気が凍り付く事間違いなしだもん。ロムちゃんラムちゃんの話までしようものなら、えー君と揃って追い出されちゃうかもしれないし。

 

「……あっ、じゃあ細かい描写がないから本当にそれなのか、それともそれっぽい物なのか分からない、更に言うと私もその場にいた訳じゃないから私が知ってるのもどの程度真実なのか怪しーところな、討滅兵装の話でも……」

「そ、それは遠慮しておくわ。丁重に遠慮させてもらうわ…」

「印象深い事、ねぇ…それでいうと、うち…あ、今のはウチじゃなくてうちッスよ?…の国民の中には、ウチに蹴られたいっていう相当物好きな人がいるとかいないとか……」

「訊いたのはわたしとはいえ、そんな話をされても返答に困るわ…後、ウチじゃなくてうち、を言葉で言われても分かり辛いし……」

「えー、分からないッスか?ウチがウチの事を指す時はウチで、エディンの事を指す時はうちで、つまりうちの国はウチの国でもあって……」

「待て待てアイ、ウチがゲシュタルト崩壊する…!皆の顔を見ろ、目が点になってるだろう…!俺の演算の方にも訳の分からない負荷がかかってる、だから止めろ…!」

「メガテン?ウチはニュートラル派ッス」

「そんな話はしてないんだけどなぁ…!」

 

 あれ、ウチってなんだっけ…ウチって何、新時代を創る歌姫だっけ…?…と、頭がぐーるぐーるするようなやり取りの中、えー君がシノちゃんへがっつり突っ込む。えー君、基本はクールだけど、偶にしっかり突っ込み入れたりもするんだよねぇ。

 

「…はぁ…アイといいイリゼといい、どうしてこうも別次元にしかいない女神は変な性格を……」

『……?』

「…前言撤回、別次元じゃなくても変な性格の割合は多かったな……」

「……ふふ」

「…ワイト?」

 

 がっくりとえー君が項垂れる中、聞こえてくる小さな笑い。誰かと思えばそれはワイトさんで、えー君が怪訝な顔をしながら見れば、ワイトさんは「申し訳ない」と肩を竦める。

 

「別に、嘲笑した訳ではないんだよ。ただ…茜さんもそうだけど、君は女神様達と親しいんだなと思ってね」

「…まあ、否定はしない。しないが、それと笑みとに何の関係が?」

「女神…いや、為政者というのは、ともすれば孤立し孤独になりがちだからね。たとえ仲間が周囲にいたとしても、それが心置きなく話せる、為政者ではなく個人として見てくれる相手だとは限らない。だから君達の様に、或いはここに来てはいない人達の様に、別次元には女神様にとって気を許せる相手がいるんだと思うと…少しだけ、安心したのさ」

「…ワイトは、違うのか?」

「どう、だろうね。私としては、そう在りたいと思っているけれど…私は軍人で、ブラン様は女神だ。明確な上下関係が、立場の違いがある以上、一線を超えられていなかったとしても……それは、仕方のない事だよ」

 

 仕方ない。そう語るワイトさんの顔は…なんていうか、大人って感じ。良く言えば弁えてる、悪く言えば…踏み出さないで、そのままでいる事を選んでる、って感じかなぁ。そんな、最近のえー君みたいな雰囲気があって…数秒後、今度はえー君が肩を竦めた。

 

「…ブランは基本物静かなタイプだが、本質はむしろ逆、熱い人間…もとい、女神だ。常識も節度も合理性も理解した上で、必要とあらば蹴っ飛ばすタイプだ。そっちの次元のブランがどうかは分からないが…俺の知るブランなら、真摯に思ってくれる近衛の長に、一線を引いて接するなんて事、しないだろうが…な」

「……そうだね。うん、そうだろう。まさかブラン様の事で、私がこうも言われてしまうとは…これでは帰った後、ブラン様に『お前もまだまだわたしの事を分かってねぇな』と言われてしまうだろうね」

「…ワイトは大人として、軍人として、無難な答えを選んだだけだろう。それを分かっていながら、思わず余計な口を挟んだ。茜、どうやら俺もまだまだ大人としては未熟らしい」

「え、今更……」

「…素の反応は止めてくれ…普通に刺さる……」

「でも大人っぽさばっかりのえー君より、どこか大人になり切れないえー君の方が素敵だと思うゾ!」

「あぁ、うん…茜はほんと、昔から変わらないな……ある意味、昔から大人だったって事かな…」

 

 やっぱりブランちゃんの事だからか、珍しい事を言ったえー君。その言葉通りなら、ワイトさんは敢えて、当たり障りのない言い方をしたって事で…そーかもしれないね。多分ワイトさんは、私達より大人だし。後、私が昔から大人だったとは…漸く気付いたんだね、えー君…!……なーんて、ね。

 

「…さっきのアイと茜もそうだけど…次元を超えた繋がりとか友情とかっていいわね。イリゼが嬉々として話すのも理解出来るわ」

「そッスね、いいもんだと思うッスよ。…ところで…影、ウチのどこが変な性格だって言うんッスか?」

「どこ?どこも何も……」

「何も…?」

「…いや、いい。変である事は悪ではないし、女神となればそれも時に長所だろうさ。気付かずにいられるなら、それも一つの正解だ」

「いや、深い事を言ってるようでその実かなりふわっとした発言ッスね!具体的な内容皆無ッスよ!?後、指摘された時点で気付かずに、はもう無理なんスけど!?」

「…ふぅ……」

「なんでこの流れで呑気に茶しばいてるんスかねぇ!?さっきの意趣返しッスか!?」

「茶をしばくって…さっきの馴れ初めもそうだけど、貴女時々言葉のチョイスがおかしくない…?」

 

 多分その通り。やっぱりまた大人になり切れないみたいで、さっきのお返しをしているえー君。で、なんかすぐ話がシフトしちゃったけど…ブランちゃんの言葉には、私も同感かな。

 

「…さて、では改めて、私も印象的だった事を話しましょうか。ですが、私の次元は人同士の争いも多く、あまり愉快な話題は出来ません。それでも宜しいですか?」

「構わないわ。でも、お手柔らかにね」

「じゃ、その次はえー君だね。お茶菓子も出してもらったんだから、ちょっと位は話をしなきゃ駄目だよ?」

「俺にそんな話なんて…と、思ったが…学生だった頃の、比較的マシな話位はしてみるか…」

 

 それからは、ワイトさんとえー君が自分の経験の事を話す。前置きの通り、ワイトさんの話はゾンビ…的な存在との戦いっていう、きょーみは引かれるけど全然明るくはない話で、えー君もえー君で何故か麻雀っていう学生生活とはかけ離れた事を話していて、全体的に盛り上がる感じはなかったけど…ブランちゃんはどっちの話も、しっかりと聞いていた。そして……

 

「ふぅ…濃ゆいわね、どっちの話も。やっぱり聞いてみて正解だったわ」

「確かに濃かったッスねぇ、まさかワイトの話だけでなく、影のどうでも良さそうな話すら、段々深くなっていくとは……」

「世の中何があるか分からない…まさにその通りだったわね。だから…ワイト、影、話してくれてありがとう」

「…いえ。私も信次元のブラン様と話す事が出来て幸せです」

「俺は礼を言われる程の話はしてないんだが、な。…少し、席を外す」

 

 二人の事を見て、真っ直ぐお礼を言ったブランちゃんに、ワイトさんはこちらこそ、と返す。えー君の方は、いつも通りの返し方で…でもその後、おもむろに立って廊下へ行く。

 それに私は、何となく感じるものがあった。だから私も「ちょっとごめんね」と言って、えー君を追う。追って、廊下で呼び止める。

 

「…えー君、大丈夫?」

「…何がだ、茜」

「心が、だよ。…どっちにしても後悔するだろうとは言ってたけど…こっちの方が、より後悔する選択じゃ…なかった?」

 

 前に立って、じっとえー君の目を見つめる。見返すえー君の目は、私の方を向いているけど、どこか遠くを見ている感じで…ぽつりと呟くように、言う。

 

「…正直、思っていた以上に…覚悟していた以上に、辛いものがある。ありがとうなんて…感謝の言葉で潰されてしまいそうになるなんて、思いもしなかった……」

「えー君…」

「それに…やっぱり、堪えるな…またブランと話せるのは、手を伸ばせば届く場所にブランがいるのは……」

 

 語るえー君の顔は辛そうで、声は普通…のようで、どこか震えてるような感情が乗っていて…けど、続ける。でも、と言って…えー君の言葉は、続く。

 

「…でも、大丈夫だ。分かったから、伝わったから。…ここにいるのは、信次元のブランだ。同じブランではあっても、俺の知っている…俺が過去にしてしまった、ブランじゃない」

 

 ロムもラムもそうだ。皆きっと、そうなんだろうな。…そう言って、えー君は小さく笑った。

 きっと誰も、この笑みの意味は分からない。でも、私には分かる。…ちゃんと、しっかりと、違うって分かったからこそ…自分の業を、背負ったものを、降ろそうとしないで済みそうだって。それは安心して笑うなんて…ほんと、えー君はえー君だね。

 

「…じゃ、戻ろうか。あんまり長いと、心配されちゃうよ?」

「まだ出て数分も経ってないだろ…まぁ、そんな長く離れてるつもりもないんだけどな」

「あ、それか外でやってるっていう、雪だるま作りに参加する?大人気なく、やたら凄いの作っちゃう?」

「そんな恥ずかしい事誰がするか…後、面子的に返り討ちになるかもしれないぞ…?」

 

 そんな風に、ちょっと冗談めかして私はえー君と応接室に戻る。えー君の答えを聞いて安心したし…確かにそうだって、私も思った。…私だって、色々思う事はあるけど…私より辛いえー君がそう答えを出したんだもん、私もしっかりしないとだよね。

 そうして戻った後、また私達は暫く話をした。戻った時三人は、それぞれのルウィーの違いについて話していて、これが意外と盛り上がっていた。だから私達もそれに参加して…雪だるま作りの後、ういろうを食べたらしいぜーちゃん達がまた来るまで、その話は続くのだった。ルウィーの違いなんて、そこまで凄い話じゃないけど…悪くない話だよね。だってこれも、私達が信次元に来たから…次元を超えた繋がりがあっての話なんだから。




今回のパロディ解説

・「〜〜一回転すると〜〜それが雪玉〜〜」
天元突破グレンラガンの主人公、シモンの名台詞の一つのパロディ。いつしかイリスも手を変化させたドリルで天を…突いたりする事はないでしょう。多分。

・雪だるま、君に決めた
ポケモンシリーズ全体における、代名詞的なフレーズの一つのパロディ。特にタイトルのパロディですね。しかし雪だるまといっても、ガラルヒヒダルマではありません。

・ファースト幼馴染み、セカンド幼馴染み
IS〈インフィニット・ストラトス〉のヒロインの一人(二人)、篠ノ之箒と凰鈴音の事。しかし性格的には、一人目二人目が逆の方がパロディ元と近そうですね。

・討滅兵装
デート・ア・ライブに登場する兵器の一つ、リコリス・シリーズの事。デート・ア・ライブが好きな私としては、中々記憶に残っている展開だったりします。

・新時代を創る歌姫
ONE PIECEに登場するキャラの一人、ウタの事。ウタとウチ、二文字の内片方が同じだけなら色々ありそうですが、タとチなので、実はやっぱり近い訳ですね。

・メガテン、ニュートラル
女神転生シリーズ及び、その作中におけるルートの一つの事。女神なのにニュートラル…というのは、私の勝手なイメージです。そもそもロウは色々極端ですしね。


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第十四話 煌めきの開花

 アイドル。人々から注目を集め、期待と声援を浴び、憧れの対象として…時に偶像として、思いを受け取りその思いに応える存在。その在り方は、ある意味で女神の持つ『理想の体現者』という側面とよく似ている。それ故に、信次元の女神は犯罪組織との戦いの後、疲弊した人々と社会を元気付ける為、偶像(アイドル)としての活動に踏み切った。それは同時に、犯罪組織の残党を誘い出し、残り僅かな戦力を一掃する作戦の為でもあったが…大規模なライブは、期待した通りに、想定した以上の結果を収める事に成功した。

 当初の目的は、その成功一つで達成していた。幾らシェアエナジー獲得の面でも親和性が高いといっても、女神の本分は守護者であり指導者なのだから、続ける必要性はなかった。…だが、女神達はそうしなかった。散発的にではあるが、女神達は一度限りの機会とはせず、続ける事を選んだ。それは続ける事を望んだ者が多く居たからであり、想定以上の社会的効果を得られたからでもあり…何やり女神達自身が、アイドル活動に…女神としての活動とは違う思いを浴びる事に、舞台上で感じる熱量に、嘗てない高揚感を抱き、続けたいと思ったからであった。

 そうして時に各国それぞれで、時に合同で、不定期ながらも続けられているアイドル活動。そしてその活動は今…新たなステージへと踏み込んだ。……の、かもしれない。

 

 

 

 

 折角信次元に来たんだから、毎日充実した時間を過ごしたいよね!…と思ってる私だけど、意外とそれも難しい。というか、一日中充実してる…っていうのは、流石に無理。

 でも別に、無理に充実させなくたっていいよね、とも思う。何気ない時間を過ごすのも良いと思う。例えば…神生オデッセフィア教会の中で、のんびりするとかしても…ね。

 

「違う次元でも、同じようにTVがあって、内容は違ってても、同じようなジャンルがある…こういうのって言い出したらキリがないけど、何だか不思議だなぁ…」

 

 柔らかいソファに座って、私は呟く。ぽちぽちとリモコンを操作しながら、のーんびりと。

 

「あ、ルナ。何してるの?」

「あ、ピーシェにビッキィ。見ての通り、TV見てるんだ。色々やってるよ?」

『こちらが話題の唐揚げです!どうやらこのソースにはある秘密があるらしいですが…早速頂いてみましょう!』

『そう、この時間帯でそれが出来たのは一人しかいない。…無差別連続膝カックン事件、犯人は貴方だ!』

『まだまだ私、ルーラードオリジンの防衛ロードは続く!応援してくれる皆の為に、続けてみせよう!』

『絶賛放送したいアニメ、双極の理創造はスポンサーや製作委員会を募集中!ついでに文庫化やらその他諸々も募集中だ!』

「……普通の休日感が凄いな…」

 

 何か見る?と思って小首を傾げたら、ビッキィに苦笑いをされた。…まぁ、否定はしないけど……。

 

「…一応言っておくけど、何もずっとTV見てる訳じゃないよ?色々検索してみたり、本棚を漁ったり、今日は色んな事してるんだから」

『尚更普通の休日が凄い……』

 

 二人の反応に、なんだか不服な気分になる私。別に非難されてる訳じゃないけど、何かこう…見返したい気持ちが湧いてくる。むむむ…のんびりしてたのは事実だけど、ただだらだらしてた訳じゃないんだからね…!…そうだ、さっき面白い動画見つけたし、それを見せれば少しは見方も変わってくる筈…!えーっと、さっきの動画は確か……。

 

「…って、あれ…?なんだろうこの、急上昇検索動画って…えっと、何かのPV……」

「……?ルナ、いきなり固まってどうし──」

「えぇぇぇぇぇぇッ!?」

『えぇぇッ!?な、何!?』

 

 怪訝そうなビッキィの声が聞こえた直後、私は叫ぶ。びっくりして、仰天して、思わず持っていたタブレット端末を落っことしそうになった位、びっっくりする。

 それに、私の叫びに二人も驚く。続けて「いきなり何!?」って視線を向けられるけど…仕方ない、仕方ないもん!だって、だって……

 

「これ、茜とイリゼとアイじゃん!え、な、何…三人共、アイドルデビューしたの!?」

『はい!?』

 

 答えなんか返ってくる訳ないのに、それでも私は端末の画面に向けて問う。その結果、二人には余計唖然とされる。

 勘違いじゃない。見間違いでもない。確かに、間違いなく…PVというカテゴリになっているその動画に映っていたのは、私の知る三人だった。その映像の中で三人がしているのは……どう見ても、アイドルっぽい歌と踊りだった。

 

 

 

 

 教会の一角、多目的ホール。文字通り、色々な目的で使うこの部屋に今、私はある二人と共にいる。

 

「さて、と。まずは来てくれてありがとね、アイ、茜」

 

 最初に来て待っていた私は、来てくれた二人に対して感謝を伝える。これから行う事に参加してくれる…私と同じ立場に立ってくれる、二人に向けて。

 

「でも、本当に良かったの?誘った私が訊くのもアレだけど、二人共そんなに乗り気じゃなかったよね?」

「ううん、私的には割と面白そうだって思ってたよ?ただ、誘われた時点じゃぜーちゃんの態度がね……」

「翌日も翌日で変な態度だったから気が乗らなかったッスけど、ウチもやる事そのものはそんな嫌じゃないって感じッスね。注目を浴びるのはもう慣れっこッスし」

「う…いやほんと、あの時はごめんね…」

 

 ねぇ?…と顔を見合わせる二人に対し、私は謝る。本当に、我ながら何故あんな態度になってしまったのか…。…まぁ、この件自体あの場のテンションから思い付いたようなものだし、そういう意味じゃ完全な失敗とも言い切れないんだけど…。

 

「なら、改めて…二人共。私と一緒に立ってくれる?私とトリオユニットを…組んでくれる?」

「勿論ッス」

「こっちこそお願いね、ぜーちゃん」

 

 こくり、と深く頷く二人。その反応に、肯定に、私は安堵し…心の中で、燃え始める。二人がその気になってくれたんだから、これは成功させたいって思いが。まだ、どこをゴールにするかは決めていないけど…二人と共に、歌いたいって気持ちが。

 

「…けど、幾ら何でも即本番とかじゃないよね?ぜーちゃんやシノちゃんは注目を浴びる事に慣れてるかもしれないけど、私は一応普通の…あー、いや……」

『……?』

「…とにかく、即本番は流石に無理かな。音楽の先生だったって訳でもないし」

「や、ウチだって歌や踊りには慣れてないッスよ。そういう事とは、これまで無縁だったッスからね」

「いやいや、流石に私もそんな事は言わないって。やる以上は、胸を張れる内容にしたいし…誰かに見てもらう、聞いてもらう為のものなら、手抜きなんてしたくないからね」

「ならそこは安心だけど…歌とか踊りとかって、ぜーちゃんが教えてくれるの?」

「あ、うん。一応曲は、私のシングルである『New Past Alternative』のアレンジバージョンにしようと思ってて、基本は私が教えるつもりだけど…実はこれの為に、強力な助っ人を用意しててね」

『助っ人?』

 

 小首を傾げる二人に対し、私はふっ…と笑う。私の人脈を駆使して集めた、信頼のおける助っ人がいるのだと、二人に言い切る。

 そして私は、待機してもらっていた助っ人を呼ぶ。入ってきて、そう私が呼び掛けると、扉が開き…助っ人が、選りすぐりのスタッフが、姿を現す。

 

「まずは一人目…マネージャーの、影君だよ!」

『いきなり身内!?』

 

 綺麗にハモった突っ込みの中、平然と入ってくる影君。…別に、ギャグじゃない。一回冗談を挟んでからちゃんとした人を紹介するとか、そういう事ではない。

 

「今回君達のマネージャーを務める事になった凍月影だ、宜しく頼む」

「わー、既にキャラ作ってきてる…えー君がマネージャー…?いや、マネジメントは出来ると思うけど…」

「茜に恥をかかせる訳にはいかないからな。やれる限りの事はやるさ」

「マネージャーッスか…頼むッスよ、影。昨今のマネージャーは担当してたアイドルの幽霊が見えたり、嘘を輝きとして見抜けたりと多彩ッスから、影にもそれ位のポテンシャルを期待してるッス」

「何故初めに求めるのがそんな飛び道具なんだ…まあ、嘘位なら大体は見抜けるが」

「…どの位見抜けるんッスか?」

「まぁ、私とぜーちゃんなら高確率で見抜かれるんじゃないかな。シノちゃんはまだ読み辛い方だと思うけど、気を付けないとあっという間に手玉に取られちゃうよ〜」

「えぇ…?なんでマネージャーの最初の情報が、『油断すると手玉に取られる』なんスか……」

「っていうか私は高確率で見抜かれるの…?」

 

 変なやり取りから、いつものように脱線…と思っていたら、何故か流れ弾が私の方へ。…いや、まぁ…確かに本気で駆け引きしようと思ってない限りは、見抜かれそうな気もするけど…それはそれとして、明言はされたくなかった……。

 

「それよりイリゼ、まだ紹介が残っているんだろう?」

「あ…う、うん。じゃあ、次は二人目……トレーナーの、ワイト君!」

『と、トレーナー…?』

 

 気を取り直し、私は二人目を…二人目の助っ人を呼ぶ。するとすぐに、ワイト君は入ってきて…頬を掻いた。本当にやるんですね、とばかりの表情と共に。

 

「えー…トレーナーを仰せつかりました、ミスミ・ワイトです。芸能関係は全くの素人な筈ですが……イリゼ様たっての頼みという事で、やる以上は尽力させて頂こうと思います」

「トレーナー…ワイトっていうと、前の時のスパルタっぷりを思い出すッスね……」

「っていうか、トレーナーなのにいぶ君とかあい君じゃないんだね」

「や、二人は『ポケモン』トレーナーだし…ポケモン感覚で指導されたい…?」

「逆に軍人さんからの指導ならいいの?」

「……ま、まあほら!ワイト君も、芸能は素人でも指導の経験自体は結構あるって話だし!適切な休息の取り方とかストレッチの仕方とか、そういう方面での指導も期待出来るし…!」

「…あの、イリゼ様…何気にハードル上がっていません…?」

『けどまぁ、ワイト(さん)なら何だかんだ上手くやってくれそうなイメージはある(ッス)ね』

「意図的にハードルを上げるのも止めて頂けませんか…!?」

 

 何か、二人目にして無理な人選みたいな雰囲気になっちゃったけど、一応二人も納得してくれたみたいだから問題なし。…いや、ほんとふざけてないよ?私本気だよ?本気なら尚更その道のプロに…っていうのもご尤もだけど、さっき言った通り指導はある程度私も出来るからね?トリオ用への組み直しの方は、流石にプロに依頼済みだし。

 

「皆さん、努力はしますがあまり期待はし過ぎないで頂けると助かります……」

「大丈夫ですよ、最終的に頑張るのも、指導をプラスに出来るようにするのも私達の方ですから。…こほん。三人目、最後の助っ人は…プロデューサーの、ズェピア君です!」

『ずぇ…ズェP!?』

「ズェPは止めてくれ給え…そんな力の抜けそうな呼び方は御免被るよ……」

 

 三人目にして遂にボケに転じる二人。流石は二人というかなんというか、妙な呼ばれ方をされたズェピア君は何とも言えない顔をしていた。…ズェP…変だけど、ちょっと言いたくなる響きではあるかも…。

 

「…では、改めて…今回は監督ではなくプロデューサーとなったズェピア・エルトナムだ。役目は違えど同じ舞台を作る裏方として、最大限助力させてもらうよ」

「監督…そういえば、カットとかリメンバとか言ってたッスね。つまりこの中じゃ一番今回の事に精通してる訳ッスか」

「演出という意味では、多少はね。後、リメンバではなくリテイクだね。それではどこぞのカードになってしまう」

「プロデューサーかぁ…マントでいいの?」

「ははは、愉快な事を言うね。カーディガンを羽織っているプロデューサーなんて今の時代いないだろうに」

「え、いないの…?」

『えぇぇ……?』

「いやでも確か、最近もプロデューサーというだけでその姿を想像される刀剣が話題に……」

「それもイメージの話だからね、ぜーちゃん…」

 

 分かってる、それがレトロスタイルだって事は。けど今も、一つのスタイルとして継承されている筈…だってレトロという事は、それだけ歴史があるんだから…!……と、思った私に向けられる、呆れ気味の視線。…むぅ…ちょっと誤解してただけなのに…。

 

「で、最後って事は、助っ人はこの三人なんッスか?」

「あ…うん。マネージャーに、トレーナーに、プロデューサー…戦力としては、十分でしょう?」

「何を以って十分なのかはさっぱりだけど…えー君達が協力してくれるなら、尚更頑張らないとだね」

「うんうん、その意気だよ茜。…二人は素人だし、私としても楽しくやれればそれで、って感じもあるけど…やる以上は手抜きなしで、本気でやりたいって思ってる。だから…二人共、ついてこれる?」

「あはは、やだなぁぜーちゃん。私の事、軽く見てっちゃ困るよ?」

「そこで無理そうだからやっぱり止める、っていうウチじゃないッスよ。やるなら半端な気持ちより、本気でやった方が何でも面白いッスしね」

 

 ついてこれる?…そう問いた私へと返ってきたのは、自信を帯びた小さな笑み。それは私の期待した通りの答えで…楽しみだ、そう素直に私は思える。私だって別にこの道のベテランとかじゃないし、どの程度までやれるか分からないけど…だからこそ、挑戦し甲斐があるというもの。どこまで行けるか分からない…それは、未知数って事でもあるんだから。

 

「こほん、じゃ…影君、ワイト君、ズェピア君…この通り、私達はプロを目指す…訳じゃないけど、本気だよ。だから、変な遠慮とかせず、びしばし指導してね?」

「言われなくてもそのつもりだ。加減は苦手だからな」

「イリゼ様自身がそう仰るのでしたら…そうさせて頂きます」

「ふふ、そう言われてしまったら手抜きは出来ないね」

 

 予想通りの、三人の反応。成功にはこっちサイドのやる気や努力は勿論だけど、手助けしてくれる人達の力も必要不可欠。だから私は頭を下げ、お願いし…了解を受け取る。

 そうして、まずは私の曲を聴いてもらい…そこから私達が活動が始まった。

 

 

 

 

「最後にここで…ターン!」

「ほっ…!」

「よっ…!」

 

 曲のラスト、ターンと共に私達は中央に集まる。位置、タイミング、速度、角度…どれか一つでも誤れば締まらない、或いはぶつかってしまう難所の一つで……けれど完璧に、狂いなく最後のターンが決まる。

 

「…流石は皆さんですね。ダンスに関しては、非の打ち所がありません」

「ふぅ…ありがとう、ワイト君。けど、本当に大丈夫だった?」

「えぇ。ですが、今のはあくまで目立つ問題点はないという意味です。お三人の身体能力を考えればまだまだ伸び代はある筈ですし、更に練習は重ねるべきかと」

「ま、そッスよねぇ…」

 

 トレーナーであるワイト君の言葉を受けながら、私達は小休憩。ぐっ、とスポーツドリンクを飲んだアイは、ワイト君の指摘に頷いてから後頭部を掻く。

 

「歌唱練習の方は、上手くいっていないので?」

「や、上手くいってない訳じゃないッスよ?ただ、ダンスの様にはいかないというか…」

「うん、分かる。ダンスは割と感覚でいけるんだけど、歌はそうもいかないんだよねぇ」

 

 アイの言葉に、茜も続く。それを聞いて、私もうんうんと頷きを返す。

 分かる。戦闘とダンスは色々違うけど、手や足の先まで意識を向ける事や、相手や味方との距離を掴んで位置取りを行う事みたいに、戦闘技術を活かせる部分は色々あるし、その戦闘において二人は卓越した力を持っている訳だから、上手く進められるのも納得のところ。けどダンスが順調に出来れば出来る程、絶対的に見たら悪くなくても、相対的に見れば歌の上達が鈍いように感じられるのも仕方のない事で…それは私も通った道。というか、今現在の私だって少なからず同じ感覚は持っている。

 そして、私はこの感覚への対処方法を、今も見つけられていない。歌唱練習だけしていれば差は縮まるけど、振り付け練習はやらない、というのは解決策として明らかに悪手。だからとにかくやる、大丈夫だって自分に言い聞かせる位しか対策もなくて……

 

「なら、良い方法がある」

『わっ…!』

 

 いきなり背後から聞こえた声。びっくりした私達が振り向けば、部屋の入り口…開いた扉に軽く背を預けた影君が、腕を組んで立っていた。…い、いつの間に……。

 

「マネージャー君、良い方法って?」

「…マネージャー君…?」

「折角だからそう呼んでみようかな〜ってね」

「そうか…まあ、悪くはない」

「いや、夫婦仲良しアピールしてないで、良い方法について話してくれないッスかね…」

 

 にこっと朗らかに笑う茜に対し、影君は小さく…微かに笑う。けどまあアイの言う通り、私達としてはそれを見せられても仕方がない訳で…言われた影君は、こほんと一つ咳払い。

 

「歌の上達が芳しくないように感じている理由は、単純明快。三人が自分達の歌を、技術力を正確に把握していないからだ」

「それはまあ、そうッスね」

「という訳で、これだ」

 

 そう言って、影君が出したのはバケツ。一見どこにでもありそうな、青いバケツで…あ、そういえばバケツを被って歌うと、自分の歌がよく聞こえるって言うよね。……って、

 

『方法が超基本的!?』

「基本を疎かにする者に上達はない。だろう、トレーナー」

「あ、影君もそれに乗るんだね…えぇ、彼の言う通りです。小手先の技で飾り立てるより、基本の部分から鍛える方が余程お三人の為になるかと」

「や、それはそうだけど……二人共、やる…?」

 

 二人の言う事は正しいと思うけど、バケツを被る事には抵抗がある。だってバケツだし。某大作RPG的に言うと、かっこよさが−40位になりそうだし。…けど、私も二人もやれる事があるのにやらない、というのは嫌で…だから意を、決する。

 

「あぁそうだ、そのままで振り付けの練習もするといい」

『このままで!?』

「いいですね。どちらにせよ最終的には目で立ち位置や動きを逐一確認せずともやれるようになる必要があるでしょうし、お三人なら出来る筈です」

『えぇぇ……』

 

 違う、そうじゃない。バケツを被って踊るのが恥ずかしいんだ。…いや、出来る出来ないの問題もあるけど。……と、いう視線で私達はトレーナーとマネージャーを見るものの、二人の方はどこ吹く風。アイと茜はともかく、私に関しては協力を頼んだ側な以上、無茶苦茶過ぎる事でもなければ突っ撥ねるのも気が引けて…結果、やる事になってしまった。バケツ被りガールズトリオになってしまった。

 

「ウチ、外見は気にしない方ッスけど…流石にこれは分かるッス、絶対ないって……」

「これあれかな、こんな恥ずかしい格好を続けたくないなら、さっさと上達する事だっていう、そういう意味での指導かな……」

 

 げんなりした顔でアイも茜もバケツを被り、私も乾いた笑い声を漏らした後にバケツを被る。既に私達は最初のポジションについていて…聞こえてきた曲に合わせ、歌と振り付けを開始。

 そうして聞こえてくる、バケツ内で反響した自分の声。確かに普通に歌うより、ずっと自分の声がよく分かって…思っているよりは、上手く歌えている…ような、気がする。

 

(……っ、危な…っ!)

 

 曲は進み、サビの部分へ。歌もダンスも一番激しく、難度も高い部分に入って…ある時、不意に感じた危機感。反射的にスピンを、元の振り付けから離れ過ぎない程度にそれから避ける動きを取れば、靴のゴムと床とが擦れるキュキュッとした音と、素早く何かが動くような風を感じて…大体分かった。アイと茜、どっちかまでは分からないけど、私は接触しかけたんだって。

 危なかった。見えない状況で接触すれば、お互い転んでた可能性も高い。…でも、同時に良い経験になった。見えている時は気付けない、曲の中での『ぶつかり易い場面』を、視界を塞ぎ、音も自分の声以外は聞き取り辛い状況を作る事で、身を以て把握する事が出来た。…もしかすると、この把握も二人の狙っていた事…かもしれない。

 

「ふー、何とか踊り切れた…って、わー…やっぱりそこそこズレてるね…」

「ま、そこは仕方ないッスよ。第一メインは歌の方ッスし」

 

 普段より長く感じる時間を経て、曲が終わる。今のがどの程度プラスになったかはまだ分からないけど、いつもよりは自分の歌がよく聞こえたし、学びもあった。終わった瞬間の位置が多少ずれてしまっているのも、バケツを被ってた事を思えばむしろ上出来って程度にしか狂ってなくて……

 

「諸君、お疲れ様。顔を隠そうと、溢れ出る魅力は隠せない…そう思わせてくれる光景だったよ」

『うわぁ!?』

 

 バケツを取り、見ていた二人にどうだったか訊こうとする、訊こうとしたその時、再び聞こえたこの場にいない筈の声。そして開けた視界で見れば、見ているのは二人しかいない筈のこの場にズェピア君が、三人目がいて……私達は仰天した。するよ、そりゃ仰天する。だってバケツを被ってる間に、一人増えてたんだから。

 

「おっと、驚かせてしまったかな?」

「しまったかな?じゃないよ…!?影君もだけど、なんで普通に入ってこないかなぁ…!?」

「いや、普通に扉から入ってきたんだが…」

「入室方法じゃない事位分かってるよねぇ…!?」

 

 びっくりして危うく尻餅を突きかけた私達を尻目に、助っ人三人は何やらコンピューターを操作中。そんな三人を私達が恨めしさを込めてじーっと見ていると、影君はこほんと一つ咳払いし、想定外の事を言ってくる。

 

「さて、ここで一つ謝罪する。基本を掴む方法としてバケツを出したが…あれは嘘だ」

『へ…?』

「だからここからはこの映像を見てもらって……」

「ちょ、ちょちょちょ!いや、何がどうして『だから』なの!?説明は!?」

「見れば分かる」

「うっわ…典型的な、学ばさせるのに説明を使わないタイプッスね……」

「うん、えー君はそういうタイプだからね…」

「ははは、では私が代わりに説明しよう。…と、いってもそう複雑ではなくてね。君達が通しでやっている間、その姿を撮らせてもらっていたんだ」

 

 軽く笑い、代わりに話してくれるズェピア君。撮っていた、という事に対して私達が「何故?」と思えば、だろうねとばかりな説明が続く。

 

「自分の事を知るには、自分を客観的に見るのが一番良い…というのは分かるね?」

「…つまり、考え方じゃなくて、実際に映像で自分達を客観的に見ろ、と?」

「そういう事だよ、イリゼさん。という訳で、ご覧あれ」

 

 くるり、と私達側に向けられるコンピューター。納得のいく説明を受けた私達は、その画面に映る自分達を……

 

「…って、うん…?」

「いや、これ…なんでフルCG化されてるんッスか…?」

 

…と、思いきや、映っていたのは私達の面影ゼロなCG三体。…訳が分からない…。

 

「まあ、一先ず見て下さい。これに関しては、今はまだ説明する訳にはいかないんです」

 

 私達は困惑する一方、三人の方は全員ちゃんと分かっている様子。訳有りなら仕方ない、と取り敢えず私達は見る事にし…次第に、気付く。

 

「…これ、声は間違いなくウチ等、ッスよね…?」

「うん…結構、上手いね……」

 

 呟く二人に、私も頷く。声は確かに私達のものだけど、見た目が丸っきり違うから…というか、丸っきり違う分、余計に「あれ?これ、私の歌?」…って感じる。自分で想像していたよりも、上手だって感じられる。

 

「自分を客観的に見る…これは言葉で言うよりもずっと難しい事だからな。…だが、それならば別人にしてしまえばいい」

「見た目が完全な別人なら、自分への思い込みなく見る事が出来る…これはワイト君の発想でね。その為のプログラムを、私と影君で組んでみたという訳だよ」

「そういう事だったんだ…じゃあ、バケツは要らなかったんじゃ…?」

「バケツは撮影用のカメラや、撮る事で客観視するという目的を隠す為の小道具です。知ってしまっていると、自然な動きや思考の邪魔になりますからね」

「はえ〜…でもそれなら、目隠しとかでも良かったんじゃないかな?バケツだと、声がくぐもっちゃって聞き取り辛いもん」

「目隠しでは、皆さん『何かある』と思われるでしょうから…それに何より、目隠しして踊る女性三人を撮るという、非常に宜しくない状況が生まれてしまうので……」

『あー……』

 

 バケツ被った女性を撮るのも相当なもの…というのはさておき、それは確かに…と私達は揃って苦笑。何にせよ、三人の計らいによって私達は、自分達の歌をかなりまっさらに近い状態で聞く事が出来て……なんだか、自信が持てた。私もだけど、完全に素人な二人はもっと、確かな自信を得られたと思う。

 

「…よし、じゃあ練習続けよっか。建前だったとはいえ、バケツの反響で分かった改善点とかもあるだろうしさ」

「だね。もっと完成度を高めてきたいし、ビシビシ指導お願いね?」

「プラスになるんだったら、色々試してくれても構わないッスよ」

 

 映像を見終わった私達は頷き合い、早速練習続行への意思を見せる。勿論、とばかりに助っ人三人も頷いてくれる。

 この意欲、このやる気がありがたかった。元々のセンスとか、身体能力の高さありきな部分もあるだろうけど、熱意を失ったり後ろ向きになったりせず、頑張ってくれる二人だから、私も絶対成功させたいって思えて…それをサポートしてくれる三人の存在も、やっぱりありがたい。

 だからこそ、私は思う。二人に声を掛けて良かったって。三人に助っ人を頼んで、正解だっ……

 

「…なら、次は外だな。どれだけ緊張感を持とうとしても、屋内じゃ失敗しても、何かミスしても困らないという意識が生まれる」

『え?』

「確かにそれもそうですね。バケツを被っていれば誰なのかは分かりませんし、周りもストリートパフォーマンスの一種だと思ってくれるでしょう」

『え…?』

「いやはや、お二人共中々厳しいね。…ならば、万一に備えて対策はしておこう。怪しい輩に絡まれる程度の問題なら、どうとでもなるように、ね」

『え……?』

 

 ぽかんとした顔で私達が固まる中、何やらどんどん進む次の訓練計画。私達からの意見は聞かないまま…というか、挟む間もなく内容は決まっていき……再び差し出されるバケツ。

 

…………。

 

「…ろ、ロケの練習しようかロケの練習!こういう今はまだ不要に思える事でも、意外と今の自分の成長に直結したりするものだし!」

「そッスね、ウチ前から食レポに興味があるような気がしてたんスよね!」

「そうと決まれば善は急げ!マネージャー君達、私達ちょっと行ってく──」

「仕方ないな。じゃあ今後に向けてより多くの意見を得る為に、今し方撮った映像の無加工版を配信するとしよう。ついでに各次元にも送り付けてみるか…」

『ちょっと!?』

 

 顔を見合わせ、全会一致で逃走を図る事にした私達。けれど次の瞬間、私達にとっては赤っ恥な映像の流出を…それも普通に外でやるより遥かに広範囲に広がりそうな可能性を示唆されて私達は戦慄。いやいやまさか、流石にそれは本気じゃない筈…と思いたい私だけど、ここにいるのはスパルタ実績のあるワイト君に、容赦も遠慮も皆無な影君に…なんというか、その気になったらほんとにどんな事でもしそうな気がするズェピア君。この三人を思えば、更に私自身が「遠慮せず」と初めに言った事を考えれば、ちゃんとプライバシーは保護される前提で流出位しそうなもので……人選を間違えたかもしれない。冷や汗が垂れるのを感じながら、ここにきて私はそう思うのだった。

 

 

 

 

 グラビアじゃないんだから、歌と踊りは必須。…まぁ、二人ならそっち方面でも申し分なしにいけるとは思うけど、取り敢えず今回するのはそういう事じゃない。

 でも、歌と踊りだけあればいい訳でもない。真に実力のある人なら、それ以外で飾ったりなんてしない…とは微塵も思わないし、それ以外の部分でもやれる事は全部やってこそ「全力を尽くす」と言えると思う。つまり、どういう事かっていうと……

 

「じゃん!こちらが本番用の衣装になります!」

『おぉー!』

 

 二人から上がる、驚きと歓声の混じったような声。歌も踊りも大事だけど…見てもらうなら、衣装だって大事だよね。

 

「凄いねぜーちゃん、ばっちり衣装!って感じだよ!」

「うんまあ衣装だからね。デザインも製作もプロの仕事だから、質の高さは保証するよ?」

「イリゼ、とことん本気ッスねぇ…曲のアレンジもプロがやってるって話ッスし、結構出費があるんじゃ……」

「大丈夫、元は取れる自信あるから」

『えっ?』

「…なんて、ね。まあ私の衣装はそのまま今後も使えるし、曲のアレンジも最悪別のメンバーでやる時に流用出来るだろうから、そこら辺は気にしないで」

 

 まさか長期的な活動を前提に…?…という顔になった二人に対し、冗談だよとばかりに私は肩を竦める。……本音を言えば、今回のアレンジは私達のもの、って事で軽く流用したくはないけど…それはまた別の話。

 

「それより二人共、一回着てみてもらえる?サイズは勿論だけど、動き辛かったり、細部の意匠が見えなくなってたりしないかを確認しないといけないからさ」

「あー、そりゃそうッスね。それじゃあ早速…」

「…うーん…分かってはいたけど、ぜーちゃんのだけ胸元の布が多い……」

「それに関しては、どうにもならないからね…」

 

 むー…という視線を向けられ、頬を掻きつつ目を逸らす私。因みに普段は女神の姿で活動している訳だけど、今回は当然女神化出来ない茜もいる訳で、その茜が浮かないよう人の姿でやる事に決めた。

 

(…ふふっ、やっぱり衣装を着ると、実感湧いてくるな)

 

 服を脱いで、下着姿になって、衣装へと袖を通す。用意した衣装は黄色と赤を基調とした、高貴さと軍服っぽさを併せ持つデザインのもので…けれど勿論、一人一人仕様は違う。

 私の衣装は黄色の割合が多目で、細部には金色もあしらえている。トップスにおける二人との違いは、胸元は少し、肩は腋までしっかりと出している事で、サイズも動き易さもダンスどころか戦闘だって出来そうな位にばっちりな仕上がり。胸に関しては、二人に配慮して出さないようにする事も考えたけど…止めた。そういう思考での妥協はしたくないし、普段の衣装だって私は開いたりしている訳だから。

 より二人と違うのはボトムスの方で、こっちは私の普段着と同じように、ミニスカートとブーツのセット。ソックスはブーツから出ない長さで注文していて…自分から発信するのは流石にちょっとアレだけど、脚は出来る限り見せていくつもり。胸や腋を見せると見せかけて、こっちでも魅せるのが私のスタンス。…ほんと、自分から言ったりするのはアレだけど…。

 

「ふふふっ、こんな格好する日が来るなんて思わなかったなぁ…♪」

 

 隣から聞こえるのは、嬉しそうな声。楽しみながら着替えているのが分かる、茜の声。

 黄色がやや多かった私とは対照的に、茜の衣装は茜が多めで、細部を彩る色は黒。私達の中じゃ唯一二の腕までの袖になっている茜は、そこから先をロンググローブで包んでいて、そこに茜が普段から時偶に見せる大人っぽさが…私やアイにはない類の魅力が表れている。胸から首にかけての部分も、私程じゃないにしろ開いていて、そこでも大人っぽさが感じられる。

 同じくボトムスも、私とは対照的。ミニスカートにブーツっていうのは同じだけど、茜はニーハイを履いていて…ニーハイに包まれた脚と、そのニーハイとスカートの合間に見える素肌の太腿、その両方が魅力的。ニーハイの脚は綺麗で、太腿に至っては…眩しい。そう表現するべき光景じゃないか…そう思わせる魅力が茜には、茜と茜の衣装にはあった。

 

「…………」

「…アイ?」

「…や、分かってはいた事ではあるんッスけど…こういうの、ウチに似合うッスかね…?」

「何言ってるのシノちゃん。そんなの考えるまでもなく、似合うに決まってるよ」

「うんうん、疑う余地なしだよね」

 

 早々に着替えた私達と違って、アイは躊躇っている…訳じゃないにしろ、自分に対して懐疑的。けど私達からすれば、そんな訳ない事であって…返しを受けたアイは、そういう事なら…と衣装に着替えていく。

 黄色の赤の割合が大体同じなアイの衣装、その細部に施された色は緑。トップスは一見、私達の中じゃ一番肌の露出が少なくて…というか実際少なくはあるけど、実はお臍が見えるデザインになっている。このチラリと見えるデザインが良くて、なまじ他の部分は隠れている部分、見えているお臍と、きゅっとしたお腹の破壊力は凄い。私が複数の魅力を同時に用いてるとするならば、アイの魅力は研ぎ澄まされた一点集中。

 そしてアイのボトムスは、私達の中で唯一のショートパンツスタイル且つ、右はサイハイソックス、左は私と同じくブーツに隠れる丈のソックスというアシンメトリー。ショートパンツなのはアイの希望で、アシンメトリースタイルに関しては、素肌の脚とソックスに包んだ姿の脚、そのどちらかにしてしまうのは勿体ないという意見で満場一致となったからであり…それはどう見ても大正解。

 

「うん、やっぱり可愛い…ううん、カッコ可愛いよシノちゃん!…っていうか、普段ももっと女の子らしい服着たりしてもいいと思うなぁ」

「…まぁ、似合ってるなら良いッスけど…普段は流石に勘弁ッスね。飾りが多いと引っ掛かり易そうッスし、ウチにはやっぱり普段のスタイルが一番性に合うんスよ」

「そう?…でもさぜーちゃん、こういう女の子程、恋すると変わったりするものだよねぇ」

「うー、ん…それは何とも言えないけど…お洒落してるアイは見てみたいよね」

「えー……」

『わー、本気で面倒そうな顔…』

 

 なんでそんな事をウチが…とばかりの顔をするアイ。いや、アイだって女の子でしょうに…とは思うけど、本人にやる気がないんじゃ仕方ない。

 

「というか、お洒落云々で言うならイリゼのそれはお洒落なんッスか?所謂、お洒落は我慢…とかいうアレで?」

「……?どういう事?」

「や、恥ずかしくないんスかね、と」

「……喧嘩売ってる?」

「あー、今回は単純な疑問ッス。だから不快だったら謝るッスよ、イリゼ」

「あ、今回は…なんだ。…二人って、妙なタイプの仲良しだよね……」

 

 それそれ、とアイが指し示してくるのは肩やら脚やら、要は肌が出ている部分。それを言うなら今のアイだって…と返したいところだけど、普段は違うと言われればそれまでだし、実際私の装いは普段の格好を踏襲している訳だから……まぁ、アイの言いたい事は分かる。

 

「…恥ずかしくないのか、って訊かれたら…それは別にって感じかな。流石に胸を大胆に出すとか、下着が見えてるとかレベルになったら私も恥ずかしいけど、肩に関しては出したところで恥ずかしくないし、脚は……」

『脚は?』

「…苦手、なんだよね…丈の長いパンツとか、今茜が履いてるようなソックスって……」

「…なんか、訊いちゃって申し訳ないッス…」

「い、いや違うよ!?脚だって別に、恥ずかしいけど無理してこういう格好してる訳じゃないからね!?いいんですー、私は女神として自分に自信があるからこういう格好も出来るんですー!」

「あはは、意地悪だなぁシノちゃんは」

「イリゼはこういうとこ真面目ッスからねぇ」

「あ……た、謀ったねアイ!」

 

 二人の反応でからかわれていた事に気付いて、かぁっと熱くなる私の頬。愉快そうにしながら距離を取るアイを追おうとした私だけど、そこで茜にまぁまぁ…と宥められる。むぅぅ…この衣装を傷付けたくはないし、茜に免じて今回は矛を収めてあげるけど…次があったらその時はしっかりお返しさせてもらうんだからね…!

 

「…でもほんと、こんな格好する事になるなんて思わなかったなぁ…ある意味、次元を超える事よりびっくりかも」

「…そこまで意外だったの?」

「意外だったの。…私、こういう華やかな世界とは無縁だったし、これからもそうなんだろうなぁって思ってたから」

『茜……』

「…まぁ、それはそれでえー君だけの花、えー君だけの私って感じで良かったんだけどね。うぅ、ごめんねえー君。私はもう、皆のあかねぇになっちゃうの…!」

 

 ちょっぴりしんみりした雰囲気を帯びる、茜の言葉。言葉の裏にある感情を感じ取った私達は、茜を見つめ…るのも束の間、急転直下で茜は影君大好き愛してるモードに。その恐るべき切り替え速度に、私とアイは苦笑い。

 

「…茜は時々、どこまでが狙ってて、どこまでが素なのか分からなくなるッスよね……」

「うん…でも多分、今は100%素じゃないかな…だってほら、煩悩…っていうか、恋愛脳が全開になってるし……」

「言われてみれば確かに…そこまで良いものなんッスかねぇ、恋って……」

「良いものだよ、シノちゃん!とても、良いもの、だよっ!」

「お、おおぅ…茜にとって凄く良いものだって事は、取り敢えず伝わってきたッス……」

 

 がしっ、と両肩を掴んで、ずいっ、と顔を近付ける茜の勢いに気圧され、アイはゆっくりと数度頷く。…まぁ、愛も恋も『誰かを思う気持ち』な訳で、そういう意味じゃ良いものであり強いもの、っていうのは至極当然な事…だよね。

 

「…っと、そうだ。二人共、動き辛いところがあったり、ここはもう少しこうしてほしい…みたいな部分はなかった?」

「ほぇ?あ、私はだいじょーぶだよ」

「こっちも特に問題無しッス」

「なら良かった。…じゃ、どうする?この格好で一回やってみる?」

 

 衣装は本番の為のものだから、不要な時は仕舞っておくのが普通。とはいえ普段練習で着てるトレーニングウェアとは色々な面が違う訳で、その感覚の違いは、衣装でダンスをする時の感じは把握しておいた方が良い。そう思って私が提案すれば、二人は顔を見合わせた後頷いて…今日もまた、練習を重ねる。

 実はもう、本番の日は確定している。どういう形で行うかも決めてある。一応、どうしてもって場合はまだ変更出来るけど…皆変えるつもりはない。…二人も私も、本気だから。プロじゃないけど…それでもその日までに完璧に仕上げて、最高のパフォーマンスを披露するって…三人で、決めているから。

 

 

 

 

 マネージャー、トレーナー、プロデューサー。それぞれ役割を設定した上で頼んだのは…実をいうと、その方が雰囲気出ると思ったから。早い話が、ノリ優先で設定した。…でも、私が助っ人を頼んだ三人は、本当に頑張ってくれた。影君は私達のパフォーマンスを細かく分析して適宜改善案を出してくれたり、私達が伸び悩めばすぐそれに気付いてくれたりしたし、ワイト君はわざわざ歌やダンスの指導について調べてくれて、元々知識のあったストレッチや、精神面含めたコンディション調整に関しては懇切丁寧に説明と指導をしてくれたし、ズェピア君は本番やそこに至るまでの行程について色々提案してくれたり…というか、私が練習に時間を避けるよう、やるべき事を色々先回りして必要な資料や情報を纏めたりとかしてくれた。頼んだ役職らしい事を、期待した以上に三人はしてくれた。……斜め上というか、常人なら無理だよねぇ!?…と言いたくなる事も、ちょくちょく強いられたりしたけど…仕方ないといえば仕方ない。だってコンセプトもスケジュールも、本業の方からしたら「舐めてんのか」って言われそうなものなんだし。だからそれを実現に持っていこうとしてくれた三人には、やっぱり感謝する他ない。…ほんと、その場その場では「それは勘弁して…!」って思ったけど。

 そんな三人の協力があって、仕事として依頼した外部のプロの力も得て、何より二人が最初から最後まで真剣に、本気で取り組んでくれて……遂に私達は、その日を迎えた。

 

「うー…流石にちょっと緊張してきた……」

「大丈夫ッスよ、茜。失敗しても恥ずかしいだけ、誰かが傷付いたり命の危機に陥ったりはしないッス」

「いやそれはそうだけども、フォローが物々し過ぎるよアイ……」

 

 舞台袖。ステージが目と鼻の先にある、演者にとっては最後の待機場所。そこに今、私達はいる。

 

「そう不安がる必要はないよ。緊張は、集中力を高める側面もある。だから少し位は緊張しておいた方がいい」

「プロデューサー…」

「いつの間にか君までその呼び方になったね、イリゼさん…」

 

 いつもの穏やかな雰囲気で舞台袖に訪れた、ズェピア君の言葉。彼に続くように、影君とワイト君も現れ、私達と三人とは向き合う形に。

 

「うん、それは分かってるんだけど…ね。…ねぇ、マネージャー…ううん、えー君。私に、勇気を頂戴。最後まで歌い続ける勇気を…」

「茜……。…いや、そんな最終決戦直前みたいな場面じゃないだろう、今は」

「むー、えー君のけち〜」

「後、一応今は三人全員のマネージャーだからな。六割の意識は茜に向けているとしても、表立って一人だけ優遇する訳にはいかん」

『六割!?過半数を茜に向けてた(の・んスか)!?』

 

 冗談なのか本当なのか分からない影君の発言。茜といい影君といい、ほんとこの夫婦はさらっと言ってくるから困るよ…!

 

「というか茜、実はもう緊張解れつつあるッスね…?」

「へへ〜、えー君が来た時点で吹っ飛んでたかなっ」

「凄まじい愛ですね…。…しかし、イリゼ様とアイ様は流石です。この段階に至っても、普段とまるで変わらないとは」

「ま、こういう類の緊張には慣れてるッスからね」

「私の場合、それに加えて初めてでもないし、ね。…けど、それでも嬉しいものだよ?こうやって、最後まで気にかけてくれるのは」

「当然です。これは皆さんだけでなく、私達にとっても『本番』なんですから」

 

 真剣な面持ちでそう言うワイト君に、それもそうだと私は頷く。舞台に出るのは、パフォーマンスするのは私達だけど、その私達を今の状態まで仕上げたのは三人の力でもあって…言うなれば私達は、三人の作り上げた作品でもあるっていう事。そして始まってしまえば、三人は何も出来ない訳で…ならきっと、私達とは違う緊張を、三人だって抱いている。

 

「じゃ、折角ッスし最後に何か一言貰うッス」

「ははは、貰う前提とはね。…けれど、そのつもりだよアイ君。…君達はここまでよく頑張ってきた。元から高いセンスを持っていた上で、現状に甘んじる事も増長する事もなく、自分を磨き続けてきた。ならば、きっと成功するだろうさ。それだけの積み重ねが、君達にはある」

「…まあ、そう気負う必要もないさ。今更出来る事はないし、あったとしても今からじゃ大した効果はない。ここまで来たらなるようにしかならないし……やれるだけの事はやった、そう言い切れる筈だ、今の三人なら。…曲がりなりにもマネージャーをやった身として…期待は、してる」

「頑張って下さい、応援しています。…では、淡白ですね…。…私は門外漢で、色々調べた今も感覚的にはまだ『合わない』と感じているようなものですが…だとしても、皆さんのパフォーマンスが素晴らしい事を知っています。断言出来ます。…一番近くで、見てきましたからね」

 

 軽いノリでアイが求めた『最後に一言』。でも返ってきたのは、軽さゼロな…本気で私達を信じてくれている三人の言葉。

 それは三人からの、真っ直ぐな思い出…熱くなる。心の中がきゅっとなる。…頑張りたいって、心から思える。思わせてくれる。

 

「…ぜーちゃん、シノちゃん、どうしよ。私さっきまでえー君の為に歌う気だったのに、今は皆の為に歌いたくなってきちゃった」

「別にいいんじゃないッスか?…ウチも、同じ気持ちッスからね」

「え!?し、シノちゃんも最初はえー君の為に…!?」

「や、違うッスけど?」

「だよね〜」

「もう完全に緊張消え去ってるね、茜…。……届けよう、三人に。私達の成果を、感謝を」

 

 スタッフさんからの、準備完了しましたという呼び掛け。それを受けて、私達は三人で、向かい合って小さな円陣を組む。

 

「信じてるよ、アイ、茜」

「こちらこそッス」

「大丈夫、私達なら…やれる!」

 

 頷き合い、私達は舞台へ上がる。中央に、スポットライトの当たる場所に…トライアングルを描いて立つ。

 視界に映る光景に、一般のお客さんはいない。何故ならこれはPV撮影であり、こちらを向いているのは撮影用の機材と、スタッフだけ……って、いつの間にかもう三人も向こうに移動してる…というか感じる。影君からの、茜への猛烈な視線が…!

 

(これが最終的に、どうなるか分からない。この場で成功するかどうかも、まだ分かりはしない。でも、今は…取り敢えず今は、二人と最後まで駆け抜けたい…!)

 

 湧き上がる情熱を感じながら、私は正面を見据える。クールに、余裕たっぷりに、でもほんの少しだけ柔らかな笑みを口元に浮かべて……アイと共に、茜の左右後方から斜め前へ。そして私達は…私達の、幕を開ける。私達が主役の、舞台の幕を。

 

 

 

 

「──可憐に過激に咲き誇る」

「──熾烈で熱烈な覇天の華」

「──ついてこれる?私達の…ヴィオレンスブルームの、ステージに!」

 

 

 

 

 熱く、熱く、熱く熱い時間。歌い、踊り、二人と心を重ねる、倒すのではなく魅了する戦い。実際には十分にも満たない、けれどその何倍にも感じる時間の中で、力の限りに私達は駆け抜け……そして、幕は降りる。

 

『はっ…はっ……』

 

 ラストのシーン、ターンし一ヶ所に集まったところで、二人の息遣いが聞こえてくる。触れる寸前まで来てやっと微かに聞こえる…その息遣いが曲へ入ってしまわないよう、限界まで押し殺した二人の息遣いと、同じように漏れる私の息の音が重なり……数秒後、撮影終了の声が上がった。

 

「……っ…ぷはぁ…!お、終わったぁぁ……」

「思わず120%位の力が出てきた気がするッス…二人共、お疲れ……」

「アイ、茜…お疲れ様ぁーっ!」

『わぁぁっ!?』

 

 終わった瞬間解ける、緊張の糸。張り詰めた状態から解き放たれ、三人全員軽くよろけて……でもその直後に、私は両手を広げて二人に抱き付いていた。再集合するように、私は二人を抱き締める。

 

「い、イリゼ?なんかテンション高いッスね…!」

「高いよ、そりゃ高くなるよ!だって分かるもん、最高のパフォーマンスが出来たって!最高の曲になったって!」

「ぜーちゃん…うぅ、そう言われると私まで感極まってきちゃうかも…!」

「わぷっ、茜までッスか…!?……でも、そッスよね…今喜ばないで、いつ喜ぶんだって話…ッスよね!」

 

 自分でも、ハイテンションになっているのは分かる。でも嬉しいんだから仕方ない。喜びたいんだからいいじゃない。そう思って抱き締めていると、茜も同じように腕を回してきてくれて…ちょっぴり肩を竦めた後、笑ったアイも続いてくれた。三人でぎゅっと、がっしりと私達は抱き締め合う。

 さっきアイが言った通り、私も二人も、全力以上の力が出ていた。これまでの限界を超えていた。結果、私達は全員汗びっしょりで、その状態で抱き締め合うっていうのはなんともまぁアレな感じがあって…でも今は気にしない。気になんてならない。

 

「ほんっ…と、楽しかったッス…!そりゃやりたくなる訳ッスよ、こんなにも高揚感に包まれるなら…!」

「すっごい疲れたけど…それ以上にじゅーじつ感がすっごいもんね!あーどうしよ、私暫く落ち着けないよ…!」

「でしょ?でしょ?…けど、ライブは…お客さんの前は、こんなものじゃないよ?もっと、もっと……凄いんだからね?」

 

 肌に張り付いた髪に、高揚した頬に、そこを流れる汗。女の子としては、あんまり積極的には見せたくない顔になっている私達だけど、その顔を見合わせ、笑い合う。思いを伝え合い、互いに残る熱を感じ合う。

 そして終わった、私達の最初のステージ。これが一度切りの『もしも』で終わるか、それとも次があるのか…そんなものは、今はまだ分かりはしない。でも…間違いなくこれは、忘れられない思い出になる。そんな確信が、私にはあって……後の事は、撮影したPVの反響次第…かな。




今回のパロディ解説

・双極の理創造
私のオリジナル作品です。完全に単なる紹介になっていますが、まあ一応パロディなので解説しております。もっと時間があれば、(完結していますが)続きを書きたいです。


・「〜〜担当していたアイドルの幽霊が見えたり〜〜」
IDOLY PRIDEに登場するキャラの一人、牧野航平の事。しかし彼は別に、その能力(?)をマネジメントに活かしたりはしてませんね。勿論助言を受けたりはしてますが。

・「〜〜嘘を輝きとして見抜けたり〜〜」
シャインポストの主人公、日生直輝の事。こちらは活用していますが、どう嘘なのか、嘘を吐く理由は何なのかまでは分からない辺り、活用するには工夫が必要な力ですね。

・「〜〜プロデューサーと〜〜刀剣〜〜」
刀剣乱舞に登場するキャラの一人、歌仙兼定の事。…と、いってもこれだけではよく伝わらないと思います。アイマスシリーズの一つ、デレステ関係の話ですし。

・「〜〜あれは嘘だ」
コマンドーの主人公、ジョン・メイトリックスの代名詞的な台詞のパロディ。この台詞、汎用性が高いですね。実際前にもパロネタで使った気がします。

・「〜〜ねぇ、マネージャー〜〜歌い続ける勇気を…」
マクロスfrontierのヒロインの一人、シェリル・ノームの台詞の一つのパロディ。これだと命の危機に瀕してそうですが、ご覧の通り茜は非常に元気です。


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第十五話 出会いを望んでいた国

 世の中には同じ顔の人が三人いる、っていうよね。じゃあつまり、このキュートなねぷ子さんフェイスも世の中には後二つあるのかな!?……っていうのはともかく、多分そういう事を言っている人の殆どは、そっくりさんっているものだよ〜とか、世の中は広いんだよね〜みたいな意味で言っているのであって、実際に『同一人物』は存在する、って話をしてるんじゃないと思うんだよね。

 でも、同一人物は存在する。同一人物っていうか、別世界っていうものが存在していて、そこに同じ人がいたりいなかったりする。…で、あれば……会ってみるしかないよね!ねっ!

 

「と、いう訳で…やってきましたプラネテューヌ!」

「えっと…付いてきました、プラネテューヌ?」

「二人して何を言っているの…」

 

 はい、そういう訳で今自分はルナちゃんやセイツと一緒に、信次元のプラネテューヌに来ています!プラネテューヌ…つまり、『ネプテューヌ』の国に、上陸です!

 

「あ、因みに今の『〜〜です!』は、アニメ版の各話タイトルをちょっと意識してたりしてなかったり!」

「テンション高いわねネプテューヌ…わたしとしては嬉しいんだけど、いつもに増して高くない…?」

「そりゃ高くなるって!イリゼに招待された時からずっと、ここに来たいって思ってたんだからね!」

 

 うきうき気分全開で、セイツからの問いに答える。早く入ろう、そんな視線でセイツを見れば、セイツは苦笑しながら頷いて…自分達は、とにかく大きいプラネタワーの中へ。

 

「あ、そういえばルナちゃんはどうしてプラネテューヌに?」

「私は…プラネテューヌには色々と思い入れがあるから、かな。国としてもそうだし、こっちのネプギア達にも会ってみたいなぁ…って」

「そっかぁ…ルナちゃんの知ってる自分やネプギアにも会ってみたいなぁ…」

「あ、それを信次元の自分に会う前に言うんだね…」

 

 もう連絡はしてあるって事で、中に入った後はエレベーターで上層階へ。あ、因みに今日はルウィーって国に行ってるメンバーも多いんだよねぇ。人気度は向こうの方が上だっていうの…?

 

「くっ…無関係な話なのに、なにか悔しさが……およ?」

「別世界のわたし御一行様はこちら…って、なんだろうこの案内……」

「間違いなくネプテューヌが用意したんでしょうね…まあ、わざわざこんなの用意するなんてネプテューヌらしいけど……」

「えー、そうかなー?」

「言うと思ったわ」

「でしょー?でもややこしいよね、だってどっちも『ネプテューヌ』だもん」

 

 エレベーターを出たところで発見した、手書きの案内。いやここにいるネプテューヌじゃないわよ!?…という突っ込みを期待したけど、流石にボケとしては弱かったみたいで、セイツはすんなり返してくる。ま、これは仕方ないね。

 それから自分達は案内に従って廊下を進む。こんな案内を用意するって事は、信次元の『ネプテューヌ』はきっと愉快な性格をしてるんだろうし、歓迎されてるんだなぁって思うとやっぱり嬉しい。何よりこれから、自分と同じ顔をした女神に会うんだと思うとドキドキもしてきて、そんな思いを抱きながら案内の先、そこにあった扉を開いて部屋の中に……

 

『ふっふっふ…よくぞ来た、別世界のわたしよ!』

「お…おぉー!貴女が信次元の……って、なんか沢山いるーっ!?」

 

……入るまでもなく、びっくりした。それはもう、びっくりした。だって…三人いたんだもん!同じ顔が、部屋の中に三人も!世の中じゃなくて、一部屋の中に!

 

「え、えぇぇ…?ネプテューヌが、三人いる…?しかもなんか一人、スタイルが全然違う…!?」

「え、わたしの事?いやぁ、照れるなぁ」

「いや、今のはわたしの事だって。照れちゃうなぁ」

「いやいや、それはわたしの事でしょ〜。てへへ〜」

「おまけにコントか何かまで始まった…!?」

 

 長袖のネプテューヌと、半袖のネプテューヌと、ないすばでーなネプテューヌ。予想外過ぎる展開に自分がぽかーんとする中、ルナちゃんもびっくりしていて…三人のネプテューヌは、全員が「自分の事だよね?」と照れていた。……う、うん…取り敢えず落ち着こう!落ち着いて状況整理をしよう!

 えっとまず、自分達は信次元のネプテューヌに会う為に、プラネタワーに来た!案内の通りに部屋に入った!そしたらネプテューヌは三人いた!自分含めたら今は四人いる!つまり……やっぱりどういう事ぉ!?

 

「…も、もしや分身の術…だと、スタイル違うのが気になるし…幻術か何か……?」

「いや、違うわよネプテューヌ。ネプテューヌ達も、そろそろ種明かし…っていうか、自己紹介?…してあげて頂戴」

「あ、そう?じゃあわたしから…わたしは信次元のネプテューヌ、つまりシンテューヌ!」

「わたしはここよりちょっと先の時間軸になる超次元のネプテューヌ、つまりミラテューヌ!」

「わたしはおっきくて人間のネプテューヌ、つまりダイテューヌ!」

『要は、それぞれ別次元のわたしって事だね!』

 

 大分混乱してきたところで、やっと分かった三人の正体。蓋を開けてみれば、話は単純で…いやうん、そうだよね…よくよく考えたら、別次元のネプテューヌが今ここにいてもおかしくはないもんね…。だって実際、自分っていう別世界のネプテューヌはここにいるんだし…。

 

「…にしても、圧巻ね…同じ顔が四つも並ぶと……」

「ふふん、でしょー?けど安心してセイツ!正直わたしも、っていうかわたし達も、自分と同じ顔が三つもあるとかまあまあびっくりしてるからね?」

「え、そうなんです…?凄く自然体というか、楽しんでるように見えますけど……」

『まあ、楽しんでるのは事実だね!』

 

 ネプテュー…えっと、シンテューヌの言葉にルナちゃんが「え?」って顔で返せば、三人のネプテューヌは全員が揃って胸を張る。それは仲が良いっていうより、ほんとに自然とシンクロしてる感じで……な、なんかちょっとうずうずする…!

 

「…あれ?ところでネプギアは?ネプギアも、わたし達が来るって事は知ってるのよね?」

「ネプギアなら、もうすぐ戻って来ると思……」

「お姉ちゃん達、戻ったよ…って、あ!もう来てたんですね」

「ナイスタイミング!このタイミングで戻るなんて、流石ネプギアはわたしの妹…じゃないけど、わたしもネプテューヌだし妹みたいなもの!」

「え、えぇ…?どういう状況なの…?」

 

 紙っぽい箱を持って現れたネプギア…信次元のネプギアに、ダイテューヌがサムズアップ。でもネプギア自身はぽかんとしていて…三人のネプテューヌは、ふっ…と笑う。それから自分の方に視線を送ってきて……はっ…!ま、まさか…!

 

「…さてと。これで役者は揃ったね、わたくし達…じゃなくて、わたし達」

「そうだね、ミラテューヌ……そう、時は来たんだよ!」

『え?』

 

 不敵な笑みを浮かべる三人の様子に、きょとんとするルナちゃんとセイツ。けれど、分かる…自分には分かる…!そう、これは…これから始まるのは……

 

「信次元で輝くハイパー女神!ネプパープル!」

「超次元の希望の光!ネプパープル!」

「未知を求める次元の旅人!ネプパープル!」

「す、進み続ける信次元の女神!ネプ、パープル!」

「世界を超えて繋がり続ける!ネプ…パープル!」

 

『五人揃って!紫戦隊、ネプレンジャー!』

『いきなり何事ぉぉぉぉおおっ!?』

 

 感じるままに、本能のままに、ばっ!…と口上と共にポーズを取る。ノッリノリな三人と、ちょっと恥ずかしそうなネプギアと、五人揃ってポーズを取り……今ここに、紫戦隊ネプレンジャーが誕生した。

 

「い、いや…全部同じ色!全員パープルになってますよ!?」

「突っ込むとこそこ!?…段々分かってきたけど、ルナってちょっとズレてるっていうか、独特な部分があるわよね……」

「で、でも気になったし…。…でもまさか、ネプテューヌ…あ、私達と一緒に来たネプテューヌね?…まで一緒にやるなんて…出発前に打ち合わせしてたの…?」

「ううん、何となく分かって、何となくやれる気がしたからやってみたら、出来ました!」

「さっすが別次元…じゃなくて、別世界のわたしだね!いやぁ、もうこれで今日の楽しみの半分は達成されたと言っても過言かなぁ!」

「あ、過言なのねシンテューヌ…。……というか、何かしら…今、どこか別の場所でも同じような発言があったような気がするわ…」

 

 ふふーん、と満足げな顔をするシンテューヌに、自分もでしょー?と胸を張る。やー、なんか楽しいね!冷静に考えると色々訳が分からないんだけど、その訳の分からなさが楽しいっていうか……え、訳が分からない?そりゃそうだよ、訳が分からない事について考えてるんだから、訳が分からない思考になるのも当然だって。

 

「あはは…っと、そうだ。お二人共知っているかもですが…わたしは信次元の女神候補生の一人で、お姉ちゃん…ネプテューヌの妹の、ネプギアです。ケーキを買ってきたので、是非どうぞ」

「勿論知ってるよ、自分の世界にもネプギアはいるからね!じゃ、お返しに…んーと、人間界…冥界…天界…うん、冥界にしよっと。自分はネプテューヌ、今はメイテューヌで宜しくね!」

「私はルナ…って、ネプギアに改めて自己紹介をするなんて、なんだか不思議な感覚かも…。…あ、ケーキありがとうございます」

 

 まあ一旦それは置いといて、ネプギアからの自己紹介に自分とルナちゃんもそれぞれ返答。それからネプギアが箱を開くと、そこには色んな種類のケーキが入っていて…一人一人選んだケーキを食べながら、わたし達は暫し談笑。

 

「へー、龍に悪魔に天使に妖怪…そっちのわたしの世界って、バラエティ豊かなんだねぇ」

「いやいやこっちだってドラゴンはいるし、一応魔王もいるんでしょ?妖怪や天使は流石にいな…あー……」

『……?』

「んーん、何でもない。ある意味天使は存在するけど、そこはメタ発言ギャグとして触れるべき部分じゃないな、と思っただけ」

『あぁー』

「え、待って…今ので分かるの、分かったの…?」

 

 これは踏み込んじゃいけないやつだ、と思って自分が首を振ると、三人は分かってくれた様子。逆にルナちゃんは困惑していて…まぁ、こういうのは感覚だよねぇ。

 

「あのあの、ルナさんの次元はどんな感じなんですか?」

「私?私の次元は、そんな特別な存在なんて、あんまり…。…あ、でもエル君っていう、可愛いモンスターはいるんです。見た目は全然違うけど、関係性としては、イリゼとライヌちゃん、るーちゃんみたいな感じ…かな」

「へぇ、そうなんですね。エル君…どんな見た目なんだろう……」

「あ、それなら確か写真が……」

 

 ここまでは基本、自分達が話していて、ルナちゃんとネプギアは聞き手だった。そのネプギアが、今度はルナちゃんに質問をしていて…そこでふと感じたのは、シンテューヌの視線。…ははぁ、そういう事ね。

 

「ねね、皆。ここの案内ってお願い出来るかな?やっぱりこんなに特徴的で大きい建物、中を探検せずにはいられないしさ」

「いいよ〜、ではこのミラテューヌが案内してしんぜよう!」

「じゃあシンテューヌがフォローしてみせよう!」

「ならばダイテューヌは何となくついていってみよう!」

「なんで貴女がメインの案内なのよ…後、ほんとネプテューヌが四人もいるとひっきりなしに冗談が出てくるわね…」

 

 ぴょん、と座っていたソファから立って、三人のネプテューヌと一緒に部屋を出る。その直前、四人でセイツをじっと見れば、セイツも「…あ、じゃあわたしもちょっと、イストワールと話してくるわ」と言って…うん、これならネプギアとルナちゃんとでゆっくり話せるよね。でも、自分も後でこっちのネプギアとじっくり話してみたいなぁ。

 

「でさ、どうする?案内する?」

「あ、それはほんとにお願いシンテューヌ。さっき言ったのはほんとの事だもん」

「分かる分かる。別次元の自分が守ってる国の、一番大きい建物兼自分の家だなんて、気になるに決まってるよね」

 

 それから自分は、皆に案内してもらってプラネタワーの中を回る。今までいたリビング的な部屋とかシンテューヌの部屋とか、普通の家にもありそうな場所から、屋内スポーツが十分出来そうなトレーニングルームとか、旅館みたいなお風呂場みたいな、外観通りに凄い場所も色々とあって…見て回るだけでも楽しかった。

 

「やー、回るだけで結構時間がかかるなんて、ほんと広いし大きいよね。なんかもう、ダンジョン探索してる気分になってきちゃった」

「まぁ、そこ等のダンジョンより特徴満載な自信はあるね!」

「…えっと…さっきセイツも言ってたけど、ミラテューヌは別次元の存在なんだよね…?」

「あー、わたしの次元にもプラネタワーはあるんだよ。で、細かいところは違うけど、大体は同じだからね」

「そういえば、さっき話してる中でもこことミラテューヌの次元は色々似てるって言ってたね。同じ人がいて、同じような経験とか、戦いとかをしてるんだよね」

「そうそう。ノワールとかベールとかブランとか、女神は皆同じでね、あ…でもイリゼはわたしの次元にはいないんだ。ちょっと不思議だよね」

「んー、そうかな?別次元ってよく似てるところもあれば、何もかも違うって位のところもあるし、『別次元はこういうもの!』…って考えは通用しないと思うよ」

「おー、流石は次元の旅人。ダイテューヌが言うと説得力が違うね」

 

 今いるのは、シンテューヌの部屋。おー、と言うシンテューヌの言葉に、ミラテューヌも頷く。改めて思うと、自分と同じ顔をした人が、自分と同じ顔をした人と、自然に話してるっていうのは凄く不思議な感じで…それともう一つ、思う。

 

(…本当に皆、『自分』って感じなんだな……)

 

 別世界とはいえ同一人物なんだから、同じ『ネプテューヌ』なんだから、そんなの当然じゃん、って言われるかもしれない。少なくとも、別の誰かの事なら、きっと自分だってそう思っていた。

 けど、違う。自分自身の事に関しては…ううん、『ネプテューヌ』に関してだけは、自分であって自分じゃない…そんな風に思う自分がいる。

 

「…メイテューヌ?」

「あ…あはは、ごめんごめんミラテューヌ。ちょっと考え事しちゃってさ」

「え、何々?彼氏の事?」

「ううん、そうじゃなくて…」

『……え、何その反応!?いるの!?彼氏いるの!?』 「あ、う、うん…。…二人はともかく、ダイテューヌまで訊いといてそれ…?」

 

 三方向から「いるの!?」と迫ってくる三人に、軽く引く。いや、怖っ…自分と同じ顔の相手×3に迫られるって怖……。

 

「だ、だって冗談のつもりで訊いたし…なのにまさか、ほんとに彼氏いるなんて……」

「いやぁ、自分魅力的ですから!」

『うん、知ってる』

「だよねぇ、同じ自分だし。…………」

『……?』

 

 予想通りの反応に、だよねぇと返し……何気なく言った『同じ自分』という言葉に、少しだけ胸が痛くなった。

 普段なら抱かない、抱く筈のない感覚。自分自身との対面で…自分であって自分じゃない、身も心も『ネプテューヌ』である三人と触れ合った事で…隔たりを、感じてしまう。イリゼと話した時にも感じた、自分はネプテューヌであってネプテューヌじゃない、だから女神であって女神じゃないという感覚を…より深く、よりはっきりと。

 

「…その、さ…皆から見て、自分ってどう見える?」

『え、ネプテューヌ』

「や、それはそうなんだけど……皆って、イリゼから自分の事聞いてる?自分が実は人間で、本当はネプテューヌじゃなくて…って感じの事」

 

 知っているのかな。そう思って訊いてみれば、三人共目をぱちくりとさせていて…そっか、イリゼは話してなかったんだ。…ま、そうだよね。自分だって、こんな込み入ってる上にややこしい話を、本人がいない場でほいほい話そうだなんて思わないし。

 

「…だよね、知らないよね。…自分はさ、ほんとはネプテューヌじゃないの。ネプテューヌじゃない人が、ネプテューヌって存在を間借りしてるっていうか、常にネプテューヌのロールプレイ中っていうか…とにかくそういう存在なのが自分だから、『あー、これがネプテューヌなんだ』って思っちゃってさ〜。いきなり変な話しちゃってごめんね」

「おおぅ、思いもしない形で中々ヘビーな話が…。…じゃあ、貴女の本当の名前はネプテューヌじゃないの?」

「多分ね。…って言っても、実は昔の記憶がないから、ひょっとすると同姓同名でした…ってパターンがあるかもしれないけど」

「記憶がない?って事は、メイテューヌも記憶喪失系女神の一員!?」

「YES!I AM!…って、そんなピンポイントな括りあるんだ……」

 

 そんなのそうそう無さそうな…と思った自分だけど、それを言ったシンテューヌ自身が、なんと記憶喪失なんだとか。しかも、記憶を取り戻すチャンスが過去にあって、でも取り戻さない事を…無くした過去より、新しく作り上げた今を大事にする事を選んだんだとか。

…もし自分が同じ立場なら、同じような状況になったとしたら、自分は『ネプテューヌ』の様な選択が出来るだろうか。

 

「…やっぱ、凄いんだね。『ネプテューヌ』…って。シンテューヌもそうだけど、ミラテューヌも自分の次元以外でも全力で戦って、皆で次元を守ったりしたんでしょ?ダイテューヌは人間なのに、女神よりずっと無理も無茶も出来ないのに、友達の為に…皆の為に危ない橋を渡りまくってきたんでしょ?…格好良いね、ネプテューヌって」

 

 凄いと思った。格好良いと思った。女神の二人はそうだし、女神じゃないもう一人のネプテューヌも凄くて…やっぱりそれが、ネプテューヌっていう存在なのかなって…そう、思った。

 気落ちは、していない。落ち込んでたりはしないし、憧れ…に近い気もするけど、それも少し違うような…そんな、自分でも上手く言葉に出来ない気持ちが、今は心の中にある。

 

「……あ、っていうかごめんね皆!わたし別に、重ーい感じの話にする気なんてなくて、なのに重い感じになっちゃったら駄目じゃーん!…って感じだけど…とにかく、良かったなって思ってるから。自分じゃない自分を知れて、これが『ネプテューヌ』なんだなって分かって」

 

 しまった、これじゃ気を遣わせちゃう。そう思って、自分はすぐに否定した。痩せ我慢とかじゃなくて、本心から出た言葉を言って。

 そう。自分は良かったって思ってる。これまではよく知らなかった、分からなかった『ネプテューヌ』の在り方に直接触れられたから。全部じゃなくても、こんな感じなんだ…って感じられたから。だからきっと、これは自分にとっては…自分というネプテューヌにとっては、大きなプラスで……

 

「…そーんな、難しく考える事かなぁ」

 

 自分なりに出せた納得。それに対してシンテューヌが口にしたのは、釈然としていないような……ふわっとした、声。

 

「…難しく考えてるように見えた?」

「うん、わたしだったら『なーんだ、案外似てるっていうか、ノリとかテンションはほぼ同じじゃん!さっすがわたし!』…位に捉えちゃうしね」

「…だよね、そんな気がする。なんかそんな気がして…でも、分かる!…じゃないんだよね…」

 

 やっぱり中身は違っても器は『ネプテューヌ』だからか、そんな気がするって感じはある。見た目を変えられる悪魔は、外見年齢に精神が引っ張られるらしいし、自分もネプテューヌっていう器に影響されてる部分はあるのかもしれない。

 けれどやっぱり、そういう考え方は『自分』じゃない。ネプテューヌの考え方であって、自分は違う。…気が、する。

 

「うーん…いやね、わたしは貴女が思ってる程凄くはないよ?や、勿論凄いんだけど、凄く凄い女神ではあるんだけど、前に色々あって即戦闘不能レベルのトラウマ…っていうか弱点があったり、それが巡り巡ってまんまとプチ洗脳されちゃった挙句、ネプギアにボコボコにされた事とかもあるし」

「いやそんな、プチ整形みたいに言われても……」

「あははー、でもそれで言ったらわたしもかなー。だってわたし、大きい戦いの度にどっかしらで負けて捕まってる気がするし、五人がかりでラスボスでもない相手にフルボッコにされたり、新しい力を得たと思ったら、そんなしない内によく分からない負け方した上洗脳されちゃったりした事もあるしね」

「わたしなんて、自力で次元を超える力を手に入れた!…と思ったら、変な短距離ワープ程度の力だったりしたなぁ。後多分、近い内に今回信次元に来た内の六人位に土下座する事にもなりそうだし」

「あー、銭湯の男湯に屋根突き破ってダイブしちゃったもんね」

「ちょっ、そ、そこはぼかしたんだから言わないでよぉ!」

 

 そんな風に思っていた、感じていた自分を見て、頬を掻いていたシンテューヌ。そのままシンテューヌは自分を見ていて…ちょっと恥ずかしそうにしながら、言う。自分は凄いけど、完全無欠レベルじゃないって。ミラテューヌやダイテューヌもそれに続いて……シンテューヌから明かされる、衝撃の事実。お、男湯にダイブって…。

 

「うぅ…あれは不幸な事故だもん……」

『不幸なのは、その時銭湯にいた男の人達じゃ…?』

「ぐ、ぐうの音も出ない事まで言われたぁ…!」

 

 ばたーん、とテーブルに突っ伏すダイテューヌに、自分達は苦笑い。それからミラテューヌは自分に視線を戻して…肩を竦める。

 

「まーとにかく、ネプテューヌってメイテューヌが思ってる程すっごい訳じゃないんだよ。迷ったり、間違えたり、不安になったりもするし……これこそがわたし!…って言える事なんて、一つしかない気がするな。…あ、可愛いとか強いとか、そういうのはまた別だよ?」

「うんうん、確かにこれぞわたし、って言えるのは一つだけかな」

「わたしもー…」

 

 これが自分だと言えるのは一つだけ。そう言うミラテューヌに二人も続く。確認なんてしてないのに、皆絶対これだと分かってるみたいで…そんな三人に、自分は訊く。それって?…と。そして自分の言葉を聞いた三人は……言う。

 

『それは勿論……自分の思いに、真っ直ぐでいる事だよっ!』

 

──それは、思ったより…思っていたよりずっと、シンプルな答え。ざっくりしてて、割と『ネプテューヌ』以外でも当て嵌まりそうな…それ位、凄さなんて感じない『らしさ』。…でも……

 

(…あぁ、そっか……)

 

 全然凄くない、それ位なら自分でも言えそうな三人の在り方。だけど、自分の心にはすとんと入ってきた。凄いとか、格好良いとか…そんな事よりずっと、自分の中で納得が生まれた。何より…確かにそうだ、その通りだって…自分も、『ネプテューヌ』も、心から感じた。

 

「…貴女も、そうじゃないの?」

「…そうだね。それは…自分だって、皆には負けてないと思う」

「なら貴女も、やっぱりネプテューヌだよ。ネプ思う、故にネプ在り…そういう事なんだよ、うん!」

「お、おぉ…なんか深い!多分冗談半分なんだろうけど、話の内容のおかげで深そうな感じになってる…!」

 

 ふふんと胸を張って言うシンテューヌに、深いと返す。今ならさっきの、難しく考える事かな…って言葉も分かる。きっとそれ位心から、きっとそれ位シンプルに、皆は…ネプテューヌは、自分に素直で真っ直ぐなんだ。ただそれだけで、ただひたすらにそう在ろうとしてるんだ。……いや、違うね。そう在ろうとしてるんじゃなくて…気付いたらそうだったのが、ネプテューヌなんだ。

 そしてそれは、自分もそう。やっぱり自分は、ネプテューヌであってネプテューヌではないんだけど……自分に真っ直ぐでは、あるんだから。…きっと、そうだから。

 

「よーし、それじゃあこれにてねぷねぷお悩み相談室は終了!また来週をお楽しみにね!」

「来週もやるの!?第十六話も!?」

「あー、言われてみるとそういう捉え方も出来るのか…まさかボケがメタに潰されるなんて……」

 

 次回も!?…と思ってミラテューヌに訊き返したら、単なる冗談だった様子。うーん、分かり辛い…メタに敏感過ぎるのも良くないんだね…。

 

「…こほん、でもありがと皆。なんか皆に、パワー貰えた気がするよ」

「そう?元気モリモリ?」

「元気モリモリ!今ならナスも……あーいや、やっぱりナスは無理かなぁ」

『だよねー』

 

 どんなにパワーが湧いてもナスは無理!と自分が言えば、だよねと訊いてきたダイテューヌも、二人も深く頷く。食の好みも同じなのは、味覚のある身体が同じだからか、それとも違うのか……と、思ったけど…うん、違うね。だってナスが不味いのは事実だし!食べる側じゃなくて、ナス側の問題だし!

 

「まあとにかく、いい感じに話が着地したし良かった良かった!でさ、他に何か訊きたい事とか、話したい事ってある?折角来たんだから、このねぷ子さん…じゃない、しん子さんにじゃんじゃん訊いちゃいなよ!」

「えー?そうだなぁ…あ、じゃあさじゃあさ、女神の技とか能力とか、後プロセッサの事とか教えてよ!こっちにも自分以外の神はいるけど、別系統っていうか別の神話の神様だから、自分に出来る事が自分だけの力なのか、それとも女神の力なのかよく分かんなくてさ〜」

「あ、いいよいいよ!まぁそういう話になると、人間のわたしはあんまり教えられないけどね!」

「そうだなぁ……じゃ、取り敢えず女神化しとく?」

 

 言うが早いか、ミラテューヌ…それにシンテューヌは女神化。髪が伸びて、スタイルも良くなった女神の姿は、やっぱり自分の女神の姿と同じで…と、いうか……。

 

「…あー…やっぱり二人のプロセッサも、そんな感じなんだね…ピー子とかイリゼのプロセッサもそうだったから、そんな気はしてたけど……」

『……?』

「いや、ほら…ちょっと如何わしい感じだなぁ…って。…まぁ、普段のその格好はまだセーフなんだけど、自分の場合もっとアレなプロセッサもあってね…」

「アレ…って、いうと?」

「…見たい?自分的には恥ずかしいんだけど……」

「無理にとは言わないけど、見せてくれたらアドバイスも出来るかもしれないわよ?だってプロセッサは何も、決まった一つの形しか取れない訳じゃないもの」

 

 シンテューヌとミラテューヌに言われて、自分も女神化。更に変化してみせれば、女神の二人は「あー…」って反応をしていて…な、何その反応…!その微妙な反応は「うわぁ…」的な反応よりも恥ずかしいんだけど…!?

 

「と、取り敢えずどういう感じかは分かったでしょ…!?…ふぅ…って訳で、どう?アドバイス、思い付く?」

「そうねぇ…まあじゃあ、色々改造してみる?」

「わたしもそれが良いと思うわ。中々面白そ…もとい、わたしが四人もいるんだもの、きっと良いものが出来上がるわ」

「ちょっと!?シンテューヌ今、面白そうって言わなかった!?」

「そういう話なら、わたしも出番あるよね、多分!…って訳で読者の皆ー、次話はプロセッサ改造回だよー!」

「違うよ!?多分違うからね!?」

 

 そんな訳ない、と突っ込む自分。ば、馬鹿な…このねぷ子さんが突っ込みを強いられるなんて、なんという環境…!……まぁ、ボケてるのもネプテューヌな訳だけど。

 と、こんな感じで話は妙な方向に。妙だと思った時にはもう手遅れで……三人も(自分含めれば四人)ネプテューヌが集まったら、手の付けられない状態になる…そんな、意味の分からない事まで知る羽目になる自分だった。

 

 

 

 

 別次元の存在…っていうのは、何だか変な感じ。見た目も声も性格だってほぼ同じなのに、同一人物なのに、違う人…これが不思議じゃない訳がない。

 

「それで、そこでやっと仲直り出来たというか…我ながら、今思うと私…拗ねちゃってたのかな、なんて……」

「分かります。後から思えば、皆自分の事を気に掛けてくれてたんだって、心配してくれてたんだって理解出来ても、その時は辛くて悲しくて…自分では冷静に考えてるつもりでも、そうじゃなかったりしちゃうんですよね」

 

 エル君の話から、エル君に出会った時の話になって、そこから更に派生して…って感じで、気付けば私は色んな事を話していた。相手がネプギアで、しかも興味津々で聞いてくるから、私も抵抗なく言っていた。

 そんなネプギア…ここにいるネプギアも、その『別次元の存在』の一人。ぱっと見どころか、話してても私の知ってるネプギアの様に思えちゃう。…けど、全部同じかっていうとそうでもなくて……

 

「ええ、っと……」

「……?どうしました、ルナさん」

「や、あの……敬語、落ち着かないなぁ…なんて…」

 

 きょとんとした様子で見つめてくるネプギアに、私は頬を掻きながら答える。

 真面目で低姿勢なネプギアは、目上の人にはいつも敬語を使ってるし、だから敬語で話すネプギアに違和感はない。でも、私の知ってるネプギアは、私と敬語なしで話してくれるから…そこの差が、どうしても落ち着かない。

 

(人としてはほぼ同じでも、人間関係とか、経験してきた事は違うし、だからそれが関わってくる部分は変わってくる…当たり前では、あるんだけど…ね)

 

 信次元のネプギアが敬語な理由は分かる。だって初対面だし、ネプギアからしたら私はイリゼの友達なんだから。私だって、ネプギアの立場なら敬語で話してる…と、思う。

 

「あ…えっと、敬語じゃない方がいいですか…?」

「私としては、そっちの方がしっくりきますけど…無理はしない下さい。えと、落ち着かないのは事実ですけど、私も信次元のネプギアさんとは初対面って事で敬語ですし、実はちょっと懐かしい感じもあったりしますし…」

 

 そう。何も私の次元のネプギアは、最初から敬語なしだった訳じゃなくて、ある日のピクニックを機にお互い敬語なしで話すようになった。だから、ちょっと懐かしい…っていうのは本当の事。……あれ、っていう事は…このままなら私は、私の次元では友達のネプギアと、信次元では目上の人って思ってくれてるネプギアと話せるって事?お、お得だ…別次元に行くっていうのは、こんなお得な面もあるだなんて…!

 

「…うん、そう考えたら悪くない…全然悪くない……!」

「え、あの…え……?」

「っと、すみません。とにかく変に気を遣って敬語止めたりとかはしなくてもいいですからね?」

「そう、ですか?…あはは…実は、前にも似たような事があったんですよね…」

「似たような事?」

 

 なんだろう、と思って私が訊けば、ネプギアは答えてくれる。なんでもピーシェ…私が知ってるのとは違うピーシェに対して、ここにいるのとは別のネプギア…ミラテューヌさんの妹のネプギアは敬語じゃなかったらしくて、だからここにいるネプギアにも敬語なしに…って話になった事があったんだとか。でもその時は、お互いなんだか恥ずかしくなっちゃって、結局保留になったみたいだけど……というか、ややこしい…登場人物に別次元の人が多過ぎてややこしい…。

 

「そうだったんですか…敬語っていえば、イリゼもズェピアさんとかワイトさんへの敬語がなくなってたなぁ…呼び方も君付けに変わってたし……」

「今はもう守護女神だから、っていうイリゼさんなりの切り替えらしいですね。…わたしも敬語は良くないのかなぁ…女神候補生っていっても、プラネテューヌの女神で、ちゃんとした立場がある訳だし……」

「うーん…別に良くない、って事はないんじゃないかと思います。それもネプギアの個性っていうか、そもそも敬語って直さなきゃいけない話し方じゃない訳ですし」

 

 ネプギアの言う事も分かるけど、そんな事はないと思う…って私は返す。少なくとも私が国民なら、敬語なネプギアは全然嫌じゃない。それに国のリーダーが丁寧な話し方をしてるっていうのは、悪いどころか良い印象を抱かれるんじゃないかと思う。

 

「わたしの個性…って、いうと…もしかして、そっちのわたしも機械が好きだったり…?」

「好き…かどうかは分からないですけど、凄く詳しいです。さっき見せた端末が壊れちゃった時も、ネプギアが直してくれましたし…」

「そうなんですか?…あの、ちょっと端末を触らせてくれたりなんかは……」

「えっと…はい、どうぞ」

「やったぁ!ありがとうございます、ルナさん!」

 

 気になるのかな、と思って私が渡すと、ぱぁっとネプギアは笑顔になる。なんていうかそれは、花が咲いたみたいな笑顔で、輝きもあって……やっぱりネプギアって可愛いよね。凄く可愛いよね、うん。

 

「わ、わ、凄いっ。内装がこっちの物と大体一緒だから、初めて見る端末でも分解が出来ちゃう…!…あれ、でもここは違う…そっか、これとこれとで配置を逆にしてるんだ…これ、逆にする事でどういう違いが生まれてるのかな……」

(わー、凄く楽しそう…。…な、直せるよね…?分解したはいいものの、直せなくなっちゃいました…なんて事にはならないよね…?)

 

 どんどん分解されていく自分の端末を見て、ちょっぴり不安になる。私は素人だから、端末の中に一度分解したら元に戻せなくなるような部分があるのかどうかも分からなくて…でも一頻り堪能(?)した後、ネプギアはちゃんと直してくれた。ほっとした。

 

「はふぅ…ルナさん、ありがとうございました」

「ふふっ、どう致しまして。でも、今のでお礼は二度目ですよ?」

「へ?…あ……」

 

 渡した時と今とで二度返された感謝の言葉。それを私が言えば、ネプギアは目を丸くした後気付いたみたいで…えへへ、とちょっと照れた顔をする。

 何というか、こういうところもネプギアらしい。お礼は欠かさない真面目さとか、うっかり二度言っちゃうおっちょこちょいな一面とか…ほんとに、ネプギアはネプギアって感じ。

 

(…でも、ネプギアはネプギアだけど、私の知ってるネプギアじゃない。…ほんとに、不思議)

 

 私は前に、ネプギアと喧嘩…じゃないけど、仲違い…みたいな状態になっちゃった。それから色々あって、仲直りする事が出来た。…そんな話を、ネプギアにしてる。ネプギアとの話を、当事者じゃないネプギアとしている…凄く不思議で、変な感じで、だから私は今更ながら思った。…別次元に来るって、凄い…と。

 

「…ルナさん?」

「…ネプギアさん。ネプギアさんも、ユニやロム、ラムと友達…なんですよね?」

「ふぇ?…はい、仲良しです!わたしの大事な、友達です」

「ですよね、私の知ってるネプギアもです。旅の中で出会って、仲良くなって……」

 

 どっちのネプギアもプラネテューヌの女神候補生で、ネプテューヌさんの妹で、真面目で優しい性格をしてる。だから友達関係も大体同じなんだろうなぁと思って…けれど気付く。私が話している途中で、ネプギアがきょとんとした事に。

 

「…違うんですか…?」

「あ…はい。わたしがユニちゃん達と仲良くなったのは、旅の中ですけど…出会ったのはそれよりも前なんです」

「そうだったんだ…。…いや、だからなんだって話ですけど……」

「い、いえ……そっちのわたしも、ユニちゃん達と仲良しなんですか?」

「それは勿論」

「ルナさんも、仲良しですか?」

「それも勿論…だったら良いなぁ…」

「きっと仲良しですよ。だってルナさん、良い人ですもん」

 

 話の流れはまた変わり、私はネプギアに良い人って言われる。…そんな事ない、私は悪い子だよっ!……なんて返しはしないけど…こうも面と向かって「貴女は良い人だ」なんて言われるのは、ちょっとむず痒い。

 

「こ、こほん。じゃあ、こっちのロムは大人しくて、語尾がちょっと変わってたり?」

「しますします」

「ラムは元気と自信一杯で、ロムといつも一緒だったり?」

「しますします!」

「ユニはほんとは凄く優しいのに、普段はちょっとツンツンしてて……」

「しっかり者だけど、ちょっと悪戯っぽいところもあって……」

『なんだかんだ言ってもいつも力になってくれる…?…やっぱり!』

 

 最初から最後までばっちりハモった末に、やっぱり!…と私とネプギアは言い合う。もう完璧に合致したものだから、思わず両手でハイタッチしちゃって…自分達の変なテンションに、お互いあははと苦笑い。

 

「ユニちゃんは素直じゃないっていうか、いつもは冷たかったりする時もあるんですけど、だからこそ信頼を感じられる時が嬉しいっていうか…それに今は信頼してくれてる、友達でライバルだって思ってくれてるって事も分かってる分、普段の態度もなんだか嬉しくなる時があるんです!…っていうのをユニちゃん自身に言ったら、変な事言わないでよね!…って怒られちゃいそうですけど」

「あー、言いそうです言いそうです。…あ、実は私、ユニとホテルの同じベットで泊まった事があったり…」

「えぇ!?良いなぁ……あれ?…これは良いなぁ、で良いのかな…?」

「さ、さぁ……」

 

 あ、こっちのネプギアもユニの事が大好きなんだなぁ…と思った私がちょっとしたエピソードを口にすると、ネプギアはあからさまに羨ましそうな反応をする。…良いなぁ、で良いのかどうかは私も分からない。後、そうなった経緯はちょっと恥ずかしい…というか情けない内容だから言わないでおく。

 

「うぅ…わ、わたしだって、ユニちゃんと本気で決闘した事はありますからっ!」

「け、決闘…?それは凄いけど、羨ましくはないような……」

「い、言われてみれば確かに……」

「(張り合いたかっただけかぁ…)じゃ、ロムとラムとは何か特別な事があったりしました?」

「ロムちゃんラムちゃんとは…あ、一緒に探偵ごっこみたいな事はしました。…あの時はまさか、それが切っ掛けで本当に真相に辿り着けるだなんて思っても見なかったなぁ…」

 

 よく分からないけど、前にネプギアはロムとラムと探偵ごっこ(?)をして、大成果を挙げたらしい。…探偵ごっこ…ロムとラムが探偵っぽい格好をして、玩具のパイプを咥えてたとかかな…もしそうなら、その時の二人は見てみたかった。

 

「私は…最初ロムを女神候補生だって知らないまま、落とし物探しを一緒にしたなぁ…で、その後はルウィーの教会に案内されて、ロムとラムに絵本を読んであげたんです」

「落とし物…って、まさかペン…?」

「あれ?どうしてそれを…?」

「どうしても何も、わたしも旅の中で同じ経験をしてて…あ、いや、絵本の件はなかったんですけど……えっ、まさかロムちゃんって、色んな次元でペンを落としてるの…?」

「い、いやペンを落とす事位、誰でも…って思ったけど、それって犯罪組織絡みの旅の時ですよね…?…タイミングまでほぼ同じってなると…はは……」

 

 女神の存在とか、誰が女神なのかとか、次元が違っても共通している、多くの次元で『同じ』な事は結構あるらしい。そしてもしかすると、そんな『決まってる事』の一つに、ロムがペンを落とす…っていうのも入っているのかもしれない。…そう思うと、思わずまた苦笑いが出てしまった。……そして神生オデッセフィアに戻ってから皆に訊いてみたら、やっぱり結構な割合でロムはペンを落としていた。…そんな宿命を負ってるだなんて…ロム、悲しいね……。

 

「あのあの、コンパさんやアイエフさんもそっちにはいるんですよね?お二人とはどんな出会い方を?」

「えぇと、二人とは……」

 

 それからも、私達は人間関係…友達や仲間の事について話していく。全部が全部一致してる訳じゃないけど、お互い知ってる、友達になってる人はそこそこいた訳で、「これも同じなの!?」ってなったり、「え、それは違うんだ…」ってなったりするやり取りは、凄く楽しかった。共通の友達について話す…これに近い(一応同一人物な訳だし)感じもあったから、本当に楽しく話す事が出来た。

 

「はふぅ…なんかほんと、凄いですよね。普通は全く関わる事のない、別次元同士の間柄なのに、こんなにも共通…っぽい話の事で盛り上がれるなんて」

「わたしもそう思います。……でも…」

「…ネプギアさん?」

「…あ、ごめんなさい。ただちょっと…ルナさんと出会えて、友達になれた、そっちのわたしが羨ましいな…なんて」

 

 そう言って、ネプギアは軽く笑う。変な事言ってごめんなさい…と返すように。…ネプギア……。

 

「…それを言ったら、私もですよ。私の次元には、イリゼはいないんですし」

「あっ…それも、そうですよね……」

「…それに…私と信次元のネプギアさんだって、出会えてます。だから…友達にだって、なれますよ。……勿論、ネプギアさんが嫌じゃなければ…ですけど…」

「……!そ、そんなの…そんなの嫌じゃないに決まってます!むしろ逆、今すぐにでも友達になりたいです!」

 

 気持ちは分かる。けど、そんなに悲観する事じゃない…って、私は思った。別次元に住んでいるんだから、普通は会えないけど…今はこうして会えているんだから。出会えたなら、友達になれる可能性もあるんだから。

……そんな風に私が思えたのは、そういう経験をしてきたから。別次元や、よく分からない空間に飛ばされて、その先で出会いを得て、友達や信頼し合える関係になれた人達が沢山いるから。だからこれは、私云々っていうより…皆のおかげ。

 そして、私の言葉を受けたネプギアは目を見開いて…それからばっ、と立ち上がった。今すぐ友達になりたい…そう言ってくれた。…それはもう、言った私が「おわっ…」と内心びっくりする位に。

 

「じゃ、じゃあ…これからは友達として宜しくね、ネプギア」

「はいっ!わたしこそ、宜しくお願いしま…じゃなかった、宜しくね、ルナちゃん!」

 

 ぎゅっ、と握られる私の両手。満面の笑みで、凄く凄く嬉しそうな顔をするネプギア。この瞬間、私はネプギアと…私の次元のネプギアと友達になった瞬間を思い出して……温かい、気持ちになっていた。

 私は、幸せ者だと思う。そう思える理由は色々あるけど…また一つ、そこに理由が増えた。だって…二度もネプギアと友達になれるなんて、幸せな事に決まってるもん。

 

 

 

 

 それぞれじっくり話してみたい事があるんだろう。そう思ってわたしは席を立って、イストワールのところに言った。姉同然の相手であるイストワールと暫く話して、そろそろいいかしら…と思って戻ると、出ていた四人のネプテューヌも戻っていて、六人で仲良く会話していた。ネプテュ…メイテューヌとネプギア、ルナと三人のネプテューヌ…といった形で会話が盛り上がっていた。

 で、その後は一緒に食事をしたり、ゲームをしたりと、賑やかな時間を過ごして…今はもう、帰るところ。

 

「今日はありがとね、ネプギア!ネプテューヌさん達も、ありがとうございました!」

「今日の事は、色んな意味で忘れないよ!でもって今度は神生オデッセフィアにおいでよ!わたしの国じゃないけどね!」

 

 見送ってくれる四人と出てきてくれたイストワールに、二人は楽しかった、という思いを前面に出した挨拶を告げる。…はぅ、良いわ…やっぱり楽しいとか嬉しいとかの感情って、とにかくシンプルに良いものなのよね…。今のこれだけでも、案内役として付いてきた甲斐があるわ…!

 

「はー、楽しかったぁ…こっちのわたしと出会えるかも!…とは思ってたけど、まさか一気に三人も出会えるなんて……」

「私も楽しかったぁ…信次元から帰るまでに、また遊びたいな……」

「ふふ、別に構わないわよ?ネプギアの方も、気持ちは同じみたいだしね」

 

 折角だから、少しだけプラネテューヌの街を歩いてから帰ろうという事になり、わたし達は今徒歩で街中を移動中。今日は楽しめた?…と訊く事も考えたけど…そんなの二人の様子を見れば、一目瞭然よね。

 

「セイツも今日はありがと。連れてきてくれて、ほんと感謝感謝だよ」

「どう致しまして。でもわたしも楽しかったから、恩を感じる必要はないわよ?」

「でも、感謝は感謝ですし、私からも言わせて下さい。ありがとうございます、セイツさん」

「…うぅ、二人共良い子なんだから…感謝の気持ちでわたしは今、心の中が一杯だわ……!」

「あーうん、それは言うと思った」

「あはは…実は私も……」

 

 だよねー、と顔を見合わせる二人。でも別に構わないわ!予想されようとされまいと、この喜びは変わらないもの…!

 

「…っと、二人共。ここを曲がれば丁度人気のない場所になるし、この辺りで飛ぶ?それとも、もう少し見ていく?」

「えと…いえ、私はもう大丈夫です」

「そう。じゃあ、ネプテューヌは?」

「わたしもこの辺で良いと思うな〜。…それじゃ、二人共来てくれてありがとう。また遊びに来てね?」

『……?』

 

 この辺りでどうかしら、とわたしが訊けば、ルナは頷く。もう一人の同行者であるネプテューヌもわたし達に同感を示して…けれどその直後、奇妙な発言を口にした。…来てくれてありがとう…?また遊びに来てね…?

 

「…ネプテューヌ?それって、どういう……?」

「…ふふーん…そう言うって事は、ルナは気付いてないね?セイツも…その顔じゃ、気付いてない感じかな?」

「え、え?いやネプテューヌ、ほんとに何を言って……」

 

 突然始まった、おかしな流れ。何とも含みのある言い方にわたしが怪訝な顔をすれば、ネプテューヌは愉快そうな顔をしていて…数秒後、聞こえ始めたのは走る足音。それは次第に大きく、こちらへ向かってきていて……

 

「とうっ!メイテューヌ改め、別世界のネプテューヌ登場!残念だったね、ルナ、セイツ!そこにいるのは別世界からお呼ばれしたネプテューヌじゃなくて…この信次元のネプテューヌだよっ!」

『えっ、ちょっ…えぇぇぇええええッ!?』

 

 ジャンプしわたし達の眼前へと現れた、別のネプテューヌ。そのネプテューヌはポーズを決めると、にっと口角を上げて笑い……衝撃の事実を、口にした。…って事は、つまり…いつの間にか、入れ替わっていた訳!?え、いつ!?どのタイミングで!?

 

「な、なんでそんな事を…」

『面白そうだったから!』

「それは凄くネプテューヌらしい!らしいけどもッ!」

 

 茫然と見つめるルナに対して、胸を張って言い切る二人のネプテューヌ。面白そうだから、同一人物である事を活かした入れ替わりドッキリをやってみた…それは本当にネプテューヌらしい、ネプテューヌならやるよねと言いたくなるような行為であり……見事に騙されてしまっていたわたしとルナは、なんだか力が抜けてしまうのだった。




今回のパロディ解説

・「〜〜アニメ版の各話タイトル〜〜」
ハイスクールD×Dのアニメ版における、各話サブタイトルの事。冥次元ゲイムネプテューヌ、ですが原作はHSDDの方なんですよね。冥界違い、というやつです。

・「〜〜わたくし達〜〜」
デート・ア・ライブに登場するヒロインの一人、時崎狂三が自身の分身体を呼ぶ際のパロディ。これ単体では分かり辛いですね。同一人物がいる場だからこそのパロです。

・「〜〜時は来た〜〜」
プロレスラーであった橋本真也さんの代名詞的な台詞のパロディ。前にもパロに使ったかもですし、意識せずとも「時は来た」という文は自然と出てきそうですね。

・「YES!I AM!〜〜」
ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダーズに登場するキャラの一人、モハメド・アヴドゥルの台詞の一つのパロディ。これ、何故ここだけ英文なのでしょうね。

・〜〜ロム、悲しいね……。
機動戦士ガンダムUCに登場するキャラの一人、ロニ・ガーベイの代名詞的な台詞のパロディ。ロニではなくロムです。ロニは言われる側ではなく言う側ですが。


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第十六話 もっと知りたくて、触れたくて

 数日前、わたしはカイトと戦った。刃を交えて、思いを感じて…あの時の事は、わたしの心に刻み付いた。これまでも多くの人に、その感情にときめいて、焦がれて、わたしも感情を震わせてきたけど…彼とのひと時に匹敵する時間なんて、そうそうないと言い切れる位…素敵だった。それ位に彼の心は真っ直ぐで、彼の感情はひたむきで…彼の在り方は、特徴的だった。

 そんな彼との戦いの中で約束した、彼とのデート。わたしはそれが楽しみで、楽しみで、もう毎日の様にその日を楽しみにしていたんだけど……。

 

「…ねぇ、カイト…わたしここ数日、貴方とあまり話せてなかった気がするんだけど」

「あ、うん。何日か日を置かないと、流石に危ない気がしたからな。色んな意味で」

 

……わたし、警戒されていた。至って冷静に、距離を置かれていた。

 

「うぅ、それは普通に落ち込むわ…でも反論は出来ない……」

「…や、別に嫌いになった訳じゃないけどな。俺としても、手合わせ出来た事は心から良かったって思ってるし」

「ほんと…?」

「本当だ」

「じゃあ、デートもしてくれる…?」

「セイツが節度を持ってくれるなら、な」

「そ、それは勿論!持つわ、節度ならわたしに任せて頂戴!」

 

 こくこくこくこく、とわたしはカイトの言葉に何度も頷く。それを見たカイトは、何とも言えない感じの表情をしていたけど、それでも「分かった」と言ってくれる。

 

「じゃあカイト、貴方はどこに行きたい?どこへでも連れて行ってあげるわ!」

「そうだな…っていっても、俺もそういう経験はないし、ぶっちゃけどういう場所が良いのかも分からない」

「それなら別に気にしなくても大丈夫よ?デートで大事なのは楽しむ事、楽しめる事だもの。世の中何でも『定番』はあるものだけど、変に定番を意識するより、したい事をした方が楽しいデートになる筈よ」

「それもそうか…なら、ゲームセンター…は案内の時にも行ったし、身体を動かせる施設に行ってみたいな」

「良いわね、他には?食事とかはどう?」

「食事…そうだな、食事もしたい。セイツはどんな食べ物が好きなんだ?」

「わたしは甘いものも、しょっぱいものも好きよ?…あ、でも辛いのは苦手ね…だから激辛専門店とかでなければ大丈夫」

「それは…あんまり選択肢が狭まらないな……」

 

 言われてみればその通りだ、とわたしは苦笑いしつつ頬を掻く。けどカイトもカイトで特別食べたいものがある訳じゃないらしいから、取り敢えず食事の事は保留にして会話を続行。

 

「他は…ゲームセンターじゃなくて、ゲームショップにも行ってみたいな。信次元にどんなゲームがあるのかも知りたいしさ」

「それならお勧めの所があるわよ?小説や漫画、アニメのグッズにTCGやプラモデルなんかも売ってる、総合的なお店なんだけどね」

「あぁ…やっぱそういう店があるのも、俺の世界と同じって事か……」

「……?」

「いや、こっちの話だ。…にしても、こうやって計画を立てるのも楽しいな。まだざっくりした話しかしてないってのに」

 

 ぽつりと呟いたカイトにわたしが首を傾げると、カイトは何でもないと言い、それから肩を竦めて軽く笑う。

 それは、わたしも思っていた事。まだ当日じゃないのに、準備の段階なのに、もう楽しくなっていて…カイトも同じ気持ちなんだと思うと、嬉しくなる。彼の感情が伝わってきて、更にわたしは楽しくなる。

 

「セイツは行きたい所ないのか?折角だし、行きたい場所あるなら付き合うぞ?」

「わたしは…うん、わたしもあるわ。どこかって言うと……」

 

 それからもわたし達は、デートのプランを練っていく。行く場所を決めて、何をしたいか話し合って、でも敢えて決めておかない、その時の気分で選ぶ部分も残しておいて…気付けば話し始めてから、そこそこの時間が経っていた。

 

「ん、こんなところかしら。後はいつにするか、って事だけど……」

「俺はいつでも構わない。何なら明日でも大丈夫だ」

「ほんと?じゃあ、明日にしましょ!」

 

 ぱんっ、と両手を叩いて答えるわたし。決定だな、とカイトもそれに答えてくれて、そのまま流れるように時間も決定。

 わたしが『デート』という言葉を使うのは、この言葉自体に相手をドキドキさせる力があって、そのドキドキに触れられるから。でもカイトは、デートと言っても、そのプランを練っていても、全然ドキドキしてる感じはなくて…けど、全然残念なんかじゃない。だって、ドキドキはしてなくても……楽しみだって気持ちは、伝わってくるんだもの。

 

「だったら後は待ち合わせ場所ね。やっぱり教会前かしら」

「うん?わざわざ外で集合するのか?」

「その方が、特別感があって良いでしょ?」

「特別感…確かにそうだな。じゃ…明日は宜しく頼むぜ、セイツ」

 

 小さく笑うカイトに、わたしも軽く頷いて笑う。準備は、デートプランの打ち合わせは終わった。後は明日を、当日を待つだけ。

 そう、デートは明日。デートの前日はいつも、わくわくして仕方がない。わたしの言うデートは、世間一般で言われるそれとは少し違うけど、きっとこのわくわくする気持ちは同じで……

 

「…あら?」

「……?どうしたんだ?セイツ」

「あ、いや、今何か物音がした気が……」

 

 どんな音?…と訊かれても困る程の、本当に小さな…気がする、ってレベルの物音。それが廊下への扉の方から聞こえて……けれど廊下に出てみても、誰かがいたとか、何かが転がっていたとかは特になかった。

 

「気のせいじゃないのか?」

「…かもしれないわね。楽しみ過ぎて、幻聴でもしちゃったのかしら?…なんてね」

「セイツ……それは冗談だとしても、そんなに笑えないぞ…」

「そ、そうね…我ながらそう思ったわ…」

 

 気のせいだったのかも。そう結論付けて、わたしは戻った。まぁ少なくとも、教会は楽に侵入出来る程雑なセキュリティになんてなってないし、敵意を持った何かがいたのなら、それこそ直感的に感じるものがあった筈。

 それより今は、明日の事よ明日の事。明日に備えて、今日はちゃんと休まないと、ね。

 

 

 

 

「はわわ…聞いた?聞いた?エスト…二人共、あんなに楽しそうにデートの話してるだなんて……」

「落ち着いてー、ルナ。どこぞの黄色くて腹黒いカナリアみたいになってるから。…けど確かに、本当の…というか、恋愛的な意味のデートの話をしてるみたいな雰囲気だったわよね」

「うーん…でも、カイトさんとセイツさんだよ?カイトさんは、そういうの興味なさそうだし、セイツさんは…相手を問わず、って感じだし……」

「でも、そういう二人に限って…なんて事もあるんじゃない?二人って、物理的にもかなり熱い勝負をし合った仲な訳だし。…ま、実際どうかは知らないけど……聞いちゃった以上は、明日尾行してみたりする?」

「び、尾行なんてそんな……けどうん、しよう…!半端に知って誤解するより、ちゃんと真実を知るべきだよ、多分…!」

「いや、尾行は止めた方が…って、ルナさん凄いやる気ですね…!我慢出来ない感凄いですね…!(何か不安になってきた…念の為、わたしも付いていこうかな…気になるとかじゃなくて、万が一の為に…。…万が一の為に…!)」

 

 

 

 

 改めて考えてみると、女神と二人でデートなんて、とんでもない事になった気がする。本気の手合わせも同じ位とんでもないが…そっちは三度目、これは今日が初めて。…三度も経験してる辺り、やっぱり手合わせの方も凄い気はまぁ、するが。

 ともかく俺は、待ち合わせの時間より少し早めに教会の前へと出た。出て、軽く見回し…一分もしない内に、声を掛けられる。

 

「お待たせ、カイト」

「いや、俺もついさっき来たところだ」

「ふふ、そうよね。…実は歩く貴方の後ろ姿、見えてたもの」

「ははっ、まあ同じ建物の中から、その正面に出てきただけだもんな」

 

 ほんと、わざわざ待ち合わせをする意味あったか?…と言いたくなるような状況だが…意外と悪くない。セイツも言っていたが、確かにこれだけでもちょっと特別感がある。

 という訳で、来て早々に集合の出来た俺達。今日、どんな一日にするかはもう決めてあるから…早速俺達は歩き出す。

 

「…そういや、イリゼはこの事知ってるのか?」

「知ってるわ、だって話したもの。…けどカイト、デートが始まって早々に別の女の子の話をするのは良くないわよ?少なくとも、普通のデートだったら良い印象は持たれないんじゃないかしら」

「…そうなのか?」

「そうよ。デートっていうのは、相手を独り占め出来る時間だもの。…まあ尤も、わたしの場合は誰かに思いを馳せている感情に触れられるのなら、それはそれで嬉しいんだけどね」

 

 デートとはなんたるか、を軽く指南される俺。今後セイツ以外とデートをする機会があるかどうかは分からない…が、言われた事は一応頭の片隅にでも置いておく事にしよう。

 

「じゃ、最初はサブカル専門店ね。まあ正確には、そのお店がある商業施設、だけど」

「って事は、他の店もある訳か。スポーツ用品店とか雑貨屋とかがあったら、そういう所も見てみたいな…」

「何か買いたい物があるの?」

「いいや、けどそういう店って、見てるだけでも面白いものだからさ」

「あ、分かるわ。全然やった事ないスポーツでも、道具を見てると色々想像が湧くものね」

「そうそう、それに知らない道具や雑貨を見つけられたら、それは新しい発見になるしな」

 

 会話をしながら、街を歩く。妙なテンションになった時のセイツは軽く危険を感じる…が、そうじゃない時は常識的だし、こうして話も盛り上がる。で、雑談しながら街を歩くっていうのも、ただ話すのとは違う良さがあって…これがデートの良さなんだろうか。まだ序盤も序盤な訳だが。

 

「さ、あそこよ。あるのは四階だけど、一階は確か……」

 

 と、言いながらセイツは建物の中へ。知ってるのかと思いきや、入って早々にセイツは店舗の案内図を見やる。…まぁ、俺も最寄りのデパートや商業施設だって、興味ない店の事はよく知らないし、そんなものかもしれない。

 そしてこの商業施設には、面白そうな店舗が幾つかあった。という訳で下から上へ、登りながら俺達は順に見ていく。

 

「お、これは……」

「あら、どうかしたの?」

「いや、パーティー用の被り物を見つけてさ」

 

 二階のディスカウントストアで俺が見つけたのは、何種類かの被り物。中でも一番目立つのは、馬の頭の被り物で…試しに見本を被ってみたら、セイツはくすくす笑っていた。

 

「いきなり被るだなんて…カイトったら、意外とお茶目なところがあるのね。思わずヘッドロックしたくなっちゃったわ」

「そしたらそのまま舞台袖に捌けていきそうだな(一応異性な俺を小脇に抱える事に抵抗はないのか…)」

 

 そんなやり取りを交わした後、俺達は移動。上の階に登るべく、エスカレーターの方へ向かい……

 

「……?」

「…セイツ?」

「…気のせいかしら…視線を感じたような……」

 

 くるりと振り向き、小首を傾げたセイツ。視線?と思って俺も振り向いたが、それらしき人影はなく、いたのはさっきのコーナーで全員揃って被り物をしているちょっと不思議な集団位。一人二人じゃなく、全員とは…変わった人達もいたもんだな。

 

「…セイツの事を、女神って気付いた誰かでもいたんじゃないのか?」

「うーん、そういう事かしら…ま、いいわ。このまま四階に行く?それとも三階でも何か見る?」

「んー、そうだなぁ…」

 

 視線を感じたらしいセイツだったが、あまり気にしていないらしい。だったら俺もいいかと切り替え、そのまま商業施設を楽しむ。

 目的のサブカル専門店は、期待した通りに楽しかった。こんな物があるのか、このゲームは元いた世界でもよく似たやつがあった気が…そんな感じの事を思いながら見て回り、店舗の端にあったアーケードゲームで軽く勝負したりと、この場だけでも充実した時間を過ごす事が出来た。そして、十分楽しんだ俺達は施設を出て…次の、目的地へ。

 

 

 

 

「ふ……ッ!」

「やるじゃない、流石男の子」

 

 勢い良く飛んできた球を、ギリギリまで引き付けて打つ。腰を回し、身体全体でバットを振り抜き…芯で捉えたボールは、施設に張られたネットを叩く。

 今俺達がいるのは、バッティングセンター。ここで俺達がしているのは…勿論、バッティング。

 

「野球は前にやってたからな。…セイツはやらないのか?」

「わたしはいいわ。だってやってたら、気持ち良さそうに打つカイトを、貴方の心を見ていられないでしょ?」

「ブレないな、セイツは」

「ふふ、ブレない事に関しては、カイトも中々なものだと思うわよ?」

 

 そうだろうか。セイツの言葉に疑問を抱いたが、次の球が来た事で俺は思考を中断。次なる球も俺は打ち…だが今度は、掠る程度だった為に逸れるだけで打ち返しにはならなかった。

 今のところ、結果はまずまず。よく飛ぶ事もあれば、空振る事もある。概ね前と変わらない感じで…だからこそ、引っ掛かりを覚える俺。

 

「…うー、ん?」

「カイト、どうかしたの?」

「や、魔法とかモンスターの突進とか、もっとヤバい物をこれまで何度も見てきて、凌いだ経験だって何度もあるのに、意外と打てないもんだな…と思ってな」

「あぁ。それなら多分、ボールには敵意も脅威もないからじゃないかしら」

「敵意、脅威…確かに、言われてみるとそうか……」

 

 返ってきた言葉に、俺は納得。確かに球は戦いにおける攻撃なんかよりはずっと危なくないし、機械で射出されている以上、そこに意思なんてない。そして俺は、これまで全ての攻撃を見切って対応していたかといえば…勿論違う。直感や本能で危機を乗り越えてきた場面も沢山あった。それを考えれば、案外上手くいかないのも、そうおかしな事じゃないのかもしれない。

 

「やっぱり女神は、戦いのプロだ…なッ!」

「国を守る要、人を守る最大の力が女神だもの、当然……あ」

「おっ」

 

 話しながらのフルスイング。会話の分、集中力は落ちてる筈だが、それが逆に良い意味での脱力に繋がったのか、球は高く、伸びるように飛び…設置されていた的へと直撃。軽い調子のファンファーレが鳴り…後ろからは、セイツの拍手も聞こえてきた。

 

「おめでとう、カイト。お祝いに何か……はぁう…!」

「…はい?」

「表面上はそこまで分かり易く喜ぶ訳じゃない、でも内心では喜びと達成感を湧き上がらせる…そんな貴方は、輝いて見えるわ…!」

「あ、おう……ほんと、セイツって変わってるよな…」

「……!わ、わたしを変態って言うんじゃなくて、変わってるで済ませてくれるなんて…!」

 

 途中までは普通だったのに、瞬く間におかしくなるセイツのテンション。だがまぁ、この位なら別にいい。…というか、変わってるならいいのか…別にそれで済ませたとかじゃないんだけどなぁ…。

 と、思っていたところで、再びファンファーレが店内に鳴る。どうやら別の客もホームランを出したらしい。

 

(一体誰が……うん?)

 

 さて、誰がホームランを出したんだろうか。そう思って見回して見る俺だが、ホームランが出た時点では後ろを見ていた為に、どっから飛んできたのか分からず…分かった事はといえば、何やら休憩スペースに飛び込む集団がいたって位。…そんな急いで休憩スペースに入りたくなる事ってあるだろうか。お手洗いじゃあるまいし。

 

「…ま、いいか。んじゃ、もう少し……って、セイツやるのか?」

「さっきはああ言ったけど…カイトのホームランを見たら、わたしもやってみたくなっちゃった。…ね、勝負しない?そっちの方が、お互いドキドキするでしょ?」

「勝負…いいぜ?折角だ、ここでリベンジを狙わせてもらうさ」

「経験は貴方の方が上でしょうけど…女神を舐めたら痛い目を見るわよ?」

 

 隣の打席に立つセイツは、小さく笑う。手合わせのリベンジは手合わせで、と思っているし、今の発言は半分位冗談だが…なんであれ、勝負というなら目指すのは勝利。

 経験値は俺が上。バッティング技術も俺が上で、だが反応速度や動体視力を含む身体能力は、総合的にはセイツの方が上だろう。勝てる可能性はあるが、確信まではないっていう、それこそドキドキする状況で……これがデートらしいかどうかはよく分からない。分からないが…これが俺にとって、楽しい時間であった事は、間違いない。

 

 

 

 

 バッティングセンターを出た時、時間は昼食に丁度良い…或いは少し遅い位となっていた。

 

『それじゃ…頂きます』

 

 二人で声を合わせ、同じタイミングで手も合わせる。包みを開き、ボリュームに期待を抱きながら…サンドイッチへ、齧り付く。

 

「んっ…美味し。見た目通りと言えば見た目通りだけど…期待通りの美味しさだわ」

「こっちも上手いな。出来立てのおかげでまだ温かいってのも良い」

 

 口内に広がる、照り焼きチキンの甘塩っぱい美味しさ。セイツのチーズチキンも美味しそうで、食べるセイツの表情は綻んでいた。

 今俺達がいるのは、サンドイッチ店近くのベンチ。案内の時とは違う方向性の昼食で、と考えていった結果、食事はこういう形となった。

 

「…けど、良かったのか?このサンドイッチは美味いが、デートっていうにはちょっと簡素な気が……」

「かもしれないわね。でも外で、ベンチで並んで食べるって意味では、デートっぽい気もしない?」

「…確かに、そんな気もするな」

「でしょ?昨日も言ったけど、『デートはこういうもの』なんて思考に囚われる必要はないのよ」

 

 そう言ってまた、セイツはサンドイッチを一口食べる。どうもデートってものに慣れない分、デートらしいかどうかが気になってしまう俺と違って、セイツはほんと自然体で、普通に楽しんでそうで…ああ、そうだな。俺も良い加減デートっぽいかどうかは気にせず、シンプルに『楽しむ』事を考えよう。

 

「って訳で…カイト、一口頂戴。わたしのも一口あげるから」

「何がどうして、『って訳で』なのかは分からないが…いいぞ。まあ、どっちもチキンだけどな」

「それでも味は違うでしょ?はい、あーん」

 

 セイツから差し出される、チーズチキンのサンドイッチ。デートに囚われる必要はないと言った直後に、デートらしい事を?…とも思ったが、囚われる必要はないってのは、デートらしい事をしちゃいけないって話じゃない。それにそっちも美味しそうだと思ってたしな、と俺は差し出されたサンドイッチを一口食べ……

 

「ちょ、ちょっと!?こ、これわたしが食べたところよ!?か、間接キスとか気にしないタイプなの!?」

 

……ようとしたら、引っ込められた。セイツの方から口を付けた方を差し出してきたのに、いざ食べようとしたら顔を赤くしていた。…理不尽だ…。

 

「ならなんで、逆側出すとか一口分千切るとかしなかったんだ…」

「あ、貴方が何かしらドキドキしてくれるかと思ったのよ……」

「…………」

「わ、悪かったわよ…非があるのはわたしの方だって自覚はあるわ…」

 

 じゃあそれは自爆じゃないか。そう思いながらセイツを見れば、セイツは肩を落としながらサンドイッチの端…まだ食べていない方を千切り、俺にくれた。美味かった。

 

「ふぅ…じゃ、今度はこっちの番だな。これ位でいいか?」

「え、えぇ…うん、やっぱりこっちの方が濃厚っていうか、がっつりした美味しさがあるわね」

 

 同じ要領で渡したサンドイッチを受け取ったセイツは、自分の分を膝の上に置き、両手で持って食べる。手合わせの中じゃ激しさや豪快さもあって、ここまでも快活な言動の多かったセイツだが、こういうところは普通に女子って感じで…なんというか、表情豊かだな、と思う。表情だけじゃなくて、反応の一つ一つが印象的で…そういうところは、イリゼに似ている。

 

「……カイト?どうかしたの、急にわたしを見つめるなんて」

「や、何でもない。それよりここからはどうするよ?予定じゃ、ここからは何も決めず当日の気分で…って事にしてただろ?」

「予定じゃ何も決めず…ってなんか変な言葉よね。ま、それはともかく…わたしはこれといって思い付いてないし、カイトもそうなら、のんびり歩いてみるのはどう?この辺りは前に皆で来た場所じゃないし、軽く案内もするわよ?」

「それも良いな。散歩みたいに、目的地を決めず歩いてみるのも……うん?」

 

 そういう楽しみ方も良さそうだ。そう思い、俺は前の案内では来なかったここ周辺の建物や風景をゆっくりと見回していき……ふと、何かが気になった。具体的な事柄ではなく、漠然とした何か、が。

 

「今度はどうしたのよ、カイト」

「あー、っと……そうだ、見覚えのある顔があった…気がしたんだ」

「見覚えのある顔?…なんか、やけにふわっとした言い方ね…」

「そんな気がする、って程度だからな…今見回しても見当たらないし…」

 

 見間違いか、他人の空似か。ともかく知り合いっぽい人物は見当たらず、そもそも誰だと思ったのかも分からない。なら、気にしても仕方ないだろう。気にしてももやもやするだけだろうしな。

 

「見覚えのある顔…」

「セイツは心当たりがあるのか?」

「心当たりっていうか……それよりもう一個の方も食べて、続きしましょ?」

「あ、あぁ。…女神って、意外と食べるんだな」

「人の姿は本来の姿より消耗が少ない…っていっても、本来シェアエナジーで賄う要素の一部を別の手段で代替してるのが、人の姿の女神だもの。シェアエナジーを代替するんだから、その分量は必要になるのよ」

「…つまり、燃費が良くない…って事か?」

「そういう事。折角消耗の少ない姿をしてるのに、食事を控えてシェアエナジーで賄うなんて事をしたら、そんなの本末転倒だもの」

 

 もう一つのサンドイッチ、あんこやクリームの入った菓子パン感覚のサンドイッチも俺達は食べ、それからベンチを立つ。

 ここまでも基本セイツの案内だったが、はっきりした目的地がない今は、一層セイツの案内で進む事になる。さて、この後は何があるか…何をして、そこでどんな会話をするか…それが、楽しみだ。

 

 

 

 

 二人並んで歩くセイツとカイトの後ろ姿。それを見つめる人影が、一つ……ではなく、六つ。

 

「ふぅ、危なかった…カイトに見られたかと思った時はヒヤヒヤしたぜ……」

「もう、ウィードはバレないように…って意識し過ぎなのよ。見張るにしろ尾行にしろ、重要なのは自然体でいる事、それでいて相手を見失わない事なんだから」

「詳しいねエストちゃん…それも忍者セットを使いこなすついでに学んだの…?」

 

 六つの人影は、一ヶ所の合流。その中の一人、ウィードは大きめの雑誌を手にしながら安堵の声を一つ漏らし、それにエストが、更にそこへイリゼが反応する。

 彼女達は、偶々ここに居合わせた訳ではない。セイツとカイトによるデート…それが気になって尾行してきた、普通に考えたら良い迷惑な面々である。

 

「でも、見つからなくて良かったよ。さっきもイリゼとエストとネプテューヌが張り合って結局ホームランまで出しちゃったせいで、慌てて隠れる羽目になったし……」

「その前は、隠れる場所も時間もなくて、思わず変な被り物をする事になりましたね…」

「あはは、でもそれはそれで面白い経験じゃなかった?…っと、そろそろ行かないと二人を見失っちゃうよ?」

 

 それもそうだ、とネプテューヌの言葉で六人も移動を開始。いつでも身を隠せるよう、障害物や人混みを転々とするような形でセイツとカイトを追っていく。

 

「次はどこ行くのかな…ご飯の後だし、ゆっくり見て回れるようなところかな?」

「いーや、二人の事だし腹ごなしも兼ねて〜、って事で活動的な事をするかもよ?」

「ここまでは割と、ほんとのデートっぽい感じもあるわよね。あ、ディーちゃんこれ食べる?結構美味しかったわよ」

「あ、うんありがと。…その辺り、妹のイリゼさんはどう思ってるんです…?」

「ど、どうって…セイツはこれまで色んな相手とデートしてるし、カイト君は手合わせのお礼も兼ねて受けた、って面もあるだろうし、何よりセイツの言うデートは便宜的な表現だから、どうもこうもないっていうか…うん、ない…ない筈……」

「言葉の端から動揺が漏れてるぞ、イリゼ…というかこれ、本当に俺は必要か…?」

「必要だよ、わたし達だけじゃ男の子の視点が欠けてるし!」

「うん、そうだよ…!男の子だから分かる部分もある…と、思うもん…!……多分」

 

 エストはディールに、フルーツとクリームを挟んだサンドイッチの半分を渡す。他の面々も、セイツとカイトが食事している間に確保した、二人が選んだのと同じ店のサンドイッチを手早く食べて昼食を済ませる。

 尾行する六人ではあるが、意思は一丸…という訳ではない。ルナとネプテューヌは積極的であり、エストもどちらかといえばそちら側だが、ディールは気にしつつも三人よりは一歩引いたスタンスであり…イリゼも気にはなるという様子だが、ウィードは頼まれたから来た、といったところ。

 

「男の視点、ねぇ…男の視点かどうかは分からねぇが、今のところで言うなら、仲良さそうではあってもデートっぽいかどうかは…微妙、なんじゃないか?」

「あー、それはわたしも思った。今のところ、仲の良い異性の友達って感じだよね。普通仲良くたって、男女二人っきりで遊びに行ったりはしないけどさ」

「その辺りの判別は、流石彼氏持ちのネプテューヌちゃんってところかしら?」

「ふふん、でしょー?」

 

 分かっちゃうんだよねぇ、とばかりにネプテューヌは胸を張る。あまり尾行らしくない…些か賑やかなやり取りをする一行だったが、そこそこ距離を取って追っている為か今のところ声を聞かれた…という状況にはなっていない。当然その分、二人の声も聞こえていないのだが、それはそれで良い、と積極的なメンバーは楽しんでいた。

 そう。何も一行は、本気で二人の関係を暴こう、はっきりさせようと思って追っている訳ではない。気になる、というのも勿論あるが…尾行し関係性について想像を巡らせるという、普段ならまずない経験を楽しんでいるという側面もあった。

 

「…あ、でもそれで言うなら、ウィード君も男の子、ってだけじゃない視点で見られるよね?」

『……?』

「いや、まぁ…そりゃ否定はしないけど、しないけどさ……」

 

 数秒の感覚の後、イリゼとウィードが会話を交わし、そのやり取りに他の面々は小首を傾げる。恥ずかしげに頬を掻く…ここまでの流れとその反応で薄々の予想は出来ていたが、当の本人の声音が、誤魔化しではなく本当に込み入った事情のある何かであるようなものであった為に、予想は出来ても「何だろうか…?」という感想を抱いていた。

 そんなやり取りが途中に挟まりながらも、緊張感なく尾行は続く。よく知らない地域という事もあり、尾行しつつもイリゼは案内を兼ねる。

 

「この辺りは、前に案内してもらった場所より少し人通りが少ないというか、落ち着いた感じがありますね。…その時案内してくれたのは、セイツさんの方ですけど」

「まあ、当たり前だけど全部の地域が同じ位賑やか、って訳じゃないからね。もう少し行くと住宅街になるしさ」

「なんでそんな所にあの二人は…って、あ…もしかして、向こうも案内を兼ねてたり?」

「エストちゃんの言う通りかもねぇ。……はっ!」

『……!』

 

 どこかの店舗に入る訳でもなく、特別見所がある訳でもない場所を進む二人に疑問を抱いていたエストだったが、向こうもこちらと同じなのでは?と考え納得。その予想にネプテューヌも頷き…直後、セイツが足を止める。

 次の瞬間、ただそれだけで危機を感じ取った面々は、曲がり角や植え込みの裏へと即座にダイブ。飛び込むのとほぼ同時に、立ち止まったセイツが、続けてカイトもその場で振り向き…首を傾げた後に、反転してまた歩いていく。

 

「あ、危なかったぁ…慣れてきたのかな、段々皆の反応に追い付けるようになってきた気がする…」

「ルナ、俺もだ…けどこんな形で反射神経と判断力が向上するのは複雑だ……」

「多分、こういうので培われた力は大概真面目な場面じゃ活かされないか無かったものになるかだと思うなー。ギャグ時空っぽい外伝での経験が、本編の危機で役に立つフルメタルでパニックなパターンとかもあるけどね!」

 

 二人が歩き出してから数秒後、隠れていた六人は慎重に出てくる。ルナの言葉通り、この一日で何度も危ない瞬間を経ている為か全員隠れるまでの動きに淀みはなく…臆する事なく、もう慣れたものとばかりに距離を取っての尾行を続行。

 

「あ、セイツもカイト君も笑ってる…何か、面白い話題にでもなったのかな…」

「さっきちょっと言ってたけど、ほんと仲良さそうではあるよね…。…もしほんとのデートだったらっていうか、これを切っ掛けに…みたいな事があったら、イリゼはどうする?」

「だ、だからどうもこうもないって…。……え、あれ、でも待って…もし万が一そうなったら、カイト君は私の兄に…?」

「カイトは私の兄になってくれるかもしれな「あ、ネプテューヌちゃんならそれ言うと思ったー」ボケを途中で潰された…!?」

「…尾行してる感、本当にないなぁ……」

 

 ちょこちょこ脱線するものの、尾行だけあり二人の行動や表情の変化には全員が注視している。特にイリゼは、二人の内片方が家族である彼女の場合はその方面で気になっているという部分が大きく、実際尾行に誘われ応じたのも、家族と異性の友達がデート、という件に対して何だかんだ色々気になっていたからであった。

 

「…まあ、結局は楽しく出掛けた、ってだけで終わると思いますよ。そんな急に、関係性が変わる訳ないですし…」

「…と、思うでしょディーちゃん。けどこれが意外と、そうでもないのよ?」

「そ、そうなの…?」

「そうそう、切っ掛け一つでがらっと変わる事もあるし…気付いたら好きになってた、恋に落ちてたって事もあるんだからね?」

「へ、へぇ…ほんとに詳しいっていうか、何となく説得力があるわね……」

 

 実際にはこれまで通りの関係で終わるだろう、とディールは言う。それは気を揉むイリゼを気遣っての発言だったが、訳知り顔のエストがそうでもない、とちょっぴり口角を上げながら返す。そうなのか、とディールは妹の発言に目をぱちくりとさせる。

…が、更にそこへ返したのはネプテューヌ。実績を伴った彼女の言葉には、エストも若干ながら姉と近い表情になり…確かになぁ、とウィードは一人頷いていた。そうなんだー、とルナは他人事のように聞いていた。そしてエストとネプテューヌの言葉に、イリゼは心の中のざわつきとでも言うべきものを更に掻き立てられ……

 

「……あれ、なんか家見てる…家見ながら、電話して…わっ、中入ってちゃったよ…!?」

「えっ…イリゼさん、あそこのお宅には知り合いがいるんですか…?」

「ど、どうだろう…少なくとも私の知り合いであそこに住んでる、って聞いた事ある人はいないかな…でも、私が知らなくてセイツの知っている人だって、普通にいるよね……」

「や、それ以前にデートで第三者の家に行く事ってあるか…?」

「…もしや、イリゼおねーさんにも教えてない隠れ家…とか…?」

 

 民家の中へという、奇妙な行動に出るセイツとカイト。それに疑問を抱く一行だったが、もしや…というエストの発言で、ぴしりとその場の空気が固まる。

 突然ながら、全員の知識は均一ではない。恋愛に関しても、疎い者から詳しいとまでは言わずとも、そこそこは分かる者まで様々。しかしそんな面々でも、デート中に民家へ…家族すら知らない家屋に入っていったとなれば、情事や色事を連想するのは想像に難くなく…まさか、という思いのままに駆け寄っていくのも当然の事。

 

「あわわ…ちょっとこれは、予想外の展開じゃない…?」

「さ、流石にこれはもう踏み込んじゃいけないレベルでは…?…も、もしもの事がありますし…!」

「そう言いつつディーちゃんも来てるじゃない…けど確かに、わたしもこれにはちょっと躊躇いが……」

「うぅ、それも分かるけど気になる…ここで帰ったら、気になってもやもやしてご飯も半分位しか食べられないよ…!」

「あ、半分は食べられるんだな…。……でも、カイトって男らしいというか、決めるべきところは決めるタイプな気がするしな…それに何気なく民家に入ったりはしないだろうし…」

「な、なんでそんな事言うかなぁ…!うぅぅ…待って待って無理無理無理無理ぃ…!セイツもカイト君も中で一体何する気なのよぉぉぉぉ……!」

『ちょっ、イリゼ(さん・おねーさん)…!?』

 

 気になるあまり(?)普段とは違う口調になりながら、イリゼは民家の敷地へ侵入。完全に衝動的なその行動に、他の面々は驚きながらも後を追う。止めるというより、その勢いに引き摺られるように全員揃って敷地内へ。

 どうしてここに入ったのか。中で何をしているのか。それを知った結果どうなるかなど分からない。しかし知らずにいる事と、知る事によるリスクを計る天秤を跳ね飛ばしたままイリゼは進む。進み、何故か開けられたままの玄関口まで行き着き、そのまま後を追う五人に先行するように中へと入り……

 

『わっ!』

『うわぁッ!?』

 

──全員揃って、仰天した。驚き尻餅を突いた。中から出てきた…否、玄関に隠れていたセイツとカイト、二人に左右から驚かされた事によって。

 

「あははははははっ!引っ掛かったわね、皆!」

「えっ、ぁ……へ…?」

「いやまさか、ほんとにいるなんてな…しかも、六人って……」

 

 突如現れた二人をぽかんと一行が見つめる中、セイツは愉快そうに大笑い。イリゼが茫然とした声を出せば、カイトも笑いを堪えるように口の端をひくつかせながら、同時に呆れ混じりの声を漏らす。

 

「き…気付いてたん、ですか…?」

「気付いていたっていうか、そうかもしれない…って思ってたのよ。一回視線を感じた程度ならともかく、何度も気になる事があって、昨日も物音がしたように感じたってなれば、尾行を疑うのはそう変な事でもないでしょ?」

「その割には、不用心な対応だな…危険な相手だったら、驚かしてる場合じゃないだろうに……」

「視線は感じても、敵意や悪意は感じなかったもの。それにわたし達を害する気があって、しかも本気で戦っても勝てないような相手だったら、そもそもこんな何度も気取られるような尾行はしない筈よ」

「あ、それはご尤も…うー、けどなんかしてやられた感じね……」

「こっちはずっと尾行されてデートを見られてたんだから、これ位はしたっていいだろ?」

『それは、まぁ……』

 

 返す言葉のないカイトの発言に、一行は顔を見合わせた後、ぺこんと頭を下げて謝罪。すると二人共そこまで気にしないタイプだからか、それとも驚かすという『お返し』が見事に決まって気分が良いからか、すぐに許す事を伝え…その上で二人は肩を竦める。

 

「けどまぁ、ワイワイストーキングみたいなのを実際にする人がいるとはねぇ。しかもそれを家族や友達がしていて、その対象にまでなっちゃうなんて……ここまでくると逆に、面白い経験をしたって言えそうだわ」

「いやぁ、実際面白い経験だったよ?今度は二人もこっち側やってみるのはどう?」

「その場合誰のデートを尾行するんだよ…というか、開き直るのは違う気がするぞ」

「おぉ、突っ込まれた!カイトってあんまり突っ込み入れる場面少なかったから、これもこれで貴重な経験…かも?」

「確かにカイトって、ちょっとした冗談には動じないものね。だからこそ、貴方をドキドキさせてみたいんだけど…これがまた難しいっていうか……」

「あ、分かる。カイト君は普通に感情豊かだし、男の子って感じの性格だけど、どこかどっしり構えてる…というより、ブレないところがあるんだよね」

「そうか…?…と、いうか…本人がいる前で、そんな反応に困る話はしないでくれ……」

 

 頬を掻くカイトの言葉に、「あ、ごめん…」と三人はやり取りを打ち切る。本人の前でする話ではない…これまた尤もな指摘が出てきた事で、他の面々も軽く苦笑い。

 

「…あ、ところでここってセイツさんの隠れ家とか、そういう感じの家…なの?」

「ううん、ここは普通の売り物件よ。わたしの名前を出して少し中を見てみたいって言ったら、すぐに許可してくれたわ」

「あぁ、だからさっき電話してたんですね…」

「ま、女神の名前出されたらそりゃ許可するわよね。…じゃあ、この倒れてる馬は……あー、ここに売り物件って貼ってあったのね…」

「そういう事、これを見えないようにしておかないと気付かれちゃうでしょ?……さてと、今日の尾行をどうこう言う気はないけど、するのはもうここまでにしてくれないかしら?尾行されたまま最後までデートっていうのは、流石にちょっと嫌だもの」

 

 仕切り直すような、セイツの要求。一先ず家屋に入っていった理由は分かった事、二人の気分を害してまで尾行を続けたいとは誰一人思っていなかった事から、求められた六人は即座に首肯。そうして一行は教会への道を歩き始め…六人を見送ったところで、セイツはカイトに向き直る。

 

「それじゃ、デートを再開しましょ。…っていっても、もう何件も回るような時間はないけどね」

「ここまでも色々回ったんだから当然だな。けど、もう時間がないならないで、ないなりに楽しもうぜ?」

「勿論。貴方ならそう言ってくれると思ってたわ」

 

 そう言って、二人もまた歩き出す。道中、まさか尾行されていたとは、と軽く話題にはしていたものの、変に引き摺る様子はない。それは二人共、完全に思考を切り替えていたから。もう尾行はされていないのだから、と思考を切り替え…これまでのように、デートを楽しんでいく。

 

 

 

 

 色んな所を見て回って、遊んで、食事をして、会話もして……そんな一日を、わたしは過ごした。カイトとの、デートを交わした。

 尾行の件を除けば、特別な何かがあった訳じゃない。これまでに、他の人としたようなものと、そこまで大きくは変わらないデート。でも、わたしにとっては満足のいく、充実感のあるデートだった。だって…デートの内容に目新しさはなくても、その中で感じられる心は、感じる楽しさは、一つとして同じものなんてないんだから。

 

「んーっ…はぁ、楽しかったわ…」

 

 もう暗くなった帰り道。わたしは歩きながら伸びをし、感嘆の吐息を漏らす。

 本当に楽しかった。どこが、じゃなくてどれも楽しかった。余すところなく、充実していた。

 

「あぁ、俺も楽しかったよ。誘ってくれてありがとな、セイツ」

「こっちこそ、受けてくれてありがと、カイト」

 

 自分も楽しかった。そう言ってもらえて、わたしの中で安堵と喜びが湧き上がる。伝わってくる感情で、楽しんでくれている、面白いと思ってもらえている、そう思えていたけど…やっぱり、こうやって言ってもらえるのは嬉しい。ほんと、言うのって大事だし、はっきり伝えるのって大きいわよね。

 

「…それに、セイツの言う通りだったな」

「…わたしの言う通り、っていうと?」

「デートである事に囚われる必要はない、ってやつだよ。おかげで気兼ねなく楽しめたし…ゲイムギョウ界に来る前の事も、色々思い出した」

「それ、って……」

 

 ゲイムギョウ界に来る前の日も、こんな風に友達と出掛けたんだ。カイトはわたしに、そう教えてくれた。

 詳しくは知らないけれど、彼はゲイムギョウ界とは全然違う世界から、意図しない形で来たらしい。そして一度帰ったとか、帰る目処は付いている、みたいな話は聞いた事がない。

 

「バッティングセンターは、その時も行ってさ。あの時の俺に、後々異世界に行って、更に別の世界に来訪する事にもなって、そこでの女神とのデート中にもバッセン行くなんて言っても、絶対信じないだろうなぁ…」

「……ねぇ、カイト。少し、訊き難い事を訊いてもいいかしら」

「うん?なんだ、セイツ」

「貴方は……帰りたいとは、思わないの…?…ううん、違う。帰る気はない、もう元の世界の事はどうでもいい…そんな風に思ってる訳、ないわよね…?」

 

 懐かしそうにカイトは語る。その表情に曇りはなくて…けれどそんなの、楽しさや懐かしさだけで語れる訳がない。そう思って、わたしは訊く。訊いて、すぐに訂正する。帰りたくない訳が…未練ゼロな訳がないから。そうだとしたら、こんなに穏やかな顔で語る筈がないから。

 

「あー…悪い、気を遣わせちゃったか?」

「ううん、そんなの気にしないで。むしろ、わたしこそ申し訳ないっていうか…もしも今日のデートで、少しでも寂しさや苦しさを感じたのなら、謝るわ。ごめんなさい、カイト」

 

 立ち止まり、頭を下げる。わたしは感情に触れるのが、心を感じるのが好き。前向きな気持ちも、後ろ向きな気持ちも、善意も悪意と、肯定するかどうかは別問題として…そんな感情の煌めきには、いつも心を惹かれている。

 だけどだからって、寂しさや悲しみを見せてほしい訳じゃない。そういう感情を、誰かに抱いてほしいとは思わないし…もしそんな思いを抱かせてしまったのだとしたら、それは女神として間違っている。そんなのは、わたしの望むデートじゃない。だからわたしは謝って…次に聞こえたのは、頭を上げてくれという言葉。

 

「…まぁ、なんていうか…セイツの言う通りだよ。元いた世界の事を、どうでも良いとは思ってないし…多分だけど、寂しさもある。皆がどうしてるか気になるし、もし心配させてるんだったら申し訳ないし…大変な事もあるが、元気でやってるって伝えたい。それが俺の、正直な気持ちだ」

「カイト……」

「…でも、悩んだり塞ぎ込んだりはしてねぇよ。色々気持ちはあるが、自分でも割り切れてるのかどうかは分からないが…だけど悩んでたって、立ち止まってたって、何も変わらないだろ?塞ぎ込んでたって、多分余計辛くなるだけだろ?」

 

 でも。そう言って彼は、わたしからの問いを肯定した上でカイトは、それだけじゃないと続ける。真っ直ぐな目で、真っ直ぐな心で、言葉を紡ぐ。

 

「だったら俺は、取り敢えず進んでみる事を選ぶさ。もしかしたら、これからも帰れないままかもしれない。凄くあっさり、帰る手段が見つかるかもしれない。どうなるか分からないんだから、分からないのが未来なんだから…何とかなるさって思って、一歩でも前に進んだ方が、きっと良い。…そう、俺は思ってるんだよ」

「…ほんと、前向きなのね…カイトは」

「前向きっていうか…まあ、進むなら後ろより前の方が良いとは思うけどな。それに、今の俺は意図的に作られた扉で、自分の意思で別世界…じゃなくて別次元に来てる。それって結構、希望のある出来事なんだよな。…そんな訳で、俺は別に苦しんじゃいない。だから……謝らないでくれよ、セイツ。折角楽しかったデートなのに、それをセイツに謝られたら…そっちの方が、俺は悲しいからさ」

 

 謝られた方が悲しい。だから謝らないでほしい。そう言って、彼は笑った。わたしへの気遣いも、取り繕いも感じない…彼の真っ直ぐな在り方が、そのまま表れたような笑顔で。

 あぁ、そっか。これが彼の、カイトって人間なのね。…うん、だったら…それなら……

 

「…撤回するわ、カイト。それと、改めて言わせて頂戴。今日のデートは…最高だったわ」

「おう」

 

 頷き、撤回し、わたしも笑う。彼自身がそう言うなら、きっとそうなんだ。なら、わたしも今日の事は、後悔じゃなくて満足で終わらせなきゃ…じゃなきゃそんなの、わたしじゃないわ。

 

「…うん、ほんとに貴方は凄いわ。手合わせした時も感じたけど、こんなのイリゼが『また会いたい』って思うに決まってるもの。オリゼもきっと、貴方と会ったら褒め言葉が止まらなくなると思うわ」

「うー、ん…俺はそんな、自分が凄いとは思わないんだけどな」

「凄い人間っていうのは、得てしてそういうものなのよ。ふふっ」

 

 もう一度…今度は微笑むように笑って、わたしは一歩先に歩き出す。カイトは小首を傾げながらも付いてくる。

 彼はこれから、どんな経験をして、どんな人になっていくのか。今でも凄い彼は、ここからどう変わっていくのか。それをイリゼは気にしていて、期待していて…今はもう、わたしもしている。わたしも彼に、凄く期待を抱いている。だからそれを…見てみたい。

 そうしてわたし達は歩いていき、教会に着き、わたし達のデートは終わる。楽しかったからこそ、名残惜しさもある。でも…満足した上で、更にちょっと位名残惜しさがあった方が良いのよね。だって…その方が、これからの事にも期待を、楽しみだって気持ちをより強く抱けるもの。




今回のパロディ解説

・黄色くて腹黒いカナリア
ルーニー・トゥーンズシリーズに登場するキャラの一人、トゥイーティーの事。トムジェリと展開的には似てますが、ジェリーより何かとやり過ぎな事が多いですよね。

・「〜〜思わずヘッドロック〜〜」「〜〜そのまま舞台袖〜〜」
お笑いコンビ、バンビーノの代表的なネタのパロディ。要はあのネタに出てくる馬の被り物…っぽいやつを被った訳ですね。

・「〜〜フルメタルでパニック〜〜」
フルメタル・パニック!の事。本編だけでなく、外伝での事も含めたネタですね。ただのギャグ展開と思いきや、後々本編で活きる…そういう展開は素敵だと思います。

・ワイワイストーキング
生徒会の一存 碧陽学園生徒会黙示録において登場した単語の一つの事。連続でファンタジア文庫パロです。正直、尾行はこのネタに影響されている部分もあります。


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第十七話 興味が満たされる国

 先日アイは、他の人達と一緒にルウィーに行った。理由はまあ、分かる。ブラン目当てだろうし、何か面白い事が起きそうだ、って考えていたのかもしれない。彼女は気分屋だもの、ノリで行っていたとしてもおかしくないわ。

 それを知って、特に何か思った訳じゃない。ただ、でも…イリゼに「イヴはどこか行ってみたい?」と問われた事で、少し考えて…それなら、と答えた。それなら、ラステイションに…と。

 

「到着、っと。イヴは勿論だけど、グレイブ君もここまで来るのは初めてだったよね?」

 

 教会の敷地内に降り立ったイリゼは、私と彼…同行者であるグレイブの方を見ながら言う。問われたグレイブは、その質問に首肯を返す。

 

「あぁ、前は遠目に見るだけだったからな。ここにゃどんな変わった女神がいるのか楽しみだぜ」

「あ、変わってる前提なんだ……」

 

 遠慮も何もないグレイブの発言に、イリゼは苦笑い。まぁ、確かに変わってないとは言えないわね、と私は思いつつ…訪れた国、信次元のラステイションをぐるりと見回す。

 工業が盛んな国、ラステイション。それは信次元も同じなようで、感じる雰囲気も何となく似ている。けれど違う部分も幾つかあって…例えばこっちのラステイションには、あの特徴的な巨大パラボラアンテナがない。というかあれ、大き過ぎやしないかしら…。

 

「こほん、まぁ取り敢えず入ろっか。ノワールもユニも、待ってくれてるみたいだからさ」

「わざわざ待ってくれてるのね」

「別次元からの客人は直々にもてなしたい、って事なんだって」

 

 それは何ともノワールらしい理由。という事は、性格も概ね私の知ってるノワールと同じなんだろうか。そんな事も思いながら、私は二人と共に教会裏手へ。イリゼが連絡を取った後、裏手側の出入り口で待っていると…中から扉が開けられる。

 

「あ…いらっしゃいませ、イリゼさん。それに…初めまして。アタシはラステイションの女神候補生、ブラックシスターことユニです」

「初めまして…えぇ、こちらこそ初めまして。イヴォンヌ・ユリアンティラよ」

「グレイブだ。えーと、女神候補生って事は…あれ?女神候補生も、女神…なんだよな?」

「うん、そうだよ。女神の候補生、じゃなくて守護女神の候補生、だからね」

 

 どうやら連絡を受けてユニが出迎えに来てくれたらしくて、私達は玄関で軽く自己紹介。それからユニに案内される形で、教会の中を進んでいく。

 

(よく考えたら、女神が直々に…なんて凄いものね)

 

 普通に考えれば、候補生とはいえ女神が出迎えて中を案内なんてする訳がない。公務じゃなく、女神個人としてのお客だから、という事だとは思うけど…改めて考えると、自分も随分偉い人間になったものだと思う。…実際には、偉いだなんて微塵も思わないけど。

 そうして案内されたのは、教会の応接室。ユニが扉を開けて、まずイリゼが、次にグレイブが、その後に私が入って…そこで待っていたのは、ユニ同様私にとっては見慣れた相手。

 

「お待たせ、二人を連れてきたよノワール」

「みたいね。ユニもご苦労様。…私がブラックハート、ノワールよ」

 

 自己紹介と共に、ノワールはツインテールの右側を手で掬ってなびかせる。その何とも「らしい」行動に、いつの間にか私は少し笑っていたみたいで、ノワールからは早速怪訝な顔をされてしまった。

 咳払いを一つして、ノワールにも自己紹介。ユニの時もそうだったけど、知っている相手に初めましてと言われたり、自己紹介し合ったりするのは少し違和感があるもので…これも回数を重ねれば慣れるのかしら。慣れる程何度も、別次元に行ったりするかどうかは分からないけど。

 

「守護女神が相手だからって威儀を正す必要はないわ。コーヒーを淹れるから、寛いでいて頂戴……って、二人共あんまり緊張してる感じないわね…」

「んー、まぁ俺にとっちゃ女神が偉い存在だって事自体、あんま実感ないからな。何せ全然違う世界から来てるし」

「私も貴女じゃない貴女とは、接する機会が多いのよ。…もう少し、緊張していた方が良かった?」

「いや、いいわ…ちょっと想定と違っただけで、別に緊張してほしい訳じゃなかったし…」

 

 そう言いつつも、何とも言えない表情でノワールはコーヒーを淹れてくれる。どうするかと訊かれたから、私はカフェオレで、と答え、イリゼとグレイブはコーヒー牛乳で、と返答。淹れてもらったカフェオレを私達は口に付け…一息吐いたところで、ユニが口を開いた。

 

「えと、それでお二人はどうしてラステイションに?」

「単に来てみたかったからだな。前は遠目に見ただけだし、またあのロボットを見てみたいし」

「ロボット…MGの事?」

 

 尋ねるユニに対して、それなら…と答えたのはイリゼ。何でも前に信次元に来た時、飛んでいる機体を見たらしくて…奇想天外な彼だけど、またロボットを見てみたいというのは見た目相応というか、少年らしい。……まぁ、私も気にならないのかと言われると…気にはなる。ロボット…というか、ラステイションの科学技術が。

 

「それじゃあ…イヴォンヌ…だったわよね。貴女は?」

「イヴで良いわ。私はもっと漠然とした理由よ。単純に、信次元のラステイションがどんな国なのか見てみたかったから…もう少し言うと、こっちの技術を見てみたかったから、ね」

「…もしかして、イヴさんはネプギアと同じ……」

「別に機械オタクな訳じゃないわ。自分で色々作ったりはするけど、基盤を可愛く感じたりはしないもの」

「基盤を可愛く…?なんだそりゃ」

「と、思うでしょ?けどそれを本気で言うのがネプギアなのよね…」

 

 そう言ってユニは肩を落とす。ネプギアの変な一面を知っている私達は苦笑いし…グレイブは一人、怪訝な顔をしていた。

 

「…って、訳だけど…どうしよう?」

「あ、ノープランなのね…」

「だってほら、ラステイションの事なら私が決めるよりノワールやユニに訊いた方が良いと思って」

「ま、それはそうね。…なら、折角だしちょっと見学してく?MGの、演習風景を」

 

 立ち上がり、片手を腰に当てて言うノワール。演習という言葉に、グレイブは分かり易く興味を抱いた表情を浮かべて…どうする?という視線が私に向かう。

 

「…それは、見てもいいものなの?」

「幾ら別次元や別世界からの貴重な客人でも、門外不出のものを見せたりはしないわ。安全面もあるから、ある程度離れた距離での見学にはなるけどね」

「けど、迫力は保証しますよ?何せMGは、ラステイションが発祥ですから」

「そういう事なら…見せてもらうわ。そんな自信有り気に言われたら、一層気になるし」

 

 ちょっぴり口角を上げ、胸を張るユニからは、これにかけてはラステイションが一番だ、とばかりの自信を感じる。自分から提案してきたノワールだけじゃなく、ユニまでそう言うのなら…見てみたくなる。期待の気持ちが湧いてくる。

 私は乗り気で、グレイブも初めからその気。だからここからは、MGの、ラステイションの技術の粋を見に行く事に決定。…さて…それじゃ、メモの準備でもしておこうかしら。ロボットだったら、ネプギアは勿論、うずめも興味を持ちそうだもの…ね。

 

 

 

 

 遠くからでも聞こえる轟音と、離れていても見える砂煙。巨大な鉄の塊が、素早く地上を、空を駆けて……激突する。

 

「おお…おおぉ……!」

「ふふっ、楽しんでくれてるみたいね」

「まぁな!」

 

 引き抜いた棒っぽい物からビームの剣を出力して、その剣同士で斬り結ぶ二機のロボット…じゃなくて、MG。激突の瞬間、俺は自分でも気付かない内に声を出していて…ユニの言葉にも、素早く返す。

 

「…あれ、ホログラムとかじゃなくて本当に出力してるビームよね?演習…模擬戦であんな物使って大丈夫なの?」

「大丈夫よ。出力は最低レベルまで落としてあるし、今は機体に触れたら即座にエネルギーの配給がカットされるように設定されているもの。…勿論、私がそのシステムを組んだ訳じゃないけど」

「それは分かってるわ。…けど、凄いわね…操縦者の技量次第ではあるんだろうけど、腕部も脚部も自在に動いてるみたいだし……」

「でしょう?それはね……」

 

 横から聞こえるのは、イヴとノワールのやり取り。イヴは技術者…ってやつなのか、模擬戦の光景よりその中での動きや使われている物が気になっているようで、ノワールに訊く以外にも、時々「へぇ…」とか、「成る程、これは…」とか、一人でぶつぶつ呟いていた。

 でもってイリゼは、ってかイリゼはイリゼで、考え込むような顔をしながら模擬戦を見ている。難しそうな表情だが、一体何を考えてるんだろうな。

 

「…………」

「…貴方、何か今企んでなかった?」

「…驚いた。ラステイションの女神は心を読む能力があったのか…」

「いやないわよそんな能力…てか、やっぱりなんか企んでたのね…」

 

 誰にも気付かれないよう、死んだふりしてトロッコを目指す主人公位静かに少しずつ移動していたのに、なんと気付かれてしまった。しかも俺が、思考に耽ってそうなイリゼに軽く悪戯してやろうと思っていたのが見抜かれていた。…侮れねぇな、女神候補生ユニ……。

 

「…なんか、変に高い評価されてる気がするから言っておくけど、悪戯好きなアタシの友達と似たような顔してたから、そうなんじゃないかと思っただけよ?」

「なんだ、そういう事かよ…」

「うん、それでグレイブ君は私に何しようとしてたのかな?」

「そりゃ、後ろから膝カックンとか……ってイリゼ、いつの間に…!?」

「ほほぅ、膝カックンねぇ…?」

 

 単に似た例を知っていただけか、と思ったのも束の間、いつの間にか話に加わっていたイリゼに俺は仰天。しかも、今の会話で悪戯しようとしていた事もバレたみたいで…ちぇ、上手くいかないもんだなぁ…。

 

「…あっちは賑やかね」

「まぁ、年齢層的に…ね?…あ、ところで知ってる?イリゼってあぁ見えて、目覚めてからの時間的には私達よりもずっとユニ達の方が近いのよ?」

「目覚めてからの時間…?」

「えぇ。…って、あれ…?イヴはイリゼが目覚めた経緯とか、どういう存在なのかって……」

「彼女が原初の女神の複製体だって事や、神生オデッセフィアがその原初の女神の力で創り変えられた大陸の国だって事は知ってるけど…多分、ノワールの言っている事は初耳よ」

「そ、そう…知らなかったのね、失礼したわ…」

「いや、まぁ…ある意味ノワールらしいし、それは別に構わないわ」

「それはそれでちょっと不服ね…」

 

 まあそれはそれとしてイリゼやユニと話していたら、向こうの二人のやり取りも聞こえてきた。でもって、なんだかやり取りが上手くいっていないようだった。

 

「なんだ、あれか?ノワールは早とちりしがちなのか?」

「いや、そんな事はないんだけど…多分、別次元からのお客って事で変に張り切っちゃってたのかも。ノワールって基本しっかりしてるんだけど、考えて動くタイプだからこそ、変に張り切って感情が先行すると空回りし易いっていうか……」

「あー、つまりイリゼと同じって事だな」

「そうそう私と…って失礼な!私はそんな……タイプかもしれないけど、だとしても失礼な!」

「あ、否定はしないんですね…」

 

 否定したって別にいいのに、律儀に認めるイリゼ。ま、そういうところが信用出来るとも言えるんだけどな。後、話してて面白いし。

 

「えー、と…まあじゃあそれは、私が語るのも変だからイリゼに話してもらうとして……そろそろもっと凄い物が出てくるわよ?」

「もっと凄い物……更なる空回りって事か?」

「違うわよ、なんで自分の空回りを予告しなきゃいけないのよ!…こほん。そうじゃなくて……あれよ」

 

 見事な突っ込みを見せてくれた後、ノワールは演習場…ってか、基地?…のある場所を指差す。そこは一見、何もないエリアで……だが俺達が見つめる中で、そこに変化が現れる。重い音と共に、舗装されていた場所が左右に割れて…中から巨大な艦が、姿を現わす。

 

「……!…凄ぇ…でっけぇ……」

「…もしかして、あれは…空中艦…?」

「あら、よく分かったわね。もしかして、貴女の次元にも空中艦はあるの?」

「あるといえばある、けど……確かに凄いわね…」

 

 空中、って事は…飛ぶのか?あれが?…と思う中、本当にその艦は大きな音を立てながら、浮上する。ゆっくりとだが、空に向けて浮かんでいき…段々と、加速していく。

 黒いボディにゴツい外観の空中艦は、見るからに強そう。あれ、どんだけの火力があって、どれ位の防御力があるんだろうな…あんだけデカいってなると、流石に普通のポケモンの技じゃそう簡単にゃダメージも入らないかもしれねぇな……。

 

「あるといえばある…っていうと、非戦闘用の艦船ならあるけど…みたいな感じですか?」

「いいえ、私が知ってるのは戦闘用も戦闘用…殺意満々の巨大戦艦よ。全長は……2㎞位あったかしらね…」

「へぇ、2㎞……え、2㎞!?2㎞ぉ!?」

 

 ほんと大きいなぁ、多分プラズマフリゲートより大きいんだろうなぁ…と思いながら俺が見ていると、ユニのやたら驚いた声が聞こえてきた。なんだなんだと思って見れば、イリゼやノワールもぎょっとしていた。

 

「2㎞って…こっちの要塞艦を余裕で超えてきてるじゃない……」

「うん……え、イヴもゲイムギョウ界の住人だよね…?第一次星間大戦の起こった世界とかじゃないよね…?」

「いやそんな、流石にあのクラスの戦艦が大量生産されているような世界には住んでいないわ…。…でももし、あの時止められていなかったら……」

『……?』

「…なんでもないわ」

 

 ふっ…と数秒曇る、イヴの顔。だが俺達が「うん?」と思って見ていると、気付いたイヴは何でもないと言って視線を飛行する空中艦に戻した。ずっと大きい船を知ってるらしいイヴだが、それでも興味深そうに空飛ぶ船を見上げていた。…流石にイヴには膝カックンしようとはしない。だってほら、まだイリゼ程はイヴの事知らないし。

 

「知ってたとしてもやらないでほしいんだけどなぁ…?」

「安心しろってイリゼ。今はもう気付かれてるんだからやらねぇよ」

「気付いてない時にもやらないでほしいんだけどなぁ…!」

「…ふふっ」

 

 イリゼが見せてくれる、予想通りの反応。こういう反応をしてくれるからイリゼと話すのは楽しい。こんな面白いイリゼが国のリーダーをしてるんだから、神生オデッセフィアが明るさを感じる国なのも納得ってもんで……そんな風に思っていたところで、聞こえてきたのはイヴの笑い声。

 

「うん?なんだよ急に」

「あ、ううん。単に二人は仲が良いのね、って思っただけよ」

「今のを見てそう思ったんだ…。…まぁ、仲は良いよ。かれこれ次元や世界を超えて会うのは四度目だし、最初の時は色々お世話になったし…それに、リベンジを果たしたい相手でもあるからね」

「その分料理とか、前の愛月の件とかで俺も色々世話になってるけどな、てか今もそうだし。…あーでも、そういう意味じゃちょっと申し訳ないなぁ。なにせ色々世話になってるイリゼのリベンジは、何度やっても果たされないだろうしよ」

「言うねぇグレイブ君。でも、気にする事はないよ。乗り越える壁は、高ければ高い程越えた時に爽快感があるんだもん」

「…ほんと、仲が良いのね。アイともそうだし、これだけ多くの次元や世界から人を招待するだけの事はあるわ」

 

 にっ、と軽く挑発するように笑い合う俺達二人。俺達のやり取りを見ていたイヴは、さっき笑った時と同じような、柔らかい表情をしていて…それを見たイリゼは、頬に指を当てて「んー…」と声を漏らす。

 

「…どうかした?」

「いや、大した事じゃないよ?ただ、イヴはもっと笑った方が可愛いのになぁって思っただけ」

「そ、そう。まぁ…それについては、なんというか……」

「まあ勿論、イヴももっと親しい相手、付き合いの長い相手の前では、普段から沢山笑ってるんだと思うけどね。…だから、私もそういう相手の内の一人になれるよう、頑張りたいな…とも思いました、以上!」

「…それは、嫌じゃない…けど、こうも面と向かって言われると、こっちの方が逆にちょっと気恥ずかしくなるわね……」

「イリゼって、こういう類いの話は結構躊躇いないっていうか、割とぐいぐい来るのよね。ネプテューヌに比べると言い方は控えめだけど、積極性は負けず劣らず…っていうか」

 

 もっと仲良くしよう、仲良くなりたい。…イリゼがイヴに言ったのは、よーするにこういう感じの事なんだろう。それに、ノワールの言う事も分かる。イリゼがるーちゃんと仲良くなれたのも、愛月が割と早い内から信用してたっぽいのも、イリゼがこういう性格してるからだろうし、な。

 と、そんな会話をしている内に、空中艦は大分遠くまで行ってしまった。少し惜しいが…代わりに今は、空で翼を持ったMGが飛び回り、素早い機動で模擬弾とかいう弾丸を撃ち合っている。これもかなり格好良くて…ポケモンに乗るみたいに、MGの上にも乗ってみたいなぁ…。

 

「…さてと。まだ暫く模擬戦は続くけど、どうする?もし宜しければ、食事をご馳走するわよ?」

「食事かぁ…あ、そうだ。折角だしさイリゼ、今度信次元の美味いカレーを教えてくれないか?もしそれをキャンプでも作れるなら、今後の旅の食事がより楽しみに──」

「ふっ…よく訊いてくれたわねグレイブ。けど、美味しいカレーは何か…そんなのアタシからすれば、考えるだけ不毛ってものよ。だって、カレーのポテンシャルは無限大。カレーとしての最低限のラインさえ超えているなら、後は全てにそれぞれの良さがあるんだもの。甘い辛いだけじゃない、ルーや食材だけでもない、どんな些細な違いでも完成した時の在り方に変化として表れるのが、その変化がアレンジに、その人やその家だけの味になるのが……全てに染まりつつも、全てを飲み込み包容するのが、カレーってものなのよ!」

「お、おぅ……なぁイリゼ、いきなりユニの性格が変わったっていうか、圧が凄くなったんだが…あれか?カレーの精か何かに乗っ取られたのか…?」

「あぁ…多分、単にカレーには拘りがあるっていうか、一家言あるからだと思うわよ。そうでしょ?ノワール」

「まぁ、ね。…で、それを知っているって事は、そっちのユニもカレーが好きなのね…趣味や好みも同じなんて思うと、別次元っていうのはよく似た別の世界じゃなくて、大元になる本流とか始点とかがあって、そこから枝分かれしてるものなんじゃ…なんて思うわ」

「…なんか、やたらと話が変わったね…元は食事の誘いだったのに……」

 

 そういやそうだった、とイリゼの呟きに俺達は苦笑。いきなりの豹変にゃ流石にちょっとビビったが…こんだけ熱量があるユニからは、きっと色んなカレーの事が聞けるんだろう。そう思うと、ちょっとわくわくする俺だった。

 

「…ま、カレーの話が出たし、カレーにでもする?勿論貴女達がそれで良ければ、だけど」

「私はそれで良いわ。なんか、ユニが語るのを聞いていたらカレーを食べたくなってきたし」

「お、奇遇だな。俺もそう思ってたところだ」

「じゃ、カレーに決定かな?これは中々期待値上がってるよ?ユニ」

「任せて下さい。皆さんを唸らせるカレーを、約束しますから」

 

 自信に満ちた顔で笑うユニを見て、本当に期待値が上がっていく。その様子にくすりも笑う…同じ笑い顔をするノワールは、まぁ当然だがユニと似ていて…兄弟とか姉妹とかってのも良いよなぁ、なんて思ったりもした。んまぁ、偶に愛月は俺の弟かと思われたりするらしいがな。

 で、この後俺達はユニにもう少し具体的な要望を訊かれて、それに合った店に案内された。そこで食べたカレーは…めっちゃ美味かった。ちょっと辛めだったが、それがまた食欲を誘う辛さだった(因みにイリゼだけは甘口を食べていた)。そのカレーにはイヴも満足気な顔をしていて……ラステイションはカレーが美味い国。そんなイメージが、俺の中で出来るのだった。……なーんて、な。

 

 

 

 

 鼻腔を擽る、品と深みを兼ね備えた匂い。器の中で悠然と佇む、赤く透き通った至高の一品。

 

「…御見逸れしたよ。いやはや、完全に君の実力を…理解の深さを読み違えていた。まさか、信次元でここまで味わい深い一杯と巡り合う事が出来るとは……」

「お気に召して頂けたようで良かったですわ。それに、これの良さが分かるとは…貴方もかなりの通ですわね」

 

 特に理由がない限り、俺は肯定的な表現を選ぶ。そこまで親しくない相手なら、尚更そうする。コミュニケーションの基本は相手を否定しない事だし、肯定し相手が良い気分になったのならその後の話はスムーズに進むんだから、処世術としては基本中の基本。処世術って言っていいのかも怪しいレベルの、当然の事。

 だが今は誇張なく、一切のお世辞もなく、心から…全身全霊で、そう感じていた。美味いと思っていた。彼女…ベールの淹れてくれた一杯に。差し出された、紅茶に。

 

「ふふ、分かるとも。キャンディをベースに様々な品種をブレンドしているところでベール君の『好き』を詰め込んだのが分かるし、淹れる前にカップを温めている事や、淹れる際の湯の温度等、細かい部分にも気を配っている点にも紅茶好きとしては好感を持てるね」

「えぇ、わたくし好きな事には妥協したくありませんもの。因みに、ズェピアさんはどの味を特に感じまして?わたくしこのブレンドには、まだまだ改良の余地があると思っていますの」

「わぁ…凄い、大人の雰囲気がすっごい……」

「確かに、そんな感じが凄いわね。…これに乗れないのがちょっとだけ悔しいわ…」

 

 偶々その場にいた事で誘われた、リーンボックスへの来訪。折角の機会だ、神生オデッセフィア以外の国を見てみるのも悪くないだろう、とリーンボックスへ行く事を希望した愛月君、その案内を務めるセイツ君と共に、リーンボックスの教会を訪れ、迎えてくれたベール君に紅茶とお茶菓子を振る舞われ…その時感じたね。あぁ、彼女は私と同じだと。紅茶に愛を、熱意を注ぐ存在なんだ…って。

 まあそれはそうと、隣から聞こえてくるのは、全然違う雰囲気のやり取り。蚊帳の外…といっても、二人ずつなら外も中もない気がするが…ともかく、普段の俺なら会話に加われないのを分かってて無視するような事はしない。……が、今は、今だけは少し待っていてくれ給え、愛月君、セイツ君。紅茶について語り合える相手は、割と少ないんだ…!結構貴重な巡り合わせなんだ……!

 

「そうだね…絶妙な配分でどの風味も主張し過ぎず、けれど確かにそれぞれを感じさせる味わいになっていたと思うよ。ただその上で、敢えて言うなら…ウバ、かな」

「あぁ、やはりそう思いまして?元々癖の強い紅茶故に、割合が難しいんですのよね…勿論量を抑えれば主張も控えめになりますけれど、わたくしとしてはウバもしっかり感じられる味わいにしたいというか……」

「うん、分かるよベール君。だからここは、ウバではなく他の茶葉の種類や割合を調整してみるのはどうだろう。押して駄目なら引いてみろ…ではないけど、別の方向からアプローチをするのも一考だと私は思うよ」

「…………」

「ん、やっぱり紅茶と合うのは甘みが強いお菓子よね。マドレーヌの場合はこのしっとり感も中々…って、どうかしたの?」

「あー、いや…ズェピアさんとベールさんが今、紅茶の…ブレンド?の話をしてるでしょ?それを聞いてたら何となく、ポロックとかポフィンとか…あ、どっちも木の実を使って作るお菓子なんだけど…を、思い出したっていうか…紅茶のブレンドって、面白いのかな…面白いならやってみたいなぁ……」

『……!』

 

 私見を伝えている中で、不意に聞こえた愛月君の言葉。自分もやってみたい…その言葉が聞こえた瞬間、ベール君もぴくりと肩を震わせて…どうやらお互い、同じ事を思ったらしい。

 

「面白いよ、愛月君。何が、と言われたら色々あるが、一番はやはり、自分が好きだと思える味や香りを作れる事、自分オリジナルの紅茶を作り出せる事だね」

「それに、オリジナルブレンド作りは決して難しいものではありませんわ。勿論凝ろうと思えば凝る事も出来ますが、良いと思った二つの紅茶を組み合わせる…それだけでも、立派なブレンドティーですもの」

「…つまり、ドリンクバーで複数の飲み物をミックスする位の感覚でやってもいい、って事かしら?」

「あまり良い例えではないが…うん、そうだね。完成した物を混ぜるか、混ぜてから飲み物にするか、取り敢えずはそれ位の違いでしかないと思ってくれて構わないよ」

 

 振り向き、ベール君と共にブレンドの良さを、それは決してハードルの高いものではないのだという事を語る。彼女の言った通り、ブレンドはただ混ぜればそれで良いという訳ではないし、順番の件も分かり易さ重視で「それ位の違いでしかない」と言ったに過ぎないが…折角興味を持ってくれたのに、その興味に冷や水を浴びせたり、ましてや訳知り顔で「半端な気持ちで入ってくるなよ…紅茶の世界によぉ!」…なんて事を言ったりするのは愚の骨頂。それに、大切なのは正しい手順を踏むだとか、セオリーを重んじるとかじゃなく、自分が満足出来るように…やりたいって思う自分の気持ちを大切にする事ってもんさ。…うん、我ながら今良い事を言ったぞ。多分。

 

「そうなんだ…よし、じゃあやってみる!」

「うふふ、その意気ですわ」

「まずはやってみる、やってみようと思う…良い事だよ、愛月君」

「へへ…あっ、セイツもやる?」

「わたし?わたしは…そうね、わたしもやってみようかしら。ここで一人だけ見学だなんて、寂しいもの」

 

 セイツ君もやる気になり、紅茶のブレンド体験会が今ここに開催。とはいえ、早速ブレンド…という訳ではない。

 

「ではまず、方向性を決めると致しましょうか」

『方向性?』

「どんな紅茶にしたいか、という事ですわ。すっきりした飲み口が良い、香りに拘りたい、リラックス出来るような紅茶にしたい…内容はなんであれ、それを決めなくては始めようがありませんもの」

「あ、それは確かにそうね。ゴールを決めなきゃ行き当たりばったりになるのは明らかだし。…因みに、味が良くて香りも良い、おまけに健康にも役立つ…みたいな、欲張った紅茶を作る事も出来るの?」

「それは、何を以って良しとするかにもよるね。例えば有名どころであるアールグレイ…まぁ、アールグレイはフレーバーティーといって、茶葉そのものの種類ではないんだけど…ともかくアールグレイは、柑橘系の風味がするんだ。そしてもし、香り目当てでアールグレイを選んだ場合、柑橘系の風味も好きならそれは『味も香りも良い』と言えるけど、逆に嫌いなら『香りは良いけど味は…』という評価になるだろう?」

 

 自分にとってのベストを作るのもブレンドの醍醐味なんだから、そういう意味じゃ欲張った紅茶を目指すのは当然…というか、それを目指すのがブレンドじゃないか。…とは言わない。落ち着け、冷静な思考を心掛けるんだぞ俺。ブレンドってやっぱりほんとは難しいんだ…なんて思われたら、折角抱いてくれた興味が台無しになる…!

 

「そっかぁ、うーん…どうしようかな……」

「遠慮する事はないよ、愛月君。君が望む、作りたいと思う紅茶を言ってくれればいい。それを実現出来るよう私は最大限努力するし、ベール君もきっとそうだろう」

「無論ですわ。折角またわたくしに会いに来てくれた愛月君の為に、わたくし頑張る気満々ですもの」

「ズェピアさん、ベールさん…それなら……やっぱり、ポケモンが飲める紅茶が良いなっ!」

『それは……』

 

 ぱっ、と表情を明るくした愛月君のリクエスト。それを聞いた俺とベール君は顔を見合わせ…どうしたものかと頬を掻く。さて困ったな、いきなりハードルが跳ね上がりましたよ奥さん…流石にポケモンが飲めるかどうかは分からない。多分大丈夫だと思うけどゲーム…じゃなかった、別世界の不思議な生物と紅茶との相性は分かりかねるよ……。

 

「あはは…ごめんなさい二人共。飲めるかどうかはちゃんと僕が確かめるから、そこは気にしないで」

「…こほん、そうしてくれると助かるよ。では、他に何かあるかな?」

「えと、僕はグレイブとよく旅をしてるから、疲れてる時とかほっとしたい時に良い紅茶にしたいな。味は、あんまり苦くない方がよくて…あっ、後暑い時とかでも飲めるように、アイスティーにしても美味しい紅茶とか…出来る?」

「ふむふむ、分かりましたわ。それと愛月君、紅茶は大体の種類がホットにもアイスにも向いている…というか、ホットで美味しいと感じられた種類の紅茶なら、殆どはアイスにしても美味しいものですから、最後のリクエストは恐らく意識しなくても満たされると思いますわよ」

「そうなの?わっ、やった…!」

「あらあら、愛月君の無邪気に喜ぶ様子は愛らしいですわね。うふふっ」

「あ、分かるわ。純粋ってだけじゃなく、純粋で無邪気な心をしてるのが愛月君の素敵なところよね」

「え、えぇ…?」

 

 分かる分かる、と微笑むベール君にセイツ君が頷いていると、愛月君は困惑しつつちょっと照れたような表情を浮かべる。……そういえば愛月君がリーンボックスに来たかったのは、前にもここ…というか、ベール君にお世話になったかららしいが…少年に彼女は少々刺激的過ぎるんじゃないだろうか。これを言い出すと、女神が女神化した時の格好も大分刺激が強過ぎる気がするが…まあ、今は触れないでおこう。全然違う話だし。

 

「では、セイツ君はどうかな?」

「わたしも苦味が強いものよりは、飲み易い方が良いわ。香り…は、しっかりしてる方が良くて……でも一番重視したいのは、ミルクティー向きの紅茶、って事かしら」

「ミルクティー…イリゼはミルクティーにして飲むのが好きでしたわね。つまり、セイツは妹の為のブレンドを作りたいんでして?それとも、セイツ自身もミルクティーが好きなのかしら?」

「どっちもよ。別にミルクティーは邪道、なんて言わないでしょ?…言わないわよね?」

「まさか。ミルクティーもれっきとした楽しみ方の一つだし…というか、私の世界における紅茶の本場では、むしろミルクティーの方が主流だと言っても過言ではない位だからね。…さて、それではベール君」

「今のリクエストを元に、それぞれに合いそうな茶葉やフレーバーティーを選出、ですわね」

 

 我が意を得たり、流石はベール君。彼女はもう、信次元における俺の同士と言えるかもしれないな。……なーんて事を思いつつ、俺達はベール君が持ってきてくれた茶葉のストックから選出を開始。同時に愛月君、セイツ君が興味を持った種類について説明したり、紅茶に纏わる豆知識を語ったりして、二人にも選んでいる間の時間を楽しんでもらう。

 

「…取り敢えずはこんなものかな。色々用意はしたが、まずはこれとこれを」

「…飲めば良いの?」

「そうですわ。ブレンドのベースになる物を知っていなければ、そこから何をどうするかも判断出来ませんもの」

 

 小首を傾げる愛月君にベール君が返し、俺達は少しだけ淹れた紅茶数杯を二人の前に。

 一つは、愛月君の要望…疲れている時に向いているという点で選出したダージリン。一つは、ミルクティーにして飲みたいという要望に合わせたアールグレイ。更にそこへ、数種類の紅茶を差し出す。

 

「アールグレイ…さっき例えに出てきた紅茶ね。これが一番ミルクティー向きなの?」

「いいえ、一番という訳ではありませんわ。先程ズェピアさんが言った通り、何を良しとするかによりますもの」

「愛月君に出したダージリンもそうだが、今回はリクエストに添いつつも、出来る限り有名な…知名度の高い茶葉で選んでみたのさ。紅茶好きでないと知らないような茶葉では、仮に良いブレンドが出来たとしても、今後君達が作ろうとした際、茶葉の調達に苦労してしまうかもしれないからね」

「そしてこれ等が順に、アッサム、ルフナ、ニルギリ、ウバですわ。ウバも先程少し名前が出ましたわね」

「…アッザムに、ルキナ?」

「言うと思いましたわ……」

「ニルギリ、ウバ…ニダンギルとウパーみたいな名前だなぁ…」

 

 うん、俺も言うと思った。俺も似た名前のポケモンいるよねと思った。そんな事を思いつつも、計六種類の紅茶から漂うそれぞれの匂いに俺は内心リラックス。

 続けて見せた四種類は、癖がない分ブレンドのベースに良さそうだったり、多少は最初の二種より知名度で劣っていても、リクエスト内容には向いているものだったりと、十分選択肢たり得る紅茶達。一通り説明を終えると、二人は紅茶を順々に飲んで…はふぅ、と小さく息を漏らす。

 

「どれも美味しいわ。…けど、だからこそ逆に選ぶのが難しいわね…というかわたしの場合、ミルクティーを想定しているんだからこのまま飲んでも意味がないような……」

「そんな事はないよ。ミルクを入れれば、当然その分紅茶そのものの風味は感じ辛くなる。ベール君の言ったように、まずは『元の味』を知らないと…ね?」

「どの紅茶も美味しかったけど…この中だと、これとこれ、それにこれが好き…かな。…えっと、そしたらこれを同じ量で混ぜれば良いの?」

「それでも良いですし、飲んで感じた特徴を元に調節するのも一手ですわ。例えば、好きな味だけど薄く感じた…というものであれば多めにする、逆に濃過ぎだと思ったものは少なめにして、他の味を隠してしまわないようにする…といった感じでブレンドしていくと、より自分好みになりますもの」

「あ、そっか、そうだよね。うーんと、それなら……」

 

 知ってもらったところで、ブレンド開始。あまり選択肢が多過ぎても迷うだろうという事で、まずは六種類で限定して色々と二人に試してもらう。

 

「こ、これは……凄い、思っていた以上に美味し…いと思ったけど、後味が微妙ね…」

「あぁ、分かる。私もそうなる時があるよ。…ふむ、この場合は何かを足すのではなく、全体的に分量を減らしてみてはどうだろうか」

「ベールさんベールさん、これはどうかな?」

「うふふ、愛月君の自信作かしら?…ほぅ…これは中々良いですわね。すっきりした飲み口で、疲れている時にも飲み易そうですし。…これにしまして?」

「ううん、良い感じだと思ったから飲んでほしかっただけ。もう少し色々やってみるよ」

「…二人共、楽しんでくれているようだね」

「ですわね。貴方の知識量と穏やかな接し方のおかげですわ」

「いやいや、それはこちらの台詞だよ。加えて茶葉は全て君が用意してくれた訳だからね」

 

 組み合わせを変え分量を変え、次々と試す二人を試作紅茶(淹れた物を残したくはないからね)を飲みつつ眺める。昔は自分もこうして手探りで試した、あの頃は楽しかった…まあ、今でもブレンドする時間は楽しいんだが。そんな感じの事を思いながら、良いブレンドが作れるように祈りながら作業を見つめる。

 

「なんかこれ、ゲームの調合とか錬金みたいだなぁ…」

「あ、分かりますわ。…そういえば、ズェピアさんの世界も魔法や魔術があるとの事ですけど、であれば錬金術もあるんでして?」

「あるというか、私自身が錬金術師だよ」

「……!つまり、手合わせ錬成やぐるこん一級を……」

「出来ないしそんな資格…資格?…は持っていないよ…というか後者は錬金術『士』だろうベール君……」

 

 さらりと出てきたボケに辟易しながら突っ込む俺。道中セイツ君から聞いていたが…確かに彼女も中々ボケる女性のようだ。何となく娘を思い出す外見と紅茶の件で先に好感を持っていたからいいものの、もっと早くこういう面を知っていたら、印象がそこそこ変わっていたかもしれないと思う。

 

(しかしまあ…穏やかなものだ)

 

 前回飛ばされた時にも全体的には穏やかだったが、今回はそれ以上。暫く前とはいえ、幾つもの別世界にすら影響を及ぼす、世界全土を巻き込むレベルの戦いがあったとは思えない程、ミクロの視点でもマクロの視点でもこの世界の今は穏やかで……良く言えば、それだけこの次元の在り方が、人々が良いものなのだという事だろう。そして、悪く言えば…この世界は、信次元は、可能性の幅が狭いのかもしれない。

 可能性は、混沌としている世界にこそ多い。混沌とは即ち、正も負も、良い未来も悪い未来も、凡ゆる可能性に溢れるからこそ生まれ出ずるものであり、調和の行き届いた世界は良い未来が安定している分、可能性自体は狭まっていくものなのだから。…まぁ、これは今の俺の主観でしかないけどね。全く異なる法則で回る世界に対して、俺の知識や常識を当て嵌めている時点で真理とは言い難いし、仮に安定した良い未来があるのだとして、それを俺が非難するとしたら……それは『ズェピア』に対する最大の皮肉…いや、冒涜だろう。それに安定云々はともかく、良い未来を掴み取ったのは、その為に努力したのは、他ならぬイリゼさん達であり、この次元の人々だ。それは決して、その思いは断じて、否定されるべきものではない。

 

「…ズェピアさん、どうかしまして?」

「いや何、戯言を考えていただけさ。それよりも……」

 

 今は不要な思考を頭の隅に放り投げて、意識を目の前の事へと戻す。

 色々試していた二人の表情は、真剣そのもの。どうやら最終調整…微妙な部分を整える段階に入ったようで、もう俺達は何も言わずにそれを見守る。嗅いで、飲んで、考えて、少し変えてを繰り返して……そうして二人は、口に付けたカップを置く。

 

「…出来た…出来たよベールさん、ズェピアさん!」

「わたしも後は、改めてミルクを淹れてみて……うん、これだわ。ほんの少し足りないと思ってた甘みが、やっと出てくれた…!」

「おめでとう、二人共。…では、味見させてもらってもいいかな?」

『勿論!』

 

 力強く頷いた二人に微笑み、二人が淹れ直してくれた紅茶もミルクティーのカップを持つ。淹れた時点でふわりと広がっていた香りを感じつつ、注がれた二杯の色も楽しみつつ、ゆっくりと飲み…また、笑う。

 

「良いね、どちらもとても美味しいよ。贔屓目無しに、良い出来だと私は思う」

「わたくしもそう思いますわ。よく頑張りましたわね」

「わわっ…きゅ、急に撫でないでよ〜…!」

「はぅっ…!二人の温かい賛辞の心と、愛月君の恥ずかしがる感情…やっと完成してほっとしてる時に、こんな不意打ちみたいに素敵な感情が来るなんて…!」

「あぁ、うん…それは良かったね、セイツ君……」

 

 紅茶はそのままでも美味しい。余程変な組み合わせでもしない限り、適当なブレンドでも最低限の美味しさはある。だがそんな事は関係なく、素直に二人のブレンドした紅茶とミルクティーは美味しいと思った。妥協などない、これだと思える物が出来るまで頑張ったからこその味だと、そう感じた。

 それから俺は、微笑みながら愛月君を撫でるベール君に苦笑した後、何やらノっているセイツ君に内心で呆れる。…薄々思ってはいたけど、この妙なテンションは魔王少女を思い出すな…。

 

「もー、怒るよベールさん!」

「それは喜ばしくない事ですわね。申し訳ありませんわ、愛月君」

「あ、う、うん…何だろう、止めてもらえたのに何か敗北感が……」

「ふぅ…ともかく、二人共ありがとう。わざわざわたし達の為に一から教えてくれた事、感謝するわ」

「あっ…僕も、ありがとう!今日教えてもらった事は、ちゃんと覚えておくね!…そうだ、取り敢えず茶葉の名前とか分量とかをメモしておかないと……」

「いえいえ、感謝などいりませんわ。わたくしこそ、楽しい時間を過ごせましたもの」

「私もだよ、セイツ君、愛月君。私は君達に、自分の好きなものに対して興味と関心を持ってもらえた。それがどれだけ嬉しい事なのかは…君達も、分かるだろう?」

 

 この言葉もまた、素直な思いから出たもの。俺にとって今の時間は、ベール君と語らうのと同じ位有意義であり…俺も帰ったらまた、新しいブレンドでも試してみよう。

 

「よーし、次の旅に備えて茶葉は多めに用意しておかないと…」

「これで完成だけど…一先ずこれはプロトタイプ、って事にしようかしら。あくまで今回は、初心者向けコースでブレンドするなら…って内容だったんでしょ?」

「まあ、そうだね。だからって玄人が作るものに劣るとは思わないけど…今回使わなかった茶葉を試してみたり、ロイヤルミルクティーにしてみたりと、まだまだやれる事は沢山あるよ」

「とはいえ、今は完成したブレンドティーの余韻を楽しむのも良いと思いますわ。このまま飲みつつ雑談するのも良いですし、飲みながらゲームというのも一興ですわよ?」

「ゲーム…ベールさんって確か、ゲームも好きだったよね?僕、ゲームのお勧めも知りたいなっ」

「確かにそれも一興だ。しかしまずは、まだ飲み切れていない試作品を片付けるとしようか」

「あ…そ、そうだったわね。こっちもちゃんと飲まないと……」

 

 そうしてブレンド体験会は閉幕。四人で試作ブレンドを片付けた後は、ベール君お勧めのゲーム(青少年に宜しくないゲームも色々見えたが、そこはセイツ君と共にばっちり止めた)、更にはリーンボックスがどんな国なのかをベール君から聞く等をして、充実した時間を過ごした。

 元々は折角誘われたのだからという、その程度の理由で訪れたリーンボックス。しかし同じ紅茶好きであるベール君との邂逅を始め、振り返ってみれば非常に価値のある来訪となった。いやはや全く、世の中はどこでどんな喜びがあるか分からないものだね。




今回のパロディ解説

・第一次星間大戦
マクロスシリーズにおける出来事の一つの事。マクロスシリーズで2㎞の艦船というと、ゼントラーディのスヴァール・サラン級がそれに当たりますね。

・「〜〜全てに染まり〜〜飲み込み包容する〜〜」
家庭教師(かてきょー)ヒットマンREBORN!に突如する要素の一つ、大空の炎に対する表現のパロディ。ユニはカレーが流行しているガラルに興味を持ちそうです。

・「半端な気持ちで〜〜世界によぉ!」
遊☆戯☆王5D'sに登場するキャラの一人、鬼柳京介の代名詞的な台詞の一つのパロディ。ズェピアがいきなりこんな事を言ったら全員ぎょっとする事間違いなしですね。

・アッザム
機動戦士ガンダムに登場するMAの一つの事。アッザムでは淹れられませんね。操縦するマ・クベなら美味しい紅茶を振る舞ってくれるかもしれませんが。

・ルキナ
ファイヤーエムブレムシリーズに登場するキャラの一人の事。ルキナで紅茶…へ、変な意味っぽくなりますね。彼女も王家の人間なので、良い紅茶は知ってそうですが。

・手合わせ錬成
鋼の錬金術師における、錬成術の一つの通称の事。しかしズェピアであれば、手合わせ…というか、その場でぽんっと何かを作れたりはすると思います。

・ぐるこん一級、錬金術『士』
アトリエシリーズの主人公の一人、ソフィー・ノイエンミュラーのスキルの一つ及び、アトリエシリーズにおける職業の一つの事。これは結局、資格…なんですかね?


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第十八話 明かされし真実

 今回の話は、直接的にORのコラボエピソード『繋がる次元・繋がる思い』を前提とした内容となっています。その為、そちらの内容を把握した上で読む事をお勧めします。


 皆を信次元に、神生オデッセフィアに呼んだのは、皆に信次元や私の国を見てほしかったから。私の国で、共に時間を過ごしたかったから。これまでみたいな厄介事は気にせず、シンプルに皆と楽しみたかったから。…これは嘘じゃない。嘘じゃないけど…それだけでも、ない。

 どうにもならなかった事とはいえ、信次元は各次元や世界に、迷惑…なんて言葉じゃとても片付けられない程の災いをもたらしてしまった。それを皆や各次元、世界の人達が対処してくれた。その事に関するお詫び、信次元としての賠償は既に済んでいるか進めている途中で…その上で、それに加えて、個人としてもお詫びをしたいと思ったのも、私が皆を招いた理由の一つ。

 そして……信次元には、私と同じように思っている人もいる。…いや、違う。きっと私以上に…私よりも強く、ある理由で、ある人達に向けて、お詫びを…謝りたいと思っている人達が、いる。

 

「皆、ごめんね。くつろいでるところに呼び出しちゃって」

 

 夕食を終えてから、数十分程したところで、私はディールちゃん、茜、ルナ、アイ、カイト君、ワイト君の六人を応接室に呼んだ。理由は言わず、ただ「ちょっと重要な話があってね」という形で呼び出した訳だから、当然の様に皆は何なんだろうか…という顔をしていた。

 

「いえ、それは別にいいんですけど…話って何です?」

「…もしや、例の空間絡みの事ですか?」

「流石はワイト君。…あの時の事に関して、皆と話したい…っていう人がいてね」

 

 顎に親指と人差し指を当てて言ったワイト君の言葉に、私は首肯。

 そう。今私が呼んだ六人は、あの空間…通常の次元とも、次元の狭間とも、創滅の迷宮とも違う場所に誘われ、私が共に時間を過ごした面々。ワイト君の言葉と私の返しで、皆の雰囲気が引き締まり…まあそれはそうだよねと思いつつも、私は軽く肩を竦める。

 

「まぁ、そう緊張しなくても大丈夫だよ。これはもう解決した話…というか、気持ち的な意味でちゃんと終わらせる為に、皆に集まってもらった…って感じだから」

「え、っと…うぅん……?」

「ぜーちゃんぜーちゃん、私としては勿体ぶらずに具体的な説明をしてくれると嬉しいなー。ほら、ルナちゃんも『つまり、どういう事…?』って顔しちゃってるし」

「あはは、確かに今の言い方じゃ理解のしようがないよね。…でもこれは、先に私がどういう事か話すより、直接会ってもらった方が良いと思うんだ。だから…二人共、入ってきて」

「二人共?そういやさっき、話したい人が…って言ってたな……」

 

 それもそうだよね、と私は扉の方を向き、呼ぶ。それによって皆も扉へ注目する中、扉は開き…私や皆とは違う形であの件に関わっていた、けれど今この場には絶対に欠かせない二人が、順に姿を現す。

 

「はいどうも〜!」

『何故に芸人の登場風!?……って、ええぇッ!?』

 

 拍手と共に…自分で手を叩いて出てきたのは、ネプテューヌ。女性陣四人はびっくりしながら突っ込んで…更にディールちゃんと茜の二人はネプテューヌの姿に更に驚く。

 まあでも、それも当然の事。ネプテューヌはネプテューヌでも、現れたのは大きいネプテューヌなんだから。

 

「ふっ…決まった!」

「い、いやいやいや…え、いや、これは一体どういう…?」

「別次元の…もっと言うと、女神じゃない『人』のネプテューヌッスよ。後、思わず言ったッスけど、最近の芸人はあんまりそういう登場しないと思うッス」

 

 混乱するディールちゃんに対して、既に落ち着きを取り戻した様子のアイが解説。それと同時に、私も解説が出来たという事から、アイは大きいネプテューヌを知っている…恐らくここにいるのとは別の大きいネプテューヌと面識があるんだろうと理解。更に視線を動かして見れば、ワイト君はまだ状況を飲み込み切れていない様子な一方、カイト君はあまり驚いていなくて…どうやらカイト君も、『人間のネプテューヌ』を知っているらしい。

 

「プラネテューヌで会ったぶりだね、ルナちゃん!他の皆とは……」

『……?』

「…ここで会ったが、何年目?」

「それは私も分からないかなぁ…というか、スタイルは全然違っても、ネプテューヌちゃんはネプテューヌちゃんなんだねぇ」

「そう、わたしはわたしだよ!…さて、と…。ほらほら、場は温めておいたから、早く入っておいでよ」

「いや、そんな事は頼んでない…というより、こんな雰囲気作られたらむしろ入り辛いじゃないか……」

 

 いつものようにマイペースでふざけた後に、大きいネプテューヌはくるりと振り向き廊下の方へ声を掛ける。

 それは、まだ誰かいるという証明。続けて聞こえてきた声に、皆は首を傾げ…数秒後、何とも居心地が悪そうな顔で、もう一人が姿を現した。

 

「…失礼、するよ」

 

 入ると同時にボケた大きいネプテューヌとは対照的に、静かに…尚且つ直前の流れもあって、おずおずと入ってきたもう一人の関係者。

 皆の反応も、大きいネプテューヌの時とは対照的。カイト君が「うん?」って顔をしている以外は、特に誰も分かっていない様子で……

 

「……ッ…」

「…アイ?」

 

…いや、違った。何か言った訳じゃない。でも、一人だけ…アイはソファに座った状態から、膝をテーブルにぶつけていて…表情も、普段のそれとは明らかに違った。もう一人を……くろめを見る表情は。

 

「…あー、いや…何でもないッス何でもないッス。ちょっと試しにメガでミラクルなアプリを起動してみたら、ログイン出来てびっくりしただけッスから」

「何でこのタイミングでソシャゲしてるの!?っていうか嘘ぉ!?」

「はっはっは、冗談ッスよ。ほんとはただ、座ってたところに超局地的な次元の歪みが起きて驚いただけッス」

「なんだ、それならそうと早く…いやそれはそれで大問題だよ!?じ、次元の歪み!?」

「…ぜーちゃんってさ、ほんとにいつも間に受けて突っ込んでるのかな…実はボケだと分かった上で、ノリで突っ込んでたりする事あるんじゃ……」

「ど、どうなんだろう…」

 

 突然無茶苦茶な事を、しかも連続で言うアイに私が突っ込む中、何やら茜とルナのやり取りが聞こえてきた。…いや、まぁ…そりゃ「これはボケだろうな」と思う時もあるよ?あるけど…それはそうとして、大概は突っ込まざるを得ないって…!ノリとかそういう事じゃないからね!?

 

「…えぇと…イリゼ様、こちらの方は?」

「あ…こほん。彼女は…暗黒星くろめ、でいいかな?」

「…あぁ、構わないよ。というかもうずっとそっちの名前で通してるんだから、今更な話だよ」

「暗黒星、くろめ…。…なぁイリゼ、俺の次元には名前が似てて、見た目も凄く似てる人物がいるんだが……」

「もしかして、それってうずめの事?」

「なんだ、イリゼも知ってた…てか、こっちにもうずめがいるんだな。てっきり…えと、くろめ?…は、信次元のうずめ的な存在かと思ったぜ」

「あぁ、ネプテューヌさんとプルルートさんみたいな…」

 

 確かにうずめがいるかどうかを知らない状態でくろめの存在だけを確認したら、今ディールちゃんが呟いたように、ネプテューヌとプルルートみたいな関係性だと思ってもおかしくない。といっても、ネプテューヌとプルルートは外見はそこまで似てないけど。名前もまぁ…何となく、雰囲気は近いかも?って位だし。

 

「あのー…それで、二人はどう関係してるの?話したい事って言ってたけど……」

「んーと、それはだね…あはは、こうして面と向かって訊かれると、やっぱ言い辛いね……」

「言い辛い事なの?あ…もしかして、実は何かしらの方法で私達が帰れるように手助けしてくれてたとか?」

「あー…っと、そうでもなくてだね……」

 

 あ、不味い。このままだとどんどん言い辛くなる。そう感じて、私は否定しつつ二人へと視線を送る。どうやら二人もそれは理解しているようで、大きいネプテューヌは頬を掻きながら、くろめは少し強張った面持ちをしながら頷いて…大きいネプテューヌは、一歩前へ。

 

「実は……」

『…………』

「…うー…でもやっぱり、こういうの苦手かも…。…えっと…こほんっ!」

 

 一度は言おうとしたものの、言い淀む大きいネプテューヌ。それでも大きいネプテューヌは意を決し、大きく一つ咳払いをして……ポケットからある物を取り出すと共に、言う。

 

「──やっほー、皆久し振り!いやぁ、皆と直接会える日が来るなんて思わなかったよ〜!」

『ぬいぐるみ……あっ、ああああぁぁぁぁああぁッ!!?』

 

 引っ張り出したのは、犬の様な、カンガルーの様な、何とも言えない見た目のぬいぐるみ。それを手に、それをパペットの様にして大きいネプテューヌは皆へと呼び掛け…きょとんとしていた皆は、全員がほぼ同時に気付いて叫ぶ。

…うん、分かる。私だって、それを知った時には驚いた。愕然とした。だって……あの空間で私達に接触してきた、私達を陥れた側である筈なのにやたらとフレンドリーで、ちょっとズレてはいたけど最後まで協力的でもあった案内役…ワンガルーが、大きいネプテューヌだったんだから。

 

「えっ、うっそ…はぁ!?あれ、ネプテューヌだったんッスか!?」

「ふふん、なんとわたしなのでした!分からなかったでしょ〜」

「わ、分かる訳ないじゃないですか…見た目はぬいぐるみで、声も違うのに…」

「…けど、言われてみると確かに性格はネプテューヌそのものだったな……」

「だ、だとしても分からないよ…あれ、待って…?じゃあつまり、私はかなり特殊な形で、女神のネプテューヌさんより女神じゃないネプテューヌさんに会ってたって事…?」

 

 あの時私達が接していたのと同じ見た目をしたぬいぐるみを出されて、同じ雰囲気で声まで出されれば、誰だって大きいネプテューヌがワンガルーだった、という事は理解出来る。出来るけど、混乱が起こるのも当然の事で…でもカイト君だけは、既に事実を飲み込み始めていた。…いやほんと、目の前の事を受け入れる力は断トツだね…。

 

「女神ではないネプテューヌ様、というだけで衝撃だというのに、まさか貴女がワンガルーだったとは……。…そういえば私、確か銃を向けてしまったような…」

「んもう、そんなの気にしないでよ。わたしは女神でも何でもない、ちょっと次元を旅してるだけの人間だし、悪いのはわたし達の方なんだからさ」

「いや、次元を旅してるのは『ちょっと』で済む範疇ではない気が…。…ま、まあでも、取り敢えず…大きいネプテューヌさん?…の事は分かりました。でもそうなると、くろめ、さんは……」

 

 カイト君の後を追う形で、皆も段々と…一先ず事実を受け止めていく。それによって場も落ち着いていき…次第に視線は、大きいネプテューヌからくろめへ。

 薄々理解しつつある…そう感じさせる声で言うディールちゃん。皆の視線を受ける中、その言葉を受け取ったくろめは…暫く無言だったくろめも、真っ直ぐ皆の方を向いて言った。

 

「…あぁ、恐らく皆の思っている通り…オレがあの時の、皆をあの場に引き寄せ閉じ込めた──首謀者さ」

 

 さっきの、大きいネプテューヌの時とは対照的に、部屋の中は静まり返る。

 これも、当然の事。くろめは大きいネプテューヌと違って一切接触してこなかった訳だし、そもそもくろめやうずめの事は知らないって人ばっかりなんだから、大きいリアクションなんて出る筈がない。

 

「…首謀者…じゃあ、確か最後にワンガルー…大きいネプテューヌちゃんが言ってた、友達って……」

「うん、そう。わたしはくろめを止められなかったし、心配だから…なんて理由で離れる事もしなかった。結果皆に迷惑掛けちゃった訳だし、信次元も大変な事になっちゃったし……ほんと、大間違いだったんだよね。わたしのした事は」

「…そんな事はないよ、ねぷっち。何を今更って話だけど…多分オレの中で、ねぷっちの存在はストッパーになっていた。もしねぷっちが支えていてくれなければ…オレのしていた事は、もっと碌でもなかっただろうから」

「ネプテューヌ、くろめ…。……良い雰囲気のとこ悪いんッスけど、そういう話をしにきたんじゃないッスよね?」

『あ……』

 

 普段はあまり見せない、大きいネプテューヌの自虐的な言葉。それに対し、くろめはそんな事ないと否定し……ただまあアイが言った通り、それは今する話じゃない。そしてアイの冷静な返しに、私達は揃って苦笑。

 

「…こほん。君の言う通り、オレ達がしにきたのはこんな話じゃない。オレ達が話したかったのは、あの時の件を洗いざらい話す事。そして……」

『そして…?』

「本当に大事なのはこっちだよね。それじゃあいくよ、くろめ。せーの……」

 

 せーの、と掛け声を口にする大きいネプテューヌ。そして二人は私達へ向けて…頭を、下げる。

 

「ごめんなさいっ!」

「…本当に、すまなかった」

((せーの、って言ったのに合ってない……))

 

 タイミングは同時、けれど発言は全く違うというミスマッチさに、私達は再び苦笑い。…ただまぁ、その苦笑は発言が噛み合っていない事に対してであって…これは、そんな簡単に済む話でもない。

 

「…謝る、って事は…もうあの時の事は反省してる、って思っていいの?」

「ああ、反省している。反省も…後悔もしている。いりっちが皆を招待したタイミングに乗って、というのも不誠実だとは思っているけど…それでもちゃんと、直接会って謝りたかったんだ」

「…じゃあ、あの時の事は全部、二人で……?」

「ううん、ほんとは後二人いたんだけど…一人はどこにいるのか分からないし、もう一人も今は話せない状態でね……」

 

 ルナに返した大きいネプテューヌの言う通り、この件には後二人…クロワールとキセイジョウ・レイも関わっていた。あの空間で行われた試験は、くろめやレイが進め、大きいネプテューヌやクロワールが協力していた事の一端だった。

 そういう意味では、私も少しだけ責任を感じる。元を辿れば信次元と、信次元に関わる形となった神次元の問題に皆を巻き込んでしまった訳だから。

 

「…あの空間での目的は、全部試験だったんですよね?お二人がそれをしてたなら、一体何故そんな事を……」

 

 数秒の沈黙の後、ディールちゃんが気になって当然の事を二人へ問う。その問いにくろめは頷いて…話す。動機を、自分が成そうとしていた事を…そして、その結果を。皆はそれを、最後まで黙って聞いていてくれた。

 

「…そうしてオレの、馬鹿な行いは終わった。尤もそのせいで負のシェアは制御を失って、更に君達に迷惑を掛けた訳だけど、ね……」

「そういう事だったんスね、まぁ経緯は分かったッス。…けどまさか、謝ったからそれでお終い…だなんて思っちゃいないッスよね?」

 

 理解した、とアイは肩を竦め…それから視線を鋭くして、女神の…国の守護者としての眼差しとなって、二人を見つめる。

 ふっ…と張り詰める空気。茜やワイト君は黙って見やり、ルナとカイト君は何か言いたそうな表情をし…ディールちゃんは、どちらとも言えない複雑な顔でちらりと私の方を見る。私はそれを受け取った上で…私も大きいネプテューヌと、くろめを見る。だってこれは、二人が答える事だから。二人が答えなきゃいけない事だから。

 

「…勿論、これだけで許されようとは思っていない。そもそも、許しを求めて謝った訳じゃない。ただ……」

「だからって謝らないのは違うよね、って思ったから謝った…わたしもくろめも、皆に不誠実な事はしたくなかったの。つまり…殴られる覚悟は、してますっ!」

『えっ?』

「さぁ、煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わないよ!首の二本や三本は持っていけぇっ!」

『いやいやいやいや……』

 

 ばっ、とその場に座り込む大きいネプテューヌ。それは逃げも隠れもしないという…言葉通りの、覚悟の表明。ただまぁなんというか、大きいネプテューヌ自身は真面目に言ったのかもしれないけど…言葉選びのせいで、なんだか変な雰囲気になってしまった。く、首の二本や三本って…大きいネプテューヌは人間なんだから、一本折られた時点でお終いだよ…後そもそも、一本しかないし……。

 

「ねぷっち…ねぷっちに罪がないとは言わない。けど、罰されるべきはまずオレだ、オレの方だ。だから…だから殴るなら、まずオレを殴ってほしい…!」

「く、くろめさんまでですか…。…え、と…どう、します…?」

「ど、どうも何も……え、な、殴るの…?」

 

 同じく覚悟を示したくろめに対し、ディールちゃんは困惑顔。続くルナも、どうしたらいいか分からないという表情で…私達は、再び沈黙。少しの間、誰も言葉を発さなくて…それから動きを見せたのは、カイト君だった。

 

「…俺は、いいかな。別次元とはいえ、ネプテューヌやうずめによく似た相手を殴る気にはなれねぇし…あの時の事がなかったら、俺は今ここにいないし、皆とも出会えなかったんだからさ」

「いい事言うねぇ、カイト君。私ももう気にしていない…とまでは言わないけど、あの時あの場所に飛ばされた事で皆と出会えたって思ったら、怒る気にはなれないかなぁ」

 

 あの時の事がなかったら、今の関係もなかった。後頭部を軽く掻いた後、カイト君はそう言って、頷いた茜はそれに続いた。

 

「わ、私も。最初は不安だったし、怖い事もあったけど…私も、皆と出会えて良かったから。その…楽しいなって思えた瞬間も、沢山あったから」

「…私も遠慮しておきます。女神でないとはいえ、ネプテューヌ様…それに女神との事であるくろめ様に、個人的感情で危害を加える訳にはいきませんので。それに…あの時の事は、良し悪しはともかく得難い経験でもありましたから」

「わたしは…わたしも、皆さんに同意です。正直、暴力でやり返そうとは思いませんし……あの時より前に、あの時と違って本当に命の危機もあった経験をしてましたからね…」

 

 更にルナ、ワイト君、ディールちゃんも賛同する。その前にも大変な経験をした…そう口にした後、ディールちゃんは私の方をちらりと見てきて、私はそれに苦笑を返す。

 そうして残ったのは、私とアイの二人。皆からの視線は私達に集まり…私は肩を竦める。

 

「…って事らしいけど、アイはどうする?私は皆より先にこの事を聞いてたし…自分の中でもう納得してるからね」

「えぇぇ、なんッスそれ…これじゃあウチだけ器が小さいみたいじゃないッスか…。それに、くろめは……あー…まぁいいッス、いいッスよもう。ウチだって別に、もう随分前になる事で一々怒ろうだなんて思ってないッスしね」

 

 まさかアウェーになるとは、とばかりに不服そうな顔をしたアイは、更に何か言おうとして…けれど止めた。

 アイはどこまで本気だったのか。実はそこまで怒ってなくて…でも「許すかどうか、許していいのかどうか」は、言い辛い事で…それでいてなぁなぁにしちゃいけない事でもあると理解した上で、敢えて自分から言ったのかもしれない。……いや、分からないけどね。怒る気はないけど、軽く許すのもそれはそれで癪だ…的な感じに思ってただけかもしれないし。

 

「…そういう訳だから、立ってよネプテューヌ。二人だって、何も殴られたい訳じゃないでしょ?」

「そりゃ勿論。でも、ほんとに何もなしでいいの?」

「そう言ってるじゃないッスか。…あ、でも…それはそれで二人は…特にくろめの方は納得いかないんじゃないッスか?」

「…お見通し、という訳か。そうだね、正直一発二発殴られる方が、気持ちとしてはずっと楽だ。けど、それを求めるのは身勝手というも……」

「なら代わりに何かしてもらうとかどうッスか?例えば…そう、激辛料理とか」

『え……?』

 

 激辛料理。ぴっと右手の人差し指を立てて言ったアイの言葉に固まる二人。…あ、これは…この流れは……。

 

「あ、いいね。罰…って言うとなんかおーげさだけど、何か一つあった方が、これからお互い気兼ねなくいられるでしょ?」

「うっ…それはそう、だけど…げ、激辛って……」

「落とし所としては、それが妥当かもね。流石に前みたいな、意識飛ぶレベルの四連パンチよりはマシでしょ?……私的には、激辛なんてパンチと同じ位勘弁だけど…」

「それもそうだけど…あれは見てて『ひぇっ…』ってなったけどぉ…これは何もなしで終わる流れじゃなかったの!?そういう流れなんじゃ?ってわたし期待したのにーっ!」

 

 狼狽えた大きいネプテューヌは、大いに嘆く。でもこれに関しては私も可哀想だとは思わない。むしろアイや茜の言う通り、何かしらしておいた方が後腐れなく、すっきりした気持ちでいられる筈。…まぁ、何かディールちゃんやルナの方からは、「あっ、イリゼ(さん)もそっち側なんだ…テニスの時は向こう側だったのに…」…的な声が聞こえもしたけど…それはそれ、これはこれだよ、うん。

 

「激辛、か…そういやここから少し歩く事になるが、もう店構えからして激辛で売ってます!…みたいな感じの料理屋があったな……」

「要らないよ!?そんな情報は要らないんだよ!?」

「…諦めよう、ねぷっち。巻き込んだオレが言える義理じゃないが…それだけの事を、オレ達はしたんだ」

「くろめ…って、くろめもぷるぷる震えてない!?ぜ、全然格好が付いてないけどいいの!?」

「…辛い物を食べる際には、牛乳やヨーグルトなどを、辛くなってからではなく食べる前に摂取するのが良いようですよ。それと、ある次元のネプテューヌ様は、水は逆効果だとも言っていました」

「だからそんな、食べる前提の情報は要らないよぉおぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 部屋に響く、嘆きの叫び。けれど大きいネプテューヌに助け舟が出される事はなく、また嘆きつつも内心受け入れてはいるのか、大きいネプテューヌが逃げる様子もなく……取り敢えずカイト君の言う、激辛料理店に行く事になるのだった。…けど、丸く収まりそうで良かったかな。皆ならきっととは思ってたけど、やっぱりこういうのは……

 

「イリゼイリゼ、ウチちょっと神次元と連絡取りたいんッスけど、今からでも大丈夫ッスか?」

「うん?いいけど、急にどうしたの?」

「念の為、ッスよ。…どうやら信次元は、ウチ等とは違う未来を掴めたっぽいッスけど、ね」

「それって……」

 

 大人びた…どこか穏やかな表情を浮かべるアイ。その言葉ではっとした私だけど、すぐにアイは歩いて行ってしまって…私も今は、聞かないでおく事にした。アイとしては、早めにしておきたいんだろうし…あんまり遅いと、皆に変に思われちゃうしね。

 そんなこんなで、私達は本当に激辛料理店へ行った。行って、店主さんお勧めの料理を二人に食べてもらった。その結果どうなったかは……言うまでもないよね。

 

 

 

 

「もしかして、貴方のその左腕は……」

「ああ、義手だ」

 

 ある日の事。別に呼び出した訳じゃなく、こっちから追い掛けた訳でもなく、偶々私は凍月影とリビングで二人という状況になった。

 お互い何か話し掛ける事もなく、暫く続いた無言の状態。その中で私は、切り出すなら今だろうと思い…前々から気になっていた事を、口にした。

 

「…案外あっさり言うのね」

「義手である事をアピールするつもりはないが、特別隠すつもりもないからな。それに…訊かれるかもしれないとは思っていたさ」

 

 彼と違って私は義手である事が外見で分かるし、「訊かれるかもと思っていた」という言葉は理解出来ない程じゃない。…まぁ、お見通しだったって事には少し舌を巻いたけど…それは別にどうでもいい事。

 

「その義手、動きにぎこちなさがまるでないわね。大した技術力だわ」

「俺からすれば、そっちもかなりのものだと思うけどな。それに、恐らくだが…色々と機能があるんだろ?その義手は」

「…ほんと、凄い洞察力ね、貴方は……」

 

 こうも簡単に見抜かれると、凄いというか、恐ろしいものがある。それに…影の雰囲気は、少し『彼』を思わせる。犯罪神の力を宿した…大きな十字架を背負った彼を。

 

「……それは、戦いで失った結果なの?」

「そんなところだ。新しい時代に賭けてきた…なんて大層なものじゃないがな。明日は今日より悪くなるかもしれない…色々なものを失った得たのは、そんな未来だ。…それでも必死に踏ん張ってる人も、いる訳だけど…な」

 

 そう言って彼は左目を閉じ、両脚に触れる。もしや…その行為にある可能性が思い浮かび、私が次の言葉を躊躇っていると、影は小さく肩を竦める。

 

「いや、悪い。今のは安易にする話じゃなかった。…忘れてくれ」

「流石に今のを忘れるのはちょっと厳しいわ…。…辛くは、なかったの?そんな現実があるなら、ここに来るのは」

「茜が来たがったからな。それに…眩しいからって目を逸らしても、結局心のどこかにやり切れない気持ちが残る。それが分かってるのに目を逸らすのも…虚しいってもんさ」

「…かもしれないわね。にしても、貴方って自分から話し掛けたりはしなくても、会話自体は結構普通にしてくれるのね。もっと無口かと思っていたわ」

「話そうと思えば話すし、そう思わなきゃ黙ってる…誰だってそうだろ。…それを言うなら、俺ももう少し義手について訊かれるかと思っていた」

「ネプギアみたいに?」

「そんなとこだ」

 

 悪いとは言わないけど、機械に対するあの熱量は正直辟易としてしまう部分がある。そしてそれは影にも通じるらしく…多分この次元のネプギアもそうなんだろうと思うと、苦笑いを禁じ得なかった。

 それを最後に会話が途切れ、また無言になる。彼はさっき自分で言った通りの性格だし、私も饒舌な方じゃないから、無言が続く。まあでも別に良い。取り敢えず気になる事は分かったし、その内誰かが来れば状況も変わ……

 

「うぅ、まだ口の中がヒリヒリする…お腹の中も変な感じするよぉ……」

「──え…?」

 

──そう、思っていた…そう考えていた、次の瞬間だった。いる筈のない人物が、いない筈の相手が……くろめが、私の目の前に現れたのは。

 

「変に見栄張らなければ良かっ……あ…。…こほん。何か飲み物をと思ったんだが、お邪魔だったかな?」

「いいや、構わないさ。…ところで、記憶違いでなければ、俺は初対面だった筈だが…」

「あぁ、初対面だよ。急に悪いね、俺は暗黒星……」

「…くろめ…」

「うん?どうしてオレの名前を?」

 

 半ば無意識的に呟いていた名前に、彼女は…くろめは反応する。反応して、私を見て、不思議そうな顔をする。

 それは、初対面の…知らない相手に対する反応。その反応で、私を見る顔で…理解した。…彼女は、信次元のくろめなんだと。極自然の、至って当然の結論として……彼女が、私の知るくろめな筈がない。

 

「……貴女は私を知らないけど、私は貴女を…くろめを知っている。…それだけの事よ」

「…あぁ、そういう事か。…そうか、いるんだな…オレみたいな存在すらも、別次元には……」

「…飲み物は、いいの?」

「あっ……」

 

 この雰囲気、頭の回転…やっぱり彼女は、くろめで間違いない。…と、思った直後、私のイメージとは違う、ちょっと間の抜けた様子をくろめは見せた。

 それからくろめはリビングを通って台所に入り、冷蔵庫から牛乳を出して一杯飲む。飲み干した後、ほっとしたような顔になって……

 

「…そういう顔を、する事もあるのね…」

 

……気付けば私は、また無意識的に呟いていた。当然くろめからは怪訝な顔をされて…胸が、心が騒つく。

 

「…何でもない、わ」

「…そうかい?そうならいいが…あまり、そうは見えないよ」

「……っ…だとしても、貴女には…貴女には、関係のない事よ」

「……そうだね、失礼した。君が言っているのは、オレであってオレでないんだろうしね」

 

 思わず…近付き、私を覗き込むように見たくろめの顔を見て、反射的に言ってしまったのは拒絶するような言葉。それを聞いたくろめは、一瞬黙って…それから、理解の言葉を返してきた。そういう事なら、自分もこれ以上は言わない…そんな雰囲気をした声で。

 

(…違う、そうじゃない…私が言いたいのは、そんな事じゃ……)

 

 心の中のやり切れない思いは、後悔に変わる。彼女はきっと、他意なく私を気遣ってくれた。なのに私は、私の都合で、それを無下にしてしまった。その後悔が棘の様に心に残って、私は何も言えなくなって…そんな中で、不意に影が立ち上がる。

 

「…………」

 

 何も言わず、ただ立ちリビングを出ていく影。特に何かおかしな訳でもない、けど無言の中という変に目立つタイミングで影は歩いていき…ちらりと一瞬、私を見た。

 それは気遣いか、私の感情を何かしら察しての事なのか。或いは私は、自分で思っている以上に感情が顔に出ていたのか。…分からない、分からないけど…今ここにいるのは、私とくろめだけ。同じような状況がまたあるとは限らないし…もし、この一度だけになるかもしれないとしたら……。

 

「……ごめんなさい。ただ、少し…別次元だとしても、また『くろめ』に会えるとは思わなかったから…」

「…そういう事なら、構わないよ。その気持ちは、分からないでもないから…ね」

 

 薄く笑い、くろめは肩を竦める。また無言になって…今度はくろめの方から口を開く。

 

「…会える、か……」

「…何か、変だった?」

「君は会う事になるとか、相見えるとかじゃなく、会えた…と言っただろう?という事は、君と君の知るオレとは、そう悪い関係ではなかったのかな、と思っただけだよ」

「それは……えぇ、そうね。そうだったのかもしれないわ。…そう、だったのかも……」

「…君がそう思うなら、きっとそうだろう。若干の違いはあっても、基本的に思考や性格は同じ方向性なのが『別次元の同一人物』というものだ。そして、オレは…『うずめ』は、寂しがりだからね」

 

 自嘲気味に、少し気恥ずかしそうな雰囲気も一緒に、またくろめは笑う。…その顔を見ていると、改めて感じる。彼女もまた、うずめなんだ…って。

 

「……イヴよ。イヴォンヌ・ユリアンティラ」

「あ、失礼したね。確かに『君』とばかり呼ぶのは良くなかった。…覚えておくよ、イヴ」

「……っ!」

 

 また、心が騒つく。もうあり得る筈のなかった、くろめからの呼び掛けが、私の心を掻き乱す。苦しく、切なく、けれどそれだけじゃない思いがあって……とんだマッチポンプね、これじゃ…。

 

「……一つ、確認しても良いかしら」

「なんだい?」

「…実は私だけに見えている幽霊とか、信次元に留まる思念体だったりはしない…?」

「いや、オレはそんな裏ボスとして初登場するような存在じゃないし、さっき彼とも話していただろう…。…幽霊や思念という表現は、当たらずとも遠からず…だけどね」

「…そう、なの?」

「そうだよ。自分こそが正義と信じ、皆の為と思いながらも実際には思いを蔑ろにし、何もかも手遅れになるまで気付かないまま突き進んだ挙句、叩き潰され救われてやっと止まった…愚かで身勝手な、亡霊みたいな存在なのさ、オレは」

(…復讐じゃ、ない……?)

 

 何とも自虐的に言うくろめ。その中には、復讐や滅び…私の知るくろめが果たそうとしていた思いなんてなくて……そういえば、ここにいるくろめからは、何か温かさを感じる。さっき私にしてくれた気遣いも、気恥ずかしそうな雰囲気も、入ってきた瞬間の妙に緩い感じも……信次元のくろめは、うずめに近い。それか…憑き物の落ちたくろめ、そんな未来があったとしたら…その時は彼女も、こんな感じだったんだろうか。

 

「…貴女は、信次元を…皆を恨んではいないのね…」

「恨む?恨むも何も、オレが封印されたのは自業自得……いや、待った。…もしやイヴの知るオレは、皆を守りたくて、その為にはもっと力が必要で、その為の力を自覚した事で身勝手になっていった…封印されるまでの経緯は、こうではないのかい…?」

「…違うわ。私の知るくろめも…うずめも皆の事を思っていた。けど、国民はうずめを、うずめの力を恐れた。恐れられて、疎まれて、うずめは自分が災いの種になると判断して…自分から封印される事を選んだ。…でも、そんな経緯があったなら…どこかで怒りが、恨みが生まれて、それが復讐に繋がったとしてもおかしくは……くろめ?」

 

 もしや…そんな風に訊きつつ、自分の過去を話してくれたくろめに対して、私は首を横に振る。そうじゃないと、くろめは…うずめは決して身勝手なんかじゃない、身勝手だとしてもただの悪では断じてないと答えようとして…気付いた。いつの間にかくろめが、ずーん…と肩を落としている事に。

 

「イヴの次元のオレ、封印されるまでが良心的過ぎる…それに比べてオレって、くろめって……」

「え、あの…くろめ……?」

「…そうだよね…くろめの同一人物がいたって、皆はくろめ程酷い女神なんかじゃないよね…くろめなんて、くろめなんて……」

(…も、妄想に浸っている時のうずめの、ネガティヴ版みたいになってる……!?)

 

 意外過ぎるくろめの一面に、唖然とする私。い、いや…同じ『うずめ』とはいえ、こういう部分も共通してるの…?というかまさか、私の知ってるくろめも状況次第ではこうなっていたり……?

 

「え、と…くろめ、くろめー……?」

「…はっ…な、何でもない。何でもないよ、うん…」

「そ、そう…そうね、何もなかった…何もなかったわ、うん……」

 

 何とも言えない状況過ぎて、私はくろめの無理がある誤魔化しへ乗る事を選択。お互い今のはもう触れない事にして…話を、戻す。

 

「…ともかく、オレは何も恨んじゃいない。むしろ、後悔ばかりだよ。ほんの少しでも自分を顧みれば、自分の慢心に気付いて、立ち止まる事が出来ていたら……」

 

 震えるくろめの声と、握られた拳。表情に浮かぶのは、罪の意識と…泣きそうな色。…それだけで分かる。一体どれだけの後悔を、くろめがしているのか。どれだけ大切なものを、失ったのか。

…そんな顔は、見たくない。たとえ私の知る彼女でないとしても…くろめには、これ以上心を痛めてほしくない。

 

「…優しいのね、くろめは」

「…オレが、優しい…?違うよ、イヴ。本当に優しいのなら、そもそも……」

「優しくなければ、後悔する事も心を痛めたりもしないわ。責任転嫁したり、思考から追い出したりして、自分の事を守っている筈よ。…けど、貴女は向き合っている。きっと誰に頼まれた訳でもないのに、向き合って、傷付いている。私は今聞いただけだから、良いとも悪いとも言えないけど…くろめが優しくて、責任感が強くて、だからついつい自分一人で抱え込みがちだっていうのは…やっぱり『うずめ』なんだって事は、私にも分かったわ」

「…イヴ…。…困ったな、少し気を利かせたつもりだったのに…いつの間にか、立場が逆になっていたとは…ね……」

 

 心のままに伝えた言葉。それを聞いたくろめは小さく笑って…微かな声で、ギリギリ聞こえる位の声で、ありがとう、と言った。…言ったけど、浮かぶ表情は晴れやかじゃなかった。まるで、この言葉で救われる事は許されない…そう思っているような、そんな気がした。

 私も、これ以上は言わない。これ以上の事は、今の表情の真意も、私は知らないから。知らないのに言うのは……違う。

 

「……でも、貴女はくろめなのよね…私が知らなくても、知らない事ばかりでも…貴女はここにいて、確かに貴女もくろめ、なのね…」

「…イヴ?」

「…ねぇ、くろめ…何か、違っていたら…私がもっと何か出来ていたら、私の知っている貴女も……」

 

 目の前にいるくろめは、苦しみを抱えている。それでも今、ここにいる。それは、私には…私達には掴めなかった、或いは選ばなかった未来で……いつの間にか私は、そう呟いていた。そんな事を、信次元のくろめに言っても仕方ないのに。訊かれても困る、としか言えないような事なのに。

 

「…なんて、ね。ちょっと変な事言っちゃったわ、今のは気にし──」

「…イヴ。オレは君の知るオレを、さっき聞いた程度にしか知らない。それでも…君の知るオレは、悪だ。間違った道を進んだ、倒されるだけの理由がある…自業自得の女神だ。…オレよりよっぽど同情の余地がある、良い女神でもあるだろうけどね」

 

 止めよう。そう思って、私は誤魔化そうとした。だけど、くろめは言った。言い切った。…くろめは、悪だと。

 

「……っ!?…なんで、そんな事…だって、くろめは……」

「皆を思って、それが最善だと思って、君の知るくろめは…いや、うずめは自ら封印を選んだんだろう?確かにそれは立派だが…自分を恐れる、疎む人達に、自分はそんな存在じゃないと訴える手もあった筈だ。自分にしかない力を使わないと宣言し、信じてほしいと頼む道や、誰かと手を取り合い、そんなものよりもっと力強い、心強い力があるんだと示す道もきっとあったんだ。…なのに、そうしなかった。恐れも疎みも否定せず、自分の封印で済ませようとしたのは…ある意味で、逃げなんだよ。逃げであり、慢心だ。…自己犠牲というのは、自分のみで、自分の犠牲のみで解決出来るという、独り善がりな驕りからくる感情なんだからね」

 

 間違った事は言っていない。確かにそれも、一理ある。勿論、全部終わった後に、第三者が言ったのなら、言うだけなら幾らでも出来ると返せるような言葉だけど…それを言うのは、他でもないくろめ。別次元の…同一人物。

 

「そして、その果てに恨んだ。復讐という、否定されるべき道を進んだ。独り善がりな選択をしておきながら、自分で選んでおきながら…その責任も、非も、国民に押し付けたんだ。…その中には、自分を信じてくれていた人もいただろうに。信じたいけど怖い…そんな思いに、胸を痛めていた人もいたかもしれないのに」

「……だから悪だと…くろめが悪いって言うの…?」

「オレからしたら、そう思うよ。…現にオレにも、君の知るオレより禄でもないオレなんかにも、思ってくれる相手が…好きだと言ってくれる相手もいた事を思えば、君の知るオレを信じる人も、絶対いた筈なんだからね。…だから……イヴ。そんな悲しそうな顔を、しないでほしい。君は悪くない、君は間違っていない。君の知る『くろめ』の迎えた結末は…君のせいじゃ、ないんだから」

 

 私の肩に置かれる手。確かに感じる、温かさ。くろめは私を見つめていて、悲しそうな顔をしないでくれと言ってくれて、私を許してくれて…嬉しかった。嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて……辛かった。…それを、私が消したくろめに言ってほしかったから。私が救いたかったくろめから、聞きたかったから。

 

「きっと君の思いは伝わっている筈だよ。届いている筈だよ。君の知るオレが、君の思う通りならね。そして、きっと…救われているよ、君の知る…くろめの、心はね」

「…どうして、そこまで…私と貴女とは、さっき会ったばかりなのに……」

「そんなの、君がオレを思ってくれているからだよ。たとえ違うオレだとしても…こんなにも『くろめ』を思ってくれる人がいるなら、その人の為に精一杯の事をしたいと思うに決まってるじゃないか。…落ちぶれても、落ちるところまで落ちても、オレだって女神なんだから。…それに君には、さっき送られた言葉のお礼もしたかったしね」

「…ありがとう、くろめ…」

「いいんだ、これ位。…そんな言葉、オレに受け取る資格はないんだから」

「…どういう事?」

 

 最後まで優しいくろめに返す、感謝の言葉。でも、くろめはそれを否定した。何故か、酷く苦々しい顔をしながら否定して…言葉を、続ける。

 

「…それだけじゃ、ないんだ。今の言葉も、嘘じゃないけど…オレは今、これを贖罪にしようとしている。自分の罪が許されざる事であり、許しを望んでいる訳でもないけど…同時に許されたいとも思っていて、もう十分罪を贖った、だから良いんだよと誰かに言ってほしくて…その為の一手としても、言ったんだ。きっとオレはそうだし、それに多分…君の知るオレを悪だと言ったのも、そうなんだ。君を利用して、君の知るオレを悪に仕立て上げる事で、同じ悪のオレを作って安心しようともしたんだ。……心底軽蔑するよ。オレは、そんなオレ自身を…」

 

 それは、どこまでも自罰的な言葉。ネガティヴなんて言葉じゃ片付けられない…言葉での、自傷行為。私には、悲しそうな顔をしないでほしいと言っておきながら、くろめ自身は押し潰されそうな顔をしていて……私が言葉を発しようとした瞬間、制止するように右手を前に出された。出してくろめは、ゆっくりと首を横に振った。

 

「…何も言わないでくれ、イヴ。これはオレが受け止めて、背負わなきゃいけないものだから。とても持ち切れてなんかいないけど、こうしてもう何度も落としては拾ってを繰り返しているけど…この罪も、辛さも、くろめのものだから。……それに、安心してほしい。くろめにもちゃんと…くろめ達にも、イヴみたいに寄り添ってくれる人が、いるから」

「……分かったわ。でも…やっぱりこれは、受け取って頂戴。…ありがとう、くろめ」

「…持ち切れてないって言ったばかりなのに…酷いなぁ、イヴは……」

「今さっき言おうとした事は、貴女に言われた通り引っ込めたんだもの。代わりにこれ位は受け取ってくれないと困るわ」

 

 困ったように笑うくろめに、私も軽く笑い返す。…少し、安心した。その通りなら…ここにいるくろめにも、寄り添ってくれる人がいるなら…くろめ自身がそう言える相手がいるなら、きっと大丈夫だろうから。

 加えてもう一つ。くろめは今、『くろめ達』と言った。…つまり、うずめもちゃんといるんだ。信次元は、うずめとくろめが…二人のうずめが共存出来ていて…出来る事なら、うずめの方にも会いたいと、私は思う。

 

「……あ、そういえば…さっき貴女、好きだと言ってくれる相手がいるって言ったわよね?寄り添ってくれる人って、もしかして…」

「んな…っ!?い、いや別に、そうだとは言っていないだろう…!?君はそういう、すぐ恋愛に絡めようとするタイプじゃないと思っていたが、オレの見込み違いだったのかな…!?」

「動揺し過ぎて全く説得力がないじゃない…。…それに別に、『好き=恋愛』とは限らないでしょ?第一私とここのくろめとは初対面よ?なら人となりを断言するのは早計なんじゃないかしら?」

「〜〜〜〜っ!くっ、き、君は…思ったより性格が悪いね、イヴ…!」

 

 ぷいっと私に背を向けて、そのまま歩いていくくろめ。こんな他愛ない、何気ない話をくろめと出来るとは思わなかったから、だからつい言ってしまった…とは言わなかった。言い訳がましいし…そもそも私は、そんな自分を善良な性格の人間だとは思っていないもの。

 

「…ふ、ぅ……」

 

 一人になったリビングで、ソファに座って身体を預ける。吐息を漏らし…天井を見つめる。

 まさかまた、くろめと話せるとは思わなかった。別次元の、とはいえ…私の手が届かなかった相手に、また触れられるとは思いもしなかった。

 良かったのかどうかは分からない。嬉しさもあるし、切なさもあるし……少しだけ、黒い気持ちもある。私だって救おうとしたのに、救いたかったのに、救えなかったのに…なのにどうして、信次元にはくろめがいて、私の側にはいないんだ、って。誰のせいで、こうなったんだ、って。…こんな私を、くろめはどう思うかしら。笑うのかしら。悲しむのかしら。

 

(……うずめは貴女の思いを、今も持ち続けているわ。私もこうして、貴女の事になると、いつだって心が騒ついている。…これはきっと、貴女が元々望んでた形じゃないのかもしれないけど…私の心にもうずめの心にも、ありのままの貴女の事は残り続けているわよ、くろめ)

 

 国の運営、国の振興…うずめの国にとって有益な事を知れると思って、私は信次元に来た。その結果、その中で今日知ったのは、得たのは、あまりにも予想外の事。…うん、でも、やっぱり…来て、良かったわ。

 

 

 

 

 早足で部屋の中から出てきた、藍色の髪をした少女。暗黒星くろめというらしい、初対面の相手。彼女は俺を見て、驚いた顔をして…それから、言った。

 

「…立ち聞きなんて、良い趣味をしてるじゃないか」

「別に、俺は部屋から出ていかなくても良かったんだがな」

 

 否定はしない。確かに廊下で壁へ背を預けるなんて事をせず、そのまま立ち去っていた方が、気遣いとしては良かったんだろう。

 だが、俺も俺で、少しばかり気になる事があった。だから待っていたのであり…その中で聞こえてきた事は、偶々聞こえてしまったに過ぎない。

 

「…………」

「…何か、オレに用があるのかい?」

「いや、用事という程じゃないさ。…ただ、少し…気になったんだ。くろめ…だったか。お前が何か、色々と抱えているように見えて…な」

 

 壁から背を離し、身体全体で向き直って言う。俺の言葉に、くろめはぴくりと肩を震わせ…一拍置いてから、返答する。

 

「…そうか、君が凍月影なんだね」

「…知っていたんだな」

「聞いたんだ、イリゼにね。というより、茜の事を聞く中で出てきたんだ」

「…なら、相当な悪人として語られたんだな」

「そうでもないよ。少なくとも、君が思っているような言われ方はしていないだろうさ」

 

 どう言われたのか、何を話したのか…くろめはそこまでは言わなかった。だが、別に良い。気にならないと言えば嘘になるが…実際そうだろうとも思っていたからな。イリゼがもし、人を悪く…それも本人にではなく、影で言うような事があったら、流石にビビる。どうしたイリゼ、って心配せざるを得ない。

 

「…で、抱えているように見えた、だったね。…否定はしないよ。君と同じように、オレも色々と抱えている。何をどう抱えているかは…聞いていたのなら、言わなくても分かるだろう?」

「まぁ、な」

「…………」

「…………」

「……え、会話終わり…?」

 

 何かまだあるんじゃないの?というか、ここからが本題じゃ?…そう言いたげな目で、俺を見てくるくろめ。…まあ、ご尤もではある。あるんだが……

 

「…正直に言う、見切り発車だ。ここから会話を続ければいいのか、これで終わりでいいのか…そこを俺自身、よく分かっていない」

「み、見切り発車でこんな話を切り出さないでくれないかな…そんな事を言われても、オレの手には負えないよ……」

「すまん……けど、違うな。見切り発車云々は別として…一つ、間違っている事がある」

「間違っている事…?」

 

 我ながら情けないが、本当に見切り発車だったんだから仕方ない。

 では何故、そんな事をしてしまったのか。…多分、話してみたかったからだ。皆を守りたくて、その為なら自分はどうなっても良いと思って…確かに最初は純粋な思いから始まった筈の道で、どうしようもない程多くのものを失い、取り返しの付かない事をしてきた、くろめという女神と。

 

「くろめは最後まで、最後までずっと、最初の思いを…皆を守りたいって思いを持ち続けていたんだろう?その為に、進み続けていたんだろう?…俺は違うさ。皆の為は、いつの間にか一人の為に変わっていた。犠牲を払う事を、仕方ないと、全てを救う事なんて出来ないんだからと、悟った振りして正当化していた。罪は自覚しているのに、それを是正するのではなく、自覚している事を盾に更なる罪を重ねてきた。…本当は、大切なものは一つだけじゃなかったのに…それ等に順位を付けて、俺を思ってくれる相手すら切り捨ててきた。…何より俺は止まらなかった。止まらず、行き着くところまで行って…結果このざまだ。理由はどうあれ止まって、振り返って、違う道を選んだくろめとは、大違いだ」

 

 見せ付けられたような気がした。信次元に来て、この眩しく温かい次元で、どれだけ自分が愚かな道を辿ってきたのか見せ付けられた気がして…今も、そうだった。聞こえてきたくろめの過去、今のくろめの在り方から、たった一つでも違う選択をしていれば、今よりずっとマシな終着点に辿り着けたんじゃないかと…そんな気がしていた。そしてこんな事を、くろめに…直接の関わりはない相手に話してしまったのは……こんなんでもまだ、俺は人間だという事なんだろう。

 

「…一つどころか、結構沢山言ったね…」

「そうだな、よく考えたら一つじゃなかった」

「だから反応に困る事を淡々と言わないでくれ…。……でも、確かにそうだね…抱えているものは、大分違うようだ。…上手く、いかないものだね」

「あぁ、上手くいかないな。…上手くいく道も恐らくあったのが、結局自分のせいなのが…悔しいよ」

 

 そう、結局俺のせいなんだ。勿論、誰もが皆に優しくて、他者を大切にする事が出来ていたのなら、俺も何もせずにいられたんだろうが…そんなに世の中は甘くない。多分この信次元すら無理な話だ。だから出来るのは、そんな世の中でも優しく強くあろうとするか、そんな世の中ならばと優しくある事を止めるかで…俺は後者だった。くろめは前者だった。ただ、俺も彼女も手を取り合う事、その強さを信じる事を止めていて…だから、似た道を辿る事になったのかもしれない。

 

「…ふふ、ならばやり直してみるかい?お互い失敗した訳だが、オレ達で手を組めば、ひょっとしたら……」

「失敗した者同士で組んでも、な。…それに、もういいんだ…俺はもう、これ以上…進みたくない」

「……すまない、今のは冗談だとしても良くないものだった。…けれど、影…君がそう思っていても、進みたくなくても……」

「分かっている。進みたくなくても、時は止まらない。良い方向にしろ、悪い方向にしろ、世界は変わり続ける。…全部、分かっているさ」

 

 自分に言い聞かせるように、俺は言う。俺は、世界を変えたんじゃない。俺が何もしなくたって、世界は変わっていた。ただ少し、その変わり方に影響を与えただけ。…そう思うのは、責任を軽くしようとする逃げだろうか。それとも俺が変えてしまったと思う方が高慢だろうか。…分からないし、分かったところで…今更何も変わらない。

 

「…それでも君は、まだ存在するんだね」

「もう、勝手に終わる事も出来ないからな。それに…せめて最後に守ったものと、そこから続くもの位は、最後まで大切にするさ。多分それも、今更そんな事をって言われるんだろうが…それすら投げ出したら、いよいよもって俺は何がしたかったんだ、ってなるからな」

「そうか…なら、頑張るといいさ。同じ終わる事を許されない、間違え続けた女神として、エールを送るよ」

「ああ、程々に頑張るさ。…程々に頑張るだけで済む世界になってくれるよう、勝手に祈りながら…な」

 

 言い切って、今度こそ立ち去る。部屋の中に戻るのは…止めた。止めたというか、元々やりたい事があってリビングにいた訳じゃないしな。

 特に得たものがある訳でも、何か出来た訳でもない…意味があったかどうか分からない会話。けど、それでも良い。意味があるかどうか、有益か否かでばかり判断するのも、もう沢山だ。それに俺は、一応とはいえ休暇として信次元に来たんだから……いいじゃないか。過去について、そんなに価値もない話をしたって。




今回のパロディ解説

・メガでミラクルなアプリ
メガミラクルフォースの事。既にサービス終了しているので、当然ログインは出来ません。…えぇ、出来ないんです。毎日試してみても駄目な事は実証済みです。

・ある次元のネプテューヌ様
ネプテューヌシリーズの小説の一つ、TGS炎の二日間におけるネプテューヌの事。辛味の件だったり髪の拭き方だったり、地味に勉強になる事が載ってたりするんですよね。

・「〜〜明日は今日より悪くなるかもしれない〜〜」
コードギアス 反逆のルルーシュに登場するキャラの一人、シュナイゼル・エル・ブリタニアの台詞の一つのパロディ。似た台詞を何か別の作品でも聞いた気がする私です。

・〜〜裏ボスとして初登場するような存在〜〜」
キングダムハーツ2に登場するキャラの一人、留まりし思念の事。くろめは裏ボスではなくてラスボスですね。謎の荒野にいたりもしませんし。


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第十九話 次元を超えた誘い

「という訳で、ピーシェを呼んだわ。さあ、神次元の女神交流会よ!」

『え、どういう訳で…?』

 

 明日は客を呼ぶから、ちょっと付き合ってほしい。昨日そう言われて、何だろうと思いつつ今日を迎えたら…リビングで変な会が始まった。

 因みに今セイツさんが言った『ピーシェ』は私の事じゃない。信次元と交流の深い神次元にいるピーシェの事で…つまりは、別次元の私。

 

「そんな事はどうでもいいのよ。要はこの段階に至るまでを割愛する為の発言だもの」

「うわ、言い切った…」

「うちのせーつがすみません……」

 

 何となくそんな気もしていたけど…まさかすぐに言うとは思わなかった。驚いて思わず呟いてしまって…別次元の私に、謝られた。…自分と同じ顔の相手に謝られるのって、何か凄く反応に困る……。

 

「ま、それは良いッスよ別に。それより、交流会って何するんッスか?」

「というか、わたしは女神じゃないんですけど…」

 

 神次元の女神交流会、というだけあって、アイさんも呼ばれていた。一方本人も言った通り、何故か女神でないビッキィも誘われていた。もしかすると、重要なのは『神次元』の方であって、女神の方はそこまでじゃないのかもしれない。

 

「えぇ、分かってるわよビッキィ。でも交流会って言ったって、真面目な話をする訳じゃないんだから、女神かどうかに拘る必要はないわ」

(あ、思った通りだった…)

「つまり、この機会だからこそ出来る面子で話してみたかった…みたいな感じッスか?」

「そういう事よ。ふふっ、今ので伝わるなんて、以心伝心ね」

「あー、まぁ、それもそうッスねー。…にしても…まさか成長してるピーシェとまた出会うなんて思ってなかったッス。ひょっとして、うちの神次元の方が特殊なんスかねぇ」

 

 うーむ、と腕を組んで首を傾げるアイさん。それからアイさんは私ともう一人の私へ視線を送ってくる…けど、こっちに答えを求められても困る。私も自分の次元の事以外は殆ど分からないんだから。

 

「えぇ、と…成長してるぴぃ、っていうと…?」

「あ、こっちのピーシェは一人称がそのままなんッスね。うちの知ってるピーシェは、これ位の背丈なんッスよ」

「えっ、ピーシェ様にそんな小さな頃が…!?」

「…もしかして、馬鹿にしてます?」

「すみません、冗談です…」

「…でも、まるっきり変な発言でもないんじゃない?だってわたしや信次元の女神…先天的な女神は、初めから成長した姿で生まれるんだもの」

 

 それは聞いた事があるから知っている。けど、今のビッキィの発言は間違いなく冗談な訳で…まぁ、別に良いんだけど。徹頭徹尾きっちりしてるビッキィなんて、むしろ違和感凄そうだし。

 

「こ、こほん。…でも、ほんと似ている…というか、そっくりですね……」

「それはそうでしょう、同一人物なんですから」

「けど何となく、ピーシェよりピーシェの方が大人っぽい雰囲気あるッスよね。……って、このままだと分かり辛いッスね…」

「なら、ピーシェ様の方はイエローハート様と……あ、でも…」

「うん、ぴぃも女神の姿の時はイエローハートって呼ばれてるし、やっぱり分かり辛いかも」

「そうねぇ…次元の名前で判別、って事も出来ないし…もういっそ、ピーシェA、ピーシェBとか……」

『そんなグループで出てきたモンスターみたいな呼び方は御免(です・だよ)』

「ま、まぁそうよね、言ってみただけだから安心して……」

「凄い、今のは圧が二倍以上あった気がする……」

 

 今度はセイツさんが下らない事を口にした。半眼で言葉を返したら、ものの見事にもう一人の私と声がハモった。語尾以外はぴったりだった。

 こういう事は偶にあるし、同じ自分なんだからハモるのはそこまで不思議な事じゃない…とも思うけど、いざハモると何とも言えない感情があって…しかもそれは向こうも感じていたらしく、私達は顔を見合わせ互いに軽く会釈し合った。

 

「…あ、けど、考えてみたらピーシェ達はあんまり似てない方かもしれないわよ?」

「そうですか?わたしからすれば、『影分身だッ!』って言われても納得しそうな位そっくりに見えるんですけど…」

「いや、それの場合はそもそも影分身出来る事に驚くべきじゃ…?」

「ふっ…影分身は高等忍術に見えて、意外とそうでもないんですよ?勿論実体があり、能力や思考の面でも本体と遜色無い分身を作るのは難しいですが、逆に言えば『ぱっと見の外見』以外の再現を削ぎ落とすだけ削ぎ落とせば、影分身の難易度は大きく下がるんです」

「えぇ…?…待って、えと…びっきぃ?…は、忍者か何かなの…?」

「えぇ、実は忍者か何かですよ」

「忍者か何かじゃなくて、ちゃんと忍者ですよピーシェ様…。…それはそれとして、ピーシェ様じゃないピーシェ様からの、ちょっと響きが違う『ビッキィ』も悪くないな……」

「というか、あれよあれよと話が脱線し過ぎじゃないッスかね…。…え、まさかこの面子だと、ウチが突っ込み担当になるんッスか…?」

 

 わたしを何だと思ってるんですか…と言いたげな目で見てくるビッキィに内心でちょっと笑っていると、アイさんから半眼を受ける事に。まあ確かに、脱線に脱線を重ねていた感は否めない。後、セイツさんが言いたい事も気になるし、ここは話を戻すとしよう。

 

「それで、私達が似てない…というのは?」

「あ、うん。例えばだけど、ネプテューヌだったら見た目は勿論、性格や言動だって大体同じでしょ?ネプテューヌ以外でも、そういう例って思い付かない?」

「言われてみれば確かに、ブランちゃん達他の女神も概ね同じような性格してるッスね。逆にイストワールみたいに、見た目は違っても性格はそっくり…ってタイプもいたりするッスけど」

「でしょ?けど、さっきアイも言ってたけど、ここにいる二人のピーシェは見た目こそ同じでも、雰囲気の面は結構違う…そうは思わない?」

「…それは……」

「…まぁ……」

 

 それは、と言った私に、もう一人の私が続く。特に深く考えてはいなかったけど、私ともう一人の私とで雰囲気に違いがある事は認識していて…って表現すると、少し変か…自分がどんな雰囲気してるかなんて、自分からはよく分からないものだし。

 ただ、自分の雰囲気がどんなものかは分からなくても…ここにいるもう一人の私が、私と違う雰囲気なのは分かる。もう一人の私は…多分私より、明るい。明るく…まともだ。

 

「…まあ、違うって言ってもそれは表面的な部分の話に過ぎないけどね。一見違うように見えても、本質的には同じ…っていう事は十分あり得るだろうし」

「それを知るには、お互いまだ色々と知らな過ぎますけどね」

「ぴぃなんて、さっき会ったばかりだしね…」

「…………」

「……?…どうかした…?」

「い、いや…別に……(言えない…一人称が『ぴぃ』なのが気になる、とは言えない……)」

「あ…それでいうと、セイツさんには分からないんですか?確か、感情や気持ちを感じるのが好き…なんですよね?」

「残念だけど分からないわ。感じるのは好きだけど、わたしが感じているのは漠然とした感情だけ…言ってみれば多分感受性が豊かの範疇であって、心が読めるとかのレベルじゃないもの」

((感受性が豊かの範疇…?))

 

 昔は自分もそう言っていた気がするとはいえ…というか、そう言っていた気がするからこそ、今の自分とほぼ同じ見た目をしているもう一人の自分が、「ぴぃ」と言っている事が気になる。気になって仕方がない。

…と、思っていた中での、何気ない様子のセイツさんの発言。彼女は恐らく、本当にそう思っているようで…でも私からすれば、軽く唖然とするレベルの発言だった。…いや、うん…私というか、私達からすれば、かな…同じようにセイツさんを見ている皆の顔を見れば、訊くまでもないし…。

 

「なんであれ、知らないならこれから知っていけば良いだけッスよ。というか、ウチも正直セイツやビッキィの事はまだよく分からない部分も多いッスし、ピーシェにしたってよく知ってるのは二人とは違うピーシェッスからね」

「知らないなら、これから知っていけば良いだけ…良い事言うわね、アイ。折角の機会だし、わたしももっと皆の事を知って、仲を深められたら嬉しいわ。…勿論、ピーシェともね」

「いや、ぴぃはせーつの事なら大体知ってるし良いんだけど…けど、確かに三人の事は知りたい、かな。…ま、まあ、わざわざ信次元に来たのに、何も残らないような雑談だけして終わりじゃ色々割りに合わないし?」

「ははぁ…今一つ分かったッス。こっちのピーシェは、ちょっと素直じゃない一面があるんッスね」

「いや、ピーシェ様も似たようなところありますよ?偶に素直じゃない発言したり、変なところで意地を張ったり、基本はクールでもふとした時に愛らしい一面が……むぐぐ…」

「…うちのビッキィが失礼しました。彼女は時々訳の分からない事を言うんです。今のも恐らくそうなので、気にしないで下さい」

「ふふっ…仲良いわねぇ、二人は」

「良いッスねぇ、ピーシェとビッキィは」

 

 無言でビッキィの口を塞ぐ私。けれど一歩遅く、セイツさんとアイさんからは生暖かい目で見られてしまった。…え、違いますよ?恥ずかしくなって口封じしたとかじゃなく、ビッキィの沽券の為に封じたんです。いきなりこんな事を言い出したら、何だこいつ…と思われるのが関の山ですから。えぇ、ビッキィの為ですビッキィの為。…ビッキィの、為、です。

 

「ぷはっ…ぴ、ピーシェ様何を……」

「…………」

「…話しましょうか、ピーシェさんに……」

「…はっきりしてるわね、上下関係…女神とその従者なんだから、当然ではあるけど……」

「…こほん。…けど、困ったな…自分に対して話す話ってなんだ…?」

『…自問自答…?』

「いやいやいや…今それをしてどうしろと…?」

 

 全員揃っての、首を傾げながらの言葉に、いやいや…と私は手を振る。確かに自分との対話って言ったら自問自答が思い付くけど…そもそも同一人物ではあっても、別次元の自分は『自分自身』ではないんだから、自問自答というのも違う…気がする。

 

「まあ、ではピーシェ様は一旦保留という事で…わたしから話すとしましょう。というか、訊きたい事とかありますか?」

「えー、と…そうだ。さっき忍者か何かって言ってたけど…忍者、なの?」

「忍者です、忍者か何かじゃなくてれっきとした忍者です…。…何か忍術見せましょうか?」

「あ、なら腹いせで生み出されたらしい、性別を反転させる術を見てみたいッス」

「いやあれは忍者じゃなくて妖の術…って、そんな術やれてもやりませんよ!?だ、誰にやれと!?」

「っていうか、なんであいが答えたの……」

 

 そんな事を思っていたら、話はビッキィが受け継ぐ形に。漫才みたいなやり取りの後、ビッキィは部屋の中…という事で、威力はほぼない風遁を披露。

 

「どうです?今はそよ風程度ですが、その気になれば突風の一つや二つ起こせますよ?」

「おぉ…。……忍術って、魔法とどう違うんだろう…」

「えぇ…?…忍術を披露した結果の感想がそれって……」

「…実際、どう違うの?」

「しかもピーシェ様まで…!?…どう、って…わたしも知りませんよ、だって魔法は使えないんですから…!」

 

 じぃっ、とビッキィを見ながら訊いてみたら、ビッキィは「そんな事訊かないで下さいよ…!」とばかりの顔をしていた。

 因みに後で知ったけど、イリゼさんの友達の忍者(勿論ビッキィじゃないですよ?)が使う忍術は、魔法の一種…というか、呼び方が違うだけで似たようなものなんだとか。

 

「に、忍術と魔法の話は良いんですよ。第一それはわたしの話じゃないですし…」

「言われてみればそうね。なら……あっ、そうだ。前にイリゼが言ってたけど、ビッキィってマジェコンヌのところでバイトしてた事があるの?」

『えっ?』

「あー…はは、ありましたよ…えぇ、ありました……」

 

 初耳らしいアイさんともう一人の私が目を丸くする中、乾いた笑い声を漏らしながら頷くビッキィ。…残業代は出ないし、賄いも訳ありのナス一本だけなんだっけ…うん、そりゃ遠い目もするよね……。

 

「マジェ姉さんがバイトを雇う…奇妙な次元もあったもんッスね…」

『マジェ姉さん…?』

「マジェ姉さんはマジェ姉さんッスよ。そっちの神次元にもいるんッスよね?」

「え?あ、うんいるよ。最近は……タレントが『うまーい!』って言うグルメ番組で紹介されてたんだったかな」

「そ、そんな馬鹿な…あんなブラック農家がTVに出るなんて……」

「マジェコンヌっていうと、信次元にもいるわよ?ええと確か、前にイリゼから送ってもらった集合写真の中に、彼女も写ってた筈……あ、あったわ」

『……?どこにマジェ(コンヌ・姉さん)が…って、この人ぉ!?嘘ぉッ!?』

 

 落ち着いた銀色の髪に、穏やかな顔付き。セイツさんが指し示したのは、ぱっと見普通の美人にしか見えない人物で…それがあのマジェコンヌだと知った私達は、仰天した。仰天するしかなかった。…別人だって…これはもう別人でしかないって……。

 

「な、何があったらマジェ姉さんがこうなるんスか…或いは何があったら、ここからマジェ姉さんになるんッスか…?ある意味ヤマト並みの外見変化じゃないッスか……」

「というか今度はまじぇこんぬの話になってる…」

「やたら飛びますね、話…。……ところでアイさんは確か、エディンの女神…なんですよね?」

「そッスよ。色々あって女神ッス」

 

 このままマジェコンヌの話で盛り上がるのは何か嫌だ。そう思った私は話題を探し…ふと、思い出した事を口にする。

 

「…建国も、アイさんが?」

「いんや、建国に関しては……あー、でも別に隠す事でもないッスかね…」

『……?』

「何でもないッス。エディンの建国はウチじゃなくてピーシェッスよ。まぁ、ピーシェが建国したというより、ピーシェを…擁立?…した形ッスけど。それから何やかんやあってエディンは新生エディンとして、今度はウチが守護女神として再発足したんッス。だからウチは二代目ッスね」

「色々とか何やかんやとか、ふわっとした部分多いですね…」

「そこはご愛嬌、乙女の秘密ッスよビッキィ」

『…乙女……?』

「うっわ、冗談とはいえ全員にぽかんとされると傷付くッスね…分かってくれとは言わないッスけど、そんなにウチは乙女じゃないッスかね?」

「…ローズハートの子守唄?」

 

 すぐに違う話になってしまったものの、アイさんの説明でそちらの神次元、そちらのエディンでも元々の女神は私…イエローハートであると分かった。

 訊いたのは、単なる興味。別に知らなきゃいけない訳じゃないけど…やっぱり、気になったから。……因みに、肩を竦めたアイさんにセイツさんが返答すると、「おぉ、流石セイツ!イリゼの姉だけあって、ノリの良さはバッチリッスね!」…と何やら機嫌良くハイタッチしていた。しかも、機嫌良さそうにした時点じゃセイツさんはテンションが上がっていたのに、恐らく反射的にハイタッチに応じた瞬間、途端に「はきゅぅぅ……」とか言ってへろっへろになっていた。…この人の事は、よく分からない。

 

「せーつ、そうなるのは分かってるんだからハイタッチは応じなきゃいいのに…。…そっちのぴぃは、エディンの女神を止めちゃったの?」

「止めたというか…さっきも言った通り、うちの次元のピーシェは子供ッスからね」

「あー…。…いやでも、ねぷてぬやぷるるとが女神でもプラネテューヌは一応成り立ってた事を思えば……」

「うーむむ、そう言われると補佐次第でギリ何とかなりそうな気もするのがまた……」

「はは…。…けど、やっぱり意外ですね…ピーシェ様以外が治めているエディンだなんて……」

「あー…それで言うと、ぴぃもエディンの女神ではなかったり…というかそもそも、建国の経験自体もなかったり……」

『え?』

 

 頬を掻きつつ言ったもう一人の私の言葉に、私達三人は目を瞬く。てっきり、もう一人の私はエディンの女神かと思っていたけど…どうやら根本的に勘違いをしていたらしい。

 

「ぴぃとしては、むしろ別次元の自分が建国してたり、国を主導してたりする事の方が驚きというか…。…自分の国を導くのって、良いものなの?」

「良いもんッスよ。そりゃ大変ッスし、いつでも悩みはあるッスけど…やっぱり嬉しいんスよ。自分の理想を、自分や仲間と築いていくのは。その理想を好きだって、そんな理想の国にいたいって思ってくれる人がいるのは」

「…そっか。ぴぃもぴぃなりにプラネテューヌを支えている…ううん、ぷるるとを手伝ってるつもりだし、その中で充実してるって感じる事もあるけど…やっぱりそういう立場だからこその部分もあるんだ…」

 

 小さく…優しく笑うアイさん。語られた思いを聞いて、納得した顔をするもう一人の私。そのやり取りを、二人を見て…私は、思う。

 

(…輝いてるな……)

 

 女神である事、国を守り導く事への喜び。それを素直に良い、と思える心。それはどちらも、私からすれば輝いて見える。輝いて見えるし…私はそれに、素直には賛同出来ない。理解は出来るけど…納得は、し切れない。

 二人は、人の明るい面しか、綺麗な面しか知らないから、そう思えるんだろうか。それとも汚い面も禄でもない本性も知った上で、その上でそう思えてるんだろうか。或いはイリゼさんの様に、善悪や良し悪し以前の段階から人を信じようとしているのか。…もし、二人が一番目だとしたら……

 

「…ピーシェ様」

「…え?あ、何…?」

「表情が硬くなってますよ?」

 

 隣からの声で、我に返る。幸い三人には気付かれていなかったようだけど…ビッキィには気付かれたというか、察されたらしい。…基本こういう、心の機微には疎いタイプな筈なんだけどな、ビッキィ…何だかんだ言っても、忍者は伊達じゃない、って事かな…。

 

「大丈夫だと思いますよ。アイさんは何となくですが、色々と経験している…ような気がしますし、ピーシェさんに関しては…何せピーシェ様の同一人物、別次元のピーシェ様な訳ですからね」

「…理由が思ったよりふわっとしてる……」

「うっ…わたしも言ってから『根拠がイメージしかないな…』とは思いましたけども…!」

「ふふっ…すみません。それと…ありがとう、ビッキィ」

 

 鋭いなと思いきや、やっぱりビッキィはビッキィだって。それがおかしくて、私は少し笑い…それから気を遣わせた事への謝罪と、気を遣ってくれた事への感謝を伝えた。

 根拠はともかくとして、私は二人の事をまだ深く知った訳じゃない。二人の事も、二人の住む神次元の事も、全然知らない。だというのに、勝手に…それこそイメージで不安感を抱くのは、余計なお世話というものだ。

 

「二人共、どうかしたの?」

「何でもないですよ、セイツさん。ところでセイツさん、何気なくここにいる訳ですけど、セイツさんはどういう女神なんですか?確か案内の時に、前は神次元で活動してたって言ってましたけど……」

「よくぞ訊いてくれたわ、ビッキィ!」

 

 何でもないと返した流れのまま、セイツさんへ尋ねるビッキィ。問われたセイツさん(いつの間にか復活していた)は、待っていたとばかりに返す。…よくぞ、って言う程かな、今のって……。

 

「あ、それは言ってみたかっただけだから気にしないで頂戴」

「そ、そうですか(さらっと地の文を読まれた…何ならこっちの方が気になる…)」

「こほん。どういう女神かといえば、それは勿論信次元の女神であり、神次元の女神でもあるって事よ」

「つまり、どっち付かずって事ッスか」

「日和見女神って事なんですね」

「なんでいきなりそんな酷い変換を!?…冗談の言の葉が鋭いわよ二人共…」

「まあまあせーつ、説明を続けなよ」

「ピーシェもまあまあ、で片付けようとしないで頂戴…まぁ、いいけど…。…わたしにとって信次元は生まれ故郷みたいなものだし、妹の国がある次元だし、神生オデッセフィアの皆はわたしの事も女神として思ってくれている…そんな、かけがえのない場所よ。でもそれは、神次元も同じ事。あの時皆と共に闘って在るべき未来を取り戻したのも、眠りから目覚めて現代の皆と出会ったのも、その皆と一緒に進めるのも、わたしにとっては全部が唯一無二なの。だから、わたしはどちらの女神でもある。それがわたしのベストよ」

 

 ベターじゃ満足出来ないもの。そう言ってセイツさんは笑った。彼女の妹、イリゼさんによく似た…自信と前向きさに満ちた笑みで。

 

「…姉ですね、イリゼさんの」

「……?えぇ、姉よ」

「お母さんの姉…叔母さん……」

『叔母さん…?』

 

 ふっ…と笑いながら言うビッキィの発言に、私以外は小首を傾げる。…まあ、伝わらないよねこれは。

 

「…まぁともかく…少しは分かりました?」

「あ…うん。色々知れた…とは思う」

「ウチもウチで、そこそこ知れた気がするッス。妙ちきりんな会だと思ってたッスけど、やってみると案外悪くなかったッスね」

「妙ちきりんって…でも、そう思ってもらえたのなら何よりよ」

「…あっ、でも……」

「……?もしかして、まだ何か知りたい事が?」

「えと…知りたいといえば、そう…かな。…いや、でも…どちらだとしても、むしろ知らずにいた方がいいのかも…?」

 

 今度はビッキィが小首を傾げ、もう一人の私が返答する…けど、何やら歯切れの悪い様子。何だろうかと思って私達が注目すれば、もう一人の私は頬を掻きつつ、少し躊躇った後に言う。

 

「あの、もう一人のぴぃにお願いがあるんだけど…ちょっと、女神化してもらってもいい?」

「え?」

「…あー…うん、何となく分かったわ…」

 

 突然の頼み…それも理由が全く分からない女神化の要望を受けて、私は困惑。ビッキィやアイさんも似たような反応をする中、セイツさんだけは何か分かったように…そして何とも言えない風な表情を浮かべて、わたしからもお願いするわ、と言った。

 一体これはどういう事なのか。やるやらない以前に、意図の部分が微塵も見えず…私はビッキィと、顔を見合わせるのだった。

 

 

 

 

 ピーシェ様ではないピーシェ様という、摩訶不思議な…って言っても、次元超えてる時点で十分摩訶不思議だけど…相手と会って、セイツさんやアイさんも交えたやり取りを色々して、そこそこ話したなぁ…なんて感じ始めたところでの、ピーシェさんからの変なお願い。それを受けて、というかピーシェ様が了承をして…わたし達は、教会の庭へと出た。

 

(別次元とはいえ、自分の女神の姿を見てどうするんだろう…そもそもなんで見たいんだろう……)

 

 単に見たいだけなら鏡を使えば良いだけの筈。実は吸血鬼だから鏡には映らないとかじゃあるまいし。……そういえば、ズェピアさんは鏡に映らないんだっけ…?

 

「それで、私は単に女神化すれば良いんですか?」

「うん、お願い。…っていうか…女神の姿になる事に、特に抵抗は……」

「……?ありませんけど?」

「ないんだ…いやまぁ、ぴぃだって別に嫌いじゃないよ…?なんだかんだ言っても『自分』だし、スタイルに関しては文句なしだし…」

 

 ぶつぶつと呟くピーシェさん。何を言いたいのかよく分からないけど…何か、女神化関係でコンプレックスがある様子。

 

「まあ、とにかく女神化すればいいんですね?では……」

 

 そう言って、ピーシェ様は女神化。光に包まれ、光は散っていって…その光が収まった時、ピーシェ様の姿は、女神のそれに。よりメリハリのある、イエローハートとしての姿に。

 

「はい、へんしんかんりょー!これでいーの?」

「あ、う、うん。…やっぱり、違う次元のぴぃも、女神の姿はこれなんだ…なんだろう、ほっとしたような、でも知ってどうすんだって感じでもあるような……」

「おー、人の姿は成長していても、女神の姿は同じなんッスね。やっと馴染みあるピーシェと会えた感じッス」

 

 普段はクールなピーシェ様だけど、女神化すると…なんというか、子供っぽくなる。見た目は大人っぽい…っていうか、グラマラス…?…になるのに、言動とか表情はむしろ元気一杯な子供って感じで…ミスマッチが凄い。ネプ姉さん位、ギャップが半端ない。

 

「あ、ねえねえせっかくだから、あなたのへんしんも見ーせてっ!」

「え、ぴぃも…?」

「いいんじゃない?今は貴女のお願いに応えてもらったんだから、そのお礼として丁度良いでしょ?」

「それはそうだけど…。…ま、まぁ…いいか…」

 

 テンションの高いピーシェ様は、ぎゅっとピーシェさんの手を握ってお願い。一瞬躊躇う様子を見せたピーシェさんだったけど、セイツさんに言われた事でまあいいかと首肯。

 因みにここで先に言っておくけど、ピーシェさんも女神化するとピーシェ様みたいになるらしい。同一人物なだけあって、女神の姿も同じらしい。…で、何故先に言ったかというと……

 

「あははははっ!ぴぃが二人、二人いるー!」

「どっちがはやいかな?どっちがすっごいパンチできるかな?しょーぶしよしょーぶ!」

 

……ご覧の通り、無邪気な子供っぽいピーシェ様が二人になった事で、物凄くきゃっきゃしてる光景が完成していた。…いや、うん…それだけなら和気藹々としてるようにも見えるかもしれないよ?けど、両方女神だからね…女神のフルパワーを無邪気に振るってる訳だから、実は今見えてる光景って、色々凄まじい感じになってるんだよね…はは……。

 

「いやぁ…ネプテューヌが二人いると騒がしさが半端ないと思ってたッスけど、これはこれで強烈ッスね……」

「同感よ。でも…凄く楽しそうだわ、二人共っ!元々女神化したピーシェは感情が爆発してて素敵だけど、そのピーシェが二人になった事で相乗効果を生み出しているっていうかなんていうか…Whoo!」

「うわっ、セイツさんが興奮のあまりパリピみたいに…!」

 

 いきなり変な発言…発言?叫び?…を上げたセイツさんに、アイさんと揃ってぎょっとする。なんかもう、雰囲気から予想はしてたけど…結果はその斜め上だった。これは予想出来る訳ないって…。

 

「…というか、これ良いんです?今は空で競争してる訳ですけど、これを街の人に見られたら騒ぎになるんじゃ……」

「や、大丈夫だと思うッスよ?ウチ等はまだ目で追えるッスけど、普通はピーシェ二人が飛んでるなんて視認出来ないと思うッスし、仮に見えても大概の人は見間違いだと思うんじゃないッスかね」

「んふぅ…っていうか、ビッキィも目で追えるのね。ケイドロの時も思ったけど、大したものだわ」

「えぇ、忍者ですから」

「…忍者って、職業というか生業としての括りであって、『忍者=超人』とは限らないわよね…?」

「いや、ひょっとするとビッキィやピーシェの次元では、超人の称号だとか、超人でないとなれない仕事みたいな扱いなのかもしれないッスよ…?」

 

 大したものだと言われれば悪い気はしない…けど、ここで調子に乗ったりはしないのが忍者というもの。だから澄まし顔でわたしが返すと、二人は何やらひそひそと話していた。

 

「それに、わたしなんてまだまだです。例えば同じ忍者でも、世の中には車ごと分身する事が出来たりする人がいますし、その人が属する組織の指令に至っては女神の様な力を持つ能力者六人を相手にしてもまだ余裕を見せたりしますから」

『えぇー……』

「…まあ、女神云々は例えであって、ピーシェ様やお二人と同じ位の強さとは限りませんけどね」

 

 そう、わたしは普通の人間よりは強くても、まだまだ未熟。上には上がいるし、高みというのは果てしないもの。…その高みに向かっていくと段々ギャグみたいになるっていうか、我ながらちょっと「既にギャグの域に片脚突っ込んでるような…」って思う時があったりしなくもないけど…それでも目指す先は、低いより高い方が良い。…と、思う。

 

「…けど、っていうかだとしてもビッキィが中々の実力なのは事実ッスし、それを思えばピーシェに付き従うより楽に稼げる仕事とかもありそうなもんッスけどねぇ」

「そこは忠義故じゃない?又は友情とか、親愛とか」

「…そうですね、そんなものです。わたしも昔は色々ありましたが…今は純粋に、ピーシェ様を支えたい…側で、力になってあげたいから、こうしてるんです」

 

 稼ぐ事には興味ない。最低賃金以下で働かされるとかは流石に嫌だけど、逆にいえば最低限の収入があればそれで良いし、昔は自分の中の黒くどろどろしたものを理由に戦っていた事もあったけど…今はもう、違う。今はただ、ピーシェ様の支えになりたいだけで…それで十分というか、そこに自分なりの充実感があるのが今の自分。今のビッキィ・ガングニル。

 

(…それに、ああ見えてピーシェ様は根っからの強い人じゃないっていうか、頑張ってそう在ろうとしてる人だからこそ、支えたいと思う…って言ったらまた怒られそうだから、黙っておこうかな)

 

 触らぬ神…じゃなくて女神に祟りなし、って事でわたしは黙っておく事を選択。これは心に仕舞っておこう、そうしようと決めて、ちょっと笑って…当然その理由の分からないセイツさんとアイさんは、「……?」と小首を傾げていた。

 

「とうちゃーく!せーつせーつ、ぴぃとぴぃね、引きわけだった!」

「あ、お帰りピーシェ。…まあ、そうよね。だって同じピーシェだもの」

「だからねっ、こんどは四人できょーそーしよっ!ねっ、ねっ!」

「四人…あぁ、女神で勝負って訳ッスね。…ま、ちょっと位は付き合うッスよ」

 

 それから十数秒後にピーシェ様とピーシェさんが戻ってきて…でも二人共、まだまだやる気が有り余っている様子。ピーシェ様からの誘いを受けたアイさんは肩を竦めながら頷いて、それにセイツさんも苦笑を浮かべながら同意。セイツさんアイさんも女神化をし、今度は女神四人の競争に。

 

「子供相手に本気になるのは大人気ない…が、どっちも人としちゃもう子供でもねーみたいだしな。手加減なんて期待すんなよ?」

「ふふふっ、楽しみだわ。競争の中で、皆がどんな感情を見せてくれるのかが!」

「よーし、それじゃあいっくよー!」

「よーい、どんっ!」

 

 ピーシェさんの掛け声で始まる、空の勝負。言葉通りアイさんも、変なところに期待しているセイツさんも飛行速度に遠慮はなく…けれどピーシェ様達も負けていない。…改めて見ると、一層凄い光景だな…あの姿って意味じゃ、ピーシェ様はなりふり構わずって訳じゃないんだろうけど…競争へのやる気がほんと凄い…。

…と、ちょっと呆気に取られるわたしではあったけど、本当に楽しそうなピーシェ様を見て、こうも思った。こっちに来て、ピーシェ様は肩の力を抜けてるというか、楽しめてそうだな…と。さっきみたいに、ふとした時に難しい顔をする事もあるけど…それでも最後に振り返った時、楽しめてたと思えるなら、良い休暇だったと言えるなら、わたしとしても文句なしだ。…わたしだって、結構楽しめてるんだしね。

 

 

…………。

 

………………。

 

……………………。

 

「……って、あれ!?わたし、置いてかれてない!?」

 

……まさか、最後の最後で今の自分の状態に気付いて、一人叫ぶ事になるなんて思いもしないわたしだった…。

 

 

 

 

 迫り来る弾丸。飛来するミサイル。接近を阻み、敵対する者を撃滅せんとする武力の連打を、スラスターを噴かす事で避ける。左へ右へ、上へ下へ、細かく切り返す事で狙いを付けさせない、偏差射撃を成り立たせない事を兼ねた回避運動を繰り返し、同時に撃ち返す。手数ではなく質で、一発一発を隙を突く形で撃ち込み、確実に相手の数を減らしていく。

 

「良い火器だ。初めは半端な射程距離だと思っていたが…慣れると中々どうして悪くない…!」

 

 無理に攻める事はしない。確実に減らすというのは、逆に言えば迎撃の砲火に晒される時間が長くなるという事でもあるが、この程度なら恐ろしくはない。油断は出来ないが、これより過酷な、これより冷や汗が止まらなくなるような弾雨をこれまでに幾度も経験をしている。それに何より……今の私は、死ぬ事はない。

 

「…攻撃目標、捕捉」

 

 展開していた最後の一機を撃ち抜き、推力全開でこの場を離脱。逃げる攻撃目標へ追走し、速度の差で一気に距離を縮めていく。甘めに一発撃つ事で回避を誘発し、その回避行動によって更に目標の速度を落とす。

 最後の障害、攻撃目標の護衛機が離れてこちらへ向かってくる。二機による迎撃の内、片方は避け、片方は盾で受けて、固定装備の砲で反撃。避けた事で道が開けた瞬間、携行火器の追加砲身をパージし、推力最大のまま砲口を向け、有効射程圏に入った瞬間連射。先とは対照に、射撃のブレを連射によって強引に補い……撃墜。攻撃目標が爆散した瞬間、自機は操作不能になり、ブザーが鳴り…モニターに、作戦終了の表示が映る。

 それから十数秒後、戦闘内容を分析した情報と、総合結果を見やってから……私は機材の中から出る。

 

「お疲れ様、ワイト君。流石は近衛隊長だね」

 

 何となく凝った気がする身体を解すように動かしたところで、声を掛けられる。

 声の主は、私を誘ったイリゼ様。信次元に来てから三日目の夜、私は軍用シミュレーターの存在をイリゼ様から聞き、使用する事を誘われ…今に至るまで、何度かこの機材でシミュレーションを行ってきた。

 

「いえ、お褒め頂く程ではありません。総合成績もBでしたし」

「いやいや、幾ら操作を簡略化した訓練用とはいえ、これは十分に練習をした上でやるものだからね?それをこの短期間でやれるようになるなんて、凄いを超えて普通の域じゃない、ってレベルなんだからね?」

 

 何を言うか、とイリゼ様は手を横に振りつつ否定。それに対して、私は「では、先程の褒め言葉は素直に受け取っておきます」と返答した後一つお辞儀。

 実際のところ、謙遜はしていた。流石に自分も、経緯を踏まえた自分の成績が誰でも取れるようなものではないのだろう、と位には思っていた。というより、誰もが同程度の訓練で動かせるようになるのだとしたら、信次元の人間は基礎能力が高過ぎる。自分や同僚がこれまでしていた訓練が虚しくなってしまう。

 

「…まぁ、それでも私がそれなりに動かせた一番の理由は、アームズ・シェル…私の次元の兵器とこちらの兵器…MGでしたか。…の操縦系が、そこそこ似ているからでしょう。同じように人型で、携行装備の他固定装備や推進器も備える作りの時点で、多少は似ていてもおかしくはないと思いましたが……」

「そこは私も驚きなんだよね。同じ女神が生まれるように、似たような機械が発明されたりするように、同じ『ゲイムギョウ界』だから、ロボットの操縦方法も近いものになった…って事なのかな」

「さぁ?その辺りは、技術者の視点や開発の歴史も関わってくるので何とも…」

「ま、そうだよねぇ」

 

 何故違う次元でありながら、操縦系が似ているのか。これを調べるのも面白いかもしれない…が、わざわざ調べてみようとは思わない。少なくとも今は…それより気になる事がある。

 

「…して、イリゼ様。今日は何か、これ以外にも用事があるのではなくて?」

「うん?どうしてそう思うの?」

「ただの勘です。何となく、そう思った…それ以上の理由はありません」

 

 一拍置いて呼び掛けた私は、問う。小首を傾げるイリゼ様へ、勘だと言い切る。

 本当に、勘以上の理由はない。ただそう思っただけであり…だがこうして訊いてみる程度には、何かありそうだと思っていた。

 私がイリゼ様を見つめ、イリゼ様も見返してくる事数秒。沈黙の末、イリゼ様は肩を竦め…軽く笑う。

 

「いやほんと、流石ワイト君だね。私もまだまだかなぁ…」

「そんな事はないかと。もし『気のせいじゃない?』と言われていれば、私は『やっぱりそうか』と思って終わりだったでしょうし……イリゼ様自身、別段隠す気はなかったのでは?」

「まぁ、ね。…じゃ、ここじゃゆっくり話せないし、場所を移そっか」

 

 その言葉に頷き、私はイリゼ様の後に続いて機材のあった部屋を出る。

 因みに今いるのは軍の施設ではなく教会。何故教会内に軍用シミュレーターが?…という問いも当然したが、それに対する答えは「必要があるからだよ」というものだった。少々ぼかしたような回答だったが…その意味を問う事はしなかった。これももしかすると、訊けば答えてくれたのかもしれないが…ぼかしたという事は、そこには何かしら意味がある筈。であれば下手に探るべきではないというもの。

 

「さ、どうぞワイト君。今日はバスクチーズケーキを作ってみたんだ」

「わ、わざわざありがとうございます」

 

 移動した先は、イリゼ様の執務室。ここという事は、かなり重要な話かもしれない…そう思いながらソファに座ると、イリゼ様からケーキを差し出された。

 ありがたくはある。趣味の一環だとしても、女神様から直々にケーキを作ってもらえるなど、人によってはそれだけで感激だろうし、実際美味しくもある。……が、一度や二度ならともかく、何度も頂いているとなると、何かあった時に断り辛そうな気がする訳で…もしそれを狙っての事であったら、強かだと言わざるを得ない。誠実なイリゼ様がそんな事をするだろうかとも思うが…今や彼女も国の長。それ位考えていてもおかしくはない。

 

「…これは…美味しいです。美味しいですし、ワインに合いそうな気もします」

「それは良かった。…そういえば、前に一回ノンアルコールを飲みながら話した事もあったよね。今度は他にも飲める人呼んで、飲み会でもしてみる?」

「…いや、まぁ…止めはしませんが、飲み会と言うには些か以上に癖の強い会になりそうな気がしますよ…?」

「…確かに……」

 

 チーズケーキのしっとりした舌触りと甘み、そこへ表面の焦げ目が生み出すほろ苦さが加わる事で、チーズケーキらしい美味しさと、普通のチーズケーキにはない美味しさが共に味わえる。イリゼ様の作ってくれたバスクチーズケーキは、そんな一品だった。

 それを食しながらの、前の事を思い出しての会話。癖が強くなる一因は私にもありますが、と内心で呟きながら、私はイリゼ様につられる形で苦笑いし…バスクチーズケーキを半分程食べたところで、自分から話を切り出す。

 

「…イリゼ様」

「何かな、ワイト君」

「そろそろ、話をしても良い頃合いでは?」

 

 言葉と共に、再び見つめる。先程と同じように、数秒の沈黙が訪れ…それからイリゼ様は、頷く。

 

「…ワイト君には、うちの軍も少し見てもらったよね。神生オデッセフィアの軍は、ワイト君の目にはどう映った?」

「良い軍だと思いますよ。軍にとって重要な要素の一つである士気…いえ、今は平時なので、もっと単純にやる気と言うべきですが…ともかく活力を感じる光景を色々と見る事が出来ました」

「そっか。なら、これまでシミュレーターで使ってきた機体…マエリルハについては?」

「そちらも良い機体だと思います。挙動が素直ですし、軽快なので新兵にとっては動かし易い、熟練のパイロットにとっても動きのもたつきに苛立つ事が少ない機体ではないかと。…勿論、トップエース級ともなると、物足りない面があるかもしれませんが…そこまでカバーするのは、主力量産機に必須の事ではありませんしね」

 

 これを訊きたかったのか、それともこれは前置きなのか…そんな事は分からない。分からないが、それはそれとして問いに答える。

 嘘は言わない。謙遜ではなく、本当に軍も機体も良いと感じた。特に活力に関しては、街中で感じたものと似ているとも思った。新国家ならではの、自分達で選んだ、自分達で盛り上げていく国なのだという思いが、活気が、側から見ているだけでも感じられた。

 そんな風に私は語り、イリゼ様は頷きながら聞いていた。私が言い終えると、イリゼ様はまた一つ、ゆっくりと頷いて…それからまた、訊く。

 

「ありがとう、ワイト君。…じゃあ、今の答えを聞いた上で改めて訊くね。……神生オデッセフィアの軍を、違う次元の、違う国の軍人である…近衛の指揮官であるワイト君は、どう思った?」

 

 それは、今さっきと同じ質問。全く同じ回答をしても成り立つ問い。…だが、違う意図がある。恐らくは私の考えていた事を見抜いた…或いは見抜いたとまでは言わずとも、何かしら察した上での問いであり……ならばと、私も言う。今一度…答える。

 

「…まだまだですね。建国したばかりの国の軍である以上、それは当然の事ですが…軍としての、組織としての、暴力装置としての強さは、発展途上そのものです」

「…良かった、正直に言ってくれて。言うべき時は相手が女神でもきちんと言う…そういうところ、人としても軍人としても信頼出来るよ、ワイト君」

「ここで建前を言うのはむしろ失礼だと思った、それだけです。…それに、イリゼ様はここで怒るような方ではないという事も、知っていますから」

 

 返答として口にしたのは、マイナスの評価。よく言えば伸び代がある、悪く言えば完成度が低いというのが、私の抱いた正直な感想。……本当に、嘘は言っていない。先程は、プラスに感じた部分のみを言っただけ。

 とはいえ、発展途上である事は悪でも欠点でもない。ここから軍としての質が良くなっていくのなら、何の問題もない。そうなる前に大きな戦いが起きた場合は、その限りではないが…それはもう、仕方のない事。建国と同時に強靭な軍隊を作れるのなら、軍備で苦労する国はない。

 

(…これを、聞きたかったという事だろうか)

 

 浮かぶのは、もしかしたら…という発想。成る程確かに、これは気軽には訊けないだろう。というより、私も何気なく訊かれたとしたら困る。失礼だと思ったから返したまでと…そう言いはしたものの、今の流れがあっても少しばかり緊張した位なのだから。

 だが、重大な話ではないようで安心もした。緊張はしたが、これだけならばほっともす──

 

「…うん、そう。ワイト君の言う通り、神生オデッセフィアの軍はまだまだ発展途上だよ。軍だけじゃなくて、経済も、科学技術も、インフラだって発展途上。資源はあるけど、軍事力も、国としての積み重ねも、人材すらも足りていない。今の信次元には五つの国家があるけど、五大国家じゃなくて、四大国家+αより少しは良いって程度なのが、神生オデッセフィアの現状なの。…だからね、ワイト君……──私の為に、戦ってくれる気はない?」

「な……ッ!?」

 

 それを、その言葉を聞いた瞬間、私は絶句した。絶句し、唖然とし…正気かと、思った。冗談だとしたら、とんでもないが…冗談としか思えないような、そんな問いだった。

 されど、冗談ではない。私に向けられるイリゼ様の眼差しは…真剣そのもの。

 

「勿論、ただでとは言わないよ?ワイト君が神生オデッセフィアに来てくれるなら、私は最高の待遇を約束する。例えば…ワイト君の階級は、大佐だよね?だから神生オデッセフィアの軍には、准将として歓迎するよ」

「准、将…?それは、そんな……」

「突然やってきた人間が、いきなり将官だなんて受け入れられる訳ない?…それは確かにね。でも、神生オデッセフィア…というか信次元において『准』の階級は、元々特別なの。功績や人望から佐官や将官待遇にしたいけど、その人物の真価を発揮するにはしがらみの多い階級だと困る…みたいな時に使われたりするの。だから准将に任命しても問題ないし…ワイト君の実力と人柄なら、すぐに皆認めてくれる筈だよ。…それに、准将は取り敢えずの階級であって、ワイト君にその気があるならその後は更に上に昇進させたって良いんだしね」

 

 イリゼ様は、普段通りの調子で語る。まるで部活やクラブチームに誘うかのように、別次元の人間を、自国の軍に…それも将官、謂わば軍の幹部クラスとして迎えると、そう言う。しかし、軽くはない。普段通りでありながら、もしここで私が首肯すれば、明日には神生オデッセフィアのどこかしらの基地に、自分の席があるんじゃないか…そう思えるような雰囲気も、確かに今のイリゼ様にはあった。

 それに、今の口ぶりからは、イリゼ様に軍の人事権がある…或いは人事に上から命令を出せるようにも思える。軍の人事側が忖度する、ではなく、文字通り上の命令系統に、最上位に女神が位置しているような…そんな風に感じられる。まさかとは思うが…思い返すと、信次元において三権分立は過去のものだと、嘗てイリゼ様自身が言っていた。だとしたらこれも…あり得ない事ではない。

 

「それだけじゃないよ?住まいを始めとする生活に必要なもの、ワイト君が欲しいと思うものは片っ端から用意したって良いし、今は軍人になる場合の話をしたけど、あくまで外部の顧問として、別の立場で招いたって構わない。流石に最低限の条件として、軍事には関わってもらうけどね。それに、ワイト君が望むなら定期的に帰れるように手配もする。ブランとの話も、私が付ける。ワイト君が一切後ろ指を指されるような事がないよう…いや勿論、ブランがそういう事するとは思わないけど…ともかくワイト君の名誉が一切傷付かないような形で信次元に来られるよう取り計らうから、そこは安心して」

 

 更にイリゼ様は言葉を重ねる。迷いなく、淀みなく、私を誘う。

 待遇だけを考えるなら、確かに文句なしだろう。一個人に国の長がそこまでして大丈夫なんだろうか、と逆に心配になる程の、手厚い歓迎をイリゼ様は口にした。…だが、それより…そんな事よりも、私はまず、訊かなくてはいけない事がある。だから私は、イリゼ様の話が途切れたところで、訊く。

 

「…どうして、私にそこまでの待遇を?何故、そこまでして私を神生オデッセフィアに誘うのですか?」

「言ったでしょ?今の神生オデッセフィアには、何もかも足りてないって。新国家なんだから当たり前ではあるけど、これから伸ばしていけば良いっていうのもその通りだけど…それは私だから言える事。私が、第三者だから思える事。幾らこれから伸ばせるって言ったって、それは希望だとしたって、今不足してるのは事実で…そんな中に、神生オデッセフィアの皆はいるんだもん。たとえ望んで来てくれた人だとしても、私は国民の皆に、一日でも早く、今より豊かで強靭な国での日々を過ごしてほしい。これが神生オデッセフィアだと、胸を張れるようにしてあげたい。…その為に、私は貴方が、ミスミ・ワイトという人材が欲しいの。軍人としての能力も、人としての信頼も間違いないって思える、私が直接思ったワイト君を、私は迎えたいの。…私は、精一杯の事をするよ?ワイト君が神生オデッセフィアの一員になってくれたなら…その時はもう、ワイト君も私が幸せにしたい国民の一人なんだから」

 

 何故?その問いに対する答えは、真摯な思いそのものだった。国民を思い、未来だけでなく今この時も大事にする、尊敬の念を抱ける女神の意思、心だった。

 私は受け止める。それが誠意だと、イリゼ様への敬意だとして、きちんと受け止め、イリゼ様を見つめ……そうして、答えた。

 

「…イリゼ様。イリゼ様の思いは分かりました。貴女がそこまで私を評価して下さった事には、感謝をお伝えします。嘗てイリゼ様に話した面を踏まえても尚、そう思って下さるのなら、それがイリゼ様の本心であるのなら、私は心から光栄に思います」

「……じゃあ、答えは?」

「はい。ですが…いえ、そこまで私を思って下さるのなら、尚更私の答えは一つです。──ブラン様への、私の信仰を、忠誠を、思いを……これ以上、愚弄しないで頂きたい」

 

 見つめ、見据え、はっきりと言い切る。きっぱりと断る。自分にそんなつもりはないと。馬鹿にするな、と。

 軍人というのが職業である以上、待遇で誘おうとするのは間違っていない。日々の生活の事も、立場も、これまでの日々の事も、全部取り計らってくれるのだとしたら、こんなにも美味しい話はない。…だが、この誘いには、最も重要な部分が抜け落ちている。心の部分が欠如している。そして私にとってそれは、唯一最大と言っても過言ではない要素。ブラン様の盾として、剣として、支え、尽くし、共に歩む…それこそが私の望みであり、願い。それをなくして、私に満足などある筈がなく……それをなしに私が応じると思われていたのだとしたら、流石に不愉快というものだ。

 そうして訪れた、三度目の沈黙。イリゼ様は、なんと返すのだろうか。突っ撥ねた事への後悔はないが、もっと穏便な言葉の方が良かったかもしれないと反省はしている。しかしそれでも、私はイリゼ様から目を離す事なく…長い時間が経った末に、イリゼ様は吐息を漏らす。

 

「…そっか、やっぱりそうだよね…うん、ごめんねワイト君。気に障るような提案をした事を、謝罪するよ」

 

 下げられる頭。その直前に発されたのは、提案を取り下げると言ったも同然の言葉。そのあまりにも潔い引き際に…思わず私は、数秒程ぽかんとしてしまった。

 

「……随分と、あっさりしているんですね…」

「ま、予想通りの返答だったからね」

「予想していたのに、言ったのですか…」

「それだけワイト君が魅力的な人材だって事だよ。99.99%無理でも、残りの0.01%を試してみる価値はある…って思える位に、ね」

「そこまで言われると、流石に少し気恥ずかしいですね。…ですが、一点間違っていますよ、イリゼ様」

「え…って、いうと…?」

「99.99%ではなく、100%です」

「あ、あー…そういう……」

 

 何とも言えない風な表情を浮かべるイリゼ様。因みに後から知ったが、この時私は真顔で言っていたんだとか。

 

「…このような話を、他の方には?」

「何人かにはしたよ?でも、ワイト君含めて全部空振り。うーん、上手くいかないものだね…」

「人にとって移住は、ハードルの高い…新生活とも言うように、新たな人生を歩み出すようなものですからね。…まあ、なんと言いますか…イリゼ様の勧誘は聞けませんが、ブラン様には神生オデッセフィアを良い国だと、友好的な関係を築いた方がお互いの益になると伝えておきますよ」

「あはは、ありがと。それはそれで結構ありがたいから助かるよ」

 

 肩を落とすイリゼ様へのフォロー。これもまた、嘘ではない。発展途上である事と、良し悪しは別の話。そして、私は神生オデッセフィアを良い国だと…そう、思う。これから神生オデッセフィアが栄えていってほしいとも、純粋に思う。

 

「じゃ、この話は終わり。付き合ってくれてありがとね」

「こちらこそ、貴重な経験を色々とありがとうございます」

 

 貴重な経験。それは勿論、シュミレーターやこちらの軍を見られた事を指している訳だが、それだけではない。こちらでののんびり…というには少々刺激の多い出来事も多いが、それを含めて良い休暇が取れている。有り体な言葉にはなってしまうが……楽しいものだ、こちらでの時間は。

 そして私は残りのバスクチーズケーキも食べ終え、ソファから立つ。イリゼ様も出るようなので、先に扉の前に行き、開けようと思って扉に手を掛け…ふと、思い出した事を訊く。

 

「…ところでイリゼ様。気になっていたのですが…他国の、別次元の軍人である私に、軍用シミュレーターを使わせても良かったので?」

「あぁ、それなら問題ないよ。確かに一切の情報が流出しないとは言えないけど、内容はチェックしてあるし、操縦方法やコックピットの内装に関しては、同じところと違うところ、良いところと悪いところは分かっても、その中身までは分からないでしょ?アイディア程度の事は得られても、技術者じゃないワイト君には、システムまでは分からない…違う?」

「それは、確かにそうですね。であれば問題は……」

「──それに、もし仮にワイト君が機密情報を得て、そっちのルウィーに持ち出したとしたら、その内容はどうあれうちとルウィー…信次元とそっちの次元の関係は良くないものになる。険悪になるかもしれないし、国と国の関係な以上、最悪の場合戦争にもなり得る。ワイト君の評価はその通りだけど…そちらへ流れ込んだのより、文字通り桁違いに多い数の負常モンスターを相手にして、次元の未来を守り切った信次元と戦争になるリスクを背負ってまで、そんな事をワイト君はする?」

「…まさか。そんな割の合わない事はしませんよ。しませんし、信用に仇で返すような事をするなと、ブラン様に怒られてしまいます」

「だよね、私も冗談…というか、例えばの話をしただけだから気にしないで。…あ、でもこっちの技術を持っていくなら、代わりにこっちも色々見させてほしいかな。それならお互いの為にもなるでしょ?」

 

 じっ…と私を見つめるイリゼ様の瞳。脅しにも似た、問いの言葉。私の返答を受けた後は、すぐに朗らかな調子に戻ったものの……国の長の本気を、イリゼ様の意思の一端が見えた…そんなような、気がする。

 

(…見縊るなというのも、お互い様だな…)

 

 軽んじたつもりはない。実力も実績も知っているからこそ、オリジンハートという女神を軽んじられる筈がない。だがそれでも、これまで感じていた、思っていた以上のものを、今日の自分は見た訳で…だからこそ、思った。イリゼ様だけに限った話ではないが……やはり、守護女神というものは凄い、と。




今回のパロディ解説

・『そんなグループで出てきたモンスター〜〜』
ドラクエシリーズにおける、同種族モンスターが出てきた際の表示の事。ピーシェの群れが現れた!…とかでしょうか。誰だろうと、同一人物が群れで現れたら驚きますね。

・「〜〜腹いせで生み出され〜〜反転させる術〜〜」
あやかしトライアングルに登場する秘術の一つ、性醒流転の事。忍者で性転換といえば、忍ネプのゴウを連想しますね。彼女の場合はまた設定面での事情が違いますが。

・「〜〜タレントが〜〜グルメ番組〜〜」
満点☆青空レストランの事。マジェコンヌ及び彼女が経営しているナス畑が登場してるシーンを想像したら、ふふっとなりますね。

・「〜〜分かってくれとは〜〜じゃないッスかね?」、「…ローズハートの子守唄?」
ギザギザハートの子守唄及び、その歌詞の一部のパロディ。別にアイは不良じゃありませんけどね。女神化すると言動はかなり不良っぽくなりますが。

・「〜〜車ごと分身〜〜まだ余裕を見せたり〜〜」
シンフォギアシリーズに登場するキャラの一人(二人)、緒川慎次と風鳴弦十郎の事。女神と弦十郎ならどうなるか、それは分かりません。いや、だって別作品ですし。


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第二十話 恋と愛の話…?

 コラボに参加して下さっている方々にお知らせします。これまでも何度か戦闘回はありましたが、今後もそこそこある予定です。その為、作者の皆様には自分の作品のキャラの、コラボ参加時点(=今コラボに登場している段階)での戦闘能力や戦闘に絡む要素について、教えて下さると助かります。また、必要に応じてこちらからメッセージで質問する場合もあるかもしれません。その場合は、ご返答頂けると幸いです。


 それの切っ掛けは、他愛のないやり取り、雑談の中で出てきた、ふとした発言の一つだった。

 

「…という事があって、茜は教師になったらしい。俺からすれば茜が教師?…とも思ったが…考えてみれば、茜は表情も感情も隠さないからな。子供からすれば、そういうところが親しみ易く信頼も出来るんだろう」

「そうだろうね、子供は案外大人をよく見ているものだから。…しかし、うん。やはり魅力的な女性だと思うよ、彼女は」

 

 会話の源流となったのは、茜が嘗て教師をしており、ズェピアもまた教師の経験があるという事を、影とズェピアのそれぞれが知った事。そこから発展する形で会話は続き、言動や性格が良かったのだろうと言う影に対し、ズェピアは魅力的な女性だと答えた。

 妻帯者の前で、そのパートナーを魅力的と言うなど相手と状況によっては一波乱起きそうな選択。しかしズェピアに他意がない…というより、どこまで本気で話しているのか普段から分からないのが彼だと影は認識していた為に、別段何も起こりはせず…代わりにグレイブが首を突っ込む。というより、その話を弄りに利用する。

 

「魅力的と言えば…なぁ?愛月」

「えっ、な、何さグレイブ……」

 

 にやりと笑うグレイブに対し、愛月は「何かからかわれてる気がする…」と思いつつも困惑顔。しかしそれは同時に、弄りが伝わってなかったという事でもあり、グレイブは「ちぇっ、イリゼの名前をはっきり出しときゃ良かったな」と内心で残念がった。

 

「あぁ、そういえば…聞いたよカイト君。セイツ様と出掛けたんだってね」

「あ、はい。デートを…デート?…を、してきました」

『何故に疑問形…って、あー……』

 

 更にそこへ、ワイトとカイトも加わる。問われたカイトの返答に、一同は首を傾げ…かけるが、すぐに相手がセイツである事から理解し、揃って苦笑い。

 そんな一同がいるのは、信次元を訪れた初日の夜に使った部屋。旅行の様なものという事もあってか、各々借りている部屋を使いつつも、寝る際はこのように集まっていたのである。

 

「デート、か…うん、青春だね」

「そうですね。青春、という言葉で片付けられる内容ではないのかもしれませんが…若いとは良いものです」

「…なんか、爺さんみたいな事言うんだな」

「実際君達からすれば、私は十分お爺さんだよ。まだ老け込む気まではないけどね」

「いやいや、まだ君もこれからだろう。実際衰えてはいないんだろうしね」

「いや、まぁ…吸血鬼にそれを言われたら、返す言葉もありませんが……」

 

 人の、常人の概念を超えた寿命を持つ存在にそんな事はないと言われてしまえば、異を唱えようもない。そんな思いでワイトは肩を竦め、それにズェピアは薄く笑う。

 

「青春…そう言われても、どういうのが青春なのか、俺自身はよく分からないんですよね……」

「そんなものだろうさ。主観にしろ第三者視点にしろ、青春だと思ったらそうなんだろうし、そう思わないのなら違う…そういうふわっとした、言ったもん勝ちなのが青春だよ、きっと」

「わっ、なんか深いね影さん…。……あれ…これ、深いのかな…?」

「いや、深くないぞ…むしろ今のは浅いぞ、我ながらな…」

「開いてる店は開いてるけど、閉まってる店は閉まってるみたいな感じだもんなー」

「はは…あ、そういや影って……」

「…あぁ…別に隠す訳じゃないが、語る程の事はないな。少なくとも、茜とデートとして出掛けた事なんて殆どない」

 

 呑気な調子で言うグレイブの言葉に軽く笑った後、カイトは影を見やる。するとそれだけで影は察したらしく、自分の事を…自分の場合の事を話す。

 

「おや、そうなのかい?確かに君は好き好んでデートをするタイプじゃないだろうけど…」

「茜の方はむしろ、積極的に誘いそうですよね」

「そこはまぁ、事情が事情なんだ。…付き合う期間ほぼ無しに、結婚した訳だし…な」

「そ、それはまた…凄いね、君達夫婦も…」

「というか、少し驚きだな。まさか話してくれるとは…」

「今さっきも言ったが、別に隠す事でもないからな。それに下手に隠して、色々と想像される方が敵わん。…まぁ尤も、この場においてはその心配もあまりなさそうではあるが…」

 

 イメージとは異なる反応に驚いたと言ったカイトだが、影からの返答で納得。確かに女性陣も交えていた場合、隠した場合は勿論、隠さなかった場合でもあれこれ想像されるのは火を見るよりも明らかであり…全員揃って苦笑。

 

「…うーん、でも…よく分からないや」

「うん?何が分からないんだ、愛月」

「ほら、さっきワイトさんが、付き合う期間ほぼ無しで結婚した、って事に凄いねって言ったでしょ?それが、どう凄いのかな…って」

「言われてみたらそうだな。何がどう凄いんだ?」

『それは……』

 

 男性陣の中では年少組となる二人の疑問に対し、ワイトとズェピアは顔を見合わせる。結婚…即ち婚姻に伴う各種権利や責任、その他発生するあれこれを説明するのが最も論理的ではある…が、それを二人が理解出来るかどうかは怪しいところ。加えてワイト自身、制度云々ではなく一般的な感性…具体的な説明は難しい感覚から凄いと言った面もある為に、どう答えたものかと迷い…そんな中で、口を開いたのはカイトだった。

 

「…そうだな、俺もはっきりした事は言えないけど…付き合うのは、好きって気持ちだけで出来るけど、結婚はそうじゃない…みたいな感じなんじゃないかと思う」

「…うん、そうだね。結婚というのは、責任を持つ事であり、『今』だけじゃなくて、これから…『未来』の事も考えて、覚悟してするものなんだよ。…いや、より正しく言えば、本来そうでなくちゃいけないもの…かな」

(…堪えるな。子としても、夫としても、親としても……)

 

 結婚は、こういうものじゃないか。それをそれぞれの視点と想像で語るカイトとワイト。二人の言葉を、グレイブと愛月は分かったような、分からないような表情で聞いていて…影は一人、結婚の意味を強く、或いは重く受け止めていた。

 二人が語った数秒後、聞こえたのは乾いた音。それはズェピアが手を叩いた音であり、その音でズェピアは仕切り直す。

 

「さて、折角こんな話になったんだ。少し、恋の話でもしてみようじゃないか」

『恋の話…?』

「偶にはそういう話をしてみるのも面白いと思ってね」

 

 首を傾げる五人を見やり、ズェピアは軽く笑う。実のところ、この話を振った…話を切り替えた一番の理由は、このままだと何をしたって難しい話に…グレイブと愛月がぽかんとする話になりそうだと思った為なのだが、当然それについては言いはしない。

 

「恋、ねぇ…こういうのって、言い出しっぺから話すもんだろ?ズェピアはどーなんだよ」

「私かい?言い出しっぺなのに申し訳ないが、私は恋愛に関してはさっぱりでね。娘…家族愛でも良いのなら、200枚の原稿用紙3セット分位に纏めて伝えようと思うのだが……」

『それはまた…って、200枚を3セット!?原稿用紙600枚分!?』

 

 一旦は普通に受け止めようとした一同だが、200字詰め3枚分ではなく、200枚3セットである事に気付いて全員仰天。続けて「合計すると全て埋めて12万文字…文庫本並みじゃないか…」と影は呟くものの、直後にズェピアは「まぁ、書こうと思えばもっと書けるんだけどね。纏めるというのは苦しいものだよ」と、何気なく言っており、これには全員仰天を超えて軽く戦慄していた。

 

「…ま、まあ良い事ではないのでしょうか。家族愛は尊いものですし」

「ありがとう、ワイト君。…して、君はどうなのかな?」

「私、ですか?」

「あ、俺も聞いてみたいです」

 

 振られたワイトが訊き返せば、カイトがそこへ興味を示す。程度の差はあれど、他の面々も少なからず興味があるような目でワイトを見ており…そんな反応に対し、ワイトは軽く頬を掻く。

 

「…恋愛に関しては、私もズェピアさんと似たようなものかな。普段は仕事が忙しいし、そもそも真っ当な恋愛が出来る程器用でもないんだ。残念ながらね」

「そうか、ワイトは『ぶきよう』なんだな」

「いやそんな、道具を使えなくなるような感じじゃないとは思うが…。…けどワイトさんって、ルウィーの近衛隊長なんですよね?ブランとは、仲良かったりしないんですか?」

「…まあ、良いか悪いかと言われれば、ありがたい事に良い方…だと思うよ。ただ、あくまで私は君主に従う身。一応共に出掛けた事もあるけど、それ位だよ」

「女神と出掛ける…っていうと、最初のカイトさんの話に戻るね。あ、もしかしてそれもデートって名前のお出掛けだったり?…なんて」

「…………。…まぁ、二人での外出をどう表現するかは、各々の自由だよ、うん」

((あっれぇ……?))

 

 冗談めかして言う愛月だったが、それに対してワイトは不意に沈黙。その後、何もなかったかのように返した訳だが、そこに明確な否定はなく…全員、目を瞬かせていた。

 

「ま、まあワイト君の言っている事自体はその通りだね。…影君…は既に話したようなものだし……」

「俺か?俺は興味ないな。てか、恋愛なんてよく分からん」

「僕もかな…友達への好きと、恋愛の好きの違いも、あんまり分からないし……」

「はは、確かに『好き』の違いは難しいね。誰もが納得出来る説明を出来る人なんて、ほぼほぼいないだろう」

「あー…俺も正直話せる事なんてないですね。友達がこんな恋愛してた、って話ならまだ捻り出せるかもですが」

 

 語れる程の事はない、と返す三人。これが学友の場合、時にはしつこく絡む事もあるだろうか、既に話した三人は全員が大人。故にそれならば仕方ない、と頷き……全員回った結果、会話が止まる。

 

「…あれ、ですね…話題が悪かったとは言いませんが……」

「うん、気を遣ってくれなくても構わないよ、ワイト君。…些か盛り上がりに欠ける話題だったね、少なくともこの面子では……」

「まともに話したのは実質俺だけ…ですらないな。俺も碌に話していない」

「うーん…あっ、それじゃあイリゼ達も呼んで話す?それならもっと盛り上がるんじゃないかな?」

「いや、止めておいた方が良いと思うな。多分、別の意味で盛り上がらない…というか、盛り上がれない気がする」

 

 ゆっくりと首を振って返すカイトに、愛月は小首を傾げる。一方ワイトとズェピアは苦笑しつつもそれに頷く。異性とだと気にしてしまう事、同性だからこそ気兼ねなく話せる事…どの程度気にするかは人によりけりだが、そういうものもあるのである。

 とはいえ、ならばこれで会話を終わりにするのかという話。何とも尻切れ蜻蛉な状態である為、心境的にまあ良いかとも言い辛く……そこでふと、グレイブが思い出す。

 

「そういや、温泉に行った時も似たような話したよな。あん時はウィードもいて…あー、ウィードもいりゃ話聞けそうだったんだけどなぁ…」

「確かにな。…結局ウィードの親しい相手って誰だったんだ…?」

「流石にこの場じゃ分からないだろうさ。そもそも俺達の知らない相手だったら思い付きようがない」

「それもそうだなー。…けど、逆に知ってる相手…ってか、イリゼ達や今回来てる内の誰かだったらどうするよ?」

『それは……』

 

 どうなんだろうか。面白がって話すグレイブの言葉に、全員が自然に想像する。そんな事あるんだろうか、あるとしたら誰だろうか…想像を喚起させるような内容であった為に、各々考える。

 

「…まあ、取り敢えずセイツはなさそうだな」

『(あぁ・だね)』

「というかセイツ様だった場合、セイツ様は親しい相手がいながらカイト君とデートした事に……」

 

 真っ先に挙げられたセイツの名前に、全員が首肯。続けてワイトが何とも言えない表情でデートの件に言及し、今度は全員苦笑い。

 

「はは…こほん。それでいうと、イリス君という線もなさそうだね。彼女も可愛らしくはあるが…恐らくまだ、恋や愛の分かる歳ではないだろう(…歳、という表現が正しいか否かは別として、だが)」

「当然茜もないな。ないというか、茜についていける男なんて全次元見回しても二人といるものか」

「…愛を感じるねぇ」

「えぇ、感じますね」

 

 小声で話すズェピアとワイト。だが影には辛うじて聞こえており…影は何も言わなかった。何も言わず、ただ少し顔を逸らしていた。

 

「愛といえば…アイも、あんまりそういうイメージがないな。イメージがないというか、恋愛に興味がなさそうというか…いや、俺も人の事は言えないが…」

「イメージで語ってしまうのは雑だけど、それで言うとディール様、エスト様、ネプテューヌ様にピーシェ様もなさそうだね。…尤も、ディール様以外はまだあれこれ言える程よく知る訳ではないんだけども」

「ビッキィもなさそうだなぁ…。…じゃあ、残ったのは…イリゼとルナちゃんとイヴさん?」

「ルナ君か…いや、うん、ルナ君もないだろう。ルナ君に彼氏はいないだろう、いないだろうさきっと」

「イリゼもないな。別にイリゼが誰と付き合おうと勝手だが…こう、もにょる部分がある」

「ズェピアさん、影…?…まぁ、いいや…となると、消去法でイヴだが……」

 

 段々と「なさそう」という形で減っていき、最終的にイヴが残る。…が、誰もありそうだとは言わない。というより、共に来たアイ以外の全員と初対面であるイヴについて、どうこう言えるだけの事を知っている人物はここにいない、というのが実情であり、それを示すように全員がそれぞれ肩を竦める。

 

「…なんかこう、誰もしっくりこなかったな……」

「さっきも言ったが、この場じゃ判断のしようがないさ。……に、しても…」

「どうかしたの?影さん」

「…我ながら、まさかこんな毒にも薬にもならない話をする日が来るとは思わなくて、な…」

 

 グレイブの言葉に答えた影は遠い目をし…それから自分でも驚きだ、と言う。その言葉に、ワイトも…同じように思っていた彼も、静かに頷く。

 そしてそれは、多かれ少なかれ全員が思っていた。自分には縁遠い話だと思っていた者、単純にそんな話をしようと思う機会がなかっただけの者、それぞれ理由は違うものの、この他愛ない話に全員が何となくの感慨深さを感じていた。

 

「…恋愛云々はまあ別として、俺はイリゼ好きだな。明るいし、真っ直ぐだし、諦めない事を諦めないし。…いや、うん。イリゼ『も』好きだな」

「分かるよ、カイト君。ディール様もアイ様も、方向性や在り方は違えど、自然と好ましさを感じる、感じさせてくれるものがある……それが、女神というものなんだろう」

「好ましさ…ネプテューヌは好ましさっていうか、面白さだよなー。面白いから一緒にいると楽しいしよ。んで、ピーシェは…なんだろうな。時々変で、明るいって感じじゃないけど、何だかんだ世話焼きっていうか……」

「ピーシェも僕はすっごく優しいと思うな。後、セイツさんも。なんかちょっと変な感じのイメージが強いけど、そうじゃない時はちょっとした事でも丁寧に教えてくれたりするし」

「エストは、ディールの妹…だったか。無邪気な様で、一歩引いた視点を持ち合わせているような立ち居振る舞いは、経験を感じさせるな。…明るいがそれだけではない…女神には、そんな部分も必要だろうさ」

「ふむ…ふむふむ。ワイト君も言ったが、それぞれにそのような部分が…自身は特に意識せずとも、自然体でいるだけで、周りを惹き付けるのが女神というもの…なのかもしれないね。…これを天賦の才…いや、後天的な女神もいるらしいが…と言うべきか、そんな言葉で片付けてはいけない、信念や積み重ねがあっての事なのか……」

 

 呟くように言ったカイトの言葉を皮切りに、女神へ触れる言葉が続く。その締め括りをするのはズェピアであり…その上で彼は、だが、と続ける。

 

「女神の皆が好ましい事は私も同意だ。…けれど、それは女神だけに留まる事ではないんじゃないかな?」

「だよな。面白いって意味で、俺はビッキィの事も好きだぜ?なんせビッキィは色々無茶苦茶だからな。無茶苦茶だし、クールぶってるけど実は熱いタイプだしさ」

「あ、グレイブが無茶苦茶とか言うんだな…。…ルナはそういうのとは真逆だが…多分、凄く芯は強いんだよな。後、連携技が上手くいった時はテンションが上がったっけ…」

「僕がそう思ってるだけかもしれないけど、僕は茜さんも優しいって思う。優しいだけじゃなくて、接し易い…っていうのかな?」

「基本的に茜は人当たりが良いからな。…恐らくそういう明るさとは縁遠いのかもしれないが、イヴには好ましさを感じる。…何かしら背負っていて、そこからきちんと前へ歩んでいる…気がするから、だろうが」

「前へ、というとイリスさんもだね。本人としては子どもらしく、好奇心に忠実なだけかもしれないけど、私はあの学びへの、知る事への姿勢を見習いたいと思うよ。…歳を取ると、何につけてもやらない理由、言い訳を探してしまうものだから…ね」

 

 良いと、好ましいと感じるのは、何も女神の専売特許ではない。女神でなくとも、女神以外でも、それぞれに魅力や敬意を抱く部分がある。そんな風に、一同は話し…肩を竦めた。これは、女性陣には聞かせられないな、と思いながら。

 

「…本人達は、どう思ってるんだろうな」

「至極当然の事だけど、そう思っている人もいれば、そんな事ない…と否定する人もいるだろうね」

「そこにも性格が現れるな。自信から肯定する者もいれば、その思いに応えようと肯定する者もいるだろうし、謙遜で否定する者もいれば、謙遜ではなく卑屈さから否定する者もいる…そこにゃ人も女神も関係ないだろうよ」

「褒められた時は、素直に喜べば良いと思うんだけどなー。そりゃ、褒められたくてそうしてた訳じゃないなら、そうじゃないんだけどなー、って気持ちになるのも分かるけどさ」

「でも、恥ずかしかったり、そんなに自分って凄いのかな…って気持ちで、否定したくなるのは分かるなぁ…」

「うん、グレイブ君の気持ちも、愛月君の気持ちも分かるよ。…故に、実際どうなのかではなく、どう思われたかが肝心なんだと私は思うよ。実際と違ったとしても…感じた思いは、嘘でも間違いでもないのだから」

 

 自身の思いが自分にとっての真実ならば、他者からの思いも他者にとっての真実なのだ。そう言うワイトに全員が頷き……切っ掛けからはそれなり以上に離れた会話は、それで終わる。

 

「…そろそろ頃合いでも良いだろ。今の流れからして、これ以上は蛇足になりそうだしな」

「まあ、確かにそうだね。時間としてももう遅いし…というか君は、意外としっかり睡眠時間を取るね……」

「朝起き、昼活動し、夜眠る。無理も無駄もない人本来の生活スタイルに準じるのは、良い事だと思うよ」

「吸血鬼がそれ言うのか、しかも川柳っぽいし…ま、同感だけどな。眠くなったら寝て、起きたらばっちり動く。それが一番だ」

「だな。それじゃ、今日もこれで寝るとするか。皆、今日も一日お疲れ」

「うん、お休み〜。…ふわぁ…明日は何をするのかな…何をしよう、かな……」

 

 そうして部屋の電気は消える。今日の話は…否、こうして日々交わす会話の中で、彼等は特別何かを得る訳ではない。六人が交わしたのは、ふと思い出す事はあっても、積極的に思い返したりはしないような、そんな会話。

 しかし初めから、誰も価値のある、有意義な話をしたいと思ってしていた訳ではない。何気なく、気楽に交わした会話であり……それで良いのだと、全員が思っていた。価値を求めるばかりの人生など窮屈だから、単純に楽しいから…それぞれに感じ方は違えども、満足したという思いは同じだった。

 

 

 

 

 偶然か、はたまた似たような話を思い付くような理由…出来事ややり取りがその日にあったのか、同様に別室で集まる女性陣も、この日は珍しい会話を交わしていた。

 

「へー、ネプテューヌちゃんって彼氏いたのね。…えっ、ネプテューヌちゃん彼氏いるの!?」

「あ、う、うん。コテコテのコントみたいな反応だね…」

 

 何気なく、半ば口を滑らせたような形でネプテューヌの言った、恋愛に直結するような言葉。そこからネプテューヌに彼氏…異性のパートナーがいる事が判明し…エストは驚いた。エストどころか、ほぼ全員が驚愕した。彼女に彼氏がいた事、ネプテューヌが恋愛をしている事…その両方の面で。

 

「これは驚きッスね…まさか、かなり違う次元…というか世界のとはいえ、ネプテューヌがとは……」

「ネプテューヌさんが恋愛…あ、あんまり想像出来ないかも…」

「そ、そんな驚く…?というか皆の知ってる自分って、そんなに恋愛と縁遠いの…?」

「縁遠いっていうか、普通の恋とか愛の枠に収まる感じがないというか…んーと、愛を超えて、憎しみをも超越した……」

「それ最終的に宿命になるやつじゃん!いやならないならない、わたし普通に恋とかするから!」

「恋をするネプテューヌ…見てみたい、見てみたいわ!」

「……わたしの彼氏を?」

「恋する貴女の心を!」

「ですよねー…」

 

 何とも不服な反応に対して突っ込んでいたネプテューヌは、最終的にセイツの平常運転な発言に辟易。…が、続けて「これは流れを変えなくては」と思い、すぐさま次の言葉を口にする。

 

「っていうか、皆こそどーなのさ。皆だって年頃の女の子…っぽいんだから、恋愛の一つや二つしてないの?」

「あっ…ネプテューヌ、多分そんな振りしたら……」

「ネプちゃん…それは私の、私とえー君のめくるめく愛の話を聞きたいって事だね!?」

「…こうなっちゃうから、止めようと思ったんだけど…遅かったか……」

「…私とえー君の愛……」

「…なんッスか。ウチは篠宮であって凍月じゃないッスよ。後、ウチ的にそっち方面は良い思い出がないから止めてほしいッス」

「あ、それはごめん…というか、失礼しました……」

 

 まるで何かのスイッチが入ったかのように、嬉々としてネプテューヌに迫る茜。そうなる事を予期していたイリゼは「一歩遅かったか…」と額を押さえる。そんな中、思わず浮かんだ連想でピーシェはアイを見やるが、珍しくアイの反応は淡々としており…その一方で、気を悪くさせてしまったか、と彼女が謝ると、すぐにアイはいつもの調子に戻って笑う。

 

「あれ、これって恋バナの流れ?…恋バナ、懐かしいなぁ……」

「懐かしい?ルナは、前にもした事がある?後、恋バナとは?バナナの一種?」

「あはは、恋バナはバナナの一種じゃなくて…なんていうのかな。好きな人、気になる人の話…みたいな感じ?」

「好きな人の話…それならイリスも出来る。イリスはミナとブラン、ロムとラムが好き。皆も、好き」

「ふふっ、ありがとねイリスちゃん。私もイリスちゃん好きだよ」

 

 恋愛絡みの話で盛り上がり始める中、ルナとイリスは対照的にのんびりとした雰囲気。自分も好きだと言いながらルナが撫でると、イリスはちょこんと座ったままそれを受け入れ…だがのんびりとしつつも興味がない訳ではないらしく、ルナは話へ耳を傾ける。

 

「恋愛といえば…意外とセイツさんは食い付かないんですね。ネプね…ネプテューヌさんには食い付いていましたが」

「……えっ?あ、ごめんなさいビッキィ。今皆の気持ちに浸ってて、よく聞いてなかったわ…」

「は、はぁ…。…何だろう、何かちょっと違う気が……」

「…縁遠い話ね…」

「ま、まあそうですね…」

「……?」

 

 どうも本当によく聞こえていなかったらしいセイツにビッキィは何とも言えない表情を浮かべ、ぽつりと呟いたイヴの言葉にピーシェは頷く…が、何となくその際の言葉に歯切れの悪さを感じ、イヴは小首を傾げる…が、すぐにその理由は判明する事に。

 

「あれ、何言ってんのピー子。縁遠いどころか、ピー子もこっち側でしょ〜、このこの〜」

「うっ…それはそう、ですけども……」

「へ?ピーシェそうだったの?」

「そうだったんスか?」

「まさかピーシェもだなんて…意外な二人よねー、ディーちゃん」

「う、うん。…一応訊くけど、エスちゃんは……」

「いると思う?というか、仮にいるならディーちゃんが気付かないと思う?」

「だよね…」

 

 ネプテューヌにより明かされた、新たな事実。セイツ、アイ、エストと神次元の女神としての面も持つ三人がその事実に目を丸くし、そこから双子のやり取りに発展。そしてピーシェ本人はほんのり赤くなった顔を隠すように顔を背けており…それをビッキィが穏やかな表情で眺めていたのはまた別の話。

 

「ほんと意外だわ、ピーシェがだなんて。あ、でもわたしの知ってるピーシェより貴女は少し大人っぽいし、そう考えるとそこまで意外でもないのかしら…」

「わ、私の事は別にいいんですよ。というか、そんな事を言うセイツさんはどうなんですか?付き合っている人とか、そうでなくても好きな相手とか……」

「わたし?わたしは老若男女、誰でも好きよ?だって一人一人違う感情を、違う煌めきを放つ心を持っているんだもの」

「…あ、そうか…セイツさんの感性って普通の恋愛云々とは少し違うから、さっきも分かり易く食い付いてなかったのか…だからなんか違う気がしたのか……」

「っていうか、セイツってばほんと見境いないのね。…でもこれ、ある意味分け隔てなく、誰に対しても平等に接してるとも言えるのかしら……」

「物は言いようッスねぇ。じゃ、その妹のイリゼはどうなんッスか?」

「え、わ、私?」

 

 時折妙な方向に転がりつつも進む恋愛話。自然な流れでアイはイリゼに話を振り、振られたイリゼは頬に指を当てて少考した後、複雑そうな表情で言う。

 

「…一応、男の人と添い寝した…というか、起きたら抱き着かれてた事ならあるけど……」

「ふぇっ?い、イリゼそんな事があったの?」

「イリゼおねーさんったら、実は大人な経験してるじゃない。どういう状況でそうなったの?」

「どう……変に思わないでほしいんだけど、半裸…というか、ほぼ全裸の状況でかな…少なくともお腹より上にあったのは、髪のリボンだけだし……」

『全裸…えぇぇっ!?ご、強姦…!?』

「あ、ち、違うよ!?全然そういうのとかじゃないよ!?確かにその前に殺されかけてるけど、治療してくれたし!その後は妹と重ね合わせて何だかんだ気にかけてくれたし!」

『尚更ヤバげな情報が出てきた…!?』

 

 これは面白い話が聞けそうだ。そう思ったエストは驚くルナに続いて問うも、返ってきたのは仰天の答え。明らかに普通の恋愛…どころか、まともな状況ではない答えにほぼ全員が戦慄し、慌ててイリゼはフォローの発言をしようとするも、結果は火に油を注ぐ形に。一体何がどうして…と皆が慄き、そんな中で茜だけは一人、頭を抱えていた。

 

「イリゼさん…というか、女神がそんな状況に陥るなんて、相手は一体何者なの…?(ぶるぶる)」

「そんな事をした相手をフォローって…完全にストックホルム症候群じゃない……」

「む…それは違うよイヴ。私はそんな理由で人を思ったり、ましてや助けよう、救おうとは思わない。私が彼を思うのは、私が女神だから。オリジンハートとして守るべきもの、救うべきものが、そこにはあるからだよ」

「イリゼ…言ってる事は格好良いけど、この流れでそんな事言っても情緒が不安になるだけだよ…」

 

 最早心配すらされるイリゼだったが、ふっ…と女神の表情を浮かべると、それは違うと冷静に返す。だがネプテューヌの言う通り、今の流れでは不安を助長させるばかりであり……これ以上掘り下げるのは止めておこう。誰も何も言わなかったが、そんな意思が全員の心の中で一致していた。一方のイリゼもイリゼで、「ほんとに違うのに…」と不服そうな様子であった。そして気を取り直すように、ビッキィが別方向からまた切り出す。

 

「い、イリゼさんといえば、恋愛というより、やっぱり滲み出るお母さん感じゃないかなぁ…と思いますね、わたしは」

「お母さん…イリゼさんが、お母さん…?」

「確かに朝ご飯用意したりお弁当作ったり、母っぽい事はしてきたけど…イリゼって、そこまで母性が強かったりするの?」

「うーん…イリゼがそう呼ばれたのは、割と状況や面子的にイリゼがそういう役回りになりがちだったのも大きいというか……」

 

 思い返せば、あの空間ではそこまでお母さんっぽい訳じゃなかったし…と思いながら、イヴの言葉に答えるルナ。因みにその「お母さん」呼び自体、ビッキィを始め数人が冗談半分で言っていたという側面もあるのだが…それは言わないビッキィだった。

 

「でもまぁ、普段からお菓子作ってくれたり、ご飯のリクエストも笑って受けてくれたり、お弁当なんて一人一人に合わせてたりで物凄く至れり尽くせりにしてくれるから、お母さんっていうか駄目人間製造機的な感じはあるよねー。お隣の女神様に気が付いたら駄女神にされていたー、的な?」

『気が付いたら…?』

「あ、酷い!それはシンプルに反応として酷いや!というか皆わたしが実はしっかりしてる事知らないでしょ!これでも弟を全うに育てた自負があるんだからね!」

 

 それは元からでは…?という視線にネプテューヌは猛反発。一方イリゼは私そうかなぁ、とイマイチピンときていないようであり、イリスから「製造機?イリゼは機械だった?」と彼女らしい疑問をぶつけられる。無論これには苦笑いのイリゼである。

 

「まぁネプテューヌの事はさておき「さておき!?」…そーんなにイリゼに堕落するような魅力があるッスかねぇ?ウチからすれば、割と我の強い性格だと思うッスよ、イリゼって」

「…んー…シノちゃん、今日髪を梳かしてくれたのって誰だっけ?」

「うぇ?今日はイリゼッスね」

「そういえばアイ、さっき靴下が見つからないって言ってたけど……」

「それならイリゼが見つけてくれたッスよ」

「…アイもさ、お菓子作りしてみない?自分で色々作れると、自分好みの味を自前で用意出来たりもするよ?」

「いやいや、何言ってるんスかイリゼ。そんな事しなくても、イリゼに頼めば好きな味が……」

『…………』

「……はっ!?う、ウチはいつの間にか、イリゼに駄女神にされていた…!?」

 

 ぴしゃーん!…と雷が落ちたような顔で愕然とするアイ。あははー、と笑う茜に呆れるイヴ、何故私が悪いみたいに…と半眼を見せるイリゼと、問い掛けた三人の反応はそれぞれであり…流れは続く。

 

「んもう、油断しちゃ駄目よイヴ。そうやって女神を腑抜けにさせて他国のシェアを自分に向けようとするのがおねーさんの策略なんだから」

「くぅっ、抜かったッス…!こうもズボラになるまで、イリゼの目論見に気付かなかったとは……!」

「いや、貴女は元からズボラでしょ……」

「というか、私を悪者にするのは止めてくれないかな…そんな事言ってると、これから二人にはお菓子作ってあげないよ?或いは逆に、ほんとに堕落させてシェア獲得を図るよ?」

「そういう事自然に言えるからお母さん扱いされてたんじゃ…と思ったら、意外と積極的…!?」

 

 本気なの!?割と意欲的なの!?…とルナが突っ込む中、それは困るとイヴ、エストの両名は発言を撤回。だがどうやら二人共冗談で言っていたらしく、あまりイリゼを脅威に感じている様子はなかった。イリゼの方も薄々感じていたようで、二人の返答に嘆息していた。

 

「…まぁ、結論としては油断ならないのがイリゼさん、ってところですかね」

「うん…いや違うよ!?なんでそっち方面で締めようとしたのピーシェ!」

「いえ、なんとなくですが?」

「わー、ぴぃちゃん弄りが鋭いね…ところで、他の皆はどーなの?」

「どう…って、恋愛の話?それならさっき聞こえてたかもだけど、わたしはそんな相手いないわ。いないっていうか、恋愛自体今のところ興味ないし」

「わたしも、そういうのはよく分からないので…」

「わたしも同じくです。…あ、エストさんに、同じくです」

「そこ拘るんだ…まぁ、ビッキィなら花より団子でしょうけども」

「えぇ、勿論。…あれ…?ピーシェ様、それ褒めてます…?」

 

 じーっと隣から見られるピーシェだが、そんな視線はどこ吹く風。気心の知れている間柄だからこそのやり取りに小さな笑いが周囲から零れる…が、逆に言えばそれだけで、ここまで流れるように続いていた会話は遂に停滞の瞬間を迎える。

 

「…あー…もしかして私、話の振り方間違えた…?」

「間違えたというか、人を選ぶ話題だっていうだけだと思うわ。恋愛してない人にとっては語りようがない訳だもの」

「そういえばゆりちゃんも縁遠いって言ってたね…うーん、前の時はなんだかんだで盛り上がったんだけど…あ、そうだ。前の時で思い出したけど、シノちゃんはあれから何かあった?」

「や、何もないッスよ。ウチの周りじゃそれなりにめでたい話もあるッスけど、ウチと恋愛は神次元と信次元位の距離があるッスからね」

「そ、そんななのね…興味云々は別として、アイだって可愛いんだから結構モテそうなものなのに」

「いやいや、自分で言うのもアレッスけど、ウチがモテると思うッスか?」

『うん』

「まあまあな人数から頷かれた…!?」

 

 女神としての信仰ならともかく、と手をひらひらさせながら返すアイだったが、セイツ以外からも頷かれた事で流石に驚愕。一方頷いた面々は、「だよね?」と頷き合う。

 

「セイツさんも言ったけど、アイ可愛いもん。肌すべすべだし、スタイルも綺麗、って感じだし」

「ノリも良いし、マイペースなようで実は割と相手に合わせてくれるもんね、アイ。…まぁ、この際私も認めちゃうけど、アイもアイで我の強いタイプだとも思うけど…」

「ふふふ、折角だし今度お洒落してみない?興味ないなら仕方ないけど、ちょっとお洒落してみるだけでも楽しいものだよ?勿論シノちゃんだけじゃなくて、えすちゃん達も、ね」

「うぇぇ…何かのイベントとか、そういう事ならまだしも、理由なくただお洒落とかほんとウチには似合わないッスよ…」

 

 ルナを皮切りにイリゼ、茜と続くものの、やはりアイは気乗りしない様子。その一方、ネプテューヌは「あ、お洒落の話ならちょっと興味があったりして…」と呟いており、周りには意外そうな顔をされる。

 

「と、いうか…そう言うルナはどうなんッスか?ウチからすれば、ルナだって可愛いと思うッスよ?」

「へ?私?私が可愛いって…いやいやいや、この面子で私がって…私なんて、この中じゃ醜いアヒルの子みたいなものだよ?」

「…つまり、将来的には美人になるって事?」

「そうそう将来の私は…って、そうじゃんこの例えだと違うじゃん……!」

「…ルナは、いつか白鳥になる?」

「しかも勘違いもされちゃってる…!?ち、違うよーイリスちゃん、これは比喩っていうものでね…」

 

 どうも例えを間違えたらしいルナはセイツの返答を受け自分で自分に突っ込んだ後、興味を抱いた様子のイリスに違うよと教えていく。

 そんなルナに対し、周囲は苦笑い。ルナは些か謙遜が過ぎる…或いは周りを自分より高く評価し過ぎな節があると多かれ少なかれ知っているが故に、苦笑し肩を竦めていた。

 

「と、とにかく私は皆程じゃない…と、思う。うん、思うだけなら勝手でしょ…?」

「いやまぁそれはそうだけど…じゃあ仮にそうだとして、ルナちゃんはどんな人がタイプなの?」

「た、タイプ?…あれ、なんか私だけ質問の内容が一歩踏み込んでるような……」

「あ、気付いた?ルナちゃんだったら、興味ない、で終わらせないで、それはそれとして答えてくれるかなー、って思ったんだ」

「えぇぇ…?…そんな、タイプだなんて…。…………」

「…あ、考えるんですね、ちゃんと…」

「ルナちゃんって基本律儀っていうか、良い子だもんねぇ」

 

 期待の眼差しと共に訊いてくる茜に押され気味のルナは、困ったように言った…後、目を閉じて思考開始。その様子にディールとネプテューヌが言葉を交わす中、ルナは黙って思考を続け…目を開ける。

 

「…例えば、今回いる男の人達の中でなら…ズェピアさん、かなぁ」

『具体例が出てきた…!?』

「あ、あれ!?私何かまた間違えちゃった!?」

「い、いや、間違えたというか…にしても、彼…?彼は、その…物腰が柔らかいのは間違いないけど、少し胡散臭いというか……」

 

 斜め上を行くルナの回答に、そしてイヴの何とも言えない表情での言葉に、再び周囲は苦笑い。胡散臭い、という言葉に苦笑が出た辺り、分からない事もない、というのが総意らしく…されど芝居掛かった言動をし、常に瞳を閉じている吸血鬼である事を考えれば、それも無理からぬ話というものだろう。

 

「で、でもほら、ズェピアさんって紳士的ですし、家事も出来ますし、そういう人ならパートナーになった後も色々と困らなくて済みそうかな…って……」

「え、そういう理由なの…?…まぁ、それも大事だとは思うけど……」

「あ、後、優しいですし…えぇと、見た目も良いですし……」

「見た目がおまけ感覚…流石の彼もそれには苦笑いしそうな気が……」

 

 目を瞬かせるイヴと、更に回答を重ねるルナ。しかしやはり、恐らく異性の場合手放しに喜べる内容ではない為に、ビッキィは頬を掻きながら呟き……

 

「むむ…だったら同性なら良かったって事…?…同性なら……」

((…え、今見られた気が……))

 

 ちらり、と一瞬見られた。見られた気がする。そんな風に感じた二名、イリゼとピーシェは、何度も目をぱちくりとさせていた。

 

「いやぁ、相変わらずルナは時々びっくりさせてくれるッスねぇ。…しかし、紳士って意味じゃワイトも中々なものだと思うッスよ?」

「…アイ貴方、ああいうタイプが好みだったの?」

「いんや、紳士云々で言うならってだけッス。…というか、意外と興味津々ッスね、イヴ」

「へ?…別に、そんな事は……」

「いいじゃないイヴ、女の子なんだからこういう話に興味を持ったって何もおかしな事はないわ」

「そーそー、セイツみたいにどこ投げてもストライク取れそうな人…じゃなく女神だっているんだから、興味持つ位普通だって!」

「いやネプテューヌ、流石にわたしだってストライクじゃない相手はいるわよ…ロボットとか、某13の機関員とかは、興味ないし」

「そんな例しか出てこない時点で、十分ストライクゾーンが広過ぎると思うんだけど…」

 

 至極冷静なエストの指摘。流石にこれにはセイツも返せず、イヴもイヴで興味あると思われた事を恥ずかしそうにしていた…が、このままでは弄られると思い、咳払いをして話を逸らす。

 

「そういえばエスト、貴女さっき『今のところ』って言ってたわよね。それは、前は何かあったって事?それとも単なる言葉の綾?」

「あー、言われてみるとそうだったわね。…そんなとこまで細かく聞いてたなんて、イヴってやっぱり……」

「そ、そう言って誤魔化すのはどうなのかしら…(誤魔化すなんて、思いっ切りブーメランね…振る相手を間違えたわ……)」

「えー……ま、言葉の綾よ。けどまぁ、どういう人がタイプかって言われたら…活発なのも嫌いじゃないけど、パートナーなら落ち着いてる方が良いわね。可愛げもある方が良いし、でもなんだかんだ芯は強くて…うん、基本は頼られたいけど、いざって時は頼れる相手とか……」

「エスちゃんって、そういうタイプが好きなんだ…。…わたしは…落ち着いてる人も好きだけど、活発な人も安心出来るかな…可愛げとか、頼ってほしいってところは同意で…芯は…強い弱いっていうより、パートナーなら無理せず、わたしと共有してほしい…みたいな感じで……」

((落ち着いてるのと、活発な人…可愛げはお互いで、どっちも頼ってほしい…あれ、二人が言ってるのって……))

『……?』

 

 んー、と頬に指を当てて考えるエストと、軽く握った手を口元に当てて考えるディール。二人の語りを聞いた周囲は、ひょっとして…と両者を見やり……一方の二人はといえば、周りからの視線の意味が全く分からず、二人揃ってきょとんと、鏡合わせのように小首を傾げていた。

 

「ふっふっふ…こうなってくると、ビッキィも言わなきゃじゃないかなー?」

「い、いやだから、わたしは特に興味が……」

 

 それから視線はネプテューヌによってビッキィへ。そうなったところで、上手い事「色々語った」風な雰囲気を見せる、或いはそうなっているセイツやアイの様な立ち回りをすれば良かった、と思うビッキィだったが、時既に遅し。歯噛みすれども状況は変わらず……観念したように、彼女はぽつり。

 

「わ、わたしは…自分の事を受け入れてくれて、支え合う事が出来る人…とか……」

『へぇ〜』

「うぐぐ…ほら言った、言いましたからねっ!」

 

 真っ赤になった顔で、もう自分の番は終わりだとばかりにビッキィは言い切る。このように恥ずかしがるからこそ、周りから生暖かい目で見られるのだが…往々にして、そのような状況となった者は落ち着いてそこまでの思考をする、という事は出来ないものである。

 

「いやぁ、やっぱり初々しいのは良いよねぇ。それじゃあ後は……」

 

 特ににまにまとしていた一人、ネプテューヌはうんうんと頷いた後、後一人…と振ろうとする。振ろうとし…そして、気付いた。その後一人というのが、イリスである事に。

 

「……?ネプテューヌ、どうかした?」

「えぇ、っと…そ、そういえばイリスちゃんもさっき、ルナちゃんと何か話してたね…」

「うん。イリスは皆好き。皆も、そう?」

「それは……」

 

 純粋な、無垢なイリスからの問い。それを受けたネプテューヌは…否、その場の全員が顔を見合わせ…そして、言った。勿論、自分たちもそうだ、と。

 

「皆も、皆が好き。好き同士。それは、とても良い事。……はっ」

「どうしたの?イリスちゃん」

「好きを知るのは、嬉しい。だからここで話した事、皆にも伝えてくる」

「皆……って、まさかカイトさん達…!?ちょ、ちょっと待った!イリスちゃんストーップ!」

 

 何か思い付いた様子のイリスへ、エストが問う。問われたイリスは思った通りの事を話し、立ち上がって軽快に駆け出す。あまりにも自然な流れだった為、一同それを見送りかけたが…その意味を理解したディールは慌てて制止し、他の面々も同じくイリスを引き止めた事で、突発的に起きた危機(?)は無事回避されたのだった。

 

「あ、危なかった…危うく変な勘違いとか、お互い気不味くなるような誤解が生まれるところだったね…」

「無邪気過ぎるのも考えもの…でも、ないわね」

 

 危ない危ない、と茜は袖で額を拭うようなジェスチャーをし、彼女の発言にイヴは頷く…が、すぐに発言を撤回する。それから何故止められたのだろう、という疑問を周りにぶつけ、その回答を受けている真っ最中のイリスを見て、小さく笑った。無邪気である事、純粋である事、それは何も間違ってはいない。そこから知り、学ぶ事で、成長していくのだから、と。

 

「…そういえば、というかよくよく考えたら、恋バナなのに実際に彼氏や夫がいる人からの具体的な話を聞いてなかったわ…くっ、わたしとした事が……」

「あ、気付いちゃった?でもさー、それって要は惚気話だよね?セイツにとってはそれも楽しいのかもしれないけど、他の人にとっては惚気話なんて遠慮したいものじゃない?」

「確かに…じゃあ、今度個人的に頼むわ」

「はいはーい、私ならそれいいよ〜」

「…何この会話……」

 

 突っ込み役不在の、そのままに進んでしまった会話。それを聞いていたピーシェは呆れた表情を浮かべており…それにはネプテューヌも苦笑いだった。そして後々本当に、個人的に茜から惚気話を聞いて心を踊らせるセイツだった。

 

「む、むむ…好き、恋、愛…どれも、難しい…イリスには、まだ難解な話……」

「だいじょーぶよイリスちゃん。よく分かってないのはディーちゃんもだから」

「…確かにそうは言ったけど…ならエスちゃんは、ちゃんと答えられる?エスちゃんだって、明確な説明をイリスちゃんに出来てた訳じゃないよね?」

「それはまぁ…そうだけど……」

「別に良いんじゃないッスか?恋だろうと愛だろうと、友達や家族への思いだろうと、特別な人への気持ちだろうと、相手を好きだと思って、大事にしたいと感じてるなら、わざわざ区別する必要なんかないッスよ、多分」

「深い様な、暴論の様な……う、うーん…?…どうしよう、わたしもよく分からなくなってきた…」

「私も…って、あれ?でもそれだと、家族としての好きと、異性への好きを同じにしちゃってる…っていうか、禁断の恋を肯定する発言っぽくもあるような……」

「だからウチはそういうのじゃ…はぁ、要らん事言ったッス……」

 

 口は災いの元、それを感じてアイは嘆息。その反応に小さく笑う者もいれば、何の話?…と小首を傾げる者もいる訳で、そこで現れたのは関係の差。一堂に会する形になったとはいえ、信次元で多少なりとも共に時間を過ごしたとはいえ、それぞれの関係性、いつどこで出会い、どんなやり取りや経験をしてきたのかには依然として…否、過去である以上どれだけ今を重ねようとも変わる事のない差が、違いがあり……されどもそれは些細な事。そのような違いがあろうとも、共にこうして他愛のない話に花を咲かせる事が出来るのだから。…と、変に深く受け止める事はなく、受け止めたとしてもそれは何となくの範疇で、各々は今この時を感じていた。

 そうして何となく感じ始める、話の終わり。しかしそれは、十分に話せた上での終わりであり…そんな中で先程から妙に黙っている者が一名。それに気付いたディールが問うと、彼女は言う。

 

「……イリゼさん?何か、考え事ですか?」

「あ…うん。イリスちゃんじゃないけど、私も皆を…カイト君やワイト君、影君やグレイブ君や愛月君やズェピア君…皆の事を、それぞれに好きだなぁ…って」

「あぁ……へっ?」

「ん?……あ、ち、違うよ!?好きってそんな、深い意味じゃないよ!?…あぁいや、深い意味でも好きではあるけど、それは恋愛的な好きじゃなくて…えーと、皆も!ここにいる皆も、深い意味で好きだからねっ!」

 

 最後の最後で投下された、爆弾(?)発言。イリゼ自身は強く否定しており、続く言葉で一応の理解は各々出来たのだが…ある意味見境のないスタンスとも取れるその発言によって、セイツ共々「似た者姉妹だなぁ」と思われるイリゼなのであった。




今回のパロディ解説

・「〜〜愛を超えて、憎しみ〜〜」、「最終的に宿命に〜〜」
機動戦士ガンダム00に登場するキャラの一人、グラハム・エーカーの名台詞の一つのパロディ。これは…ギリギリ名台詞、でしょうか。それともやはり迷台詞でしょうか。

・「お隣の女神様〜〜されていたー、的な?」
お隣の天使様に気が付いたら駄目人間にされていた件のパロディ。そうです、天使様ではなく女神様です。そして相手も駄目人間ならぬ駄女神でした。

・醜いアヒルの子
童話、みにくいアヒルの子の事。正式には「醜い」は平仮名ですね。説明するまでもない知名度の作品だとは思いますが、一応パロディなので解説に入れました。

・某13の機関員
キングダムハーツシリーズに登場する組織、XⅢ機関及び、その機関員であるノーバディの事。ロボット含め、セイツの対象外かのは、心や感情のない存在だから…ですね。


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第二十一話 仮想の世界で

 私がこれまで信次元の外で、信次元じゃない場所で出会い、繋がりを紡いできた皆と過ごす日々。自分の意思で招いた、信次元での時間。それは穏やかで、楽しく、充実していた。…まぁ、時には穏やかとはとても言えないような事もしてきたけど、それも含めて『日常』と呼べる毎日を、皆と過ごしてきた。

 それだけでも、良かったと思う。というか、良かった。でも…それだけじゃ、終わらない。今は、今回の事は、私達の交流を介して幾つもの次元や世界が繋がりを持つという事で……その機会を何にも活かさないのはあまりにも惜しい。…そう思ったのが、切っ掛けだった。

 

「皆、準備は良い?肩の力を抜いて、気を楽にね?」

 

 場所はプラネテューヌのプラネタワー。ある一室にて、私は皆に呼び掛ける。皆からの返答を受け、私は機材へ身体を預ける。

 

「それでは、起動します。具合が悪くなったり、そうでなくても違和感があったりしたら、すぐに言って下さいね?」

 

 全員の準備が出来たところで、最終確認を兼ねたネプギアの声が聞こえてくる。それにも返答を、今度は私も言葉を返し……目を閉じる。

 そうしてネプギアの操作により、機械が起動。私にとってはそこそこ経験している、皆にとっては殆どが恐らく始めてであろう感覚に、私達は包まれて……

 

『おぉぉ……』

 

──数十秒後、私達は真っ白な空間にいた。どこを見ても白一色な、どこまでも広がっていそうな空間に。

 

「これが仮想空間…なんか正に、キャラメイクとかチュートリアルとかをやりそうな場所だよね!」

「全面真っ白な空間……ちょっとあの空間を思い出しますね…」

「なんというか…ヤック・デカルチャーだね」

 

 驚きと興味の浮かんだ表情で見回す皆。中でもネプテューヌは興味津々で、一方ディールちゃんは何ともいえない顔をしていた。その表情と言葉に、茜、ルナ、アイ、カイト君、ワイト君の五人は…同じ経験をした面々はうんうんと数度頷いていた。でもって何故か、ズェピア君は全然違う言語を口にしていた。…え、ズェピア君吸血鬼だけじゃなくてその要素もあったの…?

 

「…凄いわね。説明は受けていたけど、ここまで現実と変わらない感覚で身体を動かせるなんて……」

「今は場所が特殊過ぎるから分かるけど、周りも普通だったら仮想空間だって事も忘れそうかも…」

「あー、確かに。リアルな夢の中にいるのと近い感じかしら」

 

 イヴは左右の手をぐーぱーとし、ビッキィは軽く歩き回る。エストちゃんは魔法が使えるかどうかを試していて…掌に小さな氷を作り出せた事で、大した技術だわ、とこの空間、そして恐らくはこの空間を作り出している機材に対しても感心していた。

 そう。ここは、仮想世界形成装置によって作り出された、電子の世界。全面白の空間となっているのは、そこが待機や準備の為の場所だからで…けれどここは、これまでに私が経験してきた、またワイト君に軍のシミュレーターという形で試してもらってきたものと同じ…って訳じゃない。

 

「皆さん接続は大丈夫ですか?おかしいと感じる事はありませんか?」

「大丈夫だ、問題ない」

「恐ろしく違和感のないネタ発言…流石はえー君、私じゃなきゃ見逃しちゃうよ!」

「そんな事まで褒めるんですね、貴女は…後、さらっとネタを重ねている茜さんも中々凄い気が……」

「あはは…取り敢えず皆大丈夫みたいだよ、ネプギア。でも、悪いけどモニタリングはお願いね?」

「はい、勿論です!こんな経験、滅多に出来ませんからね!」

 

 アナウンスの様に聞こえてくる声に影君が返答し、そこへ茜とピーシェが続く。私の言葉にネプギアが嬉々とした声を返せば、皆はネプギアの「らしい」様子に苦笑いを漏らす。

 

「それにしても、本当に凄いよね。この空間もそうだけど、これが色んな次元から…えと、複合的に形成出力…?…してるんだっけ…?」

「あ、悪い。そこんところは俺よく聞いてなかったから分からねぇや。ま、取り敢えずあれだよな?」

「うん、アレだね」

『科学の力ってすげー!』

 

 疑問符を浮かべつつ問い掛けるルナに対し、グレイブ君は肩を竦めながら返答。それからグレイブ君は愛月君と顔を見合わせて、やっぱこれだよね!…とばかりの言葉を口に。聞いた限りじゃ割と普通の言葉っぽいけど、何やらカイト君とズェピア君だけは感慨深そうな顔で二人を見ていた。

 

「さてと、じゃあおさらいだよ。別に覚えてなきゃいけないって訳でもないけど、分かっているに越した事はない…と、思うからね」

「おさらい、大事。おさらいをすると、知識の質が上がる。質が上がるという事は、より賢くなれる。…ので、イリスはちゃんと聞く」

「ふふ、偉いねイリスちゃん」

 

 大変殊勝な態度のイリスちゃんを撫でれば、イリスちゃんは心地良さそうにした…ような、気がする。そして、撫でた手で感じた髪の感覚は、現実で撫でた時の感覚と遜色ない。

 

「こほん。まずこの空間だけど…ここは仮想空間、シミュレーターで構築、形成された電子の世界。分かり易く、且つ身近な例で言うなら……」

「ゲームの中、だろ?」

 

 カイト君の言葉に、首肯を一つ。実際仮想世界形成装置は、ゲームの様に使う事も…というか、ゲームっぽい設定で仮想空間の構築を行えば、そういう使い方をする事も出来る。…まぁ、ゲームとして使うには、出来る事…要は自由度が高過ぎて『ゲーム』という枠組みに落とし込むのが大変だったり、開発にも運用にもゲームとするにはコストが高過ぎるとか、色々問題があったりもするけど。

 

「そう、例えるならここはゲームの中。でもさっきルナが言った通り、今回は初めての試みを色々してるの。具体的な話は長くなるし私もどこまで説明出来るか分からないから省略させてもらうけど…端的に言うなら、これから皆に体験してもらうのは、各次元にも協力してもらう事で作り出す、仮想空間を超えた仮想空間…言うなれば、新たなる世界の創世、その第一歩……なんて、ね」

 

 最後は少し冗談めかして、締め括る。これは少し誇張し過ぎたかもしれないけど…各次元にも協力してもらって、複数の次元から一つの仮想空間を作る、という大掛かりな事をしているのは事実。

 そして、その為のシステム構築においては、私達の体験が…あの空間を作り出した、くろめ達の経験も少なからず役に立っている。まあだからって、今いる場所があの空間と似ているのはそれが理由…みたいな事は特になかったりするんだけど。

 

「なんと言いますが…改めて聞いても、壮大な話ですね。…しかし、何故それの体験を私達に?少なくとも、私に関しては他にもっと適任者がいたのでは?」

「ところがどっこい、そうでもない…というより、ワイト君含めて、別次元や別世界の住人である皆こそが適任なんだよ。本来交わる事のない次元同士から複合的に形成される仮想空間…それを安定させるのには、それぞれの次元の人や、信次元にとっては存在そのものが特異になる別世界の人を仮想空間へ内包するのが良い…らしくてね。だから皆に、協力を頼んだの」

「言ってる事は分かるッスけど、よく分からない性質ッスね。後、ところがどっこいって……」

「よく分からないからこそ、やってみて、データを集めて、解析したり機械だけで安定させられる方法を探したりするって事だよ」

 

 別次元からの接続単体だと干渉し合ってしまうけど、そこにそれぞれの次元の人が挟まる事で、『次元A─次元Aの人─次元Bの人─次元B』という形での接続になって、干渉の度合いが軽減される…そんな仮説もあるらしいけど、実際のところは完全に謎。ただまぁ、全く新しい試みな以上、よく分からない事柄があるのは当然でもあって……そんな事を考えつつ、アイの後半の指摘に関しては、やんわり流す私だった。…だって、何となく言っただけだし…。

 

「ブラックボックス、というやつか。まあ、発明ってのは暗闇を手探りで進む様なものだからな。分からない事があるのは良いが…安全性に関しては、どうなんだ?」

「そこは心配しないで…とは言い切れないけど、ネプギアを始めモニタリング体制はしっかり整えてあるし、色々安全性確保の為のシステムも組み込んでもらってるし、最悪の場合に備えた強制接続解除とか緊急停止プログラムも、複数のパターンで用意してあるから、余程の事がない限りは大丈夫だって保証するよ」

「…余程の事がない限りは、ですか…」

「まぁ、ね。ただ、絶対的な安全に関しては確保出来ないというか、それに関しては皆を信次元に招く事自体にも言える訳だからね…」

 

 僅かに眉を寄せたピーシェの呟きに、私は肩を竦める。残念ながら、絶対的な安全の保証は流石に無理。例えば極端な話、今この時も誰にも気付かれない形で何者かが信次元を破滅させようとしているかもしれないし、もっと言えば「予測不可能な事故」はどんな時、どんな場所でも起こり得るものなんだから。

 とはいえ、徹底的に回避していたら何も出来なくなるような偶発的事故と、別にやらなくてもいい事に潜む危険とを同列に扱うのもおかしな話。

 

「何かあっても大丈夫なよう、万全を期す事はわたしからも約束するわ。けど、そもそも皆からすれば背負う必要のないリスクである事も事実。だから……」

「うん。皆が気乗りしないなら、体験はここまでにしてもらって構わないよ。けど、もし協力してくれるなら、仮想空間ならではの経験を私達は提供する。…と、いう事で…どうかな?皆」

 

 セイツの言葉に頷き、皆の事をゆっくりと見回す。これは厳密には、質問ではなく確認。今日の朝、朝食の時点で、実験でもあるこの体験の事は軽く話していて…けれど百聞は一見に如かず、最終的な判断は直接体験してもらってからの方が良いだろうと思って、それが済んだ今私は皆に今一度訊いた。…まあ、直接体験といってもまだ、仮想空間に入っただけではあるんだけどね。

 

「どうかと言われれば、まぁ…危険はないに越した事はないと思いますけど……」

「こんな経験滅多に出来ないだろうし、雑な安全管理をしてるとも思えないのよね。…というか、雑な事して何かあったら、一番困るのは信次元な訳だし?」

 

 少し考えてからディールちゃんが言い、けれど、とエストちゃんが返す。今の二人のような呟きや軽いやり取りが、皆からちらほらと出て、その間私とセイツは黙って待った。そして……

 

「よっし、ここは分かり易くいこっか!このまま超絶面白体験がしたい人は〜…サムズアップ!」

「ちょっ、ハードル上げるのは止め…というか何故に挙手じゃなくてサムズアップ…?」

 

 何故か仕切るネプテューヌの呼び掛け。それを受けた皆は、力強くだったり苦笑いしつつだったりとそれぞれの形でサムズアップをしてくれて…結果は、満場一致。そんな皆に、私とセイツはありがとうの言葉を返し…ならばと続ける。

 

「それなら、始めよっか。ネプギア、準備は大丈夫?」

「出来てますよ。後はそちらから合図をくれれば、それに合わせてフィールドを発生させます」

「じゃあ、合図は…誰かやりたい?」

「はいはーい!はい、はい、はいはいはい!」

「何やらあるあるネタを言い出しそうな主張だね、ネプテューヌ君…」

 

 予想通り、ネプテューヌは手を挙げ自分がやりたいと主張を行う。ズェピア君の返しに私達も苦笑いし…他に合図役立候補者がいなかった事で、合図を出すのはネプテューヌに決定。

 

「ふっふっふー、こういう時にはやっぱりあの台詞だよね!」

「確かに仮想空間と言ったらあれッスよねぇ」

「さぁここからだ、って感じもして良いもんな」

「……?イリスには分からない。でも、アイとグレイブには分かった?…つまり二人はとても賢い?」

『そう(ッスよ・だぞ)』

「わぁ、二人共平然と肯定を…。…ま、まあここは深く考えなくても良いんじゃないかな、イリスちゃん」

「それじゃあいくよ!仮想空間、仮想世界、まだ見ぬ世界を顕現させる為の言葉を!こほんっ!」

 

 謎の小ボケが挟まった後の、やる気一杯なネプテューヌの咳払い。そして、きりっとした表情を浮かべたネプテューヌは、大きく息を吸い……言う。

 

「──今こそ示せ、我が真に臨む世界を!」

『あれ!?なんか想像してたのと違う!?』

 

 そっち!?いや、そっちというか…それはそんなにぴったりな台詞でもなくない!?確かに世界云々で多少関連性はあるけども!…みたいな事を思いながら突っ込む私と、突っ込みのハモる私達。…ただまぁ、合図の台詞は何でも良い訳で……数秒後、真っ白だった空間は変わる。書き換わるように、塗り替えられるように、白一色だった空間は色付き、次々と物が実体化していき…十数秒後、私達がいるのは仮想世界内に構築された街の中だった。

 

「…データ上の事とはいえ、壮観な光景でしたね…」

「同感です。それでイリゼさん、ここでは何を?」

 

 凄いものだ、とワイト君が呟き、同意したピーシェの視線は私に向かう。その視線に私は頷き、言葉を返す。

 

「こほん。ここでやれる事は沢山あるけど…やる事は一つ!皆、この仮想空間で…仮想空間だからこそ出来る形で……勝負だよッ!」

 

 仮想の、けれど現実と変わらない感触の地面を踏み締め、右腕を横に振り抜き、口角を上げて言い切る。ふふ…さぁ、始めようか。私達による、仮想空間だからこその…勝負ってやつをね!

 

 

 

 

「という訳で、端的に言えばこの仮想空間…というか街の至る所に用意された手段を使って、或いは単純に確保していく事でポイントを稼いで、最終的に一番稼げた人が勝利、って事よ。分かり易くて良いでしょ?」

「あっ、即バトルって訳じゃないんですね…無駄にファイティングポーズ取っちゃった……」

 

 ばっ、と威勢の良い勝負宣言をイリゼがしてから数分後。わたし達は取り敢えず近くのレストランに移動し、そこで席に座って説明を開始した。

 

「あれー?おねーさんが勝負だって言ってから今の説明が入るまで、移動もしたしその分の時間あったわよね?なのにどうして、今ファイティングポーズを解除したのかしら?」

「うっ……そ、それはその、メタ的な視点から来る発言というか、そこに落とし穴があったというか…」

「そこ突っ込むのは止めてあげなよエスちゃん…ビッキィさん、エスちゃんがすみません」

「あ、は、はい…はい……」

「ビッキィ、可哀想に…」

 

 意地の悪い笑みを浮かべたエストちゃんの指摘。それでビッキィが言葉に詰まれば、ディールちゃんが代わりに謝る…ものの、その発言は傷口に塩を塗るようなの。実際ビッキィはしゅーんとなってしまい、同情するピーシェに肩へと手を置かれていた。…因みにわたしは、そんなビッキィの心境を想像してなんだか楽しくなりそうだったけど、それは秘密……え、バレてる?どうせ皆気付いてる?そんな事……まぁ、否定出来ないわね…。

 

「何となくは分かったけど、稼ぐってまさか、バイトするとかなのか?後、単純に確保ってのは、道端にポイントが落ちてるとか、そういう感じか?」

「えぇ、バイトも方法の一つよ。けど他にも、街中で依頼を受けてその報酬で稼いだり、賞金のある大会で勝ったり、稼ぐ手段は多種多様に用意してあるわ。で、単純に確保っていうのは……」

「樽とか壺とかを片っ端から叩き割って手に入れるんだよね!」

「…うん、まぁ、そういう感じに隠されてるのを見つける形ではあるね……」

「因みに叩き割ってアイテムを得るイメージが強い樽だが、壊さず中を調べる形で得るパターンもあるよ」

「ズェピアさん…?それは何の説明なの…?」

 

 腕を組んだカイトの問いに答えていると、ネプテューヌに割り込まれてしまった。…まぁ、そっちはそっちでイリゼが答えてくれたから良いけど。そして明後日の方向を向いたズェピアは、誰に対して言っているのか分からない補足を口にしていた。愛月君の言う通り、何をしているの…?感が凄かった。

 

「現実なら身分証明だったり資格が必要だったりするものだけど、ここじゃそういうのは関係ないわ。特定の大会で上位に入らないとエントリー出来ないより高位な大会…みたいなのはあるけどね。さっきカイトが言ったけど、ゲームみたいな形でやる事が出来る、と思って頂戴」

 

 それはともかく、わたしは説明を続ける。ゲームを例えに出したのは、これが分かり易い例だから、というのもあるけど、それだけじゃない。今回の仮想空間が、ゲームをコンセプトにしているのもまた理由の一つ。

 

「…セイツ様、それにイリゼ様。そもそもの話ですが…どうして勝負という形に?」

「それは、仮想空間内で色々な事をする為には、様々な展開や行動を試すには、勝負という形を取るのが一番だと思ったからだよ」

「あぁ…確かにそれはそうだね。全員がそれぞれ別の何かを試していれば、それだけで多くのデータが得られるだろうし、当然全員で勝負という事であれば、一時的な共闘や、場合によっては裏切りも選択肢に入ってくる。これは共闘一択となる、協力して何かをする…という形では得られないデータだろう」

「その通りよ、ズェピア。まあでも勝負って要素自体はほんとにゲームみたいなものだし、そう気負わなくても大丈夫よ。一発逆転要素もあるし、ね」

 

 次なる質問は、ワイトからの真っ当なもの。それにイリゼが答えれば、同意しながらズェピアがより細かく話してくれて…察しの良さが凄いのよね、彼。…いや、彼というか、男性陣の年長組三人は、かしら…。

 

「他に何か、疑問や質問はある?」

「この勝負に、必勝法は?」

「ないだろうし、仮にあってもそれは教えられないよグレイブ君…」

「ない『だろう』って事は、何も全部把握してるって訳じゃないんッスね」

「ご明察。わたし達も概要は理解してるけど、細かいところまでは知らないわ。知らないというか、片っ端から把握しようとするとキリがないというか…それに全部知っていたら、わたしとイリゼのワンサイドゲームになっちゃうでしょ?」

『え……?』

『何その反応!?酷い!』

 

 半分は冗談として、わたしがウインクと共に言った言葉。でもそれに対する反応は、強気な態度でも歯噛みでもなく、全員揃っての「何を言ってるの?」感満載な訊き返しで…イリゼと二人、わたしはちょっとの間しょげた。

 

「イリゼ、セイツ、よしよし」

 

…で、その後イリスちゃんに撫でられた。優しさが沁みるわ…主に、心の傷口に。

 

「…こ、こほん。じゃあ、他には……」

「なら、俺からも一つ」

「うん、何かな影君」

「この場において、稼ぐ方法は様々と言ったな。聞いた限り、ルール…いや、システム上出来ない事はあっても、逆に言えばそれ以外なら何でも出来ると考えて間違いないのか?」

「そういう事ではあるけど…具体的には、何を考えてるの?」

「単純な事だ。勝負…対戦ゲームなら、直接ぶつかって相手から奪うのも定番だろ?」

 

 あぁ、そういえば。彼の問いで、わたしはそう思った。そういえば、そこに言及していなかった、と。そして影に問われたイリゼは…こくりと頷く。

 

「勿論あるよ、直接対決での奪い合いも…ね。けど、色々制限があると思っておいて。例えば不意打ちが出来るエリアは限られていて、そこ以外だと決闘みたいに勝負を申し込まないと出来ないとか、不意打ち出来るエリアでもポイントに大きな差がある場合は、負けてる側からしか仕掛けられないとかね」

「まあ、そうでしょうね。その辺りはリアリティより遺恨を残さない事を優先した…ってところかしら」

「だよねー、じゃなきゃギスギスしちゃうだろうし、直接対決以外で稼ぎたい人にとってはデメリットばっかりになるもんね。じゃあさじゃあさ、わたしからもしつもーん。勝負って事は…勿論、優勝者への景品はあるんだよね!?」

 

 それはそうだ、と肩を竦めたのはイヴ。うんうんとそこにネプテューヌも続いて、更にネプテューヌは食い気味にわたし達へと訊いてきた。あるよね、ない訳がないよね!…とばかりの雰囲気とテンションで。…景品、景品ねぇ……。

 

「…イリゼ、どうする?」

「んー……じゃあ、優勝者には特別に、土地と別荘でも用意する?」

『別荘!?』

「あー、悪くないかもしれないわね」

『しかも肯定的…!?』

 

 顎に人差し指を当てて言ったイリゼに対する、皆からのぎょっとした反応。わたしが前向きに検討するみたいな声音で返答すると、更に皆はぎょっとしてわたし達の顔を交互に見る。…ふふ、さっきのお返しが出来たわね、イリゼ。

 

「べ、別荘って…どーしよえー君、夫婦の別荘なんて出来たら私嬉しくなっちゃうよ!?」

「その反応は色々おかしくない…!?…え、えっと…イリゼ、それは本気なの…?冗談じゃなくて…?」

「流石に即決はしないけど、割と真面目に選択肢としては考えてるよ?」

「…セイツさんも、それでいいので…?」

「構わないわよ?嬉しくはないけど、神生オデッセフィアにはまだ土地が余ってるし、空き家もそれなり以上にあるもの。それ等を遊ばせておくよりは、何かしら活用した方が良いでしょ?」

 

 ルナとピーシェにそれぞれ呼ばれてわたし達は答える。これは、わたし達だから…他でもない神生オデッセフィアの女神だからこそ出来る選択肢。女神だからこそ、やる価値も感じる発想の一つ。

 

「いや、でもそんな土地って…流石にそれは、皆気が引けてしまうのでは…?後、神生オデッセフィアの別荘じゃ、気軽に来る事も出来ませんし……」

「なら、賞金1000万とスポンサーからの副賞とか?」

「それだとなんか、お笑いのチャンピオン決めるみたいになるな…というか、スポンサーって誰だ…?イリゼとセイツか…?」

「仮想空間の中での勝負ッスから、開発とか出資をしたところもスポンサーになりそうッスねぇ。…というかイリゼ、そういう阿漕な手法は守護女神の先輩として感心しないッスよ?」

「あこぎ…?」

「愛月、イリス知っている。お店で見た事がある。六本の弦が付いていて、それを弾く事で鳴らす楽器の……」

「いやそれはアコースティックギターだから」

 

 頬を掻きつつディールちゃんが言えば、イリゼが返す。その後はカイトが軽めに突っ込んで…腕を組み、軽く呆れた様子を見せるアイがイリゼに指摘してきた。それはそうと、勘違いしたイリスちゃんにエストちゃんが突っ込んでいた。手の甲をイリスちゃんの胸元に当てるようにして、所謂定番の突っ込みスタイルで腕を振ると、当ててもいないのにどこかから「びしっ」という音が聞こえた。…効果音演出のシステムでもあるのかしら…。

 

「えぇと…あの、わたしもよく分からないんですけど…イリゼさん、阿漕というのは?何か企んでたんです?」

「いやぁ、まぁ…企んでたと言えば企んでたかな。…よく分かったね、アイ」

「理由はどうあれこれは内輪の勝負。なのに土地と別荘なんて、豪華過ぎて逆に困るものを本気で景品にしようだなんて考える程、イリゼが天然じゃないのは分かってるッスからね。大方別荘をあげる事でそれを理由に定期的に神生オデッセフィアへ来てもらう事、もっと言えばそれを機に、次元間の交流をより深める事が目的なんじゃないッスか?」

「ほ、ほぼほぼ正解だよアイ…いや、ほんと鋭いね……」

 

 軽い調子でアイは語る。ほんとに声音的には軽い調子なんだけど…内容は、全く以って鋭く正確。わたしが予想したのと大体同じで…恐ろしいわね、ほんと。

 

「…ま、ウチはそれでも良いッスけどね。来なきゃいけない理由もなし、あって困るものでもなしッスから」

「あ、俺も別荘賛成だぞ。やっぱチャンピオンたるもの、秘密基地だけじゃなくて別荘も一つや二つは欲しいしな」

「さっきはああ言ってたけど、ディーちゃんも出来れば欲しいんじゃない?アイが言ってた通り、別荘があればそれを理由に来られるでしょ?」

「や、別にわたしは…。…今回みたいに、教会に泊まらせてもらえばいいだけだし…逆にイリゼさんが来た時も、教会に泊まった訳だし…」

「あー、うん…来る事自体は否定しないのね…」

 

 バレてしまった目論見だけど、最初の驚きが段々収まってきたのか、肯定的な声も聞こえてくる。というか身も蓋もない事を言ってしまえば、アイの言う通り、貰うだけ貰って放置しておけば良いだけの事。だって、こっちの都合で与えておいて管理維持を強要するなんて事わたしはしないし、イリゼだってする訳がないもの。

 

「…別に、今決定する必要はないんじゃないか?土地と別荘が構わないなら、大概の事は出来るって事だろう?無論、常識的な範囲…ではないんだが、土地と別荘っていうのは……」

「言われてみればそれもそうね。じゃあ、景品は暫定的なものにするとして…後説明するべきなのは、施設関連かしら」

 

 そう言って、わたしはちらりとイリゼを見る。そのイリゼから小さい首肯を受けて、わたしは説明を続ける。

 

「このレストランみたいに、使う事の出来る施設は色々とあるわ。稼ぎに繋げる事は勿論だけど、飲食店ならポイントを使って食事する事も出来るわよ?勿論、味は感じても現実の身体が満腹になったりとかはしないけどね」

「へー、じゃあ500ポイントあるから、ここでアイス頼もうと思えば頼めるって事か?」

「うん?グレイブ君、君はいつの間にポイントを…?」

「拾った」

 

 それ、誰かの落とし物じゃ…?という雰囲気で皆から見られるものの、当の本人はどこ吹く風。グレイブ君も中々メンタルがタフよね…実際ポイントは拾って稼ぐ事も出来るし、グレイブ君はルールに則った行為をしただけだけど。

 

「うーん…それって意味あるのかな…?ここは現実じゃないんだから、食事しなくても動けなくなったりはしないんだよね?」

「つまり、娯楽としての機能に特化してるという事だね。食事は人間の三大欲求の一つなだけあって、形だけでもするのとしないのとでは結構違うものだよ、ルナ君。それに恐らく、わざわざ形だけの食事システムを組み込んだというより、元々仮想空間に食事システムがあったのではないかな?」

「その通りよ、ズェピア…って、さっきも同じ反応した気がするわ…。…こほん。彼の言う通り、ここはこれまで試してきた仮想空間やその中で得られたデータを活用している部分も多いのよ。で、施設に関してはもう一つ覚えておいてほしい事があって…これはまず見てもらった方がいいわね」

 

 一度外に出てもらえる?そう言ってわたしは、皆を先導するようにレストランの外へ。道路の中程まで移動してから振り返り、皆にも振り返ってもらって、そこから投げ掛ける。

 

「さぁ、クイズよ。今まで居たレストランと周りのお店、そこにある違いはなんだと思う?」

「ここはアイテムを集めて店員に話しかけると、何かのタイプを変えられる特殊なお店だったり?」

「いや違うわよ、何かのタイプって何よネプテューヌ……」

「…なんかそういう店に、その内行きそうな気がするな」

「うん、僕もする…そういう食堂に訪れる気がする…」

「……?ふ、二人の言っている事はよく分からないけど…何か気付かない?見た目で分かる違いだよ?」

「…このレストランは、周りより色が濃い…というか、鮮やかに見えるけど…もしかして、それ?」

 

 そういう事なの?…という風に答えるイヴ。そんなイヴの方へわたしは向いて…こくりと頷く。

 

「そう、正解よイヴ。建物は基本的に色がしっかりしている所とそうじゃない所があって、色合いで入れる…つまり利用出来る施設か否かを判別出来るようになっているわ」

「という事は、全ての建物に入れる訳じゃないんですね。…やっぱ、オープンワールド系っぽい感じかな…」

「えぇ、それで合ってるわ。現実の地形データをそのまま使ったりするシミュレーターとか、機械側で完結する仕様のシミュレーションと違って、今回は新しい試みだから、ピーシェの言う通り大半はわざと入れる訳じゃない建物…要は張りぼての建物にする事で機材の負荷を減らしているの。些細なレベルでも負荷を減らす事が出来れば、その分バグが起こる可能性も下がるから、ね」

 

 何でもかんでも複雑に、緻密にすれば良い訳じゃないのは仮想空間にもゲームにも、多くの機械に言える事。そうしてわたし達は説明を終え、質問にも答えられる範囲で答えて…話は、終わる。

 

「さ、それじゃ早速始めましょ。…と、言いたいところだけど……」

「軽く街を回って、先に地理とかどこにどんな施設があるのかを知っておいてから始める方が良いよね」

「うんうん、新しい街に着いたら取り敢えず探索するのは基本だよね!」

 

 という訳で、わたし達は移動開始。神生オデッセフィアの時と違って今回はわたし達もこの街の事を把握していないから、一先ずは大通りから離れない形で街を回っていく。

 

「…あれ、なんか光ってる…わっ、1000ポイント!…そっか、落ちてるポイントはこんな感じで…って、え?…い、イリゼどうしよう。折角拾ったポイント消えちゃった……」

「あぁ、大丈夫だよルナ。手に入れたポイントはデータとしてちゃんと保管されるし、用意してある携帯端末から確認出来るからね」

「その辺りもゲームっぽいんだな。…うん?そうなると、グレイブはどういう事だ?グレイブの時は消えなかったのか?」

「いや、消えたぞ?けどその前に端末弄ってて、ポイントの項目があるのを知ってたから、消えた時もこっちに入ってんのかなーって思っただけだ。実際入ってたしな」

「流石は若者。順応性が高いね」

 

 道中で出てきたのはポイント獲得時の話。うっかりしていたけど、これも先に説明しておくべきだったわね…後、流石は若者って言っているワイトも、そんなに老けてるような見た目をしていないのは、自分の事だから気付かないのかしら…。

 

「〜〜♪」

「…楽しそうね、茜」

「楽しそうっていうか、楽しみって感じかなー。だってここは、これまで出来なかったような事や、もっとやりたかったような事も、もしかしたら出来るかもしれない場所でしょ?」

「…確かに、それはそうね…。……私も少し楽しみになってきたわ」

「イリスちゃん、イリゼ達の説明はちゃんと分かった?イリスちゃんも出来そう?」

「問題ない。イリスはもうこれからの事を計画済み」

「え、そうなの?凄いなぁ、もう色々思い付いてるんだ…」

「折角だから、少し教えてあげる。イリスはまず、鶴を助けて子犬を大事にする。それから帰りに、お地蔵さんに笠を被せてあげる。…あ、でもその為には家が必要…むむ、まずは家を用意しないと……」

「…い、イリスちゃんは誰かと一緒に行動した方が良いんじゃないかな…?ほら、一人より二人や三人の方が、色々出来るし…(あせあせ)」

 

 それから結構な時間を掛けて街の探索を行ったわたし達は、ある施設の前で止まった。わたし達にとっては馴染み深い…教会という、施設の前で。

 

「見ての通り、ここは教会だよ。宿泊は勿論他にも色々と出来るし、まずはここを拠点にすると良いんじゃないかな。ホテルを始め他にも拠点として役立ちそうな場所はあるし、稼ぐ手段によっては他の場所を中心に動いた方が効率が良いかもしれないけどね」

「それと道中でも言ったけど、街の各所にあるワープポイントは、一度確認すれば後は自由に使えるわ。行った事のない場所は使えないけど、よく行く場所のワープポイントは使えるようにしておいた方が何かと楽よ」

「…なんかおねーさん達、ここに来て説明口調感が増したわね…もしかして、どこかでNPCか何かと入れ替わった?」

『いやいやいや……』

 

 本物よ本物…とわたし達は揃って手を左右に振る。言われてみると、確かに凄く説明口調になってたけど…仕方ないじゃない、説明をしてるんだもの。

 

「二人共、ここまで説明お疲れ様。…して、ここからが勝負開始という事かな?」

「何人かもう、フライングでポイント獲得してるッスけどね」

「あはは…まあ、そうなるね。私はホストの立場だし、勝負そのものは遊びの範疇だけど…手は、抜かないよ?」

 

 腕を組んだ状態で片手の人差し指だけを上げて、ちょっと勝気な笑みを浮かべるイリゼ。その言葉と笑みには、同じような笑みや、やる気に満ちた眼差しが返され……勝負が、始まる。…と、いってもまぁ、まずは準備の段階だけどね。

 

(さてと、わたしはどうしようかしら)

 

 選択肢は、無数にある。どう稼ぐかもそうだけど、どこを拠点に活動するかだとか、誰かと協力態勢を敷くかだとか、目的がシンプルだからこそ、やれる事は沢山ある。

 皆にとっては完全に初めて、未知の経験だろうけど…わたしやイリゼだって、そう変わらない。けれど…だからこそ、楽しみってものよね。自分の手で調べて、理解して、進めていく…ゲームで例えるなら、それは醍醐味ってものだもの。

 

「…あら?ここって……」

 

 追加の探索を兼ねて、歩く事体感で十数分。わたしはまだ通っていなかった大通りを進んでいて…そこで見つけたのは、ギルドらしき建物。

 依頼する人と、それを受ける人の仲介を担う組織、ギルド。信次元にも神次元にも、聞いたところによると他の次元にも存在するらしいその施設がこの仮想空間にあるのは、まぁ自然な事で……同時にここは、稼ぐにはぴったりな施設。

 見つけ、立ち止まった数秒後、わたしはそこへ入る事にした。すると見立て通り、そこはギルド。わたしは早速依頼を一つ受注し、目的地を確認し…街の外へ。

 

「街で依頼を受けて、街の外に出て、その依頼を達成する…ありふれてる事とはいえ、改めて考えるとゲームっぽいわね……」

 

 そんな事を呟きながら、依頼の対象…討伐するべきモンスターを探す。何気なく呟きながら探していたけど、何かこの思考はあまり深くしちゃいけない気が……

 

「…っと、いたわね」

 

 視界の端、近くにある林の中に見えた、モンスターの姿。ゆっくりそちらへ近付いていき、モンスターの姿を再確認する。…数は…多いわね。依頼されている数より明らかに多いじゃない。…まぁ、でも…多いなら多いで、余分に倒せば良いだけの話…!

 

「先手必勝、っと!」

 

 二振りの得物を抜き、気付かれる前に突撃して一閃。不意打ちで一体倒せば、そこでモンスターの群れはわたしを認識し襲い掛かってくる。

 数は多い。でも、最初から受けられる依頼なだけあって、個々の強さは大した事ない。具体的に言えば、多いからって慎重に戦ったり、策を講じたりする必要がない

位で…要は、楽勝ね。

 

(…けど、ほんとに多いわね…これは適当に見切りを付けて、離脱した方が良いかも……)

 

 五体倒し、十体倒し、更に倒していく。もう依頼達成に必要な数は満たしていて、後は自己満足の域。仮想空間とはいえ、最初に受けた依頼で完全勝利じゃなくて無難な離脱というのは少し不服な部分はあるけど…そもそもこの依頼は、最終目的の為の第一歩。最終的な勝利からすれば、ここでどんな勝ち方をするかなんて、大事の前の小事というもの。そう判断したわたしは、戦いながら離脱のタイミングを……

 

「てぇいっ!」

「……!」

 

……図っていた、その時だった。声がした次の瞬間、割り込む形で煌びやかな髪が舞い、一振りの剣が振るわれたのは。その一太刀が、モンスターを側面から斬り付けたのは。

 

「…ルナ?どうしてここに……」

「あ、えっと、私はギルドでクエストを受けてここに来たんです。セイツさんもそうですよね?…わっ、とと…」

「って事は、偶々遭遇した…って訳ね…!」

 

 返答の途中に突っ込んできたモンスターを、乱入者…ルナは横に跳んで回避。そのモンスターをわたしが刺突で仕留めれば、ルナはぐるりと見回して、それから電撃魔法を使って複数のモンスターを同時に攻撃。

 元々わたしに圧倒されていた中での、わたし側の増援。それによってモンスターの群れは、攻撃を躊躇うようにわたし達から離れて威嚇し……足を止めたモンスターの群れを、血の様に赤く黒い旋風が左右から襲う。

 

「…差し出がましいようだが、少しばかり援護させてもらったよ、セイツ君」

「ズェピアまで?…あぁ、そういう事ね」

 

 振り向けば、そこにいたのは優雅に佇むズェピアその人…もとい、その吸血鬼。旋風に襲われるモンスターへ、ルナが電撃で更に追撃を仕掛け…これは無理だと判断したのか、生き残ったモンスターは四散するように逃げていく、二人の参戦によって…戦闘が、終わる。

 

「ズェピアさん、お疲れ様。…すみません、声もかけずに割って入っちゃって」

「ううん、謝る事なんてないわ。二人が来なければ危なかった…って事はないけど、余計に時間がかかっていたのは間違いないし、結果大助かりだったもの」

「そう言ってもらえると助かるよ。…で、セイツ君はもう達成なのかな?」

「えぇ、そうよ。二人は?」

 

 わたしが訊けば、二人はそれを否定する。…という事は、二人は自分達の依頼がまだ残ってる状態で、わたしへの助太刀を優先してくれた訳なのね…。

 

「何分ギルドの仕組みはよく知らなくてね。ルナ君に同行をさせてもらっているという事さ」

「同行なんて、そんな…私もズェピアさんがいてくれた方が、何かと心強い訳ですし…。…と、いう事で、私達はこれから達成してきますね。セイツさん、私は皆さん程強くないですけど…私だって、そう簡単には負けませんからね?」

 

 そう言って、二人は立ち去ろうとする。ぎゅっ、と胸の前で左右の手を握るルナからは、言葉通りのやる気が伝わってきて…それを見るズェピアの雰囲気は、どこか微笑ましげだった。そして、わたしは…去ろうとする二人を、呼び止める。

 

「待って。その依頼、わたしも同行させてくれないかしら?」

「え?」

「依頼の内容にもよるけど、基本的に人手は多い方がいいでしょ?勿論、報酬は要らないわ」

「…いいのかい、セイツ君」

「助太刀のお礼よ。まだ誰かと組む気はないけど…それはそれ、これはこれ。達成までの助力は、いる?」

 

 目を丸くしたルナと、尋ねてくるズェピアに答える。二人は多分、助太刀のお礼なんて求めないだろうし、実際助太刀が必要だった訳じゃない。でも…手助けしたもらったなら、お返ししたいと思うのが人情ってものよ。わたしは女神だけど、ね。

 わたしからの問い掛けに、二人は顔を見合わせ…それから、首肯。二人の依頼に、わたしも同行する事になり…何の問題もなく、何も苦労する事なく、二人の依頼も完了した。その後は三人で戻って…街に到着したところで、わたしは二人とは別れた。

 これからどうするかはまだ決めていない。最初から組むのは味気ないけど、ずっと一人で進めるか、と言われたら悩みどころ。…まあ、でも…街を回る中で茜とイヴが話していたように、折角ここは現実じゃ出来ない、出来ても難しい事が色々出来るのかもしれないんだもの。だったら…沢山体験してみなきゃ、損よね。

 

「…そういえば、わたしやイリゼが勝った場合、景品はどうなるのかについては話してなかったわね。…ま、いっか。景品の有無に関わらず…わたしだって、勝つ気だもの」

 

 

 

 

 

 

──そうして始まった、わたし達の仮想空間での時間。ここでどんな事が起こっていくのか、勝負は最終的にどうなるのかは…まだ、わたし達の誰にも分からない。




今回のパロディ解説

・「〜〜ヤック・デカルチャーだね」
マクロスシリーズに登場する言語の一つ、ゼントラーディ語における代名詞的なものの事。時事ネタ…のつもりです。タイミングの良いネタだと思っています。

・「大丈夫だ、問題ない」
El Shaddai - エルシャダイ -の主人公、イーノックの代名詞的な台詞の一つのパロディ。汎用性も高いですし、前にもパロネタに使った気がしますね。

・「恐ろしく違和感のないネタ発言〜〜」
HUNTER×HUNTERに登場する、モブキャラの発言の一つのパロディ。こちらも前にもネタにしたかもしれません。こちらもかなり有名ですしね。

・『科学の力ってすげー!』
ポケモンシリーズに登場する、NPCの発言の一つのパロディ。こちらも所謂モブキャラの発言ですが、凄く有名ですね。毎作出ている発言でもありますし。

・「──今こそ示せ、我が真に臨む世界を!」
ヴァンガードシリーズの主人公の一人、新導クロノの代名詞的な台詞の事。同時に時空竜 ミステリーフレア・ドラゴンのフレーバーテキストでもありますね。

・さぁ、始めよう〜〜ってやつをね!
機動戦士ガンダム00に登場するキャラの一人、アリー・アル・サーシェスの台詞の一つのパロディ。まあ、流石に戦争ではないです。とんでもないというか、トンデモ展開は出てきますが。

・「樽とか壺〜〜だよね!」「因みに〜〜パターンもあるよ」
ドラクエシリーズにおける要素の一つの事。シリーズによって、樽や壺をどうするかの行動は違うんですよね。さらっと叩き割るのは…流石のパワーとしか言えません。


 前話でも書いた通り、コラボに参加して下さっている方々は、自分のキャラの戦闘能力及びそれに纏わる要素を教えて下さると助かります。
 そして今後、仮想空間の中でカジノが登場する予定です。そこで自分達のキャラが、お客として参加するか、それとも店員として(上手くギャンブルを仕向ける事で)稼ぐか、はたまた参加せずにいるか…自分のキャラならそれぞれどのようにするかも、ご要望があれば教えて下さい。因みにイリゼは店員(女神化&やたら豪奢なバニー)、セイツはお客(こちらも女神化&ドレス)として登場する予定です。


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第二十二話 探り探りの序盤戦

 思い出すのは、前の時の事。初めの部屋…じゃなくて、空間?…でディールちゃんも言っていたけど、それだけじゃない。本来の目的とは別の目標…ここで言えば勝負とその景品があったり、勝負の内容がゲームちっくだったり、なんだかまるであの時の続き…っていうか、第二弾?…みたいな感じ。ぜーちゃんの事だから悪い企みをしてる訳じゃないと思うし、何かあってもえー君がいるんだから何も心配なんてないんだけど…なーんかちょっと、気になっちゃう。

 でも、楽しみでもある。それはそれとして、凄く楽しみ。だって、ここだからこそ、この機会だからこそ出来る事があると思うから。折角の機会なんだもん、楽しまなくっちゃ損だよ、損。

 

「えー君えー君、どうしよっか」

「どう、というと?」

「攻略法、どうやって優勝するか、だよ!」

 

 取り敢えず教会に入って、部屋を確保して、えー君と二人になった私。早速話をしようとした私だけど、えー君はピンときてない様子だった。

 

「…まあ、そういう事だとは思ったが…茜はやる気だな」

「もっちろん!適当に時間を潰すだけじゃ勿体ないし、色々やった方がぜーちゃん達的にもありがたいんだろうし!…えー君は乗り気じゃない感じ?でも、質問とかしてたよね?」

「別にやる気がない訳じゃないが……確かに、無為に過ごすのも勿体ないな」

「でしょ?という訳で…期待してるよ、えー君!」

 

 それは何をだ、作戦か?共闘か?それとも両方か?…そんな視線を向けてくるえー君に、私は答える。それは当然、全部だよ!…と。

 

「だと思った…。……まぁ、いい。だがその前に、一つ確認がある」

「そうだよっ」

「訊く前に答えるな…とんでもない確認だったらどうする気だ……」

「え、でもそういう確認じゃないでしょ?」

「…そうだが」

「なら問題ないよね?」

「茜には勝てないな…」

 

 嘆息し、肩を竦めるえー君に私はふふんと笑う。因みに能力は使っていない。えー君の事なら、使わなくたって分かるもんね。

 更に因みに、えー君が確認したかったのは、仮に共闘しても一つのチームになる訳じゃないから、一緒に勝つ事は出来ない。それでも尚共闘体制を取るのか、って事だった。それならやっぱり、「そうだよっ」以外の答えなんてないよね。私とえー君でワンツーフィニッシュ決められたら、そんなの嬉しいに決まってるもん。

 

「…なら、まずはおさらいといくか」

「おさらいと称して、前の話で触れなかった部分を捕捉したり、改めて出す事で理解を深めてもらうんだね?」

「…茜、何か前に比べてそういう発言が若干増えてないか…?」

「そーかな?だとしたら、ぜーちゃん…っていうか、信次元に影響受けてるのかも?」

「…………。…おさらいだ。この勝負は、様々な手段で以ってポイントを稼ぎ、その結果で勝敗を決めるというもの。つまり、とにかく沢山稼いだ者が優勝する……訳じゃない」

「稼ぐだけじゃ駄目、って事?」

「そうだ。例えば仮に100万ポイント稼いだとしても、誰かと直接対決し60万ポイント奪われたとすれば、そいつは負ける。逆に手に入れた側は60万ポイントしか稼いでいないが、その時点で奪われた側より多くのポイントを取得している訳だからな」

 

 これは掘り下げないでおこう…って思ったみたいで、えー君は本題に入る。私も元々その話をしたかった訳だから、普通に聞く。聞きつつ「こういう語りをする時のえー君も格好良いなぁ」なんて思っちゃったりする。

 

「直接対決でのポイント移動がある以上、優勝を狙うならただ稼ぐだけじゃ足りない。稼ぎつつ対決で優勝候補のポイントを削るか、圧倒的ペースで…稼ぎ続けるかの二択が基本的なプランになる」

「まあ、そうだよね…あれ?でも、直接対決は不意打ち可能な場所以外じゃ申し込む必要があるんだよね?申し込む、って事は拒否権があるんじゃないの?でさ、もしそうなら対決は全部拒否して稼ぐのに集中する事も出来るんじゃない?」

「かもしれないな、だがそれは口頭説明…しかも運営ではなくプレイヤーの一人であるイリゼとセイツの口から語られた事だ。つまり、嘘はなくとも解釈違いをしている可能性はあるし、ポイント差によっては負けている側からしか仕掛けられないように、一定ポイント以上を保持していると拒否権がなくなる…といったような、細かいルールや仕様があってもおかしくはない。…幸い組んでいれば対決関連の『試し』は幾らでも出来る。本格的に動く前に、気になる部分は調べておいた方が良いな」

 

 言われてみれば本当にその通りで、私達が知っているのは、実際に試したり説明書みたいなものを読んで得た情報じゃない。だから、「え、そうだったの?」と思うような事があっても全然不思議じゃない。そして私一人だったら、これに気付くのはもっと後だったろうし…やっぱりえー君は頼りになるなぁ…。

 

「じゃあ、早速動く?」

「そうだな、ある程度の話は動きながらでも出来る。…が、その前にもう一つだけ確認だ茜。今度は聞く前に答えるなよ?」

「なぁに、えー君」

「今、茜には何が見えている?何が、どこまで見えている?」

「あー…」

 

 ほーんと、えー君は鋭いんだから。そう思ってから、私は答える。えー君の訊いてる、えー君の確認しておきたい事に。

 

「いつも通り、全部。……では、ないかな。見えなくはないけど、普段よりせーどが低いっていうか、ちゃんと機能してない気がするっていうか…」

「そうか…システムの側で、意図的にセーブしているのか、それとも再現し切れていないのか…何れにせよ、普段通りとはいかないんだな?」

「そだよ。これ、ぜーちゃん達に伝えておいた方がいいかな?」

「いや、今はまだ言わなくていい。どちらだとしても、すぐ何とかなるとは思えないしな。それに……いや、何でもない」

「……?」

 

 何かを言いかけて止めたえー君に、小首を傾げる。明らかに思うところがあったみたいだし、気になる……けど、こういう時は何を言っても教えてくれない。だから私は諦めて、それより…と部屋から出る事にした。さっきも言ったけど、早速動かないと、ね。

 

「よーし、頑張るよえーく……あっとそうだ、一応部屋を片付けておかないと…」

「…夕が落っことして怪我したりしないようにか?」

「うん、ゆーちゃんは賢いけどまだ小さいから……って、あっ…あはは、またやっちゃった……」

 

 うっかり小物や転がり易い物を仕舞っておこうとして、ゆーちゃんは来ていない事を思い出した私。分かってはいるんだけど、もう習慣になってるからついついいつもやっちゃうんだよねぇ……って、あれ?

 

「…茜、どうかしたか?」

「なんか、棚に仕舞ってあったお菓子が手に入っちゃった。これ、ゲームでいうアイテム扱いなのかな?」

「まあ、手に入ったならそうなんだろうな。…そうか、拾えるのはポイントだけじゃなく、道具や消耗品が手に入る事もあるのか……」

「ねぇねぇ、これってTVとかタンスとかもアイテムとして取れるのかな?……あ、手に入った」

「いやそれはない……と思ったら手に入ったのか…!?というか、取ったのか!?」

「うん、取れちゃう取れちゃう。わっ、窓ガラスとか壁紙までアイテムとして手に入るよ?なんだか住民が皆動物の村に引っ越してきたみたいだね」

「取るな取るな仮に取れても取ろうとするんじゃない…!」

「でも、アメニティグッズって可能性も……」

「あるか!どこの次元に家具や電化製品、果ては内装まで持っていける宿泊施設があるって言うんだ…!」

 

 クールで冗談なんて滅多に言わないえー君だけど、実は意外と突っ込みの方はしてくれる。それも状況によるから、ノリが良いタイプって訳じゃないけど…今日のえー君は結構ノリが良かった。

 こほん。それじゃあ今度こそ、私達は行動するよ!目指すは優勝、狙うはここだからこそ出来る事。過程も結果も、私は両方妥協なんてしないんだからね!

 

 

……あ、因みにお菓子以外はちゃんと戻したよ?流石に持って行ったりはしないって…。

 

 

 

 

「おっ、またポイントゲット」

 

 皆と解散してから、今に至るまで大体数十分。俺は教会周辺を歩き回っていて…その道中で、何度もポイントを発見していた。

 

「今回のは結構多いな…場所によって増減したりもするのか……?」

 

 今現在の総ポイントを確認し、俺はまた歩き出す。見付け辛い場所のポイント程高い…と考えるのが普通だが、地域ごとにも差があったりするなら、比較的多い地域を中心に探した方が効率良くポイントを稼ぐ事が出来る。…まぁ、差があったりするかどうかを知る為には、色んな場所でポイントを発見しなきゃいけない訳だけど。

 

「…うん?あれは……」

 

 それからまた、ポイントを得つつ移動する事十数分。建物同様、大半が色の薄い通行人の中に、そうではない人物を…見覚えのある人を、俺は見つける。

 

「ワイトさん!」

「やぁ、カイト君。…もしかして、君も探索中かい?」

「はい。街は一通り調べておくのがゲームの鉄則ですからね。…と言っても、本当に街中を探索していたら何日かかるか分かりませんが…」

 

 肯定してから俺は頬を掻く。そもそもこれはゲームじゃない…それを分かった上で俺は言い、出会ったワイトさんもそこについては何も言わなかった。

 

「ワイトさんも、探索ですか?」

「ルールやシステム方面はイリゼ様達がある程度説明してくれたけど、街の作り…どこに何があって、何を出来るかは不明な部分が多かったからね。それに、仮に良い稼ぎ場を見つけられたと思っても、実はもっと良い場所があった…なんてなったらあまりにも勿体無い。だからそうならない為にも、まずはじっくり見て回っている…といったところだよ」

「って事は…ワイトさんは、結構本気で勝とうとしているんですね」

「参加すると決めたからね。自分の意思でやっている以上、適当な事はしたくないんだ」

「分かります。勝つ勝たないは別にしても、やれる事やった上で負けるのと、やる気出さないで負けるのとじゃ、終わった後の気持ちは全然違うと思いますし」

 

 ただ立ち話するより、軽くでも見て回りながらの方が無駄がないという事で、会話しつつ俺はワイトさんと歩く。自分の意思でやる以上、適当な事はしたくない…か。ワイトさん、いつも冷静で正に歴戦の軍人って感じだけど、結構真っ直ぐというか、ほんといつも格好良い大人なんだよな。

…と、思っていると、ワイトさんは俺の方見て、少し笑っていた。それもまるで、何かに感心しているかのように。

 

「…ワイトさん?」

「あぁ、いや、何でもないよ。…因みにカイト君、今の事を逆に、『やれるだけやっても勝てなかったら無力感に苛まれるが、やる気を出さずに負けたなら平然と受け止められる』…なんて捉えたりは?」

「あー…言われてみれば、そういう考え方もあるか……」

「…うん、私は君のそういうところを尊敬するよ」

「……?」

 

 まあ確かに、初めっから頑張ってなきゃ負けるのも当然だし、当然なら辛さも軽くなるだろう。…けど、そんな考え方は勿体ないと思う。何せそれは、初めから負ける事、上手くいかない事を前提にした考え方なんだから。…あぁ、でも、軍人なら負けた場合の事も想定しなきゃいけないか…。…うん?いやだとしても、それとこれとは別な気もするな…。

 とかなんとか思っていたら、ワイトさんから尊敬されてしまった。…何故だろうか。

 

「…さてと、折角だから情報の共有でもどうかな?」

「あ、いいですね。って言っても俺は、教会周辺の施設の事位しか知りませんが……」

「私も似たようなものだから構わないよ」

「…つまり、探索してた場所が被ってたと…?」

「いやそうではなくてだね…」

 

 あ、やっぱりそっちじゃなかったか。そう思った後、俺はワイトさんと情報交換。携帯端末を取り出し、聞いた情報をメモしていく。

 

「…こんなところ、ですかね。…もしかして、この街の施設って……」

「うん。薄々予想はしていたけど、この街に存在する施設は地区毎にある程度の傾向がありそうだね。教会のすぐ側には、色々あるようだけど…これは分かり易さ、やり易さ重視といったところかな」

「けどこういうのって、高効率だったり高難度だったりするのは大概、もっと離れた場所になりますよね。…これもゲームだったら、ですけど」

「その辺りは、実際に入って確かめてみないと分からないね。それと、もう一つ。今分かっている範囲では、だけど…ここでの稼ぎ方は、大きく分けると四つだね」

 

 稼ぎ方は四つある。そう言ったワイトさんは続け、俺も自分の中の認識と確かめ合わせる為、聞き手に回る。

 

「まず、一つ目は落ちている…と言っていいのかは分からないけど、とにかく直接手に入れる手段だ。これは一番簡単な反面、多く稼ごうとすると広範囲を隈なく探す必要があるし、どこにどの程度あるかは見つけてみないと分からない。だから少量稼ぐ、何かのついでに見つける形でなら良いにしても、これを主軸にするのは難しいだろう」

「ですよね。…凄まじい桁のポイントが落ちてたりとかしたら別ですけど……」

「その可能性も否定は出来ないけど、それに期待するのは最早ギャンブルの域だね」

 

 ギャンブル…その表現を聞いて、確かになと俺は思った。やっている事は地道な作業そのものなのに、結果はギャンブル…やっぱりこれで稼ぐのは難しそうだな。

 

「次に二つ目、ゲームセンターやアミューズメントパーク等の施設にある設備や企画等で稼ぐという手段だ。まだ発見は出来ていないけど、セイツ様の言った『大会』も、種類分けするならここに入れるべきだろう」

「これは現実でもある方法ですね。現実でもあるって言っても、それで稼ぐのは基本その道のプロですけど」

「こちらは一つ目とは違い、稼げる場所も一度にどの程度稼げるかもはっきりしている点が長所だね。その一方で、もし現実と同じなら、一つのものを連続して行う事は出来ないだろう。難易度や一度にどの程度稼げるかは…ピンキリだろう。それと、プロはその道で金銭を稼ぐ者を指す言葉だから、稼ぎを得ている時点で皆プロとも言えるね」

「上手く勝てたり入賞出来たりするなら、安定して稼ぐ事が出来る…ってところですかね」

 

 二つ目として挙げられたのは、俺も気になっていた手段。ゲームで言うならこれは、寄り道要素だったりそれこそ稼ぎ手段だったりする、ミニゲームみたいなもの。もう少し細かく考えるなら、多分大会みたいにタイミングが決まっているものと、行ってその場で出来るものがあって…そういや、UFOキャッチャーみたいなのはどうなんだろうか。もしそういうのでも稼げるなら、景品がポイントになってるとか、換金アイテムだとかか?…それも後で調べてみるか…。

 

「続けて三つ目、ギルドや依頼人から直接依頼を受け、それを達成する事で稼ぐという手段もあるだろう。これも現実にある手段で、二つ目と比較した場合、依頼ごとに別の場所へ行かなくてはいけない分一回辺りの時間は長くなりそうだけど、移動のついでにポイントを拾ったり、自分の利になる物や情報を見つけたりと、移動を有効に使えるのなら決して二つ目より劣る手段とはならないんじゃないかな」

「…これ、一度に複数の依頼…というか、クエスト?…を受ける事も出来ると思います?」

「それは…そうか、その可能性もあるね。もしそれが出来るなら、高効率の稼ぎ手段にもなり得るだろう。…工夫次第で効率は変化する、当たり前の事だけど忘れてはいけないね」

 

 ギルドやクエストは、ゲイムギョウ界に来てから知った…けど今の俺からすれば馴染みのあるもの。討伐系のクエストがあれば、街の外の探索も兼ねてやってみるのも良いかもしれない。もしかしたら、高く売れる素材みたいな物を採取出来るかもしれないしな。

 

「…こほん、では四つ目、最後になるけど…直接対決、戦って相手から勝ち取るのもまた手段だね。けれどこれは、今のところ何とも言えないかな。難易度が高いであろう事は間違いないが」

「まぁ、そうですね。…何人か、これを主軸にしそうな人はいますけど……」

「はは、同感だよ。…これがどの程度稼げるのか、同じ相手に連続で仕掛けられるのか、負けた側は単にポイントを取られるだけで終わるのか…他の事にも言えるけど、これは特に、よく分からない内は下手に手を出さない方がいいだろう。まあ尤も、仕様を知る為には実際に経験しなければいけないのかもしれないけどね」

「…ワイトさんは、これで稼ごうと思います?」

「まさか。自分だけが徹底的に準備を出来るならまだしも、仮に生身の私が仕掛けたとしても、大概は返り討ちに遭うのが関の山さ」

 

 ここで生身、と言うのも少し変だけどね。そう言って締め括ったワイトさんは、軽く肩を竦めてみせた。…俺からすれば、絶体絶命の状況でも冷静に頭を働かせて、一旦でも危機から全員を救ったワイトさんだって、真面目に戦うなら十分手強い相手だと思うんだけどな…。

…と、四つ目の手段を言ったところで、ワイトさんの話は終了する。

 

「まとめると、メインにするなら二つ目か三つ目、一つ目はメインじゃなく何かのついでにやる方が良くて、四つ目は未知数…ってところか」

「そんなところだね。後は…何かを売るという手段位かな」

「ワイトさんは、どうしていくつもりで?」

「どうしたものか…と言ったところかな。カイト君は……」

「全部に手を出してみるつもりです。…どれも、やってみたいですから」

 

 そう。目標は優勝だが、それだけを目指すつもりはない。色々やってみたいし、稼ぐだけじゃなく、その手段も俺は充実させたい。だってそっちの方が、終わった時により満足出来そうじゃないか。

 

「それじゃあ、物は試し。分析はここまでにして…何かやってみようか」

 

 俺のやる気を感じ取ったのか、ワイトさんは立ち止まり、ある方向に向き直る。

 そこにあったのは、ボウリング場。ワイトさんが何を言いたいのか…そんなのは、考えるまでもない。

 

「負けませんよ?ワイトさん」

「お手柔らかにね」

 

 入店し、ここで二つ目の手段を実行出来るかまずは確認。するとここでは店舗内で行われる小規模の大会に参加出来るらしく、勿論俺とワイトさんはエントリー。

 因みにこの時、少しだがエントリー料がかかった。こういうところは、結構現実的みたいだな。

 

「参加人数は、我々を含めても一桁か…大会というより、定期的に行っているちょっとしたイベント位のものかもしれないですね」

「初挑戦には丁度良いね。…さて……」

 

 段々勝負の顔になっていくワイトさんと共にボールを選び、割り振られたレーンに立って大会開始。1フレーム目は感覚を掴む、小手調べのつもりで投げて、2フレーム目から俺は本気を出していく。

 ワイトさんは隣のレーン。俺はボウリングの技術をまともに学んだ事なんてないから、良し悪しなんて分からないが…ワイトさんの投球フォームには、無駄がなかった。けど、「流石だなぁ、真似してみるか」と思って見様見真似で似たようなフォームで投球してみた結果、ガーターすれすれになってしまった。…安易な真似はしないで、自分の調子でやろう…。

 

「よっし、ストライク!」

 

 大会は2ゲームを行い、その合計得点で競うというもの。1ゲーム目前半は小手調べしていたり、真似でミスったりして低調だったが、慣れてきた後半からはスコアが伸び始めた。連続で、とは言わないものの、ストライクもそこそこ出てくるようになった。そして……

 

「おめでとう、カイト君。君がナンバーワンだ」

「ありがとうございます、ワイトさん。…よし!」

 

 勝利。優勝。俺が掴んだのは、最終的な目標と比べれば、小さく些細な…だとしても確かな、勝ち。

 

「1ゲーム目の時点では私が僅かに勝っていたけど、2ゲーム目で完全に逆転されてしまったね。本当に君は、後半の伸びが凄かった」

「ワイトさんこそ、2ゲーム目前半は凄まじかったじゃないですか。立て続けにストライクやスペアを出してましたし、あの時は隣で投げてて『あ、これは負けたな』って思いましたし」

「あれは…なんだろうね。1ゲーム終えて、程良く力が抜けていたのが良かったのかな。でも結局、2ゲーム目後半はそれで逆に調子が崩れてグズグズになってしまったし……」

「…ワイトさん?」

「…いや何、自分ももう若くないと常々思っていた訳だが…やっぱりこうしていると思うんだよ。若者と、若そうな事するのも偶には悪くない、とね」

 

 上手くいかないものだ。そんな風に語っていたワイトさんだったが、途中から雰囲気が変わり…俺が訊けば、ワイトさんは軽く笑いながら言った。しかもその声音には、今初めて感じたのではなく、ここ最近で何度も感じているかのような雰囲気があって…これをイリゼが知ったら、さぞ喜ぶだろうな。

 で、俺を祝ってくれたワイトさんだが、実はワイトさんも三位となっていた。しかも2ゲーム目最後の投球では、調子が戻り始めた感じもあった。だからもし3ゲーム目以降があったら、結果はまた違ったかもしれない。

 

「…ところでワイトさん。俺達、何気なく他の参加者と勝負していた訳ですが……」

「うん、全員架空の人物なんだろうね。ゲーム的に考えれば当たり前の事だけど…少し、不思議なものだ」

 

 不思議なものだという表現に、俺は頷く。参加者が俺とワイトさんだけじゃ、順位の違いはあっても入賞によるポイント獲得は確定しているようなものだし、大会を成立させる為のNPC的な存在なんだと思うけど…普通のゲームなら当たり前のものとして流している事でも、この現実の様な仮想空間の中でだと、不思議な存在の様に思える。…仮想空間自体もそうだが…なんていうか、凄いんだよな、ほんと。

 

「…こほん。それじゃあカイト君、店舗大会優勝のお祝いに何か奢るよ。といっても、ここで得られるのは味と感覚だけだけどね」

「いやいやそんな、いいですって」

「君こそ遠慮する事はないよ。楽しかった君とのボウリング勝負のお礼も兼ねているんだから」

「けど、俺は優勝でワイトさんは3位だった訳ですし…」

「あー…うん、そうだね…それは確かに、奢られるのは気が引けるか……」

 

 そういう事です、と俺が頬を掻きつつ返せば、ワイトさんは苦笑い。結果、奢るのは次の機会にという事になって、俺達はボウリング場を後にする。次は何をするか、何を試すか…と考えながら。

 

「…因みに、一ついいかなカイト君」

「何です?」

「君…途中からは報酬の事忘れてシンプルに楽しんでいなかったかい?」

「あはは…バレてました?」

 

 見抜かれていたか、とまた俺は頬を掻く。ワイトさんの言う通り、報酬の事を意識していたのは1ゲーム目の中盤辺りまでで、そこからはボウリングで勝つ事、その為に1ピンでも多く倒す事に熱中していて…報酬がある事を思い出したのは、勝負が終わってからだった。

 

「ワイトさん。俺はもう少しここ周辺を回ってみて、それから二つ目と三つ目の手段をそれぞれ試してみたいと思います。ワイトさんはどうしますか?」

「私は主に二つ目、かな。…それと…こういう機会はそうそうないんだ、君が嫌でなければ行動を共にするのは一先ずここまでにしようか」

「え?…それは、色々と逆では…?」

 

 ここからは別行動にしよう。その提案に、俺は正直疑問を抱いた。困る訳じゃない、そうじゃないが…こういう機会だからこそ行動を共にしたり、嫌じゃない場合にするのは共闘だったりするような気が……。

 

「うん、言いたい事は分かるよ。でも、これまで私達は、前の時も含め基本的に協力し、行動を共にしていただろう?私が言いたいのは、それを踏まえての事で……嫌じゃなければというのは、確かに少し表現が良くなかったね。ただ、意図は分かってくれるとありがたい」

「あ、はい、それは分かります。…そうですね、取り敢えずはここまでにしましょうか。後々また一緒に行動したくなったら、その時言えばいいですし…偶々あったタイミングで、さっきみたいにまた勝負するのも楽しそうですしね」

「あぁ、今回は遅れを取ったが…次は負けないよ、カイト君」

 

 それは、本心からの言葉なのか。それとも、俺に合わせて「次は負けない」だなんて言ったのか。そんな事は、訊いてみなくちゃ分からない。けど…多分、100%嘘って事だけはない筈だ。そう、俺は思った。だって、こういうのも悪くないと言ってたのだから。あれはきっと、本心なんだから。

 ワイトさんとの会話はそれで終わり、別れる。それぞれ別の方向に行く。まだこの空間での勝負は始まったばかりで、稼ぎも凄い訳じゃない。女神を始め、相手だって強敵揃い。でも、だからこそ燃える。そういう相手だから、より一層勝ちたいって思える。そしてそんな思いを胸に抱きながら、俺はまた街を回り、気になった施設へ入っていくのだった。

 

 

……あ、てかここ、なんか光ってると思ったら植木鉢の中にポイントがあった…鍵みたいというか、やけに生活感のある隠し場所だな…。

 

 

 

 

 ギルドで依頼を受けるっていうと、モンスターの討伐が多いイメージだけど、実際はそうでもない。まあ、割合は?…って言われると、それは次元とか時代によるんだろうけども…とにかくギルドに来る依頼は、護衛とか採取とか、もっと言えば街の中でのお使いみたいなのもあって、討伐は沢山ある種類の一つでしかない。なのに討伐のイメージが強いのは…自分も周りもそういうのばっかりやってるからよねー。討伐系なら訓練にもなるし、逆にお使いなんてやってもねぇ?…って感じだし。…あ、別にお使い依頼そのものを悪く言う気はないわよ?それだって、必要としてる人がいるから依頼が出てる訳だし。

 そんな訳で、こっちでも討伐系に目を付けていたわたしだけど…今は、街の内外を奔走中。

 

「ふぅ、ふぅ…お待たせしました」

「ルウィー運送がお荷物をお届け」

 

 待っていた依頼人に、ディーちゃんが荷物を渡す。報酬…は、ギルドを介して受け取る形だから、これでこの依頼は終了。

 

「これで四件目…だけど、やっぱりあんまり稼げないわねー。三等分だから、余計に実入りは少ないし」

「それは仕方ないんじゃないかな。難易度はどれも一番低い、三人どころか一人でも簡単に済むような依頼だもん。…っていうかさっきの、洞窟にいるお爺さんにナスを届ける依頼って何……?」

 

 今のところ受けていた依頼が全部終わったわたし達は、ここまで基本走ってたし…とのんびり歩きながら移動。ディーちゃんの言う事も分かる…っていうか承知の上だったけど、やっぱ報酬のポイントが少ないと達成感も少なくて……そんなやり取りをわたし達がしていると、立ち止まったもう一人、イリスちゃんがわたし達の方をじっと見てくる。

 

『……?』

「エストとディール、イリスを誘ってくれた。でも、エストとディールは、イリスより強く、賢い。…イリスがいなければ、もっと難しい依頼も受けられる…?」

「あっ…そ、そういう事じゃないのよ?えっと…ほら、言ったでしょ?採取とか、お使いみたいな依頼は色んな場所に行く事になるから、街とかその周辺の情報を得ながら稼ぐ事も出来る、序盤向けの内容だからやってるのよ」

 

 どういう訳か分からないけど、いつも無表情なイリスちゃん。それは今も同じ事で…でも何となく悲しそうにしている気がして、わたしは急いでそんな事はないと訂正をする。

 実際、今言った事は建前じゃない。本格的に動き出す前に、ある程度情報は得ておきたい。でも折角だから、その最中にも少しは稼ぎたいって事で、ここまではアイテムを集めたり持って行ったりする依頼を受けていたんだから。

 

「それなら良かった。けどイリス、二人の邪魔はしたくない…ので、難しそうな時は、遠くで見ている。ここはイリスに任せて、先に行けー」

「わー、凄い…典型的なフラグ発言なのに、無表情且つ抑揚なしで言うと、全くフラグとして成立しそうにない気がするわ…」

「状況的にも成立する確率ほぼゼロだもんね…というかイリスちゃん、どこでそんな言葉を……」

「…なら、イリスの屍を越えてゆけ?」

『だからどこでそんな事……』

 

 昔のディーちゃん位…或いはひょっとするとそれ以上に純真無垢なイリスちゃんだけど、時々変な事を言う。どこでそんな知識を?…と言いたくなる言葉が出てきたりする。…あー、でも昔のディーちゃん…とかロムちゃんも、よくよく考えたら偶に変な知識が出てくる事あった気がするわね…わたしはそんな事なかったと思うけど。……多分…。

 

「…こほん。取り敢えず受けてた依頼はもう済んじゃったけど…どうする?まだ追加で受ける?」

「んー…でも確か、同系統の他の依頼って、行き先が被ってたり、内容的に時間がかかりそうなものだったわよね。どうしようかしら…」

 

 情報を得つつポイントも確保出来たなら効率は良いけど、そこに拘ろうとすると逆に効率は悪くなりがち。だから何となく効率面での線引きをして、その上で受けたのがここまでの四つ。…あ、でも、他のギルドなら違う依頼もあったりするのかしら…現実ならデータを共有してるようだからそんな事ないけど、こっちは確かめてみないと分からない。

 と、思っていたら、そこでまた(でも今度は歩きながら)イリスちゃんが声を上げる。

 

「ディール、エスト、訊きたい事がある」

「うん、何かなイリスちゃん」

「さっき、これ拾った。これは、何かの依頼に使えない?」

 

 そう言ってイリスちゃんが見せてくれたのは、部分的に綺麗なところもある石。石ころよりは大きい、だけど岩って程でもないそれは、多分鉱石。…うーん、鉱石ねぇ…ありそうなものだけど、確かさっき見た限りでは……あ。

 

「ディーちゃんディーちゃん」

「エスちゃんまでどうしたの?」

「これ、普通に売れるんじゃない?」

「あ…それはそう、かも…?」

 

 ふと思い付いた事をディーちゃんに伝えれば、ディーちゃんもそうかも、と返してくれる。まあ正直、今イリスちゃんが持っているのでどの位の価値があるのかは分からないし、何の加工もしてない鉱石をどこで売るんだ、って問題はあるけど…取り敢えず採取してみるのは悪くないかもしれない。

 って事で、わたしはイリスちゃんからそれを拾った場所を聞いて、その場所に向かって移動開始。

 

「…あ、そういえば取りに行くって言っても、鉱石だったら基本は拾うんじゃなくて採掘になるよね?なら、道具とかないと駄目なんじゃ……」

「え、ディーちゃん知らないの?もうピッケルや虫網は持って行かなくても良い時代なのよ?」

「あぁ、言われてみれば釣りも大分前からルアーが…って、この仮想空間の話じゃないよね…!?」

「…便利な時代に、なった?」

「うん、まぁそれはそうなんだけど、イリスちゃんが言うと…というか、わたし達の会話で言うにはちょっと違和感が……」

 

 もう、エスちゃんのせいでまた変な発言が出てきちゃったじゃん、という視線を軽く受け流して、わたしはもう一度鉱石を見せてもらう。

 一つ気になるのは、仮に採れた場合、どんな感じになるのか。どんな形状の鉱石になるのか。採れた鉱石は全部これと同じような見た目になるのか、それとも現実と同じように、採掘する以上同じ見た目にはまずならないのか。大体は外見だけの張りぼてにして負担を減らしてるらしい建物の事を考えれば、鉱石の見た目もそう沢山パターンがあるとは思えないけど……これって逆に考えれば、やろうと思えば建物の方は全部中まで作り込めるって事よね。そんな事しても意味はないと思うけど…やれるって事自体に意味があるとか、そういう事かしら。

 

「ディール、エスト、もうすぐ……あっ」

「……?イリスちゃん?」

 

 わたしがぼんやり考え事をしながら歩いていた中で、不意に聞こえたイリスちゃんの、何かに気付いたような声。どうしたの?と言うようにディーちゃんが呼び掛ければ、イリスちゃんはある方向を示す。

 

「愛月とグレイブがいた」

「へぇ?二人も何か依頼を受けたのかしら」

 

 そっちを見てみれば、確かに二人が、ゲイムギョウ界じゃない世界の住人がいた。何か相談中なのか、二人共その場から移動をせずに話していた。……街の中もそうだけど、結構広いこの空間で普通に遭遇するのって、割と確率低い筈よね。けど、こういうのってわたし達以外でも起きてる気がするし、多分これからも起きる…あ、でもこれは掘り下げちゃいけない系の事かしら?ま、取り敢えず止めとこーっと。

 

「…どうする?」

「どうするって…別に、気になるなら話し掛けてもいいんじゃない…?別に、敵を見つけた訳じゃないんだし……」

「敵じゃなくても、競争相手ではあるじゃない。まぁ、それを言ったらディーちゃんやイリスちゃんもそうなんだけど」

「それはそうだけど……え、まさか仕掛けないよね…?イリゼさんならまだしも、二人の場合は流石にわたしも本気で止めるよ…?」

(あ、おねーさんの場合はそこまで止めないんだ…おねーさん、それだけ信頼されてるって事なのか、それとも扱いが雑なのか……)

 

 後者だったら流石にわたしも同情する…なんて思いながら、わたしは二人の方を伺う。ディーちゃんは普段のわたしの事を考えて言ってるんだろうけど…わたしじゃなくても、一戦交える可能性はある。だってここでは、直接対決でのポイントのやり取りも出来るし、街の外は大概不意打ち可能エリアだったから。だから一応、警戒とまでは言わずとも、向こうの動きはちゃんと伺った方が……

 

「あっ」

「うん?」

「……?エストとグレイブ、見つめ合っている…?」

「えぇ…?エスちゃん、急にじっと見てどうし……え、ちょ、ちょっ、エスちゃん?」

 

 視線に気付いたのこ、それとも偶々なのかは分からないけど…こっちを振り向いたグレイブと、目が合った。互いに認識した。…はぁ、仕方ないわね。目と目が合ったら、それは即ち…!

 

「ポケモン!」

「バトル!」

『なんで!?』

「ポケモン…エストも、ポケモンがいる…?」

 

 がっつり重なるディーちゃんと愛月の突っ込み。あ、ディーちゃんはともかく愛月の方も突っ込んでくるのね。確かポケモンっていうモンスターがいる世界では、これが…文化?…だったと思うんだけど。後、わたしに手持ちはいないわよー、イリスちゃん。実際わたしが言ったのは「バトル!」の方だし。

 

「エストはノリが良いなぁ、愛月にも見習ってほしいもんだぜ」

「ディーちゃんは見習わなくて良いからね?ノリの良いディーちゃんなんてキャラ的に……あ、でも前にロムちゃんと一緒にラムの振りした事あるんだっけ?」

「い、いやまぁ…っていうか、バトルするの…?本気…?」

「えー?…ま、わたしは別にしたっていいし、しないならしないでそれでも良いって感じかしら」

「へー、なら軽くやってみるか。よーし、いけレオン!」

「ぴっかー!」

「いやレオンは僕の手持ち…ってなんでレオン出てきたの!?乗らなくて良いよ、グレイブの悪ふざけに乗らなくても良いんだからね!?」

 

 ぴょーんとわたしの前に出てきたレオンは、臨戦体勢。…だけど、本気で戦おうって感じはないわね。もしかして、ほんとにふざけてるだけなのかしら…だとしたらこの子も相当なノリの良さっていうか、賢いわね…。

 

「ふっ、けどそういう事なら…ここはバトンタッチ!…で、イリスちゃんに任せたわ!」

「任された。おいで、レオン」

「ぴか〜、ぴっぴかちゅ〜♪」

「わっ、凄い懐いてる…そういえば温泉に行く道中で遭遇したモンスターとも、イリスちゃんは仲良く…仲良く?…なってたような……」

 

 ぽてぽてとレオンのすぐ側まで行ったイリスちゃんはしゃがみ込んで、軽く両手を広げる。するとレオンはイリスちゃんの方へ擦り寄って、イリスちゃんは頭を撫でる。ふぅ、これで無力化完了ね。後はグレイブの方を倒して……

 

…………。

 

…やっぱり止めておこうかしら。普通に考えたら負ける筈ないけど…よくよく思い出すと、彼ってポケモン抜きにも身体能力がなんか非常識だった気がするし。強いっていうか、ギャグ的な強さだった感あるし。

 

「くっ…策士だな、エスト」

「そっちこそ策士じゃない。ふざけたふりして勝負の流れに乗りつつ、自分の手持ちは出さない事で手の内を隠しながらもこっちの出方を伺ってくるなんて」

「ぐ、グレイブがそこまで考えてるかなぁ…?単に最初から最後までふざけてるだけな気も……」

「考えてるかもしれないぞ?けどほんとにふざけてるだけかもしれないな」

「…どっちなのかほんとに分からない…これもチャンピオン?…の駆け引きって事…?」

「さぁ?…で、結局どうする?」

「いやー、やっぱ止めとくわ。イリスがいるんじゃ戦えない…ってか、皆気乗りしないだろうしな」

 

 向こうはもうやる気なし。こっちもイリスちゃんとレオンのやり取りで正直ほっこりした気分になってるから、やる気は不時着スレスレの低空飛行。だから勝負は取り敢えずなしって事になって…訊いてみたら、二人はこの空間の中でポケモンがどれ位の事まで出来るか、それをどう試すか話していたらしかった。確かに二人にとってそれは重要な件よね。わたし達で例えるなら、女神化や魔法に感じて確かめておくって感じだし。

 そんな訳で、試す予定の二人と別れて、わたし達も鉱石採取…の為の移動を再開。イリスちゃんが鉱石を拾ったっていう、ちょっとした洞窟が見えてくる。

 

「あそこなのね。それなりに取れれば良いんだけど…」

「イリスも、沢山取れたら嬉しい。その為に、イリス頑張る。えいえい、おー」

「え、わ、わたしも?…え、えいえいおー」

「ふふっ、えいえいおーってね」

 

 こういうのは、恥ずかしがるよりささっとやっちゃった方が意外と楽。そう思いながら、わたしは控えめに拳を上げるディーちゃんの隣で普通に上げて……それからわたし達は、鉱石採取を始めるのだった。

 

 

 

 

 一同が仮想空間での活動を始めてから数時間。機材のある部屋でネプギアがモニタリングをする中、機材はあるブザーを鳴らし…各々が、目を覚ます。

 

「ふぁぁ、よく寝……てないッスね。寝た感があるようでない…うぇ、なんかよく分からない感覚ッス……」

「確かに、変な感覚です」「…気分が悪い訳じゃないですが、違和感が凄いっていうか……」

 

 身体を起こしたところで、首を傾げたのはアイとピーシェ。他の面々も、大体は似たような表情をしており…それにイリゼが苦笑い。

 

「まあ、それは何度か繰り返せば自然と慣れるよ。…それで皆、具合が悪かったりはしない?」

「大丈夫!ご覧の通り、元気一杯のねぷ子さんだよ!…まあ、ちょっとお腹空いてるけどね〜」

「そうね、数日分の割にはあまりにも減っていないけど……というか、ほんとに全然時間経っていないわね…」

 

 胸を張るネプテューヌに軽く頷いた後、イヴが浮かべたのは怪訝な表情。彼女の視線の先にあるのは時計であり…イヴの言葉通り、一同は仮想空間内で数日を経験しているにも関わらず、実際には数時間しか経過していなかった。

 それも、仮想空間…現実ではない場所だからこその、意図的な時間のズレ。仮想空間の時間は加速状態にしておく事により、実際以上に長い時間の活動を可能としており…今回一同が戻ったのは、日に数度設定してある休憩の為。

 

「さてと、じゃあ暫く休憩な訳だけど…ここまで経験してみてどうだったかしら?」

「どう、と言われたら…そうですね。…面白くなるのは、ここからなんじゃないかと思います」

「だよね。皆、ここまでで何となく仮想空間の事は掴めたと思うし…本格的な競い合いは、ここからだよ」

 

 セイツの問いに、小考の後ビッキィが答え、周囲も頷く。その前向きな回答にイリゼは小さく笑みを浮かべ…やる気に満ちた表情を見せる。

 そう。仮想空間では数日経過したとはいえ、多くの者がここまでは仮想空間の事、仮想空間内で出来る事の把握と、それを踏まえた動き出しに時間を割いていた。故にまだ、各々のポイントに大きな開きはなく……しかしここからは、大きく動く。大きく変わる。そんな予感を、皆が多かれ少なかれ感じていた。




今回のパロディ解説

・「〜〜住民が皆動物の村〜〜」
どうぶつの森シリーズの事。ゲームだから、といえばそれまでですが、家具を始め家の中の物は大概軽々と出し入れ出来るのは凄いですね。

・「〜〜カイト君。君がナンバーワンだ」
DRAGON BALLに登場するキャラの一人、ベジータの名台詞の一つのパロディ。言われた相手はカカロットではなくカイト…最初と最後が同じなのは意識してませんでした。

・「〜〜洞窟にいる〜〜届ける依頼〜〜」
ペンギンの問題にて出てきた、あるネタの一つの事。ピンポイント過ぎて分かる人はそうそういないと思います。でも私的には、印象深いネタだったりします。

・「〜〜ここはイリスに任せて、先に行けー」
有名な死亡フラグの一つのパロディ。死亡フラグとして見られる以前から、割と普通に色々な作品で使われていたでしょうし、大元は何かを探るのは難しいですね。

・「〜〜イリスの屍を越えてゆけ?」
俺の屍を越えてゆけのパロディ。上記のネタの後だと死亡フラグっぽくも思えますが…屍云々の時点でもう、死亡フラグではなく死亡ですね。

・「〜〜もうピッケルや〜〜時代なのよ?」、「〜〜釣りも大分前からルアーが〜〜」
モンハンシリーズの採取に纏わるシステムの事。実際便利になったものですよね。しかしメイン要素ではないところを楽にするのは、決して悪くない事だと思います。

・目と目が合ったら、それは即ち…!、「ポケモン!」、「バトル!」
ポケモンシリーズにおける、お約束的なフレーズの一つのパロディ。実際片方はポケモンの二次創作のキャラですしね。…最新作でその辺りは変わりましたが。


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第二十三話 盤上を超える決闘

 今回の話は、かなり特殊な内容となっており、今回の話の題材とした事柄を知っている、趣味としている方でない場合は、よく分からない部分も多いとは思います。その為深く考えず、楽な気持ちで読む事をお勧めします。


 ポイントを一番多く手に入れた人が優勝。景品は、別荘と土地…或いはそれ位の、イリゼさんやセイツさんが用意出来る物、事。…実際景品目当てで頑張っている人がどれだけいるかは分からないけど…その優勝を目指して、皆頑張っている。

 ただ、頑張っていると言っても、やり方は同じじゃない。やり方はそれぞれで、少しずつ違っている。

 

「現状目立った動きをしているのはまずカイトさんですね。彼は道場破りレベルで色んな施設の大会やゲーム、イベントに出ています。まあ、連戦連勝ではないようですが」

「ふむふむ、他には?」

「逆にあまり目立った動きをしていないのは、イヴさんとワイトさんです。イヴさんは何か目的があるようで、様々な店舗を回っていて…ワイトさんは一見カイトさんに遅れを取るような動きですが、個人的にはこちらの方が油断ならないかと。目立つ動きをしていないにも関わらず、しれっと三位を何度も取っていたりしますし」

「目立たない立ち回りをしつつも三位…何か、仕事は真面目でそつなくこなすけど、今一つ情熱のない振る舞いをしてそうな……」

「だとしたら油断ならないどころか、ラスボス級の脅威ですから……」

 

 そんな事があって堪るもんですか、とばかりに半眼で私を見てくるビッキィの視線。いや冗談だから、と私は返し、会話を続行。

 

「こほん。じゃあ、ギルド…クエストを活用しているのは?」

「そちらは愛月、グレイブのチームと、ルナさん、ズェピアさんのチーム、それにディールさん、エストさん、イリスさんのチームが目立ちますね。ディールエストイリスチームは、見たところかなり効率良くクエストを受けて、しかも採取活動もしているみたいです。逆に愛月グレイブチームは効率なんか考えていない様子で……例の如く、グレイブの動きが凄まじいです。カイトさんが大会荒らしなら、グレイブはクエスト荒らしかと」

「どちらもイメージ通りというか、なんというか…あれ、じゃあルナとズェピアさんのチームはどんな動きを?」

「正直、二人は普通というか、堅実に進めてるような感じですけど……」

「嘘だ、ルナはそうかもしれないけど、ズェピアさんが何も企んでない筈がない」

「ですよね、絶対何か策略巡らせてますよ。証拠はないですけども」

 

 うんうん、と二人頷き合う。…まあ、流石に少し失礼かもしれないけど…全く気取られずに策謀を張り巡らせる位の事、彼なら出来てもおかしくない…気がする。

 

「…となると、今上がらなかった人達は……」

「はい。他の方…イリゼさんにセイツさん、ネプテューヌさんにアイさん、そして茜さんは、他でも稼ぎつつ、直接対決も積極的に行っていますね。ただ、中でもネプテューヌさんとセイツさんは満遍なく色んな事をしている一方で、イリゼさんとアイさんは大会での勝負含め色んな形でやり合ってますし、茜さんは相手を問わず仕掛けては程々で引いていく、よく分からないスタイルを見せています。というか、わたしも一回仕掛けられました」

「返り討ちじゃなくて、自分から引いてるなら、こっちも何か思惑がありそうな……と、いうか…一名足りなくない?」

「影さんですか?…彼は姿が見えないというか、多分隠れてるというか…。…どこかで狙撃態勢を取りつつ、『では、お手並み拝見だ』みたいな事言ってるんじゃ……」

 

 いやそんな馬鹿な…と言いたいところだけど、確かにそういう事してそうなイメージがあるから困る。姿が見えるけど何か企んでそうなズェピアさんに、そもそも姿の見えない影さん…この二人は特に注意しておいた方がいいかもしれない。競う上で強敵になる事間違いなしな人は他にもいるけど、何をしてるか、何をしようとしているかが分からない相手の方が、対処対応は難しいものだし。

 

「…まぁ、それはともかく…これにて報告を終わります、ピーシェ様」

「えぇ、お疲れ様ビッキィ。流石に忍者なだけあって、諜報はお手の物みたいですね」

「勿論です。わたしに掛かれば大概の動きは筒抜けですからねっ」

 

 そう言ってビッキィは胸を張る。彼女は本当に自信満々で、実際それに見合うだけの仕事をしている。短い時間で、しっかり情報を集めてきてくれた。……まぁ、実を言うと後々、仕掛けてきたらしい茜さん以外にも、何人かにバレていたって事が判明して、ビッキィはちょっと凹む事になるんだけど…これを糧に、更なる精進をしてほしい。頑張れビッキィ。

 

「…にしても…少し意外です。ピーシェ様がこんなにも意欲的になるなんて…」

「…意欲的に見える?」

「見えるというか、意欲がなければこんな情報収集はしませんよね?」

 

 訊き返してきたビッキィの発言に、確かに、と私は思った。…まあ、別に隠す事でもないし…いいか。

 

「別に、優勝したいとか、景品が欲しいとかじゃないです。でも、協力すると決めたのに、何もせずだらだらしてるというのは、不誠実でしょう?」

「あぁ…わたし、ピーシェ様のそういう誠実なところ、良いと思います」

「…何かちょっとからかってない?」

「いえいえまさか。…というか…イリゼさんやセイツさんの説明からして、適当に遊んでいてもそれはそれでデータを得られるのでは?多分、適当に過ごして、って言われてもわたし達が困るから、『勝負』っていう分かり易い目的を用意してくれたんだと思いますし」

「…………」

 

 普段は考えるより先に動くタイプなのに、なんでこういう時だけ鋭いのか。…いやまあ、普段はそうなだけで、考えるのが苦手なタイプだとは思ってないけども。

 

「…まあ、意欲云々はどうでもいいんです。今重要なのは、意欲があるかどうかではなく、現状を踏まえて何をするか、ですから」

「えー……まぁ、そうですね。じゃあ、ピーシェ様は何を?」

「まず、直接対決はしません。後々やるかもしれませんが、今はやりません。いつやってもリスクがあるなら、リターンが多くなる頃の方が良いですからね」

 

 稼ぐ手段は多種多様だけど、直接対決はイベント参加やクエスト等で稼ぐのと違って、賭けのようなもの。仕掛けようが仕掛けられようが負ければ逆に失うし、時間が経てば経つ程リスクもリターンも増えていく。お互い手持ちが少ない序盤より、手持ちの増えている後々の方が、賭けられる額も増加するから。

 

「では、何かに参加したり、クエストをしたり?」

「そういう事です。ただ出来れば、クエストもまずは控えておきたいですね。街中で出来るクエストは、低難度で報酬も少ないか、内容が特殊で一筋縄ではいかないものかですし、逆に街の外に出るクエストだと、不意打ちで直接対決を仕掛けられる可能性がありますから」

「という事は、イベントや大会ですね。…なら、さっきちょっと面白そうなイベントを見つけましたよ?」

「面白そうなイベント…?」

 

 そう言ってビッキィは、楽しみそうな表情を浮かべる。一体なんなのかと私が思えば、ビッキィは携帯端末を取り出し、それでビッキィが見つけたというあるイベントについて教えてくれた。

 

「こ、これは……」

 

 表示されていたのは、スポーツじゃない。大食い対決とか、クイズ大会とか、そういうものでもない。けれど現実にもある、現実でも賞金や景品が用意されるような大会で……見せてくれたビッキィは、言った。一緒に出てみませんか?…と。

 

 

 

 

『ゲートオープン!スタンドアップ・THE・決闘(デュエル)スタート!』

 

 物事には、掛け声が必要。なくても何とかなる場合が多いけど…あった方が盛り上がると、私は思う。少なくとも、これから始まるこのイベント…いや、ショップ大会においてはそう。……まあ、色々混ざり過ぎてる気はするけども!後、分かる人はこの時点で何の大会か分かるんだろうけども!

 

「ふっふっふ…マナーを守って楽しく無双しちゃうよー!」

「楽しく無双するって…その発言だけだとどことなくバーサーカー感があるね……」

 

 自信満々の声と、それに呆れ気味の突っ込みを入れる声。ネプテューヌさんのボケと、イリゼさんの軽い突っ込み。今回私とビッキィがエントリーした大会には、この二人も参加していた。…マナーを守るバーサーカーって何だろう…。…と、いうか……

 

「参加人数、四人……?」

「世知辛い…世知辛い上にリアルなショップ大会感が凄い……」

 

 念の為、ぐるりと見回しながら言った私の言葉に、ビッキィが呟くような声で返す。元から定員の少ない、一店舗での小規模な大会とはいえ……やろうと思えば人数の水増しなんて余裕そうな仮想空間で、参加人数四人の大会というのは、あまりにも虚しいものがあった。

 

「ま、まあほら、その分上位入賞し易い訳でもあるし、ね…?」

「それはそうですが…それはそれで、悲しくありませんか…?」

「うっ…確かに……」

 

 競う相手が少なければ、自然と順位は上がるし、上位入賞の賞金…賞金?この仮想空間の場合は、賞ポイント?…を得られる可能性も上がる。…でも、それで得た順位や賞ポイントなんて、尚更虚しい訳で…ビッキィの返しは、全くもってその通りというもの。

 

「イリゼ、大事なのは結果じゃなくて過程なんだよ。イリゼの元同僚も、止めとけ止めとけって言いながらそれを教えてくれたでしょ?」

「うん…っていや、私にそんな事言う元同僚はいないよ!?後それ、違う同僚が混ざってない!?」

「まあまあそれより早くやろうよ!わたしはもう、準備運動ばっちりだよっ!」

 

 そう言って、素早くドローをする練習…の様な事をするネプテューヌさん。その練習にどれだけの意味があるかはさておき、エントリーはもうしているんだから、四人でも大会は成り立つんだから、あーだこーだ言ってないでさっさと始める方が時間も無駄になったりはしない。そう思って私は頷き、ビッキィやイリゼさんも了承して……勝負、開始。

 

「私の相手はイリゼさんですか…宜しくお願いします」

「うん、こちらこそ宜しくね。…ゲームであっても勝負は勝負、知略を駆使して勝たせてもらうよ?」

「意気込むのは良いですけど…お互い速攻型で、運の勝負になるとかかもしれませんよ?」

「その時はその時だよ、運も実力の内って言うしね」

 

 まずは向かい合って、ちゃんと挨拶。それから軽く言葉を交わしつつ…手にしたカードの束を、デッキをシャッフルする。

 そう。ここで行われるのは、カードゲーム…所謂TCGのショップ大会。カードは今回の仮想空間の『仕様』という形で、レンタルだったり規定の範囲内でオリジナルのカードを作ったりしていて……え、機材で形成した仮想空間の中のカードなら、TCGじゃなくてDCGじゃないのかって?…そこは解釈次第ですよ、えぇ。

 

「さて、ではまずは先攻後攻ですが…まあ、普通にジャンケンですかね」

「だね。じゃんけん、ぽんっ。…あ、負けた」

「ふぅ、対戦ありがとうございました」

「次は負けないよ…ってちょっと!?今のは先行後攻を決めるじゃんけんだよね!?ジャンケンでゲームそのものの勝敗を決めるって…それが許されるカードゲームはデンジャラスなギャグ漫画位なものだからね!?」

「いや冗談ですって…(軽いボケ一つにこれだけの突っ込みを…こっちとしては面白いけど、割りに合わない事してるな…)」

 

 今位のボケなら、もっと適当に流しても良いのに…と思いつつ、山札から引いた初手を確認。さてと…相手はイリゼさんだ、油断せずにやらないと…。

 

「私のターン。まずはド「わたしのターン!ドローッ!」……予想通りといえば予想通りですが…ネプテューヌさんはノリノリですね…」

 

 いきなり掻き消される私の声。向こうも多分1ターン目なのに、ネプテューヌさんは終盤…それも逆転を懸けた最後のターンであるかのようなテンションでドローをしていた。…向こう、ちゃんとゲームが成り立つのかな…ちょっと気になるし、少し見てみたり……

 

「いくよビッキィ!まずは手札から、見るからに強欲そうな顔の付いた壺を使って二枚ドロー!」

「早速禁止カード!?」

「ふっ…手札に封印されてるっぽい五種類のカードが揃った!わたしの勝ちだよ!」

「先行1ターン目で!?そんな馬鹿な!」

「…あれ?なんでだろ、勝ちにならないや。まあいっか!そして最後の一枚はこれ!主に月刊誌の付録で付いてくるジャンボカード!」

「A5サイズ!?え、それどこにありました!?初手!?さっき引いたカードの内のどちらか!?いやどちらだとしても、今までどうやって偽装を!?」

 

 

…………。

 

……うん、向こうは気にしないでおこう。自分の勝負に集中集中。

 

「気を取り直して…私のターン。私はコストゼロのピョリッとした子と、コスト軽減で1になったポムっとした子を出してターンエンドです」

 

 手札から出した、二枚のカード。するとイラストが実体化するかのように…というか実体化して、出した二体が現れる。

 でも別に、驚きはしない。だって予めその説明は聞いていたし、ここは仮想空間の中なんだから。…うん、可愛い…イラストの時から思ってたけど、やっぱり両方、可愛い。

 

「先行はアタック出来ない、カードゲームの定番だね。私のターン。ドローして、行動に必要なエネルギーを一枚配置してターンエンド」

「私のターンですね。なら、今度はレモン色のカモノハシらしき子を出します」

「次は私のターン…引いて、エネルギーを溜めてエンド」

「では私のターン、マジックの本を使用してドロー。更にやたらデカい向日葵の乗った城門を配置し、余力でレベルアップもさせます」

「むむ…私のターン。エネルギーをセットしターンエン……って、ゲームスピード!ゲームスピードが違い過ぎるんだけど!?」

「えぇ……?」

 

 これじゃ勝負にならないよね!?…と文句を言ってくるイリゼさん。流石にそれは難癖過ぎる…と言いたいところだけど、確かにこっちは低コストとはいえそれなりに展開してるし、手札も潤沢だし、ここから更に動く準備もある。一方イリゼさんの方はまだほぼ何もしていない訳で……普通のゲームでも、短期決戦型と長期戦型じゃ展開速度に差があるのは当然だとしても、これはその域を超えてしまっている気がした。…けど、だからってどうしろと…?

 

「えぇい、私もここから動いていくよ!私は超える感じの名前をした騎士から、うさ耳の諜報部隊長に強化!騎士を後方に配置し直して、支援を受けてアタック!」

「そういえば、最初からその騎士いましたね…ポムっとした子でブロックです」

 

 いきなり動き出したイリゼさんからの攻撃を防いだカードが、パワーの差で撃破される。やっとカードゲームらしい展開が一つ起こって…そこから私達は、お互いターンを重ねていく。

 

「…味方との連携を重んじる、黄金の騎士団…イリゼさんらしいといえば、イリゼさんらしいですね。…あ、メロンの妖精みたいな子と、雀みたいな子を出しますね」

「そう?ピーシェは……なんていうか、全体的に黄色くて可愛いね…」

「何か問題でも?」

「いや、問題はないけど……」

 

 何やら怪訝な顔をしてくるイリゼさんに、こっちも怪訝な顔になる。…いいじゃない、別に。琴線に触れたカードでデッキを作る、それが一番でしょうに。

 

「…こほん。それじゃあ私のターン。ピーシェ、ここからが本当の勝負だよ!」

「その口振り…エースの登場という訳ですか」

「そういう事。さぁ、いくよ?…発現せよ、仮想のこの身に宿りし新たなる力!旭光の女神・オリジンハート!」

 

 手札から引き抜かれ、妙に力の入った腕の振り抜きで登場した一枚のカード。まるで…というか、明らかな口上と共に登場したそのカードに描かれていたのは…鎧姿のイリゼさん。

 

「って、自分じゃん!鎧風のプロセッサ…いや、プロセッサ風の鎧…?…まあそれはともかく、女神化した自分がイラストになってるって…何それ!?」

「いやまぁ、やろうと思えば出来るからね。ピーシェもやる?」

「あ、いえ、それはしません。恥ずかしいので」

「なっ、し、失礼な…って、それはいいの!旭光の女神のスキル!私は左右に、頼もしい私の味方を展開するよ!」

 

 自分で自分をカードのイラストにって…と私が返すと、イリゼさんは軽くダメージを受けた後にカードの持つ効果を使用。

 何かちょっと緩い感じになってしまったけど、イリゼさんの言葉は自信満々。という事は、出てくるのは強力なパワーや効果を持つカードか。それともコンボに適したカードなのか。何れにせよ、油断出来る要素なんてある筈が……

 

「私が展開するのはこの子達!おいで、ライヌちゃん、るーちゃん!出番だよ!」

「ぬらぬらー!」

「ちるる〜!」

 

「…………」

 

……えぇー…?…いや、ちょっ…いやうん、私も似たような子達を展開してるとはいえ…頼もしい味方って、それ…?

 

「あ、今ライヌちゃんとるーちゃんを馬鹿にしたね?」

「い、いや馬鹿になんてしてませんよ?…驚きはしましたが……」

「ふぅん…まあでも良いよ。擬似牙王フォーメーション…そしてライヌちゃんるーちゃんの力を、これから目の当たりにしてもらうから」

 

 何やら自信あり気なイリゼさんを見て、私は少しだけ気を引き締める。確かに見た目で判断するのは良くない。…と、いうか…これ普通だったら、カードの持つ効果は確認させてもらえるよね…雰囲気的に今はしないけど。

 

「それでは私のターン。最大レベルまで上げたカモノハシっぽい子でライヌちゃんにアタックです」

 

 取り敢えず対処として選んだのは攻撃。一先ずパワーではこちらが上回っているし、仮に何かの効果でこっちがやられても、それはそれで何とかなる。そして私の攻撃指示により、私のカードがライヌちゃんを襲い……

 

「ぬ、ぬらぁ…!?」

【ライヌちゃんは、怯えて泣きそうになっている!これは攻撃が出来ない!】

「え!?ら、ライヌちゃんにアタック……」

【こんなに怯えているライヌちゃんには攻撃出来ない!】

「まさか力ってこれ!?…な、ならるーちゃんの方に攻撃……」

「ちる?ちっる〜、ちるる〜ち〜♪」

【るーちゃんは、遊びに誘った!仲良く遊び始めてしまった為、攻撃は成立しない!】

「こっちもそういう系なの!?」

 

 ぷるぷる震えて涙を浮かべたライヌちゃんと、仲良く戯れ始めてしまったるーちゃん。何なのかよく分からない表示の通り、どちらにも攻撃が出来ず…イリゼさんは、得意気な顔をしていた。イリゼさんと、イラストが実体化したオリジンハートの両方が、ドヤ顔だった。…厄介といえば厄介だけど…何だろう、凄く拍子抜け感が……。

 

(…っと、いけない。いつの間にかイリゼさんのペースに乗せられてる…ほんと、気を引き締めないと)

「ふふ…油断はしてないみたいだね。けれど、甘いよピーシェ。ライヌちゃんとるーちゃんが単に、場持ちの良いだけの存在だと思ってるなら、それは大間違いだよ」

「…それって…まさか……」

「そう、場持ちの良さはもう一つの力を活かす為のもの!そして、私のターン!私はライヌちゃんとるーちゃんでジェネレーションゾーンを構築!超越合体(ストライド・ブレイヴ)!」

「こ、これは…これは……ッ!」

 

 跳ね上がり、飛び上がり、光に包まれるそれぞれの姿。二つの光は一つになり、そして……

 

「降臨せよ、我の側で花咲く力!ライヌちゃん・オン・るーちゃん!」

 

 ちょこん、と羽ばたくるーちゃんの上に、ライヌちゃんがライド。…以上。終了。そんな姿を見て…私は言う。

 

「……えっ、上に乗っただけでは?」

「なっ、し、失礼な!上に乗った以外にも、るーちゃんはチルタリスの姿になってるし!ライヌちゃんも、…えと、目つきがさっきよりキリッとしてるし…!」

「あ、あー…そうですねー…」

「くっ、軽んじられてる気がする…だったらこれならどう!ライヌちゃん・オン・るーちゃんの効果で、コットン・トークンを配置!更に私と共にアタック!」

 

 精製される、多分盾用の綿。続けて行われた攻撃は(ライヌちゃん・オン・るーちゃんが割と高パワーだった事もあって)中々強力で、私は大きく削られる。ならば、と返しのターンに私も連続で攻撃を掛けるも、さっきのトークンは勿論、オリジンハートの方も防御で活きる効果を持っていた為にいまいち攻撃が通らない。…突っ込みどころは多かったけど…意外と、強い…!

 

「…やりますね、イリゼさん。油断はしていなかった筈ですが…正直少し、序盤からさっさと仕掛けていれば良かったと感じています」

「へぇ?…でもその顔、まだ諦めた訳じゃなさそうだね」

「それは勿論。私は序盤から動けたのに、必要以上には動かなかった…それがまさか、二の足を踏んでいただけだとでも?」

 

 当然だ、とばかりに私は口角を上げる。所詮は遊び、所詮は小さな勝負の一つに過ぎない。…けど、だからって負けていいかどうかは別。少なくともイリゼさんは本気で勝負をしている訳で…それに応える位の気概なら、私にもある。

 

「では、始めましょうか。いえ、終わらせましょうか。…これが、私の切り札。これまで展開してきたカードを元に…召喚!──無情の理想 シャングリラ・エディン…!」

 

 イリゼさんの様に、口上を述べたりはしない。…だから、そういうのはちょっと恥ずかしいし…。…まあ、でも、召喚する為の腕の振り抜きだけは少しだけ力を込めて……私は超重量級の、私のデッキのエースを登場させた。

 

「これが、ピーシェの……って、なんかゴツい!名前の時点でゴツいし、実体化した姿は尚更ゴツい!えぇ!?何そのラスボスみたいな見た目のカード!ピーシェこれまでとカードの方向性違い過ぎない!?」

「そこは別にいいじゃないですか。さて、シャングリラ・エディンでアタックします」

「相変わらず冷めてるね…けど、ライヌちゃん・オン・るーちゃんになっても場持ちの良さは健在だよ!トークンも絡めた防御力なら幾ら超大型だって…ってあれ!?効果が発動しない…!?」

「えぇ、当然じゃないですか。『無情』ですよ?」

 

 我ながらこれは言ったもの勝ちな気が…とも思うけど、それも含めて仮想空間。私はこのアタックで防御を真正面から突破し、更にバトルではなく効果でライヌちゃん・オン・るーちゃんも退ける。

 

「言っておきますが、防御においてもこのカードは強力ですよ?勿論バトル以外での除去は普通に通用しますが……」

「その場凌ぎにしかならない、って訳ね…。まさか、そんなカードを隠し持ったいたとは…ちょっと、いやかなり予想外だよ、ピーシェ」

「切り札は重要な時まで温存して、隠しておくものですからね」

 

 まあ、逆に先んじて見せる事で、相手に警戒させたり行動を躊躇わせたりする使い方も時にはあるけど。そんな事も思いつつ、私は残る手札を見て、ここからの展開を考える。

 まさかイリゼさんが、このまま降参なんてする訳がない。打ち破れるかどうかは別として、絶対何かしてくる筈。ならば冷静に、確実に対処するだけ。

 カードゲームも、実戦も同じ。勝つ為に必要なのは、その為の札を揃える事と、油断せずその時々の最善を選択する事と、相手の次の手を考えて、その対策も練る事。当然そんなのは向こうも分かってるだろうし……だからこそ、最後まで本気の勝負が出来る事を期待してますよ、イリゼさん。

 

 

 

 

 女神は強い。凄く、強い。勝つ事なんて絶対無理…ではないのかもしれないけど、普通にやったら勝てない。有利な状況、有利なルールがなければ勝ち目はない…そう思える程の力が、強さが、女神にはある。わたしの知る女神は…皆、そう。

 でも、今は違う。この勝負では違う。この勝負なら…カードなら、互角…ッ!

 

「いくよビッキィ!海竜星 ネプチューンでアタック!」

「ここは…受けます!くぅぅっ!」

「よぉし、追い詰めたよ!最後の一撃は……」

「いいえ、そうはいきません!ダメージを受けた事で、伏せていたカードを発動!その効果で、ネプテューヌさんの最後の一体を破壊!」

「な……っ!」

 

 攻勢により、一気に追い詰められる。追い詰めるだけじゃなくて、このままゲームエンドまで持っていく算段だったネプテューヌさん。でも、わたしもこのままやられる気はない。ネプテューヌさんならじっくりじゃなくて、準備が出来たら一気に決めにくると分かっていたから…攻撃された時じゃなくて、攻撃が成立して、ダメージを受ける事が条件になるカードを用意しておいた。そのカードの効果でわたしは攻撃を凌ぎ…更に追加効果で、山札からカードをドロー!

 

「そして、わたしのターン!わたしは追憶者BKのアサシドラを召喚して、アタック!」

「……?そんなちっこい子でアタックだなんて…さては何かする気だね!いいよ、ひっくり返せるならひっくり返してみるがいい!」

「えぇ、ひっくり返してみせますよ!アタックのタイミングで、わたしは手札から効果発動!契約に従い、アサシドラを太陽槍龍ガングニル・クロウドラゴンにッ!」

「アタックのタイミングで、手札からカードを重ねる…これが、侵略…!?」

「あ、いえ、違いますよ?確かに似てますけど、普通に違うゲームです。…こほん、クロウドラゴンで改めてアタック!」

「ふふん、残念だけどわたしは防御策を既に用意していたのさ!無駄に手札を見せちゃったね!わたしは伏せていた──」

「クロウドラゴンの効果発動!伏せカード含め、出していたカードを一枚破壊する!そしてもう一つの効果により、クロウドラゴンの攻撃能力は今の倍になるッ!いけぇぇぇぇッ!」

「な、なにぃぃぃぃぃぃッ!」

 

 防御無し、がら空きとなったネプテューヌさんに叩き込むダイレクトアタック。それが成立した瞬間、ネプテューヌさんは迫真の表情になって、仰け反って…崩れ落ちる。そして、わたしとネプテューヌさんの勝負は…完結する。

 

「…対戦、ありがとうございました」

「…さっきの伏せてたカード、ビッキィが序盤仕掛けてる時にセットしたものだったから、追撃用だと思ってたけど、まさか防御用だったなんて……最後のターンもそうだし、完全にビッキィの読みが上だったね。…完敗だよ」

「いえ。このターンで勝てなければ、きっと負けていたのはわたしの方でした。だって、ネプテューヌさんも真の切り札はまだ残してましたよね?」

「あ、それも分かっちゃう感じ?いやぁ、やっぱり一番の切り札を出さずに終わるのは悔しいなぁ…でも、楽しかったよビッキィ!」

「ふふ、わたしもですよ、ねぷ姉さん」

 

 立ち上がり、にこっと笑ったネプテューヌさんから差し出される手。その手にわたしは応えて…握手。

 

「よーし、楽しかったけど出せなかった事への無念さもある!って事で、もう一回勝負!」

「え?…あの、今は大会中……」

「あっ……」

「あっ、って…ボケじゃなくてシンプルに忘れてたんですね…」

 

 凄いうっかりしてるなぁ…と頬を掻くネプテューヌさんにわたしは苦笑。それからわたしは、視線をもう一方の勝負に向ける。

 四人だから、次が決勝戦。ピーシェ様とイリゼ様、どっちも…というかわたし以外全員女神で、だからどっちが勝ち上がってきても強敵なのは間違いない。でも、だからこそ燃える決勝戦が出来るというもの。…そんな思いでわたしが見た時……ピーシェ様とイリゼさんの勝負もまた、終わっていた。

 

「……っ…対戦ありがとう、ございました」

「うん、こっちこそありがとう。ふー…ひやひやしたよ、最初から最後までずっと、ね」

「それも勝負の醍醐味ですね。…向こうは…ビッキィの勝利ですか。…ビッキィも、強いですよ?」

「ふふ、だとしても私は勝つよ?ピーシェに勝ったんだから、それに恥じない勝負を……って、あー…ピーシェ的にはむしろ、ビッキィに勝ってほしいか…」

「いやまぁ…少なくとも、イリゼさんの負けを望む、なんて事はしませんよ。ですから、頑張って下さいね」

 

 どちらが勝者か。そんなものは、会話を聞いていれば誰にでも分かる。つまり、決勝戦の相手は…イリゼさん。

 驚きはなかった。強い人同士の勝負なんだから、どっちが勝ってもおかしくないし、どちらが相手でも激戦は確実。

 

(…でも、折角だから、ピーシェ様と勝負したかったな……)

 

 別にイリゼさんとの勝負に不満はないけど…カードとはいえ、ピーシェ様との勝負なんて滅多にない事。だからそんな事を、ふとわたしは思って……

 

「ビッキィもお疲れ様。ネプテューヌさんに勝ったんですね」

「あ…はい。ギリギリ勝てました」

「そっか。……」

「ピーシェ様…?」

「…私、負けちゃった。やっぱりちょっと、悔しいね」

「ピーシェ様……」

 

 やれる事はやった上での負けなんですけどね。…そう続けて、ピーシェ様は軽く肩を竦めた。まるで、まだまだ自分も子供だな、と言うかのように。

 それを見て、それを聞いて…わたしは決める。意思を、この瞬間生まれた新たな思いを。

 

「…勝ちますよ、ピーシェ様。わたしが、ピーシェ様の一番槍、ビッキィ・ガングニルが…イリゼさんに勝ちます」

「ビッキィ…。…それだと私、間接的にビッキィより弱い事に……」

「あっ……」

「あっ、って…」

 

 うっかりしていた発言を指摘されるわたし。完全にさっきのネプテューヌさんと同じような状態で…それを見るピーシェ様も、隣で見ていたネプテューヌさんも、さっきのわたしの様に苦笑していた。うぅ、これは締まらない…何かもっと他の言葉を言うべきだっ……

 

「でも、それなら…期待してるからね、ビッキィ」

「……!はいっ!」

 

──ピーシェ様の、柔らかい…ほんのちょっぴり悔しさを残した、けれど本当にわたしに期待を、頑張ってって思いを向けてくれてるんだって事が分かる、にこりとした笑み。そんなの、そんなの見せられたら……目一杯応える以外の、選択肢なんてないッ!

 

「ビッキィ、わたしも応援してるからね!勝利への、栄光への道を駆け抜けろ、ビッキィ!」

「ねぷ姉さんまで…分かりました、絶対に勝ちます!二人の分まで、わたしが!」

「それじゃあビッキィ…これを」

「わたしからも、これを!」

「え…?これって……」

 

 もう一度差し出される手と、渡される物。それにわたしが目を瞬かせると、二人は無言で頷いて……わたしは、応える。

 

「…あれ…なんか私、打倒すべき悪役みたいになってない…?」

「勝つべき、負けられない強敵だとは思ってますよ、イリゼさん」

「そ、それならまぁ良いんだけど…だったら、始めようか」

 

 ぽつーんとなっていたイリゼさんに挑戦の視線を向ければ、イリゼさんもやる気を帯びた表情に変わる。そしてわたし達は、向かい合う。

 

「では、私は静かに観戦を……」

「さぁ、遂に始まる決勝戦!勝つのはピィー子を打ち破ったイリゼか、それともわたしを乗り越えたビッキィか!期待の募る決勝戦、実況はわたしネプテューヌ、解説はピー子でお送りするよ!」

「え、何故に私が解説…って、いつの間に実況席が…!?」

 

 デッキをシャッフル。相手にデッキを渡して、裏にしたまま並びを軽く変えて、わたしはイリゼさんに、イリゼさんはわたしに返還。そこから最初の手札を引いて、準備を整えて……勝負、開始。

 イリゼさんに恨みはない、勿論ない。けれど、勝たせてもらいますよ。応援してくれるねぷ姉さんと…期待してくれる、ピーシェ様の為に!

 

 

 

 

 決勝戦の序盤は、静かな攻防戦になった。攻撃型デッキのわたしが自ターンの度に仕掛けて、防御型デッキのイリゼさんが毎回きっちり凌ぐ…序盤から中盤の途中までは、殆どその繰り返しだった。

 こっちからの攻撃は、イリゼさんが意図的に通したもの以外は殆ど通っていない。でも逆に、イリゼさんも自分のターンは態勢の立て直しが基本になって、わたしへのカウンターにまでは至っていない。

 だから、少しずつ行動の為の総エネルギーが溜まっていく。段々お互いに、大きい動きが出来る段階になっていって…先に動き出したのは、イリゼさんだった。

 

「さぁ、ここから攻めていくよ!開け、神国の門!オデッセフィア・ゲート!開かれた門より、神生オデッセフィアの守り手マエリルハと、神剣の精霊シモツマキを展開!続けてライヌちゃん・オン・るーちゃんとオリジンハートでビッキィにアタック!」

「来ましたね…!わたしはイエロー忍者の効果発動!効果で手札を一枚捨てる事で、山札から忍者を一枚防御役として召喚し、更にイエロー忍者自体でも防御!」

「これまで山札からの追加召喚用に使っていたカード自体でもガード…って事は……」

「えぇ、わたしも準備が整ったという事です!」

 

 察したイリゼさんに大きく頷き、わたしは自分のターンを開始。ここまでは攻めても消耗をさせるだけで、突破までには至らなかった。けど…ここからは、違う!

 

「現れよ、ガングニル・クロウドラゴン!更にビクトリィーファイアでシモツマキを手札に送還!ついでにこれは炎!その炎が引火する事で、コットン・トークンは全て焼けて消失だッ!」

「あーっと出たー!ビクトリィーファイア!一体退かした上に、多分カードに書いてない効果で防御用のコットンを全部処理したー!」

「えぇぇ…?…というか、ビクトリィー…?ビクトリーでもヴィクトリーもなくビクトリィー…?」

「ゲイムギョウ界ではビクトリィーなんだよピィー子!わたしはゲイムギョウ界に住んでる訳じゃないけどね!」

 

 ここまでわたしの攻撃を阻んでいたのは、次々と展開される防御能力の高いカードと、ライヌちゃん・オン・るーちゃんの展開するトークン。これをちまちま処理していたんじゃ、本当に削り切れない。だからわたしが選んだのは、思い切った攻撃。

 

「いきます!ガングニル・クロウドラゴンでアタック!効果対象は、ライヌちゃん・オン・るーちゃん!」

「そうはいかないよ!ライヌちゃん・オン・るーちゃんの特技、飛行!敵の攻撃の回避確率25%!……って当たったぁ!?ら、ライヌちゃーん!るーちゃーん!」

「あ、ちょっと低いですね確率。というか、1/4の確率じゃ普通に回避失敗する事の方が多いでしょうし、まあ妥当な結果かと」

「くっ…マエリルハでブロック!」

 

 ドラゴンVS巨大ロボット。中々迫力のあるバトルがアタックとブロックで繰り広げられ、けどパワーの差でこっちが勝利。

 このターンも、イリゼさんにダメージは与えられなかった。けどバトルや除去を駆使する事でイリゼさんのフィールドは壊滅。オリジンハートは残っているけど…オリジンハートの効果は登場時や防御時に機能する能力や、味方の展開に伴って発動する能力が基本。つまり、次のターン…味方がいない状態での攻撃は、はっきり言って怖くない。

 

「やってくれたねビッキィ…ある程度は削られると思ってたけど、折角の防御態勢をここまで切り崩されるとは……」

「そうしなければ、イリゼさんには勝てませんから。…でも、まだまだです!わたしの攻撃は、まだまだ……」

 

 こんなものじゃない。わたしはターンを渡しつつ、そう言おうとして……気付く。イリゼさんは驚いてはいても、焦ってはいない事に。それどころかむしろ…ほんの少し、口角が上がっている事に。

 

「ビッキィの反撃で戦況が変化したー!これは遂にビッキィの攻撃がイリゼの防御を上回ったって事だよね、ピー子!」

「…いえ、まだです。確かにここまでの防御は崩せたのかもしれません…けど、来る…!」

 

 聞こえてきたのは、緊迫感あるピーシェ様の声。それは何故か。それが何を意味しているのか。考え自然とわたしも緊張する中、イリゼさんが一枚のカードを使う。

 

「流石だね、ビッキィ。一気に私のプランを狂わせてくるなんて。…けど、1ターン遅かったかな。もう1ターン前なら不味かったけど、もう1ターンあれば更に確実な状態に出来たけど……既に機は熟している!まずは手札から発動!超次元ゲイム・ホール!このカードの効果で二体を展開!そして──」

 

 さっきとは別のカードで、再び二枚を同時展開するイリゼさん。味方を展開した事に対し、わたしが来るんじゃないかと思ったのはオリジンハートとのコンボ。

 だけど、違う。イリゼさんがしようとしているのは、イリゼさんの真の一手は……

 

「天に座する聖霊の王、世界包みし守護の刃、数多を導く救世の神。純白にして高潔なる翼を広げ、限りなき真の光を以って、全てを守り、照らし、そして統べよ!創聖霊神 グラン・メサイアルカディア!」

 

──顕現する、眩い光。オリジンハート含む、三枚が一つに光になって降臨した、果てない光の如き存在。降り立つその存在を見て、わたしは確信する。これこそが、イリゼさんの最後にして最大の切り札だと。

 

「やっぱりきた…!私の時も、戦況を完全に覆したカード…!」

「という事は、これがイリゼの奥の手かー!?っていうか、でっかい!でかいし眩しい!これよく隣でやってたのに、わたしとビッキィ気付かなかったよね!」

「グラン・メサイアルカディアの効果発動!ビッキィの伏せているカードを、そのまま封じ込める!そしてグラン・メサイアルカディアが存在する限り、光やそれに類する属性のカード以外は召喚や発動が不能となる!」

「……ッ!結構えげつないというか、口上の割に思いっ切り圧政敷いてきますねイリゼさん…!」

「圧政?違うよビッキィ、このカードが縛るのは不浄の存在、人という光に仇成す存在。…まあ、カードゲームだからルール的には光にも攻撃出来るんだけどねッ!」

 

 中々テンションが上がっている様子のイリゼさんは、ガングニル・クロウドラゴンへの攻撃を選択。対抗しなければ、わたしのエースカードはやられる。でも、グラン・メサイアルカディアの効果で伏せていたカードも手札で温存していたカードも使えず、そのままクロウドラゴンは倒されてしまう。

 それだけじゃない。イリゼさんのターンはそれで終わって、次はわたしのターンだけど……わたしは、何も出来ない。

 

「……ッ…ターンエンド、です…」

「不味い…ビッキィのデッキは私と違って光系のカードがあんまり入ってない以上、出された時点でほぼ動けない…!」

「なんという容赦ないロック!コントロール!流石はイリゼってところだけど……これもう完全に悪役ムーブだよね?さっきイリゼ自身が言及してたけど、悪役っていうかラスボス状態だよね?」

「まあでも実際、イリゼさんってそういうところありますし…」

「あ、そーなの?そっかぁ…イリゼって、新たな闇を生む強過ぎる光系だったんだ……」

「そこ五月蝿いよ!?後、新たな闇ならそれも照らし、全てを光に変えるまで!私のターン!」

((ほんとにテンション上がってるなぁ……))

 

 今わたしは凄まじくピンチなのに、攻めてるイリゼさんな微妙に締まらないのは…やっぱりイリゼさんらしいというか、なんというか。

 ただ、そこでちょっとほっこりしても、状況は変わらない。…と、いうか…情けない、情けないけど…本当にもう、今わたしが自分から出来る事は、完全にゼロ。

 

「封じるだけがグラン・メサイアルカディアじゃないよ!グラン・メサイアルカディアは味方が行動不能になる事で自身が、味方の封印と解放を同一ターン中に行う事でその味方を再行動可能状態する。その意味は……」

「全体での、連続攻撃…!?」

「そういう事!さぁて、このターンで終わらせてあげる!グラン・メサイアルカディアでビッキィにアタック!エクシードライブチェック!出たカードの効果で自身を強化!勿論この強化は、連続攻撃時にも乗るよッ!」

 

 はっきり言ってもうオーバーキルになるんじゃないかと思うような、イリゼさんの攻勢。対するわたしの、打てる手は無し。迫る攻撃に、何も出来ない。

 

(…負け、る…?このまま、わたしは……)

 

 このままじゃ、負ける。でも、どうしようもない。だってこっちから出来る事はないんだから。打てる手無しじゃ、どうにもならないんだから。

 悔しい。悔しいけど、同時にもう、仕方ないじゃんって気持ちもある。そう思う方が簡単で、そう思った方が楽で…頑張りようがないのに、まだ前を向いてどうするの?…そんな思いすら、生まれ始める。そしてそんな思いに流されるように、わたしは項垂れ、下を……

 

「…諦めないで…まだ諦めないで、ビッキィ!」

「……っ!?…ピーシェ、様…?」

「そうだよ、そうだよビッキィ!まだ終わってないよ、負けそうかもしれないけど…まだ負けてなんかいないんだよ、ビッキィ!」

「ねぷ、姉さん…でも、もう……」

『違うよ!まだ可能性は…残ってる!』

 

 そんなわたしへ届いた、響いた、二人の声。顔を上げれば、わたしの目に映ったのは…まだわたしを信じる、二人の姿。

…あぁ、そうだ…その通りだ。まだ終わってない、また決着が付いた訳じゃない。可能性なんてほぼゼロだけど……ゼロじゃ、ない。

 

「ノー、ガード!ライフで受けるッ!」

「…ここに来て、その気概…良いね、天晴れだよビッキィ!でも、このまま終わらせるッ!」

 

 直撃する、グラン・メサイアルカディアの攻撃。続く味方の攻撃も、そこからの連続攻撃も、全て受ける。今のわたしに出来るのは、それしかない。

 受ける度、可能性は生まれる。それ等は空振りだったり、封じられる対象だったりで、どんどんわたしは追い詰められていく。でも諦めない。わたしは諦めない。二人が信じてくれる限り、わたしが諦める事はない。

 それでも終わりは近付く。減って、減って、僅かになって…だけどわたしは前を見続ける。可能性に手を伸ばし続ける。そして、最後の攻撃…可能性が完全に消えて、わたしの負けが確定する直前……それは、現れた。

 

「……──ッ!来た…!オーバーショットシールドトリガー…発動ッ!もうこれ以上、イリゼさんの攻撃は…通りませんッ!」

 

 最後の最後、ギリギリのギリギリ。そこでわたしは可能性を掴んだ。可能性に、手が届いた。

 けれどまだ、ピンチを一旦凌いだだけ。今のままじゃまだ、負けが先送りになっただけ。だから……逆転するのは、ここからだ…!

 

「…驚いた、ここで防がれるなんて…けれどビッキィの手札でやれる事はゼロ、そうでしょう?ならターン開始時のドロー一つで、ここからひっくり返すなんて……」

「いいや、出来る!なんたって、最強デュエリストのデュエルは全てが必然なんだからね!」

「ビッキィはデュエリストなのか、これはデュエルと呼べるのか激しく謎ですが…今だけはネプテューヌさんの言う通りです!ビッキィ、運命を切り開くドローを!」

「やってみせます、やってみせますよ!たとえこの指がぺっきり折れようとも…わたしは、引き当てるッ!わたしのターン、ドローッ!」

 

 渾身の力を込めた…まあ後から思えば、我ながら「これ必要だった…?」と思うような行為だけど…ともかく全力を賭けた、最後になるかもしれないドロー。わたしは腕を振り抜き、裏になっているカードを表にし……笑みと共に、掲げる。

 

「漸く来てくれた…最高のタイミングですよ、ピーシェ様!わたしはこのカードで…わたしはここから、イリゼさんに勝つ!現れるのは、わたしの信じる強き光!わたしはこの光と、共に歩む!召、喚!理想への努力 イエローハートッ!」

「……!?これまでと、全然系統の違うカード…!?」

「あれは、私がビッキィに託した…って、名前が変わってる!?イラストも私になってる!?ちょっ、いつの間に入れ替えたのビッキィ!恥ずかしいんですけどぉ!?」

 

 そう。わたしが引き当てたのは、ピーシェ様に託された、ピーシェ様のカード。封じられる事のない…(多分)光系に属する、イエローハート。

 

「しまった、イエローだから出せたのか…!」

「わたしも正直『え、いけるの?だとしたら結構判定雑じゃない?』…と思いましたが…出せた以上は出せるって事です!そしてイエローハートの効果発動!エースの登場により、アサルト…じゃなかった、ぷるるとテリトリーを展開!これはそもそもカードのタイプ的に封じる事が出来ない、そうでしょうイリゼさん!」

「確かに、その通り…でも、その程度で……」

「そう、この程度で終わりはしません!ぷるるとテリトリーの効果で更に、竜星 ビヴロストを特殊召喚!そして、ぷるるとテリトリーにビヴロストをチューニング!」

 

 追加で召喚したのは、今度こそ普通に光属性を持つカード。イエローハートが切り開いた道を二枚のカードが駆け抜け、速く高く空へ舞い……更なる力が、イエローハートの隣に立つ。

 

「これはわたしのもう一つの光!わたしはこの光を、忘れはしない!クロス・オーバーシンクロ!冥竜星 パープルハートッ!」

「キター!わたしも登場したよ!さっきは出さなかった、わたしの真のエース事わたし自身が遂に登場!共闘だね、ピー子!」

「…ふふっ、そうですね。でも、まだ足りない…これだと、まだ…!」

 

 黄色の光と、紫の光。輝く爪と、煌めく刃。頼もしい、本当に頼もしい二人の姿が、二人の背中が、わたしの前に並んで立ち…だけど、ピーシェ様の言う通り。これだとまだ、足りない。

 

「ふー…いきますッ!イエローハートとパープルハートで、攻撃!」

「防御よりも、攻撃を選んだ?確かに防御しても後に続く状態じゃないとはいえ……いや、だとしてもやる事は同じ!仕掛けてくるなら、防ぎ切る!」

 

 強力なパワーを持つ二枚の攻撃で、イリゼさんの防御を蹴散らす。蹴散らし更にダメージも与える。

 この攻撃をしても、足りないまま。今のわたしが出来る事をしても、足りはしない。しないからこそ…後は、賭け。

 

「まだ諦めていない、まだ勝ってやる…って顔をしてるね。…もしかして、実はまだ手札に使えるカードが残ってる?さっきの何もしなかったターンは、逆転の可能性は来るって信じて、打てる手があったけど温存してた…そういう事?」

「それはどうでしょう?因みにわたしはそういう読み合いがそんなに得意ではないので、勘弁してほしいです」

「あ、自分で言っちゃうんだ……なら、わたしが選ぶのは…防御を固め直す事と、パープルハートへの攻撃!」

(来た……!)

 

 軽く呆れ顔をしたイリゼさんは、堅実な一手を選ぶ。わたしが持つかもしれない可能性を考えて、このターンで終わらせる事よりも、次のターンに繋げる事を選択する。

 そして、撃破されるパープルハート。わたしは守らなかった、守れなかった。……でも…!

 

「…信じてましたよ、イリゼさん」

「…え?」

「わたしは信じていた。イリゼさんがその選択をする事を。何も効果を使っていないパープルハートを警戒して、攻撃してくれる事を!だから……パープルハートの、効果発動ッ!」

 

 光に飲まれる、パープルハートの姿。だけど消える直前、パープルハートはこちらを見て、小さく頷いたような気がして…わたしはそれに、頷きで返す。返し…パープルハートの持つ、二つの力を宣言する。

 

「パープルハートは撃破された時、二つの力を発動させる!まずは一つ目の効果により、限界突破!この効果によって、グラン・メサイアルカディアの効果は全て無効化される!」

「無効化…!?って、事は……!」

「そして、もう一つの効果!撃破された段階から見て、次に来るわたしのターンの終了時まで…あるカードを、特殊召喚する!」

 

 これまでは、グラン・メサイアルカディアの効果で殆ど動けなかった。それがある限り、勝ちはどうしても掴めなかった。

 でも、それもこれまで。イエローハートが作った道の先に立つパープルハート、そのパープルハートが切り開いた勝利への道を駆け抜けるのは……赤き炎。

 

「わたしは決める!わたしが決める!このカードで…このカードと、イエローハートでッ!ひと時の力、されどそれは尽きぬ力!駆け抜けよ!覇天赤龍 ドライグニック・ウェルシュデウス!」

「待ってたよ、待ってたよビッキィ!これがビッキィに渡した、最後の一枚!さぁわたしの弟よ、イエローハートと…ピィー子といっけぇッ!」

「うぇぇっ!?い、いや、その…こんな形で登場する……?」

 

 それはきっと、天にも届く赤い龍。ネプテューヌさんの弟を思わせる、勝利への最後のピース。

 後はもう、何もいらない。後はもう……駆け抜ける、だけッ!

 

「イエローハート、ドライグニック・ウェルシュデウス…どっちも単体じゃイリゼさんの防御を崩してゲームエンドまで持っていく事は出来ません。…けどッ、ドライグニック・ウェルシュデウスの効果発動!自身の効果でブーストを得て、その力でイエローハートを強化!そしてその力で、イエローハートを限界まで…ううん、限界の先、グレードレベル5まで、オーバーグロウッ!グレードレベル5となったイエローハートは、防御を貫通するッ!」

「な……ッ!?」

「届けッ!ドライグニック・ウェルシュデウスのブースト!イエローハートで、イリゼさんをアタックッ!」

 

 パープルハートからドライグニック・ウェルシュデウスに、そしてイエローハートに託された力。その力を纏い、折れない一本の槍…光の槍の様になったイエローハートの、貫通攻撃。防御要員は勿論、手札からの迎撃もイエローハートを阻む事は出来ず…一気にイリゼさんを、削る。

 

「なんて能力…!だけど後一歩、後一歩足りなかったねビッキィ!これでビッキィのターンは終了、そして私のターンで勝負は……」

「いいえ、まだ終わりません!これがわたしの、最後の一手!手札から、シノビ・ストライクを発動ッ!」

 

 振り抜くようにして見せる、一枚のカード。これも、パープルハートの効果で使えるようになったカード。

 名前は、『リメイク ここからもう一度歩み出す』。効果は……行動を終えたカードの、回復!

 

「もう一度歩む、今後こそ掴むッ!これがわたしの…わたし達の、力だぁああああぁぁぁぁぁぁッ!!」

「く、ぅッ…うあぁぁぁぁああああああッ!」

 

 今一度、もう一度羽ばたく、黄と赤の翼。重なった二つの光は、更に強い槍になって、天を超え……貫く。

 イリゼさんは、何もしなかった。ただ真っ直ぐと、攻撃を、わたしを見つめ……そして、爆発。決勝戦は…戦いは、終わる。

 

「…って、えぇぇぇぇぇぇッ!?爆発したぁああああッ!?」

「二回目の、最後の貫通攻撃が決まったーッ!勝者は、優勝者はビッキィ!おめでとーっ!」

 

 高く突き上げる拳。わたしなりの、勝利の宣言。余韻に浸り、ゆっくりと息を吐き、二人にサムズアップをして……あぁそうだ、まだもう一つ…やらないと、ね。

 

「…負けたよ、ビッキィ…凄かった、本当に…凄かった」

「いいえ、それはわたしの台詞です。…対戦ありがとう、ございました」

 

 爆煙の中から煤だらけの状態で出てきたイリゼさんに、わたしは手を差し出す。それを見たイリゼさんは、小さく笑って…しっかりと、握手。そうして本当に…勝負は、終わる。

 

「あ、無事なんだ…ほんとさっきの爆発はなんなの…?」

「お約束だよお約束。いやぁ…でも、ほんっと良い勝負だったよ二人共!良かったし、こんなの見せられたら燃えない訳がないって!今度こそ、もう一回勝負だよ!」

「あはは、まあ落ち着いてネプテューヌ。気持ちは分かるけど…まずは大会の景品を貰おうよ、ね?」

「そうですね。元々その為の大会でしたし」

 

 飛び跳ねそうなネプテューヌさんを、苦笑気味にピーシェ様とイリゼさんが落ち着かせる。それにわたしも笑い…それからイリゼさんの言う通り、景品を貰う。

 まず、全員で参加賞を。それからわたしは、優勝者のみ貰える…限定カードを。

 

「おー、参加賞の方も結構良いね。でもこれ、仮想空間の中だけのカードなんだよね……」

「…イリゼさん、これ画像データとして持ち帰る位の事は出来るのでは?」

「うん?まあ、その位なら良いよ?…勿論、他のカードもね」

「あ、そうなんです?じゃあわたしもお願いします!」

 

 今回のゲームは、無茶苦茶過ぎてここでなきゃ出来ないだろうし、そもそも実在しないカードだらけなんだから、仮に持って帰れたところで観賞用にしかなりはしない。

 でも、楽しかったのは事実。熱い、燃え上がるような勝負だったのは、わたしにとって間違いのない真実。だから…画像データでも、欲しいなってわたしは思った。

 そして、そのやり取りを最後にわたし達はまたデッキを構えて……今度は単純に、楽しむ為の勝負を交わすのだった。

 

 

 

 

 

 

『……って、あれ!?景品、ポイントじゃなくてカードなの!?』




今回のパロディ解説

・「〜〜仕事は真面目で〜〜今一つ情熱のない〜〜」
ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けないに登場するキャラの一人、吉良吉影…の同僚の台詞のパロディ。やたら有名なモブキャラの一人ですね。

・「〜〜『では、お手並み拝見だ』〜〜」
Fateシリーズに登場する主人公の一人、衛宮切嗣の台詞の一つのパロディ。CMで活用された台詞な分、比較的認知度は高いのかなと思います。

・「〜〜ルールを守って楽しく無双〜〜」
遊戯王シリーズのアニメにおける、本編とは直接関係せずとも代名詞的と言えるフレーズの一つのパロディ。多分ルールは守られています、無茶苦茶なルールでしょうが。

・「〜〜イリゼ、大事なのは〜〜教えてくれたでしょ?」
ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風に登場するキャラの一人、
レオーネ・アバッキオの嘗ての同僚の名台詞のパロディ。…ですが、先程の吉良の同僚が混ざってますね。

・「〜〜デンジャラスなギャグ漫画〜〜」
絶体絶命でんぢゃらすじーさんの事。作中で言っているのは、校長カードファイターズの事です。勝利条件は勿論ですが、カードも変なのが結構あるんですよね。

・「〜〜発現せよ、仮想〜〜オリジンハート!」
カードファイト‼︎ヴァンガードGシリーズの登場キャラの一人、明日川タイヨウの台詞の一つのパロディ。グルグウィント にライドする際の口上です。

・擬似我王フォーメーション
バディファイトシリーズの主人公、未門我王の戦法のパロディ。色々ごちゃ混ぜになっているカードゲーム状態なので、擬似我王フォーメーションは利点も欠点も謎です。

・「〜〜ライヌちゃん・オン〜〜回避率25%!」
遊戯王シリーズの主人公の一人、武藤遊戯が砦を守る翼竜を使った際の代名詞的な台詞の一つのパロディ。砦を守る翼竜ならぬ、砦を守るーちゃん…じょ、冗談です。

・「〜〜最強デュエリスト〜〜必然なんだからね!」
遊戯王ZEXALシリーズの登場キャラの一人、アストラルの名台詞の一つのパロディ。但し今回の話では、カードの創造はしてません。託されたカードを引いています。

・「〜〜たとえこの指がぺっきり折れようとも〜〜」
デュエマシリーズの主人公の一人、切札勝太の代名詞的な台詞の一つのパロディ。こちらは直前の「運命のドロー」と同様、現実でも一応はあり得るドローですね。

 この他、『遊☆戯☆王OCG』『デュエル・マスターズ』『カードファイト‼︎ヴァンガード』『バトル・スピリッツ』『フューチャーカード バディファイト』『ウィクロス』『ビルディバイド』『アンジュ・ヴィエルジュ』から、色々なカードや効果、用語等をパロディネタとして使っております。


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第二十四話 勝利の秘訣は

 もしも、ここで私達が優勝して、別荘と土地が手に入ったらどうするか。んー…そりゃ、嬉しくはあるよね。管理関連のあれこれをこっちでしなくても良いなら、手に入れた事で何か困ったり手間が増えたりする訳じゃないんだし。それに別荘なんて、素敵だもん。

 ただまあ、私とえー君の場合、別次元…って問題を抜きにしても、別荘があっても来れない、使えない事情があるんだよね。どんな事情?っていうのは置いておくにしても、来たい時に来られる日が来るのかどうか…何ならゆーちゃんにプレゼントする方がまだ使う機会あるのかも?って感じなのが、実際のところ。

 だとしても、貰えるなら貰っておきたいし、えー君と掴む優勝…っていうのはほんとに魅力的。皆と競い合っての結果って意味でも達成感があるだろうし…とにかくそういう訳で、私は頑張るよー!

 

「よい、しょっとぉ!」

「わっ、とと…まさか空中で踏み込んでくるなんて、ねッ!」

 

 擬似魔力の粒子を固めて作った即席の足場。そこへ強く踏み込んで、その分の勢いを加算しての大剣逆袈裟。防御はされたけど、相手…えすちゃんの体勢を崩して弾き飛ばす事には成功……いや、違う。弾いたには弾いたけど、これは向こうも距離を取る為にわざと弾かれたらしい。

 

「ふッ!ほいっと!」

 

 追撃しようとしたところで、防御体勢のままえすちゃんが持っていた…右手で持った大剣の影から投げられる手裏剣。更にそれへ続く、氷の魔法。

 飛来する攻撃の内、手裏剣は大剣の腹で弾いて、魔法は避ける。最小限の動きで対処して……

 

「そこッ!」

「…を、狙ってくるよねッ!」

 

 回避先…それも遠距離攻撃で私を誘導した先に、肉薄からの上段斬りを打ち込んできたえすちゃん。…でも、それは分かっていた。分かっていたから、しっかりと私は受けて、斬り結ぶ。

 

「…こうも余裕で防がれるなんて…と、いうより…なーんか技とか動きを読まれてる感じね…。ざっくりと聞いてはいたけど、茜の力がどういうものなのか、段々分かってきたわ」

「ふふっ、凄いでしょ?頭の中まで覗ける訳じゃないけど、『察する』レベルなら精神状態も分かるし、私に隠し事なんてほぼ通用しないよ?…後、比喩じゃなくて物理的な意味でなら、頭の中も覗ける、かなッ!」

「わー…凄い能力だけど、それは羨ましくないわね…!」

 

 力の掛かり具合を読んだ私は、その方向へ逸らす形で身体を回してえすちゃんを斜め後方へ流す。でも距離が開く前に今度は私が仕掛けて、数度大剣を振る…けど、凌ぎ切られてまたえすちゃんは距離を取る。今度は急降下の形で一気に距離を取って、尚且つ大剣を投擲。

 後方宙返りを掛けて投擲を避けた私へ、次に迫ってきたのは魔法。だけど、今度はさっきの出の早いものとは違う。今放たれたのは、威力も攻撃範囲も広い、制圧力の高い攻撃。大小様々な氷弾に、風の刃に、魔力ビーム。その場で足を…あ、違う。空中だから、翼を、かな?…止めたえすちゃんは、色んな魔法で畳み掛けてきて……私がそれの対処に専念。

 

「…やるねぇえすちゃん。それは私に対する、正解の一つだよ」

 

 えすちゃんの鋭さに感心しながら、私は攻撃を捌く。捌きながら、小さく呟く。

 私は大概の事が分かる。戦闘で言うなら、攻撃の性質も、相手の重心や狙う先も、全部読める。でも、だからって無敵な訳じゃないんだよね。だって、『読める』と『対処出来る』はイコールじゃないから。読めたって高威力過ぎる攻撃は防げないし、広範囲過ぎる攻撃は避けられないし、私の理解や思考が及ばない攻撃は『訳の分からない何かをされる』って認識にしかならない、っていうか出来ない。皆だって、ここを攻撃するよ、って言われたら避けるのは簡単かもしれないけど、それがひっきりなしに続いたら、疲労とか集中力とか体勢とかの問題で、いつかは対処し切れなくなるよね?私だって、それは同じ。だから私の能力はただ、分かるだけ。…まぁ、それだけでも凄いアドバンテージだけど、ね。

 そんな訳で、広範囲且つ威力もそれなりにある…というか、高威力のものとそうじゃないものを混ぜる事で連射性もある程度確保してるえすちゃんの攻撃は、正直厄介。今のところ対処出来てるし、えすちゃんだって今のペースで攻撃し続けるのは大変だろうと思うけど…根比べも、出来れば避けたい。

 

「…ふぅ、やっぱりまだこっちの方が有効みたいね。けどこれだけで押し切れる気もしないし、どうしようかしら」

 

…と、思っていたらえすちゃんは面制圧攻撃を止める。それは丁度、投げた大剣が落ちてきたタイミングで…キャッチしながら、えすちゃんの着地。私も降りる事を選んで、私達はお互いに構え直す。

 まだ私は余裕。えすちゃんも、まだ余裕。どっちもここまでは小手調べってところで、探り合いの段階。

 

(距離を開けられると、どーしても向こうがちょっと有利になっちゃうんだよね。でもえすちゃん、近接戦も好きみたいだし、ここは誘って……)

「茜、この辺りにしておこう。もう大方の事は分かった」

「あ、そう?そっか、もうかぁ……」

 

 次の手を考える中、聞こえてきたのはえー君の声。スピーカー状態にした携帯端末からの、えー君の言葉。それを聞いた私は一瞬考えて…それから構えを解く。

 

「えすちゃん、ごめんね。今回のしょーぶは、お流れにさせてもらうよ!」

「お流れ?…って、ちょっと!?」

 

 軽く笑って肩を竦めた後、私は魔力弾をえすちゃんの足元に一発放って反転。回避してる間に全力で離脱しつつ、背後へ魔力の壁を適当に作って障害物に。雑に配置してるから、効果はちょっぴりしかないと思うけど…それで十分。多分、えすちゃんは即追い付ける状況じゃないなら追ってこないだろうし……ん、やっぱり追ってこなかった。

 

「お疲れ、茜。話には聞いていたが、思った以上に接近戦の割合が多いな。それでいて遠近の切り替えタイミングも的確で、冷静に戦闘を組み立てている。であれば、強いと言って差し支えないだろう」

「…でも、えー君的にはむしろやり易い相手でしょ?」

「…まあ、な」

 

 暫く飛んだ先、私が着地したのはえー君が戦いを観測していた場所。私が装備を解きながら聞けば、えー君は一拍置いてから頷く。まぁ、やり易いのと勝てるかどうかはまた別なんだけどね。特にえすちゃんとディールちゃんの場合、決着が付く前にえー君の心が折れそうだし…。

 

「…っていうか、えー君どこで事前情報を得たの?あ、ボーイズトーク?夜に男の子同士で色々情報交換してたの?」

「俺はもう少年なんて歳じゃないんだが…。…普通にイリゼから聞いただけだ。皆の事を知りたいと言ったら、ぺらぺら話してくれたよ」

「あー、うん。ぜーちゃんなら言うよね…後、言い方が悪役のそれになってるよー、えー君…」

 

 多分、純粋にぜーちゃんは「えー君が周りと交友を深めようとしている」と捉えて言ったんだと思う。何なら友達の事を話せて嬉しい、みたいな雰囲気だったんじゃないかな。

 

「あー、まあでも今のところ、言い方以前にやってる事が悪役のそれだったね」

「…茜、何か怒ってるか?」

「怒ってるっていうか…不満なんだよ、ふ・ま・ん。そりゃえー君のプランは分かるし、えー君のお願いなら即断即決即実行の一択だけど、それはそれとして、毎回『燃えてきたね、ここからペース上げていくよ!』…ってタイミングで撤退させられてたら、あかねぇ欲求不満になっちゃうよ?この辺りで解消させてくれないと、その内爆ぜちゃうよ?」

「欲求不満って…そんなバトルジャンキーだったか…?」

「バトルジャンキーじゃなくてもなるよ!焦らし?焦らしなの?そういう事なの?」

「違う違う焦らしじゃない…一応別方向の情報収集もしておいて正解だったな…」

 

 ちょっと不満をぶつけてみると、何やらえー君は気になる発言を返してくれる。うんうん、やっぱり不満は口にするべきだね。後、今のやり取りはゆーちゃんには見せられないかなぁ…。

 

「何か見つけたの?」

「これだ。パンチングマシンならぬ、斬撃の威力を図るスラッシュチャレンジ…とか言うらしい」

「へぇ、確かにこれは面白そうだね。えー君もやる?」

「いや、俺はいい。一発の威力を計測するタイプなら、茜に勝ち目はないしな」

 

 そんなやり取りを交わしながら、私は内容を確認。どうもスコアによって景品…得られるポイントが変わるらしくて、一回ごとの費用より多くのポイントが得られるなら、体力の続く限り稼ぐ事が出来る…んだと思ったけど、一日(仮想空間の中での、だよ?)で出来る回数は限られてるみたい。まあでも、それはそうだよね。

 

「よーし、それじゃあベストスコア更新しちゃうよー!」

「この仮想空間が今回の件の為に形成されたものなら、そもそもベストスコアどころか、これまでのスコア自体存在しているかどうか分からないけどな」

「そーゆー事は気にしなくていいの、気分なんだから」

 

 相変わらず冷めてるえー君に軽く返した後、私はその施設へ向けて出発。えー君は別行動をするみたいだけど…まぁ、いっか。何かあれば、連絡してくれるだろうし。

 

「えーっと…ここだね」

 

 街中に戻った私は、急がず歩いて移動し、施設の前に到着する。ぱっと見普通のお店っぽいけど、場所はここで間違いない筈。そう思いながら、私は歩みを進めて……

 

「へー、ここがその場所なのね。じゃあ早速……あっ」

「あっ」

 

…えすちゃんに、再会した。施設の前、入ろうとした瞬間に…ばったり再会した。

 

「あれ、あ…こんにちは、茜さん」

「こんにちは」

「う、うん…こんにちは、ディールちゃん、すーちゃん…(わー、これは気不味い…気不味いというか、さっきの事追求されたら困る…)」

 

 こんな形で、しかもすぐにまた会うなんて…と、一緒にいた二人に挨拶を返しながらも内心で私はちょっと焦る。私が威力偵察をして、それをえー君が観測してました…なんて言えないし…。

 

「ここにいるって事は…茜もわたしと同じ事をしに来たのかしら?」

「あははー、まあそんなところかな…」

「ふーん。…で、さっきのあれは何だったの?」

「…気になる?」

「むしろ気にならないと思う?自分から仕掛けてきて、お互いまだまだやれる状況なのに退くなんて、何か意図がありますって言ってるようなものでしょ?」

「だよね…えと……あっ!あんな所に……」

 

 やっぱり訊いてくるえすちゃんに、ご尤もな返しに追い詰められる私。うぅ、しまった…最初はもうちょっと誤魔化しながら退いてたけど、何人もそれを繰り返してたから、今思うとえすちゃんの時なんてかなり誤魔化しをおざなりにしちゃってた気がする…。

…なんて後悔しても、もう今はどうにもならない。だから、ピンチの私は思わず適当な方向を見て……

 

「…ぜーちゃん!?」

「ふぇ?茜…に、ディールちゃんエストちゃんイリスちゃん?」

 

 なんと、ぜーちゃんを発見した。私の見た方向にあった、十字路、そこから普通にぜーちゃんが出てきた。…び、びっくりしたぁ……。

 

「イリゼ。イリゼは今、何をしている?」

「私はギルドに行くところだったんだけど…もしかして、この近くで何か大会でもあるの?」

「じ、実はそうなんだ!そうだ、ぜーちゃんもどう?これは勝負だけど、友達同士で皆で色々やるのも楽しいでしょ?」

「それは…うん、同感だよ茜。だから…内容にもよるけど、私も一緒にやらせてほしいな」

 

 さらっと始まったすーちゃんとぜーちゃんの会話で「いける、この流れならいける!」と感じた私は、便乗&誘導。期待通りの反応をしてくれたぜーちゃんを、そのまま私は店舗の中に連れていって…うんまぁ、その間感じはしたよね。えすちゃんの、じとーっとした視線は。

 

「あ、中はこうなってるんだ」

「思ったより広いですね…」

 

 外から見たら、ただのお店。でも入ってみたら、中にあったのは外観よりどう見ても広い空間。ここは仮想空間…つまりはデータの世界だから、現実と違って中がよく分からない場所も結構あるんだよね。分からないっていうか、見えても理解出来ないっていうか…。

 

「あそこでエントリーして、あっちでやる訳ね。…んー、折角だし勝負にしない?」

『勝負?』

「何回かやって、一番良いスコアを出した人がポイント総取り、みたいなルールでやるのはどう?って話よ。嫌なら個人個人で普通にやっても良いけどね」

 

 けど、こっちの方が面白そうでしょ?そんな風に、小さく笑って見せるえすちゃん。その言葉に、私はぜーちゃんと顔を見合わせて…頷く。

 

「いーよ。さっきは半端なところで中断させちゃったし、ここでその続きを…なんて、ね」

「幾らエストちゃんが接近戦もやるって言ったって、斬撃なら私や茜の方が間違いなく上手。その上で勝負を申し込まれたのなら…女神として、蹴る訳にはいかないね」

「…蹴る?イリゼ、駄目。エストを蹴ったら、イリス怒る」

「へっ?あ、今のはそういう意味じゃなくて……」

 

 自信を帯びた笑みで返すぜーちゃんだったけど、イリスちゃんの勘違いで途端にその表情は崩れてしまう。そんなぜーちゃんを見て、ディールちゃんとえすちゃんはくすくす笑い合っていて…いやぁ、なんだかほっこりしちゃうね。

 でも、ベストスコア更新っていうスタンスは変えないよ?ポイントもそうだけど…私はここで、不完全燃焼分をきっちり燃やし尽くすつもりなんだからっ!

 

 

 

 

 街の中にいる人達…NPCって言えば良いのかな?…の会話は、近くにいると聞こえてくる。それはまあ、現実と同じで…聞こえてくる会話の中には、大会の情報だったり、知っておくと便利な知識だったりするものも多くて、スラッシュチャレンジを知ったのもそういう人達からの情報。…まあ時々、「そんな会話わざわざする…?」みたいなやり取りの事もあるけど…それは仕方ないよね。わたし達に教える為の演出みたいなものだろうし。

 で、その店舗に行って、そこで茜さん、イリゼさんと遭遇したわたし達は、エスちゃんの思い付きで勝負をする事になった。けど別に、驚きはない。だって、エスちゃんらしい提案だったから。

 

「それじゃあ確認だよ?順番に、一人一回ずつチャレンジをして、それを三周したところで一番良いスコアを出せた人が、ポイント総取り…これで問題ないね?」

「分かった。でも、イリスは見学する。よく見て斬撃を学びたい」

「そう言われちゃったら、恥ずかしい事は出来ないよね。私はそれでだいじょーぶだよ」

「これって、もし最高スコアが同点だった場合はどうするの?」

「その場合は…どうしよっか。同点の人同士でもう一回ずつやって、勝敗を決めるとか?」

 

 それで良いんじゃないかな、と思ったわたしはイリゼさんの言葉に首肯。エスちゃんや茜さんもそれに頷いて、訊いたルナさんは「それも同点だったら…って、流石にそれはないよね…」と苦笑いをして……

 

『って、ルナ(さん・ちゃん)!?』

「え?あ、うん。ルナだよ」

『い、いつの間に……』

「いつの間にも何も、さっきからいたよね…?私から声掛けたし、勝負に誘ってくれたのは皆だよね…?」

 

……自然に、それはもう自然に会話へ参加していた、この場にいたルナさんに仰天した。…言われてみれば確かに、さっきからいたんだっけ…でも、物語的には今さっき登場したばかりだし…。

 

「…ディールちゃん、私が言うのもアレだけど、もうかなり信次元に毒されちゃってるね…。…いや、毒されてるって表現も信次元の女神的には避けたいところだけど……」

「うぅ、酷い…さっきまで普通に話してたのに、いきなり『急に現れた』みたいな反応するなんて……」

「めげちゃ駄目よ、ルナ。ここは動じず、『\ここにいるぞ!/』って返さなくっちゃ」

「えぇ…?それなんか、殺伐とした展開にならない…?」

「ここにいる…あなたは、そこにいますか?」

『イリスちゃん!?』

 

 冗談でエスちゃんがルナさんを困惑させる中、不意にイリスが言った言葉に、わたし達は揃ってぎょっとする。イリスちゃんが無表情なのは普段の通りなんだけど…今は恐ろしさが凄い。物凄い。な、何か変なの受信してない…!?

 

「……?まだやらないの?」

「あ、う、うん…やろうか。じゃ、順番は……」

 

 小首を傾げていたイリスちゃんに問われる形で、脱線していた話が進む。当たり前だけど、皆経験なんてない訳だから、最初にやる人は何も参考にするものがないままやらなくちゃいけない。だから三回チャンスがあるとはいえ、最初の人はちょっと不利で…そんな一番手になったのは、茜さん。

 

「一番最初は私…何にも分からない状態だけど、全力でやれば間違いないよね。…あれ?」

「茜さん、どうかしましたか?」

「いや、見えない壁…みたいなのがあって、ここから進めないっていうか……あ、でも見えるよ?私的には見えるんだけど、とにかく進めなくて…」

「や、ややこしいね…いや、茜の言ってる事は分かるんだけど…。…けど、斬撃のチャレンジなのに、マシンに近付けないなんて、どういう事なんだろう……」

「んー……あっ、もしかして斬撃は斬撃でも、遠距離からの…って事じゃない?」

 

 うーん、とルナさんが考え込む中、同じように考えていたエスちゃんが、閃いたように言う。言われてみると確かに、チャレンジの機械はボウリングのレーンみたいな作りになっていて、遠くから飛ばして斬る…っていうのもしっかりくる。

 という訳で、茜さんはその場で大剣を構えて離れた的をじっと見つめる。それからゆっくりと振り上げて……振り抜く。

 

「はぁぁぁぁッ!」

 

 覇気の籠った声と共に、振るわれた大剣。その軌道が実体を持ったみたいに、紅い斬撃が大剣から放たれて……的を両断。綺麗に、気持ち良い位にすぱっと斬れた光景に、わたし達は「おぉー」と揃って拍手をし…茜さんが照れる中、斬れた的の上にスコアが出る。

 

「12062…うーん、えー君の言った通りこれまでのスコアが何にもないから、これが凄いのか凄くないのか分からないや…けどきっと、良い記録だよね」

「うん、きっとそうだよ。というか、今のを下手だと計測したなら、システム修正が必要だね」

「うぅ、あかねぇはちょっと遠回しにべた褒めしてくれるぜーちゃんの気持ちが嬉しいよ…!」

「あはは…でも私も、今のは凄かったって思います。…参考にしたいけど…出来るかな…」

 

 ぶんぶん、とイリゼさんの手を握って振る茜さんに、わたし達は苦笑い。ただまあ実際、上手かった。上手いのは間違いなくて…二番手のルナさんは、そんな茜さんの次って事もあってか、少し緊張している様子。

 

「大丈夫よ、ルナ。さっきおねーさんはああ言ったけど、こういうのって必ずしも上手さがスコアに直結する訳じゃないもの」

「…そうなの?」

「えぇ。ほら、パンチングマシンってあるでしょ?あれも衝撃…つまりは威力を計測してるタイプと、的が倒れる速度でスコアを出してるタイプがあるのよ。で、前者は実力が結果に直結するけど、後者の場合は威力じゃなくて速度を見ている訳だから、重くて強いパンチより、雑でも速さはあるパンチの方がハイスコアになったりするのよね」

「んーと…えすちゃんの言ってるそれって、カラオケでその歌の歌手が歌っても、100点を取れなかったりするのと同じ感じ?」

「あー…まぁ、本来求められるものとは違う『コツ』があるって意味じゃ近いかもね」

 

 ちょっぴり表情が硬いルナさんに、エスちゃんがアドバイス。絶対そうだって話ではないけど…もしエスちゃんの言う通りなら、これにもコツがあるのかもしれない。…それを数回で見抜くのも大変な気はするけど、それはそれ、これはこれ。気持ちの問題だよね。

 

「そっか…そうだよね、総合得点じゃなくて、三回の内で出せた一番良い点で勝負するんだもんね…それなら…!」

 

 一回目はコツを見つける、コツへの手掛かりを探る為に使っても良い。そんな雰囲気を言葉から醸したルナさんは、茜さんと入れ替わる形で前に出て、小さく深呼吸。そこから一振りの剣…月光剣(ムーンライトグラディウス)を上段に持ち上げて、一閃。

 

「てぇいッ!」

 

 放たれたのは、三日月を思わせる黄色の斬撃。茜さんの時と同じように、斬撃は新しく出てきていた的を真っ二つにして…スコアが出る。

 

「10016…何とか1万は超えたけど、うーん……」

「ええっと…だ、大丈夫だよルナ!まだ二回残ってるし、勝負はここから……」

「…茜さんと、2000位しか変わらない…これは結構光栄な事じゃ…?だってほら、あの茜さんとだし…!」

「…ルナが思ったより前向きで、私は安心したよ…」

「あの茜さん…あはは、そう言われると何だか照れ臭いね」

 

 少し差のあるスコアに、ルナさんは気落ち…していたかと思いきや、実際には何やら嬉しそうな様子。逆に励まそうとしていたイリゼさんは、何とも言えない表情になっていて…それにわたしとエスちゃんは苦笑い。

 

「じゃ、次はわたしねー。…ふーむ……」

「エスト、どうかした?」

「や、ほら、さっきパンチングマシンの例えを出したでしょ?あれから考えてたんだけど、これが何を計測してるのか考えてたのよ。斬撃の破壊力か、速度か、それとも斬れ味か…それによって、使う魔法も変わってくるしね」

 

 立てた右手の人差し指をくるくると軽く回しながら、イリスちゃんの声に応えるエスちゃん。あー、とわたし達も反応し、何を計測してるんだろうと考えるけど…まぁ、分からない。

 

「ま、それを見抜けるかどうかも含めて勝負よね。けど皆にプレッシャーもかけておきたいし……」

 

 考えるのを止めて前に出たエスちゃんは、茜さんの物とは違う形の大剣を持って床を踏み締める。さっきまでは軽く笑っていた表情が引き締まって、大剣を脇構えで持つと少しだけ前傾姿勢を取る。…ところで脇構えって、名前のイメージとは違って実際には腰の辺りで構えるんだよね。…腋じゃなくて脇だから、って言ったらそれまでだけど。

 

「ふー…せぇいッ!」

 

 静かに息を吐き、一歩前に踏み込んだエスちゃんの、斜め上へ斬り上げる一撃。先の二人とは少し違う、衝撃波の様な淡い赤の斬撃は的へと勢い良く伸びていって…破壊。二つに裂かれた切り口は、茜さんやルナさんの斬撃よりは荒い感じだけど、的の損傷はエスちゃんの方が上で……すぐにスコアも表示される。

 

「結果は…11430…むー、あんまり伸びなかったっていうか…正直微妙ね…。もっと低ければ今のやり方じゃ駄目だったんだって分かるのに、これだとどっちとも言えないじゃない……」

「…ディール、エストも茜も、大きい剣を使っている。どっちも凄かった。どっちも的が簡単に壊れた。なのにどうして、点数が632も違う?上と下の違い?」

「え?…うーん、と…なんでだろうね。ぱっと見じゃ分からない何かを、計測しているから…かも?」

「…ディールにも分からない?そんな事があるの?」

「あはは、あるよ。わたしはイリスちゃんより、ちょっとは色んな事を知ってるけど、わたしだって知らない事、分からない事は沢山あるし…わたしが知らなくて、イリスちゃんが知っている事も、あると思うな」

「…そう。なら、イリスが知っててディールが知らない事は、イリスが教えてあげる。そうすればイリスもディールも、もっと賢くなれる」

 

 お互い賢くなれればとてもお得。そう言うように、イリスちゃんは得意げな顔をした…ような、気がした。実際には全く変わらない表情なんだけど、それでもそんな気が、わたしはした。

 

「さて、やっと私の番だね。三人の結果を元に最適な一撃を…と、言いたいところだけど……」

「何が最適か分からない、とか…?」

「まぁ、正直言うと…ね。さっきエストちゃんも少し言ってたけど、点数に極端な開きがない分、三人の内容を比較するのも難しいし」

 

 その言葉と共に、イリゼさんも攻撃を放つ為の位置へ。イリゼさんが手にしているのは、いつも使っているのとはまた別っぽい…多分シェアエナジーで精製したバスタードソードで……って、あれ?

 

「そういえば、イリゼさんって斬撃を飛ばすような事出来ましたっけ…?」

「出来るかって言われれば、多分出来ると思う…けど、やった事はないね。だから……」

 

 これまでの三人とは違う構えを見せるイリゼさん。腕を曲げて、半身になった状態で的を見据えると、そこから更に手首を捻る事でバスタードソードの角度を変えて…右手を、横に振り出す。

 

「ふ……ッ!」

 

 小さく息を吐くような声と共に、バスタードソードは投げ放たれる。真っ直ぐに、一直線に的へと飛来して…直撃。突き刺さるどころか貫通して、鍔の辺りまで深々と貫いて…ワンテンポ遅れて的も倒れる。

…でも、スコアは出てこない。これまでは当たった後すぐに出ていた表示が、何故か出なくて…数秒後、やっと出たと思ったら、表示されていたのはこれまでとは違うマークと文面。

 

「…バツ?え、やり直して下さい…?」

 

 どういう訳か、エラー扱いになったイリゼさんの一発目。小首を傾げながらも、イリゼさんはもう一度投げて…けれどやっぱり、結果はエラーになってしまう。

 

「おかしいなぁ…機材に何か不具合が起きてるとか…?」

「茜、茜ならそういうのも分かったりしない?」

「んー、と…そんな感じはないけど、自信もないなぁ。確かにプログラムは見えてるけど、プログラムが正常かどうかは、プログラミングの知識がないと判別出来ないし」

「ま、一応ネプギアに状態を伝えたら?時間の流れが違うって言っても、連絡不可能とかではないんでしょ?」

 

 エスちゃんの言葉に頷いて、イリゼさんはメッセージをネプギアちゃんへと送った様子。となると次の問題は、待っている間どうしようって事で…そこでふと、イリスちゃんが声を上げた。

 

「…投げるのは、有りなの?」

『え?』

 

 多分、深い意味や意図はない、単なる質問。別にいいんじゃないかな?…わたしはそう思ったし、皆も目をぱちくりさせたり顔を見合わせてたりして……

 

「…いや、でも…まさか……」

 

 けれど、そうなのかもしれない。ぽつりと呟いたのはイリゼさんで…わたしも、多分皆も、同じ事を考えていた。

 先の三人は斬撃を飛ばしていて、イリゼさんだけが斬撃ではなく剣の投擲を行った。そしてエラーになったのは、イリゼさんだけ。ならもしかしたら、もしかするのかもしれない。

 

「けど、どうしよう…やった事ないし、やるってなったら多分女神化する必要あるし…でも女神化してやるのは、ちょっとズルい気がするし……」

「え、じゃあおねーさん、まさかの棄権?んもう、剣からビーム位出せなきゃ駄目よ。斬撃はビームじゃないけど」

「いやそんな事言われても…ビームとか斬撃とか飛ばさなくても、武器そのものを射出する遠隔攻撃でこれまで事足りてた訳だし……」

 

 それは流石に理不尽だよ…とわたしがエスちゃんを見ると、エスちゃんは何でもない様子で軽く肩を竦める。…でも、単にイリゼさんを困らせたかっただけみたいじゃなくて、エスちゃんは何やらごそごそとしだす。

 

「もー、しょうがないおねーさんね。じゃあほら、でろでろでろでろでろでろでろでろ、でーん。おねーさん向けの魔導具〜」

「え、何それ…っていうか今の音違くない!?凄い呪われた感じの、セーブデータが消える感じの音じゃなかった!?」

「あ、おねーさん突っ込みの体でのボケフォローありがと」

「まぁ、音ネタは活字だと分かり辛いからね…って別に突っ込みの体取った訳じゃないよ…!?普通に突っ込まずにはいられなかっただけだからね…!?」

「えと…それで、その魔導具っていうのは……」

「今言った通り、おねーさん向けの魔導具よ。分かり易く言えば、魔力の代わりにシェアエナジーを注ぐ事で魔法が発動するアイテム…ってところね」

 

 取り出された小さな石を気になる様子で見るルナさんに、エスちゃんが説明。

 因みにその石は、三人で鉱石採取をしていた時に見つけたもの。何かに使えそう、面白そうって事で、エスちゃんが拾ってたんだけど…魔道具に加工してたんだ…。

 

「これにシェアエナジーを経由させて刃物を作れば、魔法の斬撃が放てる武器になる筈よ。おねーさんが武器精製する時の細かい原理とか工程はよく知らないから、上手くいくかどうかまでは分からないけどね」

「そっか…試しても良い?」

 

 受け取ったイリゼさんに、エスちゃんは首肯。石を掌に乗せると、暫くイリゼさんは見つめていて、その後は何度か手をぐーぱーさせて…そこから更に十数秒したところで、ふっと現れる一本の剣。その剣から感じるのは…魔法の力。

 

「あ、ぜーちゃん出来た感じ?それを振れば飛ぶ斬撃が出せるのかな?」

「上手く出来ていれば、ね。…けど、エストちゃんいいの?魔導具って事は、道端で拾ったとかじゃないんでしょ?」

「いーの。試しに作ってみただけだし、わたしやディーちゃんにとってはあっても使いどころがない物だし。それにおねーさんが棄権になった場合、参加者が減って総取りになるポイントの量も減っちゃうでしょ?」

「エストちゃん…そういう事なら、ありがたく使わせてもらおうかな」

 

 にやり、と笑って言うエスちゃんに、イリゼさんも小さな…楽しげな笑みを返す。今のは試しの一本だったって事なのか、イリゼさんは剣を消しつつ的がある方へと戻っていって…けど再精製をする前に、立ち止まって振り返る。

 

「…ところで、これって一応…じゃなくて、ちゃんとした魔法になるんだよね?なら、技の名前が必要だったり…?」

「必要ないのでは?わたし達だって別に、全部の魔法で常に技名を言っている訳じゃないですし」

「でも折角だし、何か言ってみてもいいのかも?フラガッハとか」

「いやそれ技名っていうか武器の名前じゃん…しかも偽物疑惑がある方だし……けど、うん…やっぱある方が良いよね、折角の魔法だもんね…」

 

 茜さんの肯定を受けて、イリゼさんはぶつぶつと呟き始める。それから意を決したみたいな顔をすると、今度こそ的の前に立って…武器を精製。

 でも、作ったのはバスタードソードではなく、何故か槍。え、どうして槍?というわたし達の視線に気付かないのか、集中した面持ちのイリゼさんは両手で持った槍を振り上げて……

 

「イリボルグッ!」

『イリボルグ!?』

 

……謎の掛け声(技名…?)と共に、槍を振り抜いた。い、イリボルグって…自分の名前付けたんですか…?

 

「お、おぉぉ…!出来たっ、ほんとに魔法の斬撃が出たよ皆っ!」

「え?あ、うん…や、やけにテンション高いね、イリゼ……」

「だって、これ私にとっては初めての魔法だもん!これまでは全くもって使えなかったんだもん!」

「あ、そうだったの?…そんなに喜んでくれるなら、あげた甲斐がある…ってえぇっ!?」

「エスちゃん…?」

 

 はしゃぐイリゼさんに柔らかな笑みを浮かべたエスちゃん…だったけど、次の瞬間エスちゃんは仰天。なんだと思ってわたしがエスちゃんを、エスちゃんの見ている方向を見ると、そこには斬り裂かれた的と、今度はちゃんと出てきたスコアがあって…わたしも、驚いた。24220という、飛び抜けたその点数に。

 

「おお…イリゼ、凄い。凄く高い点数」

「う、うん…流石はイリゼだね!よっ、女神様!」

「あ、ありがとう二人共…けどまさか、こんな高得点が出るとは……」

 

 これにはイリゼさん自身も驚きみたいで、半ば困惑したように頬を掻く。そしてその時には…というか、斬撃を放った時点で精製した槍は消えていた。多分だけど、槍から斬撃を放ったっていうより、魔導具を経由して精製された槍のシェアエナジーが、斬撃に変換された事で消えたんだと思う。

 ともかくこれで、イリゼさんがトップになった。ルナさんはそれを、楽しそうに讃えていて、イリゼさんも嬉しそうな様子。けどやっぱりというか、エスちゃんはむむ…っとしていて、茜さんは苦笑気味。

 

「おねーさんの事だから、高得点は出すと思ってたけど…これじゃ敵に塩っていうか、高級岩塩を送っちゃった形だわ……」

「実際に送ったのは魔導具の石だけどねぇ。…手を抜いた訳じゃない一発目で一万二千と少しだった訳だから、これは全力を出さないと勝てないや……」

 

 予想外だなぁ、と言うようだった苦笑から、真剣な表情に変わった茜さんは二度目に入るべくまた的の前へ。雰囲気から感じるのは、茜さんの本気さで…皆が見つめる中での、二回目の斬撃。一度目と同じ様に、紅い斬撃は的を両断して…けれどスコアは、12038。

 

「うぇ?さっきより力を込めたのに、上がるどころかちょっぴり落ちるなんて…どういう事かにゃぁ……」

「あ、今の可愛い」

「うん、今の可愛い」

「…実はわたしも、ちょっとそう思ったり…」

「え、そう?それはまぁ、悪い気はしないかなー!…っていやいや、そうじゃなくて……」

 

 脱力気味に出てきた「にゃぁ」に、イリゼさんとルナさんが続けて反応。わたしも小声で同感すると、茜さんは一回笑って…でもその後、手を横に振ってから落ちた理由を考え始める。

 

「…っと、次は私の番か…よーし、今度こそ……!」

 

 次はルナさんの番。エスちゃんや茜さんと違ってイリゼさんへの対抗心を燃やしている訳じゃないみたいだけど、それはそれとしてやる気を漲らせるルナさんは、さっきとは違う体勢で剣を構える。

 縦ではなく横の、薙ぎ払うような黄色の斬撃。月明かりのような輝きを持つ三日月型の斬撃は、的のやや上部分を斬って…出てきたスコアに各々注目。

 

「10994…やった、さっきより結構上がった!…けど、まだ私が最下位かぁ……」

「一回目より力が入ってたっぽい茜の成績が若干落ちて、逆に真ん中からはちょっとズレたルナの成績はむしろ上がってる…むー、ほんとに何をどう判定してるのかよく分からないわね…。全力を尽くすしかない、って事かしら……」

 

 暫く考え込んでから、的の前に立つエスちゃん。一番イリゼさんへの対抗心を抱いているのがエスちゃんで、もうその目付きは完全に臨戦体勢。流石にイリゼさんに斬り掛かる事はないだろうけど…斬撃に力を込め過ぎて、何か機材の方に不具合を発生させたりしないか、それだけがちょっと不安だったり…。

 と、そんな事をわたしが思う中での、エスちゃんの二度目。力強い、でも力任せではない斬撃が、淡い赤の魔力が二度目もきっちり的を裂いて…でもその結果に、エスちゃんが浮かべたのは不満顔だった。

 

「ぐぬぬ…ちょっと上がったけど、11656じゃ話にならないじゃない…何?わたしとおねーさんで、何がそこまで違うっていうの…?」

「えっと…エスちゃん、これは実戦じゃないんだし、そこまで深刻に考えなくても……」

「だとしても、勝負は勝負でしょ?自分で言い出して、自分で納得もしてるルールで惨敗なんて…そんなの絶対悔しいじゃない…」

「それは…その通り、だけど……」

 

 少し落ち着いた方が…と思って声を掛けたわたしだけど、エスちゃんからの返答で逆に言葉に詰まる。

 確かにそれはそう。本気で、真剣に勝負をしてるなら、負けるのは悔しいし、惨敗になるとしたら尚更そう。…参ったな…本気だからこそ悔しいし勝ちたいって事なら、凄く真っ当な感情だし応援する事以外わたしも出来ない…。

 

「…ごめん、ディーちゃん…ちょっと熱くなってたわ…」

「ううん、それは別にいいよ。…まだ後一回あるんだし、焦らないで。ね?」

「…えぇ、分かってるわ。最後に逆転すればそれで勝利…元からそういうルールだもの」

 

 ただでも、声を掛けた意味はあったみたいで、少しエスちゃんの顔にも余裕が戻る。…けど、それはそれとしてまだまだエスちゃんは思案顔。ついでに次の番になるイリゼさんの動きもしっかり観察する様子だった。

 

「ふふ…これをくれたエスちゃんには感謝しかないけど、それと勝負とは別問題。このままトップを独走させてもらうよッ!」

 

 新しく作った、二本目の槍を構えたイリゼさんは、暫定トップって事もあるみたいで、余裕綽々のまま槍を振り抜く。声音は余裕って感じだけど、動きはしっかりしていて、そこはやっぱり真剣な動き。そうして白い斬撃が的を捉えて……

 

『……え?』

 

……数秒後、出てきたスコアに皆目が丸くなった。…8888という、これまた予想外な二度目のスコアに。

 

「…全部、8…あ、ある意味凄い…!」

「た、確かにこれはこれで、狙ってやれる事じゃないけど……え、四桁…?さっきの半分すら大きく下回るって…ど、どういう事…?」

「…どういう事?」

「いやそんな、二人してわたしに訊かれても……」

 

 今ルナさんが言った通り、これもある意味では凄い。だけど当然、望まれるようなスコアではなくて…混乱しているのか、イリゼさんはわたしに理由を求めてきた。ついでにイリスちゃんも訊いてきた。

 

「これは思わぬ失速ね…いやでも、勝つ為には超えなきゃいけないスコアは変わってないって考えると…すぅ、はぁ……」

「えすちゃん?…いや、私も人の事気にしていられる状況じゃないか…私だって、勝ちを目指してるんだから」

 

 精神集中の為か目を閉じたエスちゃんと、三回目…最後のチャレンジに向かう茜さん。悔いのない結果を出す、勝利を目指す…雰囲気こそ違うけど、きっと二人の思いは同じで、それはルナさんもそう。二人程の熱量は感じないけど、ベストを尽くそうとしているのは、わたしにも分かる。

 

(…皆、頑張って)

 

 心の中で呟くのは、そんな皆へ向けたエール。勿論誰を一番応援するかって言ったら、エスちゃんになるけど…茜さんやルナさんだって、暫定トップのイリゼさんだって、わたしは応援したい。…友達、だから。

 そして、最後となる三巡目。全員が全力の、全身全霊の斬撃を放ち、自分のベストを…この勝負に勝つ事を目指す。茜さんが、ルナさんが、エスちゃんが…最後はイリゼさんが放って、四人のターン、その全てが終わる。

 

「くぅっ、9586…一体どうして最初だけ……」

「だけど、一番高いのはイリゼの一回目だった。だから、イリゼが勝利」

「それはそう、なんだけど…なんかこう、すっきりしないっていうか、まぐれで勝ったみたいだっていうか……」

 

 最後の一回は、イリゼさん以外全員が自己ベストを更新した。でも、イリゼさんの一回目…というか、二万台に乗るスコアは結局出なくて、勝負としてはイリゼさんの勝ち…って事になった。…んだけど、当のイリゼさん自身が、あまりこの結果には納得していない様子。

 

「…けど、ほんと不思議だよね。どうして一回目だけ、あんなに凄かったんだろう…」

「それか、二回目三回目はどうして下がっちゃったのかだけど…多分、一回目に何か理由があるんだろうねぇ。…悔しいなぁ、こんなに大差付けられて負けちゃうなんて……」

「…おねーさんだけじゃなくて、茜にも勝てなかった…わたしもまだまだ、って事ね…」

「いやいや、長距離になったらえすちゃんの方がずっと強いんだし、それで近距離…っていうか、大剣の扱いまで負けちゃったら、私の立場がないって」

 

 結果は認めるけど、気持ちまでは飲み込めない。そんな様子のエスちゃんに、わたしはなんて声をかけようか迷う。別に声をかけなきゃいけない訳じゃないけど、声をかけないなんて事は……そう思っている中で、不意に横からかけられる声。

 

「…ディールは、やらないの?」

「ふぇ?わたし…?」

「あ、そういえば…ディールちゃんも、刀剣の扱いは出来たよね?」

「いや、まぁ…扱えなくはないですけど……」

 

 重ねて訊いてくるイリゼさんに、わたしは頬を掻きつつ答える。

 出来るかどうかで言えば出来る。でも、わたしが勝てるとは思わない。やる前から云々とかじゃなくて、剣の扱いはわたしの本分じゃない…ただ、そういう事。

 

「…そうよ、まだディーちゃんがいるじゃない…ディーちゃん、わたしの…わたしの無念を晴らして頂戴…!」

「無念って……え、本気で言ってる?」

「ううん、冗談半分よ。だって、自分の無念は自分で晴らしたいし。けどそれはそれとして、ディーちゃんがやるのも見てみたいって訳」

「イリスも見てみたい。ディールの、ちょっといいとこ見てみたい」

「イリスちゃん、それどういう場面の台詞か知ってる…?…まあ、でも…一回位は、やってみようかな……」

 

 やる気はなかった…けど、エスちゃんやイリスちゃんに見てみたいと言われたら、正直断り辛くて、わたしは一度だけやろうと決める。でも大方最下位、良くてイリゼさんの二回目以降より少し上位じゃないかな…。

 

「…あれ?ディールちゃん、それ新しい武器?」

「いえ、違いますよイリゼさん。色々あって前に使っていた物は今使えないので、今はこの空間で作った…というか、ある道具屋で協力を受けて制作したこれを使っているんです」

 

 そうイリゼさんに答えてから、わたしは仕込み杖に手を掛ける。的を見据えて、ゆっくりと深呼吸をする。

 多分勝てないけど、やるって決めた以上はちゃんとやりたい。四人が真剣にやった後で、わたしだけ適当にやるなんて、それはわたしも嫌だから。

 

(見てた限り、当たった位置はあんまり関係なさそうだった…だから当たりさえすれば良い。とにかく全力で、魔力を込められるだけ込めて……)

 

 これに制限時間はない。つまり、ゆっくりじっくり溜める時間があるって事で、わたしは杖に、そこに込める魔力に集中する。目を閉じて、溜めて、収束させて、更に溜めて……目を開く。的をしっかりと捉えて、杖の先を握り締めて……抜き、放つ…ッ!

 

「盤上の煌めき、牡丹…ッ!」

 

 振り抜いた仕込み杖…ううん、抜き放った刀の刀身から放つ、円状の斬撃。青白い光の刃となった魔力は、煌めきながら飛翔し…回りながら、高速での回転をしながら、捌く。綺麗に的を斬り飛ばす。

 

「…ふぅ、こんなもの…かな」

「チャクラムみたいに飛ぶ斬撃…今の格好良いね、ディールちゃん!名前の方も、何となくディールちゃんって感じだし!」

「え、ええっとそれは…ど、どうも…?」

 

 格好良いだけなら褒め言葉として受け取れるけど、そこから先はどう受け取ったものか。一息吐いたところでわたしは困惑し、それからスコア確認をしていなかった事を思い出す。でもまあ、そんなに期待はしていない。というか、取り敢えずこれかな、って技を使ってはみたけど、普通の斬撃とは(いや普通の斬撃は飛ばないけど)少し違う訳だから、もしかしてエラーになってたり……あ、しなかった。普通に32196点だった。わぁ、思ったより高い…これはちょっと嬉しい、ね。

 

…………。

 

………………。

 

……………………。

 

『32196点!?』

 

 点数を視認してから、そのスコアが意味する事を理解するまで約十秒。わたしは驚いた。皆も驚いた。嘘ぉ!?…って感じの声が、イリスちゃん以外の全員で完全にハモった。うん、いや…それは驚くよ!自分の事だけど、仰天するよ!さ、32196点って…何がどうしてこうなったの!?

 

「ぬ、抜かれた…私の最高スコアを、更に軽々超えられた……」

「す、凄い…凄いわディーちゃん!凄いじゃない!けど、どうして!?どうやったの!?どんなトリック!?」

「そ、そんなのわたしには分からないよ…!や、やっぱりこれエラーじゃない…?何か壊れた結果、変な点数が出たとかじゃないの…?(おろおろ)」

「まさかディールちゃんがこんなハイレベルの刀剣使いだったなんて…魔法の扱いも上手だし、サポートも凄いし、隙がないっていうのは正にこういう事を言うんだね…!」

「あぁっ、自分でも全然納得してない結果でわたしの評価が上がってる…!ま、待って下さいルナさん、これはほんと何かカラクリがあるんですって…!わたしにも分からない、何らかのカラクリが…!」

 

 自分でも分からないカラクリって何?…我ながらそう思うけど、そうとしか思えないんだから仕方ない。そして、何度確認してもエラーの表示は出ていない。出てないけど…これがちゃんとした結果だなんて、そっちの方が無理筋だって…!

 

「いや、でもほんと…これどういう事…?実はディーちゃんの方が上手かったって事なら、それはそれで認めるけど…幾ら何でもこんな、ここまでの差があるんだとしたら…流石にちょっと、自信なくなるわよ……」

「え、エスちゃん……」

「えーっと…そうだ、すーちゃんは何か分からない?ぜーちゃんのエラーの原因を見抜いたすーちゃんだったら、何か気付いてたりしない?」

「イリス?イリスは……」

 

 肩を落とす…いつもの雰囲気がまるでなくなるエスちゃんに、心が締め付けられる。でもそうなった原因は、他でもないわたしのスコアな訳で、わたしはなんて声をかけたらいいのか分からない。だからわたしも黙っちゃって…空気が重くなり始める中、茜さんがイリスちゃんへと振る。ちょっと無茶振り気味に振って、振られたイリスちゃんは少しの間考えて…おもむろに、言う。

 

「…イリゼの技の名前、格好良かった。でも、ディールの技の名前の方が、もっと格好良かった」

「あ、あー…うん、そうだね…それは私もさっき言ったし、名前って結構大事……って…」

 

『…名前……?』

 

 ゆっくりと、静かに顔を見合わせるわたし達。思い出す。思い返す。わたしは技名を口にした。イリゼさんも口にしていた。段違いのスコアを出したのはわたし達二人で、技名を言っている事が共通点で…イリゼさんに関して言えば、二回目以降は技名を言わずにやっていた。その結果、スコアはがくんと落ちていた。…まさか……。

 

「…た、試して…みる……?」

 

 ぽつり、と呟くように言ったルナさんの言葉に、わたし達は首肯。そして、試してみた結果……

 

 

……えぇはい、全員二万を余裕で超えました。色々考えたり、よく捻った技名を付けてみた時には、三万オーバーになったりもしました。少なくとも、技名が判定基準の内に入っている事は、間違いありませんでした。…えぇー……。

 

 

 

 

「『なんかこのチャレンジ、名前勝負みたいな感じだったよ!後、最後に一回だけやったディールちゃんがポイント総取りになっちゃった、残念…でも、楽しかったよ!』…か…名前勝負って、なんだそりゃ…何かバグってるんじゃないのか、それは……」

 

 茜から送られてきたメッセージの内容に、溜め息を吐く。別に名前勝負だろうがなんだろうが、どうだっていいが……最後の最後でそれが明らかになったとしたら、やってる側は脱力感が半端ないだろうな…。

…と、思ったところで俺は携帯端末を仕舞い、顔を上げる。それから……言い放つ。

 

「いい加減、出てきたらどうだ」

 

 側から見れば俺は、突然何を言っているんだ、と思われるのだろう。だが、これは意図あっての言葉。そして実際、俺が言った数秒後…背後に明確な気配が現れる。

 

「流石は影君。お見通しだったという訳だね」

「よく言う…気付かせる為に、わざと気配を消し切らなかったんだろう?」

「ふふ、それはどうだろう」

 

 振り向けば、そこにいたのは吸血鬼ズェピア・エルトナム。恐らく今回訪れた者の中で、最も腹の中が読めない……あ、いや、違う。それに関しては、イリスの方が読めないな…こっちは駆け引きを重ねれば読めるかもしれないが…イリスの方は何をしても読める気がしない…。

 

「…で、何用だ。俺の記憶が正しければ、ズェピアはルナとの行動を基本にしていた筈だが」

「ああ、けれど常に一緒にいる訳ではないよ。ルナ君には極力協力してあげたいところだけど、何も常に同行する事だけが協力ではないからね」

「そうか。ならさしずめ、嗅ぎ回る事に釘を刺しにでも来たか?」

「いいや、その逆だよ影君」

「逆?」

 

 今俺がいるのは、あるビルの屋上。ここは申し込み、応じられなければ直接対決の出来ないエリアだが…彼ならそのルールの穴を突いて、或いはルールを捻じ曲げて仕掛ける事も出来そうな気がする。故に警戒を解く事は出来ない。

 そう考える俺に対し、ズェピアは肩を竦めて軽く笑う。そう身構えないでくれと言うような雰囲気で、俺と正対し……閉じられたままの目で、されど俺に視線を感じさせながら、言う。

 

「私は一つ試してみたい事があるんだが、何分私だけでは些か心許なくてね。だから…手を組まないかい、影君。この勝負という舞台を、私達で更に盛り上げてみようじゃないか」

 

 一体、どこまでが本気なのか。全て嘘か、それとも実は本当により面白くしたいだけなのか。それを判断するには、あまりにも情報が少なく…だが今求められているのは、その言葉に対する真偽ではない。

 

(盛り上げる、ね…)

 

 目的や内容はともかく、彼は強敵である事は間違いない。強敵故に、手を組めるのならそれは大きな利になるかもしれないし、下手に応じれば足元を掬われるかもしれない。逆に、手を組む事で今は見えないズェピアの目論見が見えてくる可能性もある。

 現状では、全てが仮定。かもしれないの域を出ない。ならばこそ、目を向けるのは「今」ではなく、「これから」であり……返答を待つ彼に対し、俺はゆっくりと息を吐きながら答えるのだった。




今回のパロディ解説

・\ここにいるぞ!/
三国志に登場する人物(キャラ)の一人、馬岱の台詞の一つの事。流石に分かると思いますが、『\』と『/』は台詞ではなく、ネタとしての表現です。

・「〜〜あなたは、そこにいますか?」
蒼穹のファフナーシリーズにおける、代名詞的なフレーズの事。それとは別に、ファフナーの作中にも「ここにいるぞ」という台詞はありますね。

・「〜〜凄い呪われた〜〜感じの音じゃなかった!?」
ドラクエシリーズきおいて、ぼうけんのしょが消える際や呪われた装備をセットしてしまった際の音の事。これ、ほんと活字で表現すると分かり辛いですね。

・フラガッハ
千年戦争アイギスに登場するユニットの一人、シビラのネタの一つの事。イリボルグは異母妹であるパテルのゲイボルクを意識したものです。パテボルグ…的な感じです。


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第二十五話 やり方は人それぞれ

 仮想空間。ゲーム好きならきっと誰もが一度は想像する、そのゲームの中に入って『自分自身』としてプレイしてみたい、が実現するような…っていうか、実際ゲームっぽい部分もちょっとあったりする空間。そんなの面白そうに決まっていて、楽しみじゃない訳がなくて……けれど、自分は気付いた。気付いてしまった。ここには、違う楽しみ方もある事に。仮想空間だからこそ出来る、夢の様な体験に。

 

「んん〜♪非っ常においしー!」

 

 口の中で弾ける、濃厚な甘さ。外はぷるぷる、中はしっとりの上品な舌触りと、ひんやりさが生む爽快感。クリームにクッキーにさくらんぼ、それぞれと合わせて食べる事で、また違った美味しさを見せてくれるそれに…自分の大好物、キングオブスイーツとしてねぷ子さんが愛するプリンに、自分は思いっ切り舌鼓。

 そう、これだよこれ!ねぷ子さんは気付いちゃったんだよ…仮想空間で、美味しいものを食べる魅力に!何せここは、食べても太ったり、虫歯になったりはしないからね!少なくとも、現実の自分の身体には一切影響しないからね!好きなもの、美味しいものを、気兼ねなく食べられる…これがどんなに楽しく、嬉しい事か!

 

「…ネプテューヌさん、それ幾つ目ですか?」

「え?…んとね、わたしが初めてプリンを知ったのは今から……」

「そんな人生全体を振り返るレベルの質問はしてません…今日、ここで、幾つ注文したのか訊いたんです……」

「あんたは幾つプリンを食べたんだ、今日、ここで?」

「あー…はい、そうです。それでいいです…」

 

 プリンの美味しさと糖分で頭が冴えに冴えてる自分の、華麗なる連続ボケ。それにピィー子は気圧されちゃったみたいで……え、普段からこれ位普通にボケてる?んー、言われてみるとそうかも?後、美味しさはともかく糖分は得られてないね。だってここ、仮想空間だし。実際に食べてる訳じゃないし。

 

「んもうピィー子、折角スイーツ食べに来たんだから、もっと明るい顔しようよ。このプリンおいしーよ?」

「…ネプテューヌさん。確認ですけど、ネプテューヌさんは優勝を狙ってるんですよね?」

「それは勿論。勝負なら 優勝狙うの 普通でしょ」

「何故川柳に…まあそれはともかく、だったら無駄遣いは避けるべきでは?」

 

 釈然としない感じの顔で、ピィー子はそう言う。…まあ、言いたい事は分かるかなぁ…実際これを買うのには、稼いだポイントを使ってる訳だしね。

 

「うん、それは分かるよ。でもさ、ズェピアさんも言ってたじゃん。見届けさせてもらおう。世界を超えた友人として、君達のプレイングの行き着く先を…って」

「はい?…あ、あー…全然、何もかも関係ない、そして言ってもいない発言を唐突に入れてこないで下さい…最初、ほんとに何が何だか分からなかったんですから……」

「いやでも、金髪の吸血鬼って共通点はあるよね?…まあ冗談はさておき、形だけでも食事をするのとしないのとじゃ違うって言ってたじゃん?勝つ為に一生懸命になるのは良いけど、その為に徹底し過ぎたら、休息を取っててもその内疲れちゃうよ?」

「…まあ、ネプテューヌさん自身、分かった上で食べているなら良いですけど……」

「優勝に直結はしなくても、これは無駄遣いじゃないんだよ、うん。それに……ビッキィだって、ほら」

 

 この美味しいって感じる気持ちは、感じられた事は無駄なんかじゃないもんね。そう思いながら、自分はピィー子に言葉を返して…ここにいるもう一人へと、視線を向ける。

 

「はふぅ……♪」

「見てごらんよピィー子。苺アイスを食べて幸せそうにするビッキィの顔を」

「私はその顔よりも、積み上がったアイスの器の方が気になりますけどね…後でお腹壊しても知らな……うん?…仮想空間でも、お腹壊すって事はあるのかな…」

 

 ほんとビッキィは美味しそうに食べるよねぇ…と思いながら、更にプリンを食べる手を進める。そうして自分とビッキィは、心ゆくまでスイーツを堪能して、満足した思いでお店を出た。

 

「よーっし、元気満タンになったし、ここからまた頑張るよー!」

「ふふ…ネプテューヌさん気付きませんか?わたしとネプテューヌさんは同じ様に食べていましたが、一つ辺りの値段はこちらの方が安かった…つまり、今はわたしがちょっぴりリードしているんですよ」

「な、なにぃ…!?くっ、そこまで考えて食べてたなんて…!」

「いや、五十歩百歩でしょうに…というか何故、ネプテューヌさんは私達に同行を?」

「え、駄目?嫌だった?」

「い、嫌ではないですけど…」

「なら良いでしょ?二人も優勝を狙うなら、競う相手にもなるけど…それはそれ、これはこれ。協力も競い合いも、仲良くやれた方がきっと楽しいもん」

 

 競い合いって言ったって、元々これは遊びみたいなもの。なら楽しむのが、楽しめるのが一番だって思いながら自分が言えば、ピィー子は小さい声で「やっぱり、調子が狂う…」なんて言いながら、でもそんな嫌そうじゃない顔で頬を掻いていた。ふふ、ピィー子のこういう反応は可愛いよねぇ。…って言ったらピィー子拗ねちゃうかもだから、言わないけどさ。

 

「でさ、二人はこれからどうする予定だったの?」

「情報収集ですね」

「情報収集?ガンガン大会に出たりクエストしたりして稼いだりはしないの?」

「でもその結果、またポイントではなくカードとか手に入れてしまっても困るので…」

「あー…それはまぁ、うん……」

 

 ビッキィからの答えに首を傾げた自分だけど、実例…というか皆が経験した実体験をピィー子に出されて即納得。あれはあれで楽しかったし良いんだけど、毎回景品がポイント以外になっちゃうとかになったら…ねぇ。

 

「ただでもピーシェ様、そんなに罠みたいな大会やクエストがあったりするでしょうか。イリゼさんがそういう事する印象は、あんまりないのですが…。…あ、1300ポイント拾いました」

「確かにイリゼさん自身が考えていたり、チェックしていたりする場合は、ね。けれどもし、これが自動生成されているのだとしたら?」

「自動生成…入る度に作りが変わるダンジョン的な?…お、福引券ゲット〜」

「まあ、そんな感じです。もしもそうならチェックはされていないかされていても甘いでしょうし、情報収集をする事で、判別方法や傾向が分かってくるかもしれませんから。…後、全然関係ないですが私も福引券見つけました」

「そっかぁ、けど自動生成だったらそれはそれで何かわくわくするよね。何が出てくるか分からないって感じでさ。……あれ?これは…やった、わたしも道端でどら焼きはっけーん!」

『それは腐ってるのでは…?』

 

 自動生成…普通にゲームシステムであったりもするけど、なんか格好良い響きがあるよね。後多分、このどら焼きは腐ってない!自分はそういう事にしておきます!

 まあそんな訳で、自分達は街中を散策。大会や挑戦っぽいのを見つけてもすぐにやったりはせず、それがどんなものか調べたり、街で話を聞いたり(というか、立ち聞きしたり?)して、とにかく情報を集めていく。

 といっても、そんなに有益な情報は得られたりしていない。ただ、気になる話はちょっと聞けて……

 

『店主が可愛い道具屋…?』

 

 これまで得られたものとは方向性が違う情報に、自分達は三人で首を傾げた。

 何が違うかっていうと、情報の内容。これまでは、○○の大会が□□って所でやるらしい、とか、あそこじゃ◇◇が買える、みたいな、そこに何があるのか、何が出来るのかがはっきりしてる情報が殆どだったんだけど、これはそういう情報が全然ない。ただそういう道具屋があるってだけで…明らかに、この情報だけ浮いている。

 

「気になりますね…」

『え、可愛い店主が?』

「これだけ全然違う、って事がです…!というか、二人共分かってて言いませんでした…!?」

「それは…ねぇ?」

「どうでしょう、ねぇ?」

「うぐぐ…絶対分かってて言ってるよこの二人……」

 

 ピィー子とアイコンタクトするように「ねぇ?」と言い合えば、ビッキィは恨めしそうな目で自分達の方を見てくる。それを華麗にスルーして、自分達は話を続行。

 

「まあでも気にはなるよね。これだけ違うって事は、きっと何かあるんだろうし」

「…では、行ってみます?」

「あ、ピィー子もそれで良いの?」

「何かありそう、というのは私も同感ですから」

 

 三人全員気になるって事で、そのお店へ行く事に決定。場所は大体の情報しかなかったから、最後は見て回るしかないんだけど…それはそれで楽しいってもの。

 

「ねぇねぇ、可愛い店主さんってどういう事かな?あ、もしかして動物かな?頭の上が定位置のアンゴラウサギかな?」

「いやそんな事は…無いとも言い切れませんね…だってここ、仮想空間ですし……」

「頭の上と言えば、るーちゃんもそうでしたね。グレイブと愛月から聞いたんですけど、るーちゃん…チルットというモンスターは、頭の上で綿帽子の様に振る舞うのが好きなんだとか」

『へぇ〜』

 

 探しながら、自分達は会話を交わす。想像していく内に、どんどんほっこりした気分になっていく。いやぁ、楽しみだなぁ〜。一体どんな可愛い店主さんがいるのかな〜。

 

「…あ、ひょっとしてあそこでは?」

 

 そう言って、ビッキィが指差した一軒のお店。道路に面した所にある、個人経営っぽい感じのお店で、色が濃いから入れる事は間違いない。

 見つけたんだから、勿論自分達は入ってみる。ここはどういう道具屋なのか。そして可愛い店主さんっていうのは一体どんな店主さんなのか。そこに興味と期待を抱きながら、自分達は中に入る。

 

「こんにちは〜、大将やってるー?」

「いやなんで居酒屋の常連みたいな言い方を…しかもありもしない暖簾まで捲って……」

「いらっしゃ……あら、ネプテューヌにピーシェ、ビッキィじゃない」

 

 半眼のピィー子に突っ込まれながら、自分はお店の中をぐるりと見回す。道具屋って事だったけど、機械とか武器とかも売ってて、結構商品の幅は広い感じ。

 と、そこで聞こえてきた挨拶の声。あれ、聞き覚えがある…と思ってそっちを見ると、そこにいたのはなんとイヴ。んーと…今、イヴは「いらっしゃい」って言おうとしてたよね?で、ここにイヴ以外で店員さんっぽい人の姿はない、って事は…イヴが店主さん?あ、なーんだそういう事かぁ。ここはイヴのお店で、自分達が探していた店主がイヴ……

 

『って、えぇぇぇぇええええッ!?』

「え、な、何…?突然何……?」

 

 時間差。予想外過ぎた事による、すっごい時間差を経て、やっと自分達は状況を理解した。理解して、それはもうびっくりした。いや、だって…店主がまさかの信次元来訪メンバーの一人だったんだよ?さも当然の様にお店開いてるんだよ?しかも話を聞く位には有名にもなってるんだよ?そんなの驚くよ、驚くって…。…というか…可愛い店主さん、だったよね…可愛い店主さん、可愛い…可愛い……。

 

「……うん、可愛い店主さんだね」

「えぇ、ですね」

「わたしもそう思います」

「可愛い店主…?」

 

 店主さんがイヴだった事はびっくりだけど、情報は間違っていなかった。だってイヴ、可愛いもんね。

 って訳で、自分はイヴに情報の話を伝える事にした。理由?それは勿論…その方が面白そうだからっ!

 

「そうそう、可愛い店主。自分達街中で、可愛い店主さんのいる道具屋があるって話を聞いて、探しに来たんだ〜。で、入ってみたらほんとに可愛い店主さんがいたって事で今に至る!」

「か、可愛い店主って…また適当な事を吹聴した人がいるのね…人がっていうか、システムがって言うべきなのかもしれないけど……」

「適当?真実だよね?」

『真実ですね』

「じ、自信を持って頷くのは止めて頂戴…」

 

 こくり、と二人がばっちり頷くと、イヴはちょっぴり恥ずかしそうに顔を赤くしながら視線を逸らす。ほら〜、やっぱり可愛いじゃん。これを見られただけでも、価値はあるよね。

 

「ねぇねぇイヴ、折角だし服装も変えてみたら?私服もクールな感じで格好良いけど、可愛い店主さんに寄せた格好にした方が人気出ると思うよ?」

「だから可愛いなんて…。…百歩譲ってそうだとしても、そうする気はないわ。仮にそれで客足が増えても、複雑な気持ちになるだけだし」

「まあ、それはご尤もですね。ネプテューヌさんも冗談半分だと思うのでそれは置いておくとして…そもそも何故道具屋を?」

「私なりに稼ぐ方法を考えた結果よ。…と、いうのは半分の理由で…もう半分は、ここでなら資源とかリスクとかを気にせず開発実験が出来るからね」

 

 どちらかというとこっちの方が本命。ピィー子からの問いに対して、そんな風にイヴは言う。と、同時に自分も「あー」と納得した。言われるまでは思い付きもしなかったけど…現実と同じような方法で稼げるなら、お店を構えたり自分で物を作ったりして、それを売る事でも当然稼げる筈だよね。…でもそれ、凄く大変っていうか、少額の景品とかクエストの報酬とかをコツコツ積み上げるより大変なよーな…あ、そっか。だから開発実験の方が本命なんだ。

 

「…あ、じゃあイヴさんが色々な店舗に出入りしていたのは……」

「開発の材料を集めたり、作った物を売ったりする為よ。…にしても、よく知ってるわね…」

 

 今度はビッキィが言う中で、自分は並べられている売り物を物色。機械の方は、何だかよく分からない物も多いけど…ってあれ?武器の方も、よく見たら改造されてるっていうか、機械のパーツが追加されてる…?

 

「イヴ、これって全部イヴが作ったの?イヴって鍛冶屋さんだっけ?」

「武器に関しては、それそのものは買った物よ。私はそれをカスタマイズしたり、改造したりしてるだけ。現実でこんな売り方をするのは色々問題があるけど…ここはその辺りが緩いみたいで助かっているわ」

「だけ、っていうにはかなり凄いような…この、炎が出るらしい剣もそうなの?実は旅人が売りに来たとか、ストックして持ち越す事で金策になるとかじゃなくて?」

「いやネプテューヌさん、後半は全然関係なくなってますから…」

「あー…それは少し違うわ。それはあるお客にオーダーメイドの仕込み杖を頼まれた時、協力してもらって作ったものよ。だから私が作ったというか、向こうの比重が大きい合作…って感じね」

 

 あ、じゃあこれは純イヴ製じゃないんだ…と思った自分だけど、だとしても凄い。剣にしろ銃にしろ、武器をカスタマイズ出来るだけでもかなりの技術だった事は、素人の自分にだって分かる。

 

「…これは、グローブ…いえ、ガントレットですか。他のもそうですが…これは特にメカメカしいですね…」

「それには色んな機能があると自分は見るね!仕込んである刃が出てくるとか、力が倍増されるとか、アビリティカードをセット出来るとか!」

「そんな機能はないけど、色々機能を付与してる…というのは正解よ。脈拍の常時計測に、レーダー用電波の送信機能に、展開式の小口径砲。これはそのままだと単発装填しか出来ないけど、オプションとしてマガジンをセットすれば、その分装弾数を増やせるわ」

 

 まあ、マガジンを付けるとガントレット本来の機能が使い辛くなるんだけどね。…そう言って、イヴは肩を竦める。因みになんで最初だけ健康器具みたいな機能なのか訊いたら、前腕に装着する物だからって事と、他二つの機能を入れたらスペースに余裕がなくなったから…っていうのが理由なんだとか。

 

「ガントレット本来の、防具としての機能も最低限維持しつつ、取り回しが悪くならないよう厚みや幅も出来る限り抑えて、その上で実用的な機能を盛り込む…妥協すれば機能なんて楽に沢山搭載出来るけど、脆い上に取り回しも最悪な装備なんて、使いたくないでしょう?」

「えぇ、そうですね。…と、いうか…イヴさんはもしや、所謂メカオタ……」

「違うわ、私はただの技術者よ。技術者であり…今は私を頼ってくれる人を、支える人間でもある…なんて、気取り過ぎかしらね」

「そんな事はないと思います。誰かを支えたいと思うその気持ちは、尊いものですから」

 

 メカオタじゃないと言いつつ、イヴの語りからは熱を感じる。オタかどうかはともかく、普段から熱意を持ってやって作ったり、改造したりしてるんだろうなぁ、と思う声で…気取り過ぎかしらと自嘲気味に笑ったイヴへ、ピィー子は首を横に振った。自分もそれに、頷いた。

 

「ビッキィは、イヴの気持ちが分かったりするんじゃない?」

「…はい、分かります。わたしもそうありたいと思ってますし……え、あれ?今の、支える云々についての事ですよね…?メカに対する熱の話じゃないですよね…?」

「いやいや違うって…この流れでそっちのパターンになる可能性があると思う…?」

「でもねぷ姉さんの思考はわたしじゃ及びも付かない次元なので…。……ところでイヴさん、わたしも一ついいですか?」

「えぇ、何かしら?」

「そもそもの話として、 こういうのって売れるんです…?今仮想空間の中にいるのって、イヴさん除くと十七人しかいない訳ですし……」

 

 あ、そういえばそうじゃん。お店なんだから、買いに来てくれる人がいなきゃ成立しないじゃん。…ビッキィの質問を聞いてすぐに、自分もそう思って…でもそれなら問題ない、とイヴはすぐに返す。

 

「と、思うでしょう?けど……あ、丁度来たみたいね」

 

 丁度来た、とイヴが言った直後、お店の扉が開く。誰だろう、と思った自分が見ると、入ってきたのは知らない人。多分その人は、この仮想空間のNPCで…カウンターに行くと、イヴと会話。その中では「この商品を買わせてもらうよ」っていう言葉も出てきて…自分達は理解する。どうやって、このお店が成り立っているのかを。

 

「…こんな風に、買いに来る人がちらほらといるのよ。まぁ、これまでちゃんと見てくれた人はごく僅かで、大概は即カウンターに来て、商品を見ないで購入の話をしてくる辺り、独自の思考プログラムで動いてる訳じゃなくて、他のお店の店員なんかと同じ、選択肢毎に決められた反応と行動をするだけなんだと思うけど、ね」

 

 これじゃあ味気ないし、いまいち売っている気もしないわ、とイヴはまた肩を竦める。うーん…確かにそれじゃ詰まらないよね。ほんと、作業的に売買を成立させてるだけっていうか、見てても接客感はなかったし…。…あ、でも逆に言えば、それだから一人でもお店を回せるのかな?商品説明とかしなくていいなら、その分改造とかカスタマイズとかに時間を割ける訳だもんね。

 

「よーするに、イヴはちょっと思うところもあるけど、独自の形で仮想空間を楽しんでいる店主なんだね」

「どうしてジャパリパーク風に言ったのかは分からないけど…そういう事よ。さっきも少し言ったけど、ここは色々試すのに丁度良い場所だもの」

「あ、言ってましたね。仮想空間だから色々気にせず出来る…んでしたっけ?」

「そうよ、ビッキィ。けど、理由はもう一つあって…これは言うより見てもらった方が早いかしら」

 

 付いてきて。そう言って、イヴはお店の奥へ向かう。なんだろうと思って付いていくと、奥にあったのは、作業場って感じの部屋。…あ、ここは工房って表現した方が格好良いかな?

 

「今からこれを軽く改造するわ。見ていて頂戴」

 

 イヴが取り出したのは、拳銃。それを作業机に置くと、イヴは作業を始める。

 

(銃の改造なんて見た事ないから、ちょっと楽しみだなぁ)

 

 見た事はないけど、集中しなきゃいけない事なんだろうなぁっていうのは想像が付く。だから自分は静かに見ている事にする。ピィー子とビッキィも、黙って見ている。で、自分達が見ていると、途中でイヴの前に…ウィンドウって言えば良いのかな?ゲームとかPCとかの表示みたいなのが出てきて、それをイヴが操作すると、銃が凄い勢いで動き出して……

 

「…はい、改造完了よ」

『へ…?』

 

 触れてもいないのに動く、パーツが外れたり装着されたりしていく拳銃。そうしてその、謎の現象が止まった時…拳銃には、ナイフの刃っぽいのが付いていた。銃剣になった拳銃、拳銃剣になっていた。

 

「い、いやあの…勝手に動いてませんでした…?…ポルターガイスト現象…?」

「まさか。怪奇現象じゃないし、私が念力か何かで動かしていた訳でもないわ。そういう事じゃなくて…必要な資材やパーツを用意して、改造の内容を入力すれば、後は仮想空間側が自動且つ高速でやってくれるのよ。まあ、私の知識や考えている手順を読み取ってるって事だから、何でも出来る訳じゃないんだけどね」

「えーっと…つまりゲームで言う、オートモードとかお任せ○○、みたいな感じ?」

「多分そんな感じね。普通なら何時間も、何日もかかるような事でも、あっという間にやってくれるから、次々と試す事が出来るって訳よ。…ちょっと使ってみる?」

 

 ぽかんとしたピィー子の問いに答えて、イヴは何が起きたのか教えてくれる。ついでに試し撃ち&試し斬りもさせてくれる。

 

「おー、これは…格好良いけど、ちょっと使い辛いね。慣れればもっと上手く使えるのかな?」

「…これ使うなら、二丁拳銃&双剣スタイルで使ってみたいような……」

「あ、分かる!すっごい分かるよビッキィ!」

「さっきはさらっと説明してましたけど、自動且つ高速って、凄まじい事ですよね…。仮想空間とはいえ、よくそんな事が……」

「いや、案外驚く事じゃないのかもしれないわよ。だってほら、計算やデータの複製、転写だって、機械は人が手作業でするより遥かに早くやれるでしょ?」

「…それは、確かに」

「設計図や入力した内容通りにやるなら速くて当然だと私は思うわ。それより難点は、プランに問題があっても失敗するまで分からない事ね。手作業なら感覚で不味そうだって分かる事も、自動にしておくと勝手に駄目になるまで進めちゃうから、そこは気を付けないといけないわ」

 

 自分とビッキィがテンションを上げる中、ピィー子とイヴは会話を続行。それから一頻り試して満足したところで、自分達は奥から店頭に戻る。

 

「いきなり来たのに色々教えてくれてありがとうございました」

「気にしなくて良いわ、ピーシェ。今のところはそんなに客の入りが多い訳でもないし…」

「あはは…でもなんか、話を聞いてたら自分も作ってみたくなっちゃったなぁ。マイ箸感覚で自分も試してみようかなぁ」

「マイ箸感覚で作れる武器って…。…試しても、イヴさんの言う通りなら失敗して終わるだけだと思いますよ?」

 

 酷い、やる前から失敗するだなんて!…と言いたいところだけど、確かにイヴの話からすれば、失敗するような気がする。だって、武器の改造なんてやった事もないんだし。

…と、自分が思っていると、顎に指を当てていたイヴが不意に声を上げた。

 

「…あ、それ良いかも」

『……?』

 

 え、どれが?どれがどう良いの?…そんな風に自分達が困惑する中、イヴは一人「これなら今より客の入りが良くなるかもしれないし、私にはない発想も云々」…と呟いていて、余計に困惑。何かしら閃いたっていうのは分かる。でもそれだけ分かっても、むしろ余計に訳が分からなくなるだけで……結局イヴは何を閃いたのか。それを自分達が知ったのは、(仮想空間の中での)翌日、街中で「カスタマイズ体験が出来る、店主が可愛い道具屋」の噂を耳にした時だった。

 

 

 

 

「…やっぱり、ポケモンという存在…貴方達の世界のやり方から少し離れた方がいいんじゃないかしら。勿論、それに拘る…というか、そのやり方を貫く事に意味があるなら、そっちでもう少し考えてみるけど」

 

 考えて、試して、結果を分析する。その後はまた考えて、試してみる。物を作る上で…ううん、何かを進める上で、共通してこの流れは必要になる。

 そして重要なのは、見直す事。目の前の失敗、その何が駄目だったかだけじゃなく、時にはもっと前…そもそもの発想やコンセプトを見直す事もしなくちゃいけない。幾ら枝葉を整えても、根や幹が痛んでいるなら草木は弱ってしまうのと同じように、ね。

 

「うーん、そうだよね…こっちのモンスターとポケモンは、同じ『モンスター』でも色々違うもんね…」

「けど、ただ捕まえるだけなら最悪力尽くでも良いんだよなぁ。でも、それじゃあ詰まんないっていうか…折角の仮想空間なのに、そんな方法じゃ味気ないだろ?」

「味気ないどころか、むしろ一番過激な気がするけど…だとすれば後は、魔法かしら…」

「だよなぁ。…よし愛月、魔法使えるメンバーに片っ端から話を付けてくるぞ!」

「あ、うん。それじゃあまた来るね、イヴさん」

 

 そうと決まれば行動するだけだ。そう言わんばかりにグレイブは出ていき、愛月は慣れた様子で追い掛けていく。二人の事を見送って…ふぅ、と一つ息を漏らす。

 

「モンスターを捕まえられるボール…面白い試みではあるけど、流石に私一人じゃ手に余るわ……」

 

 先日受けた、魔法の使用を前提にした仕込み杖の製作協力と、遊びに来た(…のよね…?)ネプテューヌ達三人とのやり取りで思い付いた、カスタマイズ体験。単に依頼を受けて、私が作るんじゃなく、依頼者と話ながら、トライ&エラーまで内容に組み込んだ体験は、客足を増やす事に成功したし、私としても色々な考え方を知る機会にもなっているけど…この通り、時々難し過ぎる依頼が入ってくる事もある。それもリアルと言えばリアルだけど…何だかこのまま続けていたら、技術者としての能力より店員としてのスキルの方が磨かれそうな気がしてきたわ…。

 

(…いや、でも…よく考えたら、捕まえる技術というか、使役する技術はある筈よね…真っ当な技術だとは思えないけど、その方向からアプローチするというのは……)

 

 思い出すのは、自分の経験。決して良い思い出じゃないけど、参考にはなるかもしれない。

 けれど問題は、その具体的な方法、手段はさっぱり分からないという事。仮想空間だからって何でも出来る訳じゃないのは、自動カスタマイズ機能ではっきりしている事だし、仮にその方向でアプローチするとしても、もっと考えを詰めないと……

 

「ここが例のお店ね…店主さん、いるかしら?」

 

 そう思っていたところで、新たなお客が来店した。聞き覚えのある声だと感じながら出入り口に目を向ければ、そこにいたのはセイツ。

 

「いらっしゃい。購入目的かしら?それとも体験依頼?」

「え、イヴ?」

 

 どうして?そう言いたげな顔で、セイツは目を丸くする。予想通りの、これまで来た知り合い皆が例外なくしたのと同じ顔を見せるセイツに対して、私は軽く説明を返す。ここなら色々試せそうな事、素材やベースとなる物を買う為のポイント工面の為に、販売を行っていた事、その内にこの空き店舗の存在を知って、購入を決意した事、そして購入でポイントが底を尽きたから、改めてポイント獲得に勤しんでいる事……改めて振り返ると、我ながら楽しんでいるのかいないのかよく分からない自分の経緯を話すと、セイツはふむふむと頷きながらそれを聞いていた。

 

「そういう訳だったのね。じゃあ、イヴが店主で間違いないかしら?」

「間違いないわ。見ての通り店員は私一人だから、そもそも選択肢はないんだけどね」

 

 現状一人だし、今のところ増員する気もない。…と、私が思っていると、セイツは私をじーっと見つめ…それから言う。

 

「確かに、可愛く美しい店主ね…うん、噂通りだわ!」

「ちょっと待って、貴女もその口なの…?というか、形容詞が増えてない…!?」

「そうなの?でも、実際可愛いし美しいじゃない。平常時や何かに取り組む時の熱心な貴女の感情は美しいし、弄られたりした時のイヴの心は可愛いもの」

「そんな視点で人を見るのは、貴女位なものよ…」

 

 可愛い、だけでも妙な噂が流れたものだと思ったのに、いつの間にか美しいまで付いているだなんて。一体誰が、こんな噂を流しているのか。噂だけじゃなく、した覚えのない宣伝までされているみたいだし、店を開いた時点でこの仮想空間側がその辺りのサポートをしてくれてるんだろうけど…一体どんなプログラムを組んだらこんな噂が流れるのか、逆に気になってきたわ…。

 

「…じゃあ、セイツは私目当てでここに?」

「店主目当てで行くお店って、バーとか小料理屋みたいね…正直その通りだけど、体験の方も気になるわ。何でも出来るの?」

「私が分かる範囲なら、ね」

 

 そこは要相談よ、と言って私は席をセイツへと進める。店では武器類、特に銃器類を取り扱っているけど、私は鍛冶屋や武器職人じゃないから、出来れば機械類の体験相談であってほしい。

 

「それじゃあ取り敢えずは、機体の性能が数倍に跳ね上がる、凄い回路を……」

「シェア欠乏症ならうちじゃどうしようもないわ、ごめんなさい」

「じょ、冗談よ…冗談だから、真顔で謝るのは止めて頂戴……」

「…もしかして、何も思い付いてないの?」

「そ、そんな事はないわ。わたしだって、常日頃から機械関係じゃ色々困ってるもの」

「…と、いうと?」

「えっと…フィルムがどうしてもちょっとズレちゃうとか、ハードを複数置いておくと配線がこんがらがるとか、ボタンが凹んだまま動かなくて、でも押せばちゃんと反応するから逆に何とも言えない気持ちになるとか……」

 

 捻り出すように言うセイツ。けれど何と言うか、セイツの困り事は私の予想の斜め下で…内心辟易としてしまう。最後のはまだ、実物があるなら修理を試してみてもいいけど、前者二つは機械絡みであっても、工学部分とは全く関係がない。それはもう違う知恵の領分だし、仮に引き受けたらもう道具屋じゃなくて万屋になってしまう。…尤も、道具屋に拘るつもりもないけど。

 

「思い付かないなら、無理に捻り出そうとしなくてもいいわ」

「い、いや出るわ!もう出かかってるから、ここまで来てるから!」

「ここまでって…首?」

「そ、そう首よ首!……足首だけど…」

「じゃあまだ『何かあった気がする』レベルじゃない…」

「うぐっ……あ…そうだわ!大丈夫、今度こそ思い付いたから!」

 

 そこまで無理して考えなくても良いのに。…と、思いはしたけど、ここまで来ると止めるのももう失礼というもの。そう思って私が見ていれば、今度こそ、とセイツは言って自らの発想を口にする。

 

「グレネードランチャー、ってあるわよね?あれの銃剣バージョンって、作れないかしら」

「グレネードランチャーの銃剣…?」

 

 いきなり出てきた、銃火器を改造する提案。出来る出来ない以前に私が思ったのは「何故?」という事であり、まずはそれを解消すべく訊き返すと、すぐにセイツは答えてくれた。

 

「わたしは戦う時、技の一つとして圧縮したシェアエナジーを撃ち出すのよ。で、シェアエナジーは圧縮状態が解けると、爆ぜるように周囲へ広がるの。そしてシェアエナジー弾を撃ち出す時は、基本的に剣を芯にしたシェアエナジーのバレルを使うから……」

「それをここで再現したい、だから銃剣型グレネードランチャーを…って訳ね」

「そういう事よ。出来そう?」

「出来るかどうかで言えば、出来るわ。簡単…というと少し語弊があるけど、単に改造するだけで済むもの」

 

 納得のいく返答を受け、今度は私がセイツからの問いに返す。

 話を聞く限り、セイツが考えているのはライフルのアタッチメントとして装着するようなグレネードランチャーではなく、グレネードランチャーそのものに銃剣を装着するというもの。要はライフルがランチャーに置き換わっているだけだから、具体的な方法もすぐに浮かぶ。

 

「…なんだか、含みのある言い方ね。何か懸念点があるの?」

「懸念というか、実用的じゃない気がするのよ。一応訊くけど、セイツが考えている銃剣っていうのは、ナイフ位の刃物が付いてるタイプじゃなくて、ネプギアのM.P.B.Lみたいな、しっかりした刃があるタイプよね?」

「えぇ、出来れば銃に剣が付いているというより、剣にグレネードランチャーが付いてるような形にしたいところだけど…それは流石に難しいでしょ?」

「単発撃ち切り型ならともかく、二発以上ってなると…出来なくはないけど、凄く使い辛い代物になるわね。…話を戻すけど、グレネード弾は普通の弾丸…いや、普通の弾丸って言っても種類があるけど…より癖の強い、射撃よりも爆撃に近い運用をする弾頭よ。だからグレネードと剣を適宜切り替えて戦う場面なんてそうそうないだろうし、正直グレネードランチャーはグレネードランチャー、剣は剣で持ってた方が使い勝手は良いと思うの。セイツがそれを実現してるのも、単に『剣+グレネード』って説明じゃ収まらない、色んな要素があるからだと思うし」

 

 作るのは、すぐにでも出来る。だけど、作れるかどうかと、出来たものが依頼人の希望通りのものになるかどうかは全くの別。仮にリクエスト通りの物を作っても、依頼人が漠然としたイメージしか持っていなかったり、詳しくなかったりする場合は、「思っていたのと違う…」ってなる可能性は十分にあるし…私も作る以上は、満足してもらえるものにしたい。そしてその為には、要望を真っ向から否定する形になってでも、自分の見解を述べるべきだと…私は思う。思うから、言った。

 

「うーん…言われてみると確かにそうかもしれないわね…じゃあイヴ的には、止めておいた方が良いと思う?」

「少なくとも、普段のやり方と同じように使える武器にはならないと思うわ。…でも、止めておいた方がいいかどうかは別ね」

 

 セイツの想像した通りのものには、きっとならない。でも、私は止めるべきだとは思っていない。…それは、何故か。それを伝える為に、私は続ける。

 

「だってここは仮想空間で、改造もかなりの時間短縮が出来るんだもの。現実でやったら無駄の多い事でも、ここなら良い経験にする事が出来る。それに、作って使ってみたら、意外な利点が見つかった…なんて事になる可能性もゼロじゃないもの。セイツだって別に、自分の新たな相棒になる武器を作る為に提案してきた訳じゃないでしょ?」

「それはまあ、そうね。言い方は悪いけど、遊び感覚というか、折角だから思い付いた事を試してみたいだけというか……」

「なら、作ってみても良いと思うわ。興味を、思いを形にする…それは、それだけでも価値のある事だって、私は思うもの」

「イヴ……」

 

 これは全て、私の本音。良い事も悪い事も、実際に作るまでは100%分かる訳じゃないし、試す事は、形にしてみる事は、それだけでも価値がある。その結果が大きな一歩になったとしても、派手に転ぶ形になったとしても…前には進んでいるんだから。…まあ、周りも巻き込んだ大事故になるようなレベルだと、流石にその限りじゃないけども。

 とにかく、私からの意見は伝えた。後はセイツが試すか止めるかを決めるだけ。そして私を見つめていたセイツは、ゆっくりと一つ頷いて……

 

「思いを形にするだけでも価値がある…なんだか恋愛におけるプレゼントみたいね」

「…あのねぇ……」

「ふふっ、ふざけてごめんなさい。…イヴ。初めは本当に思い付きだったけど、折角貴女が色々考えてくれたんだもの。だから…やってみたいわ」

「…分かったわ。それじゃあ、改造体験開始ね」

 

 またそういう話を…と一度呆れた後、真剣な顔で返してくれたセイツへ首肯。彼女からの依頼を請け負った私は、手始めにグレネードランチャーに関するもっと詳しい説明をする。種類や構造を伝え、一通り話した後は、設計の段階に移る。

 手っ取り早く完成させるなら、私一人でやる方が良い。でもこれは改造体験。私は教えるだけで、やってみるのはセイツ自身。だからこそ、尚更やってみる価値はあると思う。

 

「えぇ、と…ここにこれを取り付けて……」

「そこは下からじゃなくて横よ。スライドさせて嵌め込む溝があるでしょ?」

「あ、ほんとだ。…それにしても、真剣なイヴ良いわ…!さっきは美しいって言ったけど、それだけじゃない情熱を感じるというか、ひたむきな格好良さが……」

「変な事言ってないで、きちんと嵌め込んで頂戴。どこか一つでも雑にすると、それだけで壊れたり怪我に繋がったりする事位は貴女も分かるわよね?」

「あ、はい…ごめんなさい……」

 

 作った改造プランを見ながら行っている関係で、今は自動機能が起動しない。けど他にお客もいないから、私はセイツの指導に専念。

 そうして改造依頼を受けてから暫くの時間が経ち…銃剣型グレネードランチャーは、完成する。

 

「ふぅぅ…出来たわ……」

「お疲れ様。流石は女神なだけあって、集中し始めてからは凄かったわね」

「ありがとう、イヴ。でもそれも、良いアドバイザーがいてくれたからよ」

 

 伸びをした後笑うセイツに、私も笑みを返す。今回は元から仕入れてあった剣とグレネードランチャーをベースにして、必要なパーツは基本私が作ったから、セイツがしたのは主にパーツの細かい調整や最終的に行う組み立て。それでも楽な事ではないし、本当にセイツの集中力は凄かった。

 

「しかし…思っていた以上にゴツくなったわね」

「でもその分、なんだか格好良さもある気がするわ。ねぇイヴ、これ少し試しても良いかしら?」

「勿論構わないわ。それは貴女の物だもの。…まあ、材料費含めて支払いはちゃんとしてもらうけど」

「当然ね。それじゃあ……」

 

 きちんとポイントの支払いを受けて、私は正式に銃剣型グレネードランチャーをセイツへ渡す。完成品を見てもやっぱり実用性に難があるかもしれないけど…それでもセイツ自身が満足してくれるのなら、それで良い。

 そうして受け取ったセイツは、早速試しに…と行きかけたところで、また新たな来客が訪れた。

 

「へぇ、見た目は普通…って、うん?セイツにイヴ?」

 

 その来客はカイト。ぐるりと店内を見回した彼は、私達に気付いて小首を傾げる。…なんで噂に私の名前は組み込まれないのかしら…。

 

「二人もここの情報を聞いて来たのか?」

「ううん、わたしはそうだけど、イヴはその情報の当人、可愛く美しい店主さんよ」

「その紹介は止めて頂戴…それ私が流した訳でも認めてる訳でもないんだから……」

「可愛く美しい…?」

「……?…もしかしてカイト、情報の内容が違ってたの?」

 

 何やら怪訝な顔をするカイトを見て、私は気付く。気付くと共に、安堵する。良かった、やっと変な噂が修正され……

 

「ああ、俺が聞いたのは『明るく、激しく、可愛く、そして美しい店主の道具屋』って情報だった」

「それは最早プロレス団体みたいになってるじゃない…何よ、激しい店主って…気性が激しいの?だとしたら店主として問題よ……」

「え、突っ込むところそこ…?他の…というか、可愛く美しいはもういいの…?」

 

 えぇ…?…という顔をセイツにされる私だけど、もうそこまで突っ込む気力はない。違うには違うけど、まさか悪化してるなんて…なんかもう、変な疲れが出てきたわ……。

 

「…ところでセイツ、それは?」

「あ、気になる?これはイヴに協力してもらって作ってみたのよ。…そうだ、ちょっとこれを試すのに付き合ってくれないかしら。何なら直接対決の形にしても構わないわ」

「うん?それ位なら別に、対決云々なしにも手伝うぞ?見た目銃剣っぽいけど、どんな武器か気になるしな」

 

 それは楽しみだ、とばかりの顔をするカイトと共に、セイツは出ていく。気落ちした気分を一旦切り替えて、私は試しに向かう二人を見送る。

 後々…試したセイツ自身が教えてくれた事だけど、やっぱり銃剣型グレネードランチャーは使い辛いとの事だった。取り回しの面は勿論だけど、他にもシェアエナジー弾の強みである視認性の低さがなかったり、ランチャー主体の作りと剣術主体なセイツの戦法自体が噛み合ってなかったりと、武器単体として見れば、残念ながら失敗と言わなくちゃいけないような結果だった。

 でも、セイツは言ってくれた。これはこれで貴重な体験が出来た、と。これそのものは使い辛くても、得られた情報と経験は何かに活きそうな気がする、と。…そう言ってもらえただけでも、やっぱり嬉しかった。

 

(銃剣型グレネードランチャー…今回は失敗だったけど、まだ練りが甘かっただけの可能性もあるわよね。だから…例えば、剣を芯にパージ前提のランチャーを被せるとか、いっその事剣で刺して、丸ごと手放して、相手に超至近距離からグレネードを浴びせる武器みたいな、コンセプトから見直して考えてみれば……)

「戻ったぜ、イヴ!」

「わっ…!?…は、早いわね……」

 

 それからまた少ししたところで、魔法を使える面々と話してきたらしいグレイブが再び来店。遅れる形で、へろへろになった愛月も到着。別に私は逃げないんだから、そんなに急がなくても…と思ったけど、言うのは止めた。それが意欲から、早く作りたいって思いから出た行動なら、水を差すのは悪いもの。

 

「麻痺させる魔法、サイズを変える魔法、相手の精神に干渉する魔法…とにかく役に立ちそうな魔法な事を、片っ端から聞いてきたからな。参考になりそうなのがあったら言ってくれ」

「はぁ、ふぅ…それと、そもそもの話だけど、僕達の持ってるモンスターボールは参考にならないかな…?僕等は細かい事なんて分からないけど、イヴさんなら何か分かったりしない…?」

「あ…そうね、言われてみればその通りだわ…。なんで私、そのボールの構造を調べる発想が出なかったのかしら……」

 

 灯台下暗し。モンスターを捕まえるボールを作りたいなら、まずは別世界のモンスターを捕まえられるボールを参考にすればいいのに、まさかそんな初歩的な事を失念していただなんて。…そう私は反省すると共に、改めて思った。これはまたちょっと違うけど…やっぱり、一人で黙々と考えるより、誰かの意見を聞いた方が、考えは広く大きく変化すると。

 

「そういえばさ、もし仮にボールが出来たら、どんな名前にするのがいいかな?

「そりゃ、イヴが作ってくれる…あーいや、協力してくれる?…まあどっちでもいいか。…ボールなんだから、ガンテツならぬイヴボールか、ユリアンティラボールだろ」

「まだ名前の話をする段階じゃ…というか、どっちも止めて…恥ずかしいから絶対止めて……」

 

 そんな名前を付けられたら、恥ずかしくて仕方がない。もしうずめ辺りに知られたら、なんか妙に生暖かい目でからかわれる事間違いない。だから私は、断固拒否し……それからまた、二人の要望に応えられるよう、頭を捻るのだった。

 

 

 

 

 

 

……因みに、最終的に噂は『あなたの心にいゔはーと!』になっていた。…もう、好きにして…。




今回のパロディ解説

・「〜〜非っ常においしー!」
俳優やコメディアンである、財津一郎こと財津永栄さんのギャグの一つの事。もしかしたら、あのポーズもしていた…のかもしれません。

・「〜〜見届けさせて〜〜行く先を〜〜」
軌跡シリーズに登場するキャラの一人、紅のローゼリアの台詞の一つのパロディ。ズェピアであれば、言いそうな気がしないでもないような台詞ですね。

・頭の上が定位置のアンゴラウサギ
ご注文はうさぎですか?に登場するキャラの一人(一匹)、ティッピーの事。直後のシーンでも触れていますが、イリゼの頭の上はるーちゃんの特等席です。

・「〜〜炎が出るらしい〜〜金策になる〜〜」
ドラクエシリーズに登場する武器の一つ、破邪の剣の事。更に言うと、ドラクエ4におけるネタのパロディでもありますね。

・「〜〜機体の性能〜〜凄い回路を……」、「シェア欠乏症なら〜〜」
機動戦士ガンダムに登場するキャラの一人、テム・レイ及び彼の開発した回路の事。シェア欠乏症…実際そんな事になったら、女神は存在としての危機です。

・「〜〜明るく、激しく、可愛く、そして美しい〜〜」
プロセス団体の一つ、スターダムのキャッチフレーズのパロディ。最早道具屋要素が吹っ飛んでいますね。元からあんまりその要素はなかった気もしますが。

・あなたの心にいゔはーと!
Vtuber、いるはーとのキャッチフレーズのパロディ。「る」と「ゔ」は子音が同じなので、割と響きは悪くないですね。イヴ本人は絶対言うの拒否しそうですが。


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第二十六話 最速を求めて

「誰が一番強いか。最強は誰か。誰しも一度は思う事よね。考えるし、想像するし、時には自分こそがってその高みへ、頂点の座へ挑もうとする。…けれど、気になるのは、知りたいのはそれだけ?答えが出る瞬間を見たいのは、最強の座だけで良いの?わたしはそうは思わないわ。それだけじゃ満足しないわ。皆だって、気にならない?──最速は、誰だって」

 

 会場に響く、セイツの声。その声に、無数の答えが、反響もまた響き渡る。それをじっくりと、たっぷりと時間を掛けて聞いた後…セイツは再び口を開く。

 

「えぇ、そうよ!最強だけじゃない、最速だって知りたい、それが決まる瞬間を見てみたい!それに答えを出す時が、来たわッ!」

 

 心を昂らせているかのような声と共に、セイツは手を振る。振るった先、スポットライトの当たる舞台を指し示す。

 

「この答えに、この戦いに挑む四人を紹介するわ!まずは神生オデッセフィアの守護女神にしてわたしの妹、イリゼ!新進気鋭の守護女神として凡ゆる事へ挑んでいく彼女は、最速の座も見逃す事なんて毛頭ないわ!そうでしょう?イリゼ!」

「ふふ、ありがとうセイツ。…最速の座、これを今まで求めた事、意識した事はないが…それを決めんとするならば、勝負というのであれば、ここに私が立つのは必然。そして向かう先は…言うまでもないだろう?」

「ふふっ、言うまでもないわね!それじゃあ二人目、別次元からの来訪者にして幾つもの次元を、世界を渡り歩いた女神、エスト!魔導においては双子の姉共々他の追随を許さない彼女は、純粋な速さにおいても追随を許さないのか、さぁ教えて頂戴!」

「他の追随を許さない、ね…中々良い紹介をしてくれるじゃない。まあそれはともかく、ここできっちり二冠に輝かせてもらうとするわ。わたしのものに決まってる最強と、これからわたしが掴む最速の、二冠に…ね」

「自信に溢れる彼女の速さ、これは注目必須ね!さぁ、続けて三人目、同じく来訪者であり、他とは違う在り方を持つ守護女神、篠宮アイ!何者にも囚われない、掴ませなどしない唯一性を持つ貴女は、やっぱりぶっちぎりの最速を狙うのかしら?」

「はッ、そりゃ何であれ勝負する以上、半端な勝ちなんて狙わねぇよ。相手も女神?全員強敵?…上等だ、誰が相手だろうと捩じ伏せてやる。正々堂々、小細工なしに…文句なんざ欠片も付けられねぇ位にな」

「早くも臨戦態勢、ここでも速さを見せ付けてくれるわね!最後に紹介するのは、今回この勝負の為だけに来てくれた女神、オレンジハートこと天王星うずめ!どうしてこれだけの為に来たのか…それは皆の目で確かめて頂戴!きっとすぐに分かる筈よ!」

「ふふーん、遂にうずめも登場だよ〜!うずめってあんまり速いイメージないかもしれないけど、そんな事ないんだからねー!うずめの速さと凄さを、これから皆に見せちゃうよー♪」

 

 一人一人に光が集まる度、四人の挑戦者は高らかに声を上げる。誰一人として、声音に不安の色はない。勝つのは自分である…その意思を示す四人には次々と声援が上がり、その声援に四人が返したのは自信と闘志に満ちた笑み。

 今、最速の座に挑むのは全員が女神。であれば激戦は…必至。

 

「皆の思いは十分伝わったかしら?伝わったわよね?なら、これ以上の言葉は必要ない、ここから先は勝負あるのみ、そうでしょう?だから……」

 

 そこで一度言葉を切るセイツ。それからセイツは大きく息を吸い……言った。

 

「42.195…なんて中途半端な事は言わないわ!キリ良く、激しく……42195㎞最速決定戦、これより開幕よッ!」

『いや、長ぁぁぁぁぁぁッ!?』

 

 そうして始まる、最速を決める為の戦い。最速の座を、などと大層な表現をしているが……要は、やたら距離の長い競争である。

 

 

 

 

 仮想空間での時間が、日数が進み、各々がポイントを重ねていくにつれ、仮想空間内のイベントや依頼の内容、規模も次第に大きくなっていった。より大規模なものが増えていった。

 これも、その一つ。常人どころか、超人の域へ片足突っ込んだ程度の存在をも置き去りにするような勝負に対し、意気揚々と挑戦の意思を示したのが、全員女神であった事は…ある意味で、必然というもの。

 

「この世紀の一戦…になるかもしれない勝負の実況は、わたしセイツが、解説にズェピアを、ゲストにイリスちゃんを迎えてお送りするわ!」

「よく分からないけど、呼ばれたから来た」

「これは中々の激戦になりそうだね。ところで、セイツ君は参加しようとは思わなかったのかな?」

「思ったわ。でも、良い感じにテンションの高い実況の出来る人材って、限られてるから……」

「あぁ…演者は時に脚本に振り回されてしまうもの。頑張り給え、セイツ君」

 

 開始までの、少し長めのカウントダウン。少し落ち着いたやり取りが実況席で行われる中、スタート地点でもやり取りが交わされる。

 

「観客の人数凄いわねー。けど、これも全部NPCみたいなものって思うと、ちょっと虚し…くもないわね。演出だって思えば、そんなものかで済ませられるし」

「実際演出みたいなものじゃないかな、そういう仕様の仮想空間な訳だし」

「ま、そこは勝負にゃ関係ねーな。ところで、ここに来ていきなり参加なんて、どんな風の吹き回しだようずめ」

「深い意味はないよ〜。面白そうだからうずめもちょっとやってみたいな〜って思ってて、入ってみたらこの競争のエントリー期間中だったから、えいやって参加してみたの♪」

 

 一見すれば緊張感のない…しかし裏を返せば余裕を失っていない四人の会話。穏やかなやり取りに見えて、その実互いの腹を探り合っている…という事はなく、どうやら本当にただ会話を交わしている様子。

 だがそれも、開幕が迫るにつれて減っていく。段々と四人の表情は引き締まり、最後には離れて進路を見据える。そして……

 

「さあ皆、見届ける準備は良いかしら?5、4、3、2、1…スタートよッ!」

『……ッ!』

 

 セイツが腕を振り上げると共に、四人は一斉に舞台の床を蹴る。翼を広げ、飛び上がり、遥か彼方のゴールへ向けて空を駆け始める。

 

「まずは一斉にスタートダッシュ…いいえ、スタートフライを駆けた四人!速度は同等、横並びで……あっとでもイリゼが抜け出したわね!圧縮シェアエナジーの開放を利用した加速で、トップに躍り出たわ!」

「早速ただ飛ぶだけじゃない技術を駆使し始めた訳だね。アイ君、うずめ君は横並びのまま追随を掛けて…最後尾はエスト君か。彼女はじっくりと攻めるつもりかな」

「四人共、凄く速い。これが目にも留まらぬ……」

『……?』

「…留まらぬ?速いのに、留まる?目にも映らぬ、ではなく?」

「それはまぁ、うん…。…良かったよ、君が某暗殺チームの一員の様に、諺や言い回しの気になる点について突然キレながら文句を言ったりする性格でなくて……」

 

 実況席で語られる通り、イリゼは圧縮シェアエナジーを加速に用いる事で先行し、三人が続く。ルートは直線ではなく、既に数度の曲がり角を抜けているが、四人は全員が力で強引に慣性を捩じ伏せる事で、殆ど速度を落とさず曲がり角を抜けていく。

 

「むー、いりっちやっぱり速いぃ…!」

「けど、そいつは乱用出来るような手段じゃねぇ。おまけに負担を重ねれば、コーナーを無理矢理曲がるのがキツくなる…そうだろ?イリゼ」

「よく分かってるね、流石はアイ…けど、これだけ先行出来たなら十分…!」

 

 アイが指摘した数秒後、イリゼは圧縮シェアエナジーによる加速を止める。それにより今以上の距離は開かなくなるが、加速によって得られた優位は変わらずそのままイリゼが先行する。

 とはいえこれは、ただ速度を競うだけの勝負ではない。それを示すように、最初の『障害』がイリゼ達の視界に入る。

 

「全員第一関門エリアに入ったわね!この勝負を盛り上げる為のギミック、一つ目は宙に浮かぶリングよ!」

「規定数潜り抜ける事がこの関門の条件。リングの大きさは様々だけど、無駄のない距離で行こうとすればする程配置されているリングも小さくなっているね」

「けど、皆その小さいリングを通っている。皆小さいリングも一気に……うん?…アイが、少しずつ速くなっている…?」

 

 近道をして狭いリングを選ぶか、多少遠回りでも大きく通り易いリングを選ぶか。その選択を求められる四人だったが、全員迷う事なく最短距離での突破を図る。そして全員、狭いリングだろうと難なく抜けていく…が、そこで少しずつ、アイがイリゼに迫り始めている事にイリスが気付く。

 

(…おかしいわね、アイったら脚がリングに引っ掛かってるのに遅くなるどころか速くなって…いや、違う…これは、むしろ……)

 

 最後尾の、三人全員を見える位置にいるエストもアイの変化に気付き、初めは変に思ったが、何度もリングを潜る姿を見る事で、理解する。…これは、引っ掛かっているのではなく、引っ掛けているのだと。

 足技を得意とする女神、ローズハートことアイ。彼女のプロセッサは蹴撃に重点を置いた作りとなっており、それ故に下半身を覆うユニットは特に重厚且つ鋭利。それを活かす形で、アイは意図的に細かな突起をリングへと引っ掛けており…それによって、方向転換を行っていた。引っ掛ける事でアイだけは一切力を割く事なく方向転換をこなし、尚且つ絶妙なタイミングで脚の角度を変える事で、『引っ掛ける』が『引っ掛かる』に変わる寸前で的確に脚を離していた。

 それによって得られるのは、僅かな…本当に僅かな効果。しかし、女神同士の勝負においては、僅かな効果であろうとそれは大きな力となる。

 

「このまま先行する気だったか?はッ…逃す訳ねぇだろうが…ッ!」

「アイ…!…ふふ、そうこなくては…迫ってくれなければ、折角の勝負が面白くない…ッ!」

 

 第一関門突入時、イリゼと三人との間にあった差。それを少しずつだが着実にアイは詰めていき、第一関門を抜けた時にはイリゼの間近にまで迫っていた。

 

「四人全員が第一関門を突破!順位は突入前とほぼ変わらないけど、前と後ろで組が二つに分かれたわね!」

「アイ、凄い。でも、三人も凄い。イリスがやったら、きっとぶつかっていた…」

「全員巧みの動きだったね。…さて、エスト君うずめ君は一歩遅れる形だけど、イリゼさんはスタート直後、先行と引き換えに軽く負担を負った。アイ君の技術も、何もない空中では発揮出来ない。となれば先行する二人が優勢…とは言い切れないだろう」

 

 実況席からここまでの事を振り返り、落ち着いた声音で分析をするズェピア。その言葉通り、イリゼとアイの表情には決して油断の表情はなく、エストとうずめの顔にも焦りの色はない。まだまだ勝負はここから、全員がそう思っており…順位は変動する事なく、四人は第二関門へ向かっていく。

 

「…湖?」

「そう、第二関門は潜行よ!飛んで抜けるのは勿論、水上を駆けるのもなし!空だけじゃなく、水中でも速いんだって事を見せて頂戴!」

 

 小首を傾げ呟いたイリスに答える形で、セイツが第二関門を軽く解説。そしてその説明が終わるか終わらないかのタイミングで、先行する二人が、続けて後追いの二人も水の中へと突入する。

 

(そろそろもう一度加速を…いや、駄目だ。抵抗の大きい水中で圧縮シェアエナジーを開放しても、空中程の効果は得られない…!)

(ちっ、どうしたって速度は落ちるな…っと…!水中にも障害物はある訳か…!)

(うー、まだ追い付けそうにないや…だけど、めげちゃ駄目駄目!チャンスはこれからきっとあるよね、うん!)

 

 激しい水飛沫を上げながら突入した四人は、水中に配置された障害物を躱しつつ進む。流石に飛行中よりは全員速度が落ちているものの、それでも恐るべき速度で第二関門の終了地点へと邁進する。

 イリゼ、アイ、うずめと、三人は揃ってこの関門内では堅実に進む事を選択していた。空中よりも自由が効かない、動き辛い水中で無理に前へ出ようとするより、第二関門突破後へ向けて負荷を抑える事を優先していた。…だが……

 

「……!?」

 

 凡そ半分を過ぎ、第二関門も後半戦。そうなったところで、うずめはそれまで背後に感じていた気配が横に移動していくのを感じ…次の瞬間、驚愕する。ここまでは一貫して最後尾にいたエスト…彼女がここに来て加速し、自分を抜いた上で更に先行する二人にも迫っていく姿を見て目を見開く。

 

「おお、エストが速くなった。エストは、泳ぐのが得意?」

「はは、泳いではいないけど、速くなったのは確かだね。…ふむ…周囲の水を魔術…もとい魔法で操作し退かしている訳か。完全に水を割っている訳ではないにしろ、かなり抵抗は減っているんだろうね。…因みに完全に割った場合はルール違反になるのかな?」

「なるわね、それじゃあ水中を移動してる事にはならないもの。だからエストちゃんの判断はばっちりって訳よ!」

 

 水中での動きも、映像に映し出される事によって実況席ではやり取りが交わされる。その間もエストは先行する二人を追い上げていき、気配で気付いた二人も加速を掛ける…が、速度の差は歴然。全力を出そうとも距離の維持すら出来ず、みるみる内に距離は縮まっていき……

 

『……ッ!抜けたぁッ!』

「くっ、ギリギリで追い付けなかった…でも、ここまで詰められれば十分…!」

 

 間一髪、追い付かれる寸前で水中エリアを抜けた事で、イリゼとアイは急速浮上。再び水を噴き上がらせながらまず二人が、直後にエストが水中から宙へとその姿を現し、一歩遅れる形でうずめが空に舞い上がる。

 

「アイだけじゃなく、エストちゃんにまでこうも距離を詰められるとは…けど、ならば…ッ!」

「ちっ、やっぱ使っ……うん?」

「あれ?」

 

 抵抗の多い水中から空へ戻った事で、イリゼは再度圧縮シェアエナジーを用いた加速を使用。これにより、二人との距離を今一度開け始めるイリゼだが……直後、アイとエストは目を瞬かせる。イリゼもまた、一度目の解放を行ったところで…気付く。第二関門から第三関門、その間にあったのはトンネルであった事に。

 各関門の間は、ただ速く飛べば良い訳ではない。関門と言う程でないだけで、それぞれに障害物や方向転換を求められる地点はあり…ここで求められるのは、低空飛行。地上にあるトンネルを抜けていく事。それ自体は別段難しくもない事だったが、トンネルに気付く寸前にイリゼは解放を、斜め上方への加速をしてしまったが為に、地上のトンネルからはほんの少し遠ざかってしまう。

 

(しまった…!)

 

 即座に二度目の解放を行うイリゼ。それは加速ではなく、軌道修正の為の解放であり、力尽くでイリゼは最短ルートへ身体を滑り込ませるも、その一瞬のミスを見逃す者はここにいない。イリゼの一瞬の隙で、アイは横並びの状態から単独トップに、追う形だったエストもほぼ横並びの状態になる。相対的に、うずめとの距離も縮まる。

 

「如何に速くとも…いや、速ければ速い程、小さなミスでも響いてしまう。今はイリゼさんがそうなった訳だが…これは全員に起こり得る事だね、うん」

「その通り、誰にもミスは起こり得るし、ミス一つが勝敗を左右する可能性だって十分あるわ!だからこそ緊張するし、見てる方もハラハラするってものよ!」

 

 低空飛行へと移行した四人が次々と突入するのは、薄暗く、広い訳でもないトンネル。しかし四人は殆ど速度を落とさずに駆け抜けていく。

 それは突入前、空中から見た地形的に角度の強いカーブはないと分かっていた為。そしてその見立て通り、緩いカーブこそあれど、鋭い旋回を必要とするようなカーブはなく…速度も順位も変わらないまま、四人はトンネルを抜けて外に。

 

「次の関門は…おや?」

「セイツ、あれも関門?」

 

 当然次に待つのは第三関門。しかしトンネルを抜けた先に見えるのは、何の変哲もない舞台と少しの機材だけであり、関門どころか何の障害にもなりそうにないその存在にイリスはセイツへ疑問を呈する。するとセイツは一つ頷き、にっと笑みを浮かべて答えた。

 

「気になる?気になるわよね?えぇ、あれも関門よ!あれが第三の関門、そして求められるのは…ベストショットよ!」

「ベストショット…機材からして、写真かい?」

「ご明察。競争とはいえ、折角全員が女神なのに、ただスピードを競うだけじゃ勿体ないでしょう?だからもっと素敵な勝負にする為に、こういう関門も用意されたのよ。……多分」

『多分?』

「いやだって、わたしが用意した訳じゃないもの」

 

 非常にご尤もな返しを受け、ズェピアとイリスがそれもそうかと納得する中、四人は第三関門へと向かっていく。トップとなったアイが第三関門へ突入し……そのまま、駆け抜ける。

 

「…アイ、通り過ぎた…?アイは、やる事が分かっていなかった……?」

「…いや、違うわ…違うわイリスちゃん。これは……!」

 

 一見それは、関門の放棄。或いはイリスの言うように、関門で求められている事を理解していないかのような行動。

 だが、違う。一見すればそうでも、セイツは…女神の目は、捉えていた。確かにそこでの真実を捉え…そして、言う。

 

「写ってる…ちゃんと取っているわ!ポーズを取って、撮られているのよ!一瞬で、あの舞台を通るタイミングでのみ、的確に…ッ!」

 

 やたらと迫真の顔で、そうではないのだと言い切るセイツ。変わらずイリスは目を瞬かせていたが、直後にモニターに映る映像が変わり…セイツの言った一瞬が、映し出される。

 

「凄い…凄いわアイ!勝気なつり目に挑戦的な笑み、水に濡れて艶めく深紅の髪に、何よりこの踏み付けるような下からのアングル!プロセッサ越しでも分かる脚の艶かしさと、普段目にする事はない見上げるアングルでのプロポーション!苛烈な言動でいながら、こんな破壊力のある…こんなにも心揺さぶるワンショットを作ってくるなんて!くぅっ、感情抜きにゾクゾクするわ…!」

「…セイツ……?」

 

 立ち上がり、熱く激しくセイツは語る。突然の語りにイリスは唖然としている…ような気がしないでもない視線を向け、それからセイツとワンショットとを見比べる。

 と、そこでイリゼとエストもほぼほぼ同着で第三関門へと到達。この二人も止まる事なく、側から見れば関門を無視したかのような勢いで通り過ぎ……だがやはり、二人もきちんと関門を理解していた。だからこそ、映し出される光景はアイからイリゼとエストに移行。

 

「あぁ、イリゼったらなんて事を…!余裕と自信たっぷりな表情と、それを加速させる悠然とした腕組み!そこで存在感を見せ付ける胸に、視線を脚へと引き付ける仁王立ち!水の滴る肌なんていっそ優美な位だし、ほんと圧倒的だわ!美しく格好良く麗しい…お姉ちゃんはそんな貴女が大好きよ、イリゼッ!」

「セイツがおかしくなった…どうしよう、イリスには何が起きているか理解出来ない……」

「…と、思っているところにそんなの駄目よエストちゃん…!視線ばっちりのウインクと、快活さの中に勝気さを含ませた笑顔。半身で指鉄砲を作ったポーズ、そこから見えるハリのある肩!可愛いのに可愛いだけじゃない、濡れた頬が醸す禁断の魅惑!こんなの注目するに決まってるじゃない!きっとこの後は、からかうように『ばーん♪』って言うんだろうなって想像しちゃうじゃないッ!」

「はは…確かにこれは、セイツ君でないと出来ない実況だね…改めて君である理由を理解したよ…。…というか彼女達は、超高速で飛んでいるのに一体何故肌や髪に水滴が残っているんだろうか…」

 

 初めにイリゼの、続けてエストのワンショットが映し出され、それにもセイツは隙なく熱弁。イリスが困惑を深める一方、ズェピアは乾いた笑い声を漏らし……そうして四人目、最後尾のうずめもまた、止まる事なく第三関門の舞台を疾駆。無論、彼女もそこですべき事は理解しており…最後のワンショットもモニターに映る。

 

「いいじゃない、トリに相応しいわうずめ!喜色満面が示してくれる明るさに、なびく髪が見せてくれる躍動感!前傾姿勢でそれぞれ強調される胸とお尻に、極め付けはうずめらしい裏ピース!明るく可愛く、だけどそこにうつつを抜かした次の瞬間にはドキっとさせてくれる二段構えの強力な魅力!この愛らしさは真似しようとしても出来ない、しようがないってものよッ!」

「…まあ何にせよ、四人共魅力に溢れているね。加えて自分の持ち味を理解し、それを活かせる構図やポーズを作っている。自己プロデュース力もまた女神の武器になるのだとよく分かる、良い関門だったよ」

 

 四人の、それぞれがそれぞれに自分の持ち味を最大限発揮したワンショットと、それを力強く言い表したセイツの実況。総括をするズェピアは穏やかな様子であり……語りを終えたセイツは、少し恥ずかしそうにしていた。ふ、二人は一貫して普段の調子のままなのね…と、自分だけ飛び抜けて高いテンションを見せていた、というより実況としてそう振る舞っていた結果の温度差に、ちょっぴり頬を赤くしていた。

 

「…こ、こほん。とにかくこれで第三関門は皆突破!ここまで皆は順調そのもの!でも、油断しちゃ駄目よ?次の関門は、この勝負の山場と言っても過言じゃないんだから!」

 

 第三関門と第四関門の間を四人が駆けていく中、咳払いを一つしてセイツは実況を仕切り直し。山場という言葉にズェピアとイリスはそれぞれ興味を示し、さて内容は、と注目する。

 

「(さぁて、ルート的にゃそろそろ次の関門がある筈だが……って、なんだ?急に船…いや、艦みたいなものが現れ──)うぉッ!?」

 

 一見何もない、だだっ広いだけのように見える陸地。しかしそこに、突然幾つもの小さな…されど距離を思えば、相当な巨体を持つ存在が現れ…その内の一つから輝きが見えた直後、膨大な出力を持つ光芒が空を駆け抜けた。

 輝きが見えた時点で、直感的に避けていたアイ。彼女が直前までいた空間を、光芒は貫き…改めての視認と共に、アイは理解した。それが、砲撃であると。見えたのは全て、戦闘艦だと。

 

「おいおい艦隊って…これが第四関門だってのか…!?」

「……ッ!信国連艦隊…!?」

「信国連…って事は、各国の正規軍…の再現データな訳ね…!」

 

 初撃を避けた後もすぐに、同じ艦から、更には別の艦からも次々と砲撃が放たれる。一撃一撃がまともに受ければ女神であっても一堪りもない、プロセッサなど一瞬で消し飛ぶような光芒と砲弾がアイを襲う。後を追うイリゼとエストも、各艦の射程圏内に入った瞬間標的と認識され、砲火に晒される。

 

「艦隊による対空砲火…中々壮観だね。国軍が女神に砲撃を行うのは問題がありそうだけど…というか、あれには神生オデッセフィアの軍もいるのでは?」

「いるわね、けど問題ないわ!だってただのデータ、言ってみれば戦闘シュミレーションみたいなものよ!」

「凄い爆発をしている…あれは当たったら痛そう……」

『いや、痛いどころの話じゃないけどね…』

 

 三人に続きうずめも第四関門に到達し、四人は砲火を避けながら進む。荷電重粒子砲に電磁投射重砲、更には収束魔力砲による超出力の砲撃に続き、各艦から放たれる多数のミサイルが猛烈な勢いで四人の女神へ襲い来る。

 とはいえ、四人はひやりとしつつも然程焦ってはいない。だがそれもその筈で、今のところ撃ち込まれているのは全て対艦用の…言うなれば同じ艦船や、それに匹敵する巨大な存在へ有効打を与える為の兵装。威力や口径こそ脅威になれど、女神という人と変わらない背丈を持つ存在は、標的としてはあまりにも小さ過ぎるのであり、四人からすれば「気を付けていれば普通に避けられる」攻撃でしかないのである。

 そう。主砲や副砲、収束魔力砲に長距離対艦ミサイルといった兵装は、小さく素早い存在への攻撃には向いていない。だが…戦闘艦の有する火器は、戦闘艦の持つ力は、それだけではない。

 

「ふふん、この程度の弾幕じゃわたしは止められな……っと、とと…ッ!」

 

 砲撃を躱し、ミサイルを魔法で叩き落とし、不敵な笑みを浮かべたエスト。そこに誇張はなく、事実通りではあったが、そこでエストはいつの間にか、先行するアイとの距離が縮まっている事に気付く。一瞬それを、遠隔攻撃能力…特に対ミサイルにおける迎撃の面で自分が彼女より長けているからだと考えたが、すぐにそれだけではないと感じ…すぐに、真の理由を理解する。

 電磁投射により超高速で放たれた弾頭を、バレルロールの軌道で背にするようにして避けたエストは、それによって速度を落とす事なく更に前へ突進しようとした。だが、そこでエストが目にしたのは、これまでとは明らかに密度の違う弾幕。反射的に大きく回避運動を取った事で弾幕に飲み込まれる事からは逃れたものの、すぐに弾幕は迫ってくる。文字通り幕の様に弾丸と光弾が殺到し、エストは勿論競り合っていたイリゼの進路も力技で阻む。

 

「全員艦隊の近接迎撃が届く距離に入ったわね!第四関門の真の脅威は、ここからよ皆!」

 

 実況するセイツの言う通り、近接迎撃距離での弾幕は段違い。光実織り混ざった機銃と、迎撃用の小型ミサイル。艦体各部から放たれるそれ等が嵐の様に四人の女神へ殺到し、ここまでは最小限の動きで進んでいた四人を一気に削る。

 そして、それだけではない。単艦で小規模艦隊と正面戦闘をし得る戦闘能力を求められて開発された艦同士による艦隊による、単純な数以上の火力を感じさせる迎撃と共に、各艦のゲートが開き、カタパルトに光が灯り、そこから艦載機が…各国のMGが出撃していく。

 

「戦闘艦隊に巨大人型兵器の大部隊…ふんッ、出る作品間違ってそうだな!」

「それは流れ弾喰らう人達が微妙にいるからそれ以上は言わないでもらえるかなぁ!?」

「いりっち、この中でも突っ込む余裕あるなんてさっすがー♪」

「余裕があるから突っ込んでる訳じゃないんだけどね…ッ!」

 

 艦から飛び立ち、地や空を駆けながら銃口を向けるMG部隊。隊列を組み、攻撃を開始した事により、更に四人の速度は落ちる。

 圧倒的な火力を持つ艦隊の砲撃と、自在に動き回り、四方八方から仕掛けるMG部隊。その迎撃は正に雨、文字通りの弾雨。

 

「五つの国家が誇る有志達、それを相手にするとこうも雄々しく強大なのか…!それぞれの国のみでも強い者達が手を取り合い、協力する事で、更なる力を実現する…再現データとはいえ、それをまたこの目で見られた事が、私は嬉しい…!」

「おねーさん楽しそうね、やっぱ実は余裕あるんじゃない?」

「てか実際、この関門はちっとばかりイリゼが有──んなッ、なんだこいつ速ぇ…!」

 

 ミサイルとMG部隊の両方に追われながらも、イリゼが上げる嬉々とした声。それをエストがからかうように指摘すれば、神生オデッセフィアの軍は勿論、他国の事も多少なりともイリゼには知識があるであろう事へアイが言及し…直後、一条のビームがアイへ迫る。それを躱し、その射手も軽く振り切る…かに思われたが、アイを狙った射手は、彼女の髪と同じ深紅のカラーリングを持つその機体は、重厚な見た目からは想像も出来ない程の高機動で以ってアイを猛追。

 

「あ、あれは…あの総帥が乗っていそうな機体は…!」

「え?ズェピア、あの機体を知っているの?」

「知っているというか、なんというか…もしかすると今のは、ここ最近で一番の驚きかもしれない……」

 

 追撃を今度こそ振り切るべくアイが縦横無尽に飛び回る中、ズェピアは「よく見ると色々違う…パチモンか?だとしても明らかに似てるのがある辺り、ゲイムギョウ界怖っ…」と、内心で思いつつ驚愕。

 更に、女神へ追い縋るのはその一機のみではない。航空形態で突撃する一部隊を魔法で次々迎撃するエストは、道を開くべく別方向からの一機も撃ち墜とそうとする…が、パープルとライトグレーの機体はロールで回避。その挙動を見たエストは回避先へ、予測される場所へ置くようにして魔力の光芒を撃ち込むも、その機体はロールの終盤、回り切る直前で変形を掛け、抵抗による強引な急ブレーキを掛ける事によって、エストの第二射すらも紙一重で躱す。

 

「わたしが外した…!?何よこの機体…!」

「……ッ!データとしては知ってたけど…なんて変則的な動き…!」

「わわっ、こっちも速いぃぃ…!」

 

 変形からの反撃にエストは対処。イリゼも特異な武装構成を持つ、二機で組んで仕掛ける機体への対応を余儀無くされ、うずめもまた、ある漆黒の機体がコンテナから引き出した長距離砲とロケットランチャーの同時使用を受け、回避先を着実に潰されていく。女神側に被弾はなく、多数のMGや艦隊の砲撃を躱しながらも凌いでいる辺り、やはり女神の力は圧倒的なのだが、セイツが『山場』と言っていたのも頷けるような猛攻が女神達を抑えていた。

 

「皆、大変そう。エスト、頑張れ。イリゼも頑張れ。アイもうずめも、頑張れ…ふぁいと、ふぁいと?」

「なんだかSTRが上がりそうな応援ね…ここまでは出し惜しみなしで四人の女神に喰らい付いて言った信国連艦隊。でも、逆に言えば次々手札を見せていったとも言えるわよね?となればここからは……」

 

 最後までは言わず、代わりにセイツは小さく笑う。このまま突破出来ずに終わる筈なんてない…そんな風に視線を送る。そして、それに答えるように…少しずつ、状況は動き始める。

 

「ほにゃーっ!よーっし、ここから突破するよ〜!」

 

 初めに動きを見せたのはうずめ。メガホン越しの音波攻撃で道を開いたうずめは、そこへ突っ込むと共にシェアエナジーを用いた防御を展開。左腕の盾より出力される、外部へ向けて渦巻くシェアエナジーのシールドは、射撃やミサイルを弾き、流し、うずめは作り出した道が塞がれる前に駆け抜けていく。

 その後を追うように、エストも魔力障壁を張り、MGの間を縫うように飛びながら着実に前へと進んでいく。どちらも主砲・副砲クラスの攻撃は防ぎ切れないという事なのか、或いは防げても負担が大きく非効率という事なのか、攻撃によっては回避を優先してはいたが、それでもある程度の攻撃はそのまま突破してしまえるというのは大きく、段々と二人の速度は増す。

 では、残る二人…イリゼとアイはといえば、こちらもこちらで中々のもの。エストとうずめは比較的威力の低い攻撃を纏めて防いでいるのとは対照的に、イリゼは斬り払う事で、アイは蹴り砕く事で、ある程度の威力がある攻撃を真正面から迎え討ち、前者二人程ではないにしろ速度が戻り始める。始めるのだが……

 

「ふ…ッ!」

「くぁ…ッ!?イリゼテメェ、斬った砲弾の破片がこっち飛んできたじゃねぇか!」

「あ、ごめん…」

「ちっ…ま、わざとじゃねーなら許してやるよ。自分の事で必死なイリゼを咎めるのも可哀想だしな」

「…へぇ…いやいや、ほんと申し訳ない事してしまったよ、重ねて謝罪させてほしい。アイが破片一つで流れが狂う程一杯一杯だったとは、微塵も気付いていなかった」

「…………」

「…………」

 

 

「上等だコラァ!」

「はっ、それはこっちの台詞だ…ッ!」

 

 好戦的な女神の性という事なのか、嘗ての全身全霊を尽くした引き分け以降張り合いがちな二人故か、互いに吠えると両者は遠隔攻撃を一切合切容赦無く放つ。弾幕など知った事かとばかりに、双方瞬く間に速度を上げる。

 

「こ、これはまた……うずめとエストちゃんが冷静に効率良く進んでる一方で、イリゼとアイは冷静さも効率も投げ捨てたわね…」

「しかし、上手い事互いの攻撃が相手の周囲の機体やミサイルを吹き飛ばしているというか、アシストし合っているようにも見えるね…」

 

 二人の行動には流石に実況席でも苦笑が漏れる…が、中々どうしてその結果は悪くない。何度も攻撃が掠め、プロセッサに弾痕こそ残るものの、それはそれとして進んでいく。

 間違いなく、ここまでで最大の障害となった第四関門。それでも女神の前進を、その飛翔を阻み切る事は出来ず…遂に四人は、信国連艦隊の猛攻を突破。

 

「ふっふっふー、遂にうずめが一番〜♪」

「…と、思った?でもすぐ後ろにわたしがいるんだからね…!」

 

 防御にかけては彼女の方が上手だったという事なのか、僅かにうずめが先行する形で、まずは二人が迎撃を抜ける。それに少し遅れる形で、イリゼとアイも迎撃を振り切る。

 四人全員、ここまでくると疲労や消耗も否めないという事なのか、スタート直後に比べると多少ながらスピードは落ち、正面に先行する二人が見えているからか、追い掛ける二人は張り合いを止めて逆転へと意識を向ける。そうして見えてくるのは、第五の関門。

 

「漸くここまで辿り着いたわね!次が最後の関門にして、ゴールが併設された終着点よ、皆!」

「そういえば…今更ながらセイツ君、段々と実況というより、四人への呼び掛けが主体になっているね」

「あら、貴方だって解説というか、考察担当みたいになってるじゃない」

「おっと、それは確かに。ではお互い様という事か」

 

 ゴールが併設されている…それはつまり、ここでの結果が最終的な勝利へ直結をするという事。それがあってか、四人はまたスピードを上げていく。残りの力を注ぐように、速度を上げ…しかし全員がその判断をしている為に、順位は変わらない。変わらぬままに第五関門へと近付いていき…四人が目にしたのは、第三関門を思い出させるような舞台。一見素通り出来そうな、簡素な場所。

 

「……?ここでは何を…ほにゃぁ!?」

「へ?何よ急に止まっ……わっ!?」

 

 舞台上へと辿り着いた瞬間、突然急ブレーキを掛けるうずめと、それに疑問を抱いた直後、同じ行動を見せるエスト。

 何故二人が急に止まったのか。それは、二人の眼前に、止まるよう指示する表示が出た為。いきなり眼前に表れた事もあり、取り敢えず二人は急減速を選び…イリゼとアイも同様にストップ。全員が困惑する中、表示の内容は変わり、四人はスタート前の様に並び立つ。

 

「これは…セイツ君、どういう事かな?」

「休憩?沢山飛んだから、ここで少し休む?」

「焦らないで、説明を……いや、するまでもないわね。まずは後ろのボタンと正面のフラッグを確認して頂戴」

 

 実況席にも困惑が生まれる中、セイツはより直接的に四人へと呼び掛ける。言われた四人が振り返れば、そこには四つの台とボタンが、正面には舞台上に置かれた一本の小さな旗があり…だがそれを確認したところで、困惑は晴れない。だからこそ四人と実況席の二人、計六人がセイツに注目する中、セイツは息を吸い……言う。

 

「さてと、準備はいいわね!第五関門に四人全員が揃ったって事で…第五関門、早押しフラッグ勝負よ!」

『早押しフラッグ勝負?』

「その名の通り、これから出されるクイズに早押しで答えて、正解したらフラッグを取って舞台の端にあるゴールに向かうって事よ!最後は身体的な速度だけじゃなく、思考速度も求められるって訳ね!」

『って、事は……じゃあ今までの競争は何ッ!?』

 

 内容を把握し、理解した次の瞬間…どうも説明を聞く限り、全員揃うまではここで待つ必要があったらしい事に対して四人は突っ込みながらずっこける。これにはズェピアも「えぇー……」という表情であり、ここまでの勝負は何だったんだと四人からの猛抗議が入るも、セイツは「だって、そういうルールだし…わたし変だなとは思ったけど、あくまで実況の役をしてるだけだし…」という言葉で一蹴。そう言われてしまえば…というか、事実実況してるだけのセイツに言っても仕方ないと判断した四人は、渋々ながらもそれを受け入れ、第五関門へと意識を戻す。

 実際問題、トップでなかった三人にとっては、むしろありがたいルールでもあった。逆にうずめからすれば不利益なルールではあったが、彼女は彼女でポイントを稼ぎ優勝するという全体の勝負ではなく、単にこの勝負にのみ飛び入り参加しているスタンスである為、勝利よりも内容を重視している部分が強く(勿論勝利も狙ってはいるが)、実はそこまで不満もなかった。そのような背景も手伝う事で、四人は納得したのである。

 

「こほん、それじゃあ皆、当たり前だけど一度しか言わないし、分かった時点で押していいんだから、心して聞いて頂戴」

 

 落ち着いた声音で語り掛けるセイツの言葉を受け、四人の表情も引き締まる。早押しならば、勝負は一瞬で決まる事も十分にあり得る。その思いが、再び四人へ緊張感を抱かせ……問題は、明かされた。

 

「問題!──今、何問目?」

『一問目にそれ出す!?』

「あ、皆答え言っちゃった」

 

 ずさーっ、とヘッドスライディングばりに再びずっこける四人。イリスが段々とコメントする中、はっとした顔になった四人は跳ね起き、イリゼとうずめは引っ叩くように、アイは跳ね起きざまの横蹴りを触れさせる形で、そしてエストは持っていた杖で最早半ば殴り付けるようにボタンを押し、ほぼほぼ同時に「一問目!」と回答。直後に正誤の判断を待つ事なく舞台の床を蹴り、置かれたフラッグへ向けて飛び込む。

 杖を介した事で一番のリーチを得たエストが、僅かに…本当に僅かな距離ながらもリード。続くのは脚という手よりも長い部位を利用したアイであり、イリゼとうずめはそこへ続く。

 またもやヘッドスライディングか、とばかりの飛び込みで、床を蹴った四人は手を伸ばす。元々ボタンからの距離はそう遠くなかった事もあり、僅かでも先行していたエストの指が、置かれたフラッグの柄に触れる。…が……

 

「取っ……られたぁ!?」

「悪ぃな、けどこれは貰っ…ぬわっ!?」

「フラッグゲット〜!これはうずめ……」

「ではなく私の…あぁっ!?」

 

 思わず掲げてしまったエストの手から、アイがフラッグを奪取…するもすぐにうずめに取られ、しかしうずめもイリゼに取られる。即座にイリゼは飛び立とうとするが、当然三人がそれを許す筈もなく、そこからフラッグは取り合いに。

 あっという間に巻き起こる、揉みくちゃの状態。四者それぞれに違う魅力を持つ四人の取り合いは、ともすればキャットファイトと形容する事も出来そうなものだが…実際に起きているのは、あまりにも激しい攻防戦。その白熱(?)した取り合いに、ある意味実況席は息を呑む。

 

「凄い戦い…これが早押しフラッグ勝負……」

「うん、違うよイリス君。本来こんなクイズ…クイズ?競技?…はないし、仮にあったもしてもこれは例外中の例外だと思うよ」

「えっと…でぃ、ディールちゃん!一応救護担当者として向かってくれる?多分大丈夫だと思うけど、一応…」

「あ、はい。…巻き込まれたくはないなぁ……」

「……ディール君、いたんだね…」

 

 煙が巻き起こり、顔や手足が時々見えては煙の中に引っ込むという漫画やアニメ的表現すら何故か出てくる程の、四人のフラッグ攻防戦。それは長く、やたら長い間続き、そして……

 

『…折れた……』

 

……その煙が収まった時、四人は何とも言えない顔をしていた。四人の手にはそれぞれフラッグの破片が…イリゼの手には柄の上部、アイの手には柄の下部、エストの手にはフラッグの土台部分、うずめの手には柄の先端と布部分が握られており、見るからにぼろぼろの姿で「これはどうすれば…?」という視線を実況席に向けていた。…そんな四人は、取り合っている内に移動してしまったようで……全員ゴール地点に立っていた。

 

「あー…っと、セイツ君。この場合どうするかのルールは……」

「そんなの想定されてないわね…ど、どうしようかしら……」

「…全員持ってるから、皆仲良くゴール?」

「…………」

「…………」

 

『…それかなぁ……』

『えぇぇ…!?』

 

 それ以外だと何にしても荒れそうだし…と、何とも消極的なテンションで肯定を示す二人。だがそれは、競い合っていた四人にとっては全く望んでいない形であり……そんなぁ、とがっくり肩を落とすのだった。

 

 

 

 

 全員フラッグ(の一部)を持っているし、もうゴール地点に入っているし、これで決着。ポイントは山分けという事で…という形にされてしまった。…不満ッス。凄まじーく不満ッス。

 

「んもう、いい加減機嫌直して頂戴。というかこの決着は、何故かまあまあな距離移動しちゃった貴女達にも責任はあるのよ?」

「そうかもしれないけど…しれないけどぉ……」

「それはそれ、これはこれッスよ…こんだけ全力でやった結果が、こんななし崩し的な終わり方だなんて……」

 

 イリゼと二人、はぁ…と大きく溜め息を吐く。まあもう、エストはウチ等共々手当てを受けた後はすぐに行っちゃったッスし、うずめも「折角だし、このポイントで軽く遊んでくるかな」とか言って街に繰り出していったッスし、もう再戦も叶わない訳ッスけど…。

 

「…なら何か、別の勝負でもする?わたしも実況の報酬でポイントを得たけど、あんまり多くないし…何より、あんな熱戦を見せられたら、燃えるに決まってるもの」

「って言われても…別の勝負をしたとしても、多分消化不良になる気がするんッスよね…」

「同感…とはいえ、何もしなかったらもっと消化不良な訳だし…うーん……」

 

 今度はイリゼと肩を竦め合う。にしてもほんと、第五関門は妙というか、色々おかしかったッスね…ギャグといえばギャグッスけど、それにしてもおかしいというか…。

 

「おや、また何か勝負をするのかい?流石は女神殿、まだ余力を残していたとは」

 

 と、そこで不意に聞こえてきた声。この声は…と思いながらそっちを向けは、いたのは解説を務めていたズェピア。

 

「…ふむ、エスト君たちはもう行ってしまっているようだね」

「そうだけど…ズェピア君、どうかしたの?」

「いや、君達に一つ、提案があってだね。良い舞台を見せてくれたお礼、という訳ではないが…再勝負の前に、リフレッシュをするのはどうかな?」

『リフレッシュ…?』

 

 なんだか胡散臭い雰囲気で話され、ウチ等は困惑。いや、だって…普段からマントを羽織ってて、いつも目を閉じてて、全体的に芝居掛かった話し方をする吸血鬼ッスよ?これを胡散臭いと言わないのなら、某月外縁機動統合艦隊の司令も胡散臭くない大人になるッスよ。…まあ、胡散臭いだけの男って訳でもないようッスけど。…こほん。

 それはともかく、言っている内容的には気になるものがある。そう思ってウチ等が訊き返すと、ズェピアはこくりと一つ頷き…『それ』の事を、語った。




今回のパロディ解説

・某暗殺チームの一員
ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風に登場するキャラの一人、ギアッチョの事。要は目に留まらない(視界に収められない)程の速さ、という事なのでしょう。

・総帥
ガンダムシリーズ(宇宙世紀)に登場するキャラの一人、シャア・アズナブルの事。まあ、ズェピアからすればこの反応は当然かもしれないですね。

・「わたしが外した…!?何よこの機体…!」
機動戦士ガンダム00に登場するキャラの一人、ロックオン・ストラトス(兄)の台詞の一つのパロディ。回避の仕方はグラハムのそれを意識しています。可変機ですしね。

・STR
原作シリーズにおける、キャラクターの能力値の一つの事。要は力、とか物理攻撃力ですね。パロディではないですが、一応解説として入れました。

・某月外縁起動統合艦隊の司令
機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズに登場するキャラの一人、ラスタル・エリオンの事。ロボット要素があったからですが、今回はガンダムパロが多くなりました。


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第二十七話 乗りこなし、駆け抜ける

 聞いた話だけど、最強じゃなくて最速を決める勝負があったんだとか。これにグレイブが参加しなかったのは、最強ならまだしも、最速にはそんなに興味がないから…とかじゃなくて、単に知らなかっただけなんじゃないかなぁ、と思う。

 けどまぁ、それはどうでもいい話。グレイブが出なかった理由はそこまで気になる訳じゃないし、僕が出てもまず勝てなかったと思うから、そういうのがあったんだ、凄いなぁ…で終わる話。それよりも…僕にはこれから勝負がある。僕にも、勝負がある。──誰が一番速いかを決める、もう一つの勝負が。……なーんてね。

 

「ワイトさんにグレイブに愛月、それにネプテューヌか…相手にとって不足なし、だな」

「へへ、悪いが勝つのは俺だぜ?カイト」

 

 まだ始まっていないのに、もうバチバチとした雰囲気を見せる二人。いつも通りって言えばいつも通りなグレイブと、勝負が楽しみだ…って感じの雰囲気をしたカイトさん。どっちも準備万端、用意ばっちりみたいで…そのやり取りに、ネプテューヌお姉ちゃんも入っていく。

 

「ちょっとちょっとー?盛り上がってるみたいだけど、こういう時に勝つのは何だかんだ言って主人公…つまり、このねぷ子さんなんだからね?」

「いや、俺も主人公だし」

「グレイブはそういう事を、ほんと平然と言うよな…平然っていうか、真顔っていうか……」

「自分が言うのもアレだけど、グレイブ君はある意味凄まじいよねぇ…」

 

 さらっと返すグレイブに、二人は苦笑い。いやほんと、グレイブは『ある意味』凄まじいんだよなぁ…と思いながら眺めていると、後ろから声を掛けられた。

 

「愛月くんは、一緒に話さないのかい?」

「あ、ワイトさん…僕はそれよりも、これからの勝負に意識を集中させたいなー…みたいな…?」

「おっと、なら話し掛けない方が良かったね。すまない愛月君」

「ううん、大丈夫。大丈夫っていうか……向こうの話が段々気になってきて、あんまり集中出来てなかったし…」

「はは…確かに近くでされたら、気になってしまう話だね」

 

 あはは、と僕もワイトさんと苦笑い。グレイブは勿論、他の三人も強敵だし、ちょっとでも集中しておきたかったんだけど…この調子じゃ無理かなぁ…。

 とかなんとか思っている内に、開始の時間になって…スタート地点への道が開く。

 

「やっとか、待ちくたびれたぜ」

「ほんとに?グレイブ君、まだまだ元気一杯だよね?」

「じゃ、待ち…待ち…この場合、何が良いんだ?」

「待ちに待った、でいいんじゃないかな?」

 

 あ、それだ!と言いながらグレイブは真っ先に駆けていって、助言したワイトさんや、聞いていた僕達もそれに続く。

 ここは、凄く広いレース会場。単に楕円形のコースを回るだけじゃない、レースゲームみたいなコース。そして勿論、これは勝負で…だけど、ただの競争じゃない。

 

「よ、っと。目指すは勝利の一択…なんてな」

 

 カイトさんの横に現れる、楔みたいな形をしたボード。それをカイトさんが押すと、ボードは倒れて…けれど地面には落ちずに、ふわりと浮く。カイトさんはそれに乗って、ボードの後ろにあるブースターみたいなところから軽く炎を噴射して、その場で軽々横回転。

 

「ふふーん、いくよ相棒(仮)!」

『仮…?』

 

 ちょっと気になるお姉ちゃんの発言…はともかくとして、お姉ちゃんはカイトさんの時と同じように現れた、紫のバイクに乗り込む。それは横に…N?のマークが付いてて、前にはお姉ちゃんの髪飾りによく似た模様のある、がっしりした見た目のバイクで…よく分からないけど、お姉ちゃんはそのバイクを「凄く親近感が湧く!まるで自分みたいな気がする!」…って事で選んでいた。

 そう。これは自分で走ったり飛んだりする競争じゃない。競争は競争でも、何かに乗って競い合うレース。

 

「頼むぜブラスト!」

 

 ひょい、っとグレイブが投げるボール。そこから出てくるのは、もうきんポケモンであるムクホークのブラスト。ばさり、と一つ羽ばたいて着地したブラストの目はやる気に溢れていて、それを見たグレイブは自信満々な様子で笑う。

 ここで何に乗るかは、エントリーのタイミングで選択肢が出てきて、その中から選ぶ…ってシステムになっている。で、内容は一人一人違うみたいで、僕とグレイブの場合は、ポケモンも選択肢に入っていた。…そう、グレイブだけじゃなくて、僕も。

 

「頑張ろうね、ティガ」

 

 レースに僕が選んだのは、でんせつポケモン(伝説のポケモンじゃないよ)のウインディで、ニックネームはティガ。がっしりとした身体と鬣が目立つ、四足歩行のポケモンで、勿論走るのは大の得意。…というか、全力で掴んでないと吹っ飛んじゃうかもしれない…。

 

「ムクホークにウインディか…グレイブ、ルート無視して空からゴールに一直線、とかはするなよ?」

「しないって、そんな事して勝っても面白くないしな」

「バイクに空飛ぶボード、格好良い感じの二匹のポケモン…いやぁ、バラエティ豊かだねぇ。でもって、こうなるとワイトさんのマシンに期待が高まるよね!ワイトさんは一体何に乗るのかなー…、って……」

 

 確かに皆違うもんなぁ、と僕はネプテューヌお姉ちゃんの言葉に頷く。バイクはほんとにレースっぽいし、カイトさんのボードもどんな感じになるのか凄く気になる。だからこのレースで勝負するもう一人、ワイトさんはどんなマシンに乗るんだろう、って僕も思って、一緒に振り返ったんだ、けど……

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 僕達二人、それを見て黙り込む。グレイブとカイトさんも、黙り込む。

 そこに、ワイトさんの隣にあったのは…ううん、ワイトさんが隣に立っていたのは、巨大な人型の機械。自然と見上げちゃうような、僕の何倍も大きい存在。それをゆっくり見上げた僕達は、それからゆっくりと視線をワイトさんに戻して…言った。

 

『ろ…ロボットぉ!?』

 

 驚く僕達に対し、ははは…とワイトさんは頬を掻きながら笑う。…これが神生オデッセフィアの軍隊で使われている、マエリルハっていうロボットなんだと知ったのは、この少し後の事だった。……まさか、ワイトさんが一番びっくりなマシンを出してくるなんて…。

 

「うぅ…さっきまではまだセーフだったけど、こうなると自分だけ地味な気がしてきた…自転車とかの方がまだインパクトあったかな……」

「いや、逆にこの面子だとバイクも目立つんじゃねーの?」

「自転車って…。…しかし、ロボットとレースか…ポケモンもだが、ほんと他じゃ経験出来ないレースになりそうだな…」

 

 なんだかちょっとお姉ちゃんが気にし始めたり、グレイブはもういつもの調子に戻り始めてたり、カイトさんは楽しそうな顔をし始めたり。…僕?僕は…一回落ち着く為に、温かくてふさふさなティガの鬣を撫でてたかな…。

 なんて、そんな事をしている内に始まったカウントダウン。その音を聞いた僕達は意識を切り替えて、僕はティガに跨がる。

 

(よーし…目指せ、一位!)

 

 ぐっ、と右手を握って、心の中で言い切る。そしてカウントは3に、2に、1になって……勝負は、始まった。

 

「よっしゃあ!初っ端からぶっち切るぜブラスト!」

「そうはいかないよ、グレイブ!」

 

 スタートダッシュを掛ける僕。皆も同じように動くけど、一番前に出たのは僕とティガ。これはスピードゼロの状態から、一気に加速する事だってティガが得意だったからこそ出来た事。…でも、すぐに皆も迫ってくる。

 

「ふふん!第一コーナーを先に曲がった方が先行だからね!…なんちゃって!……あっ、折角だからカードの時にもこれ乗りたかったなぁ…」

「何が言いたいのかイマイチ分からないが…第一コーナーは貰ったッ!」

 

 後ろからお姉ちゃんの声が聞こえて、最初の曲がり角が近付く。そこから遠過ぎず近過ぎずの距離でティガは曲がり始めて……そんな中で僕の目に映ったのは、燃え盛る炎。それと共に、サーフィンをするみたいにカイトさんがコーナーギリギリの位置へ滑り込んでくる。

 

(……!なんて火力…じゃなくて、出力…!)

 

 身体もボードもカーブの内側に向けて大きく傾けたカイトさんの、ドリフトばりのコーナーイン。そのブースターから噴き出る炎は、高威力の炎タイプ技を想像する程に激しくて…あ、違うよ?ブースターで炎タイプだからって、ほのおポケモンの方を言ってるんじゃないよ?…こほん。

 とにかく、凄い出力と勢いで滑り込んできたカイトさんは、そのままコーナーを曲がろうとしていた僕達を抜いていく。これにはティガも驚いていて…でも、次の瞬間にはティガも地面を蹴って、鋭くカーブを曲がっていく。炎タイプとして負けられない…そんな風に、迫っていく。

 

「やっぱ炎組は速いな…さぁて、ならどう攻めていくか……」

「しまった、完全に序盤のインパクトを持っていかれちゃったよ…ならちょっとクールダウンして、こっちは純粋なマシンである事を活かそうかな…!」

 

 声からして、グレイブとネプテューヌお姉ちゃんがそれぞれ三番手と四番手。すぐにグレイブが突っ込んでこないのは、ちょっと驚きだけど…グレイブの事だから、気持ち良く走れれば、じゃなくて飛べればそれで満足なんて思ってる訳がない。今はまだ静かなだけで、絶対どこかで仕掛けてくる。

 それなら、お姉ちゃんの言う事も分かる。ポケモンに乗ってる僕やグレイブは勿論、カイトさんのボードも、カイトさんの炎の力を吸収して噴射してるらしいから、頑張れば頑張っただけ疲れてスピードが出辛くなる。でもお姉ちゃんのはバイクだから、「息切れ」とか「疲れる」とかって事がない。だからお姉ちゃんの事は、後半戦になればなる程脅威になる…と、思う。多分。

 

「…って、あれ?ワイトさんは……」

 

 前を行くカイトさんの事は見えてるし、迫ってくるグレイブやお姉ちゃんの事も感じている。このレースは、全員が強敵。…と、思ってたんだけど…そこで、ワイトさんは?ってなる。インパクト的には一番大きかった、何気に一番ズルい気もするワイトさんとロボットの事は、ここまでは全く勝負に入ってなくて……けれど次の瞬間、僕の耳に轟音が響く。

 

「ねぷぅ!?」

「うぉわっ!?」

 

 凄まじい音と、二人の仰天したような声。それが何なのか考えるより前に、僕の横をそれが…ワイトさんの操縦するマエリルハが駆け抜けていく。

 速い。速いし…プレッシャーが、凄い。後から分かった事だけど、ここまで全然勝負に入ってこなかったのは、段違いに大きい分、加速能力じゃ劣っていたから。だけど今の通り、一度スピードに乗っちゃえば、一気に前に出られるだけの性能がマエリルハにはある。それが今、分かった。

 

「ワイトさん…!負けません、よ…ッ!」

「更に加速してくるか…いや、恐らく君だけじゃないだろうね…!」

 

 どんどん進んでいくワイトさんは、カイトさんにも追い付き…かけたところで、更にカイトさんの火力は増す。加速して、ワイトさんを引き離して……僕も、動く。

 

「一位を取り返すよ!ティガ、神速!」

 

 呼び掛けに応じて吠えるティガ。出来る限り僕が身体を密着させた次の瞬間、ティガは強く、思いっ切り地面を踏み締めて…加速する。でもそれは、ただの加速なんかじゃなくて……一気に、一瞬で、僕とティガはワイトさんを抜く。そのままカイトさんにも追い縋る。

 

「来たか愛月…!そうだよな、ウインディといえばその技だもんな…!」

「割と早くから使ってきたなー。今回は愛月も本気って訳か」

 

 出来ればカイトさんも抜きたかったけど、一歩届かなかった。…けど、大丈夫。まだまだティガは元気一杯なんだから。

…と、思っていた中で、また聞こえてくるグレイブの声。もう追い上げてきたのか、と思って振り返ると、そこには強く羽ばたくブラストの姿があって…その周りには、そこだけ強い風が吹いていた。

 一瞬で分かった。それは一時的に味方の素早さを上げる、『追い風』という技の効果だって。

 

「追い風…でもそれだけじゃ、ティガの神速には届かないよ!」

「だろうな!だが、神速は乱発出来る技じゃねぇし、一回毎の効果時間も追い風の方が長い!だから使い所次第って事だ、お互いになッ!」

 

 そう言って、少しずつグレイブは迫ってくる。今グレイブが言った通り、神速と追い風は全然種類の違う技。それに、お姉ちゃんもカイトさんもワイトさんも…それぞれ得意分野は違う。だから、そこも考えてティガに指示しなきゃいけないし…これはただの、普通のレースでもない。

 

「ティガ、そのまま真っ直ぐ!そこのぼんやり光ってる床の上を通って!」

 

 何度かコーナーを曲がった後の、直線。その中間辺りにぽつぽつと配置してある、見るからに「何かある」感じの床。その内の一つを、ティガはしっかりと踏んで…次の瞬間、僕の手元にぽんっとプリンが現れる。やけにデカい、バケツプリン位ありそうなプリンが。

 でもこれは、食べる用じゃない。これはレースを盛り上げるアイテムの一つで…使った瞬間、ティガは加速。

 

「っと、愛月は加速アイテムか…よっと!」

 

 その加速で、遂に僕は一位を奪還。そのままティガにジャンプ台を駆け上がってもらって、大きく跳躍。で、着地したところで、カイトさんの声がして…ぴゅーんと、頭の上を通ってバナナの皮が飛んできた。

 落ちたバナナの皮は、その場に残る。僕はそれをよく見て、ティガに指示を出して…避ける。

 

「…まぁ、避けるよな」

「普通に落ちてるだけだからね」

 

 足元に落とされたら危なかったけど、まあまあ遠くへ落ちたから、回避も余裕。カイトさんも声からして、あんまり驚いていない感じ。

…と、そこで一度振り返ってみる僕。すぐ後ろに迫るカイトさんの後ろでは、グレイブとワイトさんが競り合っていて、ジャンプ台から飛んだところでグレイブが一歩リード。その先にあるバナナの皮に対しては、グレイブは横ギリギリを通って避けて、ワイトさんも…えっと、噴射炎?…を出しながら機体を大ジャンプさせる事で飛び越え……

 

「んな……ッ!?」

 

……あ、コケた。空中で、するーんってマエリルハがバランス崩して転んだ。

 

「く、ぅぅ…!避けたのに、何故…!」

「ジャンプで上を通ろうとすると引っ掛かる、アイテムがあるタイプのレースゲームあるあるだね!ひゃっほーう!」

 

 墜落直前で立て直すワイトさんと、分かる分かるって感じの事を言っていたお姉ちゃん。それから最後尾のお姉ちゃんは、ジャンプ台から跳んだ瞬間ポーズを取っていて…その瞬間、ちょっぴり速くなった。…気がした。

 

「なんだかよく分からないが、置いてくぜワイト!」

「まさか軍用機がバナナの皮一つで姿勢を崩すとは…。やはりこの場においては性能や通常の物理法則よりも、レースのルールや仕様が優先されるという事か…」

((冷静だなぁ……))

 

 巨大ロボットがバナナの皮でコケるっていう、ここでしかあり得ないような展開への、妙に落ち着いたワイトさんの考察。そうなんだ…と思ったところで僕は視線を前に戻して、ティガに細かく指示を出す。色んな方向を見て、追いかけてくる四人の事も意識して、ティガが全力で走れるようにサポートする。

 そして、ここまでは…っていうかジャンプ台までは普通のレーシングコースみたいな道だったけど、ここからは自然の中を通るコースだし、その先には峠も見える。コースはどんどん難しくなっていく。

 

「流石はウインディ…けど、離されて…堪るかよ…ッ!」

「(ここで振り切れば、ティガの自信に繋がる筈。だったら…)ティガ、もう一度いくよ!神そ──」

 

 炎の音がすぐ側にまで近付いてきている。ここから引き離すには神速を使うしかなくて、でもここで引き離せれば、きっと大きなプラスになる。何回もは使えない神速だからこそ、ここぞって時に使っていきたい。

 決めたら後は使うだけ。並ばれる前に引き離す。僕はまた身体を密着させて、ティガに神速と言った…ううん、神速って言いかけた……その時だった。

 

「退いた退いたー!退かないと吹っ飛ばしちゃうよー!」

『うわっ!?』

 

 何か不味い。普段からしょっちゅう無茶苦茶な事をするグレイブと色んな旅している内に自然と身に付いた、僕の危険察知能力がそう感じ取った。そして、反射的にティガに横へ跳ぶよう指示をして、ティガが跳んだ次の瞬間…お姉ちゃんが、駆け抜けた。…虹色に輝く、物凄く目立ちそうなお姉ちゃんが。

 

「え、ね、ネプテューヌお姉ちゃん…!?」

「ゲーミングネプテューヌ、ここに見参!そしてさらば!」

「…あー、そっか…ネプテューヌ、最下位でアイテムを取った訳か…」

 

 障害物を跳ね飛ばしながらどんどん先を行くお姉ちゃんに、僕もティガも唖然となる。カイトさんの方は、何となく理解していたみたいだけど…え、もしかしてあれ?他のアイテムと一緒に、エントリーする時の情報で見た、順位が低ければ低い程出易くなる、一定時間加速&無敵を得られるスペシャルアイテムを取ったって事?…使ったらあんな、信じられない見た目になるの…?

 

「道を阻む物は片っ端からぶっ壊すよー!……あっ、切れ──ねぷぅぅっ!」

『あ、クラッシュした……』

 

 加速と無敵でどんどん距離を開けていくお姉ちゃんだったけど、障害物の看板を突っ切ろうとした瞬間に効果が終了して、正面衝突。しかも慌ててブレーキを掛けたんだろうね、慌てた結果変な操作しちゃったみたいで、バイクはウィリー状態になっちゃって、そのまま激突。それはもう派手にクラッシュして…後々この時の事は、『ねぷ子屋ウィリー事件』として語られるのだった…(byグレイブ)。

 

 

 

 

 レースに軍用機など、大人気ないにも程がある…表示された選択肢を見た瞬間、私はそう思った。巨大ロボットを用いたレース、というのは創作の世界では偶にあったりする訳だが、それはあくまでロボット『同士の』レースであって、でなければレースなど成立する筈がない。……と、初めは思った訳だが…よくよく考えたら、これは普通のレースではない。普通のレースになる訳がない。であれば、大人気ないなど考えず、最も良いと思えるマシンを選ぶべきだろう。…でなければ勝てないどころか、最悪勝負にならないかもしれない。割と、冗談抜きに。

 そしてその点においても、シミュレーターで何度も操縦の経験をしていたのは良かったと言える。良かったというか、その経験がある為に、選択肢にMGが表示されたのだろうが…全く世の中というものは、いつどこで、どんな経験が活きるか分からないというものだ。

 

「…これは…こちら、だな」

 

 障害物が多く、見通しもやや悪い森林エリアを抜ける。その直前にアイテムを取得出来るパネルの上を通り…出てきたのは、バナナランチャーという装備。それを得た私は、機体…神生オデッセフィアの主力量産機であるマエリルハの右腕部で保持し、正面に向けたところで数秒考え…反転。機体を回し、左右腰部に搭載されたスラスターで姿勢制御を行いながら、今来た道へとランチャーを放つ。トリガーを引いた瞬間、散弾の様にバナナ…の皮が飛び出し、それが道へと散布された。

 もしこれを進行方向に放っていた場合、マシンのサイズが桁違いな私は、自分の設置した罠を避け切れずにまた姿勢を崩していた事だろう。

 

「うわ、道がバナナの皮だらけに…!ここに来て細かいドラテクが求められるなんて…!」

「申し訳ありません、ネプテューヌ様。しかし、勝負ですので…!」

 

 後方のネプテューヌ様を妨害し、機体の向きを戻す。スラスターを吹かし、速度を上げる。

 マシンのサイズの大きい私にとって、森林エリアは不利な地形だった。だが、ここから先の峠はカーブこそあれど、コース上の障害物は少なく視界も悪くない。つまり、森林エリアで三人に差を付けられ、激しくクラッシュし大きな遅れを取ったネプテューヌ様と最下位争いをしていた今の状態からでも…まだ、逆転の可能性はゼロではない。

 

(山脈に沿う形での、緩いカーブと急カーブの連続…常にコース片側は何もない、コースアウトが落下に直結するコース……ならば…!)

 

 先行する三人は、距離はあるがまだ見えている。フルスロットルで追い掛ければ少しずつ距離を縮める事も出来るだろうが、そんな事をすればカーブを曲がり切れずに壁面にぶつかるか、落下で大幅なタイムロスをするかの二択。

 だが、それは普通に走った場合の話。軽快なこの機体の持ち味を活かす方法は…そしてレーシングの醍醐味は…他にもある…!

 

「峠攻め…緊張でヒリヒリするが、悪くねぇ…!」

「うん?そういや俺の場合、飛んでるんだから転落なんてしない訳だが、コースアウトした場合どういう扱いに…ってあっつ!カイトの後ろあっぶな!」

「そりゃ炎出てるんだから危ないに決まってるでしょ…ティガ、またカーブだよ!気を付けて!」

 

 一歩リードする愛月くんと、彼を猛追するカイトくんとグレイブくん。急カーブで彼等の姿は一度見なくなり、自分もそこを曲がればまた見えて、次の急カーブに至るとまた同じ状態となる。その内に一位はグレイブくんとなり、気合いを入れるようにブラストが高く鳴く。

 仕掛けるなら、ここ。峠の形が変わる手前で、一気に詰める。その意思の下、私はスラスターを全開で加速。その状態のまま、コースアウト必至の勢いのまま急カーブへと突入し……飛ぶ。

 

「届け……ッ!」

 

 走り高跳びの様に脚部で踏み切ると共に、スラスターの向きを斜め上へと可動させ、コースからその外へと、空へと飛び上がる。脚部と左右腰部のスラスターを全開にし、姿勢制御用スラスターもフル稼働させて、より高く、より遠くへと機体を飛ばす。本来この機体は支援無人機を兼ねる大型バックパックや、各部に追加装甲や武装を施す重装パックを装備して運用する機体であり、前者があれば余裕で飛び続けられる訳だが…無い物ねだりをしても仕方がない。

 目指す先は、次の急カーブ。通常、山に沿って進まなければいけないところを、スラスター全開での大跳躍によって短縮するのが私の狙い。つまりはレースゲームの醍醐味である…ショートカット。

 

(……ッ、僅かに足りないか…?…いや、届かせる…!)

 

 今の装備では完全な飛行には至れず、初めは斜め上方へと向かっていたマエリルハの高度は少しずつ落ち始める。まだ足りない、僅かだが目指す先には届かない。ショートカットは叶わず転落…そんな文字通りの『オチ』が一瞬脳裏をよぎり…だが私は手を伸ばす。機体の腕部を突き出し、マニピュレーターを広げ、伸ばし……崖を、掴む。それと同時に脚部を前に振り出し、逆噴射の要領で岩壁への衝突の勢いを和らげ、ぶら下がった状態から再度スラスターを全開噴射。飛んだ先のコースへ…そしてカイトくん達の前へと躍り出る。

 

「な……ッ!?ワイトさん!?」

「え、し、下から来た!?」

「そんな馬鹿な…ってそうか飛んできたのか!しまった、なんで俺は素直にコース通りの道を進んでたんだ…!」

 

 頭部を回して三人の位置を確認しつつ、機体はすぐさま走らせる。岩壁への衝突で胴体部や脚部の前面装甲にはかなりダメージが入っているが、行動には問題ない。

 ここまでは張り出す形となった山脈に沿うコースだった。だがここからは地形が変わる。緩いカーブの下り道になる。それは即ち、同じ手はもう使えないという事。だからこそ、自分はあのタイミングで実行した。どの程度飛行能力があるか分からないカイトくんはまだしも、完全に飛行しているグレイブくんには即座に真似されてもおかしくないのだから。

 

(開始前に見たマップの通りなら、峠エリアの残りはこの下り坂だけ。そしてそこを抜ければ、そう長くはない最後のエリアで終わる。逃げ切れるか…?)

 

 そう考えながらアイテムパネルの上を通り、出てきた直線攻撃用アイテムを後ろに向けて放つ。それは軽く避けられ、逆にグレイブくんから撃ち込まれた追尾型攻撃アイテムが迫ってくるが、私は当たる直前でカーブを曲がり、追尾能力を利用する事でアイテムを壁へと衝突させる。タイミングを合わせる為に若干スピードを落とした結果、後ろとの距離は縮んでしまったが、攻撃が直撃するよりはずっと良い。

 この機体は高機動型…とまでは言わずとも、一位を望めるだけの推力はある。不利な森林エリアは既に終わっている。だが相手は最大出力未知数のカイトくんに、まだ色々と未知なポケモンを駆るグレイブくん愛月くんに、色々な意味で未知…というか予想の付かないネプテューヌ様。全員揃って「こうだろう」が通用しない以上、何か手を打っておきたいところ。

 

「もうそんなに長くはない…だったらそろそろ、こっちも仕掛けるか…!」

 

 噂をすれば影が差す…とは違うものの、まるで私の思考が引き寄せたかのように、カイトくんが二人を抜く。やはり全力を隠していたのか、それとも単に直線や緩いカーブが続くコースでないと曲がり切れなくなるリスクを背負うからなのか…何れにせよ、カイトくんはこれまでで最高と思える速度で迫ってくる。

 だがグレイブくん達も負けていない。グレイブくんはブラストに翼を畳ませ、愛月くんもカイトくんの背後を取ってスリップストリームを図っている。どちらも凄いもので、グレイブくんはそこまで急ではない坂で翼を畳ませ落下による加速を得るという、判断を間違えれば…否、一瞬遅れるだけでも墜落するという危険極まりない選択をしているし、愛月くんに至っては噴出する炎の真後ろに陣取っている。どうも体勢からしてティガが炎を受け止めているようであり、そのティガは割と平気そうではあるが…だとしても、炎の中を突っ切るなんてそうそう出来る事じゃない。全く…大した度胸をしているよ、君達は…!

 

「特性のもらいびか、対カイトにゃぴったりの特性だな…!」

「ひぇっ、地面スレスレ…今更だけど、グレイブは感覚とか感性のネジが吹っ飛んでるんじゃないの…?」

 

 それぞれがそれぞれの形で、自分との距離を縮めてくる。今はまだ大丈夫だが、恐らくこの調子だと最終エリアで追い付かれる。そして、この場で私が打てる手はない。つまり…勝負は最終エリアでの選択次第。

 

「見えた……あれか!」

 

 下り坂が終わり、そのまま峠エリアも抜ける。その先にあるのは広い、とにかく広いドームの様なエリアであり…だが、長くはない。真っ直ぐ突っ切れば、一分もかからず最終エリアの端にあるゴール地点に着くだろう。…突っ切る事が、出来たのなら。

 

「ティガ、神速!終わった瞬間にもう一度だよ!」

 

 私が最終エリアに入った数秒後、愛月くんは瞬く間に追い付く一歩手前まで迫ってきた。更にたった今使った超高速移動を再度使用し、私を抜いて最終エリアの半ば辺りまで一気に駆ける。

 一見すればそれは、決着にも等しい展開。彼の勝利はほぼ決まったようなもの。だが……

 

「このまま何とか…おわわっ!?」

 

 ゴールまで駆け抜けようとした愛月くん。されどその前に…超高速移動が切れる前に、不意に現れた「それ」が、愛月くんを横から襲う。間一髪、彼とティガは避けたものの、そこで超速度は切れ、更に進路も阻まれてしまう。

 それは、鎖に繋がれた一体の猛獣。モンスターにも見えるそれこそが、最終エリア唯一の障害にして、このレース最大の関門。

 

「ぐッ……(あの速度に対応した時点で分かっていたが、反応が凄まじく早い…!)」

 

 四足歩行の猛獣が愛月くんの方を見ている内に、と後ろ側から突破を図るも、瞬時に気付かれ一瞬で肉薄される。はっきり言って、女神より速い。瞬間移動してるとしか思えない…というより、恐らく本当に瞬間移動している。一体の生物ではなく、生物の形をした妨害プログラムという事なのか、常識が通用しない。…そして、恐ろしいのは速度だけではない。

 

「だったらギリギリまで高く飛んで…ってやっぱり届くよなぁ…!」

 

 ならば、と同じく最終エリアに到達したグレイブくんは、上から突破をしようとする。されど猛獣の鎖の長さは高度限界に合わされているらしく、瞬時の跳躍でグレイブくんの事も阻む。

 純粋な速度でも、死角を突く事も、上から抜ける事も通用しない、情け容赦ゼロの障害。この障害があるが為に、真っ直ぐ突っ切る事は不可能。

 よって、この場における選択肢は二つ。それでも無理して中央突破を図るか、躱す事は諦め大きく回り込むかの、勝敗を左右する大きな二択。

 

(普通に考えれば、中央突破に賭けるべき状況。速度的に、安全策で勝つのは厳しい。…だがもし、誰も中央突破出来ないとしたら?……もしそうなれば、むしろ勝負を決めるのは、如何に速く『回り込む』という選択肢に踏み切れるかどうか。故に真に勇気が必要となるのは、もしも誰かが中央突破出来てしまったら…そんな不安を抱えながらも踏み切らなければいけない後者…!)

 

 カイトくんも到達し、四人それぞれに突破を図るも、やり過ごせる気配は一向にない。突破には何か条件があるのではないか、欠点や弱点を突かない限りはどうやっても突破出来ない障害なのではないのか…そんな風にすら思える状況だからこそ、妥協ではなく先を読んだ判断としての迂回が選択肢として現実味を帯びる。

 ここで求められるのは即断即決。この選択は後になればなる程失敗の確率が、誰かしらが中央突破を成功させてしまう可能性が高くなるのであり、そうでなくとも誰かに先を越されれば終わり。だが幸いにも、即断即決は慣れたもの。思い付き、それが今の最善と思えるのなら、迷わずするだけ。そしてその為に、私は機体の向きを変えようとした…その時だった。

 

「…あれ…?門が、閉まってない…?」

 

 不意に聞こえた、愛月くんの発言。反射的に私が見たのは、ゴールを兼ねているエリア端の門。そこを潜ればゴールとなる、このレースの終着点を担う門が…確かにこの時、閉まっていた。硬く閉ざされていた。

 一瞬、開閉を繰り返すギミックがあるのかと思った。…が、違う。門は閉じたまま動かない。

 

「おいおいどういう事だよこりゃ…」

「…そういえば…や、でも……」

「カイトくん、何か思い当たる節があるのかい?」

 

 何かに気付いた様子のカイトくんへと問い掛ける。何気なく訊いた訳だが、今は勝負中な以上カイトくんに答える義理はなく…しかし彼は答えてくれる。

 

「…俺、エントリーの後時間があったんで、コースとかアイテムの情報以外も、さらっと説明全体を読んでたんです。で、確かなんですけど…レースモードとは別の、チャレンジモードっていうので、この…敵?…を倒すとクリアになるやつがあったような……」

「…つまり、倒さなくてはゴール出来ないという事か?いや、だが、カイトくんの言う通りなら、それは今関係ない筈……」

「はい。それに、倒すのもアイテムパネルから出てくる攻撃アイテムを使ったり、ダッシュパネルでの加速を繰り返しての体当たりだったりをしていく必要がある筈なんですけど……」

「アイテムパネルもダッシュパネルもないよ…?え、待って、道を戻ってアイテム取って来なきゃいけないって事…?」

「いーや、それも無理みたいだぜ愛月。…入り口の方も、何故か閉まってやがる」

 

 言われて振り返ってみれば、このエリアと峠エリアとの境にも、膜の様な壁が出来ている。向こう側は見える…が、あれは引き返しを封じるものと見て間違いない。

 閉ざされたゴール。倒す事の出来ない障害。そして引き返す事も不可能。…おかしい、明らかにおかしい。

 

(やはり何かギミックがあるのか?何らかの手段で門を開けなくてはいけないという事か?だが、だとしてもそのギミックはどこにある。それにそもそも、これはレースじゃないのか?ギミックを起動させなければ先に進めない…それはレースゲームではなくRPGやアクションゲームの領分だろうに…!)

 

 ゲームが多種多様化した現代において、ジャンルや要素の垣根は大分甘くなっている。…が、だとしてもこれはおかしい。あまりにも唐突過ぎる上、こんな形での足止めなど、レースゲームとしては台無しもいいところ。

 なら、これは何だ。何がどうしてこうなり、どうすれば突破出来るのか。…そんな思考に、気を取られたのが不味かった。

 

『ワイト(さん)!』

「……ッ!しまっ……」

 

 猛獣の動きを伺う為に動き回る最中、猛獣のテリトリー…攻撃範囲内へと入ってしまう。平時ならともかく、思考によってほんの少し気が散っていた私は、猛獣の動きに反応が一瞬遅れてしまう。

 反射的に機体のバランサーを切り、敢えて姿勢を崩した事で、何とか初撃は避けられたが、姿勢が崩れている為に次の行動へは瞬時に移れず、当然立て直しも相手の方がずっと早い。そしてすぐさま放たれた二撃目、今度こそそれに対処する方法はなく……

 

「せー…のぉッ!」

 

──その時だった。フルスロットルで突っ込んできた…ウィリー状態となったバイクが、猛獣の横っ面に浮いた前輪を叩き付けたのは。

 

「わっ、とと…大丈夫?ワイトさん」

「た、助かりましたネプテューヌ様…。…いや、待った…ネプテューヌ様、どうやってここへ?あの壁を突っ切ってきたんですか?」

「え?うん、普通に通れたよ?」

 

 某健康優良不良少年ばりのスライドブレーキで止まったネプテューヌ様に返答すると共に、バランサーを再起動させ機体を起こす。即座に猛獣の届く範囲から離脱しつつ、浮かんだ疑問を口にする。

 まさかと思って峠エリアとの境まで行くも、やはり壁になっているらしく、通過は出来ない。という事は恐らく、この壁は一方通行。

 

「えっと…で、皆はここで何してるの?ゴールはあっち…ってあれ?閉まってる?」

「うん、それが……」

 

 困惑するネプテューヌ様へ、愛月くんが簡単に説明。するとネプテューヌ様は目を瞬かせると、あっけらかんとした顔で言う。

 

「なーんだ、そういう事なら簡単じゃん」

「簡単?簡単とは、何が……」

「だって、ゴールへの門は閉まってて、目の前にはあからさまに強敵!…って感じの存在がいるんでしょ?だったらそんなの、そいつを倒せば門が開く系のギミックに決まってるって!」

 

 これ位常識だよ常識!…とばかりに言い切るネプテューヌ様。…言いたい事は分かる。特定の敵を倒すと扉が開くというのは、それこそRPGやアクションゲームにおける定番のギミック。だがそれは、ある前提を満たしていなければ通用しない。その敵を倒せるという、大前提を。

 

「…ネプテューヌ、もしかして攻撃系アイテムをストックしてたりするのか?じゃなきゃ攻撃は……」

「ううん、してないよ。でもさ、今自分のアタックは通用したよね?あんまりダメージ受けてる感はないけど、当たった瞬間こっちがクラッシュしたとか、跳ね返されてとかはなかったよね?…なら、可能性はあるとは思わない?絶対いけるとは言えないけど…可能性がゼロじゃないなら、試す価値はあるって自分は思うな」

 

 再びあっけらかんと、何でもない事の様にネプテューヌ様は言う。いとも簡単に…されど適当ではない、可能性があるなら試してみたい、と心から思っている事が分かる声音で、私達へ向けて。

 一応、根拠も上げている。しかしそれは、確たる証拠と言える程のものではない。つまりこれは、乗るかどうかというより、ネプテューヌ様の言う可能性を信じるかどうか。…であれば、答えは一つ。

 

「…確かにそうですね。上手くいくかは分かりませんが…ただ手をこまねいているよりは、遥かに意味がありましょう」

「だよな。邪魔されないよう遠回りをして〜…ってのも癪だし、やってやろうじゃねぇか!」

「一旦勝負はお預けで、ここからは共闘だな」

「よーし、皆頑張ろう!」

 

 ぐっ、と拳を突き上げた愛月くんに、ネプテューヌ様が同調。それを見ていたカイトくんとグレイブくんはにっと笑っており……共闘、か。ここに狡猾な者がいたのなら、協力を装いつつも上手く出し抜いて、扉に近い位置取りをしておくところだろうが…きっと彼等はしないのだろう。

 

「では、私が奴を引き付けます。皆さんは攻撃を!」

「ワイトさん、いいの?」

「見ての通り、私が乗っているのは装甲に覆われたロボットだからね。囮役なら私が適任だよ…!」

 

 心配は必要ない、と愛月くんに言葉を返しつつ、早速私は突撃開始。まずはギリギリまで突っ込み、仕掛けられた後は腰部と脚部のスラスターを前向きにして正対しつつ引き付ける。

 猛獣の耐久性がどれ程のものかは分からないが、攻撃役は四人もいれば十分だろう。…と、思っていた私だったが……

 

「あれ!?刀が出てこない!?」

「こっちもだ…ここに来るまでにも一回試したが、炎もブースター以外からは出せねぇ…!」

「じゃあ攻撃出来ないじゃん!ちょっと!?成立しない作戦の提案したの誰!?」

 

……いきなり想定外の事が起きた。攻撃面は間違いなく女神級、場合によってはそれ以上かもしれないカイトくんと、女神であるネプテューヌ様が、攻撃役になれないという事実が判明した。…提案したのは貴女です、ネプテューヌ様…。

 

(何か武器は…ビームサーベル、これだけか……ッ!)

 

 だが、出せないものは仕方ない。そう意識を切り替えて、私はこの機体の装備を確認…したが、外見からも半ば分かっていた通り、あったのは近接戦用の荷電粒子収束剣だけ。…いや、よくよく考えたらこれだけでもあるのが驚きだが。レースなのに武装を積んでる時点でおかしいのだが。まあ、未使用時は両肩部に装着される関係で、一つの武装ではなく機体の一部として認識されたのだろう。とにかくないよりはマシだ、まともな武器である以上ずっとマシだ。

 

「グレイブくん、愛月くん、君達は攻撃出来そうかい?」

「問題ねぇ、技が使えるのはもう分かってる事だしな」

「こっちも大丈夫!」

「では、慎重に攻めようか。現実ではないとはいえ、十分気を付けるように!」

 

 右腕部で一本を引き抜き、改めて突撃。真っ直ぐ突っ込み刺突を掛けるが、猛獣には躱され、逆に爪を振るわれる。私はそのままスピードを落とさず、駆け抜ける形で反撃を避ける。

 

(やはり速い…が、奴に向かっていく分には非常識な反応も動きもしてこないか。ならば勝機は……)

 

 ある、と思いたいところだったが、そんな余裕は与えないとばかりに次々と攻撃をされる。非常識でないと言っても速いものは速く、単発の攻撃は対応出来ても、連撃をされるとあっという間に追い詰められる。端的に言って…不味い…!

 

「そっちばっか見ていていいのかよ。ブラスト、燕返し!」

「こっちもいくよ、ウインディ、炎の牙!」

 

 しかし次の瞬間、二つの攻撃が猛獣を左右から挟撃。鋭い翼の一撃と、燃え盛る牙の一撃が同時に猛獣を襲い、猛獣は叫びを上げる。

 直後に振り払われるグレイブくんと愛月くん達。…だが、今ので分かった。間違いなく奴は、ダメージを受けている。倒せる可能性は…確かに、ある。

 

「ふー……」

「…もしかして、何かする気?」

「あぁ。攻撃出来なくとも、やれる事はある筈だからな」

「うん、いいねそういうの。自分も言い出しっぺとして、見てるだけなんて事は…出来ない、かな…!」

 

 立て直し、次なる攻撃のチャンスを伺う中、凄まじい勢いで突っ込んで来たのはカイトくんとネプテューヌ様。なんという無茶を、そしてやっぱり提案者を覚えてるじゃないですかネプテューヌ様…という声を上げるよりも速く、二人は猛獣に肉薄し…左右に離脱。ギリギリで攻撃を躱し、尚且つ猛獣の注意を引き…猛獣から隙を引き出す。

 

「そこだ…ッ!」

 

 その隙を突く形で急接近を掛け、荷電粒子収束剣ですれ違いざまに一撃。光学の刃は猛獣の胴体を強かに斬り裂き…しかし、かなり深く入ったにも関わらず、猛獣は倒れない。加えて傷痕も残らない。…が、傷痕に関してはそれもゲームの様なものと思えば納得出来る。

 陽動としてカイトくん達が動き、隙を突いて私達が仕掛ける。五対一という事もあってこの戦法は上手く刺さり、次々と攻撃が当たる。攻撃を受ける度、猛獣は激しく唸る。されど、中々倒れない。倒れないどころか……

 

「こいつ、段々動きが激しくなってないか…!?」

「体力が減ると攻撃が激しくなるのはボスキャラのよくあるパターンだけど…実際に相手にすると不条理感凄いね!?体力減ったら普通動き鈍くなる筈だもん!」

 

 歯噛みするようなグレイブくんの声と、慌てて逃げるネプテューヌ様の叫び。

 今二人が言った通り、猛獣の動きは最初より激しくなっている。より素早く、より苛烈になっていて、次第に攻撃のチャンスがなくなっていく。前向きに捉えれば、それだけ追い詰めているとも考えられるが…追い詰めるだけでは意味がない。倒さなければ、結果は同じ。

 

「くっ、ぅぅ…!なんとか、一発…少しずつでも、ちょっとずつでも……!」

「…いや、駄目だ愛月君!少しずつダメージを与える形では、更に動きが激しくなって、完全に付け入る隙がなくなる可能性がある!」

「じゃあ、どうすれば…!」

「ははぁ、そういう事か。逆だ愛月、少しずつ積み重ねるんじゃなくて…これ以上激しくならないよう、大技で一気に決めるんだよ!」

 

 これであっているだろ?…と言うようにこちらを見てくるグレイブ君へ、そうだと返す。あくまで推測でしかないが、もし猛獣の体力が残り少ないなら、少ないからこその苛烈さなら、一気に決める事へ賭けるのは間違いじゃない。

 だが同時に、これは危険を伴う策でもある。大技は往々にして自分に隙を生み出してしまうものなのだから、失敗すればダメージを与えられないまま返り討ちになる事もあり得る。故に、部隊…もとい、面子によっては選べない選択でもあるのだが…ありがたい事に、今ここにいるのは全員が度胸と勇気を持った者達。彼等なら…彼等とであれば、やれる…!

 

「よっしゃ、愛月!ワイト!斬り込み役は頂くぜ?」

「任せたよグレイブ!」

「いや、それは私が…と思ったが、頼むとしようか…!」

 

 恐らく斬り込み役が一番危険なのだから自分が…と思っていたが、先を越される。その声に籠もった気概に、そうしようと思わされる。彼は自分の世界における、あるチャンピオンとの事だが…流石、頂点を獲った少年だよ、君は…!

 グレイブくんの意思を組み、もう一度カイトくんとネプテューヌ様が陽動をかける。今回は私もそれに続き、ある方向からカーブし突進。そして猛獣に突っ込まれる直前に機体を飛び上がらせる事で回避し…同時に、開く。この機体を壁にする事で猛獣から隠していた、グレイブくんの為の道を。

 

「さぁて、おねんねの時間だ!ブラスト、ブレイブバードッ!そして…イン、ファイトォッ!」

 

 私が進路を開けた次の瞬間には、グレイブくんとブラストが急加速。ブラストは輝きを放ちながら、猛烈な勢いで突進し…猛獣が振るった爪と激突する。激突し、跳ね除け、そのまま突進を喰らわせる。

 それだけではない。仰け反りながらも噛み付こうとした猛獣を制するように、ブラストはその強靭な脚と翼を用いて、猛獣の胴へ乱打を叩き込む。翼で、脚で、鉤爪で叩き、蹴り、何度も何度も打撃を浴びせ、更にはそこへ拳も混ざって……

 

「オラオラオラオラオラオラぁッ!」

『いやなんでグレイブ(君)まで殴りまくってるの!?』

「やれる事をやる、そんだけだッ!後、突っ込んでる場合じゃねぇだろ愛月!行けッ!」

「あ…うんッ!ティガ、まだ後一回はいけるよね?やるよ、神速ッ!」

 

 はっとした愛月君がかける追撃。最後の一撃だとばかりに拳と蹴りを叩き付け吹っ飛ばしたグレイブくんとブラストの背後を、愛月くんとティガは圧倒的な速度で追い抜き、猛獣へと追い縋り、突進を浴びせる。先の一撃を即座に再現するような、されどグレイブくんの時以上の速度でぶつかったティガの上で、愛月くんは猛獣を見据え…炎が煌めく。

 

「全力全開!炎の…牙ッ!」

 

 声が響くと共に、ティガは猛獣の喉元に喰らい付く。牙が食い込むと共に炎が吹き上がり、尚且つその状態で自身より数段大きい猛獣を引き摺り回す。全くもって容赦のない…しかしだからこそ、残る体力を確かに、一気に削り取るような攻撃が猛獣を襲う。

 されどそれでも、猛獣はまだやられない。初めは中々の速度だった引き摺り回しもその勢いが落ち始める。…だが、それならば私が決めるだけ。先に十分なダメージを与えてくれた二人に応える為にも、責任を持って仕留めるまで。

 

(終わらせる…!)

 

 推力全開で、猛獣へ迫る。二人の様に鮮やかな攻撃は出来ないが、それで良い。確実に、着実に倒す…プロに必要なのは、ただそれだけ。

 愛月くんとティガが、離脱する。入れ替わる形で、別方向から私が襲う。迫り、近付き、どんどん距離を詰めていき……次の瞬間、目が合う。

 

「な……ッ!?」

 

 息が、詰まる。側面から仕掛けていたにも関わらず、視界の外にいた筈にも関わらず、猛獣はこちら振り向いていた。モニター越しに、猛獣の目が見えていた。

 猛獣の前脚がぴくりと動く。間違いなく、次の瞬間には攻撃がくる。そして最大推力で突っ込んでいる今、避けられる見込みは薄い。仮に避けられたとしても、畳み掛けなければいけないこの状況でそれは不味い、不味過ぎる。

 ならばどうする、刺し違える覚悟でこのまま突進をかけるか。正直、それが上手くいく気はしない。だがだとしても、今はやるしかない。一か八かやるしか、それしか──

 

「させる、かよ…ッ!行って下さい──ワイトさんッ!!」

 

……そう思った、そう思っていた直後、ティガとは違う炎が…もう一つの火炎が駆け抜ける。空へ舞い上がるように、炎の噴射で彼が…カイトくんが飛び上がり、蹴り込むようにボードを放つ。これまでで一番の、爆音轟く炎をなびかせながら、ボードは猛獣に衝突し…大きく、仰け反る。

 生まれたのは、最大級の隙。最高のチャンス。されどカイト君は、このままいけば確実に墜落し、地面に激突する。この隙を活かし、仕留めるという事は、それを分かっていながら見過ごす事。彼の決死の行動を、『犠牲』とする事。……なんて、思う必要はなかった。そんな決断は、そんな覚悟は必要ないとばかりに…紫の一閃が、輝く。

 

「格好良いね、カイト。でも、そういうのは……一言言ってからにしてほしいわ」

 

 落下するカイトくん、その先へと駆けるのはネプテューヌ様。落ちる、地面にぶつかる…その寸前でネプテューヌ様は追い付き、バイクを手放し、身体を倒し…女神化。直後に砂煙が舞い…直前に見えたのは、後は任せたというサムズアップ。

 それを受けた時、私が猛獣の…仰け反り、それでもこちらを見ようとする奴の眼前にいた。…終わらせる為に。今度こそ、本当に…任された責任を果たす為に。

 

「これで……ッ!」

 

 機体を大跳躍させると共に、下から上に剣を突き出す。顔の下、顎の裏に荷電粒子収束剣を突き刺し…そのまま私はマエリルハを空へ。猛獣の、上へ。

 機体に備えられた全てのスラスターを駆使し、宙で回転。素早く、鋭く、一瞬で背面宙返りを掛け、機体のカメラと自分の目とで猛獣を見据える。それと共に、もう一振りの剣を抜き放ち、推進器を焼き切る覚悟で吹かし続け…突き下ろす。猛獣に飛び乗り、頭頂部へ刃を突き立て……押し込む。

 

「終いだッ!」

 

 顎と頭頂、上下から立て続けに突き刺され、貫かれたにも関わらず、猛獣は暴れる。狂ったように、割れんばかりの絶叫を上げながら、暴れ続ける。

 だとしても、離すつもりはない。全身全霊で猛獣の上に留まり、荷電粒子収束剣で貫き続ける。そして長く猛獣は暴れた末…動きが弱まり始める。力が抜けるように、燃え尽きるように、段々と弱まり、その一方で何故か赤く点滅し始め……

 

(ま、まさか…自爆……!?)

 

 咄嗟に、反射的に、機体の緊急脱出システムを起動。そんな馬鹿なとは思うものの、身体に染み付いた感覚が、考えるより先に私へ脱出を選択させ…コックピットブロックが、機体の背部から射出される。尚且つ備えられた小型スラスターで、コックピットブロックは飛んでいく。そうして私が宙を舞う中……事切れるように一鳴きした猛獣は、爆発した。

 

『…えぇぇ……?』

 

 危なかった、助かった…そんな感情より早く、何故猛獣が爆発を…?という疑問の方が上回る。それはグレイブくん達も思ったようで、地面に落ちたコックピットブロック内の私と声が重なる。

 

「……っ…!そ、そうだ、二人は…!」

「ふふっ…安心しなさい、無事よ」

「やりましたね、ワイトさん」

 

 その困惑が通り過ぎた直後、思考を掛けるのは二人の安否。先程グレイブくん達に言った通り、ここは仮想空間内とはいえ…それでも現実と見紛う程リアルな空間故に、私は焦りを抱きながら声を上げた。

 そんな私の言葉に答える、二人の声。気付けば砂煙は晴れており、二人はサムズアップをしていた。そして……

 

「おっし、そんじゃ倒した事だしレース再開……って、うん?なんだこの音…」

「この何とも軽快な音は……あ」

 

 聞こえてきたのは、ファンファーレの様な音。なんだなんだと皆が見回す中、私もコックピットブロックから出て、地面に降り……気付いた。いつの間か…恐らくは猛獣の爆発と共に開いた門。その内側に…ゴール地点に、自分がいた事に。

 

 

 

 

「あー、面白かった。レースもだが、最後にあんなバトルが起こるとは思わなかったぜ」

「だな。けど…幾ら何でもズルいぞワイト〜。あんなさらーっとゴールするとか、大人なのにセコくねーか?」

「ははは…すまない、でもわざとではないんだよ……」

 

 レースを終え、大会のロビーフロアに私達は戻った。そこで私は、不満そうなグレイブくんから軽く睨まれ、頬を掻く。…まさか、偶然とはいえ自分が狡猾な人間となってしまうとは……。

 

「…こほん。では、お詫びと言ってはなんだけど、今回の勝利で得たポイントで食事でもどうかな?」

「お、太っ腹だな。そういう事なら許すけど…代わりにがっつり食べさせてもらうぜ?」

「それって勿論自分達もだよね?スイーツもありだよね?」

「あ、スイーツなら僕も賛成!…と、思ったけど…疲れたし、今はお肉も食べたいな…どうしよう…」

「…奢り…そういえば……」

「ああ。先日と違って、今回は私が一位だからね。これなら君も気兼ねないだろう?」

 

 そんなやり取りをしつつ、私達は外に出る。中々ハードなレースだけあって、得られたポイントはかなりのもの。ここで仮に四人に食事を奢っても十分お釣りは来るだろうし…仮に今回のポイントを全て使う事になったとしても、彼等が楽しんでくれるのなら、不満はない。

 

「それにしても、最後のはなんだったんだろうね。あれは普通じゃなかったんでしょ?」

「読んだ説明の通りならな。だから説明が間違ってたか、それともこのレース…というか、大会のシステム?…が実は未完成で、そのせいでおかしくなってたとか……」

「うーん…一個、思い付いたのがあるんだけど……」

 

 結果的に私がズルい勝ち方をしてしまった訳だが、猛獣に対する勝利自体は全員で掴んだもの。その清々しさは確かに心の中にあり…だがそれはそれとして、疑問は残る。武器や炎が出せなかった事、ポケモンは攻撃が出来た事については、先程他のポケモンは出せなくなっていた、と言うのを聞いたのもあって、人や女神に対しては攻撃関連の制限がされていた(グレイブくんは殴ってもいたが…)と考える事も出来るが、この点に関しては、本当におかしいと思う。

 結局どういう事なのか。おかしな事もあったものだ…そんな感想で片付けていいのだろうか。そう私が考える中、何とも言えない表情をしたネプテューヌ様は、そっと右手を顔の横側辺りまで上げる。そして私達が見つめる中、「もしかしたら、もしかしたらだよ?」…という前置きをした上で……ネプテューヌ様は、言った。

 

「……これ、信次元の自分がノリで作ったか提案したかしたのを、そのまま組み込んだとかだったり…?」

『あー……』

 

 全会一致の、全員揃っての、あー。確かな証拠がある訳ではない…なのに妙に説得力のある言葉。

 ここで全員が何となく納得出来た辺り、信次元のネプテューヌ様は…それに恐らくはカイトくんの次元のネプテューヌ様も、私の知るネプテューヌ様と似たような性格なのだろう。…非常に失礼ながら、そう思う私であった。……割と本当に、そういう事をしそうな女神様ですから…。




今回のパロディ解説

・「〜〜第一コーナーを先に曲がった方が先行〜〜」
遊戯王シリーズにおける、ライディングデュエルのルールの一つのパロディ。カードバトルじゃないんですから、先行も何もないですね。先に曲がった方が先行してる、とは言えますが。

・ねぷ子屋ウィリー事件
水曜どうでしょうにおける、代名詞的な出来事の一つのパロディ。そういえばグレイブは前のコラボでもどうでしょうパロをしていましたね。…と、ふと今思い出しました。

・某健康優良不良少年
AKIRAの主人公、金田正太郎の事。お分かりの方もいるかもしれませんが、作中のスライドブレーキは、AKIRAの代名詞とも言えるアレです。折角バイクを出したので、このネタも入れてみました。

・(何か武器は…ビームサーベル、これだけか……ッ!)
ガンダムSEEDシリーズの主人公の一人、キラ・ヤマトの台詞の一つのパロディ。元ネタと違い、本当に火器無しの一種類だけです。ビームサーベルなので近接武器としては十分でしょうが。

 この他、アイテムを中心にマリオカートの要素(パロディ)を幾つか入れさせて頂きました。


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第二十八話 失堕の館

 今回のタイトルの『失堕』は、『失墜』の誤字ではなく、意図的なものです。


 ディーちゃんの様子がおかしい。そう感じたのは、現実でも数日が…仮想空間での活動も、結構な日数が経ってからの事だった。

 

「ふー、ぅ…ここって考えようによってはトレーニングに最適な場所よね。好きなタイミングで強力なモンスターに挑めるし、仮想空間だから普通だったら危険を伴うあれこれも、安全に試せる訳だし」

「…危険を伴うあれこれも試すつもりなの?」

「例えばの話よ、例えばの。さって、それじゃどこか寄ってかない?わたしとしては、今はアイスの気分……」

「えっと…ごめんね、エスちゃん、イリスちゃん。わたし、この後はちょっと……」

 

 クエストを終えて、街に戻ってくる。日数が経つにつれてクエストでも何でも一回辺りの稼ぎがどんどん増えていってるから、ちょっと位良いよねって事で、大きめの何かをやった後は、甘い物を食べてまったり休憩するのが恒例になっていた。

 けれど、少し前からディーちゃんは時々単独行動するようになって、今もそそくさと離れていってしまう。別に別々の行動をしちゃいけない訳じゃないし、昔程わたし達はいつもいつでも一緒、って訳だから、それをいけないって言うつもりはないんだけど……

 

「…ディール、また一人で行っちゃった」

「そうね…何かしてるのかしら…」

「秘密の、何か?」

 

 なんだか置いていかれた気分のわたしは、イリスちゃんに言葉を返す。

 秘密の何か、と言えば確かにそう。だってわたしもイリスちゃんも、ディーちゃんが何をしてるのか知らないんだから。

 

(一人で更に稼いでる…とかはないわね。ディーちゃんがわたし達を出し抜く訳ないし、そもそもそんな事をしてたらディーちゃんはわたし達より疲れてる筈なのに、これまでそんな様子もなかったし)

 

 少し考えてみるものの、これかも、と思うものは出てこない。そう考えている間にもディーちゃんの姿は小さくなっていく。

 

「…イリス、気になる」

「ま、そうよね。…考えてても仕方ない、か…」

「…追い掛ける?」

「えぇ。でも、イリスちゃんは待ってて頂戴。大丈夫だとは思うけど…万が一、って事もあるしね」

 

 まさかとは思うけど、ディーちゃんがわたし達にも秘密にするって事は、それだけ危険な何かに関わっているのかもしれない。そう思ったわたしはイリスちゃんに待つよう言って、ついでに時間を潰せるよう、これまでに調べておいたイリスちゃんが楽しめそうな施設のデータも端末に送っておいて、それから駆け足でディーちゃんを追う。

 

(えっと…いた。わたしが記録してない転移先とかに飛ばれなきゃ良いけど……)

 

 ある程度近付いた後は、物陰に隠れながら尾行。そういえば、尾行はつい最近もしたわね…あの時と今とは色々違う訳だけど。

 と、そんな事も考えながら追う事十分弱。角を曲がったディーちゃんを追って、わたしもその角を…曲がった瞬間、見えたのは立ち止まっていたディーちゃんの背中。ここまでは躊躇いなく歩いていたディーちゃんが急に止まったものだから、わたしは慌てて角に戻る。しまった、まだ歩くんだろうと思って油断していた…。

 

「…ここは……」

 

 一度身を隠し、改めてディーちゃん…そしてディーちゃんが立ち止まった先を見る。

 そこにあったのは、一見するとただの店舗。何のお店なのか分からない、大きくも小さくもない…入る事が出来ない周りの建物よりも色が濃いって点を加味したとしても、意識しなきゃ見過ごしてしまいそうな場所。こんなお店に何の用が?…と思ったわたしだけど…こんな所に一人で来たって事を考えると、むしろ怪しい。

 そしてわたしに気付く事なく、少しの間立ち止まっていたディーちゃんはお店の中へ。すぐに追うと入り口で即見つかる可能性もあるし、場合によってはディーちゃんが出てくるまで待って、いなくなったところで調べに入った方が良いかもしれない…そんな風に思っていたわたしだけど、ディーちゃんは出てこない。待っていても、全然出入り口からは現れない。

 

「…入ってみるしかない、って事ね…いいわ、別にディーちゃんに絶対見つかっちゃいけない訳でもないんだから」

 

 意を決して、そのお店の前に。自動ドアを通って、店舗の中へ。

 入った瞬間に感じたのは、甘い…なんだか甘ったるい感じの匂い。それと共に、わたしを迎えたのは……

 

「いらっしゃいませ、リラクゼーションセンター・フォウルアトラスへようこそ♪」

 

 ふよふよと浮く、小さくぱっと見可愛らしい少女。グリモワールやイストワールを思わせる、妖精の様な女の子だった。

 

(怪しい…匂いもそうだし、ここはなんだか……)

「おや、お客様は初めての方ですね。当店は初回に限り、無料の体験コースを行っています。さぁ、こちらにどうぞ」

「え、ちょ、ちょっと…?」

 

 言うが早いか、こっちの反応も待たずに案内を開始してしまう店員妖精(?)。半ばわたしは置いていかれる形になって…でも見た限り、妖精の進む先以外に扉はない。付いていく他ない。

 

「…リラクゼーション、って言ったわよね。ここはマッサージとか、そういうお店な訳?」

「はい。ご来店頂いた方は皆、何度もリピートして下さる程満足なさっていますよ」

「…………」

 

 尚更怪しい。別にリラクゼーションそのものを否定する訳じゃないし、こういう施設がある事自体は変でもないけど…とにかく店員が特殊過ぎる。それにディーちゃんがこういう施設を好むとも思えない。だから、はっきり言って、何か裏がある気がしてならない。

 

「それでは、体験コースはこちらでの施術となります。そちらに横になってお待ち下さい」

 

 ある程度進むと扉が幾つもある場所に行き着いて、その内の一つへ誘導される。入ると中はベットが一つあるだけの、凄く簡素な部屋になっていて…説明を終えると、妖精は出ていってしまった。

 

「…横に、ねぇ……」

 

 ベットに腰掛け、考える。このまま従っておいた方がいいか、それともこのお店を…別の部屋を調べた方が良いか。まだまだ分からない事が多過ぎるから、どっちを選ぶにしてもって感じで……そう、思っている時だった。不意に、唐突に…何かに肩を触られたのは。

 

「……ッ!誰!?」

 

 反射的に振り返る。警戒はしていた、なのに触れられるまで全く何も気付かなかった事で、一気にわたしの中で緊張感が高まっていくのを感じながら、わたしは臨戦態勢で振り返る。そして、振り返ったわたしが見たのは、わたしに触れていたのは……

 

「にゃ〜、うにゃ〜♪」

「……へっ?」

 

……猫だった。猫型モンスターとか、猫型妖怪とか、猫型ロボットとかじゃなくて…シンプルに、可愛い猫だった。

 

「ね、猫…?どうして猫が…っていうか、どこから……わっ!?」

 

 あまりに拍子抜けな展開に、肩の力が抜けるわたし。それから疑問が頭に浮かんで…けれどその直後、猫がわたしに飛び掛かってきた。驚いたわたしは、力が抜けていた事もあって、ベットに仰向けで倒れてしまう。

 

「痛た…えっ、ちょっ……」

「にゃうっ♪にゃーう、うにゃ〜にゃ〜♪」

(え、こ、これって……)

 

 油断した…と思ったのも束の間、わたしは猫に乗っかられる。乗っかった猫はわたしを見つめ…それから可愛らしく鳴くと、わたしの身体の上を歩き始めた。爪でも当たったのか、初めにちくりとした後に、腕、肩、お腹と順に、ふみふみし始めた。

 つぶらな瞳、愛くるしい容姿。和む仕草に、何とも心地良い肉球の足踏み。…まさか、まさかこれって……

 

「リラクゼーションって…そういう事……?」

 

 思い至った可能性に、わたしは再び拍子抜け。いやまぁ、分かる。凄く癒されるし、普通に気持ちも良い。リラックスするかどうかでいえば、物凄くする。…でも、わたしが想像していた…っていうより、危惧していた事とは、何もかも違っていて…思わずわたしは笑ってしまった。なーんだ、こんな事だったのね、と。

 

「あー…これ、いいわ……」

 

 すっかり気の抜けたわたしは、暫しふみふみマッサージを堪能。うつ伏せになると、背中や腰もふみふみしてくれて、これもこれで心地良い。今までマッサージなんて殆ど受けた事なかったけど、確かにこれは嵌まる人の気持ちも分かるって感じで…ってあぁいや、普通はこんなマッサージなんてないわよね。これも仮想空間ならではの……

 

「お疲れ様でした。体験コースはここまでとなります」

「え……も、もう?」

 

 またもや、わたしからすれば不意打ちのように聞こえた声。いつの間にか、部屋の中には店員の妖精がいて…体験コースはここまでらしい。…さっき始まったばかりなのに、短くない…?それとも、わたしが気付いてなかっただけで、結構な時間が経ってたって事…?

 

「これで終わり、なのね…そ、そう…」

「…延長、なさいますか?」

 

 延長。その提案を聞いて、上手い商売だと思った。無料の体験で魅力を知ってもらいつつ、気に入ったところで…又はさあここから、というところで体験を終了させて、正式版へと誘導する。ゲームの体験版なんて正にそれそのもので、そのやり口は悪どくも何ともないんだけど…上手い商売だと感じてしまったのは、わたしが少なからず心を惹かれて、延長したくなってる事の証左。なんていうか、まあ…ちょっと悔しい。

 でも同時に、違和感も抱く。ここが思ってたのと違う場所だっていうのは分かった。だけどこうなると尚更、ディーちゃんが隠していた理由が分からない。こんなのイリスちゃんだって喜びそうなものだし、なのにどうしてディーちゃんは黙っていたのか。それが分からなくっちゃ、追ってきた意味がない。

 

「…延長料金は幾ら?」

 

 少考の後、わたしは延長を、本コースの施術を選ぶ。今は、もっと知るしかない。…って言っても、この後も猫ににゃーにゃーふみふみされただけなんだけどね…自分の考えてる事と、実際にされてる事とのギャップが激し過ぎる……。

 

 

 

 

「よっと!ディーちゃん、お願い!」

「うん…!これで、後は……!」

「イリスにお任せ」

 

 魔法で強化した身体能力をフル活用し、討伐対象のモンスターを叩き斬りつつ吹き飛ばす。飛んだモンスターへディーちゃんが氷塊を上から叩き付ける事で追撃して…トドメはイリスちゃん。あんまり緊張感のない走り方で駆け寄って、手を変化させる事で作った刃を突き立てて…容赦無く、ぶすり。わたし達の三連撃を受けたモンスターは力尽き、クエストは完了する。

 

「エスちゃん、お疲れ。イリスちゃんも、最後の一撃ありがとね」

「うん、イリス頑張った。でも、エストはもっと頑張ってた」

「確かに、今日はかなり調子良かったよね」

「ありがと。けど残念、わたしはいつだって調子ばっちりなのよ?」

 

 二人からの言葉に悪い気はしないと思いつつ、ふふんとわたしは胸を張る。わたしの返答に、ディーちゃんは苦笑していて…それを見ながら、わたしは内心呟く。

 

(…まあ、ほんとは二人の言う通りだけど…ね)

 

 昨日わたしは、ディーちゃんを追って怪しいお店へと入った。そこで体験コースと、延長としての本コースを受けた。 結果から言うと、わたしの求めていた事は分からなかったし、ディーちゃんも見つけられなかったけど…それはそれとして、効果は絶大だった。コンディションばっちり、絶好調になっていた。

 

「イリス、昨日は図書館を見つけた。図書館は良い、知識の宝庫。…という訳で、今日も図書館に行ってきたい。…良い?」

「あー…うん、良いわ。一人で行ける?」

「大丈夫、行ける」

「それじゃあ…この後は、各々したいように…って事にする…?」

 

 伺うようなディーちゃんの問いに、わたしは首肯。勿論イリスちゃんも同意で…わたし達は、一度別れる。イリスちゃんは図書館に向かって…同じように歩いていくディーちゃんの行き先は、きっと今日もあそこ。

 

「…今日こそ何か掴まないと……」

 

 少し待ってから、わたしも歩き出す。ディーちゃんとは別行動で、ディーちゃんと同じ場所へ向かう。

 別に危険な場所じゃなさそうだし、当人に訊けば良いんじゃないの?…そうは思わなかった。少なくともこの時のわたしは、そういう思考になっていなかった。

 

「本日も来て下さったんですね。昨日はこのコースでしたが、本日はどうなさいますか?」

「…色々コースがあるのね…(って事は、ディーちゃんは別のを受けてるかもしれない訳ね…)」

 

 コース表を見て、わたしは考える。費用的には昨日と同じものが一番安上がりだけど…昨日と同じのを受けたって意味がない。

 であれば、選ぶのは一番高額なコース一択。ディーちゃんの事を思えば、出費なんて惜しくない。

 

「では、少々お待ち下さい」

 

 昨日とは別の部屋に案内されたけど、内装は大体同じ。ま、そこはどうでも良くて、気になるのは内容。鬼が出るか蛇が出るか、今日のコースでは何をされるのか…そう思っている中で、今日もまた後ろから触れられる。

 

「わんわんっ」

「…犬…割と想定範囲内…」

 

 振り向けば、いたのは鬼でも蛇でもなく、犬。昨日の猫とは甲乙つけ難い位、この子も可愛いけど…正直、これが一番高いコースなの?…って感じ。ここのオーナーか、このお店のシステムを組んだ人が大の犬好きだってなら理解はするけど、猫が普通のコースで、犬が高級コースっていうのはどうにも納得が……

 

「くぅんくぅん」

「へ?二匹目?」

「わわんっ!」

「きゃんきゃん!」

「びょうびょう!」

「なんかどんどん出てきた!?」

 

 どこからか、どんどん出てくる犬達。ぴょんぴょこ出てきては、横になっていたわたしの背中に乗ってくる。

 分かった、理解した。猫より犬が高ランクって訳じゃない。単に、これは…数が多い…!

 

「わふわふっ」

「な、なんて安直な…」

「わーんわんっ」

「なんて…安直な……」

「わふぅ…♪」

「なんて安直っ…なぁぁぁぁ……っ!」

 

 すりすり、ふりふり、ふーにふに。何匹もの犬による、じゃれ付くようなマッサージ(?)はあまりにも強力で、あまりにも強烈で…駄目だった。抗えなかった。気が付いたら、このリラクゼーションに身を委ねていた。

 

(ちょっと…何よこれ…猫や犬にふみふみされたりすりすりされたりしてるだけなのに、こんなに癒されるなんてぇ……)

 

 身も心も溶かされる。身体はふわもこなボディに、心はその愛くるしい姿や鳴き声に、解きほぐされてしまう。心地良くて、ほんとに心地良くて……

 

…………。

 

………………。

 

……………………。

 

「はい、こちらのコースは以上となります。如何でしたか?」

「……うぇ…?…あ……」

 

 なんだかうとうとしていた、微睡んでいたところを起こされたような感覚。意識を引き戻すような呼び掛けに顔を上げれば、昨日と同じように、いつの間にか店員妖精がいて…そこでやっと、わたしは自分の目的を思い出す。それを忘れて、心地良さにうつつを抜かしてしまっていた事を理解する。

 

(油断した…!普通じゃないところだって事は分かってた筈なのに、昨日と同じ轍を踏むなんて…!)

 

 緩んだ気持ちは霧散して、代わりに不甲斐なさが心を包む。やられた、やってしまった…不甲斐なさに加えて恥ずかしさもあって、わたしは自分の表情が歪むのを感じる。

 これじゃいけない。いけないし、二度も同じ結果になった事を、今度こそ活かさなきゃいけない。こんな情けないミスをしてしまう程の魅力が…危険性が、ここにはある。二度も失敗したからこそ得られた危機感…せめてこれを、価値あるものにしなくっちゃ…!

 

 

 

 

 それからわたしは、連日このお店へと通った。毎日毎日、ディーちゃんを追う形で訪れて、ディーちゃんが秘密にしていた理由、隠して通い詰めてる理由を突き止めようとした。

 ただ、でも、正直…難航している。ここは普通じゃない、ある意味で危険だって分かってるのに…そこから先に、進めていない。

 

「今日も、お願い…」

「畏まりました、こちらへどうぞ」

 

 コースを選び、先払いで費用を払って、案内を受ける。部屋に入って、ベットに横になる。

 

「きゅっきゅ!」

「ぴぃぴぃ!」

「このコースはハムスター…と、ハリネズミなのね……」

 

 これまでのコースは全て、一貫して可愛い動物によるリラクゼーションだった。種類も数もまちまちで、今回みたいに複数種の事もあって…どのコースも例外なく、受けている最中は凄く心地良かった。その後も、凄く調子が良くなっていた。…でも……

 

(…足りない……)

 

 初めの内は、気付けば施術が終わっていた。それ位、毎回夢中になっていた。けれど段々、その感覚は薄れていって…今はしっかりと意識を保てている。

 それは良い事。調べる為にはちゃんと把握しなきゃいけないんだから、好都合な事の筈。…なのに、抱くのは物足りなさ。足りない、満たされていない…そんな感覚がずっと頭の中をぐるぐるとして、思考に集中する事が出来ない。

 

「……っ!…だ、駄目よ駄目、流されちゃ…流される訳には……」

「…お客様、延長はなさいますか?」

「…う……そう、ね…延長…」

 

 ちょこまかと動く小動物の可愛さにつられそうになる視線を何とか引き止めながら、もやもやとする胸中を振り払いながら、わたしは自分に言い聞かせる。

 その最中に、例の如く、いつの間にかいた店員妖精に…いつものように、延長をするかどうか訊かれる。訊かれて、これまでと同じ調子で延長すると言いかけて…気付く。

 

「…待った、延長料…やけに増えてない…?」

 

 当たり前の事として、延長する場合は追加で支払いが発生する。それは別にいいけど…その費用がおかしい。前より明らかに増えている。少し位ならコースの違いで納得出来るけど、今見た額はその域を超えている。

 何かの間違いか、それとも本性を表したか。わたしが疑いの視線を店員に向ければ、彼女はにこりと笑って言う。

 

「そのような費用設定ですので。本日は延長なしに致しますか?であれば出口までご案内を……」

「ちょ、ちょっと待った…!別に…延長しないとは、言ってないでしょうが…」

 

 これでは自分はいいカモだ。そう分かっているのに延長を選んでしまった自分に、内心歯噛みするわたし。ここで延長したところで一体何になるのか…それだって理解してるのに、流されるようにわたしは選んでしまった。

 そうして再開された施術も良かった。良かったけど、渦巻くもやもや、物足りなさは消えてくれなかった。それどころか、なまじ続けちゃったせいで、余計にもやもやとした感覚が強くなって…結局、その感覚は最後まで消えなかった。消えないままに、体調だけは良くなって…今回の施術が終わる。

 

「不味い…もう沼に片足どころか半身浸かってるようなものよ…というかよくよく考えたら、もう普通にディーちゃんに訊けばいいじゃない…それを躊躇う理由なんてないんだし……」

 

 外へと向かう廊下の道すがら、小声で呟く。なんだか負けな気がしてここまで自力調査を続けてきたけど、それに拘って何日も費やしたり、ましてや無駄な消費や消耗をするだなんてわたしらしくない。

 だったらもう、この辺りが引き際かもしれない。これ以上ドツボに嵌る前に、冷静な戦術的撤退を……

 

「本日もありがとうございました。…お客様も、もうご常連とお呼びしても差し支えないお方。そんなお客様に、お勧めしたいコースが……ご常連の方だけにお伝えしている、裏コースがあるのですが…次回はこちらを、如何ですか?」

「……──っ!(来た…!)」

 

 どきり、と緊張感が…初めにあった感覚が蘇る。裏コース…そういう何かがあるんじゃないかと、そこに話せない理由があるんじゃないかと、元々わたしは睨んでいて…それが今、それを暴くチャンスが今、向こうからやってきた。

 もう止めようと思っていたタイミングでの、誘い。これはタイミングが良いのか、悪いのか…それともまさか、わたしの思考を読み取って、止めさせない為に裏コースの提案をしてきたのか。…なんて、それは流石に考え過ぎ、よね…。

 

「…………」

 

 こういうのは、引き際を見誤るとどんどん引くに引けなくなって、取り返しが付かなくなる。加えて裏コースはもう必須じゃない。

 だけど、もしディーちゃんに隠されたら?どうしても話せない理由が裏コースにあるんだとしたら?それに…それにもし止めたとして、そうしたらその時、わたしの中に残ったこのもやもや感は……。

 

 

 そうして考えた末、わたしは選んだ。きっと…そう、きっとわたしの意思で。

 

 

 

 

 コース毎に、案内される部屋は違っていた。扉の見た目も内装もほぼ同じで、わざわざ変える必要があるのかは分からないけど、とにかくそれぞれ分かれていた。

 ほぼ同じ、ただ分かれているだけの各部屋。けれど一部屋だけ、一番奥の扉だけは違っていた。まだ入った事のないその部屋は、扉の見た目は他と同じだけど、何かが違う気配があって……その扉の前に、今わたしはいる。

 

「先程もお伝えした通り、こちらのコースは途中退室が出来ません。宜しいですね?」

「えぇ、構わないわ…」

「それでは…どうぞ、至福の時間をお過ごし下さい」

 

 裏コースの費用は破格、これまでより遥かに高額。加えて入ったら施術が終わるまで出られないというんだから、絶対に何かある。

 けれどそれは、ここからじゃ分からない。自分の目で確かめるには、この先へ踏み込むしかない。

 

(至福、ね…いいじゃない、至福でも幸福でも享受してやるわ)

 

 自分で入れって事なのか、店員妖精は案内だけして戻っていく。わたしは扉に手を掛け…強く掴む。

 思うところは、色々ある。何が何でも自分の目で確かめなきゃいけないって訳でもない。けど…そもそもここは現実じゃない。ちょっと位無理したってどうって事ない、そういう空間。なのに怖気付くなんて…そんなのわたしらしくない。

 それに気付いた事で、少しだけ調子が戻った。だからわたしはその意思を胸に…扉を開く。

 

(……っ…何、この…訳の分からない魔力が飽和してるみたいな場所は…)

 

 開いた瞬間は分からなかった。でも入った瞬間に感じた。全身で、全感覚で…この部屋の、この空間の異質さを。

 自分で言うのもあれだけど、魔法や魔力絡みの事なら、肌で感じるだけで何となくの性質や方向性は分かる。勿論偽装や隠蔽をされている場合はまた別だけど、この空間に充満している魔力はそういう細工をしていない…と、思う。なのに、全くもって見えてこない。異質だって事しか把握出来ない。

 でも…可能性は、ある。例えば、ゲイムギョウ界とは何もかも違う世界の魔力や魔法だったら、名前や現象が似てるだけで、本質は全く別に決まってるんだから、どんなにゲイムギョウ界の魔法に詳しくたって分かる訳ない。そして今は、ゲイムギョウ界以外からも信次元に、ここに人が招かれている。だとすれば、この異質な空間は……

 

「…………え?」

 

 と、そこまで考えていたところで、漸くわたしは気付く。この部屋が、他よりかなり広い事に。感じた異質さにばかり意識が向いていたけど…ここには既に、何人もいる。そしてわたしは…愕然とする。

 

「はぁ、ぁぁ…そこ、そこいい……」

「力、抜ける…全身緩むぅ……」

「あ、は…これ、凄過ぎぃ……」

「延長、しますぅ…もう少しお願いしますぅぅ……」

 

 聞こえてくる、あまりにもとろんとした声。気の抜けた、弛緩した…情けない、でもぞくりとするような、熱を帯びた甘い吐息。

 目と耳を疑った。信じられなかった。だってそれは、例えばそれは、何度戦ってもわたしを驚かせてくれる、強いと心から思える存在。能天気なようでいて、その実物事の本質を見抜いてくる、苛烈さと冷静さを併せ持つ存在。きっと壮絶な過去を背負っているのに、それをまるで感じさせない…子供の様でも本当は凄く大人な存在。…そんな人達が、そんな女神や人が、揃ってその影もない姿を晒していたんだから。それにここには、今聞こえた声以外の人達もいて…分かる、分かってしまう。これは最早利用してるんじゃなくて、身も心も『虜』にされているんだと。

…でも、それは半分。わたしが愕然とした理由の、半分に過ぎない。これ程の事すら半分にしかならない、半分に押し留めたもう一つの理由は……

 

(ぶ…ブルーマン的な何かにマッサージされてるぅぅぅぅううううううッ!?)

 

 ここにいる女の子達を骨抜きにしている、ある意味一番信じられない存在がいたからだった。な、何!?何あれ!ブルーマン王子的な何か!?そういう事なの!?ここではそういう事が起こってるの…!?

 

「ようこそ、お客様。さぁ、こちらへどうぞ」

「ひ……っ!(し、しかも顔だけ動物になってるぅ!?人面鳥…じゃなくて鳥面人!?キモっ!怖ぁ!)」

 

 愕然とし過ぎて周囲への意識が壊滅していたわたしへ声を掛けてきたのは、顔だけ小鳥で、首から下はブルーマンの、なんかもうキモくて怖いとしか言いようのない存在。な…何を考えてるのよこのコースは!なんで表のコースは普通に可愛くて癒される感じなのに、常連前提の高額裏コースがこんな超マニアック向けな訳!?…いやまあ常連前提だから一風変わったものを、って事は理解出来るけど…明らかに方向性間違えてるわよ…!?

 

「さあさあこちらへ。最高の時間をご提供致しますよ」

「い、いやわたしは遠慮……ぁ…」

 

 まあまあ良い声なせいで余計ゲテモノ感が凄い。こんな悪い方向にぶっ飛んだ人間…人間?動物?…にマッサージされるなんて、冗談じゃない。その思いで、ずいっと顔を近付けてくる鳥面人にぞっとしつつも断ろうとしたわたしだけど…身体に力が入らない。後ろに回られ、肩を押されてベットに誘導されるのに、抵抗が出来ない。

 これは、魔法や毒による麻痺だとか、金縛り的なやつじゃない。感覚的にはむしろ逆っていうか、身体がふわふわするというか…多分、この空間に満ちる魔力や魔法自体に、リラックス効果があるんだと思う。そのせいで、意外と力の強い鳥面人を跳ね除ける事が出来ず…わたしはベットにうつ伏せにされる。そして……

 

「ではまずは、緊張をほぐしていきましょうか」

「──〜〜っ!」

 

 この部屋の中に入ってからずっと動揺しっ放しなわたしの思考。それが吹き飛ぶ、霧散する。鳥面人に触れられた事で。ただ、触れられたってだけで。

 

(な、何よこれ…ただ触られてるだけじゃない…なのに、なんで……)

 

 押し寄せてくるのは、心地良い脱力感。それと共に浮かぶのは、理解出来ない事への困惑。

 これまでのは、まだ理解が出来た。可愛い動物に癒される事で気持ちが安らいで、それがリラックスに繋がってたんだろうって解釈出来るから。それじゃ説明し切れないリラックス効果はあったけど…まだ、今のこれに比べればそういうものかと考えられる。

 でもこれは違う。この青色鳥面人に癒し要素なんて微塵もない。一応は可愛い顔でさえ、他の要素と負の相乗効果を発揮しちゃってるんだから、癒される筈がない。技術にしたって、今はまだ軽く触れられてるだけ。なのに、気を抜いたら途端に全身が弛緩しちゃいそうな程の脱力感が、今もわたしの中を駆け巡っていて…やっぱり来るべきじゃなかった。来るにしても、もっと対策を講じるべきだった。…そう思っても、もう遅い。

 

「困惑していらっしゃるようですね。しかしご安心下さい、すぐにあちらの方々の様に、緊張だけでなく全身くまなく解きほぐして差し上げます」

「くぁ、ふ…ふぁぁ……自分でも知らなかった脚の疲れが解れる、抜けていくぅ……」

「ぁっ、そ、そんな急に強く…ぁふ、くひぁぁ……っ!」

 

 声に誘導されて見た先にいるのは、おねーさんにセイツ。二人共鳥面人の言葉通り、何の躊躇いもない、緩み切った恍惚の表情を浮かべていて、それぞれの施術をしている兎面人へ完全に身を委ねている。ここで施術を受けている人は全員、無防備そのものになってしまっている。

 そしてそれは、わたしも例外じゃない。このままだときっと、わたしもそうなる。…そう分かっているのに、何も出来ない。鳥面人の手が動く度に脱力感が広がって、思考が隅に追いやられる。押し込められた先で、心地良さに塗り潰される。

 

「つぁ、ひぅっ…ふー、ふーぅ…!」

 

 何度も深呼吸を繰り返して、何とか意識を繋ぎ止める。今はこれで精一杯。この精一杯すら、いつまで続くか分からない。

 それに何より恐ろしいのは、あれからずっと渦巻いていたもやもやした感じが、少しずつ消えていっている事。溜まったもやもやを掘り起こされて、溶かされて、心が解放される…それが凄く、心地良い。こんな場所で、こんな形で手玉に取られるのは、悔しいを超えて屈辱的ですらあるのに、心のどこかで望んでしまっている気すらする自分自身に、わたしは背筋が凍り付く。

 だけど、それすら緩和される。気を緩めれば絡め取られる、気を強く張ってもじわじわ侵食されていく。自分以外の事なんて考えられない。自分の事すらままならない。そんな、真綿で首を絞められているような…それでいて甘美な魅力に沈められていくような感覚が、わたしの思考を染めていって……いよいよ頭がぼーっとし始めた、そんな時だった。

 

「……エス、ちゃん…?」

「……──っ!?」

 

 薄れつつあった意識が、その一瞬で引き戻される。反射的に、わたしは声のした方向を振り向いて……目が合う。認識し合う。…わたしの方を見て、唖然とした表情を浮かべたディーちゃんと。

 

「…ディー、ちゃん…?…あ……」

 

 なんで、どうして?…一瞬疑問が浮かび、それから気付く。これまではいつも、ディーちゃんを追う形でここに来ていたけど…今回だけは、違った事に。裏コースの存在を気にし過ぎて、その辺りの注意がおざなりになってしまっていた事に。

 それと同時に、また背筋が凍り付く。逆に、顔は一気に熱くなる。ディーちゃんに見られた。ディーちゃんに知られた。今のわたしを、籠絡されかけていた自分の姿を。

 

「ち、違っ、違うのディーちゃん…!これは……」

「…そ、っか…うん、大丈夫…大丈夫だよ、エスちゃん。…全部、分かってるから」

「分かってるって…ディーちゃん、何を──」

 

 何を言っているの。そうわたしは言おうとした。言おうとして、言えなかった。…その時のディーちゃんの、ほんのりと朱色を帯びた表情を見た事で。微妙に違う鳥頭をした店員に促されたディーちゃんが、何の躊躇いもなくその誘導に従った事で。

 

「お客様、本日はどのように致しますか?」

「今日も、お任せで…お願い、します…」

 

 ちょっぴり恥ずかしそうに、でもどこか期待の滲む声で応えるディーちゃん。誘導されたのはわたしの隣、すぐ近くのベットで…横になったディーちゃんが見せたのは、周りと同じ顔。無防備に自分を明け渡す、そんな姿。

 

(……そんな筈ない…ディーちゃんがこんな事に、好きで嵌る筈なんてない…。なのに…よくもディーちゃんに、こんな顔を…ッ!)

 

 見た事のないディーちゃんを前にして、これまでとは違う感情が、どろりとした衝動が心の奥底から湧き上がる。

 他人には見せられない姿をしてしまっていたのは、わたしも同じ事。元を辿れば、ディーちゃんだって自分の意思でここに来たのかもしれない。…けど、そんな事はどうでもいい。ディーちゃんを辱めるもの、誑かす存在、汚す事柄…全部全部、一切合切許さない。

……そう、思った筈なのに…確かにこの時、そういう感情が湧き上がっていたのに……

 

「ぁ、あ…やっぱり、これ…気持ち、いぃ……」

 

 更に緩んだ、とろんとした、ディーちゃんの顔。本当に、本当に気持ち良さそうな、ディーちゃんの声。それは凄く、凄く印象的で、わたしにとっては記憶に焼き付いてしまいそうな程の光景で…目が、離れない。意識をディーちゃんから、逸らせなくなる。

 

「連日のご来店ありがとうございます。おかげさまで、お客様の好みがよく分かってきました」

「こ、好みなんてそんな…ふぁぁ…っ!ぁ、でも、そこは…いい、かもぉ……!」

 

 ぐっ、ぐっ、と力を込めたマッサージ。確かにそれは、どこをどうすれば良いか…相手の好みは何かをしっかり分かっているような動きで、ディーちゃんの声は一層の熱が、艶っぽい響きが混ざっていく。

 許せない筈。他の人はともかく、わたし自身だってともかく、ディーちゃんが歪められるのは許せない。それをわたしは許さない。…なのに、なのに……

 

(…羨ましい……)

 

……思って、しまった。すぐに自分が、本当に不味いところまできていると、ここで踏み留まらなきゃ後は流されて飲み込まれるだけだと気付いたのに、今ならまだそう感じられる位の思考は辛うじて残っていたのに、わたしは鳥面人を跳ね除けられない。力が入らないとかじゃなくて…心がそれを、選ばない。選ぼうという、気すら湧かない。

 

「…………」

「段々と緊張が解れてきたようですね。ここからは本格的に、もう少し力を込めて行っていきたいのですが、宜しいですか?」

「…五月蝿い、どうせ終わるまでは出られないんでしょ…」

「そのようになっていますので。ですがお望みでないというなら、このまま緩い力だけで続ける事も出来ますよ。…尤も、お隣のお客様や他の方々の様に、心から楽しんで頂く為には、今よりも力を込める必要がありますが」

「……好きにしたら…」

「畏まりました」

 

 投げやりに、意識も碌に向けずに応える。…何だかもう、馬鹿馬鹿しくなってきてしまった。ここで気を張ったところでどうなるのか、思考だけ踏み留まったところで、何になるのか…そんな諦観めいた思いが、心の隙間に吹き込んでくる。

 

「(…よく考えたら、もう結論は出てるじゃない…ディーちゃんが何してるかは分かって、それが危険なものじゃないって事も分かった…だったらわたし、別に気を張る必要なんて……)…ひぁん…っ!?」

 

 泥沼に落ちたみたいな思考がだらだらと続いていた中で、不意に…思わず口から出てしまった、小さな悲鳴。それは当然、わたしの声で…鳥面人に強く押された、強いマッサージが始まった瞬間、そんな声が出てしまった。

 また熱くなる頬。でも、周りは皆自分の受けているマッサージに夢中で、気付いた様子はなくて…気持ち、良かった。…いいや、違う。良かった、じゃなくて…今も、続いている。まだまだこれからだとばかりに、本格的に身体も心も崩されていく。そして……

 

「はーっ…はーっ……」

「はぅ…ひぅ……」

 

 凄く凄く長かったような、あっという間に過ぎてしまったような…そんな甘美な時間が、終わる。後から来たディーちゃんとほぼ同じタイミングで終わったのは、内容が違ったのか、それともわたしは終わった事に気付かず、暫く放心状態になっていたのか…それすら今は、分からない。

 

「お疲れ様でした、お客様。…初回という事で、特別に五割増しでの延長も行えますが…如何でしょう」

「五割、増し…?」

 

 何を馬鹿な。鈍化したままでもそう思えたわたしだけど、隣からは十二割増しでの延長の確認と、それに即答をする声が聞こえてきた。…ぼったくりどころか、悪徳商売も真っ青な費用設定じゃない……。…まあ、でも…いっか…。

 

(もうこれ以上、ここに来る理由も、確かめる必要もない…だから最後、最後にもうちょっと体験するだけ…この延長で最後にするから、後一回だけだから…大丈夫……)

 

 わたしは答え、ここに来るようになってから減る一方の獲得ポイントを更に支払いながら、再開してもらう。周りと同じように、延長を選んで、今一度沈んでいく。

 ここにイリスちゃんを連れてこなくて良かった。巻き込まずに済んだ。…多分ディーちゃんがわたし達に何も言わなかったのも、今のわたしと同じような感情を抱いてたからなんだろうなと思いながら…わたしもまた、身を委ねてしまうのだった。

 

 

 

 

 人を、女神すらも惑わせる魔性の館。それを見下ろす事の出来る場所で、締め括るように彼は綴る。

 

「かくしてまた一人、その快を知る事となるのだった。だがそれは、彼女達が弱いから、抗う心を持たぬが故の結果だろうか。…否、断じて否。恐ろしいと足が竦ませ、踏み出さない者が沼に嵌る事はないように、勇気を持って踏み出す者しか、踏み越え前に進まんとする者にしか沈む可能性はないように、これは逆説の如く、彼女達に強さがあったが故の結果である。…と、言ったところかな?」

 

 言い切ったところで、彼はもう一人の人物に、そこに上がってきた者の方へと振り向く。問われたもう一人に返答はなく…されど気にする様子もなく、彼は続ける。

 

「ともかく、やはり君に声を掛けて正解だったよ。才能に溢れるとはいえ人間に過ぎない彼女達や、どういう訳か女神でありながら魔術絡みの耐性が全くないイリゼさん、セイツ君辺りはまだしも、超一流の魔術師…もとい、魔法使いであるディール君やエスト君まで魅了する事が出来たのは、間違いなく君がいてくれたからだ。信次元とこの仮想空間に合わせて構築した術式の補正に修正、心理を読み解く思考力、そして私の演算補助…いやはや、君が敵でなくて、この演目の副監督に選んで本当に良かった」

「…そりゃ、良かったな」

「しかしまあ、ここまでのものが出来上がるとは、我ながら驚きだよ。仮想空間ならではの固有結界…コードキャスト・タタリとでも名付けようと思うのだが、どうかな?」

 

 にこやかに話す彼だったが、もう一人の表情は冷たいまま。連れないね、と彼が言えば、もう一人は視線を彼から逸らす事なく、言う。

 

「…答えてほしい事がある」

「うん、何かな?」

「…何故、茜まで引き込んだ」

 

 一見落ち着いた…しかしその裏に冷たい怒気を孕ませた、もう一人の言葉。それを受けた彼は、あぁ…と小さく呟くと、肩を竦める。

 

「すまない、けれどこれはわざとじゃないんだ。茜君には影響が出ないように調整した筈なんだが…何か見落としがあったのかもしれない」

「白々しいな。茜がこれの本質に、危険性に気付かない筈がない。…最初から引き込む前提でもなければ、な」

「そうかな?…私も見える事、分かる事…そしてそれから抗えず、如何に手を尽くしても逃げられない事の絶望については少しばかり知っていてね。私のそれと彼女のそれは、まるで違う事だとしても、ほんの少しばかり私が理解を示してしまったが為に、彼女にとって通用し易い仕様に、無意識にしてしまった…そういう可能性もあると、私は思っている。何れにせよ私の非ではあるし、重ねて謝罪をさせてもらおう」

「芝居臭いにも程がある…それに、随分と悪趣味だ。お前はもう少し、まともだと思っていたが…いや、まともな芝居に俺が乗せられていただけか」

「クク、まさか私をまともだと思っていたとは。…そういう言葉は、私には似合わないさ。それを遥か過去に失った果てが、『ズェピア・エルトナム』であり『タタリ』なのだからね」

 

 自嘲気味に笑う彼の表情。それはここまでの芝居掛かった雰囲気とは違う、本当にどこか悲しそうな色を帯びており……もう一人の彼も、数秒程黙っていた。黙り…それからまた、口を開く。

 

「…これからどうする気だ。このまま現実の茜達まで手中に収める気か?もしそうだと言うのなら……」

「いやいや、そんなつもりはないよ。私としては本当に、少しばかり愉快なリラクゼーション施設を作ろうと思っただけだし…何よりこれは所詮、私も君も彼女達も、全員が記憶や意識によって仮想空間内に作られた『再現データ』に過ぎないからこそ、システムやプログラムには抗えない存在だからこそ、上手くいった演目に過ぎない。もし現実にまで手を出そうとしても、上手くいかずに抜け出されるのが関の山さ。…尤も、君が本気で協力してくれるなら、可能性はあるもしれないけど…ね」

「なら、そんな未来はあり得ないな」

「…あぁ、そんな未来はあり得ない。この仮想空間での出来事が、そのような域にまで至る事は、絶対にあり得てはいけないよ」

「…それは……いや、いい。何にせよ、どこまでが演技で、どこまでが真実なのか分からない相手と長々話していても、迷うだけだ」

「ほんとに君は連れないね。…因みに、裏コースの店員の見た目だけど……」

「あれが一番あり得ない。ある意味あんなのを用意したセンスにこそ、俺は正気を疑ったな」

「うん、まぁ…最初はこれ位ぶっ飛んでいる方が面白いかと思ったけど…一度冷静になってからは、私も自分の正気を疑ったよ……」

 

 ふん、ともう一人が鼻を鳴らせば、彼はまた肩を竦める。かくして、その緩んだ会話を最後に、彼等のやり取りは終わる…かに、思われた。

 

「悪いが茜をこれ以上巻き込ませはしない。邪魔も、させない」

「構わないよ。…して、他の方々はいいのかい?」

「他の面子も、次の休憩に入って現実に戻れば我に返るだろうさ。……あぁ、それともう一つ」

「このタイミングでもう一つとは、どこぞの刑事みたいに言うね…うん、何かな?」

 

 立ち去ろうとし、しかしコートの裾を軽く翻しながら振り向いたもう一人に対し、彼は変わらない調子で訊く。そしてその訊き返しを受けたもう一人は……言った。

 

「一応伝えておくが……ルナも籠絡されてるぞ」

「えっ?」

「…………」

「……本当に?」

「本当だ」

「…いたっけ……?」

「裏コースの真相が分かった直後のシーン、出てきた台詞の最後の一人がルナだ」

 

 一切表情を変えず、さも当然の様に言うもう一人の彼。それを受けた彼は、数秒固まり、ゆっくりと下を見やり、視線を戻して……膝から崩れ落ちる。

 

(や、やってしまったぁぁぁぁぁぁ…!あれ、台詞は四つなのに、誰なのか匂わせる地の文は三人分しかないぞ?…と思ってはいたが…まさかの四人目ルナ君だったぁぁぁぁ……)

「…俺も他人の事は言えないが…身から出た錆も甚だしいな。後、メタ発言である事に対しても何かしら反応をしてくれ……」

「…悪いが、そんな余裕はないんだ…まさか、まさかこんな事になるとは……ルナ君の勝利を影ながらサポートする意図もあったのに、まさかルナ君を引き摺り下ろす形になるとは……」

「本当に身から出た錆だな…。…その反応からして、茜の事も嘘じゃないようだが…。……いや、待てよ…これは本当にただの見落としか?それにそもそも、目的の割に色々と手が込み過ぎているような……」

 

 完全にしょぼくれる彼だったが、これが逆に先程の言葉の説得力を生んだらしく、もう一人は顎に親指と人差し指を軽く当てる。それからもう一人の彼は、俄かに違和感を抱き始めるが…それを問いたい彼は、今も分かり易くしょぼくれたまま。これでは碌な答えなど得られないだろうと思い、もう一人は嘆息し…別の言葉を掛けるのだった。

 

「……取り敢えず、この施設は閉店にするか…」

「…あぁ、そうだね…お互いの為にも、そうしようか……」

 

 そうして彼等はその場を去る。先にもう一人が去り、彼も歩みを進め……

 

 

 

 

 

 

「──引き出し炙り出す筈が、逆に取り込まれてしまうとは…これは思った以上に、厄介な事になるかもしれないな…」

 

 誰もいなくなったその場所に最後に残ったのは、小さな呟きだけだった。

 

 

 

 

 因みにその後、閉店からの消滅という終わりを迎えたフォウルアトラス。されどそれについて被害者(?)が言及する事はなく、誰も何も言わなかった為に、それを用意したのが誰か、というのも当人達以外には謎のままであった。

 一体何故、誰も何も言わなかったのか。それは勿論…「そんなのなかったよ?そんなのなかった、そんな経験していない。…な・か・っ・た・ん・だ・よ?」…という、訊けば有無を言わさぬ圧力と共に返されてしまいそうな、そんな全会一致の意思が(話し合いなどなしに)当人達にあったからである。




今回のパロディ解説

・猫型ロボット
ドラえもんシリーズの主人公の一人、ドラえもんの事。でもこれは説明するまでもありませんね。そしてドラえもんの場合は、猫型といいつつ二足歩行ですし、明らかに違いますね。

・ブルーマン王子
千年戦争アイギスにおける、好感度イベントのCGでの王子の通称。この辺りはギャグ調ですが、結構アレな感じになっている気もします。好感度イベントみたいな事になってる…訳ではありません。多分。

・コードキャスト
Fateシリーズに登場する単語の一つの事。特にextra系列ですね。世界観的な意味で言うと、ズェピアがこれを言うのはパロディになるか微妙なところですが、一応説明させて頂きました。


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第二十九話 運と資産と実力を賭けて

 続く、仮想空間での活動。現実の一日だけじゃ終わらないこの活動をする間、わたし達はプラネタワーに泊まる形になっていて…今日もまた、朝を迎える。

 

「さぁて皆、この活動も後半戦。それぞれ色んな事をしてきたと思うけど、やり残しはないかしら?あるのなら、終わる前に…勝利の為にやれる事があるなら、後悔する前にやり切らなきゃ駄目よ?」

『おー』

 

 ぴっ、と人差し指を立てながらわたしが言えば、返ってくるのは緩めの反応。…まあ、別に最終日って訳じゃないし、わたしもさらっと言っただけなんだから、反応なんてこんなものよね。

 

「…あ、でもこの部屋まで来てあれだけど、そろそろ小休憩とかじゃなくて、一日丸々お休みとかにする?というか、別に毎日毎回参加しなくても良いんだからね?」

「そうはいきませんよ。お休みしたら、その分遅れを取る訳ですし」

「だよね〜、というかゲームみたいなものだし、自分は毎日でも全然問題ないね!」

 

 イリゼがふと思い出したように訊くと、すぐにビッキィが、続けてネプテューヌも返答をする。他の皆も概ね同じ反応で、わたしとしては嬉しいところ。だってこれは、皆が楽しめている、楽しんでいるって事だもの。なら、皆を信次元に招いたホスト側としては、嬉しいってものよ。

 

「では、そんな皆さんに朗報ですっ」

「お、何ッスか?」

「イリゼさん達から聞いていると思いますが、一発逆転可能な大イベントの準備が出来たんです」

 

 と、そこで準備をしてくれたネプギアが声を上げる。声音からして、そのイベントの中で得られるデータが楽しみだって感じで…ネプギアもまた、連日モニタリングをしてくれている。となればネプギアだって疲れがあってもおかしくないんだけど…ネプギアは、全くそれを感じさせない。毎日始まる前は得られるデータに期待していて、終わった後は得られたデータに満足気な顔をしている…そんなネプギアは、ある意味この活動を一番楽しんでいるのかもしれない。

 

「一発逆転、かぁ…一体どんなイベントなんだろうね」

「愛月、イリスはTVで見たから知っている。これはきっと、最終問題だけ点数がおかしいクイズ。丁度逆転出来る位の点数か、それまでのクイズが全部意味なくなる位の高得点が設定されている」

「なんて身も蓋もない言い方を…まぁ、現状最下位の人でもトップに躍り出る事が出来るレベルであるなら、得られるのは確かにこれまでの事が無駄に思える程の高ポイントなんでしょうが…」

「まあ、それは実際に見てのお楽しみ、じゃないかな。負けないよっ、ピーシェ!」

「…ふふっ。それは私もだよ、ルナ」

 

 そうしてわたし達は、大イベントの内容やどれ程のポイントが得られるのかに興味を抱き、今日もまた機材へと身体を預ける。わたしも横になろうとして…ネプギアに、呼び止められた。

 

「あの、イリゼさん、セイツさん」

「うん、どうしたのネプギア」

「さっきは言わなかったんですけど…今のところ、仮想空間の中では順調にシステムが発展、多様化しています。それは望んでいた通りの形なんですが…正直言うと、予想以上の結果なんです」

「あら、それは嬉しい誤算……とも、言い切れない様子ね」

 

 何か懸念が?…という含みを持たせてわたしが言えば、ネプギアはこくりと頷く。

 それは、分かる。嬉しい誤算であったとしても、誤算は誤算。他の事ならともかく、今回の事…精密機械が絡む事となると、嬉しい誤算は何かの切っ掛けで悪い誤算になる事もあり得る訳だから、その方面に詳しいネプギアが手放しで喜べる訳じゃないのも理解出来る。

 

「そういう事ですので、ここからはより念入りにモニタリングしようと思います。何かあれば連絡を入れますので、出来る限りいつでも受けられる状態にしておいて下さいね」

「えぇ、分かったわ。ネプギアも頑張ってね?」

 

 今度はわたし達が頷きを返し、改めて機材に横になる。力を抜いて、システムが起動するのを待つ。

 

(予想以上の結果…やっぱり色んな次元や世界から人が集まっているから…間接的に幾つもの次元、世界が接続しているから、かしら)

 

 じゃあ、ここから何か不味い事が起こるとしたら、目覚めた時には仮想空間が何故かギャヲス的な次元になってたり、仮想空間の中で(ハイロゥ)が開いてどこかの次元と直結してしまったりするのかしら。……って、何考えてるのよわたし…もし本当にそういう系の事が起きたら、わたしのこれがフラグになったって事じゃない…うん、止め止め。そんな事よりわくわくしてるネプギアの心に思いを馳せる方がずっと有意義だわっ!

 とまぁ、そんな事を考えている内に準備が済み、ネプギアからの呼び掛けがくる。それにわたし達は応答して、目を閉じる。…さて、これから始まる大イベント…さっきも話題になってたけど、一体なんなのかしら、ね。

 

 

 

 

 意識が現実から仮想空間内へと移るのは、眠りから目覚めるようなもの…だけど、少し違う。違うんだけど、例えとして一番近いと思えるのが、起床の感覚。ともかく、そういう感覚を経て、わたしの意識は仮想空間へと移行した。

 

「……あら?」

 

 目を開けて、最初に抱いたのは疑問。これまではゲームのセーブ&ロードの様に、現実に戻る直前にいた場所から再開されていたんだけど…今回いるのは、街中の野外。

 

「ねぷ?知らない天井、じゃなくて知らない街並み…でもないや。えーっと、ここはどの辺りだったかな……」

「うーんと、確か教会からちょっと離れた、あんまり施設のない場所だったような…って、あれ?グレイブがいない…」

「グレイブどころか、まあまあな人数がいないな…昨日はここで終わった覚えもないし、俺達の方が間違ってここに転送されてんじゃないか?」

「…いや、そういう訳でもなさそうッスよ?」

 

 ここにいるのは、ネプテューヌにアイ、ルナにイリスちゃん、カイトにワイトに愛月君、そしてわたしを含めた八人。妙な状況にわたし達が小首を傾げる中、含みのある感じで声を上げたのはアイ。何かと思えば、アイはある方向を、後ろ側を指差していて……

 

『わっ……』

 

 振り向いたわたし達は、驚愕した。そこにあったものに。見るからに豪華で、視界に入れれば否が応でも意識を引かれるような…巨大な施設に。

 

「…大きい…ピカピカしている…これは、ゲームセンター…?」

「ゲームセンター?…あぁ、言われてみると確かに、この照明は少しゲームセンターを思わせるね。けれどこれは、ゲームセンターというより…カジノ、かな」

 

 少し考えてから言ったワイトの言葉に、わたしも頷く。この派手な輝きを始めとする、外観から伝わってくる豪勢感は、カジノ施設を思わせる。

 そして、昨日まで仮想空間の中に、カジノなんてなかった筈。少なくとも、この施設はなかった。規模からして、あればどこかのタイミングで見かける位はしていた筈だから。

 

「…どうやらこれが…というかここが、大イベントの舞台みたいね」

「カジノ…って、トランプとかスロットとかをする場所だよね?…私、スロットなんてした事ないし、トランプもちょっとしか経験ないし、どうしよう……」

「ルナ、大丈夫。イリスも一緒」

 

 励まし(?)の言葉と共にルナの手を握るイリスちゃんを見て、わたし達は微笑ましさを抱きつつ苦笑。まあでも今思った通り、ここが逆転も狙える大イベントの舞台なら、誰でも参加出来るようにルールや説明はきっちりとしているわよね。

 

「まあそれはそれとして、いない面々は結局どういう事ッスかね」

「他にもイベントは用意されていて、いない面々はそっちに振り分けられた…とかかもしれません。連絡を取れば分かる事とは思いますが」

「でもま、不具合ならネプギアから何か言ってくる筈だと思うし、大丈夫だとは思うわよ。…にしても、カジノね…ふふ、腕が鳴るわ」

「俺もカジノはゲームとかでしかやった事ないから楽しみだ」

 

 そんな感じで取り敢えず状況を把握したわたし達は、カジノ…と思われる施設へ向かう。このイベントに参加するかどうかは自由だし、実際全員が全員やる気満々って訳ではないけど、別行動を選んだ人は誰もいなくて…わたし達は、揃って入店。

 

「わぁ…凄い、お城みたい……」

「確かにお店とは思えない豪華さだよねぇ。カジノってお金持ちが行くところのイメージあるし、そういう意味ではやっぱりかー、って感じもあるけどさ」

 

 深紅のロングカーペットに、シャンデリア。数々の高級そうな陶器や絵画。今愛月君の言った通り、中は城か宮殿の様で…今のところ、ゲームやボードは見当たらない。逆に目立つのは、曲線を描く二つの階段と幾つかの扉で…どうもここは、エントランスらしい。

 

「作りからして、あの奥の扉がカジノの会場に繋がってるんだろうね。…しかしまさか、次元を超えた先でカジノに訪れる事となるとは……」

「他の扉は、どこに繋がっている?」

「どこだろーね。…そうだ、ちょっと探検してみる?」

「あ、僕も探検したいな」

 

 言うが早いか、ネプテューヌはイリスと愛月君を連れて階段を登っていく。え、稼がなくていいの?…と一瞬思ったけど…まあ別に、ここに来たなら稼がなきゃいけないって訳じゃない。それより興味のある事、やりたい事があるなら、そっちを優先させたって何も問題ないものね。

 それにしても、エントランスがここまで豪華だった事は、きっと会場も格調高い感じよね。だったら……。

 

「アイはカジノに詳しかったりする?」

「何となくルールを分かってるって位ッスね。まあ別に、ここで大敗しようと現実に影響がある訳じゃないッスし、気楽にやれば良いと思うッスよ」

 

 残る四人は、普通に会場へ繋がっているであろう扉の方へと歩き出す。勿論わたしも、会場に向かうつもりだけど…その前に、とアイとルナを呼び止める。

 

「待った。その前に一つ、しておいた方がいい事…あると思わない?」

「あれッスか?裏技を利用して、取り敢えず838861枚程コインを確保してから入ろうって話ッスか?」

「違うわよ!?違うし出来ないわよ!?どんだけ仮想空間形成装置のスペックが低いと思ってるの!?」

「なら…大負けしたらリセット出来るように、ここでセーブを…?」

「しないから、それも出来ないから…」

 

 二人のボケに突っ込んだわたしは、それからがっくりと肩を落とす。完全に油断していた、とわたしが反省すれば、アイは愉快そうに、ルナは苦笑い気味に小さく笑う。

 だけどまあ、こんなのは日常茶飯事。この程度を、一々引き摺ったりはしない。だからわたしは気を取り直し…会場へ入る前に、と二人をある部屋へと誘った。

 

 

 

 

 カジノはゲームで賭けをする場所。それは知ってるし、トランプとかルーレットとかを使うって事も知っているけど、それは全部何となくの知識だから、私は楽しみって気持ちと、不安って気持ちが半々ずつだった。

 そんな気持ちを抱きながら、一度最初の部屋から移動していた私達は、戻ってきてから奥の扉の前へ。ぐっ、とアイが扉を開けて…カジノの会場へ、私達は足を踏み入れる。

 

「おぉー…!」

 

 中へと入った途端に聞こえてきたのは、賑やかな音。人の声に、スロットマシンの効果音に、カードやボール、それぞれが出す音。大きいけど五月蝿くない、初めて来たのに「これぞカジノ!」って思わせる音が色んな方向から聞こえてきて…ちょっぴり圧倒されちゃった。

 

「活気があるわね。声は殆どがNPCだろうけど」

「そう考えると少し寂しいもんだな。普通のゲームだってそうじゃねぇかと言われたら、それまでだけどよ」

 

 うわぁ、すっごい…と思ってる私とは対照的に、アイとセイツさんは普段通り。流石は国を守る女神様だなぁ、私とは全然違うなぁ、なんて二人の様子に私は思っていて…そんな中、私達は声を掛けられる。

 

「ふふ、よく来たね三人共。カイト君とワイト君はもうプレイ中だよ?」

「あ、イリ…ゼ……?」

 

 それは聞き慣れた、イリゼの声。なんだ、イリゼは先に来てたんだ。そう思いながら私は声のした方へ振り向いて……固まる。

 そこにいたのは、イリゼ。女神化してるけど、確かにイリゼ。だからそれ自体に驚きはない。けどイリゼの格好は、今のイリゼは──うさぎさんだった。

 

「お、おおぉ…これは、また……」

 

 予想を大きく超えた、初めて見るイリゼの姿に、アイも呆気に取られる。私達の視線に気付いたイリゼは、ふふんと軽く胸を揺らす。

 今のイリゼはうさぎさん。長くて真っ白な、髪と同じ色をしたうさ耳のあるうさぎ女神様。…でも、小さくて丸っこいうさぎじゃない。ぴったりと身体のラインが分かる、イリゼの出るところはしっかり出て引っ込むところはしっかり引っ込んでいるスタイルを余すところなく伝えてくれる、淡い黄色のボディースーツに、それとは繋がっていない…普通に考えたら何の意味もないのに、今はそれがなくっちゃね!…と思わせてくれるカフスと付け襟。胸元から上と、背中は大胆に見えていて、柔らかそうな胸の膨らみも、余計なものなんて何もない肩の曲線も、包み隠さず拝ませてくれる。イリゼは髪が長いから、背中は見えない事もあるけど、だからこそ逆に背中や頸が見え隠れする度どきりとする、させてくれる。

 上半身だけでもこんなに魅力的なのに、視線を下に向ければ飛び込んでくるのは目の荒い編みタイツ。肌の綺麗さがよく分かる、それでいて荒目の網に包まれた事でなんだかイケナイ感じも醸し出される黒と肌色のコントラストがそこにはあって、その先にあるハイヒールは、ヒールの高さがイリゼの美女らしさを足元から際立たせていた。更に、少ししてから気付いたけど、腰の後ろの辺りにはふわっとしたうさぎの尻尾もあって……その姿は正に、バニーガールさん。多分、世の中でもトップクラスに偉い、偉くて美しいバニー女神様。

 

「イリゼ、その姿…って事は……」

「そういう事さ、セイツ。ここはカジノで、今の私はこのカジノを取り仕切る者の一人。であれば、それに相応しい装いをするのが道理というものだろう?」

「いや、それは分からねーでもねぇが…ロイヤルバニー感が凄ぇな……」

「それは褒め言葉として受け取っておこう。…しかし、気品という意味では君達もではないかな?」

 

 自信と余裕たっぷりのイリゼは、アイの言葉にも薄く笑みを浮かべる。それから言葉を続けて…ふっ、と笑みを深める。

 そう。どこからどう見ても神々しい、圧倒されるような綺麗さのイリゼだけど、ここにいるのは…一周半回ってやっぱりはっとするような美しさを纏っているのは、イリゼだけじゃない。実は今、セイツさんは女神化していて、女神の姿になっていて……そのセイツさんが身に付けているのは、純白のドレス。首から広がるようにしてすっと降りていく、胸の内側が薄っすらシースルーになっている、太腿丈のスカートとロング丈のオーバースカートを組み合わせた、ちょっぴりウェディング衣装にも見えるドレス。それ自体が感じさせてくれる清楚で穢れのない感じと、イリゼと同じ位のスタイルを持つセイツさんの組み合わせは、上品で美しい…でもそれだけじゃない艶かしさを私の心に、見ている人に響かせる。

 素肌が見える訳じゃない、シースルーの胸元は、露出した肩や腋と引き立て合って、どっちが良いかなんて考えられない。どっちも良い、良過ぎるとしか思えなくなる。オーバースカートで品位とシルエットを高めて、太腿丈のスカートで可愛らしさとそこから伸びる素足の艶っぽさを両立しているさまは、もう芸術的としか言えなくなる。全体としてのウェディングっぽさも、特別な瞬間を、今しかない時を見せてくれているような感じに溢れていて…美の女神がいるなら、きっとこんな感じなんだと思う。むしろセイツさんがそうだとしてもおかしくない。

 

「ありがと、イリゼ。これだけ雰囲気のある施設なら、ドレスコードがなかったとしても、品位ある装いをしてこそ女神だもの。…でもまさか、イリゼも同じ考えをしてたなんて…ふふっ。やっぱり姉妹ね、わたし達」

「うん、姉妹だもんね。…と、なると…二人のドレスも、セイツが?」

「正解。わたしの見立てたドレス、凄く似合ってるでしょ?」

 

 似合ってるでしょ?…そう問うセイツさんの言葉に、強く頷く。ぶんぶんと、何度も頭を縦に振る。これは私へ向けた質問ではないけど、頷かない訳にはいかない。今のアイの姿を見れば、頷かずにはいられない。

 アイも今は女神の姿。最初は「えー、女神化する必要あるッスか…?」って感じで乗り気じゃなかったアイだけど、セイツさんの見立てたドレスの内、アイも気に入ったものは、悉く胸周りに布の余りが…ってなってすったもんだ起きた末、キレ気味にアイは女神化をして…そんなアイが、人の姿よりメリハリのある肢体にアイが纏うのは、セイツさんとは対照的な漆黒のドレス。きゅっと締まった胸の上から、足元まで隙なくドレスが身を包んでいるような装いは、安易に肌を見せたりしない…そんな事をしなくても、身体のラインだけで幾らでも目を奪えるような自信と美麗さを表しているようで…けれどやっぱり一番目を、心を奪われてしまうのは、太腿の辺りからの深いスリットと、そこから覗くしなやかな脚。

 艶のある肌、緩やかな曲線、絶妙な肉付き。非の打ち所がない、どんなに言葉を尽くしても言い表せないような、至上の脚線美。普段はプロセッサで殆ど分からない『美』そのものが、今はスリットから時にちらりと、時に大胆に見えて、隠れて、また見えて…じろじろ見るのが失礼なんじゃない、目を離す事こそが失礼なんだとすら私は感じる。仮に目を離したとしても、ドレスと同じ黒の長手袋が生み出す妖艶さも上にはあって…くすみのない肌と、目が覚めるような髪の紅と、落ち着きを思わせる黒…全部が全部を引き立ている。無駄や余計は、一つもない。

 

「正直、仮想空間で一々そこまで気にする事はねーだろと思ってたが…実際こういう格好をして来るのは、気分としちゃ悪くないな」

「でしょ?ローズハートの姿のアイは、クール系や綺麗系のドレスだったら何でも似合っちゃうから、逆に選ぶのが難しかったわ」

「そういややたら真剣だったな…そうまでして選んでもらったんだ。今日は徹頭徹尾これで通してやるよ」

「うん、私もその方が良いと思う…三人共、今日は出来る限りその姿でいる事が神生オデッセフィアとエディンの両国から望まれていると思う…!」

『わっ…きゅ、急に喋った(な・わね)、ルナ……』

「…あ、そうだ三人共。えっと…そこに並んでもらっていいかな」

 

 しっかりと、しっかりとやり取りを交わす三人の姿を目に焼き付けた私。でも、これじゃ足りない。これだけ綺麗で麗しい女神様三人がいる光景なのに、目に焼き付けるだけじゃ惜し過ぎる。そう感じていた私はある事を思い付いて…ぐるりと見回す。見回して、丁度良さそうな柱を見つけて、そこに並んでくれるようイリゼ達に頼む。

 派手で豪華な会場の内装。でもそれに負けないどころか、煌びやかさで軽くそれを上回っている、三人の女神。その三人、イリゼとアイとセイツさんに並んでもらった私は、愛用のカメラを取り出して…ぱしゃり。

 

「…ふぅ…家宝にさせて頂きます」

『何が!?』

 

 以上、大変貴重な一枚を得る事が出来た私でした。近付き並ぶ最中、三人の露出した肩が触れそうになった時には、遂に鼻血すら出そうでした。それではまた、次回。

 

「いやまだ終わらないよ!?…こ、こほん。ルナも、よく似合っているよ」

「え?あ、うんありがとう。お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいな」

「お世辞ではないよ。というか、そんな軽々しく自分を過小評価するのも良くないよ、ルナ」

「そうは言っても…だってほら、この場だと比較対象が皆になるんだよ?イリゼこそ、自分のポテンシャルを甘く見ちゃ駄目だよ?」

「えぇ…?…まさか、そんな返しをされるとは……」

 

 片手を腰に当てるイリゼに、私は返す。まあ、イリゼの言う事も分かる。軽々しく自分を過小評価するのは良くないって事位は私も知っている。けど、ここにいるのは綺麗で華麗で大人っぽさも可愛さもある、ほんとに私とは別次元の領域にいる感じの女神様達な訳で…一応私もセイツさんにドレスを見立ててもらったし、鏡で見た時は「意外と可愛い…かも?」…とも思ったけども、流石に…っていうか普通に三人には敵わない。敵わないっていうか、比較にならない。なる訳がない。私程度で比較なんて、最早失礼ってレベル。って訳で、如何にイリゼやアイ、セイツさんがビューティーでセクシーで魅力がアンストッパブルなのかを小一時間程言って伝えよう…と、思ったんだけど……

 

「…似合ってるよね?可愛いよね?」

「えぇ、わたしも似合うって思ったんだからこのドレスを選んだんだもの。カクテルドレス…カラードレスとも言うんだったわね。…の良い意味で雰囲気が出過ぎない、重くなり過ぎない感じがルナには似合うと思ったし、ドレスの青色がプラチナブランドの髪を際立たせつつ、ちょっぴり大人っぽい感じにもなってると思わない?それに今はボレロで隠れてるけど、ルナのドレスは肩紐で支えるタイプだから、首筋と肩が分かれてそれぞれの良さ、ルナの女の子的魅力がはっきり分かるようにもなってるのよ?」

「普段のルナはどっちかっていうと可愛い、ってタイプだが、こういう格好すると途端に化けるな。可愛いのに大人っぽいってか、可愛さの中から大人っぽさが滲み出てるってか…あぁ後あれだ。これはもう見た目の話じゃねーが、このドレスを着た後は暫く鏡の前で自分をまじまじと見ていたり、くるっと回ってスカートを軽く浮かせたりする姿も良かったと思うぞ。ヒールに慣れてねーからか、直後によろけてたのも含めて、な」

「ふぇ…!?ちょ、み、見てたの!?」

「見てたも何も、同じ部屋にいたんだから見えるに決まってるだろ…」

「うっ…言われてみれば、確かに……」

 

 ぐうの音も出ないアイの返しに、私は肩を落とす。…だ、だって…ほんと、意外と可愛いとは思ったんだもん…こんな服を着る機会なんて滅多にないんだから、くるっと回ってみたくなったりもするよ…。

…で、でも…私が、大人っぽい…?可愛いとは思ったけど、大人っぽいなんて、そんな……。…だけど、言ってるのは女神様な訳だし…考えてみたら、今の私は女神のセンスによる格好な訳だし…今の私は、ちょっとは大人っぽい…大人のレディっぽくなってる、のかな…?…もし、そうなら…ふふ、ふふふふふふ……。

 

「ルナー…?顔が凄くにやけてるよー…?」

「は……ッ!?…こ、こほん。それより…えっと、何をしにここに来たんだっけ…?」

『こんな分かり易くカジノ感出てる会場で忘れる…?』

「で、ですよねー…誤魔化そうとしただけです、はい…」

 

 恥ずかしさと動揺から話を逸らそうとした私だけど、即玉砕。三人に怪訝な顔をされた事で、余計恥ずかしくなって…でもその後、イリゼは私を見て頷いてから、仕切り直すように口を開いた。

 

「さて、ここで賑やかに話すのも悪くない…が、やはり取り仕切る者としては、カジノとして楽しんでもらいたいところ。ここにはバカラにポーカー、ルーレットにスロットと言った定番のゲームは勿論、レースの勝敗予想や、お客のリクエストに合わせたゲームでディーラーと勝負をする事も出来る。もし君達に意欲があるのであれば、楽しくスリリングな勝負を提供すると約束しよう」

 

 さっきまでの柔らかな表情から、最初の…余裕ある女神の表情になったイリゼは、私達を見てもう一度笑う。薄い、自信に満ちた笑みで、私達を誘う。

 

「スリリング、ね…ハードルは高ぇぞ?イリゼ…いや、オリジンハート」

「わたしも、期待させてもらうわよ?稼ぎ云々は勿論だけど…ゲームも、勝負自体も…ね」

 

 勝ち気に、強気に笑みを返すアイとセイツさん。一見全員冷静な…でももうバチバチしている感じの、三人の雰囲気。そして、そこに一緒にいる私はといえば……

 

(格好良いなぁ…こういうところも含めて、『女神様』なんだもんなぁ……)

 

 笑みを浮かべ合う三人を、眼福眼福と思いながら眺めるのだった。…あ、そうだ。これも撮っておこうかな…。

 

 

 

 

 軽く見て回って見たが、確かにイリゼの言った通り、このカジノには多くのゲームがある。トランプ一つを取っても、ゲームの内容は多種多様。

 なら、その内何を選ぶか。少なくとも、スロットは選ばない。目押しが出来んなら別だが、そうじゃねーならどうしたって確率次第になる。そういうのは、気が向かない。理由はどうあれ、わざわざ女神の姿になってるってのに、確率に任せるんじゃ面白くない。同じように、ディーラー側が回すルーレットなんかも、女神の宝の持ち腐れになる。…ってなりゃまぁ、選ぶのは当然…直接勝負のゲームだわな。

 

「ようこそ、トランプコーナーへ。ここではトランプを用いたゲームが出来るよ。さあ、どんなゲームをご所望かな?」

「出来るよも何も、トランプコーナーの時点で当たり前では?」

 

 余裕たっぷりの雰囲気での問い掛けと、淡々とそれに突っ込む声。ここはカード勝負のコーナーであり…ここはズェピアとビッキィが取り仕切っているらしい。

 

「なら、ポーカーで」

「了承した。ビッキィ君、任せても良いかな?」

「貴方は何をするので?」

「私はイカサマの監視かな。よく出来たもので、ここのNPCはイカサマをしてくる者もいるし……」

 

 そう言って、言い切る事なくこちらを見てくるズェピア。…イカサマ、ねぇ……。

 

「イカサマはむしろお手のもの、みたいな見た目をしてよく言うぜ。…ところでビッキィ、さっきから気になってたんだが……」

「はい、なんでしょう?」

「…なんで男装してんだ…?」

 

 むしろズェピアはイカサマする方だろう、多分。…と思った後、視線をビッキィへと移す。移し…流石にスルー出来なかった事を、突っ込む。

 イリゼがカジノって事でバニーの格好をしていたように、ズェピアも店員らしいスーツを身に纏っている。それは良い、それは良いんだが…どういう訳か、ビッキィも同じスタイル。完全に男装の麗人状態。…どうしたビッキィ…あれか?妙な点を作って、プレイヤーの気を散らす作戦か…?

 

「あぁ、これはこっちの方が良いからです。バニーは論外として、タイトスカートとかも嫌ですし」

「そういう事か。んまぁ、スカートが好きになれないってのは分かるな(論外って言われてんぞ、イリゼ…)」

 

 今はドレスっていう、スカートになってる服装をしてるじゃねーか、ってのはさておき(いーんだよ、気分だ気分)、取り敢えずはビッキィの説明に納得。

 って訳で、気持ちを切り替えゲームに入る。トランプを出し、手際良く切ったトランプをビッキィが分け…ゲーム開始。

 

(つっても、相手はNPCなんだよな…ま、肩慣らしといくか)

 

 相手が実在しない、データ上の存在なら、ソロプレイのゲームと変わらない。…なんて事はない。何せ普通のゲームと違って、仮想空間内の身体を相手が持っていて……だからこそ、『動き』も『表情』もある訳だからな。

 素早くカードを確認し、コイン…ではなくポイントをベット。カード交換を行い、改めてベット。その間、今回は三人いる対戦相手へと常に目を走らせ、観察し……

 

「ツーペア、ワンペア、ブタ、ワンペア…アイさんの勝利です」

「まずは一勝、勿論続けてやれるんだよな?」

「無論、気の済むまで続けてくれて構わないよ。気が済むか、賭けられるものが尽きるかするまでは、ね」

 

 想定通りの一勝。特に危なくもなかった勝利。スリリングさにはちと欠けたが…それは今後に期待するまで。

 そうしてポーカーでの勝負を続ける。思考を巡らせ、相手をつぶさに観察し、時に勝負し、時に降りる。偶に脚を組み替えつつ、勝負を続け……数十分が、経過した。

 

「アイさんの勝利です。ちょくちょく降りているとはいえ、連戦連勝…流石ですね」

「勝っていく内にNPCの動きも分かり辛くなってはいたが…それでもバレバレなんだよ。バレバレっつーか、わざとらしいっつーか……ま、『そういう動き』まで再現出来てる辺りは、大したもんだがな」

 

 雑に言えばヒリヒリする程の相手じゃない。そう思いながら、テーブルに右手で頬杖を突く。

 カードを確認する目の動き、手札の強さを把握した時の表情の動き、カード交換やベットをする際の意欲や躊躇い…情報源は幾つもある。手札にどの程度の自信があるのかは、ベット額以外でも予測出来る。勿論どんな手札か、どんな役が出来てるかまでは分かる訳がねーが…考える時間は十分にある。読みをミスっても、それが死に直結する事もない。…実戦に比べれば、これは遥かに余裕のある勝負。なら、順調に勝てるのも当然だわな。相手も生粋のギャンブラーだってなら、話は別だが…相手はギャンブラーどころか、本当の人間ですらない。あくまでプログラムだっつー事を考えりゃ、見えるのは再現の動き…つまりは実際にカードを見て考えているんじゃなく、プログラムが判断し『人ならどうするか』を出力しているだけな以上、わざとらしさもあるってもんだ。

 でもってズェピアは、気が済むまでやってくれて構わないと言った。その言葉を撤回しねーなら、このままどんどん稼ぐ事も、まあ無理な話じゃねぇ。出来ない事はねーが……

 

「……んで、後何連勝したらそっちは痺れを切らして出てきてくれるよ?トランプコーナーのディーラーさん」

 

 頬杖を突いたまま、笑みを浮かべる。言い切り、その笑みを深める。ただ稼ぐだけなら、このまま続けりゃ良いが……ただ稼ぐだけなんざ、何も面白くねぇ。

 

「…それは、私達への挑戦状として受け取ればいいのかな?」

「二人がどう思ってるかは知らねーが、こっちは楽しくスリリングな勝負を出来ると聞いてるからな。ま、別に跳ね除けてくれたって構わねーよ。その場合はこれまで通り、気が済むまで稼がせてもらうからよ」

「……ディーラーとの勝負はハイレートだ、破産する覚悟はあるかい?」

「させられるもんならさせてみろよ。出来るなら、な」

「…宜しい、ならば私が相手を務めさせて頂こう」

 

 そう言って、ズェピアは恭しく一礼した後、ウチとはテーブルを挟んた反対側の席に座る。これまでと同じ、一切変わらない、穏やかな雰囲気のまま…されどその奥に、底知れない何かを潜ませながら。

 

「さて、では賭け金…もとい賭けポイントだけど……」

「好きに決めてくれて構わねーよ。こっちの軍資金全部だろうと何だろうとな」

「凄まじい自信だね。初めからそう言われてしまうと、戦々恐々とせざるを得ないね」

「全く表情が変わらない戦々恐々なんざあるかよ…」

 

 あまりにも白々しい返答に、思わず呆れ気味の突っ込みを入れてしまう。これは揺さ振りなのか、単に芝居掛かった態度が好きなだけなのか。まあどちらにせよ、相手はこれまでとはレベルが違う。こっちも出し惜しみなんざしてる余裕は……

 

「あぁ、そうだアイ君。淑女に対してこのような事を言うのは申し訳ないのだが──君が太腿に隠したカードは、テーブルの脇に置いておいてくれないかな」

 

 直後、ぴしりと固まる空気。何の話だ?…そう尋ねるようにウチは視線を向けるも、ズェピアは和やかな表情のまま…閉じられた目でありなから、射抜くような視線をウチに浴びせ続け…数秒後、ウチは立ち上がる。立ち上がり……左脚に巻いておいたカードホルダーを、テーブルに置く。

 

「ちっ、ご明察だよ吸血鬼。よく見てやがんな」

「君がそのドレスで脚を組んでいるのが些か気になってね。とはいえ女性のスカートの内側に言及するなど真摯にあるまじき行為、謝罪をさせてもらうよ」

 

 全く以ってその通り。スリットのない左脚側にホルダーを巻き、ホルダーを内股側にセットし、脚を組む事で隠しつつスリットのある右脚側からカードを引く算段だったが、どうもズェピアにはお見通しだったらしい。ゲーム開始前に指摘したのは、実際にやるタイミングを指摘出来る自信はなかったからなのか、それともその程度の策は通用しない、と警告する為なのかは分からねーが…後者だとしたら、随分と舐められたもんだ。

 

「謝罪なんざ要らねーよ。…ああ、けど代わりに一ついいか?」

「うん、何かな?」

「ウチの後ろ左側、そいつを退場させろ。…そっちの仕込みなんだろ?」

 

 先に一杯食わされた。完全に上回られ、してやられた。…だが、ただでやられるつもりはない。元々指摘する気はあったが、先にやられたからこそ、そこへ意趣返しの意図も込めて、言ってのける。サムズアップの要領で、後ろを振り返る事なく観客の一人を指差し…ズェピアへと視線を放る。

 数秒の沈黙、肩を竦めるズェピア。そして……背後から、気配が一つ消える。

 

「…お見事。どうやら君に下手な策は通じないようだね」

「お互いに、な」

 

 互いに策を用意していた。互いにそれを見破った。そうして今度こそ…勝負開始。

 

(ワンペア、か…初手の時点で弱いとはいえ役が出来てるのは悪くねぇ。悪くはねぇが……)

 

 配られた五枚のカードを確認し、ズェピアの反応を見つつ考える。ワンペアっつーのは、役としちゃ最弱だが…当たり前だが、交換したからと言って手札の強さが必ず上がる訳じゃない。より強い役を期待して交換した結果、弱くなるどころか役無し…ブタになる事だって十分あり得る。だからこそ、ワンペアは残しつつ、残りの二枚か三枚を交換に出すのが定石っつーか、まともな判断だが…まともな判断で、ズェピアに勝てるだろうか。仮にイカサマをしなかったとしても、何か勝率を上げる…或いはほぼ確定レベルの何かを出来そうな気がする吸血鬼相手に、それが通用するだろうか。

 

「迷っているね、アイ君」

「そりゃ迷うさ。さっきはノリで賭けポイントは何でもっつったが、それで負けた挙句血でも要求されて、女神から吸血鬼の眷属にジョブチェンジなんて御免だからな」

「ははは、安心し給え。確かに君は魅力的な女性ではあるが、私は基本的に吸血をしないのでね」

「そうかい。んじゃ…ベット、でもって四枚交換だ」

「ほぅ…?」

 

 結局ズェピアはレートについて何も言っていないが、つまりそれは無制限、って事なんだろう。だからウチはこれまでで最大額をベットし、更に手札を一枚だけ残して交換。その判断に、ズェピアはぴくりと眉を動かし…ズェピアもベット。一度カードに視線を戻し……交換なしを宣言する。

 

「…一枚も出さねぇとは、随分と自信があるんだな」

「中々に良い引きでね。アイ君こそ、一枚残したという事は…エース、或いはワイルドカードなのかな?」

「さて、ね。…ところでビッキィ、さっきも少し服装の事を言ったが……」

「言いましたね、それが何か?」

「…正直、凄く似合ってる。男装を似合うっつーのは、褒め言葉にゃならねーかもしれねぇが…ぶっちゃけ好みだ。…好きだ」

 

 隙を見せないズェピアから目を離し、視線をビッキィに。渡されたカードを山に加えてシャッフルするビッキィに話し掛け、見つめ…そして、言う。姿勢を正して、出来る限りの感情を込めて…好きだと、告げる。

 

「…………」

「…………」

「無駄だよ、アイ君。カードにおいて、ビッキィ君は恐らく私以上の手練れ。デラックスエディン代表にして、新エディンの王であり、デュエルマスターの証を持つ…かもしれない者。そんな彼女のシャッフルを、言葉一つで崩す事など出来やしないさ」

「いやそれ全部トランプじゃなくてTCGじゃねーか…後新エディンの王だったとしたら、クーデターか何か起こしてるじゃねーかビッキィ…」

 

 また思わず突っ込んでしまう。だがイリゼじゃねーが、流石にこれは突っ込まざるを得ない。…うん?あぁ、別に嘘は言ってねーぞ?実際ビッキィの事は好きだからな、ライク的な意味で。

 と、ウチが思っていると、ビッキィは手を止め、トランプの山を二つに分けてテーブルに置く。それからそれぞれの端を指で持ち上げ…二つの山を高速で、交互に混ぜ合わせていく。

 

「…ショット・ガン・シャッフルはカードを傷めるぜ?」

「知ってます、けどここは仮想空間ですし…」

「ですし?」

「…ちょっと、やってみたい欲求が……」

「因みにカジノにおいてこのシャッフルは普通に使われていたりするよ」

 

 そんな最後の知識以外は毒にも薬にもならなそうなやり取りを経て、四枚のカードが配られる。

 これが唯一の交換。この結果を確認した後は、後は更に賭けるか、降りるかの二択のみ。…だが、ウチに降りるという選択肢はない。ない、ってか…選ぶ気がない。はっきり言って、ここまでの駆け引きでも十分ヒリヒリしたものを感じられた以上は、最悪負けても構わないし、仮に弱い手札だったとしても、降りるよりは、その手札でどうなるかという緊迫感を味わいたい。……ま、これも仮想空間の、破産しようが現実への影響はないカジノだからこそだけどな。

 

(さぁて、ワンペアを崩してまで行った交換の結果は……)

 

 裏向きで配られたカードを、ズェピアに見えないようにしつつ、ゆっくりと開く。左から順に確認し、残していた一枚と合わせ……そして、笑う。

 

「…どうやら君も、良い手札になったようだね」

「実はその逆で、ハッタリを仕掛けただけかもしれねーぞ?」

「いいや違うね。君の手札は強い。スリーカード…いや、それよりも強い役だろう?」

「…………」

 

 一度目の言葉には、すぐに返した。二度目の言葉には、何も返さなかった。二度目の沈黙を、ズェピアはどう捉えるか。それはズェピア次第で…こっちも予想し切れない。

 だから後は、オープン前最後のベットのみ。その最後のベットに…ウチは、賭ける。

 

「オールインだ。…けど、まだ足りねぇ。これじゃまだ賭け足りねぇ」

「ならば、どうする?」

「イリゼから聞いたが、ここじゃポイント以外も賭けられるらしいからな。だからこの勝負に、オールインに加えて……ヤマトの魂も賭ける」

 

 選ぶのは、最大の一手。勝てば破格のポイントを得る事が出来る、負ければポイントの全てを失う、そしてどんな結果になろうともヤマトから半眼で呆れられる事間違いなしな、文字通りの賭け。

 

「……いや、それは…えぇー…?」

「うーん、これは予想外…」

「で、どうするよ?手は読めてるんだろ?コールするか、フォールするか……さぁ、選びなズェピア」

 

 もう出来る事はない。後は待つのみ。ズェピアの選択を。オープンを。その結果どうなろうとも…ウチはそれを受け入れる他ない。

 ズェピアは動きを止める。元から目は閉じられているが、そこから更に目を閉じたような…そんな風な雰囲気を纏い、五秒、十秒と沈黙し、沈黙し続け……

 

「…お見それしたよ、アイ君。君の実力の高さは理解しているつもりだったが…それは違った。君の実力は、私の理解以上だった。──フォール。私の負けだよ」

 

 ズェピアは、カードを置いた。カードを置き、勝負から降りた。負けを……認めた。

 

「……っ…たーっ、勝ったぁ…」

「っと…大丈夫ですか、アイさん」

「あー、大丈夫だ大丈夫…でももう、ポーカーは満足だな…満足ってか、疲れたからちょっと会場内を散歩してくるか…」

 

 ふっ、と緊張が解け、テーブルに胸から上を預ける。ビッキィの言葉にひらひらと手を振り、それからカードを裏のまま置いて、立ち上がる。ズェピアには良い勝負だったと、ビッキィには良いディーラーだったと伝えて、一応カードホルダーも回収してその場を去る。

 フォールである以上、稼ぎはそんなに多くない。だが、勝ちは勝ち。それも、手札で勝った訳じゃない。手札ではなく、駆け引きと精神でズェピアに競り勝った。向こうの態度からして、観念したってより、勝ちを譲ったって感じだが…十分に、十二分に、スリリングな勝負が出来たんだから……やっぱりウチの、完勝だな。

 

 

 

 

「凄い勝負でしたね。見ているこっちまで緊張してしまいました」

「だろう?その表情で?…と言うかもしれないが…私もかなり緊張したよ」

「その表情で…?」

 

 アイ君が立ち去ってから数十秒後の事。そっくりそのまま返された事で、俺はついつい苦笑いを浮かべてしまう。…まあ、ポーカーフェイスは得意だし、これを疑われるのはポーカーフェイスを評価されているのと同義な訳だから、悪い気はしない。

 

「でも、本当に凄かったです。あれだけの自信があった訳ですし、アイさんは余程強い手札だったんでしょうね…」

「まぁね。あ、因みにアイ君の手札は、左から順にハートのエース、2、8、クイーン、キングだよ。フラッシュだから、まあ強くはあるね」

「へ……?」

 

 回収も兼ねてカードを見ようとしたビッキィ君に、俺は言う。言われたビッキィ君は目を丸くし、確認し…次にこちらへ向けてきたのは、唖然とした表情。

 

「ふふふ、この位造作もない事だよ。ところでビッキィ君、先程シャッフルの方法を途中で変えたのは……」

「あ、あぁ…あれは流石に、というか普通に動揺して、あのままだとカードを吹っ飛ばしそうな気がしたので、仕切り直そうと思いまして……」

「おや、動揺していたんだね。それをああも誤魔化すとは、君も流石だよ」

「それはどうも…っていやいや、そうじゃなくて!分かってたんですか…?ならあれは、単に自分より強いと分かっていたから……」

「いいや、違うよ。見ての通り、私の手札はフルハウスだったからね」

 

 そうではないよ、と私も裏にしていたカードを開く。本当にフルハウス…フラッシュよりも強い役である事をビッキィ君に示す。

 やはりと言うべきか、そりゃそうだよなぁって感じというか、俺の手札を知って固まるビッキィ君。そうして彼女が向けてきたのは、「何故?」という視線。それを受けた俺は、一つ頷き…言う。

 

「そう、私は勝てると分かっていた。何せアイ君の手札が分かっていたんだからね。…けれど私は、不安を、疑念を抱いてしまった。私には知る術がある。無数の可能性を把握し、99.9%間違いないという段階まで把握が出来ていた。…それなのに、その私が、アイ君の言動で…全ての言葉と行動、選択によって思ってしまったんだよ。ひょっとしたら、アイ君は0.1%の確率を手にしているのかもしれない…或いはそもそも、99.9%という確率すら、正しくないのかもしれない…とね」

「…だとしても、十中八九これだって手札が分かっていて、しかも自分の手札がフルハウス…十分強い手札になっているんだとしたら、勝負をしても良かったのでは…?」

「そうだね、賭けとしてはその通りだ。…けれど私は、いや恐らくアイ君も、ポーカーを介した駆け引きの勝負を…読み合い騙し合いを楽しんでいたのさ。そしてその勝負において、私は自らが絶対だと思っていた力に、自信に、揺らぎが生じてしまった。だから…その時点で、私の負けだったんだよ」

 

 初めの挑戦状的挑発も、最後の問い掛けに至るまでの全ての発言、一挙手一投足も、各フェイズでの選択も…何ならふざけてるような発言や、ビッキィ君とのやり取りすら、きっとアイ君の仕掛けであり、駆け引きだった。本当に俺は、「もしかしたら…」と思わされたし…感服した。…ビッキィ君も言ったが…本当に、凄かった。

 

「それにねビッキィ君。これはもう完全に駆け引きではなくなってしまうからやらなったが…アイ君の手札は、確認しようと思えば出来たんだ」

「え?…うわっ、客が何人か消えた…。…この消え方は、さっきと同じ…って、事は…さっきアイさんが見抜いたのは、ズェピアさんの仕掛けの一人に過ぎなかった…と…?」

「正確には、わざと見抜かせた一人だよ。人は一度イカサマを見抜いてしまえば、同じ手を更に使ってくるだなんて思わないものだからね。…まあもしかすると、全員見抜かれていて、動かした瞬間に指摘されてたかもしれないけど…流石にそれは、私でも何とも言えないね」

「そこまでしてるなんて、エゲツない…。…うん?でも、見抜かれてるかもしれない策を出して、『確認しようと思えば出来た』って言うのは、負け惜しみでは…?」

「む…言われてみると、確かに……」

 

 感服し、敬意と賞賛を示す形としてフォールしたつもりだったが…ちょっと悔しかったのかもしれない。っていうか…まあ、悔しいっちゃ悔しい。何せ勝ってはいたからね。ポーカー自体に拘れば、アイ君を素寒貧に出来てた訳だからね…!…って、これじゃ本当に負け惜しみだ…落ち着け、冷静になれズェピア・エルトナム。

 

「…こほん。ともかくアイ君との勝負は終わったが、まだまだカジノは営業中だ。お客様を楽しませつつも、上手く我々が一番な儲けを得られるよう、巧みに立ち回ろうではないか」

「そうですね…ズェピアさんがそう言うと、凄く悪い事しそうですが…」

「うん、何ならここに私の偽物を置き、私自身は客に扮して、私の偽物経由でカジノから毟り取る事も出来るよ。ククク…普通なら結局店員サイドである私自身にもダメージが来る訳だが、そこは上手くイリゼさん辺りを最高責任者という事にして……」

「…あの、わたし別のテーブルでディーラーやってもいいですか…?貴方と一緒だと思われたくないので……」

「冗談だよビッキィ君…冗談だから、そんな心底嫌そうな顔をしないでくれ……」

 

 そんなこんなで私達は営業に戻る。NPC相手に、ディーラーとしてゲームを回しつつ、上手い事稼いでいく。

 さてさて、次に現れるのは誰か。普通に楽しんでくれるだけでも気分は良いが…折角だ、また全力を向けられるような相手と勝負をしたいものだね。

 

 

 

 

 カジノというものに、これまではあまり縁がなかった。少なくとも、何度も行くような人生…いや、女神生?いやそもそも、女神に『生』って言葉は……って、そこは別に今掘り下げることでもないわね。…こほん。

 だからわたしは、駆け引きは勿論だけど、カジノそのものも楽しみたいと思っていた。そう思うからこそ、逆に何のゲームをするか迷った。迷って…決め手となったのは、どのゲームにするかっていう思考じゃない。どれ、じゃなくて誰…それが、わたしがルーレットを選んだ理由。

 

「お隣、宜しいかしら?」

「えぇ、どうぞお座り下さい」

 

 呼び掛け、返答を受け、座る。それからわたしは横を向いて、隣の人物…既にここでゲームをしていた彼、決して堅苦しくはない、けれどラフさからは離れた、絶妙なラインのジャケットを羽織ったワイトへと微笑む。…多分、彼も衣装室を見つけて選んだのね。

 一人でやっても、皆でやっても楽しいのがゲーム。賭け事となると、そうも言い切れなくなるだろうけど…だとしても、誰かとやるゲームに魅力を感じたから、わたしはワイトの隣へと座った。

 でも、ワイトだけじゃない。このルーレットを選んだ理由は…『誰と』の部分は、もう一つある。

 

「いらっしゃい、セイツ。わたしとディーちゃんのルーレットコーナーへよく来てくれたわ!」

「ここではルーレットを…って、テーブルを見れば分かりますよね」

 

 片や明るく、片や丁寧に話す二人の店員。彼女達が、わたしがここを選んだもう一つの理由である…ディールちゃんと、エストちゃん。二人は店員サイドらしくて…でも、ただの店員じゃない。

 

「ねぇ、ディールちゃん、エストちゃん。多分、もう誰かに言われてると思うけど…質問しても良いかしら?」

「あー、もしかしてディールちゃんの事?そうよねぇ、ディールだからディーラー?って訊きたくなるわよね」

「いやそこじゃなくて…まあそこも気にはなったけど……」

「なら、トランプゲーム担当じゃなくていいの?ディールシャッフルしなくていいの?って話?」

「それでもなくて…二人の見た目よ、見た目。…成長、してない…?」

 

 そう。ここにいるのは、ディールちゃんとエストちゃんで間違いない。見た目も声も、正しくそう。…まぁ、見た目も声もロムちゃんとラムちゃんがいる以上、その可能性も浮かびはするけど…二人は今、仮想空間に来ていない筈。だからやっぱり、ここにいるのは幻次元からの二人な訳で…でも、見た目が違う。さっきと話が違うように思えるだろうけど、違う。…サイズ感が、違う。

 わたしの知る二人は、文字通り小さい子って感じの見た目をしている。見た目をしていた。でも、今の二人はそれよりも明らかに背の高い…ネプギア位の背丈になっていた。成長していた。更に言うと、胸も大きくなっていた。……二人の間で、格差のある形で。

 

「あー、成長期よ成長期」

「成長期…!?め、女神なのに…!?」

「いやセイツ様、今はそれより『この短期間で?』と返すべきでは…?」

「まあ、嘘ですけどね。成長期じゃなくて、変身魔法です。それも、使用者の未来の姿に変化する、っていうタイプの」

「あ、あー、そういう…。…未来の?…って事は……」

「察しが良いわね、セイツ。それ以上言ったら出禁にするわよ」

 

 にこり、と笑みを浮かべたまま…笑みなのに睨んでいるような雰囲気を見せるエストちゃんに、わたしは威圧感を覚えながら頷く。ワイトは先に聞いていた(というか多分同じ質問をした)らしく、既に理解している様子だった。…女神は普通の成長なんてしないし、これは『未来の姿(仮定)』なのかしらね。

 

「って訳で、疑問は晴れた?」

「え、えぇ…でも、うん、なんていうか……」

『……?』

「…とっても、似合ってるわ」

 

 これにて背丈の話は解決。でも実は、背丈だけが気になった訳じゃなくて……わたしを驚かせたもう一点に対し、わたしはサムズアップ。

 長い耳、ふわふわの尻尾。胸元と肩書き大胆に露出したスタイル。それは所謂、バニースタイル。ディールちゃんに、エストちゃん…二人は今、イリゼと同じバニーガールになっていた。なっていたけど…まるっきり同じという訳じゃない。例えばイリゼは目の荒い網タイツを履いていたけど、二人が履いているのは隙のないストッキング。隙のない、ぴっちりと脚を覆うストッキングで…けれど薄っすらと見える二人の脚が、はっきりではなく薄っすらだからこその、上手く言葉に出来ない艶かしさを醸し出している。そこから上、腰から胸周りまでに纏ったボディスーツは同じデザインの色違いで、ディールちゃんは白に淡い青、エストちゃんは白に淡い赤というカラーリング。ペアルックの可愛さは勿論、ボディラインを全く隠さないからこそ、ディールちゃんは胸が強調され、エストちゃんもスレンダーな魅力が前面に出てきていて、普段の二人からは予想も付かない程の、色香とでも言うべきものを纏っている。

 ウサミミや、白色は普段の二人と合っている。でもそれだけじゃない、バニーガールという普段の二人からはかけ離れた…所謂禁忌感すらあるギャップと、成長した見た目による『似合っている格好』とが、本来両立なんて出来ない筈の要素二つが、全く阻害し合わないまま共存していて、カフスやネクタイといった衣装も純粋な見た目の良さを後押ししていて…そこへ更に、大人しいディールちゃんと明るいエストちゃんという、元々の『二人だからこその、一層の魅力』までもが組み合わさった結果、一粒で二度美味しいどころじゃない、十度位美味しそうな、心惹かれるものが、そこには……ダブルバニーガールとなった二人にはあった。

 

「…って、ここで美味しそうって表現は変な意味っぽくなるわね……」

「…セイツさん?」

「あ…な、なんでもないわ。…じゃあ、改めて…わたしもゲームに参加させてもらってもいいかしら?」

「勿論です。わたしもさっき始めたばかりのディーラーなので、あまり上手くはないですが…楽しんで下さいね」

 

 何とも良い子なディールちゃんの言葉に、自然と口元へ笑みが浮かぶ。…だけど、緩い気持ちでいるのはここまで。ここはカジノであり、わたしはゲームの席に座った以上…ここからは、真剣に勝ちにいく。

 

「ルールは分かってる?」

「えぇ、要は止められるまでに、球がどこに入るかを予想して賭けるゲームでしょ?」

「そういう事よ。まあこれは誰かとの対戦って訳でもないし、のんびりやってくれて構わないわ」

 

 のんびり賭けるというのは賭け事としてあり得るのか、それとものんびり出来る位の気持ちでやった方が良い、っていうエストちゃんからのアドバイスなのか。まあそれはともかくとして、初回という事でわたしは一番確率が高く、倍率の低い『二倍』のエリアの二ヶ所へ少しずつポイントを賭ける。複数ある二倍エリアの内、二ヶ所を選んでベットする。

 

「…慎重、っていうか面白みのない賭け方ね。セイツってもっと積極的なタイプだと思ってたわ」

「あら、わたしは積極的なタイプよ?けど、初手から飛ばす程向こう見ずでもないの。たっぷり楽しむ為には、ちゃんとまず身体を温めないといけないでしょ?」

「では、私はこことここで」

 

 にぃ、とわたしが笑って見せれば、ふぅん…とエストちゃんも軽く笑う。そんなやり取りをしている間に、ワイトも賭けていて…見れば彼は、九倍と十八倍のエリアに置いていた。当然ながら、倍率が高い程確率も低いのがルーレットな訳で…ワイトは結構勝負をしていた。

 

「…ワイト、貴方ここまでの戦歴は……」

「今は何とか持ち直していますが、少し前までは大損状態でしたね。我ながらかなり焦りました」

「…驚いたわ。もしかして貴方、実は結構なギャンブラーなの?」

 

 堅実派であり、コツコツ稼ぐタイプだと思っていたわたしは、ディールちゃんがルーレットを回して球を入れる中驚いた、とワイトに返す。そういう人はそもそもカジノに客としては来ないでしょ、というのはともかく、このプレイスタイルは本当に驚きで…そんなわたしへ、ワイトは肩を竦めて言う。

 

「堅実な策だけでは、多くの人間を指揮する事など出来ない。それは軍人も女神も同じでしょう?…というのはさておき…金銭面に関しては、セイツ様の思った通り、ギャンブルをするような人間ではありません」

「なら、どうして?ここが仮想空間だから?」

「まあ、そういう事になりますね。というか、身も蓋もない言い方になりますが、そもそもギャンブルを行う施設は店側が最終的には儲け易いように出来ているのですから、ギャンブルで稼ごうという発想自体が賢明ではないのです。一部のプロを除き、基本的には稼ごうとして損するのがギャンブルなのですから、私はここで稼ごうなどとは微塵も思っていません」

「ほ、本当に身も蓋もないわね…逆転イベントの存在否定じゃない……」

 

 はっきり言い切ったワイトは、わたしの返しにはははと苦笑。ただ、それで終わったら説明にならない訳で…ワイトは続ける。

 

「ただ、セイツ様の言う通り、ここは仮想空間です。ゲーム…ではありませんが、現実ではない場所の、実際の資産を用いている訳ではないカジノです。ならば普段は出来ない事、やろうとは思わない事をしてみるのも一興ではないだろうか…そう思って、少しばかりギャンブルに興じているのです」

「ははぁ、つまり貴方は…ううん、貴方もカジノを『手段』ではなく『目的』として捉えているのね」

「貴方も、ですか?」

「わたしもそうだし、多分わたし達以外もそう考えている人はいる、って事よ。まあ、わたしは稼ぐ事だって考えてるけど」

 

 結局考える事は皆同じというか、仮想空間だからこそそういう思考にもなるというか。何にせよ納得したわたしは、テーブルに…回るルーレットに視線を戻す。

 

「あれ?でも、最初は手堅く賭けてなかった?」

「えぇ、流石に最初から勝負に出るのは気が引けましたからね。で、段々分かってきて、そろそろ良いかと思ったところで……」

「読み違えて、さっきの大損って訳ね」

「けど、持ち直している訳ですし、掴んではきているのでは?…ノー・モア・ベット、賭けるのはここまでです」

 

 遠慮なく言うエストちゃんのフォローをするように、ディールちゃんは言って…それからふっと真面目な表情へと変わり、受付終了を宣言する。

 とならば後は、待つのみ。初めは素早く回っていた球が、今はかなり速度を落としていて、その内ルーレットの端から内側へと移動していって……止まる。

 

「赤の20…という事は……」

「おめでとう、セイツ。偶数だったからセイツは二倍で……あ」

「ワイトさんは、九倍ですね…」

「九倍…やるわね……」

 

 取り敢えず一勝したわたし。あまり多くは賭けてないけど、より多く賭けていた方が当たったから、少しだけど稼ぐ事が出来た。……と思っていたのも束の間、ワイトは九倍を当てるっていう、中々の引きを見せていた…見ればワイトは、ほんの少し…ほんのちょっぴりだけど、口元を緩めて笑っていた。…大人の男性の、微かな笑み…カジノって事もあって、割と絵になるわね…。

 

「二人共、次はどうする?まだやる?」

「勿論。一回で終わりだなんて、物足りな過ぎるわ」

「私も続けます。分かってきたというのもですが、楽しくもなってきましたので」

 

 まだ終わる気なんてない、とわたしは返し、ワイトも頷く。今度はエストちゃんが回す役になって、わたし達はまた賭ける。賭けて、結果に一喜一憂しながら、二度目、三度目、四度目と何度も続けていく。

 

「…あ、やった、また当たりだわ。…けど、倍率の低い賭け方だと勝ってももやもやするわね…このゲームもよく出来たものだわ…」

「そうですね。…外れたか…今回はポイントを少なめに賭けておいて正解だった」

 

 

「これは…いける、いけるわ…!…ってあれ!?そこで止まるの!?いきなり勢い落ちてない!?」

「あぁ、私も先程そういう事がありました。…六倍勝ち、やはり何となく流れが来ているな…来ているが、油断は禁物……」

 

 

「セイツさんは現状プラマイゼロ気味、ワイトさんは…さっきから伸びに伸びてますね」

「ここには女神が三人もいる訳だし、幸運が舞い降りてるのかも?…なーんて、ね」

 

 

「ふふふ、今度こそやったわ!負けないわよ、ワイト!」

「これは勝負ではないのですが…そう簡単に追い付かれる程、私も甘くはありませんよ?」

 

 

「ノー・モア・ベット。さぁ、次はどうなるかし──」

「いや待って!?ちょっ…これ話として面白いの!?え、この流れは物語的に大丈夫!?」

 

 幾度目かのゲーム中。ワイトは本当に運を味方に付けているかのような状態で、わたしも少しずつ伸びてきた。そんな中で…わたしは突っ込む。突っ込んで、ストップを賭ける。…じゃなくて、掛ける。

 

「えぇぇ…?いきなりですね、セイツさん…」

「でも、そうでしょう…?このまま続けてても、絶対面白くないわよ…?」

「と言っても、ルーレットって基本プレイヤーやディーラーとの勝負じゃないですし…」

「んー…なら、どうしてわたし達が店員やってるかの話でもする?」

「あ、それは私も気になっていました。お二人は他の方々は、初めからカジノの中にいたんですか?」

 

 無茶苦茶言ってる自覚はあるけど、言わずにはいられないんだから仕方ない。そう思っていると、エストちゃんが話のネタを提供してくれた。ワイトもそれに興味を示し、問い掛けると、エストちゃんは一つ頷く。

 

「そうよ。で、ここの説明と店員側のポジションについて聞いて、それも面白そうだって思ったから、店員として立ち回ってる訳」

「それは…稼げるの?いや、稼げるルールにはなってるのよね?」

「なってるわよ?他のコーナーみたいにお客と勝負して直接稼ぐ事も出来るし、最終的にカジノ側が黒字になれば、成果に応じてやっぱりポイントが得られる…ってルールだからね」

「だから、ディーラーに徹していても稼ぐ事は可能なんです。他のコーナーで大赤字になって、最終的に黒字になりませんでした、とかになったら別ですが」

「ま、わたし達はバイトだから、その辺りは関係ないんだけどねー」

『バイト…?』

「そ、バイト。責任はずっと軽いし、赤字になっても決められた通りのポイントは給料として得られるのよ。代わりにどれだけ黒字に貢献しても、給料は同じままなんだけど」

 

 そんな経緯やルールがあったのか、とわたし達は納得。バイトに関しても、イメージ通りのポジションらしい。そもそもなんでバイトっていうポジションまで…?とは思ったけど、それもまぁ、そういう仕様なんでしょうねって事で納得出来る。ただ、バイトに関しては別方面での疑問もあって…どうやら同じ事を考えていたらしいワイトが、それについて訊く。

 

「…因みに、お二人は何故正規職員ではなくアルバイトに?」

「え、だって…一応今は姿が違うとはいえ、わたし達の見た目でカジノの正規職員やるっていうのは、なんか…ねぇ?」

『あー……』

「それで言うなら、そもそもわたしはバイトもあんまりやりたくなかったんだけど…しかも、こんな格好だなんて……」

「でもディーちゃん、おねーさんに『ふふっ、一緒だね』って言われた時、満更でも無さそうな顔してたわよね?」

「あ、あれは…見るからに嬉しそうな顔されたら、それは悪い気なんてしないし…後、あの時はエスちゃんだってにこにこしてたじゃん…」

「するわよ、時々子供っぽくなるところ含めて、おねーさんは楽しい人だし。…っと、話が逸れちゃったわね。説明はこんな感じかしら」

 

 こちらは視線を戻してきたエストちゃんにわたし達は首肯。確かに逸れてはいたけど…それはそれで聞けて良かった。だってその場面を想像したら、心が温まってくるんだもの。

 

「あ…それと、ここではプレイヤー側にポイントを貸し出す仕組みもあって、それも稼ぎになるらしいです」

「けど、お勧めはしないわよ?借りれる額は結構凄いらしいけど、代わりに取り立ても凄いとかで、もし返せなかったらその分を返すまで出られない地下で労働させられたり、ここじゃ言えないようなあーんな事とか、こーんな事とかをさせられる……かもしれないみたいだから」

「な、なんでそんなシビアな部分まであるのよ…」

「その情報、定かではないんですね……」

 

 冗談なのか、それとも本当なのか。本当だとしたら、ネプギアやこのイベントを用意した人は何を考えているのか。…まあとにかく、借りるのは避けておきたいわね…。

 という訳で、話を終えたわたし達は、ゲームを再開するのだった。わたしも何となく掴めてきた気がするし、ここからはもっと意欲的にいこうかしら、ね。

 

…………。

 

「……って、これもこれでどうなのよ!?オチはこれなの!?」

「んもー、まだ不満な訳?だったらもう、セイツが地下労働に飛び込んでみるオチとかにしたら?」

「それは嫌よ!嫌っていうか…本当にあったらどうする気!?全員素直に楽しめなくなるわよ!?」

「じゃあ、勝敗予想をするゲームにディーちゃんとおねーさんが、格好を活かして兎跳びでレースに参戦するオチとか?」

「なんでわたしが…!?そ、そういう力任せなのはエスちゃんの領分でしょ…!?」

「ちょっと、それじゃまるでわたしが脳筋みたいじゃない」

「でもエスちゃん、正体を明かす前後でちょいちょい出てきた最強発言、あれは少なくとも知的っぽい感じじゃないと思うよ…?」

「うぐっ…ま、まさかそんな返しをされるなんて……」

 

 意外にも切り返したディールちゃんの発言で、エストちゃんは言葉に詰まる。そして訪れる、変な沈黙。わたしとしても予想していなかったこの変な沈黙は、何とも居心地が悪く……それが少しの間続いた末、ゆっくりと手を挙げたワイトが、言った。

 

「…別に今回が山場でも大詰めでもないのですから、普通に終わっても良いのでは…?」

「…………」

「…………」

「…………」

 

『…ですよねー』

 

 ご尤もな…大変ご尤もなワイトの発言。それにわたし達は顔を見合わせ…揃って声を返すのだった。

 

 

 

 

 

 

「…っと、ディール様、エスト様。こちらを」

「え?これはワイトさんのジャケットに……」

「確か、そのジャケットの前に着てた上着よね?これがどうかしたの?」

「お二人の格好が、衣装である事は重々承知です。ですが、肩や腕周りが少々肌寒いかと思い、お渡しさせて頂きました。とはいえこれは、恐らく余計な行為。私の勝手な判断ですので、不要でしたらどうぞ破棄して下さい」

「…え、やだ、普通に格好良いんだけど……」

「ワイトさん、多分今仮想空間に来てる大人の中じゃ、一番まともだもんね…」




今回のパロディ解説

・ギャヲス
ねぷねぷ☆コネクト カオスチャンプルの舞台となる世界の事。まあでも既に、今回のコラボの面子はカオス感ありますね。…コラボに参加しているある作品には、実際「カオス」というキャラもいますが…。

(ハイロゥ)
アンジュ・ヴィエルジュシリーズにおける用語の一つの事。えぇはい、新作が複数あるのでシリーズという表現にさせて頂きました。またその内ネプテューヌコラボがあるのかどうかも気になる私です。

・デラックスエディン代表
ヴァンガードシリーズにおける用語の一つのパロディ。より正確には、overDressシリーズの二期(will+Dress)のネタですね。カードという事で、またTCGパロ連打です(アンジュもTCGですが)。

・新エディンの王
ビルディバイドのアニメにおける用語の一つのパロディ。この辺りのパロネタの中では、一番ネタ元が分かり辛いですね。後細かい事を言うと、ビッキィの場合は女王ですね。

・デュエルマスターの証
デュエル・マスターズシリーズのアニメや漫画における用語の一つのパロディ。ここだけは上手い事パロネタに変換出来ず、そのままの内容となってしまいました。

・「…ショット・ガン・シャッフルはカードを傷めるぜ?」
遊戯王シリーズの主人公の一人、武藤遊戯(闇遊戯)の名台詞の一つの事。ですが作中でやったシャッフル方法は、正しくはリフル・シャッフルと呼ばれるものです。

・「〜〜ヤマトの魂も賭ける」
ジョジョの奇妙な冒険 スターダスト・クルセイダーズの主人公、空城承太郎の名台詞の一つのパロディ。ポーカーという事で入れました。…因みに、作者的にも勝手にヤマトの魂を賭けました、はい。

・「〜〜もし返せなかったら〜〜労働させられたり〜〜」
カイジシリーズにおける、地下帝国のパロディ。こちらもギャンブル的には入れておきたいネタでした。実際にあるかどうかは…ここではノーコメントとしておきます。


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第三十話 狂いに狂って番狂わせ

 お客と店員。このカジノにおいて、参加者である私達に取れる選択肢はこの二つ。お客としてカジノに来るか、店員として迎えるかの二択。…尤も、私やビッキィ達と違って、カジノの外からスタートしたらしいルナやセイツさん達は、事実上のプレイヤー一択だったようだけど。

 ただ、枠組みにおいては二択でも、実際にはもう少し選択肢がある。例えばお客側なら、どのゲームをするか、誰と対戦するかは完全に自由。そこでの選択肢は、多いと言っていいと思う。

 そして、店員側もある程度幅がある。分かり易いのは、バイトという枠組みで…けれど、それだけでもない。

 

「店長、トム・アンド・ジェリーを二つお願いします」

「二つか、分かった」

 

 カウンター越しに、声を掛ける。私からのオーダーを受けた店長は、さっそく作り始める。彼が作り、注いだ飲み物…カクテルをトレイに載せて、注文したお客の元へ持っていく。

 ここは、カジノ内に設置されたバー。私の役割はウェイトレス。…これが、運営でもディーラーでもない、そちら側のバイトでもない…カジノ内の店員であっても、賭け事の店員ではないという、選択肢。

 

「お帰り〜、ごめんねぴぃちゃん。ゲームテーブルから注文するお客さんの方は全部任せちゃって」

「気にしないで下さい。逆にカウンターの方は全て任せてる訳ですし、それに……」

「それに?」

「…いえ、何でもないです」

「そう?…あ、えー君えー君…じゃなくてマスター!あーん」

「あぁ、ん……美味いな。だが、アルコールのお供としては、もう少し濃い味付けの方が良いんじゃないか?」

「あー、やっぱり?そっかそっか、ありがと〜」

(…こんなちょいちょいイチャつきが発生する場所にずっといたら、メンタルが持たない…とは言えない……)

 

 夫婦の仲が良いのは素敵だと思うけど、それは近くで見るものじゃない。特にイチャつきなんて、どんな内容であろうとずっと見ていたら胸焼けどころじゃ済まなくなる。…それをまさか、こんな場所で知る事になるとは…。

 とまぁ、今のやり取りで分かってもらえたとは思うけど、バーの店員をしているのは私だけじゃない。茜さんと影さん…この男女で対照的な性格をした夫婦も同じバーで店員をしていて…一応役回りとしては、私がウェイトレス、茜さんがウェイトレス兼シェフ(といっても軽食が殆どだけど)で、影さんが店長という事になっている。

 

「ピーシェ、次の注文は?」

「取り敢えず、今は無いです。また一通り回ってきますか?」

「んー、ぴぃちゃんは色んなとこ歩き回ってた訳だし、ちょっと休憩しても良いんじゃないかな?って訳で、ぴぃちゃんもどーぞ」

「あ、どうも」

 

 お皿に載せた状態で差し出されたフライドポテトを、一本食べる。さっきのアドバイスを受けて調整したのか、味は少し濃くて…でも、美味しい。凄く美味しい!って訳じゃないけど、料理慣れしてるっていうか、きっと普段から色々作ってるんだろうなと感じる味で……どうしよう。さっきまでもそうだったけど、尚更夫婦経営の所でバイトしてる感が……。

 

「そーいえばぴぃちゃんは、どうしてこっちに来たの?多分だけど、ここじゃそこまでは稼げないっていうか、ディーラーの方が沢山稼げる可能性高いと思うよ?」

「かもしれませんね。けど、それは関係ないんです。私はカジノが嫌いなので」

「嫌い?」

 

 そうなの?と目を瞬かせる茜さんに私は首肯。そして隠す事でもないし…という事で、言葉を続ける。

 

「カジノ…いえ、賭け事は人を狂わせます。本人は勿論、周りの人も不幸にします。そんなもので稼いでいる人もまた、心に歪みが生じていきます。だから私は嫌いなんです。趣味の範囲でとか、生活に無理のない程度にだとか、条件付きで肯定する意見もありますし、そういう考え方自体を否定する気はありませんが…理解は、出来ません」

「そ、っか…それはまた、嫌なイベントに当たっちゃったね…」

「…なのに、参加自体はしたんだな」

「それは、まぁ…。…一人だけ別の所で黙々と稼ぐっていうのも、何だか物悲しいですし……」

 

 それはそれで複雑だから、と私は締め括る。…別に、積極的に参加している皆へどうこう言う気はない。何せここで得られるのは、仮想通貨ですらないポイントなんだから。…だとしても、私はお客にも、店員にもなりたいとは思わなかったけど。

 

「お二人こそ、どうしてバーに?お二人は…少なくとも茜さんは、本気で優勝を狙っていたのでは?」

「そーだよ。でもねぇ、私の場合フェアじゃないっていうか…嫌味に聞こえるかもだけど、私が賭け事をしたら、一方的に勝つに決まってるんだよね」

「それはまた…言い切っちゃうんですね…」

 

 茜さんが天然…というか、真っ直ぐな性格なのは知っていた。知っていたけど…まさか、こうも言い切るとは。女神化してる時の女神(一部除く)みたいな事を言うとは。そう思って私が驚いていると、茜さんは軽く笑う。

 

「うん、言い切っちゃう言い切っちゃう。例えばルーレットってあるでしょ?あれ、ディーラーがノー・モア・ベットって言うまでは、回ってる最中も追加で賭けたり変更したり出来るんだけど…私の場合、回り出した時点でどこに止まるか分かっちゃうんだよね」

「…未来予知、みたいな?」

「ううん、視界の中のあれやこれやを過程も理屈もすっ飛ばして『分かる』力だよ。で、ルーレットの球は物理ほーそくに従って動くし、風が吹いて動きが変わる〜、なんて事もないから、簡単に分かるの。スロットだって、当たり易い台がどれか分かるし…トランプ系なんて、相手の手札も山にあるカードの順番も分かっちゃうんだから、そんな状態でやっても相手に申し訳ないっていうか、虚しいと思わない?」

「確かにそれなら、稼ぐ事は出来ても『ゲーム』としては空虚でしょうね…。…因みに、その力を使わないでやる気は…?」

「使わないも何も、茜のそれはオンオフが出来ない…何でもかんでも分かりっ放しのものだ。使わないでいられるなら、当然そうしているに決まってるさ」

「あはは、まあそういう事。だから勝負は勿論、ディーラーが進行に徹するタイプでも、『あ、この人は外れてる。こっちの人が勝つんだ〜』って片っ端から分かっちゃうから、私にとってカジノはドキドキ感が何にもないんだよねー」

 

 中々に凄い事を、あっけらかんと茜さんは言う。シェイカーを振りながら、影さんも時々会話に入ってくる。…過程も理屈もすっ飛ばして分かる、か…便利な能力に感じるけど、分かりっ放しというのはきっと辛いんだろう。だってそれは、余計なものも…分かりたくないものも分かってしまうのだろうから。

 

「あ、ついでに言うとえー君も似たような事出来るよ?えー君の場合は観察して、推測して、計算して答えを導き出すって形だから、流石に何でもかんでも、とまではいかないけどね」

「…と、言いつつ『凄いでしょ〜』って顔になっているのは……」

「実際凄いからね!後正直、バーにしたのはマスターの格好してシェイカー振ってるえー君を見たかったから、っていうのも大きかったり!」

 

 それはもう満足そうな顔で言う茜さんへ、私は良かったですねと軽く首肯。…これ、もしかして惚気話になる流れだったり…?だとしたらどうしよう、楽しそうな顔で語り始めちゃったら、私も断り辛いし……。

 

「へー、でも茜とピィー子のウェイトレス姿も、自分は似合うと思うな〜」

「そ、そうですか?それはどうも…って、ネプテューヌさん!?いつの間に!?」

「セイツが『この流れは物語的に大丈夫!?』…的な突っ込みをしてた辺りから?」

「前話!?」

 

 突然に、不意打ちのように聞こえたネプテューヌさんの声。びっくりして振り向けば、いつの間にかネプテューヌさんはカウンター席に座っていて…無茶苦茶な事を言っていた。いつの間に?に対する答えが突飛過ぎる…。

 

「あ、ねぷちゃんいらっしゃい。注文は何にする?」

「そうだね…マスター、こちらのお客にプリンジュースを」

「こちらって…自分を指差しながら何を……」

「…奢って♪」

『しかも図々しい……』

 

 バーのお約束的発言をするのかと思いきや、ただでプリンジュースを貰おうとしているだけだった。これには私だけじゃなく、茜さんも呆れ気味の声が漏れていた。そして私と茜さんは顔を見合わせ…苦笑い。

 

「もー、ねぷちゃんってば。割引してあげるから、ちゃんと自分のポイントで注文しよ?」

「あははっ、冗談だって。ちょっとイリスちゃんと愛月君にジュースを買ってあげようと思っただけだし、普通に注文する気はあるから安心して……って、え?」

 

 両腰に手を当てて言う茜さんに対して、ネプテューヌさんは笑いつつ今さっきの要求を撤回。それからメニュー表に目を…やったところで、ネプテューヌさんの前へ中身の入ったグラスが一つ差し出される。

 プリンらしき色合いの物が入ったグラス。そのグラスの差出人は、影さん。え?とネプテューヌさんが目を丸くすると、影さんは少しだけ黙った後に、「…気分だ」と言った。

 

「…いいの?」

「いいも何も、もう淹れたんだから飲んでもらわなきゃ困る」

「それはまあ、そうかもだけど…そっか。じゃあ…ありがと、頂くね」

 

 理由はよく分からないけど、静かな様子で影さんは差し出した。その様子と差し出された事実に対して、ネプテューヌさんは数秒程考えるような顔を見せて…それから受け取った。ありがとうと言って、ぐっと一気に喉へと流し込んで……

 

「…むぐぅ!?けほけほっ…な、何これ!?液体じゃないよ!?ほぼプリンっていうか、ぐずぐすになっただけのプリンみたいな感じなんだけど!?」

「生憎プリンジュースは取り扱ってないからな。だからプリンシェイクだ」

「あ、そっかぁプリンシェイク…だとしてももう少し滑らかさがあっても良いんじゃない!?え、これほんとにプリンシェイク!?どうやって作ったの!?」

「シェイカーでプリンを振った。だからプリンシェイク──」

「じゃないよ!?だとしたらそれはシェイカーを使っただけの、クラッシュプリンだからね!?」

 

……何故か、コントみたいなやり取りが繰り広げられるのだった。ネプテューヌさんが完全に突っ込み役になっていた。…シェイカーでプリンをって…ボケなのかな…ボケ、なんだよね…?

 

 

 

 

 カジノという場所に、初めて来た。

…来た?ここは、仮想空間…と言うらしい。ゲームの中みたいなものらしい。

 では、これは『来た』と言う?

 

「愛月、イリスは今、カジノに来ている?」

「へ?…来てる、よね…?」

「分かった。ありがとう、愛月」

 

 確認完了。イリスは今、カジノに来ている。

 誰かといるのは、良い。疑問が生まれた時、すぐに訊いてみる事が出来る。

 辞書も色々な学びをイリスに与えてくれる。けど、ただの言葉ではない意味は、やはりイリスより賢い人に訊くのが一番。

 

 という訳で、イリスは今、カジノにいる。

 来てから、まずは愛月と、ネプテューヌと一緒に、探検をした。特に凄いものはなかったけど、二人との探検は、楽しかった。

 それからイリス達は、会場に入って…スロット、という機械の前に来た。

 

「愛月君は、スロットやった事あるの?」

「旅の中で、何度かゲームコーナーに寄る事があってね。でも暫く前から、何故か見なくなったなぁ、ゲームコーナー……」

 

 そう言って、愛月は遠くを見るような目をする。理由は、よく分からない。

 

 やった事ある?と訊いたのはルナ。会場に入った後、少し中を回って、スロットをやろうって事になって、そこでネプテューヌが飲み物を買いに行った。入れ違いで、ルナと会って、一緒にスロットをする事になった。…スロット、楽しみ。

 

「では、早速…」

 

 少し高い席に座って、ポイントを払う。すると画面の中の…輪っか?…の様なものが回り出す。おおぉ、これは…凄い。

 確か、これをボタンで止めて数字や絵を揃えるゲームだと言っていた。つまり、よく見る事が重要。よく見て、ちゃんと揃うように…じっと見て…じーっと見て……

 

「……ぅ…」

「おわっ、イリスちゃん大丈夫!?」

「目が、ぐるぐるする……」

「あ、あぁ…凄く見つめてるなぁと思ったけど、目を回しちゃったんだね…」

 

 ふらっとしたイリスは、二人に支えられる。愛月からの声に、今のイリスの状態を話すと、ルナは「目を回した」と言った。

 これが、目を回すという事…うぅ、これは気分が良くない…けど、学びになった……。

 

「そうやって見つめても無駄ですよお客様。目押しというのは、最初から出来るようなものではないですからね」

「その声は…グレイブ?」

 

 回復の為に下を向いていたところで、聞こえてきた声。それに愛月がまず反応して、イリスも振り返る。

 すると、そこにはグレイブがいた。愛月の言う通り、グレイブがいて…けれど仮想空間に入る前と、服が違う。

 

「その声は、か…この呼び方って創作の世界じゃよくあるけど、実際に呼ばれるとちょっと気分良いな…こほん。お客様、スロットコーナーへようこそ」

「あ、うん…。…えと、グレイブ君…その格好に、その口調は……」

「ディーラーですので」

『い…違和感が、凄い……』

 

 グレイブが着ているのは、TVのニュースに出ている人が着るような服。名前は確か、スーツ。黒色の目立つ、真面目そうな服。

 服と話し方が違うだけで、グレイブは顔も、声も同じ。でもまるで、今のグレイブは違う人のよう。

 

「ディーラー…ディーラーというのは、そういう格好をするもの?」

「そうですよ。それに、ルナさんも普段とは違う格好ですしね」

「…ルナもディーラーだった…?」

「そ、そういう事じゃないよー、イリスちゃん…。…そうだ、イリスちゃんもお着替えしてみる?愛月君は男の子だし、私が一緒に行く訳にはいかないけど、イリスちゃんなら一緒に見てあげられるよ?…まぁ、私のセンスで良い服を選べるかは分からないけど…」

「着替え…?…いい」

「いいの?イリスちゃん可愛いし、ドレスとかもきっと似合うと思うよ?それか、私じゃ不安ならセイツさんに頼んで……」

「いい。イリス、この服が好き。…だから、別の服は…嫌」

 

 ふるふると、首を横に振る。

 これは、ミナが選んでくれた服。マフラーは、ブランが前に使っていた物。

 どれも、イリスのお気に入り。だから、この服のままでいたい。

 

「…そっか。ごめんねイリスちゃん。イリスちゃんは、そのままでもすっごく可愛かったもんね」

「うん。可愛い…かどうかは分からない。でも、イリスはそのままが一番」

「うんうん、その服似合ってるもんね。…で、グレイブはさっき、目押しが云々って言ってたけど…アドバイスしてくれるの?」

「勿論。店員として、お客様に楽しんで頂く…それが今の、私の目標です」

「……本音は?」

「楽しんでもらいつつ、上手い事スロットに嵌ってもらって、最終的には客の儲けよりカジノの儲けが多くなるよう誘導出来たら最高だな」

「グレイブ……」

「まあまあ、ちゃんとアドバイスはしますよ。自分のアドバイスで成功して、喜んでもらえる…それも私の目指すところですから」

 

 一度普段の話し方に戻ったグレイブは、悪い顔をしていた。それを見た愛月は、呆れた顔をしていた。

 イリスには、今のやり取りの意味は分からない。でも、グレイブは優しく、イリスより賢い。…ので、イリスはアドバイスを聞こうと思う。

 

「グレイブ、これはどうしたらいい?」

「スロットの目押しは、回数を重ねる事が大切です。まずは比較的見易い、回っていても分かり易い絵柄を狙い、少しずつ目を慣らしていくんです」

「結構具体的なアドバイスだね…あれ、でもそれってつまり、慣れるまではあんまり揃わないって事…?」

「何事も慣れるまでは上手くいかないものですよ、ルナさん」

「そ、そっか。それはそうだよね…。…本当に違和感が凄い…多分今ここにいる女神の誰よりも変化のギャップが凄過ぎる……」

「正直僕、さっきの本音がなかったらきっと、グレイブの双子か、グレイブに変身したポケモンかと思ってたんじゃないかな…」

 

 まずは慣れる事。それを意識して、イリスはもう一度挑戦。

 一番見易いのは、果物の絵。それを狙って、じっと見る。じっと、じーっと……あ。

 

「グレイブ、グレイブ」

「なんですか?」

「また、目が回りそう…すぐ目の回るイリスには、向いていない…?」

「あぁ、何も絵柄を目で追う必要はないですよ。絵柄を追うのではなく、回ってくる速度、タイミングを意識するんです。そしてもう一つ、押してから止まるまでの時間も把握する…それがスロットの基本です」

 

 更にアドバイスを貰って、イリスはタイミングを意識。絵が見えなくなってから次に見えるまでを、何回も確認して…試しに押す。左、真ん中、右の順に押して……外れ。

 でもグレイブは言っていた。回数を重ねる事が大切だと。

 歩く時も、そうだった。何回も転んで、けれど止めなかった結果、イリスは歩けるようになった。…だから、続ける。

 

「…………」

「イリスちゃん、凄く集中してるね」

「僕もそろそろやろっかな…」

 

 二回目。またよく見て、さっき得た情報を元に押して…また失敗。

 三回目。二度の失敗を活かして、左を狙い通りの位置へ止める事に成功。でも真ん中からは失敗して、またまた外れ。

 そうして四回目。ぐるぐる回る映像をしっかり見て、一つ一つのタイミングを意識して……

 

「……!グレイブ、愛月、ルナ。三つ揃った。イリス、成功した」

「え、ほんと?」

「ふふっ、やったねイリスちゃん!」

 

 一列揃った果物の絵。イリスが報告すると、愛月とルナが来てくれて、にこにこした顔を見せてくれる。…これは、嬉しい。ポイントも手に入ったけど、それより二人の笑顔が嬉しい。

 

「四回目で目押しを成功させる…中々やりますね、イリスさん」

「イリス、頑張った。でもこれは、グレイブのおかげ。だから、ありがとう」

「どう致しまして。…では、次はもっと難しい絵柄ですね?」

「もっと難しい絵柄…分かった、イリス挑戦する」

 

 こくりと頷いて、イリスは続行。

 違う絵柄を狙ってみると、また失敗してしまう。でも、問題はない。今のイリスはチャレンジャー。トライアンドエラーで突き進む。

 

「…あれ?これって、もしかして…わっ…!」

「愛月君、どうかしたの?」

「あ、うん。これね、僕が知ってるスロットと多分同じやつなんだ〜。へへへー、色違いが出てきたからこれは大儲け出来るかも…!」

「そうなんだ、良かったね。…うん?なんか私も出てきた…グレイブ君。なんかアニメが始まっちゃったんだけど、これは何?このスロットはサービスでアニメを見せてくれるの?」

「それはボーナス演出ですね。早い話が大当たりするかもという事です」

 

 スロットをしながら聞こえてくるのは、二人の声。愛月は調子が良さそうで…ルナも、大当たりするかもしれないらしい。

 これは、負けていられない。イリスも、もっと頑張る。

 

「グレイブ、これには…ボーナス演出、ない?」

「ありますよ。ですが、意図的に出せるものではありません。やっていく内に、ランダムで出てきてくれるのがボーナス演出です」

「そう…なら、じっくり続ける」

「それが良いですよ。賭け事は運ではなく、経験と落ち着いた心が勝利を呼ぶのです」

 

 またグレイブからアドバイスを貰って、続ける。

 経験…は、まだ浅いので、これから積んでいく。

 落ち着いた心…は、ブランを参考にする。ブランはとても落ち着いているので、参考にするには打って付け。…時折落ち着かない話し方になるけど、それはそれ。

 

…と、思いながら何度も回していると、また愛月とルナの声が聞こえてきた。

 

「…グレイブ君って、意外と面倒見が良いよね」

「意外だよね。でも、ポケモンバトルはポケモンの事をよーく知るのが大切で、その為にはポケモンと向き合って、気持ちを込めてじっくり育てていかなきゃいけないから、そのバトルでチャンピオンになってるグレイブが意外と面倒見が良いのは、よくよく考えたら意外でもないのかも…って、僕は思うんだ。……あ、別にイリスちゃんもポケモンみたいなもの、って言ってる訳じゃないよ?」

「あはは、分かってるよ。……でも、なんていうか…ちょーっとだけ、怪しい先生感もあるかなぁ…」

「それは僕も思ったよ…なんかこう、変な勧誘してきそうな感じの喋り方っていうかなんていうか……」

 

 

「…グレイブは、怪しい勧誘、する?」

「はっはっは、まさかまさか。……はっはっは」

『その笑いは何……!?』

 

 何故だか笑うグレイブ。唖然とした顔をしていた、愛月とルナ。何故笑うのか、何故驚くのか。どれも、イリスにはよく分からない。その意味、理由が分かる日はいつか来るのか。…来てほしいので、イリスはこれからも学びを続ける。

 ただ、それはそうと、今はスロットに集中する。スロットぐるぐる。ボタンぽちぽち。外れて、当たって、当たって外れて。

 ぐるぐる、ぽちぽち、ぐるぐるぽちぽち。

 

 そうこうしてたら、ネプテューヌが戻ってきて、イリスがここまでの結果を報告したらびっくりしていた。びっくりして、グレイブに「小さい子をギャンブル好きにさせようとするのはどうかと思うよ!?…いや、グレイブ君もまだ子供だけども!」…と言っていた。

 でも、イリスが「グレイブは色々教えてくれた。優しいグレイブを怒るのは、イリス好きじゃない」と言ったら、おおぅ…と呟いていた。グレイブもグレイブで、なんとも言えない顔をしていた。…やはり、人のやり取りというのは難しい。

 

 

 

 

 カジノというと、トランプにルーレット、そしてスロットのイメージがある。RPGやアクションゲーム内のミニゲームとしてあるカジノを考えると、もう少し思い付くが…現実のカジノだと?…と言われると、やっぱりこの辺りかな、と思う。…現実のカジノには、行った事ないが。

 だからこそ、見つけた時は少し意外だった。このカジノに、『それ』があった事に。

 

「……うん?」

 

 ここに来てから、まあまあな時間が経った。スロットコーナーで見覚えのある台に驚いたり、レースコーナーで競馬や競艇に嵌る気持ちが何となく理解出来たり、色んなコーナーを渡り歩いている内に少しずつポイントが減っていって焦りを感じたり…そんなこんなしている内に、俺はあるコーナーを見つけた。

 各コーナーには、目立つようにそこで使う道具が掲示されている。でもって、俺が見つけたのは…サイコロのマーク。

 

(サイコロ…って、カジノにもあるのか……)

 

 初めに感じたのは驚き。カジノには、サイコロを使うゲームもあるのかと、そう思った。よくよく考えると、チンチロリンの様にサイコロを使った賭け事自体は思い付くが、それとカジノとは、これまで頭の中で結び付かなかった。

 見つけて、驚いて、次に抱いたのは興味。ここではサイコロでどんなゲームを出来るのだろうと思った俺は、サイコロコーナーの方へ歩いていき…足を止める。

 

「セブンアウト。このシリーズは終了です」

 

 NPCであるお客を前に、ゲームの進行を行うディーラー。ここに来るまでも、色々なコーナーで見てきた光景で…だが、客はNPCでも、ディーラーは違う。ここのディーラーを務めているのは、イヴ。

 

「…結構繁盛してるな」

「え?あぁ、カイト。…えぇ、おかげさまでね」

 

 今し方ゲームを終え、去っていく客とすれ違いながら、イヴのいるテーブルへ向かう。ディーラーのイヴが着ているのは白のシャツに黒のベストとタイトスカートという、ディーラーのイメージ通りの服装。黒と白の装いは、イヴの黒い髪と合わさる事で…なんというか、普段よりも大人な雰囲気になっていた。大人っぽく、格好良さもある…そんな姿。

 

「もう分かっているだろうけど、ここはサイコロを使ってのゲームが出来る場所よ。どう?貴方も何かやっていく?」

「そのつもりだ。…って言っても、サイコロを使ったカジノゲームは殆ど知らないんだけどさ」

「大丈夫よ、私もあんまり知らないから」

「知らないのにディーラーやってるのか…?」

「ちゃんと自分が取り仕切るゲームは調べてるわ。さ、どうする?私が分かるものなら、カジノっぽくないサイコロゲームでも相手になるわよ」

 

 そう言って、イヴは幾つかのゲームの名前を挙げていく。それ等はどれも、聞き覚えのないゲームで…興味は湧く。湧くが…それより今は、気になる事がある。

 

「イヴ。ゲームの前に、一ついいか?」

「何かしら?」

「…トニカクカワイスギディーラー」

「ぶ……ッ!?」

 

 ぼそり、と呟くように言う俺。その瞬間、イヴは目を見開き、咽せ…何でそれを知ってるの!?…とばかりの表情を俺に向けてくる。…やっぱりかぁ…。

 

「さっきすれ違った客から、今のワードが聞こえたんだが…まだ続いてたんだな、イヴの噂……」

「止めて…その名前につられて来たお客がいるとかのレベルなのよ…だから貴方まで言うのは止めて……」

「客が来るのはありがたい事だと思うんだが…」

「ありがたさより恥ずかしさが遥かに上回るのよ…なんで、なんで私だけ……」

 

 最初の大人っぽさはどこへやら、イヴは両手で顔を隠して嘆く。…まあ、なんというか…苦労してるんだな。

 

「…一度、席を外した方がいいか?」

「それはそれで居た堪れなくなるからここにいて頂戴…。……こほん。…こほんっ」

 

 気を取り直すように、イヴは咳払い。…したが、一度じゃ取り直し切れなかったのか、もう一度咳払い。それから表情が元に戻って、改めて俺にどうするか訊く。

 

「そうだな…聞いた感じじゃ、シックボーってのはさっきやったルーレットと似てるみたいだし、クラップスは基本客とディーラーの一対一でやるタイプじゃないんだろ?なら……あ」

「何か思い付いた?」

「別に、決まったゲーム以外でもいいんだよな?なら…丁半って分かるか?」

「丁半…確かサイコロを中が見えないコップみたいなのに入れて、出目を予測する賭けよね?」

「ああ。さっきイヴが挙げてくれたゲームの中じゃ、シックボーに似てるな」

 

 何気に似てるゲームが多いな、シックボー…と思いながら、俺は首肯。因みに後で知ったが、あの振る時のコップっぽいものは、ツボと言うらしい。

 

「さっきまでやってたクラップスは正直、進行以外あんまりやる事なかったし…面白そうね。それじゃあ丁半で相手になるわ」

 

 少し考えた後イヴは了承し、丁半での勝負に決定。バーからコップを一つ借りてくる事でツボの代わりにして…早速ゲームスタート。

 まずはイヴが二つのサイコロをコップに入れ、振り、それからテーブルに伏せる。多分細かいところは本来の丁半と違うんだろうが、俺達は両方そのつもりでやってるんだから問題ない。そしてコップを伏せてからが、賭けのターン。

 

「…半で」

「…理由を訊いてもいい?」

「何となくだ。元々丁か半、偶数か奇数の二択でしかないしな」

「ま、それもそうね。なら私は丁で…って、一対一だし、私は言わなくてもいいか…」

 

 同じ方に賭けたら勝負にならないものね、とイヴは呟き、それからコップを上げる。その下、中にあったサイコロの数字は…二と四。

 

「二四の丁。まずは私の勝ちね」

「みたいだな。けどまだ一回目、勝負はこれからだ」

 

 細工やイカサマでサイコロを操作しない限り、このゲームの勝ち負けは半々。だから気にする事はない、とすぐに俺は次の勝負へ。

 二度目はまた半に賭けた俺が勝利。三度目は丁…にしようと思ったが、何となくまた半に賭けた結果、再び勝利。三度やって、三回共半に賭けて、今のところは二勝一敗。

 

「三回目も半なんて、ちょっと勇気があるわね」

「何もなく、もう一回半にしてみようと思っただけなんだけどな…というか、もうこの際、一々丁半選ばないで、半なら俺の、丁ならイヴの勝ちって事でどうだ?」

「それは構わないけど…いいの?もし私に出目を操作する手段があった場合、貴方の勝ち目はなくなるわよ?」

「かもな。けど、さっきイヴはあんまり知らないって言ってたし、出目を操作出来る程丁半に精通してるなら、丁半も出来るって先に紹介するんじゃないか?」

「確かにそれは言ったし、理解出来る考えね。…けど、そう思わせる作戦だったとしたら?私だって、嘘や隠し事位出来るわ」

「だが…あー、いや…これは探ってもキリがないな…」

「というか、ここで読み合っても仕方ないでしょ…いいわ、私が丁で、カイトが半ね?」

 

 言われてみればその通り。カジノは心理戦や駆け引きが重要なんだと思うが、ここで駆け引きしたって意味がない。そしてイヴはそれを指摘しつつも俺の提案を了承し、四回目のゲームに入る。

 

「さ、いいわね?それじゃあ……あっ」

 

 コップに二つのサイコロを入れ、俺に見せる。俺が頷くと、イヴはコップを揺らして中のサイコロを振り、ある程度したところでテーブルに伏せ……ようとしたところで、ツボからサイコロが一つ転がり出た。

 

「…………」

「…………」

「…さっきの今でそれは、わざとらしいな…」

「ち、違うわよ…!?どうやら丁半は素人で間違いないようだな、って思わせる為の演技じゃないからね…!?」

 

 半眼で俺が言うと、イヴはちょっと顔を赤くしながら反論。慌ててサイコロを回収するが…まあ、振り直しは間違いない。

 というか、実はかなり意外だった。あんまり知らないとは言っていたものの、ここまで声も表情も落ち着き払っていたし、服装もあってイヴからはプロっぽさが感じられていたからこそ、ミスには意外性があって……

 

(…これが、ギャップってやつか)

「…何?」

「いや、何でもない」

 

 ほんの少しだが、どうしてイヴにばかり噂が立つのか分かったような気がした俺だった。

 

「さっきのミスは失礼したわ。改めて振るわね」

 

 今度はサイコロが飛び出る事なくテーブルへと伏せられるツボ。丁半を固定した事で少しだけ進行は速くなり…開かれたツボの中で出ていた目は、二つ共四。四のゾロ目。つまりこれは…イヴの勝ち。

 

「これで二勝二敗。でもポイントの移動的には、ほんの少しだけカイトが勝っているわね」

「ああ。念の為、今回は賭ける額を減らしておいて良かったぜ」

「…そういう割には、複雑そうな顔じゃない」

「負けは負けだからな。後、丁半を固定した途端に二敗目っていうのも、幸先が悪いっていうか…」

 

 そう言いながら、俺は頬を掻く。今言った理由もそうだし、自分から過程を言い出しておきながら、何か不安になって賭け額を減らし、結果負けた事でその判断が合っていた、という流れも…なんというか、格好悪い。

 けど、それはそれ。これはこれ。まだ大損した訳でもないんだから、と俺は切り替え勝負を続ける。

 

「…………」

「…イヴ?」

「…今思ったんだけど、丁半とは別に、出る目自体も予想してみるのはどう?」

「それは良いが…なんでだ?」

「だって今のルールだと、貴方は幾ら賭けるか…って事しかアクションがないでしょ?それだけでも賭け事としては成立するけど…物足りなくない?」

「あー…それはそうだな」

 

 まだ丁半を固定してから一度しかしていなかったから気付かなかったが、確かにこのまま続けると、少し物足りなくなるかもしれない。

 という訳で、イヴと話し合ってルールを追加。まず、使うサイコロは二つの見分けが付くように、色違いの物を一つずつに変更。予想出来るのは一回につき一度だけで、両方外れた場合賭けたポイントは次回に持ち越し。そして予想出来るのは、丁半関係なし…つまり、俺が偶数になる組み合わせを予想する事も、イヴが奇数の組み合わせを予想する事も出来る。ただまあ、そのパターンで仮に当たったとしても、その時は同時に丁半で負けている訳で…そこの判断も、難しい。

 

「…さて、どうする?」

「うー、ん…まあ取り敢えず、一のゾロ目で」

「じゃ、私は二のゾロ目にしようかしら。…あ、同じ数字を予想するのはどうする?当たった場合は山分け?」

「それはなんか、面白みがないな。無しでもいいか?」

「ま、そうよね」

 

 俺は根拠無しの勘で言った。多分イヴの方もそうで…結果は、お互い外れ。ついでに出た目の和は偶数、丁で、イヴの勝ち。

 そこからも、勝負を続ける。五回、六回、七回、八回…一回当たりの時間が短い分、ゲームはすぐに回数が重なっていき…十回目の勝負が終わる。

 

「…全然当たらないな」

「全然当たらないわね…というか、よく考えたら毎回確率は36分の1、どっちかが当たる確率だって18分の1なんだから、そうそう当たらないわよね……」

 

 折角追加したルールだが、全く以って上手くいかない。…が、別にイヴが悪い訳じゃない。イカサマ無しで出目を当てるなんて、まあまず出来る事じゃないのだから。

 

(…そう、なんだよな。これはイヴが、俺が物足りなくならないようにと追加してくれたルールなんだ。なら……)

 

 ここまで俺は、程々に賭けてきた。テンポ良く進むし、ちょっとずつ賭ければいいか、と考えてきた。…だが、それは面白いのだろうか?勝っても負けてもそこそこの上下をするだけ、追加ルールの予想も毎回外れ…堅実な賭けなんてそんなもんなのかもしれないが、これで俺は楽しめているのか。

 詰まらなくは、ない。当たれば嬉しいし、外れれば残念に思う。持ち越しのポイントは貯まれば貯まる程、期待とイヴに当てられたら…という緊張感は増している。…けど、だとしても……

 

「…イヴ、こっちからも一つ提案いいか?」

「あら、何かしら?」

「このままじゃ出目の予想は持ち越しが続くだけだ。だから…倍賭ける事で、予想を更に一つ出来るってルールを追加したい」

 

 俺は提案する。それ自体はそこまで突破でも、独創的でもない追加ルールを。それを聞いたイヴは、俺の顔を見ながら数秒考え…頷く。

 

「…悪くないルールね、いいわ」

「なら、まずは二倍だ。これで予想を一つ増やして…ここから更に、二倍賭ける」

「え?」

 

 倍賭ける。そこから更に、倍賭ける。そう言った瞬間、イヴは驚いた。驚き、すぐに理解した。

 そう。俺は別に、倍賭けによる予想追加は一ゲーム中一回だけ、なんて言っていない。倍賭けた上で、更に倍賭ければ…賭けた分だけ、予想を増やせる。そして…まだ、これだけじゃない。

 

「もう一度倍、もう二度倍、もう三度倍…俺のポイントをありったけ賭けて、倍プッシュだ!」

「カイト、貴方……」

 

 二倍、四倍、八倍。賭ける度に必要額が増えていく。当たる確率が上がるのと引き換えに、外れた場合の損失も増していく。

 どこまで、なんて線引きはしない。敢えて言うなら、今の俺の、今のポイントの続く限りで賭け続ける。そして……

 

「…ギリギリ18通り、か…だがこれで、確率は2分の1だ」

「……本当にほぼ全賭けって…カイト、貴方って相当なギャンブラーね…」

 

 呆れたような声音で言うイヴに、まぁな…と俺は軽く返す。我ながら、やってしまったという感覚も少しあって…だからか身体から力が抜ける。

 ギャンブル経験なんてこれまでなかった。2分の1とはいえ、リスクが大き過ぎる賭けだって事も分かってる。それでも俺がそうした理由は、ただ一つ。やるんだったら、中途半端な真似はしたくない。現実の金じゃない、仮想空間内でのポイントなんだから……なりふり構わず、全力で賭けてみたい。

 

「…ふぅ…これはとんでもないお客に当たっちゃったわね。私はあんまり、ギャンブルしたい方じゃないんだけど……」

「……?」

「曲がりなりにも今の私はディーラーよ。ディーラーとして、お客の貴方と勝負している身。だから…こっちも全力で、迎え撃たせてもらうわ」

 

 そう言って、口角を上げるイヴ。それからイヴは、イヴも倍で賭けていく。倍を重ねていく。

 全力。その言葉通り、イヴに途中で止める気配はない。イヴ自身のポイントから出しているのか、カジノから出しているのかは分からないが、イヴは倍を重ね、予想出来る数を増やし続け……最後に、笑う。

 

「…これで、私も18通りよ。私が18通り、カイトも18通り……」

「俺とイヴとで、36通りぜんぶ揃う訳か。…決戦だな」

 

 冷や汗が、一筋垂れる。さっきまでも、2分の1でこれまでの持ち越しポイント総取りになり、2分の1で今あるポイントのほぼ全てが手元から離れる状態だった。だが、イヴも同額を賭けた事で、勝った場合に得られるポイントは跳ね上がり、逆に負けた場合はイヴに完敗するといえ、勝っても負けてもさっきまで以上の結果になる事が確定した。

 こうなるともう、丁半自体の予想は二の次になる。それはそれでどうかと思うが…まあ、いい。今は、この勝負に…決戦に集中するのみ。

 

「…いいわね?」

 

 神妙な面持ちと共にツボを見せたイヴへ、俺は頷く。イヴは振り、素早く裏返し、ツボを伏せる。

 36通りの内、18通りずつ俺達は賭ける。イヴにここから出目を細工する手段がないなら、もう結果は決まっているという事になる。そしてこの時点でもう…いや、そもそも俺には、何へどう賭けるかという選択肢しかない。…だからこそ、ヒリヒリする。勝敗を、運も勘に任せるという、戦いとはまた違う緊張感が、俺を包む。

 

「…カイト。貴方はどうして、追加で賭ける度に倍になるルールでの提案をしたの?」

「うん?…最初と同じ額を賭けるルールでも良かったんじゃないか、って話か?」

「そういう事よ。もしかして、私に同じ事を躊躇わせる為の作戦だった?」

「…別に、作戦なんてものじゃないさ。ただ俺は、ギリギリの勝負がしてみたかっただけさ」

「…清々しいわね、そういうのは嫌いじゃないわ。…現実でやってたら、ちょっと不安にもなるけど」

「流石に俺も現実ではやらねぇよ…」

 

 いやいや、と俺は否定した後、お互い軽く苦笑い。そのやり取りの間は、空気も緩み…だがイヴが、一度手を離していたツボへ再び触れた事で、緊張感が戻る。

 勝つのは俺か、イヴか。俺が総取りになるか、イヴが総取りになるか。緊張する、ヒリヒリする、ハラハラする。だが後悔はない、やり直したいとも思わない。ただ今は、自分の勝ちを信じるだけ。

 最後にイヴは俺を見る。俺とイヴとで視線が交錯する。そしてイヴは、ツボを開き……見えたのは、マークが一つだけの面を見せたサイコロ。一を出したサイコロと……

 

「…………」

「…………」

「…もう一個のサイコロ……」

「…下に、重なってるわね……」

 

 ぴったりとではない…だが出ている面が見えない程度にはもう一つが重なってしまった、二つのサイコロ。ここに来て起こった、ちょっとしたミラクル状態。それを目にした、想定していない形で出てしまった俺達は、また顔を見合わせ……言う。

 

『…これは、どうしよう……』

 

 無難な事を言えば、見えていない下側を動かさないようにしながら、上のサイコロを退かせば良いだけ。それで、ゲームやルール的には何の問題もなく勝敗を着ける事が出来る。だが俺が、そして恐らくイヴも、望んでいたのは開いた瞬間の決着と、その時駆け巡る感情であって……顔を見合わせた時の俺達は、それはもう何とも言えない感じの表情になっているのであった。

 

 

 

 

「ここでも皆、それぞれで楽しんでくれてるみたいね」

 

 カジノの中を、イリゼがゆっくりと回る。色々な勝負を見ながら、時には仕掛けられた勝負に応じながら、会場を巡っていく。

 そんな中で、イリゼに声を掛けたのはセイツ。掛けられたイリゼは振り返り、微笑む。

 

「ああ、良い事だ。このイベントを用意してくれたネプギア達には、感謝しかない」

「あ、今はそのそっちで通すのね…カジノ側としてはどうかしら?十分な利益を出せそう?それとも……」

「ふふ、今はお客であるセイツが気にする事ではないよ。それよりも、最後まで勝負を楽しんでほしい。もし相手が欲しいというのであれば、私が……」

 

 家族であるセイツに対してもイリゼが見せる、余裕と不敵さに満ちた笑み。それと共に告げられる言葉に、セイツも同じような笑みを浮かべ、二人による勝負が成立する……そう思われた次の瞬間、大きな金属音と悲鳴が響く。

 

「きゃああああぁぁぁぁぁぁッ!?」

『……ッ!?』

 

 只事ではない音と悲鳴に、弾かれるように振り向く二人。聞き覚えのある声に、段々と迫る音に、二人が考えるのは何らかの事件。

一体何が起こったのかは、まだ分からない。だが何であろうと、友の悲鳴が聞こえた時点でやる事は決まっている。そんな思いを心に二人は駆け、角を曲がり……そして、目にした。──信じられない程のメダル、比喩ではなく本当に津波か何かにしか見えないような量のメダルが勢い良く通路を流れ、その波にルナが押し流されていく様子を。

 

『…え、えぇー……』

 

 予想外過ぎる光景に、イリゼもセイツも揃って唖然。状況からして、スロットで大当たりでもしたのだろう、という想像自体はどちらも出来たが…それにしても多い、多過ぎると目を点にしていた。ついでに言えば、イリゼはルナが妙な幸運…凄まじいまでの幸運の持ち主である事を思い出していた。

 

「何事ですか!?……え、何事ですか!?」

「一度目の『何事ですか』は何が起こったのって意味、二度目の『何事ですか』は一体何がどうしてこんな事にって意味かな?…うん、ほんとに何事なのかなこれは……」

「それはわたしも分からないわ…というか、ここって全部ポイントでやり取りになってたわよね…?一体どこからコインが出てきたの…?」

 

 同様に音と悲鳴を聞き付けてきたようで、方々から人が集まってくる。ビッキィが二度見ならぬ二度訊きをし、茜が冷静に分析…したかと思いきや、彼女も彼女で訳が分からないとばかりの表情を浮かべる。

 

「皆ー、大丈夫ー?」

「ネプテューヌ…ネプテューヌは確か、スロットコーナーに行っていたよな?…これは、もしや……」

「うん、ルナちゃんが大当たり…いや、もうこれは大当たりとかの次元じゃないけど…をした結果でね…。なんか、壊れたみたいにスロットからコインが出てきちゃって……」

「みたいってか、もう壊れてるとしか思えないよな…機材担当、どういう事だこりゃ」

「…え、私?私いつから機材担当に…?というか、スロットコーナーの管理はグレイブでしょ……」

「…うぅ、コインが…コインがぁ……」

 

 何か知っていそうだ、と駆けてきたネプテューヌに影が訊き、イヴがグレイブの視線にいやいやいや、と手を横に振る。

 そんな中、再度聞こえてきたルナの声。皆がそちらを向けば、彼女は目を回しながらアイとピーシェに肩を支えられており…何ともまあギャグの様な展開に、一行は揃って苦笑い。

 

「ルナは無事…みたい。良かった」

「だね、イリスちゃん。でも本当に、どうしてこんな事が起こったんだろう…。なんかまだ今も、じゃらじゃら出てる気がするし……」

 

 怪訝な顔を見せる愛月の言う通り、勢いこそ落ちたものの、まだコインの流れは止まっていない。光景的にはある意味で痛快さがあるものの、これが異常な状態である事には間違いない。

 何故、こんな事が起きたのか。これは大当たりという事でいいのか。やり取りをするまでもなく、全員がそれについて考え始め…だが次の瞬間、再び大きな音が、轟音が響いた。

 

『今度は何事…って、えぇ!?』

 

 また何か起きたのか、と一行は音のした方向に視線を向ける。機材や置き物等で正確には見えないものの、その方向からは煙が上がっており…直後、置き物である像が一つ砕かれる。砕かれた事で、視界が開け……姿を現したのは、巨大な生物。

 

「あれ…って確か、レースコーナーのモンスターじゃないのか?それにあっちには、同じコーナーのロボットも……」

「…つまり、賭ける対象のモンスターやらロボットやらが暴れ出したって事か?…どんなプログラム組んだらそんな事起きんだよ……」

 

 カイトとアイ、レースコーナーを見ている二人による発言。アイの指摘は全員が思うところではあったが、当然それに答えられる者はこの場におらず…それよりも、とセイツが声を上げる。

 

「何であれ、これは放っておけない状況よ。どうして、の部分は一旦置いといて、今は対処を……」

「いや、それには及ばないよ。原因はどうあれ、これはカジノ内で起きた問題。であればそれを収めるのもまた、私達の責務。…ズェピア君!舞台の用意を!」

「あぁ、協力させて頂こう」

 

 前に出ようとしたセイツを手で制し、代わりにイリゼが一歩前へ。それからイリゼは右腕を横に振り…彼女の言葉に応じる形で、ズェピアが軽く指を鳴らす。

 その瞬間、周囲は変化。直方体の光が広がり、それはイリゼ達店員…ディーラーの面々と暴れ出したモンスター達だけを包み、光は透明な壁となる。床にも光が灯り、ボードゲームのテーブルの様な模様へと変化。

 

「これは、一体……」

「バトルフィールド、というやつだろう。…何でこんな準備があるのかは、俺も分からないが…」

 

 困惑するワイトへ、影が答える。同じ店員でもバーの三人は違うらしく、モンスター達と対峙しているのは七人。

 

「早急に、早々に、事態を収束させるとしよう…!」

 

 状況を理解したのか、先頭にいた大型のモンスターが七人を襲う。真っ先にねらわれたのは、同じく先頭に立っていたイリゼであり…しかしイリゼは動じる事なく、どこからか…否、胸元から二枚のトランプを取り出すと、それを刃の様に両手に持ち、迫るモンスターに対し一閃。両の手より振るわれたトランプは、飛び掛かるモンスターを強かに斬り裂き、斬られたモンスターは着地もままならずに崩れ落ちる。

 それを皮切りに、モンスター達は次々と襲い始める。一方ディーラー達も、散開しそれぞれに迎撃を行う。

 

「二組四体のモンスター、ツーペアか…残念、こちらはスリーカードだよ」

 

 密集して襲い来る素早いモンスターに対し、ズェピアは笑う。すると彼の前に、役の揃った五枚のトランプが現れ…次の瞬間、謎の爆発がモンスター群の中央で炸裂。蹴散らされたモンスターに対してズェピアは何ら興味を示す事なく、すぐに次の対処へ向かう。

 

「シルバー…じゃなくて、ルーレットフラップ…!」

「ほいっと!…ディーちゃんのそれ、なんかちょっと坊主のZ戦士の得意技感があるわね…」

 

 二人一組の形で横に飛んだディールとエストは、それぞれに魔法を発動。エストは小さな鉄球を多数精製し、それを扇状に放つ事で面制圧。同様にディールもルーレットを思わせる円盤を精製し、それを飛ばして操る事で次々とモンスターを斬っていく。指摘でディールの操作は一瞬止まるが、すぐにそれはそれとして攻撃を続ける。

 

「まさかこんなところで戦闘になるとは、ね…!」

 

 自ら突っ込んでいったイヴは、手にしたサイコロを投擲。それは何に当たるでもなく、モンスターの足元に転がるが…次の瞬間、爆発。サイコロ型の爆弾であったそれは、イヴの狙った通りのタイミングで爆ぜ、モンスター群を飲み込む。それを免れたモンスターはイヴを狙うも、即座にイヴは銃器を振るい、引き金を引く。放たれた弾は見事にモンスターの頭部を直撃する…が、なんと弾は鉛ではなくトランプ。

 

「…あれはディーラーではなく、某マジシャン怪盗の武器では…?」

「というかイリゼ様もそうですが、何故トランプにあそこまでの斬れ味や威力が……」

「カジノ仕様よカジノ仕様、気にしないで頂戴。…気にされても、私も答えられないから…」

 

 ぼそり、と呟く様なピーシェとワイトの言葉に、微妙そうな顔でイヴは返答。その辺りは割り切っているらしく、彼女はそのまま更に銃撃。

 

「ブラック、ジャック!」

「あ、あれは…ってそれ、フラップジャックじゃない!プロレス技じゃない!…響きは似てるけど!」

「グレイブの トリック!グレイブはモンスターと、ダイナマイトを入れ替えた!」

「ダイナマイト!?なんでダイナマイトなの!?」

「いやほら、トムアンドジェリーって出てきたし、トムジェリといえばダイナマイトかなー、と」

 

 そのイヴより更に前に出ているビッキィは、突っ込んできた二足歩行のモンスターを担ぎ、後方に叩き付ける。同じく最前線のグレイブは何故か持っていたダイナマイトを相手に押し付け、爆発を浴びせる。ネプテューヌの突っ込みに軽い調子で返したかと思えば、今度は「グレイブの イカサマ!」と言って背後から襲ったモンスターを即座に返り討ち。更にそこで二人は向かい合うと…同時に頷く。

 

「私に合わせられる?グレイブ」

「はっ、お前が合わせろ!…なーんて、な!」

「8切り!」

「7渡し!」

『そして…階段革命ッ!』

「いや、女神の従者が革命をやったらクーデターじゃねーか…って、前話でも似たような事言ったな……」

 

 手刀で持って斬り付ける。再びダイナマイトを渡して爆発させる。そして跳躍したビッキィとグレイブは拳を突き出し、同時攻撃で飛行するモンスターを叩き落とす。その際、アイはビッキィを見ながら半眼で突っ込みを入れていたがらビッキィ自身は素知らぬ顔。というより、彼女には全く聞こえていない様子。

 普段とは違う、しかし普段通りの(一部妙な部分もあったが)実力を発揮しモンスターを制圧していくディーラー達。そうして残るは最後の一体。最も大きい、一機のロボット。

 

「ラスト…!ディールちゃん!エストちゃん!」

「はい!行くよ、エスちゃん!」

「えぇッ!」

 

 同時に床を蹴る三人。三方向からロボットへ迫る三人は再び床を蹴り、宙へ舞う。そこからディールとエストは魔法による加速を掛け、イリゼはフィールドの天井まで跳ぶとそこで今一度蹴り、三度目は天井を蹴る事で勢いを増し…超高速急降下からの、踵落としを叩き込む。

 

「ラビット!」

「ラピット!」

「ラディアント!」

 

 片や女神の力、片や身体能力強化に更なる力を乗せた、三人同時の踵落とし。それは、その蹴りはロボットの装甲へ食い込み、砕き……一撃で以って、三人の一撃で、ロボットは沈む。

 

「これにて終了。失礼したね、お客様の方々」

 

 恭しく、イリゼはセイツ達へと頭を下げる。同じように、六人のディーラーも頭を下げ…舞台は終わったとしますように、壁が消える。

 

「…なんていうか…凄かったね、皆!なんかちょっと、演目みたいだったし、最後のイリゼ達の連携はほんとにばっちりだったし!」

「ふふっ。まあ、二人とは…特にディールちゃんとは長い付き合いだからね」

「実際良い蹴りだったじゃねぇか。…ところで、状態的にカジノの続行は出来そうにねぇとして……あれは結局、どういう扱いになるんだ?」

『あ……』

 

 まるで何かの演目を見たみたいだ、と嬉々とした声を上げるルナに、イリゼは柔らかな…嬉しそうな笑みで返す。同じように、アイもまた軽く口角を上げながら、評価の言葉を口にし…それから再び、もう一つの件、異様な程出てきたコインの件を指差し上げる。

 すっかり忘れていた全員の、「あ……」という声。そして、それについては、最終的にコインがポイント換算されるとなった結果……カジノの破産級の損失と、この場におけるルナの尋常ならざる一人勝ちが確定するのだった。




今回のパロディ解説

・「〜〜一方的に勝つに決まってる〜〜」
デュエル・マスターズの呪文(ツインパクト)カードの一つのパロディ。ただこれ自体、クリーチャー面でもあるサガーンのフレーバーテキストが元になってますし、それが大元のパロディと言えますね。

・トニカクカワイスギディーラー
トニカクカワイイ及び、カワイスギクライシスのパロディ。同じ時期に似たような名前(カワイイ、の位置は違いますが)のアニメが…というのは、何とも意外なものです。

・「〜〜坊主のZ戦士の得意技〜〜」
DRAGON BALLシリーズに登場するキャラの一人、クリリン及び、気円斬の事。ただでも彼以外にも、割とこの技は他のキャラも使ってたりするんですよね。

・某マジシャン怪盗
まじっく快斗の主人公である、怪盗キッドこと黒羽快斗の事。作中で触れているのは、彼の使うトランプ銃ですね。そしてトランプと怪盗といえば、怪盗ジョーカーも連想する私です。

・トムジェリ
カートゥーン作品、トムとジェリーの事。因みにカクテルとして出てきた「トム・アンド・ジェリー」とギャグアニメのトムとジェリーは、特に関係がないらしいです。

・「はっ、お前が合わせろ!〜〜」
メガトン級ムサシの主人公、一大寺大和の台詞の一つのパロディ。特別印象に残る台詞でもないのかもしれませんが、CMでも使われている分、私としては割と覚えている台詞だったりします。


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第三十一話 壊れる世界の戦い

 謎の異常な大当たりと、レースゲームの賭ける対象…仮想空間である以上、ただの演出に過ぎない筈のモンスターが暴れ出した事を受けて、わたし達は一度カジノから出る事になった。どちらにせよ、コインが散乱してる上モンスターが暴れてカジノ内が滅茶苦茶になってしまった訳だから、どちらにせよ一度は中断しなければならない状況になっていた。

 

「お待たせ、皆。ごめんね、事態が事態なのに待たせちゃって」

「いや、そんな長く待ってた訳でもないし、気にすんな」

 

 全員を代表するように、イリゼさんが言う。待っていた人達の中で、始めにカイトさんが返してくれる。

 店員としての衣装だったり、借りていたドレスだったりを脱いで、普段着に戻ってから、わたし達はカジノを出た。…ゆっくり着替えてる場合なのか?…いやまぁ、それはその通りですけど、幾ら仮想空間と言ったって、バニー衣装で街中に出るのはちょっと…。

 

「やっぱり皆、そういう格好の方がしっくりくるよねー。勿論ディーラーの服とかドレスとかも似合ってたけどさ」

「ウチもそう思うッス。ああいうのは偶に着るから良いんであって、普段から着てたら肩が凝って仕方がないッスよ」

「あはは…まあでもディーラーの服はともかく、ドレスは普段から着るようなものじゃないよね。…あ、でも女神は絶対セレブ側な訳だし、普段から着ててもおかしくはないのかも…?」

「でも普段から実際にドレス着てるのって、ベールさん位よね。ノワールさんの服もドレスらしいけど、あれは結構ラフなやつだし。…あ、服装といえば…イヴは着物じゃなくて良かったの?」

「着物…って、丁半やってたから?…いや、その為だけにディーラー衣装から切り替えたりしないわよ…第一あの場で和装なんてしたら、周りから浮くなんてレベルじゃないわ…」

 

 普段着が一番!…という風に言うネプテューヌさんに、アイさんが同意。ルナさんが首を傾げれば、エスちゃんが返答しつつイヴさんに振って…その返しに、わたしはカジノ内で着物を着てディーラーをしているイヴさんを想像した。…確かに違和感が凄かった。

 

「さて、私はネプギアに確認を取るから、皆はちょっと待っててくれる?」

 

 そう言って、一旦離れるのはイリゼさん。全員に関わる事なんだから、別に離れなくてもいいと思うんだけど…そういうところは、イリゼさんらしい。

 

(…あ、でも、何か内密に話したい事がある…って事も、あるのかな…?)

 

 顎に手を当ててわたしがそんな事を考えている間も、会話は続く。…妙な事が起きた後としては、ちょっとのんびりし過ぎかもしれないけど、実際のところまた何か起こるかもしれないから皆で集まっていた方が良いし、同じ理由で下手な事は出来ないから、ここで取り敢えず会話してるのが実は一番無難な選択だったりする。

 

「そういえばディールちゃんもエストちゃん、最初会った時は着てなかったタキシードっぽい上着をさっきは着てたわよね。…やっぱり寒かったの?」

「あ、いえ。先程ワイトさんから上着をお借りした訳ですが、流石にあの格好には合わなくて……」

「けど何事もなかったみたいにしてるのも悪いかなーって思って、あの上着は返した上で、一枚羽織ったって訳。あれもあれで似合ってたでしょ?」

「えぇ、大人っぽさが増してたと思うわ」

 

 セイツさんの言う通り、わたしとエスちゃんは丈の短い黒の上着を羽織っていた。大人っぽさが増していた、と言われたエスちゃんは、ちょっと気分が良さそうで…わたしも悪い気はしなかった。…まぁ、今は服装だけじゃなくて、外見も普段通りに戻ってる訳だけど。

…それにしても、仮想空間とはいえ、まさかバニーの格好をする事になるだなんて…。着る時も恥ずかしかったけど、今思うと、その姿をここにいる人皆に見られた訳でもあるんだよね…。うぅ、やっぱりあの時は流されず普通のディーラーの格好した方が……

 

《クエスト・スタート》

『え?』

 

──不意に、そんな風にわたしが思っていた時突然に、宙に浮かび上がったテキストウィンドウ。

 クエスト・スタート。そこには確かにそう書かれていて……次の瞬間、現れたのはモンスター。

 

「…え、っと…え?これは、どういう……」

「って、言ってる場合じゃないみたいだよ…!」

 

 突然な…あまりにも突然な展開に、わたし達は困惑。初めに声を上げたのは、きょとんとした顔の愛月さんで…けれどわたし達に、じっくり考える時間はなかった。

 現れたモンスターは、わたし達を視認するとすぐに襲い掛かってくる。飛び掛かってきた初めの一体は、ピーシェさんが抜き放ったナイフの一撃で迎撃してくれたけど…それが起爆剤になったみたいに、他のモンスターも次々と襲い掛かってくる。

 

「んもう、どういう展開よこれ!話の途中だがモンスターだ、ってやつ?」

「ワールドマップ移動中の、唐突なエンカウント的なアレかもしれないッスよ?」

「結構余裕そうですね、お二人共…」

 

 矢継ぎ早に飛び掛かってくるモンスターを、エスちゃんが魔力の衝撃波で叩き落とす。落下したモンスターが立て直す前に、刃を展開したブーツでアイさんが蹴…いや、斬…えっと……蹴り斬る。わたしもワイトさんが銃撃したモンスターへ氷弾の追撃を浴びせて、一体一体倒していく。

 モンスターの数は多い。わたし達を囲うような形で現れたから、位置取り的には結構不利。…でも、劣勢ではない。全く以って、押されてる感じはない。だって……

 

「狙い撃ちだ、ウーパ!」

「ドッペル、シャドークロー!」

「ねっぷねぷにしてやんよー!ってね!」

「ふむ、ねっぷねぷとは状態異常か何かかな」

 

 こっちも、結構な人数なんだから。離れているイリゼさんを抜いても、この場には十七人もいて…しかも全員が戦える訳だから。

 

「よ、っと。カイト、後は任せたわよ!」

「ああ、任せろッ!」

 

 踏み込んで、派手な近接戦を行っていたセイツさん。その動きでモンスターの注意を引き付けていたセイツさんは、残りの数が少なくなってきたところで大きく後ろに跳んで…次の瞬間、集まっていたモンスターを業火が襲う。炎はあっという間に残るモンスターを包み、飲み込む。

 

「わぁ…ほんとにカイトさんの炎は凄いね…」

「少しの溜めでこの火力…常人の範疇じゃないな」

 

 燃え、力尽きていくモンスターと炎を見て、ルナさんと影さんが感想の言葉を口にする。もう他にモンスターの姿はなく…燃え盛る炎が消えると同時に、突然始まった戦闘は終わる。

 

「ふぅ…取り敢えず一件落着、ですかね?」

「殲滅出来た、って意味ではそうね。けど、何でいきなり現れたのかはまだ……」

 

 気配や敵意ももう感じられないという事で、わたしはこの空間で作ってもらった仕込み杖を降ろす。皆も一先ずは片付いた、と緊張を解く。

 けど、ビッキィさんの言葉にイヴさんが返した通り、戦闘以前の問題が残っている。どうしていきなり戦闘…というか、クエスト?…が始まったのか。そういうトラップなのか、それとも何かのイベントなのか。もし何かを切っ掛けにこのクエストが始まったなら、同じ事が起きないようにその切っ掛けが何なのかも調べて把握しないといけない。直接的な危険は勿論戦闘の方が上ではあるけど、十分戦力が揃ってる事を考えると、むしろ『何故こんな事に?』を調べる方が、難易度的には高いのかも。……そう、思った時だった。

 

《クエスト・スタート》

『……!?』

 

 再び宙に現れた、さっきと全く同じウィンドウ。直後に周囲へ現れたのは、位置も種類も大体の数も一緒に見えるモンスターの群れ。

 まるでさっきの再現の様な、多分完全に同じ流れ。一度目だって驚いた。でも…今は違う。二度目である今は、驚きの意味が根本から違う。

 

「皆!え、何!?何事!?」

「それはわたし達も訊きたいです…!」

 

 起きているのは、明らかにおかしい事態。でも敵意を向けてくるモンスターがいる以上、まずはそっちの対応をしなきゃいけなくて…そこで飛んできたのはバスタードソード。わたしが飛んできた方向に目を向ければ、イリゼさんが走ってきていて…イリゼさんも加わった十八人で、改めてわたし達はモンスターを片付けていく。

 

「よしっ、今度こそ終わり──」

《クエスト・スタート】

『えぇ!?』

 

 モンスターの行動パターンはさっきと同じ。今さっき戦ったばかりだから対応は容易で、しかもイリゼさんの加入もある訳だから、殲滅まではさっきよりもずっと早い。

 でも…殲滅した後、今度は全部倒した直後に、三度目のウィンドウが出て、三度モンスターの群れが出現。わたし達の驚きは深くなり…同時にわたしは、何か恐ろしさも感じ始める。罠とかそういう事じゃない、もっと異常で異様な何かが、正に今起こっているんじゃないか…って。

 

「これは手を抜…いていた訳じゃないが、出し惜しみしている場合でもなさそうだな…。再スタートになる瞬間を調べたい、茜イリゼ援護頼んだ…!」

「だよね、任せて!」

「あ、ちょっ…援護はいいけどこっちの状況も…って言っても聞いてないんだもんなぁ…!」

「範囲攻撃だったら、私も…!」

「…イリスは、集める。オーライ、オーライ」

 

 そんな中で、影さんが動く。遠隔操作端末…らしき物を射出して、多方向からモンスターへ集中砲火を浴びせていく。その影さんに振られた二人の内、茜さんはすぐに動けていたけど、数体のモンスターを同時に相手していたイリゼさんにはそこそこ無理な呼び掛けで…でも文句を言いつつも、女神化して一気に片付けたイリゼさんは、やっぱりイリゼさんだなぁ…と思った。

 というのはさておき、全体としても広範囲攻撃の流れになっていく。ルナさんが左手から電撃を迸らせ、いつも通りの調子なイリスちゃんが集めたモンスターの頭上へ、わたしとエスちゃんで氷塊を落とす。

 

(今はまだ皆余裕がある。でも、そろそろ何とかしないと……)

 

 十八人という人数と、広範囲攻撃が組み合わさる事で、一気にモンスターの数が減っていく。まだまだわたしも皆さんも息切れには程遠くて、例えばもう数回繰り返される位だったら、ちょっと大変だったで終わらせられる。…けど、それで終わらなかったら?数回どころか十回、二十回、三十回…何度も何度も続いたら、どこかで息切れはする。そして、もう異常事態である事は間違いない。もしもその、異常事態の中でやられたら…その時どうなるかなんて、分からない。

 そうして三度目のモンスターも、残り一体。影さんは最後の一体を攻撃せずに、端末を周辺警戒に当たらせる。その意図を汲んだのか、最後の一体へ仕掛けにいくのはイリゼさんで…イリゼさんの斬撃は、そのモンスターを斬り裂いた。斬り裂いたけど…戦いは、終わらない。

 

《クエス ト・スタート」

「……っ!ピーシェ様、今……」

「えぇ…今、明らかにイリゼさんが倒す前に……」

 

 それに、ただ続いただけじゃない。最後の一体を倒す前、刃が触れる直前に、あのウィンドウが表れた。全て倒した直後に表れるのも、倒す直前に現れるのも、その後の事を考えれば大した違いじゃない。…どんどんおかしくなっている、異常さが増しているという事から、目を逸らして考えるなら。

 

「影君、今ので何か分かった事は?」

「悪い、さっぱりだ」

「そうか…皆さん、ここは一時撤退する事を提案します!終わりの見えない消耗戦は避けるべきです!」

「同感!無限湧きする敵はスルーするのが一番だよ!」

 

 飛び掛かってきたモンスターの頭を拳銃のグリップ、その底面で殴り付けたワイトさんの、撤退提案。それに真っ先に答えたのはネプテューヌさんで…ゲームで例えるような言い方ではあるけど、正直言ってその通り。もしも何十回ってレベルですらない、本当に無限に湧いてくるモンスターなんだとしたら、無視してその場から離れるのが一番。

 ワイトさんの提案に、反対する人は誰もいなかった。とにかく今は一度ここから離れよう。皆がそう思っていた。そして撤退の為の道は、カイトさんと、炎の扱いに長けるポケモンに交代したグレイブさん、愛月さんが同時攻撃で開いてくれて……

 

[クエスト・スタタート》

《クエスト・スタート》

【クエス■■スタート 』

《クヱスト?スタ■ 〉

 

 

 

 

 

 

《■■■■■■■■■》

    【■エストBORGト》    『クエスラッシュチャレ■■』

        {ID・133329)

 

『な、ぁ……ッ!?』

 

……けれど、撤退の判断は…少しだけ、遅かった。少しずつおかしくなっていった…そう見えていたのは表面的な部分で、その裏では異常が深刻なレベルに、どうしようもない程にまで進んでいた。

 宙に、周囲に、次々と表れるウィンドウ。その表示も、ウィンドウの形も、明らかに崩壊していて、最早原形すらないものまで表れている。続けて表れるモンスターも、表れたのに動かなかったり、姿に激しいノイズがかかっていたり、まともな状態じゃない個体ばかりに変容している。

 

「おいおいおいおい、流石にこれはちょっと…いやかなり不味いだろ…!」

「ほんとに不味いよぜーちゃん!ちょっ、もうバグってるなんてレベルじゃない…!もっと何か──」

 

 聞こえたのは、グレイブさんの焦りの声と、何かを理解したのか戦慄を孕んだ茜さんの声。その間にも表示の崩壊は進んでいて…ううん、違う。今はもう、見える光景や建物すらも歪み、崩れ、狂っている。

 どうすればいい?もう戦闘どころじゃない。最早戦闘は成立しない。さっきまでしようとしていた撤退だって、どこへ行けば良いのか分からない。

 ただでもまだ、遠くは崩れていない…ような気もする。これからどうするにしても、まずはそこまで移動して、状況を整理して……そう、わたしは思っていた。きっと皆さんも、似たような考えでいたと思う。…でも、その瞬間は訪れない。幾つも幾つも、崩れた表示が無数に表れた末に──空が、壊れた。

 

【クェストトスタト》《K@エスト84ート」

『"%○アウレクエ]《スタスタス☆タスタ】

[ミッショクエs〒}【【【【【【ス》】》】

(h KkMWWyvAー』〈&rU(○'◇'○)thaン〕

 

 

 

 

《クエスト・スタート》

 

 

 

 

 

 

《クエスト・スタートクエスト・スタートクエスト・スタートクエスト・スタートクエスト・スタートクエスト・スタートクエスト・スタートクエスト・スタート《クエスト《クエスト・スタート《クエスト・スタート》クエスト・スタ《クエスト・スタートクエスト・スタート》クエスト・スタートクエストスタートクエストスタートクエストスタートクエストスタートクエストスタートクエストスタートクエストスタートクエストスタートクエストスタークエストクエストクエストクエストクエストクエストクエストクエストクエストクエストクエストクエストクエストクエストクエストクエストクエスクエスクエスクエスクエクエクエクエクエクエクエクエクエクエスクエクエストクエストククエストクエストクククククククククククククククククククククククククククククククククエストククエエエエスススススススススストクエストククエストクエストクエストククククエスエスエストトトトトクエスエストトエクエスクエエエエエエエエエクククククエススススエストトエ

 

 

 

 

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「つぁ……ッ!」

 

 深い水の中から浮かび上がったかのように、追い詰められたギリギリの状態から逃げ延びたかのように…そんな感覚を抱きながら、目を覚ます。

 いや…今私は『目を覚ます』という表現をしたけど、それが正しいのかは分からない。ただ、今の私はそんな風に感じていた。そうとしか、表現出来なかった。

 

「皆、無事!?」

「私は大丈夫、皆は…!?」

 

 聞こえたセイツの声に、反射的に答えながら、私自身も皆に訊く。それと共に、見回し皆の無事を…皆の存在を確かめる。

 

「と、取り敢えず大丈夫…です」

「僕も、大丈夫…」

 

 初めに返ってきた返答は、ディールちゃんのもの。次は愛月君で…そこから次々と声が、或いは目の合った私に対する頷きが返ってくる。そうして全員の無事が分かった事で、一先ずだけど私は安堵。

 

(ここは……)

 

 皆が無事だと分かって、私の意識は周囲へと移る。私の目に映ったのは、壁も床も天井も白い、何もない空間で…思い出すのは、今回の仮想空間での活動を始める時、一番最初に入った場所。そこと似ている…というか、恐らく同じ空間。

 

「皆さん、聞こえていますか?わたしです、ネプギアです…!」

「え、ネプギア…?」

 

 と、そこで聞こえたネプギアの声。急いているようなネプギアの声に、ネプテューヌが反応して…それで安心したのか、ネプギアはほっとしたような吐息を漏らす。

 

「これは…イリス、知ってる。これが噂の、心に直接語り掛けているという……」

「いや違う違う、普通に呼び掛けてくれてるから…というかそういうボケは、それこそ自分の領分……」

「イリスは物凄く天然だもんなぁ」

「…イリス、天然じゃない。イリスはどちらかというと、養殖」

『……?』

 

 何気なく言ったのであろうグレイブ君の発言と、それに対するイリスちゃんの訂正。そして、私達の頭の上に浮かんだ疑問符。…取り敢えず、イリスちゃんが何か勘違いしてるのは間違いないけど…え、どうしようこの微妙な空気…。

 

「あ、あのー…皆さん、割と今は本当に切羽詰まってるんですが……」

「おっと、これは失礼。…つい先程まで仮想空間内の街にいた筈の我々が、今は待機エリアの様なこの場所にいる。仮想空間内で起きた事も含め、説明はして頂けるのかな?」

 

 困ったようなネプギアの声に、私達は気を引き締める。ちょっと緩い雰囲気になってしまったけど、今がのんびりしていられる状況じゃない事は、バグの具合からして火を見るよりも明らか。

 そこから発せられた、ズェピア君からの問い。それにネプギアは、神妙な声で答える。

 

「…はい。もう皆さん、お分かりかと思いますが…今、仮想世界形成装置は、深刻なバグを抱えています。…いえ、違いますね…今ではなく、かなり前から少しずつバグが起こっていたんです」

「少し前から?そうだったかしら…」

「解析して分かった事なんですが、これまで発生していたのは一目で分かるバグじゃなく、もっと軽微だったり、自由度の高い仮想空間ならではの仕様にも思えるバグだったんです。心当たりは、ありませんか?」

「そういえば、ワイトさん達としたレースの時は最後明らかにおかしかったよな…やっぱりあれは、バグだったのか…?」

「レースといえば、ウチ等がやったレースも最後はちょっと変な気がしたんッスよね。これもバグだったって事ッスか?」

「…あ、ビッキィ。カード勝負した時、何故かエクストラウィン出来なかった瞬間があったよね?あれはそんな効果ないですよパターンかと思ってたけど、ひょっとして……」

 

 ぽつりぽつりと挙がる、バグらしき可能性。実際にバグなのかどうかは分からないにしろ、私にも思い当たる節はあって…そうなると、気になる点は二つ。

 

「…ネプギア。じゃあ仮想空間では…今回の仮想空間を形成して以降は、早い段階から装置にバグが生じていたって事?」

「だと、思います。…すみません、逐一モニタリングしていたのに、全然気付く事が出来なくて……」

「…今はそれより、状況の把握を優先したい。続けてくれるか?ネプギア」

「あ…は、はい」

 

 言葉通り、申し訳なさそうな声音で言うネプギアに対し、それよりも、と返したのは影君。その影君を見る茜は、小さく微笑んでいて…非や責任の話が始まる前に、話を元の流れに戻した。それはつまり…きっと、そういう事なんだろう。

 

「わたしの気付かない中で、少しずつ仮想空間でのバグは発生していました。それは少しずつ蓄積して、バグの影響も大きくなっていました。ただでも、これまでは局地的な、何かおかしい程度だったんですが…バグが蓄積していった結果、カジノでのあるバグによって一線を越え、ダムが決壊したように、一気に局地的だったバグが仮想空間全体に影響を及ぼすレベルになってしまったんです」

「カジノでのあるバグ……って、まさか私の…?」

 

 説明により、少しずつ経緯が分かっていく。その中での『あるバグ』という言葉に反応したのはルナで…さぁっとルナの顔は青くなる。

 

「ご、ごごごめんね皆…!まさか私のとんでもない大当たりが、もっととんでもない事を引き起こしてたなんて…でも私、そんなつもりじゃ……」

「ち、違うよルナちゃん!確かに最後の一手になったのはルナちゃんの大当たりだけど、わたしが気付いてなかった以上早かれ遅かれ起きてた事だし、そもそもルナちゃんだって意図的にバグを引き出した訳じゃないでしょ?だからルナちゃんは、タイミングが悪かっただけっていうか……」

「…らしいよ、ルナ。というかあれは側から見たらルナも半分被害者みたいなものだし、気にする必要はないんじゃないかな」

「そッスよ。責任云々を言うのであれば、仮想空間っていう現場にいながら全く気付いていなかった、イリゼやセイツこそ問われるべきッスし」

『えぇ…!?』

 

 責任を感じるルナに、ネプギアもピーシェもそんな事はないとフォローする。アイもそれに続いて…そこからなんと、私とセイツに責任が飛び火。当然私もセイツも唖然とした訳だけど…意図は、分かる。これもある意味、アイからの信頼だと思うし…責任がないとも、思っていない。ネプギアが何も言ってこないから大丈夫だろう…そんな風に思って、油断していた私達の責任は確かにあるんだから。

 

「…私からも、一つ訊いていいかしら。ネプギアは、仮想空間の中をモニタリングしてたのよね?でも、ここまでバグに気付く事が出来なかった。…ネプギアが一つも気付けない程のバグって、ただのバグなの?」

「それは……。…イヴさんの言う通り、わたしはモニタリングをしていましたが、先程イリゼさんに報告を受けて、カジノの各種ログを洗い直すまで、全く気付く事が出来ませんでした。これはチェックの甘かったわたしの責任です。…ですが…わたしは、その指摘通りだとも思っています」

 

 ネプギアが置く、一拍分の沈黙。含みのある言い方に私達も黙る中、ネプギアは…言う。

 

「…まだ、確定ではありません。あくまで可能性の域ですが──今その仮想空間は、一つの新たな『次元』になろうとしています」

 

 発せられた、ネプギアの言葉。それに、私達は息を呑む。状況からして、並々ならぬ事が起きているのは明白だったけど…一つの新たな次元になろうとしている、その言葉は私の予想を遥かに越えていた。

 

「新たな次元って…それ、本気で言ってるの?比喩とかじゃなくて?」

「違います。…あ、いや、全く違うって訳でもないっていうか、仮想空間…電子的な空間が、擬似次元とでも言うべきものになりつつあるというか……」

「ややこしい言い方をするわね…あー、いや…むしろ逆か、ネプギアがややこしい表現をしたんじゃなくて、そういうややこしい空間って事か……一応理解はしたわ」

「…理解出来た?」

「まあ、なんていうか…仮想空間の中に、仮想空間じゃない…全然違う世界みたいなのが出来始めてる、って思えばいいと思うぞ。多分、ネプギアも正確に説明出来る訳じゃないっぽいしな」

 

 俄には信じ難い。多分皆そう思っていて、代表するようにエストちゃんが問う。はっきりした答えは返ってこなかったけど、はっきりした答えでない事が答えだとエストちゃんは捉えて…愛月君は、小首を傾げていた。訊かれたカイト君は、肩を竦めつつ答えていたけど…多分、そういう認識で合ってると思う。

 

「そんな事ある?…って言いたいけど…色んな次元や世界から人が集まってて、しかもここは幾つもの次元が関わってる仮想空間だーって事を考えたら、それもあり得ない話じゃないのかもね。…ってゆーか、私達が出会ったのも、すっごく特殊な空間だった訳だしさ」

「あ、そう言えばそうでしたね…じゃあつまり、これまでのバグは、仮想空間の中で新しい次元が生まれようとする影響だった…って、事…?」

「恐らく、そういう事です。そして予兆程度だったものが、本当に一つの次元としての形が生まれ始めた事で、異物を抱えた仮想空間が大量のバグを吐き始めた…わたしはそう見ています」

 

 顎に手を当てて言ったディールちゃんの発言を、ネプギアが肯定。そうして私達は、理解をした。一体仮想空間で何が起きているのかを、そして何故それが起こったのかを。

 

「…全て理解出来た訳ではありませんが、一先ず状況は分かりました。して…私達は、どのようにすれば良いですか?」

「うん、そこよね。…ネプギア、皆を現実の方に戻せそう?」

 

 『これまで』の事は分かった。だからこそ、次に必要なのは『これから』の事。そして、気にするべきは、皆が戻れるかどうか…安全を確保出来るか否かに決まっている。

 これには正直、不安がある。状況的には、色んなところに問題や不具合が生じていそう…というか、生じている筈なんだから。であれば準備に時間が掛かるとかならいい方で、最悪の場合はその手立てがないって事も……

 

「戻せます。既に準備は出来てますので、皆さんに懸念がなければ今すぐにでも」

『……えっ、出来る(の・んですか)?』

「へ?あ、はい。……え…?」

 

……なかった。なんとネプギア…というか機材の調整や今回のシステム構築をしてくれた皆は、ばっちり安全確保をしていてくれた。…いや、まぁ…万一に備えた対策を色々してある事は、知っていたけど…。

 

「な、何か駄目でした…?」

「いや、駄目じゃないし普通に助かるけど…ほら、こういうのってクリアするまで脱出不可能になるのがお決まりじゃん…?」

「というか、あれだけ酷いバグが発生してるのに、そんなすぐに戻れるんですか…?」

「酷い状態でも皆さんの無事を確保出来るように、敢えて通常のプログラムとは別系統の、バックドアに近い脱出経路を複数用意しておいたんです。その内幾つかはバグの影響を受けていますが、まだ無事な脱出経路も残っています。バグの影響でこっちから仮想空間に入る事は出来ないので、一方通行の道ですが…今ならまだ、安全に戻れます」

 

 出来るの?とビッキィが問えば、すぐにネプギアが答える。その自信を感じられる回答に、私はほっとし…けれど同時に、ある言葉が引っ掛かった。

 

「…今なら?」

「今なら、です。…これを、見て下さい」

 

 現実の側で何か操作をしたのか、何もなかった白い空間に、ウィンドウが一つ開く。それは映像用のウィンドウで……映し出されたのは、至る所にノイズが走り、正常な形や色を失い、人や施設が異常な挙動を繰り返す街。大地や空すら崩壊し…嘗てうずめ達のいた次元を思わせる程にまで狂ってしまった、仮想空間。

 

「…酷い有り様ね…まだ少ししか経ってないのに、もうここまでバグが広がっているなんて……」

「…いえ、違います。一応今は、バグの広がりが緩くなった…というか、何とか緩和させられた状態で…わたしが皆さんを今の空間に緊急避難させてから、数時間経っています」

 

 イヴの言葉を否定したネプギアが口にした、驚きの事実。数時間経っている、その発言に私達は皆驚き、同時に不可解さを覚える。街にいた最後の瞬間から、この空間に移動するまでは、一瞬じゃなかったのかと。いつの間に、数時間経ったのかと。

 でも、すぐに合点がいった。思い出せば、私は最初、目を覚ました時の様な感覚があった。あの時はそこまで深く考えなかったけど…実は数時間意識が途絶していたのなら、数時間してあの時意識が戻ったって事なら、あの感覚に関しては説明が付く。

 

「すみません。緊急避難は少し強引な方法なので、安全の為に一度意識データの更新をストップさせてもらったんです。それでその後は、こっちから仮想空間の被害を抑えようと今出来る手を片っ端から打ったり、皆さんの仮想空間でのデータにバグが及んでいないかチェックしている内に、結構な時間が経ってしまって……」

「そういう事であれば仕方ないね。…今はまだ無事な経路も、バグの進行が完全に止まった訳ではない以上、いつ侵されてしまうか分からない。だから、今ならまだ…という事か」

 

 そんなに時間が経っていたとは、と驚いたけど、それについては初めから文句なんてない。ズェピア君の解釈も合っているようで、即時の脱出に対する反対もない。

 良かった。安心した。こうなってしまった時点で、皆には改めて謝罪しないといけないけど…最悪な結果だけは、避けられそうだから。…なら……。

 

「…ネプギア、今は進行を遅らせるのが手一杯なんだよね?じゃあ、どうしようもないって事?もうこの件に対しては、打つ手なし?」

「なし…では、ありません。バグだけを何とかするのは無理ですが……この仮想空間諸共、装置内の全データを纏めて消去してしまえば、バグは止められます。そうすれば、バグが外部に広がる事も、生まれつつある次元が未知の『何か』を起こす事も防げます」

「って事は、一応何とかはなるんだね。ふぅ、一時はどーなるかと思ったけど、それなら良かっ……」

 

 全てデータを消してしまえば、初期化ではなく完全に消し去ってしまえば、これ以上の事は起こらずに済む。その答えに茜が安堵の吐息を漏らし、皆も同じような雰囲気を纏う。そして、ネプギアからの答えを聞いた私は…言った。

 

「…分かった。ネプギア、皆の帰還準備を進めて。──私は、バグを止められないか試してみる」

「分かりまし…え?」

 

 予想外だとばかりに、分かったと言いかけてからネプギアは訊き返す。皆からも、唖然とした視線を向けられる。…まあ、それはそうだよね。でも、それは…これは、必要な事。

 

「ごめんね皆、こんな事になっちゃって。この埋め合わせは、今度必ず……」

「い、いやちょっと待った!え、い、イリゼ今なんて…?」

「うん?…ごめんね皆、こんな事に……」

「そのもう一個前!イリゼ、止められないか試すって言わなかった…?」

 

 ストップをかけてきたのはルナ。どういう事?…とルナの瞳は言っていて…そう思われるのは、当然の事。だから私はルナの問いに頷いて、皆の方を向き直る。

 

「うん、言ったよ。私は試すと言った。…私はこの仮想空間のデータを、得られたものを、失う訳にはいかないから」

「…何か、事情がありそうだな」

 

 何が理由だ、という声音で言う影君にも、私は頷く。別に、隠すつもりはない。私がこれからしようとしている事の理由は、口外出来ない事じゃないし…皆は部外者でもないんだから。

 

「皆はもう分かってると思うけど、ここはただの仮想空間じゃ、シミュレーターの作り出した空間じゃない。今はまだ手探りだけど、条件や設定を限定する形でしか実効出来ないけど、もっと研究とテストを繰り返せば、もっと緻密で、もっと繊細な仮想空間を作り出せるようになると思うし、いつかはきっと現実と遜色ないレベルまで至れる。その上で、自由に要素の追加や削除が出来る…凡ゆる可能性を試す事も観測する事も出来る、そんな装置になるかもしれないの」

「だからその為の、ここまでに得られたデータを失うのは惜しいという事か。…データのバックアップはないのかい?」

「全くない訳ではないんですが…少なくとも、皆さんが協力してくれた活動のデータは、現状この装置の中にしかありません。元々この装置…いえ、信次元単体で完結している仮想空間ではない関係で、別の機材や記録媒体にバックアップしても、正常なデータとしては保存出来ないんです」

「そういう事。それにこれは、皆の…ううん、各次元からの協力を受けて初めて成り立つ以上、再挑戦は容易じゃない。加えて全てのデータを消しちゃったら、当然システムを一から組み直さなきゃいけない訳だから、やっぱり再挑戦は難しくなる。…また今度、やり直せばいい…そういう話じゃないの、今回の件は」

 

 この仮想空間と形成装置がどれだけの可能性を持つものなのか、今回の事で得られたデータがどれだけ貴重なものなのかを、私は話す。

 ただでも、これだけじゃ皆は納得しないと思う。そして私の思った通り、私はエストちゃんから怪訝な視線を向けられる。

 

「…まあ、この仮想空間が物凄く価値のあるものだって事は分かったわ。けど…おねーさんは、こういうものにそこまで価値を見出すタイプだったっけ?少なくとも、科学技術の発展に精を出すタイプではなかったでしょ?」

「同感ッス。それに今のイリゼは国の長ッスよね?そのイリゼが、どう考えても危険な事を、やらざるを得ない訳でもないのにやるんッスか?もしこれに、誰かの命がかかってるってなら分かるッスけど…」

「…国の長、だからだよ。神生オデッセフィアは…新興国で発展途上でもある私の国は、四ヶ国から色んな支援や援助を受けてるの。これまでも受けてきたし、これからもまだまだ必要で…それと引き換えに行っている事の一つが、今回の件。信次元全体の利となる事を、神生オデッセイフィアが主導する事で、責任も全て負う事で、神生オデッセフィアの発展の足掛かりにしてるの。だからこれを、失敗で終わらせる訳にはいかない。神生オデッセフィアの為に、絶対結果を残さなきゃいけない。…それに…最初は冗談半分で言った、新たなる世界の創世が、その可能性が今現れているんだよ?信次元は…いや私達は、創世への道、そのスタート地点に立てたのかもしれない。なら、尚更この可能性を消す訳にはいかない……それが私の、オリジンハートの意思だ」

 

 何を馬鹿な、と思うのかもしれない。何をそこまで急く必要がある、と言われるかもしれない。

 だけどこれは、私にとって本当に必要な事だから。急がば回れというけれど、それはその通りだと思うけど、回るなら回るで全力疾走すると、私は建国に踏み切ったその時から決めているから。いつかの未来ではなく、現実味のある『今の先』に、皆に希望を持ってほしいから。

 

「創世への道、って…最早理想ではなく野望に聞こえますよ、イリゼさん」

「どう聞こえるかは大した問題じゃないよ、ピーシェ。私はそれに価値を、意義を感じている。だから遥か遠い可能性だとしても、この手の内に収めておきたい…私は心から、そう思っているんだから」

「イリゼさん、でも……」

「大丈夫、別に気負ってる訳じゃないから。…けど、もしも私が何とかする前に、取り返しが付かなくなりそうになったら、その時は全データを消去して。その結果どうなろうと、責任は神生オデッセフィアが…私が取るから」

「…どうなろうと…?…ネプギア、もし誰かが仮想空間の中にいる状態でデータ消去をしたら、どうなるんだ?中にいる人は、無事で済むのか?」

「それは…分かりません。もしかしたら、何事もなく済むかもしれませんが…意識を現実の身体に戻すのではなく、強制的に断ち切ってしまう以上、精神に何が起きてもおかしくないと思います。…最悪の場合、意識が戻らない事だって……」

 

 真剣な表情を浮かべたカイト君の問いに、ネプギアは答える。その瞬間、皆の視線が一気に私へと向けられる。

 一瞬、「ネプギア、それは…」と制止する事が頭に浮かんだ。…けど、それは不誠実だ。これから私が背負おうとする危険を、関わってきた皆に隠したままにしようとするのは、凄く不誠実な行為で…それは、ネプギアに対しても同じ事。もしそうなった時、データ消去を実行するのはネプギアなのに、ネプギアは私の事を案じてくれているのに、危険性を隠させるなんて、そんな事はしちゃいけない。

 

「…ほんと、こんな事になっちゃってごめんね皆。でも、私は別に、理想の為に自分を使い潰そうとか、そんな事は思ってないよ?あくまで最終手段について触れただけで…私は100%、何とかする気でいるんだから」

「いやでもイリゼさん、だとしても……」

「だとしても、危険は危険でしょ?…だから、わたしも付き合うわ。同じ神生オデッセフィアの女神として、イリゼの姉として、イリゼ一人に背負わせたりしない。っていうか、そんなのお姉ちゃんが了承しないわ」

「セイツ…けど万が一の事を思えば、セイツには戻ってもらわないと……」

「100%、何とかする気なのよね?なら良いじゃない。…それに…この仮想空間を、描ける可能性を広げていきたいのは、わたしも同じだもの。わたしも、イリゼも、イストワールも……わたし達家族、皆の望みでしょ?」

「…そう、だね…うん、分かった。頼りにしてるよ、セイツ」

 

 このまま残るのは、私一人のつもりだった。何かあった時の為に、セイツには戻ってもらおうと思っていた。…でも、こう言われてしまったら…姉として、家族として言われちゃったら、私には断りようがない。それに一人と二人じゃ、やれる事の幅が大きく違う訳で……セイツがいてくれるなら、凄く心強い。

 そんな思いでセイツに頷いた私は、改めてネプギアに呼び掛けようとし…それより一瞬早く、ネプテューヌに呼ばれる。

 

「じゃあさイリゼ、具体的にはどうする?固まって動く?それとも皆で手分けして探す?」

「どう、か…安全性を考えれば固まってた方が良いけど、時間に余裕がある訳じゃない以上、手分けした方が……って、え?皆で、って…ネプテューヌ、何を……?」

「何を?そんなの、自分も協力するって事に決まってるじゃん」

 

 あっけらかんと、雑談位の調子で言い切るネプテューヌ。その様子に、私は思わず呆気に取られ…けどすぐに我に返る。返って、言葉を返す。

 

「いや、それは…そうはいかないよ、ネプテューヌ。気持ちはありがたいけど、ならお願いね、なんて言えない。女神として、皆を誘って、迎えた側として、皆にまで危険を冒させる事は……」

「そんな理由で、自分が引き下がると思う?友達が、信念を持って何かをしようとしている。危険を承知で、そこに飛び込もうとしている。それを知ってるのに、その友達が目の前にいるのに、何もせず自分は戻るなんて…そんなの自分には出来ないし、したくないよ。イリゼの友達の『ネプテューヌ』は、そんな事をすると思う?」

「それ、は……」

 

 真っ直ぐ私を見て、真っ直ぐな瞳で、ネプテューヌは言う。迷いのないその言葉に、私は次の言葉を返せなくなる。

 あぁ、そうだ。ネプテューヌはそういう女神だ。ここにいるネプテューヌは、信次元のネプテューヌとは違うけど…友達思いで、友達の為ならいつでも全身全霊になれる、本当に真っ直ぐな在り方はどっちも変わらないんだから。

 それからネプテューヌは、にこっと笑う。だから、一緒に頑張ろ?というかのように、柔らかく無邪気に。……これも、私は返せない。これを突っ撥ねる術なんて、私の中からは出てこない。

 

「だな。ちゃっちゃと何とかしてやろーぜ、イリゼ」

「ぐ、グレイブ君まで…?」

「イリゼ、僕にも手伝わせて。…僕は前に、信次元でイリゼに凄く助けられたから…その時のお返しを、僕にさせて」

「愛月君……」

 

 うん?当然俺も残るが?…とばかりな顔でグレイブ君は言い切り、愛月君もじっと私を見上げてくる。ネプテューヌに続いて、二人まで残ると宣言をして…そこからも、次々と私は呼び掛けられる。

 

「では、私も残らせてもらおう。この件に関して私は、巻き込まれただけ…とも言い切れないからね。自分の責任の尻拭いは、きちんとさせてもらうよ」

「私も残らせて。ネプギアも皆も、私の責任じゃないって言ってくれたけど…そうかもしれないけど、それでもただ戻るのは嫌だから。それに…イリゼが望む事なら、私も力になりたい。私の力なんて、ちょっぴりしかないけど…協力したいの。…駄目、かな…?」

「勿論私もきょーりょくするよ、ぜーちゃん。だって、ぜーちゃんにもしもの事があったら、私は凄く悲しいから。出来なかったじゃなくて、しなかった後悔はしたくないから。…だよね、えー君」

「いや、俺は……いいや、そうだな。ズェピアじゃないが、俺も全くの無関係という訳でもない。…何より、失うのはもう沢山だ。これ以上、手の届く筈だったものを取り零して堪るものか」

 

 それぞれの思いで、皆は言ってくれる。自分も残ると、協力してくれると。…嬉しい、凄く嬉しい。心強いっていうのもそうだけど…そう思ってくれる事が、私を思ってくれる事が、何よりも嬉しくて…だからこそ、迷う。皆の思いで、私の心が揺らぐ。

 

「…ここまでの話は、イリスには難し過ぎた。でも…イリゼは今、頑張ろうとしている?なら、イリスも手伝う。助け合いは大事だって、イリスは教わった。だからイリス、友達のイリゼを助ける」

「イリスちゃんまで…でも、ほんとに良いの…?何が起こるか分からないって事は、何が起きてもおかしくないって事なんだよ…?」

「観念した方が良いですよ、イリゼさん。…と、いうか…もし逆の立場なら、イリゼさんだって迷わず協力するって言いますよね?断固として譲りませんよね?なら、皆の…わたし達の協力も受けないと、不公平じゃないですか?」

「んもう、ディーちゃんってばまたそういう遠回しな言い方をして…。でも、ディーちゃんの言う通りよ?立派な女神のおねーさんは、わたし達が協力するって言ったら、自分の筋を通す為に断ったりなんてしないわよね?」

「ま、そういう事ッスよ。ウチがここで素直に戻ると思ってるなら大間違いッス。それに全員で戻って、ここは全部消去してお終いっていうのも後味が悪いッスし、ここは一つ、力を合わせて大団円を目指そうじゃないッスか」

 

 ある意味一番真っ直ぐな目でイリスちゃんからも言い切られる。ディールちゃんやエストちゃんからは、「私だったら」という話で断る道を塞がれ、アイからは力を合わせる道を示される。

 

「俺も同じだ。俺に出来る事があるなら、俺はそれをしたい。何が起きてもおかしくない…それはつまり、上手くいく可能性もきっとあるって事だろ?可能性があるなら、俺はそれに賭けるさ」

「私も協力させてもらうわ。…皆程、心に響きそうな事は言えないけど…それでも、今日まで一緒に色々な事をして、価値あるものも見せてもらった相手が危険を冒そうとしている時に、それを黙って見過ごす程私は薄情じゃないつもりだもの」

「そうですよ、イリゼさん。わたしは協力する気満々です。生半可な説得だったら即跳ね除けます。なら、それに時間を費やすより、協力を受けて解決への時間を確保する方が良いと思いませんか?」

「…らしいですよ?私としては、そもそもそんな危険は冒すな、自分を大事にしろと言いたいところですが…イリゼさんが頑固なのは分かってますからね。……イリゼさんの信念と、皆さんの思いに力を貸します。私も、女神ですから」

 

 本当に…本当に、皆優しい。自分の安全よりも、私の事を思ってくれる。そして…最後に声を上げたのは、ワイト君だった。

 

「…自分も、助力させて頂きたいと思います。ただ…グレイブくんや愛月くん、イリスさんまで残る事には待ったをかけさせて下さい。彼等はまだ子供です。勿論、他は全員大人かと言われれば、全員が全員そうだと断言出来る訳ではないですが……」

「俺等は特に子供だから、か?おいおい、そりゃねーぜワイト。大人なら良くて子供なら駄目、ってのは不公平だろ。そういう法律だってならともかく…ってか、そこんとこ信次元じゃどうなんだよ?」

「仮に信次元…というか各国の法律において君達が大人だとしても、だよ。自分は成熟した大人だなんて微塵も思わないけど、君達がまだまだ成長途中なのは間違いない。そして成長途中の少年少女をみだりに危険に晒したりしないのが、大人の責務なんだ」

「…そういう事言える大人って、格好良いよな。けど、嫌だ。それによ、さっきネプギアが言ってたが、外から入る事はもう出来ないんだろ?なら、後もう一人いれば、後少し戦力があれば…そうなる可能性だってあるんだから、全員の安全を考えるなら、やっぱ俺等もいた方が良いとは思わねぇか?」

「確かにそうかもしれないね。けど、それは『かもしれない』だ。確定している『何が起こるか分からない』と『かもしれない』は、同じではないんだよ」

 

 彼等までは巻き込めない。そう言うワイト君の気持ちは分かる。私は自分自身の来歴も、皆との出会い方も特殊だから、同じ意見ではないけど…ワイト君の主張は、何も間違っていない。でもグレイブ君の言っている事もまた、間違ってはいなくて…どちらも、引き下がらない。引き下がらないまま、お互い数秒黙って…でも次に上がったのは、そのどちらでもない声。

 

「…ですよね…分かります、ワイトさんの言う通りだと思います」

「へ?…愛月……?」

「すまないね、愛月くん。大人の責務云々も、所詮はエゴだ。それは理解している。ただそれでも、私は……」

「…だけどっ!僕は、嫌なんだ…困ってた僕を助けてくれた、帰れるように協力してくれた、イリゼの力になりたいんだ…!だから、お願いします…!僕達にも、協力…させて下さい…!」

「…愛月、君……」

 

 だけど。その言葉でワイト君を遮った愛月君は、頭を下げる。ワイト君の言っている事を、その通りだと受け止めた上で、頭を下げて頼む。子供として、大人に願う。

 それをじっと見ていたイリスちゃんも、隣に立って頭を下げた。グレイブ君も、軽く頭を掻いて、「…ここで俺が何もしなかったら、愛月の思いが台無しだもんな」と呟いた後、二人に続いた。三人が、ワイト君に頭を下げた。

 再び、沈黙が訪れる。視線は自然と、ワイト君に集まる。そして注目を受ける…大人としての選択を求められたワイト君は、小さく息を吐いて……

 

「…君達が私の子なら、或いは私が教師ならば、それでも止めていただろう。だが、そうでない私が、ここまでされても尚拒絶するのは、大人と言えど分不相応…か。…三人共、頭を上げてほしい。私こそ、申し訳なかった。君達はまだ子供だが、子供の一言で全て片付けて良い訳ではない…それを私は忘れていたよ」

 

 求められた三人が頭を上げると同時に、ワイト君が頭を下げる。それはきっと、謝罪と敬意。思いを受け入れ、その上で大人の在り方を…グレイブ君の言う、格好良い大人の姿を選んだ、ワイト君の答え。

 

「…まさか、こうも言われちゃうなんてね。…どうする?イリゼ。皆との付き合いは基本イリゼの方が長いんだから、ここはイリゼの思いを尊重するわ」

「そっ、か。なら……」

 

 セイツに言われ、私は見回す。ゆっくり見回し、皆からの視線を受け、一人一人と目を合わせる。そうして私は女神化をし…言う。

 

「──前言を撤回させてもらう。ここには、私にとって失う訳にはいかないものが、絶対に消えてほしくない理由がある。だからこそ…私は君達に、皆に、頼みたい。どうか皆──私に、力を貸して!」

『(はい・うん・えぇ・おう)!』

 

 力強い、気持ちの良い、皆の答え。私の思いに答えてくれる、皆の思い。それは強く、優しく、温かいもので……私は誓う。必ずバグを、異常を何とかし、皆で成功させると。こうして良かったと、皆が思える結果を掴むと。

 

「…分かりました。皆さんがそこまでの思いを胸に残るというなら、わたしも出来る限りのサポートをします。…頑張って、下さいね」

「ありがと、ネプギア。私達の決断を受け入れてくれたネプギアに、後悔なんてさせないからね。…よーし、それじゃあ皆!健康第一安全第一、死なない程度に行動開始だよ!」

「おー…って、なんか締まりの悪い掛け声ッスね…」

「まあでも、おねーさんらしくはあるんじゃない?」

「えぇ…?私に対するその評価はちょっと不服なんだけど……」

 

 気分の昂った私は、取り敢えず思い付いた掛け声を口にしたものの、返ってきたのは何ともまあつれない反応。けど、それは良い。そんな事は、今は気にしない。

 皆がいてくれるなら、凄く心強い。でも、上手くいく確証はない。リスクが軽減された訳でもない。…だけど、それはいつだってそう。だからこそ、いつものように、いつも通りに、私は皆を信じる。信じて……望む先へと至る為に、突き進む。




今回のパロディ解説

・「〜〜話の途中だがモンスターだ〜〜」
FGOにおける、各種イベントのパロディ。とはいえFGOに限らず、ソシャゲ全体における「あるある」のパロディというのが正確なところですね。昨今の、というより少し前の、ですが。

・「ワールドマップ中〜〜的なアレ〜〜」
原作シリーズの一つ、新次元ゲイム ネプテューヌVⅡにおけるシステムの一つの事。しかし別に、クエストではありませんね。ネプテューヌシリーズでクエストっていうと別の意味になりますし

・BORG
私の作品の一つ、双極の理創造にて登場する組織の一つの事。こっそり混ぜてみました。これに気付いた人は…いないかもしれませんが、いたら嬉しいです。

・「〜〜心に直接語り掛けている〜〜」
ネットやSNSにおけるスラングの一つのパロディ。しかしこの場面、全員仮想空間にいる(=意識体の様なもの)事を考えると、心に直接…もまるっきり間違いという訳ではないかもしれないです。

・「〜〜健康第一安全第一〜〜」
永久少年 Eternal Boysにおける掛け声の一つのパロディ。厳密には再放送という形になりますが、今期のアイドル系作品の中では、ある意味これが一番楽しんで見ているかもしれません。

・「〜〜死なない程度に行動開始だよ!」
魔法少女マジカルデストロイヤーズの主人公、オタクヒーローの台詞の一つのパロディ。前話のメガトン級ムサシのパロディネタの時も書きましたが、やはりCMで使われる台詞は記憶に残り易いですね。


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第三十二話 重なりし多元の破壊者

 緊急用の経路を利用し全員現実に戻った後、全てのデータを消し去って事態を収束させるのではなく、バグを仮想空間の中から何とかし、データを消す事なく解決させる。誰かがではなく、皆でそれを目指す。それを、その選択を、わたし達は選んだ。

 そうなったのは、きっとイリゼだから。勿論、一人一人の優しさがあっての事だけど、そんな皆と繋がりを、絆を紡いだイリゼだからこそ、皆も協力してくれるんだと思う。だからわたしは、そんなイリゼの事が誇らしいし…皆の思いは間違いじゃなかったと証明する為にも、必ずこれからの事を成功させる。皆と共に、させてみせる。

 

「…ここ、みたいだね」

 

 地上から空へと視線を上げながら、茜が言う。わたし達も同じように、それを見やる。

 今、わたし達の前にあるのは、四つの塔。上部からは渡り廊下が伸び、四方向からの渡り廊下でのみ支えられた部屋の存在する、物々しい建造物。

 

「なんていうか…見るからにゲームで出ていそうな塔だよね。それも序盤じゃなくて、終盤とかクリア後に登場するダンジョン系っていうか…」

「それは結構当たってる、かな。これは元々、ゲームでいうボスバトルみたいなイベント用のものだったから」

 

 天の声の様に聞こえてくる、ネプギアの声。ネプギアからの案内を受けて、わたし達はここまで来た。

 何故、わたし達が今ここにいるのか。どうしてこの塔の前まで来たか。…それは、ネプギアや技術者の人達が解析を進めてくれた事で、バグの大元…発生源とでも言うべきものが見つかったから。それが今は、この塔…というよりシステムを飲み込んでいるらしくて、発生源を何とかするには、この中に入り、進んでいくしかない。

 

「確認だけど、ここを攻略して、ボスに当たる存在を倒す事が解決に繋がる…って事で良いんだよね?」

「はい。普通、『バグを倒す』…なんて事は成立しないんですが、もうただのバグ…データの域を超え始めているからこそ、撃破という概念が通用するんです。更に、それでいてデータとしての要素が全てなくなってしまった訳ではないようですから、同じくデータの状態になっている皆さんが倒す事が、そのまま撃破に繋がるんです」

「けどそれは、今解析出来た範囲での推測でしかない。そして正しかったとしても、いつまでもこの方法が通用するとも限らない…そうよね?」

 

 イリゼからの確認にネプギアは答える。続くイヴの言葉にも、肯定を示す。

 こうして解析をしてくれたおかげで、発生源を見つけてくれたおかげで、どれだけ掛かるか分からない、『解決方法を探す』という段階をクリアする事が出来た。わたし達の無茶を受け入れてくれただけでなく、大きな後押しもしてくれた。

 でも、それはあくまで道筋を照らしてくれただけ。その道を進むのはわたし達で…道の先まで行けるかどうかも、わたし達次第。

 

「本来の仕様だと、ここではまず各塔のボスを倒す事で中央への道が開けて、最後のボスに挑める形となっているんですけど…」

「その通りなら、四つのチームに分かれて攻略する方が良さそうですね。各塔での戦いがどんなものになるかは未知数ですが…そもそも時間に余裕がない以上、安全策ばかりを取っているわけにもいきません」

「そッスね。で、チーム分けはどうするッスか?公平に分けるなら、四人チーム二つに、五人チーム二つってとこッスが……」

「ワイトの言った通り、各塔の事が分からない以上、戦力の配分なんてしようがない。であれば必要なのはチームの人数よりも、組み合わせ方だろうさ」

「ま、そうよね。普通に考えるなら、前衛に後衛、それにサポートの立ち回りが出来る人が各チームに一人ずつは欲しいかしら」

 

 頬に指を当てて、エストちゃんが言う。どのような組み合わせにするか…それはチーム毎の目的や作戦に沿って考えるべきだけど、そもそもその参考になる「どんな相手と戦うか」が分からない以上、バランスの良い、癖のない組み合わせを考えていくのが無難。

 そしてそれを念頭に、わたし達はチームの編成を開始。とはいえチーム編成にあまり多くの時間はかけられないし、とにかく仮想敵が未知数だから、考えようのない部分も多い。だから各チームのバランスはしっかりと考えつつも、考え過ぎない…必要以上に凝り過ぎない形で、わたし達は四つのチームとなる。

 

「んー…うん、こんなところかしらね」

「いいんじゃねーの?宜しく頼むぜ、セイツ」

 

 にっと笑うグレイブ君へ、わたしも同じような笑みを返す。チーム名や番号はまぁ別に良いとして…わたしにグレイブ君、ディールちゃんにエストちゃん。イリゼにアイにルナにイヴ。ピーシェにビッキィ、カイトにズェピアに愛月君。そしてネプテューヌにイリスちゃんに、茜と影にワイト。こんな形で、四つのチームは完成した。

 

「後は、それぞれどこの塔に行くかだけど…そうだ。茜だったら、中にいるのがどんなボスか分かったりしない?」

「うーん…期待してくれたルナちゃんには悪いけど、元々データが見えてもよく分からない部分が多いし、しかも今は情報が滅茶苦茶になっちゃってるから、把握するには物凄く時間がかかっちゃうかな」

「それなら勘で選ぶのが一番ですね。因みにわたしの勘は、あの塔が良いと言っています。…多分」

「イリスは、あそこが良いと思う。イリスの中の、勘の良いイリスが言っている」

 

 ただの勘な筈なのに、妙に自信あり気な雰囲気を見せるビッキィとイリスちゃん。それ自体には皆、苦笑だったり呆れ気味に笑っていたりはしたけど…実際のところ、塔の外観から推測出来る事なんてない。であれば、勘で選ぶっていうのも悪くない…かもね。

 

「それじゃあ皆、塔の先でまた会おう…なんてね」

「皆さん、お気を付けて。…エスちゃんも、頑張って」

「取り敢えずは私とビッキィで先行します。私は女神ですし、ビッキィも結構タフですから」

「では、何かあればバックアップしよう。裏方に関しては得意なのでね」

 

 四チームに分かれて、わたし達は塔へと向かう。自分達がこれから挑む事になる存在も、違うチームの皆が挑む存在の事も、全く分からない。

 でも、相手の事は分からなくても、皆の事は知っている。まだ長い付き合いではないけど、皆の力は分かっているし、頼れるとも思っている。だから、わたしがこれまで経験してきた戦いや、その中で一緒に戦ってきた皆と同じように…信じるだけ。

 

 

 

 

 チームの編成について、そこまで細かく枠組みを決めていた訳じゃない。でも何となく、不文律…暗黙の了解とでも言えそうなものはあった。例えばそれは、どのチームにも一人は女神がいるようにしよう、とか、四人チームは五人チームより人数が少ない分、女神が複数いる形を作ろうだとか、そんな風に。

 その結果、チーム間の戦力差はあまりない形で、四チーム作れたように思う。問題は、四つに分かれたチームで、各塔を攻略出来るか…効率に見合う戦力かどうかだけど、それはもう試してみるしか、戦ってみるしかない。

 

「外もだったが…中は全然バグってる感じないな」

「うん、どこも壊れてたりしないもんね」

「恐らく、バグが異物ではなく、正規のものになっている…バグが掌握している空間だからこそだろうね。バグはあくまで異常の結果、壊れているという状態を指す言葉だから、表現としては些か語弊のある言い方であるけど…」

 

 塔の中は見た目より広く、今私達は螺旋階段を登っている。私とビッキィが前を歩いて、少し後ろから愛月君達三人が続いている。

 後ろから聞こえてきた会話の通り、今のところ塔の中でバグってるような場所はなく、塔周辺も特にバグってはいなかった。少し離れるとバグ塗れで、そこから更に遠い位置…比較的まだバグの影響が少ない地点に、白い空間から私達は転移してきた。直接発生源付近に転移するより、バグの影響が少ない所からの方が良いだろうという事で、歩いて塔の所まで来た訳だから、ここに入ってから…というより、塔周辺に着いた時点で、まるで台風の目に入ったような…そんな感覚が私にはあった。

 

「罠も進むのを邪魔する敵もいませんね…油断を誘ってるんでしょうか」

「何とも言えませんね。ただ何にせよ、油断していい状況じゃないのは事実です」

 

 周辺を警戒しつつ、ビッキィの言葉に答えながら歩みを進める。まさか、階段の途中でボスに当たる存在が出てくる事はないだろう…なんて考えてはいけない。そういう勝手な思い込みが命取り。

 

「…大広間?」

(と、思ってたら本当に何もなかった…まぁ、戦い辛い場所で仕掛けられるよりはいいか……)

 

 一歩分先に行くビッキィが階段を抜け、私もすぐに上層階へ辿り着く。そこは下層階以上に広い、女神の姿で飛び回るのも余裕な位の大広間で…奥には、扉が見える。

 

「方向的には、あの扉の先が渡り廊下だろう。外見からされる広さと実際の広さが明らかに違う事を思えば、確実な事は言えないけどね」

「…行ってみれば分かる、よね?」

「その通りだな。けど、ゲームだったら……」

 

 大広間には何もいないし、何も起きない。そして見ていても変化したりもしない訳で…私はビッキィと頷き合ってから、扉の方へ歩き始める。そして、階段から扉までを結んだ距離の、四分の一程進んだところで…扉の前の空間が、歪む。

 

「……!皆、戦闘準備…!」

 

 それが何かは分からない。けれど事前知識のおかげで、多分この塔のボスが現れるんだろう、とすぐに考える事が出来た。

 私はナイフを取り出す。まだ女神の姿にはならない。相手の姿も分かっていない状態なら、こっちの手札も不用意に見せない方がいい。

 

「…人型に、変わっていく…?…いや違う、ただの人型じゃなくて…おわッ!」

「っと…向こうは早速やる気みたいだ、な…ッ!」

 

 歪みは次第に人の姿に変わっていく。ただビッキィの言った通り、単なる人の姿じゃない。人の姿、その背後には翼の様な物も見えて…次の瞬間、闇色の電撃が駆け抜けた。

 それが襲ったのは、私の真横。ビッキィのいる位置。常人なら気付いた時には貫かれている、そんな速度の先制攻撃が放たれて…けれど常人じゃないビッキィは、間一髪跳んで回避。そこからビッキィは宙返りからの着地をし、反撃としてカイトさんが大剣を振る。その大剣から、床を這うように火炎が走る。

 

「愛月君、君は下がって!」

「う、うん!けど、僕も…僕達も戦うよ!バックス、レックス!」

 

 迫る炎を右腕に持った、棒状の武器…らしきもので歪みは捌く。それを視認しながら私は床を蹴り、接近を掛けつつ愛月君に下がるよう言う。何か色々おかしいグレイブ君はまだしも、愛月君は攻撃を受けたらきっと一溜まりもない。

 そうして接近した私は、スピードを落とさずすれ違う形でナイフを振るう。その時にはもう、歪みは翼を持った人型へと…影の様な(凍月さんじゃないですよ?)存在へと変わっていて、影には難なく躱される。影は真上へ跳ぶ形で避け…そこに飛んできたのは、火炎の球。一瞬カイトさんの追撃かと思ったけど…違う。ちらりと飛んできた方を見れば、そこには脚を振り抜いた格好の、二足歩行の兎っぽいポケモンがいて…更にその後方、愛月君を守るような位置には、斧の様な牙を持つ、怪獣みたいなポケモンもいた。

 

「さっきの電撃、まずはそのお返しをさせてもらう…!」

「意趣返しか。では、私も共演させてもらおう」

 

 火炎球を武器で受け止め防御した影を左右から襲うのは、ビッキィの雷遁と、ズェピアさんの…多分魔術の電撃。挟撃で激しいスパークが上がる中、今度こそカイトさんが二発目の炎を打ち込み…それが届く寸前、衝撃波が影から放たれた。全方位への衝撃波は電撃を蹴散らし、炎を裂き、私にも上から襲い掛かってくる。

 

「大丈夫ですか?ピーシェ様」

「見ての通り大丈夫。…残念ながら、向こうもみたいですが」

 

 バク転の連続で私は避けつつ後退。何度目かのバク転を掛けたところで強く跳んで、着地と同時に立て直す。

 こっちはまだ、誰もダメージを負っていない。けどそれは向こうも同じ。同じ無傷と言っても、ここまでは小手調べだとしても、五対一でお互い無傷というのは、そこにある意味が全く違う。

 

(予想はしていたけど、やっぱり強い…。それに、あの姿…何となく、見覚えがあるような……)

 

 相手は影の様な存在。シルエットみたいな姿だから、はっきりした事は分からなくて…でも、どこかで見たような気もする。ただでも、それが何か、どこで見たのかじっくり考える時間はない。

 

「まだまだ来るよ、気を付け給え!」

 

 電撃と衝撃波を織り交ぜた、空中からの乱射攻撃。私は走り回る事で、走りつつ細かいステップも繰り返す事でそれを躱していく。前後に、左右に避け、時には飛び込み前転も交えて躱し、立ち上がると共に拳銃を抜いて一発放つ。…けど、結果は無意味。武器で軽く弾かれて、それで終わり。

 

「力押しは…今はまだ、厳しいか…ッ!」

「…ビッキィ、懐に飛び込める?」

「やってみます…!」

 

 次々放たれる電撃と衝撃波に、カイトさんが炎で対抗。噴出する炎は衝撃波を割り、電撃を飲み込み進む…けど、影にまでは届かない。どうしてもその前に押し返される。

 遠距離攻撃が強いのは分かった。なら、近距離はどうか。そう思った私はビッキィに言い…聞いたビッキィは、答えると同時に突っ込んでいった。…私としては、出来そうだったら援護の話をと思っていたんだけど…その前に行ってしまった。…いや頼もしいけど、その気概は頼もしいけども…!

 

「はぁぁぁぁ……ッ!」

「わっ、すっごい…よーし、バックスも続いて!」

 

 ただ走り回るだけでなく、上方への跳躍も行って立体的に接近を掛けるビッキィ。不規則に跳ね回る事で、着実に影へ近付いていく。

 そのビッキィに、愛月君のバックスが追随。見た目通り、バックスは跳躍能力が高くて、宙にいるところを狙われた時も、炎を纏った蹴りで電撃や衝撃波を蹴り砕いていく。

 そうして近距離にまで踏み込んだビッキィは、床を踏み切りアッパーカット。下から迫る拳に対し、影は武器を突き出し…直後、大きく跳んだバックスが上から跳び蹴り。追随からの追撃は影に迫り……

 

「ぐっ……!」

「ニィィ……!」

 

 蹴りが当たる寸前、振り上げられた武器でバックスは迎撃された。影は一瞬前にビッキィとの押し合いを制して、叩き落として、即座にバックスにも対応してみせた。

 

「そらよッ!大丈夫か?ビッキィ、バックス」

「感謝します、カイトさん。…ピーシェ様、どうも接近戦も一筋縄ではいかないようです。それと…」

「それと?」

「多分あの武器、刃物じゃありません。殴った感じとしては、打撃武器…棍とか杖とかかと思います」

「それは…あって困る情報でもない、か……」

 

 炎の壁でカイトさんがビッキィ達を守り、ビッキィ達は即後退。戻ってきたビッキィからの報告を受けて、私は少し考える。

 遠距離は、威力範囲共に強力。近距離も、数の不利をまるで感じさせないレベル。今のところ、搦手みたいな動きはしてきていないけど…まだ今の段階じゃ、そういう戦法がないとも言い切れない。

 

「隙のない敵だね。そしてこの大部屋に遮蔽物らしき物はなく、相手から感情らしい感情も感じられない以上、どうしたって正面切っての戦闘にならざるをえないだろう。…さて、どうしようか」

「えっと…あ。ピーシェは女神の姿にならないの?」

「それは俺も思ったな。何か、出来ない理由があるのか?」

「そういう訳ではないんです。使わずに済むならその方が良いし、使うにしても、何も分からないからこそ使うタイミングは考えるべきだと思ったからで……けれどもう十分です。出し惜しみするような相手じゃない事は、よく分かりましたから」

 

 一度攻撃を止め、回避に専念しつつ、言葉を交わす。愛月君とカイトさんから当然の質問を受けて、私はその理由を返す。返して、意識も切り替える。

 不甲斐ない話だけど、相手を見極め、戦術を組み立てる事と、私の女神化は相性が悪い。それはもう、致命的に合わない。それもあって、出来るだけ見極めるつもりだったけど…そうも言っていられないという事は、十分に分かった。加えてここには頭脳労働が得意そうなズェピアさんもいる。ならここからは見る事考える事より、積極的に仕掛ける事の方が…女神としての力を全力で振るう方が勝利に繋がると私は判断し…女神の姿に。

 

「はいはーい!ぴぃにいい考えがある!」

『考え?』

「まずね、ぴぃがつっこむ!その後ぴぃがばーんってやって、どーんってやって、最後はすこーん!」

「具体性が何もないよ!?ま、全く何も伝わってこないよ!?」

「というか最後、当たりが軽くなかったか…?」

 

 ぐるんぐるーん、と腕をまわしながらぴぃはてーあん。でも、あんまりみんなはさんせーって感じじゃない。むー、いいアイデアだと思ったのにー……。

 

「はは…だが愛月君、ピーシェ君が積極的に仕掛けていくというスタンス自体は良いのではないかな?ビッキィの機動力も中々のものだが、やはり最も動き回れるのはピーシェ君だろう。そしてピーシェ君の動きが撹乱になれば、我々も動き易くなるから…ね!」

 

 しゅばっ!…と出てきたまっくろな…なんだろ?かげ?…でデンゲキをガードするずぇぴあ。そうそうそーゆーこと!…なのかどうかさわからないけど、とにかくわかってくれたみたいだからぴぃはアタック!

 

「とりゃー!」

「確かに、速いな…!」

「でしょう?これがピーシェ様の、イエローハート様の本気ですからッ!」

 

 ジャマなこーげきはよけて、無理そうなのはぱんちときっくで跳ね返して、ぴぃはどんどんとつげき。えいやっ、ってしょーげきはを突破して、そのまま爪でカゲにぴぃぱんち。でも、残念。とちゅうまではぐぐぐーって力くらべが出来たけど、あとちょっとで逸らされちゃった。

 

「でも、これだけじゃないんだよねー!」

 

 ななめヨコに逸らされちゃったぴぃだけど、そこからぴぃはくるっと身体を回して、かかとでキック。それも武器でガードされちゃったけど…やたっ!ちょっとカゲがぐらっとした!

 

『今だッ!』

 

 バランスが崩れたカゲに、たくさんの炎がぶつかる。これはかいとばっくすの炎かな?と思ったけど、ばっくすじゃなくて、びっきぃの火遁とかいとの炎。二人の炎はおっきぃ爆発を起こして……

 

「わ……ッ!?」

「あいつき、あぶな…おぉ…!」

 

 ふきとぶ爆発。その中からすごいスピードで出てきたカゲ。そのカゲが向かう先にいるのはあいつきで…だめ、間に合わない!……と、思ったけど…ぶつかる直前に、れっくすが飛んでくるカゲからあいつきを守る。カゲの武器とれっくすの牙がぶつかり合って、れっくすははじかれて…でも一度受けとめてくれたおかげで、ぴぃが間に合う。ぴぃが後ろからきっくして、次のこーげきを止める。

 

「トレーナーを直接攻撃とは、どこぞの漫画版の様な事をする…!」

「ありがと、レックス!いけそうなら、反撃のドラゴンテール!」

「あ、響きがなんか某スパーク系の一種っぽい…せぇいッ!」

 

 ぴぃのきっくを避けたカゲの方に、黒い…ヤリ?…みたいなものが、何本も飛んでいく。それを全部よけたカゲは、とっしんしてきたれっくすのしっぽこーげきもぼーぎょした…けど、今度はぴゅーんと飛んでいく。後で知ったけど、今の…ドラゴンテール?…はすごいパワーがあったんじゃなくて、当たったら相手がおもかったりおっきかったりしても「吹き飛ばせる」技なんだって。

 そうして飛んでいったカゲを、びっきぃはダッシュで追いかける。そのまま追いついて、下に入って、くるっとさまーそるときっく。ぴぃたちの連続こーげきの最後、びっきぃのきっくはばっちり当たって…でもまだカゲはやられない。

 

「飛ばせるかよ…ッ!ピーシェ!」

「まかせてッ!」

「バックスも行って!」

 

 床におちて、だけどすぐ立ったカゲが飛ぼうとしたところで、かいとの炎が上に広がる。その後すぐにかいとは走ってきて、ジャンプアタック。ぴぃもてーくーひこーで追いかけて、カイトのヨコからもっかいぴぃぱんち。ばっくすも炎を出しながらとっしんをしてきていて、ぴぃたちは三人でどーじにカゲにこーげきをした。

 やっぱりガードされちゃうぴぃたちだったけど、またカゲはよろける。ここだ、と思ったぴぃはれんぞくぱんちでカゲを押していく。カゲはパワーもスピードもあって、ガードも固いけど…みんなでたたかえば、ぜんぜん怖くなんてないもんねっ!

 

「てりゃりゃりゃりゃりゃりゃーっ!」

「カイト君、君は左を!」

「はい…ッ!」

 

 ぱんちぱんちでぴぃは影を追いつめる。カゲはおっきくうしろに飛ぼうとしたけど、そこでまたかいとの炎、それにずぇぴあの…なんだろう?タツマキ?…が壁を作って、うしろに行けなくなったカゲはいっしゅん止まって…そこへぴぃが、思いっきりぱんち。ばーんって当てて、どーんと飛ばして……

 

「最後は……すこーんッ!」

『それがすこーん!?』

 

 すぐにジャンプして、ふるぱわーで追いかけて、おなかの辺りにもう一回ぱんち。上から下に、ぶんって振り抜いて…床に、すこーんとカゲをぶっつけた。

 

「さくせんどーり!ぶいっ!」

「いや、あの、ピーシェ…?今のはすこーんじゃなくて、ずどーんとか、ばこーんじゃない…?」

「…ほぇ?そう?じゃあ、ずこんばこーん!」

「…なんというか…ネプテューヌとは真逆だよなぁ…」

 

 くるっと振り返って、ぴぃはぴーす。ぴぃのぴーす!ぴぃがぴーす!ぴぃでぴ……あ、なんかどっかでねぷてぬが、「ストップストーップ!駄洒落ネタはパッと出してパッと終わらせないと大怪我になるよ!」…って言った気がする…ねぷてぬがそう言うならもうやーめたっ。

 と、思ってたら、あいつきが「すこーんは違うかも」って教えてくれたから、ずこんばこーんにチェンジ!そしたらかいとが、えっと…くしょう?…をして……

 

「……──ッ!」

「ピーシェ様?どうし──な…ッ!?」

 

 上から飛んできた、たくさんのビーム。まっくらなかんじの色をしたビームが、ぴぃのいたとこをばーんってうって…あ、あぶなかったぁ。なんだかよくわかんないけど、いやなかんじがして、だからよけといてよかったぁ…。

 

「これは、翼…いや、遠隔操作端末か…」

「えんかくそーさたんまつ?ひっさつわざの名前?」

「百聞は一見に如かず、見ての通りさ。どうやら向こうも本気になったようだ…!」

 

 びゅんびゅん飛んでくる、羽みたいな…えと、えんかくそーさたんまつ。ちっちゃいし、速いし、しかもビームをばんばん出してくる。うぅ、こういうの苦手なのにぃ!

 しかも、いつのまにかカゲがいない。どこ?と探したら、羽がどっかいっちゃったカゲはぴぃの上にいて、上から武器を振ってくる。

 

「……っ、これは…!」

「接近戦に、持ち込めない…!」

 

 うしろにジャンプしてよけて、お返しのきっく。よけられたらすぐにぱんち。でも、さっきみたいなれんぞくこーげきはできない。その前に、たんまつが上とかヨコとか色んなとこからうってきてぴぃのこーげきをジャマしてくる。かいとやびっきぃも、カゲにとつげきできない感じ。むむむ、それなら…!

 

「こっちからっ、落としちゃうっ、だけだっ、もんねーッ!」

「だよね…!スター、スピードスター!レックス、守ってあげて!」

 

 いっかいカゲからはなれて、今度はたんまつを追いかける。追いかけて、追いついて、ぱんちときっくでこなごなにする。一個こわしたら次のたんまつを狙って、それもこわしたらまた次にいって、こわして追っかけてまたこわす。

 下ではあいつきがもふもふしてそうなポケモンを出していて、その子は星のかたちの…エネルギー?…を出していて…なんとその星はぜんぶがたんまつにめーちゅー。わっ、すっごい…。

 

「端末に気を取られるのは…と、思ったが……」

「あれどうにかしなきゃ話になりませんからね!ピーシェ様、本体はわたし達で抑えます!」

「ありがとー!」

「わたし達…って事は、俺もか…!」

 

 カゲはびっきぃたちに任せて、もっとぴぃはこわしていく。たんまつはすばしっこいけどかんたんにこわれるし、真っ直ぐは速いけど曲がるのはそんなにだから、一個一個こわすのはそんなにむつかしくない。それにあいつきの方もやっつけてくれるから……

 

「よーし、これで…おしまいっ!」

 

 最後にのこったたんまつを爪できる。これでもうジャマされたりはしないよね!だからあとは、もっかいカゲにずこんばこーんってやっちゃうもんねー!

 

「…って、あれ?」

 

 びっきぃたちと、カゲがたたかってる。それはふつーのことだけど、知らないうちにカゲの羽が元どーりになってて…そういえば、ぴぃがこわしたたんまつと、あの羽ってにてるよーな…えとえと、ってことは…どっちもおんなじかんじで、たんまつが出てきた時に、カゲの羽はどっかいってたから…も、もしかして…あのはね、さいせーするの…!?

 

「がーん、じゃあまたこわさない、と……?」

 

 せっかくこわしたのにー、ってぴぃはしょんぼり。だけど今のでなれたし、今度はもっと早くこわせる!たぶん!……なんて思ってたぴぃだけど…もっかい、「あれ?」って思った。じーっと羽を、あつまってる時の羽を見てたら、どっかで見たことあるよーな、って思って……

 

「……あーーっ!」

『え!?』

「この羽、おんなじ!あのおばさんのと…おんなじ羽っ!」

 

 気づいた、どこで見たか思い出したぴぃは、自分でもびっくりしながら言う。……前にエディンで、大きいとうで、みんなといっしょにたたかった、あのナスのおばさんとおんなじだって。

 

 

 

 

 僕…っていうか、スターと一緒に飛び回る端末を壊し終えたピーシェの、いきなりの大声。それに驚いた僕が見上げると、ピーシェは影みたいな敵を指差していて…あのおばさんとおんなじ羽。その言葉で、僕も気が付いた。確かにあれは、前に皆で戦った、倒した女の人…が、変身した時の羽とほぼ同じ見た目をしている、と。

 

「言われてみれば、確かに…じゃあこの影的ボスは、お前だったのかマジェコンヌぅぅぅぅぅぅッ!!」

「落ち着き給えビッキィ君。ここはバグっているとはいえ仮想空間、彼女本人がいる可能性は極めて低い。仮にあるとすれば、それは彼女本人ではなく、単なる再現データだろう」

「再現、データ…?…データになってさえ、わたしは労働力搾取の過去から逃れられない…?」

「……何の話だ…?」

 

 あれがマジェコンヌさんかもしれないと分かった途端にビッキィは怒り狂って、それをズェピアさんが宥める。カイトさんはそのやり取りを怪訝そうな顔で見ていて…あ、そっか。この中だと、カイトさんだけはいなかったんだもんね。

 

「…って、そんな話してる場合じゃないよ!?」

「っとそうだった…!てか、再生してるって事は……」

 

 大剣と影の武器がぶつかり合って、カイトさんが押し切った…と思ったら、影はカイトさんを受け流しただけ。続けて影はズェピアさんの色んな魔術も回転させた武器で防御すると、翼に付いた羽を飛ばす。飛んだ羽は、新しい遠隔操作端末になって、また僕達を邪魔し始める。

 

「もー!えっと…すたー!もっかいさっきの星をぴゅーんって出すやつやって!」

「ぶーいっ!」

「落ち着け、落ち着けわたし…そうだ、ものは考えよう…ボスがマジェコンヌの再現データなら、尚更ぶっ飛ばせば良いだけの事…!」

 

 飛んでるピーシェのお願いを受けて、イーブイのスターはスピードスターを発射。ピーシェもまた端末を追い掛け始めて、僕もスター達の指示に戻る。

 素早くてパワーもあるエースバーンのバックスにはカイトさん達と一緒に戦ってもらって、バックス以上のパワーとタフさがあるオノノクスのレックスに防御を任せて、バックスやレックスよりレベルは低いけど、遠距離必中範囲攻撃力っていう端末を撃ち落とすにはぴったりな技を持つスターにピーシェの協力をしてもらう。バグで色々おかしくなっちゃってからは、その前は出来ていた手持ちの変更が出来なくなっちゃったけど、今出してるバックス達以外にも、僕には後三匹残ってる。…でも、まだ出さない。っていうか、出せない。何にも考えず六匹全員出したって、僕の指示が間に合わなくなっちゃうから。

 

(これはポケモンバトルじゃないけど、その時その場に合わせた判断をするっていうトレーナーの基本は変わらない…筈…!)

 

 ぱんぱんっと軽く頬を叩いて、部屋の中を広く見る。三匹の事も、皆の事も、影や端末の事も、全部見るようにする。僕が一番後ろにいるんだから、何かあったらすぐに気付けるようにしないと…!

 

「カイト君、ビッキィ君、そのまま攻め給え!どうやら、というか見た目通り、羽を端末として射出している間は飛行能力が落ちるようだからね!」

「飛ばれ、なけりゃ…ッ!」

「こっちも、届く…!」

 

 ズェピアさんのサポートを受けて、カイトさんとビッキィは近接戦を仕掛け続ける。カイトさんは炎を纏った大剣で重い一撃を一発一発、ビッキィはパンチとキックを次から次へと打ち込んで、それぞれパワーとスピードで影を攻める。パワーもスピードもある影は、二人の攻撃を受けても避けて、防御して、反撃してくるけど、そのタイミングでズェピアさんが影っていうか、黒い霧っていうか…とにかくそんな感じの見た目をした刃とか壁とかを割り込ませて、徹底的に邪魔をする。何度か影は飛ぼうともしてくるけど…そこはジャンプ力に自信のあるバックスの出番。飛ぼうとする度バックスには追ってもらって、キックか火炎ボールで動きを止めて、影を押し留める。

 ボスの影は凄く強いけど、ここにいる皆も強い。だから僕達は、負けていない。

 

「今度こそー、おしまいっ!みんな、おまたせーっ!」

「…いや、残念だが終わりではないようだ。また再生が始まっている…!」

 

 またスターと協力して全部の端末を壊したピーシェの、槍が飛んでくるみたいな飛び蹴り。それは影を掠って、影は大きく後ろに下がって…下がる影の翼には、闇色の光が灯る。幾つも光が出てきて、それが弾けると中から新しい羽が現れる。

 三度目の、端末展開。もう三度目だから、ピーシェの対応は早くて、結構なペースで落としてくれる。…でも……

 

「また、再生した…!?」

「これで四度目…まさか、無限再生するんじゃないだろうな…?」

 

 焦りの混じった、ビッキィとカイトさんの声。僕もバックス達皆に頑張ってって声を掛けてるけど…もしかしたら、本当にそうなのかも。どれだけ壊しても再生する、壊される度に元通りになっちゃう羽、そういう能力なんじゃ…って思ってしまう。

 今は出てくる度にピーシェとスターに撃ち落としてもらってるから、戦えている。でもピーシェは端末が出てくる限り、影本体への攻撃は殆ど出来ないし、数が多い内は全部を引き付けられてる訳じゃないから、幾つかはビッキィ達の方に行って、影への攻撃の邪魔をされる。だから負けてないけど、勝ててもいない。

 

「ぶ、ぶいぃ…」

「グアゥ…」

 

 段々元気のなくなるスターの鳴き声。レックスがぽふぽふ撫でて上げると、少し鳴き声に元気が戻った…けど、勿論それでほんとに回復した訳じゃない。まだまだ成長中のスターは、そんなに体力がある方じゃないし…他の皆もそう。戦えば戦う程、疲れていっちゃう。

 だから、このままじゃいけない。皆が疲れ切る前に勝たなくちゃ、この先には進めない。…でも、どうしたら?どうやったら、何度壊しても再生する端末を、何とか出来る?

 

(カイトさんの炎みたいに、威力がある広範囲技で、一気に全部壊し…ても、再生されたらお終いだよね…一気に壊せる位の炎なんて出したら、カイトさんも凄く疲れるだろうし…。なら逆に、壊さないで……いたらまともに影に攻撃出来ないんだから意味ないよ…!うぅ、ほんとにどうすれば……)

 

 色々考えてみるけど、良い案は中々出てこない。考えている間にも戦闘は続いていて、四度目の羽も全部破壊に成功する。だけどやっぱりまた、羽は再生する。再生して、影はそれを射出して、ゼロになっていた遠隔操作端末の攻撃が再開される。何度壊してもその度に再生されて、何回やっても結局は元通りに……

 

「…元、通りに…?増えるんじゃなくて、元通りに……?」

 

……その瞬間、マイナス思考になりそうになっていたその瞬間に、僕の頭の中である事が引っ掛かった。

 まだ、分からない。もしかしたら、って位の事。だけど…可能性は、ゼロじゃない。

 

「え、と…レックス、あの影への攻撃をお願い!ズェピアさん!」

「うん?」

 

 スターを抱っこして、これまで端末のビームから僕達を守ってくれていたレックスに前進の指示を出して、ズェピアさんを呼ぶ。軽やかなステップで下がってきてくれたズェピアさんに、僕は気付いた事を話す。

 

「あの、ズェピアさん!あの影が羽を再生させるタイミングって、いつか分かる?」

「再生させるタイミング?…あぁ、そういう事か…よく気付いてくれたね愛月君。それはきっと、戦況を変える突破口になる」

 

 まだ聞いただけなのに、全部理解した、って感じの顔をするズェピアさん。えぇ…?…とは思うけど、凄い…っていうか頼もしいし、早く理解してくれたなら、次の話に…一番大事な部分へすぐ入れる。

 

「けど、どうしたら良いかな…?壊さないでいる訳にはいかないし、でも壊したら……」

「それは簡単な事だよ。愛月君、私に任せ給え。…ピーシェ君、今回は端末を一つだけ残しておいてもらえるかな?」

「うぇ?いっこだけ?」

 

 ぽふり、と僕の肩に片手を置いたズェピアさんは、ピーシェに呼び掛ける。任せる事に決めた僕は、三匹の指示に戻る。バックスには跳ね回るようなヒットアンドアウェイを、レックスには牙、両腕、それに尻尾をフル活用した連続攻撃を、そして疲れ気味のスターには無理しないよう、少なめのスピードスターをするように言う。

 見れば、影は全然疲れてる様子がない。やっぱり、このまま戦っていたら、その内不利になるのは僕達の方。でも、僕が思った通りなら、ひょっとしたら…!

 

「えいやっ!とりゃ!これで……あ、そーだ!ずぇぴあ、いっこだけのこしたよっ!」

「流石ピーシェ君、仕事が早いね。では…最後に残った端末も、舞台からは捌けてもらおうか」

 

 影の武器による刺突をカイトさんが大剣で受け止めて、その間にビッキィが反撃を仕掛ける中での、ピーシェの声。それを受けたズェピアさんは、最後の一つの方へ走っていって、わざと羽の先端…ビームが出てくる方へ跳ぶ。

 当然そのズェピアさんに向けてビームを撃つ端末。対するズェピアさんは、腕を振るってマントをはためかせる。外側に向けてはためいたマントは、当たったビームを盾の様に逸らして…逆に振るわれたズェピアさんの腕からは、糸みたいな何かが伸びて端末へと絡み付く。絡まれた端末は途端に止まって、動かなくなって…落ちる。

 

「(後は……)──よしッ!分析どーり!」

「…わーお、とは言わないんだね」

 

 分析、なんてレベルの事はしていない。でも、思わず僕は言った。端末が落ちた瞬間から、僕は影の方を見ていて…そこで、僕の予想が正解だったと分かったから。これまでは、毎回再生していた羽が…()()()()()()()()元通りになっていた端末が、今度は再生していなかったから。

 

「皆、今だよ!今なら…一つだけ残ったままだから、端末は再生しない!一気に、決められる!」

「……?あ、ほんとだ!あたらしーの出てこないっ!」

「一つだけ…?それは、どういう…と、思ったけど……」

「今なら一気に決められる…なら、最優先するべき事はそれだな…ッ!」

 

 呼び掛ける僕。今の状態を理解して、一斉攻撃に動く皆。これが、ここまでで一番のチャンス。だから一気に決める。一気に…倒す!

 

 

「喰らえッ!」

「バックス、ブレイズキック!レックス、噛み砕く!」

「ふむ、そういう事か…出番だよ、端末君」

 

 叩き付けるような、防御ごと飲み込むような、カイトさんの炎の一撃。それで影が体勢を崩したところへの、バックスとレックスの同時攻撃。バックスには得意な炎技での、レックスには「影っぽいし、ゴーストタイプ…的なところもあったりして?」と思って、ポケモンだったらゴーストタイプに効果抜群な悪技での攻撃を指示して、その両方が影にヒット。更にそのすぐ後には、ビームが一発影に放たれて…それはなんと、端末の攻撃。どうやったのかは分からないけど、今はズェピアさんが端末を操作しているみたいで…四連撃の全てが、影にダメージを浴びせる。

 でも、これで終わりじゃない。ピーシェとビッキィの…二人の攻撃が、まだ残っている。

 

「びっきぃ、いっくよー!」

「はいッ!マジェコンヌっぽい影…覚悟ォッ!」

 

 大きく崩れた体勢が戻る前に、ピーシェが宙から鋭く飛び蹴り。続けてビッキィが突っ込んで横蹴り。そこからピーシェは飛び回る事で、ビッキィは駆け回る事で次々と一撃与えては離れて、離れてはまた接近からの一撃を与えてという、凄い速度での連続攻撃を浴びせていく。

 攻撃の間隔は、同じじゃない。不規則に攻撃と攻撃の間の時間は変化していて…だけど一度も、二人のタイミングが被って失敗する、なんて事はない。二人は息ぴったりで、だからこそ『隙』が全然なくて…影は立て直さない。直そうとする度に、絶妙なところで次の攻撃がきて、どんどんやられていく。攻撃が重なっていく。

 そうして何度も攻撃した末に、離れたところからビッキィは鎖鎌の鎖側を投げる。当たると思った鎖の先端、重りの部分はギリギリのところで避けられて…でもその先にいたのはピーシェ。それも想定内だって位に、何の動揺もなくピーシェは飛んできた重りを蹴って…蹴られた重りは軌道が変わる。鎖が影に引っ掛かって、そこからぐるぐるとあっという間に巻き付き縛る。そして、最後に…完全な無防備になった影に叩き込まれるのは、二人の同時攻撃。

 

『デュアラ・ブルブレイ…クロー!』

 

前と後ろから、同時に突っ込むピーシェとビッキィ。元から装備しているピーシェは勿論、ビッキィも今は鉤爪を装備していて…すれ違いざまに、二人は振り抜く。二つの鉤爪で、影を…斬り裂く。

 

「ふぅ…やりましたね」

「うん、やったねっ!」

 

 軽く跳んで離れたピーシェとビッキィは、並んで立つ。ビッキィが軽く手を挙げて…そこにピーシェが思いっ切り手を振って、ハイタッチ。ピーシェはにっこにこで…でも「ばしーんっ!」…っていうと凄い音が鳴っていた通り、ビッキィの腕は吹っ飛びそうな位衝撃を受けていた。…だ、大丈夫かなビッキィ……。

 

「これにて一件落着…ではないね。後の事を思えば、これはあくまで中ボス…か」

「ですね。…けど、一つ残す事で再生を阻止する、か…なんかゲームみたいな攻略法だが、ネプギアの説明的には、そういうゲームみたいな要素があってもおかしくな──」

 

 ばたんと倒れた影を見て、ズェピアさんとカイトさんも力を抜く。僕もバックスとレックスを呼び寄せて、スターも一緒に頭を撫でる。ますはスターを撫でて、次はバックスを撫でて、最後は一番背の高い、ちょっと身を屈めたレックスを撫でて……

 

「……──ッ!?待って、皆…何か変だよ!?」

『……!?』

 

 心地良さそうにするレックスの顔。その横からは、影がちょっぴり見えていた…っていうか、視界に入っていて…だから、気付く事が出来た。倒れた影が、元の歪みみたいになって…でも消えるどころか、大きくなり始めている事に。

 

「ふくらんでる…?」

「膨らんでる、というより…これは……」

『まさか…第二形態…?』

 

 すぐに戦闘体勢に戻ったズェピアさんに続いた、ビッキィとカイトさんの言葉。その間も歪みは大きくなっていって、最初みたいにまた形が変わっていって…だけど、今度は違う。今度はさっきみたいな、ただの人型じゃない。

 再び現れる、特徴的な翼。楕円っぽさもある、巨大な身体と、身体とは対照的にゴツゴツしたような…影みたいな外見のせいでよく分からないけど、何か身体とは合っていないような気がする手足。浮かんだ状態だったそれは、ゆっくりと床に降り立って…身体の上の部分が、蠢く。多分、顔なんだと思う部分に目と口の様な、三つの線が入って…ぐにゃりと、歪む。歪んで、作り上げる。優しさも、明るさも、温かさも何もない……ただただぞっとするような、口元が裂けたような…そんな笑みを。




今回のパロディ解説

・「〜〜ぴぃにいい考えがある!」
トランスフォーマーシリーズに登場するキャラの一人、コンボイ(オプティマスプライム)の代名詞的な台詞のパロディ。…まあ、作戦ではなかったですね。こうやって戦いたい、という意思表示位でしょうか。

・「〜〜某スパーク系の一種〜〜」
デュエル・マスターズの呪文の一つ、反撃のサイレント・スパークの事。しかしオノノクスは光文明感も、水文明感もないですね。むしろ五大文明の中でなら、火文明っぽいでしょう。

・「〜〜分析どーり!」、「…わーお〜〜」
ポケモンシリーズに登場するキャラの一人、ネジキの代名詞的な台詞のパロディ。流石に台詞に関してはポケモンの二次創作ともコラボしていても、パロネタという扱いになる…と思います。


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第三十三話 打ち砕きしは重なる力

 一体どんな相手が出てくるのか。ボスというからには、きっと強いんだろうけど、どれ程の強さの相手が現れるのか。そう思っていたわたしにとって、マジェコンヌ…の、再現データらしきものがボスだったのは、後から思えば、納得の存在でもあった。確かにマジェコンヌは、わたしにとってボスの様なもの。打ち倒さなくちゃいけない相手だったんだから。

 けど、同時にわたしは気付くべきでもあった。普通に気付ける筈だった。あの時…前にエディンで倒した時は、人の姿じゃなかったんだから。という事はつまり…ここまでのマジェコンヌらしき影は、あの姿での力を、温存してるって事なんだから。

 

「……っ…この、プレッシャーは…」

 

 一度は倒れた、やられた影。それが復活するようにして現れた、巨体の存在。そこから感じるのは…これまでとは一回りも二回りも違う、プレッシャー。

 

「…こいつ、は……」

「そうか、カイト君は知らなかったね。これは恐らく、嘗て私達がある次元で戦った強大な……」

「…いや、知ってます…俺も前に、ワイトさん達と戦った事がありますから。違う部分も多いですが…あの狂った笑みみたいな顔は、間違いない…!」

「…もしかして、あの時のおばさんじゃないのー?」

 

 あの時はいなかった…イリゼさんがあの時より前に出会った人の一人であるカイトさんへ、ズェピアさんが説明をしようとし…けれどカイトさんは、知っていると返す。その返答に小首を傾げたピーシェ様は、ちらりと巨大化した影を見て、不思議そうな顔をする。

 言われてみれば確かに違う。さっきまでの姿と、特徴的な胴体で「あの時のマジェコンヌ」だとばかり思っていたけど…明らかに、あの時変身したマジェコンヌより手足が太いし、顔も緊張感のなかったあの時とはかけ離れている。…って、事は……

 

「…わたし達の知っている、あの時のマジェコンヌと、カイトさんが戦ったっていう存在が、混ざり合っている…?」

「かもしれないね。だが、思い込みは良くない。絶対そうだ、ではなくそうかもしれない、という程度に留める方が──」

 

 融合か合体か合成かは分からないけど、とにかく別々の存在だったものが、一つになっている。そう言ったわたしに、ズェピアさんが同意をした…次の瞬間だった。それまではカイトさんの言う通りの、狂ったような笑みを見せるだけだった影が、一瞬でズェピアさんに迫り、腕を叩き付けたのは。

 

『ズェピアさんッ!』

「…全員、気を引き締め給え。ここから先、決着がつくまで、一瞬たりとも油断していい時間はなさそうだ…!」

 

 砕ける床と、巻き上がる煙。一瞬の後、その煙の中から跳び上がる形でズェピアさんが現れて、ズェピアさんはマントの端を影へと突き出す。影はそれを、振り下ろしたのとは逆の腕で受け止め防ぐ。

 

「この速さ…スターは一度戻って!バックス、レックス、もう一戦お願い!」

「カイトさん、カイトさんが戦ったっていうやつの特徴は!?」

「今の通り、パワーもスピードも桁違いだ!逆にビッキィ達の知ってるやつは、どんな攻撃をしてくるんだ!?」

「主にナス!」

「……な、ナス…?」

 

 凌がれた次の瞬間には、宙を滑るように影から距離を取るズェピアさん。それと同じタイミングでわたし達は散開し、走る。

 知っている事があるなら、まずは情報共有をしておきたい。そう思ったわたしはカイトさんに訊き、返しの問いには端的に答える。わたしはカイトさんの答えに、確かにそうだと思い、わたしの答えを聞いたカイトさんは……ぽかんとしていた。…うん、まぁ…ごめんなさいカイトさん。今のは普通にわたしが悪かったです。でも実際、その通りなので…ミサイルっぽいナスを撃ってきたり、ナスモンスターをけしかけて来たりしたので…。

…と、思っていたらぽかんとしていたカイトさんを影が強襲。辛うじてカイトさんは大剣の腹で防御をするも、衝撃で大きく飛ばされる。ほ、ほんとに申し訳ない…!

 

「えーいやーっ!…む、む…わわッ!」

「……!ほんとに、スピードもパワーも凄い…!」

 

 追い討ちを影が掛ける前に、ピーシェ様が突進からの拳を打ち込む。振り向いた影も腕を振るい、ピーシェ様の鉤爪と影の鋭利な爪がぶつかり合って…ピーシェ様が、パワーもスピードも持ち味なピーシェ様が押し負ける。続くバックスとレックスの連続攻撃も躱されて、逆に弾き返される。

 ならば、とわたしは床を蹴って影に飛び蹴り。でもやっぱりと言うべきか、影には避けられて…即座にわたしは手裏剣を打った。避けられるだろうと思っていたから、予め手の内に忍ばせておいた手裏剣を、飛び蹴りの体勢のまま回避先へと放ち…当たった。当たったけど…まるで小石か何かの様に、弾かれてしまう。……っ…装甲が、厚い…!

 

「あれ…ねぇビッキィ、今の音…!」

「うん…どうやら、ボディはナスじゃないらしい…!」

 

 後方からの愛月の言葉に、素早く返す。影の様な外見のせいで初めは分からなかったけど、手裏剣が当たった瞬間に鳴ったのは、金属音。少なくとも、前の柔らかいナスボディではない様子。

 スピード、パワー、それにタフさ。走攻守揃った、それぞれが厄介なんてレベルじゃない影。それに、恐らく…この影が能力の殆どを残したまま融合しているのなら……。

 

(……!やっぱり来た…ッ!)

「ミサイル…!?…ぬぁっ、ナスの匂いが……!」

 

 まるでこっちの思考を読んだようなタイミングで、距離を取るわたし達へと放たれる多数の弾。追尾してくるそれをわたし達は躱し、撃ち落とし…けれど弾は爆ぜる度に、かなり強いナスの匂いを放出する。一つ二つならともかく、何発も爆ぜると匂いは相当なもので…わたし達はまだしも、初見のカイトさんはかなり衝撃を受けていた。

 これも影の様な外見のせいで分かり辛かったけど、ナス型ミサイル…いや、ミサイル風ナス…?…と、とにかくあのマジェコンヌの技で間違いない。そしてそうなると…中々倒し切れない要因だった、高い再生能力もあるかもしれない。速いせいでまず攻撃を当てるのも楽じゃないし、当たっても硬い…そこに加えて再生能力まであるんだとしたら、正直ちょっと強過ぎる。

 

「バックス、レックスのサポートに回って!レックスは無理に追わずに相手をよく見て!」

「よく見る…愛月君の言う通りだ諸君!如何に重い攻撃であろうと、当たらなければどうという事はない!回避行動を取ってくるという事は、全てではないにしろ、こちらの攻撃も全く通用しない訳ではない可能性が高い!」

「だから、まずは見切る事から…って訳ですか(それが出来れば苦労はしない、けど…勝つ為に苦労する、そんなの当然の事だ…!)」

 

 初めから楽に勝とうなんて思っていない。大変な目に遭いたくないなら、そもそも仮想空間に残ったりなんてしない。心の中で自分を鼓舞したわたしは、姿勢を低くし距離を詰め直す。別方向からはピーシェ様とズェピアさんも仕掛け、三方向から影へ仕掛ける。

 一番スピードのあるピーシェ様の、突進からの横薙ぎは横に跳ばれて躱される。床を踏み締め、強引に方向転換を掛けてそこへと走り込んだわたしの打撃は腕で防がれ、そのまま腕を振られて弾き返される。そんなわたしと入れ替わるように、防御からの弾き返しで足を止めた影に肉薄したズェピアさんは、至近距離から赤黒い旋風を放ち、旋風は影の巨体を叩く…も、よろけただけで次の瞬間には即反撃。振り上げられた脚に対し、ズェピアさんは回避を選ぶ。

 

「そこだッ!」

「バックス!」

 

 けれどまだ、わたし達の攻撃は続く。カイトさんによって側面から噴き上がるような火炎が襲い、影を包む炎に向けて、バックスが火炎球をボレーシュート。どうだ、これで焼きナスだ!…とでも言ってやりたいところだけど…切り裂かれるようにして振り払われた炎の中から、然程ダメージを負った様子もない影が出現。四散する炎に照らされた目…らしき場所は、爛々とした光を放っていて…次の瞬間、その光が揺れる。揺れたと思ったすぐ後、わたしの眼前にあったのは影の姿。

 

「ぐぅ……ッ!」

「……っ!フェザー、お願いっ!」

 

 咄嗟に、反射的に両腕を交差させた直後、両腕に衝撃が走る。振るわれた腕によってわたしの防御は崩され、追い討ちの打撃を諸に喰らう。痛いどころじゃない刺激が走って、尚且つわたしは跳ね飛ばされ、吹っ飛んだ先で背中から床に落ち……ると思った。けれどその直前、背中に柔らかい何かが触れて、少しだけわたしの吹っ飛ぶ速度は緩和された。僅かに姿勢も回復した。

 そのおかげで、辛うじてわたしは受け身を取る事に成功。受け身を取ったって、床に落ちれば痛い…けど、間違いなくダメージの軽減は出来た。わたしは何かに助けられた。

 

「間に合って良かったぁ…ビッキィ、大丈夫?」

「大丈夫じゃないけど、助かった…ありがとう、えっと…」

「フェザーだよ。モクローってポケモンのフェザー」

「ふろぉーぅ!」

 

 起き上がり、わたしはまず愛月へ、それからわたしの背を押さえてくれた、丸っこい梟の様なポケモンを見る。名前を聞いてから改めて感謝を伝えて、それからすぐに深呼吸。痛みはあるけど、身体は動く。なら、戦闘に支障はない。

 

「ふー…よし!」

「あ、待ってビッキィ!」

「うわっ…とと。…愛月、何?」

 

 力を込め直し、床を蹴って影へ…向かおうとした寸前に呼び止められて、転びかける。…まぁ、転ばなかったからそれは良いけど…戦況は良くない。わたしはまだ手を打ち尽くした訳じゃないし、皆もそうだろうとはいえ、有利不利で言えば今は不利。だからこそ、すぐ戻ろうとした訳で…でもそんな事を思いながら振り向いたわたしの目を、真っ直ぐと見て愛月は言う。

 

「僕、思うんだ。ピーシェは勿論だけど、皆も凄いパワーがある。でも、それじゃ足りないんじゃないか…って」

「…かも、ね。速い、硬い、おまけにまだ分からないけど、再生能力もあるかもしれない訳だし」

「うん。で、そういう時は、弱点を突くのが基本だと思うけど、あれの弱点が何なのか分からないし…だったら攻撃を重ねるしかない、と思うんだけど…どうかな?」

「攻撃を重ねる、か…」

 

 早く戻る必要はあるけど、この話も同じように重要。わたしはそう判断し、考える。考え、答える。

 

「…わたしもそう思う。けど、重ねるのも一筋縄じゃいかないんじゃない?相手は速いし、攻撃も苛烈なんだから」

「だよね。だから、誰かと誰かじゃなくて、皆で協力して…えっと、何で言えば良いかな…最初から最後までを、一つの連携にっていうか……」

「…全員で流れを作る、みたいな?」

「そう、それ!」

 

 単発の連携を何度もするんじゃなく、連携前提で戦闘を展開していく。それが愛月の言いたかった事の様で…理解はした。このまま戦うよりも、見切った先の戦いとしてそうしていく方が、ずっと可能性もあると素直に感じた。だから、わたしは愛月に頷き…今度こそ、床を蹴る。勢いを付け、最前線へ。

 

「ピーシェ様!ズェピアさん!カイトさん!戦いながらちょっと打ち合わせをする余裕は!?」

「打ち合わせ?…成る程、何か思い付いた訳か…!」

「余裕がある、とは言えないが…必要なら、やってみせる…!」

「よくわかんないけど、ぴぃはできるよー!」

「うーん、なんという不安の残る返答か…カイト君、炎の壁で目眩しを!」

 

 声を掛けると同時に、腰の辺りへ向けて回し蹴り。やはり影の身体は硬く、当たったのにまるでダメージを与えられた気がしない。

 とはいえ、今回の攻撃はダメージを与える事なんて二の次で、皆に愛月とのやり取りを伝える事の方が優先。だから碌に入らないと分かった時点でわたしは後ろに跳び、ちゃんと伝わったのかは分からないけどピーシェ様も下がってくれて…そこでズェピアさんの声が上がる。それを受けたカイトさんが、覇気の籠った声と共に大剣を振り抜いて…その大剣から放たれる形で、巨大な炎の壁が形成される。

 

「おー!こんなすっごい炎をすぐ出せるなんて、かいとすごい!」

「範囲を重視したから、見た目程厚くはないけどな」

「あつくないの?じゃあ、ひんやり炎?」

「いやそれは『あつい』違い…って、もう突破しやがった…!」

「いいや、もう十分だよ」

 

 一息吐く間もなく、炎の壁を突破してくる影。さっきも炎に包まれた状態からその炎を四散させた事を思えば、そうあり得ない事でもなくて…けれど影が炎を突っ切ってきた次の瞬間、四足歩行の肉食獣や、猛禽類を連想する複数種類の動物…の様な、黒塗りの存在が影へと襲い掛かる。それが、どういう存在なのかは分からないけど…これがズェピアさんの仕込みである事、これの準備の為に目眩しを頼んだ事、それは考えるまでもなく分かった。

 

「これで少しは時間が稼げる。具体的にはどういう事か教えてくれるかな?」

「えぇ。愛月と話したのですが……」

 

 ゆっくりしている時間はない、とすぐにわたしは三人へ伝える。ピーシェ様も一旦人の姿になってくれたおかげで、話した内容自体はぱぱっと共有する事が出来た。

 むしろ問題は、どう動くか。一つの大きな連携を作るとなれば、一言二言で打ち合わせを終える事なんか出来ない訳で…頭をフル回転させて話し合う中、一体、また一体と、黒塗りの獣がやられていく。

 

「あわわ…これでもいけそうな気がするけど、どうかな…?」

「いや、念の為もう一手欲しいところ。だが、そこまでの時間はないようだね。仕方ない、ここは……」

「…いえ、その一手は決めておいて下さい。自分で言うのもアレですが…一手位なら、本能と直感で何となく合わせられます…!」

 

 仕方ない。そこから言葉を伝えようとしたズェピアさんを遮る形で、ピーシェ様が言う。最後は即興で合わせるから、と言い切り背を向け…再び女神化。ぐっ、と身を屈めて、床を蹴って、翼を広げて影へと突っ込んでいく。

 

「流石だな、ピーシェは。…よし」

「…カイトさん?」

「俺も行く。二人がかりなら、もう少し時間を稼げるだろうし…先に、少しだけ試しておきたいんだ。あの時にはまだ無かった力が…今の俺が、どれだけ通用するのかを…!」

 

 言うが早いか、カイトさんもまた影へと走っていく。どういう人で、どういう時どんな行動をするのか色々と知っているピーシェ様と違って、カイトさんの即断即決はわたしにとって「え?」案件で…けれどもう、行ってしまったのなら仕方ない。

 

「ふっ、ほっ、とりゃぁッ!」

「──そこだッ!」

 

 ピーシェ様の数度の打撃を影は防御し、突き上げる最後の一撃は後ろへ跳ぶ事で開始。そこへ踏み込んだのがカイトさんで、影の間合いに入った瞬間、影は鋭く腕を突き出してきた。予兆もなく、予想なんて殆どしようのない、いきなり腕が現れたような一撃がカイトさんに迫り……けれどそれを、カイトさんは躱す。

 それも、ただ躱した訳じゃない。ギリギリで、紙一重で…最小限も最小限、一切の無駄のない軌道で動いてすぐ側を貫く腕を躱していた。更にその直後、カイトさんは身体を捻るように回し、回転の最中で大剣から炎を噴かし、その炎で加速をかけて…回転斬りを、影の巨体へと叩き込んだ。影は一瞬蹌踉めき、すぐに立て直し、次の打撃で防御体勢を取ったカイトさんを弾き飛ばす……けど、確かに今、初めて今、巨体となった影に有効打が入った。…完全に、見切っていた。それも、恐らくは予想の部分なんてない…どこにどう攻撃が来るのかを、完璧に読み切った回避とそこからの反撃で…でなければ、あんな動きは出来ない。紙一重の回避…そこにはそれだけのものがある。

 

「…凄いな……」

「うん、凄い…二人が時間を稼いでくれてるんだもん、僕達もしっかり決めないと…!」

 

 初めて入った有効打。その意味の大きさを思いながら、わたしは二人と最後の詰めを話し合う。気付けば黒塗りの獣はもういなくて、ピーシェ様とカイトさんが持ち堪えてくれている中で、だからこそ安易に切り上げる事なく最後まで決め…そして、頷き合う。

 

「あぐ……ッ!」

「おっと。…立てるかい?」

「大丈夫、です。それより、話は……」

「ばっちりですよ。ピーシェ様と、カイトさんのおかげで…ね」

 

 飛ばされてきたカイトさんをズェピアさんが風の魔術で受け止め、膝を突いたカイトさんは気合いを入れ直すように立ち上がる。

 そんなカイトさんに向け、わたしは手の甲を見せる形でサムズアップ。ばっちりだ、と口角を上げる。

 

「さて、諸君。ここからはそれぞれの動くタイミングも重要になる。上手くいけばいく程、狂った時の立て直しは難しくなるだろう。だが、そう気負う事もない。リアルタイムでの脚本更新も、私が──」

「よーっし!みんな、がんばろー!」

「あぁ、ズェピアさんが何となく悲しそうな顔を……」

「はは…まあ、ともかく…逆襲開始だ…!」

 

 気遣う愛月の言葉に苦笑した後、わたし達は全員で影に向き直る。何を考えているのか、影も一度攻撃を止め、その歪んだ笑みのような顔でこちらを見ていて…気に食わない。マジェコンヌ関係なしに、あの顔は腹立たしい。

 でも、考えようによっては、むしろ好都合かもしれない。腹立たしい位の方がいいかもしれない。何せ…これからもう一度、影を叩きのめすんだから。

 

 

 

 

 ミスティック・ドライブがこの影に対しても通用するかどうか。それを確かめる為に、俺は一足先に戦闘に戻った。連携する上で、ミスティック・ドライブを武器に出来るかどうかを確かめておきたかった事が理由の半分で…もう半分は、純粋な興味。純粋に、試してみたいという思い。

 そして、ミスティック・ドライブは…今の俺の力は通用した。俺一人で勝てる気はしないが、十分武器になると把握出来た。

 怖いとは、思わない。前は七人でギリギリ倒せた相手が、別の強敵と融合していて、しかも今は五人で戦わなきゃいけない…そんな状況でも、恐れはなかった。それは完全再現された訳じゃないからかもしれないし、俺があの時とは違うからかもしれない。ただ一つ、言えるのは……何であろうと俺は、皆と力を合わせ、全力を尽くすのみだって事。あの時も今も…それは、変わらない。

 

「さあ、次だ。ビッキィ君、風を踏んで走れるかな?」

「ふっ…えぇ、造作もありません」

 

 返答すると共に、ビッキィは影へと突撃を掛ける。そのビッキィに向けて、ミサイルの様なナス?…が次々と放たれ…次の瞬間、ビッキィの後方から吹き抜ける突風が、迫るナスを全て逸らし、或いは撃ち落とす。ただ当然、それだけの風が吹けば、ビッキィ自身も影響を受ける訳で……けどビッキィは体勢を崩す事なく、一気に影へ距離を詰める。自身の周りを吹く、竜巻の様な魔術を追い風にして、肉薄と共に右の拳を叩き込む。

 

「はんげきはッ!」

「させないよッ!」

 

 深く食い込むビッキィの拳。ここまでの戦闘で影が全身硬い訳じゃなく、柔らかい部位もあるという事は分かっていて…ビッキィが拳を叩き込んだのは、そんな部位。

 今のはダメージが入ったように見える…が、間髪入れずに影は腕を振るってくる。勢いのままに殴ったからこそ、ビッキィはすぐには下がれず…だが右の腕は、急降下で割って入ったピーシェが阻む。ならばと続けて振るわれた左腕も、唸りと共に飛び込んだレックスが受け止める。一撃浴びた直後の、その場での攻撃なら、一人や一匹でも防ぐ事は可能だって事で…次は、俺の番。

 

「燃えろ…ッ!」

 

 真正面から俺が突っ込み、ビッキィ達は入れ替わる形で離脱。俺が振るった大剣は腕で受け止められるが、そこからの反撃が来るより先に、俺は大剣を燃え上がらせる。斬撃で圧力を掛けながら、同時に炎を燃え移らせる。

 その炎ごと振り払うような、影の振り抜き。一瞬、耐えられるかもしれないとも思ったが、すぐに俺は力を抜き、そのまま吹っ飛ばされる。かもしれない、であって確証はなかったし…何より連携の終点は、まだここじゃない。

 

「レックス、バックスに向けてドラゴンテール!バックス、ブレイズキック!」

「ぴぃも、どーんッ!」

「おまけだ、これも受け取れ…ッ!」

 

 相手の力で後退する俺と更に入れ替わる形で、バックスが頭から飛び込む。レックスの吹っ飛ばす技を推進力にしたバックスの、ブレイズキック膝蹴りバージョンが影の顔面を強かに打ち、爆ぜるように炎が上がる。

 直後にバックスは頭を踏むように蹴って背後へ跳び、燃える顔面に向けてピーシェが鉤爪を突き立てる。ビッキィの放った手裏剣が、影の目に刺さる。顔への三連攻撃は流石に影も耐え切れなかったらしく、大きくその姿勢を崩し…そこへ向けて、炎弾を撃ち込む。このチャンスを逃さない為に、全員で集中砲火を影へ浴びせる。

 

「更に畳み掛ける…!カイト君、ビッキィ君、炎を!」

『はいッ!』

 

 影を捕えるような竜巻へ向けて、俺は振り上げた大剣から火炎放射を、ビッキィは火遁による火球を放つ。触れた炎は風に乗り、火災旋風の様な炎の渦を作り上げる。あれの内側がどうなっているかは…あまり想像したくない。

 

「…炎の渦、ってそんなに威力が高いイメージはないんだけど…こうやってみると、やっぱり凄いね……」

「これで黒焦げになってくれればありがたいんですが…」

「流石にこれで終わり、とはならないだろうね。しかし出来る限りこれで削るとしよう。そう簡単に破らせはしな──」

 

 そう簡単にはいかないだろう、とビッキィに返しつつも、ズェピアさんは竜巻の勢いを上げる。感じる風は強くなり、轟音が響き……

 

「…■…■■…■■■■■■ーーッ!!」

『……っ!?』

 

 それを掻き消すような、飲み込むような、形容し難い雄叫び。それが炎の渦の中から聞こえ…次の瞬間、竜巻が切り裂かれる。それも『斬る』ではなく『砕く』ように、力強く、荒々しく。

 

「…やぶらせたりはしない?」

「……すまない…だらしない吸血鬼で本当にすまない…」

「そんな事言ってる場合じゃないですよ二人共…!」

 

 ギロリ、と俺達を睨め付ける、影の目。直後、影はナスミサイルを乱射しながら突っ込んでくる。無茶苦茶な撃ち方で、爆風が自分にも来るような放ち方で…だがそんな事はお構いなしに、殴ってくる。

 突進とミサイルを、散開して躱す。着地と同時に炎を放つ。まずは素早く放射して、続けて構え直しながら接近を……

 

「■■■■ーーッ!」

(く……ッ!更に、速く…ッ!)

 

──しようとしたらその時には、影は俺に向けて突っ込んできていた。咄嗟に振るった大剣と影の横薙ぎは激突し、だが勢いの乗っていなかった俺は軽く弾かれ、背中から床に倒れる。転倒した俺のすぐ側、倒れていなければ腰の辺りだったのだろう場所をミサイルが駆け抜け、そのまま壁に当たって爆発する。

 不幸中の幸い…ってだけじゃない。更に速く、更に重くなった影の攻撃だが……今の攻撃からは、まるで知性を感じない。

 

「おわっ!バックス!ピーシェ!」

「あぅ!…あ、でもふわふわ…」

「これは、不味いな…こうなるとむしろ、読み辛い……!」

 

 俺へ追い討ちを掛ける事なく、別方向から肉薄をかけたバックスを影が跳ね飛ばす。飛ばされたバックスはピーシェに当たり、ピーシェは尻餅を吐く形で落下。割り込んだズェピアさんの足元に暗闇が広がり、そこから鋭利な杭が幾つも伸びる…が、影はそれを悉く砕く。最後の一本は蹴り上げで折られ、そのままズェピアさんも蹴り飛ばされる。

 やたらめったらに、次から次へと攻撃してくる影。さっきまでは、見えていた…直感的に読む事が出来ていた動きが、今は分からない。読み切れない。けど、それでも…!

 

「これまでとは違う動きをしてきた…それは、そうする必要があるから…そうしたくなったからだ…ッ!」

 

 大剣の斬っ先を後ろに向け、走る。全速力になった瞬間に点火し、噴き出す炎を速度に変えて影へと突っ込む。間合いに入る前に影は振り向くが、俺の動きに気付かれるが、そのまま俺は突っ込み斬り上げる。

 炎の勢いを乗せた斬撃と、手を開き、爪をこちらに付けて振るう影の腕が激突。読み切れないが、全く何も分からない訳じゃない。だから分かる範囲の事を、感じられた範囲のものを信じ、振り抜き…今度は互いに弾かれる。すぐに俺は次の攻撃に移ろうとし、だが影の方が早く、逆の腕で先手を取られる。それを何とか躱し…切れず背中を浅く裂かれるが、走る痛みは無視して身体を捻り、二撃目を撃ち込む。三撃、四撃と続け…自分の中で、何かを感じる。

 

(…なんだ?速いけど、ただ速いだけじゃない…ただ速度が上がったのとは、違う何かが……)

 

 一発毎に感じる、何かが違うという感覚。出来る事なら突き止めたい。突き止めたいが、五撃目で俺は完全に押し負け、思い切り仰け反る形になり…なのに、影は無防備な俺へ拳や蹴りを打ち込んでこない。その前に振り向き、斜め上から飛び蹴りを仕掛けてきたピーシェの攻撃を阻む。影は腕を振って弾き、弾かれたピーシェはそれを利用し軽やかにムーンサルトし、着地と同時に床を蹴って…頭突き。ぶつかったのは硬い部分なのか、鈍い音がそこから響く。

 

「いったーいっ!むー、ぴぃおこったもんねー!」

「いやそれは……(うん…?)」

 

 子供っぽい悲鳴を上げ、頭を押さえたピーシェは、そこから怒りを露わに反撃…じゃ、ないな…今のは自分の頭突きのダメージだし…もとい、連撃開始。背後に回り込み、振り向きざまに鉤爪を振るい、連続攻撃を叩き込む。対する影も防御と破壊力ある腕の振り抜きで迎え撃ち、ピーシェであっても少しずつパワー負け始め……そんな中で、レックスが背後から飛び掛かった。

 それは、完全な不意打ち。だがそれに反応し、振り返り、逆にレックスの両腕を掴む影。それに俺は驚いた。その反応速度もそうだが…それは、普通ならあり得ない選択だったから。確かにレックスの不意打ちを潰していたが…同時にピーシェへ丸腰の背中を向けていた訳だから。そして当然、ピーシェの床を踏み締めた一撃が影の背中を打ち……俺は気付く。感じていた『何か』、その意味を理解する。

 

「そうか…そういう事か…ッ!」

 

 後ろへ大きく跳びながら、俺は大剣から左手を離し、力を込める。掌を影に向け、一発炎の弾を放つ。ピーシェの一撃で姿勢が崩れていた影は、レックスの拘束を解き、当然の様に腕の振りで炎弾を叩き落とし…唸りを上げたレックスの牙が、影の胸元を正面から裂く。

 

「やっぱりな…こいつは物理的に速くなったんじゃねぇ、反応速度が…対応が早くなっただけだッ!」

「対応?…確かに言われてみればそうだね。それに先程から、防御はしても回避は一切しなくなった…頭にでも血が昇ったか」

「だとすればまだ、付け入る隙はある…いいやむしろ、可能性はこれまでよりも開けている…ッ!」

 

 漸く分かった。直感か、本能か…とにかくそういう、思考より速い能力で影は反応しているから、即座にこっちの攻撃に気付いて動くから、速くなったように見えただけだと。そしてズェピアさんの言う通り、頭に血が昇るかなにかして、本能のままに戦っているからこそ、本当に反応速度は凄まじいが…状況や状態を考えた動きは、逆になくなっている。

 ならばそれを突くまでと、ビッキィが突進。走りながら、俺に視線を送ってきて…意図を感じ取った俺も走る。まずはビッキィが回し蹴りを放ち、続けて俺が大剣を突き出す。

 

「そこだぁッ!」

 

 回し蹴りは、防がれ、刺突は大剣自体を殴られ俺は真横に投げ出される。だがビッキィの本命はこの次で、近距離からの水遁が直撃。水流を浴びせつつビッキィは噴出の勢いで下がり、次の攻撃の…ズェピアさんによる電撃の為に道を差し出す。濡れているにも関わらず、影は防御を選択し…結果電撃が影の全身を迸る。

 最初は全員影が速くなったと思って、恐らく無意識に慎重になっていたからこそ、攻撃の手が甘くなり、影に自由に動かれた。連続攻撃が停滞してしまっていた。けど、そうじゃないってなら、もっと仕掛けられる。幾らタネが割れたって、一人じゃ反応速度という力を超えられはしないが……連携の力なら、超えられる。

 

「手数が必要なら…フェザー、葉っぱカッター!ドッペル、シャドーボール!」

「ピーシェ様!」

「いっくよー!」

 

 待機していたフェザーと、新たに出てきたドッペルによる、遠隔同時攻撃。鋭利な無数の葉っぱと、闇を凝縮したような球体が影へと迫り、影はそれをナスミサイルで迎え撃つ。

 その間に、ビッキィは突っ走り、ピーシェは駆け抜ける。接近する二人に視線が移った瞬間、俺は一発炎弾を放ち、僅かに注意をこちらに向けて…注意の逸れた一瞬で、二人は肉薄からの打撃を打ち込む。まだ両腕がフリーだった影は、それぞれの打撃を掌で受け止め…その瞬間にバックスが蹴り込む。続けてレックスがタックルを浴びせ、三撃目は炎弾の後すぐに駆け出していた俺の横薙ぎ。三連攻撃の全てを影に叩き込み…俺は言い放つ。

 

「次だッ!ここは俺に、任せろッ!」

 

 直後に影から離れる全員。唯一離れず、そのまま全力で大剣を食い込ませていく俺。全員離れた事で、仕掛けているのが俺一人になった事で、影の狙いも俺に定まり、上から叩き付けるようにして拳を振るわれる。

 拳を、迫る攻撃を、俺は見る。一番安全なのは即避ける事、速く対応する事なのは分かってる。分かってる上で俺は見て、見据えて……見切る…ッ!

 

(もっと、もっとだ…引き出せ、俺の力を…俺の中にある、力の全てを…ッ!)

 

 意識を、神経を、心を研ぎ澄ます。イメージの中の自分の力、全力の底へと手を伸ばして、そこを掴んで、引っ張り上げる。底という蓋を引っ剥がして、更にその奥へも手を届かせる。

 そうして見えた、感じ取ったものに従い、俺は大剣から手を離して左斜め前へと身体を倒す。再び紙一重で避け、足を大きく踏み出し、倒れる直前から一気に身体を跳ね起こす。右手に炎を燃え上がらせ、その勢いのまま影の脇腹へと捻りを加えて叩き込む。振り払う為の腕の横薙ぎはバックステップで躱し、足払いは跳躍して避け…真下を刈る蹴りを、足裏で蹴る。蹴ってまた、懐へ飛び込む。

 

「くッ…らい、やがれッ!」

 

 高速で動く足場を踏んで跳ぶ。そんな事をすればバランスが崩れるのは当然の事で、危うく俺は自分の顔を自分の大剣で斬りかけた。俺が女神だったら、こんな事なくばっちり飛べていたんだろうが…俺は女神じゃないんだから、仕方ない。出来ない事より、出来る事をする。俺は俺の、戦いをするのみ。

 刃に頭を打ち付ける寸前で、右手で柄を掴む。右腕だけで倒れそうになる勢いを耐えて、力を込めて…食い込んだままの刀身に炎を灯す。一気に火力を上げ、影を身体の内側から焼く。

 

「すごいね、かいと!それじゃあ次は、ぴぃだよッ!」

「あい、よ…ッ!」

 

 さっきの渦でも倒せなかったんだから、外と中の違いはあっても、俺一人の火力で倒すのは厳しい。それは分かっていたし…俺一人で倒す必要もなければ、そんなつもりもない。

 炎を出したまま大剣を引き抜き、後転からの跳躍で離れる。まだ身体の各部から火の噴き出す、黒煙の上がる影の真正面に降り立ち、右の拳をボディに打ち込む。そこからピーシェは影との殴り合いに入り…改めて気付く。ピーシェの身体能力…超至近距離での打撃戦においての、飛び抜けた強さに。

 

(こっちも動きにまるで淀みがねぇ…イリゼやセイツとは違うタイプだが…ピーシェだって、凄い……!)

 

 破壊力とリーチは影の方が上。小回りと近接攻撃の多彩さはピーシェの方が上。そして反応速度は…ほぼ同じ、かもしれない。

 だがそのピーシェも、さっきまでは押し負けていた。今も互角って訳じゃないが、さっきまでよりやり合えている。それは何故か。それはピーシェが戦いの中で強くなったからか、或いは……

 

「…漸く、向こうの底が見え始めたか…もう一踏ん張りだ諸君!この舞台のクライマックスを、鮮やかに飾ろうではないか!」

「再生能力…はほんと分からないな、とことん見え辛い身体をして…!」

「そういう時の対処を、グレイブ風に言うなら…『回復される?だったら回復出来ねぇ位のダメージを与えれば良いだけだ!』…って感じかな…!」

 

 ズェピアさんからの、勝負を決めようという号令。続くビッキィの言葉通り、至近距離でも再生能力があるかどうかは分からない。腕辺りを吹っ飛ばしでもしないと、判別は付かないのかもしれない。…が、更に愛月の言う通り…押し切ってしまえばいいだけの事。

 丁度愛月が言い切ったタイミングで、突き出されたピーシェの鉤爪と、影の拳がぶつかり合う。一瞬のせめぎ合いを経て、両者共に弾かれ…ビッキィが、走る。

 

「まずはわたしが、切り込……」

「あっ、びっきぃおして!」

「へ?…えぇい!」

 

 突っ込もうとしたビッキィへいきなり掛けられる、ピーシェからのお願い。押して、という意図のよく分からない頼みに対し、ビッキィは困惑の声を出した後、すれ違いざまにピーシェを押す。勢いに乗った状態での押し出しは、半ば掌底の様になっていて…その分押し出されたピーシェは速かった。即座にビッキィを抜き去って、影に迫って…突き出される殴打の一撃を、超低空飛行で躱す。高度を下げ、腕の下を潜り抜け、今一度ボディーブローを胴体に叩き込む。

 

「よーい、しょーっ!」

「今度は、こっちだッ!」

「カイト君!」

「分かってます!」

 

 一発打って、すぐさまピーシェは蹴りで横薙ぎ。影に掴まれ、投げられ、ナスミサイルの斉射を掛けられるも、さっきのお返しとばかりにフェザーの葉っぱカッターが全て迎撃。された時を同じくして、ビッキィが近接攻撃を仕掛け、防がれ、反撃を何とか躱し…俺の炎とズェピアさんの魔術、別方向からの二段陽動で影を二度振り向かせ…生まれた隙を、ビッキィが突く。影の膝を踏み台に跳び上がり、顔面に拳と、続けざまに火遁を浴びせかける。

 

「君の番だよ、レックス!怒りをぶつけろ…逆鱗ッ!」

 

 反撃されるより前に退いたビッキィと入れ替わるように、レックスが影の前に立つ。そこまでは力強く走ってきていたレックスが、陰の目の前で一瞬止まり…次の瞬間、オーラを纏うようにレックスの身体がオレンジに輝く。その光が全身を包むと共に、レックスは咆哮を上げ…乱打。ピーシェの軽やかで回避も的確に織り交ぜていたものとは違う、本当にノーガードな殴り合いをレックスが影と繰り広げ……最後はレックスの体力、というか逆鱗の方が切れたのか、蹴り飛ばされる。飛ばされるが、レックス自身もかなりダメージを負っているが、その分影の方にも相当なダメージを与えられている…レックスの怒涛の連打からは、そう感じられるものがあった。

 そしてここまでも、これも、連携の一部。やってきた事の全てが、最後の瞬間…勝利の瞬間へ到達する為の、一歩一歩。

 

『たぁああああぁぁぁぁッ!』

 

 左右に回り込んだピーシェとビッキィの、タイミングを合わせた裏拳。防御される事前提のそれは、防がれた瞬間に二人が全力で身体を捻り、回転させ、腕を弾く。左右から、両腕を弾く事で、巨大な影の姿勢を崩す。

 

「これで終わらせる…ッ!愛月!」

「うんッ!バックス!ジャンプしてブレイズキック!そして、その力を全部込めて…最大火力で、火炎ボールッ!」

 

 二人が全体重を掛け、弾くと同時に姿勢を崩す程の勢いで大きな隙を作ってくれている間、俺は大剣を振り被っていた。持ち上げ、集中していた。意識を、炎を、残った力の全てを大剣に込めて。

 そうして俺の大剣から燃え上がる、炎の柱。宙を焼き、天井を溶かし、その先の空へと昇り続ける全力の炎。だが俺は、まだ振らない。更に強く、更に激しく燃え上がらせながら…待つ。

 俺の炎が周囲の空間を揺らめかせる中で、跳び上がったのは同じく力を溜めていたバックス。跳び上がるバックスの脚は赤く輝き、赤光は脚全体から下肢に集まっていき、一層の輝きを放って…収束した光の全てを解き放つように、バックスはオーバーヘッド火炎ボール。ブレイズキックの炎エネルギーを上乗せした火炎ボールはこれまで以上に燃え盛り、唸りを上げて飛来する。飛来するが…それは影に対してじゃない。飛来するのは…俺の、正面。

 

「熱いセンタリングだぜ、バックス…この炎、この一撃…必ず、届かせるッ!」

「いっけぇぇッ!キョクダイ……」

「豪ッ!炎ッ!球ッ!!」

 

 ミスティック・ドライブで研ぎ澄まされた、俺の感覚。その感覚、内側からの声が叫んだ瞬間、俺は振り抜く。大剣を、炎を、真っ直ぐに振り抜き…火炎ボールに叩き付ける。

 迸る衝撃波。舞い散る火花。俺の炎が火炎ボールを飲み込み、一瞬火炎ボールは姿を消し…次の瞬間、俺の炎は内側へ向けて渦巻く。激しく回り、次第に吸い込まれていき…代わりに姿を現したのは、俺が炎を注ぎ込んだ火炎ボール。全力全開の炎を纏った火炎ボールは巨大化…いいや極大化し、触れてすらいない床を焦がしながら影へ向けて突き進む。

 極大の炎が迫る中で、影は体勢を立て直していた。離れるピーシェとビッキィには目もくれず、炎を睨み、真正面から受け止めようという姿勢を見せる。だが、俺達からすれば巨大な影も……極大の炎を受け止めるには、あまりにも小さ過ぎた。

 

「■■■■■■■■■■ーーーーッ!!」

 

 一瞬の拮抗すら許さず、影を覆い尽くす炎。絶え間なく続く爆発の様に、周囲に火の帯を撒き散らしながら、炎は影を焼き続ける。響き渡る絶叫も、炎の轟音の前では霞んでしまう。

 今燃え上がっているのは、俺やバックスの制御からは離れた力。俺達自身にも、止める方法はないし、水か何かで鎮火させるのも、簡単じゃない。軽く消えるような、チャチな炎なんかじゃない。消える事があるとすれば、それは内側にあるものの全てを焼き尽くしたその時で……

 

「……っ!?…嘘…まだ、動けるっていうの…!?」

 

……だが、影はまだ終わっていなかった。間違いなく焼けている、燃えている…それでも、絶叫を上げながらも、炎の中から出ようとしていた。燃え尽きる前に、炎の中から脱しようとしていた。

 さっきの炎の渦と違って、拘束能力はない。そもそも極大の炎の中で動ける時点で無茶苦茶だが…動けるというなら、脱する事も不可能じゃない。

 

(……っ…だったら、もう一度…ッ!)

 

 全力を注いだ直後で脱力気味だった身体で力み、支えにしていた大剣を床から引き抜く。今すぐさっきと同じ火力をもう一度…なんて事は、出来やしない。けど、黙って影の脱出を許すつもりも、微塵もない。

 掬い上げるように、掻き集めるようにして、俺はもう一発炎を放とうとする。一秒でも、一瞬でも長く焼く為に、もう一手放とうとする。…そんな中で上がる、一つの声。

 

「…いいや、既にフィナーレだ。この炎により影は討たれ、演目は終わりを迎えた。故に、これ以上戦いが続く事はない。──幕引きだ、灯りを落とし給えッ!」

 

 強く、それでいて落ち着き払った声が響く。その声と共に、床が赤黒く染まる。水面に広がる波紋の様に、あっという間に床は埋め尽くされ…影の周囲に、薄暗い色をした木が生まれる。芽が生えてくるんじゃなく、埋まっていたものが出てくるかのように、次々と木が生まれ…薄暗い森が、影を隠す。

 そして、俺の横を通り過ぎたのは、ドッペル。小さなぬいぐるみの様な、可愛らしい…けどよくよく見れば不気味さを感じるポケモンが、ちょこまかとした動きで森に入り……次の瞬間、音が消える。それまで聞こえていた炎の轟音が、見えていた赤い光と共に認識出来なくなって…代わりに聞こえてきたのは、何かが砕ける音。くぐもった、何が起きているのか分からない音だけが森の中から聞こえ……それも暫くすると、聞こえなくなる。静寂が森を、大広間を包む。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 何が何なのか分からない出来事に、俺もピーシェもビッキィも言葉を失う。分かっているんだろう、ズェピアさんと愛月の方を見れば、ズェピアさんは自然な様子で佇んでいて、愛月は大仕事を終えた後の様な顔をしていた。

 数秒後、今度は波が引いていくように、床を覆っていた赤黒い色が消えていく。それの使う先は森で…赤黒い色が森に到達すると、森も周りから消えていく。溶けるように、散るように、薄暗い森がなくなっていき……完全に消えた時、その中心にいたのは、ドッペルだけだった。いた筈の、まだ動いていた筈の影は、倒れるどころか…その姿すら、消失していた。

 

「…えー、っと…たおせた、の…?」

「そういう事になるね。いやはや、強大な敵だった。君達がいてくれて本当に良かったよ」

「…今のは、ドッペル…とズェピアさんの連携技、なのか…?」

「そうだよ。いつもは…っていうか、元々の技は、やった後相手が吹っ飛んでいくんだけど…まぁいっか。ドッペル、お疲れ様。皆もよく頑張ったね」

「ミミ〜♪」

 

 これにて一件落着、良かった良かった、とばかりの雰囲気を出す二人だが、俺やピーシェ、ビッキィからすれば困惑が止まらない。というか、最終的に消えていた事含め、正直ホラー感が凄い。…元々空間が歪んで現れた存在だって事を思えば、単にやられた事で今度こそ消えて、それが森で見えなかっただけなのかもしれないが…なんというか、微妙に釈然としない。

 

(…まあ、でもいいか。何にせよ倒せた事には変わりないんだしな)

「…ふぅ。一先ず勝利、ですね。…一応訊くけど、本当にあれ、普通の技なの…?」

「普通っていうか、必殺技…かな。名前は、うーんと…ぽかぼかフレンド…タタリZ?」

「…愛月君。因みに最後のZというのは……」

「Z技をズェピアさんとの連携でやったからだよ?」

「……うん、まぁ…良しとしよう」

「連携といえば、カイトさんとバックスの方も凄かったですね。やってる事は単純ですが、だからこそ凄まじかったというか…」

「だろ?けど、ビッキィとピーシェの連携も凄かったぜ?息ぴったりだったしさ」

 

 何はともあれ、俺達は勝った。かなり消耗したし、ダメージもあるが、強力な敵を倒す事が出来た。だから今はそれを喜び、讃え合う。

 皆の連携は本当に凄かったし、俺も我ながら良い連携が出来た。…にしても、名前か…サッカーっぽいし炎だし上から来たボールを放ってるし、結構ツインなブースト感もあるが…やっぱり俺とバックスの連携技の名前は、あのままにしておこう。

 

「…うん、やはり今度こそ倒せたようだね。後は他の三組も、上手くやれているといいのだが……」

「大丈夫でしょう。多少の差はあるかもしれませんが、どの組も十分な戦力ではあるんですから」

「むしろ案外、俺達が一番最後かもしれないな」

 

 念の為暫く周囲を確認していたが、もう何も起こらない。倒せたと確信した事で俺達は警戒を解き、ピーシェの言葉に、俺は軽く肩を竦める。実際のところ、最後かどうかは分からないが…不安はない。皆だって強いんだ、そう簡単に負ける訳がない。

 そうして進むべく、俺達は歩き出す。奥の扉に向けて歩みを進め…そこでふと思い出したように、ビッキィが呟く。

 

「…そういえば…どうしてあんな存在が出てきたんでしょうね。どちらもイリゼさんは知っている訳ですし、あり得ないとまでは言いませんが……」

「…推測だけど、あの存在は他の三組も含めた私達の記憶を読み取る形で作り出されたんじゃないかな」

『記憶から…?』

「あぁ。現に、愛月君もグレイブ君もポケモンを連れている訳だけど、信次元側にポケモンの知識は殆どない筈だろう?仮に情報を得ていたとしても、愛月君やグレイブ君と、二人の手持ちとの関係性までは知り得ている訳がない。我々の術や能力もそうで、そう考えると元々データとして入力されていた訳ではなく、接続している私達の記憶から再現している、と考えるのが自然だと思うよ」

 

 尤も、ただ再現しているのではなく、複数人の記憶を擦り合わせたり、この仮想空間に合うよう調整したりはしてるかもしれないけどね。そう言って、ズェピアさんは締め括った。本当にそうなのかどうかは分からない。だが、ズェピアさんの推測に説得力があるのは事実で…だから俺は思った。そんなもんかもしれないな、と。

 

「…この後も、っていうか全員がそれぞれの塔を攻略した後は、バグの大元と戦うんだよね…?」

「そうだよ。…もしかして、怖い?」

「こ、怖くはないよ?怖くはないけど…まだ戦いがあるなら、ちゃんと気は引き締めておかなきゃな、って…」

「勝って兜の緒を締めよ、だね。よい心掛けだよ」

「確かに愛月の言う通りだね。けど、分からないからこそ気を付けるべきだし…分からない内から恐れてちゃ、勝てもしないってわたしは思う」

「同感だ。確かにもっと強い相手なのかもしれないが…その時は、こっちも全員で戦うんだ。今の大体四倍…いや、きっとそれ以上の力で戦えるって思えば、怖くなんてないさ」

 

 連携の力は凄いんだからな、と俺が笑いかければ、愛月もそうだねと頷き…それからまた、「だから怖がってはいないんだって!」と顔を赤くして抗議する。その子供らしい反応に、俺達はまた笑う。

 この先に存在する相手、バグの発生源の事を思えば、今倒したのは中ボスってところ。あんなに強くても中ボス…そう考えれば恐れも抱くかもしれないが、俺はそうは思わない。確かに中ボス的な存在ではあるが…俺達は倒した、勝ったんだ。勝ったから、次に進める。勝ったから、解決へ一歩近付いた。そう思えば、何も悲観する事はない。ましてや今はあの時と、くろめ達が作り出した空間の時と同じように、あの時以上に多くの仲間が共にいる。だったら…負ける気なんて、これっぽっちもしないってものだ。…そうだろ?皆。




今回のパロディ解説

・装甲が、厚い…!
ガンダムビルドファイターズシリーズに登場する主人公の一人、イオリ・セイと登場人物のユウキ・タツヤの台詞の一つのパロディ。バトローグにて、お互いのガンプラに向けて発した言葉ですね。

・「〜〜風を踏んで走れるかな?」「ふっ…えぇ、造作もありません」
Fateシリーズに登場するキャラの一人(二人)、アルトリア・ペンドラゴンとディルムッド・オディナの台詞の一つのパロディ。台詞というか、Zeroにおける戦闘中の掛け合いです。

・「……すまない〜〜本当にすまない…」
NARUTOシリーズとFateシリーズ、それぞれに登場するキャラの一人、はたけカカシとジークフリードの台詞の一つのパロディ。二人の台詞を組み合わせてみた形のパロディです。

・ツインなブースト
イナズマイレブンシリーズに登場する必殺技の一つ、ツインブーストの事。もう一人加えてトリプルブーストにしたり、バックスが回転しながら蹴ってツインブーストFにしても良かった…かもしれません。


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第三十四話 叫喚轟く禍いモノ

 イリゼが仮想空間の中に残って、何とかしようって言い出した時、自分はその話に乗った。乗ったけど、初めは止める事も考えた。だってそれは、万が一の事を…最悪意識が戻らないかもしれない、何が起きてもおかしくない可能性を考えれば、止めるのが友達の役目だと思うから。これ自体に、誰かの命が掛かってるとかじゃなかったから。

 でも、そうはしなかった。初めは止めるつもりだったけど…自分はイリゼの思いを見た。聞いた。前に進もうって思いを。自分を信仰してくれる人の為に、今のイリゼを信じて着いてきてくれた人達の為に、一直線に突き進みたいって気持ちを。多分イリゼの事だから、急がば回れって考え方も理解した上で、茨の道なら茨を切り開いて、道が崩れているなら飛び越えて、何が何でも進んでやろうって…きっと、そう思っている。それは、その姿は、良い悪いは別として…格好良いな、って思う。

 だから、止めるんじゃなくて、協力しようって、力になろうって気持ちに変わった。危ない事をしようとしてたら止めるのが友達だし、思いの限り進もうとしてるなら応援するのもまた友達。その両方があった時、どっちにするかなんて難しいけど…難しいから自分は、簡単に考える事にした。難しいなら、一番良い答えを選べば良いって。何とかする方法を見つけて、何とかして、皆で大団円を迎える…それが一番だよね、って。

 

「んー…うん、ふんふん……」

 

 塔の中に入って、数分。自分としては、速攻攻略しちゃうつもりだったんだけど、メンズ二人…影とワイトさんの提案で、しっかり塔の中を調査しながら進む事になった。今いる場所、一階からは、上に進む為の階段が見えているから、まずは一階を調査してから二階に向かうって事に決まった。自分としても、確かに重要な何かとか、ヤバい罠とかを見逃しちゃうのは不味いなぁと思ったから、賛成して一緒に調べる事にした。で、そうなってからはすぐに、茜は中を見回して、その後は上を見ていて……そこへイリスちゃんが近付いていく。

 

「…茜、鳴いている?」

「へ?あ、違うよイリスちゃん。…鳴いてるみたいだった?」

「みたいだった」

「あはは…えーっとね……」

 

 こっちからは見えないけど、多分今もイリスちゃんは真顔でやり取りをしてるんだと思う。それは茜の苦笑を見れば予想出来て…それから茜は、説明をしていた。自分としても分かるような分からないような…そんな感じの、茜の力を。

 

「影君。何か気になる事はあったかい?」

「いや、これといってないな。だが、時間経過や特定の場所に踏み入れる事で起動する『システム』辺りはあるかもしれない。茜ならともかく、その辺りは俺じゃ判別しようがないしな」

「まあ、仮想空間だものね。むしろ完全にではなくとも、そういう事すら把握し得る茜君の方が飛び抜けていると言うべきか」

 

 片やこっちは大真面目に調査結果を確認中。まあ、状況的にはそれが普通なんだけど…とにかく向こうとの温度差が凄い。

 って感じで調べていた訳だけど、一階には何もなかった。ゲームみたいに、ある程度奥に進んだらいきなりイベントが…みたいな事が起こる展開も考えていたけど、特にそういう事もなくて、何もなしと判断した自分達は階段で二階へ。

 

「そういえば影って、イリゼの事をどう思ってる感じなの?」

「なんだ、唐突に」

「いやほら、ここに来る前、影がイリゼに協力する意思を伝えた時って、単に友達や仲間だから〜…って感じじゃない風に思ったんだよね。だから今の内に訊いておこうかなって」

「…色々あったし、色々あるんだ」

「…そっか。まあ、色々あるよね」

 

 登る最中、気になってた事を自分が訊けば、返ってきたのは全然具体的じゃない答え。普段ならもっと突っ込んで訊くところだけど、流石に今はそういう事してる場合じゃないし…自分だって、イリゼには…というか、『女神』という存在には色々な思いがあるから、そういう事かって位で納得をする事にした。

 

「二階、着いた。…一階より、少し広い」

「確かにそうだね。上に行くにつれて広がるような形状を塔はしていなかったと思うけど、これも仮想空間だから……」

 

 ぐるりと見回すイリスちゃんに頷いて、ワイトさんも視線を走らせる。自分も今度こそ何かあるかな、と思いながら奥に向けて歩き出して…次の瞬間、はっとする。

 

「……!皆、あそこ!」

「うん、多分モンスター…じゃ、ない…?」

 

 広めの部屋、その中央辺りの空間が不意に歪む。ぐにゃりと歪んで、歪みは分裂して…それぞれが形を作っていく。

 大きさは、多少差はあるけど大体大型犬位。数は結構沢山で…遠目に見れば、信次元のモンスター(って言っても種類は色々らしいけど)みたいな見た目。でも、よく見ると違う。黒と灰色の中間みたいな、シルエットみたいな外見をしている事もそうだけど…何かが違う。

 

「やはり襲ってくるか…!」

「まあそりゃ来るよな…!」

 

 歪みが全て完全な形を持った直後、モンスター擬きは襲ってくる。四足歩行で、走ってこっちに突っ込んでくる。

 太刀を抜いて構えると同時に、二発の銃弾が自分の側から放たれる。横を見れば、影とワイトさんが手にした拳銃をモンスター擬きに向けていて、それぞれ撃たれたモンスターは頭…っぽい部分から床に倒れ込む。でも、他の個体は止まらない。

 

「取り敢えず片付けるよ!」

「これは撃破すると上に進めるパターン、かな…ッ!」

 

 自分は茜と一緒に迎撃開始。まずは前を走る茜が先頭の一体を大剣で止めて、自分は茜を跳び越える。着地の流れで一体踏み付けて……

 

「おわ…っ!(柔らかい…っていうか、脆い…!)」

 

 倒れるにしろ耐えるにしろ、素早く首の辺りを斬って沈めようと思っていた自分。けどそうするより前に、斬り裂くまでもなく、モンスター擬きは潰れてしまった。勿論そこそこのサイズがあるから、潰れたのは踏んだ部分だけなんだけど……この脆さはちょっと、いやかなり予想外。

 

「これは…楽だけど、ちょっとやり辛い…かなぁ…!」

 

 違和感が凄いけど、じっくり考えていられる状況じゃない訳で、自分は一番近くの相手を斬り上げ。すると太刀は滑らかに、TVショッピングのよく切れる包丁みたいに刃が通って…普通なら好都合なんだけど、どうも手に伝わってくる感触が弱い。

 受け止めたモンスター擬きを斬り伏せた茜は、続けて横薙ぎで二体纏めて撃破。大剣だけあって、リーチもパワーも茜の方が上っぽいんだけど…その茜も、やり辛い様子。

 理由は分かる。武器以外もそうだけど、大きくて重い物程遠心力で振り回され易いものだし、ぐるぐる回りながら振り回すとかじゃないなら、斬った時の抵抗での減速も無意識に計算して力の入れ具合を調整したり、斬った後に残る遠心力を想定したりする…と、思う。普段は意識してないけど、自分の場合だったらそう。でも今回の場合、モンスター擬きの場合は、見た目の割にあっさり斬れて、頭で思ってるより抵抗が薄いものだから、どうしても『予想』と『実際』に狂いがあって……狂いがあった場合、大剣みたいな元から振り回され易い武器がより使い辛くなるのは当然の事。それを考えると、射撃とか魔法の方が、このモンスター擬き相手には楽なのかもしれない。

 

(けど、そういうものだって思えば…!)

 

 でも、最初の一体や二体は狂いに振り回されるところだけど、何度か斬れば、そこからは勘で修正出来る。完全にじゃないけど、ある程度は感覚のズレを減らせる。そう、女神は…ネプテューヌは伊達じゃない!…なーんてね。

 そしてそれは茜も同じみたいで、段々勢い余ってるような動きはなくなっていった。そうなれば後は、ただの防御がぺらぺらな相手で…自分と茜がモンスター擬きの集団を受け止めつつ返り討ちにして、影とワイトさんが射撃で次々と削っていって、イリスちゃんも一体、また一体って感じに地道に倒す…そんな感じのコンビネーションで、自分達はモンスター擬きを倒していった。モンスター擬きを全部倒すまでには、そんなに時間は掛からなかった。

 

「これで最後、だな」

 

 影の投げたナイフが最後のモンスター擬きを貫いて、戦闘終了。倒し損ねた個体はいなくて、こっちは無傷。完全勝利!

 

「…何というか、違和感の多い相手でしたね」

「だねぇ。っていうか…まさか、これがここの塔のボスとかじゃないよね?道中の雑魚敵みたいなものだよね?」

「これがボスなら楽だったんだが…ま、違うだろうさ」

 

 戦ってる途中で、自分は普通に階段がある事に気付いていた。だから「まさか違うよね?」と言ったら、影だけじゃなく茜やワイトさんも同意見だった。で、イリスちゃんは……

 

「……?イリスちゃん?」

「…話せなかった。今のモンスター、イリスを襲ってきた。…あれは、モンスター…?」

 

 考え込むような、何となく…本当に何となくだけど、いつもより悲しそうに見えた、イリスちゃんの顔。…そういえばイリスちゃん、モンスターとはすぐに仲良くなってたよね…自分達にとってはただの障害でも、イリスちゃんにとっては仲良くなれるかも、って期待した相手だったのかな…。

 

「…取り敢えず、ここも調べて、何もなかったらぱっぱと上に行こっか。もし今のがゲームでいう、無限湧きするタイプだったら、また倒さなきゃいけなくなっちゃうしね」

「分かった、イリス調べる」

 

 茜の言葉を受けて、イリスちゃんは壁の方に駆けていく。もしかして話の流れを変えてくれたのかな、と茜を見れば、茜は小さく肩を竦めていた。

 そうして自分達は二階も調査。結果、ここにもさっきのモンスター擬き以外は何もないって分かって、それから三階へ。

 

「二階じゃモンスター擬きが出てきた訳だけど、三階はどうなんだろうね?」

「また出てくるか、別のギミックが障害となる辺りだろう。問題は後者だが、単に壁の様な障害物が出てくるのか、心理的に前進を阻むような何かが出るか、或いは迷宮の様になっているという可能性も……」

「…………」

「ねぷちゃん今、展開殺しだなぁって思ったでしょ?」

「それは…まぁ、あはは…」

 

 次々と可能性を上げる影に「えぇ…?」と思っていたら、茜に思いっ切り見抜かれていた。…だってほんと、こんな片っ端から挙げられていったら、予想外の展開が!…を成立させるハードル高くなっちゃうって…いや、自分が気にする事でもないんだけど…。

 

「さて、念の為一度ここで止まりましょうか。皆さん、何か懸念事項はありませんか?」

「大丈夫。イリスは元気」

 

 一度自分達を手で制したワイトさんからの確認。イリスちゃんに続いて、自分達も準備万端だと答えて、階段から三階フロアへ。またすぐ戦闘に!…と思っていたけど、入った時点では何も起こらなくて……けどある程度進んだところで、今度は最後に気配を感じた。

 

「やっぱり来た…!」

「この階は飛行型か…!」

 

 さっきと同じように、先制攻撃は影とワイトさんの射撃。自分も駆け出してから床を蹴って、宙から突っ込んでくる鳥みたいなモンスター擬きをすれ違いざまに斬り付ける。

 

「ここは…ワイトさん!私の言う通りの位置とタイミングで撃ってもらってもいい?」

「うん?…分かった。茜さん、オペレートをお願いするよ」

 

 予想通り、このモンスター擬きもあっさり斬れる。自分は片膝立ちの状態で着地をして、ターンしながら立ち上がる。その流れのまま、太刀の柄尻で別のモンスター擬きを殴り付ける。

 そこで聞こえてきたのは、茜とワイトさんのやり取り。鋭い視線で見上げる茜は、数秒黙った後に素早く位置を、伝えてタイミングを示す言葉を発して…その指示通りに放たれた弾丸は、複数体を纏めて撃ち抜く。

 

「ふふん、拳銃でも狙いどころを見極めれば、一発で二体以上撃つ事も出来るのだよ!」

「ひゅー、やるね茜。…ところで影は、お嫁さんが別の人とコンビ組んでてもいいの?」

「いいも何も、そういう事なら俺と組んでも宝の持ち腐れになるだけだからな」

 

 遠距離攻撃なしで、突っ込んでくるだけのモンスター擬きへカウンターを掛けつつ自分が言うと、影は眉一つ動かさずに引き金を引いて…さっきのワイトさんみたいに、一発で複数の個体を墜落させる。あぁ…同じような事なら自分も出来るって事ね。よし、なら自分も…!

 

「ほいっと!」

「おぉ、ネプテューヌ格好良い」

 

 走ってモンスター擬きを引き付けてからの、振り返っての太刀投擲。投げた太刀は目の前の一体は勿論、その後ろにいた個体も、更に後ろの個体も貫いて…壁に刺さる。自分は高度な計算は出来ないけど、単に遠距離攻撃で複数撃破するだけなら余裕ってね!…まあ、今から太刀を取りに行かなきゃいけない訳だけど。

 とまぁこんな感じで、三階でも自分達はモンスター擬きを圧倒。大概は一撃で倒せるし、倒し損ねた個体も落ちたところをイリスちゃんがきっちり仕留めてくれるから、勢いに乗ったまま戦闘を進められて…また全員無傷で、自分達は勝つ。

 

「よーいしょ、っと!…見た目と動き方が違うだけで、相手としては同じよーな感じだったね」

「それは、存在としての性質も含めて、ですか?」

「うん、そーゆー事。…それにしても……」

「あぁ、似ているな。…あの時の、負常モンスターに」

 

 餅つきみたいな感じで大剣を振り下ろして終わらせた茜は、ワイトさんの質問に頷く。それから少し真面目な顔になって…今度は影が頷いた。

 それは、自分も薄々感じていた事。曖昧な見た目といい脆さといい、暫く前に自分の世界にも…後から知ったけど、皆の世界や次元にも現れたっていう、暴走した負のシェアの一端…通称『負常モンスター』と、性質が似ている。負常モンスターはもっと何とも言えない見た目だったし、物量は桁違いだったけど、それでも戦ってる途中で思い出す位には、似ている感じがモンスター擬きにはあった。

 

「って事は、つまり…どういう事?」

「イリスも気になる、どういう事?」

「さてな。あの時の生き残りがデータとなってこの仮想空間に入り込んだのかもしれないし、単なる再現データかもしれない。ネプギアに訊けば、外から確かめてくれるかもしれないが……」

「連絡は出来る限り控えてほしい、との事だったね。必要だと感じたら、躊躇わずにとも言っていたけど…これは急を要する程でもないかな」

 

 自分としてはもやっとするし、確かめたいところだけど…ここはワイトさんの言う通り。だから自分は我慢をして、探索&四階へ移動。そこでもやっぱりモンスター擬きは出てきて、自分達は倒す。殲滅、探索、次の階へを繰り返して、上に登っていく。

 

「ふー…一回一回はそんなに手強くないけど、上がる度にバトルってなると、少しずつ疲れてくるねぇ。イリスちゃんは大丈夫?」

「まだイリスは元気。ネプテューヌも元気?」

「元気元気〜!…ところでこれ、何階まであるのかな?っていうか、ちょっとずつ出てくる数が増えてない?」

「…影くん、ここの階の内装に見覚えは?」

「ないな。俺もそれは考えたが、毎回…或いは一定の間隔で階層がループしているという事はないだろう」

 

 どんどん登っていって、今は八階目。相変わらず探索しても何も出てこなくて、階段で自分達は九階へ向かう。

 モンスター擬きは段々増えてるし、毎回違うタイプが、その一種類だけ出てくる。左右から来たり、床から滲み出るみたいに出てきたり、現れ方も色々で…もしこれが百階とかそれ以上の超ロングタワーだったら、流石に体力がもつかどうか不安になる。…っていうか、他の塔も同じ感じなのかな…。

 

「これで九階…いい加減同じ事の繰り返しから何か変化してほしいものだが……うん?」

 

 流石に焦れったい、と愚痴るみたいな影君の言葉。だよねー、と思いながら自分も数歩進んで…また感じる。自分達じゃない気配を、次の相手の存在を。でもって、その気配のする方向は……

 

「……──!上から来るよ、気を付け……はっ!」

「ど、どうかしたの?ねぷちゃん」

「この言葉…何故か凄くしっくりくる…!」

 

 何故かは分からないけど、まるで何度も何度も言ってきたような、口がこの言葉に慣れているかのような感覚。何を言っているんだ的視線を向けられる自分だけど…ほんとにしっくりくるんだから仕方ない。

 でもまあそれはそれとして、自分は構えて突撃。九階目、天井から現れた…どころか、天井を突き破って現れたのは、大型の水棲生物っぽいモンスター擬き。

 

「ほいなっ!」

「ていやッ!」

「ダメージは…薄そうだな…」

 

 自分と茜で連続アタック。向こうが攻撃態勢に入る前に、まず自分が顔の横辺りを斬って、茜は同じ部位へ斬撃を重ねてくれて…何回も手応えがない。でも、手応えがない『だけ』じゃなくて…本当に今回は、ダメージが入ってる感じがない。影君も顔に向けて数発撃つけど、めり込んだだけでノーダメージな気さえしてくる。

 理由は簡単、大き過ぎるせい。世界最大の水棲生物並みのサイズなせいで、弾丸は勿論、自分の太刀や、茜の大剣だって表面を斬る位の結果にしかならない。そして自分達が一度距離を取る中、巨大モンスターは動き出して…口っぽい場所を開く。そこから散弾みたいに、遠距離攻撃が放たれる。

 

「イリスちゃん、危な…って、おぉ…結構度胸あるね…」

 

 回避の為に散開する中で、イリスちゃんだけは逆にモンスター擬きへ向かっていく。不味いと思って、慌てて動こうとした自分だけど…イリスはギリギリでモンスター擬きの下側付近、大きいからこそ口からの攻撃が届かない位置に滑り込んで、そのまま走ってお腹を攻撃。自分達の時と同じように、表面へのダメージしか与えられていないようだったけど…懐に潜り込んでの回避を見せたイリスちゃんに、小さい身体からは思えない程の度胸に、少し自分は感心した。

 

「…ぅ…やっぱり何も聞こえない……」

「すーちゃんすーちゃん、落ち込むのは分かるけど離れて!潰されちゃうよ!?」

 

 結構戦闘慣れしているのかも、と思った自分だったけど、モンスター擬きの真下で足を止めてしまったイリスちゃんを見て認識を訂正。それからイリスちゃんは、茜からの呼び掛けでボディプレスを間一髪で躱す。

 自分は改めて接近し、突進の勢いを利用して尾びれの辺りへ太刀を突き刺す。一気に鍔の部分まで押し込んで、そこから横に振り抜く事で捌いて…気付く。斬った場所が、みるみる再生していってる事に。

 

「げっ、回復持ち…?」

「いや、回復というより再結合だな。即やられるせいで使えてなかっただけで、恐らくこれまでのモンスター擬きにも同じ能力…いや、機能か?…はあったんだろう」

「何にせよ、このままじゃ倒すのは大変だよね……よし」

 

 確かめるみたいに色んな場所を撃つ影の言う通り、よく見れば傷は治癒してるっていうより、粘土みたいにくっ付いて元通りになってる感じ。でもまあ、それはそんなに重要じゃない。今気にしなきゃいけないのは、今の自分達じゃ有効打を与えられないって事。もっと大きい攻撃か、もっとぶっ飛ばせるような攻撃がないと、倒せるかどうか分からない。

 じゃあ、どうするか。そんなのは簡単な話、全力を出せば良いだけの事。ここまでは普通に戦っても余裕だったからしなかったけど、女神の姿になればこの位……と、自分が考えていた時だった。

 

「皆、ここは自分が三枚おろしに……」

「いえ、ネプテューヌ様。ここは私が」

『え?』

 

 太刀を持った右手を挙げて言う自分だったけど、言い切る前にワイトさんが声を上げる。それに自分も、茜達も「え?」ってなる。

 だって、今必要なのはパワーだから。ワイトさんが実は変身出来る…なんて話は聞いた事ないし、懐からロケットランチャーとか大量のダイナマイトとかを出しそうな雰囲気もない。実際取り出したのは、仮想空間用の端末で……それをワイトさんが操作した次の瞬間、ワイトさんの背後に、輝くエフェクトが現れる。

 

「すぐに済ませます、数秒注意を逸らして下さい…!」

「何をする気か分からないが、了解した…!」

 

 言うが早いか、影はワイトさんから離れる軌道でモンスター擬きへと回り込みながら、拳銃を数発撃つ。振り向いたモンスター擬きはまた散弾みたいな攻撃を放って、対する影は片手での側転を掛けてそれを回避。同時に拳銃を持ち替えていて…それから放たれた弾丸は、モンスター擬きに当たった瞬間爆発した。当たった部位を抉るように爆ぜた。それでも巨体からすれば抉れたのは一部で、少しダメージを与えられた程度で…でも数秒どころか、十秒近くこれで稼げた。そして、次の瞬間…光芒がモンスター擬きを貫く。

 

「助かったよ、影くん。…では…ここから一気に仕留めるとしよう…!」

 

 更に一発放たれるビーム。その光の元にいたのは、ワイトさん…じゃなくて、巨大なロボット。あれって、確か……

 

「えっと…そうだ、マエリルハ!でも、装備が!?」

「キエルバユニットです。少しでも戦力を確保する為に、あの空間の時点で本体諸共ネプギア様に用意して頂きました」

 

 レースの時にワイトさんが使っていた神生オデッセフィアの機体、マエリルハ。でも今はあの時より明らかにゴツい感じで、自分の声に応えてくれながら、マエリルハはスラスターを吹かして動き出す。そっか、つまりさっきしてたのは、この機体を召喚する為の操作…!でもそれなら、某可能性の獣を呼び出すみたいに叫んだり、「私はマエリルハで行く…!」って言ったりしても良かったような…なんてね。

 

「確かにそれなら、一気に倒せそうだね。なら、私達がもう一回注意を引き付けるよ!」

「イリスも引き付ける。…呼べば、こっち向く?」

 

 頭の両側から機銃を撃ってワイトさんの機体が攻撃。続けて茜が発した言葉に頷いて、自分もモンスター擬きの正面に出る。

 イリスちゃんが手を振れば、偶然かは分からないけどモンスター擬きがそっちへ突進。すぐに駆け出して逃げるイリスちゃんを援護するようにまた影が爆発する弾丸を撃って、削れた部位を更に茜が大剣で捌く。自分も突進にギリギリ振れない位置取りですれ違って、その状態で太刀を横に向ける事で走りながら斬り付けていく。

 ここまではまあまあ苦戦してる自分達だけど、実際には「中々倒せてない」だけで、攻撃自体は割と避けられている。大きい分旋回が遅くて、回り込む事も結構出来てる。だから四人で注意を引こうとすれば、簡単に出来る訳で……

 

「厄介なのはタフさだけだったな」

 

 またモンスター擬きが口を開いた瞬間、長い砲身の携行砲と肩越しの砲、それぞれから撃ち込まれた二本のビームが後ろから口までを一気に貫く。これでさっきのと合わせて、モンスター擬きを貫通したビームは四本。一本一本が自分達の攻撃とは段違いの攻撃は、モンスター擬きの身体に大きな穴を開けていて……トドメとばかりに、その穴にミサイルみたいな弾(後から分かったけど、ミサイルじゃなくてグレネードなんだって)が二発放たれた。その弾はモンスター擬きの内側で爆発して、中から吹き飛ばして……巨大なモンスター擬きは、崩れ去った。

 

「ふー…これにて撃破完了!…これがボス?でもボスだったとしたら、やっぱり拍子抜けだよね」

「まだ上の階があるんだし、少し強い相手…位の扱いなんじゃないかなぁ」

「…ワイト、格好良い。でも、驚いた。ワイトは光の巨人だった?」

「…うん?あ…違うよイリスさん。これはそもそもロボットだからね…」

 

 ふぅ、と一息吐いて自分が話している間、イリスちゃんもワイトさんと話していた。ハッチを開いてワイトさんがコックピットから出てくると、イリスちゃんは納得したみたいだけど、それはそれとして気になるみたいで、暫くマエリルハを見上げていた。

 そうしてまた部屋の中を調べて、上の階に移動する。もう何回もやってるせいで、自分はついつい雑に探しそうになっちゃうけど、影やワイトさんは今回もきっちり探していてた。…本当に、毎回何も見つからない訳だけど。

 

「…あれ?ワイトさん、それって一回仕舞えたりするの?」

「一応出来るけど、元々別のイベント用のデータを流用している関係で、一度仕舞うと再度出現させるまで多少時間を空ける必要があってね。だから私は、あそこから上の階に上がるとするよ」

 

 そう言ってワイトさんが指差したのは、天井の穴。ワイトさんは上に行く手段を確保出来たからマエリルハを…と思ったけど、更に上に行く時はどうするんだろう?ビームでぶち抜くのかな?

 とまあ、そんな事を考えながら、自分達は十階に。これまでも登る度に少しずつ部屋は広くなっていたけど、十階は特に広くなっていて……遂に自分達は、遭遇する。攻略する上で倒さなきゃいけない、この塔のボスと。

 

 

 

 

 ここまでは、拍子抜けもいいところだった。前座、或いはダンジョンにおける雑魚敵と思えば、理解出来ない事もないが、それにしても弱い。九階の大型モンスター擬きにしても、誰かがその気になって戦えばそう厳しい相手じゃないだろうと思っていたし、実際そうだった。

 それも含めて、負常モンスターを彷彿とさせる存在ではある。…が、物量が違う。唯一にして最大の脅威であった物量が遥かに少ない以上、モンスター擬きが脅威になる筈がない。

 だが、ここで…戦っていく中で、漸く納得した。やけに弱い、脅威にならない道中の存在。何故そんな連中が配置されていたのか…否、これまでの階にいたのかを。

 

「…広いな」

 

 十階に到達した時、初めにここの広さが気になった。ここまでも少しずつ面積が増えてはいたが、十階は九階よりも格段に広くなっている。だがすぐに、それより気になる事が出来る。

 

『…球?』

 

 俺がそれを視認したのとほぼ同時に、ネプテューヌとイリスが声を上げる。

 球、と形容されたそれは、部屋の中央より少し奥、これまであった階段ではなく扉がある位置寄りの場所に空いていた、黒い球体。かなりのサイズがある、明らかにこれまでのモンスター擬きとは違う何か。

 

「皆さん、今からそちらに向かいます。宜しいですか?」

「あ…だいじょーぶだよー」

 

 そこで階下…というか、床の穴から聞こえてきた声。機体の外部用スピーカーからのワイトの声に、ネプテューヌが応え…スラスターによる跳躍で、ワイトと機体が十階へと来る。

 因みにこれは、話し合っていた通りの事。ワイトが先行して十階に行った結果、階段で登る俺達が到達する前に戦闘なり何なりが起こる事を避ける為に、ワイトは返答が来たら移動する、という事になっていた。

 

「これは……」

「茜、あれが何か分かるか?」

「ちょっと待って、もう少しで分かりそ──」

 

 黒い球体を見つめる茜。直接調べてみてもいいが、解析なら当然俺より茜が上手。少なくとも茜が何か把握出来そうなら、それを待つ方が堅実…そう思っていた時、球体に変化が現れる。

 まるで雫が落ちるように、球体から落下する物体。それは床に落ちると、形が変わり…モンスターの様な姿になる。モンスターの様な…だがモンスターとは違う、モンスター擬きに変化する。

 

「……!あれが発生源か…!」

「みたいだね、取り敢えず倒すよ!」

 

 出現したモンスター擬きに銃を向け、ネプテューヌが太刀を手に駆け出す。今回の先制攻撃はワイトのマエリルハ、機体頭部の左右に装備された機銃の射撃で…まともに動き出す前だったという事もあり、それだけでモンスター擬きの大半が蹴散らされた。登る前に一通り性能を聞いておいたが…主に牽制や迎撃で使われる武装らしいとはいえ、人の何倍ものサイズを持つ機体の火器なら、補助用だろうとモンスター擬きにはオーバーキルな火力なのも当然だな。

 そして、残ったモンスター擬きも、俺達は手早く討伐。その間の球体はといえば、静かなもので、全て倒した後も球体に動きは何もなかった。

 

「…ここから、モンスターじゃないモンスターは生まれている?」

「んー、かもね。生まれてるのか、転送されてるのかは分からないけど……あれ?けどそうなると、ここまでの階にいたモンスター擬きも、全部ここから出てきて降りてきた…って事になるのかな?」

「それはどうだろうな。さっきの大型は恐らくそうだが、一階では何もないところから出現していた。もしここで生まれているなら、あの現れ方はなんだって事になる」

「それはほら、ここが仮想空間だからじゃない?ゲームでも、設定上は同一のキャラなのに、システム的には別キャラ扱いになってる仕様とかあるでしょ?それと同じで、ここでまず『発生した』ってフラグが立った後、それに応じて下の階で『上で生まれて降りてきた』って設定のモンスター擬きが出てくるみたいな事なんじゃないかな…と、ゲーム好きならではの考察をしてみるねぷ子さんである!」

「一理ありますね、何せ現実ではないのですから。…さて、どうしますか?破壊するのであれば、出力最大で撃ち抜きます」

(そんな簡単な話なのか…?階段ではなく扉になっているという事は、ここが最上階である可能性が高い。…その最上階にあるのは、大して強くもないモンスター擬きを用意するだけの存在…それが真実だったとでも言うのか…?)

 

 肩透かし過ぎて、まだ何かあるんじゃないかと思ってしまう。こっちが身構え過ぎていただけで、実際はこんなものだ…って事なのかもしれないが、一度抱いた疑念はそう簡単には払拭出来ない。

…と、俺が考えていたところで、再び球体からモンスター擬きが生まれる。少なくとも、これにモンスター擬きを発生させる力がある事は間違いない。なら何にせよ、これを破壊しない訳にはいかないか…。

 

「破壊した瞬間破裂なりなんなりする可能性もある。邪魔されないようモンスター擬きを引き付ける事も兼ねて、距離を取るぞ」

 

 ワイトに破壊を任せ、少し前に出てモンスター擬きに存在を認識させる。仕掛けてきたところで下がり、十分に距離を取ったところで、四人がかりで一気に仕留める。最後の一体を撃破したところで視線をマエリルハの方へ向ければ、マエリルハは長砲身のライフルを球体へと向けていて…ワイトもこちらの撃破を待っていたようで、俺が見た次の瞬間、ライフルより一条のビームが放たれた。撃ち下ろされた光芒は貫通し、床を抉り──球体に、亀裂が走る。

 

「…亀裂、だと…?」

 

 今のはビームによる攻撃。信次元のビームがどんな原理なのかは分からないが、普通に考えれば亀裂はおかしい。超重量の一撃や衝撃を与えたのでなければ、亀裂という影響は出てこない筈。その事はワイトも思ったようで、胴体…コックピット部分を機体のシールドで防御しながら、ライフルに加えてバックパックのビーム砲でも球体を狙う。その間も、球体の亀裂は広がっていく。まるで卵にヒビが入るように、中から何かが生まれようとしているかのように。

 何かある、何かが起こる。そう感じた俺は…いや俺達は、その前に完全破壊しようと動こうとし……

 

「……■■…■、■…■■■■ーーーーッ!!」

 

──次の瞬間、球体は砕けた。球体が砕け、外装がなくなり…その内側にいた『何か』が、産声を上げる。微かな声と…それに続く、耳をつんざく絶叫が部屋に響く。

 

「つぁ…!何この、声……!」

「このエネルギー量…気を付けろ、これまでのモンスター擬きとは桁違いだ…!」

 

 耳を塞いでも脳に響くような、悪寒が走るような叫び。それと共に左眼が、義眼が生まれた存在のエネルギー反応を分析し、常軌を逸したレベルであるとすぐに分かる。

 砕けて散った球体は、煙の様な状態に変わる。風が本体へ吹き込むように、煙が集まっていく。それと共に本体は膨張し、その体積を増やしていき…巨大な一つの存在となる。

 

(……っ…なんだ、こいつは…モンスター擬き、なのか…?)

 

 宙に浮いた、球体だった存在。その姿は…上手く言葉にする事が出来なかった。これまでのモンスター擬きと同じ、黒い靄に覆われたような体表をしている事もそうだが…それよりも、身体の構造が歪過ぎる。

 陸上肉食動物の様な顔がある。猛禽類の様な顔もある。深海生物の様な顔もある。細い腕が、太い腕が、つるりとした腕が、毛深いようなうでがある。鋭い爪のある脚が、逆関節の脚が、水掻きの付いた脚がある。羽が、尻尾が、背びれが、角が針が鋏が……手に付く範囲で片っ端から、思い付く限りの要素を無秩序に組み込み混ぜ合わせたような、生命だとしたらあまりにもとち狂っているとしか言いようのない姿を、その存在はしていた。

 モンスター擬きなんて、生易しいものじゃない。歪過ぎる、異常過ぎるこの存在は…正しく化け物。怪物そのもの。

 

「……!させるかッ!」

 

 絶叫が止まった怪物の、次なる行動。幾つもある顔…らしき部位の一つが俺達の方を向いた瞬間、マエリルハのライフルがその頭部を撃ち抜いた。間髪入れずにバックパックのビーム砲も放たれ、胴体なのであろう部位に光芒を浴びせる。

 撃たれた直後、再び怪物が上げる絶叫。苦痛の叫びが反響し…だが、みるみる内に修復される。頭部は元の形を取り戻し、胴体の穴も埋まり塞がる。

 

「やはりこの個体も再生能力持ちか…!だがそれならば更に火力を…ぐぅ…ッ!」

「ワイト!」

 

 スラスターを稼働させ、移動と共に次の攻撃を仕掛けようとするワイトだったが、そこへ巨大な怪物は突進。凄まじい速度という程ではないが、巨体故にただの突進でも攻撃範囲が広く、避け切れなかったマエリルハは衝突。シールドを掲げていたおかげで本体への直撃はない様子ながら、鉄の塊である機体が大きく飛ばされる。あれを生身で受けようものなら、間違いなくただじゃ済まない。

 

「出し惜しみなんてしてられないね…先行するわ!」

「みたいだな。茜、ネプテューヌ共々援護する。前衛は任せた。……茜…?」

 

 女神の姿となり、床を蹴って飛び立つネプテューヌ。俺も怪物の動きを視認し、能力を推測しながら茜に呼び掛け動こうとする。

 だが、茜からの反応はない。いつもなら二つ返事で、或いはこっちが言う前から動いている茜が、今は全く反応がなく…違和感を抱いた俺が振り向けば、茜は茫然としていた。意識が身体から離れているかのように、茫然としていて…その肩は、震えていた。

 

「茜、大丈夫か?…茜!」

「……っ!…あ、え、えー君……」

「どうした、何があった。…いや…何か、見えたのか…?」

 

 強く呼ぶと共に肩を掴む事で、漸く茜は我に返る。…が、様子はおかしいまま。そして俺が、思い付いた可能性を口にすれば…茜は、小さく頷く。

 

「…うん。えー君にも、あれが色んな生物が混ざった感じなのは分かるよね…?」

「ああ。動物なのかモンスターなのかは分からないが、な」

「…その通り、なんだよ。あれはそういう見た目をした『一体の生物』でも、色んな生物の要素を組み合わせた『融合体』でもない…バラバラのまま、無理矢理単体の形に押し込めた、『個』を踏み躙った『一つ』…そうとしか、言えない存在なの」

「…………」

「それに…そんな存在、だから…繋がってる場所なんて、外見も中身もぐちゃぐちゃで、ぼろぼろで、だけど離れる事も出来なくて……っ、ぅ…!」

 

 言葉を途切れさせた茜は、口元を押さえる。…恐らく、見えているんだろう。茜には、言葉通りの光景が、俺には見えない怪物の姿が。

 今も、怪物はネプテューヌやワイトと戦っている。斬撃や射撃を受けながらも、すぐさま再生する身体で突進し、腕や脚を振るい、棘や触手を放つ。…その度に、叫びを上げながら。

 

「…茜、戦えるか?もし無理そうなら……」

「…ううん、大丈夫。万全とは言えないけど…目を背けたくなるような光景は、慣れてるから…ね」

 

 ふるふると首を横に振って、茜は小さく笑う。こんなの自慢にならない、悲しいだけだよね…そう言うように頬を緩めて、それから表情を引き締める。

 ならいいか、とは思わなかった。戦えば更に間近で、更に多くの苦痛を見る事になるのは明白なのだから。…だが茜自身がやると決めたのなら、止めはしない。それに「もし無理そうなら」とは言ったものの…戦力を温存出来る相手とも思えない。だから俺は、駆け出した茜に続く形で動こうとし…気付いた。茜にネプテューヌにワイト…今戦っているのは三人。つまり…一人、足りない。

 

「…イリス?」

 

 もう一人、イリスの存在を思い出した俺は見回し…見つけた。…しゃがみ込み、耳を押さえたイリスの姿を。

 最初俺は、イリスが状況を理解していないのかと…初めの絶叫で耳を塞いだままなのかと思った。現にイリスは目を閉じていて、周りが見えていない。普通は散発的な叫びこそあれど、最初の様な絶叫はもうない事を気付く筈だが…イリスの幼さを思えば、あり得ない事はない…の、かもしれない。…多分。

 

「…影?イリスちゃんに何かあったの?怪我?」

「いや、違うだろうな。…イリス、もう五月蝿く…なくはないが、動けない程じゃない。…と言っても聞こえんか……」

 

 迫る触手を次々と斬り払う中で、ちらりとこちらを見たネプテューヌに言葉を返し、イリスの肩を揺する。それと共に声を掛けたが、予想した通りなら俺の声も聞こえていない訳で、仕方なしに俺は揺すり続ける。イリスは…戦力としては決して十分じゃないが、全く戦えないという訳でもない。指示とタイミング次第では出来る事もあるだろう。仮に戦力にならなかったとしても、それならそれで避難していればいい。というより、出来る限り離れていてくれないとこっちが動き辛い。そんな風に考えながら、俺はイリスに気付かせようとし……不意に、イリスが呟いた。

 

「…聞こえる…痛い、辛い、苦しいって…ずっと聞こえる、ずっと言ってる……」

 

 俯いたままの、イリスの言葉。今もこれまで同様、イリスは無表情の…落ち着いたような面持ちで…だが声からは、伝わってくる。…苦しみが聞こえる、その辛さが。抑揚のない声音でも…分かるものがある。

 

「…イリス、立てるか?これまでは試すまでもなかったから使えるかは分からないが…もし階段で下に行けるなら、そこまで避難するんだ。終わったら呼びに……」

「…止めてあげて…あの子、凄く辛そう…今も痛いって言ってる、痛がってる…だから、止めないと……」

「止めるって…待てイリス。あれは倒さなきゃいけない存在だ。でなきゃ扉は開かないと、ネプギアも言っていただろう?」

「やだ。苦しそうなら、大丈夫?って訊く。大変そうなら、助けてあげる。…ブランはそうしてる、イリスはそれが良い事だって知ってる、だから……」

 

 手を取り、耳から離して、降りるように言う。だが立ち上がったイリスは、怪物の方へ向かおうとする。止めようとする。こちらへ攻撃を仕掛ける怪物ではなく…茜達を。

 間違っているとは、言えなかった。茜もそうだったが、イリスも俺には認識出来ないものが認識出来ている。目的の為に倒さざるを得ない、だから止める訳にはいかないとは言えても、所詮はデータであろう存在を労わるなんて無意味だと一蹴するなど…何も知らない、分からない者の勝手に過ぎない。

 

「…離して、影」

(…仕方ない、か……)

 

 手首を掴んだ俺の手を、イリスは振り解こうとする。手を離せば、イリスは戦闘を止めさせようとするだろう。そして今のイリスを、幼く苦しみが聞こえているイリスを言葉で説き伏せるのは、容易じゃない。出来たとしても、相当な時間俺は戦闘を放棄しなければならない。…それは下策だ。効率が悪いし確実性もなさ過ぎる。

 ならどうするか。…ならば、手早く確実な手を取るまで。俺らしく、いつものように……

 

「…影、今何をしようとしていたの?」

 

……そうしようとした瞬間、いつの間にか戻ってきていたネプテューヌに止められた。静かな…それでいて肝の据わった瞳で俺を見やる、ネプテューヌに。

 

「…イリスには、アレの苦しみが聞こえるようだからな。だから少しだけ、眠らせようとしただけだ。そうすれば戦闘に支障は出ないし、イリスも苦しみを感じずに済む」

「…優しいのね。でも、乱暴過ぎるわ。乱暴だし…それは貴方の、一方的な押し付けじゃないの?」

「かもしれないな。…だが、ならどうする。戦闘を止めようとするイリスが背後から襲われる可能性を許容するか?聞こえる苦しみを耐えろ、無視しろと言うのか?」

「それは……」

 

 否定はしない。イリス自身は『知らぬ間に全部終わる』事を望んでなんていないだろう。だがこれが、俺の取れる最善だ。ベストではないにしろ、ベターな答えだ。

 

「ちょっとえー君!?ねぷちゃん!?流石に二人で相手するのはキツいんだけど!?」

「悪い、茜。だが、少し待ってくれ」

「んもー…!ワイトさん、ちょっとえー君の我が儘に付き合ってね!後大変なんだから、二人は後で私とワイトさんに謝る事、いいね!?」

 

 ご尤もな茜の言葉だったが、戦姫霊装を纏った茜は大盤振る舞いの動きで怪物を引き付けてくれる。ワイトの方も、近接戦を仕掛けて足止めをしてくれる。

 今言われた通り、二人で相手をするのは厳しい。早く戦闘に参加しなければ、二人の体力ばかりが減っていく。

 

「別に認めろとは言わないさ。禄でもない方法だって自覚もある。…けど、別の手段が思い付かないなら…今のイリスを助けられないなら、邪魔はするな」

「……っ…だとしても…!」

 

 そう言って、視線をイリスに戻す俺。表情を歪めたネプテューヌは、それでも、と言葉を返そうとし…一瞬、口を噤んだ。それから、俺の肩に触れ…視線で俺に言ってきた。「別の方法が思い付かないなら、よね?」と。そして、ネプテューヌは片膝を突き、イリスと目線を合わせて…言う。

 

「…ねぇ、イリスちゃん。イリスちゃんは、虫歯って知ってる?」

「…虫歯?…知っている。イリスはなった事ないけど、とても痛いらしい。治す時も、ドリルを使って削るらしい。……ドリルで削られる…恐ろしい、そのままでも治そうとしても痛いのは、イリス経験したくない…」

「そ、そうね。淡々と語られると、こっちもちょっと怖気がしてくるわ…。…こほん。イリスちゃんの言う通り、虫歯は治す時も痛いものよ。痛くて辛いものよ。でも、治さなかったら、もっと痛くなるわ。そのままにしておくと、痛いじゃ済まない事態になる事もあるわ。…それと、同じだと思わない?」

「同じ…?」

 

 突然始まった虫歯の話。一体何を…と思いはしたが、口は挟まない。俺は黙って見守り、ネプテューヌは続ける。

 

「あの大きなモンスター擬きも、最初から叫んでいたわ。きっと、最初から苦しんでいたんだと思うわ。…だったら、そのままにするのも可哀想だとは思わない?戦って、なんとかしてあげる方が良いと思わない?」

「…戦うと、治せる?」

「分からないわ。でも、イリスちゃん…それに茜も分かる事があるんでしょ?なら、もしかしたら…楽にしてあげる方法が、戦う中で見つかるかもしれないわ。だから…イリスちゃん。助ける為に、協力してくれる?」

「……分かった。イリス、頑張る。イリス、助けてあげる」

 

 こくり、と頷くイリス。助けるのだと、イリスは手を握る。そう言った時、頷いた時…もうイリスは、俺の手を振り解こうとはしていなかった。

 ゆっくりと俺が手を離せば、イリスは走っていく。そこに、戦闘を止めようとする気配は…ない。

 

「…ありがとう、影。貴方の助けるって言葉で思い付いたわ。……けど、不甲斐ないわね…こんな言葉で希望を抱かせて、その気にさせる事しか出来ないなんて…」

「…希望を抱かせる事が出来る。それだけでも、価値はあるだろうさ。それに…ネプテューヌは今の言葉を、その場凌ぎの嘘で終わらせたりはしないんだろう?」

「当然よ。出来るかどうか分からないけど、出来ないと決まった訳じゃないもの。人に希望を抱かせておいて、自分は端から諦めてるだなんて…そんなの、格好良くもないものね…!」

 

 そう意気込んで、再びネプテューヌは斬り込んでいく。意思の籠った動きで、戦いに向かう。

 結果的に、ネプテューヌは説得に成功した。俺の考えより遥かに良い、ベストにかなり近いであろう選択肢を編み出し実行した。…大したものだよ、別次元…もとい、別世界のネプテューヌも。

 

「…仮想空間とはいえ、まさかまたこれを使う事に…本気で戦う事になるとはな……」

 

 悲しいものだ、と思った。結局戦いからは逃れられないのかと、信次元に…イリゼの護る次元でもこうなるのかと。…だがこれは、俺が望んだ事。それに気休めだが…相手がデータなら人間じゃないんだ。これまでの戦いとは…違うんだ。

 怪物を見据える。シェアデュアライザーを起動する。今度こそ俺も…戦闘に移る。

 

(すぐに終わらせてやるさ。こういう戦いは…早く終わらせてやるのが、一番だ)

 

 黒の鎧を身に纏い、床を蹴る。二丁、或いは二振りの銃剣を手に突っ込み、更にもう一度床を蹴って飛ぶ。

 まだどう倒すのが最適かまでは分からない。…が…可能な限り素早く、出来る限りネプテューヌやイリスの意思に沿う形で戦い倒そうとは思う。それが出来れば、苦しみが見える茜も少しは楽になるだろうし……勝っても負けても、進んでも戻っても沈むだけの戦いは、もううんざりだからな。




今回のパロディ解説

・ネプテューヌは伊達じゃない!
ガンダムシリーズ(特に宇宙世紀)の主人公の一人、アムロ・レイの名台詞の一つのパロディ。これはアズールレーンとのコラボにて、パープルハートも同様のパロネタを言っていますね。

・「〜〜茜さん、オペレートをお願いするよ」
ロックマンEXEシリーズに登場するキャラの一人、ロックマン.EXEの台詞の一つのパロディ。ゲームにおけるバトル時開始時の台詞なので、すぐに分かる方は割と少ないのかも、と思います。

・「〜〜上から来るよ、気を付け〜〜」
デスクリムゾンの主人公、コンバット越前の台詞の一つのパロディ。…ではあるのですが、ネプテューヌシリーズプレイヤーならご存知の通り、むしろ原作のネプテューヌを意識したネタです。

・「〜〜マエリルハ!でも、装備が!?」
ガンダムSEEDシリーズの主人公の一人、キラ・ヤマトの台詞の一つのパロディ。キエルバは所謂フルアーマー系のユニットなので、デュエルASに対する発言を出してみました。

・某可能性の獣
機動戦士ガンダムUCに登場するMSの一つ、ユニコーンガンダムの事。叫ぶ(呼ぶ)事で現れたり飛んできたりするロボットも色々いますが、今回はユニコーンをパロネタとして使いました。

・私はマエリルハで行く…!
レディ・プレイヤー1に登場するキャラの一人、ダイトウ(トシロウ)の名台詞の一つのパロディ。ガンダム好きなら皆興奮したであろう展開、その始まりのシーンですね。

・光の巨人
ウルトラマンの通称の一つ。まあ勿論、ワイトは光の巨人ではありません。むしろネプテューヌシリーズ的には、ダークメガミがそれに近いかもですね。比較的であって、全然似てはいませんが。


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第三十五話 勝利の先の解放

 初めはイリゼ様たっての頼みという事と、多少の興味から始めた、シミュレーターでの神生オデッセフィア国防軍機操縦。その時点では、良い経験が出来たとしか思っていなかったが…まさか、こうも操縦を重ねていた事が…それなりに動かせるようになっていた事が、功を奏するとは思ってもみなかった。まさか…データ上とはいえ、それを実戦運用する事になるとは。

 

「とにかくまずは再生能力のレベルを調べたい。ワイト、手伝ってくれ…!」

「分かった。ネプテューヌ様、茜さん、そのまま撹乱をお願いします…!」

 

 ロングビームライフルのバレルを外し、ビームマシンガンモードでフルオート射撃。脚部、左右腰部、それにバックパックのスラスターを用いて機体を滑るように旋回させつつ、ビームカノンも同時に放つ。マシンガンで面の、カノンで点の攻撃を仕掛け、異形のモンスター擬きへ粒子ビームを浴びせていく。

 別方向からは、遠隔操作端末が縦横無尽に飛翔し砲撃。羽を模したような計八機の端末は、モンスター擬きの顔や腕、脚や尻尾…膨らんだ胴らしき場所から伸びる各部位を精密な動きで以って撃ち抜く。

 モンスター擬きは脆い。カノンは勿論、マシンガンでも大体の部位は体表を抜ける。…だが、それがダメージになっているような印象はない。まるで海に向けて攻撃をしているかのように、すぐさま元通りになってしまうというのは…どうにも焦燥感を抱いてしまう。

 

『せー、のッ!』

 

 針や触手による攻撃を掻い潜り、胴に二筋の大きな斬撃痕を作る大太刀と大剣。腕による、振り払うような反撃を躱してネプテューヌ様と茜さんは距離を取り、すぐさま次の攻撃に移る。

 それに合わせ、ビームカノンを一発。斬撃により裂けた部位が再生し切る前に高出力の一撃を喰い込ませ…しかしやはり再生される。

 

「イリス達が楽にしてあげる。だから、もう少し我慢、して」

「そうだね、早く楽にしてあげなきゃ…ね……!」

 

 思いを馳せるような言葉と共に、イリスさんが大槌…の様に変化させた腕を振るう。同調した茜さんは、紅い斬撃を遠距離から放つ。

 私には、この異形のモンスター擬きが怪物にしか見えない。生命として明らかにおかしい何かだとしか思えない。だが、茜さんには苦しみが見えるという。イリスさんには痛みが聞こえるという。…戦場において、そんなものが見えてしまえば、聞こえてしまえば、戦う事など出来なくなる。普通で、まともであればこそ、戦えなくなる。それでも尚戦う、戦える二人は、戦えるだけの背景があるという事なのか、或いは信念か。

 

(…それにしても…駄目だな、死角らしい死角がない……)

 

 回り込んでの砲撃をかけようとした、実際に回り込んだ瞬間に放たれた、散弾の様な針。それ自体はシールドで防いだものの、攻撃のタイミングを潰され、更にモンスター擬きが突進してきた事で回避を余儀なくされる。避けつつ射撃を行いはしたが、ただ当ててもすぐに再生されるだけ。

 素早く飛び回るネプテューヌ様と茜さんが撹乱をしてくれてはいるものの、効果は薄い。その理由は単純で…モンスター擬きの顔は、複数ある。単に複数あるのではなく、他の部位共々、適当に取って付けたかのように、バラバラの位置へ配置されている。その結果、一つ二つの顔は引き付けられても、別の顔は別の対象を見ている。更に言えば、このごちゃ混ぜ具合からして一般的なものとは違う感覚器官を有している可能性も十分にある。そしてその部位を潰そうにも、再生能力がそれを許さない。

 歪な見た目に反して、性質や能力の噛み合ったモンスター擬き。厄介極まりないが…それを嘆いても仕方ない。そういう相手として、戦い倒すしかない。

 

「やはり、ただ攻撃を重ねるだけでは無駄に消耗するだけか…」

「そのようだね。だがまだ、結論を出すには早いというもの…!」

「確かにな…!」

 

 暫し戦闘を続けたところで、影くんは端末を引き戻す。そこへ触手が次々と伸びるが、影くんは大きく後方宙返りを掛ける事で躱し、尚且つ上下逆の状態で銃剣を連射し触手を蹴散らす。

 そのタイミングで私も機体のスラスターを吹かし、大跳躍。モンスター擬きの上を取り、バックパック左側のユニット…そこから自推式高初速重徹甲榴弾を一発撃ち込む。放った徹甲榴弾はモンスター擬きの背に深く刺さり…炸裂。モンスターの胴体を斬り裂き、深く大きな穴を開ける。

 

「ネプテューヌ様!影くん!」

「了解よ!」

「そういう事か…!」

 

 直上を通り過ぎる前に機銃を数発放ち、外部用スピーカーで二人を呼ぶ。私の意図を察してくれたネプテューヌ様は巨大な剣…エクスブレイドを穴が塞がる前に落とし、広がった大きな傷口へ影くんが再射出した遠隔操作端末で一斉掃射。

 連撃により、更に広がる背中の穴。だが、更に私達は攻撃を重ねる。まだ、終わりではない。

 

「このまま私はこちらから捌きにかかります…!」

「なら私はこっちからかなッ!」

「同じくこちらから斬り裂くわッ!」

「イリスも、やってみる」

 

 マシンガンをビームサーベルに持ち替え、再びスラスターを吹かして突き立てる。逆側からはネプテューヌ様と茜さんがそれぞれの得物で急降下からの斬撃をかけ、更に別方向からは近付いたイリスさんが、両腕を大太刀と大剣に変化させて、それを持ち上げるようにして下から斬り裂く。

 穴から、或いは穴へと繋がる向きで、三方向からモンスター擬きの胴体を捌く。その間、影くんが複数の頭部を集中的に銃撃する事で、モンスター擬きからの反撃を潰してくれる。

 

(このまま、完全に切断する事が出来れば…!)

 

 幾ら再生能力が凄まじいモンスター擬きでも、完全に両断してしまえば、真っ二つにしてしまえば再生出来ないのではないか。仮に真っ二つになっても尚再生出来るとしても、それならそれで情報に、撃破の為に必要な攻撃能力の指標にはなる。とにかくまずは斬り裂き両断する、そして確かめる。…そう、思ってはいたが……

 

「……!不味い、離れろッ!」

『……っ!』

 

 裁き切る前に始まってしまう再生。高熱量のビームで断面を焼いても再生能力に変化は無く、両断にまでは至れない。

 更に、妨害していた影くんの発する、鋭い声。反射的に機体を下がらせた次の瞬間、モンスター擬きは唸りを上げながら回転する。身体が歪むような勢いで、自分自身の負荷を顧みないような強引な回転で各部位を振るい…そこから暴れ回る。予測の出来ない、不規則そのものな動きで私達の接近を封殺する。

 

「…う……」

「イリスちゃん、だいじょーぶ?どこか怪我したの?」

「転んだ…けど、大丈夫。…あの子達の方がもっと痛そう…あの子、あの子達……」

「イリスさん…?」

「…名前……」

 

 モンスター擬きは今、周囲を無差別に、やたらめったらと攻撃し暴れている。ならばと私達は一度集まり、私はマエリルハを片膝立ちにさせてシールドを構える。四人には機体の後方に集まってもらう。

 そこでイリスさんの発した、「名前」という単語。その言葉から感じられるのは、きちんとした呼び方を決めたい…という思い。

 であれば、モンスター擬きなどという仮称は勿論、怪物なんていう呼び方などは以ての外。しかし名前を付けるにしても、様々な要素が混ざっているが為に、特徴から決めるというのも難しい。…が…それならば、逆に……。

 

「…オムニバス、でどうかな?きちんと考えた名前ではないけど、ね」

「オムニバス…それで良い。何となく、格好良い…気がする」

「そうね、悪くない響きだと思うわ。…で、だけど…ここまで試してみて、どう?」

 

 調子を整えるように軽く肩を揺らしたネプテューヌ様からの問い。それは影くんに向けての言葉で…問われた彼は、一つ頷く。

 

「さっきも言ったが、ただ攻撃を続けても先にこっちがガス欠になるだろう。向こうも再生する度に体力なり何なりを消耗している可能性はあるが、そこに期待するのは希望的観測というものだ」

「再生速度が速過ぎるものね…やっぱりあの巨体を丸ごと飲み込むような一撃を叩き込むしかないのかしら」

「それで倒せるから良いが、正直ここまでの事を思うと、そういう攻撃をしても尚再生する可能性は否めない。普通はあり得ないが、モンスター擬き…もとい、オムニバスは普通の範疇じゃないからな。それに…そもそもあの巨体を飲み込めるような攻撃が出来るか?」

 

 実現可能か、という問いに肯定はない。茜さんイリスさんは首を横に振っていて、私も機体の武装的に不可能であるのはほぼ確実。ネプテューヌ様は考え込んでいるようだが…考え込んでいる時点で、少なくとも容易に出来る方法はないという事なのだろう。

 

「と、すれば…力技で無理矢理倒すんじゃなく、倒せる手段を用いて倒すしかない」

「…影、それはどういう意味?」

「弱点を突く、再生能力のからくりを暴く、再生出来ない類いの攻撃を仕掛ける…色々あるが、力技じゃなく頭や技術を使って倒すという事だ。…あー…虫歯を治す時も、昔は歯を引き抜くしかなかったが、今は虫歯だけを削る事が出来るし、そこから穴を埋める方法も色々とある…っていうのと似たようなもの、かな」

 

 ピンときていない様子のイリスさんへ、影くんは説明をする。一旦言ってから、虫歯に例えて説明し直す。

 その説明には、頷けるところがあった。というより、力技は余裕で出来る範囲なら単純で良いが、そうでないなら決して賢明な策ではない。他に策があるのなら、そちらを進めた方が確実というもの。…その、他の策があるのなら。

 

「…影くん。その見解には同意だが…具体的な方法は思い付いているのかい?」

「残念ながら、全く。というか、軍人のワイトなら分かると思うが、そもそも事前情報ほぼ無しの行き当たりばったり戦闘という時点で問題が……」

 

 肩を竦めながら、否定を示す影くん。しかし、そこから先の言葉は続かない。ここまでは落ち着いて話が出来ていたが…次の瞬間、ふと思い出したようにオムニバスの頭の一つがこちらを見やり、鼻をひくつかせるように揺れた直後、こちらを狙った、明確な意図のある攻撃が再開された。

 猛烈な勢いの突進を、スラスター全開で迎え撃つようにして受け止める。激突の直後、超至近距離から機銃の連射を浴びせかけるが、結果は一瞬穴が空いただけ。更に機体が押され始め、各関節に負担が掛かる。

 

(出来る事なら一時撤退して仕切り直したいところだが…どうせ無理なのだろう、な…ッ!)

 

 左右に分かれた四人が反撃を仕掛けてくれたおかげで、オムニバスの勢いが削られる。その隙に離脱し、距離を空けながらカノンとマシンガンで同時攻撃。それと共に各種センサーをフル稼働させ、少しでも何か情報を得られないか目を走らせる。

 勝敗は始まる前に決まっている…なんて言葉がある通り、情報と準備は勝敗に大きく影響する。だが、徹頭徹尾想定通りに進む戦闘なんていうものはそうそうないし、どんなに悪い状況であろうと、戦いになってしまったのなら切り抜ける他ない。少なくとも、今それを嘆いたとしても何の意味もない。

 

「ふ…ッ!…ちっ、これも駄目か…!」

「今思ったけど、天井を壊して瓦礫で押し潰すっていうのはどうかしら…ッ!」

「我々も巻き込まれる可能性がありますし、これだけの巨体となると、上手く完全に押し潰せるだけの破壊を出来るかどうかも分かりません。成功する可能性もあるとは思いますが、最終手段として捉えた方が良いかと…ッ!」

 

 投げ放たれた影くんの銃剣は、刺さった後少しの間はその位置に留まっていたが、次第に押し出され、オムニバスの身体から落ちる。それは恐らく、何かを身体に挟む事で再生を阻めるかどうかのテストで…生憎それも望めないらしい。

 ネプテューヌ様の提案には、今はまだその時じゃないと私が答える。それもそうね、とネプテューヌ様は軽く頷き、刺突するように迫った触手を左手で掴む。それからネプテューヌ様は触手を引っ張ったが、千切れるのみで何にもならない。千切れた方の触手は消え、代わりの触手がすぐに生える。

 

「……あ。今のでイリス、思い付いた。食べれば再生しない、かも?」

『食べる!?』

「そう。試しにイリス、あの柔らかそうな部分を……」

「た、食べちゃ駄目よ!?なんでそんな、防御力に極振りしてそうな発想を……」

「すーちゃんの発想には驚かされるね…ある意味これ位柔軟な考えの方が、突破口に繋がるの、かも…!」

 

 情報を得る為、攻撃を続ける。思い付いた事は、とにかく試してみる。幸い士気は落ちていない。それぞれが考えながら動く事が出来ている。故にまだ、最悪の状況などではない。

 

「ふ…ッ!はぁああぁぁ!」

 

 シールドを構え、撃ち込まれる針を弾きながら突進。近距離まで突っ込み、迎撃が針から脚の振り出しになった瞬間マシンガンとシールド裏に懸架していたバレルを接続しつつシールドバッシュ。掻い潜った先で近距離からまずは一発放ち、そのまま迫り…一射目で空けた穴に砲身を押し込む。トリガーを引き、体内へ直接ビームをぶち込む。最大出力での射撃を一発、二発と放ち…これ以上は危険だと感じた事で、ライフルを引き抜きながら離脱。これならばどうだ、と下がりながら射撃で空けた穴を見やる…が、これでも再生してしまうだけ。

 

「…茜。今思ったが、オムニバスに核の様なものは見えるか?」

「そこを壊せば倒せるよーな場所があるかって事?…そういうのはない、かなぁ…さっきも言ったけど、バラバラのまま一つになってるようなものだから…」

「…一つ、試したい事があるわ。少し力を溜めるから、その間任せてもいいかしら?」

 

 了解、と返すように頷いた影くんと茜さんは、左右に展開。影くんが射撃を行い、オムニバスの巨体がそちらに向いた瞬間茜さんが鋭く斬り込み、勢いそのままでの刺突からの斬り上げをかける。直後茜さんに反撃が向かえば、茜さんは避けずに壁状にした粒子で受け止め、茜さんの防御を迂回するように触手が伸び…た次の瞬間、今度は影くんが斬り込んだ。恐らく触手を操る部位に対してすれ違いざまの斬撃を浴びせ、駆け抜けた直後に反転からの発砲を仕掛け、更に影くんの攻撃で余裕の出来た茜さんは、大剣の斬っ先から深紅の光芒を放つ。床を踏み締め、薙ぎ払う。

 それぞれが卓越した技術を持つ、夫婦の連携。言わずとも分かる、伝わるを突きつめたような連携は、淀みなく続き…オムニバスの再生の前では、どれだけ質の高い連携をしても撃破には繋がらない。繋がらないが…注意を引く行動としては、十分だった。

 

「これだけ溜められれば…いけるわッ!」

 

 駄目押しとして、私もビームカノンとグレネードを同時発射。後方で力を溜めていたネプテューヌ様の方を向いた顔の一つを撃ち抜き、その付近の腕を抉り…次の瞬間、機体のすぐ側をネプテューヌ様が駆け抜ける。

 その手に持つ大太刀の刀身に揺らめくのは、莫大な熱量を持つ炎。防御するでも斬り払うでもなく、ネプテューヌ様は機敏且つ繊細な高速機動で迎撃を全て避けながら突っ込んでいく。それを影くんと茜さんが遠隔攻撃で援護し、私はスラスターを思い切り吹かす事で視覚的にも聴覚的にも意図的に目立って気を逸らし、最後の迎撃である鉤爪の一振りは、いつの間にか接近していたイリスさんが槌に変化させた手で付け根を殴る事で軌道を変え…ガラ空きとなった胴を、炎を纏った大太刀が斬り裂く。

 

「フレイムブレイドッ!」

 

 鋭く素早く大太刀が振り抜かれた直後、斬撃の跡が爆ぜるように燃え上がる。炎は迸り、一気に全体へ燃え移る。

 巨体を炎が包むまでの速度からして、通常の火炎ではない。魔法か、シェアエナジーによるものなのか、油が撒かれていたのかと思う程の速度でオムニバスは火だるまとなり……絶叫が、響き渡る。

 

『……っ…!』

「イリスさん、失礼するよ」

「茜も一度目を逸らせ。その間の観測は俺がする」

 

 肩を震わせる、茜さんとイリスさん。即座に私は期待を走らせ、左腕のマニピュレーターで慎重にイリスさんを掴んで後退。影くんも茜さんの前に立ち、大太刀を構えたままのネプテューヌ様と共に、三人で燃えるオムニバスを見る。

 炎により継続的に燃えている巨体。普通に考えば、この状態では再生などしようもない筈。周囲に水もなければ炎を振り解ける程の超速度も出せないであろうオムニバスは、このまま燃え尽きる他ない筈。期待混じりの評価ではあるが…この認識は、間違っていない筈。そう、私は思っていた。…だが……

 

「■■■■■■ーッ!■■■■■■■■■■ーーッ!!」

『な……ッ!?』

 

 何度も、何度も続く絶叫。苦しみが見えない、聞こえない自分ですら、痛みを感じてしまいそうな叫びが轟き……オムニバスは、膨張する。その身を包んだ炎、それを逆に飲み込むように、押し潰すように身体が広がり炎を消し去っていく。

 

「…幾ら何でも、これは予想外過ぎるわ…この調子だと、逆に凍らせても棘か針みたいになって攻撃に繋げてきたりしそうね…」

「ネタ発言をしてる場合か、と言いたいところだが…これだと何をしてきてももう不思議じゃないな…マジでどうしたものか……」

 

 二人の口から漏れる、焦燥の声。ネプテューヌ様も影くんもまだ心が折れてはいないようで、現状から改めて思考を巡らせているようだが…これでもまだ駄目なのか、という感情は伝わってくる。そして…それは、自分も同じ事。なまじ上手くいきそうな手段だったが為に、上手くいくんじゃないかと思っていたが為に…ショックが、大きい。

 

(…考えてみれば、そもそもこれはバグを相手にしているようなもの…ならば何か倒す方法がある筈、という考え自体が希望的観測だという事なのか…?)

 

 嫌な汗が頬を伝う。ここまでの…いや、この仮想空間に留まった理由や前提をひっくり返すような発想が脳裏をよぎり、不味いな…とそんな思考を振り解く。この思考に発展性はない。今は、無意味な思考に時間を割けるような状況ではないのだから。

 

「…ネプテューヌ様。先程は最終手段と言いましたが、炎さえ通用しないというのなら、押し潰す他ないかもしれません」

「同感よ。正直、それですら倒せるか怪しいところだけど…試してみるしかないわ」

 

 自身を焼く炎を飲み込むように鎮火しながら、オムニバスは宙をのたうち回る。炎の状態からして、完全に消えるまでは後十秒もないだろう。そうして消えた時、膨張した身体は元に戻るのか、そのままなのか…何れにせよ、次の手を打つしかない。

 最後の手段であった押し潰しを今挙げた理由は二つ。一つは、本当にそれ位しか可能性がないような相手である為で…もう一つは、一か八かでもすぐに動く必要がある為。今はまだ焦燥でも、次の策が…目的がないまま戦闘が続けば、士気が落ちてしまうのは明白。幸いにも、天井の破壊に使えるような武装はある。上手くオムニバスを誘導し、全身を完全に潰せる位置と規模で天井を崩落させれば……

 

「……?…オムニバス、声…少し、変わった…?」

「変わった…?」

 

 そんな時、不意に降ろしていたイリスさんが声を発する。それも、気になる声を、言葉を。

 

「うん、違う。…でも、どうして…?オムニバスの声、バラバラで分からない…」

「それは私にも…。…いや、待った…茜さん、オムニバスに何か変化は?これまでとは違う何かがあったりは?」

「え?…あれ、そういえば……よく見たら、ところどころ再生速度が遅い…?」

「遅い…?これまで通り再生しているようでいて、炎は何かしらの影響を及ぼしたという事か…?それとも膨張による弊害か?いや、それ以前に今になって急に再生速度が遅くなった、という考え方自体が早計の可能性も……」

「考えているところ悪いけど、向こうの再生が終わったみたいよッ!」

 

 増大した体格のまま、またこちらへと襲いかかってくるオムニバス。思考に耽りかけていた影くんはネプテューヌ様の言葉に反応して避け、そこへ私が側面から仕掛ける。どうせ再生されるだろうが、と思いながらビームカノンを一発撃ち…案の定再生される。増えた部分も、再生能力は変わらないらしい。

 だが…茜さんの認識が間違っていないのなら、全身全面全てが同じだけの再生能力を有している、という訳ではないという事になる。少なくとも、今は違うという事になる。

 

「じっくり考えたいところだが…今は案ずるより産むが易し、か…!茜、その再生が遅い場所を斬れ!援護する!」

「だったら自分が攻撃を重ねるわ!」

 

 左右腰部のスラスターを前に向け、オムニバスと正対しつつ蛇行するような機動で下がる。機銃を撃ち込みオムニバスを引き付け、その隙に茜さん達に動いてもらう。

 自分を追い掛けるオムニバスの背後から、茜さんが強襲。飛び乗らんばかりの勢いで突っ込み、大剣を突き立て、そのまま斬り裂いていく。同じ位置へ、茜さんに追随したネプテューヌ様も大太刀を刺し、再生が始まった傷口を開くようにして再度捌く。

 

「ここが、こうで…こうして、こうッ!」

「無茶苦茶な太刀筋ね…!単純な防御力は大した事なくて助かった、わ…ッ!」

 

 途中何度か妙な方向転換をしながらも斬り裂いていく大剣と、その後に続く大太刀。斬撃はオムニバスが無理矢理振り払おうと回転を始めた事で一瞬止まる…が、自分がそこへ突進を掛け、機体で直接ぶつかる事で逆に強引に止めさせる。影くんとイリスさんが、腕と触手の抵抗を阻む。

 気迫の籠った斬撃が、自分には見えない何かをなぞるように進んでいく。迷いなく、淀みなく、続く大太刀と共に大剣は進み続け…最後の一画を書いたかのように、オムニバスの身体から外へと振り抜かれる。茜さんが離脱すると同時に、同じ位置まで斬り裂いたネプテューヌ様の大太刀も引き抜かれる。大剣には赤い粒子が、大太刀には薄い青の光が刀身を延長するように収束していて……二人が宙で分かれて視線を落とす中、二人の刃が走った斬り口から、煙の様な靄が一瞬上がる。そして次の瞬間…オムニバスの巨体、その一部が落ちる。

 

「…再生、しない…という事は……」

「やったわ…漸く見えたわよ、皆!この戦いに勝つ…勝負を終わらせる、筋道が!」

 

 切断された断面(といっても内側もやはりよく見えないが)が、再生する気配はない。斬り落とされた部位も、再生する事なく霧散していく。ここにきて、ここまできて…遂に、明確な損害がオムニバスに表れる。

 呟いた私に続いて、ネプテューヌ様が声を上げる。まだ斬り落とせたのは一部分だけ。それでもこれが、大きな前進である事は、間違いない。

 

「恐らくだが、再生が遅かったのは各生物又はモンスターの接続面だ!複雑で不規則な繋げ方をしているせいで、これまでの攻撃では偶然上手い具合に接続面を断ち切る事が出来た、って状況にはならなかったんだろうな…!」

「混ざり合う箇所故に単独の部位より再生の難度が高く、速度に影響が出ていた、といったところか…何にせよ、タネは分かったんだ。後は……」

「接続してる場所をせーかくに斬っていけばいい訳だね!」

 

 一度散開し、その上で言葉を交わす。唯一接続面を見る事の出来る、茜さんの存在を主軸に据えた形で戦術を組み立てる。

 接続面以外を斬っても無駄になる。接続面を正確に断つのもかなりの緻密さを必要とする作業で、実際私には出来ない。相手が止まっているならともかく、動くとなると機体のサイズ的にも性能的にも無理があり過ぎる。だがそれならば、援護と支援に徹するまで。チームプレイ、集団行動というのは役割分担してこそその価値が発揮されるものであり、そして個々の技術と連携の徹底を行えば、突破口の見えた今は勝つ事も決して不可能では……

 

(…うん?これは…上方にエネルギー反応…!?)

 

 機体のセンサーがモニターへと表示を表す。それまではなかった反応の理由を確認するべく、視線を上げる。そして自分が見たのは……次々と影の様な靄が集まり実体化していく、多数のモンスター擬き。

 

「ネプテューヌ様!イリスさん!上です!」

「上?…ぁ…いつの間に…?」

「あれって、さっき斬り落とした部位が霧散した時の…というか、また上から来たわね…!」

 

 ネプテューヌ様は飛んで、イリスさんは走ってその場から離れた直後、天井すれすれの位置からモンスター擬きが降ってくる。即座に自分はマシンガンで蹴散らす…が、残った個体は一切の恐れなく、オムニバスと共に突っ込んでくる。

 

「げっ、もしかして斬り落とす度にこうやって出てくるの?一難去ってもう一難とは、正にこのこ…うん?あ、別に難が去った訳じゃないから、一難にまだ対処してる最中なのにもう一難…?」

「それじゃ長いし泣きっ面蹴ったり、辺りでいいんじゃないかしら?それよりも、さっさと片付けちゃいましょ!倒す度に出てくるのは厄介だけど、そういうものだって心構えが出来ていれば……」

 

 まともに受ける訳にはいかないオムニバスのタックルをすれ違うように躱し、そのまま推力を上げてモンスター擬きを撥ね飛ばす。一旦全員で、オムニバスを警戒しつつモンスター擬きの殲滅にかかる。

 ここに来てのモンスター擬きは厄介というもの。とはいえオムニバスと違い、モンスター擬きは普通に倒せる。動きも単純で、高い知性が生み出す複雑さもなければ、本能を前面に出した鋭さがあったりもしない。手間と難度は確かに上がっているが…何をしても無意味に終わっていたこれまでと比べれば、まだ今の方が遥かにいい。

…そう、自分は思っていた。一体ずつならわざわざ撃つまでもない、と突進でそのまま倒しながら、私は次の部位切断の事へ思考を移していた。だがそこで、影くんは言う。こちらにとって不利な…あまりにも不都合な気付きを、静かに示す。

 

「…いいや、残念ながらそんな単純な話じゃないらしい。出来る事なら、俺の見間違いであってほしいが…な」

 

 銃剣で上を指し示しながらの、気掛かりな言葉。その意味を知るべく、もう一度私は視線を上げ…すぐに、理解した。理解し…一瞬で、自分の中の楽観的思考が吹き飛んだ。

 見上げた視線の先にあったのは、暗い色の、煙の様な靄。つい先程、モンスター擬きを発生させた存在。それを私は、切断された部位がモンスター擬きとして再構成されたのだと思っていたが…違う。モンスター擬きを発生させた後も、その靄は残っている。ゆっくりとだが、再び何かを…モンスター擬きを生み出そうとしている。

 それが意味する事など、一つしかない。そして…もしもこれが、重なるのだとしたら。切断をする度に、霧散した部位が宙で集まり、濃くなっていくのだとしたら。その可能性は、考えたくもなかったが……目を逸らす事は出来ない。それが…戦場というものなのだから。

 

 

 

 

 やっと見えた突破口。私にとっては、文字通り『見えた』可能性。内心焦る中で見えた可能性に、私の心は高揚して…でもすぐに、上げてから落とされるように、新しい脅威が立ちはだかった。ゴールは見えているけど…そこに辿り着くまでの道は、凄く凄く困難なものだった。

 ここで傷付いても、死ぬ事はない。それでもやっぱり、ここは戦場で、しているのは戦いで…だから一度抱いた恐ろしさは、そう簡単には拭えない。

 

「はぁ、はぁ…ふー、ぅ。…はぁぁッ!」

 

 上がってきた息を少しだけ整えて、斬り込む。ねぷちゃんと協力して、掠る程度のダメージは無視して、二人で刃を突き立てて…接続面から、オムニバスの一部を斬り落とす。

 初めに接続面の存在に気付いて切断をしてから、もう同じ事を何度もしている。まだ大きいけど、初めに比べればオムニバスのサイズは小さくなっていて、ちゃんと結果が出ているって事が一目で分かる。

 でも余裕はない。体力的にもそうだけど、精神的にも余裕なんて全然ない。…えー君の、予想通りだったから。切断する度、煙みたいになった身体の一部が登っていって、上で合流して…より多くの、モンスター擬きを生み出してくるから。

 

「三人共、大丈夫?」

「大丈夫。オムニバス、まだ苦しそう。だから早く、何とかしてあげたい」

「私もだいじょーぶ、ではあるけど……」

「長期戦は避けないと不味いな…」

 

 降ってくるモンスター擬きを射撃しながら動き回る事で、ワイトさんが次から次へと撥ね飛ばす。一旦私はねぷちゃんと下がって、大丈夫?って言葉に三人で答える。

 えー君の言う通り、長期戦は不味い。遠距離攻撃したり壁にしたりする為の擬似魔力展開は勿論、必要な情報を素早く集中的に集めるのにも結構体力がいるから、もうかなり私は消耗してる。今はまだ大丈夫だけど、最後まで接続面を見抜く事を考えると、これ以上の擬似魔力の使用は出来る限り控えなきゃいけない。えー君だって燃費の良い方じゃないし…本気の戦闘からは長い間離れていたから、そういう面でも長引くと予想外のミスとかをしちゃう…かもしれない。

 

「…茜。ないとは思うけど、そこを斬ると一気に全身バラバラになるような部位は……」

「ないかなぁ。そもそも私は実際にある接続面を見てるだけで、別に死の線や点的なものを認識してる訳じゃないし…」

「…イリスもネプテューヌ達位飛べたら、一緒に出来る。でも……」

「出来ない事は出来ないんだ、仕方ないさ。それよりもイリス、今聞こえるオムニバスの声には、何か変化があったか?」

「今?……あ」

『……?』

「ちょっとだけ、最初よりオムニバスが言ってる事、分かる。まだはっきりとは聞こえない…けど、何か言ってるって、分かる」

「それって……」

 

 言われて初めて気が付いた、という風に言うすーちゃんの言葉に、ねぷちゃんと顔を見合わせる。それは多分、そこそこ切断して、オムニバスを構成する存在の数が減った事で、聞こえ易くなった…よーは、喋ってる声の数が減ったからって事なんだと思うけど…その発言を聞いたえー君は、数秒思考。それから「よし」と小声で言って、一つ頷く。

 

「ならイリス。イリスはここから攻撃に参加しなくていい。代わりに耳を澄ませて、オムニバスの声に集中してくれ。ちょっとでいい、何となくでもいい、オムニバスの声を聞き取って、何を考えているか…次にどんな攻撃をしようとしているか、見抜いてくれ」

「…聞くのに、見抜く?」

「うん、まぁ、それは言葉の綾というか…じゃあ、聞き抜いてくれ」

「分かった、イリス聞き抜く。…新しい言葉、また一つ覚えた」

 

 そう言って、すーちゃんは耳へ沿うようにして両手を当てる。オムニバスの声を、聞く事に集中する。……うん、後でそんな言葉はないよー、って訂正しておかないと…。

 

「えー君、何か策有り?」

「策というか、方針だな。全員多かれ少なかれ消耗している以上、限界まで無駄は省かなきゃ勝ち目はない。だから…ワイト!ワイトはここから、モンスター擬きの対処に専念してくれ!オムニバスの切断はしなくていい…というより、狙うだけ無駄だ!」

「はっきり言うわね、貴方…」

「事実だからな。ワイト…というかあの機体はオムニバス撃破に向いていない。だが逆に、物量で攻めてくるモンスター擬きに対しては、あの機体が一番上手く立ち回れる。それにワイトが下がっての戦闘に回ってくれれば……」

「君も積極的にオムニバスへ仕掛けられるという事だね。分かった、露払いは引き受けよう。イリスさんの護衛も含めて、ね」

「話が早くて助かる…!」

 

 ばっちり意図を理解してくれたワイトさんに大きく一つ頷いて、すぐにえー君は床を蹴る。突っ込むえー君と引き撃ちをするワイトさんの機体とがすれ違って…私達も、後を追う。

 

「今度はここからだよ!」

「そこね…!」

 

 突進の勢いでそのまま大剣を突き刺して、振らずに斬る。方向転換が必要な時には身体ごと振って、出来るだけ止まらずに接続面を割いていく。私一人だと、斬り落とす前に再生が始まっちゃうけど、絶妙なタイミングでねぷちゃんが同じ場所を斬ってくれるから、また一部位を切断する事に成功する。このねぷちゃんの合わせる力が、本当に心強い。

 

「茜、次の位置は!」

「えっと、そこ──きゃあ!」

 

 斬り落として、えー君に訊かれて、次の一番近い位置を指し示した次の瞬間、私はえー君に手首を掴まれてそっちにぐっと飛ばされる。えー君曰く、「どうせ切断すればする程モンスター擬きの発生量も増えるなら、速攻で全解体する方が負担は減る」って事らしい。それにしても、無言で掴んでぐいっ!…なんて…そういう大胆なところもあるのが素敵…!…って、思ってる場合じゃないんだよね…ッ!

 

「……茜、狙われてる…?オムニバス、最初はまず茜からだって、気付いてる…?」

「こっちの軸を見抜いてきたか…茜さん、その部位を切断した後は一度下がって口頭での指示を!茜さんが離れた状態で切断に成功すれば、オムニバスの混乱を誘えるかもしれない!」

「口頭?それは良いけど、これを言葉で上手くせつめーするのは自信が……」

「任せろ、曖昧な説明でもやってみせるさ…!」

「では、ネプテューヌ様は影くんのサポートを!」

 

 今度はえー君が後ろから続けて斬ってくれる。代わりにねぷちゃんが腕や触手を斬って反撃を潰してくれる。

 その中で聞こえた、ワイトさんの声。位置とか長さとか角度とか、言葉で説明するのは難しい事が多過ぎて、上手くやれる気がしなかったけど…えー君に任せろって言われたらもう、任せるしかない。それにねぷちゃんのサポートがあるなら、いけるかもしれない。

 だから私は切断した後すぐに、後ろに飛ぶ。節約の為に、オムニバスの攻撃は全部避けるか大剣で受けるかして、目を走らせる。今えー君のいる場所から一番やり易い接続面を探して…言う。

 

「まず足元十時の方向に私の大剣四本分!そこから二時の方向に一本分で、その後は四分二十五秒の時の長針の角度で八本分とぜーちゃん一人分!」

「最後だけ難易度高過ぎるだろ…!ええぃ、多分こんな感じだ…!」

「自分からすれば最初から難易度高過ぎだけどね、なんで今の指示でやれるのよ…!」

 

 私だって「ちゃんと伝える気ある!?」…って言われそうな指示だとは思ってるけど、そもそもが無茶な説明なんだから仕方ない。ちょっとでもタイミングが遅くなれば、オムニバスの位置や向きが変わって説明し直さなきゃならなくなっちゃうから、認識した切断面を思い付いたままに言う他ない。さらっと言ってくれたけど、ワイトさんがしたのは物凄い無茶振りなんだからね…!

 ただでもほんとえー君は流石っていうか、ちゃんと私の指示通りに斬ってくれる。ばつちりしっかり斬ってくれて、ねぷちゃんも続いてくれて、狙い通り私が離れたままでも部位の切断を……

 

(……っ、出来てない…!?浅い…!?)

 

 斬る部分はばっちりだった。そこを斬れば斬り落とせる、そういう場所を通っていた。でもえー君でも、そうするのが精一杯だったみたいで…ほんの少しだけ、刃の入りが浅かった。その結果、ギリギリ切断し切れてなくて…折角斬った部位は、再生する。再生されてしまう。

 

「駄目か…!…仕方ない、これまで通り茜さんが……」

「…いや、もう一度頼む!一つ、試したい事がある…!」

 

 混乱させられるならその方がいいけど、まず切断が出来なきゃ意味がない。だから私は飛行タイプのモンスター擬きを斬りながら前に戻ろうとしたし、ワイトさんも同感だったみたいだけど…もう一度、ってえー君は言う。

 声から感じるのは、自信じゃない。だけど、えー君自身は多分、その『試したい事』に可能性を感じている。だったら私は…信じるだけ!

 

「えー君、指示いくよ!」

 

 視界の邪魔なモンスター擬きを蹴っ飛ばして、もう一度どこをどう斬ればいいか言っていく。えー君は一度距離を開けていたから、まずは大体の位置を言って、えー君が肉薄する瞬間を待つ。その最中に、ワイトさんのマエリルハが私の真上に飛んできて、上から振ってくるモンスター擬きを受け止めてくれる。

 離れた状態から、小さく息を吐いてえー君は突撃をかける。同時に銃剣…スラッシュバレットMk-04'を手放して、代わりにメモリーカードをその手に掴んで……

 

Origin Heart

 

Arms drive singllized!

 

 次の瞬間、えー君の黒い装備に白と金のラインが走る。メモリーカードを持っていた手には、バスタードソードが現れる。そしてえー君はバスタードソードを突き刺し…斬り裂く。

 

「あの武器って…!」

「セブンソード…なんて、な…ッ!」

 

 ねぷちゃんが驚く中で、えー君はバスタードソードを必要な距離、必要な位置まで振り抜いて、手離す。周囲に展開した複数の刀剣、その内の片手剣を手に取って、私の次の指示に沿ってまた刺し、捌く。片手剣、曲刀、ナイフ、青龍刀、ファルシオン。武器を引き抜かずに、最初から引き抜く事を考えない、押し込むような斬撃を次々と放っていって…最後に掴んだのは大剣。それを思い切り振り抜いて、突き刺した位置から一気に斬り飛ばして…大きく弧を描くように、その場から飛び退く。そのすぐ後には、ねぷちゃんがまた斬っていき…同じように最後の一ヶ所を斬り抜いた直後、斬られた部位より先が落ちた。一度は失敗した、二人での切断が…今度こそ、成功する。そして、私のすぐそばに着地したえー君は、軽く口角を上げて……言った。

 

「……駄目だ、めっちゃ戦い辛ぇ…」

「いや、まぁ…それはそうだよえー君…。ぜーちゃんって別に、色んな武器が得意だからそういう戦い方してる訳じゃなくて、相手のペースを崩す手段として色んな武器を使ってるだけなんだから…」

 

 全然締まらないえー君の発言に「えぇー…」ってなりながらも、一応突っ込む私。まあ勿論、どの武器もそれなり以上に使える事は間違いないんだろうし、引き抜く動作を省略して、勝手に武器が消える事を活かして速度も深さも向上させたえー君の判断も正しかったとは思うけど…ぶっつけ本番で使った挙句、速攻そんな事言われちゃったらぜーちゃんが浮かばれないよ……。

 

「それが一体どういう原理の力は分からないけど…上手くいったのは事実ね。イリスちゃん、オムニバスはどう!?」

「オムニバス、びっくりしてる。オムニバス、慌ててる」

「好都合…!畳み掛けるぞ!」

 

 一度私が離れていたのは、オムニバスを混乱させる為。それが出来たんだからもう私が下がってなきゃいけない理由なんてなくて、えー君と一緒にまた前に出る。その時その時で私とえー君、私とねぷちゃんって感じに切り替えて、更にオムニバスの切断を進める。イリスちゃんの言葉通り、オムニバスは慌ててるみたいで忙しなく複数の頭を動かしている。

 

「くっ、流石に残弾が少なくなってきたな…イリスさん、少し五月蝿くなるけど、頑張ってくれるかい?」

「……?おぉ、おおぉ……!」

 

 切断と次の切断、その間の一瞬にちらりと視線を動かせば、マエリルハがシールドを装備した左腕のマニピュレーターにすーちゃんを乗せて、その状態で右腕のマシンガンを撃っていた。

 私もずっと集中しなきゃいけないから大変だけど、倒しても倒しても増えるモンスター擬きを殆ど一人で相手にしなきゃいけないワイトさんも、凄く大変なのは間違いない。すーちゃんを乗せたのは、自分と一緒にいてくれる方が、別々に動くより弾の節約が出来るからで…でもその分イリスちゃんが落ちないように気にかける必要もある訳だから、もしかしたら今一番集中しているのはワイトさんなのかもしれない。しかも、ワイトさんが持ち堪えられなくなったら、私達はモンスター擬きに邪魔されて切断を進められなくなる。そんな状況でも、常に周囲を見て、その場その場で指示も出してくれるワイトさんは…本当に流石。苦しみの声が常に聞こえ続けてる筈なのに、聞き分けて行動を読もうとしてくれてるすーちゃんだって、ここまで打ち合わせなしで的確に私達へ合わせた連携をしてくれるねぷちゃんだって、皆凄い。だから私も、負けられない。私だって…最後まで、必ず見抜く。

 

「皆、後少し…後少しだよ…ッ!」

 

 殆どのモンスター擬きはワイトさんが対処してくれてるけど、やっぱりどうしてもこっちに襲い掛かってくる個体もある。でもそれをいちいち倒してる余裕なんてない。天井付近で現れて、即私の方に来たモンスター擬きを、私は宙に作り出した擬似魔力の足場で止めつつ、上下逆さまの状態から足場を蹴って急降下からオムニバスを刺突。一息で、オムニバスの接続面を捌いていって、息を止めたまま次の位置にも刃を突き立てる。変な動きをしても、どんな軌道でも、えー君とねぷちゃんなら合わせてくれると信じて、私は自分のやるべき事に意識を全部注ぎ込む。そうして何度も、何度も続けて……遂に、その時が来る。

 

「……っ!次で、最後だよッ!接続面は後一つ、後一回で……くぁ…!」

「茜!ちっ…向こうも必死という訳か…!」

 

 見える接続面は一つだけ。それは最初に比べれば、ずっと小さくなったオムニバスに残る、最後の接続面。でも、遂に最後だと思って、思わず見間違いじゃないか必要以上にオムニバスを注視していた私は、飛行するモンスター擬きに気付けず横から激突される。すぐにその個体はえー君が倒してくれたし、鎧のおかげで『痛い』と思っただけで済んだけど…今のは危ない。後一息だと思っている時と、倒した直後は、油断し易い分凄く危険。

 立て直して、構え直す。改めてオムニバスを見ようとして…モンスター擬きに、遮られる。気付けばこの広い空間の半分は埋め尽くしてしまいそうな…実際のところはともかく、感覚的にはそれ位に思えるような、凄まじい数のモンスター擬きに。

 

「ここまで多いと、もう笑えてくるわね…本当に負常モンスターさながらじゃない…!」

「正直、この数ではもうどうにもなりません。まともに立ち回る前に、弾薬が尽きます」

「となれば、選択肢は二つだな。後一歩というところで諦めて押し潰されるか……」

『最後の力で正面突破、でしょ?』

 

 押し寄せてくるモンスター擬きを、私は擬似魔力の障壁で、ねぷちゃんはエクスブレイドを壁みたいにする事で誘導して、えー君とワイトさんの射撃で何とか押し留める。でも撃破より迫る勢いの方が上で、もう対策を練っている時間はない。

 そういう中での、えー君の提案。人差し指を挙げながら一つ目の選択肢を言って…中指を挙げたところで、今度は私が言う。同じタイミングで、ねぷちゃんも言う。

 元からモンスター擬きを完全撃破出来るなんて思ってない。最初から、本体を倒すのが私達の狙いで…もうそれは、後一歩のところまできている。最後に高い壁が私達の道を阻んでいるけど…それはきっと、越えられない壁じゃない。

 

「乾坤一擲…力を振り絞るとしようか」

「後少しだから、イリスもフルパワーで頑張る。皆も、頑張って。えいえい、おー」

「あはは、えいえいおー」

「そうね、えいえいおー」

 

 無表情でえいえいおー、とやるすーちゃん。それは凄くシュールな光景で、私はちょっと笑いながら、すーちゃんに乗って拳を上げる。ねぷちゃんも、同じようにする。えー君とワイトさんはしなかったけど…まあ、それはそうだよね。壁を作った私達と違って、二人は射撃し続けてる訳だし。

 ともかくこれで、最後にやる事は…最後の一手は決まった。だから私達は頷き合って…勝負を、掛ける。

 

「まずはこの波を切り崩す…ッ!影くん!」

「了解だ…ッ!」

 

 壁を解き、射撃も止める。当然すぐにモンスター擬きは殺到してきて…その中でワイトさんのマエリルハが正面に立つ。床を蹴ったえー君が、その上に陣取る。

 そこからワイトさんはビームマシンガン、機銃、バックパックのビーム砲と杭みたいな弾頭を、えー君も二つのスラッシュバレットの銃口と、左右に展開した八基の遠隔操作端末、黒切羽を、その全てをモンスター擬きの波へと向ける。次の瞬間、二人の一斉掃射が同時に行われて、無数の弾丸とビームが駆け抜ける。撃ち抜いて、貫いて、モンスター擬きを蹴散らしていく。

 それだけじゃ終わらない。連射から照射に切り替えたえー君は、モンスター擬きを薙ぎ払って…その合間で、マエリルハは各部の装甲をオープン。装備の内側から、多数の小型ミサイルが姿を現し…それを前腕のグレネードと一緒に全弾発射。視界を埋め尽くしそうな程の煙を靡かせながら、ミサイルとグレネードは殺到するモンスター擬きに対抗するようにぶつかっていって、幾つもの火の玉を作り上げる。爆発は重なって、モンスター擬きの大群を飲み込んで……決着への道、その始まりを築く。

 

「風穴を開けるわ!デュアライド…デルタスラッシュッ!」

 

 まだ、オムニバスには届かない。まだモンスター擬きの壁は越えられない。

 だから、ねぷちゃんが動く。大太刀の刃に紫の光を、シェアエナジーを纏わせたネプちゃんは、翼を広げて舞い上がり、響くような声と共に大太刀を振り抜く。三度、煌めく刃を振るって…解き放たれた光は、飛翔する斬撃に変わる。繋がった三つの斬撃が、道を奥へと開いていく。

 凄まじい威力の斬撃が、あっという間にモンスター擬きを両断する。斬り裂いていく。…それでも、足りない。ねぷちゃんの攻撃でも、オムニバスへ届く前に…後少しのところで消えてしまう。──ねぷちゃんの、予想通りに。

 

「これで最後だ…届けッ!」

「えいやー」

 

 シェアエナジーの刃が消えた瞬間、その瞬間に叩き込まれる、もう一つの三つの斬撃。マシンガンとシールドを放棄して、二本のビームの刃を抜いたワイトさんのマエリルハと、手を大きく長い剣に変えたすーちゃんが、ねぷちゃんの攻撃の後を追って…届かなかった『後少し』を、引き継ぐ。今度こそ、本当に…道を、切り開く。

 

「行けッ!影くん、茜さんッ!」

「任せて、皆!えー君、最後は単純!思いっ切り縦と横に斬り裂くだけたから、縦は任せたよッ!」

「そうか、だったら…全力で頼む…ッ!」

 

 なんでそうなのかは分からないけど、最後に残った部分だけは特殊で、十字に斬る必要がある。だから私とえー君は、私達のとっておきを選ぶ。開いた穴、オムニバスへ繋がる道へ飛び込んで、モンスター擬きが道を埋め尽くす前に駆け抜けて、オムニバスの前に躍り出る。そして二人でオムニバスを見据えて…踏み切る。

 

「緋影双撃……」

 

 私が構えた大剣の上に、軽やかにえー君が乗る。踏み切り、踏み締めた私は、オムニバスに向けて大剣を、えー君を振り抜く。

 バランスを崩さずに、えー君は宙を舞う。オムニバスを飛び越えるように。オムニバスの注意を、自分自身に引き付けながら。飛んだままえー君はスラッシュバレットを構えて、自分自身でも加速しながらオムニバスに迫って…けれど迫るのはえー君だけじゃない。えー君が注意を引き付ける中で、えー君に注意が向かうように飛ばした上で…私も迫る。残った体力の全部を突っ込むつもりで、オムニバスへ肉薄する。

 成功するかどうか。これがオムニバスに通用するかどうか。それは、私にだって見えない。それは分からないけど…えー君の事なら、なんだって分かる。見なくたって知ってるし…そのえー君となら、負ける気がしない。しかもねぷちゃん、すーちゃん、ワイトさんも一緒にここまで来たんだから…勝てる気しかしない。だから私は、私達は……全身全霊の、最後で最大の一撃を重ねて…叩き込む。

 

「閃紅十文字ッ!」

 

 正面からの、私の横一文字。上から背後に駆ける、えー君の縦一文字。二つの斬撃は、全力は、その中心で重なり合って…断ち切る。最後の接続面を、戦いを続けさせる最後の一点を。そしてえー君が着地し、私が振り抜いた大剣を、降ろした瞬間……オムニバスは、崩れ去った。生まれ続けていたモンスター擬きと、産み続けていた宙の靄…その全てと、共に、一緒に。

 

「…勝っ、たぁぁ……」

「お疲れ様です、皆さん。…ビーム以外の火器はほぼ全て弾切れ…最後に大盤振る舞いしたとはいえ、ギリギリの戦いだったな……」

 

 変身を解いて、私は脱力。もうへとへと、体力的にも集中力的にもへっとへと。

 でもその分、達成感はある。やり切った、って感じがある。まだこれは途中で、この先にも倒さなきゃいけない存在がいる訳だけど…それはそれ、これはこれ。今を喜んだ者にのみ、明日が来る…なーんて事はないけど、喜べる時は素直に喜んでおいた方が前向きに……

 

「…待って…まだよ、まだオムニバスは消えてないわ…!」

『……!?』

 

…そう、思っていた中での、ねぷちゃんの言葉。それに弾かれるように、私は振り向いて…そこにあった、まだ残っていたオムニバスに、一度は緩んでいた緊張が再び高まる。

 もう、脅威は感じない。見るからに弱々しい、残滓みたいな状態のオムニバス。それでも確かに、まだオムニバスは残っていた。放っておいても消えそうだけど…まだ、完全に消えてはいなかった。

 残っているなら、今度こそ倒さなきゃいけない。何かされる前に、確実に終わらせなきゃいけない。そう判断したのはえー君やワイトさんも同じで、二人共攻撃体勢に入っていて……けれど二人が撃つよりも前に、多分誰よりも先に、すーちゃんが動いていた。すーちゃんは駆け出して、駆け寄って…オムニバスを、抱える。

 

「…すーちゃん…?」

「よしよし。もう痛くない、もう大丈夫。オムニバス、よく頑張った。…よしよし…」

 

 優しく、労わるように…慈しむように、抱き抱えたすーちゃんは、オムニバスを撫でる。無表情でも、抑揚のない声でも分かる、オムニバスへの思いを込めて。

 普通に考えれば、危ない事。無防備に抱えるなんて、普通ならやっちゃいけない。でも、私達は知っている。すーちゃんはその為に、オムニバスへの思いで戦っていたんだって事を。倒すんじゃなくて、苦しみからの解放を目指していたんだって。

 だから私とねぷちゃんは、それで良いのかは分からないけど…何もしない事を選ぶ。えー君とワイトさんも、攻撃体勢はそのままだけど、撃ちはしない。皆が見守る中で、すーちゃんは静かに撫で続けて……そうしてその末に、オムニバスは消える。…最後の最後で、絶叫じゃない…安心したような、鳴き声を上げて。

 

「……皆、ありがとう。イリス、オムニバスを楽にしてあげられた」

「…そう、ね。イリスちゃんが、最後まで諦めなかったおかげよ」

「うん。オムニバス、最後は落ち着いてたって…そう、思うな」

 

 皆に向けてお礼を言うすーちゃんを、私とねぷちゃんは撫でる。最後の最後に残ったのは、一体の生物とかじゃなくて、欠片みたいな存在で、だから表情を見る事も出来なかったけど…それでも私は、すーちゃんの思いが伝わってたんじゃないかって…そんな風に、思った。

 

「ふぅ…それじゃ、行こっか。あ、それかここで休憩してからにする?」

「そうですね。ただ、他のチームの事も気になりますし、この場で取るのは最低限の休憩とし、あの扉の先に移動してから改めて休息を取る事を提案します」

「イリスもそう思う。皆の事、気になる」

「だよね。…そういえば…さっきはどうして、オムニバスの声が変わった…っていうか、変わった事にすーちゃんが気付けたのかな?」

「最初の気付きの件か?…予想だが、炎で全身へのダメージが入ったからだろう。部分的なダメージなら、痛みの声を上げる顔と、それ以外の叫びを上げる顔があるだろうが、全身燃えていれば声の方向性も同じになる。バラバラからある程度同じになった事で、その変化をイリスが気付けた…とかだろう」

「ふむふむ、つまり自分の大手柄って事だね!…と、言いたいところだけど…どの顔も頭を叫んでたから、って理由だったら、喜べないなぁ…はは……」

 

 何とも微妙そうな顔をするねぷちゃんに、私達は苦笑。それから私達は腰を下ろして、ワイトさんも機体から降りて、少しの間休憩する。休憩して、扉を開けて、先へ向かう。

 この先にいる、最後に待っているのが、バグの元凶的存在。どんな姿で、どんな強さで、どうやって倒せば良いのか…それは全て、これからの事。まだ分からない事。でも全力を尽くす事、自分の出来る戦いをする事、皆と力を合わせる事……勝つ為の秘訣は、きっと変わらないよね。




今回のパロディ解説

・「〜〜防御力に極振りしてそうな発想〜〜」
痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。及び、主人公であるメイプルこと本条楓のある行動のパロディ。作中描写から分かると思いますが、オムニバスは食べても普通に再生します。

・「〜〜凍らせても棘か針みたいになって攻撃〜〜」
ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダーズに登場する幽波紋(スタンド)の一つ、イエローテンパランスの事。残念ながら、この戦闘において逃げるという策は出てきませんでした。

・「〜〜死の線や点的なものを認識〜〜」
TYPE-MOON作品に登場する魔眼の一つ、直死の魔眼の事。流石に茜でもそういうものは見えないと思います。死の線や点は物理的なものではなく、一種の概念的なものですし。

・「セブンソード…なんて、な…ッ!」
機動戦士ガンダム00に登場するMSの内、主人公刹那・F・セイエイの機体のコードネームや武装に関する単語の事。このシーン、少しだけ対アルヴァトーレ(アルヴァアロン)戦を意識してたりもします。


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第三十六話 無限大の龍神

 次元を超えてイリゼさんと会うのは、これで何回目だろう。…っていうのは数えれば分かるっていうか、数え切れない程何度も会っている訳じゃないけど、もうこうして会うのは、一度や二度じゃなくて、ほんと何回も会っている。普通次元を超えるのって、それ自体が奇跡的な事の筈なんだけど…こう、イリゼさんと会うのはそこまで特別な事でもなくなってきてるみたいな、幻次元と信次元は割と近所なのかな?…って気がしなくもないような、そんな感じがわたしにはある。…まあ流石に、近くのお店とかは勿論、幻次元の他国に行くレベルでの気軽さはまだないけども。

 それ位の感覚を抱く程度には会っているから、しかもわたしもイリゼさんも女神な訳だから、『変化』を感じる事はこれまであんまりなかった。ちょっとした違いはあっても、印象に残る変化なんて、これまではお菓子作りが得意になっていた事位だった。…だから、今の…守護女神になったイリゼさんには、ふとした時に感じる変化が幾つもあって、驚いた。驚いたし…これまでとは違う形で、活き活きとしているようにも見えた。ただ、全部が良い変化って訳ではなくて……仮想空間を残そうとする、その為に背負わなくても良かった筈のリスクを背負うイリゼさんには…国民の為っていう『貪欲さ』には、危うさも感じた。

 悪い事だとは思っていない。それだけ国民を思う気持ちは立派だと思うし、その為に一切の妥協をしないのは、わたしの知ってるイリゼさんらしいとも思う。そう思う反面、不安もあって…結局それが、わたしもここに残った理由。あの場で言ったのも、本心ではあるけど…一番の理由は、これ。

 

「ねぇセイツ。セイツ的には、援護に回ってほしい感じ?」

「ううん、ガンガン攻めてもらって構わないわ。援護に徹するのは、柄じゃないでしょ?」

「まぁね、徹しようと思えば徹する事も出来るけど。でもそういう事なら、わたしも思うままにやらせてもらうわ」

 

 塔の中、廊下を四人で見回しつつ進む。わたしがいるのは一番後ろで、すぐ前ではエスちゃんとセイツさんが言葉を交わしている。

 今のところ、セイツさんが前衛、エスちゃんが中衛、わたしが後衛で、グレイブさんが遊撃っていう作戦を立てている。相手や状況によって変更する事もあるとは思うけど、取り敢えずはこれが一番安定感がある…と、思う。

 

「んー…んんん?」

「…どうかしました?」

「いや…廊下、長くね?」

『それは、確かに…』

 

 二人が話している間、グレイブさんは特に周囲を見回していた。きょろきょろと見て、考え込んで…何だろうと思ってわたしが訊けば、返ってきたのは「長くね?」って言葉。廊下の長さに関しては、わたしも気になっていて…同じく気になっていたらしい二人と一緒に、こくりと頷く。

 四つの塔はどれも見るからに大きかったし、中に廊下がある事はそんな変じゃない。…ん、だけど…やけに長い。もう結構な距離、わたし達は廊下を歩いている。幾ら大きいからって、凄く長い廊下があるっていうのは、何かおかしい。

 

「ひょっとして、長いんじゃなくて俺等が同じ場所を歩き続けてるんじゃねーか?とも思ったが、そうでもないみたいなんだよな」

「あぁ、それを確認する為に何度も見回してた訳ね。…まあ、あれじゃない?ゲームでもフィールド上のグラフィックの大きさと、中の広さが一致してない感じの施設とかダンジョンとかってよくあるでしょ?それと同じようなものよ、きっと。っていうか、そういうのは実際この仮想空間にもあったしね」

「ただでも、塔なのにやたら長い廊下…っていうのは変よね。わたしもそういう施設に入ったりはしたけど、広さはともかく構造自体は外見からそこまで乖離してなかった筈だもの」

 

 歩きつつ腕を組んだセイツさんは、やっぱりおかしい、と返す。それもそうか、とエスちゃんも返しに納得したような顔を見せる。

 多分、この長さは元々の仕様じゃなくて、何かしらの…それこそバグの影響か何かによるものなんだと思う。そしてこういう異常があるって事は、他にも何かおかしな事が起きていてもおかしくない訳で……そこでわたしは、あるものを見つけた。

 

「あれ?……え、蛇…?」

 

 しゅるり、と物陰から出てきた、細長い何か。影の様な…あ、人の方じゃないですよ?…っていうのを、他の人もやってる気がする…こほん。…よく見えない、暗い外見をしているせいで分かり辛いけど、動きからして多分蛇。それが出てきたと思えば、こっちを向いて、鎌首をもたげて……次の瞬間、飛び掛かってくる。

 

「うぉっ…!」

「グレイブ君大丈…わぉ…」

「おう、大丈夫だぞー。…って、お…ぬぉ……!?」

 

 弾かれるように突っ込んできた蛇は、グレイブさんに一直線。咄嗟にセイツさんは手を伸ばして…掴む。……セイツさんではなく、グレイブさんが。突っ込んできた蛇を、片手でぐっ、っと。

 かなりの速度で…女神のわたしからしても、速いと思う位の速度で襲ってきた蛇。それを普通の人間な筈のグレイブさんが掴んで止めたっていうのは、ちょっと「えぇ…?」って思うものがあって、けろっとした顔のグレイブさんにはエスちゃんやセイツさんも同じような反応だった。

 けど、そこからグレイブさんの表情が変わる。どういう訳かまだ勢いが消えていないのか、蛇を掴んだ手がぷるぷると震え始めて、段々蛇とグレイブさんの顔が近付いて……そこで振るわれたのは、一本の苦無。

 

「よっと。怪我はない?」

「ふぃー、助かったわ。まさかあの状態からまた迫ってくるとはな…ロケットか何かにでもなってんのか…?」

 

 逆手持ちで振るわれた苦無、それを振るったのは勿論エスちゃん。顔のすぐ後ろ、多分首の辺りを下からエスちゃんは斬り上げて…斬られた蛇の頭は、赤い粒子になって消える。グレイブさんが掴んでいた首から下も、同じように霧散する。

 

「…うん?今のは……」

「グレイブ君、どうかしたの?」

「や、ちょっとな。…てか、今のは何なんだ?道中の雑魚敵か?」

「雑魚敵っていうか、罠みたいな感じだったわね。そんなに大きい訳じゃないし、見逃して襲われる…なんて事がないようにしないと…」

 

 確かに、とわたしは頷いて歩くのを再開。いつ襲われてもいいように…っていうか、襲われる前に倒せるように、右手に仕込み杖を握っておく。

 そこからもまだ続く廊下。暫く進んだところで階段に行き着いて、登ってみたけど…その先にあったのもまた廊下。違和感が凄いけど…取り敢えずは、進むしかない。

 そんな道中で、何度か蛇は出てきた。どの蛇も、こっちを認識した途端に襲ってきて、その度にわたし達は撃破した。バグの元凶が存在してる場所って事を考えれば、襲ってくるのも変ではなくて……

 

(…でも、何だろう…わたし達を阻む為に配置されてるにしては、色々雑なような……)

 

 進みながら、わたしは長い廊下とは別の違和感を抱いていた。最初に出てきた一匹は、物陰にいた訳だけど、普通に廊下の真ん中を這いずってたり、こっちに背中…というか尾を向けていて、全然わたし達に気付かない個体もいた。小さいし速さはあるんだから、複数体同時に襲ってきたら大変だったと思うけど、そういう事は一度もなかった。

 障害としては、徹底されていない感じのある蛇。だからわたしは、蛇は障害っていうか、ただここに生息してるだけって感じがして…そう思い始めたところで、今度はセイツさんが声を上げた。

 

「…皆。この階に来てからずっと廊下だけど…なんか、段々広くなってない?っていうより、明らかに広くなってるわよね?」

「あ、それはわたしも思いました。天井も、上がってすぐの時より遠くなってる気がしますし……」

 

 脚を止めて振り返ったセイツさんに、わたしは首肯。多分だけど、もう上がった直後より倍位の幅に、高さになっている。何でそうなってるのかは、やっぱり分からないけど…広がっているのは、間違いない。

 となると、ここから更に広がっていくのか。それともまた階段になるのか、階段以外の何かがあるのか。それだって、進んでみないと分からない。

 

「あ、グレイブ君。今更だけど、一匹か二匹はポケモン出しておいた方が良いんじゃないかしら?君なら蛇に対応出来るとはいえ、いつどこからどう襲われるか分からない訳だし」

「あー、まあな。…てか、こうして話してるとセイツもまともだよなー」

「こう話してると、って…わたしは元からまともで──」

 

 いつもはあんなぶっ飛んでるのに。…みたいな発言が続きそうな、グレイブさんの言葉。それはセイツさんも感じ取ったみたいで、ちょっと不満そうな顔をしながら言葉を返していた……その時だった。

 前兆も、何の前触れもなく、わたし達を囲うように噴出した、赤と黒の混じった光。それは何かの粒子の奔流で、粒子はドーム状に広がっている。それも広く……何か舞台を作るように。

 

『……セイツ(さん)…』

「えぇっ!?わ、わたしのせいなの!?」

 

 全員からじとーっとした目で見られて、分かり易くショックを受けるセイツさん。フラグみたいな事言うから…という視線に対するセイツさんの反応は、妹のイリゼさんによく似ていて…って、そんな事考えてる場合じゃない…!

 

「皆、あそこに何かある…いや、いるわ!」

 

 指差すエスちゃんに反応してそっちを見れば、そこにあったのは空間の歪み。何なのかは分からない、でも確かにエスちゃんの言う通り、そこから感じるのは『何か』というより『誰か』って感じで…宙に現れた歪みは、段々と形を持っていく。人の姿に変貌していく。

 そして完全に人の姿に、蛇と同じ暗い色で覆われた存在になったそれは、ゆっくりと床に着地する。表情どころか、容姿が全く分からない…けれどそれでも感じるのは、わたし達へと向けられた視線。

 

「…女の、子…?」

 

 着地してからは何もせず、ただ立っているだけの存在。その事に疑問を持つような声音で、セイツさんがぽつりと呟いた次の瞬間──セイツさんの、姿が消える。

 

『……ッ!?』

 

 一瞬意味が分からなくて…でも、すぐにわたし達は気付く。まだ離れた位置にいた筈の、女の子の様な影が、今はすぐそばにいる事に。影は腕を突き出した格好をしていて…セイツさんは、殴り飛ばされたんだって事に。

 腰の位置よりも長い髪に、わたしやエスちゃんより少し高い位の背丈。女の子っぽく見えたけど、髪の長い男の子とか、そもそも性別のない存在って可能性もある。…けど、今はそんな事どうでもいい。

 警戒はしていた。いつ仕掛けてきてもおかしくない、と身構えてはいた。…なのに受けた、見切れなかった先手を前に、余計な事は考えていられない。

 

「でやぁぁぁぁッ!」

「ウーパ!」

「セイツさん、大丈夫ですか…!」

 

 女神化と同時に杖へと氷の刃を纏い、影に向けて振り抜くエスちゃん。垂直跳びでそれを避けた影へ、グレイブさんが投げたボールから出てきたポケモン…二足歩行のトカゲやカメレオンみたいな姿をした、ウーパ(種族名はインテレオン、らしい)が指先から高圧力の水流を撃ち出す。同じく女神化をしたわたしは、床を蹴って吹き飛ばされたセイツさんの下へ。

 

「痛た…ギリギリ防御は間に合ったとはいえ、完全にやられたわ……」

「パワーも速度も凄まじいですね…。…あれ、というかここ……」

「え?…あ、そういえば…広くなっていたとはいえ、ここまで広くはなかったわよね……」

 

 粒子の壁スレスレまで飛んでいたセイツさんは、幸い軽傷。そのセイツさんに、わたしは手早く治癒魔法を掛けて…そこで、気付く。わたしの記憶と位置の認識が正しければ、この辺りはもう壁か、壁の向こうの空間の筈だって。

 思えば上も、廊下より高くなっているように見える。つまり…粒子のドームが廊下を飲み込んだって事…?それとも、空間自体が別の場所に転移している…?

 

(…いや、それも今は重要じゃない)

 

 立ち上がって女神化したセイツさんは、エスちゃんとウーパの連続攻撃を次々避ける影へと向かっていく。わたしも広さの事は一旦置いておいて、氷弾を影に向けて放つ。

 

「エストちゃん!挟撃を掛けるわよ!」

「はいはい任せて!」

 

 二振りの剣を広げて突進するセイツさんは、氷弾を躱した影に向けて斬撃。それも躱した影を、セイツさんは追い掛けるように跳んで、エスちゃんは後方から上を取る形で急降下を掛けて、双剣と氷の大剣で下と上から同時攻撃。三つの刃が同時に宙で振るわれて…その全てが、空を斬る。影は宙を蹴るようにして、二人の攻撃を更に避ける。

 そこへまた撃ち込まれた、高圧水流の射撃。避けた先を狙い撃つ、偏差射撃をウーパが放って…ここで初めて、影に攻撃が届いた。けど、ダメージは多分入っていない。腕の一振りで弾かれて、水流弾は明後日の方向に飛んでいってしまったから。

 

「やるな…当たりゃ何とかなると思ってたが、こんなあっさり弾かれるとはな…」

 

 めげずに射撃を続けるウーパに指示を出した後、グレイブさんは頭を掻く。どうしたもんかなぁ、と言うように呟いて…動き回る影を、エスちゃんとセイツさんが追う。

 

「はぁぁッ!」

「そこぉッ!」

「まだよッ!」

「まだまだぁッ!」

 

 セイツさんの、突進からの左の刺突。避けた影を追うエスちゃんの魔力弾。追い立てられた先へセイツさんが飛び蹴りを仕掛け、更に避けられればエスちゃんが一気に突っ込んで大剣で横薙ぎ。複雑ではないけど、次々と繋がる連携を二人はしていて…何度目かの突進、何度目かの斬撃をセイツさんが放った瞬間、影もセイツさんへ蹴りを放った。剣と蹴りはそれぞれ振るわれた状態で当たって…セイツさんが弾き返される。蹴りが斬撃に勝って、そのまま影は半回転。後ろから仕掛けようとしていたエスちゃんの方を向くと、間髪入れずに掌底…ではなく、防御体勢を取ったエスちゃんを突き飛ばした。ただの突き飛ばしでも結構な威力で、落下したエスちゃんは両脚と右手を床に突いた状態で大きく滑る。わたしはエスちゃんの前に飛び込んで、展開した二つの魔法陣から氷弾と魔力弾をそれぞれ連射で影に撃ち込む。

 

「エスちゃん、立て直せる?」

「吹っ飛ばされただけよ、ダメージはないわ。…けど、無茶苦茶ねアイツ……」

「…身体能力の話?」

「それもそうだけど、動きが雑過ぎるのよ。雑過ぎるっていうか、技術も何もあったもんじゃないっていうか…それでひょいひょい躱された挙句吹っ飛ばされたんだから、腹立たしいっていうかやってらんないっていうか……」

 

 弾幕を張りつつわたしが言えば、立ち上がったエスちゃんも氷弾で遠隔攻撃。近接戦でセイツさん相手に優位を保ちながら、わたし達の魔法も全て避ける影に向けて、不満に満ちた声を出す。

 言われてみれば確かに、影は凄いパワーとスピードをそのまま振るっているだけで、駆け引きどころか、自分に有利な間合いを取るとか、吹っ飛ばした相手に素早く追い討ちを掛けるみたいな、基本的な事すらしていない。細かくは分からないけど、打撃に関しても、技術の伴わない「ただ拳を振ってるだけ」「ただ脚を振り出しているだけ」のものなんじゃないかと思う。それは身体能力が凄いから、技術や作戦なんか必要としないだけの能力があるからなのかもしれないけど……

 

「…でもそれなら、付け入る隙は十分あるって事でしょ?」

「まぁ、ね。…セイツ、さっきはああ言ったけど、一旦わたしは援護に回るわ!どっちにしろ、相手がそのサイズじゃ複数人での近接戦闘もし辛いだろうし、ねッ!」

 

 魔法を放ちながら飛び上がるエスちゃん。大剣を振って魔力の斬撃を一太刀放った後、エスちゃんは杖から氷の大剣を解除して、素早く氷弾を撃つ。影が斬撃をチョップで両断して、氷弾を軽く躱せば、次の瞬間には側面からセイツさんが袈裟懸けを仕掛けて…影は腕で受け止める。剣と腕とで、斬り結ぶような形になる。

 

「白羽取りならまだしも、脚といい腕といい耐久力まで並外れてるわね…だけどッ!」

「両手が塞がったなッ!狙い撃て、ウーパッ!」

「うぉれおん…!」

 

 受け止められた直後、セイツさんは逆の剣でも仕掛ける。それも同じく逆の手で止められるけど、そのタイミングでウーパが真下へ滑り込み、滑りながら影へ狙いを付けて撃つ。

 完全に仰向けになりながら、真上へ向けて突き上げられた指鉄砲。そこから放たれた、一発の水の弾丸。高圧水流以上の速度を感じさせる弾丸を、影は避けようとして…けれど一瞬、本当に僅かな差ではあったけど、弾丸の方が速かった。掠めるだけではあるけど、確かに弾丸は影の顔を捉え、その顔から粒子を散らす。

 

「流石よグレイブ君、ウーパ。でも……」

「畳み掛けるなら今、です…!」

 

 止まる事なく水の弾丸がドームの天井へと飛んでいく中、躱し切れなかった影は後方宙返り。それをセイツさんが猛烈な勢いで追い掛けて、肉薄しながら剣を縦連結。突進の勢いそのままに、大剣状態になった剣を大上段から振り下ろす。

 攻撃が見えていたのか、後方宙返りの最中に影は軌道を逸らして避ける。避けて…その先を、氷塊が襲う。…わたしの放った、一工夫凝らした氷塊が。

 

「エスちゃん!」

「任せてッ!」

 

 迫る氷塊に対して向き直る影。わたし自身、そして影よりもよりずっと大きい氷の塊を、影は真正面から殴り付けようとして…それよりも早く、エスちゃんの手から放たれた光が、魔力が宙を駆け抜ける。

 でもそれは、エスちゃんが狙うのは、影じゃない。魔力は、何の威力もないただの光は、わたしの放った氷塊の真ん中に当たって……次の瞬間、氷塊は分裂する。十以上の大きな破片に分かれて、影のパンチは空振って…直後、映像を巻き戻すようにして、分裂した氷塊は集まっていく。それも、氷塊は分裂状態でほんの少しだけ進んでいて、その状態で集まる事で、分裂した位置より少し前…丁度影が中心になる位置で、影へ殺到するようにして再生する。

 

「ふぅ、ルナさんの技を参考にしてみたけど、悪くないかも。…名前は……」

「地爆ならぬ、氷爆天星とかか?」

「いやわたし瞳術に目覚めた訳ではないですから…それと…!」

『分かってる(わ)ッ!』

 

 再び一つになった巨大氷塊を、わたしは魔力とシェアエナジーを同時使用して押さえ込む。元々これは、分裂もわたしのタイミングで、わたしの意思で行う事も出来た。それをエスちゃんに任せたのは、エスちゃんの方が良い位置にいたから。エスちゃんがタイミングを決めてくれた方が、より影を中心に閉じ込められると思ったから。そしてそう思った通り、わたしは影を氷塊の中心に閉じ込める事に成功して…でも、今は押し込めているだけ。ただのモンスターならそのまま押し潰せたんだろうけど、影に対しては一時的な拘束にしかならない。今も内側から、どんどん亀裂が走っている。

 だからわたしは声を上げる。上げた次の瞬間、氷塊は粉々に砕け…そこを狙う三連撃。ウーパの高圧水流が回避を誘って、エスちゃんの魔力ビームが防御を強いて、最後を担うセイツさんの刺突が届……かなかった。ギリギリで、影は防御からの回避行動を取って、刺突は躱されて…けどそこで、連結状態だった二本の剣の内、先の一本が爆ぜるような勢いで外れ、飛ぶ。連結していた剣は、一本の片手剣に戻って…手元に残ったもう一本を両手で掴んだまま、小回りが効くようになった剣をセイツさんが振り抜く。斬っ先が回避行動を続けて、セイツさんの本命も避けようとする影の胴を、浅くではあるけど斬り裂く。

 

「……っ…逃がすかッ!」

 

 影を捉えた、二度目の攻撃。でもセイツさんはもっと深く斬り裂けると思っていたようで、歯噛みと共にもう一振り。宙で跳ぶように避けられれば剣の斬っ先を影に向けて、炸裂する圧縮シェアエナジー弾を撃ち込む。援護する形で、ウーパも軽快に走り回りながら射撃を続ける。

 

「力任せの戦い方しか出来ないなら、嵌める手段は色々あるけど……」

「嵌めても対応してダメージを抑えてくるのって、かなり厄介だね…でも、この調子なら少しずつ削っていって勝てそうかも?」

「いや、ディーちゃんそれフラグ……」

 

 飛び回る影に、わたしとエスちゃんも魔法を放つ。二人で回避先を潰すように攻撃しながら、言葉を交わす。

 二回共(見た目のせいで分かり辛いけど)軽傷で済まされたとはいえ、当たってはいる。逆にこっちは最初の一撃以外特にダメージもないし、まだ温存している力も色々とある。だから、この調子なら大丈夫かもしれない…そうわたしが思った、次の瞬間だった。

 

「捉え…きゃっ!?」

『……!』

 

 直上を取った、セイツさんの回転斬り。叩き付けるような一撃は、防がれるけど宙にいた影の高度を落とす事に成功して…直後、影は腕を振った。落ちながら腕を振り…細い何かが、幾つもセイツさんに向けて飛ぶ。

 それは、蛇だった。廊下で複数回遭遇したのと同じ蛇がセイツさんに襲い掛かって、仕掛けようとしていた追い討ちを潰す。その隙に影は跳んで、蛇を凌いだセイツさんを蹴り飛ばす。

 

「…ほら、ディーちゃんがフラグ建てるから……」

「わ、わたしのせい…!?…って、わたしさっきのセイツさんみたいな事を……」

 

 また吹っ飛ばされたセイツさんを更に攻撃されないよう、エスちゃんはセイツさんと影の間を狙うように攻撃。その直前、エスちゃんはわたしにジト目を向けてきて…これ、わたしのせいなの…?セイツさんの時は、勢いでわたしもエスちゃん達に乗ったけど…。

…なんて、緊張感のない事を考えている余裕はない。進路を阻まれた影は狙いをエスちゃんに変えて、急接近からの打撃をエスちゃんが躱せば、影の顔はわたしを見る。即座に影の攻撃が迫る。

 

「……ッ!」

「ディーちゃん!」

「させっかよッ!」

 

 反射的に、わたしは杖を振る。エスちゃんと似た要領で、杖に鋼の刃を纏わせて、刀状にして影へと振り抜く。

 振った刀と影の拳がぶつかって、弾かれる。力負けしたわたしは、無理せずそのまま後ろに転がって距離を取る。わたしを追おうとしていた影だったけど、そこに魔法と射撃が別方向から放たれた事で、攻撃よりも回避を選ぶ。全員から離れるような位置に飛んで…今度は両手から、次々と蛇が宙を飛ぶ。

 

「皆、気を付けて!この蛇、ここに来るまでの個体より少し強いわ!」

「っと、みたいだな…!獄炎!」

 

 後転から立ち上がったわたしは、飛んできた蛇を小型の魔力障壁で受け止める。障壁を動かす事で床に叩き付けて、杖の刀で頭を突き刺す。続けて飛んできた二匹目は、刺した刀を振り上げて即撃破…しようと思ったけど、触れた瞬間、刀身を噛まれて防がれる。すぐに刀に魔力を流して、電撃魔法で倒したけど…確かに、ちょっと強い。一匹一匹なら楽に倒せる…けど、立て続けに何匹も襲ってきたり、影との同時攻撃をされたりしたら、ちょっと強い程度でも油断出来ない脅威になる。

 視線を走らせれば、エスちゃんは杖の代わりに両手に持った二本の苦無で迫る蛇を捌いている。セイツさんは仕掛けてきた内の一匹を掴んで、それを短い鞭の様に振って別の蛇に打ち付けている。そしてグレイブさんは、ウーパが一匹を撃ち抜いて、別の蛇はしゃがむ事で躱して…更にしゃがんだ状態から、ボールを一つ放る。投げられたボールからは、二足歩行の猪の様なポケモンが出てきて…飛んできた蛇を、正面から掴む。握り締めると同時に炎が噴出して、蛇は一瞬で燃え上がる。

 

「なんでちょっと強いのかしら、ねッ!強化版なのか、それともこのフィールドに強化効果があるのか…!」

「ま、取り敢えずこの影みたいなやつが蛇を作ってたって事っぽいな」

「かもしれませんが、使役してるだけで発生させているのは別の何かという可能性もあります、よ…ッ!」

 

 何故か宙を飛ぶ蛇を、影は次々放ってくる…なんて事はなく、一頻り放った後はまた突っ込んでくる。その狙いはグレイブさんで、ウーパの射撃を躱し、肉薄し…獄炎が横から炎を纏った掌底を放つ。それは一歩影を下がらせ、けれど防御からの反撃で逆に獄炎が体勢を崩して…でもその数瞬で、ウーパが影の懐にまで接近。顔、それも眉間の辺りに向けて指を向けて、超至近距離からの射撃を放つ。

 常人離れ…どころか、女神でもぎょっとするレベルのバク転で、影は超至近距離からの攻撃を回避。ただそれでも、影に距離を取らせる事は成功していて…さっきパージした剣を回収し、左右それぞれで順手持ちと逆手持ちを組み合わせた双剣状態に戻ったセイツさんが影を強襲。わたしも回り込んで、援護の魔法を叩き込む。

 

「くっ…防御を崩す為には連結させたいところだけど、連結状態じゃスピードに対応し切れない…なんて言うと思ったかしらッ!」

 

 わたしの魔法とセイツさんの斬撃を、影は同時に凌ぐ。表情が全く見えないから、これが余裕なのか、それとも何とかギリギリ凌いでいるのかが分からない。ただ、「凌がれている」という事は事実で…わたしもセイツさんも押し切れていない。

 けどセイツさんは、それも織り込み済みだった。左手の剣による縦の振り下ろしは、影にバックステップで避けられて……でも避けられた瞬間に、逆手持ちの右手の剣と左手の剣の柄尻同士を連結。振り下ろしの流れから、押し出すように刺突へと移行する。

 双刃刀の様になった剣での、両手持ちでの刺突。着地直後にそれを防御した影は防御を崩して…次の瞬間、振り向いたセイツさんから送られる視線。直感的にその意味を理解したわたしは踏み込んで、風の魔法を放つ。突風で、影を吹き飛ばす。

 

「幾ら力があっても、飛ばすだけなら関係ない…ッ!」

「ナイスアシスト、ディーちゃん!」

 

 打ち込んだ風で飛ばした先にいるのはエスちゃん。苦無から大きな手裏剣に持ち替えていたエスちゃんは、飛んでくる影に向かって床を蹴り、打たずに手裏剣で斬り掛かる。影が上に跳んで避けたところで、身体全体を捻るような動きでエスちゃんは手裏剣を影へと打つ。

 飛来する大型手裏剣を、影は蹴って弾く。反撃するように、手から蛇を複数出して襲い掛からせる。…でも、そうはいかない。蛇が見えた時点で、わたしは自分の周囲に鋼の刃…突きに特化した細剣を何本も作り出していて、それを一斉に発射。斜め下から蛇を全部撃ち落として、突き刺しエスちゃんと影の間の空間から押し出して、もう一度エスちゃんをアシストする。

 更にわたしのアシストへ、シェアエナジーの弾頭…それに、凄まじい勢いで飛ぶ片手剣が続く。勿論シェアエナジー弾はセイツさんが撃ったもので…片手剣を放ったのは、獄炎だった。知らぬ間にセイツさんから片方を借りていたらしい獄炎が、それをフルスイングしたんだろう体勢になっていて…二つの攻撃を同時に防御した影は、ダメージを防ぐのと引き換えに大きく体勢を崩す。そしてそこに飛び上がるエスちゃんの手にあるのは…柄まで全てが魔力で作られた、氷の大剣。

 

「今度は…外さないッ!」

 

 すれ違いざまに振り抜かれる、幅広の刃。それは確かに、ここまでで一番深い形で、防御の間に合わなかった影を斬り裂く。そこからエスちゃんは大きく弧を描くようにして着地し、胴体を斬られた影は落ちる。

 わたしも接近戦はそこそこ出来るけど、近接格闘だったらエスちゃんの方が上だろうし、経験だってエスちゃんが上。そのエスちゃんが、絶好のタイミングで斬れたんだから、ダメージが入った事は間違いない。でも…何となくだけど、感じる。この戦いは…この影との一戦は、これじゃまだ終わらない…って。

 

 

 

 

「やったわね、エストちゃん」

「ふふっ、これがわたしの実力よ。…と、言いたいところだけど…ギリギリで反応されたわ。結構ダメージは入ったと思うけど、まだ致命傷じゃない」

 

 片方の剣と知らぬ間に手放していた杖、それぞれを拾い上げた二人が言葉を交わす。セイツが微笑めば、エストは勝気な笑みを返して…でもすぐに、真剣な顔に戻る。

 確かにエストの言う通り、氷の大剣は影を真っ二つに出来る位のサイズはあった。でも、影は両断されちゃいない。致命傷じゃないっていうのも、斬ったエスト自身が言うなら多分間違っていない。

 

「そういう事なら……」

 

 同じように真剣な顔をしたディールの頭上に浮かぶ氷塊。先の尖ったそれは、影の方に飛んでいって…押し潰す。ひゅぅ、倒れてる相手に容赦ねーな。

 と、思ったが…次の瞬間、氷塊は砕ける。砕けて、倒れて…その下から、髪の長い影が姿を現す。

 

「傷は…よく分からないな」

「外見からの情報が得られないのって、意外と面倒ね…」

 

 そう言ってエストは軽く肩を竦める。ダメージの具合は分からない…が、氷塊を砕いて立ち上がる体力がまだあるのは事実。こりゃまだまだ苦労しそうだと思いながら、俺はウーパと獄炎に指示を出そうとし…そこで影が浮かび上がる。最初は単に跳んだだけかと思ったが…何か、違う。

 浮かび上がった影の周囲に、ドームから赤と黒の粒子が集まる。流れ込むように、影の身体を包み込んでいく。

 

「これは、もしかして……」

「第二形態に変化のパターンね。ディーちゃん、今の内に一撃ぶつけてやるわよ!」

「そうだね。押し潰すか、貫くか……」

「え…変身中に攻撃する気…?」

 

 二人が魔法で攻撃しようとしているのを見て、信じられないとばかりの顔をするセイツ。まあ、気持ちは分からんでもないが…チャンスだしな、そりゃ攻撃出来るならするさ。つーか仮面のライダーとか、トライなバトル部とか、変身中に攻撃されたりしてるパターンも結構あるしよ。…あ、いや、後者は変身じゃなくて合体中か…まあいいや。

 って訳で、俺はウーパと獄炎に攻撃準備を整えた状態での待機を指示。その間に二人は二つの巨大な氷塊を作り出し、二人同時に影…を包んだ球体へ放つ。氷塊は猛烈な勢いで飛び、二つがぶつかり合わない角度で迫り、完全に同じタイミングで直撃し……止まる。

 

『……っ!?』

 

 目の前の光景に、俺は…いや、俺達は息を呑む。サイズといい速度といい、氷塊が結構な威力を持っていたのは間違いない。それが二つ同時なんだから、仮に受けるのがタイプ的に有利な獄炎だったとしても、俺なら防御ではなく回避を選択していたところ。…それが、その氷塊二つが止まったんだ、驚かない筈がない。

 だが、それだけじゃなかった。球体にぶつかって止まった氷塊は、球体を潰す事も、その場で落ちる事もなく…ヒビが入る。球体の内側から、『何か』が掴んで…その先端を、握り潰す。そこから連鎖的に、ヒビの入った場所から氷塊が砕けていく。

 そして氷塊が砕けると同時に、暴風が巻き起こるようにして球体が爆ぜる。衝撃に、咄嗟に俺は腕で顔を覆い……腕を下ろすと同時に、目にする。再び現れた、影の姿を。影に包まれたような──巨大な龍を。

 

「…まさか、それぞれ片腕で掴まれて止められた…?」

「…どうかしらね。でも、さっきまでと同じかそれ以上のパワーがある事は間違いなさそうだわ」

(…龍…赤い粒子……)

 

 身体の長い、蛇に手と脚が生えたようなタイプの龍。ゆっくりと身体を揺らす影の龍を前に、ディールとエストは緊張の籠った声で会話を交わす。

 その最中、俺は考えていた。この龍は、何かに似ている気がすると。何か引っ掛かると。だが当然、俺が考えている間、龍がのんびり待ってくれる訳もなく…がばり、と龍は口を開く。次の瞬間、龍の胸の辺りから暗い光が漏れ出し…口の前に、赤い粒子が収束していく。

 

「……ッ!つるぎ、キングシールドッ!」

 

 本能的に感じたヤバさ。俺は即座にボールを抜き放ち、中のポケモン…剣と盾の姿をした、ギルガルドのつるぎを出す。つるぎに防御の指示を出し、ほぼ同じタイミングで動いたディールがキングシールドの前に青白い障壁を展開する。

 その直後、放たれる光芒。収束した赤い粒子は、ビームとなって俺達を襲う。重なったキングシールドと障壁へ直撃し、衝撃と音が周囲に轟く。

 

「……っ…なんて威力なの…!?」

 

 もし防御が間に合わなかったら全員消し飛んでたんじゃないかと思う砲撃に、セイツが目を見開く。俺もこの攻撃には目を見開いていて…だが俺が驚いたのは、威力に関してじゃない。威力も驚きだが…それ以上の理由がある。

 俺はこの攻撃を知っている。この技を、見た事も使った事もある。あぁ、そうだ。これは間違いなく…ダイマックス砲だ。だとしたら、こいつはやっぱり……

 

「…ムゲンダイナ、か……」

『…ムゲンダイナ?』

「あの龍の名前だ。ちっこい方の姿は何なのかよく分からねーが…この技を使えるのは、ムゲンダイナしかいねぇ」

 

 暫くの間、強烈な光を発し続けた末、少しずつ細くなっていくダイマックス砲。重なる形で展開していた障壁はもう破られていたが、その裏のキングシールドは何とか持ち堪えていて…攻撃が収まったタイミングで、俺は呟いた。今ここにいる、あの龍の正体を。少なくとも、その一部を。

 

「グレイブ君が知っているって事は…ポケモン、よね?どんなポケモンなの?」

「滅茶苦茶強ぇな、伝説になってるポケモンだしよ。んで、今のはダイマックス砲…ムゲンダイナの得意技みたいなもんだ。それともう一つ、リスクはあるがダイマックス砲より強い技もあるから気を付けろ」

「これより強い技って…リスクありきだとしても、出来れば使わせたくな……」

 

 使わせたくない。多分そう言おうとしたセイツだったが、その瞬間に龍が再びビームを…今度はダイマックス砲より細い砲撃を連射してきた事で、俺達は全員散開。セイツは上に飛び、ディールとエストは左右に分かれて回避する。

 俺も俺で、まずは普通に回避。ただまあ俺は三人の様に飛び回って避ける事は出来ない訳で、代わりに皆に迎撃を頼む。ウーパにはビームを撃ち抜いてもらい、獄炎には炎の拳で撃ち落としてもらい、つるぎにはソードフォルム…攻撃形態に変化からの、身体を振っての斬撃で斬り落としてもらう。

 

『曲射!?』

「火力が高い…けど、図体はさっきよりずっと狙い易いわッ!」

 

 避けた三人を追うように、放たれるビームは直進から曲射へと変化。迫るビームを、ディールはまた障壁で防ぎ、エストは大剣での防御と斬り払いを使い分ける。そしてセイツは…セイツだけは防御に転じる事なく、凄まじい速度で飛びながら、イリゼの様に加速をしながら、避けつつ龍に突っ込んでいく。

 大剣状態に組み替えての、急接近からの斬撃。それは龍の身体を軽く裂いた…が、軽くしか裂けなかった。斬られる直前、龍がその場から急加速しての移動をした事で、斬っ先以外は避けられる。

 

「あ、悪ぃ。言い忘れてたが、ムゲンダイナは素早さも結構高いポケモンだぞ」

「それは先に言ってほしかったわ!ぐぅぅッ!」

「ほんと悪い!だからお詫び…じゃねぇがもう一つ情報だ!ディールエスト、これまでみたいに氷で攻めろ!ムゲンダイナ…ってか、ドラゴンタイプは氷が弱点だ!って訳でウーパ、冷凍ビーム!」

 

 周囲に風圧を巻き起こしながら戻ってきた龍に突進され、大剣で防御しながらも吹っ飛ばされるセイツに謝る。確かにこれは俺が悪い…が、俺も隠してた訳じゃない。そもそもじっくり説明出来ない状況なんだから仕方ない。

 水の弾丸から氷の一撃に切り替えるようウーパに言いつつ、俺は走る。もしムゲンダイナそのものなら、氷以外にも幾つか弱点はあるが…二人は氷魔法が得意っぽいし、ならそれで仕掛けるのが一番。

 更に俺は思う。ムゲンダイナは強敵だが…ドラゴンタイプの相手って意味じゃ、むしろ幸運じゃないか、と。二つあるタイプの内、その両方でドラゴンの弱点を突ける…ムゲンダイナと同じ「伝説ポケモン」がこっちにも丁度いるんだからな、と。

 

「っと、サンキューな獄炎、つるぎ。んじゃ…ここからはポケモンバトルといこうじゃねぇか!」

 

 左右から迫ってきたビームをきっちりと防いでくれた獄炎とつるぎに感謝をして、俺は龍の正面に到達。わざわざ前に出たのは、戦術…とかじゃない。出たのは単なる矜持、ってやつだ。相手がポケモンなら、正面切って戦うのがチャンピオンだから、な。

 そして俺は、ボールを放る。中から呼び出す。ムゲンダイナが伝説となっているガラルとは別の地方…イッシュ地方の伝説である、キュレムの氷淵を。

 

「■■■■ーー!」

「まずはこいつだ!氷淵、竜の波動!」

「ヒュルリララ…!」

 

 出てきた瞬間に撃ち込まれる、細い光芒。それを前に、俺は氷淵に指示を出す。氷淵は口を開き、竜の力の籠った紫の光芒を放ち…それぞれの咆哮と共に、赤の光と紫の光が衝突。だがすぐに竜の波動が上回り、一気に押し込む。

 

「うっし早速一発ヒット!…と言いたいところだが…あんま効いてる感じはねーな…!」

「グレイブ君、援護出来るかしら?それとも、わたしが氷淵の援護をした方がいい?」

「いーや、任せろ。こっちは数で勝負が出来るからよッ!」

 

 撃ち合いで勝ったとはいえ、押し込む中で竜の波動も威力が落ちていたらしく、龍はピンピンしている。だがまあいい。俺だって、今の一発で倒せるなんてこれっぽっちも思っちゃいない。

 氷淵には突撃を、ウーパにはセイツの援護に向かう事を指示。俺自身は獄炎、つるぎと移動しつつ、全体の動きを見る。

 

「よ、っと。ディーちゃん、わたしも斬り込むから宜しく!」

「気を付けてね…!」

 

 ビームの連射でセイツを追い立てる龍の向こう側には、ディールとエストの姿。ディールは周囲に幾つもの氷塊を作り出していて…エストはまた杖に氷を纏わせる。その状態で床を蹴って、龍の胴体辺りへ突っ込む。

 振るわれる氷の大剣は、龍がまた動いた事で空を斬る。…が、エストは悔しがる様子もなく、その理由を示すように、ディールの周囲の氷が次々と飛んでいく。その内半分は外れ、残りの半分も殆どは連射ビームで砕かれる…が、最後の一つは撃退出来ず、龍の横っ面へと直撃。更に龍へ追い縋ったエストが、今度は龍の尻尾の辺りに一撃浴びせ、更に大剣から離した右手で氷弾を撃つ。

 宙では氷淵とセイツが同時に攻撃。氷のレールで宙を滑る状態で、氷淵は前に向けた翼から氷の杭を打ち込み、セイツは再び大剣状態の剣で斬る。ディール、エスト、氷淵、セイツ…どの攻撃も龍へと当たり…だが、龍は動き回る。当たってはいるが、ダメージも多分ある筈だが、普通に動いて次から次へと赤いビームを俺達へ放つ。

 

(ちっこい姿の時点でパワーもスピードも半端なかった分、こっちの姿の方がむしろ戦い易いってところか。特にパワーなんざ、元からまともに受けられるもんじゃなかったしな)

 

 どっちにしろ高パワーなんだから、基本攻撃は避けるって戦法は変わらない。速さに関しちゃ、さっきより速くなってるとしても、さっきの何倍以上も身体が大きくなっている分、むしろ厄介さが減っている…のかもしれない。少なくとも、攻撃を当てるって点で言えば、さっきまでより今の方が楽だろう。

 けど、だからって有利な訳じゃない。現に氷系の攻撃も複数回当たっているのに、全く動きが変わっていない。当たってるのに全然当たってる感じがねぇってのは…精神的に、凄く良くない。

 

「…ま、そういう時は大技が定番だよな。ちょっとずつ削るのも悪くはねぇが、ここは大きいのを一発狙ってみようぜ!」

「同感よ!それで仕留められるかどうかは別にしても、巨体相手に小技を重ねるだけじゃキリがないわ!」

「今のは別に小技ではないんですが…そういう事なら……!」

 

 何か案があるのか、跳んで後退したディールは杖を床に突き立てる。ディールを中心とする形で、足元に魔法陣が現れる。

 なんかやろうとしてるって事は、それだけで分かった。だったら、と俺は氷淵に龍の気を引くよう伝え、飛翔するセイツやエストと頷き合う。

 

「ほぉら、こっちよドラゴン…っと、とぉ…!」

「二人掛かりでも、押し切られるとはね…ッ!」

 

 横から突っ込んだ二人の斬撃が、振るわれた腕とぶつかる。一瞬攻撃は拮抗した…が、すぐに二人は纏めて押し返される。追い討ちの尻尾による薙ぎ払いは、それぞれ上と下に飛んで回避し、二人で龍に付き纏う。ディールの案の為に、時間を稼ぐ。

 

「獄炎、距離を取ったままじゃ獄炎の力は発揮出来ねぇ。つるぎ、サポート頼むぞ」

「ブルゥ!」

「……!」

 

 俺が言えば、すぐに獄炎とつるぎは別行動に移ってくれる。俺の事を気にして離れないんじゃなく、俺なら大丈夫だと思って離れてくれた…きっと、そういう事だ。へっ、ほんとに頼れる仲間達だぜ。

 勿論俺も、完全無防備って訳じゃない。残りの手持ちをすぐ出せるようにしつつも、俺は狙われないよう、龍の視界から外れるように走って氷淵達へ指示を出す。

 前衛としてセイツとエストが突っ込んでくれるおかげで、こっちは動き易い。だから俺はとにかく攻撃をぶつけて、龍の邪魔をする。二人に掛かる負担を減らす。

 

「ニトロチャージだ、獄炎!つるぎの鋭さを教えてやれ!」

 

 攻撃すると共に素早さを上げられるニトロチャージを加速の為だけに使い、つるぎを抱えさせた上で獄炎には懐に飛び込んでもらう。そこから獄炎にはつるぎを投げてもらい、投げられる事で一気に接近したつるぎが腹の辺りへ斬撃を浴びせる。続けてウーパにも冷凍ビームを斬った位置へ撃ち込んでもらった…が、相変わらずな影ボディのせいで、斬った位置へのピンポイント攻撃が出来たかどうかは分からない。

 だけどまあ、ぶっちゃけ成功かどうかは二の次。今重要なのは当てられるかどうか、少しでも気を引けるかどうかであり…龍が獄炎とつるぎを身体で押し潰そうとした事からして、結果は成功。獄炎達はギリギリだが龍の下から離脱した事で、回避も成功し……そこで上がる、ディールの声。

 

「お待たせしました、皆さん!」

「全然待ってないわよディーちゃん!」

「ありがと、エスちゃん!なら、これで捕らえる…!フリージング・テリトリア…ッ!」

 

 間髪入れずに答えたエストの声が合図になったかのように、ディールの足元から一気に広がる魔法陣。輝く魔法陣は、一気に床を覆っていき……次の瞬間、氷の森が生み出される。幹も、枝も…全てが氷で出来た、幻想的な魔法の氷がドームの中に森を作り出す。

 

「これが、ディールちゃんの……」

「…凄いな、こりゃ……」

「どーよ、ディーちゃんの実力は!…って言いたいところだけど、このチャンスに感動してないでよねッ!」

 

 幾つもの氷の樹が、龍を囲っていく。樹から伸びる枝が、周囲の樹と、或いは枝同士と繋がる事で、龍が動く為の空間を奪い去っていく。

 芸術ってのはよく分からないが、この魔法が綺麗だって事は、見た瞬間から思っていた。だがエストの言う通り、今はこれを眺めてる場合じゃない。そして高度を上げていくエストを見て、俺はその狙いを…俺に求められている事を理解する。

 

「連撃かけるぞッ!」

「えぇッ!」

 

 自身の自由を奪う氷の森を、すぐさま龍は破壊し始める。腕や脚で、尻やビームで、全身で次から次へと樹や枝を壊していく。樹は折れ枝は砕けていく…が、逆に言えば、そうしている間は龍も森から出られない。龍は機動力を封じられ……そこへ、俺達が仕掛ける。

 真横から、胴体を狙う形で氷淵が竜の波動と氷の杭を同時発射。光芒からは、ウーパが冷凍ビームで狙撃。更に正面へはつるぎと共に獄炎が突っ込み…踏み切って跳ぶ。同じく上昇したつるぎが、自分の盾を足場にする事で、獄炎は宙でもう一段上がる。そうして真正面、龍の顔の目の前に躍り出て…全力の殴打を叩き込む。

 それとほぼ同時に、宙のセイツはシェアエナジーの弾を発射。大剣状態の剣から放たれた、見えない弾が背中へと撃ち込まれ…炸裂する。四方向から、それぞれの攻撃を龍へとぶつけ、龍の身体を遂にぐらつかせ……最後に飛来するのはエスト。

 

「今度のは、さっきより痛いわよ…ッ!」

 

 真っ直ぐに、落ちるように急降下を掛けるエストの手にあるのは大剣。杖に氷を纏わせた大剣と…もう一つ、氷そのもので出来た大剣。左と右、それぞれの手に大剣を持った状態でエストは宙を掛け…龍の、首を狙う。

 まだ龍は氷の森から抜けていない。ディールが更に力を込めたのか、まだ折れていない樹と折れた樹の残り…その両方から再度枝が伸びて、龍の動きを妨害する。

 ぐらついた龍の身体。まだ逃さない氷の森。今ここにある、絶好のチャンス。そしてエストが狙う、龍の首元。エストの持つ二本の大剣が輝き、急降下の勢いを全て乗せた斬撃が振るわれ……

 

 

 

 

──何も無い空間を、斬った。左の大剣、右の大剣…その両方が、龍のいなくなった空間を。

 

「え……?──な…ッ!?」

 

 大剣が空振りと共に交差する中、エストが見せる茫然とした顔。だが次の瞬間、エストの顔は驚愕に変わり…俺も、気付く。一瞬にして、消え去った龍…だが決していなくなった訳でも、動いて避けた訳でもない事に。氷の樹と樹の間……その空間に、影の様な少女が立っている事に。

 

「ちょっ、どういう事…くぁ……ッ!」

「……っ、エスちゃん…!」

 

 再び現れた影のパンチ。氷の大剣を手放し、杖の状態を戻しながらガードしたエストは落とされ、すぐさまディールは影に向けて枝を伸ばす。伸ばすが枝はすぐに砕かれ、影は床に着地する。

 巨体の龍と違って小柄な影の少女相手じゃ有効じゃないって事なのか、解除され消える氷の森。その中に立つ影は…やっぱり、龍が変化する前の少女で間違いない。

 

「やってくれたわね…けど、これは何なの…?第二形態かと思ったら最初の姿にって、どこの天魔王よ…」

「ダメージを受けて、変化を維持出来なくなった…って、訳でもないわよね?ダメージも何も、エストちゃんの攻撃は当たってなかった筈だし……」

「…ひょっとして、さっきのドラゴンの姿は別のフォルム…第二形態じゃなくて、フォルムチェンジだったって事じゃないのか?」

「…だとしたら、凄く厄介ですね…自由に切り替えられるなら、状況に合わせて変化する事も、今みたいに緊急回避に使う事も出来る訳ですし……」

 

 思い浮かんだ可能性を口にすれば、三人共表情を曇らせる。そりゃそうだ。一方通行の変身じゃないなら、両方の事を考えて戦わなきゃならねぇんだから。俺だって、凄く厄介だなって思ってる。

……けど、まぁ…凄く厄介ではあるが…別に怖くもないし、勝てる気がしない…なんて事も思わない。何故って?そんなの…俺がチャンピオンに決まってるからだろ。強敵相手に勝って勝って勝ち続けて…色んな強さを体験して、それを乗り越えてきたからに決まってる。だから…これまで通り、今回も勝ってやるさ。それに…皆だって、厄介だなって顔はしているが…どう見ても諦めちゃいないんだからな。




今回のパロディ解説

・「地爆ならぬ、氷爆天星とかか?」、「いやわたし瞳術に〜〜」
NARUTOシリーズに登場する瞳術の一つ、地爆天星のパロディ。特に効果とかはないと思いますが、女神は女神化すると瞳に電源マークの模様(守護女神と女神候補生で若干違う)が浮かぶんですよね。

・仮面のライダー
仮面ライダーシリーズの事。このシリーズは割と、変身中に攻撃を受けたり、その対策が用意されてたりする事もあるんですよね。長期シリーズだから、そういう場面も自然と出てくる…のかもしれませんが。

・トライなバトル部
ガンダムビルドファイターズトライに登場する、トライ・ファイターズの事。具体的には、ビルドバスターズ戦における、トライオン3合体時の事ですね。

・「〜〜どこの天魔王よ…」
ドラクエシリーズに登場するモンスターの一体、オルゴ・デミーラの事。一度目は人型からドラゴン型になる一方、二度目はドラゴン型から人型になるんですよね。二度目は更にその後もある訳ですが。


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第三十七話 次元と世界を超えた融合

 蛇を使役する、基礎能力が桁違いの少女…の影。その影が変化した、巨大な龍。片や純粋に強くて、片や巨体な分多少はやり易くなったけどやっぱり強敵で、どちらも苦戦した。歯が立たない訳ではないけど、バグの元凶と対峙する前の前座と言うには、少し…いやかなり強過ぎると思うような存在だった。ただそれでも、勝てない相手ではない…そうわたしは感じていた。

 それを狂わせたのは、龍の姿から少女の姿への再変化。ゲームにおける大ボスの定番、第一形態から第二形態への変化だと思っていたものが、任意で切り替えられるそれぞれの姿に過ぎなかったんだという事実。その事に気付いた時、わたしは自分を恥じた。この塔の元々の要素、影の少女の胴をそれなりに深く斬り裂いた斬撃…状況的には『全力の姿』である第二形態に変わったんだろうと判断したくなる要因が色々あったとはいえ、安易な先入観で判断をしてしまった訳だから。そういう先入観を利用した戦術を持ち味とする存在が、わたしのすぐ側にだっているんだから。

 でも、まだ焦る段階じゃない。先入観から判断を誤りはしたけど、まだ致命的な状態ではないし…ここにいるのは、強大な二つの姿が相手だとしても、真っ向からぶつかっていける仲間達だと思っているから。

 

「やらせはしないわッ!」

 

 時に細かく、時に大胆な指示を次々と飛ばすグレイブ君に向けて、頭から突っ込んでいく影の少女へ横から仕掛ける。圧縮シェアエナジー弾の偏差射撃で進む先の空間を潰して、即座に斬り掛かる。

 接近と同時の、左剣での袈裟懸け。ひらりと横に回転する事で避け、お返しとして影が放ってきた殴打をギリギリで躱し、右剣で刺突。跳躍し、わたしの背後を取る形で躱す影を追う形で身体を捻り、脚のプロセッサに装填した圧縮シェアエナジーを解放する事で背後に蹴りを叩き込む。

 

「くっ…力も速度もあるけど…やっぱり、反応速度が並外れてるわね…ッ!」

「けど、全く追い付けないって訳でもねぇだろ?」

「そうそう、やりようはある…ってねッ!」

 

 振り出した蹴りは、交差した腕で受け止められて弾き返される。わたしは体勢が崩れて…でもそこで、影の背後へ獄炎が迫る。炎を纏った突進で肉薄し、そのまま影に肩から突っ込む。対する影は、振り向く事なく真上へ跳んで、空を蹴るように急転換からの突進返しを獄炎に仕掛け……ようとした瞬間に、影をエストちゃんが斬り上げた。…獄炎の背に隠れる形で同じく接近を掛けていたエストちゃんが。

 基礎能力が桁違いの影でも攻撃しようとしていた瞬間に仕掛けられれば対応し切れないようで、防御はされるけど姿勢が崩れる。そしてそこに、青白い光が次々と駆ける。

 

「姿が違うだけで、別の存在になってる訳じゃないなら…!」

「あぁ、氷が有効だろうな!断言は出来ねーけどよ!」

 

 光芒は、ディールちゃんの魔法とウーパの技。その内の一つが影の脚を掠めて、そこから影は凍結し始める。…と、思ったけど、影は腕の一振りで氷を振り払う。更に続く氷の遠隔攻撃を叩き落として、親指と人差し指を立てた左手を向ける。その指の先に光が灯り…光芒が放たれる。スケールは違う…でも龍の姿での砲撃を思わせる、赤黒い粒子の光芒を。

 

「……!今のは、ウーパの真似…か?」

「さぁね、にしても立て直しも早い…!」

 

 ディールちゃんとウーパが飛び退いた次の瞬間光芒は床へと直撃し、爆発。続けて逆の掌を上に向けると、そこから湧く出すように蛇が現れる。

 そう。影は攻撃も防御も単純だから、策を講じて連携もすれば、何とか攻撃は当てられる。けれど立て直しも早いものだから、少しのダメージや多少の体勢の崩れはいまいち意味を為さない。無駄ではないにしも、大きな一撃をぶつける事には繋がらない。

 

「エスちゃん達は攻撃を続けて!蛇はわたしが…!」

 

 言うが早いか、ディールちゃんは攻撃を範囲重視に切り替える。わたしは左右で一発ずつシェアエナジー弾を蛇へ撃ち込んで、それから宙に立つ影へと接近をする。

 連結剣を双刃刀形態に切り替え刺突。避けられれば避けた方向へ身体を捻り、二撃目の斬撃を影へ打ち込む。それを防がれた瞬間、別方向からエストちゃんが斬り込み、わたしとエストちゃんの刃をそれぞれ片手で受けた影と力比べ…の時間は長く続かず、二人同時に弾かれる。間髪入れずに、影はわたしの方を向き……避ける。その直後、斜め上方からの氷の杭が影のいた位置を鋭く貫く。

 

「ま、そりゃ避けるわな…!つるぎ、押し返せ!」

「サポート助かり、ますッ!」

 

 下ではディールちゃんに加え、グレイブ君も蛇を掃討中。つるぎの持つ(というか、身体の一部…?)盾で迫る蛇を立て続けに受け止め、集まったところで離脱しディールちゃんの攻撃に繋げる。ディールちゃんが氷塊で蛇を押し潰し、それを免れた個体は獄炎が炎で焼き、誘い出せなかった個体にはウーパが水流弾で一匹一匹着実に狙撃していく。

 あっちは問題ない。むしろ蛇の掃討の方が早いだろうし、ここは倒すまで持ち堪えた方が堅実…ではあるけど……本当にただ持ち堪えるだけじゃ、女神の名折れ…ッ!

 

「ぶつかり合いなら常に有利…だなんて思わない事ねッ!」

 

 宙でステップを踏むように細かく位置取りを変えながら、エストちゃんが球体を杖から振り出す。飛来する球体は影に触れる寸前で輝き、破裂するようにその内側から氷が突き出る。

 それを紙一重で躱した影の先にいるのはわたし。向こうから来てくれた影に対し、わたしは叩き付けるように二本を振るい…また、両腕で受け止められる。わたしの本気の打ち込みも、影は難なく受け止めて…だからわたしは、仕掛ける。振り出した状態で、受け止められた体勢から…圧縮シェアエナジー弾を、撃たずにそのまま解放する。

 

「今よッ!」

「そう思ってもう配置済みよ!」

 

 殆ど触れているような状態から、解放されたシェアエナジーの爆発を受けて影は体勢を崩す。わたしも同じように姿勢が崩れるけど、衝撃が来ると分かっていた分の余裕で脚を振り出し、影を蹴飛ばす。

 今のは砲身の中で弾頭が爆発したようなもの。普通の銃火器なら一発で火器が駄目になるし相手への衝撃もあまり与えられない、驚かせる程度の効果しかない奇策だけど…わたしの砲撃は、実体のある砲身ではなく、剣を芯に展開したシェアエナジーの砲身で行っている。だから炸裂と砲身の解除が同じタイミングになるよう調整すれば、十分威力のある『攻撃』とする事が出来る。

 そしてわたしが呼び掛ければ、その時にはもう新たな球体をエストちゃんが放っていた。シャボン玉が弾けるように、次々と氷に変わる球体が影を襲い、一歩一歩追い詰める。

 

「後ろへは、退かせない…!」

「待たせたな!氷淵、獄炎。バックアップ!そして…やってやれギルガルド!そのモヤッとしてそうな氷ごと、聖なる剣だ!」

『モヤッと!?』

 

 掃討完了したらしいディールちゃん達からも、絶好のタイミングで攻撃が入る。同じ氷魔法を下方からディールちゃんが放つ事で、完全に影の退路を奪い、下へ回り込んでいた氷淵が床から影の近くまで伸びる、氷のレールを作り上げる。そこへ浮遊しているつるぎが後ろ向きで乗った瞬間、盾を殴る形で獄炎が打ち出し……宙を舞ったつるぎが、その刃が一閃。グレイブ君の言葉通り、ダメージを与えつつ逃げ場を封じた氷ごと影を斬り裂き…狙い通りだと笑うグレイブ君の前に、つるぎは静かに着地する。

 

「モヤっとって…もうちょっとこう、表現の仕方があるでしょ…」

「けどそういう見た目してるだろ?それとも金平糖の方が良かったか?」

「その方がマシだけど、どっちにしろ緊張感がないっての…」

「緊張感云々で言うなら、このやり取り自体あんまり……」

 

 肩を落とすエストちゃんに対し、グレイブ君はあっけらかんとした顔。二人のやり取りに対しては、ディールちゃんが突っ込みを入れ…掛けたところで、残りの言葉と共に緩んでいた空気が消失。

 

「また変化するわよ、皆…って、前より速い…!?」

 

 再び緊迫状態となった理由は簡単、斬られた影が不自然な動きで…起き上がり小法師の様に起き上がり、粒子の球体に包まれたから。宙に浮くかその場かの違いはあれど、明らかに龍の姿へ変化した時と同じ動きで…ただ明らかに、変化の速度が違う。一瞬、ではないものの、包まれてから数秒と経たずにその球体は爆ぜ…少女の影は、巨大な龍の影へと変わる。

 

「結構いい感じに一発入ったと思ったんだが…まだ足りねぇって事か」

「むしろ逆で、大きいダメージが入ったからこっちの姿に変わったのかもしれないわ。最初に変化した時も、エストちゃんが一太刀浴びせた時だった…しッ!」

 

 先と同様、変化直後に放たれたのは超出力の砲撃…ではなく、曲射も交えた多数の光芒。それをわたし達は散開して交わし、二本の柄尻同士を連結。意図的に龍の視界内…だと思う範囲から出ない事で攻撃を引き付けて、その上で双刃刀形態の連結剣を投げ放つ。

 腕のプロセッサに装填していた圧縮シェアエナジーを解放し、膂力に上乗せしての投擲。放った連結剣は、高速回転で迫る光芒を斬り裂きながら龍へと迫り…けれど振るわれた腕で、その爪の一撃で弾き返される。ほぼ同じタイミングで放たれたディールちゃんエストちゃんによる同時攻撃も、逆の腕で防がれる。

 唯一当たったのは、ウーパの冷凍ビーム。ただそれも、氷淵による別方向からの竜の波動を避けた結果なようで、グレイブ君曰く効果抜群との事だけど…巨体故に、どの程度喰らっているのかは分からない。

 

「ディールちゃん!さっきの広範囲魔法、もう一度出来る?」

「出来ます、けどただ同じ事をしても、同じように小さくなって避けられるだけかと…!」

「同感よ!だから今度は…セイツ、試しに取り付いてみてちょーだい!」

「そんな天才チンパンジーにお使い頼むみたいなノリで言わないで!?…けど、試してみる価値はあるわね…!」

 

 急降下から速度を落とさず床に刺さった双刃刀を掴んで引き抜き、低空飛行で接近を掛ける。叩き付ける様な砲撃、ビームの爆撃がわたしを襲い…そこでわたしの頭上に魔力障壁が展開される。どうやらそれはディールちゃんのサポートらしくて、わたしは速度を落とさず避けられるものは避け、それが叶わないものは障壁を頼る事で巨大な龍へと肉薄する。

 迫るわたしへ突き出された爪。素早く、鋭く…でも巨体故に、予備動作は見えていた。分かっていたから、わたしは腕に沿うように、最小限の動きで回避し、龍へと取り付く。

 

「これで…って、わッ…わわ……ッ!」

「ま、そうなるわよねぇ。出来るだけ足止めしてみるから、踏ん張りなさい!」

「わたしも準備に入ります!さっきよりも密度を上げて、短時間でも拘束が出来れば…!」

 

 ヒットアンドアウェイじゃなく、継続的に近接格闘の距離を維持出来れば、龍は反撃出来ない筈。そんな見立てで接近したわたしだったけど、一撃与えようとした瞬間龍が高速での移動を図った事で状況が一変。咄嗟に振っていた双刃刀を突き刺した事で置いていかれる事態は免れたものの、剣を介して身体を固定した事でわたしは思い切り振り回される。くッ…パワーが違い過ぎて、すぐには立て直せない…!

 

(けど…この程度、でぇぇ…ッ!)

 

 柄を両手で握り、わたしは全力で耐える。仕切り直しは考えない。だって皆が、わたしをサポートしてくれようとしてるんだから。

 エストちゃんが足元に杖を突き立てた数瞬後、龍の前方の床から魔法陣が現れ、そこから巨大な氷塊が隆起。頭突きをするように龍が氷塊を破壊すれば、氷塊の後方に構えていたつるぎがキングシールドを展開。鉄壁の守りは、龍の突進でさえも破られる事はなく…だとしてもつるぎが弾かれる。シールドは健在でも、シールドごと押される事で姿勢が崩れ…横転したつるぎとシールドを飛び越える形で、獄炎が龍の懐に飛び込む。火の粉を散らし、炎を靡かせながら床を踏み切り、火炎を纏ったアッパーカットを龍の首元辺りへ叩き込む。

 食い込む、抉り込む拳。それでも龍は止まらない。止まらないけど…勢いは落ちる。勢いを、落とす。

 

「もういっちょかますぞ、氷淵!」

 

 駄目押しとして放たれる、氷淵の重音波攻撃。獄炎が下から首を、氷淵が上から頭部を狙う事で首を折る、詰まらせるような形となり…更にもう少しだけ、勢いが低下。龍自体も氷淵の攻撃を躱そうとしたのか、方向転換の兆候があって、それも減速に繋がっていた。

 連携によって、確かに龍の勢いは削がれた。今ならいける、今しかない。そう叫ぶ自分の直感に従って、わたしは翼を全開に広げる。身体を起こし、右手でしっかりと身体を支えて、左手で連結剣を双刃刀から大剣形態に組み直す。そしてその状態で、装填シェアエナジーを解放する事で加速し、剣を引き抜き……反転と共に、振り抜く。龍の進行方向とは逆に、突き刺し振り抜き龍の勢いもフル活用して…全力で、引き斬る…ッ!

 

「はぁぁぁぁああああああッ!」

 

 相手が自分から刃に突っ込んでくる形な分、ただ斬る以上によく斬れる。その反面、一瞬でも気を抜けば得物を持っていかれそうな程の衝撃と負荷が腕に掛かる。防御以上にキツい。関節がへし折れそうになる。

 でも、ここで耐えてこそ、負荷を捻じ伏せてこそ女神。わたしは声を上げ、目一杯柄を握り締め……長く巨大な龍の胴を、側面から深く斬り捌いた。

 

「パワーとスピードだけでいつまでもわたしを、わたし達を翻弄出来ると思ってるなら…大間違いよッ!」

「こっちも用意が出来ました…ッ!もう一度…今度は更に、捕らえます…ッ!」

 

 執念で最後まで、尾まで斬り裂いたわたしは、脚を振り出しターンを掛ける。巨体を思えば、これだけ捌いても致命傷にはなっていないんだと思うけど…このダメージはきっと無駄じゃない。

 更にそこで、ディールちゃんが言い放つ。さっきと同じように、床に輝く魔法陣が広がって、そこから氷の森が形成される。凍て付く樹が生まれ、青白い枝が次々と伸び、龍を覆う。

 先程のそれは、広い森が周囲ごと龍を囲っていた。けれど今は、龍の正面を中心に、さっきよりも狭い範囲に展開している。狭い分、木々は密集し、龍の進路を集中的に奪い去る。

 

『一斉攻撃(よ・だ)ッ!』

 

 同時に響く、エストちゃんとグレイブ君の声。それに応じる形で、わたしは大剣状態の連結剣から圧縮シェアエナジー弾を放つ。エストちゃんも魔法で精製した氷の大剣四本振りを放ち、グレイブ君の指示を受けた獄炎とつるぎはそれぞれ打撃と斬撃を、ウーパと氷淵は氷の遠隔攻撃を四方向から同時に打ち込む。

 ディールちゃんも、ただ進路を阻んで止めただけじゃない。密集する樹は砕かれながらも突進を受け止め、左右の樹からは鋭利な枝が殺到する。わたし達四人の一斉攻撃が、止まった龍の巨体を叩き続ける。

 一つ一つは決して、巨大な存在に致命傷を与えられるようなものじゃない。それでも波状攻撃は龍を叩き、刺さり、抉って……

 

「■……■■■■■■ーーーーッ!!」

 

──次の瞬間、轟音と共に赤い閃光が迸った。割れんばかりの咆哮と、極大の光芒が轟かせる音…その両方が響くと共に、龍の口から放たれた砲撃が、射線上の氷を一瞬にして消し飛ばす。龍は首を振り、光芒で以って前方を阻む悉くを薙ぎ払う。

 それだけじゃない。これまでは手加減していたんだと言わんばかりに、連射ビームが全方位に向けて撃ち込まれる。曲射によって、位置や角度を問わずに赤い光が乱射される。

 

「……ッ!エスちゃん、皆さん、下がってッ!」

 

 攻撃に全力を傾けていたわたし達は、反応が遅れる。反射的に一発目は斬り払ったけど、わたしの方にだけでも何十もの光芒が押し寄せてきていて……直後、迫っていた光芒は拡散する。わたしに向けてのものだけじゃなく、全てのビームが、乱反射するように分かれて減衰してを繰り返し、その多くがわたし達へ届く前に消えていく。

 それは、ディールちゃんによるものだった。拡散が起こる直接、氷の森は蒸発するように霧状へと変わっていて…その霧が、ビームを拡散させていた。霧自体の効果なのか、霧に見えるのは全てが超々小型の魔力障壁で、それが少しずつビームを垂らしているのかは分からないけど…ディールちゃんの咄嗟にして的確な判断と対応が、龍の反撃を阻んでいた。

 

「はぁ、はぁ…ぎ、ギリギリセーフ……」

「助かったわ、ディーちゃん!でも、大丈夫!?」

「大丈夫、だけど…間に合わせる為に一気に魔力を注ぎ込んだから、流石にちょっと負担が……」

 

 杖を支えに立つディールちゃんへエストちゃんが駆け寄る。ビームの拡散と共に霧も消えていって、今はもう多少減衰するだけで霧の外まで攻撃が届く。そしてエストちゃんが障壁を張りつつディールちゃんを下がらせる中、龍の巨体は消え去り…その中から三度影の少女が現れる。障壁を張ったエストちゃんとディールちゃんに、指鉄砲を向ける。

 

「そうは……」

「させるかよッ!」

 

 二人を狙ったのは偶々か、それとも状態を理解しての事か。どっちだとしても、それを黙って見過ごすわたし達じゃない。

 発射の直前、間に合わせるようにわたしは突っ込み得物を振る。跳んで避けた影へ、ウーパが高圧水流の射撃を連射。更に氷淵が突撃を仕掛け、迫る氷淵の方を向きながら影は宙を飛び回る。わたしは宙での挟撃を仕掛けようとし…床を蹴ろうとしたところで、ふと気付く。

 

「そういえば…グレイブ君!あの影、氷淵にだけは念入りに警戒してるように思わない!?」

「あぁ、俺もそんな気はしてた!氷淵が攻撃する時は、他のは勿論ウーパの冷凍ビームやディール達の氷魔法よりもワンテンポ早く反応してる感じだったしな!やっぱ相性が良いのか、それとも同じドラゴンだからなのかは分からねーけど…!」

 

 やっぱり、とグレイブ君の返しで確信を得ながら、分離させた二振りで連続斬り。三度防がれ、四度目で弾かれ、そこでわたしが飛び退くと同時に、氷淵が竜の波動を付かず離れずの距離で撃つ。躱した影は自分から接近し、迫る影の頭を蹴飛ばすように氷淵も氷のレールから飛び出す。突進と飛び蹴りは、互いに掠め、多分どちらもほぼダメージにはならず…両方すぐに次の行動へ。

 

「それとセイツ!俺からも一つ確認したい事がある!」

「って、言うと…!?」

 

 左剣を真下から投げ放ち、避けさせる事で回避先へ斬り上げを仕掛ける。右剣を片手で振るい、圧縮シェアエナジー解放で影の押し返しに一瞬耐え…捻りを加えた軌道で側転するようにわたしは上昇。回転中に弾かれ落ちてきた左剣を掴み、上下逆さまの状態から影へ斬撃を叩き付ける。

 その最中での、グレイブ君からの言葉。二本をそれぞれ別の形でぶつけながらわたしは返し…グレイブ君は、言う。

 

「セイツ!その距離で、そいつの傷は見えるか!?」

「傷?そんなの、どこにも──」

 

 ない。見たままの答えをわたしは言いかけて…愕然とする。はっきりと見えているのに、見間違いなんじゃないかと見直してしまう。けど…ない。傷痕は、攻撃を受けた形跡は…どこにも、ない。

 

(……っ…まさか、回復してる…!?)

 

 外見が外見なせいで見辛くはあるけど、女神が近接格闘の距離で見えない以上、それはもうないと見て間違いない。そしてそれは…想定し得る中でも、最悪レベルの展開。少しずつダメージの蓄積はさせられていると、そう思ってわたしは…わたし達は戦っていたからこそ、これまで与えていたダメージが全て無に帰しているのだとしたら、とても平常心ではいられない。

 いや…それだけならまだいい。良くないけど、割り切る事は出来る。それよりも、それ以上に考えるべきは…この影の、倒し方。大技を当てる事が困難なこの影を相手に、大技で一気に仕留めるしかないのだとしたら…その時点でも、軽い詰み状態。

 

「くぁ……ッ!」

 

 意識が思考に向いたせいでほんの少し力が緩み、その瞬間にまた弾かれる。追い討ちは何とか躱して、そうしている内にディールちゃんを後退させたエストちゃんが復帰してくれたから、立て直しは出来たけど…このままじゃいけない。回復されているなら、このままじゃ間違いなくジリ貧になる。

 

「エストちゃん、もしかするとこれまでのダメージは……」

「全部回復されてるかもって事でしょ!ディーちゃんならともかく、わたしなら深手を完治させるなんてまあまあ大変だってのに、腹立つ事をしてくれるわ…ッ!」

 

 杖の先から魔力の刃を出力し、左手で短槍の様に振るうエストちゃんは、右手にも忍刀を構えて一槍一刀で影を攻め立てる。わたしも双剣のスタイルで、エストちゃんと共に手数で押す。

 でもわたしの思った通りなら、これはあまり意味がない。それは分かっているけど、今は今出来る事をするしかない。

 

「炎で焼き尽くすとか、完全に凍結させて砕くとかしかないかしら…!」

「それが出来たら苦労しないわね、特に龍の姿の時は…ッ!」

 

 剣と槍とで同時刺突。影は宙でバックステップするように下がって避け、次の瞬間には再接近して膝蹴りをしてくる。それを二人掛かりで受け止めれば、ウーパと氷淵による上と下からの十字砲火が、続けて跳び上がった獄炎とつるぎの打撃と斬撃が影を襲う。わたし達の攻撃も含めれば、三重の同時攻撃で…その全てを、影は躱し切った。身体能力に物を言わせたような、直角的な機動を立て続けに行い攻撃を避けて…両腕を振り抜く。それだけでも風圧が起こり、飛行能力のない獄炎とつるぎが落とされる。わたし達も一瞬動きが鈍り、その瞬間に反撃を受ける。散開しての回避を余儀なくされる。

 

「……!そうだセイツ、さっきの近距離で爆発させるやつ、もう一回やれる!?」

「何か思い付いたの!?」

「その剣突き刺した状態で内側からやれば流石に吹き飛ぶでしょ!龍の姿じゃない今がチャンスよ!」

「結構惨い事考えるわね!?やり方が某対ケイ素生命体用武装じゃない!」

「そもそも斬ったり刺したりしてる時点で惨いでしょうに!」

 

 言われてみればその通りな返答を受けながら、圧縮シェアエナジーを左右同時に、挟むようにして放つ。二振りを大剣状態に連結させ、降下して避けた影に斬り掛かる。

 実際のところ、エストちゃんの言う手段を実行するのは難しい。シェアエナジー弾は剣から出力してるんじゃなくて、手甲部分に装填したものを剣を芯にしたバレルから撃ち出している訳だから、直接内側に放つなんていう芸当は出来ないし、内側に弾頭を食い込ませてから炸裂させられるような状態なら、そのまま剣を振り抜いて相手を真っ二つにする方が早い。

 

(…けど、一か八か試してみる?内側からぶち込む事は出来なくても、例えば突き刺したまま床に押し込んで、そこからありったけ撃ち込めば或いは……)

 

 とても女神らしくない、優美さも気高さもゼロな方法だけど、今はそんな事言っていられないのも事実。それに体力にしろ何にしろ無限じゃないんだから、可能性があるならまともに動ける内にやった方がいい。上手くいくかどうかは分からないとしても、他にも案がない今であれば、やってみる価値は……そこまでわたしが考えたところで、下方から響く声。

 

「…よし、作戦会議だ!セイツ、頼みがある!」

「頼み…?」

「今から俺は、勝つ為の作戦会議をする!だから…時間稼ぎを頼む!」

「勝つ為の……えぇ、分かっ…って、えぇ!?」

 

 決めた!とばかりに声を上げたグレイブ君からの、問いではなく断言。頼めるか?じゃなくて頼む、って言い切る辺りは何ともグレイブ君らしくて…元々イリゼから人となりを聞いていた事もあって、分かる。その言葉が、無根拠なものではなく、彼なりに可能性を持った上でのものなんだと。

 だからわたしは、小さく笑みを浮かべながら頷…こうとして、気が付いた。作戦会議の為の時間稼ぎって…わたし不参加なの!?それは決まってるの!?

 

「任せたわよ、セイツ!」

「ちょっと!?ね、ねぇわたしは!?まさかわたし、作戦会議に出ても役に立たないお馬鹿キャラだとでも思われてるの!?」

「いやそういう事じゃねぇよ。だが、向こうが作戦会議の間待ってくれる訳がねぇし、二人には訊きたい事がある。それに……あいつと真正面からぶつかって持ち堪えられるのは、セイツしかいねぇだろ」

「…口が上手いわね、グレイブ君。女神が人にそんな事を言われたら…応えるしかないじゃない…!」

 

 にぃ、と口角を吊り上げるグレイブ君。女神の在り方、性を理解しての事なのか、そうじゃないのかは分からないけど…彼は今、わたしを頼りにし、期待もしてくれている。なら、それに応えるのがわたしであり…女神ってもの。

 置き土産としてエストちゃんが放った氷塊を影が避ける中、わたしは一度着地。得物を双剣に戻して、仕切り直すように軽く振る。難なく氷塊を躱した影をしっかりと見据えて…そのわたしの左右に、ウーパ、獄炎、つるぎが並び立つ。

 

「援護を頼んだぜ、皆?…セイツ、指揮は出来るか?」

「当然。それじゃあ皆、少しの間…わたしに手を貸してもらうわよ!」

 

 一人で時間を稼ぐつもりだったわたしにとって、これは何ともありがたい味方。氷淵がこっちに来ない理由は…多分、作戦会議に関わっているんだろうと思う。

 さて…時間稼ぎとはいえ、半分近い戦力が離れた以上、ここからは一層厳しい戦闘になる。でも…だからってわたしが怖気付くと思う?変に気負うと思う?…まさか。ここに来て、腰を据えるような作戦会議をって事なら、きっと終わった時には勝利への筋道が見えている筈。なら…それに期待をして、全力でその為の時間を作るまで…ッ!

 

 

 

 

 いきなり作戦会議って聞こえた時には、急に何を…と思ったけど、闇雲に戦っても勝てそうにないのはもう分かってる。会議の為の時間を作れるならそうした方が良い訳で、わたしはセイツに任せて後退。ディーちゃんのいる所まで下がって、それで?…と同じく下がったグレイブに訊く。

 

「まずは確認したいんだが、二人共まだまだ戦えるか?」

「見ての通り、まだいけるわ。ディーちゃんも少しは回復した?」

「うん、もう大丈夫。…作戦会議と言っても、一から話そうって事ではない…ですよね?何か思い付いたんですか?」

 

 それなら良かったと返すグレイブに、ディーちゃんが尋ねる。わたしとしては、訊くまでもなくそうじゃないだろうと思っていたけど、ちゃんと訊く辺りは真面目なディーちゃんらしくて……けれどグレイブは、首を横に振る。

 

「いや、そんな思い付いてない。向こうの反応からして、何となく氷淵が勝利の鍵になりそうな気はするんだけどな」

「そんなふわっとした程度でセイツさんに時間稼ぎを任せたんです…?」

「即断即決ってやつだ。迷ってる間も戦いは続くし、良い案を思い付いても疲れ切ってちゃ実行出来ねぇ、そうだろ?」

 

 完全に見切り発車だったらしいと分かってわたしは呆れる…けど、続く言葉はまあまあ筋が通っていた。…あー…こういう行動は無茶苦茶なのに頭は回るタイプって、結構厄介なのよね…。

 

「…エスちゃんもどっちかって言うとそっちのタイプだよね…?」

「え?わたしはちゃんと筋道立てて行動してるじゃない。まあ偶に説明を後回しにする事もあるけど」

 

 偶に?…っていう視線を、ジト目を向けてくるディーちゃん。それにわたしが「それより会議よ会議、向こうも頑張ってくれてるんだから」と返すと、ディーちゃんはちょっと不服そうだったけど頷いて、わたし達は話に戻る。

 

「こほん。ならわたしもちょっと思い返してみたんだけど、あの影が傷を回復させてる瞬間ってこれまでに見た?」

「うん?それは…見てないな」

「シルエットみたいな見た目のせいで分かり辛いけど、わたしも見てない…と、思う」

「そうよね?けど、実際のところ回復はしてる。ってなると、可能性としてあげられるのは三つよ」

 

 三つ、と言ってわたしは指を三本立てる。ありそうだって思ってるのは、三つ中一つだけなんだけど…とにかく順番に言っていく。

 

「まず一つ目は、意識してなきゃ分からない位の超スピードで回復してるって可能性。でも確か、セイツがさっき胴体を思いっ切り斬った時は、傷が残ってたと思うのよね。少なくともわたしが見た瞬間はあったんだから、これはない。で、二つ目は回復してるんじゃなくて、魔法か何かで傷が見えないようにしてるだけって可能性だけど…それなら流石に、ダメージとか損壊で動きが鈍る筈なのよね。まあ、仮想空間の存在だから、現実の当たり前が通用しない可能性もあるけど…それを言ったら色々キリがないし、取り敢えずこれもないって事にしておくわ」

「…じゃあ、三つ目は?」

「…変化の最中、或いはもう一方の姿になっている間に回復…って可能性よ」

 

 そう言った上で、わたしは更に後者を押す。前者は少女の姿からドラゴンの姿になる間は明確に「姿が見えない」状態があるけど、ドラゴンから少女の姿になる時は違うし、確かドラゴンの姿も二度目に現れた時は傷がなかった筈だから、この線は薄い。

 少女の姿の時はドラゴンの姿の傷が、ドラゴンの姿の時は少女の姿の傷が、ゲームで言う控えメンバーみたいな感じで回復している…そういう事なら、回復中の姿が見えなくたっておかしくはない。

 

「つまり、エスちゃんの考えは、変化を封じる事が出来れば、回復させずに押し切れるかも…っで事?」

「そういう事。その上で提案だけど…姿がドラゴンに変わる時って、毎回周りの粒子を取り込むようにしてるわよね?なら、それが尽きたら…っていうかなくしちゃえば、いけると思わない?」

 

 こくり、とディーちゃんに頷いて、これならどう?と訊く。もしかしたら…っていう仮定に過ぎない事を前提にした作戦だけど、今のままただ戦うよりはずっとマシ。それに少なくとも、ドラゴンの姿になる時は粒子を引き寄せてるんだから、その粒子を消し去る事が出来れば、変化だけでも封じられる筈。…そう、思っていたわたしだけど……

 

「いーや、そりゃ厳しいだろうな。なんせ、あの粒子は無限か、無限に思える位大量っぽいからな」

「…そう思う理由は?」

「蛇がちょっと強い理由の話をした時、エストがこのフィールドの効果かも、って言ったろ?それはあるかもなって思って、あの後俺は皆にドームへの攻撃をちょいちょい指示してたんだよ。けど、それなりにやって散らした筈なのに、全然減ってる様子がねぇ。てか、影が取り込んだ後も、全くドームの状態は変わってねぇ。って事はつまり、無限かそれに近いかって事じゃねぇのか?」

 

 無限じゃないにしても、消し飛ばすのはかなり難しいだろう。そう締めたグレイブの言葉に、わたしは黙る。そういう事なら仕方ない…けど、そうなると変化を封じるのも困難になるって訳で、正直聞きたくなかった事実。聞いてなきゃ失敗する作戦を実行しちゃっていた以上、文句はないけど…なら、どうすればいいのって話。

 

(変化させない方法…球体になったところで凍結させる?…いや、中から砕かれて終わりでしょうね…だったら粒子を取り込もうとしたところで、粒子の流れを障壁が何かで堰き止め…って、流石にそんなんじゃ無理でしょ…影がドームに密着する形で変化しようとしたら止められないし……)

 

 色々思い付きはする。でも、全部即自分で却下してしまえる程、上手くいくビジョンが見えない。いっその事、ほんとにセイツにシェアエナジー弾で吹き飛ばしてもらうか、その時わたしも一緒に魔力の刃を突き刺して、その魔力を爆発させるのが一番現実的なんじゃないかと思う位、良い案が出てこない。

 どうもそれはグレイブも同じなようで、頭を捻っては違うな、とかこれも無理だ、とか呟いている。もう会議は停滞状態で、だったら一度戦闘に戻って、セイツ達の負担を減らした方が…そんな風にわたしが思い始めた時、黙っていたディーちゃんがぽつりと呟く。

 

「…ねぇ、エスちゃん、グレイブさん。影って、これまで立て続けに変化する事はなかった…よね?変化したら、暫くははそのままだったよね?」

「うん?…そういやそうだな…」

「それって、偶々なのかな?それとも…すぐには再変化出来ない、しない理由があるからなのかな…?」

「それは……あ」

 

 尋ねるような、でも何かに気付いてるようなディーちゃんの問い掛け。それを受けて、わたしも気付く。ある可能性に、思い当たる。

 一回変化をしたら、再変化…前の姿になるまでは、一定の間隔が必要なのかもしれない。その可能性も、勿論ある。でも、出来ないじゃなくて、しない…って可能性も、あるように思える。──もしも回復が、瞬時に済むものじゃないとしたら?回復にはそれなりに時間が必要で、十分な時間無しで再変化した場合、傷が癒え切ってない状態になってしまうんだとしたら?或いは、どっちかじゃなくて……回復し切るまでは、再変化自体出来ないとしたら?

 

「…あるかもしれねぇな」

「同感よ。けどその場合、まず大ダメージを叩き込んで、変化を誘った上で、変化後の姿にも即大ダメージを与えなきゃいけないわよね?」

「ううん、それだけじゃないよ。少女の姿は攻撃自体当て辛い事を考えると、即大ダメージを与えなきゃいけない変化後はドラゴンの姿の方にしなきゃいけないし、ドラゴンの姿は大きいから、特に強い大技か、大技を連続してぶつけるかしないと、倒すのは厳しいと思う」

「一歩前進だけど、進んだ結果でっかい障害が見えてきたってパターンね…」

 

 折角良さそうな案が出てきたのに、とわたしは頭を掻く。実現不可能って訳じゃないけど、結局難しいのは難しい訳で…そこで今度は、拳で手を叩く音が聞こえてくる。

 

「そういう事なら、問題ねーな。むしろ、俺が何となく感じてたものとぴったりじゃねぇか」

『ぴったり?』

 

 今度こそ何か策がありそうなグレイブの面持ち。ぽふり、と氷淵の頭を軽く撫でたグレイブは、それからわたし達二人を見て…ある考えを口にする。グレイブ曰く、氷淵とわたし達…わたしとディーちゃんだからこそ出来るかもしれない、とびきりの考えを。

 

「…それ、本気で言ってるの?」

「おう、本気だ」

「偶然の一致というか、その程度の共通点じゃ上手く行く気がしないんですけど…」

「かもな。けど、人生はチャレンジだ、って言うだろ?俺はそれ言った人物に会った事ないけどよ」

 

 ただの思い付きレベルに過ぎない事を、こうまで言い切れる自信はどこからくるのか。本当は根拠があるのか、それともそういう性格ってだけか。…ただ、まあ…もし本当にやれるんだとしたら…どの程度上手くいくかは分からないけど、可能性があるなら…やってみても、良いかもしれない。

 

「…はぁ、分かったわよ。けど、氷淵がどうなっても知らないわよ?」

「気にすんな、氷淵は柔じゃねぇし…むしろ二人こそ、パワー全部持ってかれねぇよう気を付けろよ?」

「そこまで言うなら、わたしもやるだけやってみます。じゃあ取り敢えず、決まった事をセイツさんに……」

「……!ディーちゃん!」

 

 伝えよう。そうディーちゃんが言い掛けたところで、タイミング良く(?)セイツがわたし達の方に吹っ飛んでくる。思い切り飛ばされたのか、女神のわたしでもぎょっとするレベルの勢いで…魔法で上手い事、安全に受け止めるのは間に合わないと思ったわたしは、咄嗟にディーちゃんを呼ぶ。ディーちゃんと二人で、セイツを受け止める。

 

「……っ…!セイツさん、お怪我は……」

「大丈夫、軽傷よ…軽傷だけど…わたしこれで、吹っ飛ばされるの何回目よ……」

「いやそれは知らないわよ…」

 

 二人掛かりでも踏ん張らなきゃ止められない程の衝撃を何とか受け止めて、勢いを殺す。腕を回して、しっかりとセイツの胴を掴んで……結果感じる、大きく柔らかい感触。…くっ…おねーさんもそうだけど、元からそれなりにあるのに、女神化すると更に一回り大きくなるなんて、そんなのズルくない…!?

 

「あ、あの…エストちゃん…?なんか段々、手の力が強くなってるような……」

「あー、悪いわねセイツ。それと作戦が決まったわ。今から勝つ為の準備をするから、もう少し持ち堪えて頂戴」

「また!?ちょっ、流石にそれはちょっとキツい……」

「おねーさんのおねーさんなんだから、それ位はしてみせてよね!ほら、沢山たっちしてあげるから…!」

「痛たたたた!いや、たっちって言うか握り締めてる、握り潰そうとしてるじゃない!…あ、でも回復はしてる……」

 

 無茶振りだって自覚はあるし、せめてものサポートとしてわたしは端的に作戦を伝えながらセイツを癒す。…え、私怨が混じってる?局地的に攻撃してる?…まっさかー、気のせいよ気のせい。セイツだって回復してるって言ってるし。

 

「はい回復完了!頼んだわよセイツ!万が一の事があっても、今度はディーちゃんがあたふたしながらふっかつだよってしてくれるから!」

「出来れば蘇生が必要になる前に何とかしてほしいんだけど!?あーもう!だったらこの借りはデートで返してもらうからね!」

「え、借りも何も、皆で勝つ為の策なんだけど…」

「あぁ、つれない…!」

「仲良いなぁ、二人は」

「いや、まぁ、なんというか…はは……」

 

 思いっ切り冷めた声を出してみれば、セイツは不満そうな顔をして…けれど床を蹴り、ウーパ達の攻撃を防いで反撃していた影へと向かって飛んでいった。…無茶振りしても全力で応えようとしてくれる辺りは、ほんとおねーさんの姉よね。……さて。

 

「セイツ達に無理させてるんだから、こっちも最速で準備を整えるわよ」

「わっ、切り替え早い……けど、そうだね」

「だな。んじゃ…やるぞ!」

 

 杖を構えるわたしとディーちゃん。斜め前に立つ氷淵。そこからわたし達は、力を溜め始める。力を溜め、意識を集中させる。

 これからやるのは、これまでに経験のない事。上手くいくかどうかも怪しい作戦。だとしても、やると決めた以上は…やる。

 

「つるぎはウーパの前に!ウーパはつるぎに防御を任せて狙撃!セイツ、ちっとばかし獄炎下げるぞ!獄炎、ニトロフルチャージだ!本気の速度を見せてやれッ!」

 

 会議自体は終わった事で、グレイブはポケモンの指揮に戻る。やっぱりトレーナーの彼の存在は大きいのか、グレイブが指揮に戻った事で、ウーパ達の動きと連携がさっきまでより機敏になる。ただそれでも、減った戦力で持ち堪えるっていうのは厳しい訳で……癒したセイツの身体に、また細かい傷が出来ていく。

 だとしても、焦る訳にはいかない。無理を強いているんだからこそ…一発で成功させる事が、わたし達の使命。

 

「…ふー、ぅ…(難しいのは、ここからね…)」

 

 ゆっくりと息を吐いて、次の段階へと移る。構築した即席の魔法を氷淵に向けて展開し、わたしと氷淵との間に力の経路を形成する。

 取り敢えず、ここまでは上手くいった。でも、わたしの感覚が確かなら、今作った経路は脆い。多少知っているとはいえ、わたしにとっては色々未知な存在を相手に、単なる強化や回復とは違う力の供給をしようって言うんだから、徹底的に補強と最適化をしなくちゃ、簡単に繋がりは途切れる。

 求められるのは細かい作業。わたしの魔法使いとしての感覚をフル回転させて、わたしは繋がりをより強固に、途切れないものに変えていく。

 

「…冷気…順調みたいだな」

「順調なんて、簡単に言わないでほしいけどね…」

「…でも、出来る…そんな気がする……」

 

 ディーちゃんの声に、小さく頷く。半信半疑で始めた事だけど…わたしにもそんな感覚がある。わたし達次第で上手くいく、そんな気がする。逆にいえば、わたし達の実力が足りなかったりヘマをしたりすれば、失敗に終わりそうな気もするんだけど…そこについては、何も不安なんてない。だって、わたしとディーちゃんだもの。わたし達なら、上手くやれるに決まってるじゃない。

 

(そう、わたしとディーちゃんなら……!)

 

 心にある自信、確信、そして信頼。それを信じて、わたしは経路を完全なものに、完璧なレベルに完成させる。セイツ達が作ってくれた時間で、勝つ為の準備を…完了させる。

 

「……っ!いけるわよ、グレイブ!」

「こっちも大丈夫です!」

「よっしゃあ!だったらまずはエストからだ!やるぞ、氷淵ッ!」

 

 その瞬間、グレイブが声を上げ、氷淵が吼えた次の瞬間、氷淵の背後に魔法陣が現れる。魔法陣は輝いて…わたしの力が、凄まじい勢いで吸収され始める。

 力を貸すとか、分けるとか、そんなレベルじゃない。気を抜けば根こそぎ吸い尽くされて意識も消し飛びそうな程の吸収が、経路を介してわたしに掛かる。覚悟していたとはいえ、相当な負担で…それをわたしは、気力で耐える。耐えて、氷淵に与え続ける。

 それに、これまでとは違うエネルギーに気が付いたのか、わたし達の方を見る影。横から突っ込んだセイツの攻撃を躱して、一直線にわたし達の方へ…氷淵の方へ突っ込んでくる。構えも何もない、ただ速いだけの…ただそれだけなのに桁違いな殴打と共に氷淵に迫って、対する氷淵は避ける事も構える事もせず、わたしからの力を受け続け──

 

 

 

 

「──ヴァーニキュラムッ!」

「……!?」

 

 巻き起こる衝撃、散る氷片。影の拳は、確かに氷淵の身体に当たって……そして、止まった。…氷淵が、受け止めた事で。左の腕で、そこから床に伸びる氷を支えにする事で…拳を掴んで、真正面から受け止める。

 

「……──ッ!来た、キタキタキターッ!そうだよこれだよ、この姿だよッ!さぁ見やがれ影ッ!やってやれ氷淵ッ!これが氷淵の…キュレムが真実の龍炎を纏った姿!それをエストが再現した存在!その名もホワイト…いいや、グリモアキュレムW(ホワイト)ッ!」

 

 高揚感に満ちた声をグレイブが上がると共に、氷淵が再び吼える。途端に吹雪みたいな冷気が影を襲って、影は後ろへ素早く飛び退く。

 それを追い立てる氷淵の姿は、これまでと違う。身体が前に伸びていたこれまでと違う、上体を上げた姿で、身体を支える脚もこれまでよりがっしりとしていて…何より違うのは、左半身を中心に揺らめく炎。氷の身体を燃やす事も、逆に消される事なく共存する炎が今の氷淵にはあって……下がる影に、氷淵は追い付く。左腕を叩き付け、影は横に跳んで躱し…振るわれた腕の軌跡から、炎が燃え上がる。それが影の身体を掠めて…燃え移った箇所が、一瞬の内に凍り付く。

 

「逃がすかよ…竜の波動!」

 

 それでも距離を取る影に対して、氷淵は竜の波動で薙ぎ払う。続けて両腕から伸びる翼の様な部位から氷の杭を次々と放って、それ等は床や粒子のドームに当たった瞬間その場に炎を巻き起こす。勿論、相性的な面もあるんだろうけど…わたしの力を得た氷淵は、単騎で影を追い詰めていく。…わたしの力を、ごっそりと持っていきながら。

 

「調子に乗らないで、さっさと決めてよね…!」

「あぁ、分かってるさ!ウーパ、狙い撃ち!つるぎ、キングシールド!獄炎…大地、創造ッ!」

 

 燃え盛る氷に押されながらも、影は反撃の機会を狙っている。動きからしてそれは分かる。…でも、そのチャンスは訪れない。一対一ならともかく…今戦っているのは、氷淵だけじゃないんだから。

 氷淵が振るった右腕から飛ぶ氷の刃を回避した先、影が着地をした瞬間を狙った、絶妙な連携。撃ち込まれた水の弾丸が着地の瞬間の、どうしても体勢が崩れ易いタイミングを的確に狙って、姿勢を崩しながらも離れようとした先を防御の壁が先回りで塞いで、叩き付けられた拳に呼び起こされたような巨岩の杭が、影を弾く。防御しても抑え切れない衝撃で、影を飛ばして…そこへ氷淵が肉薄する。左腕で掴んで、氷と炎を同時に浴びせながら、影を真上に投げ放つ。

 

「続けて頼むぜ、ディールッ!──氷淵の持つ姿は、これだけじゃねぇ!キュレムのもう一つの姿、理想の龍雷を纏った姿も!それをディールが再現した存在も見せてやる!フォルムチェンジだ氷淵ッ!迸れ、グリモアキュレムB(ブラック)!」

 

 一気にドームの頂点付近まで影が飛んでいく中、わたしは一度経路を閉じて、ディーちゃんと交代する。わたしの時と同じように、今度はディーちゃんの魔法陣が展開して、輝いて、ディーちゃんの力を氷淵が取り込んでいく。直後にディーちゃんはふらついたけど、そこからしっかりと床を踏み締めて、氷淵へ力を流し込む。

 そうして変わる、氷淵の姿。溶けるように炎は消えて…代わりに電撃が宙に走る。腕の翼と入れ替わるように肩口から翼が現れて、右腕と右翼に雷が走る。氷が雷を、雷が氷を煌めかせて…咆哮と共に氷淵が右腕を振るえば、雷電が影に向かって飛ぶ。一瞬で放たれた雷が影を撃ち抜いて、そこから再び氷結する。

 

「逃がさないと言ったろッ!」

 

 動こうとした、氷淵の真上から離れようとした影に向けて、掲げられた左腕から氷塊が飛ぶ。氷塊が次の行動を阻んで、その隙に氷淵は飛翔する。力強く、一気に影へ迫っていく。

 距離が縮む中、これまでの攻撃で身体が凍結していく中、影が氷淵に向けた腕。その手は指鉄砲の形を取っていて……けれど、撃ち込まれた光芒は当たらない。発射の寸前にセイツが撃ち込んだシェアエナジー弾の炸裂が腕を揺らして、狙いを逸らして、粒子の光は紙一重の位置を駆け抜ける。

 そして至近距離に踏み込むと共に、氷淵が向ける右腕。大きく広げる翼。その瞬間、閃光が迸って……轟く氷が、影の身体を埋め尽くす。

 

「どうだ!これが氷淵の力だッ!」

「やるじゃない、皆!…でも、ここからよッ!本当の勝負は……」

「分かってるよ!だから……」

 

 雷鳴を響かせ冷気を放ちながら、何度も影を叩いた氷と雷。氷淵が飛び退いた時、影の身体の大半は凍り付いていて、そのまま身動きもせずに落下して……風が吹き込むように、旋風が巻き起こるように、ドームから粒子が影に流れ込む。球体になって、姿が見えなくなって…それが爆ぜると共に、巨大な龍に変貌する。…傷のない、完全な状態の龍の姿に。

 龍が叫びを上げる中、グレイブは振り返る。まだやれるかと訊くように…じゃ、ないわね。まだやれるよな、と一方的に笑みを浮かべて、見やってくる。その自信満々っぷりにちょっとだけ呆れながら…わたしは当然だと強く返す。ディーちゃんも、強い眼差しを浮かべて頷く。

 ついさっき、わたしは経路を閉じた。でも閉じただけで、切断した訳じゃない。だからわたしはもう一度開いて、もう一度力を流し込む。今度はわたしのじゃない、ディーちゃんのでもない…わたしとディーちゃん二人の力を、二人揃って氷淵へ届ける。

 

「さぁ、クライマックスだ!これまでは再現だった、氷淵が元から持ってる力を出しただけだった。けど、こっからは違ぇ!こっからは龍氷と女神と魔導の融合…氷淵とディールとエストの力だッ!頂点ぶち抜けッ!グリモアキュレム……」

G(グレイ)S(スノー)ッ!!』

 

 宙に立つ氷淵が上がる、三度目の咆哮。わたしとディーちゃん、二つの魔法陣が重なって、二つの光が氷淵を包んで、更に氷淵は変化する。再び腕にも翼が伸びて、炎が灯って…左には氷炎を携え、右には氷雷を構えた新たな姿となって、龍の前に顕現する。

 対峙する二つの龍。氷淵は龍を見据えて、多分龍も氷淵を睨め付ける。次の瞬間、龍は極大の粒子ビームを放って…氷淵は、舞い上がるようにして躱す。広がった尻尾から炎と雷を噴射しながら、龍より高い位置に飛び上がる。

 それを追うように放たれた、無数の光芒。殺到する光を前に、氷淵は何も動じずに…グレイブが、言う。

 

「凍える世界の中で、そんなもんが届くかよ。氷淵、フリーズドライ」

 

 静かな声音でそう言うと共に、氷淵から濃密な冷気が広がる。それに触れた瞬間、ビームの全てが凍り付く。一瞬で、力が逆流するように凍っていって、逆に氷が龍の身体に到達をする。

 それだけじゃない。床も、周囲の空間も、龍の周りが一斉に凍結していく。龍がどれだけ巨体でも関係ないとばかりに、氷の世界へと変えていく。そしてグレイブは腕を振り上げ…振り下ろす。

 

「グリモアキュレムの一撃を、最大最高の技を…喰らい、やがれッ!炎天雷光…絶氷ッ!境界ッ!!」

 

 響く声に応えるように、氷淵は腕を、翼を広げる。左翼には炎が、右翼には雷が輝き、氷淵の正面にわたしとディーちゃんの重なった魔法陣が現れる。

 集まる力、収束する光。氷淵自身を軽く包めてしまいそうな輝きが、氷淵の前で煌めいて…そして、極光が如き光芒として放たれる。目標に向けて、龍に向けて。

 力を送ったわたし自身も、思わず目を見開いてしまうような閃光。氷と、炎と、雷と、魔力が混ざり合って一つになった、眩い光そのものが、龍を燃やして、貫いて、凍て付かせる。余波の様に膨大な冷気を放ちながら、龍も視界も真白く染める。完全に…飲み込む。

 

「…壮観、ね」

「…うん」

 

 わたしは呟く。ディーちゃんも答える形で小さく言う。光は強く、激しく、綺麗だった。自分で言うのもアレだけど…とにかく凄かった。

 照射され、その巨体に沿う形で放たれていった光は、頭から尾まで全てを撃ち抜くまで消えなかった。たっぷりとその光を、力を浴びせ続けて、飲み込み続けて……

 

「■ッ…■■……■■■■…っ!」

 

……それでも、龍は倒れなかった。ボロボロで、今にも崩れ落ちそうな程で、これまではあった威圧感が見る影もなく…そんな姿でも尚、まだ健在だった。光が消えた時にあったのは、尚も宙に存在する龍の姿だった。

 

「…おい…おいおい、嘘だろ…氷淵の、グリモアキュレムの最大の一発だぞ…それを、耐えるなんて…耐えられるなんて、そんなタフな相手を倒す事なんて……ッ!」

 

 まだそこにある龍を前に、グレイブが零す唖然とした声。ここまでの、全くもって揺るがなかった自信が、心が折れたかのような、震える声をグレイブが出す。そしてその中で、そのグレイブを見下ろすようにしながら、龍は最後の力を振り絞るように渦巻き……

 

「……なーんて、なッ!」

 

──グレイブが、笑う。わたしの位置からは見えないけど、多分…いや間違いなくしてやったりとばかりの笑みを浮かべて、まだ手があるんだと声で示す。

 そう。わたし達の用意した手は、これだけじゃない。まあこれで倒せるとは思っていたけど、より確実に、絶対の勝利を現実にする為に、わたしもディーちゃんも思いっ切り力を持っていかれながら、少しだけ余力を残していて…それをもう、届けていた。宙で翼を、翼の様に掲げた二振りの剣を広げた、完全に準備を整えたセイツに。

 

「セイツさん!」

「決めなさい、セイツ!」

「さっき言ったダイマックス砲以上の技をやろうとしてやがる!だからその前に、やっちまえセイツッ!」

「えぇ、わたしが…終わらせるわッ!」

 

 爆ぜるシェアエナジーの力を受けて、セイツは舞う。その手に持つ二つの刃、それぞれにわたし達の力を纏って…双剣を巨大な二本の氷剣に変えて、龍に迫る。

 渦の様になった龍に収束する赤黒い光。最後の力と言うにはあまりにも強過ぎる、そう感じる何か。けどそれが放たれる事は、輝く事はない。加速する、加速を続ける、宙を疾駆するセイツは、わたし達の言葉を受けて、言葉に応えて、力を解き放とうとする龍に肉薄し……二本の刃を、振り抜く。

 

「真巓解放・信頼…交凛雪華ッ!!」

 

 無防備だった、きっと防御をする余裕も余力もなかった龍を斬り裂く氷剣。セイツの全身全霊を込めた一撃が、二振りの双撃が、放たれようとしていた龍の最後の攻撃を止める。止めて、刃は深く、深くに食い込んでいく。

 そして氷剣は、炸裂する。龍の巨体を斬り裂いて、巨大な刀身から光を放って、炸裂と共に内側から氷の破片を舞い上がらせる。破片といっても、一つ一つが半端な剣以上の大きさを持つ刃の数々で、龍の身体を刻んでいく。もう力尽きかけていた龍に、最期の時を与えていく。

 斬り裂いた後の、立っていく氷はまるで花びら。それがセイツと龍の周囲を舞って、降りていって……最後の氷片が、雪の様になった氷が床に落ちて消えた時、龍の姿も消えていた。

 

「…つっ…かれたぁ……」

「わたしも……」

 

 完全にいなくなった事を、倒せた事を確信して、わたしはその場に座り込む。女神化を解いて、同じように座り込んだディーちゃんと、背中を肩を預け合う。

 

「よう、セイツに二人もお疲れさん。皆もよく頑張ったな」

「グレイブさんは余裕そうですね…」

「まあ、体力的にはな。けど俺だって、集中力の面で疲れてるんだぜ?」

 

 疲れてると言いつつも、答えたグレイブは「へっへっへ…」と笑いながら、消滅していくドームに向けて走っていく。何故かそこで走り回る。…ほんとに何がしたいのよ、体力有り余ってるんじゃないの…?

 とか思っていたら、人の姿で歩いてきたセイツはわたし達の近くで座り込んだ。…まあ、セイツはほんとに疲れてるわよね。後でまた治癒魔法かけてあげようかしら。

 

「二人共…それに氷淵もだけど、凄かったわね」

「最初は出来るか疑ってたので、あれはわたしもびっくりです」

「ほんとよねー。…まあでも、良い経験にはなったかも?」

 

 こんな経験、こういう出来事がなきゃまずやる事はなかったと思う。そんな思いでわたしが言うと、ディーちゃんも「だね」と軽く肩を竦めて、わたし達は笑い合う。セイツもわたし達を見て頬を緩める。

 疲れた。凄く疲れた。だけど、やり切ったって感じがあって…その上で勝ったんだから、気分は良い。まだ解決はしてないんだけど…それはそれ、これはこれ。

 

「ふー…んで、どうするよ?暫く休憩してから行くか?」

「そうさせて頂戴。ある程度でも体力を回復させておかないと、万が一の事に対して対応出来ないわ…」

 

 満足気な顔で走ってきて、ポケモン達をボールに戻したグレイブは、粒子のドームが消えた事で見えるようになった廊下の奥、そこに見える扉を軽く指し示しながら言う。けど当然、まだわたし達は疲れてる訳で…セイツの言う通り、わたし達はまず休む事にした。暫く休んでから、わたし達は扉に、その先に向かう事となった。

 

「…他の塔は、突破を阻む存在も違うのかな?」

「んー、多分違うんじゃない?多分だけど、ね」

 

 で、しっかり休んでわたし達は扉に向かう。その最中に、元々の事を考えれば、同じ存在が相手って事はない筈…って思いながら、ディーちゃんからの問いに答える。

 

「…皆、一応気を付けておいて」

 

 そうして扉を開ける直前、扉に触れたセイツがわたし達の方に振り返る。それにわたし達は首肯して…セイツが、扉を開ける。

 開かれた扉の先に広がっているのは…空。あまり登った感覚はないけど、わたし達がいるのはもうかなり高い場所。

 

「うへー、こんな高いのに手摺りなしって、ワイルドな作りだな」

「いや、ワイルドっていうかなんていうか…あ」

 

 中央の建造物に向けて伸びる通路から下を覗くグレイブに、わたしは苦笑い。それからその建造物の近くに、皆が…他のメンバーがいるのを見て、わたしは声を掛けようとする。

 けど、そこで二つの事に気付く。一つは、建造物が壊れている事。そしてもう一つは…皆が、全員が同じ方向を向いている事。

 

(……?向こうに何かあるのかしら……)

 

 妙な光景を前にして、困惑する。ただまあ当然だけど、そんな皆を見たってそうしている理由は分からない訳で…何を見ているんだろうって、わたしは何の気なしに同じ方向を見た。視線をそっちに向けて、その方向にあるものを見て……絶句、した。

 

「な……ッ!?」

 

 考えてみれば、そこにあるのは塔の筈。他三つと同じような塔がある筈で…確かにあった。あったけど…違う。

 そこに存在していたのは、禍々しい塔。わたし達のが今までいたのを含む、他三つより明らかに高い、闇色に染まった異様な塔。目を凝らせば、細部は違うけど、大雑把な形は他三つの塔と同じで……これが新たに発生したものじゃなく、これまであった塔が何かしらの理由で変質した、そうなってしまった塔だった事は、そこまで分かれば一目瞭然。

 

「ちょ、ちょっと!?これはどういう事!?何があったって言うの!?」

「わ、分かりません。私達が来た時にはもう、こうなっていて……」

「……っ!そういえば、イリゼさん達は…!?」

 

 同じように変質した塔を見ていたディーちゃん達と共に、わたしは慌てて皆に合流。走りながら声を掛ければ、ピーシェが答えてくれて…直後、ディーちゃんが声を上げる。言われてわたしも見回せば…確かにおねーさん達のチームがいない。それに…わたしの記憶が確かなら、そのおねーさん達四人が向かったのは……あそこの塔。

 

(まさか……)

 

 浮かぶのは、最悪の可能性。それが浮かんだ瞬間、一気に背筋が凍り付いて…わたし達は知る。先に来ていた皆も、同じ可能性を抱いていたんだと。わたし達が来るのを待って、それからあの塔への突入を図ろうとしていたんだと。

 けど、三つの塔と違って、あの塔に扉は見えない。通路は伸びているけど、闇に包まれた塔には出入り出来そうな場所なんてどこにもなくて……

 

『……!』

 

 そんな中で、不意に塔の一部に穴が開く。通路に繋がる位置に、一つの穴が開いて、そこから人影が姿を現す。そして、わたしの目に映ったのは……ロボットの様な、何か。

 

「……良かった…皆は、無事なのね…」

「その声は…!」

 

 え?…とわたし達が固まる中、ロボットの様な存在が発した声。それにネプテューヌちゃんが反応して…姿が変わる。ロボットだと思っていた身体が外れて、中から女性が……イヴが姿を現す。

 

「イヴさん、無事ですか…!」

「何とか、ね。でも……」

 

 すぐに駆け寄るわたし達。座り込んだイヴにビッキィが声を掛ければ、イヴは小さく頷く。

 ここにはいない内の一人が出てきてくれた事で、少し安心した。けど…現れたのは、イヴだけ。おねーさんもアイもルナもいなくて、塔の穴も塞がってしまう。そしてその事に、またわたしの中で不安感が込み上げてくる中…イヴは、言う。

 

「──ごめんなさい…私は何も、出来なかったわ…」

 

 何も、出来なかった。その言葉と、イヴ一人だけがここにいる事実。それを前に、その事を前に……わたし達は、言葉を失った。




今回のパロディ解説

・「〜〜モヤっとしてそうな〜〜」
脳内エステ IQサプリにて登場する道具、モヤッとボールのパロディ。IQサプリの代名詞的な道具(アイテム)でもあるかもしれません。因みにエストが出したのは、もっと巨大で鋭利な氷です。

・「〜〜ちょーだい!」「そんな天才〜〜頼むみたいなノリで〜〜」
天才!志村どうぶつ園における、パン君のお使いコーナー及び、その際にトレーナーの宮沢厚さんが発する台詞の事。セイツは…ジェームズの代わりに、ライヌちゃんを連れてお使いにでも行くんでしょうか。

・「〜〜某対ケイ素生命体用武装〜〜」
蒼穹のファフナーシリーズに登場する武装の一つ、ルガーランスの事。作中でも触れていますが、セイツの圧縮シェアエナジー弾は剣から出してる訳ではないので、同じような事は出来ません。

・「〜〜人生はチャレンジ〜〜ないけどよ」
プロレスラー、ジャンボ鶴田こと鶴田友美さんの名台詞及び、彼の台詞を用いた、同じくプロレスラーのタイチこと牧太一郎さんの台詞のパロディ。所謂二重構造のパロディネタですね。

・「逃がさないと言ったろッ!」
機動戦士ガンダムSEED destinyの主人公の一人、シン・アスカの台詞の一つのパロディ。割と有名な、「アンタは俺が討つんだ!今日、ここでッ!」…と同じ回での台詞です。


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第三十八話 絶望と諦観の果て

 塔の中が、変質した。異様に、異質に、根幹から狂ったように。…けれど、初めからそうだった訳じゃない。初めは確かに、普通の状態で…なのにどこからか、その在り方が変わり果てた。

 

「…とまあ、こんな感じね。接近戦も出来るけど、貴女達より優先してやる理由もないし、基本的には援護に回るわ」

 

 扉を開け、塔の中に入った私達はまず、一階を探索。何があるか、危険はないか確かめた上で、上に進む前に各々の事を確認し合った。…と、いっても私とアイ、ルナはお互いに戦闘スタイルを知っている訳で、アイとイヴも知り合っている訳で、だから実際にはイヴと私、ルナ間での確認をしたってところ。

 

「ならやっぱり、基本は私とアイで突っ込んで、ルナとイヴにサポートをお願いする感じになるかな」

「だね。ふふ、頼りにさせてもらうよ?」

 

 一通り確認を終えたところで、話は続けながらも階段を登る。私とアイが前衛、ルナとイヴが後衛っていう、特に捻りのないプランではあるけど、そもそも戦闘は大喜利じゃないんだから、変に捻る必要もない。

 それは皆も同感の様で、ルナは私の言葉にこくこくと頷く。続けて「いやぁ、頼もしいなぁー!」…みたいな顔をしながら、頼りにさせてもらうと口にする。…まあ、そう言ってくれるのは嬉しいし、その期待には応えるつもりだけど…そこでアイが、いやいやいやと手を横に振った。

 

「いやそりゃ、正面からのぶつかり合いはウチ等に任せてくれれば良いッスけど、多分ルナとイヴの方が大変ッスからね?」

「…そうなの?」

「そッスよ?とにかく突っ込んで殴り合っていればいいウチ等と違って、ルナ達はウチ等と相手の両方の動きを把握して、状況状態に合わせてやる事も立ち位置も変える事が必要になるんッスから」

「え、なんかさらっと自虐みたいな言い方したねアイ…」

「まあ実際にはウチ等も色々考えて立ち回ると思うッスけど、実際問題前衛より後衛の方が、何かと考える事気を付ける事は多い訳ッスからね。…多分」

『多分なんだ…』

「なんせ後衛の経験はほぼないッスから」

 

 ご尤もなアイの返し。自分の経験談じゃないから、って部分以外にも、全体的にアイの言っている事は真っ当で、私も似たような事を思ってはいて…でもそれを適当な話をしてるみたいな雰囲気で言うものだから、ほんとアイは捉えところがないと思う。…適当な話をしてるように思えるのは、普段は実際適当な話をちょいちょいしてるから、っていうのも多分にある訳だけど…。

 

「う…どうしよう、そう言われるとなんか緊張してきた…上手くやれるかな……」

「大丈夫だよ、ルナ。前の時は、ばっちり私達…ううん、皆に合わせて的確に動いてくれてたし、多分意識してないだけで、ルナはちゃんと周りを見て動けてるんじゃないかな」

「というか、二人共女神なんだから、多少ヘマしても上手くやってくれるんじゃないかしら」

「あ…そっか、そうだよね。うん、そうだよ…大丈夫、イリゼとアイは私程度のヘマでやられるような女神様じゃないんだもん…!」

「こっちはこっちで自虐の方向性が凄い……」

「前向きな自虐ってレアッスね…」

 

 変則的過ぎる形で自信を取り戻したルナを見て、私達三人は苦笑。…ルナは、ある意味大物かもしれない。

 

「…まあ、実際決めた通りに動けるかどうかは、相手にも寄るけどね」

「確かにね。…某相転移装甲みたいに物理無効の相手が出てきたら、私厳しいな……」

「ウチやイヴも攻撃手段がかなり限られるッスし、そうなったら魔法が使えるルナが勝敗の鍵を握る事になるッスね」

「うっ…ま、また緊張が……」

「なんで無根拠の想定で緊張をぶり返させるのよ…」

 

 こんな風に、普段の調子と変わらない程度の会話を交わしながら、私達は塔の中を進む。

 私には、それがありがたかった。皆は皆の意思で残ってくれたとはいえ、皆を危機に晒して、更にその場に留まらせてしまっているのは事実な訳で…それを気にも留めていないような皆の様子に、心が救われた。救われたし…だからこそ、私は皆の思いを無駄に出来ない。したくない。

 ならばどうする?…そんなのは、決まっている。女神として、友達として、何よりも私が頑張って、身体を張って……

 

「ほいっと」

「ぴぁっ!?」

 

 突如として膝の裏に当たった何かと、がくんっ!…と下がる私の上体。反射的に踏ん張って踏み留まって背後を見れば、そこにいるのはしたり顔を浮かべているアイ。ひ…膝カックン…!?

 

「な、何すんの!?何すんのよアイ!」

「いやぁ、イリゼが妙な気負いをしてるような気がしたから、つい。というか、口調変わってないッスか?」

「アイ…って、だとしても不意打ちは止めてよね!」

「じゃ、今度からは一言言ってからやるッス」

「そういう事じゃないんだけど!?」

 

 悪気も反省も皆無なアイの返しに、私は片手で頭を押さえる。…まあ、一応アイは気を遣ってくれたみたいだし、気負ってるような雰囲気を出してたのなら、私も悪いんだけど…すっごく、すっごく納得がいかない……。

 

「何をどう気負ってたのかは分からないけど、気負っても良い事なんてないわよ。…なんて、女神で国の長でもある貴女には言うまでもないのかもしれないけどね」

「そうだよイリゼ。後、さっきの『ぴぁっ!?』って声は凄く可愛かったと思うなっ」

「二人まで…皆がそう思うって事は、自分で思ってる以上に気負ってたのかもね…ごめん、ありがと。…後、さっきの声は気にしないで…」

「あれはウチも可愛いと思ったッスよ」

「私も思ったわ」

「気にしないでって言ったじゃん!今言ったばっかりじゃん!」

 

 皆を思って頑張る事自体は間違っていないとしても、それで皆に気を遣わせちゃうんじゃ本末転倒。そしてそれが伝わってるって事は、必要以上に肩に力が入っちゃってるみたいな、コンディション的にも良くない状態になってしまっているのかもしれない。

 それを、皆が指摘してくれた。加えて、気負う必要はないとも言ってくれた。その言葉に、思いに私は感謝をし…そうだよね、と自分の中の意気込みを一旦置いておく事にした。だって…考えてみれば、誰かの思いに応えるとか、感謝を形にするだとかは、特別意識しなくたって普段から私がしている事なんだから。…それが理由だよ?皆に弄られて気負うどころじゃなくなったからとかじゃないよ…?

 

「…それにしても、広さ以外はなんて事ない塔ね。バグはあくまでバグであって、障害になる物を設置するみたいな、意思ある敵対行動をしてくる訳じゃないって事かしら…」

「そこのところはどうか分からないッスけど、邪魔がないなら好都合……」

 

 階段を登って、部屋や広間を進んで、また登って、進んで…それを何度か繰り返してきた中、不意に止まるアイの声。その理由は明白、部屋の奥に何か歪みのようなものが現れたから。

 

「何か、出てくる…?」

「みたいだね、何なのかは分からないけどとにかく警戒……」

 

 呟くルナに首肯をして、私は臨戦体制を取る。何かは分からなくても、この場において警戒をしない理由はない。

 私とアイは一歩前に、ルナとイヴは一歩後ろに。お互い察して立ち位置を定める中、歪みは段々と何かの形に変わっていって、影の様な…影君ではない方の影らしき存在が現れる……そう思った、次の瞬間だった。

 

『──え?』

 

 何かの形になりかけた瞬間、そうなる直前、前触れなく上から…天井をすり抜けるようにして『それ』が影へと飛来した。

 それ、とは何か。それを私は、上手く言葉に出来ない。歪みや影以上にはっきりした姿を持たない、上手く形容出来ないそれを、それでも表すのであれば……現れたのは、闇。そう表現する他ない何かが、音もなく飛来し…影を、飲み込むように覆い尽くす。

 

「ね、ねぇ皆…これって一体……」

「演出…にしちゃ、何か変ッスね…後、今の地の文やたら『それ』が多かった気がするッス」

「今それを言う…!?」

 

 緊張感台無しなメタ発言はともかくとして、確かに何かおかしいような感じがする。見てもよく分からない、けど見えているもの以上の何かが起きているような…そんな気がして、胸がざわつく。

 

(これは、向こうが動く前に仕掛けるべき…?それとも……)

 

 異常な闇、それに覆われた影をどうするべきか。未知の存在を相手にする場合は、下手に仕掛けず様子を伺う、分からないからこそ動かれる前に先手を取って叩いておく、その両方に一定の理がある訳で…より未知の存在もなれば、そこへの迷いもより大きく、深くなる。

 ただどちらにせよ、迷って無駄に時間を消費する事は悪手。迅速に、それでいて的確に判断をした上で行動する事こそが未知に対して求められる事。

 分かっている。いつもそうしている事を、今回もするだけ。…でも、後から思えば、この時の私は見通しが甘かった。かつてない胸のざわつきを、バグの元凶が潜む場所である事を重視するべきであって、本命はこの塔ではなく、その先にいる…なんて思考を無意識にでもするべきではなかった。けど、もう…遅い。

 

「■■──■、■…

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■──────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

                      」

 

『……──ッ!?』

 

 完全に影を包んだ闇に走った、一筋のノイズ。一瞬、ほんの少しノイズが走って…次の瞬間、耳をつんざく機械音が轟いた。思わず、反射的に目を閉じ耳を塞いでしまう程の、壊れた機械の様な高音が響き渡り……その音が収まった時、目を開けた時…そこはもう、塔の中ではなかった。

 

「…ぁ、え……?」

「…嘘…ここって……」

 

 口からそのまま漏れる困惑。アイもルナも絶句していて…まだ音が反響しているようにも感じる耳に、イヴの愕然としたような声が届く。

 緑などない、生命力が失われたようなひび割れた大地。無惨な姿と成り果てた、元の姿も分からない瓦礫の山。閉ざされた空間の様に感じさせられる、見ているだけで息苦しくなるような、赤黒い空。何もかも潰えたような、終焉を迎えたような……墓場が如き、異界。

 

(ギョウカイ、墓場…?…いや、違う…!)

 

 見える光景も、肌で感じる不快感も、私の記憶にあるギョウカイ墓場に酷似している。…でも、酷似しているだけで、同じじゃない。そこに更に悪いものが…別の闇が混ざり合ったかのような感覚が、私の中にはあって……変貌した空間に気を取られていた私達は、『それ』も変貌していた事に、初めは気が付かなかった。

 

「……!皆、あれ!」

 

 ルナの言葉で我に返り、ルナが指し示す方を見る。それは、影を飲み込んだ闇があった筈の方向で…私達が見た時、闇は姿を変えていた。形を得かけていた影が闇を纏ったような、或いは闇が完全に乗っ取ったような、人の姿をした闇がそこにはあって…反射的に、私とアイは女神化をした。直感的に、本能的に…それがどれだけ危険で強大なのかを、理解した。

 その直後、闇も動く。偶々タイミングがあったのか、それとも私達に反応したのか、ほんの少し…本当に少しだけ、頭が動いて…闇の周囲に、剣が現れる。暗く輝く、闇とは別の意味で光とは対極にあるような輝きを持つ、複数の剣が。

 

「……ッ!不味い、あれは…ッ!」

 

 それを、その剣が何なのかを、私は知っている。知っているからこそ、弾かれるように私は声を上げ…周囲に現れ浮かんでいた剣が、私達の方へ放たれる。全てが同時に放たれて…私達ではなく、私達の周囲に落ちる。落ち……刀身が、赤黒く輝く。そして……一瞬にして、奪われる。力を、気力を──シェアエナジーを。

 

「──ッッ!イリゼッ!何でも良い、時間稼げッ!」

「もうやってる…ッ!ルナ!アイに私のシェアエナジー渡してッ!早くッ!」

 

 前に一度体験した時と同じ…なんかじゃない、それ以上の虚脱感に視界も身体もぐらつく中、何とか私はリバースフォームを…私の切り札を解放。過去と、もう一人の自分であるオリゼの時代と接続し、膨大なシェアエナジーを引き出し…それを即座に放出する。プロセッサの翼をパージし、そこから意図的且つ全力でシェアエナジーを垂れ流しにする。

 全面放出によって作り上げる、シェアエナジーが散布された空間。普段の圧縮を前提にした放出とは違う、私の手から離れたシェアエナジーは、通常あっという間に霧散する。けど今は、それよりも早く刈り取られる。膨大な量のシェアエナジー、それを暴風の前の木の葉の様に、いとも簡単に消し飛ばされる。

 

(……っ…消える…喰い尽くされる…私の…オリゼのシェアが……)

 

 ここは仮想空間であって、この身体も、シェアエナジーも、再現されたデータに過ぎない。…それが分かっていても、怖気が走る。心の奥底から、恐怖を駆り立てられる。

 だとしても、それでも私は放出する。私と私のシェアエナジーを囮にする為に。僅かにでも、時間を稼ぐ為に。

 

「皆、大丈夫!?ねぇ、これって……」

「……っ、ぅ…助かる、ルナ……」

「ううん…お礼、なら…イリゼに、言って……」

 

 膝を突いてしまいそうなのを何とか堪える中、アイとルナの憔悴したような声が聞こえる。唯一、イヴの声にだけはまだ気力があって…肩越しに振り向けば、アイは歯を食い縛って立っていた。ルナはもう膝を突いていて…でも、私とアイに触れる事で、自分を介して私のシェアエナジーをアイに送ってくれていた。

 そしてアイは、イヴに向き直る。その行動に困惑するイヴの、正面に立つ。

 

「イヴ、装備纏って身体に力込めろ…」

「え…?それは、どういう……」

「いいから、早く…ッ!」

 

 叩き付ける…ううん、何とか投げ掛けるようなアイの言葉に、イヴは一瞬に黙って…それから言われた通り、装備を纏う。聞いていた装備…全身を覆うパワードスーツを展開する。

 

「…イリゼ、後どれ位持つ…?」

「もう限界…かな…もう完全に、吸収に出力が追い付かない……」

「だろう、な…。…そういう訳だ、イヴ…この事、皆に伝えてくれ…頼むぞ……」

「……っ!頼むって…じゃあ、貴女達はどうするのよ…!私に、今にも倒れそうな仲間を見捨てろって言うつもり?悪いけど、そんなのお断り──」

「耐えろよ、イヴ…ッ!」

「な……ッ!?」

 

 情けないけど、今は虚勢を張る余裕すらない。そんな私の言葉を分かっていたかのように、アイは今すべき事をイヴに伝える。対するイヴは、驚きとちょっぴりの憤慨が籠った言葉を口にして…けれどその言葉が、最後まで紡がれる事はなかった。イヴが反論する中、アイはゆっくりと右脚を上げて、上げた脚をイヴの腹部に触れさせて……次の瞬間、その脚を振り抜いた。力を振り絞るように振り抜いて…イヴを、蹴り飛ばす。

 宙を舞うイヴの身体。ダメージを与えない為に、勢いを乗せなかった蹴りでも尚、イヴは遥か遠くにまで飛んでいき…落ちる寸前、パワードスーツからの噴射が見えた。私がはっきりと認識出来たのはそこまでで…蹴った流れのまま、姿勢を崩して倒れたアイを追うように私も倒れる。一度は膝を突いて、けど身体を支えられずに私の身体は地面を打つ。

 

「…イリゼ、ルナ、助かった…ウチ一人じゃ、何も出来なかったから…な……」

「アイこそ、ありがと…多分、アイの判断は…正しいと、思う……」

「…やっぱ凄いね、二人は…言われなきゃ、きっと私は……」

 

 リバースフォームも維持出来ず、姿が戻る。囮に、壁にしていた分のシェアエナジーがなくなった事で、身体を直接削り取られているような感覚が走る。

 もう、何も出来ない。私達三人掛かりでも、イヴ一人を離脱させるので精一杯。でも、これで良かったと思う。これが、今出来る最善だから。理由も、何なのかも分からないけど…こうしなければ、きっと全滅していたから。

 変質したこの空間に、出口があるのかなんて分からない。この状況を、覆す事が出来る保証もない。だけど……私は、信じるしかない。イヴを…皆を。そんな風に思いながら…私の意識は、薄れていく。消える事も、落ちる事もなく──ただ薄れ、霞んでいった。

 

 

 

 

 無力感に苛まれるように、何も出来なかったという自分を悔いるようにして、イヴ君は語ってくれた。闇に覆われた塔の中で起きた事を。ここにはいない、三人が彼女に…俺達に託してくれた事を。

 

「私にも、異常事態だって事は分かっていたわ。…なのに、何も出来なかった。何か出来る事があったのかもしれないのに、私は……」

 

 そう言って、イヴ君は右手を握る。握られた拳は、震えている。…きっとそれは、自分への怒り。何か出来たのかもしれないのに、何も出来なかった自分を不甲斐無いと自責する、そんな思い。

 

「そんな…イリゼ、ルナちゃん…アイさん……」

「三人一遍にだなんて…これはちょっと、いやかなり予想外…ですね……」

 

 重苦しい雰囲気の中で、まず聞こえたのは愛月君の動揺の声。続いてビッキィ君の、焦りと不安…心配が滲むような声が聞こえ、そこから沈黙が戻る。

 動揺、焦り…それがあるのは、当然の事。女神として高い実力を持つ二人は勿論、ルナ君もああ見えて(と、表現するとちょっと失礼だが…)しっかりしている。純粋な強さはまだまだ発展途上だとしても、そんな簡単にやられるような、か弱い少女ではない。そんな三人がなす術なく、イヴ君一人を逃すのに精一杯だったのだと知らされれば…俺だって、流石にヤバいなと思う。

 そんな中で、注目を集めるように発された咳払い。それを発したのは…ワイト君。

 

「皆さん。気持ちは分かりますが、今は感傷的な気分に流されている場合ではありません。…ここで感傷に浸っている間も、お三人はこの塔の中に取り残されているのですから」

 

 冷静に、ワイト君は雰囲気を制する。手始めにぴしゃりと言い切って、続けて全員が納得するような…三人の為になるのは何かという内容に繋げたその口振りは、流石は経験豊富な軍人と言うべきか。

 

「そう…ですよね。まずは三人を助けましょう。バグに関する事は、その後でも良い筈です」

「同感だ。きっとイリゼさん達も、俺達なら…って待ってくれてるだろうからな」

「…イヴ、大丈夫?…ううん、安心してイヴ。自分達が、きっと何とかするから!」

「ネプテューヌ…ありがとう。でも、他人任せにする気はないわ。何も出来なかったままで、終わる訳にはいかないもの…」

 

 雰囲気を変えたワイト君に呼応する形で、ディール君とカイト君が賛同をする。安心して、とネプテューヌ君が言えば、イヴ君は決意を込めた瞳で返す。

 ただ、これは単に助け出せば良いという話でもない。いや実際、助け出すのが一番の目的ではあるが…イヴ君の話を聞く限り、力押しで何とかなるとは思えない。

 

「…一つ、良いかなイヴ君。イリゼさん達は、直接攻撃を受けた訳ではないにも関わらず、イヴ君を離脱させた直後に倒れた…その理由は剣にあるようだけど、それに関して何か分かる事は?」

「……っ…それは…」

 

 これは確認しておかなくては。そう考え俺が訊けば、再びイヴ君の表情が曇る。だが、表情を曇らせながらも口籠る事はなく…彼女は、言う。

 

「…ゲハバーン。私の見間違いでなければ、あれはそう呼ばれる剣よ」

 

──その瞬間、彼女がその名を口にした瞬間、何人かの表情が変わった。驚愕の顔、唖然とする顔、強張った顔…反応は様々ながら、バラバラの反応だとしても一つ分かる。どうやらそのゲハバーンという剣は、碌なものじゃないらしい。

 

「知り合いが持ってるってだけだから、私はあまり知らないけど、何でも魔剣とも呼ばれているらしいわ」

「魔剣?なら、つるぎとどっちが強いか試したいところだな。…三人を助けた後に余裕があれば、だが」

「魔剣…って言うと自分の世界にもあるけど、イヴの知り合いが持ってるって事は、ゲイムギョウ界に存在する剣なんだよね?誰か、どんな剣か知ってる人いる?」

 

 振り向き全員に問うネプテューヌ君。起こった事からしてある程度の予想は付くが、知っている人がいるなら、聞いておくに越した事はないと思い、俺は表情を変えた…ゲハバーンを知っているらしい面々の方を見る。そして数秒後…表情を変えた内の三人が、ほぼ同じタイミングで問いに答える。

 

「女神を力に変えるのよ。女神を斬って、女神を糧にする事で強くなる…それがゲハバーン。女神殺しの魔剣よ」

「希望を捨てて、可能性を捨てて、犠牲に縋って枯れた未来へ世界を導く…女神が掴もうとするものとは対極にあるような、そんな剣さ」

「わたしも直接見た事はないけど…凡ゆるシェアエナジーを喰らい尽くして斬り伏せる、対神決戦兵装、って言っていたわね」

 

 

『……えっ?』

 

 今一度、沈黙が訪れる。三人の回答を受けた俺達は、全員が口を噤む。驚き、唖然とし……それから全員、「うん?」…となった。その理由は…言うまでもない。

 

「ちょ…ちょちょちょちょ何それ!?女神殺しの魔剣!?犠牲に縋って枯れた未来!?いや、え…貴女達の次元ってゲハバーンをどんな使い方してるのよ!?確かにゲハバーンは女神にとって天敵だけど…まさかクーデターとか国家間戦争にでも使ったの!?」

「……っ…クーデター?国家間戦争?…人聞きの悪い事言わないでよ…わたしだってあんなもの、滅んでしまえばいいって思ってるわ。けど…わたし達の次元が、わたし達の()()次元が、どんな理由であんな事になったと……」

「す、ストップストーップ!え、えと、自分の訊き方が悪かったのかな!?うん、多分そうだよねそう!って訳でごめんエストちゃん!ほんとごめん!」

「…あ…いや……」

 

 一番動揺していたのは、答えた内の一人であるセイツ君。一体何を言っているの、とばかりの言葉を彼女は発し…その言葉に、エスト君が表情を歪ませる。そこからエスト君は静かながらも声に怒りを、冷たい怒気を孕ませながら困惑するセイツ君を睨め付け…そこでネプテューヌ君が割って入った。二人の間に飛び込むと同時に、両手を合わせて謝り…我に返ったように、エスト君の怒りの雰囲気が霧散する。

 軽率な事を言ってしまった。自分こそ、頭に血が昇っていた。そう言ってセイツ君とエスト君は謝り合う。そこからネプテューヌ君にも謝れば、ネプテューヌ君は大丈夫大丈夫と明るく笑い…茜君の言葉で、話の流れは元に戻る。

 

「こほん。ちょっと聞いてて思ったんだけど…というか皆思ってるだろうけど…えー君やえすちゃんが言ったのと、せーちゃんが言ったのって、なんか内容的に違うよね?これって……」

「お二人とセイツさんの考えている…それぞれが知っている『ゲハバーン』が、同じ名前の別物という事でしょう」

 

 引き継ぐように言ったピーシェ君に、全員が頷く。恐らく、その見解で間違いない。違う次元、別世界の存在なのだから、そういう違いがあっても何らおかしな事はない。

 となればまず必要なのは、それぞれの知るゲハバーンの性質の確認。女神の命を奪う事で力を増す、『神殺しで強くなる』魔剣と、善意悪意…正負問わずシェアエナジーを力とするもの全てにとって天敵となる『神殺しそのものの』魔剣。そして、今の状況と照らし合わせて考える限り……

 

「…範囲内のシェアエナジーを無差別に吸収する…直接斬られたり刺されたりしていない事から考えるに、イリゼさん達に使われたのは信次元のゲハバーンの可能性が高いね」

「そうなるな。んで、範囲内のって事なら、そのゲハバーンを何とかするか、イリゼ達を範囲外まで移動させれば取り敢えずは何とかなるって訳か」

「だよね。ならすぐにでも……」

「待って、愛月君。…話はそんな簡単じゃないかもしれないわ。ううん…もしかするともう、手遅れかもしれないもの…」

 

 言うが早いか塔に向かおうとした愛月君を、セイツ君が呼び止める。それから彼女は珍しく、力無い声を発し…手遅れという言葉に反応した俺達へ、彼女は続ける。

 

「今説明した通り、信次元のゲハバーンはシェアエナジーを刈り取る武器よ。弱体化させるとか、力を抑制するとかは結果に過ぎないし…一人当たりから吸収するシェアエナジーの量は決まっている、なんて話も聞いた事はないわ。だから……」

「行った時にはもう、吸い尽くされているかもしれない…って、事ですか…」

「えぇ。それに、範囲内のシェアエナジーを吸収するのは、封神形態…三つある形態の内の一つに過ぎないわ。文字通り何の力も発していない封印形態、範囲内に入るだけで吸収する封神形態…そして、封神形態では一定範囲に広がっていた力を刀身に収束させた、滅神形態。リバースフォームですら短時間持ち堪えるのが精一杯な封神形態の力を集中させた滅神形態のゲハバーンで、イリゼ達が斬られてたとしたら……」

 

 理解し表情を曇らせるディール君に頷いて、更にセイツ君は言う。今知った俺達とは違う、前々からその存在を知っていたからこその、拭えない不安と抱けない希望を言葉から漏らし……けれどそれは、すぐに否定された。

 

「…いや、恐らく全員無事だろう。シェアエナジーを刈り取られている時点で無事、というのは語弊があるだろうが…まだイリゼ達は塔の中に、仮想空間の中にいる筈だ」

「……?えー君、それはどうして?」

「単純な話だ。仮想空間の中は、ネプギアがモニタリングを続けてくれている。であれば、もしイリゼ達が仮想空間から消えていれば…或いは現実の身に何かあれば、俺達に連絡をしてくるだろう。バグの外部流出と侵食の可能性を出来る限り抑える為に、緊急時以外は連絡をしないという事になってはいるが…流石にそのレベルの事があれば、連絡をしてくるだろうさ」

「逆に連絡がないという事は、まだそこまでには至っていない…って訳ですか。筋は通っていますね…」

「…それに、身動き出来ない状態になっていれば、ただの刃物でも十分殺せるだろうしな」

『…………』

 

 連絡がない現状から逆に考えた、影君の推理。それは確かに、と思えるもので…そこまでは良かったのだが、最後の発言で一気に全員げんなりとしてしまった。うーん、なんという余計な発言…それもご尤もではあるのだが……。

 

「…取り敢えず、諦めるにはまだ早い…って事だろ?ならやっぱり、やる事は変わらないな」

「うん。三人、助ける」

「三人…そういえばイヴさん。私ずっと気になっていたんですが、ルナもその時倒れていたんですよね?…シェアエナジーを奪うゲハバーンの影響下で、イリゼさんやアイさんだけじゃなく、ルナも」

「それは…えぇ、そうだったわ。…うん、ルナもそうだった……」

 

 前に出した拳を握るカイト君に、イリス君が頷く。その際の、三人という言葉にピーシェ君が反応し…全員が同じように、そこへ引っ掛かりを抱く。シェアエナジーを対象とした吸収なら、何故ルナ君まで…と。

…そういう話になる事は、予想が付いていた。どこかのタイミングでそれを誰かが気にするだろうと思っていた。だから俺は、予め考えていた事を口にする。

 

「…これはあくまで、私の考えだ。真実であるとは限らない、ただの吸血鬼の考えだが…話を聞く限り、ルナ君はイリゼさんのシェアエナジーを、アイ君に送っていたらしい。そしてもしその送る方法が、自分自身を経由しての受け渡しなのだとすれば、ルナ君もまた、自分の中を通るシェアエナジーを吸収される事となる。…一時的とはいえ、自分の中にあるものを外部から無理矢理引き摺り出されているのだとしたら…身体に負荷が掛かるのは、なんらおかしな事ではないだろう」

 

 実際には違う理由なのかもしれないが、これもそう荒唐無稽な話でもないだろう?…という調子で言った俺に対し、異論は特に出てこない。どうやら程度の差はあったとしても、皆納得してくれたらしい。ならばと俺は咳払いし、視線を皆から塔の方へ。

 

「さて、確定とまではいかずとも、ルナ君達が倒れた理由に検討は付いたんだ。であればここから求められるのは慎重さと迅速さ。今はまだ大丈夫だとしても、既に限界ギリギリまで吸収されている…という可能性もあるしね」

「それと、ピーシェ様達女神の皆さんは出来るだけ前に出ない事もですね。ゲハバーンを何とかしない限り、皆さんも戦闘不能になってしまいますし」

「え、友のピンチに主人公が活躍出来ない展開なんてある…?…って、言いたいところだけど…近付いただけでアウトなら、距離を取ってるしかないもんね。頼むよ、皆」

 

 そう。救出において最大のネックは、ここにいる内の五人が女神…つまり、ゲハバーンの影響を受けてしまうという事。遠隔攻撃であろうとシェアエナジーによるものなら吸収されてしまうだろうし、そもそも封神形態の正確な効果範囲が分からない以上、彼女達は戦力として計算出来ない。…厳しい戦いになる…が、三人の為だ。やってやる、やってみせるさ。

 

「それじゃあ、行くか」

「ああ、そうしよう。…それと、イヴ君。最後に一ついいかな?」

「…何かしら?」

「君は何も出来なかったと言っていたが、そんな事はない。君は自分だけが助かった、助けられたという中でも早まった行動はせず、状況も恐らくその場で抱いた罪悪感も飲み込み、私達に何が起きたのかを伝えに来てくれたんだ。それは、その場の感情で助け出そうとするよりずっと難しい事だ。そしてお三人も、そうしてくれる事を君に期待していた筈だ。だから…君は君が出来る、最善の事をしたんだと、私は思う」

 

 踏み出す直前、カイト君に応じ、続けて言葉を発したのはワイト君。彼の言葉にイヴ君は目を見開き、数秒俯き…それから、顔を上げた。顔を上げ、強く頷いた。

 闇に覆われた塔。入れるのだろうかという懸念があったが、近付いたところ、イヴ君が出てきた時と同じように、中へと繋がる穴が開いた。だが穴はあっても、中は見えない。見る為には、知るには、入るしかない。それでも、臆する者はおらず…全員が、中に。

 

『……っ!…ギョウカイ墓場…?』

「こりゃまた、凄い空間だな…」

 

 穴を潜った先に広がっているのは、自然の潤いが全て消え去ったような空間。ディール君エスト君は揃って呟き、グレイブ君も乾いた笑い声を小さく漏らす。

 

(…なんだ、この感覚は…外見からして分かり切っていた事ではあるが…何か、違う……?)

「イヴ、イリゼ達はあっち?」

「そうね、私の記憶が正しければ…って、こっちから見ると一本道になってるわね…さっきは気付かなかったわ……」

 

 指差すイリス君にイヴ君が頷けば、即座にイリス君は駆け出す。それを慌てて愛月君が止めたものの…気持ちは分かる。イリス君以外にも、駆け出したい気持ちを堪えている者はいるだろう。

 かなり開けてはいるものの、今のところ一本道となっている。これは迷わなくていい分好都合というべきか、それとも何かが待ち構えている場合、避けては通れない分都合が悪いというべきか。

 

「…そういや、ゲハバーンを放ってきたのはここのボス…みたいな存在なんだよな?やっぱ、助けるには倒すしかないのか…?」

「出来れば相手にせず、又は時間稼ぎに努めて、その間に三人を助けたいところですね。その存在を相手にする上でも、ゲハバーンを何とかしなくては私達戦えませんし……」

「…それについて、だけど…本来四つの塔を攻略しないと入れない場所が、壊れてたわよね?で、イヴの話だと、ここに元々いたボスが何かに取り込まれた感じらしいのよね?って、事は……」

「かもしれないな。だが、その二つを安易に関連付けるのは危険だ。何にせよ、まずはピーシェの言う通り、救出だけを目的にした方が良い」

 

 広がる一方の道中、救出の流れを打ち合わせた後、カイト君とセイツ君が思考を巡らせ、ピーシェ君と影君がそれぞれ答える。色々疑問が浮かんでくるのも当然の事で、とにかく今は情報が少ない。やるべき事が明白なのは幸いだが、仮に助けられたとしても、そこから勝てるかどうかは…いや、止めておこう。少ない情報の中では可能性の演算も精度が落ちるし、三人を助ける事、その為にゲハバーンを何とかする事が、勝ち筋を太くする事に繋がるのは間違いないんだ。

 

「…茜さん?どうかしたの?」

「あ…いや、ちょっと…ね。…えるなむさん、貴方にはここが他の塔と同じに見える?」

「…正直、私にも具体的な事はまだ分からない。ただ、同じに見えるかどうかで言えば……」

 

 何故茜君は聖なる力で攻撃出来そうな呼び方を…というのはさておき、どうやら彼女からしても、ここは他とは違うらしい。同じように見えているか、感じられているかは分からないが、何かを感じられているのなら、それは共有しておいた方がいいかもしれない。

 そう俺が思っていた中、気付けばイヴ君の足は早まっていた。そしてその事に、もしやと思った次の瞬間…イヴ君は、声を上げる。

 

「アイ!イリゼ!ルナ!」

『……!』

 

 三人の名前を呼ぶ、イヴ君の声。反射的に目を凝らせば、俺の目にも見えてくる。これまでよりも更に開けた空間、そこで倒れた三人の姿と…その周囲に突き立てられた、複数本の禍々しい剣が。

 飛び出しかけたイヴ君だったが、一歩足を出したところで堪え、振り返る。向けられた彼女の眼差しに、決意を秘めた瞳に…俺達は、頷く。

 

「予定通り、まずは取り敢えずゲハバーンを退かす!念の為訊くが、選ばれし人間じゃないと引き抜けないとか、どこぞの対艦兵器や妖槍みたいに身体に融合してくるみたいな事はないんだよな?」

「そんな危ない機能はないから安心して!…どっちにしろ危ない剣ではあるけど…!」

「お三人はこちらに乗せて下さい!一気に運びます!」

 

 言いながらグレイブ君は駆け出し、彼の言葉にセイツ君が答える。女神の五人はこの場で待機し、俺達は警戒しながら倒れ伏す三人の元に向かう。グレイブ君と共に先行するのはワイト君…彼のマエリルハで、機体のマニピュレーターに三人を乗せて安全圏まで後退させつつ、俺達で、ゲハバーンを破壊するなり遠くに捨てるなりするというのが救出プラン。何とも単純な案ではあるが、単純な案で進められるのなら、それに越した事はない。

 スラスターを吹かし、一気に三人の近くまで到達したマエリルハは、一度止まって周辺を警戒。その間に俺達も距離を詰め……

 

「……っ!?待って下さい、あそこに何か…いや、誰か…!」

 

 不意に、ビッキィ君が声を上げた。脚を地面に突き立てるようにして急ブレーキを掛け、同時に三人のいる場所よりも先の地点を指差し…そこにいた、いつの間にか存在していた人型の『闇』の存在を全員に伝える。

 

「あれは…あいつよ!私達の前に現れたのも、ゲハバーンを放ってきたのも…ッ!」

「…待て、あれは……」

「え…あれ、って……」

 

 悔しさの滲む、イヴ君の声。現れた脅威に緊張感が高まり…その中で、影君と茜君は、他の面々とは違う反応を見せる。

…いいや、二人だけじゃない。俺もそうだ、俺も同じだ。俺はあれに、あの存在に感じるものがある。外見からは分からずとも、俺という存在が、本能的に感じている。あれは、あれは……

 

「救出はさせないつもりか…?…ならばプランB、グレイブくん愛月くんイリスさんでポケモンと共にお三人の救出を!その間、私達が押さえ込む…!」

 

 普段ならば分割により、気になる事と今すべき事の両方に振り分けられる思考。それが今は、気になる事に全て注がれてしまっていて…ワイト君の声で、我に返る。あの存在の事は気になるが、それよりまずは三人を助けなくては、と自分に言って切り替える。

 幾ら相手が未知数とはいえ、こちらは七人。加えて撃破ではなく時間稼ぎさえ出来ればいいのだから、決して不可能な事ではない。用心しつつも、俺はそう思っていた。恐らく皆も、似たように考えていたんじゃないかと思う。…だからこそ、俺達は驚愕する。こちらを認識したらしい、闇の行動に。闇が、してきた事に。

 

『な……──ッ!?』

 

 ゆっくりと、顔を上げるように闇の頭部が僅かに動いた次の瞬間、影の周囲に現れたのは幾本もの剣。一つ一つが禍々しい形相を持つ、酷く暗い輝きを放つ…魔剣ゲハバーンが現れる。

 不規則に並んだゲハバーンは、次の瞬間刃が上向きとなり、放たれる。反射的に身構えるが、放たれたゲハバーンはこちらには飛んでこない。山なりに飛び、俺達を飛び越え…後方へと、飛来する。

 

『……ッ!(離れ給え・離れろ・離れて下さい)ッ!』

 

 弾かれるように振り向く。俺と影君とワイト君が、ほぼ同じタイミングで叫ぶ。

 考えてみれば、当然の事。ゲハバーンが対神決戦兵装であるのなら…狙う相手も俺達ではなく、後方に控える女神の五人に決まってるじゃないか…!

 

「これって、あの時の…ッ!」

「念の為女神化しておいて正解だったわ…ッ!これだけ離れてしまえば……って…」

「──嘘、でしょ…?」

 

 何かに気付いた様子のディール君。五人は散開と共に大きく飛び退く事で飛来するゲハバーンから距離を取り、それぞれの効果範囲から逃れる。

 だが…次の瞬間、飛び退き着地したセイツ君は、愕然とした声を上げた。まさかと思い、視線を闇へと戻せば…そこには先の攻撃を遥かに超える、何倍もの数のゲハバーンが浮いていた。それ等が全て、再び放たれ…より広い範囲を、遥かに広域を制圧する。暗い輝きと共に飛来し、地面へと突き刺さり……その広過ぎる範囲に囚われた女神達が、一人、また一人と落ちていく。

 

「……っ…どういう事だよ、こりゃ…ゲハバーンってのは、こんなぽんぽん出せるようなもんなのか!?」

「そ、そんな訳ないよ…!私達の次元のにしろ、信次元のにしろ、ぽんぽん用意できる訳が……」

「待って皆!また、何かしてくる…!」

 

 初めから、女神である五人を戦力とは考えていなかった。実を言えば、追加のゲハバーンが来る可能性も考えてはいた。そもそも複数本で三人を戦闘不能にしている時点で、まだ出してきてもおかしくはないのだから。…だが、こんなものは予想外だ。想定外だ。こんな可能性、見えては……いや、違う…この可能性を計測出来なかったんじゃない。初めから俺の…この空間に入った時点から『ズェピア・エルトナム』の演算が()()()()()()()()()

 そして、それに俺が気付いたのと、愛月君が声を上げたのはほぼ同時。まだ何かあるのか、何か来るのか。そう思いながら闇へと目を戻せば、闇の背後には同色の球体が…濃縮された深淵の様なものが存在していた。それはまるで、どこまでも深い、光の届かない暗闇が如き存在で……そこから闇が、溢れ出す。地に、空に、凡ゆる方向に闇が広がり──膝を、突く。グレイブ君が、愛月君が、ビッキィ君が、カイト君が、影君が、茜君が、イヴ君が……それに、俺自身も。

 

(…馬鹿、な…これは、この感覚は……)

 

 身体に力が入らない。思考の高速化も分割も途切れる。何より…心を蝕まれる。失意が、絶望が、諦観が、狂気が流れ込み、抗う間もなく飲み込まれる。

 倒れる音が、聞こえてくる。機体越しでは分からないが、ワイト君も他の面々と同じ状態だろう。だが今は、そんな事を気にしてはいられない。気にする、余裕などない。

 俺は、知っている。分かる。分からない、筈がない。これは、この闇は──タタリだ。それも更に変質した、何か違うものが混じった…果ての果てだ。

 

「…そう、か…やはり、あれは……」

 

 ここまでなって、こうなった事で、確信する。深淵の前に立つ闇、その正体の一端を。

 正体は分かった。この力も理解をした。…されど、それだけだ。分かったところで、何になる?何が出来る?

 

「なんだ、これ…なんでこんな、こんな……っ」

「く、そっ…この程度で、俺が……」

「う、ぅ…なに、これ…震えが、止まらないよ……」

 

 初めに聞こえてきたのは、ビッキィ君とグレイブ君、二人の絞り出すような声。次に聞こえたのは、愛月君の恐れが溢れ出したかのような声。今にも折れてしまいそうな、潰れてしまいそうな、苦しみに満ちた声。侵蝕する負の感情…それも怒りや恐怖ではない、考えて堪えて行動して、負けて敗れてそれでも立って、抗って抗って手を伸ばして、守ろうとして救おうとして踏み出し続けて……その果てに何も守れず、何も救えず、全てが潰えた先の絶望が、心を蝕む。光なき闇に、心を染めていく。

 

「はッ…はッ…ぐ、ぅ…ぅああぁ……ッ!」

 

 視界の端で、カイト君が動く。大剣を支えにして、吐き出すような叫びを上げて、膝を地面から浮かせる。

 信じられない程の胆力。全てを飲み込む闇の中でも立ち上がらんとする精神力は、最早異常にして異質の域。…だがそれでも、彼はそこで止まる。膝は浮けども、立つ事はない。

…俺も、同じだ。俺はこの空間を、タタリを、何よりその闇を知っているからこそ、こうして考えるだけの余裕があるが…それ以上の事は出来ない。皆を助けよう、何とかしよう…そんな思いは、一欠片すら湧いてこない。

 

「……また、なの…また、私は…奪われて…失って……」

「…きっと、こういう世界になってた可能性も…あるん、だよね…器になった私が、全部壊して…何もかも奪って…えー君は、どう思う…?……ねぇ…返事、してよ…えー君…」

「…これを、貴女が…?…あぁ、そうか…貴女は、貴女も…なのに貴女はのうのうと生きて…奪っておいて、滅茶苦茶にしてておいて…そんな人間がいるから、世界は……ッ!」

「…何、それ…貴女が何を知ってるって言うの…私の何を、私達の何を…死んだ事もない、逃げただけの貴女が……ッ!」

「知らないわよ…知りたくもないわよ、奪う側の汚い心なんて…ッ!」

「知る気もないなら、黙っててよ…そうやって知らないまま、苦しむ人をエゴで傷付け続けていればいいよ…ッ!」

 

 ゆらり、と立ち上がる二つの影。怒りを、憎悪を、敵意を言葉に孕ませ、目の前の存在を睨め付ける。銃を手にし、大剣を手にし、増幅された心の闇を相手へとぶつける。

 それを止める声はない。影君は答えず、ワイト君は何も言わない。イヴ君と茜君は完全に闇に飲み込まれ…彼等二人の心は、既に深淵へと沈んでいる。…まあ、でも…どうでも、いいか…。

 

(…あぁ、そうだ…別に、いいじゃないか…どうせ止められないんだ、どうせ俺には何も出来ないんだ…なら止めようとするだけ、抗うだけ…無駄と、いうものさ……)

 

 冷静に考えるのも、状況を分析するのも、馬鹿馬鹿しくなってきた。そんな事をして何になる?そうだ、何にもならない。初めから諦めてしまえばいいものを、その方が楽なものを、出来もしないのに抗おうとした挙句、より深い絶望に飲み込まれる事に、どんな意味があるかなんて…このズェピア・エルトナムという魔術師が知っているじゃないか。

 もう、倒れるとしようか。残念ながら、これは喜劇ではなく悲劇だった。そういう物語だったという事。デウス・エクス・マキナなどない、それが現れる価値もない作品として、ここでこの舞台は幕を閉じ……

 

 

 

 

 

 

「茜、イヴ、駄目。喧嘩、良くない」

 

──その時、声が聞こえた。震えのない、弱々しくもない、憎しみや諦観に飲まれてもいない…無感情で淡々とした、いつも通りの声が、聞こえた。

 無意識的に、視線をそちらへ向ける。そこには、そこにいたのは…イリス君。彼女は茜君とイヴ君を仲裁するように立ち、止めようとし…二人が止めようとしないのを見ると、それぞれの武器を手で叩き落とした。身体に力が籠っていなかったのか、叩き落とされた拍子に二人は倒れ…それからイリス君は、二人に声を掛ける。反応が返ってこないと、イリス君は見回し…俺と目が合った数秒後、駆け寄ってくる。

 

「ズェピア、大丈夫?皆、苦しそう。ズェピアも、苦しそう。…お腹、痛いの?」

「…イリス君は…何とも、ないのかい…?」

「イリスはいつも通り。…もしかして、あれのせい?」

 

 見下ろす彼女の表情もまた、いつも通り。全く感情が感じられない、本当にいつも通りの様子で…そのままイリス君は、深淵を指差す。

 

(…そう、か…そうだったね…イリス君、君は…人でも女神でもない、君には……)

 

 訳が分からなかった。初めは全く分からなかったが…無事なイリス君に驚いて、その拍子に少しだけ思考が戻った事で、理解した。思い返せばそうだったと。イリス君は、そういう存在だったのだと。

 それと共に、自分もいつの間にか押し寄せる闇に飲まれていたと、流されていたと認識する。認識し、恥じる。確かに際限ない闇の前では、気力なんて吹き飛ばされてしまうんだろう。耐えようとする事自体が無理難題ってものだろう。…それでも、無意味などではない。絶望の中でもがき、諦観を前にしても抗おうとする思いを、意思を、無意味や無駄という言葉で片付けてしまうのは…あんまりじゃないか。

 

「…理解した。イリス、あれを壊す。イリスが、何とかする」

「……っ…止め、給え…幾ら無事だとしても、君一人では……」

 

 察したのか、沈黙を肯定と捉えたのか、イリス君は深淵に向けて駆け出す。咄嗟に止めようとした…が、イリス君は止まらない。聞こえなかったのか…それとも、それがイリス君の意思なのか。

 だが、幾ら何でも無謀だ。確かにイリス君自身は、影響なく動けるのかもしれない。だとしても、深淵の前には闇がいる。何もしていない、傷を受けてもいなければ一切の疲労もしていない、万全の状態の闇が……と、そこまで考えた俺は、気付く。…闇が、本当に何もしていない事に。俺達を無力化こそしたが、それ以上の事はしていない。三人に対しても同じで…闇自身は、その場から一歩も動いてすらいない。──まるで、絶望し立ち尽くすように。諦観に身を委ねているかのように。

 

「…着いた。皆を困らせるの、駄目。苦しめるの、もっと駄目。だから、これを消して。そうしてくれないなら、イリスが壊す」

「…………」

「……返事をしてくれない場合も、壊す。それでいい?──えい」

 

 深淵の前、闇の横にまで到達したイリス君は、闇を見上げて問う。対する闇は、何も言わない。ほんの少し、イリス君に向けて顔を動かしただけで…何も、しない。

 それを答えと受け取って、イリス君は更に前へ。深淵の真正面、手を伸ばせば触れられる距離にまで近付き、腕を上げる。小さな手が変化し、大きな槌に変わっていく。そして、イリス君は感情のない顔のまま、気持ちの籠らない声と共に……槌となった腕を、振り抜いた。




今回のパロディ解説

・某相転移装甲
機動戦士ガンダムSEEDシリーズに登場する特殊装甲、PS装甲の事。割とほんとに、物理無効となるとイリゼは衝撃で装甲の内側潰すかガス欠狙うしかなくなります。少なくともイリゼの力のみだとそうです。

・〜〜聖なる力で攻撃出来そうな呼び方〜〜
エルミナージュシリーズに登場する魔法の一つ、エルナムの事。実際に聖なる力の魔法が出ていたら、ズェピアにまあまあダメージが入っていたかもしれません。何せ吸血鬼ですし。

・「どこぞの対艦兵器〜〜」
銀魂に登場する妖刀、紅桜の事。直後のパロディに「妖槍」がありますし、こちらも妖刀にしても良かったかもですが…妖刀より対艦兵器と表現した方が何のネタか分かるかな、と思い、直さない事にしました。

・「〜〜妖槍みたいに身体に融合してくる〜〜」
ぬらりひょんの孫に登場する妖槍、騎億及び憑鬼槍の事。身体と一体化してくる系の武器は他にも色々あると思いますが、私が最初に思い付いたのはこれでした。


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第三十九話 闇を塗り替える光

 絶望…それを、俺は知らなかった。…なんて事はない。というか、絶望感とか無力感ってのは、それなりに生きてきた人間なら、誰でも知ってるんじゃないかと思う。そりゃ勿論、個人差はあるんだろうし、後から振り返れば俺がこれまで抱いてきたのは全部、その場ではどうしようもないように思っても、実際には何とか出来るレベルで、なんだかんだ何とかなってきたような絶望感や無力感な訳だが……だとしても、そういう失意は限られた人間しか味わった事のないもの、特別なものなんかではきっとない。失敗したり、上手くいかなかったり、不運や理不尽にぶつかったり…そういう事は、誰にだってあるんだから。

 だから、だからこそ…俺は思った。一体どれだけの絶望を味わえば、どれだけの失意に苛まれれば、こんな闇そのものみたいな感情が生まれるんだろうかと。重く、辛く、苦しい…哀しい感情の深淵は……ただの、仮想空間のデータなんだろうかと。

 

「……──っっ!」

 

 身体じゃない、心が重くなる闇。心の中に入り込んで、内側から何もかもを飲み込んでいくような…すぐにでも押し潰されてしまいそうな感情の濁流を前に、俺は立つ事が出来なかった。立ち上がろう、頑張ろう…そんな気持ちが、気力が掻き消えていって……力を入れる?何故?どこにその必要が?…なんてすら思えてきた。

 それでも何とか、心の底に沈んだ気力を掻き集めて、立ち上がろうとした。立ち上がろうとするので、精一杯だった。俺の中にはずっと、これが無駄な行為だと、無意味な事だと気力を塗り潰そうとするような感情が渦巻いていて……そんな中だった。いつの間にか人の姿をした闇と、闇を凝縮したような球体の側にまで行っていたイリスが、ハンマーの様になった腕を球体に向けて振り下ろしたのは。その一振りで、一撃で、あっさりと球体は崩れ──心が軽くなったのは。

 

「…破壊完了。皆、大丈──」

 

 淡々とした声を上げながら、振り向くイリス。それからイリスは俺達に呼び掛けようとし…次の瞬間、闇が動いた。ずっとそこで、殆ど立っているだけだった、人の姿をした闇が、イリスの方を向いて…腕を、振り抜いた。腕を…一瞬前まではなかった筈の、暗い輝きを放つ禍々しい剣を。

 響く轟音。巻き上がる砂塵。イリスの声は途切れ、姿も見えなくなり……次の瞬間、何かが凄まじい勢いで吹き飛んでくる。

 

「……ッ!」

 

 咄嗟に俺が身構える中、ビッキィが動く。ついさっきまで倒れていたビッキィが地を蹴り、飛んでくる何かの前に躍り出て…それを、受け止めた。

 

「はぁ、はぁ……え、ビッキィ…?それ、って……」

「なんだ、そりゃ…」

「…反射的に、というか直感的に受け止めたけど…さ、さぁ…?」

 

 飛んできたものを両腕で抱えたビッキィ、その腕の中にあったのは…なんというか、スライム。スライヌではなく、スライムっぽい何か。俺だけでなく、まだ少し顔色の悪い愛月や、珍しいものを見るような目をしたグレイブもそれに疑問を持っていて…まさかのビッキィ自身もよく分かっていない中、その正体が語られる。

 

「…イリス君だよ。突然何を、と思うかもしれないが…それはイリス君だ」

『え…!?』

 

 横から発された声。その声の主は、皆と同じように…そして恐らく、初めて見る疲弊した様子のズェピアさんで…ズェピアさんの言った、これがイリスだという言葉に、俺達は驚愕した。明らかに違う見た目なのに、スライムなのに、イリスだと言われれば、驚くに決まっている。

 だが、状況的には理解出来る。斬撃をギリギリで躱したのか、外れたのかは分からないが、とにかく直撃はせずに済み、発生した衝撃で吹っ飛ばされたんだとしたら、飛んできたのも納得がいく。それに……

 

「…考えてみれば、身体を色々変化させてたもんな…変化もこういう身体だって思えば、おかしくはないな」

「…カイトさんって、グレイブ並みに飲み込みが早いよね…って、待った…!こんな状態になっちゃって、イリスちゃんは大丈夫なの…!?」

「ふむ…うん、大丈夫の様だよ。どうも気を失っているようだけど、命に別状はないようだ」

 

 スライム…もとい、イリスに触れたズェピアさんが大丈夫だと言う。それに俺達は安堵し…思考は次の段階に移る。

 

「にしても…何だったんだ、さっきのは……」

「…どうしようもなくなった、どうにもならなくなった感情の末路、成れの果て…だろうな。…そうだろ、ズェピア」

 

 グレイブの発した、俺や恐らく皆も思っていた言葉。それに答えたのは影で…ズェピアさんは、頷いた。それも、いつもとは違う…どこか憂いを帯びているような表情で。

 

「…君は、君達は大丈夫かい?」

「大丈夫だ、こういう感情には慣れている。…最悪の気分だが、な」

「同じく。…すまない、全く何も出来なくて」

「いえ、大丈夫です。何も出来なかったのは、俺も同じなので」

 

 言葉通り、影は酷い顔。続けて声を発したワイトさんも、スピーカー越しでも分かる程気分が悪そうで…理由はよく分からないが、影響には個人差があったらしい。…そう思いながら俺が返した瞬間、ズェピアさんが呆れてるような、感心してるような目で見てきたが…その理由は、よく分からない。

 

「…お二人共、動けますか?」

「大丈夫だよ、ビッキィさん。良くはないけど、今はもう動ける。調子が悪いとしても、そこは年の功で何とかしてみせるよ」

「それなら良かったです。あわや全滅の危機は避けられたとはいえ…状況は振り出しに戻っただけどころか、ピーシェ様達やイリスさんの事を思えば後退しているんですからね」

 

 軽く肩を竦めた後、険しい表情を見せるビッキィ。残る二人、茜とイヴも体調的には大丈夫だと分かって俺はほっとしていたが…ビッキィの言う通り、まだ何も解決してはいない。イリスは気絶してしまっているし、元々の目的だったイリゼ達を助けられてないどころか、セイツ達まで動けなくなってしまった。そして何より…現れた人型の闇は、無傷のまま。

 

「…そういえば…イリスちゃんを吹き飛ばしたのは、あの闇みたいな存在…なんだよね?でも、さっきからずっと動いていないような……」

「…それについては、一つ仮説がある。仮説というか、単なる予想だが…あの存在は、俺達が何もしなければ何もしてこないんだろう。自分から動く気はないが、邪魔をするなら容赦はしない…といった風にな」

「今私達は敵対行動を取っていないから向こうも動かないし、イリスが襲われたのは、球体の破壊を行ったから…って事?…でもそれなら、ゲハバーンやさっきの球体は……」

「それに関しても、直接命を奪うようなものではなかった。…本当に、直接的な物理攻撃じゃないってだけだが」

 

 イヴからの問いにも、影が答える。実際どうなのかは分からないが、そういうスタンスって事なら、これまでの事とも合致する。それに…流れ込んできた感情は、絶望や諦め…何もしたくない、進みたくないという思いだったような気もする。もしも、あの球体が、あの闇の持つ感情を放出してたんだとすれば…全部、納得がいく。

 

「なら、こっちから仕掛けたりしなきゃ、取り敢えずは大丈夫って事か。…ま、そんなの知るかって話だけどな」

「うん、そうだね。私達は大丈夫でも、ぜーちゃん達は大丈夫じゃないんだから」

「さっき動いたのは、女神を見つけたからなのか、わたし達が三人を助けようとしたからか…どっちにしろ、またあの球体を出されると不味いですね……」

「即再生可能なものなら、イリス君を吹き飛ばした後すぐにまた出しているんじゃないかな。勿論、イリス君は破壊以外の行動をしなかったから、反撃するのに留めただけで、実際には今すぐ出せるのかもしれないが…これについては、そうではない事を祈るしかないね」

「確証はないが、やってみるしかない…って事か…。…やってやろうじゃねぇか。イリゼ達を助けられるかどうかなんだ、やってみる価値はある筈だ」

 

 皆を見回しながら、俺はそう言う。言うと共に、左手に右手の拳を打ち付ける。またあの感情に飲み込まれるかもしれないと思うと、ぞっとする……が、だとしても今、女神の皆を助けるには戦うしかない。その為に、俺にも出来る事があるかもしれないなら…迷う理由なんてない。

 そして、俺の言葉に皆から返ってきたのは首肯。意思を確認し合った俺達は、改めて闇と向かい合う。

 

「当初は妨害が危惧される場合、グレイブくん愛月くん、それにイリスさんの三人に救出を任せるつもりだったが……」

「救出対象は倍以上、救出者は一人が気絶中…か。茜、バイタル確認も兼ねて、一旦救出側に回ってくれ」

「私からも一ついいかな?…結論から言って、この空間は全体があの闇の領域みたいなものだ。先程のような、超即効性の侵蝕はなさそうだけど、心身への何かしらの影響力がないとも言い切れない。だから茜君、全員を避難させた後はイヴ君の事も見てくれるかな?影響があるとしたら、私達より先にここへ来ているイヴ君が一番危険だからね」

「いや、私は……ううん、分かったわ。私に影響が見られなければ、他の皆も恐らく大丈夫と言えるから…そういう事でしょ?」

 

 ご明察、とズェピアさんは言って一歩前へ。俺も大剣を構えるが、闇はまだ動かない。その状態で、視線は感じない…が、雰囲気的には睨み合うような数秒が流れ……戦闘の火蓋を切ったのは、ワイトさんの砲撃だった。

 

「よっし!速攻で全員助けて…って思ったが、これどこに連れてけばいいんだ…?」

「この辺り一面ゲハバーンの効果範囲内みたいだし、取り敢えず今は遠くまで運ぶしかないね…いぶ君、あい君、あそこの岩陰はどう?」

「あの岩ならちょっとした攻撃程度で壊れたりはしないだろうし、良いかも。皆、お願い!」

 

 小手調べのように撃ち込まれた、マエリルハのビーム。バックパックからの砲から放たれたビームは、一直線に闇へと伸びて…それを闇は、斬り裂く。その場から一歩も動かず、何の構えもない動きからの斬撃で迫るビームを真っ二つにする。

 それを見ながら俺が地を蹴るのとほぼ同時に、グレイブ達も動く。三人はそれぞれ分かれてイリゼ達の救出に向かい…俺は闇に向けて突っ込む。

 

「大方そうだろうなとは思っていたが……」

「強い、わね…ッ!」

 

 続いて影の遠隔操作端末による包囲攻撃と、装備…パワードスーツを纏ったイヴの射撃が闇を襲う。だが一見逃げ場の無さそうな包囲攻撃を、闇は瞬時に…逃げ場が無くなる前に跳ぶ事で避ける。回避先へのイヴのエネルギー弾も、全弾躱される。というより、イヴは動きを捉え切れていないように見える。

 二人の攻撃を避け切った闇は、振り向きざまに武器を振るう。手にした二振りの剣…右の大剣と左の片手剣の内、左の剣を振るって斬撃を飛ばす。刀身と同じ色をした斬撃は、波紋が広がるように拡大しながら飛び……避けたイヴが一瞬前までいた地点を、深く抉る。

 

「カイトさん!」

「応ッ!」

 

 斜めに振り下ろした剣を振り上げる形で、闇は影にも斬撃を放つ。その隙にビッキィが、両腕を広げて飛び掛かり…前転。剣が届きそうな距離に入る直前に回って、地面に両手を突いて、地面を押すようにして闇を飛び越える。

 ビッキィに向けて振るわれた右手の大剣は、ビッキィが間合いに入らなかった事で空を斬る。大剣は完全に振り抜かれ…ビッキィの後を追うように、その背後を走っていた俺は肉薄する。飛び込みながら大剣を振り上げ、全力を込めて振り下ろす。

 

「だぁああああぁッ!」

 

 刀身の峰から噴出した炎での加速も掛けた、上段からの一撃。それを思い切り俺は叩き込み…だが、受け止められる。振り抜かれた大剣ではなく片手剣で、片手で掲げた剣で斬撃を塞がれ、逆にそのまま弾き返される。…くっ…簡単に攻撃が通るとは思ってなかったが…大剣に炎の加速も乗せた両手での攻撃を、片手で塞ぐどころか押し返してくるのかよ…ッ!

 

「てぇいッ!」

「このッ!」

 

 着地と共に大剣を地面に刺し、勢いを殺す俺。上段斬りを返された直後、飛び越え背後を取っていたビッキィが飛び蹴りを掛けたが闇はノールックで躱し、イヴの連射攻撃も全て片手剣で受けて防ぐ。その背後と左右に回り込んだ遠隔操作端末が同時攻撃を仕掛け、跳んで避けた闇を狙っていたとばかりに影が空中強襲からの横薙ぎを掛けても、闇は俺の時と同様剣で難なく弾き返す。

 

「そこだ…!」

「捉えた…ッ!」

 

 大剣から手放した左手で放った炎弾は、刺突で掻き消される。更にそのまま闇は俺へと迫り…だが突き出された剣の斬っ先が届く、咄嗟に俺が掲げた大剣と激突する直前、闇の動きは止まった。突撃の体勢のまま、宙で止まり…その身体には、地面から伸びる影が纏わり付いていた。その仕掛けを用意した人物が誰かは…考えるまでもない。

 次の瞬間、俺の視界に飛び込んできたのは接近してくる機体の姿。意図を理解し俺が飛び退けば、直後にまたビームが放たれる。手始めにバックパックからのビームが、続けてバレルの長い携行火器からのビームが放たれ、追い討ちの様に頭部付近の機銃も火を吹く。単射のビーム二門に連射の実体弾二門、光実織り混ぜた四門の集中砲火が、闇を襲う。

 あっという間に巻き上がった砂煙。けどワイトさんは様子見する事なく、容赦なく砂煙の中へと攻撃を続け……不意に、広がっていた砂煙が吹き飛ぶ。

 

「……ッ!」

 

 何の前触れもなく、真っ二つに割れて吹き飛んだ砂煙。晴れた時、そこに闇の姿はなく…直後、マエリルハのライフルが斬り飛ばされた。即座にワイトさんはライフルを放棄し、スラスターを吹かして下がる事により、爆ぜたライフルの衝撃からは逃れたものの…闇の側に、ダメージの痕は見られない。

 

「防ぎ切った…?それとも、避けた…?」

「分からんが、とにかく畳み掛けるぞ!ズェピア、もう一度拘束を!」

「既にそのつもりだよ。ただ、あまり期待はしないでくれ給え…!」

 

 目を見開くビッキィの横を駆け抜け、影が回り込むような機動を掛けながら二丁…又は二本の武器で射撃を行う。その全てを闇が斬り払ったタイミングで、さっきと同じ影の拘束が闇を捉え…たが、一瞬でそれは引き剥がされた。拘束と同時に俺とビッキィは飛んでいて、大剣と拳とで別方向から仕掛けていて…不味いと思った時には、もう遅かった。俺は大剣ごと斬撃で弾かれ、ビッキィはノールックで背後に振り出された蹴りによって飛ばされ、二人纏めて返り討ちに遭う。

 

「ぐぅ…ッ!」

「かは……ッ!」

「ビッキィ!カイト!…──しまっ…!」

 

 地面に叩き付けられ、背中に痺れるような痛みが走る。けどまだ俺は良い方で、ビッキィは蹴られた上に地面へと落ち、肺の中の息を全て吐き出してしまったような声を漏らす。

 倒れた状態での、視界の端。そこでは闇より上に高度を取ったイヴが、ワイトさんとの十字砲火を掛けていて、イヴの射撃が闇を捉え掛ける。最初とは違う、動きに追い付き始めたイヴの偏差射撃は、一発毎に闇の身体へと迫っていって…だが当たると思った瞬間、闇はほぼ直角の動きで軌道を変えた。信じられない軌道で曲がり、エネルギー弾を避け…そのエネルギー弾とすれ違うようにして、イヴに肉薄した。息吐く間もなく、剣が振るわれ…パワードスーツの破片が、宙に散る。

 

「イヴさんッ!」

「大丈夫…!無事じゃないけど、軽傷よ…!」

「軽傷でも怪我は怪我だ、すぐ治癒を……」

 

 痛みを堪えて立ち上がる中、同じく宙に上がったワイトさんのマエリルハが、シールドを構えて庇うようにイヴの前へ。大丈夫と言うイヴだが、斬り裂かれた装備の内側からは出血をしていて、ズェピアさんが治癒に動く。それと共に、俺とビッキィにも「君達もね」と言うような視線(って言っても目は閉じているが…)が送られ…そのズェピアさんの真正面に、闇は現れた。瞬間移動なんかじゃないが、ズェピアさんがこっちに顔を向けた一瞬で懐に飛び込んでいて、横一文字で大剣が振るわれる。その直前に影が射撃を掛けていて、闇はそれを避ける為にほんの僅かに身体を逸らしていたからか、辛うじてズェピアさんは躱していたが、すぐさま放たれた蹴りでズェピアさんは吹っ飛んでいく。蹴り飛ばされた先にいるのは影で、そのまま影も巻き込まれる。

 こっちは女神が全員戦闘不能で、更に三人が戦闘から離れていても、まだ七人いる。個々の実力だって、皆並大抵じゃない。…それでも、圧倒される。攻撃が、届かない。

 

(キツいな…さっきの塔の影より間違いなく強い…。…けどまだ、負けた訳じゃねぇ…!)

 

 息を吐いて、自分の中で仕切り直して、大剣を振るい炎を放つ。広がりながら飛ぶ火炎は闇を包み…次の瞬間には、炎の壁に穴を開けられる。そうなると分かっていた俺は、その時にはもう横に跳んでいて…俺が直前までいた空間は、闇の大剣で両断される。

 着地と同時に脚で勢いを無理矢理殺して、反復横跳びの様に戻りながら大剣を突き出す。横からそれを受ける形になった闇は大剣を振り下ろした状態のまま、身体をこちらに向けてくる。闇も片手剣を突き出し…俺の刺突を刺突で止める。

 

「……ッ…どこぞの東方から来た者かよ…ッ!」

「カイトくん、今の目標は女神様達を逃がすまでの時間稼ぎだ!無理をする事はない…!」

「分かってます、けど…余裕を確保しながら戦える相手じゃ…ッ!」

 

 斬っ先だけでせめぎ合う。闇は力の限りで押しても体勢は崩れず、逆に押される。硬い地面を踏み締め、炎を噴射し対抗するが、押し返せない。

 それでも何とか踏み留まる中で、ワイトさんが言う。俺もそれは分かっている…けど、今力を抜けば、一気にこっちが崩れる。最悪そのまま刺突を受ける。だから俺は、反撃のチャンスを掴む為に全力で耐え…だが俺がチャンスを掴むより早く、羽根の様な飛翔体が次々と闇に向かって飛来した。

 

「相手が速いというのであれば……」

「こちらも加速するまで…ッ!」

 

 ビームを撃ちながら飛来するそれは、影の遠隔操作端末。跳躍し躱した闇を追い掛ける端末の速度は、これまでより明らかに速く…俺はその端末一つ一つを、突風が包んでいる事に気付く。

 飛び回る闇を端末が猛追。進路を塞ぐように各端末から光芒が放たれ、距離を詰めていく。そうして一基が肉薄し、その端末に向けて片手剣が振られ……端末は、斬撃を避ける。横風に吹かれるように、軌道が変わって攻撃が外れる。

 

『逃がすかッ!』

 

 避けた一基と別方向から迫る数基の同時攻撃。それを純粋な超速度で闇は凌いだが、端末の配置は回避先も潰していた。残った空間は一つだけで、だから俺にもどこに避けるかが瞬時に分かった。

 俺の炎弾、ビッキィの手裏剣、イヴの射撃。三方向から俺達はほぼ同時に仕掛け、闇は全てを斬り裂き弾く。その一瞬が、端末による完全包囲へのアシストとなり、八基の端末は同時斉射。距離と位置で完全に退路を奪ったビームが、同時に宙の闇へと迫り……次の瞬間、赤黒い竜巻が闇を包んだ。前触れなく現れた竜巻が、闇を完全に覆い隠し、一斉掃射を全て阻む。更にその風で、端末を蹴散らす。

 

(……!?この竜巻って、確か……)

 

 見覚えのある竜巻に、一瞬動きが止まる。闇を包んだ竜巻は、端末を全て蹴散らした後解き放たれ、強風となって身体を叩く。

 これならいけるかもしれない。そう感じた攻撃をも新たな手段で闇は防いだ。パワーもスピードも桁違いで、更にこんな手段もある、他にも色々とまだ温存しているかもしれない人型の闇に、付け入る隙は……

 

「うぉおおおおぉぉおッ!」

 

 次の瞬間、宙に立つ闇をその斜め上から強襲した鉄騎。ワイトさんの駆るマエリルハが、噴射炎をなびかせながら闇に突っ込む。構えたシールドでタックルするようにぶつかり、そのまま地面へ。一切速度を落とさず、一直線に地上へ飛来し、シールドごと闇を叩き付ける。

 地面へシールドがめり込み、闇の姿も見えなくなる。けどワイトさんは離れる事なく、スラスターを吹かしてシールドを、闇を地面に押し込んでいく。

 

「潰れろ…ッ!」

 

 俺は素人だから分からないが、体勢的に機体の関節には結構な負荷が掛かっている筈。だがワイトは止めずに押し続け、押し付け続け……直後、シールドが砕ける。圧力に耐えられなくなったから、ではなく…下から勢い良く破壊された事で。

 

「…あれでも無傷か…底知れないな……」

「けど、あんだけの勢いで突っ込めば、取り敢えず吹っ飛ばす事は出来る…それが分かっただけでも一歩前進じゃないか?」

「この状況でそう捉えるか…ま、それも事実ではあるか…」

 

 砕けたシールドの破片が転がる中で、闇は全く変わらない姿で立っていた。それを見てから、聞こえた影の言葉に俺が返せば、影は怪訝な顔をした後肩を竦める。

 変な事を言っただろうか。…なんて想像している暇はない。一瞬でも気を抜けば、距離を詰められやられる。気を抜かなくたって、何かミスすれば多分次の瞬間には致命傷を浴びる。強いなんて言葉じゃ片付けられない、どうやったら倒せるのか分からないような存在が、今ここにいる闇で…その闇が地面を蹴ろうとした瞬間、火の玉と、水の弾が同時に闇へと襲い掛かった。

 

「この攻撃は…!」

「待たせたな!っつっても、俺は伝説の英雄でもなきゃ某リーダーでもないけどな」

「おわぁ!?じょ、冗談言ってる場合じゃないよグレイブ!」

 

 声を上げたビッキィとほぼ同時に振り向けば、そこにいたのはやはり、グレイブに愛月、それに茜の三人とポケモン達。炎と水の遠隔攻撃を大剣の腹で受けていた闇は、瞬く間に接近からの横薙ぎを仕掛け、間一髪でグレイブと愛月は避ける。影は即座に回避先へと回り込んでもう一太刀振るったが、それは茜が大剣で受けて、体制を崩しながらも攻撃を防ぐ。

 

「皆の様子は!?」

「正直、物凄く悪い!早く何とかしないと不味そうだ!」

「その何とか、が目下最大の難点なんだがな…茜、イヴの確認も頼んだ!」

「りょーかい!ゆりちゃん、ちょっと下がるよ!」

 

 真っ先に訊いたイヴに呼び掛け、茜は下がる。イヴも低空飛行飛行で後を追い、逆にグレイブと愛月の二人が戦闘に参加。グレイブはムクホークのブレイブに、愛月はオノノクスのレックスの背に乗り、ボールから次々と手持ちを呼び出す。

 俺も走りながら大剣を振り、炎を斬撃に変えて打ち出す。攻撃しながら、ズェピアさんへの下へ向かう。

 

「ズェピアさん、もう一度拘束を…今度はもっと強固な拘束が出来ませんか?」

「…何か、策があるのかい?」

「いえ、はっきりした策がある訳じゃありません。…けど、パワー次第じゃ吹っ飛ばせる事は分かったんです。なら次は、どんな擦り傷でも、とにかく一発当てる。当てられるって証明する。そうやって一つずつ、勝ちへ向けて積み重ねていけば…ッ!…って、そう思ったんです」

 

 話しながらも、炎を放つ。ズェピアさんも多彩な魔術を撃ち込みながら、俺の話を聞いてくれて…そして、頷く。

 

「いいね。脅威を前にしても焦らず、一足飛びにではなく一歩一歩進もうとするスタンスは素晴らしいよカイト君。薄々思っていたけど、君は結構冷静なタイプなタイプだね」

「あ…それは、どうも。それで、拘束は出来そうですか?」

「…済まない。さっき以上となると、期待に応えられそうにはないんだ」

「え…けど、前の塔じゃもっと……」

「もっと色々出来ていた。…情けない話ではあるが、あの時とは状況が違ってね。今は事情が──」

 

 表情を曇らせるズェピアさん。それは何故か、状況が違うっていうのはどういう事か。…その問いを口にする前に、ズェピアさんは吹き飛んだ。炎に水に、斬撃打撃射撃と次々ぶつけられる攻撃を悉く避け、防いだ闇は、ほんの一瞬攻撃が途切れた隙に飛び、俺の横のズェピアさんを吹き飛ばした。反射的に防御体勢を取った次の瞬間には、盾の様に構えた大剣に、腕が折れそうな程の衝撃が走って、俺も吹っ飛ばされる。岩に背中を打ち付け、一度ぶつけていた場所だからか、一層の痛みが背中に走る。

 

「……っ、ぅ…!」

 

 腕にも脚にも、痺れているような感覚がある。酷かったのは最初だけで、段々と痺れは引いていったが…そう何度もは受けられない。防御すら、正面からは不味いっていうのは、凄くキツい。

 

「カイト、大丈…次来ますよッ!」

「みたい、だな…ッ!」

 

 心配してくれたのか、走ってきたビッキィは途中で方向転換。殆どヘッドスライディングみたいな跳躍で、紙一重で闇の斬撃を躱して地面に手を突く…と、そこから砂が舞い上がり、砂煙となって闇を包む。砂煙で視界を奪っている間にビッキィは下がり、俺も走って距離を取る。

 

「ビッキィこそ大丈夫か?さっきのあれは……」

「死ぬ程痛…くはなかったですけど、それでも滅茶苦茶痛かったです。…でも、痛がっていられる相手じゃありませんからね」

 

 構え直したビッキィは、砂煙への集中攻撃もやっぱり全て防いだ闇へと走っていく。俺も何度か手を閉じたり開いたりして、痺れがなくなった事を確認する。

 理由は後で確かめるとして、ズェピアさんでも拘束は一瞬が限度らしい。闇の力と速度を考えると、炎をぶつけまくってその場から動けないようにする…ってのも多分無理。今のところ、一撃当てる為の流れすら思い付かないが…確かにズェピアさんの言う通り、俺は焦っちゃいない。

 

(焦ってもどうにもならない事は、よく知ってるから…な)

 

 危険種混じりのモンスターの群れと戦っていた時。ミスティック・ドライブの修行中。それに、イリゼとの模擬戦。思い返せば、戦闘中に焦った時は大概上手くいかなかったり、危ない状態になったりしていた。…当たり前だよな。焦ってるんだから。

 けどそのおかげで、そういう失敗を何度もしてきたから、俺は自分に焦るなと言える。焦っちまう時は焦っちまうもんだし、それは仕方ないが、ちゃんと立て直す事は出来る。

 だから俺は、念押しするように心の中で「焦るな」と言って、闇に向けて斬り込んでいく。どう勝てばいいのかは分からない。一撃浴びせるのだって、まだ遠い。それでも今は、目の前の事だ。出来ない事を期待しても意味はない。勝てそうな気が全くしない相手だからこそ…遠い先じゃなくて、今は目の前の出来る事に全力を尽くす。

 

 

 

 

「んー…うん!ゆりちゃんは多分大丈夫!」

 

 話した通り、私はアイ達の避難(って言っても、その避難先もゲハバーンの効果圏内だけど)が済んだところで、一旦下がって茜からの診察を受けた。受けた結果、一抹の不安が残る言い方をされた。

 

「…多分なのね」

「そーだよ。だって私、見えるだけで医学とか人体かいぼー学に精通してる訳じゃないからね」

「あぁ……」

 

 多分の理由を理解した私は、それならば仕方ないと納得する。要は茜は、レントゲン写真や胃カメラの映像みたいなものを自前で用意出来るってだけで、それをどう捉えるか、異常か正常かをどう判断するかまでは分からない、それこそその知識がなければ役に立たせられない…って事なんだと思う。それでも、多分って言葉付きとはいえ大丈夫だと言ったんだから、明らかな異変や異常は今のところ私に起きてないって考えても良いんでしょうね。…多分。

 

「…で、なんだけど…ゆりちゃん、一つお願いしてもいい?」

「何かしら」

「皆の事、見ててくれないかな?」

「それは……」

 

 何故?…そう訊こうとした私だったけど、すぐにその必要はないと思い直した。なんでそんな事を言うかなんて、女神の皆を見れば一目瞭然。

 それを私に頼んだのは、私も怪我をしているからか、それとも私じゃ力不足って事なのか。…そっちは、分からない。もしかしたら、他の人には頼むタイミングがなかったから…っていう、凄く単純な理由かもしれない。

 

「…分かったわ。私も、今の皆を置いてはいけないもの」

「ありがとね、ゆりちゃん。じゃあ……」

「待って」

 

 私が頷けば、茜も頷きを返す。それから茜は戻ろうとして…私が、止める。

 

「…どしたの?」

「一つだけ、いい?」

「…何かな、ゆりちゃん」

「その…ごめんなさい。さっきは、酷い事を言って……」

 

 振り向いた茜に、謝る。言葉だけじゃなくて、ちゃんと茜の方を見て、頭を下げる。

 覚えている。頭の中に残っている。放たれた闇に心が蝕まれて、飲み込まれる中で、私が茜に言った事を。茜に向けてしまった、剥き出しの悪意を。

 あの時私は、私の中では、茜が私の次元を…私が元居た次元を壊して、父も皆も…私から全てを奪った犯罪神と茜が重なって見えた。その犯罪神を信奉して、次元を崩壊に導いた人間達と同じに見えた。だから恨んで、憎んで…復讐を、果たそうとした。もしもイリスが止めてくれなかったら、私は茜を…或いは、茜が私を──。

 

「…ううん。私こそ、ごめんね。酷い事を言ったのは私もだし、私達に状況を伝えてくれたゆりちゃんを『逃げただけ』だなんて言っちゃったし……凄く、身勝手だった」

「身勝手は、私も同じよ。茜の責任じゃない…ううん、全く関係ない事なのに、その恨みを私は向けて…本当に、申し訳ない事をしたわ」

「それだって、私こそ…だよ。だから、これはおあいこって事にして、仲直りしよ?」

「…そうね。ありがとう、茜」

 

 根に持たれても仕方ない事をしたのに、茜は自分こそ…と言って謝った。仲直りしよう、と笑ってくれたわ。…そう言ってくれるなら、答えなんて一つしかない。私だって、あの時の茜の言葉を、今は微塵も怒ってなんかいないんだから。

 それと同時に、私は茜から言われた『逃げただけ』が、私の過去の事ではないのだと理解した。考えてみれば、私の元居た次元の事なんて殆ど話していないし、知る筈もないんだけど…あの時は全くそれに気が付けなかった。流れが自然過ぎたのもそうだし…言い訳をするつもりはないけど、私も茜も、あの時は流れ込んでくる感情に飲まれて、まともな思考なんて出来ていなかったんだと思う。

 

「それじゃあ、今度こそ…!」

 

 話が終わって、茜は戦闘へ向かっていく。自分の中でもやもやしていたものを一つ片付けられた私は、小さく一つ息を吐いて…それから、視線を落とす。

 

(皆……)

 

 岩陰、取り敢えず流れ弾の一発や二発なら飛んできても問題なさそうな場所で横たわるのは、スライム状態のイリスを含めた九人。気を失っているだけらしいイリスはまだしも、残り八人の顔色は…凄く、悪い。

 

「…ごめん、なさいイヴ…わたし達、女神が…揃いも、揃って…こんな、役立たず…で……」

「…そんな事、ないわ。あんな大量にゲハバーンが出てくるなんて、誰も想像出来なかったんだもの…だから皆が悪い訳じゃない」

「でも…何も出来ないのは、事実…だもの…不甲斐ない、わ……」

「うぅ…気持ちわるい、よぉ……」

 

 悲痛な声音で謝る…役立たずなんて彼女らしくない事を言うセイツに私は首を横に振る。けど、そんな言葉一つで皆の心持ちが変わる訳もなくて、ネプテューヌも酷く弱々しい声を漏らす。ピーシェも呼吸が不規則で、それだけでも皆がどれほど悪い状態なのか伝わってくる。

 でも…正直、この三人はまだマシな方。酷く弱ってはいるけど…まだこの三人は、弱っているだけ。

 

「ごめんね、ディーちゃん…守って、あげられなくて…何も、出来なくて……」

「…いいよ、エスちゃん…いてくれるだけで、もう……」

「…じゃあ…ディーちゃんも、ここにいて…一人に、しないで……」

「…うん…大、丈夫…わたしは、ずっと……」

 

 指先だけが触れ合った、ディールとエスト。二人は支え合っている?思い合って、耐えている?…いいや、違う。二人からはもう、諦観しか感じられない。もう無理だと、このまま潰えるんだと理解して、受け入れてしまって…だからせめてと互いの存在を、一人じゃない事を確認し合っているだけ。そんな二人の声は消え入りそうで、あまりにも悲愴感に満ちていて…私はなんて声を掛ければいいか分からなかった。

──それでも、そんな二人すらも、まだ三人に…アイ達に比べればまだいいと感じてしまう。…そう、思ってしまう。

 

「…………」

「…三人共、聞こえてる?何とかする、何とかしてみせる。だからもう少しだけ待って……」

「…ううん…別に、いいよ…もう……」

「そう…だな…どうせただ、このまま消えるだけ…だしな……」

 

 ここに私が来た時点でもう、ルナからの反応はなかった。静かで、ただただ静かで…でも微塵も、安らかなんかじゃなかった。

 そして…イリゼとアイはもう、諦めすらも消えている。二人共自分の事なのに、まるで他人事の様に言っていて…声にも、顔にも、感情がない。アイは誰かが犠牲になる事、犠牲にする事を受け入れたりはしない性格で、これまでの事を考える限り、イリゼもそういうタイプの筈なのに…同じように倒れている味方がいて、懸命に闘う仲間もいるのに……今の二人からは、誰に対する思いも感じられなかった。

 本当にこのまま消えてしまうんじゃないか。私がここに来た時よりも、一秒一秒どんどんと悪くなっていく皆を見ていると、そんな思いに駆られる。駆られて、手を伸ばそうとして…でも、止める。…怖くて、触れられない。触れたらそのまま崩れてしまいそうで、もう既に触れられない…実体のない存在になっていそうな気すらして、触れる事すら恐ろしい。

 

(…ゲハバーンを除去出来たとしても、追加で出せるんだったら意味がない。今の戦力で、あの人型の闇を倒すのは…もしかしたら、ゲハバーンの除去以上に現実的じゃないのかもしれない…)

 

 何とかしてみせる、なんて言いはしたけど、その方法が全く思い付かない。皆を助けるどころか、私達だって闇相手にいつまで持ち堪えられるか分からない。闇を倒すには、一人一人が強力な女神の皆を何としてでも復活させたいけど、皆を復活させる為には、闇をどうにかしないといけないっていう、最悪のジレンマ。

 

「…やっぱり、これしかないの…?一か八かでも、これしか……」

 

 展開したままのバトルスーツ、その胸部に手を当てる。全く以って、何一つ手がない訳じゃない。一つだけ、もしかしたら…っていうものも、あるにはある。

 だけどそれは、出来る事なら使いたくない。もしかしたらといっても、上手くいくかどうか分からない…じゃなくて、恐らく無理だけど、絶対無理とまでは言えないから…って意味でのもしかしたら、だから。上手くいかなかった場合は勿論、仮に一応は機能させられたとしても、効果が大きく減衰していたら…皆を十分に回復させられなかったとしたら、結局は無駄になる。

 それにその手段は、私にとっての切り札。戦況を覆して、逆境を越えるだけの力があるそれを、無駄に消費する事になったら…心が折れてしまうかもしれない。

 

(…だけど、迷ってる場合じゃない…わよね。他に策なんて見つからない。今も皆は苦しみ続けてる。だったら、最悪無駄になったとしても……)

 

 無駄になるかもしれない選択を、切り札の使用を、今の皆をそのままにしておけないから…っていう理由で使うのは、賢明じゃないのかもしれない。それで皆を助けられるならともかく、助けられず無意味に消費する結果になる可能性も高いんだから、止めておいた方が無難だとは、私も思う。…でも、私はそこまで冷徹になれない。なりたくは、ない。だから、私は意を決して、立ち上がった……その時だった。側の大岩から轟音が響いて、破片が舞って…岩の上部が、崩れてこっちに落ちてきたのは。

 

「なっ、ちょっ……!?」

 

 降ってくる岩の上部を前に、私は慌てて飛び上がる。避けるのは容易い、でも私が避けたら間違いなく皆は岩に潰される訳で…飛び上がった私はバリアを展開しながら受け止める。出力最大で、その岩の上部を皆に当たらない位置へと流す。あ、危なぁ…!危うく皆が纏めて岩の下敷きになるところだったわ……。

 

「け、けどなんで急に…きゃっ……!」

 

 訳が分からず、取り敢えず残った部分を上から確認しようと思った私の頭上を駆け抜ける、暗い輝きを放つ斬撃。よく見れば、残った岩には斬られた跡の様なものがあって…人影が近くに着地する。

 

「申し訳ない、イヴ君。この岩を背にする位置取りをしてしまうとは、酷い失態だ…」

「ズェピア…?…じゃあ、今の斬撃は……って血!凄い出血してるわよ!?だ、大丈夫なの!?」

「うん、この岩まで吹っ飛ばされた挙句、斬撃を何度も飛ばされてね」

「今は取り敢えず後半の質問を先に答えてほしいんだけど…!?」

 

 私の怪我が可愛く見える程の重傷を負ったズェピアを見て、また私は慌てる。にも関わらず、普通にそっちの質問は流すズェピアの言動に、驚きを超えて唖然とする。…いや、吸血鬼なんだから身体は強靭なんだろうし、不死みたいに語られる事もあるけど…だからって、無事な訳ないわよね…?

 

「怪我に関しては気にしないでくれ給え。大丈夫ではないが、まあ何とかしよう」

「…吸血する事で?」

「それもまあ、手段としてなくはないけど、それをする気はないよ。…しかし、本当に困ったな…便利過ぎるが故に頼り過ぎる、まさかそれをタタリ自体に当て嵌める日が来ようとは…まあ頼るも何も、本質であり今の状況は本来あり得ないにも程があるのだから、仕方ないと言えば仕方ないが……」

「…貴方は何を言っているの…?」

 

 一人でぶつぶつと言っているズェピアは、重傷なのも相まって、かなりヤバい感じに見える。ただ、私の言葉は聞こえていたようで、ズェピアは「あぁ…」と小さく呟いた後、同じく着地した私に向き直る。

 

「流石にこのまま戦線復帰するのは危険だからね、少しだけ回復に専念させてもらうとして…その間に話すとしようか。…結論から言うと、あの闇は私と同じ能力を有している。おまけに色々と混ざり合った結果、私よりも複雑且つ高出力のものとなっている。そしてさっきも少し触れたけど、この空間は、その能力で満たされていると言っても過言ではない」

「…あの闇の領域、って言っていたわね…じゃあその能力においてあの闇は、完全ではないにしても貴方の上位互換だって事?」

「そういう事さ。おかげで私は、その能力を碌に使えない。普段ならば、この程度の損傷は軽く対処出来るのだが、下手に使うと向こうに飲み込まれる危険が高くてね」

 

 だから満足に戦う事が出来ないのだと、ズェピアは締め括る。その割には、さっきまでも色々出来ていた気がするけど…それでも彼からすれば、制限を強いられた上での戦闘だったらしい。…十全の力を振るう彼がどんな感じなのかは、あまり想像したくないわね。

 

「…酷いな。一人一人が崇高な思いを、誇り高い意志を持った女神をこうまで追い詰めるとは……」

「そうね。…早く、何とかしてあげなくちゃいけないわ」

「同感だよ。…さて、そろそろ私も戻るとしよう」

 

 そう言って、ズェピアはマントを翻す。私もさっきまでしようとしていた事に、意識を戻す。

 茜は状態こそ見えても、それを正しく判断出来るかどうかは分からない。今のズェピアは制限がある中でやれる事をしている。私がこれからしている事も、多分普段通りにはいかない。…でも、そんなものだと思う。ここは仮想空間の中だけど、夢の中とかじゃないし、戦場である事には変わりない。だったら上手くいかない、想定通りに進められないのはよくある事で、それに尻込みをしてたんじゃ何も……

 

(……あれ…?…待って…ズェピアは今、ここが能力で満たされている…って言ってたわよね…?つまり彼の能力は、自分に有利な領域を作り出すとか、周りの空間に干渉するみたいな、そういうもの…?)

 

 ふと、思考がそこに引っ掛かる。今それを考えても意味はない筈なのに、それよりやらなきゃいけない事がある筈なのに、私の思考はそこへと向かう。

 広範囲に広がる能力。その内側にいる者に影響する、高出力の力。相手がより複雑且つ高出力なせいで力を行使出来ないズェピアと、状況的に上手くいかない可能性の高い私。このままじゃ助ける事も、勝つ事も出来そうにない窮地。私の中でぐるぐると、幾つもの要素が浮かび上がって、繋がって、形を変えて……そして、一つになる。

 

「……ズェピア」

「うん?何かなイヴく……いや、何か思い付いたのかい?」

「察しが良いわね。…一つ、試してみたい事があるの。上手くいく保証はないわ。失敗すれば貴方はどうなるか分からないし、私も切り札を無駄にする事になる。それでも…私に賭けてみる気はある?」

 

 振り返ったズェピアは私の表情から何か感じ取ったのか、真剣な声音で訊いてくる。それに私は、じっとズェピアを見ながら返す。

 高出力で広範囲な領域を展開する…それには凄く、心当たりがあった。だからこそ、私の中では一つの可能性が生まれた。何も確証なんてない、出来る根拠もない…だからこそ、今度こそ本当に上手くいくかどうか分からない、成功も失敗も完全に未知な、皆を助けられるかもしれない可能性が。

 彼が飲んでくれなければ、これは実行出来ない。加えてリスクは私よりズェピアの方が上なんだから、拒否されても文句は言えない。でもズェピアは、数秒黙った後に…頷く。

 

「ふっ…賭けであれば、臨むところだよ。丁度ここには、彼女もいる事だしね。あの時譲った賭けの勝利分、今度はこの賭けで感謝を徴収するとしようか」

 

 何とも芝居掛かったズェピアの言い方。でも今は、そこに確かに真面目さを、真剣さを感じる。本気で私の考えに賭けてくれようとしている。

 なら私も、躊躇いはしない。もとより使う気だった奥の手を…今ここで、切る。

 

「…頼むわよ?ズェピア」

「ああ。ワラキアの夜、ズェピア・エルトナムの真髄を、とくとご覧にいれよう」

 

 これからやろうとしている事を、頼む事を、切り札を私は説明した。それを聞いたズェピアは驚いて、私の切り札に感心して…それから、「中々どうして、君は大胆な女性だね」と言った。そうよ、私は基本的に、動くとなれば大胆に動くタイプなのよ?

 それから私は準備を整える。ズェピアは術式を構築していく。流石に瞬時にとはいかなくて、その間も…私達が戦っている間も、皆は劣勢な戦いを続けていた。劣勢の中でも、何とか持ち堪えていた。…リスクを背負っているのは私達だけじゃない。ここに入った時点で、皆がリスクを背負って、その上で戦っている。だから、ベストを尽くそうとする。やれる限りの事をしようとする。皆も、私も。

 上手くいけば、状況は変わる。ここにいる皆だけじゃなくて、戦う皆の助けにもなる。けど逆に失敗すれば…少なくとも私は、万事休す。戦えるけど、劣勢を覆せる可能性はほぼゼロになる。…だから私は信じる、成功する事を。私は意気込む。成功させるのだと。そして、私は…叫ぶ。

 

「準備は整った。さぁ、イヴ君…幕を上げ給え!」

「えぇ、この一手でひっくり返すわ。最大出力──シェアリングフィールド、展開ッ!」

 

 バトルスーツの装甲を開き、起動させる。私の切り札を…私が共に歩む女神の編み出した、最大の大技を。

 その瞬間、一気に闇に満ちた空間は塗り替えられる。暗い領域は、輝く光の空間に…暖かなシェアエネルギーに満ちた領域に染まり、変わる。光が一気に広がって、全てを包んで……けれど一瞬の後、シェアリングフィールドは引き裂かれる。地面に突き立てられた、幾本ものゲハバーンに…まるで墓標の様な魔剣の力に吸われて、シェアエネルギーが吸収されて、散っていく。

 

「……っ…やっぱり、シェアリングフィールドだけじゃ……」

「いいや、十分だ!ここからは私の権限で、舞台を存続させてみせよう!この舞台は、まだ終わるべきではない…リテイク!」

 

 その中で響く、乾いた音。指を弾くその音が響いた瞬間、切り裂かれた光が輝きを取り戻す。光同士が繋がり、再び広がって、シェアリングフィールドとして再構築される。

 何となく、分かる。シェアリングフィールドが、その中に満ちるシェアエネルギーが、ゲハバーンの力を受けなくなった訳じゃない。…だけど、拮抗している。シェアエネルギーを喰らう多数のゲハバーンの力と、空間をシェアエネルギーで満たそうとするシェアリングフィールドの力が…それに恐らくは、シェアリングフィールドで補強された、高出力の力と混ざり合ったズェピアの力も、闇の行使する力に飲み込まれる事なくぶつかり合っている。だから、後は……

 

(お願い…届いて……っ!)

 

 ここまでは上手くいった。シェアリングフィールドを、十分な出力で展開する事が出来た。後はこれが、皆に届くかどうか。皆から奪われた力を、これで補う事が出来るかどうか。

 祈りを込めて、願いをシェアリングフィールドに託して、それから私は視線を落とす。皆が立ち上がる事、皆の身体に…心に力が戻る事を信じて。そして、私が目にしたのは……誰の姿もない、寂しく枯れ果てた硬い大地。

 

「……──ッ!…そ、んな……」

 

 私の中に芽生えていた希望が、音を立てて崩れていく。頭に浮かぶのは、最悪の可能性。間に合わなかったという…もう皆は『いない』んだという、底のない絶望。

 膝から崩れ落ちる。悔しくて、不甲斐なくて、拳を地面に打ち付ける。また何も出来なかったのかと…後一歩で届かなかったのかと、胸が締め付けられる。膝を突いている場合じゃないと分かっているのに、私は立ち上がれなくて……次の瞬間、聞こえてきたのは茜の声。

 

「ゆりちゃんッ!」

(…ぁ……)

 

 反射的に顔を上げた私の前には、闇が迫っていた。何かこれまでと様子が違う闇が、凄まじい勢いで迫っていて…それを認識した時には、もう回避も防御も間に合わなかった。間に合わないと、直感的に分かった。どうしようもない、どうにもならない、真っ先にそれが分かってしまった私は、何かしようという気にもならなくて、自分の危機が目の前に迫っていても、皆を助けられなかった後悔と罪悪感の方がずっと強くて……

 

 

 

 

 

 

『──やらせは、しないッ!』

 

……けれど闇が、闇の振るった二本の刃が、私に届く事はなかった。それが私に触れる直前、私を斬り裂く寸前、翼と光が舞い降りて……受け止めた。──ルナの剣が斬撃を、左右の腕をそれぞれセイツとピーシェが受け止めて、完全に阻んで…押し返す。

 それだけじゃない。弾き返されて仰け反った闇に、新たな二つの閃光が…アイとイリゼが肉薄する。蹴りが、掌底が、同時に闇の身体を捉えて、吹き飛ばす。更にそこに、二つの氷塊と巨大な剣が飛来し、炸裂し…ディールにエスト、それにネプテューヌが降り立つ。

 

「……っ…!皆…ッ!」

「…かくして女神は解き放たれた。麗しき女神の諸君、目覚めは如何かな?」

「良くはねーよ。最悪の悪夢を延々と見てた気分だからな。…けど…目覚め方としちゃ、悪くねぇ」

 

 思っていたよりも早く復活していたのか。すぐさま闇が私を狙ってくる事を察知して、迎撃態勢に移っていたから、いなかったってだけなのか。…後から思えば凄く拍子抜けする、自分が恥ずかしくなる真実を前にした私だけど…この時は、そんな事微塵も考えていなかった。ただただ間に合った事、立ち上がってくれた事が嬉しかった。

 これまた芝居掛かった言い方をするズェピアに対して、アイが答える。初めは辟易とした顔で…その後は、笑みを浮かべて。そうして八人は、反撃をものともせずに立ち上がった闇を見据える。

 

「…心配かけてごめんね、皆。でも私は、私達はもう大丈夫。だから…取り戻すとしようか!私達の、在るべき勝利を!」

 

 響く声に応えるように、私も立ち上がる。まだ、勝ちには遠いけど…これでやっと、全員揃った。それは、その一歩は、凄く大きくて…道を、照らしてくれる。遠い先へと進む為の、切り開いていく為の……確かな、道を。




今回のパロディ解説

・「〜〜イリゼ達を助け〜〜ある筈だ」
機動戦士ガンダム 逆襲のシャアに登場する、ネオ・ジオン残党のパイロットの一人の名台詞のパロディ。ガンダムシリーズは、名無しのキャラでも偶に有名となる台詞を言ったりしますよね。

・「〜〜どこぞの東方から来た者〜〜」
カンピオーネ!に登場するキャラの一人、ペルセウスの事。剣の刺突を刺突で受け止める、斬っ先のみが触れ合った状態のせめぎ合いを作る…アニメでのそのシーンがかなり印象に残っている私です。

・「〜〜伝説の英雄〜〜」
メタルギアシリーズの主人公、ソリッド・スネークの事。待たせたな!…といえば、サブカル好きな方はまずこちらの人物(キャラ)を連想するのではないかなと思います。

・「〜〜某リーダー〜〜」
コント赤信号のリーダー、渡辺正行(渡邊正行)さんの事。お笑い好きの方であれば、上記のスネークよりも、こちらの方を先に連想するのかもしれません。

・「死ぬ程痛〜〜」
新機動戦記ガンダムWの主人公の一人、ヒイロ・ユイの代名詞的な台詞の一つのパロディ。まあ流石に、ビッキィのダメージは自爆のダメージよりは小さいでしょう。


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第四十話 逆転へ向けて

 不味い、っていう事は分かった。自分の中から、奥底から、危険だって感覚が怖気として上がってきた。ただでも、危ない、不味いって分かっても、どうしたら良いか分からなくて…そこですぐ行動に、今出来る最善の事を考えて動く事に繋げられるイリゼとアイは、本当に流石だなぁ…って思った。そう思ったし…ここで「それに比べて私は」だなんて自虐してたら何の意味もないって、ただ守られるだけになるって、私は心の中で踏み留まった。どうしたら良いかは分からないから、私に二人程の経験も判断力もないから…二人を信じる事にした。余計な考えは全部捨てて、イリゼの言葉に応えて、イリゼのシェアエナジーをアイに送った。出来る限り送り続けた。

 そこから先の事は、よく覚えていない。力を吸われるとか、脱力感とか、そんなレベルじゃない。私の中で穴が空いて、そこから力がごっそり落ちていくような…イリゼからアイに送る為のシェアエナジーが削り取られるような、そんな感覚ばかりが私の中にあって…自分でも、よく分からなかった。どうして自分にこんな事が起きているのか、さっぱり分からなくて…分からない内に、意識が掠れていった。鮮明なのは、苦しさだけだった。苦しくて、苦しくて、苦しくて……だから凄く、暖かかった。満ちるような、包まれるような…煌めく、光が。

 

「ピーシェ様、皆さん、大丈夫ですか!?」

 

 ピーシェとセイツと私で…三人で同時に受け止めてから押し返して、イリゼとアイが吹っ飛ばして、ネプテューヌとディールとエストの三人が遠距離攻撃で追い討ちを掛けた。その後全員で並び立って、あの人みたいな姿の闇にも、皆にも、見せ付けた。私達、全員復活!…ってね。

 その私達に向けて、皆が駆け寄ってくる。真っ先に走ってきたのはビッキィで、ビッキィに向けてピーシェがサムズアップ。

 

「だいじょーぶ!もうぴぃ、元気いっぱいだよっ!」

「元気一杯って…凄いわね、ピーシェは……」

「うん…もうそんな事が言えるなんて、凄いタフだよね…」

 

 心配ない、って伝えるように言うピーシェを見て、エストとディールがぽつりと呟く。…復活!…って今さっき地の文で言った私だけど…はい。正直言うと、私も二人側です…もう身体的には平気だけど、精神的にはまだ結構ダメージが残っているというか、何というか…。

 

(でも、今はそんな事気にしていられないよね。…まだ、勝てた訳じゃないんだから)

 

 月光剣(ムーンライトグラディウス)を握り直して、視線を闇へと向ける。私達は戦うまでもなくやられちゃったから、あの闇自体の強さは分からないけど…状況と皆の状態からして、物凄い強さだって事は間違いない。

 

「皆様。確認させて頂きたいのですが、我々を気遣い空元気を出している…という訳ではないのですね?」

「心配しないで、ちゃんと中身のある元気よ。…自分で言っておいてアレだけど、中身のある元気って何かしらね……」

「本当に自分で言っておいてアレな事だな、ネプテューヌ…だが何にせよ、これで風向きは変わった」

「ああ。それに、闇へ一撃どころか、今ので何発もぶち当てられた。女神の攻撃でも無傷っていうのは、流石に信じられないが……」

「これは間違いなく、逆転の流れ…だな」

 

 呆れ顔から真面目な顔に戻った影さんの言葉にカイトさんが、更にグレイブ君が応える。ダメージは入ってなさそうだけど、一歩前進だ。そんな風に二人は言って……

 

「確かに向こうの強靭さは桁外れみたいだね。…まあ私の場合、武器じゃなくて掌底だったから、っていうのも大きいけど……」

「倒すにゃ相当骨が折れそうだな。…ま、さっきのはダメージよりも、あの場から引き剥がす事を優先してた結果な訳だが」

「そもそもわたしだって、復活したてで全然本調子だった訳じゃないしー」

「そうなのよね。言っておくけど、自分の本気はこんなものじゃないわよ?」

 

……反撃を仕掛けた五人中、四人が「あれは全力じゃなかった」アピールをしていた。…あはは……。

 

「ふふ、これは頼もしい限りだね。残念ながら私は、この空間の維持に多くのリソースを費やさざるを得ない。無論、その分サポートはさせてもらうつもりだけど…いや、女神が全員復活したのだから、私程度の支援は不要というものかな?」

「ハードルを上げないで下さい…イヴさんは大丈夫ですか?」

「私?」

「詳しくは分かりません…が、これ程のシェアの力、そう簡単に出せるものではない筈です。だから……」

「何かリスクがあるんじゃないか、って事ね。それなら心配要らないわ。勿論、軽く使える訳じゃないのはその通りだけど」

 

 私には分かる。これはズェピアさん、「油断しないでくれ給えよ?」…と釘を刺しつつも、実はちょっとふざけてもいるんだって。ズェピアさんは少し分かり辛いけどユーモラスな人だから、間違いない。

…と、私が考えている最中の、ディールとイヴォンヌさんのやり取り。赤黒い色をしていた空は、重苦しい感じのあった空間は、今は暖かい光に満ちていて…私は、気付く。

 

「…あれ…何か、動きがおかしいような……」

 

 体勢が崩れたところから、女神五人の攻撃を受けたのに平然と立ち上がった人型の闇。私はその闇から目を離さないようにしていたから、どういう動きをしているのかも分かっていて…でもここまでは、何をしているのかよく分からなかった。あまり動きがなかったから、こっちの動きを伺ってるのかなとか、力を溜めてるのかもとか、そういう想像をするしかなかった。

 でも今は違う。闇は動き出していて…けど、仕掛けてはこない。ふらふらと歩いたり、項垂れたり、何かを探すように見回したり…そんな戦闘とはかけ離れたような動きをしていて、気付いた私は声を上げる。

 

「ルナもそう思った?…ここまでの戦闘はほぼ見てないから、そういうものなのかもしれないけど…明らかに、戦いの為の動きじゃないわよね?」

「さっきまではちゃんと動いてたよ。ちゃんとっていうか、とんでもない動きっていうか…とにかくこんなんじゃなかった」

「なら、何が…。イヴ、このフィールドには相手を混乱させるみたいな効果もあるの?」

 

 顎に指を当ててセイツさんが言えば、愛月君が応える。ネプテューヌが訊けば、イヴォンヌさんは首を横に振って返す。今の闇の状態は、皆も分からないみたいで…次に聞こえてきたのは、好都合って言葉。

 

「好都合?」

「理由は分からないが、仕掛けてこないというのであれば、落ち着いて伝えておくべき事を伝えられるからね」

 

 その発言者はズェピアさんで、訊き返したのはイリゼ。皆も…っていうか私もどういう事?って風にズェピアさんを見て、皆からの注目を受けたズェピアさんは…言う。

 

「イヴ君には少し話したけど、この空間に満ちていたのは私のものと同種の力だ。その力は本来私…いや、ワラキアの夜そのものであり、流れ込んだ感情の濁流にも、私は心当たりがある」

「それは、つまり……」

「ああ。──あれは私だよ。少なくとも、あの存在を構成する要素の一つは…この、私だ」

 

 こくり、と私の言葉に頷いて、ズェピアさんは続けた。言い切った。あの闇は、自分なんだって。

 一瞬、訳が分からなかった。だって、ズェピアさんはここにいるんだから。ズェピアさんなら、襲ってくる理由が思い付かないから。でも皆は、納得…って程じゃなくても、言ってる事が理解出来なくはないって感じで…そこからワイトさんが、声を上げる。

 

「構成する要素の一つ…とは?」

「言葉通りの意味だよ。あれからは確かに『私』を感じるが、私だけではない。他にも何かが混ざっている。流石にそれが何かまでは、分からないけど……」

「別にそれを考える必要はないさ。…考えるまでもなく、混ざってるものの一つは俺だろうよ。尤も、俺自身というより、俺の可能性…IFの一つなんだろうが、な」

「えー君…」

 

 けど、その先を制するように、影さんも言う。静かに、感情の分からない顔で言って…茜が、見つめる。

 

「感覚的に分かる。どこで間違えたのか、或いは間違えなかった末路なのか…まあどちらにせよ、要領としては他の塔と同じだろう。今のところ、自分と戦っている感覚はないがな」

「ズェピア君に影君、か…他の塔がどうだったのかは分からないけど、また凄い融合をしてるね…凄いというか、厄介というか……」

「それで言うなら、ウチにもあるな。心当たり」

『え?』

 

 あ、厄介って言っちゃうんだイリゼ…当人ここにいるのに…なんて私が思っていると、今度はアイが声を上げる。もしかして、あの闇にはアイの要素も?…流れからそう思って私達が訊くと、いやちげぇよ、とアイは首を横に振って、片手を腰に。

 

「心当たりはあるが、別にウチって訳じゃねーよ。…イヴも、薄々勘付いてんだろ?」

「…まあ、ね。確信はないけど、私達のある知り合いの要素も混ざり合ってるんじゃないかと思うわ。ギョウカイ墓場みたいな場所といい、ゲハバーンの大剣といい…ね」

 

 色々思うところがありそうな顔で言うイヴォンヌさんの返しに、アイは頷く。ズェピアさん、影さん、それに二人の知る人物…ここまで上がったのは三人で、ズェピアさんは勿論凄いし、影さん…もまだよく分からないところがあるけど茜の評価通りなら凄い人物な筈だし、アイ達の様子からして、そのもう一人もきっと相当な人物なんだと思う。となるとキャッチコピーは、全員悪人ならぬ全員強力…かな?…なんて…はは……。

…ま、まあとにかく、これはちょっと有利かも、って思った。だって、相手が知り合い…というか、内二人はその人そのものなんだから、弱点とか気を付けなきゃいけない点は勿論、上手くいけば次に何をしてくるか…みたいな事も分かるかもしれないんだから。それに私でもすぐこの程度思い付くんだから、皆はもっと色々思い付いているかもしれない。目的の分からない行動を繰り返している事は、少し不安…っていうか不気味でもあるけど、だとしても有利かも、って事には変わらない。

 

「まだ、うろうろしてるね。えっと…こんだくたーたくと?…をおとしたのかな?」

「うん、それを言うならコンタクトレンズだね。それだと某ピアニストさんだし、コンタクトレンズを落とした訳でもないと思うよピーシェ…」

「理由はさっぱりですが、このまま無防備に彷徨ってくれているなら絶好のチャンスです。最大火力を叩き付けて一気に仕留めるのが得策かと」

「仮想空間で再現されたような存在とはいえ、仲間相手でも容赦ないのね…けど、同感よ。もうゲハバーンに吸収される感覚なんか味わいたくないし、一気に決めましょ」

 

 小首を傾げたピーシェに私が突っ込んだところで、ワイトさんが提案。それにネプテューヌが同意して、私達もその提案に首肯する。

 この場から全員で仕掛けても、攻撃同士がぶつかっちゃう…って事で、私達は半円状に広がる。私もこの辺りかな、って位置で足を止めて、全力攻撃の為に集中を始める。

 

「…うん?また少し、動きが変わったような……」

「確かに…一旦様子を見ます?それともさっさとケリを……」

 

 少しずつ力を溜めていた中で聞こえた、愛月君の声。え?と思って意識を自分の内側から闇に戻すと、確かに何か違う。ここまでは何をしてるのか本当に分からなかったけど、今はいつの間にか二本のゲハバーンを落としていて、ゆっくり、ゆっくり歩いていて、ゲハバーンを落とした手はどこか、何かに伸ばしているように見えて……

 

『……──ッ!?』

 

 止まった。私が見ている最中、闇は数歩歩いて、立ち止まった。また項垂れて、伸びていた手もだらんと落ちて……次の瞬間、闇の姿は禍々しい竜巻に包まれる。まるでそこに、いきなり台風が発生したみたいな轟音と暴風が響いて、竜巻は爆ぜる。爆ぜた竜巻の内側に…闇の姿は、ない。

 

(……っ!どこに……)

「つぁ……ッ!」

 

 驚いた私が見回したのと、イリゼが地面を転がったのはほぼ同時。そのイリゼのすぐ側には、腕を振り抜いた格好の闇がいて…落としていた筈の二本のゲハバーンは、いつの間にか握られていた。

 

「ぜーちゃん大丈…ぅあっ!?」

「速い…皆が押されてた理由がよく分かるわ…ッ!」

 

 イリゼは斬られる直前で自分から横に転がって避けたみたいで、怪我はない。けどそれにほっとしてる余裕なんてなくて、気付けば闇は次の攻撃を、今度は茜に向けて打ち込んでいた。

 掲げた大剣に片手剣がぶつかって、茜が大きく仰け反る。そこにセイツさんが斬り込んで、飛び込むように右手の剣を振り抜いて…闇は躱す。避けると同時に上を取って、大剣を振り返す。

 

「吹っ飛ばせ、獄炎!」

「スター!スピードスターで追い掛けて!」

 

 それぞれポケモンの背に乗るグレイブ君と愛月君の指示。弾かれるようなバックステップでセイツが大剣を避けるのとほぼ同時に獄炎が炎を纏ったパンチを振り出して、躱した闇を幾つもの星型の弾が追っていく。その弾は闇を追尾して、避けた先にも飛んでいって…全弾、斬り裂かれる。振り向きざまに放った飛ぶ斬撃で殆どが撃ち落とされて、残る数発も全部がゲハバーンで両断される。…って、見てる場合じゃない…!

 

「私達もやるよ、月光剣!」

「相手が人間サイズでもロックオンは可能…ならばッ!」

 

 相棒を強く握り締めて、下から斜め上に振る。魔力を帯びた斬撃を飛ばす。私のほぼ逆方向からは、ワイトさんのロボットが撃ったミサイルが飛んでいく。斬撃とミサイルで私達は挟み撃ちを掛けて、でも闇はそれも軽々凌ぐ。斬撃は真正面から斬られて、ミサイルも放たれた斬撃と斬られたミサイル自体の爆発で撃ち落とされて…その瞬間、イリゼ、ピーシェ、アイ、それにネプテューヌが四方向から囲うように闇へと迫った。剣に刀にパンチにキック、別々の攻撃が闇に迫って…四人は弾かれる。いきなり発生した、さっきと同じような竜巻が闇を包んで、接近していた四人を攻撃諸共弾き返す。

 

「さっきのは何だったんだって位、また普通に動き始めたな…!」

「半端な攻撃では突破出来ない、か。だがそれなら……茜、タイミング頼んだ!」

「任せて!……今だよッ!」

 

 竜巻に向けてもう一度斬撃を放ってみた私だけど、触れた瞬間に斬撃は木っ端微塵。カイトさんの炎や影さんの射撃も吹き飛ばされたり飲み込まれたりして、竜巻の勢いは衰えない。

 と、そこで飛んでいくのは、影さんの操作する端末。羽根みたいな端末は竜巻の周りを飛び回って、影さんは茜にタイミングを訊いて…茜が声を上げたのと同時に、竜巻が消えたのと完全に同じタイミングで、端末が一斉攻撃。闇からすれば竜巻の外側は見えてなかった筈で、でも完璧に全部避けて…その背後に、もう一つの端末が回り込んでいた。多分、他の端末は全部陽動ってやつで、その端末は完全に背後を取っていて……貫く。──飛来したゲハバーンが、闇を撃ち抜く直前だった端末を。

 

「んな…ッ!?」

「ゲハバーン!?更に出してきたって言うの…!?」

「いいや、違うようだよイヴ君。これは……!」

 

 高く後方宙返りをするようにしてその場から離れた闇に集まっていく、何本…ううん、何十本ものゲハバーン。それ等は一つの生き物みたいに、乱れない動きで周囲を回る。その状態で、闇は左手のゲハバーンを横に振って…直後、ゲハバーンは散開。弾けたみたいに広がって…襲い掛かってくる。

 猛烈な勢いで飛んでくるゲハバーンを、私は跳んで回避。外れたゲハバーンは地面に突き刺ささっ…たと思ったのに、地面を斬ってまた飛んでくる。そっちを気にしている内に、真上から別のも飛んできて、避け切れないと思った私は月光剣を振り上げて受ける。何とか逸らして凌いだけど…重い…!

 

(…って、あれ…そっか、このゲハバーンって……)

 

 見回せば、これまで地面に突き立てられていたゲハバーンが全部なくなっている。つまり、今飛んでるのは全部、刺さってたゲハバーンだって事。…まあ、それを分かったって、だから何って話なんだけどね…!

 

「どわわわわっ!?レックス、ダッシュ!ダッシュダッシュー!」

「愛月、それを言うならサッカー繋がりでレックスじゃなくてバックスの方がいいんじゃねーのか!?」

「別に歌ってる訳じゃないんだけどぉ!?」

 

 人も女神もポケモンも関係なく、ゲハバーンは襲ってくる。こっちも気絶してるイリスちゃんを除いた十七人っていう大人数だから、同時に襲ってくるのはせいぜい数本だけど、速いし切れ味も凄いし凌ぐだけでも一苦労。おまけに闇自体も普通に動いている訳で、アイが斬撃の連発で追い立てられる。そこにゲハバーンも飛んで、ゲハバーンを避けた先にまた斬撃が飛んでくるっていうコンボが迫る。

 

「こういう時は、端末の方から撃破するのが定石…ッ!イリゼ!」

「了解ッ!」

 

 突然のゲハバーンに私含めた皆が対応に追われる中、反撃に動くイリゼとセイツさん。避けながらセイツさんが呼び掛けると、イリゼは錐揉み回転でゲハバーンを躱しながらセイツさんの方へ飛んで、セイツさんもゲハバーンを引き付けるように細かい方向転換を何度もしながらイリゼの方へ向かっていって、二人はすれ違う…と同時にターン。脚を振って、背中合わせの体勢になって、イリゼは両手に持った圧縮シェアエナジーの短剣を投げる。セイツさんも広げた二本の剣から、圧縮シェアエナジーの弾を撃ち出す。短剣と弾、それぞれの向かう先には、二人が誘き出したゲハバーンがあって……

 

『なッ!?…ちッ!』

 

 どちらも、直撃した。確かに当たりはした。…でも、触れた瞬間に、一瞬の内に、ゲハバーンに取り込まれて消滅した。

 何の妨害も受けなかったみたいに、ゲハバーンは背中合わせの二人へと飛ぶ。舌打ちしながら二人は離れて、今度は一本に向けて二人で攻撃を放ったけど、結果は同じ。

 

「念の為と思って回避に徹してたけど、やっぱり飛んでも効果は変わらないのね…!確認だけど、もしあれに斬られたらどうなるの!?この空間内でも斬られるのは不味いと思う?」

「間違いなく不味いね!輝き方からして、今のゲハバーンは全部が滅神形態!この空間の影響はなんとも言えないけど、それを抜きに考えるとすれば、私達は全員掠るだけでもお終いだよ!さっきの私の短剣みたいになっても…おかしく、ない…ッ!」

「さっきの短剣って…当然本体の持ってる方もそうだよな?…はっ、ならウチ等は防御されるだけでもアウトって訳か、スリル満点にも程があるわな…ッ!」

 

 躱しながら低空飛行に入ったイリゼは、一直線に飛びながら手にした長剣で岩の一つを斬り裂く。すれ違いざまに斬って、直後に振り向きながら岩を蹴って、背後を追っていたゲハバーンに岩を叩き付ける。それは多分、シェアエナジー絡みの動きは攻撃も防御も通用しないから、って事での対処で…岩に深々と突き刺さったゲハバーンは動きが止まる。岩の方もゲハバーンに飛んでたからか、さっき私が避けた物より深く刺さっていて……けど数秒もしない内に、別のゲハバーン数本がその岩に飛んできた。次々と突き刺さって、何本もゲハバーンが刺さった岩は砕けて、止まっていた一本も動き出す。

 

「シェアエナジー系統の攻撃はほぼ無意味な上に、対応も早いと来たか…カイト、援護する。お前ならいけそうか?」

「やってみなきゃ分からない、ってところだな!」

「ディーちゃん、攻撃全部魔力オンリーに切り替えるわよ!」

「そうするしかないよね…!ルナさん、攻撃重ねてもらえますか…!」

「ま、任せてっ!」

 

 援護として周囲を飛ぶ影さんの端末がゲハバーンの攻撃を引き付ける中、カイトさんが走る。自分に向けて突っ込んでくるゲハバーンに対して、跳躍からの上段斬りを炎と共に叩き込む。

 ほぼ同じタイミングで、ディールとエストが魔法攻撃。ディールは鋼の剣を、エストは手裏剣を次々と作ってはゲハバーンに向けて撃ち込んでいって、そこへ私も電撃を放つ。私の電撃魔法は刃から刃に伝導して、電撃のネットがゲハバーンの道を塞ぐ。い、勢いで任せてって言ったけど、重ねるってこういう事で合ってるのかな…?……あ、エストがサムズアップしてる…合ってたかどうかは分からないけど、良い感じだったみたい…。

 

「……っ、硬ぇ…!」

「嘘、全然効いてない…!?」

 

 これでどうだ、と思っていた私だったけど、手裏剣は弾かれ鋼の剣も多少軌道が逸れただけで、私の電撃も効果が出ているようには見えない。逆にカイトさんの一撃は、思い切りゲハバーンを弾き飛ばしていて…でもそっちも折れてはいない。

 皆も苦戦している。茜は赤い粒子の斬撃で、イヴォンヌさんはエネルギー弾を撃ち込んで破壊を試している。グレイブ君と愛月君も、ポケモンの連続攻撃をぶつけている。一番凄いのはピーシェで、飛んでくるゲハバーンを何度も避けた末に、その内の一本の柄を掴んで、それを近くの岩に叩き付けた。ただ、刃を立てて叩き付けていたものだから、岩がすぱっと斬れちゃって、ゲハバーン自体は無傷も無傷、大無傷。

 

「むむ…びっきぃ!」

「畏まり、ましたぁッ!」

 

 掲げたゲハバーンに向けて打ち込まれる、ビッキィの飛び蹴りならぬ跳び打撃。幾ら女神じゃないとはいえ、拳で直接刃の腹に触れるビッキィの度胸は凄まじい。凄まじいけど、そんなビッキィの攻撃でも、やっぱりゲハバーンは折れないし、欠けたりヒビが入ったりもしない。

 

「恐ろしい程の強度…ワイト君、君の機体でも難しいかい?」

「私の場合、そもそも当てる時点で困難なものでね…!」

「…ご尤も。ふむ…エーテライトも通じない辺り、ゲハバーンも何か強化なり変質なりしている可能性が高い、か…」

 

 エーテライト?…が絡み付いたゲハバーンは動きが悪くなるけど、岩の時と同じように別のゲハバーンが飛んできて、糸の様なエーテライトを宙で斬る。すぐ出せる攻撃じゃ破壊出来ない、溜めが必要になる攻撃はそもそも溜める余裕がない私は一度攻撃を止めて、回避に専念する。

 ここまで全然狙われなかったからあまり意識していなかったけど、闇自身も激しく動いて攻撃を続けている。今もまたアイが狙われていて、そこに割って入ろうとしたイリゼとネプテューヌには近くに展開していたゲハバーンを一気に向かわせ…るだけじゃなくて、更にイリゼには闇自身にも突っ込んでいく。イリゼが作り出した、いつもの長剣より倍以上長そうな剣は、闇が軽く振った大剣に触れただけで消滅して、防御の出来ないイリゼはとにかく下がる。立て直したアイと、突っ込んできた茜にブラストに乗ったグレイブ君の三方向同時攻撃も、アイのは避けて、茜のは大剣で受けて、グレイブ君は片手剣の飛ぶ斬撃で追い返して、そのまま大剣で茜をアイの方に飛ばす。そしてその背後に迫るのは、ゲハバーンを振り切ったネプテューヌ。

 

「これなら、どうかしらッ!」

(え、斬り結べてる…?…って、あの色の刀は……)

 

 振り向いた闇の大剣と、ネプテューヌの振った大太刀が激突。普通に考えれば、さっきのイリゼみたいに刀が消えて、そのまま斬られる流れで…でも、今度は消えない。…ネプテューヌの持っている剣は、黒と紫の大太刀じゃない。

 夜の帳が形になったような、人型の闇とは違う暗さを感じる大太刀。私はそれを見るのは初めてだけど、何となく感じるものがあって、振り向く。振り向いた先、私が見たのはズェピアさんで…そのズェピアさんの足元に突き立てられているのは、複数の武器。

 

「シェアエナジーを吸収されるなら、それ以外の武器で戦えば良い…当たり前だけど、確かに対策としてはそれが一番よね…!ズェピア、わたしの剣も作れるかしら!?」

「そう思って既に作成済みだよ。ただ、あまり過信は……」

 

 ズェピアさんが軽く手を振った先にあるのは、二振りの剣。飛び回るゲハバーンの隙間を縫うように急降下してきたセイツさんは、それまで持っていた双剣を手放すと同時に二本に手を掛けようとして……その足元に、飛んできた刀の斬っ先が刺さる。

 

「す、数度打ち合っただけで折れた…!?ちょっと、これ脆過ぎない!?」

「…しないでくれるかな。即席な上、シェアリングフィールドとの融合である程度持ち直したとはいえ、今の私は十全の状態ではないんだ。その状態の刀剣を女神の膂力で振るわれれば、数度の打ち合いでも折れるというものだよ」

「そういう説明は先にしてくれないと困るんだけど…!?あぁ、また折れた…!」

 

 気付けばネプテューヌの大太刀は、鍔から先がほぼない状態。その大太刀…だったものをネプテューヌは投げ捨てて、さっきのイリゼと同じようにとにかく下がって闇の間合いから離れていく。

 

「まあそれでも、余程変な振り方や受け方をしない限り、一度や二度は耐えてくれる筈だ。ネプテューヌ君の予備も、イリゼさんの分もあるから一先ず緊急用にでも使ってくれ給え」

「ウチの分は?」

「取り敢えず足のサイズを教えてくれれば、レッグガードの要領で作れるよ」

「じゃ、要らねーわ」

「…なら、ナイフか何かでも作っておこう…ピーシェ君も、要らないかい…?」

「ちょーだい!」

(あ、ちょっと嬉しそうになった…)

 

 あっさりばっさり断ったアイの返しに、微かにがっくりとなるズェピアさんの肩。けどピーシェの屈託のない「ちょーだい」で持ち直していて…うん、まあ、分かる。アイの吊り目とドライな声音で即断られたら、刺さるものがあるよね…そのクールな感じが格好良くもあるんだけど。凄く格好良いんだけど。

…と、この時私は、ちょっぴり呑気に思っていた。言い方を変えれば…少し、油断していた。

 

「ごめん皆、ちょっとだけお願いッ!」

「分かりました、押さえ込み…って、速い…!」

「だったら…って、スルーされた…!?」

 

 作り出された武器を受け取る為に、イリゼ達が飛んでくる。元々武器や攻撃の問題がなかったディールとエストが変わる形で前に出て、ディールは遠距離から、エストは氷の大剣を構えて接近する事で闇を足止めしようとする。

 でも、闇は二人に攻撃せず、回避と加速に専念する事で一気に二人の迎撃を躱す。まだイリゼ達はズェピアさん製の武器を掴んでなくて、ぐんぐん闇は距離を縮めていく。そして、私はズェピアさんに近い位置にいる訳で……

 

(こ、これ…私が何とかするしかない状況じゃない…!?)

 

 自分がやるしかない、そう気付いた私の中で一気に緊張感が高まる。これまで私はほぼ狙われてなくて、最初に斬り結んだ時もピーシェとセイツさんがいたから押し返せたけど、今は違う。女神の皆でも圧倒される程の相手に、私が真正面からぶつかれるのか…って、どうしても不安が湧いてくる。

 だけど間違いなく、今一番近いのは私。迷ってる暇はないし、最初とは違う。言われなくても、何をすれば良いか、今私に出来るのが何かなんて、分かってる。…だから、私は…地面を蹴る。

 

「……ッ!ただで、通させは…しないッ!」

 

 横から来るゲハバーンを何とか躱し…切れずにコートが裂かれるけど、そんな事は気にせずもう一段階踏み込む。踏み込んで、飛んで…目一杯の力を込めて、凄まじい勢いで迫る闇に向けて月光剣を縦に振り抜く。

 瞬間的な激突と、即座に片手剣で弾かれる月光剣。弾かれた衝撃で私も大きくのけぞって、逆に闇はこれっぽっちも速度が落ちない。一瞬すら、私の斬撃じゃ稼げない。……けど、それは分かっていた。予想出来ていた。だから私は、バランスを崩した体勢のまま…もう一手、放つ。

 

「プラズマ…ブレイクッ!」

 

 至近距離からの、フルパワーの一撃。元から威力と範囲に長けている、だから逆に状況をよく見て使わないと周りへの被害も凄い事になっちゃう電撃の、加減ゼロでの最大放出。元々バランスが崩れていた私は、プラズマブレイクの反動で頭と背中を地面に打つ。当然受け身も取れてない訳で、かなり痛い。

 さっきの電撃魔法は、ゲハバーンに通用しなかった。だけどあれとは違う。正真正銘、これは私の、全力の一撃で……それをすぐ側で受けた筈なのに、やっぱり闇は無傷のまま。もしかしたら二振りで防御したとか、斬撃を飛ばして電撃へぶつけてたとかかもしれないけど…どっちだったとしても、悔しい。悔しいけど…作戦は、成功した。だって闇は、私の攻撃を防ぐ為に、その場で止まったんだから。一瞬でも良いから時間を稼ぐ、その思いで放った攻撃で、一瞬どころか数秒足止め出来たんだから。

 

「オラぁッ!」

「とりゃーっ!」

 

 防ぎ切ってまたイリゼ達を追おうとした闇を横から襲う、アイとピーシェのダブルドロップキック。吹っ飛んだ状態から回転して立て直した闇を、ワイトさん、影さん、イヴォンヌさん、それにウーパの集中砲火が瞬く間に叩く。イリゼ達も突っ込んでいって…頭をさすりながら立ち上がった私の下に、降りてきてくれたのはディールとエスト。

 

「ルナさん、お怪我は…あ、たんこぶが……」

「背中も打撲か何かしてるかもしれないわね。ぱぱっと治すから、少しだけ動かないでね?」

「では、私も手を貸そう」

「お、おぉー…痛みがみるみる引いてく……」

 

 女神の二人に加えてズェピアさんまで治癒をしてくれて、凄い勢いで楽になっていく。なんていうか、こう…暑い外から冷房がばっちり効いた部屋に入った時みたいな心地の良さがあって、ついつい気持ちが緩んでしまいそうになる。でも気を緩められる状況じゃない訳で…痛みが完全に引いたところで、私はもう大丈夫だと言って構え直す。

 

「…やるわね、ルナ。すぐ弾き返されたとはいえ、躱されはしなかった訳だし、その後もばっちり電撃叩き込んでたし」

「あはは、無我夢中でやった事が上手くいった感じ…かな」

 

 まぐれだよ、って感じに私は返して、小さく息を吐く。…実際、さっきのは運が良かった部分もあると思う。次また同じ状況になったとしても、上手くいく自信はないし…だとしても私は、無我夢中でやるしかない。…ううん、やるしかないっていうか…無我夢中でいきたいと思う。

 余計な事は考えない。出来ない事を無理にやろうとは思わないけど、出来るかもと思った事、私がやらなくちゃと感じた事は、迷わず貫きたい。それが私に出来る事だから。まだ全然、どうやったら勝てるかは分からないけど…そうやって、私は皆と、勝ってみせる…!

 

 

 

 

「獄炎、ニトロチャージ!ウーパ、狙い撃ち!氷淵は引き付けた上で…フリーズドライ!」

 

 正面から獄炎を突っ込ませつつ、回り込むように走るウーパにも攻撃を指示。宙に伸びる氷のレール状を走る氷淵には、飛び回るゲハバーンを凍結させる。

 闇は獄炎の突進を飛び越え、ウーパの狙撃も片手剣で全て斬り裂く。フリーズドライでゲハバーンの内数本は止まる…が、すぐにゲハバーンを覆った氷は砕かれまた動き出す。まー、びっくりする位こっちの攻撃が通用しない。前の塔の影もやたら強かったが…間違いなくこの闇は、それ以上。

 

「グレイブ君、お願いッ!」

「あいよッ!ブラスト、燕返し!」

 

 全速力で飛んでくるイリゼとすれ違う俺。飛び去るイリゼを追っていたのは数本のゲハバーンで、それに向けて俺は、乗っているブラストへと迎撃を頼む。

 刃の様な鋭さで振るわれたブラストの翼が、ゲハバーンを一本残らず捉えて弾く。ゲハバーンは弾かれただけでどれ一つ折れちゃいなかったが…その隙にイリゼは反転。今度は逆に、後ろから俺を抜いていって、ゲハバーンの後ろから猛追していた闇に仕掛ける。ズェピアの作った長剣と、闇の大剣が激突し…イリゼが、体勢を崩す。

 

「くッ、ヒビが…だがッ!」

 

 翼を広げてイリゼが堪えた次の瞬間、影と茜が闇の左右斜め後ろから同時に強襲。銃剣と大剣が挟み込むように振るわれ、闇を掠める…が、多分ダメージはない。闇は真上に勢い良く上昇する事で避け、宙返りし、急降下からの刺突を茜に放ってくる。茜は大剣で防ぐが、衝撃で突き飛ばされるように落下する。

 

「まだだッ!畳み掛ける…!」

「バックス!ドッペル!ワイトさんを援護するよ!」

 

 その茜と入れ違いになるように、ビームの刃を抜いたワイトのマエリルハが飛翔する。迫るゲハバーンはバックスとドッペルが、炎と影の球が邪魔をし、巨大な機体の斬撃が闇に向けて放たれる。それを闇は、大剣で受け…そのまま受け流す。

 

(不味いな…割とマジでジリ貧だぞ…?)

 

 全員動きは悪くない。連携だって出来てるし、常に飛んでくるゲハバーンにゃ気を付けなきゃいけないが、それでも攻撃は重ねられている。…だが、まだ大きいダメージは与えられていない。何発か当たってはいるが、闇が消耗している感じはない。それも前の塔と同じ流れっちゃ流れだが…あの時より、時間がかかっている。

 

「…これは…もしかしてあれか?ギミック系か?」

「ギミック?」

「なんか仕掛けを起動させたり、条件を満たしたりしないとクリア出来ない〜、ってやつだよ。ゲームだったら、って話だけどな」

 

 見えない角度からの攻撃は俺が見て言う事で、ブラストに確実な回避をさせながら、俺は視線を走らせる。そのタイミングで近くに飛んできたイヴからの声に、ゲームだったら…と付け加えながら答える。よくあるギミックは、それを解決しないとそもそも戦えない、相手のある場所に行けないってパターンだが…今みたいなパターンも、なくはない筈。

 

「成る程な。外部から強化装置でパワーを得てる…みたいな事はあってもおかしくねーよ。少なくともウチは、そういう経験がある」

「お、マジか。じゃあどうやって解決したよ?やっぱその装置探してぶっ壊したか?」

「いや、解決っつーか……」

 

 何か言いかけたアイだったが、その続きは聞けなかった。横から目にも止まらぬ速度で斬り込んできた闇にぶっ飛ばされて、アイと入れ替わるように闇が俺の近くへ立つ。

 咄嗟に俺は、ブラストに燕返しで攻撃させた。結果大剣で受け止められて弾き返されたが、敢えて俺はブラストに翼を畳ませ、そのまま地上すれすれまで落ちる事で距離を取る。

 

「(…追ってこない、な。俺はそんな脅威に見えないってか?それとも…いや、それは後だな)根拠はねーが、何かしらギミックがあるかもしれねぇ!そこんとこどう思うよ、頭脳派二人!」

 

 ブラストと共に再度飛び始めた俺は、ズェピアと影に向けて声を上げる。…わたしは?私は?…みたいな視線が幾つか来たが…まあ、それは気にしない。

 

「ギミック、か…。…あるとすれば、今は飛んでるこのゲハバーンだろうな」

「…説明の通りなら、ゲハバーンはシェアエナジーを無効化したり消滅させたりするものではなく、吸収するもの、だったね。となると、あまり考えたくはないが…その吸収されたシェアエナジーは、どこに行ったのか…という事だろう」

「まさか、イリゼ達の吸われたシェアエナジーが、全部向こうの力になってる…って事か…?」

 

 思い切り大剣を振り、火炎を扇状に何度も放ってゲハバーンを蹴散らしながら「まさか」って言うカイトの言葉に、二人は「かもしれない」と小さく頷く。確かにそれなら、イリゼ達を揃って限界ギリギリまで弱らせる程吸収した力を丸ごと自分のものにしてるなら、こんだけ強いのも頷ける。…けど、そういう事なら……。

 

「…それなら、どこかで尽きるのでは?もうピーシェ様達は、吸収されてない訳、ですしッ!そぉいッ!」

「ピーシェ達は、な。確かに今は、何も吸収されていないように見える。だがもし、今も吸収自体は起きているとしたら?…ふッ…!…今はこのフィールドが吸収を肩代わりしているだけだと、したら?」

「…そうだった場合、このフィールドを展開し続ける限り向こうにシェアエナジーを供給し続けてしまうという事になるね。けど、かと言ってフィールドを切れば、また女神様達は行動不能になる」

「私もまた力が削がれるね。…だがこれは確定ではない。時には『かもしれない』レベルでも実行に移す必要はあるが…リスクを考えれば、安易に切るべきではないよ…!」

 

 同じ事を思ったらしいピーシェの言葉への返しで、ゲハバーンによる吸収の件が単純にゃ解決出来ない…かもしれない、って事が明らかになる。もしこのフィールドを切ったら、また戦力ががくっと下がる。闇はフィールドを張る前から強かったし、イヴ自身が「軽く使える訳じゃない」とも言っている。つまり今フィールドを切ったら、相変わらず倒せる気配がないのに、こっちはまたピンチになって、しかも再展開は不可能なんていう、最悪の状況にもなりかねない。…だったらまあ、その手を使う訳にゃいかねーな…。

 けど、だったらどうするよって話でもある。向こうがガス欠する可能性もゼロじゃないが、ガス欠しそうな様子もない以上、このままただ戦うのは良くない訳で…と、そう俺が思っていた時、何かの崩れる音が響く。

 

「だーッ!なんなんだよアイツは!さっきからウチばっかり狙ってきてんじゃねーかッ!」

 

 それと共に聞こえた声に振り向けば、どうもさっきぶっ飛ばされて砕けた岩の下敷きになってたっぽいアイが、その瓦礫を跳ね飛ばしていた。手には砕けたナイフがあって、さっきはあれでギリギリ防いだんだろうなって予想出来る。…ウチばっかり…言われてみれば、確かによくアイは狙われてる気がするな…けど、アイ一人ってより……

 

「え?私は私の方が狙われてる気がするんだけど…!」

「私も同感!でもぜーちゃんがって言うより、私がよく狙われてない!?」

 

((…うん?))

 

 自分の方が狙われている。そんな二人の返しに、違和感を抱く。別に、誰かが嘘吐いてんじゃねーのか?…っていう意味での違和感じゃない。むしろ俺は三人がそれぞれ言ってる事の方がしっくりくるというか……あぁ、そうだ。三人共間違っちゃいないんだ。俺の記憶が正しければ…俺や他の皆より、この三人の方がよく狙われてるんだから。

 

「…これ、もしかして……」

「俺が考えてたのとは関係なさそうだが…これはこれで、使えるかもな…!」

『へ…?』

 

 呟くように言うディールに頷き、俺は見回す。周りからも、頷きが返ってくる。当の本人、イリゼ達三人はよく分かってない様子だが…当人だから逆に分からないって事もあるんだろう、多分。

 

「…けど、なんでイリゼ達三人なのかな…?三人に共通…ううん、三人にだけ共通してる要素があるようには……」

「…もしかして、過激派アイドルオタク属性……」

『……?』

「…こ、こほんっ!流石にそれはないよねっ!なんでだろうねっ!?」

「分からないけど、他にやれそうな事もないでしょ?だったら一か八か…カウンターを仕掛けてみても、いいんじゃない?」

「同感よ。ここまで相手が速いし一撃一撃も重過ぎるせいで、こっちは大技を当てるチャンスがなかったけど…攻撃を誘導出来るなら、可能性はある筈だもの」

 

 愛月の言葉に謎の反応をしていたルナはともかく、エストとネプテューヌは大いに乗り気。となると後は、何をぶつけるかだが…今度はカイトが声を上げる。

 

「だったら、試したい技がある。今と似たような戦いをした時に、凄まじく強い相手を追い詰めた実績のある技が、な。だろ?ディール、ルナ」

「私とディール?…って事は……」

「あれ、ですか。…分かりました、やってみましょう」

「三人の連携技?それは良いけど…これだけいるのに、三人だけっていうのは少し物足りないんじゃない?」

 

 そりゃあそうだ、とエストの言葉に同意し、俺達はカイトのやろうとしている事を聞く。そして、そこから策を組み立て…行動に、移す。

 

「イリゼ様、アイ様、茜さん!結論から言います。我々で目一杯援護しますので…全力で、あの闇を引き付けて下さい!」

「引き付ける、って…言われるまでもなく今も狙われてるんだけどな…ッ!」

 

 返ってきた言葉の通り、俺等がゲハバーンを躱しつつ話している間もずっと、やっぱり三人は集中的に狙われていた。こっちからは接近しても攻撃を打ち込んでも瞬間的な対応をするだけで、三人以外を積極的に狙ってくる様子は全くない。三人からすりゃ、勘弁してほしい状況だろうが…そのおかげで、こっちは準備が出来る。

 

「皆さんは私達で守ります。力を溜めるのに専念して下さい」

「ぴーこにおまかせっ!」

「ありがとな。んじゃ、頼むぞ皆!」

 

 ファイティングポーズを取って背中越しに言うビッキィと、ばっちり胸を張るピーシェに答えて、カイトは大剣を地面に突き刺す。ルナも同じようにして、ディール…それにエストも溜めに入る。俺も氷淵を呼び寄せ、獄炎達にサポートを任せ、俺自身はブラストと共にイリゼ達の援護に向かう。

 宙では三人が狙われながらも連携し、ヒットアンドアウェイの要領で入れ替わりながら仕掛けていた。迫る闇をアイが躱し、茜が仕掛け、迎撃で弾かれたところで逆方向からイリゼが突っ込み…ぶつけられた大剣の横薙ぎで、長剣が折れる。だがイリゼはその折れた剣先を掴み、残った長剣とで俺でもびっくりな双剣アタック。これには闇も反撃に移れず、二本の剣で防御を選び…イリゼはその横を駆け抜けていく。

 

「ひゅぅ、やるなぁイリゼ。けどそのまま斬ったりはしないんだな!ブラスト、インファイトッ!」

「刃そのまま掴んで叩き付けたら、持ってる手の方が先に使いものにならなくなるからねッ!」

「だから代わりに、わたしが仕掛けるの、よッ!」

 

 全速力で突っ込ませたブラストの、連打攻撃。駆け抜けたイリゼと入れ違いでセイツも突っ込み、両手の剣を十字に振り抜く。だがそれまでインファイトを大剣の腹で受け止めていた闇は、セイツの斬撃の直前で受け止めるのを止め、連打の衝撃で後ろに飛び、その動きでセイツかはの攻撃を避ける。反撃が来るか、と思って内心俺は身構えたが、避けた後の闇はすぐさまイリゼに向けて斬撃を飛ばした。だったら、と俺とセイツももう一度距離を詰めようと動くが、今度はゲハバーンが飛んできて、そっちの対応をしている間に闇はイリゼに接近を掛ける。

 

「いかせないわ…ッ!」

「向かってこないというなら、反応させるまで…ッ!」

 

 地上からの光芒と弾丸が闇を追う。更にそこへ、ネプテューヌのエクスブレイドが襲い掛かる。一瞬、シェアエナジーで作った大剣を飛ばしたって…と思った俺だが、闇が片手剣の一振りでエクスブレイドを吸収するのを見て理解。確かにシェアエナジー絡みの攻撃は全部、吸収されてお終いではあるが、吸収の為にはゲハバーンをぶつける必要がある。って事はつまり、ダメージは与えられなくても「対応」の為に時間を使わせる事は出来るって訳か…!

 

「そー、れッ!あい君、回収お願いッ!」

「分かった!レックス、茜さんの大剣、思いっ切り投げちゃって!」

 

 ワイトとネプテューヌの連続攻撃で足を止めた闇に向けて、茜が斬撃を飛ばす。続けて大剣を振り抜いた状態から回転して、その勢いで大剣自体も投げ飛ばす。斬撃は躱され、大剣はゲハバーンの大剣で斬り払われて地面に落下…したが、茜が声を上げればすぐさま愛月が動いて、愛月の乗るレックスが大剣を掴んで、それを茜に投げ返す。ついでにフェザーの葉っぱカッターとスターのスピードスターも、愛月の左右から空の闇に向けて飛んでいく。

 次から次へと来る攻撃を、悉く闇は避けて、弾いて、振り切る。肉薄を掛けたイリゼの貫手とアイの回し蹴りも、宙を蹴るような動きで後退して避け、二振りの剣でそれぞれ突き刺そうと闇は動くが、イリゼとアイは互いに互いを手で押す事によって、紙一重で躱す。これでもかって攻撃しても、何度やっても闇は対応してくるが、唯一数だけはこっちが圧倒的。ただ戦うんじゃジリ貧だが…狙いがあっての持ち堪えなら、十分に、十二分にやれる。

 

「狙ってくるなら、狙ってきやがれ…ッ!」

「だがその刃に、もう私達が屈する事などない…ッ!」

 

 たった数秒ながら、攻撃も防御も振れれば即アウト、武器も今は折れて無いという状況で闇と近接戦を行う二人。凄いもんだが危険中の危険である事には変わりない訳で、僅かな隙を突く形で俺も割って入る。ネプテューヌも動いて、更にはワイトが機体丸ごと突っ込んでくる。俺は凌がれるし、ネプテューヌも触るとアウトな以上下手に深く踏み込む事は出来ないし、サイズ差で反撃を避け切れなかったワイトの機体は脇腹辺りの装甲が斬り裂かれるが……そこで聞こえてきたのは、待っていた声。

 

「じゅんびかんりょー!」

「いやなんでピーシェが言うのよ…けど完了よ!だから後は、誘導…お願いね?」

「簡単に言ってくれるな、おい…ま、やってやるけどな…ッ!」

 

 ちゃんと説明した訳じゃないのに状況から理解したのか、三人は散開。アイコンタクトを受けた俺達が多少の時間を稼いでいる間に距離を取り、そこから誘導を開始する。

 集中的に狙われている事を逆手に取った、闇の誘導。パワーもスピードも桁違い、おまけに女神はゲハバーンに触れるだけでアウトって中じゃ、普通は誘導なんて出来ない。誘導ってのは余裕があるから出来るもんで、余裕もないのにやろうとすりゃ、成功なんてする筈がない。…だからそれを、三人は協力し合う事で、誘導しつつも狙いを三人の間で上手く分散する事によって一人一人の負担を減らしている。俺達もただ眺めてる訳じゃなく、全力でゲハバーンを引き付ける。一本たりとも三人の方へ飛ばないよう、こっちはこっちで誘導する。

 

「後、少し…後は……茜ッ!」

「任されたッ!──ここぉッ!」

 

 斬撃をすれすれで、身を翻すようにしてイリゼが躱した直後、茜が闇の真正面から突進。大剣を打ち込んで、斬り結んで、弾かれて…そこから更に前に出る。大剣の腹をぶつけるように前進して、対する闇は脚を振り上げ蹴り返す。吹っ飛ばされた茜は、その背後に回っていたイリゼとアイを巻き込んで、三人纏めて落下していく。

 三人からすれば大ピンチ。闇からすれば大チャンス。当然闇は地面に向けて斜めに落ちていく三人を追う。落ちる速度より遥かに速く闇は飛び、空を駆け抜け、三人に迫り……

 

「へっ、掛かったな!獄炎、大地創造ッ!」

 

 二振りの剣を振り上げた闇の真正面に、岩の巨大槍が出現した。獄炎が地面を撃ち、獄炎の力で隆起した大岩が、闇へ向かって襲い掛かった。

 次の瞬間、闇が振り抜く大剣と片手剣。巨大槍の先端と、横並びで重ねるように振るわれた二本のゲハバーンが激突し、一度は闇もその斬撃も止まり…だが闇の斬撃は、大地創造を上回る。隆起した岩を、両断する。

 真正面から打ち破られた、獄炎の大技。特訓を重ねて編み出した技をこうも破られると、まあ悔しい。凄く悔しい。凄まじく悔しいが……狙い通り。

 

『今(だ・よ)ッ!』

「あぁ、後は任せようッ!」

 

 闇が打ち破った瞬間、真っ二つに斬った瞬間、そこへ撃ち込まれた二発の弾丸。影とイヴ、それぞれが放った弾丸は、闇…ではなく斬られて二つになった岩に当たり、爆ぜる。爆発し、至近距離から岩の破片が闇を襲う。

 普通ならこれも攻撃として成り立つが、闇相手じゃ多分効かない。これは一瞬動きを妨害出来るかどうかって程度。…けど、初めからそれで十分。端から一瞬止める為だけの攻撃で……その一瞬でズェピアが、暫く使ってなかった地面からの拘束で、闇を捕らえる。拘束は縛った直後にまず両腕の部分が引き千切られ、そこから瞬く間に斬られていくが…捕らえられた時点で、そこを躱せなかった時点で、もう遅い。

 

「さぁて、やるぞ皆!」

『(おう・はい・うん・えぇ)ッ!』

 

 よく通る声と共に、カイトの突き刺した大剣から噴き上がる炎。周囲の地面を丸ごと焼き尽くしそうな程の火炎が、豪炎が噴き上がり、その炎が闇へと向かって走る。

 だが、それだけじゃない。カイトとは別の地点から、カイトと同じようにルナが突き刺した剣からは、周囲の空間を纏めて焦がしそうな程の電撃が、雷電が迸り、炎へ向かって駆け抜ける。火炎と電撃はぶつかり、火炎が飲み込み、電撃が貫き…二つの力は、融合する。一つの力に、紫に煌めく雷炎へと姿を変え、獅子の咆哮が如き轟音が響く。

 

「ははははッ!これでもかって位ド派手だな!けどこっちだって負けてられねぇ…いくぞ氷淵!力借りるぞ、ディール!エスト!」

 

 雷炎が闇は喰らい付く中、俺も強く声を上げる。振り向き、氷淵、ディール、エストを順に見て、全員から頷きを受け取る。

 空に向けて吼える氷淵。その背後に現れる、二つの魔法陣。魔法陣を、術式を介して、ディールとエスト、二人の力が流れ込み…氷淵は雷と炎を纏う。ブラックでもない、ホワイトでもない、ディールとエストの力を受けたからこその姿…グリモアキュレムG(グレイ)S(スノー)の姿になって、炎と雷の翼を広げる。

 左腕には炎、右腕には雷、二つの力を宿した両腕を合わせる氷淵。その両腕の中で炎と雷は合わさり、混ざり合い…もう一つの力が、白く輝く雷炎が、氷淵が腕を広げると共に闇へ向かって強く駆ける。

 

「もう一踏ん張りいくわよディーちゃん…!双王……」

「氷帝、雷炎…ッ!」

 

 紫と白、二つの雷炎が駆け抜ける。燃え盛る炎の牙が、疾駆する雷の爪が、闇へ喰い付き喰い込む。闇を介して二つの雷炎が衝突した瞬間、衝撃が周囲を叩いて、だが打ち消し合ったりはしない。それぞれの雷炎はそれぞれの雷炎のまま、閃光と轟音を響かせて……更に、青白い光が周囲を揺らめく。魔力の光は氷になり、何層もの壁となって闇を閉じ込める。闇を逃さず、雷炎の拡散も阻む結界となる。そしてその直前…二人の作り出す氷結界が完成する直前、その真上に跳ぶ二つの影。

 

「これも……」

「おまけだッ!」

 

 愛月の声を合図にオーバーヘッドキックで打ち込む、バックスの火炎ボール。振り抜いた腕から放たれる、ビッキィの雷遁。二つの雷炎が煌めき輝く中へ、滑り込むようにもう一つ炎と雷が飛び込み…結界が、完成する。

 隙間一つない空間の中で、炎と雷が迸る。単体でも非常識レベルの威力を持って雷炎が二つ、そこにもう一対炎と雷が加わった中で、その力が氷の結界によって逃げる事なく、何度も何度も、何重にも駆ける。炎に雷、それに氷が合わさった力が……俺達の前で、轟き続ける。




今回のパロディ解説

・全員悪人ならぬ全員強力
アウトレイジシリーズ(特に一作目)のキャッチコピーのパロディ。…まあ、ある意味悪人でもあるのかなぁと思います。影にしろズェピアにしろ純粋な善人ではないですし、もう一人も…という感じです。

・「〜〜某ピアニストさん〜〜」
takt op.の主人公、朝雛タクトの事。ネプテューヌシリーズとは、擬人化繋がりのあるパロディ…とか考えた訳ではありません。単に思い付いたから入れたパロディです。

・「〜〜ダッシュ!ダッシュダッシュー!」
キャプテン翼のOPの一つ、燃えてヒーローのフレーズの一つのパロディ。グレイブが指摘している通り、サッカー繋がりを意識するならバックス(エースバーン)の方がそれっぽくなりますね。

・「ぴーこにおまかせっ!」
バラエティ番組、アッコにおまかせ!のパロディ。書いている時は気付きませんでしたが、「ぴぃ」ではなく「ぴーこ」と言っているとはいえ、これ単体だとパロディだとは分かり辛いですね…。


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第四十一話 届かない力

 勢いで同意をした、カイトさんからの提案。カウンターとしてぶつける大技として選ばれた、カイトさん、ルナさんとの連携技。確かにこれは、全員が全力且つ絶妙な力加減でやらないと上手くいかない分、成功すれば絶大な威力になる攻撃だけど…よくよく考えると、前に使った時は、成功したとは言い難い結果だった。かなりダメージを与えられたのは間違いないけど、技として完遂する前に突破されかけて、それをイリゼさん達の機転と咄嗟の行動で補ってもらった部分も確かにあった。…だからもしかすると、勿論相手は違うけど、その時のリベンジも意識してこの技を選んだのかな…とも思った。

 でも、前と同じように…マテリアライズ・エボリュートそのままで使うって方向性は、エスちゃんの「それならわたしも協力した方が、もっと強くて強固な結界を張れるわよね?」って言葉と、グレイブさんの「炎と雷だったら、俺等も黙っちゃいられないな」って発言から、大きく変わる事になった。カイトさんとルナさんが作り出す雷炎に加えて、グリモアキュレムG(グレイ)S(スノー)が…炎と雷の力を纏った氷淵が作り出すもう一つの雷炎を、わたしとエスちゃんが二人で作る氷結界で包み込むっていう、分かり易く言えば二倍verの攻撃になった。更にアドリブで、ビッキィさんと愛月さんのバックスも攻撃を挟み込んできて……でもこれは、結界を閉じて終わりじゃない。

 

「これはまた、思ってた以上にきっつい、わね…!」

「力入れ過ぎないでね、エスちゃん…!」

 

 氷結界の中で駆け巡る、二つの雷炎と追加の炎に雷。その力が逃げないように、中を何度も駆け巡るようにするのが多層構造の氷結界の役目で、内側から順に解ける事、解けた後は魔力に戻る事、その両方が雷炎のサポートを担っている。ただ、固い結界を作れば良い訳じゃない。力を削がないように、一秒間でも長く炎と雷の猛威が灼き貫くように氷結界を制御する事が、わたしとエスちゃんの務めの一つ。

 そう。ただ制御する事だけが、わたし達の務めじゃない。そして、もう一つの務めは…ここから始まる。

 

「エスちゃん、決めるよ…!」

「えぇ、思いっ切りいくわよディーちゃん!」

 

 何度も何度も駆け巡って、燃え盛り轟く。激しい光と音が、氷結界越しでもはっきり分かる。片方だけでも十分な威力を持った雷炎が二つ同時に迸って、更に炎と雷が加算された、本当に凄まじい力の嵐が氷結界の中では起きていて…だけど、無限に続く訳じゃない。当然だけど、何度も駆け巡る中で、少しずつ勢いは弱まっていく。

 だからそれに合わせて、エスちゃんと息を合わせて、結界を凝縮していく。内側の空白を無くす事で、結界内に炎と雷が満ちている状態を維持する。更に多層構造の内側が全て消えて、一番外側のみになった段階からは、一気に凝縮速度を上げて、一気に圧縮していって……炸裂させる。中に残る炎と雷と、わたし達の魔力とを無理矢理融合させて、エネルギーの爆発を内側から起こす。

 

「はぁ、はぁ…今回は、最後まで上手くいった……!」

「そっか、これが…凄いね、皆」

 

 爆発で白い煙が巻き起こる中、わたしは自分の息が荒くなっているのを感じながら左手をぐっと握る。前にやった時はここまでいかなくて……そこでわたし達に掛けられる、賞賛の声。その声の主はイリゼさんで…これを成功させる為に誘導を担ってくれたイリゼさん、それにアイさんと茜さんの三人が、わたし達の方にやってきた。

 最後に落下した三人だけど、大きな怪我はなさそうに見える。それも含めて、一安心。…ふぅ…ほんとに上手くいって良かった…。

 

「けど、二人の消費も凄そうね。大丈夫?」

「そりゃそうよ…わたし達氷淵の方にも力送ってるし、そっちでもかなりの量の魔力を持っていかれるんだから……」

 

 ネプテューヌさんの言葉に答えるエスちゃんに、わたしも頷く。もう完全に魔力切れって訳じゃないけど、物凄く消耗したのは事実。

 そして、まだ油断は出来ない。前の時と違って最後まで、完璧に決まったとはいえ、こういう時に油断したら大概碌な事にならない。それにわたし達が前の塔で戦った時の様に別の姿があるのなら、まだ勝ったとは言い難──

 

「……──!」

『な……ッ!?』

 

……そう思っていた、次の瞬間だった。一瞬で…本当に、瞬きをしてから目をまた開けるまでの、刹那の合間に…闇が、わたし達の前まで肉薄していた。まだ白い煙がその場に残る、突進の風圧が煙を吹き飛ばすよりも速く……闇は大剣を振り上げていた。

 反射的に、自分でも気付いたらそうしていたというレベルで本能的に、わたしは魔力障壁を展開。エスちゃんも氷の大剣を盾の様に突き出して…振り抜かれた大剣のゲハバーンに、障壁も氷の大剣も砕かれる。何とか二重の防御で直接斬られる事だけは防げて……でも二人纏めて吹き飛ばされる。

 

(…ぁ…これ、駄目だ……)

 

 後方にあった岩に、激しく背中を打ち付ける。それ自体も痛い。かなり痛い。…けど、今はそんな事なんてすぐ頭の隅に弾かれていった。

 分かる。次の攻撃はもう凌げないと。体勢が崩れて、衝撃で身体に痺れも感じる今の状態じゃ、防御も回避もしようがない。そして闇なら、今の距離なんて、さっきと同じように間違いなく瞬時に詰めてくる。そんな相手に、こんな状況で出来る事なんて、何も……いや、違う。一つだけある。防御も回避も、迎撃だって出来ないけど…エスちゃんを押す事位は出来る。エスちゃん一人なら、守れる。

 そう思うと、少しだけほっとした。迷う理由なんてない。エスちゃんを守れるならそれで良い。だからわたしは自分の心に従ってエスちゃんを……

 

 

 

 

 

 

「させる──ものかッ!」

 

 地を蹴り再び飛んだ闇に向けて放たれる、遠隔攻撃。そのどれもが闇には一歩届かず、闇の後ろを駆け抜けていく。みるみる内に闇との距離は縮まって、見える姿が大きくなっていって……次の瞬間、声が響く。闇の刃が届く間合いになる直前に声が響いて、間合いに入る寸前に…人よりも遥かに大きい『腕』が、闇の行先を遮った。

 

「(これって…)ぁぐ…ッ!」

「ぅぐ……ッ!」

 

 直後、『腕』は肩の関節辺りから斬り落とされる。鉄の塊である腕が、いとも簡単に両断されて、遮られていた道が開く。今度こそ間合いに入った闇は、さっきと同じように剣を振り上げ……また、わたしの身体を衝撃が襲う。今度は横からの衝撃がお腹の辺りに走って…そのままエスちゃん共々押し飛ばされる。

 

「ちッ…たとえ落とせないとしても……ッ!」

「……っ…なんでいきなり私達から狙いを…」

「分からない、だが今はこれ以上自由にさせない事が先決だ…!」

 

 初めにすぐ側から声がして、追い討ちを掛けるように迫ってくる二本のゲハバーンへ端末が攻撃を仕掛ける。放たれた光弾は刀身に弾かれて…端末は、そのまま突進。二基の端末が突っ込んで、損壊と引き換えにゲハバーンの軌道を大きく逸らす。

 続けて茜さんとズェピアさんの声が聞こえて、ほぼ同時に魔術…わたし達の魔法とは似てるけど違う魔力の攻撃が闇へと飛んで、続けざまに射撃や斬撃、刃や炎や電撃なんかが次々と襲う。その近くでは、片腕を失った鉄騎…ワイトさんの機体が起き上がろうとしていて、それを見たのと殆ど同じタイミングで、身体が地面にぶつかった。押されたまま落ちて、そのまま勢いで地面を擦る。そうしてわたしは、わたし達は、何が…ううん、誰がわたし達を飛ばしたのか気付く。

 

「間一髪…君がいてくれて助かったよ、影くん…」

「こっちこそ助かった…全く、世話の焼ける双子な事だ……」

「せ、世話って…助けてくれた事は感謝するけど、あの状況と状態なら、誰だって同じ──」

 

 スピーカー越しの声に応えた人物、影さんは、呆れ混じりの声で言う。茫然としていたエスちゃんはその言葉で我に返ったみたいで、そんな言われ方をされる筋合いはないとばかりに言い返し…かけて、言葉が止まる。言葉に、詰まる。

 理由は、すぐに分かった。すぐに気付いた。ギリギリでわたし達を、小脇に抱える要領で掴んで離脱した影さん。その影さんの身体……太腿から先にある筈の脚が、ない。

 

「…そん、な……」

「……ッ、ディーちゃん治癒!力を貸してッ!」

 

 背筋が凍る。全身に寒気が走って、胸が締め付けられる。わたしは一瞬、何も考えられなくなって…焦るエスちゃんの言葉で、今度はわたしが我に返る。

 

「…すぐに、治します…っ!わたしが、わたし達が……!」

「いや、いい。別に痛くはないし、二人に治せるようなものじゃない」

「馬鹿にしないでよね…!助けられて大怪我負わせて、挙句治せませんでしたなんて認められる訳ないじゃない…!脚の一本や二本、わたし達で絶対に……」

「だからそういう事じゃない、『治す』事は無理だって話だ」

 

 まだ魔力が回復した訳じゃない。岩にぶつかったダメージも、今さっき地面を荒っぽくスライディングしたダメージもまだ残ってる。けど今は、そんな事どうでも良い。わたし達より、わたし達を身を挺して守ってくれた影さんの方がずっと重傷で…このままだったらどうなるかなんて、考えるまでもなく分かる。

 だから、治してみせる。絶対に、わたし達で何とかする。写本グリモワールにストックしてる魔力でも、写本で無理矢理自分の中から魔力を引き出してでも。わたしもエスちゃんもそんな思いで、何が何でも治すんだって全力を……出そうとして、改めて止められた。止められ、含みのある言い方をされて…わたし達は気付く。影さんが平然としている理由に。どうしてわたし達じゃ治せないのかって事に。──切断面から覗く、コードや金属で出来た数々の部品に。

 

『あ……』

「…ご覧の通り、この場で『直せる』としたら、イヴ位だろうさ。尤もイヴにしたって、パーツも無しに直せるものかって話だろうが」

 

 義足。イヴさんの左腕と同じ、生身じゃない身体。その事に気付いたわたし達は、一気に緊張の糸が解けて力が抜ける。よ、良かった……いや、良くはないけど…まだ戦闘中でもある訳だけど…。

 

「そうならそうと早く言いなさいよね…。…けど…両脚共って、貴方……」

「色々あってな。…しかし、どうしたものか…黒切羽の操作には問題ないとはいえ、流石にこれじゃまともな戦闘は出来ないな……」

「…影さん、イリスちゃんの側まで運びます。その遠隔操作端末を使う事は、影さんの判断に任せますが…暫くは、休んでいて下さい」

 

 エスちゃんも頷き合って、どうこう言われる前に影さんを運ぶ。流石に今の状態で無理するつもりはないって事なのか、影さんは「悪いな」と言うだけで…運び終えたわたしは、ゆっくりと一つ息を吐く。

 どうしようもなかった状況とはいえ、わたし達は大きな被害を影さんに負わせてしまった。…もう、同じ轍を踏む訳にはいかない。わたし達は勿論、誰かがそうなりそうになったとしても…同じ事なんか起こさせない。

 

「…気負うなよ?これは俺…それにワイトが勝手にやった事だ」

「別に気負ってなんかいないわよ。わたしはこれまで通り、やれる事とやりたい事をやるだけだもの…ッ!」

 

 そう言って、エスちゃんは地面を蹴る。わたしも影さんの方を見て、一つ頷いて、エスちゃんの後を追う。

 

「皆さん、戻りました…!あの、茜さん……」

「えー君がだいじょーぶなのは分かってるよ!だから気にしないで!」

「あ、は、はい…!」

 

 弾かれて飛んできた、地面に大剣を突き立てて減速した茜さんに声を掛けると、名前を呼んだ時点で即返答された。…と、同時にわたしはある事を思い出して、訊く。

 

「そうだ、そういえば…どうして急に、狙いがわたし達に…?」

「分からないけど、向こうも拘っていられる状況じゃなくなったとか、タガが外れたとか、そういう事じゃないかしら…ねッ!」

 

 わたしの言った質問に答えてくれたのはセイツさんで、言いながら圧縮シェアエナジー弾を撃ったセイツさんは、そのまま真っ直ぐ飛んでいく。そのセイツさんの向かう先にいるのは、当然人の姿をした闇で……仕掛けられてからずっと、ちゃんと見る事が出来ていなかった闇の姿は、変わっていた。

 変わったと言っても、違う形態になってる訳じゃない。外見は人の姿のままで…でも、分かる。かなりのダメージを負っている事が。身体の色んな部位にノイズが走ったり、闇の濃度が変化していたりして…無傷だったこれまでとは、明らかに違う事が。

 

(そっか…ちゃんと、効いてはいたんだ……)

 

 あまりにも強力な反撃だったから、まさか…とは思っていたけど、闇には何も効いていなかったから、強力な反撃が出来た訳じゃないらしい。むしろセイツさんの言う通り、深手になったから向こうもなりふり構わなくなったんだと考える方が自然で…心なしか、動きも悪くなっているように思える。

 

「狙うは変化している部位だ!あれが負傷によるものならば、攻撃が通る可能性が高い!」

「簡単に言ってくれる…!」

「でも、目印があるのは良い事よ。特に今回は、誰にも見える訳だしね…ッ!」

 

 言葉と共にズェピアさんが手を振れば、そこから赤黒く渦巻く突風が闇に迫る。斬撃を飛ばして闇がそれを両断すれば、地上からはビッキィさんが、空からはネプテューヌさんが仕掛け、連携して近接攻撃を打ち込んでいく。ゲハバーンに触れたら防御をしていてもお終いなネプテューヌさんは、数度打ち込んだところで下がって、そこに闇からの鋭い刺突が放たれて…滑り込んだグレイブさんのポケモン、つるぎが防御の技を展開して防ぐ。その防御が展開している内にエスちゃんが闇の上を取って、細い魔力ビームを立て続けに叩き込む。

 

「わたしも…!」

 

 見えているって言っても、遠くからノイズの走っている部位へ正確に攻撃を当てるのは難しい。そう判断したわたしは、ダメージを与える事より妨害に徹する事を優先する。まずは持っている一本に加えて、もう二本杖を精製して、それを自分の左右に展開して、三本からそれぞれ氷の魔法を闇へと放つ。魔法陣じゃなくて杖を精製したのは、こっちの方が小回りが効くし、動き回りながらでも魔法を放ち易いから。その分杖の精製自体にも魔力を使うし、瞬時の展開は出来ないけど、今はこっちの方が状況に合う。

 飛ばす魔法は、氷は氷でも凍結の魔法。上手く当てられて、凍結で一瞬でも動きを鈍らせられればそれだけで十分サポートになる。…と、思って飛び回りながら撃ち込んでいたら、外れて地面に当たった、そこで凍結する事で出来た小さな氷塊を足場に急激な方向転換を掛けたピーシェさんが、闇に一撃放って避けられた状態から素早く再攻撃を仕掛けていて…闇のノイズが走った部位を、鉤爪が斬る。深くではないけど、確かに捉える。

 

「やたっ、当たった!でぃーる、ありがとっ!」

「あ、は、はい…(あんないきなり、打ち合わせもなく出来た氷を蹴って攻撃に繋げるなんて…さらっととんでもないものを見せられた…)」

 

 女神は皆センスというか、戦闘における直感が凄いものだけど、ピーシェさんは女神の中でも特にそういう、本能的な部分が凄い気がする。そんなピーシェさんの直感と、偶然と、ほんの少しだけど闇の動きが悪くなっている事が重なって、攻撃が届いた。それも今度は時間を掛けた準備無しに、連携だけで。

 

「まだまだいくよッ!カイト君、合わせられる?」

「合わせるッ!」

 

 斬られた事をものともせず、ピーシェを蹴りで下がらせ自身も後退した闇の左右から、茜さんとカイトさんが迫る。茜さんは赤い粒子を、カイトさんは炎をなびかせながら加速し接近を掛けて、二人同時に大剣を振る。左右からの、加速を乗せた重い大剣の一撃を、闇は左右の剣で、片手ずつで受け止める。それどころか、押し返し始める。…けど、そこに駆けるのは紅白の一閃。

 

「直接が駄目だってなら…ッ!」

「間接的に叩き込むまでだッ!」

 

 押し返される二振りの大剣に打ち込まれる、蹴撃と掌底。茜さんの大剣にはアイさんが、カイトさんの大剣にはイリゼさんが打撃を打ち込んで、力を伝えて、大剣を押し込む。押し返し返す。

 それによって姿勢を崩した闇の真正面に、三本目の大剣が…杖を芯にしたエスちゃんの大剣が振るわれる。左右からの力を利用するように、押し出されるように闇は後ろに跳んでエスちゃんの縦斬りを避けたけど…エスちゃんの持つ氷の大剣が地面に触れた瞬間、そこから無数の氷が伸びる。氷は広がりながら闇を追って……足先を、取り込む。

 

「捉…えたぁッ!」

 

 氷の端が足先を捉えた瞬間、エスちゃんは追加で魔力を流し込んで、発生させた氷の強度を上げる。捉えたといっても足先だけで、闇は斬撃で氷を砕いて即脱出してしまったけど…その一瞬は、凄く大きい。

 光芒に、光弾に、突風が実体を持ったかのような槍。ワイトさんの機体の砲撃と、影さんが再展開した端末の一斉攻撃と、ズェピアさんの魔術が立て続けに闇を襲う。そしてその攻撃で巻き起こる爆炎に向けて、セイツさんとネプテューヌさんが突っ込む。

 

「どうせ殆ど、或いは全部凌いでくるんでしょう?だから……」

「こっちもそれを前提に動くだけよッ!」

 

 言葉の通り、爆炎を斬り裂いて現れた闇に向けて、セイツさんが剣を振る。互いに振った剣同士でぶつかり合って、セイツさんは弾かれて、けどそこでセイツさんは弾かれた勢いで離脱しつつ、逆の手の剣を手放す。後を追う形で突っ込んでいたネプテューヌさんがそれを掴んで、そのまま突き出す。

 刺突を闇は片手剣の腹で防御。大剣ならまだしも、片手剣の腹で刺突を防ぐというのは恐ろしい反射と精密さで…それでも勢いに乗っていたネプテューヌさんの刺突は、セイツさんとの奇策で不意を突けたようで、少しだけど体勢を崩す。そこにわたしが凍結魔法を撃ち込んで、躱されなかった一発が当たる。

 

「お願い、しますッ!」

「えぇ!」

「あいよッ!」

 

 さっきのエスちゃんよりもしっかりと闇を捉える氷。今度は砕かれるよりも早く、下方からはイヴさんの、上方…ブラストの上からはウーパの射撃が、二つの狙い済ませた一撃が闇を撃つ。どっちも正確に撃ち抜いて…反撃するように放たれた斬撃を、イヴさんは横に転がって、ウーパは同じように乗るグレイブさん諸共ブラストが急旋回を掛ける事で回避しもう一発撃つ。

 

「畳み掛ける…ッ!カーディナル・アスター!」

 

 二度目の十時砲火は斬り払った闇へ迫る、赤い砲弾。死角から蹴り放たれた砲弾は、振り向く動きと共に紙一重で躱され、多少鈍っていても尚速い動きでアイさんに突撃を仕掛け……爆ぜる。──闇を背後から襲った、炎を纏った赤い砲弾が。

 

「へっ、ナイスだ愛月、それにバックスも…なッ!けど、本気で打ち込んだ一発を、こうも簡単に蹴り返されると少し凹むっつーかなんつーか……」

「あはは、今のがビームとか衝撃波だったら、バックスが吹っ飛ばされてたんじゃないかな。蹴られた『球』だったから、バックスは蹴り返せた…ボールの扱いなら、バックスはお手のものだからね!レックス、ドラゴンテール!」

 

 爆風でつんのめるような形になった闇へ脚を振り抜いた後、軽やかに着地する、砲弾に炎を加えて蹴り返したバックスの様子に、小さく肩を落とすアイさん。それに苦笑しつつも愛月さんは指示を出し…蹴られて飛んでくる闇へ向けて跳んだレックスが回転。立て直した闇の攻撃と、振り出されたレックスの尻尾が衝動。互いに大きく飛ばされて……

 

「全力、全開…クレッセント・リフレイクッ!」

 

 魔力を帯びた剣が下から上へ振り抜かれると共に、その軌道が実体化したように現れる、三日月の様な斬撃。輝きと共に飛ぶ斬撃に対し、闇も斬撃を飛ばして迎撃。二つの斬撃が宙でぶつかり…ルナさんの斬撃は、砕け散る。砕いた斬撃はそのまま飛んで、剣を振り上げた状態から防御に移ったルナさんは斬撃に押される。その時乗っていた岩から転がり落ちて……闇もまた、落ちる。闇の背後に現れた、闇の背後で再構成されたルナさんの斬撃に斬られて、膝を突く。

 

「今だよ、皆ッ!」

 

 岩にも転がった先の地面にも身体を打って、見るからに痛そうな落ち方をしたのに、すぐさま起き上がってルナさんは声を上げる。

 その声は合図。それに応えるように、空から圧縮シェアエナジーの武器が次々と飛来する。それもただの武器じゃない。宙で超低温の…氷淵のフリーズドライを受ける事で氷を纏った武器が飛来し闇を上から叩く。イリゼさんは種類の違う武器を展開する事で速度や軌道をばらけさせ、氷淵はシェアエナジーの武器を氷でコーティングする事でゲハバーンの吸収を阻む。結局氷は砕かれて吸収されてしまうけど…触れるだけで消えてしまう状態と、『砕く』のに力を必要とする状態だったら、簡単だったとしてもまるで違う。

 そして、これは陽動。立て続けに飛来する凍結武器の全てを闇が凌いだ時……本当の『攻撃』が、駆け抜ける。

 

「喰らい…やがれッ!」

 

 凌ぎ切るのとほぼ同時に、横でも後ろでもなく真正面から最高速度で懐へと飛び込んだアイさんの繰り出す、斬撃の様に鋭利な蹴り。すれ違いざまに、斬り裂くように叩き付け、その蹴りを受けながらも反撃で返そうとした闇の真上に、獄炎が現れる。跳び上がり、その勢いのままに突っ込んだ獄炎の拳が、炎と共に振り下ろされる。

 続けざまに、打撃で前傾姿勢になった闇の真横に、跳躍からの超低空突進を掛けたバックスが迫る。ぶつかる直前に地面を踏んで、そこから前傾姿勢の頭に向けてサマーソルトキック。拳に続く、炎を纏った脚で闇を蹴り上げて…跳ね上がった闇の上体に、胴体にビッキィさんが打撃を放つ。捻りを加えた、捩じ込む一撃が、素手の一撃とは思えない程の音を立てながら闇の胴を強かに打って……跳ね飛ばす。

 

「まだ…終わりじゃないッ!」

 

 パンチで飛ばされた闇を襲う衝撃波。それが忍術なのか、それともまさか拳を振るっただけで生み出したのかは分からないけど、飛ばしたのは確かにビッキィさん。更に宙からは赤い斬撃が…今度は本当にアイさんの蹴りによって、その軌跡が変化するようにして形となったシェアエナジーの刃が同時に迫る。衝撃が打ち、斬撃が斬り…左右から火炎が、回り込んだ獄炎とバックスの二つの炎が挟むように闇を包む。燃え上がって、広がって…闇は、振り払う。…きっと、アイさん達が予想した通りに。

 炎が払われた時、アイさんとビッキィさんはもう肉薄していた。二人の蹴りと殴打が正面から打ち込まれ、離れた二人と入れ替わるように獄炎とバックスの打撃もまた放たれ…入れ替わり立ち替わり、絶え間ない攻撃が打たれ続ける。闇に反撃を許さないまま、素早く鋭く打ち込まれ続ける。…何度も何度も、闇の傷跡を打ちながら。ただ攻撃をぶつけているんじゃなくて、その勢いと連打で反撃を封殺しながら、圧倒的に…正確に。

 

「バックス!獄炎!」

「これで決めるぞッ!」

 

 トレーナー二人の声を受けて、獄炎とバックスの放つ炎の火力が増す。直前に駆け抜けるような一撃を打ち込んでいたアイさんとビッキィさんも振り向き、四方向から同時に迫る。

 攻撃の全てがノイズの走る場所に当たっていた訳じゃない。立て続けに攻撃を受けても尚、闇の動きは速い。迫るアイさん達に向け、闇は広げた二本の剣で回転斬りを仕掛け…けれど、見切る。バックスは飛び越え、ビッキィさんは斬撃の下に滑り込み、獄炎は地面に脚を突き立て一瞬の急ブレーキとそこからの再加速を掛け、アイさんは急上昇と宙返りで躱しながらも接近を続け…肉薄。次の攻撃、闇の反撃が来るよりも速く……腕を、脚を、振り抜く。

 

『クロスレンジ・オブ・ブライズレットッ!』

 

 纏う力こそあれど、それは全てただの殴打と、蹴撃。武器でもなければ魔法でもない、純粋な近接格闘攻撃。…それが、完全に、確実に闇を捉えた。二つの殴打と二つの蹴撃が、闇のノイズが走る場所を捉え……砕く。単純で純粋な力…それを突き止めたからこその強さが、闇を濃縮したようなその姿を、穿つ。

 

「…凄いわね。なんかこう…凄いわね……」

「エスちゃん、語彙が…って、言いたいところだけど…うん、わたしもそう思う」

 

 勿論わたし達だって、のんびり眺めていた訳じゃない。一本も、一撃も宙を飛び回るゲハバーンが邪魔に入らないよう、蹴散らし続けていた。そしてそのゲハバーンが…今は、止まっている。落ちたり、地面や岩に突き刺さったりしたまま、動きを止める。

 近くに降りてきたエスちゃんの言葉に、わたしは頷く。上手いとか、精密とか、表現出来ない事もないんだけど…しっくりくる言葉を探そうとすると、「凄い」しか出てこなくなる。…今の連撃は、本当にそういうものだった。

 

「おつかれっ、びっきぃ!えと…手ごたえ?…は、あった?」

「…えぇ、ありました。凄く体力と集中力を費やす事になりましたが…感じましたよ。確かな、感覚を」

 

 そう言って、ビッキィさんは拳を握る。アイさん達も闇から離れていて、わたし達は闇を見つめる。

 今の連撃でその身を大きく穿たれた闇は、動かなくなっていた。不気味な位に、全く動かず…緊張感が、募る。変に動くよりも、微動だにしない方が、何かありそうな恐ろしさがあって……けれど、闇の姿が崩壊する。動かなかった闇の身体が、固まっていた砂の様に、ぼろぼろと崩れ始める。

 

「これは、勝った…って事なのか……?」

「…いや、まだよ…まだ、何か……!」

 

 一瞬の安堵と、口から零れたようなカイトさんの声。崩れていく闇の形を見れば、倒せたんじゃないかと思うのは普通の事で…でもここまでの強大さを思うと、崩れていく姿を見ても、半信半疑になってしまう。カイトさんの声からは、そんな感情が伝わってきて…わたしも同じ気持ちだった。けど崩壊が進むにつれて、少しずつ安心感が広がっていって……そんな中で、イヴさんが声を上げる。言われて気付く。闇が、何かをしようとしている事に。

 何をしようとしているのか、何が出来るのか…何も、分からない。ただまだ何か、闇からは意思の様な…思いのようなものを感じられて…一歩、前に出る。砕けつつある脚で、確かに一歩前に出て……

 

(…ぁ……)

 

 それを、その『行為』を目にした瞬間、わたしの中で警戒心が消えていた。倒さなければいけない存在じゃなくて…それとは違う、別のもののように思えた。だって──闇は、手を伸ばしていたから。わたし達の方に。或いは…闇にしか見えていない、『何か』の方に。もうゲハバーンを握っていない手で、今にも消えてしまいそうな身体で、手を伸ばして……闇は、崩れ去った。

 

 

 

 

 影、ズェピア、それにアイとイヴの知人らしいもう一人の誰か。その三人の、恐らくは『可能性』が混ざり合った存在に、何とか勝つ事が出来た。…もしかすると、三人以外にも何か混ざっているのかもしれないけど…混ざっているかどうか、混ざっているならそれは何かっていうのは、そこまで重要な事じゃない。今、一番重要なのは……確かに、勝ったって事。

 

「な、何とかなったぁ…」

「お疲れ様、ルナ。あの時私達のサポートをしてくれて助かったよ」

「だな。ここ一番でのルナはやっぱ頼りになるわ」

「え、そ、そう?そうかなぁ?…えへへぇ……」

 

 緊張感が解けて、その場でへたり込むルナの側に移動したイリゼとアイが、それぞれ感謝と信頼の言葉をルナに送る。言われたルナは、少しだけ驚いて…それからふにゃりとした笑みを浮かべる。見るからに嬉しそうな、感情が100%顔に出ていそうな雰囲気の笑みを。

 

「…逃がせなくてごめん、申し訳ない…ではなく、助かった、頼りになる…か。ここでそういう言葉が出てくる事もまた、カリスマ性の一つなんだろうね」

「ああ。そしてイリゼ様もアイ様も狙って言ったのではなく、素の言葉…自然な思いから出た言葉なんだろうと私は思うよ」

「えー君えー君大丈夫?おんぶする?」

「大丈夫だししなくていい。…しかし、先の塔での怪我は出た時点で回復していたが…これも直るのか…?」

 

 どうなんだ?…という視線を影から向けられるわたし。どうかって言われると…どうなのかしら…。多分治る…もとい、直るとは思うけど、今のここは普通の状態じゃないし…。…あ、というか……。

 

「今、ここの塔ってどういう状態になっているのかしら」

「え?…あ、そうね。シェアリングフィールドを展開したままだと、分からないものね…解除はしようと思えば出来るけど、どうする?」

「解除してから実はまだ撃破出来てませんでした、ってなったら不味いですね。これがないと女神の皆さんは危険な訳ですし。って訳で、イヴさんとズェピアさんの負担次第ですが、出来るなら展開可能限界まで念の為維持してみる方が安全だとわたしは思います」

「んじゃ、ちょっと索敵してみるか?ブラスト、さっきから飛びっ放しなのに悪いが、空から頼むぜ?」

「索敵…じゃあ、私も」

 

 力強く飛び上がるブラストに続いて、ルナも何かの魔法で探知を始める。影は端末で、茜は能力で、ワイトはマエリルハの各種レーダーとセンサーを駆使して、もう危険はないのかと調査をしていく。

 わたし達女神も、ブラストと同じように空へ。手分けして周囲を調べてみるけど…これといって、気になるものは何もない。

 

「…やっぱり、倒せた…って事で間違いないんでしょうか」

「まあ、落ち着いて考えたら、倒せてるに決まってる…って感じだけどね。ディールちゃん達の連携技の時点で普通ならオーバーキルもいいところの威力でしょうし、その後もあれだけ喰らったんだもの。…あ、そういえば…さっき二人は、氷淵に力を送ってたって言ってたわよね?じゃああの後氷淵を再変身?…させなかったのは、その消耗が大き過ぎるから?」

「それもあるけど、あれやってる最中はわたし達満足に動けなくなるのよ。だから常時使用には向かないって訳」

 

 少なくとも、バラバラに動いて調べてるわたし達へ仕掛けてくる存在はない。崩れ去った闇は、今はもう『人型の闇だったもの』でしかない。という事は、やっぱりもう、戦いは終わったって事でいいのかしら…。

 

「…あれ?」

「どうしたの?愛月君」

 

 一度高度を下げたところで聞こえた、何かに気付いたような愛月君の声。何事かと思ってわたしが声を掛けると、愛月君はあるものを指差して…言う。

 

「…ゲハバーンは、消えないのかな…?」

「あ……」

 

 その発言を聞いた瞬間、思考が止まる。一瞬、完全に思考の中で空白が生まれて…それからすぐに、思う。…そんな訳がないと。そんな筈がないと。

 闇が使っていたゲハバーンは全て、闇自身が生み出したもの。振るっていたものも、飛ばしたものも、全て闇が発生させていたもの。現実の世界なら、完全に一つの『物』として独立するタイプの精製をした可能性も考えられるけど…ここの塔の事を考えれば、残るタイプのプログラムになっている可能性は低い。それなのに、まだゲハバーンが残ってるって事は……

 

「……っ!皆、気を付けて!多分まだ終わっていないわッ!」

 

 声を上げて、既に一度見回ったこの場をもう一度見回す。確実に何かある。倒せてなかったのか、まだ別の存在が残っているのか、具体的な事は分からないけど…終わりでは、間違いなくない。

…そう思ってわたしが見回したのと、『それ』が起こったのは、ほぼ同時だった。

 

「わっ!なんかヘンになってる!」

 

 聞こえた声と、指差すピーシェの姿。その指が示している先は、闇の残骸がある場所で…つい数秒か十数秒前まで、それは消えつつあった。少しずつ、消滅していた。それが今は、止まっていて…それどころか、崩れた時点で止まっていたノイズが、今は再び現れていた。

 わたしか見ている間も、ノイズは広がっていく。広がり、闇の残骸を包み……周囲の空間も、飲み込んでいく。更に広がり、狂っていく。

 

「おいおい、こりゃまさか…第二形態か…?」

「…私達が初めに入った塔の存在も、第二形態があった。それを思えば、あり得ない事はない、が……」

「まだ真の姿じゃなかったとは、思いたくねーな……」

 

 驚きを声に滲ませるグレイブ君の言葉に、ズェピアが応える。続くアイの呟きには、多分皆が心の中で同意をする。確かにわたしが戦った存在にも、二つの姿があった。あれの場合、もう一つの姿は一概に最初の姿より強い、って訳じゃなかったけど…そのパターンだったとしても、これだけ消耗した状態で、もう一戦というのは骨が折れる…なんてレベルじゃない。

 でも、だからって相手が自重してくれる筈もない。この塔に入った時点で、わたし達にあるのは、戦って勝つか負けるかの二択。

 

「何かの形に…って、何だこれ…ワイトさんの機体よりずっと大きくないか…?」

「……冗談じゃ、ないわよ…ギョウカイ墓場みたいな場所って時点で、ずっと頭の片隅にはあったけど…これは、こいつは…」

 

 周囲の空間を侵蝕するように広がるノイズは、MGのサイズを優に超える。広がるにつれて、ただの拡大から、明確な『形』へと変貌していく。まだはっきりとは分からない、ノイズのせいで輪郭もブレる…それでも『異形』であると分かる、何かの姿に。

 その最中に、ぽつりとエストちゃんが呟く。どうやらエストちゃんは思い当たるものがあるみたいで…それもエストちゃんだけじゃない。イリゼ含め、他にも何人かが反応している。そして拡大が止まった時…ノイズの中央、或いはその少し下辺りが、蠢く。蠢き、歪み、そこに力が収束していく。

 

「くッ…まだ終わらないというのなら、終わる瞬間まで戦うのみ…!皆、戦えそうになかったら一度下がって!最悪私一人でも、皆が小休憩出来る位の時間は──」

 

 手にした得物を構え直したイリゼは、ノイズから目を離さないまま呼び掛ける。まずは自分が、と意思を示す。それは何ともイリゼらしい言葉で…勿論、わたしの選択は決まってる。イリゼがその気なら、わたしも姉として、同じ女神として、前に出るだけ。加えてわたしは恐らくノイズの正体を分からない以上、どんな存在か把握するのも含めて、時間稼ぎをする事に徹して……

 

 

 

 

 

 

……そう、思っていた時だった。ノイズの中で収束した力が、一閃の光芒に…闇の閃光になって、わたしの横を駆け抜けたのは。

 

「……ぁ…ぇ…?」

 

 警戒はしていた。攻撃かもしれないと、避ける準備は整えていた。それでも狙いがわたしじゃなかったからか、反応出来なかった。気付いた時には、放たれた闇が駆け抜けていて……茫然としたような、イリゼの声が聞こえてきた。何かあったのかと思って、わたしは反射的に振り向いて…目にする。目の当たりにする。イリゼの血を。直前に精製したんだろう、砕けた小盾を。──闇に左の脇腹を抉られた、イリゼの姿を。

 

「──イリゼさんッ!」

 

 覚束ない足取りで、数歩下がる…下がってしまうイリゼ。一歩下がって、二歩下がって、後ろに倒れそうになって…弾けたような声と共に、飛び込んだディールちゃんが支える。次の瞬間、咳き込むようにイリゼは血を吐く。

 皆が駆け寄る。ディールちゃんにエストちゃん、それに治癒が使える面々が血相を変えてイリゼの怪我を治し始める。けれど、イリゼの血は止まらない。脇腹に、欠けたような大きな穴が空いている以上、内臓諸共抉り取られている以上、そんな簡単には治らない。

 そして、わたしに治癒は使えない。イリゼを癒す事は出来ない。だから……

 

「……ぁぁぁぁあぁああああああああああッ!!」

 

 地を蹴る。目の前の空間全てを撥ね飛ばすようにして突進する。何に?…そんなの決まっている、わたしの『敵』に決まっている…ッ!

 

「貴様ぁああああああッ!」

 

 一対よりも多い腕と足。胴らしき場所で吊り上がる、巨大な口。その上部から伸びる、人型の何か。わたし達がイリゼに視線を移している間に、ノイズは消え、さっきまでと同じ暗闇形を得たような…けれどさっきまでとはまるで違う姿に、闇は変貌していた。

 いや、同じ『闇』かどうかは分からない。バグによって別のものに変質したのかもしれない。…けど、そんな事はどうでも良い。事情なんて関係ない。

 闇から放たれる、さっきのよりは遅い分数の多い光芒を、トップスピードのまま避ける。避けて、一気に近付いて、闇に剣を突き立……

 

「がッ、ぁ……!?」

 

──身体を襲う衝撃。巨大な鈍器で全身を殴られたような、激しい痛み。わたしは止まり…落ちる。地面に倒れ…気付く。闇の周囲を囲う、薄っすらと見える暗い膜の様なものに、わたしは衝突したのだと。

 

「…こ、んな…ものでぇぇ…ッ!」

 

 開かれた手の一つから放たれた光線を、痛む身体を無理矢理動かしギリギリで躱す。転がって避け、跳ね起き、今度こそ連結剣を振るう…けど、また膜の壁に阻まれる。 ならばと近距離から圧縮シェアエナジーの弾を撃ち込んでも、壁は破れない。どうも幻術で壁に誘導されたとかじゃなく、本当に薄っすらとした…それでいて強固な壁があるらしい。

 

「ぐっ…だったら上から押し潰し……」

「落ち着きなさいセイツ!気持ちは分かるけど、怒りのままに戦っても勝てないわ!」

「わたしは冷静よネプテューヌ!わたしは冷静に、どうすれば八つ裂きに出来るか考えている…ッ!」

 

 飛び上がって次の攻撃に移ろうとしたわたしは、後ろから肩を掴まれる。それはネプテューヌで、わたしを一喝してくる。そんなネプテューヌにわたしは言い返して、改めて攻撃しようとして…再び止められる。それも今度は、目の前を通り過ぎた端末によって。

 

「冷静だって言うなら、冷静だと思える言動をしろ。それと…姉の割に、案外イリゼの事を知らないんだな」

「何ですって…?…影、今のは聞き捨てならな……」

「たかだか胴に穴が空いただけだろうが。あんなもの、イリゼにとっちゃ致命傷でも何でもない」

 

 駆け抜けた端末の主である、影の煽るような言葉。それにわたしは食ってかかりかけて…影の次の言葉に、はっとする。はっとして……その次に聞こえた、弱々しい…けれど確かな声に、振り向く。

 

「…はは…影、君が言うと…説得力が、違う…ね……」

 

 横たわった状態で、最悪の顔色で、小さく笑うイリゼ。そんなイリゼを見て…心の中から、安堵が滲み出る。見るからに安心出来る状態じゃないけど…それでも「自分は冷静じゃなかった」と認められる位には、心の状態が変わる。

 

「ちょっ、おねーさん喋らないで!一応言っとくけど、これ普通に致命傷だから!おねーさん状況分かってる!?」

「致命傷は、致命傷でも…致命傷で済んだ、的な…?」

「嘘でしょ頭にまでダメージあるの!?回復間に合わないわよ…!?」

「いや、エスちゃん…今のは流石に冗談だと思うよ…?こんな状態で冗談言うとか、確かに正気を疑うけど、まともな思考が出来る状態じゃないのは事実だし……」

 

 地上で交わされる、緊張感があるんだがないんだか分からないやり取り。それを見て、良い意味で気の抜けたわたしは、今度こそ本当に冷静な思考が……

 

「……──ッ!?ぐぅッ!」

「ぁぐ…ッ!」

 

 直後、背後に感じた気配と危機。本能的に振り向き剣を構えれば、そこには異形の闇が…巨大でありながら、結構な高度にいた筈のわたしとネプテューヌのところにまで跳び上がってきていた闇の姿があって、闇は拳を振り抜く。咄嗟にわたしもネプテューヌも武器で防御をしたけど、弾き飛ばされ地面に墜落する。

 

「不味い…ディール君エスト君、治癒の続行を。イリゼさんは私が運ぶ…!」

「時間稼ぐっつった本人が稼いでもらう側になってどうすんだよイリゼ…だがそれはそれとして、やってくれるじゃねーか…ッ!」

 

 全身を襲う二度目の衝撃で身体が軋む。その身体を起き上がらせる中、ズェピアは浮かぶ黒塗りの板の様なものにイリゼを乗せていて…アイの言葉と振り抜かれた脚からの砲弾を皮切りに、遠隔攻撃が闇へと殺到。次から次へと飛び、襲い…けれど全てが、わたしの時と同じように膜によって阻まれてしまう。

 

「注意して皆…!遠距離攻撃は勿論だけど、あれのせいで近付くのもままならないわ…!

「無理に突っ込んだら、さっきのセイツみたいになる訳か…」

「けど、常に展開してる訳じゃない筈よ…!少なくとも、近接攻撃の瞬間は展開していない筈…じゃなきゃ、わたしもセイツも殴られる前に押し除けられてる筈だもの…!」

 

 ネプテューヌの言葉に、わたしも頷く。あの巨体が張りぼてでない限り、タフさは人型の闇と同じかそれ以上である事は間違いない。こっちは既に消耗しているのに、また同レベルのダメージを、それも今度は視認し辛い壁が消えている瞬間を狙って与えていかなきゃいけない。

 ただそれでも、こうすれば通せるかもしれない…そう思える要素があるだけでも、ずっと違う。可能性があれば、気力は湧いてくる。…そう、思っていたわたしだけど…すぐに思い知らされる。それが、その思考が…異形の闇に対しては、楽観視に過ぎなかったのだと。

 

「とにかく固まっていたら危険よ!さっきよりずっと的は大きいんだから、積極的に散開して……きゃああぁぁッ!」

「ゆりちゃん!?くっ、ぅ…!何、この速さは……!」

 

 着地していた闇に向けて射撃を掛けつつ、イヴは低空飛行で飛ぶ。放たれたエネルギー弾は闇の胴らしき場所に飛んで…当たる事なく、通り過ぎていく。幕の壁に阻まれる事もなく、壁に触れるよりも早く闇が地を蹴り、射撃を飛び越え襲い掛かった事で、イヴは吹き飛ばされる。それも直接殴られたんじゃなく、辛うじて躱した直後に、殴られ砕けた大地の破片に打たれて…余波に過ぎないダメージで、大きく飛ばされる。反応した茜の遠距離攻撃は壁で阻まれ、闇は茜に突進し…迎え討つように振るわれた大剣が、空を斬る。闇は茜を翻弄するように動き回った末、さっきわたしに放ったのと同じ光芒を撃ち込んで、茜に防御を強いて…そのまま接近すると共に蹴り飛ばす。二人共、あっという間に蹴散らされる。

 

「何なんだ…何なんだこの、最大レベルになった超覚醒持ちみたいな存在は……ッ!」

「駄目だ…機体が追い付かない……!」

 

 連結させ大剣状態にした剣を叩き付けても、壁はびくともしない。阻まれると分かった上での攻撃で、ここから反撃を引き出して、その反撃に合わせる形で斬るつもりだったけど…間に合わない。消耗した状態で身体を二度も激しく打ち付けたせいで、自分で思っていた以上に動きが悪くて、反撃返しもまた阻まれて終わる。そこからも攻撃は続けるけど、上手くいかずに、狙いを変えた闇に振り切られてしまう。

 聞こえてくるのは、ビッキィの焦燥の声と、ワイトの歯噛みするような声。…全員、返り討ちに合うか振り切られる。全くこっちの攻撃が届かない。

 

(冗談じゃないわ…なんでこんなに大きいのに、これだけ素早く動けるのよ……ッ!)

 

 速さと機敏さはトレードオフ。大きければ大きい程小回りが効かないのは当然の事。…その筈なのに、闇はわたし達より遥かに大きいのに、動きで翻弄してくる。反応は出来るけど、巨体と桁違いなパワーがありながら機動性も高いなんてなったら…それはもう、脅威なんてレベルじゃない。

 それでも、やらなきゃいけない。勝つ為には、イリゼ達の為には、やるしかない。

 

「ピーシェ!ネプテューヌ!何とかチャンスを作るわよッ!」

「そうね…ッ!」

「うんッ!」

 

 休む暇はない以上、個の力の低下は、皆の力を借りて補うしかない。わたしが呼び掛け、二人も動き…わたし達の援護をするように、カイトが炎を、ルナが電撃を放ってくれる。どっちも幕の壁に悉く弾かれてるけれど、それが逆に炎と電撃の拡散に繋がって、目眩しにはなっている…筈。

 

「俺等も行くぞ、愛……ぐぉ…ッ!」

「ぐ、グレイブ大丈夫!?」

「問題ねぇ、この程度擦り傷だ…!」

 

 遠近織り交ぜて、三人で立て続けに仕掛ける。阻まれ躱され押し返されて、連携が丸ごと無駄になるけど、歯を食い縛って攻撃を続ける。その中で放たれた光芒の一つが、流れ弾の様にグレイブ君を掠めて、イヴの時と同じように…イヴより破片は小さかったとはいえ、生身のグレイブ君を襲うけど、気にするなとばかりに言ってグレイブ君は愛月君と共にポケモン達へ指示を出す。

 皆の士気は低くない。これがわたしにとっては救いで、士気が低くないなら何とか戦える。戦闘継続出来るし、チャンスを狙う事が出来る。そして、その士気を維持しているものの一つは…可能性に、他ならない。

 

「……!ねぷてぬ、せーつ、くるよッ!」

 

 幾度目かの連携攻撃の直後、わたし達全員が闇の正面にいる状態となった瞬間に、闇は突進からの殴打を放ってくる。真っ先にピーシェが反応し…わたしはここだ、と確信する。

わたしはピーシェの前に出す形で、大剣状態の連結剣を掲げる。それで察してくれたネプテューヌは、大剣に大太刀を重ねてくれて、ピーシェも二本の剣を支える。その体勢が出来た直後に、振るわれた二つの拳が激突し、凄まじい衝撃が身体を走る。吹っ飛びそうになる。…でも……ッ!

 

「今よ、ワイトッ!」

「喰らえ……ッ!」

 

 翼を広げ、全力を込めて、わたしは…わたし達は踏み留まる。その一撃を、受け止める。受け止め…声を上げる。

 それに応じるのは鉄騎。わたし達が闇の正面にいた時、背後に回り込んでいたワイトのマエリルハ。既にビームサーベルは抜いている。今の時点で、ワイトは斬撃の間合いに入っている。何より闇は今、攻撃状態。近接攻撃の為に、壁を解除した筈の状態。MGをも大きく超える巨体の前じゃ、一撃で倒す事なんて困難だろうけど…それでも一撃入れば、可能性を実現すれば、わたし達は一歩良い方へ……

 

 

 

 

 

 

「……──ッ!?…馬鹿、な……」

 

……いくと、思っていた。いけると、思っていた。…けれど、可能性は崩れ去る。原理が分からない。理解が出来ない。ただ事実として、目を背けられない現実として……ビームサーベルが、粒子の刃が阻まれていた。わたし達は押し除けられていないのに、背後からの攻撃は膜の壁に止められていて…背後へ向けられた別の腕からの光線が、マエリルハの両脚部も撃ち抜く。続けて後ろへ突き出された蹴りが、マエリルハを吹き飛ばす。

 

(…そんな……)

 

 信じられない攻撃に力の緩んだわたし達は、三人纏めて弾かれる。三度目の衝撃は、岩に背を打ち付けた事で巻き起こって…流石にもう、ダメージを無視出来ない。…けど、それ以上に今は…冷静な、思考が出来ない。

 今も皆が、蹴散らされている。これまでよりもハイペースで、皆が押されている。誰かを助けようとして、自分が傷付いたり、或いは助けられずに纏めて闇に吹き飛ばされる。わたしはまだ、諦めてなんかいない。諦められる訳がないし、気力だってまだまだ絞り出せる。…けど…見えない。わたしの目には、映らない。こんな消耗した状態で、今も押されてる状況で、ダメージどころかこちらからの攻撃を触れさせる事すら叶わないのかもしれない相手に……こんな圧倒的な差を前にして、それでも尚勝つ方法が。




今回のパロディ解説

・幻術で壁に誘導された
家庭教師(カテキョー)ヒットマン REBORN!に登場する人物、山本武と幻騎士の戦闘におけるあるシーンの事。このシーンは色々な意味で衝撃的ですね。

・「〜〜致命傷で済んだ、的な…?」
ネットスラングの一つのパロディ。ネットスラングとしては比喩としての使い方ですが、イリゼは文字通りの意味で言っていますね。まあでも信次元の女神なので、致命傷ならまだセーフです。

・「〜〜最大レベルになった超覚醒持ち〜〜」
バトルスピリッツにおけるスピリットの一つ、幻羅星龍ガイ・アスラ(のレベル4)の事。ガイ・アスラと闇の第二形態のモチーフである、ネネプテューヌシリーズのあるキャラって見た目似てるんですよね。


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第四十二話 不可能を超えて

 自分であって自分でない存在。恐らくはこの仮想空間で構築された、俺の可能性の一つ。思い返せば、嘗ても一度自分の幻影のようなものと戦った事はあるが…いやというか、自分でない自分を俺が「幻影」と評すると、文字通り過ぎて狙ったみたいになるな…まあ、それはどうでもいいが。……ともかく、色々混じったものの中に、あったのかもしれない自分の姿を見ながら戦うというのは、複雑なものがあった。進み続けた先にあった結果が、末路が、これなのかと。最早辿り着くべき先すら失ったように、俺には見えていた。

 だからこそ、分かる。確信がある。人型の闇はただのデータではない、それを超えた何かになりかけていたのかもしれないが…今はもう、違う。異形の化物へと変貌した闇は……ただの、壊れたバグだ。

 

「こッ…のぉおおおおぉぉッ!」

 

 擬似魔力を用いた足場を蹴り、ただ飛ぶのとは違う軌道で変則的な突進を掛けた茜が、側面から大剣を叩き付ける。振るわれた一撃は重く…だが膜状の壁は斬り裂けない。直上からは急降下を掛けたネプテューヌが刺突を、別方向からは炎の噴射で加速し、その勢いを乗せた斬撃をカイトが打ち込むが、三人の攻撃は全て届かず阻まれる。

 

「自分は自由に攻撃出来る、でも相手からの攻撃は自分が攻撃してても防げるなんて、無茶苦茶過ぎるよ…!」

「同感よ、けど今はやれる限りの事を試してみるしかないわ…!」

 

 光線の連射で茜とカイトを蹴散らした闇は、防御姿勢の上からネプテューヌを殴り飛ばす。その最中もイヴの射撃と愛月のポケモン、フェザーの遠隔攻撃が闇へと飛ぶが、それもやはり膜の壁に弾かれて終わる。愛月の言葉には明らかな焦りの色があり…イヴの言葉にもまた、余裕のなさが表れていた。…だが、それも無理のない事。むしろグレイブ共々まだ子供に過ぎない愛月が、焦りつつもパニックを起こさず戦闘継続出来ている時点で、十分大したものだと言える。

 今はイヴの言う通り、膜の壁の突破手段を探っている。薄い膜状だから視認が困難なだけで、どこぞの探索に長ける瞳術宜しく僅かでも穴があるんじゃないか。多方向から高威力の攻撃を同時にぶつけ続ければ、負荷で崩れんじゃないか。全方位防御と局地防御を切り替える事が出来て、攻撃と防御の両立は局地防御によって成り立たせているんじゃないか。…そんな風に、思い付く限りの可能性を試してはいるが、今のところ成果はない。いや、それどころか…口には出さないが、そもそもそんな「防御の隙」なんて存在しないのかもしれない。現実ならば、そんな都合の良い防御能力なんてまあまずないが、ここは仮想空間。加えて相手が明らかなバグならば、普通はあり得ない事が起こっていてもおかしくはない。

 

「はぁ、はぁ…く、ぁ……!」

「茜…(…歯痒い、な……)」

 

 息を荒くしながらも茜は闇に喰らい付くが、差は歴然。連携しても尚まるで攻撃が通らない以上、単独で突っ込んでも通用する筈がなく…何より、闇の動きに追い付けないでいる。身体だけでなく、反応自体が遅れている。…過度の疲労で、能力の精度が落ちている。

 性格の事を考えても、このまま茜を戦わせるのは良くない。少しでも息を整えるべきなのは明白。…だが、両脚を失った今の俺じゃ、飛んで突っ込む位しか出来ない上、突っ込んだところでそのまま返り討ちに遭うだけ。黒切羽は問題なく使えるが…膜の防御と巨体の前では、殆ど役に立たない。…今の俺には、どうにもならない。

 それが、どうしようもなく歯痒かった。今になって、戦いを見ているだけ、守られるだけの側の気持ちを理解する事になるとは、思いもしなかった。射撃に観測にと、まだ出来る事はあるが…出来るだけじゃ、意味がない。戦いにおいては、その行動に価値が、効果がなければ、自己満足で終わるだけ。そんなものの為に何かをしても、それこそどうにもならないだけ。

 

「……っ、ぅぐ…」

「…目が覚めたみたいだな」

 

 歯痒さと無力感を味わう中で聞こえた、呻きのような声。それは大破に近い状態のマエリルハから聞こえたもので、先の一撃を受けたマエリルハは、俺や気絶しているイリスの近くまで吹っ飛ばされていた。わざわざ聞かせる必要もない声もスピーカーから聞こえている辺り、恐らくスピーカーが切れていなかった…つまり、予想通り衝撃で気を失っていたらしい。

 

「…影くん、状況は……」

「見ての通り、すこぶる悪い。…胴体がひしゃげているが、出られそうか?」

「心配は無用だよ。……うん、本体の状態は酷いが、幸いバックパックの火器は生きている。残った腕部のグレネードも放てそうだ。これなら固定砲台位にはなれるさ」

「…その状態でもまだ戦う気なんだな」

「戦うよ。まだ武装は残っている。ならば…いや、違うね。たとえ武装がなくとも、どの装備も通用しなくとも、その時は降りて戦うまでだよ。最後は拳になろうが歯だろうが爪だろうが、戦う。戦う意志が欠片でも残る限り、私は戦う。戦ってみせる」

「軍人の矜持か?」

「男の意地、かな」

 

 冗談めかした声音で言うワイト。…男の意地、ね…ナンセンスだと言いたいところだが…子供すらまだ必死に戦っている中で、弱音なんて吐いていられないという事なら…分からん事はない、な。…だが。

 

「…固定砲台じゃ、どうにもならないぞ。動けたところで今のところ勝ち筋は微塵も見えないが…ただ撃てるだけじゃ、何も出来ない」

「…ああ、君の言う通りだ。だから、何か……」

 

 意地を否定する気はない。されど意地だけじゃどうしようもないのも事実。それを俺が伝えると、ワイトも理解しているとばかりに声を漏らし……次の瞬間、闇を束ねたような光芒がマエリルハの側を貫いた。

 それは、イリゼを撃ち抜いたのと同じ攻撃。まさかと思って振り向けば、セイツが宙返りからの着地をしていて…どうやら今のはセイツを狙った攻撃らしい。今ので次の犠牲者が出ずに済んだのは幸いだったが…すぐに、気付く。視認なのか別の感覚器官なのかは分からないが…何れにせよ、闇がこちらに狙いを定めたという事に。

 一瞬遅れてこちらを振り返ったセイツも、俺達が狙われていると気付いたらしい。そこからセイツは闇の真正面に躍り出る…が、壁に阻まれ攻撃は届かず、逆に腕の一振りで跳ね飛ばされる。

 

「不味い…!ワイト、スラスターは!?」

「くっ…駄目だ、もう使える主器がない…!」

 

 咄嗟に俺は声を上げ、ワイトも各部の姿勢制御スラスターらしきものを吹かすが、機体は軽く揺れるだけでその場からは動かない。俺も、ただぶっ飛ぶだけなら出来るが、機体を運べる気がしない。

 そして短なやり取りをしている間に、闇は攻撃体勢に入っていた。直後に複数の光線が放たれ、俺の中では「一人で離脱する他ない」という判断が下され……次の瞬間、長剣が飛来する。飛来と同時に光線を斬り裂き、更に続けて駆け抜ける幾本もの剣が、放たれた光線を阻んでいく。

 

(この剣は……)

 

 弾かれるように振り返る俺。見覚えのある長剣と、同じく見覚えある水晶の様な剣の飛んできた先、そこに立っていたのは…一人の女神。

 

「二人、共…無事……?」

「イリゼ様……」

「ちょっ…何やってんのよおねーさん!まだ回復終わってないのよ!?まだ仮止め位でしかないんだからね!?」

 

 無事?…なんて訊く側とはとても思えない程顔色の悪い、今も投擲を終えた体勢のまま、倒れ込んでしまいそうな程頼りのない…それでも自分の脚で、自分だけの力で立っているイリゼ。まさかの援護に俺は勿論ワイトも驚き…エストが唖然としたような声を上げる。

 

「仮止めで、十分だよ…後は綿か何かでも詰め込んでおけば、それで十分……」

「いやイリゼさんはぬいぐるみじゃないでしょう…ほんと、何やってるんですか…!」

「なら、おげんきになるキノコでも…」

「こんな状況で幻覚まで見られたら手に負えないよイリゼさん。良いから早く横になり給え」

 

 無茶苦茶な事を言うイリゼに、ディールやズェピアも語気を強める。…だが、イリゼは横になろうとはしない。それどころか首を横に振り…表情を歪めながらも、しっかりと立つ。

 

「私は女神だ…皆をここに招き、巻き込んだ女神だ…そして今も人が、友が戦っている…ならば寝てなどいられるか…ただ下がってなどいられるか……」

「…その気概は評価しよう。だがなんと言おうと、今の君にまともな戦闘は──」

「私にはッ!女神としての、責任がある!そして私には意思がある、決意がある、覚悟がある!その私が立つと決めた、まだ戦うのだと我が意を示した…ならば、無理も無茶も存在などしない…ッ!私が決めた以上、それが唯一にして絶対の真実…!違うというなら捩じ伏せる、阻むというなら認めさせる。出来ないというのなら…そんな常識が、現実こそが間違いであり……女神オリジンハートが、それを正す…ッ!」

 

 聞く気皆無なイリゼに対し、ズェピアは声のトーンを落として説き伏せようとする。だがイリゼはそれを言葉で、重傷を負った身とは思えない程覇気に満ちた声で真っ向から制する。言葉を発する毎に、一言毎に、立つのもやっとに見えていたイリゼの身体に力が満ち…闇を、見据える。

 イリゼがその意思を示す間、闇がイリゼを襲う事はなかった。されど、当然闇は待っていた訳ではない。イリゼが意思を示す中…セイツが闇を、阻んでいた。

 

「そうよ、それでこそイリゼよ!それでこそわたしの妹、わたし達を創り出した原初の女神の複製体!貴女が倒れないという意思を示し続ける限り、貴女が…イリゼが膝を突く瞬間は訪れないわ!そして…このわたしも、ねッ!」

 

 高らかに響かせるように言いながら、セイツは突っ込む。斬撃も刺突もシェアエナジー弾による攻撃も、どれ一つとして通用しない…が、阻まれようと弾かれようと、執拗にセイツは喰らい付く。闇もそのセイツを無視する事はなく…結果、セイツは闇を足止めする事に成功していた。

 本当に重傷を、その事実を跳ね除け覆してしまいそうなイリゼと、そのイリゼに呼応し動きの鋭さを取り戻すセイツ。優勢ではない、今も圧倒的に不利な状況でありながら、それでも意思を輝かせる…曇りのない希望を煌めかせる二人の女神は、圧巻で、眩しさすらあって……

 

(…だが、駄目だ。これは…不味い…)

 

……それでも俺は、思う。これでは駄目だと。このまま突き進めば、あるのは逆転ではなく、奈落だと。

 今のイリゼは、あの時と…一度刃を交えた時と同じだ。結局のところ、今のイリゼは強がっているのに過ぎない。その『強がり』は、味方の心を奮い立たせ、敵の心を圧倒し、それが巡り巡ってどうしようもない状況を変えてしまう事もあり得る『強さ』だが、今の闇に恐らく心はない。奮い立ったとしても、攻撃が通用しないんじゃ逆転には至れない。更に悪いのがセイツの方で…セイツは最早、捨て身で無理矢理喰らい付いているのと変わらない。弾き飛ばされ、地面や岩に何度も身体を打ち付けられ、にも関わらず瞬時に跳ね起き再び仕掛ける…こんな戦い方をしていれば、いつ身体が砕け散ってもおかしくない。それでいて相手は無傷のままなど、言い方は悪いが『女神』という力の無駄遣いとしか思えない。

 おまけに、そして何より…俺に二人を、特にイリゼを止められる言葉はない。このやり方が悪手だと分かっていても…俺には、止められない。

 

「…無理なものは無理ですよ、イリゼさん。イリゼさんの強さはよく知っています。それでも、今イリゼさんが言っている事は、蛮勇と何も変わらないんじゃないですか?」

「蛮勇ではない…私は戦える、闇の前に立つ事が出来る。私がそう決めたのだから、その決定は凡ゆる現実を凌駕し真実となる。真実すらも…私が、従わせる…!」

「イリゼさん、それは……っ!」

 

 制止するディールの言葉も、イリゼは跳ね除ける。完全に聞く耳を持たないイリゼに対して、表情を曇らせたディールはしかし黙る事なく食い下がろうとし…そこで、一人の女神が降り立つ。少し前まで茜達と闇に立ち向かっていたピーシェが、いつの間にか下がっていて…イリゼの横で、女神化を解く。

 

「…ピーシェ?どうし……」

「えい」

「〜〜〜〜っっ!!?」

 

 突然の行動にイリゼ…というか周りの全員が怪訝な顔をする中、ピーシェはイリゼをじっと見つめ…次の瞬間脇腹を、一度抉られ今は一見治っているように見える胴を、指でつつく。

 直後、イリゼが上げたのは声にならない叫び。目を見開き、一撃受けたかのように身体がくの字に曲がり、それから倒れてのたうち回る。そして、悶絶するイリゼを見て…俺達は唖然とする。

 

「ぴ、ピーシェ君…?君は、何を……」

「はぁ……軽くつつかれただけでここまでなる癖に、何を偉そうに言ってるんですか。しかも言ってる内容も過激派のラスボスみたいな感じですし」

「だ、だからってつつく事ないじゃん…!痛いなんてレベルじゃないんだよ…!?」

「でしょうね、三人が懸命に治癒している姿を見れば分かります。…で、イリゼさんはその三人の頑張りを、助けようとしてくれた思いを、半端に切り上げて無駄にする気ですか?つつかれる程度でそこまで痛む状態なのに、まともな戦闘行為が出来るとでも?」

「うっ……」

 

 冷静に、淡々と問い詰めるピーシェの発言に、イリゼは言葉を詰まらせる。その完全に尤もな、その上でイリゼに効果的であろう「友の思い」にも言及する事で、イリゼを真正面から黙らせ…その様子に、ディール達は苦笑い。痛みのせいか、それとも反論出来ない悔しさ故か、イリゼは表情を歪めていて…そんなイリゼに、ピーシェはまた嘆息。

 

「…まあ、ここでムキになって反論してこなかった辺り、一応冷静ではあるみたいですね。少し安心しました」

「…ピーシェは私に対して容赦なさ過ぎない…?」

「自業自得です。だからイリゼさんは、大人しく治癒を受けて下さい。皆さん、イリゼさんの怪我を完全に治す事って出来ますか?」

「…出来る限りの事はするが、厳しいだろうね。無論、ゆっくりじっくりやる余裕があれば別だが」

「分かりました。では、出来る限りでお願いします。…その間は、私達が何とかしますから…せいぜいイリゼさんが口だけの女神じゃなく、有言実行出来る位には、治してあげて下さい。…意外と独善的なイリゼさんは好きじゃないですが…全身全霊で、力を振り絞って『女神』の務めを果たそうとするイリゼさんの思いが、何も実らず終わるのは…もっと、嫌ですから」

 

 何とも棘のある、確かにイリゼに容赦のないピーシェの口振り。…だが、最後にイリゼの方を見たピーシェは、真剣な面持ちで…イリゼへと、エールを送った。…戻ってくるなら、出来る限り状態を整えてから来いという、そんな意図を込めたエールを。

 そうしてピーシェは再度女神化。途端に雰囲気が変わり、無邪気にぐるぐると腕を回した後、ピーシェは地を蹴ろうとし……次の瞬間、そのピーシェのすぐ側を、駆け抜ける形でセイツにアイ、それにルナが吹っ飛んできた。

 

「うぐ…ッ!」

「ぐぅ…ッ!」

「あぅ…っ!」

「わぁ!?だ、だいじょーぶ?」

 

 立て続けに飛んできて、岩に激突し、サンドイッチ状態となる三人。三人が飛んできた理由、吹っ飛ばされた理由は…考えるまでもない。

 

「…話は、済んだかよ……」

「イリゼ、大丈夫…?ちゃんと、回復させてもらわなきゃ…駄目、だよ…?」

「いや、それより二人共…取り敢えず、退いて頂戴……」

 

 無理な攻勢を仕掛けたセイツは言うまでもないが、アイやルナも怪我が目立つ。…いや、三人だけじゃない。重傷こそないが、全員が全員傷を追い、疲労と負荷でパフォーマンスが落ちてきている。そしてピーシェは、何とかすると言ったが…このままだと、何とかなる前に総崩れとなる。

 

「…………」

 

 挟撃する茜達の攻撃をものともせず、超威力の光線を闇は放つ。直前で散開し、三人揃っての戦闘不能を寸前で避けたセイツ達は、ピーシェと共にまた闇へ向かっていく。一瞬、ピーシェはイリゼを見やり…小さく、だが確かにイリゼは頷きを返す。

 正面から打ち砕ける戦力は皆無。膜の壁を突破する策もゼロ。継戦能力も誰一人として余裕はなく…残るのは、まだ何とか落ちていない士気。されどそれも、いつまで持つか分からない。士気が尽きる前に、全員戦闘不能になる可能性も否めない。はっきり言って──勝機は、ない。

 

「…でも、希望はある…と言いたいところだが…今のところそれも無し、か。見事なまでに手詰まりだな。……まあ、仮に現実の側からデータの完全消去を行っても、案外全員無事で済む可能性があるだけマシか…」

「あまり、それを以っての楽観視は出来ないけどね。全員自分の意思でそのリスクを背負ったとは言っても、私は……」

「ああ、分かっているさ。だが、もう頑張りじゃどうにもならない事は明白だ。内側から打つ手がないのなら、後は……」

 

 外側から、機械的に対処してもらうしかない。思いの力は計り知れないが、思い程曖昧で不安定な力もまた存在しない。そして今必要なのは思いではなく、確実な……

 

(…いや、待て…方向性は間違っていない。このまま戦っても勝ち目はない。だが…内側から出来るのは、普通に戦う事だけか?外側から出来るのは、データを全て消し去る事だけか?)

 

 ふと、自分自身に…自分の認識に疑問を呈する。基本に立ち返る。もしここが現実なら、本当にどうしようもなかっただろう。だがここは現実の空間じゃない。仮想空間であり、だからこそ現実ではあり得ない事象や理不尽も起こり得る。

 されど、逆に言えばここは、人によって作られた世界。異常を起こしていようが、新たな次元の可能性が芽生えていようが、データの世界である以上、現実以上に明白で一定のシステムが、世界のルールが存在し、それに従って万物が存在している。だとすれば……あぁ、そうだ。まだ可能性は…希望は、潰えていない。

 

「……ふっ」

「…影くん?」

「我ながら、まさか自分がこんな事を考える日が来るとは思わなかったが…金輪際言う機会なんてないかもしれないからな、言ってみるか。……このまま戦っても希望はない。だから──これから作るぞ、希望を」

 

 色々諦めて絶望して、希望より自分が見えている現実だけを考え続けてきた俺がこんな事を言うなんて、なんという皮肉か。…それでも、不快感はない。いざ言うと、少しばかり恥ずかしくはあるが。

 ともかく、やろうとしている事は単純だ。出来るかどうかは未知数だが…この可能性に、俺は賭ける。

 

「ズェピア、イリゼの治癒で忙しいところ悪いが、こっちにも協力してほしい。それと……」

 

 治癒魔術を続けているズェピアに呼び掛けると共に、ある回線を開く。相談なしに使うな、と後で言われそうなものだが、茜達は相談を聞く余裕もなさそうだから仕方ない。バグ流出のリスクも伴う行為だが…今は、これしかない。

 

「はい、ネプギアです!すみません、バグが酷くてそちらの状況は殆ど分からないんですが……」

「いい、端的に話す。さて……」

 

 開いたのは、現実空間への音声回線。ずっと気を張り続けてくれていたのか、即座にネプギアからの応答が返ってくる。そして俺は、今も茜達を圧倒する巨大な闇を見据えながら……言う。

 

「──あの闇に、クラッキングをかける」

 

 俺は失念していた。ここがあまりにも現実と変わらないからこそ忘れていた。だが…ここはデータの世界だ。なら、通用するのは武力だけではない。これからは俺は、武力ではなく…技術で以って、あの不落の壁を打ち破る。

 

 

 

 

 巨大な化け物の様な姿となった闇を解析し、データの方向から膜の壁を破壊する。意を決した様子の影くんが口にしたのは、そんな策だった。

 そんな事が出来るのだろうか。聞いた私は、まずそう思った。何せクラッキングで対処出来るのなら、ネプギア様達が現実の側から行っている筈。それでは対処出来ない、データを丸ごと消し去る以外に手はないからこそ、外ではなく仮想空間の中で倒すという事になったのが、元々の話。その前提を覆すような提案なのだから、すぐに飲み込めという方が無理な話で…だが影くんも、単なる思い付きで言った訳ではないらしい。

 

「バグを、問題の全てをクラッキングで解決する事なんて出来ないだろうな。装置に深く携わっているらしいネプギアが無理と言った事を出来るだなんて、俺も思っちゃいない。…だから、狙うのはあくまで壁の破壊のみだ。バグ全体を何とかするのは不可能でも、バグ化したデータの一部を改竄するのなら可能性はある…違うか?」

「それは…可能性は、あると思います。でも、こっちからじゃ……」

「分かってる。だから解析はこっちでやる。プログラムをぶつけるのもこっちで何とかする。ネプギアには、プログラムの構築サポートとその為のデータの用意をしてほしい」

 

 既に壁の破壊までの筋道は頭の中にあるようで、影くんは澱みなく話す。それをネプギア様が了承した事で、やる事は決まったが…出来るかどうかは別問題。

 

「影くん、君の考えは理解した。そこに可能性を感じたというのも理解出来る。…けど、やれる見込みはあるのかい?」

「やってやるさ。少なくとも、この状況じゃほぼ役に立たない黒切羽を動かしているよりは、ずっと意義も価値もある」

「では、その解析のサポートが私の役目かな」

「そういう事だ。そこらの情報処理端末や演算装置より、遥かにズェピアの方が優秀だからな。主軸はイリゼの治癒に向けた上で、残ったリソースを割いてくれるだけでも助かる」

「いいや、こちらに全力を向けさせてもらうよ。…実際問題、彼女一人を完治させたところで戦況は好転しないし、他の皆ももう限界が近い。ピーシェ君には出来る限りの事をすると言ったが、ならば君の考えている事を実現し、逆転の道を切り開く事こそが、全員を助ける事に繋がる。…そこそこの治癒で終わらせて、後は痛みに耐えながら戦ってもらうというのは少し忍びないけど…そうすれば、ディール君達も参戦復帰出来るからね」

 

 自分はもう治癒から外れる、と語るズェピアさんの口振りからは、既に了承を受けているという雰囲気があった。そして仮に了承を受けていなかったとしても、イリゼ様なら即座に事後承諾してしまうだろうと思う。

 

「…分かりました。では、必要な事は何でも仰って下さい。わたしも、全身全霊でサポートします…!」

「頼んだ。それと、マエリルハのセンサーにレーダー、それに情報処理能力も当てにしたい。ワイトも手伝ってくれるか?」

「勿論。私も何とかしようとする君達の行動を、何もせず眺めているつもりなんて毛頭ないからね」

 

 出来るかどうかは分からない。通常の戦闘において、そんなものに賭ける時点で作戦としては致命的だが、他に手がない状況で、分からない事を理由に二の足を踏むのは違う。不確定要素は可能な限り排するのが戦闘の鉄則…その上で、賭けるしかないなら躊躇わない。やれる事があるなら、やれる限りの事をする。

 

(とはいえ、情報収集と処理に長ける機体でもない以上、得られるのは表面的なデータだけ。これでは…いや、待て。…逆か……)

 

 熱反応、エネルギー反応、壁周辺の環境情報、その他得られる情報に片っ端から目を通す。影くんから送られてきたアクセス先へ、そのデータを送っていく。

 表層のデータだけ得られても意味はないと思ったが、それは自分一人で見た場合。もしも影くん達がもっと深い領域のデータに解析を掛けているのだとすれば、飛ばしてしまった表層の解析という形で、自分の行動にも意味が生まれる。…実際にそう言われた訳じゃないが…頭の切れる彼等の事だ、私がそこまで考えるのも織り込み済みなんだろう。

 

「ぐ、ぅぅ…ッ!」

「むむ、むむむむぅ…!」

「気張れ獄炎…!」

 

 アイ様とイヴさんが二人で闇を引き付ける中、真後ろから強襲したネプテューヌ様が低空飛行から大太刀で刺突。攻撃は膜の壁に阻まれるも、それをネプテューヌ様は踏まえていたらしく、着地と同時に地面を踏み締め、大太刀を押し込もうとする。そこにピーシェ様とグレイブくんの獄炎も飛び込んで、押し込みに力を貸す。

 だが。やはり壁は貫けない。破れる兆候すらなく、自分の時と同じように、後ろに向けられた掌からの光線が反撃を行う。同時に別の手からも光線を放ち、アイ様イヴさんを襲う。

 

「くっ…かくなる上は、穴を掘って地中から……」

「ビッキィ、出来るの!?」

「ごめんなさい、言ってみましたけど無理です!少なくとも戦術的にやれるレベルの速度と精度では出来ないです!」

「穴…穴を掘るを使えるポケモンを連れてきていれば良かった……って言ってても仕方ないよね。レックス、ドラゴンテール!飛ばせるかどうか試してみてッ!」

 

 下がるネプテューヌ様達と入れ替わるように、レックスが突進。セイツ様とビッキィさんが遠隔攻撃で目眩しを図り、接近したレックスは回転しながら尻尾を振り抜く。どうもその攻撃には、単純な衝撃とは別に当てた対象を跳ね飛ばす力があるらしい…が、闇も壁も微動だにしない。逆に腕の一振りで弾き飛ばされ、後方にいたビッキィさんが反射的に受け止めようとした結果、纏めて吹き飛ばされてしまう。

 

「穴、か…ズェピアさん、貴方の影…の様な力で壁の内側に直接誰かを送り込んだりは……」

「残念ながら私は吸血鬼ではあっても、吸血忍者の頭領ではないからね。仮に出来たとしても、影自体が壁の内側に入れるかどうか怪しい上、壁の性質によっては入った瞬間圧殺される可能性もある。自分で試すなら良いが、誰かを送り込むのは避けたいかな」

「それは確かに…っと、不味い…!また攻撃が……!」

 

 解析を続ける中で思い付いた事を言ってみたが、望みは薄い。ならばやはり今進めている方を…そう思った次の瞬間、また闇がこちらを向く。先の再現をするように、こちらへ向けて光芒を撃ち…それはまた、弾かれる。先程は、イリゼ様の放った剣によって。そして今は、重なる二つの障壁によって。

 

「ギリギリセーフ…何やってるか知らないけど、何かやれそうなのよね?」

「やれるかもしれないから、全力を注いでるところだ」

「へぇ…ってうわっ、なんか目の動きヤバくない…?」

「ほ、ほんとだ…こほん。じゃあ、エスちゃんはいつも通りお願い。わたしもここから援護するから…!」

 

 二人揃って降り立った、ディール様にエスト様。攻撃を全て防いだお二人は頷き合い、エスト様は再度飛び立つ。ディール様は魔法陣を展開し。そこから凍結の魔法を放って障害物を形成していく。

 これまで治癒に回っていたお二人の戦闘復帰。それは多少なりとも他の面々が楽になるという事であり…同時に、もう一つの意味を持つ。

 

「ふ…ッ!はぁああッ!」

「戻ったねぜーちゃん。調子はどう!?」

「強引に何とかしてもらったから大丈夫!脇腹は感覚ないしお腹下しそうな気もするけど、一先ずいけ……ぐぁッ!?」

「いきなり喰らった!?ほ、ほんとに大丈夫!?」

 

 後方から駆け抜け、地面に刺さったままだった長剣を引き抜く一陣の翼。気合いの入った声と共に、その剣の主…復活したイリゼ様は闇へ斬り込む。軽く殴り飛ばされはしたものの、圧縮シェアエナジーの解放で飛ばされる勢いを殺し、駆け寄ったルナさんに深く頷いたイリゼさんは、再び突っ込んでいく。援護するようにルナさんも地面へと電撃を走らせ、茜さんも空中から斬撃を飛ばす。

 立つだけでも苦しそうだったあの時とは違う、確かなイリゼ様の戦闘機動。それには一先ず安心…だが、どうにも発言が気になってしまう。感覚がない上にお腹を下しそう…強引にという言葉といい、綿か何かという先の無茶苦茶な提案といい…ひょっとするとイリゼ様、一見治っているように見えて、その実内側は凍結処理を施しただけとかなのでは……?

 

「ネプギア、今送ったデータの照合を頼む!上手くいけばこれで……」

「いや、駄目だ影君。今シミュレーションしてみたが、それだと別のバグを生み出す可能性がある。それではより厄介な状況になりかねない」

「ちっ…ならもう一手間掛かるがこっちの方向で試してみるか…!ワイト、今から指定する位置に最大出力で砲撃を頼む!それと少しの間、俺は観測に専念する、処理の方は任せるぞズェピア…!」

 

 言うが早いか砲撃位置の指定が送られ、私は砲撃用意。機体に残った片腕で姿勢を支え、動き回る闇に対してじっと待ち…トリガーを引く。撃ち込んだビームカノンの一撃は、狙い通りの位置を叩き…壁に阻まれ、粒子が拡散していく。

 光が周囲に散っていく中、観測に専念すると言った影くんは、微動だにしなくなる。力が抜けたように両腕が動かなくなり、置物の様に沈黙する。前ではイリゼ様達が、斬撃に打撃に魔法にとそれぞれの攻撃を仕掛け、悉くが防がれるか避けられるかして…幾度も呻き声が、苦しみを帯びた声が上がる。跳ね飛ばされる、叩き付けられる、血が肌を、地面を濡らす。

 

「くそッ…まだ、まだぁッ!」

「はぁ…はぁ…そうだよな…まだまだこれからだよな…ッ!」

 

 縦横無尽の飛び回り、闇の攻撃を引き付け続けていたアイ様の動きが遂に鈍り、二の腕を光線に灼かれる。撃たれた部位をアイ様は逆の手で押さえ、一瞬止まり…されどそこから反転し、声を響かせながら追ってきた闇に回し蹴りを仕掛ける。それを見ていたカイトくんは、ここまでの戦闘で痛めていたらしい膝を自分で殴り、その脚で踏み切り、振り抜いた大剣から炎を放つ。

 全員が苦痛を堪えながら、気力を掻き集めながら、戦っている。エスト様が伝えてくれた可能性を信じて、倒せない存在を相手に踏み留まっている。そして……

 

「……ッ!ズェピア、ネプギア!」

「あぁ、ネプギア君!」

「分かってます!…そっか、これなら…これならきっと……!」

 

 意識を取り戻したかのように、影くんが声を上げる。ズェピアさんもそれに応じ、ネプギア様の期待を帯びた声が聞こえてくる。何がどうなっているのか、自分には分からない。それでも、彼等は可能性を見つけた、見出したのだ。だからこその、この言葉と反応なのだ。自分はそう思っていて、それは間違いではなかった。…なかったが……数秒後、ネプギア様は声を詰まらせる。

 

「……っ…そんな……」

「…ネプギア、さん…?」

「…ごめんなさい、影さん、ズェピアさん…確かにこれならいけそうです、いける筈です。でも、これは…これだけのクラッキングシステムは、今ある設備と技術を駆使して圧縮しても、これが限界なんです…!」

「くっ…後一歩というところで、これか……!」

 

 二人の正面、それにマエリルハのモニターにも表示される、ネプギア様からの答え。構築された、クラッキングの為のプログラム。どうもそれは外部から入力する事は出来ず、仮想空間の中から『実体のあるプログラム』として直接打ち込む必要があるらしく…だが確かに、人の扱えるサイズではない。ディール様が、自分達女神が持って叩き付ければと言うも、機能させる為には他にもプログラムが…周辺機器が必要になるらしく、女神様が叩き付けるという案も現実的ではない。

 無情な答えに、影くんが表情を歪める。ズェピアさんも黙り込む。私もやはり無理なのか、どうにもならないのかと無意識に機体の操縦桿を握り締め……

 

(……いや、待て…このサイズ、それに周辺機器を組み込む方法…)

 

──気付く。小型化の出来ない、ただぶつけるだけでは意味のない、潰えかけた可能性。だがまだ、完全に潰えてはいない事に。…出来るかもしれない、方法に。

 

「…その可能性は、私が繋ごう」

「…ワイトさん…?いや、でも……」

「ええ、私自身に何とかする力はありません。ですから、加工してほしいのです。そのクラッキングプログラムを…MG用の、弾頭に」

『……!』

 

 はっとした顔を浮かべる影くん達。人の手ではどうにもならないサイズなら、機器も必要となるのなら…初めから人より遥かに大きく、機械の塊でもあるMGの弾頭として、武装として組み込んでしまえば良い。無理に人が使おうとするのではなく、最初から使えそうな存在用に、してしまえば良い。

 

「…うん、そうだね。盲点だった。だが、幾ら何でもその機体では……」

「…出来ない。だから、機体側も何とかする訳か」

「流石は影くん、察しが良いね。イリゼさん曰く、この仮想空間は戦闘だけでなく、開発シミュレーションもしているらしい。ならばそのデータをを活用し、マエリルハを直すのではなく機体データを別物に『改竄』してしまえば、クラッキングプログラムを撃ち込める機体を用意出来る…違いますか、ネプギア様」

「…出来ます。現実の身体との繋がりがある皆さんと違って、ワイトさんのマエリルハは元々装置内にあったデータを利用している機体なので、十分改竄は可能です…!」

「なら、善は急げだ。すぐに代わりの機体を……」

「いや、ただの機体では闇相手に力不足が過ぎる。改竄とは言ったが…出来る事なら、私はただの改竄ではなく『再現』までしてほしいんだ。…私の思い付く、最大最高の機体へと」

 

 闇の強さを考えれば、クラッキングプログラムを外すか撃墜される危険性がある。確実に当てられる状況を作るには、ただの機体ではなく、それが出来得る機体でなければいけない。そして…それが出来る存在として、私の中で思い浮かぶのはある機体。それそのものを用意する事は出来ないが、再現ならば出来る…のかもしれない。私には無理だが…出来るかもしれない技術を持つ者なら、ここにいる。

 

「……分かった、手を貸そう。どうすればいい?」

「そうだね…まずはネプギア様、使える機体や武装、その他システムデータを出す事は出来ますか?そこから私の指示に沿って機体構築をして頂きたいのです」

 

 数秒の沈黙を経て、影くんが協力を示してくれる。ならばとネプギア様に呼び掛ければ、すぐにデータが送られてくる。それに目を通し、素早く性能や性質を確認し…これだと思うものを、ピックアップしていく。

 

「ベースとなる機体は…やはりこれが最適か。ネプギア様、今選んだデータを基に機体の構築を。それと外見や兵器としての性能は、可能な限り私の記憶から上書きをしてほしいのです」

「記憶から…それは出来ますけど、ちゃんとした手順を踏まずに記憶からの出力をすれば脳に負荷が……」

「大丈夫です、頭が固いと言われた経験ならあります」

「それ物理的というか、耐久性の意味でじゃ絶対ないですよね!?…うぅ、けど…分かりました…!」

「ありがとうございます。よし、ここからはソフト面の構築と調整を……」

「それなら俺の領分だな。構築はする、自分に合った調整は任せる」

「…ふむ、どうやら私はお役御免のようだね。では、私も私で準備をするとしようか」

 

 そんな事は知ったこっちゃない、という雰囲気全開で自分が言えば、ネプギア様は逡巡の後頼みを聞いて下さる。続けて影くんはこちらが言い切る前に作業を始め、ズェピアさんはズェピアさんで、何か別の準備を開始する。

 確実に壁を破る為の、機体構築。だが、それはより時間が掛かるという事。さっさと代わりの機体を用意してやった方が、上手くやれれば皆が勝てない戦いを続ける時間を減らせる上、当然参戦復帰もその方が早い。何より時間を掛けた結果、完成前に戦線が崩壊し、闇に我々がやられてしまえば元も子もない。

 それでも私は、こちらを選んだ。イリゼ様達なら持ち堪えてくれると信じて。絶対に、確実に…勝つ為の道を、掴む為に。

 

(一つもミスなどするものか。一瞬たりとも、余計な時間を掛けるものか…!)

 

 マエリルハのOSと、ネプギア様から送られる改竄後の機体情報を基に、凄まじい速さで影くんがシステムを構築してくれる。それを私は、自分の記憶の通りに調整していく。少しずつ、一歩ずつ…()()()()を作り上げていく。

 

「皆、まだなの!?正直、もう…!」

「もう少し耐えてくれ…!くっ、こんなにもシステムの擦り合わせに時間が掛かるとは思っていなかった…!」

「影くん、ブロック6からブロック14まで、それに16と19は飛ばしてくれて構わない。それでかなり時間は短縮される筈だ」

「無茶言うな!そんな状態でまともに機体を動かせる訳が……」

「いいや、動かせる。動かしてみせるさ」

「ワイト…。……言い切ったからには、動かしてもらうからな」

 

 無茶を言ってくれる、とばかりの声音で言う影くんに、感謝を伝える。攻撃から逃れる為に一度下がってきていたイヴさんは、一度だけ深呼吸をして戦闘に戻っていく。

 分かっている。戦線は瓦解寸前。全員力を振り絞って何とか堪えてくれているような状況。押されれば押される程緊張感は高まり、もしも失敗したら、という良くない想像と感情は膨れ上がっていく。だが…これはシンプルな問題だ。解決方法は至って簡単だ。何せ、失敗しなければ良いのだから。必要以上の緊張は跳ね除け、成功させてしまえば良いだけなのだから。…その為に、その為の力を形にしているのだから。

 

「わ、わわっ…わぁ……!」

「…えと、ネプギアさん…?その、やたら嬉しそうな声は……」

「あ、ご、ごめんなさい!ちょっとその、出来そうな機体のデータを見てたら、自然と声が……」

「はは…完成の暁には、ネプギア様の期待に応える活躍をお約束しましょう」

「……!よーっし…!」

 

 恐らく、作業の速度が上がったのだろう。100%から120%の力に変わったのだろうと感じられる声に、問い掛けたディール様が苦笑い。気持ち的には自分も同じながら…早くなるのならありがたい。それを期待して言葉を返したのだから、狙い通りと言ったところ。

 すぐには完成しない。私が求めたのはそれだけ高いものであり、私はイリゼ様達だけでなく、影くん達にも負担を掛けてしまっている。それでも調整を重ね、同時に自分の中でゆっくりと集中力を高めていき──遂に、その時が訪れる。

 

「ワイトさん、出来ましたっ!」

「こっちも完成だ、状態的にはどう見ても未完成だがな…!」

「助かったよ影くん、ありがとうございますネプギア様!」

 

 立て続けに発された二人の声。それに私は心からの思いを返し、二つのデータを…機体であるハードとシステムであるソフト、それぞれのデータを展開する。最後の調整、最後の準備を施していく。

 

「GPC設定完了。ニューラルランゲージ、NP粒子圧縮度正常。メタコメントパラメータ更新、魔光動力炉臨界。パワーフロー正常、全プログラムオールグリーン…システム、起動!」

 

 全システムの確認を果たし、機体を起動させる。もう立ち上がる事も出来ない、固定砲台としての役目が精一杯だったマエリルハが…一時的とはいえ私の力となってくれた機体が光に包まれ、姿が変わっていく。神生オデッセフィアの国色に合わせたカラーリングから、純白の装甲を持つ、白を基調に青系統と黒を組み合わせた色合いへと変貌していく。

 そうして起動した機体を、立ち上がらせる。操縦桿を握り直し、振動から機体の調子を感じ取り…再現された愛機の、ペダルを踏み込む。

 

「──ミスミ・ワイト、ブランシュネージュ・ミラージュ…出るッ!」

 

 脚部と左右腰部、それにバックパックに搭載されたスラスター、更には姿勢制御用の推進器も吹かして、一気に機体を加速させる。ここまでずっと防御を担ってくれていた、攻撃から守っていて下さったディール様の横を抜き去り、地上を駆け抜け、今も一方的な猛威を振るう闇へと向かう。

 

(……ッ…自分から言った事とはいえ、バランサーも出力も無茶苦茶だな…!)

 

 これまでとは違う緊張感が、全身から冷や汗が吹き出しそうな緊迫感が走る。一瞬でも、ほんの僅かにでも操作にミスが生じれば、次の瞬間には機体が激しく転倒するか、明後日の方向に吹っ飛んでいく…そんな嫌な確信を、否が応でも抱いてしまう。それ程までに、この機体の出力は凄まじく…それでいて、制御系を始めとするシステムに穴があり過ぎる。不完全な、或いは全く機能していないシステムは一つや二つのレベルではなく、逆に操縦系統は過敏過ぎる。

 だがそれも、自分で言った事。求めるものを全て満たしつつも、僅かにでも時間を短縮しようとした結果の、半端も良いところのソフト面。…それでも、やるしかない。いや…必ずや、乗りこなしてみせる…!

 

「……!ワイト…って、速ぇ…!」

「それに、その機体は……」

 

 こちらに気付いた闇の光線を、鋭いターンを掛けて避ける。全神経を集中する事で機体を操り、圧倒的速度を維持したままに躱して闇への接近を続ける。私の事、それに機体の事に真っ先に気付いたグレイブ君とイヴさんへ声の一つでも掛けたいところだが…今はそんな余裕もない。意識を操縦と戦闘にのみ注がなければ、このじゃじゃ馬はどうなるか分かったものじゃない。

 されど、いやだからこそ、これまでとは破格の動きが出来る。闇を相手に戦える。これまでより速く、これまでより無理なく…これまでより、狙った通りに。

 

「ここだ……ッ!」

 

 胴にある口の様な部位に収束する、濃密な闇。それが一閃となって離れる寸前に、自分は機体で地面を蹴り、噴射の向きを変えて、放たれた一撃を飛び越える。一閃を越え、最大出力で闇そのものも越え、宙から側頭部の機銃を撃ち込む。当然それは膜の壁に当たって止められるが、そのまま自分は闇を飛び越え、地を駆ける。頭部を180度回して、真後ろの闇へもう一度撃つ。ダメージの点でいえば、全く意味のない攻撃だが…問題はない。狙いはダメージを与える事ではないのだから。

 

(さぁ、勝負はここからだ…)

 

 出力にものを言わせて左に右にと進路を変える。闇から距離を取りつつも、ブランシュネージュの再現機体を走らせ…すぐ側を、光線が切り裂く。闇が遠隔攻撃を放ちながら、その巨体からは想像出来ないような動きで追い掛けてくる。狙った通りに。目論見通りに。

 上手くいった事に内心笑みを浮かべつつ、出力に気を払う。単に逃げるのでは意味がない。絶妙な出力加減にする事で、闇との付かず離れずの距離を作る。狙いを自分から変えさせないと共に、闇を皆から大きく離す。

 

「ディール様!程々で構いません、この岩に氷を!」

「ほ、程々ですか!?」

「程々です!徹底的にではなく、程々でお願いします!」

「よ、よく分かりませんが…分かりました…!」

 

 少しの間闇に追い掛けさせた末、私は機体を大きな岩の裏へと滑り込ませる。ディール様に頼みを伝えると共に、片脚を軸にターンを掛ける。岩はディール様の魔法によって氷に覆われ、闇の撃つ光線がその岩と氷を叩き……岩越しに闇と向かい合う体勢となった私は、あるシステムを起動させる。右腕部で保持していたロングビームライフルを左腕部に持ち替え、バックパックを展開する。

 

《不明なユニットからのアクセスが行われました。システムに深刻な障害が発生する恐れがあります。直ちに使用を停止して下さい》

「警告か、親切なものだな」

 

 バックパック側に搭載されたシステムを起動させた瞬間、音声での警告が流れ、モニターにも同様の文面が表示される。だが、それを無視し、展開を続ける。

 本体と比較してあまりにも大きい、一装備としては過剰過ぎるサイズを持つバックパックユニット。そのバックパックが機体の右側に展開し、内蔵されたパイルバンカーが地面へと打ち込まれる。背負っていた段階ではフレキシブルスラスターとして機能していた反動相殺用推進器と、格納されていた砲身が展開し、ブランシュネージュ・ミラージュの全高を超える超大型砲としての正体を現す。

 

「援護するわ、ワイト!」

「それをぶち込むんでしょ?ならわたし達が引き付けて……」

「いえ、セイツ様もエスト様もお下がり下さい!ここは、私にお任せを!」

「…自信は十分、ってばかりの声だな…いいぜ、だったら任せてやろうじゃねーか!」

 

 高高度にいたお二人からの言葉に、それは不要だと返す。任せてほしいと声を上げ…初めに返ってきたのはアイ様の声。それに同意するように、お二人や他の面々も接近を止め…私はトリガーに指を掛ける。

 氷を纏った岩が、接近しながら撃ち込まれる攻撃で砕けていく。既にパイルバンカーで固定した以上、動く事は出来ない。もしも失敗すれば闇の攻撃を止められない上、この機体であろうとも攻撃を受ければただでは済まない。…だが、不安はなかった。再現に過ぎないとしてもこれが愛機だからか、これだけの機体を作り上げてくれた二人への信頼故か、はたまたこの状況にアドレナリンが吹き出しているからなのか。…まあ、理由は何だっていい。重要なのは、今自分が緊張感を抱きつつも、冷静そのものである事と…出来るという、確信がある事。

 まだ辛うじて岩が健在である為、物理的には見えていない。当然ロックオンも出来ていない。それでも私は、岩の向こうにいる闇を、標的を見据え……超大型電磁投射砲、ロンギニウスハウザーを放つ。

 

「消し…飛べッ!!」

 

 トリガーを引いた瞬間、電磁投射によって弾頭が放たれた瞬間、相殺の噴射があっても尚響く反動が機体を揺らす。ロンギニウスハウザーを保持していた右腕部の各部関節が軋みを上げ、本来ならばあり得ない…データの改造で無理矢理でっち上げた武装の使用によって、警告通り異常が、障害が武装も機体に発生する。

 発射の為の準備といいこの問題といい、通常ならば使い勝手が悪過ぎる武装。されどその分、威力は桁違い且つ規格外。轟音と共に撃ち出された巨大な弾は、削れていた岩を一瞬にして、まるでガラスか何かのように打ち砕き…翔ける。真っ直ぐに、一直線に、岩の先にいた闇へと向かって飛び……膜の壁に、激突する。そして……巨大な爆発が、巻き起こる。これまでの戦いで起こった、どの爆発とも違う…データの爆発を、巻き起こす。

 

「──そこだッ!」

 

 爆風が機体を叩く中で、左腕部で持っていたロングビームライフルを上げる。こちらも砲身を闇へと向けて、一発撃ち込む。光芒を放ち、光芒は弾け飛ぶようなデータの嵐が晴れた瞬間の空間を駆け抜け……闇を、撃つ。膜の壁ではなく、壁に阻まれる事なく…攻撃が、届く。

 皆が、息を呑むのを感じる。自分の中から高揚感が昇ってくるのも感じ取る。この機体より遥かに巨大な闇に対しては、マエリルハの物を流用したに過ぎないロングビームライフルの一撃など、恐らく軽傷にしかなっていない。それでも、そうだとしても…状況は、変わった。最早、闇は攻撃の通用しない──どうしようもない、相手ではない。




今回のパロディ解説

・「〜〜最後は拳に〜〜戦ってみせる」
マクロスfrontierに登場するキャラの一人、オズマ・リーの名台詞の一つのパロディ。オズマには幾つか迷言感もある名言がありますが、これは純粋に格好良いですよね。

・「〜〜おげんきになるキノコ〜〜」
MOTHER3に登場するアイテム(?)の一つの事。まあ、食べたら全快はするのかもしれませんが、別の大問題が発生しますね。後当然ですが、そんなものは多分作中の場所に生えていません。

・「…でも、希望はある〜〜」
ガンダム00に登場するキャラの一人、スメラギ・李・ノリエガの台詞の一つのパロディ。正確には、直前の地の文の「勝気は、ない」も含めてパロディです。

・「〜〜吸血忍者の頭領〜〜」
これはゾンビですか?に登場するキャラの一人、頭領の事。影を介して…というので、デート・ア・ライブの狂三も思い付きましたが、吸血繋がりでこちらのパロディを入れました。

・「GPC設定完了〜〜システム、起動!」
機動戦士ガンダムSEEDシリーズの主人公の一人、キラ・ヤマトの台詞の一つのパロディ。これはストライクのOS書き換え…ではなく、ストライクフリーダムの初出撃の際の台詞です。

・《不明なユニット〜〜停止して下さい》
アーマード・コアシリーズに登場する武器種の一つ、オーバードウェポン使用時の警告演出のパロディ。…ワイトは近衛隊長であって主任ではないですよ?機体もブラン・グリントとかではありませんよ?


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第四十三話 掴み取る可能性

 どうにもならなかった。本当に、どうしようもない存在だった。攻撃が、通らない訳だから。速過ぎて当たらないなら、避けられるってなら嵌めるなり引き付けるなり、最悪わざと一発受けて相手を捕まえるなりすればいい。攻撃が苛烈過ぎて反撃のチャンスがない場合も、何とかして凌げるのなら、耐えて堪えてチャンスを待ち続け、そのチャンスが来た瞬間に全力をぶつけてやればいい。…だが、攻撃が通らないんじゃどうにもならない。防御に穴がなく、攻撃が通用しないせいで大技を打ち込む為の時間や隙も碌に作れず、挙句その防御がどっかで途切れる見込みもないってなら…そりゃもう、勝ちようがない。純粋に能力差があり過ぎる場合と違って、何とか向こうの攻撃は避けられる、動きにも対応出来るっつーのも、全く歯が立たない訳でもないのに勝ち目がない事だけ意識させてくる分、逆にタチが悪い。根性でギリギリ戦い続けちゃいたが…やっぱ無理なんじゃねーのかって思いが、どっかでずっと渦巻き続けていた。

 だからこそ…まあ、爽快だったわな。そのどうしようもねぇ、女神が束になっても敵わない絶対の防御を、砲撃一発で…魔法の国の軍人が、魔法とはかけ離れてそうな現代兵器でぶち抜いてみせる姿は。

 

「当た、った…?」

 

 見るからに他の武装とは桁違いな巨砲の一撃が、壁を砕いた。続く射撃が、確かに巨大な闇へと届いた。その光景はワイトの意図を汲んで近付き過ぎないようにしつつ、左右から回り込むように展開していたウチ等にも見えていて…初めに声を上げたのはルナだった。どうにもならない状況が覆った…それに対して零れたのは、喜びっつーより驚きの声で…けど、見間違いじゃない。

 続けざまに撃ち込まれた二発目も、闇の中央辺りから伸びる、人型っぽい部位へと直撃する。当たると同時にワイトの機体は巨砲を戻しながらスラスターを吹かしてその場から飛び退き、直後に闇の腕が地面を叩く。

 

「壁の崩壊及び攻撃の着弾を確認。これより……」

「逆転開始、だなッ!」

「いや、なんでそれをグレイブが言うんだよ…」

 

 何故か破壊にゃ一切関わっていないにも関わらず自信満々に言うグレイブに、思わず突っ込みを入れた後、意識を切り替える。

 そう。ここまでは、勝ちようのない相手にひたすら粘る戦いだった。…が、こっからは違う。こっからは…もう一度ぶっ倒す為の戦いだッ!

 

「そらよッ!」

「でりゃぁッ!」

 

 脚を振り抜いて、シェアエナジーを斬撃の形に変えて飛ばす。逆方向からほぼ同じタイミングでエストも杖を真横に振って、氷の刃を放つ。ワイトを追って突き出された腕に、紅と青みがかった白の斬撃が挟撃を掛ける。更にセイツが、大剣状態にした剣で直上から斬り掛かり…その攻撃は、空を斬る。闇が後ろに跳んだ事で、急降下攻撃は躱される。

 

「ちッ…膜の壁は消えても、動きそのものは変わらないのね…!」

「それに、あまり攻撃も効いている感じがしないわね…まあ、大きさから考えればそれも当然なんでしょうけど…!」

「だけど、おいつけば当たるよねっ!ぴぃ、やるよーっ!」

 

 反撃の光線をセイツが低空飛行で避ける中、真後ろから迫ったネプテューヌが斬撃一閃。すれ違いざまに脚の一つを斬り付ける…が、倒れるどころか闇はぐらつく気配すらなく、セイツを狙うのとは別の光線の薙ぎ払いでネプテューヌを追い返す。ウチとエストが当てた攻撃も、大きなダメージになった様子がない。楽観視なんざ微塵もしちゃいなかったが…壁がなくなったからって、即勝てる訳じゃねーって事か…。

 そんな中で、攻撃が通るようになったからかこれまでよりやたらと放たれる光線の迎撃をものともせずに突っ込むのはピーシェ。急加減速に鋭いターンにバレルロールと隙のない軌道で肉薄を掛けたピーシェは、速度を落とさないまま闇の背面へ鉤爪を突き立てる。爪で引き裂きながら、同時にそれで減速をかけて、最後は蹴り付ける事で完全に勢いを殺す。ダメージを与えながら上手くブレーキを掛けたピーシェは、続けて背中を駆け上がるような軌道で連続パンチを打ち込んでいく。

 乱打を叩き込むピーシェの周囲に灯る光。ピーシェを狙おうとする光線の光。灯った光は強くなり…だが放たれるより先に、炎が包む。

 

『させ(るか・ない)よッ!』

 

 光の半数を炎で覆い尽くしたのは、カイトの一撃。残りの半分を焼いたのは、獄炎とバックスがそれぞれ拳と蹴りから放った炎。その間にもピーシェは打撃を続け、最後に鉤爪でのアッパーカットをぶち込み、その動きのまま連続後方宙返りで離脱をしていく。

 

(やってる事は単純だが…やっぱ鋭さは半端ねーな、ピーシェ。…さて……)

 

 シェアエナジーの砲弾を蹴り込んで、それで光線を弾きつつ突進を掛ける。大きく上に跳んだ闇に対し、こっちも砲弾を前転からの踵落としで炸裂させて…イリゼの加速に近い要領でその勢いを受けて、一気に追随。下から一発蹴りを浴びせ、踏むようにもう一発蹴って距離を取る。予想通り、ウチが離れた次の瞬間には氷塊と電撃が、更には圧縮シェアエナジーの弾が別々の方向から闇を叩く。

 膜の壁がなくなったおかげで、攻撃をぶつけられるようになった。巨体な分、壁さえなきゃ『今はまだ』割りかし当たる。…だが、当たるのとダメージが入るのは別。ウチの蹴りも、今の遠隔攻撃も…今んところ当たった攻撃は、ほぼ全部闇に効いている感じがない。…ま、当然だがな。サイズが違い過ぎて、現状じゃ表面を削ってるだけみたいなもんだ。

 じゃあ、どうするか。どうもこうも、もっと高威力で広範囲の攻撃をぶつけるのが一番単純で手っ取り早いが……

 

「わっ、わわっ!?」

「攻撃が苛烈になった…ここまでは手を抜いていたという事か、それとも壁を破壊された場合のプログラムも有していたという事か…!」

 

 宙でぐるりと回転し、全ての腕を広げ、掌からは大出力の、全身からは細いが数の多い光線を闇が降り注がせる。仕掛けようとしていた茜とワイトには特に集中的に光線が向けられ、二人共掌の光線を避けつつ、大剣の腹と左腕部のシールドで他の光線を防いでいく。そうしてウチ等の攻撃を打ち切らせた闇は、地を蹴りディールに突進を掛ける。

 即座にエストが魔力の光芒を脚に向けて撃ち込んだが、闇が止まる気配はない。やっぱ、一筋縄じゃいかねーわな…ッ!

 

「このっ…!近付かれると、躱し辛……くぅぅ…ッ!」

「ならまず脚を潰…うぉわッ!?」

 

 手に持つ一本と浮かせた二本、計三本からそれぞれ氷塊を飛ばしたディール。巨大な氷は三つ全て闇に直撃…したが、闇のスピードはまるで落ちない。ディールは飛翔しすれ違うように躱そうとするも、光線を集中される。それ自体は障壁で防いだようだが、集中砲火に押されて姿勢を崩す。

 そこからの追い討ちは、ウチ、ピーシェ、ネプテューヌの三人で突っ込んで、注意を引く事で潰すのに成功。合わせる形でビッキィも突っ込み、闇の下に潜り込んだ…は良いものの、どうも闇は後ろや真下にいる相手も認識出来るのか、激しく足踏み。巨体の足踏みでその場の地面が揺れ、ビッキィはよろける。イリゼが飛ばしたシェアエナジーの鎖を掴んで、引っ張ってもらう事で離脱しつつ大型手裏剣を脚の付け根に打っちゃいたものの、それもやっぱり効いている感じがない。

 

「ちまちま攻撃したってキリがねぇ!どうにかしてッ!デカい一撃をぶつけんぞッ!」

「ワイト君!さっきのレールランチャーもう一度撃てる!?」

「ええ、もう一発だけなら!ただ、先程の様に上手くいくかは……」

「であればこちらに誘導してくれるかな?単純だが、一つ策を用意した!」

 

 効果は薄いが無意味じゃねぇ、と抉るように数度蹴る。本能に従って、撃たれる前に後退する。撃つなら当たる、当てられる状況を作りたい、という声音でワイトがイリゼに言葉を返し、いつの間にかイリスや影の近くから移動していた、特に障害物もない位置にいたズェピアが声を上げる。

 一つ、と言われてもどんな策かは分からない。…が、口振りからしてそれなりに自信はあるんだろうとウチ等は判断し、視線を交わし、誘導する為の動きに移る。飛べる面子は闇の周りを飛び回る事で注意を引き付け、その間に他の面子はズェピアの指定した方向へと走る。

 

「よし…こっちへ、来い…!」

 

 レックスに乗った愛月の声を合図に、移動した面子が闇に向けて一切掃射。ギリギリまで闇に纏わり付いてからウチ等は離れ、一切掃射を闇に浴びせる。初めこそ諸に受けていた闇だったが、途中から腕を掲げて防ぎ、そこから押し返すように皆へと突っ込む。遠隔攻撃の雨霰を、散水ホースの水流程度の調子で受け止め前進するさまは、正直背筋が寒くなる。

…が、見事にこっちの策に嵌まってくれた。後はウチ等が回り込んで、注意を一ヶ所に引き付ければ……。

 

「首尾は上々…では、奈落を起動させるとしよう!」

 

 よく響くフィンガースナップと共に、水へ落とした墨汁の様に地面へ広がる暗闇。瞬く間に広がった、闇の足元を一気に覆った暗闇は、次の瞬間闇を落とす。地面を変質させたのか、それとも異空間を作ったのかは分からねーが、言葉通り奈落に落ちるように、闇の巨体は半分以上が沈み埋まる。当然闇は、すぐにそこから這い出そうとするが、暗闇は纏わり付いて逃さない。

 

「ズェピアさん、これって……」

「あぁ、何度かやった拘束と同質のものだよ。これだけの規模にするのには、少しばかり手間取ったが…その分、溜めた一撃をぶつける位の時間は稼げる筈だ。という訳で、君の出番だよカイト君」

「わたし達もいくわよディーちゃん!」

「幾ら巨体だろうと、この弾頭なら……!」

 

 即座に脱出する事は出来ないと見たのか、闇は無茶苦茶に光線を放ち始める。それを避け、躱し、蹴り払う。急降下からの飛び蹴りで、カイトに迫っていた、溜めの姿勢に入っていたカイトに迫る一撃を砕く。それからウチは頷き、離れ……突き出すような、高熱で白く見える程の火炎が闇に襲い掛かる。

 ディールとエストは、闇の直上に巨大な、これまででも最大サイズの氷塊を作り上げていく。機体を止めたワイトも、巨砲を再展開していく。他にも幾つかの攻撃が放たれ、又は溜められ、ウチはピーシェ達と連携して迎撃を叩き潰し、闇を一気に仕留めに掛かる。このまま倒せれば御の字、倒せねーとしても大きく削れりゃそれで良し。ここまで散々苦労させられたんだ、いい加減こっちも爽快に──。

 

「…待て、何かおかしい……──離れろッ!」

 

 攻撃が次々と闇を襲う中、更に重い一撃が放たれようとする中…不意に声を上げたのは影。ただ事じゃないその声に、反射的にウチ等は離れ……次の瞬間、咆哮が響き渡る。

 割れるような、闇の咆哮。比喩じゃない。本当に、音割れしているような異質な咆哮が響き渡り…ディールとエストが作り上げていた、今や闇の巨体を完全に押し潰せそうな程にまでなっていた巨大氷塊が、その半分以上が消失する。迫っていた他の攻撃も、奈落も、地面や空間すらも、ノイズになって砕け散る。まるで破損した映像データの様に、割れて歪んで欠損する。

 

「なんだよこりゃ…まだこんな奥の手を隠し持ってたってのか…?」

「奥の手っていうか…これもうほんとにデータごと壊してるよ!?強いとかの域じゃない、触れたら即お終いのデータ破壊だよ…!」

「まさか、今度はこれがずっと闇の周囲に…って事はないみたいだね!良かった良かった!全然良くないけど!きゃああっ!」

 

 戦慄した表情で、茜が言う。続けてルナが口にした最悪の可能性は、闇の咆哮が収まると同時に周囲へのデータ破壊も止まった事で否定されたが、十分なダメージを与える前に闇は自由を取り戻した。絶好のチャンスが、潰された。

 乱射される光線を魔法の障壁で防いでいる間に飛び掛かられたルナは、殴られ障壁を破壊されて吹き飛ばされる。咄嗟にウチは受け止めに入るも、すぐにそれがミスだと気付く。

 

『がふ……ッ!』

「え、ちょっ、またぁ!?」

 

 飛んできたルナを受け止めたのと、闇の追い討ちに気付いたのはほぼ同時。ルナが剣を掲げて防御してくれたおかげで、直接殴られはしなかったものの、衝撃を諸に受けて真後ろに飛ぶ。セイツの声が聞こえたと思った次の瞬間には何かと…ってかセイツと衝突し、三人纏めて地面に落ちる。くっそ、さっきの再現かよ…ッ!

 

「るなあいせーつだいじょうぶ!?」

「ひ、一つの名前みたいになってるじゃない…大丈夫、衝撃はあったけどわたしは無事よ」

「ウチもまあ、無事じゃねーが大丈夫だ」

「わ、私も…って言いたいところだけど…今手が凄く痺れてて、痛くはないけど暫く動かせない…かも……」

「それって…最悪骨にヒビが入ってるかもしれないわ、一度診てもらって。それとアイも、余裕があれば回復…く、ぅ……!」

 

 飛び込んできたピーシェに言葉を返しながら立ち上がる。同じくセイツも立ち上がり…だがルナは、痙攣する両手を見て表情を歪ませていた。

 言い切る前に、ネプテューヌは振り向き光線を斬り払う。そのネプテューヌに言われた言葉の意味が、一瞬分からなかったが…それを切っ掛けに、気付く。

 

(……っ…さっきのアレか…)

 

 二の腕に感じる、焼けるような痛み。受けた時も痛みはあったが、気力で堪えて反撃をしてからは、痛みを完全に忘れていた。だから今も、擦り傷程度だろうと思っていた…が、見ればプロセッサは完全に焼け落ち、肌どころか肉まで抉られている。とはいえ浅いし腕が動くなら問題ねーだろ、と試しに動かしてみた瞬間、まあまあ酷い痛みが走って思わず腕の付け根を押さえる。…不味いな…動かさなきゃいいっつっても、うっかりこっちの腕で殴ったら流石に痛みで動き止まるぞ…。

 

「では、私が診よう。アイ君も…」

「ウチは後でいい。どうも下がってる余裕はなさそうだからな…ッ!」

 

 止められる前に、地面を蹴って闇に突っ込む。追従してきたピーシェと迎撃を躱しながら接近を掛け、同時に打撃を仕掛けるが、腕の一本で防がれ振り抜きで真横に飛ばされる。上から仕掛けたネプテューヌは集中砲火で追い返され、足元に飛び込んだセイツも闇が横に跳んだ事で放った斬撃が空を斬る。

 

「これまでは、そもそもダメージを与えようがなかったから気付かなかったけど……」

「こいつ自体、呆れるような強さね…ッ!」

 

 イリゼとエストが遠隔攻撃で注意を引いている隙に、茜とイヴが地上から肉薄。茜が斬り付け、そこへ捩じ込むようにイヴが炸裂弾を撃ち、更に斬撃と銃撃をそれぞれ飛ばして駄目押しを掛ける。けどそれでも、闇に十分なダメージが…体力や戦闘能力を大きく削るような結果にゃ至っていなかった。

 二人の言う通り、攻撃が当たるようになった分、逆に脅威さを感じる。ゴールが見えない状態から、ゴールが見える状態にゃなったが、同時にそのゴールが遥か先にあると思い知らされた…例えるなら、そんなところ。

 

(やっぱ、デカい一撃ぶち込む他ねーか…?だが、単に拘束するんじゃさっきの二の舞だよな……)

「あぁ、鬱陶しい!もういっそ、崖の近くに誘い込んで、そこから崖崩れを起こして押し潰すのはどうです!?」

「それも悪くないけど…一つ、試したい事があるわ!」

「うん!一応の確認は、今出来たからね…!」

 

 光線はすぐには消えない上、それぞれが別の軌道で薙ぎ払ってくる事もある。そのせいでちょっとでも攻撃を集中されるとまともに接近も出来ない、とビッキィは苛立ちを見せつつ一つ提案の声を上げる。それに対し、イヴが反応した…が、どうも別の案がある様子で、そのままイヴは茜の背後に。茜が大剣を掲げ、そこにイヴも手を添えて、わざと大剣で光線を受ける事で、防御しながら離脱を図る。

 確認、っつーのがどういう事なのかは分からない。さっきの攻撃の中で確認していたんだろうなとは思うが、何を?の部分は全くの不明。…だが、声を聞きゃあ分かる。少なくとも二人は、それに自信を持ってやがる。

 

「試したい事…よく分かりませんが、何か案があるなら協力します、よッ!」

「私も手を貸そう、どうすればいいのかな?」

「考えとしては単純よ。あの中央、人型の部位を吹き飛ばす…!」

 

 迫る光線をビッキィは電撃を纏った拳で打ち砕き、ワイトは旋回するように機体を動かしながら射撃で闇に牽制を掛ける。そうしてイヴが言ったのは…確かに単純な、策っつーか狙い。

 

「人型…そうだ、そういえば……」

「見るからに本体、って感じだもんな。けどあそこが弱点かもって考えなら、流石にちっと単純過ぎねーか?」

「だよねー、弱点だったらあんな一番狙い易そうなところにある訳ないし。…でも、弱点じゃなくても、あそこなら他の部位を斬り落としたり潰したりするよりは上手くいきそうだって思わない?」

 

 思い当たる節のあるような声をイリゼが上げ、そんなシンプルでいいのか?とグレイブが返す。だがそれは二人も分かっていたようで、その上での狙いなんだと茜が構え直して言う。

 

「んとんと、じゃあどうするの?ひっこぬく?」

「抜けないでしょうし抜けたとしても相当エグい光景になるわよそれ…下手に拘束するとまたさっきみたいに全方位の破壊を行われる、だからそうじゃない方法で畳み掛ける、そうでしょ?」

 

 シェアエナジーの圧縮弾でワイトと共に牽制を仕掛けながら、セイツはちらりと二人を見やる。やるなら援護する、そんな声音でセイツは言い、接近と離脱を繰り返す事で光線の狙いを誘導しながら、イリゼもそれに賛同する。

 折角壁を破って良い流れが生まれたってのに、上手くいかず…じゃ士気は駄々下がりになる。逆に弱点だろうとなかろうと、中央の部位を吹っ飛ばせりゃ、大きく一歩前進だ。だとすれば、やる価値は十分にある。

 

「要は吹っ飛ばせる目算がある訳だな?だったらお膳立てしてやろうじゃねぇか…!」

「露払いは任せなさい!…露払いって、こういう使い方で合ってるわよね…?」

「その一言で凄く締まらなくなったわねネプテューヌちゃん……っとと!」

 

 アイコンタクトを交わしながら、また突っ込む。同時に突っ込む人数が多けりゃその分一人当たりに向けられる攻撃は減るっつー、単純だが実用的な策でウチ等は闇の注意と攻撃を宙へと向ける。迫る中でエストは障壁を張り、そこにディールが滑り込む事で防御を強化しつつ、敢えてその場でそのまま受ける事でそのまま自分達に光線の砲火を集中させる。

 その隙に、ウチはイリゼと左側から斬り込む。迎撃を真正面から蹴り、斬り…ある程度接近したところで左右に分かれて離脱。飛べる面々でそれを繰り返し、突っ込むより遠隔攻撃の方が手っ取り早い状況を作り続ける事で、注意を引くと共に闇を自分からその場へ留まらせて、巨大さからすれば信じられない程の機動力を潰す。目的がはっきりしていて、しかも攻撃を仕掛ける一歩手前までで良いってなら、ここまでとは余裕が桁違い。

 

「んじゃ、こっちも一つ試すか…!グレイブ、愛月!」

「あいよ!頼むぜつるぎ!」

「こっちも頼むよ、フェザー!」

 

 闇の背後からは、炎の噴射で走りながら左右へのスライドも掛けてカイトが突進。横移動で光線を掛けつつ近付き、勢いのままに火炎斬撃。振り抜き、回転し、次の瞬間反撃の拳が打ち下ろされ…それをつるぎが、まるでカイトが背負っているような位置で追従していたつるぎが飛び上がると共にバリアを展開し、殴打を阻む。続けてカイトの肩に止まっていたフェザーがやけに可愛らしく鳴き…別の腕による、掬い上げるような打撃がカイトを襲った。大剣でガードしたカイトだったが大きく飛ばされ、そのカイトを獄炎とバックスの炎コンビが受け止めた。その後まで見ている時間はなかったが…聞こえてきた声からして、カイトは軽傷で済んだらしい。

 

「カイトさん大丈夫!?」

「痛ってぇ…防御する気で踏ん張ってもこれなんだから、マジで真正面から一人で受ける時は腕持ってかれる覚悟でやるしかねぇな…」

「サイズが違い過ぎるもんな。…んで、フェザーの『鳴き声』の効果はありそうだったか?」

「…正直、そもそものパワーが高過ぎてよく分からねぇ」

『あー……』

 

 何やら攻撃能力を下げられるかどうかを確かめていたっぽいが、結果は謎。よく分からねぇ、で終わるんじゃ無駄に体力を消耗しただけとも言えるが…偶然にも、上手い事タイミングが合った事で、その攻撃はアシストとなった。

 

「……!ゆりちゃん、今ッ!」

「そうね…ッ!」

 

 吹っ飛ばしたカイトへと追い討ちを闇が仕掛けようとした結果、イヴと茜は闇の背後に付く形になった。ウチ等で上に注意を引いたところからの、背後からのカイトの攻撃を受けた事で、その対応に動いた事で、二人は完全にノーマーク状態となっていた。

 今だ、と茜がイヴの両肩を背後から掴みつつ言い、イヴはバトルスーツので飛んで突撃。赤い粒子が煌めいたかと思えば二人は加速し、一気に闇との距離を詰める。

 

「成功させて下さい、ねッ!」

「えぇ!」

「うん!」

 

 後一歩の距離まで接近したところで闇は気付いたのか、振り向く事なく光線を放つ。だが光線が届くより先に、地面から岩が隆起し、攻撃を阻む。恐らくビッキィが土遁で支援をし…尚且つその岩を二人が踏み台にする事で、地上から空に飛び上がる。

 初めの迎撃が防がれた事で、闇は振り向く。恐らくは、正面に捉えて叩き潰そうって魂胆だろうが…そいつは二人が狙った反応。

 

「全弾同じ位置に当てるよッ!私のは弾、じゃないけどねッ!」

 

 振り向いた闇の人型部分、その真正面にいるのは二人。手始めに茜が斬撃を飛ばし、すぐさまイヴがエネルギー弾で攻撃を重ねる。固まった赤い粒子を蹴り、宙で踏み込んだ茜が刺突を仕掛け、そこに嵌めるように炸裂弾を一発撃ち込む。

 一撃一撃は、まあそこまで大したものじゃない。だが茜の言葉通り、二人の攻撃位置に狂いはない。入れ替わり立ち替わりで動きながら仕掛けている、当然闇も動いているって状態ながら、一撃たりとも別の位置へ攻撃が当たる事はない程に…二人の攻撃は、正確無比。

 

(二人だからこそ、ってとこか…)

 

 バトルスーツの内側で、得られる情報を感覚ではなく『データ』として把握出来るイヴと、見えている範囲の情報を得る事にゃ他の追随を許さない茜。その二人だからこそ出来る連撃は、着実に闇を抉っていく。闇も二人を振り払おうとするが、それを全て最小限の動きで躱して攻撃を続ける。その場から跳んで距離を取ろうとした時は、ウチ等の攻撃で押し留める。

 

「……ッ!次で決めるわよッ!」

 

 片腕でエネルギー照射の薙ぎ払いをし、続けざまに逆の腕でもう一発炸裂弾を叩き込む。鋸で木を切るように、初めは表面を裂くに過ぎなかった攻撃は、何度も重なる事で穿ち、抉り、削り取る。そして最後に振り出されるのは…茜の大剣。

 

『反転紅橙・百撃穿荊ッ!』

 

 ここまで作り上げてきた連撃の痕を、丸ごと両断するような一閃。それが闇を斬り裂き、捌き……紅い大剣に、橙色の義手が重ねられる。イヴの義手が、茜の大剣の柄を掴み、二人の力が重なって…刃が、振り抜かれる。

 その瞬間、次の瞬間、一瞬止まる闇の巨体。確かに斬撃が振り抜かれ、確実に斬り裂き……斬り裂かれた場所から微かに光が漏れた直後、人型の部位から膨大な闇が煙の様に噴き上がる。

 

「これは…茜、どうなってる!?」

「ちょ、ちょっとすぐには分からないかも!でも…効いたのは、間違いないよっ!」

 

 弾かれるように影が上げた声に対して、茜が動揺混じりの声で返す。ある程度離れているウチだって一瞬驚くような噴出を、茜…それにイヴは間近で見る形になってんだから、そりゃ動揺するのも当然の事。

 その上での、効いたのは間違いないという言葉。茜がそう認識した、出来たっつーならそれこそ間違いはない筈。茜自身は勿論、その判断を受けたイヴも、まだ噴出を続ける闇の前から離脱を……

 

『…──え?』

 

 血が噴き上がるように噴出する闇の粒子。それを押し除けるようにして、覆い被さるようにして闇の腕の全てが突き出され…その内の一本が、二人を捕らえる。

 

『がッ、ぁ……!』

「茜ッ!」

「止め給え影君、今の君が動いてどうなる!それとイヴ君も忘れないであげてほしい!」

 

 反射的にウチが突っ込む中、聞こえた声。何が起こったかは分かった、そしてそっちは気にする程の事でもない。

 回避は二の次で、とにかく突っ込む。迎撃が背中を掠った気がするが、んな事はどうでも良い。とにかく今は、腕か指をへし折って二人を……──そうしようしていたウチの視界の端に映ったのは、巨木の様な闇の腕。別の、拳。

 

「ちぃ…ッ!邪魔を……ッ!」

 

 何とか、辛うじて蹴りが間に合ったおかげで、ウチから見て横に迫った殴打は防ぐ事が出来た。…が、衝撃で吹っ飛ばされて二人と二人を捕らえた腕から引き離される。

 同じように突っ込んでいたピーシェやイリゼも、打撃と連射される光線で押し除けられる。というより、ウチ含め一直線に二人へ向けて動いた結果、二人を狙った攻撃に自分から突っ込む形になっていた。くっそ…そのまま突っ込みゃ次の攻撃とかち合う事位、ちっと冷静に考えりゃ分かる筈だっただろうが…!

 

「押し、返せない……ッ!」

「少し…少しでも、力が緩まれば…!」

「少しでも…だったら、さっきのカイト君達みたいに……セイツ!着いてきて頂戴!」

「え、あ…えぇ、分かったわッ!」

 

 後ろ向きに回って、両脚を地面に突き立てるようにして一気に減速。すぐにまた動こうとしたが…脚が重い。今さっき蹴って防御した時に、脚をやられたのかと一瞬思った…が、違う。感覚的に分かる。これは一発のダメージじゃねぇ。疲労、負荷、重傷でなくとも負い続けてきた大小のダメージ…それが積み重なった末の、身体の鈍り。

 

(早めに決めねーとこうなるとは思ってたが…よりにもよって、今かよ…ッ!)

 

 だったら、とウチは地面に手を突け、脚を開きながら逆立ちになる。そこから身体を捻って回転し、脚も振って加速を掛けて、左右の脚で一発ずつ、計二つのシェアエナジー斬撃を飛ばす。何か策のありそうなネプテューヌとセイツの援護に移る。

 ネプテューヌは回り込む事なく、真っ直ぐ飛んでいた。同然攻撃が当たりそうになるが、横にエクスブレイドを作り、それを自分と同じ速度で飛ばす事で、迎撃に対する盾にする。それで光線を防ぎ、二人に近付き…振り抜かれた、エクスブレイドを一瞬で砕いた拳を大太刀で受ける。それと同時に声を上げ…ネプテューヌの背後、すぐ真後ろを追従していたセイツが前に出た。拳を受け止めるネプテューヌの大太刀の柄を踏み台に前に飛び出て、更に圧縮シェアエナジーによる加速も掛け…イヴ達を掴む腕に、肉薄する。すれ違いざまに、大剣状態の双剣で手首を斬り付ける。

 

「ありがとうせーちゃん!これなら、何とか…いけるッ!」

 

 振り抜いた直後、セイツは身体を回して大剣の斬っ先を手首に向け、駄目押しの砲撃。どの程度ダメージが入ったのかは分からない…が、目論見は成功し、僅かに二人を掴む力が緩む。

 直後。闇の腕の内側から放出される赤い粒子。初めは漏れ出る程度に見えたものが、次の瞬間爆ぜるような勢いに変わり…握られていた手が、広がる。内側からこじ開けられる。そして、すぐさま二人は離れるが…その二人の前で輝くのは、闇の掌に集まるエネルギー。

 

「……ッ!こッ、のぉぉおおおおぉッ!」

 

 間に合わない。誰も間に合いようがない。そんな中で、イヴは右腕の義手を突き出す。放たれる大出力の光線を、殴るようにイヴは突き出し…展開されたバリアと光線が衝突。それぞれのエネルギーが周囲に撒き散らされ、眩しく光る。

 

「つぁ……っ!」

「ビッキィ、そっち任せるわよ!」

「そっちこ、そッ!」

 

 至近距離からの光線は、バリアのエネルギーと揃って拡散を続けた末に、爆発。闇の腕は押し返され、イヴと茜も吹き飛び…その先へ、エストが飛んでビッキィが走る。エストは茜を空中で受け止めて、ビッキィは落ちたイヴを滑り込んでギリギリでキャッチ。その二人に向けてディールが風の魔法を放ち、追い風を受けてすぐさま距離を取っていく。

 一先ず、二人を助ける事には成功した。手痛い反撃を受けたが、人型部分に大きなダメージを与える事も出来た。だが……

 

「…ごめん、皆…私、暫くは無理かも……」

「…私は、まだ大丈夫よ。まだ囮になる位は……」

「馬鹿言え、そんなんじゃ囮にもならねーだろ。無理せず下がれ」

 

 エストに受け止められた時にはもう、茜の装備は消えていた。本人の言動からして、完全に体力が尽きてしまったようで…イヴもバトルスーツの損害が酷い。そして何より、義手がさっきの防御で完全に吹き飛んでいて、右腕がない。

 そんな状態でもまだ大丈夫だというイヴをビッキィから受け取る形で抱え上げて、茜も抱えて、一度下がる。皆にゃ悪いが…少しだけ、休ませてもらう事にする。

 でなきゃ、どっかで総崩れになる。重傷を誤魔化しているイリゼや、何回身体を岩や地面に叩き付けられているか分からないセイツは勿論、全員が大きな負荷を抱えたまま戦い続けてる。ウチの場合は、自分の危機に直結しないタイミングでその弊害が出てきたが…もしそうじゃない時に、誰かにそれが起きたら、フォロー出来るだけの余裕のある人間がいなきゃ取り返しが付かなくなる。

 

「うぅ…もう少し、やれると思ったんだけどな……」

「無茶するな。俺もそうだが、茜も長期戦にゃ向いてないんだ。ましてやあんな巨大な相手は、俺にしても茜にしても火力の面で分が悪い」

「巨大…そういえばあの機体は、この場で用意をしたのよね?仮想空間とはいえ、こんな場であれだけ動ける機体を作るなんて……」

 

 最低限でいい、と念押しをした上で、ズェピアから治癒を受ける。その中でイヴの言った、あの機体というのは、勿論ワイトが操る…名前は確か、ブランシュネージュ・ミラージュ。ブラン、ね…と思いつつ、その動きを…サポートに徹しているとはいえ、イリゼ達女神と普通に肩を並べている、女神の動きに追従している戦闘機動を見ていると、イヴの発言を影が否定した。

 

「いいや、勿論飛び抜けた性能を持っているのは確かだが、それはワイトの操縦技術ありきだ。恐ろしいというなら、それは機体よりもワイトの方だな」

「…そこまでなのか?」

「そもそもあの機体はシステム面が穴だらけの未完成品だ。そんな機体であれだけの機動をするなんて、俺からすれば本来片手で一体動かすタイプの人形を、六体同時に動かしつつ、人形劇のナレーションも行い、更に観客の反応をつぶさに把握してアドリブもかましているようなもんさ」

「…とても人間業とは思えないわね」

「全くだ。正直、MJP機関が関わっているとか、思考と反射の融合を果たしてるとかいわれても驚かないぞ」

 

 んな無茶苦茶な…と言いたいところだが、ワイトの立ち回りが凄まじいのは事実。…だが、ブランシュネージュにしても火力が足りない。あの巨砲以外は機体変更前とそこまで変わらねー以上、ウチ等と同じように、機動力で喰らい付く事は出来ても、パワーが足りな過ぎる。

 

「もう十分だ、助かった!」

「いや、十分も何も殆ど休息を…はぁ、彼女といいイリゼさんと言い、どうしてこう……」

 

 殆ど休んでねーだろ、という返しに尤もだと思いつつも、ウチは飛んで戦闘に戻る。焦ってる訳じゃねーが…その必要性を、ひしひしと感じていた。

 広げた腕全てで大口径の光線を放ち、全身からも撃ちまくる闇。誰かが近付きゃ腕を振り回し、暴れ回る巨体。崩れた人型部分から、今も粒子が噴き出ている闇は…これまでより攻撃が苛烈になってんじゃねーか…ッ!

 

「なんで大ダメージ受けてんのに動きが激しくなってんだよ!どこぞのアマゾネス冒険者かっつーの…ッ!」

「そんなの私達に言われても分からないよ!実は見た目以上にダメージを…それこそ本当にあの部位が弱点で、追い詰められてなりふり構わなくなったと思いたいところだけど……」

「…或いは、あの人型の部位は制御を司っていたが為に、ダメージで制御が効かなくなった…暴走状態になったという事かも、しれません…ッ!」

「…ってことは、あかねといゔの、やらかし?」

『纏め方が容赦なさ過ぎる…!』

 

 加減速を繰り返して光線を避けながら言ったワイトの言葉に、ピーシェが真上へ回り込みながらさらっと返す。これには流石に苦笑い…の一つでもしたいところだが、そんな余裕なんざない。確かにワイトの言う通り、攻撃の精度は落ちている感じがあるが…そのせいで逆に読み辛くなった部分もあって、回避難度は対して変わらない。

 

(くそ、遠いな…確かに見えてんのに、前にも進んでんのに…遠い……ッ!)

 

 イヴと茜の連携で、決して倒せない相手じゃない、勝ち目はある、っつー希望ははっきりとした。ワイトが切り開いた勝利への道は、二人が確かに繋いだ。…だが、それでもまだ遠い。弱音なんざ吐きたくはないが…走り切れるかどうかも、分からない。

 それでも、出来る事はある。さっきは一瞬脚が重くなったが、まだ飛べる。まだ戦える。やれる事がある…諦めない理由には、それだけあれば十分……

 

「…っておい!グレイブ前に出過ぎだ!」

「分かってる!けど、ここで……ぐぁ…ッ!」

 

 闇を挟んで向かい側に見えたのは、ブラストに乗って接近を掛けるグレイブの姿。愛月共々前に出るべきじゃねぇグレイブの急接近に、思わずウチは声を上げ…直後、ブラストが躱し切れなかった、ブラスト自身は躱せてもグレイブまでは射線から逃れられなかった光線の一つが、グレイブを掠めてブラストから落ちる。

 落下していくグレイブに対し、飛び込むワイト。落下速度を合わせる事で、ワイトは機体の腕で掬うようにしてグレイブを掴み、無防備なワイトが狙われないようウチ等は全力で突っ込む。

 

「何をしているんだ君は!今の攻撃、後少しでも位置が違えば君は……」

「悪ぃ、ワイト。…けど、必要だったんだよ。どうしても、確かめなきゃいけない事があったんだ」

「確かめなきゃいけない事…?」

 

 スラスターを吹かし下がりながら、ワイトはグレイブに一喝。だがグレイブは言葉を遮るように謝罪し、神妙な声でワイトに返す。そして、訊き返したワイトに…いや、ウチ等全員に向けて、言う。

 

「あぁ、勝つ為の確認を、な。んで、答えは見えた。勝てるって分かった。だから…こっからは、答え合わせだッ!」

 

 ブランシュネージュ・ミラージュがある程度の高度まで下がったのを見て、グレイブは機体の手から飛び降りる。なんで結構スピード出てた機体から普通に飛び降りてんだ…というのはさておき…着地し、人差し指を立てた右手を突き上げたグレイブの顔には、自信が…普段のとは違う、確かな『確信』を得た自信の表情が浮かんでいた。

 

 

 

 

 どうしたらいい?どうすればいい?…ずっと、そんな状態だった。あまりにも相手が大き過ぎて、パワーも無茶苦茶で、スピードもあるせいで、どうやったら勝てるのか分からなかった。ちょっとずつちょっとずつ、進んでいる気もしたけど…後どれ位進めば勝てるのか、それが全く見えなかった。

 フェザーとスターは、やっぱりまだまだ成長途中な分、この戦いじゃ力不足。出来る事はあっても、その瞬間は中々やってこなかったり、何もしないよりはマシだけど…って位でしかなかったりが殆ど。バックス、レックス、ドッペルは必死に戦ってくれてるけど、もう皆かなり疲れてきている。イリゼ達も含め、もっと余裕があった時から有利な時間より不利な時間の方がずっと多いんだから、疲れてきてる今は余計に不利だなんて事位、考えなくても…誰だって分かる。

 そんな中でグレイブが言い切ったのは、勝ちへの確信。僕からすればもう呆れる程見てきた…チャンピオンの、言葉。

 

「さっきはごめんな、ブラスト。あれは俺のミスだ、ブラストは悪くねぇ」

「グレイブ…って、頭!いや、おでこ…?…いやどっちにしろ、血!血が出てるよ!」

「気にすんな、少し痛いだけだ。…少なくとも、俺よりもっと傷だらけでも戦ってる皆と比べりゃ、どうって事ねぇよ」

 

 着地して、飛んできたブラストにまた乗って、僕の近くで降りたグレイブは、申し訳なさそうなブラストを撫でる。それから僕は出血に気付いて慌てて、慌ててその事を伝えたけど、グレイブはあっさりと血を袖で拭って…それからにやりと笑う。

 

「よっし、んじゃあ一足飛びに勝利まで一直線といくか、愛月」

「えぇ、何そのリミットが無さそうな発言……って、うん?その言い方…僕もなの?」

「愛月もだぞ」

 

 当然だろ、とばかりに返してくるグレイブに、当然僕は困惑。…駄目だ、どういう事か本当に分からない…。

 

「…え、っと…グレイブの思い付いた作戦を、僕達でやる…って事…?」

「むしろそれ以外あると思うか?」

「いや普通に説明してよ…ポケモンと特訓する時は、ちゃんと分かり易いよう説明するじゃん…」

「あー、はいはい。まあそれより…愛月も、思わなかったか?デカい相手には、こっちもデカさで対抗したいよなー、ってさ」

 

 絶対心に響いてないな、と思わせるような返しをした後、真面目な顔になったグレイブは訊いてくる。

 巨大な相手には、こっちも巨大な存在で対抗したい。そう思ったかどうかでいえば…勿論、思ってる。大きさが違い過ぎる、ってずっと思っていたし……キョダイにはキョダイで対抗なんて、これまで何度も見てきたから。僕にとってそれは、馴染み深いものだから。

 

「…もしかしてグレイブ、ダイマックスの事を言ってる?でも、それは……」

 

 思い浮かんだ可能性を、確認するように僕は言う。でもそれは、って言葉を返そうとする。

 ダイマックス。説明すると長くなるけど、それはポケモンを巨大化させる戦法…っていうか、現象の事。それが出来れば、確かに対抗出来るかもしれないけど……そもそもダイマックスにはガラル粒子ってものが必要で、ガラル粒子はガラル地方にしかないんだから、ここで出来る訳がない。やれる筈がない。…そう、思っていたけど……

 

「今は出来ない筈?…これを見ても、そう思うか?」

「え…こ、これって……」

 

 そう言って、グレイブが見せてきたのは二つのモンスターボール。ポケモンを捕まえる為のアイテム。…でも、ただのモンスターボールじゃない。ボールの中からは、微かに赤い粒子が漏れ出ていて…それは間違いなく、ガラル粒子。

 

「へへ、実は俺がセイツ達と戦ったのが、ムゲンダイナと何かが混ざったっぽい相手でよ。んで、周りにずっとガラル粒子みたいなエネルギーのドームがあったから、勝った後消える前にちょっとばかし貰っといた」

「そ、そんな事が…っていや、おかしくない!?取り敢えずガラル粒子の事は、まあ一応理解出来るけど…なんでモンスターボールに入ってるの!?モンスターボールでガラル粒子って保管出来たっけ!?」

「ま、普通は無理だろうな。けど、ここは仮想空間だろ?で、俺達の世界の情報なんか全然ないだろうから、機械の側が空のモンスターボールをただの容器だと認識してくれたんじゃねーかな」

「む、無茶苦茶過ぎる…そんなの有りなの…?」

「出来たんだから有りなんじゃね?…てか、今はそんな事どうでもいいだろ。愛月が使わないってなら、俺が両方使うだけだ」

 

 どうするんだよ、と真剣な目でグレイブは見てくる。使うなら渡す、使わないならいい、そんな風に真面目に…本気で勝利だけを目指した瞳で、僕を見据える。

…うん、そうだ。ほんと無茶苦茶だとは思うけど…今はそれより重要な事がある。勝利に繋がりそうな可能性があって、それを掴めるのは僕とグレイブだけ。だったら……やる事は、一つじゃないか。

 

「…使うよ、グレイブ。僕だって…勝ちたいんだ」

「そうこなくっちゃな。…突っ込んで分かったが、あの人型の部位をやられてから、あいつは動き回らなくなった。いや、動いちゃいるが、さっきまでみたいにあっちこっちに行きまくる事はなくなった。だったら…正面からの殴り合いが大得意な、新入り達の出番だと思わねぇか?」

 

 僕がボールを受け取ると、グレイブは愉快そうにまた笑う。それから中指で眼鏡を軽く上げて、空のとは別の…中にポケモンのいるボールを出す。

 新入り達。そう言われて、確かにぴったりだと僕は思った。パワーもタフさも並外れた、でも高速戦闘には向かないから、ここまではずっと温存してきた最後のポケモン。だけど、闇が動き回らなくなったって事なら…いけるかもしれない。

 

「よし…出番だよ、塞牙!」

「待たせたな、存分に暴れていいぞ山激!」

 

 ほぼ同時に放ったボールから、それぞれ現れるポケモン。鋼の鎧を纏ったみたいな、本当に鋼鉄の硬さと角を持っている僕のポケモン、ボスゴドラの塞牙と、同じく鎧で全身を覆っているような…でもこっちは鉄っていうより岩みたいなゴツゴツさを持ったグレイブのポケモン、バンギラスの山激。今の僕達の手持ちの中で一番大きい、見るからにパワー勝負なら負けないって感じの塞牙と山激は、地面を鳴らしながら着地して、僕達を振り返って……睨み付ける。…僕達ではなく、振り返った時に気付いた、お互いの事を。

 

「ちょ、ちょっと!?今は喧嘩してる場合じゃないよ!?」

「…まぁ、こうなるわな」

 

 出てきて早々殴り合いを始めそうな塞牙と山激を慌てて僕は仲裁するけど、どっちも全然聞いてくれない。

 なんでいきなり睨み合ったかっていうと、それは塞牙と山激が、元々争っていた仲だから。どっちもイリゼが僕達の世界に来た時、色々あって捕まえたんだけど…最初からすこぶる仲の悪い塞牙と山激だから、捕まえてからそこそこ経った今も、顔を合わせるとすぐこうなる。でもほんと、今は味方同士で睨み合ってる場合じゃなくて……

 

「お、っととぉ!?」

「おわわっ!?あ、塞牙っ!」

 

 そんな中、気付けば距離を取っていた筈の闇が、すぐ近くに突っ込んできた。滅茶苦茶に攻撃をしながら突っ込んできていて、打撃で塞牙も山激も跳ね飛ばされる。とびきり重い塞牙達でも、闇の打撃の前じゃ簡単に跳ね飛ばされて、近くの岩に激突する。

 

「さ、塞牙大丈夫!?…って、あ……」

「ったく…分かったろ山激。今倒さなきゃいけねぇのは、塞牙じゃねぇ。…こんなあっさり吹っ飛ばされて、黙ってる訳にゃいかないよな?」

 

 いきなりやられて色々心配になった…それこそキョダイマックスっていう、特殊なダイマックスが出来るバックスに任せた方が良いのかもって一度は思った僕だけど、崩れた岩の瓦礫を跳ね除けるようにして立ち上がった塞牙の姿を…グレイブの言葉を借りるなら、こんなあっさりやられて終われるか、って顔を見て、考え直す。早速味方と喧嘩しかけたとはいえ、一度は僕が決めて選んだ塞牙を、何もしない内から下がらせようとするなんて…そんなの、トレーナーのする事じゃない。まだ喧嘩しようとしてるならともかく、塞牙も山激ももう「やるべき事は何か」を分かった顔をしてるんだから…信じるのが、僕の役目。

 

「グレイブ、愛月、なんか思い付いたみたいだがいけるのか!?」

「あぁ、ちょっとごたついたがいける!さぁて、んじゃ改めて…やるぞ!」

「うん!」

 

 中々動かない僕達をフォローしに来てくれたカイトさんは、グレイブの返事一つですぐに切り返していく。グレイブのたった一言で信用してくれたカイトさんに感謝をしながら、僕はダイマックス用の道具、ダイマックスバンドを腕に嵌める。塞牙と頷き合って、一度モンスターボールに戻す。

 それから受け取ったボールを開く。開いた瞬間、中から物凄い量のガラル粒子が溢れ出して…ダイマックスバンドが輝く。そこからエネルギーが、塞牙のボールへと流れ込み…ボールは大きなエネルギー体へと変わる。そして、思いっ切りボールを…投げるッ!

 

『ダイ…マックス!』

 

 再び出てきた塞牙と山激が纏う、赤い光。シェアリングフィールドの中で、同じ色の雲が渦巻いて、その真下で塞牙と山激がキョダイ化していく。どんどん、どんどん大きくなっていて……ダイマックスボスゴドラとダイマックスバンギラスが、並び立つ。

 

「グガァアアアアァァァァッ!」

「ゴォオオオオォォォォッ!」

『……っ!で…デカぁ!?』

 

 響き渡る、山激と塞牙の咆哮。ビリビリと空気が揺れるような咆哮と、巨大な闇に負けない位の大きさにまでキョダイ化した塞牙達の姿に、皆は仰天する。ほんと皆びっくりとしていて…闇も、塞牙達の方へ向き直る。

 

「残念だったな!デカさはそっちだけのもんじゃねぇんだよッ!」

 

 グレイブの声に応える形で、山激が動き出す。一歩毎に地鳴りを立てながら、闇へと向かって突進する。突っ込んで、殴り掛かって、それを闇は交差させた腕で受ける。

 ただ腕がぶつかり合っただけでも起こる衝撃。振り抜かれた拳は、一度は確かに闇の防御を押して…けれど闇も二つの腕を外側に振り抜くようにして、弾き返す。

 

「ちっ、やっぱ即終了とはいかないか…!」

「塞牙、行って!最初っから、全力で!」

 

 押し返されてよろける山激の背後から回り込む形で、塞牙も突進。腕の届く一歩前で塞牙は踏み切って、自慢の角での突きを描ける。対する闇は、今度は腕を突き出す形で塞牙の肩を掴んで、受け止めに入って…逆側から、また山激が襲う。巨大な身体でジャンプして、上から腕を叩き付ける。

 

「おぉー!なんかすっごい、なんかすっごいね!」

「え、えぇ…完全に大怪獣バトルというか、なんというか……」

「これは圧巻だね、観客がいれば大盛り上がり間違いなしの演出だよ。…けど……」

 

 思っていた通りの、真正面からのぶつかり合い。これまでは誰も出来なかった、やりようのなかった闇との殴り合いを、塞牙は山激と一緒に繰り広げ……だけど、数回激突したところで、気付く。

 

(……っ…ダイマックスした塞牙でも、敵わない…?)

 

 元々パワー自慢の塞牙と山激が巨大になった事で、殴り合いは成立してる。グレイブの判断した通り、闇はスピードで翻弄する…みたいな事はしてこない。…でも、足りない。ぶつかり合いは出来てるけど…押されてる。

 

「…ううん、まだだ…バックス、レックス、ドッペル、フェザー、スター…皆、塞牙を援護し……」

「おっと、まだ慌てる時じゃないぜ愛月。それに、新入りの出番を奪う先輩なんて悲しいだけだぜ?」

「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!?連携は大事だし、そもそも何かまだ考えが……」

「ある!」

 

 最後まで言わせず遮ったグレイブが取り出す、ダイマックスバンドとは別の腕輪。ダイマックスバンドに埋め込まれたねがいぼしとは別の石、キーストーンと呼ばれる石が埋め込まれた…ダイマックスとは別の力を引き出す為のアイテム。

 

「ま、まさか…でも、そんな事……」

「普通に考えりゃ無理だろうな。間違いなくポケモンに滅茶苦茶な負担がかかるから、俺だって試した事はねぇ。けど、ここは仮想空間だ。だったら一か八か、やってみるしかねぇだろ!」

「…グレイブは、ほんっと…けど、そうだね…そうだなっ!」

 

 防御体勢を取った塞牙と山激が、同時に押し込まれる。その中で、ダイマックスでも敵わない中で…僕は頷く。やった事はないけど、やれるか分からないけど…やれないって決まった訳でもないじゃないかって、自分のキーストーンも取り出し装着する。そして…叫ぶ。

 

「塞牙!」

「山激!」

『メガシンカいく(よ・ぞ)ッ!』

 

 腕を突き上げる。キーストーンがダイマックスバンドとは別の光を放って塞牙と山激が中に浮かぶ球体へと包まれる。

 今度は何を、っていう皆からの視線。球体の中からは光が溢れ出て、その光はどんどんと強く、激しくなっていって…球体へ向けて、闇が襲い掛かる。左側の腕全てで塞牙を、右側の腕全てで山激を包んだ球体を叩き潰そうと、握られた拳を放ってくる。

 

「不味い…ッ!これじゃ……」

「いいやッ!」

「大丈夫ッ!」

 

 攻撃に対して飛び込もうとしてくれたセイツさんに、グレイブも僕もはっきりと言い切る。なんでなのか、根拠は何か、って言われたら上手く答えられないけど…大丈夫だって確信があったから。塞牙ならいけるって、心の底から思ったから。

 ダイマックスしてなきゃ一発で跳ね飛ばされる、ダイマックスしても押される、闇の巨大な拳。それが一気に振るわれて、球体へと届いて……球体は、爆ぜる。中の光が全て解き放たれるように、弾けて爆ぜて──闇を、跳ね返す。

 

「──ダイシンカ…いや、メガマックスだな」

「もうこれ以上、好きになんてさせない…闇は僕とグレイブで、塞牙と山激で、真っ正面から押さえ込むッ!」

 

 地響きと共に降り立つ巨体。元から頑強そうだった見た目が、鋼と岩の様だった身体が更に厚くなった、本当に要塞と山の様にすら見える姿になった…ダイマックス状態でメガシンカをした、塞牙と山激。…僕には見えていた。塞牙と山激が、球体が爆ぜるのと同時に拳を受け止めて、弾き返したのを。パワーで、真正面から押し返したのを。

 遂に、闇がよろけた。二対一ではあるけど、塞牙と山激は完全に力で闇を上回って…巨大な姿になってから、初めて闇が大きく姿勢を崩した。それを見ながら、グレイブの隣で僕は言う。メガマックスした塞牙達でも、絶対勝てるとは言い切れない。だから僕達全員で…皆で、勝つんだ…ッ!




今回のパロディ解説

・「〜〜MJP機関〜〜」
銀河機攻隊マジェスティックプリンスに登場する組織の一つ、MJP機関の事。ロボット物は色々とありますし、この流れで出せそうなネタも多くありますが、初めに思い付いたのがこの作品でした。

・「〜〜思考と反射の融合〜〜」
機動戦士ガンダム00に登場する人物の一人、アレルヤ(ハレルヤ)・ハプティズム及び、登場する組織、超人機関の目標の事。上記のネタもそうですが、ワイトは人の手の加えられた存在…ではないと思います。

・「〜〜どこぞのアマゾネス冒険者〜〜」
ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかに登場するヒロインの一人、ティオナ・ヒリュテとその姉、ティオネ・ヒリュテの事。しかし闇はどう見ても冒険者に倒されるボス側ですね。

・「〜〜一足飛びに勝利まで一直線〜〜」
WIXOSS DIVA(A)LIVEのOP、D-(A)LIVEのフレーズの一つのパロディ。これに対する愛月の突っ込みも、主人公達のチーム、No Limitを指しています。

・「〜〜大怪獣バトル〜〜」
ウルトラシリーズの一つ、大怪獣バトル ULTRA MONSTERS及びその関連作品の事。バンギラスもボスゴドラも怪獣っぽい見た目ですし、巨大化したらウルトラシリーズの怪獣に見えそうな気もします。


 展開的にお分かりの方もいるとは思いますが、今回のコラボも大詰めです。ですがORでの合同コラボと同様、最終話の後に盤外編として追加の話を入れる事も出来ますので、リクエストがありましたらお伝え下さい。現実でのリクエストは勿論、仮想空間の要素を活かしたリクエスト(例・仮想空間内の特殊クエストとして、○○が魔法少女の格好をしてるのを見てみたい)も、可能な範囲でやってみようと思います。


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第四十四話 束ねた思いは光となって

 劣勢になって、一つ返して、追い詰められて、逆転して、またピンチになって、チャンスを繋いで…そうして少しずつ、進んできた。怪我に耐えて、体力を注ぎ込んで、勝利へ向かって走り続けてきた。それでも届きそうになくて、前に進む以上に負担がのし掛かり続けてきた身体は重くなっていって……そんな中での、勝利への道筋は見えていても走り抜けるだけの力はもうないかもしれないと心のどこかで思う中での、グレイブと愛月の一手は圧巻だった。圧巻で、壮観で…痛快だった。巨大な相手に対し、こっちも巨大化で対抗して、しかもそこからもう一段階変化して…パワーが桁違いな闇を、真正面からパワーで押し返したんだ。こんなの痛快に決まってる。

 そして…今度こそいける、そんな気がする。ワイトさんが壁を破って、茜さんとイヴさんが確かなダメージを与えて、グレイブと愛月が…二人のポケモンが真っ向から闇とぶつかり合っている、今なら。

 

「皆、いくわよッ!このチャンス、逃す理由はないわッ!」

「はいッ!」

 

 空で…シェアリングフィールドの温かい光と赤い雲が混ざり合う空中で大見得を切るネプ姉さんの言葉に、腹からの声で応える。痛快の跳ね返しもそうだったけど、こういう時のネプ姉さん…いや、女神様の言葉は、たった一言でも力をくれる。だからわたしは、仕掛けようとするネプ姉さんに合わせる形で山激、塞牙と殴り合う闇に突撃をしようとして……止められる。

 

「諸君、待ち給え!確かにチャンスだ、攻め時だ。だが…チャンスだからこそ、一度下がってほしい!」

「下がる、ですか?けど、チャンスを逃す訳には……」

「チャンスを逃すのは失策だが、焦ってチャンスを無駄にするのも失策だ。グレイブ、愛月、暫くは持つだろう?」

「勿論だ!というか、少し位はのんびりしてくれたっていいぜ?何なら別に、倒しちまっても構わ……」

「それこそ待ち給え、フラグを立てようとするんじゃない…!」

 

 影さんからの問い掛けに、グレイブが威勢良く返す。持ち堪えられるどころか、倒しちまってもとすら言って…けど言い切る直前に、ズェピアさんが遮った。しかもまあまあ強めに制した。これにはグレイブも、「お、おう…」となっていた。

 

「彼等の言う通りだ。私もグレイブくん達と闇を抑え込む。その間に、君達は後退を…!」

「だったら、私も残らせてもらうよ。私はさっき、かなり長めに休ませてもらったからね…!」

「ちょっ、ぜーちゃん!?休んだも何も、ぜーちゃんこそ特にもう一回下がった方がいいよ!?下がるべき人筆頭だよ!?」

「大丈夫!三人が施してくれた治癒なら、何も心配は要らな──」

 

 全身から撃ち込まれる光線を、見るからに堅牢な身体で弾きながら山激と塞牙は突進していく。それを援護するように、飛翔するワイトさんの機体が射撃を掛ける。そこへ更に、イリゼさんも追従をする。三人が治癒してくれたんだから、と小さく笑みを浮かべながら、イリゼさんは巧みに光線を回避し、反撃に移ろうとして…けれど次の瞬間、イリゼさんの動きが鈍る。脇腹を押さえ、一気に高度が落ちていく。…まさか……。

 

「ぁ、ぐ……」

「イリゼ!?くっ、間に合わない……!」

 

 あんまりにも絶妙過ぎる、引きの悪過ぎるタイミングでの、イリゼさんの落下。反射的にセイツさんが助けに入ろうとして、わたし達も動いて…けど人型部位が崩れてから苛烈化した闇の攻撃を、一気に切り抜ける事なんて出来ない。万全の状態ならまだしも、疲弊した今は、どうしても身体が思った通りに動いてくれない。

 チャンスだからこそ、絶好の機会だからこそ、一度下がる必要がある。今の状況は、皮肉にもイリゼさんの危機で以って下がる必要性をひしひしと感じさせてきた。

 落下し片膝を突きながらも、イリゼさんは長剣で光線を斬り払う。でも当然今の状態じゃ捌き切れる筈もなく、段々と迎撃が間に合わなくなり始めた…そんな、時だった。

 

「やらせは…しないッ!」

 

 捌き切れない光線がイリゼさんを撃ち抜き掛けた直前、イリゼさんの目と鼻の先に飛来したのは一本の剣。バリアと共に飛来し突き刺さった剣は、光線からイリゼさんを守る。更に突き刺さった直後からバリアは広がって、イリゼさんを包み込む。そして、そこへ向けて駆け抜けるのは…一人の少女。

 

「……!ルナ…!?」

「お待たせ、私復活だよ!…なんて、ね」

 

 闇から見てバリアの裏側へ回り込む事で、光線を受けないようにしつつ走る少女…ルナ。そうしてルナが駆け寄ると同時にバリアが消えて、ルナは地面に突き立てられた剣を掴む。再びバリアが広がる中で、剣を構える。

 

「イリゼ、立てる?」

「う、うん…って、ルナ…その腕は……」

 

 脇腹を押さえながらも立って後退するイリゼさんを、ルナは支援。そのルナの両腕に巻かれているのは…黒い帯。

 

「これ?これは……」

「──保護と治癒を兼ね備えつつ、強度と柔軟性を両立した魔術式治療器具…まあ、一先ず名前はブラックバンテージとでもしておこうか」

 

 答えかけたルナから引き継ぐ形で、いつの間にか前進していたズェピアさんが答える。即興で考えたような名前を口にすると同時に腕を軽く振れば、ズェピアさんの腕からはルナの腕に巻かれている物と同じ帯…ブラックバンテージが現れ、イリゼさんの胴体にするりと巻き付く。

 

「こ、これは…凄い!一気に痛みが引…かないんだけど!?痛たたたたっ!これ痛い!痛み変わらないどころかむしろ締め付けられて余計痛い!ど、どういう事!?」

「どうも何も、速攻で治る訳ではないからね?軽傷ならともかく、イリゼさんの重傷を包帯一つで治せる訳がないからね?」

「そ、それは確かに…あ、でも確かに動ける…動けるし、全然邪魔に感じない…これはこれで凄い、どこぞのカーテン並みに……」

 

 いきなり漫才みたいなやり取りが始まって、「えぇ…」となったわたしだけど、確かにイリゼさんの動きは回復している。ズェピアさんにイリゼさんを任せる形で闇に向かっていたルナ、そのルナの腕の動きも、まるで怪我を感じさせないような滑らかさで…ブラックバンテージの効果は間違いない。そして、さっきのイリゼさんを見ている以上、もう異議を唱えるつもりもない。

 

「ご理解頂けたようだね。では……」

「あぁ。ズェピア、お前の力、少し借りるぞ」

 

 下がったわたし達へ、次々とブラックバンテージが巻かれていく。確かに締め付けは強い…巻かれているというかキツく縛られていると感じるレベルではあるけど、その分本当に、思い切り身体を動かしても全くズレなければ邪魔にもならない。……何度も身体を叩き付けられていたからか、全身に巻かれる形になったセイツさんは、「ちょっと!?わたしだけなんか亀甲縛りみたいになってない!?さ、流石に恥ずかしいんだけど!?」…と言っていたけど、これは気にしない。うん、仕方ない事だ。

 と、そうしてわたし達が処置を受ける中、ズェピアさんも影さんが言葉を交わす。力を借りるという気になる言葉を影さんが発した直後、彼の遠隔操作端末…まだ健在な五基が影さんの正面に飛んで並ぶ。そこからズェピアさんが指を鳴らし…並んでいた端末は、影の様なエネルギーに包まれる。包まれ、変化し…五つの『人影』が生まれる。

 

「おー、えー君とえるなむさんの合作技…これぞ正に夜影兵(シャドウアーミー)だね!」

「別にこれはトークンでもなきゃ、ブーストを持っている訳でもないんだが…な」

 

 完全な人型ではない、それこそ影から出てきたような人影。それに影さんが視線を送ると、人影は一斉に動き出す。走るでも飛ぶでもなく、地面を滑りながら闇へと向かっていって、掌から光芒を放つ。

 対する闇も、山激や塞牙と衝突しながら無茶苦茶に放つ光線で対抗。互いのビームが駆け抜け、人影の攻撃は闇を撃つ。闇の攻撃も人影に届き…けれど、当たらない。触れる直前に人影は、地面に溶けるように沈んで躱し、別の場所で再び人型となって姿を現す。

 

「うわっ、敵…じゃ、ない…?」

「すまない、ややこしい見た目だが敵じゃない」

「ご覧の通り、準備にかなり時間はかかってしまったが、君達が多少の休息を取る為の戦力は用意しておいた。…しかし凄いな影君、動きが滑らか過ぎて君の遠隔操作だという事を忘れてしまいそうだよ」

「俺からすれば、ここまでダイレクト且つ忠実に思考を反映してくれる仕様を作り上げたズェピアの方が恐ろしいがな」

 

 真正面からの激闘を繰り広げる山激と塞牙、それを援護するルナとワイトさん、更にそれを支援する人影とポケモン達…そんな形で、戦線が再構築されていく。

 確かに、一刻も早く戻らないと…そんな風に感じる状態ではない。…でも、ゆっくりとする事も出来ない。出来ないというより…今ゆっくり休もうとしたら、そのまま緊張の糸も集中力も完全に溶けて、全身から力が抜けてしまいそうな…そんな気がする。

 

「確かに抑え込めてるみてーだが、向こうがタフ過ぎるせいで、中々有効打にゃなってねぇってところか…てか、何だこの巻き方…胸にサラシ巻いてるみたいになってんじゃねーか」

「うぅー…ぴぃもむねのとこ、苦しい……」

「そこは我慢してくれるかな。さて…皆も感じているとは思うが、今は最大のチャンスだ。だが、これを逃せば恐らく次はない。相手がではなく、こちらにもう二度目のチャンスを待ち、そこに注ぎ込むだけの余力が私達にはもうない」

「えぇ。今はまだ維持出来ているけど、シェアリングフィールドもいつまで持つか分からないわ」

「つまり、最大のチャンスであると同時に、最後のチャンスでもある…って事ですか…」

 

 半壊したアーマーに触れながら言うイヴさんの言葉に、反応して返す。自分に余裕がない事は、十分理解していたつもりだったけど…自分以外から言われると、そして全員がそうなんだと思うと、後がないんだという事をひしひしと感じさせられる。

 引き締まる空気と、流れる緊張感。チャンスだと思えば気持ちは盛り上がるけど、失敗は出来ないと思うとどうしても肩に力が入りそうになって…そんな中で、不意に聞こえてきたのは凛とした声。

 

「最大で最後のチャンス…ふふっ、分かり易くて良いじゃない。だって次がないって事は、このチャンスに残りの力を全部注げば良いって事でしょ?後の事を考えたり、それを踏まえて余力を残したりしなくていい分、目の前の事に全力を尽くせる…自分ならそう思うわ」

「物は考えよう、ってやつね。…けど、一理あると思うわ。ここまではずっと、『今を凌ぐ事』と『倒す為の事』を両方考えながら戦ってた訳だしね」

「でしょ?…それに、自分達は一から倒さなきゃいけない訳じゃないわ。ゲハバーンの事、やっと倒したと思ったら復活した事、どんな攻撃も通用しなかった事…ここまでも色んな困難があって、でも全部乗り越えて、この最大のチャンスまで辿り着いたんだもの。だから、チャンスをものにして確実に勝たなきゃいけない…なんて思う必要はないのよ。もう困難は全部乗り越えたんだから、後は倒すだけ……そういう事なのよ。きっと、ね」

 

 自分はそう思っている、そう信じている。…そう言うように、ネプ姉さんは…ネプテューヌさんは笑った。一理あると言ったエストさんも、ネプ姉さんの言葉に小さく笑って…張り詰めていた、空気が緩む。戦いに必要な最低限の緊張は残したまま…なんだかいけそうな気がする、って雰囲気に変わる。…あ、しまった…あると思います、みたいな感じになった…。

 

「良い事言うわねネプテューヌ。…えぇ、ネプテューヌの言う通りよ。もうわたし達は勝利に手が届くかもしれない場所まで来てる。そしてそこまでは誰かに送ってもらったんじゃなくて、自分達の力で辿り着いたのよ」

「だから後は、思いっ切り跳んでゴール地点を踏み締めてやろう…って事だな。…やれるさ、きっと。やってやろうぜ」

「そう、ですね。…うん、後の事は考えなくて良いって思うと、むしろこれまでで一番楽っていうか…素直に全力を注げそうかも…」

 

 拳を握るカイトさんと、落ち着いた声音で言うディールさんの言葉に、わたし達は頷く。

 取り敢えず、怪我は何とかなった。疲労はあるけど、ほんの少し休んだだけでも、回復した分が身体に回り始めた。後は駆け抜ける、踏み切って跳ぶ為の気持ちだけど…今はそれが、何よりも一番漲っている。

 

「それじゃあ、行きましょ。いい加減この戦いを、勝って終わらせようじゃない」

「うんっ!ぴぃ、がんばるよーっ!」

「おわっ…あっぶな、危うく回ってきた鉤爪で引っ掻かれるところ……って、ネプテューヌ…?」

 

 多分作ってもらった氷を、ブラックバンテージ越しに当ててアイシングしていたイリゼさんは、近くを掠めたピーシェ様の鉤爪に驚き……そこでネプ姉さんの事を呼んだ。その時のネプ姉さんは、何故か、どこか安心したというか、ほっとしたような顔をしていて…けれど呼ばれてイリゼさんの方を見た時にはもう、その雰囲気は消えていた。それを見たイリゼさんは、一瞬何かに気付いたような表情をして…でもその事に触れはせずに、勝とう、とだけ言った。

 

…………。

 

「……ネプ姉さん」

「あら、どうかした?」

「どう、って訳じゃないんですが…わたしの事、頼って下さいね?」

「ビッキィ…ありがとう。でも、それは出来ない相談ね。だって…ビッキィの事も、皆の事も、最初から頼りにしてるもの」

「はは、ですよね。そうだと思っていました」

 

 柔らかく笑うネプ姉さんに、わたしも肩を竦めて笑い返す。それから視線を闇へと向けて、大きく一つ深呼吸。

 これで分かった。さっきの雰囲気の意味は分からないけど…ここにいるのは、わたしの知るネプ姉さんだ。

 

「んじゃ、カタを付けにいくとするかッ!」

 

 気合いの籠った声と共に、アイさんが地面を蹴って飛翔する。ネプ姉さんとセイツさんがそれに続いて、ピーシェ様とイリゼさんは、低空飛行で闇への接近を開始する。他の皆も走り出したり遠隔攻撃を始めたりする中、わたしも遠距離攻撃をしつつ接近を掛けようとして……そこで聞こえてきたのは、こんなやり取り。

 

「…そうか、やっぱり無理か」

「残念だけど、貴方の義足にしろ私の義手にしろ、身体の一部として現実から『持ってきた』ものだから、ワイトの機体の様にはいかないわ。…悔しい、けどね…」

「仕方ないさ、出来ないものは出来ないからな。…だがまだ、手はある。ここだからこそ、出来るかもしれない事がある」

 

 会話の内容から、何となくの流れは分かる。そこから先は、わたしがよく聞こえない距離まで行ってしまったから分からないけど…きっとまた、何かをしてくれるんだろうと思う。

 今は最大で、最後のチャンス。それを、そのチャンスを、勝利に変える為に、最後の最後まで全力を尽くす。さて…ビッキィ・ガングニル、勝利へ向けて──参るッ!

 

 

 

 

 元々は色々データを取らせてもらいつつ、皆には純粋に楽しんでもらいたかった仮想空間での体験。それが結局は、危険な戦いに巻き込む事になってしまった。色んな次元や世界から皆に集まってもらった結果、あの時…くろめ達の策略に利用された時と、色々な面で近いような状態となってしまった。

 皆は自分の意思で残ってくれたとはいえ、責任は私とセイツにある。気負うな、とアイ達に言われはしたし、それもそうだとは思ったけど、完全に頭から追い出した訳じゃなかった。というより、追い出しようがなかった。だって私は女神だから。気にする必要はなくても、責任はあるんだから。

 でも…今は、少し違う。多分今も、頭の片隅にはあるけど、今は意識の全てが一点に向いている。目も、心も、それだけを見ている。勝つんだっていう、一点を。

 

『はぁああぁぁぁぁッ!』

 

 アイの回し蹴り、ネプテューヌの横蹴り、ビッキィの飛び蹴り。三人の同時蹴りが闇の振り出した脚と激突し、互いに弾く。その衝撃で三人は離れ、闇も少し姿勢を崩し…次の瞬間、闇の上体に山激が拳を叩き込む。

 

「よっしゃあヒット!続け愛月!」

「任せてッ!」

 

 放たれた拳がめり込み、闇は後ろへよろける。生まれた隙を突くべく、塞牙が左から回り込み、横回転。まるで塔か何かの様な尻尾を遠心力で振り出し、闇の背面へ強かにぶつける。立て続けに前後からの強打を受けた闇は、更に大きく姿勢を崩す。

 

「畳み……」

「掛けるッ!」

 

 既に半壊した人型部位へ撃ち込まれる、光芒と弾丸。マエリルハ…いや、ブランシュネージュ・ミラージュの攻撃が手始めに突き刺さり、続いて影君が使役する人影の一斉射が追い討ちを掛ける。直進する攻撃が次々と人型の部位を撃ち抜き…炎が走る。地面を蹴り、跳び上がったカイト君の斬り上げが、大剣から噴き出る猛烈な火炎が、下から喰らい付くように闇を焼く。

 反撃を許さない、とまではいかない。けれど突破不可能な膜の壁は消え、機動力は人型の部位が半壊してから目立たなくなり、パワーも今はそれ以上の力で抑え込めている。本当に、今が最大のチャンス。確かに勝機は、ある。

 

「皆!一ヶ所ずつ、闇を砕いていって!それが一番の、勝ちへの道だからッ!」

「砕く、か…どの部位だろうとかなり骨が折れそうだが……」

「出来るわ、貴方なら…わたし達ならッ!」

 

 闇を『視て』くれたのか、茜の声が届く。跳んだ状態でセイツに手を伸ばし、運んでもらっていたカイト君は、セイツの言葉に「だよな」とばかりの笑みを浮かべて…投げ飛ばしてもらう形で、再度アタック。今度は直接大剣を突き立て、そこから爆ぜるような炎を放つ。その反動でもう一度離脱して、着地する。着地地点へ撃ち込まれた光線は、全て私が割って入って斬り払う。

 

「乾坤一擲、全力全開…ここで、これで…終わらせるッ!」

 

 叫び、宣言を響かせると共に、私は飛ぶ。長剣を空に投げ放ち、代わりに巨大な剣を…闇を真正面から叩き斬る為の、超巨大剣を作り上げる。それと共に、直上へ飛んだセイツと…私と同じように、けれど私とは少し違う超巨大剣を精製したセイツと視線を交わらせ、タイミングを合わせ、同時に振り抜く。

 

「天舞参式・睡蓮ッ!」

「真巓解放・信頼ッ!」

 

 自身よりも遥かに、人の体躯では振る事など不可能にも程がある超巨大剣。それを女神の力と、圧縮シェアエナジー解放による爆発で以って、強引に…それでいて、確実に振り抜く。私は下から上へ、セイツは上から下へ、交差させるように下と上から踊らせる。防御なんてさせず、その上から無理矢理に、完全に常軌を逸した巨大な斬撃を叩き込む。

 狙いは闇の腕。それだけでも十分過ぎる程に大きい腕へ、それを斬るには十二分に大きい刃を食い込ませ、斬り裂く。止まる事なく振るい、振り抜き…けれど闇のタフさ、巨体の屈強さを前に、完全に両断するよりも先に刃が折れる。刃が中程から完全にへし折れ、残った部分だけが空を斬る。

 けれど、これは想定の内。これで両断出来たら、それに越した事はなかったけど…何も問題はない。何故ならこれは、あくまで布石なんだから。

 

『ルナッ!』

 

 折れた超巨大剣を手放し、落ちてきた得物をそれぞれ掴む私とセイツ。それと同時に、私達は呼ぶ。呼んで、次なる攻撃の体勢に入る。

 空を踏み締めるように宙で構える。乱射される光線を本能で把握し、直感で見切り、僅かに…本当に僅かな動きだけで、紙一重で避け、圧縮シェアエナジーを再度展開。狙いを、斬るべき場所を見据え…一気に、一瞬で、肉薄する。今度は二人ではなく…三人で。

 

「巓舞陸式……」

「真巓解放……」

「月光……」

 

 

「──皐月ッ!」

「──貞淑ッ!」

「──一閃ッ!」

 

 翼に何重もの加速を受け、一気に駆ける。私とセイツは宙を駆け…同じように、合わせる形で、ルナもまた地を疾駆。駆け、跳び……三振りの刃が、煌めく。閃光の様に、雷光の様に──駆け抜ける。

 先の一撃は、防御をその上から叩き込む斬撃だった。けどこの一撃は、重ねる三つの斬撃は、防御自体をさせない。防御させる隙なく飛び込み、振り抜き、先とは違う腕を斬り裂く。

 今度は折れる事なく…私達のそれぞれの得物は止められる事なく、完全に斬る。斬っ先から根元まで、刀身の全てで闇の腕を付け根から斬り……ただどうしても、両断には至らない。私達の得物は、闇の腕を斬り落とすにはあまりにも小さく…でも十分に、ダメージを与える事は出来た。狙った通りに、期待した通りに。…いいや、期待以上に。

 

(神経が研ぎ澄まされる…思考も感覚も、全部が余すところなくフル稼働してる……嗚呼、いける…ッ!)

 

 守護者としての女神の極致へ至ったような、高揚感と冷静さが共存した状態。緊張とリラックスが同時に表れ、素早く落ち着いて思考が回る。ただの、自分の全てが戦闘に向いているという状態ではない…その上で、勝利の確信を得た先にある、絶対の状態。それを噛み締めながら、噛み締めながらも全感覚で闇も攻撃も周囲の事も全て把握し、直感と思考の両面から道を導き出し……二つの布石の先にある、真に狙う『本命』を放つ。

 

「エストちゃん、いくよッ!」

「任せて頂戴ッ!やるわよおねーさんッ!」

「こっちも次女コンビとして遅れを取る訳にはいかない…なんてね。…ディールちゃん、わたし達も…ッ!」

「はい…ッ!全身全霊、力の限りをこの一撃に…ッ!」

 

 唸りを上げて胴体へと直撃する、二つの氷塊。それと共に、私の側にはエストちゃんが、セイツの側にはディールちゃんが舞い降りる。砕けた氷へ電撃を放ち、反動で下がると共に電撃の網でルナが闇を攻撃する中、私とセイツは小さく息を吐き、ディールちゃんとエストちゃんは小さく杖を振り…飛ぶ。

 読んで、考えて、直感との擦り合わせをして道を導き出した。だからここからは、感覚に身を委ねる。合わせるでも、合わせてもらうでもなく…全力と全力が重なって、一つになる。そんな、確信がある。

 

『ユニゾンライズ──』

『アンセンドブル──』

 

 私とディールちゃんは、次々と精製する武器や刃を、セイツとエストちゃんは、圧縮シェアエナジー弾と多種多様な魔法を立て続けに放つ。避けながら、躱しながら、二人で、四人で、舞うように放ち、撃ち込み、攻撃を与え続ける。余計な事は一切しない。茜とイヴの連携には及ぼすとも、狙う部位だけに遠隔攻撃を集中させる。

 皆の攻撃が、闇を完全にその場に留めてくれる。光線の迎撃ではどうにもならないと悟ったのか、闇は拳を突き出してきて…私とセイツは、その腕に沿うようにしてバレルロール。躱しながら一気に接近を仕掛け、何度も得物で闇を捌く。一息で、寸分の隙なく斬り付け続け…直感が今だと叫んだ瞬間、逆袈裟を放って大きく飛び退く。

 

『ヴィートクロスッ!』

『ペイルクロスッ!』

 

 翼を広げ、後方宙返りで開けた道。そこを駆け抜けるのは、ディールちゃんとエストちゃん。宙を駆ける二人と…二振りの大剣。魔力による鋼鉄で編まれた、巨大剣。一直線に二人と二人の持つ巨大剣は駆け抜け…肩口に、突き刺さる。刺さり、抉り、深く奥へと突貫していく。

 刃が斬り裂く。刺突が貫いていく。強力な、本当に強力な巨大剣の一撃が続き…それでも、完全な両断にまでは至らない。巨大剣といえど、鋭さも強度も間違いなくさっき私達が作り出した物より上の剣であろうと、大き過ぎる闇相手には少しだけ力不足で……だから、私とセイツが埋める。その後少しを埋める事で…連携は、完成する。

 

『貫けぇええええええええッ!!』

 

 刃が止まろうとも力を込め続けるエストちゃんの側に降り、セイツもディールちゃんの側に降り、巨大剣の柄に触れる。触れ、握り、刃にシェアエナジーを流し込む。そして私達のシェアエナジーを受け取った刃は、二人の力と融合した巨大剣は、もう一段階上へと変わる。私達のシェアエナジーの刃を刀身の上から纏い……同時に、力の限りに、押し込む。いけるという自信を持って、届くという確信を持って、エストちゃんと共に駆け──完全に、貫いた。

 完全に両断した訳じゃない。そこまでの巨大さを持つ剣ではない。…だからこその、布石。二度の布石で傷付いていたところへ、巨大剣が突き貫いた事で、連鎖的に腕は砕け、千切れ…私とエストちゃんが貫いた一本と、セイツとディールちゃんの貫いた一本、その両方が同時に闇から瓦解した。

 

「これが、私達の力…女神の、力だッ!」

「そしてまだ、終わりじゃないわッ!」

 

 振り返り、言い放つ。宙を踏み締めるように、闇を見下ろすように言い放ち…セイツの言葉を合図にするように、離れる。

 そう。私達の連携は完遂した。でもまだ終わりじゃない。こんなものでは、ただ片側の腕を砕いただけでは終わらない。

 

「ルナちゃん!カイト!自分に…剣に、力をッ!」

「あぁ、頼むぜネプテューヌ!」

「私の炎…じゃなくて電撃、預けるからね!」

 

 バケツをひっくり返したような、或いは水道管が破裂したような勢いで闇の肩口から粒子が放出される。当然ただ腕が失われただけでなく、闇は大きく激しくその姿勢を崩し…上空に、新たな超巨大剣が現れる。私のものとも、セイツのものとも違う剣が。

 それはネプテューヌの、シェアエナジーで精製された剣…エクスブレイド。普段よりも格段に大きいその剣を作り出しながら、ネプテューヌは声を上げ…火炎と雷電が、駆け上る。二つの力が混ざり合い、再び雷炎が生まれて、喰らい付くようにしてエクスブレイドへと走り…剣が、雷炎を纏う。恐らくは、少しでも力を緩めようものなら、瞬く間に飲み込まれてしまうような、強力無比で強大な力を。

 けれどエクスブレイドは飲み込まれる事なく、逆に光を増す。炎と雷に照らされるように、その刃が煌めきを見せる。そうしてネプテューヌが掲げた手、立てられた二本の指が振り下ろされると共に、雷炎を纏ったエクスブレイドは闇へ向かって飛来する。

 

「そんな攻撃で、止まりはしないわ…ッ!」

 

 空から落下していくエクスブレイドに、何度も光線が直撃する。けどそれ等は全て、雷炎に掻き消される。刃に届く事すらなく、当然落下速度は微塵も落ちず、一気に距離が縮まっていく。

 続いて放たれたのは、掌からの一撃。全身からのものとは数段違う大出力の光線は、今度こそ斬っ先の雷炎を吹き飛ばし、エクスブレイドと激突する。既に至近距離まで来ていたエクスブレイドを、その手で受け止めるように光線を放ち……光が、舞い散る。光線が斬られ、焼け、貫かれる。その光景を見て、私は気付いた。雷炎は、ただ刀身の周囲で轟いていた訳じゃないのだと。エクスブレイドの内側にまで駆け巡り、中からも燃え、迸っていた事に。そしてエクスブレイドは、雷炎と共に光線を割き、突き進み……手を、腕を、穿つ。

 

「ここからは、任せるわよッ!」

「あぁ、任せやがれッ!」

 

 手を、手首を、前腕を貫いていくエクスブレイド。同時に雷炎が、内側から腕を蹂躙する。中から外へ、外から腕を包み込む。

 止まりはしなかった。迎撃をものともせず、雷炎を纏ったエクスブレイドは腕を穿った。ただ、完全にではない。私とセイツの超巨大剣が折れたように、ディールちゃんとエストちゃんの突貫が一度は止まったように、エクスブレイドも進むに連れて少しずつ速度を削がれ、威力と勢いが落ち……そこに、紅い光が降る。黄金の輝きを纏いながら、迎撃よりも先に駆ける。

 

「チューニング・フォール…ぶっ潰してやるよッ!」

 

 飛来したのは、重厚な追加プロセッサを脚に纏ったアイ。黄金のプロセッサを装着したアイは、落ちるように飛び、加速を重ね、身体を捻る。女神の持つ全身の力と、体捌きにバランス感覚…きっとそういうものを総動員した一回転を、減速するどころか更に加速をしながらの回転を掛け、振り抜いた蹴りを叩き込む。蹴りを闇にではなく、止まりかけたエクスブレイドの柄尻へと叩き付ける。

 重く、強烈な蹴撃。アイの蹴りは大槌の様に、腕へと突き立てられた、止まりかけていたエクスブレイドを押し込む。蹴ると同時にアイはシェアエナジーも流し込んだのか、淡い青色をしていたエクスブレイドに、一瞬赤い光が灯り……アイの脚は、振り抜かれる。勢いを取り戻したエクスブレイドが、雷炎と共に全てを押し除け……地面へと、突き刺さった。

 

「最後は俺達だな…ピーシェ!」

「まっかせてー!てーいっ!えーいっ!」

 

 おまけだ、とばかりに突き立ったエクスブレイドは爆発し、シェアエナジーの衝撃波と雷炎が激しく闇の巨体を叩く。私達の攻撃に続いて、ネプテューヌ達の攻撃で更に腕を失った闇は、バランスが崩れてその上体が大きく揺れる。

 その姿を見据え、グレイブ君が声を上げる。それにピーシェが答えて、飛び込むような勢いでグレイブ君の近くに着地し…ポケモンを、掴む。掴んで、抱えて、全身を捻るような動きで闇へと投げる。あんまりにも突破な行動に、ぎょっとする私だったけど…すぐに、その意味は分かった。

 一番槍を担うのは炎。全身に炎を纏った、炎の砲弾の様になった獄炎が闇の腕へと向かっていき、その拳を叩き付ける。殴り、拳を起点に炎が爆ぜ…続けて火炎の蹴りが襲う。二発目となったバックスが、オーバーヘッドを叩き込み…攻撃が続く。つるぎ、レックス、ウーパと続き、斬撃が、打撃が、射撃が…それぞれの渾身の一撃が、闇にダメージを重ねていく。

 

「うわわっ!す、スターはいい!スターは流石に危ないからいいってピーシェ!スター、ドッペル、それにフェザーもブラストに連れていってもらって!」

「あれ、そーなの?それじゃあ…こんどはぴぃだねっ!」

 

 一瞬気の抜けるようなやり取りを経た後、力強く羽ばたくブラストの背に乗ったスター達も向かっていく。腕三本を…身体の数割を損失した闇は、その分だけ全身から放つ光線も減り、減った攻撃の中をブラストは駆け抜けていく。そして肉薄する瞬間、背に乗ったスター達もまた、同時に腕へと攻撃を仕掛け…最後にブラスト自身が打ち込み離脱。そこまでやられて漸く姿勢を立て直した闇は、離脱していくブラストに向けて腕を振るおうとするも、その一撃は止められる。上空から飛来した幾つもの巨大な氷塊…氷淵が放った氷の連撃と、ブラスト離陸の直後に飛び上がった、自身も攻撃に向かったピーシェの全力の殴打が、上と下から闇の反撃を押し潰すと共に、更なるダメージを腕に刻む。

 恐らく目一杯の力が込められているといっても、一つ一つは闇の腕の破壊には遠く及ばない。…それでも、これまでとは違う。人型部位を、三本の腕を失い万全からはかけ離れた闇には、勢いの乗った一撃一撃が深く突き刺さり、着実に削る。次へ、次へと繋いでいく。

 

「びっきぃ!わいと!ばーんとやっちゃえーっ!」

「はいッ!」

「全力で突っ切る…覚悟はいいね、ビッキィさん…ッ!」

 

 上空へ移る際に氷淵が作っていた氷のレール、それを活用し滑るように加速していたブランシュネージュ・ミラージュが飛び立つ。噴射炎を靡かせながら、スラスターの動きを複雑に組み合わせる事で光線を巧みに躱し、シールドによる防御も駆使して突撃を仕掛けたワイト君は、そこから機体のビームサーベルを抜剣。リミッターを切っているのか、通常よりも長体且つ高出力状態となった光の剣を、ポケモン達とピーシェの猛攻で粒子が噴出し始めていた腕に向けて振り抜き…噴き出す粒子は、増加する。鉄騎の放った斬撃が、強かに腕を斬り捌く。

 既に十分な、機能を落とすだけならもう達成されたと言っても過言ではない程傷付いた、闇の腕。されどまだ、連撃は終わらない。それを示すように、この連撃の終着点はこの先だとばかりに、振り抜き飛び去るブランシュネージュ・ミラージュの肩から、一人が…ビッキィが、跳ぶ。

 

「これがわたし達の…全力だぁああああぁぁぁぁッ!」

 

 当然飛ぶ力のないビッキィは、飛び立ってすぐ落下していく。だけど、だからこそその落下を勢いに変え、闇へ迫っていく。投げ放たれた槍の様に、真っ直ぐに、頬を光線が掠めようと物怖じせずに迫り続け…拳を、突き出す。

 ただの打撃か、それとも何かの忍術を纏った一撃か。それを判別する事は出来なかったけど、狙い違わず拳は突き出される。大きく開いていた、積み重ね切り開かれた腕の大きな傷へと打ち込まれ、そのままビッキィの姿が見えなくなる。ビッキィの姿も、聞こえていた叫びも消え…腕の動きも、そこから放たれていた光線も止む。開いていた蛇口を閉じるように、ふっ…と何も聞こえなくなり、動かなくなり……そして、脱落する。闇に残っていた、最後の腕が。

 

「どうだッ!見たかッ!」

「うんっ、見てたよびっきぃ!」

「あ、いや、ピーシェ様に言ったんじゃなく…ぅおわっ!?」

 

 倒壊するように落ちていく腕と共に、切断面の間からビッキィが現れる。ビッキィは、びっ、と指を闇に向けて突き出しながら、落下しながらも声を上げ…落ちるビッキィをピーシェがキャッチ。丁度その突き出された腕の手首を掴んで、高速で離脱をしていって……一切スピードを落とさず、しかも手首だけ掴んで飛んでいるものだから、ビッキィは強風に煽られる旗か何かのようになっていた。凄まじくぐわんぐわんとしていた。

 

「これで、後は……」

「トドメを刺すだけよッ!」

 

 素早く斬り込み脚に斬撃を与えたセイツとルナの上げる声。全ての腕を失い、そこから大量の粒子を放出し続ける…それでも倒れるどころか膝を突く事もなく、粒子と共に光線も乱射し続ける闇は、底知れないとしか言いようがない。本当に底なんてないんじゃないかとすら思わせてくる。

 だけど、私には、私達には見えている。この戦いの決着が。私達の勝利が。

 

「皆、いこうッ!次で、次の攻撃で……」

「いや…待てイリゼッ!これは……」

 

 飛び込むべく、見えている決着を掴み取るべく、動こうとした私。けれど動き出そうとした瞬間アイに制され…直後、闇が割れんばかりに吼える。吼え…再びあの、全方位を『壊す』絶叫が響き渡る。

 

「そうか、まだこれがあったか……!」

「だとしても、この咆哮が途切れた瞬間を狙うまで…って…ちょ、ちょっと…!?」

 

 炎弾を撃っていたカイト君の歯噛みするような声と、ならばと構え直すネプテューヌの声。私もネプテューヌと同意見で…でも、違う。再び響くこの咆哮は…さっきまでと、全く違う。

 散発的ながらも、咆哮が変化したような衝撃刃が飛んでくる。それが当たった場所は、咆哮の範囲内の物と同じように例外なく壊される。それに…止まらない。さっきはそう長くなかった、一つの行動程度に過ぎなかった筈の咆哮が…全く、切れない。しかもその状態で、闇は動き出す。

 

「嘘…あの状態からでも動けるの…!?」

「なんつー無茶苦茶な動きだよ…いや、それよりも…まさかこのまま、途切れねーなんて事ねぇよな…ッ!?もし、途切れねーとしたら……」

「…攻撃、出来ない……!?」

 

 最早突進というよりただ暴れ回っているだけにしか見えない闇の激走。それそのものは、距離を取っていれば避けられない事はない。衝撃波も、回避に徹すれば危なくはない。…けど、それはどうでもいい。それよりも、そんな事よりも、遥かに重大で致命的な事態が、私達に襲い掛かる。

 アイから言葉を引き継いだような、愕然としたビッキィの声。それはきっと、全員の代弁。性質は違えど、この咆哮も膜の壁と同じ。もしこのまま出され続ければ、攻撃も、勝利にも…届かない。

 

「…いや、まだだ…まだ碌に試してもいないのだから、諦めるのは早過ぎる…ッ!」

「待った待ったぜーちゃん!それは見たまんまデータごと壊してる攻撃…攻撃?…だから!普通に突破するのは無理だよ!?」

「うんまぁそんな気はしてた!けど、だとしても……」

 

 まだだ。皆を、そして自分自身も鼓舞するように私は言って、地を駆ける。左手を斜め後ろに突き出し、マトリョーシカ人形の様に刀身を幾つも重ねた大剣を精製。衝撃波を横飛びで躱し、接近し、茜の声が聞こえている状態で至近距離から大剣を投げる。何重もの構造にしたのは、外側の刀身で内側の刀身を守る為で…でも茜の言う通り、普通に突破するのは無理だった。積層構造関係なく、咆哮の範囲内に入った途端に刀身も柄も関係なく大剣は消失し、私も急ブレーキからの後退。何気に二連続で制止された…そんなどうでもいい事が一瞬頭をよぎる中で、一旦私は距離を取り…何かまだないのかと、考える。

 考えなければ、方法がなければ、勝てないんだから。たとえ待ち続ければ咆哮が止むんだとしても、それを待ってはいられない。このチャンスを、今の流れを、手放す訳にはいかない。何か、ある筈なんだ。もしもないのだとしたら、編み出すんだ。私は無理だなんて言わない、考えない。きっと、いや絶対に、何か……

 

「──あぁ、イリゼの言う通りだ。まだ…諦める、状況じゃない…!」

「うん、その通りだ。まだ、手はある」

 

 考える、見つける。心の中でそう意気込みながら、私は再度の突撃を掛けようとし…その私の左右を、五つの人影が駆けていった。影君…それに、ズェピア君の声と共に。

 発された声に籠っているのは、確かな自信。私の上げた声とは違う、明確な理由を感じさせる声。二人には何かあるんだと、策があるんだと、声と突撃していく人影が感じさせてくれて……けれど次の瞬間、闇の動きが変わる。

 

「ちょっ、なんで急に苛烈になった訳!?」

「まさか、何かあると感じ取ったと言うの…?」

 

 ここまでも暴れ回っていた闇が、更に無茶苦茶に動き回る。飛ぶのは衝撃波だけに留まらず、突風の様に、鞭の様に、咆哮は全方位を広範囲で穿ち、薙ぎ払う。もう手段は問わないという事なのか、それとも自分の力を制御し切れていないのか、咆哮の力は闇自身にも及び、闇の身体すら砕けていく。ただ…闇の巨体を思えば、自滅で倒れるのはかなり先。やはり待つ事は、望めない。

 それに、人影が攻撃を阻まれる。無軌道に動き回り、広範囲に当たれば即終了の攻撃が放たれ続ける事で、後退を余儀なくされてしまう。

 

「影さん、ズェピアさん、何か考えがあるんですよね?それは、この状態でも出来るものですか…!?」

「いいや、流石にこれでは分が悪い…!闇に警戒されてしまえば、恐らく上手くいかないだろう…!」

「なら、俺達で気を引いて……」

「それも厳しいだろうな…ただ強いんじゃない、明確に闇にとって脅威となるものでなければ、今の状態の闇の気を引く事は……」

「──なら、その役目…私が引き受けよう」

 

 切羽詰まった声で聞くディールちゃんの問いを、ズェピア君が否定する。気を引く事自体の有用性は認めながらも、影君もカイト君の言葉に首を振る。ならどうすれば、どうやって気を引けば…押し寄せるような闇の咆哮の乱舞を避けながら、私達の間にそんな雰囲気が流れかけ……次の瞬間、一つの声が…ワイト君の、機体越しの声が空気を変える。

 聞こえた直後、着地したブランシュネージュ・ミラージュが背負う武装が視界に入った直後、気付く。確かにワイト君なら…膜の壁による絶対の防御を破ったブランシュネージュ・ミラージュならば、闇にとっての明確な脅威になる筈だと。でも、それは……。

 

「おいワイト、まさか……」

「ご安心を。これは蜃気楼の様なものとはいえ、敬愛する主君の名を関する機体。その機体を、ブランシュネージュを、あの様な存在に潰させなど……絶対に、させません」

 

 危惧の感情を孕んだアイの言葉に、ワイト君は静かに返す。地面を踏み締めるようにブランシュネージュ・ミラージュは立ち、カメラアイが暴れ狂う闇を見据え……そしてワイト君は、言う。

 

「──スローターモード、起動」

 

 発された声に呼応するように、機体各部の装甲がスライドする。それによりある機関が、内部機構が露出し…そこから青白い粒子が放出される。砲撃が如く破壊の咆哮が迫る中、各部から放出された粒子がブランシュネージュ・ミラージュを包み込み……次の瞬間、消える。…いや、違う。消えたんじゃなくて…消えたように思える程の機動で以って、咆哮を避ける。

 

(速い…ッ!それに、あれはまさか…NEPNS-AM…!?)

 

 女神を遥かに超える、とまではいかない。それでもあれをMGとして見るなら常識外の、普通ならばあり得ない程の速さと機動性で避けたブランシュネージュ・ミラージュは、闇へ向かって突撃していく。暴れる闇を凄まじい勢いで追走し、放たれる咆哮はその悉くを完全に、まるで慣性を無視したような動きで躱していく。

 私は、それを知っている。放出される粒子の色は違うけど、ワイト君が言った名前も違うけど…これはプラネテューヌで編み出され、今も他国には一切情報を公開していない『NEPNS-AMシステム』に違いない。ブランシュネージュ・ミラージュ自体、用意にネプギアが関わったらしいし、そのネプギアの判断でシステムを…システムのデータを組み込んだんだとすれば、あり得なくはないとはいえ…それでも私は、一瞬何かの勘違いか、とすら思っていた。

 

「…そうか、そうだったな…ブランシュネージュ・ミラージュには、それもあったか…」

「なんて速さ…もしかしたら、あれなら……」

「いや、けど…まだ足りないわ…!」

 

 猛追するブランシュネージュ・ミラージュの動きに影君が呟きを、続けてルナが期待を帯びた声を漏らす。だけど、セイツの言う通り、まだ足りない。攻撃は全て躱しているけど、道を阻むのはそれだけじゃない。

 無差別に破壊する咆哮に抉られた場所は、何も残らずただ消える。けれど岩が抉られれば残った部位が形を保てず、落ちて砕けて破片が散る。大きな岩であれば破片もまた巨大であり、抉れた地面の内側に闇が入った時には、周囲全体に同じような事が起きる。そうして生まれる無数の障害物が、二次被害がブランシュネージュ・ミラージュの道を阻む。今も大きな岩が近くで倒れ、破片が飛び散り……次の瞬間、その破片が光芒によって吹き飛ばされる。

 

「……!この攻撃は……」

 

 小さい破片が飛び散る中を突っ切ったブランシュネージュ・ミラージュ。機体のスピーカーからは、驚き混じりの声が聞こえ…そのブランシュネージュ・ミラージュの左右に現れたのは、二人の女神。

 

「援護します、ワイトさん…!」

「わたし達がどう動くか、貴方だったら分かるわよね?」

「ディール様、エスト様……ご助力、感謝します…!」

 

 真剣な眼差しと、自信に満ちた顔からのウインク。即座に二人は、ディールちゃんとエストちゃんは左右に分かれて魔法を放ち、道を切り開く。ワイト君は、ほんの一瞬機体を単純に直進させ…そこからまた、複雑な機動を見せていく。二人の開いた道を、突き進む。

 ただ後を追う訳じゃない。ブランシュネージュ・ミラージュもまた、装備したビームマシンガンを撃ち、自身の道を開く。二人の援護に援護で返す。ディールちゃんとエストちゃんは高度を上げ、ブランシュネージュ・ミラージュもスラスターを吹かして飛び上がり、デルタを描くように背中合わせとなった二人と一機は、そこから魔法と射撃を叩き込む。縦横両方の回転を加え、全方位を薙ぎ払う。

 

「わたし達も…!」

「今、出来る事を…ッ!」

 

 勿論私達も、ただ見てる訳じゃない。ネプテューヌとカイト君に応えるように、今動ける皆が飛んで、走って、攻撃を飛ばす。破片をたった一つ撃ち落とせるだけでもいい。僅かにでも、微かにでも闇の邪魔を出来れば僥倖。何も出来ないんじゃない、何か出来る筈だという思いで動いて、駆けて……そして遂に、その時が訪れる。

 

「後は……」

「任せましたッ!」

 

 最後の援護、左右に走る氷壁の間を駆け抜けたブランシュネージュ・ミラージュは、闇の前に躍り出る。ただ前に出たんじゃない。回り込む形で、その進路を制するようにブランシュネージュ・ミラージュは闇と正対し、それと同時に脚部のマイクロミサイルを放つ。全弾叩き込むように、一気にミサイルを叩き込み…ミサイルは咆哮に消される前に、自ら爆ぜる。時限式に切り替えていたのか、闇の正面で次々と爆ぜ、爆炎の壁を作り上げる。

 

「うぉぉぉぉおおおおおおッ!」

 

 マイクロミサイルが作り上げた爆炎の壁は、次の瞬間には咆哮によって消し飛ぶ。けれどその一瞬で、ブランシュネージュ・ミラージュは脚部の装備をパージしながら飛ぶ。上を取らんと、青白い光と共に舞い上がる。

 偶然か、狙ったのか、その先へと飛来する衝撃波。対するブランシュネージュ・ミラージュはシールドを掲げ、けれど咆哮による衝撃波は防御出来るものではなく、爆風同様に消える。…シールドだけが、消失する。触れる寸前に、ワイトさんはシールドを機体から離した事で、脚部同様パージした事で、シールド一つで防ぎ切る。

 そして稼働する、背部の大型砲。幻想的な青白い光の中で、異質な程大きい巨砲が再び展開を始め、闇は見上げるように上体を逸らし……

 

「今だッ、ズェピアッ!」

「あぁ。今こそ見せよう、黒き従者の真なる姿を。──偽・黒い銃身(イミテーション・ブラックバレル)…!」

 

 その瞬間、今まで徹底的に姿を隠していた、姿を消していた人影が五体同時に、全て闇の真正面に現れた。ここまでは真後ろから攻めても反応してきた、そもそもどんな形で相手や周囲を認識しているのかすら分からない闇は、確かにこの瞬間、完全に注意を上空のワイト君に、ブランシュネージュ・ミラージュに引かれていて…反応が、遅れる。その隙に、人影は姿を変える。人の形が溶けるように、内側に収束するように、人型から本来の形へ、影君の黒切羽の形は戻り…元の姿より更に黒色を増した、例外なく全ての光を飲み込むような黒となった五基の黒切羽は、何もかもを破壊する咆哮へと向けて突貫し……消える。消し去る。その空間を抉るように、消し去るように──黒切羽が、咆哮を穿つ。

 

「二度切りの魔弾、その最後の一発…ここが使いどころだ…ッ!喰ら…えぇぇぇぇええええええッ!!」

 

 全てが消えた訳じゃない。五基の黒切羽が開いたのは決して大きくもない穴一つだけ。それでも開いた。新たな壁に、風穴が生まれた。…きっとワイトさんからすれば、十分な風穴が。

 NEPNS-AMの限界時間が訪れたのか、ブランシュネージュ・ミラージュから消えていく青白い光。消えていくからこそ、より一層幻想的な光景となる中、無差別の咆哮によって飛んだ破片の一つが、ギリギリの距離まで来たからこそ避けようのない破片が、機体の頭部に当たってカメラアイが砕ける。砕け…中から、その内側から、四眼の光が闇を捉える。時を同じくして巨砲も完全に展開され、一度目はしっかりと機体を固定した上で撃ち込まれた攻撃が、二度目の今は空中で、全く踏ん張りの効かない宙で向けられ…そして、解き放たれる。激しい光、電磁投射の光と共に、反動で右腕部を吹き飛ばし、砲自体も自壊しながら、最後の一発が放たれる。

 同じタイミングで、闇もまた光線を放っていた。こじ開けられた穴を埋めるように、ブランシュネージュ・ミラージュへ向けて光線が撃たれ…弾丸と光線が交錯する。伸びる光線はブランシュネージュ・ミラージュの両脚部を撃ち抜き──弾丸は、闇の胴にある口を貫く。貫き…巨大な爆発で以って吹き飛ばす。

 

「グレイブくんッ!愛月くんッ!」

「応ッ!」

「はいッ!」

 

 轟音が響き弾丸が炸裂する。その音が咆哮を掻き消す。まず音が咆哮を飲み込み……それから破壊の力も、消滅する。…ワイト君は、見抜いていた。咆哮は、口の様な部位から放たれていた事を。

 砲撃の瞬間右腕部を失い、光線で両脚部もやられたブランシュネージュ・ミラージュは落下していく。落下しながらも、声を上げ、名前を呼び…それに応える二つの声と共に、地響きが轟く。

 それは、山激と塞牙が跳んだ音。巨大故に無差別咆哮は避けようがないと判断したグレイブ君と愛月君の指示で一度は下がっていた山激と塞牙は地を蹴り、その巨体で一気に闇との距離を詰める。光線を弾き、跳ね返し、唸りを上げながら迫り…拳を引く。その拳に力が、光が収束し……振り抜く。

 

「メガ!」

「ダイ!」

 

「ロックッ!」

「スチルッ!」

 

 巨大な岩石と鋼鉄の様になった拳は、止まらない。止まる事なく、止められる事なく、闇の巨体を打ち、食い込み……跳ね飛ばす。あまりにも重い、重過ぎる程の二つの一撃が、同時に抉り…山激と塞牙は、雄叫びを上げる。

 シェアリングフィールド全体に響くような…闇の方向とは違う、力強く頼もしい叫び。それを感じながら、心を震わせながら…私は、飛ぶ。漸く訪れた、やっと辿り着いた……最後の時を、掴む為に。

 

「皆で繋いだ、紡いできた勝利への道を……」

「私が、私達が、決めてみせるッ!」

 

 飛びながら、舞いながら、もう一度私はリバースフォームを解放する。一度目は、時間を稼ぐ為だけに使った、負けない為に使ったこの力を…今は、最後は、勝利の為に振り絞る。

 ネプテューヌもまた、姿が変わる。私がシェアエナジーに包まれ、広がる二つの円環と共にシェアエナジーを解き放つ中、ネプテューヌはシェアエナジーとは違う、全く別の…異質さすら感じさせる力を纏い、プロセッサも変容し……でも何か、けど何故か、そのプロセッサからは思いが、繋がりが感じられた。だから私は意識を闇へと戻し…手を、伸ばす。

 

「もう一踏ん張り…やろう、エスちゃんッ!」

「えぇ!勝つのは、わたし達よッ!」

 

 白い二つの光芒が、闇を撃ち抜く。続けてピーシェが真正面から鉤爪で斬り裂き、私とネプテューヌの斬撃も闇を捌く。反転したピーシェは蹴りを放ち、私は多数の武器を、ネプテューヌは幾本ものエクスブレイドを撃ち込み、氷塊が次々と闇を叩く。

 反撃ごと押し込む。光線を斬り、弾き、飲み込んで全ての攻撃をぶつけていく。打撃に斬撃、近接攻撃に遠隔攻撃、それぞれが持てる力、技の全てを駆使して攻撃を重ねる。

 攻撃しているのは私達五人だけ。けど、私達だけじゃない。攻撃の一つ一つに、皆の思いを込めるつもりで、私は腕を、脚を、得物を振るう。翼を広げ、翔ぶ。これは私達だけで掴む勝利じゃない。皆で、全員で掴む勝利だ…ッ!

 

「いっけぇぇぇぇええええぇッ!」

 

 真上から、ピーシェが正中線を裂くように斬る。同じ場所を、即座にネプテューヌも斬り裂き、私がディールちゃんとエストちゃんの魔法を浴びた長剣で横から薙ぐ。そして私達は残る力の全てを、積み上げてきたもの全部を…次に、賭ける。

 長剣には輝きが、大太刀には煌めきが、鉤爪には閃光が灯る中、白い光を放つ極大の魔力球が生まれる。左右に展開したディールちゃんとエストちゃん、二人の上で眩い光を放つ魔力は、二人が全身で杖を振るうと共に宙を飛び、闇へと飛来する。それと共に私達も駆ける。私とネプテューヌは正面から、ピーシェは直上から闇に突っ込む。そして持てる力の全てを懸けて、ここまで紡いできた思いの全てを込めて……振り抜く。

 

『エクストリーム──ハーツッ!!』

 

 最後の一撃を放った時、頭にあるのは勝つ事だけだった。勝って全員で、大変だったけど最後は笑って終われた思い出にする事だけだった。その思いが、その気持ちが、更に私を後押しし、伸ばした手で確かに道の先を掴み……そうして光に、包まれる──。




今回のパロディ解説

・「〜〜どこぞのカーテン〜〜」
ジョジョの奇妙な冒険 スターダスト・クルセイダーズに登場する、あるカーテンの事。あちらと違って、ブラックバンテージは魔術によるものです。決して良い生地だから、とかではありません。

・「〜〜夜影兵(シャドウアーミー)
カードファイト‼︎ヴァンガードにおけるトークン・カードの一つの事。数も最大展開数の5にしておきました。深淵闇夜(アビサルダークナイト)ならぬ、信淵闇夜(アビサルシェアリングナイト)…ですかね。

・「私の炎〜〜預けるからねっ!」
SCARLET NEXUSに登場するキャラの一人、ハナビ・イチジョウの代名詞的な台詞の一つのパロディ。前にもやったパロディですね、この台詞は使いたくなる響きがあります。

・「これがわたし達〜〜ぁぁぁぁッ!」
戦姫絶唱シンフォギアの主人公、立花響の代名詞的な台詞の一つのパロディ。名前からも分かる通り、ビッキィ自体がこのキャラをモチーフにしていますし、親和性はばっちりだと思います。

・「二度切りの〜〜ええええッ!!」
戦翼のシグルドリーヴァの主人公、クラウディア・ブラフォードの台詞の一つのパロディ。発射したのは魔弾ではありませんが、まあワイトは魔法の国の軍人ですしね。


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第四十五話 未来開くは人の意思

 駆けて、飛んで、振るって、撃って…力を合わせて、積み重ねた先。何度もどうしようもないような、どうにもならないような窮地に陥って、それでも耐えて、堪えて、一つ一つ覆してきた…諦めなかった、その先の光。それが闇を、視界を、この空間を眩く包み、照らしていく。

 それは女神の光であり、思いの光。身も蓋もない事を言えば、ここは仮想空間の中である以上、実際にはそれを再現した『データとしての演出』に過ぎないんだろうけど…そんな事を言うのは不粋ってもの。それにもしかすると、そういう現実的なものを超えて、新たな次元の可能性が芽生えているここに、本当に思いの光が差し込んでいたのかもしれない…そう思わせてくれる光が、ここにはあった。

 

「皆……」

 

 輝きが広がって、包み込んで、それからゆっくりと収まっていく中で、わたしは無意識の内に呟く。決して不安や心配がある訳じゃない。ただ自然と、イリゼ達を、皆の事を呼んで……光が、収まる。視界が元に戻って、わたしは見回す。見回し、見つける。地面に降り立った、イリゼ達五人を。イリゼ達をそれぞれの形で見つめる、皆を。どちらも、誰一人欠ける事なく…一名スライム状になっているとはいえ、全員が確かにそこにいて……最後に見つけたのは、光の粒子となって消え行く闇の巨体。

 力尽きた、闇の姿。それを見てわたしは、わたしも皆も確信する。勝ったんだと。終わったんだと。

 

「…ふー、ぅ…漸く、終わったみてーだな…」

「あぁ…強かった…。最初から最後まで、ずっと強かった…」

 

 片手を腰に当てたアイが、ゆっくりと、深く息を吐く。その言葉に、カイトが噛み締めるような声音で返す。言葉だけならもううんざりだという意味の様に聞こえる発言だけど、声音的にはむしろ、「大変だったが貴重な経験が出来た」と言っていそうな感じがあって…これにはアイも感心しているような呆れているような、そんなどちらともつかない顔になっていた。…というか、多分わたしもそういう顔をしている。ほんと、カイトは流石ね…彼らしいと言えば彼らしいけど…。

 

「あ、あの…皆、大丈夫…?」

 

 それからルナが、イリゼ達に呼び掛ける。ほんのりと不安を含んだ声で、イリゼ達へと呼び掛けて…その声に、五人は振り向く。静かに振り向いて…そして、こっちに向けてサムズアップ。笑って、ぐっと手を突き出して、サムズアップをした。……ディールちゃん以外の、四人が。

 

「……えっ?あ、あれっ?(あせあせ)」

「ディーちゃん…」

 

 一人だけ、普通に振り向いて頷いたディールちゃん。一拍置いてから他の四人が揃ってサムズアップをしている事に気付いたディールちゃんは、分かり易く慌てて同じポーズを取り…そんなディールちゃんに、わたし達は揃って苦笑い。その何ともまあ微笑ましい取り繕いに、苦笑しつつ内心ほっこり。

 それは緊張感の全くない、緩み切った一幕。けれどだからこそ、実感が持てる。この戦いの、決着を。

 

「っと、そうだ。ゲハバーンは……」

「消え始めてる…って事は、やっぱり……」

 

 思い出したように言うビッキィと、それに答える愛月君のやり取り。その言葉通り、突き立ったままだった多数のゲハバーンは、塵になるように消滅を始めていた。人の形をしていた闇を倒した時と違って、確かにゲハバーンも消え始めていた。

 女神にとって天敵そのものなゲハバーンの消滅に、わたしは重ねて安堵。それとほぼ同時に、意図的なものなのか、それとも限界時間を迎えただけなのか、シェアリングフィールドも消え始めて、空間が元に戻っていく。

 

「これにて一件落着、って言いたいところだけど…ここはまだ変化したまま、か…。これも次第に戻っていけばいいんだけど…って言ったら、フラグになるかな…?」

「そういうのは、何も言わなきゃフラグにゃならねーと思うぞイリゼ。…何も言わなきゃ、な」

「うぐっ…で、でもほらグレイブ君、先んじて言っちゃう事でフラグの成立を防げる事も…と思うけど、これ言い出したらキリないよね…はは……」

「んっと…ここって、どうやってでたらいーのかな?」

「おっと、その問題もあったね。我々が攻略した塔には最上階に扉があったが…さて、どうしようか?今のまま探してみるか、それとも暫く待ってみて、この空間が本来の…塔の状態に戻るかどうか確かめてから行動をするか…」

「そういう事なら、少し待つ…というか、休憩させてもらってもいいかしら…?流石に今は、くたくただわ…」

「わたしも流石にガス欠だわ…魔力とかシェアエナジーもそうだけど、体力的にもうキツ過ぎる……」

「ゲハバーンからの吸収を受け続けていた事を考えれば無理もありません。他な方々も疲労し切っているでしょうし、ここは暫く休憩した方が良いかと」

 

 それから何度かのやり取りを経て、ネプテューヌの発言を切っ掛けに一時休憩する事に決まる。実のところわたしも疲労困憊で、一度座ったら暫く立てないような気がする。そしてワイトからの呼び掛けに「ふむ、それもそうだね」と頷いたズェピアは、ぐるりと周囲を見回して…って、なんか彼だけ余裕そうというか、あまり戦闘開始時と変わってないわね…カイトの精神力は底抜けだけど、違う意味でズェピアも相当底が知らないというか、なんというか…。

 ともかくわたし達は女神化を解き、身体の力を抜く。さっきのアイの様に、わたしもゆっくりと息を吐いて…そこで不意に聞こえたのは、ディールちゃんの「あっ」という声。

 

『……?』

「いや、あの…あまり考えたくはないんですけど、というかここまでが大変過ぎて忘れてたんですけど…バグの元凶があれだった、という確証はないですよね……」

「あー…うん、そういえばそうだったね…ほんとに考えたくない……」

「同感だよ。これはもう一度ネプギア君に連絡してみた方がいいかもしれないね」

 

 げんなりとする茜の発言に軽く肩を竦めたズェピアは、続けてネプギアに連絡をと言う。それは一理ある事で、万が一の可能性を考えるなら、ここで連絡を取れるのなら取っておいたほうが良いのかもしれない。

 何せ、闇は散々、散々暴れ回ったんだから。特に最後は無差別の破壊を、データ破壊を行っていた以上、何がどうなっていてもおかしくない。あれが本来この塔のボスを担っていた存在を変質させたバグの元凶で、撃破によって問題解決に至ったなら良し、でももしそうじゃないなら、今の状況や状態を把握しておくに越した事はない。状況が悪化していた上に、連絡したせいでバグの流出が起こってしまった…なんてなったら目を当てられないけど……まだ終わっていないなら、皆ボロボロの状態でこの手探りの戦いを続ける事になってしまう。それだけは、避けないといけない。イリゼもきっと、そう思っている。

 

(仮にまだ終わりじゃない場合、わたし含め長期戦が出来る余裕なんてほぼほぼない。短期戦ならいけるって訳でもないけど、速攻で決めるようにしないといけないわね…)

「問題がなければ、連絡は私が取るよ。現状の説明もしておくから、君達はそのまま休んでい──」

 

 言い出しっぺだからという事なのか、ズェピアが歩きながらネプギアとの連絡を図る。その間わたしは、速攻で最大火力を叩き込む方法を……

 

 

 

 

 

 

 考えていた、時だった。静かな、いっそ小気味が良いとすら思える程の…何かを裂き、断つ音が聞こえたのは。

 

「…お…っと、これは…やられた、な……」

「ズェピア君?──ズェピア君ッ!?」

 

 これまでに聞いた事のない、憔悴を思わせるようなズェピアの声。それに振り向いたわたしは、わたし達は…目にする。──胸元を背後から貫かれた、ズェピアの姿を。

 空気が一変する中、貫いていた刃が引き抜かれる。それと共にズェピアは倒れ…弾かれたように、イリゼが駆け寄る。

 

「ズェピアさん!大丈夫ですかズェピアさんっ!」

「ちっ…折角戦勝ムードだったってのに…!」

「一体なんだってんだよ…ッ!」

 

 続けてルナもズェピアに駆け寄り、ほぼ同時にエストちゃんとアイがズェピアの背後にいた存在に…ズェピアを刺した何かへと攻撃を仕掛ける。

 放たれた魔力とシェアエナジーの遠隔攻撃。二つは爆発を起こし、イリゼとルナがズェピアを抱えて下がらせる。わたしは下がる二人の前に立ち、上がる煙に目を凝らす。

 塔の外から新たな存在が入っていたのか、それとも元々塔にいたボスとは別の存在が、塔が元に戻り始めた事で再度現れたのか、はたまたそれ以外なのか。身体と違ってまだちゃんと回る頭で思考を巡らせながら、わたしは神経を張り詰め…次第に煙が晴れていく。そしてわたし達は、現れた相手の正体に……目を、疑う。

 

「…嘘でしょ……」

 

 黒とは違う、明るさを…光を失ったような、淀みの末のような、濃縮された闇を思わせる姿。両の腕に持つ、二振りの剣。崩れかかって、今にも粉々になってしまいそうな身体。

 間違いない。この短時間で、忘れる筈がない。それは、その存在は…確かに一度倒した、もう消えた筈の……人型をした、変化する前の闇だった。

 

「まさか…わたし達が相手にしたのと同じ、二つの姿を行き来するタイプだったって事……?」

「いや、闇は確かにやられてた筈だ!けどまた現れたって事は、復活でもしたってのか…!?」

「だが、見た目は全快には程遠い。…まるで執念、或いは怨念だな…」

 

 倒した筈の相手が、あれだけ苦労して…何度も不可能を乗り越えて漸く倒した相手が、また現れた。その事実を前に、誰もが動揺していて…けれど確かに、聞こえていた影の言葉通り、この闇からはこれまでのような圧倒的プレッシャーを感じない。それどころかむしろ、弱々しさを抱かせる。儚い存在のようにすら思える。

 だとすればこれは新たな相手でも、復活した相手でもなく、倒し切れなかった…或いは消え切らなかった、闇の残滓。楽観視する訳ではないけど、そう捉える事も十分に出来る。その通りなら…満身創痍のわたし達でも、勝機はある。…そう、思ったけど……。

 

『……っ!しまっ……』

 

 先手必勝。これ以上何かされる前に、まだ碌に回復していない体力が尽きる前に終わらせる。わたしはそう思っていて、多分皆もそう考えていて…次の瞬間、闇の持つ刃が光を放つ。動こうとしたわたし達の前で、二振りの剣が……ゲハバーンが、暗く輝く。

 その光が目に届くのとほぼ同時に、全身から力が抜ける。脱力なんてものじゃない。身体を…シェアエナジーを内側からごっそりと抜き去られるような感覚に飲み込まれ、踏み出そうとした体勢のまま身体が倒れる。

 これまではシェアリングフィールドの力で相殺されていた…加えて闇の持つ二振りはずっと滅神形態だったからこその、『もう封神形態に無力化される事はない』という認識の落とし穴。そして今それに気付いても…もう、遅い。

 

「やりやがったな…氷淵!」

 

 身体を地面に打ち付ける中で聞こえたグレイブ君の声と、頬を撫でる冷気。何とか顔を動かして前を見れば、杭の様な複数の氷が地面に突き立っていて…闇は後方へと飛び退いていた。その動きも、前に比べれば明らかに遅く…それでも今のわたしには追い付かない。立ち上がる事すら敵わない。

 仮にシェアリングフィールドが限界時間を迎えた事で解除されたなら、どちらにせよこれは避けられなかった事。…だとしても、これは致命的過ぎる。こんな状態で、ただでさえ皆満身創痍な状況で、わたし達女神がまた揃って戦闘不能になるなんて…っ!

 

「このエネルギー反応…なんだ…何をする気だ……?」

「何か分かりませんが、間違いなく不味い何かです…!グレイブ、愛月、二人のポケモンは…!?」

「ごめん、皆まだひんしじゃないけど……」

「まともに動ける体力が残ってるのは氷淵位だな…」

「くそ…大剣が、重い……!」

 

 距離を取った闇の背後に、歪んだ空間が生まれる。それはゆっくりとだけど広がっていく。

 それと共に、歪みとは別の靄の様なものが闇の周囲に立ち昇り揺らめく。二人に問いつつビッキィが打った手裏剣は靄に阻まれ、氷淵の攻撃は靄を吹き飛ばす事は出来ても闇自体には届かない。一度は吹き飛んだ靄も再集合するように戻っていき、攻撃の道はまた閉ざされる。

 きっと、今の闇にこれまでのような力はない。倒せないと思わせるような、絶対性はもう闇にない。…けれど、届かない。わたし達女神は力尽き、まだ動ける皆も体力は尽きる寸前で……後もう一歩、もう一歩分進めば今度こそ本当に勝てる筈なのに…その一歩が、一歩先が、あまりにも重く、遠い。

 

「…これまでだって、いうの…?ここまで来たのに…皆で、ここまで…ここまで来たのに……」

 

 悔しさの滲む、イリゼの声。その裏に感じる、認めるものかという思いと、思いに答えてくれない身体への無力感。それはきっと…いや間違いなく、女神全員が思っている。最後の最後でまた何も出来ない、何も守れない…それが何より悔しく、不甲斐ない。

 まだ何とか動ける皆は、それぞれ必死に闇を攻撃する。しようとする。それでもその悉くを防がれ、或いはそもそも闇まで届かず、得体の知れない歪みだけが広がっていく。そのままにするのは不味い、何としても止めなくちゃいけない。それは分かってるのに、そうしたいのに、わたし達女神は何も出来ず、皆もそれを実現する事は出来ず、ただただ歪みだけが広がり続け……

 

 

 

 

 

 

「──まだ、終わりじゃないわッ!」

 

 声が、響いた。決意と覚悟に満ちた、覇気と気力を籠らせた声が。その声が響いた直後…黒い髪が、噴射炎と共に宙でなびく。声は、宙を飛ぶその姿は、わたし達の上を飛び越え、駆け抜け……そして、闇へと肉薄する。肉薄し、靄が阻むよりも先に振るった一撃を叩き込む。

 放たれた一撃に対し、闇は交差させた二本の刃で防御。攻撃と防御はぶつかり合い、せめぎ合い……闇は、刃を振り抜く。押し返し、攻撃した側は…黒髪の少女はその場を飛び退く。緩い孤を描くように後ろへ飛び、わたし達の前で着地する。

 

「皆、ずっと力になれなくてごめんなさい。でも…その分は、今から取り返させてもらうわ」

「イヴ……」

 

 振り返らないまま、彼女は言う。その人物の名前を、呟くようにアイが言う。

 半壊した、複数の箇所で内部構造が露出したパワードスーツ。それを纏ったイヴは、アイからの呼び掛けに小さく頷き…()()()()()()()()

 

 

 

 

 戦いは、私が戦線離脱している間に終わった。終わったと思った。けどまだ終わりにはならなくて…私は、戦いに戻った。戦う為の準備が、無駄にならずに済んだ。

 それは良い事か悪い事かといえば…まあ、悪い。戦いは、早く終わる方がいいんだから。でも…終わらなかったからこそ、私にもまだやれる事が出来た。だから今度は…今度こそは、戦いを終わらせる。私が、終わらせる。

 

「…あれ…イヴさん、イヴさんの腕は……」

「えぇ。だから、改造した上で借りたのよ。…彼から、ね」

 

 防御し弾き返しこそしたけど、自分から仕掛けてはこない闇を見やる中での、背後からのビッキィの言葉。それに私はちらりと振り向いて、それから小さく笑みを浮かべる。

 そう。私の右腕、嘗て失った腕の代わりである義手は、闇との戦いの中で砕け散ってしまってもうない。だけど今、私の右腕に当たる場所には、義手がある。私の物ではない義手が……影の左腕であった義手が、今は私の右腕の代わりになっている。

 普通なら、そんな事は出来ない。言うまでもなく左右違うし、仮にそこが合っていたとしても、義手っていうのは一人一人に合わせて作る物。加えて私と影じゃ次元が違う…開発元が全くもって違う(というか私のは私のハンドメイドな)以上、義手のサイズ、接続方法に操作方法、受ける側…身体側の規格に義手の感度と何もかもが違うだろうし、そもそも『どこから先の義手か』って問題もある。肩から先の義手の代わりに、肘から先の義手を…なんてやったって使える訳がないし、逆もまた然り。難しいとか、時間がかかるとかじゃなくて、普通に無理。一から作る方が絶対早い。

 

(関節を反転させてるから、その分どうしても想像した動きとのズレはあるけど…贅沢は言っていられないわね)

 

 ただ、ここは仮想空間。色々作ったり改造する中で分かった事だけど、仮想空間…データの空間なだけあって、凡ゆる事柄が一つ一つ設定されているんじゃなく、ある程度は枠組みでの設定で…要は大雑把な設定で機能している。ゲームなら斬撃のダメージも打撃のダメージも、炎によるダメージだろうと毒によるダメージだろうと、全部『HPの減少』として処理され、同じ回復アイテムでそのリカバリーが出来るように、私の義手と影の義手も、正確な情報としてじゃなく、『義手』というカテゴリで設定されていた。

 だからこうして、影の左腕の義手を、私の右腕の義手として転用する事が出来た。勿論、改造と調整は施した上でだけど、ただ突き出したり強く握ったりはともかく、細かい挙動は上手くいかないけど…仮想空間である事が、これにおいては完全に味方をしてくれていた。

 

「そういう事か…両手共左手の……」

「まぁそうなるわね、我ながらこんな事をする日が来るなんて思いもしなかったわ。…こほん。一応エネルギーの回復も出来たし、違和感はあるけどちゃんと義手も動かせるわ。だから皆、後は私に任せて……」

 

 これまた呟くようなカイトの言葉を、さらっと返す。そこから私は咳払いを一つし、闇に向けて突進を掛けるような体勢を取って……けれど次の瞬間、闇の周囲に揺らめいていた、靄の様なものが増える。それは形を変え、実体を経て…闇の分身体の様な存在へと変わる。

 しかもそれは、一つや二つじゃない。次から次へと、染み出すように現れては増え、広がっていく。それ等は増えながら、こちらへ向けて動き始める。

 

「…なんか沢山出てきたが、任せちまっていいのか?」

「…前言撤回、私一人で皆を守りながら、アレを薙ぎ倒して闇を仕留めるのは流石に難しいわ。少しでいい、力を貸して」

 

 速攻で撤回する羽目になった事は少し恥ずかしいけど、今はそんな事言ってられない。まずは言ったグレイブを、それから倒れた皆を見て…私は振り返る。少しでも、ちょっとでもいいから力を貸してほしいと頼む。

 答えは待たない。というより、分身体が大挙してこっちに迫ってきている以上、仮に誰も力を貸してくれなかったとしても、やるしかない。

 

「そういう事なら…任せてよ、ゆりちゃん」

「茜、貴女……」

 

 後ろから横にかけて聞こえた声。それは茜のもので、私が見れば茜は笑う。もう大丈夫、いけるとばかりに、こちらへ向けてVサインを見せる。

 彼女だけじゃない。茜に続くように、ビッキィも私の隣に来てくれる。冷気が後ろから吹き抜けて、迫る分身体の最前列を凍結させる。

 

「…ありがとう、皆。正直、これで最後…なんて確証はないわ。それでも、今度こそこれで最後だって信じて…突っ切るわ!」

 

 小さく一つ深呼吸をして、構え直す。地を蹴り、推進機構を全開にして迫る分身体へと向けて突っ込む。

 バトルスーツの破損で、もう飛行は出来ない。勢いに乗せての跳躍は出来るけど、跳躍距離の限界はよく分からない以上、下手に分身体を飛び越えようとしたら、勢いが足りなくて大挙の中に突っ込む形になる可能性がある。万全じゃない状態で多数の相手に包囲されるのは、流石に避けたい。

 

(エネルギーはともかく、残弾は少ない。いつもの調子で動いたら、どこかイカれる可能性もある。極力ぶつかる訳にはいかない…!)

 

 一点に向けて、エネルギー弾を連射。侵攻を押さえる事は初めから望まないで、とにかく突破口を開く事と、そこを突っ切る事だけに専念する。アイ達の事は…皆に、任せる。

 

「援護するよ、ゆりちゃん!ふっ…はぁぁあぁッ!」

「氷淵も頼むぞ!…さぁて…俺もいっちょ、やるか…ッ!」

 

 撃ち抜いた分身体は、あっさりと倒れて消える。侵攻速度も大した事ないし、反撃も機敏じゃない。個々で見れば大した事はなくて、けれどとにかく数が多い。多いし次から次へと現れるせいで、前に進んではいる筈なのに進んでいる感じがない。

 そんな中で、背後から飛んできた赤い斬撃が私の左側にいた分身体を複数纏めて斬り裂く。続けて紫の光芒が、別方向から分身体を薙ぎ払う。私が真っ直ぐ進むのに合わせて、側面から挟まれるのを茜達が阻んでくれる。…心強い。前に、進む事に専念させてくれる援護が、本当に心強い。

 

「させるかよ…こっから先には、一歩も進ませたりはしねぇ…!」

「絶対に、持ち堪えてみせる…ッ!」

「僕だって…スター、もう少しだけ頑張って!」

 

 茜達だけじゃない。カイトにビッキィ、それに愛月はアイ達を守る事に回ってくれたみたいで、一つ一つの言葉に強い思いを感じる。それを聞きながら、前に進む。

 

「ふー……てぇいッ!」

「茜、本当に大丈夫!?それに皆も、無理はしないで…!」

「だいじょーぶ…!それに……」

 

 多分全快な状態だったら…全快でなくとも、もう少し前の段階だったら、余裕で突破出来たと思う。でも今は、全員が力を尽くした後。疲労困憊で、怪我もしていて、万全には程遠い状態。だからビッキィの言う通り、薙ぎ倒すというより持ち堪える、侵攻を何とか押し留めているという状態の様で…特に茜は、多分まだ体力が戻っていない。きっと少しだけしか回復していない状態で、無理して戦ってくれている。

 無茶でも何でもしなきゃ勝てない状況だった事は理解してる。それでも無理はしてほしくなくて、目の前の分身体を撃ち抜きながら声を上げ…初めに返ってきたのは、あまり大丈夫じゃなさそうな言葉。思わず足を止め、戻りたくなる思いに駆られて…けれどその直後、二つ目として返ってきたのは、銃撃の音。

 

「後ろは気にするな、何とかする」

「だから行くんだ、イヴさん!」

 

 別々の位置から聞こえる発砲音。それだけで分かる。見なくても、何をしているかが想像出来る。ワイトはともかく、影は今の状態からして、ある意味一番無茶してると言えるけど…もし戻ろうものなら、彼は遠慮なく呆れた溜め息でも吐きそうな気がする。逆に何かあっても、涼しい顔をしてる気がする。分担して義手を改造・調整する中で、彼がそういう人物だって事は軽くだけど分かった。

 それに…彼じゃなくたって、戻る訳にはいかない。私に戻る選択肢はない。私が行くと決めて、皆はそれに乗ってくれたんだから、私の道は二つだけ。失敗して終わるか…成功させて、今度こそ勝つかの二つのみ…!

 

(後少し…でもまだ早まるな、私達にリトライをする余裕はない…ギリギリまで耐える、耐えて見極める……!)

 

 もう、押し寄せる分身体を抜けられるかもしれない。強引に突っ込めば、いける可能性はある。だけどゴールは、ここを抜ける事じゃない。抜けたとしても、闇本体を倒せなければ全部が台無し。だから目一杯の一撃を放つ為に、行けそうだから行くじゃなく、最大のチャンスを見極めて、そこを、その瞬間を突破する。

 まだ生きているセンサーをフル稼働させる。スーツ越しに見えるものも、得られたデータも全てに目を走らせて、耳も澄ませる。全感覚、全神経、何ならあるかどうかも分からない第六感にも可能性を込めて、目の前の戦いと、きっと来るチャンスに意識の全てを注ぎ込む。

 分身体が隊列を組んで、タイミングを合わせて動いている訳じゃない事はもう分かっている。瞬間瞬間で穴がある時もあれば、逆に侵攻が厚い瞬間もある。私が待つのは穴の瞬間、それも大きな穴と重なる瞬間。まだ違う、まだそれは来ていない…今もまだ違う、まだ焦っちゃいけない…。まだ、まだ…まだ…まだ……

 

「……──ッ!来た…ッ!」

 

 そして耐え続けた、全感覚と神経を注ぎ続けた末、視界が開ける。全身で、これまでとは違うと感じて…これまでで一番の穴に踏み込んで──ここだと、確信する。

 力一杯に、地面を蹴る。足回りのモーターの力で一気に空白の空間を駆け抜けて、その先へ炸裂弾を撃つ。残弾全てを叩き込んで、エネルギー弾も撃ち続けて……押し寄せる分身体を、抜ける。

 

「後は、これで……ッ!」

 

 もう一度地面を蹴って、今度は飛び上がる。推進機構をフル稼働させて、空に舞い上がる。真っ直ぐ突っ込まないのは、もう邪魔されない為。この距離なら、仮に途中で推進能力が駄目になっても、確実に届く。

 エネルギー弾を撃てるだけ撃って、宙返り。脚を前に振り出して、高度を上げながら後方宙返りをかける。そしてその最中に見えるのは、皆の姿。

 

「そら…よっとぉッ!」

「もういよいよシンプルに戦ってるねグレイブ!まぁいいけどさぁ!」

「はは、大したもんだっつーかなんつーか…ほんと、こっちも負けてられない…な…ッ!」

「えぇ、全くですね…ッ!ふーっ…幾らでも来い、最後まで相手してやる…ッ!」

 

 皆も、戦い続けている。普通に殴って蹴って分身体を倒しているグレイブに、スターを抱えながら走り回って、スターに攻撃だけに集中出来るように立ち回る愛月。大剣は手にせず、炎を纏った両手の拳で一体一体倒すカイトに、最後尾…倒れた皆の前で、最後の防御として分身体を前に立ち塞がるビッキィ。皆動きは良くない。既に底を突いている体力を何とか掻き集めて、きっといつ崩れ落ちてもおかしくないような状態で、それでも踏み留まって、『今』を繋ぎ止めている。

 

「これが最後のカートリッジ…これも撃ち切れば後は、割とほんとに喰らい付く位しかなくなるが……この際だ、なんだってやってやろうじゃないか…!」

「そこまでするえー君は見たくないよーな、むしろ見てみたいよーな…もしやるなら、言ってねえー君!えー君をおんぶする体力だけは、どんな手を使ってもどっかから引き出すから…!」

「はは、そのやり取りを聞いているとある意味気力が湧いてくるよ…!私もいざとなれば、石でも握って殴り掛かるとしようか…!」

 

 少し離れた位置では、岩を背にした…右腕以外の四肢を失った影が、そんな状態でも片手で拳銃のカートリッジを入れ替えて、分身体を撃つ。体力的に一番キツい筈の茜は何故か平常運転で、本当に体力が尽きてもどこかから引き出してきそうな感じがあって…落下後動けなくなったブランシュネージュ・ミラージュ、そのハッチを開いて上に立つワイトは、そこから分身体を撃ち下ろす。更にその上方では、氷淵が幾度も氷塊を落とす。

 誰も、本来の力は出せていない。消耗し切った末に、残ったものを駆使して何とか戦っている。それは一人一人の強さ、胆力があっての事だろうけど、自分が、自分達がここを防ぎ切ればっていう思いが…私への信用が、あるのかもしれない。今回信次元に訪れた人達の中で、唯一皆の誰ともほぼ面識のなかった私を、それでも信用して、期待を力に変えているのかもしれない。

 こうも都合良く、まだ長い付き合いなんて呼べない私を信用出来るような人達が集まるものなのか。それとも、そういう事が出来る…理由や捉え方に個人差はあれど、ここで私に託す選択を出来るような人達だから、次元を超えてまで集まったって事なのか。…まあ、どちらにせよ…こういうのは、嫌いじゃない。

 

(…それに、きっと…うん、皆だけじゃない)

 

 私に超能力なんてないし、第六感もまぁ多分ない。だけど感じる。何となく、感じる気がする。アイ達の、ゲハバーンの力で倒れた皆達の思いを。戦えない、立つ事も出来ない、今は守られるだけ…だとしてもせめて心だけは、そんな風に思いを、願いを届けてくれている。それが私の背中を押してくれている。…なんて思うのは、流石に少しロマンチックが過ぎるかしらね。

 宙返りの間は一瞬。その一瞬で色々なものが見えて、感じて…再び視界に、闇が映る。亡霊の様な存在が、倒すべき相手が。

 

「今度こそ、これで終わりよ…次は絶対に、貫いてみせる…ッ!」

 

 もうバトルスーツが完全に壊れてもいい。どっちにしろここは仮想空間なんだから、この一撃を…最後の一撃さえ決められるなら、どうなろうと構わない。

 空から私は闇を見下ろす。闇はこちらに向けて顔を上げる。構えるように義手の腕を引く、推進機構を限界まで稼働させる。そして私は闇に突っ込……もうとしたその時、靄がまた変化する。私と闇との間に流れ込んで、幾層もの障壁になって、私の攻撃を阻む。

 

(……っ、ここに来て…!でも、こんなもの…たとえどんな壁だろうと、この義手さえ残るなら…ッ!)

 

 最短距離は遮断された。けど迂回する気は、ましてや諦める気は微塵もない。とっくに覚悟は出来ている。なりふり構わず躊躇いも捨てれば、道は開ける。無理矢理にでも開いてみせる。その思いで、その意思で、私は一瞬たりとも迷う事なく、そのまま真っ直ぐ突進し…けれど、私が障壁に触れる事はなかった。触れる前に、ぶつかる前に、障壁は……消える。

 

「漸く完全に掌握出来たよ。…イヴ君!やつの防御をゼロにした、いけッ!」

 

 響く、芝居がかった…でもその上で感情が深く籠った声。何を、とかいつの間に、とか思う事は色々とある。ただそれは、後でいい。思う事、気になる事、全部後で幾らでも訊けばいいんだから。

 道は開いた。今度こそ本当に、阻むものは何もない。後は私が一撃を…この拳を、叩き込むだけ…ッ!

 

「はぁぁぁぁああああああッ!」

 

 障壁が消えた空間を、推進力全開で駆け抜ける。その場を動かない闇、その背後で空間を歪ませ続ける闇へ向けて、空から地へと飛翔する。

 既に、障壁がまだ健在だった時点で飛来を初めていた私が肉薄するまでに時間は掛からなかった。私は一瞬で距離を詰め、後一歩で拳が届く距離まで空から踏み込み…ゲハバーンが振るわれる。大剣と片手剣、二振りのゲハバーンが私を墜とす為に振るわれ、対する私はそれぞれの斬撃を目で捉え、義手に仕込まれていた機能を発動。斥力フィールドを展開し、斥力…弾き遠ざける力で片手剣の軌道を逸らさせる。そしてもう一つの斬撃、右手の大剣には……左腕を、突き出す。突き出して、食い込ませ…受け止める。

 迸る激痛。痛いなんてものじゃない、脳に直接杭を打ち込まれでもしたような刺激が迸り、一瞬頭が真っ白になる。斬り落とされてはいない、けど縦に裂かれている。だから痛みが広がる、今も斬られている、痛い痛い熱い冷たいいたいイタイ──何より、怖い。嘗て右腕を失った日の事を、恐怖と絶望の中でモンスターに右腕を噛み千切られたあの瞬間を思い出して、泣いてしまいそうになる。何も出来ない少女の様に、へたり込んで泣き喚いてしまいそうになる。……だけど…ッ!

 

「……──ッッ!いッ、けぇええええええええええッ!!」

 

 恐怖を振り切り、左腕すらも失う怖さを跳ね除け、義手を振り抜く。私の腕を捌かれながら、血の通わない、私のものですらない腕を、限界まで握り締めた拳を振り抜き、闇の胸に叩き込む。

 初めて触れる、人型の闇。ゲハバーンではない、闇本体。もし脆そうなのが外見だけだったらどうしよう。通用しなかったら、ここからまた別の姿になったら…そんな事は、何一つ考えなかった。ただ力の全てを、私と私に託してくれた皆の思いの全てをぶつける事だけを考えて、私は突き出し、振り抜き……闇の胸が、胴が、身体が崩れる。見た目通り、いや見た目以上にあっさりと、いとも簡単に闇は崩れ……拳が、貫く。

 

「はぁッ…はぁッ…く、ぅっ……!」

 

 固まった砂が崩れるように、煙が霧散するように、拳で貫いた箇所を起点に崩壊していく闇。それと共に、空間の歪みも消えていく。溶けるように、空間が元に戻っていく。これまでと同じように…いや、これまでより早く、闇の身体は全て消え去って、歪みも完全に消滅して、初めから何もなかったような、そんな空間だけがそこに残る。

 私は腕を振り抜き、着地をした姿勢のまま。自分の呼吸以外、何も聞こえない。何一つとして起こらない。感じるのは、左腕の痛みだけ。でもそれが、この痛みが、確かな『今』を感じさせてくれる。

 数十秒か、一分位か、もしかするとそれ以上か。暫くの間、私はずっと止まった姿勢のままで、痛みを感じながら呼吸し続け…それから、ゆっくりと振り向く。振り向けば、もう分身体の姿もなくて…私を見つめていた皆に、私は言った。

 

「……勝ったわ、皆」

 

 それはあまりにも、あんまりにも簡素で捻りのない言葉。言ってからすぐ、我ながらもう少し何かあるだろう、と思うような、単純にも程がある呼び掛け。そのせいか、数秒皆は沈黙し……誰かが、「終わっ…たぁぁ……」と安堵の声を漏らしながら、その場に座り込んだ。それを切っ掛けに緊張の糸が解けて、同じような安堵の声や、歓喜の声が聞こえてくる。私もまた、安心し…力が、抜ける。あれ、と思うのも束の間、どさりと前に倒れ込む。

 

「イヴさん大丈…夫ではないですよね!絶対大丈夫じゃないですよねえぇ!」

「落ち着けビッキィ、後愛月は見るな。見ちゃ駄目だ」

「どわっ!?ぐ、グレイブ何を……」

「…不味いな、まだディール様達は回復していない。止血するにしても、ここまでの重傷では……」

「ならば私に任せ給え。一先ずなんとかしてみせよう」

 

 あたふたしながらビッキィが駆け寄ってくる。グレイブは手で愛月の目を覆いつつ自身も目を逸らしていて、何か箱らしき物を持ったワイトもこっちに走ってくる。興奮状態だからか、それとも感覚が麻痺したのか、他の感覚諸共腕の痛みは薄れ始めていて…次の瞬間、私の側で男性が膝を突く。いつの間にか近くに来ていたズェピアか、私に治癒をかけ始める。

 

「ズェピアさん…いや、ズェピアさんも大丈夫なんですか…!?……って、あれ…ズェピアさん、怪我は…」

「それならばもう修復済みだよ。刺された時は流石に驚いたが、あの時点で既に向こうの力もほぼ消えかけていてね。君達に戦闘を任せている間に、タタリで空間を掌握し返していたという事さ」

(…こんなけろっとした様子で修復とかされると、何か色々居た堪れない気分になるわね……)

 

 目を瞬かせるカイトに、治癒魔術を続けながらズェピアが返す。仮想空間の中とはいえ、こっちは相当な覚悟で、思い出した過去の恐怖を必死な思いで押し返して一撃に繋げたのに、ズェピアはこうもあっさり言うものか。そう思うと、ほんと居た堪れない気持ちで…まぁ、いいわ。超常的な存在なんて、これまでも、信次元に来てからも、飽きる程見てきた訳だし…。

 そんな風に思いながら、私は黙って治癒を受ける。どうやらワイトが持ってきたのは機体備え付けの救急キットらしくて、見るも無惨な私の左腕へズェピアと共に応急処置をしてくれる。

 

「…にしても、物凄い無茶をするものですね…剣を腕で、それも大剣を受け止めるだなんて……」

「あの時は他に手がなかったからそうしただけよ。それに、一度目の攻撃を防御された時に、力が落ちているって事を把握出来てたし……あ…」

 

 ビッキィの言葉に内心その通りだと思いつつ、私は返答。無茶そのものではあったけど、あれしかないと思ったのも事実で…返答を終えると同時に、私は気付く。たった今そうなったのか、それとも少し前からそうなっていて、でも余裕のなかった私は気付いていなかっただけなのか…というのは分からないけど、とにかく荒れ果てた空間となっていたここが、気付けば塔に、変化する前の空間に戻っていた。

 という事はつまり、今度こそ本当に闇は倒せた、完全に撃破出来た…んだと思う。ただ、二度の復活を見たせいで、どうしても不安は残る。状況的に倒せたんだろうと思う反面、まだ何かあるんじゃという不安が心の中にはあって……けれどそれも、ある人物の言葉で払拭される事になった。

 

「皆さん!聞こえていますか、皆さんっ!」

「……!この声、ネプギアか?」

「そうです、わたしはネプギアです!」

 

 不意に聞こえてきた、興奮したような、逸る気持ちを抑え切れていないような声。聞き覚えのあるその声に、グレイブが反応して、声の主が、ネプギアがすぐに返す。…何故か凄く変な、変な感じの返答だったけど…多分、感情が先行しちゃってるんでしょうね…。

 

(ネプギアからの通信…って、事は……)

 

 それはさておき、私は考える。緊急時以外は行わない、と決めていた通信をネプギアの方からしてくるとしたら、可能性は二つある。話さずにはいられない程良い事があったか、絶対伝えなきゃいけない程悪い事があったかの二択。最高か最悪か、希望か絶望か。私の中で二つの可能性がそれぞれ浮かび……

 

「バグが…バグとそれによる異常が完全に止まったんです!勝ったんです、皆さん勝ったんですっ!」

『……っっ!』

 

 何ともハイテンションなネプギアの声。その声で発された『答え』に、私は…いやきっと私達の全員が、それに負けない位の高揚感を、やったっていう気持ちを抱いた。…まあ、正直言えば、こっちの可能性の方が高いとは思っていたけど…声音からして良い事なんだろうなとは思っていたけど……それでも、はっきりとその答えを聞くと安心する。恥ずかしいからやらないけど、心の中ではガッツポーズを取る位には、喜びが溢れる。

 

「よっ、しゃぁ!やっと、やっと勝ったんだな…!」

「やった、やったよ!やったね皆!」

「…うん、本当に…本当に皆、お疲れ様」

 

 晴れやかな顔をカイトが見せ、いつの間にか目隠しから解放されていた愛月が跳ねる。ここにいる全員の顔に笑みが浮かんで…それから聞こえたのは、労いの言葉。

 はっとしてそちらを見れば、イリゼが…倒れていた皆もこちらに来ていた。それぞれに肩を貸し合って、支え合いながら…それでも自分の足で歩いていた。

 

「皆様…すみません、皆様の安否確認を失念しておりました…」

「気にすんな、どう考えたってイヴの治療の方が重要だからな」

「それに見ての通り、無事…ではないですけど、大丈夫ですから」

 

 頭を下げるワイトに対して、アイは軽く、ディールはしっかりと言葉を返す。

 確かに皆、顔色は悪い。二度瀕死になっているようなものだし、顔色が悪いのも当然の事。そんな皆と一緒に、皆の側にいた茜と影も歩いてきていて…というか、茜は影をおんぶしていた。両脚と左腕がないんだから誰かに背負ってもらう必要があるのは事実だけど…本当におんぶをしていた。

 

「良かったわ。皆ボロボロだけど、本当に皆には大変な思いをさせちゃったけど…全員で、勝つ事が出来て本当に良かった…」

「…いりぜもせーつもなきそう?」

『うっ……』

「ネプギア、確認だが『止まった』という事は、完全に解決した訳じゃないのか?」

「あ…はい。まだ正常になった訳ではないんです。けど間違いなくバグの侵蝕は止まっていますし、元凶が消滅、或いは沈静化したのは確実です」

「つまり、冷房を切っても涼しくなった部屋がすぐ暑くなったりはしない…みたいな感じ、って事…?」

「お、多分この発言投稿が冬場だったら冷房じゃなくて暖房が例えに出てたんだろうな」

「あ、あはははは…まあ、ルナちゃんの言うような感じかな。冷房と違って、広がったバグや異常はそのままじゃ直らないものも多いだろうし、そこは一つ一つ対処していかなきゃいけないけど…それは任せて」

 

 影からの問いで、今の状況を知る。グレイブの妙な発言はともかく、元凶が消えても即全部元通りにはならない、というのは当たり前の事で…けどネプギアの「任せて」からは、後はこっちで何とかなるという雰囲気を感じた。この状況で、気休めを言うとは思えないし…本当に、何とかなったのね……。

 

「はふぅ…もうおんぶする力しか残ってないから、まだ何かあったらどうしようって思ってたけど…本当に、終わったんだねぇ……」

「漸く、ですね。…しかしイヴさんのパワードスーツは本当に大したものだよ。私の次元にも似たようなものはあるけど、ここまでの機能と性能があり、尚且つ活動時間も十分に確保しているとは……」

「色んな次元の技術を取り入れる事が出来たからこそよ。活動時間に関しては、一度ディールとエストの魔法でチャージしてもらってるしね」

「あぁ…あの時のイヴさん、凄かったですね…幾ら弱めたとはいえ、わたし達の電撃魔法を浴び続けてたのに呻き声一つ出さないなんて……」

 

 下がっている間にそんな事を?…という皆からの視線に対し、まぁねと私は軽く答える。前にも一度電撃でエネルギー充填を行った事があるとはいえ、今回は破損のせいでバトルスーツを解除出来なかった…というより、解除したら再展開出来ない可能性があったから、装備したまま、破損の関係で所々身体が出てしまっている状態のまま、私は二人の魔法でチャージをしてもらった。

 勿論痛かった。バトルスーツにエネルギー充填を行うなんて当然二人も初めてな訳で、電流の一部はスーツに流れて、当然私は感電した。けど、躊躇ってなんていられなかったから。感電への恐ろしさより、戦えずに皆を見つめるだけの方が嫌だったから。それにさっきの一撃と同じように、覚悟を決めてしまえばどんなに痛くても案外乗り越えられるもので……

 

「でも、終わった時涙目になってたわよね?充填完了した後ありがとうって言ってたけど、その時は声も身体もぷるぷる震えてたし、その後一回『ぐすっ…』って言ってもいなかった?」

「え、エスちゃん…何も今、皆がいる前で言わなくたって……」

 

……し、仕方ないでしょ!?乗り越えられるとしても、痛いものは痛いんだから…!身体の反応はどうしようもないんだから…!

 ほ、本当にそれだけよそれだけ。ちょっと思ってたより痛くて、でも『ここでやれる事をしなかったら、絶対に後悔するから。だから、お願い』…って言って頼んだ手前、痛がったりするのも何か恥ずかしくて、本当はただ耐えるしかなかった…とか、そういう事じゃないんだから…!

 

「こ、こほん。それじゃあ私達は、もう現実に戻っても大丈夫なの?」

「それは少し待ってもらえますか?安全の為、特に深刻な状態の場所だけは、仮の修復作業を先にしておきたいんです。それに、接続解除関連のシステムもバグの影響がないか、もう一度確認しておきたいですし……」

 

 念の為、暫く待ってほしいというネプギアの言葉に、私達は納得。取り敢えずバグの影響がない場所に転送してくれるって事だし、まぁここまでの事を思えば、暫く待つ位はなんて事ない。多分皆そう思っていて……そこで一つの足跡が、それに声が聞こえてきた。

 

「ディール、エスト。イリゼ、愛月、グレイブ。セイツ、ルナ、ネプテューヌ、茜、アイ、ピーシェ、ビッキィ、イヴ、カイト、ワイト、影、ズェピア」

「おおぅ、全員の名前を…ってその声、イリスちゃん!?」

「そう、イリス。…全員、いる。全員、起きてる」

 

 駆け寄ってきた、小さな足跡。それは、これまでずっとスライム状態になっていた、気絶していたイリスの足跡。ルナに呼ばれたイリスは、全員の顔をじっと見て…それから胸を撫で下ろした。無表情のまま、ジェスチャーだけで安心したような素振りを見せる。

 

「イリスちゃん…良かった、目が覚めたんだね」

「ごめんなさいイリスちゃん、貴女の事放置しちゃっていたわ…」

「放置?…イリス、よく覚えていない。イリスがあの球?…を壊した後、どうなった?」

「どう…って言われても、話すと長くなるが…まあ見ての通りだ。俺達は、勝ったんだよ」

「戦いも大変だったが、そもそもイリスがいなきゃ俺達は何も出来なかった。そういう意味じゃ、勝てたのはイリスのおかげだな」

「……?…つまり…イリス達大勝利?希望の未来へレディ・ゴー?」

『それは、まぁ…そうかも…?』

 

 ほっとした顔の愛月と謝るネプテューヌに、イリスは首を傾げる。その問いにはグレイブが答え、カイトが笑い……どこで知ったのか、イリスは独特な結論に辿り着いていた。ただまあ確かに勝ったのは間違いないし、違うと返すのも何か違うような気がして…結果、全員揃って何とも言えない反応をする形になってしまった。にも関わらず、イリスは満足気で…完全に緩んだ雰囲気に、くすりと誰かが笑う。それにつられて、笑みが広がっていく。

 そうして、その雰囲気の中で…改めて私達は、感じるのだった。…やっと、終わったんだって。




今回のパロディ解説

・「〜〜両手共左手の……」
ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダーズに登場するキャラの一人(二人)、J・ガイルとエンヤ・ガイルのパロディ。そういえば丁度、この作品に出てくるジョセフも片腕が義手でしたね。

・「〜〜やつの防御をゼロにした、いけッ!」
サマーウォーズに登場するキャラの一人、陣内侘助の台詞の一つのパロディ。最後の一撃と、そのサポートのシーンはこのパロディ含め、かなり前から考えていました。

・「そうです、わたしはネプギアです!」
芸人でありタレントである、志村けんこと志村康徳さんの持ちネタの一つである、変なおじさんの代名詞的な台詞の一つのパロディ。変な感じの発言でしょう?

・「〜〜イリス達大勝利?希望の未来へレディ・ゴー?」
機動武闘伝Gガンダム最終話における、サブタイトルのパロディ。ガンダムはどの作品も色々なワードが有名ですが、サブタイトルとして有名なのは、これがトップクラスかな、と思います。


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第四十六話(コラボ最終話) 繋がりは、続いていく

 戦いの果て…何度も何度もどうしようもないような状況を味わって、追い詰められて、それでも諦めないで抗い続けて、進み続けて、遂に私達は勝利を掴み取った。仮想空間だから、ここでの怪我は…もっと言えば死は『終わり』ではないし、私やセイツにとっては手痛い損失になるとしても、バグ自体はデータもシステムも纏めて消去してしまえば処理出来る……そういう、「最悪失敗しても何とかなる」という中でも必死に、懸命に、全力で皆が戦ってくれたのは、力を尽くしたのは、それだけ仮想空間が現実染みている…仮想のものとは思えない空間だったからか。それとも皆の、やると決めたんだから最後まで貫くという思いから来る事なのか。…それを勘繰るのは、野暮ってものだと私は思う。

 その戦いは、終わった。終わりを迎える事が出来た。終わったからといってすぐに戻れた訳じゃなく、暫くの間は仮想空間に留まる事になって、その時間を利用(?)してライブをしたりもしたけど…結果から言うと、バグの影響が私達に及んでいる事はなく、仮想空間と装置の方も完全な正常化はまだ済んでいないとはいえ、一先ず最低限の修復も完了した…という報告を受けた。…そして、私達は帰還する。仮想空間から、現実の信次元へと。

 

「…ん……」

 

 目覚めの瞬間と似ているけど違う、独特の感覚を抱きながら、目を開く。身体を起き上がらせて、手をぐーぱーさせて、脇腹に触れて…それから、ふっとある言葉が口を衝く。

 

『戻ってこられたぁぁ……』

 

 安堵と脱力感が混ざり合ったような、深く息を吐くような声。本当にそれを、吐くように言って…言ってから、皆も同じ発言をしていた事に気付く。全員ではないけど、結構皆言っていて…お互い気付いた私達は、顔を見合う。見合って…くすりと笑う。

 

「皆さん、お疲れ様でした。本当に…本当に、お疲れ様です」

「あ、ネプギア…うー、ネプギアがいる…ネプギアで感じる、戻って来たんだっていう実感……」

「何を言ってるんですかネプテューヌさん…。…まぁ…気持ちは、分かりますけど……」

 

 私達と同じように…いやきっと、私達とは違う、『送り出す側』だったからこその安堵を表情に滲ませながら、ネプギアが言う。それにネプテューヌが返答し、ピーシェが軽く突っ込んで…続く「気持ちは分かる」という言葉に、内心私も同意した。これまでは声だけだったネプギアと、直接会って会話している…それもまた、戻って来たんだって事を感じさせてくれる。

 

「皆、もう何度も言ってるけど、私からももう一度言わせて。…お疲れ様、皆。最後まで私達と一緒に戦ってくれて、ありがとう」

「ほんとに何度も言われてるわねー。おねーさん、そこまで気にする…って言うか、引き摺るタイプだっけ?」

「イリゼの代弁をする訳じゃないけど、気にするわよ。理由はどうあれわたし達は招いた側で、誘った側で、巻き込んだ側だもの。…だからわたしからも、もう一度感謝を伝えさせて頂戴」

「気にするなよ、二人共。それはそうかもしれないが、それで言うなら俺達は来たいと思ったから応じた側で、自分の意思に従って自分から巻き込まれにいった側なんだからさ」

「えぇ、カイトくんの言う通りです。お二人やネプギア様の思いも理解出来ますが…信次元に来た事も、仮想空間で共に戦った事も、我々一人一人が自分達で決めた事。…少なくとも私は、後悔してなどいません」

 

 機材から離れ、全員を視界に収められる位置まで移動して、改めて私は皆に言う。セイツも隣にやってきて、感謝を示す。私自身、労いだろうと感謝だろうと何度も言えばいいってものじゃないと思ってはいるけど、どうしても言いたい思いがあって…それに対する二人の言葉で、心の中がじーんとなる。続く皆の頷きで、感極まってしまいそうになる。

 けどだからって、更に感謝を重ねたり、感激で泣いたりしたら、流石に皆もしつこいと思ったり、気を遣わせてしまったりすると思う。だから私達は『巻き込んでしまった』という思いに一度区切りを付け、代わりに皆へ笑みを見せた。

 

「うんうん、終わり良ければ全て良し、ってね。…あ、そーいえば皆、身体は大丈夫?」

「ご覧の通り、ピンピンしてるッスよ。あくまで『身体』はただ横になってただけッスしね」

「同じく大丈夫です、わたしはそもそも軽傷でしたし。…イヴさんは……」

「問題ないわ。今のところ特に痛みもないし…というか、ビッキィは何度か打撃を受けていた筈よね…?諸に喰らった瞬間もあった筈なのに、それを軽傷って言うなんて…貴女、凄くタフね……」

 

 一旦話は途切れ、そこから茜が大丈夫?と皆に問う。それに対するアイの回答通り、仮想空間に行っていたのは私達の意識だけで、形としては夢を見ていたようなものなんだから、当然無事ではあるんだけど…だとしても、一応私は全員に本当に大丈夫か確認をした。身体は大丈夫でも精神に何か悪影響が出ている可能性はゼロではないし、実際現実に戻ってくる前に、そういう事態も起こっていた。

 でも幸い、皆特にないとの事。気を遣って大丈夫なフリを…という事もあるかもしれないから、念の為気に掛けておくとして……さて。

 

「皆、ちょっといいかな?」

「お、どうしたイリゼ」

「言うまでもないと思うけど、装置はこれからバグの処理とか修復作業とか色々対応をしなきゃいけないし…というかしてもらう事になるし、そうでなくても事が事だから、仮想空間での活動はここまで…って事にしようと思うんだけど、いい?」

「いいも何も、当然の判断だね。…言い方が緊急メンテに入るソシャゲみたいなのはまあ気にしないにしても、私はそれに賛成だよ」

「わたしもそれでいいと思います。仮想空間での活動は中々面白かったですけど、イリゼさんの思いに反してまでやりたい訳ではないですからね」

 

 ぐぐ、っと身体を解していたグレイブ君の返しに頷いた後、私は少し表情を引き締めて皆に問う。実のところ、嫌だと言われてもここまでにするつもりではあるけど、皆の思いを確認する為に私は訊き…まずはズェピア君が、続けてディールちゃんが、そして最終的には全会一致で理解を得る事が出来た。

 それ自体はありがたい。ありがたいけど…正直私は、残念でもある。激戦の果ての、諦めなかった末の勝利で締め括る形になったと言えば聞こえはいいけど、結局のところ仮想空間での活動は騒動で終わりになってしまう訳で…皆を招いたホストとして、皆と最後まで楽しく過ごしたかった私としては、どうしても残念でならない。

 

(…変に欲を出したから、なのかな……)

 

 仮想空間内にいた時はそれどころじゃなかったし、ここまでは安堵感の方が強かったけど、皆無事だと分かって段々冷静にもなってきた事で、次第に仮想空間での活動は程々にしておけばこうはならなかったんじゃないか…とか、もっと仮想空間の研究を進めてからやるべきだったんじゃないか…とか、完全に後の祭りなたらればを考えてしまう。程々にも何も予想出来ない事態だった訳だし、その研究を進める一環として今回皆に参加してもらった訳だし、後悔しても仕方ないといえば仕方ないんだけど…それでもやっぱり後悔してしまう。

 最後まで、楽しくやりたかった。面白い経験だった、って感想で終わらせたかった。だって…皆と信次元で過ごせる時間は、もうそう多くはないんだから。

 

「…ありがと、皆。えと…それでなんだけど、何か代わりになる事をこれから……」

「それにしても、ほんと色々凄かったよね。まさか、メガシンカとダイマックスを同時にする日が来るなんて…」

「凄かった。イリス、辛そうだった子を助けた。頑張った」

「考えてみると、イリスは要所要所で代えの効かない活躍をしていた気がするな…。…しかし、有人人型兵器のOSに、仮想空間ならではの義手換装…こうも未知の体験を出来るとは思ってもみなかった」

 

 仮想空間の事はもう仕方ない。だから埋め合わせる形で何かしたい、出来ないだろうか。そう思って私は問い掛けようとし…けれど気付く。私がごちゃごちゃ考えていた間に、皆は談笑していた事に。…あれ、なんだろう…一人で考えてたんだから仕方ないけど、そこはかとなく仲間外れ感が……。

 

「ピィー子の勢い任せっぽく見えて、でも実は鋭さばっちりの打撃って、印象に残るよねぇ…一回軽く、手合わせしてみたいかも」

「ウチの次元のピーシェもそうッスけど、迷いとか複雑な駆け引きとかがない分、隙のないごり押しみたいな感じになるんスよね。これは色んな意味で真似出来ないッス」

「…それ、褒めてます…?後、私的には考えて戦ってるんですけど……」

「っと、そうだディール、エスト。現実でも二人の力を借りた氷淵のフォルムチェンジが出来るか試してみたいんだが、時間ある時に頼んでもいいか?」

「え?…いいですけど、仮に出来てもこういう機会じゃない限り、実戦で使える場面なんてないですよね…?」

「それはそれとして、試してみたいって事でしょ。わたしも別にいいわよ?仮想空間で出来た事が、現実でも出来るのか…っていうのは、わたしも少し気になるし」

「いや、あの…皆…?」

「まだ何かあるのかい?イリゼ君」

 

 次から次へ、ぽんぽんと出てくる仮想空間での戦いの話。和やかに話す様子に、私は更に置いてけぼりになった気分で…そんな私へ、ズェピア君が目を閉じたまま視線を送ってきた。

 

「何か、っていうか…意外と皆、けろっとしてるな…って……」

「あぁ。まあ、そんなものではないかな?個人差はあるだろうが、ここにいるのは皆、非常事態や奇想天外な経験に慣れている者達の様だからね」

「それはそうだろうけど、なんていうかその…温度差が……」

「…もしかしてぜーちゃん、もっと皆が気落ちしてるって思ってた?」

 

 すぐ側まで来て、後ろで手を組みながら訊いてくる茜。その時に数秒逡巡した後、私はこくり、と茜に頷く。

 思い返せば…いや、わざわざ思い返すまでもなく、皆とはギリギリの戦いと、何とか打ち勝ち自分達の居場所へと帰ったっていう経験が、思い出がある。今となってはどれも良い思い出だし、その中で感じる事になった痛みや辛さより、そこで皆と出会えた喜びの方が、いつも上回ってはいたけど…だとしても、その時の戦いそのものを前向きには捉えていなかった…筈。ましてや今回は、皆休暇として、そのつもりで来ているんだから、にも関わらずこれだけの事が起きてしまえば、気落ちしたっておかしくない。だから皆にはまた、別の形で楽しめる何かをと私は考えていた。それは決して間違ってはいない、変な考え方ではないと思うんだけど…事実として、皆に落ち込んだ様子はない。それがどうしても、私には理解出来なくて……

 

『そーれっと』

「ぴゃぅあぁっ!?」

『おわぁ!?』

 

 いきなり私の膝の裏に走った衝撃と、一気に傾く私の上半身。デジャヴ感凄まじいその衝撃に、私は後ろへひっくり返りそうになり…反射的に手を突き出す。両手を床に突き、そこからバク転を掛けて後方に着地する。こ、これは…この唐突極まりない膝カックンは…ッ!

 

「アイだね!?アイでしょ!?アイなんだよねぇ!?なんでまたやるかなぁ!?」

「残念、今回はピーシェとのダブルアタックッス」

「あ、そうだったの…いや何故に!?なんでこんな事する訳!?」

「転ぶ直前から瞬時にバク転を掛けて転倒を避けるとは…やりますねイリゼさん。素直に凄いと思いました」

「というか、ピーシェ共々危うくイリゼにオーバーヘッドキックかまされるところだったッス…ウチに蹴りでドキリとさせるなんて、流石はイリゼッス」

「褒めて話を逸らそうとするんじゃなぁぁぁぁいッ!」

 

 動揺して変な三段活用をしてしまった私は、はぐらかそうとする二人へ猛烈に追求。その間、皆は苦笑してたり、或いは「おー…」と何か拍手をしていたりして、私一人が変なテンションになっている状態。むむ、むむむむぅ……!

 

「まあまあ落ち着きなよイリゼ。ほら、クッキーあげるからさ」

「そんなんじゃ私は騙されな…ってそれ私が作ったやつだよね!?返品!?要らなかったの!?」

「おっとまさかそう取られるとは…ほんと落ち着いてイリゼ、それはただの冗談だから…」

「…あぁ…これがしっかりしてるようでしっかりしていない一端なのね…」

「ぶ……っ!?」

 

 こんな感じなのか、と納得したように言うイヴの言葉に私はむせる。何故イヴがそれを知っているのか。誰かが伝えたのだとしたら、真っ先に浮かぶのは一人だけであり…ゆらりと振り向いた私が睨むと、アイは口笛を吹いていた。なんてベタな誤魔化し方を…。

 

「…はぁ…で、今度は何なの?何を思ってやった訳?」

「あ、ぜーちゃん前にもやられたんだ…だから『今回は』って訳ね」

「何を思っても何も、そこまで察せてるのに分からないんッスか?」

「…………」

「あー、これは分かってない顔ですね…」

 

 じっと見てくる二人に対して、私はこれだって言葉が出てこない。それに何か悔しさを感じつつも、どういう事?と視線で返せば、二人は肩を竦め、皆を見る。見られた皆も、セイツとイリスちゃん以外は分かっているようで苦笑い気味。そしてそんな状況に居心地の悪さを感じ始める中、やれやれ…と言った様子でピーシェが首を振り、それから言った。

 

「イリゼさん、立場的に気にするのは分かります。別に私は、トラブルを何とも思っていない訳ではないですし、多分それは皆も同じです」

「なら……」

「けど、それはそれ、です。今回は大変な目に遭いました。事故でも誰かの陰謀でもなく、イリゼさん達が欲をかいた結果な訳ですし、そこはきちんと反省してほしいです。…でも、それはそれとして──後悔なんて、微塵もないんですよ。イリゼさんの招待に応じて信次元に来た事も、仮想空間で色々な事をしたのも…自分の意思で、最後まで付き合うと決めたのも、全部」

「あ……」

 

 真っ直ぐ私を見つめる、ピーシェの言葉。全肯定する気なんて全くないと前置きした上で、「それはそれだ」と言って、後悔なんてないと言い切って…小さく、笑う。そのピーシェの後ろに見える皆…同じように信次元に来て、現実でも仮想空間でも沢山の事をして、離脱しても良かった筈の戦いにも最後まで力を尽くしてくれた皆も、そういう事だと言うように頷いていて……痛感する。本当に、本当に私は…肩に力が入り過ぎていたな、って。

 多分、普段の私なら…或いは前の私なら、もっと早く気付けた筈。皆の顔付きや様子から、そういう事なんじゃないかな…って想像出来てた筈。なのに今の私が気付けなかったのは、それこそ仮想空間の中で膝カックンをされた時と同じで、きっと女神として気負い過ぎているところがあったから。

 守護女神としての、招いた側としての、こっちの都合で起きた問題に巻き込んだ身としての責任感と負い目が、私やセイツと皆の間に、無意識に線を引いていた。友達として、これまでと同じように接している筈が、自分でも気付かない内に『信次元の守護女神の一人、神生オデッセフィアを統治するオリジンハート』として皆を見て、接していた。…だから、気付けなかったんだ。分からなかったんだ。皆は今も変わらず、優しくて芯のある皆なんだって事に。

 

(…まだまだだね、私は……)

 

 私は守護女神としてはまだまだ未熟で、女神としても国としても追い掛ける側。それは常々意識していた筈で、忘れた事もなかったのに…いつの間にか、一端の守護女神のつもりになっていた…の、かもしれない。変に謙遜するんじゃなく、堂々と…内心はそう思っていても、女神として周りに見せる姿は自信に満ち溢れた守護女神で在るべきだとは思うけど……ここにいるのは、皆友達。女神の皆には負けられない、互いの国の為に良い関係を保ちたい…なんて思ったり、何人かうちに移住する気はないか誘ったりした相手もいるけれど、友達として、対等の気持ちで接する事、触れ合う事は…見失いたく、ないよね。それはそれ、って気持ちで…さ。

 

「…ふふっ、ありがと皆」

「イリゼ、顔が良くなった。さっきまでのイリゼより、今のイリゼの顔の方が、イリス好き」

「うんうん。さっきまでの顔も普段とは違う素敵さがあったと思うけど、今のイリゼの方がほっとする…っていうか、やっぱイリゼはこれだよね、って感じがあるよね」

 

 自分でも、表情が柔らかくなったのを感じる。イリスちゃんの言葉に頷いたルナの言葉に、更に頷きや肯定が生まれる。

 今の私はもう、嘗ての私じゃない。皆だって、多かれ少なかれ変わっている部分がある…と、思う。やっぱイリゼはこれ、と言われても、ここにいるのは前とは違う私であって、そう言うルナも、皆も、100%私の知ってる皆ではなくて……だとしても変わらない部分も、変わっていない繋がりもあるからこそ、『これまで』から続く『今』がある。良いとか悪いとかじゃなくて…人も、女神も、皆、そういうものだ。

 

「…強さを、感じるわね。思いの強さ、繋がりの強さ…そんな皆との絆を育んできたイリゼが、わたしは誇らしいし羨ましいわ」

「セイツ……んもう、何言ってるの。皆の強さはその通りだと思うけど、セイツだってもう、皆とは『妹の友達や仲間』の間柄なんかじゃないでしょ?」

 

 一歩引いたような物言いをするセイツに肩を竦め、言葉を返した後に私は皆へと視線を向ける。そうだよね?と視線を送って…返事を受けた。

 内容は、言うまでもない。屈託のないものもあれば、苦笑気味のものもあって、そこはやっぱりそれぞれだったけど…私からの問いに、否定は一つもなかった。皆がセイツとの繋がりを、肯定してくれた。

 

「皆……」

「ね?皆が信次元に来るまでは、確かにそうだった。でも今は……」

「うぅ…感じる、感じるわっ!皆からの、わたしへの思いを!わたしを見て、わたしを思う、それぞれの感情を!十人十色だし、多分言葉にされたら『そんな風に思ってたの!?』って言いたくなるような感情もあるんだろうけど…それでも嬉しい、いやむしろそれ位多彩なのがより嬉しい!あぁ嘘やだ、こんな不意打ちでこんなにも感情見せられちゃったらわたし、わたしぃ…!」

「……折角、良い雰囲気だった筈なんだけどなぁ…」

「あはは…って、あれ?…そういえば、仮想空間で活動している間は、セイツさんのこういう部分を全然見なかったような……」

 

 感動している様子のセイツに笑いかける私。自分の大切な人達と、大切な姉が仲良くなったのだと思うと、それは私にとっても嬉しい事で……と、ここまでは良かったのに、そこからはこの有り様だった。自分の肩を抱くようにして身体をくねらせながら、セイツ節を全開にする自分の姉の姿は、何というかほんとセイツで…ある意味「やっぱセイツはこれだよね」って感じで…そこからふとディールちゃんが発した言葉に、私達全員「言われてみれば…」となった。確かに仮想空間では、一度もこうなったセイツを見ていない…気がする。

 

「…思い返すと、確かにそうね…うん、そうだわ。仮想空間にいる間はずっと、情動を感じていなかったというか……」

「まぁ、それは仮想空間だからだろうな。心がどこにあるのか、なんて話をする気はないが、データの空間…現実ではなく電子空間にいたが故の事だろうさ」

「つまり仮想空間にいる限りは、綺麗なセイツが見られるって訳ね」

「その言い方は酷くない!?」

 

 揶揄うようにエストちゃんが言えば、セイツはショックを受けつつ突っ込む。けどこの漫才みたいなやり取りには同情よりも笑いの方が集まって、セイツはがっくりと肩を落とす。

 そうして気付けば和やかな…本当に、全身全霊を尽くした激戦の後とは思えない(勿論それから暫く経った上で現実に戻った訳だけど)雰囲気に包まれていた。私もすっかり肩の力が抜けていて、友達として気兼ねなく皆と談笑を交わし…ただまあ心の持ちようはどうあれ、私は皆を招いたホスト。その役目を放棄するのは違う訳で、さてと…と仕切り直す。

 

「皆、そういう訳で仮想空間での活動は終了にするけど、この後はどうする?ここまでは折角皆でプラネテューヌに来てるのに、連日プラネタワーに籠ってたようなものだし、少し外に出る?」

 

 改めて皆の事を見回し、問い掛ける。まだ休むには少し早いし、何はともあれ全員で戻って来られたんだから、打ち上げ…ではないにしろ、何かやるのも良いかもしれない。そんな思いで私は問い掛けて、セイツからは首肯を受ける。そして私からの問い掛けを受け取った皆は、ゆっくりと顔を見合わせた後……言った。

 

『いや、普通にゆっくり休みたい…』

『で、ですよねー…』

 

 ご尤もな、本当にご尤もな、呟くような皆の返答。それを受けた私達は、乾いた笑いを漏らしながら、そうしようかと頷くのだった。…取り敢えず、皆に甘い物でも作って振る舞おうかな……。

 

 

 

 

 仮想空間での活動を終えてから数日。神生オデッセフィアに戻った私達は、それからもそれまでのように、全員で何かする事もあれば、個々で街に出たり他国まで足を伸ばしたりと、信次元での日々を過ごした。毎日毎日が濃ゆい、愉快だけど疲労が半端ない時間を皆と過ごした。

 これまでとは違う、自分達の居場所に帰る為の日々ではない、皆で楽しく過ごす為の日々。本当に毎日が充実していて…けれど世の中の多くのものと同じように、この日々だってずっと続く訳じゃない。決まっていた通り、分かっていた通り…終わりの日は、訪れる。

 

「皆、忘れ物はない?持ってきた物は勿論だけど、お土産とかも置き忘れてたりしない?」

「やり残した事もないかしら?今ならまだ、ちょっとした事なら出来るわよ?」

 

 皆が神生オデッセフィアに来た時と同じように、教会のある部屋に私達は全員集まった。…あ、でも違うか。皆が来た時点では、セイツはまだいなかった訳だし、同じく今はウィード君も来ているし…。

 

「大丈夫、忘れ物ない。お土産、ある」

「イリスちゃん、ずっと気になってたんだけど、それブランまんじゅうだよね…?多分それ、イリスちゃんの次元のルウィーにもあるものなんじゃないかな…」

「自分の顔の絵がプリントされたお土産をプロデュースするって、よくよく考えたら凄いよねぇブランさんって。ここの『ネプテューヌ』は言わずもがなだし、ノワールさんは信次元版セラフォルーさんだし、ベールさんはリアスちゃんや朱乃ちゃんとおんなじ位ないすばでーだし…なんかほんと、凄かったなぁ皆……」

 

 大丈夫、と言うイリスちゃんが抱えているのは、多くのお土産。その中にはブランまんじゅうの箱もあって、それに対するディールちゃんの突っ込みに私達は揃って苦笑。

 

「しかしほんと、長かったような、あっという間だったような…」

「長かったし、あっという間でもあった、でいいんじゃねーの?生きてる中じゃ、そういう事だってあるだろ」

「はは…とても少年の口から出てくるものとは思えない発言だね、グレイブくん」

 

 遠い目をする影君に、軽い調子でグレイブ君が返す。とても少年の言うような発言じゃない、ワイト君の突っ込みはこれまたその通りで、再び私達は苦笑を漏らす。

 今日で、これで最後だというのに、皆にそんな感じの雰囲気はない。昨日までと同じ調子で…でも確かに、皆は帰る。

 

「ま、ネプテューヌちゃんじゃないけど色々凄かったわね。うちと信次元は結構似てると思ってたし、実際似てるんだけど、しっかり観光すると案外違いもあるっていうか…。…あー、そういえば結局、ビヨンドフォームは見せてもらってなかったっけ…ねぇセイツ、ちょっとした事ならいいのよね?」

「そうは言ったけど、エストちゃんそれ『ちょっと』で終わる事…?」

「それで言うと俺も、イリゼへのリベンジは出来てないな…。…けどまあ、それはまた今度にするか。セイツには完敗したし、今はリベンジよりも、それが出来る位に強くならねぇと」

「ふふ、なら挑戦してくれる時を待ってるよ?待ってるし…私も三度目の正直を実現させられるように、もっと頑張らなきゃ…かな」

「何か相談事があったら言ってね?イリゼが勝ったら、ちょっとはグレイブも大人しくなると思うし」

 

 これで皆帰るというのに、しんみりするどころか何故か話の流れはバチバチする感じに。…まぁ、私も人の事言えないけど。割と本気で、次こそ勝つ、リベンジを果たす…!…って思ってるんだけど。

 

「血気盛んだね。けど、良い事だ。やはり若者はやる気と向上心があってこそだよ」

「いや、過半数は女神ですけどね。女神に若いも何も、って話ですけどね。…あ、でも確かイリゼさんとセイツさんって、生まれてからの時間的には相当な……」

「こらこらぴぃちゃん、同性とはいえ女の子にそう言う事言うのはNGだよ。それに大事なのは、実年齢より心が何歳かだよ心が!そして私は永遠のじゅう……あ、えー君的には何歳位がいい?」

「いやほんとブレないッスね茜は…。…というか、この調子だといつまで経っても話が終わらないッスよ?」

「そうね。色々話したくなる気持ちは分かるけど、皆もそれぞれ戻ってからやる事があるでしょ?」

「いえ、その辺りは割と何とか……」

「ビッキィ、今それ言うのは違うって私でも分かるよ…」

 

 首肯から呼び掛けにさらっと返しかけたビッキィへ向けられる、ルナからのジト目。それにビッキィは「えっ?」となった後、周りの反応から自分がアウェーなんだと気付いて、イヴに申し訳ない…と恥ずかしそうにしながら謝罪。ただでも今の返しが素の反応だって事はイヴも分かっていたようで、別に構わないわと軽く返した。

 イヴは、気を遣ってくれたんだと思う。今日帰る事は決まっていたとはいえ、この雰囲気の中で「じゃ、自分はこの辺で」…と言って一足先に抜けるのは気が引けるだろうし、だから帰る為の流れを作ってくれた…そういう事だと思う。

…でも、正直…ちょっとだけ本音を明かしちゃうと、ビッキィみたいに「別にまだ大丈夫」って言ってくれる人がいる事を、私は期待していた。だってそうなれば、そういう人がいてくれれば、その人だけでも「またね」と言わなきゃいけない瞬間は先になるから。…こんなの、小っ恥ずかしいから口には出せないけどね。

 

「でも、あんまりあっさり帰るのも…ねぇ?やる事はあるけど、それだとおねーさんがしょんぼりしちゃうでしょ?」

『あー』

「あー!?満場一致のあー!?ちょっ、ひ、酷くない!?別に私、しょんぼりなんか……」

「しないのか?」

「…しちゃうけども…!あ、皆そんなに名残惜しくないんだ…って凹んじゃうけど……!」

 

 言わずに心の中に留めておく。そのつもりだったのに、隠す気だったのに、余裕でバレてて小っ恥ずかしいどころか赤っ恥の私。誤魔化せば良いのについグレイブ君の返しについ正直に答えちゃう私。そのあんまりにも恥ずかしい状況に、逃げたい気持ちすら湧いてきて…だけど私は、心を鎮める。

 

「…でも、大丈夫だから。また会えるって信じて、その為に頑張って、また会えたのが今回だから。これが最後なんかじゃない…そうでしょ?皆」

 

 勿論名残惜しさはある。凄くある。でも、私はまた会えるって分かってる。だから、私は決めていた。これまでもそうだったけど、今日はこれまで以上に、笑顔で皆を見送ろうって。また来たい、また来よう…そんな思いで、皆が帰れるようにしようって。

 

「…うん。これは最後じゃない…そうだよ、その通りだよイリゼ」

「その通りだよね。それじゃあ……」

「ちょっと待って!」

 

 深く頷いて、ルナが肯定してくれる。ネプテューヌも噛み締めるように頷いてくれる。それからネプテューヌは言葉を続けようとして…そこで愛月君が声を上げた。

 

「うん?どうかしたか愛月。忘れ物か?」

「ううん、そうじゃなくて…」

 

 忘れ物?と尋ねたカイト君へ首を横に振り、愛月君は荷物の一つを床に置く。あ、もしかして…ここにいる面々の内、ピーシェとビッキィの次元に飛ばされた皆(と、もしかするとイリスちゃんも)がそんな風に思う中、愛月君は複数のある物を取り出し、言う。

 

「これ、僕が作ったぬいぐるみなんだけど…良かったらこれ、貰ってくれないかな…?」

「これは…もしかして、私達かい?」

「ほー、これは中々…いや、ほんとよく出来てるッスね。良かったらも何も、こんな可愛いぬいぐるみを作ってくれたなら、喜んで受け取るッスよ」

 

 並べられた、幾つものぬいぐるみ。それは愛月君お手製の、今回初めて出会った皆のぬいぐるみ。自分達のぬいぐるみなのだと気付いた皆は目を丸くし…初めにアイが自分のぬいぐるみを、あいぐるみ(だと愛月君とややこしいからしのぐるみ…?)を両手で持つ。矯めつ眇めつしながら暫し呟き、それから感謝の言葉と共に笑みを浮かべる。

 

「うんうん、じょーずだねあい君!ふふっ、えー君のぬいぐるみもあるし、これはゆーちゃんが見ても喜ぶかもねっ」

「ぬいぐるみといえば、プルルートだけど…愛月の腕前も結構なレベルね。ありがと、大切にするわ」

「自分のぬいぐるみ、っていうのはちょっと恥ずかしいものもあるけど…でも、嬉しいね」

「まさかこんなプレゼントがあるとは…愛月は手先が器用なんだな」

 

 次々と上がる好評の声に、愛月君は嬉しそう。それは見ている私達もほっこりするような良い笑顔で…皆がそれぞれにぬいぐるみを持つ中では、喜びだけじゃなくて驚きの声も聞こえてきた。

 

「…あら?これ、ひょっとして……」

「ぬいぐるみの義手は取り外し出来るようになってるのか…凝ってるな……」

「ぬいぐるみなら、マジックテープで付けたり外したり出来るからね。…ほんとはワイトさんのぬいぐるみが乗れる、ブランシュネージュ・ミラージュ?…のぬいぐるみも作りたかったけど……」

「そ、そこまではしなくていいよ愛月くん…そこまでいくともう、趣味の域では明らかにないからね…」

「ははは…けど、俺までいいのか?」

「勿論!ウィードさんとセイツさんの分、それに他の人も作ったから、後で渡してあげて!」

「ほんとよく、このレベルの物をこんなに沢山作れたわね…ふふふっ、わたしの部屋に置いておくのも良いけど、イリゼのぬいぐるみと一緒の所に置くのも良いかも」

「なんか、作り出したら止まらなくなっちゃって…」

 

 義手の着脱ギミックに加えて、信次元の女神の皆の分までという、大盤振る舞いなぬいぐるみの数々に、私達は舌を巻く。好きこそ物の上手なれって言うし、私もお菓子作りが趣味だから気持ちは結構分かるけど、だとしても凄いものは凄い訳で……うん。これは、丁度良いタイミングかも。

 

「じゃあ…そんな愛月君に、私達からもプレゼントだよ」

「へ?」

 

 全て渡せてご満悦な愛月君に、私が呼び掛ける。きょとんとした顔で愛月君が振り向く中、私は『これ』に関わった皆と顔を見合わせ…私からも、ぬいぐるみを贈る。

 

「前に愛月君からぬいぐるみを貰った皆で、お返しをしようって話になってね。私達はそんなに裁縫が得意じゃないから、大部分はプロに作ってもらったんだけど…それでもちょっとずつ、私達の手でも縫って作ったんだ」

「そ、そうだったの?…わっ、わぁぁ……!」

 

 大体愛月君が作った物と同じ位のサイズのぬいぐるみを差し出せば、愛月君は目を輝かせ、本当に嬉しそうにしながら受け取る。今受け取った皆と同じように…或いはそれ以上に喜ぶ愛月君の様子を見ていると、むしろこっちが何かしてもらったような嬉しさが心の中から湧いてきて、私は皆と笑い合う。

 繋がりっていうのは、形じゃない。何もなくたって、見えなくたって、心の繋がりというものがある。でも…形ある繋がりだって、見て、手に持って感じられる何かがある事だってまた、それは凄く素敵なものだと私は思う。だから……

 

「…それから、もう一つ。これを皆に、受け取ってほしいの」

「え?これ、宝石…じゃなくて……」

「シェアクリスタル、では…?」

「うん、シェアクリスタル。私とセイツで精製したものだよ」

 

 私が取り出したのは、金や銀、プラチナなんかを用いて装飾品の様に仕上げたシェアクリスタル。目を瞬かせるエストちゃんとディールちゃんに私は頷き、セイツと二人で精製したものなのだと伝える。

 形に残る、皆との繋がりを感じられるものは何か。それを考えた末、私はシェアクリスタルに行き着いた。これなら、自分達で精製したシェアクリスタルなら、他にはない一点物を皆に贈る事が出来る。それが、シェアクリスタルにした理由の一つ。

 

「シェアクリスタルって…その気持ちは嬉しいですし、イリゼさんらしいとも思いますけど…流石にそれは、身を切り過ぎというか、比喩ではない意味で身を削り過ぎな気が……」

「大丈夫よピーシェ。見ての通り、小さいシェアクリスタルだし…こう言うとあれだけど、今のわたし達は、神生オデッセフィアは、国力の割にシェア率が高い状態だからね」

「幾つもの次元に及ぶ程の最終決戦に勝利した後の、建国初期だからこその状態、か。…だとしても、大盤振る舞いだな。これは…シェアエナジーは、イリゼ達が国と次元を守る為の力でもあるだろう?」

「だからこそ、だよ。シェアクリスタルは、私達の加護が詰まっているようなもの。皆に贈るお守りとしては、これがベストだって思ったんだ。それに…また皆のいる次元と接続する時にも、これなら目印の一つになるだろうからね」

「要は、イリゼがこれを贈りたくて仕方ないって事よ。…わたしも皆に、わたしとの繋がりを築いてくれた皆に、この思いを贈りたいの。…だから、受け取ってくれないかしら?」

 

 ただのプレゼントの域を超えているんじゃ?…そう思う気持ちは分かる。形に残るし、世界に一つだけだし、明確に自分に贈られたものだって分かるし、でも趣味で…好きで作ったんだろうなと分かる愛月君のぬいぐるみは本当に絶妙で、それに比べると軽くは受け取れないものだって事は分かってるけど、それでも私はこれを贈りたかった。私は…ううん、私達はプレゼントしたかった。

 そして私達は、その思いを伝えた。だから後は、皆がどうするかで…数秒の沈黙の後、初めにルナが受け取ってくれた。

 

「そ、それじゃあ…女神様お手製のシェアクリスタル、ありがたく頂戴致しますっ!えっと…ははーっ!」

「ルナ君、それではプレゼントというか、賜与になってしまうよ…。…女神が吸血鬼にお守りとは、また面妖な話だが…この思いを無碍にするなど紳士の名折れも良いところ。君達二人の思い、是非受け取らせてもらうよ」

「プレゼントとしちゃシェアクリスタルは重過ぎるんじゃないッスかねぇ…。…けどまぁお互い女神として、間違い続けなければそれなりに長生きする訳だろうし、それならそれで、重くなくなる位持ってりゃ良いって話ッスよね」

「女神の加護…イリゼが俺達の世界に来た時は面白い経験が沢山出来たし、こりゃ期待の出来るお守りだな。ありがとな、イリゼ、セイツ!」

 

 やたら仰々しく受け取ったルナを皮切りに、皆も一つずつ受け取ってくれる。素直に喜んでくれる人もいれば、ピーシェやアイの言うように…シェアエナジーがどれだけ大切なものか常に感じている女神の皆の様に、ちょっぴり躊躇いを見せた人もいたけど、だとしても全員受け取ってくれた。…それだけで、私は嬉しかった。嬉しかったし、ほっとした。一つ気掛かりなのは、シェアクリスタルが本当にお守りになってくれるかだけど…そこは信じようと思う。なんたって、それは私とセイツのシェアエナジーなんだから。

 

「加護、か…今の俺には過ぎたものと言うべきか、ある意味これ以上ない皮肉と言うべきか……」

「もー、えー君ってばすぐそーゆー事言う…んーでも、身に付けていれば二人の力でちょっとは明るくなる、かな?」

「それは流石に何とも言えないかな…そういう事なら、もっと大きいやつじゃないと効果ない気もするし……」

「何の話をしてるんですか…けど、まさかこのタイミングで渡されるとは…むむ、今わたしから返せるのは、このクッキー位しか……」

「それうちのお土産のお菓子じゃん…しかも序盤のネプテューヌのネタと天丼じゃん…こほん。そういう事なら、代わりに一つだけお願いしても、いいかな?」

「…もしかして、写真か?」

 

 すっ…とうちのお土産の箱を出したビッキィに突っ込みを入れた後、私は皆を見回す。前にも経験しているからか、すぐにカイト君が察して、それに私は首肯を返しつつ、これで…と携帯端末を取り出す。

 写真を撮るのは、ある意味恒例の事。特に今はこれまで出会った全員がいるし、しかも新たに出会った人もいるんだから、ここで撮らない選択肢はない。

 

「それなら、教会の正面出入り口をバックに撮るのが良さそうッスね。さ、セイツ。妹を可愛く撮ってあげるッス」

「えぇ、任せて頂戴。イリゼのベストショットを撮ってみせるわ」

 

 自分の携帯端末をセイツに渡し、自信を窺わせるセイツと共に、皆に見送られて私は外へ。そして出入り口の前に立って、セイツにばっちりな写真を……

 

「…って、違ぁうッ!」

「わぁ、パスタを作ってる会社のお父さんみたいな突っ込み…」

「イリゼ、良い写真撮れた?イリス、写真見たい」

「いや撮ってない撮ってない!撮っていたとしたらそれ自撮りだから!人の手を借りる自撮りなだけだから!なんで毎回こうなるかなぁ!?」

「というかイリゼ様、その様子だとわざわざ本当に外まで…?」

 

 蜻蛉返りで戻ってきた私は、変な感想を口にするルナをスルーしイリスちゃんの発言に突っ込む。撮ってない、撮る訳がない、撮ってどうするんだって話。なんでほんと、これまでセットで恒例というか、お約束みたいになるのかなぁ…!?…くっ…ワイト君の言う通りではあるけど、こういうのは振られたらばっちり乗ってからじゃないと突っ込めない…何か突っ込めない気がするんだよ…!

 

「まあ、それはさておき撮りましょうか。記念写真は私も賛成ですし」

『はーい』

「さておかないでよ!?っていうか皆、外行くの!?教会前で撮るの!?じゃあ私は何の為に戻ったって言うのよぉ!?」

「…イリゼ、今日も絶好調ね…わたしイリゼのそういうところ、本当に大好きよ!」

「ありがとねセイツ!全く嬉しくないけどねッ!」

 

 ピーシェの呼び掛けでぞろぞろと歩いていく皆に私は叫ぶも、叫びは虚しく消えていく。私、完全に大損である。…うぅ…なんで私、こんな扱いされてるのに皆と友達やってるんだろう…。……いや、だからって絶交する気なんて微塵もないけど。

 

「弄ってやる…いつか皆を思いっ切り弄り倒してやるぅ……」

「残念ながらイリゼさん、そんな未来は恐らく一生訪れない。少なくとも、私の見える範囲でそんな未来は存在していないよ」

「こういう部分も含めてイリゼの魅力っていうか、良いところだと思うけどねー。よーし、センターはこのねぷ子さん!…と言いたいところだけど……」

「ここはホストが中心よね。二人が招いてくれたから、私達はここで過ごせたんだもの」

「…だってさ、二人共。じゃ、俺がセットするからその間に並んでくれるか?」

 

 非常に不服な紆余曲折の末、今度こそ私は皆と写真撮影。ウィード君がカメラのタイマーをセットし、教会内で見繕った丁度良い台の上に携帯端末を置いている間に、私達は全員がちゃんと映るように並んで、端にウィード君も駆け込んで、全員が揃った写真を撮る。その後は私以外も何人か携帯端末を取り出して、ルナは自分のカメラを出して、追加で記念写真を撮っていく。

 これもまた、形に残る繋がり。形になった、確かな思い出。そして記念写真を撮り、部屋に戻り……今度こそ本当に、終わりの時は訪れる。

 

「これから順番に次元の扉を開きます。皆さん、宜しいですね?(´・ω・`)」

「大丈夫よ。…って、わたしが答えるのも変な話だけどね」

 

 それは確かに、とイストワールさんの問いに対するセイツの言葉に肩を竦めるけど、皆もう準備は出来ているから問題ない。後は本当に帰るだけで…私達と皆は、向かい合う。

 

「今回は…いえ、今回もありがとうございました。本当に、本当に…楽しかったです」

「今度はまた、幻次元に来てよね。おねーさんは勿論、セイツやウィードだってその時は歓迎するわ」

 

 初めて出会った別の次元の存在であるディールちゃんと、次に出会ったエストちゃん。二人とはもう何度も会っていて…でもやっぱり帰ってしまうのは寂しいし、それ以上に楽しかった。また会いたいと、心から思える。

 

「うちにもまた来てね。また色んな話をしたいし、きっとその時には今より大きくなってるゆーちゃんと、ぜーちゃん達には会ってほしいもん」

「さっきも言ったが、次会う時はきっと…いや絶対に、もっと強くなっていてみせる。だから、楽しみにしていてくれよ?」

「私これ、大切にするね!それから、次に会う時は、あの後こんな事があったんだーっていう話を沢山用意しておくから、期待しててっ!」

「またその内、休暇として訪れる事が出来るよう頑張ります。私は異なる次元の、ルウィーの軍人ですが…これからも神生オデッセフィアが繁栄する事を、祈っています」

「今度はウチの次元に招待するッスよ。国を守る女神の先輩として…友達として、ウチの次元と皆を、たっぷりと紹介するッス」

 

 別次元でも次元の狭間でもない、特異な空間で出会った皆。再びこうして集まれた事は幸せで…でもこの幸せは、一度切りなんかじゃない。私はもう決めている。皆が望んでくれる限り、これは二度、三度、四度…もっともっと、続けていくと。

 

「…ありがとう。ここで…神生オデッセフィアと信次元で、俺は大切なものを色々と見られた。少しクサい言い方だが…掛け替えのない経験が出来た…ような、気がするよ」

「またな、イリゼ、セイツ、ウィード。俺はこれからも勝ち続けるから、その内信次元にも『チャンピオン・グレイブ』の噂が流れてくるかもしれないぜ?」

「実はもう、次にまた会う時が楽しみだったり…ここに来る前にも言ったけど、るーちゃんとライヌちゃんにも、また会おうねって伝えておいてくれると嬉しいな」

「イリス、皆に沢山話す。また楽しい事が一杯あったって。イリス、友達増えたって」

 

 こっちから迷い込む形だったり、逆に信次元に迷い込む形だったり、或いは何かの縁を感じさせるような形だったりで出会った四人。普通だったら友達になるどころか出会う事すら…その可能性すらなかった皆との絆は、私の宝物。絶対に無くしたくないし、絶対に無くさない。

 

「神生オデッセフィアが順風満帆に繁栄するかは分かりませんし、個人として皆さんが平穏無事に過ごせるかも分かりません。…ですが、もし何かあれば言って下さい。…私程度の力なら、貸しますから」

「わたしも力になります。ピーシェ様の部下云々は関係なく…友達ですし、またこうして愉快な時間を皆さんと過ごしたいですから」

「こうしてまた、一つの物語が幕を閉じる…といったところかな。…この舞台とキャストで描かれた物語は、良いものだった。だから続編を作るつもりがあるのなら、いつでも呼んでくれ給え」

「帰ったらまた大変だろうけど…負けたりなんてしないよ。皆とハッピーエンドを迎えたいし…こんなに楽しい時間をこれ切りにするなんて、絶対に嫌だからねっ!」

 

 色々な次元や世界から、一つの次元に集まった…その時からの、友達。もしかすると、次はまた、トラブルで再会する羽目になるかもしれない。だけど、大丈夫。そうなったとしても、私達なら…皆となら、きっと乗り越えられる。

 

「私は正直、ここで学びというか、私の目指す先に役立つものを得る為に来たんだけど…今はもう、そんな事関係なく楽しかったって、来て良かったって思ってるわ。だから…また会いましょ。私は、また会えるって信じるわ」

 

 そして、新たな出会い。再開と共に私が得た、新たな絆。出会い方、出会った場所、それから過ごした時間…それぞれ違うけど、そこに上も下もない。信次元の皆も、別次元や別世界の皆も、等しく大切な人達で……だからまた会うんだ。また会いたいんだ。

 

「今回の事があって、わたしは皆と出会った。知って、皆と友達になった。だから次は、皆との再会よ。また招きたいし…いつだって、どこだって、呼んで頂戴。それがどんな理由だとしても…わたしは、必ず駆け付けるわ!」

「次の時は、もっとじっくり色んな話をしてみたいな。…ああ、そうだ…絶対あるさ、次の時は。あり得ないような再会も、あり得なくなんてない…繋がりは、どんなに遠く離れても消えたりしない…俺は、そう断言出来る」

「…またね、またね皆!私も楽しかった、来てくれて嬉しかった、皆と過ごせて幸せだった!だからまた私は皆と会うよ!何度だって会って、楽しい時間を過ごすんだから!別次元とか別世界とかは関係ない…それが、友達だからっ!」

 

 最後に私達は、私達も思いを伝える。また会おうと、言葉にする。言うまでもない事かもしれないけど…大切な思いは、大切な思いなら、ちゃんと伝えなくっちゃいけない。私はそう、思うから。

 そうして、次元の扉は開かれる。それぞれの居場所への扉が順に開き、皆はそこを潜って、帰っていく。帰っていて…この長くもあっという間だった、幸せだった日々が幕を閉じる。

 

「…帰っちまったな、皆」

「…うん」

「また会えるように…また会える日まで、頑張らなくっちゃいけないわね」

「…うん!」

 

 二人の言葉に、どちらも頷く。帰ってしまったのは事実、また会えるように頑張るのもまた事実。これも、私の歩みであり…続いていく、私達の道。

 

(期待じゃない。誰かに任せっ放しの希望じゃない。次もまた、自分の意思で、自分達の思いで、また皆と会うんだ。…そうだよね?皆)

 

 皆と撮った写真に、皆と作った数々の思い出に思いを馳せながら、私は気持ちを新たにする。気持ちを、更に強いものとする。

 神生オデッセフィアから…私の国から見える、信次元の空。晴れやかな、澄んだその空は──今日もこれまでと変わらない、これからも私達が守り、続いていく、優しい光に包まれていた。




今回のパロディ解説

・「アイだね!?〜〜なんだよねぇ!?〜〜」
原作シリーズの一作目における、ネプテューヌの特徴的な台詞の一つのパロディ。パロディ、と評するには微妙なラインですが、解説はした方がいいかな、と思いここに書きました。

・「〜〜綺麗なセイツ〜〜」
ドラえもんに登場するキャラクターの一人、ジャイアンこま剛田武の姿の一つ(?)のパロディ。でも、綺麗なセイツだと個性に欠けてしまいますね。やはり個性的であってこそです。

・「〜〜永遠のじゅう〜〜」
声優である、井上喜久子こと熊本喜久子さんの代名詞の一つであるワードのパロディ。でも原作シリーズは、女神は勿論それ以外のキャラも大概時が経っても外見が変わらない…と、指摘するのは野暮ですね。

・「…って、違ぁうッ!」「わぁ、パスタを作ってる会社のお父さん〜〜」
株式会社アイエイアイのCMの一つのパロディ。アイエイアイはパスタとトランプタワーを作っている会社です。…すみません、嘘です。これもCMのネタです。


 コラボに参加して下さった皆様、コラボストーリーにここまで付き合って下さった皆様、ありがとうございました。これまでで一番参加人数の多い、話数も期間も長い、それはもう大変なコラボとなりましたが…それに見合うだけの楽しさのある、やった甲斐があると心から思えるコラボになりました!本当に、ありがとうございました!
 ですがまだ、ORの時と同様、番外編としてもう少しコラボストーリーは続きます。どうぞ、番外編もお楽しみ下さい。


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番外編 再凛の煌めき

 激戦は、終わりを迎えた。誰か一人の強さじゃない、皆の力で、皆の思いで、困難を乗り越え勝利する事が出来た。私一人じゃ、いやセイツと二人でもきっと勝つ事は出来なかった。皆がいたから、私は望んだ先を掴み取れた。だから皆には感謝しかないし、恩返しをしたいと心から思う。

 でもまだ、完全に終わった訳じゃない。戦いは終わったけど、現実に戻るのは…仮想空間から帰るのは、もう少し先。最低限今しておかなきゃいけない処理や確認があるから、暫くは仮想空間の中で待つ事になって…あの白い、待機用のエリアへと戻ってきた。

 

「ふぅ…これでやっと一息吐けるわね」

 

 そう言って吐息を漏らしたセイツに、私は頷く。休息自体は勿論塔の中だって出来る訳だけど、安全な場所だと分かっているここの方が、やっぱり気分的に落ち着くし、緊張感もなく休息が取れるってもの。

 でも休む前に、一応私は見回して、全員ちゃんと転移してきているか確認。それを把握してから、私も力を抜いて…って、うん?

 

「なんか出てきた…ソファ?」

「こっちも何か…っと、これはカーペットみたいね」

 

 突然白い空間の中に光が発生し、家具やインテリアが次々と現れる。私達がぽかんとする中、ネプギアからの通信が入って、このままの空間だと何もなさ過ぎるから…という説明を受ける。確かに、ちょっと待つ位なら良くても、それなりの時間待機するって考えると、何か寛ぐ為の物は欲しくなるよね…。

 

「おっ、中々ふかふかだなこれ。…いやぁ、にしても疲れた疲れた」

「まさか、トレーナーが最後普通に殴り掛かっていくとは思いもしなかったぜ。そういやレースの時もしれっと攻撃してたし、ほんとグレイブは何でもありだな」

「しかもちゃんと通用してたっていう…もしや、普段のバトルでも『代打、オレ!』的な感じで戦ってたり…?」

 

 疲れたー、と言ってソファに身体を沈めるグレイブ君へ、苦笑気味にカイト君が話し掛ける。そこにビッキィも参加して、割とあり得なくない…グレイブ君ならやれそうな気がする事を、何とも言えない顔で言う(因みに、ちゃんとしたバトルでそれをやったらルール違反だからやらないんだとか)。

 勝てそうにないような相手に打ち勝つ事が出来て、目的達成を果たせたからか、疲労を感じさせながらも全体としての雰囲気は良い。それに私はほっとして…それからふと思い出した、戦闘の中で気になった事を一つ、グレイブ君とは別のベットでぐでーっとしていたネプテューヌに訊いてみる事にした。

 

「…ねぇ、ネプテューヌ」

「うん?どしたのイリゼ?…あ、ぐでっとしたいなら半分開けるよ?ぐでイリになる?」

「あ、うん…確かにそっちはぐでネプ状態だけどそうじゃなくて…ネプテューヌ最後、何か女神化とは違う力を使ってなかった?」

 

 私が尋ねたのは、先の戦い…巨大な姿となった闇に最後の連携技を仕掛けた時、ネプテューヌが見せた姿の事。プロセッサが変化していたのは勿論だけど、プロセッサだけじゃなく、力そのものも変化しているように感じた。

 例えばそれはリバースフォームやネクストフォーム、或いはビヨンドフォームの様に。けどリバースフォームをネプテューヌが使える訳がないし、ネクストフォームとも明らかに違う。ビヨンド…それにカニバルフォームは比較的近いように感じるけど、それもリバースやビヨンドよりはであって、正負どちらのシェアも力にしている…という感じではないように思う。

 だから私は気になった。確かめなきゃいけない訳じゃないし、言ってみればただの興味だけど…他に優先する事もないし、ね。

 

「あー。えっとね、具体的にこういう力だー…っていうのは自分にも上手く言えないんだけど…一歩進んだ力、全部ひっくるめて前に進む力…って感じかなぁ」

「そっか。…うん、そうだね。シェアエナジーとは違う、全く別の…でも確かなネプテューヌの力、ってのは私も感じてたよ」

「イリゼこそ、なんか凄いシェアエナジー量だったよね?後実は、あの時のプロセッサは、プラネテューヌに行った時に皆で考えたやつなんだ〜、格好良かったでしょ?」

「え、そうだったの?…それは、別世界の自分の知識を得る事で、更なるパワーアップを図った的な…?」

「いや…普段のプロセッサだと見た目がはしたな過ぎるから、仮想空間の中位はちゃんとした格好したいと思って……」

「そ、そうなんだ……」

 

 突然哀愁を感じさせ始めたネプテューヌに、私は何とも言えない気持ちとなる。見た目がはしたなさ過ぎるプロセッサとは一体なんなのか。これも気になったけど…とても訊けそうな雰囲気じゃなかった。

 

(どうしよう…これは別の話を振った方がいいのかな……)

 

 基本明るさが底無しなのがネプテューヌだから、変に気を遣わなくてもすぐ復活する…と思いたいところだけど、今ここにいるネプテューヌと、信次元や他の次元のネプテューヌとは少し違う。明るく前向きだけど、その奥にあるものがちょっと違うっていうのは前から何となく私も感じていて、だからどうしようかと考えていた私だったけど…それに答えが出るより先に、別の気掛かりなやり取りが聞こえてくる。

 

「愛月、大丈夫?」

「う、うん大丈夫。…なんか、こう…ほっとしたら気が抜けちゃったのかな…あはは……」

「…ルナ、貴女顔色が良くないけど、もしかして……」

 

 気に掛けるようなピーシェの言葉に、愛月君があまり元気のない様子で答える。同じように、エストちゃんもルナに呼び掛けていて…改めて見てみれば、確かにルナの顔色は優れない。更に見回せば、一見普段通りに見えるけど、影君やワイト君も、普段よりなんというか…表情が固い。

 思い当たる節はある…というか、理由は間違いなく「まともな戦闘」になる前に闇から受けた、ゲハバーンと精神攻撃によるものだと思う。私はよく覚えていない…認識すらほぼ出来ていなかったけど、かなり酷い精神攻撃だったらしいし、イヴ曰く私もアイも今すぐ消えてしまいそうな状態だったって事なんだから、同じ状態に置かれ続けていたルナの体調が優れなくてもおかしくはない。精神攻撃に関しては、割と平気そうな面々もいるけど、そもそも精神干渉は「効くか効かないか」の二択なゲハバーンの影響よりずっと個人個人の相性が大きいだろうし…多分、何も引き摺っていない人はいない。私だって、ゲハバーンにシェアエナジーを触れ続けていたあの感覚を思い出すと、気分が悪くなりそうなんだから。

 

「…イリゼ」

「分かってる。ルナ、具合はどう?気休めにしかならないだろうけど、何か飲む?」

「飲み物は…いいかな。って、いうか…ごめんね、気を遣わせちゃって。えっと…私は大丈夫!ほら、力こぶもこんなにあるし!」

「…ごめんルナ。柔らかそうな二の腕しか見えない…」

 

 呼び掛けてきたセイツと一緒にルナの所に行くと、ルナはぐっ、と腕を折り曲げて力こぶを見せてくれた。…んだけど、残念ながらあんまり盛り上がっている感じはない。まあ、私だって似たようなものだし、力こぶの大きさ≠腕力なんだから、別に気にする必要はないんだけど……結果、何とも言えない雰囲気に。

 

「うっ…でもほんと、大丈夫だから。確かにその、落ち着いてきてからは緊張感で忘れてたものが色々ぶり返してきたっていうか、このままだと夢で見そうな気はするけど……」

『ルナ……』

「あ…だ、だからこそぱーっといきたいなーって思います!ぱーっと楽しい、嫌な感じが吹っ飛ぶような何かがあれば……」

 

 大丈夫と言いつつ全然大丈夫じゃなさそうなルナの様子に、私達は思った以上に深手なんじゃないか、ちゃんとしたケアが必要なんじゃないかと不安を駆り立てられる。というか、闇との戦いの影響が全くないのはそれこそイリスちゃん位だろうし、これはしっかり対応を考えなきゃいけない事かも…そう思い始めた時だった。

 

「ぱーっと楽しい、嫌な感じが吹っ飛ぶような何か、ッスか。まあ確かに、ウチも気が晴れるような、頭空っぽになる位の何かに打ち込みたい気分ッスし…因みにルナは、エンターテイメントは好きッスか?」

「……?うん、好きだけど…」

 

 何か考えがあるような、そんな雰囲気を纏って歩いてきたアイ。何を考えているんだろう?と私達が首を傾げると、アイは私、それに少し離れた場所にいる茜に目をやった後…言う。

 

「だったら…ここは一つ、ウチの完璧で究極なアイドルっぷりを見せてやるッスよ!」

『いやそれはアイ違いじゃない!?』

 

 びしり、とばっちりポーズを取りながら言うアイに、思わず私達は揃って突っ込む。気遣うと見せかけてただの冗談!?…と一度は思った私だけど、提案自体は本気なようで、再び私へと視線を送ってくる。

 

「どうッスか?ここは仮想空間ッスし、セットとか音楽とかの準備は何とかなると思うんッスけど」

「や、それはそうだろうし、発想としては悪くないと思うけど…それにしたって唐突過ぎない…?」

「思い立ったが一日千秋って言うじゃないッスか。茜はどうッスか?」

「言わないと思うけどなぁ。…でも、うん…そういう事なら大賛成!私は何があっても、皆の味方だよ!」

『こっちもこっちで茜違いじゃない!?』

 

 二重の意味で乗ってきた茜に、再び私達は突っ込みをハモらせる。そうしている内に皆もなんだなんだと集まってきていて、イリゼはどうする?という視線をアイと茜に向けられる。…どう、って…どうもこうも、私も別に反対じゃない。じゃないけど…ど、どうしてくれるのさ茜!これもう、私も何か一ネタ入れないといけない流れじゃん!そういう流れになっちゃってるじゃん!…う、うぅ…うぅぅぅぅ……

 

「……へ…」

『へ?』

「…ヘルエスタセイバーッ!」

『何で!?』

 

……全員に突っ込まれた。突っ込まれたっていうか、ぎょっとされた。…なったよ、なりましたよ、変な空気に。…仕方ないじゃん…私にはこうするしか…こうするしかなかったんだから…!

 

「…取り敢えず、大丈夫ですか…?」

「だ、大丈夫…ある意味大丈夫じゃないけど大丈夫……」

「途中から話を聞いていたのですが、何かやるおつもりで?」

「えぇ、そうよ。アイの発案で、ぱーっと…多分、ライブ?…をやるつもりらしいけど……」

 

 シンプルに心配されるという逆に辛いディールちゃんからの声掛けに私が答えると、今度はワイト君が訊いてくる。そしてその問いにはセイツが答えつつ、ルナの方を見やると……ルナは、目をキラッキラとさせていた。それこそ、好きなアイドルのライブチケットが当たった時の様な、期待と喜びに満ちた顔をしていて…まあ、あれだよね。そんな顔をされちゃったら…やる気、出ない訳がないよね。

 

「ふむふむ、ライブを行う事で単純に気分を上向きにさせる…要は元気付けるだけでなく、愉快に賑やかに盛り上がる事で戦いは終わったのだ、と改めて意識出来る状況を作り、更に歌う君達自身もその行為によって引き摺っているものを全て塗り替える、という事だね。加えて仮想空間であるここなら、セットや演出の用意は容易、それにこれ程の仮想空間ならばライブやコンサート用のデータが元から組み込まれている可能性もあり、もし活用出来るのなら外からのサポートは最低限で行えるから、バグ処理で忙しいであろうネプギア君達に負担を強いる事もなくなる……流石は女神、ここまでの事を考えての発案とは脱帽したよ」

「あっ……ちょ、ちょっちゅねー…」

 

 うんうん、と数度頷き全て理解したとばかりに言ってのけるズェピア君。けどまあ、読んでいる皆さんならお分かりの通り、誰もそこまでは考えていなかった訳で…むしろこっちが脱帽だった。発案者として褒め称えられたアイなんて、最早普段の口調が行方不明になって某プロボクサーみたいになっていた。

 

「…なんでほんと、ここまでさらっと言えるのかしらね彼は……」

「しれっと駄洒落まで入れてる辺り、もうこれ実は二周目とかメタの世界の住人とか、そういう事なんじゃないッスかねズェピア……」

 

 唖然とするセイツと、調子を狂わされたアイの小声での呟きに、私は苦笑しつつ……頷く。割と本当に、そうだとしても私は驚かない自信が…あ、いや、そうだったら驚くかな、普通に…それはそれとして納得すると思うけど…。

 

「…こ、こほん。まあそういう訳で、私達はこれからライブをしようと思うんだけど…どうかな?」

「ライブ…ライブとは、何?」

「んーと、歌ったり踊ったりを、皆の前でする事…かな。ほら、イリスちゃんもTVとかで見た事ないかな?」

「…まあ、やるのは構わないし、発想としては悪くないとも思うけど…三人共、やけに自信満々ね。何か根拠でもあるの?」

 

 咳払いをして私が呼び掛ければ、イリスちゃんが首を傾げ、それに茜が答えてくれる。続けてイヴも、至極当然な疑問を口にし…私達は、ふっと笑う。自信?そんなもの…あるに決まってるじゃん。

 

「そういえば、わたし達も昔飛び入りでやったよね。…懐かしいなぁ…」

「あー、確かにそうだったわね。あの時は、ネプギアとユニちゃんと、四人で舞台に立ったんだっけ…」

「何で二人してしみじみしてるのかはよく分からないが…俺は賛成だなー。賑やかなのは好きだしさ」

「問題がなければ、すぐに準備に取り掛かるぞ。仮想空間内とはいえ、全て手元からの操作で出来る訳じゃないだろうしな」

「意外とやる気ですね、影さん…ってあぁ、そっか…茜さんもやるんですもんね」

「…であれば、私も手伝います。お三人の活動には無関係という訳でもないですし…ただ待つより何かしていた方が、確かに気も晴れそうですからね」

 

 だからか、とピーシェが納得する中、グレイブ君の後に言った影君に続いて、ワイト君も協力の姿勢を見せてくれる。実際に表に立つのは私達だとしても、影君の言う通り、『準備』をしてくれる人は必須な訳で…私達は協力してくれる皆にしっかりと頭を下げてお願いした後、ネプギアに連絡。ライブをしようとしている事を伝え、問題ないという返答を受ける。

 ありがたい事に、そしてズェピア君の見立て通り、ライブステージのデータも仮想空間の中にはあった。だから私達はそこに転移し、私達三人はステージの裏に。

 

「さて、ライブってなると普通はセトリが必須だし、内容によっては途中でトークのコーナーなんかを入れたりもするんだけど……」

「別にそんな、きっちり決める必要はないんじゃないッスか?勿論本気でやるつもりではあるッスけど、遊びみたいなもんッスし、何より即興な訳ッスからね」

「披露する相手もお客さん…って訳じゃないし、きっちり決めるより、カラオケの延長みたいな感じでノリを重視した方が良いのかもね」

 

 舞台の仕様を確認しつつ、私達は軽く打ち合わせ。二人の返しに納得した私は、最低限の事だけ二人と決めて、一旦ステージの袖で待つ。

 

「…あ、えー君とえるなむさんから情報送られてきたよ」

「どれどれ…ってうわ、この短時間とは思えないレベルのプランと提案が……」

「ほんとどうなってるんッスかねあの二人は…能力もそうッスけど、何考えているか分からない癖して割とノリノリって……」

 

 半眼で情報に目を通すアイの発言に、私も茜も苦笑い。ほんと、どうなってるんだろうね…影君はまあ、茜がやるからだろうとして…ズェピア君の方は、案外普通にイベント事が好きなだけだったりして。

 

「…そんじゃ、出るとするッスか。内々での遊びとはいえ、ギャラリーを待たせる訳にはいかないッスからね」

「だね。今日も頼むよ、リーダー」

「ふふん、それじゃあ…行くよ、二人共っ!」

 

 ぱちんと一つウインクをすれば、茜はにこりと笑って舞台袖からステージへと駆け出す。私とアイも、それに続いて駆けていく。

 言うまでもなく、私は女神だから人前なんて慣れたものだし、アイも多分そう。茜だって元教師なら慣れてるだろうし、二人の度胸を思えば、不安はない。でも、内輪とはいえ『観客』を前にしての活動は初めてな訳で…だからドキドキもするし、ワクワクもする。

 ただなんであれ、やる事は一つ。全力で、心からの歌と踊りを披露して、目一杯楽しんでもらうだけ。楽しんでもらって…私達も、楽しむだけ。

 

 

 

 

 普段の服装からステージ衣装へと装いを変えた、愛らしくもどこか煌めきを、それぞれが持つ魅力を引き出す衣装を身に纏った三人が、ステージ上へ姿を現す。

 淡いながらも明るい色合いをした、ワンピースタイプの装い。フリルによってスカートに広がりとボリュームを感じさせるその装いは、正しくアイドルらしいものであり…それと同じように、或いはそれ以上に、表舞台へと姿を見せた三人は、それまでの女神と女性ではなく…観客を魅せる、『アイドル』の雰囲気を放っていた。

 

「皆ーっ!今日は来てくれてありがとーっ!」

 

 軽快にステージの中央まで駆けた三人は、茜を中央とする形で並び、中央の茜が…トリオユニット・ヴィオレンスブルームのリーダーが手にしたマイクで呼び掛ける。

 彼女らしい、溢れんばかりの明るさを解き放った第一声によって上がる歓声。それを肌で感じた三人は見回し、ゆっくりと目を閉じ、瞼を開いてもう一度見やり…言う。

 

『…って、黒色の観客が大量にいるぅぅぅぅううううううっ!?』

 

 数秒前までのアイドルの雰囲気はどこへやら。完全に素に戻った三人は、びっくりした顔で叫びを上げる。

 しかしそれも当然の事。彼女達が突っ込んだ通り、全員揃っていても十五人しかいない筈の観客席…その後方には、あり得ない数の人が、全身真っ黒の人影があった。そしてその人影が歓声を上げているのだから、驚いたとしても無理はない。

 

「ふふ、ステージの規模に対して観客が我々だけでは些か以上に寂しいからね。簡易的ながら、観客役を作らせてもらったよ」

「か、観客役って……」

「確かにお客さんが沢山いるのは嬉しいし、えるなむさんのその気遣いは嬉しいんだけど……」

「実質初ライブの観客の殆どがサクラっていうのは、それはそれで悲しいものがあるッスね…」

 

 さらりと言うズェピアの言葉に、三人は凄まじく複雑そうな表情を浮かべる。すると観客席前方、人影ではない面々が集まっている側では、「ほらねー」という反応がちらほらと上がり、ズェピアは「ははは…」と苦笑い。様子からして彼もこの流れは予想していたようであり、なら何故こんな事を…と一度は思う三人だったが、一旦それは置いておいて気持ちを切り替える。元々のノリが良く、更になんだかんだ真剣にアイドル活動へと取り組んできた三人である為、やると決めた以上は内輪の事であっても精一杯やりたい、やり抜きたいのである。

 

「頑張って、三人共ーっ!ズェピアさん、観客に…えっと、コール&レスポンス?…も仕込んでるみたいだから、きっと三人も楽しめると思うよっ!」

「そうなんッスか?なら、まずはウチから……」

 

 両手を口の左右へと添え、大声で声援を送るのはルナ。既にかなりわくわくしている様子の彼女の言葉に三人は顔を見合わせ…ならば、とアイが一歩前に。

 

「楽しむ準備はいいッスか?もし出来てないなら、今すぐすべしッスよ?準備もなしに乗り切れる程、ウチ等のライブは甘くないッスからね!」

『A!I!アーイっ!』

「いや短いッスね!?二文字て!レスポンス二文字て!」

 

 声を響かせたアイへと送られる、黒塗り観客からのレスポンス。ただの背景に見える観客役が、結構な熱量のレスポンスをしてくれるのは、中々にインパクトがあるもので…だがしかし、確かに短かった。思わずアイが突っ込むのも無理はないという程度に短いレスポンスであった。誰が悪いという訳でもないのだが。強いて言うなら、非はなくともそんな名前をしているアイ自身が原因なのだが。

 

「こ、こほん。次はあかねぇがいくよー!今日は目一杯楽しんでね!私達も楽しむから、皆も、皆で、思いっ切り楽しもーねっ!」

『A!Z!U!N!A!あーかねっ!』

「いえぃ!…っていやアズナだよ!?A・ZU・NAになってるよ!?」

「…まあ、明るくて真っ当なように思えて、その実結構アレな側面が…って意味じゃ間違ってなくもないような……」

『酷い!』

 

 咳払いの後にこりと笑い、拳を突き上げながら再び茜は呼び掛ける。茜のコールにもレスポンスが上がり…されど明らかに間違っているレスポンスに、茜も思わず突っ込んでいた。更にぽつりと零れたイヴの呟きに、三人はショックを受けていた。

 

「…えーっと、次は私だね…これはもう、私の時も変なレスポンスが来るに決まってる気がするけど…そんなのに臆する私じゃない!そして…今日はたっぷり、心の奥底まで、魅せてあげる!私達の、ヴィオレンスブルームのパフォーマンスを!」

『I!R!ISE!イーリゼっ!』

「…………」

 

 

「……いやボケてよッ!?」

『えぇ…?』

 

 普段の柔らかさと、女神としての威風を織り交ぜた宣言にもまた、レスポンスが届けられる。後半に掛けて加速したレスポンスを、イリゼは全身で浴びるようにして聞き入り……突っ込んだ。おかしな点など何もない、真っ当なレスポンスに対し、むしろ何もおかしな点がない事へと突っ込んでいた。なんでボケてくれないの!?…という、不満に満ちた突っ込みだった。これには全員…アイや茜すらも困惑していたが、信次元民の多くは芸人魂を少なからず持ち合わせているのである。

 

「…おいズェピア、どうしてくれるんだ。微妙な雰囲気になったじゃないか」

「う、うむ…すまない。ネプギア君から許可を得た範囲のデータを利用して作った観客だが…もう少しデータを精査してから設定するべきだったね…」

「まーでも、これはそれでいいんじゃねーの?行った事ないけど、お笑いライブってこんな感じだろ?」

『お笑いライブじゃない(ッス)よ!?』

「でもおねーさん達、出てきてからの発言の半分位は突っ込みよね?」

『うっ……』

 

 奇妙なコール&レスポンスが終わったところで、愉快そうにグレイブが笑う。その不服極まりない表現に三人はまた突っ込むが、対するエストの返しで言葉に詰まり…ちょっぴりしょげた。

 

「エスちゃんまでなんて事…えぇと、頑張って下さーい」

「うんうんっ!私は既に楽しんでるよっ!」

「ルナ、さっきからテンション凄いな…ま、ライブはこっからが本番ってかメインだろ?俺は期待してるぜ?」

 

 妹の容赦ない発言に軽く呆れた後、何とも慣れない様子でディールが応援をすれば、続けてルナも嬉々として声を上げる。腰に片手を当てた状態でカイトも言い…段々と上がる観客席前方からの応援に、三人はぴくりと肩を振るわせた。

 表舞台に出て以降、大いに振り回されているのだから、少し位しょげたところで誰も悪くは言ったりしない。幾ら人前に慣れているとはいえ、アイと茜は実質的な初ライブ、イリゼにしてもこのような展開は初めてである為、このような反応となるのも普通の事。されど三人共、期待に応えたい、良い舞台にしたいという思いは本物であり…そして彼女達は、一度調子が狂ったからといっていつまでもそれを引き摺るような者達ではない。

 

「ふー、ぅ…なんかちょっと変な感じになっちゃったけど…皆楽しみにしてくれてる、そうだよねー!?」

『そっうでーすっ!』

「当然だね。当然だし…安心してよ、皆!その期待、私達が軽々超えてみせるから!」

『いえぇぇぇぇッ!』

「見逃すな、聞き逃すなとは言わないッスよ。むしろ、出来るものならしてみろッス!」

『フゥゥゥゥゥゥッ!』

 

 明るく柔らかく笑顔で観客へ問う茜。柔らかくも自信を包み隠さず見せるイリゼ。自信満々に、それでいてどこか親しみ易さも抱かせるアイ。三者三様、それぞれの個性を発揮しながらの声に会場のボルテージは右肩上がりで上がっていき、それに応えるように三人もにっと口角を上げる。

 

「それじゃあ一曲目、いくよ!まずは私達のデビュー曲!私達にとっての初めの挑戦で、初めの成功!New Past Alternative 〜ヴィオレンスブルームversion〜!」

 

 高らかに茜が口にする曲名。それを合図にイリゼとアイは立ち位置を移動し、同じタイミングで影とズェピアが機材を操作。入力された指示により曲が流れ始め、ステージのスクリーンも映像が変化し、照明も色取り取りの光を放つ。

 これから始まるのだという高揚感。その雰囲気は見ている者全員を包み…そして、気付く。

 

「……!…これは……」

「凄い…さっきまでと、全然違う人みたい……」

「…うん、凄いね。イリゼさんとアイさんは女神だし、茜さんも常人離れしてるんだから、とは思ってたけど……素人の趣味なんてレベルじゃないよ、きっと」

 

 驚きビッキィが目を見開けば、愛月もステージ上の三人の様子に目を丸くする。全然違う人の様だ…それに頷いたピーシェは、三人の眼差し、立ち姿、何より纏う雰囲気から、これから始まるのが『遊び』の域ではない事を感じ取り…拡散する。先日、ルナが見つけたある動画は、合成でも編集されたものでもなく、本物の映像だったのだと。

 それまでの明るい雰囲気から一転し、静かな…静かなれど確かな熱を持つ蝋燭の火の様になった三人は、次の瞬間動き出す。静かな火が燃え盛る炎となるように、研ぎ澄まされた集中力と共に、三人は歌い、踊り始める。

 

「目覚めたのは 白い朝〜♪」

「思い出すのは 空白の記憶〜♪」

 

 決して激しさはない、ゆっくりと温度と勢いを溜めていくような序奏。しかしそれだけでも、歌と踊りの一つ一つで質の、精度の高さを三人は見せる。激しくないからこそ一つ一つがよく見え、元の能力と努力の両方を観客達に感じさせる。

 無論、本職のアイドルに匹敵する訳ではない。細かく見れば、聞けば、荒さも経験の乏しさもあるのだと分かる。だが逆に言えば、そこまでの注視をしなければ感じられないレベルにまでは既に到達しているという事であり…まだ足りない部分を補うそれぞれの力、魅力を、三人は持ち合わせていた。

 そして、溜めていた…収束していた力を解き放つようなサビ。一気に盛り上がる、跳ね上がる曲調に観客席も盛り上がり、黒塗りの観客は力強く合いの手を打つ。三人のパフォーマンスも激しさを増し、仮に十数人でパフォーマンスを行ったとしても余裕があるようなステージの広さ、それを全く感じさせない程のダイナミック且つ過敏な動きで全員の視線を引き付ける。曲としての緩急、熱い部分と静かな部分こそあれど、気を抜ける部分など一切ないままに最後まで駆け抜け…鋭いターンからのポーズで、三人は一曲目を締め括った。

 

「……皆ーっ!一曲目、どうだったー!?」

『うぉおおおおぉぉぉぉッ!』

「良かったよーッ!三人共可愛くて、でも大人っぽい感じもばんばん出てきて、歌も上手だしダンスなんてキレッキレだったし、一曲目からサイコーっ!」

「…ほんとにさっきからずっと、テンション上がりっ放しねルナ…発案側のアイ達的には、狙い通りなんでしょうけど……」

「…………」

「いやぁ、輝いてるねぇ三人共。凄いしっかりアイドルしてて……うん?イリスちゃん、何をして…って、もしかして三人のダンスを真似してる…?」

「……!…………!」

「ふふ、わたしも基本あっち側だけど、こうして見るのも悪くないわね。イリゼ…それに二人の活動のサポートをしてくれて感謝するわ。…って、影?影ー?」

 

 数秒間の沈黙の後、イリゼが強く声を上げれば、観客席の後方からも前方からも歓声が返ってくる。楽しみ方はそれぞれで、ルナの様に思い切り楽しむ者もいれば、イリスの様に無言で真似して習得を図る者もおり…後から分かった事だが、セイツが呼んでも全く反応のなかった影はその時、義眼の機能をフル稼働させて撮影を行っていた。だが身体同様義眼自体も仮想空間内で再現されたものである為、撮っても何一つ記録としては残らない事、一方仮想空間である為に、取らずともデータをコピーする事で確保出来る事に後から気付き、それを失念していた自分自身に呆れていたのはまた別の話。

 

「楽しんでくれたみたいッスね?ウチも一曲目は気持ち良く歌えたっスよー!」

「でもまだ、一曲目が終わっただけ。一曲目もばっちり盛り上がったけど、次はもっと、もっと盛り上がる事間違いなしだよ!なんたって二曲目は完全オリジナル!ちょっとだけど私達も制作に関わった、真の私達の曲!だから、最高潮まで響かせるよ!タイトルは……」

『プレムフルレゾンヴェーゼ!』

 

 高揚した会場の雰囲気に乗るように、茜が次となる曲を紹介。タイトルは…そこまで言ったところで一拍置き、そのタイミングで横並びとなるようイリゼとアイは前に出て、三人はワンピースタイプの衣装を掴む。それから揃ってタイトルを口にすると共に、衣装を空へと向けて脱ぎ去り……一曲目以上にアップテンポな、激しさを伝える曲が流れ出す。

 

「ぬ、脱いだ!?え、ま、まさかあのPV的動画で言っていた『可憐に過激に』って、そういう……」

「ははは、まさか。あれも仮想空間である事を利用した、一つの演出だよ」

 

 フリではなく、本当に宙へと投げ放たれた衣装を見て、ぎょっとするビッキィ。しかしズェピアは余裕の面持ちであり…飛んだ衣装へと一瞬視線を奪われていたビッキィや他の者達が目線を元に戻した時、三人は衣装を纏っていた。一曲目とは違う衣装で、その身を包んでいた。

 貴族や高級将校を思わせるデザインと、黄色や赤を主体とする色合いを持つその衣装は、三人が初めて『本番』に臨んだ際の装いであり、ヴィオレンスブルームの方向性を示す、ある種の制服の様なもの。それを纏い、駆けるようにして三人は歌う。舞うようにして三人は踊る。

 可憐で華やかな満面の笑顔と、引き込み心を震わせるような、過激な程にまで熱く激しい歌と踊り。ビッキィの言葉通りの、思いの籠ったパフォーマンスがステージの上では繰り広げられ、三人の放つ雰囲気は包むを超えて会場を飲み込む。

 

「…なんというか、感動するな…」

(あ、凄く良い顔してる…こんな晴れやかな顔する事もあるんだ…)

 

 ぽつり、と自然に零れ出したような影の声。穏やかなその声に「うん?」とピーシェは横を向き、それから見た事もない表情に目をぱちくりとさせていた。

 既に十分過ぎる程に、十二分に心を揺さぶる三人のステージ。しかしまだ、この場だからこその演出があった。魅せる側である三人すらも知らない演出が、パフォーマンスが…歌に乗るようにして、空から現れる。

 

「…うん?この音は……」

「え、マエリルハ…!?」

 

 不意に聞こえてきたのは、轟くような噴射音。なんだなんだとグレイブが、他の者達も顔を上げ…セイツが驚きの声を上げる。歌う三人もまた、驚き目を見開く。

 空に現れたのは、巨大な鉄騎。人型形態で無人機でもあるルヴァゴをバックパックの様に背負った、神生オデッセフィア国防軍の機体であるマエリルハ。滑らかに宙を飛ぶ…空中で立ち回るマエリルハを見た次の瞬間、観客席側ではいつの間にかワイトがいなくなっていた事に気が付き、理解する。そのマエリルハを操縦しているのは彼であると。手伝うと言っていた彼は、早い段階で観客席を離れ、ライブパフォーマンスの為の準備をしていたのだと。

 

(ワイト君…って、降りてきた…?)

(こっちを向いて、手を差し出してきて……)

(ははぁ、これはまた無茶振りしてくるッスねぇ。…でも……)

 

 噴射炎をなびかせ、鮮やかなスモークで空に線を描きながら、大立ち回りをするように飛ぶマエリルハ。勿論三人のダンスに比べればかなり大雑把な動きではあるが、巨大な人型ロボットが空を飛びながらパフォーマンスをするというのは、それだけで見物であり…暫しパフォーマンスをしたところで、マエリルハは一度着地する。ステージの方を向く形で降り立ち、マニピュレーターを開いて差し出し…それに再び驚いた三人だが、すぐにマエリルハの、ワイトの意図を理解。顔を見合わせ、頷き合い…マエリルハに向けて、駆ける。そして茜はマニピュレーターに、イリゼとアイは更に腕部を蹴るように跳んで両肩部に乗り…その状態で、マエリルハは飛翔する。地上から空中へとステージを移し、空で三人のアイドルは歌う。

 

「い、幾ら仮想空間の中とはいえ、凄い無茶するわね…。もし落ちたら……あ、でも三人共飛ぶ方法はあるか…」

「けど、ワイトさんがこんな事するなんて意外というか…なんかあのマエリルハ、三段変形しそうな気がしてきたな……」

 

 この面々でなければ実現しなかったであろう、ダイナミックもダイナミックなパフォーマンス。しかしよくよく考えれば落ちても各々女神化なり変身なりをすれば良いだけか、とイヴは納得し、カイトはパフォーマンスというよりも、このような行為をする事もあるのか、とワイトの方に一時関心が移っていた。

 三人を乗せた事で、振り落とさないよう控えめとなったマエリルハのパフォーマンス。しかしそれを補うように、ルヴァゴからはミサイルが放たれ、炸裂したミサイルは比喩ではなく本当に花火となって空を彩る。

 そして、二曲目もクライマックスへ。仕草一つ、視線一つを取っても熱く激しく、艶かしさをも感じさせる歌の果てに、三人は高度を落としたマエリルハから飛び降り…着地と共に、その声を響かせた。

 

『──咲き誇る pleine floraison baiser』

 

 締め括るのに相応しい、静かに告げるような最後のフレーズ。しっとりとした、熱を帯びた最後の声は、波の様に会場中へ広がっていき……そうしてまた、歓声が上がる。

 

「ほんっと凄いね、三人共…でも、どうして茜がリーダーなんだろう?多分だけど、茜ってリーダーやりたがる性格じゃないし、むしろそういうのはイリゼの方がやりたがりそうっていうか……」

「まあ、理由としては女神であるイリゼとアイのどちらかをリーダーにしてしまう…つまりこのユニット内のみとはいえ、違う国の女神間で立場の差を作ってしまうのは避けておきたいという事情だな。けど、理由はそれだけじゃない。むしろユニットとしてのスタイルに合わせて、茜がリーダーになったと言うべきだ」

「チームというのは協力、協調が不可欠な訳だけど、彼女達…いや、イリゼさんとアイ君の二人には、意図的に『相手に合わせる』という行為を必要最低限にしか行わないようにしてもらっているんだ。仲間でありライバル、という表現はよくあるけど、彼女達の場合、『相手を貶めたりはしないし、仲間意識を持って活動してもいるけど、自分の方がより目立つ、目立ってやる』という、対抗意識を重んじてもらっている…と言えば分かるかな?」

「元から二人の間にあった相手への意識の一つを、ユニットでも発揮してもらっている訳だ。それでも、対抗心を前面に出したとしても、きっちりステージを成立させる…より良い舞台、より良い成功を共に作り上げられるだけの力を二人は有してもいるが、同時にそれは諸刃の剣。…だからここに、茜が『中心』として必要になる」

「彼女はこと『把握』においては他の追随を許さないからね。その彼女が共に舞台に立つ事で、彼女が中心となる事で、競い合う二人に発生し得るミスの危険を徹底的に排除する、ミスが起こらない立ち回りが出来るように、茜君を介した舞台を作り上げる…という事さ。一切の遠慮がないが故に凄まじくも危うい諸刃の剣は、茜君の存在によって不壊の聖剣へと進化を遂げる。それでいて茜君はサポートに徹するのではなく、ステージを完全把握する事で要所要所の見せ場を的確に掴み、尚且つ把握し続ける事による負荷の分は、二人に目立ってもらう事で余裕を作って補う…全く大したものだよ、彼女達は」

「そ、そうなんだ…(な、なんだろうこの全て理解してる的スタンス…後方プロデューサー面、的な…?)」

 

 二曲目が終わった事でまた舞台と客席との掛け合いが行われる中での、ネプテューヌの素朴な疑問。それに影とズェピアが答えたのだが、そのあまりに密度のある…予想の遥か上を行く回答に、ネプテューヌは若干気圧されていた。…因みに実際、二人はヴィオレンスブルーム結成時にマネージャーとプロデューサーとして協力を頼まれ、トレーナーを頼まれたワイト共々それに応じているので、プロデューサー風に見えたのは強ち間違いでもなかった。

 

「良かったよ!皆の盛り上がり、私達の心にも響いてた!おかげで凄く、凄く良いパフォーマンスが出来たっ!」

「同感ッス!けど、盛り上がり過ぎて、ダンス先走ろうとしてなかったッスか?」

「うっ…けどそっちこそ、途中で本来の位置より前に出そうになってたよね?もっと見てほしかった、前で声援を感じたかったとか?」

「こーら、舞台の上で喧嘩しないの。それと、二人やここにいる皆も気付かないレベルのミスでも、私にはばっちり見えてるんだからね?」

『うぐっ……』

 

 にこり、と笑いながら言う茜の指摘に、言葉を返せないイリゼとアイ。二人共それが嘘ではない…彼女ならば本当に、微細なミスでも的確に把握出来るのだと分かっているからこその反応であり、同時にそれは、ヴィオレンスブルームにおけるリーダーの名が、決して飾りではないのだという事が垣間見える一幕でもあった。そして、挑発し合うような二人の掛け合いと、茜の反論を許さない仲裁という一連の流れもまた、パフォーマンスの一つたり得るものだったのは、また別の話。

 

「こほんっ。それじゃ、次の曲は……何にしよっか?」

「え?…次の曲、決めてないの…?」

「決めてないというか…ウチ等がちゃんと練習したのは、今やった二曲だけなんスよね。ヴィオレンスブルームとしても、まだこの二曲しかないッスし」

「まあ、結成したばっかりなんだから当然よね。…でもそう訊くって事は、リクエストを受け付けてくれるつもりなのかしら?」

「まぁ、これだけ大仰な場所使ってるのに、二曲だけではいお終い、じゃ流石に味気ないし…」

 

 意外な問い掛けに愛月が声を上げれば、アイがヴィオレンスブルームの現状を答える。続けてイリゼとセイツの姉妹によるやり取りが交わされ、ならば何かリクエストをという流れになったが…これ、というものは出てこない。

 

「歌ってほしい曲、ねぇ…てか、仮に俺が何か言っても、それは多分三人にゃ分からないんじゃないのか?なんせ全然違う世界なんだしよ」

「確かにそうだね。別世界は勿論だけど、同じ『ゲイムギョウ界』と呼ばれる次元でも、違う部分は多い。それにイリゼ様、アイ様、茜さんの三人全員が知らなければ、ユニットとしては歌えないという問題もある」

「…けど、別にきっちり歌える必要はないのでは?私達もお金を払って見ている訳じゃないですし、要は盛り上がれば、楽しめれば目的としては達成出来ますよね?」

「うーん……あ、ならいい事思い付いた!今回の仮想空間は各次元や世界からも協力を受けてるんだから、それを介すれば…よし!これで色んなところの音楽を検索出来る…!」

 

 マエリルハから降りてきたワイトも会話に参加する中、ピーシェがもっと緩く捉えてはどうだろうか、と言う。それを受けたイリゼはある事を思い付き、表示させたモニターを操作し…検索結果をアイと茜も覗き込む。

 盛り上がればいい、そういう事ならより広い範囲で曲を調べ、勢いで歌ってみようというのがイリゼの考え。初めての曲を上手く歌える訳がないというのは重々承知だが、失敗したとしても皆が笑ってくれればいい、とイリゼは調べていき…ふと、ある曲の紹介が目に止まる。

 

「へぇ、子供に人気で…最高視聴率50%超え!?……をした特撮番組の主題歌…これは中々良いかも。えぇと、歌詞アザ☆ゼル、作曲サーゼクス・ルシファー、振り付けセラフォルー・レヴィアたん──」

「止め給え」

「えっ?」

「創作の世界は自由だ、他者を傷付ける為に悪意を持って作ったのでない限り、存在する自由もそれを好む自由もある。だが世界が違えば常識も違う。同じ世界すら地域や環境によって価値観が変わるのだから、別世界で人気だからといって選ぶのはあまりにも安直であり、危険な行為だ。重ねて言おう、君達の名誉とイメージの為にも…止め給え」

「あ…はい……」

(うーん…?なんか、普通に知り合いの名前が出てきてたような……)

 

 ぴしゃり、と撥ね付けるようなズェピアの制止。え、何故…?と、至極当然の反応を見せるイリゼだったが、反論は一切受け付けないとばかりの圧力ある言葉をズェピアは返し、ただただ気圧されてイリゼは頷いた。これには別の点が気になっていたネプテューヌ以外、全員がぽかーんとしていた。

 

「えーと…絶対止めておいた方がいいというのは、わたし達も分かりましたけど…代わりに何か、あります…?」

「そう言われると、私も特には思い付かないけど…何ならいっその事、それぞれソロで歌うのも良いんじゃないかな?ソロなら各々知っている歌、好きな歌を歌えばいい訳だし、楽しんで歌っている姿を見られれば、それでいいと私は思うよ」

「──そういう事なら…飛び入り参加だって、勿論有りよねっ!」

 

 何とも言い難い空気の中で困惑気味にビッキィが訊けば、ズェピアはヴィオレンスブルーム、という形に拘る必要はないだろうと言う。それもまた一理ある考えであり……その言葉を待っていたかのように、ステージの舞台袖近くから白い煙が噴出される。

 突然の演出に、全員の視線が舞台袖へ。少しの間、舞台袖で噴き上がっていた煙だが、次第に弱くなっていき、そこに二つの人影が映る。そして煙が完全に収まった時、そこにいたのは…栗色の髪をした、二人の少女。

 

「へ?ディールちゃん…?エストちゃん…?」

「ふふん、歌う予定の曲はもうないんでしょ?だったら次は、わたしとディーちゃんに歌わせて頂戴!」

 

 目を瞬かせながら呼んだイリゼへ答える形で、現れた二人の片割れ、エストが胸を張りながら言う。そのエスト…というより二人は、魔法を用いたのか成長した姿をしており、服装もコートを脱いだ、学生服を思わせる格好で以ってステージの中央付近まで来る。

 

「自分達にも、ッスか…いいッスねぇ。そういうやんちゃな感じ、ウチは嫌いじゃないッスよ?」

「ふふっ、私もいいよ?なんだかその方が楽しそーだもん」

「ありがと、二人共。おねーさんも、いいわよね?」

「…いや、あの…エスちゃん、ほんとにやるの…?っていうか、わたしもやらないと駄目…?」

 

 快諾をした二人ににこりと笑った後、エストはイリゼからも承諾を得る。しかしステージの三人は良くとも、共に上がってきたディールは嫌がっている…訳ではなくともまだ少し躊躇いがちであり、そんなディールにエストは向かい合う。

 

「でもディーちゃん、わたしが誘った時は楽しそうって言ってたじゃない。あれはわたしに気を遣ってただけなの?」

「楽しそうって思ったのは事実だけど、やっぱりちょっと恥ずかしいっていうか…。…舞台の外にいるわたしの動きをエスちゃんがトレースする、一人二役(ダブルロール)スタイルじゃ駄目かな…?」

「いや、ディーちゃんはわたしのセンスじゃないでしょ…。…わたしはただ歌いたいんじゃない、ディーちゃんと一緒に歌いたいの。でも、ディーちゃんがどうしても嫌って言うなら、無理にやってとは言わないわ。…ディーちゃんは、ほんとに嫌?」

「…それは……」

「…イリス、ディールとエストが一緒に歌うところ、見てみたい」

 

 じっと見つめるエストの言葉に、ディールは口籠る。その表情には、迷いの感情が浮かんでおり…そこで観客席から、意外な形の援護が入る。

 エストの言葉と、イリスの言葉。二人の言葉を受け取ったディールは、数秒目を閉じ…開けると共に、頷く。頷き、言う。…わたしも、久し振りに二人で一緒に歌ってみたいと。

 

「そっちも話は付いたみたいだね。それで、曲はどーするの?」

「それは心配しなくていいわ。わたし達でもう決めてるから」

「なら良いけど、私達はどうしようか?二人は自信あるみたいだし、何となくで一緒に歌ったらむしろ質を落としちゃいそうだよね…」

「それならそれで、バックダンサーに専念すれば良いんじゃないッスか?折角二人共やる気なんッスから、引き立て役になってやってもいいッスよ」

「あ、ありがとうございます。でも、あんまり期待しないで下さいね…?皆さんと違って、ちゃんと練習してる訳じゃないので…」

「んもう、ディーちゃんはもっと自信を持てば良いのに。…三人共…準備はいい?」

 

 肩を竦めたエストは、それから真面目な顔になって三人に問う。ヴィオレンスブルームの三人はそれに頷き、再び衣装をチェンジ。ディールとエストの服装を意識してか、次に三人が身に纏ったのはセーラー服とブレザーが混ざり合ったような黒の衣装であり…ディールとエストは前、イリゼとアイと茜は一歩後ろにという配置を作る。

 

「さーって、それじゃあ皆にわたし達の完璧なパフォーマンスを見せてあげるわ!取り敢えず、ユニット名はヴィオレンスブルームwithグリモアシスターズってところかしら」

「頑張って歌いますので、聞いて下さい。曲名は……」

 

 手にしたマイクでエストは快活に、ディールは一生懸命な様子で観客席へと呼び掛ける。そして……

 

『ふたりでひとつ!』

『キャラソン!?』

 

 流れ始める前奏と、それに合わせて踊る二人。先程までのどこか不安気な様子はどこへやら、エストだけでなくディールも軽やかに踊り始め、思わず三人は一瞬呆気に取られてしまった。

 そうして始まった二人の歌。普段よりもやや落ち着いた、大人の雰囲気でエストが歌い上げれば、ディールは静かに…それでいて溢れんばかりの愛らしさが詰まった歌声でそれに続き、時にそれぞれに、時に重ねて二人は歌っていく。激しさを前面に出したヴィオレンスブルームとは違う、明るく純粋な、真っ直ぐさを感じさせる歌と踊りをディールとエストは披露していき、三人とは違う形で観客の心を引き付けていく。

 歌は良い。踊りも良い。しかし何より印象に残るのは、歌う二人が浮かべる笑顔。こうして歌える事が、また共に歌えた事が嬉しくて仕方ないとばかりに、二人共晴れやかな笑顔を見せ、心から楽しんでいるのだと分かる雰囲気を全身から放ち、自分達だけでなく観客を、この場にいる全員を、徹頭徹尾曲の全てで楽しませていた。

 

「ふぅ、ふぅ…聞いてくれて、ありがとうございましたっ!」

「とっても楽しかったわよーっ!ねっ、ディーちゃん!」

「うん…っ!」

 

 最後まで楽しそうな様子を一切崩さず歌い切った後、ディールはぺこんと頭を下げ、エストはウインクと共に声を上げる。そこからディールに呼び掛ければ、ディールはこれまた本当に嬉しそうな顔で、エストの言葉に頷いた。

 ただ盛り上がるだけではない、心が温まるような二人のステージ。その引き立て役を担った三人は、顔を見合わせ…それから、肩を落とす。

 

「うぅ…レベルが、レベルが違い過ぎる……」

「マジで完璧なパフォーマンスじゃないッスか…」

「二人が嬉しそうでこっちも嬉しくはあるけど…それはそれとして、これじゃ私達前座だよ……」

 

 選曲からしてこうなる気はしてた、と内心思いつつも、大いに三人は項垂れる。決して三人のパフォーマンスがお粗末だった訳ではないが、二人のパフォーマンスがそれ以上のものだった、と他でもない三人自身が感じているのであり…しかし前座だ、と言った後に、「もっと頑張らないと…」と呟いたイリゼへアイと茜が頷いた辺り、意識の面では三人も間違いなく負けてはいなかった。

 

「…えと…次は、どうしよっか?」

「あ、そういえばやりたい曲一つしか決めてなかったわね。…んー、今度は五人全員で歌う?今のはユニット名が微妙に詐欺状態だし」

「そーゆー事なら、今度こそ何かリクエストを……」

 

 くるり、と振り向いたエストの言葉に、茜が途中まで返す。だが茜はが言い切る前に、突如としてステージ上の照明が落ちる。何事か、トラブルか、まさかバグがまた発生したのか…そんな風にざわつきが起こり始める中、ステージ上の大型スクリーンにのみ光が戻り…それと共に、声が響く。

 

「ふっふっふ…良いステージだったよ、ディールちゃん、エストちゃん。だけど、飛び入り参加OKの前例を作っちゃったのは、大きなミスだね」

「誰よ!?…っていや、この声は……」

「なんで演出がプロレス風…?」

 

 スクリーン以外の照明がない中で、聞こえてきた声にエストが反応。それとは別に、ビッキィが半眼で呟く中、エストの言葉に応えるように再び煙が…今度はステージ全体を包む程の煙が噴き上がり、短い間ながら視界が塞がれる。そして煙が消えるまで待っていた二人とは対照的に、次第に消えていく煙を突っ切るようにして現れたのは、声の主…それに、もう一人。

 

「皆が輝くのはここまでだよ!皆には悪いけど、ここからは……」

「違う輝きを見せる番よ!」

 

 びしっ、と軽く背中を合わせるようにしてポーズを取った、宣戦布告も同然な宣言を上げた二人。声の主であったネプテューヌと、そのネプテューヌと共に現れたセイツ。

 彼女達の登場に、舞台でも観客席でも息を飲む。二人の内、ネプテューヌの方は声で半ば判明していたようなものだが…それでもこの大胆な登場は、全員を驚かせるだけの勢いがあった。

 

「ウチ等が輝くのはこれまでとはまた、大きく出たッスね…」

「まさか、ユニット対決を…?」

「ふっ、そう思ってもらっても構わないよ!」

「いや、だから何故全体的にプロレス風の演出を…?」

 

 ふふん、とディールの問いにネプテューヌは腕を組みつつ回答する。再びビッキィは突っ込みを口にするも、特にそれには答える事なく、ネプテューヌもセイツも自信に満ちた笑みを浮かべる。

 初めの飛び入り参加であるディールとエストは、あくまで共にパフォーマンスをするというスタンスだった。しかしここからは違うのか、ヴィオレンスブルームと新たに現れた二人…或いはそこにディールとエストも絡むユニット対決となるのかと、そんな空気が観客席では流れ始め、ネプテューヌは次なる言葉を言おうとする。…するの、だが……。

 

「んー…けどさ、ねぷちゃんはともかくせーちゃんはぜーちゃんの姉だよね?せーちゃん、ぜーちゃんじゃなくてそっちに付くの?」

「それはー…ほら、対決って言っても遊びだし、ノリでこっちに付いてくれた…的な?」

「ですがセイツ様は、ヴィオレンスブルームの活動を知って以降練習に協力して下さったり、時には共に踊ってみたりもしていましたよね…?」

「え、そうなの?…ま、まぁ…それはそれ、これはこれで、今回はこっち側に付いてくれた訳だし……」

「…因みに私とセイツは、これまで何度か姉妹ユニットとして歌った経験もあったりするんだけど……」

「……せ、セイツ…?セイツはこっち側だよね…?自分もやりたいな〜って言った時に、なら一緒にステージに上がる?って言ってくれたのは、そういう事…だよね…?」

「…ふふ、ふふふふっ……」

 

 次から次へと挙げられる、セイツの所属に関する指摘。初めは余裕で返していたネプテューヌだったが、段々と声に不安が混じるようになり、遂には振り向いてセイツへと確かめる。

 そんなネプテューヌの問い掛けに対し、セイツは小さく笑い出す。その様子にネプテューヌがまさか、となる中、セイツは自らの服に手を掛け…言う。

 

「悪いわねネプテューヌ!残念だけど、わたしは…そっち側よ!」

「がーん!?そんなっ、じゃあさっき言った違う輝きっていうのは……」

「わたしが皆に加わる事で生まれる、違う輝きの事ね!」

 

 二曲目に三人が着ていたのと同系統の、セイツ仕様とでも言うべき衣装を身に纏い、はっきりとネプテューヌに対し言い切るセイツ。二人で乗り込んだ筈が、実は一人だったという事実にネプテューヌは膝から崩れ落ち…観客席は苦笑い。

 これは本当にネプテューヌが空回りしていたのか、それともそういう演技、演出なのか。何れにせよ、このやり取りの中心がネプテューヌだったからか、あまり暗い雰囲気にはならず…跳ね起きたネプテューヌは、マイクを手に叫ぶ。

 

「えぇい、だったら一人でも歌うよ!歌ってみせる!或いはここまでの流れはぽいっと捨てて、何食わぬ顔で皆と一緒に歌っても良い気がする!」

「いやまあ、それはどっちにしようがネプテューヌさんの自由だと思いますけど…いやほんと、自由人だなぁ…」

「けどある意味、空気をがらっと変えたよな。やっぱ凄ぇや、ネプテューヌって」

「そんな形で評価されたとしたら、当のネプテューヌはびっくりでしょうけどね…」

 

 相変わらずだ、とピーシェが呆れ混じりに笑えば、カイトは独特の観点から感心を抱き、それにイヴが何とも言えない表情を浮かべる。

 そして結局、そこからは特に枠組みなど決める事なく、更なる飛び入り参加も加えて、よく言えば自由に、悪く言えばぐだぐだなノリで彼女達は何曲も歌った。歌い、踊り、その度に声援が上がり…演者も、観客も、確かに、間違いなく、全員が揃って楽しんでいた。そうして最後はステージ上の全員で歌い…仮想空間でのライブは、幕を閉じる。

 

「私達のライブ、どうだったかな?少しは、元気が出た?」

「うん!少しじゃなくて、凄く出た!すっごく、楽しかった!」

「私も心から堪能させてもらったよ…うん、なんかもうほんと最高っていうか、はち切れそうなレベルで胸が一杯っていうか、物凄くあやかいっていうか…もし次やる事があったら、絶対呼んでね!今度は私、あの光る棒持って、それ思いっ切り振りながら応援するからっ!」

『あはは……』

 

 イリゼからの問い掛けに心からのものだと分かる笑みを愛月が見せれば、徹頭徹尾興奮しっ放しだったルナも興奮冷めやらぬ様子で強く言う。その勢いに皆は苦笑し…その上で、思う。ライブをやって良かったと。共に楽しめて、良かったと。

 

 

 

 

 

 

……因みにこの後、『プレムフルレゾンヴェーゼ』のライブ映像がPVとして公開され、実質的な第一弾であった『New Past Alternative 〜ヴィオレンスブルームversion〜』同様話題となった。しかしその二つのPV以外一切の情報、企画が流れない為に、「ヴィオレンスブルームは実在しない、架空のアイドル」という、妙な噂も同時に流れるようになってしまったのだった。




今回のパロディ解説

・「〜〜『代打、オレ!』〜〜」
元プロ野球選手、古田淳也さんの名言の事。野球ファンだけでなく、多くの人が知るような名言ですが、実際言う、言える機会はほぼないですよね。名言は大概そうだ、と言えばその通りですが。

・「〜〜ぐでイリ〜〜」、「〜〜ぐでネプ〜〜」
SCARLET NEXUSに登場するキャラの一人、アラシ・スプリングがだらけている際の表現のパロディ。ネプテューヌよりネプギアの方が、声的にはより合いますね。

・「〜〜完璧で究極なアイドルっぷり〜〜」、「〜〜私は何があっても、皆の味方だよ!」
推しの子のOPにおけるフレーズの一部及び、登場するヒロインの一人、黒川茜の台詞の一つのパロディ。アイと茜な訳ですが、別にそれを意識してユニットを作ってみた訳ではありません。

・「…ヘルエスタセイバーッ!」
Vtuber、リゼ・ヘルエスタの必殺技の事。イ『リゼ』という事ですね。だからって必殺技する必要なんてないんですが。イリゼが激しくテンパってるだけですが。

・某プロボクサー
元プロボクサー、具志堅用高さんの事。ちょっちゅねー、と言えば彼の代名詞…というイメージですが、元々は自分から積極的に使っていた言葉、という訳ではないようですね。

・「〜〜A・ZU・NA〜〜」
ラブライブシリーズに登場するユニットの一つの事。…ですが、この「ローマ字で表現→それ違う言葉になってるよね!?」という流れのネタは、生徒会の一存シリーズにおけるあるネタを意識しています。

・「〜〜三段変形しそう〜〜」
マクロスシリーズにおける兵器、可変戦闘機の事。先週であればタイムリーなネタになっていたかもしれません。やっている内容的には、マクロスデルタのワルキューレ(とデルタ小隊)が近いですが。

・「へぇ、子供に人気で〜〜セラフォルー・レヴィアたん──」
ハイスクールD×Dの作中における番組、乳龍帝おっぱいドラゴン及び、おっぱいドラゴンの歌の事。これはパロディではなくコラボ作品のネタなのですが、解説は必要かと思いこちらに書きました。

・「〜〜一人二役(ダブルロール)〜〜」
ワールドダイスターの主人公、鳳ここなのセンスの事。もしやるとしたら、ディールとエストはそれぞれ片目にだけ光…ではなく電源マークが浮かんでたりしそうですね。勿論実際には違いますが。

・『ふたりでひとつ!』
ロムとラムのキャラクターソングの事。ゆいかおり名義での歌にしよう、というのは決めていましたが、色々考えた末キャラソンがあるじゃん、と思いこれにしました。そりゃまあ上手くて当然ですよね。

・「〜〜あやかい〜〜」
AYAKA -あやか-の代名詞的なフレーズの事。最終話に合わせる形でパロネタを入れてみました。物凄くあやかい、だと物凄く凄い、ともなってしまうのですが…元々意味の幅の広い言葉ですし大丈夫です、多分。


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番外編 少年少女と小さな子と

 どんなに強かったり凄かったり、常識が通じなかったりしても、完全無欠って事はそうそうない。タイプ的に弱点のないポケモンがいないみたいに、イリゼ達女神にはシェアエナジー?…ってものが必要不可欠だったりするみたいに、誰だって、なんだって、穴はある。

 そう。これは本当に、誰にだって言える事。たとえそれが、無茶苦茶の化身みたいな存在だったとしても。

 

「へっくしょん!…うー…駄目だ、くしゃみが止まらん……」

 

 部屋の中に響く、大きなくしゃみ。それに続くのは、何とも調子の悪そうな声。

 ここは、神生オデッセフィア教会の部屋の一つ。こっちに来ている間の、グレイブの部屋で…くしゃみをしたのも、グレイブ。

 

「グレイブ、やっぱ風邪引いたんじゃない?」

「そんな馬鹿な…バンカーは風邪引かないって言うじゃねぇか」

「いや言わないし、言うとしてもグレイブは銀行員じゃないでしょ…」

 

 変な事を言うグレイブに、僕は呆れる。風邪の影響で変な事を言った…訳じゃないだろうなぁ。普段から、ふざけてこういう事言ったりするし…。

 と、思っていたら、部屋の扉がノックされる。それにグレイブが答えれば、扉が開いて、廊下からイリゼが入ってきた。

 

「愛月君、グレイブ君の調子はどう?」

「うーん、見ての通りかな。普段より調子は悪いみたいだけど…」

「なんで本人がいるのに愛月に訊くんだよ…」

「だってグレイブ君、くしゃみ出るだけだから休む必要はない…とか言うでしょ?」

「俺的にゃ、マジでくしゃみ出るだけなんだけどなー…」

 

 イリゼの指摘に僕がうんうんと頷く一方、グレイブは不満そうに言葉を返す。仮に風邪じゃなくても、くしゃみが何度も出る時点で何かしら調子が良くない筈なんだけど…グレイブは中々それを認めようとしない。

 

「じゃあさグレイブ君、くしゃみが出るようになったのはいつから?」

「いつからって…昼寝の前は特に何もなかったし、数時間位前からだな」

「昼寝の前は何してたの?」

「朝のトレーニングだな。今日は氷淵も結構やる気だったから、凍える世界のパワーアップを目指して思いっ切りやりまくっ…ぶえっくしょん!」

((あ、原因これだ……))

 

 物凄く寒い凍える世界の中で、そんな事気にせずトレーニングしてるグレイブの姿が思い浮かんだ僕は、イリゼと顔を見合わせてお互い呆れた顔を浮かべる。で、多分身体が冷えたまま、疲れたからって温かくしないで寝たんだろうなぁ…。

 

「とにかく、俺は大丈夫だっての。愛月もイリゼも心配し過ぎなんだよ」

「…グレイブ君。確かにグレイブ君は身体が強いみたいだし、ちょっと位の風邪なんて何ともないのかもだけど、誰かに移しちゃったら大変でしょ?グレイブ君も、そうなるのは望まないよね?」

「う…そりゃまあ、そうだが……」

「あ…なんだ。風邪っぽいかも、って事自体はグレイブも認めてたんだ」

「うっせぇ」

 

 じっと見つめて、少し低いトーンの声を出したイリゼの言葉に、グレイブは口籠る。…まあでも多分、最初からそれは意識してたっていうか、誰かに移すのは不味い…って考えてたんだろうね。じゃなきゃ、文句言うだけじゃなくて部屋を出ていっちゃいそうだし。くしゃみが出るだけ、って言うだけあって、今のグレイブは普通に歩ける位の元気があるし。

 

「分かったなら宜しい。じゃあグレイブ君、何か食べたいものある?ちゃんと栄養を摂れば回復も早まるだろうし、リクエストがあれば作ってくるよ?」

「じゃあ、ステーキ」

「病人が食べるものじゃないでしょうステーキは…お粥でいい?卵とか鶏肉とか使って、クドくない程度に濃いめの味付けにしてあげるからさ」

「あー、じゃあそれで頼む。…悪いな、イリゼ」

「気にしないで。ここの主としても友達としても、放っておけないだけなんだから」

 

 済まなそうに謝るグレイブに優しく笑って、イリゼは部屋を出ていく。見送ったグレイブは、小さく溜め息を吐いて、後頭部を掻く。

 

「なんだかなぁ…」

「え、何急にぶらっと途中下車をしそうな声出して…」

「違ぇよ、冴えないヒロインの方だ」

「そっち!?僕が言った方もそうだけど、そっちはもっと無いと思うんだけど!?」

「いや、どっちでもないんだけどな」

「うん、だろうね…で、どうしたのさ」

「どうもこうも…格好悪いだろ、世界を超えてまで旅行しに来たのに、体調悪くして世話されるとか……」

 

 また変な事を言い出した…と思ったけど、実際は違った。ふざけてはいたけど、考えていたのは普通の事だった。

…いや、違う。普段だったら、グレイブはこんなしょぼくれた感じで言ったりしない。やっぱり、グレイブはいつもの調子じゃない。

 

「そう思うなら、大人しく休んで、早く治す事だね。じゃなきゃ氷淵だって責任感じちゃうだろうし、他の手持ちの皆も心配するよ?」

「へいへい、分かってるっての。…けど、休むって言ってもなぁ…さっき昼寝したから眠くはねぇし、ただ横になってるだけなんて暇過ぎるし…そうだ、軽く運動すりゃ疲れて眠気も……」

「そんなの駄目に決まってるでしょうが。はぁ…(これだからグレイブを一人に出来ないんだよね……)」

 

 一人にしたらこっそり外に行きそうだから、誰かが見ていなきゃいけない。最初はイリゼやセイツさんが、自分達が見るから…って言ってくれたけど、二人共やる事があるだろうし、えっと…身内の恥?…とは違うけど、僕と一緒に来たグレイブの体調不良なんだから、こういう事は自分がしないと…なんて思ったのが、僕もこの部屋にいる理由。

 まあまだ何日もこっちにいるし、今日は手持ちの皆をここで出してのんびりするのも良いのかも…なんて風に考えた僕。でもそこでまた、扉が開く。今度はノックなしでいきなり開いて、凄い勢いで誰かが入ってきた。

 

「グレイブ君、倒れたって聞いたけど大丈夫!?」

『へ?』

 

 びゅんっ!…って音が聞こえそうな位のスピードで入ってきて、グレイブが座ってるベットの側まで駆け込んで来たのは、ネプテューヌお姉ちゃん。ベットの側まで来ると同時に、お姉ちゃんは慌てた様子で尋ねてきて…その質問に、僕もグレイブもぽかんとなる。

 

「…えーと…ネプテューヌ?俺、別に倒れちゃいないんだが…?」

「え…?急病とか、持病の再発とか……」

「ないな」

「じゃあ、大怪我を負ったとか……」

「でもないな。てか、怪我じゃねーのは見れば分かるだろ」

「…あっれぇ…?もしかして、なんともない…?」

「そういう事だ」

「そういう事ではないでしょ…ちょっと体調悪いのは事実でしょ……」

 

 さらっと具合悪くない事にしようとするグレイブに突っ込んだ後、僕がさっき聞いた経緯を説明。するとお姉ちゃんは「なーんだ…」とほっとした様子で脱力をして…開けっ放しになっていた部屋の出入り口から、また別の人が…今度はカイトさんが部屋に来た。

 

「よっ、グレイブ。具合は…そこまで悪くないみたいだな」

「あ、カイト…もー、聞いてた話と全然違うじゃん」

「うん?聞いてた話?」

「ほら、今さっき言ったでしょ?グレイブ君が倒れたらしいって」

「倒れた?いや、俺は体調崩したとしか言ってない…よな?」

 

 怪訝な顔でカイトさんが訊けば、お姉ちゃんは腕を組んで、うーん…と考え始める。そのままお姉ちゃんは目を閉じて、首を傾げて……それから、苦笑い。

 

「あはは…ごめん、ここに来るまでに自分の中で勘違いしてったのかも…」

「…お姉ちゃんって、伝言ゲームで内容を凄く変えちゃうタイプ…?」

「うっ…そんな事ないって言いたいけど、完全にそのパターンだから何も言い返せない……」

 

 しょぼーんとするお姉ちゃんの様子に、今度は僕達が揃って苦笑。…で、えっと…カイトさんがお姉ちゃんにグレイブの事を話して、二人が来たって事は…二人共、グレイブも心配して見に来てくれた…って事だよね。

 

「ま、とにかく思ったより大丈夫そうで安心したな。もしかして、朝のトレーニングで頑張り過ぎたのか?」

「ある意味そう、かもなぁ…。…うん?てか、朝の氷淵との特訓中は、カイトもいたよな?なのになんで俺だけ……」

「氷淵…あぁ、そういう事か。そりゃ、俺はこれがあったからな」

 

 そう言って、カイトさんは掌から小さく炎を出す。要は、カイトさんは炎の熱でグレイブよりは冷えなかった…って事、らしい。

 

「あー…俺も獄炎にボールから出てもらうとかすりゃ良かったな…だーっ!上手くいかねぇなぁほんと…」

 

 凄く単純な冷え対策を思い付かなかった(というか、気合いで寒さを乗り越えてた…?)っぽいグレイブは、唸りながらベットに倒れて仰向けになる。そんなグレイブに、お姉ちゃんは苦笑して…それからベットに座る。

 

「そういう事は、誰にもあるものだよ。だからむしろ、ここは逆に考えてみたらどうかな?」

「逆?」

「体調を崩した、最悪だー…じゃなくて、体調が崩れたけどかなり軽く済んだ、ラッキー…ってね」

「コップに半分入った水を見て、もう半分しかないって思うか、まだ半分もあるって思うか…みたいなやつか」

「そうそうそれそれ、因みにカイトはどう思うタイプ?」

「俺は…その時々だな。喉が渇いている時は半分しかないって思うだろうし、そうじゃなきゃ半分もあるって思う…と、思う」

「それは…誰だってそうなんじゃないかな…?」

「あはは、確かにね。でも、『そういう答えを最初に出す』っていうのが、カイトならではの答えとも言えるよね」

 

 立てた人差し指を上に向けてくるくるさせながら、お姉ちゃんが言う。カイトさんがそれに答えて、僕の言葉には「それも答え」だってお姉ちゃんが返す。で、グレイブはといえば、へー…って感じで聞いていて…そのグレイブの側に、プリンの容器がぽふんと置かれた。

 

「ね?体調崩しちゃったのはもう変えられないんだから、前向きに考えよ?軽く済んだし、何なら可愛くて優しい女神様からプリンも貰えた〜、ってさ」

「…くれるのか?」

「ちょっとぬるくなっちゃってるけど、プリンならこういう時にもぴったりでしょ?こんなサービス、滅多にしないんだからねっ!」

「…じゃ、貰うかな。へへ、これでイリゼのお粥にデザートが出来たぜ…」

 

 貰ったグレイブはちょっと笑って、プリンをベット近くのテーブルに置く。うんうん、と素直に貰ったグレイブにお姉ちゃんは頷いていて…見た目はイリゼの方が大人っぽいけど、やっぱりネプテューヌお姉ちゃんの方がお姉ちゃんっぽいなぁ、って思う僕だった。……いや別に、イリゼが見た目の割に子供っぽいって訳じゃないよ?ただこう、『お姉ちゃんっぽい』っていう言葉が似合うのは、イリゼよりネプテューヌお姉ちゃんかなって事で…それにほら、イリゼはお母さんキャラもある訳だし。

 

「ごめんね、愛月君のはなくて。次何かあったら、その時は愛月君にもあげられるようにするからね」

「え?い、いいよ謝らなくても。元々このプリンだって、自分用だったんでしょ?」

「じゃ、愛月には代わりに俺からこれをやるよ。期間限定って事でつい買ったチョコなんだが…よく考えたら、普通の商品も俺達にとっては『期間限定』なんだよな」

 

 苦笑しながらカイトさんがくれたのは、個包装の一口チョコ。悪いと思って一回は断った僕だけど、「歳下なんだから遠慮するなって」って言って、そのままカイトさんは渡してくれた。…カイトさんは毎回グレイブのトレーニングに付き合ってくれてるみたいだし、結構お世話になってるのかもなぁ…。

 とまぁ、そんなやり取りをした後は、暫く四人で話した。流石のグレイブも話し相手がいればどっか行こうとはしなくて、お姉ちゃんが次から次へと話題を出してくれたから、僕も楽しく過ごす事が出来た。後から思えば、これもお姉ちゃんの気遣いかもしれなくて…そうして時間を忘れて話していた中で、イリゼが戻ってきた。

 

「お待たせ、グレイブ君。…って、あれ?」

「やっほー、イリゼ。お姉さんとお兄さんが、お見舞いに来てたよー」

「お兄さんっていえば、イリゼ知ってた?カイトさんって、弟がいるんだって」

「あ、そうなの?じゃあカイト君は、ほんとに『兄』なんだね」

「まぁな」

 

 お盆を持って、そこにお粥の入ったお鍋とお茶を載せて入ってきたイリゼ。そのイリゼにさっき知った事を言ってみると、イリゼは目を丸くしていて、カイトさんは小さく肩を竦めていた。…兄弟っていえば、お姉ちゃんには一誠兄さんっていう弟がいるし、イリゼもセイツさんって姉がいて、イストワールさんも姉らしいし、皆一人っ子じゃないんだよね…ちょっと、羨ましいな。

 

「おー、これは…うん、お粥って感じのお粥だね!」

「…別に、特別褒めるところがなければ無理に褒めなくてもいいよ…?お菓子作りならそれなりに得意だけど、それ以外は普通だし」

「ううん、違うよイリゼ。…料理を普通に作れる、普通に美味しい料理が出来る…それがどれだけ価値のある事か……」

((あぁ、遠い目に……))

 

 なんて言ったらいいのか分からない顔で窓の外を見つめるお姉ちゃんに、僕達もなんて言ったらいいのか分からなくなる。そのまま変な時間が数秒過ぎて…何事もなかったかのように、グレイブは鍋を開ける。これ位は自分で出来ると言って、お粥を鍋からお椀によそう。

 

「んじゃ、早速頂くとするかな」

「召し上がれ、グレイブ君。でも出来立てでまだ熱いから、気を付けてね?」

「あいよー。…うん、美味い。塩っけがいいな、これ」

「でしょ?グレイブ君、そんなに具合が悪いみたいじゃないから、平時に食べても満足出来るような味にしておいたんだ。…皆もちょっと食べてみる?」

「いいの?」

「いいも何も、見ての通り一人分じゃないからね」

 

 え?と僕が訊き返すと、イリゼはにこりと笑う。確かにお鍋の中には、一人分としては多過ぎる量のお粥が入っていて、元から僕の分も作ってくれていたみたい。

 っていう訳で、お姉ちゃん達とちょっとずつ分けて僕も食べる。グレイブの言った通り、お粥は程良く塩っけがあって、具材の鶏肉は柔らかいし、卵もふわっとしている。つまり…美味しい!

 

「確かに美味いな、体調崩してなくても食べたくなる味だ。…イリゼはいいのか?」

「私はもう、味見してどんな感じか知ってるからね。…っと、そうだ。おかわりはしてもいいけど、少しだけ残しておいてくれるかな?」

『……?』

 

 少し残しておいて。その言葉に、どうして?と首を傾げる僕達。その僕達の疑問に、イリゼは答えてくれようとして…そのタイミングで、またまた扉がノックされた。

 

「へいへいどうぞー。…もう面倒だし、今日は開けておこうかな……」

「お邪魔するわね。グレイブ君、貴方にお見舞い…って、あら?」

 

 扉を開けて入ってきたのはセイツさんで、セイツさんは早速グレイブに何か言おうとした。したけど、お姉ちゃんとカイトさんを見て目をぱちくりとさせた。それは、二人がいた事に驚いているみたいな反応で…セイツさんが目をぱちくりさせたのとほぼ同時に、僕も気付く。今入ってきたのが、セイツさんだけじゃないって事に。

 

「ぬ、ぬらぅ……」

「ちるる〜、ちるっち!」

「るーちゃん!それに、ライヌちゃんも…って事は、もしかして……」

「そっか、見舞いに来てくれたんだな」

 

 セイツさんに抱えられてる青い子と、ふわりと飛んでいる黄色い子。一緒に来ていたのは、ライヌちゃんとるーちゃん。僕達を見てぷるぷるし始めたライヌちゃんと違って、るーちゃんはすぐに僕達の方に飛んできて…グレイブが手を差し出すと、その手の上にるーちゃんは止まる。

 

「イリゼイリゼ。少し残しておいてって言ったのは……」

「そういう事。セイツに連れてきてくれるよう、さっき頼んだんだ」

「わざわざありがとな、るーちゃんライヌちゃん。…けど、なんで呼んだんだ?」

「ライヌちゃん達がいれば、グレイブ君も部屋にいるのが苦じゃなくなるかな…と思ってね。…実際にはネプテューヌとカイト君が来てたし、不要だったかもしれないけどね」

「そんな事ねーよ。なー、るーちゃん」

「ちるちるぅ〜♪」

 

 頭を撫でられたるーちゃんは心地良さそうに鳴いて、グレイブも機嫌良さそうに笑う。…あ、そうだ。

 

「るーちゃんって確か、『うたう』を覚えてたよね?グレイブ、眠気ないならるーちゃんに寝かせてもらったら?」

「要らないっての。割と外れるし」

「外れる?…音程が?」

「いや、技が」

「えぇ…?歌なのに…?」

「外れるんだよ、歌なのに。命中率は…55%だったかな」

「め、命中率55%…?え、歌だよね…?なんでそんな、大体二回に一回は外れる位の確率なの…?」

「さぁ?因みに相手が複数いても、同時に狙ったりは出来ないぞ?勿論一度に寝かせられるのも一匹だけだし」

「歌だよね!?同時に対象取る事が出来ないってどういう事!?音波に指向性を持たせてるとか!?だとしたらむしろ、普通に歌うより難しくない!?」

 

 なんで!?…とイリゼは思いっ切り突っ込んでくるけど、そんなのは僕達に訊かれても分からない。あれかな…歌そのものじゃなくて、歌う事で発生する、対象を眠らせる見えない何かを飛ばす技なのかな…ってイリゼはぶつぶつ言っていたけど、そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。…不思議だよね、ポケモンって。

 

「…なんか、前に会ったお嬢様みたいな事言い出すんだな、イリゼって」

「いや普通に気になるところだよ…?だ、だよね…?」

「言われてみれば、まぁ……」

「でもそういうのは、気にし始めたらキリがない気もするけどねー」

「わ、私がアウェー…?そんな……」

 

 そんなにぱっとしない反応の二人に、イリゼは信じられない…って感じの顔をする。続けてイリゼは肩を落として…そんなイリゼを見たライヌちゃんは、セイツさんの腕の中からぴょこんと飛び出して、イリゼの脚に擦り寄った。

 

「ほらイリゼ、わたしは概ね同意だけど、イリゼがライヌちゃんに心配してもらうのは違うでしょ?」

「あ…うん、ありがとねライヌちゃん。でもねライヌちゃん、今は私より、グレイブ君の方が元気じゃないの。だから、グレイブ君の事を心配してあげてほしいな」

 

 しゃがんでライヌちゃんを撫でたイリゼは、そう呼び掛けて、グレイブの方を向く形で抱え上げる。すると凄く怖がりなライヌちゃんはぴくっと震えて…それからグレイブを、じっと見つめる。

 

「ぬ、ぬら…ぬらら……」

「…怖かったら、イリゼの側にいればいいぞ。ライヌちゃんが来てくれたってだけで、俺は嬉しいからさ」

「ちるー?…ちるっ、るるっちるる!」

 

 逃げたり隠れたりはしない、でもイリゼの腕の中から出る事もないライヌちゃんへ、グレイブは優しい声で呼び掛ける。言ってから、気にすんなって感じにグレイブの方から視線を外す。

 数秒後、グレイブとライヌちゃんを順番に見たるーちゃんは、イリゼの側、ライヌちゃんのすぐ近くに飛んで、明るく高い鳴き声でライヌちゃんへと話し掛ける。ちるちる、ぬらぬらと話して、ちらりちらりとグレイブを見て、そして……ライヌちゃんは、跳ねた。イリゼの腕の中から、グレイブのいるベットの上に。

 

「…ぬらぬら、ぬーら…?」

「ははっ、ありがとな。…おぉ…見た目通り、ひんやりしてる……」

「良かったね、グレイブ」

「良いなぁ…自分ももっと色々話せば、ちょっとは怖がらないでくれるかな?」

 

 安心させるようにイリゼも隣に座ったところで、グレイブはライヌちゃんに触れる。ライヌちゃんが近付いてくれたのは、イリゼやるーちゃんの言葉もあるんだろうけど、ほぼ毎日僕とグレイブは、るーちゃんやライヌちゃんに会いに行って、仲良くなろうとしたから…っていうのも、ちょっとはある…のかもしれない。

 それから僕は、るーちゃんを撫でる。もこもこの翼が特徴のるーちゃんだけど、翼以外も撫で心地が良くて、なんだかほっこり。

 

「…よし。そんじゃお見舞いに来てくれたお礼に、ネプテューヌがくれたプリンをあげるとするか。ネプテューヌ、るーちゃんとライヌちゃんにあげてもいいよな?」

「もっちろん!そのプリンはもうグレイブ君にあげたものだから、それを更にあげるのもグレイブ君の自由だよ」

「けど、先にお粥をあげたらどうだ?プリンの後にお粥じゃ、モンスターやポケモンだって『えぇぇ…?』ってなるだろ。…多分」

 

 確かに…と思った僕達は、ちょこっとお粥をお椀によそって、二人でるーちゃんとライヌちゃんにお粥をあげる。その後は、プリンも半分こにして食べさせてあげる。るーちゃん達は、どっちも凄く喜んでくれて…あげたのは僕達なのに、むしろ僕達が何かを貰ったような、そんな気分になる僕だった。…いや、お粥もプリンも僕の物じゃないんだけどね。

 そんなこんなで、セイツさんとるーちゃん、ライヌちゃんが来てから部屋の中はもっと賑やかになった。グレイブの具合がそこまで酷くない事もあって、お見舞いって感じは全然ない、普通に話す時間が過ぎていって…ある時グレイブが一つ欠伸。

 

「ふぁー、ぁ…なんかちょっと眠くなってきたな…」

「じゃあ、わたし達はそろそろ出る?眠気があるなら、寝た方が体調も良くなる筈よ」

「そりゃそうだな。グレイブ、ちゃんと休んでちゃんと治すんだぞ?治ったらまた、トレーニングに付き合うからさ」

「そうそう、この後はちゃーんと大人しくする事。約束だよ?」

「分かってるよ。こんな心配かけちまったのに、ちゃんと治そうとしないのは、幾ら何でもダサいもんな」

「宜しい。じゃ、私も一度出るけど、また後で来るからね。それと愛月君も念の為、体調不良が移らないように今日は特にしっかり栄養を取って、寝る時もゆっくり休んでね?」

 

 セイツさんの呼び掛けに頷いて、皆は出ていく。皆の言葉に、僕もグレイブもしっかりと頷く。そうして部屋はまた、僕達二人に。

 

「愛月ももういいぞ。俺もう寝るし」

「そう?まぁ、そっか。お大事にね」

「へいへい。…ありがとな、今日は」

「えっ、何急に…えぇぇ、こんなまともに感謝されるとか、違和感凄いんだけど……」

「いや、感謝は素直に受け取れよ…ったく、偶にゃちゃんと言おうと思ったのにそれかよ…」

「だって、ねぇ?…でも、気にしないでよ。僕は別に、何もしてないしさ」

「それは確かにそうだな」

「切り替え早っ!それに酷い…」

 

 やっぱりグレイブは遠慮がないような、でもしっかり感謝してくるグレイブよりは良いような気がするような、しないような…そんな風に思いながら、僕も立って、歩いていく。扉を開けて、廊下に出て…扉を閉める間際、グレイブが言う。

 

「てか…今更だが、俺別に体調悪いんじゃなくて、誰かが噂してるだけだったりしてな」

「いやいやいや……」

 

 また変な事を…と僕は否定しつつ、部屋を出た。その後の事は知らないけど…流石にちゃんと寝ていたんじゃないかと思う。

 後から知ったけど、その後もお見舞い…って程じゃないけど、グレイブの様子を見に来てくれた人がいたんだとか。同じように、僕にグレイブはどうだって訊いてきた人もいて、グレイブは皆に心配されていた。皆に心配をかけたんだから、これからはグレイブも少しは大人しく、常識的になってくれたらなぁと思ったけど…まあ、無理だと思う。だって、グレイブだし。

 

 

…因みに、グレイブはその日の夜には元気になっていた。次の日の朝には、じゃなくて、夜の内にいつもの調子に戻っていた。その回復力の高さもグレイブらしいと言えばらしいけど……まさか、本当に噂をされてただけって事?くしゃみも「止まらん」って言ってた後は出てなかった気がするのも、噂されなくなったからって事?…いや、いやいや…まさかね…。

 

 

 

 

 体調不良。リーダーが、ワルになる事。…ではない。悪くなるのはリーダーではなく身体で、具合が良くない状態になるという事。

 その体調不良に、グレイブがなったらしい。元気がなくなるのは悲しい。体調不良を知ったイリスはグレイブに会いに行って…でも、グレイブは元気だった。…グレイブは、体調不良ではなかった?誤報…?

 だけど、良かった。元気なのが、一番。友達が元気だと、イリスも元気に、なれる。

 

「という訳で、グレイブ君の回復を祝って…いや、祝う程具合悪そうな感じもなければ、半日位で治っちゃった訳だけど…ともかく、何かしたい事があるか訊いたところ、ライヌちゃんやるーちゃんと散歩したいって事だったから、散歩するよー!」

「わー、物凄い説明口調…」

 

 くるり、と振り向いたイリゼが言う。そうなのか、と思っていたら、エストが変な顔をしていた。

 説明口調…よく分からないので、調べる事にする。これは調べる事、とイリスは頭の中でメモ。

 

「散歩する…のは良いんですけど、既にわたし達散歩していません?教会からここまで、ずっとじゃないですけどある程度は徒歩でしたし」

「確かに私達はそうとも言えるけど、ライヌちゃん達は違うからね。でもここからは立ち入りが制限されてる自然保護区だから、ライヌちゃん達ものびのび出来るって訳」

「立ち入りが制限…そんな所に入っていいの?」

「いいも何も、私はここの国の長だよ?」

 

 今ここには、イリスとイリゼ、グレイブと愛月、それにディールとエストもいる。イリスがライヌちゃんとるーちゃんと遊んでいる時に、この話を聞いた。イリゼがイリスを誘ってくれたから、イリスもディールとエストを誘った。

 

「さ、それじゃあ…ライヌちゃん、るーちゃん、出ておいで」

「スターも、一緒にお散歩しよっか」

「んじゃ、俺も…って言いたいところだが、今連れてきてるのは皆ライヌちゃんが怖がりそうな面子ばっかりなんだよなぁ…ライヌちゃんの性格を考えりゃ、ベイビィポケモンでも初対面なら怖がりそうだが…」

 

 もぞもぞ、とチャックが開いたままのバックから、ライヌちゃんとるーちゃんが出てくる。愛月も、ボールからスターを出す。グレイブは出さないみたいで…イリス、残念。

 

「ちる〜、ちっちる〜!」

「ぶーいぶいっ!」

「ぬ、ぬぬ…ぬらぅ……」

「ライヌちゃん、おいで」

 

 元気にるーちゃんは飛び出して、スターも出てすぐ愛月の周りを一周走る。

 でも、怖がりなライヌちゃんは、皆を見てぷるぷるする。だから、イリスが抱っこしてあげる。抱っこして、お散歩開始。

 

「…ほんと、ライヌちゃんってイリスちゃんにだけは懐いてるわよね。まあ、別にいいんだけど」

「…エストは、ライヌちゃんと仲良くしたく、ない?」

「いや、したくない訳じゃないけど…やっぱりスライヌっていうと、倒す相手ってイメージが強いのよね。…勿論ライヌちゃんを倒す気はないわよ?」

「あったら流石にわたしもドン引きだよ…。でも、こうやって見るとスライヌって可愛いよね。ライヌちゃんみたいに攻撃してこない、敵意もないスライヌなら、仲良くなりたいって思えるし」

 

 歩きながら、ディールとエストがライヌちゃんを見てくる。見られたライヌちゃんは、じっとしてる。

 イリスとライヌちゃんは、仲良し。イリゼとライヌちゃんも仲良しで、愛月とグレイブの事は、まだちょっぴり怖いけどって感じで、ディールとエストの事は普通に怖い…らしい。

 

「ライヌちゃん、ディールとエスト、優しい。イリスに色んな事を教えてくれる、一緒に遊んでくれる、優しい人…じゃなくて、女神。だから、怖がらなくても、大丈夫」

「…ぬ、ぅ…ぬらぬら、ぬー…ぬらぁーぬ……」

 

 言いながら、イリスはライヌちゃんを撫でる。ライヌちゃんは、大事な友達。ディールとエストも、大事な友達。だから、皆仲良くしてくれたら、イリスはとても嬉しい。

 けれど、やっぱりまだライヌちゃんは怖いらしい。だから、今日のお散歩で、ちょっとでも『怖い』以外の事を思ってもらえるよう…イリス、頑張る。

 

「ちるーる、ちるぅ…」

「あ、るーちゃんがイリゼの頭の上に…」

「あはは…ライヌちゃんもだけど、これじゃあんまり散歩にならないなぁ……」

「いいんじゃねーの?るーちゃんもライヌちゃんも、俺達もとにかく楽しめりゃそれで成功だろ」

 

 ちょっと前では、歩くイリゼの頭にるーちゃんが乗っている。

 あれは、羨ましい。けど、何日か前にイリスが頭に乗せたら、るーちゃんはすぐに離れてしまった。るーちゃんは、イリゼの頭の上が良いらしい。

 

「ぶいぶい、ぶぶーい?」

「ちるるっ!るっちる、ち〜」

「スターとるーちゃん、何話してるんだろう…」

「さぁな。…ってか、イリスは分かるんじゃなかったか?」

「あ、そういえば…ねぇイリスちゃん、イリスちゃんは分かる?」

「うん、分かる」

 

 たたっ、とイリス達の方へ走ってきた愛月に、頷く。

 そう、イリスにはモンスターの言葉が、何となく分かる。ポケモンの言葉も分かるのは、恐らくポケモンもモンスターだから。

 

「…………」

「…………」

「…え、あの…イリスちゃん…?スター達は、どんな話をしていたの…?」

「……?愛月は、それが訊きたかった?」

「…はは…イリスちゃんは、相手の意図を読み取る勉強をした方が良さそうね……」

 

 困った顔をした愛月にまた訊かれて、イリスも訊き返す。どうやら愛月は、内容について訊きたかったらしい。

 そして訊いたところで、イリスはエストから…苦笑い?…をされた。相手の意図…どういう事か、分からない。これは、後で確認する。

 

「愛月の質問に、答える。スターとるーちゃんは、愛月とイリゼの話をしてる」

「そ、そうなの?」

「へぇ、そりゃ気になるな。具体的にはなんて言ってるんだ?」

「それは……」

「わわっ、待って待って!それは僕も気になる…けど、言わないで!なんかちょっと、恥ずかしいから……」

「恥ずかしい?それは、何故?」

「うーん、と…誰かが自分の事について話していた内容を知ったり、それを誰かから聞いたりするのは、嬉しい内容だったとしても、恥ずかしい気持ちになる事がある…って言っても、あんまり説明にならないよね…。感覚的なものだから、難しいな……」

 

 何故か恥ずかしがる愛月の代わりに、ディールが答えてくれる。でも、納得していないようで、頬を掻く。イリスより賢いディールでも、これは難しい事らしい。

 

「…イリス、言わない方がいい?」

「う、うん、そうしてくれると嬉しいな…」

「俺は言ってくれた方が嬉しいんだけどなー」

「う…愛月は言わないでほしい、でもグレイブは言ってほしい…これの両立は不可能、困った……」

「こらこらグレイブ君、そんな意地悪な事言わないの」

「そーよそーよ、イリスちゃんが凄く素直な事は貴方も分かってる筈よね?」

「あーいや、俺は愛月を弄ったつもりだったんだが…確かにそうだな、すまんイリス」

「ちょっと?そういう事なら僕にも謝ってほしいんだけどー?」

 

 どうすれば分からず頭を抱えていると、その頭をグレイブに撫でられる。撫でられながら、謝られる。

 前も今も、グレイブの撫で方は、ちょっと強い。…でも、こういうのも悪くはない。

 

「ぬら?ぬぬーらー?」

「ライヌちゃんも、撫でてほしい?」

「ぬーらら〜」

「よしよし…あ。イリゼ、しゃがんで」

「え?」

 

 抱えているライヌちゃんから片手を離して撫でると、ライヌちゃんは気持ちよさそうな顔をする。ライヌちゃんはひんやりぷにぷにだから、撫でているイリスも気持ち良い。

 それからイリスは、イリゼを呼ぶ。じゃがんでもらって…イリゼの頭の上の、るーちゃんも撫でる。

 

「るーちゃんも、よしよし。…ライヌちゃんはぷにぷにで、るーちゃんはもふもふ。どっちも良い。どっちも、素敵」

「そ、そっか。それは良かった…でも、なんかこれは、イリスちゃんに撫でられてるみたいでちょっと恥ずいかも……」

「へー。ね、るーちゃん。わたしも撫でて良いかしら?」

「ちるぅー?ちっちっる!」

「少なくとも嫌ではなさそうね。じゃあ、わたしもなでなで〜っと」

「ちょ、え、エストちゃん…!?」

 

 にやり、と笑ったエストがるーちゃんを撫でる。人懐っこいるーちゃんは、エストのなでなでに喜んでいて…だけどイリゼはあたふたし始める。…これも、恥ずかしいから?

 

「おいおいエスト、さっきと言ってる事が違うんじゃないか?」

「だってイリスちゃんじゃなくておねーさんだし?」

「まぁ、それはそうか。るーちゃん、俺にも撫でさせてくれ」

「グレイブ君まで…!?も、もう!るーちゃん撫でたいなら降ろすから、それで問題ないよね!?」

「イリゼ、るーちゃんはまだイリゼの頭の上に居たいみたい」

「まさかのイリスちゃんからの妨害…!?うぅ、るーちゃんの気持ちを引き合いに出されるとは……」

「…いや、普通にイリゼさんが立ってしまえばいいだけでは?」

「あ……って、そう言いつつディールちゃんも撫でるのは止めてくれないかなぁ…!」

 

 エストに続いてグレイブもなでなで。ディールもなでなで。その度にイリゼは顔を赤くして、怒っ…ってはいない。

 最近分かった。これは突っ込みと言って、怒るのとは違うらしい。でも、怒り気味の突っ込みというのもあるらしい。…突っ込みは、深い。

 

「ほら、手を離した離した!離さなくても私は立つからね!」

「え、あ……うん…」

「しまった、乗り遅れちゃった…みたいな顔してしょんぼりしないでよぉ……!」

「…ふふっ。そう言って愛月さんも撫でられるよう待ってくれるところ、わたしはいいなって思います」

「ディールちゃん…さっきまでしれーっと撫でてたのに、変わり身早いね……」

「ぶいー…」

「スターも、撫でてほしい?ならば、なでなで」

 

 まだやり取りは続いているけど、イリスにはよく分からない。

 それよりも、スターがこっちを見上げていた。撫でてほしそうだったから撫でると、ふかふかそうな尻尾を振って喜んだ。スターは、頭も尻尾もふかふか。

 

「はぁ…って、いうか……今気付いたけど、今回は見た目年少なメンバーが集まった形か…そう思うとなんか、引率の先生の気分になってきたかも」

「え、おねーさんも年少組でしょ?主にメンタル面で」

「し、失礼な!……失礼な!」

「あ、言葉が出てこなかったっていうか、内心否定し切れなかったのね…なんか、ごめんなさい」

「余計に悲しくなるから謝らないで!?」

 

 またまた突っ込みをしているイリゼ。こんなに沢山するという事は、きっとイリゼは突っ込みが好き。イリスもこれからは、イリゼが突っ込めるように、頑張る。

 

「あぁっ、今何か私に不利益のある勘違いが生まれた気が…!」

「…イリゼさん、もう少し肩の力を抜いて構えるという事は……」

「出来たらもうしてるよ…出来ないからこうなってるんだよ……」

「で、ですよね…」

「…けど、仮にイリゼがそれを出来たとしても、なんだかんだ突っ込んでる気がするなー」

『確かに…』

 

 歩きながら、後頭部で手を組んで言ったグレイブの言葉に、皆が頷く。それには、イリゼも「確かに」と言っていた。…これは、自覚がある…という事?

 

「くっ…こほん。もう少し歩いたら、ちょっと開けた場所に出るから、そこで少し休憩しよっか。そこならライヌちゃん達も、もっと自由に走り回れるだろうしさ」

「それは良い。イリスは賛成」

「僕も!」

 

 ここまでの道は、少し凸凹していた。こういう道を歩くのも、少し面白いけど、走り回るのには少し危険。だからイリスは賛成で、皆も賛成をした。

 そうしてイリゼの言った通り、少し歩いた先で、イリス達は凸凹してない、広い場所に出る。

 

「確かにここなら存分に動き回れそうだな。…ライヌちゃん、俺の仲間もここで遊ばせてやりたいんだ。勿論、ライヌちゃんが怖い思いをしないようしっかりと言っておく。だから、出して良いか?」

「あ…僕も、良いかな?」

 

 二人はライヌちゃんを、じっと見つめる。それから、イリスの方を見る。

 今度は、イリスにも意味が分かった。分かったから、ライヌちゃんに二人の言った事を伝える。聞いたライヌちゃんは、少しの間黙っていて……

 

「…うん、分かった。イリス、二人に伝える」

「イリスちゃん、ライヌちゃんはなんて言ったの?」

「大丈夫。遊べないのは悲しい事だから、呼んであげて…って感じに言ってた」

「ライヌちゃん…ありがとね、皆の事を思ってくれて」

「サンキューな、ライヌちゃん」

 

 聞いた気持ちを、二人に伝える。二人の言葉は、ライヌちゃんには分からない。…でも…感謝されたライヌちゃんは、ちょっとだけ嬉しそうにした……ような、気がする。

 

「よーっし、るーちゃん!折角だから、あれやろっか!」

「ちるるーっ!ちー、るぅぅぅぅ!」

「わっ!?ライヌちゃんが、大きくなった……」

「お、おおぉ…るーちゃん、もっともふもふになった…これは凄い…」 

 

 ばっ、と翼を広げて飛んだるーちゃんは、光に包まれて、それから大きくなる。後から聞いたけど、普通とは違う『進化』というものをしたらしい。

 大きくなったるーちゃんは、可愛い姿から、可愛くて綺麗な姿になった。これにはディールとエストも驚いていて、でもグレイブと愛月は驚いていなかった。

 

 賢い人でも、知らない事はある。皆は知らなくても、イリスが知っている事もある。

 多いと少ない、とは違う。大きいと小さい、とも違う。沢山知っている、があまり知らない、の上になるとは限らないのが、知識。

 

「ライヌちゃんも、行っておいで」

「ぬら…ぬらら、ぬらー!」

「イリスも、一緒に?…うん、それは良い。とても良い」

 

 跳んで、着地して、イリスの方を振り向いたライヌちゃんは、イリスな事を誘ってくれる。ゆっくりと飛ぶるーちゃんもイリスの方を見ていて…イリスは頷く。皆と、遊ぶ。

 

「二人は、遊ばないの?」

「んー…ま、わたしはのんびりするわ。皆が遊んでる姿を見るのも、楽しそうだもの」

「わたしも、そうしようかな」

「そっか。…うん、それも良いかもね。私も皆に呼ばれるまでは、そうしようかな」

 

 グレイブと愛月は、呼んだポケモン達を撫でたり、お菓子をあげたり、一緒に走ったりして、遊んでいる。イリゼとディールとエストは、座って仲良く話してる。そしてイリスは、跳ねるライヌちゃんと飛ぶるーちゃんを、追い掛ける。

 そういえば、これはもう散歩ではない。だけど、楽しい。皆も、楽しんでいる。なら、それで良い…と、思う。グレイブの言っていた通り…皆が楽しめていたら、それで成功。このお散歩は、大成功。

 だからまた、こういうお散歩をしたい。ここにいる皆とも、信次元に来た皆とも…イリスの次元の、皆とも。




今回のパロディ解説

・「〜〜ぶらっと途中下車しそうな声〜〜」
俳優、阿藤快こと阿藤公一さんの事。なんだかなぁ、といえばやはりこの人かなぁ、と思います。なんだかなぁ、この人かなぁ。…だからなんだ、って話ですけどね。

・「〜〜冴えないヒロイン〜〜」
冴えない彼女(ヒロイン)の育て方のヒロインの一人、加藤恵の事。こちらもなんだかなぁ、の印象が強いですね。サブカル好きの方からすれば、こちらの方が先に思い浮かぶのかもしれません。

・「〜〜こんなサービス、滅多にしないんだからねっ!」
マクロスfrontierのヒロインの一人、シェリル・ノームの代名詞的な台詞の一つのパロディ。ネプテューヌが自分のプリンをくれる事は、確かに滅多になさそうな気がします。


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番外編 パジャマでパニック?

 皆が信次元に来た初めの日、わたし達は全員で集まって、同じ部屋で寝た。全員にそれぞれ、来客用の個室を用意していたんだけど、ふとした事からそういう流れになって…それからも、夜寝る時は皆集まって、同じ部屋で、という感じになった。

 別に「この時間になったら全員ここに来て寝るように」と決めてる訳じゃなくて、各々寝ようと思ったら来て寝る…って感じだから、雰囲気的な縛りもない。だから、もう誰かいるかしら?…と思って行ったら誰もいなかったり、逆に寝る前にもう少し話したいなと思っていたのにもう皆寝ていてしまったりと、集まってるのに集まれない…みたいな事もあったりするけど、まぁどうしても話したい事、やりたい事があるなら予め伝えておけば良いだけ。

 と、いう訳で…今日は皆に集まってもらった。ちょっと、面白い事をしたくて。

 

「イリゼ、セイツさん、今日はどうしたの?」

「うん、今日はちょっと面白いものを見つけてね。って言っても、厳密にはイリスちゃんが見つけて、私達はそれを教えてもらった訳だけど」

『面白いもの?』

 

 敷いた布団の上に割座で座って、ルナが訊いてくる。それに答えたのはイリゼで、面白いものという言葉に、皆が首を傾げる。

 この反応は、予想通り。というより、そういう反応を狙ってイリゼは言ったんだと思う。そして問われた私達は、一度揃って部屋を出て、ある装いに着替えて…戻ると共に、言う。

 

「じゃーん!」

「着ぐるみパジャマよ、全員分用意したから今日はこれを着てみない?」

 

 ばっ、と左右に分かれて服装を…買ったばかりの着ぐるみパジャマを見せるわたし達。これまで大きく違う格好を見た皆は、ぽかんとしていて…イリスちゃんだけは、うんうんと頷いていた。

 

「着ぐるみパジャマって…また唐突ね……」

「まあね。でも、着ぐるみパジャマって前もって話すようなものかしら?」

「可愛いパジャマだとは思いますが…着るのはちょっと恥ずかしいような……」

「まあまあ取り敢えずは着てみてよ。話はそれから、ね?」

「恥ずかしいって言ってるのに…!?」

 

 困惑気味のイヴにはわたしが、頬を掻くピーシェにはイリゼがそれぞれ返す。イリゼの返しは冗談半分とはいえ、実際ピーシェ以外にも恥ずかしがっていたり、乗り気ではない様子の面々が多くて……

 

「…イリス、これ、皆で着てみたい。駄目?」

『うっ……』

 

 でもイリスちゃんの発言一つで、流れが変わった。流石はイリスちゃん、断らせない事に関しては他の追随を許さないわね。

 

「あぁ…イリスちゃんが見つけた、って言ってたわね…ならイリスちゃんが乗り気なのは当然か……」

「自分は割と元から乗り気だけどね。パジャマって事はこれ着て外出る訳じゃないんだし、試しに着てみない?」

 

 そういえば、と呟くエストちゃんに続く形で、ネプテューヌが賛成を示してくれる。イリスちゃんの「駄目?」で断れない感じになったところでネプテューヌの賛成も入って、雰囲気も変わり始めて…「まぁ、着るだけ着てみる?」という空気に。そして、わたし達が全員分の着ぐるみパジャマを渡し、皆がそれに着替えて…わたし達は、着ぐるみパジャマガールズに。

 

「取り敢えず、着てみましたけど……」

「いざ着てみると、そんなに恥ずかしくないですね…本格的なコスプレって感じじゃなくて、動物っぽいデザインのパジャマって感じですし」

 

 立って首を回し、自分の姿を確認するビッキィに、意外とこれは…って感じに、ちょっと好印象っぽい様子を見せてくれるディールちゃん。今ディールちゃんが言った通り、わたし達が用意した…出掛けた先でイリスちゃんが興味を示したのは、動物の着ぐるみパジャマ。それぞれケモミミ付きのフードと尻尾が付いた、ゆったりした感じのパジャマで、着るだけなら案外恥ずかしくない。勿論これを着て、動物の真似をしたりすれば、恥ずかしくなったりするかもしれないけど…それはまあ、着ぐるみパジャマ関係なしに恥ずかしいものね。

 

「ふふん、どうどう?似合ってる?」

「似合ってるよ、ねぷちゃん。ねぷちゃんは犬の着ぐるみパジャマ…うん、なんかイメージに合うかも」

 

 元々乗り気なネプテューヌが腰を振り、尻尾を揺らせば、茜がうんうんと肯定を返す。

 今茜が言った通り、ネプテューヌが着ているのは犬のパジャマ。それも薄紫と白という、ネプテューヌの普段着を思わせる色合いのパジャマで、私とイリゼも茜に頷く。というか、皆も頷く。ネプテューヌを動物に例えるなら、元気があり過ぎる位のわんこ…っていうのがわたしとイリゼで一致した意見で、実際違和感はほぼゼロなレベル。

 更に、似合ってると言った茜のパジャマもわんこタイプ。淡い赤色のわんこパジャマで、茜もまたわんこのイメージ。明るく快活、人当たりが良くてでも割としっかりしている…って印象から自然と犬に繋がっていって、ネプテューヌに答えた後の茜はふと静かになった後、「えへへ〜」と頬を緩めていた。多分、影の事を考えているんでしょうね。この隠さない…というより隠しようがない感じの『好き』って感情は、いつ見ても良いわ…尊いわ……。

 

「お、イヴとはお揃いッスね。イヴが猫…案外『にゃー』って言ったら可愛いんじゃないッスか?」

「そんな可愛さを自分に求めた事はないわ…アイこそ語尾を『にゃ』にしてみたら?」

「いやいや、ウチの場合そうすると語尾のダブルブッキングになるッスから。そしてもし両立しようものなら、『〜〜にゃーッス』になって、何か違うものを連想……」

『……?』

「はっ…まさかこれは、このネタを思い付いたが為に……?」

『いやいやいやいや…それを(わたし・私)に訊かれても……』

 

 まさか…と、ゆっくりこちらを見てくるアイに、わたし達は手を横に振る。一見愕然としているようだけど、表情の通りの感情を抱いているのか、それともそういうフリをしてふざけているだけなのかは、さっぱり分からない。

 そんなアイは、茜より鮮やかな赤色の猫パジャマ。耳がピンと立ったにゃんこパジャマ。自由な感じで掴みどころがない…でも親しみ易さと良い意味での軽さを併せ持つアイは、わたしもイリゼもにゃんこ感があるとすぐに思った。…後、動きもしなやかだし。

 一方イヴも同じくにゃんこのパジャマだけど、イヴのパジャマの色は黒。黒猫タイプの着ぐるみパジャマ。クールっぽい、でも決して大人しい訳じゃないっていうイヴの印象と黒猫とは合っている気がして…でもクール、じゃなくてクールっぽい、なのがミソ。質問攻めにされた時は結構あたふたしてたし、イヴって意外と猫みたいに可愛らしいところがあるのよね。

 

「わたし達もお揃いみたいね。で、狐なのは…自分で言うのもアレだけど、結構イメージに合うのかも」

「うん。わたし達…というか、ブランさんのイメージと合うもんね。特に神次元のブランさんは」

「折角だし、こんこんってやってみる?こんこんきーつね、とか」

「それは狐は狐でも、オタク狐だよ…白いしそういう意味ではイメージに合わなくもないのかもだけど……」

 

 両手で狐ポーズを作りつつふざけるエストちゃんに、ディールちゃんが半眼で突っ込む。でも突っ込みつつもちょっとやりたくなったのか、ディールちゃんも右手で小さく狐を作っていた。…可愛い。

  同じ動物の着ぐるみパジャマ、というパターンは幾つかあるけど、色を含めて完全に同じなのはディールちゃんとエストちゃんだけ。完全にお揃いなのは、勿論二人が双子だからで、ディールちゃんの言った通り、二人にパジャマの選択には、ブランの存在も少なからず影響してる。でも、それ抜きにも似合うわよね。小さくて可愛い感じ見た目通りの部分と、でも結構しっかりしている…抜け目ないとも言える部分は、狐に通じる感じがあるし。

 因みに、白い色のパジャマにするって案もあった。あったけど、普通の狐色パジャマにした。どうして、って…そんなの、狐色の方が二人の飴色の髪と合うからに決まってるじゃない。

 

「その大きい尻尾…もしかして、ルナはリス?」

「うん、そうみたい。ピーシェは…黄色い狸?」

「みたいだね…狸って…なんで犬とか猫とかもいるのに、私だけ狸……」

「え、だってピーシェ、小さい頃はよく狸の服を好んで着てたじゃない」

「あー…いやあれは蜂なんですけど!?」

『えっ…?』

「アイさんまで…!?」

 

 狐につままれたような(ディールちゃんとエストちゃんじゃないわよ?)反応をわたし…それにアイが見せると、ピーシェは唖然とした顔をした後に肩を落とす。基本ちょっと冷めてる感じのピーシェだけど、わたしの知ってるピーシェもここにいるピーシェも、冷めてるのは表面だけなのは同じなのよねぇ…なんて事を思いつつ、わたしはアイと互いにウインク。

 実を言えば、ピーシェが好んでいたのは狸じゃなくて蜂をモチーフにしていた服…っていうのは知っていた。でも蜂モチーフの着ぐるみパジャマは流石になくて、だからちょっと冗談も込めて狸のパジャマをわたし達は選んだ。…けど、単にふざけただけじゃない。丸っこいケモミミと楕円を思わせる尻尾はどっちも可愛らしいし、色は勿論ピーシェに合わせて黄色にした。のんびりしてるようで実は臆病っていうギャップのある性格も、冷めてるようで実はそうでもないピーシェのギャップと合ってると思う。

 でもって、ルナのリスパジャマもピーシェの狸パジャマと同じく黄色。でもピーシェのパジャマは濃い黄色なのに対して、ルナのパジャマは白よりの…私やイリゼの髪に近い色の黄色パジャマ。好奇心が…好きなものや気になる何かに対する勢いが強いルナはリスのイメージとぴったりで、今もルナは自分のパジャマの尻尾の感触を楽しんだり、皆のパジャマ姿に機嫌の良さそうな顔をしたりしている真っ最中。…因みに犬も選択肢には上がったけど…うん、やっぱりリスで正解だったわ。

 

「ネプ姉さんと茜さんは犬で…イリスも犬?…あれ、でもその色……」

「そう。これは、スライヌパジャマ。ライヌちゃんと、お揃い。スラ丸、スラ吉、スラ太、スラ子とも、お揃い」

「き、聞いた事のない名前が次々と…でもなんだろう、聞いた事ないのに何となくどういう存在なのか分かる気が……」

「…ビッキィも、犬…じゃ、ない?」

「ふっ…これは犬ではなく、狼パジャマ…孤独にして孤高、気高い狼の──」

「ビッキィ。一匹狼なんて言葉もありますけど、基本狼って群れで行動する動物ですよ?」

「えっ?」

「そーよ?状況によっては一匹になる事もあるって位らしいしね」

「え…?」

 

 ぽかんとした顔でピーシェとエストを見つめるビッキィに、わたし達もうんうんと頷く。思わず笑ってしまいそうになるのを何とか堪え、平静を装う。

 ライヌちゃん達とお揃い、と言った…わたし達と一緒に出掛けていたイリスちゃんのパジャマは、言葉通りスライヌを思わせる水色の犬パジャマ。スライヌをモチーフにデザインされたのかは分からないけど、ルナとはまた別方面で好奇心旺盛なイリスちゃんは子犬っぽい感じがあつて、スライヌ関係なしにも似合ってる感じ。それに表情こそ変わってないけど、ちょっとした動作一つ一つから喜んでいるのが伝わってくる。

 そしてビッキィは、孤高の一匹狼…ではなく、基本群れを作る狼の着ぐるみパジャマ。黒とオレンジの、色味的に暖かそうな印象の狼パジャマ。ビッキィの顔が段々赤くなっていってる事には触れないであげるとして…実際ピーシェを筆頭に、割といつも誰かと行動しているというか、ちょっとズレてるところはあるけど積極的に周りと関わるビッキィは、やっぱり狼と合っているんじゃないかってわたしは思う。

 

「…ふふ。ほんとに、前より柔らかくなりましたよね」

「うぅ…それ、褒めてます…?」

「勿論。…割と弄りに弱いのは、前からですけど」

「うぐっ……」

 

 何やらわたし達にはよく分からない会話を交わし、ピーシェは小さく笑う。言われたビッキィは撃沈する。ビッキィに柔らかくなったと言ったピーシェだけど…そのピーシェの顔も、わたしからすれば凄く柔らかなものだった。

 

「うんうん、独断と偏見で買った着ぐるみパジャマだけど、皆ぴったりだったわね」

「結局皆普通に着てくれたし、やっぱり用意して正解だったね」

「…イリゼさん、セイツさん。お二人のそれは…兎、ですよね?」

「うん、そうだよ。可愛いでしょ?」

「兎といえば脚力だし、アイやビッキィに…とも思ったけど、わたしとイリゼで合わせるんだったら兎一択だと思ったのよね。皆もそう思うでしょ?」

 

 良かった良かったと言葉を交わす中でディールちゃんに問われ、わたし達は答える。ふふん、とイリゼと並んで肩を揺らす。

 イリゼとお揃いの、白うさぎパジャマ。ぺたんとしているウサミミと、まんまるふわふわな尻尾はどっちも可愛くて、兎パジャマのイリゼなんて見てるだけでほっこりとする。更に自分で言うのもあれだけど、ただ可愛いだけじゃなくて…何というか、ほんのり色香もあると思う。そこは兎というか、バニー的なイメージによるものだけど…愛らしさと色っぽさが共存している、それもわたしとイリゼのイメージでしょ?…え、そうでしょ?そこは譲らないわよ?……こほん。

 ただ一つ残念なのは、何となくわたし達以上に似合いそうなオリゼには現状着てもらえない事で…でもそれは仕方のない事。だからこの心残りは心の片隅に取っておく事にして、代わりにわたしは胸を張る。皆も似合っているけど、わたし達だってぴったりでしょ、と皆にアピールするように、余裕たっぷりに笑みを浮かべて……

 

「あー、確かにおねーさんってば寂しいと死んじゃいそうだもんね」

「んなぁ!?ちょっ、いや、死なないよ!?…確かに寂しいとちょっと元気なくなるかもだけど…死にはしないからね!?」

「元気なくなる事は認めるんだ…でも正直、確かにそういう意味でもぜーちゃんに兎ってぴったりかも」

「それで言うと、セイツにもぴったりッスねぇ」

「え?わたしは寂しいからって死んだりしないわよ?そりゃ、全く動じない訳じゃないけど、そんなの誰だって同じ……」

「いやそうじゃなくて、よく言うじゃないッスか。兎は常に発情期だって」

『あー』

「ちょっとぉ!?だ、誰が常時発情期よ!そんなところでぴったりだとか思わないでくれる!?後皆も、あーって何!?何を納得してるの!?」

 

……酷い言われようだった。それはもう、酷い言われようだった。発情期がぴったりって…わたしのどこが発情期なのよ、わたしのどこが!……とは言えないけども!流石にわたしもそこまで自分が分からない女神ではないけども!…だとしても、常時発情期ではないわよ…ただ、老若男女皆の感情の煌めきが好きなだけだもの…。

 

「あぁ、セイツさんがいじけちゃった…」

「まあ、言われた内容が内容だものね。同情するわ」

「…ルナ、イヴ、気に掛けてくれるのは嬉しいけど…二人もさっき、『あー』って言ってたわよね…?」

「……それにしても、着ぐるみパジャマってこんなに色々あるんだね。私も行けば良かったなぁ」

「もしうずめがいたら…可愛いのは柄じゃないって言いつつも、一人でこっそり着たりしそうね…」

「話の逸らし方があからさま過ぎない!?」

 

 すーっ…と横を向いて全然違う事を言い出す二人に、わたしは突っ込んだ後がっくりと肩を落とす。わたし程ではないにしろダメージを受けていたイリゼと顔を見合わせ、二人揃って溜め息を吐く。

 

「あー、っと…わたしはその、普通に似合ってると思いますよ…?…こんな時間ですけど、マシュマロでも食べます…?」

『ディールちゃん…兎だからって、太らせてから食べる気!?』

「なんでそうなるんですか!?お二人共本当に落ち込んでます!?」

「それで言うと、ここじゃビッキィの一強かな?逆に最弱はイリゼかセイツ…か、ルナ?」

「…ビッキィ、食べないでね?」

「いやいや……というか、何この地味に返しが難しい話題…」

 

 落ち込んでいても、冗談を言えそうなタイミングならトライする。それが女神ってものよね。弄られっ放しなのも不服だし。

 と、いう訳でわたし達がふざける中、ネプテューヌ達も何やら話していた。他の皆も各々話していて…そこでわたし達は、今度はピーシェから一つ問われる。

 

「ところでこのパジャマ、上下一緒のタイプじゃないんです?そこそこ丈はありますし、ワンピースタイプのパジャマだって事なら納得ですけど…」

「あ、うんそうだよ。皆だって、パジャマの時はゆったりしたいでしょ?」

「流石にトップスだけ渡した訳じゃないから安心して頂戴。まあパジャマだし丈も長いし、ボトムス履く位ならトップスだけでも良いと思うけどね」

『…………』

『……?』

「……前々から思ってたけど…おねーさんって、ちょっと脚限定で露出狂の気がない…?」

「セイツも普段履いてるニーハイの通気性が凄過ぎるし、足のところはトレンカ仕様だし、姉妹揃ってそういう……」

 

 急に皆黙り込んでどうしたのかしら。そう思ってわたしがイリゼと顔を見合わせていると、何やら皆はひそひそ話していた。エストちゃんとイヴの発言に、皆は「そう、なのかも…」的な顔をしていた。…ほんとに何をこそこそ話してるのかしら…イリスちゃんは何故か耳を塞がれてるし……。

 

「そ、それよりもさ二人共、この格好で何したいの?」

『え?』

「え?…もしかして、特に何もない…?」

 

 気を取り直すように訊いてきたネプテューヌだけど、その問いにわたしもイリゼも目を瞬く。何もない?と更に問われて、イリゼと顔を見合わせ、ネプテューヌに頷く。

 

「何もないっていうか…わたし的には、着る事、着てもらう事自体が目的だったっていうか……」

「そ、そうなんだ…じゃあ、イリスちゃんは何かある?」

「イリスは…この格好で、ライヌちゃん達と遊びたい」

「あ、うん…確かにそれも、やりたい事といえばやりたい事だね…」

 

 皆とやりたい事ではないんだ…と、苦笑気味に呟くルナ。ただでも言われてみればそれもそうで、ネプテューヌの「これで終わり?」って意図も分かる。ファッションにいちいち目的や用途を求めるのはナンセンスだけど…折角皆に着てもらってはいお終い、後は各々寝るなり好きな事するなりしてねー、じゃわたしだって味気ないと思う。

 

(でも、じゃあどうするって話よね…パジャマに合わせたごっこ遊び、なんて流石に恥ずかし過ぎるし……)

 

 全員でやるとしたら何かしら、と頭を捻る。それに合わせてウサミミがぴこぴこ動く…なんて事はない。だって、ただの服だもの。

 別に、これで解散でも良いのかもしれない。味気ないとは思うけど、各々楽しめば良いんだし。でも早々に終わらせるんじゃなくて、少しは考えてみようっていうのがわたしの心情で……そんな風にわたしが考える中、茜が声を上げた。

 

「あ、じゃあさじゃあさ、パジャマ全然関係ない事でも良いかな?」

「って、いうと?」

「枕投げ、私一回やってみたいと思ってたんだ!」

 

 そう言って、茜は枕を一つ持つ。これやろっ、と娘のいる母親とは思えない程屈託のない笑みを浮かべながら言う茜は、本当に心からやりたそうで……枕投げ。これは、悪くないかもしれない。

 

「枕投げかぁ…確かにこれだけ人数がいれば、結構盛り上がりそうですね」

「確かに二人や三人より、多人数でやってこそ…な気がするッスねぇ、枕投げというと」

「…良いかも…うん、枕投げ良いかも。私は賛成っ」

 

 初めに答えたのはビッキィで、アイに続いてイリゼも答える。答える…というか、やりたそうな表情を浮かべる。段々分かってきた事だけど、イリゼってばこういう遊びに憧れっぽい感情を持ってるのよね。うーん、可愛い。感情も妹としても可愛いっ!……こほん。

 

「じゃあ、枕投げ…してみる?」

 

 ちょっと自分もやりたくなってきたわたしは、皆に問う。するとイリゼの他にも、ネプテューヌやエストちゃんは賛成みたいで、逆にどっちでも、みたいな反応はあっても、自分はやりたくない…みたいな反応はなくて(イリスちゃんはそもそも知らなかったようで、説明を受けてたけど)……わたし達着ぐるみパジャマガールズは、枕投げをする事となった。

 

 

 

 

 枕投げなんて、やるのはいつぶりか。…っていうか、私やった事あったっけ…?…と、思う位には、自分にとって枕投げは馴染みのない遊び。性質的には、誰にとっても大概は久し振りの、日常的にやってる人なんて滅多にないような、遊びと言うべきかスポーツと言うべきかも謎の…って、いけないいけない。これじゃ枕投げdisりみたいになってる…。……あ、因みに結構本格的な大会があるらしいです、枕投げ。しっかりルールやポジションなんかもあるんだとか。

 

「それじゃあ皆、言うまでもないけど範囲はこの部屋のみ。誰かを集中的に狙ったり、誰かと連携したりしても良いけど、これは『遊び』だって忘れない事。そして勝利条件は、存分に楽しんで満足する事…いいかな?」

『はーい』

 

 ルール…って程でもない取り決めをイリゼさんが確認し、私達は緩く答える。こういうルールだから、沢山当てれば良いって訳でもないし、当たったからアウトで場外へ…なんて事もない。そういう意味じゃ、決めたのは『勝負』の為のルールじゃなくて、それこそ『遊びとして楽しむ』為のルール、かな。

 

「イリゼ、当たっても続けていいって事だけど、疲れて休憩したくなった場合とかはどうすればいいかな?死んだフリとかしてた方がいい?」

「むしろ倒れてたら危ないでしょ、ルナ…多分皆動き回るんだから…。…んー、と…じゃ、その辺りに何枚か布団を敷いて、休憩スペースって事にしておく?当然そこは狙っちゃ駄目で、狙っちゃ駄目なのを利用する為に近付く…っていうのも無しにしてさ」

「部屋の外に出た方が…とも思いましたけど、それだと観戦は出来ませんもんね。わたしもそれで良いと思います」

 

 こくん、とイリゼさんの提案にディールさんが頷き、追加のルールも確定。引っ掛かると危ないから、という事で端に退かしておいた布団数枚を使って休憩スペースを設置し…準備は完了。最後に各々枕を持って、大体一定の間隔を取る。

 

「落ちたのとかキャッチしたのとかも使っていいんだよね?そこに積んである枕も使ってOKなんだよね?」

「そこのもそうだし、マイ枕がある人はそれ使っても良いわよ?…あ、でも破いたりはしないように扱ってね?」

「そら当然ッスね。ルールを守って楽しく枕投げ、ッス」

 

 ネプテューヌさんの問いに纏わるやり取りが済んだところで、部屋の中は静かになる。遊びだし枕投げだし、そこまで身構える必要なんてないんだけど…面子が面子だからか、既にまあまあ緊張感がある。かくいう私も、少なくとも一方的にやられるつもりなんてない。

 初めは全員枕を一つ持った状態でスタート。唯一イリゼさんだけは二つ持っているけど、それは開始の合図用。全員をゆっくりと見回した後、イリゼさんは真上へ緩く枕を投げ、天井近くまで上がった枕はゆっくりと床に落ち……枕投げ合戦が、始まった。

 

『……ッ!』

 

 落ちたのとほぼ同時に、幾つかの枕が飛んだ。私は投げずに横へと飛んだ。先手必勝、という言葉はあるけど、あれは相手が準備の出来ていない時に仕掛けられれば…っていう意味であって、こういう試合形式の時はあんまり意味はない。

 それに今は皆、枕を一つしか持っていない。つまり、そのままだと攻撃出来るのは一度だけという事で、外れて落ちた枕を拾うにしろ山から補充するにしろ、その瞬間は隙を晒す事になる。自分の時は危険に、誰かの時は狙うチャンスになる。

 だから、まず私は避ける事を選んだ。万全の状態での攻撃を、万全の状態で避けた。そして、今投げた…無防備になった人の内、一番高い相手を狙う…ッ!

 

「う、外れた…枕、枕……」

(って、一番近いのは一番狙い辛い相手だったぁぁぁぁ…!)

 

 反射神経のままに投げようとしていた私は、直前で踏み留まる。イリスさんの小さな背中に投げ掛けていた手を、止める。戦いに甘さは不用。やれる時にやるのが鉄則。…だとしても、これは狙える訳ないでしょう…!?こんな無防備そのものの背中に枕ぶち当てるとか、得るものより失うものの方が多過ぎる…!

 

「ピーシェ、ボディーがお留守みたいねッ!」

「く……ッ!」

 

 何とか踏み留まった次の瞬間、横からエストさんの声と枕が同時に迫る。私はそれを見る事なく、直感のまま前転を掛けて間一髪躱す。

 掠った気がする。多分掠った。でも、私はほぼノーダメージ。対照的に今投げた、私と同じように開始時点では投げずにいた様子のエストさんは、間違いなく今枕を持っていない。一方的に反撃するチャンス。

…と、思ったのも束の間、エストさんは既に逃げていた。恐らく、投げた時点で退避と枕の回収に動いていた。…当然だ。普通の戦闘だったとしても、攻撃した後のんびりその場に留まっていたら反撃されるだけだし、今のエストさんは「一回攻撃したら終わり」なのが誰から見ても分かる状態だったんだから。

 

「でも、それなら…ビッキィ!挟み討ちに……」

「あ、すみません!わたし今さっき投げちゃって今枕ないです!」

「意外と連携し辛い…!」

 

 思い付いた連携は、一瞬で無理だと判明。でも考えてみたらこれも当然の事で、チーム戦じゃないんだから常に全方位への警戒が必要になる以上、連携の余裕なんてそうそうない。とにかく攻撃手段が枕だけ、その枕も沢山持って動く事は出来ないこの『枕投げ』は、いつもとは大きく違う考え方で動くしかない。

 

(考えてみたら、今ある枕はこの一つだけど、山には沢山あるし、そもそもこの部屋から枕が…攻撃手段がなくなる事はない。なら、慎重になり過ぎる必要も……)

 

 必要もない。そこまで思考がいった瞬間、横跳びで誰かからの枕を避けた瞬間、ネプテューヌさんと目が合う。合うというか、同じく動いていたネプテューヌさんと、いきなり至近距離になって…咄嗟に私は、枕を投げる。

 サイドスローで投げ放った枕。咄嗟ながら、投げた枕は真っ直ぐに飛び…ほぼ同じタイミングでネプテューヌさんが投げていた枕と、枕同士ですれ違う。触れるか触れないかの距離で、二つの枕が飛び交い……

 

「へぶっ!」

「あぶっ!」

 

 直撃した。顔に直撃した。ネプテューヌさんの顔にも…私の顔にも。まあまあ痛い、枕だけど投げたのが女神だから結構衝撃があった。

 

「痛た…んもう、ピィー子本気で投げたなー?」

「それはお互い様でしょう…。…さて、隙有り!」

「ねぷぅ!?や、やったねピィー子!」

「ふっ、甘いですねネプテューヌさん。既にネプテューヌさんの枕も回収済み……」

「貴女も隙有りよ、ピーシェ」

 

 しゃがみ、拾い上げると同時に下から落ちた枕を投げた私。尚且つもう一つの、さっき私が投げていた枕も拾い上げていた事で、完全にネプテューヌさんに対して優位に立つ。

 このチャンスを逃す手はない。すぐさま二つ目を投げて、今当たった一つ目をまた回収して、至近距離だからこそ出来る二つの枕での連続攻撃を……しようとした瞬間、背中に枕を当てられた。

 

「ふっふっふー、油断したねピィー子。トドメの一撃は、油断に最も近いって忘れちゃ駄目だよ?」

「なんでネプテューヌさんが偉そうにしてるんですか…おっと」

「あら残念、流石に二回も三回もそのまま受けてはくれないのね」

「まあ、遊びとはいえばかすか当てられるのは嫌ですから」

 

 続けて飛んできた二つ目を、振り向きざまにキャッチする。投げてきたのはイヴさんで、どちらかと言えばクールなタイプ…だと思う彼女だけど、枕投げは普通に楽しんでいる様子。…というか、私も結構そうかも…ここまで凄く頭を回転させて、色々考えてるし…。…さて……。

 

「…………」

「…………」

「なら、正々堂々勝負…と言いたいところだけど、人の姿といっても、女神と正面からぶつかるのは勘弁ね。ここは逃げさせてもら……」

「よし、ここは一時休戦だよ!」

「えぇ、そうしますか。やり返させてもらいますよ、イヴさん…!」

「え、ちょっ…何でいきなり休戦!?自分で言う事じゃないけど、私そうせざるを得ない程の相手じゃないわよ…!?」

 

 無言で頷き合い、キャッチした物と当てられた物、元々は私達がそれぞれ持っていた物で合わせて四つの枕を、ネプテューヌさんと二つずつ持つ。両手に枕を構えて、びっくりした様子のイヴさんに仕掛ける。ここで一時休戦に応じた理由は…特にない。

 

「とりゃー!」

「そこッ!」

「わっ、きゃっ…うっ……!」

「あ……」

「おわっ、お腹にクリーンヒット…容赦ないね、ピィー子……」

 

 一つ目を同時に投げて姿勢を崩し、ネプテューヌさんの二発目で防御を誘ってもらって、ガラ空きになった胴体に私がシュート。上手い事連携が機能した結果、気持ち良い位ばっちり枕が当たって……しまった。…すみません、イヴさん…でも、そういう遊びなので…。

 

「…ネプテューヌさん、枕って結構持てるんですよね。うん、片手で三つ位なら普通に持てる。これならもう一つを右手で持って投げられる……」

「あー、脇に抱えるとそうだよね…って全部回収されたぁ!?ちょっ、ズルく…はないね、流石にズルくはなかったよごめん!」

「あ、はい。では、覚悟」

 

 ちょ、ちょっと休むわ…と言って休憩スペースに向かうイヴさんにもう一度心の中で謝りつつ、私は四つの枕を回収し……ネプテューヌさんに圧を掛けた。速攻逃げていくネプテューヌさんに一つ投げ、続けざまにもう一つ投げようとして…しゃがむ。しゃがんだ次の瞬間、頭上を枕が駆け抜けていく。

 

「よく避けたわね、ピーシェ…!」

「セイツさんですか…!」

 

 後転し、その勢いのまま跳ね起きてバックステップをしつつ枕を投げてきた相手を見る。その時にはもう投げてきた相手、セイツさんが持っていたもう一つの枕を投げる体勢に入っていて、私もさっき投げ損ねていた二つ目を放つ。さっき、ネプテューヌさんと一騎討ちになった時はすれ違った枕だけど、今度はぶつかって、両方が落ちる。

 

「そちらの手持ちはゼロ、こちらは二つ。もう一つを投げるのが早過ぎましたね」

「ふふ、それはどうかし…らッ!」

「な……っ!」

 

 枕の数では完全有利。でも女神相手じゃ避けられるか受け止められる可能性も十分ある訳で、私は焦らず揺さぶりを掛ける。でもそれに対し、セイツさんは小さく笑い…なんと突っ込んできた。

 逃げるでも動き回って狙いを付けさせないでもないまさかの接近に、逆に私が動揺させられる。ぐっ…でも近付けば近付く程、回避もキャッチも難しくなる…ここは落ち着いて、真正面から思い切り……

 

(…いや、ここは……)

「投げないで逃げるの?ピーシェ、案外逃げ腰なのね」

「そりゃ、変態が迫ってきたら普通逃げますって」

「んなぁ!?こ、これは普通の戦法でしょ!?」

 

 後ろに跳び、私はセイツさんと正対しつつ逃げる。投げずに下がる私へセイツさんが挑発してきたけど、逆に私は煽り返してむしろセイツさんの集中力を削ぐ。

 後ろに神経を集中して、壁や誰かにぶつからないようにしつつ逃げ続ける。同時に顔はセイツさんの方を向いたまま、目だけで周囲を確認していく。そして……

 

「追い詰めたわよ、ピーシェ!」

「そうですね、追い詰められました。…追い詰められたのは、貴女ですけどね…ッ!」

「……!」

 

 追い詰めた、そう言いながらセイツさんは姿勢を下げ、指先で摘むようにして落ちていた枕を拾う。そのまま投げるというか、下から放るような軌道で投げようとする。

 それを、私は言葉で制する。わざと、ちょっと芝居掛かった言い方をして、セイツさんに気付かせる。そして、次の瞬間…二つの枕が、ほぼ同時にセイツさんを襲う。

 

「あっ…!」

「わっ…!」

 

 左右からセイツさんへ迫ったのは、ルナとディールさんが投げた枕。でもそれは、セイツさんを狙ったものじゃない。セイツさんは狙われたんじゃなくて、二人の射線上に入っただけ。逃げると見せかけて、私がそこに誘導しただけ。この為に、私は視線を走らせていた。そして狙い通り、セイツさんは絶好のタイミングで二人の射線に入ってくれた。

 わざと声を掛けたのも、気付かせたのも、作戦の内。気付いていない状態だと、女神の本能と反射神経で思考抜きに避けつつ更に突っ込んでくる可能性があったから、気付かせる事で、『意識的な対応』を強いた。

 けど、見事に左右から同時ヒット…とはいかなかった。床に素足を突き立てるようにして急減速したセイツさんは、拾った枕を手放すと共に両腕を左右に開く。広げて、突き出して…二つの枕を、二つ共片手で受け止める。

 

「…まんまと乗せられたわ…やけに逃げ回るから、何か狙っているとは思っていたけど……」

 

 流石に焦った様子のセイツさんを見ながら、私は枕を構える。セイツさんも、今は両腕を広げたままだけど、恐らくすぐに投げられる筈。だから私は、セイツさんのいる方向をじっと見て…もう一つ、手を打つ。

 

「セイツさん、一つ提案があります」

「提案?」

「ここで勝負するのも悪くありませんが…私の後ろに絵が飾ってありますよね?万が一その絵に当たって落ちたら折角盛り上がっているのが台無しですし、一旦お互い矛を…いや枕ですけど…収めて、移動しませんか?」

「…確かに、そうした方が良さそうね。でも、そう言いつつ狙ったりするのは無しよ?」

「勿論、私から狙うような事はしませんよ。これで証明になりますか?」

 

 持っていた枕二つをその場に落とす。それを見たセイツさんは頷いて、自分もキャッチした二つを手放す。お互い枕無しになったところで私は頷き、セイツさんも頷いて、それからセイツさんはこの場から離れるべく振り向き……

 

「──先に謝っておきますね。すみません、セイツさん」

「え……ふぶっ!?」

 

 枕が、ものの見事に顔へと当たった。ぱーん!…と小気味いい音と共に、セイツさんがふらつくレベルで顔面にジャストミートした。…待ち構えていた、ビッキィの枕によって。

 

「う、ぐ…騙したわね、ピーシェ……」

「騙したなんてそんな、私が投げた訳じゃないですし、ビッキィに関して何も言及しなかっただけですよ?」

「……っ…中々、悪どいじゃない…けど、わたしには分かる、分かるわ…ばっちり作戦勝ち出来た事を喜ぶ反面、姑息な事をしたのも、それにビッキィを巻き込んだ事も、内心申し訳なく思っている、貴女の誠実さ溢れる気持ち…が……」

「え、ぜ、絶命したぁ!?」

「なんでそんな仰々しく……え、大丈夫ですよね?演技ですよね…?」

 

 ゆっくりと振り返り、静かにわたしへ告げた後、ばたんと仰向けに倒れるセイツさん。仰天した顔で私達のやり取りを見ていたルナが駆け寄って、同じくディールさんもちょっと不安になった様子で側に寄り…ビッキィは、ちょっと動揺していた。もしかしてわたし、やり過ぎました…?という目で私を見ていた。

 

「あー…ごめんなさい、セイツさん。でも、嵌めた私が言うのもアレなんですが、このままだとビッキィが本気で負い目を感じちゃいそうなので、復活してもらえます…?」

「あ、そうなの?それはごめんね、ビッキィ」

「へ?…あ、ほ、ほんとに演技だった…?…い、いやまぁそんな事だとは思ってましたけどね!予想通りですけどねっ!」

『…………』

 

 頬を掻きながら近付いて、しゃがんで声を掛けると、それは申し訳ない事をした、とばかりにあっさりとセイツさんは復活。その姿にビッキィはぽかんとし…それから物凄く、物凄く分かり易い感じで誤魔化しに掛かった。これにはこの場にいた全員が、思わず半眼になってしまった。

 数秒後、恥ずかしさから逃げるように、枕も拾わずビッキィは離脱。このまますぐ再開だ!…っていう気分にはなれなかったのか、ルナとディールさんも肩を竦め合った後に離れていって、私はどうしたものかと思考を巡らせ……

 

「ふぅん、ビッキィと協働してセイツを嵌めるだけじゃなくて、ビッキィの状態を利用して気不味くなりそうな雰囲気も乗り切るなんて、かなりの策士家じゃない。そのやり方は、アノネデス辺りから教わったのかしら?」

「えぇ…確かに嵌めたのはその通りですし、ビッキィを出汁にしたのも事実ですけど、そんな言い方します…?」

「ふふっ、冗談よ冗談。でも実際上手い策略だったとは思ったし、実はかなりノリノリで枕投げしてたり?」

「…まぁ、我ながら結構楽しんでるな、と思っているのは認めます」

 

 いつの間にか近くに来ていたエストさんにちょっと驚きつつ、会話する。訊くまでもなくエストさんは楽しんでいるようで、表情が明るい。

 枕をぶつけ合う、戦闘的な要素がありながらも、枕だから基本怪我する事もないし、皆で一人を集中狙いなんて事でもしなければ、ギスギスするような事もない。さっきみたいな悪役ムーブも、枕投げだからこその部分があって……問い掛けには認めます、なんて言い方をしたけど、正直ほんとに結構楽しんでいる。そう思うと、自然に頬が緩んで、それを見たエストさんは「やっぱりね」とこっちも笑って、その後私に勝負を挑むように、エストちゃんの身の丈位ある巨大な枕を両手で構えた。

 

「…って、なんですそれ!?武器!?何かの武器!?」

「え、抱き枕だけど?」

「あぁ、抱き枕……抱き枕有りなんです!?」

「だって枕じゃない」

「枕ですけど!ですけどもっ!」

「問答無用!」

「ちょっ、待っ…痛ぁ!?」

 

 ぶんっ!と振り抜かれた枕を咄嗟に腕で防御するも、諸に入った衝撃で姿勢が崩れる。何とか反撃を、と思った私だけど、さっき枕を手放してしまった私に反撃の手段はなく、そのまま二撃目を叩き込まれる。

 痛かった、フルスイングだから結構痛かった。…よ、容赦ない…反撃出来なかったのは私側に理由があるから仕方ないけど、それにしたって容赦ない……。

 

「ふふん、どうかしら?あ、流石にこれで乱打とかはしないから安心して頂戴」

「エスちゃん…イリスちゃん、ルナさん、エスちゃんに抱き枕で暴れられると姉妹として皆さんに申し訳なくなるので、わたしに協力してもらえますか?」

「……?よく分からないけど、分かった。イリス、協力する」

「さっきまで勝負してたディールちゃんと共闘…ちょ、ちょっと格好良い展開かも…!」

「え、あれ…なんかわたし、急に悪役っぽくなってる…?」

 

 呆れたような声が聞こえたかと思えば、これまたいつの間にか戻っていたルナにディールさん、それにイリスさんが枕を構えてこっちを…より正確には、エストさんを見ていた。まさかこんな展開になるとは思っていなかったようで、エストさんは呆気に取られ…その隙に私は離脱する。枕の山まで走った、欲張らずに素早く二つ手に取って、戦いに戻る。さて、次はどう立ち回る……

 

「とりゃりゃりゃりゃー!同じわんわんパジャマを纏う者として、茜には負けないよッ!」

「やるねぇねぷちゃん、でもねぷちゃんこそ…私の見切りを超える事が出来るかなッ!?」

「捉えた…ッ!アイ、貰っ……」

「よっとぉッ!」

「どわぁぁ!?なっ、ら、ラリアット!今ラリアットしたよねぇ!?普通に打撃仕掛けてくるとか何考えてんの!?」

「何言ってるんスかイリゼ、今のは腕枕ッス」

「相手に向けて振り出す腕枕なんてあるかぁいッ!枕って付けば何でも良いと思ったら大間違いだよ!?そして私だったから良かったものの、他の誰かだったら大顰蹙だからね!?避けられてなかったら大惨事だからね!?」

「何言ってるんスかイリゼ。ウチがこんな事するのは、こんな事したいと思えるのは…イリゼだけに、決まってるじゃないッスか!」

「何て嬉しくない特別感…!えぇい、そっちがその気ならこっちにも考えがあるんだからね!」

 

 明らかに枕投げの域を超えた、お互いどう見ても全力を振るっている状態のネプテューヌさんと茜さんに、最早しばき合いに発展しているイリゼさんとアイさん。前者も凄いけど、後者に至っては膝枕と言ってダブルニーキックをしたり、枕がない時は手を枕代わりにするからと言って張り手をしたり、挙句カッチカチの氷枕までどこからか持ち出してと、ある意味やりたい放題だった。…あれには参加したくない…したくなさ過ぎる…。

 

「床に散らばった枕を低姿勢から、次から次へと投げて反撃を許さないネプテューヌさんと、言葉通り的確に見切って、まだ動きに余裕を見せる茜さん…この二人、シンプルに楽しんでいるように見えて、その実かなりの緊張感ありますね…」

「アイとイリゼの方は…もうほぼ攻撃手段が限られてるだけの戦闘になってるわね…しかもお互い相手以外が巻き込まれたりしないよう立ち回ってるっぽい辺り、凄いけど全然見習いたくはならないわ…」

「はは……。…あ、復活したんですねイヴさん」

 

 何やら解説の様な声が聞こえてきてそちらを見れば、ビッキィとイヴさんも二組の勝負を見ていた。というか全体的に、凄い勝負をしているなぁ…というような雰囲気になっていて……

 

「…よし。ピーシェ様…ビッキィ、行きます!」

「女神としてこれは見逃せない勝負、ねッ!」

「おわっと!ここに来てきぃちゃんとせーちゃんか…でも相手にとって不足無し、なーんてね!」

「ふー、流石に大きいだけあって振り回すと疲れるわね…ちょっと休憩したら、わたしも少し行ってみようかしら」

(…改めて考えると、血気盛んな面々が結構多いな……)

 

 近付くのは危険な組は言うまでもなく、ネプテューヌさんと茜さんの勝負も下手に近付くのは避けたいところ。ここは様子見し、漁夫の利を狙う方が良いような戦い。そう思っていた私だけど、そうは思わない面々もいて…ビッキィとセイツさんは仕掛けに行っていた。エストさんも、普通にやる気だった。

 でも別に、悪いとは思わない。止めた方がいいとは思うけど、どうするかは各々の自由だし、遊びなんだから、ルールとマナーの範囲でやりたいようにやるのが一番。だから私もまた、周囲を見回し…取り敢えず休憩スペースに行く事にした。

 

「あれ?ピーシェも休憩?」

「そうですよ。あっちのペースが落ちてきたタイミングで狙えば、あの場の全員に優位を取れますからね」

「わぁ、やる気満々…私もここからは、もっと動いてみようかな…」

「わたしは…うん、止めとこ…へろへろになるのは嫌だし…」

「ディールは、静かにしてる?なら、イリスもそうする。共にへろへろ回避」

 

 先を見据えた一時後退。同じく休憩スペースに来ていたルナ達と軽く会話しつつ、離れた位置の激戦を眺める。途中で言葉通り、そこにエストさんも加わって、更に激しい勝負になって…頃合いを見て、私も仕掛けた。相手が相手だから、消耗している筈なのに全員強く…でもまあ、それで良かったと思う。だって、動けない相手に一方的に枕をぶつけるんじゃ、何も枕投げとして楽しくないから。

 そうして、枕投げは長く続いた。かなり長く続いて…結局、最終的な勝利者は誰なのかよく分からない状況になってしまった。でも、勝利条件的に考えるなら…割と皆、勝者かもしれない。

 

『つ、つっかれたぁ……』

 

 布団の上に座り込んだり、或いはごろんと転がったりする私達。楽しかったのは間違いないし、けれどこれでもかと言う程に疲れた。明らかに寝る前の活動としては、過剰過ぎる程の枕投げだった。

 そんな枕投げを終えた私達は、枕を片付け、布団を元に戻す。並べて、寝られる状態にして、そして疲労感を感じながら……全員、その日二度目の入浴をするのだった。汗をかき過ぎて、とてもそのまま寝られるような状態ではなかった。…寝る前に、激しい運動はしない。極々当たり前で、誰でも分かっているような事を、揃いも揃ってうっかり忘れていた私達は…苦笑いしながら、着ぐるみパジャマ姿で浴場へと向かうのだった。




今回のパロディ解説

・「〜〜『〜〜にゃーッス』になって、何か違うものを連想……」
ポケモンシリーズに登場するポケモンの一匹、ニャースの事。勿論ニャース自身の語尾はにゃーッスじゃないですが。アニポケのニャース(ロケット団)も「ニャ」ですが。

・「〜〜こんこんきーつね、とか」、「それは狐は狐でも、オタク狐〜〜」
Vtuber白上フブキ及び、彼女の代名詞的な挨拶の一つの事。ゲームにおいてブランのアクセサリーの中には、狐のお面もあったと思いますし、ほんと合うと思うんですよね。

・『〜〜兎だからって、太らせてから食べる気!?』
童話であるきつねのおきゃくさまにおける、あるシーンのパロディ。きつねのおきゃくさまは国語の教科書に載っていたりもしますし、割と知っている人は多いのかな、と思います。

・「〜〜ボディーがお留守みたいねッ!」
KOFシリーズの主人公の一人、草薙京の台詞の一つのパロディ。しかしボディーがお留守と言っても殴ったりはしていません。後々エストは別の枕で殴ってたり、他のキャラも近接戦してたりしますけども。

・「ふぅん、ビッキィと〜〜辺りから教わったのかしら?」
アーマード・コアⅥに登場するキャラの一人、エアの台詞の一つのパロディ。この場合は取引を持ちかけた側が逆になっていますけどね。それにバトルロイヤル方式なので別に悪い事した訳でもないですし。


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番外編 一時の出会い

 仮想空間にいるのは、私達現実から入ってきている人間だけじゃない。ピーシェ様達人ではない存在もいるから〜…的な意味じゃなく、現実から来ている訳じゃない存在もいる。

 要は、装置の方が用意した人間やモンスターが沢山いる…って事。ただそれだけの事で、仮想空間の中の人間にしろモンスターにしろ、システムに沿って動いているだけだから、そういう意味じゃ建物とか植物なんかとそんなに変わらない…の、かもしれない。

 現実から入ってきている私達と、実在はしない仮想空間の中だけの存在。その違いははっきりとしていて……けれど、そのどちらでもない存在もいた。いたのかもしれない。…その日わたし達は、そういう存在に、出会った。

 

「イヴさん、依頼されていた素材を全部集めてきました」

「ありがとう、助かったわ。…というか、相変わらず速いわね…」

 

 お店の中に入り、店主に声を掛ける。採ってきてほしい、と言われていた木材や鉱物を渡して、約束の報酬を受け取る。流れとしては至って普通の、ゲーム的に言えば採取クエスト又はお使いクエスト。ただ一つ違う点があるとすれば、依頼主がイヴさん…わたしや他の皆と同じ、プレイヤー側の人間だって事。

 

「えぇ、走りましたから。にしても直接身体を操作してみると、素材…というかアイテムを『データ』として運べるのは凄く便利ですね。現実と同じように運ぶってなると、大変なんてレベルじゃないですし」

「走ったとしても速いわよ…けどまぁ、そうね。ところで今は、ピーシェとは一緒じゃないの?」

「はい。流石にわたしも、常に一緒にいる訳じゃないですからね?(まあ、結構な割合で一緒にはいますけど…)」

 

 従者として、出来るだけピーシェ様と行動を共にするべし。…そう思っていたけど、実はちょっと前に「いや、流石に仮想空間の中まではいいからね…?」と苦笑気味に言われてしまった。考えてみたら、それもそうだった。だってここは仮想空間…言ってみれば、ゲーム内のキャラを同じくゲーム内のキャラで護衛しているようなものだから。

 という訳で、今わたしは単独行動中。取り敢えず噂になっていたイヴさんのお店に行って、依頼を受けて…で、次はどうしよう。

 

(何か、スニーキングのクエストとかあったりしないかな…又は、高速清掃のクエストとか……)

「へぇ、ここが…」

「あぁ、いらっしゃい」

 

 商品を眺めながらこの後の事を考えていると、店の扉が開いて、二人組の人が…ワイトさんとカイトさんが入ってきた。

 

「今日は買い物?それとも何か作成の依頼?」

「いや、君が開いたというお店を見てみたくてね。カイトくんに案内をしてもらったんだ」

「カイトに?…言ってくれれば、こっちから案内したのに…」

「さっき話してる時に、また噂が聞こえてさ。その流れで案内する事になったんだよ」

「え…噂って、まさか……」

「今度は『ちょっぴり大人可愛い店主の道具屋』になってたな」

「そ、そう…良かった、今度はまだ比較的マシな噂に……って、比較的マシって何よ…そういう問題じゃないでしょ私…」

 

 店主として問うイヴさんの言葉にワイトさんは答え、店内をぐるりと見回す。彼が店内を見ている間、イヴさんとカイトさんは会話をしていて…その会話の後、イヴさんはがっくりと肩を落としていた。…そういえばわたしも、ここの噂は聞いた気がする…ご愁傷様です、イヴさん…。

 

「…ふむ…中々独創的な物も多いけど、この辺りは実用性の高そうな物が揃っているね」

「あ、それわたしも思いました。逆にあっちの棚には、使う分には面白そうだけど…って物が多いんですよね」

「…まあ、ね。折角だから色々試してみたいのよ。実用的なものも、興味本位のものも、色々と…ね」

「ああ、それは分かるな。現実じゃ出来ない事を試すのもいいが、現実より自由な空間だって事を活かして、現実の予行練習をするのも……って、イリゼ?」

 

 分かる、と言って窓際のテーブルにあった商品の一つを手に取るカイトさん。それは武器じゃなくて何かの機械みたいで、何だろうとわたしも近付…いたところで、カイトさんはこの場にいない人物の名前を口にした。

 それからすぐに、わたしも気付く。窓から見える、外の道路。そこをイリゼさんが、通り過ぎていく事に。

 

「イリゼさん、ですね。イリゼさんもここに…って、訳じゃないみたいですけど……」

「…あれ、でも…確かイリゼ、今日仮想空間に入る前に、セイツと街の外に出て討伐と探索を…って感じの話をしていたような……」

 

 どこに行くんだろうなぁ…位に考えていたわたしだけど、イヴさんの呟きで途端に気になり始める。イヴさんが言った通りなら、街の中にはいない筈のイリゼさんがいる。早めに切り上げたとか、街の外で活動する為の準備中とか、あり得そうな理由は幾つかあるけど…それ含めて、ちょっと気になる。

 

「…あ、転んだ」

「こ、転んだね。仮想空間とはいえ転んだのを見過ごす訳にもいかないし、大丈夫か訊きに……」

「…え、あれ!?イリゼさん、泣き出してません!?」

『えぇ!?』

 

 わたし達が窓越しに見る中、突然イリゼさんは転倒。すてーんと転倒。それも驚きではあったけど、うつ伏せに倒れた状態から起き上がった数秒後、へたり込んだ体勢のままイリゼさんが泣き出した事で、わたしはぎょっとした。皆もわたしの言葉に仰天して、よく見て、泣いていると分かって、重ねてびっくりしていた。

 まさかの転倒して泣くという予想外の事態を前に、わたし達は慌てて店を出る。声を掛けるべく、わんわん泣いているイリゼさんの方へ走っていく。

 

「だ、大丈夫ですかイリゼ様!どこか怪我でも!?」

「顔面から転んだら痛いよな…イリゼ、立てるか?」

 

 駆け寄り、わたし達はそれぞれに呼び掛ける。特にワイトさんとカイトさんはイリゼさんの正面に回って、膝を折って問い掛ける。そしてわたし達から呼び掛けられたイリゼさんは、ぴたっと泣き声が止まり、わたし達を見上げ……

 

「──ふぇッ!?ふぇぇええええぇッ!?…あうぅッ!」

『はいぃ!?』

 

 驚いた。滅茶苦茶驚いた。いきなり目の前を何かが駆け抜けたのか、って位に驚いて、驚きのあまりひっくり返って……後頭部を、強打していた。顔に続いて、後頭部も路面に思い切りぶつけていた。…え、何この状況……。

 

「…ぅ、う…うぇぇぇぇっ!うぇええええぇぇ!」

「(し、しかも更に泣き出した…!?)…あ、あー…イヴさん、取り敢えずイリゼさんを、お店の中に連れて行ってもいいですか…?」

「そ、そうね…このまま外で号泣するイリゼなんて、見ていられないものね……」

 

 ぼろぼろ涙を流して泣くイリゼさんに改めて声を掛けて、何とか立ってもらって、わたしとイヴさんで手を引いてお店の中へ。

 いきなり転倒して、泣いて、声を掛けたらひっくり返って、更に泣いたイリゼさん……うん、訳が分からない。全く、全然、分からない。

 

「うぅぅ、ぅ…ご、ごめっ…ごめんなさい…ごめ、ご迷惑…を…おかけ、して……」

「い、いえ。この程度、お気になさらず…」

「これ位しかないけど、良かったら飲んで」

「あ、ありが、とう…ござい、ます…。……はふぅ…」

((あ、普通に表情が綻んだ…))

 

 椅子に座り、漸く少し落ち着いた様子のイリゼさん。声を掛けるワイトさんは、まるで泣く子を慰める親の様だった…というのはさておき、イヴさんから乳酸菌飲料っぽい物を受け取ったイリゼさんは、それを両手で持って一気に飲み……ほっこりとした顔になった。

 

「えぇと、それで…イリゼさんは、どうしてここに?」

「…ぁ、えと…み、皆さんに…案内、してもらって……」

「うん?…あ、違います違います。このお店にじゃなくて、この場にというか、街の外に行く予定だったんじゃ?という意味で……」

「……?」

 

 怪我はなさそうだという事で、乳酸菌飲料の残りを飲んでいたイリゼさんに訊くと、イリゼさんはきょとんとした後、外からここに…と指でジェスチャー。ただ勿論、わたしが訊いたのはそういう事じゃない訳で…というか、この勘違いは斜め上過ぎる…イリゼさんって、こんな天然だっけ…?

 

「…違うの?私には、そういう会話をしてるように聞こえたんだけど……」

「な、なんの…事、です……?」

「この反応…やっぱり、イヴの訊き違いか?」

「…いや、それ以前に……皆、少しいいかな」

 

 どうも違うらしい。カイトさんと同じような思考を、会話を聞きながら私は思っていて…けどそこで、二人と共にワイトさんに呼ばれる。呼ばれ、イリゼさんから少し離れる。

 

「ワイト、何か気付いたの?」

「気付いたというか…三人共。単刀直入に訊くけど、君達には彼女がイリゼ様に見えるかい?」

 

 真剣な面持ちでの、ワイトさんからの問い。その問いに、わたし達は顔を見合わせ…言う。

 

「そりゃ、どこからどう見てもイリゼ…と、言いたいところですが……」

「…雰囲気、違い過ぎますよね…顔面打って泣いてたとか、それを見られたとか、そういうのを差し引いてもイリゼさんらしくないっていうか……」

「うん、同感だよ。今のがイリゼ様の素で、私達が知っているのは表向きの性格だった…というのも考えたけど、流石にそれはないだろう。何せ、落ち着いたらしい今もあの様子だから、ね」

 

 ちらりと目をやるワイトさんにつられてわたしも見ると、イリゼさん…に見える女性は、物珍しそうに商品を見ていた。ぺたぺた触ったり持ったりしては目を輝かせるイリゼさんは…やっぱり、イリゼさんらしくない。

 

「となるとこれは、どういう事か。私は情報工学に明るい訳じゃないから、予想でしかないが…思い付く可能性は、二つ。彼女はイリゼ様に成り済ました偽者か、イリゼ様のデータを用いた仮想空間の住人か、だ」

「データを用いた仮想空間の住人、っていうと…俺達以外でこの仮想空間の中にいる、所謂NPCみたいな存在…って事です?」

「それはあり得るわね。けどそうなると、こっちに来てるイリゼ本人と、NPCとしてのイリゼが同時にいる状態になるわよ?そんな設定ミス、ネプギアがするかしら…」

「確かにそれはそうだね。けど成り済ましというのも、それこそイリゼ様自身が気付く筈では、という点から考え辛い。だからやはり前者では、と思うんだけど……」

『だけど?』

「…よく考えたら、現実にいるネプギア様に確認を取るのが一番手っ取り早い手段だったね…」

 

 そう言って、ワイトさんは自嘲気味に苦笑い。あー…とわたしも苦笑い。どちらにせよ、「イリゼさんじゃないっぽいイリゼさんがいる」というのは自然な状況じゃない訳だから、報告するのが正解なんだろう。そんな風に思いながら、わたしは苦笑した後頷いて……

 

「…あ、あ、あのっ…なんの、お話…を、しているん…ですか…?」

 

 連絡を取ろうとした直前、気付けば側に来ていたイリゼさん?…に呼び掛けられた。はっとしてわたし達がそっちを向けば、小動物感溢れる雰囲気のイリゼさんは、曇りのない目でわたし達を見ていた。

 

「あ、えぇと…す、好きな食べ物の話です…!」

「いやビッキィ、それは流石に誤魔化しが雑過ぎる──」

「食べ物の、話…わ、私は、甘いもの…が、好きです…!甘いものを、食べると…ふわふわ〜って、ふにゃふにゃ〜って気持ちになって…えへへ、ってなれ、ます…!」

((誤魔化せた!?))

 

 あ、不味い!正直に言う訳にはいかない、誤魔化さないと!…そう思ってとっさに口にしたのは、イヴさんに言われるまでもなく無理のある誤魔化し。けど…なんと、誤魔化せた。誤魔化せてしまった。イリゼさんは、全体的に幼い感じで好きな食べ物の話をして…これで良いですよねっ、とばかりの表情を浮かべる。…まさか、上手く誤魔化せたのに動揺する羽目になる日が来るなんて……。

 

「えー…と、すみません。少し私は外で飲み物を買ってきますね、イリゼ様」

「ほぇ…?あ、は、はいっ!い、行ってらっしゃい、です…!……ぁ…」

「イリゼ様?」

「…お名前、聞いて、いませんでした…な、なんて名前、です、か…?」

 

 ぺこんっ、と深く頭を下げたイリゼさんは、何かに気付いた顔になり、それからワイトさんに訊く。ワイトさんが一瞬困惑した後答えると、イリゼさんの視線はこっちに向き…わたし達も、それぞれ答える。

 

「…名前を訊くなんて、成り済ましにしてはあまりにもお粗末よね…となるとやっぱり……」

「それ含めて、確認してもらうしかないな。…さて…なぁイリゼ、イリゼはどこに行こうとしてたんだ?」

「わ、私…ですか…?…私は…ど、どこに行こう、と…してたん、でしょう…?」

「そりゃ…俺に訊かれても分からないな…」

 

 アイコンタクトでワイトさんの意図を理解したわたし達は、意識をこっちに向けさせるべく、会話を続行。…しようとしたけど、一つ目の質問から妙な答えが返ってきた。

 

「で、です…よね…。…うぅ…す、すみません…私の事、なのに…カイトさんに、訊いてしまって…しかも、それで困らせて…う、うぅ…ふぇ……」

「い、イリゼさん…!?それより…というか行き先が分からないって事は、多分そこまで重要な用事がある訳じゃないんですよね?じゃあもう少し話をしましょう、質問があればお答えしますよっ!」

「ぐすっ…へ、ほ、本当ですか…?い、いいん、ですか…?」

 

 自責からの再び泣きかけるというびっくりムーブをかましてくるイリゼさん。ついまたわたしは勢いで乗り切ろうとし…今度もまた成功した。しかも今度はイリゼさん、今日は全員おかわり有りでカレーを食べて良いと言われた時ばりにぱぁっと表情を輝かせていた。…よく分からないけど、今のはイリゼさん的に嬉しい言葉だったらしい。

 

「い、イヴさんも、カイトさんも、いい、です、か?」

「うん?俺は構わないぞ」

「私も、非常識じゃない質問ならね」

「ひ、非常識じゃなけれ、ば…なんでも、訊いて、いいんですか…!?す、好きな食べ物、とか、得意な事、とか、最近あった事とか、いいですか…!?」

「それ位なら、まぁ…というか、かなり他愛無い質問な気が……」

「某ハードボイルド漫画がいつ最終話を迎えるかも、き、訊いて、いい…ですか…!?」

「それは訊かれても答えられないわ……」

 

 食い気味に確認を重ねるイリゼさんに、わたしとカイトさんは顔を見合わせ苦笑。まあそれはともかく、イリゼさんは訊きたい事が沢山あるらしい。だからわたし達は、質問に一つ一つ答えていく。答えるとイリゼさんは、答え一つ一つに表情を変え、目を輝かせて反応をした。食べ物にしろなんにしろ、内容は聞いていて面白いようなものじゃない筈なのに、イリゼさんは凄く嬉しそうに聞いていた。

 

「それに最近…って程最近じゃないですが、仕事をがらっと変えたんです。内容は変えても、目指すものは同じなんですけどね」

「て、転職…ですか…!?…ぁ…そ、それで良い職に就いたんです、ね…!転職で、天職…ですね…!」

「えっ?…あ、はい…転職というか、配属替えですか…まぁ、そんなものです…はは……」

 

 不意打ちの駄洒落、しかもわたし達がぽかんとする一方で、イリゼさん自身は決まった…とばかりにご満悦そうな顔をするという、なんか色々カオスな状況。ここまでくると、もう本当に分かる。確信出来る。この人は、わたしの知るイリゼさんでは、絶対にない。

 

「凄いですっ、み、皆さん凄い、ですっ。え、えとえと、じゃあ次、は……あ…!わ、ワイト、さん、お帰りなさい…です…!」

「はい、ただ今戻りました。皆、ペットボトルのお茶だけどいいかな?」

 

 次の質問をイリゼさんがしようとしたところで戻ってきたワイトさん。疑われない為か、ワイトさんは言った通り飲み物を買っていて…わたし達の分も買ってきてくれていた。

 

「ワイトさん、どういう事か分かりました?」

「待った、カイトくん。気持ちは分かるけど、出来ればイリゼ様の気が逸れてから……」

「あうぅ、ちょっと苦い、です…で、でも…これが、大人の味、です…よね……!」

「…逸れてますね、気」

「あはは…みたいだね…」

 

 一人で喋りながらちびちびとお茶を飲むイリゼさんを見て、男性二人は苦笑い。それからワイトさんはこほん、と一つ咳払いをして、声量を抑え気味にしながら言う。

 

「結論から言うと、よく分からないらしい」

「よく分からない?このイリゼさんの正体が、ですか?」

「いや、それ以前に異常らしき異常は見当たらないらしいんだ。勿論簡易的な確認をした限りでは、であって、より細かい確認はこれからしてくれるとの事なんだけどね」

「明らかにおかしいのに、簡易的とはいえ見当たらないなんて…かなり気になるわね…」

「ああ。それと、何かあった時にすぐ連絡が取れるよう、出来ればこのイリゼ様と行動を共にしてほしいとの事だった。という訳で、私はそうしようと思うけど……」

 

 分からない?見当たらない?どう見ても変なのに?…わたしもイヴさんと同意見でそう思っていたけど、わたしよりずっと詳しいんだろうネプギアさんがそう言うのなら仕方ない。

 そしてそこから、ワイトさんは「君達はどうする?」という視線を向けてくる。それを受けたわたしは、二人と顔を見合わせ…頷く。

 

「勿論、わたしも付き合いますよ。丁度何も予定がなかったところですから」

「俺もです。もし問題が起きたら、すぐに対応出来る人手は多い方がいい筈ですし」

「そうね、私も付き合うわ。これがどういう事なのか気になるもの」

「助かるよ、三人共。…そういえば、このイリゼ様は元々どこに行こうとしていたんだろうか……」

『あー、それは……』

 

 行き先は何故か本人も分かっていなかった、という事を伝えるわたし達。その後、律儀にこの場でお茶を全部飲んだイリゼさんから、ワイトさんも色々と質問を受けて、やっぱり他愛無い答えでもころころと表情を変えて聞く。わたし達の知るイリゼさんもそうだけど、このイリゼさんはそれ以上に表情豊かで…なんというか、見ていて飽きない。

 

(そういうところ含めて、ほんと幼い感じだな…実は中身だけ幼児退行したイリゼさんとか…?…あ、いや…女神だから、幼児も何もないのかな…)

「…人、同士で争うのは…凄く、凄く、悲しい事…です…。人は、皆尊くて…誰もが、素晴らしくて…何よりも崇高な、のに…あ、争い合うのは…辛い、です……」

「…はい。ですが、あまりイリゼ様が気に病まないで下さい。…訊かれたから答えたとはいえ、言った私がそれを言うのもどうかと思いますが……」

「い、いえっ。…それに、争い合うのは悲しい、ですが…それが人の望み、なら…それは良いもの、です。人が決めた事なら、私は応援、します。応援して、し、しっかり誰も怪我しないように、します…っ!」

『…………』

 

 幼いなぁ…なんてわたしが思っていた中で、質問と回答という形でワイトさんとやり取りをしていた中で、イリゼさんが言った言葉。

 争いは悲しいけど、良いものだし応援する。誰も怪我しないようにする。何の迷いも躊躇いも感じさせない、内容に反して全くの無垢を思わせる表情で言ったその言葉に、わたし達は呆気に取られ…オリゼさんは、きょとんとしていた。

 

「…ど、どうか…しました…?……あ、も、もしかして、私が質問ばっかりで、嫌な気分にしてしまい、ましたか…!?ご、ごめっ、ごめんなさい…!そ、そうですよね、質問ばっかりするなんて、そんな……」

「あぁいや、そういう訳じゃなくてだな……。…まだ何か、質問あるか?それとも何か、やりたい事でもあるか?俺達で良ければ、もう少し付き合うぜ?」

「や、やりたい事……あっ…み、皆さん、と…お散歩、したい、です…!」

 

 勘違いからまたまたイリゼさんは泣きそうになり、カイトさんが少し考えるような顔をした後話を逸らす。するとイリゼさんは散歩をしたいと言い、わたし達は店を出る。さっきの発言については…顔を見合わせ、触れない事にした。思うところはあるけど、別に今それについて言い返す必要は…ないと、思う。

 

「散歩、ね…どこか行きたい所があるの?それとも、適当に散策したいの?」

「し、しっかり散策、したいです…!」

「そ、そう。…適当に、っていうのは別に、雑にやろうって意味で言ったんじゃないんだけどね…」

「はは、さっきから思ってたが、この…ごほん。イリゼは面白いな」

「……?お、面白い…です、か…?…え、えへへ…カイト、さんが…楽しめて、いるなら…う、嬉しい、です…っ」

 

 どういう存在か分からない以上、こっちも「自分たちの知るイリゼさんとは違う何か」だと認識してる事は隠した方がいい。その考えの下、カイトさんは多少言い直し、それを聞いたイリゼさんは喜び笑う。

 行き先は決めてないようだから、取り敢えず表の路地を歩く。イリゼさんは観光客の様に、あっちこっちを見回し…歩き始めてから数十秒程したところで、くるりと振り向く。

 

「…あ、そ、そういえば…さっきの、道具屋さん…は、凄かった…です。い、一杯色んな、ものがあって…楽しい、ところ、でした」

「…ですって。良かったですね、イヴさん」

「うぇ…?…も、もしかして…イヴさん、が…あのお店の、店主さん…なん、ですか…?」

「まあね。気に入ってくれたのなら嬉しい──」

「す、すす、凄いですっ!あんなに良いお店を、作れるなんて、才能に溢れてます…!い、いえ、才能があって、しかも努力も、しっかりしたんです、よね…!凄いです、立派です、そんなイヴさんと出会えて光栄、です…っ!」

「…えぇ、っと…こちらこそ、貴女にそこまで言ってもらえて光栄よ…」

 

 何気ないやり取り…からの、イリゼさんによる怒涛の褒め連打。確かに凄い事は間違いないけど、にしたって褒め具合が凄まじい。何なら才能とか努力とか、予想で滅茶苦茶褒めている。褒められているんだから、悪い気はしないんだろうけど…これにはイヴさん、若干タジタジだった。

 

「み、皆さんも、す、凄いです…!ビッキィさんは、務めに懸ける思いがご立派、ですし、カイトさんは知らない次元に一人で来てしまった、のに、前向きに進んでいるのが立派です、し、ワイトさんは指揮官さん…教え、導き、責任を背負える立場にいる事を、何の気負いなく言えていたのが、ご立派です…!」

「…む、むず痒い……」

『同感だ(よ)、ビッキィ(さん)…』

 

 ベタ褒めのイリゼさんと、若干押されているイヴさんという、見ている分には面白いやり取り…と思っていたのも束の間、なんとこっちまでイリゼさんの褒めが飛んできて、むずむずしてくる。嫌ではない、嫌ではないけど…むずむずする…!後、語彙が少ないですねイリゼさん…!

 

「そ、それにそれにっ、皆さんは……」

「い、いいです!イリゼさんの気持ちは伝わりましたから、散策しましょう散策!時は金なり障子にブロリーです!」

「ビッキィさん、後半が丸っと要らない上に、その後半の状況が凄まじ過ぎるよ……」

「うっ…とにかく散策しましょう…?」

「…ビッキィ、褒められ慣れてないんだな」

「むぐぐ……」

 

 今日は運勢の悪い日なのか、どうにも慌ててばかりのわたし。挙句カイトさんに見抜かれ、それはもう恥ずかしい。恥ずかしいったら恥ずかしい。そんな思いで、恥ずかしさを振り切るように、わたしは先行するように早足で歩き……

 

「ぴぁう!?」

「わっ、ごめんねぜーちゃ……ぜーちゃん!?」

 

 唐突に聞こえた、驚愕混じりの悲鳴。反射的に振り返れば、イリゼさんはわたしが通り過ぎた直後の十字路にいて、そこには十字路から出てきたっぽい茜さんもいて…またもや、イリゼさんは泣きそうになっていた。

 

 

 

 

 街中で偶然知り合いとばったり会うと、凄いびっくりするよね。確率は…んーと、街の広さとか人口とか、条件によってかなり変わると思うから、どうなのかは分からないけど…とにかく凄い事だよね。凄い事だけど、多分誰でもそこそこの回数は経験する、意外となくはない事でもあるよね。

 で、その経験を、この仮想空間では割としてる。それは多分、広くても多くは行く必要のない場所で、実質的な行動範囲は私も皆もかなり限定的だから…だと思うけど、今日もそれがあった。しかも今日は、二回あった。一度目は、いぶ君とあい君で…二度目は、ぜーちゃん達。

 

「ごめんねー、ぜーちゃん。きぃちゃんが見えたから声を掛けようと思ったんだけど、まさか私が角を出るタイミングと重なっちゃうなんて……」

「だ、大丈夫…です。む、むしろ私が不注意、でした…!すみません、すみません茜さん…!」

 

 凄い勢いでぺこぺこ謝ってくるぜーちゃん…っぽいけど実はそうでもないらしい、でもやっぱり見た目はぜーちゃんと変わらない女の子に、いやいやいや、と私は手を振る。お互いびっくりしただけで怪我とかはしなかったんだから、ここまで謝る事はないのに……。

 

「そ、それと、これありがとうござい、ました…!甘くて、サクサクしてて、美味しかった…です…!も、もしかしてこれは、影さんが作っ……」

「いや、普通に市販品だ」

「市販品…数ある食べ物の中から、これを選び出せる…なんて、す、凄いです…!」

「褒め方が斜め上過ぎる……」

 

 続けてぜーちゃんっぽい子はびっくりして泣きそうだったところでえー君から貰ったメイトのチョコ味のお礼を言って、そのセンスを褒める。私でも流石にやらないような方向性の評価には、えー君も反応に困っていて…ゆりちゃん達四人は、揃って苦笑。あー、四人はもうこれ経験済みなんだ…。

 

「でもほんと、イリゼと全然違うね。メイトを見ても変な反応してなかったし…」

「ポケモンだったら、メタモンにミュウ、ゾロアにゾロアーク、後はラティアス辺りを疑うが……」

「けど目が黒丸だったり無口だったりはしないし、ここは水の都でもないしね…そういうので判別出来ないのもいるけども」

「てかそもそも、ここに俺達が連れてきた以外のポケモンがいるか、って話だな」

 

 ぜーちゃんには聞こえないようにして、トレーナー二人が会話を交わす。因みにぜーちゃん達はお散歩中って事だから、私達は今それに同行している。

 

「ところで、四人は何をしてたんだ?というか、茜と影、グレイブと愛月はいつもの組み合わせだけど、その二組で…っていうのは珍しいな」

「二人とは偶々会ったんだー。で、私達は…デート、かな」

「で、デートだったんですか!?」

「違う、とまでは言わないが、俺達は街を見歩いていただけだ。少なくとも、浮ついたようなものじゃない」

「俺等は定番の、『新しい街に来たら取り敢えず住民全員に話し掛ける』を試してたところなんだが…割と早い段階で飽きたな」

「あぁ、確かにそれは定番……って、定番は定番でも、そりゃゲームの定番だろ…。…ほんとにやってたのか…?」

「すぐ飽きてくれたとはいえ、ほんとにやったんだよグレイブ…入れる建物にも片っ端から入っていくし、相変わらず無茶苦茶過ぎる……」

 

 苦労人の顔をするあい君に、私達は苦笑い。で、それを聞いていたぜーちゃんは、それにも凄い、と言っていた。行動力の事なのか、大胆さの事なのか、それとも付いていったあい君な事なのか、って訊いたら…全部だった。

 

「〜〜♪」

「…ご機嫌ですね、イリゼ様。散策は、好きなのですか?」

「ふぇ…?え、えと、違います、よ…?」

「うん?では何か、良いものでも見つけましたか?」

「それは…は、はいっ」

 

 さっき私とぶつかりかけた事はもう気にしていない様子で、今はぜーちゃんが先頭を歩く。楽しそうな理由を訊かれると、こくんっ、と勢い良く頷いて…それから、立ち止まって私達の方をじっと見てくる。今ここにいる、私達八人全員の事を。

 

「…もしかして、わたし達に出会えた事が嬉しいとか、そういう…?」

「そ、そういう、ですっ!」

「わぁ、物凄く屈託のない笑顔…」

「…眩しいな、普段感じてるのとは別の意味で……」

「いや、眩しいというか…まぁ、うん…そうかもね…」

 

 まさか…と訊くきぃちゃんの言葉に、それはもう嬉しそうに、嬉々とした感情100%でぜーちゃんは笑う。あい君の言う通り、物凄く屈託のない笑顔で答える。…うん、分かる…分かるよえー君、ゆりちゃん。なんかこう、このぜーちゃんは私達の知ってるぜーちゃんとは、違う意味で眩しさが凄いよね。今なんて、後ろから光が出てそうな感じ、あるもんね。

 

「…凄い、嬉しい、か…」

「…カイト君、どしたの?」

「いや、評価される内容はともかく、こんなにも軽く…なんて事ないように、人を褒めたり相手と出会えた事の喜びを口に出来たりするのも、凄い事なんじゃないか…って思ってさ。そりゃ、口にするだけなら難しくはないが…どう見てもイリゼ、全部本心から言ってるだろ?」

「あー、確かに。嘘吐いてる感じはない…ってか、嘘なんて吐けそうにないしな。…全部演技だったら、それはそれで凄いけど」

「…それに、そういうとこはイリゼ…俺達の知ってるイリゼとも、変わらない気がするよ。普通の時の性格とか、評価の基準とかは全然違うイリゼだが、案外根っこの部分はどっちも同じ…だったりしてな」

 

 そんなぜーちゃんに感じたものがあるみたいで、カイト君は眺めるようにしてぜーちゃんを見ながら言う。形だけなら誰でも出来る、でも全部本心で言うのは意外と難しい…気持ちの部分だから意識しても中々出来ない事を、何でもないように出来るのは凄いんじゃないか、って。でもって、そういう部分は『ぜーちゃん』っぽいって。

 ぽつり、と横から聞こえたのは、「そう思える、それをさらっと言えるのも、大したものだと思うけど、な」…っていう、えー君らしい言葉。それに私は、だねぇ…と一言返して…気付いた。重ねて言った部分は聞かれないよう声を抑えていたけど、そこより前は別に聞かれても問題ないからか、普通に喋っていた事に。がっつり聞こえていたぜーちゃんが、それはもう恥ずかしそうにしていた事に。

 

「あ、あぅあぅあぅあぅ…わ、わた、私褒められ、たんですか…!?そ、そそ、そんな事で褒められちゃって、いいん、です、か…!?」

「お、落ち着いて下さいイリゼさん。これまで以上に言葉がたどたどしくなってますよ…?」

「自分は凄い低いハードルで褒めるのに、自分が褒められたら『そんな事で』って言うんだな…自分に厳しく他人に甘く、ってやつか?」

「そう言うと立派だけど…彼女の場合、何か違う気もするね。何がどう、とまではまだ何とも言えないけども」

 

 ただ恥ずかしがってるんじゃなくて、嬉し恥ずかし状態のぜーちゃん。散歩…ではあるんだけど、さっきからどっちかっていうとお喋りがメインで…だけど、皆楽しんでるしいいよね。

 と、思っていたら、急にぜーちゃんが足を止める。何かな、と思ってぜーちゃんを観察すると、ぜーちゃんはゲームセンターの店頭にあるバスケゲームの筐体を見ていた。

 

「ぜーちゃんぜーちゃん、あれやりたいの?」

「あ…は、はい。で、でも、皆さんを待たせて、しまうのはいけない…ので、あれはまた今度、一人…一人……」

『……?』

「…い、今は皆さんがいて、楽しい…のに、今度来る時は一人、って思うと…う、ぅ…ぐじゅっ……」

「ええぇ!?あ、えと…ぼ、僕もやりたいな!皆はどう!?」

 

 遠慮…どころかいきなり悲しい思考を始めて涙声になる、突然過ぎて多分えー君すら全く予想出来なかっただろう、ぜーちゃんのテンション急降下。それに慌ててあい君が声を上げて、私達もすぐに賛成。するとぜーちゃんは「いいんですか…?」と言うように私達を見つめて、それから分かり易く喜んで…す、凄まじいね、ぜーちゃんのテンションの変わり具合……。

 

「じゃ、まずは手本代わりに俺が……」

「と、言いつつ実は自分もやりたかっただけだったり?」

「あ、バレた?まぁな」

「ごめんね?イリゼがやりたいって言ってたのに、グレイブが先にやろうとして……」

「い、いえっ!み、皆さんが、やりたい…のなら、皆さんがやるべき、です…!私は、眺めてる…だけ、でも…いいので…!」

「それじゃ本末転倒だろうに…グレイブ、結果がどうあれ二度目をやりたいならイリゼより後にするんだな。流石にそれは分かってると思うが…」

 

 バレる?バレるかー、みたいな調子できぃちゃんに返しつつ、早速いぶ君がボールを持つ。バスケゲームっていっても、ちゃんとした勝負じゃなくて、単にボールを投げるだけ…要はバスケ仕様の球入れで、スタート同時にカウントが始まる。

 それを見てすぐに、いぶ君は一球目をスロー。緩いほーぶつ線を描いて飛んだボールはリングの縁に当たって軽く跳ねてから、すぽんとゴールのリングに入る。

 

「よっし、ばんばん入れてやるぜ!」

「んー、普通に上手いねぇ」

「だな。…見てると俺もやりたくなって……」

「じゃ、じゃあ次はカイトさん、です、ね…!」

 

 時々外れるけど、いぶ君は次々ボールを投げていって、得点を重ねていく。その最中、ぽつりと呟いたカイト君の言葉に速攻でぜーちゃんが反応して、私達はまた苦笑い。

 そうしていぶ君がやり終えた後は、思いっ切り譲られたカイト君がプレイ。その後もぜーちゃんはやりたい人はいないか訊いて、あい君ときぃちゃんもやる事になって…ぜーちゃんの番は、結局最後。だけどぜーちゃんは一人一人のプレイをやっぱりべた褒めしながら見ていて、待ちくたびれた感じはなかった。

 

「今のところ、一位はカイトくん、二位と三位は僅差だけどグレイブくんとビッキィさん…だね。愛月君も順位こそ四位だけど、後半の伸びは凄かったと思うよ。…では、イリゼ様どうぞ」

「よ、よーし…頑張り、ます…ね…!」

 

 両手でボールを持って、ぜーちゃんは意気込む。新しいゲームを買った直後の子供みたいなわくわく感が、ぜーちゃんの顔には浮かんでいて…ゲームが始まると同時に、ぜーちゃんはスロー。ぜーちゃんの一球目はちょっと強めで、後ろのボードに当たって…大きく跳ね返る。

 

「あ…コースは良かったけど、勢いが付き過ぎだったわね」

「あぅ…で、でも、今ので必要な力…は、分かりました…!」

 

 もしかして、外れた事でしょぼんとしちゃうかも…?…と思った私だったけど、ぜーちゃんのやる気は消えていない。むしろやる気は増していて…二球目は、ばっちりゴール。三球目も、しっかりゴール。言葉通り、どれ位力を入れたらいいのか一球で把握したみたいで、ペースは早くないけどかなりの精度でボールがゴールのリングに入っていく。そして、残り一秒となったところで、またぜーちゃんはボールを投げて…終了のブザーがなると同時に、最後の一球がネットを揺らす。

 

「お、ブザービーターとはやるな、イリゼ。俺も最後狙ってみたけど、ちょっと遅くて点数にならなかったんだよな…」

「え、えへへ…ぁ…も、もしかして、最後のポイントなので、一億ポイント位に、なっていたりは……」

「いやしないでしょ、バラエティのクイズじゃないんだから…」

 

 カイト君から褒められて嬉しそうにしたぜーちゃんは、変な期待をして、ゆりちゃんに突っ込まれる。でも、その最後の一球はしっかりゴールとしてカウントされていて…結果は二位。そのスコアにぜーちゃんはぱぁっと表情を輝かせ…けど次の瞬間はっとした顔になったと思えば、すぐにきぃちゃん達の方を向く。

 

「あ、あ、あのっ。今回は、偶々、運良く私の方が、ちょっとだけ良いスコア…でした、けど…グレイブさん、は型を意識せずにやっていた…と思いますし、愛月さん、もワイトさんの言う通り、後半の伸びが凄かった…ので、つ、次やればもっと良い結果になる、と、思います。それに、ビッキィさん…は、途中からポイントより、色んな投げ方を試す事を重視して…いたんです、よね…?み、皆さんまだまだ伸び代がある、と思うので…きっとこれからはもっともっと、上手くいき…ます…!」

(ぜーちゃん…)

 

 大丈夫、上手くいく。そう言って、三人を励ますぜーちゃん。これまでのぜーちゃんの言動を思えば、それは納得の励ましで…だけど別に、三人は悔しがる感じはあっても、落ち込んでる感じはちっともない。それなのに、自分から励ますのは…なんていうか、それがぜーちゃんなのかなぁ…なんて、そんな風に、私は感じた。

 

「…で、この後はどうするんだ?もう一度やりたいというなら、それでも良いが…或いは中に入るか?」

「わ、私は満足した、ので、大丈夫…です…!」

「…あ、ならちょっといいか?このクエスト、全員でやって山分けすれば、結構稼ぎになるんじゃねーかな、って思うんだが…」

 

 次はどうする?というえー君の問いにぜーちゃんが答えたところで、いぶ君があるクエストを見せてくれる。それは討伐クエスト…じゃなくて、けーしき的にはシミュレーターでのテストみたいなもの(この空間自体がシミュレーターみたいなものだけど)で、一定時間内に倒したモンスター分の報酬を得られる…って感じみたい。確かにここには八人、ぜーちゃん入れれば九人いる訳で、かなりの数を倒せるのは間違いない。

 

「へぇ、面白そうだな。俺は構わないぞ」

「うん、私も良いよ。ぜーちゃんはどう?」

「…や、やり、ますっ。私、やります…!」

 

 そういえば、ぜーちゃんは私達と違って稼ぐ必要ないんじゃ?…と思って訊いてみると、ぜーちゃんはバスケゲームと同じか、それ以上にやる気な様子。他の皆もやってみようか、って感じになって、私達はそのクエストを行える施設へ。そこに入って、準備を整えて、バトルフィールドに。

 

「仮想空間の中の仮想空間…どこぞの殺意の世界みたいだな」

「とにかく時間一杯まで撃破を続ければいいんだよな?だったら炎での範囲攻撃を重視して……」

「……いえ。皆さん、には…今日、沢山お世話に…なり、ました。だ、だから…ここは、私に…任せて、もらえませんか…?」

 

 遠くにモンスターが凄い勢いで現れる中、ぜーちゃんが一歩前に出る。これまでと変わらない、たどたどしい…けどこれまでより落ち着きを感じる声で言って、私達の方を一度振り向いて……それから、ぜーちゃんの身体はシェアエナジーの光に包まれる。そしてその光が収まった時、そこにいたのは…もう一つの姿の…女神としての姿のぜーちゃん。

 

「──驚かせてしまっただろうか。いや…私の名を知っていた事を思えば、そして君達の聡明さを踏まえれば、そう驚いてもいないのだろう」

「ぎゃ、ギャップが…さっきまでの、ギャップが……こほん。…イリゼさん、これは倒せば倒すだけ報酬が増えるクエストです。制限時間もありますし、誰かに任せるより全員で掛かる方が……」

「いいや、不要だよ。一体どれだけ現れるのかは分からないが…幾ら出てこようと、結果は変わらないのだから」

 

 そう言って、ぜーちゃんは私達に背を向ける。翼を広げて、ゆっくりと飛び上がって……次の瞬間だった。ぜーちゃんの周囲に、私達の頭上に…信じられない程の武器が現れたのは。

 これは知っている。私達の知るぜーちゃんもやる攻撃の一つだから。でも、数が違う。桁が違う。数えなくなって段違いだって分かる程の武器が、あっという間に展開されて…それをぜーちゃんは一斉掃射。どの武器も唸りを上げて宙を駆け抜け、モンスターの大群を襲う。爆弾でもないのに爆撃をかけたみたいな轟音が、遠く離れた私達の所まで響く。

 

「お、おいおい…マジかイリゼ……」

「凄まじい、な…。だが、これは…この力は……」

 

 乾いた笑いを漏らすいぶ君に、考え込むえー君。その間も…っていうか、撃ってからすぐにぜーちゃんは次の武器を作って、また撃ち込む。撃っては作って、作っては撃って、広範囲への連射を続ける。

 一発一発が、普通のモンスターなら過剰な位の威力。それをぜーちゃんは、乱射している。質より量を重視した弾幕位の感覚で、高威力の射出を行い続ける。多分それが、数分位は続いて…でも、すぐに私達は知る。ぜーちゃんからすれば、これは「手始めの攻撃」でしかなかったんだって。

 

「──消し飛べ」

 

 小さくぜーちゃんは呟いた。…と、思った次の瞬間には、もうぜーちゃんはいなかった。殆ど瞬間移動と変わらないような、速いなんてレベルじゃない速度で、圧倒的な勢いで一気にモンスターの大群に強襲し……また、轟音が響く。次から次へと物凄い量が現れている、シミュレーター仕様的に殲滅なんて不可能っぽい大群を、その発生速度を超えてるんじゃないか…って位のペースで薙ぎ払い、言葉通り消し飛ばしていく。

 

「…まさか、これがイリゼの本気だって言うの…?信次元の女神は、ここまでの力が……」

「う、ううん。それは違うよ、ゆりちゃん。少なくとも、こんな力は私も見た事ないもん…」

 

 カウント機能が壊れたのかと思う程、撃破数の表示は恐ろしい勢いで増えていく。遠目に見ているだけでも分かる。これは戦闘なんかじゃない。何もする事なく、現れた次の瞬間には、群れ単位でモンスターが消えていく、ぜーちゃんに撃破される…一方的過ぎる、完全な蹂躙。

……まさか、私が把握し切れない状況があるなんて、思っても見なかった。見えてはいるけど、能力的には把握出来ているけど…早過ぎで、私の頭の方が追い付かない。一瞬の内に起こる事が多過ぎて、訳が分からなくなる。…それ程の事を、ぜーちゃんはしていた。他の皆はぜーちゃんの姿も、何をしたのかも見えないんじゃないか…本気でそう思う程の、殲滅劇だった。

 そして、クエストは終わる。結局誰も手を出さないまま…本当にその必要がないまま、ぜーちゃんが薙ぎ払い続けて…終わった。

 

「ふ、ぅぅ…あ、の、どう…でした…?…ぁ、えとえと、報酬…?…は、み、皆さんで、分けて、下さい…ね…!」

 

 信じられないものを見せられた後の、またちょっと「あれは何だったの…?」感ある中での、女神化を解いたぜーちゃんの言葉。また女神化前の調子に戻ったぜーちゃんは、私達を見ていて…とーぜん、私達には訊きたい事が沢山ある。でもそれを訊こうとしたところで、仮想空間の外から全員にメッセージが入る。

 

「一度仮想空間全体を調べてみたいから、一旦戻ってほしい…これは……」

「うん、そういう事…だろうね」

 

 小声で内容を読み上げたあい君に、ワイトさんが頷く。あれ、でもそうなるとぜーちゃんはここに置いてっちゃっていいの?…とも思ったけど、ギアちゃんだったら問題があればそれについて触れるだろうし、それがないって事はやっぱり、その必要はない…んだと、思う。多分。

 

「えーっと…ぜーちゃん。私達少し用事が出来たから、お散歩はここまでにしたいんだけど…いいかな?」

「悪いな、いきなりで」

「そ、そうなんです…か…?…わ…分かり、ました。それじゃあ、私…は…ぬいぐるみさん、が一杯いるお店…に行ってみたい気持ちなので、そうします…ね」

 

 何となく、このぜーちゃんはネガティヴな部分もあるのかな?って感じだったから、もしかしたらまた泣いちゃうかも…と思ったけど、意外にもすんなり(ちょっぴり残念そうだったけど)分かってくれて、だったら…と私達は現実世界へ戻りにかかる。

 ひょっとしたら、これでこのぜーちゃんに関して何か分かるかもしれない。システムのバグとか、何かの異常だったら嫌だけど…そういう事を抜きに考えれば、ここにいるぜーちゃんも、変わってるけど良い子だった。だから私としては、出来ればこれからも仲良くしたく…

 

「…皆さんっ。今日は、ありがとう…ございました…!わ、私…皆さんと過ごせて、とってもとっても…楽し、かったです…!だから、またいつか……()()()()()()()、出会いましょうね…!」

『え……?』

 

 意識が現実に戻る直前、その寸前、聞こえたぜーちゃんの言葉。反射的に振り向けば、ぜーちゃんは私達を見送るように笑っていて……そして意識は、現実へ帰る。最後の言葉の意味も、何をどこまで理解していたのかも分からないまま…私達は、目を覚ます。

 

「いきなりすみません、皆さん。本当は、休憩のタイミングでやりたかったんですが……」

「大丈夫だよ、ネプギア。皆の安全が第一だもん。…うん、全員戻ってきてくれたみたいだね」

 

 機材から身体を起こすと、ギアちゃんとやり取りをするぜーちゃんの声が聞こえてくる。その言葉通り、全員戻ってきていて…私達が離れるとすぐに、ギアちゃんと職員さん数人が点検を開始する。だけど……

 

「うーん…やっぱりそれらしきものは見つからないんですよね…。こうやって調べても出てこないってなると、そもそもの考え方が間違ってるとかなのかな……」

「本当に、何もないのですか?仮想空間にいた私達からすれば、明らかに普通ではない事態だったのですが……」

「それは、分かってるんですけど…あの、もう一度状況を訊かせてもらってもいいですか?」

「いいよー。私達は……」

 

 訊かれた事について答えようとした私。えっと、私達が遭遇したのはきぃちゃんとぶつかりそうになった後で……と、そこまで考えた私は、気付く。

 

 

 

 

──あれ?私、その後何をしてたんだっけ?誰に、何に、遭遇したんだっけ…?

 

「…皆?どうかしたの?あんまり顔色が良くないわよ?」

「…茜、確認したいんだが、茜は……」

「うん、私も思い出せない…なんかゲームしたり、クエストしたりしたのはちょっとずつ思い出してきてるんだけど…もっと重要な部分が、すっぽり抜けちゃってるみたいな……」

「思い出せない…?私がネプギアから聞いた話だと、私のデータか何かっぽい存在に遭遇したって事らしいんだけど…違うの?」

「イリゼの、データ……あぁっ!」

「な、何か思い出せたのか?」

「…駄目だー、こういう反応したらノリで何か思い出せるかと思ったが、やっぱ全く思い出せねぇ…」

「や、ややこしい事は止めてよグレイブ君…」

 

 せーちゃんから訊かれる中で、私はえー君と確認し合う。まるでそこだけ切り取られたような、変な記憶。しかも今は思い出そうとしてるから、抜け落ちてる事が変に思えてるけど…何で思い出せないんだろうとか、他の皆は何かなかったのかなとか、それ以外の事を考え始めると、段々違和感が薄れてくる。

 そして結局、ギアちゃん達が念入りに調べても、何の異常も見つからなかった。試しにギアちゃんとぜーちゃん達で仮想空間に入ってみても、仮想空間は何の変哲もない状態だった。思い出そうとしないでいると、違和感が薄れる…変だって認識自体もなくなっちゃう事もあって、何かに遭遇していた私達自身が「気のせいか勘違いだったのかも」って意見に変わっていって、それもあって仮想空間での活動は続く事になって……最終的には何だったんだろうねー、位の話に収まってしまった。

 正直、今の私は、この件を「まあどうでも良いかな〜」的な風に捉えている。だって、実際そういう心境だもん。でも、なんていうか…記憶には残っていないけど……それでも私は、それにきっと皆も、心ではこう感じていた。──私達が遭遇した何かは、決して嫌なものじゃなかった、って。




今回のパロディ解説

・「某ハードボイルド漫画〜〜」
ゴルゴ13の事。なんでもゴルゴ13は、単一シリーズとしての単行本の数がギネス記録になっているらしいですね。継続は力なり、長い間続けられる力というのは、本当に凄いものだと思います。

・「〜〜障子にブロリー〜〜」
DRAGON BALLシリーズに登場するキャラの一人、ブロリーの事。障子にブロリーを想像してみて下さい。凄まじく、本当に凄まじくシュールで訳の分からない光景ですね。

・「〜〜どこぞの殺意の世界〜〜」
ID:INVADED イド:インヴェイデッドに登場する要素の一つ、イド及び、イドの中のイドの事。仮想空間の中の仮想空間…どういう状態なのか考えようとすると、逆によく分からなくなりそうです。



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番外編 最後にもう一つ思い出を

 どうもおねーさんは、結局ずっと仮想空間で色々大変な羽目になった事を気にしていたみたい。わたし達は自分達で選んだ事なんだから、ってスタンスだし、おねーさん…それにセイツも、現実に戻った後のやり取りで、少しはそう思い直してくれたものだと思っていたけど、それはそれとしてやっぱり何かお詫びをしたい…そんな風に思ってたらしい。…ある意味融通が利かないわよねぇ。おねーさんらしいといえば、おねーさんらしいけども。

 で、そんなおねーさん達はどうしたか…っていうのが、今回のお話。ふぅ、何だか今日も賑やかになりそうね。

 

「エスちゃん、いきなりドラマCDみたいな語りを始めてどうしたの…?」

「え、ドラマCDっぽかった?…うーん、まぁ強いて言えば…何となく?」

 

 深い意味はないわよ?…とわたしが肩を竦めれば、ディーちゃんもそれで納得してくれる。実際深い意味なんてないし、いちいち深い意味とか理由とかを求めるなんて、そんなの疲れちゃうだけってものよ。

 

「に、しても…これは予想してなかったわね」

「うん。まさか、信次元に来てお祭りに参加する事になるなんて…ね」

 

 夜の、暗くなった神生オデッセフィアの街。前にちょっと寄った時は、夜は勿論昼もそこまで賑やかじゃなかったある地域が、今は騒がしい位に賑わっていて、熱気も活気もひしひしと伝わってくる。

 ここでは今、お祭りが開かれていた。おねーさんに誘われて、信次元での最後の思い出作りも兼ねて…わたし達は、このお祭りに来た。

 

「人が、沢山。わいわい、がやがや。…これから、お城で舞踏会?」

「あはは、違うよすーちゃん。…で、えー君えー君。この格好、どうかな?」

「見た目の割に動き辛くないな。収納性は見た目通りだが…」

「そうそう、ポケットがないのがちょっと難点…って、そういう事じゃないよっ!もー!」

 

 多分童話を連想しているイリスちゃんに違うよ、と言った後、旦那さんといちゃいちゃし出す茜。何故かノリ突っ込みをした茜は、もー、と腕を振って…その動きに合わせて、大きく広がった袖も揺れる。

 わたし達は、お祭りにお客として来た。お祭りは(常識の範囲内なら)どんな格好でも来ていいものだけど…折角だからって事で、おねーさん達はある服を用意してくれた。普段は着る事のない、お祭りってイベントにはぴったりな…全員分の、浴衣を。

 

「相変わらず怒り方が子供っぽいというか、なんというか…。…まぁ、あれだ…似合ってるよ、茜」

「…あぅ…一回思いっ切り外してからのそれはズルいよ……」

「…この二人、参加前からお祭りの熱に当てられてない?」

「いいじゃない、夫婦なんだもの。…というか、愛よ、愛だわ!溢れんばかりの愛が、愛情が、素敵で素敵に素敵だわっ!」

「…こっちも大分熱に当てられて…って訳じゃないわね、平常運転だったわね……」

「ところで誰か、ウチを呼んだッスかー?」

 

 しっかりいちゃついたり興奮したり、呆れて半眼になっていたりと、こっちもこっちでもう賑やか。でもイヴの言う通り、まだわたし達は近くに来ただけで、お祭りの輪の中には入っていない。

…え、浴衣の描写?えっと、大体皆形状は同じよ?だって浴衣だし。で、色はわたしが白地にピンクの水玉、ディーちゃんが白地に水色の水玉、おねーさんは白地に薄黄色の花柄で、セイツは薄黄色地に白の花柄。イリスちゃんは白地に赤と青の水玉で、ネプテューヌちゃんは薄紫と白のストライプで、ピーシェは藍色に少しだけ黄色の部分を混ぜたシンプルな浴衣。アイは赤地に白の花柄で、茜も赤地にオレンジの花柄、ルナは白黒黄色の三色柄に、ビッキィは黒字に黄色をあしらった柄で、イヴはオレンジと藍色のツートーン。皆、それぞれ自分で選んだ浴衣で……もっと詳細な見た目?どこがどう可愛いとか、どの辺りが大人っぽいとか、そういうのも描写してほしい?いや、そこまでするともう、わたしのキャラじゃないし…。…あー、でも……。

 

「こほん。女神としてはありがたい事に賑わってるお祭りだけど、この人数で賑わってる場に入ると集団行動なんてとても出来ないし、各々回るって形にしようと思うんだけど、良いかな?」

「各々っていっても、出来る限り単独行動はしないで頂戴ね。ここは教会からそこそこ離れてるし、万が一って事もあるから」

「いや、あの、イリゼにセイツさん…それは良いんだけど……」

「何を考えてるんですか、その浴衣は……」

『……?』

 

 いつものように仕切るおねーさんとセイツに対して、ルナとピーシェが投げ掛ける困惑の言葉。何を困惑しているかっていえば、間違いなく二人の着ている浴衣のデザイン。別に隠す事じゃないからはっきり言うけど…二人の浴衣には、裾の両側にやたら深いスリットが入っていた。なんか、マンダリンドレスみたいになっていた。しかも言われた二人は、「え、何か?」みたいな顔をしていて…そうまでしておねーさん達は脚を出したいのね…筋金入りっていうかなんていうか……。

 

「まあ、ともかく行くとしようか。再集合の場所も、ここで構わないかな?」

「よーし、まずはフランクフルトだな。んで次はチキンステーキで、当然かき氷も外せないよなー!」

「わっ、いきなり走らないでよグレイブ!単独行動はしないでって言われたばかりだよねぇ!?」

「人が多いんだから気を付け…って、言っても聞こえてないんだろうなぁ…。…気持ちは分かるけどさ」

 

 腕を組むように両袖へ手を突っ込みながら言ったズェピアの言葉を皮切りに、グレイブが飛び出していく。そのグレイブを愛月が追って、二人の様子に苦笑しながらカイトが着いていく。

 今回は、男の人達も浴衣姿。グレイブは黒と青、愛月は水色とえんじ色の浴衣で、カイトは青紫に赤のラインが、影は灰地に黒のラインが入った浴衣。ワイトは灰色…っていうよりライトグレーの浴衣で、ズェピアは黒にピンポイントで赤の入った浴衣と、こっちもこっちで色とりどり。これは男女関係ない事だけど…浴衣を着ると、皆雰囲気ちょっと変わるわよね。

 

「…って感じに、とにかく色んなお店があるんだよ。お店っていうか、屋台…だけどね」

「理解した。お祭り、楽しそう。でも、人が多い。人が多いと、迷子になる危険性高し。イリスはとても不安なので、ディールとエストに、一緒にいてほしい」

「いいわよ、イリスちゃん。…まあ、言われずとも普段からよく一緒に行動してる訳だけどね」

「ありがとう、エスト。イリス、まずはあれを食べてみたい。あれは、空の雲を取ってきたもの?」

 

 そう言ってイリスちゃんが指差したのは、綿菓子。確かに雲にも見える綿菓子は、お祭りの定番で…折角だから、わたしも買ってみる事にする。

 

「おぉ、これは甘…消えた?…ぅ、また消えた…イリス、口に入れたばかりなのになくなった…。…ディール、エスト、イリスの口の中に何かある?」

「あはは、綿菓子はそういう食べ物なのよ」

 

 言うが早いか口を開けるイリスちゃんに、わたしもディーちゃんも思わず笑ってしまう。綿菓子が無くなったように感じるのは分かるし、初めて食べたんだから驚くのも分かるけど…口の中に何か居て、それに食べられたのかもだなんて、ほんとイリスちゃんならではっていうかなんていうか…まあ、ほっこりはするわよね。

 

「……?ディールもエストも、何か楽しい事があった?」

「んー…まあ、そうかもね。ね、ディーちゃん」

「かも、ね」

 

 小首を傾げるイリスちゃんを見ながら、わたしとディーちゃんは笑い合う。それから自分の分の綿菓子を食べて…んっ、綿菓子って要は砂糖をそのまま食べてるようなものだけど、普通に美味しいわよね。ある意味これも、素材そのままの良さってやつ?

 

「ご馳走様。綿菓子、甘くて美味しかった。でも、あまり食べた気がしない……」

「じゃ、折角浴衣まで来てお祭りに来たんだし、色々食べたりやったりしましょ。代金は全部おねーさん持ちなんだし、ね」

「エスちゃん、それはそうなんだけど、そういうスタンスはどうかと思うよ…」

 

 呆れ気味なディーちゃんの指摘はスルーして、イリスちゃんと進む。イリスちゃんははぐれそうな気がするから、しっかり手を握っておく。

 おねーさん持ち、っていうのは本当の事。おねーさんの方から言ってくれた事。仮想空間での活動は信次元にとって利になる事だから、協力してくれる事への報酬…って体で、好きなだけ楽しんで、とわたし達はここに来る前に言われていた。…というか、それより前のお金が絡むあれこれも、纏めて協力への報酬って形にしてるんだとか。

 

「わたしは…まずは、かき氷かな」

「一つ目からかき氷?最初からデザート系?」

「エスちゃんだって最初から綿菓子だったじゃん…」

「いや、綿菓子はデザートっていうか、文字通りお菓子系でしょ?」

 

 いつものように、左右からそれぞれイリスちゃんと手を繋いで歩くわたし達。人混みの中ではとにかく周囲が見辛くて、魔法で大人モードにならずに来たのをちょっと後悔。ただでもよくよく考えれば、かなり背が高くなくっちゃ、大人モードになってもあんまり視界は変わらないのかもしれない。

 そう、こういう場でも視界が効くのは、普段から背丈が頭一つ抜けてるような……

 

「あ、ズェピア。…ルナも、いる?」

「え?…あ、そうだね。いつの間に前に……」

 

 人混みの中からでもちょっと飛び出る形で目立つ、金の長髪。それは確かにズェピアの頭で…隣には、ルナもいた。

 

「あれ、呼ばれたような…」

「うん、呼ばれたね。君達は三人かい?」

「えぇ、そうよ。そっちは二人?」

「あはは…どのお店から回ろうかな、って考えてたら出遅れちゃって……」

「ルナ君一人を置いていくのは忍びないからね。同行させてもらっているよ」

「そうだったのね。…あ、だったらわたし達も一緒にいい?ズェピアなら、仮にはぐれても見つけ易いでしょ?」

「おお、名案。それがいい、そうしよう、とイリスは言いました」

「はは、君達の役に立てるなら何よりだよ。…しかし、何故昔話風の言い方を…?」

 

 ディーちゃんやルナもそれでいいという事で、合流決定。目印としてもそうだけど、紳士を自称するだけあってか、ズェピアは自分が先頭を歩く事でわたし達が歩き易いよう道を作ってくれる。その道を通りながら、時々屋台で食べ物を買いながら、わたし達はお祭りの輪の中を進んでいく。

 

「ほんとに色んな屋台があるなぁ…食べ物以外のお店もあるし、回るだけでも楽しくなりそうだね。…回るだけで何も買えないのは悲しくなりそうだけど…」

「雰囲気だけでも楽しめる、という事だね。ところで君達は、カラーひよこやひよこすくいを知っているかい?」

『ひよこ…?』

 

 聞き覚えのない、ひよこと付いた二つの単語。流れからしてそういう屋台なんだろうけど、わたしもディーちゃん達も知らなくて、全員でズェピアに訊き返す。

 

「着色したひよこを売っている屋台や露店だよ。マイナスの要素や評価が世間に広がったからか、最近のお祭りや縁日では見かけないけど、ね」

「へぇ、そんなお店が…わたしの次元のお祭りでもそういうのは見た事ないですし、当然買った事もないですね。ズェピアさんはあるんですか?」

「ふっ…私もだよ」

「なんでそんな、黒い仮面付けてそうな返しを……」

 

 何故か小さく笑みを浮かべて返したズェピアに、ディーちゃんが突っ込む。…やっぱりこの人の考えている事は、大体いつも分からない。

 

「…もしかして、ズェピアさんちょっと浮かれています?」

「はは、かもしれないね。騒がしいといえば騒がしいが、このお祭りの盛り上がりというのは嫌いじゃないんだ」

「ディーちゃんはあんまり得意じゃないわよね。人酔いしてない?」

「まだ大丈夫、かな」

「ディール、具合が悪くなったら言って。イリス、抱っこしてあげる」

 

 じっ、とディーちゃんを見つめて言うイリスちゃんの言葉に、またわたし達は小さく笑う。…なんかほんと、妹が出来たみたいな気分ね。イリスちゃんがわたし達…というか、ロムとラムに懐いているのも伝わってくるし、そのイリスちゃんとも明日には別れると思うと、やっぱりどうしても残念なものが……って、止め止め。折角のお祭りなのに、湿っぽい事考えるなんて勿体無いもの。

 

「イリスちゃんも、疲れたら言ってね?その時は私がおんぶしてあげるから」

「ありがとうルナ。……?」

「おわっ…イリスちゃん、どうかした?」

「気になるもの、見つけた」

 

 そうしてまた歩いていく中、不意に引っ張られた右手。何かと思って振り向けば、手を繋いでいるイリスちゃんが止まっていて…視線の先にあったのは、落書きせんべいの屋台。

 

「おや、あれを食べたいのかい?」

「落書き、せんべい…落書き、良くない。ブランに怒られる。ミナも、食べ物で遊んではいけないと言っている。…つまりあれは、非合法な屋台…?」

「そ、そんな人聞きの悪い事言っちゃ駄目だよイリスちゃん…落書きせんべいっていうのはね、大きいお煎餅にシロップを塗って、そこにザラメを落として、絵にしてから食べるものだよ」

「因みに使われているのはたこ煎餅というものだよ。あれは美味しいけど、口が乾くから食べ過ぎには注意だね」

 

 困惑しつつもディーちゃんが説明して、ズェピアが補足。聞いたイリスちゃんは興味を示して、わたし達は列に並ぶ。雑談しながら順番を待って、番が来たところで店主さんからたこせんべいと筆を受け取る。

 

「落書きなんて久し振りね。昔はよく、お姉ちゃんの本に落書きしたっけ…」

「今思うと、怒られて当然の事してたよね…何描こうかな…」

「…端から端まで全部塗れば、ザラメたっぷりのお煎餅に……」

「こらこらルナ君、淑女がそんな品のない事をしようとしてはいけないよ」

 

 イリスちゃんが黙々と描く中で、わたし達も描き進める。あまり凝ったものを描く気はない…っていうか画材(食材)的には出来ないけど、だからって丸やバツを幾つか描いて終わりじゃ芸がないし…んー……。

 

「こんなものか。皆もそろそろ出来たかな?」

「出来た。自信作が完成」

「わたしも出来ました、自信は…そこそこですけど」

「へぇ、ディーちゃん見せてっ」

 

 返答を待たずに、即横から覗き込むわたし。反射的にディーちゃんは隠そうとしてたけど、それより早くわたしは見て…って……

 

「…これ、もしかしてアイスマフィン?」

「あ…うん。割とシンプルなデザインだから、これなら…って思って描いたんだけど、よく分かったね」

「分かるわよ。だって…わたしも、同じだもの」

 

 言葉を返しながら、わたしもディーちゃんに見せる。わたしが描いたのも、アイスマフィン。ロムとラムが愛用している…わたしにとっても思い入れのある、帽子の絵。まさかディーちゃんと同じ絵だなんて思ってもみなかったけど…なんかちょっと、嬉しいわね。

 

「わっ、二人共上手だね」

「ま、さっきもちょっと言ったけど、昔はよく絵を描いてたからね。ルナは何描いたの?」

「わたしはどうにも思い付かなかったから、ネプギアの脳波コン描いてみたんだ。それも一個だと余白が多くなりそうだから、二つもだよっ」

「二つだと、ネプギアちゃんって言うよりネプテューヌさんの脳波コンな気が……」

「はっ…言われてみると、確かに…!」

 

 気付かなかった…!…って顔をするルナに、わたし達は軽く苦笑。頭絡みって意味じゃ、何気にルナも同じね。帽子とアクセサリーの違いはあるけど。

 

「ふふ、ルナ君も上手じゃないか。さて、それでは自信作らしいイリス君のも見せてもらおうかな?」

「見せる。イリスは、これ描いた」

 

 どっちにしろざらめをかけて貰う時に全員分見える訳だけど、何故かいつの間にか一人ずつ見せる流れになっていた。そんな中で、ズェピアがイリスちゃんに振る。振られたイリスちゃんは、こくんと頷いて見せてくれる。

 

「これは…ライヌちゃんとるーちゃん、だよね?」

「ルナ、大正解。イリス、ライヌちゃんとるーちゃん描いた。ライヌちゃんとるーちゃんは、ここでも一緒」

「へぇ、結構しっかり描いてるのね。じゃあザラメもお願いして、ライヌちゃんは水色、るーちゃんは黄色を掛けてもらう?」

「…出来る?」

 

 自信作、と言うだけあって、イリスちゃんの絵は中々上手。凄く上手い訳じゃないけど、それぞれの特徴をしっかり捉えてるっていうか、イリスちゃんがよく見てる、覚えてるって事が伝わってくる。

 それを見せてもらったわたしがザラメの事を言えば、イリスちゃんは早速店主さんに訊く。すると店主さんは、それを快諾してくれた。多分、イリスちゃん本人は無表情とはいえ、一生懸命描いている姿を見てたから…でしょうね。

 

「皆、納得のいく絵が描けたようで何よりだよ。それでは、ザラメを掛けてもらうとしようか」

「え?ズェピアさんは見せてくれないんですか?」

「いや、見てくれても構わないよ。ただ、これはシロップの段階だとよく分からないだろうと思ってね」

 

 唯一まだ見せていなかったズェピアは、そう言ってルナにたこせんべいを見せる。けど見せてもらったルナは「?」って顔をしていて、わたしも覗いてみたけど…確かに何を描いてあるか分からなかった。無色透明のシロップだから、複雑な絵を描かれると何がどうなっているのかよく分からない。

 という訳で、わたし達はザラメを掛けてもらう。イリスちゃんの分は、ちゃんと色分けをしてもらう。そうして改めて受け取った、ザラメで色付けされたたこせんべいのアイスマフィンは、よく見ると少し歪んでいて…うーん、ちょっと残念ね。まあ、どっちにしろ食べたらなくなる訳だけど。

 

「頂きます。…ん…甘じょっぱくて美味しいね」

「そーね。…あ、駄目よディーちゃん。幾らマフィンって名前だからって、アイスマフィンを食べちゃー」

「えぇ…?何その反応に困る冗談…って、イリスちゃん?食べないの?」

 

 予想通りの味と、予想通りだからある意味安心する美味しさ。それを味わいながら食べていたわたし達だけど…何故かイリスちゃんは受け取ったまま、一口も食べていなかった。そしてそれについてディーちゃんが訊くと、イリスちゃんはたこせんべいを見つめながら言う。

 

「…困った…イリス、ライヌちゃんもるーちゃんも好き。…食べられない……」

「そ、それはまたイリスちゃんらしいね…ええっと、じゃあ…帰ったらまた、今度はお絵かき帳とかスケッチブックとかに改めてライヌちゃんとるーちゃんを描くのはどうかな?ほら、食べないと用意してくれた店主さんも残念そうにしちゃうよ?」

「…それは、確かに。……うん、そうする。イリス、帰ったらもう一回描く」

 

 食べ物な事は最初から分かってたよね…?…なんていう事は一言も言わず、ルナはイリスちゃんへと提案をしてくれる。言われたイリスちゃんは少し考えて…それから頷き、一口ぱくり。咀嚼して、飲み込んで…美味しい、と言った。そこからは、ぱくぱくと食べ進めていった。

 ちっちゃくサムズアップをするわたしとディーちゃん。照れた顔で、えへへ…と後頭部を掻くルナ。結構ルナもイリスちゃんと接してるし、面倒を見てくれてる事に感謝…って、これじゃ保護者目線ね…。

 

「……ふふっ」

「……?ルナさん、どうかしました?」

「ちょっと、前の事を思い出したんだ。前にディールちゃん…それにイリゼ達と出会ったあの場所でも、色々大変だったけど、それはそれとして皆でゲームしたり、プールで遊んだりしたでしょ?」

「あぁ…今回も結局騒動が起きてしまいましたけど、あの時以上に色々な事をした…というか、今もしてますもんね」

「…エスト。二人は何の話をしてる?」

「んー…わたし達の知らない、ちょっとだけ昔の話…かしらね」

 

 懐かしいなぁ、と言うように二人は小さく笑い合う。それは、ルナやおねーさん達は知っていて、わたしは知らない経験の話。わたしが知っていて、皆の知らないディーちゃんとの経験の方が、ずっと多いに決まってるけど…それでもちょっぴりジェラシーだったり。

 

「…また、皆とこうして集まって、色々な事したいな……」

「ルナさん…。…少なくともそれは、まだお祭りを楽しんでいる段階で言う事ではないのでは…?」

「だ、だよねー…あはは、気が早過ぎるよね…」

「…でも、気持ちは分かります」

 

 だよね、と言いながら自虐気味にルナが笑う。けどそんなルナに、ディーちゃんは軽く肩を竦めてから、気持ちは分かると言って小さく微笑んだ。そしてそこに、ズェピアが続く。

 

「今が楽しいからこそ、という部分はあるだろうね。そして、ルナ君のその思いは大切なものだと思うよ。未来への期待は、日々を頑張る活力になるものだからね」

「日々を頑張る活力…やっぱりズェピアさんは、どんな方向からでも良い事を言いますねっ!」

「…ルナ、それって凄く遠回しに皮肉ってる…?」

「……?」

「…って、訳じゃないのね…何でもないわ、忘れて頂戴」

「ふふふ。では、そろそろ進むとしようか。食べながら歩くのは行儀が悪いが、人の流れがある中でいつまでも立ち止まっている、というのも良くないだろう」

 

 もしや、と思って訊いてみたけど、ルナはきょとんとした顔。これはちょっと勘ぐり過ぎたわね…って、そうだ。

 

「ズェピア、さらっと流そうとしてるけど、貴方の描いた絵って結局なんなの?」

「おっと、そういえば見せていなかったね。色が付いた状態で見るとあまり上手くは出来ていないし、出来れば拙い絵という前提で見てくれ給え」

「そうは言ってもズェピアさんの絵ですし、きっと上手ですよね。どれどれ……」

 

 今は食べないつもりなのか、貰ったビニール袋にたこせんべいを入れていたズェピア。それを指摘すると、ズェピアはわざとらしく袋からたこせんべいを出す。当然わたし達は、それを覗き込んで……

 

…………。

 

……………。

 

………………。

 

「…ええ、っと…これは、建物…ですよね?」

「これは屋根。これは壁。…見覚えがある。これは……教会?」

「流石はイリス君、ご明察だよ。何とか形にはしたが、やはり絵というのは難しいものだね」

 

 描かれていたのは、しっかりと遠近感を表現した緻密な絵。全体的な形は勿論、装飾や細かい凹凸までもしっかりと書き込んである、筆一本、シロップのみで書いたとはとても思えないような…とにかく凄い絵。しかも考えてみれば、たこせんべいを手で支えながら描いている訳で…これをわたし達と大して変わらない時間で描いていたんだから、最早凄いを超えて恐ろしいレベル。

 というか、たこせんべいの中にしっかり収めようとしたからか、結構引きの絵になっていて、最初はディーちゃんと同じく建物としか分からなかった。イリスちゃんの言葉で、これが教会…神生オデッセフィアの教会だと分かった。ははぁ、ズェピアは教会を描いた訳ね。落書きせんべいで教会を、ありふれた筆とシロップとたこせんべいで教会を、お祭りの屋台でかなり緻密な教会を…って……。

 

『いや嘘でしょ!?上手ぁ!?』

 

 ほんともう、ぎょっとするレベルで驚くわたし達に対して、ズェピアは「ははは、褒めてもらえて光栄だよ」だなんて言ってくる。本心なのか、それともわたし達の反応を見てからかっているのか。そこのところはさっぱりだけど……本当に、訳が分からないスペックをしてるわね…。

 

 

 

 

 お祭りって、楽しいよね。賑やかなのも、色んなお店が出てるのも、夜に外を歩き回るのも、何から何まで楽しいよね。勿論騒がしいのが苦手な人とか、そもそもインドア派な人とかは、楽しめないのかもしれないけど…イベント好きにとっては、それこそ欠かせないイベントだよね。

 で、そのお祭りに来ている以上、楽しまなくっちゃ損ってもの。だって、このお祭りには楽しむ為に来てるんだから!

 

「チョコバナナ〜♪ベビーカステラ〜♪焼っきそば〜♪」

「いやぁ、お祭りを楽しむお手本レベルで満喫してるッスねぇ」

「勿論だよ!だって、楽しい時に楽しまないなんて、勿体無いでしょ?」

 

 両手に持って、持てない分は袋に入れて、食べたいと思ったものは片っ端から買っていく。冷めない内に、どんどん食べる。次に体重計に乗る時が少し怖くなりそうだけど…今はそんなの気にしない。

 

「ま、それには同感ッス。浴衣着てまで来たお祭りなのに楽しまず終わるなんて、何しに来たんだって話ッスからね」

「とはいえ、流石に次から次へと買い過ぎでは…?食べ切れますか…?」

「別腹だよ別腹っ」

「いや、あの…別腹も何も、今し方買った焼きそばは明らかにスイーツでは……」

「冗談ッスよ冗談。『ネプテューヌ』がそういうキャラな事は、ワイトも分かってるんじゃないッスか?」

「…まあ、それもそうですね」

 

 確かにそれもそうか、みたいな顔をしてワイトさんは納得する。シノちゃん(アイちゃんだと愛月君と被るし、何よりその呼び方はもっと相応しい相手がいる気がするんだよね)はワイトさんに言った後、自分もさっき買ってたトルネードポテトを食べ進める。シノちゃん、クールだよねぇ。言動的には別にそうでもないんだけど、考えとかの部分が何となくクールっていうか…掴みどころがない、ってやつ?それで言うなら、他にも何人かそこが見えない感じの人…人?…もいるけど。

 

(…あー、でも…掴めないっていえば……)

 

 流石にこれは焼きそばと食べる順番逆だったかな、と少し後悔しつつも美味しくチョコバナナを完食したところで、自分はちらりと後ろを見る。

 今ここにいるのは四人。自分と、シノちゃんと、ワイトさん、それに……

 

「〜♪〜〜♪」

「…セイツ、ずっとあの調子だよねぇ…」

「ですね…」

「そッスねぇ…」

 

 さっきから…お祭りの輪に入ってからずっと、ずーっとにっこにこしっ放しなセイツ。美味しい物を食べたとかじゃなくて、何もしてないのに一人で謎にお祭りを漫喫している…とにかく訳の分からない状態のセイツ。いやまぁ、理由の予想は付くよ?ここ…っていうかお祭りは人が集まっていて、活気もあって、全体的にテンションも高い…要は『強い感情』が溢れ返っている訳なんだから、セイツはそれを楽しんでるんだろうなぁっていうのは分かる。分かるんだけど…にしたって楽しみ方が異質過ぎるよ……。

 

「今はまだ…感情に浸ってる?…だけだからいいッスけど、その内興奮し過ぎて何かしでかさないか、ちょっと不安ッス…」

「何か…?」

「そこは各々の想像にお任せするッスよ」

「あー、各々の…ね」

「お二人共、それは誰に向けての会話をしているんです…?」

 

 そんなやり取りもしながら、のんびり自分達は歩く。因みに今回こうなったのは、最初に喋ってたシノちゃんとワイトさんに自分が話し掛けて、何となく三人で回る?…的な雰囲気になって、そこで更にテンションが上がりつつあったセイツと目が合って、そのままセイツもパーティーイン…みたいな感じ。

 

「まあそれはともかく、ワイトさんも何か食べないの?」

「食べますよ。取り敢えずフランクフルトを、と思っていたのですが…ああ、丁度良いところに」

「あ、じゃあウチの分もお願いしてもいいッスか?」

「えぇ、お任せ下さい。ネプテューヌ様はどうしますか?」

「うーん…うん、お願いしてもいいかな?」

 

 流れがあって自由には動けない中でも、しっかりとした足取りと動きでワイトさんは見つけた屋台に歩いていく。がっしりしてて背も高いワイトさんの後ろ姿は、待っている間も割と見えて…やっぱ背が高いのって、それだけでちょっと格好良いよね。自分も女神の姿になれば、今より背が高くなるけどさ。

 

「そういえばシノちゃんって、結構ワイトさんと仲良い…っていうか、よく話してるよね。どーゆーご関係?」

「ブランちゃんを愛でる会の仲間ッス」

「そ、そうなの?」

「嘘ッスよ?」

「えぇ…?確かブラン…は、女神の一人だよね?…詳しくは知らない人を絡めたネタは、流石のねぷ子さんでも対応し切れないよ…」

「おっと、これはウチの失態ッス。まぁ愛でる会は嘘だとしても、ブランちゃんが好きって共通点があるッスからね。だからそれ絡みで話す機会がまあまあある…ってところはあるかもしれないッス」

 

 待っている間はシノちゃんと雑談。別にシノちゃんはワイトさんとばっかり話してる訳じゃなくて、他の人と話してたり遊びに出掛けてたりする事も多いんだけど、ワイトさんとの絡みは今日含めてちょっと「どういう組み合わせ?」…って感じだったから、気になってたんだよね。

 とかなんとか話していたら、ワイトさんが戻ってきた。フランクフルトを五つも持った、ワイトさんが。

 

「どもどもッス。…って、うん?ウチにネプテューヌ、それにセイツの分も買ったとしても、一本余るッスよね?二本食べるんッスか?」

「いえ、三本です。勿論セイツ様が食べたいという事でしたら、一本お譲りしますが」

「さ、三本食べるの?同じの三本なんて、結構いくね…」

 

 美味しそうな匂いを漂わせるフランクフルトは結構大きくて、一本でも満足しそうな感じ。それを二本どころか三本っていうのは、中々アグレッシブで…色々買ってる自分が言うのもアレだけど、がっつり食べる気満々だね、ワイトさん。

 

「頂きま〜す。…うっ、熱っ…!」

「た、確かに熱々ッスね、それがいいっちゃいいんスけど。…おぉ、肉汁もたっぷりでこれは中々……」

「フランクフルトに限らず、普段から食べられるような物もそれなりにあるのがお祭りというものですが…こういう場で食べるからこその良さがあるというものですね。…とはいえやはり、串系は下の部分が食べ辛い……」

「あ、分かる。焼き鳥なんかもそうだよね…って……」

「もう一本目を食べ終わりかけてるんスか…?は、速いッスね…」

 

 熱々で自分もシノちゃんもふーふーしながら食べてるフランクフルトをあっさりと一本完食したワイトさんに、自分達はびっくり。そして自分達が食べ終わる時、ワイトさんは三本目の残り半分まで食べ進めていた。ほんとに速い…。

 

「次は何食べよっかな…ちょっと喉乾いたし、トロピカルジュースも良いなぁ」

「トロピカルジュースって、ちょっと技の名前っぽいッスよね」

「言われてみると確かに…プロレスラー辺りの技にありそうですね、トロピカルジュース」

「決まったーッ!猛攻からのトロピカルジュースーッ!…みたいな?」

「そうそうそんな感…おわぁ!?セイツいつの間に我に返ったの!?」

 

 言われてみるとそれっぽい、トロピカルジュースの技名感。ワイトさんの発言に乗って、実況っぽい事を言ったセイツの言葉に自分は頷いて…それからセイツが普通に会話に入ってきた事に仰天した。フランクフルトに続いてまた驚かされた。

 

「ついさっきよ?」

「我に返った、って表現は別にいいんだ…もう感情に浸るのはいいの?」

「いい訳ないじゃない。感情は千変万化、わたしの好きだって気持ちも尽きる事はないし、ましてや飽きる事なんて有り得ないもの。けど…わたしは思ったのよ。感情にひたすら心を躍らせるのも良いけれど、お祭りで盛り上がる人達の感情に浸る事と、皆と一緒に楽しむ事…両方出来た方が、ずっと良い…ってね」

「セイツ……良い事言ってる感じの雰囲気ッスけど、内容的にはそんなでもないッスね」

「べ、別にいいでしょ?ネプテューヌの質問に答えただけなんだから…」

 

 口を尖らせるセイツをワイトさんが宥めれば、そこまで気にしていなかったらしいセイツは気を取り直す。そうしてセイツも普通にお祭りを楽しみ始めて、自分達は更に食べ歩く。

 

「ん〜♪やっぱりクレープはチョコと生クリームがたっぷりあってこそよね♪」

「セイツもイリゼと同じで甘い物が好きッスねぇ。…なんかウチも食べたくなってきたッス…」

「もうさっきの屋台からは離れちゃったし、別のクレープ屋も近くにはないし、何なら一口食べる?」

「いいんスか?それじゃあお言葉に甘えて…んっ、確かにクリームたっぷりッスね」

「あ、自分にもちょーだい!」

「いいわよ。あ、ワイトも食べる?」

「あぁいえ、私は遠慮しておきます」

「あら、ひょっとして間接キスを気にしてる?流石に女神三人がそれそれ食べたばっかりのクレープは、貴方でも躊躇っちゃうのかしら?」

「そうではなく、私まで食べてはセイツ様の分がかなり減ってしまうのでは、と思ったからです。無論、セイツ様の言う点においても、恐れ多いとは思っていますが……」

 

 にやり、とちょっと悪戯っぽく笑うセイツ。見るからにセイツはワイトさんを揶揄っている、ここからの反応を楽しみにしているって感じで…でもワイトさんは、冷静に返した。誤魔化すとかじゃなく、本当にそう思っていたんだって感じの返答をしていて…これにはぽかーんとしちゃうセイツだった。

…因みにクレープを一口貰った自分だけど、先に同じく甘いトロピカルジュースを飲んでたから、思っていたより甘く感じられなかった。むむぅ…。

 

「見事に返されたッスね、セイツ」

「うっ…でも気遣い故の遠慮って事自体は別に悪い気がしないっていうか…なんかこう、安心感があるわよねワイトって…」

「あー、それはウチも思うッス。ブランちゃんが近衛の隊長にワイトを任命してるのも納得ッスよね」

「あの、お二人共…そう思って頂けるのは非常に光栄なのですが、出来ればそういう話は私に聞こえないよう話して頂けないでしょうか……」

「……!ワイトいいわっ、今の貴方の照れの感情…普段は見られない貴方の一面、凄く素敵よっ!」

「いいじゃないッスか別に、ウチ等は女神としても個人としても信頼出来るーって話をしてるだけなんッスから」

 

 折角貰ったのに…と自分がちょっぴり残念に思っていたら、やり取りはまだ続いていた。今度こそワイトさんが揶揄われていた。あー、でも照れてるって言われてる割にワイトさんそんな顔が赤くなってもいないし、駄弁りの延長線上って感じかな。

 

「…ごほん。話は変わりますが、もう少しで屋台の列も終わる様子です。どうしますか?引き返しますか?」

「あ、確かにそれはそうね。引き返さなきゃお祭りの輪からは出るだけだし、一度戻って別方向に…あら?あれは……」

 

 戻ろう、と返している途中で、ぴたりとセイツが足を止める。セイツは列が途切れる手前、お祭り全体からすると端っこの方にあった屋台の一つに目を向けていて…そこにあったのは、ゆっくりと回る大きなお肉。

 

「これってドネルケバブってやつだよね?セイツ、あのお肉を丸ごと買っちゃう?」

「そんなどこぞの美食屋みたいな事はしないわよ…けど、ドネルケバブは一つ買おうかしらね」

 

 見つけたセイツがまず歩いていって、シノちゃんとワイトさんも後に続く。あれ?今度はワイトさん、皆の分も買ってくるとは言わないんだ、と思って訊いたら、「自分が言い出したものならともかく、そうじゃない物まで『なら自分が買ってくる』と言ったら、逆に皆様に気を遣わせてしまうから」…って説明をしてくれた。いやぁ、ほんと気遣いの人だね、ワイトさんって。

 

「良い匂いね、これは味にも期待が出来るわ。えっと、ソースは…」

「チリソースなんてどうッスか?やっぱり肉にはピリッとした味付けの方が合うと思うッスよ?」

「チリソース、ね…わたし辛いのは苦手だけど、確かチリソースって甘いタイプもあるのよね?そういうのだったらわたしも……」

「お待ち頂けますか、セイツ様。チリソースもまあ選択肢としては存在するのでしょうが、ケバブにかけるならこのヨーグルトソースでしょう」

「ヨーグルトソース?…ヨーグルトって、肉料理と合うの…?」

「合いますよ、そもそもヨーグルトソースというのはプレーンのヨーグルトに塩胡椒やにんにくを加えた、色々なものに合うソースですからね」

 

 注文して、待っている間にセイツはソースを見る。シノちゃんからチリソースはどう?と言われて、ソースの入ったボトルを見て、出来上がったドネルケバブを受け取っ…たところで、横から不意に止められる。すっ…とワイトさんにヨーグルトソースを差し出され、セイツは二人の意見に挟まれる。

 

「意外ッスねぇ、ワイトは辛いの好きなタイプかと思ってたッスけど」

「食べ物にはそれぞれ合う味、合う調味料というのがありますからね」

「ま、それはそうッスけども。で、セイツはどうするんッスか?」

「うー、ん…ごめんなさいね、アイ。勧めてくれたのは嬉しいけど、やっぱりこの赤さには一抹の不安を感じるから今回はヨーグルトソースにするわ」

「ヨーグルトソースの良さを理解して頂けた事、感謝しますよセイツ様」

 

 結局ヨーグルトソースを選んだセイツは、それをドネルケバブに掛けた。どっちかっていうと消去法で選んでた感じだけど…本人的には、ヨーグルトソースの味にも満足してるみたいだった。…にしても、シノちゃんがチリソース勧めて、ワイトさんがヨーグルトソース勧めるって…何だろう、この後いきなり襲われたりしないかな……。

 

「…っていうか、何気に二個買ったのね、ワイト…」

「ほんとに沢山食べるッスねぇ」

「えぇ、まあ。アイ様やネプテューヌ様の言っていた通り、来た以上は楽しまないと損ですからね」

「ワイトさんって、結構ノリもいいよねぇ。もしかして今は皆の前だから我慢してるだけで、いつものお祭りならお酒もばんばん飲んじゃったり?」

「それについては、が想像にお任せしますよ」

 

 割とほんとにどっちなのか分からない返しをしてくるワイトさん。二人もさっぱり分からないみたいで、少し頭を捻った後に自分はどっちか考えるのを放棄。それより…と、これまで三人が食べてきたものを、それぞれなんとなーく思い出す。

 

「…当たり前だけど、皆好きなものって違うよね」

「ほんとに当たり前な事を言うわね…急にどうしたのよ」

「いやほら、セイツは甘いもの、シノちゃんは味が濃いもの、ワイトさんはがっつりしたものって感じに、食べてきたものの方向性が違うでしょ?勿論そうじゃないものも食べてるけど、やっぱり傾向として違いがあるなぁ…なんて思ってさ」

「そういう事ッスか。…でも、それで言うとネプテューヌはあんまり方向性感じられないッスね。無秩序、っていう方向性ッスか?」

「んーん、自分は目に付いたものの中で、これだって感じたものを片っ端から食べてる感じかな」

「それはやはり無秩序なのでは…?」

「そうかなぁ…?」

 

 自分としては無秩序とは違うつもりだったけど、ワイトさんの言葉にはセイツもシノちゃんも頷いていた。無秩序、無秩序かぁ…何者にも縛られない、我が道を行く女神ネプテューヌ……あ、そう考えると結構良いかも。お祭りでその方向性に至った、っていうのはあんまり締まらないけど。

 

「まあ、それはいいんだよ別に。そこは重要なところじゃないし」

「じゃ、何か他に伝えたい事があるの?」

「それもまあ、あるかないかで言えばないけどね」

「えぇ…?じゃあ、どこが重要なのよ…」

「セイツ、何でもかんでも重要性を求める必要なんてないんだよ」

「重要って言葉を先に出したのはネプテューヌでしょ…!?」

 

 狙った通りの反応をしてくれたセイツに、自分は満足。ふざけてるだけだって察したセイツは、不服そうな顔をこっちに向けてきて…その顔を見てから、自分は「でもまぁ」と続ける。

 

「こういうところでも、感じるよね。仲良くなるのに、共通点なんて必要ないって」

「それは……そうね。…何よ、結局重要なところがあるじゃない…」

「別に重要なところなんかじゃないよ?仲良くなりたいって気持ちがあれば…ううん、そんな気持ちすらなくったって、友達にはなれるだなんて、重要じゃなくて普通の事でしょ?」

「それも…うん、その通りね……」

「一本取られたッスね、セイツ」

「くぅ…言ってる内容は文句なしに良い事だから、言い返すにも言い返せない…というか、言い返す必要がないのが凄くこう…こう、なんていうか……」

「さっきの良い事言ってる風で実はそうでもないセイツとは真逆ッスもんね」

「まさかの追撃!?」

 

 何か慰めてあげるのかな?…と思ったら、慰めるどころか追撃をかけたアイ。…でも、気持ちは分かる。だってセイツ、イリゼと同じで反応が面白いし。…あ、別に馬鹿にしてる訳じゃないよ?むしろこっちがしっかりふざけたら、その都度しっかり返してくれるのって、凄く嬉しいもん。

 

「ううぅ、酷い…わざわざ蒸し返してまで弄ってくるなんて……」

「ま、まあ気を取り直して下さいセイツ様。…たこ焼き、美味しいですよ?」

「ありがとう、ワイト…というか、いつの間にかたこ焼きも買っていたのね……」

「すみません、最終的な支払いはセイツ様とイリゼ様にいくというのに、つい…」

「あ…ううん、そういう事じゃないわ。むしろそこを遠慮されちゃ、そっちの方が悲しいもの。…熱っ!で、出来たへにぇ……」

 

 今度こそ慰められたセイツは、はふはふしながら…ほんとにはふはふしながらたこ焼きを食べる。自分とシノちゃんも一つ貰って、やっぱりはふはふ。

 

「た、確かに凄い熱いね…っていうか、何気にシノちゃんも結構食べてない?」

「多分育ち盛りッスからねー」

「多分なんだ…。……お互い、もうちょっと成長したいよね…」

「…したいッスね…」

 

 ちらり、とセイツを…自分達より発育の良いセイツを見て、自分達は小さく呟き合う。でも、この思いは引き摺ったりしない。だって今は、まだ自分達は、賑やかで楽しいお祭りの中にいるんだから。

 とまあ、こんな感じのやり取りなんかもしつつ、ケバブの屋台に寄った後は来た道を引き返していた。引き返して、暫く前に通り過ぎた分かれ道の所に辿り着く。

 

「さっきは全然見てなかったけど、こっちの道も沢山屋台が出てるね…セイツ、シノちゃん、ワイトさん、まだ体力は大丈夫?まだまだどんどん、色んな屋台を回っちゃうよ?」

「構わないッスよー?ウチだって、まだまだ楽しむつもりッスからね」

「勿論わたしだって大丈夫よ。神生オデッセフィアのお祭りを、隅から隅まで楽しんで頂戴」

「では、私も最後までお供しますよ」

 

 くるっと振り返った自分が言えば、シノちゃんはにっと笑って、セイツも神生オデッセフィアのお祭りを、と胸を張る。ワイトさんも2パック目のたこ焼きを片手に持ちながら、穏やかな声で返してくれる。

 割と適当な流れで一緒に回る事になった自分達。他の皆と回ってたら全然違う会話をしてただろうし、別の楽しみや面白さもあったと思う。でも、だからってそういう事を想像しても全然惜しい気持ちにはならない位、この三人と回るのも楽しいし、適当に組んだからこその、知れた事や分かった事もあると思う。それに、まだお祭りは終わっていない。自分は今言った通り、皆とまだまだどんどん回って、楽しんで…って……

 

『いや、ほんとに沢山食べる(わ・ッス)ね、ワイト(さん)……』

 

 色々知ったと思うけど、理解を深められたと思うけど、なんだかんだ一番印象に残ったのは、ワイトさんはかなりの大食い、って事かもしれない。割とほんとにそう思いながら、セイツやシノちゃんと一緒に苦笑いをする自分だった。




今回のパロディ解説

・「〜〜それがいい、そうしよう、とイリスは言いました」
かさこじぞうに登場するキャラの一人、お婆さんの発言のパロディ。…いやまあ、何も間違ってはいませんからね?昔話も創作である以上、こういう解説をするのも間違ってはいない筈です。

・「〜〜黒い仮面付けて〜〜」
SYNDUALITY Noirに登場するキャラの一人、黒仮面の事。一応作中でも名前は出てきています…が、公式サイトでの名前は「黒仮面」なので、こちらの名称で書かせて頂きました。

・「〜〜どこぞの美食屋〜〜」
トリコの主人公、トリコの事。グルメタウンでのワンシーンのパロディですね。ただの作中で多数あるネタの一つですが、これが凄く印象に残っている私です。

・シノちゃんがチリソース〜〜襲われたりしないかな……。
ガンダムSEEDシリーズの登場キャスの一人(二人)、カガリ・ユラ・アスハとアンドリュー・バルドフェルドのやり取りのパロディ。ワイトは勿論、アイも髪の色や立場的な意味でのパロネタになっています。




 OS合同コラボの番外編は、次話での終了を予定しております。そしてその後はあとがきを投稿する予定です。あとがき含めて残り二話、含めなければ残りは一話になるであろうコラボをどうぞ、最後までお楽しみ下さい。


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番外編 いつかまた、皆で

 そういえば、ゲイムギョウ界に来てから祭りに行った事はこれまであったか。イリゼ達に誘われた時、初めに思ったのはそれだった。なかったかもしれないな、とまず思って…次に思ったのは、ゲイムギョウ界にも祭りはあるのか、って事だった。ゲイムギョウ界は俺のいた世界と似ている部分が多いんだから、あっても不思議じゃないが…それでも少しだけ、驚いた。

 皆が帰る前の、最後のイベントとして、一緒に祭りに行く。…良いじゃないか。皆で賑やかな祭りを楽しんで、そこでもう一つ思い出を作る。イリゼはそういうのが好きだろうし…俺だって、好きだ。

 

「おっ、この焼きとうもろこし美味いな…皆も買ってみたらどうだ?」

「あ、一口あげるとかじゃないんだ…」

「だってこれ、普通に二口目いきたくなる美味さだぜ?なら一口あげるより、買うの勧めた方がいいだろ?」

 

 買った焼きとうもろこしに齧り付いた後、グレイブがそれを勧めてくる。焼きとうもろこしならではの香ばしい匂いはグレイブが買ってきた時点から漂ってきていて、ビッキィに対するグレイブの返しもきっとそうなんだろうな、って納得がいく。

 

「焼きとうもろこし、か…買ってみようかな」

「わたしもそうします。…と、思ったけど…どうしよう、隣の焼き鳥もなんか食べたくなってきた…両方買おうかな…」

「僕は…どうしよう。カイトさんはどうするの?」

「俺は焼き鳥にするかな。何なら半分ずつ食べるか?」

「それ良いかも、ありがとカイトさん!」

 

 という訳で、俺は焼き鳥を、ピーシェと愛月は焼きとうもろこしを、そしてビッキィは両方を買う事に決定。肉の旨みがばっちりとある焼き鳥と、匂い通りの甘じょっぱさを楽しめる焼きとうもろこしはどっちも美味しく、ボリューム的にも結構満足。これは買って正解だったなと思いつつ、俺は四人と祭りを回る。

 

「ふぅ、美味しかった…でもこの二つを食べた後だと、今度はばっちり甘いものが食べたくなるな…。甘いものといえば……」

「やはり綿菓子が定番では?水飴とかチョコバナナなんかも定番だけど…綿菓子なら、見た目通り軽く食べられますし」

「綿菓子…綿菓子と言えば、チルット…るーちゃんの羽は綿菓子みたいだよな」

『あー』

 

 ピーシェとビッキィのやり取りを聞いていたグレイブが挙げたのは、るーちゃんの名前。確かにるーちゃんの翼は綿雲の様で、綿菓子の様にもよく見える。チルタリスの姿の時より翼も身体全体も小さくて丸っこい分、なんなら翼だけじゃなくチルットの姿のるーちゃんは全体的にお菓子感がある。…それは分かる、分かるが……

 

「…何食べよう、って時にそんな事言うか…?」

「いや、ほら…グレイブ、そういう事は気にしないっていうか、頭に浮かびもしないタイプだから…」

『あぁー』

「おい、あぁーってなんだあぁーって…なんで三人共納得してんだ…」

「けど実際、浮かんでなかったんだろ?」

「…それは、まぁ」

 

見るからに不満そうなグレイブだったが、さらりと俺が返せば、否定は出来なかったようで認める。けどやっぱり顔はまだ不満そうで、そんなグレイブに俺達は苦笑い。

 駆け出して行ったグレイブと、追いかけて行った愛月について行く形で、俺はお祭りの輪の中に入っていった。二人共旅をしてるだけあって、見た目よりしっかりしている訳だが、それでも二人だけで行かせるのは少し不安があって、俺は一緒に回ろうと決めた。

 でもって、俺達三人とピーシェ、ビッキィの二人組が合流したのはついさっき。ある屋台の列に並んだら、前の客が見覚えのある後ろ姿をしていて、実はそれが二人だったっていう、完全に偶然の巡り合わせで合流をした。

 

「じゃあわたし、ぱぱっと綿菓子買ってきます!すぐ戻ります!」

「いや、別に急がなくても…って、人混みの中なのに速いなビッキィ…身のこなしも相変わらず軽やかだし……」

「知っての通り、ビッキィは体術が得意ですからね」

「体術…そうか、人の間を上手くすり抜けるのも、体術と言えば体術だよな…。……迷惑にならない程度に人混みに突っ込んでいけば、訓練の一環にもなるか…?」

「…カイトさんは、自己鍛錬に余念がないですね。グレイブと毎日朝練もしてるらしいですし」

「強くなりたい理由は色々とあるからな。でも、朝練に関しちゃ面白いから…って言うのも大きいぞ?何せグレイブ、毎回こっちの予想を超える事をしてくれるしさ」

 

 待っている間、ピーシェと話す。思い返せばピーシェと二人で話す事ってあんまりなかったと思うし、丁度良い機会かもしれない。…と、思った俺だが、特別話したい何かがある訳じゃなく、結局ただの雑談に。けど、それはそれで悪くない雑談が出来たと思うし、別に良いよな。

 

「お待たせしました、ふわふわです!後、出来立てなので温かいです!」

「ああ、報告ご苦労」

「はっ!…って、グレイブはわたしの上司じゃないでしょうが」

「と、言いつつ一回乗ってたよね、ビッキィ」

「いやそれはほら、それこそノリっていうか…」

 

 ちょっと笑いながら言う愛月に、ビッキィは頬を掻きつつ返す。三人のやり取りを、ピーシェは苦笑しつつ眺める。

 今回信次元に来て出会った俺と違って、四人はその前からの知り合いなんだとか。…前からの知り合い、といえば……。

 

「確か、四人が出会ったのは、ピーシェとビッキィの次元なんだよな?で、イリゼ達も一緒だったって聞いたけど、それって何がどうして飛ばされたんだ?」

『…さぁ?』

「あ、分かってないのか…」

 

 ふと思い出した事を訊いてみた俺だが、どうも全員分かっていない様子。それで良いのか、と思っていたら、俺の内心を察したようにピーシェが質問を返してきた。

 

「カイトさんも、ルナやイリゼさん達と不思議な空間で出会ったんですよね?そっちは原因って分かってるんですか?」

「それなら全部終わった後にざっくりした説明を、黒幕の一人にされたな。で、最近…というか、今回信次元に来て、もっと細かい説明を受けた」

「イリゼからか?」

「いや、四人いた黒幕の内半分から」

『黒幕信次元にいたの(かよ)!?』

 

 揃ってびっくりした顔をする四人。まぁそりゃそうだよな、と俺は四人の反応に苦笑をしつつ、言葉を続ける。

 

「ちゃんと話すと長くなるが…要は、その黒幕と和解出来たって事だよ。黒幕全員とじゃなくて、行方知れずの黒幕もいるって話だけどな」

「それはまた…良かった、んですよね…?」

「あぁ、良かったよ。前の時は分からない部分も色々あったし、終わった事って言っても、ちょっと気になってたからさ」

「…寛容なんですね。その空間での出来事を、私は殆ど知りませんけど…黒幕がいたって事は、仕組まれた事…嵌められたって事なのに」

「まあ、俺も皆も二つ返事で許した訳じゃねぇよ。けど、二人共本気で謝ってくれたし…あの時二人にも言ったが、今俺がここにいるのも、皆と出会えたのも、あそこでの事があったからだからな。それを思えば…やっぱ、良かったって思えるんだよ」

「へぇ…前向きだな、カイトは」

「そうか?これに関しちゃ皆も同じような感じだったぞ?」

 

 前向きに考えようとしてそう結論付けた訳じゃない俺は、『前向き』と言われてもあまり実感がない。勿論、あの時は最終的に…今回の仮想空間と同じように何とかなったからこう考えられてる部分もあるとは思うが…今振り返っても、やっぱりそこまでの怒りは、ない。

 

「巡り合わせ…ってやつ、だよね?そういう事なら、僕達だってピーシェとビッキィの次元に飛ばされてなかったら、皆と出会う事もなかったと思うし」

「…いや、俺達に関しちゃその前にイリゼと出会ってる訳だし、仮に二人の次元に行ってなくても結局は出会ってたかもしれないんじゃないか?」

「グレイブ…それはそうかもしれないけど、すぐにそんな事言わないでよ……」

「……でも、そうだとしても…その時は出会い方も、出会う瞬間も変わっていた訳で…二人と皆との関係は、今とは違うものになっていたかもしれない…そうとも言えるんじゃない、かな」

 

 ばっさりと返すグレイブの言葉に、愛月はがっくり。容赦ないなぁ、と俺やビッキィは思わず笑い…けどピーシェは笑う事も肩を竦める事もなく、柔らかな顔をして愛月に言った。結局出会ってたかもしれないけど、そうだったらきっと違う形になっていたと、『今』には繋がらないだろうと、柔らかくも真剣な顔で。その言葉に、愛月は目を丸くして…それから、そうだよねと頷いた。今の出会い方が出来て良かった、今の関係を築けて良かった…そんな風に感じられる表情を浮かべて。

 

「今の関係は、あの時あの出会いがあったから…か…こういうのにぴったりな言葉がありましたよね。えっと…苺市へ、でしたっけ?」

「いや一期一会でしょう…なんですかその苺限定の市場って……」

「う…じょ、冗談ですからね…?」

 

 半眼で突っ込まれ、本気で言っていた訳じゃないと返すビッキィ。本当に冗談だったのか、誤魔化しただけなのかは分からないが…そこは掘り下げないでおこう。誤魔化しただけだったら、掘り下げるのはビッキィが可哀想だ。

 

「さて、この話はこれ位にしようぜ?祭りとは関係ないしな」

「まあ、それもそうですね。…次は何食べようかな…」

「俺はなんか、肉系が食べたい気分だな。さっきの焼き鳥屋…はもう離れちまったし、近くにそういう店は……おっ、射的屋だ。行ってみようぜ?」

((肉は…?))

 

 数秒前まで探していたものを速攻忘れたかのようなグレイブの発言に、俺達はぽかんとなる。グレイブが色々自由なのはもう十分分かっているが、分かっていても「え?」となるのがグレイブの行動で…けどまあ射的は俺も気になるから、取り敢えず後を追う事にした。

 

「射的かぁ…ワイトさんとか影さんとか、イヴさんとかは得意そうだよね」

「得意そうっていうか、実際銃器使ってるもんな。…やってくか?」

「やってきますか、面白そうですし」

 

 俺が問い掛ければ、ピーシェが答え、ビッキィも頷く。一番乗りのグレイブも勿論やる気で…俺達は全員、1ゲームやってみる事に。

 

「菓子にプラモ、TCGの構築済みデッキにゲーム機本体か…やっぱ高いの狙いたいところだが……」

「倒れないからね、基本。倒れて落ちないと駄目っぽいし」

 

 初めにやる事になったグレイブとビッキィが、銃にコルク弾を込める。台から身を乗り出して撃つのはアウトだが、多少身体を前に傾けて手を伸ばす位なら良いって事で、二人共アウトにならないギリギリまで銃を狙う対象へ近付ける。

 二人は何を狙うのか。小さいが幾つも置いてあるから『外れたけど別のに当たった』が意外と起きるし、軽いから当たれば大概落ちてくれるお菓子にするのか、目玉の商品に勝負を掛けるのか。俺達が見つめる中、真剣な顔を浮かべた二人は静かになり…銃を撃つ。コルク弾は飛んでいき……ゲーム機の箱に弾かれる。

 

「やっぱり重い、か……」

「あちゃー、ビクともしねぇ…ってか、ビッキィもあれ狙ったんだな」

「落とし易いのを狙ったって、それで狙った通りに落とせたって、面白くない…そうでしょ?」

「だな。よっし、ここはウーパになったつもりでもう一度…!」

 

 ハイリスクハイリターンを狙って失敗した二人だが、狙いも気持ちも変わっていないようで、そのままゲーム機を狙う。二人共集中力は流石と言うべきか、一発も外す事なく、途中で諦めて別の景品に変えたりする事なく、残弾ゲーム機の箱へと当てて……けれど、ゲーム機が落ちる事はなかった。多少の動いた…気はするが、獲得には程遠いまま、二人共弾が尽きてしまった。

 

「ぐっ…こうなる可能性が高いとは思ってたが、やっぱ悔しいな……」

「うん、悔しい…けど、狙うって決めたのはわたし自身なんだから、これでいい」

「割り切ってんなぁ、ビッキィは。…あれ、でも待てよ…?イリゼは遠慮せず、好きなだけお祭りを楽しんでくれればいいって言ってたよな?じゃあ……」

「こら、それは男としてどうかと思うぞグレイブ」

「だよなー、そんな事しねぇって」

 

 言葉通り、グレイブはビッキィと共に銃を置いて下がる。次の番として、今度は愛月とピーシェが銃を持つ。最初の二人がやっている最中に愛月達とは少し話していたが、愛月とピーシェは大当たりより確実な景品ゲットを…って事で、軽いお菓子の箱を狙うらしい。

 

「えっと、弾を込めて、このバーを引いて…あれ?順番逆だっけ…?」

「逆だな。バーを操作する時、指挟んだりしないよう気を付けろよ?」

「だ、だよね。…よし、弾は込められたから、後はよく狙って……」

「愛月、銃の先にちょっと出っ張りがあるだろ?それを狙う時の参考にするといいぞ」

「そうなんだ。グレイブもカイトさんもありがとね」

 

 手早く準備を整えたピーシェに対して、愛月は慣れていない様子。とはいえ別に難しい作業がある訳でもないから、一回の説明で愛月は理解して射的を始める。話していた通り、二人はお菓子を狙い…早速景品を一つ獲得。二発目もまたお菓子を狙って、着実に獲得した景品を増やしていく。

 

「二人共楽しそうだな。ピーシェは必中必殺…いや殺、ではないが…で成功させてるのを楽しんでるっぽいし、愛月はもっと純粋に、撃って当ててを楽しんでるみたいだしさ」

「みたいですね。…に、しても…」

「うん?」

「いや、カイトさんは面倒見が良いんだなぁ…と思いまして。今回カイトさんが二人と一緒にいたのは、元々二人を気にかけて追い掛けたからでしょう?」

「あー…まぁ、な」

 

 そう言って小さく笑うビッキィに、まぁそうかもしれないと頷く。勿論自分が面倒見の良いタイプだ、とか自負してる訳じゃないが、つい心配して追い掛けちまったのは事実だしな。

 

「それで言うなら、ビッキィは…何だろうな。ピーシェの部下っていうか…従者?…なのは分かるけど、ちょっと友達みたいな感じもあるというか……」

「みたいな感じ?え、二人は友達だったんじゃないのか?」

「…そう見えてた?」

「見えてたも何も、上司と部下にしちゃお互い接し方が緩過ぎじゃねーか?ぶっちゃけ俺は上司部下の関係なんてよく分かんないけど」

「よく分からないのに言ったのか…けど、俺もグレイブに同感だな。ビッキィが一方的にじゃなくて、お互いにって意味でさ」

 

 元の世界での経験だったり、特命隊での活動を思い出しても、ビッキィとピーシェの関係はただの上下の繋がりじゃないというか、それよりお互い気兼ねなく話せているような…そんな気がする。イリゼやネプテューヌ達女神は立場や権力を鼻にかける事はしないし、ピーシェもそうだから、っていうのもあるんだろうが…そういうのを抜きにしても、二人は仲が良い…そういう風に、俺には見えている。そして、俺達から言われたビッキィはといえば……

 

「そ、そうですか?…そうですか…へぇ、そっか…そうなんだ……」

「…ビッキィって、分かり易いんだよなぁ」

「はは、みたいだな」

 

 にやにやとは違う、こう…にへら〜、って感じに口元を緩めて、嬉しそうにしていた。グレイブの言う通り、凄くビッキィは分かり易かった。

 

「ふぅ、最後の最後で一発外れちゃった…ピーシェは凄いね、全弾命中でしょ?」

「ふふ、今日は運が良かったみたいです。…ビッキィ?え、何その凄まじく変な顔……」

「へ、変な顔!?わたし変な顔してました!?」

『してたしてた』

「全員!?四人全員にそう思われるような顔だった!?」

 

 それまでとは一転したショック顔でビッキィは狼狽える。これもまた分かり易い反応で、俺達男三人はにやりと笑い…ピーシェも笑っていた。けどピーシェは俺達とは違って、どこか穏やかな…「全く、ビッキィったらほんと…」と言うような、言いそうな感じの顔だった。…やっぱ、仲良いんだな。

 

「…こほん。最後はカイトさんですね」

「最後なんだから、良いところ見せてくれよ〜カイト。折角だし、二丁持ちするとかしてさ」

「射的で二丁持ちって、そんなどこぞのペン回しが得意な主人公みたいな事を求められてもな…」

 

 無茶振り…かどうかも分からないグレイブの発言に返しながら、俺は前に出て銃を持つ。コルク弾を装填して、改めて景品を見る。

 

(一つ二つ菓子を狙うのも良いが…やっぱ、大物を狙いたいよな。問題はどうやって落とすかだが……)

 

 一番高い、一番の当たりは間違いなくゲーム機だが、グレイブとビッキィの結果から考えれば、全弾当てても恐らく落ちない。何回もプレイして、何十発と当て続ければ可能性はあるかもしれないが…そういうのはマナー違反ってもんだろう。

 じゃあ、何を狙うか。どうやって落とすか。狙う位置は真ん中より、上部左右の方がいいって聞いた事はあるが、それだけじゃ多分落とせない。確実に落としたいなら、落とせる可能性がそれなりにあって、尚且つ高めの、比較的当たりと言えるやつを狙って……

 

「…いや、そんな小難しく考える事でもねぇか。よし、決めた」

 

 深く考え始めようとしていたところで立ち止まり、一旦思考を止める。感覚で、これだってものを決める。

 狙うのは、プラモデル。箱のサイズの割に軽いから、大物の中じゃ落ち易いかもしれない。思考としてはこの程度で、後は何となく。けどそれで良い。俺が楽しみたいのは景品を取った後じゃなくて、射的そのものなんだから。

 

「この辺り、かな…!」

「あ、カイトさんはプラモデルを狙うんだね」

「少し下がった…けど、まだまだって感じだな」

 

 出来るだけ手がぶれないように撃った一発目は、狙い通りの位置に当たった…が、本当に少し下がっただけ。下がったというか、当たった位置から少しずれただけというか…とにかく地味な結果。

 狙う位置は間違ってない筈だ、と二発目を撃つ。二発目も大体狙った位置に当たり、また箱が下がる。

 

「…そういえば、揺れている間に当てれば揺れが大きくなって、当然その分倒れ易くはなりますよね」

「それはまぁ。でも、一発毎に弾を込め直さないといけない射的でそれを狙うのは…ね」

 

 現実的じゃない、とビッキィの言葉に返すピーシェ。そのやり取りを聞きながら、俺は三発目も撃ち…多分、最初よりは確かに下がってる。同じ位置を狙ってるから、斜めにもなっている。ただ…いけそうな感じはない。残りの弾数で何とかなる感じも…ない。

 さて、どうするか。諦めて別のを狙うか、一か八か狙い続けるか。このまま狙っても結局無駄になりそうな気はするが……まあ、だとしても後者しかないな。

 

(せめて倒す…倒してみせる…!)

 

 意識を景品に、的にだけに集中させる。剣や打撃と違って力を込めても威力は変わらない事に歯痒さを感じながらも、当てる事だけを考える。一発目から変わらない、狙って撃って、狙って撃ってを繰り返し…残りは、一発。

 

「さあ、次がカイト選手の最後の一発です。厳しい勝負ですね」

「はい。しかし彼の目は死んでいないようですよ」

「…グレイブもビッキィも何してるの…?」

「多分、放送席ごっこ…かなぁ」

 

 後ろで聞こえる妙なやり取りは気にせず、引き金に指を掛ける。ゆっくりと息を吐き……撃つ。

 

『……!ぐらついてる…!』

 

 当たり、弾かれるコルク弾。一方のプラモの箱は…これまでで一番、揺れていた。一度揺れたとかじゃなく、箱が前後に何度も揺れる。

 緊張する。一気に心拍数が上がる。まるでバスケのゴールリング上でボールが回っている時の様な、それか野球のアウト・セーフ判定を審判全員が集まって話している時の様な、期待と不安の混ざり合った感情が胸の中で渦巻く。そして、本来以上に長く感じる時間の末……箱が、倒れる。

 

「…やった…よっしゃあ!」

「やるな…俺やビッキィの狙ったゲーム機よりはずっと軽いだろうとはいえ、箱を倒しちまうとは……」

「成果ゼロを恐れて狙いを変えていたら、この結果は得られなかった……大したものです、カイトさん」

 

 色んな人がいる前だって事も忘れて、俺は嬉しさのあまりガッツポーズ。グレイブとピーシェからは驚き混じりの賞賛を受け、ありがとうと俺は返す。

 

「おめでとうございます。…けど…正直、悔しい…!こうなると、何も手に入らなかった事が後悔はなくても凄く悔しい…!」

「あはは、でも最後までゲーム機に挑戦してたビッキィはちょっと格好良かったよ?でも、ほんと凄いねカイトさん。これでカイトさんはプラモを……」

『……?』

 

 言葉通り悔しさを滲ませる…というか思いっ切り見せるビッキィに、俺達は苦笑い。それから俺は、改めてプラモの箱を…大物を倒した充足感を、じっくりと味わう。これは、挑戦したから味わえた感覚だ。この感覚は、小さいお菓子を確実に取っていった時の満足感より上回る…とは限らないが、少なくとも挑戦をしたからこその、挑戦した先だからこその充足感である事は、間違いない。

 そんな充足感を味わいながら、俺は愛月の言葉に頷こうとし…だがその直前に、愛月は止まる。何かに気付いたような顔で黙り、急になんだ?…と俺達が困惑する中……愛月は、言う。

 

「…えっと…これ、倒れたら獲得なんだっけ…?下に落とさないと駄目じゃないっけ…?」

『あ……』

 

 忘れていた…喜びのあまり失念していた、射的のよくあるルール。はっとして屋台の方に顔を向ければ、そこでは俺達が完全に獲得したつもりで話してたせいで言い辛かったのか、店主さんが苦笑気味の顔をしていて……自分の完全なぬか喜びに、自分で笑ってしまう俺だった。

 

 

 

 

 最後の思い出を作る。この表現は、正直好きじゃない。だってそれは、その思い出作りになる行為で終わりになる、って事だから。出来る事なら、最後にはならないでほしい…いっそ普段から簡単に行き来出来るようになればな、っていうのが私の本音だけど、流石にそれは無理ってもの。将来的にはそうなるようにしたいし、その為に頑張るつもりではあるけども、今はどうしようもない。

 ただでも、残念なのはどうにもならないにしても、その事をずっと考えているんじゃ楽しめるものも楽しめない。そして…最後の思い出が残念な気持ちばかりになってしまうのは…あまりにも、勿体無いよね。

 

「ところでぜーちゃん、これって何の祭りなの?」

「あぁ、それは私も気になっていたわ。これだけの規模のお祭りなんだから、ちゃんとした趣旨があるんでしょ?」

 

 チョコバナナの屋台の列に並んでいる最中、茜とイヴからこの祭りについて訊かれる。

 今私は、二人に影君を加えた三人とお祭りを回っている。最初はお祭りの賑わいをゆっくりと眺めていたイヴに私が声を掛けて、そこから二人纏めて茜に誘われて、それで四人組に…って感じ。

 

「うん、勿論あるよ。単純に大きいイベントを企画開催する事で、神生オデッセフィアへの観光客を呼ぼうっていう狙いもあるし、神生オデッセフィアで新しくお店や事業を始めた人は当然まだ知名度が低い場合が多いから、そういう人や組織に向けたアピールの場の提供…要は屋台を介して名前を知ってもらったり、飲食店なら自分達の技術や得意な事を用いた屋台にする事でアピールしてもらおうっていう考えもあるし、後は……」

「ここ周辺…特に空き家が犯罪者の隠れ家になるのを避ける為、か」

「…それもそう、だね。偶にでも不特定多数の人が集まったり、その事前調査として私達が来る事があれば、そういう危険を予防出来るし。ただ、出店する人達に除草作業への協力を頼む事で、荒れ放題になるのを避けたり、出店側にしろお客側にしろ、訪れる事で『この辺りに住むのも良いかも』って思ってもらえるかもしれない機会を作る…みたいな事も狙いにしてたりはするよ」

「ごめんねぜーちゃん、えー君が盛り下がるような事言って」

「あはは…まぁ、間違ってはいないしね…」

 

 頬を掻きつつ、影君のフォローをする私。ただまぁ、私が言っている最中に挟み込んでまで言う事がそれ…?…とは思ったよね…いやほんと、そういう観点もあるし、正解ではあるんだけど、ほんとデリカシーがないというかなんというか…。

 

「貴方は遠慮がないわね、ほんと…」

「…まぁ、すまん」

「そんな事言うえー君には、チョコバナナ半分あげないからね?ぜーちゃんやゆりちゃんもあげちゃ駄目だからね?」

「俺は犬か何かか…」

 

 半眼で突っ込む影君の前で、茜はチョコバナナを大きくぱくり。そのやり取りに苦笑しつつ、私とイヴもチョコバナナを食べる。んっ、やっぱりチョコバナナって、チョコの濃厚な甘さと、バナナのまったりした甘さを同時に楽しめるのが良いんだよね。

 

「…うん?今の口振り…元々茜は半分あげるつもりだったのかしら」

「そういう事、なんじゃないかな?…あげてる光景なんて、台詞付きで容易に想像出来るし…」

「そうね…貴女よりずっと付き合いの短い私でも容易に想像出来るわ…」

 

 恐らく同じような光景を想像しつつ、また私達は苦笑い。すると茜はきょとんとした顔をした後、影君とやり取りをし…結局あげていた。端的に言うと、いちゃついていた。

 

「こほん。初日から今日まで色々と見てきたが、イリゼは精力的に国の運営をしているんだな。女神なんだから、当然と言えば当然だが」

「私もそれは感じたわ。イリゼは自分の国の『今』をかなりしっかり把握してるみたいでもあるし」

「ふっ…それが女神として、国の指導者として求められる事な以上、私は応え、国民の幸福に繋げるまで。神生オデッセフィアをより豊かで、より魅力的な国にするまでの事。…なんて、ね。でもやっぱり、それはうちが出来たばかりの国だから、っていうのも大きいかなぁ…他の国が何十年何百年…ううん、それ以上に積み上げてきた、国として積み重ねてきた経験や知識が、神生オデッセフィアにはない訳だから」

 

 頑張っている事自体は否定しないけど、という形で私は返す。まだ国として若い、生まれたばかりの神生オデッセフィアは、国家という道における新人の様なもの。ベテランなら分かってる、手際良くやれる事も、新人の場合は資料を一から読まなきゃいけなかったり、ちょっとした事でも手間取ったりしてしまうのと同じように、今はまだ任せちゃうより、女神である私やセイツが関わっていった方がいい事も多いし…私だって、女神だって、国の長としてはまだ新人。前は守護女神の皆が立場の割に仕事をしてないように思えた事もあったけど、それも皆が国の長としてベテランだからこそ。

 そんな今だからこそ、私は言える。忙しいのが、色んな仕事を積極的に女神がしている状態というのは、決してそれが在るべき女神の姿とは限らない…って。

 

「いやぁ、ほんとにぜーちゃんは国を守護する女神になったんだねぇ…うぅ、ぜーちゃんがこの位の頃から知ってるあかねぇは感慨深いよ…」

「この位って…それ普通に今の私の身長と同じ高さじゃん…言葉的にはそれで正しいけどさ……」

「自分と同じ位の高さまで手を上げて、『この位の頃から』なんて言う人初めて見たわ…」

「多分そうそう…別次元や別世界まで範囲を広げても、そうそういないんじゃないかな、そういう人は…。…ところで皆、遠慮してない?もっと色々買ってくれていいからね?」

「別に遠慮はしてないが、な」

 

 別に、と言いつつ影君はある屋台の方へ行く。向かった先は、チュロスの出店で…あ、チュロスも良いかも。私も買おっと。

 

「チョコチュロス…影君ってさ、チョコ好きだよね」

「私的には、甘い物が好きな事自体が少し意外だわ」

「あ、それは私も思った」

「確かにイメージとか雰囲気だけなら、えー君って好き嫌いがない…何でも食べるっていうより、食事自体を単なる栄養補給位に考えてそーな感じあるよねぇ」

「俺を何だと思ってやがる…それと、言っておくがチョコレートは優秀な食品だぞ?単に美味しく糖分補給出来るというだけじゃなく、高カロリー且つリラックス効果もあり、更には携帯にも向いている。伊達に非常食として選択肢に上がる食べ物じゃないって事だ」

『あ、うん…(結構しっかり返された…)』

 

 斜め上の返しに、私達は軽く困惑。ただまぁ、影君のチョコに対する熱意はよく分かった。そして私の買ったプレーンのチュロスも美味しかった。

 

「…あ…そういえば……」

「ゆりちゃんどうかしたの?」

「今思い出したけど…結局、仮想空間での活動の、『優勝者』は無し…って事にするの?」

「あー、そういえば…もしかしてゆりちゃん、実は別荘欲しかったの?」

「いや、思い出しただけよ。それに私の稼ぎじゃどっちにしろ優勝は無理だろうし」

 

 言われて初めて私も思い出す、優勝者についての件。言うまでもなく、活動はバグによって中止せざるを得なくなっちゃったし、途中で中止になった以上、優勝者なんていないに決まってるんだけど…再開はなし、代わりの勝負もなしで優勝者も決めない、優勝者無しだから景品も無い…って事にするのは、ちょっと不親切じゃないかと思う。

 でもそうなると、今度はどう順位を決めるのかが問題になる。中止の直前、カジノの終了時点での結果から…っていうのが一番分かり易くはあるけど、それもそれで「あの後も普通にやっていたら、誰かが逆転していたかもしれない」「あの時点で終わると分かっていたら、違う作戦を立てていた」…みたいな反論が成立する訳で…。

 

「…うー、ん…いつかまた、皆でもう一度やる…それも可能ならデータを引き継ぐ形で、っていうのが一番無難かな…」

「その口振りだと、次元や世界を超える事はそんなハードルに感じてないみたいね…でも、それも良いんじゃないかしら?尤も皆なら、そもそもそこまで優勝に拘ってないっていうか、楽しめたからそれで十分…って言うと思うけどね」

「だよねー。それにしても、初めは皆と少し距離のあったゆりちゃんが、今や自分からそんな事を言うなんて…ゆりちゃんがこの位の頃から知ってるあかねぇとしては感慨深いよ…」

「え、それ私にもやるの…?」

 

 天丼ネタをしてきた茜に、「えぇ…?」って反応をするイヴ。でも、確かにイヴとの距離感は縮まったと思うし…仮想空間の問題が解決して以降、茜とイヴは更に仲良くなった気がする。詳しくは知らないけど、雨降って地固まる…的な事なんだと思う。多分。

 

「まぁ、イリゼのしたいようにすれば良いさ。それでまた何か問題があれば…気が向いたら、協力する」

「ふふっ、ありがとね影君。問題は起こらないのが一番だけど…何かあれば、頼りにさせてもらうね」

「…あいよ」

 

 気が向いたら、なんて素直じゃないなぁ。けど、それが影君だもんね。そう思って、私は笑みを浮かべて返す。すると影君も、一拍置いた後に、小さく笑みを浮かべてくれた。

 さっきからあんまりお祭りらしい話をしていない気がする。だけど別に、だからって気不味い訳じゃないし、楽しく話せればその内容に拘る必要なんてないよね。そんな風に考えながら、私は皆と歩き、見つけた屋台でりんご飴を購入する。

 

「うん、これも美味し♪でも垂れてベタつかないように気を付けないと…」

「…イリゼ、さっきから甘い物ばかり食べてない?」

「へ?…言われてみると、そうかも……」

「それに量も結構多いな。太るぞ」

「んな…っ!?ちょっ、え、影君!?幾ら何でも、それはデリカシーがなさ過ぎるよ!?」

『…………』

「…視線が痛い……」

 

 折角さっきは良い感じだったのに、今の発言で一気に台無し。これには茜とイヴも味方してくれて、無言の視線が影君へと向けられる。ふ、太るって…女の子に対して、甘い物を楽しんでる時にそれを言うだなんて…ほんっとに、もう…!

 

「ふーんだ…別次元はどうか分からないけど、信次元の女神は皆それなりに沢山食べるんだもんねー…本来シェアエナジーで賄ってるエネルギーの確保を普通の食事で代替してる以上、沢山食べないと賄えないだけだもんねー…」

「ほらもーぜーちゃん拗ねちゃったじゃん。えー君、謝らないと駄目だよ」

「この流れで怒ったと思いきや拗ね始めるのか…」

「話を逸らさないで謝った方が良いと思うわよ」

「あー、へいへい…悪いイリゼ、配慮が足らなかった」

「…そういうとこ、ほんと気を付けた方がいいからね?」

 

 ジト目で私が言えば、影君は「なんでこうなるかなぁ」と言いたげな顔をしながらも、一応は頷いた。意識しないで言ってるっぽいから、気を付けてどうにかなる事でもないのかもしれないけど…ちょっとは改善される事に期待しよう、うん。

 

「…まあ、それはそうとして…確かに私、甘い物ばっかり買ってるし、これの後は何かしょっぱい物にしよっかな…唐揚げとか、フライドポテトとか……あ、水飴…」

『りんご飴の後に水飴…?』

「あ、さ、流石にしないよ!?水飴も良いなぁと思ったけど、流石に次はしょっぱい物食べるつもりだからね!?」

「…だとしても、全体的にイリゼ、選ぶ食べ物が子供っぽいわね」

「うぐっ…そ、それに関しては、そもそもお祭りの屋台で取り扱うのが、基本子供に人気の出易い食べ物が多いだけだと思うんだけどなー…!」

 

 くすりと笑いながらはっされたイヴの言葉に、私は反論する…も、我ながら誤魔化してる感が凄い。お祭りの屋台は子供受けする物が多い、これは間違ってないと思うんだけど、ほんと言い方が悪い。うぐぐ…イヴにまで私の弄り方を把握されちゃ堪らないよ…!

 

「……って、私の弄り方って何!?それを自分から考えてる私も何!?」

『は、はい?』

「……こ…これで勝ったと思うなよーッ!」

『はい!?』

 

 自爆も自爆、盛大に自爆。有りもしない罠に引っ掛かって悪癖を発動し醜態を晒した事で、私は恥ずかしさが一気に募り……思わず捨て台詞を吐きながら逃げ出してしまった。人だかりの中でダッシュ…は、危ないし迷惑になるから、跳んで人混みから出てから疾走して数分程失踪してしまった。

 

「…うぅ、うぅぅ…自爆もそうだけど、そこからの行動が全部恥ずかし過ぎる…しかも何よ、疾走して失踪って…何地の文で駄洒落言ってるの私……」

「あ、良かったぜーちゃん戻ってきた…え、お面?」

 

 数分後、三人を探して合流した私は、色々困惑させてしまった事を謝罪。ただでも、まだ私はちょっと恥ずかしく…道中で見つけたお面の屋台で買った、兎のお面を頭に掛けておく事で軽く視線を逸らしていた。…被らないのか、って?いや、ほら…謝るのに顔を隠してたら、それは失礼だし…。

 

「なんか、こう…微妙に格好良さのある兎ね…しかもお面もちょっと厚みがあるみたいだし」

「あ、うん。このお面の屋台をやっていたのが工芸家の人でね、練習と宣伝を兼ねて自作のお面を売ってるらしいんだ」

「へぇ…そのお面、大丈夫?店名に『しあわせの』って付いてたり、今ぜーちゃんの名前が『オリジンハート・マスクス』になってたりとかしない?」

「そんな名前じゃないし、なってもいないよ…結構良いのが多かったし、皆も見てみる?」

 

 私が誘い、皆が頷き、私達はそのお面屋へ。因みにもう役目を果たしたお面だけど、勿論返却したり捨てたりする気はない。これを被った状態でライヌちゃんやるーちゃんに呼び掛けたら、どんな反応するかな…。

 

「へぇ、高いけど確かに良い感じのお面が多いね。こういうのの方が、ゆーちゃんのお土産にはいいかな?」

「どうだろうな。…しかし、仮面…いや、お面か……」

『……?』

「いや、何でもない。少し、まだ若かった頃を思い出しただけだ」

 

 ずらりと並べられたお面を物色する事数分。茜は夕ちゃんへのお土産に加えて、自分が気に入った物も一つ購入し、更にイヴも私と茜が似合いそうだって勧めたお面を、少しの間考えて購入。そうして茜とイヴも買ったお面を頭に装着して、浴衣と合わせ私達は更にお祭りっぽい格好にチェンジ。

 

「お面なんて子供の玩具だと思ってたけど…気に入った物があると、案外付けたくなるものなのね」

「…って事は、そのお面気に入ってくれたんだね」

「そう言ってもらえると、勧めた甲斐があるよねぇ」

「う……ま、まぁ…否定は、しないわ…」

 

 にこーっと私達が笑えば、イヴはちょっぴり恥ずかしそうに目を逸らす。普段クールなイヴだけど、割とこういう流れに持っていくと可愛い反応を見せてくれる事が多いっていうか…普通の女の子だな、って感じられる。

 そしてそれは茜も、他の皆だってそう。能力、経歴、人間関係…それぞれ普通の域を超えてる私達だけど、だからって普通の女の子らしい部分、女の子っぽさがない訳じゃ、ないんだよね。元から普通の女の子ではない、初めから『女神』として創られた私がその表現をするのはちょっと変な話だし、同じく女神として生まれた皆にも同じ事が言える訳だから、『普通じゃない部分』と、『普通の女の子と同じような部分』の両方があるんだ、って表現の方がより正確なんだろうけど、ね。

 

(もし仮に、私も皆も普通の女の子だったら…その場合でもこうして一緒にお祭りに来たり、遊んだりしたのかな…)

 

 普通の女の子ならそもそも次元や世界を超える事はないだろうから、出会う事もない…なんて野暮だけど当然の事は考えないとして…どうなんだろうな、って私は思った。実際のところ、どうなのかなんて分からないし、考えたって…仮に結論を出せたとしてもそれには何の意味もない訳だから、無意味な事ではあるけど……もしそうだったら、なんか嬉しいよね…なんて思った私だった。

 それからまた暫く、私達は途中で屋台に寄りつつお祭りを回り…ふとたこ焼きの屋台を見つけた時、思い出す。

 

「あ、そういえば…前に愛月君とイリスちゃんが信次元に来た時も、たこ焼き食べたなぁ…。あの時はイリスちゃん、初めて食べるたこ焼きを危険な物と誤解してたっけ」

「あはは、すーちゃんらしいね。…えー君はお面、ざーちゃんはたこ焼き…私も何か、お祭りの中で思い出すような事ないかな……」

「何か思い出せないかどうか、思い出してみるって…凄く特異な事してるわね、茜……」

「まあ、茜は基本的に独特だからな」

 

 ほんのり懐かしさを感じながら私が言えば、茜が変な事を言い出して…それに対するイヴと影君の言葉に、小さく苦笑い。そうして茜が思い出そうとしているのを見やりつつ、私は思う。

 今私が思い出したのは、偶々。偶然あの時たこ焼きを食べていたから、ってだけの事。でもその偶々が起こる可能性は、積み重ねで…皆との思い出を沢山作る事で、思い出が増える事で、自然と上がっていく。だからなんだって話ではあるけど……これからも、私のその可能性は高まる。誰だって、高まり続ける。だって、そうでしょ?思い出は、意識して作る事も出来るけど…同時に意識なんかしなくたって、日々の中で自然に増えていくものなんだから。

 

 

 

 

 バラバラに分かれて、思い思いにわたし達はお祭りを巡った。それぞれに食べて、遊んで、楽しんだ。それから決めていた時間の通りに、集合をした。

 集まったのは、帰る為じゃない。その前に一つ、もう一つ皆でしたい事があって…それが、今から始まる。

 

「あの、本当にまだ何かあるんですか?ひょっとして、お祭りとは関係のない事を、ここでやろうって話だったり…?」

「ううん、違うよディールちゃん。お祭りの最後にぴったりな事が、これから…っと、時間だね」

 

 お祭りの賑わいから少し離れて、わたし達はある程度の高さがある場所にまで移動した。何人かは予想が付いているみたいだけど、これから何をするかは敢えて秘密にしていて…イリゼが時間だね、と言ったのとほぼ同時に、高い音が聞こえてくる。遠くで聞こえ、一瞬聞こえなくなり…次の瞬間、夜空が輝く。

 

「……!花火…!」

「そっか、花火もお祭りの醍醐味の一つだもんね…!わぁぁ、凄い…」

 

 大きな音と共に夜空に咲く、光の花。打ち上がった花火が開いた瞬間、ルナが目を輝かせ、愛月君も感嘆の声を漏らす。

 勿論二人だけじゃない。一発だけでなく、次々と上がる色取り取りな花火を皆が見上げ、見つめている。

 

「花火、か…仮想空間でライブをやった際にも、演出として花火の様に炸裂するミサイルを使ったが…なんというか、今はそれ以上の迫力を感じるな……」

「仮想空間と現実、虚構と本物の違い…なんて、仮想空間側を下に見るような考え方はしたくないけど……職人が作った、花火のプロによる花火だから、というのはあるかもしれないわね」

「別にそんな小難しく考える必要はねぇと思うけどなー。どっちも綺麗だし、どっちも凄い。それで良くないか?」

「はは、雑な纏め方ではあるけど…どちらが、ではなくどちらも良い、という受け取り方は素晴らしいと思うよ、グレイブ君」

 

 一人一人抱く感想や言葉に籠る感情は違っている。だけど、同じものを見て、同じように心が動いている。思いを共有している。そしてわたしは、そんな皆の気持ちに、踊り出したくなる程気分が舞い上がっているところだけど…今は何とかそれを内側に押し留めている。ただ皆の思いに酔い痴れるだけじゃなくて、わたしも皆と思いを共有したいから。それに…本当に、意識を逸らしてしまうのが勿体無いと感じる程に、打ち上がる花火が綺麗だから。

 

「…この音、びっくりする。音は、少し苦手。でも…花火は、良い。凄く綺麗で…イリス、好き」

「ふふっ、私も。ただの火で、ただの爆発なんだけど…音も光も、全部心に響くよね」

「咲くのは一瞬、長くても数秒で、それが終わったら消えてしまう…その儚さは、ちょっぴり悲しくもありますけど…ね」

「…だが、心には残るな。火薬の塊なんだ、使い方一つで簡単に悲劇を生み出せるが、一方で儚くも美しい花を作り上げられるというのは…色々と、考えさせられる」

「言いたい事は分かるし、同感でもあるけど…ピーシェも影も、深く受け止め過ぎじゃない?…そういうの含めて花火は凄い、とも言えるけどね」

 

 わたし達が呟いたり、静かに言葉を交わす中でも、次から次へと花火は上がる。単発、連発、絵を描くタイプにスターマイン。色々な花火が上がって、綺麗に広がり輝いて、消えていく。

思いを共有する。でも、全く同じ事を考えて、感じてる訳じゃない。同じものを見ても、違う感想を抱くなんて、普段から当たり前にある。…だとしても、同じ部分は確かにあるのよね。花火を凄いと、綺麗だと思っている…それはきっと、ここにいる全員が同じように感じている筈だもの。

 

「…でも、うん…花火自体の儚い悲しさもそうだけど…花火が上がると、お祭りもそろそろ終わりなんだ、って感じるな……」

「花火は祭りのフィナーレを飾る物だしな。けどそれも、最後は盛大に、パーっと派手にやって終わろうぜ、って事なんじゃないか?」

「そうそう、カイト君の言う通りだよビッキィ。クライマックスこそ目一杯凄いの出したいだろうし、見たいもんね。…やっぱ、良いなぁ…皆でお祭りに来て、楽しんで、最後は花火を見上げるって…なんかこう、充実感に満ちてるよね!」

 

 最後の一言はなかった方が良い台詞になったんじゃ?…とネプテューヌの発言に苦笑しつつ、でもそこまでの言葉には心から同意する。

 段々と、終わりの時間が近付いてくる。花火もそうだし、お祭りもそうだし…皆との時間も、明日には終わる。それは寂しいもので、悲しいもので、もっと続いてほしいけど、そうはいかない。…だからこそ、最後まで楽しみたい。心置きなく、心残りなく、最後まで楽しんだ…そう言えるように、したい。

 

「色々気にし過ぎ、気負い過ぎだって思ってたッスし、それ自体は今も変わらないッスけど…それはそれとして、このお祭りに来た事で存分に楽しめたのには、感謝するッスよ」

「どう致しまして。…でも、わたしだって…わたし達だって、存分に楽しめたわ。でしょ?イリゼ」

「うん。だから私こそ、皆来てくれてありがとう…って気持ちだよ」

 

 ちらり、と横を見ながら言えば、イリゼは微笑み、皆へと向けた感謝を告げる。それに対する明確な返答はなかったけど、皆心の中で感謝を返していたと思う。…それは、皆の感情を感じて、そこから把握した事じゃない。わたしは何となく心を感じている…自分で言うのはあれだけど、感じてる気がする程度であって、心が読める訳じゃないんだから。それでも、分かる。今のわたしになら、皆がきっと感謝を返してるって言える。だって、皆はそういう人達だから。自信を持ってそう思える位には…わたしも皆と、繋がりを築く事が出来たから。

 

(わたしは皆と初めましてだった。今回の事があって、初めて皆との繋がりが出来た。…でも、これからは違う。次はもう、初めましてじゃなくて……久し振り、だもの)

 

 ちょっと気が早いかもしれないけど、ひょっとしたら久し振り、なんて言葉は合わない程短期間の内にまた再会するかもしれないけど…わたしは思う。期待に胸を膨らませる。今日まで築いた皆との繋がり、その続きに。心で信じる、皆との『いつか』に。

 だけど…まだ終わってはいない。夜空に煌めく満開の花々も、皆と過ごす時間も、もうすぐ終わってしまうけど、まだ続いていて…続いている限り、まだ楽しめる。だからわたしは…ううん、わたし達は楽しむ。わたし達の──皆との、今を。




今回のパロディ解説

・「〜〜どこぞのペン回しが得意な主人公〜〜」
あっちこっちの主人公、音無伊御の事。射的での二丁持ちって、意外と創作ではないですよね。まあ、そもそも射的というイベント自体、よくあるものではないので当然といえば当然ですが。

・「……こ…これで勝ったと思うなよーッ!」
まちカドまぞくの主人公、吉田優子の代名詞的な台詞の一つのパロディ。これ自体は他にも色んなキャラが言ってるでしょうが、代名詞レベルなのはやはり彼女でしょう。

・「〜〜店名に『しあわせの』って付いて〜〜」
ゼルダの伝説 時のオカリナ及びムジュラの仮面に登場するキャラの一人、幸せのお面屋の事。(仮面ではなくお面ですが)仮面を売っているキャラやお店といえば、やっぱりこれですよね。

・「〜〜『オリジンハート・マスクス』〜〜」
カードファイト‼︎ヴァンガードにおけるカード(名称)群の一つのパロディ。ああいうマスクを付けたキャラ達は見てみたいですね。前やったTCGネタと絡めると、グルグオリジン・マスクス…もあるかもです。




 前回お伝えした通り、今回の番外編を以って、一先ず番外編含めた今回のコラボストーリーは終了とします。参加して下さった方も、読んで下さった方も、ここまで付き合って下さり、本当にありがとうございました。
 そして、次話はOS合同コラボのあとがきとなります。これまで同様、ただただ私が語るだけの内容となりますが、もし良ければ読んで下さい。


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番外編 夢と冒険とモンスターの世界へ…?

 前回の後書きで書いた通り、また合同コラボの番外編に戻りました。ややこしくて申し訳ありません。
 そして今回(というかここからの数話)は、完全に原作とすべき作品が違う感じとなってしまっていますが、ご了承下さい。


…………。

 

………………。

 

……………………。

 

 

 

 

 モンスター。伸ばしてモーンースーターー。逆に縮めて…どうなるかは、どれを略すか次第です。

 ゲイムギョウ界には、様々なモンスターがいます。他の世界にも、沢山のモンスターが暮らしています。…まあでも、そんな事はいいのです。前置きはさらっと終わらせて、早速本編に入っていくのです。

 それではこれから、登場人物が全体的に既視感のある物語の始まりです!夢と冒険と、ボケとネタとパロディの世界に、レッツゴー!

 

 

 

 

「イリゼ、イリゼー。起きなさーい」

 

 ゆさゆさと、身体を揺すられる。目が覚めた私が目を開ければ、そこにあったのはセイツの姿。

 

「んー…セイツ……?」

「こら、セイツじゃなくてお母さんでしょ?」

「え、えぇー…?」

 

 真顔で、お母さんでしょ?と言うセイツ。…うん、そうだ。そうだった。セイツはお母さん…なんかすっごい違和感というか、心が「姉でしょ?」って言ってくるっていうか…まあ、いいや。

 

「えーと…それで何、お母さん」

「……言っといてあれだけど、お母さんじゃなくてお姉ちゃんと呼ばれたい思いが湧き上がってきたわ…」

「ほんと、言っといてあれだね…」

「こ、こほん。イリゼ、今日は貴女が初めてお城に行く日でしょ?」

「あ、そっか…って違うよ!?お城行かないよ!?それは違うRPGだよ!?」

 

 危うく勇者の道を歩みそうだった私はそれを回避し、でも今日は大事な日だったと思い出してベットから降りる。身支度をして、ご飯を食べて…家を、出る。

 

「行ってくるね、セイ…いやお母さ……いや、セイツ」

「やっぱそれがしっくりくるわね。…頑張ってらっしゃい、イリゼ」

 

 見慣れた気がする私の町。民家と研究所しかないよ!?ここ町って言える!?生活成り立つ!?……とか余計な事を思ったけどそれは置いといて、研究所へと向かう。

 え、草むら?行かないよ?だってほら、丸腰で行ったら何かあった時大変でしょ?何かあったら…私が私自身の戦闘能力で解決しちゃって、ストーリーが破綻する事になるし…。

 

「すみませーん、お邪魔しまーす」

 

 呼ばれていた通りに研究所へ入り、声を掛ける。顔見知りの職員さんに挨拶しながら中を進んで…博士のいる場所に。

 

「うん?お、来たなイリゼ」

「おはようございます、カイト君…じゃなかった、カイト博士」

 

 外見は私と同じ位、でもその正体は有名な博士。それがここにいる、同じ町に住んでいる、カイト博士。私は今日、このカイト博士に呼ばれていて…機械を操作していたカイト博士は、私の方に向き直る。

 

「イリゼ。イリゼは前から、旅をしてみたいと言ってたよな?」

「え?…言われてみたら、言ってたような…うん、言ってた。言ってました。…って事は、まさか……」

「あぁ。イリゼに頼みたい事があるんだ。…ポケモン図鑑を作る旅に、出てくれないか?」

「……!は、はい!勿論です!…でも、ポケモン図鑑って…」

「これだ」

 

 ポケモン。この世界に数多く存在する、不思議な生き物。カイト博士はその研究をしていて、これまでも私は色々手伝ってきた。

 そして今、私はカイト博士から直々に頼まれた。その研究の為に、旅に出てほしいと。それは私にとって、願ってもない頼み事で…けど、ポケモン図鑑というのは初めて聞いた。一体それは何なのか、そう思って私が見つめれば、カイト博士は近くの机の引き出しを開いて…ノートを一冊、取り出した。

 

「…って、まさかの手書き!?しかもこれ、スーパーとかコンビニとかでも売ってるようなノートですよね!?こ、こんなノートで図鑑作るんですか!?」

「はは、冗談だ。本物はこっちで、見つけたポケモンの情報を自動で収集、更新してくれる。そして…旅に出る以上、共に旅をしてくれる相棒が必要だよな?」

 

 問い掛けるように言ったカイト博士は、更に奥へと私を招く。カイト博士に私は付いていき…そこで、出会う。これから始まる私の冒険、それを共に歩んでくれる、相棒と。

 

「まずは…スライヌのライヌちゃんだ」

「ぬら?ぬらぬら〜、ぬ〜」

「あ、ライヌちゃんおはよう。…え、ライヌちゃんですか?ライヌちゃん、あんまり旅には向いてそうにないっていうか、怖がりなライヌちゃんには負担が大きそうというか……」

「確かにな、だから相棒をどうするかはイリゼ次第だ。…こほん、次はチルットのるーちゃん…っとと」

「ちちるっ、ちーるぅ!」

「るーちゃんもおはよ、今日もるーちゃんは元気だね」

 

 紹介されたのは、ぷにぷにの身体をしたライヌちゃんと、ふわふわの翼を持つるーちゃん。どっちも私がよくお世話してあげてる子で、どっちの子もとっても可愛い。

 相棒はこのどっちか、って事なのかな?お互いよく知ってる相手の方が、ってカイト博士は考えたのかな?そんな風に私は思ったけど、カイト博士の紹介はまだ終わっていなかった。あ、なんだ、二択じゃなくて三択──

 

「最後は、イリスだ」

「おはよう、イリゼ。ぬらぬらー。ちるちるー」

「人間!?」

 

 向こうから挨拶をしてくる、はっきりと人の言葉を発している、最後の子。…がっつり人だった。どう見ても人だった。ど、どういう事!?別に二人旅でも良いよね?バトルは直接行えば良いよね?って話なの!?

 

「イリゼ、違う。イリスはモンスター。ほら、ご覧の通り」

「わっ、手の形が変わった…人じゃなかったんだ…。……えぇっと、でも…これはどういう…」

「イリスは別件で来た子でな。イリゼの旅の話をしたら、折角だから自分も紹介してほしいって言われたんだ。因みに、旅はするならするし、しないならしないでも良いんだとさ」

「イリスはイリゼに会ってみたかった、それだけ。でも相棒になってほしいなら、イリス頑張る」

「そ、そうだったんだね…うーん……」

 

 予想外過ぎる第三の選択肢を提示された私は、ちょっと考える。ライヌちゃん、るーちゃん、イリスちゃんを順番に見て、考えて……そして、決める。

 

「…うん。カイト博士、私はるーちゃんと行きたいなって思います。るーちゃん、良いかな?」

「ちるぅ?ちるっち、ちーっ!」

「あははっ、ありがとるーちゃん!」

「そう。では、イリスはライヌちゃんと遊ぶ事にする。ライヌちゃん、おいで」

「ぬーら、ぬぬ〜ら〜」

 

 私の胸元に飛び込んできてくれたるーちゃんを抱き抱え、これから宜しくねと伝える。答えを聞いたイリスちゃんは、特に表情を変える事もなくライヌちゃんを呼んで、跳ねたライヌちゃんを私と同じように抱っこした。

 またね、と言うように鳴くライヌちゃんと、普通に手を振るイリスちゃんに見送られ、私はカイト博士と外へ。旅の話は先に聞いていたのか、出るとセイツが旅の支度と共に待っていて、その荷物を私は受け取る。あれよあれよという内に、出発の時を迎える。…そっか…これから、私の旅が……。

 

「…う…流石に、緊張するっていうか…少し、不安にもなるな……」

「イリゼなら大丈夫だ。それは俺が博士として、沢山の事を手伝ってきてもらった人間として、保証する」

「困った事があれば、いつでも戻ってきなさい。イリゼの思うように進みなさい。それが、イリゼの旅になるんだから」

「カイト博士、セイツ…。……そうだよね…よし、決めた!二人共、期待してて!私、絶対に…楽しかったって言える旅をしてくるから!」

 

 二人の言葉に背中を押され、私は歩み出す。期待と不安に満ちた、最初の一歩。それを腕の中から頭の上へ、綿帽子の様にちょこんと乗ったるーちゃんと一緒に、歩み出す。

 

「…あ、でもここでもう一回会うんだったら、『頑張ってらっしゃい』はこのタイミングで言うべきだったわね」

「そ、それは触れなくても良いんじゃないかな…私もそれは思ったけど……」

 

…妙に締まらない発言とその反応が、最後のやり取りになってしまった。カイト博士も苦笑いだった。…き、気持ちを切り替えよう、うん。

 

「さてと、図鑑は電源を入れておけば周囲にいるポケモンの情報を自動で収集してくれるみたいだけど、るーちゃんとの訓練も兼ねて、積極的に関わった方が良いのかな…?」

 

 さっきはスルーした草むらを通って、道路を進む。まだ町の近くだから、見かけるのはよく知るポケモンが多い。けれど暫く進んだところで、見慣れないものを…見慣れない人を、発見した。

 

「大丈夫か?知識だけあっても、それを活かさなきゃ意味ねーぞ?」

「うぅ、分かってるって…」

 

 近所じゃ見た事のない、男の子二人。その二人が、道の端で話していて…振り向く。何かなー、と見ていた私と、目が合う。

 

(うわっ、いきなり近付いてきた…な、何…?どういう事…?)

「ミニスカートのイリゼが 勝負を仕掛けてきた!」

「勝負仕掛けてないよ!?」

 

 いきなり勝負を吹っ掛けられて、というかこっちから吹っ掛けてきた事にされて、私は仰天。な、何この子…後出来れば、大人のお姉さんとか、エリートトレーナーが良かったな…トレーナー歴数十分でエリートは早熟過ぎるけど……。

 

「とまあ、トレーナー同士で目が合ったら勝負になるのが俺達ポケモントレーナーの常識だ。悪いな、いきなり話し掛けて」

「あ、い、いや…うん、大丈夫…(どっちかっていうと、話し掛けた事よりその内容について謝ってほしい…)」

「…うん?ひょっとして、まだトレーナーとしては駆け出しか?」

「へ?…分かるの?」

「そういう雰囲気をしてるからな。駆け出しなら、あいつと…愛月と同じって訳だ。あぁ、んで俺はグレイブな」

「そ、そうなんだ…私はイリゼ、こっちはるーちゃん。宜しくね」

 

 自己紹介をされて、私も返す。何でも愛月君はこれから旅立ちらしくて、ポケモントレーナー…ポケモンを育てたり、一緒に戦ったりする人としては先輩らしいグレイブ君が、最後の確認をしていたんだとか。…なんか、この二人だけは違和感全然ないな…具体的に何が?って言われたら何とも言えないけど…。

 

「えぇと、ごめんねイリゼ。グレイブ、トレーナーとしては凄いんだけど、いつも無茶苦茶だから…」

「聞こえてるぞー、愛月。…まあともかく…最後に一つ、ポケモンの捕獲について確認しとくか。折角だ、イリゼも見ていけよ」

「そういえば、実際に捕獲する場面は見た事ないかも…ボールが必要で、弱らせてからの方が上手くいき易いって事は知ってるけど…」

「そうそう、使うボールにもよるが、基本はポケモン同士のバトルで弱らせて、出来るなら麻痺とか眠り状態にもして、んで準備が整ったら…」

 

 言うが早いか、グレイブ君は飛び出してきた野生のポケモンを相手に解説を始める。今回は本当に捕まえる訳じゃないから、とジェスチャーのみで進めて、最後は腕を掲げて……

 

「スカウトアタック!」

『ゲームが違うよ!?』

 

……なんか最後にふざけられたけど、取り敢えず捕獲の実演を見せてもらった私だった。因みに飛び出してきたポケモンは、グレイブ君が追い払った。

 

「こんな感じだな。捕まえるのに失敗したら、当然こっちが隙を晒す形になるから気を付けろよ?それと…バトルもそうだが、捕獲されるってのはポケモンにとっちゃ大きい意味を持つ。だから、捕まえたポケモンを雑に逃したりするんじゃないぞ?」

『はーい』

「よし、んじゃあ…ここで会ったのも何かの縁だ。愛月、イリゼ…記念に二人でバトルしたらどうだ?」

「バトル…愛月君と?」

「俺とじゃレベルが違い過ぎて勝負にならないからな。お互い初心者なんだ、良い経験になるとは思うぜ?」

「それは、確かに…イリゼはいい?」

 

 グレイブ君から提案される、ポケモンバトル。少し考えた後、愛月君はやる気を見せ…私も、頷く。トレーナーとのバトルはまだした事がない。だったら、ここで経験しておくのはきっとプラスになる。

 

「よーし…るーちゃん、バトルだよ!」

「いっておいで、ケープ!」

 

 ぱたぱたっ、とるーちゃんは私の頭の上から離陸。一方愛月君はボールを放って、中から黒くて小さな子を…悪狐ポケモンのゾロアを呼び出す。

 見つめ合うるーちゃんとケープ。じわりと広がる緊張。私と愛月君もまた正対し、そして……

 

「ちぃる?ちる、るー。ちる〜!」

「きゅぬっ、こきゅっきゅ。きゅー!」

「ちーるー!ちるっるっ♪」

「ふきゅ、きゅうぅ〜♪」

 

「……えっと…な、仲良くなっちゃったね…」

「うん…早速お喋りしてるね…」

 

 バトルは、始まらなかった。お互い鳴き合った後、すぐにるーちゃんとケープは仲良くなってしまった。これには私も愛月君もグレイブ君も…皆揃って、苦笑い。

 

「んまぁ、こういう事もあるわな。この勝負はドローって事にするか」

「え、いいの?ドローも何も、そもそも勝負してないよ?」

「いいも何も、勝負する気のない、したくないポケモンにバトルを強要するなんざ、トレーナーのする事じゃねぇよ。どんなに実力があっても、そんなやつを俺はトレーナーとは認めない」

 

 だからこれでいいんだ、と愛月君に答える形でグレイブ君は言った。その言葉は、これまでで一番真面目な雰囲気で…今の言葉は、ちゃんと覚えておこう。そう、思った。

 

「うっし、良い事も言ったしそろそろ行くか。イリゼ、一歩一歩ステップアップしていけよー?」

「あ、うん。捕獲について教えてくれてありがとね」

「あいよ。んで、愛月は一回準備の為に戻ってから旅立ちだな。俺は先に行くが…俺の姿が見えないからって、また泣くんじゃないぞ?」

「な、泣かないよ!それに今は、ケープだっているんだし!」

「…愛月君。グレイブ君って、やたら先輩風吹かせてるけど、一体どういうトレーナーなの?」

「あれ、イリゼ知らないの?どうも何も…グレイブはポケモンリーグチャンピオンだよ?」

「そ、そうだったの…!?」

 

 各地にある八つのジム。その全てを制覇し、ポケモンリーグへと辿り着き、そこでのバトルに勝ち切ったトレーナーだけが与えられる最強の称号、チャンピオン。バトルを重んずるトレーナーなら誰もが目指す座に君臨する存在。それがグレイブ君なのだと知った私は、当然驚き、愛月君は「言ったでしょ?トレーナーとしては凄いって」…と、どこか憧れを抱いた声で言う。そして歩き出していたグレイブ君は、くるりとこちらを振り向き……

 

「それじゃあ愛月、イリゼ。──頂点(てっぺん)で待ってるぜ?」

 

 にっ、と口角を吊り上げ、グレイブ君は笑う。自信満々に、愉快そうに笑って…グレイブ君は歩いていった。

 私の旅の目的は、図鑑を作り上げていく事。カイト博士に頼まれた、大事な仕事。でも具体的な行動までは指定されていないし、ジムを巡って、各地で沢山のトレーナーと戦っていけば、多くのポケモンと出会える事は間違いない。だったら…これも何かの縁として、目指してみるのも良いかもしれない。どこまで行けるか分からないけど……ポケモンバトルの、高みへと。

 

 

 

 

 時に遠くから眺めて、時に触れ合って、時にバトルして…自然の中に棲む野生のポケモン達と交流をしながら、私は隣町まで行った。そこでるーちゃんを休ませたり、道具の買い出しなんかもしてから、また進んで、更に交流をして…人も施設も多い街へと、到着した。

 ここには、興味を惹かれるものが色々とある。けどここに来た一番の目的は…ジムへの、挑戦。

 

「ようこそ、チャレンジャーさん。少し見させてもらいましたが…ジムトレーナー全員と戦ったんですね。戦わずに済む回り道には気付きませんでしたか?」

「いえ、戦ったのは訓練と、図鑑作成にプラスになるかなって思ったからです」

「図鑑…あぁ、カイト博士の。…訓練の為というのは、良い心掛けです。それと、見させてもらったと言っても、内容までは見ていないのでご心配なく。自分のホームで一方的に情報アドバンテージを得るのは、ジムリーダーの流儀に反しますからね」

 

 道中のトレーナーと戦い、勝って進んだ私を最奥で待っていたのは、ジムリーダー。風格ある立ち姿の女性と私は正対し…ジムリーダーは、ぽんっと手を叩く。

 

「おっと、そういえば自己紹介がまだでしたね。私はジムリーダーのピーシェ。これから、貴女の最初の壁になる者です」

「…トレーナーのイリゼです。その壁…越えてみせます」

 

 柔らかな雰囲気から、ふっ…と臨戦体制の気配へと変わったジムリーダー、ピーシェ。緊張する、緊張するに決まってる。何せこれが、私の初めてのジム挑戦なんだから。

 だけど、不安はない。初めてだからこそ、まだ実績なんてないからこそ、私は気負う事なく…ぶつかっていける。

 目を合わせ、小さく頷き、るーちゃんに行ってもらう。タイミングを同じくして、ピーシェもボールを放り…ジムリーダーの手持ちが、現れる。

 

「ぴぃ!ぴぃ、ぴっぴっ!」

 

 出てきたのは、ピンク色をしたちっちゃな子。るーちゃんに負けず劣らずのマスコット感あるその子は、元気良く鳴き……私は、ぽかんとなった。

 

「…え、いやあの…え?」

「どうかしました?」

「…あ、そ、そっか…ポケモンは見た目で判断するなという、ジムリーダーからの教え──」

「言っておきますが、この子が私の本気という訳ではありませんよ?勿論、ジムリーダーとしては本気で戦いますが…この子はあくまで、初めてのジム挑戦らしい貴女だからこその子です」

 

 正直、強そうじゃない。るーちゃんもそうだけど、るーちゃん以上に強そう感がないジムリーダーのポケモンに困惑していた私だけど…返答を受けて納得。確かにまあ、そうだよね…ジムリーダーに本気出されたら、どうにもならないし…その面子はやり込みコンテンツの時に出してよ!?…ってなるし…。

 

「頑張ろうね、ぴぃかちゃん」

(ぴ、ぴぃかちゃん!?なんかすっごい、ジムリーダーの手持ちの名前とは思えない可愛さなんだけど…あれ?この人、クール系に見えて実は可愛いのが好き…?)

「…何か?」

 

 屈んで呼び掛けるピーシェと、両手を上げて答えるぴぃかちゃんこと、星形ポケモンのピィ。それからこっちに向き直ったぴぃかちゃんはきりっとした顔になり、ピーシェも「どこからでもどうぞ」という眼差しで私とるーちゃんを見つめてくる。

 イメージとかけ離れた、ジムリーダーのポケモン。だけどどんな見た目でどんな名前をしていたって、相手はジムリーダーで、これは私の今の実力を示すジムバトル。だから私達のやる事は一つ、全力を尽くして…勝ちに行くだけ。

 

「いくよ、るーちゃん!」

「ちぃっ、るー!」

 

 こっちも呼び掛け、答えを受け取る。そして、私達の初めてのジムリーダー挑戦が、始まる。

 

 

 

 

 人もポケモンも見た目によらない。勘違いではあったけど、それは正しかった。あまり強そうには見えないぴぃかちゃん…でも小さいからこそのちょこまかした動きは捉え辛く、中々攻撃が当たらなかった。……だけど。

 

「今だよるーちゃん!乱れ突き!」

「……!」

 

 覚えたばかりの技を、手数が強みの攻撃をるーちゃんは放つ。一発で当たらないなら連発で。ただ攻撃するだけじゃ無理なら、逆に向こうから攻撃の為に近付いてきたタイミングを狙う事で。当たる攻撃を、当たる状況で繰り出す事で…私は、勝利を掴み取る。

 

「…お疲れ様、ぴぃかちゃん。…お見事です、イリゼさん」

 

 戦闘不能になったぴぃかちゃんを労った後、ピーシェは私を見る。私はピーシェを見つめ返し…それから、息を吐く。…き、緊張したぁぁ……。

 

「ふぅ…るーちゃんもお疲れ様。やったね、勝ったよ!」

「えぇ、貴女達の勝ちです。…何か、このバトルで学べた事はありましたか?」

「…はい。バトルはごり押しじゃいけない。相手の動きをよく見て、仕掛けるタイミングを考えなくちゃ、強くなれない…それが、よく分かりました」

「上出来です。勝った事は勿論ですが、バトルの中で次に繋がるものを見つけられたのなら、貴女はきっと、もっと強くなれる。…これからも、頑張って下さいね?」

 

 にこりと笑ったピーシェから差し出されるバッジ。ジムを攻略した事の証。それを受け取った私はるーちゃんに見せて、笑い合う。そして最後に、ピーシェと握手。

 

「……あ、ところでピーシェがピィを選んだのって、やっぱり…」

「…これからも、頑張って下さいね?」

「え?あの、ピーシェ?」

「…これからも、頑張って下さいね?」

「…ピーシェさーん…?」

「…これからも、頑張って下さいね?」

「いや、ちょっ…もしかして、同じ発言繰り返すNPC的反応で誤魔化そうとしてます!?だとしたら、まあまあ無理がありますからね!?微妙に表情が変わってたりしますし!」

 

 名前で親近感を抱いたから?ニックネーム含め、結構単純なタイプ?…そう訊こうと思った私だったけど、結局ピーシェに押し切られてしまった。最後までピーシェは、同じ事しか言わなかった。……え、るーちゃんとライヌちゃんのニックネーム?私が付けさせてもらったんだよ?…い、いいじゃん単純で。単純だけど可愛いし、しっくりくるニックネームなんだから…!

 とまぁ、そんなこんなで私の初めてのジム挑戦は終わった。勝てたし、トレーナーとしての成長も出来た。その事に満足感を抱きつつ、私はるーちゃんを休ませて、私自身も休んで…旅を再開した。

 基本はジムを巡る形での旅をしようと思っているけど、適度に寄り道なんかもしたいと思ってるし、当然全ての町や街にジムがある訳じゃない。ジムのない所も普通にあって…今私がいるのも、そんな町の一つ。

 

「へぇ、じゃあイリゼとるーちゃんとは長い付き合いなんだね」

「うん。トレーナーとしてはまだまだだけど、るーちゃんの事はよーく知ってるつもりだよ」

「ひめーっ、めっめっ!」

「ちちるぅ、ちる〜る〜」

 

 のんびりした雰囲気の町を、話しながら歩く。今私が話しているのは、さっき出会ったルナっていう女の子で、ルナは子熊ポケモンのヒメグマを連れていた。連れていたというか、ぬいぐるみの様に抱えていた。

 私とルナだけじゃなく、その子もるーちゃんと話している。勿論今るーちゃんがいるのは、私の頭の上。

 

「ヒメちゃん、るーちゃんとどんな話してたの?」

「ひめめっ、ひーめっ、ひめ〜♪」

「そっかぁ、仲良くお喋り出来て嬉しいね。ぎゅー♪」

「ルナもヒメちゃんと長い付き合いなの?」

「うん、そうだよ。毎日一緒にご飯を食べて、寝る時も一緒なんだよね〜」

 

 強く抱き締められたヒメちゃんは、とっても嬉しそう。さっき触らせてもらったけど、ヒメちゃんの触り心地はほんとにぬいぐるみみたいで、抱き締めたくなるのもよーく分かる。

 因みにルナは、遠出したりする事もあるけど、別にジムの制覇やリーグの挑戦を目指してる訳じゃないらしい。多くのトレーナーにとってチャンピオンは憧れの存在だし、ジムリーダーに勝ってバッジを得る事自体も、トレーナーのステータスになるから、挑戦する人は沢山いる…とはいえ、皆が目指す訳じゃない。ルナみたいに、興味を持たないトレーナーだって当然いる。

 

「あ、そうだルナ。これには私がこれまで出会ってきたポケモンのデータが記録されてるんだけど、この辺りに棲んでるポケモンの中で、まだ載っていないのっていたりするかな?」

「うーん、どうだろう…見てみるけど、あまり期待はしな……」

「あの、ちょっといいかしら?」

『え?』

 

 出来るだけ色んな所に行ってポケモンと会えるようにはしてるけど、見落としがあるかもしれないし、あっても自分一人じゃ気付けない。だから私はルナに訊き…そこで、背後から声を掛けられた。

 振り向く私とルナ。後ろにいたのは、一人の女性で…まあ間違いなく、呼んだのはこの人。

 

「いきなりごめんなさい。突然そんな事を言われても、って思うでしょうけど…貴女のヒメグマの手を、借してほしいの」

「ヒメちゃんの、ですか?…えぇと…何に…?」

「私はイヴォンヌ・ユリアンティラ。副業だけど、パティシエをしていてね。で、お菓子作りに使えそうな各地の果物とか、穀物なんかを普段探しているんだけど、ここの近くで採れるっていう蜜が中々見つからなくて……」

「ああ、だからヒメちゃんなんですね」

 

 説明を途中まで聞いたところで、ルナは納得。続けて私も、ルナから野生のヒメグマは蜜を好んで集める習性がある事を聞いて、イヴことイヴォンヌが呼び掛けてきた理由を理解する。

 そしてルナは、イヴからの頼みを快諾。何でも普段から、ヒメちゃんは近くの森に行くと蜜を探す事があるみたいで、ヒメちゃんに任せてっ!…とルナは自信満々な様子で言い切った。

 

「ヒメちゃん、いつもの蜜集め、する?」

「くま〜?くままー」

「歩き出したわね。伝わった…って事かしら」

「多分そうだと思うな。でも、他のものに興味を引かれちゃう事もあるので、その時は気が済むまで待ってあげてね?」

「勿論よ。こっちは頼んでる側だもの」

「るーちゃん、ヒメちゃんを手伝ってあげられる?」

「ちるっ!」

 

 ぬいぐるみが歩き出すように、ちょこちょことヒメちゃんが森を進んでいく。ルーちゃんも飛び立って、ヒメちゃんと話した後、空から探していく。多分だけど、ヒメちゃんが匂いと感覚で探して、ありそうな方向を地上からはヒメちゃんが、空からはるーちゃんが…って感じに分担してるんだと思う。

 そのヒメちゃんを見失わないように、私達は付いていく。見つかるかどうかはヒメちゃん次第だし、運次第でもある。で、私達も見回して探しつつ付いていき……見事、ヒメちゃんは蜜を発見。

 

「…えっ、早っ。こんなあっさり、さらっと発見しちゃうの?」

「さらっと?何言ってるのイリゼ、探し始めてから結構時間経ってるよ?」

「い、いや、私が言ってるのはそうじゃなくて……」

 

 確保した蜜を手に付けて、その手を舐めるヒメちゃんはご満悦そうな様子。るーちゃんも分けてもらって、美味しいよ〜と言うように鳴く。…ま、まぁアレだよね…しっかり描写したら、それだけで一話とかになっちゃいそうだから省略したとか、そういう事だよね…。

 

「うん、凄く甘い…甘いし、ほんのりとした酸味もある…これは良い蜜だわ」

「イヴォンヌさん、この蜜で良さそう?」

「えぇ、ばっちりよ。ありがとう、皆。少ないけど、これは謝礼……」

「わっ、待った待った!そんな、お金を払われる程の事なんて…少なくとも私とるーちゃんは、ほんと手伝っただけですし……」

「いやいや、それは私達もそうだよ。ヒメちゃんだって、嫌だったらもっと嫌そうにしてた筈だもん」

「…なら、これ位は受け取って頂戴。それと、良かったらいつか私のお店にいらっしゃい。その時は、たっぷりサービスするわ」

 

 そう言って、イヴはラッピングされたお菓子をくれた。そのお菓子は、甘いけどくどさはない、一個食べたらすぐ次のを食べたくなる味で、私達は勿論、るーちゃん達も気に入ってくれた。

 そうして町に戻ったところで、私達はイヴと別れた。立ち去るイヴを見送りながら…私達は、言う。

 

「…ラッピング、可愛かったね」

「だよね。女の子って感じのラッピングだったよね。…お店では、エプロンとか付けてるのかなぁ…」

 

 私からの言葉に、ルナはうんうんと頷いた。…その内、イヴのお店に行ってみたいな。ほんと、お菓子美味しかったし…どんな格好してるか、割と気になるし。

 

 

 

 

 町で出会ったルナと、少しの間だけど一緒に旅をした。ルナと別れてからも私は旅を続け、次のジムがある町にも到着し…無事、二つ目のバッジを得る事が出来た。更に旅を続けて、三つ目のジムでも勝つ事が出来た。二つ目のと三つ目、どちらのジム挑戦も大変だったけど、私もるーちゃんも成長してる、レベルアップしている…どっちもそれを感じられる勝利だった。

 

「うーん、次のジムへの最短ルートはこっちだけど…この街にも行ってみたいんだよね…るーちゃんはどう?」

「ちるぅー?…ちちっる、ちるちち〜」

 

 地図を見ながら、次の目的地を考える。答えてくれたるーちゃんが何と言っているのかはさっぱり分からないけど、返答があるだけでも嬉しいもの。だからそれに微笑みつつ、私はどうするかもう少し深く考え…ようとしたところで、視界の端で知り合いを発見する。

 

「…あれ?もしや、愛月君?」

「へ?あ、イリゼ!」

 

 通りがかった愛月君と、私は再会。どうやら愛月君も三つのジムを攻略したようで、前に会った時とは少し雰囲気が違う。なんというか…ちょっとだけど、自信を纏っているような感じがする。

 でももしかすると、それは私も同じかもしれない。少なくとも、成長はしている筈なんだから。

 

「そういえば、あれからグレイブ君とは会ったの?」

「ううん。今どこにいるかさっぱり分からないし…けどグレイブの事だから、色んな所に行ってるんじゃないかなぁ」

「あー…ちょっとしか会ってない私でも、それは想像出来るかも」

「でしょ?…ところでさ、イリゼ。もし、嫌じゃなければだけど…今度こそ、バトルしてみない?」

 

 じっと私を見つめ、愛月君はバトルの提案をしてくる。それに私は少し驚いて…でも、頷く。

 前の時は、そもそもバトルにならなかった。でも今は、お互いそれなりにバトルの経験を重ねていて、ジム攻略も進めていて、決して初心者ではなくなってる。だからこそ…誘われた時、私の中にも生まれた。愛月君と、バトルしてみたいという思いが。

 

「るーちゃん、今回はやれそう?」

「るっちる!」

 

 やる気を見せてくれるるーちゃん。そのるーちゃんの頭を軽く撫でた後、私は離れ、愛月君にこっちの準備は出来ていると示す。

 対する愛月君も、少し離れてから振り返る。ボールを手にして、小さく笑って…相棒を、繰り出す。

 

「ケープ、バトルの時間だよ!」

「くぁああぁんっ!」

 

 すたっ、と軽快に降り立った、黒い身体が特徴的なポケモン。でも私もるーちゃんも、現れた『ケープ』を見た瞬間、驚いた。

 ケープ、と呼ばれて出てきたんだから、あの時るーちゃんと仲良くなった子なのは間違いない。けど、今のケープは四足じゃなく、後ろ足の二足で立っている。身体もかなり大きくて、顔立ちも凛々しくなっている。大きく成長したような、そんな姿に変わっている。

 

「もしかして…進化、したの?」

「うん、進化したばっかりのケープを見せたかったんだ。…強いよ?今のケープは」

 

 進化。多くのポケモンが持つ、より強い姿へと変わる現象。種族的にいえば、ゾロアから化け狐ポケモンのゾロアークへと変わっていて…分かる。愛月君の言う通り…きっと進化したケープは、強い。

 だけど、だからってバトルを止める気はない。強そうだからやっぱなしで、なんて格好悪いし…勝てないと決まった訳じゃないんだから。

 

「るーちゃん、ピーシェとのバトル覚えてる?ケープは進化して、るーちゃんよりずっと大きくなってる。だったら…小さいるーちゃんだからこその戦い方が、あるよね?」

 

 緊張してる様子のるーちゃんに呼び掛ける。るーちゃんには伝わったようで…まだ緊張は消えてないけど、同時にやる気も消えていない。

 驚きはあったけど、依然として準備は万端。向こうも既に臨戦体勢。そして、初めて会った時は出来なかったバトルが始まり……

 

「これで終わりだよ、辻斬り!」

「ちるぅぅぅぅっ!」

 

 素早く振るわれた爪の一撃が直撃し、るーちゃんは吹っ飛ぶ。地面に落ちて、そのまま戦闘不能になり…私達は、負ける。

 

「やったぁ!お疲れ様っ、ケープ」

「くぁーう」

 

 私がるーちゃんに駆け寄り抱き上げる中、愛月君とケープはハイタッチ。その時のケープは、柔らかい…ゾロアの時の無邪気さを感じさせる顔をしていて、進化してもケープはケープなんだなって私は思った。

 

「…よく頑張ったね、るーちゃん」

「ちる…ちるぅ……」

 

 負けてしまったるーちゃんは、しょんぼり顔。全く何も出来ない訳じゃなかった。出来る限りケープに近付いて、距離を離さない事で、ある程度はケープに攻撃し辛い立ち回りが出来た。途中、ケープは焦ったそうな顔をしていたし、作戦としては決して間違ってはいなかったと思う。

 でも、やっぱり能力の差は埋め切れなかった。パワーもスピードも進化したケープの方がずっと上で、一度距離を離されてからは中々追い付けず、ケープからの攻撃は一つ一つがるーちゃんにとっては重かった。最後も、距離を離してからの急接近で、るーちゃんが対応する前に決められたって感じで…善戦は出来た。出来たけど…悔しい。

 

「凄かったね、愛月君もケープも。完敗だよ」

「イリゼとるーちゃんだって凄かったよ。最初なんて、全然攻撃を当てられなかったし。…そうだよね…もうケープは大きくなったんだから、小さいポケモンと戦う時の作戦も考えておかないとだよね…」

「こっちも、素早いポケモンへの対策を用意しておかなきゃかな…」

 

 負けてしまった。けど、学びはあった。良い経験を得る事が出来た。そしてそれは、勝った愛月君も同じみたいで…だから、価値あるバトルになった事は間違いない。

 それから私達は、一緒にるーちゃんとケープを休ませた。バトルをした訳だけど、るーちゃん達の仲が険悪に…なんて事はなくて、また仲良くお喋りをしてくれた。

 

「愛月君も、次は四つ目のジム挑戦を目指すんだよね?どっちの道を行く気なの?」

「僕はこっちかなぁ。…あ、そうだ。イリゼ、クロケット団って知ってる?」

「クロケット団?…グレープアカデミー所属で、漫才協会の四天王と呼ばれる?」

「それは色々間違ってるよイリゼ…間違ってるしややこしいよ…。…クロケット団、僕も詳しくは知らないんだけど、気を付けた方が良さそうだよ。何でも火事とか異臭騒ぎとかを起こしてるらしくて、そのクロケット団のアジトだって噂されてる場所から出てきたポケモンは、具合が悪そうにしながらどこかに行っちゃった…なんて話もあるし」

「えぇ…?…その話全体が噂なら、間違った情報とかも混じってるのかもしれないけど…確かに覚えておいた方が良さそうだね」

 

 聞き覚えのない名前…というか組織?…だけど、愛月君がこんな冗談を言うとは思えない。それにここまでの旅で私が出会ってきたのは、皆良い人だけど、全ての人がそうじゃないって事は…悪事を働こうとする人だって世の中にはいる事位は、私だって分かってる。だからその名前はきちんと覚えておく事にして…暫くは愛月君と過ごした後に、私達はまた別れる。

 

「イリゼはそっちに行くんだね」

「愛月君と一緒に旅するのも良さそうだけど…リベンジ、したいからね。一緒に旅してたら、お互いどう成長するかが分かっちゃうでしょ?」

「そっか。ふふふ、次だって勝利を譲る気はないよ?」

 

 お互い相手の手の内を知った上でバトル…っていうのもそれはそれで面白そうだけど、やっぱり「こんなに成長を…!?」って思わせたい、そう思わせた上で勝ちたい。

 とはいえきっと、次に会う時は愛月君も強くなっている筈。だから私達は、それよりもっと強くならなくっちゃ。

 

「るーちゃん、目指せリベンジだよ。一緒に、もっともっと強くなろうね?」

「ちる!ちっるー!」

 

 ぐっ、と私が胸の前で拳を握れば、るーちゃんも翼を広げて強く鳴く。私とるーちゃんの気持ちは同じ。それならきっと、頑張っていけばきっと…強く、なれるよね。

 

 

 

 

 負けを知った事で、これまでよりも強くなりたいって気持ちが増した。敗北が、これまで以上の原動力を生み出してくれた。だけど当然、気持ちだけじゃ強くなれない。戦いは、気持ちだけで勝てたりはしない。

 私は振り返った。敗北だけじゃなくて、これまでのバトルを。これまでに出会ってきたポケモンを。これにはポケモン図鑑が凄く役に立って、私はポケモンがそれぞれに持つ特徴を考えるようになった。大きいとか、素早いとかだけじゃなくて、種族ごとの違いを、強みと弱みを意識するようになった。そうして個々の差別化をする中で、他のポケモンと比較した、るーちゃんの強みと弱みもこれまで以上に理解していった。

 気持ちもそう。努力もそう。研究もそう。強くなるには色々な事が必要で、色々な道もあって……強くなろうとする中で、その為の道を探し、自分達で歩む中で、遂にるーちゃんの可能性が、花開く。

 

「良い作戦だな。動きも良い。けど…俺はジムリーダーだ。まだまだやられるつもりはない!」

「くっ…大丈夫だよるーちゃん。焦らないでいこう、しっかり動きを見て戦おう!」

 

 四つ目のジム挑戦。相手は桜ポケモンのチェリム。天候によって姿を変えるそのポケモンは今、強い日差しの中で晴れやかな顔をしていて…その明るい顔とは裏腹に、強烈で容赦のない攻撃を次々と仕掛けてきている。

 

(既にある程度のダメージは入ってる。一気に攻勢をかければ、押し切れるかもしれない。けど、向こうの攻撃も強烈だし、下手に攻めれば逆に押し切られる可能性もある。でも、だからって慎重になり過ぎても、強い攻め手でじわじわ削られる事になる…)

 

 一気に攻めるか、慎重にいくか。どっちにもそれぞれリスクがある。この状況ではどっちが正解かなんて、後にならなきゃ分からない。そして分からないとしても、私は決めなきゃいけない。それが、トレーナーの役目というもの。

 幸いまだ焦るような状況じゃない。じっくり、しっかり見て、判断をする余裕がある。だから私はるーちゃんに呼び掛けると共に、自分自身にも焦らなくて良いと言い聞かせ、バトルに目をやり…そんな中、一つの鳴き声が聞こえてきた。

 

「ちるーっ!るー、ちるるち、ちーるぅぅっ!」

「……!…るーちゃん……」

 

 気合いか、熱意に、思いに満ちたるーちゃんの声。その意味は分からない、言葉は通じない。だけど分かる、伝わってくる。るーちゃんの気持ちが…やれるっていう、意思が。

 トレーナーは、状況を冷静に判断して、的確な指示を出す事が大切。自分のやりたい事ばかりを優先してたら、勝てるものも勝てなくなる。でも…一番大事なのは、一番大切なのは、ポケモンの気持ち。一緒に戦ってくれるポケモンの、思いに答える事が大事。だから私は…るーちゃんを、信じる。

 

「分かったよ、るーちゃん。…うん、やろうっ!」

「ちーるっ!ちーるぅぅううううううっ!」

「きゅわわ…きゅわぅ!?」

「来るぞリゥム、引き付けて迎え…って、これは…!」

 

 るーちゃんの思いに私が応え、私の呼び掛けにるーちゃんが応え、るーちゃんは翼を広げて突撃する。こっちの攻勢に対し、チェリムのリゥムは反撃の体勢を見せ……次の瞬間、るーちゃんの身体が光に包まれる。

 何か技を指示した訳じゃない。これは私の意図したものでもなくて、だから私も驚いた、ただ、るーちゃんだけは分かっていた…或いは本能的に理解したようで、更に強く鳴きながら、羽ばたきながら突進を続け……輝きが解き放たれた時、そこにるーちゃんの姿はなかった。

 いや、違う。成鳥の如き身体。純白の翼。体色も、鳴き声の響きも、私が間違える筈のないもの。そう、そこにいるのはチルットではなく、チルタリス。進化した──るーちゃんそのもの。

 

「るーちゃん、いっけぇぇぇぇっ!」

 

 力強く羽ばたいたるーちゃんは加速。進化前より向上した素早さで、一気にリィムとの距離を詰め…全力の攻撃を叩き込む。進化した事で強くなった能力に加えて、チルットの時との能力差が意表を突く効果を産んでくれた結果、るーちゃんの攻撃はリィムへと直撃する。

 元々飛行というタイプを持つるーちゃんは、草タイプのリゥムには有利だった。そのおかげもあって、ある程度ダメージを与えられていた。そしてそこに、進化によって高くなった能力での一撃が直撃した事で、リィムは大きく飛んで……勝敗は、決する。

 

「やった…勝ったよ、るーちゃん!私達の、勝利!」

「ちぃーる〜ぅ!ちちっる、ちちるぅ〜!」

 

 喜びと共に私が呼べば、るーちゃんはいつものように飛んでくる。これまではそれをキャッチするように抱き締めていたけど、進化によって大きくなった今のるーちゃんとは、抱き締め合うような形になる。…もう腕の中に収まらないんだって思うと、ちょっと残念だけど…抱き締め合えるようになったのは、凄く嬉しい。

 

「きゅわ〜…」

「お疲れ、リィム。今日も格好良かったぞ。…さて…おめでとう、チャレンジャーイリゼ。バトル中に進化なんて、良いものを見せてもらったよ」

「あ…はい。こちらこそ、ありがとうございました。天候、フォルムチェンジ、特性…色々な要素を組み合わせる事で、そのポケモンにしか出来ない戦法を作り出す……私にとって、貴方との…ウィードとのバトルは、凄く学べるものの多いジムバトルになったと思います」

「そう言ってくれるなら、ジムリーダー冥利に尽きるな。…イリゼはこれでジムバッジ四つだったか。なら、ジム挑戦はここで折り返し。こっからもっと大変になると思うが…イリゼとるーちゃんならきっと、最後まで行けるさ」

「えぇ、行ってみせます。私とるーちゃんで…私達で」

 

 ジムリーダーに認められた証、バッジを受け取って、握手もして、私達はジムを出る。るーちゃんを休ませて、私も休んで…旅を、続ける。

 今言われた通り、ここからはジム挑戦も後半戦。まだまだ行った事のない場所も多いし、きっとまだ出会えていないポケモンも沢山いる。ジム挑戦だって、もう半分終わったんじゃない。まだ、半分なんだ。もっともっと、私達の旅は続くんだ。

 

「よーし、行くよ〜るーちゃん!」

「ちるー!」

 

 まったりしていたるーちゃんを呼び、私はまた歩いていく。次に出会うもの、この先にあるものへの、期待を胸に。そしてこれまでと同じように……るーちゃんを、頭に乗せて。

 

「…って、るーちゃん乗るの!?うわっ…く、首が……!」

「るちる〜?」

「…う、うん…乗りたいよね…進化したって、るーちゃんはるーちゃんだもんね……」

 

 進化して、大きくなって、重くもなったるーちゃん。でも相変わらず、私の頭の上に乗りたいみたいで…なんだかこれからは、大分首が鍛えられそうな気がする私だった。




今回のパロディ解説

・夢と冒険とモンスターの世界に…?
ポケモンシリーズにおける、冒頭のシーンのお約束のパロディ。しかし今回の話の冒頭でも出ている通り、夢と冒険とモンスターではなく、ボケとネタとパロディの世界ですね、これは。

・「〜〜今日は貴女が初めてお城に行く日でしょ?」
ドラゴンクエストⅢ そして伝説へ…に登場するキャラの一人、主人公の母親の台詞のパロディ。間違えてそっちの旅に出てしまったら、それはそれで長い話になりそうです、

・「スカウトアタック!」
ドラクエモンスターズシリーズにおける、モンスターを仲間にする際の台詞(というか表示)のパロディ。スカウトアタック!…と言われても、ポケモンからすれば「?」ってなるだけでしょうね。

・「〜〜俺は先に行く〜〜なくんじゃないぞ?」
マクロスfrontierの登場人物の一人、クラン・クランの台詞の一つのパロディ。これに対するミシェルの返しもパロディとしていれようかな、とも思いましたが、不自然になりそうでしたので止めました。

・「〜〜グレープアカデミー〜〜四天王と呼ばれる?」
お笑いコンビ、ロケット団の事。クロケットではなくロケットです。グレープアカデミーではなく、グレープカンパニーです。漫才協会は合っています。ごちゃごちゃなネタですね。


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番外編 相棒と共に

 旅を進め、バトルを重ね、私は多くの事を知っていく。ポケモンの事を、旅の中で出会う沢山の人の事を。始めはポケモン図鑑の為って理由以外は曖昧だった私の旅の目的は、旅をする中で段々と形に、はっきりしたものに変わっていった。もっと知りたい、もっと会いたい、もっと強くなりたい…進めば進む程、私の中の意欲は増していって…けれど、それだけじゃない。今の私には、そこにもう一つ…進む理由が、ある。

 クロケット団。愛月君から聞いて以降意識していた私は、その名前に触れる機会が何度かあった。直接その団員に会う事こそなかったけど、私が耳にした話や噂も、やっぱり気になるというか、何かありそうなものだった。そして更に旅を進めた私は、ある街で、怪しい組織のアジト…と思われる場所の話を聞いた。知った私は…調べよう、確かめようと思った。私は旅の中で色んな人に助けられたり、学ばせてもらったりしたんだから…今度は私が、私から何かしよう、何かしたいって気持ちがあったから。

 そこには見張りの人がいて、その人に私は話し掛けて…けれどトレーナーには、「目が合ったらバトル!」…という謎の伝統がある。それに従って見張りを薙ぎ倒した結果、襲撃者だと思われて、うっかり私も「不味い、誤解は解かないと!」…とアジト内に侵入した事で余計に危険人物扱いされて、もう出る事も叶わなくなってしまった。進む他ない状況になってしまった。ただでも、焦りはしたけど、不安感はなかった。だって…私は一人じゃないから。ここにいるのは…私達、だから。

 

「切り開くッスよセロシア!ブレイズキック!」

「追撃いくよるーちゃん!龍の波動!」

「最後に決めるのが主人公、ってね!クリュー、ゴールドラッシュ!」

 

 炎を纏った激しい蹴りが、相手の出鼻を挫くと共に次々と弾き返す。紫の輝きを放つ光線が、連携の動きを断ち切りながら薙ぎ払う。最後は黄金にして大量のコインが殺到し、動きの止まった相手を押し流していく。

 侵入者を撃破すべし、と集まってきた謎の組織のトレーナー、その人達が繰り出したポケモン。それを私達は、真正面から打ち倒す。

 

「ふぅ…総員、突入ー!」

「ふぅー!」

 

 突入、の声に合わせて、私達は突っ込む。動揺する相手の隙を突いて、奥の通路に飛び込んで、扉を閉める。

 

「さっきのは良い一発だったッスよー、セロシア。特訓の成果が出てるッスね」

「ばっしゃ!」

「るーちゃんも良かったよ。もうドラゴンタイプの技も、ばっちり使いこなしてるね」

「ちちるる〜!」

 

 小走りで通路を進みつつ、私達はそれぞれに相棒を労う。立ち止まる事なく、追い付かれないよう進行を続ける。

 アイとセロシアこと猛火ポケモンのバシャーモ。ネプテューヌとクリューこと宝物ポケモンのサーフゴー。二組と出会ったのは、このアジトの話を聞いた街の中で…アイとネプテューヌも、私と同じようにクロケット団の事を調べていた。類は友を呼ぶって事なのか、それとも目的が同じだから自然と行き着く先も重なったって事なのか、街の外れに向かう道中で出会って…こうして今、三組で動いている。

 多勢に無勢の中でアジト内を進む事が出来たのは、他でもない二人のおかげ。…三人で見張りを一気に倒しちゃった結果、襲撃されたと勘違いされた気がしないでもないけど…ま、まあそこは気にしないでおこう。

 

「…あれ、ここは……」

「見るからに他とは違う扉…という事は、この先にいるのが団のボスかな?」

「かもしれないッスね。入ってみる価値はあると思うッス」

「だよね。あ、セーブしとく?それとも一回出て、回復してからもっかい来る?あーでもここって悪の組織のアジトっぽいし、どっかに寝たら回復出来るベットとかあるかも?」

『ええぇ……?』

 

 ぽんぽんと訳の分からない事を言うネプテューヌに、私とアイは困惑。……まぁ、途中ベットあった気もするけど…自販機とかもあった気がするけど…ベットはともかく、自販機ってここ業者さん入ってるの…?

 

「こほん。ともかく…行こう!」

 

 二人からの頷きを受けて、私は扉を開ける。ここまでは基本ちゃんとしたバトルは避けて、勢いで突っ切る事でここまで来たけど、この先に団のボスがいるなら、そうはいかない。尚且つもたもたしていたら、追い付かれて包囲されてしまう。…よくよく考えたらポケモンがいるとはいえ、女の子三人で大人の組織に突入とか危な過ぎるし、ほんと速攻で片を付けるしかない。

 そんな思いで扉を開き、私は二人と共に部屋の中へ。そして入った私達を待ち受けていたのは……紅茶の香り。

 

「ふむ、想定よりも早いね。中々優秀なトレーナーの様だ」

 

 品の良い内装、その部屋の中央にある椅子に座っていたのは、何かこう…雰囲気のある男の人。紅茶を手にしたその人は、ゆっくりとこちらに振り返る。

 

「よく来たね、お嬢さん達。歓迎するよ…と、言いたいところだが…既に我々の歓迎は、十分に受けた後だったかな?」

「そーだね。貴方がここの一番偉い人?」

「如何にも。私はズェピア・エルトナム。ここの長であり…団長として、今回の来客はしっかりともてなす必要がありそうだね」

「くるゔぁーう」

『……!』

 

 芝居掛かった様子でズェピアが言った次の瞬間、背後に感じた気配。はっとして振り返れば、そこには二対四枚の羽を持つ、蝙蝠ポケモンのクロバットの姿があった。……っ…いつの間に…!

 

「こんなあっさり背後を取られるとは…確かクロバットは元から静かに飛ぶのが得意らしいッスけど、相当な実力があるのは間違いなさそうッスね…」

「ふふ、ルセットは私の自慢の子でね。君達を軽んじている訳ではないが…ここに来るまでで少なからず消耗しているだろう?遠慮せず、全員纏めてかかってくるがいい」

「舐めないで…って言いたいところだけど、団員がいつ追い付いてくるか分からないし…二人共、ここは確実にいこう」

「ま、ヒーローはいつも仲間と一緒に戦うものだもんね。さぁ、勝負だよ!」

「らふぅー!」

「ちるっ、ちっちる!」

「ぐばっしゃーっ!」

 

 素早くズェピアの側にルセットが移る中、私達は頷き合い、構える。多分この人は、これまで戦ってきたジムリーダー…それも挑戦者を試す為の戦いではなく、一人のトレーナーとして本気で戦う時の強さにもまるで劣らない程の強さがあるんだと思う。

 でももう…いや、入った時点で退く選択肢はない。それに今は、心強い味方もいる。だから私は本気で、全力で……挑む!

 

「それでは開演といこうか。アトラス団が長の力、存分に味わっていってくれ給え!」

「私は、私達は負けません!貴方達の…クロケット団の行いは、ここで止めてみせます!」

 

 前に出るルセットと、私達の相棒。そして私達はクロケット団を止める為、アトラス団のリーダー、ズェピアとのバトルを……

 

『…って、うん?』

「…おや?」

『……アトラス団…?』

「アトラス団だよ?」

『クロケット団ではなく…?』

「クロケット団ではなく」

『…………』

「…………」

 

 

 

 

『あれ!?全然違う組織だった!?』

 

 三人揃って思いっ切り仰天する私達。え、いや…違うの!?違ったの!?嘘ぉ!?

 

「うわほんとだ!メッセージウィンドウでも、『アトラス団ボスのズェピアが〜〜』ってなってる!」

「じゃ、クロケット団はなんなんッスか!?ここの組織の噂に尾鰭が付きまくったとか、そういうパターンだとでも!?」

「いや、クロケット団は実在するよ?その名の通り、日夜美味しいクロケットを作ろうと励んでいる集団だね」

「りょ、料理団体!?いやでも、確かに怪しい噂が……」

 

 何故か知ってるズェピアの発言で、余計に混乱。おかしい、明らかにおかしい。だってクロケット団の噂は、どれも料理とは結び付かな……

 

…………。

 

 

・火事騒ぎ…料理中に大ポカをした結果?

・異臭騒ぎ…シンプルに料理に失敗した結果?

・具合の悪そうなポケモン…野生の子が失敗したクロケットを食べちゃった?

 

(あ、これ多分料理団体だぁぁぁぁぁぁ……!)

 

 自分の中で納得のいく結論が出た事で、出てしまった事で、私はがっくりと膝を突く。そんな…じゃあ、私達は一体何の為にこんな事を……。

 

「ふむ…どうやら不幸な勘違いがあったようだね。一先ず君達が何をどう思ってここに来たのか、聞かせてくれないかな?」

「あ、うん。かくばるシキジカで……」

「この企画だからこそのネタだね。説明ありがとう」

 

 速攻で察した様子のズェピアに、ネプテューヌが手早く説明。その間、るーちゃん達はルセットをじーっと見ていて…説明し終わる前には、少し仲良くなっていた。

 

「怪しい噂とはそういう事か。うん、君達の動機は理解したよ。そして理由はどうあれ、他所様に迷惑をかけるというのは頂けない。幸いクロケット団の長とは面識があるから、私から気を付けるよう言っておこう」

「そりゃ、助かるッスけど…そうなると、何とも斜め上の形で解決を見る事になりそうッスね…」

「というか、じゃあアトラス団?…は一体何を……」

「知りたいかい?知りたいのであれば、君達もアトラス団に入ってもらう必要が──」

『あ、いいです』

「…つれないね」

 

 だってまだ旅の途中だし、と私は即答。アイとネプテューヌも即拒否。まあ何にせよ、これで解決…に、なると思う。クロケット団は悪の組織じゃなくて、多分ミスが多いだけの料理集団みたいだし。

 という訳で、私達は帰る事にする。何とも拍子抜けな決着だけど、この場に悪い人はいなかったと思えば後味は悪くな……

 

「おっと、待ち給え。今回の件は勘違いだった。こちらの団員が過剰反応してしまった面もあるし、その点は謝罪しよう。だが一方で、勘違いとはいえ乗り込んで、ここまで賑やかにしてくれた君達にも非があると、私は思うのだがね?」

『あー…っと、それは……』

「…………」

『…ごめんなさい』

 

 全く以って後味は悪くない。むしろ新たな出会いを得る事が出来たし、個人的には良かったと思う。ただ、それはそれとして…最後の最後で、三人揃ってぺこんと謝る事になってしまった私達だった。

 

 

 

 

 謎の組織、クロケット団…ではなくアトラス団での一件を経て、更に経験を積んだ私は、旅を続け…遂に八つ目、最後のジムへと辿り着いた。ここで勝てば、チャンピオンへの道が開ける。即挑戦出来るんじゃなくて、まずポケモンリーグへと向かい、そこも制覇しないといけないとはいえ…最初は遥か先に感じていた頂点に、今はかなり近付いている。

 でもそれはあくまで、道が開けるのはあくまでも、最後のジムを攻略出来た場合。そして今、私は…そのジム挑戦を前にして、窮地に陥っている。

 

「うぅ…どうしようるーちゃん…」

「ちーるぅー?」

 

 困った私が呼び掛ければ、るーちゃんは私の頭の上から長い首を回して私の顔を覗き込んでくる。どうしたの?って感じのるーちゃんの顔は逆さでも可愛いけど、それに和んでる場合じゃない。

 もうジム挑戦の準備は出来てる。ここまでしっかり鍛えてきたし、その点で不安はない。けどまさか、よりにもよって……

 

(何でここのジム、一人じゃ挑戦出来ないルールなのぉ…?)

 

 お一人様は挑戦不可。最後の最後で、まさか一人旅トレーナーお断りなルールにぶち当たった私は、途方に暮れていた。

 一応、何故こんなルールなのかは説明された。トレーナーを試す場であるジムとして、ジムリーダーが挑戦に特殊なルールを敷く場合があるらしい。更にジムの情報、特に攻略する上で求められるものが知れ回ると、実力不足なトレーナーとポケモンでも『ジム攻略の為だけの対策』で突破出来てしまう…つまり、本来のジムの役目が果たされない事態が少なからず発生し得るから、そうならないよう不定期にジムはルールを変える事もあるらしい。だから、この一人じゃ挑戦出来ないルールも完全な理不尽…って訳じゃないのは、私も納得してる。

 けど、とにかくタイミングが悪い。何故私が挑戦するタイミングでそういうルールになってるのかっていうのもそうだし、私と同じような人向けに、挑戦者同士で即席のチームを組んでも良いって事になってるんだけど…これまた何故か、今ここには私しか挑戦者がいない。暫く待ってみたけど、全然来ない。

 

「運がないわねー、挑戦者のおねーさん。普段はもうちょっと挑戦者が来るんだけど」

「すみません。でも、特例でこちらから組む相手を手配するという事は出来ないんです。それをすると、これまでの『自分達で組む相手を募った、連れてきた』という人達に示しがつかないので…」

 

 途方にくれる私へ向けて、二人の女の子が…ジムリーダーのディールちゃんとエストちゃんが話し掛けてくる。目の前にジムリーダーがいる訳だけど、必要な条件を満たしてないから挑戦出来ないし、だから二人も普通に話し掛けてきた。

 

「ほんとにどうしよう…こんな事なら、これまで出会った誰かと一緒に旅をするべきだった……」

「んー…ならいっそ、一対二でやる?同じ特例でも、おねーさん側が不利になる特例だったら、文句は出ないと思うわよ?」

「うぐ…キツ過ぎるけど、ここで突っ立ってるよりは建設的か…?」

 

 わざわざ自分が不利になる条件を受け入れるなんて…とも思うけど、今のままの場合、そもそも挑戦が成立しないし、負けた場合のペナルティがある訳じゃない。勿論即再戦、とはいかないにしても、不利でも何でもとにかく一度挑戦した方が、出直す…って選択肢も選び易くなる。

 ただ、でも…正直言って、勝てる気がしない。一対二である事以外にも、もう一つ不利過ぎる理由がある。

 

「ひゅわーぅ?」

「きゅわーぅ?」

「うん、バトルするよ?すると思うけど、もう少し待ってねシーア」

「そ、今回はこの人と上の子が相手よフィー。でももしかするとまた今度になるかも、ね」

 

 ジムリーダーの二人の脚にそれぞれ擦り寄るポケモン、新雪ポケモンのグレイシアと、結び付きポケモンのニンフィア。間違いなく二人の相棒であろう両者は、どっちもるーちゃん…チルタリスに対して有利を取れる。グレイシアのシーアはるーちゃんの持つ『ドラゴン』と『飛行』のどちらにも有効な氷タイプだし、ニンフィアのフィーが持つフェアリータイプは、ドラゴンタイプ相手に一方的な優位を持つ。…もうこれは、不利なんてものじゃない。一対一でも、どちらかのみが相手でもかなり不利なのに、更に一対二なんて……

 

「いや、無理ぃー!」

「えぇ…?い、いきなりどうしたんですか、そんな某プロボクサーの顔も持つ芸人さんみたいな声を出して…」

「あ、ご、ごめんね…ただちょっと、流石にこの一対二は無理過ぎると思って……」

「まぁ、無茶よね。よりにもよって、イーブイの進化系の中でもチルタリスにとっては不利な2トップが相手な訳だし」

「…イーブイって確か、他にも色んな進化をするポケモンなんだったっけ?」

「そうよ?わたしのフィーもディーちゃんのシーアもわたし達が小さい頃は同じ見た目だったから、進化した時は驚いたわ。目の色が違うわ!いや目の色以外も色々違うでしょ…ってディーちゃんと話したのも覚えてるし」

「そ、そうなんだ…。…というか、小さい頃……?」

『…………』

 

 今も小さいような…と、思わず口にしてしまった私。結果、二人にジト目で見られて、私は誤魔化すように空笑い。

 

「で、結局どうするの?」

「うぅ、ん…るーちゃん、このままだと物凄く辛いバトルになりそうだけど、やれる?やりたい?」

「ちちる?ちー…ちる!」

「そっか。なら…挑もう、不利でも!」

 

 勝てる気はしないけど、るーちゃんはやる気。ならやる意味はある、価値はある。だから私は、挑戦の意思を示し…二人も頷く。

 頭の上からるーちゃんは飛び立ち、シーアとフィーも前に出る。そして私の、最後のジムへの挑戦が……

 

「…あっ」

『……?』

「申し訳ないんだけど、連絡が入っちゃって…いいかな?」

 

……というタイミングで、私の端末が鳴った。二人に許可を貰った私は端末を出して、相手を確認し…ちょっと驚いた。え、カイト博士から…?

 

「よう、イリゼ。元気にしてるか?」

「あ…はい、とても元気です。るーちゃんも、元気一杯です」

「それは良かった。で、だが…そろそろ八つ目のジムに挑戦するところだよな?」

「えと…そろそろというか、連絡がなかったら開始してたところですね」

「あぁ、それなら良かった。一人旅のイリゼには、もしかするとどうにもならないジムかもしれないと思ってな。一人、助っ人を頼んでおいた」

「助っ人?それって……」

 

 突然の連絡に困惑しつつ、私はカイト博士と話す。ちょくちょくこっちから連絡して、旅の進歩状況を伝えてるから、今の私の状態を把握してるのは別に不思議でもないけど…気になるのは、助っ人の存在。

 一体それは誰なのか。一瞬セイツかな?とも思ったけど、セイツなら直接連絡をしてくるだろうし、他だと特に思い付かない。じゃあまさか、私の知らない人?或いは助っ人を頼んだと言いつつ、自分が来るパターン?…なんて私が思考を巡らせている、そんな時だった。

 

「くぁぴぃぃぃぃっ!」

 

 甲高い鳴き声が響くと共に降り立つ影。翼を広げ、勢いそのままに鉤爪を押し付けるようにして着地するポケモン。

 

「…エアームド?どうして、ここに……」

「エアームド…って事は……」

「へぇ…」

 

 鎧鳥ポケモン、エアームド…それが、今現れたポケモンの名前。その存在に私が困惑する中、ジムリーダーの二人は何かに気付いたような顔をして…私は背後から声を掛けられた。

 

「君かな?カイトくん…いや、カイト博士の秘蔵っ子というのは」

「あ、はい。…え、はい?秘蔵っ子?というか、貴方は一体……」

 

 振り返った私の目の前にいたのは、男の人。秘蔵っ子って表現も気になるけど、それ以上に今はこの人が誰なのか気になって…けど彼が答えてくれるより先に、今度は二人が声を発する。

 

「もしかして…挑戦、するんですか?」

「いつもは全然そんな素振り見せないのに、どういう風の吹き回しかしら?」

「友人からの頼みでね。…私はミスミ・ワイト。先程、カイト博士から連絡があったんじゃないかな?」

「…じゃあ、貴方が…?」

 

 無言で頷くワイト君。佇まいからして、ディールちゃんとエストちゃんの反応からして、彼が結構な実力を持っている事は間違いない。

 それに、エアームドの持つ『鋼』というタイプは、るーちゃんとは逆に、シーアとフィーの両方の弱点を突ける。後はるーちゃんとの相性、仲良くやれるかだけど…ふわふわな翼を持つるーちゃんは、鋼鉄の様な翼のエアームドをきらきらした目で見ていた。エアームドも満更でもなさそうだった。…こっちも、問題なさそうだね。

 

「ふふ、良かったわねおねーさん。ワイトは助っ人としては当たり中の当たりよ?…それに、わたしとしても幸運かも。これまで誘っても全然挑戦してくれなかったワイトと、遂にバトル出来るんだもの」

「私はジム攻略に興味があった訳じゃないからね。忙しい君達の邪魔をする事はしたくなかったんだ。…お手柔らかに頼むよ?」

「そうはいきません。イリゼさんが最後のジム挑戦なら、最後にして最大の壁にならなくちゃいけませんし…ワイトさんも、手抜きが出来るような相手じゃありませんから」

 

 なんだか私抜きで進んでいく会話。私のジム挑戦なのに、私が半ば蚊帳の外状態。…けど、だからってそれを内心で嘆いてるだけじゃいけない。二人とワイト君とは知り合いで、二人にとっても価値のあるバトルになるのかもしれないけど…ワイト君はあくまで助っ人、私がチャレンジャー。私は私のジム挑戦として、きちんと私とるーちゃんで勝利を引き寄せ…最後のジム挑戦も、勝つ。

 

「待たせたな、アルメタル。今日は存分に戦ってくれ」

「くぁう!」

「良い返事だ。さて…いけるね?イリゼさん」

「はい。そのつもりです」

「それは良かった。…ああは言ったが、私もいつか二人とはバトルしてみたくてね。だからこれも、巡り合わせという事だ。共に壁越えといこうじゃないか」

 

 私はワイト君と並び立つ。るーちゃんとアルメタルも翼を並べる。そんな私達と正対する形で、ジムリーダーの二人も、シーアとフィーもこちらを見据える。

 勝てばジムの完全制覇。状況としては慣れない二対二。まだ不安もあるけど…それ以上に、意欲が勝っている。そうだ、私は勝つんだ。勝って、更に先へ…高みへ、進む!

 

《ふたごちゃんのディールとエストが 勝負を仕掛けてきた!》

「ちょっと!?確かに双子ではあるけど、肩書きはジムリーダーの方にしてくれない!?」

「というか、今の表示は一体……」

 

……な、なんかいきなりずっこけそうな流れになったけど…と、とにかく私達は二人に挑む…!

 

 

 

 

 ギリギリまで引き付けた、るーちゃんの強みである防御能力を信じた耐久で誘導したシーアとフィーに、アルメタルの強烈な一撃が叩き込まれる。よろけたところでアルメタルと共に、るーちゃんに残りの力を全て振り絞った全力攻撃を指示し……勝負が、決まる。

 

「やった…やったよるーちゃん!何度も追い詰められたけど、私達の勝ちだよ!頑張った、よく頑張ったねるーちゃん!」

「ち、ちる…ちるぅ!ちーるぅぅっ!」

 

 決着が付いた…私達の勝利が決まった瞬間、思わず私は駆け出した。駆け出し、るーちゃんを抱き締める。

 これまでも、いつだって勝利は嬉しかった。だけど、最後のジム挑戦での勝利は……やっぱり、一際嬉しい。

 

「負けた、か…あーあ、負けちゃった。…強かったわね、おねーさん達」

「だね。…おめでとうございます、イリゼさん、るーちゃん」

「ありがとう、二人共!ワイトさんも、ありがとうございます!」

「力になれたのなら何よりだよ。…これから君は、リーグへと向かうんだろう?これからの君の活躍を、楽しみにするとしよう」

「…ワイトさんは、もう行くんですか?」

 

 八つ目の、最後のバッジを受け取って、二人とそれぞれに握手を交わす。その間、アルメタルを労っていたワイト君は、用事は済んだとばかりに立ち去っていく素振りを見せる。

 

「あ…ワイトさんも、バッジを……」

「いいや、遠慮しておくよ。これは彼女のジム挑戦であり、私の挑戦ではないからね。…もし受け取る時があるとすれば、それは…私が私の意思で、君達に挑む時だ」

「それは、またいつか、ちゃんと挑戦しに来るって事かしら?」

 

 投げ掛けられた言葉に、ワイト君は小さく肩を竦める。そうして一足先に去っていき…ディールちゃんとエストちゃん、二人からもエールを貰った私は、ジムを出る。

 

「ふぅー…どうしようかな。取り敢えずるーちゃんを休ませるにしても、このまま今日はここで過ごすか、それとも進むか……」

「ちゃんと休んでおいた方がいいぜ?こっからリーグまでは、まだ険しい道のりが残ってるんだからな」

「そう?じゃあそうして……って、グレイブ君!?」

 

 何気なく返答を受け取った私は、数瞬してから気付いて仰天。いきなり何!?誰!?と思って、声のした方を振り向いて…そこにいたのはグレイブ君だったものだから、更にびっくり。しかも横には、愛月君もいて…え、どういう事…?

 

「あはは…実は、さっき偶然会っちゃって……」

「えぇ…?初めて会って別れた時は、あんなそれっぽい事言ってたのに…?」

「仕方ねーだろ、俺にずっとリーグに居ろってのかよ」

 

 そういう訳じゃないけど、と頬を掻く私。この件には愛月君も苦笑していて…偶然って、怖いね。

 

「まぁ、会っちまった事はもうどうにもならないんだからよ、ここは一つ気持ちを切り替えて…挑戦してみるか?この俺、チャンピオンに」

『へ?』

「悪い話じゃないだろ?俺がどんな戦い方をするか知るチャンスなんだからよ。それに…俺としても、今の二人ならそれなりに楽しいバトルが出来そうだしな」

 

 突然過ぎる、そして意外過ぎるグレイブ君からの提案。また私は驚き、愛月君も目を見開く。

 反射的に、そんな無茶な…と私は言おうとした。けど…元々私は、グレイブ君に、チャンピオン挑む事も、旅の目的の一つにしていた。それに…今の私は、前とは違う。八つのジムを攻略してきたのは、制覇してここにいる今の私は、決して運が良かっただけなんかじゃない。

 

「…いいよ、バトルしようかグレイブ君」

「僕だって、勝つ気でいくよ?」

「へぇ、どっちも良い顔するじゃねぇか。…けど、イリゼはジム戦したばっかりっぽいしな。るーちゃんには一旦休んでもらうとして、その間にどっかバトルにいい場所探すとするか」

 

 にぃ、と笑ったグレイブ君と再集合の時間を決めて、一旦私は二人と別れる。時間までるーちゃんにはのんびりさせてあげて、私も出来る限り休んで…場所を探しに行ったグレイブ君達と合流する。街を出てすぐの草原で、私達は向かい合う。

 

「さぁて、出番だぜスード!」

「ぐぁああぁうッ!」

 

 放られたボールの中から現れると共に、咆哮を上げるグレイブ君のポケモン。スードと呼ばれる、凶悪ポケモンのギャラドス。

 たったそれだけで、ただの咆哮だけでも、どれだけスードが…チャンピオンのポケモンが強いのかを感じさせられる。緊張感が、身体の中を駆け抜ける。

 

「ち、ちる……」

「…大丈夫だよ、るーちゃん。私達だって、今は…強いんだから」

 

 私と同じように緊張しているるーちゃんの頭を撫で、私は言い切る。そう、私達だって今は強い。成長して、強くなったからこそ、ここまで来られたんだから。

 勝てないかもしれない。まだ届かないかもしれない。けど…全力で、喰らい付く…!

 

「こっちは準備万端だ。愛月、イリゼ、どっちからでもいいぜ?」

「なら…私からでもいい?」

 

 一歩前に出た私は愛月君から頷きを受けて、グレイブ君と対峙する。るーちゃんとスードも向かい合い…バトルが、始まる。

 

「るーちゃん、先手必勝!…と、見せ掛けて左に回避!」

「るちるぅ!」

「おっと、初撃は躱されたか。まぁ、チルタリスは自分からガンガン攻めて勝つタイプのポケモンじゃないもんな。…スード、こっちはいつも通り攻めるぞ!」

「ぐるぐぅ!」

 

 仕掛けると見せ掛けて避ける。避けて、しっかりとまず相手の攻撃を、万全の状態からの一発を見る。今グレイブ君が言った通り、るーちゃん…チルタリスは攻撃より防御に長けたポケモンだから、こっちの動きを押し付ける事よりも、相手の動きに一つ一つ対応する事の方が大切になる。そしてその点において、初手は成功で…でも調子の良さは、長くは続かなかった。

 チャンピオンの…スードの攻撃は、苛烈の一言に尽きるものだった。こっちの防御も、そこからのカウンターも纏めて押し潰すような激しさで、何とかそれを耐え切っても、グレイブ君の采配が反撃を許さない。小細工なしの、真っ向からの闘い方で押し、優位を取り、追い詰め…そして、負ける。私も、愛月君も…完全に。

 

「……っ…負けた…」

「ふぃー。二人共、思ったよりやるじゃねぇか。良い意味で予想を裏切られたぜ」

「グレイブ君は、予想通り…凄まじく、強いね」

「当然だ、チャンピオンだからな。けどほんと、二人共強かったぜ?ただ、俺の方がもっと強かっただけって事だ」

 

 これ以上ない程自信満々で、上から目線でグレイブ君は言う。でも、そう言えるだけの立場が、実力がグレイブ君にはある。言っている内容も、その通りだと思うし…収穫はあった。これまたグレイブ君の言った通り、グレイブ君の戦い方も、スードの長所短所も分かった。…だけどやっぱり…いつだって、誰が相手だって…負けるのは、悔しい。

 

「そんじゃ、バトルもしたし俺は帰るとするかな」

「え?…グレイブ君、何か用事があって来たんじゃないの?」

「その用事を済ませたところで愛月と会ったんだよ」

「そうだったんだ…。…まだ、遠いな……」

「俺との実力差か?そりゃ当然だな。…けど、ここから先には、チャンピオンロードがある。実力のないトレーナーにゃ全く歯の立たない場所だが、実力のあるトレーナーなら…今の二人なら、きっと絶好の特訓場所になる。今はまだ、どっちも強いだけのトレーナーだが…抜ける頃にゃ、リーグに挑むのに相応しいレベルになってるだろうさ」

 

 実力という距離に少し表情を曇らせる愛月君…それに、同じように思っていた私に対し、グレイブ君はまた笑みを浮かべる。…期待を、感じさせてくれる笑みを。

 そうしてグレイブ君は帰っていった。今度こそ、頂点で待っていると言い残して。

 

「…グレイブ君も、あれだけの強さになるまで、きっと凄く努力して、数え切れない程沢山の経験を積んできたんだろうね」

「どうかな、グレイブってそういう『普通はそう』って言える事が通用しないし…。…でも、勝ちたいって思いと、ポケモンが大好きって気持ちは、誰にも負けない…それこそ、ポケモンバトルのチャンピオンにぴったりな位強いんだって事は、間違いないと思うな」

「あはは、それはあるかも」

 

 うんうん、と私は頷く。だってグレイブ君、私とのバトルも愛月君とのバトルも勝った後は凄く気分良さそうな顔をして、スードの事も褒めに褒めていたから。あの判断は良かった、あの動きは格好良かった、次はこういう事もやってみようぜ…って、沢山スードと話していたから。チャンピオンの風格…的なのはなかったけど、グレイブ君の強さの秘訣の一つは、勝つ事への思いと、相棒が好きだって気持ちだって事は…間違いない。

 

「…ねぇ、愛月君」

「うん?」

「お互い負けた直後に言うのもアレなんだけど…私とも、バトルしてくれない?」

 

 まだグレイブ君には届かない。まだ強く、もっと強くならなくちゃ、チャンピオンには勝てない。

 でも…勝ちたいのは、グレイブ君にだけじゃない。今ここには、もう一人勝ちたい相手が…リベンジしたい相手がいて…グレイブ君には負けちゃったけど、まだ私の闘志は燃えている。

 

「イリゼ…うん、いいよ。グレイブには勝ちたいけど…イリゼにだって、負けたくないからね」

 

 私の意思を受け取った愛月君は、こくりと首肯で返してくれる。とはいえバトル直後でるーちゃんもケープも消耗状態。だからまた休憩を入れて、それから改めて私達は向かい合う。

 

「るーちゃん、今日こそリベンジを果たすよ!」

「ケープ、前と違ってるーちゃんも進化してるけど…こっちだって前より更に強くなってるって事、イリゼとるーちゃんに見せてあげよう!」

 

 これで愛月君とのバトルは二回目、成立しなかったものも合わせれば三回目。グレイブ君とのバトルはそれぞれ見てるから、手の内はお互い分かってる。……あっ…そうなると、二回目のバトルの後に私が言った、お互いどう成長するかが…ってのが成立しないじゃん…。まぁ、もう仕方のない事だけど…。…こほん。

 

「それじゃあ、いざ…バトル!」

 

 先手を打ってくる愛月君とケープ。防御でそれを受け止めて、切り返す私とるーちゃん。攻撃面と機動力は向こうが上。防御力と姿勢制御能力はこっちが上。さっきのバトルと同じく、相手の攻め手を如何に凌いで、反撃していくかが私の勝ち筋。

 

「くぁあぅ!」

「ちるっ!るっちるぅ!」

 

 素早く鋭いケープの連撃を、しっかりと受け止めて、或いは受け流して隙を見切る。そこを突いた反撃を、ケープは機敏さと愛月君の指示で交わして次の攻撃に繋げていく。

 善戦したけど負けた前回と違って、今回は互角。得手不得手の違うるーちゃんとケープだけど、総合的にはきっと同じ位の強さ。だから勝敗は、トレーナー次第。私と愛月君次第。

 ここで負けたら二連敗…なんて事は頭になかった。ただ私は勝ちたい一心で、るーちゃんとリベンジを果たすんだって思いで、バトルに集中し、戦い抜き……最後の瞬間が、訪れる。

 

「……っ!今だよるーちゃん!エアカッター!」

「不味い…!ケープ、攻撃中止して下がっ……」

 

 追い詰められた、後一発貰えばお終いだって状況からの…そういう状況を利用して踏み込ませてからの、渾身の反撃。広範囲に広がる風の刃が、一気にケープに襲い掛かる。対する愛月君は回避の指示を出したけど、もう間に合わない。間に合わないようにするべく、私はケープを引き付けたんだから。

 るーちゃん程ではないにしても、ケープもかなりダメージを負っていた。加えてケープは攻撃面は強いけど、防御面はあまり良くない。そのケープに、次々と風の刃が直撃し、体力を削っていき……るーちゃんの攻撃が終わると共に、ケープは戦闘不能となった。

 

「……っ、るーちゃん…リベンジ、達成だよっ!」

「ちる…!…ち、ちるぅ……」

 

 感動の面持ちを見せた後、へなへなとるーちゃんは地面に降りる。そんなるーちゃんを、私は思い切り撫でる。ギリギリもギリギリ、一手でも、一瞬でも読み間違えていたら、逆にこっちが負けていたようなバトルだけど…それでも、勝ったのは私達。私達は、リベンジを果たした。

 

「よく頑張ったね、ありがとねケープ。…ごめんね、グレイブとイリゼで二連敗させちゃって」

 

 聞こえてくる愛月君の声は悲しそうで、不甲斐なさそう。だけど、それに対するケープの鳴き声は、前向きな…前に負けて、負けたからこそもっと強くなりたいと思ったあの時の私自身を思い出すようなもので、それに愛月君は強く、しっかりと頷いていた。そして、少し待ってから、私は愛月君に声を掛ける。

 

「バトルを受けてくれてありがとね、愛月君」

「ううん、お礼を言われるような事じゃないよ。…でもまさか、最後にやってくるのが龍の波動じゃなかったなんて……」

「威力や速度は龍の波動の方が上だけど、素早いケープの場合、躱してそのまま肉薄してくる可能性があったからね。逆に範囲に長けるエアカッターなら、ギリギリまで引き付ければ避けられないだろうし、ケープの防御面と消耗具合を考えれば、削り切れるだろうって思ったんだ」

「むむ、イリゼの作戦勝ちって事かぁ…。……だけど、分かってるよねイリゼ」

「え?」

 

 やられたなぁ、と愛月君は肩を落とす。でも落ち込んだ様子を見せたのは一瞬で…すぐに愛月君の顔に、闘志が浮かぶ。

 

「今回は僕達の負けだよ。でも、これで一勝一敗一分け。これで僕とイリゼは、互角だよ」

「…そうだね。だからこのまま…次も勝って、私が勝ち越す」

「ううん、僕が勝ってリベンジと二勝目を果たすんだからね!」

 

 お互いに闘志を、勝ちへの思いをぶつけ合う私達。思えば愛月君は、初めて会った時から大きく変わっている。私がどれだけ他人の事を言えるか分からないけど、初めて会った時の愛月君は、ちょっと気弱そうな男の子で…けれど今の彼は違う。私が知ってる事なんて極一部だけど、それでも一つだけ言える。愛月君は、実力も、精神力も兼ね備えた…ポケモントレーナーだ。

 

「…さてと。じゃあ、バトルはこれにて終了って事で…今日は激戦を何度もしたし、後はゆっくり過ごそうかな。愛月君は?」

「僕も、今日は休んで、それから準備を整える事にするよ。…チャンピオンロードで、もっともっと強くなる為の準備をね」

 

 これまでと同じように、私と愛月君は別れる。私達はそれぞれに休息を取って、準備をする。更に先へ向かう為の、進む為の準備を整える。そうして日が変わり、私とるーちゃんは街を出る。

 

「カイト博士への連絡と、図鑑の情報送信も良し、っと。…るーちゃん、これまでは各地を回って、色んなポケモンに出会いながらジムを制覇していく事が目的だったけど、次の目的はチャンピオンロードの突破だよ。突破して…ポケモンリーグに、行くよ」

「ちちーるっ!ちるるっ!」

「うん、やる気ばっちりだね!よーし、出発!」

 

 今日も元気なるーちゃんを撫でて、私は歩き出す。すぐにるーちゃんは私の頭の上に乗ってきて、そこで心地の良いハミングを奏でる。

 遂にジムを制覇し、リーグへの道のりに至った。ここから先は、近いようで遠い。後一歩なんかじゃ全然ない。…だからこそ、頑張りたい。だからこそ、頑張るんだ。るーちゃんと一緒に、最後まで。

 

 

 

 

 

 

「……っていうか、いつの間にかもう、チルタリスになったるーちゃんが頭に乗っても違和感ないし、全然よろけないや…慣れって、凄いよね…」




今回のパロディ解説

・「〜〜某プロボクサーの顔も持つ芸人さん〜〜」
お笑いトリオ、ロバートの山本博さんの事。「いや、無理ぃー!」と「なんだー?」はロバートのコントにおける鉄板ですね。活字だけだと、あまり雰囲気が出せませんが…。

・「〜〜目の色が違うわ!〜〜」
機動戦士ガンダムSEEDにおける、あるモブキャラの台詞のパロディ。姿すらはっきりしない、本当に声だけの台詞ですが、世界観やストーリーの一端をよく表している台詞ですよね。

・「君かな?カイトくん〜〜というのは」、「〜〜これも、巡り合わせ〜〜共に壁越えといこうじゃないか」
ARMORED CORE Ⅵ FIRES OF RUBICONに登場するキャラの一人、V.Ⅳ ラスティの台詞の一つ(二つ)のパロディ。アルメタルの登場シーンも、スティールヘイズの登場シーンを意識しています。

・「〜〜いけるね?イリゼさん」、「はい、そのつもりです」、「それは良かった〜〜」
ARMORED CORE for Answerに登場するキャラの一人(二人)、オッツダルヴァとCUBEのやり取りのパロディ。…アルメタルが氷技で翼を凍らされて沈んだり、ゴッドバードから光が逆流したりしそうですね。


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番外編 頂点へ

 ほんの僅かですが、前話に加筆を行いました(ディール及びエスト戦のアスタリスク、その直前です)。ただ、ストーリーには関係しないギャグとその突っ込みを入れているだけなので、確認は必須ではありません。


 決戦の地へ至る為の最後の関門、チャンピオンロード。突破しようとしているトレーナーも、ここを特訓の場にしている人も、野生のモンスターだって殆ど例外なく強い、中を進んでいくだけでも多くの困難が待つ洞窟。だからこそ、力を、今ある強さを一層高め、磨くにはうってつけの場所。大変で、凄く大変で……だけど、今の私には必要な場所だった。この場所が、この場所での幾つものバトルが、更に私達を強くしてくれた。

 そして、私達はチャンピオンロードを突破した。長い道のりを、バトルを乗り越え、グレイブ君の…チャンピオンの待つポケモンリーグへと辿り着いた。

 心構えは出来ている。しっかりと休んだら、後は挑むのみ。私もるーちゃんも、そういう状態だった。…でも、なんていうか…そういう場所まで行き着いたからこそ、私の心には色んな感情があって…一度、戻った。旅の、出発点へと。私の、故郷へと。

 

「戻りました、カイト博士」

「ちる〜る〜」

 

 自分の家に行く前に、まず私はカイト博士の研究所へと訪れた。前はよく訪れていた…でもこの町共々、旅に出て以降は一度も来ていなかった、るーちゃんと出会った場所に。

 

「あぁ、よく戻ったなイリゼ。…これまで通り、通信での報告でも良かったんだぞ?」

「分かってます。でも、一度戻りたかったんです。…リーグに、挑む前に」

「そうか…まあ、そうだよな。…イリゼならきっと、と思って送り出したが…本当に凄いよイリゼ。俺の頼みにもしっかり応えながら、ジムを制覇して、リーグにも辿り着いて、今は挑もうとしている…送り出した身としては、これ以上ない程鼻が高いってもんだ」

「カイト博士…。…出来ればそういう事は、もう少しだけ待ってから言ってほしかったです…勿論嬉しいですけど……」

 

 鼻が高いとまで言われれば、嬉しくない筈がない。…けど、まるで私が新たなチャンピオンになったみたいな口ぶりで言われてしまえば、流石にちょっと困惑する訳で…何とも言えない気持ちになってしまった。

…まぁ、それはともかく、直接図鑑の報告をして、久し振りにライヌちゃんともあって、ライヌちゃんは今のるーちゃんの姿にびっくりしていて…そうこうしてる内に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「カイト、イリス戻った。今日もとても頑張った」

「あ、イリスちゃん?イリスちゃん久し振り……」

 

 声に続いて聞こえる足音。その声の主は、自分でも名乗ってるんだから間違いなくイリスちゃん。旅立ちの日に出会ったあの子が今日もいるんだって思った私は、振り返りながら話し掛ける。

 するとやっぱり、入ってきたのはイリスちゃんだった。完全な無表情のイリスちゃんと、ちょっと笑ってるけど目が点のイリスちゃんが、並んで歩いてきていて……

 

「って、二人いるぅ!?」

「……?イリゼ、違う。イリスは二人いない。この子は、モン太」

「も、モン太…ちゃん?えぇと…実はイリスちゃん、ディールちゃんとエストちゃんみたいな双子だったとか、そういう……」

「双子でもない。モン太はポケモン。モン太、変身を解除して」

「もんもーん!」

「へ?」

 

 訳が分からず混乱する中、イリスちゃんはモン太と呼ばれた子に呼び掛け…次の瞬間、モン太の姿が変化した。ぐにゃり、と外見が変わって……ポケモンの姿になった。変身ポケモン、メタモンの姿に。

 

「モン太はイリスの相棒。イリスと似ている。だから、仲良し」

「そ、そうなんだ…それは分かったけど、なんでモン太はイリスちゃんの姿に…?」

「変身の練習。こういう事も出来る」

「ももんっ!」

 

 私の問いに答えたかと思えば、今度はイリスちゃんの姿が変化。前の時と違って、身体全体が変化して、少女の姿からメタモンの姿に。それに呼応するように、モン太の方はまたイリスちゃんの姿になって…モン太の姿をするイリスちゃんと、イリスちゃんの姿をするモン太という形になった。…す、凄いけどややこしい……。

 

「…あ、そうだ。それよりもイリゼ、イリゼはとてもタイミングが良い」

「タイミング…?」

「イリス、さっきイリゼの知り合いに会った。名前は……」

「こんにちはー。…あれ、イリゼ!?」

「えっ、ルナ!?」

 

 噂をすれば何とやら。イリスちゃんが名前を言おうとした瞬間、研究所に次から来客が現れて…その来客、そして恐らくイリスちゃんの言う知り合いというのは、旅の途中で出会ったルナだった。

 

「イリゼ、どうしてここに…戻ってたの?」

「う、うんそうだけど…ルナこそどうしてここに?偶々?」

「ううん、別の用事で近くまで来たから、折角だしイリゼの出身の町を見てみたいなぁ…って」

「…私、ルナにここ出身って言ったっけ?」

「うん、言ったよ?自己紹介してくれた時に、『私は神生オデッセフィアタウンのイリゼ!』って」

「あー、言われてみればそうだった気がする…なんかこう、そういう言い方をしないといけない気がしたんだよね…」

 

 そういう事か、と私は納得。…したところで、ヒメちゃんがいない事に気付く。うーん?前の時は、抱っこしたり手を繋いで一緒に歩いてたりしたのに…。

 

「ねぇルナ、今日ヒメちゃんはお留守番?」

「ううん。外で遊びたいみたいだから、私だけ先に入ったんだ」

「そっか。折角だしるーちゃん、ヒメちゃんにも会おっか」

「ちっる!」

 

 今度は自分の姿に変わったモン太を見て目をぱちくりさせていたるーちゃんを呼び、私は外へ。さて、どこかな…と見回すと、研究所近くの茂みに人影…ではなくポケ影があった。

 あ、ヒメちゃんかな?その影を見つけた私は、そう思ってるーちゃんと一緒に近付き……

 

「ぐまぁーっ」

「……お、おおぅ…」

 

……見るからに厳つい、凄く厳ついポケモンと遭遇した。ある日、近所の茂みの中、厳ついポケモンさんに出会った。

 

「あ、ヒメちゃーん」

「ヒメちゃん!?この子が!?」

「えへへー、進化したんだ〜」

 

 嘘ぉ!?と私が仰天する中、ルナはポケモンに駆け寄る。駆け寄り、ぎゅっと抱き着く。そして茂みから出てきたポケモンは、確かにヒメグマの進化系、冬眠ポケモンのリングマで…いや、うん…にしたって変化が凄い…るーちゃんも結構体格が変わったけど、それ以上にちっちゃくて可愛いヒメグマから、大きくてゴツいリングマは変化が凄過ぎる……。

 

「ち、ちるる……」

「ぐま?ぐっま、ぐまぁーぅ〜!」

「ちるぅ…ちる!るるっちーる〜!」

 

 横から抱き着いたルナの頭を手でぽふんぽふんしていたヒメちゃんは、私達に気付いて鳴く。すると驚いていたるーちゃんはぱっと表情を明るくし…前の時の様に、るーちゃんとヒメちゃんはお喋りを始める。

 姿は変われど、るーちゃん達は仲良し。それが分かった私は、ほっこりとして…カイト博士とイリスちゃんに、ルナ達の事を友達として紹介した。旅の中で私が得たのは、知識や成長、実績とかだけじゃなくて…人との繋がりもなんだって、それを伝えたかったから。

 

「…で、一回帰ってきた訳。なんていうか…心の準備じゃないけど、挑戦の前に一度戻っておきたいな、って思ったんだ。自分でも、上手く言えないんだけどね」

「言いたい事は分かるわ。挑戦するのは一番の大舞台だもの、やれる事も、やりたい事も、しっかりとやっておかないと…ね」

「うん、そういう事。…勝つよ、私は。全力で、全身全霊で…私は頂点を、超える」

「えぇ、イリゼが出発した日も言ったけど…それなら、改めて言うわね。頑張ってらっしゃい、イリゼ」

 

 そうして研究所に顔を出した後、私は家に帰って、セイツに旅の話をした。話をして、色んな事をセイツにも知ってもらって…もう一度、背中を押された。…この話をしたのは、夜ご飯を食べている時だけど。また言うタイミングが間違ってるよセイツ…天丼ネタなの…?わざとこのタイミングで言ったの……?

 

(やっぱり、一度帰ってきて正解だったな)

 

 バトルの準備と違って、帰るのは必須だった訳じゃない。でも帰って、皆に会って…自分の中で、力が強まった気がする。気持ちっていう、大切な力の一つが。

 そして翌日。私は、再びポケモンリーグへと向かう。ここからは、決戦になる。頂点へと手を届かせる為の…その頂点を掴み、乗り越える為の決戦が……始まる。

 

 

 

 

「ここが……」

 

 ポケモンリーグは、一つの施設。最終準備と確認の場所を兼ねているロビーで承認を受けた私が扉を抜け、短い廊下の先で行き着いたのは、広い空間。承認を受けたら即チャンピオンとバトル出来る訳じゃない、その前に最後の試練があるって事だったけど……

 

「うわっ!?」

 

 床の何ヶ所かが開いたかと思った次の瞬間、突如現れる四つの柱。高く、私の背よりもずっと高い位置まで四つの柱は一気に伸び…私は気付く。それぞれの柱の上に、人影がある事に。それも全員が立っている訳じゃなくて、立っている人もいれば、柱の縁に腰掛けている人もいる事に。

 

「え、えぇ…?なんだろうこの、七の光で十三の闇に立ち向かわなきゃいけない感じの場所……」

「よく来たわね。まずはここまで辿り着いた事…そして『挑戦出来る状態』で満足せず、その先に踏み出した事を称賛するわ」

 

 当然の事に圧倒され、更に困惑もする中、私は上から…柱の上から声を掛けられる。

 照明の関係で初めはよく見えなかったけど、目の慣れてきた今なら分かる。柱の上の四人は、女の人が三人に、男の人が一人で、三人は全く知らない人。だけど、残りの一人…私に声を掛けてきてくれた人の事は、見覚えがあった。

 

「え…?…イヴ…?」

「久し振りね、イリゼ。蜜探しを手伝ってもらった時以来かしら」

 

 まさかの再会に私は驚く。いつかまた、とは思ってたけど、こんな場所でだなんて…。

 

「……へ?じゃあもしかして、イヴの言ってたお店ってここ?」

「違うわよ、そんな訳ないでしょう…。…分かってて言ったわね?」

「いや、まぁ…はい」

「全く…。…でも確かに、あの時はちゃんと言っていなかったわね。改めて自己紹介するわ。私はイヴォンヌ・ユリアンティラ。副業でパティシエをしている…ポケモンリーグ四天王の一人よ」

 

 仕切り直すようにして、イヴは言う。自分はポケモンリーグの四天王なのだと。そして私が一度見失っていた緊張感を再び抱く中、イヴは続ける。

 

「これから貴女には、私達との四連戦をしてもらうわ。誰から挑んでも良いし、一回毎に休憩しても良いけど、途中で出る事は出来ないわ。負けるか、全員に勝つかするまでは…ね」

「…それが、チャンピオンに挑む為の、最後の試練……」

「そういう事だ。だが、ジムと同じように思っているならすぐにその認識を改めた方がいい。あくまでトレーナーを試す事を目的としていたジムリーダーと違って、俺達は純粋に、挑戦者を倒す為にここにいるんだからな」

「でも、きゅーけーを邪魔したり急かしたりはしないから、そこは安心して。それに…最強になる為にここまで来たなら、こんな事で物怖じしたりはしないよね?」

「わたし達は、全員本気で貴女を倒しにいきます。ですから、貴女も…全力で、わたし達に勝ちに来て下さい」

 

 それぞれの声から感じる、自信と実力…それに、私への期待。初めにイヴが言ったけど、ジムを制覇しても、リーグには挑まない…って人は結構いるらしい。ジムを制覇したって実績で満足したり、制覇までが限界だと思って止めてしまったり、或いは「いつかは挑戦したいけど、きっとまだ今の実力じゃ敵わない」と思って特訓していたりと、理由は色々らしいけど…だから、こうして挑戦しに来る人は、イヴ達にとって貴重なのかもしれない。そして、その事に…私という挑戦者に期待をしてくれているのなら…応えてみせる。

 私は一歩、前に踏み出す。見上げて、四人を…四天王をはっきりと見据えて、そして……って、あれ…?

 

「……あのー…」

「何かしら?」

「…そこの柱の上って、どうやって登ったらいいんですか…?というか、皆さんもそこから降りられないんじゃ…?」

 

 さあ、挑戦だ!…と思った私だけど、四人の乗る柱は高過ぎて、そのままじゃバトルが成立しない。しかも、登る為の階段や梯子も見つからない。これで一体どうしろと?としか言えない状況で…おずおずと訊いた私に対し、イヴは言った。

 

「あ、それなら大丈夫よ。この柱、普通に降ろせるから」

「…じゃあ、これってまさか…ただの演出…?」

「まあ、そうなるわね」

「…………」

 

 早速下がり始める…今度は常識的な速度で下がっていく柱。それを何とも言えない気持ちになりつつ眺める私。…き、気を取り直そう…うん、確かに演出としてはインパクトあったもんね!ならそれ以上は気にしないのが吉ってものだよねっ!

 

「さてと、それじゃあ私達はそれぞれの部屋で待ってるから…命懸けで獲りにきて。…なーんて、ね」

「それだと格闘タイプの技使ってこい、って意味にも聞こえますね…後、出来ればそれは手持ち的に私が言いたかった…」

「もしそれを偽アドバイスとして言ってたなら、戦術的だな。…らしくないけど」

 

 柱が完全に折りたところで、四天王の四人はここにある五つの扉の内、一番奥を除いた四つへそれぞれ入っていく。…部屋が分かれているのは、こっちの手の内を四天王側が把握出来ちゃう事を避ける為かもしれないけど、こうなると柱は本当に演出でしかなかった訳で…ほんと、気にしないでおこうかな…。……よし。

 

「あら?…もう来た、って事は…私が一人目なのね」

「はい。嫌でした?」

「ううん、むしろ嬉しいわ。一人目って事は、完全に万全な貴女とバトル出来るって事だもの」

 

 そう言って、イヴは小さく笑みを浮かべる。私の中にあったイメージとは、少し違う雰囲気だけど…四天王の一角だと思えば、別に不思議な事じゃない。

 さっきまでの部屋よりは狭い、けどバトルをするには十分な広さのある部屋。その部屋の中で、私達は向かい合い…イヴは、ボールを放る。

 

「出番よ、アントルメ」

「ふぃーぅ!」

 

 現れたのは、クリームポケモンのマホイップ。パティシエであるイヴの手持ちとしては、正にピッタリなポケモンで…私もまた、るーちゃんに呼び掛ける。るーちゃんとアントルメも、向かい合う。

 

「ちるちる…ちる!?ち、ちる……」

「ふゅ〜?」

「…ちるっ」

「…え、っと…イリゼ?いきなりるーちゃんが、翼を頭と首に沿わせて横になったんだけど……」

「こ、これは…るーちゃんの渾身のモノマネ、卵サンド…!まさかるーちゃん、アントルメのケーキみたいな見た目に対抗しようと…」

「えぇ…?…そんな事しなくても、るーちゃんの翼は綿菓子みたいだし、進化前は蒸しケーキみたいだったと思うけどね…」

 

 突然のるーちゃんのモノマネに困惑するイヴだったけど、すぐに気を取り直し、私とるーちゃんに四天王としての眼差しを向けてくる。それに私も、挑戦者としての意思を乗せた視線で返す。

 ここから始まるのは、四連戦。チャンピオンとの最終決戦を加えれば五連戦で、途中で負ければそれでお終い。だから四天王とのバトルで力を使い果たす訳にはいかないし、ましてやこのバトルは万全の状態だからこそ、出来る限り余力を残したまま勝つ事が、私達には求められる。…でも…きっと、無理だ。イヴは…そして恐らく他の四天王も、『通過点』だと思って勝てるような相手じゃない。

 

(五回のバトル、その全てで全力を出さなきゃいけない、か…。…いいよ、ここまで来たんだもん…五回でも十回でも、やってみせる…!)

 

 起き上がり、振り向いたるーちゃんと頷き合い、私達は臨戦体勢を取る。最強に挑む為の、最後の試練……その一つ目が、始まった。

 

 

 

 

 イヴとアントルメの戦い方は、一言で言うなら柔軟且つ堅牢、だった。自分から積極的に攻めるんじゃなくて、防御体勢をしっかりと整え、相手の動きをよく見て対応する…という点では私達と同じだけど、向こうはより相手に合わせて動きを変える、仕掛ける方法を切り替えていく…というスタイルだった。四天王の初戦ながら、ぶつかり合いより策の詰め合いが割合の多くを占めるバトルだった。

 トレーナーである私の集中力を相当消耗させられるバトルではあったけど、反面アントルメの攻撃能力はそこまで高い訳じゃなかった(といっても、るーちゃんと比較すれば素早さに劣る分攻撃面は勝ってる感じ)おかげで、るーちゃんの余力はある程度残せたバトルであったようにも思う。…そう。私は勝った。まだ一勝、五連戦の序盤ではあるけど…勝利を収める事に、成功する。

 

「…やるわね、イリゼ。まさか私が、似たような戦い方をする相手に上をいかれるなんて……」

 

 戦闘不能になったアントルメを撫で、労いの言葉を掛けた後、私に向き直ったイヴは言う。驚きと、やられたなっていう感情…それに多分、感心も籠った表情を浮かべて。

 

「上なんて、そんな…正直今回のバトルは、上手く賭けに勝てたからこの結果が得られた…って部分が大きいですし…」

「賭けだろうとなんだろうと、結果は結果よ。それに碌な元手も無しにする賭けはただの博打だけど、十分な元手…準備と下地を用意した上での賭けは、立派な戦術よ。…多分だけどね」

 

 この結果は、賭けに勝てたから。そう私が返せば、イヴは肩を竦める。私が賭けに出たのは、賭けに勝てればるーちゃんの消耗を抑えつつ勝利に繋げられると思ったからで、同時にるーちゃんの防御能力と、アントルメの攻撃能力、それに互いの機動力を踏まえれば、賭けに負けても致命傷にはならない…かなり劣勢にはなるけど、勝利の可能性が潰える程には至らないと読んだから。

 そしてそれは、決して運任せなんかじゃない。徹頭徹尾運に任せた無策ではなく、考えて、準備して、状態も整えた上で…最後に運も混じるというだけの事。だから…そうだ。賭けではあったけど、この結果は誇っていいものなんだ、きっと。

 

「さ、行きなさいイリゼ。貴女なら他の三人にも遅れを取る事はない筈だけど…四天王の一人に勝ったからって油断はしない方が良いわ。私達はそれぞれ戦い方が違う…だから私とのバトルよりもう少し楽に勝てる相手がいるかもしれないし、私よりずっと苦戦する相手がいるかもしれないって思っていた方が身の為よ」

「…いいんですか?そういう事話しちゃって」

「別に具体的な話をしてる訳じゃないもの、大丈夫よ。…それじゃ、前の事もあるし、私はイリゼとるーちゃん用にケーキでも作ろうかしら。それがお祝いのケーキになるか、慰めのケーキになるかは、貴女達次第だけど…ね」

「イヴ…なら、とびきり甘いのをお願いします。とびきり甘い、お祝いのケーキを」

 

 ジムリーダーの時と同じように、私はイヴとも握手を交わし、部屋を出る。消耗を抑えられたとは言っても少なからず疲れているるーちゃんを大部屋で休ませて、持ち込んだ準備で出来るだけ状態も整えて…次の、部屋へと向かう。

 

「…来たか。時間からして、俺が二人目…その表情からすると、一人目はイヴだった、ってところか」

「よ、よく分かりましたね…時間はともかく、相手まで分かるんですか…?」

「表情から推測したまでだ。それに、結局のところ三択だからな。であれば消去法でどうとでもなるさ」

 

 いや、普通は表情から読み取って消去法に移る事自体出来ないような…早速そんな感想を懐く事になった、二人目の四天王。彼を二人目に選んだ理由は、実のところ何となくで……って、そうだ。

 

「…私は、イリゼです」

「うん?…あぁ悪い、自己紹介がまだだったな。…四天王が一角、凍月影。俺はあまり雑談が得意じゃない、来た以上は早速…と、言いたいところだが……」

「……?」

「一つ、問おう。イリゼは何の為にチャンピオンを目指す。何がしたくて、最強の座を望む?」

 

 一拍の後、投げ掛けられる問い。何故、何の為に目指すのか…即ちどうして今、私はここにいるのかを、真正面に立つ影君から問われる。こんな質問をされるなんて微塵も思っていなかった私は驚いて、すぐには返せなくて…でもちゃんと、理由はある。思いがある。だから私は、自分の中の気持ちを整理して…真っ直ぐに見て、言う。

 

「理由は、沢山あります。チャンピオンへの道は、ポケモン図鑑を作る上でもプラスになりそうだからとか、バトルしてくれたジムリーダーや多くのトレーナーから背中を押されたからとか、グレイブ君にリベンジしたいとか沢山あって…正直、初めの頃は試しにやってみようっていう、軽い気持ちもありました。でも、一番の理由は、相棒と……るーちゃんと、高みを目指したいからです。自分達の限界まで…ううん、限界を超えて、どこまでも駆け抜けたいと思ったからです」

「そうか…青いな。青いし、似たような事を言うトレーナーは多くいる。…だが、君は…イリゼはここまで来た。ただの夢想、夢物語ではなく、それを現実とする為にここまで歩んできた訳だ。…そういう信念の伴った青さは、嫌いじゃないさ」

 

 ここまでどこか淡白だった、冷めた様子を感じられた影君の表情が、初めて緩む。嫌いじゃないという言葉に、ほんのりと温かみが籠る。

 それは、私の答えに納得してくれたって事だと思う。挑戦者として認めてくれた…って面もある気がする。だけど私は、それで満足しちゃいけない。今影君が言った通り、私は私の思いをただの夢にしない為にここまで来て…まだ先に、進むんだから。

 

「因みに先日グレイブに同じ問いをした時は、こう返されたよ。『理由?そんなの、最強になりたいから最強になったに決まってんじゃん』ってね。…全く、彼も大したものだよ、ほんと」

「あはは…確かにグレイブ君らしいですね…。…うん?彼も……?」

「…さあ、バトルといこうか。一つ一つのバトルに固執する気はないが…負ける気もない」

 

 彼は、ではなく彼も、という表現をした事に引っ掛かった私だけど、やり取りを打ち切るようにして影君はボールを手にする。その瞬間、剣呑な…油断出来ないとかじゃなくて、油断しちゃいけないと思わされるような雰囲気が部屋の中に満ちて…影君が軽く投げたボールから現れたポケモンが、両脚で静かに床へと立つ。

 

「るそぅぅ……!」

 

 鋭い眼光をこちらに向けてくるのは、火の剣士ポケモン、ソウブレイズ。影君の事はまだよく分からないけど、その静かな…それでいて研ぎ澄まされたような雰囲気は、影君とそっくりに感じる。

 

「レイズ、相手は一戦交えた様子だが、休息も取った後と見える。初手から全力でいくぞ」

「…るーちゃん、今言われた通りこっちはこれで二戦目。ここで勝ってもまだチャンピオンまで二戦ある…っていっても、もう分かってるよね?目の前の一戦に集中しなきゃ、勝ち目なんてない…気を引き締めていくよ!」

「るぅーちるっ!」

 

 力強く一鳴きしたるーちゃんの様子で今の状態を再認識した私は、るーちゃんに言った通り気を引き締める。

 向こうはどこからでもかかってこいとばかりの面持ち。それを真っ向から見つめ返し…二戦目の幕が開く。

 

「攻めてこないなら好都合…!るーちゃん、まずは……」

「レイズ」

「そうる…ッ!」

「……!」

 

 防戦を得意とするるーちゃんにとって、防御体勢を整える隙を作ってくれるのはありがたい。そう思って指示を出そうとした瞬間、影君はレイズの名前を呼び…それだけで理解したらしいレイズは、一直線に突っ込んでくる。

 特別速いって訳じゃない。けど、初手を譲ってくれるものだと思っていた…そういう表情をしていたからそう判断した私の裏をかいてきた行動に、私は面食らう。そしてそこから、私は知る。影君とレイズ…このコンビの、戦い方を。

 一戦目のイヴとアントルメの戦い方は、臨機応変に、的確に相手に対応していくというもの。対して影君とレイズの戦い方は、こちらに対応を強いる…狙った対応の仕方へと誘導し、そこを叩いて追い詰めるという、目に見えない形で優位を取るスタイル。レイズは高い攻撃能力と近接格闘能力を持つポケモンで、攻撃能力以外も低くはない。そして『なら下がって遠距離戦に徹すれば』と思った時点で、向こうの策略の入り口に立ってしまっている…といったところ。狙った通りに誘導されていると気付かなければそのまま追い詰められ、気付いてもそのタイミングが遅ければ同様、早期に気付いたのならそれを前提に第二第三の策を放っていく…これまでほぼこういうスタイルの相手と戦った事がなかったのもあって、私もるーちゃんも苦労した。物凄く、追い詰められた。

 

「…………」

「…………」

「…自分を貫いた、か…見事だ、イリゼ」

 

 着地したるーちゃんの前で、レイズが膝を突く。そのままレイズは倒れ…決着となった。

 自分を貫いた。自分で言うのもあれだけど、それがこのバトルの突破口となった。勿論簡単に出来た訳じゃないけど、それをさせないのが影君の戦術な訳だけど…影君の先を読むような指示とレイズの狡猾さを感じさせる攻め手に隠れているだけで、使ってくる技自体は特に搦め手のない、高い攻撃能力を活かした純粋なアタッカーだと気付いてからは、一気に勝利への道が開けた。純攻撃型なら防御に長けるるーちゃんにとっては戦い易い相手だし、タイプ的にもこっちが有利。まやかし…ではないにしろ、物理的ではなく心理的に追い詰めてくる戦法を跳ね除ける前と後じゃ、全く違う相手だったと私は思う。

 

「……っ…連続で、凄い疲れた…るーちゃんも、気持ち的に凄く大変だったよね…」

「ちるう」

「えっ、違うの?」

「いや、今のは『違う』って言ったのか…?…まぁ、言ってそうな響きではあるが……」

 

 私はるーちゃんを撫で、影君もレイズの肩に優しく手を置く。ちるう、という鳴き声に私が反応すれば、影君は困惑し…会話が途切れる。

 

(どうしよう…雑談は得意じゃないって言ってたし、早く退室した方がいいのかな……)

「仲が、いいんだな」

「へ?…あ、はい。でも、それは影達もですよね?」

「…そう見えるか?」

「だって、指示は殆ど端的だったじゃないですか。なのにどれもちゃんと伝わっていたって事は、それだけ互いを理解してる、信頼してる…って事、ですよね?」

「徹底的に訓練した結果、とは思わないんだな…。…まあ、否定はしないさ。ここまで来たなら分かると思うが、鍛錬も戦略も信頼も、全てに手を抜かないのが強者というものだ」

 

 影の言葉に、私は頷く。これまで私が強いと思ったトレーナーとポケモンの間には、いつも信頼関係があった。信頼があるからポケモンはトレーナーの指示を躊躇う事なく行動に移してくれるし、トレーナーはポケモンが自ら判断しての選択をしてもその意図を察する事が出来るし、理解なくして信頼はない。よく理解してる、それだけ深く知ろうとしたからこその信頼であって…それを軽んじたら、当然強くなれる訳なんてないよね。

 

「…バトル、ありがとうございました。ここまで来てこんな事言うのも変ですが…もっと、ポケモンバトルへの理解が深まった気がします」

「変でもないさ、俺も自分を貫く相手にはどうするかを考える参考になった。…チャンピオンは勿論、残りの二人も強いが…それなりに期待してるぞ」

「そ、それなりなんですね…はいっ!」

「…それと、さっきの疑問だが…『最強になりたいんじゃなくて、憧れに追い付きたいから…憧れを超えたいからここまで来たんだ』って答えたトレーナーもいた。そういう事だ」

 

 握手を交わしたところで、影君は教えてくれた。一瞬何の事が分からなかったけど…バトル前のやり取り、影君が打ち切ったそれに対する答えなんだと、一拍置いて私は気付いた。それが誰の答えなのかは、分からないけども…そういう思いも素敵だって、そう思った。

 

「失礼しまー……」

「お、来たね!その顔を見るに、えー君とバトルした後かな?私は凍月茜、えー君に勝つなんてやるね!」

 

 また休み、休息後に入った三つ目の部屋。入った瞬間、私は三人目…茜へと軽快に話し掛けられ、思わず戸惑う。え、影君に続いて顔だけで読まれた…これ、向こうが凄いってより、私が分かり易いだけ…?…って、いうか…凍月……?

 

「…もしかして、茜と影君って……」

「うん、夫婦だよ。この場合、職場恋愛になるのかな?」

「さ、さぁ…」

 

 ここはまあ職場だと思うけど、ここで会ってから夫婦になったのか、夫婦になってから四天王になったのか分からないんだから、訊かれても答えられる訳がない。…明るい人だとは思ってたけど、かなり個性的な人でもあるかも…。

 

「ところで、えー君とのバトルはどうだった?」

「…凄く、大変でした。イヴとのバトルも大変でしたけど…多分、それ以上に」

「でしょでしょ?えー君強かったでしょー?…でもえー君の戦い方は、偶に全く通用しない相手がいるからね。逆にゆりちゃんの戦い方はえー君程の圧力はなくても、全く通用しない…って事は滅多にないし、どんな戦い方も一長一短だよね」

「そう…ですね。…えっと……」

「何が言いたいのか、かな?…だから、私は気になるんだ。ここまで辿り着いた、えー君も倒した貴女が、どんな戦い方をするのかが」

 

 表情はにこやかなまま、茜の雰囲気がふっ…と変わる。ここまでの二人と同じように、雰囲気だけでその実力の高さを感じさせてくる。

 

「あるまー、今日の挑戦者はレイズに勝った子だよ。…目一杯の本気で、いかないとね」

「るまぁぁ!」

 

 覇気の籠った鳴き声と共に現れる、火の戦士ポケモンのグレンアルマ。影君のレイズを連想させるあるまーは、レイズ…ソウブレイズと同じ種類のポケモンから進化する、関係性が深いポケモン。

 でも、関係性が深いからって、影君とのバトルの経験が活きるとは限らない。むしろ条件次第でそれぞれ別の姿に進化するポケモンっていうのは、強みとなる能力も大きく変わっているパターンもあるから、変に影君とのバトルを活かそうとすると、逆に危険になるかもしれない。

 

「るーちゃん、四天王戦は後半分だよ。ここで勝てば、後一人、後一戦…って思えるようになる。だから…今残ってる気力、この勝負で振り絞るよっ!」

「るるちるーっ!」

 

 まだいける、そんな風に鳴いてくれるるーちゃんの後ろに立ち、少し遅れちゃったけど私は茜に自己紹介。良いバトルにしようね、と笑う茜にしっかりと頷いて…バトル開始。私はるーちゃんに防御態勢を整える事を指示し…次の瞬間、熱線がるーちゃんに襲い掛かる。

 

「これは…それにその姿、やっぱり……!」

「そーゆー事。あるまーの砲撃に、るーちゃんは耐えられるかな?」

 

 言葉通りの、炎の砲撃。あるまーはレイズとは対照的に、遠距離攻撃を得意とするポケモン。一射でそれを理解した私は、遠距離攻撃の性質と傾向…熱線の他にも色々撃てるのか、連射攻撃もあるのか、遠距離攻撃特化なのか、それとも他の攻撃もある程度出来るのか…そういうあれこれを探る為に、るーちゃんにこっちも遠距離攻撃を仕掛けつつ、出方を伺う事を伝え…けど、すぐに気付く。あるまーが的確な偏差砲撃を…回避先を読んだ攻撃をしてくる事に。それも一度や二度じゃなく、常に…こっちが動きを変えても一切バレる事なく、動きを全て把握されているかの如く狙ってくる事に。

 影君の時と同じく、誘導されている?…ううん、違う。茜は揺さ振りをかけてきたり、策略を張り巡らせてきたりはしていない。原理は全く分からない、けど確かに…明確にこっちの動きを見切ってきている。そして、何故か分からないのに読まれるというのは…凄く、恐ろしい。

 

(…けど、だったら…向こうが読んで撃ってくるなら、私はるーちゃんの持ち味を活かす…ッ!)

 

 読まれて当てられる以上、どうしたって無傷じゃ済まない。防御自体は何とか間に合わせてるから、直撃は防げてるけど、回避だけじゃなく攻撃まで見切ってくるから、一方的に削られている。しかも、どんな避け方をしても当てられるというのはプレッシャーが凄いし、回避しようとしたところから緊急で防御をするのは、当然るーちゃんへの負担も大きい。でも、だからって初めから避けないでいると、次々撃たれてやっぱりるーちゃんの負担が増える。影君の場合は考えれば考える程、動けば動く程泥沼になってる感があったけど、茜の場合は逆。初めから、壁の様に『通用しない』とシャットアウトしてくる。

 だからこそ、私は選ぶ。避けるでも、受けるでもなく…るーちゃんの防御能力を活かして、凌ぐ事を。どうしたって、遠距離の撃ち合いじゃ勝ち目はない。それは分かってる事だから、防御で受けつつ前に出る。

 勿論それは、簡単な事じゃない。一発一発が重いあるまーの砲撃を受けて、凌ぎながらも進むなんて普通は困難。だけどるーちゃんは防御に長ける事に加えて炎タイプに耐性があるから、無防備な直撃さえしなければ一気に削られる事はないし…ふわもこの翼を持ち、体格の割に軽いるーちゃんは、風を受けて飛ぶのが大の得意。だから位置を、角度を見切れば…私が判断と指示を誤らなければ、熱線の放つ熱風を利用する事で、軽やかに躱せる。

 

「やるね、イリゼ…ううん、ぜーちゃんっ!けど、まだまだぁ!」

「スピードならこっちの方が上だよ、茜ッ!」

 

 遂に近距離まで攻め込んだるーちゃんの攻撃が、あるまーに当たる。やっぱり読まれてはいるけど、多少ながら素早さではるーちゃんが勝っているから、追い縋る事で避け切れない状況を作れる。一気に倒せるだけの攻撃力はないから、一度の肉薄で決着にまでは持ち込めなかったけど、るーちゃんは果敢に攻めて、攻め続けて……勝利を、掴む。

 

「あるまー!……くっ…ここまでよく耐えたね、あるまー…」

「…何とか、なった…これで三勝目だよ、るーちゃん…!」

 

 最後は削り合いになった。三戦目で万全じゃない事もあって、攻め込んでからもるーちゃんは相当削られた。…それでも、勝った。私達が、削り切った。

 

「…うん、私の負けだよ。流石はえー君達に勝ったトレーナー、すっごく強かったね」

「いえ、私達もギリギリでした。あるまーのエスパータイプの技に対する耐性をるーちゃんは持ってませんし、もっと攻め込む判断が遅かったら、きっと負けてたのは私達です」

「でも、そうはならなかった。ぜーちゃんはチャンスが消える前に突破口を見つけたし、るーちゃんはそれに答えたから、勝った。たらればを考えても仕方ない、って言うでしょ?あれは失敗した時によく使うけど、成功した時にも言えるんだよ?もしもじゃなくて、現実として勝ったんだ、ってね」

 

 翼を整えるようにして撫でてから、私は茜と言葉を交わす。負けた直後でも、茜はなんだか満足そうで…やっぱり茜は、明るくてさっぱりした人柄なんだと思う。バトルをする事で、ポケモンだけじゃなく、トレーナーの人となりも知る事が出来る…それも、ポケモンバトルの良いところ。

 

「そういえば、ぜーちゃんはカイト博士のところで色々学んだんだよね?うーん残念、もしぜーちゃんがポケモンスクールで学ぶ事を選んでたら、もっと早く出会えてたかもしれないのにな〜」

「え?…もしや、茜はスクールの先生なんですか?」

「うん、ゆりちゃんがパティシエやってるみたいに、四天王は副業をする事も出来るんだよね。なにせリーグは、いつも挑戦者がいる訳じゃないし」

「…じゃあ、影君も何か副業を……」

「うん、もしもの時に備えていつも家を警備してくれてるよっ」

「それ本当に副業ですか!?」

 

 楽しそうに笑う茜の表情からは、嘘か本当か、嘘だとしたら本当は何なのか…その辺りが全く見えてこない。後、結局読みに読まれた理由もバトルの中じゃ分からなかった。…まさか、元々の才能…?

…まあ、それはともかく、改めて考えると、茜とのバトルでも、勝利の糸口は自分を貫く事だった。自分を、自分達の得意とする事をちゃんと貫けたから、私達は勝てた。そういう意味じゃ、影君とのバトルの経験も、無意識化で役になってた…のかもしれない。

 

「…次が、最後の四天王戦だね。応援してるよ、ぜーちゃん」

「はい。最後の一人にも…必ず、勝ってみせます」

 

 握手と共に最後の言葉を交わし、三つ目の部屋を出る。三戦終えた後となれば、本格的な休息は取れないここじゃ流石に癒し切れない疲労が残る。でもせめて、少しでもるーちゃんを回復させてあげようと、私はお菓子をあげたりマッサージをしてあげたりして…そうして最後の四天王の部屋へと入る。

 

「来ましたか、挑戦者さん。その様子だと…どうやらわたしが三人目の様ですね」

「あ…いえ、四人目です」

「えっ?」

「…すみません、四人目です…」

 

 自信満々に言い放つ…でも間違っている最後の一人。なんだか申し訳なくなった私が謝ると、最後の一人はかぁっと顔を赤くする。…いや、うん、そうだよね…ここまで皆当ててきたけど、イヴはすぐだったから分かるのも当然だし、影君や茜が凄いだけで、分からないのが普通だよね…。

 

「ま、まあいいです、いいでしょう!三人目より、最後の四天王の方が気分的に盛り上がりますし!」

「えぇ、と…はい、宜しくお願いします」

「こ、こほんっ。…わたしはビッキィ・ガングニル。三人を連続で倒した時点で、貴女が一流のトレーナーである事は誰もが認めるでしょう。わたしだって、三人を連続で倒せるかと言われれば、出来る…と断言までは出来ませんから。…ですが、それはそれ、これはこれ。わたしは最後の四天王として…全力で、貴女の突破を阻みます」

 

 初っ端から拍子抜けな流れになった最後の四天王…ビッキィだけど、気を取り直してからの風格はこれまでの三人と遜色ない。だからこそ、私は痛感する。三戦やってかなり消耗した…休憩しても回復し切れてない中で、これまでと同格の相手に後一つ勝たなきゃいけないんだって。

 自己紹介し、私も気を引き締める。後一勝、されど一勝。まだ気を緩める事なんて、出来やしない。

 

「…ところで、イリゼさんが初めて戦ったジムリーダーは、ピーシェ様だったらしいですね。可能性を感じると、ピーシェ様は言っていましたが…どうやらその通りだったようです」

「え?…ビッキィは、ピーシェと知り合いなんですか?」

「知り合いも何も、ピーシェ様は私の師匠です。ピーシェ様がいたからこそ、わたしはここまで強くなれた…分かっていると思いますが、ジムリーダーとしてではない、純粋に全力のピーシェ様は、イリゼさんが知っているよりずっと強いんですからね?」

「…分かってます。ジムリーダーは、皆私を試し、成長を促してくれた。私がここにいるのも、ジムリーダー達の…多くの人達のおかげです」

「…貴女とは、良いバトルが出来そうです。それに、ピーシェ様への挑戦で始まった、チャンピオンに挑む道の最後の壁がわたしというのは…ふふ、どうしようもなく燃えてきますね」

 

 にぃ、と好戦的な笑みを浮かべるビッキィの、強い視線。最後の四天王戦、その緊張感が高まっていく。

 

「わたし達の力、見せるよハンゾウ!」

「げっこぉぉぉぉッ!」

 

 力強く投げられたボールから、片手と両脚の三点で着地したビッキィの相棒。ハンゾウこと、忍びポケモンのゲッコウガは既に臨戦体勢で、現れた時点から隙がない。

 

「…るーちゃん、まだいける?まだ、やれる?」

「ちーる。ちるる、ちーるぅっ!」

「そっか。それじゃあ…勝つよ!勝って…私達は、頂点に挑む!」

 

 疲れはある筈。それでもにこりと笑って前に出てくれるるーちゃんに、私がかけるのは気遣いではなく、勝利への言葉。今必要なのは気遣いじゃない、今トレーナーとして言ってあげるべきなのは…るーちゃんを信じ、後押しする言葉。

 後一人、でも負ければ一からの挑戦になる。だけど、気負いはない。あるのはやる気と、勝ってやるんだって強い意思だけ。だから私はその思いを燃やし…るーちゃんと共に、真っ向からぶつかっていく。

 

「るーちゃん、スピードに対抗する必要はないよ!よく見ていこう!」

「よく見る余裕をあげるとでも?」

 

 見た目通り軽快に動くハンゾウに対し、私はいつも通りの、相手の攻撃をよく見て、防いで、反撃に繋げる基本のスタイルでやる事を指示。勿論いつも通りにやるだけで勝てる相手だとは思えないから、私も意識を集中させる。今の動きだけじゃなく、次にしそうな動きや、最終的に狙ってる事柄まで、指示を出しつつ予想を立てる。

 素早く、攻撃能力も高く、遠近両対応の攻め手を持っているハンゾウは、体格的にも愛月君のケープに近い。だから普通の攻防戦においてはその経験が活きるし、今のところ影君や茜の時の様な、どんどん追い詰められていく感覚もない。…と、表現すると四天王の中で一番戦い易い、経験的にも勝ち易い相手の様に思えるけど…実際は、違う。

 

「遅い!甘い!ハンゾウ、畳み掛けてッ!」

「ぐっ…(強い…柔軟性とか、策略とか、先読みとかじゃなくて…純粋に、強い……ッ!)」

 

 次々と、どの距離にいても攻撃を仕掛けられる。防御しても、回避しても、カウンターに繋げたとしてもビッキィはまるで動じず、次の攻撃に移ってくる。けど決して攻撃一辺倒のごり押しという訳ではなく、ハンゾウは縦横無尽に動き回り、攻め手を絶やさない事によって、攻撃は最大の防御を実現している。実際こっちもある程度反撃出来ているとはいえ、それより遥かにハンゾウの攻撃回数の方が多く、既に何度か防御が間に合わない瞬間も突かれている。

 能力的にはケープに似ているけど、スタイルは違った。ケープ…というか愛月君は、攻める時は攻めるけど、基本は相手の動きを伺って対応や判断をしていく、攻めて引いてを細かく切り替えるスタイルだけど、ビッキィのスタイルは怒涛の攻撃で相手を圧倒し、主導権を握り続けるというもの。愛月君より、むしろグレイブ君に近いスタイル。そして、その積極的攻撃スタイルは、るーちゃんが苦手とする戦い方ではないけど、どうしたってるーちゃんの体力に負担が掛かる以上、出来る事なら四戦目…四天王戦の最後にはしたくないようなものだった。

 でも、私には負けたくない、勝ちたいという思いがある。るーちゃんからも、大変でも、キツくても、粘って踏ん張って喰らい付くんだって意思を感じる。向こうだって、負ける気なんてないだろうけど…思いのぶつかり合いでなら、それこそ絶対負けたりはしない。だから……

 

「最後の瞬間まで、全身全霊を尽くしてみせる…ッ!ハンゾウ、全力全開!奥義、螺旋手裏…もとい、水手裏剣ッ!」

「真っ向から押し返す、跳ね返す、そして貫く!決めるよるーちゃん、ゴッド…バードッ!」

 

 自身の右側で近付けた両手の間で、渦を巻きながら水が集まっていく。水は手裏剣の形になり、ハンゾウはそれを真上に掲げ、更にそこから手裏剣が巨大化していく。

 手裏剣が巨大化する中、私もるーちゃんに大技を指示。翼を広げたるーちゃんは光に包まれ、その光は強くなっていく。そして、るーちゃんはハンゾウ目掛けてフルパワーの突進を仕掛ける。

 光り輝く神鳥となったるーちゃんと、投げ放たれた水手裏剣が…渦巻き飛翔する水の刃が、激突。光と水飛沫が拡散し、渦巻き飛び散る水によって光は四方八方に反射し、眩い光が部屋を包み……その光が収まった時、立っていたのはるーちゃんだった。

 

「…負けた、か…ハンゾウ、最後の最後まで、本当に格好良かったよ」

 

 前に倒れた、きっと最後まで挑もうとしたハンゾウを抱え、ビッキィは優しく声を掛ける。そして視線を私へと移し…言う。

 

「悔しいです。凄く、凄く悔しいです。…でも、それは負けない位…ほんっとうに、良い勝負でした!ありがとうございます、イリゼさん!勝負は、貴女の…貴女達の、勝ちです!」

「……っ!るーちゃん!やったよ、るーちゃんやったよ!私達…四天王全員に、勝ったんだよっ!」

 

 やり切った、そう言わんばかりの爽やかな顔を見せてくれるビッキィの言葉で勝利の実感を得た私は、るーちゃんに駆け寄って抱き締める。私の行動に、るーちゃんはびっくりした顔になって…でも喜びの鳴き声を上げてくれる。

 まだ、全部終わった訳じゃない。本当の、真の決戦は、この先にある。あくまで四天王への勝利は、その為の扉を開く行為に過ぎない。…でも、喜んだって良いよね。四天王全員に勝てた事だって、ほんとに嬉しいんだから。

 

「…まさか、本当に勝ってみせるとは…最後の四天王として戦って負けるのは、やっぱり色んな気持ちが生まれてきます」

「色んな気持ち、ですか?」

「えぇ。自分が負ければ『四天王が完全敗北』となる事へのプレッシャー、三人に勝ってきた相手と戦える事への高揚感、それだけのトレーナーに対する興味…そして負けた今の、悔しさと清々しさ、これからこの人がチャンピオンに挑むんだっていう期待感…正直これ程多くの感情が次々と出てくる事なんて、人生の中でもそうそうないと思います」

「…期待、してくれるんですね」

「勿論。イリゼさん達は全力を出したわたし達に勝ったんです。だから…チャンピオンとの最終決戦も、最高のバトルをして下さいね?」

 

 負けた悔しさ以外にも色々な感情がある、期待も湧いてくるんだって言葉を聞いて、改めて四天王の凄さを感じた。ジムリーダーもそう。四天王もそう。壁であると同時に、挑むに相応しくない相手に勝つ事を求められると同時に、更に先へ進むべき相手には負ける事も…壁としての責務を果たした上で敗北する事も求められるなんて、誰にでも出来る事じゃない。だから私の心には、尊敬も敬意もある。この感情は、勝った今も、何ら変わったりはしない。

 

「…けど、分かってますよね?今のチャンピオンは、イリゼさんと同じように四天王を全員倒して、その上で先代のチャンピオンを倒したトレーナーです。そのトレーナーが、万全の状態で、待ち構えているんです」

「…勝てると、思いますか?」

「さぁ?というか、今のチャンピオンもわたし達を倒してチャンピオンになったんですから、実のところイリゼさんだけを応援する気はないんですよね」

「あ、あー…。……絶対勝てる、とは思いません。るーちゃんは疲れてて、私も疲労してますから。けど…私には、ここまで歩んできた道がある。背中を押してくれた人達も、私を導いてくれた人達も、沢山いる。だから、最後まで突き進みます。るーちゃんと一緒に…この道の果てまで。果ての、先にまで」

「…その気持ちがあれば、きっと折れる事はないと思います。突き進んで下さい。イリゼさん達が望む、イリゼさん達の道の先へと」

 

 最後の握手を交わし、見送られながら部屋を出る。後、一つ。後、一勝。残るのは、最大最高の壁で……そこにこそ、目指し続けたバトルがある。

 

「ここまでよく頑張ったね、るーちゃん。偉いよ、本当に偉い。…ありがとね、ここまで一緒に来てくれて」

「ちーる、ちるるっ、ちる」

「…次で、最後だよ。次のバトルに…チャンピオンに勝てば、私達が最強になる。……大丈夫、私が勝たせてあげる。…じゃ、ないよね。私達で…一緒に勝とうね、るーちゃん」

「ちるっ!ちるちる、ちるーっ!」

 

 次が最後なんだから、もう先を見据えた温存なんて必要ない。可能な限りの、尽くせる限りの事をして、るーちゃんの体調を整えて、休憩もしっかり取って…私達は向かう。大部屋の最奥、唯一四天王が誰も入っていかなかった…四天王とのバトルの先に続いているだろう扉へ。

 押して、開ける。扉の先には長い階段があって、私はそれを登っていく。一歩一歩前へ、上へ、高みへと登っていき…踊り場の様な、少しだけ広い場所に出る。そこで私は、ある人と出会う。

 

「よぅ、イリゼ。…遂にここまで、来たんだな」

「ぐ、グレイブ君!?…もしかして、迎えに来てくれたの…?」

「まぁーな。知ってるか?チャンピオンって、リーグの中にいる間は割と暇なんだぜ?」

 

 まさかのグレイブに、私は驚く。でもグレイブ君からの返しに、ちょっと納得。四天王だって、副業をする位の余裕があるんだから、その四天王全員勝たないと挑めないチャンピオンは、暇だとしても全然おかしな事はない。

 

「にしてもほんと、世の中って面白いもんだよな。初心者中の初心者の時に出会った、軽く手解きしてやったトレーナーが、こうしてチャンピオンに挑むところまで来たんだからよ」

「あはは…グレイブ君も、私がここまで来れた理由の一つなんだよ?」

「当然だな。…まぁでも、そう言ってもらえるのは嬉しいぜ」

 

 二人で階段を登っていく。まだ、緊張はしていない。今はまだ、雑談出来る余裕がある。

 

「チャンピオンとしては、こうして挑戦者が現れるのってどうなの?現れるって事は、負けてチャンピオンの座を失うかもしれないって事だし、実は割と嬉しくなかったり?」

「まさか。勝ちゃいいんだから、何も恐れる事なんてねーよ。…それに、チャンピオンの座に固執して、挑戦者が現れない事を願うようなトレーナーが、チャンピオンになれるもんかよ。そんなトレーナーは、チャンピオンじゃない今のイリゼにだって敵わねーよ」

「そっか。…やっぱ凄いね、グレイブ君は。でも…私は負けないよ。私は勝つよ。グレイブ君に…チャンピオンに」

 

 階段の終わり。また扉があって、その先にはきっと、最終決戦の舞台がある。そんな場所に、扉の前に行き着いたところで、私はグレイブ君をじっと見つめる。するとグレイブ君は、満足そうな顔をした後……後頭部を掻きながら、言う。

 

「悪ぃ、イリゼ。待ってるなんて言っておいて情けねぇんだが──俺はもう、チャンピオンじゃねぇんだよ」

「え……?」

 

 一瞬、訳が分からなかった。意味が理解出来なかった。多分…一番、予想だにしない言葉だった。

 チャンピオンじゃない。その理由として考えられる事は二つ。一つはグレイブ君が自らその座を降りた可能性。でも、グレイブ君がそんな事をするとは思えない。という事は、もう一つの理由として考えられるのは……

 

「さぁ、行けよイリゼ。新たなチャンピオンが…俺を負かしたトレーナーが、待ってるぜ」

 

 開かれた扉、その先にいたトレーナー。それは…私の知る人物だった。二度、或いは三度戦った事のある相手だった。私とほぼ同時期にトレーナーとなった、同じように旅をしていた、私がいつかまたバトルを、と約束していた……愛月君が、そこにいた。

 

「こ、こんにちは、挑戦者さん。僕はチャンピオンの、愛月…だ…!…で、いいのかな…?」

「……っ…そ、っか…勝ったんだね、愛月君。私より先に、グレイブ君に…」

「う、うん…いや、でも、正直まぐれっていうか、運が良かったようなものだよ?もう一回バトルしたら普通にグレイブが勝つかもだし、ほんとまだまだチャンピオンなんて……」

 

 見るからにぎこちない様子を見せる、新たなチャンピオン。意外ではあったけど…納得出来ない相手じゃなかった。同時に影君の言っていた、答えの人物についても合点がいったし、ビッキィの言っていた『先代チャンピオン』がグレイブ君の前の人じゃなくて、グレイブ君だったんだって理解もした。

 一足先に、愛月君がリーグに来ていた。私と同じように四天王に勝ち、グレイブ君にも勝って、新チャンピオンになっていた。だから、今目の前には、グレイブ君じゃなくて愛月君がいて…おろおろとする愛月君に向けて、声が響く。

 

「気弱な事言ってんじゃねぇよ、愛月。まぐれじゃねぇ、運が良かったからでもねぇ。愛月は実力で、自分と相棒の力で、俺に勝ったんだ。チャンピオンになったんだ。愛月には俺が、まぐれで勝てるような相手に…運だけで何とかなるトレーナーに見えてんのか?」

「そ、そんな事……」

「だろ?…もうどうしようもねー程悔しいが、すぐに奪還戦を仕掛けてやりたいところだが…今は愛月が、チャンピオンなんだ。チャンピオンとして、挑戦者のイリゼと戦うんだ。頂点まで登り詰めたなら、最強の座を掴んだなら…背負ってみせろ。愛月が負かしてきた相手の思いを。チャンピオンの名前を。ここまで歩んできた、歩み続けて辿り着いた…愛月ってトレーナーの、その道の答えを」

「……ッ!…そう、だね…ごめん、ありがとう。…僕はチャンピオンだ。僕がチャンピオンだ。まだ不安だけど、自信はないけど…それでも今は、僕が…最強のポケモントレーナーだ」

 

 それは、叱咤であると同時にエール。きっと長い付き合いである…今まで弱さも、成長も見続けてきた、その果てに戦って負けた、チャンピオンの座を譲ったグレイブ君だからこその、愛月君への言葉。その言葉で愛月君の、それまでの雰囲気は吹き飛び……代わりに纏うのは、王者の気配。最強として君臨する、ポケモントレーナーの空気。

 気圧されそうになる。でも、引かない。引く事はない。…私もまた、この頂点を決める舞台に立っているんだから。私は相棒と共に、この先へ進んだから。

 

「…いこう、ケープ。僕達の、チャンピオンとしての初めてのバトルで…イリゼとるーちゃんとの、決着を付けるよ」

「くぁああああぁうッ!」

「いくよ、るーちゃん。愛月君とケープとの決着を付けて…私達が、チャンピオンになろう!もっともっと、羽ばたいていこう!」

「ちぃるぅううううっ!」

 

 向き合う、向かい合う、正対する。私にとってはチャンピオンとなる為の戦い。愛月君にとっては、初めての防衛戦…チャンピオンとしての守る戦い。どっちも負けられない、負けたくない理由があって…だから私達は、勝利を望む。その為に、全てを出し切る。

 これが、最後のバトル。最強を決める決戦。互いに譲れない思いを胸に、相棒と心を一つに戦う。そんなバトルが、最後のポケモンバトルが……幕を、開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…以上、仮想空間でのシミュレーションでした!一種のロールプレイングでした!皆、楽しんでくれたかな?」

『でしょうね!そうでしょうねっ!』

 

 私の発言に、十人以上からの猛突っ込みが返ってきた。さ、流石に圧が凄い…。…後これ、一応皆…別次元や別世界から来てくれた皆に対する発言だよ?ロールプレイング、楽しかった?…的な意味での言葉だよ?…まぁ、読んでくれている皆に対しても、別の意味で伝えてはいるけど…。

 

「にしても、中々に出番の差があったわね…一応わたしは二回出てきたけど、内容的にはかなり薄いし…」

「あはは…まぁ、それはシミュレーションの設定が『私をメインに据えた旅』っていう内容な以上、仕方ないっていうかなんていうか…」

「俺は中々楽しめたぜ?…けど一つ、納得いかない事がある」

 

 確かにそこにはちょっと申し訳ない部分もあるけど…と思いつつ私がセイツに返すと、そこでグレイブ君が声を上げる。納得いかない…その理由は何となく予想が付くけど、一応訊いてみる。

 

「もしかして、最後負けたって事になってた事?」

「当然だ!俺が愛月に負けるなんて…しかもよりにもよってポケモンバトルでだなんて、シミュレーションの設定だとしても納得出来ねぇ!俺のチャンピオン魂が許さねぇ!」

「えぇ…そんな事言われても、イリゼだって困ると思うよ?」

「かもな。だから、ちょっと外出ろ愛月。リベンジマッチだ!」

「なんで!?ちょっ、グレイブが負けたのはシミュレーションの事であって、実際のバトルをしてもリベンジには…って引っ張らないでよ!うわっ、ちょっ…もぉぉぉぉっ!」

 

 強引に引っ張られていく愛月君に、私は苦笑い。助け船を出そうかな、とも思ったけど…止めておいた。これはバトルしないとグレイブ君の気が済まないようだし…愛月君も、心の底から嫌がっている訳じゃないみたいだから。私の見間違いでなければ…愛月君も、今はちょっぴりバトルしたい気分のようだったから。

 

(…当たり前だけど、違う次元や世界で、違う立場や背景を持って、違うタイミングで出会えば、関係性も変わってくるよね)

 

 そんな二人を皆と見送りながら、私は思う。シミュレーションには全員参加したけど、現実と全く同じ関係になった相手は誰もいなかった。友達になれたり、近い関係性になれた相手はいるけど、完全に同じ相手は一人もいない。

 でも…そんな全然違う経緯で出会ったシミュレーションでも、私は皆と繋がりを紡ぐ事が出来た。出会えるような設定にしていたから、と言ってしまえばそれまでだけど…私はこう思いたい。私達の間には、違う出会い方をしたとしても、今と完全に同じ関係になる事はなかったとしても…それでもやっぱり、きっと仲良くなれるって。

 さてと。それじゃあ今日は帰ったら…ライヌちゃんとるーちゃんと、一杯遊んであげよっかな。




今回のパロディ解説

・「〜〜七の光で十三の闇に〜〜感じの場所……」
KINGDOM HEARTSシリーズに登場する場所(ワールド)の一つの事。要はやたら大きい(高い)椅子のある部屋の事ですね。勿論今回の話で出てきたのは、椅子ではなく柱ですが。

・「〜〜命懸けで獲りにきて〜〜」
閃乱カグラシリーズのキャッチフレーズの事。ですが作中でも軽く触れている通り、「命懸け」というのはポケモンの技にもあるんですよね。そして、格闘タイプなのでレイズには当然無効化されます。

・「〜〜奥義、螺旋手裏〜〜」
NARUTOの主人公、うずまきナルトの忍術の一つのパロディ。アニメにおけるサトシ編最後のOPのゲッコウガが使う水手裏剣は、ほんと螺旋手裏剣に見えますよね。




 一旦再開したコラボ番外編ですが、今度こそこれにて終了です。次回は本編に戻ります…が、本編も次の話を最後とし、作品情報数話を投稿した後OSも一先ずの終了としようと思っております。…が、当然次回作もあります。その次回作についても後々お知らせしようと思いますので、お待ち下さい。


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コラボエピソード あとがき

 え…っと、うん。読んでいる皆さん、初めまして…じゃ、ないよね。余程の物好きか適当に押した人でもない限り、シリーズ六作目の合同コラボのあとがきを初Originsシリーズとして読み始める人なんていないもんね。

 普通あとがきは作者さんがするもの…というか、作者さん以外する訳がないものだけど、敢えて…そしてインパクトを出す為だけに、このあとがきは私、イリゼがやる事になったんだ。いや、びっくりだよね。前代未聞だし、それで面白くなるなら良いけど、出オチになりそうな雰囲気が凄いんだもんね。

 まあ、前置きはこの位にして、早速今回のコラボの事を…皆と過ごした日々のあれこれを話していこっか。途中からは私以外も話してくれるから、期待しててね!

 

 

 

 

 

 

 はい、嘘です。あのアスキーアートが出てきそうな位に大嘘です。ごめんなさい、なんと今回はイリゼが語る形であとがきをやるよ!…というだけのネタでした。出オチでした。

 いやほら、毎回最初はよく分からないネタから始めてるじゃないですか。で、今回はどうしようかな、と考えたところ、このネタが浮かんだという…そしてこのネタでいこうかどうか迷ったものの、他のネタが思い浮かばなかったので、これにしようかな、と思ってやった…というのが事の次第です。別にネタから始めなくても良いのでは?普通に始めても良いのでは?…と思うかもしれませんし、実際それはそうなのですが…シモツキは、「これまでやってきた事」を止めるのが凄く苦手なんですよね。いざ止めてしまえば、或いは止めざるを得ない状況になれば、割とすんなりいけちゃうんですけとも。

 

 

 こほん。では、今度こそ内容に入っていきましょう。今一瞬、「内容?ないよー」というしょーもない駄洒落が浮かびましたが、それは放っておいて合同コラボの話に入っていきます。

 今回のコラボは、シリーズで二度目となる合同コラボであり、これまでの意図せず飛ばされた…という形ではなく、イリゼ達が意図して信次元に招き、問題なく全員訪れ、神生オデッセフィアを中心に濃ゆくも愉快な日々を過ごすという、かなり違うコンセプトでの話となりました。もうかなりの回数コラボをしていますが、こういう「予定通りに来て、予定通りに帰る」というのは初めてなんですよね。まぁ、途中…というか後半では結局騒動が起きている訳ですが、騒動無しだとどうしてもバトルやシリアス展開が限定的なものになってしまうので…。

 そして今回の合同コラボは、コラボとしては前回の合同コラボと似ている点が幾つかあったかな、と思います。皆で愉快に遊んだり、実は命の危機が無かったり(今回のコラボ終盤は、それはそれで危険な訳ですが)、作品としての観点でいえばメインストーリー終了後に番外編が複数あったり、この通りコラボのあとがきを一つの話として書いていたりと、今思い付くだけでもこの位はありますね。同じ合同コラボ形式で書いたから、という点も勿論ありますが。

 

 で、その合同コラボ第二弾が、結局何話かかったのかというと…本編四十六話、番外編六話、計五十二話ですね。…多い、多いよぉ…開始前の活動報告の時点で、凄く長くなるんだろうなぁとは思ってましたけど、五十話オーバーは流石に予想外ですよ…。これはもう、余裕で一つの作品として成立しますって……。…そうしたのもそうなったのも、全部私のせいですけども。

 けどじゃあ後悔してるかといえば、これまでと同じく今回も全く後悔してませんし、何ならもっと色々書きたかった位ですね。書こうと思えば書けます、でも長くなってばっかりの私でも、どこかで歯止めをかけて、そこまでにする…って事位は出来ます。その止める部分が、やたら遠いだけで。

 あ、ORを読んで下さった方なら分かると思いますが、コラボストーリーそのものは終わりでも、近い内に書く予定の作品情報(人物紹介やスキル集など)では、コラボの事も載せます。どうぞお楽しみに。

 

 さて、そんな長くなる事間違いなしだった、結果その予想以上に長くなった合同コラボを何故書いたかというと、まぁ書きたかったからですね。書きたいから企画し、書きたいから書く…当たり前ですね。これで関わってきた色んなキャラとの絡みをまた書きたい、楽しく愉快に過ごす姿を描きたい…そんな感じでございます。

 更にそこへ、OE終盤でやったあるシーンの続き…ではないですが、理由はどうあれ騒動に巻き込みっ放しで何もなし、というのは良くないよなぁと思ったり、ORの合同コラボ絡みでやっておきたい話もあったり、セイツやウィード、それに信次元のキャラ達との交流も…と色々考えて、書くに至った訳です。

 そして、もう一つの目的…或いは狙いとして、コラボキャラ達に仮想世界形成装置を使ってもらう、というのもありました。どういう事かというと、

 

1.装置を使ってもらう事で、装置に各キャラのデータが残る

2.仮想世界形成装置には、蓄積されたデータを基にシミュレーションを行う機能がある

3.今回のコラボ時のデータがある為に、2のシミュレーションにコラボキャラも登場させる事が出来る

4.1〜3より、「蓄積データからのシミュレーション」という設定(装置の設定ではなく、メタ的な意味での設定)にすれば、今後はOriginsシリーズ側、コラボ相手側それぞれの事情に縛られる事なく、好きな時、好きなようにコラボストーリーを展開出来る

 

…という、非常に都合の良い、それでいて設定上の無理もない状態を作り上げる目論見があったんです。何なら仮想世界形成装置自体が、上記の事を実現する為にOSにて先行登場させた…みたいなところありますからね。勿論好きなようにといっても今後もしその設定でやる場合は、当然相手の方の了承を受けてからやろうと思っていますし、OSの合同コラボ時のデータを基に、という設定なので、その時いなかったキャラや、その段階では無かった要素なんかは出せない訳ですが、それでもこういう設定があるのとないのとじゃ、今後の自由度が全然違いますから。…OVという、別の方向性から自由度を確保している前例もありますし。

 詰まるところ、今回の合同コラボは、これまでのコラボのエピローグ的な要素と、これから先でまたコラボをやろうと思った際の布石的な要素の両方があったとも言えます。…まぁ…仮想世界形成装置は蓄積データだけじゃなく、接続している人物の記憶から読み取る事でデータにない人物を登場させたりも出来る、という設定ですが…だったらイリゼの記憶から読み取れば、今回のコラボ無しでも上記の狙いを果たせるとも言える訳ですが…設定上は問題なくとも、それじゃあちょっと味気ない、ですもんね。

 

 

 とまあ、コラボをやろうと思った理由はこの辺りにするとして、次は恒例のキャラ語りをしましょうか。

 ですが今回、コラボキャラが十六人もいますからね。全員語っているとそれだけでどれだけ長くなるのか分からないので、今回は今回のコラボで初めて私が動かしたキャラを中心に書こうかな、と思います。

 

 まずは、ピーシェからいきましょう。原作シリーズにいるキャラであり、しかし原作そのままではない…原作では設定上有り得ない『大人になったピーシェ』ですが、彼女は後述のビッキィ同様、書くのに少し苦労しました。それは単純に、参考となる原作(いや二次創作ですけど)の問題もあるのですが、それを抜きにしても、『ピーシェだけどピーシェではない』『クールだし冷めてるけど、冷たい訳じゃない…と思いきや、そういう部分もなくはない』という、キャラクターとしての塩梅が難しかったからです。ここに更に、(殆ど登場しませんでしたが)Originsシリーズとしての『大人ピーシェ』との差を表現する必要性が出てきたりもしたので、大変でした。でも、大変だからこそピーシェの柔らかな、優しい部分を描写出来たり、逆に大人であり、クールな思考も備えているからこそ出来る(=原作ピーシェでは出来ない)戦闘での判断、みたいなのが書けた時には、その分充実感がありました。イリゼとの独特な距離感も書くのが楽しかったですね。

 

 上で名前を出しましたし、次はビッキィ・ガングニルといきましょう。彼女もピーシェと共通する、書く上での難しさはありましたが、彼女の場合はピーシェよりネタ(ギャグ)に走り易い分助かっていた感じもありますね。やはりボケを積極的に出来たり、ネタ発言(や行動)を不自然にならずに出来るキャラは助かります。その上でビッキィは元アサシン(の筈)、クールに見えて実はクールぶってるだけ、身体能力が一部ギャグめいている等、基本的な性格よりも個性の部分を主軸に言動を考えていったかな…と振り返った今は思います。ビッキィは作者さん達からの要望もあり、ピーシェと行動を共にする事が多かった訳ですが、その中でピーシェとの絡みばかりではなく、如何にして他のキャラも絡めていくか、その時ビッキィはどういう部分が前面に出るのか、そういう事も考えて書きましたね。ピーシェの部下としてのビッキィは勿論ですが、そうではない、一人の人としてのビッキィの方向でも色々やってみた…いえ、やってみようとしていた、そんな感想です。

 

 更にお次はネプテューヌ、勿論信次元の…ではなく冥次元(というか別世界)のネプテューヌです。ネプテューヌもピーシェ同様原作にあるキャラだけど、原作そのものではないキャラ…設定の話をすれば原作とはかなり違うキャラですが、彼女はすんなり書けました。何せ違う部分もあるとはいえ、基本的なキャラ…いえ、ノリはネプテューヌそのものですし。けど内面、特に本質の部分はかなり違うので、そこが難しくもありました。内面表現が難しいというより、なまじ基本的なキャラは原作ネプテューヌと同じな分、ついつい内面もそっちに引っ張られがちなんですよね。これがまたコラボの難所で、『作者本人のイメージ』と、『コラボとしてお借りした側のイメージ』には、どうしても差があって、その差は指摘されないと気付けないんですよね。だからこそ、ネプテューヌを書く事は私の中で学びもあったと思います。ORの合同コラボの時も学びがありましたし、多くのキャラをお借りする場は、普通のコラボ以上に学びも反省も多いですね。

 

 さあ、最後はズェピア・エルトナムです。何せルナ、グレイブ、愛月の三人は以前にも私の手で書かせて頂きましたからね。彼はネプテューヌとは別の意味で表面的な部分…いえ、外側と内側が大きく違うキャラであり、そこははっきりしていたので難しくはなかったのですが、逆にどれだけ差を出すかで迷いましたね。しっかり違うと分かり易い分、「やり過ぎかな?むしろ、もっと差を出した方が良いのかな?」と、それはそれで悩む訳です。外面と内面が違うといっても別々に動いている訳じゃないが為に、差が曖昧なキャラの方が誤魔化しが効き易い面がある…と思う私です。そしてズェピアは、ワイトや影…特にワイトとはまた違った方向性、違う趣での『大人の男性』らしさを出して描きました。大人の男性三人は全員達観した目線なのですが、今思えばズェピアが一番その方向性が強い…言ってしまえば達観が一周回ってる状態として書いてたかな、という感じです。その上でちょいちょいボケも挟めてい…ましたよね?挟めていた…筈です。

 

 ではここからは、上で語っていない、そしてORの合同コラボでは登場していないキャラを軽く話しますねー。話すというか、書くですが。

 一人目はエスト!彼女はOPのコラボ以来ですね。ボケも突っ込みもムードメーカーもシリアスも出来る、今思うとエストの対応力は凄まじいです。でもって、そのエストはディールと共に、イリスとの絡みが多かったですね。これはイリスの側が積極的に二人に同行していたというのもありますが、二人の側も気に掛けていた…というか、妹分的な感じにお世話していた、って感じです。

 二人目は凍結影!私が彼を書いたのは、今回のコラボ以前だと実は一話だけなんですよね。それもあってか、彼の描写は色々頑張りました。それぞれの世界観(次元観?)もあり、シリアス方面でやりたい事が沢山ありました。そういう意味では特に書くのが楽しかったとも言えますし、イリゼ以外の絡みでは、大人だけど大人らしい経験を重ねている訳じゃない、だからこその人物…ってのを表現出来たかなと思います。

 三人目は、グレイブ!コラボキャラの男性陣の中で最も常識に囚われない、ギャグにしろ話の起点にしろ自由にやってくれるキャラですね。それでいてチャンピオンという設定から冷静な思考をさせる事も出来たり、年少組らしい展開も出来たりと、かなり彼には助けられました。やはり自由奔放で無茶苦茶なキャラって、話を滑らかに動かしてくれたりボケ不足を回避してくれたりでほんと頼りになるんですよね。

 四人目は、愛月!グレイブとは対照的に、基本は常識的で子供らしい彼は、グレイブと一緒に行動してストッパー…というか突っ込み役をしていた事が多かったですが、それ以外の面では今書いた通り子供らしさ(と、それに対する周りの言動)に重点を置いていたかな、と思います。女神含め年少組はそこそこいますが、精神面含めて純粋に子供っぽく動いてくれるのは、やっぱり彼だけですし。

 五人目は、イリス!純真ながらも言動共にかなり独特なイリスは、日常パートではその独特さを活かしてボケ…というか、話に起伏を起こす(時に他のキャラが訊けない、思い付かない話の起点になる)キャラとして活躍してくれました。一方でバトルパートではまだ色々と未熟な分、そして皆が苦戦するような戦いで普通に活躍させるのは厳しい分、強さとは別の方向から出来る事はないかと模索しました。

 

…はふぅ、一気に語りました。一気に語ろうとすると疲れちゃいますね。……いや、活字ですし実際には一気に語ろうが、一人一人じっくり語ろうがそんなに変わりませんが。後、今回私、普段よりボケが少ないかもですね。これはいけない、巻き返さないと…!……という、ネタ発側を挟んだところで、もう一人語りましょう。そうです、まだ一人語っていないのです。って訳で…イヴの話を致しましょう。

 

 イヴことイヴォンヌ・ユリアンティラ。彼女は今回のコラボで唯一の、初登場のキャラです。それ故に信次元に来た目的も他の面々とは違っていて、当然イリゼ達との関係性も違う訳ですが…これ、コラボなら当たり前の事なんですよね。当たり前ですが、今回は彼女だけがそのポジション、謂わば特別な状態だった訳です。で、そのイヴですが…実のところ、彼女をどう描くかには悩みました。というのも、彼女は主人公を務めていただけあり、どういう性格で、どういう背景を持っているのかは把握出来ているのですが、イヴは物語開始時点で戦いの中且つのんびり出来ない環境におり、その後も基本騒動の渦中にいた事と、戦闘時以外も技術者としての作業をしていた事が多かったので、今回のコラボ、その前半の中心となった日常パートでイヴはどんな事をするんだろう…となった訳です。で、その結果どうなったかというと…仮想空間での、妙な噂ですね。もっとちゃんと言うなら、イヴの方からどうこうではなく、温泉での質問責めだったり、やたら可愛いが付く噂だったりに対する反応の中で、イヴの描写を作っていった感じです。

 もう一つイヴに関して語っておきたいのは、シリアス面…ですね。これはもうコラボ云々というより、私が書きたかった、見たかった事(まあ、そもそもそれをやるのがコラボですが)として、イヴがメインとなるシリアスパートを幾つか書きました。日常パートにしろシリアスにしろ、これで良かったのか、イヴの在り方的にどうなのかというのは、不安が残りますが…悪くはなかったんだろう、と信じたいです。

 

 

 では、キャラ語りはこの辺りで締めるとしましょう。まだまだ書きたい事は沢山ありますからね。もうこれは断定しちゃっていいと思うんですが、今回も絶対あとがき長くなりますよ?絶対です、間違いないです。長くなる、に賭ければ勝利間違いないですよ?賭けられたって私が出せるものは、それこそ作品位なもんですが。

 って訳で、ここからはストーリーについて書きましょう。番外編含め五十話以上ある訳ですから、ある程度取捨選択して書かないと、キリがないですね!……その取捨選択が苦手なせいで、作品が長くなる一方の私な訳ですけど。

 

 既に少し書いていますが、今回のコラボはやる事そのものに意味があるというか、『やりたい』というより『やっておきたい』という側面が多かったんです。でも勿論、やりたい、という気持ちもしっかりあって…というより、その気持ちがなければコラボで一年間近くも書いたりしませんよね。

 で、前半は主に日常でした。これまでのコラボは毎度多かれ少なかれ大変だっただろうから、今回は皆シンプルに楽しんでよ!…的な感じで、それプラス信次元と神生オデッセフィアを見てってね!…みたいな気持ちもあって、連日愉快に賑やかに過ごしてもらいました。面子が面子なので、そして人数が人数なので、すぐに収拾が付かなくなりそうでしたね。…いや、多分収拾は付いてると思います…付けられたと思います…多分……。

 こほん。そこから打って変わって後半は仮想空間での活動。仮想空間自体は最初から考えていた事なのですが、仮想空間での活動に関しては、ある方からの「バトルロイヤル形式での稼ぎ合い勝負(拾って稼ぐのも良し、別のキャラを攻撃して奪うのも良し)を見てみたい」というリクエストを受け、それを元に考えていったものです。恐らくその方が思っていたのとはかなり違う内容となってしまったと思うのですが…その方のリクエストがなければ、後半の展開は結構違ったものになっていた可能性があります。ほんとこれは感謝しないとですね。リクエストして下さり、ありがとうございました。

…因みに、仮想空間なんだからって事で、ORの合同コラボにおける試練リベンジ、みたいな感じで、今回の面子で試練の再現バージョンに挑む…的なのも考えたりはしました。あの時よりも更に実力を付けた今なら、とOR時はいなかったメンバーとも共に滑る坂を駆け上がってみるも、後一歩のところでやっぱり滑り落ち、なまじ後一歩まで登ったが為に前回以上の勢いで滑り落ちた結果、壁に跡が残るどころか上半身がぶっ刺さって大変な事になるイリゼ達…みたいなのを書くのも面白かったかもです。

 

 そして、仮想空間編の後編、後編の後編であるバトルパートは、このコラボに不足していた…というより日常パート主体ではどうしても描き切れない戦闘シーンを描く為に、コラボストーリーとしての山場を作る為にやりました。相手に関しては、味方側の戦力が整い過ぎていて普通にやるとOriginsシリーズ本編のラスボス級でも相手になるか怪しいので、各作品(コラボストーリー含む)のラスボスやラスボス級を融合させる…言うなれば相手側もコラボによって戦力増強する事で、加えてラストバトル以外はチームを分ける事で、一筋縄ではいかない戦いを作り上げました。当然ですよね、十三作品から十八人、それも本編完結後のキャラも複数いて…って形のコラボなんですから、普通のラスボス級程度じゃ敵わないってものです。

……え、ラスボスじゃなくて、主人公もいた?いたというか、その存在がこのコラボのラスボスを務めていた?…いやぁ、ある意味彼等もラスボスみたいな存在ですし。

 

 そのバトルパートに関しては、色々語りたい事があるんですよね。例えば第三十六〜第三十七話はボスにしても味方側の合体技にしても、我ながら滅茶苦茶良いの思い付いた!私冴えてるぅ!…と自画自賛したかったり、ラストバトルのロボット関連(改竄からの再構築と、そこからの各機能や武装をフル活用しての活躍)は書いててほんと燃えたり、義手の貸し渡しは仮想空間である事含めてコラボならではでは?…とまた自画自賛したり、メガマックスも仮想空間ならではでしょう?…なんて思ったり、ここだけで語りまくれます。語りまくりたいです。でもキリがないので我慢するとして…でも突っ込んでもらいたい!訊かれたいしそれに対してがっつり話したいぃぃ!誰かに訊いてほしいです、語りたいんですーっ!

 

 でも、一番語りたいのは、イリスとイヴ…ラストバトルの初めと終わり、ですかね。コラボを最後まで読んで下さった方ならお分かりの通り、ラストバトルはイリスの行動が最初にして最大の危機を覆し、亡霊の様になっても尚倒れないラスボス(闇)に対し、イヴが借りた義手の一撃で以って引導を渡す事で終わりました。

 そうです。この戦いは初めも終わりも、女神以外の存在によって決着となったのです。単なるモンスターではなく、モンスターの中でも異質な存在であるイリスが初めに道を切り開き、特異な存在でも、(技術者として優秀とはいえ)超常の力を持つ訳でもない人間のイヴが締め括る…これに伝えたいテーマがあるとかではないですが、そういうストーリーもまた良いんじゃないかな、という思いが私の中にはあったんです。そういう事が出来たバトルパートは、本当に満足です。

 

 まだまだ語りますよー。お次は…今回のコラボから誕生した、次元を超えたアイドルユニット、可憐な過激に咲き誇る華・ヴィオレンスブルームについてです!ここからはインタビュー形式で、ユニットの三人に色々と話を聞いて……は、いきません。あとがき冒頭のネタと被ってますし、普通に書きます。

 元々Originsシリーズでは時々アイドルネタをやっていましたが、結論から言えばこれもその一環ですね。コラボでもやりたいな、と思って考案しました。で、何故イリゼ、茜、アイの三人なのかというと、ヴィオレンス『ブルーム』というユニット名の通り、コンセプトは花…より正確に言うと、三人共技の名前に花を取り入れているからです。番外編でディールとエストが「withグリモアシスターズ」として一緒に舞台に立ったのも、花要素がなくもないからです。…え、いやありますよ?作者的に。作者の名前的に。

 更にはネタ程度で留まっていましたが、花というコンセプトなので、セイツも加入条件は満たしてるんですよね。セイツの技の名前には、花言葉が使われていますから。

 

 やりたいからやった、それまでだと言えばそれまでですし、他の話も結局のところ全部そうなのですが、アイドルという方向での話を行う事で、普段は見せないような、あまり見られないような姿も出せた…のかな、と思います。

 これは、カジノ回でも言える事ですね。ドレスを着たり、バナーガールになったりのシーン自体も良い…というか、それを見たくて(書きたくて)やった部分も大きいのですが、アイとズェピアのポーカーならではの駆け引きだったり、珍しくちゃんとしてる(?)グレイブだったり、ウェイトレス役を選び、その中でカジノや賭け事に対する思いを語るピーシェだったり、ORの合同コラボ同様今回も凄まじい幸運を発揮したルナだったり…そんな風に、特別な展開だからこそ描けるものも沢山あると私は思っています。

 

 では、話を戻すとして…このヴィオレンスブルームネタは、機会があればまたやりたいですね。折角設定なんかもそれなりに凝って考えたので、今回限りのネタとして終わらせるのは惜しいものです。…惜しいといえば、ブランシュネージュ・ミラージュに関する設定も実はがっつり作ってあって、それは今後書くであろうOSの機体解説で公開する予定ですが…更に作中におけるこの時の選択、行った事が、今後の信次元の軍事技術関連に少なからず影響を与えたりもするんですが…まあそれはまた、別のお話…というやつですね。

 歌って踊るのがアイドルのメインとはいえ、この面々なら他の事も出来ると思います。というより、それだけだとやる事に幅が出ませんし…身も蓋もない事を言うと、ライブシーンの描写は私としても大変ですからね…。バラエティ、ラジオ、取材に撮影、握手会……まで手を出すと、逆にどこまでやるのよ、って感じにもなりそうですが。

 何にせよ、これは私的に夢の広がるユニットですね。可愛くて魅力なんですから、OVに出張させて……というのは、流石に即決でやったりはしませんが。書いてみたい気持ちがあるのは事実ですが、流石に独断で進めたりはしません。

 

 

 それでは次は、今回のコラボで全体として意識していた事を一つ語りましょう。全体として意識していた事、それは「出来るだけ全員が集まる状況は作らない」です。これだけだと、何を伝えたいのかよく分かりませんよね。具体的な話をしていきますので、皆さんメモするように。…冗談です、メモはしなくていいです。してくれても良いですけど。

 改めまして、何故そんな事を意識したかと言うと…理由は至って単純、人数が多過ぎるからです。フルメンバーだと十八人(ウィードも含めると十九人)もいる訳ですから、全員集まったら誰が喋っているかを分かるようにするだけで一苦労な上、一人につき一回しか喋っていない(むしろ一人一回でも精一杯)みたいな状況にもなってしまうので、全員いる必要がある、集まってるに決まってる状況以外は極力面子を分散させて、一人一人をちゃんと描写出来るようにした…という事です。これに関してはOAのあとがき辺りでも触れた事がありますね。活字媒体だと、どうしても「今誰が喋っているのか(その台詞は誰のものか)」が分かり辛くなりがちな為、人数が多いというのはそれだけで執筆の難易度が上がっちゃう訳ですよ。漫画やアニメの場合は、人数が多いと作画の負担が増える訳ですし、活字媒体だから難しいんじゃなく、どの倍多でも難しい…ってところだとは思いますが。

 先程バトルパートでのチーム分けを「味方側が強過ぎる」という状況に対する対処の一つとして挙げましたが、チーム分けは各バトルに登場するキャラを四〜五人に絞る事で、個々の描写をしっかりとする、どのキャラも活躍出来るようにする…という目的もあった訳でございます。上では台詞の問題に触れましたが、動き(やっている事)についても人数が多いとその分地の文説明する事が多くなる(から地の文がやたら長く、そして説明ばかりになってしまう)か、又は説明なしで話が進む(何をしてるか分からないor何もしていない)かという、どちらにせよ作品として良くない状態になってしまうんですよね。「私が○○で△△をする!」とか、「◇◇、まさか□□を!?」…みたいに台詞で分かるようにする手もありますが、それだと細かい部分までは表現出来ませんし、地の文と違ってそういう台詞ばっかりだと違和感が凄くなりますし。

 これはコラボ関係ない、執筆全般に言える事ですが…ま、別に良いですよね。脱線したりしながらまだ続くあとがき、もう暫く付き合って下さいな。

 

 よし、バトルパートの話に戻りましたし、今さっき挙げた『キャラの活躍』についてももっと触れましょう。

 お分かりの通り、今回のコラボに登場したキャラ達の戦闘能力は、人数の多さもあってかなりばらけています。それ自体は至って当たり前の事なのですが、これの問題は、戦闘能力下位のキャラでも普通に戦える相手や状況だと、上位のキャラが本気を出せば簡単に終わってしまう(そして簡単に終わらない場合、上位のキャラは何してるんだって話になる)一方、上位のキャラでも全力を出さなきゃならないような相手や状況だと、下位のキャラは見ている事しか出来なくなる事です。当然どっちにする訳にもいきませんが、それはそうとして相手の強さ、状況の厳しさはきちんと決めなきゃいけない以上、どうするべきか……それに対する答えが、『純粋な戦闘能力以外での見せ場を作る』です。あーでも、そこまで考えた結果この答えに至ったか、と言われると微妙なところですけどね。頭の中でのみ考えて決めていった事なので、間違いなくそうだ、と言い切れる訳ではない事柄もそこそこあったりするんです。

 こほん。話を戻すとして、純粋な戦闘能力以外で…の代表例がイリスですね。ゲハバーンと闇自体の能力により全員が戦闘不能になる中、別次元のモンスター故に唯一どちらの影響も受けなかったイリスが一撃与える事で、闇自身の能力を打破し、危機を脱する…これは戦闘能力はほぼ関係ないながら、イリスにしか出来なかった、大が付くレベルの活躍ですし、それ以前のオムニバス戦でも、モンスターの言葉が分かるからこその活躍をイリスにはさせる事が出来ました。

 勿論、彼女だけではありません。弱くはないにしても、上位陣には一歩劣るであろうイヴの場合は、ズェピアと協同でシェアリングフィールドを展開する事により、ゲハバーンの影響を相殺しイリゼ達を復活させるという、これまた欠かせない活躍もしていましたし、最終盤…味方も闇もボロボロという中で戦線復帰する事により、戦闘能力の差を無くすという形も取りました。というかイヴの場合、ラストの展開(活躍)を先に決めていたが為に、戦闘能力面での活躍に悩む必要がなかった…という面もありますね。

 

 更に、上では戦闘能力以外で…と書いていますが、戦闘能力でも差別化はしていたりします。その代表がルナで、彼女は常に前に出てぶつかる(引き付ける)事や、後方から高火力の援護や治癒による支援等の、高い能力があってこその活躍はしていませんが、要所要所で瞬間的な活躍を、ルナでなければ出来ない訳ではないけど、確かな意味のある活躍をしていた…と思っています。自分にしか出来ない事ではないかもしれないけど、今自分が出来る精一杯を尽くす…それもまた、格好良い姿ではないでしょうか。それに単独での活躍は瞬間的ですが、ORの合同コラボでも行った雷炎や、イリゼ、セイツと共に同系統の技を三方向から同時に叩き付ける等、連携面ではかなり光ってくれました。

 

 さて、ここまでは戦闘能力においては決して上位ではないキャラの活躍について書きましたが、これは何も、上位ではないキャラのみに行った事ではありません。戦闘…いえ、能力全般が高いキャラを、逆に戦闘能力以外の面で活躍させたパターンもあります。それが影とズェピアですね。

 彼等は今回のコラボに参加したキャラの中で、かなり上位の能力を持っていると思います。戦闘能力以外でも色々強いキャラです。だからこそ、敢えてこの二人には直接戦闘以外の…後方から戦況を変える、変える為の準備や布石を打っていく方面での活躍に重点をおきました。そういう活躍をするキャラがいた方が展開に幅が出来ますし、キャラクター的にもそういう活躍が似合いますし、何より女神を始め、純粋な戦闘能力で活躍する予定のキャラは十分いますからね。そこが謂わば渋滞しちゃってる以上、他で活躍出来そうなキャラは、そっちに回ってほしい…みたいな部分もあった訳です。後はまぁ…この二人の場合、設定やら原作での活躍を考えると、前に出てガンガン戦われると他のキャラの見せ場を奪う可能性が…あるのかも?…というのもなくはなかった、気がします。

 

 戦闘に関して、もう少し語らせて下さいな。これは意識した事ではないのですが、コラボならではの連携が色々出来たのが楽しかったですね。上でも触れたグリモアキュレムは本当に自分で思い付いて(気付いて)テンションが上がりましたし、炎や氷など同系統属性の連携もある意味コラボならでは(基本創作って仲間同士では属性が被らないようにするものですからね)ですし、「アイが蹴りで砲弾を放つ→バックスこもエースバーンが砲弾(球)を蹴って軌道を変える」という、蹴りを主体にする者同士の連携みたいな、大きな活躍にはなってはいないけど気に入っている展開…みたいなのも沢山ありました。義手の貸し渡しもそうですし、信次元の機体を駆るワイトや、うちのキャラではない、コラボキャラ同士の連携技を勝手に考える(その中でキャラ同士の共通点を探す)、設定としてはあるけど作中では使った事のないらしい技をこのコラボで使わせてもらう…今思い出しても、ここの部分は本当に色々ありますね。これもコラボの醍醐味です。

 尚且つこれは、コラボキャラと信次元のキャラでも言える事です。イヴと信次元のくろめのやり取りがその最たるものですが、他にも今回のコラボで何気に初めてディールとエストは信次元のロムやラムと一緒に遊んでいたり、冥次元のネプテューヌ、信次元のネプテューヌ、大きいネプテューヌ、ミラテューヌでネプテューヌが四人も集まった状態が生まれていたり、ネプギアを友達(対等の関係)と思っているルナと、ルナをイリゼの友達(目上の人)と思っているネプギアというやり取り及び、そこから仲良くなる流れを出来たり、この方面でも大小様々なネタや絡みを、繋がりの広がりを描けたんじゃないかと思っています。

…だから、コラボは面白いんですよね。だからコラボが好きなんですよね、私。読んだ作品、好きな作品、コラボしたいと思えた作品に対する想像や妄想、こういう事をしてみてほしい、こういう姿を見てみたい…それが叶えられたり、進める中で自分でも思ってもみなかった展開や交流が生まれたりするから、コラボは止められないんです。

 

 

 ちょっと良い事っぽいのが出たので、そろそろ締めに入るとしましょうか。

 あ、でもその前にもう一つだけ。番外編の最後(今後またリクエストが来て追加する、とかがない限り)にして、今回コラボの最後にもなったお祭り回ですが、これは最後という事で、バトルで沢山苦労して沢山頑張ってくれた皆にもう一度、愉快で賑やかな時間を過ごしてもらいたい、皆で楽しんでもらいたい、信次元での最後の思い出を明るいものにさせてあげたいという思いで書きました。最後らしい話を入れたい、という思いも勿論ありましたけどね。

 

 それでは、改めて…今回の合同コラボはこれまでコラボした全作品のキャラに参加してもらった、最大規模のものでした。当然その分大変でしたし、見ての通り一年近く掛かってしまいましたし、やっと終わった、漸く完結させられた…と思っている部分も確かにあります。

 ただこれまでと同じように、今回もまた後悔はありません。凄い疲れたけど、もっと楽に出来たら良かったのになぁとも思うけど、やって良かった、やれて良かったと断言出来るコラボでした。…いつも、そうなんですけどね。どのコラボもそうですし、本編シリーズ(というか、私の書いた全ての作品)も完結する度に思っていますし…いやぁ、ほんと私は創作活動が好きみたいですね!執筆も好きですし、時間さえあればイラストの練習がしたい私です。でもその時間がない、他でもない執筆があるから時間が取れない私です。…他にも色々やってるから時間がない、がより正確ですけども。

 

 そんな今回の合同コラボを、参加して下さった作者の皆様や、読んで下さった皆様はどう感じたでしょうか。参加して良かった、今回もまぁ面白かった…そう思ってもらえたのなら、幸いです。作品として作る以上は読んでもらいたい、それを良い、面白いと思ってもらえたいのは当然ですよね。その為に私は頑張ってますし、だから書き続けてる部分もあったりします。

 今回の合同コラボも、満足です。でも書きたかったけど書けなかった話はありますし、新たに書きたくなった話があったりもします。だからまた、コラボをしたいものですね。流石に次やるとしても暫く先…暫くの間はOriginsシリーズ本編を頑張りたいですが、いつかまたやりたいです。やりたいですし……なんならもう、本当に一つの作品として、コラボキャラの登場を前提とした本編シリーズの一つを書いてみたくもありますね。その場合も色々考えなくちゃいけないですし、これまでコラボした全作品のキャラを出すの?…と訊かれたら、その方向で物語を作るのは大変そう(私の事なので、話数が凄まじくなりそう)なので、どうしましょ…という感じですが。まあこれは、いつかやってみたいなぁ…位の話です。

 

 では、最後にご挨拶を……の前に、お知らせです。コラボ終了後も、OSは続きます。続きますが…恐らく設定集以外の話は数話程度で、その後はまた新作に移るかな…と思います。まだ断定は出来ませんけどね。そして新作に関する話はまた、OSも取り敢えずは終わらせるよ〜、という段階まで行ってからしようと思います。

 

 今回のコラボに参加して下さった皆様…いえ、きちんと全員名前を上げましょう!橘 雪華さん、Feldeltさん、S・TOMさん、ほのりんさん、ジマリスさん、Skyjack02さん、愛月 花屋敷さん、エクソダスさん、ロザミアさん、ノイズシーザー(旧ノイズスピリッツ)さん、本当にありがとうございました!皆様のおかけで、今回も私は楽しいコラボを書く事が出来ました!でも皆様に色々質問したり、意見を求めたりは人数が人数なので、今後はもっと上手くやる方法を用意したいものですね。…えぇはい、私はまだまだコラボに意欲的です。いつかまた、是非コラボしましょうね!

 一年近いコラボに付き合って下さった読者の皆様にも感謝を申し上げます!私はコラボであっても、本編でなくとも『Originsシリーズ』として楽しめるように頑張ってきたつもりですが、それでも長いなぁ…と感じた方はいると思います。上記の通り、OS自体はもうそんな長く書かないかもですが、originsシリーズはこれからも書き続けたいと思っていますので、ご期待下さい!

 

 さぁ、次話からはコラボではないOSの話に戻ります!約一年振りですが、ブランク…は当然ある訳ないので、普通に書いていきます!皆様、これからも応援して下さいねっ!



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仮想が描く物語
第一話 もしもの世界、もしもの時


 タイトルにて第一話とついていますし、次話も同系統の話とするつもりですが、これを何話続けるかは未定です。ただ、あまり長くは続かず、その後は本編に戻ると可能性はあります(更にその後、またネタを思い付いた事でこちらの話を…となる可能性もなくはないです)。


──もしも。それは、きっと誰もが一度は思う事。もしも、○○をしていたら。もしも、△△を選んでいたら。もしも、自分が□□だったら。日常のちょっとした…次の日になれば、どうでも良いと思えてしまうような些細な事から、自分の未来を左右するような、もしそうなっていたら今いるのはまるで違う自分だったと言っても過言じゃないような事まで、誰もが自然に想像をする。想像し、期待し、夢を見て…でもそれが、現実となる事はない。時間を巻き戻す事も、違う道を選んだ可能性の世界を創り出す事も、普通の人には……女神であっても、まず出来ないのだから。

 なら、もしもに思いを馳せるのは無駄な事?無意味な事?…それは違う。叶わぬ事だと、時に虚しくなるとしても、そのもしもを現実にしようと…現実を覆す事は出来なくても、次の選択の時には選ばなかった方を選べるようにしたり、現実には出来なくても架空の世界で再現する…その為の活力になるのもまた、もしもと思う気持ちだから。そして、もしも…もしも、もしもをどんな姿であろうと、形にする事が出来たのなら……それは夢のある話だって、私は思う。

 

 

 

 

「今日も宜しくお願いしますね、イリゼさん」

 

 プラネタワーに訪れた私を迎えてくれたのは、ネプギア。迎えに出てくれたのは、手が空いていたから…とかではなく、元々私はネプギアに呼ばれてプラネテューヌを訪れたから。

 

「進捗状況はどう?順調?」

「はい!まだまだ発展途上、少しずつデータを蓄積させている段階ですけど、だからこそ一歩一歩進んでる実感があるというか……って、あれ…?進捗については、定期報告として送ってますよね…?」

「うん、それは確認してるよ。だから情報を得たかったんじゃなくて、今のはただ話を振ってみただけ」

 

 そんな会話をしながら、プラネタワーの中を進む。エレベーターである程度登り、目的の階で降り、そこから廊下を歩いて…入ったのは、大型の機械と複数のカプセル状の機材が設置された部屋。

 

「さぁて、それじゃあ頑張るよ!…なんて、ね」

 

 軽くガッツポーズをした後、私は頬を緩めてネプギアを見やる。私の冗談に、ネプギアはくすりと笑みを漏らす。ウケた…というか、笑ってくれた事に内心私はほっとして、それから設置されている機材の一つへ。

 これは、先日プラネテューヌ国防軍とのシミュレーター模擬戦を行った際にも使った、仮想世界形成装置。プラネテューヌ主導で、五国家全ての協力の下進められているこの研究開発は、さっきネプギアが言った通り、今もデータ蓄積を重ねていて…試作のマシンである事や、まだ頭や精神への負荷が少なくない事から、データの蓄積は基本女神が担当する事になっていた。

 因みに稼働テストやデータ収集の管理は、ネプギアが行っている。理由は勿論、ネプギア自身がやりたいからであり…他の皆にとっては大きなプロジェクトでも、ネプギアにとっては楽しい開発なんだろうね。

 

「今回は昨日言った通り、無意識下でのデータ収集をしたいと思ってるんですが、大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。ネプギア、何かあったらその時は頼むね?」

「勿論です!例え人工知能を狙う民間軍事会社の部隊が襲撃してきても、わたしに全て解決してみせます!」

「い、いや、流石にそんな事はないと思うけど…」

 

 機械絡みという事もあってか、やけにテンションの高いネプギアに苦笑した後、私は機材の中へと身体を寝かせる。

 無意識下のデータ収集。こう表現すると仰々しいけど、要は寝ているような状態で意識を仮想世界に飛ばすという事。模擬戦の時みたいな記憶の引き継ぎは出来ないけど、それも夢を見ているようなものと思えば、そうは気にならない。

 

(今回は、どんな仮想世界になるのかな…)

 

 まだ発展途上なこの機械では、シミュレーターに同期させる事は出来ても、任意の仮想世界を作る事は出来ない。設定入力である程度の方向性を決められるのがせいぜいで…だからこそ、どんな世界になるのか少しだけ楽しみでもある。…ま、忘れちゃう訳だからログデータで、情報として確認する事しか出来ないんだけどね。

 

「では、始めます。力を抜いて、楽にしていて下さいね」

 

 ネプギアの言葉に返事をしたところで、機材の可動部…蓋に当たる部位が降りる。ゆっくりと息を吐き、閉まったところで私も瞼を閉じる。

 これから始まるのは、現実じゃない世界の体験。実体のない、架空の…だけど根底には現実がある──もしもの世界。

 

 

 

 

…………。

 

………………。

 

……………………。

 

 

 

 

「…イリゼちゃん?」

「…うぇ……?」

 

 呼び掛けられる。名前を、呼ばれる。はっとした直後、何だろうと思って声のした方向を見ると、四つの顔が、四人の顔が、私を見ていた。

 

「…え、と…どうか、した…?」

「どう、っていうか…イリゼちゃんが、何だかぼーっとしてるみたいだったから…」

「歩きながらぼーっとするとか、危ないから止めなさいよね」

「…イリゼちゃん、つかれてるの…?(じー)」

「あ、わかった!おなかすいたなぁ、ごはん食べたいなぁ…って思ってたんでしょ〜」

 

 何だろうかと思って訊き返すと、三者三様ならぬ、四者四様の反応が返ってくる。

 大丈夫?と言うように私を気にかける声と、軽く呆れている声と、不思議そうにしている声と、ちょっぴり笑いが混じった声。どの声も、私を見るどの表情も、ぼーっとしていた(らしい)私への怪訝さはあっても、警戒心や不信感は浮かんでいなくて……

 

「……ネプギア、ユニ、ロム、ラム…」

『……?』

「…私達って、何をしてたんだっけ…?」

「え…?な、何って……」

「お姉ちゃん達を助ける為の、最後の作戦会議をしたところでしょ?…ほんとに大丈夫…?」

 

 声に出す事で、はっきりと認識する。私を見る、四人の女の子が誰なのかを。問いに対する答えを受ける事で、しっかりと思い出す。自分がこれまでしてきた事を。

 そうだ。さっきまで私は、皆の姉を…この信次元に存在する四大国家、その守護女神を助け、取り戻す作戦の話をしていたんだ。守護女神の妹、女神候補生である四人や、守護女神の皆さんの仲間、皆としてきた旅で得た仲間、それに国防軍を始めとする各国の人達と共に行う、守護女神の奪還であり犯罪組織を壊滅に追い込む為の、作戦の話を。

 そして…私はイリゼ。記憶のない、守護する国家もない……ネプギア達と出会うまで、ずっと地下で眠り続けていた女神。

 

「あ、あはは…大丈夫だとは思うけど、何だろうね…ラムの言う通り、お腹空いてるのかな…」

「ふふん、やっぱりね!このめいたんていラムちゃんの目はごまかせないのよ!」

「…ラムちゃんも、おなか空いてるの?」

「うんっ!…あ……」

 

 自分はそんな食いしん坊キャラじゃなかった筈なんだけどなぁと思いつつ、お茶を濁すように答えると、自分の思った通りだとばかりにラムが胸を張る。でもどうやら、推理や推測ではなく、自分もお腹が空いていたから、というのが真実らしくて…双子の姉にそれを見抜かれたラムは、普通に返してしまってからはっとした顔をしていた。

 何とも子供らしいラムの反応に、私はネプギア、ユニと共に苦笑い。同じ女神候補生でも、ネプギアやユニと、ロムラムとは見た目も中身も年齢差が(女神に年齢、っていうのも変だけど)あって…そんな二人より、更に私は背が高い。…精神?精神もまぁ…この中じゃ、一番大人ではあるかなぁ。……多分。

 

「んー…今日はもうゆっくりして、英気を養ってほしいっていーすんさんに言われてるし、ちょっとお出掛けして外で何か食べる?」

「あ、いいね。私は賛成だよ」

「わたしも、さんせー(こくこく)」

 

 私やラムの発言を受けて、ネプギアが軽いお出掛けを提案。何だかほんとにお腹が空いてきた気がする私がまず賛成すると、ラムの事を思ってかロムも賛成し、そのままユニとラムも賛成した事で外に行ってみる事に決定。早速私達は今いる場所、プラネタワーからプラネテューヌの街へと出る。

 

「なんか、こうして普通に街を歩くのも久し振りだなぁ…」

「ま、そうよね。お姉ちゃん達に逃がしてもらってからはずっと、それが心に残ってた訳だし。勿論今も、まだ助けられた訳じゃないけど……」

「きっと助けられる、絶対お姉ちゃん達を取り戻せる…そう思えるもんね」

 

 先頭を歩くネプギアは、後ろで軽く指を絡ませながらぽつりと呟く。すると斜め後ろのユニが、同意を示すように言葉を紡ぎ…それを受けたネプギアは、くるりと振り向いてユニに微笑む。

 不意打ちのような、ネプギアの笑顔。あ、可愛いと感じる私だけど、ユニはその笑顔に照れてしまったみたいで、ちょっと顔を赤くしながらそっぽを向く。…普通に頷けば良いのに、ユニってば素直じゃないなぁ。

 

「ネプギアちゃん、どこに行くの?」

「行こうと思ってるのは、行きつけ…って程じゃないけど、何回か行った事のある喫茶店だよ。皆はここが良いって所ある?」

「え、どこに何のおみせがあるか知らないんだけど」

「あっ…だ、だよね…あはは……」

 

 さらっと返したラムの言葉に、しまったとばかりの苦笑いをするネプギア。普段は幼さ故に的外れな事を言ったりもするラムだけど、今回は100%ご尤もな発言。

 

「ふふっ。ネプギアって、しっかりしてるっぽいのにちょっと抜けてる…っていうか、うっかり屋なところあるよね」

「うぅ…それは言わないで……」

「でも、そんなところも可愛いって私は思うよ。そこがネプギアの親しみ易さにも繋がってるんだしさ」

「…そう、かな?」

「そうだよ。そういうネプギアだから、私は友達になりたいって思ったし、支えたいとも思ったんだから」

 

 普段は真面目で、ちゃんと考えて行動出来るネプギアだけど、こんな感じで時々うっかり屋さんな面が出てくる。それは女神…国を治める存在としては、欠点なのかもしれないけど……私はそれを、悪いとは思わない。むしろこれも、魅力の一つだって私は思う。

 今でもよく覚えている。目覚めた後すぐ戦いになって、一先ずネプギア…それにコンパさん、アイエフさんと共闘した後、記憶のない私は皆の厚意でプラネタワーに招待された。それから私は記憶の手掛かりを探す為に、ネプギア達の旅に協力を申し出た。それは記憶の為だけじゃなく、今の信次元に起きている事を知らんぷりなんて出来なかったから…多分女神としての私が、放っておいちゃ駄目だと感じたからっていうのもあるんだけど、同意にネプギアの存在も大きかった…って、そう思ってる。優しくて、頑張り屋で…でもどこか自信なさげで、不安げな…良い意味で国の長っぽくない、身近に感じられるネプギアだったからこそ、私は共に行きたいと…側にいてあげたいと、感じたんだから。

 そしてその思いを表現するように、私は笑う。さっきまでは恥ずかしそうにしていたネプギアも、私の思いが伝わったようで、少しずつ表情が緩んでいき……

 

「……しっかりしてそうだけど、実はうっかりって、イリゼもそうじゃない?」

「イリゼもっていうか、イリゼの方がそのイメージあるわね…話の序盤がすっぽ抜けたまま、その続きをいきなり言い始める事が時々あるし、リーンボックスの時なんか意気揚々とステージに向かったと思ったら、記憶喪失で歌なんてほぼ覚えてない事に失念していたなんていう、びっくりな出来事があったりもしたし……」

「ぐふっ……」

「わぁぁ!い、イリゼちゃん大丈夫!?」

 

……そんなタイミングで交わされたユニとラムのやり取りが、私の心に突き刺さった。…聞こえてるよ…ひそひそ話が思いっ切り聞こえちゃってるよぉぉ…!

 

「イリゼちゃん、よしよし」

「うぅぅ…ありがとねロム…(でも、これはこれで複雑ぅ…)」

 

 背伸びをし、慰めるように頭を撫でてくれるロムの手。ネプギアに負けず劣らずロムも優しくて、無垢なロムの言動は常日頃から私達を癒してくれる…んだけど、自分よりも30㎝近く背の低い子に…それも友達に撫でられるというのは、中々に複雑なものがあった。…うぅ、ほんとに私は傷心だよ…早く、早く甘いものか何か食べたい……。

 

「あぁ、イリゼちゃんがどよーんとしちゃった…もう、駄目だよ皆。イリゼちゃんは軽く受け流すのが苦手なんだから」

「…ネプギア、アンタイリゼを気遣ってるつもりなんだろうけど、それトドメにしかなってないからね…」

「え?…あ"…イリゼちゃんが感情のない目で、何もない方向見てる……」

 

…………。

 

…あ、小鳥飛んでる…小鳥可愛いなぁ…。…「ことり」って、それ自体に意味がある言葉としては割とキャラクターの名前に使われてるよね…炎の精霊とか、スクールアイドルとか、アイドル事務所の事務員とか…。

 とかなんとか思っていたら、気付いた時にはもう喫茶店の前にいた。あれ?…と思った私だけど、まぁ元々来るつもりだったし…と思い直して、皆と共に喫茶店の中へ。

 

「なーにっにしよっかな〜」

「ネプギアちゃんは、どれにするの?」

「わたしは…うん、ショートケーキにしよっと」

 

 椅子に座り、ぱたぱたと脚を揺らすラムと、メニューをテーブル上に開いたままネプギアへと訊くロム。私は…ミルクレープにしようかな。

 

「…あ、そういえば…旅の中でも思ってたんだけど、候補生、って言っても女神な訳だし、生活環境としては最上位に位置してるよね。だったらこういう普通のお店って、物珍しかったり、物足りなく感じたりするんじゃないの?」

「…そんなこと、ないよ?(ふるふる)」

「アタシもないわね。というか多分、どの国もだと思うけど、女神はそんな豪勢な暮らしはしてないのよ。自分の国の『普通』が分からなくならないように、ってね」

 

 勿論、生活環境は別だけどね、とユニは付け加える。だから物珍しさ、物足りなさは特に感じないのだと、私に説明してくれる。

 それは、納得のいく理由だった。皆が街の人達と自然に話していたり、その街の人達と同じ物を活用する時も不満を持たないどころか、それを当たり前の事のようにしていたのも、それを『普通』と思うような生活を普段からしてるって事なら、そうだよね、と頷ける。

 

「そっかぁ…。…私、やっぱり全然知らないんだな…私も一応、女神なのに……」

 

 国民の意識との乖離が起こらないよう生活を自制するなんて、立派な心掛けだなぁと感心する一方、少しだけ私は情けなさのような、虚しさのような感情を抱く。

 私は自分を、女神だと思っている。女神化出来たり、武器やプロセッサユニットがシェアエナジーで構成されている事からして、多分これは間違いない。でも世界の記録者でもあるプラネテューヌの教祖、イストワールさんが私の事については上手く調べられないというのと、私自身が記憶喪失で確かな事は何も分からないせいで、女神であると確信が持てない。それに…もし本当に女神だったとしても、私は何も知らない。女神の在り方も、国の長としての意識も、何気ない普段の生活も…何一つ知らないのが、私。記憶喪失なんだから仕方ない、ネプギア達女神候補生とも、そのお姉さん達守護女神とも違う立場なんだから、分からないのも当然の事…そう思えばきっと楽だけど、そんな風に思う事も私には出来なくて……

 

「もー、なんでこれからケーキ食べるのに、そんなかおしてるのよ」

「うぇっ!?りゃ、りゃむ…!?」

 

 そんな風に私が思っている中、不意に頬に感じた刺激。突然過ぎる事にびっくりする中、ラムの声が聞こえて…そのラムが、私の両頬をむにむにと引っ張っていた。不意打ちほっぺむにむにだった。

 

「わっ、イリゼのほっぺすごくぷにぷに…ねね、ロムちゃんもさわってみて!」

「すごくぷにぷに…?…わぁ……!(つんつん)」

「ひょ、ひょっとぉ……!」

 

 むにむにし始めるや否やラムは目を丸くし、ロムを呼ぶ。するとぷにぷに、という言葉に心惹かれた様子のロムまで私の側に来て、興味津々な顔で私の頬を突っついてきた。

 むにむに、つんつん。つんつん、むにむに。痛くはないけど、左右から頬を弄られまくるなんて…こう…「むぅぅ…!」…ってなる。しかも助けを求めてネプギアとユニを見たのに、二人はのんびりした雰囲気でこっちを見ていて…むぅ、むぅぅぅぅ…!

 

「はー、たのしかった〜」

「うん、たのしかった(ほっこり)」

「無許可で人の頬を玩具にしないでよ……。ネプギアとユニも見てるだけだし…なんか私、不当に弄られてる気がする…」

「あはは…ごめんね、和む光景だったからつい……」

「不当に弄られるって…なんかそれだと、正当な弄りもあるみたいになるわね…」

「そんな言葉尻を捉えなくていいから……」

 

 今の姿も、女神の姿も私が一番大人な筈なのに…と口を尖らせる私。でもすぐに、ここで見た目を誇示しても虚しいだけだと気付いて、がっくりと肩を落とす。

…とまぁ、そんなこんなでやり取りをしていたところで、私達の頼んでいた注文が運ばれてくる。私はミルクレープでネプギアはショートケーキ、ユニはガトーショコラで、ロムもラムはそれぞれバニラアイスとストロベリーアイス。色とりどりのスイーツがテーブルに並んでいるのは、それだけで何だか良い気分。

 

「それじゃあ皆、食べよっか」

「だね。頂きまーす」

 

 ネプギアの呼び掛けに応じる形で、私は手を合わせる。フォークでミルクレープで一口分切り、それを口に運び…次の瞬間、口の中で広がっていくのはクリームの甘さ。

 濃厚な甘みと、生地の心地良い食感。まだ一口目なのに、もう心は満たされるようで…自然と頬も緩んでいく。

 

「んっ…やっぱりガトーショコラは、甘さの中にちょっぴりほろ苦さがあるのが良いのよね」

「ラムちゃん、バニラも一口食べてみる…?」

「食べるー!ロムちゃんも、ストロベリー一口どーぞっ」

 

 皆も自分の…更にはあげっこしたスイーツに舌鼓。国の長で、女神でもある皆だけど、こうして食べる姿は見た目相応の女の子で…ミルクレープを食べながら、私は思い出す。

 今でこそ友達になれている皆だけど、その道のりは大変だった。ユニはネプギアと衝突し、最終的には決闘をするまでになっちゃったし、ロムとラムも出会って(ネプギア達は元々面識があった訳だけど)早々に仕掛けてくるしで、何度「君達仲間なんだよね!?四ヶ国って友好条約結んでるんだよねぇ!?」と思った事か分からない。

 

(…それでも、今はこうして、仲良くスイーツを囲める仲になったんだもんね)

 

 間違いなく、それぞれの国に行った時点でのネプギア達は、良好な関係じゃなかった。知らない事ばっかりな私は、仲を取り持つなんて器用な真似は出来なかった。

 でも、ネプギアは諦めなかった。姉を助ける為に、皆の協力は欠かせないっていう事情や、コンパさんやアイエフさん、旅に同行してくれる事になった皆の支えがあった上での事でもあるんだろうけど…だとしても、ネプギアが諦めてしまっていたら、今ここにある光景はきっと生まれていなかった。

 そして、ネプギアだけじゃなく、三人もまた歩み寄ったから、ネプギアの思いに応えたから、皆は信頼し合える関係に、友達になれた。ユニはちょっと皮肉屋の面があって、ラムも変にネプギアやユニと張り合ったり、そのユニがラムを軽く煽り、ラムもユニに突っかかって…なんていう事も時々あるけど、それをひっくるめて皆は友達だって、私は思う。

 

「あ、今度はさっきよりいいかおね。もう一回むにむにする?」

「なんで!?い、良い顔ならむにむにしなくて良いじゃん!…いや良い顔じゃなくてもむにむにはしないでよね!?」

 

 さも当然のように出てきた「またむにむにする?」に、私は思わず全力突っ込み。私としては抗議の意図も込めた突っ込みだったけど、ラムはむしろ愉快そうで…なんでラムは、こんなに私にばっかりからかってくるの…。

 

「そりゃさっきネプギアも言ってたけど、イリゼは反応が面白…こほん。反応に手抜きがないからじゃない?」

「今面白いって言いかけたよね…!?しかも地の文まで読んでない…!?」

「…ね?こんな反応してくれるなら、ラムがからかいたくなるのも分かるでしょ」

「うぐっ……」

 

 確かにそうかも…なんて思ってしまったものだから、私は言い返せない。それに今の口振りからして、ユニは私の反応を完全に予想していた。つまり、それ位私は分かり易いって訳で…うぅ、流石に凹みそうだよ……。

 

「…ま、でも無愛想な性格よりはずっと良いって思うわ。女神としても、接し易いのは大事だろうし」

「良くない性格よりはマシって…そんな弱いフォローで気分が好転する程、私は単純じゃないからね…?」

「あ、あはははは……でも、わたしはイリゼちゃんの性格、好きだよ?ちょっとした話でも最後までしっかり聞いてくれるし、いつも目の前の事に手を抜かないのって、格好良いなと思うもん」

「ネプギア…うぅ、私もネプギアの優しくて誠実なところ、大好きだよ…!」

 

 ダメージを負った私の心は、ネプギアの優しさ溢れる言葉に救われる。たかが言葉、されど言葉。ちょっとした一言で傷付く事もあれば、何気ない発言が心を癒してくれる事もあるんだよ…!

……まぁ、それはともかく、ミルクレープ食べて一回落ち着こうかな。なんかさっきから、精神状態が右往左往してるし。

 

「はふぅ…そういえば、皆知ってる?クレープって、薄いパンケーキの事なんだよ?」

「ほぇ?じゃあ、イリゼちゃんは今、パンケーキを食べてるの…?(ぱちくり)」

「言われてみると、クレープとパンケーキって、見た目も作り方も似てるわね…」

「でしょ?ミルクレープにしたのも、最近それを知ったからなんだよね」

「…って事は、ホットケーキミックスでクレープ作る事も出来るのかな?」

「出来るみたいだよ。でも、クレープっていうとお店とか屋台で買うイメージあるし、印象として難しそうだよねぇ…」

 

 フォークで刺した一口分のミルクレープを持ち上げながら、調べようと思った訳じゃなく、偶々知った知識を披露する私。偶々知っただけなんだから、別に凄くも何ともないけど、皆の「へぇ〜」って顔を見るとなんだか鼻高々な気分になる。でもほんと、買って食べるしかないと思ってた物が、実は家(私達の場合はプラネタワーとか教会だけど)で作れるなんて、ちょっと夢のある話だよね。まあ、私は料理なんて全然した事ないし、そんな私が上手く作れるとは思わないけど…。

 

「…おうちで作れるなら…おねえちゃんといっしょに、作ってみたいな……」

「…わたしも。おねえちゃんと、いっぱい色んなことしたい……」

「…うん、そうだね。その為にも、頑張らなくっちゃ」

「その為に、お姉ちゃん達を助ける為に、アタシ達は進んできたんだものね。諦めなんて、しないわ」

 

 数秒間の沈黙と、呟くように漏れたロムの言葉。その言葉に続くように、ラムやネプギア、ユニも思いを口にし…頷き合う。それはただの願いじゃないと、自分達で叶えるんだと、そんな意思を瞳に浮かべて。

 

「私も、力になるよ。私だって、このままで良いとは思わないし…皆は私の、友達だから」

 

 皆と私じゃ、抱く思いは違う。同じ女神でも、立場や境遇が異なっているんだから、当たり前で…だけど友情は、友達だって思いは同じ。だから、力になりたいんだって…私も皆に、頷いた。

 

「…って、喫茶店で、ケーキやアイス食べながらする会話じゃないわね」

「じゃ、どこで何しながらならいいわけ?」

「何やその返し…そういうのを、揚げ足を取るっていうのよ」

「あげあし…フライドチキン?」

「あ、上手いねロムちゃん。…あっ、わたしも上手いと美味いを掛けてて中々「いやネプギアはそんな上手くないから」「うん、うまくないわね」がーん!ユニちゃんもラムちゃんも厳しい……」

「わ…私は上手いと思うよ、ネプギア…!ネプギアは美味いじゃなくて、美味しいって言うイメージだけど…」

「イリゼちゃん…前半は嬉しいけど、後半は何かズレてる気が……」

 

 ミスマッチ甚だしい、と苦笑しながら肩を竦めたユニを皮切りに、これまでとは一転して和やかな、緩い…とも違う、でも賑やかな会話が始まる。ラムがちょっとユニに突っかかって、ユニはそれに余裕を残したまま返して、ロムは何とも純粋そうな発想をして、ネプギアは…こう、ちょっとズレた発言をするという、これまでの旅の中でも見てきた光景、やり取りが今日も繰り広げられる。そしてその中には私もいて、私も私で微妙に的外れな事を……

 

「…って、自分で的外れって認めちゃ駄目じゃん…!虚しいだけだよ…!?」

『……?』

「あ……こ、こほん。もう少ししたら、お店出ようか。もう皆、残り少しだしさ」

 

 思わずやってしまった恥ずかしいミスを誤魔化すように咳払いした私は、もう少ししたら出ようかと皆に伝える。咳払いは誤魔化しの為だけど、出ようというのは別に誤魔化しじゃなく、粘るようにお店に留まるのは悪いかなって思ったから。皆にもそれは伝わったらしく、私は最後の一口を、皆も残りを口へと運び、最後までそれぞれが求めた甘さを味わい…私達は、お会計してお店を出る。

 

「今の喫茶店、良かったね。広いしプラネタワーからも近いから、今度はパーティーの皆と来るのも良いかも」

「ふふっ。実はあそこ、お姉ちゃんに教えてもらったんだけど、お姉ちゃん達も皆で来たりするお店なんだよ?」

「と、いう事は…女神一行御用達のお店になるのかな?」

 

 確かにそうかも、と歩きながら私達は笑う。私の事は勿論、ネプギア達の事も今は人の姿だからかお店の人は気付いてなかったし、となるとあのお店は、店員さん達が知らぬ間に女神御用達の店舗となっている可能性がある。で、もしも何かのタイミングで知ったとしたら…まあ、物凄く驚くのは間違いないだろうね。

 

「この後は、どうするの…?もう、かえる…?」

「そうだねぇ…体調は万全にしておきたいし、どこかで疲れちゃったりしないよう帰ろっか。プラネタワーの中でも、遊べるしさ」

「あ、わたしゲームやりたい!ネプギアとユニ、イリゼにわたしのすごさを見せてあげるわ!」

「はいはい、けど自分が得意なゲームがなくても知らないわよ」

 

 軽いやり取りを交わして、私達はプラネタワーへと戻っていく。

 各国を回る旅は、同じ女神候補生の皆に協力を求める事が理由だった訳だけど、同時に各国で女神候補生が活躍し、その姿を見てもらう事で、それぞれの国の人を元気付けるという目的もあった。守護女神の皆さんがした旅を再現する側面もあったのが、私の同行した旅であり…その甲斐あってか、目覚めた後に連れてきてもらった時よりも、プラネテューヌの街は活気がある…ような、気もする。

…なんて事を思いながら、歩く道中。プラネタワーが近くなってきたところで、ふと思い出したようにネプギアが言う。

 

「…そうだ。イリゼちゃん、記憶の方はどう?何か、思い出せた?」

 

 軽い気持ち…ではないだろうけど、あくまでただ訊いてみただけのような、ネプギアの声音。単に、本当にただ気になっただけかもしれないし、私を気遣い敢えて軽めに訊いてくれたのかもしれない。

 そんなネプギアの問いに対し、私は首を横に振る。まだ何も思い出せていないのだと動きで示す。

 

「こう、知識の面は問題ないし、戦闘技能なんかも覚えてる…覚えてる?で、いいのかなこれは…覚えてるっていうか、『分かる』って感覚もするし…まあとにかく、そっち方面はしっかりしてるのに…駄目だね。記憶…思い出は、今も全然思い出せない」

「そっ、か…ごめんね、全然力になれなくて……」

「ううん、気にしないで。…と、いうか…コンパさんも言ってたけど、記憶喪失は『こうすれば治る』って明確に言えるものがないらしいんだから、気にする事なんてないよ」

 

 申し訳なさそうにするネプギアに、もう一度私は首を振る。ネプギアは私の記憶喪失に一切関わっていないんだから、負い目を感じる事なんて微塵もない。

 

「記憶…イリゼって、地下で眠ってたんでしょ?アタシ達の周りでも、イリゼを知ってる人は誰もいなかった訳だし、かなり昔の時代の女神だったりするのかしら…」

「ってことは…イリゼはおばーちゃん?」

「うん、止めて…仮にその通りだとしても、お婆ちゃん呼ばわりは辛いから……」

 

 ユニの言う通り、これまで私の事を知っているという人には出会えていない。女神であるなら、教祖の皆さんを初めとする教会の人達は詳しい筈だけど、それでも誰も知らないという事は、何代も前の女神…って事かもしれない。でも仮にそうだとしても、あんな場所で眠っていた理由がよく分からないし、何よりそうなると今の時代に私の知り合いは、記憶を失う前の私と繋がりを持つ人はいないって事にもなる訳で……辛い。記憶が戻らないのも辛いけど、私は本来いた時代から取り残されて、たった一人なんだって思えてしまうのは凄く辛くて……

 

「…イリゼちゃん、だいじょうぶ…?」

「あ……」

 

 気付けばロムが、心配そうに私を見ていた。ロムだけじゃなく、ネプギアやユニ、ラムも私の事を案じるような顔をしていて…あはは、駄目だな…自分から落ち込んで、それで皆に心配させるんじゃ…。

 

「ご、ごめんね皆。えと…でも、大丈夫!記憶は戻ってないけど、体調が悪い訳じゃないし、記憶が戻らないからって皆への協力を止めるつもりは……」

「…無理、しなくていいからね」

「え…?」

 

 これ以上心配かけまいと声のトーンを上げ、大丈夫だと私は返す。けどそんな私の前に出て、ネプギアは私の手を握る。両手で両手を握って、無理しないでと私に言う。

 

「わたしは記憶喪失じゃないし、お姉ちゃんも記憶喪失に対しては前向きなスタンスだから、感じる事しか出来ないけど…それでも、イリゼちゃんの辛い気持ちは分かるから。一緒に旅をしてきて、一緒に色んな事をして、一緒に悩んだり笑ったりもして…イリゼちゃんの過去は分からなくても、今のイリゼちゃんの事は知ってるから」

「……っ…ネプ、ギア…」

「…そうね。お姉ちゃん達がそうだったように、今はアタシ達も仲間として、同じものを目指して力を合わせてるの。…イリゼだって、仲間でしょ?だから、何でもかんでも話せとは言わないけど…無理に隠す必要なんてないわ」

「うん。イリゼちゃんは、いつものやさしい顔をしてたほうが…ずっと、いいよ」

「じゃないと、またむにむにしちゃうわよ?…くらーい顔してたって、いいことなんて何もないんだから」

 

 じっと私の目を見つめた、心からのものだと分かるネプギアの言葉。分かる事は出来なくても、感じる事は出来るって…記憶喪失の、一緒に日々を重ねてきた私の事は知っているって、ネプギアは言う。私に、言ってくれる。

 それだけじゃない。一つ頷いたユニは腕を組みつつも柔らかな顔で、ロムは静かに…でも優しい声で、ラムはちょっと笑った後に真剣な表情を浮かべて、三人も私に声を掛けてくれた。…皆、私を見ている。私を見つめてくれている。今ここにいる…皆の仲間で、友達の私を。

 

「…み、皆…皆ぁ……!」

「うわわっ!?い、イリゼちゃん泣きそうなの!?じゃ、じゃあハンカチ……」

「うぅ…だ、大丈夫…流石に往来で泣き出す事はしないから…」

 

 感極まる思いに、私は目頭が熱くなる。でもここで泣くのは幾ら何でも恥ずかしい、と何とか堪え、ぴっとネプギアに右掌を軽く突き出す。

 あぁ、そうだ。記憶が戻る気配はない。私を知る人もいない。でも…私は一人じゃない。記憶の事を考えると凄く辛いし、このまま戻らないままだったらと思うと怖くて仕方ないけど、私には私を思ってくれる皆がいる。…それは、どんなに嬉しい事か。それが、どんなに心強い事か。

 

「そうだよね…ありがとう皆、私無理はしないから。悩んだ時は、ちゃんと話すから」

「うん。話を聞いたり、一緒に考える事なら、わたしにだって力になれるからね!」

 

 そう言って、ネプギアは右腕で力瘤を作るようなジェスチャーをし、左手をその二の腕へと乗せる。ネプギアの服装は袖に余裕のあるものだから、どの位の力瘤が出来ているか以前に、力瘤が出来てるかどうかも分からないものだったけど…その分(?)ネプギアのジェスチャーは可愛らしく見えた。

 そして気付けばもう、私達はプラネタワーの前。この後は…あ、ゲームの話が出てたね。

 

「…ね、皆。さっきも話したけど…これからの為にも、これからしたい事の為にも、負けられないよね」

「負けられない、じゃなくて勝つ、でしょ?」

「ラムちゃん、ネプギアちゃん、ユニちゃん、イリゼちゃん…がんばろう、ね(ぐっ)」

「わたしたちはあの時よりずっとつよくなってるんだから、ぜったいかつに決まってるわ!」

「それに、今は私も、他の皆もいるからね。…勝とう、勝ってまた…今度はもっと沢山人を呼んで、また食べに行こう」

 

 まるで、これから決戦に向かうような私達のやり取り。それは皆意識してるのか、言い終わった後に肩を竦めて、皆同じ事考えてたんだって気付いて、くすくすと小さく笑い合う。

 戦いは、何が起こるか分からない。未来と同じで、些細な事で変わってしまう。…だとしても、勝つんだって思いは、決意は、無駄じゃない。それは勇気に、底力に…諦めない意思に、なってくれる。私はそう信じている。

 思いを固く決めながら、私達はプラネタワーの中に戻る。決めた思いは心の中に残しておきつつも、まずは目の前の戦い…ゲーム対決に闘志を燃やす。皆との時間を、共に過ごす。それが私……記憶喪失の女神、女神候補生皆の友達…今ここにいる、イリゼだから。

 

 

 

 

…………。

 

………………。

 

……………………。

 

 

 

 

「…イリゼさん、お疲れです」

 

──目を開けた時、聞こえたのはネプギアの声。それと同時に蓋が開き、私は機材の中から身体を起こす。

 

「んー……ふぅ。いつも思うけど、なんか変な感じだね。寝てたような気がするのに、全然休めた感じはないっていうか…」

「あはは、実際寝てた訳じゃないですからね。感覚的には近くても、本当は仮想世界の中で意識が活動し続けてたんですし」

 

 伸びをした後、何か違うんだよなぁ…と私は肩を竦める。ネプギアも肩を竦めて、尚且つ苦笑。

 そう。今まで私は、仮想世界生成装置の中で、データ収集・蓄積の為の活動をしていた。それは、間違いない事だけど……

 

(…うー、ん…やっぱり何も覚えてないなぁ……)

 

 意識を集中させても、頭を捻っても、まるで思い出せない。前の模擬戦の時みたいに記憶を持続させる仕様もあるけど、今回のは記憶が残らない仕様での活動であり、それを含めて仮想世界で活動してきたというより、眠っていたという感覚が近い。ほら、夢だって何か見ていた気はするけど思い出せなかったり、思い出せても部分的だったりするでしょ?あ…それに夢って、実は一度の睡眠で複数見てたりするらしいね。

 

「…って、私は誰に何の余談をしてるんだか……」

「…余談?」

「あ……こ、こほん。何でもないよ、何でも。…うん?」

 

 ついやってしまった悪癖を誤魔化すように、私は咳払い……をしたところで、ふっと違和感…或いは既視感のようなものを覚える。何故かは分からない。でも、そんな感じがあって…むぅ、気になる…。

 

「イリゼさん、大丈夫ですか?もしかして、何か具合が悪かったり?」

「…っと、ううん。別にそういう訳じゃないの。ただちょっと、些細な事が気になって…」

「些細な事?…もしかして、仮想世界で体験してきた内容です?」

「それもそうだけど…って、ネプギア?なんかちょっと、楽しそうな顔してない?」

 

 まだ試作機でありデータ収集中の機械を使った後なんだから、ネプギアが何か問題はなかったかと気にしているのは当然の事。そのタイミングで考え事をするのは良くないな、と思って言葉を返すと、ネプギアは安心したような表情をした後ちょっと顔を緩めて…何だろうかと問い掛けると、またネプギアは肩を竦める。それも今度は、何とも曖昧な笑みと共に。

 

「ふふっ、そうかもですね。今回は、色んな意味で貴重な…こんなのも良いなって思える仮想世界になりましたから」

「え、どういう事…?ログ見せてもらってもいい…?」

「それは勿論。あ、でもその前に…イリゼさん、今回の仮想世界はどうでした?」

「……?どうも何も、私は……」

 

 覚えていない。そう返そうとしたところで、ネプギアはそれを踏まえた上で訊いているんだと私は気付いた。なんで覚えてない事を訊くのかは分からない。データ収集に必要な問いなのか、それとも個人的な興味から訊いているのかも分かりはしない。でも、私をじっと見つめる…プラネテューヌの女神候補生、ネプテューヌの姉妹であり、私の仲間でもあり、尚且つ一時は指導もしていた…友達の妹であるネプギアを見ていたら、ちゃんと返してあげたくなって……だから私は、覚えていなくても心に残る、心に残っている気がする感情を掬い上げて、答えた。

 

「…そうだね。覚えてはいないけど……素敵な体験が出来た、そんな気がするな」




今回のパロディ解説

・「〜〜人工知能を狙う民間軍事会社の部隊が襲撃〜〜」
ソードアート・オンラインのアリシゼーション編における展開の一つの事。まぁ実際、今回の話は仮想世界でのストーリーですしね。勿論目的は全然違いますが。

・炎の精霊
デート・ア・ライブに登場するヒロインの一人、五河琴里の事。初っ端から漢字(書き)は違いますが、「ことり」という名前のキャラといえば、まず彼女を連想します。

・スクールアイドル
ラブライブシリーズに登場するキャラの一人、南ことりの事。こちらは平仮名であり、「小鳥」ではないですね。小鳥の他には、林檎って名前のキャラも多い気がします。

・アイドル事務所の事務員
アイドルマスターシリーズに登場するキャラの一人、音無小鳥の事。彼女は完全に「小鳥」表記のキャラですし、他にも「ことり」ってキャラは色々といます。


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第二話 違い一つで色々変わる

 守護女神奪還作戦…ネプギア達の姉を取り戻し、犯罪組織が蔓延る現状を覆す為の戦いは、熾烈を極めた。ギョウカイ墓場で戦う私達は勿論、各国の大陸でも作戦行動は進められて……少しずつ変化を始めていた信次元の『今』は、完全に変わった。でも、それを感じるようになったのは、戦いが終わってから少しした後の事で…少なくとも皆は、終わった直後は姉を取り戻せた事への喜びと、沢山の事を話したい、自分達の経験してきた事を伝えたいって思いで一杯だった。私にとっては、四人の守護女神全員が初対面だから、感動よりも「この人達がネプギア達の…」って感想が強かったけど…それでも喜び、安堵し、心からの笑顔を浮かべる皆を見てたら、ここまで頑張ってきて良かったと思えた。

 でも、これで全て終わった訳でも、解決した訳でもない。まだ犯罪組織…の残党だって、倒せていない四天王だって残っている。

 そんな現状を前に、守護女神の皆さんは早速(と言っても暫くは静養してたけど)女神としての活動を再開し、戦いを完全に終わらせるべく…平和を取り戻すべく、頭も身体も動かしている。その姿は立派で、やっぱり守護女神って凄いんだなぁと思わせてくれるもので…だけどネプギア達にとっては、もっと休んでくれても良いのに、根を詰めている…そんな風に映ったらしい。そしてそんなお姉ちゃん達に、何かしてあげられないかって話になって……ある息抜きの時間を、企画する事となった。

 

「皆、お姉ちゃん達の為に頑張るわよ!」

「うん!えいえい、おー!」

『おー!』

 

 意気込むユニの言葉に続いて、ネプギアが右手の拳を突き上げる。私とロム、ラムの三人で、後を追うように一緒に「おー!」と拳を上げる。

 今、私達がいるのはプラネタワーの厨房の一つ。そしてここにいるのは、私達だけじゃない。

 

「ふふっ、皆やる気満々ですね」

「ま、気持ちは分かるわ。幾ら女神は強靭とはいえ、私だってもう少し休んでも…って思ってたもの」

 

 私達が交わすやり取りを見ている視線は二つ。一つは微笑むコンパさんのもので、もう一つは肩を竦めるアイエフさんのもの。ネプギアと共に、私が初めて出会った…私がここまでずっとお世話になってきたお二人。お二人がここにいるのは、私達が協力を求めたからで…これから私達がするのは料理。それも、ただの料理ではなく…ケーキ作り。

 

「コンパさん、アイエフさん、宜しくお願いします」

「えぇ、任せて頂戴。…って言っても料理じゃコンパの方が一枚も二枚も上手だから、私はあんまり出番ないかもしれないけどね」

「そんな事ないですよ、あいちゃん。一緒に教えてくれる人がいるだけでも、すっごく心強いですから」

「ありがと、コンパ。…じゃ、早速始めましょ。皆、作りたいケーキは決めてあるんでしょ?」

 

 語先後礼で私が頭を下げると、アイエフさんは頷いた後にまた肩を竦める。でもコンパさんがアイエフさんの自嘲気味な発言を否定すると、アイエフさんは小さく笑い、話を進める。

 お二人の会話から感じるのは、付き合いの長さ。何でもお二人はネプギアのお姉さんが切っ掛けとなって知り合ったらしく、それ以降ずっと仲間として女神に協力してきたらしい。つまり、長年の付き合いとか、幼馴染みとかではないんだけど…それでも付き合いの長さを感じるのは、それだけ濃密な経験をしてきたって事なんだと思う。

 

「あ、はい。わたしはショートケーキを作りたいな、って思ってます。お姉ちゃんなら、どんなケーキでも喜んでくれそうですけどね」

「アタシはブルーベリーケーキの予定です。チョコケーキと迷いましたけど、何となくこっちの方がお姉ちゃんのイメージに合う気がしますし」

「わたしとロムちゃんはモンブランよ!だっておねえちゃんの名前が入ってるもんね!」

「うん。モンブランって名前、かわいい(にこにこ)」

「ショートケーキ、ブルーベリーケーキ、それにモンブランですね。イリゼちゃんは、何にするです?」

「えと、私はティラミスにしようかな…って思ってます。…私は守護女神の皆さんの事をまだ詳しくは知らないので、ティラミスのここが合う、って理由じゃないですけど…」

 

 問いに対し、私達はそれぞれに回答。予めレシピも調べておくようにと言われてあるから、ざっくりだけど作り方は頭の中に入っている。…って言っても、多分…いや絶対、お二人に色々教えてもらわなきゃ完成になんて至れないだろうけど…。

 

「ふむ…各々選んでおいて、って言ったこっち側のミスだけど…こうもばらけると、中々大変そうね…」

「大丈夫ですっ。確かに皆同じの方が、教えるのは楽ですけど…大変ならその分、やり甲斐があるです!」

「そう言ってくれると助かります。…けど、お二人はあくまで手伝ってくれるだけ。頑張らなきゃいけないのはアタシ達自身よ…!」

 

 ぐっ、とコンパさんは胸の前で両手を握り、ユニはめらめらと闘志を燃やす。普段こういう事…女神の務めに関わる訳じゃない事だと、クールでちょっと斜に構えた感じの言動を見せる事が多いユニだけど、今回は違う。それは多分、姉の為にやる事だからで…それだけユニは姉の事を思ってるんだろうな、って私は思う。

…いや、ユニだけじゃない。 ネプギアもロムもラムも、表情はやる気に満ちている。助けた直後から分かっていた事だけど…ほんと皆、お姉ちゃんが大好きなんだね。

 

「皆さん、食材も用意してあるですね?」

「はい、大丈夫です。皆で買ってきたので、買い忘れとかもない筈です」

「それじゃあまずは、手を洗うですよ。これは料理じゃないですけど、欠かしちゃめっ、です」

『はーい』

 

 うんうん、と私達はネプギアの返答に首肯。続けて言われた通りに手を洗い、邪魔になったり食材が混ざったりしないようそれぞれ少し離れて、ケーキ作り開始。

 

「えーっと、まずはクリームチーズ…は、常温になってるから…これをボウルで混ぜて……」

 

 レシピを見ながら、順に食材を入れて混ぜる。ある程度入れていくと少しずつボウル内の抵抗が強くなって、混ぜるのが大変になるんだけど…女神パワーの前じゃ些細な差!今は人の姿をしているけど、女神化をすれば、今使ってるゴムベラでもハンドミキサー以上の力と速度だって……

 

「っとと……!」

「あ、力を入れ過ぎちゃったですか?固めたり、逆に形を崩したりする訳じゃないですから、力一杯やる必要はないですよ」

「で、ですよね…あはは……」

 

 勢い余って、危うくボウルから零しかけた私。それに気付いたコンパさんは助言をくれて、恥ずかしい姿を見せちゃったなぁと私は苦笑い。零す云々もそうだけど、この調子で力を誇示するような作り方してたら、パワー系女神みたいになっちゃうよ…。

 

「ふんふんふ〜ん♪」

「後はこれ位で……よし、ぴったりね」

「そういえば、ネプギアとユニは料理の経験がない訳じゃなかったわね。けど、困ったら遠慮せず訊く事。足りない分には追加すればいいだけだけど、多過ぎた場合は取り除こうにも取り除けないのが料理なんだから」

「ロムちゃんロムちゃん、これでもういいのかな?」

「んと…こ、コンパさん…(おろおろ)」

「これは…もうちょっと混ぜた方が良いですね。それとラムちゃん、クリームが外に落ちないように、ミキサーを持ち上げる時はボウルの内側で上げるようにするです」

 

 聞こえてくるのは、皆の声と調理の音。ネプギアは鼻歌を歌いながら進めていて、ユニは細かく計量中。どうやら二人の方は順調らしいけど、ロムとラムは混ぜ具合がよく分からなかったみたいで、さっきの私の様にコンパさんから言葉を受けていた。因みにロムとラムは、二人でモンブランを作ってるんだけど…戦闘の時と同じように、ここでも二人の連携はばっちりで、ラムがミキサーを使う間ロムはしっかりとボウルを押さえていた。……え、それだったら一人でも出来そう?…それは、まぁ…うん…。

 

(…って、皆を観察してる場合じゃないね。私も自分のケーキに集中しないと)

 

 視線も意識も手元に戻し、ティラミス作りに集中。今度は生クリームを入れたボウルにグラニュー糖を投入し、また混ぜる。その次はメレンゲを作る為に混ぜて、更にその次はコーヒーシロップ作りでまたまた混ぜて……って、さっきからずっと私何かしら混ぜてるよ…それがティラミスだって事なんだろうけど、ほんとに混ぜるものが多い…。

 とかなんとか思いながら、進める事数十分。全然料理なんてした事ないロムやラム、そもそも料理の経験があるかどうかすら謎の私は勿論、ネプギアやユニもケーキ作りは慣れてないから、まごつく事も少なからずあって、結構時間がかかってしまう。でもそれは、コンパさんやアイエフさんに見てもらう事はあっても、頼り切ってはいない証拠。

 

「ふー…あとは上にクリームをぐるぐる〜、ってやったらかんせーね!」

「…ラムちゃん、クリームにちっちゃいチョコとかのせるのは、どう…かな?」

「ユニちゃんも冷やす時間あるよね?」

「ま、アタシとネプギアのケーキは同系統だものね。イリゼもでしょ?」

「あ、うん。でも私はもうちょっとかかるかな…」

 

 苦労しながらも、ケーキ作りはいよいよ終盤。ケーキらしい形になっていくとやる気も増すというもので、後一踏ん張りだって気持ちになる。

 

「イリゼちゃんも皆も、最後まで慌てたり、急いだりしちゃ駄目ですよ?味は勿論ですけど、ケーキは柔らかいものですから、うっかりするとすぐに潰れちゃうです」

「…だって。イリゼ、最初みたいに力込め過ぎないようにね?」

「わ、分かってる。…って、混ぜてる時のあれ見てたの…!?」

 

 勿論だ、と普通に一度首肯してから、その発言の意味に気付いて二度見する私。するとユニは、悪戯っぽい笑みで面白そうにしていて…心の奥から、じわりと広がる恥ずかしさ。忘れていた序盤のミスを、まさかの形で掘り返される…これがほんとに、恥ずかしい。

 

「えー?どれくらい力こめてたの?」

「はやい!こぼれた!…ってなるくらい…?」

「それは違うお菓子だよロムちゃん…それに液体状じゃなかったから、びしゃってなる感じでもなかったかな」

「ネプギアまで…!?」

 

 さらりと判明する、ネプギアまで見ていたという事実。私だってちらっと皆の作る姿を見てたし、考えてみれば皆が見ててもおかしくはないんだけど…うぅ、ほんとなんで今なの…ネプギアに関しては、話の流れでつい、って感じもあるだろうけどさ……。

 

「…えーっと…イリゼ、大丈夫?」

「だ、大丈夫です…うん、気にしちゃ駄目…気にしちゃ駄目だよ私……」

 

 アイエフさんから声を掛けられた私は、こういうのは気にすればする程恥ずかしくなると思って、自分に対して言い聞かせる。それから気を取り直し、言われた通りに最後まで急いだりしないよう心掛けて……遂に、私達全員望んだケーキが完成する。

 

「出来た〜…!…ふぅ…疲れたぁ……」

「わたしも…(くたくた)」

「皆さん、お疲れ様です。頑張った皆さんの為に、クッキーを用意しておいたですよ〜」

「え、ほんと?やったねロムちゃん!」

「けど、その前に片付けね。使った物は洗って仕舞うまでするのが料理ってものよ」

 

 最後の行程であるココアパウダーの振り掛けも済んだところで、私はふぅ…と息を吐く。コンパさんが出してくれた…多分予め作っておいてくれたっぽいクッキーを見てラムが真っ先に喜び、けどその前に…とアイエフさんは言う。それはそうだよね、と思いながら私達は器具を片付け…今度こそ、お終い。

…っていうのは、ちょっとだけ間違い。だってケーキは、作る事じゃなくて食べてもらう事が、食べてくつろいでもらう事が目的だもんね。

 

「はふぅ…がんばったあとのクッキーはカクベツね!…あ、ちょっとあまったクリーム付けてみよーっと」

「あ…ラムちゃんラムちゃん、おてて甘いにおいする、よ…?(くんくん)」

「やっぱりコンパさんの作るお菓子は美味しいなぁ…けど、すみません。協力してくれただけじゃなく、クッキーまで作ってもらっちゃって……」

「これはわたしが、きっと頑張ってくれる皆にご褒美をあげたくて用意したものです。だからそんな事は気にせずに、どんどん食べてくれて良いですよ」

 

 そう言って、コンパさんは柔らかな笑みを浮かべる。アイエフさんもいたとはいえ、私達五人を見て、アドバイスとかもするだけでも大変な筈なのに、予めクッキーを用意し、更に私達へのご褒美だと微笑んでくれるコンパさんは、なんかもう…あのネズミモンスター(?)じゃないけど、天使の様だった。…別に女神だから天使って表現した訳じゃないよ?

 

「…あ、そうだ皆。ケーキは勿論お姉ちゃん達に振る舞うんだけど…その時に、もう一つやりたい事があるの」

『やりたい事?』

 

 サクサクした食感とバターの風味を楽しむ中、提案があるんだと言ってくるネプギア。何だろうと思って私達が訊き返すと、ネプギアはふふっと笑った後に、一度厨房を後にする。

 何かを取ってくるのかな。それとも、何か用意しに行ったのかな。そんな事を話しながら、待つ事数分。軽快な足取りで、ネプギアは厨房へと戻ってきて……そのネプギアに、ネプギアの「やりたい事」に、私達は揃って目を丸くした。

 

 

 

 

 守護女神の皆さんにケーキを振る舞うのは、四人での会議が終わった後。会議って言ってもそこまできっちりしたものじゃなく、定期報告会みたいなもの…らしくて、それなら会議で決まった事、或いは結論の出なかった事が気になって、ケーキを楽しむ気持ちになれない…なんて事もないだろうと思い、このタイミングで振る舞う事にした。

 だけど、ただ作ったケーキをあげるだけじゃない。ネプギアが提案してきたのは、それにプラスα…の範疇には留まらないかもしれない行為。ケーキとその準備を万全にした上で、私達はプラネタワーの一室で待つ。

 

「おねえちゃん、来てくれるかな…(そわそわ)」

「そこは心配しなくていいでしょ。会議が終わったらすぐ帰るなんて話は聞いてないし、コンパさんとアイエフさんがこっちに誘導してくれるんだから」

「…ほんと、お二人には負んぶに抱っこだね。快く私達に協力してくれてる訳だし、感謝しなくっちゃ」

「うん、旅の中でもわたし達を支えてくれて……っと、皆。そろそろ来るみたいだよ…!」

 

 女神は人を助けるものだけど、コンパさんとアイエフさんは私達女神を助けてくれている。パーティーの皆もだけど、お二人にはほんとに沢山の感謝があって…と思っている中、アイエフさんから携帯端末でメッセージを貰ったネプギアが私達に教えてくれて、私達は配置に付く。…って言っても、ケーキを載せたお皿を用意して待つだけだけどね。

 

(…う、もう緊張してきた……)

 

 まだ振る舞う相手と対面してもいないのに、じわりと緊張感を抱き始める。でもきっと大丈夫。味見だってしたし、コンパさん達が協力をしてくれたんだから。そう思い、私は心を落ち着かせ……数秒後、私達のいる部屋…リビングに当たる部屋の扉が開く。

 

「所謂IFルートに、ねぷ子さんエントリー!」

「未だ嘗てない程まともさが吹っ飛んだ発言ね…いきなり何言ってるのよ…」

「このような発言、今更ではありませんの。ところで、IFと言うと、あいちゃんを連想しますわね」

「まあ、連想というかある意味そのままだものね…」

 

 入ってくるや否や、聞こえてきたのはびっくりな発言。続く発言はまともなのに、最初だけ…一人目だけぶっ飛んでるから、余計にそこだけ異質さが凄い。

 

「は、はは…ごめんなさいネプテューヌさん、私それになんて返したらいいかさっぱりです……」

 

 なんて表現したらいいか分からない雰囲気の中、思わず出てきた乾いた笑いと共に、私は率直な感想を返す。

 プラネテューヌの守護女神。紫の大地を治める存在であり、ネプギアのお姉さんでもある、パープルハート。…それが、この人。たった今、斜め上をすっ飛んでいくような発言をしたのが、パープルハートことネプテューヌさん。

 

(…ほんと、個性的な人だなぁ…人じゃなくて女神だけど…)

 

 女神は皆個性的だと思うけど、インパクトの強さで言えばやっぱりネプテューヌさんが断トツ。まだ他の三人…ノワールさん、ベールさん、ブランさんの事は何となく「こういう感じの人かなぁ…」位にしか分かってないけど、ネプテューヌさんだけは速攻で「あ、こういう人か…」と理解出来る位、とにかく個性の主張が強い。

 私はよく覚えている。守護女神の皆さんを直接見た時、四人全員が私やネプギア達とは一味も二味も違う雰囲気を、空気感を纏っていた事を。どこからどう見ても満身創痍なのに、息を呑む威風を皆さんの中から感じた事を。その内の一人、女神の姿のネプテューヌさんは、見た目も素振りも大人の女性って感じで、抱き着いたネプギアを優しく受け止める姿なんて素敵とすら思えた……ものだから、人の姿の性格にはほんと仰天した。幾ら何でも、ギャップがあり過ぎでしょう、って。

 

「ふふん、なんて返したらいいかって?それは勿論、『ここでも開口一番にメタ発言!?』的な突っ込みでオールオッケーだよっ!」

「今は妹達の友達って設て…こほん。妹達の友達にそんな妙なハードルの高い事を求めるんじゃないっての」

「ノワール、貴女も今メタ発言しかけなかった…?」

「ミイラ取りがミイラにならぬ、メタ指摘がメタに…ではありませんわね。今のは不要なメタ発言でしたし」

「…ロムちゃん、おねえちゃんたちが言ってる『めた』ってなぁに?」

「…よじん……?(はてな)」

「うん、絶対違うから。しかも今だと、メタ云々に引っ張られてパロディ発言してるみたいにもなるからね…?」

『……?』

 

 いやいやいや、と否定するユニの言葉に、ロムとラムはきょとんとした顔で小首を傾げる。一気に人数が増えたんだから当然、と言えばそれまでだけど…ネプテューヌさん達が来た瞬間から、流れが全然違うものへと変わっていた。

 

「ネプギア、ユニ、このままだとどんどん変な感じに……」

「だ、だね。皆、準備はいい…?」

「勿論。というか、元々準備万端で待ってたんだしね」

 

 小声で二人を呼び、頷きを得る。ネプギアの言葉でロムとラムもこっちを見て、私達は全員で頷き合う。

 

「…あぁそうだ、そういえば皆、ねぷ子達に用事があったんでしょ?」

「ほぇ?そうなの?」

 

 察した様子の、アイエフさんからのアシスト。何だろう、とこっちを見てくるネプテューヌさん達四人。それを受けた私達は、自分達の服を掴み……まるで怪盗が正体を現すかのように、用意した装いを披露する。

 

『いらっしゃいませ、(ご主人様・ごしゅじんさま)ー!』

 

 声を揃えて、笑顔を浮かべる私達五人。対するネプテューヌさん達は、私達を見て目を丸くする。…でも、それもその筈。私達の言葉が特徴的なのは勿論……今私達が身に纏っているのは、メイド服なんだから。

 

「あ、貴女達…その、格好は…?」

「えへへー、かわいいでしょー?」

「この服だけじゃ、ないんだよ?」

 

 ロムちゃんの言葉を合図とするように、私達はケーキも披露。ケーキを見た事で皆さんは更に目を丸くし…でも数秒後、発言と服装、それにケーキで私達が「何をしたいのか」に気付いたように表情が変わる。後何故か、ノワールさんだけはそれとは別に私達の姿をまじまじと見ていた。…何故……?

 

「このケーキは、ギアちゃん達が頑張って作ったんですよ?」

「それも、レシピを調べたり材料を用意したりするところから、最後に使った物を片付けるところまで、徹頭徹尾全部自分達で、ね」

「そうだったのね…でも、どうして…?」

「…お姉ちゃん達に休んでほしい。ずっと大変だったんだから、ちょっとでもゆっくりしてほしい。……それが、皆の気持ちです」

 

 ここは自分が、と皆の気持ちを私が代弁。それを聞いたノワールさんは…ううん、四人全員が見回すように私達を見て、ネプギア達はにこりと微笑む。ユニだけは、ちょっと照れ臭そうだったけど…思いは、皆と同じ。

 それから私達はメイドさんの様に(と言っても半ばイメージ上のだけど)ネプテューヌさん達へ接しながら、ケーキを食べてもらう。皆は初め、ドキドキしてるような顔だったけど……美味しいと言ってもらえた途端に、緊張の表情は満面の笑みへ。

 

「あ、因みにネプギア達四人のやり取りは割愛だよ。OPの第百二十四話で既にやってるからね。だから、見たい人は一旦そっちへGO!」

「お姉ちゃん、さっきからメタ発言ばっかりだよ…」

「でも、ねぷねぷのこういう部分は変わっていないって思うと、何だか安心するです」

 

 この部分で安心するの…!?…と思って見たコンパさんの顔に、嘘や冗談を言っているような雰囲気はない。それどころかネプギアは苦笑いを、アイエフさんは呆れた表情をしながらも、それ自体を否定するような事はなくて…どうしよう、私には理解が及ばないよ…。

 ただまあ何であれ、皆の作ったケーキは好評。皆のケーキが喜んでもらえるのも、それで皆が喜んでいるのも、友達としてすっごく嬉しくて…それに、ネプテューヌさん達が美味しそうに食べている姿を見ていると、ちょっと親近感を抱く。これまではネプギア達から、ネプテューヌさん達の凄いところ、格好良いところばかりを聞いていたから、私が普通に接するのは畏れ多いのかもって思ってたけど…ネプギア達との、妹達との普通のやり取りを見ていると、守護女神の皆さんもネプギア達と同じなんだって、近寄り難い存在なんじゃないんだって思えてくる。そんな思いを抱きながら、私はそれぞれのやり取りを見回していて……でもその中に、どこか寂しそうな表情を浮かべている人が一人。

 

「…あの、ベールさん」

「……ふぅ…友の幸せを妬むなど、女神にあるまじき思いとはいえ…やはり物悲しさは拭えませんわね…」

 

 そう、ネプギア達は四人で、ネプテューヌさん達も四人だけど、全員が姉妹という訳じゃない。ロムとラムは双子、つまりブランさんの妹は二人な訳で…ベールさんだけは、妹がいない。

 

「ベールさん、ちょっといいですか…?」

「えぇ、えぇ、分かってますわよ?誰が悪い訳でもない事は、誰も悪くない事は。けれどこれでは、わたくし完全に蚊帳の外ではありませんの…」

「ベールさーん?聞こえてますー…?」

「はぁ、わたくしはどうしたらいいのでしょう…このまま立ち去るのは悲し過ぎますし、かといってここにいるのも居た堪れない……」

「べ、ベールさん?もしかして聞こえてません?今物凄く自分の世界に入っちゃってる感じです…?」

「いっそ妹になど興味を、憧れを抱かなければ楽だったというのに…そういう意味では、この悲しみは自らの心が生み出したもの──」

「いや幾ら何でも独り言言い過ぎじゃありません!?こうなるとむしろ、わざと感ありますよ!?独り言じゃなくて、その体のネタに見えてくるんですが!?」

「へ?」

 

 声を掛けども掛けども反応のないベールさん。初めはそれだけ傷心なんだろうなぁと思ってた私だけど…流石に何度目かの時には思い切り突っ込んでしまった。突っ込まざるを得なかった。

 

「…貴女、中々勢いのある突っ込みをするわね…」

「あ…こ、こほん。…ベールさん、少し良いですか…?」

「え、えぇ。なんでして…?」

 

 あまり嬉しくない部分をブランさんから評価された私は気を取り直すように咳払いをし、今一度ベールさんに呼び掛ける。流石に今度はちゃんと聞こえたようで、ベールさんはこっちを向き…しまった、これは悪手だった…。なまじ仕切り直すような流れを作ったせいで、大事な話をするみたいな雰囲気になっちゃった…もっとさらっと進めるつもりだったのに……。

 

(これならさっき、反応がない内にしれーっと済ませちゃえば良かった……)

「…セイツちゃん?」

「うぁっ、は、はい!…えと、ベールさん…」

 

 今度は逆に私が呼ばれ、思考中だった事もあって思わず慌ててしまう。でもやっぱり無し、なんて事はしたくないし…ええぃ、もうこうなれば勢いだよ!勢いでぱーっと……

 

……いや、駄目だ。皆には及ばないけど、私だって、私なりに思いを込めて作ったんだから。だったら、勢いじゃなくて…ちゃんと渡さなきゃ。そう思って、そう思い直して……私は、言う。

 

「…私も、ティラミスを作ってみたんです。もし、良かったら…食べてくれませんか?」

「……!…い、いいんですの…?」

「はい。…と、いうか…元からそのつもりでしたし、ね」

 

 今日一番の、まん丸の目。それを浮かべたベールさんの問いに、私は首肯で返す。…実を言えば、私がティラミスを作ったのは、妹のいないベールさんにケーキを作ってあげる人がいないのは可哀想だから、っていうのが一番の理由で、だからいいも何も、って話なんだけど…それを言ったんじゃ、色々と台無しだもんね。

 

「う、うぅ…胸が一杯になりますわ……」

「え…ベール、まだ一口も食べてないよね…?」

「気持ちの問題ですわッ!」

「あ、はい……」

 

 さっきまで丸くなっていた目をくわっと見開き、ベールさんはネプテューヌさんの指摘を一蹴。いや、今のはネプテューヌさんの反応の方が普通じゃ…なんて思った私だけど、何だか凄い雰囲気のベールさんに、そんな事を言う勇気はなかった。

 それからティラミスに向き直ったベールさんはフォークを持ち、まるでこれから大事な事でもするかのように深呼吸。一度私の方を見てから、ティラミスへと視線を戻し、静かな声で頂きますと言い…一口、食べる。

 

「…………」

「…………」

「……あ、あの…どう、ですか…?」

「……感無量、ですわ…!」

 

 否が応でも緊張してしまう無言の時間。それに耐え切れず私が訊けば、ベールさんは小さく息を吐いた後に私を見て、感激したように…というか、明らかに感激した様子で、感無量だと言った。……いや、まぁ…なんというか…ど、どうしよう…ここまで感動されると、逆に反応し辛い……。

 

「ベールさん、イリゼちゃんのティラミス…そんなに、おいしかったの…?」

「美味しいですわ…それはもう、本当に本当に美味しいのですわ…!空腹は最大のスパイスなどと言いますけれど、わたくしは声を大にして言いたいですわ…!真のスパイスは空腹ではなく、喜びであると…!」

「なんかそれっぽい事言ってるけど、何を言い出してるんだ感凄いわよ貴女……」

「どう思われようと構いませんわ…!これはイリゼちゃんからの愛が籠ったティラミス。そしてネプギアちゃん達妹が姉にケーキを振る舞うこの場において、このティラミスの存在は、イリゼちゃんがわたくしの妹になってくれるという事と同義…!」

『いやいやいやいや…』

 

 美味しいと思ってほしい。そう思って作ったのは事実だし、喜んでくれたのなら嬉しい。でも、流石に愛までは込めていない。ましてやこのティラミスは、姉妹になる事と同義でもない。そりゃそうだよ。そりゃそうでしょ。…って、いうか…ベールさんキャラ変わり過ぎじゃない…?いつもの上品で物腰柔らかなベールさんはどこに行ったの…?

 

「えぇ、と…ベールさんの言っている事はともかく、喜んでもらえて良かったですね、イリゼちゃん」

「そ、そうですね…喜んでくれた事自体は、ほんとに嬉しいです…」

「イリゼちゃんイリゼちゃん、実際うちに来るのはどうでして?わたくしは勿論歓迎致しますし、女神の在り方の面でも、国のない状態より明確にどこかの女神、という立場を有していた方が良いと思いますわよ?それに女神候補生のいないリーンボックスであれば、他国よりも受け入れられるハードルは低い筈……」

「はいはいベール様、妙に据わった目で説き伏せようとするのは止めて下さいね。…それに、別に妹じゃなくたって……」

 

 一理あるような気もする語りをベールさんから受ける中、それをアイエフさんが止めてくれる。ベールさんが口を尖らせ不満そうにしても、アイエフさんは一貫した態度で制止して……ると思ったけど、その後ちょっぴりアイエフさんも不満そうな顔になって、小さな声でぶつぶつと何か言っていた。それにベールさんが目を瞬かせると、更にアイエフさんは不満そうになったけど…肝心の声がよく聞こえないから、どういう事なのかは分からない。

 

「…ね、イリゼちゃん」

「……?どうかしました?ネプテューヌさん」

「や、別にどうって事はないんだけどね。ただちょっと気になったっていうか…イリゼちゃんは、皆と仲良くやれてる?」

 

 何だったんだろうか…と思っている中で、不意にかけられる声。それはネプテューヌさんからの呼び掛けで、私が問いを返すと、ネプテューヌさんは軽く笑った後に私へと訊いてくる。皆と…ネプギア達との、関係を。

 一瞬、質問の意味が分からなかった。質問そのものの意味は分かるけど、何故そんな事を訊くのかが分からなかった。でも、ネプテューヌさんの顔を、私を見つめる柔らかな表情を見て、理解する事が出来た。心配…って事じゃないと思うけど、私の事を気に掛けてくれてるんだって。

 それに、ネプテューヌさんだけじゃない。気付けばノワールさんもベールさんもブランさんも…守護女神の皆さん全員が私を見ていて、私からの言葉を待っている。こうやって注目されるのには少し恥ずかしさもあって…でもちゃんと、私は答える。答えたいと、そう思った。皆さんからの思いに、ネプギア達との日々の事を。

 

「…ネプギアは、何も覚えてなくて、不安が一杯だった私の、最初の友達になってくれました。ユニは女神とはどういうものなのか、どんな道を歩むものなのかを教えてくれました。ロムは私と一緒に、色んなものを知って、知識も感じた思いも共有してくれました。ラムは私が記憶喪失だって事を一切気にしないで、普通に女神として…対等の相手として接してくれました。皆々優しくて、私を思ってくれて、力になってくれて……」

『…………』

「…だから皆は、私にとってかけがえのない友達です。私は皆に出会えて、友達になれて、凄く幸せです。仲良くやれてるかどうかで言えば……ばっちり、仲良しです!」

 

 皆との日々を思い出しながら、その時々で感じた思いを想起しながら、私は語る。そして、私は言い切り…笑う。皆と友達になれて幸せだと、目一杯の気持ちを込めて。

 

「うぅ…イリゼちゃん、わたしも…わたしもイリゼちゃんと友達になれて幸せだよっ!」

「わわっ!?ね、ネプギア!?」

「イリゼちゃん。これからもなかよく、しようね?(にこにこ)」

「ま、イリゼってばおちょこっちょいだものね。だからこれからも、わたしもなかよくしてあげるわ!」

「それを言うならおっちょこちょいでしょ…ふふっ。そこまで言ってくれるなら、悪い気はしないわよ。イリゼ」

 

 飛び込むような勢いで横から抱き着いてきたネプギアにびっくりする私。続けてロムは柔らかな、ラムは自信満々な、そしてユニはちょっぴり悪戯っぽい笑みを浮かべていて……私は、思った。あぁ、やっぱり…友達って、いいなって。

 

「…そんな気はしてたけど…やっぱり素直で良い子じゃない、イリゼって」

「そうね。貴女と同じ位の背格好だし、そういう意味じゃ少し浮いてるけど…友情の前には関係ない事ね。…っていうか、ほんとにノワール並みのスタイルね…くっ……」

「くぅっ、やはりイリゼちゃんをうちにお迎えしたいですわ…!…あ、勿論ネプギアちゃん達も魅力的ですわよ?」

「要らないよそんな補足…こほん。それじゃあ答えてもらった訳だし、わたしからも言わないとね。…これからも、ネプギアと…ネプギア達と仲良くしてね!」

 

 思いを口にした私の答えは皆さんを安心させるのに十分だったようで、ネプテューヌさんはにこりと笑う。お三人も、うんうんも頷く。

 私は、ネプギア達女神候補生の事は、それなりに知っている。旅の中で、知る事が出来た。でもネプテューヌさん達守護女神の事は、まだあまり知らない。だから…少しずつ、知っていきたい。同じ女神として…ううん。女神云々を抜きにしても、ネプギア達や、パーティーの皆さんの様に、ネプテューヌさん達とも親睦を深められるように。

 

「…あ、そうだ。折角だから記憶喪失の先輩として、イリゼちゃんに一つアドバイスをあげよう!」

「え!ほ、ほんとですか!?」

「ほんとほんと。でも別に、凄い事じゃないよ?わたしが言える事なんて、記憶喪失でも死んだりはしない、って事位だしねー」

「お、お姉ちゃん…それは流石にアドバイスでもないんじゃ……」

「あー、やっぱりー?でもさ、記憶喪失だって美味しいものは美味しいし、楽しい事は楽しいし、友達だって沢山作れるんだから、悲観ばっかりしなくてもいい…っていうか、もっと前向きにいた方が良いと思うんだよね」

「それはネプテューヌが超マイペースだから言える事でしょ」

「イリゼみたいな真っ当な子には向かない話ね」

「あ、ノワールもブランも酷ーい!…あぁそうそう、元々わたし達四人は争ってたみたいなんだよね。それが今じゃ友達なんだから、案外『記憶喪失が紡ぐ友情』っていうのもあるかもしれないよー?」

 

 おまけみたいな感覚で伝えられた、記憶喪失の先輩(?)からのアドバイス。何とも斜め上なアドバイスに、私は初めぽかんとしてしまったけど…意外とそうかもしれないと、同じ守護女神のお三人を見ながらふふんと胸を張るネプテューヌさんを見ている内に、私は思った。だって、実際そうだから。記憶喪失でも美味しい、楽しいって感情は感じられてるし、皆と友達や仲間になれたんだから。私は記憶を取り戻したいけど…記憶のない『今』が、悲観するような日々だなんて事は微塵もないから。

 

「…ネプテューヌさん、アドバイスありがとうございます。ちょっぴりですけど、心が軽くなったような気がします」

「ふっ…それに誰だって、記憶を持って生まれる訳じゃないんだよ、イリゼちゃん。人は皆、空のデッキケースを持って生まれてくるんだから…ね」

「いや、他人の台詞で格好付けるんじゃないっての」

「ねぷねぷが決め顔しても、ちょっとふざけてる感が拭えないですね…」

「えぇー、そう…?まあでも、イリゼちゃんは可愛い妹の友達だからね。女神とか記憶喪失とか関係なしに、何かあったら頼ってくれて構わないよ!」

「うんうん、こう見えてお姉ちゃんは物凄く頼りになるんだからね、イリゼちゃん!」

「こ、こう見えてって…ネプギア、さらっと姉をdisってない…?…まあ、でも、とにかく…ネプギア達も、ネプテューヌさん達も…これからも、宜しくお願いしますっ!」

 

 ぺこんっ、と私は頭を下げる。友達も、旅の仲間も、その友達のお姉さん達も…一つ一つが、私の持つ繋がり。この繋がりを、私は大切にしたい。

 それに、まだ戦いは終わってない。まだ犯罪組織の脅威は過ぎ去ってないし、それが過ぎ去ったとしても、女神はお役御免になんかならない。だから…頑張らないとだよね。私も、皆と一緒に…皆を、支えられるように。

 

 

 そうして、賑やかなままにネプギア達とネプテューヌさん達を労う企画は終わりを迎える。当然ケーキはお店に出せるレベルじゃないし、メイドさんらしい言動もやってたのは最初だけっていう凄く中途半端なものになっちゃったけど…それでも喜んでもらえたし、皆楽しい思いを抱けてたって、私は思う。

 

 

 

 

「ふふっ、どうですイリゼさん。今回は、こんな感じの内容だったんですよ」

 

 仮想空間生成装置のログは、映像として見られる訳じゃない。一応設定次第で展開を文章化出来るらしいけど、何もかもを表示してくれる訳じゃない。…と、いうより何もかも表示するとなると気が遠くなる程の情報量になっちゃうから、こっち側から表示するデータを制限して、それで確認するのが今現在の基本になっている。

 それを今、私はネプギアと確認していた。今回行った、仮想空間での活動のログを。

 

「どう、って言われると…色々興味深いよね。私の目覚めが遅くなった結果、私も一緒にケーキ作りをする側になって、私の代わりにコンパとアイエフが教えてるだなんて」

「イリゼさんがお菓子作りをするようになったのって、マジェコンヌさんとの戦いが終わった後でしたっけ?」

「そうだよ。でも、犯罪組織が台頭するより前だから、現実とは違う感じになったんだね」

 

 やっぱり、気になったのは立場の変化。ネプギア達は私との関係以外ほぼ違わないのに対し、私のポジションは大きく変わっていて、更にコンパやアイエフが関わっていた今回の結果からは、まるで創作における歴史改変みたいな印象を抱かされる。

 

「…それに、気になるっていうか…まさか、こうもがっつりベールから妹にしようとされるとは、ね……」

「あはは…でもこれ、このままシミュレーションを続けた場合、多分いーすんさんがイリゼさんの姉だって事が判明したり、セイツさんが現れたりもしますよね?その時、ベールさんはどうするんだろう…」

「さぁ…?…シミュレーションしてみる?」

「いえ、止めておきます。長期のシミュレーションだと必要になるデータも膨大になりますし、ところどころでデータが不足したままシミュレーションをしても、変な展開になっちゃう可能性が高いですからね」

 

 そう。シミュレーションはあくまで蓄積されたデータと、入力された設定を元に行われるもの。だから当然、データにない事柄は出現させる事も再現する事も出来ないし、データは地図や設計図みたいなものだから、一部が欠けているだけでも問題が発生したり、最悪シミュレーションの続行自体が出来なくなる。将来的には蓄積されたデータを元に、人や物、出来事なんかを自動生成して進める事も出来るみたいだけど…まだ、今はその段階じゃないからね。

 

「…さてと。それじゃあシミュレーションも終わった事だし……あ、そうだ。ネプギア、今何か食べたいものある?」

「へ?…どうしてですか?」

「別に深い理由はないよ。ただ…ログを見て、前に皆のケーキ作りを手伝った時の事を思い出したら、何だか作りたくなってきちゃってね」

 

 きょとんとするネプギアを前に、私は肩を竦める。お菓子作りは私の趣味であり、私にとって楽しい事。だからこんな感じに、ふとした顔でやりたくなる。

 お菓子作りが趣味で、ネプギア達に教えた現実の私。お菓子作りなんて全くした事がなくて、コンパとアイエフに教えてもらった仮想空間の私。この間には、現実と仮想空間のシミュレーションには、違いが幾つもあって…だけど、同じ事もある。変わらない事だってある。

──気持ちを込めて作ったものを、美味しいと思ってもらえれば嬉しい。そう思う、そう感じる心は、どっちの私も変わらない。




今回のパロディ解説

・「はやい!こぼれた!〜〜」
ポケモンシリーズにおけるミニゲームの一つ、ポフィン作りで出てくる表示の一つのパロディ。読んで字の如く、早く回し過ぎた場合に出てくるテキストですね。

・めた、よじん
アズールレーンに登場する名称のパロディ。それぞれMETA、余燼、ですね。METAはネプテューヌシリーズ(が関わる作品)でいうカオス…とも違いますね、えぇ。

・「〜〜人は皆〜〜生まれてくる〜〜」
ビルディバイドのアニメに登場するキャラの一人、樋熊万里生の名台詞のパロディ。記憶喪失と絡めて、タイムリー…であろうネタを入れてみました。


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第三話 きっとそれは遠い夢

──重…いかどうかはよく分からない瞼を開けて、目を覚ます。…あれ?目を覚ましたから、瞼を開ける訳で…だから逆かな…?…まぁ、いっか…。

 十秒か、二十秒か、ベットの中でうだうだとしてから、ゆっくりと身体を起こす。のんびりと、伸びをする。しっかり寝ても寝起きが眠いのは、一体何故なのか。起きて身体を動かせば眠気も霧散してくれるとはいえ、起きる必要があるから起きるのに、起きた瞬間から目が冴えた状態にならないのは、睡眠絡みの欠陥なんじゃないかと思う。……なんて、朝からしょうもない事を考えてしまっているのは、寝起きでまだ頭が働いていないから…だと、思う。多分。

 

「ふぁ、ぁ……」

 

 欠伸をしつつ、ベットから出る。服を着替えて、顔を洗ったり軽くベットを整えたりして、部屋から廊下へ。廊下からリビングへ。

 

「今日の朝ご飯は…あ、イストワールさんおはようございます」

「おはようございます、イリゼさん(´∀`*)」

 

 入ったところで早速自分より先に来ていた人物を見つけた私は、声を掛ける。ほぼ同時に気付いた人物…イストワールさんはにこりと笑って、柔らかな声で返してくれる。

 

「朝ご飯、すぐに作りますね」

「いつもイリゼさんに任せ切りですみません。わたしも出来る事なら、手伝いたいのですが……(´-ω-`)」

「大丈夫ですよ。それにイストワールさん、いつもテーブルの方の準備はしてくれるじゃないですか」

 

 申し訳なさそうにするイストワールさんに、ふるふると首を横に振る。イストワールさんが身体のサイズ的に手伝えない…というより、通常サイズの包丁や鍋を使って調理している姿を見ているとこっちが不安になってくるから、遠慮してもらっているというのが実際のところ。

 それから私は台所に入り、手を洗う。軽くイストワールさんと話もしながら、準備を始める。

 

「んー、と…ソーセージと、卵焼きと……」

 

 冷蔵庫の中身と今の気分からおかずを決めて、いつもの調子で朝ご飯を作っていく。作っている内に、良い匂いが香ってくる内に、薄っすらとしていた空腹感が増していく。

 

「ん、今日も良い出来」

 

 お菓子作りはそれなりに得意だけど、それ以外は平々凡々…なんて昔の事。今ではお菓子以外も大得意!…って程ではないけど、前よりは着実に上手くなっている……と、思う。

 段々上達しているのは、連日の様に作っているから…というのが一つ。そして、もう一つは……

 

「これでよし、っと。イストワールさん、朝ご飯出来ましたよー」

「みたいですね。ふふ、良い匂いです(о´∀`о)」

 

 完成したと私が言えば、わざわざイストワールさんは一度台所の方まで来て、良い匂いだと笑ってくれる。なんかもうそれだけで嬉しいというか、充実感が湧き上がってきて…こうやって言ってくれる人がいるんだもん。頑張ろう、もっと上手く作れるようにしようって思いにも、自然となるよね。って訳で、イストワールさんが良い匂いだと言ったから、今日は朝食記念日です…なんちゃって。…こほん。

 だから私は、ご飯を作る事を全く苦には思っていない。それに日課になってしまえば、「いつもやってる事だから」って調子で出来て…出来上がった朝食を食卓へと運ぶ中、また一人、リビングへとやってきた。

 

「丁度良いタイミングだったみたいね。おはよう、二人共」

「おはよ、セイツ」

「おはようございますセイツさん。…おや?(・・?)」

 

 ちらり、と私の置いたお椀を見て、リビングに入ってきたのはセイツ。投げ掛けられた朝の挨拶に、私とイストワールさんは続けて返し…イストワールさんは首を傾げた。すぐに私も、その意味を理解した。

 たった今、セイツは入ってきた。でも廊下にはまだ、何かいる。何かっていうか、まぁ大方予想は付いてるけど、セイツではない誰かの髪の毛がちょっぴり見えている。でもって、私とイストワールさんが見ている中…数秒程してから、その人物も姿を現す。

 

「お…おはよぉ…ござい、ますぅ……」

 

 眠たそうな、ぽわぽわ〜っとしている感じの…見た目は私と全く同じな女の子。入ってくるまでに時間が掛かっていたのは、多分廊下でうとうとしてたんだろうなぁ…と思いつつ、その女の子…もう一人の私であるオリゼに、ほんわかとした気持ちで挨拶を返した。

 

「二人共来ましたし、食べるとしましょうか」

「…いつも思うけど、イリゼってばイストワールにだけはずっと敬語よね。まあ、それも慣れたけど」

「わたし達からすると、イリゼさんが敬語じゃない方がちょっと違和感あるんですよね。勿論、変えても暫くすれば違和感はなくなるんでしょうが…(・ω・`)」

「別に、喋り方は変えなくたって姉妹である事は…家族な事は変わりませんもんね」

 

 前に敬語を外して話し掛けてみた時は、何だか恥ずかしくなっちゃったなぁ…なんて思い出しつつ、食卓に付く。家族で、食卓を囲う。

 白米に、豆腐とわかめとじゃがいもの味噌汁に、卵焼きとソーセージ、それにトマトやレタスや人参なんかを混ぜたサラダ。多分だけど、普通の家庭とそんなに変わらないだろうこのラインナップが、今日の朝食。

 

「それじゃあ、頂きます」

 

 手を合わせ、食事の挨拶。私の声を合図とするように、三人も同じように言って…ちょっと、待つ。箸を持ちつつも、私は三人が食べるのを、反応を待つ。

 

「…ふぅ。やっぱり神生オデッセフィアの朝は味噌汁よねぇ」

「そうなの?」

「そ、そうなんです…か?」

「そうなのか調べるだけ調べてみましょうか?

( ̄▽ ̄)」

「じょ、冗談よ…二人は真顔で反応してしないで、イストワールも冗談だって分かってるなら調べようとしないで……」

「ふふふ。でも、美味しい味噌汁ですね。この味はほっこりします( ´ ▽ ` )」

「た、卵焼き…も、美味しい…ですっ!甘くて、あったかくて、私の好きな…卵焼き、です…っ!」

「でしょ?伊達にオリゼの複製体やってないからね」

 

 私の作った朝ご飯を食べて、皆は笑みを見せてくれる。美味しいと言ってくれる。そしてそれを見て、聞いてから、私も朝食に手を付ける。ついつい反応が気になっちゃうのが私の癖で…というか、こういう経験は皆ある筈。常日頃から使ってる人は、慣れで気にならなくなるんだろうけど、私の場合は中々慣れない。

 だけどこれは、皆の側にも一因があると思う。だっていつも、こうして反応してくれるんだから。

 

「…うん、ソーセージも美味し。サラダは……素材そのままの味、かなぁ…」

「まあ、味付けしてないサラダならそうよね。…あ、いや、切り方で味が変わったりはするのかしら……」

「味というか、食感は変わりますし、切った見栄えが綺麗なら、そうでないものより何となく美味しく感じる…という事はあるかもしれませんね

(´・ω・`)」

「切り方……あ…!も、もしかして…私、の料理が上手くいかないのは、切り方が……」

『それはどう(かな・かしら・でしょう)…』

 

 はっとした顔で言うオリゼに、私達は姉妹揃っていやいや…と否定。オリゼの事は極力肯定してあげたいけど、これは流石に…オリゼのトンデモ料理だけは何とも言えない。だって、色々あり得ないもん…食材も調理工程も無視して全く違う料理が出来上がるとか、料理じゃなくて錬金術だよ…。

 

「こ、こほん。ところで皆さん、今日は何か予定があるんですか?(´・ω・)」

「予定…え、えとえと、今日はお昼にお昼ご飯を食べて、夜は夜ご飯を食べて、お風呂にも入って……」

「いや毎日してる事じゃなくて、それ以外でやる事を訊いているんだと思うわよ…?というか、食事やお風呂は予定って言うの…?」

「あ、あはは…私は今日、出掛けようかなって思ってます。特に目的は決めず、ぶらぶらと」

「へぇ、街を見て回るの?」

「まぁ、そんなとこ。セイツとイストワールさんは?」

「わたしはクリアしたゲームの二周目を、って思ってたけど…んー、折角だしわたしも一緒に行っていい?」

「では、わたしもご一緒宜しいですか?わたしも今日は、少し買い物をしようと思っていたんです(*^◯^*)」

 

 今日は、休みの日。私も皆も、全員お休み。そして、明確に行き先を決めるんじゃなくて、散歩みたいな感覚で街を回る…っていうのが、今日の予定というか、やろうかなと思っていた事。それを私が話すと、セイツとイストワールさんが乗ってきて…そうなれば当然、視線はもう一人であるオリゼへと集まる。

 

「オリゼはどうする?さっきの口振りだと、特に決めてる事はないんだよね?」

「…わ、私も一緒にお出掛け…して、いいですか…?」

 

 問い掛ければ、オリゼは不安の浮かんだ瞳でこっちを見てくる。いつもと同じ、自信なさ気な様子で訊き返してくる。だから私達三人は、顔を見合わせた後…言った。

 

『勿論!』

 

 オリゼを、私達を創り出してくれた存在を拒否する理由なんてない。そうでなくても、皆で、家族でのんびり街を回るっていうのは、きっと楽しい筈だから。

 

「そうと決まったら、早くご飯を済ませて準備をしないとね」

「あ、駄目ですよセイツさん。作ってもらったご飯なんですから、感謝して食べないと…です(´-ω-`)」

「そ、そうですよセイツっ。お肉もお野菜も、それを作った人の努力が詰まっている、んですから…ちゃんと食べないと、許さない…です…!」

「いやいや、セイツは別に朝食を雑に済ませようとしてる訳じゃないと思うけど…後オリゼ、それだと某食堂のお婆さんのパチモン感が……」

 

 姉同然の存在と、親同然の存在にそれぞれ注意をされて、流石にちょっとわたわたするセイツ。それに私は苦笑しつつ助け船を出して…それからも私達は、談笑しながら朝食を食べた。食べて、その後はそれぞれで使った食器を洗って、一度部屋に戻って…そうして私達は、出掛ける。目的地は決めず、ぶらぶらと…家族四人、皆で。

 

 

 

 

「イリゼっ、セイツっ、イストワールっ。あ、あそこのお店、開いています…!行って、みましょう…!」

 

 言うや否や、オリゼは指差したお店へと駆けていく。その何ともオリゼらしい様子に私達は肩を竦めつつ、歩いてオリゼを追い掛ける。

 教会を出てから数十分。私達は今、街の人…国民の皆と交流もしながら、街の中を歩いている。

 

「ここは…あ、書店なんだね」

「文具も扱っているみたいですね( ・∇・)」

 

 中に入り、ぐるりと見回す。チェーン店ではない、でもそれなりに大きい店舗の中には、確かに文具コーナーもあって、更にはブックカバーやブックライトみたいな、本に関連する物もそこそこ取り扱っていた。

 

「オリゼは…あ、いた」

 

 同じく見回していたセイツが、先に入っていったオリゼを発見。オリゼもキラキラとした目で店内を見ていて…けど恐らく、オリゼが見ているのは本でもお店の作りでもなく、働く店員とお客さん。まるで最初からここに来るのが目的だったみたいに、オリゼは楽しそうな顔で店内の人を……

 

「ぴぁっ!?あ、ぁ…!」

『わわ……っ!』

 

 見ながら歩いていたものだから、お勧めの本コーナーとして棚とは別に設置されていた段ボールラックに足を引っ掛けてしまった。

 半ば蹴られる形になり倒れるラック。ショックを受けるオリゼ。反射的に、そして慌てて私とセイツはその場へスライディング気味に飛び込み、載せられていた本をキャッチ。イストワールさんも間一髪でラックを掴んで、ギリギリ私達は事なきを得る。

 

「あ、あっぶなぁぁ…ランタン買った直後に落としかけた某キャンパーの気分になった……」

「本だから潰れる事はないと思うけど、危うく本を傷物にするところだったわね…」

「ぅ、あ、ご、ごめんなさい…!わ、私がちゃんと前を見て、歩いていなかったから…!」

「何とかなったのですから、大丈夫ですよ。…前を見て歩いた方が良いのは、その通りですけど…( ̄◇ ̄;)」

 

 表紙や背表紙が破けたり、曲がってしまったページがあったりしないか確認した後、私とセイツはほっと胸を撫で下ろす。ぺこんぺこん謝るオリゼ(どうも一冊だけ別方向に飛んだらしくて、それはオリゼがキャッチしていた)には、イストワールさんの言う通りではあるけど…と思いつつも頬を掻き、ラックと本を元に戻す。

 と、そこで何事か、と一人の店員さんが近寄ってきて、私達は起こった事を説明。今度は店員さんにオリゼがぺこぺこ謝っていて、その勢いに店員さんはむしろ困惑していて…私達は、苦笑い。…こう、何かとオーバーなところがあるんだよね、オリゼって…。

 

「うぅぅ…も、申し訳ない事を、しました……」

「まあまあオリゼ、店員さんは怒ってなかったんだから、ね?」

「イリゼの言う通りよ。それにオリゼがあんまり気にしたら、むしろそっちの方が、店員の人に変な気を遣わせちゃうんじゃないかしら?」

「ぁ……!」

 

 まだ気にしているオリゼを宥める中、セイツの言葉でオリゼははっとし、少なくとも表面上は切り替える。上手く誘導してくれたセイツに私がこっそりサムズアップすれば、セイツはふふんと自慢気に笑う。

 

「それで、どうする?もうちょっとお店の中を…っていうか、本見ていく?」

「わ、私、そうしたい…です」

「立ち寄ったのに、プチハプニングだけ起こして帰る…っていうのも、ね。わたしも賛成よ」

 

 ここまでは勿論皆で一緒に来たとはいえ、店内でまで一緒に行動する必要はない。そういう訳で私達は一旦別れ、各々興味のあるコーナーへ。

 私がまず向かったのは、料理コーナー。今の時代、レシピはネット環境があればそっちで十分事足りるけど、凡ゆるレシピがある訳じゃないし、本は目的じゃないものも色々載っているから、ついでに…って感じで、目的以外のレシピも意外と学べたりする。ネットだと気軽だし調べたいものだけを集中的に調べられるからこそ、目的なく適当に調べてる訳でもなければ、関係ないものは調べずそのまま終わっちゃうもんね。

 

「んー…そういえば、あんまりゼリー系は作った事なかったっけ……」

 

 暫くレシピ本を眺めた後、漫画や小説のコーナーへ移動。そこでセイツと一緒になって、雑談しながらまた少し眺める。

 それからまた、今度はセイツと二人で店内を歩く。さっきまでは本目当てだったけど、今はオリゼとイストワールさんを探している最中で…先に発見したのはオリゼ。見つけた場所は…絵本コーナー。

 

「ほぇぇ…ふむ、ふむ……」

 

 近付く事で聞こえてきたのは、興味深そうな声。今声を掛けるとびっくりしちゃう事は間違いないから、声を掛けずに足音を立てて、オリゼの方から気付いてもらう。

 

「あ…イリゼ、セイツ…お、お二人も、絵本が気になった…ん、ですか…?」

「んーん。参考になりそうな本はあった?」

「は、はい…!絵本は、読むのも楽しいですけど…参考にも、すっごく…なります…!」

 

 こくん、とセイツからの言葉にオリゼは頷く。参考、というのは絵本を書く上での事で…オリゼは趣味で、絵本を書いている。決してプロを目指してるとかじゃなくて、画材も特に凝ってる感じはないんだけど…だからこそ、純粋に作るのを楽しんでいるように、私は思う。

 

「絵本も今は多様性に溢れてるわよね。物語の内容は勿論だけど、視覚的に楽しめるのも多い訳だし」

「創意工夫、ってやつだよね。オリゼ、もう少し見る?」

「い、いえ。もう、大丈夫…です」

 

 じゃあ、と私達はオリゼとも合流し、イストワールさんを探す。多分絵本コーナーだろうな、と予想が付いていたオリゼと違って、イストワールさんはどこにいるのか全く分からず…端から順に回った末、私達は手芸コーナーで漸くイストワールさんを発見した。

 

「あ、い、いました。…手芸…?」

「イリゼ様?…だけでなく、イリゼさんにセイツさんまで…もしかして、待たせてしまいましたか?(・□・;)」

「そんな事ないですよ。でも、意外でした。イストワールさんが、手芸に興味あっただなんて」

「興味というか、わたしにとって手芸の本は実用書みたいなものなんです。基本的に身の回りの物は業者に頼んでいますが、自分で作れるものなら、自分でやった方が手っ取り早いですからねd(^_^o)」

『あー』

 

 イストワールさんの回答に、私達は揃って納得。それからイストワールさんがちょこんと座って手芸をしてる姿を想像してふふっとなり…ふと横を見たら、オリゼとセイツと似たような顔をしていた。考えていた事は同じみたい。

 

「…やっぱり、調べた通りこれが良さそうですね(*´ω`*)」

「調べた通り…って事は、もしかしてイストワール……」

「はい、元々本屋に行くつもりだったんです。でも、今買うと荷物になってしまうので、買うのは帰りにします(´・∀・`)」

「…因みにイストワールさん、イストワールさんの力なら買わずとも内容を全て把握出来るような気がするんですけど……」

「いやまあ、出来る事は出来ますけど、そういう使い方をするのはちょっと…(~_~;)」

「そうよイリゼ、それは普通に悪い使い方だし、しかも結構せこい使い方じゃない」

「うっ…き、訊いてみただけだからね…?」

 

 安易に質問をした結果半眼で見られ、私は弁明。それはその通りなんだけど、まさかそんな返しをされるとは思っておらず…がっくり。そんな私はオリゼに慰められながら、三人と一緒に本屋を出た。

 

「…って、いうか…本屋に行くつもりだったなら、さっき私が見ていく?って訊いた時に言ってくれても良かったのに…」

「すみません。でも、あの時は皆さん賛成でしたが、もしもう別の場所に行きたい人がいた場合、ここに目的が…と言うと、遠慮させてしまうかと思いまして…σ(^_^;)」

「……そういうの、良くないですイストワールさん」

 

 また街を歩いて回る道中、実はこう思ってまして、とイストワールさんは答えてくれた。…けど、それを聞いて私は、少しだけ不満を持った。それは違う、それは良くない、とイストワールさんを見つめ…オリゼとセイツが、私に続く。

 

「そうね、良くないわイストワール」

「え、と…あの、それは……」

「そ、そうですそうです。遠慮させてしまう、と思って遠慮されるのは…私、嫌…ですっ」

「う…ごめんなさい、それはそうですよね…」

 

 同調してくれたセイツからの、理由をはっきりと言ったオリゼの言葉で、イストワールさんは理解をしてくれる。

 こういうのは、良くない。遠慮させない為の遠慮、気遣いさせない為の気遣い…それは負担を抱える対象が変わるだけで、それじゃ意味がないんだから。ましてや私達はそんな事で遠慮したりはしない…訳じゃないけど、それ位負担にだなんて微塵も思わないんだから、それなのにイストワールさんが遠慮するってのは…やっぱり、違う。

 

「イストワールはわたしとイリゼのお姉ちゃんなんだから、変な気なんて回さず、もっと堂々と、わたしこそが姉ですが?…って位の態度をすれば良いのよ」

「いやセイツ、それはちょっとキャラ的にイストワールさんらしくないような…妹に遠慮なんてしないでよ、っていうのには同感だけどね」

「私にも、です。…ぁ、い、今のは私も妹、という事ではなくて、私にも遠慮は要らない、っていう意味で……」

 

 いやいや…と軽く突っ込みつつ、私はセイツに頷いた。立場的なものもあるんだろうけど、イストワールさんは普段から一歩引いたようなスタンスでいる事が多い。それが遠慮だけじゃなく、元々の性格による部分も多いって事も、常に遠慮してる訳じゃないって事も分かってるけど…こういう良くない遠慮、気遣いだけは、しないでほしい。…家族、なんだから。

 

「…そうですね。すみませんでした、皆さん。それと…ありがとう、ございます(*´꒳`*)」

「ん、分かったなら良し、よ。…因みにイリゼ、わたしはどう?イリゼから見てお姉ちゃんらしい?」

「それは……ど、どうだろう…」

「えぇ!?ど、どうだろうって…そんなお茶を濁さなきゃいけないレベルに感じてたの!?」

「あぁいやそういう事じゃなくて…ほんと、姉らしい?…って言われればそんな気もするし、でも姉らしくない?って言われてもそんな気がするっていうか……」

「イリゼ、その回答は全く以って中身がないわよ…」

 

 がっくり肩を落とすセイツに私は申し訳ない気持ちになる…けど、実際そういう感じなんだから仕方がない。気を遣って建前を言う事も出来たには出来たけど、たった今遠慮や気遣いの話をしたばっかりなのに…って思いもあって、私は正直に言った。言うしかなかったし…これに関しては、安易に訊いてきたセイツにも多少は責任がある…と、思う。

…なんて事を考えていたら、オリゼとイストワールさんが、私達を見てくすくすと笑っていた。親と姉に微笑ましく思われていた。…ちょ、ちょっと恥ずかしい…。

 

「こ、こほん。まあ別に、姉という立場に拘ってる訳でもないしね?それに姉妹の垣根を感じさせてないとも言えるし、うん」

「ポジティブですね…あ、こんにちは( ´ ▽ ` )ノ」

 

 気を取り直したっぽいセイツにイストワールさんが苦笑…したところで私達は店外で作業をしていたそこの従業員の人に挨拶をされ、にこりと笑いながら挨拶を返す。

 

「そういえば、今日は晴れて良かったね。雨が降ってたら、こうして出掛ける気にはならなかったかもしれないし」

「雨の中、傘を差しながら皆で歩く…っていうのも、それはそれで粋だと思うけどね。ほら、土砂降りの中で歌いながらタップダンスを踊るのが人気だったりもするし」

「それは映画の話かと……(−_−;)」

「わ、私は雨の中を歩く時の、ぱちゃぱちゃ…って音、好きで……」

『……?』

 

 話の途中で、いきなり黙り込むオリゼ。それどころか立ち止まったオリゼに何だろう、と私達が振り向くと、オリゼはあるお店のショーウィンドウを見つめていた。…ショーウィンドウの中にある、ぬいぐるみを見つめていた。

 

「はわ、はわわぁ……」

「あ、可愛い…じゃなくて、オリゼ?オリゼー?」

「…はっ…!あ、あ、あのっ。ふわふわでっ、くりくりでっ、もふもふでっ……」

「お、落ち着いて下さいイリゼ様。…寄っていかれますか?(。・ω・。)」

「ま、ますっ!」

 

 食い気味に擬音を並べるオリゼに対し、イストワールさんが訊けば、オリゼはぶんぶんと…ヘドバンでもしているのかって位に首を縦に振って肯定を示す。

 確かに、ショーウィンドウの中にいたクマのぬいぐるみは、何か特別な要素がある訳じゃないけど、シンプルに可愛い。思わず呟いちゃう位には可愛さがあって、言うが早いかお店の中に入っていったオリゼに続いて、私も内心期待を膨らませつつ中に入る。

 

「え、えと、えと…ありました…!」

「ぬいぐるみコーナーに一直線ね…あ、でも結構種類多い…」

 

 お目当てのゲームを買ってもらえる事になった子供がゲームショップに来た時は、こういう動きをするんじゃ?…と思う程軽快に向かっていくオリゼの後を追って、私達もぬいぐるみコーナーへと到着。ピンクや黄色を使った棚には、サイズも種類も様々なぬいぐるみが並べてあって……どれも可愛い。ふわふわの毛、くりくりの瞳、触らなくても分かるもふもふの感触…心惹かれる空間が、そこにはあった。

 

「はぅあ…!いぬさん、ねこさん、うさぎさんにぱんださん、りすさんひよこさんにさっきのとは違うくまさん、いるかさんえりまきとかげさんたつのおとしごさん──」

「い、イリゼ様?わざわざ一つ一つ呼ぶ必要は…というか、最後かなり変わったものまでありませんでした…?(・・;)」

「確かにあんまり見ないようなぬいぐるみもあるわね…けど、可愛い…どれも可愛い……」

「うん、小さいのも可愛いけど、あっちの大きいのも可愛い……」

 

 私達は、じーっとぬいぐるみを見る。一つ一つを眺めて、触って、撫でる。

 

…………。

 

………………。

 

……………………。

 

「…えーと、あの……暫くここに留まる、という事でいいですか…?( ´△`)」

『あっ……』

 

 数十秒か、それとも数分位経っていたのか。何れにせよ、私は…私達は、我を忘れるようにぬいぐるみを眺め、見つめていた。

 

「ご、ごめんなさいイストワールさん…ここがお店だって事、忘れてました…」

「い、いえ。イリゼさん達がぬいぐるみ好きな事は知っていますから…けど、セイツさんもそうだったんですね(´∀`=)」

「ま、まぁ…うん。でも、女の子なら大体は可愛いもの好きじゃない?」

「それもまあ、否定はしませんが(´・ω・`)」

 

 幸い近くに他のお客さんはいないから、邪魔になっていた…って事はない様子。その事に私はほっとし、セイツはイストワールさんとのやり取りでちょっぴり頬を赤くしていて……

 

「は、はいっ。今日は、家族でお出掛け…ですっ。さっきは、ほ、本屋さんに…行って、ですね……」

 

……オリゼだけは、まだぬいぐるみに夢中の状態から戻っていなかった。こっちのやり取りは全く気付かず、ぬいぐるみと会話(?)をしていた。

 

「…どう、しようか…凄い楽しそうだけど……」

「特に迷惑にはなってないし、大丈夫…じゃないかしら、多分…」

 

 側から見たら危ない光景だけど、オリゼ自身はぬいぐるみとの会話…を楽しんでるし、大声で話してる訳じゃないから、今のところはオリゼが我に返るまで待っていてもいいかもしれない。だって、オリゼが楽しそうにしているなら嬉しいし、そんな姿を眺めているだけでも、こっちはほっこりしてくるから。…自分と同じ見た目の存在を見てほっこり、っていうのもよく考えたら少し変だけど。

 ぬいぐるみは勿論、他にも面白そうなものはある。だからオリゼがまだ暫く喋ってるようなら、のんびり眺めながら待とう。…と、思っていたけど…案外早く、オリゼの意識は戻ってくる。

 

「ほぇ?あ、そ、そうですっ。あそこにいるのが、イリゼとセイツとイストワールと……あっ…」

 

 こちらを向いて、ぬいぐるみに私達の事を紹介しようとして、気付いたオリゼは動きが止まる。無事戻ってきてくれたオリゼだけど…いざこういう流れで我に返られると、こっちも反応に困ってしまう。で、私達が反応に困れば、オリゼもわたわたし始めてしまうのは必然で…そこからは何か変な感じに。

 

「…こ…この子はですねっ、お耳が可愛いんですっ!お耳の可愛さ、は、この子もチャームポイントだと思って…いるん、ですっ!」

『そ、そう…』

「こっちの子は、抱き心地が素敵、です…っ!こ、こうやって抱っこ、すると、丁度良い感じ…に、なります…っ!」

『丁度良い感じ…?』

「そ、それからこの子は、ちっちゃくて可愛……あれ?」

「い、イリゼ様わたしです!ぬいぐるみじゃなくてわたしですー!(><)」

 

 慌てなくたっていいのに、普通にすれば良いのに、謎の誤魔化しを図った結果、余計に訳の分からない状態に。挙句慌てたオリゼは、両手で抱えるようにしてイストワールさんを本ごと抱き寄せて…これにはイストワールさんも目を白黒させていた。

 

「と、取り敢えず落ち着いて頂戴、オリゼ。でも確かに、イストワールならここの棚に腰掛けてても違和感ないかも…」

「あ、それは私も思う。前にイストワールさんと花鳥園に行った時も、イストワールさんが花の妖精に見えたりしたし…」

「そういう見た目である事は否定しませんが、当然のように話を続けないで下さい……(;´д`)」

 

 うんうん、と頷いていた私達への、イストワールさんのご尤もな返し。それに私達は苦笑いし…気になっていた事を、訊く。

 

「それで、オリゼ。ぬいぐるみ、どれか買う?」

「…えっと……」

 

 私の問いを受けたオリゼは、視線をぬいぐるみへと戻す。さっきまでとは違って、今度はゆっくりとぬいぐるみを見回していく。

 金銭的な問題はない。複数購入どころか、この棚にあるぬいぐるみを全部買う事だって難なく出来る。…けど、そういう事じゃない。オリゼにとってぬいぐるみは、ただの可愛い玩具じゃなくて、対話の出来る…そう認識している存在だから。

 端から端まで、オリゼはじっ…と見つめるようにして見ていく。私達も、それを待つ。そしてオリゼは、私達へ振り向いて言う。

 

「…今日は、いい…です。み、皆さん、ここが好き…みたい、なの…で」

「そっか。じゃあ、また会いに来ようね」

「はいっ…!…あ、で、でも、もうちょっとお喋り、してても…いい、ですか…?」

「えぇ、良いわよ。わたしももう少し、ぬいぐるみを見ていたいし」

 

 また来よう。そう返すと、オリゼは本当に嬉しそうな顔をして頷いた。…頷いてくれて、私も嬉しかった。これで、またオリゼと出掛ける約束が出来たから。折角だから…その時はまた、家族皆で来られたら良いな。

 

「〜〜♪」

「ご機嫌ですね、イリゼ様(o^^o)」

「え、えへへ…ぬいぐるみさん達と、一杯お話、出来て…楽しかった、です…っ!」

「それなら良かった。…あっ、そうだ。特に目的は決めず…って言ったけど、ここの近くには確か新しく開いたレストランがあるんだ。休憩も兼ねて、少し寄ってみない?」

「ナイスタイミング、丁度甘いものが食べたいな…って思ってたところよ。流石イリゼ、わたしとは以心伝心ね」

「いや、そういう訳じゃないんだけど…まぁいっか。オリゼとイストワールさんは?」

「わ、私も賛成、ですっ」

「ここまで結構歩きましたもんね。…わたしは歩いていませんけど…( ̄◇ ̄;)」

 

 お店でオリゼはたっぷりと、私達も結構ぬいぐるみを堪能した後、外に出たところで、あるお店の音を思い出した私は三人に提案。賛成を貰った事で私は先頭になって歩き、お目当てのレストランへと案内する。行って、そこでスイーツと飲み物を注文して、店内をゆっくりと眺めながらこれまたゆっくりとスイーツを食べつつ談笑をする。

 目的を決めないお出掛けは、全体的にふわっとしたまま終わる事もある。目的がない、それは言い換えれば「何をするか」の決定を後の自分に丸投げしている訳で、結果一日を無駄にする事だってあり得る。でも、間違いなく今日は楽しめている。行き先は決めていないけど、家族で気ままにお出掛けするっていう気持ち面での目的は初めから決まっていたおかげで、ここまでしっかり楽しめたし…この後も私達は、充実した一日を過ごす事が出来た。

 

 

 

 

 夜。夕飯を食べて、暫くのんびりして…それから私達は、偶には…って事で皆でお風呂に入る事にした。折角今日は一日一緒に過ごしてたんだから、お風呂も皆で、まったり入ろう…って。

 

『はふぅぅ……』

 

 髪を洗い、身体を洗い、湯船に浸かって吐息を漏らす。私とオリゼとセイツは普通に入って、イストワールさんはお湯を入れた桶に浸かって、温かさに包まれながら寛ぐ。

 

「今日は、色んなところに行ったわねぇ…」

「行ったねぇ…ふふふっ、やっぱり今の神生オデッセフィアは変化が多くて楽しいな…」

 

 気持ちにつられて声まで緩くなっているのを感じながら、今日の道のりを思い出す。

 新たな国である神生オデッセフィアは、新しいお店が開いたり、他国から移り住んでくる人の割合だったりが、比較的多い。これは今だからこその状態で、それを…変化を多く感じられる事も、今の神生オデッセフィアにある確かな良さ。

 

「み、皆さんがこれまでと変わらずに、いてくれるのも…良いもの、です…よ?」

「そうですね。変わっていく良さもあれば、変わらない…変わらずいてくれる良さもある。当たり前ですけど、どちらも大切なものだと思います(・∀・)」

 

 変わらない良さもある。それだって、勿論分かる。だってそれを、今私は感じているから。家族が変わらずいてくれる、この良さ、嬉しさ、安心感は、何ものにも代え難いものだから。

 

「…でもほんと、最近はほっとするよ。オリゼが、こうして過ごす事も受け入れるようになってくれてさ」

「同感です。嘗てのイリゼ様なら、一蹴していたような生活ですもんね( ̄^ ̄)」

「う…い、今と昔は、違います…から。昔には昔、の…今には今、の…望まれ方、求められる在り方…があるって、もう分かっています…から」

 

 私とイストワールさんからの言葉を受ければ、オリゼは少し表情を変えて、応える。嘗ては…オデッセフィアの守護女神である『イリゼ』は常に、人の為だけに奔走し続ける存在だったけど、今は違うと。今ここにいる、神生オデッセフィアの『オリゼ』は、人の為を思う気持ちは同じでも、それを果たす形は違う…と。

 今日だってそう。今日はただ皆でお出掛けしたんじゃなくて、お出掛けの中で、街を見て回った。国民と、国を見て、確かめて、交流をした。今日した事は、私達家族の楽しみであると共に、国を守り、導く立場としての活動でもあった訳で…多分、嘗てのオリゼだったら、こういう事はしなかったと思う。こんな形での行動は、女神の在り方として認めてはいなかった…そんな気がする。

 

「そうなのよね。時代が違えば価値観も、女神に望むものも変わる…当たり前の事なんだけど、時代と共に歩んできた訳じゃなくて、一足飛びに未来に来たような形になると、まるで違う次元に来たかのような感覚になるものだわ」

「セイツさん…そうでしたね、セイツさんも…(´ω`)」

「けど、変わるものばかりじゃないわ。変わらないもの、変わらない思いも確かにある…今日だってそうよ。楽しいばかりでも、希望に満ちたばかりでもない、単なる日々…それでも皆、それなりに楽しんで、希望って程でなくても期待を持って生活している、それを思い出せば……あぁっ、胸の高鳴りが止まらないわっ!今日一緒に過ごした三人も、見てきた皆も、とっても良い思いを抱いていたんだものっ!」

「…セイツって、相変わらず良い事言っても最後で自分からひっくり返しちゃうよね……」

 

 遠くを見る…遥か彼方に思いを馳せるような表情で語るセイツ。今よりずっと昔の神次元で目覚め、その時代で役目を果たして眠りに就き、長い時間を経て再び目覚めたセイツもまた、オリゼと似たような経験をしている。だからこそ言える事がセイツにはあって、言葉には重みも穏やかさもあって……でも最後で興奮して身体をくねらせるものだから、良い感じの雰囲気が台無しだった。これには私もオリゼもイストワールさんも、ただただ苦笑する他なかった。

 

「…でも、そうだね。さっきの話に戻るけど、変わる良さも、変わらない良さもある…皆そうなんだよね、きっと」

 

 変わる事が良いものもある。変わらない事が良いものもある。それは千差万別で、人にも時代にも左右されて、決まった答えなんかない。けど、敢えて言うなら、今その時、その場で直面している人が、良いと思えるかどうか…そして良いと思えたら、少なくともその人にとっては正解なんだ。…って、それも当たり前か。

 そんな風に思いつつ、私は両手の指を絡ませ伸びをする。ぐぐっと伸ばして、リラックスして、またゆっくりと身体を湯船に預けて……

 

「…じゃあ、イリゼ…イリゼ、は…今を、皆でいる事を…どう、思っていますか…?こ、こうやって過ごす今が…続いて、ほしいですか…?それとも、変わってほしい…ですか?」

「え?」

 

 唐突な…流れ的にはそこまで変じゃないけど、それでも唐突に感じた、オリゼからの問い。何故そんな事を?…と、初めに思った私だけど、オリゼは私をじっと見ていて…その問いが、真剣なものなんだって事は分かった。だから私は、目を閉じて、考えて…それから目を開き、オリゼを、イストワールさんを、セイツを順番に見て、言う。

 

「変わらないで、ほしいな。私は今、幸せだから。心から、こんな今が大切だって思うから。…でも、何も変わらないでほしいって訳じゃなくて…これからもっと仲良く、もっと楽しく皆で過ごせたら…皆と日々を重ねていけたら、もっと良いって…そう、思う」

 

 これが、私の本心。変わらないでほしいと共に、もっと良い、もっと幸せな日々になってほしいと…そうしていきたいと、心から思う。何の変哲もない、ありふれた答えだろうけど…それで良い。自分の思い、自分の願いに、見栄を張る必要なんてないんだから。

 オリゼは勿論、イストワールさんやセイツも私を見返して、静かに聴いてくれていた。言い終わった後は、頷いてくれて、それから微笑んでれた。そして……

 

「…では、これからも頑張らないとですね(*´ω`*)」

「もっともっと頑張らないとね。…ううん、違うわ。一緒に、頑張りましょ」

「期待しています、から…ね。な、なんたって、今のイリゼは…神生オデッセフィアの、守護女神…なんです、からっ!」

「皆…うんっ!私頑張る、頑張るよ!頑張って…願いを、思いを叶えてみせるんだから!」

 

 姉からの、親からの、家族からの温かく、心強いエール。それを受け取った私はしっかりと頷いて、宣言する。これまでも頑張ってきた。だけど、だから、これからはもっと頑張る。それが望みを叶える事に繋がるから。そうして自分の思いも、皆の思いも叶えていく先に、笑顔でいられる未来があると、そう信じているから。

 でも、今はまだ入浴中。家族皆で、まったりとお風呂中なんだから、今暫くは家族で仲良く、この時間を過ごそう。そう思って私は、皆と一緒に微笑むのだった。

 

 

 

 

 今日も私は、仮想世界形成装置のデータ蓄積作業に付き合っていた。付き合っていたというか、自分から協力した。この装置は私の望む未来へ至る、その為の力の一つにきっとなってくれるから。

 そうして今、今回の仮想空間での活動が終了した。そう気付いたのは、私が目覚め、現実にいると認識したからに他ならない。

 

「ん、んっ…ふぅ……」

 

 身体を起こして、軽くストレッチするように上半身を捻る。側にいた、モニタリングをしていたネプギアからのお疲れ様という言葉に返事をして、それから私は立ち上がる。

 

「今回も、何をしてたか全く覚えてないや…夢もそうなんだけど、思い出せないのってもやもやするよね。何かあった筈なのに、それははっきりと分かるのに、内容は一切出てこないのって…」

「あー、分かります。何かしら忘れ物した気がする、けどそれが何か分からない時ももやもやしますよね」

「そうそう、だったらいっそ『何かあった筈』って事すら覚えてなきゃ良いんだけど…って、忘れ物の場合それは不味いか…」

 

 他愛のない雑談を、ネプギアと交わす。その間も何だっけ…と仮想空間での事を思い出そうとするけど、やっぱり思い出せない。仮想空間での活動を思い出せないのは、そういう仕様なんだ…っていうのは分かってるけど、それでももやもや感から、何とか思い出そうとしたくなる。…まぁ、ほんと無理なんだけど。

 

「で、ネプギア。今回は、どんな内容だったの?」

「それは……秘密です」

「え、なんで…?」

「いや、なんというか…これは知らない方が良いと思うんです」

「知らない方がって……ま、まさか凄惨な内容だったの…?」

「あ、いえ、全然そんな事はないというか、むしろその逆って感じですけど…だからこそ、ただ知るのは違うんじゃないかって、そう思ったんです」

「えぇ…?…まぁ、ネプギアがそう言うなら、聞かないでおくけど…それに今回はライヌちゃんとるーちゃんも連れてきてるし、待ってると思うから、今無理に聞き出そうともしないけど……」

「ライヌちゃん、るーちゃん…あ、そういえば……」

「……?」

 

 何故か教えてくれないネプギアだけど、別に悪ふざけで隠してるとかじゃない事は分かった。だから、余計もやっとする感じはあるけど、一先ずは訊かないでおく事にして、ライヌちゃん達がいる部屋へ…プラネタワーで(私が持っていった物を除けば)そのままにしておいてくれている、神生オデッセフィアに移る前に私が暮らしていた部屋へ行く事にする。

 

「…あ、そうだイリゼさん。秘密にしておいて訊くのはアレですけど…今、どんな気分ですか?」

「どんな気分?どんな気分って言われると……」

 

 そんな中、部屋を出る直前に、ネプギアから投げ掛けられた問い。いきなりの問いに正直困惑した私だけど、少しだけ考えて…それから、言った。

 

「…女神として頑張りたい、頑張らなきゃ…って気持ち、かな」

 

 何故そんな気持ちなのかは分からない。元々そう思ってはいるけど、今は普段以上に思っている…分からないながらも、そういう思いがある事は確かで…うん、そうだ。分からないけど、分かる。私はこれからも頑張るんだ。だって私には、頑張りたい理由があるんだから。




今回のパロディ解説

・イストワールさんが良い〜〜朝食記念日
サラダ記念日に纏わる短歌のパロディ。イストワールさんが 良い匂いだと 言ったから 今日は朝食 記念日です。…うーん、最初の字余りが気になりますね。

・「〜〜ランタン買った〜〜某キャンパー〜〜」
ゆるキャン△の主人公、各務原なでしこの事。ぶつけたり手を滑らせたりして飛んだ物を落ちる前にキャッチした瞬間の、「あ、あっぶなぁぁ…!」って感覚は、分かる人が多いかな…と思います。

・「〜〜土砂降りの中〜〜タップダンスを踊る〜〜」
ミュージカル映画、雨に唄えばの名シーンの一つの事。これが何のネタなのか分かる人は、殆どいないんじゃないかな、と思います。勿論作品は名作ですけども。


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ディメンションプロレスリング(台本形式)
10.16 ラステイションコロシアム大会 IWNPタッグ王座戦


はい。今回の本編でも触れていますが、久し振りにこのネタで話を書きました。えぇはい、単発ではなくシリーズだったのです。極々稀にしか書かないシリーズになる事は間違いありませんが…。

ORで書いた際にも書きましたが、話の中で登場する名有りキャラは皆、目元を隠すマスクと、普段着又はプロセッサユニット風の衣装を身に付けている、と思って頂けると助かります。そしてやはり、時系列は…皆さんの想像次第です。


(実況)皆様お久し振りです!凡そ二年振りに、新女神プロレスリングが復活致しました!観客…もとい読者の方々は既にお忘れの企画かもしれませんが、第二話以降が立ち消えになっていた訳ではありません!単にその気はあっても書くタイミングがなかった、との事です!

 

(解説)惜しげもなくメタ発言を重ねていますね…元々かなり特殊な企画とはいえ、びっくりです( ̄O ̄;)

 

(実況)ここでの私は熱く話す実況、という役目ですからね。勢い重視でやっていくつもりです。と、いう事で…今回も実況は私I&F、解説はヒストリーさん、そして第二回となる今回はゲストとして、IWNPインターコンチネプタル王座戦を控えるルーラードオリジン選手に来て頂きました!

 

(ルーラードオリジン)紹介ありがとう。今紹介された通り、私は王座戦を控える身だが…これは見逃せない一戦というもの。だからこそ、この特等席で見させてもらうよ。

 

(ヒストリー)確かに今回の一戦は、純粋な試合内容は勿論の事、それ以外の部分でも魅力的な組み合わせですからね。彼女達と競い合う一レスラーとしてのご意見、期待していますよ(⌒▽⌒)

 

(I&F)やはりゲストの方の言葉もある方が盛り上がりますからね。さぁ、それでは試合開始時間となりました!これより行われるメインイベントは、IWNPタッグ王座戦です!

 

(ヒストリー)タッグ…つまり、二対二のタッグマッチという訳ですね。基本は一対一で戦う訳ですが、自陣コーナーで相方とタッチする事による交代や、隙を見ての合体技、試合権のない選手同士の駆け引きや、それ等を全て踏まえた戦術など、シングルマッチにはない要素が詰まっているのが見所ですね。

 

(オリジン)基本は一対一とはいえ、チームワーク…如何にして戦うかも重要と言えよう。シングルプレイヤーが二人いるだけと、タッグチームを相手にするのとでは、同じ『二人』でも全く違うのだから。

 

(I&F)お二人共、タッグの解説ありがとうございます!それではそんなタッグの頂点、チャンピオンベルトを賭けた戦いが、これより幕を開けます!

 

 

(入場曲)〜〜♪〜〜〜〜♪

 

(I&F)新女神プロレスの中でも屈指のライバル関係である二人がタッグを組んだ!このタッグが生み出すのは不安定な試合運びか、それともまだ見ぬ化学変化か!新女神本隊・コアハーツ所属、164㎝体重非公開、IWNPヴィーナス級チャンピオン、ネバーエンドヒロイン・デュークオブパープルっ!160㎝体重非公開、エアリアルシュバルツ・エンプレストブラックっ!この二人によるチャレンジャーチームの入場だぁぁぁぁっ!

 

(ヒストリー)先日のIWNPヴィーナス級王座戦で激戦を繰り広げた、両雌によるタッグチームですね。少なくとも、個々の強さは疑う余地などないでしょう( ̄^ ̄)

 

(オリジン)ライバルという事はつまり、互いの得手不得手、何を持ち味にしているかも熟知しているという事。それがどれだけ活きるかが、この試合を左右する…かもしれないな。

 

(I&F)そうですね、何とも楽しみなチームです。そしてこのチームを迎え撃つのは…勿論、彼女達ッ!

 

 

(入場曲)〜〜♪〜〜〜〜♪

 

(I&F)数多くの激闘を、数多くの名タッグチームを生み出してきたIWNPタッグ戦線!だが彼女達の偉業は、タッグの歴史の中でも一際強く輝いている!連続防衛回数の記録を更新し続ける絶対王者達は、また一つ記録を高みへ舞い上がらせるのか!?新女神本隊・G(ジェネレーション)O(オブ)N(ネクスト)所属、155㎝体重非公開、ネクステージライラック・ロイヤリングパープルっ!148㎝体重非公開、アンリミットスナイパー、ハイネストブラックっ!彼女達こそ、IWNPタッグチャンピオン、チームシュタットヴィーラーだぁぁぁぁっ!

 

(ヒストリー)チャレンジャーチームは堂々と、それこそもうタッグのベルトを戴冠したかのような立ち振る舞いで入ってきましたが、チャンピオンチームは普段通り実直というか、ファンへの誠実さを前面に押し出していますね(´・∀・`)

 

(オリジン)威風あってこその女王…というのも一理あるが、真の女王とは、自らその在り方を定め、それこそが王道と示すもの。そしてその点においてこのチームは…正しくチャンピオンと言えるだろう。

 

(I&F)好調なのはどちらも同じなようですね!さあ、同じGONのメンバー、試合にこそ出ないものの、コンビとしての実力はタッグ王座も狙えると噂のプライムスホワイト選手、バーテクスホワイト選手と共に歩いてきたチャンピオンチームがリングインした事により、リング上には四人の選手が並び立った状態!既に激しい視線のぶつかり合いが繰り広げられているようです!

 

 

(デュークオブパープル)こういう勝負もいつかあるとは思っていたけど…それがまさか、タイトルマッチになるとはね。

 

(エンプレストブラック)いいじゃない。折角勝負をするんだもの、これ位の大舞台の方が盛り上がるわ。

 

(ロイヤリングパープル)同感だよ、お姉ちゃ…じゃなかった、同感ですデュークオブパープルさん。貴女達からの挑戦を受けてから今まで、ずっと勝負が楽しみでした。

 

(ハイネストブラック)けど、お二人共随分余裕そうですね。もしもう勝った気でいるなら、それは油断に繋がるって事を、『チャンピオンとして』アドバイスしておきますよ?

 

 

(オリジン)ふふ、彼女達の闘志がここまでひしひしと伝わってくるようだ。あぁ…これから始まるであろう熱戦を思うと、ここで見ているだけなのが惜しくて堪らない…!

 

(I&F)乱入は止めて下さいね、これは神聖なるタイトルマッチなんですから。…こほん。レフェリーによるチェックと、リングナースのとーはいるさんによる確認も完了との事。であればこれ以上の言葉は不要!本日のメインイベント、IWNPタッグ王座戦、60分一本勝負…開幕ですッ!

 

 

 

 

 二対二の戦い、タッグマッチ。その幕開けは、デュークオブパープルとロイアリングパープルによる激突となった。

 それぞれのパートナーであるエンプレストブラックと、ハイネストブラックがロープの外側に出たところで、勝負は開始。二人のパープルはじりじりと近付き、相手の動きを伺いながらもがっちりと手を掴み合う。

 

I&F「いつでも仕掛けられる姿勢を見せながらも、手と手を掴み合った両者!静かながら緊張感のある立ち上がりですね!」

ヒストリー「どちらもバランスの良い能力を持った選手ですからね。その中でもロイアリングパープル選手はテクニック、デュークオブパープル選手はパワーが秀でている傾向がありますが、基本は得意を押し付けるというより、相手の動きや状況に合わせて立ち回る事になるのでしょう(´-ω-`)」

I&F「ふむふむ、どちらもバランス型故に、という事ですね。…っと、試合に動きがありましたよ!」

 

 暫しの間押し合っていた両者だったが、R(ロイヤリング)パープルの力が一瞬抜けたタイミングを見逃さず、D(デュークオブ)パープルは身体を放ってRパープルを自身の背中側のロープへと走らせる。飛ばされたRパープルは背中からロープに突っ込み、反動でリング中央に戻る…が、待っていたのはDパープルのドロップキック。高打点の両足蹴りがRパープルを襲い、Rパープルは両腕で防御するものの衝撃でその場に倒れ込む。

 

オリジン「いきなりドロップキックを使ってくるとは…本気の表れか、それともチャンピオンチームへの挑発か……」

ヒストリー「相手を誘い込んでの蹴り…先日自身の防衛戦で行われた攻撃を、今回は自身が使った訳ですね。Dパープル選手にとっては、悪くないスタートでしょう

(・ω・`)」

 

 オリジンとヒストリーが分析をする中、倒れたRパープルへDパープルはエルボー・ドロップ。しかしRパープルは素早く横回転するとエルボーを避け、直後に倒れてきたDパープルへ覆い被さる事によってピンフォールを狙う。

 だが当然、無傷のDパープルから3カウントを取れる筈もなく、カウント1の時点でDパープルは難なく返す。されどそれもRパープルは承知の様で、立ち上がった彼女は涼しい顔。

 

I&F「おっと、呆気なく返された割に余裕の表情のRパープル選手!これはどういう事でしょうか」

ヒストリー「小手調べ、という事でしょう。女王故の余裕とも言えるかもしれません(´・ω・)」

Dパープル「ふふっ、まだ数分も経っていないけどもう楽しいわ。貴女と試合を…それも、お互いタイトルホルダーとして戦えるんだもの」

Rパープル「わたしも同じ気持ちです、Dパープルさん。けど…これはタッグマッチ、ですよ?」

 

 軽やかに立ち上がった二人は今一度見合い、双方下がる。Dパープルは青コーナー、Rパープルは赤コーナーへとそれぞれ下がり、控えていたパートナーと軽くタッチ。手で触れた事で試合権が移り…直後、H(ハイネスト)ブラックが飛び出した。

 

Hブラック「ふ……ッ!」

I&F「あーっと、Hブラック選手が速攻を掛けたーっ!」

オリジン「速いな、流石の機動力だ。だが……」

 

 片手でトップロープを掴み、勢い良く飛び越えたHブラックは、対角線上のE(エンプレスト)ブラックを強襲。それに目を見開くEブラックだったが、肉薄される直前にセカンドロープへと足を掛けると、ロープの弾性を利用し大きく跳躍。Hブラックの強襲を躱すと同時にリングインし、着地の衝撃を前転で逃がしたかと思えば即座に振り向き回し蹴りを放つ。一方Hブラックもそれを軽快なステップで回避し、逆水平チョップを素早く返す。そして、迫る打撃に対してEブラックが選んだのは…サマーソルト。

 

Eブラック「っと、やるわね…!」

ヒストリー「回避と反撃を兼ね備えたアクション…見た目の派手さもばっちりですね

(*´∀`)」

オリジン「ハイフライヤーの面目躍如、と言ったところか。同じスピードを持ち味にする二人でも、より得意とする戦法の差によって違いが出るのが面白いな」

 

 回転と共に繰り出される蹴り上げ。着地と同時に放つ短距離ラリアット。その一撃は、Hブラックがバックステップで蹴りを避けた先を狙うものだったが、Hブラックは前傾姿勢でラリアットを潜るとそのままロープへ向けて疾走し、ロープの反動を用いてジョン・ウーこと正面飛び式低空ドロップキックをEブラックへと放った。鋭く迫るドロップキックを、Eブラックは再び跳躍で…それもHブラックを飛び越える形で回避し、着地した両者は示し合わせたように揃って鋭く振り向き……歓声が、上がる。

 

I&F「こ、これは凄い!先程のRパープル選手とDパープル選手の攻防戦とは打って変わっての高機動戦、激しい駆け引きが繰り広げられる事になりました!」

オリジン「正に静と動、これこそ『魅せる』プロレスと言えよう。それと…気付いているかな?今の二人は、お互い相手から一発も受けていない」

ヒストリー「えぇ、全て避け切っていましたもんね。プロレスには受けの美学、というものがありますが…これはむしろ、避けの美学と言っても過言ではありません

(´-ω-`)」

 

 そこからも更に、素早い立ち回りと打撃を交わす二人。双方巧みに躱す事で被弾はなく、それでもヒリヒリとした雰囲気は続き…そうして遂に、Eブラックの薙ぐような蹴りがHブラックを直撃した。

 だがHブラックは無理に立て直す事なく、そのまま蹴りの衝撃で飛ぶ。そして飛んだ先は、自陣コーナーであり…構えていたRパープルがタッチ。Hブラックは自分自身を踏み台とさせる事でRパープルに加速を与え、一気に接近したRパープルはフライング・エルボーをEブラックへと強かに見舞った。

 

Eブラック「くぁ……ッ!」

Rパープル「今の内に畳み掛けるよ!」

Hブラック「えぇ!」

 

 そこから始まるチャンピオンチームの連撃。エルボーを受け倒れた直後、即座に上体を起こしたEブラックだったがそれが仇となり、リングインしたHブラックのスライディング・ラリアットが首元を直撃。更に跳躍し、両足でトップロープを踏む事で大きく跳んだネプギアは一回転して背中から身体を叩き付ける。

 

I&F「おおっとRパープル選手のセントーンが決まったー!トップロープから大跳躍してのセントーン、これは重い一撃です!」

オリジン「Hブラック選手は、ラリアットを当てた時点でそのまま転がってリング外に出ていたな。流石はタッグチャンピオン、立ち回りが慣れている」

ヒストリー「試合権のない選手がリング内に留まり戦うのは反則ですが、何も即座に反則負けする訳ではありませんからね。だからこそ出来る連携や合体技も多いですし、例外なく反則の二文字で一蹴したりしないのが、プロレスの魅力の一つというものです( ̄∀ ̄)」

オリジン「とはいえ、やり過ぎれば反則となる。熱くなると、ついもう一発としたくなるものだが…どちらも冷静だ。これはチャレンジャーチームにとって、本当に高い壁となろう」

I&F「確かにチャンピオンチームはまだまだこれからといった様子ですね!そしてフォールはDパープルのカットで防いだものの、Eブラック選手の窮地はまだ続くー!」

 

 Rパープルからの片エビ固め。それがカウント2となったタイミングでDパープルが乱入し、飛び込んでの一撃を与える事でフォールを強引に解除させる。即座に同じく割って入ったHブラックに蹴散らされ、リング外に落ちるものの、一先ず窮地は凌がれる。

 だが、立ち上がったところで数発のエルボーを喰らうEブラック。彼女も一発反撃のエルボーを放つものの、Rパープルは受けた瞬間両腕をEブラックの背に回し、エルボーの衝撃を利用してフロント・スープレックスに繋げてしまう。続けてまたRパープルはHブラックと交代し、ロープの反動を利用したダッシュとそこからの攻撃を繰り返す。それ自体は回避や防御で凌ぐものの…同時に回復も出来ない。逆にRパープルとHブラックは深追いせず、出の早い技と小まめな交代を行う事で、徹底的にEブラック『のみ』を疲労させていく。

 

Eブラック(不味い…この流れを断ち切らないと、このままじゃジリ貧だわ…。何か、何か反撃の糸口は……)

 

 嵌められている事を、Eブラックは理解している。しかしそこから抜け出す方法を見つけられない。そしてその間も、Eブラックは消耗を余儀無くされ……

 

Dパープル「Eブラックッ!流れは、わたしが変えるわ!だから…わたしの、手を取ってッ!」

Eブラック「……ッ!…言ったわね、なら…有言実行、してもらおうじゃ…ないのッ!」

 

 だがそこで、彼女の背後から声が響いた。それは他でもない、パートナーの声。その声で、Eブラックはこれがタッグマッチである事を、頭ではなく精神で理解し…突進を仕掛けていたHブラックに対し、自ら突っ込んだ。

 まさかの行動にHブラックは驚き、反射的にショルダー・タックルへ移行。それを真正面から受けるEブラックだが、受けた瞬間にやりと笑う。Eブラックは跳ね飛ばされ、コーナーマットにぶつかり…手を、挙げる。その手は、待っていたDパープルの手と触れ合い…試合権が、移る。

 

ヒストリー「これは…先程チャンピオンチームが行ったのと同じ手ですね…こうも早く活用するとは……(・□・;)」

オリジン「しかも、窮地を脱する為に、無防備な状態で受ける事を自ら選ぶとは…ふふ、体力は削られても精神力は微塵も揺らいでいなかったという訳だな」

 

 満を持して再登場したDパープルの、袈裟斬りチョップ。サイドステップで躱したHブラックは、ステップの動きのまま蹴りを放つも、それを両腕で捕らえたDパープルは左脇に抱え、膝に向けて右腕でエルボー。更に怯んだところへ今度は頭を抱え、DDTでHブラックをリングに叩き付ける。そうして繋げたフォールは3カウントに至らなかったものの、悪い流れの断ち切りに成功。このままEブラックの回復時間を稼ぎつつダメージを蓄積させようと考えるが、チャンピオンチームもそう簡単にはやらせない。

 

Hブラック「そういえば、Dパープルさんとは…ッ!」

Dパープル「あまり勝負する機会がなかった、わねッ!」

 

 張り手、エルボー、下段蹴り…矢継ぎ早にHブラックは打撃を仕掛け、Dパープルは防御に徹する事で確実にダメージを抑えていく。そして幾度目かの打撃が振るわれた瞬間、Dパープルは防御の為に掲げていた腕を振り上げる事によってHブラックの腕を打撃諸共かち上げる。

 しかしHブラックはDパープルが防御に徹していた事から反撃を見越しており、カウンターを放たれる前にリングマットを蹴ってタックル。スピアーの要領で打ち込んだタックルは、かち上げにより防御が解けていたDパープルの腹部を捉える……が、それこそがDパープルの狙いだった。タックルを受けながらもDパープルは踏み留まり、背中側からHブラックの腹部へ両腕を回す事で担ぎ上げる。

 

I&F「Dパープル選手、なんとタックルを堪えてHブラック選手を持ち上げたー!これはパワーボムの体勢かー!?」

オリジン「いや、これは……」

 

 助走無しの短距離タックル故に、Dパープルは踏み留まる事に成功したDパープル。されどタックルを腹部に受けていた分、持ち上げてからの叩き付けが一瞬遅れ…それをHブラックは見逃さなかった。Hブラックはその瞬間にDパープルの頭へと両手を当て、両足を前に振り出し、なんと跳び箱をするかのようにDパープルの上を通過。両腕のホールドを無理矢理抜けた為に着地は失敗するものの、そのまま転がる事でコーナーに向かい、迷わずパートナーへ手を伸ばす。来ると分かっていたRパープルは身を乗り出す形でタッチに応え、振り向いたDパープルへと突進。迎撃のラリアットを交わし、逆立ちをする形でロープに突っ込み、反動を得てハンドスプリング式レッグラリアット。空中からの横蹴りでDパープルを倒し、更に追撃の姿勢を見せる…が、Dパープルも流石にそれは許さず、素早く立ち上がる事で追撃を牽制。両者は見合い、試合開始直後の様に互いにじりじりと近付いていく。

 

Dパープル(もう少し…もう少しだけ、稼ぎたいわね……)

Rパープル(さっきHブラックは連撃を受けちゃったし、そこからもペースを落とさず戦ってたんだから、今はもう少しわたしが……)

 

 図らずとも同じ発想となった二人は、無言からバックの取り合いに。先んじてRパープルが回り込んで腰を掴むが、パワーと鋭いターンでDパープルが切り返し、投げようとするもRパープルはエルボーでそれを止め、すぐに背後を取り返す。スープレックスに入ろうとするRパープルと、リングを踏み締め堪えるDパープルの力は拮抗し……ならばとRパープルは話すと同時に背中へドロップキック。Dパープルひ突き飛ばされるような形となり…しかしRパープルは、それが失敗であったと気付く。

 ロープへ倒れ込んだDパープルは、そこからロープの反動を受けて一気に自陣コーナーへ走る。ドロップキック後の落下で横になっていたRパープルはそれを止められず、DパープルはEブラックとの交代を果たし…十分な回復時間を得られたEブラックは、先程のお返しだとばかりにコーナーポストからのボディプレスを叩き込む。

 

オリジン「450°スプラッシュ…!」

ヒストリー「空中で一回転してのボディプレスと、放った直後からのエビ固め…どうやらEブラック選手の回復は十分なようですね…!(`・ω・´)」

Eブラック「ふぅ…案外早かったわね。もう少しやるつもりなのかと思ってたわ」

Dパープル「だって、さっきから早く勝負に復帰したいっていう、熱い視線を感じてたんだもの。なら、焦らすのは可哀想でしょ?」

Eブラック「言ってくれるわね…けど、助かったわ。もし休みたいなら、今度は私が……」

 

 立ち上がったEブラックは、背中越しにDパープルと言葉を交わす。それからちらり、と背後を見るが…Dパープルの、目元を覆うマスクの下の瞳から感じるのは、揺らがぬ闘志。それを受けたEブラックは小さく頷き…同じく立ち上がったRパープルと、その背後…コーナー付近に留まりながらも、しっかりとパートナーの援護に動ける姿勢を見せているHブラックに対し、Dパープルと共にタッグ同士で視線をぶつけ合う。

 

I&F「静かな闘志のぶつかり合い…これは、仕切り直しという事でしょうか!」

オリジン「いや…どうだろうな。やはりというべきか、個々の攻防においては、チャレンジャーチームもなんら劣ってはいない。意思疎通も出来ている。だが……」

ヒストリー「連携の質、ですね。点で終わるか、線で繋がっているか…この差を覆せるか否かが、勝負の分水嶺になるかもしれません( ˘ω˘ )」

バーテクスホワイト「良い調子よ、二人ともー!」

プライムスホワイト「だいじょうぶ、まだまだいけるよ…!(ぶんぶん)」

 

 熱く実況を続けるI&Fと、冷静に戦況を見るオリジンとヒストリー。セカンドとして言葉で後押しをするP(プライムス)ホワイトと、V(バーテクスホワイト)。そのようなやり取りが本部席とリング外で行われる中、リングマットを蹴ったEブラックはRパープルへと突撃し、Rパープルはその場からの大跳躍で突進を回避。ロープを使って高速でEブラックが帰ってくれば、Rパープルは再び跳んで躱し三度目の突進は逆に着地と同時にリング上は横になる事によって、Eブラックの脚を引っ掛ける事を狙う。素早く走り、往復のタックルを交わす攻撃と、跳躍や伏せによって対抗する防御側という、プロレスを知る者にとっては定番の攻防戦に会場は強く、大きく沸き立つ。

 しかしそれだけでは終わらない。伏せたRパープルを飛び越えた直後にEブラックは急ブレーキを掛け、その場跳びのムーンサルト・プレスをかける。それを転がり躱したRパープルは、立ち上がった直後、お返しとばかりに自身もムーンサルトを仕掛け、Eブラックもまたそれを躱す。互いに躱された両者はロープへ走り、反動を受けて跳躍するとEブラックはジャンピング・ニー・バットを、Rパープルは再びフライングエルボーを放ち…膝と肘が空中で激突。双方弾かれると、Eブラックは両脚を畳んだ鋭い後方宙返りで、Rパープルは両脚を伸ばした鮮やかな後方宙返りで片膝を突きつつリングへ着地し…割れんばかりの歓声が上がる。

 

I&F「速く高く、何より華麗な攻防戦!そうです、新女神のハイフライヤーといえばEブラック選手ですが、Rパープル選手もまた、空中戦はお手の物!」

ヒストリー「Eブラック選手はその激しく強靭な動きを猛禽類に、Rパープル選手は優雅さすら感じる鮮やかな動きで蝶に例えられる事もありますからね。オリジン選手から見て、二人の空戦能力はどうですか?(・・?)」

オリジン「どうも何も、嫉妬する他ないだろう。こんなにも熱くさせる…これだけの歓声を受ける空中戦を、目の前で見せられてしまったのだから…!」

 

 リング内の二人は、にやり、と笑みを浮かべ合う。それは相手の技巧を認め、共に会場を沸かせてくれた事へ感謝を送るような笑みであり…一歩先に動いたEブラックは一度戻ってDパープルとタッチ…したと、見せかけた。背を向け、RパープルやHブラックには見えない…されどレフェリーにはギリギリ見える、そんな体勢を作る事で。

 飛び出したDパープルは、Rパープルへ仕掛ける…と見せかけて通り過ぎる。その瞬間、Rパープル達はタッチしていない事に気付くが、完全に面食らった状態であり、Hブラックは突進を受けてエプロンから落下。立て続けの驚愕にRパープルも足を止めてしまい、チャレンジャーチームはその瞬間を逃さない。二人はRパープルへ向け跳び上がり…二人同時に、ドロップキック。

 

Rパープル「しまっ…ぐぅぅ……ッ!」

I&F「出たー!タッグマッチの醍醐味、ツープラトン攻撃だーッ!」

オリジン「Dパープルはスクリュー式、Eブラックは正面跳び式…見事に挟み込む形となったな」

ヒストリー「ハイフライヤーのEブラック選手は勿論、ドロップキックに関してはDパープル選手も得意としていますからね。合体技にこれが選ばれたのも納得です(。・ω・。)」

Hブラック「くっ、Rパープル…!」

 

 前後から挟まれた事で衝撃を逃せず、その場に崩れ落ちるRパープル。フォールはカウント2.9のギリギリで返すが、大きなダメージである事は明らか。そのRパープルを助けようと、落とされたHブラックはリングに登ろうとするも、ドロップキックから即座に立ち上がっていたDパープルがロープを超える形でフライング・ボディ・アタック。Dパープル諸共Hブラックは再び落とされ、リング内は再び一対一の状況に変わる。

 

「連携とはまた別の戦術と、分断…やって、くれますね…!」

「何も、一緒に何かするだけが連携じゃないでしょ?…まぁ、さっきのは中々悪くなかったんだけど…ねッ!」

 

 よろよろと立ち上がるRパープルに対し、容赦なくEブラックは追撃。腕を掴んでロープに振り、戻ってきたRパープルを担ぎ上げる。そして片膝立ちになりつつ垂直に落とし、膝へ後頭部を叩き付ける。そこで再びフォールに入るが、チャンピオンの意地だとばかりに、Rパープルは返す。

 

ヒストリー「ブレーンバスターの体勢からの、変形ネックブリーカー…今のは所謂バスターコールですね。そして場外では……」

オリジン「こちらもパートナー同士が激突中だ。さて、こちらに来るかな…?」

 

 リング外で行われているのは、HブラックとDパープルによる打撃合戦。背丈で勝るDパープルは上から振り下ろすエルボーを主体に、逆にHブラックは下段狙いの蹴りを多用し至近距離で削り合う。

 

「わたしが押し切るのが先か、貴女がわたしを崩すのが先か……!」

「流石IWNPヴィーナス級チャンピオン、完全に分断されるとアタシじゃ不利…なんて事は言いませんよ?アタシだって、ベルトを背負っているんです、からッ!」

 

 幾度も打撃を放ち合った末、覇気ある言葉と共にHブラックは跳躍し、Dパープルの上半身へ向けて回し蹴り。それを身を屈める事で避け、無防備なところへ一撃与えようと考えたDパープルだったが、次の瞬間Dパープルの側頭部を衝撃が襲う。

 それは、躱された段階からもう一回転したHブラックの蹴撃。初撃は避けられる事を見越した、本命の攻撃。

 

I&F「バズソーキックがDパープル選手の頭を捉えるー!しかしDパープル選手、よろけながらも着地直後のHブラック選手を掴み、振るって鉄柵へと打ち付けたぁぁ!やはりIWNPヴィーナス級チャンピオンの名は伊達ではない!」

Hブラック「つぁ…!…R、パープル…何防戦一方になってるのよ…。タッグのチャンピオンなら、分断すれば有利になる…?そんな訳、ないでしょうが…そうでしょ、Rパープルッ!」

 

 無理な反撃をした事で、Dパープルは膝を突く。しかし本部席や観客席との境として設置された鉄柵に腰を打ち付けたHブラックのダメージも決して小さなものではなく、Hブラックは追撃やRパープルへの援護のチャンスを失ってしまう。そして、リング上のRパープルは、依然として劣勢。分断し、二つの一対一を作り上げる…DパープルとEブラックの策は、ここまで完全に成功していた。チャンピオンの二人も、それを感じていた。

 だからこそ、腰の痛みを振り切り、Dパープルへ仕掛けながらHブラックは言う。押されるパートナーを鼓舞する為に。チャンピオンの誇りを守る為に。同時にその声には、劣勢なパートナーを助けられない自分へ対する叱咤の感情も込められており…言葉だけではないと示すように、Hブラックは自ら仕掛けたエルボー合戦でDパープルに打ち勝つ。執念で食らい付いた結果、打ち勝つのと引き換えにDパープル以上の体力を消耗してしまったHブラックだが、確かにHブラックは自らの言葉を証明し…その姿は、Rパープルにも見えていた。言葉は、心に届いていた。

 

Rパープル「……っ…やぁああああぁぁッ!」

Eブラック「来たわね、でもそんな突進で……!」

 

 掛けられかけていた関節技を強引に振り解き、背後のロープにもたれかかる形で反動を得たRパープル。そこからの突進を迎え討とうとEブラックは待ち構えるも、叫びと共に走るRパープルはEブラックの直前で力任せに方向転換。正面から真横に進路を変え、そのままトペ・スイシータ。トップとセカンドのロープ間からリング外に突っ込むその技に気付き躱そうとするDパープルだったが、一瞬早く気付いたHブラックが手首を掴む事で回避を阻み、頭突き気味の突進は直撃。すぐに起き上がったRパープルはHブラックと見つめ合い…頷く。

 

Eブラック「やるじゃない、だったら…ッ!」

Hブラック「いくわよRパープル!」

Rパープル「うんッ!」

I&F「こ、この動きはサスケ・スペシャル!ロンダートからのプレス技、サスケ・スペシャ……ルを迎撃したぁ!?チームシュタットヴィーラ、背中合わせの跳躍横蹴りで真正面から撃ち落としたぁああああッ!」

オリジン「回避よりも、防御よりも、ツープラトンでの迎撃を選んだか…!ふ、ふふっ…素晴らしい、これこそチャンピオンの真価というもの!魅せてくれる、魅せてくれるなチャンピオン…!」

 

 飛来したEブラックの胴を強かに打ち付ける二人の蹴り。既に落下に入っていたEブラックの勢いは止め切れず、二人も背中からリング外のマットに落ちるも、勢いに乗っていた分Eブラックの胴には蹴りが食い込む形となり、二人以上に激しく落下。先のトペ・スイシータで倒れたDパープル含め、四人全員がリング外に倒れ込むという状態に。

 

ヒストリー「リング内で大乱戦となり、全員が倒れるという状況は時偶にありますが、まさかリング外で起きようとは……(゚o゚;;」

I&F「数秒で一気に戦況が変わりましたもんね。そして試合権のある二人がリング外に出た事で、レフェリーがカウントを開始!シュタットヴィーラは先んじて立ち上がりましたが、チャレンジャーチームは戻れるのでしょうか!?」

 

 追い討ちよりも体勢を整える事を優先したのか、10カウントの時点でリング内に戻るチャンピオンチーム。一方チャレンジャーチームはその時点でもまた倒れており、会場内はリングアウトによる決着の可能性を感じ始める。

 カウント12の時点でも、まだ立ち上がれない。カウント15の段階で、何とかよろよろと立ち上がる。観客が固唾を飲んで見守る中、18で肩を支え合い、19でリングの端であるエプロンに手を掛け…20の宣言が響く寸前に、滑り込みでチャレンジャーチームもリングに戻った。

 

Dパープル「Eブラック、大丈夫…?ここはもう一度、回復に専念して……」

Eブラック「そうね、ここでタッチはするわ…けど、私は引かないわよ?今守りに入ったら、押し切られる…勝つんだったら、攻めるしかないわ…!」

Dパープル「…えぇ、その通りだわ。じゃあ…やるわよッ!」

 

 約10カウントという決して長くはない時間ながら、チャンピオンチームは余裕のある休息を得られた。チャレンジャーチームにとってそれは大きく…しかしダメージにおいては劣勢でも、その精神は依然燃え上がったまま。

 正対する四者の内、真っ先に動いたのはEブラック。されどEブラックはリング中央付近で止まると膝に手を置き上体を倒し、そのEブラックの背中を用いてDパープルが側転蹴り。縦回転の蹴りをHブラックが交差させた両腕で受け、即座に下がり、入れ替わりで前に出たRパープルは足から飛び付きフランケンシュタイナー。それ自体は成功するものの、ツープラトンドロップキックを受けて以降のダメージが尾を引くRパープルの攻撃はやや甘く、頭から落ちるも即座にDパープルは跳ね起きローリング・ラリアットで反撃を浴びせる。

 

Dパープル「押し切るのは、わたし達よッ!」

Rパープル「そうは、いかないよッ!」

Hブラック「耐えるなら、上回るだけなんだから…ッ!」

Eブラック「耐えてるだけだと、思わない事ね…ッ!」

 

 Rパープルが延髄蹴りを打ち込めば、落下しうつ伏せで受け身を取ったRパープルをDパープルがぶっこ抜き式ジャーマン・スープレックスで投げ飛ばす。打ち付けられたRパープルは気力でそのまま回転して立ち、投げ終えた直後のDパープルの後頭部を狙ってヒドゥン・ブレード。顔から倒れるDパープルだがすぐに右の拳でリングを叩き、雄叫びが如き声と共に立ち上がる事で更なるRパープルの攻撃を制する。

 ノーガードの殴り合いを思わせる技の応酬をRパープルとDパープルが行う中、反則裁定を避けロープの外側、エプロンへと出たHブラックとEブラックもまた仕掛け合う。Hブラックが低空タックルをすればEブラックはサードロープを足場に跳んで、回避しつつ背後に回ったEブラックが着地前に後ろ蹴りを放ち、しかしHブラックはそれが見えていたかのように身を伏せ躱すとこちらも後ろ蹴りの要領で足払いをかける。それを喰らったEブラックだが、転倒前に両手を突き出し、バク転で見事に着地をする。本来エプロンは狭く、まともに戦える筈のない場所ながら、二人は落ちる事なく矢継ぎ早に攻撃を繰り返す。

 

I&F「ロープを挟んだリング内外で、二つの攻防戦が繰り広げられる!リング内では熱く激しい打ち合いが、リング外では素早く絶え間ない駆け引きが続く!勝利するのはチャンピオンチームか、それともチャレンジャーチームかー!」

ヒストリー「ダメージの事を考えれば、Hブラック選手とDパープル選手が出るのが無難な選択ですが……」

オリジン「個々の差こそあれ全員が消耗している今は、残る力を全て注いで削り切った方が良い場合もある。だが、本質はそこではない。本質は……意地だッ!」

 

 実況と解説を行う本部席から響く、意地という言葉。まるでそれを受け取ったかのように、更に激突は加速する。

 

Eブラック「せ、ぇいッ!」

Hブラック「Rパープル!」

Rパープル「……っ!」

Dパープル「これも連携って訳ね、なら…ッ!」

 

 トップロープとセカンドロープを掴み、身体を横にしてのEブラックの蹴り。それを後方へのステップで避けたHブラックだが、直後にその狙いに気付いて声を上げる。そしてHブラックが感じ取った通り、Eブラックはそのままリング内側に入り、両手でロープを押してドロップキックの様にRパープルへと飛び掛かる。

 パートナーからの声を受けていた事で、Rパープルは視界外からの攻撃を紙一重ながら回避する。しかしならばと、チャレンジャーチームは二対一の状況を活かして攻め込む…が、Rパープルは宙返りにより大きく後退。それはリング外に落ちる軌道を描いていたが、直前で手を伸ばし、トップロープを掴む事で急減速すると先程のEブラックの様に、しかしこちらは縦にロープの間を通ってリングに戻る。

 とはいえ二人同時に狙える状況である事には変わりない。されど直感的に二人は危険を感じ取り、背中合わせで待ち構える。そして二人が感じ取った通り、リングに戻ったRパープルと、同じくリング内へ飛び込んだHブラックは、示し合わせる事なく…その上で完璧にタイミングを合わせて同時にラリアットを叩き込む。

 

オリジン「クロス・ボンバーか…!だがこれは恐らく……!」

ヒストリー「えぇ、恐らく繋ぎです…!シュタットヴィーラの狙いは、この先の……!(;゚Д゚)」

 

 迫る腕に対し、DパープルもEブラックも防御をするも、背中合わせに立った事が裏目に働き、背中同士がぶつかる事で衝撃を逃がし切れなくなる。ダメージこそ最小限で済んだものの、揃ってよろけるという隙を晒してしまい、チャンピオンチームに攻撃のチャンスを与えてしまう。

 

Rパープル・Hブラック((これで、この技で…ッ!))

Dパープル・Eブラック((絶対に、耐え切る…ッ!))

 

 そして当然、チャンピオンチームはそれを見逃さない。そのチャンスを生み出す事こそ、今の攻撃の目的であり、そのまま追撃…と見せかけ、Rパープルは走る。Hブラックは回り込む。目の前の相手ではなく、その背後の相手へ狙いを定め…全力の一撃を、放つ。

 

I&F「出たーッ!Rパープル選手の得意技ギア・カッターと、Hブラック選手の得意技ブラック・トゥ・ザ・フューチャー!チャンピオンチームのフィニッシュホールドの共演だぁああああぁッ!これは決まったかーーッ!?」

 

 ロープを利用しての飛び込みと、担ぎ上げての叩き落とし。共に、完璧に二人は技を決めて、Rパープルは片エビ固めで、Hブラックは技の完了からそのまま首固めでフォールに入る。

 どちらも勝負を決めるのに十分な威力を持った、切り札の一つ。フォールの体勢に入った事でレフェリーは滑り込み、リングを叩く。

 

レフェリー「1!2!……ッ!」

I&F「か…返したーッ!Dパープル選手とEブラック選手、同時にフォールを返す、押し返すーッ!まだ決まらない、終わらないぃぃッ!」

 

 一つ目、二つ目とリングを叩く音が聞こえた時、チャレンジャーの二人は目を見開き、力の限りで肩を上げる。まだ終わらないのだと会場に見せ付け、勝つのは自分達だとチャンピオンの二人に意思と闘志を叩き付ける。

 

ヒストリー「試合権がなく当然3カウントも取られないEブラック選手まで返すとは…やはり意地なのですね…ッ!٩(๑`^´๑)۶」

オリジン「あぁ意地だ、意地以外の何物でもない!そして今、チャレンジャーの二人がチャンピオン二人のフィニッシュホールドを、終わらせようとした瞬間を覆した!それは即ち、流れを二人が完全にもぎ取ったという事!これはチャレンジャーに女王の道が──」

 

 幾度も反響する程に響き渡る歓声と拍手。チャンピオンのフィニッシュホールドを、チャレンジャーが劇的に返す。そんなこの上なくドラマチックな瞬間に、逆転勝利への楔に、誰もが思った。新たなチャンピオンがこれから生まれると、そう感じた。本部席すらそう思い……

 

Rパープル「ううん、勝つのは……」

Hブラック「チャンピオンは……」

Rパープル・Hブラック『(わたし・アタシ)達(だ)よッ!』

 

──だが、チャンピオンチームは上回る。分かっていたと、チャレンジャーチームなら返すと思っていたと言わんばかりに笑みを浮かべ…跳ぶ。RパープルはDパープルへ、HブラックはEブラックへと相手を移し、片や乗り掛かる形で両脚を、片や片腕へ足を絡めてそこから顔を締め上げる。

 

Dパープル「しまっ……ぐぁ…ッ!」

Eブラック「そんな……がぁ…ッ!」

I&F「ぁ……な、なんと関節技だぁぁぁぁッ!ここに来て関節技、まさかのフィニッシュホールドすらもこれへの繋ぎ!Rパープル選手はシャープランチャー、Hブラック選手はO.U.Kをチャレンジャーチームの二人に決めるぅぅぅぅうッ!」

 

 逆転したと思わせておいての、フィニッシュホールドを返される前提で放っての、真の本命である関節技。返したとはいえ大技を受けた直後に、更に狙う相手を再度変えるという意表を突いた策を交える事で仕掛けられた関節技は完璧に決まり、DパープルもEブラックも振り解けない。全身へ力を込め、必死にロープへ手を伸ばすが、普通に見れば近い…されど技を掛けられている今はあまりにも遠いロープに、関節技から解放される為の命綱に、手が届かない。

 チャンピオンチームも、残る力の全てを掛けて締め上げる。これを凌がれれば本当に逆転される、その覚悟で固め続ける。

 諦めない。チャレンジャーは痛みに耐えて、チャンピオンは振り解こうとする力に堪えて、全員が全員歯を食い縛る。そして……

 

とーはいる「こ、これは…レフェリーさん駄目です!これ以上は危険ですーっ!」

レフェリー「……!本部席!」

I&F「あーっとレフェリーストップ!リングナースからの判断を受けての、レフェリーストップがかかったー!試合終了、試合終了ぉぉぉぉぉぉッ!」

 

 飛び出したとーはいるリングナースと、本部席へ向けて手と首を振るレフェリーと……鳴り響くゴング。

 レフェリーストップ。その名の通り、これ以上の試合続行は無理だと…これ以上は誰も望まない結末になってしまうと判断された時に下される、レフェリーからの勇気ある強制終了。それが意味するのは、試合がそこまでとなる事と…勝敗が、決まるという事。

 

Dパープル「試合、終了…?……っ…待って、わたし達はまだやれるわ…!」

Eブラック「そうよ、まだ私達は負けてなんか……」

とーはいる「駄目です!わたしの言う事はちゃんと聞く、それが出来ない人はやっちゃ駄目、そういうお約束の筈です!」

 

 ストップがかかった事で、チャンピオンチームは技を解く。解かれたチャレンジャーチームはまだやれる、と撤回を求めるが、とーはいるに一喝されて言葉に詰まる。

 反則における判断を始め、様々な点でルールが厳格でない…一見そう思えるのがプロレスというもの。それは新女神でも同じであり…しかし必ず守らなければいけない事の一つが、リングナースからの指示であった。

 

I&F「なんと、幕引きはレフェリーストップ!しかしそれもきちんと規定された、勝敗を決める一つの形です!そして、レフェリーストップにより勝利したのは、チームシュタットヴィーラ!チャンピオンチームの、防衛成功です!」

ヒストリー「ギブアップと違い、レフェリーストップは選手が負けを認めた訳ではありません。確かに耐えていた事も事実です。ですが…そう判断された時点で、どうしようもない程に技が決まっていた事も、また事実というものです(-_-)」

オリジン「そうだ、でなければストップなんてかかる事はない。だが、例えレフェリーストップによる幕引きだとしても…これは素晴らしい試合だったと、私は思う」

 

 決着により、悔しさを滲ませながらもリングから降りていくDパープルとEブラック。決まり、離れた直後こそ脱力して座っていたHパープルとHブラックだが、立ち去るチャレンジャーチームを前に、二人はゆっくりと立ち上がる。

 

Rパープル「Dパープルさん、Eブラックさん……」

Dパープル「悔しいわ…悔しくて仕方がないわ。…でも…今は、今日は…貴女達の勝利よ、チャンピオン」

Eブラック「けど…次は負けないわ。今度こそ、私が…私達が、貴女達から勝利を、そのベルトを手に入れてみせる…!」

Hブラック「…勿論よ、何度だって受けて立つんだから!」

 

 離れる直前に交わされた会話。決して大きくはない、されどはっきりとした、よく通る声で交わされたやり取りは会場中に届き…拍手が、送られる。勝利したチャンピオンにも、激闘を繰り広げたチャレンジャーにも、等しく、そして温かな拍手が。

 そうして二名が立ち去る中、リング中央に向かったチャンピオンチームは会場を見回す。見回す二人の手にあるのは、パフォーマンス用のマイクと…仲間より渡された、二人が守ったチャンピオンベルト。

 

Pホワイト「お疲れさま、Rパープルちゃん、Hブラックちゃん」

Vホワイト「やったわね!まあ、二人が勝つのは分かってたけど!」

Rパープル「ふふっ、ありがとね二人共。すぅ、はぁ…皆さーん!今日は見に来てくれて、ありがとうございまーす!」

Hブラック「今日の試合はどうだったかしら?期待外れだった、なんて事ないわよね?期待通り…ううん、期待以上だったわよね!」

 

 Hブラックの自信に満ちた呼び掛けに、再び拍手が、肯定の反応が返される。勝者として、チャンピオンとして、二人は歓声と声援を浴びる。

 

Hブラック「けど、予想を超えてきたのはチャレンジャーチームも同じよ。普段からタッグを組んで試合してる訳じゃないのに、あんなに強いだなんて…」

Rパープル「でも、わたし達が勝った。ギリギリだとしても、勝ったのはわたし達。そうでしょ?Hブラック」

 

 試合相手への賛辞をHブラックが送れば、Rパープルはにっと笑い、その笑みへHブラックも笑みを返す。それから二人は頷き合い…再び観客全てを見回す。

 

Hブラック「そう、アタシ達が勝った。勝ったのはアタシ達シュタットヴィーラであり、GONよ!」

Rパープル「そしてわたし達は勝ち続けます!IWNPタッグチャンピオンとして勝って、今日の様に、皆さんに興奮と感動を届け続けます!」

 

 勝ったのは自分達。勝ち続けるのも自分達。そう宣言した上で、二人は続ける。自分達だけで勝ったのではないと、自分達だけで進むのではないと。謙虚さはあれど卑屈さはない。自信はあれど傲慢にはならない。それこそが、シュタットヴィーラの魅力であり……二人はベルトを掲げる。このベルトは、女王の座を持つ自分達は、更に高みへ登っていくのだと示すように。

 

Rパープル「だから、これからも期待し続けて下さいね?わたし達の…レベルの違う、戦いに!」

Hブラック「見逃させなんてしないわ!ううん、見逃す事なんて出来ないでしょ?それ位に魅力的な試合を、アタシ達はし続けるんだから!」

 

 そして二人が締め括り、作った指鉄砲をウインクと共に放つと、紙吹雪が舞い散る。この試合だけでも幾度となく行われた拍手が、今一度チャンピオンチームに向けられ、リング上の四人、GONは歓声を浴び続ける。

 多くの意味でシングルマッチとは違う、タッグの戦い。それぞれに魅力が、見所があるのが、シングルマッチとタッグマッチ。しかし共通する部分もある。選手の闘志、一試合毎に移り変わる戦術…そして盛り上がりや熱狂もまた、シングルタッグ関係なく、常に最後には…戦いの果てには、最高潮となるのである。

 

ヒストリー「最後までバッチリと決めましたね、チャンピオンチームは。今の時点でも相当な記録を作っている訳ですが…ひょっとすると、この先わたし達の想像を超える偉業を成すのかもしれません。そして…次の大会は、IWNPインターコンチネプタル王座戦ですね(*^▽^*)」

オリジン「ああ。この一戦は、間違いなく名試合だったが…その上で、言わせてもらおう。私の出るインターコンチネプタル戦は、今日の一戦に負けないものになると。そんな試合とした上で、私が勝つと!」

I&F「おっと早くも予告勝利!これは期待が持てますね!それでは次回に期待の感情を持ちつつ、本日の放送も締め括りましょう!新女神プロレスリングを、その戦いをノーカットでお送りするディメンションプロレスを、これからもお楽しみにっ!」

 

 

(エンディング曲)〜♪〜〜♪

 

 この作品は、

『シモツキのやる気』

『シモツキの趣味』

『ネプテューヌシリーズと新日本プロレスへのエール』

『偉大な方々への敬意』

 で、お送りしました。




今回の技解説

・エルボー・ドロップ
倒れている相手に対して、自身も倒れ込むようにしながらエルボーを行う技。体力的な負担は少ないが、当然回避されれば自分がマットに突っ込む形となる。

・フライング・エルボー
その名の通り、跳躍し相手に放つエルボー。ロープを使用するか否かの差はあるが、動きとしてはジャンピング・エルボー・アタックと似た形になる。

・スライディング・ラリアット
滑り込むようにして放つラリアット。基本的に倒れた状態から上半身のみを起こした相手に放つ技で、その性質上追い討ちとして使われる事も多い。

・セントーン
倒れている相手に向けて一回転し、背中や臀部を叩き付ける技。ロープやコーナーから跳躍すれば威力も上がるが、プレス系の技同様回避されれば自分がダメージを負う。

・フロント・スープレックス
スープレックス系の技の一つで、正面から相手を捕らえ、後方に投げる。フォールを狙う事も出来るが、失敗した場合は逆に自身が覆い被さられてしまう事もあり得る。

・ショルダー・タックル
読んで字の如く、肩から相手にぶつかっていく技。単純ながらも勢いと体重がそのまま威力に直結する為、諸に受ければ見た目相応のダメージを負う。

・スピアー
相手の腹部へ向け、低姿勢で突進する技。スピアー・タックルとも呼ばれ、狙う位置の関係から自分諸共相手を吹っ飛ばす事にも長けている。

・レッグラリアット
脚で放つラリアット、つまりは脚を横にした蹴り。ただ、ラリアットの名の通り、主に胸や首元を狙う為、跳躍やロープの利用をした後に放たれる場合が多い。

・450°スプラッシュ
一回転した上で身体を下向きにし叩き込むボディ・プレス。この技だけに限らず、回転や捻りを加える程、ボディ・プレスは技としての難易度と失敗の危険性が増す。

・ジャンピング・ニー・バット
跳躍をしての膝蹴り、即ち飛び膝蹴り。膝を折っている分通常の飛び蹴りよりリーチが短くなる為、近距離から放つ、勢いを付けて大きく飛跳ぶ等の工夫が必要となる。

・ツープラトン
プロレスにおける、二人での連携技の総称。ツープラトン○○、の様に使われるのが一般的だが、チームによってはこれを付けず、独自の名前を付ける場合もある。

・スクリュー式ドロップキック
相手を蹴った後身体を捻り、うつ伏せで着地し受け身を取るドロップキック。背中から着地し受け身を取る正面跳び式の改良型がこれ。

・フライング・ボディ・アタック
跳び上がり、身体を斜めに(横に近付ける形で)放つ、ボディ・アタックの一つ。身体を倒す形となる為、ロープや柵を越えつつ攻撃する際には選択肢の一つとなる。

・バスターコール
投げ技であるブレーンバスターの体勢で捉えた後、相手諸共身体を倒して相手の頭にダメージを与える技。頭を打ち付けさせる為に、相手の意識へのダメージも大きい。

・バズソーキック
相手の側頭部へ向けて放つミドルキック。ミドルキックの形で行う技である為、単に飛び上がっての蹴りや上段狙いの蹴りなどはこの名では呼ばれない。

・トペ・スイシータ
リング外にいる相手に向け、リング内から飛び込む体当たり技。基本的にはトップロープとセカンドロープの間を通る形で放つが、トップロープを飛び越える形もある。

・サスケ・スペシャル
リング内でロンダートを行った後、その勢いで踏み切り場外へ跳ぶプレス技。分かり易く派手な見た目を持つ技だが、背を向けて跳ぶ為正確に当てる難易度は高い。

・フランケンシュタイナー
跳び上がり、太腿で相手の頭を挟み、そのまま身体を振るって相手を頭から落とす技。投げる為には勢いが必要である為、技の出から終了までは基本的に速い。

・ローリング・ラリアット
その場で回転してのラリアット。回転する分勢いが乗るが、反面即座に放つラリアットより時間がかかる為、相手の状態によっては回避される事もあり得る。

・ヒドゥン・ブレード
座っている相手へ向け、対角線の後方から走り込んで放つバック・エルボー。死角(背後)から打ち込む技である為、相手は対応が難しい。

・クロス・ボンバー
相手を挟み込む形で、前後からラリアットを放つ連携技。動きそのものは単なるラリアットだが、当てるタイミングがずれると相手が倒れて空振りになってしまう。

・ギア・カッター
ロープへ跳び、反動で相手に飛び掛かって相手の頭を掴み、そのままリングへ叩き付ける技。とあるトップレスラーの技と似ているが、こちらはより真っ直ぐ跳ぶ。その為速度では勝るが、その分細かな調整が効かず、相手を捉え損ねる可能性があちらより高い。

・ブラック・トゥ・ザ・フューチャー
脇で相手の頭を掴み、逆の腕で相手の太腿を掴んだ後、跳び上がると共に相手の片脚を両脚で捕らえて後方に頭から落とす技。とあるトップレスラーの技と似ているが、こちらはより素早く小さな回転で落とす。小さい分跳躍も細かいもので済むが、その分十分な速度を出さないと失敗、或いは成功しても威力不足になり得る可能性がある。

・シャープランチャー
うつ伏せの相手の両脚の間に片脚を入れ、相手の両脚をクロスさせつつ腕でロックし相手の腰の上に乗る(形で腰を落とす)関節技。実は所謂サソリ固めとほぼ同じ。

・O.U.K
うつ伏せの相手の片腕へ足を絡めてロックし、両腕で相手の顔を顎から引き上げて反らせる関節技。実は所謂クロスフェイスとほぼ同じで、Oはオペレーション、Kはキラーの略称だが、Uは何の略称か謎となっている。

この他にも一部技がありましたが、ORにて説明しているものや、説明不要と思われるものは除きました。


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10.23 神生オデッセフィアドーム大会 IWNPインターコンチネプタル王座戦

(実況)さぁ、先週に引き続き始まりましたディメンションプロレスリング!読んだタイミングによっては先週ではないのかもしれませんが、それはもう仕方ありません!別の媒体であろうと、それこそ元ネタであろうと見る側のタイミング次第で変わるものです!

 

(解説)まぁ、それはそうですね。常に最新を追うのも一つの楽しみ方、のんびり後追いするのも一つの楽しみ方、詰まる所楽しむ事が出来ればタイミングは問わないというものです( ̄▽ ̄)

 

(I&F)綺麗な纏め方をして下さりありがとうございます!と、いう訳で実況は私I&F、解説はヒストリーさんでお送りする本日のゲストは……なんと、新女神プロレスの創始者にして、蘇りし伝説そのもの!レジェンダリー・ジ・オリジン選手です!

 

(レジェンダリー・ジ・オリジン)紹介に感謝するよ、I&F君。そして私がこの席に座る事を受け入れてくれた観客の皆にも、心からの謝意を示させてほしい。

 

(I&F)いえいえ、こちらこそ来て下さりありがとうございます。本日のメインイベントにぴったりなゲストといえば、ジ・オリジンさんしかいませんからね。これから始まるメインイベント…IWNPインターコンチネプタル王座戦に臨む、二人の選手の事を考えれば!

 

(ヒストリー)IWNPインターコンチネプタル、IWNPヴィーナス級王座と双璧を成す、新女神プロレスの至宝の一つですね。IWNPヴィーナスを最強の証とするなら、インターコンチネプタルは最高の証と称される…その意味は、これからの一戦で伝わる事でしょう(´∀`*)

 

(オリジン)むしろ、それを伝える事が出来なければ、挑戦する資格も、女王である資格もないというものだ。王座には、タイトルマッチには、それだけの重みがあるのだから。

 

(I&F)タイトルの重み…確かに王座戦には独特の雰囲気がありますもんね。それでは、そんなIWNPインターコンチネプタル王座を争う二人のレスラー、チャンピオンと挑戦者の登場です!

 

 

(入場曲)〜♪〜〜♪

 

(I&F)最強の対となる最高!強さだけでは辿り着けない高み!それをかの者が望むのは何故か。それは愛故、ファンを、自身を支えてくれる者全てに応え、思いを届ける為!果てなき高みへ至る為、その翼は舞い上がる!新女神本隊・コアハーツ所属、166㎝体重非公開、チャレンジャー、サンライズルネートゥル・ルーラードオリジぃぃぃぃンッ!

 

(ヒストリー)惜しげなく観客に手を振り、声援に応えながらの登場…良いですね、応援が力になっているのだと伝わってくる立ち振る舞いですd(^_^o)

 

(L(レジェンダリー・ザ・)オリジン)ルーラードオリジンは先日ゲストで出た際、戴冠宣言を挙げていたな。あの言葉が虚勢ではなかったと、この試合で証明してくれる事に期待しよう。

 

(I&F)えぇ、チャレンジャーには期待大です!しかし、応援を、期待を力に変えて舞う事において、やはり忘れてはいけないのはチャンピオンの存在!

 

 

(入場曲)〜♪〜〜♪

 

(I&F)チャンピオンは言う!全ての人を愛していると!凡ゆる思いが自分の力になってくれると!その在り方は正しくインターコンチネプタルそのもの!最高の意味を、最高の在り方を体現せし女王!アナザーディメンジョナル所属、166㎝体重非公開、IWNPインターコンチネプタルチャンピオン、スターティングリベレイター・ガハナディアレジストぉぉぉぉッ!

 

(ヒストリー)こちらも手を振り、ハイタッチし、サービス満載で花道を進んでいますね。会場の皆さんは勿論ですが、ガバナディアレジスト選手自身も心から楽しんでいるようです(о´∀`о)

 

(Lオリジン)選手が心踊っている、自分達の思いで心を躍らせてくれている…そう感じる事が出来たのなら、そこには確かな幸せがある。そして、そう感じさせる事こそ、女王にとって相応しい立ち振る舞いと言える。…流石だ、ガバナディアレジスト。

 

(I&F)リングイン語のアピールもばっちり、両者共に余念がありません!それではレフェリー及びリングナース、とーはいるさんによるチェックの間に、インターコンチネプタル王座戦についてヒストリーさんから説明を頂きましょう!ヒストリーさん、お願いします!

 

(ヒストリー)はい。インターコンチネプタル王座は他の王座同様、勝者が戴冠…即ち新たなチャンピオンとなる訳ですが、大きく違うのは試合方法です。他の王座は通常一本勝負なのに対し、インターコンチネプタルは別条件での三番勝負で勝敗を決める事になります(´・∀・`)

 

(Lオリジン)一本目はランダムに選択された技をそれぞれ五分、計十分で掛け合い判定を受ける特殊ルール、二本目は同じくランダムで選択された人数で行う二十分のタッグマッチ、そして三番目はチャレンジャーとチャンピオンによる三十分のシングルマッチ…この内一本目と二本目は勝ち点1、三本目は勝ち点2となり、この勝ち点によって勝者が決まるのだ。

 

(I&F)おおっと、何故か途中からLオリジンさんによる解説となりましたが、とにかくお二人共ありがとうございます!つまり、一本目二本目を連続で取られても、三本目で勝つ事が出来れば引き分けに持ち込める訳ですね!

 

(ヒストリー)その通りです。今の形で、或いは三番目が時間切れとなった場合は、四本目としてシングルマッチを行う訳です。試合毎に形式が変わり、それ故に個人としての純粋な強さだけでは勝つ事が出来ない…それがこの王座の厳しいところであり、毎回変わるという魅力を引き出しながらも勝てる者こそ、女王に相応しいとも言えますね(`・ω・´)

 

(I&F)だからこその、最高のインターコンチネプタル!そしてその座を競う両者のチェックが完了したようです!

 

 

(ルーラードオリジン)ガバナディアレジスト…私は貴女を、君を、レスラーとしてもチャンピオンとしても尊敬している。だが…その上で、証明させてもらおう。君と共に、今日この試合を見ている全ての者を心から楽しませた上で…真にインターコンチネプタル女王に相応しいのは、私であると。

 

(ガバナディアレジスト)ふふふっ、大きく出たわねルーラードオリジン。確かに貴女となら、誰もが釘付けになる試合が出来るって思えるわ。でも…残念だけど、譲る気はないわよ?この王座も…最高の称号も、ね。

 

 

(I&F)いいですねぇ、インターコンチネプタルならではの闘志がリング上で燃え上がっています!新女神の至宝の一つ、IWNPインターコンチネプタル王座に輝くのは、チャレンジャーかチャンピオンか!ベルトと称号を掛けた一戦が、これより始まりますっ!

 

 

 

 

 三番勝負の一本目、技の掛け合い。そのお題となる技が、会場の大型モニターに高速で表示されていき…チャレンジャーであるルーラード(R)オリジンの声で、回転がストップ。そうして選択された技は…ハーフネルソン・スープレックス。

 

I&F「出ました、ハーフネルソン・スープレックス!片手でフルネルソン…所謂羽交い締めの形を取り、逆の手で相手のタイツを掴んで後方に投げる、フルネルソン・スープレックスの派生技です!」

ヒストリー「見た目的にはそこまで複雑ではない、しかし投げる上ではそれなり以上の技術が必要となる技です。魅せる勝負である一本目のお題には、ぴったりな技と言えるでしょう( ̄∀ ̄)」

 

 表示された技の説明が終わったところで、会場に響くのは開始のゴング。モニターには制限時間とそのカウントダウンが表示される。

 先攻はRオリジン、後攻はガバナディア(G)レジスト。技を確認した両者は正対し…Rオリジンのターンが始まった。

 

Gレジスト「さぁ、どこからでも掛かってくるといいわ」

Rオリジン「ではチャレンジャーらしく、そうさせてもらうとしよう…!」

 

 言うが早いか、低い姿勢でRオリジンは突進。そこからGレジストに触れる寸前で、Rオリジンはターンを掛け、背後を取ると同時に両手を腕と脚に掛ける。

 

I&F「Rオリジン選手、素早く背後を取って仕掛けにかかるー!しかしGレジスト選手もそう簡単にはやらせない!しっかりと堪え、背後を取り返したー!」

ヒストリー「一本目は技の掛け合いですが、制限時間がある事からも分かる通り、試合形式の中で行う事になります。それ故に『技を掛けられる状態を作る』事も求められますし、判定員…と言っても本部席にいるわたし達ですが…は、制限時間の間を総合的に見てどちらが良かったか判断しますので、五分間の間に何度掛けても良し、五分間をじっくり使って一発放つという形でも良し、という訳です( ̄^ ̄)」

Lオリジン「当然、二本目以降を見据えて体力温存を意識した立ち回りをするのも戦術の一つだ。そして、判定するのは何も技だけではない。掛けられた側の受け身やキックアウトも評価される以上、最後まで相手に技を掛けさせない…というのは大きなマイナス要因となるのだ」

 

 バックの取り合いを両者が繰り広げる中、本部席では一本目の詳細について語られる。しかし当然、意識や視線がリング上から離れる事はなく…幾度目かの取り合いが行われたところで、一度Rオリジンは姿勢を崩してGレジストから離れる。

 

I&F「おや?Rオリジン選手、組み合った状態から離れました。これはどういう事でしょうか」

ヒストリー「仕切り直し、という事かもしれません。まだ時間は半分以上残っていますし、焦って仕掛ける必要は……」

 

 必要はない。ヒストリーがそう言おうとした瞬間、一旦離れて観客に視線を送っていたRオリジンが再び動いた。離れていた状態から一気に近付き、勢いそのままにエルボー。速度の乗った一撃でGレジストが蹌踉めくと、Rオリジンは腕を掴み、ロープへと振り、直後に自身も追い掛ける。そしてGレジストがロープで跳ね返った瞬間に組み付き、身体を反らせてハーフネルソン・スープレックスを叩き込んだ。

 

I&F「決めたー!仕切り直しと思わせてからの、電光石火のハーフネルソンー!」

Lオリジン「上手いな。じっくりとした背後の取り合いから、大きく違う攻め方へ移行した事でGレジストの意表を突いたのは勿論、緩急ある試合運びというのは、見ている者を飽きさせない」

ヒストリー「あ、しかもRオリジン選手、フォールに入りましたね。本来は必要のない事ですが…これも、観客を飽きさせない為の事なのでしょう(*´∀`*)」

 

 投げ飛ばしたRオリジンは回転と共に立ち上がり、アピールした後Gレジストをエビ固め。ピンフォールを狙われたGレジストはカウント2の時点で大きく身体を躍動させ、フォールを弾くと同時にハンドスプリングへ移行する事によって立ち上がる。

 残る時間は約二分。一見今の一撃は綺麗に決まっており、Rオリジンには体力の回復と温存に努める選択肢も十分にある状況。しかしRオリジンはそれを選ばず、残りの時間も勝負を続けた。そして、本部席は気付いていた。それが二発目以降を狙う為のものではなく、最後の一秒まで観客を楽しませる為の行動である事に。

 

Rオリジン「…ふぅ。どうだったかな、現チャンピオン」

Gレジスト「さっきのはしてやられたわ、それにこの王座への熱意も十分に伝わってきた。だから…ここからは見せてあげるわ。インターコンチネプタルの、女王の立ち回りをね!」

 

 そうして五分の時間が終わり、攻守交代。満足のいく結果となったRオリジンは勿論、してやられたと言いつつGレジストもまた余裕があり、Gレジストのターンが始まった……が、Gレジストは動かない。

 

Rオリジン「…Gレジスト?」

Gレジスト「何故動かないの、かしら?ふふ、別に焦る事はないでしょう?折角の大舞台なんだから、じっくりといくのも一興よ?」

 

 近付く事も立ち位置を変える事もなく、優雅に髪を掻きあげるGレジスト。全く策を感じないその姿にRオリジンは怪訝な表情を浮かべるも、Gレジストは和やかな雰囲気を見せたまま。

 更に数秒後、Gレジストはリング中央に移動すると両手を挙げ、小気味良く回る。まるで試合後のパフォーマンスの様な、無防備そのものの行動を前に、Rオリジンは動かず…しかしその顔には、緊張が浮かぶ。

 

I&F「この一本目は先程のRオリジン選手の様に、指定された技以外を使う事も出来ます。通常の試合の様に様々な技を使って繋げるのも、防御側が攻撃する事で相手を削り、技の精度を落とすのも作戦の内…ですが、後攻のGレジスト選手だけでなく、削るチャンスであるRオリジン選手も動きません!」

Lオリジン「…動かない、ではなく動けない、だろうな」

ヒストリー「そうですね。五分という決して長くない時間の中で、初手から大きな隙を晒す…これは下手な攻撃や駆け引きよりも、余程Rオリジン選手にとってのプレッシャーとなるでしょう(・・;)」

 

 一切の衝突なく、物理的にはただ時間が過ぎるだけのリング上。しかしヒストリーの見立て通り、Rオリジンは動くに動けず…観客もまた、緊張していく。

 何故ならこれは、五分間の勝負である為。制限時間があり、既に先攻のRオリジンが技をきっちりと決めている以上、どこかで仕掛けなければ勝てない。故に、Gレジストはいつ仕掛けるのかと緊張し…そんな中で、Rオリジンは動く。…攻撃ではなく、妨害でもなく…自らもまた、パフォーマンスを行う為に。

 

Gレジスト「仕掛けてこないの?Rオリジン」

Rオリジン「じっくりいくのも一興、なのだろう?それに、試合中に敢えて行うというのも…悪くない」

 

 同じ土俵に上がってきたRオリジンに対し、今度はGレジストが問う。Rオリジンはトップロープにもたれかかり、どこか気怠げな…それでいて絢爛さも感じさせる雰囲気を醸し出しながら、訊き返すと共に手を差し出す。

 それを受けたGレジストはくすりと笑い、Gレジストもまたロープを使う。背中から身体を倒しながら、トップロープに手を、セカンドロープに脚を絡め、流し目を返す。

 緊迫の会場内に生まれる、濃艶な気配。通常ならばあり得ない展開に、会場は静まり返り…残り時間は、一分を切る。

 

Rオリジン(ここまで何もしなかったとなると、仕掛けるのは恐らく時間ギリギリのタイミング。けれど、ギリギリになればなる程、一秒辺りの重みが、残り何秒で仕掛けるかの意味が変わってくる。だとしたら、Gレジストが動くのは……)

I&F「さぁ、Gレジスト選手はいつ仕掛けるのか!Gレジストが見据える瞬間は、一体どこなのか!残り時間は四十秒を切り、高まる緊張は天井知らず──」

Gレジスト「……ふッ」

Rオリジン「な……ッ!?」

 

 Rオリジンが幾つもの可能性を思案する最中、I&Fが静寂の会場へ響く実況を行う最中、観客が次のパフォーマンスを想像する最中…誰も予想しなかったタイミングで、Gレジストは動いた。一気に距離を詰め、背後を取り、素早くハーフネルソンを放った。

 あまりにも予想外の展開に、一層静まり返る会場。だが、次の瞬間…会場から上がるのは大歓声。

 

I&F「Gレジスト選手も決めたぁぁぁぁ!全くもって予想外の瞬間に、一切の無駄がない動きでハーフネルソンを叩き込んだGレジスト選手!これぞ裏切り!女王によるサプライズだぁぁぁぁッ!」

Lオリジン「普通、このタイミングでは仕掛けない。ここまで焦らしておきながら、後一歩を待たずに仕掛けるなど、普通は期待外れで終わるのだから。だが、Rオリジンはチャンピオンの演出に乗った。それにより、誰もが制限時間一杯まで伸ばすだろうと予想し…だからこそ、中途半端なタイミングは最高の瞬間へと反転したのだ」

 

 技を決め終えたGレジストは、今度こそ本来のタイミングでのアピールを行う。大したものだとばかりに、Lオリジンが今の瞬間を選んだその意味を見抜いて語る。そして…本部席の三人による、判定が下される。

 

I&F「はい!私とLオリジンさんはGレジスト選手、ヒストリーさんはRオリジン選手、よって一本目の勝者はチャンピオン、Gレジスト選手です!」

Rオリジン「…やはり、か。悔しいが、空気は完全に君のものとなっていた。ならばこれは、当然の結果だろう」

Gレジスト「そういう割には冷静ね。けど…伝わってくるわ。貴女の言葉以上の悔しさと…ここから逆転勝利してやろうっていう、貴女らしい気概が、ね」

 

 静かに呟くRオリジンに対し、Gレジストは胸を揺らしながら言葉を返す。その返しに、Rオリジンはぴくりと肩を震わせ…真正面から瞳を向ける。Gレジストの言葉通り、逆転への意思が籠もった瞳を。

 

Lオリジン「Rオリジンも技の精度自体は良かった。意表の突き方も申し分ない。だが、より観客の予想を超え、心を震わせたのは…インターコンチネプタルの本質を掴んでいるのは、チャンピオンだったと言えるだろう」

ヒストリー「えぇ、一本目は技の掛け合いですが、技や駆け引きを通じて観客を沸かせる事もまた重要な事ですからね。そしてその点においてチャンピオンは流石ですが…一方で、パフォーマンスがあったとはいえ、長い溜めの時間を冗長に感じた方も多少ながら居たのではないかと、わたしは思います(´-ω-`)」

I&F「だからこそ、ヒストリーさんはRオリジン選手に票を入れたんですね。さあ、それではこれより二本目、ランダムタッグマッチを開始します!そしてタッグの人数は……六人!三対三の、六人タッグマッチに決定しました!」

 

 一本目が終わり、試合は二本目のタッグマッチへ。負けているRオリジンが再び停止の掛け声を上げ、六人タッグマッチに決定。それを受け、入場門へとライトが当たり……現れるのは、控えていたタッグメンバー。

 

I&F「人数の決定を受け、まずはチャレンジャーチームが入場だー!現れたのは同じく新女神本隊・コアハーツ所属のモナークリッドグリーン選手とマジェスティックホワイト選手!両者共に一線級の実力者、これは強力なタッグチームになりそうです!」

ヒストリー「同じコアハーツのメンバーから来る事は予想出来ていましたが、この二人が…というのは少し驚きですね。対立している…という訳ではありませんが、多人数戦以外でタッグを組む機会はあまりなかった訳ですし(´・ω・`)」

I&F「それも作戦の内かもしれませんね!そんなチャレンジャーチームを迎え撃つチャンピオンチームのメンバーは、プレジデットアイリス選手とサヴァランスイエロー選手!片や悠然と、片や天真爛漫に花道を進み、リングへと上がっていきます!」

Lオリジン「こちらも同じ、アナザーディメンジョナル所属のメンバーという事か。であればこれは擬似的な、ユニット同士の対決でもある訳だ」

 

 順に現れた二組は、それぞれRオリジンとGレジストの左右へ立つ。M(モナークリッド)グリーンとM(マジェスティック)ホワイト…両者は勝ち点で先行されている側に立つ身ながら、その立ち姿に一切の焦燥はなく…P(プレジデット)アイリスとS(サヴァランス)イエローもまた、チャンピオンのメンバー…自身はそのタイトルを冠していないながらも、このタイトルマッチにおいてベルトの重みの一端を背負う者としての気負いなど微塵もなく、両陣共に万全の状態。

 そして、チャンピオンとチャレンジャーを残す形で、二組はリングのエプロンへ。残るとGレジストとRオリジンは構え合い…二本目の勝負が、始まった。

 

 

 

 

Gレジスト「これならどうかし、らッ!」

Rオリジン「ぐぁっ…!……だが…ッ!」

 

 試合の場と観客席を仕切る、安全の為の鉄柵。しかし本来安全の為に設置されているそれも、場外戦においては凶器となる。今この瞬間、腕を掴んで振られたRオリジンが、背面から腰を鉄柵へと打ち付けたように。

 そのRオリジンに対し、追撃するべく走るGレジスト。しかし衝突の直前、Rオリジンは右足を突き出し、そこへ突っ込む形となったGレジストを迎撃。距離が開いた隙に、Rオリジンは視線を巡らせ…リング内外で行われる、もう二つの攻防戦を視界に捉える。

 

Mホワイト「そらよッ!」

Sイエロー「おかえしだよーッ!」

Mグリーン「く、ぅッ…相変わらず、このような勝負はお得意ですわね…!」

Pアイリス「勿論。だってこういうの、だぁい好きだもの。けどぉ、貴女も中々やるじゃない…!」

 

 リング内では、SイエローとMホワイトによる、ノーガードの打撃戦。Mホワイトがエルボーを喰らわせれば、Sイエローはナックル・パート。反撃受けたMホワイトは踏み留まり、逆に上体が後ろに逸れた事を利用して突き上げるような膝蹴りを放てば、Sイエローはよろけた状態から強引に飛んで頭からタックル。一歩も引かない、一見すれば荒々しい…しかし瞬時に相手の防御の薄い場所を見抜いては打ち込まれる打撃の応酬に、観客は大きな歓声を上げる。

 チャンピオンとチャレンジャーの激突する向かい側では、PアイリスとMグリーンが関節技で絡み合う。Pアイリスは首を絞めるスリーパー・ホールドを、Mグリーンは胴…特に肋骨を攻めるコブラ・ツイストをそれぞれ狙い、一瞬の隙を突いては相手の技を崩して自分の技の形を決める。互いが互いを少しずつ、しかし着実に削る勝負でありながら、PアイリスとMグリーンは薄い笑みを浮かべ合い…両者が新女神の中でも特に目を惹くスタイルである事もあってか、観客は固唾を飲んで見つめてきた。

 

Rオリジン(今のところは互角、けどこれ以上長引けば、間違いなく三本目の勝負に響く……)

Gレジスト(だからこそ、全員が消耗しつつある今…勝負を、決める…ッ!)

 

 戦況を見た、GレジストとRオリジンの判断は同じ。両者は勝負を決めるべく…Gレジストは更に勝ち点を重ねるべく、Rオリジンは五分五分に変えるべく、リングへ飛び込む。

 

I&F「チャンピオンとチャレンジャー、同時にリングインだー!試合権のない両者はどう動くのかー!」

 

 サードロープとリングの間を通って飛び込んだRオリジンは、その勢いのままSイエローへ低空ドロップキック。それを跳んで避けるSイエローだったが、そこを狙う形でMホワイトがラリアットを叩き込み空中から落とす。しかしその直後、GレジストがMホワイトを抱え上げてブレーンバスター。

 更にそこへ、同じく場外にいたPアイリスとMグリーンも参入。コーナーから飛び行ったMグリーンは高角度のミサイルキックで投げ終えたGレジストを跳ね飛ばし、着地し立ち上がろうとしたMグリーンの胸元をPアイリスがペナルティ・キック。尚且つPアイリスは試合権のあるMホワイトに関節技を決めようとするも、そこを狙ったRオリジンからのフライング・エルボーで迎撃され、片膝を突いてリングに降りた直後のRオリジンへSイエローがランニング・ボディ・プレスで飛び込み……リング内は、参戦している六人のレスラー全員が横たわるという壮絶な状況に。

 

I&F「な、なんと総倒れ!両軍の入り乱れての激しい攻撃により、全員がリングに倒れ伏すぅぅぅぅ!」

ヒストリー「このような状況では、最後に立っていたレスラーの陣営に大きな流れが来ますからね。その流れを掴む為、相手に掴ませない為、意地でも仕掛けるという訳です( ̄∀ ̄)」

Lオリジン「そして、既に盛り上がりは十分。二本目の決着も目前だろう」

 

 壮絶なぶつかり合いで会場が湧く中、Lオリジンは二本目の終局を予期。そしてその時は、すぐに訪れる。

 

Gレジスト「Pアイリス、わたしがサポートするわ!だから貴女が……」

Pアイリス「えぇ、任せて頂戴。さ、遊びましょMホワイトちゃん…!」

 

 一歩先に立ち上がったのは、チャンピオンチーム。Gレジスト、Pアイリスの二人は頷き合うと、立ち上がりつつあるMホワイトを強襲。先のペナルティ・キックを思わせるローキックをGレジストが打ち込み、背後からそれを受けたMホワイトは、何とか堪えて立ち上がろうとする…が、そこにPアイリスが絡み付く。勢いを乗せて体重を掛ける事により、再びMホワイトをうつ伏せで倒し、そこから脚を取って逆エビ固めに移行する。

 Gレジストが布石を打ち込んだ事によって、完全に決まった逆エビ固め。掴んだ脚を両脇に抱え、腰を落とし、Pアイリスはより深く、より脱出困難な形へ逆エビ固めを決めていく。

 

Pアイリス「ほぉら、無理せずタップしてもいいのよぉ?尤もあたしには試合権がないから、シングルマッチの様にはいかないんだけど」

Mホワイト「はっ…いいのかよ、わたしの事ばっかり見てて…。今この時も、こっちは作戦を進めてる最中、かも…しれねぇぜ…?」

Pアイリス「あら、強がりかしら?それならそれで、ここから先に勝つだけよ?」

 

 ルールの穴を突いた、徹底的なダメージの蓄積。更にPアイリスはGレジストと連携し、腕力だけでMホワイトがロープまで辿り着こうとする度に一度離してはGレジストに攻撃の為の空間を作る。Gレジストの攻撃でロープから離し、再度関節技を掛け直すという形で容赦無く攻め上げる。

 試合権がない選手による長時間の関節技と、散発的に途切れる関節技であれば、気持ち程度ながら後者の方が反則裁定を受け辛い。加えて試合権のある相手を捕らえる事が出来れば、試合権を持つ選手同士での判定で負ける可能性は一気に下がる。そこまで踏まえての策であり、実際追い詰められるMホワイトだったが…Gレジスト達は二つ、見誤っていた。

 一つは、Mホワイトの飛び抜けたタフさ。そして、もう一つは……

 

Mグリーン「さぁ、いきますわよッ!」

Sイエロー「わっ、わわっ、わぁああぁっ!?」

Gレジスト「……!?これは、まさか……!」

 

 リング内の反対側から聞こえてきた声と、直後に響く大きな振動。その衝撃に、Gレジストは目を見開き、振り返る。

 そこにいたのは、リングに叩き付けられた状態のSイエローと、二人で肩に担いでの合体技、マジックキラーを放った直後の体勢をしたRオリジンとMグリーンだった。

──チャンピオン側が見誤っていた、もう一つの点。それは…チャレンジャーチームもまた、同じ策を講じていた事。そして策は同じでも、耐える事に関して言えば…Mホワイトの方が長けていた事。

 

Gレジスト「Mホワイトが言っていたのは本当の事だったのね…!でも、それならフォローに……」

Rオリジン「いいや、そうは…させないッ!」

Lオリジン「ほぅ、カウンターの形でのツイスト・アンド・シャウトとは…考えたな、Rオリジン」

 

 やられた、と思いながらもすぐにGレジストは意識を切り替え、Sイエローへ加勢に入ろうとする。しかし突っ込むように走り出していたところを狙われRオリジンに首元を抱えられると、そこからRオリジンは横回転しネック・ブリーカー。続けてRオリジンは遠心力で立ち上がり、肩からタックルを仕掛けて逆エビ固めごとPアイリスを跳ね飛ばす。

 Rオリジンが蹴散らしている間に、Mホワイトへと駆け寄ったのはMグリーン。タッチによる試合権の交代を考えての行動だったが、Mホワイトは強く首を横に振り…Mグリーンは、その反応にくすりと笑う。

 

Mグリーン「全く、相変わらず頑固ですわねぇ」

Mホワイト「まだやれるってだけだ、そっちこそわたしが耐えるのを見越してフォローしに来なかったんだろ?」

Mグリーン「流石、よく分かっていますわね。…ならば…フィニッシュは任せましたわよッ!」

 

 手を握り、Mホワイトを引き上げたMグリーンは、そのまま身体を回転させ、任せた、とMホワイトを投げる。脚にもダメージが残るMホワイトだったが、推力を得た事で力強く駆け寄り、立ち上がって頭を振っていた…気合いを入れ直そうとしていたSイエローを足場にサマーソルト。その衝撃でSイエローの体勢を崩しながらも直上に上がり……そして、真上からのダブル・ニー・ドロップ。落下の勢いを乗せた膝蹴りは、Sイエローの頭を強かに打ち付け……Mホワイトは、半ば倒れ込むようにしてSイエローをフォール。

 

レフェリー「1!2!…3!」

I&F「入ったー!入ったー!Mホワイト選手がSイエロー選手からピンフォールを取った事により、チャレンジャーチームが勝利!二本目はRオリジン選手の勝利です!」

 

 3カウントが入り、会場からチャレンジャーチームの勝利を喜ぶ声と、チャンピオンチームの敗北を残念がる声が同時に上がる。その中で、離れたSイエローとMホワイトはそれぞれPアイリス、Mグリーンに支えられ、青赤それぞれのコーナーへ。

 

Sイエロー「うぅ、ごめんねGれじすと…」

Gレジスト「大丈夫よ。というかむしろ、ここで勝ってたら三番目は制限時間一杯まで耐えるだけで勝てちゃうし、仮に負けても四本目があるっていう、緊張感のない状況になるもの。わたしとしてはむしろそっちの方が困るし、だから何も気にしてないわ」

Pアイリス「そんな事言いつつ、あっさり三本目に負けたら赤っ恥よ?…だから、きっちり決めなさい、チャンピオン」

Mホワイト「ふぅ…勝ってやったぜ、Rオリジン」

Mグリーン「とはいえまだ一勝一敗、ここからが正念場ですわよ?」

Rオリジン「うん、勿論だよ。そして…三本目も勝ち、私が新たなるインターコンチネプタルの女王になると約束しよう、我が親愛なる盟友達よ」

 

 言葉を交わし合い、タッグを組んだ二人組はリングから降りる。しかしそのまま退場する事はなく、セカンドとして…仲間として、試合の行く末を見守る事を選択する。

 その間に、深呼吸をし息を整える両者。二本の勝負を行った後であり、どちらも万全の状態とは言えないが…闘志は十分。勝利への思いは十二分。

 

Lオリジン「時間切れでの引き分け、或いはリングアウトによる両者失格にでもならない限り、次の勝負で決着となる。二本目勝利の流れにRオリジンが乗るか、それともGレジストが女王の貫禄を見せるか…見物だな」

I&F「えぇ、これは最後まで見逃せません!では…IWNPインターコンチネプタル王座戦、三本目…三十分一本勝負、開始ですッ!」

 

 実況の声とゴングの音により、幕が上がる一対一の第三戦。どちらも勝利を、栄冠を目指し…チャンピオンとチャレンジャーは、激突する。

 

 

 

 

 三本目、女王と挑戦者によるシングルマッチは、序盤から一進一退の攻防戦となった。瞬間的に一方が有利になろうとも、必ずもう一方が盛り返し、互角の状態に引き戻す…そんな戦いが、繰り広げられる。

 

Rオリジン「せぇいッ!」

Gレジスト「ふふ、まだまだッ!」

 

 リングの中央、会場の中心で行われる、エルボー合戦。左右の腕で一発ずつ、何度も交互に打撃が放たれ、受けては返す。返しては受ける。

 しかしお互い、このままでは決まらない事など百も承知。故にエルボーを放ちつつも双方チャンスを伺っており…先に動いたのは、Gレジスト。

 

Gレジスト「隙有りッ!」

Rオリジン「その程度想定済…(いや、違う…!?)」

 

 幾度目かのエルボーがRオリジンより放たれた瞬間、Gレジストは身を屈め、斜め前に飛び出る事によって回避しつつも素早く背後へ。そこからスープレックスの動きを見せるも、即座にRオリジンはバック・エルボーを用いて迎撃……したが、分かっていたとばかりに再度Gレジストは身を屈めて回避。直後、すぐに姿勢を戻す事によって振られた後の右腕を巻き込み、Rオリジンを掴み直してリバース・パワースラムを無防備なRオリジンに叩き込む。

 リングへと打ち付けられる、Rオリジンの身体。そこからフォールするべくGレジストは振り向こうとする……が、次の瞬間倒されたRオリジンはそのまま腕をGレジストの股に通し、身体を回転させる事でGレジストを丸め込む。

 

レフェリー「1!2……」

Gレジスト「つぁ……ッ!」

I&F「危なーい!リバース・パワースラムで叩き付けられたRオリジン選手でしたが、そこから速攻の横入り式エビ固めでフォールを狙ったー!正に奇策、投げられ結果的に背後に回る形となった事を利用した、瞬時の閃きだー!」

ヒストリー「今のはクラッチやクイックと呼ばれる、意表を突いたフォールですね。削り切って3カウントを取るのではなく、相手が状況を飲み込み切れない内に決める事を図るという意味では、格上相手にも通用する戦法と言えますが、瞬時の判断と素早い行動、そしてそれを実行する反射神経が必要な以上、通常のフォールとは別の技術や鍛錬が求められる戦法でもあります( ̄^ ̄)」

Lオリジン「今の丸め込みは、カウント2の直後で返されたとはいえ、チャンピオンのペースを崩す事が目的であったのなら、その目論見は十分果たせたと言えるだろう」

 

 跳ね飛ばす形で丸め込みを返したGレジストだが、表情には焦りが浮かんでいた。してやられた、と言いたげな顔だった。

 とはいえ、Rオリジンもダメージを受けた直後に、無理して丸め込みに入ったが為に余裕のある表情ではない。その上で、両者は立ち上がり…再び衝突。またも打撃合戦に入ると思いきや、先程の意趣返しが如くRオリジンは放ったエルボーを直前で止め、Gレジストが目を見開いた隙に背後を奪う。

 

Rオリジン「ふ……ッ!」

I&F「Rオリジン選手、Gレジスト選手をフルネルソンの体勢で捉えて打ち付けるー!」

ヒストリー「今のはフルネルソン・スープレックス、或いはドラゴン・スープレックスと呼ばれる技です。それも投げ放たない通常型、良い角度で決まりましたね

(´・∀・`)」

 

 身体を反らせ、ブリッジの体勢を作りながら打ち付けるスープレックス・ホールド。つまさきをのばし、綺麗なアーチを描いてのホールドによりカウントが始まり…しかしGレジストは返す。ホールドを跳ね返し、立ち上がると共に凛とした声を上げ…背後からRオリジンの両腕を掴むと、Gレジストもまたスープレックス。

 

I&F「た、タイガー・スープレックスだぁぁっ!背後へ相手の肘を突き出し、手を下に向けた状態で拘束して投げるスープレックス、タイガー・スープレックス・ホールドを返したぁッ!」

Lオリジン「ドラゴン・スープレックスへの返しとしてタイガー・スープレックスを選んだか。やはり、女王の座は伊達ではないなGレジスト…!」

 

 再び始まるフォールのカウント。だがRオリジンもまた返し、二人は正対する形で立ち上がる。

 

Rオリジン「やってくれる…いいや、魅せてくれるなGレジスト…!」

Gレジスト「ふ、ふふっ…そうでしょ、そうでしょう…?あぁ、ああ…やっぱり良いわ、タイトルマッチって…。普段の試合も興奮するけど、タイトルマッチは格別だわ!観客の歓声も、本部席の熱意も、味方の闘志も…何より戦う相手の思いも、全部が全部わたしの心に響き渡るんだもの!もう、素敵過ぎて今は貴女を抱き締めたいわ、Rオリジンっ!」

Rオリジン「…全く、いつも途中までしか抑えられないんだから…けれど今は同感だ、チャンピオン。皆の声が、思いが私を奮い立たせてくれる。君の意思すら、私の心を熱くしてくれる。だからこそ、ここにいる者全員への感謝を込めて…女王の座は、私が掴むッ!」

Gレジスト「いいや、勝つのはわたしよ。だってそれが女王、それが皆の思いへのお礼なんだものッ!」

 

 正対したまま、小さな声で…互いにのみ聞こえる声量で言葉を交わすチャンピオンとチャレンジャー。そうして両者は笑みを浮かべ、リングを蹴る。手と手で掴み合い、押し合い、離れてそれぞれ次の動きへ。

 

I&F「Gレジスト選手とRオリジン選手、次々と技を放つ攻撃合戦だー!これは熱い、三本勝負の締めに相応しい激闘です!」

ヒストリー「どちらも基本はテクニカルに攻めるタイプですが、今は闘志全開ですね。互いに応援を、思いを背負っているが故、でしょうか(`・ω・´)」

Lオリジン「勿論そうだ、そうに決まっている。ここまで来て、燃えない訳がない。自らが勝ち、自身と、自身を応援してくれた者こそが栄光を掴むのだと、レスラーならばそう思わない筈がない…!」

 

 逆水平チョップを躱しての、Rオリジンの顎への掌底。それに数歩下がりながらもGレジストは脚を振り抜き、Rオリジンの腿へと蹴撃を浴びせる。続けてGレジストは投げ技を仕掛けようとするも、Rオリジンは下がると同時に袈裟斬りチョップ。迎撃を受けたGレジストは止まり、しかし追撃はさせまいと倒れ込むような動きでヘッドバット。威力自体は大した事なかったものの、狙い通りにRオリジンの次の一手を潰す事には成功し、尚且つ大きく足を踏み出す事で転倒を避けつつロープへ走る。

 

I&F「ロープの反動を活かして戻ってきたGレジスト選手、そのままRオリジン選手の頭を掴み、自身の体重で前に倒して…コード・ブレイカー!頭から膝に突っ込む形となったRオリジン選手はひっくり返るーッ!」

 

 弾かれるように後ろへ倒れたRオリジンに対し、Gレジストの攻撃は続く。ストンピングでもう一撃を与えた後に、ほんの少し間合いを取り、Rオリジンが上体を起こした瞬間に胸元へキック。その蹴りはRオリジンの胸部を強かに打ち付け…されど、Gレジストは止まる。引こうとした脚を掴まれ、Rオリジンに捕らえられる。

 右脚を左脇に抱え、両腕でホールドしながら立ち上がるRオリジン。片脚で立つGレジストは首筋を狙った打撃で振り払おうとするも、それを制したのはRオリジンの鮮烈な張り手。打った直後にその手でも再び脚を掴み、リングを踏み締め、そしてRオリジンはドラゴン・スクリュー。

 

I&F「ドラゴン式張り手からのドラゴン・スクリュー!ドラゴンが続く!先のスープレックス、張り手、そしてスクリューだぁぁぁぁッ!」

ヒストリー「たった一発の張り手でも、片脚状態で踏ん張りが効かないGレジスト選手には効果的だったのでしょう。上手い繋ぎ方です…!(๑`^´๑)」

 

 脚を起点に回転させられ、Gレジストはリングへと叩き付けられる。そこからRオリジンはフォールを仕掛けるも、コード・ブレイカーからの連撃のダメージにより固めが甘く、カウント1の時点で返される。

 しかし、単に甘かっただけではない。チャンピオンの闘志が、まだ終わる事を許さない。

 

Gレジスト「もっと、もっとよ…!もっとわたしに見せて頂戴!わたしと一緒に、もっと皆の心を震わせて頂戴ッ!」

I&F「跳ね起きRオリジン選手を前屈みにさせたGレジスト選手、再び両腕を背中側でホールドし、持ち上げ…タイガー・ドライバーッ!ドラゴンにはタイガーだ!チャレンジャーによる龍の連撃に対して、チャンピオンからの答えは虎の猛攻だぁああぁッ!」

Lオリジン「ふふ、素晴らしい…!こうも次々と魅せられては、心が熱くなると言わざるを得ないなヒストリー…!」

ヒストリー「き、気持ちは分かりますが飛び出さないで下さいね…?( ̄◇ ̄;)」

 

 背中からRオリジンを落とし、そのまま体重を掛けてフォール。のし掛かる形でのフォールだったが、カウント2.9でRオリジンは跳ね除ける。

 終わらない、終わらせないという思いはRオリジンも同じ。ぶつかり合うのは力だけ、身体だけではない。心も、闘志もまた、真正面からぶつかり合う。

 

Rオリジン「負ける、ものか…私が勝つ!勝つのは私だッ!」

Gレジスト「そうはさせないわ、勝つのはわたしよッ!」

Rオリジン「私だッ!」

Gレジスト「わたしよッ!」

 

 声を張り上げ、両者は衝突。技でも何でもなく、ただ前に、相手に向けて進み、胸が、額同士が中央で打ち合う。

 そこから更に、打撃の応酬。手、脚、肘、肩、単発から連撃まで次々と行われ、打ち合い削り合い…上回るのはGレジスト。しかしRオリジンも後ろへは倒れず、転倒すれども前のめり。

 

Rオリジン「G、レジストぉ…ッ!」

Gレジスト「これで、終わらせるわ…!最高の相手だからこそ、最高最大の一撃で…決めるッ!」

 

 拳を握り、その手でリングを叩きながら起き上がるRオリジンを、ふらつきながらもGレジストが見据える。Gレジストは下がり、赤コーナーのマットを背にし…見得を切る。

 それはGレジストのフィニッシュ・ホールド宣言。それを行った瞬間、歓声が上がり、その声を受けてGレジストは全身に力を漲らせ…走る。真っ直ぐにRオリジンへ、信頼する好敵手へ突っ走り……膝を、振り抜く。

 

I&F「決まったぁぁぁぁッ!Gレジスト選手の切り札、ボセイェだぁああああッ!吹っ飛んだRオリジン選手は動けない!これは決まった、決まったぁあぁぁッ!」

 

 勢い余って自身も転んでしまう程の、助走を付けての鋭い膝蹴り。倒れたRオリジンに這い寄ったGレジストは、体固めでフォールに掛かる。

 カウント1。Rオリジンは動かない。カウント2。応援する声が聞こえてか、Rオリジンは動くも跳ね除けるには至らない。そして最後のカウント、カウント3が宣言され……

 

Lオリジン「──違う、まだだッ!」

I&F「あ、っと…はい、そうです!確かにそうです!レフェリーがロープを…そこに掛かったRオリジン選手の指を指し示しています!これはフォールになりません!ロープ外に手足が出ている、或いはロープに触れている場合、ピンフォールは無効となります!」

 

 辛うじて、3カウントの寸前でRオリジンの伸ばした手の先がロープにかかり、決着は流れる。それに、フィニッシュ・ホールドを返された事にGレジストは目を見開き…だが笑う。返された事への驚きや悔しさは勿論あるものの、それを含めて喜びが湧き上がる。

 その上で、再度Gレジストは離れて今一度見得を切る。今度こそ決める為に、次で本当に終わりとする為に。

 

Gレジスト「貴女がわたしの切り札を超えてくるなら、更にわたしは貴女を超えるわッ!Rオリジン!貴女は、わたしが──」

Rオリジン「……っ…Gレジストぉぉぉぉおおおおおおッ!」

 

 今更小技で追撃をするつもりなどない。もう一度切り札で、全身全霊で上回るのみ。その思いで、Gレジストは走り出した。走り出し、迫り……次の瞬間、それまでは上半身を起こすので精一杯に見えたRオリジンが立ち、跳ね上がり、全力で迫るGレジストの横を駆け抜ける。その動きに、再び輝くRオリジンの力にGレジストの攻撃は空振り、駆け抜けたRオリジンはロープに突っ込む事で勢いを増し…振り向いたGレジストへ肉薄。左腕を伸ばして飛び掛かり、Gレジストの首に引っ掛けながら半回転し、離すと同時に身体をスピン。半ばラリアットの様に今度は右腕を引っ掛け…ネックブリーカー・ドロップを決める。更に片膝立ちの体勢で着地し、そこからその場跳びでのムーンサルト・プレスを放つ。

 

I&F「なッ、す、スリング・バスタードだぁぁッ!絶体絶命のRオリジン選手、なんと寸前で二発目のボセイェを躱した直後、スリング・バスタードを放ったーッ!しかもフォールしない、フォールをせずにロープを飛び越えコーナーに登る!これはまさか、まさかぁぁああ!」

 

 二連撃を諸に受け、倒れたままのGレジスト。そのGレジストの前で叫びを上げたRオリジンはコーナーに登り、トップロープの上に立ち、両手を広げる。Gレジストを見据え、残る力の全てを懸ける。

 そして、Rオリジンはリングの宙へと舞い上がる。舞い上がり、宙からGレジストのいるリングへと駆け…両手脚を広げる。広げ、その身の全てを以って、最大の一撃を叩き込む。

 決められる、片エビ固め。駆け寄ったレフェリーが行う3カウント。Gレジストは身体を震わせ、一瞬返すか、と会場中に思わせ…しかし負けを、新たな女王の誕生を認めるように、脱力。次の瞬間、三つ目のカウントが叩かれる。

 

レフェリー「1!2!……3!」

I&F「決まった…今度こそ、本当に、決まったぁああああぁッ!ハイフライオリジンが決め手となってRオリジン選手が勝利だ、Rオリジン選手がIWNPインターコンチネプタルの新女王となったぁああああああッ!」

Lオリジン「Rオリジン、Gレジスト…両者共、よくやった。素晴らしい、至上の戦いだった」

ヒストリー「えぇ、えぇ…最初から最後まで、これがインターコンチネプタルの戦いだという事を、惜しみなく両者は見せてくれました…!( ;∀;)」

 

 決着の瞬間から鳴り響く、歓声と拍手。本部席ではLオリジンがゆっくりと、しかし深く頷き、ヒストリーも拍手を送る。

 その中で、ピンフォールを取られたGレジストは勿論、Rオリジンもまた倒れ伏していた。どちらも大の字で荒い呼吸を漏らし、見守っていた仲間に介抱され…その状態で視線を交わすと、どちらからともなく笑い合う。

 

Gレジスト「…ありがとう、Rオリジン。最高の…最高の、試合だった」

Rオリジン「こちらこそ、ありがとう。君がチャンピオンだったからこそ…最高の、試合になった」

 

 そうしてRオリジンは支えられながらも立ち、新女王としてベルトを受け取る瞬間となる。介抱から離れ、自らの力で立ったRオリジンは、IWNPインターコンチネプタル王座のベルトを受け取ると掲げ…逆の腕を、Gレジストが掴む。掴んで持ち上げ、前女王が新たなる女王を祝福する。

 

ヒストリー「恨む事も腐る事もなく、勝者を讃える…最後まで、良いものを見せてくれますね(*^▽^*)」

Lオリジン「認め合った相手と、力を尽くし、思いの限りに戦い抜いたからこその光景だろう。善悪に分かれる対立構造がプロレスの王道だが、これも一つの王道であると、私は思う」

 

 続く拍手は、勝者と敗者、この一戦を作り上げた双方へと送られるもの。そんな拍手に包まれながら、Gレジスト達はリングを後にし…新女王は、マイクを取る。

 

Rオリジン「今日は、こうして会場に来てくれて、或いは視聴をしてくれて、ありがとう!そしてまず、Gレジスト!私と戦ってくれたGレジストは、正しく女王だった!このベルトに、王座に相応しいレスラーだった!Gレジストも、共に戦ったPアイリスやSイエローも強く…何か一つでも違っていれば、ここに立っているのは私ではなかっただろう!」

 

 感謝に続いての、相手への称賛。そこにも感謝の思いは込められており…もう一度、去っていくGレジスト達への拍手が送られる。

 

Rオリジン「次に、MグリーンとMホワイト!二本目は、君達がいたから勝てた!君達と共に戦い、勝てたおかげで、三本目も勝てたとすら私は思っている!故に、君達にも感謝と…そして、この言葉を送ろう!君達は仲間であると同時に、ライバルでもあると!」

 

 向けられた言葉に対して、MグリーンとMホワイトは揃って口角を上げる。それは感謝へと返す笑みであると同時に…受託でもあった。Rオリジンからの、この王座に挑戦するなら受けて立つという、メッセージに対しての。

 

Rオリジン「最後に、本部席を始めこの試合を作り上げてくれた者達と、見てくれた君達にも改めて感謝を!君達がいてくれたから、応援があったから、私はGレジストと共にこの試合をする事が出来た!この感謝は、今回の試合だけでは伝えきれない!だからこそ…これからの防衛戦で、これからの試合で、感謝を示そう!その為に、私は誰からの挑戦も受けよう!最高の名に恥じない勝負が出来ると思うのなら、誰であろうとかかってくるといいッ!」

 

 Rオリジンらしい、惜しみない感謝の数々と、女王らしい、威風と自信に満ちた発言。そこまで言ったRオリジンは、ゆっくりと会場を、観客を見回し…大型モニターを背にする形で、締め括る。

 

Rオリジン「本当に、本当に今日はありがとう!…じゃあ、最後に……会場の皆ーっ!愛してるーっ!」

 

 最後に放ったのは、これ以上なく思いの詰まった言葉。それを合図に紙吹雪が放たれ、舞い、もう一度歓声と拍手が響き渡る。

 IWNPインターコンチネプタル王座。特殊な試合形式故に、純粋な強さを測るのは難しく、ともすれば色物の王座ともなりかねない存在。だが、今日この日に行われた試合は、色物などでは決してなく…大満足の、最高の試合であったと、見届けた者達は思うのだった。

 

Lオリジン「良い試合というものは、レスラーだけで作るものではない。会場にいる者、運営に関わる者、それ等全ての要素によって作られるものであり…やはり、良いな。こうして座って見ているだけでは勿体ないと思わせてくれる」

ヒストリー「一つ一つの試合がレスラー全体を奮起させ、それが新女神全体を高めていく…そうなると良いですね。いえ…今も、そしてこれからも、そうなっている事でしょう(*´ω`*)」

I&F「その為に、我々も頑張らなくてはいけませんね!では、今回の放送もこれにて終了となります!選手達の激闘をお送りする、ディメンションプロレスリング…次また目にする事がありましたら、その時もまた是非お付き合い下さいっ!」

 

 

(エンディング曲)〜♪〜〜♪

 

 この作品は、

『シモツキのやる気』

『シモツキの趣味』

『ネプテューヌシリーズと新日本プロレスへのエール』

『偉大な方々への敬意』

 で、お送りしました。




今回の技解説

・ハーフネルソン・スープレックス
相手の背後から片腕を羽交い締めのようにし、逆の腕で腰やタイツを掴んで投げる技。投げ方の性質上、スープレックス系だが基本的にフォールに移行する形はない。

・フルネルソン・スープレックス
相手を羽交い締めの形で捉えて投げる技。別名ドラゴン・スープレックス。首と頭を固めた状態で投げる為、スープレックスの中では比較的危険性が高い。

・ナックル・パート
拳の第二関節から第三関節までを使うのではなく、そこより第一関節(掌側)を使う殴打の事。プロレスにおいて通常のパンチは反則となる為、主に代用として使われる。

・スリーパー・ホールド
片腕を相手の首に巻き付け、逆の腕でロックし締め上げる絞め技。絞める技としては最も基本的だが、無理も無駄もない形である為、単純故の強力さを持つ。

・コブラ・ツイスト
背後から自分の片脚を相手の片脚に絡め、片腕の下を潜って腕を相手の首に巻き付け、その状態で身体を伸ばして背筋を引き延ばす技。肋骨狙いの絞め技となっている。

・ブレーンバスター
向かい合う相手を逆さまに持ち上げ、肩越しに後方へ投げ飛ばす技。スープレックス系同様多種多様な派生技があるが、こちらはフォールに直接移行する事は出来ない。

・ミサイルキック
コーナー上から跳んで放つドロップキックの事。高さがある分威力は増すが、その場で即座に放つ事は出来ない為、主に止まった相手への追撃として使われる。

・ペナルティ・キック
その名の通り、サッカーのPKの様に走りこんで放つ蹴り技。走る必要がある為、その場で即座に使う事は出来ず、リングに座った状態の相手へ使われる事が多い。

・ランニング・ボディ・プレス
助走を付けて行う、ボディ・プレス技の一つ。ボディ・プレスは基本的に自身の重量を武器にするものだが、跳躍力や助走の勢いを威力に変えて放つ事も出来る。

・逆エビ固め
仰向けとなった相手の両脚を脇に挟み、相手を跨いで腰を落として背中と腰を絞める技。腰を落とせば落とす程崩れ辛くなり、逆に落とす前であれば振り解きも比較的容易。

・マジックキラー
一人が相手の頭を脇に、もう一人が両脚を抱える形で持ち上げ、二人同時に捻りを加えて横に落とす合体技。二人で行う為に安定性が高く、強かに相手を打ち付けられる。

・ツイスト・アンド・シャウト
ブレーンバスターの様な形で相手の首を脇に捉えた状態から、身体を捻って相手をマットへ叩き付ける技。外見的には、首へ向けたドラゴン・スクリューとも言える。

・ダブル・ニー・ドロップ
所謂、両脚での膝蹴り。Mホワイトはここからフォールに移行したが、実はここからもう一段階攻撃を加える自身の技があるらしい。

・バック・エルボー
自身の後方に向けた肘打ちの事。主に背後を取られた際に使われる…というより、背後へ向けた技である為、自分から迫ってこの技を使う、という事は基本的にない。

・リバース・パワースラム
背後から相手の肩と股間を抱え込む形で持ち上げ、身体を捻りながら倒れ込んで相手を叩き付ける技。パワースラムは背面から落ちるが、この技は前面(顔)から落ちる。

・横入り式エビ固め
背後から股間に手を回し、片脚に絡めて倒れ込ませた直後にエビ固め(ピンフォール)を狙う技。不意打ちとしての毛色が強く、相手の隙を突いて狙う必要がある。

・タイガー・スープレックス
相手の腕を、後方に肘を突き出した形で拘束し行うスープレックスの一つ。こちらも腕が拘束されている分危険であり、更に衝撃は肩に対しても大きく入る。

・コード・ブレイカー
飛び掛かり、相手の頭を掴んで倒れ、落ちてきた相手の頭に膝を突き立てる技。頭を掴まれた時点で回避は困難なものの、放つ側も自ら背中をリングに打ち付ける事となる。

・ストンピング
所謂踏み付け。踏んでから押し付けるよりも、連続でぶつける事の方が多い。そもそも踏める状態でなければ使えない為、倒れた相手への追撃専用の技とも言える。

・ドラゴン式張り手
通常よりもモーションが小さい張り手(ビンタ)の事。動きが小さい分遠心力は乗り辛いが、逆に小さいが故の加速性を利用し威力を補う事も可能。

・ドラゴン・スクリュー
相手の片脚を脇に抱え、身体を捻りながら倒れ込む事で相手を横から叩き付ける技。単純に相手の脚を持ち上げて放つ形の他、蹴り込まれた脚を捕まえて行う形もある。

・タイガー・ドライバー
前傾姿勢の相手の腕をフルネルソンの形で捉えて持ち上げ、そこから手を離してパワーボムに移行する技。ドライバー、とはあるが、パイルドライバー系とは別。

・ボセイェ
助走を付け、相手に膝蹴りを打ち込む技。攻撃としてはそれだけだが、この技の前にコーナーで独特のポーズを取るのが特徴的。とあるトップレスラーの技と似ているが、こちらは奇妙さよりも艶かしさ重視との事。また、ポーズ状態から戻る勢いを、走り出しの加速に利用しているという説もある。

・スリング・バスタード
相手の首に左腕を引っ掛け、首を軸に約270°回った後、腕を離して右腕をラリアットの様に打ち付ける技。とあるトップレスラーの技と似ているが、あちらと違い、片膝立ちての着地が出来るような動作になっている。その為追撃に移行し易い反面、この技自体の威力は一歩劣っている。

・ハイフライオリジン
コーナー上から跳び上がり、空中で四肢を開いて放つボディ・プレス技。とあるトップレスラーの技と似ているが、こちらは四肢を開くタイミングが当たる直前であり、その分より落ちる勢いの乗る技となっているが、一方で速度が出る分勢い余って位置がズレる危険性も高い。


 先日投稿しました活動報告、『OS合同コラボ計画中(アンケート)』の内容を更新しました。参加して下さる作者の皆様は、一度ご確認下さい。
 そして次話より、OSにおいて二つ目、シリーズ(私が書くもの)としては二度目の合同コラボストーリーを開始します。概要については活動報告に書いてありますので、気になる方はそちらをどうぞ。そしてコラボストーリーも、是非読んでみて下さい。


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本編
第一話 神生オデッセフィアの日常


 本作はタイトルの通り、Originsシリーズの一つであり、OEの続編に当たる作品です。作品の方向性に関してはOEのあとがきで語った通りであり、OIやORと同系統の物語となっています。
 これまで通り、極力本作のみでも楽しめるようにはしますが、出来る限りシリーズ順に読む事をお勧めします。ただ、非常に長いシリーズである為、全て読むのが億劫長い場合は、最低限各作品の人物紹介を読んで下さると、多少は理解出来ると思います。
 また、お伝えしていた通り、本作から基本的に週一回、日曜日のみの投稿となる予定です。投稿ペースは落ちますが、作品としての熱量や文量は減らさずに書いていきますので、ご理解頂けると幸いです。


 目を、覚ます。重くもなければ軽くもない瞼を開けて、劇的ではないけど平凡…って訳でもない目覚めを迎えて、私は身体を起こす。

 んっ…と声を漏らしながら伸びをして、時計を確認。アラームが鳴らないように止めて、数秒程ぼーっとした後、ベットから降りる。顔を洗って、着替えて、髪を整えてと、一通り身支度をしてから、部屋を出る。

 

「あ…おはようございます、イストワールさん」

「おはようございます、イリゼさん。今日もお早いですね(´・∀・`)」

「ふふ、イストワールさんこそ」

 

 台所に繋がるリビングに行くと、そこにはもう私の姉が…イストワールさんがいた。いつも早いなぁと思いつつ私が台所へ入ると、何か手伝える事はあるか、とイストワールさんもふよふよ浮いて来てくれる。

 そのイストワールさんに(出来る範囲で)手伝ってもらい、作るのは朝食。特別豪華って事はない、多分世間一般の朝食と大差ないメニューでてきぱきと作っていき、完成したところで現れたのはもう一人の姉。

 

「おはよう、二人共。んっ…良い匂いね」

「ふふ、丁度今出来たところだよ。よそうから、もう少し待ってね」

「いいわよ、それはわたしがやるから。あの子達を呼んできてあげて」

「そう?じゃ、お願いねセイツ」

 

 にこりと微笑むもう一人の姉、セイツに頼んで、私は自分の部屋へと戻る。戻って奥に進み、まだ寝ていた可愛い家族へと声を掛ける。

 

「ライヌちゃーん、るーちゃーん、朝だよ〜。一緒にご飯食べよ〜?」

「ぬ、ぅ……ぬら…?」

「ちるる…ちるぅ〜…」

「わっ…ふふ、おはよう」

 

 寝惚け眼で擦り寄ってくるライヌちゃんとるーちゃんを、私は軽く抱いてから撫でる。片やぷにぷに、片やふわふわの感触は、ただ触れているだけで癒しとなって……っと、いけない。二人が待ってるんだから、あんまり遅くならないようにしないと。

 と、いう訳でライヌちゃんるーちゃんがばっちり目覚めるまで待ってから、リビングへと連れていく。ライヌちゃんを抱えれば、るーちゃんは定位置(?)である私の頭の上へと乗って、それだけでもご満悦なライヌちゃん達と共にリビングへ。

 

「これで全員揃いましたね( ̄∇ ̄)」

「えぇ。じゃ、頂きましょ」

「うん、召し上がれ」

 

 私達三人とライヌちゃん、るーちゃんで食卓を囲み、頂きますをして食事を始める。談笑したり、TVでニュースを見たりしながら、皆で朝ご飯を食べていく。

 

「あれから少ししましたが、調子はどうですか?(・ω・`)」

「良いですよ。色々大変ではありますけど…凄く、充実してますから」

「だと思ったわ。だってイリゼ、表情も感情も、毎日生き生きしてるもの」

 

…楽しい。なんて事ない、ただの朝食の一幕だけど…家族と食卓を囲み、話しながら食事をしているというだけで凄く楽しいと私は思える。もしここにオリゼがいてくれたのなら、本当に文句無しだけど……今は叶わない。叶わないからこそ、そればかり考えて悲しむんじゃなく、ここにある喜びや幸せに目を向けていたい。

 そうして朝食を終え、片付けもし、朝の内にやっておく事を全部済ませてから……私は仕事へ。

 

「…よしっ。今日も、頑張るよ!」

「ぬらっ!」

「ちるっ!」

 

 意気込んだ私に呼応するように、ライヌちゃんとるーちゃんが鳴く。その反応に私はふふっと笑ってから、執務室の椅子に座る。特務監査官としての仕事ではなく、女神の……国の長である、守護女神としての仕事を始める為に。

 そう。ここはこれまで私が住んでいたプラネテューヌじゃない。ここは神生オデッセフィア…私が建国した国の教会で、今の私は守護女神。国を守り、導く存在。

 因みにライヌちゃんとるーちゃんを連れてきてるのは、まだ新居に慣れていないであろうライヌちゃん達を部屋に残していくと、不安な気持ちになってしまうと思ったから。その辺りの融通を利かせられるのは…守護女神の特権。

 

「さて、今日に午後から色々回るから……」

 

 今日の予定を確認してから、デスクワーク開始。国の長としての仕事は大量且つ多彩で、悩むものもあるけど、本当に充実感がある。女神としての本能が、国という形で多くの人を助け、支えられている事に、喜びを感じている。

 

「イリゼさん、先程データでお送りした件の書面がこちらです。処理はしておきますので、サインを頂けますか?( ̄^ ̄)」

「あぁ、これがさっきの…分かりました、ここですね」

 

 暫くしたところでイストワールさんが執務室を訪れ、持ってきた書類に私がサイン。

 本来プラネテューヌの教祖であるイストワールさんが今ここにいるのは、私を…建国したばかりの神生オデッセフィアを手伝ってくれているから。勿論立場としても仕事としても、軽い調子で手伝いに来られるものじゃないけど…ネプテューヌもネプギアも、快く送り出してくれた。大陸含め、神生オデッセフィアはいーすん(さん)にとっても関わりの深い国なんだからって。イリゼ(さん)のお姉ちゃんなんだから、行ってあげてって。…まぁ、イストワールさん自身はネプテューヌに対して一抹の不安を感じていたけど…多分大丈夫だよね。ネプテューヌだって守護女神だし、最近はこれまでより仕事に積極的…らしいし。

 そして、セイツがいるのも同じ理由。セイツも私と神生オデッセフィアを手伝う為に来てくれていて…落ち着いてきてからは、こっちと神次元を行き来するつもりなんだとか。信次元は自分のルーツで、家族もいるけど、神次元にだって愛着があるし、大切な友達や仲間だっているから…だからどっちも大事にしたいんだと、そう話してくれた。

 

「どうです?何か困っていたりしませんか?(・・?)」

「大丈夫ですよ。それこそイストワールさんや皆が助けてくれてますし」

「…イリゼさん…うぅ、なんだか感激です…。イリゼさんがそう言ってくれるのもそうですが…普段ネプテューヌさんを見ていると、本当に……(T ^ T)」

「あー…はは……」

 

 何とも複雑な感動に、私は苦笑い。しかもこれ、ネプテューヌに関しては「ですよねぇ…」と思えてしまうものだから余計に苦笑い。…でも……

 

「…女神の在り方は、それぞれですよね。国…というか、信仰してくれる人達の『理想』自体がそれぞれで、共通する『正解」なんてそうそうない訳ですし」

「…えぇ、それはそうですね。ただ…そんなに大仰な話でもないですよ?ネプテューヌさんの場合は、シンプルにサボろうとするだけですから(´-ω-`)」

「…いや、まぁ…確かに……」

 

 それもまた、一つの在り方なんじゃないか。そう思った私だけど…確かにこれに関しては、そんな大層な話じゃなかった気がする。おふざけが好きで真面目さに欠けるネプテューヌを好意的に見てる人は確かにいるだろうけど、サボりを推奨してる人は…まぁ、いたとしても極一部だろうし…。

 とまぁ、そんな風に軽く会話した後、私達は各々仕事に戻る。その後も何度かセイツが来たり、職員さんが来たりはしたけど、これといって問題はなく…お昼の時間に。

 

「女神様、南地区で開いたお菓子屋知ってますか?今なら開店セール中で…って、女神様にセールを勧めるなんて変ですよね…はは……」

「あー、オレンジの屋根のだよね?知ってるよ、一回立ち寄った事もあるし」

「さっすが女神様。いやはやしかし、色んな店や施設が次々と開いていくのを日々目撃出来るのは今の時期だけですわな」

「それを楽しんでくれてるなら、私としても嬉しいよ。国として広がっていく、密度が上がっていく光景を見られるのは、今の神生オデッセフィアの魅力だって思ってるからね」

「あの、オリジンハート様。インタビューの打ち合わせの件ですが……」

「待った。急ぐ必要があるならいいけど…そうじゃないなら、今仕事の話はなしだよ。お昼休みは、ちゃんと休まないと…ね?」

 

 ライヌちゃんとるーちゃんをイストワールさんに任せた私が今いるのは、教会の食堂。毎日ではないけど、私はお昼を食堂で食べる日を作るようにしている。お昼の時間に、昼食を取る中で…職員の皆と、話せるように。

 その目的は、職員の皆と交流する事。話して、知って、親睦を深める事。共に仕事をする職員の皆の事を知るのは、私自身の為にもなるし…これは私からの、感謝でもある。

 

「そうそう、イリゼ様が休めって言ったんだから、ちゃんと休まないとな?というかむしろ、イリゼ様と食事出来るのに仕事を優先するとか、そりゃナンセンスってもんだ」

「ああ、全くだ。イリゼ様を思うなら、尚更今の時間を大切にしないと…な」

 

 他の皆もだよ?…と言うように私が見回していると、その内の一人が言葉と共ににやりと笑い、もう一人が腕を組んでうんうんと頷く。その二人は、ここにいる中でも特に付き合いが長い男の人で…二人の言葉に、私も小さくくすりと笑う。

 親衛隊長と副隊長。今の二人は、私の最初の信仰者である二人で…この二人以外にも、ここには、教会には、私の親衛隊の人達が多くいる。親衛隊の皆は、色々苦労する事が予想される中でも、社会として成熟したそれぞれの国から、発展途上ですらない…これから発展を始める段階の神生オデッセフィアについてきてくれると、私の力になってくれると言ってくれて、私としても皆は信頼出来ると分かっていたから、教会職員への登用を決めた。勿論親衛隊の人全員が職員になった訳じゃないし、親衛隊じゃない職員もいるけど…今の教会に、親衛隊の皆が多くいる事は間違いない。…って、今の私は守護女神だし、ここは教会だから、親衛隊って言うとほんとに紛らわしいね…。

 

「……あ、そうだ。ここの庭に、花壇があるでしよ?まだ何も植えてないし、華やかにしたいと思ってるんだけど、皆どんな花が良いとかある?私としては、薔薇とかフリージアとか良いなぁって思ってるんだけど……」

 

 他にも椿とかも良いけど、椿は樹木だもんね…と思いつつ、皆に意見を募ってみる私。まぁ、急な質問だったからあんまり意見は出てこなかったけど…これは急務じゃないし、少しずつ進めていけばいい。その中で、多少なりとも皆の意見や希望を組み込む事が出来たら良いと思う。

 そうして食事をしながらの皆との交流は、お昼休みが終わる少し前まで続いた。皆は喜んでくれていたし、私も楽しく話す事が出来た。とはいえ一度に全ての職員と話すのは無理な訳で…次は、今日話せなかった人とも話せるといいな。

 

 

 

 

 昼食後の最初の仕事は、街の中を回る事。といっても、特定の場所や施設に向かう訳じゃなく、決めた範囲を散歩の様に回るだけ。

 

「おや、塗装が終わったようだね。君のところも、もうすぐ開店かな?」

「あ、お、オリジンハート様…!は、はい!開店に向けて、鋭意準備中です!」

「ならば開店の日を楽しみにするとしよう。…おっと」

「あ、女神さまこんにちはー!」

「こんにちは、女神さ……わっ、待ってよー!」

「ふふ、良い挨拶だね。けれど、走る時は前や足元を気を付けていないと危ないよ?」

 

 降り立った先で一人の女性に声を掛け、走ってきた一組の子供を見送る。更に周辺の住人や通行人と挨拶を交わして、女神化状態の私は再び空へ。

 業務に余裕がある限り、私は毎日、少しだけでもどこかしらに繰り出すようにしている。街を回って、神生オデッセフィアへ移住してくれた人と触れ合うようにしている。これもお昼休みと同様、交流する事が目的であり…同時に、私の姿を見てもらう事も目的の一つ。女神を感じてもらい、まだまだ色々なものが未熟な神生オデッセフィアでも、ちゃんと女神は国民を見ているんだと思ってもらえたのなら、きっと国民の皆が将来へ期待や希望を持つ事に繋がるから。

 

「…あ、女神様じゃーん。あたしの事、覚えてます?」

「うん?…あぁ、君とはクレープ屋の前で会ったね。あそこのクレープはどうだったかな?」

「へ?あ、えと、あそこは生地のもっちり具合が良くて…って、覚えてるんですか…?」

 

 大方の建物よりは上、でも地上から人の目ではっきりと姿が見える程度の高度で飛行を続けていると、下から声をかけられる。呼び掛けてきたのは、若い女の子で…記憶を辿って言葉を返すと、その子はぱちくりと目を瞬かせる。

 

「嘘、女神様と知り合いなの?」

「う、ううん。一回ちょっと、軽ーく話した事があるだけで……」

「一度であろうと、短い時間であろうと、私の国民となってくれた相手の事は覚えているさ。君の事も…今会った、君の事もね」

「やっば…マジリスペクトだわ……」

 

 話しかけてきた少女と友達らしきもう一人に微笑みかければ、二人は羨望の視線を返してくれる。その二人と私は分かれ、澄まし顔で少しの間飛んで…それから、自分に対して苦笑いをした。

 だって、少し誇張的な表現をしたから。嘘は吐いてないけど、本当の事以上を想像させるような言い方をしたから。もしかするとあの二人は、まるで私がこれまであった全ての人を覚えてるみたいに思ってるのかもしれないけど…流石にそこまでは覚えてない。神生オデッセフィアで関わった人は一人一人覚えるよう心掛けてるし、そうじゃない人も出来る限り覚えられるようにはしたいけど…その道は、まだ長く険しい。これをさも当然の様に話していたオリゼは…本当に、流石だよ。

 

「さて…このままギルドにも寄ろうかな」

 

 少しだけ速度を上げ、でも呼び掛けや振られた手にはきっちりと答えて、私はギルドへ。

 建国に際して、ギルドも神生オデッセフィアへと進出してきた。現代においてギルドの存在は大きいから、ギルド側から来てくれたのはありがたい事で…そして神生オデッセフィアには、リーンボックスから移転する形でギルドの本部も置かれる事となった。

 でもこれは、政治的な理由が大きい。神生オデッセフィアの発展は四大国家にとっても利益となるという事と、ギルドという大きな力を持つ組織の本部が、四大国家の内一つにあるというのは出来れば避けたい(けどこれまでは現実的な移転先がなかった)という事から、ギルドの存在によって社会活動が活発になる事が見込まれる…それでいて、ギルド本部があったとしても、今の信次元における国家間のパワーバランスを崩す事はないであろううちに、ギルド本部の移転が決まった。勿論ギルドは民間組織だから、女神の指示一つで移転させる事は出来ない(一応、後先考えなければ出来ない事もないかもだけど…)けれど、これに関してはギルド側も承諾してくれたから、本部の移転は滞りなく決まるに至った。…因みに、同様の理由でもう一つ、新設された大きな組織の本部が神生オデッセフィアに置かれる事になったんだけど…それはまた、別の話。

 

(国も政治も、色々と思惑が絡んでいくものなんだよね…)

 

 連想する形で、私は国同士の関係に思いを馳せる。国と国の関係は、友達関係の様に真っ直ぐの付き合いだけで成り立つものじゃないし、多くの人の思惑が自然と入って絡んでくるもの。それは分かっていた事だし、私自身否定する気なんてなかったけど…いざ守護女神となり、そういう事柄と向き合った時には、色々な思いが心に生まれた。こういう関係を、ネプテューヌ達は日々重ねていたんだな…と、これまでは想像するに過ぎなかった事を、自分の事としてはっきりと理解もした。

 良いとか悪いとかじゃない。ただ事実として、それが国の長、守護女神なんだって体感したというだけの話で……

 

「…全部引っくるめて、守護女神だもんね」

 

 一度前進を止め、滞空状態から街を見回す。私の国であり、一歩一歩進む…ここに住まう人達と共に創り上げていく神生オデッセフィアを。

 その先頭に立つのが、支えられながらも導き、時には後ろに下がって見守るのが、守護女神。私の歩み始めた、新たな道。その道は華やかな事柄ばかりじゃなくて、大変な事や厄介な事、胸を張れるか怪しいような事もあるけど…その先にあるのが、自分の国で国民が生き生きとしていて、一人一人が望む未来へ進めるのなら、支えながらそれを見続けられるのなら、私は断言出来る。──守護女神である事は誇りであり、幸せだって。

 

 

 

 

 ギルドにも立ち寄り、その後ももう少し街を回って、それから私は教会に戻った。女神化を解除して中に入り、すぐに神生オデッセフィア国防軍…国と共に設立した軍の視察の為にまた外に出て、視察終了後に今度こそ私は教会へと帰ってきた。

 女神は自分の仕事を、好きに決められる。時間も内容も、何なら仕事をするかどうかも女神の自由。とはいえ、信仰…シェアの為には、そして国の為には仕事をおざなりには出来ないし、女神だからこそ色んな事を行える。国の長、政治を司る者らしい事から、一見全然関係がなさそうな事まで…それこそ、自分の能力が届く限りに。

 

「最後はここを折って…じゃーん!お花の完成だよっ!」

「わぁぁ…っ!すごいすごいっ!」

「ねーねーめがみさまっ、もーいっかい!もーっかいおって!」

「ぼくしゅぃけん!しゅぃけんがいー!」

 

 じゃーん、と自分で言いつつ折った折紙の花を見せる私。それに対して返ってくるのは…無垢で無邪気な、羨望の視線。私が使っていた机の周囲に集まる、その視線の主は……まだ物心がつくかどうかの、小さな子達。

 そう。これが、私の…神生オデッセフィア独自の事業。教会の一角を保育施設として活用し、教会として保育事業を行っている。

 

「ぐーちょきぱーで、ぐーちょきぱーで、何作ろ〜、何作ろ〜♪右手はぱーで、左手もぱーで、はーとーさーん、はーとーさーん♪」

「ほぇ?はとさん、どこ…?」

「……あっ、ここはとさん!はとさんだよっ!」

「ほんとだ、はとさっ!はとさーっ!」

 

 少し離れたところでは、セイツが手遊びの真っ最中。影で作られた、翼を広げた鳩の姿に、セイツの周りの子もきゃっきゃとはしゃいでいて……って、セイツそれは手遊びじゃなくて影絵だよ…。上手い事影を作ってるし、皆喜んでるみたいだから、別にいいけど…。

 

「おいぃんはーとさま!みてみて!おっきぃおうちー!」

「いぃえさまー、くぇよんあそこにはいっちゃったー。とって〜」

「っとと、待ってね〜。順番に、だよ?」

 

 ここにいる子の全員が、私かセイツの下にきている訳じゃない。思い思いに遊んでいる子も勿論いて、私を呼びにきたその子達をそれぞれに撫でる。撫でてから右手の人差し指を立てて、順番に…って事を伝える。

 当然だけど、これは私が保育をしてみたかったからやっている事じゃない。四ヶ国からの移住者…つまり神生オデッセフィアの国民を増やす為の支援や事業を色々と行っていて、教会による保育事業もその内の一つ。保育そのものが、親世代への支援だけど…一番の売りは、『女神が保育をする』という事。幼い頃から子供が女神と触れ合える、子供も親も保育を介して女神と関係を築けるというのは、絶対に大きな魅力だと踏んで…実際、この事業は高い満足を得ている。私自身をある種商品とした保育事業は、子供を使って親を釣っている、というのも事実ではあるけど……それはそれ、これはこれ。私は皆と真剣に向き合ってるし、この子達も国民として心から大事にしていると、胸を張って言える。

 

「女神様、お迎えのご家族が来ました。説明はこちらで済ませてしまえばいいですか?」

「あぁいや、熱を出しちゃったって事だし、私も行くよ。親御さんにも、その方が安心してもらえるだろうからね。…この中に、私が戻ってくるまでにさっき見せたお花を作れる人はいるかなー?いたら、凄いな〜!」

『……!』

 

 呼び掛けた途端に目を輝かせ、我先にと折紙を始める皆。その様子に微笑み、別の職員さんに見ていてもらうよう頼んで、私は体調を崩してしまった子の親を迎えに行く。

 保育業務以外にも色んな仕事があるし、統治だけじゃなく守護も私の務めだから、長い時間子供達を見てあげる事は出来ない。ここで働く保育士さんに任せてしまう事も多いけど、何とか毎日、少しでも携われるようにしていて…子供と接する事以外も、出来る限りするようにしている。ただ指示を出す、何かの命令だけをする…その先にあるのは現場を、実情を理解していない、上から押し付けるだけの政治になってしまうものだから。

 

「本日もありがとうございました。明日も宜しくお願いしますね」

「せんせー、めがみさま、またねー!」

「えぇ、また明日ね」

「気を付けて帰ってね」

 

 言葉と共に向けられた、小さな手。セイツも私もその手と軽くタッチを交わし、親子を見送る。

 今のが、今日来た最後の子。後は片付けと明日の準備であり…私達も、保育事業のエリアを後に。

 

「イリゼ、今日もお疲れ様。やっぱり子供の無垢な感情は、何度触れても心が満たされるわよね…!」

「あはは…セイツこそお疲れ様。…って言っても、まだ雑務があるんだけどね」

「…今はまだやらなきゃいけない事が多いし、国を興した以上は仕方ない事だけど、ちゃんと休みも取らなきゃ駄目よ?イリゼの信仰者だって、イリゼが働き詰めになる事なんて望んでない筈だもの」

「うん、分かってるよ。セイツやイストワールさんにも手伝ってもらってるんだし…それに精神面は疲れてるどころかむしろ充実してる位だから、大丈夫!」

「こーら。それはそれ、これはこれで、普通に休んだりリフレッシュしなきゃ駄目よ?…ま、そういう事含めて、わたしが見てあげてるんだけどね〜」

「ふぎゅっ…ひょ、ひょっとぉ…!」

 

 廊下を歩きつつ話す中、私の前に出たセイツは「こーら」と言いながら私の頬を引っ張ってくる。痛くはないけど、セイツの表情は明らかに楽しんでいて…むぅぅ…!セイツ、姉妹だって分かって以降ちょくちょくお姉さん風を吹かしてくるんだから…!……まぁ別に、嫌じゃないけども…。

 

「うぅ……あ、そうだ…職員の皆にも訊いたんだけど、セイツはあそこの花壇に植えるなら、何の花が良いと思う?」

「え?そうねぇ…折角だから、ユキシロシズカソウとか?」

「そ、それはちょっと…宗教自治区のある山まで探しにいく必要とかありそうだし……」

 

 何とか物理的な弄りから脱した私は、窓の外を指差しつつセイツにも花壇の件を訊いてみる。するといきなりふざけられてしまったものの、その後は割と真剣に考えてくれた。というか、セイツも花は好きなようで、何にしようかって話で少し盛り上がった。…え、宗教自治に関しては、五ヶ国全部そうだろうって?…それは、まぁ…ご尤も。

 と、そんな会話もしつつ、執務室に戻った私は雑務に取り掛かる。セイツも自分の執務室へ行き、残りの仕事を片付けていく。

 

「ライヌちゃん、るーちゃん、もう少しで終わるから、もうちょっと待っててね〜」

「ちるちる〜、ちるるっ」

「ぬらら〜!」

 

 可愛い鳴き声にほっこりしてから、もう一踏ん張り。各部署から上がってきた報告に目を通して、ものによっては承認のサインをしたり逆に明日修正をしてもらうよう記入をしたりして、今日最後の仕事を終わらせる。

 

「これでよし、っと。今日も一日、お疲れ様でした…なんてね」

 

 仕事用端末の電源を落とし、机の上を片付けて、ライヌちゃんるーちゃんと執務室を出る。勿論今のは独り言で、実は執務室にもう一人いたとか、特にそういう事じゃない。

 

「本日もお疲れ様です、イリゼさん、セイツさん。お夕飯は、何にするおつもりなんですか?(´∀`*)」

「今日は塩焼きそばの予定です。理由は…私が単に、そうしたいなって思ったからなんですけど」

「料理人が作りたい物を作る、それが一番よね。手伝うわ、イリゼ」

 

 教会としてのエリアから、居住エリアへ移動するだけで済む私の帰宅。一回自分の部屋に戻ってから、同じく居住エリアに戻っていたセイツと一緒にリビングへ入って、朝ぶりに家族がリビングで集まる。勿論『家族』だから、ライヌちゃんやるーちゃんも一緒。

 そうして私達は夕飯の準備に取り掛かる。家事は人を雇っても良いんだけど、世間一般の感性とずれないように生活するのは大事だし、何より折角家族で生活してるんだから、こういう事は自分でやりたい。そう思うのが、私の気持ち。

 さっきセイツに言ったけど…疲れたって感じはしない。それはやっぱり、守護女神としての務めに充実感があるからで…それに加えて、こういう家族との時間があるから、それが心に潤いをくれるからだって、私は思う。

 

 

 

 

「そういえば、今日みたいにイストワールさんが一番早く戻ってるのは珍しいですよね」

「言われてみるとそうですね。まあ、だからといって普段はお二人と戻る時間に大きな差がある、という訳でもないですが…

(´・ω・)」

「…そういえば、といえば…イリゼとイストワールって、呼び方や話し方がずっと変わらないわね。イストワールに関しては、元から誰に対しても敬語だけど…」

「あー…前にイストワールさんとも話したけど、もうさん付け且つ敬語で慣れちゃったっていうか、これがしっくりきてるからね。別に姉妹のやり取りはこうあるべきだ、なんてルールもないし」

 

 夕食後、私達はリビングでまったり。TVを見たり、ライヌちゃんるーちゃんと遊んであげたりしながら、夜の時間をゆったりと過ごす。のんびりしてるだけだから、特別楽しい訳じゃないけど…普通の幸せが、ここにはある。

 

「…ね、イリゼ。イリゼはこれから、どういう国にしていくつもり?」

「え?」

 

 明日の朝食のおかずは何にしようか、休みには何をしようか…そんな事を考えていた中で、不意にセイツから向けられた問い。あまりにも唐突だったから、私もイストワールさんも目を瞬かせ…セイツは軽く肩を竦めた。

 

「あ、別に重く受け止める必要はないわよ?ただちょっと、今のイメージを訊いてみたくなっただけだから」

「うーん、と…それは精神的な話?それとも、国の方向性の話?」

「後者ね。より新しいものを求めるプラネテューヌ、より使い易いものを作るラステイション、技術融合と派生に長けるリーンボックス、魔法っていう独自の持ち味を有するルウィー…取り敢えず技術面の例を挙げたけど、そういう国がある中で、神生オデッセフィアはどんな道を進むのか…それは、大事な事でしょ?」

 

 ただの雑談としつつも、その内容は真剣なもの。どんな国にするかという観点において、他国との比較は重要で…確かにそこがはっきりしていないと、強みのない国になってしまいかねない。

 

「そうだね…まず、現状で言える持ち味は資源の豊富さと特殊性だし、資源国って方向性もあるけど……」

「特殊性は問題ありませんが、量そのものは単に神生オデッセフィア…いえ、この浮遊大陸に、まだまだ手の付けられていない地が多いというだけですからね。面積自体は他国より少ない訳ですし、量だけを強みにするのは不安が残る選択肢だと思います( ̄^ ̄)」

「ですよね。だから観光だったり、四ヶ国が一つになった大陸の上空を周回してる事を活かして貿易面で…っていうのも考えてるんだけど……」

『だけど?』

「…この方向性だと、最悪リーンボックスと競合しちゃう危険性があるんだよね…。見た目…というかスタイルの面でも私とベールは近いし、方向性が近いとなれば、当然積み重ねのあるリーンボックスの方が何かと有利だから、これも強みの一つには出来るけど、主力には出来ないかな…」

 

 一つ一つ、強みに出来る事を挙げていく。その上で、一つ目はイストワールさんが、二つ目は私自身で、懸念事項も口にする。

 これは本当に重要且つ、難しい事。今は私を信仰してくれている人以外にも、目新しさを求めている人や、一から新たな人生を歩みたい人、国家には属したいけど四ヶ国のどれにも不満がある人なんかが移住してきてるから、人口増加は右肩上がりだけど、これはいつまでも続くものじゃない。女神は国の顔だけど、私ではなく、新たな国家という要素でもなく、『神生オデッセフィア』そのものの強みがなければ、四ヶ国と張り合えるだけの魅力がなければ…私の国に、未来はない。

 だからこそ、強みは見つけなきゃいけないし、作らなきゃいけないし…ちゃんと、考えている。

 

「…だから、現代で、これからの信次元で、神生オデッセフィアは『拠点』としての強みを持っていきたいと思ってる」

「拠点…それは、何に対しての?」

「色々、だよ?さっきも言った通り、この大陸は大体一定のペースで四大陸の上空内側を周回してるから、空路に限定されちゃうけど、国家間を何度も渡り歩く場合は神生オデッセフィアに拠点を置くのが一番高効率で行動出来る。加えて周回軌道は基本的に四大陸の生活圏外に位置してるから、圏外調査や開拓の拠点としても活用出来る。それに…多分だけど、別次元との交流、もっと言えば次元間貿易においても、この大陸の性質は強みになると思うの」

 

 私は言う。信次元における拠点としてだけじゃなく、別次元との…謂わば次元の外側との関係においても、神生オデッセフィアは拠点になり得ると。

 元々この大陸は、くろめとレイの力によって生み出され、オリゼの《女神化》で今の形へと変わったもの。複数の次元に跨がる戦いの中で生まれた、次元に干渉する程の力を持つレイと、時間を超えて現れたオリゼと、事象の改変と言っても過言ではない能力を有するくろめによって作られた大陸だからか、幾つか特殊な性質があって…だから次元間交流の拠点にもなり得ると、私は見ている。まだ研究が進みつつある、の段階だけど、実際次元に関する特殊な性質がありそうだって、そういう調査結果も出始めている。

 実際、上手くいくかは分からない。今はまだ、可能性の話でしかない。でも……この可能性は、必ずや掴みたい。

 

「拠点、ね…うん、確かに良いと思うわ。それ単体でやっていけるかは分からないけど…別に、それ一本でやってくつもりじゃないでしょ?」

「勿論。歴史ある…というか、オデッセフィア時代の建物や環境は当然他の国にないものだから、それも強みにしていきたいし、他にも出来る事、出来そうな事は何でも試してみるつもりだし……だけど一番は、皆がどうしていきたいかだよね。私の理想と、国民である皆の理想…どっちかじゃなくて、どっちも大切にしなくっちゃ」

「そうですね、それが良いと思います。未成熟な段階こそ意欲的に動かなくては、小さく纏まっただけの国になってしまうものですから( ̄∀ ̄)」

 

 ずっと信次元の歴史を記録しているイストワールさんと、別次元の歴史や政治を知るセイツの二人に肯定してもらえると、やっぱりほっとする。本当に、心強い家族だって、心から思う。

 

「別次元との交流…ほんと、素敵だと思うわ。だってまだ見ぬ人、全然違う次元に生きる人と出会える、そんな人達の心に触れられる場所だって思うと、それだけで胸が踊るもの!あぁ、考えるだけでドキドキするわ…!」

「セイツさーん…?主旨と少しズレてますよー…?( ̄▽ ̄;)」

「大丈夫、承知の上よ!…あ、そうだ。イリゼ、今日は何か出会いがあった?」

「え、出会い?」

 

 想像でテンションを上げるセイツは、ふと思い付いたように私へ訊く。私が訊き返せば、そうよと柔らかな表情を浮かべて頷く。…出会い、かぁ……。

 

「…うん、あったよ」

「やっぱりなのね。投稿日的に、精霊?」

「いや会ってない会ってない。そんな物語の始まり的な出会いじゃなくて……普通の、何気ない出会いだよ」

 

 いやいやいや…と否定した私は、それから肩を竦め、でも小さく笑みを浮かべて言う。あったのはそういう劇的なものじゃない、普通の出会いだって。街を回る中で、新たに移住してきた人や、これまで会った事のなかった人と出会ったんだって。

 本当に何でもない…多分誰にでもある、ありふれた出会い。次にその人と会うのはいつか分からない、これきりになるかもしれない、儚い出会い。…でも、私はこれも幸福に思う。だって…私の国で出会った、私の国に住む人との出会いだから。どんなにか細くても、これも一つの繋がりだから。

 

「…やっぱり、良いね。女神であるって。女神でいられるって」

「ふふっ、そうね。わたしも、そう思うわ」

「イリゼさんやセイツさんがそう思えているのなら、わたしも嬉しいです(*´ω`*)」

 

 最後の言葉に、セイツもイストワールさんも微笑んでくれる。多分話の内容は分かってないんだろうけど、ライヌちゃんやるーちゃんもにこっとしている。…これが、今私のいる場所。こんな日常があるのが、神生オデッセフィアで……こうして重ねていくのが、私の国の日々。

 

(明日は、何があるかな。どんな出会いが、あるのかな)

 

 当然、良い事ばかりじゃない。女神である以上、大変な事だってあるし、今は平和だけど…またいつか、大きな災いに立ち向かわなきゃいけない事もあると思う。

 でも、だからって日々の幸せが消える訳じゃないし、霞む訳でもない。大変な事があったとしても、きっと私のこの思いは変わらない。それが、私。それが、オリジンハート…原初の女神の複製体である、神生オデッセフィアの守護女神だから。




今回のパロディ解説

・ユキシロシズカソウ、宗教自治区のある山
SCARLET NEXUSに登場する花及び、登場するフィールドの一つ、ヒエノ山の事。ゲイムギョウ界なら、ルウィーのどこか辺りには咲いているかもしれませんね。

・「〜〜投稿日的に、精霊?」
デート・ア・ライブに登場するヒロインの一人、夜刀神十香の事。パロディネタであり、メタネタですね。四月十日に投稿だと気付き、これは入れなくては!となりました。


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第二話 新生友好条約会談

 災厄との戦いの最終盤、文字通りの最終決戦の際、各国の守護女神の一存によって、友好条約は…守護女神戦争(ハード戦争)の終結の宣言であり、これからの信次元の未来を良いものにしていく為の契りともなった四ヶ国間の条約は、一斉且つ完全に破棄された。これは信次元を守る上で、条約の存在が枷となってしまうからで…その選択自体は、間違っていないと思う。誰もが頷く選択ではないにしろ、あの場で、一瞬も無駄に出来ない中での判断としては、最善だったと私は思っている。

 だけど、だからって破棄したままで良いという訳じゃない。国という超巨大な組織同士の付き合いにおいては、取り決めが…確かな力を持つ約束が必要なものだから。そして、信次元には新たに私の守護する国が…神生オデッセフィアが加わった事もあり、今一度友好条約が…新たな友好条約が、五ヶ国間で結ばれる事となった。

 

「友好条約、締結!次回も読んでねっ!」

『なんで!?』

 

……なんか、いきなりネプテューヌが言い出した。まだ導入が終わったばかり、初めの地の文が出てきただけの状態なのに、何故かもう今回の話を終わらせようとしていた。…開口一番、これである。いや、メタ的な意味での開口一番であって、ここまでずっとネプテューヌは黙っていたって訳じゃないけど…。

 

「いやぁ、新作の第一話には出られなかったし、前作のクライマックスは殆どシリアスだったから、わたしとしてはボケずにいられなかったのさー!…あ、でも今作からは週一投稿だから、これで終わったら流石に寂しいよね。うん、反省反省」

「いやそこじゃないから…反省すべきはそこじゃないっての……」

「え?…あっ、そうだよ!よく考えたらわたし、これまで第一話かプロローグには毎回出てたじゃん!真に反省すべきは、それが遂に崩れた事じゃん…!」

「今日もネプテューヌはフルスロットルだね……」

 

 突っ込まれても止まらないどころか、より変な思考に発展していくネプテューヌ。そのぶっ飛び具合に突っ込んだノワールは自分の額を押さえ、私達も乾いた笑いを漏らす。…まぁ、一応名前は第一話でも出てたし、ね…?

 

「…そういう作風とはいえ、今といい第一話といい、イリゼは完全にメタ発言を受け入れているというか、極自然なものとして扱ってますわね…」

「う…でも、ベールこそ極自然に地の文読んできてるじゃん……」

「その会話は不毛よ、早々に止めておいた方がいいわ」

 

 ご尤もなブランの指摘に、私とベールは「です(わ)よね」と首肯。…うん、ほんと不毛だね…本題からも脱線してるし、この流れはここで止めておかないと。

 

「こほん。皆さん、一つ宜しいですか?

( ̄^ ̄)」

「あ、はい。なんでしょうか、いーすんさん」

「ここまで友好条約と、それに纏わる各種取り決めや締結に向けた調整を行ってきた訳ですが…女神を支え続けてきた者として、歴史を見続けてきた者として、見過ごせない事が一つあります(´-ω-`)」

 

 今私達がいるのはプラネタワーで、集まっているのは各国の守護女神と女神候補生、それに教祖の面々。その面々を前に咳払いを一つしたのはイストワールさんで…浮かべているのは真面目な表情。

 口振りからしても、重要な話である事は明白。それを受けて、私達は佇まいを正し…軽く見回したイストワールさんは、言う。

 

「…各国、多かれ少なかれ条約に抵触する開発や研究を行っていましたね?(。-_-。)」

『…………』

「ほぇ…?どうして急に、しずかになっちゃったの…?」

「押しだまってしまった…ってやつ?」

「いやそんな、文芸部出身のダウジンガーみたいな感じじゃないから…」

 

 バツの悪そうな顔をするでもなく、顔を逸らすのでもなく、ただただ黙り込む皆。特にノワール、ベール、ブラン、ケイ、ミナの五人は、表情をぴくりとも動かす事なく黙っていて……伊達に国や人の長をしている訳じゃないとばかりの様子だった。一方ロムちゃんとラムちゃんは状況を飲み込み切れておらず、ユニが呆れ気味に突っ込んでいた。

 

「既に破棄された条約の件ですし、結果的にそれが勝利へ…信次元を守る事に繋がったのですから、糾弾するつもりはありませんが、今後条約が形骸化してしまわないよう、きちんと指摘だけはしておくべきだと、わたしは思うのです(´・ω・`)」

「確かに、それはそうですね。条約に縛られて守るべきものを守れなくなるのでは本末転倒ですが、そもそも友好条約は意味があって存在する訳ですし」

「でも、明白な違反をしてた!…って断言出来るのなんて、そんな沢山あったっけ?…まぁ、一つは考えるまでもないけど……」

 

 落ち着いた様子で同意を示したミナの発言を受けて、ネプテューヌが人差し指を頬に当てつつ考える。…と、言ってもそれは数秒の事で…ネプテューヌの言葉に応じるように、私達の多くは視線をベールへ。

 

「あら、なんですの?」

「しらばっくれるのは流石に無理があるわ、ベール」

「あれだけの存在感と活躍を見せておいて惚けるのは、いっそ記憶力に不安を抱くわよ?」

「…まあ、ですわよねぇ…」

 

 ブランとノワールからさらっと返され、苦笑いしながらベールは肩を竦める。

 そう。最も条約に抵触していた、条約に真正面から喧嘩を売っているも同然な開発は何かと言えば…それは、リーンボックスの超巨大艦、ヘブンズゲートに他ならない。

 

「ベールさん、よくあれだけ巨大な艦を造ろうと思いましたね…」

「大きさは力ですもの。適材適所、どんな目的においても大きい事が正義とは言いませんけれど、巨大さはそれ自体が無理を、困難を捩じ伏せる強さがあるのは事実ですわ」

「実際防衛線の大幅強化も、ダークメガミの殲滅もヘブンズゲートの大火力あってこそですものね。お姉様の判断は、正しかったと言えますわ!」

「それはそれ、これはこれだけどね。条約と結果、どちらかではなくどちらも重要という話だろう?」

「そういう事です。そして、この件に関しては……(ーー;)」

 

 うんうん、とチカがベールを肯定するのに対し、ケイは淡々と言葉を返す。イストワールさんはケイへと同意していて…次に視線が向けられたのは、ネプギア。

 

「…まあ、結果から大目に見たとしてもギリギリですね(-_-)」

「うっ…で、ですよね…以後、そのラインを超えないように気を付けま……」

「いえ、ギリギリアウトです( ˘ω˘ )」

「そっちだった!?」

 

 がびーん!…とショックを受けるネプギアだけど、不服ではないようで、ごめんなさいと態度で示す。ネプテューヌも口では何も言わずに…だけど視線で、ごめんねと私達へ伝えてくる。

 結論から言うと、ヘブンズゲートの開発にはネプギアも関わっていた。これが、ネプギアが主導するプラネテューヌとしての協力、共同開発なら(ヘブンズゲートそのものの問題を除けば)問題はないんだけど…私的に、秘密裏に、しかも個人ではなくプラネテューヌとしての技術で以って協力していた。これは流石に良くない。よくないというか、女神でありそれが功を奏したから良かったものの、そうじゃなかったらかなり不味い。

 

「ネプギアちゃん、悪いこと…したの…?(じー)」

「ダークネプギア?」

「あぅ…違うと言いたいけど、返す言葉がない……」

「…いいえ、ネプギアちゃんは悪くありませんわ。これはわたくしが、ネプギアちゃんの優しさと機械に対する『好き』の気持ちへ付け入っただけですもの」

「べ、ベールさん…いえ、だとしてもわたしも女神として……」

「…分かるでしょう?庇われてもそれに甘んじる事はない、心優しいネプギアちゃんをわたくしが利用しただけ、それだけなのですわ……」

「ベール、さん……」

「ベール……って、しれっと今ネプギアを懐柔しようとしてない!?」

 

 言い訳しようとしないネプギアと、黙っていればいいのにそれをせず、真に悪いのは自分だと言うベール。二人の包み隠さない在り方に、何となく良い雰囲気となり…けどそこで、ネプテューヌが「まさか…!」と指摘した。しかもそれを受けたベールは、にやりと笑って…これはベール、指摘されるところまで見越して言ってたね…。

 

「くぅ、ほんとベールは油断ならないんだから…!いーすん次だよ次、ネプギアがこれ以上影響される前に次いこう!」

「あ…は、はい。えー…次に指摘すべきは、ラステイションですね(; ̄ェ ̄)」

「え?うち、何か問題でした?」

「ネプギアとは対照的な反応ね…姉の違いかしら…」

「惚けても無駄よ?条約の規定を超える性能の装備を使っていた事は、もううちだって掴んでいるんだから」

 

 何の事やら…と、揃って素知らぬ顔をするラステイションの三人。とはいえここにいるのは各国の首脳陣。情報はきっちり掴んでいて…私もこの件は知っている。

 友好条約の中には、増槽に関する規定もある。防衛の為の戦力であり、行動が自国内で完結させるという事になっている条約下の軍では、それを大きく超えるような活動…有り体に言えば、他国の生活圏に単独で侵攻出来るような長距離・広範囲活動用装備が禁止されているにも関わらず、それに引っかかるような装備をラステイションの機体が使っていた。これもまた、過酷な決戦の中で防衛線を維持するのに貢献していたのだろうけど、少数の試作品ではなく、明らかに大量に作り、保持していたというのは頂けない。

 

「あぁ…そうね、この件は反省すべきだと思ってるわ。廃棄予定だった装備を、予算とか他の政策との兼ね合いとかで、いつまでも処理していなかったんだもの。これは私の落ち度として認めるわ」

「…つまり、緊急的に廃棄予定の装備を使っただけ、と?」

「えぇ。廃棄予定でも使えるなら出し惜しみしている場合じゃない、と判断しての事よ」

 

 一見殊勝な態度を見せるノワールは、私からの問いにも首肯する。でも、それに対して抱くのは、白々しい…という感情。

 保持していたのではなく、廃棄予定のまま止まっていただけ。廃棄するつもりの物を引っ張り出しただけ。釈明としては巧みなもので、一見殊勝なように見せかけて、その実条約違反である事を躱そうとしている。

 

(…まあでも、それはそうだよね…)

 

 仲間内とはいえ、多分全員が本気で糾弾する気はないとはいえ、これが国の長として当然の応答。ヘブンズゲートの様にどうやっても言い逃れ出来ないならともかく、そうじゃないなら弱みを見せる、認める事は避けるべきなんだから。

 そしてその点では、違反を認めつつも話の最終的な印象を「ネプギアを懐柔しようとした」というものにしてしまったベールもまた巧み。ノワールもベールも、全くもって抜かりがない。

 

「じゃ、今は信次元も落ち着いてきたし、廃棄するの?」

「する予定よ。でも他にもやる事があるから、適切なタイミングで…ね」

「わー、言い逃れする気満々の発言…流石ブラックカラー、悪どい事に躊躇いがないね!」

「失礼ね…というか、色の話で言うなら貴女も暗色系でしょうが…!」

「…ネプギアちゃんは、明るい感じのむらさき、だよね」

「でもネプテューヌちゃんも、いつもは白って感じよねー」

「うーん、それは服の色次第じゃないかな…確かに女神化したら、わたしは白寄り、お姉ちゃんは黒寄りの紫色をした髪になるけど…」

 

 また脱線する会話。けど今度はノワールが仕掛けたものでなく、ネプテューヌがふざけた結果で…守護女神の中でも、ネプテューヌはあまり謀をしない。それでも他の三人にやり込められていないのは…方向性が違うだけで、やはりネプテューヌもまたれっきとした守護女神だって事。…私も、ネプテューヌの様なスタンスではいけないけど…出来ないからこそ、凄いと思う。

 

「全く…貴女達は皆油断ならないわね。白の大陸の女神として、わたしは清廉潔白でいないと…」

「あらブラン。確かに最後の戦いにおいて、ルウィーのはっきりした違反はありませんでしたけれど…戦闘艦に搭載された魔術迷彩の詳細は、まだ開示していませんわよね?」

「そうね。国防や国益の面を考慮し吟味した上で、新技術に関する情報は開示する…それも条約に規定された事の一つの筈よ?」

 

 やれやれと小さく肩を竦めるブラン。それをロムちゃんとラムちゃんが真似していて、姉を真似る二人の姿は可愛らしいものだったけど…ほっこりしている場合じゃない。

 清廉潔白を語るブランを否定する、二人の指摘。でも、ブランは素知らぬ顔。

 

「…ミナ、説明してあげて」

「はい。申し訳ありません、ベール様、ノワール様。お二方の仰る通りではありますが…なにぶんルウィーは魔法技術が持ち味で、科学技術は他国程長けている訳ではない国家。それ故に、科学技術の塊である戦闘艦へ魔法技術を組み込んだ形である魔術迷彩は、まだまだ試験運用の域を出ていないのです。そしてその、半端な状態で開示するなどルウィーの恥。どうか皆様には、きちんと開示出来る状態になるまで待って頂きたいのです」

「ふむ。その割には、魔力砲や魔力障壁等、他にも魔術兵装がルウィーの戦闘艦には搭載されているようだけどね」

「砲や障壁とは何かと違う魔法ですから。その点含め、ご理解頂けると助かります」

 

 振られたミナが語るのは、さっきのノワールと違う…でもやっぱり、体良く違反である事を躱す弁明。共通するのは、どちらも「その気はあった、でも出来る状況じゃなかった」としている事で、意外と政治の場では「その気があっても、やってないなら同じ事」とはならない。国の運営には本当に色んな事柄が絡んできて、何かをしようとするなら順を追って少しずつ進めなければ、反発や混乱、不安を生みかねないものだから。皆それを分かっているから、こういう論調を展開されると安易には否定出来ないし…現に女神の一存で条約破棄をした時は、始めかなりの混乱を生んだのが事実。

 

「…どこまでが本当で、どこからが嘘なのかしら…」

「さぁ、ね。全部本当かもしれないし、嘘かもしれない。重要なのは真偽じゃなくて、何が結論になるかよ」

 

 ふと聞こえた、ユニとノワールのやり取り。ノワールの言葉…真実よりも、歪んでいようがなんであろうが、事実となったものが…事実という事になったものが優先されるという考え方は……

 

「丁度今日エピローグを迎えたオリジナル作品の、主人公の一人が用いたのと同じ考え方だね!」

「ダブルで来たね!地の文読みっていうメタと、パロディネタとでダブルの変化球ボケしてきたね!」

「ダブル…ダブル主人公だけに?」

「違うけど!?」

 

 びっくりなボケをかましてきたネプテューヌに、私は全力突っ込み。全く、なんていうこじ付けを…ほんと、違うからね!実は地の文読みとそこからのメタネタ、更にパロネタでトリプルの変化球って言おうとしたけど、ダブル主人公である事に合わせて「地の文読みもメタネタの一つ」と解釈してダブルにした、とかもないからね!OP開始と同時に始まって、OPのプロローグでもパロネタにしたんだから、出来れば完結のタイミングも本作の第一話と合わせたかったなぁ…なんて事もないんだからね!

 

「いや、前者はともかく後者は完全に作者さんの思考ですし、イリゼさんが『ないんだからね!』…というのは違う気が……」

「うっ…まさかの二回連続で地の文を読まれた……」

「…妹も教祖として支える姉妹も揃って全然関係ない話をするのですが、わたしはどうしたらいいんでしょう……(´;ω;`)」

「貴女も大変ね、イストワール…」

 

 何か変なテンションになっていた私だけど、イストワールさんの発言と、チカの同情的な言葉で我に返って鎮静化。…うん、まぁ…落ち着こう、私…。

 

「こ、こほん。…こうなると、下手に他国を糾弾すれば自分の側も危なくなるどころか、他国を糾弾しておいて自分の国も…となりかねない。だから荒波を立てない事が一番だ…って訳で、指摘はすれども糾弾はせず、という形を取ったんですね?」

「仰る通りです。尤も、実際どうするかは皆さんにお任せしますが(´・ω・`)」

 

 仕切り直すように咳払いをし、イストワールさんを見る私。わざわざ言うまでもない事だろうけど、全員でそれを再認識するという意味で、決して無駄な発言ではなかった筈。そしてイストワールさんは、落ち着いた声音で締めの言葉を口にして…全員が、無言という肯定で返答した。

 

「…さて、本題に…いえ、本題の大詰めに入るとしましょ」

「そうですわね。イストワールの指摘は、改定された上で尚万全ではなかった友好条約の穴、問題点を挙げたとも言えますし」

「まぁ、何の障害にもならない条約じゃ、そもそも結ぶ意味がないんだけどね。自由っていうのは、水みたいなものだし」

「水……あっ、水は幾らでも形が変わるし掴まれる事もない、自由そのものの存在だけど、枠…つまり囲う物がなければバラバラに流れていってしまう、纏まってはいられない存在でもある…って事ですか?」

「あー、そういう。んもう、わざわざそんな例えをする辺り、ノワールったら自分を格好良く見せる事に余念がないんだから〜。でも、そんなノワールも嫌いじゃないぞっ!」

「ネプテューヌさーん…脱線してます、早速また脱線してますー……」

 

 ぽんっ、と手を打ったネプギアが納得の反応を見せる一方、ネプテューヌは茶化しつつもサムズアップ。見事に脱線させたネプテューヌへユニが困った顔で声を掛け…今度こそ、この会談は向かうべき結論へ。

 

「むむ…今日もむずかしい…」

「いつも、むずかしい…(しゅん)」

「あはは…大丈夫だよ、ロムちゃん、ラムちゃん。確かにまだ二人には難しいかもしれないけど、だからって聞き流したり別の話をしたりせず、二人は理解しようとしてたでしょ?なら、きっと理解出来る時が来るよ。二人はちゃんと、そっちに向かって行動してたんだから」

「おぉ、イリゼも格好良い事言ってる…なんかあれだね!今にも落ちてきそうな空の下で語ってる感あるよね!」

「ふふっ、単に私は二人の事を評価してるだけ…って、それお亡くなりになってる人の話じゃん!わ、私は死んでませんけど!?」

 

 そんなこんな(?)でちょこちょこ脱線しつつも、結論が…新たな条約の事項が決められていく。本当に難しい話ではあるけど、今に至るまでも色々話してるし、破棄したとはいえ旧友好条約をベースに出来る事は間違いないし、各国の有識者にも多くの意見や提案を受けた上での会談だから、詰めとして求められるのは組み立てる行為。枠もピースももうあるから、それを使って新たな友好条約という絵を完成させようというのが今の段階。

 出来上がるのが、完全完璧な条約になるかどうかは分からない。それは、後にならなきゃ誰にも判断なんて出来やしない。でもきっと、完璧かどうかは分からなくても、悪い条約にはならない筈だと私は思う。私は信じている。だってこれは、多くの人が知恵を絞って、私達が各国の…信次元の皆の幸せと安寧を願って作り上げる友好条約なんだから。

 

 

 そして、形の決まった新友好条約。旧友好条約から有用なものは引き継ぎ、変えるべきところは変え、更に新たな条項を加えていき……その中で、私達が災厄を乗り越えた直後から構想し、その為に準備も進めてきた、新たな組織が正式に発足する事となった。信次元国家間連携機構──信国連という、信次元の平和維持と更なる発展、別次元を始めとする次元の外側に存在する由々しき事態への対応等まで含めた、信次元全体でより良い未来を目指す為の国際機関が。

 

 

 

 

 新生友好条約の締結に纏わる会談は無事終了。とはいえ当然、条約は家族のルールやゲームの設定なんかと違って、決めた時点で即有効になる訳じゃない。発表は勿論、締結の為の式典だって行う必要があるし…この友好条約が機能し始めるのは、もう少し先になる。…まあ、当たり前の事だけどね。突然「こういうの決めたよ!大概は日常生活に直結しない事だけど、取り敢えず明日から皆も守るように!」…なんて事になっても、皆守れる訳ないんだし。

 

「んっ…まだ条約の内容が決まっただけで、ここからやらなきゃいけない事もあるのに、ちょっと肩の荷が降りた気分になっちゃうね」

「気が早い…と言いたいところどけど、気持ちは分かるわ。ゲームで言う、回復とセーブが出来る中間地点まで来た気分っていうか…」

「そうそう、そんな感じ!ふふっ、思ってた事をスパーンっと言い当ててもらえると、凄く気分が良いな♪」

「ま、まあネプギアとの付き合いも、なんだかんだ長いし…これ位の事なら……」

「えー、じゃあわたしたちはー?」

「わたしたちも、長いよね…?(ちらちら)」

「へっ?…あ、う、うん。…わざわざ訊かなくなって分かる事でしょ。アタシ達が…アタシ達女神候補生の付き合いも、長いものになった事は」

 

 いつもの会議室を出て、何をする訳でもないけどプラネタワーのリビングルームに当たる部屋へと移動した私達。そこでネプギア達女神候補生の四人はバルコニーへと出て、いつものように仲良く話す。…あ、ネプギアがユニに抱き着いた。しかもロムとラムがそれに追従して……ほんと、仲良いなぁ…。

 

「長い付き合いって…女神基準で考えれば、まだまだそんなレベルじゃないでしょうに……」

「良いじゃありませんの。見ていて微笑ましいやり取りですし」

「同感よ。それに、女神基準って言ったって、わたし達とあの子達とじゃそもそも生きてきた長さが大違いなんだから、わたし達とは感じ方自体違ってもおかしくないわ」

 

 その四人の姿を、中から私達は座って眺める。ブランが言ったのは「確かになぁ」って思える事で、実際十年しか生きていない人の一年と、五十年生きている人の一年は、違うものだと思う。だって、同じ一年でも前者にとっては人生の十分の一になるけど、後者にとっては五十分の一になってしまうんだから。…まあ、そもそもこの考え方が女神にも当てはまるのかどうかは分からないけど。

 

「…長い付き合い、かぁ…感覚的に言うと、私もネプギア達とあんまり変わらないんだよな…」

「わたしも記憶喪失だから、ノワール達と同じ位生きてるって感覚がないんだよねぇ…まあ、その分身体も心もピチピチだけどね!」

「はは…にしても、なんか凄く懐かしい感じだな…暫くプラネテューヌを離れる事は、これまでだってあったのに……」

 

 ふふん、と胸を張るネプテューヌに苦笑しつつ、私が感じるのは懐かしさ。プラネタワーを…プラネテューヌを長く離れるのは初めてじゃないのに、やけに懐かしさを感じるのは……やっぱり、帰る場所が変わったから。プラネテューヌは帰る場所じゃなくて、訪れる場所になったから。

 

「そっかぁ、懐かしいかぁ…うぅ、イリゼは違う国の守護女神になっちゃったし、いーすんもまだイリゼのお手伝い中だから、寂しいよぉ……」

「ご、ごめんねネプテューヌ。一日でも早く足場を固めて、イストワールさんが帰っても大丈夫な状態を作るから…」

「…なーんて、ね。イリゼが大変なのも頑張ってるのも知ってるし、焦らなくたって大丈夫だよ。いーすんには、笹舟に乗ったつもりでいてよね!って言ったんだから」

「ネプテューヌ…って、笹舟!?笹舟って…それはある意味泥舟より不安になる舟じゃない!?乗った瞬間重量オーバーで沈む……あ…いや、もしかしてイストワールさんの体格を考えた上で、ちょっと小粋な表現として笹舟って言ったとか……」

「ううん、普通に冗談だよ?」

「あ、そ、そう……」

 

 まさかボケじゃなく、ネプテューヌなりの粋な表現…!?…と思ったけど、違うよとネプテューヌは真顔で返答。つまり、私は見当違いな深読みをしてたって訳で…うん、イリゼ赤っ恥です…。

 

「笹舟…確かにネプテューヌに任せるのは、笹舟に乗る位の感覚かもね」

「む、わたしの笹舟を舐めちゃいけないよブラン!フォトンブラスターキャノンに確率変動弾ミサイル、多数の艦載機に加えてフォールドエンジンまで搭載した、超性能笹舟なんだから!」

「それ絶対もう笹舟じゃないでしょ…で、実際のところはどうなのよ?まさかネプギアに負んぶに抱っこ状態じゃないでしょうね?」

「違うってばー、もー。…まぁ確かに、楽出来るなら可能な限り楽したいけど…今のわたしは、ほんとにやる気なんだからね?信じられないって言うなら、わたしの頑張りっぷりをネプギアに訊いてみるといいよ?」

 

 半眼で突っ込んだ後にノワールが訊けば、少しだけ真面目な顔をしたネプテューヌが本当なんだと私達へ話す。表情もそうだけど、言葉の内容からは自信が…見栄を張る為の出任せとは違う意思が籠っていて、ならば本当なんだろうなと私は思う。思うというか、そういう噂も私は聞いている。ノワールだって、面と向かって訊いてみたっていうだけで、本当に疑ってたとかじゃない気がする。…多分。

 

「あぁ、その話でいうと、イリゼは教祖についてどう思ってますの?」

「教祖…って、それを誰にするか、そもそも選出するのかどうかって事?」

 

 やや漠然とした問いに私が訊き返せば、ベールは首肯。これに関しては皆も気になるのか、全員の視線が私の方へ。

 

「そうだね…まだ暫くはいいにしても、長期的に考えれば教祖は必要だと思ってる…けど、ケイやチカ、ミナみたいに、代々続く教祖家系からって事がうちは出来ないからね……」

「流石にそれは他国から人材を…って訳にもいかないものね。私達女神程じゃないにしても、教祖だって国民からの支持は必要なんだし」

「いっそ別次元から登用する、とか?」

「いやいやいや…と、思ったけど…うちに勧誘したいなって思える相手は別次元にもいるし、別次元というか、もっと柔軟な思考で教祖の事を考えてみるっていうのは良いかも…」

 

 教祖は必要だけど、それはそういう立場、ポジションの存在が必要になるって事であって、四大国家の教祖と完全に同じ存在じゃなきゃいけないって事じゃない。歴史とか色々絡んではくるけど、現にプラネテューヌの教祖…イストワールさんは人じゃないんだから、国民が受け入れてくれるのなら、他国の教祖とは違う形となっても良い筈。…と、顎に指を当てつつ言ったブランの発言から私は考え…気付けば皆は、何やら温かい目で私を見ていた。

 

「…え?いや、あの…何……?」

「再現された街を利用出来るとはいえ、一から国を興して運営するなど、苦難の道となるのは必須。それをわたくし達の様に国家運営の経験がある訳でもないイリゼが、というのは不安でしたけれど……」

「こうやって意欲的に、積極的に考えられているなら、ほんとに大丈夫そうね」

「うんうん。今もこれからも、ずっと苦労は続くでしょうけど…っていうか、それが国ってものだけど、頑張りなさいよね。じゃなきゃ、友好国としても張り合いがないもの」

「ちょ、待っ……何で撫でるの!?ねぇ、ちょっとぉ…!」

 

 気に掛けていた子が自立後もしっかりやってると分かった時の様な、そんな微笑ましさを帯びながら私の事を撫でてくる四人。

 まあ、分かる。さっき自分でも口にしたけど、私は皆よりずっと意識を持って活動している時間が短いし、当然国の運営なんてこれまでした事ないし、なのにやっている事はただの運営より難しい事なんだから、心配するのも私の様子を見て安心するのも、心情的には理解出来る。…けど、だからって撫でる必要はないよね!?ないよねぇ!?

 

「よっ、偉いよイリゼ!…ところでイリゼ、いーすんにはこれまで通りなのに、他の教祖の三人に対しては呼び捨てするようになったよね」

「い、今それに言及する…!?…は、話し方もそうだけど、同じ女神の皆に対しては対等の接し方なのに、教祖に対しては敬語…っていうのは、国の長としては示しがつかないでしょ…?」

『へぇ〜』

「なんでそんな、『そっかそっかぁ』みたいな顔をするかなぁ!?も、もぉぉぉぉ…っ!」

 

 変なタイミングで訊いてくるし、答えたら答えたで生温かい反応してくるしで、とにかく私は踏んだり蹴ったり。…う、嬉しくない…嬉しくないんだからね!こういうのは普通に恥ずかしいんだからね!……振り払ってないのも、そうするのは悪いかなぁ…って思ってるだけなんだからっ!

 

「おおぅ…凄まじいツンデレムーブをかましていますわ…」

「頭に触れた状態での地の文読みはほんとに超能力か何かに見えるから止めてよね!?あー、もうっ!私お菓子作ってくるから!」

「あ、イリゼさーん!でしたらわたし、手伝いますー!」

「じゃあわたしもー。イリゼちゃん、手伝ってあげるわ!」

「…ユニちゃんも、行く?」

「って事は、ロムも行く気なのね。…ま、折角だしアタシも行こうかしら」

 

 くるんっ、と身を翻して部屋の出入り口に向かう私だったけど、そこにネプギア達がついてくる。普段なら嬉しいし、今だって嬉しくはあるんだけど…恥ずかしさからの離脱を考えていた今の私にとっては、何ともタイミングの悪いお手伝い。

 

(くっ…け、けど嫌そうな素振りを出したら、手伝ってくれようとしている皆に悪いし、大人気ない…!)

「イリゼちゃーん?聞いてるー?」

「あ…う、うん。聞いてるよラムちゃん。皆、手伝うって言ってくれてありがとね」

 

 ラムちゃんに呼び掛けられたところで私は歩くペースを落とし、四人と並ぶ。…相変わらずラムちゃんは私をちゃん付けだけど…これ、私が単に女神としてだけじゃなく、守護女神としてもブラン達と並んだ場合はさん付けに戻るかな…いや、戻らないかな…ネプテューヌだってちゃん付けだし……。

 

「…そういえば、イリゼさんは…妹だけど、守護女神…だね」

「え?あ、そうだね。イストワールさんだけじゃなく、セイツだって私の姉だし…そういう意味じゃ、立場的にはほんと私って、ネプテューヌ達より皆寄りだよね」

「ふふっ。じゃあもしかしたら、どこかの次元にはアタシ達と対等で、お姉ちゃん達とは敬語で話すイリゼさんもいたのかもですね」

「もしそうなら、そこのわたしはイリゼさんじゃなくて、イリゼちゃん、って呼んでたり…?」

「あはは、かもね。もしも本当に、そういう次元があったら…だけど」

 

 肩を竦めつつ、少しだけ考えてみる。ネプテューヌではなく、ネプギアが旅の前に…或いは旅の始まりで魔窟に訪れて、そこで私が目覚めたら…っていう可能性を。友達の妹ではなく、友達として四人と出会っていた場合の日々を。

 真面目に考えれば、そういう次元がある可能性は低いと思う。これまで私は多くの次元と関わってきたけど、どこの次元の人や女神と話してみても、そこに私はいないって話だから。でも、そういう思考を取っ払って、ただただ「もしそういう日々があったら」と思ったら…私は、間違いなく言える。きっとそういう日々も、楽しかったんだろうって。

 

「…さてと。じゃあ、久し振りにプラネタワーで作る訳だし、ちょっと手の込んだ物を作ってみようかな。皆にも、一杯手伝ってもらうからね?」

『おー!』

 

 皆の方を向き、片腕で力こぶを作るようなジェスチャーを見せれば、皆も元気良く応じてくれる。そんな女神候補生の四人と共に、私はお菓子を作りに行く。

 きっと、私がネプギア達と友達関係だったとしても、ネプギア達とも、ネプテューヌ達とも、皆と仲良くなれてたと思う。出会いや関係性も大事だけど、繋がりはそれだけで成り立つものじゃないから。そして、だからこそ…私が守護女神となり、住む場所や皆との関係が変わったとしても…心の繋がりは変わらないと、信じている。




今回のパロディ解説

・文芸部出身のダウジンガー
ギャグマンガ日和シリーズに登場するキャラの一人、克明の事。いつもは仲良しで愉快な女神達も、国の長としてやり取りする際は色々謀をしたりもするのです。

・丁度今日エピローグを迎えたオリジナル作品
私の作品の一つ、双極の理創造の事。はい。OP開始と同時に始まった双極も、遂に完結したのです!という事で、今回はここで私の作品と明言しつつパロディをしました!

・「〜〜今にも落ちてきそうな空の下で〜〜」
ジョジョの奇妙な冒険第五部 黄金の風における、ある回の副題の事。大丈夫です、イリゼもロムもラムも生きています。女神なので、そう簡単にはやられません。

・フォトンブラスターキャノン
機動戦士ガンダムAGEに登場する艦船、ディーヴァの武装の一つの事。という事はつまり、ネプテューヌの言う笹舟は、強襲揚陸艦形態に変形もするのかもしれませんね。

・確率変動弾ミサイル
天元突破グレンラガンに登場する兵器の一つの事。超銀河ダイグレン宜しく、艦各部から撃ち出すのかもしれません。…ネプテューヌの想像の中で。

・フォールドエンジン
マクロスシリーズに登場する機器の一つの事。フォールドまでする笹舟…一体何の為の笹舟でしょうね。そして笹舟である意味はあるんでしょうかね。


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第三話 新たな特務監査官

 唐突…かどうかは分かりませんが、現在私は「もしイリゼが本来よりも後の段階で目覚め、ネプギア達と友達になったら…」という話を考えています。その関係で、何かリクエストがある方は、感想なりメッセージなりテレパシーなり、とにかく私に伝わる形で教えて下さるとありがたいです。
 ただ、リクエストを貰ったからと言って、その通りに出来るとは限りません。また、現段階では長編ではなく、ORの第零話の様な、単なるIF展開の一つとして書くつもりです。そしていつ書くかもまだ未定なので、そこはご理解の程宜しくお願いします。


「よいしょ、っと」

 

 外に出る仕事から戻ってきて、執務室の椅子に座る。その時自然と、「よいしょ」って言葉が出てきたけど…なんだか若くないみたいだから、出来るだけ避けたいもの。…まぁ、女神に若いも何もって話だけど。

 

「さて…これはどうしたものかな。早めに進めたいところだけど、最後まで順調に進むかは分からないし…」

 

 各種行事の計画表を画面上で見つつ、ふむ…と私は考える。具体的な計画を立てるのは、基本的に女神の仕事じゃない…というか、女神が何でもかんでもやるんじゃ教会という組織の意味がない訳だけども、だからって口出ししない、しちゃいけないって事でもない。女神であろうと人であろうと関係なく、良い考え、良い計画が出てくればそれで良いんだから。

 という訳で、考える事数分。思考を続けていた私は、ふと思う。

 

(そういえば…来るとしたら、そろそろかなぁ……)

 

 頭に浮かんだのは、監査の事。それも普通の監査じゃない、特務監査の事。

 監査というのは、何もないところでやったって仕方がない。何かを作る、進めるではなく、それを調べる、精査するって行為なんだから、監査は初期の段階で来るものじゃない……という思考の裏をかいて、案外早く来るかもしれない。少なくとも私なら、そういう事も考える。

 まあでも、実際どうなるのかは謎。だってもう、私は特務監査官じゃないんだから。神生オデッセフィアの守護女神となるに当たって、予め特務監査官の務めからは辞任していて…当然今は、別の人が…別の人達が務めている。

 

「…よし。じゃあ、次は……」

 

 逸れ始めていた思考を終わりにし、意識を目の前の仕事に戻した私。その後は暫く仕事に集中し、凡そ一時間弱が経過した、その時だった。

 丁度私の呟きを遮るような、ノックの音。座ったまま私が声を返せば、執務室の扉は外から開かれ……

 

「よーし全員そこを動くな!これより強制捜査に入る!」

「入るー」

「…入るー……」

「…なーんて、な。いきなりだが、来たぜいりっち…って二人共テンション低っ!て、テンション上げたの俺だけかよ!?」

 

 何とも賑やかな三人組が、執務室へと登場した。…まあ、賑やかって言っても、実際にテンションが高かったのは一人だけだけど…ね。

 

「うぅ…一人だけテンション高く入ってくるとか、普通に赤っ恥じゃねぇか……」

「いや…すまん。いざ入ってみたら、『あれ?これちょっと恥ずくね…?』と気付いたもんで…」

「そもそもオレは乗り気じゃなかったんだ。自分からやり出した事なんだから、こっちに責任を求めないでほしいね」

 

 三人組の登場から数十秒後。一人だけハイテンションという、居た堪れない状況になってしまった来客の一人…うずめは恨めしそうな表情を浮かべ、それに対して残りの二人…くろめとウィード君がそれぞれ違う反応を返していた。

 

「というかそもそも、仕事の場に、俺達も俺達で仕事として来てるのに、変なテンションで入るってどうなんだ…?」

「うっ……」

「うぐっ……」

「まあ、やる前に言えって話でもあるが…って、なんでイリゼまでうずめと似たような顔を……?」

 

 大変ご尤もな、ウィード君の発言。でも、それを聞いた私はうずめとほぼ同時に精神的なダメージを受け、ウィード君は私の反応に当然怪訝な表情を見せる。…うん、まぁ…私も色々あったんだよ、色々……。

 

「こ、こほん。まあとにかく、いらっしゃい三人共。…で、用事は何かな?単に遊びに来たってだけなら、お茶とお茶菓子を用意するけど……」

「いいや、今は遠慮しておくよ。…君の、察した通りの事だからね」

 

 咳払いをして気を取り直した私は、一拍置いて三人に訊く。薄々理解しつつも、敢えて分かっていないように訊き…それに答えたのはくろめ。軽く肩を竦めて、雰囲気は柔らかいまま…瞳にだけは、ほんの少しだけ真面目さを浮かべる。

 そう。私は特務監査官を辞任した。そしてその後任という形になったのが…この三人。

 

(…私も適任だったかは分からないけど…なんていうか、凡そ監査をしてる感のない三人だよね……)

 

 本来監査というのは、雰囲気がピリッとするもの。何か隠し事があるなら勿論、ない場合でも痛くない腹を探られる事になるんだから。でも今、そういう感じは一切なく…友達だから、というのを差し引いても正直緩い。

 じゃあ、なんでそんなうずめ達が私の後任になったか。最大の理由は、うずめとくろめが女神であるから。特務監査官はその性質上、各国女神と渡り合える…力としても精神的にも軽く女神へ道を譲ってしまうような人材ではいけないから、同じ女神である事は有効に働く。特にくろめは守護女神としての経験もあるから、監査官としては絶好の要因。でもくろめ一人を特務監査官という立場にするのは懸念の残る判断だから、同じく女神であり、くろめの抑止力となる…更に違う視点からの監査にも繋がるうずめと、いがみ合う事も多い二人の間に割って立てる…いざとなれば二人を纏めて制止出来る(多分)ウィード君、という感じに決まっていき、この三人が特務監査官になるに至った。

…それを踏まえて考えると、うずめやウィード君はともかく、くろめは私を…監査対象を身構えさせないよう、敢えて緩い雰囲気にしているのかもしれない。そういう事は、得意にしている筈だから。

 

「よし、いりっち。もう分かってるようだから説明はすっ飛ばして…色々、調べさせてもらうぜ?」

「前任者だから分かっているとは思うけど、下手な真似はしない事だ。建国したばかりの神生オデッセフィアに、余計な疑惑は持たれたくないだろう?」

「建国したばかりでなくても、余計な疑惑は持たれたくないけどね。…さあ、どうぞ」

 

 普段通りの明るい顔をしつつも真面目に言ううずめと、曖昧な表情を浮かべて私への忠告を口にするくろめ。双子とはまた違う意味でそっくりな二人の、まるで違う雰囲気での発言に私は頷き…そこから監査が始まった。

 流れについては、当然理解している。まずは執務室の調査で、私は執務机からソファへと移動。

 

「流石イリゼ、書類も小物も整理整頓されてるんだな…」

「結局はその方が楽だからね。余計な場所取らないし、探すのも楽だし」

「確かになぁ…。俺はぶっちゃけ二人の手伝いしか出来ないんだが、書類に関してはほんと…っと、これは……?」

「あー…それは……お菓子、だね…」

 

 ほんと雑、と言おうとしたのだろうか。それはどちらかなのか、それともうずめくろめ両方なのか。そんな事を思っていた私だけど、ウィード君の手は言葉と共に止まっていて…何だろうと思って覗いたら、ウィード君が見ていたのはとある引き出し…飴や一口サイズのチョコが入っている引き出しだった。

 そこだけ全然仕事机感のない内容に、ウィード君も、同じく覗きに来たうずめとくろめも目をぱちくり。別にこれは悪くない事なんだけど、やっぱりまじまじとお菓子ラインナップを見られるのは少し恥ずかしい訳で…私は思わず苦笑いをしてしまっていた。

 

「ふふ、中々愛らしいじゃないか、いりっち」

「う…べ、別に全部自分で食べる用とかって訳じゃないからね…?そこからライヌちゃんやるーちゃんにあげる事だってあるし…」

「へぇ…って、ん?これはもう終わってる書類で…これも全日程が終了した後の書類…捨てる紙を一旦ここに纏めてたのか?」

「え?いや、それは……」

「どう見ても、まだファイリングされてないだけの、資料として残している書類だろう。場所や他の整理整頓具合からして、少し考えれば分かる筈の事だというのに…」

「はぁ?なんでまだいりっちが何も言ってないのに、そうだって決め付けてるんだよ。百歩譲ってそうだったとしても、聞く前から決め付けるなんていりっちに悪いと思わねぇのか?」

 

 お菓子の存在により、少し柔らかくなった空気感…と思ったのも束の間、うずめの発言を切っ掛けに、雰囲気が一変。さっき私の考えた、ピリッとした雰囲気に…でも、監査自体とは関係のない形で変わってしまう。

 

「ちょっ…ふ、二人共……」

「いいや、思わないね。普通の良識ある女神なら、捨てる物をこんな形で置いておいたりはしない。特別な意図もなく、当たり前のようにする事へ、決め付けるも何もないだろうさ」

「普通?【オレ】にとっての普通は、ずっと昔の話だろ?時代によって女神に求められるものは変わるってのに、それも考えず普通を語るなんざ、勝手が過ぎるってもんだろうが」

 

 これは不味い、と仲裁に入ろうとした私だけど、声は届かず雰囲気は加速。どっちもまだ理性的で…けど逆に言えば、理性的に煽っている。感情的な怒りをぶつけるのではなく、相手の落ち度を突く形で仕掛けている訳だから…普通に喧嘩するよりもタチが悪い。と、いうか…監査中だよね…?監査中に同僚(どころか同一人物)で煽り合いって…何をしてるの二人共……。

 

「あちゃー…案の定これか……」

「…二人って、仕事中もこんな感じなの…?」

「普段はまぁ、そんなに悪くないんだよ。どっちも『うずめ』なだけあって、責任感は強いしな。だから、何もなきゃこういう事は起きないんだが……」

「何か切っ掛けがあるとこうなるんだね…。…仕方ない、ここは私が前任者として……」

「…いや、ここは俺に任せてくれ。こっちの問題だし…俺までこんなポジションを与えられたのは、こういう時の為だしな。…あ、そうだ。因みにくろめの見立ては合ってるのか?」

「え?あ、うん。くろめの言う通りではあるけど…」

 

 小競り合いのように二人が煽り合う中、ウィード君と言葉を交わす。その後、私は状況としても友達としてもこれは見過ごせないと思い、改めて止めに入ろうとし…そこでウィード君が、一足先に二人の間へ。

 

「うずめ、くろめ、今は監査中だろ?だから一旦落ち着いてくれ」

「ウィード…けどな、俺は……」

「確認したけど、書類はくろめの言う通りだったらしい。言い方は俺もどうかと思ったが…実際そうだったって事は、認めるべきだと俺は思う」

「ふっ…助かったよウィード。おかげでオレが証明する手間が……」

「くろめもちょっと冷静になれって。ちょっと勘違いしただけなのをいつまでも言うのは、格好良い事じゃねぇよ」

「…………」

「…………」

「…ま、こんな感じに偉そうな事言ったって、当の監査は二人の手伝いをする事しか出来ないんだけど、さ」

 

 まずうずめを、次にくろめを止めるウィード君。頭ごなしに否定するのではなく、あくまで自分はそう思う…というスタンスで言ったから、二人共反論する事はなく…でもまだ少し不満顔。

 そこでウィード君が見せたのは、自嘲気味な苦笑い。務めを理由に止めたって、その監査に関しては手伝いレベルの事しか出来ないんだと頬を掻き…するとそこで、二人の雰囲気が変わる。

 

「…そんな事、ないさ。確かにウィードには、女神の視点や直感はないんだろうけど…だからこそ、オレや【俺】が持たない考え方があるかもしれない…そうだろ?」

「…【オレ】の後追いみたいな言い方になるのは少し癪だが…【オレ】の言う通りだ、ウィード。これまでと同じように、ウィードが支えてくれる…それって結構、心強いんだぜ?」

「二人共…ははっ、ありがとな。気落ちしてた訳じゃないが…二人から元気、受け取ったよ」

 

 じっと見返したくろめはそんな事ないと言い、表情を緩めたうずめはウィード君の存在を心強いと言う。二人の言葉にウィード君が笑えば、二人は照れ臭そうに、それぞれ別方向へ視線を逸らし…その時二人の顔に、不満げな様子はもう何もなかった。

 こうなる事まで見越して、ウィード君は動いたのか。…多分だけど、そうじゃない。私の知る限り、ウィード君はそんな強かな性格じゃないし…そうじゃないからこそ、言える。ウィード君はただ止めたくて、ただ自分の思いを包み隠さず話しただけだって。

 

「えっと…私も紛らわしい置き方しててごめんね。その書類のファイリングに関しては……」

「あ…っと、あぁ。今はまだ触らないでくれ。…内輪揉めを晒しといて何言ってんだって話だが…まだ、監査中だからな」

 

 表情を引き締め直したうずめの言葉に頷き、私は監査が終わるのを待つ。見られて困るものなんてないけど、やっぱり探られるというのは心地が良いものじゃなくて…皆も私が監査している時、こういう心境だったんだな…と、少し緊張感に欠けるけども私はそんな事を考えていた。

 そうして執務室の監査が終わると、次は別室。私も案内の為…そして私の指示で職員に隠蔽行為をさせない為に、三人の監査に同行する。

 

「ふむ…新国家だし、予想はしていたけど…やっぱり資料にしろ物にしろ、とにかく少ないね。まあ、初の監査と思えば、むしろ好都合か…」

「俺にはこれでも十分多く見えるけどな……」

 

 教会内を回り、三人が監査を続ける中で、くろめがぽつりと発した言葉。それを聞いたウィード君は辟易とした顔で部屋内を見回し、隣のうずめは「だよなぁ…」と言うように肩を竦めた。

…やっぱり、くろめは視点や認識が違う。同じ女神、同じ『うずめ』でも、女神としての記憶…経験の有無が生む差は大きいんだと、二人の差を見て私は実感。

 

「…………」

 

 記憶。過去。自分が積み上げてきた、自分を証明するもの。…色々な経験をしてきた今の私はまだしも、目覚め、初めての旅をしていた頃の私にとっては、本当に求め、焦がれ…けれど存在しなかったもの。

 その意味において、私とうずめは近いと思う。女神である事、記憶喪失で記憶を求めていた事もそうだし…同じではないけど、私は複製体である事も、うずめとは近しさを感じる。

──でも、この表現は間違ってないにしても、やや語弊があるかもしれない。だって……

 

「いりっち、この部屋の…っていうか、教会の図面ってあるか?」

「図面?データで良いならすぐ用意出来るよ」

 

 思考の海から私を呼んだのは、うずめの声。我に返った私は答え、仕事用の端末で教会の図面を表示する。

 元々、本気で考えていた訳じゃない。今の思考は、ふと思い付いて、そのままぼんやり考えていただけのもの。だから呼ばれた瞬間、今の思考は霧散し……そのまま私が、監査の間にこの思考を再開する事はなかった。

 

 

 

 

 監査の間、当然特務監査官はその国に留まる事になる。即ちそれは、うずめ達が神生オデッセフィアに滞在するって事で……私は誘った。特務監査官ではなく友達として、三人に教会で泊まっていくように。

 

「ふへぇ…やっぱ何度入っても、広い風呂は良いもんだよなぁ…」

 

 気の抜けた、ほっこりとした独り言を漏らすうずめ。はっきりと聞こえたその声に、うんうんと無言で頷く私。今、時間は夜で……場所は、言うまでもないよね。

 

「えぇえぇ、お風呂って本当に素敵なものだと思うわ。人類史における、世紀の発明の一つだってわたしは思うもの」

「お、おぅ…真面目な顔でそうも言われると、某浴場専門の設計技師感があるな…。…けど、知らなかったぜ。せいっちが風呂好きだったなんてよ」

「だって、お風呂といえば心が緩く、しかも開放的になる場所なのよ?ただ浸かっているだけでも、その人の心地良いって感情が湧き出るんだから…わたしにとってお風呂は、観光地やアミューズメント施設に匹敵すると言っても過言じゃないわっ!」

((あー…そういう……))

 

 湯船から出した拳を握り力説するセイツに、私達は苦笑い。まあ、言ってる事は分からないでもないし、私もお風呂は好きなんだけど…ほんと、セイツはセイツだなぁ…。

 

「…まあ、セイツさんの言いようも、強ち間違いではないのでしょう。現に、温泉街というものもありますし、一口にお風呂と言っても種類は多様ですし( ̄▽ ̄)」

「いや、せいっちが言ってる事とイストワールが言ってる事は、方向性が違うような…というか、今更だがせいっちってスイッチみたいだな…」

 

 湯船に浮かべた風呂桶の中で脚を伸ばし、のんびりとした様子でイストワールさんが言えば、それは違うような…とうずめが頬を掻く。ただでも、これは会議じゃなくてただの雑談だから、認識が正しいかどうかは然程重要でもなくて……そこでふと、私は気付いた。賑やかな空気の中、くろめだけは静かで、少し私達から距離を取っている事に。

 

「…くろめ?どうかしたの?」

「…別に、どうもしていないさ。ただ……」

「ただ?」

 

 声を掛けてみたけど、くろめは素っ気ない態度。でも理由は何かあったようで、何か言おうとし…たんだけど、止めてしまった。言いたくないのか、それとも上手く言葉に出来ないのか…とにかくくろめが黙った数秒後、私達のやり取りが聞こえていたのか、おもむろにセイツがこちらへ振り向く。

 

「…もしかして、わたしを避けてる?」

「え、くろめそうだったの?」

 

 意外な言葉に私が目を瞬かせれば、くろめは私達から目を逸らす。その反応は、程度はどうあれ肯定しているも同然であり…セイツはやっぱりね、と言うように苦笑をしつう後頭部を掻いた。そうしてセイツが浮かべる表情は…苦笑いから、真剣なものへと変わる。

 

「……そうね。包み隠さず言うとすれば、わたしは貴女を快く思ってない部分もあるわ。理由はどうあれ、真意はなんであれ…貴女は、あの出来損ないと結託していたんだから」

「…だろうね。いりっち達が寛容過ぎるだけで、それが普通の反応だよ」

「あら、それはわたしが他の女神より寛容さに欠けるって事かしら?」

「あ、や、そういう事じゃ……」

 

 老若男女皆が好きだと公言するセイツが、唯一徹底的に嫌う存在である…いや、もう女神ではない今となっては嫌う存在『だった』と言うべきかもしれない、キセイジョウ・レイ。そのレイと仲間だった、大きいネプテューヌと違って共に人への害となる事を行ってきたくろめの事を、セイツが快く思ってなかったとしても、それは無理のない事。加えてセイツはくろめに対してもうずめに対しても、私達より知り合うのが遅かった…その分言葉を交わす機会も少なかった訳だから、私やネプテューヌ達と同じように思えないのも至極当然だって思う。というか私達だって多分、少しずつくろめへの思いは違うんだから。

 そしてそれは分かっていたと言うように、くろめは自嘲気味に笑う。どこか偏屈さも感じさせる、歪んだ笑い方で…だけどセイツが問い詰めるように言葉を返すと、自嘲気味の笑みは瓦解。途端に慌てた様子となり……次の瞬間、セイツがくろめに抱き着いた。

 

「なーんて、ね。ふふふっ、くろめの後ろ向きな感情も魅力的だけど、やっぱり慌ててたり照れてたりする時の感情の方が可愛いわ♪」

「んな…っ!?い、いきなりくっ付くな…!抱き締めようとするなぁぁ……っ!」

「んふぅ…ねぇくろめ。わたしは貴女に対して、快く思ってない部分もある。けど、それはそれとして、貴女の心の輝きは、他の人の心と同じように大好きなのよ?…特に、あの日ウィード君と交わしていた心なんて、今でもはっきり思い出せる程素敵だったわ…!いやもう、素敵なんて言葉じゃとても言い表し切れない位の、宝物庫の扉を開いた瞬間みたいな輝きと煌めきが……」

「うわぁぁっ!?い、いりっち!せいっちは君の姉だろう!?傍観してないで、早く引き取ってくれぇぇぇぇッ!」

「あー…はは、うん…うちの姉がごめんね……」

 

 さっきまでの顔付きはどこへやら。緩くも興奮混じりな表情でセイツはくろめを抱き締め、テンパったくろめは赤面と共に目を白黒させてセイツの事を引き剥がそうともがく。けどその間にも、セイツは浮かれた様子で語り続け…最終的にくろめは、幾つもの次元に災厄を起こした元凶だった女神とはとても思えない、その頃の風格なんて微塵もない状態になっていた。…マジェコンヌさんとの差が凄いね…。

 

「…せいっちって、基本真面目で良いやつなんだけどなぁ……」

「そういえば、うずめさんは暫く神次元でセイツさんやプルルートさん、ピーシェさんと過ごしていたのでしたね(´・∀・`)」

「向こうの暮らしも中々楽しかったぜ。…けどやっぱ、信次元が一番しっくりくるんだよな。覚えてなくたって、身体が覚えてる訳でもなくたって……『天王星うずめ』として、感じるものがきっとあるんだろうな」

「…はっ!今度はうずめから、普段は見せてくれない感情を感じるわ…!」

「げっ…い、いりっちちゃんと捕まえててくれよ…?いりっちの事、信じてるぞ…?」

 

 ゆっくりと握った右手の拳を見ながらうずめが呟けば、私がくろめから引き剥がした(くろめは現在浴槽の端っこで警戒中)セイツがまたもやテンション急上昇。…うん、これはちゃんと捕まえておかないとね。信じてる、なんて言われちゃったら応えない訳にはいかないし。

 と、いう訳で私がセイツの両肩をがっしりと掴んでいると、イストワールさんは苦笑いを浮かべ、うずめもそれに肩を竦める。さっきうずめは信次元がしっくりくると言っていたけど、顔を見合わせる二人の姿も、どこか長い付き合いのような雰囲気があって……

 

「…昔のオレは、こうだったのかな……」

 

 懐かしむような、惜しむような…そんな声が、くろめから聞こえた。さっきまでは精神的なダメージを受けつつもセイツを警戒していたくろめが、そんな呟きを漏らし…遠くを見るような瞳を浮かべる。

 

「…くろめさん……」

 

 それに反応したのはイストワールさん。見つめるイストワールさんの表情に写っているのは、複雑そうな感情の色。

 さっき私は、イストワールさんとうずめを長き付き合いのようなと評したけど、実際二人は…守護女神であった『うずめ』とイストワールさんとは、今のネプテューヌとイストワールさんの様な感覚だったらしい。つまり、今のくろめの発言はその言葉通り、過去の自分を客観的に見ているようなもので……後悔があるのなら、それはその人にとっては辛く映るものだと思う。

 そして、イストワールさんも複雑な表情を浮かべているのは…イストワールさんが、くろめの…天王星うずめという女神の事を忘れていたから。厳密に言えばうずめに関する情報が検索出来ず、出来ないという事すら気付かない状態になっていたからであり……イストワールさんにとって『思い出せない』という事は、ある種のアイデンティティクライシス。忘れていたという、くろめへ対する純粋な申し訳なさもそこに加わったのであれば、悲しさと不甲斐なさ…その両方があるに違いない。

 

(しかも、その忘れていた理由、原因も、くろめの妄想能力絡みらしいんだから、くろめの方は複雑なんてレベルじゃないよね…)

 

 私も何か声をかけてあげたいけど、なんて言ってあげれば良いのか分からない。こういう時、ネプテューヌだったら思いのままに、感じたままに何か言ってあげるんだろうけども、それはネプテューヌだからこそ出来るもの。変な事を言ってしまった場合、下手すると逆に二人へ気を遣わせてしまう事もある訳だから、考えなしに言うなんて出来なくて……

 

「うぅ…もうちょっとくろめがちゃんとしてれば、こんな事にはならなかったんだよね…でもくろめの事だから、きっとしっかりしてても早かれ遅かれ同じような結果に……」

「うん?…あー、【オレ】、落ち着け〜。ネガティヴスイッチ入ってんぞー…」

 

……そうこうしている内に、くろめはぶつぶつとネガティヴ発言をするようになってしまった。そしてそれを見て、うずめは「またかぁ…」という表情に変わる。

 思考が負のスパイラルに陥ってしまう状態。うずめの妄想状態の様に、くろめは時々その状態になってしまう。どうも前向きなうずめとは逆に、後ろ向きの思考になり易いのがくろめらしくて…ネガティヴな妄想が実現化される、って事は基本ないから危険はないものの、放っておく事もまた出来ない。

 

「どうすっかなぁ…こういう時はウィードに任せるのが一番なんだが、ここに呼んでくる訳にもいかねぇし……せいっちにまた抱き着いてもらうか…?」

「わたしをショック療法のアイテムにするのは止めて頂戴……あ、でも今のくろめも魅力的ではあるわよ?勿論この状態を肯定するつもりはないけど、落ち込んだ感情も明るい感情とは違う魅力があるっていうか、励ましたい気持ちにもなるっていうか……」

「ちょっ、セイツ戻ってきてー…。くろめだけじゃなくて、セイツまで応答なしなったら手に負えないから……」

 

 こっちまで一人でぶつぶつ言いだしてしまったセイツの肩をゆさゆさと揺りつつ、私は考える。軽度なネガティヴ思考なら声をかけ、我に返らせるだけで何とかなるけど、そうじゃない場合はそもそも声が届かない事が多いから……ちょっとアレな方法だけど、セイツにまたスキンシップを取ってもらうのは、実は結構有効だったりすると思う。

 でも我に返ったとしても、ネガティヴ思考が止まるかどうかは別の話。つまり結局はセイツに頼む以外の方法も必要な訳で…そんな風に私が考えている中、ざばり、という音と共に、うずめが湯船の中から立ち上がった。

 

『…うずめ?』

「身内…ってか、自分自身の問題だからな。ウィードを頼れねぇ以上…俺がなんとかしてみせるさ」

 

 その言葉と共に、うずめは端にいるくろめの方へ。そしてくろめの前で身を屈めると…おもむろにチョップ。

 

「ていっ」

「どうせくろめは…痛っ!?」

「なーにオレなんかどうせ…的な事言ってんだ、自分の立場を考えて変になるモンスターかっての。てか、そんなに強く叩いてないんだから痛い筈ないだろうが」

「…叩いといてなんだその態度は…酷いなんてものじゃないぞ……」

「それで言うなら、のんびりした風呂の時間を微妙な空気にした【オレ】はどうなんだよ。誰かに何か言われたならまだしも、自分から勝手に落ち込んでってどうすんだよ」

 

 ジト目で見上げるくろめに対し、うずめは両手の拳を腰に当てて、問い詰めるように言葉を返す。するとくろめは黙り込んだまま目を逸らして…うずめははぁ、と溜め息を漏らす。

 でもそれは、失望の類いの溜め息じゃない。どちらかというと、呆れ混じりの溜め息で…そこからうずめは言葉を続ける。

 

「ったく…なんでこの場でそういうマイナス思考になるんだよ、【オレ】は。ここはむしろ、また話せるようになったんだ…って、プラスに考えるべき場面だろ?」

「プラスに…?」

「だってそうだろ。【オレ】にとってイストワールは、ずっと前に仲が良かった相手なんだ。その相手と再会出来て、前みたいにまた仲良く出来る…これのどこに落ち込む要素があるのか、俺にはさっぱり分からねぇよ」

 

 マイナスではなくプラス。過去を見て、そこから後悔を抱くのではなく、喜びを感じる。自分だったらそうするのだと、うずめはくろめに言った。間違っていると否定するんじゃなくて、こうした方がずっと良いと伝えるように、くろめへ語った。

 今をプラスに捉えるかマイナスに捉えるか…言ってしまえばそれは、人それぞれ。でも他の誰かがくろめに言うのと、同一人物であるうずめが言うのとじゃ、きっと意味が違っていて……次にくろめが浮かべたのは、皮肉めいた笑み。

 

「その相手と言ったって、今のイストワールと、オレが守護女神だった頃のイストワールは、完全に同じって訳じゃないんだけど、な」

「うっ…そ、そういう細かいところを突いてくるんじゃねぇよ…!」

「ふっ…そんなんだから、大雑把な性格をしてるって思われるのさ」

「あぁ!?誰がそんな事思ってるって!?ありもしない事を、適当に言ってるんじゃねぇだろうな?」

「少なくともオレはそう思ってる」

「いや、だったらそれはお前の個人的な意見じゃねぇか!」

 

 怒りを露わにうずめが言い返す一方で、くろめはクールに…捻くれ具合満載の言葉でうずめをいなす。煽り合っていた昼間とは違い、今はくろめが完全に優位で…どう見ても明るい表情ではないものの、さっきまで鬱屈とした雰囲気はもうない。

 

「…えぇ、と…くろめさん、少しは元気になりました…?( ̄O ̄;)」

「あぁ…情けないところを見せたね、イストワール。…全く、【俺】に気を遣われるようじゃ、いよいよオレにも焼きが回ったものだよ」

「よーし【オレ】、それは俺に喧嘩売ってるんだな?いいぜ、買ってやるよその喧嘩…!」

「ど、どーどー落ち着いてうずめ。お風呂で喧嘩とか、絶対足滑らせるか足を取られるかで転ぶからここは控えて、ね…?」

「いやイリゼ、止め方がそれってどうなのよ……」

 

 さっきはセイツを捕まえておいて、今度はうずめを宥めてと、私も私でまあまあ落ち着けないお風呂の時間。ただそれでも、暗かったり気不味かったりする雰囲気よりは良い。何だかんだ言ったって、賑やかなのは楽しいから。

 

「全く…同じ俺とは思えない位、ほんと性格悪いよな……」

「はは…でも、少し安心したよ。ウィード君抜きでも、二人の仲がそこまで険悪じゃなくて」

「…険悪じゃないように見えるか?」

「少なくとも、話すのが嫌だとは思ってないでしょ?」

「……まぁ、さっきも言ったが同じ自分だからな。上手く言えねぇ部分も多いけど、やっぱ放っておけねぇんだよ」

「…そっか」

 

 私を跳ね除けてまで喧嘩しようとは思ってなかったようで、口を尖らせつつもうずめは怒りを納めてくれる。そんなうずめに私が安心したと言えば、うずめは色々な感情の混ざったような…それこそ、誰でもない自分を見つめているような顔を浮かべて、ちゃぽんと湯船に座り直した。

 

「あ、けどムカつく部分は普通に多いな。多いってか…あいつもほんとに俺なのか?違う道を歩んだ並行世界の俺とか、実はもっと離れた存在なんじゃねーかな…」

「そ、それはないと思うけど…(これは…じ、自己嫌悪の一種なのかな…何せ同じうずめだし……)」

「…ね、イリゼ、うずめ」

 

 何だかほっとした…のも束の間、今度はうずめの方がぶつぶつとくろめへの文句やら変な疑念(?)やらを小声で言い出してしまい、それに私は苦笑い。でもそこでうずめ共々セイツに呼び掛けられて、何だろうと思いながらセイツが視線で示す方向を見れば……そこではイストワールさんとくろめが、ゆっくりと話をしていた。

 特段盛り上がっている訳ではない、内容も雑談ではなく仕事絡みの、一見するとそこまで楽しそうにも思えない会話。でも、イストワールさんもくろめも、浮かべる表情は決して悪くなくて……やっぱり、しっくりくるなと思っていた。うずめがイストワールさんと話していた時とは、少し違う雰囲気だけど…違っても尚同じだなと、私は感じた。

 

(…オリゼとイストワールさんも、そうなのかな……)

 

 ふと私が思い出すのは、二人の関係。ブランの見立て通り、私が共に過ごしたオリゼは別次元の存在ではなく、今ここにいる私を生み出してくれたもう一人の私ならば、オリゼとイストワールさんは互いに面識があるという事になる。でも今のイストワールさんは、オリゼを知ってはいても、覚えていない。記録にはあっても、記憶にはない。

 何故ならそれが、イストワールさんだから。詳しくは私も最近知った事だけど、イストワールさんは変化する時代に対応する為、また代々仕える女神からの影響を受ける事で、現代に至るまで数度のアップデートをしているらしい。そしてそれは、記録者としての能力や記録した情報を保持しつつも生まれ変わるようなもので、さっきくろめが言っていたのもそういう事。つまりイストワールさんにとってオリゼは、創り出してくれた親であると同時に、一番初めの自分が仕えていた女神でもある訳で…それはどんな感情なのか、訊かない限りは想像するしかない。訊いたとしても、理解出来るか分からない。

 だけど…多分、悪い事じゃないと思う。それは、今も、オリゼの時も、イストワールさんの表情を見ればよく分かる。それ位は訊かなくたって理解出来る。…何せ私は、イストワールさんの妹だから。

 

「…あ、そうだ。うずめ、くろめ。もし良かったら、今日は皆で一緒に寝ない?折角だもの、寝る前にも色々と話しましょ?勿論イリゼとイストワールも、ね」

「い、一緒にか…?…せいっちとってのは少し不安が残るが…イリゼと一緒に寝るってなると久し振りにだもんな。構わないぜ」

「…まあ、オレも構わないよ。せいっちと隣接する場所で寝るのは御免だけどね」

「二人共酷くない!?い、言っておくけどわたし、抱き着き魔とかじゃないからね!?」

((さっき抱き着いておいてそれを言うかぁ……))

 

 セイツがショックを受ける一方、私は…というか、多分全員が呆れ混じりの感想を抱く。まあ、それはそれとして、セイツの提案は私やイストワールさんも賛成し…今日の夜は、皆で一緒に寝る事となった。

 特務監査官と監査対象が仲良く寝るっていうのは、どうなんだろう…って気持ちもある。でも、仕事は仕事、友情は友情。感情ってのは簡単に割り切れないものだけど…だからって頑なになり過ぎる必要もないと思う。だって私達女神は…心の尊さを、よーく知っているんだから、ね。

 

 

 

 

 

 

「……なーんか、ずっと向こうは賑やかだなぁ…良いなぁ…。…あ、いや別に、邪な感情はないぞ!?今のは単に、賑やかで良いなぁってだけの事だぞ!?……って、一人で何言ってるんだろうな、俺…」




今回のパロディ解説

・某浴場専門の設計技師
テルマエ・ロマエの主人公、ルシウス・モデストゥスの事。セイツはタリの時代と現代の二つを知っているので、ある意味似て…るとまでは言えませんでした、はい…。

・「〜〜自分の立場〜〜モンスター〜〜」
MOTHER2に登場するモンスターの一体、オレナンカドーセの事。くろめの一人称は「オレ」ですしね。作中の状態的には、クロメナンカドーセ、ですが。


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第四話 墓石に刻まれし罪

 先任であるイリゼから後退する際、特務監査官は単独の人に対する役職ではなく、特務監査部に所属する人の役職となった。そして、曖昧な立ち位置だった特務監査は、信国連に属する組織という形になった。…まあ、特務監査部という形になった時点じゃ、信国連はまだ正式発足していなかったから、後から特務監査部が信国連の組織の一つとして編入された…って形らしいんだが。

 とにかく、そんな経緯を持つ特務監査部に、俺は所属する事になった。…うん、訳が分からない。今振り返っても、いつ振り返っても、いや絶対おかしいだろ…としか思えない。だって俺、元一般人だぞ?今はまぁ、色々あって一般人とは言えないが…それにしたって、監査…それも女神や教会を主な対象にする、かなりの権限を持つ立場になるなんて、これっぽっちも想像していなかった。勿論、俺の立場はうずめとくろめありき…というか、二人が特務監査官としてばっちり機能するように、サポート要員として登用されたってのは分かっているが、本当に世の中何があるか想像も付かない。

 そんな俺の、特務監査官となった俺の初監査は、イリゼの国である神生オデッセフィア。案の定俺はうずめとくろめの補助員みたいな感じになり、監査においてはあんまり役に立ってなかったかもしれないが…それは初めから分かっていた事。出来ない事、役に立てない事に目を向けるのではなく、出来る事を頑張ろうと俺は一日頑張り…神生オデッセフィアにて、俺は滞在二日目を迎えた。

 

「んー…やっぱ、緊張してたんだなぁ…」

 

 早朝。目覚ましが鳴るより早く起きた俺は、今や日課な訓練をするべく部屋を出て、廊下を歩いている。監査中はやる時間がねぇかなぁと思っていたが…折角早めに目が覚めて、しかも眠気もないんだから、この時間を有効活用しない手はない。

 熟睡出来た実感がある。昨日はベットに入ったらすぐに寝てしまって、その後は朝まで一度たりとも起きなかった。これはきっと、初監査って事で無意識に緊張し、精神的に疲れてたから…ってのは、まぁいいか。そんな話をしたって、別に面白くもないしな。

 

「……うん?」

 

 教会の庭に出るにはこっちだったかな…と思いながら歩いていたところで、ふと見つけたのはくろめの姿。

 くろめは迷いのない歩みで廊下を進んでいく。向かっているのは、教会の裏手側出入口がある方向で…初め俺は、くろめも朝の散歩だろうかと思った。…だが、違う。歩いていくくろめの背中、そこから感じる雰囲気で、俺は気付いた。くろめの目的に、くろめがこれからしようとしている事に。

 

(…くろめ……)

 

 一瞬迷い、俺はそのままくろめを見送る事を選ぶ。呼び掛けたり、付いて行ったりしても、くろめは拒絶しないだろうが…これは、デリケートな事。悩んでいたり、困っていたりするなら、迷わず声を掛けるが…そうでないなら、黙って見送る事もまた、一つの選択肢である筈だ。……そう。これは本当に…心の深いところに関わる事だから。

 そして、見送った俺は思い出す。あの日知った真実を。あの日目の当たりにした──くろめの咎、その果てを。

 

 

 

 

 それは、暫し前の事。今日と同じように普段より早く目が覚め、偶々同様に目が覚めていたうずめと、プラネタワーのバルコニーで街並みを眺めつつ話していた…そんな時だった。

 

「…んぁ?くろめ?」

「え、くろめ?」

「ほら、あそこ」

「…うー、ん……?」

 

 不意に、くろめの名前を呼んだうずめ。何事かと思って訊き返すと、どうやらくろめを見つけたらしい。

…が、うずめが示す方向を見ても、俺にはさっぱり分からない。プラネタワーの上層階にあるバルコニーからじゃ、女神でもなきゃ街を歩く人の事なんて分かりやしない。

 

「だからあそこだって。ほれ、あーそーこ」

「あー…うん、あれか。確かにあれはくろめだな」

「…ウィードお前、絶対適当に言ってるだろ」

「な、何故ばれた…」

「見てる方向がズレてんだからばれるっての。…で、どうするよ?」

「どうするって…何が?」

「このまま何もしないでいるのか、って話だよ。こんな朝早くから出掛けるなんて、なんか妙だろ?」

 

 ジト目で見抜いてくるうずめから目を逸らすと、うずめは呆れたように理由を答え…それから少し真面目な顔で、おかしくないかと言ってくる。

…まあ、確かに妙と言えば妙だ。こんな時間じゃ大概の店は閉まってるし、早朝からの仕事だってなかった筈。けど……

 

「単に目が覚めて、折角だから朝の散歩でもしようと思った…とかじゃないのか?現に俺とうずめも、二度寝するんじゃなくてこうしてる訳だし」

「ま、そうかもな。これが他の誰かだったら、俺だってそう思うさ。けど……」

「…くろめだから、か?」

 

 言葉を引き継ぐように訊けば、うずめは頷く。その表情へ、更なる真面目さを浮かべながら。

 そんな事ない。くろめの事を、俺は信じている。…そう言いたかった。でも、うずめの気持ちも分かる。客観的に考えれば、くろめ。疑うのは普通だろうし…同じ『うずめ』だからこそ、信じられる事もあれば疑いを抱く事もあるんだろう。…信じる時も疑う時もあるなんて、誰であっても普通の事だけど。

 

「…………」

「…ウィード?」

「…そうだな。確かめに行くか。けど、きっとくろめは……」

「悪い事なんか企んじゃいない、だろ?ったく、散々碌でもない事してきたってのに、こうもウィードからは信用されてるんだから、随分と恵まれてるもんだよな、【オレ】は」

「うん?うずめは、俺はうずめの事だって信用してるぞ?信用してるし、信頼してる」

「んな…っ!?きゅ、急にそういう事言うんじゃねぇよ馬鹿!」

 

 やれやれと言うように、軽く肩を竦めるうずめ。そんなうずめに俺が言葉を…信じてるのはくろめの事だけじゃないんだって思いを返すと、うずめは途端に顔が赤くなり、怒りながら顔を背ける。…うむ、可愛い。とても可愛い。

 

「早起きは三文の徳、って本当なんだなぁ…」

「な、何得した気分になってんだ!そんな事よりさっさと行くぞウィード!見失ったら、ウィードのせいだからな!」

「はいは…ちょっ、速い速い!追い付けねぇから!移動に本気出されると、俺絶対追い付けないからな!?」

 

 誤魔化すようにずんずんと進んでいくうずめは本当に速く、俺は慌てて追っていく。確かに急がないと見失ってしまうだろうが…っていうか、よくよく考えたらタワーの一階まで降りる時点で、普通に見失ってしまうんじゃないだろうか。だってここ、結構上の階なんだし。

 と、思っていたら、うずめはエレベーターではなく階段を駆け下り…というか、どこぞの免罪体質者ばりの動きで飛び降りていって本当にさっさと行ってしまった。どうやらうずめは自分が先行し、携帯(うずめの場合は今の信次元の技術で改造したヴィジュアルラジオ)で俺を誘導するつもりだったらしいが…それは先に言っておいてくれよ、うずめ……。

 

 

 

 

 俺が追い付いてからは、二人でくろめを尾行する形となった。早朝で人が殆どいない分、人混みに紛れて分からなくなる事はなかった一方、逆に人混みに隠れる事も出来ず、その点が少し不安だったが……くろめは一度も振り返る事がなく、尾行するのは容易だった。

 

「…やっぱ、妙なんだよなぁ……」

「だな…どこまで行くんだ…?くろめは……」

 

 まるで止まる事のないくろめは街を出て、でもまだ歩き続ける。歩みからして目的地は決まってるようだが、一体どこまで行く気なのか。

 そう思って俺が言葉を返すと、うずめが首を横に振る。そうじゃないと、俺に返す。

 

「違ぇよ、ウィード。俺が言いたいのは、全然俺達に気付かないんだな…って事だ」

「…それは変なのか?」

「あいつだって女神なんだ。こうも長く尾行されてりゃ、どっかしらで視線なり気配なりを感じて、一回位は振り向いたとしてもおかしくない…ってか、振り向かない方がおかしいんだよ。…【オレ】の事だから、わざと気付かないフリしてるのかもだが、な」

 

…そういうものなのだろうか。気付かない事もあるんじゃないかなぁと俺は思うが、同じ女神…っていうか、同一人物のうずめがそう言うんだから、多分間違っていないんだろう。

 だとすれば、何故くろめは気付かないのか。フリじゃないとするのなら…気付けない理由がある…?

 

「考え事してて、外に意識が向いてないとか…?」

「ずっとそうだってか?それはそれで変な気が…っと、待てウィード…!」

「……!」

 

 待てと言う言葉と共に、近くの木の裏へと引っ張られる襟首。ぐぇっ…となりかけた俺だが、くろめが止まっているのを視認しぐっと堪える。

 止まったって事から考えられる可能性は二つ。一つは道に迷ったってパターン。そしてもう一つは……ここが目的地だって可能性。

 

(…でも、何もない…よな……)

 

 ここまで止まる事なく進んでたんだから、急に迷ったとは思えない。だけどここは、くろめが歩みを止めた場所は、何もないただの丘。疎らに木や茂みがあるだけの、それなりに見晴らしが良い程度の場所で…その見晴らしにしたって、同じ位の場所なら他にもある筈。

 そんな場所が目的地なのか。もしそうなら、何の用があるのか。初め俺にはさっぱり分からず…だがそこで、うずめがある物に気付いた。

 

「…あれ、って…まさか、墓か…?」

「え?…あ……」

 

 呟くようなうずめの声。まさかと思って目を凝らすと…確かにそこには、暮石らしきものがあった。くろめの姿に被ってるから気付かなかったが、丘の先にあるのは暮石に見える。

 

「なんでこんな所に墓が……」

 

 困惑の声をうずめが上げる中、くろめは膝を突き、そこから動かなくなる。今いる場所からじゃ、後ろ姿しか分からないが…墓石の前で動かずやる事なんて、一つしかない。

 

「…………」

「…………」

 

 俺もうずめも、影からくろめを見続ける。やっぱりくろめは悪事を働こうとしていた訳じゃなかったが…目的が墓参りだったとするなら、あんまりほっとした気分になれない。

 そして、くろめが動かなくなって暫く経つが…未だにくろめは微動だにしない。墓の前で、祈り続ける。

 

「…そういや【オレ】って、いつも朝は見かけねぇよな…もし毎日、こうやって墓参りに来てたなら…どこぞのコピー忍者じゃねぇか……」

「え、縁起でもない事言うなようずめ…もし本当にそういう感じの事だったら……」

「う、悪ぃ…。…けど、墓な以上、明るい話じゃねぇのは間違いないだろ。誰の墓かは分からないが、こんな朝から来るって事は……」

 

 複雑そうな表情をし、それでも墓参りである以上避けられない可能性に触れるうずめ。俺もそれは否定出来ないと、うずめの話に頷こうとした…その時だった。ここまで微動だにしていなかったくろめが、突然ふらりと倒れかけたのは。

 

『……っ!?』

 

 一切の前触れなく起こった事に、思わず数歩出てしまう。ギリギリでくろめは手を突き、転倒を避けた事で俺も踏み留まったが……数歩分とはいえ近付いた事で、聞こえてくる。くろめの声が。くろめの、懺悔が。

 

「ごめん…ごめんね…全部、くろめの…うずめのせいで…ぅ、ぁっ……!」

 

 今にも泣き出してしまいそうな、くろめの声。続けて聞こえたのは、苦しみも籠らせた呻き。

 分からない。強い悲しみと後悔をくろめが背負っている、ただそれしか分からない。けど俺は、だとしても俺は、くろめが悲しみ苦しんでいるというだけで、居ても立っても居られなくなって……

 

「…少し、待ってもらえないかな」

 

──次の瞬間、背後からの声が俺を止める。落ち着いた、深みのある声が俺を止め…その声の主が、俺達の側へ姿を現す。

 

『え…海男……?』

「おはよう、うずめ、うぃどっち。くろめはともかく、君達も随分と早起きだね」

「や、今日は俺もウィードも偶々早く目が覚めて…っていや、そんな事より…少し待てってのは、どういう事だ?…海男は、何か知っているのか…?」

 

 驚きから二人で同じ反応を返すと、海男はいつもの通りに、普通に朝出くわしただけのように挨拶をしてくる。それにうずめが違うと答え…それから今さっきの言葉について、怪訝な表情と共に切り込む。

 

「…あぁ。オレは知っているよ。いや…分かっている、と言うべきかな」

「…いつになく意味深な言い方だな、海男」

「…話して、くれるのか?」

「勿論。こんな言い方をしておいて、話さないというのはあんまりだからね。…けど、それでいいのかい?話すのは構わないが…聞いたところで、君達は良かったなんて思わないだろう。それどころか、聞かなければ良かったと思うかもしれない。それでも、聞くかい?」

 

 うずめがまた返し、俺が訊けば、海男はヒレで腕を組み肩を竦めるという、よく考えたら訳が分からなくなる身振りを見せ…その腕組みを解くと同時に、海男はふっと真面目な表情を浮かべた。元から基本真顔な海男が、更に真面目に、更に真剣な表情を浮かべて、俺達へと問い掛けた。本当に聞くのか。聞いてもいいのか、と。

 気遣いと配慮に余念のない海男がこうも言うって事は、それだけの内容があると思って間違いない。少なくとも、興味本位で聞いたら絶対後悔するんだろう。実際の内容が一切分からない今だって、海男の言葉と雰囲気だけで、そこにある重さは伝わってくる。

 だから、俺はちゃんと考えた。俺の中の思いと、海男の真剣さ、その両方をしっかりと比べて、そして……

 

「…大丈夫だ、聞かせてくれ。たとえ、海男の言う通りだったとしても…俺は、ちゃんと知りたいんだ。くろめの見つめているものを、抱えているものを」

「俺もだ。【オレ】が抱えてるもんは、俺にとっても無関係とは言えねぇからな。それに…ここまできて聞かずに終わらせるんじゃ、どっちにしろ後味が悪くなるだろうよ」

「…そうだね、二人はそういう性格だったね。分かった、ならば全て話すとしよう。けど…そういう事なら、尚更待ってほしい。くろめがここを立ち去るまでは、ね」

 

 覚悟なんて大層なものじゃない。ただ俺は意思を伝え、うずめも答え、俺達の言葉を聞いた海男は小さく笑みを浮かべて頷き…言われた通りに、俺達は待った。海男と共に、くろめが墓石の前から立ち去るのを。

 長かった。普通の墓参りとは比べ物にならない程の時間を、くろめは墓前で費やしていた。どうやら途中で吐き気も催したらしく、激しく咳き込む瞬間もあって…それを海男は、感情の読めない瞳で見つめていた。そうして長い時間の末、行きよりも明らかに疲弊した足取りで墓石の前から離れていき…その状態のくろめを一人にする事に心苦しさを感じながらも、俺達は見送る。

 

「…行ったね。じゃあ、俺達もあそこの前に行こうか」

 

 そう言って、海男は木の影から出る。真っ直ぐ墓石へと向かっていき、うずめと目を合わせた俺も、後に続く。

 墓石と向かい合うようにして止まる海男。その左右から石を見つめる俺達。やはりここにあったのは墓石で……書いてあるのは、何人もの名前。

 

(双葉、ミオ…知らない名前だな…。それに、並んでる他の名前も……)

 

 書かれている名前に目を通していくも、知っている名前は一つもない。この時点で、俺とくろめが共通で知っている人物の墓、って線は消えて……俺が名前を全て見終えた数秒後、海男が口を開く。

 

「二人共。マジェコンヌがダークメガミと融合した時の事は覚えているかい?」

「……?そりゃ、覚えてるが…急に何だよ」

「関係のある話だよ。あの時ダークメガミは、マジェコンヌが融合した事でオレ達のよく知る外見になった。そうだったね?」

 

 突然出てきた、ダークメガミの話。またうずめは怪訝な顔をしながら言葉を返し、俺も「いきなり脱線…?」と思いながら海男を見つめる。

 

「妙だと思わないかい?状況次第とはいえ、女神とまともにやり合える存在を、くろめが何体も用意出来るだなんて。能力ありきとはいえ、出来過ぎてるとは思わないかい?」

「…言われてみれば、確かに…。俺からすれば、女神の時点で色々と規格外な気もするけど、それにしたって無茶苦茶だな…仮に簡単に用意出来る訳じゃないとしても、一人の女神が、複数いれば女神に匹敵…する?…位の存在を何体も用意出来るなんて……」

「うん、そう。そうなんだようぃどっち。もしこれが真実なら、一人の女神が、女神複数人分以上の力を持っているという事になる。もしくろめがそれに特化している、女神としての能力の殆どをそれに費やしているならまだしも……」

「…あぁ。くろめは普通の戦闘能力も、他の女神達と同じ位にあった。少なくとも、俺が知ってる限りでは」

 

 余談ではなく本題。そんな風に続ける海男の発言に、今度は俺が答える。興味を惹かれたというかなんというか…そんな事よりこの墓石の話を。そう言いたくはならない程度には、これも気になる話だった。

 

「なら、二人はこれをどう思う?くろめが何故そんな事を出来るのか、何か思い付くかな?」

「……シンプルに、くろめ…というか、うずめが滅茶苦茶凄いとか?」

「ふふ、それも可能性としてはあり得るね。女神は工業製品じゃないんだから、女神の中でも規格外な存在が誕生する事だってあるだろう」

「けど、そうじゃない…って感じの言い方だな。だったら……【オレ】一人の力じゃないとかか?それこそ【オレ】は、レイと協力してたんだしよ」

「…流石はうずめ。完全ではないにしろ、惜しいと言っても差し支えない答えだよ。……或いは…同じ『うずめ』だからこそ、自然と発想も同じになる、という事かな…」

 

 穏やかに笑った後、どこか遠くを見るような目となる海男。それから海男はまた笑う。けどそれは、いつもの優しさと落ち着きのあるものではなく…どこか、皮肉めいた笑み。

 

「話を戻そうか。完全正解ではないにしろ、うずめの答えは近いものだ。…要は、くろめは外部の力を用いていたんだよ。ダークメガミを作り出しているのは間違いなくくろめだが、くろめが作り上げているのは、あくまでダークメガミの身体とシステムだけ。ダークメガミを動かす力は、中核となるものは、くろめの力を持ってしても自前で用意する事は出来なかったんだ。…強大な存在を、求めたが故にね」

「一人の力じゃねぇから、あんだけ強いダークメガミを何体も用意出来たって訳か。…だとしても、最初はダークメガミ一体ですらとんでもねぇ脅威だった事を思えば、無茶苦茶な事には変わりな……」

「…うずめ?」

 

 肩を落としながら話していたところか、不意にうずめは口を閉ざす。何かと思って俺が見れば、うずめは口元に手を当て、険しい顔で呟きを漏らす。

 

「……ちょっと、待て…外部の力、中核…海男は最初に、ダークメガミの事をじゃなくて、『マジェコンヌがダークメガミと融合した時』って言ったよな…?…それって、まさか……」

 

 まさかと言いながら、うずめは墓石を見やる。墓石を見て、その視線を海男に移す。そして、何かに気付いた様子のうずめに頷き…海男は、言った。

 

「…ああ、その通りだようずめ。ダークメガミの中核、ダークメガミを動かす源となっていたのは──くろめにそう仕向けられた、人間『だった』者達だ」

「な……ッ!?」

 

……耳を、疑った。反射的に、そんな訳ないと、そう思った。けど…否定は、し切れない。うずめがくろめを疑ったように…そうするだけの根拠があるから。くろめがしてきた事を思えば、人を兵器の核に利用していたというのも、あり得なくはない事だから。

 

「あんにゃろう…そんな事してやがったのか……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ…海男、それは本当の事なのか…?それ位の裏がなきゃおかしいっていう推測じゃなくて、本当の話なのか……?」

「信じるかどうかはうぃどっち次第だよ。信じられないと言うなら…信じたくないのなら、それでもいい」

 

 吐き捨てるようにうずめが言う隣で、俺は海男に訊く。そうであってほしいと思いながら、願いながら。

 それに海男は、俺次第だと返した。推測だとも、ましてや冗談だとも言わなかった。信じたくないならそれでいい…それは、俺達を騙す意図がない限り「自分は本当の事を話している」と言っているようなものであり…海男が俺達を騙す理由もない。

 

「…くろめ……」

「ウィード…って、うん…?……なぁ、海男。俺は海男を疑う気はねぇよ。けど…ダークメガミは、人を中核にすれば動くのか?こういう言い方は好きじゃねぇが…普通の人間で、あれだけの存在の核が務まるのか?」

「ダークメガミの中核となったのは、普通の人間じゃないんじゃないか…うずめは、そう言いたいのかい?」

「そういう事だ。それに…なんで海男が、そんな事を知ってるんだよ。推測じゃないってなら、くろめから訊いたのか?それとも……」

 

 信じたい思いはある。けど、プラネタワーを出る前のような、自信は持てない。…だから、辛い。海男の事だって信じられるからこそ、何も言葉が出てこない。

 そんな中で、うずめがまた海男に問う。問われた海男は、感情の読めない顔で返す。素晴らしく冴えているね、今日の君は…と。

 

「茶化すなよ、海男。…いや…もしかして、海男もあまり話したくない内容なのか…?」

「…そうではないよ。けど…感傷的な気分になっている、ね。これはある意味、オレの…『海男』のルーツでもあるんだから」

「海男の、ルーツ……?」

 

 自分でも気付かぬ内に俯いていた俺は、今の言葉で顔を上げる。海男のルーツ、その言葉に引き付けられていくように。

 

「うずめ、君の言う通りだよ。普通の人間では、ダークメガミの中核は務まらない。存在としての力という意味でも、ダークメガミ…女神の力によって生み出された存在への適応という意味でも、ただの人間じゃ力不足だ」

「だったら、ダークメガミの中核ってのは……」

「言っただろう?人間だった、と。それは何も、ダークメガミと融合した事で人とは呼べなくなったという意味じゃない。…君達も、知っているんじゃないのかい?とある次元には、普通の人間が人ならざる存在になる、人を遥かに超える力を得られる物質があると」

「それ、って……」

「女神メモリー…?…って、事は……」

「そういう事だよ、うぃどっち、うずめ」

 

 こくりと頷く海男に、俺達はまた息を呑む。…と、同時に…少しだけ、納得もいってしまった。女神が核になっているなら、あの強さも理解出来ると。女神複数人分の強さじゃなくて、実際に女神複数人だったって事なら、納得出来てしまう。

 

「いや、でも…女神メモリーって確か、使えば誰でも女神になれる訳じゃないんだろ…?けどダークメガミは、何体もいた…これは、おかしいんじゃないのか…?」

「そう、誰もが女神になれる訳じゃない。…だとしても、女神としての力には不適合だったとしても、性能を落としたダークメガミの核にはなれるのさ。それがダークメガミと呼ばれるタイプであり、女神を核としたものが……」

「プロトダーク、か。…気分の悪い話だが、理解は出来た。その分、余計にこんな事を海男が知ってるのが不可解に思えてきたけどな」

 

 俺の疑問に海男が答え、うずめは聞いた話に表情を歪めながらも頷く。

 こういう話を聞いたとしても、俺のくろめに対する思いは変わらない。くろめが大切だって気持ちは揺るがない。でもやっぱり、くろめがそういう事もしてたんだって思うと、そのせいで犠牲になった人達がいるんだって思うと、やり切れない思いが俺の中にはあって…また俺は、墓石を見る。

 

(…同意は、あったのか…?理解してりゃ良いって事でもないけど、もしそれすらなかったなら…騙して核にしたのなら……)

 

 並んだ名前の数は、犠牲の数。くろめが奪った、未来の数。今のくろめはそれを悔いて、だからこうして謝っているんだろうが、多分この墓自体もくろめが作ったんだろうが……犠牲になった者達は、これをどう思うかなんて分からない。この双葉ミオという人物は、並ぶ名前の全員は、今のくろめを……

 

「……あ、れ…?」

 

──その瞬間、俺の思考の中に引っ掛かりが生まれた。それは何?それは何故?…それは、一番上の人物…双葉ミオという名前に対してだ。

 何の変哲もない、普通に見える名前。けど…これは、なんて読む?ふたばミオ、か?そのまま読んだら、そうなんだろう。でも…そうじゃないとしたら?違う読み方、だったとしたら……?

 

「……そんな…まさか…」

「…ウィード?」

「…どうやら気付いたみたいだね、うぃどっち」

「き、気付いた?何がだよ、気付いたって…」

 

 鳥肌が立つ。怖気とも違う…信じられない現実を目の当たりにした時の様な、身体が思考に追い付いていないような感覚に包まれる。ただの偶然かもしれないと思ったのに…海男の発言によって、「まさか」は確信に変わってしまう。

 

「…名前、だよ」

「名前…?」

「この名前…もし読み方が、『ふたばミオ』じゃなかったとしたら…?」

「へ?…ふたば、じゃないなら…そうば、そうよう…辺りか?」

「…そうよう。俺は、そう読むんだと思ってる。そうようミオ、これがこの人の名前なんだ。…そうなんだろ、海男」

「お、おう?ウィード、なんでそれを海男に……海男、に…?」

 

 話しつつ海男を見れば、海男は首肯する。この流れで海男は振った事に、うずめは不思議そうな顔となり…次の瞬間、その表情が固まる。そして…うずめも、気付く。

 ああ、そうだ。そうなんだ。双葉(ふたば)ミオじゃなく、双葉(そうよう)ミオなんだ。だから海男は知ってるんだ。だって、海男は……

 

「…そうよう、ミオ…()()()()()()……じゃあ、まさか…海男が、知っているのは……」

「──オレは、彼女を…『うずめ』を信じた。思い詰めるうずめを助けたい、力になりたい…その一心だった。そして、目が覚めた時…オレは、オレになっていたのさ」

 

 震える声で、言葉を紡ぐうずめ。言葉遊びのような、一つの答え。それに答える海男の言葉は、表情は……俺達の行き着いた答えを、肯定しているも同然だった。

 

「ふっ…我ながら、自分の名前がこんな変換に対応していると気付いた時は軽く笑ってしまったよ」

「いや、笑えねぇよ…全くもって笑えねぇし、目が覚めた時っていうのも分からねぇし…本当に、何があったんだよ海男……」

「そこまでは、オレも分からないんだ。ただ…くろめは望んだんじゃないかな。それがどれだけ勝手な事だとしても、そこにあるのはある種の驕りだとしても……だとしても、犠牲とした者が安らかにいられる事を。その結果がこれ、というのは何とも皮肉だが…ね」

「あ……」

 

 右手で顔の片側を押さえるうずめを見て、海男は軽く肩を竦める。その中で語られた内容を聞いて、俺は思い出す。

 少し前に、俺は聞いた。くろめ自身から、くろめの妄想能力についてを。自発的に、狙って妄想を現実のものと出来る反面、大概は結果が多かれ少なかれ歪んでしまうというくろめの力を。

 もし、それがさっき…くろめがこうして墓参りをし、悔悛する度に、使われていたのだとしたら…その結果、モンスターに転生という、歪んだ形で実現したのだとしたら。くろめが悔いるより前に、海男は存在していたのも、イリゼとオリゼに関する推測と同じように、常識なんて通用しないって事なら…海男の言っている事は、正しいのかもしれない。

 

「…なぁ、海男…だったらもしや、エビフライやぬらりんも……」

「そういう事だよ。そして何の因果か、オレ達はうずめと出会った。それから先は、うずめの知っている通りさ」

 

 崩壊したあの次元…零次元で出会った、意思疎通の出来るモンスター達。俺等が仲間だと思っていた、仲間として接してくれていた彼等が皆、くろめの犠牲者だった?

 だとしたら、それは……嗚呼、確かにそうだ…確かに海男の言う通り…聞かなければよかった、そう思えてしまうような事だ。

…けど、俺はまだマシな方だろう。本当に辛いのは、俺よりも……

 

「…じゃあ、なんで…なんで海男は、皆は…俺と普通に、接してくれてたんだよ…。俺は、皆にとって未来を奪った…復讐してやりたくなるような相手だろ…?なのに、なんで……」

 

 憔悴すら感じさせる表情と声で、うずめは言う。うずめにとって、くろめは文字通り他人じゃない。違う自分であっても、自分は自分で…そんなうずめが自分の事の様に責任を感じるのは、罪悪感に苛まれるのは、考えなくても分かる事だった。

 俺が、何か声をかけるべきだろうか。…いいや、違う。これは、うずめと海男の話だ。だから俺は、何も言わずに二人を見つめ…海男は小さく息を吐いた。それからうずめの事を見つめて、言う。

 

「…初めは、そうだった。『うずめ』の事を憎んではいなかったけど、前と同じようには見られなかったし…君に仕返しをしようと考える者もいた。君を支え、信頼を得た上で真実を明かし、絶望を与えてやろう…実際のところ、全体としてはそんな考えだったんだよ、オレ達は。さっき、憎んではいなかったとは言ったけど…そんな意見を断固否定しようとは思えなかったのも、また事実だ」

「…………」

「…でもね、うずめ。オレ達は、すぐに気付いたよ。うずめが、オレ達の知るうずめとは違う事を。そして…うずめはいつも、一生懸命だった。君はいつも守る側、オレ達は守られる側だったというのに、君は一度として不満を口にする事などなく、それどころかオレ達に感謝をしてくれた。オレ達を仲間として、友として、信じてくれた。……恨み続けられる訳、ないじゃないか。うずめ…いや、くろめ本人ならともかく…君とくろめは違う。同じうずめでも、オレ達の知るうずめとは違う君を、優しく強く…けれど一人で抱えがちで放っておけない君に対して、仕返しをしようと思う者は…自然といなくなっていったんだよ」

 

 そう言って、海男は笑う。うずめに対して…友に対して、微笑みかける。

 本心なんだろうか。…そんな風には、思わなかった。本心なんだろう。海男の語りは、表情は、自然にそう思えるものだった。そして、そんな思いを抱かせたのは…そんな思いに変えたのは…誰でもない、うずめ自身。

 

「…海、男……。…ははっ…ほんと、優しいな…皆は…」

「違うようずめ。これはオレ達が優しいからじゃない。君の行動の、誠実な思いの結果だ」

「……っ…ごめん、それと…ありがとう…」

 

 自分ではなく相手に、海男達に理由があるものとしようとしたうずめに対し、諭すように海男が返す。その言葉に肩を震わせ、胸の前で右の手を握りながらうずめが感謝を伝えれば、海男は頷いて、それから俺の方を見て、一つウインク。そんな姿に「ヤバい…海男本当に格好良いな…」と思いながら、俺はきっと色んな感情が渦巻いているのであろううずめの肩に手を回し、自分の方へと軽く寄せた。……あれ、でも…この話が本当なら、海男…いや、ミオが女神メモリーに適合していた場合、元女神って事になるよな…って、事は……え、海男って実は女性…?

 

「うん?どうかしたかい、うぃどっち」

「あ、い、いや別に…。…そうだ…海男、この事をくろめは知っているのか?もし知らないなら、教えてやればきっと……」

「…きっと、何かな?」

「え…?」

 

 ダンディな紳士感溢れる海男が女性…?…というショックに内心戸惑っていた俺は、半ば誤魔化すように…けど今浮かんだ、本当に気になる事を口にする。俺としては他意のない、知らないのならただ教えてあげたいという思いだけで…けどその瞬間、そう言った瞬間、ふっと海男の雰囲気が変わる。

 

「もしくろめがこれを知ったら、少しは安心する、かい?それとも、救われる、かい?…そうだね、そうかもしれない。彼女にとって、自らの行いを悔いている今のくろめにとって、どんな形であれオレ達が生きていると知ったら、重い心の荷が一つ降りる事だろう。…けど…それは流石に、虫が良過ぎる話だろう。うぃどっち、君は…くろめのした事が、後で償えば済むような事だと思うかい?」

「…そ、れは……」

 

 静かに返す海男の声に籠っているのは、固い意思。冷たいとも違う、確固たる思い。その返しで俺は言葉に詰まり、うずめはまた肩を震わせ……でもそこで、また海男の雰囲気は変わった。少しだけ緩み…元の海男らしさが戻った。

 

「すまないね、うぃどっち。何も君を責めるつもりはないし、君がそう思うのも当然の事だ。…でもね、これがオレの、オレ達の思いなんだ。くろめはくろめなりに抱えていた思いがあるともう知っているし、自分の行いを悔い、償おうとしている今のくろめを苦しめたいとも思わない。だけど、それでも…許せはしないんだ。責めはしないけど、許しもしない。それが、オレ達の総意だよ」

「…そ、っか…そうだよな……」

「…まあ、くろめもくろめで、見境なく犠牲を重ねていた訳ではないんだけど、ね。それに、信じられないかもしれないが…意外と、この姿での日々も楽しいものなんだよ。結果論ではあるけど、こうなった結果、君達や多くの人にも出会えた訳だしね。そういう事があるからこそ…なんだかんだ言っても、許しはしなくても、オレはくろめに、罪を背負い、償い続けるだけの未来は歩んでほしくないんだ。…だから、頼むよ?うぃどっち」

「…ああ、任せろ。俺だってくろめをただ肯定する気はないさ。けど、その上で…俺は絶対に、くろめを幸せにする。くろめも、うずめも、幸せする。…どっちも俺にとって、大切な存在なんだからな」

 

 責めはしないが、許しもしない。そんな意思を、くろめへ対する自分達の在り方を示した上で、海男は悪い事ばかりではないと言い…そして、笑った。頼むよと、言ってくれた。

 ならば、俺はそれに応えるだけ。普通なら仕返しを、復讐をしたっておかしくない皆がそうしない事を選び、海男がくろめに対して破滅ではない未来を望んでくれるのなら……俺はくろめの償いの道を共に歩んで、その上で必ず幸せにする。

 

「…さて、オレからの話は一先ずこれまでにしようか。まだ何か、訊きたい事はあるかな?」

「いや…今は、大丈夫だ。うずめは何かあるか?」

「俺もいい。…って、いうか…い、いい加減離せウィード…!よくよく考えたら、何海男が見てる前で普通に肩に手を回してるんだよ…!?」

「あ、それはごめん…」

「ふふふ、仲睦まじくて結構じゃないか」

「見られるのは恥ずかしいんだよ…ッ!」

 

 逃げるように俺から離れていくうずめ。俺も俺でちょっと恥ずかしくなって頬を掻くと、海男は微笑ましいとばかりに笑っていた。くっ…そういう顔をされるのも恥ずい…!

 

「あーもう、用事は済んだし帰るぞウィー……」

「…うずめ?」

「…その前に…俺も少しだけ、いいか?」

「…勿論だよ、うずめ」

 

 ド、は?…と思いながら俺が訊く中、帰ろうとした動きから振り向いたうずめは、また墓石の前へ。そこで海男からの頷きを受けると、墓石を見つめ…目を閉じた。

 それを見て、俺も同じように目を閉じる。俺がこうして祈ったって、何にもならないかもしれないが…皆、赤の他人じゃないんだ。知っている仲間なんだ。だったら…祈る位していい筈だって、俺は思う。

 

「…ありがとな、付き合ってくれて。海男は…どうするんだ?」

「オレも戻るとするよ。やっぱり普通に外に出るのは、騒動の元になりかねないからね」

「と、言いつつ同行者がいない辺り、分かった上で一人…じゃなくて、一匹で出てきたんだな…」

 

 おいおい、と思いながら俺が半眼で見ると、海男は曖昧な笑みで誤魔化してくる。それを見た俺とうずめは肩を竦め合って…それから海男と共に、プラネタワーへと戻る。

 これは、今日知った事は、簡単に飲み込めるものじゃない。知らない方が良かった…そうも思えるような事。けど…やっぱり俺は、思う。聞いたのは、知ったのは、間違いじゃないと。くろめと共に歩むなら、知っておくべきだっただろうと。

 俺も、くろめに伝えるつもりはない。海男達の思いを蔑ろにする気は毛頭ない。だけど、代わりに願う。これも、身勝手な思いかもしれないが…くろめも、海男達も…それぞれに、それぞれなりに…幸せになってほしいと。その為に、頑張りたいと。それが俺の……全てを知った俺の、思いだ。




今回のパロディ解説

・どこぞの免罪体質者
PSYCHO-PASS サイコパス 3の主人公の一人、慎導灼の事。女神は普通にパルクールとか出来そうですよね。女神化すれば、そもそも飛べちゃいますが。

・どこぞのコピー忍者
NARUTOシリーズに登場するキャラの一人、はたけカカシの事。仕事に遅れていたら、ほんとにカカシっぽくなりますね。それは最早パロっていうかオマージュですが。

・素晴らしく冴えているね、今日の君は
ファンタシースターオンライン2に登場するキャラの一人、ドゥドゥの代名詞的な台詞のパロディ。海男ならこんな感じな台詞、本当に言ってそうな気がします。


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第五話 結末の先

 する側としてはもう慣れたもの、でもされる側としては初めての監査が、終わった。結果としては…まぁ、正式な結果の公表はまだ少し先だけど、一先ずは「問題なし」という判断を受けるに至った。探られて困るような事なんてないんだから、当然の結果と言えば当然だけど…やっぱり、ほっとする。

 と、同時に監査が終わった事で、うずめ達が神生オデッセフィアに留まらなきゃいけない理由もなくなった訳だけど…もう少しの間、居てくれるらしい。居てくれるっていうか、普通に神生オデッセフィアを観光したりのんびりしたりするつもりとの事で…まあなんであれ、留まろうと思ってくれたのは嬉しい。だって、それは神生オデッセフィアを、追加でもう少し留まりたいと思ってもらえたって事だから。

 

「そういやいりっち…っていうか皆は、結構前からライブとかやってるんだよな?」

「うん、そうだよ。初めての時はびっくりしたなぁ…だって、私は別の場所で戦ってたのに、大々的に呼ばれた…っていうか、出る一択の状況にされちゃったんだもん」

 

 今…というか今日は、三人共教会でゆっくりのんびり。そこで私はお菓子を作って振る舞い、そのまま四人で駄弁る事に。

 話しながら、その時の事を思い出す。本当にあの時は驚いたし…でもなんだかんだ嬉しかった。待ってくれる皆や、送り出してくれた皆の為に、精一杯やろうと、心からのパフォーマンスをしようと思った。それから何より…楽しかった。

 

「ライブ、か…オレも守護女神だった頃は色々とやってきたけど、ライブという発想はなかったよ。けど、女神の性質を考えれば、中々上手い政策とも言えるね」

「え、えらい冷静に分析するね…。…二人共、ライブに興味あったりするの?」

「うぇ?い、いやいやいや、俺はそういう柄じゃねぇって」

「ふっ…オレにそんな事が似合うと思うかい?」

「…俺は、見てみたいけどなぁ…今の姿でも、女神の姿でも、似合わないなんて事は絶対ないだろうし…」

 

 ほんのり恥ずかしそうにしながら否定するうずめと、薄く笑い、暗に「自分には合わない」と返してくるくろめ。そんな事ないと思うけど…と私が思っていると、そこでウィード君が呟いて…ウィード君の呟きが聞こえた事で、二人はぴくりと肩を動かす。

 

「…本当に?」

「本当だって。てかくろめは…いや、くろめもうずめも、柄とか似合うかどうかとか抜きにして考えた場合は興味ないのか?勿論、ないならないでいいんだけどさ」

「や、別に興味がないって訳じゃねぇよ…ライブ、っていうか…アイドル自体は、その…良いなって、思う事もあるし…」

「…衣装とか、ダンスとか…?」

「そ、そうそう…マイク持って、会場皆に呼び掛けたり、歌って踊って皆の視線を集めたり、時にはユニットも組んだりしたら、楽しそう…うん、すっごくキラキラしてて、楽しそうだよねっ♪」

「あ、分かる。パフォーマンスは勿論だけど、歌と歌の間のフリートークとか、観客との掛け合いも楽しそうだし…衣装もふりっふりの可愛いのとか、シュッとした格好良いのとか、色々着てみたいよね〜♪」

「うんうん、うずめもそう思う〜!かっこかわいい衣装着て、後ろの席までちゃんと見えてるからね〜って言って、見てくれる一杯の人と一緒に楽しめたら、絶対素敵だよぉ〜♪」

「かっこかわいい服、良いかも〜♪…ぁ…でも、くろめが出たら、ライブが台無しになっちゃうかも…くろめは暗くて後ろ向きだから、皆も乗ってくれないかも……」

「もー、何言ってるの。そういう時は気分だよ気分♪頑張ろ〜って思って、思いっ切りやれば、心配する事なんてないってば〜♪」

 

 追求するウィード君の言葉で、二人は少しずつ話し始める。どうやら二人共、アイドルに対する興味…というか、憧れ的な感情はあるみたいで、段々と心の内を明らかにしてくれていったんだけど……

 

…………。

 

………………。

 

……………………。

 

(……お、おおぅ…)

 

──なんだか、凄い事になってしまった。うずめだけでなく、くろめまで妄想モードに入ってしまい、しかもその途中でくろめのネガティヴ思考も作動してしまい、軽いカオスが出来上がっていた。…ど、どうしようこれ……。

 

「…くろめの妄想状態自体は前にも見た事あるけど…う、うずめと共演状態になる事もあるんだね……」

「あー、うん。偶にあるぞ…」

「こ、声掛けた方がいいかな…?」

「はは……」

 

 問いに対して返ってきたのは、乾いた笑い。それは恐らく、声を掛けるにしても掛けないにしても、苦笑いを禁じ得ないって事で……つられて私も苦笑い。

…に、しても…くろめがこんな姿を見せるなんて、こんな一面もあるだなんて、思いもしなかった。性格が変わったのか、それとも本来のくろめが…『うずめ』だった頃の部分が戻ったのかは分からないけど、こういう面を見せてくれるって事は、くろめなりに今の日々を、今の信次元を受け入れてくれているんだと思う。

 

「…ねぇ、ウィード君。ウィード君も、うずめも、くろめも…皆、元気?」

「うん?そりゃ、見ての通り元気…って、意味じゃない…よな?」

「まぁ、ね。ちょくちょく会ってるとはいえ、やっぱりどうしても、あの時の事が気になって…さ」

「あぁ…ま、そうだよな。悪い、気を遣わせちゃって」

「あ、ううん。それこそ気にしないで。私が勝手に気にしちゃってるだけなんだから」

 

 私は声を掛けない事を選んだ…って訳じゃないけど、妄想を絶賛展開中な二人を見ている内にある思いを抱いて、それをウィード君へと訊く。元気なのは、取り繕ってる訳じゃないのは見れば分かる事だけど…それでも、訊きたくなった。

 そして、同時に私は思い返す。まだ私が神生オデッセフィアの守護女神となる前…戦いが終わって間もない頃に知った、ある真実の事を。

 

 

 

 

 戦いの中で、ネプテューヌ達女神は本当に頑張っていた。…と、表現するとなんだか偉そうだが、とにかく俺なんかじゃ力的にも精神的にも絶対真似出来ないと思う程、人の為に、次元の為に、戦い抜いた。その果てで、全てを救い、守り切った。…本当に、女神は凄い。勝てたのは、女神の皆だけの力じゃないのかもしれないが…女神あっての勝利、未来なんだと俺は思う。

 けど、戦いが終わったからって、女神はのんびり出来る訳じゃない。国の長である女神の皆は、終わった後も後処理やらこれからに向けた事やらで、何かと忙しくしてて…だというのに、そんな忙しい中で、ネプテューヌ達は俺の…俺達の都合に付き合うと言ってくれた。…前に一度、あの時は果たす事が出来なかった、俺にとっての確かめたい事に。

 

「確かこの辺りに…っと、あった」

 

 途中までは女神化したネプテューヌ達に運んでもらい、周辺まで来た後は降りて、歩いて探した。…前の時はくろめと鉢合わせした事で調べ切る事が出来なかった、あの洞窟を。

 少し歩いたところで、俺はその洞窟を発見。振り返って皆を呼び、皆も洞窟前へと集まってくる。

 

「ここは……あぁ、そうだ…ここだ…」

「…くろめさん…?大丈夫ですか…?」

 

 ぽつり、と呟くように言うくろめの表情は暗い。それに気付いたネプギアが声を掛けると、くろめは問題ないよと返していた…けど、表情は取り繕い切れていない。

 

「…ウィード。お前もここを、知ってたんだな」

「知ってたっていうか…まあ、な」

「おぉ?なんだかこれは、ビックなイベントが起きそうな予感…!やっぱりこれは、付いてきて正解だったかも!」

「付いてきたってか、俺達からすりゃ運んでくれた…だけどな」

「まぁ、いつものネプテューヌらしい発言だよね…」

 

 何やらテンションの高いネプテューヌに対し、うずめが軽く苦笑い。

 ネプテューヌにネプギア、それにイリゼが俺達三人を運んでくれた。女神化にシェアクリスタルが必要なうずめは勿論、くろめも女神化に関しては不安定…というか、少なくとも俺はあれ以降一度も見ていなくて、だから三人の同行はありがたかった。

 ただ、三人は良い息抜きになるとも言っていたけど…多分、くろめが目の届かない所に行くのを危惧した面もあると思う。それは当然の事だし…今後もそうやって懸念されるか、それとも少しずつでも信用されるようになるかは、くろめ次第。

 

「んーと、確認だけどわたし達に何かしてほしい、って事じゃないんだよね?」

「確かめたい事があるだけだからな。ただ、モンスターが出てきた時は……」

「任せて。こんなに女神がいるんだもん、ウィード君に戦ってもらうような事は起こさせないよ」

「イリゼ、同感だけどそれは微妙にフラグ感が……」

 

 大丈夫、と頷くイリゼにネプテューヌが何とも言えない表情を浮かべて、それに俺達は苦笑い。…今の俺なら、ちょっと位のモンスターは対処出来る…と思いたいが……正直、ここに限っては無理かもしれない。ここは、ここだけは。

 そんな風にも思いながら、俺は洞窟の中へ入っていく。同じく過去に一度来た事のあるネプギアと共に先頭を歩き、洞窟内を進んでいく。

 

「…………」

「…おい【オレ】、ぎあっちも心配してたが、本当に大丈夫か?気が乗らないなら、別に外で待ってたって…」

「いいや、行くさ。ここに確かめたい事があるのは、オレも同じなんだ…」

「…ならやっぱ、ここは二人の過去に纏わる場所なんだな……」

 

 後ろから聞こえる、二人のやり取り。あの時はくろめも来たんだから、やっぱりここか、この付近のどこかである事は間違いない。

 と、思うと同時に思い出す。その場に俺はいなかったが、確かうずめは……

 

「…うずめこそ、大丈夫なのか?聞いた話じゃ、前に来た時はあんまり気分が優れなかったんだろ…?」

「あー…まぁ、そうだったんだが…あの時と違って、もう今は自分がどんな存在なのか分かっちまったし…記憶もくろめの側にある以上、何したって思い出せないような気もしちまってるからな…。そう思うとなんか、前の時は感じたものも、今はどうでもよく思えるっていうか……」

「…そう、か……」

「あ、別に気にしなくていいからな?俺だって別に気にしてないってか、こう…ある意味割り切れてる?…感じなんだからよ」

 

 不味い事を訊いてしまったか。そう思った俺だったが、先んずるようにうずめは否定。けど、さっきの言葉も、今の返しも、なら安心だと思えるようなものじゃなくて…空気が、重くなる。元気のないくろめに、悲しさを感じさせる元気を見せるうずめ。それに俺自身、内心じゃ緊張と不安を感じているものだから、普段程明るくなれなくて……そう思っている内に、前来た時の最終地点(って言っても目印なんてないが)を越え、俺達は更に洞窟の奥へ。

 

「…あれ…?あの、皆さん…なんか、段々……」

「うん…この感覚、シェアエナジー…だよね…」

 

 ふとネプギアが上げた声に、イリゼが同意。俺には分からないが、ネプテューヌやうずめ達も感じてるみたいで…こんな場所でシェアエナジーを感じるって事は、やっぱりここなのかもしれない。

 だが、ここまでは何もなかった。もしかしたらあるかもと思ったものが、何もなく…自分自身で分かる確証が今の俺にはないからこそ、緊張が高まっていく。

 

(…ここで、正解なのかもしれない…けど、確かめたとして、俺はどうするんだ…?確かめてそれで満足なのか…?…いや、そもそも…ここにうずめとくろめがいる以上、本当に確かめるべきものがあるのか……?)

 

 確かめるという目的の達成が間近に迫る中、俺の心に溢れるのは逸る気持ち…ではなく、戸惑いの感情。実のところ、俺の「確かめる」っていうのは漠然としたものでしかない。行ってみればきっと分かる、その程度でしかない。だからこそ、これまで深く考えてなかった部分に戸惑い、けれど俺が足を止める事はなく……そして、行き着く。辿り着く。洞窟の、最奥地に。

 

「…あれ?ここ、ほんのり明るくない?明るいっていうか…明かりがある感じ…?」

「──あ……ぇ…?」

 

 初めに声を上げたのはネプテューヌで、あれ?…と小首を傾げる。確かにそれはその通りで…次に声を上げたのはくろめ。けどそれは言葉を発したというより、声が漏れたという感じで…次の瞬間、俺も、俺達も、認識する。最奥地に鎮座する、巨大な一つの結晶体を。

 見た瞬間に、分かった。それはシェアエナジーによる結晶だと。シェアを感じたとかじゃないが…何故か、そう思った。

 けど…正直、今はそんな事どうでも良かった。なんだって良かった。だって…見えてしまったのだから。その結晶の中に、人らしき姿があって……──それは、うずめだった。

 

「……お、れ…?」

 

 言葉が何も出てこない俺と、茫然とした声を上げるうずめ。確かにうずめはここにいる。ここにいて…その上で、結晶の中にも眠るようにしてうずめがいる。見間違いじゃない。そして…何となくだが、分かる。結晶の中にいるうずめは、別次元の存在とか、偽者とか、そういうものではない…と。

 

「う、うずめ…さん…?…これは、一体……」

「ちょ、ちょっと待って…これって、わたしが犯罪神をノワール達と封印した時のと同じ結晶…っていうか、封印術じゃない…?…じゃあ、これって……」

「……ふ、ふふ…ふふふ、ふふふふふふっ…」

 

 茫然としているのは、他の皆も同じ事。中でもネプテューヌは、これについて…この結晶を知っているような言葉を口にし……次の瞬間、突如としてくろめが笑い出す。

 

「くろ、め……?」

「ふふっ…ははははははははっ!あぁ、嗚呼、そうか…そういう事か!だからか、だからなのか!ああ、ああ!…あ、ぁ……」

「……っ!くろめッ!」

 

 右手で顔の片側を押さえ、覚束ない足取りでふらふらと動き回りながら…爆ぜた感情に振り回されているような動きを見せながら、くろめは笑う。笑い、叫び、どこかへと思いを叩き付け…膝を突く。

 並々ならぬ様子を見せた後、事切れるように膝を突いたくろめへ、反射的に駆け寄る俺。一体何が何なのか、さっぱり分からない。だけど…今のくろめを見て、放っておける訳がない。

 

「お、おい…急にどうしたんだよ、【オレ】……」

「…………」

「何か、気付いたのか…?それとも、あの結晶から何か悪い影響が……──ッ!ウィード!」

 

 普段は言い合う事の多いうずめも、今はくろめを心配するように声を掛ける。反応がない事にも腹を立てる事なく、続けてうずめは呼び掛けて…けど次の瞬間、声を荒げた。豹変した声で俺の名を呼び…それで気付いた俺は、くろめの手首を掴む。……自らの首に回そうとしていた、くろめの手首を。

 

「……っ…ウィー、ド…」

「駄目だ、くろめ。俺には、今のくろめの気持ちを把握する事なんて出来ないが…それは、させない。それは、俺だって許さない」

 

 感情が闇に沈んだような、そんな瞳で俺を見るくろめに対し、声のトーンを落とした上で、はっきりと俺は言う。

 くろめがこういう状態になるのは、初めてじゃない。今のくろめは、自分の咎を認め、それを償っていくと…罪を背負い続けていくと誓っているようだが、それでも稀に、何かの拍子に心が潰れかけて、自分で自分を終わらせようとしてしまう。……けど、それは認められるべきじゃない。苦しむ事を、罪と向かい合い続ける事を、自分で終わらせ止めてしまうなんて…あっちゃいけない。だからこそこれまでも、今も、俺は止めてきた。俺はくろめ達と一緒にいたいから。罪も含めて共に歩むと、決めたのだから。

 

「……ごめん、ウィード…」

「…あぁ。…なぁ、くろめ…話して、くれないか…?」

 

 止めてから数秒後。少しだけ落ち着いた様子のくろめに、俺は語り掛けるように言う。無理強いはしないが、出来る事なら今抱えているものを共有したい…そんな思いを、胸に抱いて。同じように皆も、くろめの事を見つめ…くろめは、小さく頷いた。

 

「……あれは、俺だ…天王星うずめなんだ…」

「…どういう、事…?それは、見れば分かる…で済むような話じゃないよね…?」

 

 俯きがちに発した言葉へ、イリゼが返す。くろめ自身、それは理解しているようで、問いに対してくろめは首肯。

 

「ずっと、気になっていたんだ…。見ての通り、昔オレはオレ自身のせいで、封印されるまでになってしまった。…けど、オレは信次元から別の次元に飛んだ記憶がない…気が付いた時にはもう違う次元にいて、『何かが起こった後』だった…。それに、何より…ねぷっちの言う通り、これは封印術…状況から都合の良いように解釈はしていたが……幾らオレの力があったって、封印された身体を別次元に飛ばすなんて、そうそう出来る事じゃないんだよ…」

「…けど、くろめさんは事実として、別次元にいたんですよね…?…いや、そもそも別次元に飛んだなら、ここにくろめさんがいる筈がない…?」

「そう…オレが飛んだならここにいる筈がないし、ここにいるままなら、オレが飛んだ事も、『オレ』の存在自体もあり得ない…そして、封印を脱したと考える事自体も非現実的……考えてみれば、当然の事なんだ…現にオレはここにいる…それを理由に、考えようとしなかったから…だから、気付かなかった…」

「…言ってる事は分かる…けど、結論が見えねぇよ…だったら、あれは身代わりって事か…?」

「…いいや、違う。あそこにいるのは、間違いなくうずめだ。…本物の、うずめなんだよ。そう、なんだろ…?」

 

 ゆっくりと首を横に振り、うずめの問いを否定する。俺にとっても、くろめの話は難しい。けど…やっぱり、あそこにいるのが本物の、本当のうずめである事は分かる。確信が持てる。

 そうして俺が見つめながら訊くと、くろめはまた頷く。…もう、何となく分かっていた。思考ではなく、感覚で、真実が見えていた。そして、それが伝わったかのように、くろめは俺の事を数秒見つめ返して……それから、言った。

 

「…あぁ。あそこにいるのは、本物のオレだ。オレは今も…あの日からずっと、封印されたままなんだ。だから……──きっとオレは、俺の…本物の天王星うずめの能力で、思いで生まれた、仮初めの存在なんだよ」

 

──仮初めの存在。うずめの…本来のうずめの妄想能力によって存在が創られた、うずめであっても本物ではない存在。それが自分なのだと、くろめは言う。その言葉に、皆が息を呑み……俺もまた、言葉が出ない。感じていた通りの答えだったとしても…本人から言われる言葉は重く、そう簡単には飲み込めない。

 

「は……?何だよ、そりゃ…自分で自分を生み出したっていうのか…?」

「…ふっ、滑稽だろう…?【俺】の事を散々でっち上げだの寄せ集めだの言っていたオレが、その実本物じゃなかったんだ。所詮自分も、本当の自分から結果的に生まれただけの存在に過ぎないのに、自分こそが真なる存在であるかのように振る舞うなんて、そう思い込んでいるだなんて、愚かな道化も良いところ。…ははっ…こうなるともう、オレこそがでっち上げだったのかもしれないね…。俺の望みによって【俺】が生まれ、けど能力の歪みで、バグの様に身勝手な部分ばかりが寄り集まったオレまで生まれてしまった……だとしたら、そんなオレが多くの人に不幸を振り撒いたのなら…傍迷惑な厄災以外の何物でもないじゃないか、オレは……」

 

 そう言って、くろめは笑う。あまりにも悲痛な、自虐の感情に満ちた笑みで。それは、途中からはくろめの想像で、確たる根拠のある話ではなくて…けれどそう思ってしまう程に、くろめの心は揺らいでいた。自分によって、自分の存在を否定される…今のくろめは、そんな状態なのかもしれない。

 俺にはその気持ちを、推し量る事しか出来ない。くろめの立場で考えてみるだけでも辛い事で、でも想像でしかないからこそ、どんな言葉を掛けてやればいいのか分からず……

 

「──それは、違うよ。存在の意味は、存在意義は、存在価値は…そんな簡単に、否定されるものじゃないから」

 

 そんな中で、一つの声が空気を変えた。よく通る、芯のある声が…くろめを見つめる、イリゼの声が。

 

「くろめ。貴女のしてきた事、しようとしていた事…それは断じて、肯定されるべきものじゃない。私も信次元の女神として…いや、信次元関係なしに、心から否定する。……でもね、女神も人も、自分で思ってる在り方が否定されたからって、それが間違っていたって、存在する意味まで否定される訳じゃないんだよ。自分で思ってる、考えてる事だけが、自分がいる意味じゃない。…そうでしょ?皆」

 

 どこかオリゼを…もう一人のイリゼを思わせる雰囲気で、イリゼはくろめの『これまで』を否定する。けどイリゼの言葉はそれで終わらず、表情を緩めて、くろめを見つめた後に俺達へ、ここにいる全員の事もゆっくりと見回す。

 

「イリゼ…うん、そうだね。そうだよくろめ。わたしにはよく分からない部分も多いし、くろめの辛いって気持ちも全部分かってあげられる訳じゃないけど…くろめが本物でも、でっち上げでも、どんなくろめだったとしても…わたしはくろめの事、友達だって思ってるんだからね?」

「くろめさん。わたしもくろめさんの事は、もう許してる…なんて事はありません。だけど…自分で自分を否定するなんて、存在そのものが間違ってるみたいに言うなんて、そんなの悲しいです。くろめさんがどんな存在だったとしても、いてほしい…そう思っている人は、絶対にいる筈です」

「…ねぷっち…ぎあっち……」

 

 呼び掛けに応じるように、ネプテューヌとネプギアもくろめに語る。どっちの言葉にも思いが、心からの言葉なんだって感じる響きがあって…俺は頷く。ネプギアの、くろめにいてほしいと思う人はいる…その言葉に、当たり前だと応えるように。

 それから、気付く。後から聞いた事だが、イリゼもくろめ達との戦いの中で…オリジナルである自分と直接出会った事で、自分を見失いかけていたって話を。そんなイリゼが自分を取り戻せたのは、自分の紡いできた繋がりや絆…『複製体』としての在り方とは別の、皆に気付かせてもらったもののおかげなんだって事を。…だから、イリゼには分かるのかもしれない。複製って意味でも、くろめの気持ちが。くろめの、思いが。

 

「…あのさ、くろめ。俺にとってうずめは、大切な存在だ。掛け替えのない存在だ。それは記憶がなくたって変わらないし、でっち上げだったとしても関係ない。そんなのどうだっていい位に、俺はうずめの事が大事なんだ」

「ぶ……ッ!?うぃ、ウィードぉ!?」

「……この流れで、惚気…?…普通に泣きたい…」

「いやいや待てって、まだ言いたい事の途中だって。…だからさ、俺がうずめを想う気持ちに、うずめの存在する意味だとか、どんな存在であるかだとかは、何も関係しないんだ。うずめがどう思ってるからじゃなくて、俺が大切だって思ってるから、大切なんだ。…なら、くろめも同じに決まってるじゃねぇか。自分でもよく分からない次元移動やら何やらをしてまでここまで辿り着いた、今の俺の言葉が嘘かどうかなんて…くろめだったら、分かるだろ?」

 

 早とちりで落ち込むくろめに待ったをかけて、俺は続ける。小難しく考える必要はない。俺はうずめの事も、くろめの事も大切で、心から想っていて…だから共に居たいんだ。だったらそれで、良いじゃないか。それ以上に必要な事なんて、あるものか。

 見つめる俺に対して、くろめは沈黙。数秒、数十秒と、長い沈黙が続き…そしてくろめの気持ちが零れる。

 

「…そんな事、言われたって…オレは…くろめはずっと、自分の存在を信じてきたんだ…オレは本物だって、疑わないようにしてきたんだ…それなのに、こんな現実を見て…すぐに気持ちを切り替えるなんて、出来る訳がない……」

「…くろめ……」

「…でも…嫌だ…ねぷっちが友達だと言ってくれて、皆もこんなオレなのに気にかけてくれて…ウィードがオレの事を想ってくれてるのに、ずっと俯いてるのだけは…絶対に、嫌だ…っ!」

 

 そう言うと共に、くろめは目元を拭う。辛い気持ちを振り切るように…或いは振り切れずとも、それでも抗うように、立ち上がる。

…昔の『うずめ』に近いうずめと違って、くろめは後ろ向きな性格に変わっている。何が理由なのかは分からないが、普段の冷静さが崩れると途端に消極的なマイナス思考になってしまって…今だって、きっとそう。

 だというのに、そんなくろめが今は、前を向こうとしている。冷静さを取り戻したんじゃなく、感情が酷く揺れたまま…それでも立ち上がっている。それが、その位…そうしたいと思える位、俺や皆の事を思ってくれてるなら…嬉しいし、誇らしい。なんたって俺は、ずっと前から…『うずめ』を尊敬しているんだから。

 

「…くろめ、ちょっとは元気出た?」

「……すぅ、はぁ…あぁ、少しはね。まだ暫くは引き摺りそう…というか、整理が付かないだろうけど…受け取った言葉は、気持ちは、今ここにいる『オレ』だからこそ…だもんな」

「へっ、やっと少し調子が戻ってきたみたいだな。…自分の方がでっち上げとか、言うなよな。俺がずっと求めてた…ウィードや皆との記憶のある【オレ】が、そんな事」

「…確かに、幾ら【俺】でも言っていい事と悪い事はあるね。その事は、反省するよ。……ふふ…記憶があって、力だって女神の姿にならない事以外はそのまま引き継いでるのに、自分の方がでっち上げだなんて…我ながら酷い自惚れがあったものだ…」

「なんか鼻につく言い方だな…って、なんでまたネガティヴ思考になってんだよ【オレ】は……」

 

 気遣うネプテューヌに小さく笑ったくろめは、うずめの言葉にも返した後…やっぱりまだ平常心は取り戻せていないようで、再び後ろ向き思考を発揮してしまう。そんなくろめを、うずめは半眼で見ていて……

 

「…うずめこそ、大丈夫か?これは、うずめにとっても知られて良かった…とは言えないような事だろ?」

「ん?いやまぁ…俺だってびっくりはしたさ。けどさっき言った通り、俺は多分本物じゃねぇんだろうなって思ってたし…【オレ】の想像通りなら、むしろ俺はでっち上げじゃなさそうって話になるだろ?【オレ】にゃ悪いが…そこまで俺は、今知った事に後ろ向きな思いはないんだよ」

「そっか…って、よく考えたら俺、さっきと同じような訊き方してない…?」

「してるな。バリエーションが少ねぇのかなぁとか思ったぜ」

「うぐっ…た、偶々同じような訊き方になっただけだって……」

 

 理由はどうあれ、くろめと違ってうずめは元気。ほんと、素直に安心出来る理由ではないが、気落ちしてないと分かって俺はほっとし…それから、触れる。前に出て、『うずめ』が眠る結晶体に。

 

(…ずっと、ここにいたんだな。ずっと、ずっと……)

 

 今の信次元は、俺が生きていた…うずめが守護女神だった時代より、かなり先。違う時代っていうのは、半分位別の次元みたいな感覚で、今いるうずめやくろめ以外に過去の俺と繋がりのある人物はいない…そう思うと寂しさもあって、だけど何より思うのは…やっぱり、『うずめ』の事。きっとずっとここにいた、眠り続けていたうずめの心。

 でも…触れた瞬間に、感じた。何の根拠もない。気のせいかもしれない。それでも感じた、一つの想い。

 

「…ねぇ、ウィード君。ウィード君が確かめたかったのって…これ、なの?」

「…いや、これももしかしたら…とは思ってたけど、そうじゃない。俺が確かめたかったのは……」

「…あれ?お姉ちゃん、何だろうこれ……」

 

 呼び掛けられた事で俺は結晶から手を離し、そうではないと首を横に振る。続けて答えようとする中、何かに気付いたようにネプギアが声を上げ…俺もネプギアの方を見る。

 そこにあったのは、かなり風化した、バラバラになった白い物体。細い物の多い『それ』は、確かに一見するとなんだか分からない。…が、俺には分かった。瞬時に理解する事が出来た。そして同時に、安心感…だけじゃ語れない、上手く言葉に出来ない感情が心を駆け抜け……小首を傾げている皆へ向けて、言った。

 

 

 

 

 

 

「あぁ…それは多分──俺の死体だな」

『…………え?』

 

 時が止まったような、不気味さすら感じさせる静寂。その果てに皆は声を漏らし、茫然とした顔で俺を見る。…まぁ、そうだろうな。こんな事言われたら、普通こういう反応もするさ。

 

「…良かったよ。やっと、確かめる事が出来た。…なんだよ、結構進んでるじゃねぇか」

「い……いやいやいやいや!な、何しれっと止まらない感じの台詞言ってるの!?死体だから!?死繋がりでパロディ!?引くよ!?流石のわたしもこの流れにはついていけないよ!?」

 

 近付き、片膝を突きながらぽつりと言葉を漏らせば、裏返った声でネプテューヌが突っ込んでくる。他の皆も、信じられないような目で俺を見ている。…別にふざけた訳じゃないんだけどなぁ…。

 

「し、死体ってどういう事ですか!?え…うぃ、ウィードさんって実体ありますよね…!?」

「…あ…ウィード君って、回復…っていうか、再生?…能力があるんだよね…?…まさか、本当は治ってるんじゃなくて、別の身体で復活してるパターンだったの…?」

「あー、っと…取り敢えず落ち着いてくれ皆。俺は普通に実体があるし、そんなマイスター型の人口生命体とか、ファーストチルドレン第一の少女みたいな存在でもないから…」

 

 何やらおかしな想像を巡らせる二人にそうじゃないと言い、一先ずは落ち着いてくれるよう頼む。とはいえ、皆の立場からすればそう簡単には落ち着けないかもな…と思ったが、そこは流石に皆女神。訳が分からないという表情ながらも、俺の言葉を待つ姿勢を見せてくれて…俺も皆の事を見やる。

 

「…始めに言っておくと、俺もはっきりした事は分からないんだ。けど、これが俺の死体だって事と、俺が普通に生きてる人間ではないって事は断言出来る」

「…それは、ウィードに昔…オレが守護女神だった頃にはなかった力があるからか…?」

「それもあるな。けど一番は、俺自身が死んでる筈だって思うからだよ。何せ俺…昔ここに来た時、後ろからモンスターに襲われたんだからな」

 

 立ち上がってから話し始め、一度言葉を区切ってまた『それ』を…白骨となった俺の死体に目を落とす。もう風化が進んで人型ですらなくなっているが、ちゃんと調べたら、後ろから襲われた痕が残っているのかもしれない。

 不思議な、感覚だ。別次元の同一人物ですらない、自分そのものを見る事になるなんて。しかもそれが、風化した白骨死体だなんて。…自分の死体を見たのに案外落ち着いているのは…まあ、俺自身分かってたからだ。記憶を取り戻した時点で、状況的にも多分死んでるんだろうな、って思ってたからだ。

 

「な、なんでここに……って、まさか…オレを、探してなのか…?オレを探しに来たせいで、ウィードは……」

「待った、それは違ぇよくろめ。確かにここに来たのはくろめを探す為、くろめが…いや、うずめが俺を呼んだような気がしたからだが、そうしようと思ったのは俺の意思だ。そして俺は、そうした事を後悔してない。だから、自分のせいで…なんて思わないでくれ。そう思われるのは…良い気分じゃない」

 

 少しだけ語気を強めて言った後、だから大丈夫だと俺は笑う。それはくろめが背負わなきゃいけないものじゃねぇよと、伝える。

 勿論死んだのは不本意だし、多分俺は行方不明って事になってるから、俺と関係があった相手には本当に申し訳ないと思ってる。でも…それでも俺に、後悔なんてない。ここに来なければ、死なずに済んだだろうが…うずめに何も出来ないまま、うずめとの時間が全て終わってしまった未来の方が、きっと俺は後悔していた筈だ。…それに、これまではもう一つ、心残りがあったが…今は、もうそれもない。

 

「あれは多分、致命傷だった。だから、あの後すぐ回復魔法のスペシャリストが来たとかでもない限り、俺は死んでなきゃおかしいし…感覚的にも、これは俺の死体だって思うんだよ。けどまあ当然、本当に死んだのかどうか、死んだ後どうなったのかは分かる訳がねぇから、俺は確かめたかったんだ。多分死んだ俺の結末を、起こった事を」

「そう、だったのか…。…でも…だったら、お前は…ここにいるウィードは、なんなんだ…?…もしや、黄泉の国から現世に戻る悪魔の実……」

「だからそういう事じゃねぇって…てかそれなら、自分の身体に戻らなきゃ復活出来ねぇから…。…で、じゃあここにいる俺はなんなんだって話だが…これは、予想ですらない俺の想像だぞ…?奇跡とか、そういうの以外であり得るとしたら…って感じに捻り出した考えに過ぎない事だが……」

 

 自分の死にまつわる話をこんな淡々とする事になるとはな…なんて思いながら、続ける。…が、淡々と話せたのは事実とそれなりに自信のある推測部分までで、そこから先を話そうとした俺が感じたのは、気恥ずかしさ。一人で考える分には問題なかったが、いざ誰かに話すと思うと恥ずかしく感じる想像で……だがここまで付き合ってもらった以上、誤魔化す事はしたくない。だから、何だろうかと俺を見つめている皆に向けて、俺は俺の想像を言う。

 

「俺がここにいるのは…存在してるのは……『うずめ』が、俺の事を望んでくれたからじゃ…また会いたい、共にいたい…そう思ってくれたからじゃ、ないかと思ってる…。さっきのくろめの想像と合わせると、やっぱりその思いによって、うずめとくろめ、それに俺がそれぞれ生まれたんじゃないかって…そんな感じな、気がするんだ。…それなら、俺のよく分からない再生能力も、再会して、共にいる為の力なんじゃ…って解釈出来るし、な…」

「わぁ…それは、なんていうか…ロマンチック…?」

 

 頬を掻き、ちょっとと目を逸らしながら俺が言えば、ネプテューヌがロマンチックと評してくる。それは俺の思考に対してなのか、その通りだった場合の『うずめ』の思いに対してなのか、それとも両方なのか。何れにせよ、ロマンチックなんて言われたら余計恥ずかしくなるのは当然の事で……ちらりとうずめ、くろめを見てみれば、二人共何も言わず、ただ俯いていた。やっぱり恥ずかしいのか、耳が赤くなっていて…特にくろめは真っ赤だった。……よ、よし。

 

「皆、俺の確かめたい事に付き合ってくれてありがとう!けど確かめたい事は済んだし、帰るとしよう!そうしよう!」

「え、急だね…別に私達はそんな急いでもらわなくても……」

「帰ろうッ!俺達の、精神衛生を保つ為にもッ!」

「あ、あー…うん、まぁ…そういう事なら……」

 

 勢いで押し切りにかかれば、イリゼは理解を示してくれる。これにはうずめもくろめもうんうん、と激しく頷いていて…ネプテューヌとネプギアは苦笑い。苦笑は苦笑でちょっと恥ずかしいが…兎にも角にも帰る事は決まったんだ、後はもう出ていくのみ…!

 

「…あ……で、でも待って下さい…!…うずめさんは…この封印は、そのままでも良いんですか…?」

「……うん、良いんだよぎあっち。仮に封印が解けたとしても、そこにいるのは独善に駆られた『俺』だ。それに…身体は封印されていても、思いはちゃんと、オレや【俺】に繋がっているんだから」

「…でも…これじゃあずっと、これからも一人で……」

「いいや、違うぞ。…ここにはちゃんと、俺の思いもある。最後の最後で、きっと俺の心は届いている。…そう、思うんだ」

 

 だから一人じゃないんだと、俺は答える。女神じゃない俺だが、きっとそれ位の奇跡は起こせてると…そんな風に、思う。

 意識を失う前、俺が覚えている最後の記憶では、俺は結晶の前まで辿り着いていなかった。けど俺の死体は、結晶のすぐ側にある。なら多分…記憶に残らない程の状態になりながらも、俺はここまで辿り着いたんだって事だ。我ながら、凄いものだ。だからこそ、思いは届いていると…人であったウィードの想いは、守護女神であったうずめと共に在ると、そう信じてる。

 

(…これからも、『うずめ』の事を頼んだぜ、俺)

 

 まず結晶とその中の『うずめ』を、次にここへ残していくと決めた人だった頃の俺を見てから、心の中で呟く。勿論これは、誰かに聞こえるようなものじゃないが…『俺』が、応えてくれた。うずめとくろめを、託してくれた。そんなような、気がしていた。

 そうして俺は、皆と共に洞窟を出る。今日、漸く俺は確かめたい事を…過去を、結末を、確かめる事が出来た。だけどそれは結末であっても、終わりじゃない。『俺』の思いも、『うずめ』の思いも、繋がっている。だから、俺は進むんだ。うずめと共に、くろめと共に……これからの、未来へ向けて。

 

 

 

 

 今思い出しても、あの時知った事はどれも驚きだった。不思議な点、不可解な点の多いうずめ達だったけど、それにある程度の納得がいった反面、本当に妄想能力は凄まじいなとも感じた。…尤も、くろめにしろウィード君にしろ、語った事は想像であって、全てが真実かどうかは定かじゃないけど。

 

「…いつも元気って訳じゃないが…くろめは勿論、うずめだって思い悩む事はあるが…それでも、毎日進んでいる。一日一日を、思いと一緒に積み重ねている。…そんな風に、俺は思うよ」

「…そっか。他でもないウィード君が言うなら…きっと、間違いないよね」

 

 さっきの問いに答えてくれたウィード君に、私は微笑む。日々を積み重ねる…それは当たり前のように思えるけど、ただ毎日が流れていくんじゃなくて、決して同じじゃない一日一日を積み重ねていけているなら、それはきっと元気って事だ。そんな風に、私は思う。

 

「ねーねーウィード〜。ウィードはぁ、どんな衣装がうずめ達に会うと思うー?」

「そりゃ……ふむ、二人ならむしろ、似合わない衣装を探す方が難しいな。てか、今回はその状態で終わらせるつもりか?」

「…………」

「…………」

「…うずめ?くろめ?」

「……ふぅ。何度か食べているけど、いつもいりっちのお菓子は美味しいね」

「だろ?やっぱ美味しいものを作れるっていうのも、強みの一つになるよなぁ」

「…何事もなかったかのように誤魔化したな……」

 

 しれっとした顔で、けど私達からは目を逸らしてメープルスコーンを食べるうずめくろめと、それを半眼で見るウィード君。三人のやり取りに、思わず苦笑をしてしまう私。

 この三人の様に、信次元には普通じゃない過去、普通じゃない経緯を持つ人もいる。そうでなくたって、色んな人や、私達女神の様に人以外の存在だっている。でも皆、どんな存在であっても、どんな過去があっても、今を生き、未来へと向かっている。それぞれ速度が違ったり、立ち止まっていたりしても、暮らしている。だから、私は皆と共に、そんな信次元を守っていきたい。信次元の皆と共に進んでいきたい。決して穏やかじゃない過去や経緯を持ちながらも、それでも進んでいる…元気でいる三人を見て、私は改めてそう思った。そうしていくんだと…今一度、心に決めた。




今回のパロディ解説

・「〜〜後ろの席までちゃんと見えてるからね〜〜」
アイマスシリーズに登場するキャラの一人、天海春香の台詞の一つのパロディ。このシリーズの中だと、この台詞が結構印象深い私です。

・「〜〜なんだよ、結構進んでるじゃねぇか」、止まらない感じの台詞
機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズの主人公の一人、オルガ・イツカの名台詞の一つのパロディ。でも多分、ウィードはオルガっぽい体勢では倒れていないと思います。

・マイスター型の人工生命体
機動戦士ガンダム00に登場する人造人間、イノベイドの事。このパロディの場合は、特にリボンズ・アルマークですね。勿論ウィードはそんな感じではないですが。

・ファーストチルドレン第一の少女
エヴァシリーズに登場するヒロインの一人、綾波レイの事。こちらもやはり違います。あくまでここで語られた方のウィードは、普通の人間ですからね。

・黄泉の国から現世に戻る悪魔の実
ONE PIECEに登場する悪魔の実の一つ、ヨミヨミの実の事。もしウィードが骸骨姿でいたのなら、これの可能性があったかもしれませんね。


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第六話 ぬらちる小冒険

──ある朝の事。神生オデッセフィアの教会、守護女神であるイリゼの部屋からは、元気な声が聞こえてきました。

 

「ぬらっ、ぬらっ…ぬら〜♪」

 

 ぴょこん、ぴょこんと跳ねる身体。ぴくぴくっと動く耳と尻尾に、適度に湿ったちっちゃなお鼻。そこに住むスライヌ、ライヌちゃんは、積み木を使って遊んでいました。

 ライヌちゃんは、積み木を頭に載せて運び、それを積み重ねていきます。器用に頭へと載っけた積み木を、身体を弾ませるようにして放り、縦に連ねていきます。

 そうして出来ていくのは、統一感のない、ちょっと不安定な積み木の塔。ですが、ライヌちゃんは塔を作りたい訳ではありません。統一感のないただの重なりでも、ライヌちゃんにとってはとっても凄い何かなのです。

 

「ぬー…ぬららっ!……ぬら?」

 

 それからも積み木箱から運んでは重ね、重ねてはまた戻って頭に載せてを繰り返すライヌちゃん。見た目的に三つ位纏めて運べそうですが、ライヌちゃんは律儀に一つ一つ運んでは積み木の塔に載せていきます。段々塔は高くなっていきます。

 運んで、放って、また運んで、放って。そんな繰り返しを続けていたある時、放った積み木が外れて、塔の向こう側へ転がっていってしまいました。

 外れた積み木を、すぐにライヌちゃんは取りに行きます。そして頭に載せ直そうとしたライヌちゃんですが…そこでライヌちゃんは、ある物に気付きました。

 

「ぬららぅ?…ぬら、ぬ……ぬら!…ぬーら…?」

 

 偶々ライヌちゃんが見つけたのは、イリゼが普段使っているペンケースです。ペンケースという名前も、どういう道具なのかも分からないライヌちゃんですが、それがイリゼの…大好きなおねーさんの持ち物であり、いつも使っている物だという事は知っています。

 そのおねーさんは、今いません。だからこそ、ライヌちゃんは想像しました。おねーさんは、いつも使っているこの道具を忘れてしまっている。という事は、おねーさんは困っているかもしれない…と。

 更にライヌちゃんは想像します。ライヌちゃんの想像の中では、困ったおねーさんが、泣きそうになってしまいました。しかし、そこにライヌちゃんが来たらどうでしょう?ライヌちゃんがこれを持ってきてくれれば、きっとおねーさんは大喜びです。笑顔になって、ライヌちゃんを抱っこして、一杯撫でてくれる事間違いなしです。

 

「……!ぬらぁぁ…♪……ぬぅー…ぬらっ!」

 

 大好きなおねーさんによしよししてもらえる事を想像して、ライヌちゃんは良い気分。ですがその為には、これを届けてあげなければいけません。ライヌちゃんが、おねーさんを助けてあげなきゃいけないのです。

 頑張ろう、持っていってあげよう!…そう決めたライヌちゃんは、積み木ではなく頭にペンケースを載せて部屋の出入り口へと向かいます。廊下に繋がる扉の所まで辿り着くと、大きく跳ねる事でドアノブに飛び付き、体重をかけて扉を開けます。この扉をどう開けるかは、おねーさんの開ける姿を何度も見ていて学習済みのライヌちゃんでした。

 

「ぬー…らうっ。ぬらっ、ぬららっ」

 

 垂れ下がるような体勢で廊下に出たライヌちゃんは、ドアノブから離れて床に降ります。そこからライヌちゃんのお届けもの開始です。

 意気揚々と、廊下を進むライヌちゃん。おねーさんの為を思えば、それだけでライヌちゃんはやる気に満ち溢れてくるのです。…ですが……

 

「…ぬ、ら……?」

 

 初めの曲がり角まで行き着いたライヌちゃんは、そこも進もうとし…だがそこで、気付きました。どうやったら、おねーさんの所まで行けるんだろう、と。

 ここはこれまでいた住処ではなく、最近おねーさん達と一緒に移った、新しい住処です。しかもライヌちゃんは、普段はあまり部屋の外を出歩きません。時々おねーさんと一緒に出る事はありますが、どこを進み、どこを曲がるとどこに着くかなんて、まだまだよく分からないライヌちゃんなのです。

 ライヌちゃんは困ってしまいました。これではおねーさんにお届けものが出来ません。おねーさんも、きっと困ったままです。

 

「ぬぬらぬ…ぬぅぅ、ぬらーぬ……」

「ちるー?」

「ぬらぁ!?」

 

 どうしたら良いか分からず、ライヌちゃんは立ち往生。左を見て、右を見て、前を見て…しかしやっぱり分かりません。どうしよう、どうしたら良いんだろう。ライヌちゃんは迷ってしまい…次の瞬間、いきなり後ろから聞こえた音にライヌちゃんはびっくりしてしまいました。

 あんまりにも驚いて身体が大きく躍動してしまったライヌちゃんが振り返ると、そこにいたのはいつも一緒に過ごしている子、るーちゃんです。ぱたぱたと綿雲の様な翼をゆっくりとはためかせて飛んでいたるーちゃんはライヌちゃんの隣に降り、どうしたの?と訪ねてきました。

 そういえば、ライヌちゃんは扉を開けたままです。るーちゃんにも、何も言っていません。だからきっと、気になってきたのでしょう。

 

「ぬらぬー、ぬっら。ぬーらぬら、らぬら、ぬらー!」

「ちるる?ちっちる、ちるーる!」

「ぬぁぬー!…ぬら、ぬらぬーぬ、らーぬ…」

「ちるち〜…ちる!ちーるー、ちーっ!」

 

 これをおねーさんに届けるんだ。そうライヌちゃんが答えると、るーちゃんは大賛成をしてくれました。それによって嬉しくなったライヌちゃんですが、場所は分からないまま。それもるーちゃんに話すと…なんとるーちゃん、一緒に探してくれるようです。

 怖がりなライヌちゃんと違って、るーちゃんは色んな事に積極的。そんなるーちゃんが来てくれるなら心強いとライヌちゃんは喜び、ライヌちゃん達は一緒に行く事に。そしてやっぱり、るーちゃんもおねーさんがいる所への行き方は分かっていませんでしたが…取り敢えず進んでみよう、とるーちゃんは飛び上がりました。そのるーちゃんを追って、ライヌちゃんもぴょんぴょこと進んでいきます。

 

「ちーる〜、ちるるちる〜♪」

「ぬーらー、ぬぬらーぬ〜」

 

 ふんわり飛びながら、綺麗な声で歌うようにるーちゃんは鳴きます。ライヌちゃんも、それに合わせて鳴いてみます。るーちゃんは歌うのが好きで、ライヌちゃんもるーちゃんの歌は好きなのです。

 お部屋の中は、安心の住処。そこから離れた事で、実はちょっぴり不安だったライヌちゃんですが、るーちゃんがいてくれる事で楽しそう。さっきまでの立ち往生が嘘の様に、軽快にライヌちゃんは跳ねていき…またライヌちゃん達は、通路の分かれる曲がり角へと到達しました。さて、ライヌちゃんとるーちゃんはどうするのかな?

 

「ぬぬーら、ぬら?らぬら?」

「ちる〜……ちっる!」

 

 見上げてライヌちゃんがどうするか訊けば、るーちゃんは少し考えた後にこっちだ、と決めます。勿論根拠はありません。気の向くまま勘のまま、るーちゃんは決めているだけなのです。

 

「るちーち、ちーるる?」

「ぬぅらっ、ぬらぬぬーぬ!」

 

 さっきは歌っていたるーちゃんが、今度はお届けものを持ってあげようか?とライヌちゃんに訊きます。確かにるーちゃんから見れば、側から見れば、頭に載せて跳ねているライヌちゃんは、ちょっと大変に見えるものです。

 しかしこの持ち方、ライヌちゃんにとっては慣れたもの。今は安全な住処にいるライヌちゃんも、昔は野生だったのであり、決して柔ではないのです。

 と、いう訳でまだ大丈夫だよとライヌちゃんは返し、ぴょこぴょこぱたぱた廊下を進みます。人にとっても広い教会は、ライヌちゃん達にとっては更に広く、何だかお出掛けしている気分にもなります。それは楽しい反面、やっぱり少し不安でもあり……また一つ曲がり角へ入ったところで、ライヌちゃん達はある人を見つけました。

 

「ちるっ!ちるち…る?」

 

 見覚えのある色と後ろ姿に、ぱぁっと表情が明るくなるるーちゃん。おねーさんを見つけた、そう思ったるーちゃんは大きく鳴いて呼ぼうとしますが…よく見ると、何となく違います。似ているけど、あれはおねーさんではありません。違いますが、おねーさんに似ています。そう、それは……

 

「…あら?ライヌちゃんにるーちゃんじゃない。え、もしかしてお散歩してるの?」

 

 イリゼの姉、ライヌちゃん達からすればおねーさんのおねーさん…つまり、セイツです。ライヌちゃんとるーちゃんは、廊下でセイツと遭遇しました。

 

「ぬ、ぬら。ぬらら…」

「ちるーる?ちるぅ、ちっちるちっち〜」

「ふふっ、るーちゃんは今日も元気ね。ライヌちゃんは…慣れてくれるまで、もう一息…ってところかしら」

 

 残念ながらおねーさんではありませんでしたが、るーちゃんはおねーさんのおねーさんとも仲良しです。ぱたぱたと周りを飛べば、おねーさんのおねーさんは柔らかく笑ってくれて、それからライヌちゃんの前でしゃがみました。

 側に来たおねーさんのおねーさんに、ライヌちゃんは少しだけ緊張してしまいます。おねーさんのおねーさんは、おねーさんと同じで優しいという事をもうライヌちゃんも知っていますが、それでも怖がりなライヌちゃんは、るーちゃんより誰かと仲良くなるのに時間がかかってしまうのです。

 

「ね、ライヌちゃん。撫でても良いかしら…ってライヌちゃん、それはどうしたの?」

「ぬら?ぬらっら、らぬらー、ぬら〜!」

「ちるちる、ちーちる!ちるるーち、るちるる〜!」

「…へ、へぇ〜そうなの。ライヌちゃん達も頑張ってるのね…」

 

 頭を撫でようとしたところで、おねーさんのおねーさんはライヌちゃんが頭に載せたペンケースが気になった様子。何となくおねーさんのおねーさんが言っている事を理解したライヌちゃん、それにるーちゃんがその質問に答えると、おねーさんのおねーさんは何だか変な顔をしました。しかしどうやら褒められたようなので、ライヌちゃんとるーちゃんはちょっと良い気分です。

 

「それじゃ、頭の代わりに顎をこちょこちょ〜」

「ぬっら…?ぬ、ぬ…ぬらぁ〜…」

「気持ち良い?るーちゃんもおいで〜、なーでなで〜」

「ちるちちるぅ〜♪」

 

 そんなライヌちゃんの顎を、おねーさんのおねーさんは指先で擽るようにして撫でます。撫でられてちょっぴり驚いたライヌちゃんでしたが、心地良くて段々ほっこり。続いておねーさんのおねーさんはるーちゃんの頭も撫でてくれて、るーちゃんも心地良さからにこにこ笑顔。おねーさんのおねーさんも、そんなライヌちゃん達を見てくすりと笑ってくれています。

 ライヌちゃんもるーちゃんも、セイツがおねーさんのおねーさんである事はよく分かっていません。家族や兄弟、姉妹というものは知っていますが、表情や声音なら何となく言いたい事、伝えたい事を感じ取る事は出来ても、言語として正確に理解している訳ではない為に、似ているとは感じても、姉妹である事はよく分かっていないのです。

 ですが、おねーさんのおねーさんは、おねーさんととっても仲良しな事、おねーさんと同じように優しい事は知っています。だからこそ、撫でてもらえると嬉しいのでした。

 

「るるち〜る〜……ちる?…ちるる、るー!」

「ぬぁ〜……ぬぅ!?ぬ、ぬらぬっら……」

「ちるるぅ、ちっる?ちーるちーる、ちー?」

「らぬー…ぬら!ぬぁーぬ、ぬぬららぬらーら!」

「はー、どっちも可愛い…同じモンスターでも、性格やこっちの認識が異なってれば、ほんと違って見えるものよね…。…に、しても…ライヌちゃんが頭に載せてたペンケース、どこかで見た気が……って、あれ…?」

 

 のんびりした気持ちで撫でられていたるーちゃんでしたが、少ししたところで、お届けものの最中であった事を思い出します。おねーさんのおねーさんに撫でてもらえるのは嬉しいですが、おねーさんには早くこれを届けてあげないと。そう思ってライヌちゃんに呼び掛け、同じようにお届けもの中だったと気付いたライヌちゃんと共に、おねーさんのいる場所探しを再開する事にしました。

 しかし、ライヌちゃんもるーちゃんも、その事をおねーさんのおねーさんに伝えるのを忘れてしまっています。おねーさんのおねーさんが一人で喋っている間に行ってしまい、おねーさんのおねーさんはライヌちゃん達がどこに行ったか分からなくなってしまいました。ライヌちゃん、るーちゃん、おねーさんのおねーさんに、おねーさんの所へ行くのを手伝ってもらわなくて良かったのかな?

 

「ぬっぬぬっら…ぬぁら〜〜」

「ちちるる〜?ちるち……ちるっ!?」

 

 そんな事は気にせず進むライヌちゃん達は、窓が開いていた場所を通ります。吹き込む風が心地良く、ライヌちゃんが耳をぴこぴこさせていると、何となーくるーちゃんは窓の方を見やりました。綿雲の様な翼で飛ぶ、風に乗ってふんわりと飛行する事が得意なるーちゃんは、風の流れが気になったのかもしれません。

 そうして窓の方を見ていたるーちゃんですが、しかしそこでるーちゃんは気付いてしまいます。窓の端、目立たない所に、多少ですが埃が溜まっている事に。

 

「ちるーっ!ちる、ちるるっ、ちーるーっ!」

「ぬ、ぬらぁ……」

 

 さっきまでは和やかな雰囲気だったるーちゃんは、埃を見た瞬間に豹変しました。飛びかからん勢いで窓の側まで行くと、翼で埃を拭き取り始めたのです。そしてそれを見るライヌちゃんは、わー…と言っていそうな、何とも言えない表情です。

 綺麗好きなるーちゃんにとって、汚れというのは見逃せない存在。ちょっぴりでも、汚れを見つけたら放っておくなんて出来ないのです。

 

「ちるっちちるっ、ちるっ、ちーっ!…ちるぅ…♪」

 

 まるで戦っているかのような雰囲気でもこもこふわふわの翼を振り、徹底的に埃を取っていきます。そうして埃を拭き取り終えると、文字通り塵一つ残さず綺麗にすると、るーちゃんはやり切った顔でほっと一息吐きました。るーちゃんが拭いた場所は、埃がなくなっただけでなく、それ以外でもさっきよりピカピカになった…そんな気がします。

 お掃除を終えて満足気なるーちゃんですが…そうです、また目的をうっかり忘れてしまっています。しかし今回は、ライヌちゃんは忘れていません。

 

「ぬらっらー…?ぬーら、ぬぬ〜」

「る…?……ち、ちる…ちるーる…」

 

 見上げて呼び掛けるライヌちゃんと、目をぱちくりさせた後に恥ずかしそうな顔をするるーちゃん。お届けものの事をるーちゃんが思い出した事で、またライヌちゃん達は探していきます。

 

「らぬぬーら、ぬらぁーぬ?」

「ちるう」

「ぬらぅ?」

「ちっちる。ちるっち〜、ちるち」

 

 移動しながら、ライヌちゃんとるーちゃんは作戦会議。ここまでは見つけられていないけど、このまま探しても良いのかな?何かいい案はないかな?と話しています。

 でもやっぱり、おねーさんのおねーさんに頼るという発想は出てきません。どちらも真剣に、けれど側から見ればとってもほっこりする雰囲気のやり取りをライヌちゃん達は交わし…またまた曲がり角を一つ曲がろうとしたところで、近付いてくる足音が聞こえてきました。

 耳の良いライヌちゃんには分かります。これは、おねーさんの足音でも、おねーさんのおねーさんの足音でもありません。

 

「ぬ、らら…!ぬーらっ、らぬらっぬ…!」

「るち…!?ちー…ちるるぅ…!」

 

 仲良くしてくれる人もいるけど、びっくりしたり怖がったりする人もいるから、知らない人には気を付けなきゃいけないよ。そうしっかりと教えられているライヌちゃんとるーちゃんは、急いで隠れられる場所を探します。住処では動かないフリをするだけで良いと言われているライヌちゃん達ですが、ここはもう住処ではありません。教会内なので、人や女神からすれば十分住処…家や拠点と言える訳ですが、ライヌちゃん達が住処と思っているのは、もっと狭い範囲なのです。

 急いで見回したライヌちゃん達は、置物の台…その下にある隙間へと飛び込みます。身体が半固形で形も変えられるライヌちゃんはすんなりと隙間に入れましたが、るーちゃんはそうはいきません。ばたばたともがいていましたが、見た目は小鳥の様でも、小鳥と呼ぶには些か大きいるーちゃんは床との隙間には中々入れず、無理だと思ったるーちゃんは置物…花瓶の裏へと飛び上がり、そこへ身体を滑り込ませました。裏側で花瓶の淵を掴み、翼を軽く開いて、花のフリをしてみます。

 

「…………」

「…………」

「……?」

 

 数秒後、教会の職員…るーちゃん達にとっては知らない人がやってきました。ライヌちゃんとるーちゃんが緊張する中、その人は花瓶の前で足を止め…しかし花を軽く見た後に、小首を傾げながらもそこから去っていきました。

 職員さんの姿が遠くなっていき、足音も聞こえなくなったところで、ライヌちゃん達はほっと一息。にゅーん、とライヌちゃんは隙間から出て、るーちゃんも花瓶から離れます。ばっちり隠れたライヌちゃんは勿論、るーちゃんも黄色…或いは金色の身体と真っ白な翼が上手く花瓶の花と合った事で、見つからずには済んだのでした。

 

「ちるーる、ちるちーるる?」

「ぬらぁら、ぬっ…!」

 

 ライヌちゃんが怖がりな事を知っているるーちゃんは、心配して問い掛けます。しかし、ライヌちゃんはまだ帰りたいとは思っていません。今のライヌちゃんには、ちょっと位驚いたり怖かったりしても折れない、固い意思があるのです。そう、おねーさんへとお届けものをするという、固い意思が……って、あれあれ?ライヌちゃんの頭に、ペンケースが載っていません。どうしたのかな?

 

「……ちる?ちるるーる?」

「ぬら?…ぬ、ぬら!?ぬら、ぬっ…ぬらぁぁ……!」

 

 お届けものがない事はるーちゃんも気付いて、ライヌちゃんに訊きます。訊かれて初めて気付いたライヌちゃんは、おねーさんの物を無くしてしまったと思って慌てて探し始め…しかし、すぐに見つけられました。再びライヌちゃんが台と床の隙間に入って出てくると、今度はライヌちゃんの頭の上にペンケースが載っていました。

 そうです。ペンケースは、隙間へ飛び込んだ際に床へ落ちてしまったのです。ですが無事見つけられた事でライヌちゃんは安心し、ライヌちゃん達もまた、花瓶の前を後にしました。

 

「ぬらっぬぬ、ぬーらぬっ」

「ちるちち、るちるち…」

 

 跳ねて進み、飛んで進み、ライヌちゃんとるーちゃんはおねーさん探しを、お届けものを続けます。いつもは住処である部屋の中にいても、時間があればおねーさんと運動が出来る場所に行って遊び回っているので、ライヌちゃん達はまだまだ疲れていません。

 しかし、まだ元気なライヌちゃん達ですが、ちょっぴりある事が気になってきました。…お腹が、空き始めてしまったのです。

 

「ぬららっぬ、ら〜…」

「ちーるち、ちちる〜…」

「ぬぅぬぅ、ぬらぬ……らぬら…?」

「ちちる…?ちちーる…?」

 

 お腹空いたね、とライヌちゃん達はやり取りを交わします。それだけならただの会話でしたが…そこでライヌちゃんの鼻を擽ったのは、香ばしい匂い。今回もライヌちゃんの方が一足先にその匂いを感じ取り…元々直感と何となくで進路を決めていた事もあって、思わず匂いのする方へと向かってしまいました。

 それにるーちゃんはあれ?…と思うものの、取り敢えず付いていきます。その内にるーちゃんも匂いを感じ、同じくそちらへ行きたくなってしまいました。

 ですが当然、教会の中で香ばしい匂いが何も無しに起こる事はありません。そしてライヌちゃんとるーちゃんがお届けものをする為に部屋を出てから、既にそこそこの時間が経っています。つまり、香ばしい匂いがする理由は…一つ。

 

「ぬー、らら…?」

「ちるー…ち?」

 

 ひょこっ、と扉の隙間から匂いとする部屋を覗き込んだライヌちゃんとるーちゃん。そこでは沢山の食べ物と、賑やかな音の数々があり…何より、知らない人が何人もいました。おねーさんが美味しいご飯を作ってくれる時と、同じような物を持った人がいて、忙しそうにしていました。

 何人もの人を見て我に返ったライヌちゃん達は顔を見合わせ、慌ててそこから離れます。おねーさんにお届けものをしなければならないライヌちゃん達ですが、誰かに見つかってしまっては一大事。ぴゅーん、とライヌちゃんもるーちゃんも逃げていき……しかし、大変です。慌てて逃げたせいで、どこをどう通ってきたのか分からなくてなってしまいました。

 

「ちるぅ、ちるぅ……ち、る…?ちーるち、るる…?」

「ぬ、ぬらぁ…ぬっ、らぬっ…ぬーぅ……」

 

 きょろきょろ見回すライヌちゃん達ですが、全然今どこなのか分かりません。まだ通ってない場所なのか、通ってきた場所なのかも分からないのです。

 これにはライヌちゃんだけでなく、るーちゃんもちょっと不安そう。外ならるーちゃんは空に上がって見回す事も出来ますが、ここではそれも出来ません。

 

「ち…ちるっ!ちっち、ちるるーち!」

「ぬぬ、ら…ぬ……っ!」

 

 どうすればいいか分からず、暫くそこにいたライヌちゃん達ですが、ぷるぷると身体を振った…首を横に振るような動きを見せたるーちゃんが、行こう、とライヌちゃんへ呼び掛けます。不安ですが、どこへ行けばいいか分かりませんが、とにかく動かなきゃ…と勇気を出します。

 そんなるーちゃんに勇気付けられ、ライヌちゃんは頷きます。一頭身のライヌちゃんが頷く姿はとっても不思議ですが、ライヌちゃんも頑張る気持ちを燃やします。…頑張って探さなくちゃ、行かなくちゃ、おねーさんに届けられない。その事だけは、ライヌちゃんもるーちゃんも忘れていないのです。

 

「ぬぬー、らぬ…ぬら!ぬらーら、ぬらぬ、らぬぅ!」

「ちーるー?ちるる…ちるぅ!」

 

 やる気を取り戻したところで、ライヌちゃんは思い付きました。良い匂いを嗅ぎ取ったように、おねーさんの匂いを感じる事が出来れば辿り着けるかもしれない、と。ライヌちゃんの様に鼻が良い訳ではないるーちゃんは、そう言われてもピンとこなかったようですが…ライヌちゃんが言うならきっとそうなんだろう。そう思って、任せてみる事にしました。

 

「ぬら…ぬぬら……」

「…………」

「…らぬぬ…ぬっら……」

「…るちるぅ…?」

 

 ぴっ、と耳を立てて、ライヌちゃんは嗅ぎます。お鼻をひくひくさせて、おねーさんの匂いを探します。ついでにおねーさんの声や足音がしないかも確かめてみます。

 ライヌちゃんは真剣な顔。見つめるるーちゃんも、真剣な顔。おねーさんさんを見つけようと、ライヌちゃんは頑張って……

 

「…ぬ、ぬららぁぁ……」

 

 ですが残念、嗅ぎながらうろうろしていたライヌちゃんですが、おねーさんに繋がりそうな匂いは見つけられませんでした。

 しかしそれも当然の事。ここは普段からおねーさん…イリゼが生活や仕事をしている教会内であり、尚且つきっちりと清掃も行われているのですから、環境として探し辛いのです。ライヌちゃんからすれば、おねーさんの匂いが何となく、それも複数している状況で嗅覚での捜索をしようものなら、むしろ混乱してしまう事でしょう。

 

「ちるちるる、ちーるちる」

「ぬぅぬら…」

 

 良い案だと思ったのに、としょんぼりするライヌちゃんを慰めるように、るーちゃんは翼でぽふぽふと撫でます。触り心地抜群な翼で撫でられた事で、少しライヌちゃんは元気が出ましたが…るーちゃんの飛行能力も、ライヌちゃんの嗅覚や聴覚も、ここではおねーさんを見つけるのに繋がらない事には変わりません。

 だからまた、ライヌちゃん達は地道に…直感で進路を決めて探します。じっとしているとまた不安になってしまうのもあって、おねーさんを探し続けます。

 

「ぬらら、らーぬー…?」

「ちっちる。…ちちるち…」

 

 偶にライヌちゃんとるーちゃんで行く方向の意見が分かれてしまった時は、話し合いです。でも、どちらも何となく「こっち」と思っているだけなので、どちらの意見にするかも何となーく決めてしまいます。おまけにライヌちゃんもるーちゃんも今どこにいるか分かっていない為、少し前までならまだしも……今は完全に、迷ってしまっていました。しかも、おねーさんがどこにいるか分からない事は認識していても、自分達が今迷子状態である事に、ライヌちゃん達は気付いていません。

…いえ、初めは気付いていませんでした。おねーさんを早く見つけたい、その気持ちの方が強くてそこまで頭が回っていませんでした。ですが、どこか分からない状態で探し回り、動き続ける中で…ライヌちゃんもるーちゃんも、段々と気付いていきます。このままでは、おねーさんを見つけられないかもしれないどころか、住処に戻る事も出来ないかも…と。

 

「…ぬ、ら…ぬら、ぬらぁ……」

「ちる…ち、ちるっち!ちるちる、ち…るぅ…!」

 

 お部屋を出たばかり時は軽快で元気一杯だったライヌちゃんのぴょんぴょこも、今では元気がありません。真っ直ぐの廊下でもしきりに見回し、不安そうに小さく鳴きます。そんなライヌちゃんをまた元気付けようとするるーちゃんも、感じている不安を飲み込む事は出来ず、表情にもその気持ちが浮かんでしまっていました。

 それでも動くのを止めないのは、止まっていたところで事態は好転しないと分かっているからであり、何が何でもお届けものをしたいからです。いつも優しくて、一杯遊んでくれて、忙しくて中々会えなかった事があれば、その後は目一杯一緒にいてくれる…そんなおねーさんを、大好きなおねーさんを、喜ばせてあげたいからです。

 

「ちるー…ちっち」

「ぬらぅ…ぬらーらぬ」

「ちるる、るるちーるっ」

 

 分かれ道ではない曲がり角。先を行くるーちゃんが覗き込むように向こう側を確認し、誰もいないと分かった事で、ライヌちゃんと共に曲がります。

 迷う要素のない場所は、ちょっぴり安心出来るライヌちゃんとるーちゃんです。しかし、ライヌちゃん達が曲がった先…その突き当たりにあったのは、一つの扉だけでした。

 

「…ぬっらぅ。ぬーらぅ、ぬっぬ」

「るちちー。ちるちーち」

 

 開けてみよう。そう思ったライヌちゃんはお届けものをるーちゃんに脚で持ってもらい、住処を出た時の様に、扉のドアノブへと跳び付きます。…が、開きません。どうやら鍵がかかっているらしく、身体を揺すってみても扉は閉ざされたままです。

 

「ぬぅぅ…ぬらぅらぅ」

「ちるち〜…ちる。ちちちる、るるち……」

 

 暫く粘って見てもやっぱり開かないという事で、ライヌちゃんはドアノブから降り振り向きます。進めない事にるーちゃんは残念そうな顔をするも、仕方ないよねと気持ちを切り替えます。

 とはいえ、勘でも「こっちだ!」と思った道が行き止まりであった事は、やっぱりライヌちゃんにとってもるーちゃんにとってもしゅんとしてしまう事なようで、引き返そうとするライヌちゃん達は浮かない様子……

 

「……ぬ、ぬら…っ!?」

 

 と、その時、また足音が聞こえてきました。まだ遠くですが、その足音はこちらに近付いてきています。誰かがここに、やってくるようです。

 この事にライヌちゃんはびくりと身体を震わせ、ライヌちゃんから誰かが来ると聞いたるーちゃんもわたわたと慌て始めます。しかも今は、さっきと違って隠れる場所がありません。

 

「ちるー!?ちるるち、ちっるる…!」

「ぬぁ、ぬらぅら…!……ぬらっ…!…ぅ、ぬら…」

「ちち、る……」

 

 どんどん足音が近付いてくる中で、ライヌちゃんはぶんぶんと身体を動かし、るーちゃんもぐるぐる回ってどこかに隠れられないか探します。でも、本当にここには何もなく、奥の扉も開かない以上逃げ場だって……と、そこまで探したところで、ライヌちゃんは気付きました。ついさっきは扉を開けようとしましたが、何もそんな事をしなくたって、ライヌちゃんは扉の向こう側に行けます。さっき隠れたように、そしてそれ以上に身体を薄くする事で、扉の横側や下側、その枠部分との僅かな隙間へ身体を滑り込ませれば良いだけなのです。

 しかし、それが出来るのはライヌちゃんだけです。それをすれば、大切なお届けものはここに置き去りになってしまいます。それに何より、るーちゃんは同じ事が出来ません。ライヌちゃんは逃げられても、るーちゃんは逃げられずに見つかってしまうのです。

 怖がりなライヌちゃんですが、逃げたくて仕方ないライヌちゃんですが、大の仲良しであるるーちゃんを置いて、自分だけ逃げるなんて事は出来ません。だから、ライヌちゃんは決めました。どんなに怖くても、それはしない…と。

 

「ぬぅぅ……ぬららっ!ぬーらぅ、ぬらぬ、ぬらーらぬらっ!」

「ちーるち…ちるぅ……っ!」

「…………」

「…………」

「……ぬ、ぬぬらぅー!ぬら、らぬぬらぬ〜!?」

「ちっちるちちるー!ちーるちっ、るるちーっ!」

 

 決心したライヌちゃんの思いに、るーちゃんはじんわりと温かい気持ちになります。ライヌちゃんだって、そうした事に後悔はありません。置き去りにした方が、きっと嫌な気持ちになると、ライヌちゃんは分かっているのです。

 そうしてライヌちゃん達は心を通わせていましたが……状況は全く変わっていません。というか、いよいよるーちゃんにも聞こえる位近くまで来られてしまいました。曲がり角がある為にまだライヌちゃん達から見える事はありませんが、見つかってしまうのももうすぐです。

 もうこれしかない、と大慌てしながらも、るーちゃんはドアノブを脚で掴み、ライヌちゃんもまたぶら下がって、力を合わせて開けようとします。…が、それでも開きません。もしかしたら、るーちゃんがもう一つの姿になれば、扉を開ける…というか、扉を壊せるかもしれませんが、その発想は今のるーちゃんにはありませんでした。普段はおねーさんと一緒にいる時に、それも時々しかやらないからこそ、そこまで考えが至らなかったるーちゃんでした。

 

「ぬ、ぬぬ、ぬぬぬら……っ!」

「ち、ちちるる……」

 

 もう駄目かもしれない、と震えるライヌちゃん。実を言えば人はそんなに怖くないものの、ライヌちゃんの怯えにつられて不安な気持ちが一杯になってしまったるーちゃん。そして次の瞬間、遂に近付いていた足音が曲がり角を抜け……

 

「……あれ?…え…ライヌちゃんに、るーちゃん……?」

 

──聞こえたのは、柔らかな声でした。優しく、馴染みが深く、ライヌちゃんにとってもるーちゃんにとっても大好きな……おねーさんの、声でした。

 

「…ち、る…ちるるーっ!ちっちっる〜っ!」

「……ぬ…ぬらぁああぁぁぁぁ…っ!ぬぁーぬらぁぁぁぁ…っっ!」

「わわっ!?ちょっ、うぇっ…!?どういう事、ほんとにどういう事…!?」

 

 足音の正体が念願のおねーさん、探していたおねーさんであったと分かった事で、るーちゃんは驚きと喜びの混じった鳴き声を思い切り挙げます。そしてライヌちゃんは、じわりと目に涙を浮かべ、そのままおねーさんに飛び付きます。追うようにるーちゃんも、おねーさんの胸元へと飛び込んでいきました。

 反射的にライヌちゃん達を受け止め抱き抱えたおねーさんですが、びっくりしたようで目が白黒。しかしライヌちゃん達の気持ちを感じ取ったようで、すぐに優しい顔をして、ライヌちゃん達を撫でてくれます。

 

「ちるぅぅ…♪」

「ぬららぁ…♪」

「よーしよし、なーでなで〜。…えっと、それでどうしてここに?…と、いうか…これ、私のペンケース…だよね?」

「……!ぬらっ、ぬらっらぅ!ぬーぬら、ぬぬら、らぬーらぁ!」

「ちーるち、ちる!るー、ちるるち、ちっちるるぅ〜!」

「……あー、っと…あ、もしかして…これを、私の忘れ物だと思ったの?」

 

 気落ちしていたせいで、ライヌちゃんはおねーさんの足音だと気付かなかったのでしょう。それを示すように、ライヌちゃんもるーちゃんも、凄く嬉しそうな顔でおねーさんに擦り付いています。そんなライヌちゃん達に微笑んだ後、おねーさんが質問をすると、意図が分かったライヌちゃん達は元気な声で答えました。そうです、ちょっと意外な形にはなってしまいましたが、お届けものは無事成功です。

 そうして教えてもらったおねーさんですが、なんだかちょっと困り顔。しかし少ししたところで分かってくれたようで、次のおねーさんの言葉に、ライヌちゃんもるーちゃんも満面の笑みを浮かべました。

 

「あはは…そっか、そうなんだ…。そういえば今日は、これ仕舞うの忘れちゃったんだっけ…。…これは仕事用じゃなくて、仕事用のペンケースは別にあるんだけど……」

『……?』

「…でも、うん。ライヌちゃんもるーちゃんも、私の事を思って、私を助けてくれようとして、ここまで来たんだもんね。ありがとう、ライヌちゃん、るーちゃん。私は、とっても、とっても…とーっても、嬉しいよ」

 

 また不思議な顔を、少し変な笑い方をしたおねーさんは、その後一人で何かを言って……それからぎゅっと、強くライヌちゃんとるーちゃんを抱き締めてくれました。嬉しそうに、笑ってくれました。

 ライヌちゃんもるーちゃんも、ちゃんと言葉が分かる訳ではありません。ですが、それでも…今ははっきりと、おねーさんの思いが伝わってきました。おねーさんは、嬉しい気持ちで一杯です。だからライヌちゃんもるーちゃんも、嬉しい気持ちで一杯なのです。

 

「某お使い番組で子供を迎える親の気持ちって、こんな感じなのかな…。……さてと。ライヌちゃんもるーちゃんも、お腹空いたでしょ?今日は一緒にお昼ご飯食べよっか。きっと一杯頑張ってくれたご褒美に、今日は美味しいものを沢山食べさせてあげるよ?」

「ちちるっ!ちーる〜!」

「ぬぁらぅ、ぬらっうっー!」

「ふふっ、良いお返事だね。それじゃあお昼ご飯を食べに、レッツゴー!」

「ぬらーっ♪」

「ちるーっ♪」

 

 実はご飯という言葉が分かるライヌちゃんとるーちゃん。もうお腹ぺこぺこだったのでうんうんと頷き、片手を上げたおねーさんの真似をするように動いたり翼を上げたりすると、またおねーさんは笑ってくれます。それを見て、ライヌちゃん達も笑顔です。

 そのままライヌちゃんはおねーさんに抱かれて、るーちゃんは特等席であるおねーさんの頭の上に乗って、おねーさんと一緒に行きます。もう不安な事も、迷う事もありません。おねーさんと一緒なので、安心安全、おまけにとっても楽しいです。

 そして待っているのはお昼ご飯。おねーさんと一緒に美味しいものを食べる、素敵な時間。無事にお届けものが出来て、一杯撫でてもらえたり抱っこしてもらえたり、それからお昼も一緒に食べられる事になったりして、ライヌちゃん達は大満足です。色々大変だったけど…良かったね、ライヌちゃん。るーちゃん。




今回のパロディ解説

・見た目的に三つ位纏めて運べそう
スラもりシリーズにおける主人公、スラリン及びゲームシステムの一つの事。スラリンではなくぬらりんなら、原作にもOriginsシリーズにも出てきましたね。

・某お使い番組
はじめてのおつかいの事。お使いではなくお届けですし、人ではなくモンスターですし、イリゼが送り出した訳でもないですが…それでもやはり、凄く嬉しいのでしょう。


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第七話 新名物、誕生?

「新名物をわたしが作るんだッ!今日!今ここでッ!…って訳で、プラネテューヌの新たな名物を作ろうと思います!」

「え、えぇぇ……?」

 

 元気良く、勢い良く、部屋の真ん中で高らかに宣言。今日という日をプラネテューヌの更なる躍進の第一歩とするべく、わたしは全力で意気込んでみせる。なんか一緒にいるネプギアは、訳が分からない…って感じの表情をしてるけど、そんな事じゃわたしは止まらないよー!何せこれは、第七話目にして漸く来た、OSにおけるわたし視点だからね!

 

「取り敢えず呼ばれたから来たけど…名物?…を、開発しようって事なの…?」

「そういう事!というか、ネプギアもそんな及び腰じゃなくて、もっと積極的にいかなきゃ駄目だよ?ネプギアだって、主人公の一角でしょ?なのにここまで自分視点がなかった事に、ちょっとは危機感を覚えなきゃ!」

「あ、う、うん…でもほら、わたしは最近久し振りに主人公してるところだし…」

 

 テンション低めなネプギアに、勢いのままに返すわたし。でもネプギアは苦笑いをするだけで……くっ、そうだった…今は時期的に、主人公欲が満たされててもおかしくないんだった…!…って、いうかあれだね。この、新作ゲームが出た辺りの話で、そっちで忙しいとか色々やってるんだ的な会話が出てくるのは、某配管工さんの漫画みたいかも。

 

「…というか…お姉ちゃんはそこそこのペースで主人公やってるのに、まだ足りな「足りないよっ!主人公に、主人公で在る事に、終わりはないんだからっ!」…そ、そうなんだ……」

「ねぷ主人公である、故にねぷ在り、って言うでしょ?それ位、主人公である事は大事なんだって」

「いや言わな…と、思ったけど…ま、まさかそれって、お姉ちゃんが主人公をしてない時は、何かしら問題が起きてるんだっていう事を暗に示して……」

「え、全然」

「だよねー…」

 

 がっくりと肩を落とすネプギアの姿に、今度はわたしが苦笑い。いやいや、流石にそこまでの意図はないって。というか自慢じゃないけど、問題やら何やらはわたしが主人公でも普通に起きてるからね!……さてと。

 

「ネプギア、このまま駄弁ってるのも楽しいけど、今日の目的はあくまで名物作りだよ。…あ、因みに名物って言っても民芸品とかお祭りとかじゃなくて、食べたり飲んだりするものだよ。名産品とか特産品、ってやつだね」

「わっ、急に真面目に…えぇと、作るっていうのはそのままの…わたし達で作ろうって事?それとも企画をして、皆に作ってもらったり発見してもらったりしようって事?」

「それは勿論わたし達で作ろう、の方だよ!なんたって『女神が考案、開発した○○』ってなれば、それだけでばか売れ間違いなしだからね!ネームバリューってやつだよ、ネームバリュー!」

 

 ふふん、とわたしが胸を張れば、ネプギアは何とも言えない感じの視線をわたしの方へ向けてくる。むむ、これは「確かに…でも、そんな上手くいくかなぁ…?」…って視線だね?うんうん、分かるよ。何かを生み出すのって大変だし、わたしだってぱっと売れてすぐ飽きられる名物じゃなくて、長く愛される名物を作りたいからね。だからわたしも、その為の協力者を呼んでいるのだ!

 

「ねぇネプギア。こういう時に必要なのは、色んな方向からの、真っさらな視点だと思わない?わたし達とは全然違う、わたし達じゃ気付けない、気にしないような事も見える人が複数いれば、良いものが作れそうだと思わない?」

「お、お姉ちゃん…?さっきから思ってたけど、もしかしてお姉ちゃん…ふざけてるように見せかけて、実は物凄く本気で名物を作ろうとしてる…?って事は、実はもうその道のプロを何人も呼んでたり……」

「という訳で、意見出し&味見役として、第三期パーティー組の皆に来てもらったよ!」

「…しないよねー…はは……」

 

 ばばーん!…という効果音が出てきそうな動きをしながら、わたしは協力に応じてくれた皆…第三期パーティー組の皆をリビングルームに呼び込む。その最中、ネプギアはまた肩を落としていたけど…うーん、ちょっと初っ端から振り回し過ぎちゃったかも?ネプギアにも色々意見を出してもらいたいし、ネプギアがスタミナ切れしないよう、少しは自重した方がいいかな。

 

「ふっ…力を貸すぞ、女神達よ!」

「いや、今話を聞いたみたいな言い方してるけど、普通に待ってただけだし…」

「名物作り…何を作るのか分かりませんが、楽しみです…!」

「キュキュ-ウ!」

「…あたし、役に立てるかしら……」

「心配ないですにく。こういうのは、素直な意見が一番大切なんですにく」

 

 という訳で、入ってくる三人…というか、三組。…なんか既に食材もいるけど…肉料理を試してみるのは、流石に気が引けるね……海男の時も似たような事があったけど、こっちはもう完全に「加工済み」な訳だし…。

 

「……?どうかしたんですにく?」

「あー、ううん。何でもないよー。…さて、君達を呼んだのは他でもない。別次元という、全然違う場所で生活してきた皆なら、わたし達とは全く違う意見や視点を持っていると思ったからなのだ!」

「相変わらずテンション高いわね…まぁ、それなりに違う視点は持っていると思うけど……」

「チーカマさんとミリオンアーサーさんはブリテン…って所から来たんでしたよね。で、ニトロプラスさんはぴーしー大陸……あれ…この場合、私が一番役に立てそうにない気が……」

「だ、大丈夫ですよゴッドイーターさん。何も、全然違う環境にいたら必ず良い意見を出せる…って訳でもないと思いますし」

「そうそう、とにかくまずはチャレンジ、だよ。って訳で…皆、良さそうな意見カモーン!」

『えっ…?』

 

 どんな意見が出るかも、結果どんな名物が生まれるかも、やってみなくちゃ分からない。そんな意思を込めた言葉と共にわたしが振れば、早速魅力的な意見がバンバン……出てこなかった。皆ぽかーんとするだけで、バンバンどころか一つも出なかった。…あっれぇ……?

 

「えぇ、っと…皆?もしかして、遠慮してる?まだ何もプランなんてないんだから、好きに言ってくれていいんだよ?」

「い、いやお姉ちゃん。これは遠慮とかじゃなくて、いきなりそんな漠然とした…って、ノープランなの!?」

「うん、そーだよ。下手に決めるよりは、全くのゼロから始めた方がアイディアの幅が広がるだろうし」

「えぇー…。確かに最初から『自分はこんな感じで考えてるよ』って言っちゃったら、それを中心にした意見ばっかりになりがちではあるけども…それにしたって、ノープランだなんて思わなかったよ……」

 

 わたしなりに考えあってのノープラン(面倒だったとか、考えるの忘れてたとかじゃないよ?ほんとに違うからね?)だったけど、どうも裏目に出ちゃった様子。けどそれなら今から考えるしかない訳で、むむーっとわたしが頭を捻っていると、おもむろにニトロプラスちゃんが声を上げる。

 

「…そもそも、ネプテューヌはどういう名物を作りたいの?何も決まってないなら、食べ物として…じゃなくて、商品としてどういう方向性にするかを、まず決めた方が良いんじゃない?」

「む?ニトロプラスよ。方向性とは、具体的にはどういう事だ?」

「そうね…例えば、高級品にするか、お手頃価格にするかとか、お店で食べるものか、買ってきて食べるものか…とかかしら」

「あ、それで言うなら買ってきて食べるの中でも、買ったその場で食べられるものか、お土産みたいに持って帰るものか…って選択肢がありますよね」

「ネプテューヌちゃんは、どんなイメージで名物を考えていたんですにく?」

「んー、イメージかぁ…高くて、一部のお店でしか食べられない名物…っていうのにはしたくないかな。わたしとしてはもっと沢山の人に、気軽に触れてほしいから」

 

 ノープランだったわたしだけど、何となく頭にあったものはある。名物を作りたいな〜、って思った時点で浮かぶようなものすら考えないでおくなんて、逆に無理な事だしね。

 って訳で、わたしはその浮かんでいたものを語る。高級○○っていうのも素敵だけど、やっぱりわたし的には、わたしが名物を作るなら、皆が楽しめるものにしたい。

 

「うんうん、わたしも同感だぞ!限られた者が…ではなく誰もがというのは、王として忘れてはならない視点だからな!」

「ふふっ、わたしもそれが良いと思うな。…で、そうなると、工場で大量生産出来るものか、逆にそこまで手間がかからないものの方が良いよね。うーんと…お菓子、スイーツ…たこ焼きとかご飯のお供とか、まだ絞るには選択肢が多いなぁ……」

 

 ほっぺに指を当てて、それなら、と色々食べ物やジャンルを挙げていくネプギア。でも次々と出過ぎちゃって、逆にネプギアは困り顔。

 確かにまだわたしのイメージだけじゃ絞り切れないし、何より今のは(賛成以外だと)わたしの意見しか入ってない。だからわたしは、ここから改めて皆に意見を求めてみる。

 

「あたしの意見…あたしなら、食べ易いものが良いわ。気軽にって事なら、それも大事でしょ?」

「さっきは同感と言ったが、わたしは作り手にも拘りたい。美味しい料理は、作り手の顔が浮かぶと言うだろう?だからこそ、作り手には是非君達の様な可愛らしい女の子を……」

「アーサー。そこのアーサー」

「…はっ!だ、だが実際、女神のネームバリューを武器にするのであれば、美少女が気持ちを…愛情を込めて作ったというのも売りになるのではないのか?そしてそのような売り方を認めるのもまた、王のUTUWA……」

「な訳あるか!欲しいならUTUWAでも食ってろ!」

「今日もお二人は仲が良さそうですにく。わたし達も、あんな風にいたいにく〜」

「いや、ああいう関係はちょっと……」

 

 さぁ、別次元の住民からの意見を…と思ったわたしだけど、すぐに話は変な感じに。わたしが言うのもどうかとは思うけど…ミリアサちゃんの発言で、流れは思いっ切り脱線していた。…うーん、どうしたものかな…どっちの組も話が盛り上がっちゃってるし、ゴッドイーターちゃんだけに色々意見出してもらうのも……

 

「沢山の人に、気軽にって事ならやっぱりこってり系とか、刺激の強い味は向かないよね…お土産の場合でも、買ってすぐ食べる場合でも、一つ一つは小さい方が良いだろうし…でもその上で、特徴的な何かが必要だよね。色とか形とかの見た目面か、味とか食感とかの美味しさ面か、それ以外なら意外な食材を使ってるとかで……」

 

……前言撤回、むしろゴッドイーターちゃん一人に任せても大丈夫な位だった。意見がどんどん湧き出て止まらない感じだった。…流石ゴッドイーターちゃん…食に対してはほんと貪欲だよね…。

 

「んと…ここまでの意見を纏めると、さっきネプギアが言ったたこ焼きとか、他にはベビーカステラとかが良さそうかな?気軽に買えるし、一口サイズだし、屋台でも作れるものだし、屋台なら作ってる人も見える訳だし。あ、勿論お土産系にするならまた別だよ?」

「…あ、お姉ちゃん。だったら、その中身を工夫するのはどう?何が入ってるかはお楽しみの、ドキドキたこ焼きとか、びっくりベビーカステラとかさ」

「おー、良いね!だったらその方向で一回作って……」

「…待って下さい。それは面白そうだと思いますが…一つ、心配な事があります」

 

 食べるまで何味か分からないなんて、ガチャガチャみたいで絶対面白い。ネプギアの提案でそう思ったわたしは、早速試作を…と思ったけど、そこでゴッドイーターちゃんに、気になる言い方で止められる。

 

「心配な事?」

「そういう食べ物って、最初は評判になったりするんですけど、大概はすぐ飽きられちゃうんです。現代じゃ中身のバリエーションなんてすぐ広まっちゃいますし、定期的に中身を更新するようにしても、中身として合うものを選んでいくと、初めは良くてもその内に自然と似たような味になっちゃうものですし」

「インパクトや面白さ重視の食べ物は、食本来の強みが二の次になっている分、初動は強くても長続きしない…って訳ね。名物としては、そういうのって避けた方が良いんじゃない?」

「言われてみると、確かに…自分で言っておいてあれですけど、中身が何か分からない食べ物って、試しに買ってみる分には良くても、リピートする分には向いてませんもんね…。苦手な食べ物もバリエーションにあるって知ったら、買うのも躊躇っちゃいますし…」

 

 やっぱり食には手を抜かないって感じがある、ゴッドイーターちゃんからの指摘。続くチーカマちゃんやネプギアの言ってる事も尤もで、ちょっと答えを急ぎ過ぎたかな…とわたしは少し反省する。…うーん…ガチャガチャみたいって思ったけど、食べ物と玩具やコレクションを同列に考えるのも、商品を考える上では良くないのかもね…。

 

「どうしようかなぁ…餅は餅屋って言うし、プロを呼んだ方が良かったのかなぁ……」

「それもどうかしら。名物を『創る』って事なら、その道のプロでも必ず上手くいく訳じゃないでしょ?」

「うーん…ネプテューヌ様、お土産の方向性はどうですか?お土産は自分用として何度も買う訳じゃないですし、人にあげるという意味で、お遊び要素は強みにもなると思うんです。勿論、中身の分からない物を人にあげる事に抵抗を持つ人もいると思うので、どちらにせよもっと詰めなきゃですけど…」

「お土産かぁ…お土産でも良いんだけど、お土産って『あ、食べたいな。食べよーっと』って感覚で買うものじゃないでしょ?そこがちょっと気になるっていうか……」

 

 ブラン饅頭はルウィーの人にも愛されてるし、物によるんだとは思うけど…それでもやっぱり、わたしの中にあるイメージと、お土産系とじゃマッチしない。

 だから、わたしは頭を捻る。さっきは意見を一杯貰う為にノープランって言ったけど、言い出しっぺが何も考えずに訊くだけじゃ、流石に格好が付かないもん。

 

「軽い感覚、ね…となると、携帯食料なんてのも……って、これはないわね…。話題性はあっても、名物が携帯食料なんて独特過ぎるし…」

「いやチーカマよ、案外悪くないかもしれないぞ。わたしが巡った限り、このプラネテューヌは非常に独創性の高い国であるからな!」

「ふふん、普通や無難じゃ満足しないのがプラネテューヌだからね!…あ、そうだ。ネプギアだったら、どんな名物にしたい?ここまでわたしが言ってきた事関係なしに、ネプギア自身のイメージとしてさ」

「わたしだったら?…わたしなら…片手で食べられたりすると良いなぁ。両手で持ったり片手を添えたりしなくても良いものなら、機械弄りのお供にも合うし……って、これもやっぱり名物に合うイメージじゃないよね、あはは…」

「んーん、そんな事ないよネプギア。食べ易いってのは魅力だと思うし、コーンアイスとかクッキーとかだって、そういうお手軽さが人気の秘訣だと思うし」

 

 良いアイディアじゃなくてごめんね…と言うように苦笑いするネプギアへ首を横にって、そんな事ないとわたしは返す。だって、アイディアは色んなところにあるものだからね。今のネプギアの話だって、やっぱりお手軽さ、気軽さが大事だよねって思わせてくれたし、まだ他にヒントが眠ってるかもしれないし。

 でも、そっかぁ…アイスとか、冷えてる系も名物になるよね。…ううん、違うよわたし。冷えてる系だけじゃなくて、多分もっと色んなものが名物になるんだよ。甘いものに塩っぱいもの、熱いものに冷たいもの、お菓子感覚のものもあればご飯になりそうなものだってあるだろうし、ネプギアの言う手軽さって意味じゃゼリーみたいにするっと飲めちゃうものだって……

 

「…………あっ」

『……?』

「…ね、皆…名物が飲み物、っていうのはどうかな…?食べるじゃなくて、飲む系の名物でも、いけると思う…?」

 

 その瞬間、ふっと浮かんだ一つのアイディア。でもこれまで考えてたのとは、大きく違うアイディアだったから、まずは皆に訊いてみる。飲み物、っていう名物は、有りかな…?って。

 わたしからの問い掛けを聞いた皆は、顔を見合わせる。その後は、一度考えるような顔をして…それから、頷いてくれる。

 

「飲み物…うん、良いと思う!だって別に、食べ物じゃなきゃ駄目なんてルールはないんだもん!」

「私も有りだと思います。トロピカルジュースとか、ラテアートとか、お店の売りになるような飲み物っていうのは存在している訳ですし」

 

 賛成をしてもらえた事で、わたしは内心ほっと一息。それに、言われてみれば確かに屋台とかコーヒーショップみたいに飲み物をメインとしているお店はある訳で、そういう意味じゃ飲み物だって十分名物になれる気がする。

 となれば次は、どんな飲み物にしていくかだけど…これについては案がある。飲み物って思い付いた時点で浮かんだ、わたしのとっておきのアイディアが。

 

「ふっ…わたしがこれを思い付いたのは、運命だったのかもしれないね!何せわたしには、切り札と言っても過言じゃない案があるんだからさっ!これは勝ったなガハハ!」

「おぉ、自信満々だなネプテューヌ!…して、その案とは?」

「それは勿論、プリンジュースだよっ!」

 

 ばっちり訊いてくれたミリアサちゃんに心の中で感謝しつつ、胸を張って言うわたし。

 そう、プリンジュースだよプリンジュース!わたしといえばプリン、プリンといえばわたしなんだから、ここでプリンを出さないなんて選択肢はないよねっ!

 

「プリンジュース…名前からして甘そうだね…」

「プリンのジュースだもん、甘くなくっちゃ詐欺だよ!…それに、何も無根拠で言ってる訳じゃないんだよ?ネプギアだって、ぴー子が飲んでたプリンシェイクは知ってるでしょ?」

「あー…そっか、プリンシェイクだったら実際あるもんね。…なら、プリンジュースも試してみる価値はある、のかも…?」

 

 あんまり乗り気じゃなかったネプギアに、わたしは自信の根拠を伝える。幾らわたしだって、食べて美味しいものなら、飲み物にしたって絶対美味しいだなんて思わない。例えばステーキのジュースなんて……うへぇ、想像するだけで食欲がなくなるよね…。

 って訳で、わたしはプリンシェイクの例を挙げた。似たコンセプトの飲み物が商品化されてるなら、可能性は十分にある筈。

 

「そのプリンジュースは、どんな感じにするにく?」

「そこは思い切って、100%の完全に液体化したプリンを!…ってしたいところだけど…なんかそれは逆に、『なら普通にプリンで良くない?』ってなりそうだし、蜂蜜とかちょっぴりのレモン果汁とか混ぜてみる…とかかな」

「あ、結構まともね。早速試してみるの?」

 

 試してみるかと言われたら、勿論イエス。だってプリンジュースは普通に飲んでみたいし!…と、いう事でここからは一度試作タイム。必要そうな食材を買ってきてから、プリンジュースを作ってみる。

 

「まずはメインのプリンだけど…これは思ってる倍!」

「なんで砂糖は思うとる倍!の感覚で入れたの!?早くもミキサーの中がプリンで埋め尽くされかけてるよ!?」

「大丈夫!だってプリンだもん!仮にこれが裏目に出たもしても、多少のミスは元々の美味しさがカバーしてくれるよ!」

「ね、ネプテューヌ様のプリンへ対する信頼凄いですね…。…あ、レモン果汁はほんとに量に気を付けて下さいね?メインの食材や味を引き立てるものは、目立ち過ぎも目立たな過ぎも駄目なんですから」

 

 ぎっしりプリンが入ったミキサーの中に蜂蜜も入れて、レモン果汁でアクセントを付けて、最後に牛乳を投入してからスイッチオン。ミキサーって便利だよねぇ…なんて思いながら少し待って、出来たところで中身を用意しておいたコップの中へ。それからパフェみたいにクッキーを一つ載せて…プリンジュース試作一号は、これにて完全!後はこれを、飲んでみるだけ!

 

「予想はしてたけど…どろっとしてるわね…。何か、スライヌ系モンスターを叩き潰した後のような……」

「こ、これから飲んでみるって時にそんな事言わないでよニトロプラスちゃん…。…でも、入れた物が全部黄色か白だったから、色合いは美味しそうかも」

「何であれ、美味かどうかは飲めば分かる事だ。という訳で、頂くぞネプテューヌよ!」

「うんうん、皆召し上がれっ!」

 

 自分の分も淹れたわたしだけど、まずは皆の反応が見たくて、飲むのはちょっと待ってみる。ただ食材をミキサーに入れて混ぜただけだけど…いざ飲んでもらうってなると、ちょっとだけドキドキするね…。

 

「それじゃあ、頂きます。…んっ……って、あれ…?…美味しい…」

「ほんと?…ってネプギア…その言い方、もしや美味しくなさそうだって思ってたのかなー?」

「ち、違うよ?甘過ぎちゃうんじゃないかな、と思ってただけだし、これはほんとに美味しいもん!」

「はは…けど実際、普通に美味しいわね。味のインパクトが強いから他のスイーツと一緒に…みたいな事は厳しいかもだけど、単品で飲む分には何の問題も……」

 

 初めに感想を言ってくれたのはネプギア。ちょっと気になる言い方だったけど、美味しいって言ってくれたのは嬉しいし、チーカマちゃんも良さげな反応。これはひょっとすると、一発目から採用レベルかもしれない…!

…と、思ってたんだけど…チーカマちゃんの発言は、途中で止まる。ミリアサちゃん達も、一口目の時点じゃ美味しそうにしてたけど、三口目辺りから急にペースが落ちて……

 

「ネプテューヌ…これ、美味しいには美味しいけど…正直クド過ぎて、一杯全部飲むのは辛いものがあるわ…」

「そ、そうなの?…うーん、そっかぁ……」

 

 表情の曇ったニトロプラスちゃんから理由を言われて、わたしも飲んでみる。一口目は普通に美味しくて、二口目も美味しくて…けど確かに、ジュースとしては色んな意味で濃厚過ぎるようにも感じた。どろっとしてるのもあって、飲み物なのにすっきり感は全然なかった。…わたしはクドいとは思わないけど…この様子じゃ、万人受けは厳しいかなぁ…。

 

「あれかなぁ…牛乳じゃなくて炭酸にして、そっちで爽快感出すとかにしたら変わるかなぁ…。これはプリンジュースっていうか、プリンを液状にしてそのまま飲んでる感じもちょっとあるし……」

「それか、コーヒープリンや抹茶プリン等で試してみるのも有りかもしれませんね…」

「…ねぇネプギア、なんであの二人は普通に飲み続けられているの…?あたし達とは、違う味覚を有しているのでも言うの…?」

「キュィ…プッ。キュイ-!」

「ど、どうなんでしょう…っていうか、アバどんも飲んでる……」

 

 ネプギア達からの評価は微妙だったけど、わたしとしては美味しいと思うし勿体ないから、ゴッドイーターちゃんやアバどんと一緒に作った分は完食…じゃなくて、完飲。まだプリンはたっぷりあるから炭酸バージョンにしてみたり、一応買っておいた抹茶プリンとかでも試してみたけど…やっぱり高評価までは至らない。

 

「むむぅ…プリンが美味しいのは絶対の真理だし、つるっと食べられるんだから飲み物への適性もあると思ってたけど、中々上手くいかないものだね…」

「あのさ、お姉ちゃん…。そもそもの話なんだけど、商品としてあるプリンシェイク自体、誰からも愛されるタイプの飲み物だっけ…?勿論好きな人はいると思うし、絶対どんな人も好きだと思う物なんてそうそうないとは思うけど…多分、『好きな人は好き』ってタイプなんじゃ…?」

「あ……」

 

 どうしよっかなぁって考えていた中での、言い辛そうな口振りでのネプギアの言葉。まさかと思って調べてみたら…確かにプリンシェイクは、ネプギアの言う「好きな人は好き」のタイプっぽかった。中には高評価の物もあるけど、それはそれでプリン『風味』というか、プリンそのものじゃなくてプリン『っぽい』商品みたいだから、そっちもやっぱりわたしの考えているのとは少し違う感じだった。

 

「ぐぬぬ…プリンじゃ、プリンじゃ駄目だって言うの…!?プリンの可能性を持ってしても、ここから先は無理なの…!?」

「プリンへの熱凄まじいわね…プリンは普通にプリンとして食べて美味しいんだから、それでいいじゃない…」

「ま、それはそうなんだけどねー。…仕方ない、プリンルートは一旦保留にするよ…でも大丈夫、プリンの良さは皆ちゃんと分かってるから…っ!」

 

 半眼のチーカマちゃんに「まぁねー」って頷いたわたしは、名残惜しさを感じながらもプリンを一度全部冷蔵庫の中へ。プリンで進めるのは難しそう、って事になっちゃったけど…ここまでの試作で得られた事は、きっと無駄にはならない…と、思う。

 でも問題は、次はどういう方向性で作ろうか…って事。取り敢えず、飲み物でもう少し模索しようって事にはなったけど、何をベースにするかを決めないと進められなくて……って、あれ?

 

「ミリアサちゃん、何飲んでるの?」

「いや何、折角だから何種類か飲み物を混ぜて、新たな味を創造してみようかと思ったのだ。そして生まれた暁には、未来でわたしが王となったブリテンの名物に……」

「なんで!?なんでこの場で未来の自分の国の利益を生み出そうとしてるの!?」

 

 まさかの行為にがびーん!…となるわたし。ひ、酷い…こっちの名物の開発が済んだ後、この場を借りてって事ならともかく、行き詰まってるところでやるだなんて…!

…って言いたいところだけど、別にお金払ってる訳じゃないもんね。善意で協力してもらってるだけなんだから、それを非難するのは違うってものだよ。…さらっとやられてたから、流石に驚きはしたけど…。

 

「あ、あはは…でも、それって楽しいですよね。大概色も味も変な感じになっちゃいますけど、実験してるみたいな面白さがあるっていうか…」

「闇鍋的な楽しさだよねぇ。…そうだ、試しに皆でやってみない?凄く良い!って感じのが生まれたら、アイディア料は払うからさ」

 

 物は試し、やってみなくちゃ分からない。そう思ってわたしは飲み物混ぜ混ぜチャレンジを提案。アイディア料云々だって結構本気で…って、うん?この場合、女神考案の名物にはならなくない…?アイディア買取なら公的には問題ないとしても、わたしの気持ち的に…。……くっ、ジレンマだよ…!皆で試しに作ってみた方が確率は上がるけど、いざ良いのが生まれたらどうしようっていうジレンマだよぉ!

 

「飲み物同士を混ぜ合わせて新たな味に…もしかして、バレット作りの発想が活きたりして…?」

「完成された物同士を混ぜ合わせる、その先にあるのは混沌…。けど、更にその先に何かがあるとしたら、それは紛う事なき未知…そう思えば、腕が鳴るというものね」

 

 はっ、と気付いたような顔をするゴッドイーターちゃんと、左手で顔の片側を覆いながら、謎のやる気を見せてくれるニトロプラスちゃん。わたしが「ジレンマがぁぁ…!」とか思ってる間に皆もう準備を始めていて…えぇい、こうなったらわたしも腹を括るよ!友達が思い付いたジュースがプラネテューヌの名物に…って思ったら、それはそれで嬉しいし!

 

(…っていうか、わたしはどうしようかな…普通に林檎ジュースと葡萄ジュースを混ぜてみる、とかじゃ面白くないし……はっ、だったらお汁粉とかコーンポタージュとか、一応飲み物としても売ってるけど『…飲み物?』って感じのを混ぜてみるとか!?お汁粉とコーンポタージュは、美味しくなる気がしないけど……!)

 

 食べ物で遊んじゃいけないとは言うけど、遊び心…というか、挑戦的な部分がなくちゃ、こういう混ぜる系は人気にならないような気がする。…けど、ほんとにスープみたいな飲み物をベースにするのはちょっと怖かったから、ベースの飲み物だけは無難に、でもそこからはアイディア重視で攻めていく。

 そうして作る事十分弱。わたし達がそれぞれに頭を捻って編み出した飲み物が、テーブルの上に集結する。

 

「じゃーん!わたしは葡萄ジュースをベースに、今ある果物系ジュースをありったけ投入した、セルフミックスジュースだよ!定番のジュースだけじゃなくて、何故あったカボスとかドラゴンフルーツとかのジュースも混ぜた、名付けて百果汁の王ジュース!…別に百種類じゃないけどね!あと、色合いがヤバくなってる感もあるけどね!」

「わたしはこれだ!虹をコンセプトに、七色それぞれのジュースを混ぜた輝かしき一杯!名前は…差し詰め、円卓の七席と言ったところだな。……実際は虹とは程遠い、何とも言えない暗めの色となってしまったが…まぁ、それは…うん……」

「私はさっきシェイクの話が出たから、バニラシェイクをベースに果物系とか甘いジュースを色々混ぜてみたよ。面白さも大切だけど、やっはり完成した時の味を想像して、そこから逆算した作りも大切になる…と、思ったんだけど…シェイクがシャーベット状なのを忘れてたせいで、全く混ざらなかった…うぅ……」

「甘いだけが飲み物じゃないわ。あたしが作ったのは、コーヒーに抹茶や紅茶等を混ぜた、大人向けの一杯よ。…これ?これは普通のミルクセーキよ。凄く甘い一杯よ。…用意してる理由?…まぁ、飲んでみれば分かるわ……」

「えと、わたしはこれです!牛乳の代わりに豆乳を使った、コーヒー豆乳!これはコーヒーと豆乳でどっちも豆を使ってるっていうのもミソで……って、あれ…?…もしかしてわたしの、無難過ぎた…?」

 

 どーんと並ぶ、色がとんでもない事になってる二杯と、なんか上下で層が出来ちゃってる一杯と、甘いのを別に用意しとかないとヤバいっぽいのと、後で調べたら割と普通にあった一杯。それぞれのコップを、作った一杯を見回したわたし達は、顔を見合わせ……思った。飲まなくても分かる、駄目だこりゃ…と。

 

「三人寄れば文殊の知恵って言うのに、八人…八人?…もいて、名物一つ生み出せないなんて…!…こうなったらもう、ブロッコリーとかプロテインとか謎の錠剤とか変な色のササミとかを一緒くたにして、女神化したわたしのフルパワーで振った超絶飲料を……」

「それだとパクリ名物になっちゃうと思うよ!?一般受けするかも怪しいし、わたし達は魔法少女じゃなくて女神だよ!?スリーアウトで大失敗の未来しか見えないからね!?」

 

 禁忌に走りかけたわたしはネプギアの全力突っ込みで止められて、がっくりしょんぼりと肩を落とす。うぅ、もし誰かが良い案を思い付いたら…なんて思ってたけど、まさかそもそも良い案どころか、改良の余地がありそうな飲み物すら生まれないなんて……。

 

「済まない、ネプテューヌよ…そなたの頼みだと言うのに、ここまで力になれないとは……」

「ううん、良いんだよミリアサちゃん…でも、このままやっても良い飲み物が生まれそうな気もしないし、どうしよう…飲み物って方向性が間違ってたのかな……」

「…いいえ、そんな事はない筈です。人の生活になくてはならないものであり、同時に奥の深い娯楽であり、地域や時代、文化や風習次第で幾らでも広がり続ける『飲食』の世界に、不可能なんてないんです…!」

「その通りにく。行き詰まった時こそ、美味しい物を食べて、飲んで、リラックスすると良いですにく〜」

「ゴッドイーターちゃん、生肉…うん、そうだよね…生肉が言うと何とも言えない感じになるけど、まだ弱気になるタイミングじゃないよね…!」

「……?生肉が言った内容、何か変だった?」

「…えっ?に、ニトロプラスさん…?」

 

 柄にもなく後ろ向きだったわたしを、ゴッドイーターちゃん達が元気付けてくれる。それを聞いて、そうだよね…とわたしもやる気を取り戻す。…真顔で訊き返してくるニトロプラスちゃんはすっとぼけてるだけなのか、本当にそう思ってるのか判断が出来ないけど…こ、これは深堀りしないでおこうかな、うん…。

 そして生肉のアドバイス通り、一回わたし達はおやつ休憩。プリン…は出そうとした瞬間ネプギア達が「ぷ、プリンはさっきので十分かな…」って言ってきたから止めて、代わりに買っておいたどら焼きを出してブレイクタイム。

 

「…これとか金平糖とかもだけど、お菓子って別に凝らなくても、シンプルな作りでも美味しい物は美味しいわよね。今話したら休憩の意味ないかもだけど、これもヒントになるんじゃない?」

「確かに、チーカマさんの言う事も一理あるかも…。…あ、わたし飲み物入れてきますね。どら焼きですし、お茶にしますか?」

「…いや、あたしは何か炭酸飲料を頼むわ。確かにお茶も合うけど、こういう甘くて味が濃いものは、結構炭酸も合うから」

「うん、炭酸って刺激の強い飲み物だけど、だからこそ一緒に食べる料理に負け辛い、意外と合うものの多い飲み物なんだよね。クリームソーダみたいなのもあるし、炭酸のおかげで甘い飲み物なのに甘い食べ物とも合う、っていうのが強みだって言えるかも」

 

 どら焼き片手に交わされるやり取りを聞いて、わたしも試しに炭酸を選ぶ。するとニトロプラスちゃんの言った通り、どら焼きと炭酸ジュースの組み合わせも結構美味しくて……って、そういえばプリンジュースの時の炭酸の案が出てきたし、逆に混ぜ混ぜチャレンジの時は誰も炭酸使ってなかったし…これはもしや、炭酸ジュースが活路のパターン?

 

(炭酸…コーヒー炭酸とか、抹茶炭酸とか、普通炭酸にしない飲み物と合わせてみるとか?…いやでも、これは探せばどっかで売ってそうだよね…スポーツドリンクと炭酸…は、さっぱりしそうな気もするけど、疲れたところに飲んでむせたら辛いし……)

 

 どら焼きの甘さで頭を回転させて、わたしは考える。調べてみたら、コーヒーとか抹茶どころか、「え、そんな食べ物と合わせた炭酸なんてあるの!?美味しいの!?」…って思うものも色々あって、普通の食べ物や飲み物とコラボさせるだけじゃ駄目な様子。

 って、いうか…そもそも炭酸自体、色々あるよね。ソーダにサイダー、コーラにジンジャーエール、他にも種類がある訳だし、色も透明なものから、混ぜる物次第で凄い色になったり、水色とか明るい緑とかの回復出来そうな色味になったり……

 

「…………」

「そういえば、名物…じゃないですけど、前にわたしは女神候補生の皆で、ある充電器の開発をしてみた事があったんです。魔法を使う事で充電出来るって物で、あれも皆で色々考えて開発を……」

「…そうだ、これだ…これだーーーーっ!」

「えぇぇっ!?な、何!?これってどれ!?」

 

 がたーん!…と椅子を鳴らしながら立ち上がるわたし。思い付いたのは、今度こそ…今度こそいけるって思える、そんなアイディア。

 

「皆、明日も集まってくれるかな!?わたし、思い付いたの!今からそれの準備と試作をしてみるから、皆は明日を楽しみにしてて!」

「お姉ちゃん!?あ、明日って…それはここじゃ出来ない事なの?」

「ただ飲むだけじゃ確かめ切れない事だからね!じゃ、ねぷねぷ行ってきます!」

 

 それだけ言って、わたしは部屋をダッシュで出ていく。最後に見えたのは皆のぽかーんとする顔で、後から思えば確かに説明不足感が凄かったけど…今のわたしは、とにかく試してみたくて仕方なかった。いけるって、今度こそって、そう思っていたから。アイディアはある、やる気もある、なら後は試すだよ…!今度こそわたしは、名物を生み出してみせるんだからねっ!

 

 

 

 

 翌日、言った通りに皆はまた集まってくれた。そんな皆の前に出たわたしは、まずまた集まってくれた事に感謝を伝えて…それから人数分の飲み物を置く。

 

「ネプテューヌ様、これがあの後作った飲み物…ですか?」

「見た目は綺麗ね。それに…炭酸?」

「そう、ゴッドイーターちゃんもニトロプラスちゃんも正解だよ。どんな炭酸なのかは…飲んでのお楽しみかな!」

 

 そう言って、ふふんとわたしは胸を張る。自信は大有り、だって自分で飲んでも「これは良い!」って思ったんだから。

 

「では、早速頂くとしよう。…んっ……少し炭酸は弱めだが、普通に美味しいな…」

「えぇ、けど飲んでみた感じ、ただの美味しい炭酸飲料ってだけにしか……」

「キュウ、キュウ…キュウウ!?」

 

 一先ず味は皆にとっても良い感じ。後はこの飲み物のミソ、一番の売りの部分だけど…初めに気付いたのはアバどんみたいで、続けて皆も気付き始める。これが、ただの飲み物じゃない事に。この飲み物の持つ、特別な効果に。

 

「こ、この感覚…もしかして、ヒール系のドリンクと混ぜてるの?」

「ふっふーん、ネプギア大成功!皆が今感じてる通り…これは回復アイテムとしての側面を持つ、謂わばヒール系炭酸なのさっ!」

 

 単なる美味しい炭酸飲料ってだけじゃなく、回復アイテムとしても使えるのがこれ。治癒魔法と同じで、回復アイテムもゲームに出てくるようなものとは少し違うんだけど…って、そんな事は今関係ないよね、うん。

 とにかくこの飲み物の性質を聞いて驚く皆を見て、わたしは確信を得る。これは、本当にいけるって。これは、十分名物になるって。

 

「もしかして、炭酸が弱めなのは、回復アイテムが必要な時にも飲み易いように…って事ですにく?」

「そのとーり!しかもこれ、ヒール側の分量を増やす事で実戦レベルの回復アイテムにも、逆に減らす事で子供でも気軽に買える、回復気分を味わえるジュースにもなる優れもの!」

「す、凄い…凄いよお姉ちゃん!やってる事自体はシンプルだけど、これは本当に売れそうな気がするもん!」

「でしょでしょー?でもこれは、皆がこうして協力してくれたから行き着いたもの…だから、言わせて。皆、協力してくれてありがとねっ!」

 

 回復アイテムは普通の飲み物より高いものだけど、これなら値段を抑えつつ飲んでもらう事だって出来る。見た目、味、値段、発想…全部全部、求めていたレベルに達している。

 そして、そんな飲み物を生み出せたのは、こうして皆で考えたから。協力してくれる皆がいたから。だからわたし感謝を伝えて…わたしのありがとうに、皆も笑ってくれた。それが、嬉しかった。生み出せたのも嬉しいけど…こんな笑顔を見れた事も、同じ位嬉しいなってわたしは思う。

 

「さーって、後はこれを商品化するだけだね!売るよ〜、新名物誕生まではもう秒読みの段階だよ〜?」

「ふふっ。…あ、因みにお姉ちゃん。この炭酸の名前はもう考えてあるの?やっぱり、ヒールソーダとかそんな感じ?」

 

 人気になってどんどん売れる未来を想像し、わくわくした気分になるわたし。そのわたしを見て微笑んでいたネプギアに名前を訊かれたわたしは、もう一度胸を張って…この新名物開発会議に相応しい締めとして、考案した名前を言うのだった。

 

「それは勿論……ねぷ矢サイダーだよっ!」

『まさかの名前だった!?』




今回のパロディ解説

・「新名物をわたし〜〜ここでッ!〜〜」
機動戦士ガンダムSEED destinyの主人公の一人、シン・アスカの名台詞の一つのパロディ。でも勿論、完成したネプテューヌは乾いた笑い声を上げてたりはしません。

・「〜〜わたしは最近久し振りに主人公してる〜〜」
原作シリーズの最新作、超次元ゲイム ネプテューヌ Sisters vs Sistersの事。最近…まあ、先月ならば最近と言えますよね。久し振りの「今ならでは」なネタです。

・某配管工さんの漫画
マリオシリーズの漫画の一つ、スーパーマリオくんの事。特別編として最新作の話が出たり、そうでなくともストーリー中のネタの一つとして触れられたりするアレです。

・「〜〜勝ったなガハハ!」
ガーリッシュナンバーの主人公、烏丸千歳の代名詞的な台詞の事。より正確に言えば、作中の他のキャラが言い、彼女が使うようになった台詞の事、ですね。

・「〜〜砂糖は思うとる倍!〜〜」
お笑いコンビ、千鳥の大悟こと山本大悟さんがテレビ千鳥におけるコーナーの一つ、DAIGO’Sキッチンにて発した台詞の一つ。ネプテューヌなら実際やりそうですよね。

・「〜〜ブロッコリーとか〜〜超絶飲料〜〜」
まちカドまぞくに登場するキャラの一人、千代田桃が作ったプロテインの事。ネプテューヌも変身(女神化)しますし、本気で振れば輝くプロテインを作れるかもです。

・ねぷ矢サイダー
炭酸飲料の一つ、三ツ矢サイダーのパロディ。ご存知の方も多いと思いますが、原作シリーズの一つ、VⅡ(R)の新名物イベントで出てきたパロディネタですよ。


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第八話 新たなる輝き!マエリルハ誕生

 広がり澄み渡る、阻むものなど何一つない空。その空を疾駆するのは、鋼鉄の翼を広げ、噴射炎をなびかせる女神の使い。

 

「さてと、もうすぐね。…始めに言っておくけど、手を抜く気はないわよ?わたしも、皆も」

「ふっ、でなければ困る。本気で向かってくれなければ、得られるものも得られないのだから」

 

 彼方を飛ぶ鉄騎の姿を見やりながら、二人の女神は言葉を交わす。直接ではなく、電子越しに。そして彼女等は、意識を集中させる。これから始まる、戦いへ。

 

「間もなく会敵に入る。出来たばかりの組織とはいえ、油断は禁物だ」

「了解。…隊長、データではこちらと似たコンセプトの機体との事ですが……」

「あぁ。だがそれは、あくまで比較的だ。同じと思って相手をすれば、足元を掬われるぞ」

 

 オンミニド。プラネテューヌ国防軍が有する主力可変MGを駆りながら、パイロット達もまた言葉を交わす。

 油断はなくとも、余裕はある。プラネテューヌの国防軍人達はそんな様子であり…隊長が言葉を返した数秒後、各機のレーダーが相手を捉える。

 相手はモンスターではない。相手もまた、鋼鉄の翼を有する存在。交戦距離へと入った瞬間、双方挨拶代わりだとばかりに長射程のミサイルやビームカノンによる攻撃を放ち、それを回避し、迎撃する。

 

「まずは相手の動きを崩す!このままの陣形で突っ込むぞ!」

 

 攻撃を凌いだオンミニド部隊は加速し、航空形態下部に懸架するビームマシンガンや上部に備えられたビームカノンを用いて相手部隊を正面から叩く。

 対する相手部隊は、左右へ散開するように回避。しかしそれは想定内であったオンミニド部隊は、即座に追撃をかけようとし…しかしそこで、相手部隊も動きを見せた。

 

「この動き…変形ね!けど、変形速度はうちより遅い…って、違う…!?分離した…!?」

「しかも、これは……ッ!」

 

 相手機体の変形。それ自体は、別段驚く事ではない。可変機が主力であるプラネテューヌ国防軍からすれば、よく見る光景とすら言えるもの。しかし、彼等を驚かせたのはそこから先の挙動であった。

 機体上部…主翼に推進器、それに武装等を備える、やや平たい印象を持つ部位が丸ごと離れ、人型へと変形した下部と完全に分かれた相手機体群。単なる変形ではなく、合体変形であった事にまず驚かされ…直後、人型となった下部が上に、そのまま飛ぶ上部が下に回り、機体の両脚部で以って航空形態時の下部が上部に飛び乗った事で、プラネテューヌの国防軍人達は理解した。これが、相手のコンセプトなのだと。これこそが……神生オデッセフィア国防軍のMG、マエリルハという機体の持つ特徴だと。

 

「よし、このまま挟み込んで攻撃をかける!味方を撃つなよ!」

「プライマリー隊γはこのまま一撃離脱戦法に入るわ!各機、向こうのドッグファイトに付き合っちゃ駄目よ?航空形態の空戦能力じゃ、向こうが上手なんだから…!」

「よぉし、ここで俺達の活躍を女神様に見せて、女神様に胸を張ってもらおうじゃねぇか!」

 

 飛行の要であり、航空形態の上部を構成する無人支援戦闘機、ルヴァゴに搭乗した空戦形態のマエリルハ部隊は、二手に分かれて反撃開始。携行武装であるビームマシンガンや、左右腰部に装備されたビームシューター、それにルヴァゴ上部に備えるビームカノンを用いて遠隔攻撃を仕掛け、オンニミド部隊へ挟撃をかける。

 しかし、全機が変形した訳ではない。γ小隊は航空形態のまま数発撃つと一度離脱し、旋回の後再度の遠隔攻撃へ入る。空戦形態よりも最高速度に長け、正面からの被弾面積で勝る航空形態の利点を生かした一撃離脱攻撃で以って、味方部隊を支援していく。

 戦いの皮切りとなった長距離攻撃は互角。そこからの先手を取ったのはプラネテューヌ側であり、確かに一瞬有利であった。だが、マエリルハ…まだ限られた情報しか得られていなかった機体の特性による情報アドバンテージは、一瞬の有利を打ち消し、再度の互角、或いは神生オデッセフィア側の有利を生み出していた。

 

「ぐっ、やってくれる…ッ!」

「けど、変形だったら…こっちの本分なんだよぉッ!」

 

 されどプラネテューヌ側とて、そう簡単にやられる訳ではない。挟撃と一撃離脱の連携により突撃陣形こそ崩されるも、こちらもまた即座に散開し、自慢の推力で挟み撃ちから逃れたと思えば、人形形態に変形し側面や上方からお返しの射撃を放つ。オンニミドの変形速度はマエリルハのそれより速く、回避からの息つく間もない反撃に転じる。

 

「突出は避けろ!安定性ならこちらが上だ!」

「足を止めるな!機動力で翻弄出来れば、流れはこちらに向くッ!」

 

 双方各隊の隊長から指示が飛び、プラネテューヌと神生オデッセフィア、それぞれに違った機動をMGが見せる。マエリルハは陣形を組み直し、各火器による面制圧をかける一方、オンニミドはここで動く事により大きく広がり、マエリルハへ高機動戦を仕掛けていく。

 同じ航空形態への可変機構を持つ機体と言えど、有する能力や長所は違う。そしてそれが、少しずつ戦いに影響を及ぼす。

 

「……っ…振り、切れない…ッ!」

「貰っ…何!?」

 

 一撃離脱の為航空形態のままであったマエリルハの内一機、その背後を同じく航空形態のオンミニドが取る。直後に撃ち込まれるビームマシンガンの連射を辛うじて避けるマエリルハだったが、航空形態での運動性で劣るマエリルハでは続く二門の機関砲による追撃を避け切れず、主推進器…人型形態での脚部に当たる部位へと被弾した事によって一気に失速。制御を失ったところへビームマシンガンの追い討ちを受け、そのままマエリルハは撃ち落とされる。

 一方別の場所では、人型形態のオンミニドによる集中砲火を受けていたマエリルハが、ルヴァゴから跳び上がるようにして回避。しかし飛行ユニットとして用いていた事で推力は落ち、人型形態でも高い推力を持つオンミニドの連続攻撃には、掲げたシールドで防御をするのが手一杯。少なくともオンミニドのパイロットからすればそう見える攻撃であり、一層火力を集中させる事で撃墜を狙う…が、次の瞬間後方から一条の粒子ビームが駆け抜け、右腕部を掠める。それ自体は装甲を灼くだけに留まったが、反射的にオンミニドのパイロットは機体を振り向かせてしまい…背面を向けたオンミニドへ、マエリルハのビームシューターが襲い掛かる。一瞬で形勢が逆転し、オンミニドの方が撃破へと追い込まれる。

 それは、後方からオンミニドへ放たれたのは、ルヴァゴの…マエリルハから分離した無人機による砲撃だった。マエリルハが防御に徹していたのは、為す術がなかったのではなく、自身を囮にするという作戦故の行動だった。

 

「戦況は、今のところ互角…ね」

「えぇ。まだあらゆる面で蓄積の少ない我々が、プラネテューヌ国防軍相手に互角…これならばきっと、各国に我々神生オデッセフィアの実力を示す事が……」

「…それは、どうかしら。確かに実力を示す事は出来るでしょうけど…『今は』互角なのよ?今の段階で互角である事は、手放しに喜べる事じゃないかもしれないわ」

 

 前線での衝突を緊張と共に見守るのは、空陸一隻ずつ展開した戦闘艦の内、陸上艦の艦長とその副官を務める二人。互角である事を肯定的に捉える副官だったが、艦長の浮かべる表情は明るくなく…返された言葉で、副官もまた理解する。

 そう。現時点で互角だからといって、以降も互角、或いはそれ以上に戦えるなどという保証はない。互角というのはあくまで結果であり、何故その結果が生まれているのかまで考慮しなければ、それは短絡的な思考でしかない。

 そして、神生オデッセフィア側には情報アドバンテージがあった。プラネテューヌのオンミニドは現行の最新主力機であり、初期型より多少のアップデートも恐らくされているとはいえ、神生オデッセフィア建国前から配備され、情報もそれなりに知れ渡っているのに対し、神生オデッセフィアのマエリルハは建国式典で先行配備された機体が警備に当たった事を除けば、他国の目に大々的に触れる機会はまだまだ少ない。その式典においても戦闘能力を発揮する場面はなかった為に、無人機との合体変形でプラネテューヌのパイロット達に衝撃を与える事が出来たのだが…逆にいえば、そのアドバンテージを活かしても尚、互角止まりなのが現状。更に言うならば、情報のアドバンテージは時間経過で薄れるものであり……艦長の懸念は、的中する。

 

「く、ぅっ…!プライマリー9、援護を!後一手、後一手さえあれば…ッ!」

「駄目ですっ!こちらも目の前の相手に対応するので手一杯で……ッ!」

 

 プラネテューヌ側が人型と航空、二つの形態を素早い変形を用いる事で駆使して戦えば、神生オデッセフィア側も空戦形態の安定性や、無人機との連携攻撃によって高機動戦に対抗していく。マエリルハの動きは決して悪くなく、中には地上へ降り、軽快な動きでオンミニドの対地攻撃を躱しつつ、自由となったルヴァゴを支援無人機として存分に活用するパイロットも散見される。

 だが…交戦開始直後は互角だった戦いは、プラネテューヌ側へと傾き始めていた。数はほぼ同数ながら、神生オデッセフィア側は抑え込まれ始めていた。

 上へ下へと縦横無尽に飛び回り、ビームマシンガンを中心に手数で攻めるオンミニド隊にマエリルハ各機は攻めあぐね、パイロット達は焦りを抱く。圧倒こそされていないものの、抑え込まれているという感覚は確かにあり…そこから数機のオンミニドが動く。

 

「よし、パールス5より各機へ!一気に突破するぞッ!」

『了解ッ!』

「ちッ…このまま易々と抜かれて堪るものか…ッ!」

 

 急上昇からの変形をかけた小隊長機に追随する形で、プラネテューヌ側の一個小隊が衝突する前線からの突破を図る。全体での抑え込みがこの突破の為だと即座に気付いた神生オデッセフィア側の小隊長の一人は、次々と襲う射撃の中でも機体を翻し、構えた携行火器…ビームマシンガンに追加バレルを装備したロングビームライフルの一撃で突破しよつもする内の一機を落とすも、それ以上の攻撃は十字砲火によって阻まれ、残りの機体には抜かれてしまう。そして、一個小隊が抜けた事で抑え込む力は弱まり、神生オデッセフィア側は盛り返すも、プラネテューヌ側はここまでの抑え込む動きから、回避を主体としつつも隙があれば即反撃に移る動きに移行する事により、プライマリー中隊を引き止める。

 戦況が動いた事により、両軍どちらも待機させていた戦力を展開。神生オデッセフィア側は突破した機体を迎撃する為、プラネテューヌ側は前線戦力の補強の為に、カタパルトより艦載機を放つ。

 

「我々だけで直掩と艦二隻を相手にするのは流石に厳しい。よって、撃破よりもプレッシャーを与え続ける事を優先するぞ。いいな?」

「対艦装備も爆撃仕様の機体もないですからね。それでも、そこそこ直掩を削る位は…っと、おいでなすった…!」

「…うん?あの機体…式典に出ていた装備か…!」

 

 陣形を組み直したプラネテューヌ側の小隊…パールス隊βは、暫く飛んだ後に正面から接近する部隊を捕捉。方向からして間違いなく神生オデッセフィア側の迎撃であるそれの、パールス隊βは交戦に入ろうとし…しかしそこで目に留まったのは、その内の一機。殆どの機体は航空形態を取り飛んでいるのだが…その中には、味方機の上に乗って飛ぶ、他の機体よりも明らかに重装備な神生オデッセフィア機の姿もあった。

 

「向こうもあの数で勝負を決められるとは思っていない筈だ。だからこそそれを逆手に取り、慎重な手を取っている内に押し返すぞ!」

『はっ!』

 

 機体各部への装甲と多数の火器で構成された重装備…キエルバユニットを纏っているのは小隊長機。指示を出すと共に小隊長機は乗っている機体から離れ、航空形態のマエリルハが下方を通り過ぎた後にスラスターを吹かしつつも地上へ降下。部下の乗るマエリルハも変形をかけつつ、迫るオンミニドへの迎撃に入る。

 

「やはり陸戦装備…火力はあるようだが、飛べないのではなッ!」

 

 ビームマシンガンやシューターを用いて攻めるマエリルハと、上下左右に動き回る事で攻撃を躱していくオンミニド。小隊長のマエリルハはロングビームライフル及び、キエルバユニットの背部右側に備えられたビームカノンによって対空火力支援を行い、機動力で劣る味方を援護。

 それを厄介だと感じたのか、それとも陸戦機の方が手早く撃破出来ると考えたのか、プラネテューヌ側の一機が大回りなロールで回避をかけつつ目標をキエルバ装備のマエリルハに定める。

 人型形態に変形したオンミニドは、右腕部にビームマシンガンを、左腕部に携行状態となったビームカノンを構え、降下しながら対地攻撃。対する小隊長のマエリルハも、追加バレルをシールド裏に格納したビームマシンガンとビームカノンで迎え撃ち、空に陸にと粒子ビームの光が飛び交う。

 

「ふっ、予想通り動きは重い…一対一で大火力は必要ない以上、こちらが圧倒的に有利……」

「──ここだ…ッ!」

 

 機敏な動きでオンミニドが避ける一方、重装備のマエリルハは回避する動きに余裕がない。その挙動に確信を持ったオンミニドのパイロットがこのまま押し切ろうとする中、マエリルハは腕部追加装甲に内蔵されたグレネードを放ち、飛来するグレネードをオンミニドがフレキシブルスラスターの機銃で迎撃した事によって一瞬爆炎が視界で広がり……次の瞬間、迎撃された瞬間に、マエリルハは飛び上がる。

 

「なっ、まさか…ッ!」

 

 幾らスラスターの噴射で跳躍が出来るのだとしても、陸戦機が宙にいる空戦機へ、正面から飛んでいくのは無謀な選択。それを選んだ相手にオンミニドのパイロットは面食らいたじろぐが、ならば撃ち落とすだけだと機銃も交えて一斉射撃。

 これで決まりだ、と内心思ったオンミニドのパイロット。…だが、マエリルハは躱す。重い機体でありながら躱し、続く攻撃も流れるような動きで凌いでいく。流石に全弾回避とまではいかなかったが…そこは追加装甲を纏った機体。マシンガンや機銃が数発当たった程度では落ちず、カノンの射撃は確実に躱す事で、着実に距離を詰めていく。

 マエリルハがビームカノンで反撃すると共にマシンガンを腰部に掛け、肩部の付け根付近よりビームサーベルを抜き放つ中で、オンミニドのパイロットは気付く。この機体は他のマエリルハと共通する脚部スラスターだけでなく、背部の物、そしてビームシューターの代わりに装備された左右腰部の物と、それなり以上の規模を持つ推進器を各部に備えている事に。重量故の機敏さはなくとも、一度速度に乗ってしまえば十分動き回れる推力を有している事に。

 

「こ、のッ…空で、こっちが負ける訳には…いかないんだよッ!」

「いいや…終わりだッ!」

 

 遂に肉薄したマエリルハがビームサーベルを振るう中、オンミニドもまた前腕部よりビームサーベルを出力し、空で二機は斬り結ぶ。そこからオンミニドはスラスターを全開で吹かす事でマエリルハを押し返し、今度こそとビームカノンを向ける…が、押し返した時点でマエリルハ側のパイロットの術中。押し返した後の、姿勢の崩れたタイミングを狙ってマエリルハは背部左側の追加装備より巨大な杭をオンミニドに撃ち出し、杭がオンミニドの胴体を貫く。更に貫いた状態で杭は爆発し、完全にオンミニドを撃墜する。

 

「あのパイロットは手練れか…陸戦型は私が相手をする!持ち堪えろよ…ッ!」

「この動き…突出してきた隊の隊長なだけはある…ッ!」

 

 味方機の撃墜を受け、プラネテューヌ側の小隊長が動く。危険を承知で相対していた機体に接近し、すれ違いざまに斬撃一閃。マエリルハ側のビームマシンガンが肩部装甲を掠めるも戦闘には一切影響がなく、逆に前腕部より出力したビームサーベルでそのビームマシンガンを斬り飛ばし、攻撃能力を削りつつも空から陸へと突破をかける。

 射撃に重点を置きつつ降下していた先の機体とは対照的な、推力全開の急降下。迫るビームカノンの一撃はサーベルから切り替え展開したビームシールドで防ぎ、反撃としてビームマシンガンで三点バースト。小隊長のマエリルハもまたシールドで受けた事で、両者の距離は詰まり…叩き付けるように、再度出力したサーベルをオンミニドは振り下ろした。

 

『……ッ!』

 

 それを寸前で、左右腰部のスラスターを正面に向ける事で後退し避けたマエリルハは、直後に背部と脚部のスラスターで機体を戻してシールドを振るう。先端の衝角による打撃をかけ、オンミニドもまた脚部からの噴射で打撃を躱し……オンミニドはフレキシブルスラスターの機銃を、マエリルハは追加装備の頭部機銃をほぼ同時に発砲。互いに数発は受けるも、オンミニドは素早い挙動で回避し、マエリルハは追加装甲で弾く事によって互いに致命傷を避ける。

 尚も追撃しようとするマエリルハだが、下がるオンミニドの動きには追い付けない。通常装備ならまだしも、重量のあるキエルバ装備でオンミニドの加速性能に対抗するのは土台無理な話であり、ならばと機体を立て直す。オンミニドもまた変形し大きく距離を取った後にビームマシンガンをマエリルハへ向け、両小隊長は仕切り直して再度ぶつかる。

 

「速い…!航空形態だけじゃなく、人型でもここまで速いのがプラネテューヌの機体か…!」

「あんな飛び方じゃ良い的だと思ったけど…体勢に自由が効くのは厄介ね…!」

 

 航空形態のオンミニドはフレキシブルスラスターの向きを変える事で自在に空を飛び回り、それを同じく航空形態のマエリルハが、点の攻撃であるビームカノンと面の攻撃であるランチャーからのマイクロミサイルで追い立てる。独特の空戦形態を持つマエリルハが、高い安定性を持つが故に普通ならば姿勢の崩れるような姿勢での攻撃をかければ、オンミニドは空を滑るような、機敏ながらも滑らかさのある動きで躱して反撃を放っていく。

 双方機体の特性を活かした、一進一退の攻防。どちらの軍も少しずつ被撃墜数が増えていき、戦力的余裕が減っていく。それ自体は戦闘である以上、当たり前の事であり、局地的に見れば神生オデッセフィア側がほぼ互角の状態のまま持ち堪えているとも取れる戦況だが……戦場全体で見れば、神生オデッセフィア側が押されているのは明白だった。

──位置、である。両軍の主力部隊が衝突する地点が、開戦直後に比べて明らかに神生オデッセフィア側へ移ってるのだ。

 

「パンツァー隊を両翼に展開して!上空はナカツマキに任せて、私達は地上と低空の防御を固めるわよ!」

「…艦長。空陸で連携しての迎撃態勢を整える事は自分も賛成ですが…ここは我々も前に出るべきでは?多少危険はあろうとも、今押し返す事が出来れば、流れが変わる可能性は十分あります。逆にこのまま押され続けてしまえば前線部隊に我々を、母艦の防衛を必要以上に意識させてしまう筈です」

「…貴方もそう思う?ここで焦って動けばどこかに隙が生まれる、というのが私の考えだけど……」

 

 押されつつある戦況を考慮し、ナカツマキ…空中艦の艦長との意思疎通を図った陸上艦の艦長は、格納庫よりパンツァーシリーズの現行モデルを出撃させつつ、次の動きを考える。そこで副官が提言を口にし、それを受けた艦長は考える。

 どちらが正しい、などという事はない。未来は分からない以上、今ある情報から推測し、選ぶしかない。そしてその為の情報を艦長は頭の中で精査し、どちらにするか判断をしようとしたその時……艦のブリッジに、ある事を示す音が響く。

 

「……!もうそこまで経ってたのね…!だったら…!」

 

 ばっと顔を上げた艦長は、オペレーターにある通信を指示。すぐにそのオペレーターが回線を開けば、ブリッジ前方のモニタの一つに新たな窓が開き…映し出されるのは女神の姿。

 

「相談無しに回線を開いちゃって申し訳ないわ、中佐。でも……」

「ああ、構わない。こちらも同じ判断だったからな。…女神様。残念ながら、現在我々は劣勢です。その中でお呼びするのは心苦しいのですが……」

「いいや、気にする事はない。確かに今は劣勢かもしれないが…まだ、戦いは終わっていないのだから」

 

 空中艦艦長に最後まで言わせず、覇気ある笑みを浮かべた女神…オリジンハート。まだ終わりではないと告げる彼女の言葉に、二人の艦長は頷き…女神は、イリゼは言う。

 

「道は私が切り開こう。だが、間違いなく向こうも動いてくる筈だ。そうなれば私とて、圧倒するのは難しい。故に…そこから先は、君達に任せる」

 

 任せるというイリゼの言葉に、再び艦長達は…否、通信を聞いていた全ての者が強く首肯。他でもない国の長、主君であると同時に敬意の対象でもある彼女の信頼の籠った言葉は、それが直接のものではなくとも士気を上げるのに十分なだけの力を持ち…次なる指示が各艦で飛んだ次の瞬間、両艦の後方にイリゼは現れた。

 女神の姿の彼女は、猛烈な速度で艦の位置する座標を駆け抜け、最前線へと向かっていく。数機のマエリルハが護衛として追随し、暫しの飛行の後に突出していたプラネテューヌ側の部隊に迫る。

 

「あれは……く…ッ!」

 

 接近するイリゼに一機のオンミニドが反応するも、MGに比べれば遥かに小さい事、そして何より女神を狙う事への心理的抵抗から動きが鈍る。だが、数瞬の鈍りであろうと女神相手にそれは致命的であり…すれ違うと同時に、腰部の関節を一刀両断されてオンミニドは墜落。先の小隊長機がマエリルハに一撃与えた際と挙動こそ似ているものの、その結果は歴然なもの。

 そこから他のオンミニドに阻ませる余裕すら与えず、護衛機諸共イリゼは突破。直後に一瞬だけ振り向き、マエリルハに…そのパイロット達へ「ここは頼んだ」とばかりに頷いてみせ、先を急ぐ。

 

「さぁ、退いてもらおうか…ッ!」

 

 イリゼの突撃は止まらない。女神の出現を聞いた本隊は多少無理をしてでも、と神生オデッセフィア側の攻撃を躱して迎撃に動くが、その悉くが鎧袖一触。即撃墜を免れた機体も護衛機による追撃で墜とされ、爆散や落下で散っていく。

 そんな中、落下するオンミニドの両脚部より放たれるマイクロミサイル。最後の力を振り絞るかのように飛翔するミサイルの束は、全てがイリゼへと向かい…だが多数の誘導兵器も、女神を捉え切るには至らない。激しくも華麗な、舞うが如き空中機動で全弾を振り切り、急上昇の頂点で優雅に後方宙返りを見せ…イリゼは、前線へと到達する。

 

「我が親愛なる戦士達よ!相手は四大国家が一角、プラネテューヌ!その正規軍に苦戦するのはなんら恥ではない!そして…勇気ある貴君等を導く事こそが、女神たる私の使命!私へ続け!我等の勝利の為に、栄光の為にッ!」

 

 得物である長剣を掲げ、高らかに声を響かせるイリゼ。その彼女を守るように、近衛の騎士の様に、イリゼの周囲で護衛機は人型形態へと変形し…雰囲気は一変する。まだ、戦況は変わっていない。戦線を押し返した訳ではない。されどそれだけで、戦いとは切り離せない「空気」が神生オデッセフィアの味方となった。

 

「後退せよ!一時的に押されたとしても構わない!とにかく今は耐えるのだ…ッ!」

「一気呵成だ!このチャンスを逃すなッ!」

 

 単独のMGはおろか、部隊単位でも圧倒される程の強さを持つ女神の参戦。カリスマ性を除いた、単独での戦闘能力を見ても別格な女神に対し、プラネテューヌ側は戦線を切り崩される前に、押し返されてでも被害を抑える事を選択。対する神生オデッセフィア側は一気に攻める事を選び、次々と攻撃を叩き付ける。これまでは反撃を意識し、それに対応出来るだけの余裕を持った上での攻撃が求められていたが、今は最前線でイリゼが注意を引きオンミニド部隊を翻弄する事により、反撃を気にせず仕掛ける事が出来ていた。

 

(よし…取り敢えずこれで、カウンターは成功した。それにこのままいけば、そう時間もかからず戦況は逆転する。…でも、今の内にもう少し…後少しだけでも撃破を……)

 

 少し遅れる形で増援も到着し、前線での戦いは神生オデッセフィア側に傾いた。突出していたプラネテューヌの小隊も孤立し、更にイリゼが現れる前から消耗しつつあった事もあり、迎撃部隊に損害を与えながらも全機墜とされ全滅する。

 素人目でも分かる優位。着実に押し返され始めた戦線。それによって神生オデッセフィア側の士気は一層高まりプラネテューヌ側を完全に防戦一方へと追い込む…が、最大戦力であるイリゼは焦りにも似た感情を抱いていた。十分な状況だとは思っていなかった。そして、射出した剣で相対するオンミニドの頭部メインカメラを貫き、追撃を仕掛けようとしたその時……プラネテューヌ側から飛来した巨大剣が、イリゼによる攻撃を阻む。

 

「悪いけど…これ以上戦線を引っ掻き回させはしないわッ!」

「来たか……ッ!」

 

 飛び退いた先へ斬り掛かる、紫の刃。それを長剣で受け止めたイリゼは、刃の主を……プラネテューヌの守護女神である、ネプテューヌの姿を正面から見据える。

 

「皆!神生オデッセフィアにオリジンハートがいるように、プラネテューヌにはわたしが…パープルハートがいるわ!だからこれで、戦況は互角…ううん、改めてわたし達プラネテューヌの優勢よ!」

 

 突進の勢いに自らの全力を乗せ、力技でイリゼを押し切ったネプテューヌは、空を踏み締めるように仁王立ちし、両翼を広げて言い放つ。イリゼの言葉を、空気を塗り替えるように声を響かせる。

 直後、弾かれていたイリゼは回り込むような機動で背後を取り、鋭く横薙ぎ。反射的に、本能的に身を翻す事でネプテューヌが躱せば、即座にイリゼは身体を回し、横薙ぎの遠心力も乗せる事で前進しながら更に追撃の回転斬りをネプテューヌに打ち込む。それを大太刀の腹で受けたネプテューヌは若干姿勢が崩れるも、口上を阻む事に間に合わなかったイリゼは歯噛み。

 

「思ったよりやるわね、まだまともな形になったばかりでしょうに…!」

「当然だ、彼等は勤勉且つ熱意のある者達だからな…ッ!」

 

 片手持ち、両手持ちを瞬時に、変則的に切り替えて変幻自在な連撃をイリゼが仕掛ければ、ネプテューヌは流れるような刀捌きでそれを逸らし、受け流して反撃。互いに素早く得物を振るうもその声や表情には余裕があり、探りを入れ合っているような状況。

 しかしそれでも、常人からすれば別格の戦闘。実際両軍のパイロットに介入の余地はなく、改めて双方の機体がぶつかり合う。

 

「ふふっ、けどまさかこんな日が来るとは…守護女神の貴女と、オリジンハートと戦う日が来るなんて思わなかったわッ!」

「それはお互い様だよ、ネプテューヌ…いや、パープルハート。ずっと私達は…最初から、仲間だったんだからね…ッ!」

 

 大上段からの振り下ろしを刀身で、斜めに滑らせる形で防いだネプテューヌは、逸らした斬撃の力で横にずれつつ蹴りを放つ。対するイリゼは逸らされ相手を失った斬撃の勢いを逆に利用し身体を前方へと引っ張らせる事で蹴撃を避け、長剣から片手を離すと身体を放ってネプテューヌへ裏拳。ネプテューヌは身を屈める事でそれを躱し、そのまま両者は前に飛ぶ事で距離を取る。直後に身体を反転させ、次なる攻撃の動きに入る。

 

「天舞参式……睡蓮ッ!」

「32式……エクスブレイドッ!」

 

 振り向いた二人の右手に輝くのは、シェアエナジーの光。イリゼはその光を水晶の様な巨大剣へ、ネプテューヌは半実体の巨大剣へと姿を変えて、突進と共に全力で振り抜く。

 

「……ッ!(やっぱり、まともにやり合ったら…)」

「──ッ!(そうそう勝負は付かない、な…ッ!)」

 

 周囲に衝撃波を及ぼす程の、巨大剣の激突。その打ち合いで、二人の女神は互いの実力、それにこのまま戦い続けた場合の結果を感じ取り…先に動いたのはネプテューヌ。打ち合いの状態から、自らエクスブレイドを解除し、捻り込むような機動でイリゼの巨大剣を交わすとブレイドの芯としていた大太刀で肉薄と同時に斬り掛かる。

 しかし意表を突く、思考の穴を狙う戦法はイリゼの十八番であり、大太刀が届く寸前に巨大剣のシェアを解放。爆発させる事を前提とした圧縮シェアエナジー程ではないにせよ、高密度のシェアエナジーにより形成された剣を解放する事によって全方位へと衝撃が生まれ、その力でネプテューヌの動きと斬撃を鈍らせる。それと同時に散った巨大剣の欠片を掴み、欠片を針状の武器に変えると、その針を振って刺突を狙う。

 ならば、と無理せず後退を選んだネプテューヌ。されどそこまでイリゼは想定済みであり、空振りとなった腕を逆側に振るう事で、手にした針を…否、棒手裏剣を投げ放つ。飛来する投擲武器をネプテューヌが大太刀で着実に叩き落とせば、動きの止まったところへ今度はイリゼが肉薄をかけ……

 

「なッ…狙撃……ッ!?」

 

──だがその攻撃は、一条の光芒によって阻まれた。先のエクスブレイドによる妨害、その再現をするように再びイリゼは遮られ…続けて多数の弾丸や光線がイリゼを襲う。

 

「おいおい、この距離且つ死角からの狙撃だぞ…?分かっちゃいたとはいえ、ほんと女神様の察知能力は無茶苦茶だな……」

「いえ、回避を選択させられただけで充分です。いきますよ…ッ!」

「りょーかい!」

「はーい!」

 

 ばら撒かれるような遠隔攻撃をイリゼが躱し、或いは斬り払って凌ぐ中、プラネテューヌ側の後方から現れたのは三機のMG。それぞれの有する火器でイリゼに仕掛けるその機体達は、オンミニドに近い外観をしながらもより高位の性能を持つ少数生産機…エース用のオンミニド・セーガであり、ある程度の距離まで近付くと航空形態の三機は散開。機敏な動きで位置取りを変えながら攻撃を続け、更に再び狙撃がイリゼを狙う。

 

「今の狙撃…それにこの機体って……」

「来たわね皆!じゃあ、この場は任せるわよ!」

 

 ライトグレー、スカーレット、ホワイト…国色である紫に加え、それぞれのカラーリングが目を惹く三機のオンミニド・セーガと狙撃にイリゼが目を見開く中、笑みを浮かべたネプテューヌはイリゼを交わして先へ、神生オデッセフィア側へと向かおうとする。当然イリゼはそれを止めようとするが、三機…それに狙撃手のオンミニド・セーガを加えた四機の集中砲火が道を塞ぎ、続けて一機がネプテューヌへと追従する。残る二機はイリゼへと距離を詰め、狙撃が仕掛ける二機を援護。

 

「ちょっ、ネプテューヌ!?トップエースを惜しみなく投入って、それは流石にズルくない!?」

「あら?本気で向かってくれなきゃって言ったのは、イリゼの方でしょ?」

「……っ、ネプテューヌ…!」

 

 思わず声を上げてしまったイリゼに対し、ネプテューヌは飄々と返答し飛び去っていく。意地でも追いたいイリゼだったが、相手はそのトップエース。一対三という事もあり、流石に一蹴とはいかない。

 

「いいね、三人がかりなら女神様だって止められる…ッ!」

「何とか時間稼ぎは出来る、って程度だろうけどな。ほんとに速ぇ…!」

「うぅ、わたしがねぷ子様に付いていきたかった…でもここで役目を果たせば、きっとねぷ子様に褒めてもらえる…!」

 

 航空形態でビームマシンガンと二門の機銃を話しながら突撃するのは、副会長機。上昇により回避したイリゼは通り過ぎていく副会長機に追い縋ろうとするも、またもや狙撃…ヴァシュラン機の援護がそれを妨害。直後にイリゼのいる場所をノーレ機の専用ビームサーベルが斬り裂き、それも躱したイリゼにノーレ機のビームランチャーとヴァシュランのビームスナイパーライフル…二つの高出力火器による十字砲火が迫り来る。

 

「やはり、良い動きをしてくれる…!…だがッ!」

 

 神生オデッセフィアの守護女神となる前はプラネテューヌに住んでいた事もあり、彼女等プラネテューヌのトップエース達の事は少なからず知っている。故に厄介だと思いつつも、イリゼは賛辞の言葉を送り…その上で、反撃に転じる。

 迫る十字砲火は、空中での宙返りにより、光芒を高跳びが如く背面で回避。続く副会長機の、ビームブレードによる接近と斬撃もまた無駄のない動きで避け、更にふり抜かれた直後の副会長右前腕部を足場にイリゼは急加速。二刀流の構えを見せるノーレ機に向けて突進をかけ、同じくスラスターを吹かす事で突進していたノーレ機と交錯。バレルロールと共にイリゼはノーレ機の脇をすり抜け…本体と左側のフレキシブルスラスターとを接続するアームが、斬り落とされた。

 

「まだ、まだぁッ!」

「そこぉ!」

 

 自らの攻撃は空振り、逆に一太刀浴びる事になったノーレだが、勢いは衰えない。イリゼが鋭く振り返り、次なる攻撃を仕掛けようとする一方、彼女もまた機体を反転させる。大きさの関係から回転速度はイリゼの方が断然上であり、普通なら振り向いたところで間に合う筈のない状況だったが…ノーレは機体右脚部のスラスターを全開。同時にNLEシステムの力で関節部にかかる負荷を逃がし…振るわれた長剣を、右膝部に搭載されたアンカーの刃で受け止める。

 数瞬の激突と、そこからノーレが選んだ後退。追撃しようとしたイリゼには副会長機からの一斉掃射が叩き込まれ、狙撃も続く。これまでよりやや狙いは甘い…だがその分光芒と実体弾が次々と撃ち込まれる狙撃がノーレ機の立て直す時間を作り、三機はイリゼの足止めを続ける。少しずつ攻撃を受け、足止めの限界へと近付いていくも、オンミニド・セーガは女神へ喰らい付く。

 

「三人…って言っても一人は狙撃手だから、どっちにしろそう簡単にはやられないと思うけど…とにかく副会長達が墜とされれば、間違いなく士気が落ちるわ。だから、急ぐわよ…!」

「はい…!」

 

 足止めを任せて先を行くネプテューヌと、もう一機のオンミニド・セーガであるリヨン機は、他の戦闘には目もくれず、一直線に神生オデッセフィアの母艦を狙いに行く。ネプテューヌはもとより、リヨンもまた相当な実力者であり、迎撃を巧みに躱して進んでいく。

 そんな二人を止めんとするのは、補給を終えた先の迎撃部隊。距離を詰められればその時点で抜かれる、という判断から今は全機がビームマシンガン用の追加バレルを装備しており、分離をせずにそのまま変形。ルヴァゴを背負った状態の人型、滞空形態でロングビームライフルによる長距離迎撃を仕掛け…しかし、女神とオンミニド・セーガは止まらない。

 

「やはり、か…だが、そう易々と抜かせるものか…ッ!」

「……ッ!パープルハート様ッ!」

 

 長距離迎撃にはキエルバ装備の小隊長機も加わり、ライフルとカノンを撃ち込んでいたが、殆ど速度は変わっていない。その時点で小隊長は、この場で止める事がほぼ不可能だと感じていたが…それでも、とスラスターを吹かせる事で跳躍し、その目で、機体のメインカメラでネプテューヌとリヨン機を見据える。

 そして次の瞬間、展開する各部追加装甲。その内側には何十ものマイクロミサイルが搭載されており、それを小隊長は一切掃射。全身からミサイルが空へと舞い上がり、噴射炎の尾を引きながら両者に迫る。

 だが、対するリヨンの反応も早い。これは容易には…今までの調子では躱し切れないと即座に判断し、自機を人型の形態へと可変。相手の小隊長の様に、リヨンは迫るミサイルを見据え…こちらもまた、備えるマイクロミサイルを放つ。下腿部、上腿部、それに背部のマイクロミサイルポッド全てを開き、多数のマイクロミサイルを同じく多数のマイクロミサイルで以って真正面から迎え撃つ。

 

『……──ッ!』

 

 ミサイルとミサイルがぶつかり合い、その爆発に周囲のミサイルも巻き込まれ、爆裂が広がる。プラネテューヌ側と神生オデッセフィア側を隔てるような爆炎が空へと広がり……次の瞬間、ネプテューヌとリヨン機がその爆発の上を駆け抜けていく。爆風を味方とするかのように、高度を上げて迎撃部隊を乗り越えていく。

 

「まさか、わたしだけじゃなく貴女も続いてくるなんてね。可変機だし、竜鳥飛びの使い手を名乗れるかもしれないわよ?」

「い、いえ…流石にエンジンは切っていないので…それよりもパープルハート様。目標は、もうすぐです」

「えぇ、そうね。斬り込むわ、援護して頂戴!」

 

 ネプテューヌからの軽い冗談を否定するも、リヨンの表情は悪くない。しかし真面目な彼女らしくすぐに表情を引き締めると、ネプテューヌにもうすぐだと言い…同じく真面目な顔付きに戻ったネプテューヌは、まだ遠い…しかし確かに視界に捉えた戦闘艦に向けて、最高速度で飛び込んでいく。

 迫るネプテューヌへと上がる、対空砲火。戦闘艦に加え展開したパンツァー部隊も砲撃を行う事によって濃密な迎撃網が形成されるも、相手は女神。素通しこそ許さないが、追い返すまでには至らず…火力がネプテューヌへと集中している隙を突いて、リヨン機がパンツァー部隊を撃破していく。光実連装のマシンガン、機銃二基、それに背部二門のビームカノンを用いて、攻撃と可変を素早く繰り返して、対空砲火を減らしていく。

 逃げられる筈もない艦隊は、全力の迎撃をかける。その砲火故に正面に出られない直掩機も、左右からネプテューヌを挟みにかかる。そこでは誰もが…否、全ての場所で全ての者が、今自分に出来る全力を尽くす。誇りの為に、勝利の為に、力を振り絞る。そして──。

 

 

 

 

 プラネテューヌの象徴であり、政府機関でもあるプラネタワー。教会としての機能以外にも、様々な設備を有するそのプラネタワーの一角で、私は眼を覚ます。

 

「…ふー、ぅ……」

 

 寝起きにも近い、でも単なる起床とは何となく違う感覚を抱く中、カプセル状の機材が開く。私は身体を起こし、そこから出て…吐息を漏らした。普通とは違う疲労感…それに心の中で滲む、敗北の悔しさを漏らすように。

 

「お姉ちゃん、イリゼさん、お疲れ様です」

「お二人共、気分はどうですか?(・ω・`)」

「大丈夫よ、いーすん。…けど、凄いわねこれ。軍のシュミレーターと完全に同期して、完璧に…とまではいかなくても、仮想空間で自由に動けるんだから」

「同感だよ。それ相応の設備が必要とはいえ、画期的である事は誰もが認める技術じゃないかな」

 

 こくりとネプテューヌの言葉に首肯し、私は女神の姿のままで振り向く。自分が使っていた…プラネテューヌ主導で、神生オデッセフィア含む五国家全ての力を結集して開発された、仮想世界形成装置を。

 それは読んだ字の如く、仮想空間を作り出し、そこでのシミュレーションを可能とするもの。とはいえただ意識を仮想空間に飛ばす、というものじゃなく、電子的に形成、再現された世界を稼働させるもの。分かり易く表現すると、一切の制限がない…現実の世界と変わらない自由度で、設定した条件で進められるシミュレーションゲームみたいなもので、最初の設定さえしておけば、後は機械の側に全て任せる事も出来る。仮想世界の住人に、自由に生活してもらえる。…まあ尤も、その為には膨大なデータの蓄積が必須だから、暫くは今日みたいに現実の人が意識を飛ばして、仮想空間の中で活動する事によるデータ収集が必要だって事だけど。

 そしてそのデータ収集を兼ねて今日、神生オデッセフィアとプラネテューヌによる模擬戦闘が行われた。別室ではうちとプラネテューヌの軍人がそれぞれシュミレーターを使用していて、更に別室ではそれを各国の人が見ていて…そこで私は、神生オデッセフィアは負けた。何とかトップエースを退けて、あの後プラネテューヌ側の艦隊にも迫ったけど、先にプラネテューヌに勝利条件を満たされてしまった。所詮模擬戦とはいえ、経験を始め多くの面でうちが不利だったとはいえ…それでも、悔しい。悔しいし、悲しい。皆に、頑張ってくれた軍人達に、勝利の喜びを感じさせてあげられなかったという事が。

 

「…イリゼ」

「え?あ…何?」

 

 自分でも気付かない内に、少しだけ俯いていた私。そこへネプテューヌから声をかけられ、私はネプテューヌの方を見やる。

 

「今回の事は、良い経験になったと思うわ。わたし個人としても、軍の皆としても、絶対プラスになったと思う」

「それは…うん、プラスになったのはこっちも同じだよ。むしろうちの方こそ、ありがたい話だったとも言える訳だし」

「そう思ってくれるなら嬉しいわ。こういうのは、お互いの為になってこそだもの」

 

 落ち着いた、凛とした雰囲気のあるネプテューヌの言葉に、こっちだってと私も返す。お世辞でも、社交辞令でもない。良い経験になったのは間違いのない事で、負けたという事実に対してただ不貞腐れるか、それすらも糧にするかで今後の神生オデッセフィアは大きく変わる。

 であるならば、ネプテューヌから言い出してきたのは、守護女神の先輩として気を遣ってくれたからかもしれない。そんな風に思いながら、私がネプテューヌを見ていると…表情を緩めたネプテューヌは、言った。

 

「だから…ありがとね、イリゼ。わたしと、プラネテューヌと、模擬戦をしてくれて」

「あ……。…なら、私こそありがとうネプテューヌ。でも…次は負けないよ?」

 

 感謝の言葉と、差し出される右手。それで大事な事を思い出した私は、一瞬止まり…それから感謝を返して、握手に応じる。その上で、笑みと共に次は負けないと言い…ネプテューヌも、受けて立つわと意思を示した。その表情に、不敵な笑みを浮かべながら。

 握手を交わす私達を、穏やかな表情でイストワールさんとネプギアが見ている。私達が意識を仮想空間に飛ばしている間、データの確認や各種操作をしてくれていた二人にも感謝を伝えた後、私が向かうのは部屋の出入り口。

 

「一足先に、私は行くね」

「あれ?イリゼさん、お急ぎですか?模擬戦は時間通りに進みましたが…」

「急ぐっていうか…まぁ、そうだね。…頑張ってくれた皆を、早く労いたいからさ」

 

 ネプギアの言葉に振り向いた私は肩を竦め、部屋を出る。皆のいる部屋へと向かう。

 悔しさはある。これを糧にしようという気持ちもある。でも、ネプテューヌが私に言ったように…まずは感謝をしなくっちゃ。頑張ってくれた、協力してくれた、皆に言葉を…思いを伝えなくっちゃ。だって皆は、私を信じて戦ってくれたんだから。私はそんな皆の…女神、なんだから。




今回のパロディ解説

・新たなる輝き!マエリルハ誕生
機動武闘伝Gガンダムにおける、第二十四話のサブタイトルのパロディ。MG主役回におけるタイトルパロシリーズですね。…マエリルハが誕生したのはもっと前ですが。

・「いいね、三人〜〜止められる…ッ!」
ポケットモンスター アルファサファイアにおける、アクア団下っ端の一人の台詞のパロディ。オメガルビーで同じ場所にいるマグマ団下っ端とは、内容が違うんですよね。

・竜鳥飛び
マクロスPLUSの主人公、イサム・アルヴァ・ダイソンの飛行技術の一つの事。エンジン云々もパロディの一部ですね。…何気に無人機(遠隔操作)側の台詞になってますが。


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第九話 イベント・オブ・水着

 国を守り、国を導き、国の象徴となる存在、女神。現代に…いいや、ゲイムギョウ界に生きる者なら誰もが知る、超然の存在。

 常人とは比較にすらならない程の力に、国を率いて立ち、幾度となく災厄へと立ち向かい打ち砕く精神、そして一度見たら忘れられないであろう、誰もが息を呑む程の美貌。正に天上の存在と称するべき存在が女神であり、ともすれば不可侵の、遥か遠い存在に思えてしまうのも無理のない事。

 されど、それは早計というもの。強く、凛々しく、誉れ高い…それでいて人に、我々に寄り添わんとするのもまた、女神の在り方。そんな女神の…女神様の華やかにして艶やかな姿を、人の思いに応え、窮地を乗り越えた我々を労う為にとあるイベントを開催し、その先頭に立つ美しき装いを、紹介していこう。

 

 

 まずは、プラネテューヌの守護女神、パープルハート。凛とした容姿に、鋭さと柔らかさを併せ持つ雰囲気が魅力的なパープルハート様が身に付けているのは、黒地に藍色のアクセントを持つトライアングルビキニ。シンプルなデザイン故にパープルハート様の魅力を、魅惑のスタイルを引き立て、その美しさを遺憾無く後押し。それでいてトップス前面を結ぶリボンや、ショーツの布地を前後で繋げるのはそれぞれ二つの細い生地であるなど、ところどころから色香を、美しさを失わない艶やかさを醸し出す。華麗…水着を纏った今のパープルハート様をを一言で表すなら、きっとこの言葉で間違いない。

 

 お次はラステイションの守護女神、ブラックハート。煌めく銀の髪に、その煌めきに劣る事なき整った容貌、加えて圧倒的な実力を体現するような空気感を持つブラックハート様が纏うのは、クロスホルタービキニ。黒を基調に、細部に白をあしらった色合いは品の良さ、高貴さを思わせ、どちらの色も豪奢な銀髪とよく似合う。更にトップスは、豊かな胸だけでなくくすみのない両の肩も強調し、腰に巻くパレオは透過性が高い事により、内側のショーツや脚を隠す事なく、それでいて一歩奥深い魅力を醸し出す。揺らぐ事なき品位と華やかさ…水着を纏ったブラックハート様は、普段以上にその二つの魅力に溢れていた。

 

 続けて語るはリーンボックスの守護女神、グリーンハート。女神の中でも随一なスタイルを誇る、美人という言葉がこの上なく似合うグリーンハート様の装いは、ブラックハート様と同じくクロスホルタータイプの水着。されどこちらは完全な黒一色であり、柄や色合いに一切の飾りがない事が、グリーンハート様の自信を感じさせる。加えて胸元上部で交差する細い生地や、ショーツの左右で目を惹く紐の留め具など、全てが大人の色香に、男女問わず魅了する艶かしさに直結し、圧倒的なスタイルと合わせて見る者の目を離さない。生半可な者が着れば格好が付かないその水着を、間違いなくグリーンハート様は着こなしていた。

 

 そして、ルウィーの守護女神、ホワイトハート。男性のものとは違う、女性ならではの凛々しさ、格好良さをほしいままとするホワイトハート様の水着は、白を中心としたフレアビキニ。ホワイトハート様の雰囲気とは一見真逆の、柔らかさを感じさせる水着は双方が双方の魅力を、着る者と水着それぞれの良さを引き出し合い、愛らしいと…可愛らしいと思わせる。しかしこれは難しい事。ビキニはなまじ布地が少なく、肌の露出が多いが故に艶やかさを引き出す事は容易でも愛らしさを引き出すのは難度の高いものであり…されどそれを難なくこなし、その上で艶やかさも失わないのが、他ならぬホワイトハート様だった。

 

 

 四大国家、連綿と続く歴史を持つ四国家の守護女神に共通するのは、品のある艶やかさ。魅力的な…それでいて隙のない水着姿。

 しかし女神は、守護女神だけではない。守護女神とは違う…しかし決して劣る事のない魅力を持つのが、女神候補生。

 

 プラネテューヌの女神候補生、パープルシスター。愛らしさと清らかさを感じさせる容貌と、その通りの…しかしその奥に芯の強さを秘めた雰囲気が周囲を惹き付けるパープルシスター様の装いは、姉であるパープルハート様と同じトライアングルビキニ。しかし色合いは対照的な白一色で、眩しい白はパープルシスター様の清廉さを表すかのよう。ショーツの左右やトップスの布地から伸びる首元のリボンもまた可愛らしさを引き立てているが、当然それだけに留まらない。清純という言葉が似合うパープルシスター様だからこそ、水着姿である事そのものが目を離せない程の魅惑となって、正に夢中の思いを抱かせてくれる。

 

 ラステイションの女神候補生、ブラックシスター。姉譲りの鮮やかな銀髪と、同じく鋭くも皆に安心感を与える雰囲気を持つブラックシスター様がその身に着るのは、マイクロビキニとホルタービキニを組み合わせた水着。一見ただの水着の様で、その実内側に水着の中でも特に布地の少ない物を身に付けていると気付いてしまえば、心が揺さぶられない筈がなく、同時にそのような装いを身に纏えるブラックシスター様の度胸と自信をその水着によって示される。そして何より、比較的スタイルが慎ましやかなブラックシスター様が敢えてその着こなしを選んだ結果、ブラックシスター様にしか出来ない無二の魅力が生まれていた。

 

 ルウィーの女神候補生の片割れ、ホワイトシスター。女神の中でも特に幼く、妹共々庇護欲を駆り立てる無垢さや他の女神にはない儚さや有するホワイトシスター様の水着は、双子でお揃いとなるワンピースの水着。水着を主体に白をあしらったワンピースタイプの水着が、何ともホワイトシスター様らしい、可愛らしさを存分に発揮するものであり…しかし見過ごせないのは、大きく、惜しげなく開いた背中側。可愛らしいと感じさせたところで目の当たりにする事となる、晒け出された真白い背中は、ホワイトシスター様自身と水着とで二重のギャップとなり、スタイルの良さだけが魅力になるのではないのだとはっきり示す。

 

 そして、同じくルウィーの女神候補生、もう一人のホワイトシスター様。髪色を除けば双子の姉とほぼ同じ外観ながら、対照的な活発さや積極性を感じさせるホワイトシスター様が選んだのは、桃色と白のワンピース水着。姉と共に、自身のイメージカラーを選んだ事で安心感とある着こなしとし、尚且つ胸元から腰回りまでをしっかりと覆う水着と、健康的な肌が露わとなった手足や首元とでそれぞれ違った魅力を、飽きなど永遠に来ないであろう独特の魅力を見せ付けてくれる。そしてそれは双子が、二人が揃う事により相乗効果を生み出し、両者が感じさせる愛くるしさとその裏の色香は、必ずや記憶に刻まれる事だろう。

 

 

 ともすれば守護女神より未成熟さを感じさせる女神候補生だが、裏を返せばまだまだ花開く前の可能性に溢れているという事。その段階ですら愛らしさ、美麗さ、更には艶めきまでもをその身に宿す女神候補生の魅力を疑う者は、いないと言っても過言ではないだろう。

 四大国家の、四人の守護女神と女神候補生。一人一人が生半可な追随など許さない、絶世そのものの美女であり…しかし女神は、彼女達だけではない。新たなる国家にもまた、女神は…美しき主は、存在する。

 

 新国家、神生オデッセフィアの守護女神、オリジンハート。堂々たる、悠然とした空気感と柔和さを併せ持つオリジンハート様が身に纏っているのは、リング状の留め具で布地を合わせている類いのトライアングルビキニ。静けさを思わせる青紫の色合いは、オリジンハート様の白き髪と引き立て合い、同時にスタイルの良さも際立たせる。留め具もすればただのパーツだが、そこから素肌が覗く事で、リング状故にその内側のきめ細やかな肌に自然と視線が引き寄せられる。尚且つ青紫という色と、リングの金属光沢が大人の色香も醸し出し、視線だけでなく心までも引き寄せるその姿は、正に優美な一言だった。

 

 そのオリジンハート様と共に神生オデッセフィアの女神として知られる、レジストハート。深みと柔らかさを感じさせる白練色の髪と、その色合いとは対照的に熱烈な立ち振る舞い、頼もしくもどこか艶やかな雰囲気が印象的なレジストハート様が着為すのは、ホットパンツと組み合わせた赤紫のビキニ。ショーツの布地はホックを外したホットパンツの前面から、サイドははみ出すようにホットパンツの左右腰から露出する事によって、被服面積は比較的多いにも関わらず、見る者の胸を高鳴らせる。スタイルにも優れたレジストハート様はその着こなしにより、自身と水着、双方の魅力をより強く引き立たせていた。

 

 

 この度我々にそのお姿を、水着という特別な姿を見せて下さる女神様方。このような形を取る事を、全ての方が手放しに賛同する訳ではないだろう。しかし、これもまた女神様方が我々を、国民を思い、厄災を乗り越えたとはいえ多くの苦労を伴った今の世を明るく、活気付けようという思いで行って下さっている事は間違いない。…と、いう訳で……

 

 

 皆さん!女神様が先頭を切って、ここまでの事をしてくれているんです!

 

 だから細かい事は気にせず、思いっ切り楽しむのが一番だよね!

 

 

 

 

 切っ掛けは、最終決戦の中である軍人が口にした、何とも酔狂な…あの場、あのタイミングじゃなきゃ処罰されてもおかしくないような、非常識な発言。

 でもその発言を、土壇場だったとはいえノワールが了承をした。その結果、少なからず士気も上がった(多分)。となれば、女神が許可した約束事を反故にする訳にはいかず、各国へ噂と期待が多いに広がってしまった以上、他の女神としても不参加は選べず、五ヶ国全ての協力下で、神生オデッセフィア建国直後の、神生オデッセフィア最初のイベントとして……水着コンテストを含む、水着で参加のお祭りが実施される事となった。

 

「…で、これがコンテスト内容を中心にした、昨日の…初日の記事なんだね」

 

 記事の中で語られている通りの装い…つまり水着にパーカーだけを羽織った姿で、記事の表示された記事へと目を通す。

 今私がいるのは、教会の建物外、敷地内に設営されたイベント本部。私が読み終えるのを待っているのは…この記事を作った、二人の記者。

 

「…昨日の今日で、よく色々と纏められたね…インタビューとか今日の見どころ紹介とかまで書いてあるし……」

「えぇ、何せこんなにも独特で面白いイベントですからね!記者としては、筆が乗りに乗るというものです!」

「情報は鮮度が命だからね。価値を落とさない為にも、掲載した情報を見て一人でも多くの人がイベントに興味を持ってくれるよう、やれる限りの事は尽くしたよ」

 

 凄いというか、凄まじいというか…なんて思いで言葉を漏らしながら私が顔を上げれば、二人の記者は…各国教会の公認報道業者である、ゲイム記者の二人はこくりと頷く。

 良い仕事が出来ました!…とばかりに表情を綻ばせている、はきはきとした言動がよく似合う金髪と、翠玉の様な瞳を持つ少女は、デンゲキコ。同じくゆったりとした口調が橙色の髪とマッチした、橄欖石が如き瞳の少女は、もう一人の記者であるファミ通。この二人が、昨日の今日で記事を作ってくれた、私や女神の皆にとって馴染みの深いゲイム記者で…当然二人も、今は水着姿。デンゲキコは黄色を主体に茶色を合わせた、ホルタービキニとバントゥビキニが組み合わさった仕様の物を、ファミ通はトップスが緑と黄緑のストライプ、ボトムスが白のボーイレッグタイプの物を身に付けていて、ここで運営に当たってくれている人も、お店や屋台で商売をしている人も、お祭りの参加者も…全員とまでは言わないにしろ、多くの人が水着を着てこのお祭りに参加している。

 

(にしても、ほんと昨日の今日で作ったとは思えない凝り具合だなぁ…ゲイム記者が一晩でやってくれました、なんてね)

 

 単に情報を纏めるだけじゃなく、記事としての体裁もちゃんと保ち、尚且つ気になると、行ってみたいと思わせる内容に仕立て上げているんだから、二人の実力は大したもの。それでいて今日も普通に来ている、今日もネタや見どころを探して情報収集をしている二人は、正にプロフェッショナルだと私は思う。…けど、終わったらちゃんと休んでほしいな。

 

「けど、イリゼさんも思い切った事をしましたね。建国直後に、こんな癖の強いイベントを誘致するだなんて」

「建国直後だから、だよ。確かに最初期のイベントとしてはアレな部分も多いけど…今はとにかく、一人でも多くの人に神生オデッセフィアへの興味を持ってもらいたいし、足を運んでもらいたい。それに神生オデッセフィアの始まりを、活気溢れるものにもしたいからこそ、うちをメイン会場にしてもらったんだよ」

「流石はイリゼさん。…けど、その面で言うと、『浮遊大陸』である事はどうしてもネックだね」

 

 避けては通れない国の事情にファミ通が触れ、まぁね、と私は肩を竦めながら首肯。

 くろめ達の策略によって創り出され、オリゼによって改変された浮遊大陸に、そこにあった街並み…再現されたオデッセフィアの生活圏を元にする事で今の形となったのが、神生オデッセフィア。だから当然、四大国家…四大陸と行き来するには空路しかない訳で、これが移住にしろ観光にしろ、人の往来においては無視の出来ないハードルになる。今は神生オデッセフィアとして補助金を出し、本来よりも安値で往来出来るようにしてるけど、流石にいつまでも今と同じ額の補助をし続ける訳にはいかない。そうでなくとも、四大陸より目に見えて小さい、歩いて四大陸に戻る事は出来ない浮遊大陸というのは、心理的なハードルも存在しているんじゃないかと思う。

 でも、それは初めから分かっていた事。それを踏まえた上で、私は浮遊大陸での建国を選んだ訳で…まだ実現はしてないけど、往来に関する政策は色々と進めている。

 

「うん。ファミ通の言う通り、浮遊大陸だから…って事で敬遠しちゃう人だっていると思う。だから…そんな人でも来たくなるような、素敵な記事をこれからも期待してるよ?」

「おっと、そうくるとは…でもそう言われたら、力を尽くさない訳にはいかないね。女神様から直々に、期待してるって言われちゃったんだから」

「ですね!勿論ジャーナリストとして、過度な誇張や嘘の宣伝は出来ませんが…嘘偽りのない、本物の魅力やこのイベントの醍醐味を信次元中に発信してみせますよ!」

 

 そう言って二人は顔を見合わせ、一瞬対抗心を表情に浮かべてから、私に視線を戻して改めて頷く。

 今回は共同で活動している二人だけど、普段は別々に記事を作っている、謂わばライバル関係。相手の力を認めつつも競い合う二人の記事は、本当にいつも興味深く、面白いもので…だからこそ今回も期待してるし、そんな二人のジャーナリズムを強く刺激する、記事にしたいと思うような、国とイベントの運営をしたい。

 

「…さてと。記事を読ませてくれてありがとね。文句無しの記事だったよ」

 

 端末を二人へと返し、私はばっとパーカーを脱ぐ。ビキニとサンダル、後は細かなアクセサリー類だけの、完全な水着姿となって、本部のテントから街へと出る。

 このイベントはお祭りとしての側面もあるけど、あくまでメインは私達女神の水着姿。…って表現するとほんとにアレなイベントって感じだけど…今更気にする事じゃない。それに皆が期待して来てくれてるんだから、いつまでも本部に引っ込んでいる訳にはいかない。…後、今は皆も水着だから、実はそこまで恥ずかしくもないしね。

 

「焼きそば安いよ〜、水着と言ったらやっぱり焼きそばでしょ〜!」

「本日開店したうちのパン、開店セール中で今なら全品二割引!うちで軽く休憩していくのはどうかな?」

「さぁ、叩いて被ってじゃんけんぽん大会は、これより飛び入り参加も可能となりました!自信のある方は、どうぞステージ上へ!」

 

 大通りでは、屋台の出店は勿論、出張してきたお店も絶賛商売中。幸い往来面の問題があっても尚、神生オデッセフィアには各国から多くの人が来てくれていて、今のところは大盛況。出店だけじゃなく、色々な企画も行われていて…贔屓目なしに、今神生オデッセフィアは盛り上がっている。

…やっぱり、嬉しい。自分の国に、多くの人が訪れてくれるのは。活気に溢れている事が。

 

「よ、っと。昨日の事が起爆剤になったと思えば当然だけど、ほんとに沢山の人が来てくれてるわね。やっぱり、こういうイベントがあると『平和が戻った』って実感出来るからかしら」

「かもね。私達にとっても、こういう事が出来るのは平和を取り戻せたからだし」

 

 堂々と道の真ん中を歩き、人目に触れ、かけられた挨拶には笑顔を返す。しっかりと、ばっちりと『水着姿のオリジンハート』をアピールし…暫し歩いたところで、私の前にセイツが降り立った。

 同じく水着姿で、プロセッサの翼だけを展開していたセイツは、私の前で柔らかな笑みを浮かべる。それに私は同意し、肩を竦める。

 

「そうね、その通りだわ。…じゃあ、イリゼ自身はどう?イリゼは、楽しんでる?」

「楽しんでるよ。活気付いてる街を見るだけでも楽しいし、昨日のコンテスト…って言っても、実際にはコンテストじゃなくてファッションショーみたいな感じだったけど…も、上手く言葉に出来ない楽しさがあったしね。それに、時間を見つけて今日もちょっと食べ歩こうと思ってるし」

 

 問い掛けに対し、私は深く頷いて肯定を示す。今も楽しいし、昨日も楽しかった。水着でファッションショー風な事をして、上手く言葉に出来ない楽しさを感じた、って表現すると何だか如何わしさを感じるけど……この楽しさは、コンサートの時に抱く高揚感と同じもの。だから別に、隠すような事ではない…と、思う。

 

「セイツこそ、楽しめてる?見たところ、平常心って感じだけど…」

「勿論楽しんでるわ。というかもう、そこかしこから明るい感情が伝わってきて、溢れ返ってて、どこに行ってもそこを感じられて、達するところまで達しちゃった感じあるもの。だから今は、頂点超えて逆に落ち着いちゃってる状態よ」

「あ、そ、そうなんだ…」

 

 平然とした顔で多分私以上にアレな事を言うセイツ。…達するところまで達したって…ふ、深くは考えないでおこうかな……。

 

「…こほん。折角だし、二人で何か食べる?私はさっきご飯食べたから、がっつりとは食べられないけど…」

「良いわね。じゃあ、わたしは……」

 

 仕切り直すように咳払いをし、胸の下で腕を組みつつ私は提案。セイツはぐるりと周囲を見回し、どれが良いかと早速考える。

 そうして数分後、それぞれ食べたいものを選んだ私達はそれを買い、各所に設置してあるガーデンテーブル(パラソル付き)に腰を下ろす。

 

「ん、良い匂いね」

「そっちも見るからに美味しそうじゃん」

 

 私達が選んだのは、それぞれ全く違う物。私は熱々のフランクフルトで、セイツはひんやりとしたバニラソフトクリーム。

 因みに今も、私達は女神化を解いていない。勿論解いちゃいけない訳じゃないし、人間の姿でも女神だって分かる人はいるけど…やっぱり多くの人にとっての『女神』は女神化してる時の姿であり、実際こっちが女神本来の姿だから。

 

「頂きます、っと。…んぅ…!あ、っつ……いけど美味しい…!うん、うん…これ、火の通り具合が絶妙かも…」

「あ、どうしよう。パリッとした音を聞いてたら、わたしもちょっと食べたくなってきたわ…。でも、アイスの後にフランクフルトっていうのは……」

 

 強い刺激である熱さと、その奥からくる深い旨味。シンプルな料理だけど、それ故に美味しさもストレートで、私は辛いけど美味しい〜、ならぬ熱いけど美味しい状態。多分今感じてる美味しさは、お祭りの雰囲気に後押しされてる部分もあって…それからフランクフルトとソフトクリームを交互に見るセイツを見て、私は思わず苦笑いをした。

 なんて事ない、姉との軽い食事タイム。これもまた楽しいもので、と考えていた私だけど……そこで起こる、ちょっとしたハプニング。

 

「アイスクリームって、コーンと一緒に食べるのも美味しいのよね。サクサクのコーンと、少しずつ溶けてコーンを満たしたアイス、この組み合わせはカップアイスじゃ味わえない魅力……ひゃんっ!?」

「へ…?」

 

 アイスを食べ進め、コーンに到達したしたところで、セイツはコーンアイスならではの良さを語る。それは確かになぁと思う事で、私がフランクフルトをもぐもぐしながら聞いていると、セイツもアイスをワイングラスの様に軽く回しながら語りを続ける、と思ったその時…不意にセイツが、小さな声で悲鳴を上げた。

 普段の、それも女神化しているセイツからは想像も出来ないような、可愛らしさのある悲鳴。何事かと思って私が目を瞬かせると、セイツは視線を下へと落としていて……その視線の先、今の私と同じく中々に豊かな胸元にあったのは、とろりと溶けた白い液体。どうやら溶けたアイスが胸元に落ちて、その冷たい感覚で思わず悲鳴を上げてしまったらしい。

 

「うぅ、しまった…油断したわ……」

「…ふふふっ」

「え…な、何?」

「いや何、セイツも…私の姉であるレジストハートも、愛らしい声を出す事があるのだな、と思っただけさ」

「な……っ!?」

 

 胸元を拭きつつ訊いてくるセイツに対し、私はにやりと笑みを深めながら、からかうように言葉を返す。すると途端にセイツの顔は赤くなり…あ、可愛い。さっきの声もだけど、この反応も可愛い。

 

「凛とした佇まいと、表情に浮かぶ余裕の笑み。それでいていざ戦いとなれば、炎の様に燃え上がり、同時にその熱と光で味方を…守るべき人を照らすレジストハートにも、このような一面がある。…こういう部分も見せていけば、更なるシェアに繋がるのではないかな?」

「か、からかわないで頂戴!偶々今のは出ちゃっただけなんだから!」

「ふっ、からかってなどいないよ。私は思った事を、きっと誰もが思う事を言っただけなのだから」

「〜〜〜〜っっ!」

 

 恥ずかしい反応をしてしまった側と、それを見た側。そこにある絶対的優位を以って私が言葉を重ねれば、セイツは更に赤面。…嘘は吐いていない。私は本当に、思った事を言っているだけだから。ただちょっと、からかいたい気持ちもあるというだけで。

 とはいえ、したくてした訳でもないミスを発端とする事でいつまでもからかうのは流石に悪い。そう思って赤面する姉の姿をしっかりと目に焼き付けた後、気持ちを切り替えるように残ったフランクフルトを一気に……

 

「わふっ、まだ熱……ぴゃぅっ!?」

 

 次の瞬間、舌に感じる強い熱さ。残る部分を串から一気に引き抜き被りついたせいか、最初の一口ぶりな熱さが肉汁と共に口へ広がり、思わず口から落としてしまう。最初よりは熱くないけど、熱いと分かっていた一口目と違い、油断していた分の熱が一気にかかる。

 でも、それだけなら問題はなかった。熱さに少し驚いたけど、逆に言えば驚いただけで……けど、問題はフランクフルトが落ちた事。フランクフルトの、落ちた先。

 

「あ…イリゼ、大丈夫?」

「う、うん。びっくりしただけで、別に火傷とかはしてないし…まあ、油でベタつくけど……」

「なら良かったわ。ところで……」

「……?」

「そんな如何わしい構図は、普通あり得ないと思ってたけど…なる時はなるものなのねぇ、ふふっ」

「んなぁ……っ!?」

 

 やっちゃったなぁ、と思いながらフランクフルトを胸の谷間から拾おうとした瞬間に、セイツが発した「如何わしい」という表現。それと共に浮かべられる、楽しげな…恐らくはさっき私が浮かべていたような、愉しげな笑み。

 主観なせいで気付かなかったけど、胸元に、谷間に、肉の棒が挟まっているというのは、ベタついているというのも……非常に、如何わしい。しかも今の私は水着姿で、「ぴゃぅっ!?」とかも言っちゃった訳で…尚更不味い、非常に不味い。

 

「い、いやっ、これはだね!?分かってると思うけど偶然というか、狙ってやってる訳ないというか、そもそも狙ったって口から胸元へ正確にフランクフルトを落として挟まるようにする事なんて……」

「うんうん。オリゼみたいに威風に満ちたイリゼも素敵だと思うけど、やっぱりそういう、愛らしさのある姿の方がイリゼ、って感じするわよね。しっかりしてるようでしっかりしてない、だったかしら?」

「こ、この流れでしみじみしないでよぉ!後その『しっかりしてるようで〜〜』って、誰から聞いたの!?絶対信次元の誰かだよね!?」

「え、じゃあもっと積極的に言っても良い?さっき逆に落ち着いてるって言ったけど、今のイリゼの様子で一周半して今凄く抱き着きたい気持ちよ?」

「まさかの決壊直前だった!?さ、流石に止めてね!?ここ思いっ切り外で、私もセイツも今は水着姿なんだからね!?……ふ、振りじゃないよ!?」

 

 わたわたと私が弁明する一方、セイツはいっそ優雅な位に余裕綽々。さっきまでとは完全に攻守逆転していて、どんどん頬が熱くなっていくのを感じる。

 

「ところで、そのフランクフルト取らなくて良いの?…あ、お姉ちゃんが取ってあげようかしら?」

「結構ですっ!…うぅぅ…酷いしっぺ返しを受けた……」

 

 否定と共に私はフランクフルトを谷間から取って、それを一度に口へと運ぶ。一気に咀嚼し、ごくりと飲み込む。…そりゃ、さっきは私がその立場だったし、セイツに反撃の意図があったとしても、それは私の行動の結果だけどさ…バチが当たるって、こういう事なの…?私女神だよ…?バチとか天罰とかがあるなら、むしろそれを下す側だよ…?

 

「…ふぅ、ご馳走様。ただの小休憩感覚だったけど、お互い災難だったわね」

「うん、ほんとにね…浮かれてたのかなぁ…」

「お祭りなんだから、浮かれたって良いじゃない。…と、いうか…浮かれたイリゼ、見たいわ!是非、是非ともね!」

 

 それから数十秒後。最後の一口をひょいっと放り込んだセイツは、テーブル越しに私の両肩を掴んでくる。冗談とかじゃなく、この時のセイツは本気の目をしていて…あ、駄目だ。もう一周半して普段のセイツに戻ってる…。

 なんて事を思いつつ、意識的に浮かれるのは無理だとセイツに返した私は、そこで周囲に人だかりが出来ている事に気が付いた。元々今私達がいる場所は、他にもガーデンテーブルが多数設置されているから他の所より人口密度が高かったんだけど、それ抜きにしてもやはり多い。加えてテーブルは満席じゃないのに、座らずにいる人も少なくない。

 

「…って、あぁそっか。ここで私とセイツが談笑してたんだから、そりゃ足を止める人だって出てくるよね」

「……?イリゼ、何の…って、あぁ、そういう事ね。…くぅっ、やっぱりお祭りは色んな人の、色んな輝く感情が見て取れるから飽きないわ…!」

 

 当たり前の事か、と私が納得する中、セイツは自分の肩を抱いて、悩ましげな声と共に身体をくねらせる。その仕草でさらさらの髪が揺れ、胸は交差した腕によってむにゅりと潰れ、テーブルで見えないけど多分腰回り…くびれの辺りなんかは艶かしさが凄い事になってるんだろうけど、間違いなくセイツはそれを狙ってない。

……セイツは、暫くの間信次元に留まって、私を支えてくれると言っている。神生オデッセフィアが国として安定した後も、私の姉として、イストワールさんの妹として、オリゼに創り出された女神の一人…信次元にルーツを持つ女神として、こっちと神次元とを行き来するつもりだと公言している。そして当然、私と共に神生オデッセフィアの国営を担う以上、世間からはセイツも神生オデッセフィアの女神と思われる訳で…きっと、いや間違いなく、セイツにだって多くの信仰者が生まれる。私と同じく国の運営経験は未熟でも、女神としての経験は豊富なんだから。

 それは、私にとって困る事?…まさか。セイツが、お姉ちゃんが、信次元の人に好きだと、信仰したいと思ってもらえるなら、嬉しいに決まってる。神生オデッセフィアとしてのシェアになるという意味でも、多くの人にセイツを好きになってもらいたい。…まあ勿論、女神としては、負けたくない…って気持ちもあるけどね。

 

「はは…さてと。食べ終わった訳だし、そろそろ行く?後々の用事を考えれば、時間のある内に今日も色んなところを回っておきたいし」

「はぁぁ…浮かれる気持ち、わくわくする気持ち、このイベントの中で成功を収めようっていう意欲的な気持ち…どれも飽和しそうな位に溢れてて、アイス食べたばっかりなのに身体が火照る……」

「…置いてこうかな、この姉は……」

「は……っ!ご、ごめんなさいねイリゼ、ちょーっとだけ我を忘れていたわ。けどもう大丈夫…って、あら?」

 

 置いていったら何か問題起こしそうでもあるけど…なんて思いつつ、半眼で呟きを漏らす私。するとこの声は届いたのか、取り繕うように佇まいを正したセイツは立ち上がり…そこで左右を見回した後に、小首を傾げる。

 何だろうか。そう思って私も見回すと、さっきまで出来ていた人だかりが、蜘蛛の子を散らすように…って程じゃないけど、おもむろに解散していた。立ち去るというより、何事もなかったかのように…そう誤魔化すように、道を歩いて行ったりお店に入って行ったりしていた。

 

「…わたし達が移動すると思って、道を開けてくれた…とも、違う感じよね……」

「うーん……まぁ、遠目に見る分にはいいけど、話せるような距離になるのは気が引ける、とかじゃない?」

 

 頬に指を当てつつ私も立てば、セイツはそうかもね、と一つ頷く。私としてはそんなの気にしなくて良いし、会話だって気軽に…と思ってるけど、殆どの人からすれば私…というか女神は国の長であり、人ならざる超常の存在。普段からの交流がなければ、気が引けるって気持ちも分かるし、だったらこれから私が行動で、そんな気持ちなんて抱く必要ないんだと示していけばいいだけの事。…と、思ってたんだけど……

 

「イリゼちゃーん、セイツさーん」

「あ、コンパ!それにアイエフも…」

 

 歩き出してすぐに聞こえた、私達の名前を呼ぶ声。振り向けばそこには第一期パーティー組のメンバーであり、第二期メンバーでもあり、最初の旅の初期メンバーでもある…つまり、仲間の中でも特に付き合いが長いコンパとアイエフの二人がいた。

 駆け寄ってくる二人も、やはり水着姿。コンパが着るのはほんのり薄い朱色と白のバントゥビキニで、アイエフが身に付けるのは白と黒、それに薄い青のトライアングルビキニ。コンパの物はトップスとボトムスの両方に、アイエフの物はトップスの正面、左右を結ぶ部分にそれぞれリボン状の意匠があって、色合い含め二人らしい、二人にぴったりな水着って感じ。今はそこに、二人共パーカーを着ていて、その裾を軽くなびかせながら二人は私達の方へと来る。

 

「二人共、昨日ぶりね。神生オデッセフィアは楽しんでくれてるかしら?」

「あ、はいです。今も楽しいですけど、これからイリゼちゃんの国がどうなっていくのかも楽しみ、ですっ」

「コンパ…うぅ、セイツじゃないけど、友達の優しさが心に響くよ…」

 

 そう言って笑うコンパの笑顔に、じーんとなる私の心。ほんと、こういう事を言ってもらえるのは嬉しくて…でもこういう時、私やコンパの抱く感情で興奮してそうなセイツは、何故か不満そうな顔。

 

「…セイツ?」

「イリゼはちゃん付けで、わたしはさん付け…ちょっと距離の差を感じるわ…」

「あー、えっと…セイツさんはイリゼちゃんのお姉さんなので、こっちの方が良いかな、って思ったですけど…嫌、でした…?」

「嫌、って訳じゃないのよ…?神次元の貴女も、同じ呼び方だし…でも、これはアレよね…ここで不満をぶつけて変えてもらおうとするより、コンパにちゃん付けをしたい、って思ってもらえるような交流をしてこそ女神ってものよね…!」

 

 気落ちしていたのも束の間、積極的思考でセイツは心を燃やす。対するコンパは苦笑い気味で…どうなるんだろうね、これ…。案外、何だかんださん付けの方がしっくりくる、って結論に至ったりして…それこそ向こうじゃ、さん付けされてるみたいだし…。

 

「…………」

「…アイエフ?さっきから黙ってるけど…何かあった?」

「いや…何かあったっていうか、むしろそれはこっちの台詞っていうか…その反応だと、全く気付いてないみたいね…」

『……?』

 

 何やら思案顔だったアイエフに声を掛ければ、返ってきたのは気になる発言。意味が分からず私とセイツが顔を見合わせれば、アイエフは「やっぱりか…」という言葉と共に、両手を腰に当てて嘆息。

 

「な、何?どういう事?まさか、何か事件でもあったの?」

「そういう事じゃないわ。私達が見てきた限りじゃ至って平和。まぁ、ちょっとしたいざこざはあるのかもだけど…人が多く集まるイベントってなったら、ある程度は起きても仕方のない事だし」

「だ、だったら本当に何…?」

 

 セイツの問いにアイエフは肩を竦め、なら尚更分からない…と私が見つめる。するとアイエフは、少しだけ私達から目を逸らした後……言った。

 

「私とコンパは今さっきこの辺りに来たんだけど、その時解散していく人だかりとすれ違ってね…その時、ちょこっとだけど聞こえたのよ。『いやぁ、眼福だった』とか、『アイスとフランクフルト…くぅ、神生オデッセフィアの女神様は俺の琴線を鷲掴みにしてやがる…!」…とかって言う、どうもアレっぽい発言がね。で、まさかの思って探してみたら、貴女達二人がいた訳。…つまり、そういう事よ」

「…………」

「…………」

 

『…………ふぇっ!?』

 

 数秒の思考停滞と、それによる沈黙。私もセイツも頭がローディング中みたいになっていて…思考がアイエフの言葉の意味を理解した瞬間、一気に羞恥心が私の全身を駆け巡った。

 考えてみれば、当然の事。人だかりは一瞬で出来るものじゃないんだから、もし人だかりが見立て通り、私とセイツに注目していたものだというのなら、私達のやり取りの多くを…私達の、それぞれ恥ずかしい瞬間をも見られていたとしても、何らおかしい事はない。

 でもそんな当たり前の事を、今の今まで気付かなかった。数十秒程会話が途切れてたタイミングがあって、そこで思考がリセットされてしまったからか、それとも精神衛生の観点から、無意識に頭がその可能性を考えないようにしていたのかは分からないけど…恥ずかしい。とにかく、とにかく…恥ずかしいよぉぉ……っ!

 

「あ、あぅぅ……」

「う、うぅぅ……」

「うん、まぁ、なんていうか…同情するわ…」

「い、イリゼちゃんもセイツさんも、気を落とさないで下さいです…!えとえと…に、人気はあるって事ですから…っ!」

 

 赤っ恥な姿を見られていたというだけでも恥ずかしいのに、その事に気付かず、のんびりやり取りを重ねていた自分の呑気さもまた、私の恥ずかしさを駆り立てる。そんな私や同じ状態のセイツに対し、アイエフは頬を掻きつつ同情の視線を向けていて、コンパも何とか元気付けてくれようと、両手を胸の前で握りつつ声を掛けてくれる。…でも、確かにそれも人気の一端になるだろうし、それが不服って訳じゃないけど……恥ずかしいものは、恥ずかしいんです。狙ってやったならまだしも、気付かぬ内にそうなってたというのは…とても、恥ずかしいものなんです…。

 

「く、ぅぅ…イリゼ、こうやったらここから挽回するしかないわ…!美しさや愛らしさ、時には妖艶さを持ちつつも、清く正しく、そして強い女神こそが神生オデッセフィアの守護者であり統治者であると、多くの人に示す為に…!」

「そ、そうだね…!違う、そうじゃないと口頭で否定するより、行動と結果で示す方がずっと説得力あるし、女神らしいもんね…!」

「え…?……あー、っと…そ、その意気ですよ、セイツさん、イリゼちゃん!」

「や、そこまで大層な思考する程の事でもないでしょ…コンパも無理に合わせなくていいから……」

 

 頷き合い、イメージの払拭と好転にはこれしかない、と心を燃やす私とセイツ。コンパは応援してくれる一方、アイエフは呆れ気味に私達を見ていて…まあ実際、アイエフの言う通りかもしれない。けど、恥ずかしさに駆られている今の私やセイツにとっては、こういう思考で心を誤魔化す他なかった。

 

 

 

 

……因みにこの暫く後、どこから情報を掴んだのか、スクープのネタとしてデンゲキコとファミ通がこの件を挙げてきた。一応二人も私達の事を慮ってくれたらしく、私達が乗り気だった場合のみネタにするとは言ってたけど……却下だよ!?却下に決まってるよ!?




今回のパロディ解説

・(〜〜ゲイム記者が一晩でやってくれました〜〜)
DEATH NOTEに登場するキャラの一人、ニア(ネイト・リバー)の台詞の一つのパロディ。しかしこの台詞、ニアよりこの台詞に出てくるジェバンニの印象が強いですね。

・辛いけど美味しい〜
お笑いトリオ、森三中の黒沢かずここと黒沢宗子さんがイッテQにて発した台詞(歌)の一つの事。定番でもない単なる発言の一つですが、妙に覚えてる私です。

・「〜〜清く正しく、そして強い女神〜〜」
処刑少女の生きる道(バージンロード)の主人公・メノウの代名詞的な台詞の一つのパロディ。勿論イリゼもセイツも処刑人ではなく、守護者であり統治者ですけどね。


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第十話 姉対妹、砂上の対決

 女神の水着姿を見られる。何とも俗な話だけど、それをコンセプトにイベントが開催された。何をやってるんだ…と思う人もいるだろうし、それはそれでご尤もだけど、多くの人がそれを望んで…とまでは言わないにしろ、面白そうじゃないかと思ってくれた。だから、初日から多くの人が神生オデッセフィアに訪れ、イベントは盛り上がっている。

 ならば、女神である私は、私達はどうするべきか。このイベントが、最後まで滞りなく進むよう気を配る事は、勿論必要。もう終わっているけど、事前の準備や、終わった後の各種作業だって女神の出る幕は色々ある。でも、一番は…今すべきは……コンセプトである女神の水着姿を、もっともっとアピールする事。

 

「さーて皆。頑張るよー!」

『おー!』

 

 私の掛け声に応じて、女神候補生の四人も声を上げる。ネプギア、ユニ、ロムちゃん、ラムちゃん…私と同じく女神化している皆のやる気は十分で、中々に頼もしい。

 ここは、特設された舞台。これから私達が行うのは、その『女神の水着姿を見てもらう』為の、イベント内の企画の一つ。具体的には、バレー…それも水着である事と、下には砂が敷き詰められている事をを踏まえればビーチバレーで、私達の対戦相手は……

 

「この勝負、姉として勝利あるのみよ!」

 

 覇気とやる気に満ちた声で宣言するネプテューヌと、それに頷く三人の女神…そして、セイツ。この五人が、対戦相手。五対五、女神同士のバレー勝負であり…妹チーム対姉チームの対決でもある。

 

「負けないわよ、お姉ちゃん」

「残念だけど、それは叶わない話よ。だって勝つのは私達の方だもの」

「おねえちゃんとバレー、楽しみ…(わくわく)」

「うんうん!おねえちゃんにわたし達のれんけー、たっぷり見せてあげるわ!」

「そういや、二人とスポーツで勝負なんて殆どした事なかったな。…全力で来いよ?ロム、ラム」

 

 既に私達は全員コートイン済み。ただのバレーじゃない、姉妹対決であるバレーという事もあって、皆もそれぞれ言葉を交わす。

 

「……はぁ…」

「うん?ベール、どうかした?」

「いつものように、姉妹のやり取りとなると蚊帳の外ですわ…しかもこれまで仲間だったイリゼも、今やイストワールだけでなく、貴女という姉までもがいる身……」

「あ、あぁ…その辺りも神次元の貴女と同じなのね…。…それはそうと、女神の姿の貴女が気落ちしてる感情を、こんなタイミングで見られるなんて思わなかったわ…!いつもの冷静沈着なベールも良いけど、普段見られない今の感情も凄く素敵よ…!」

「…素敵と言われているのに、ここまで微妙な心境になる事があるだなんて、思いもしませんでしたわ……」

 

 そんな中、セイツとベールも言葉を交わしていたけど…何とも反応に困る内容だった。ベールの妹欲求もブレないけど、セイツの感情大好き具合も微塵もブレる気配がなかった。…って、あんまり気を散らすべきじゃないね。もう始まるんだし、集中しないと…。

 

(普通に考えれば、こっちが不利…連携の面で、それをどれだけ覆せるかが勝負の鍵かな……)

 

 司会の声を聞き、ネット越しに相手チームを見やりながら、私は考える。同じ女神とはいえ、球技となると全員が近接格闘主体な相手チームの方が普段の技術を活かし易いだろうし、背丈は跳躍力でカバー出来るとしても、手足の長さ…リーチの差はどうにもならない。つまり、個々の能力を足し算するだけだったら向こうの方が間違いなく優位で…だけど当然、個々の能力の違いが、戦力の決定的差という訳ではない。

 連携…この点においては、むしろ私達の方が間違いなく有利。何せこっちは何度も戦場で連携してきたのに対し、向こうにはまだ連携経験の乏しいセイツがいるんだから。セイツは神次元の皆と連携した事があっても、ネプテューヌ達にはない訳で…加えて連携の質でも、こっちと向こうとは違う。色々あったとはいえ、初めから仲間だったネプギア達は協力しつつも競い合う関係なのに対し、ネプテューヌ達は競い合う果ての協力とでも言うべき連携だからこそ、スポーツでも安定して連携出来るとは限らない。その点を突けば…きっと勝機は、ある。

 

「イリゼさん、お願いします」

「ああ、任されよう」

 

 初めのサーブは私達のものとなり、私はネプギアに頷きながらコートの外へ。

 バレーのルールは学んだとはいえ、経験は殆どないし、技術も同様。だからこそ…小手先の技術、付け焼き刃の技なんて使わない。慣れない技術ではなく、慣れている力で…女神の身体能力、直感をフル活用して……

 

(まずは一発、叩き込む…ッ!)

 

 右手で軽くボールを放り、跳躍する。ネットを隔てた相手陣を見据え、形を作り…腕を、振り抜く。

 砲弾の如く飛ぶボール。私自身がネットよりも数段高く跳んでいた事で、ボールは曲線ではなく直線で飛び、相手陣へと襲い掛かる。

 きっと、相手チームが普通の人達なら、ほぼ確実に入っていた。でも、相手は…相手もまた、女神。

 

「っと、ぉ…!」

「ノワール!」

「えぇ!」

 

 飛来するボールへ、最も早く反応したのはセイツ。予想は付いていた、とばかりに飛来先へと躍り出て、重ねた両手で真正面からレシーブ。打ち上がったボールは元からセイツの近くにいたベールがトスし、ネット際へと飛んだところで走り込んだノワールがアタック。ノワールのアタックもまた、凄まじい勢いでこちらに迫り…それを飛び込んだユニが、伸ばした右手で辛うじて受ける。

 

「くっ…ネプギア!」

「うん!てぇいッ!」

 

 落とさないので精一杯だったユニの手からは、ボールが明後日の方向に飛ぶ。けどその飛んだ先へとネプギアが駆け込み、斜めに…ネット側に飛ぶようにトス。それに合わせて私は飛び、お返しのアタックを仕掛け……されど私のアタックを阻んだのは、堅牢な白き壁。

 

「お、っとと…やっぱプロセッサなしだと衝撃が諸に来るな」

「……っ…流石ブラン、ブロックはお手の物だね…」

 

 タイミングは悪くなかった。力だって込められている。でも、相手の…ブランのブロックを弾く事は出来なかった。弾かれたボールは砂を巻き上げながら落ち…次の瞬間、割れんばかりの歓声が私達を、コートを包む。

 衝撃が諸に来ると言いつつも、ネット越しにブランが浮かべるのは余裕の笑み。それに私は、内心で悔しさを滲ませながらも、表面的には小さく笑って、気持ちを切り替える。

 

「まずは一点先取、ね。ギャラリーも今の攻防で盛り上がってくれたみたいだし、幸先は上々ってところかしら」

「そうね。貴女はまだ何もしてないけど」

「う…わ、わたしはリーダーとして全体把握する事も役目だから良いのよ」

「あら?いつの間にネプテューヌがリーダーになったんですの?」

「わたしは別に構わねぇよ。自称、って前に付けるならな」

 

 先に点を取れたからか、姉組は全体としても余裕の雰囲気。ただ、今の時点でもう「誰がリーダーか」で一悶着ありそうな雰囲気もあって、それに参加していないセイツは冷静……かと思いきや、聞こえる声援、その根底にある興奮の感情に対し、恍惚とした表情をしていた。…どうしよう、うちの姉が一番見ていられない……。

 

「むむ〜…」

「おねえちゃんたち、やっぱり強い…」

「そうだね…でも、まだ勝負は始まったばっかりだよ」

「ネプギアの言う通りね。たかが…って表現は良くないけど、アタシ達の目標は先に一点取る事じゃなくて、お姉ちゃん達に勝つ事なんだもの」

 

 振り返ってみれば、ネプギア達も言葉を交わしている。ほんのりと悔しそうな雰囲気はあるけど、気落ちしている感じは微塵もなく…これなら何の心配もない。

 むしろ、考えるべきは作戦。決して悪くなかった今のアタックを止められた以上、策なしでブランの防御を突破するのは難しい。勿論、毎回ブロックされるとも限らないけど…防御を躱すなり打ち砕くなりする方法が、一つでもあるのとないのとじゃ全然違う。

 

「こほん。わたしが自称でも(笑)でもないリーダーだって事を、見せてあげるわ…!」

 

 向こうのサーブはネプテューヌ。リーダー云々と言いつつもネプテューヌの放つサーブは鋭く、速度は勿論初手からコートの端を狙ってくる。

 とはいえ、反応出来ない程じゃない。飛ぶ先を見切った私は左脚で地を蹴って跳び、右脚を突き立てるようにして正確に着地し、レシーブでボールを跳ね上げる。続けてユニがトスを行い、ネプギアがアタック。

 

「てぇいッ!」

「甘いですわ!」

 

 ブランのブロックを躱す為か、ネットから少し離れた位置でネプギアは打ち込む。結果ボールはブランの防御をすり抜けるものの、前に出たベールがそれをカバー。再び打ち上がったボールはセイツが打ち返し、返ってきたボールはユニが、今度は余裕を持ってレシーブ防御。

 アイコンタクトで意思疎通を交わし、私がトス。ボールはネットの間際に落下していき…そこに走り込むのはロムちゃんとラムちゃん。

 

「ふふん!わたしたちのひっさつ技、パート1を見せてあげるわ!ロムちゃん!」

「うん…っ!」

 

 並んで走り込んだ二人は、そのまま二人同時に跳び上がる。必殺技、という言葉にネプテューヌ達が反応する中、ロムちゃんは右手を、ラムちゃんは左手を振り上げる。

 そして振り抜かれる、二人の手。ロムちゃんによって打たれたボールは、相手陣の左斜め前方へと向かい…そのまま、落ちる。二人が一瞬のズレもなく、線対称の様に完全同期した動きを見せた事により、ネプテューヌ達はどちらが打つのか、どこに飛ぶのかを読み切れず…点を返す事に、成功する。

 

「いっえーい!だいせーこー!」

「上手くいった、ね…!(るんるん)」

「二人だからこそ出来る技ね。やるじゃない」

 

 着地後、二人は嬉しそうにハイタッチ。ユニは二人に賞賛を送り、ネプギアもうんうんと頷き微笑む。

 正に、二人だからこそ出来る…ロムちゃんラムちゃんだからこそ、ネプテューヌ達五人相手でも通用し得る撹乱技。単独じゃ成立しない以上、いつでも使える訳じゃないだろうけど…ある意味それで良いかもしれない。何せこういう「分からないから対応出来ない」系の技は、乱発によって情報を多く与えると、少しずつ対応され始めてしまうものだから。

 

「これで一対一ね…まだ序盤も序盤なのに、こんなに熱い勝負が繰り広げられるなんて…!」

「女神様同士の勝負ってだけでも、目が離せないもんね!…可愛い女神様に美しい女神様…昨日もだったけど、今日も変わらず水着姿が眩しいわ……」

「ここまでは互角、か…だが恐らく、まだお互い様子見の段階。下馬評の通りパープルハート様達が勝つか、それを覆してパープルシスター様達が勝つか…楽しみなものだ」

「うん、その話には同感だがお前は何キャラだよ…スポーツ物の定番である、観客席からの解説キャラを目指すつもりか…?」

 

 聞こえてくる観客の声。その声からは、セイツじゃなくたって感じられる。皆が私達の勝負を見て、楽しんでくれてるって。

 

「やったね、二人共。でも多分、これ一本じゃセイツ達には勝てない。何回もやれば読まれるだろうし…そもそも二人が揃って打てる状況を作らないように動いてくるだろうからね。…だから、もっと連携していくよ!」

『(はい・うん)っ!』

 

 私達側の、二度目のサーブ。その直前に今一度私は皆を鼓舞し、四人からの声を受け取る。

 そうして姉妹対決のバレーは続行。観客からも聞こえてきたけど、確かにここまでは様子見、小手調べであり…激化していくのはここから。本当に熱い…本当に面白い勝負になるのは、きっとここから先。

 

 

 

 

 守護女神の四人とセイツ…姉組とのバレー対決は、一進一退の攻防となった。向こうに点を取られればこっちも取り返し、逆にこちらが先行しても、すぐに向こうに追い付かれ、ヒリヒリとする勝負になった。身も蓋もない言い方をすれば、この企画におけるバレーは、目的ではなく水着の私達を見てもらう手段の一つだったんだけど…純粋にスポーツとしても、勝負としても、観客やTVの前の皆に楽しんでもらえてると、そう思える試合内容にする事が出来た。

…けど別に、まだ終わった訳じゃない。互いに点数を重ねながら、勝負は続き…今は、大詰め。

 

「ふー、ぅ…分かってた事だけど…やっぱり、強い…!」

「そうね…やればやる程、力を実感していってる気がするわ…」

 

 ゆっくりと息を吐き、前傾姿勢で軽く腰を落とした…レシーブに即移れる姿勢を取るネプギアと、手の甲で額を拭い、ネットの向こう側にいる相手チームを見やるユニ。私もまた、ビキニの胸元へと軽く指を入れ、動く中で少しずつ食い込んでいたトップスの布地を元に戻す。

 じわりと感じているのは汗。運動した事による熱と、白熱した勝負であるが故の緊張…恐らくはその両方によって滲んだ汗が、水着を身体に張り付かせる。普段女神の姿で身体を動かすとなると、身を包んでいるのはプロセッサユニットな訳で…どうしても、気になるんだよね…。

 

(不味いな…追い付けなくなってきてる……)

 

 次のサーブは向こうのチームで、私もレシーブの姿勢を取る。まだ私は動けるし、皆もバテてない。けど…正直、旗色は悪い。

 依然一進一退ではあるものの、少し前から点数で追い付けていない。たった数点の差だけど、最初は開いてもすぐ埋められていたその差が、今は埋まらない。

 理由は、分かってる。リーダー云々で軽くいざこざを起こしたりもしたネプテューヌ達だけど…五人は全員、例外なく負けず嫌い。その五人の相手となるのは私達…即ち妹であり、妹相手に接戦となれば、負けず嫌いな皆の心が燃え上がらない筈がない。そして恐らく、その心が連携を促進し…こっちが上回っていた連携が、今や互角。だから他の面で劣っている私達が、後一歩届かない状況に繋がっている。

 

「いきます、わよッ!」

 

 振り抜かれたベールの手よりボールが飛来。ネプギアがレシーブで弾き、ロムちゃんがトスで繋ぎ、ユニがスパイク。放ったボールはコートの端へと飛んでいき…でも落ちる直前、飛び込んだノワールが腕を横に振り抜く事で落下を阻止し、水平に飛ぶボールをブランがかち上げるようにして空へと打ち上げ、大きく跳躍したセイツが落ちる前に、高い位置からボールをこちらへ打ち下ろしてくる。

 バレーに慣れていないのは、向こうも同じ事。だから試合が進んだ今は、ルール違反にならない範囲で、今みたいな型破りのプレーが増えてきている。そうなれば反射と発想の勝負であり…でもそういう事なら、望むところ。

 

「ラムちゃん、お願い!」

「わ、わたし!?…えーいっ!」

 

 言うが早いか私は前へ。突然のお願いにラムちゃんは驚きながらも、私の求めに答えてくれて…セイツの一撃をレシーブで前に。重かったセイツのアタックでラムちゃんはよろけるものの、ボールは私の方へと飛んできてくれて…それを私は素早く打つ。ボールはネットを越え、軌道の先にはネプテューヌが向かい…でも次の瞬間、ボールは減速。強烈な逆回転により、動きが変わる。

 

「……!ごめん、わたしじゃ間に合わないわ!」

「みたい、だな…ッ!」

「……っ…(凌がれた…!)」

 

 ボールの下側を、掌ではなく指だけで叩く事によりかけた逆回転。普通なら上手く飛ばないそれを、女神の腕力で強引に成立させたアタックは、狙い通りレシーブしようとしたネプテューヌを躱す事に成功するも、ネット側にいたブランはその場からの低空背面跳びをかけ、地面と半ば平行に跳びながらボールをトス。上がったボールは即座にネプテューヌがアタックし、私がブロックで勢いを殺した後にネプギアが拾う…けど、一回目から私の策は破られてしまった。続くロムちゃんラムちゃんの連携アタックも、背の高い…つまりリーチも特に長いセイツとベールが、二人掛かりで先んじてブロックの壁を作る事により視界を塞ぎ、狙える位置を制限する。何とかラムちゃんが打ったボールはノワールにレシーブされ、こちらもまた決まらない。

 

「ふ…ッ!」

「たぁ!」

「せいっ!」

「えいや…ッ!」

 

 ベール、ネプギア、ノワール、ロムちゃん…一度に触れるのは三回までという基本的なルールの中で、何度も打ち合っては攻撃を阻む。お互い相手の動き、傾向が分かってきた事で、バレーボール自体にも慣れた事で、一点入るまでの時間も長くなった。これが吉と出るか、凶と出るか…っと……!

 

「ふんッ!」

「うぉ…ッ!」

 

 アタックの為に跳んだブランを追って、私も跳躍。大きく右手を動かす事で、そちらへと注意を引き…勿論そんな事でブランの動きを誘導出来るなんて思わないけど、意識させる事でほんのちょっぴりでも集中を削ぎ…直感のままに、左手を突き出す。一瞬の賭けに打ち勝ち、私は掌底で瞬時にボールを弾き返す。

 目を見開くブランの真正面で、私はにやりと笑う。ここまで防御されてきた事への辛酸は、熨斗付きで返す事に成功し…でもそれを、ネプテューヌが初手で返してくる。手刀の様に腕を振り、一手で跳ね返してきた。

 

「イリゼは驚くような動きをするのが十八番なんだもの、ならそれを踏まえて動くだけよ」

(やってくれる…!)

 

 笑い返すネプテューヌと、私の頭上を超えるボール。ルールで飛行は禁止にしている今、まだ宙にいる私は対応出来ず……だけど、皆と勝負しているのは私だけじゃない。

 

「……!ラムちゃん、ロムちゃん…ユニちゃん!」

 

 声を上げたネプギア、その声は合図。反応した三人の内、真っ直ぐボールへ突っ込んだのはラムちゃんで、ラムちゃんはボールを叩く。それ程(と言っても、普通の人からすれば中々の勢いだろうけど)強い返しじゃなかった事もあり、ラムちゃんは上に弾くのではなく横に飛ばし…その先へ滑り込んだロムちゃんが、更にまた横へ弾く。普通上に上げるバレーで、立て続けの横弾きが起こり…繋がったボールを決めようと、ユニがジャンプ。迎撃するようにノワール達が動き、壁を作り…けどそこでユニは、打つでも弾くでもなく、落とす。軽く触れる程度の動作で、指を引っ掛けるように上から押して……ネットを越えた直後の位置で、地面に落とした。

 

「激しい打ち合いになってたからこそ、緩急の緩がいきなり来ると対応出来ない…ですよね?皆さん」

 

 すたっ、と軽快に着地し、虚を突かれた姉達に向けてにこりと…私やネプテューヌが先程浮かべた事は違う、一見純粋な、でもその裏に小悪魔地味た雰囲気の滲む笑みを見せるユニ。それには姉のノワールも、他の四人も一瞬言葉を失い…それから五人も、笑みを見せる。この借りは返す、そう言わんばかりの覇気と共に。

 

「やったねユニちゃん!」

「熱くなるのも良いけど、クールな判断もしないと、ね。…ネプギアこそ、良い合図だったわ」

「うん。ネプギアちゃんの、合図のおかげだよ(にこにこ)」

「わたしにブロックを任せたのは、良いはんだんだったわね!」

 

 今のはただの一点じゃない。上手く出し抜いての一点であり、瞬時に判断と合図を下したネプギアと、名前だけで全て理解した三人による、連携の賜物でもある一点。だからこそ、ユニがネット際から戻ると四人は和気藹々と会話を交わし……まだいけると、薄くてもまだ勝機は消え去っていないと私は感じた。

 

(…私も、負けてられないな)

 

 私には、自負がある。一時的とはいえ、四人の指導役をしていたという自負が。セイツ達と同じ、近接戦主体の自分は、この妹チームにおいて欠かせない筈だという自負が。…けどここまで、私は大きな活躍をしていない。一応何度か点は取ってるし、防御もサポートもやってるけど、私自身はまだ満足出来ていない。

 だから…今こそ私が、もう一点取る。四人の連携に続く形で私も取り、逆転勝利の道を開く。

 

「はぁぁっ!」

 

 ポニーテールをなびかせながらの、ベールのアタック。カーブを掛けられたボールに翻弄されながらも、ギリギリでユニは上に飛ばして、今度は普通にネプギアがスパイク。ブラン、セイツとネプギアの攻撃は二手で返され、ロムちゃん、ユニ、ラムちゃんと三人で繋げてまた攻撃し、ボールは二つのコートを行き来する。

 もう全員、力任せのプレーじゃ対応されるどころかカウンターに繋げられると分かっているからこそ、仕掛けながらも相手の隙を伺っている。私含め、序盤から戦闘での技術や立ち回りを活用していたバレー対決ではあるけど、今は活用どころか完全に戦闘の雰囲気であり……そんな状況だからこそ、私は選ぶ。ここまで温存していた隠し球、それを使うなら今だ、と。

 

「せー」

「のっ!」

「越えるのは訳ない…けど…ッ!」

 

 息の合った、ロムちゃんラムちゃん二人のブロック。左右端にいた二人が揃って斜めに跳び、中央に寄りつつブロックする姿は否が応でも気になってしまう。だからかノワールのアタックは、二人の防御を上から躱しつつも威力に欠け…私は、走る。

 

「ネプギア!ユニ!ボールを高くへ!私が、決めるッ!」

『……っ!』

 

 返答はない。でも、私の言葉に呼応するように二人も動き、ネプギアか両手でしっかりと受ける。レシーブされた、ボールへ向けてユニが跳び、押し上げる形で更にボールを空へと飛ばす。

 ここまでの対決で、恐らく最高高度となったボール。走り込んだ私は四人を、仲間を見やり、皆からの視線を受け取って、砂の地面を踏み締め蹴る。空に浮くボールを目掛けて、目一杯の力で跳び上がる。

 眼下に見える光景の中で、セイツ達は散開し、防御の姿勢を見せている。高所から放たれる一撃の威力と速度に対応すべく、手抜きなしの防御態勢を展開している。でも、そんなのは分かり切っている事。そうする余裕を与えたのは私自身であり…私はそれを打ち砕くだけ。そして私はボールに、放つ先に、己自身に意識を集中させ、右腕を振り上げ、振り抜き……空振った。

 

『え……?』

 

 歓声で、はっきりとは聞こえない。でもセイツ達が…いや、ネプギア達も、全員が困惑の声を上げたのだと、そう分かった。…それはそうだ。ここまで大仰な事をしておきながら、空振ったんだから。失敗したんだから、…失敗したように、見えるんだから。

 だけど、そうじゃない。今のは失敗でもなければ…意図しない空振りでもない。私は空振ったところで止める事なく、動揺する事もなく、そのまま腕を振った勢いで身体を回し──一閃。渾身の力を込めた脚で、踵落としで、上昇の止まったボールを捉え……相手陣地に、叩き込む。

 

「驚くような事をする前提で動くなら、対応出来ると『思い込んでいる』ところに、その前提を超える一手を打ち込むだけだ。……脚技なら、絶好の手本がいるからね」

 

 砂へと突き刺さったボールと、自陣へ両の脚で着地する私。目を見開く皆に向けて、私は着地姿勢を解きながら、ゆっくりとそう告げる。…皆にはない知識と、皆にはない経験。私だけの武器を、心の中で誇りながら。

 

「…確かに、ルール上は蹴っても問題ないとはいえ……」

「こうも堂々と踵落としで入れられると、最早違う球技じゃねーかって言いたくなるな…」

 

 してやられた、とばかりに呟くベールとブランの声。でもベールの言った通り、私はルールから外れる事はしていない。故にこれは問題のない事だし…結局のところ、打つ部位を変えているだけだから、多分次やっても普通に対応される。この隠し球は、一回限りの奇策技。

 でも、それで良い。これ自体はもう通用しなくても…ユニに続いて、完全に相手を出し抜き強烈な一発を叩き込む事が出来たんだから。この終盤において、その事実は…それが生み出す力は大きなものだから。

 きっと、逆転への流れは生まれている。けどこの流れに乗れるか、断ち切られるかは、まだ分からない。それもまた、戦いと同じで…ならば、やるべき事は一つ。私自身で切り開いた道を駆け抜けるべく、私は、私達は…力を尽くす…ッ!

 

 

 

 

「──以上、女神様達によるバレー対決でした。皆さん、接戦を制した姉チームの方々は勿論、紙一重の勝負を繰り広げた妹チームの方々にも盛大な拍手を!」

 

 司会の声に、割れんばかりの拍手が返ってくる。その拍手に応えるべく、私達は観客の皆へと笑顔で手を振る。

 賞賛と感嘆の籠った拍手は心地良い。それは多分、女神関係無しに嬉しいもので……だけど同時に、悔しい。

 私達は、勝てなかった。連続得点の後は、確かに流れを掴む事が出来て、中々埋まらなかった数点の差を埋めるに至った。けど、そのまま逆転勝利とまではいかなくて、同点に至った事はセイツ達の負けるものかという思いを滾らせる事にも繋がってしまって…本当に、後一歩届かなかった。

 

「いやー、どっちも本当に凄いというか、格好良かったよね!」

「確かに、壮絶な勝負であった事は間違いない。…けど、興味な──」

「で、ですね!私も格好良かったと思います!」

 

 賑やかな声、さらりとこの場じゃまあまあ不味い事を言いかけた声、慌ててフォローを入れる声…司会と同じ方向から、三つの声が聞こえてくる。私達にとっての、馴染みの声が。

 イベントである以上、司会や進行役は必要。でもこの通り、女神の私達は対決をする訳だし、今日その四人は念の為と各国に留まっているから、司会進行を務める事は出来なくて…そこで私達は、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の四人に頼んだ。黄金の第三勢力(ゴールドサァド)なら知名度としても場慣れの面でも問題なく、現にここまでも上手く場を盛り上げ、進行してくれた。…まぁ、今さっきみたいに突っ込みどころのある瞬間もあったけど。

 そして当然、四人もまた水着姿。ビーシャは黒地にフリルとカラフルなハートの意匠が目を惹くワンピースタイプの水着を、ケーシャは草色でショーツがスカートタイプになっているビキニ水着を、エスーシャは黒のマイクロビキニと、白から桃色へのグラデーションを持つ色合いのクロスホルタービキニを組み合わせた水着を、拍手を呼び掛けたシーシャは首と胸の下、それぞれに巻かれたバンドを繋ぐようにして通された藍色の布地で胸を覆う独特の水着を見に纏っており、恐らく四人の姿も少なからず人の目を引いている…と、思う。だって皆も、可愛かったり綺麗だったりするからね。

 

「むぅぅ…後ちょっとだったのに……」

「うん…後少しで、かてそうだった…(しょんぼり)」

「相手はお姉ちゃん達だったとはいえ、大敗じゃなくて後一歩だったからこそ、余計に悔しいわね…」

「み、皆…えと、イリゼさん…!ここは何か、皆に言葉を……」

「やっぱり、もっと序盤から大盤振る舞いして、引き離しておくのが正解だったって事…?いやでも、皆の対応力を考えれば、次々と手札を見せていくのは得策じゃない筈だし……」

「あ、駄目だ…皆とは違う方向性だけど、イリゼさんもイリゼさんで凄い気にしてる……」

 

 退場し、観客の目が届かない場所へと移る私達。どうやったら勝てていただろうか、それを考えている最中に呼び掛けられたものだから、私は質問内容がよく分からず…何だったのか訊くと、ネプギアは苦笑と共に肩を竦めていた。…本当に、何だったんだろう…。

 

「ふふ、この対決でのMVPとエース賞はわたしで間違いないわね」

「いや何よエース賞って…後エース云々を言うと、某ビーチバレー界のアイドルに反感持たれるわよ?」

「言っとくが、MVPならわたしだって…っと、ロム、ラム、それに皆もお疲れさん」

 

 何かしら問われた十数秒後、私達は別ルートで退場した五人と合流。何やら向こうはまたちょっと張り合ってるようで…けど、それもいつも通り。それを含めて連携するのが、連携出来るのが、ネプテューヌ達四人。

 

「こう言うと、皮肉みたいになるかもだけど…皆、凄く良かったわよ。身体の動きも…感情の、揺れ動きもっ!」

「あ、ど、どうも…セイツさんは、いつもブレませんね…」

 

 ぐっ、と右手を握り熱弁するセイツの姿に、返答したユニは勿論、私達も苦笑い。かく言うセイツも、無理に四人の連携についていこうとはせず、着実に繋いだりチャンスがあれば打ったりと、上手く立ち回っていた印象で…セイツが語る最中、軽く回すようにベールが肩を、胸を揺らした。

 

「それにしても、やはり水着では胸が辛いですわね」

「あ、分かる。プロセッサと違って、とにかく揺れて衝撃が来るもんね」

「そういう意味じゃ、スポーツブラタイプを選んだ方が楽だったかもしれないわね。まあ、この水着もわたしとしては結構気に入ってるけども」

「…………」

「…………」

 

 大きいと、こういう時に困る。そんな風に言うベールに、私は分かる、と頷いた。

 サーブの時、アタックの時、ブロックの時…バレーでは跳ぶ場面が多く、普通の水着じゃその度に胸が揺れてしまう。跳ばなくても、素早く切り返したりすればそれだけでも揺れて、それに身体が引っ張られる…なんて事は流石にないにしても、激しく揺れればそれ相応の衝撃もある。そしてそれが、試合中何度も何度もあるとなれば、ネプテューヌの言う通りスポーツブラタイプの方が、って気持ちも生まれる訳で…セイツやノワールも、確かになと首肯していた。

 

……うん、まぁ…二組程、物凄く恨めしそうな視線もあったけど…そこは深掘りしないのがお互いの為だよね…。

 

「…こ、こほん。でもほんと、何から何までありがとね。神生オデッセフィアの建国前から始まった企画なのに、うちを中心にするようなイベントにしてくれて」

「もう、それは色々考えて、神生オデッセフィア含めたこれからの五国家の関係をより良くする為にベストな判断をしただけって言ったでしょ?」

「…ま、そういうこった。感謝の気持ちは分かるし、だから言葉は受け取るが…過剰に恩義を感じる必要はねぇよ」

 

 気を取り直すように咳払いをした私は、皆が集まってるから…と感謝を伝える。イベントのメイン開催地となる…それはつまり、負担も大きいけど利益も最も大きくなるという事で、それを譲ってくれた皆には感謝しかない。ノワールの言う通り、四ヶ国全ての力を合わせて勝った戦いを発端とするイベントなのに、四ヶ国のいずれかをメインの開催地にするのは良くない、って判断があるのだとしても、それは神生オデッセフィアにとって凄くありがたい判断な訳で……なんて思いながら伝えると、肩を竦めたノワールとブランに説き伏せられてしまった。他の皆も「そうそう」と頷いていて、セイツは柔らかく微笑んでいて…だからこそ、これからもっと頑張りたいなと思った。競合相手にもなる新国家の歩みを、こんなにも温かく後押ししてくれる皆の思いを、絶対無下にはしたくないから。

 

「よっ、皆。見ててわくわくするような試合を見せてくれてありが…っと、取り込み中だったか?」

「あ、うずめさん」

「俺とくろめもいるぞー」

 

 私が心の中でまた一つ意思を固める中、不意に明るい声で呼び掛けられる。ネプギアが反応した通り、それはうずめの声であり…ウィード君とくろめも姿を現す。

 最早言うまでもないだろうけど、やっぱり三人も今は水着。うずめとくろめ、どちらも選んだのはバンドゥビキニで、うずめは水色主体の布地に黄色のリボンが付いた水着を、くろめは黒地に橙色寄りの黄色リボンが付いた水着を着用している。明るく快活、それでいて普段の装いはラフというか、胴回りの露出をあまり気にしていないうずめがバンドゥビキニを着ると、より快活な…それでいて可愛らしさもバッチリとある印象になる一方、普段はどちらかといえば冷ややかなタイプで、上下共に露出の少ないくろめは水着姿そのものがギャップ、いつもは隠してるとも言える少女らしさが前面に出てくるという、同じタイプのビキニでも全く違う魅力を表現するに至っており、尚且つ二人共それなりにメリハリのある体格だからこそ、可愛らしさだけでなく女性的な色香も同時に醸し出されていた。

 因みに、一見二人で揃えたように見えるその水着だけど、実は全くの偶然、合わせるつもりなんてないのに別々で用意したら被ってしまったというのが真実らしく、そこで二人には一悶着が……え、ウィード君の水着?深い青色の、ルーズタイプの水着で、上に開襟シャツを着てるけど…皆、詳しく知りたい…?

 

「豪華な試合だったよ。これを間近で見られた人達は、さぞや幸運……」

『…くろめ(さん)?』

「…このイベントの切っ掛けとなった戦いの、原因側のオレが『さぞや幸運』とか、皮肉を超えて単なるゲス発言だな…はは……」

「いやどんなネガティヴ思考してるんだよ…流石に今のは悪く考える必要のない発言だろ……」

 

 いきなり落ち込み始めたくろめに「えぇ…?」となる私達。うずめも呆れた表情で突っ込んでおり、ウィード君も慰めるようにくろめの肩を軽く叩く。…けど、普段は触れる事のない素肌の肩だからか、触れた後ちょっとだけウィード君は頬を赤くしており…うずめはむむ…って顔をしていた。……うずめとくろめは立場的にも女神化の面でも複雑な部分が多いから、このイベントでは女神として人前に出る機会はなくて、三人で色々回ってるみたいなんだけど…どうしよう、その一部始終がちょっと気になる…。

 

「…くろめ、さん…だいじょうぶ…?」

「もー、何なのよきゅーに」

「…すまない、少し取り乱した…。……ところで、ここでゆっくりしてていいのかい?ねぷっち達は、この後もやる事があるんだろう?」

「っと、そうだったわね。行きましょ、皆」

「だね。三人共、最後まで楽しんでってよ?」

 

 そうだった、と手を打つネプテューヌに呼応し、私は神生オデッセフィアの守護女神として三人に笑い掛ける。それにうずめとウィード君は力強く、くろめは少しだけ伏し目がちな表情をした後、それでも二人に続く形で頷いてくれて…それを見てから、私は皆と共に移動する。

 今日はまだ、大きな企画が残っている。まだすぐにじゃないけど、この後は水着から水着の意匠を組み込んだ衣装(駄洒落じゃないよ?)に着替えて、今日のメインイベントであるコンサートをする事になっている。今回はセイツも出演する事になっていたり、コンサート内の企画としてバンドをやってみる事にもなっていて、私はドラムを叩く予定。つまりどういう事かっていうと、まだまだこのイベントには楽しい事が、魅力的な企画があるって事で…楽しみなのは、私達だって同じ事。

 もう何回こういう表現をしてるか分からないけど、やっぱり『水着の女神」をコンセプトにしたイベントっていうのは、かなり攻めてるというか、アレな部分が多いと思う。でも、これは目的であると同時に切っ掛けでもあり、真に私達が望むのは、このイベントの中で、皆に楽しんでもらう事。楽しい時間を過ごしてもらう事。そして、それこそが一番大事だと…それが叶っているのなら、間違いなくこれは大成功だと、私は思う。企画した側も、運営や出店してる側も、参加している側も…皆が楽しめるイベントならば、それ以上の事はないんだから。




今回のパロディ解説

・「〜〜わたしたちのひっさつ技、パート1〜〜」
仮面ライダー電王に登場するキャラの一人、モモタロスの代名詞的な台詞の一つのパロディ。ラムの事なので、2以降がある訳でもないのにパート1と言っているかもですね。

・〜〜個々の能力の違い〜〜訳ではない。
ガンダムシリーズ(宇宙世紀)に登場するキャラの一人、シャア・アズナブルの名台詞の一つのパロディ。これ、見返してみると案外分かり辛いパロになってたかもです。

・某ビーチバレー界のアイドル
はるかなレシーブに登場するペアチームの一つ、綾紗・成美(なるあや)ペアの事。反感云々の通り、より正確には遠井成美を指したパロディとなっています。




 次話(と、恐らくその次)は、これまでとは少し違う趣向の話を投稿する予定です。ただ、まだ確定ではありません。


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第十一話 調査も開拓も国の為

 今回は本編となりましたが、『仮想が描く物語』は二話で終わりという訳ではなく、リクエストがあったり、さらに書きたいと思う話が思い付いた際には第三話以降も投稿する予定です。


 一つとなった四大陸の上空に位置する浮遊大陸。私の国、神生オデッセフィアの存在するこの大陸を四大陸の様に表現するならば、ここは『蘇る原初の大陸』。くろめとレイの力によって形作られ、オリゼの《女神化》で再構成された、縮小再現版のオデッセフィア。だから、ここはただの土地じゃ、普通の環境じゃない。規格外の女神やその能力によって生まれたという点は勿論、それを抜きにしても遥か昔の環境が再現されているというだけで、それが現代に存在している事の価値は高い。

 だから、求められるのは調査。資源の面でも、環境研究の面でも、調査し把握する事の意義は大きい。そしてその調査は…国として推し進めたい、事業の一つ。

 

「皆、頑張ろうね!大発見をした人には、イリゼから金一封が送られるよー!」

『おー!』

「送られないよ!?皆も乗らないでね!?」

 

 右手を突き上げ音頭を取るREDと何故か普通に乗ってる皆に、纏めて突っ込みを入れる私。皆というのは、第一期と第二期パーティーメンバーの皆で…今回皆は、調査に協力するべく神生オデッセフィアへと来てくれた。

 

「もう…女神として依頼した訳だから報酬はちゃんと出すし、そりゃ大発見をしてくれたなら追加報酬を出すのも吝かじゃないけど…勝手に金一封とか決めないでね?」

 

 両手を軽く腰に当て、怒ってますよポーズしながら私が言えば、REDはあははと笑いながら謝ってくる。…反省してるのかなぁ…まあ、元から冗談だったんだろうけどさ。

 

「…こほん。じゃあ皆、今日は頼むね?皆なら大概の事は切り抜けられるだろうけど、それでも場所が場所だから、絶対に単独行動したりはしないで、適宜休息も入れる事」

「油断大敵、って事だね。大丈夫、わたしも皆も、その辺はちゃんと心得てるよ」

「如何に未知故の危険があると言えども、犯罪神との戦いや、負常モンスターの濁流に匹敵するような事はないだろう。…まぁ勿論、だからと言って高を括って良い事などない訳だが」

 

 真面目な顔でコネクトちゃんが頷き、マジェコンヌが肩を竦める。いつもの通り、皆は和気藹々とした雰囲気だけど、これからする事を軽んじている様子はない。

 縮小再現されたような大陸とはいえ、それでも広大。とても国側だけじゃ手が回らないし、だから事業として民間にも協力してもらう予定だけど、最大のネックは危険性。危険な場所もあるから…ではなく、どの辺りに、どの程度の危険があるのかすら今はまだ分かっていないから、そんな状態じゃ大々的に民間へ調査事業を推し進める事なて出来ない。

 その事があるから、今現在は調査の第一段階として、軍や皆の様な実力者のみでの活動を行っている。まずはざっくりした調査と危険性の判別を行って、それが済んだ場所から順次細かな調査と、民間への働き掛けをしていく予定。

 

「さて、では未開の地へ踏み入れるとしようではないか」

「あたし達も行こうか。報酬を用意してくれてるなら、ちゃんとそれに見合うだけは働かないといけないしね」

 

 MAGES.と大人ファルコムが切り出し、一期二期で分かれて皆は調査を開始。私も皆を見送った後に女神化をし、飛んで空から調査を始める。

 

(…なんか、懐かしいな……)

 

 こうして生活圏外を飛んでいると、思い出す。イストワールさんと共に、オリゼが再構成する前の浮遊大陸へと突入した時の事や、オリゼと共に、オリゼを本調子に戻す手掛かりを探しに訪れた時の事を。どちらもつい最近の事…ではないにしても、そこまで前の出来事じゃないのに、遥か昔にあった事のような気がしてしまう。それは、一連の戦いの中で本当に色々な事があったからか、オリゼは今はもういないからか、それともその両方か。なんであれ、私は飛びながら懐かしさを感じていて…っと、いけないいけない。ただの空の散歩ならいいけど、これは調査なんだから、注意力散漫になるような事は避けないと…。

 

「…うん?あれは、洞窟…か」

 

 飛行する事十数分。私は視界の端に映った穴らしきものを洞窟と判断し、場所を記録。一応側に降りて、ただの窪みではない事を確認してから、空に戻る。

 

(ここには、どれだけの資源が眠ってるんだろう…)

 

 洞窟を詳しく調べないのは、気になる場所を見つける度に調べるんじゃ、女神の機動力を活かせないから。必要とあらば調べるけど、今は飛び回り、『調べるべき場所』を見つけていくのが優先事項。

 その為に飛び回る中で、懐かしさの次に抱いたのは期待と不安の混じった感情。森にしろ山にしろ、地上にしろ地下にしろ、この大陸には多くの資源が眠っている筈。そして資源の量は、国の力に直結するもので…だからこそ、大量にある事を期待するし、環境的に多く眠っていると見込んでいる分、その想定を大きく下回ったらどうしようという不安もある。…まぁ、これは調べて明らかにするまでは拭えないし、それを明らかにする為に今調査している訳だけども。

 

「出来る事なら観光資源も色々とあってほしいけど、交通の便が悪いんじゃ…っと、あそこにいるのは……」

 

 複数の気になるポイントを発見した後、次に私の目に留まったのは、渓谷とそこを通る第一期パーティー組の皆。ぱっと見ピンチって事はなさそうだし、用事がある訳でもないけど…だからってスルーするのも何か違う。そう思って、私は皆へと声を掛ける。

 

「皆ー、調子はどう?」

「あ、イリゼちゃん。うーん、調子は悪くないけど……」

「今は地味な作業を淡々としているところにゅ」

 

 着地し女神化したまま訊けば、マベちゃんとブロッコリーが答えてくれる。どうやら皆は今、この渓谷に数多くある横道や洞穴を調べているらしく、確かに軽く見回しただけでもそれ等が幾つも目に入る。

 これが自然のものなのか、何らかの生物によるものか、はたまたあの最終決戦での影響か。何にせよ、調べた方が良い事には変わりない。

 

「地味…まあ、言われてみるとそうかも。ごめんね、わざわざ来てもらったのにひたすら横道とか洞穴とかを確認しては戻る…みたいな作業になっちゃって」

「ううん、気にしないでイリゼさん。それにあたしとしては、結構楽しんでるんだよ?だって未開の地の調査なんて、冒険そのものなんだから」

「わたしも楽しんでる…というか、全然苦には感じてないよ〜。ここみたいに起伏が多くて足場も悪いところなら、歩くだけでもトレーニングになるし……段々負担が溜まっていくのは、凄く気分良いし…」

「あ、そ、そっか…それなら良かったよ、うん……」

 

 私の言葉に答えるこっちの、第一期パーティーのファルコムの表情は朗らか。冒険家のファルコムにとっては楽しめる事なのだ、と分かった私はちょっぴり安堵。それから鉄拳ちゃんも、ここでの調査を肯定的に捉えているらしく……でもその理由が独特過ぎて、私には乾いた笑い声を漏らす位しか出来なかった。…トレーニングになるのは分かるけど…そこまでは理解出来るけど……。

 

「イリゼちゃんは、空から探してるんだよね?調子はどう?」

「うーん…私はここまでピックアップを中心にやってるから、こんなのがあったよ、って語れるものは今のところないかな…。…あ、でも綺麗な花畑なら見つけたよ?空からだと一面見渡せるし、あそこはほんとに綺麗だったなぁ…」

「人知れず咲き誇る花達…ってところかな?フコーカにもフラワーミュージアムっていう、凄く沢山の花が咲いてる場所があるんだけど…よし。折角だから、今度その花畑にも行ってみようかな」

「それなら私が案内するよ。正直あれは、皆にも見てもらいたいって思う程綺麗だったからね」

 

 忍者らしく軽快な動きで近くまできたマベちゃんと、出身地であるフコーカの事を少し教えてくれるコネクトちゃん。実はその花畑の写真を私は携帯端末で撮っていたんだけど、それを今見せるか、それとも行ってみたいって事なら後のお楽しみって事で今は見せずにいた方が良いかで少し迷い…それを考えていたところで、ブロッコリーから問い掛けられる。

 

「ところでイリゼ、イリゼとしてはどんな資源が見つかってほしいんだにゅ?良質な森林資源にゅ?豊富な鉱物資源にゅ?それとも水や水産資源にゅ?」

「んー…まあ、身も蓋もない事を言っちゃえば、なんだって欲しいよね。今の段階でも結構資源は得られてるけど、多く手に入ればそれだけ沢山の事に活用出来るし、当然輸出にも回し易くなる訳だから」

「ふむ…では、エルトライト鉱石やハルモニア鉱石探すとしよう。ここならば、或いはあるかもしれん」

「いやそれは流石に…と、いうか後者はヤバい石も一緒に存在してそうだから本気で勘弁……」

 

 ゲマ含め、見た目はパーティーメンバーの中でも特にインパクトが強いブロッコリーだけど、実はこの通り知的。同じく魔法と科学の両方に精通しているMAGES.も、知的且つ思慮深い…んだと思うけど、MAGES.の場合はちょこちょこ冗談を言う(しかも芝居掛かった言い方のせいで冗談っぽく聞こえない)ものだから、普通に知的って感じがあまりしない。…と、いうか…二人にしてもブランにしても、私の周りの知的な人って、知的な筈なのに皆中々癖が強い気がする…。…癖が強いのは知的云々関係なく皆そうな気もしないでもないけど……。

 

「あはは…でも、この大陸にしかない資源とか、ここでしか生息してない植物とかはありそうだよね。ありそうっていうか、あるんだっけ?」

「ふふ、それが我が神生オデッセフィアの強みというもの。…既に現代じゃ絶滅しちゃってる植物なんかが特にそうで、そういう存在を発見して、出来る限り保護するのも調査事業の目的の一つだよ」

 

 頬に指を当てて考える鉄拳ちゃんの言葉に私は頷く。保護した植物や地域が観光のスポットになる事もある…というのを除けば、保護する事そのもののメリットは薄いけど、無駄な事では決してない。一度失われてしまった種は基本的に戻らない以上、メリットは薄くても保護する事の『価値』はあり…今あるものを守る事で、未来の何かに繋がるかもしれない。そういう未来の可能性に投資するのも、指導者の務めの一つだって、私は思う。

 

「さて、と。問題ないみたいだし、私も空からの調査に戻るね。最初も言ったけど、ほんと皆気は抜かないように」

「如何なる時も油断しないのは忍者の基本。心配ご無用だよ」

「イリゼさんも気を付けて。大変…というか面倒事があれば、あたし達すぐに駆け付けるから」

 

 さっきとは逆に皆からの見送りを受けて、私は飛び立つ。皆の事だから、渓谷がいきなり崩壊するとかそういうレベルの事が起きない限りはきっと大丈夫。というか、崩壊が起きても何とか切り抜けられるんじゃないかと思う。そんな事、起こらないのが一番だけどね。

 

「え、っと…向こうからこっちに来た訳だから……」

 

 ぐるりと見回し、方向を確認。似たような風景もそこそこあるからこそ、うっかり同じ場所を二度調査してしまうという事がないようしっかりと確認。そして方位に確信を持ってから、私は調査を続ける。

 

 

 

 

 第一期パーティーと第二期パーティーの調査区域は全く別で、私が飛んで調べる範囲もかなり広大。だから第二期パーティー組の皆と、二期組に同行するマジェコンヌの姿を見つけたのは、一期組と別れてから数時間程したところだった。

 

「あ、湖……」

 

 まず見つけたのは、皆…ではなく大きな湖。それに目を引かれ、そちらへ近付いてみたところで、私は五人を発見する。それから今度は特に考える事もなく、そのまま皆の近くへ降下。

 

「よっ、と。皆、お疲れ……って、ごめん。休憩するところだった?」

「えぇ、そのつもりよ。でも別に謝る事はないわ」

 

 私が声を掛けたのと、皆がレジャーシートへ腰を下ろしたのはほぼ同時。謝罪に対してケイブが問題ないと首を振り…私も私で少し反省。

 考えてみたら、確かに今の流れで謝らなきゃいけない理由は薄い。そして、その必要もないのに安易に謝るのは…あまり、良い事じゃない。

 

「イリゼもこっちおいでよー!」

「折角だ、イリゼも少し休憩していくといい。お前の事だ、まだこれといった休憩はしていないのだろう?」

「よ、よくご存知で…(なんだろう…もしこれがRPGだったら、無料回復が挟まりそうな気がする……)」

 

 脚を投げ出して座るREDと、整った姿勢で腰を下ろすマジェコンヌ。何となく気になる言い方なのはともかくとして、天真爛漫なREDと堂々としたマジェコンヌじゃ座り方一つとっても結構違い…同じく冷静沈着なケイブ、性根が真っ直ぐな5pb.、穏やかながらも胆力のある第二期パーティーのファルコムでも、やっぱり座り方は少しずつ違う。

 

「じゃ、お言葉に甘えて…ふぅ。ここ、良いところだね。景色が良いし、風も気持ち良いし、ここでお弁当食べたりバーベキューしたりするのも良いかも」

「うん、アウトドアにうってつけの場所だよね。…こういう場所だと、ちょっと歌いたくなっちゃうな…」

「あたしだったら釣り、かな。中々深い湖のようだし、釣り竿を持ってくればよかったと少し後悔してるところだよ。…なんて、ね」

 

 そう言って肩を竦めるファルコムだけど、ここで釣りをしてみたいというのは本当な様子。私は釣りなんてほぼした事がないから、想像に過ぎないけど…確かにここなら気分良く釣りが出来そう…な、気もする。

 ここまでにも何ヶ所か、観光やアウトドアに向いてそうな場所はあった。第一期の皆に話した花畑もそうで、ここなら小さい子や家族連れもそれぞれの目的を持って楽しめそう。加えてここは、生活圏からは少し離れてはいるけど、山や大河で隔てられてるって事はないから、道の整備さえすれば往来は難しいものじゃなくなる。

 

(…けど、本当にアウトドア向けかどうかは、周辺も調べないと分からないよね…)

 

 ただ、懸念要素がない訳じゃない。その最たるものが周辺環境で、仮にこの湖に危険はなくても、周囲やここまでのルート…道を作る上での選択肢に上がる場所に危険があるのなら、ここを観光地として推し進める事は難しくなる。

 更に、管理の問題もある。今私達がいる場所はまだ良いけど、湖の周りは草が生い茂り過ぎててとても普通の人が踏み入れられるような状態じゃない場所も複数あるから、一度整備した後、その状態を維持する人も必要で……

 

「イリゼさーん…?今、とても休憩中の人がするものじゃない表情をしてるよー…?」

「イリゼは真面目だもんね。でも、アタシはそんなイリゼも大好きだよっ!」

「あ…うん、ありがとうRED…。…けど、うーん…駄目だね。ついつい休憩中だっていうのに今後の事を考えちゃう…」

 

 言われるまで休憩中なのに休息していなかった事自体気付いていなかった私は、駄目だなぁと後頭部を掻く。これを真面目と称してくれるのはありがたいけど、ちゃんと切り替えが出来ていなかったのもまた事実な訳で、そんな私に皆も苦笑い。

 

「まぁ、無理に休もうとする必要はないんじゃないかな。休む為に気を張るんじゃ本末転倒だもの」

「それよりは、このまま話していた方がイリゼは休めそうね」

 

 意識して休む必要もないだろうと言う二人。こう、いつの間にか私は気を遣われる状態になってしまっていて…って、駄目駄目。こういう思考してたら、ほんとに休めないよ私…!

 

「よし、じゃあ休もう!一旦女神化解除!」

「やっぱり休む人とは思えない発言だね…でも、これ位の方がイリゼさんらしいかも」

「そうね、少し空回っている位がイリゼらしいわ」

「そ、そう?それはまぁ、何というか…って、そうなの!?え、ケイブ!?微笑む感じで何言ってくれてるの!?」

 

 普段は無表情…とまでは言わずとも、感情表現が豊かな方ではないケイブが、穏やかさのある表情と共に発した、まさかのdisり。穏やかだった分、思わず私は流し掛けて…結果、ノリ突っ込みみたいになってしまった。しかもそのせいか、皆くすくすと笑っていて…なんで私、皆のアドバイスに乗ったら逆に恥をかく事になってるの…?

 

「…って、違った…変に休もうと意気込むなと言われたのに、普通に意気込んでた私の自爆だった……」

「…………」

「…マジェコンヌ?」

 

 なるべくしてなった結果だと気付いた私は頭を抱え、更に思考が途中から口に出てしまう…周りから見れば脈絡なく変な事を言い出したみたいな感じになる悪癖が出てしまった事で更に項垂れて、もう精神的には休憩をするなんて状態じゃない。

 と、思っていた中で、少し気になる視線が一つ。それはマジェコンヌからのもので…何だろうかと私が訊けば、マジェコンヌは小さく笑って肩を竦める。

 

「いや何、イリゼはイリゼらしいまま、随分と変わったものだなと思っただけだ」

「…えぇ、っと…どういう事?」

「記憶喪失…いや、元から真っさらな状態だった君は、個性がなかった…とは言わないが、やたらと個性的なネプテューヌ達に比べれば、個性の面では大人しい、という印象があったのだ。だが、今はもう違う。今や君も、ネプテューヌ達に遜色ない程個性的で…その上で、しっかりしてるようでしっかりしていない、戦闘中はあれだけ威風に満ちているというのに、普段はその片鱗も見当たらない君らしさは今も健在だと思うと、感慨深いというものさ」

「マジェコンヌ……それ絶対からかってるよね!?良い雰囲気出してるけど、思いっ切り私を弄ってるよねぇ!?」

 

 初めは敵対関係だったけど、マジェコンヌとの付き合いも、ネプテューヌ達や第一期パーティー組の皆と同じ位長い。敵対関係だったからこそ、感じるものや思うところもあったのかもしれない。そんなマジェコンヌからの言葉だからこそ、言われた私も感慨深さがあって…と思えるとでも!?いや、確かに感慨深さはあるよ!?けどそれ以上に、弄られたって印象の方が強いよ!?いやこれ…最後の弄りが言いたくて大仰な前置きを入れたとかじゃないよね…!?

 

「やっぱりイリゼは反応が面白いなー。…でも、マジェコンヌこそ前よりちょっと変わってない?」

「あ、それはそうかも…ボク達が初めて会った頃に比べて、接し易くなってるというか……」

「そうだろうか…?私としては、特に接し方を変えたようなつもりはないが……」

「なら、マジェコンヌがどうこうじゃなくて、あたし達の認識…彼女へのイメージが変わったという事かもしれないね」

「それはあるでしょうね。特に5pb.の場合、人見知りでもあるんだから」

 

 私の精神が大荒れ状態にある中、話はマジェコンヌの事に移り、五人は言葉を交わす。第二期パーティーの皆からの印象やイメージに、マジェコンヌはほんの少し照れ臭そうな表情をしていて…自然と私は嬉しくなった。

 あの時、マジェコンヌとの最後の戦いの後、私は後先考えず負のシェアの柱へと飛び込んだ。マジェコンヌを救う事を選んだ。その時はマジェコンヌを放っておけなくて、助けたいと思って、だから行動したんだけど…後の事なんて一切考えてなかったんだけど…今ここにある日常の一風景も、あの時行動したから生まれたもの。確かに過去から繋がっている今。…だから、嬉しかった。

 

「…ん、なんかちょっとリフレッシュ出来た気がする。元々疲れてた訳じゃないけど」

「え、今の流れでリフレッシュ出来る要素あったかい…?…と、言いたいところだけど……」

「うん、すっきりした顔をしてるね」

 

 確かにやや唐突な私の言葉にファルコムは目を瞬かせる…も途中で言葉を止めて、5pb.がその後を引き継ぐ。

 疲れてはいなかったし、気分転換したかった訳でもないけど、たった今嬉しいものが見られたし、なんだかんだ言ってもやっぱり皆と話すのは楽しい。…弄られるのはまぁ、不服だけども。

 

「じゃ、そういう訳だからもう私は行くよ。あんまり女神がのんびりしてると、各地で調査してる皆に示しが付かないからね」

「えー、もうちょっといてくれてもいいのにー。イリゼ、頑張り過ぎは良くないよー?我慢や努力も必要だけどー、って猫に叱られるよー?」

「大丈夫だよ、RED。頑張り過ぎも何も、基本私は飛び回って気になる所をチェックしてるだけだし…それに、楽しいからね。今やってる事って、正に自分の国の開拓な訳だから」

「確かに、普通の人間にはゲームの中でしか体験出来ない事を、イリゼは実際にやってるとも言えるわね。…なら、頑張って」

 

 そう。未開の地を開拓し、資源を集め、国力を向上させていく、国運営のストラテジーゲームみたいな事を、今私は実際にやれている。ゲームみたいなというか、そういうゲームの元になるような事を、今私は出来ている。それだけでも楽しいというのに、これによって私の国が豊かになり、国民の皆の幸せに繋がるのだと思うと、やる気しか出てこないというもの。…まぁ、イストワールさんやセイツにも休息は大事だって言われてるし、働き詰めは禁物だけどね。

 そして私はケイブの頑張ってを、エールの言葉を受け取って、女神化。軽く手を振りながら飛び上がり、第一期パーティー組の時と同じように、再び皆に見送られながら…私も「皆こそ頑張って」とエールを返しながら、空に向かう。

 

「さて…ここからまた頑張るとしよう。私の姿を見て、皆が気力を持てるように」

 

 自然に浮かんだ笑みと共に、私は呟く。自分の姿を見れば皆が元気になる…と思うのは傲慢かもしれないけど、それが女神というもの。そうあってこそ、信仰を力に変える女神の在り方。

 勿論、今日一日で全て回れる訳じゃない。これは長い時間を掛けて行う事業であり…そういう意味じゃ、確かに頑張過ぎは良くない。今日どれだけ私が頑張ろうと終わる事じゃないんだから…という思考は少し後ろ向きだけど、それ位の余裕を持った方が、確かに良いかもしれないな。

 

 

 

 

 調査は原則、夜になる前に終わりとなる。理由は至って単純で、未開の地で視界の確保が難しくなるのは危険だから。

 そういう事情があるから、まだ明るい内に第一期第二期それぞれのメンバーが調査の拠点(といっても簡易なものだけど)へと帰還して、それを先に戻っていた私が出迎えた。

 

「皆、今日はお疲れ様。一人ずつじゃなくてチームごとで良いから、最後は報告をお願いね」

 

 個人差はあれど、大概身体能力やら技やらが常人離れしている皆でも、流石に一日中調査をした今は疲れている様子。でもその疲労具合も、へとへとで動けない…って感じではなく、「今日はよく働いたなぁ」って感じであり、そこからも皆の人外級っぷりが伺える。

 と、そこで皆とは違う方向を見ている人物が一人。それは、MAGES.。

 

「…どうかした?」

「いや…あの機体はバックパックを兼ねる支援無人機だろう?それが単体で駐留されている事が少し気になったのだ」

「あぁ、よく知ってるね。確かにあれはうちの主力MG、マエリルハのバックパックでもある支援無人戦闘機ルヴァゴだけど…ルヴァゴは元々、装備を換装する事で有人小型輸送機としても運用出来るように開発されてるんだよ」

 

 機械にも詳しいMAGES.らしいなぁと思いつつ、私はその疑問に対する答えを返す。

 無人支援機であるルヴァゴか換装で有人輸送機になるのは、それをコンセプトに、その仕様を前提に開発されたからに他ならない。街自体は元からあった、再現されたオデッセフィアの物を改装するという形で通常よりも遥かに早く、資源の面でも金銭の面でも遥かに低コストで作り上げられたとはいえ、何でもかんでも流用出来る訳じゃない。特に、オデッセフィアの時代にはなく、数も質も必要ながら一機辺りのコストも相当なものとなる兵器…MGの開発、運用においてはどうしたって多くのリソースを割かざるを得ないからこそ、兵器としての要求水準をきちんと満たした上で、マエリルハには様々な工夫が施されている。輸送機としても運用出来るようにする事で、軍民共に輸送の一部を担えるようにしているのも、その内の一つ。

 

「そういえば、軍の方はまだ調査を続けてるのかな?」

「みたいですね。イリゼさん、そっちは大丈夫なの?」

「うん、軍の方ももう順次帰還するよう指示を出してあるし、飛べる以上時間は然程……」

 

 今度は二人のファルコムへと返す私。この調査には…というか、毎回調査は訓練も兼ねて軍の部隊が参加している。まだ戻ってきていないのはマエリルハやルヴァゴを運用している部隊で、でも戻ってくるのも時間の問題…そう思っていた時だった。

 

「イリゼ様、ご報告です。山岳地帯で調査を行っていた部隊が、大規模なモンスターの群れと遭遇。現在交戦中です」

「……!戦況は?ここまで撤退出来る見込みは?」

 

 駆け寄ってきたのは、一人の軍人。どうやら交戦中の部隊は下手に撤退してモンスターの群れをここまで誘導してしまう事を危惧しているらしく、だからその場に留まっての迎撃をしているとの事。

 確かにここは軍の基地じゃなく調査の為の拠点だし、今は戦闘艦も来ていない。なら被害を考慮し迎撃を選ぶのは一理ある選択で…だけどそう判断したという事は、その群れはかなりの規模、かなりの戦力である可能性も高い。…なら、その報告を受けた私の対応は一つ。

 

「…分かった。各部隊は、ここで待機。軍以外の調査要員にも、予定通りに行動するよう伝えてほしい。交戦中の部隊の援護には、私が向かう」

「イリゼさん、わたし達も……」

「いいや、その必要はない。ここは私に…この国の守護女神に任せてもらおうか」

 

 自分達も、と言ってくれたコネクトちゃんへと首を横に振り、それから私は不敵に笑う。パーティーの一員、仲間としてのイリゼではなく、神生オデッセフィアの守護女神、オリジンハートとして言葉を返して空へと飛び立つ。

 

「プライマリー隊δ、聞こえているか!君達の勇敢な判断を、私は女神として称賛する!だが、君達だけで背負う必要はない!君達の戦いには、私は君達と共に在る!」

 

 インカム越しに私は鼓舞し、戦闘地点へ向けて加速。その際、すぐに撤退するよう言う事も考えたけど…止めた。無理して戦っているならともかく、そうでないのなら、勝算を持って戦っているのであれば、勇気ある決断に対して簡単に「もうそれは不要だ」なんて言いたくないから。

 そうして見えてきた戦闘の光景。そこへ向けて私は急降下し……一閃。

 

「はぁぁぁぁッ!」

 

 両手持ちの長剣による、大上段からの振り下ろし。完全に視界の外から仕掛ける形となった私の斬撃は、甲羅から木の様な部位を生やした亀風のモンスターの頭部を叩き斬り、その一撃で以って沈める。

 直後、私の頭上を駆け抜けていく無数の光弾。それを放ったのは、ルヴァゴと分離し人型形態となったマエリルハ。

 

「オリジンハート様!」

「ご助力、感謝します!」

「これは元々も私が進める調査事業。ならば責任者としても、貴君等を守る女神としても、私が戦うのは当然の事!」

 

 次々聞こえる声に言葉を返し、私は跳躍。派手に飛び回る事でモンスターの群れの注意を引き付けつつも、シェアエナジーの圧縮により精製した武器を撃ち込んでいく。

 先程倒した亀風のモンスターに、狼の様なモンスターに、猛禽類を思わせるモンスターと、どういう訳か群れを構成するモンスターには一貫性がない。という事は、普通なら成り立たない混成の群れを統率する強力な個体がいるのか、何かしら普通じゃない事態や影響が発生しているのか、それとも……

 

(…いや、違う…これは……)

 

 突進してきた翼を持つモンスターをすれ違いざまに斬り裂き、その後ろから更に突っ込んできた個体を刺突で貫き、消滅する前に下へ投げ放つ事で地上のモンスターの動きを妨害…したところで、私は気付く。一見群れの様に見えるモンスター達の中で、威嚇し合うような動きも見られる事に。

 その姿で、はっきりとした。これは一つの群れじゃない。恐らく複数の群れが一堂に会してしまった状態であり、モンスター同士での正面衝突になっていないのは、数でこそ劣るものの、ここの戦闘能力は高いMGがいるから。この中では、最もMGが異質且つ外部からの存在だから。敵の敵は味方、呉越同舟…モンスターがそんな言葉を知っているとは思えないけど、より危険で、より邪魔な存在から優先して倒そうとするのは、本能で動いている以上当然の判断。

 

「…で、あれば…隊長!このモンスター群は、ある程度蹴散らせば撤退しても追撃はしてこない筈だ!私の見立て通りなら、我々という脅威を排除したいだけに過ぎないだろう!」

「了解!そういう事でしたら…全機、出し惜しみはなしだ!一気に蹴散らし、一気に撤退するぞ!」

 

 私から小隊長、小隊長から小隊全機に指示が渡り、小隊は陣形を組み直す。その間私は地上に降り、地を蹴り突っ込み大立ち回り。斬り付け、殴り、蹴撃を浴びせ、それぞれの群れに…全てのモンスターに私こそが真の脅威だと認識させる。

 

「ここは我が国。原初の女神が創り変え、私が統治する、神生オデッセフィア。故に私は、この蛮行を許しはしない…ッ!」

 

 袈裟懸けで正面のモンスターを撃破。振り抜いた体勢から、思い切り引き抜くようにして長剣の柄尻を背後に突き出し、後ろにいたモンスターの鼻面へと叩き付ける。直後に空から飛来したモンスターの攻撃はサイドステップで避け、すぐ側のモンスターを長剣の腹で掬い上げるようにして持ち上げ、そのまま飛来してきたモンスターへぶつけて二体同時に攻撃する。数は多いし、種類も様々だから普段以上の判断力が必要になるものの、単一の群れじゃないが故に、モンスター側の連携は乏しい。群れ同士が警戒し合ってるおかげで、案外一度に相手取らなきゃいけない数は多くない。だからこそ私は、一体一体着実に潰していき…小隊の陣形再編も完了。地上と空、その両方から次々と攻撃がモンスターを襲う。

 

「女神様に続け!助けられるだけでなく、支える事こそ我等軍人の使命だ!」

「隊長、それは言われるまでもなく……」

「イリゼ様に仕えると定めた時点で、心に決めている事ですわ!」

 

 空戦形態でのヒットアンドアウェイで飛行するモンスターを抑える数機と、人型形態でビームマシンガンとビームシューターの一斉射をかける数機。地上の数機から分離したルヴァゴはカノンとミサイルによる支援砲撃を行い、私に意識が向いている群れを側面から突き崩す。

 集中砲火で各群れの動きに乱れが生じた瞬間、私は回転斬りで周囲のモンスターを纏めて攻撃した後一体のモンスターを踏み台に大跳躍。直上のモンスターを斬り上げで倒し、掌底で他の個体より一回り大きいモンスターを隊長機の射線軸へ向けて突き飛ばす事により蜂の巣へ追い込み、急降下からの飛び蹴りを地上のモンスターに浴びせ…た直後、またそのモンスターを踏み台にする。陸へ空へと動き回り、否が応でもモンスターの群れに注意をさせ、撃破を重ねながらも小隊が攻撃し易い状況を作り続ける。そして……

 

「総員、一斉掃射ッ!」

 

 シールドを一度投棄し左腕部で引き抜いたビームサーベルによる斬撃を放った直後の、小隊長の攻撃指示。それを受けた全機がマエリルハ本体と分離したルヴァゴ、それぞれに備えられた全武装を用いた射撃と砲撃を叩き込み、群れの最前線を蹂躙する。私も武器射出による追撃を仕掛け、各群れの戦力だけでなく闘争心すらも削り取り……シールドを回収した小隊長へ指示を飛ばす。もう十分だという、撤退指示を。

 合体と変形により航空形態となり、離脱をしていく小隊各機。追加バレルを用いたロングビームライフルで攻撃を続けていた小隊長機も、全機が撤退へ移行したところで同じく機体を変形させ、私へ「先に行きます」と言ってから推力全開で離れていく。殿を務める私も、攻撃しながら思い切り敵陣深くへ切り込む…と見せかけてからのインメルマンターンで背を向け、直線機動重視に翼を変形させつつマエリルハ小隊を追っていく。その最中、ちらりと後ろを見てみるけど…群れが追い掛けてくる気配はない。

 

「やはり、無理して追う事はしない、か。群れが消耗した状態で強引に追い、他の群れに後ろから襲われたのでは何にもならない…至って正常な判断だ」

 

 通信で皆に追ってこない理由、安心出来る訳となる私の推測を伝え、それから皆の健闘を労う。こういう事もあり得る、と軍には伝えているとはいえ、大規模なモンスター群と戦うのはやっぱり精神的にも大変だっただろうし…犠牲を出す事なく戦い抜いた皆の事が、私は誇らしい。

 それと同時に、私は考えなくてはならない。これからも調査を続けるのなら、今日の様にモンスターの群れとぶつかる事はあるだろうし、開拓する場合もモンスターの存在は必ず懸念事項となる。神生オデッセフィアからモンスターを根絶やしにしてしまえば解決…と言いたいところだけど、流石にそれは一筋縄じゃいかないし、何よりモンスターは通常の生物ではない以上、根絶やしというのも長期的にはあまり現実的じゃない。だから、モンスターの存在も前提とした上で、調査や開拓をどう進めるかも、女神である私が考える事。

 

(…でもまあ、今は取り敢えず『無事に今日の調査は終了!』…で良いかな)

 

 と、そこで思い出したのは、第二期パーティー組の皆とのやり取り。今日、頑張り過ぎは良くないって言われたし、多分第一期組の皆も同じ事を言うと思う。頑張る事、先頭に立つ事、戦闘でも政治でも皆の為に努力する事…全部大事だけど、周りの人に心配を掛けたり、女神は負担を強いてしまっていると思わせたりしないようにするのも、同じ位大切、だもんね。

 

「イリゼ、お疲れにゅ〜」

「怪我の心配は…なさそうだね」

「え、あれ…皆まだ帰ってなかったの?」

「うん、イリゼさんが戻ってくるまで待ってよう、って話になったんだ。立場は違うけど…ボク達は仲間だもん」

 

 そのまま基地まで帰還する事になった小隊を見送り、ゆっくり降下…していたところで、聞こえてきたのはブロッコリーと鉄拳ちゃんの声。驚いてそちらを見れば、二人どころか皆がまだ拠点にいて、着地した私へ5pb.が理由を教えてくれる。…皆……。

 

「…ありがとね、皆。じゃあさ、皆が良かったらだけど…今日はこのまま教会に来ない?夕飯をご馳走するよ?」

「え、ほんと!?イリゼのお手製料理!?」

「ふふっ、それは楽しみだね…と言いたいところだけど、折角だし皆で作らない?この人数なら誰か一人が作るより、そっちの方が速いし色々楽しめるでしょ?」

「あ、それ賛成!わたしも太巻きを振る舞うよ!」

「え、いやあの、手料理じゃなくてもっと豪勢なものでも…と思ったけど、いっか。よーし、それじゃあ皆、帰ろっか」

 

 RED、コネクトちゃん、マベちゃんと会話が続き、あれよあれよという内に話が進んでしまう。手料理のつもりじゃなかった私は訂正しようとしたけど…皆がそっちを望むのなら、私が否定する理由はない。それに、皆で作るのなら…きっと、楽しい時間になる。

 勿論、最後の指示出しやら確認やらが残っているから、すぐ帰れる訳じゃない。それでも私は手早く済ませ、私達だけじゃなく他の人達ももう帰れるよう声を掛けて、それから女神化を解いて皆と共に教会へ帰る。まだまだ調査には時間がかかるし、本格的な開拓に入れるのはもう少し先だけど…少しずつでも、進んでいる。その実感は、確かにある。

 仕事を終えての、皆との料理。各々で得意料理を作ったり、手伝いをしたりして何品も作り、テーブルに並べて、皆で夕飯。言うまでもないかもしれないけど、皆で談笑しながら食べる夕食は、一日頑張った事もあり……文句なしに、美味しかった。




今回のパロディ解説

・エルトライト鉱石
モンハンシリーズに登場する素材の一つの事。かなりタイムリーなネタになるかなと思って入れてみました。浮遊大陸は、G級やマスターランク…なのかもしれません。

・ハルモニア鉱石
takt op.に登場する鉱石の事。ヤバい石、というのは黒夜隕鉄の事ですね。イリゼは連携技の名前に音楽用語を入れたりしますが、勿論ムジカートではありません。

・「〜〜我慢や努力も〜〜叱られるよー?」
しかるねこのパロディ。イリゼの場合、いつもいるのは猫ではなくライヌちゃんとるーちゃんですね。どちらもイリゼの事を凄く癒してくれているでしょう。


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第十二話 四つの国の支部長達

 イリゼさんが建国した国、神生オデッセフィア。お店とか企業とか、国として当たり前の施設は当然神生オデッセフィアにもあって、でもそうじゃない施設も幾つかある。

 その内の一つが、リーンボックスから移転したギルドの本部。あくまでギルドは民間の組織で、各国の支部ならともかく、本部に女神が用事…っていう事はあんまりないから、実はリーンボックス時代からわたしもよく知らない場所。そんなギルド本部に、今日わたしは来ていた。

 

「そろそろかな…」

 

 ギルド本部のラウンジで、Nギアを操作しながら待つわたし。ここに来たのは十数分前で、今は人を待っている最中。そして今日は、女神としてここに来た訳じゃない。

 

「あ、ネプギアー!お待たせ〜!」

 

 更に数分待ったところで、掛けられる声。元気なその声は、確認するまでもなくビーシャさんのもので…そっちに顔を向けると、そこにはやっぱりビーシャがいて、こっちに手を振っていた。

 同じくそこには、ケーシャさんにエスーシャさん、シーシャさんの姿もあって、四人の支部長…黄金の第三勢力(ゴールドサァド)が勢揃い。…まあ、ここはそのギルドの本部なんだから、勢揃いしても別におかしくはないんだけどね。

 

「皆さん、お疲れ様です。今日は会議…だったんですよね?」

「えぇ、役員会議ってやつよ。堅苦しいばっかりだし、やっぱりあたしは現場の方が合ってるわね…」

「そう言いつつも、毎回言うべき事はしっかり言ってますよね、シーシャさん。私はもう何度もやってるのに、相変わらずまだ緊張しちゃって、思ってる事があっても中々それを言えないです…」

「支部長の本分は支部の管理と運営なんだ、そちらを果たせているのなら、別段気にする事でもないだろう」

「うんうん、わたしなんて時々話が理解し切れなくて、後でシーシャに訊いたりする事もあるしね!」

 

 そこにいてくれればいい、とジェスチャーをした後、四人はわたしのいる場所へ。わたしが今日ここにいる理由を尋ねると、シーシャさんが答えてくれて、そこから四人がやり取りを交わす。その内容は、肩を落とすケーシャさんを、エスーシャさんとビーシャさんがフォローするって感じのもので…でも二人の発言に対し、シーシャさんは「いやいやいや…」と手を振っていた。…シーシャさん、大変そうだなぁ…。

 

「それでネプギア、わたしのバズーカのメンテナンスは出来た?」

「あ、はい。ビーシャさんのバズーカを触らせてくれて、ありがとうございました!」

「ううん、わたしもやってもらえれば楽だからね。…で、だけど…へ、変な改造とかはしてないよね…?」

 

 持ってきていたバズーカを取り出し、ビーシャさんに渡す。流石に他人の物を勝手に改造したりはしませんよ、と苦笑い気味に言葉を返す。

 今日ここに来た目的は、メンテナンスをさせてもらっていたビーシャさんのカスタムバズーカを返す事。といっても勿論、その為だけに神生オデッセフィアに来た訳じゃなくて、神生オデッセフィアには別の用事もあって訪れたんだけど…とにかくギルド本部に来たのは、これが目的。

 

「…さらっとメンテナンスしたって話してますけど…よく出来ましたね、ネプギアさん。火器は精密機械の一つで、かなりの知識が必要なのに……」

「ふふっ、ユニちゃんから影響を受けて、最近は火器にも結構興味があるんです。って言ってもやっぱり、メンテナンスした時は色々と苦労して……」

「あー、だよね…任せっきりにしちゃってごめ……」

「──すっごく、楽しい経験が出来ましたっ!」

『…そ、そう(なんだ・なんですね・か)……』

「……?あ、そうだ!ケーシャさんも色々と銃を持ってるんですよね?シーシャさんも、何かの砲?…があるって聞きました!もし良かったら、今度見せてくれませんか?」

 

 湧き上がる興奮と興味を抑え切れず、わたしは半ば身を乗り出しながらお二人へお願い。銃ならわざわざ頼まなくても色々な物が市販されてるし、触れる機会も作ろうと思えば幾らでも作れるけど、量産品と、それをベースに改造されたものや、一点物とは色々違う。だから…だから実力者であるお二人の使う火器も、すっごく気になるんだよね…!…そうだ、エスーシャさんも銃か何か持ってなかったかな…剣が武器だけど、メカニカルな部分があったりしないかな…!

 

「…あの姉にして、この妹あり、という事か……」

「ブランちゃんもだけど、こういう緩急の激しさはほんと凄いわよねぇ…」

「あっ…す、すみません…つい、心が踊っちゃって……」

 

 悟ったように呟くエスーシャさんと、苦笑しながら肩を竦めるシーシャさんの言葉で我に返ったわたしは、恥ずかしさを感じながら頭を下げる。別に謝る程じゃない、と皆さんは言ってくれたけど…やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。恥ずかしいというか、もう何度もこういう事をしてるのに、相変わらずな自分が情けない。

 

「うぅ…実力は付いてきても、精神はまだまだ未熟って事なのかな…」

「そ、そこまで気にしなくて良いと思うけど…ネプギアって、普段はねぷねぷよりしっかりしてるんだしさ」

「それに、精神に関しては一概にネプギアちゃんが間違ってるって訳でもないと思うわよ。ネプギアちゃんから見たブランちゃん達…守護女神の皆は、どんな感じかしら?」

「どんな感じ、ですか?…あー……」

 

 言われてお姉ちゃん達の事を考えるわたし。考えて、想像して……出てきたのは、何とも言えない声だった。自分の事だから見えないけど、多分表情も凄く何とも言えない感じのものになっていたと思う。理由は…い、言わないでおこうかな…うん、その方が良いよね…。

 

「…こ、こほん。ところで、今日はどんな会議をしてたんです?」

「えぇと、会議としては定例のものなんですが…今日の一番の議題は、神生オデッセフィアのギルドに関する事でした」

「神生オデッセフィアの…っていうのは、支部としてのギルドですか?」

 

 それからわたしは話を逸らそうと思ったのと、元々気になっていた気持ちとで、会議について尋ねてみる。するとケーシャさんが答えてくれて、その回答に訊き返すと、ビーシャさん達はこくりと頷く。

 言うまでもなく、今わたし達がいるのは神生オデッセフィアにあるギルド。でも『本部』っていうのは、支部を纏めて、全体に関わる事をしていくものであって、建物は同じにするとしても、部署としての『支部』は別に用意しておかなきゃいけない。

 

「ギルドの話っていうか、ここでの支部長はどうしよう、って話だったんだよね。言い換えるなら、七人目の勇者ならぬ、五人目の黄金の第三勢力(ゴールドサァド)ってところかな!」

「あ、そっか…支部を設置するなら、支部長だって必要ですもんね。…誰になるかは決まったんです?」

「それが悩みどころでね。これまで支部長の選出は、その時の現支部長が推薦したり、支部の中で話し合ったりして選ばれる事が多かったらしいんだけど……」

「神生オデッセフィアのギルドには、現支部長もいなければ積み重ねもない。つまり、各国ギルドと同じ考えで選出する訳にはいかないという事だ」

「後、ここでの初代支部長になるという事で、適当な人選は絶対出来ないって意見もありまして、だから中々『この人なら』っていう人が出てこなかったというか…」

 

 皆さんの回答や説明を、わたしは相槌と共に聞く。何となく、話のネタ位の感覚で訊いてみた訳だけど、実際にはかなり難しい事らしくて…ここは教会とは全然違うんだなぁ、と思った。

 教会は、トップ選びで困る事なんてまあまずない。だって、女神は基本的に望まれて生まれるものだし、教祖も世襲が殆どだから。話し合ったり、選んだりしてトップになる人が決まる訳じゃないから。

 

「まあ、そういう訳だから、ネプギアちゃんも良さそうな人がいたら教えて頂戴。ケーシャみたいに、女神の推薦が決め手になる場合もあるからね」

「えと、はい。…けど、それって良いんですか?ギルドの成り立ち的に、女神と協力関係を築くだけならまだしも、女神が人事に口出しするみたいな事は……」

「いーのいーの。少なくともわたし達は、ねぷねぷ達から推薦を受けても『ならこの人にしなきゃ…!』だなんて思わないもん」

「あくまで推薦、という形を取るのであれば、わたし達も参考程度に捉えるだけだ。その線引きを見誤る事は、ベール達もしないだろう」

 

 ビーシャさんはふわっとした言い方で、エスーシャさんは表情を動かさないままで、どっちもちょっと極端な感じの雰囲気だけど…確かにそれなら問題ないかもって、わたしは思った。だってビーシャさん達は、強制じゃないけど、立場的に考えて…なんて事をするような人達じゃないから。…でも、支部長候補かぁ…実力があって、信頼も置ける人ってだけなら、それこそパーティーの皆さんもそうだけど、支部長ってなったら神生オデッセフィアに住む必要があるだろうし、生活もガラッと変わっちゃうだろうし…そう考えると、難しいなぁ…。

 

「さてと、それじゃあそろそろ行くとするかい?」

「ああ、賛成だ。早く片付けるとしよう」

「……?まだ何かご用事があるんですか?」

「地域調査を兼ねたクエストがあるんです。普通なら、わざわざ支部長が出向く程のクエストじゃないんですが……」

「…あ、神生オデッセフィアはまだ色々と情報が少ないから…」

 

 ぽんっ、とわたしが手を叩くと、そうなんです、とケーシャさんが頷いてくれる。

 皆さんが引き受けたのは、神生オデッセフィアに来たついで、って面もあるらしいけど、環境にしても生息するモンスターにしても情報が他国より少ない神生オデッセフィアは、同じようなクエストでも当然難易度は高くなる。で、神生オデッセフィアのギルドはまだ支部長も決まっていない、不完全な状態だから、普通にクエストとして交付するんじゃなくて、自分達ギルド側で片付けようって話になったとの事。

 

「ネプギアがメンテナンスしてくれたバズーカ、ばっちり撃ってくるからね!…あ、それともネプギアも来る?」

「わたしも…?」

 

 これからクエストなら、もうわたしも帰った方が良いかな…と思っていたところでの、ビーシャさんからの問い掛け。…バズーカ、物が物だから試し撃ちは出来なかったし、考えてみれば皆さんの戦いを近くで見た事ってあんまりなかったし……うん。

 

「分かりました、わたしも行きます!」

「お、やる気だねネプギアちゃん。あたしとしても、人手が増えるなら大歓迎よ」

「じゃ、ネプギア宜しくね!」

 

 そうしてビーシャさん達のクエストに同行する事を決めたわたしは、共に外へ。移動しながらクエストの具体的な内容を聞いて、簡単にだけど五人での役割分担も道中で決める。

 考えてみれば、ビーシャさん達四人とのクエストなんて初めて。特別何かする訳じゃないけど、急な同行でも何でもクエストはクエストなんだから…よーし、頑張ろう!

 

 

 

 

 目的地となったのは、生活圏からそう離れていない丘陵地帯。あまり草や木の生えていない、岩山みたいな場所で、今はそこを進む最中。

 

「場所によって地盤がしっかりしている所と、そうでもない所があるな。緩いとまでは言わないにしろ、気を付ける必要はありそうだ」

「岩も所々にあるので、障害物として活用出来そうですね。…逆に言えば、奇襲をされ易い場所でもありますが……」

 

 歩きながら皆さんがしているのは、地形の確認。戦いを想定して物を見る事は、わたしもやったりするけど、皆さんの視点はより『調査』って感じの雰囲気がある。…でも、そうだよね。どこにどんな特徴や危険があるか把握してないと、ギルドはクエストの難易度を決められない訳だもん。

 

「…そういえば…ビーシャさんとシーシャさんは、支部長になる前から知り合いだったんですよね?」

「ん、そうよ。まあ普段あたしはルウィー、ビーシャはプラネテューヌで活動してたから、しょっちゅう会ってた訳じゃないけどね」

「あ、それ私も前から気になってたんですけど、違うギルドを拠点にしていたのに、どうして親しくなったんです?」

 

 注意を払っている皆さんだけど、別にピリピリしてる訳じゃない。実際雑談もちらほらと出ていて、そのやり取りにわたしも加わる。そういえば、と思って訊くと、こくこくと頷いたケーシャさんが質問を重ねる。

 

「うーんと…初めて会ったのは、わたしが観光のついでにルウィーのギルド行った時かなぁ。実力者の一人、って事でシーシャは前からギルドで有名だったんだよ?」

「有名って…それを言ったらビーシャの方がよっぽど有名だったじゃない」

「え、そうなの?」

((あー……))

 

 苦笑気味に言うシーシャさんの言葉に、ビーシャさん自身はきょとんとした顔…だけど、わたしとケーシャさんは何となく理解して、顔を見合わせ肩を竦める。…小柄なのにバズーカを使いこなす、謎の仮面を付けた女の子…うん、そりゃ有名にはなるよね…。

 

「シーシャと初めて会った時は、将来自分が支部長になるだなんて思ってなかったなぁ…」

「あたしもアズナ=ルブに話を持ちかけられるまで、想像もしてなかったわ。…けど、人生なんてそんなものじゃない?どこで何が起こるかなんて予想出来ないし、だからこそ面白いんだって思うわ」

「…どこで何が起こるかなんて、か……」

「あれ、珍しい反応するねエスーシャ。普段なら、こっちから訊いても『興味ないね』って返すところなのに」

 

 ビーシャさんとシーシャさんが懐かしむような顔をする中、エスーシャが呟きを漏らす。何だろうと思って振り向くと、エスーシャさんは遠くを見るような目をしていて…でもビーシャさんの言葉を受けると、すぐに普段の表情に戻ってしまった。

 どうしてさっきはあんな目をしていたのか。エスーシャさんにも嘗て、予想の出来ない大きな事があったのか。…気にならないって言ったら嘘になるけど、わたしもビーシャさん達も、誰も訊く事はしなかった。軽々しく訊いていい事ではないような気がしたし…それに、見えていたから。普段の表情に戻る直前、ほんのちょっぴりだけどエスーシャさんが笑っていたのが。それはきっと、前向きに思う心があるからこその笑みだって…そう、わたしは感じた。

 

「…こほん。これに関しては、ケーシャもじゃないかい?ノワール様と会った事で、自分の人生は大きく変わったっていつも……」

「はいっ!ノワール様との出会いは、私にとって新たな道が…いえ、新たな人生が拓けたと言っても過言じゃありませんから!あの時あそこでノワール様と出会う…あ、いや、その時私は意識がなかったんですけど、とにかくノワール様と出会うなんてこれっぽっちも想像してませんでしたし、助けてくれたのが女神様だなんて、こんなのもうロマンチック以外の何物でもないっていうか……」

「…シーシャ、何故この話をケーシャに振った」

「それは誰かさんが変にシリアスな雰囲気出すからでしょ…でも、確かに振る相手を間違えたわ…ごめん……」

 

 と、エスーシャさんのこれまで知らなかった一面が垣間見えた…と思ったのも束の間、鼻息荒く話すケーシャさんの語りで、なんだか凄い雰囲気に。…ひょっとして、機械について語ってる時のわたしも、傍から見るとこんな感じなのかな……。

 

「は、はは…っと、そろそろ目的地ですよね?」

「ノワール様がいるから今の私がある、つまり私の根底にはいつもノワール様がいるって事で…あ、そうですね。戦力的には十分とはいえ、油断は大敵……」

「わっ、切り替え凄っ…ほんとケーシャって、戦いの時とそれ以外とで全然違うよね……」

 

 そんなこんなで、わたし達は目的の場所に辿り付く。情報じゃ、この辺りでモンスターの群れが何度か発見されてるらしいけど…今のところ、群れどころかモンスター自体見ていない。

 

「複数の目撃情報があるにも関わらず、影も形もない、か…この状況、プラネテューヌの女神候補生としてはどう見る?」

「え?…そう、ですね…モンスターですし、もう別の場所に移動してしまったか、どこかに隠れ潜んでいるか…それか、擬態の様な方法で見えなくなっているか……」

「もう誰かが倒しちゃったって事はないかな?群れって言っても、イリゼとかセイツとかなら誰かに話を聞いてすぐに討伐した、って事もありそうでしょ?」

「まぁ、なくはないわね。ギルドと教会との連携もまだ調整中だから、どこまで情報共有出来てるか怪しいものだし。でも……」

「それも予想の域を出ない以上、楽観視は出来ません。ネプギアさんの言う通り、群れは私達をもう発見していて、潜みながら仕掛けようとしているという事もあり得ますから」

 

 一度足を止めて、わたし達は考える。ここまで手掛かりすらなしじゃ、闇雲に探し回っても徒労に終わるだけだろうし、そこで群れに襲われたら流石に危ない。

 例えば、もし目撃情報が一件や二件だったら、勘違いや見間違いの可能性も出てくる。でも実際にはもっと多いらしいし、ここまでの道のりで群れと見間違うような物や地形も見当たらなかった。って事は、やっぱり「いるのに見えていない」か、「もうどこかに行ってしまったか」の線が濃厚で……

 

「…っとと」

 

 一度見回してみよう。そう思って脚を動かした瞬間、その脚を地面に取られるわたし。転びはしなかったものの、大きく体勢が崩れたわたしは、さっきエスーシャさんが地面について言ってたんだった…と思いつつ、姿勢を直そうとして……止まる。

 

「…ネプギア?どうしたの、もしかして足痛めた…?」

「…音が、聞こえる……」

『音?』

「はい、音が聞こえるんです…!正直、気のせいかって思う位小さいですが、多分これは…そう、下から…!」

 

 言うが早いか、わたしは地面に膝を突いて、耳を当てる。さっき体勢が低くなった事で微かに聞こえた音を確かめる為に、耳へ、下へと意識を集中し……そして再び、その音を聞き取る。…やっぱりだ…下から何か音がしてる…!間違いない…!

 

「本当だ、何かの音が下から響いている…。…これは…何かが、移動してる……?」

「…どうやら答えは出たようだな」

 

 同じように皆さんも地面からの音を聞き、ケーシャさんが移動している音だと推測。それを受けたエスーシャさんは、立ち上がりながら確信を得た表情を浮かべ…わたし達も、それに頷く。

 どういう事なのかは分かった。なら後は、どうやって対処するかだけ。

 

「どうする?わたしが一発撃ち込もっか?」

「いや、それよりもっと安全で確実な方法があるわ。皆、少し離れて耳を塞ぐ準備をしておいてもらえるかしら?」

 

 バズーカを肩にかけるビーシャさんへと首を横に振り、シーシャさんは何かを取り出す。我に策有り、表情からそんな気配を感じ取ったわたし達は、分かったと言ってこの場から離れる。

 距離を取ったところで、シーシャさんがわたし達へ向けて見せたのは、指三本を立てた左手。約一秒後、立ってる指は二本になり、更にその後は一本に…って、これカウントダウン!?って事は後一秒!?わわっ、急いで耳を塞がないと……

 

『……──ッッ!』

 

……次の瞬間、響いたのは轟音。そこそこ開けた場所なのに、音が反響していると思ってしまう程の爆音が響き、わたしは度肝を抜かれてしまう。

 耳を塞ぐのは間に合った。でも、塞いだ手越しでも、物凄い音が聞こえている。ならもしも耳を塞いでいなかったら、心構えなくこれだけの大音量を聞いてしまったら…。

 

「これは…音に特化したスタングレネード…!?」

「うっわ、久し振りに使ったけどほんと無茶苦茶な大音量よね…!さぁ皆、これでダメージは与えられてると思うけど…多分次々出てくるわよ!」

 

 今ケーシャさんが言った通り、さっきシーシャさんが取り出したのはそういう道具。シーシャさん自身もこれには片目を瞑っていて……シーシャさんの言葉を合図にするかのように、下から地響きが聞こえてくる。それと共に、地面が揺れる。そして地面のあちこちが隆起すると共に、現れたのは多数のモンスター。

 

「地中を移動するモンスター…そりゃ見つからない訳だよね!」

「出てくる間は無防備な筈です!その間に、ちょっとでも数を減らして……」

 

 構え直すビーシャさんに、引き抜いたビームソードを出力するわたし。続けてわたしは駆け出そうとし…直後に銃撃が、わたしの横を駆け抜ける。

 それは二丁のサブマシンガンを構えたケーシャさんの射撃。普段の「普通の女の子」って感じから一変した、冷たい視線と雰囲気で甲殻類の様なモンスターへと次々弾丸を叩き込む。

 

「ネプギアちゃん、あたし達と一緒に前衛やってくれるかしら?」

「勿論です!はぁぁっ!」

 

 土竜叩きの様に、地面から這い出てくるモンスターを真上から殴り倒すシーシャさんに答えながら、わたしは地面を蹴って一閃。飛び掛かっての上段斬りで這い出す途中のモンスターを両断し、すぐに次のモンスターへ。

 

「流石に見た目通り外殻は硬いな。…だが、それならそうでない部位を狙うだけだ」

「ふっ…ならばわたしは、その外殻ごと吹き飛ばしてみせよう!」

 

 試すように数度剣を振ったエスーシャさんは、もう分かったとばかりに得物を突き出しモンスターを刺突。いつの間にか仮面を装備していたビーシャさんは近くにあった岩を踏み台に跳び、バズーカの弾頭で複数のモンスターを纏めて吹き飛ばす。

 何体かビームの刃で斬り伏せたところで、(多分)全ての個体が地中から出て臨戦態勢を整えるモンスターの群れ。それまでに倒せたのは、半分にも満たなくて…正直、思っていた以上に多い。普通の人は勿論、そこそこの実力がある人でも、一人や二人の時にこの群れに襲われていたら、かなり危なかったんじゃないかと思う。

 でもそれは、普通の人や、普通の人間の範疇に収まる強さの人だったらの話。

 

「Destroy them all…!」

「プレスト仮面、目標を消滅させる!」

 

 背後から飛来するのは、銃弾とロケット弾。ばら撒かれる銃弾はモンスターの動きを止めつつも着実に削り、炸裂するロケット弾は爆風でモンスターを容赦無く焼く。

 

「レッツパーリィ!」

「全てを断ち斬る…!」

 

 流れるように次々とモンスターに叩き付けられる、近接攻撃。殴打は反撃を許す事なく連撃でモンスターを圧倒し、剣撃は鋏による反撃を逸らして鋭いカウンター攻撃へと繋げる。

 そしてわたしも、それに続く。切断力に長けるビームである事を活かして、数よりも正確性に重きを置く。着実に貫き斬り裂く事で、モンスターの数を着実に減らす。

 

(…こうして見ると…やっぱり、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の皆さんって凄い……)

 

 女神とギルド支部長という関係だから、接する事自体はそこそこある皆さんだけど、戦場で一緒になる事は、共に戦う事は少ない。だから皆さんの戦い方を見る事も少なくて…改めて見たわたしは、その洗練された動きに感心した。

 共に前衛を行うエスーシャさんとシーシャさんの動きは対照的。エスーシャさんはイリゼさんやノワールさんの物に似た片手剣を振るって、細やかなステップで攻撃を躱しながら、間接や甲殻の脆い部分を狙い澄ませて斬り落とす。対してシーシャさんは殴打から無骨な大剣に切り替えて、重量を活かす事で甲殻の上から叩き斬る。敢えて重さに振り回される事で、大剣ながらも動きに滑らかさを生み出している。武器の性質の近さからか、エスーシャさんはノワールさん、シーシャさんはブランさんと動きが似ていて…でも、同じじゃない。相手の性質も考慮しての事だろうけど、エスーシャさんは素早くも単発攻撃が主体で、シーシャさんは刃渡りの長さを活用した攻撃が主体。

 後衛として遠隔攻撃を仕掛けるビーシャさんとケーシャさんも対照的。闇雲には撃たず、わたし達前衛の動きで複数のモンスターが一ヶ所に偏った瞬間、そのタイミングを狙って弾を撃ち込む。威力、範囲、連射性…長所短所を全て把握した攻撃がモンスターを襲う。一方ケーシャさんは弾幕形成によるわたし達前衛の援護と、戦いの中で足を止めた個体への集中砲火を瞬時に切り替え、アタッカーとサポーターの両方を担う。お二人に近いのは、魔法による範囲攻撃が出来るロムちゃんラムちゃんと、同じ銃火器使いのユニちゃんで…だけどやっぱり、近くても違う。連射が効かないからこそ、ビーシャさんは一発一発最大の効果が得られるように放ち、ケーシャさんはユニちゃん以上に動き回り、二丁持ち且つ取り回しが良い事を活かして立ち回っている。

 

「…そんなものか、ネプギア。候補生と言えど女神は女神、その真価はこんなものではないだろう?」

「あ、それあたしも同感よ。合わせてもらうばっかりじゃなくて、こっちも出来る限り合わせるから、もっとやり易いように…よっと!…戦ってくれて構わないわ!」

「あ…はは、お見通しなんですね…。……ならッ!」

 

 斬り上げで捌いたエスーシャさんと、横薙ぎで吹っ飛ばしたシーシャさん。お二人の動きを視界に捉えたわたしは狙っていたモンスターへの攻撃を中断し、違うモンスター…お二人の死角にいる個体の方へ向かう。そのモンスターとお二人の間に走り込む事で先んじて攻撃を潰し…でもそこで、お二人から言葉を、無理に援護しなくても良いと言われる。

…そう。お二人の言う通り、わたしは意識してお二人…というより、皆さんに合わせていた。同じ候補生やパーティーの皆さんと違って連携の経験なんて殆どなかったから、普段より沢山見回して、意識して連携するようにしていて…確かにその分、普段のようには動けていなかったのかもしれない。

 一人だけ連携出来てない状態だと、その人が邪魔になる事はあり得るから、わたしの選択が間違ってたとは思わない。でも、そう言われたら応えない訳にはいかなくて……意識を切り替えたわたしは、前に跳ぶ。今さっき妨害したモンスターへ、正面跳びのドロップキックを仕掛け、飛ばすと同時に反動を活かした後方宙返りで着地すると同時に再び地面を蹴る。そして吹っ飛ばした先、別の個体にぶつかったモンスターへと肉薄を仕掛け……全力の刺突で二体纏めて刺し貫く。

 

「ふふ、鮮やかな一撃じゃないか。これはわたし達も負けていられないな!」

「そうですね。このまま一気に掃討する…!」

 

 もう連携は止める…訳じゃないけど、自分の戦い方はしっかりとする。立ち回る中で後ろから声が聞こえて、わたしが掻き回すように走ればケーシャさんの弾幕がモンスター達の甲殻を叩き、それで動きが止まった一瞬を狙い定めてロケット弾が吹き飛ばす。爆炎には巻き込まれずとも、爆風で転倒した個体はケーシャさんの追撃が悉く仕留める。

 モンスターの数は多い。硬い外殻があるから、簡単に倒せる訳じゃない。でも…一方的に、その数は減っていく。数が減る程動き易くなり、反撃も減り…相手の数と反比例する形で、撃破速度はどんどん上がる。

 

「ここまで減れば、後は一掃するだけね…ッ!ビーシャ、合わせるわよ!三人は引き付けてくれる?」

「分かりました!」

 

 振るわれた鋏の一撃にビームソードを合わせる事で、逆に付け根から斬り落とす。その個体を踏んで跳び上がれば、ケーシャさんが体勢を崩したところを連射で仕留めてくれて、わたしはシーシャさんの声に首肯。シーシャさんは下がり、逆にケーシャさんが前に出て、落下したわたしは別の個体に乗りかかると同時に上からソードを突き刺して、陽動に動く。

 

「鉛の弾丸と光学の刃…それと共に踊るというのも悪くない…!」

「弾切れ?…ふ……ッ!」

 

 何となくアイエフさんやMAGES.さんを思わせる言葉を口にし、エスーシャさんはもう脆い部分は完全に把握しているとばかりに真正面から一刀両断。近くではフルオート射撃で立ち回っていたケーシャさんのサブマシンガン二丁がほぼ同時に弾切れを起こし…でも一瞬で判断したケーシャさんは、左の一丁を上に投げると、数瞬の間で右の一丁のマガジンを入れ替え、足払いをするような回転をしながら迫っていたモンスターへ即座に迎撃の射撃を浴びせる。落ちてきたもう一丁もすぐに再装填し、その場から飛び退いて…そこへエスーシャさんが斬り込む。ケーシャさんに気を取られている隙に、横薙ぎ、斬り上げ、振り下ろしと一連の流れで斬り飛ばし、続けて踏み込んだわたしも斬る。出来る限り近い距離で戦って、残るモンスターを一ヶ所に集めていく。そして……

 

「準備は整った!後はわたし達に任せよッ!」

 

 高らかに宣言するようなビーシャさんの声が聞こえた瞬間、わたし達は頷き合い…まずはわたしが、リミッターを切ったビームソードからビームの刃を飛ばして道を開く。一気にそこを駆け抜けて、引き付ける事により出来た包囲網を突破して、最後尾を担ったエスーシャさんが、手にした盾で追いかけようとした側の個体を押し留める。同時にスナイパーライフルに持ち替えたシーシャさんが、エスーシャさんの左右から抜けようとしたモンスターを撃ち抜いて、二人は素早く後ろに跳ぶ。

 見上げるわたし達の視界に映るのは、大跳躍したビーシャさんとシーシャさんの姿。二人はわたし達へ向けてにっと笑みを浮かべると、ビーシャさんはバズーカを、シーシャさんは右の前腕を覆う形で装備した砲を下方の残存モンスター達へと向け……同時に発射。バズーカからは砲弾が、シーシャさんの砲…バスターからは光芒が放たれ、着弾と同時に爆発。見るからに大出力なバスターは勿論、ビーシャさんが撃った弾頭も、ここまで使ってきたものとは別の物を装填したみたいで、巻き起こる爆発は桁違い。爆炎が残る全てのモンスターを飲み込んで、衝撃が周囲に砂煙を起こして、轟音も鳴り響き……爆発が収まった時、まだ動くモンスターの姿はどこにもなかった。

 

「ふぅ…皆さん、お疲れ様です!」

「うん、お疲れお疲れ〜。打ち合わせ無しでこうも器用に立ち回るなんて、流石は女神ね」

「そんな、わたしはわたしの出来る事をしただけですよ。それより…やっぱり皆さん凄いです!ビー…あ、プレスト仮面さんは取り回しに難がある筈のランチャーを使いこなして長所を最大限引き出してましたし、ケーシャさんは一切無駄のない立ち回りと狙いで殆どモンスターを寄せ付けてなかったですし、エスーシャさんはどの動きにも確かな技術と剣の芯で相手を捉える絶妙な間合いの取り方がありましたし、シーシャさんは状況に合わせて攻撃手段を変えつつも常に状況把握を行って円滑な連携に繋げてましたし、皆さんと一緒に戦えて凄く勉強になりました!」

「え、えぇ…!?…あ、ありがとうございます…でも、こんなに褒められるだなんて……」

「何気無く相手の心を掴む…これもまた、女神のなせる技という事か…」

 

 その場の流れで同行、協力する事になったクエストだけど、得られるものは沢山あった。前衛も後衛も状況に応じてやるわたしとしては、全員の動きがそれぞれ参考になったし、今日こうして、改めてしっかりと共闘出来た事で、次にまた何かがあった時は、もっとちゃんと連携出来るって気持ちもある。だからその感謝を込めて頭を下げると、頭を上げた時仮面を外していたビーシャさんはふふんと胸を張っていて、ケーシャさんとシーシャさんは照れ臭そうにしていて、エスーシャさんはいつも通り…と思ったけど、ビーシャさんが「もー、ネプギアがこう言ってくれたんだから、もっと素直に喜んでもいいんじゃない?それとも嬉しくないの?」と言うと、一瞬ふっと雰囲気が変わって、ぽつりと一言「いいえ」と言って…直後、雰囲気が戻ったエスーシャさんは、少し慌てた様子で何でもないと訂正していた。……?

 

「ま、何にせよこれでクエストはクリアな訳だ。こういうタイプは襲われるまで気付かず次々と被害者が…なんて事にもなり得るし、片付けられて良かったわ」

「周囲にまだ隠れている個体も…なさそうですね。ふふっ、ノワールさんへのお土産話が一つ増えちゃった。…あ、ネプギアさんとの共闘だったし、ユニさんの方が興味を持つかも…?」

「わたしもねぷねぷに話してみようかな?…ところでさ、誰か食べられる物持ってない?わたしちょっと、お腹空いちゃって…」

 

 他のモンスターの姿もなく、気配も感じないという事で、わたし達は肩の力を抜いて談笑。そこでビーシャさんの言葉を受けたわたしは、何かあったかな…と探してみるけど、生憎今は持ち合わせがない。

 

「すみません、わたしは何も…。皆さんは、何かあったりしますか?」

「あー、あたしもないわ。一応携帯食料はあるけど…これ、美味しくないわよ?」

「私は…あ、レーションがありました。でもこっちも、味はあんまり……」

「…薬草なら、あるな」

「そっかぁ…いや薬草って何!?それは効能があるだけのただの草だよね!?」

「他人に求めておいて文句を言うな。ビーシャこそ、何も持っていないのか?」

「いやほら、わたしはパクッと食べる側だから!」

 

 残念ながら良さそうなものはなかった(携帯食料やレーションはまだしも、薬草は流石に…)事で、後は軽く見回るだけに留めて、わたし達は街へと戻る事に。普通ならクエスト終了の後は、出来るだけ早く報告に出向いた方が良いんだけど…そこはやっぱり支部長さん。支部としてのギルドがまだ機能し切ってない事もあって、わざわざ報告に行く必要はないんだとか。

 

「ビーシャさん、街まで持ちそうですか?もう歩けないって事なら、わたしが女神化して連れて行っても……」

「い、いやいやそこまでじゃないって…。…そういえばネプギア、今回は女神の姿で戦わなかったんだね」

「あ、はい。相手によっては女神化しようとも思ってましたけど、その必要はないって感じましたし、やっぱり女神の姿だとこの姿よりシェアエナジーを消費しちゃうので…」

「その割にたった今、勿体ない女神化をしようとしてたわね…」

「あはははは…ビーシャさん、お姉ちゃんと似てるところあるので、ついお姉ちゃんと接する感じで言っちゃって……」

 

 言われてみれば確かにそうだよね、と思いつつわたしが頬を掻くと、皆さんは「えぇ……」というような顔に。…わたしのうっかりさ加減に呆れられちゃったのかな…なんかちょっと違うような気もするけど…。

 

「でもまあ、確かにちょっと似てる感じはあるわね。なら、ネプギアちゃんから見てあたしとブランちゃんは似てたり?」

「え?…う、うーん…頼りになるって感じは似てるとも言えますけど…どっちかって言うと、シーシャさんはベールさんに似てて、むしろエスーシャさんの方がブランさんに似てるような……」

「あぁ、お姉さん枠って意味じゃ確かにそうかもね。あたしとブランちゃんじゃ、スタイル面でも全然違うし。…で、貴女の方がブランちゃんに似てるらしいわよ?」

「興味ないね。……うん…?…待て、わたしが似てるというのは、彼女の二面性を踏まえての…いや、まさかな…」

「じゃ、じゃあ私はどうですか…?もうお三人は出てる以上、私が似てるのはノワールさんですよね?ノワールですよね…!?」

「えっ、えぇ…!?…そ、そう…ですね…髪の色とか、似てるところはある…と、思います…」

 

 何やら意味深長な呟きを漏らすエスーシャさん…が気になったのも束の間、わたしは妙な圧力というか、勢いのあるケーシャさんに迫られる。その雰囲気に気圧されてしまったわたしは、何とか似てる部分を上げたけど…強いて言うなら、ケーシャさんはわたしと似てるような気がする。そんな気がするだけで、他の人から見たら全然違うのかもしれないけど。

 

「ですよねですよね!髪の色といえば、そう簡単には変わらない部分。それが似てるっていう事は、強固な共通点があるって事と同義…ふふっ、ふふふふっ……♪」

「あ、え、えっと……そうだ!さっきビーシャさんとシーシャさんの事を少し話したんですけど、皆さんって普段からこうして一緒に食事に行ったり、遊んだりするんですか?」

 

 何やら満足はしてもらえたみたいだけど、それはそれで変なスイッチの入ってしまったケーシャさん。これ以上踏み込むのは不味いような気がしたわたしは、慌てて話を変え…わたしの尋ねに対し、皆さんは顔を見合わせる。

 

「…いや、ないな。有事なら共に行動する事もあるが、普段からよく付き合うような事はない」

「ま、住んでる国が違うものね。女神程自由に仕事出来る訳でもないから、同じ国の誰かとならともかく、しょっちゅう国を行き来して…っていうのは大変だし」

「趣味もあんまり合わないもんねー。今日みたいに本部で何かあった後、一緒に食事する事はこれまでも時々あったけどね」

「そう、なんですか…でも、そうですよね……」

 

 何となく、想像していたのはわたし達や、お姉ちゃん達みたいな関係性。だけどそうじゃないらしくて、ビーシャさんやシーシャさんは肩を竦める。

 でも、考えてみれば当然かもしれない。シーシャさんの言う通り、わたしが皆とよく会えるのは仕事に自由が効いて、飛ぶ事も出来る女神だからだし…それに何より、そもそも皆さんは『支部長』という立場が先に来る関係性。お姉ちゃん達みたいに凄く長い付き合いって訳でも、わたしみたいに仲良くなりたいって、女神である事関係なしに友達になりたいって気持ちがあった訳でもないだろうから、公私どちらでもよく付き合うって事がなくてもそれは普通なのかもしれない。

 

「……あー…けど別に、仕事上関わってるだけとか、そういうドライな関係性でもないわよ?確かに、仲良し…とは違うのかもしれないけど、あたしはこの四人で何かするのって、結構好きだもの」

「あ、それわたしも。皆ちょっと変なところあるけど、それが面白いんだもん」

「へ、変って…。…その…私はあんまり人付き合いが上手な方ではないので、出来る事ならこれからも支部長は皆さんが良いな、とは思ってたり……」

「…わたしも別に、嫌いという訳じゃないさ。自分から誘う気はないが、食事位なら理由もなく断る事はしない」

「…皆さん……」

 

 わたしは自分でも気付かない内に気落ちしていたのか、そしてそれが表情に出てしまっていたのか、皆さんはフォローするような言葉を口々に言う。けど…違う。意図としてはきっと、わたしを思っての事だけど…言っているのは本心だって、思い付きの言葉ではないんだって、わたしはそう感じられた。

 それに、皆さんの連携は間違いなく本物。仕事上の付き合い、ってだけじゃない、確かな信頼が存在するもの。だとすれば、気落ちする事なんかない。わたしが思うような、わたし達やお姉ちゃん達みたいな関係性とは違うのだとしても…良好な関係である事には、変わらないんだから。

 

(十人十色、って言葉があるけど…関係性だって、人それぞれだよね)

 

 どの店にしようか、何を食べようか…そんなやり取りを交わす皆さんを、わたしは一歩後ろから見る。

 考えてみれば、わたし達とお姉ちゃん達の関係性もまた違う。気持ち含めて全く同じ関係性のグループっていうのも、実はあんまりないのかもしれない。だからきっと大事なのは、相手を、お互いを思いやる事が出来るかどうか。そして皆さんは…黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の皆さんは、間違いなく思いやりのある関係だって、わたしは思う。




今回のパロディ解説

・七人目の勇者
六花の勇者のアニメにおける、各話タイトルの一つの事。七人目の○○って、他にもありますよね。七、という数字が良いのかもしれません。

・「Destroy them all…!」
グラディウスシリーズにおけるボイスの一つのパロディ。ゴールドサァドの四人はメーカーキャラの側面もある分、パロディネタが豊富なんですよね。

・「プレスト仮面、目標を消滅させる!」
機動戦士ガンダム00に登場するキャラの一人、ティエリア・アーデの代名詞的な台詞の一つのパロディ。何せバズーカですもんね。こちらはビームではなく実体弾ですが。

・「レッツパーリィ!」
戦国BASARAシリーズに登場するキャラの一人、伊達政宗の台詞の一つのパロディ。シーシャとケーシャの台詞は原作(VⅡ(R))でも言っているパロディです。

・「全てを断ち斬る…!」
FFシリーズの主人公の一人、クラウドの台詞の一つのパロディ。元ネタに合わせたパロはそれが出来ると嬉しいですが、合うものを見つけるのは難しいものです。




 次回より、Originsシリーズ恒例(?)のコラボストーリーをまた行いたいと思います。お相手は、OEにてコラボさせて頂いた作品の一つ、『大人ピーシェ番外編 追憶のアサシン(ノイズシーザー(旧ノイズスピリッツ)さん作)』ですが…そちらの作品はリメイクされ、元の作品がない事、コラボの内容自体もかなり特殊な事から、これまでとはかなり違う毛色の物語となっております。しかし熱量はこれまでのコラボと同様なので、宜しければ是非読んで下さい。
 また、このコラボは既に大部分が書き上がっている為、このコラボの期間中のみ、OEまでの週二投稿(木曜と日曜)を復活させようと思います。


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第十三話 今度はこっちのプラネテューヌを

 前回投稿したコラボ最終話での後書きの通り、コラボのあとがきを活動報告に載せました。更にそれとは別の活動報告も一つ、書いております。もし宜しければ、そちらの二つも読んで下さい。


 くろめやレイ、それに最後の負のシェアの暴走との戦いが終わった後も、暫くは忙しかった。犯罪組織との戦いの後もそうだったけど、後処理っていうか、『戦い』から『平和』に国の状態を戻していくのは、その戦いを終わらせるだけじゃ駄目だって事で…もー、ほんと忙しかったんだよねぇ。…まぁ、頑張ったんだけどさ。

 で、それが一段落した辺りで、イリゼが神生オデッセフィアの建国をした(勿論、建国っていうか国としての成立宣言って感じだよ?)んだけど…今回はそれよりちょっと前のお話だよっ!

 

「ねぷちゃーん、ねぷぎあちゃーん、お待たせ〜」

「お待たせ〜、じゃないよぷるると…なんで行くって分かってるのに、二度寝した上いつもの調子で朝ごはん食べるかなぁ……」

 

 開いた次元の扉から、こっちにやってくる二人の影。一人はのーんびりした声と雰囲気のぷるるんで、もう一人は既にちょっと疲れてる様子のぴー子。そしてそれを迎えるのは、わたし、ネプギア、それに扉を開いてくれたいーすん。

 

「二人共ようこそ信次元へ!ここは プラネテューヌの 村だよ」

「村じゃないよお姉ちゃん…なんでRPGの村の出入り口辺りにいそうな人みたいな事言ってるの……」

「えへへ〜」

「あはは〜」

「…ねぷぎあも相変わらず大変そうだね……」

「は、はは……」

 

 温めておいたボケをわたしがかますと、ネプギアが突っ込んでくれる。ぴー子からの呆れ発言に後頭部を掻いているぷるるんの真似をするようにわたしものんびり笑えば、ぴー子はネプギアに同情して、ネプギアも乾いた笑い声を漏らして…って、そんな事はいーの。今日二人に来てもらったのは、ここで雑談する為じゃないんだから。

 

「こほん。まあそれはともかく、今日は二人にばっちりプラネテューヌを案内するよ!ふふん、覚悟はいいかなー?」

「お〜!」

「覚悟って…お友達相手とはいえ、案内は案内。プラネテューヌの女神として、ちゃんとプラネテューヌの魅力を伝えて下さいね?( ̄^ ̄)」

「んもう、分かってるっていーすん。覚悟っていうのも、感動したり心奪われたりする覚悟をしておけ!的な意味だしね!」

「うわ、どんどんハードル上げてる…無駄に上げる辺りはねぷてぬらしいけど…」

「そこまでの案内が出来るかは分かりませんけど…前にわたし達がしてもらった時と同じ位楽しめるよう、頑張って案内しますねっ!」

 

 わたしが軽く胸を張れば、ネプギアもネプギアでやる気を見せる。

 今ネプギアが言った通り、前にわたし達は神次元のプラネテューヌの案内をしてもらった。今日の案内は、そのお返しっていう面もあって…けどそれ抜きにも、案内っていうのはその場所を知ってもらう、分かってもらう為の行動で、わたしもネプギアもプラネテューヌの女神。だったらやる気にならない筈がないよね。

 

「よーし、それじゃあレッツゴー…って、あれぇ?セイツちゃんと、イリゼちゃんはー?」

「あ、お二人ならさっき連絡が来たので、もう来ると思いますよ」

「新しい国の為に活動してるんだよね。…せーつ、ちゃんとやってる…?大丈夫…?」

「ご心配には及びませんよ。セイツさんは姉として、しっかりイリゼさんを助けてくれていますから(´・∀・`)」

 

 と、いう事で早速わたし達は出発。いーすんに見送られながら部屋を出て、エレベーターでエントランスまで降りて、ここで待つ?と皆に訊こうとしたところで、丁度良くイリゼ達も到着する。

 

「ごめん皆、もう少し早く出るつもりだったんだけど、急用が入っちゃって……」

「大丈夫だよー、ぷるるん達も今さっき来たところだし。けど、急用って…何か不味い事でもあったの?」

「ううん、そういう事じゃないから安心して」

 

 自分の国、新たな国を興す為に、イリゼは日々奮闘中。事が事だから、他国の女神なわたし達は手伝う事が出来なくて、わたしも皆も国の運営ならしてるけど、建国の経験はないから、そっち方面のアドバイスも出来なくて、イリゼはほんと大変だと思うけど、そんなイリゼの表情は暗くない。むしろ、凄く充実してるって感じで…そういう顔を見ると、ほっとするよね。

 

「じゃあ、何があったの〜?…あ、まさか黒くて素早い……」

「ちょっ、これから楽しみにしてた時間が始まるって時に、盛り下がる事言わないで頂戴…。そうじゃなくて、単にちょっとした発見があっただけよ。大陸の成り立ちが特殊なだけに、街や建物の中でも意外な発見があったりするの」

「凄い、せーつがまともに女神やってる…」

「わたしは普段からまともに女神やってるわよ!?」

 

 驚いた表情を見せるぴー子の発言で、セイツはショックを受けながら突っ込みを返す。するとぴー子はにやっと笑って…あ、これは弄ったねぴー子。セイツってイリゼとは性格違うけど、イリゼの姉なだけあって、やっぱり弄り甲斐があったりするのかな?いーすんもいーすんで、ボケにはしっかり反応してくれる訳だし。

 

「こほん、とにかく行きましょ。…信次元を案内してもらうのは、前にイリゼと約束したし、それも楽しみだったけど…あの時はいなかったイリゼやプルルートも一緒に、皆で街を回るのも楽しみだわ…!」

「あたしも〜。前は一緒に行けなかった分、楽しむよ〜」

 

 見るからに楽しみそうな、セイツとぷるるん。そんな事言われたら、案内する側としては緊張する?ノンノン、この程度でビビるわたしじゃないのさー!

 って訳で、わたし達は外に。そこから早速案内を…してもいいんだけど、ぷるるん達はもう何度かこっちに来てて、プラネタワーの周辺は何となく知ってるって事だから、ちょっと離れたところで案内スタート。

 

「左手に見えますは、わたし行きつけのお菓子屋さんの一つ〜。もっと近い所にも一件あるけど、ケーキの品揃えならこっちの方がいいんです〜」

「うーん、なんて雑なガイドさんの真似…因みにここ、確かにケーキの品揃えも良いけど、フルーツタルトもお勧めだよ?果物をふんだんに使ってるのは勿論だけど、しっとりめのタルト生地も果物の食感とよく合ってて……」

「…ねぷぎあ、もしかしていりぜって……」

「あ、はい。イリゼさんはスイーツ好き…というか、スイーツ作りが趣味なんです。だから、お菓子屋さんにも結構詳しいんですよ」

 

 ジェスチャーを加えてまでやったわたしのボケを易々と乗り越えていく、イリゼの語り。皆の注目は速攻でイリゼに移って…むむ、何だか負けた気分…。

 

「…あ、お菓子作りといえば…セイツさんも、料理をしたりするんですか?」

「わたし?まぁ、出来るかどうかで言えば、簡単なものなら出来るって位だけど…自分から作る事はあんまりないわね。だって、自分で作るより、誰かが作ってくれたものを、そこに込められた思いを感じながら食べる方が、ずっと美味しく食べられるもの」

「あはは、セイツさんらしい理由ですね。…でも、誰かが作ってくれたものの方が美味しく感じる、っていうのは分かります」

「うんうん〜。あたしも作ってもらうのが好きかも〜」

「いや、ぷるるとは作ってもらう方がっていうか、そもそも全く料理しないじゃん…」

「けど、プルルートって裁縫は得意だし、あの器用さを考えれば、案外料理も上手く出来るのかもしれないわよ?…一人でやらせるのは、ちょっと不安が残るけど……」

 

 のんびり歩いて案内とか説明とかをしながら、わたし達は雑談を交わす。折角だし、今のお菓子屋さんに寄ろうかな?とも思ったけど…まだご飯を食べてからそんなに経っていなかったから、取り敢えず止める。

 

「…そういえば…皆って、未来のわたし…じゃなかった、超次元のわたしの次元にも行った事あるんだよね?そっちのプラネテューヌも、うちみたいな感じなの?」

「えー?うーんとぉ…どうだったっけ〜?」

「えぇ…。…まぁ、似てると言えば似てる…かな。あっちにもプラネタワーがあったし、街の雰囲気も似てるし。…初めて行った時は、かなり荒れてたけど……」

『え……?』

 

 ふと思い出した事をわたしが訊けば、ぴー子が答えてくれた。…んだけど、最後の発言でわたしもネプギアも思わず足が止まる。何でも超次元のレイが力を振るった結果らしいけど…レイ、レイかぁ……。

 

「…あのさ、レイって今は……」

「…うん。今もまだ、眠ってる…一応もう峠は越したって事だけど……」

 

 少しだけ迷った後にわたしが訊けば、ぴー子が小さく頷いてから答えてくれる。でも得られた答えは、良かったねって返せるものじゃなくて…ぷるるんも浮かない顔。それに何より、セイツは酷く複雑そうな面持ちになっていて…気になったとはいえ、これは今訊く事じゃなかったかな…。

 

「えー、っと…あ、そうだ!神次元の時もゲーセン行ったし、今回も行ってみない?チーム信次元VSチーム神次元の対決、って感じでさ!」

「あ…い、いいね。私、プルルートやピーシェとゲームって確かした事ないし、私も賛成!」

「あー、そういえばそうだったかも〜」

 

 空気と話題を変えようと思って、わたしはゲーセンに寄る事を提案。すると早速イリゼが乗ってくれて、ぷるるんもうんうんと頷いて、他の皆も賛成してくれた事で目的地はゲーセンに決定。という訳で、わたし達は道すがら近くのお店や施設の説明をしながら、大きなゲームセンターへ向かう。

 

「ふふん、ここだよ!どうどう?大きいでしょ〜」

「うわ、確かにでっか…複合アミューズメント施設とかじゃなくて、ゲームセンターのみでこんなに大きいの?」

「ここはお姉ちゃんの提案が反映されている施設なんです。ゲームセンターはちょっと五月蝿い位賑わってる方が魅力的に映るし、施設が広ければ人気のゲーム以外にもレトロなゲームやマニアックなゲームも置けて、客層を選ばない集客が望める筈だ、って」

「ほぇ〜、ねぷちゃん凄い〜」

「そんな大した事ない発想な気もする…けど、利用する側の気持ちは理解してるし、それを行動に移してここまでの施設にしちゃう行動力は、何だかんだ凄いのかも…?」

「んもう、ピーシェったら…そんな回りくどい言い方しないで、素直に凄いって言えばいいじゃない。相変わらずネプテューヌに対しては素直じゃないわよね」

「べ、別にそういう事じゃないし。発想そのものは大した事じゃないのは事実だし」

「まあ、それは確かにね」

「そーそー、ぴー子はもっとわたしを褒めても…ってセイツ!?そこ同意するの!?そういう流れじゃなかったよね!?」

 

 ぴー子は照れ屋さんなんだから〜、みたいな感じに言おうとしたのに、セイツの同意が不意打ちの様にわたしの心へ突き刺さる。うぅ、ダメージが…完全に油断してたところへの言の葉だったから、諸にダメージが……。…くっ、この辛さはゲームで癒すしかない…!

 

「で、入店した訳だけど…何で勝負する?というか大概アーケードゲームって、二人か四人での対戦が基本だよね?」

「そういえばそうですね…神次元の時は、レースゲームと音ゲーをやったんですけど……」

「んー…えっとぉ、あたしはあれやりたい気分かも〜」

 

 めらめらとわたしがやる気を燃やす中、イリゼとネプギアが言葉を交わして、その後でぷるるんがあるゲームを指差す。

 それは、太鼓型のデバイスを使う音楽ゲーム(具体的な説明は不要だよねっ!)。同じ音ゲーでも、神次元でやったのは足を使う、ダンス要素もあるゲームだったから前とは全然違うし、その時はいなかったぷるるんがやりたいって事なら、これでいいんじゃないかなとわたしは思う。そして、皆も同じ意見だったから、勝負の内容はこれで決定。そこからどう対戦するかの話になって……わたし対ぴー子、ネプギア対セイツ、イリゼ対ぷるるんの三番勝負をする事に。

 

「ふっふっふ…某音撃戦士ばりの太鼓捌きを見せてあげよう!」

「なんかねぷてぬの場合、マジになり過ぎて叩き壊しそうなんだけど…」

「む、しつれーな。ソフトタッチねぷ子さんとはわたしの事だよ?」

「いやそんな異名聞いた事ないし、ソフトタッチって…さっきの発言も食い違ってる感が……」

「ピーシェ、ネプテューヌの発言を一々真面目に受け取ってたらキリがないわよ」

「そうそう、ボケはボケとして処理しないとね」

 

 突っ込み…というには弱めな指摘をぴー子が返してくれる中で、セイツとイリゼが台無しな事を言ってくる。いや、まぁ…いいんだよ?そういう扱いされるのも慣れっこだし。でも、セイツはともかくイリゼまで言う?イリゼはむしろそれが出来ないタイプっていうか、しっかり反応してくれるのが良いところじゃん?…ま、いいや。そんな事より…いざ、しょーぶ!

 

「どりゃりゃりゃりゃーっ!」

「……!いつもみたいに調子乗ってるだけだと思ってたけど…確かにこれは、凄い…!」

 

 流れてくる指示に合わせて、太鼓の真ん中や縁を叩くわたし。音ゲーは覚えゲー、なんて言われる事もあるし、その点で言うとわたしは指示を暗記する程やり込んでる訳じゃないけど…代わりにわたしには、女神の動体視力と反射神経がある。それをフル活用する事で、わたしはどんどんコンボを重ねていく。勿論ぴー子だって女神なんだし、同じ事が出来ると思うけど……

 

(勝負って、雰囲気も結構重要だからね…!)

 

 わたしがここまでふざけてたのは、そうしたかったから…なんだけど、同時に流れを作る為でもあった。ボケの連打でぴー子を辟易とさせて、勝負開始直後から全力を出す事で、わたしは雰囲気を完全に自分のものにした。ぴー子の心を圧倒した。そう、これはわたしが仕掛けた心理戦なのさ!

 

「ぴーしぇちゃん、頑張れ〜!」

「やるわねネプテューヌ…気にしちゃ駄目よピーシェ!確かに凄いといえば凄いけど、貴女だってやれる筈だもの!」

「う…わ、分かってる…!けど……!」

 

 揺さぶられた心は、そんな意識一つでリセット出来るものじゃない。ぴー子の反応を見つつ、内心でそんな事を呟いたわたしは、油断せずに太鼓のバチを振りまくる。だってこれは三番勝負。その内の一戦目を取れれば勝負としても精神的にも物凄く有利になるんだから、絶対負けられないんだよね…!

 

「わー、お姉ちゃん容赦ない…けど、これならお姉ちゃんが勝てそうですね」

「ネプギア、それはフラグになりかねないから…でもほんと、良い流れが来てる。この手を抜かない、いつも全力を惜しまない辺りが、ネプテューヌらしいよね」

「ですね。それがお姉ちゃんの良いところです!」

「うんうん、分かるわ。ネプテューヌの心は真っ直ぐで、純粋で、だからこそ力強い…見てて惚れ惚れ感情といえば、やっぱりネプテューヌってものよ…!」

「ねぷちゃんは可愛いけどぉ、そういうところが格好良いなってあたし思うな〜」

「ちょっとせーつ!?ぷるると!?ねぷてぬの内面にきゃっきゃしてないで、アドバイスか何かくれない…!?せーつ達はぴぃの仲間だよね…!?」

 

 思わぬタイミングで聞こえてくる、わたしへの大絶賛。皆から好評を受けちゃったとなればテンションが上がらない訳がなくて、更にわたしはぴー子を圧倒する。やってる事は変わらないんだけど、放つ空気感でぴー子を飲み込む。悪いねぴー子、ちょっと大人気ない気もするけど…遊びでも全力全開一択なのが、大好評なねぷねぷだからねっ!よぉし、このまま勝利まで一直線だよっ!

 

「ほぇ〜?んーと…もっと頑張るとか〜?」

「もうちょっと具体的なアドバイスが欲しいなぁ…!」

「結構必死なピーシェの感情もまた素敵ね…!……こほん。そうね…だったら目には目を、歯には歯をよ。ピーシェからも仕掛けて、ネプテューヌの心を乱すのよ!」

「ぴぃからもって、今のねぷてぬを止められるような事は……あ」

 

 遊びとはいえ勝負だからか、セイツはアドバイス自体はしたけど、それを直接わたしにやろうとはしない。そして既に曲は終盤で、わたしにはまだ最後まで走り切るだけの余力がある。こうなるとむしろ、アドバイスを受けたぴー子が何をしてくるかが楽しみなもので、何なら結構びっくりするようなものを放り込んできてほしい気持ちすらある。ま、所謂強者の余裕だよね!このまま普通に勝つんじゃ味気ないし、ハラハラするような展開に期待って感じ……

 

「すぅ…はぁ……。──最初の勝負からそんな手を使ってくるなんて、ちょっと大人気ないんじゃないですかぁー?」

『……!?』

 

──その瞬間、思わずわたしは手が止まってしまった。あまりの衝撃に、驚きなんて言葉を余裕で超えてくる戦慄に……ねっとりとした、絡み付くような…可愛さもある筈なのにどこか恐怖感を煽られるようなぴー子の声に。えっ、ちょっ…何今の声!?ぴー子こんな声出せたの!?そしてなんで敬語!?今完全に、七星剣(セプテントリオン)説のある変身能力者さんとか、レンタルじゃない元カノさんみたいな声になってたよね!?

 

「ぴ、ピーシェ!?今の声は一体……」

「ふぇぇ…今のぴーしぇちゃん、ちょっと女神の時のレイさんみたいな声になってたよぉ…?」

「だ、だよね!?なんかヤバげな感じあったよね!?」

「まさかピーシェさんがこんな声を出せるなんて…って、お姉ちゃん!手元手元!」

「あ…し、しまった……!」

 

 今の声にはセイツやぷるるんも…というか全員がぎょっとしていて、とても流す事なんて出来なかったわたしは、「だよね!?」と全力で同意を求める。

 けど、今はまだ勝負の最中。そして今のは、ぴー子の策略。それにまんまと嵌まってしまったわたしは慌てて意識をゲームに戻すんだけど、わたしが仰天して完全に止まってしまってる間に、ぴー子は一気に追い上げを……

 

「…う、うぅぅ……」

((あ…自分の発言でダメージ受けてる……))

 

……してなかった。バチを持った手で顔を覆って、見るからに恥ずかしそうにしていた。…おおぅ…。

 えー…そうして数十秒後。曲の最後の部分が画面上と音声で流れて、勝負が終わる。三番勝負の一本目は…わたしの勝利で決着する。

 

「いえーい!わたしの勝利ー!…なんだけど、何か微妙に盛り上がらない……」

「くっ…音ゲーじゃなくて、歌の勝負だったら……」

「お、歌の勝負するー?そっち方面でもわたし、負けるつもりはないよー?何せ声が声だからねっ!」

 

 策に嵌まったわたしも、策で自爆したぴー子も、あの後はいまいちスコアを伸ばせなかった。となれば、それまでにあったリードが覆るなんて事もなくて…なんか、ぬるーっと終わってしまった。勝ったのに、全然高揚感とか爽快感がなかった。

 

「え、えーっと…次はネプギアとセイツの勝負だね。曲は…違うのにする?それとも公平に、同じ曲にする?」

「んー…ま、違うのでいいんじゃない?対戦する組同士で曲が同じなら公平さは十分だし、違う曲の方が見てる方も楽しいでしょ?」

「ですね。セイツさん、負けませんよ?」

「ふふっ、それはこっちの台詞よ。コールド負けになんてさせないんだから」

 

 気を取り直すようなイリゼの言葉を受けて、わたしとぴー子はそれぞれ交代。意気込むネプギアと、一見余裕そうな…でも瞳には闘志をめらめらと燃やすセイツの勝負は楽しみで……ちょっと不憫に思ってわたしがぴー子を慰めようとしたら、拒否されちゃった。残念。

 

「いくわよネプギア。二刀流の技術はここでも活きるって事を教えてあげるわ…!」

「お姉ちゃんが作ってくれた流れ、そう簡単には断ち切らせません…!…さ、最後はちょっとアレな空気になっちゃいましたけど……!」

「ぐふっ……」

「あぁっ、流れ弾がぴー子に…!」

「ぴーしぇちゃんよしよし〜。セイツちゃんが勝ってくれたら、その後あたしが仇を取ってあげるからね〜」

「ぷるると……ぴぃ、死んでないから…」

 

 二刀流、って言うだけあって、鮮やかな勢いで叩いていくセイツと、セイツ程の勢いはないけど、しっかりベストタイミングで叩いてスコアを伸ばしていくネプギア。今のところ勝負は互角で……けどやっぱり、ちょっとセイツの方が有利かもしれない。何せ今のセイツは後がない状況だからこそ燃えてるし、逆にネプギアが言った通り、一本先取の流れは勝ち方が勝ち方だったからほぼない状態。それに、心理戦ってなったら…流石にセイツの方が一枚上手だとも思う。セイツが上手いっていうより、ネプギアは素直で優しい、誠実な子だし。…わたしの自慢の妹だしっ!

 

「中々やるわね、ネプギア。けど、わたしに最後まで喰らい付けるかしら?」

「セイツ、さっきからちょっと発言がライバル枠の敵幹部キャラっぽくなってない…?」

「くっ、確かに手強い…!…けど……」

「けど?」

「…やっぱり、こういうのって楽しいですよね。何かを気にしたり、不安に思ったりする事なく、こうやって楽しい事に全力を尽くせる。女神とか人とか関係なく、それを普通に出来る事って、実はとっても幸せで…それを皆さんと一緒に味わえるのが、わたしは凄く嬉しいです」

 

 軽快に、けれど激しく叩いていく二人。さっきも今も難しいモードでの勝負をしてるんだけど、その難易度に翻弄される事はない。実際イリゼの言った通り、セイツの口振りには余裕があって、対するネプギアはスコア的にはほぼ同じだけど、セイツ程の余裕はない。

 やっぱり有利なのはセイツの方。ミス一つでひっくり返る程度の差だけど、そのミスなんてそうそうしないのが女神ってもので…そんな中、ふっと緩んだ雰囲気になったネプギアは、コンボを重ねながらも楽しいと、皆でこうして『普通に』遊べるのが嬉しいと言う。…あー、もう…ほんとにネプギアは良い子だなぁ!これを何気無く、自然と言えちゃうとか、超絶良い子過ぎでしょネプギア!ぶっちゃけ本当にわたしの妹なのか怪しいレベルだよ!?こんなに良い子な姿を見せられちゃったら、セイツでなくても心を奪われ……って、あれ?

 

(もしかしてこれ、セイツにクリティカルヒットじゃ…?)

 

 セイツといえば、心の揺れ動きや強い意思を「輝き」と評して、それに心を踊らせる女神。そして今のはセイツじゃなくても心を掴まれる程だったんだから、セイツが反応しない筈がない。そう思って、セイツの方を見てみると……

 

「…あぁ…心が、浄化されるわ……」

「せ、せーつが凄まじく晴れやかな顔をしてる……」

「セイツ大丈夫!?なんで天…じゃなくて天井を仰ぎ見てるの!?」

 

……クリティカルとか、そういう次元じゃない状態になっていた。完全に手は止まっていて、放心状態で、なのに表情は澄み渡っていた。女神なのに、浄化されるとか言っていた。…あぁ、うん…さっき心理戦ならセイツの方が上手だって思ったけど…ネプギアとの相性で言えば、むしろネプギアの方が圧倒的に有利だったよ…。

 

「…えーっと…た、対戦ありがとうございました…?」

「まさか、こんな感じで負けるなんて…ごめんなさい、プルルート、ピーシェ。でも…今わたしは、清々しい気持ちよっ!」

「セイツちゃん……」

 

 完全にセイツが止まった事で、そのまままたもやぬるーっと決着。しかも今回の場合、ネプギア自身に仕掛けたつもりなんてないものだから、本当に釈然としない顔をしていて…一方のセイツは、最高のライバルと決戦を終えた後みたいな、曇り一つない顔をしていた。これには流石のぷるるんも困惑していた。

 

「何やってるの…と言いたいところだけど、ぴぃも他人の事言えない……」

「はは…じゃ、次は私とプルルート…なんだけど……ど、どうする…?」

 

 複雑そうな顔をぴー子がする中、それに苦笑いをしつつイリゼは第三戦目に…入ろうとして、わたし達へと意見を求めてくる。理由は勿論…わたし、ネプギアと二連勝してしまったから。

 

「あー…もう勝負は決まったから、やらない…じゃ、幾ら何でもあんまりですよね…」

「ふっふっふー…心配ご無用!わたしに名案があるよ!」

『名案?』

「もう二勝されてるから逆転出来ない?ノンノン、最終戦はなんと一億ポイントあげちゃいます!」

 

 どうしようという雰囲気を打開すべく、バラエティ番組における定番の展開を宣言するわたし。最後の勝負やクイズで大量得点っていうのはお約束的展開だけど、実際に出来る機会なんてほぼ無いし(まあ当たり前だけどね)、そういう意味じゃありがたい流れ。

 けど、わたしの発言に皆は呆れ気味。なんでネプテューヌがその権限があるの、とか一億って…みたいな反応で、あんまり好評じゃない感じ。…ある、一名を除いては。

 

「おぉー、ねぷちゃん頭良い〜!一億なんて、大盤振る舞いだ〜」

「でしょでしょー?やっぱぷるるんはわたしと通じるところがあるよねっ!」

「いやだから、得点増大はありがたいけど、一億は無駄に多過ぎる……あ、ピーシェピーシェ。通じるところといえば、小さい頃のピーシェとネプテューヌは年の差的なものを一切感じさせない仲の良さだったわね、ふふっ」

「そうやって事ある毎に思い出さなくていいから…!い…いりぜ、ぷるるとは一億ポイントでやる気みたいだけど、貴女はどう…!?」

「あ…う、うん。この三番勝負がポイント制だったのかは置いとくとして…やるよ。理由はどうあれ、消化試合じゃ味気ない思ってたし…ね」

 

 話を変えるように振ったぴー子の言葉に、イリゼはちょっと気圧されたような顔をした後、頷く。その後、顔を上げた時のイリゼの表情は、もうやる気…というか、勝負を楽しみにしている感じがあって…やっぱイリゼはそうだよね。落ち着いてるように見えて、実は結構熱いっていうか、勝負事には積極的なんだから。

 

「見ててね、ぴーしぇちゃん、セイツちゃん。二人の仇も無念も、全部あたしが背負うからね〜…!」

「だからぴぃ死んでないって!あ、後さっきのを無念って言うの止めて…!?抉ってくるのはほんとに止めて…!」

「ちょっとサドっ気が出てるわねプルルート…も、もしかしてわたしが実質試合放棄したのを怒ってたり…?」

「……?」

 

 バチを持って臨戦態勢なぷるるんの発言に、何やら翻弄されている二人。でも当人は何の意図もないっぽくて、二人の返しにきょとーん顔。一方イリゼはこっちを見た後、何も言わずに一つ頷いて…わたし達も、頷きを返す。

 

「プルルート。いざ、尋常に…」

「勝負〜!」

 

 そうして始まる第三戦にして最終戦。イリゼは普通に上手だし、ぷるるんものんびりした雰囲気ながら、しっかりコンボは重ねている。さっきのネプギアVSセイツ程の派手さはないけど、これはこれで良い勝負。…見たところ、ちょっとイリゼの方が優勢っぽいけど…ぷるるんの場合、何をしてくるか分からないっていうか、何をしてきてもおかしくない感あるよね…。

 

「そういえばイリゼさんって、女神ライブの新たな案として、バンドをやってみるのはどう?…って話になった時、ドラムに興味を持ってたよね」

「あー、そういえばそうだったね。…あ、因みにこのバンド云々は描写されてない出来事だから、『あれ?そんなシーンあったっけ?』と見返す必要はないよっ!」

「…ねぷてぬがプリクラに話し掛けてる……」

「メタ発言って、側から見るとほんとにそういう感じになるわよね…」

 

 心理戦を仕掛けたり、戦闘技術を活かしたりのない、普通の対決。言い換えれば、イリゼとぷるるんの勝負は一番このゲームらしい対決スタイルで…だけどやっぱり、これは女神と女神の勝負。当然、何事もなく終わる訳がなくて、そろそろ後半かな?…ってなった辺りで、それは始まった。

 

「えへへ〜…」

「プルルートも楽しそうね。のんびりするのが好きだから、こういう素早い反応を求められるゲームは好みじゃないかと思ったけど、杞憂に終わって良かったわ」

「んふふぅ…」

「…だね。全然タイミング合わせられなくてわたわたしちゃうかもって思ってたけど、やっぱりぷるるとも女神……」

「あははぁ……!」

『……あ、あれ…?』

 

 叩くぷるるんの後ろ姿に、なんだか保護者みたいな事を言うぴー子とセイツ。だけど、確かに普段のぷるるんの事を考えると、ほっとする気持ちも分からないでもない……なんて思ってたところで、わたし達は感じ始める。なんだかさっきから、ぷるるんの声音がおかしいと。

 

「なんかこれぇ、ただ叩くだけでも楽しいかもぉ…!」

((そういうゲームじゃない(わ・です)よ…!?))

 

 何やらどんどんどんどん荒っぽくなるぷるるんのバチ捌き。立ち位置的に顔は見えないけど、だからこそ余計に怖い。聞こえてくる軽快な曲と、コンボ数を教えてくれるマスコットキャラの可愛さの中で謎の圧を声に込めてくるもんだから、ギャップが本当に恐ろしい。え、これ大丈夫だよね!?普通に終わるよね!?ぷるるん最終的に、太鼓デバイスに頭突っ込んで叩き破ったりしないよね!?

 

「ふふふ、楽しそうだねプルルート。けど、楽しさは共有しても、勝利は私のもの……うぇぇっ!?えっ、ちょっ…何故そんな顔を!?」

((どんな顔を……!?))

 

 ゲームの方に熱中していたのか、イリゼが気付いたのはわたし達より少し後。横を見た瞬間、それまでの楽しそうな表情から驚きの表情に激変して…うぅ、気になる…!どんな顔してるのか気になるぅぅ…!

 

「それ、そぉれ、それそれそれぇ…ッ!」

「う…ま、負けるかぁぁぁぁっ!」

 

 一応コンボは続いてるけど、もう完全にぷるるんは間違った楽しみ方を邁進中。そんなぷるるんに一時は気圧されたイリゼだけど、気圧された事で逆に火が点いたみたいで、こっちも勢いが増していく。

 初めは控えめな対決かなー、なんて思ったけど、今となっては諸激戦。勢いのイリゼと圧力のぷるるん、二人の激闘は最後まで続き、そして……

 

「はふぅ…なんだか今、すっごく良い気分〜♪」

「…勝った…勝ったけど、全然勝った気がしないぃぃ……っ!」

 

 結果、終わってみれば一億二対ゼロっていう、完封ストレート勝利だった。なのにぴー子はともかくとして、満足度で言えばぷるるんとセイツの二人勝ち感が半端なかった。…なんだろうね、この試合に勝って勝負に負けた的な心境は……。

 

「おかしいな…普通、勝ったらもっといえーいって感じになるのに……」

「わたし達の場合、あんまり自分達で勝った気がしないもんね…ピーシェさんは自爆だし、セイツさんは心ここに在らずになっちゃったし、プルルートさんも打ち方そのものは雑になってたし……」

「あ、それだ…それだよ、うん……」

 

 ネプギアの分析に合点がいったわたしは、ローテンションでそれに頷く。…や、楽しかったよ?やって後悔したとか、そういう事は一切ないよ?ただ、ほんと…勝ったのに勝った気がしないっていうのは、何とも言えないというかなんというか……。

 

「…ま、いいや。あんまりこれを引き摺っても詰まんないし、気持ちを切り替えよう、わたし。良い女は、過ぎた事に固執したりしないのだっ!」

「自分の名前を冠した旅団を率いる義賊みたいな口振りになってるよー、ネプテューヌ…。…じゃあさ、気を取り直す…じゃないけど、プリクラなんてどう?」

「あの、さっきねぷてぬが話しかけてたプリクラ?」

「え、それはちょっと知らないけど…多分そのプリクラだよ」

 

 指差したイリゼに誘われ、「あ、いいね」ってなって、音ゲー対決を終えたわたし達はプリクラの中へ。…あ、プリクラの中って言っても、写真に入る的な意味じゃないよ?って、流石にそれは言及しなくても分かるよねぇ。

 

「ろ、六人でプリクラはちょっと狭かったですね…あ、このフレーム可愛いかも」

「わぁ、ほんとだ〜。…あ、ねぇねぇ。プリクラって、何の略なのぉ〜?」

「プリクラ…プリンクラッシュじゃないかしら?…なーんて」

「ぷ、プリンをクラッシュ…!?なんて惨い、非道な事を…!そんな事をする相手は誰であろうと許さないよ!プラネテューヌは戦争を仕掛けるのも辞さないからねっ!」

「何言ってんのねぷてぬ。それ言ったら、振って砕いて飲むプリンシェイクも駄目になるんだけど?」

「あ……やっぱ安易な戦争は良くないよね!それにプリンは食べ方を縛らない、寛容にして可能性溢れるスイーツだし!」

「変わり身早っ。…っと、皆撮るよ〜」

 

 フレームを選んだり文字を書いたりしながら、プリクラの筐体の中でわいわいがやがや。なんか全然違う話に脱線しちゃったものだけど、それはそれで面白くて、そうこうしている内に準備完了。イリゼの合図で皆笑って、ピースとかもして…パシャリ。そうして出てきたのは、確かにちょっと窮屈感はあるけど、美少女六人が集まったハイレベルプリクラ写真で…うん、これは永久保存版だね!そしてこのプリクラを、抽選で一名にプレゼント!…は、出来ないんだー。ごめんねっ。

 

「ふふっ、上手く撮れて良かった。プリクラって、普通の写真とはまた違った趣きっていうか、良さがあるよねっ」

「イリゼちゃんは、写真が好きなの〜?」

「あ…うん。形に残らなくても、大切に思えるものは沢山あるけど…それはそれとして、やっぱり繋がりを形に残せるのって嬉しいからね」

「わたしは嬉しそうにしてるイリゼとイリゼの感情を見られて嬉しいわ…!嬉しいっていうか、幸せっていうか…うん、やっぱり嬉しいわ…!」

「…変態にシスコンが加わると、こうなるんだね…」

「あ、相変わらず言い方が容赦ないですね、ピーシェさん……」

 

 撮った後も、わたし達はわいわいがやがや。今のところ音ゲーをそれぞれ一回とプリクラを撮っただけだけど、結構皆満足出来た感があったから、ゲーセンを出て案内を再開。色んなお店を紹介したり、大通りをのんびり散策したり、街の中にある観光スポットを教えたりして、プラネテューヌの生活圏内を回っていく。

 勿論お昼時にはレストランに寄って、皆で食事。折角だからお昼はプラネテューヌで今流行りのものを食べてもらって、そこでも楽しんでもらったわたし達。ぷるるん達に楽しんでもらえるのは勿論だけど、それ抜きでもやっぱりこうして出歩くのは面白い事が沢山あって……そうして色々回った末、わたし達はある河川敷で休憩していた。

 

「ふわふわで美味しいね〜」

「えぇ、そうね。それにちょっと可愛くない?」

「あ、分かります。ころころってしてて一口サイズなのが、ちょっと可愛いですよね」

 

 坂に座ったわたし達は、近くで買ったベビーカステラでおやつタイム。あ、そういえば知ってる?ベビーカステラと鈴カステラって、実は違う食べ物なんだよ?

 

「ね、皆。私が訊くのはちょっと違うかもだけど…信次元のプラネテューヌはどうだった?」

「楽しかったよぉ〜。面白いお店が沢山あったしぃ、ねぷちゃん達とも遊べたし〜」

「別にイリゼが訊いてもおかしくないと思うわ。神次元のプラネテューヌは勿論、超次元のプラネテューヌとの違いを探すのも面白かったし…けど一番は、プルルートの言った通り皆と一緒に遊べた事ねっ!朝から今に至るまでに、何度心が踊った事か…!」

「いや、それはプラネテューヌの魅力ではないでしょ…別に楽しかった事自体を否定したりはしないけど……」

 

 言葉通りの笑顔を浮かべるぷるるんとセイツを見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。それはネプギアも同じみたいで、わたし達はちっちゃな声で「やったね」と喜びを共有する。でも、皆が皆、にこにこって訳じゃなくて…ちょっとぴー子に近付いたわたしは、訊く。

 

「ね、ぴー子。ぴー子はあんまり楽しくなかった?」

「え?…そんな事はないけど…?」

「それなら良いんだけど…ぴー子ってさ、ちょっと冷めてるっていうか、一歩引いてるところない?勿論それが悪いって訳じゃないけど、別に遠慮とかしなくていいんだよ?」

「そう?ぴぃはそんなつもりないけど……」

「…けど?」

「…常日頃からぷるるとやせーつが近くにいる環境で、無邪気にはしゃげる性格になると思う…?」

「あ、あー……」

「しかも小さい時は、そこにねぷてぬまで加わってたんだよ…?」

「うわー……って、あれ!?今わたし、思わず自分自身に呆れてなかった!?」

 

 妙に達観した顔で言うぴー子の放つ、物凄い説得力。確かにそんな環境なら、小さい頃は無邪気だったとしても、どっかのタイミングで「これは自分がしっかりしないと…」って思わざるを得ない気がする。…流れで自分自身にまで呆れちゃったのは我ながらびっくりだけどね!しかもその時ぴー子がにやっとしてて、嵌められた…!って気付いた時はもう後の祭りだったけどね!

 

「ま、まあ何にせよ、楽しめてたなら良し!…それと…もうそういう性格だっていうなら仕方ないけど、羽目外したって大丈夫だと思うな。セイツは真面目にやろうと思えばやれる性格っぽいし、ぷるるんもやる時はやる…気がするし、そっちにもこんぱやあいちゃんはいるんだからね」

「そういうの、余計なお世話って言うんだよねぷてぬ」

「うぐっ…ネプギアも言ってた気がするけど、ぴー子ってば割と口振りが容赦ないんだから…」

「それも環境のせいだよ環境のせい。……心配しなくたって、ぷるるとやせーつ、それにねぷてぬやねぷぎあと一緒に遊べるなら、楽しくない訳ないんだから…」

「ぴー子……そこはイリゼも入れてあげてっ!入ってない理由は分かるし、むしろ入ってる方が変なのも理解してるけど、今この場では入れてあげないと可哀想過ぎるから入れてあげてっ!」

「何その変なお願い!?別にそんなの気にしなくたって…うわほんとだ、ちょっと悲しそうな顔してる!ご、ごめんいりぜ!後、聞こえてたの!?ぴぃそんな大きい声で言ったっけ!?」

 

 半分は本気だよっていう意味での冗談半分でわたしが言ったら、なんと本当にイリゼが軽くダメージを受けていて、ぴー子は慌てて謝罪。この場合、ほんとぴー子は悪くないんだけど…悲しいね、こういう状況が生んだ事故っていうのは……。

 

「ううん、いいの…何か悲しくなったけど、そういう事じゃないって分かってるから……」

「そ、そう言われると余計に申し訳ない…!…あ、そ、そうだ…まだ暫く先になると思うけど、神生オデッセフィアが国として軌道に乗ってきたら、その時は神生オデッセフィアにもお邪魔させてもらおうかな…!」

「あ、それあたしも行きたい〜。セイツちゃん、イリゼちゃん、良いかな〜?」

「へ…?…あ、も、勿論だよ。というか、軌道に乗る前だって遊びに来てくれて構わないよ。これからどんどん発展していく、その最初の段階を見てもらうのも悪くないからね」

「わたしもよ、プルルート。イリゼの…ううん、わたし達の国は、皆に見てもらいたいもの」

「わぁい。それじゃあねぷちゃん、ねぷぎあちゃん、また一緒に行こうね〜」

 

 勢い任せの流れで決まる、神生オデッセフィアへの来訪。でもそれに嫌な部分なんてないし、何なら遊びに行く気だって元から……って、

 

「ちょっとちょっとー!神生オデッセフィアの話も良いけど、今日はプラネテューヌを案内する日なんだよー?まだ今日は終わってないんだからね?」

「でもさお姉ちゃん、軽く回れる場所はもう終わっちゃってない?勿論行ってない場所はまだまだ沢山あるけど、それを言い出すととても一日じゃ回れないよ?」

「そういうご尤もな事は言わなくていーの!んもう、ネプギアもぴー子ももうちょっとノリ良くて良いのにー!」

「ねぷてぬっていう反面教師のせいじゃないかな。ねー、ねぷぎあ」

「あはは、そうかもしれないですね」

「そういうノリの良さは求めてないよっ!?」

 

 共謀する二人の言葉に、わたしは一人大ショック。しかも皆も面白そうに見ているだけで、完全にわたしは孤立無援。こんな時、こんな時……あ、駄目だ。こういう流れでわたしに味方してくれる友達や仲間が全然思い付かないや。だって皆、ノリが良いし…。

 とまぁ、そんなこんなしながらおやつタイムを終えて、その後はもうちょっとだけ街を案内。ネプギアの言う通り、今日案内出来たのはプラネテューヌの一部だけど…それでもうちの雰囲気は、信次元のプラネテューヌがどんな国なのかって事は理解してもらえたって思う。

 だから今度は、もっと純粋に遊ぶ為のお出掛けをしたいよね。同じ面子でも良いけど、次の時はもっと沢山の人を呼んで、ぱーっと…ねっ!




今回のパロディ解説

・太鼓型のデバイスを使う音楽ゲーム
太鼓の達人の事。これはパロディネタ…というのも少し違う気がしますね。ゲームの他にもスナック菓子辺りは、パロ関係なしに見覚えがあるものが創作には出てきますし。

七星剣(セプテントリオン)説のある変身能力者さん
SCARLET NEXUSに登場するキャラの一人、コダマ・メローネの事。なんかもうこれの時点でネタバレ感あるので、これ以上の事は書かないようにしましょう。

・レンタルじゃない元カノさん
彼女、お借りしますに登場するヒロインの一人、七海麻美の事。上記のキャラもですが、可愛らしい声なのにねっとり感と物々しい何かを感じさせるって凄いですね。

・太鼓デバイスに頭突っ込んで叩き破ったり
ティンパニとオーケストラの為の協奏曲における、最後のシーン(演奏方法)の事。これもパロディとは少し違いますが、説明しない訳にはいきませんよね。

・自分の名前を冠した旅団を率いる義賊
うたわれるもの 偽りの仮面及び二人の白皇に登場するキャラの一人、ノスリの事。ネプテューヌが良い女かどうかはともかく、ギャグ担当という点は同じですね。


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第十四話 狩り?いいえ、趣味です

「虫を捕りに行こう!」

「唐突ッ!」

 

 プラネタワー、某日。クロちゃんことクロワールに逃げられて、何故か会得していた次元移動能力(?)が現状全く使い物にならないという事で、暫く信次元に留まる事を選んだおっきいわたしが、ある日いきなりそんな事を言い出した。…某日って、ちょっと使ってみたい言葉だよね。え、そうでもない?

 

「ちょっ、いきなり何さわたし…え、虫捕り?狩り(ハンティング)に行こう!みたいな感覚で、わたし虫捕りに誘われた?」

Exactly(その通りでございます)、なーんてね。別にバトルする気なんかないんだけどさ。で、どう?虫捕り行かない?」

「えー…?なんでまた、急に…?」

 

 わたしとわたしなだけあって、早速メタ発言が連続で登場。でもおっきいわたしはそのやり取りを早々に切り上げて、改めてわたしを誘ってくる。

 対するわたしは、取り敢えず質問を返す事を選択。これは勿論、言葉通りの疑問を持ったから、っていうのもあるけど…正直言うと、わたしは即答する程の魅力を虫取りに感じていない。…だって、ねぇ?わたし、女の子だよ?おっきいわたしが好きなのは否定しないけどさ…。

 

「ふふん、よくぞ訊いてくれました!今回は多分、わたし一人じゃ取り切れない位の虫が手に入る……かもしれないからね!」

「お、おおぅ…そんな大量の虫が…?」

「入れ食いだよ?取り放題だよ?…けど、ちっちゃいわたしは気乗りしない感じ?」

「うぇっ!?あ、あー…いやぁ、そんな事は……ごめん、実はしない感じ…」

「ま、だよねぇ。別に大丈夫だよ?虫捕りが同性ウケしない趣味なのは分かってるし。男の子だって好きな人ばっかりじゃないしね」

 

 女神か人かの違いはあるっていっても、同じわたしを相手に誤魔化し切るのは多分無理。そう思ってわたしが正直に言うと、おっきいわたしは苦笑いしつつ肩を竦める。その反応は、なんていうか…前から中々理解されなくて、それはもう仕方のない事だって割り切っちゃってる感じの、ほんのり物悲しさのある苦笑いで……困ったなぁ。そんな顔されたら、断れないじゃん…。

 

「だから別に、嫌なら嫌でいいよ?こう、言い方は悪いけど、一緒に来て手伝ってくれるなら、別にちっちゃいわたしである必要はないしさ」

「む、そう言われるとちょっと不服っていうか、同行して活躍して、『やっぱりちっちゃいわたしに来てもらって良かった』って言わせたくなるね……はっ!もしやおっきいわたしは、同じわたしだからこそ、こういう心境になる事を読んで今の発言を…?」

「ふっ…そんな目論見は思い付きもしなかったのだ!」

「あ、そう…んー、そうだ。だったらさ、今度わたしがレトロゲー探しに街に繰り出す時、おっきいわたしも一緒に来て、隠れた名作探しを手伝ってよ。お互いの趣味に付き合うって事なら、わたしにもおっきいわたしにも損はないでしょ?」

「え?レトロゲーはわたしも好きだし、それじゃあ損はなくてもわたしだけ得が二倍……」

 

 交換条件…って程じゃないけど、今回付いてく代わりのお願いをするわたし。するとおっきいわたしは、最初の内は怪訝な顔をして…でも数秒後、ふるふるど首を横に振る。

 

「…ううん、やっぱり何でもない。じゃあちっちゃいわたし、明日は虫を捕って捕って捕りまくるよー!」

「お、おー!…うん?明日?」

「そう、明日。今日は準備をしたいんだ」

「そっか、そういえば虫捕りって、事前に餌を仕掛けたりするもんね。…あ、そーだ。折角だし、ネプギアも誘う?」

「ネプギア?えと、大丈夫?ネプギアは、女神の仕事で忙しかったりしない?」

「…あの、おっきいわたし…?わたしも女神なんだけど…?」

「でも今、ごろごろしてたよね?」

「それは否定しない」

 

 事実で返されたわたしはもう速攻で認めちゃって、ネプギアも誘ってみる。案の定、ネプギアも虫捕りそのものにはあまり乗り気じゃなかったけど、普段は色んな所に行ってるおっきいわたしと一緒に出来る事だからか、わたしよりも早く同行する事を決めて…けど、今日は流石に忙しいみたいだから、参加するのは明日の虫捕りだけって事に。準備はわたし達二人でやる事になって……言っておくけど、わたしだってごろごろする前はお仕事してたからね?朝からずーっとごろごろしてた訳じゃないからね?

 

「よぉし、そうと決まれば早速行こう!善は急げ、娯楽は超特急、だよ!」

「ねぷ?そんな…諺?あったっけ?」

「ふふん、今決めたわたしの格言だよ!」

「そっかぁ、中々良さげな格言かも…」

 

 そんなやり取りを交わしながら、わたし達は外へ。準備は結構遠くに行くって事だから、わたしは女神化して、おっきいわたしを抱えて移動。…したのは、いいんだけど……

 

「…なんで、ラステイション…?何故にパッセ…?」

 

 ここだよ、と言われてわたしが降りたのは、パッセの正面入り口前。

 皆、パッセを覚えてるかな?わたしの友達、このOriginsシリーズにおいてはかなりの古参なシアンが社長を務める工場だよ。

 

「実はシアンに頼み事をしててね。って訳で、来たよシアーン!ちっちゃいわたしにティマーニを!」

「うわ懐かしっ!六年越しの天丼ネタって…いっそもう感慨深いよ…」

「い、いきなり何言ってるんだ二人して……」

 

 わたし達は工場…じゃなくて食堂の方に行って、そこにいたシアンに声を掛ける。いやほんと、六年の年月を経てまたこのネタを、しかも今度はおっきいわたしが披露するとは…このシリーズも、随分と沢山歩いてきたんだね……。

 

「いやぁ、ついね。それでシアン、例の物は出来た?」

「ついって…まあいいさ。注文の品なら完成してるよ」

 

 返答したシアンは、一度奥へ。二人はいつの間に知り合ったんだろう…と思って、わたしは待ってる間におっきいわたしへと訊いてみる。

 なんでも、おっきいわたしがラステイション観光をしてる時、お腹空いたなぁ…と思って漂ってくる匂いの元を探していたら、パッセ前に来たところでシアンの方からおっきいわたしを見つけたんだとか。うん、分かる。ここの料理…シアンのおかーさんが作る料理って、正に家庭的っていうか、珍しさはなくてもほっこりする美味しさがあるんだよねぇ。

 

「お待たせ。リクエストを元に、わたしなりに色々工夫して作ってみたが…こんな感じでどうだ?」

『おぉー…!』

 

 数十秒後、戻ってきたシアンが持っていたのは虫捕り網。でも、ただの虫捕り網じゃなくて、柄のところに幾つかボタンがあったり、網の枠も見るからに細工が施されている、何ともメカニカルな虫捕り網。

 

「なんか凄いね、これ!サルをゲッチュする用?」

「いやいや、普通に虫捕り網だから…や、『普通』ではないんだが……」

「わたしが頼んだのは、普通じゃない、スペシャルな網だからね!あ、お値段はおいくらー?」

「まあまあ、金の話は後にして、まずは機能と説明を聞いてくれよ。…あ、重いから気を付けてくれよ?」

 

 そう言って網を渡すシアンの顔は、楽しそう。続けて今言った通り、シアンは網の説明をしてくれたんだけど…これがまた、中々に多機能だった。地味な機能もあるけど、確かにスペシャルな網だった。そしてこっちも今言った通りに、普通の人が使ったらすぐ疲れそうな位の重量だった。

 

「…って感じだな。悪い、機能の方は要求を満たせてると思うが、その分重量が……」

「大丈夫大丈夫、ちっちゃいわたしは女神だし、わたしも普段から剣を振り回してるからね。でもほんと、この短期間で作ってくれるなんて、流石は天才メカニック!」

「はは…まぁ、天才かどうかはさておき、武器から始まってロボットやら何やらの開発もした先で、まさか改造虫捕り網作りをする事になるなんて思ってもみなかったよ」

「…あのさ、シアン。横から口を挟む形になっちゃうけど…大丈夫?前と違って、今は忙しいでしょ?本職の方で手一杯だったりしない?」

 

 おっきいわたしからの称賛に、シアンは苦笑しながら肩を竦める。でもそんなシアンに、わたしは思うところがあって…言う。

 自分の友達が、凄いと思われるのは嬉しい。けど、MGが普及し始めてから、その開発の中心になったシアンはほんと忙しくなって、今も決して暇ではない筈。だから、無理して引き受けてたりしてないか不安になったんだけど…シアンは首を横に振る。

 

「いいや、大丈夫だよ。勿論忙しくはあるが、処理し切れない程じゃないし…こんな遊び心満載な改造なんて、久し振りだったからさ。楽しかったし、何なら初心を思い出せた気もするんだ」

「そう?なら良いけど…ほんと、凝ってるね…」

「だろ?やればやる程、あれもこれもって欲求が湧いてくるんだよ。奥が深いっていうか、なんていうか…もっと時間があれば、今の性能を極力保持したまま、軽量化か形状、重心の調整で使い手の負担を減らす工夫なんてのも……」

 

 楽しかったから問題ない。そう語るシアンは本当に、面白い事が出来たって感じの表情をしていて…根っからの技術者なんだなぁ、とわたしは感じた。…その後なんて、もっとこうしてみたかったんだっていう話がぽんぽん出てきたし…ね。

 と、いう訳でやり取りの後はおっきいわたしがお代を払って、改造虫捕り網はおっきいわたしの物に。

 

「ほんとありがとね、シアン!沢山捕れたら、シアンにもお裾分けするからね!」

「む、虫のお裾分け…?わたしとしては、それより使っての感想なんかを聞かせてくれた方が、色々参考になって助かるんだが……」

「OKOK、感想だね?ばっちり聞かせてあげるから、楽しみにしててよ!」

「じゃね、シアン!また今度遊びに来るからねー!」

 

 改造虫捕り網を持ったおっきいわたしと共に、食堂を出るわたし。こうやってお邪魔するのはほんとに久し振りだったし、その内また皆で来て、前みたいに鍋パーティーとかやれると良いなぁ。

 

「そういえばわたし、ぱっと払ってたけど、結構クエストで稼いでる感じ?」

「そだよ。これでも色んな次元を渡り歩いて、旅の経験を重ねてきたからねー。お金の重要性も、ちゃんと稼いどく必要性も理解してるつもりだよ」

 

 それにある程度お金を持っておけば、「あ、これいい!」って思った時、即買う事も出来るからね!…とおっきいわたしは胸を張る。え、それは衝動買いってやつじゃ…?と思ったけど…ま、気持ちは分かるからね!欲しいと思ったなら、その瞬間の気持ちを大事にしなくっちゃ!

 って事で、明日に向けた準備は完了…かと思いきや、まだ準備はある様子。しかも今度はルウィーらしくて、またわたしはおっきいわたしを抱えて大空を飛ぶ。

 

「よ、っと。今度は教会で良いのかしら?」

「そうよ、用事があるのはここにいる人だもの」

「え…何故わたしと同じ口調を…?」

「いやぁ、ちっちゃいわたしって女神化すると、格好良い大人の女性っぽくなるでしょ?だから、ちょっと真似してみたくなって」

 

 ルウィー教会に到着したわたし達は、もう連絡してあるって事で裏手へ回る。そこでインターホンを押すと、すぐに反応が返ってきて…中から出てきたのは、フィナンシェ。

 

「いらっしゃいませ、パープルハート様、ネプテューヌさん」

「(あれ?フィナンシェって、わたしの事をこれまでパープルハートって……あ、おっきいわたしもいるからか)お邪魔しまーす。おっきいわたしが用事あるらしいんだけど、フィナンシェは知ってる?」

「はい、知っていますよ。先日、地理に関するお話を伺いましたから」

 

 フィナンシェの返答に、わたしは目をぱちくり。え?と思いながらおっきいわたしの方を見ると、おっきいわたしはそうだよ、と廊下を進みながら頷きを返す。…って事は…ルウィーでの用事の相手って、フィナンシェだったんだ…。

 

「地理に関する話…あれ?虫捕りって、ルウィーでやるの?」

「ううん、神生オデッセフィアだよ?」

「……?え、ごめん…全然話の流れが分からないんだけど、なんで神生オデッセフィアで虫捕りするのに、フィナンシェに地理の話を?フィナンシェって、地理に詳しいの?」

「えぇと、少しややこしい話なんですが…神生オデッセフィアが、オデッセフィア時代の四大陸を元にしている…というか、再現されているのはご存知ですよね?」

 

 それは勿論、とわたしは首肯。だからか神生オデッセフィアって、一つの大陸の中に結構違う環境があるっていうか、中々特殊な大陸になってるんだよね。言うなれば、某エンドコンテンツの狩り場とか、嘗ての城塞都市が存在する狩り場的な感じ?

 

「その為、完全に…ではないのですが、各国の地理情報は、神生オデッセフィアの地理にも活用出来るんです」

「ほうほう…あ、って事は虫捕りに行くのは、今のルウィーに当たる地域…って、あれれ?ルウィーに当たる地域だったら、寒くて虫はいないような……」

「と、思うじゃん?でもわたしが目星付けた所って、そんなに寒くないんだよね。だからルウィーの端っことか、完全再現された訳じゃない部分だとかなんじゃないかなー」

 

 ちょこっと気になる部分もあったけど、どうしてフィナンシェに?って疑問は解決。それから案内されたのは、プロジェクターの準備がされた会議室の一つで、何でもフィナンシェはただ纏めた情報をくれるだけじゃなくて、これを使って説明までしてくれるんだとか。

 

「では、まずはご依頼頂いた地域と、そこに当たるルウィーの地域の概要ですが…お手元の資料の二ページ目をご覧下さい」

「お手元…わっ、レジュメが用意されてる…」

「しかも読み易い、分かり易い…!流石侍女さん、レベルが高い…!」

 

 侍女…というかメイドさんって、創作の世界においては多芸且つ有能なのが定番。そんなメイドさんのイメージ通りなフィナンシェの用意の良さに、わたし達は揃って感動。しかもだよ、お茶とお茶菓子まで用意してくれてるんだよ?くぅっ、外見も可愛いし、羨ましいぞブランっ!

 

「……ふぅ。わたしが調べられたのは、この程度です。お役に立ちそうですか?」

「ふっふっふ…控えめに言ってばっちりだよ!これはもう、ルウィーの地理の全てを知ったと言っても過言じゃないね!」

「いや、普通に過言かと…それと、あくまでこれは神生オデッセフィアではない、ルウィーの情報と、わたしなりの推測に過ぎません。実際の地理、地形とか異なる部分があってもおかしくないので、その点は気を付けて下さいね」

「ふふん、安心してよ!どんな地理地形でも、わたしのネクストフォームにかかれば更地どころか何もない空間を作る事だって出来ちゃうからね!」

「そ、そんな物騒な返答をされてわたしは何に安心をしろと…!?」

 

 びしっ、とサムズアップするわたし達と、最初は落ち着いて、でも次はがびーん!…という擬音が出てきそうな顔で突っ込んできてくれるフィナンシェ。…まあ、ちょっとふざけちゃったけど…本当に、フィナンシェの説明は分かり易くて、すんなり要点を覚えられた。おっきいわたしがフィナンシェに頼んだのは、この話をルウィー教会に持っていった時、応答してくれたのがフィナンシェで、そのままフィナンシェが調べてくれるってなったかららしいけど…シアンといいフィナンシェといい、おっきいわたしって人選が良いよね。

 

「まぁ、ご満足頂けたのでしたら何よりです。また何か、お力になれる事がありましたら、その時は助力させて頂きますね」

「ありがとね、フィナンシェ。…けど、いいの?仕事外の事してたら、ブランに怒られたりしない?」

「ふふ、ご心配には及びませんよ。無駄のない時間配分は、侍女の基本ですから」

 

 問題がないよう予定を組んでいるんだ、とフィナンシェは言って、ちょっぴりだけど自慢げな表情を浮かべる。なんていうかそれは、上手くやれた事で達成感を抱いてるって感じで…ならシアンの時みたいに、これも良い息抜きになったのかな?んまぁ、フィナンシェの説明もシアンの改造も、息抜きなんてレベルじゃないんだけど。

 

「よぉし、この地理の情報を活かして、虫を見つけまくるよー!フィナンシェに合いそうな虫がいたら連れてこよっか?」

「あ、あー…遠慮しておきますね…。何せここは、ルウィーの中心ですし…」

「そう?じゃあ、ねぷのーとで標本にしたやつを……」

「おっとすみません!わたしはそろそろブラン様にお茶をお淹れする時間ですので、非常に申し訳ないのですが、ここで失礼させて頂きますね!必要でしたら、代わりの者を呼んできますよっ!」

「わぁお、なんて強引な凌ぎ方…ブランの侍女だけあって、胆力も凄いね…」

 

 多分気候の事は建前だって分かってるんだろうけど、やんわり断るフィナンシェに対しておっきいわたしは食い下がろうとする。けど、言い切る前にフィナンシェは勢いのある声で捲し立てて、力尽く(?)での乗り切りを実行。その躊躇いのない…けどメイドさんとしてしっかり気は遣った発言に、自然とわたしは感心していた。

 それからわたし達は顔を見合わせて、お礼と共にもう帰るという事を伝える。因みに確認したら、おっきいわたしは「もし欲しいって事ならあげるけど、要らない人に虫押し付けるなんて事はしないよ」との事。んもう、ほんとおっきいわたしってばからかうの好きだよねぇ。わたしもだけどっていうか、同じわたしなんだからそりゃそうだよねって話だけどさ。

 

「…あ…そうだ、おっきいわたし。さっきさらっとねぷのーとで標本に、って言ってたけど…あれから大丈夫?具合が悪いとか、そういう感じの事はない?」

「見ての通り健康だよ。あ、でも……」

「でも…?」

「最近は街で生活する事が多くて、毎日美味しい物食べてるから、もしかしたらちょっと太っちゃったかもな〜」

 

 フィナンシェと別れて、外に出たところで、ふとわたしは気になった事を口にする。

 おっきいわたしの持つノート…というより、本?…であるねぷのーとは、物凄い力を持った魔導書。でも同時に、手にした相手と勝手に契約して、魔導書としての力を使う時はその人の生命のエネルギーを利用する、危ない存在でもあるらしくて、実際そのせいでおっきいわたしは一度ピンチにもなった。だからまだ使ってる事に、ちょっと不安になったわたしだけど…どうやらおっきいわたしは大丈夫みたい。

 

「あぁ…大変だねぇ。その点わたしは、女神だからまあまず太る事なんてないのさー!ふふん、いいでしょ〜」

「いいなぁ。背が伸びてもっと大人な感じになるなら良いけど、これ以上栄養が胸の方に行っちゃうと正直動き辛い──」

「おっきいわたし、わたし先に帰るからプラネテューヌへは歩いて帰ってもらっていいかな?」

「なんで!?え、何故唐突に冷たい態度に!?」

 

 びっくりした顔で聞き返してくるおっきいわたしに、わたしは無言で半眼を返す。全く…こーいう部分だけは理解し合えないようだね、残念だよ…。

 

「…ま、元を辿るとわたしの発言も原因の一つだからいいけどさ。で、今度こそ準備は完了?それともまだどこか寄る?」

「あー、えっとね…今度はリーンボックス行ってほしいんだけど、いいかな…?」

「リーンボックス?虫捕りの行き先は神生オデッセフィアだし、これもうちょっとした信次元ツアーだねぇ」

 

 移動はほぼ飛行だし、立ち寄るのもそれぞれ一ヶ所だけだったから、ツアーっていうには詰まらな過ぎる内容だけど、次々回っているのは事実!

…まあでも別にそこはどうでも良くて、リーンボックスに行くのも嫌じゃないから、三度目の女神化をしてわたしはリーンボックスへ。

 

(けど、リーンボックスには何の目的で行くのかしら…ここまでの流れからすると、リーンボックスでも誰かに頼み事をしてるんだと思うけど……)

 

 どうせ着けば分かるとはいえ、こうなると気になるというもの。ラステイションではシアン、ルウィーではフィナンシェだったし、となるとリーンボックスも最初の旅で出会った誰かかしら?けど、最初の旅で出会った人の中で、リーンボックスにいる相手って…え、まさか兄弟!?兄弟に会いに行くつもりなの…!?…いや、いいんだけど…!会っちゃいけないとかではないんだけども…!

 

「あ、いたいたー!イーヴォーさんやっほー!」

「イーヴォーさん!?」

「あ、イヴォワールの方だった!?」

 

 リーンボックスの教会周辺まで到達し、そんな事を思いながら降下していると、声が上がる。それを聞いて、声の向けられた先を見て、わたしは…わたしと眼下のイヴォワールは、ほぼ同時に声を上げた。わたしはそっちだったの!?…と思った事で。イヴォワールは、妙な呼ばれ方をされた事で。

 

「あれ?駄目だった?イヴォワールでイーヴォーなら、そこまで変でもないでしょ?」

「だとしても、そんな某闇の帝王風の呼ばれ方を突然されれば、驚くに決まっているじゃろう…こほん。ようこそおいで下さいました、パープルハート様」

「え、えぇ……なんか懐かしいねー、わたしもイボ爺さんとか呼んだ事あるし」

「それを思い出すのは止めて下され…」

 

 着地して、女神化を解いたところでわたしが前の事を振り返れば、イヴォワールはがっくりと肩を落とす。…これだけ見ると、ただの元気なお爺ちゃんなんだよねぇ。でも実際にはわたしを前に毒殺しかけた超アグレッシブお爺ちゃんだし、負常モンスターや負のシェアの城との最終決戦じゃ、女神に変わって四ヶ国の全軍の指揮を執ったスーパーお爺ちゃんでもあるんだから、信次元ってほんと凄いものだよ。

 

「それで、リーンボックスではイヴォワールに用事なの?けど、イヴォワールって…あ、もしかして若い頃は、虫捕りでブイブイ言わせてたとか?」

「はは、まさか。私も男故、幼き頃は虫捕りに興じた事もありますが、ブイブイ言わせるなどとてもとても……」

「あー、じゃあブイブイ言わせてたのは色恋方面とか?イヴォワールお爺ちゃん、若い頃はモテモテだった説?」

「はっはっは」

(あっれぇ…?否定しないの……?)

 

 100%冗談として言ったのに、イヴォワールはまさかの笑うだけ。え、何?ただでさえ設定盛り盛りなのに、そこに更に元プレイボーイ設定まで追加されるの?確かに髭とか皺が特徴的だけどそれを抜きに見れば整ってるし、素手でも結構強いらしいし、おまけに教祖家系の分家っていう高貴な家柄まで兼ね備えてるんだから、モテてもおかしくはなさそうだけど…ほんと、設定盛り過ぎじゃない…?

 

「それでさイヴォワールさん。前に教えてくれたあれ、見つかった?」

「やはりそれが目的だったのじゃな。待っているといい、すぐに持ってこよう」

 

 わたしが思考を脱線させている間に、おっきいわたし話を進める。尋ねられたイヴォワールは持っていた園芸道具を置いて、庭から教会の屋内へ向かう。

 

「けど、あの二人組じゃなかったにしろ、イヴォワールかぁ…なんか悉く、最初の旅の面々だなぁ…」

「最初の旅?」

「うん。わたしが記憶喪失になってからの、色んな始まりになった旅だよ。他にもガナッシュとかわたしを可愛いろりっ娘って言った教会のおにーさん…もとい職員とかも、その旅で出会ったんだ〜」

 

 あれ?でもあの職員は記憶喪失になる前に面識があった…というか、少なくとも顔位は見た事あっただろうから、出会ったっていう表現は少し違うかな?『今の』わたしにとっては、間違いないんだけどさ。

 

「でも、ちょっと惜しい感あるよねぇ。女の子、女の子ってきて、三人目がお爺ちゃんなんだもん」

「いやぁ、それは流石にわたしじゃどうしようもない事だから…」

「まーね。でもリーンボックスなら、外見的特徴はトップクラスならんらんという選択肢……は、ないのか。うん、そういえばなかったね」

「らんらん?仲間呼びをしてくるあの?」

「それは『ら』じゃなくて『り』だね…んっとね、らんらんっていうのは豚で、顔が特徴的で、その顔っていうのが……」

「これですな」

「あー、これかぁ」

「そうそうこれ…って、なんであるの!?なんで持ってきてるの!?」

 

 どっかでちらっと見た気はするけど、幾らわたしでも流石に豚の知り合いはいない。となれば当然おっきいわたしが信次元で知り合ってる筈もないし、わたしは豚の顔の説明を……と思ったところで、戻ってきたイヴォワールがなんと、その豚の顔をした仮面を、『(´・ω・`)』なペルソナを差し出してきた。…いや、ほんとに何故!?

 

「何故も何も、彼女に頼まれていたのはこれですからな」

「あぁ、そういう……とはならないよ!?むしろ、余計に謎が深まったよ!?あれ!?これも虫捕りに関わるものなんだよね!?…って、そんな訳あるかーい!」

「ち、ちっちゃいわたし…?あの、大丈夫…?情緒が崩壊レベルで不安定だよ…?」

「訳が分からな過ぎたらこうもなるよ…。これが一体どういう事なのか、説明プリーズ…」

 

 もう駄目だ、考えるのを止めて普通に訊こう…と脱力しながら言うわたし。っていうかよく見たら、豚のペルソナ複数枚あるじゃん…。

 

「いやほら、今回捕りに行くのって、人がほぼ立ち入った事ない場所じゃん?だから他の場所以上に警戒されたり逃げ易かったりすると思うから、そこを誤魔化せる何かを探してたんだ。そこを知識と経験と根気で解決するのも良いんだけど、わたし一人ならともかく、誰かに一緒に来てもらうなら、対策は用意しておきたかったからね」

「それで、これ?」

「うん。ネットで訊いてみたら、これが一番だって教えてくれたんだー」

「わー、胡散臭い…イヴォワールもよく調達出来たね…」

「人脈には少しばかり自信がありましてな。知人を頼ったまでの事ですぞ」

 

 着ぐるみとかならまだしも、ペルソナ一つで何とかなるのかなぁとか、イヴォワールは人脈まで持ち合わせているのかとか、説明を受けてもまだ釈然としない事がちらほら残る。っていうかもうこれ、真面目に話してるだけでギャグだよね?後わたし、前から思ってたけど、ボケの申し子的な扱いされる割には突っ込みに回る事もちょくちょくあるよね?そうせざるを得ない状況が地味に多くない?

 

「用意してくれてありがとね、イヴォワールさん!お礼は格好良い虫が良い?それともちょっと可愛い虫の方が好み?」

「お礼などよい、友人と久し振りに会う、良い機会になってくれたのじゃからな。じゃが、これは借り物故、紛失だけはしないように」

「はーい。…ふふ、改造虫捕り網に、地理の情報に、このペルソナ…三種の神器が遂に集まったよ、遂に!」

「め、女神的には微妙な心境だよ、それを三種の神器扱いされるのは…」

 

 網、地理情報を纏めた書類、それに受け取ったペルソナを持って、ふふーんとおっきいわたしは胸を張る。対するわたしは苦笑いし、イヴォワールも肩を竦め…けど何にせよ、これで準備は整った。

 イヴォワールと別れ、わたし達はプラネテューヌへと戻る。戻って明日の虫捕りに備える。この準備で上手くいくのかは謎だけど…それはやってみないと分からないよね。

 

 

 

 

 一日経って、今日は虫捕り当日。昨日受け取ってきた物をちゃんと持って、神生オデッセフィアに来て、森の中を三人で進む。

 

「…………」

「…………」

「〜〜♪」

 

 ぽてぽてと歩く、わたしと、おっきいわたしと、ネプギア。後ろから見たら、きっと可愛いんだろうなぁって思われる女の子の後ろ姿で……前から見たら、奇妙な豚さん三人組。

 

「…ねぇ、お姉ちゃん…これ、側から見たら凄まじくシュールなんじゃないかな……」

「まぁ、だろうねぇ…」

 

 持ってるだけじゃ意味ないもんね、と、森に入る時点でわたし達は豚のペルソナを装着した。これが中々優れもので、付けてもちゃんと前が見えるし、息苦しくなったりもしないんだけど…とにかく見た目がシュール過ぎる。携帯端末の内カメラで自分の姿見てみたけど、雑なコラ画像みたいになってるし…。

 

「にしても、これ一つで意味があるのかなぁ…効果があるとしたら、これ特殊機能持ちのペルソナだよね…?」

「悪霊の力を制御する事で使えるやつとか、使い過ぎると身体が塩になっちゃうやつとか?」

「そ、そんな恐ろしい力がこんなペルソナにあるとは思えないけど…」

 

 サブカルにおいて仮面は大概強化アイテムだよねぇ、とか思いながら、わたしがネプギアとの会話を続行していると、一歩先を歩いていたおっきいわたしがくるりとこっちの方を振り向く。

 

「もー、テンション低いよ二人共〜。もっと元気に行こうよ、元気に!」

「いや別に、テンション低い訳じゃないけどね。おっきいわたし的には、もうわくわくが止まらない感じなの?」

「もっちろん!わたしにとって今は、ゲームを買った帰り道と同じ位と言っても過言じゃないのさ!」

 

 そう語るおっきいわたしは本当に楽しみそうで、けどペルソナで表情は一切変わらない訳だから、これもこれで凄くシュール。

 

「…あ、でも二人共、テンションは上げても浮かれ過ぎないようにね?分かってるとは思うけど、攻撃的な虫とか、触れるだけでもかぶれるような虫だって当然いるだろうし」

「はーい。…っと、大きいお姉ちゃん。そろそろ大きいお姉ちゃんが目星を付けてた場所ですよね?」

「だね。やっぱり地理の情報を仕入れておいたおかげで、前に来た時よりずっと安全な道を選ぶ事が…おぉっ!」

 

 何でもおっきいわたしは前にもここ周辺に来たらしくて、でもその時はただ移動するだけでも一苦労な場所に出ちゃったから、地理の情報が必要だって思ったんだとか。

 と、そんな話をしている最中に、ふわりとわたし達の頭上を横切った小さな影。それは黒い羽をした蝶々で、目にしたおっきいわたしは目を輝かせる。

 

「見た?見た?今の蝶々、ちらっとしか見てないけど、もしかしたらわたしの知ってるどの蝶々とも違う種類かも!」

「あ、そうなの?じゃあ追う?」

「ううん、それはまだ大丈夫。ここも普通に進むのは問題ないけど、走って追いかけるのは少し辛いし、何もあの一匹だけしか存在しないなんて事はないだろうしね」

 

 はしゃいではいるけど、同時に結構冷静でもあるおっきいわたし。ぱっとそういう判断をする辺りは、やっぱり虫捕りに慣れてるって感じで…でもその後、少しおっきいわたしの雰囲気が変わる。表情は見えないけど、どこか遠くを見つめてるような…そんな感じの雰囲気に。

 

「…おっきいわたし?」

「どうか、したんですか?」

「へ?…あー、えっと…今の蝶々、黒かったでしょ?だからちょっと、クロちゃんを思い出しちゃってさ」

 

 気になったわたし達が問い掛ければ、おっきいわたしは頬を(勿論ペルソナの頬部分じゃないよ?)掻きつつ答えてくれる。おっきいわたしとは特殊な関係で、今はもうどこかに行ってしまった、クロちゃんの事を口にする。

 

「クロちゃんは良い子ではなかったし、騙されて大ピンチになった訳だけど、旅をしてる時は何だかんだわたしが危ない時は助言してくれたり、そもそも次元を渡る旅はずっとクロちゃんと一緒だったから……正直、寂しいんだ」

「そう、だったんですね…」

「今、クロちゃんはどうしてるのかな…自由を謳歌してるのかな…。だとしたらやっぱり、わたしとの旅は嫌なものだったんだろうし、基本ねぷのーとに封印されてたんだから、嫌で当然だとも思うけど…出来れば悪い事はしないで、元気でいてほしいな…」

 

 遠くを見るような雰囲気は、きっと別次元に…本当に遥か遠くにいるだろう相手の事を思っているから。仕方ないと思いつつも、声音に悲しさを滲ませるおっきいわたしからは、クロちゃんを旅の相棒の様に思ってたんだなって伝わってきて……でもそこで、おっきいわたしはぶんぶんっと首を横に振って、またわたし達の方を向いた。

 

「…って、これじゃわたしが一番テンション低いじゃーん、って話だよね。ごめんごめん二人共、というかこのペルソナ被ってする話じゃないよね、うん!」

「…別に、無理に明るく振る舞わなくていいんだよ?」

「だいじょーぶ、無理してないよ。もしかしたら、その内どこかで会えるかもしれないし…何よりこれから虫捕りなんだよ!?未開の地で、捕りまくりなんだよ!?なのにローテンションのままなんて、勿体無いにも程があるって!」

 

 なんかもう軽く圧すらあるおっきいわたしの言いっぷりに、わたしもネプギアも「お、おおぅ…」となりながら小さく首肯。まあでも確かに、無理に明るくしてる訳じゃないっぽいから、そこについては一安心。

 そうしてそこから更に進む事十数分。ここまでに比べると、ある程度動き易い環境になってきて…おっきいわたしは、足を止める。

 

「…よし、この辺りだね。ちっちゃいわたし、ネプギア、虫捕りを始めるよーっ!」

『お、おー!』

 

 音頭を取るおっきいわたしにつられる形で、わたしとネプギアも右の拳を突き上げる。言うが早いかおっきいわたしは網を持って、早速虫を捕りに……って、あれ?

 

「おっきいわたし、それシアン特製の物じゃないよね?普通の網だよね?」

「最初からとっておきのアイテムを使っても面白くないからね!まずは普通の網で勝負って感じかな!」

「勝負…?…あ、だったらこの網、ちょっと触ってても良いですか?」

「いいよー!けど後で使いたいから、分解はしないでねー!」

 

 そう言って突撃していくおっきいわたしを、苦笑しながらわたしは見送る。普段からそうといえばそうなんだけど、今のおっきいわたしは普段以上に、見た目とは裏腹に子供って感じで……あ、今「だったらネプテューヌは、見た目通りに子供っぽいよね」とか思ったでしょ、んもー。

 

「あの様子だと、暫くおっきいわたしは戻ってこないかもなぁ…」

「わっ、凄い。ここに配線用の細工をしてあるんだ……って、ほぇ?…えと、ごめんねお姉ちゃん。今、何か言った?」

「あ、うん言ったよ。言ったけど独り言だから大丈夫。…ネプギアもネプギアで、早速それに夢中だね」

「あはは、シアンさんお手製の物って思うとつい…。…お姉ちゃんは、行かないの?」

「んー…まあぼーっとしてても面白くはないし、やろうとは思ってるけど……」

 

 約束、というかお願いの件もあるし、何もしないつもりはない。さっきの蝶々以外にも、ここに来るまでにそこそこ虫の姿は見かけてるから、確かに一杯取れるとも思う。けどやっぱり、虫捕りにテンションが上がるかといえば…ってところで、わたしは小さく肩を竦める。

 でもまあ、結局楽しめるかどうかって、やる気次第だよね。楽しい事でもやる気がなきゃ楽しめないだろうし、詰まんない事でもやる気があれば楽しめる…とは限らないけど、やる気を持ってやってる内に、感じ方が変わってくる事はあるだろうし。って訳で、そこそこやる気出してやってみますかー。やっぱりビミョー、ってなる気しかしないけど、やらずに決め付けるのもわたしらしくないしねー。

 

 

 

 

 木にいたところから、捕まる寸前で飛び立ち逃げる一匹の虫。それを目掛けて、網を持ったわたしは追う。全力で。それはもう、全力疾走で。

 

「あははははっ!楽しいねっ、おっきいわたし!」

「でしょー!」

 

 ハイテンションで声を上げるわたしと、嬉しそうに頷いてくるおっきいわたし。うん、前言撤回するね。虫捕り楽しい、超楽しい!

 

「逃がさないよー!これでどーだっ!」

 

 なんか自分でもよく分からない楽しさを感じながら追い掛けていたわたしだけど、虫は高度を上げて逃げ切ろうとする。

 けど歴戦の女神であるわたしにとって、それ位は想定の内。ならばとわたしは網を構えて、柄にあるボタンの一つを押して……次の瞬間、構えていた改造虫捕り網からネットが飛ぶ。射出されたネットが虫を包んで、そのまま捕らえる。

 

「ふふーん、シアンの網を舐めちゃいけないよ!」

「おー、飛ばすタイミングがバッチリだったねぇ。で、肝心の虫は…うんうん、やっぱりこの角が格好良いんだよね!」

 

 長射程ではないし、セットのし直しがちょっと面倒だけど、ネットを飛ばせるっていうのは強力。それに他にも色々機能があるものだから、正直この網を使う事自体がちょっと楽しい。地理情報も役立ちまくりだし、ペルソナもほんとに効果がある……気がするし、今はほんとに良い気分。

 

「…お姉ちゃん、さっきから見てて思ったんだけど…女神化して網振ったり、追い掛けたりした方が楽じゃない…?」

「ちっちっち、分かってないなぁネプギアは。虫捕りっていうのは、ある意味虫との勝負なんだよ?強力な相手に対して、この網みたいなアイテムを使ったりするのは面白さに繋がるけど、虫捕りそのものが緩くなっちゃうような行動は、捕まえられるとしてもナンセンスなんだよね」

「ち、ちっちゃいわたし…まさかもう、その境地にまで至るなんて…流石はわたしだよ!同じわたしとして、わたしは誇らしいよ!」

「わたしこそ、おっきいわたしには感謝しかないよ!おっきいわたしがいなきゃ、きっと虫捕りなんてこれからもする事はなかったんだから!」

 

 がしぃ!と熱く握手を交わすわたし達。そんなわたし達の事を、ネプギアは苦笑いしつつ見ていたけど、その後「そろそろわたしも、ちょっとはやってみようかな…」とぼそり。それを聞いたわたし達は…勿論、肯定の一択だよね!

 

「……!ちっちゃいわたし、今かなりデカめの虫がいたよ!」

「なら、連携だね!」

 

 頷き合い、わたし達は同時に駆け出す。既に結構な数捕まえられてるけど、まだ終わりになんてするつもりはない。またわたしの心は、続ける事を選んでいる…!

 

「とりゃー!」

「てりゃー!」

 

 きっと今日帰る時には、充実した気持ちになっている。確信レベルでそう予感しながら、わたしはおっきいわたしと二手に分かれて虫を…虫が隠れたらしい茂みを挟撃。わたし自身は虫をまだ見てないけど、わたしは女神で、おっきいわたしも虫捕りの経験は豊富。ならば今は見えてなくても、瞬時に判断出来るだろうと思いながら茂みを回り込み、わたし達は同時に手にした網を振り抜き……

 

『……あれ?』

 

……網が、虫の身体に当たった。うっかり網の縁をぶつけちゃったとかじゃなくて、普通に当たった。…意味が分からない?んーとねぇ、単純に言えば…『虫のサイズ>網の輪っかのサイズ』って事なんだけど…こう表現すれば、流石に分かるよね…?

 

「…あー、っと…これは……」

「…うん…これはアレ、だね……」

 

 ゆっくりと網を虫から離して、わたし達は顔を見合わせる。虫っぽい身体と、虫っぽい動き。でも大きさは、普通の虫どころか小型の動物より明らかに大きくて……わたし達は、同時に叫ぶ。

 

『いや、モンスターじゃん!?』

「えぇ、モンスター!?わっ、ほんとだ…っていうか沢山いない!?」

 

 追い掛けてきたネプギアの言葉で、わたし達も他にも同種の虫型モンスターが、モンスターの群れがいる事に気付く。しかも当然といえば当然だけど、今のをモンスターは攻撃だと判断したらしくて……襲いかかってくる。モンスターが、虫の見た目をしたモンスターの群れが。

 

「ぎゃああキモい!虫捕りは楽しいけど、この類いのモンスターはやっぱりキモいよぉぉッ!」

「と、とにかく迎撃を……あ、も、もしかして大きいお姉ちゃん的には、見た目虫だから倒してほしくなかったり……」

「いやそんな事ないよ!?わたしだって流石にこれはうわってなってるからね!?」

 

 生理的な嫌悪感からわーきゃー言いながら、わたし達は一時撤退。わしゃわしゃ脚を動かしながら追い掛けてくる姿もやっぱりキモくて、さっきまでの楽しい気持ちは遥か彼方へ。そして当然、もう虫捕りでも何でもない訳だから、ある程度距離を取ったところでわたしとネプギアは女神化し、おっきいわたしも抜剣をして、モンスターの群れを迎撃する。

 なんというか、まぁ…これが、今回のオチ。残念ながら「楽しかったね!」で終わらないっぽいのが今回の話。楽しかったのは事実だけど…なんで同じ神生オデッセフィアの未開の地での話なのに、イリゼとパーティーメンバーの皆がメインの時は大団円で、わたし達の時はこうなるかなぁ!?




今回のパロディ解説

狩り(ハンティング)に行こう!
ジョジョの奇妙な冒険 ダイアモンドは砕けないの各話タイトルの一つの事。ある意味虫捕りも狩りの一種ですね。狩る、ではなく捕まえる、ですが。

Exactly(その通りでございます)
ジョジョの奇妙な冒険 スターダスト・クルセイダーズに登場するキャラの一人、テレンス・T・ダービーの代名詞的な台詞のパロディ。パロにパロを返してみました。

・「〜〜サルをゲッチュする用〜〜」
サルゲッチュシリーズに登場するアイテム(ガチャメカ)の一つ、ゲットアミの事。サルゲッチュ、といえばこれですよね。何せゲッチュ、とタイトルに入ってますし。

・某闇の帝王
新日本プロレス所属のレスラーの一人、EVILこと渡辺高章の事。イーヴォー、発音的にはこんな感じですよね。やや煽るような言い方にはなりますけども。

・「悪霊の力を制御する事で使える〜〜」
BLEACHに登場する能力の一つ、(ホロウ)化の事。戦闘用且つ強化能力の仮面といえばやはりこれですね。強化というか、(制御出来ないと)狂化的側面もありますが。

・「〜〜使い過ぎると身体が塩になっちゃうやつ〜〜」
うたわれるものシリーズに登場するアイテムの一つ、仮面(アクルカ)の事。このシリーズには仮面(アクルカ)ではない仮面も存在していますね。


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第十五話 帰省のような、違うような

 イリゼや、信次元のイストワールと同じように、わたしもまたオリゼに…原初の女神に創り出された存在だった。当然普通の家族とは違うけど、オリゼはわたしの母に当たる存在で、イリゼは妹の、イストワールは姉の様な存在だったんだと、わたしは知った。それはわたしにとって青天の霹靂で、でもどこか納得出来る部分もあって、嬉しく…けど、嬉しいだけじゃ表し切れない、どれだけ言葉を尽くしてもきっと表現出来ないような、複雑な思いが胸にあった。

 そして、それは同時に、わたしのルーツが信次元であると、信次元がわたしの故郷であるという事でもある。信次元に新たに生まれる、イリゼの国。再生し、過去から未来へ変わるオデッセフィア…その歩みに手を貸し、共に進む事に、迷いはなかった。皆が受け入れてくれるのなら、わたしも神生オデッセフィアの女神で在りたい…わたしは自然に、そう思った。

 でもそれは、信次元の女神になるという事じゃない。わたしは信次元を、そこにいる事を、大切にしたいけど…神次元だって、それは同じ。神次元も、そこにいる人や友達も、紡いできた時間も…わたしには、全てかけがえのないものだから。

 

「ただいま、皆」

「お帰り〜セイツちゃ〜ん」

 

 次元同士を繋ぐ扉を潜り、信次元から神次元にわたしは戻る。次元を超える、というと大仰に聞こえるけど、わたしのした事といえば、数歩歩いた程度。…まぁ、次元の扉の中にいる時は、色々感覚が曖昧になるから、本当に数歩かは分からないけれど、とにかく次元を超えた、という感じはあんまりない。

 

「お帰り、せーつ……で、いいの?せーつは元々信次元で生まれた女神なんだから、お帰りっていうのは……」

「もう、そんな寂しい事言わないでほしいわ。それは確かにそうだけど…わたしにとっては、こっちだって『わたしの次元』なんだから」

「…そっか。なら、お帰り」

 

 一拍置いて、改めてピーシェはお帰りと言ってくれる。特別笑顔という訳でも、照れている訳でもない、言うなれば普段の表情をピーシェはしていて…けど、それがピーシェらしいわよね。それにわたしへの「お帰り」は、特別じゃない、普通の言葉。そう思うと、じんわりとした嬉しさが込み上げてくるってものよ。

 

「じゃ、セイツ。こっちの事は気にせず、ゆっくり休んでね?」

「イリゼさんには常日頃から言っていますが、セイツさんもちゃんと休んで下さいね?(´・∀・`)」

「ふふ、分かってるわよイストワール。それに…残念だけど、気にするなっていうのは無理な話ね、イリゼ。だって可愛い妹や愛らしい姉の事は、意識しなくたって自然と頭に浮かぶんだもの」

「いやそういう話じゃなくてだね…」

 

 くるりと振り向けば、次元の扉と同じく二人の…それぞれの次元のイストワールが協力して作ってくれた、次元の窓(とでも言うべきもの)越しに、イリゼとイストワールが声を掛けてくる。

 そう。わたしが神次元に戻ったのは、特段の事情があっての事じゃない。単に、「休みだしちょっと神次元に戻ろうかしら」と思っただけで、そんな軽い気持ちでの次元移動に力を貸してくれた二人のイストワールには、感謝をしなくちゃいけないわね。

 

「こほん。まあ今のは冗談じゃないにしても、こっちでは『これまで通りに』過ごすつもりだから安心して」

「それなら…って、冗談じゃないんだ…セイツって、真面目なようで割とふざけるよね…」

「せーつは前からそんな感じだよ?ねぷてぬとかはもっとボケるし、ぷるるとは天然だから、自然と突っ込みに回る事も多いけど」

「れ、冷静に解説するのは止めてピーシェ…そうされると、なんかちょっと恥ずかしいわ…」

「はは…では、そろそろ閉めますよ?

(´・ω・)」

 

 何とも言えない恥ずかしさを味わう中、神次元のイストワールの言葉を受けて、わたし達は首肯。数秒後、次元の扉と窓は閉じ、信次元との直接の繋がりは一度消える。

 

「さって、戻ってきた事だし、まずは……」

 

 軽い足取りで、わたしは歩き出す。まずは何をする気なんだろう、という皆の視線を受けながら、わたしが向かったのは…台所。

 

「うん、美味しい。やっぱりこっちと信次元とじゃ、微妙に味付けが違うのよねぇ」

「意気込んで何をするのかと思えば、早速食事?」

「いいじゃない、折角用意してくれてたんだもの。それとも、いきなり鉄火場にでも行った方が良かったかしら?」

「鉄カバ?メタルカバさん〜?」

「鉄火場ですよ、プルルートさん。…しかし、微妙に違う味付けですか…違う次元なのですから、違いがあるのは当たり前ですが、微妙に違う…というのは興味深いですね(。・ω・。)」

 

 わたしの分のご飯も用意しておいてくれる、という話は予め聞いていた。だからそのご飯を食べつつ、わたしはうんうん、と頷きを返す。

 違う次元という事はつまり、根本からして異なっているという事。イストワールの言う通り、違いがあるのが当然で、同じ事ばかりある方がおかしな話。けどその一方で、別次元というよりパラレルワールド…元々は一つの次元だったけど、遥か昔に何らかの事情で枝分かれしたのが、神次元と信次元、それに超次元なんだと言われても納得出来そうな位には、似ている点や共通点が多いのも事実。だから見た目も名前も同じ料理なのに、微妙に味付けが違うっていう、同じとも違うとも言えないものはちょっと不思議で興味深いとわたしも思う。…まあ、興味深いっていっても本格的に調査したり歴史を紐解いたりする程ではないけどね。

 

「ねぇねぇセイツちゃーん、ご飯の後は何するの〜?」

「そうねぇ、神次元に戻るのは久し振り…って程でもないし、普通に休みとしてのんびりしようかしら」

「じゃあ、一緒にお昼寝しよ〜」

「ふふっ、偶にはそれも良いかもね」

 

 のんびり屋のプルルートは、趣味と言っても差し支えない程お昼寝が大好き。そして何をするか決めていなかったわたしは、それも良いかもしれないと言葉を返す。休みなんだから、気兼ねなくごろごろするのも悪くないし…何よりお昼寝しようとしてる時のプルルートは、眠気で気持ちが緩む事もあって、普段以上にほんわかした感情を見せてくれるんだもの!お昼寝なんて勿体ないと思うかもしれないけど、わたしにとっては魅力的な提案だわ…!

 

「よぉ〜し、それじゃあ今日は、皆でお昼寝大会だよぉ〜!」

「え、ぴぃ達も…?」

「わたしは別に眠くないのですが……

( ̄▽ ̄;)」

「なら、お夕寝にする?」

「時間帯の問題じゃないって……」

 

 予想通りの事ではあるけど、ピーシェ達はしない様子。まぁ、仕事があるならどっちにしろお昼寝なんてしていられないでしょうし、要は寝るだけなんだから、こういう反応も仕方ないわね。…と、いうか…プルルートは今日、休みなのかしら…仕事について心配するなんて、今更過ぎる話だけど…。

 ともかく、プルルートに付き合う事に決めたわたしは、ご飯を食べて、片付けて、流石に食べた直後に寝るのは気が引けたから、ピーシェも誘って三人で軽く散歩。何か変わった事はないか見つつ、のんびりと教会周辺を歩いて、帰ってからはプルルートと二人でリビングに入る。

 

「ところでプルルート。わたしは別にいいんだけど、プルルートとしては誰かと一緒にお昼寝するのって、楽しい事なの?」

「うん〜。好きな事は、誰かと一緒に出来たら楽しいでしょ〜?」

「あぁ、それは確かにね。…じゃ、どこで寝ようかしら…」

「ふふ〜。セイツちゃん、ここにおいで〜」

 

 ふわりとした微笑みを浮かべて言うプルルートに、確かにそうだとわたしは頷く。それから程良い大きさのソファにするか、クッションを枕に柔らかいカーペットで寝るかを考え……ていたところで、プルルートから呼ばれる。

 プルルートがいるのは、もたれかかれる程大きなクッションの上。そこに座ったプルルートは隣をぽふぽふと叩き、わたしを呼ぶ。ここで一緒に寝ようとわたしを誘う。

 

「よいしょ、っと」

「あー、セイツちゃんお年寄りみたいな声出してる〜」

「口癖になってるならともかく、偶に言う位普通だと思うけど…というかわたし、凄く長生きではあるのよ?その大半は眠っていた訳だから、体感的にはそこまででもないけどね」

「そういえばそんな話もしたねぇ。じゃあ、セイツお婆ちゃんって呼んだ方が良い〜?」

「お、お婆ちゃんはヤメテ…」

 

 生きている…というか、存在している期間は桁違いでも、老いたつもりは微塵もない。だからお婆ちゃん呼びなんて堪ったものじゃないし、だからわたしが否定すると、プルルートはほわっとしたまま「ならこれまで通り、セイツちゃんって呼ぶね〜」と言っていた。…ほんと、マイペース具合はネプテューヌ以上よね、プルルートって。

 

(まあ、それでこそプルルートって感じだけどね)

 

 気配り上手だったり、察しが良いプルルートなんて、想像も出来ないしきっと違和感が凄い。勿論、ズボラである事を肯定する訳じゃないけど…プライベートにおいては、のんびり屋でマイペースでも良いじゃないってわたしは思う。

 そんな風に思いながら、わたしは背中をクッションに沈める。お昼寝好きなプルルートが普段使ってるだけあって、クッションは安定感を生み出しつつもわたしの身体を包んでくれて……

 

「ぎゅー」

「ふぇっ!?ぷ、プルルート…!?」

 

 確かにこれは、寝たくなるクッションよね。そう思っている中で、不意にわたしの身体を包む、クッションとは違う感覚。細くも暖かいそれは、嬉しそうなプルルートの腕で…一気に顔が、熱くなる。突然過ぎて、唐突過ぎて、一瞬で思考が沸騰する。

 

「んふふ〜、セイツちゃんはあたしより大きいから、ねぷちゃん程抱き心地良くないけどぉ、これはこれで良いかも〜」

「か、かかっ、感想は聞いてないからっ!い、いきなり抱き着くのは止めて!びっくり、びっくりするからぁ!」

「そっかぁ。なら、一度離れてぇ…セイツちゃーん、ぎゅーってするね〜。ぎゅ〜」

「んなぁ…っ!?ち、違っ…いきなり抱き着くのは、とは言ったけどっ、そういう意味じゃないからぁ!抱き着く事自体…う、うぅぅ……」

 

 わたしの動揺なんて露知らず、プルルートはわたしの抱き心地を堪能してくる。

 密着したプルルートの身体、すぐ側で見える柔らかな表情、直に感じる体温と息遣い。逃れられない抱擁で思考がぐるぐるとしてしまう中、それでも何とかわたしは言葉を紡ぐ…けど、プルルートはわたしの心境までは汲み取ってくれず、一度離してくれたと思いきやすぐにまた抱き着いてきた。…む、無理…無理ぃ…!いきなりスキンシップを取られるだけでも落ち着いてなんかいられなくなるのに、しかもハグなんてされたら、まともに考える事なんて出来なくなっちゃうのぉぉ……っ!

 

「こうやってセイツちゃんと一緒にお昼寝するのって、いつぶりだったっけぇ…?」

「こっ、こんな密着しながら寝た事なんてないわよぉ…!ほっ、ほんとに離して…はにゃしてぇ……!」

「あははー、セイツちゃん声が変になってる〜。…ふぁぁ……」

「ぷる、るーとぉ…!?う、嘘…まさかこのまま寝る気!?ねぇ、ねぇってばぁぁ…っ!」

 

 思考だけじゃなく、呂律まで上手く回らなくなる中、わたしを抱き締めたままのプルルートが漏らしたのは欠伸。恐ろしい可能性に戦慄すら覚えたわたしは必死にプルルートへと呼び掛けるも、プルルートはもう完全にお昼寝体制。その意識は急速に眠りへと誘われていき……反応が、なくなる。寝入ってしまう。

 

「あぅ、あぅぅ…こんな、こんな事ってぇぇ……」

 

 多分、側から見ればプルルートは微笑ましい寝顔をしてるんだと思う。微かに聞こえる寝息も、可愛らしく感じる。でも、抱き着かれている今、わたしの頭も心もテンパりMAXで、なんかもうほんとにどうしようもなかった。無理中の無理だった。

 

「ふぁー、ぁ…おはよーセイツちゃ〜ん」

「…………」

「あれ〜?セイツちゃん、まだ寝て…うぇえぇぇ〜!?セイツちゃん、燃え尽きてるー!?」

 

 数分か、数十分か、数時間か。或いは数日とか、数ヶ月かもしれない。なんか変な気もするけど、分かんない。取り敢えず一杯時間経った。

 

「せ、セイツちゃん大丈夫…?地の文もなんだか、口調が変になってるよぉ…?」

「ここまでずっと抱き着かれたまま昼寝をされれば、こうもなろう…」

「そ、そっか…えっと、なんかごめんね…?」

 

 漸くプルルートが離れてくれた事で、ショートしたままだった思考が戻ってくる。多分戻った、戻ってる筈。

 

「…いや、うん…わたしも隣に誘われた時点で、想定しておくべきだったわ……」

「…セイツちゃんって、どうして自分からは普通にぎゅーって出来るのに、誰かからされるとすぐにふにゃふにゃ〜ってなっちゃうのぉ?」

「ど、どうしてって…抱き着かれたら、誰だってドキドキするじゃない…しかもそれを不意打ちでだなんて、死角から心にドロップキックをされるようなものよ……」

「え、えぇー……」

 

 段々落ち着いてきたと言っても、まだ恥ずかしい。だからその恥ずかしさを誤魔化すように、指で髪の毛をくるくるとしながらプルルートの問いに返していると、プルルートは「それをセイツちゃんが言う…?」みたいな顔でわたしを見ていた。……なんでそんな顔をされるのか、さっぱり分からないわ。だってほら、まだわたしは思考も心も回復の最中だし。

 

「それより…プルルート、お昼寝はもういいの?多分、そんなに長く寝てないわよ?」

「セイツちゃん、起きてたのに多分なんだ…。…んー、じゃあ二度寝しよ〜っと。セイツちゃんは、どうする〜?」

「わたしは…え、遠慮しておくわ。なんかもう、今は一人でも寝られそうにない気がするから……」

「う…ほんとにごめんねぇ、セイツちゃん…」

 

 極度の精神的緊張により、今のわたしは完璧に目が冴えている。元から別に眠かった訳じゃないけど、今はもうびっくりする程のギンギン状態。だから遠慮すると、プルルートは申し訳なさそうな表情になり…けど、それは違う。わたしは首を、横に振る。

 

「ううん、プルルートが謝る事じゃないわ。…いや、まぁ、原因はプルルートなんだけど…信次元にはプルルートみたいな性格の子っていないから、さっきのでちょっと、『あぁ、神次元に戻ってきたなぁ』って感じた部分も実はあるし」

「そう?じゃあ、もうちょっとぎゅって……」

「それは遠慮するわねっ!全力で、全身全霊で、今日はここまでにしておくわっ!」

 

 これもマイペース且つ天然な性格に起因しているのか、それとも女神としての性格に引かれて、実は狙って弄っているのか。今のプルルートの返しがどっちなのかは定かじゃないけど、どっちであろうと心が持たない自信があったわたしは全力で遠慮し、それから速攻で部屋を出た。これは逃げじゃないわ、戦術的撤退よ…!

 

「あ、せーつ。…あれ?せーつ、ぷるるとと昼寝してたんだよね…?なのに、なんでさっきより疲れた顔してるの…?」

「一睡も出来ない状況だったからね…ピーシェはどこか出掛けるの?」

「ううん、ぴぃは今から軽く訓練」

「へぇ…なら、それに付き合ってもいいかしら?」

 

 離脱してから数十秒後。ピーシェと廊下で鉢合わせし、訓練すると聞いたわたしは、折角だからと共に庭へ。なんでもピーシェは今、新しい技を編み出そうとしてるんだとか。

 

「…せーつ、向こうの二人に休んでって言われてたよね…?」

「言われたわね。でも、その時わたしは言ったでしょ?これまで通りに過ごす、って」

「うわ…それ、騙す前提だったって事じゃん…」

「騙すなんて人聞きの悪い。休みの日はのんびりする以外しちゃいけない、なんて事はないでしょ?」

 

 ピーシェからの尤もな指摘を、軽い調子で躱していく。するとピーシェは納得した…訳じゃないようだけど、半ば諦めたようで、それ以上の事は言わなかった。

 

「ま、そういう事なら付き合ってもらうよ。相手がいる方が、色々試せるし」

「勿論。久し振りに稽古付けてあげるわ、ピーシェ」

「はいはい、宜しくお願いします…っと!」

 

 鉤爪を内蔵した手甲を装着し構えたピーシェへ、わたしは薄く笑う。別にわたしはピーシェの師匠じゃないし、何ならピーシェの格闘技術はネプテューヌとの過激なじゃれ合いが元になってる部分もあると思うから、そういう意味じゃネプテューヌが師匠になるんだろうけど、わたしだってちょっと位は稽古やアドバイスも…とわたしが考える中、ピーシェは両手を軽くグーパーさせ……次の瞬間、合図もなしに突っ込んできた。

 

「おわ…っとと…!いきなり容赦ないわね、ピーシェ…!」

「あれ?せーつなら要らないと思ったんだけど、駄目だった?」

「ふふっ、言ってくれるわね…!」

 

 先制攻撃として放ってきた飛び蹴りの狙いは、わたしの顔。本当に容赦のないそれを、わたしは後方宙返りで下がりつつ躱し、続く打撃の連打も短いステップで避けていく。

 

「速いわね。速いし正確…体術にかけては、もう間違いなく超一級じゃない、ピーシェ」

「っていう割には、余裕あるじゃん。…せーつは抜かないの?抜くまでもないって事?」

「まさか。慌てて抜いてもそこを突かれてやられるだけだと思っただけ、よッ!」

 

 余裕ある、というピーシェだけど、そんな事はない。いきなり肉弾戦の距離に、ピーシェの得意距離に踏み込まれた事もあって、わたしは回避に専念する事を余儀無くされている。

 とはいえわたしだって、稽古を付けてあげるなんて言った以上、そう簡単にやられる訳にはいかない。だから多少無理をしてでも余裕を演出し、業を煮やしたピーシェが大きく踏み込み、身体を捻っての重い一発を、これまでより隙のある殴打を放とうとした瞬間に、得物である二振りの剣を抜き、交差させる形で受け止める。

 わたしの刃とピーシェの手甲が激突し、せめぎ合う。けど、片手のピーシェと二振りで受けて両手状態のわたしで力比べをすれば、当然勝つのはわたしの方で……二振りを斜め十時に振り抜く形で、わたしはピーシェを押し返す。

 

「…さて、試すって話だったけど、防御してるだけじゃピーシェも自分の分析が出来ないでしょ?だから、今度はこっちからいくわよ…!」

「望むところ…!」

 

 仕切り直すようにわたしもピーシェも構え直し、言葉通りにわたしは突撃。突進の勢いのまま、左の剣で刺突をかけ、右の剣は回避やカウンターに対する二の矢として……

 

「せぇいッ!」

「……!」

 

 突き出した剣に対し、ピーシェは防御でも回避でもカウンターでもなく、右手甲の前腕部分で刃を滑らせるようにして逸らし、同時に再び懐へと飛び込んできた。躊躇いなく、迷いなく…わたしの二の矢を、最適解で潰してくる。

 

(迂闊だった…そうよね、よく使う手は特徴も性質も理解されてるわよね…!)

 

 懐に入っての打撃を、右の剣の刀身ではなく柄尻で、最短距離でぶつける事で辛うじて防御。尚且つわたしは後ろに跳び、一度ピーシェから距離を取る。

 今の刺突は、わたしが狙う反応を引き出す為に、わざと少しだけ甘く打ち込んだ。普通刺突に対して突っ込むなんて選択はしないから、右の剣は横なら後ろなりへ距離を取る動きに対する攻撃を想定していた。そして、その両方の穴を突いたのが、ピーシェの行動。何度も共に戦ってきた、手の内を知っている仲間だからこそ出来る行動であり…けれどそれは、わたしも同じ。

 

「逃がさな…うわっ!?」

「安心してピーシェ、逃げてなんかいないからッ!」

 

 即座に追撃してこようとしたピーシェの足元に左剣を投げ放ち、地を蹴ったわたしは反射的に横へ跳んだピーシェに最初のお返しの飛び蹴りを仕掛ける。ピーシェが両腕を交差させればその両腕を、手甲を蹴り付けた足で踏み台にし、再びの後方宙返りをかけて着地と同時に横薙ぎ一閃。連続攻撃で防御が崩れたところへ目掛けて、空いている左手での掌底を叩き込んだ。

 わたしだって、ピーシェの戦い方は知っている。得意な事、苦手な事、選択の傾向…そういうのをお互い知っているからこそ、読み合いになる。

 

「せーつって、全体的には正々堂々としてるけど、微妙に正々堂々としてないよね…ッ!」

「それは奇策の事を言ってるのかしら?それで言うなら、ピーシェは根っこの部分と同じで、戦い方も素直よねッ!素直ではあっても、単純ではない…けどッ!」

 

 得物の時点で色んな連結方法があったり、そこからブーメランの要領で投げたりもするんだから、奇策って思われても当然だし、その自覚もある。因みにイリゼも…というか、イリゼはわたし以上に奇策を使いこなしている訳だから、わたし達の親に当たるオリゼが奇策を意識したのかもしれない。当のオリゼは奇策なんて必要ない位の強さな訳だけど、むしろ自分自身は有り余るシェアエナジーを前提にした戦い方をするからこそ、それが出来ないわたしやイリゼには別の強みを…って、こんな事考えてる場合じゃないわね。付き合うって言ったのは、わたしの方なんだから…!

 

「そういえばピーシェ、ここ最近のプルルートはどう?大丈…夫ッ!?」

「大丈夫、だよッ!っていうかせーつ、今日みたいにちょこちょこ帰ってきてるんだから、わざわざ訊く必要ある?それも、このタイミング…でッ!」

「まぁ、それはそうなんだけどね。今訊いたのは…丁度プルルートがいなかったから、ってだけ…よッ!」

 

 手甲から鉤爪を展開し、距離を取らせまいとするピーシェと、逆にわたしの距離…剣なら届いても、拳や鉤爪は届かない距離で立ち回らんとするわたし。お互い手数に重きをおくスタイル(わたしの場合、今は…だけど)だからこその、素早いステップや回り込みを多用した打ち合いを何度も重ね、金属音を響かせる。

 そしてその中で、わたしは改めて感じる。手甲と内蔵された鉤爪を武器とするピーシェは、怒涛のインファイト戦法こそが持ち味で…けれどピーシェの真の強みは、その基盤となる突進力。それは物理的な行動としては勿論、精神的な…相手や戦況に物怖じする事なく、自分の強みや得意を全力でぶつけられる胆力を含めての事であり……ほんっと、ピーシェは素敵な子よね…ッ!ピーシェも小さい頃から色々あって、辛い時もあったでしょうに、こんなに真っ直ぐで自分を信じられる、強い子になったんだもの…ッ!

 

「ふッ……でぇぇいッ!」

「はぁあぁぁぁぁッ!」

 

 左右から挟み込むような刺突を、ピーシェは跳躍して避ける。そこからピーシェは空中で身体を捻り、遠心力を生み、更に落下の勢いも乗せる事による全力の打撃をわたしへと『落とす』。

 対するわたしは、ピーシェが真上に跳んだ時点でその攻撃を感じていた。抱いた感覚を、直感を信じて、引き戻した二振りの柄尻を連結させ、双刃刀形態の得物を回転しながら振り上げる。斜め上への勢いを生み出し、回転斬りで下から上へと迎撃する。

 わたしが連結剣を抜いた瞬間の様な、再びの激突。刃と鉤爪、そして腕越しにわたしとピーシェの視線は交錯し…叩き込んだ力は、ほぼ互角。

 

『……っ!』

 

 数瞬の激突の末、ふっ…とピーシェの力が緩む。それに合わせ、わたしは力尽くでピーシェを押し飛ばし、反動を用いて後ろに跳ぶ。

 これは、わたしが押し勝った…という訳じゃない。ただわたしは、アイコンタクトで伝えられたピーシェからの合図に応じただけ。このまま押し合えば、お互い身体を痛めかねない…そう判断したからこその、仕切り直し。

 

「よ、っと。…前から思ってたけど、それって使い辛くない?下手に振ったら自分にも当たりそうだし、刃が互い違いの向きをしてるから、手首を回転させるとかしないと連続攻撃しても峰側をぶつける事になりそうだし」

「でも、強そうに見えるでしょ?某赤のFAITHや大切断(アマゾン)も使ってるし」

「え、まさかそんな理由…?」

「そんな理由、よ。強そう、っていうのはそれだけで相手に威圧感を抱かせる事が出来るし…それに使い辛い武器っていうのは、往々にして相手を翻弄する事に長けているのよね。プルルートの蛇腹剣だってそうでしょ?」

 

 唖然とするピーシェに対し、わたしは肩を竦めながら返す。使い易いっていうのは、相手にとっても動きを予想し易かったり、そもそも相手をする経験があったりする事が少なからずあり…使い辛い武器は、当然その点においては逆となる。双刃刀に限らず、使い辛い武器の多くはその『相手から見た部分』が長所になる。……まぁ、使い辛い割に読まれ易い武器もあるんでしょうけど…ゲームだって存在する武器や技のバランスを完璧に取れる訳じゃないんだから、現実に長所と短所の釣り合わない武器が存在したって何もおかしな事はないわよね。

 

「…さて、ピーシェ。わたしはこのまま続けても良いんだけど…普段こんな事はしないんだもの。お互い、もう少し本気を出さない?」

「それって…。…せーつこそ、良いの?本気のぴぃが手加減苦手な事は、知ってるよね?」

「勿論。…と、いうか…手加減しないとって心配してるの?なら……少しばかり、わたしを舐め過ぎね。わたしを…人々と共に、暴虐を尽くすキセイジョウ・レイを討ち滅ぼした、レジストハートを」

「……っ…」

 

 一度言葉を区切り、それからほんの少しイリゼやオリゼを…女神の姿の際に見せる、威風堂々とした声音を真似てみるわたし。するとピーシェは、ぴくりと肩を震わせて…表情が、変わる。

 それからわたし達は、互いに女神化。ゆっくりと、静かに構え直し……次の瞬間、殆ど同時に地面を蹴る。

 

「せーつ、いっくよーッ!」

「ふふふっ、来なさいピーシェ!今の実力を、今の思いを、もっとわたしに見せて頂戴ッ!」

 

 殴打の延長となる鉤爪の突き出しを、身体を捻りながら左斜めへ出る事で躱す。すれ違った直後に振り向き、ピーシェの背中に袈裟懸けを仕掛ける。ピーシェもピーシェで、止まらず突進を続ける事でわたしの剣の間合いから離れ…た直後、やや大回り気味の旋回で再度わたしに接近してくる。恐らく大回りしたのは、突進の勢いを維持する為で、その速度はさっきよりも速い。

 

(そういう、事なら…ッ!)

 

 さぁ、今度はどうする。一瞬よりも短い時間で、わたしはその思考を巡らせ…剣を、手放す。

 防御でも回避でも迎撃でもない武器の投棄に、目を見開いたピーシェ。勢いは一切落ちないながらも、その動きには隙が生まれ…そこを突くべく、わたしは自ら身体を倒す。後ろに倒れる事でパンチを躱し、尚且つ開いた両手を地面に突いて、杭打ちのように両足でピーシェを蹴り上げる。

 

「おわわっ!?」

 

 カウンターにより打ち上がるピーシェの身体。とはいえピーシェの反応も早く、突き出していたのとは逆の腕の手甲で蹴りを受ける事によって、ダメージを最小限に抑えている。やっぱり、女神化したピーシェは本能的な部分の伸びが凄まじい。

 そして今一度作り出される、わたしが地上、ピーシェが空中という構図。立ち上がる挙動の中で二振りを掴み直したわたしは、プロセッサ前腕部に装填しておいた圧縮シェアエナジーを、剣をバレルとする事でピーシェへと射出。炸裂弾となったシェアエナジーでの対空攻撃を図るも、ピーシェは機敏な動きで炸裂前に弾頭を躱し、そのまま急降下をかけてくる。

 

「せーい、やッ!とりゃー!」

「っと、こっちもまだまだいくわよッ!」

 

 一回転からの踵落としを下がって避ければ、ピーシェは地面に叩き付けた脚を軸に、その脚で地面を抉るように蹴って即座に前へ。捻りを加えた鋭い殴打をわたしに放ち、わたしはそれを右剣を横に振るって防御。続けてその遠心力を活かした左剣での斬撃を用いてピーシェを後退させ、二振りの剣を上下で連結。ここまでは速度と手数に長ける(その割には一撃も中々重いんだけど、ね)ピーシェに対応して、同じく手数に長ける双剣状態を主体にしていたけど、相手に合わせた戦い方っていうのは一つじゃない。速度に速度で対抗するのも手だし、逆にパワーやリーチで…違う長所で迎え撃つのも一つの手。

 その後もわたし達は、ピーシェの満足がいくまで手合わせを続ける。確かにこれじゃ休めてはいないし、イリゼ達が聞いたらどう思うかは分からないけど…それはあくまで身体の話。休日にスポーツをするのと同じように、身体を動かすのは心のリフレッシュになるし…何よりわたしは女神だもの。であればこういう手合わせは、楽しいに決まってるってものよね…ッ!

 

 

 

 

「ん〜♪甘〜い〜♪」

 

 口からフォークを離し、言葉なんてなくても感想が分かる程の笑みを浮かべるプルルート。そのプルルートの前に、テーブル上に置かれているのは、切り分けられたタルト・タタン。

 教会の庭での手合わせを終えてから数時間後。わたし達は遊びに来たノワール達と共に、イリゼが作ってくれたタルト・タタンを食べていた。

 

「確かに甘い…けど、くどくない甘さね。貴女の妹、中々良い腕してるじゃない」

「でしょう?イリゼはお菓子作りが趣味だから、普段から時々こういうのを食べれるのよ?どう?羨ましいでしょ?」

「見るからに羨ましがってほしそうな顔ね…」

「くぅっ、思い通りになってしまうのは少々悔しいですけど、羨ましいですわ…!妹謹製のタルト・タタン…タルト・タタンならむしろ、お姉ちゃんが作ってあげるものではなくて!?」

「いやそんな事ないでしょ…わたしもイリゼもムジカートじゃなくて女神なんだから……」

 

 小さく笑みを浮かべ、ノワールはイリゼの腕を評価してくれる。それにわたしが気を良くすれば、ブランは呆れ混じりの声を上げて…ベールはなんというか、今日もベールらしい事を言っていた。

 因みにこの三人がいるのは、プルルートが呼んだから。ほんと、久し振りに帰ってきた訳じゃないし、わざわざ呼ばなくても…と思ったけど、それもプルルートらしさよね。後、皆にもイリゼの腕を知ってもらえたのは嬉しいし。

 

「イリゼさんも、お料理が上手なんですね」

「あ、ううん。確かに一通りは出来るし、大概は美味しいけど、全面的に得意って訳じゃないわよ?お菓子類はこの通りだけど、総合的な技術で言ったら、コンパの方が上手いんじゃないかしら」

「一通り出来て美味しいなら、それはもう上手で良いんじゃない?まぁ確かに、レベルの高いコンパと比較して…って事なら、そういう言い方も理解は出来るけど」

「これ以外のいりぜの食事を食べた事ないのに、その口振り…ほんとあいえふはこんぱの事好きだよね」

「んなっ!?べ、別に今の言葉に他意なんてないわよ!」

「ふふっ、わたしはあいちゃんの事好きですよ〜。あいちゃんも、ぴーちゃんも、大好きです〜」

 

 仲の良さが伝わるようなやり取りを交わす、ピーシェ、コンパ、アイエフの三人。小さい頃から三人を見てきた事もあって、そのやり取りを皆は温かく見守る。…わたし?それは勿論、胸を打たれて思わず「はうぁ…っ!」…ってなってたに決まってるじゃない。だって、赤ちゃんの頃からの幼馴染みだからこそある、本当に気兼ねのない感情の交流がそこにはあるのよ!?まるで姉妹の様な、けど本当の姉妹とはまた少し違う感情、心の繋がり…これを見て胸を打たれなかったとしたら、それは間違いなくわたしの偽者よ!精度の低い劣化コピー以外の何者でもないわ!あー、もう惜しいっ!もう少し早く目覚めてたら、三人が赤ちゃんだった頃から見てあげられたのに!その頃の三人にも触れ合えたのに!…あ、けどその場合、レイの復活ももう少し早かったって事になるわね。ずっと眠り続けるかそのまま朽ち果ててくれるかしたら一番だったんだから、早めに目覚めるのはむしろありがたくないわ。ふんっ。

 

「…せ、セイツさん大丈夫ですか…?さっきから無言のまま、表情だけが何度も急変してますよ…?(・□・;)」

「あ…大丈夫よ、イストワール。ちょっと心がジェットコースター状態だっただけだから」

『えぇ……?』

 

 呼び掛けられ我に返ったわたしは、気持ちを一度落ち着けて返答。その結果、「何その状態…」とばかりの表情で皆に見られてしまったけど…仕方ないじゃない。実際そういう状態だったんだもの。

 

(…キセイジョウ・レイ……)

 

 それは、わたしが討つべき…嘗ては当時の人の皆と、復活してからはここにいる皆と倒した、人に仇為す女神の名前。仕留め切れていなかったらしいレイは、先の戦い…最終的に幾つもの次元に関わる事となった戦いでもまた敵となり、戦い……けどそのレイは、オリゼに討たれた。今度こそ完全に倒され…けれど滅される事はなかった。その直前に七賢人の皆とピーシェが割って入り、更にクロワールが乱入し、レイの女神の力を強奪した事で…女神としてのレイがいなくなった事で、レイは一命を取り留めた。他でもないオリゼが、女神ではなく人なのだからと、それまでとは態度を一変させた事によって。

 わたしとしては、複雑な思いがある。わたしの手で討ち取りたかった…って気持ちもあるにはあるけど、一番の理由は『人に戻ったレイが生きている』から。勿論人のレイを討つつもりなんか微塵もないし、未だ目を覚まさないレイだけど、回復に向かってほしいとも思う。けど、だとしても…それでもレイの暴虐を、人々への裏切りを見てきたわたしとしては、もう人なんだから、とすっきり割り切る事はまだ出来なくて……って駄目駄目。折角皆がいるのに、こんな事考えてたら勿体ないわよね。ここはイリゼのタルト・タタンで心を一杯にして、気持ちを切り替えないと。

 

「ところでセイツ。貴女は原初の女神の複製体、イリゼの姉に当たるらしいけど、同時に信次元のイストワールの妹にも当たるのよね?なら、ここにいるイストワールに対しても思うところがあったりするの?」

「あ、それはぴぃも思ってた。名前だけじゃなくて見た目もそっくりだし、やっぱり姉といる感じなの?」

「あー…それに関しては、そんな事はない…って感じかしらね。確かにこっちのイストワールに対して、『自分の姉の同一人物』って意味での思うところはあったりするけど、姉といる感じは正直ないわ。姉といる感じがないっていうか、逆にイストワールやイリゼに感じるものがあるっていうか、わたしも上手くは言えないんだけど…」

「血の繋がりはなくても、家族の繋がりはある…という事かもしれないわね。実際ロム…超次元のロムも、わたしを見て自分の姉…超次元のわたしとは、何となく違うと感じていたようだし」

 

 砂糖、バター、林檎…それぞれの甘さに舌鼓を打つ中、ノワールがわたしに問い掛けてきた。そこからわたしの姉妹関係の話となり…更にベールが、踏み込むようにわたしへと問う。

 

「では、わたくしからも質問を一つ。…セイツはこれから、どうする気ですの?」

「どう、って…休みの間は、こっちでこれまで通りに生活しようと思ってるけど…そういう事じゃなくて?」

「えぇ、違いますわ。わたくしが訊いたのは、女神としての事。神生オデッセフィアが国としての軌道に乗った後の事ですわ」

 

 一度食べる手を止め、じっとわたしを見るベール。その問いに、皆もわたしの方を見やり…わたしもまた、皆を見回す。投げ掛けられた質問、そこにある意味を考え…そして、答える。

 

「勿論、今の目標は神生オデッセフィアを国として安定させる事よ。けど…それを果たしたら、もうそれきりになんてするつもりはない。わたしは自分を、神生オデッセフィアの女神の一人だと思ってるし…神生オデッセフィアの皆が望んでくれるのなら、これからもわたしは信次元の女神の一人でいるつもりよ」

 

 考えるまでもなかった。わたしが答えたのは、ずっとわたしが思っていた事。これまではどこかの国の女神ではなく、神次元全体の為に戦ってきたし、そこにも確かに充実感があったけど…国の長の一角として、国を作り、人を導き、皆と共に進むのもまた、女神としての幸せを感じられた。

 けどそれはあくまで、神生オデッセフィアの…人々の思いありき。皆が望んでくれるのなら、わたしは喜んで続けるし、望まないというのなら、その時は素直に身を引こうと思う。…でなければ、レイと同じなのだから。

 

「…そっか…そう、だよね…信次元には、セイツちゃんの家族がいるんだもん、ね……」

 

 皆が沈黙する中、プルルートが悲しそうな声を漏らす。それを聞いて、寄り添うようにピーシェがプルルートの肩へと手を乗せる。…けど、違う。そうじゃない。

 わたしは首を横に振る。プルルートの反応に対し、否定を示し…言葉を続ける。

 

「違うわよ、プルルート。今日こっちに戻ってきた時、言ったでしょ?こっちだって、わたしの次元だ…って」

「……!じゃあ……」

「えぇ、わたしは皆が望んでくれるなら、これからも神生オデッセフィアの女神でいるつもりよ。だけど、それはもうこっちに戻らないって事じゃない。信次元には家族がいるし、信次元がわたしの故郷だった訳だし、今は神生オデッセフィアが…わたしが共に歩みたい国もあるけど、神次元だってわたしの居場所、なんだもの。今も、昔も、神次元には沢山の思い出があって、大切な皆もいて、わたしを信仰してくれる人だっている。信次元にわたしの『これから』があるとしたら、わたしの『これまで』は…今ここにいるわたしを作り、わたしがわたしで在れるようにしてくれたのは、神次元なんだもの。…だから…わたしは両方の女神で在りたいわ。どちらかではない、どちらでもある女神…それがわたしの、レジストハートの、目指す道よ」

 

 我ながら、長く語っているなと思う。けど、省略なんてする気はない。全部わたしの本心であり、全部大切な事だから。信次元も、神次元も…向こうの皆も、ここにいる皆も、両方大事なんだから。皆大好きなんだから。

 両方を望む事を、欲張りだなんて思わない。むしろ、両方大切なら、両方選ばなくてどうするとわたしは声を大にしたい。だって、わたしは女神なんだもの。女神が大切なものに順位を付けるなんて、取捨選択するなんて…それこそが間違いってものよ。そんな道は、真っ平御免だわ。

 

「セイツちゃん…うん、それが良い…!あたしもそれが、一番だって思うな…っ!」

「どちらでもある、ね…良いんじゃない?元々セイツは私達の収める国と、国に属さない人達の橋渡しをしてたんだから、今度は神次元と信次元を行き来するってスタンスの方が、むしろしっくりくる位でしょ」

「それが貴女の望む道なら、そうするのが一番だと思うわ。何かに気を遣ったり、妥協したりする女神より、自分を貫く女神の方が信用だって出来るもの。…まぁ、楽な道でもないと思うけど…ね」

「大変だとしても、自分が願い、望んだ道であれば、突き進む事が出来ると思いますわよ。それに…友が定期的に戻ってきてくれるのなら、それは嬉しいというものですわ。そうではなくて?」

「…レジストハートの道、か…偶には格好良い事言うじゃん、せーつ。…だったらぴぃは、応援するよ」

 

 これからのわたしの、決意表明。それを皆は、微笑み肯定してくれた。身も蓋もない事を言えば、わたし達は対等な関係なんだから、否定される筋合いはない訳だけど…そういう事じゃない。わたしの決意に、そうしたいと思う道に、頑張れってエールを送ってくれる皆は優しく…だからわたしは、神次元が好きなんだ。神次元も、信次元も、心から誰かを応援出来る人に溢れているから…きっと、こんなにも素敵なんだ。

 

「ふぅ…ありがとね、皆。わたし、嬉しくて…というか皆の素敵過ぎる思いを感じて、正直ハグして回りたい気分よ」

「あぁ、またいつもの発言を…って、表情が普段と変わってない…!?え、何…?感情が昂り過ぎて、メーター振り切れちゃってるような状態…?」

「あ、あはははは…割とありそうな気がするです……」

「はぁ…格好良いと思って損した。やっぱりせーつは、いつもいつでも変態だね」

「ちょ、ちょっと…折角良い雰囲気なんだから、そんな事言わな……って、なんで皆頷いてるの!?ぜ、全会一致なの!?しかもプルルートやイストワールまでって…うぅ、なんでこの流れでアウェーになるのよぉぉ……っ!」

 

 酷い、あんまりよ…!…とわたしは抗議の叫びを上げるも、「自業自得でしょ」という取り付く島もない視線を受けて轟沈。わたしが項垂れれば、皆はくすくすと笑っていて…不服な反面、悪い気はしないのがちょっと悔しかった。…あ、違うわよ?アウェーな状況に興奮してるとかじゃなくて、ここにはいつも通りの日常が、皆がいる…的な、もっと良い意味での思いなんだからね…?

…まだ、これからどうなるか分からない。そもそも神生オデッセフィアが国として安定するまでに、どの程度かかるか分からないし、皆が受け入れてくれるかどうかも分からない。現状じゃイストワールに頼らないと次元移動出来ないっていうのもあるし、これから先で何が起こるか分からないっていうのもある。それでも、今わたしの中にある思いは、意思は事実であり真実。そして、わたしが望む道を歩めるよう…これからも、頑張らなくちゃいけないわよね。




今回のパロディ解説

・「お、お婆ちゃんはヤメテ…」
色づく世界の明日からのサブタイトルの一つのパロディ。お婆ちゃんネタといえば、アンジュ・ヴィエルジュのアニメ版でもありましたね。

・某赤のFAITH
ガンダムSEEDシリーズの主人公の一人、アスラン・ザラの事。(シュペール)ラケルタ・ビームサーベル アンビデクストラス・ハルバートモードの事ですよ!

大切断(アマゾン)
ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかのヒロインの一人、ティオナ・ヒリュテの(二つ名の)事。ですが彼女の武器は、双刃刀且つ大剣でもある感じですね。

・ムジカート
Takt op.に登場する兵器の事。兵器と言っても、人ですね。そしてタルト・タタンといえば、勿論運命のあの姉妹の事です。


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第十六話 夢と理想、そして現実

 先日アンケートでコラボに関しての選択肢も上げましたが、これまでコラボをしてきた作品は多く、個人(一作品)とのコラボはこれまで通りに出来たとしても、ORの様な他作品同時コラボは(私的にはやりたいですが)製作する上での難易度が高い、というのが実情です。
 これ(他作品同時コラボ)に関して、私の作品を読んで下さっている方や、実際にコラボして下さった方々はどう思っているのか、もし宜しければ教えて下さると幸いです。感想に限らず、どんな形でも伝えてくれさえすれば助かります。……あ、別に答え辛い場合は見なかった事にしてくれても大丈夫ですよ?本当に意見が欲しいなら、ここ(作品の前書き)よりもっと伝わる方法があるでしょう、という話ですからね。


 うずめ、くろめ、それにウィードくん。お仕事の関係でいつもいる訳じゃない三人だけど、そうじゃない時…要は普段の時は、これまでのイリゼみたいに、三人共プラネタワーに住んでいる。まあ取り敢えず、元々はプラネタワー…っていうか、女神としてプラネテューヌの教会に住んでたうずめとくろめがここにいるのは当然の事だし、ウィードくんもプラネテューヌ国民だったんだから、ここで暮らしてるのは当然だし普通。勿論ウィードくんは教会に住んでた訳じゃないらしいけど…くろめの事もあるし、ウィードくんは本来『過去』の人間でもあるしって事で、ならもうここに住んだ方が何かと好都合でしょ、って話になった。…あ、これそこそこ前の話ね?

 って訳で、今はプラネタワーに住んでる女神が四人で、男の子なウィードくんはドキドキな状況!…かどうかはさておき、友達としても女神としても、三人には『今』のプラネテューヌにも馴染んでほしいものだよね。

 

「とりゃりゃりゃりゃー!ラッシュラッシュねぷスラーッシュ!」

「なんの!連打ならこっちだって負けねぇよ!」

「お、お姉ちゃん?ラッシュとスラッシュって似てるけど、意味は大分違うと思うよ…?」

「はは…二人共ボタンを押す速度ぱねぇ……」

 

 本気でボタンを押しまくり、ラッシュ攻撃をかけるわたし。真っ向から迎え撃つうずめと、キャラを操作しつつ指摘してくるネプギアと、自分じゃ付いていけないから…って事で、ソファに座って観戦しているウィードくん。今、時間帯は夜で…やっているのは、格ゲー対決。

 

「でもねぷスラッシュって、ラッシュ技扱いなんだよね〜。…くっ…にしてもわたしに付いてくるなんて、やるじゃんうずめ…!」

「ねぷっちこそ、やるじゃねぇか…けど、勝つのは俺だぜ?」

「…お姉ちゃん、うずめさん、わたしだって負けませんよ?」

「おわっ…いいぜ、姉妹揃って相手にしてやろうじゃねぇか!」

 

 勝負が付かず、お互い弾かれるわたし達のキャラ。そこにネプギアのキャラが割り込んできて、わたし達は三つ巴の勝負に。

 うんうん、やっぱりゲームは一人で没頭するのも楽しいけど、皆でわいわいやるのも違った面白さがあるんだよね。…けど、勝負である以上はゲームでも勝ちを目指さない訳がないんだよねー!四人対戦のこの勝負、勝つのはわたし……って、あれ?…四人、対戦……

 

「おっと、悪いねねぷっち」

「あぁッ!し、しまったぁぁぁぁーっ!」

 

 あれ?…と思った次の瞬間、身を潜めていたキャラがわたしのキャラを吹っ飛ばす。無防備なところを狙われたわたしのキャラは、さっきまでうずめと削り合っていた事もあって、そのまま撃破されてしまう。そして、その虚を突く一手を放ったのは……もう一人のプレイヤー、くろめ。

 

「や、やられた…まさかくろめ、ずっとこのチャンスを狙って…!?」

「ふっ…バトルロイヤルなら、わざわざ目立つ必要もないだろう?」

「で、だんまり決め込んで存在感無くしてたって訳か…それ、ゲームとして楽しいのか…?」

「勿論。策略を立て、その通りに事を進める…ふふ、オレからすればこの戦い方は、馬鹿正直に突っ込むよりよっぽど達成感があるものさ」

「お、おおぅ…前作の黒幕の一人がそれ言うと、なんか色々と響きが違うね…」

 

 薄く笑いながら、くろめはネプギア、うずめそれぞれのキャラに牽制をかける。うずめは下がるくろめのキャラを追い掛けて、わたしは残機が一つ減った状態で戻ったキャラを操作して、ネプギアとの一対一を繰り広げる。

 思いっ切りしてやられたわたしだけど、別に嫌な気持ちはない。だってルール違反は何もしてないし、くろめがした事は立派な作戦の一つだもんね。

 

「へっ、追い詰めたぜ《オレ》。こうなっちまえば、もう隠れる事も出来ねぇな」

「だから自分が有利だとでも?…考えが浅いね、《俺》。もしも追い詰めたんじゃなくて、オレに誘われたんだとしたら、どうする?」

「どうもこうもねぇさ。どっちにしろ、ぶっ飛ばしゃ良いだけなんだから、よッ!」

「……仲良いなぁ、二人は」

「あ、あれは仲良いって言えるのかな…。確かに、いがみ合ってる訳じゃないと思うけど…」

 

 ネプギアと一進一退の攻防戦をしながらも、わたしはちらりと二人を…うずめとくろめを見る。二人は今、お互いを挑発し合うような事を言っていて…でもネプギアの言う通り、いがみ合ってる感じはしない。…ま、ぶっちゃけ今言った「仲良い」は冗談半分だし、二人の関係は色んな意味でかなり複雑なんだけどさ。

 

「あっ、てめっ、こんにゃろが…ッ!」

「なっ、おまっ、逃がすものか…ッ!」

「…ほら、ある意味仲良しでしょ?」

「仲良しっていうか…まあ、元を辿れば同じな訳だしな……」

 

 物凄く…本当に物凄く闘争心剥き出しでぶつかり合う二人を見て、わたしは肩を竦める。今度は同感な様子のネプギアは、あははと苦笑を浮かべていて…そんな二人の攻防戦には、ウィードくんも頬を掻いていた。

 

「やったー!わたしの勝利ー!アイアムチャンピオン!」

「チャンピオンって…でもま、おめっとさん。前…ってか、昔か。…も、思ったけど、やっぱ女神同士の対決ってなると、ゲームでもレベルが違うな」

「それって、くろめさんが守護女神だった頃の話ですか?」

「そうそう、ネプテューヌ達みたいにくろめ…ってか、うずめ達も仲良くでさ。…今の二人みたいに、変に競ってバチバチしてる時もあったが……」

『ぐぬぬぬ……』

 

 懐かしそうに頬を緩めるウィードくん。そのウィードくんが見やるうずめとくろめは、最終的にもつれ合いからの相討ちになった事で、消化不良らしく…互いにメンチを切り合ってた。…うずめはまぁ、分かるけど…くろめも同じ態度を取ってる辺り、やっぱり表面の部分は違っても本質は同じって事かなぁ…。

 

 

 

 

「はふぅ、気持ち良かったなぁ…」

 

 お風呂に入って、パジャマに着替えて、ほかほか状態で廊下を歩く。…あ、ほかほか状態だからって、別にダメージが100%溜まってたりとかはしないよ?四人対戦の格ゲーは、もう終わってるからね?

 

「〜〜♪」

 

 わたしが今向かっているのは、リビング的なルームから出られるバルコニー。持っているのは読みかけの漫画で、この後ジュースも用意する予定。お風呂上がりで火照った身体を、涼しいバルコニーと冷えたジュースでクールダウンさせつつ、のんびりと漫画を読む…これも一つの贅沢だよね!ジュースと漫画はともかく、バルコニーに関しては特に!

 

「…って、あれ?」

 

 コップに入れたジュースを持って、バルコニーに出ようとしたところで、わたしはそこに人影が、先客がいた事に気付く。

 それは、くろめだった。後ろで二つに結んだ髪をなびかせながら、景色を見ている…そんなくろめの後ろ姿がそこにはあった。

 

「…夕涼み?」

「うん?あぁ、ねぷっちか。…まあ、そんなところだよ」

 

 窓を開けて声を掛ければ、ぴくっと肩を震わせた後にくろめは振り向く。実は一度戻ってくろめの分も汲んでいたわたしがコップを渡せば、くろめはありがとうと言ってコップを受け取る。

 

「ねぷっちは…お風呂上がりに涼しさを求めて来た、ってところかな?」

「大正解!…って言っても、この格好ならそりゃ分かるよねぇ。…あ、そうだ。さっきの事でちょっと思ったんだけど、くろめ…というかうずめって、元々は策略家っていうか、クレバーに戦うタイプなの?」

「はは、どうだろうね。ただまぁ、オレからすれば、《俺》の戦い方は感覚に頼り過ぎている。例えば渦攻吸障壁…盾からシェアエナジーを放出して防御するあの技なんて、《俺》は使い方を間違えてるせいで本来の能力を発揮出来ていないんだからね」

 

 全く、困ったものだ…って言うみたいに首を振り、肩を竦めるくろめ。その声や表情からは、呆れてる感じが物凄く出ていて…けど、侮蔑したり、見下してたりするような雰囲気はない。

 そう感じられたから、わたしはほっとした。ゲームの時もそうだったけど、くろめは相変わらずうずめといがみ合う事はあっても、前みたいに本気の憎しみを向けてたりするような事は、もうないんだって分かったから。

 

「全く。女神本来の姿もその戦闘能力も有しているというのに、酷い体たらくとしか言いようがないよ。あれこそ宝の持ち腐れというものさ」

「容赦ないね…あれ、でも一回だけ、くろめも女神化出来たんだよね?ウィードくんから聞いたよ?」

「あぁ…あれは正直、あのタイミングだから辛うじて一瞬出来た、成り立ったようなものさ。勿論、一瞬でも出来たんだから、今も可能性はゼロじゃないんだろうけど…まだ、自在に使えるようなレベルじゃないよ」

 

 まあ尤も、本来の事を思えば「使う」というのも変だけどね。くろめはそう言って、また視線を夜景に戻した。

 漫画を…と思ったけど、なんかそんな気分にもならなくて、わたしは眺めるくろめの隣に。数十秒間位、静かな時間が流れて…それからくろめが、ぽつりと呟くように言う。

 

「…ここからの眺めは良いね。うん…本当に、良い景色だ」

「…でしょ?ここはわたしのお気に入りなんだ」

「奇遇だね。オレもだよ、ねぷっち」

 

 小さく笑って、言葉を返す。勿論これは、このバルコニーがって話じゃない。バルコニーも良いところだけど…わたしにとっては、全部がお気に入り。人も、街も、風景も…このプラネテューヌの、わたしの国の、全てが。

 

「…前から…って程でもないけど、一度ねぷっちとは話してみたかったんだ。同じプラネテューヌの女神として、ね」

「そうだったんだ、なら丁度良い機会だね。…と、いうか…同じプラネテューヌの女神というより、先輩後輩としてって感じ?」

「先輩、か。……身勝手な事ばっかりした挙句、プラネテューヌどころか別次元も巻き込んで信次元全体を滅亡させようとするとか、くろめはプラネテューヌ史上最低の先輩だよね……」

「お、おおぅ…えーっと…だ、大丈夫だよくろめ!わたしもいざって時以外は基本妹におんぶに抱っこな、姉史上でもかなりの駄目駄目女神だから!多分!」

「……ねぷっち…自分でそれ言ってて辛くない…?」

「…正直、結構辛い……」

 

 何の気なしに言った言葉でくろめが自虐モードになっちゃって、わたしは「うっそぉ…」と思いながら勢いでフォロー。けど、勢いで言っちゃったものだから、内容なんてよく考えてなくて…フォローする筈が、ただの自爆になってしまった。…とほほ……。

 

「こ、こほん!それじゃあ何から話そっか。あ、でもわたし記憶喪失だから、昔の事は話せないよ?」

「あ、あぁ…構わないよ。話したいとは思ってたけど、話し込もうとまでは思っていないからね」

 

 気を取り直して、わたしはくろめと景色をのんびり眺めながら話す。くろめの言った通り、女神としての信念とか、国の展望とか、そういう小難しい話じゃなくて、もっと緩く…でも女神として、今の女神と過去の女神として、言葉を交わした。

 

「ふふ、本当にねぷっちは面白いね。オレからすれば、オレの時代から考えれば、無茶苦茶な部分もあるというのに、プラネテューヌは今もこうして栄えている…大したものだよ」

「くろめこそ、やっぱりしっかりしてるよね。真の姿になる前に倒せたとはいえ、わたし達の時よりずっと少ない人数で解決しちゃった辺りも凄いしさ」

 

 時間なんて気にしてなかったから、どの位経ったかは分からないけど、結構話したような気がする。二人だし、賑やかな会話にはならなかったけど…それでも、楽しく話せたってわたしは思う。

 

「…ありがとう、ねぷっち。話した直後だけど…その内また、付き合ってくれると嬉しいよ。代わりにオレも、何かあれば付き合うから、さ」

「もっちろん!それに、わたしだって話してて楽しかったんだから、代わりの事なんて要らない……」

「……?」

「…と、思ったけど…あのさ、くろめ。一つだけ、訊いてもいい…かな?」

 

 わたしからの問い掛けに、くろめは小首を傾げる。でもわたしの表情から感じるものがあったみたいで、構わないよと小さく頷く。

 

「じゃあさ、質問なんだけど…くろめはわたしの夢、って聞いたら、何か思い付く事ってある?」

「ねぷっちの夢?…それは、望みや叶えたい事って意味かい?それとも、寝ている時に見ている方かい?」

「そう訊くって事は…そっか、そうなんだ…」

 

 もし思い付く事があるなら、これで伝わる筈。そう思って訊いたわたしだけど、くろめはぴんときてない様子。

 でも、それならそれで仕方ない。わたしが今思い浮かべてる事を…思い出している事を、くろめは知らないみたいだから。

 

「…何か、悩みかい?それとも……」

「…悩みじゃないよ。ただ、ちょっと…うーん、なんて言えば良いのかな……」

 

 悩みって訳じゃない。けど、それはわたしの中で複雑っていうか…本当に、色んな思いを抱かされる事だから、上手く言葉にする事も出来ない。こういう時、上手く誤魔化したり出来れば一番なんだけど、気付いた時点で時既にお寿司…じゃなくて、遅し。くろめは完全に、わたしの歯切れの悪さからこの事を気にしてしまっている。…だったら……うん。

 

「…くろめ。多分これは、聞けて良かった…って思えるものじゃないよ。そんな話だけど……」

「聞くよ。ねぷっちがそんな言い方をするなんて、相当な事だろうし…何となく、分かるさ。それは、オレにも関係がある事なんだろう?」

「…うん。わたしね…夢を、見たんだ。わたし達を取り戻しに来た、ネプギア達に負けた後に……わたしがわたしに、戻る時に」

 

 こくり、と一つ頷いて、わたしは言う。くろめは目を見開いて…けど、わたしを見つめる。ちゃんと聞くって、わたしへ向けた視線で返す。

 そうして、それを受け取ったわたしは話す。くろめに伝える。女神としての話をくろめとしたからこそ、思い出した事を……わたしにとって、今も大きな意味を持つ夢の事を。

 

 

 

 

 晴れた空、暖かい気温、賑わいのある街並み。そしてそこを闊歩するのは……このわたし!

 

「〜〜♪」

 

 どこを見ても平和な街の中を、鼻歌なんて歌っちゃいながら歩く。ほんと、人の争いは勿論野生動物の喧嘩もない、完全な平和で結構結構!後、鼻歌を歌うって、なんか変な感じあるよね。『歌』が被ってるとかそういう意味じゃなくて、鼻歌は『歌う』って表現で合ってるのかな?的な意味でさ。

 

「ほら、ねぷちゃん。揚げたてのコロッケ持ってきな〜」

「わーい、おばちゃんありがとー!」

「うちの新作のプリンも持ってきな!後で感想聞かせてくれよ?」

「おにーさんもありがとね!」

 

 大通りからちょっと離れると、周りを歩く人も減る。そうなると、自然とわたしも目立ち易くなる訳で…早速コロッケ屋のおばちゃんが、その後はお菓子屋のおにーさんがそれぞれ笑顔でわたしに声を掛けてきた。っていうか、わたしにコロッケとプリンをくれた。やったね!組み合わせ的に考えると、コロッケとプリンって微妙だけど、そこは別のタイミングで食べれば良いだけだしね!

 

「ネプテューヌ様!見て見て!テストで百点とったの!」

「百点!?凄いね!」

「ねぷ姉ちゃん!オレの話も聞いてくれよ!やっと、野球部でレギュラー取れたんだ!大会見に来てくれよな!」

「いつも遅くまで河原で練習してたんもんね。大会も見に行くから、頑張るんだよ!」

 

 素敵な貰い物で嬉しくなったわたしの所に駆け寄って来たのは、女の子と男の子。女の子はじゃーん!…って言うように百点のテストを見せてくれて、男の子も自慢げに自分の事を話してくれる。

 勿論わたしは、二人の言葉に笑顔で返す。二人が頑張ってた事を、わたしは知ってるんだからね。その努力が実ったんだって知ったら、そりゃ嬉しくなるってものだよ!

 

「よっ、女神様!お仕事の方は順調ですかい?」

「もっちろん!今も国の見回りの最中なのさー!」

「ふふっ。パープルハート様がいれば、この国は安泰よね」

「いえーす!わたしの目が黒い内は、悪をのさばらせる事なんてしないよ!…まぁ、わたしの目は黒じゃなくて紫だけどね!」

 

 更にその後も街の中を練り歩いて、色んな人と話す。いやぁ、人気者は次々と声を掛けられるから辛いね〜!…なーんて、辛い事なんて全然ないよ?皆の元気な顔や声を見聞き出来るのは嬉しいし、国民の皆と話すのは楽しいからね。

 で、気の向くままに街を回った後は、プラネタワーに戻る。正面の入り口から中に入れば、すぐに職員の皆がわたしに気付く。

 

「お帰りなさいませ、ネプテューヌ様。見回りお疲れ様です」

「女神様、頼まれていた件はこのように済ませておきました。イストワール様にご確認も受けております」

「本日もパープルハートはお美しいですね!えぇ、見ていて惚れ惚れしますとも!」

 

 女神様のお帰りだ!…とばかりに出迎えてくれる職員の皆。そんな皆を労ったり、ふふんと胸を張ったりしつつ、わたしはプラネタワーの上層階へ。敬われたり、崇められたりするのは別に気持ち良い事じゃない…って言ったら勿論嘘になるし、っていうか敬われたら普通に嬉しい訳だけど、そういうのを抜きにしても、皆に「受け入れられてる」っていうのは本当に心地良いし、安心する。…ま、わたしは女神で、ここは教会でもある場所なんだから、受け入れられて当然だけどね!魅力たっぷりなねぷ子さんでもある訳だし!

 と、いう訳でわたしが上がったのは、プラネタワーの居住エリア。エレベーターから出たところで鉢合わせしたのは、二人の友達。

 

「あ、ねぷねぷお帰りなさいです。今日もお散歩してきたですか?」

「そう!…あ、じゃない。もーこんぱ、わたしがしてきたのはお散歩じゃなくて、パトロール。立派なお仕事だよ!」

「お仕事ねぇ。じゃ、その手に持ってるお菓子屋の袋何かしら?」

「これ?ふふーん、これは貰ったものだよ!やっぱり人徳のある女神は違うよね!」

 

 またまたわたしが胸を張れば、こんぱは「流石ねぷねぷですっ」と褒めてくれて、あいちゃんは苦笑い…をしてたけど、その後は「ま、ねぷ子らしいと言えばねぷ子らしいか」と言って笑ってくれる。同じ笑みでも、苦笑いとそうじゃない笑顔は違うし、こんぱのほんわかした笑顔と、あいちゃんのちょっぴり勝気な感じの笑顔も違う。…あ、因みにコロッケの方はもう食べちゃったよ?冷めてしんなりしちゃったら、くれたおばちゃんにも悪いしね。

 

「二人はどうしたの?あ、もしかしてわたしに会いに来たとか?」

「ま、そんなところよ。って言っても、仕事として…だけどね」

「わたしもです。けど、帰る前にねぷねぷに会えて良かったです〜」

「えー、遊びに来たんじゃないのー?っていうかそこは、嘘でもわたしに会いたくて来たって言うところじゃなーい?」

「あら、嘘吐いてほしかったの?」

「わたし、あんまりねぷねぷには嘘吐きたくないです…」

「うっ、そう言われると辛い…えぇい、ならせめて遊ぼうよ!二人のお仕事が済んだ後でも良いから、ね?」

 

 お願いっ、と両手を合わせて頼み込むわたし。それプラス、頭を下げつつもちらっ、ちらっと二人を見上げて、せがむわたし。その甲斐あってか、顔を見合わせた二人は肩を竦めて、またちょっと笑って…それから、言ってくれた。仕方ないわね、って。ですね、って。

 

「やったー!よーし、それじゃあ二人が来るまでの時間を有効に活用する為に……」

『為に…?』

「途中までしか見てない録画アニメを、きっちり消化しておくねっ!」

 

 ぐっ、と二人にサムズアップをしてみせて、わたしは軽快に走っていく。二人が戻ってきたら目一杯遊びたいもん、だったら万全の状態にしておかなくっちゃね!

 

「お姉ちゃんお帰……わわっ!?」

「おおっと、ごめんねネプギアー!…って、あれ?いーすん?いーすんがわたし達の部屋にいるなんて珍しいね」

「あぁ、やっと帰ってきましたか。中々帰ってこないから、今電話をしようかと思っていたところですよ?(。-∀-)」

 

 廊下を駆け抜けて扉を開け、ネプギアとの共用部屋に入ったわたしは、ぶつかりかけてネプギアを華麗に避けた後にいーすんを発見。

 

「え、いーすんまでわたしに用事?やー、参ったなー!ほんとわたしってば人気者だなー!」

「えぇ、先日の国道整備に関する件で色々と話が……」

「そうだネプギアはっ!?ネプギアはわたしに用事があったりしないかなっ!?」

「ふぇっ!?…あ、美味しそうな期間限定のチョコが売ってたから、一緒に食べようと思って買ってきたけど…い、いーすんさんの話はいいの…?」

「大丈夫!何せいーすんはわたしが信頼する、超優秀な教祖だからねっ!」

 

 本日四度目の胸張り発動!わたしはいーすんへの信頼を示しつつも、勢いで流れを掌握する!

 

「…………(´-ω-`)」

「…………」

「…………( *`ω´)」

「さ、流石いーすん!何も言わずとも、地の文すら使わずとも、活字媒体でありながら感情表現をするなんて凄い以外の何物でもないよっ!これはもう顔文字の魔術師・いーすんだねっ!」

 

……しょ、掌握するぅ!掌握するったら掌握するんだからねっ!

 

「はぁ…わたしは何も、厄介な案件があると言っている訳ではないんですよ?確認を頂きたい部分が色々とあるので、話を…と思っていただけです( ̄◇ ̄;)」

「大変な仕事だったりしない?」

「しませんよ、真面目に話に付き合ってもらわなくては困りますけどね( ̄▽ ̄)」

「んもう、そういう事なら心配しないでよ!やる時はやるどころかやりまくりなのがこのわたしなんだからねっ!」

「また調子の良い事を…。…そんな事、言われなくても分かっていますよ( ´ ▽ ` )」

「ですよね。お姉ちゃんは、わたしの憧れの…自慢のお姉ちゃんですからっ」

 

 さっきのあいちゃんみたいに表情を緩めて笑ってくれるいーすんと、満面の笑みでそれに続くネプギア。パトロール帰りに仕事が一個出来ちゃったけど…こんな事言われちゃったら、頑張らない訳にはいかないよね。なんたってわたしは、ネプギアに憧れられる、女神様なんだからっ!

 

「うん、その件もOKだよ!なんたっていーすんを始め、優秀な皆が熟考を重ねて出した結論なんだからね!ならそれに太鼓判を押すのがわたしのお仕事なのさ!」

「あれ、太鼓判ってそういう意味なんだっけ?…と思ったけど、いーすんさん達が信じられる事をお姉ちゃんが保証してる、って事なら、間違ってはいないのかも…?」

「そーそー、わたしは皆を信じてるからね。…ネプギア、女神のお仕事は責任を持つ事なんだよ。皆のする事、こうだってした事に、責任を背負えるのが良い女神様なんだからね」

「お、お姉ちゃん…格好良い、今のお姉ちゃん凄く格好良いよ…!」

「こーら、体の良い言葉でネプギアからの尊敬を得ようとするんじゃないっての」

「言っている事自体は正しいですし、それを実現出来る女神というのは実際立派なものですけど…ネプテューヌさんが言うと、どうにも素直に受け止められませんね…

( ̄▽ ̄;)」

「けど、わたしはそんなねぷねぷが大好きですっ」

 

 ぽふり、とネプギアの肩に手を置いて、静かな声音でわたしが言えば、返ってくるのはキラキラと輝くネプギアの瞳。それにわたしがゆっくりと頷いていると、呆れ気味の声が聞こえてきて…でもその後に、だけど好きだっていうこんぱの声も聞こえてきた。わたしが見た時には、腰に片手を当てたあいちゃんも、肩を竦めるいーすんも、なんだかんだ楽しそうっていうか、こんぱに同意するような顔をしていて、ネプギアなんて「わたしもですっ!」って力強く首肯していて……幸せだなだって、わたしは思う。

 

(うん、本当に幸せ。楽しいし、嬉しいし…何より皆、笑顔だもん)

 

 家族も、友達も、毎日一緒に頑張ってる相手も、皆笑顔。ここにいる四人だけじゃなくて、街にいる皆も、プラネタワーで働いてる皆も、今日わたしが会ってきた人皆が幸せそうな顔をしている。それが楽しくて、嬉しくて、夢みたいだって思える程に幸せで、だから……

 

 

 

 

 

 

「──これも、くろめの仕業?」

 

 わたしは、皆から背を向ける。そしてわたしは、振り返る。…くろめへと、向き直る為に。

 

「よく分かったね、ねぷっち。…いつから、気付いていたんだい?」

「いつからだろうね。どこからか、違和感があって…まあでも、確信したのは今さっきだよ」

 

 最初から、って言えたら格好良いんだろうけど、残念ながらそこまでわたしはクレバーじゃない。それに…簡単に気付ける程、雑な作りの世界でもなかった。

 今はもう、確信がある。わたしが見ていたのは、感じていたのは、全部嘘。…と、いうのも少し違和感があるけど、本物じゃない。それは、分かる。分かってる。

 

「驚きだよ。ねぷっちの『夢』は、オレからすれば違和感のない…自然なものだったと思うんだけどね。まあ尤も、オレは普段のねぷっちを詳しく知らない訳だけど」

「って事は、これは夢なんだね。…うん、思い出したよ。わたしは…ネプギア達に、負けたんだったね」

 

 言われた事で思い出す。わたしがこれまで、何をしていたのかを。思い出せた事で、何となく『何がどうしてこうなったのか』も分かってくる。

 

「…本当に、驚きだよ。何の変哲もない、ただの…ただ温かいだけの時間が、ねぷっちにとっての幸せとはね」

「ふふん、女神らしいでしょ?」

「あぁ、女神らしいね。…だからこそ、不可解だよ。現実離れした夢でないなら、何故気付く。まさか、ただの日常すら存在しない程、普段のねぷっちは荒んだ日々を送っている…なんて事はないだろう?」

「まさか。わたしが見てた夢は、なんて事ない普通の日常だよ。あんな感じの日々は、数え切れない位…当たり前みたいに、経験してるもん。……ある一点を、除いてね」

「ある一点?」

 

 夢の中で夢と気付く…明晰夢、って言うんだっけ?…事自体の難易度はまあ置いておくとして…その一点がなければ、わたしは気付かなかったかもしれない。そう思う程に、わたしが見ていた夢は自然で、現実味があった。でも一つ、ある一点だけは大きく違っていて…それでわたしは気付いた。気付かされた。これは違うって、わたしにとっての『本当』じゃないって。

 その一点が気になるように、訊き返してくるくろめ。わたしはそれに、小さく頷いて……言う。

 

「…皆がね、笑顔だったんだよ。皆が、きっと心からなんだろうなって笑顔をしていたから、わたしは気付けた」

「笑顔だったから気付けた?それは、どういう……」

「──違うんだよ。そんな事は、あり得ないんだよ。だって……現実なら、誰かは最後まで、心からは笑えてないからね。…わたしが仕事を、面倒な事を避けてばっかりいる女神だから」

 

 こんな事を、言う日が来るなんて思わなかった。思いもしなかった。…思える訳が、なかった。

 いつの間にか、部屋も皆も消えていた。今は何もない空間で…ここにいるのは、わたしとくろめだけ。

 

「誰もが笑顔故に、現実はそうじゃないが故に、その差異から気付く事が出来た、か…。大部分は自然だったからこそ、数少ない違いがむしろはっきりとした、と言ったところかな?」

「そんな、目敏く気付いたなんてものじゃないよ。…むしろ、わたしは気付かなかったんだからね。この夢を、皆が本当に笑っている光景を見るまで、現実はそうじゃなかったって事に」

 

 情けない話だけど、本当にわたしは気付いてなかった。…わたしが仕事をサボろうとしたり、その結果誰かに負担がかかったりしたら、その人は心から笑える訳ないだなんて、当たり前の事なのに。たとえ、ちゃんとしてない部分を含めてわたしを好きだって言ってくれる人がいても、それで自分が大変になったら、どこか困った笑顔になるのは当然なのに、そんな事すらわたしはこれまで気付いていなかった。

 本当に、情けない。情けないし…だけど漸く、わたしは気付いた。やっと、気付けた。

 

「見て見ぬ振りを、しようとは思わなかったのかい?…気付かないフリを、しても良かったじゃないか。少なくとも、ねぷっちにとってはそっちの方が好都合……」

「そんな事ないよ。確かに、気付かない方が…気付いてないって思えたら、そっちの方が気は楽だけど…そんなのは、わたしじゃないもん。駄目だって分かってるのに、皆が幸せじゃないって気付いてるのに、そこから目を逸らすなんて……それは、パープルハートの在り方じゃないわ」

 

 ゆっくりと首を振り、否定する。そしてわたしは、くろめを見据えて……女神化。パープルハートとしての姿で…わたし本来の、女神の姿で、今一度くろめと正対する。

 

「わたしはノワールみたいに常日頃から真面目に出来る訳でもなければ、ベールみたいにきっちり切り替えてオンもオフも手を抜かないなんて事も出来ないし、ブランみたいに思慮深く先の事を考えて行動出来る女神でもない。正直、ネプギアに憧れられる程の女神なのか自分でも不安になるような、そんな女神よ。…でもね、そんなわたしでも、皆を幸せにしたい…皆が笑顔でいられる国を、未来を作りたい、守りたいって思いだけは、誰にも負けないって言い切れるわ。同じ守護女神の皆にも、歴代の女神にも、別次元の女神にも…誰が相手でも、ね」

 

 自覚はしてる。わたしには駄目な部分が沢山あるって。わたしはわたしを間違ってるとは思わないけど…全肯定する程、高慢でもない。

 それでも、そんなわたしでも、この思いだけは誇れる。誰にも負けないって、断言出来る。…それが、わたしの『夢』だから。皆が笑顔で、幸せな世界…その為なら、幾らでも頑張れるから。

 

「…ふむ、残念だよ。折角友達になったんだから、良い夢を見せてあげようと思ったけど…どうやら、余計な事をしてしまったようだね」

「そんな事ないわ、くろめ。むしろ、わたしは感謝してるもの」

「…感謝?」

「えぇ、だって…この夢のおかげで、わたしは自分自身を見つめ直せたもの。自分が曇らせていた笑顔があるって…考えてみれば当たり前なのに、考えてなかったから分からなかった事を……教えて、もらえたんだもの」

 

 多分…いや間違いなく、くろめにそんな意図があった訳じゃない事は分かってる。わたしを惑わす為か、引き留める為か…それは分からないけど、くろめに意図があるんだとすれば、それはきっと自分の目的の為。

 だとしても、この夢はわたしにとって大きな意味のあるものだった。大切な事を、教えてもらった。だから……

 

「…だから、ありがとねくろめ。わたしに、気付かせてくれて」

「……ふ、ふふ…ははははははっ!ありがとう、ありがとうか!流石だ、流石だよねぷっち。これには完全に一本取られた。…本当に、君は…『ねぷっち』は、オレの想像を超えてくるね」

 

 わたしは微笑み、伝える。くろめのへの感謝を、気付かせてくれたお礼を。それを聞いたくろめは目を見開き、笑い…それから、口角を上げた。感心したような、愉快そうな…そんな、表情を浮かべながら。

 今はわたしとくろめだけになった空間が、薄れ始める。この空間が消えた時…きっとわたしは、目覚める。

 

「…どうやら、終わりみたいね」

「君が君を取り戻したんだ、であればもう止める術はないさ。ねぷっち自身の意思で、またオレのところに来てくれるのなら、オレは歓迎するけどね」

「残念だけど、それは出来ない相談ね。…妹にあれだけのものを見せられたんだもの。それに応えないようじゃ、姉失格だわ」

 

 やれやれ、と言うような声音のくろめへ、わたしは返す。正直、くろめの事は嫌いじゃない。くろめの影響下に置かれていた事で、理解出来た部分もある。それでも、わたしの戻るべき場所は決まっている。戻る場所も…これから、進む先も。

 

「ならばせいぜい、後悔するといいさ。オレとの道を違える、その選択を」

「後悔なんてしないわよ。信じる道を、全身全霊、全速力で走る…それが、わたしだもの」

 

 夢の世界が消える。意識が薄れて、そして目覚める。最後に聞こえたのは、皮肉を効かせたくろめの声で…わたしはそれに、笑ってみせた。選んだ道が正解だなんて確信はないけど…皆と歩む、自分の思いを貫く道なら、何も不安なんてないのだから。

 

 

 

 

 わたしは語った。あの時見た、夢の顛末を。夢も、くろめとのやり取りも、わたしが気付けた事も…全部。

 

「…そんな、事が……」

 

 語り終えた時…ううん、わたしが語ってる間、ずっとくろめは茫然としていた。その顔を見るだけで、分かる。やっぱりくろめは、この事を知らないんだって。

 

「…あ、先に言っておくけど、これについて謝るのは無しだよ?そりゃ勿論、良い夢を見させてもらったとは思ってないけど…見られて良かった、そう思える夢ではあったんだから」

「あ、ああ…ねぷっちがそう言うなら、謝りはしないよ…」

(って事は、言わなかったら謝ってたかもなんだ…)

 

 相変わらず後ろ向きだなぁ、と思うわたし。…あ、でも何かと自分の責任だって考えちゃうのはうずめもそうだし、その辺りは『うずめ』の性質なのかも?んまぁ、夢に関してはくろめもがっつり関わってる訳だから、責任感じるのも分かるけどさ。

 

「にしても、不思議な話だよね。わたしは精神世界的な場所でくろめと確かに話したのに、くろめの方は心当たりないなんて。あれも含めて、夢だったって事かなぁ…」

「それは…推測だけど、恐らくそうなんだろうね。…始めに言っておくと、オレはそんな仕掛けを…ねぷっちに幸せな夢を見させる細工なんてしていないんだから」

「え、そうなの?」

 

 てっきりわたしが正気(いや別に、あの時は正気を失ってた訳じゃないけどね)にならない為のものだと思ってたから、そうじゃないと言われて驚愕。じゃあ何、完全に偶々見ただけの夢?…とも思ったけど、そういう事でもないらしい。

 

「確証はない。けど、ねぷっち達をオレの影響下から引き戻す為にシェアエナジーを…それぞれの本質であり根源である力を用いた事、オレは最初、ねぷっち達の精神につけ込む隙間を作る手段として、心を軋ませるような夢を見せた事、そして何より、オレの能力は妄想…強く思い、願う事がトリガーになっている事から考えるに、もたらされたシェアエナジーとオレの力が作用し合って、ねぷっちの願いが…理想とも言える夢を見せるに至った、という事だとオレは思う。オレとの対話は…オレの力が、残滓の様に夢へと影響を及ぼした、といった辺りだろうさ。……けれどその結果、ねぷっちは幸せになったのではなく、自らの欠点を見せられる事になったのなら…相変わらず歪んでいるね、オレの力は…」

 

 考えながら話してくれたくろめの言葉は、そうなのかも…と思わせるものだった。くろめの話し方もあって、説得力があった。……まぁ、ぶっちゃけ難しくて、自分でも理解し切れてるかどうか微妙だけどねっ!

 

「…そんな事ないよ、くろめ。さっきまでの話の中でも言ったけど、わたしはあの夢のおかげで、大事な事に気付けたんだから」

「そう言ってくれると、救われるよ。…皆を笑顔に、か…オレも同じような理想を持っていた筈なのに、どうして間違えてしまったんだろうね…」

「それは…ごめんね、ちゃんとした事は答えられそうにないや。…でも、わたしだって、そう思いつつも実際にはサボったりだらけたりしてきたんだもん。女神でも、心から信じる理想があっても、中々上手くいかない…そういうものなんじゃない、かな」

 

 まあ、上手くいかない理由で比べると、ちょっとわたしのはしょぼ過ぎるけどね!あっはっはー!…なーんて言って、空気の好転を図るわたし。さっきのもそうだけど、自虐に走りがちなくろめに対して、同じ自虐ネタで何とかしようっていうのもちょっとどうかと思うけど…今度はくすりも笑ってくれた。

 

「…さてと。じゃ、そろそろ戻ろうよ。っていうかわたしは、いい加減戻らないと湯冷めしそうだから先に戻るね」

「いや、オレも戻るとするよ。…あぁ、でもその前に……」

「……?」

「…後悔、してないかい?」

 

 表情を緩めてはくれたけど、それでもちょっと瞳に複雑そうな…色んな思いがあるような色を、くろめは浮かべていた。今は、これ以上は、この話を続けない方が良い…そう感じたわたしは戻る事を提案して、くろめもそれに乗ってくれて……でも戻る直前、くろめはわたしを引き留める。引き留め、訊く。

 それは、夢の中のくろめが、最後にわたしに言った言葉。その問いを口にしたくろめは、冗談半分…でも残り半分は本気って感じで……だからわたしも、ちゃんとくろめの方を向いて、言う。

 

「もっちろん!皆守れて、平和も取り戻せて、今はくろめも一緒にいる…そんな最高のハッピーエンドになったんだもん。後悔なんて、ある訳ないよっ!」

 

 心からの、わたしの返答。それを受け取ったくろめは、照れ臭そうに…けど嬉しそうに笑ってくれて…わたしもそれに、笑顔を返した。

 わたしは知った。わたしの駄目なところを、皆の笑顔を望むなら、本当に必要な事を。でも、知っただけじゃ駄目。思ってるだけじゃ、意味はない。ずっとだらけてきたわたしだから、すぐに180度変える事は出来ないけど…それでもちょっとずつ、変えていきたい。その為に、わたしなりに頑張ってる。大変だけど、すぐ面倒にも感じちゃうけど…だけど、止めない。止めたくはない。だって……その先にあるのが、本当にわたしの望む、あの夢の中で見たような光景だって…信じてるから。

 

 

 

 

 

 

「……あ、ところでくろめ。くろめの予想通りなら、ノワール達もそれぞれ夢を見てたって事になるよね?」

「うん?まあ、条件は同じなんだから、その可能性は高いね」

「ならさ、皆はどんな夢見てたと思う?やっぱ崖っぷちから再起する為にエクストリームなスポーツをしたり、シャインなポストを目指したりする感じかな?」

「そ、それはないんじゃないかな…多分……」




今回のパロディ解説

・ほかほか状態
スマブラシリーズに存在するシステムの一つの事。四人対戦の格ゲーといえば、やはりスマブラシリーズですよね。四人対戦出来る事自体、格ゲーでは珍しいですし。

・「〜〜エクストリームなスポーツをしたり〜〜」
Extreme Hearts及び、同名の作中大会の事。あの良い意味でぶっ飛んでる感じなところと、全体的に明るく前向きな作風は、ちょっとネプテューヌシリーズに近いですね。

・「〜〜シャインなポスト〜〜」
シャインポスト及び、作品における代名詞的なフレーズのパロディ。上記のパロディもそうですが、アイドル要素的な意味では、ノワールならこんな夢を見てるかもですね。


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第十七話 失われた記録、失わせた記憶

 新たな国の守護女神となる(今はもうなった)イリゼから引き継ぐ形で、俺とうずめ、くろめは特務監査官になった。各国の教会、特に女神に対する監査を主な仕事とし、立場の関係上教会以外にも大きな力を有する役目…それは俺にとって明らかに分不相応な仕事であり、っていうか前任が女神で、同僚も女神な仕事なんて普通に考えて無理で、ぶっちゃけ俺は断る事も考えた。

 が、女神から直々に言われたんじゃ、一般人…や、今はもう一般どころか、人の枠に収まってるのか怪しいところだが…とにかく精神面は普通なつもりな俺としては、断るに断れない。同じ特務監査官、それも本命であろううずめとくろめの仲を取り持ち、更にくろめにとっての枷…引き留める存在として機能してほしいという意図を聞いてしまえば、尚更断れない。そして何より…今の俺は、完全なる無職。クエストで稼ぐとか、賃金に繋がる制度を活用させてもらうとか、他に選択肢がない訳じゃないが、こんなにも渡りに船且つ破格の待遇で職が見つかったとなれば、上二つとは違う意味で…逃してなるものかって意味で、断れない。断りたくない。だから俺は、熟考の末特務監査官の任を引き受け……現在、とても苦労しています。

 

「あー……駄目だ、全然進まん…」

 

 身体を仰け反らせ、椅子に背中を深く預け、脱力しながら俺は呻く。

 今俺がいるのはプラネタワーに設置された特務監査官用の部屋で、現在はデスクワーク中。監査を主にする仕事だからって、それだけが業務な訳じゃない。…まぁ、当たり前だわな…。

 

「全くだ…やってもやっても終わらねぇし、一つの事柄を進めるのに色んなところから情報引っ張ってこなきゃいけねぇとか、細々とした事まで一々やる必要があるとか、勘弁してくれっての……」

 

 大変だ、けどやらない訳にもいかねぇんだよなぁ…とか思ってる中で聞こえたのは、うずめの声。身体を起こせばうずめも今さっきの俺みたいな格好をしていて…続けざまに、冷ややかな声も聞こえてきた。

 

「遊びじゃないんだ、楽な訳ない事位考えなくても分かるだろう。後、監査の情報をほいほい他人に見せる訳にはいかない以上、細々とした事もオレ達でやらなきゃいけないのは当然の事だ」

「うぐっ…わ、分かってるよそんな事は…!」

「なら、文句言わずにやる事だね。ウィードは全くの未経験からやっているのに、曲がりなりにも女神の《俺》がウィードと同じような事を言ってるんじゃ、情けないとは思わないのかい?」

「ぐ、ぐぐぐ…ここぞとばかりに言いやがって…!こっちは記憶がねぇんだから…って言うとむしろ言い訳っぽくなるんだよな、くそぅ…!」

 

 テキパキと作業を進めつつ、余裕綽々の様子で言うくろめに対し、うずめは悔しそうに顔を歪める。普段は互角の言い合いをする二人だけど、今回は状況と発言の内容的にうずめが言い返せず、くろめが一方的に追い詰める形となっていた。…わー、くろめ気分良さそうな顔してるよ……。

 

「…って、うん?そういや、くろめって前からデスクワーク得意だっけ?俺、あんまりそんな印象ないんだが……」

「あぁ…確かに昔は得意じゃなかったね。恐らく『天王星うずめ』の要素が、オレと《俺》にそれぞれ分かれた事で、ものによっては元々より向上してる…って事なんだろう。言うなれば、足して二で割るの逆、引いて二を掛けた状態…かな」

 

 まあ尤も、その場合はリソースの分配先が減り、残った要素へより多く注げるようになったってだけで、素質や才能そのものが伸びてる訳じゃないだろうけどね。…そんな言い方でくろめは締め括り、視線を俺から仕事へと戻した。今言った推測が正しいかどうかなんて、俺には知る由もないが…それを語るくろめの言い方や雰囲気が、その内容へと説得力を持たせていた。うずめより、分かり易く『知的』って感じだった。…も、勿論うずめは知的じゃないとか、そういう事を言いたい訳じゃないぞ…?……ごほん。

…本当に、今のくろめと昔のくろめ…嘗てのうずめとは、抱く印象がまるで違う。根っこの部分は同じって事は分かってるが…それでも、変わったなぁと常々感じる。

 

(変わったからこうなったのか、こうなったから変わったのか…なんてのは、今更な話かな……)

 

 俺の覚えている、俺がまだ普通の人間だった頃のくろめは、今のうずめと同じ…とまでは言えないが、かなり近いものだった。今思えば、その頃の時点で、俺が知り合いになったばかりの頃のくろめとほんの少し違っていた…変わりつつあった気もするが、ここまでの大きな変化じゃなかった。

 本来国を守る筈の女神が、理由や心情はどうあれ、別次元も巻き込んで信次元に災厄をもたらした…その行いをする中でくろめも変わっていってしまったのか、変わった事で過激過ぎる行いをするに至ったのか、今更考えても仕方ないのに考えてしまう。けど、考えたところで答えが出る筈もなく…代わりに頭へ浮かんできたのは、新たな疑問。

 

「…そういえば…どうしてくろめの事を、っていうか『天王星うずめ』って女神の事を、誰も気付かなかったんだろうな…。一般人だった俺はともかく、女神だったら歴史に詳しい人や、それなりの立場にある人だったら知識として知っててもおかしくないだろうし…ってか、イストワールさんまで気付かなかったのは流石にちょっと変なんだよな……」

「…………」

「あ、言われてみればそうだな。俺も昔の女神だ、って気付かれた事なんてなかったし…俺ってもしや、滅茶苦茶不人気だったとか、無茶苦茶任期が短かったとかなのか…?」

「いや、そんな事は……くろめ?」

 

 特別頭が良い訳でも歴史好きという訳でもない俺でも、歴代の女神の名前を挙げろと言われたらちょっとは出てくるし、うずめっていう女神を知っている人が現代にいたって何もおかしな事はない。というか、誰も知らないんだとしたら、むしろそっちの方が不自然で…だが実際のところ、今までうずめやくろめに対して『昔の女神』と気付いた相手に俺は出会った事がない。イストワールさんですら、全く分かっていなかった。それがどうにも不可解で、うずめの言うような事はなかった筈だと俺は返し…そこで、気付く。くろめが、酷く暗い表情をしている事に。

 

「…大丈夫か?」

「その顔…誰にも知られてなくてショックだったとか、そういう感じの表情じゃねぇよな…?」

「…そこまで察するなら、俺の心情まで察してくれればいいのに…」

「…そりゃ悪かったな。けど、同じ『うずめ』でも、何でも感じ取れる訳じゃねぇよ」

「……悪い、今のは軽率な発言だった…撤回するよ、《俺》」

「あ、お、おぅ…ほんとに大丈夫か…?」

 

 普段言い争いになると、お互い中々非を認めないのがうずめとくろめ。にも関わらず、すぐ謝ったくろめの様子に、うずめまでもが心配そうな顔になり…くろめは吐息を漏らす。ゆっくりと、心の中に溜めたものを吐き出すように。

 

「…大丈夫さ。自分なりに、もう受け止めてはいるんだ。受け止めるしか、ないんだからね」

「…って、事は…くろめは誰にも気付かれていない理由が、分かってると…?」

「あぁ。…恐らく、忘れさせたのさ。オレが…本来の、『天王星うずめ』が」

「それは、どういう……」

 

 自分が忘れさせた。くろめが発したその答えに、俺は困惑する。何せ、どういう事か全く分からないから。そして困惑したまま俺が訊き返せば、くろめは続ける。

 

「オレにもはっきりした事は分からない。忘れさせる事で復活した際、また行動を邪魔されたりしないようにする為か、オレに賛同してくれていた人達を不安がらせない為か、他に理由があったのか…とにかく封印される中で、きっとオレが記憶からも、記録からも『天王星うずめ』を消したんだ。…確かめようがないから、そうだと思うの域は出ないけど、ね」

「…そんな事まで…出来る、のか……」

 

 疑問形になりかけたところから、声のトーンを落とす。普通に考えたら「そんな馬鹿な」って思うが…妄想能力の非常識さを考えれば、あり得なくはない。

 

「…解除は、出来ないのか?忘れさせる事が出来るなら、その逆も……」

「いいや。多分それは、無理な話だ。記憶も、存在したという形跡も丸ごと消すイメージと、それが復元されるイメージ…それも長い時が経った分の積み重ねの整合性も踏まえて復元するイメージじゃ、難易度がまるで違うから…ね。それに……」

「それに?」

「オレも《俺》も、本来のオレから分化したような存在なんだ。オリジナルが施したものを、分化の片割れが覆すなんて、土台無理な話という訳さ」

 

 語り終え、くろめは小さく肩を竦める。その口振りや雰囲気から感じるのは…ある種の諦観。何とかしよう、何とかしたい…そんな思いは既になく、今ある現実を受け入れている…そんな風に、感じられた。

 けど、確かにくろめはさっき、暗い表情をしていた。ならくろめは、受け入れてはいても飲み込み切れてはいないという事か、それとも…純粋に、後悔しているのか。

 

「…記憶、か…俺にゃ過去の記憶がなくて、信次元には『俺』の記憶がなくて…記憶って、案外脆いもんなんだな…ウィードも記憶喪失だったし、ねぷっちは今もそうだし、いりっちも記憶喪失だと思ってた時期がある訳だし……」

「…信次元の事はともかく…やっぱ安売りかよって位、ここ周辺に記憶喪失多いな……」

「…そういえばオレも、目覚めた直後は記憶があやふやだったな……」

「えぇ…?《オレ》まで記憶喪失だったってのか…?じゃあ特務監査官、記憶喪失関連度100%じゃねぇか…」

「別に記憶喪失じゃない、あやふやだっただけだ。…と、いうか…《俺》はいつまで休んでいる気だい?」

「うっ……」

 

 話を切り替える…というか、本来していた事にくろめが戻せば、今度はうずめが表情を曇らせる。…と言っても、うずめに関しては単に「仕事が難しくて気が重い」ってだけだろうけど。てか、俺も同じ気持ちだけど。

 

「全く…そんなに嫌なら、この件を片付けにでも行けばいいさ。その方が、ここで唸っているより余程時間を有益に使えるだろう」

「信国連関係の監査?…確かにこれなら、書類や画面と睨めっこしてるよりはずっと良いかもな…珍しく気が利くじゃねぇかよ、《オレ》」

「何、気にする事はないよ。その間にオレはウィードへ色々と指南を…『二人で』指南をしているから、《俺》はのんびり行ってくるといい」

「あいよ……っておいこら《オレ》!それ、体良くウィードと二人になろうとしてるだけじゃねぇか!」

 

 多分策略じゃなくて、うずめを煽っているだけなんだろう。そう思わせる、わざとらしい表情でくろめは言い、すぐにうずめも切り返す。さっきまでの重めな空気はどこへやら、二人のやり取りは完全にいつも通りで…俺もまた、いつものように苦笑いを漏らす。

 

(…けど、ほんとにくろめは諦めてるのか…?仕方ないって、思えてるのか……?)

 

 いつも通りの、二人の言い争い。だが俺の心の中には、一抹の不安が残る。

 自分で決めて諦めるのと、諦めざるを得ないのは違う。昔俺が、誕生日にくろめと会えなかった時の様に、後者だったらずっと無念や後悔が後を引く。それに、今はもう善良な…俺の知っている『うずめ』に戻ったとはいえ、元々くろめは自分なりの大望があって、その為に行動してたんだ。その大望は正面から打ち砕かれたとはいえ…そっちも、本当に諦めや割り切りが付いたんだろうか。付いてたとしても、付いてないとしても…今のくろめは、幸せなのだろうか。

 

「ほら、《俺》向けの仕事は他にもあるよ。飛竜の卵を運んでくる仕事や、ちょっと最新の機体を乗り回してる無法者を倒してくる仕事、どっちでも好きなのをやるといい」

「それどっちも事前情報無しだとびびるやつじゃねぇか!《オレ》こそ…えーっと、あれだ。正解率1%にでも挑めばいいじゃねぇか」

「苦し紛れに何を言っているのやら…」

「おかしな事言ってんのはお互い様だろーが…!」

 

……まぁ、今のふざけたやり取りを聞く限り、しかもそれをうずめとしている辺り、思い詰めてるって事はないんだろうが…いや、ほんとどうなんだろうな…。俺の知ってるうずめは、割と気分屋っていうか、単純なところもあるし、案外俺の杞憂なだけかも…?

 

 

 

 

 充実した日々を送れている。そう感じられるのは、いつぶりだろうか。オレがまだ、守護女神だった頃か。それとも、彼女と…今はもういない、オレを慕ってくれたあの少女との日々以来か。どちらにせよ…随分と長い間、この感覚をオレは忘れていた。

 今のオレは、叩きのめされ、大望も果たせず、とことんまで無様を晒した末にここにいる。特務監査官…というのも、少なくとも守護女神より上の地位って事はないだろう。今ここにいるオレが、オレの望んだ姿ではない事は間違いない。…それでも…確かにオレは、感じている。ウィードとの…皆との日々に、充実を。

 

「ふぅ……」

 

 仕事机の上を片付け、小さく吐息を吐く。今日も仕事は疲れた。内容的にも楽なものじゃないが…疲れる要素は、他にもある。というか、ぐてーっとしている同僚二人が、それだ。

 ウィードはいい。全くの未経験、それも元々は普通の人として暮らしてたウィードがいきなりこんな仕事をする事になっても、上手くいかないのは当然の事だ。むしろ上手くいかないなりに努力しているんだから、そこは流石ウィードというもの。なんだかんだ昔は思い付きもしなかった、ウィードと同じ仕事を共にするっていうのは……正直、悪くない。凄く…悪く、ない。

 だから、問題はもう片方だ。もう一人のオレ、《俺》の方だ。ほんと、なんなんだ《俺》は。百歩譲って、記憶がない分それを活用出来ないのは仕方ないとしよう。だが、こう…もうちょっと何とかなるだろう。オレから見てもオレより《俺》の方が、本来の『天王星うずめ』らしい性格をしてるんだから、デスクワークももう少しマシになってほしいとしか言いようがない。……昔のオレもデスクワークは得意じゃなかったんじゃないのか、って?あぁそうだね、今日ウィードに言った通りだ。けど、限度というものがあるだろう、限度というものが。

 

「はー…俺、体力には自信があるんだけどなぁ…」

「苦手な事なら疲れるのも仕方ねぇよ。俺だってまだまだだし、お互い頑張ろうぜ?」

「お互い頑張ろう、か…ま、そうだな。ウィードにそう言われちゃ、情けない事なんて言ってらんないよな」

 

 にっ、と笑ったウィードの言葉で、《俺》は元気を取り戻す。…不服だ。何がとは言わないが、苦手だから疲労してるだけの《俺》が特別頑張ってるみたいに言われてるのは非常に不服……

 

「くろめもお疲れ。今日も色々と気を遣ってくれてありがとな。やっぱ…昔から、くろめは頼りになるよ」

「…ま、まあウィードが努力しているのは明白だからね。頑張っている相手に力を貸すのは、女神として当然の事さ」

 

……前言撤回、別に不服じゃなかった。…うん、これからもウィードには最大限力を貸そう。…め、女神としてだ。あくまで女神としてであって、別にまたありがとうとか頼りになるとか言われたいからじゃ…ご、ごほんっ。

 

「…さて、オレはこれから少しイストワールに用事があるんだ。ここの戸締りは任せるよ」

「あー、あいよ」

 

 頷くウィードと、手をひらひらさせつつ軽い調子で答える《俺》。片付けのし忘れがないか最後に一度確認をし、それから俺は部屋を出る。廊下を進み、イストワールの執務室へ向かう。

 

「イストワール。…イストワール?」

 

 到着し、扉をノックして呼び掛ける。…が、無反応。もう一度呼び掛けるが、やはり反応がない。

 

(空いている?という事は、席を外しているのか…)

 

 数秒考え、中で待たせてもらう事にするオレ。倒れている…という可能性は考えなかった。しっかり者且つ記録者であるイストワールが自身の体調不良に気付かないなんて事はないだろうし、基本戦場に立つ事はないとはいえ、イストワールは十分な強さを有しているのだから、その線は…まぁ、ゼロではないにしろ極めて低いというもの。

 そうして入って見たものの、やはりイストワールはいない。…に、しても……

 

「…ふふっ。前より小さくなってるじゃないか」

 

 部屋に並ぶ、ミニチュア家具。ドールハウスのグッズの様なそれ等が、全て実際に使われてるというというのは、何度見ても不思議な感覚を抱かされる。

 それに、今のイストワールは、昔のイストワールより小さくなっている。身体が小さくなったのなら、家具や日用品も更に小さい物が必要になる訳で…やたら凝った子供が玩具を出しっ放しにした、と言われたら納得出来なくもなさそうな光景を目にすれば、思わず笑みが溢れてしまう。

 

「…………」

 

 部屋には普通のソファもある。急用でもないのだから、とオレはそこに座って暫し待ち…仕事中の、あのやり取りを思い出す。

 信次元から消えた、オレに纏わる記憶と記録。それは、ウィードを除けば、多分唯一嘗てのオレと『同じ時代』にいたイストワールも例外じゃない。そしてイストワールは、オレの時も教祖…つまり、ずっとオレを支えてくれていた訳で……寂しさがないと言えば、嘘になる。

 けど、それは自業自得だ。その時は無意識だったとしても、オレの力で消したというなら、責任はオレにある。オレにしかない。

 

「…話して、みるか…?…いや、でも……」

 

 オレからは、オレが守護女神だった頃の話をしていない。だが過去の女神である事はオレが皆と敵対していた時から明かしているし、記録者として正確且つ膨大な知識を、記録を有しているイストワールならば、過去を洗い直し、その中で改変された記録に違和感を持っていてもおかしくはない。

 なら、話してみるか。もし話す事で、イストワールが思い出してくれたのなら…嬉しい。嬉しいし、謝りたい。……けれど、そうならなかったとしたら、むしろイストワールに申し訳なく思わせてしまうだろう。それはオレの望むところじゃないし…少し、怖くもある。思い出してもらえない…そうなった時の事を思うと、心が二の足を踏んでしまう。

 今だって、別に悪い関係じゃないんだ、ならそれでも良いじゃないか。…そんな、言い訳のような思考にオレは流され……

 

「……うん…?」

 

 そこでふと、そこで不意に、オレの目に留まったある空間。それは一見すると、なんて事ない本棚で…けれど妙に、壁から離れている。離れているといっても人が通れる程じゃない、少々前に置き過ぎたという程度の位置で…でも、イストワールがそれをそのままにするだろうか。…いいや、しない。通常サイズの本棚故に、自力で移動させられないとしても、イストワールなら誰かしらへ「手の空いた時に手伝ってほしい」と言うに違いない。

 にも関わらず、そのままというのはどうにも変で…つい、調べてしまった。本棚をもっと前に出し、ぐるりと一周回って見て、触れてみて……指が、引っかかる。オレからすれば僅かな、されどイストワールからすれば、十分であろう引っ掛かりに。

 本棚の裏側にあった、指を引っ掛ける場所。更によく見る事で、オレはそれが引き戸である事を認識し、動かし……見つけた。見つけてしまった。裏側にある、もう一つの本棚と、そこにあった多くの本に。

 

「これは…日記帳……?」

 

 豆本の様なそれを、一冊手に取る。日記帳だとすれば、勝手に読むのはマナー違反もいいところ。…分かっている、分かっているのに…つい、オレは開いてしまう。まるで心が引き付けられるかのように、半ば無意識的に。

 

【──今日は休日。いつもの通り食堂で朝食を取り、予定通り彼女と出掛けた。新たな女神として生まれたばかりの彼女は、少々内気ながらも真面目で、どこに行くかもきっちり決めていた。…これに対し、「彼女も歴代の女神と同じような、困った一面が段々出てくるのだろうか…」と思ってしまった事が悲しい。】

 

「……間違いない、イストワールの文体だ…年代は…オレが生まれるよりも前か…。…けど、どうしてイストワールが日記なんか…」

 

 湧き上がるのは、興味にも似た疑問。もう一部とはいえ読んでしまったのだから、と躊躇いが薄れ、オレは飛び飛びで日記帳を手にしてはぺらぺらと軽く開いてみる。

 相当昔から書いているらしく、日記帳の数は膨大。一冊一冊が小さい分、まだ本棚には余裕があるものの、一体何冊あるのかぱっと見じゃまるで分からない。

 

(…段々と内容が日記らしくなっている…心境の変化?それとも……)

 

 比較的昔の日記は、ただ朝から順にあった事を書いているだけの、味気のない内容になっている。それが時代を重ねるにつれ、日記らしく…感想や余談やらが書き加えられるようになっていき、自然と情景も思い浮かぶ。普段は良識的でふざける事のないイストワールも、現代に近付けば近付く程砕けた文体を見せるようになって……って、何を読み耽っているんだ、オレは…。冷静に考えたら、これはさっさと日記帳も本棚も元に戻すべき状況じゃないか…。正直に話すにしても、読んでいる最中に見つかるのと、戻した上で自分から言うのとじゃ、イストワールからの印象もまるで違……

 

「……──っ!」

 

 もう止めよう。まるでそう思っていたオレを引き止めるように、パラパラと開いていたページの中で、ある単語を見つけてしまう。…うずめという、本来のオレを指す単語を。

 それはつまり、オレが守護女神として生まれた時代に入ったという事。それだけでも気を引かれるが…オレは気付く。ここになら、オレが封印された後の事も…その後の日々も、綴られているんじゃないかと。改変の影響は当然ある筈だが…それでも、何かが残っているんじゃないかと。そして……

 

【──止める事が、出来なかった。結局、言葉でも、思いのぶつけ合いでもなく、一方的に彼女の…うずめさんの道を閉ざす事しか、自分は出来なかった。それも最後は、お三人任せになってしまった。

間違った事をしたとは思っていない。何としても、こんな形ではない解決方法を、違う道をわたしは見つける意思もある。…それでも……ごめんなさい、うずめさん】

 

……オレは、見つけた。オレが封印された日の…その日の、日記を。そこにある、悲痛な後悔を。

 

「……っ…イスト、ワール……」

 

 違う、そうじゃない。イストワールも皆も、何も悪くない。…そう、言いたかった。伝えたかった。

 ページを、捲る。読み進めたところで、重なるのはきっと悔やむ思いだけ。それでも、手は止められない。

 

【──国民には、語れない事情があるとしか言いようがない。そして当然、納得しない者や不信感を抱く者も少なからずいるものの、全体としては一定の理解を得られた事からも、うずめさんが良い女神であったと痛感する。…そのうずめさんを、わたしは止められなかった】

 

【──うずめさんの力は、うずめさんに結び付いたもの。一時的に抑制するだけならともかく、長期的に封じ込める事など、それこそうずめさん自身を封印する以外にないのかもしれない。…けれど、それが諦める理由にはならない。諦めて、なるものか】

 

【──今のところ、国の運営は何とかなっている。あまり考えたくはないものの、新たな女神が望まれ、生まれれば、そのまま緩やかに移行していく…そんな未来も、あり得る。それを国民が望むというなら、国としては、それも恐らく悪くない。けれど…そこには、そうなった未来には、うずめさんとの日々はない。時に困らされ、時に苦労し…それでも頼れる女神であった、うずめさんとの日々は】

 

 毎日の様に綴られる、オレがいなくなった後の日々。後悔、哀惜、焦燥…あれからイストワールは、そんな思いを常に抱えていたのだと思い知らされる。

 ただ…それと同時に、気になる事もある。まず第一に、日記の中でオレの名前だけが、酷く薄い。それにこの日記を読む限り、イストワールはオレの事を忘れていない。この日記自体、オレの情報が残っている。これはどういう事なのか、本当は覚えているままなのか、現状と日記との齟齬をオレは飲み込み切れず……けれどすぐに、その疑問は解消される。…オレにとって、望まない形で。

 

【──最近、うずめさんを思い出せない事がある。これはわたしにとって、異常としか言いようのない状態だ。全てを記録するわたしにとって、忘れるという事はあり得ない筈なのに、確かに忘れてしまっている瞬間がある。…原因は、調べないといけない】

 

(…思い出せない…忘れている…これは、まさか……)

 

【──うずめさんを思い出せない時も、忘れたままでいる時も、日に日に増えている。一切の不調がない筈なのに、うずめさんの事だけが記憶から抜け落ちている。

…恐ろしい。このまま記憶から抜け落ち続けるのかと思うと、怖くてたまらない。忘れてしまってはうずめさんを目覚めさせる事も出来なくなるし…何より、忘れたくない。わたしにとって信頼する相手であり、友の様でも…家族の様でもあった、うずめさんを】

 

 すぐに、分かった。オレが存在した形跡の消滅は、一瞬で行われたのではなく、少しずつ進んでいたのだと。全ての人や物に対してそうなのか、イストワールが特別なのかは分からないが…それは、間違いない。

 だが、この段階ではまだ忘れ切ってはいない。まだこの頃のイストワールは、オレを覚えてくれている。…だから、怖い。この先を見るのが、この先を知るのが。結末が分かっていても、それでもその瞬間を目の当たりにするのは、恐ろしさがこみ上げてくる。そして……

 

【──うずめ。これは一体、何を指す言葉だろうか。文字としても薄い事からして、書き間違えた部分を消しただけとも思えるが、書き間違えた覚えもない。…どういう、事だろう】

「あ…あぁ……」

 

──それが、イストワールの記憶から完全に、オレの存在が消えた瞬間だった。オレの力の影響か、文体からは疑問にこそ思っていても、深く調べようとしているような雰囲気はなく…そこから先で、オレの名前が出る事はなかった。それ以降で綴られているのは、まるで最初からオレなんていなかったかのような日々だけだった。

 

(…分かって、いたさ…分かっていた、事じゃないか……)

 

 全て、分かっていた事。ウィードに語った通りの結果。結論は知っている前提なのに…なのにどうして、こんなにも辛いのか。

……いや、分かってる。辛い理由なんて、考えるまでもない。だって、だって…オレは、うずめは……

 

「──くろめ、さん?(´・ω・`)」

「……ッ!!」

 

 次の瞬間、不意に聞こえたオレを呼ぶ声。反射的に、オレは肩が震えるのを感じながら振り向き……目にする。いつの間にか部屋へと戻っていた、イストワールを。

 

「…あー…遂に見つかってしまいましたか…。やはり、確実に隠しておきたいのなら、毎回きっちりと移動させるべきでしたね……(;´д`)」

「あ…いや、これは……」

「大丈夫ですよ。…あ、いえ、大丈夫じゃないです…普通に恥ずかしいので、取り敢えずは直して頂けると助かります…(><)」

 

 茫然としてしまったオレに、ほんのりと頬を赤らめたイストワールが言う。至極当然なその返しでオレは我に返り、即座に日記帳を本棚へと戻す。それから引き戸を閉め、表側に回り、本棚を元の位置に……

 

「…くろめさん…?」

「なにかな、イストワール。…そうだ、謝るのが先だったね。すまない、イストワール。君のプライベートを覗き見るような事を……」

「い、いえ、そうではなく──どうして、泣いているんですか…?」

「え……?」

 

 ぴたり、と止まる。イストワールの言葉で、オレは一瞬思考が停止し…半ば無意識的に、頬に触れる。そして…感じる。頬を伝い、指先を濡らした、一筋の涙を。

 

「…これは…オレは……」

「…もしや…何か、見つけたんですか…?わたしの、日記の中で……」

「……あぁ、見つけたよ…オレがどれだけ、オレを支えてくれていた相手に思われていて…その相手に、どれ程の悔やみと重荷を負わせてしまっていたのかを…」

 

 手を頬から降ろし、答える。自分でも分かる程に、オレの声は力ないものだった。

 自分の愚かさが、嫌になる。確かに昔、イストワールはオレの事を、オレの望みを理解してくれなかったが…それ以上に、オレがイストワールの思いを理解していなかった。話す機会は何度もあって、何回も話していたのに…オレはイストワールへ「理解してくれない」と決め付けていたから、伝わる筈の思いを何一つ感じられていなかった。…それに、きっと…オレが理解していなかったのは、イストワールの事だけじゃない。

 

「…ごめん…ごめん、イストワール…。オレは何も分かっていなかった…ずっと、ずっとオレは……」

「…落ち着いて下さい、くろめさん。そちらに、どうぞ」

 

 口調から顔文字の消えたイストワールに促され、オレは再びソファに座る。オレが俯く中、イストワールは通常サイズのカップを用いて、オレにお茶を淹れてくれる。

 

「…見つかってしまいましたし、話しましょうか」

「話…?」

「日記の事です。くろめさんは聡明ですし、わたしが日記を付けている事に疑問を抱いたのでは?」

「…そうだ…イストワール、君は日記なんて…記録を外部に残す必要なんてない筈…。なのに、どうして……」

 

 テーブルの上、カップが置かれたのとは反対側へと降りたイストワールは、静かな声でオレに言う。向けられたその問いに、オレは小さく頷きを返す。

 

「その通りです。わたしは凡ゆる情報を記録し、調べる事が出来ます。わたしも力の根源はシェアエナジーである以上、シェアが絡むとその限りではなくなりますが…日常においてあった事を、わざわざ何かに書き残す必要は、少なくとも自分用としてはありません」

「…なら、何故……」

「…だからこそ、ですよ。随分と昔の事ですが、わたしは…いえ、『その頃のわたし』は、ふと思ったのです。全てを知り、記録出来る自分にとって、記録と記憶…記録者として知り得た事と、一人の人として見聞きした事との境界は、酷く曖昧なものではないか、と」

 

 その頃のわたし…そんな言い回しを用いて、イストワールは話してくれる。

 もしかするとこれは、これまで誰にも話してこなかった事なのかもしれない。慣れない様子で、ほんの少し照れるような顔で言葉を紡ぐイストワールからは、そんな風に感じられる。

 

「実際に、記録と記憶が混同していた訳ではありません。ただ、わたしは…女神とはまた違った意味で特殊な存在あるが故に、その時の、その一日の『自分』がしてきた事、体験してきたものを、何かに残したいという思いを抱き…それから、日記を始めたんです」

「…じゃあ、始めの方の日記が、ただ出来事を記録しているだけの内容だったのは……」

「始めはそれで十分だと思っていたから、ですね。勿論日記に慣れていなかったから、というのもありますが。…けれど、読んだのであれば分かる通り…ただ記録するだけでは、味気ないんですよね。書いていても、読み返しても、何も響くものがない日記…そう気付いてからは、少しずつ記録以外のものも混ざるようにしていったんです。…と、いうか…その頃の日記まで読んだんですね…」

 

 イストワールの語る内容に、共感は出来ない。共感出来るのは、きっと同じ力を持つ者…即ち別次元のイストワール位だろう。…けど、大事なのはそこじゃない。大事なのは、それをイストワールが教えてくれた事であり…オレを気遣い、秘密を明かしてくれたという事。

 

「元々はそのような動機で始めた事ですが、今となっては趣味の様なものです。書いていると、一日の中であった事だけでなく、その時々の感情も思い出して、中々面白いものですよ。…まぁ、胃が痛くなる事もありますが」

「……すまない、イストワール…オレの為に、そこまで話してくれて…」

「いえいえ。あぁでも、日記の事は秘密にして下さいね?…別に、恥ずかしい趣味だとは思っていませんが…何となく、知られてしまうのは照れ臭いので……(//∇//)」

 

 それは勿論、とオレは返す。勝手に部屋を漁り、日記を読んだ挙句、その事を口外するなんて、控えめに言っても最低な行為だ。……そう、最低な…行為なんだ…。

 

「…一つ、訊いても…いいだろうか……」

「はい、なんでしょう?(・・?)」

「イストワールは、オレの事を覚えていないんだろう…?なら…ここにある日記から、オレの事を調べようとはしなかったのかい…?」

 

 後悔や失意で心が沈んでいく中、イストワールに問う。深い意味なんてない、ただ引っ掛かるからという理由で、イストワールに尋ねる。それを聞いたイストワールは、一瞬考える様な表情をし…けれどそこから続く反応は、オレが想像しなかったもの。

 

「それは……あ、あれ?…言われてみれば、確かにそうですね…どうして、わたしはそれを思い付かなかったのでしょう…」

「…思い、付かなかった…?日記は、毎日付けているんじゃ…?」

「は、はい。ですからそれを思い至らないなんて事は……」

「…イストワール……?」

「あ…す、すみません…。…えぇ、と…確認、ですけど…くろめさんが…いえ、うずめさんが守護女神だったのは、いつの時代…でしたっけ…?」

「……っ…!」

 

 明らかにおかしい、イストワールの反応。再び口調からは顔文字が消えており、動揺も見て取れる。そして、オレが女神だった時代はいつか、と訊かれた事で、オレは確信する。

 まだ、オレの能力による忘却は続いているんだ。少なくともイストワールにはその影響があって、記憶にも認識にも、思い出せないように力が作用しているんだ。それでも完全に思考が止まるような事はないのは、イストワールの記録者としての能力があるからかもしれない。オレの名前が薄くなっていながらも、日記の内容そのものは消えていないのも、ひょっとすると書いたのがイストワールだからなのかもしれない。

 段々と、イストワールの表情が曇っていく。思い出せない事に、きっと焦りや不安を感じている。…なら、オレは……

 

「…まぁ、別にいいよイストワール。オレはもう、『暗黒星くろめ』であって、『天王星うずめ』じゃない。ここにいるのは、愚かで、身勝手で、自分がどれだけ友や仲間に恵まれていたのかを気付きもしなかった…どうしようもない、女神崩れなんだから…ね」

 

 オレは選ぶ。イストワールに思い出させない選択を。オレは被る。皮肉屋で自虐的な、きっと「くろめらしい」と思われる仮面を。…あぁ、そうだ。これでいい。イストワールは既に、思い出せない事でも苦しんだんだ。辛い思いを、オレがさせたんだ。なら、もう同じ事は繰り返しちゃいけない。思い出してもらえないのだとしたら……それはオレにとって、当然の報いなんだ。

 

「くろめさん…そんな、自分を貶めるような事を言う必要は……」

「間違っているよ、イストワール。オレは自分を貶めたんじゃない、事実を述べたまでだ。それよりも…というか今更だけど、オレは君に用があって……」

 

 全てが因果応報、自業自得。そう思うと、気が楽になる。誰も悪くなくて、全てオレが悪い…そう思ってしまえば楽で、しかも完全にその通りなんだから、間違いなんてない。

 ならばもう、この話はいいだろう。これで終わりにして、当初の目的を果たして、オレも戻るのが一番だ。そう自分の中で結論付けて、オレは話を切り替えようとして……雫が、零れ落ちた。ぽたり、とオレのスカートに、オレの頬を伝って、雫が…涙が。

 

「……っ、ぅ…なんで、また…」

「…本当に、いいんですか…?くろめさん…本当は、貴女は……」

「いい、いいんだイストワール…!今は少し、調子が…悪い、だけで……」

 

 目元を拭い、半ば自分に言い聞かせるようにオレは言う。もういいんだと、自業自得で飲み込むつもりだったじゃないかと。

 なのに、涙は止まらない。止まってくれない。……分かってる、分かっている。飲み込もうったって、そう簡単に飲み込めない事は。だって…皆、俺にとって大切な人達だったんだ。分かってほしくて、分かってもらいたくて…なのにオレは、その為に言葉や思いを尽くすのではなく、実力で証明すれば理解を得られる筈だと、最後まで一方的な考え方を変えなかった。だから、あまりにも多くのものを失ってしまった。

 そして…この後悔は、もうどれだけしても戻らない。どんなに悔やんでも、あの日々は戻ってくれない。確かにこの時代にも、ねぷっち達が…オレを友達と言ってくれる人はいる。ウィードとも、また居られるようにもなった。…それでも、それでも…うずめは……っ!

 

「……くろめさん。くろめさんが守護女神だった頃の…同じ代の、三ヶ国の女神の方々のお名前を、聞かせてもらえませんか?」

「…イスト、ワール……?」

 

 止まるどころか、どんどん込み上げてくる涙をオレが必死に拭おうとする中、静かな声音でイストワールは問い掛けてくる。その、普段とは違うものを感じる声にオレが顔を上げれば、イストワールはオレを見ている。真摯な瞳で、真剣な表情で、オレを見つめている。

 そんなイストワールに引き出されるように、オレは三人の名前を伝えていた。理由も分からないまま…けどきっと、大事な事なんだろうという事だけははっきり感じて。

 聞いたイストワールは、少しの間黙り込む。目を閉じ、そう長くはない、短い時間無言となり…それからまた、オレを見つめる。そうして、イストワールは……言った。

 

「──会いたい、ですか?そのお三人に、会えるとしたら……くろめさんは、どうしますか?」




今回のパロディ解説

・「〜〜飛竜の卵を運んでくる仕事〜〜」
モンハンシリーズに登場するクエストの一つ、潜入!飛竜の巣!の事。無論、他にも同系統のクエストはありますが、直後のうずめの発言に当たるのはやはりこれですね。

・「ちょっと最新の〜〜仕事」
マクロス30における、サブクエストの一部の事。普及してる主力量産機や旧式の機体ならともかく、YF-24系列の機体にそこらの無法者が乗ってるのは無茶苦茶ですよね。

・正解率1%
ひぐらしのなく頃にのキャッチコピーの事。…シリーズ最新作のキャラクターの話ではないですよ?彼女のキャッチコピーは…可愛いもの好きお姉さん、ですかね。


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第十八話 終わりなき終わり、定めの咎

 人は時に、過去を背負い、過去に背中を押されて進む。過去が未来への道標になる事もあれば、引き摺り下ろされ足が止まってしまう事もある。…当たり前の事だろう。人生とは一続きのものであり、今も、未来も、過去無くして存在する事など出来ないのだから。

 そしてそれは、女神も同じ事。過去は力にも、枷にも、勇気にも…十字架にも、なり得る。過去を排する事は出来ない、自分から切り離す事も出来ない。故に、どんな過去があろうとも、それが自分の過去である以上、道は二つしかない。

 歩みを止めて蹲るか、それでも歩み続けるか。この二つ以外の、道はない。たとえ、過去を変えられたとしても、世界の過去が変わったとしても……自分の過去は、変わる事などないのだから。

 

 

 

 

 天界。信次元に存在する、もう一つの空間。通常の手段で下界…人が住み、人の世が広がる空間と行き来する事は出来ない、特殊な領域。

 オレはそこに、訪れていた。ある言葉をオレへと投げ掛けた、イストワールと共に。

 

(まだ、開けるものなんだな…)

 

 先を行くイストワールの後に続きながら、オレは自分の掌を見つめる。

 通常の手段では行き来出来ない天界へと向かう手段は、偶発的なものも含めれば恐らく複数ある。その内一つが、女神の手による扉の形成で、今回もその方法で天界へと訪れた。オレが形成を行った。

 開く経験は、もう何度もしている。その感覚も、覚えていた。だが扉の形成は、元々女神の力によって行うもの。逆に言えば、形成出来たという事は、オレにまだ女神の力があるという事でもある。…いや、女神の力というより、女神としての力、か。

 

「くろめさん。くろめさんが天界に来るのは、久し振りですか?(・ω・`)」

「…あぁ、そうだね」

 

 少しだけ速度を落とし、オレの正面から、オレの斜め前…ほんの少しだけ先行する位置まで下がったイストワールの問いに、オレは答える。オレが皆に受け入れてもらってからは、そもそも天界に行く機会も、行こうと思うような事もなかったし、敵対している時は、天界を何かに使えるかもしれないとは思ったけど…結論から言えば、特に使う機会はなかった。

 何せ、天界には何もない。浮島と、そこに生える草木と、浮島同士を繋ぐ虹の橋位しかない天界じゃ、止むを得ず姿を眩ませる位にしか活用出来ない。それ程までに、天界は何もない場所で…だからオレは、分からない。ここに誘われた理由が。オレの中では繋がらない。天界と…執務室で、イストワールがオレに言った事とが。

 

「…イストワール。そろそろ、話してくれないかな」

「辿り着けば、分かりますよ。それに言葉での説明では、荒唐無稽に聞こえてしまうでしょうから( ̄^ ̄)」

 

 イストワールは言った。もし三人に…仲間でありライバルであり、友でもあった彼女達と会えるなら、どうしたいか…と。そんな事を言った上で、天界というそうそう訪れる理由が生まれない場所に誘われたんだから、この二つに深い関わりがある事は間違いない…が、そこから先は想像も付かない。

 荒唐無稽というからには、相当な事だとは思う。ならまさか、実は三人共まだいて、今は天界で隠居中…とかだろうか。……いや、流石にそれはない。妥当なところで言えば、碑文を残している…といった辺りだが、そういう事であれば、イストワールははぐらかしたりしない筈。

 

「…………」

 

 考える。考えると共に、思い出す。何かヒントになる言動はなかったか、と。どういう事の場合、イストワールはこういう言い方をするだろうかと。考えて、考えて……思い出した。思い至ってしまった。あの日の事、オレが封印された日の事を。

 似ている。あの時も二人きりで、オレはイストワールに誘い出されて、理由をはぐらかされて…そして、オレの日々は一度終わった。確かに似ている、似てはいる。

 

(……っ…!…違う…似てなんて、いるものか…!)

 

 だが、思い至った次の瞬間にはもう、オレの心は自己嫌悪で一杯になっていた。

 似てなんか、いない。嘗てのあの行為が、一体どれだけの思いで行われたのかを、オレはついさっき知ったばかりじゃないか。安易に似ているだなんて言えるようなものじゃなかった事を、オレは痛感した筈じゃないか。…なのに、ほんの一瞬でも、ほんの僅かでも、イストワールを疑おうとした…あの日と同じ事が起きるのかと思った自分が、いっそ憎い程に嫌になった…。

 

「…一つ、確認しても良いですか?」

「確認…?」

「知るというのは、基本的に不可逆の事です。それがどういう事か、分かっていますか?」

 

 足が、重くなる。結局オレはそうなのか、こうして疑い否定の目を向けるのが、自分の本質だとでもいうのか。…そう思う中、再びイストワールがオレに問い掛けてくる。その問いに対し、オレは鬱屈した思いを抱えながらも小さく頷く。

 理解は、している。人も女神も、日常的など忘れから記憶喪失まで、望まぬ形で何かを忘れる事はあっても、能動的に記憶を消す事は出来ない。…知ってしまえば、それはもう取り消せない。

 もしかすると、ここまではぐらかしてきたのも、それが理由かもしれない。そしてこれが、目の当たりにする前の…知る事になる前の、最後の確認という事なのだろう。

 

「…そう訊くという事は、ここから先で待っているのは、ただ喜べるような何かではないんだね」

「…えぇ。くろめさんが、どう感じるかは分かりませんが…手放しで喜べる結果にだけは、ならないと思います」

 

 一度進む事を止め、こちらを振り向いていたイストワールは、真剣そのものの顔で首肯。その声には、ここで引き返しても構わない…そう言うような響きもあって……

 

「…だとしても、オレは知りたい。オレは会いたい。…会って、伝えたい事があるんだ」

「……分かりました」

 

 だからこそ、オレは自分の意思は変わっていないのだと返した。…今更、尻込みはしない。ここまでオレを気遣ってくれたイストワールの思いを無下にしない為にも…オレは、引き返したりはしない。

 そうしてまた、オレはイストワールに先導されて暫く歩く。景色の変化が乏しい分、実感は薄いが…もうかなりの距離、歩いた筈。そして、相当な距離を歩いた末…オレは、感じ始める。違和感を。本能的な、危機感を。

 

「…イストワール」

「はい。ここから先は、気を強く持って下さい」

 

 どうやらそれはイストワールも感じているらしく、表情がこれまでよりも険しい。一体何故、こうも危機感を抱くのか。これも、関係している事なのか。

 分からない事、気になる事は沢山ある。だがもう訊きはしない。ここまで来たのなら、全て自分の目で確かめる。…真剣なイストワールの姿で心を持ち直したオレは、そんな覚悟…というには烏滸がましい、ただのちっぽけな…それでも確かな決心を胸に、進み続ける。

 次第に強くなる違和感。漠然としていた危機感は、纏わり付くような、取り憑くような感覚へと変わる。オレは知らない、分からない。だがオレの根底が、本質的な部分が、理解し危機を叫んでいる。そして……

 

「…ここです、くろめさん」

「な──ッ!?」

 

 歩き続け、進み続けた天界の先。そこにあったのは、大小様々な、ある種幻想的ですらある…樹氷が如き、結晶体の森だった。

 

「…どうして、こんな…こんな場所が、天界に……」

「…触らないようにして下さい、くろめさん。もう、感じていると思いますが…あれ等は、ただの結晶ではありません」

 

 あまりに予想外な光景を前に、軽く放心状態となってしまう。洞窟でも何でもない場所に、森を思わせる程の結晶があるなんて、不可解にも程がある。

 そんなオレへ向けてイストワールが発する忠告。触るなという忠告と、そこに続く言葉…そこまで聞いて、更にいよいよ本格的な危機を…段々と力が抜けていくような感覚を抱き始めた事で、漸くオレは理解する。…その結晶が、一体何なのかという事を。

 

「……アンチ、シェア…クリスタル…」

 

──アンチシェアクリスタル。内包されたシェアの性質を問わず、触れた者や形成された領域内のシェアエナジーを吸い上げていく、女神にとっての…いや、シェアを力にする存在にとっての天敵とでもいうべき存在。たった一つでも、掌に収まる程度の物でも、使い方次第で女神を封殺し、ただ消滅を待つだけにもし得る物質が、ここには森を思わせる程にあった。

 ぞっとする。天界という場所だからいいものの、もしこれが下界にあったとしたら、女神は今よりずっと統治も、次元の守護も難しくなる。そもそも、アンチシェアクリスタルがこんなにも沢山あると思うだけで、背筋が寒くなる。

 

「……っ、そうだ…問題は、そこだ…。…イストワール、何故アンチシェアクリスタルが、ここに…こんなにも沢山、存在しているんだ…?まさか、アンチシェアクリスタルはここで…天界で精製されるって事なのか…?」

「当たらずとも遠からず…と言ったところですね。…もし、どんな真実であろうと受け止める覚悟があるのなら…もう少し、近付いてみて下さい」

 

 今一度、念を押してくるイストワール。今以上の衝撃や戦慄があるのだと、暗に伝えるようなその発言に、オレは一抹の不安を抱く…が、覚悟ならある。オレは、知りたい。それにまだ、ここに来た本来の目的だって、果たせてはいないのだから。

 言われた通りに、オレは近付く。ゆっくりと、慎重に、樹の様になったアンチシェアクリスタルの一つへ近付き……目にする。クリスタルの中、そこに見えた人影を。

 

「…人…じゃ、ない…。これは、まさか……」

 

 その存在が一体なんなのか気付いた事で、血の気が引く。思わずオレは後退り…聞こえてきたのは、神妙な声。

 

「…女神は、人に望まれる事で生まれ、思い願われる限り、衰える事はありません。無論、長い歴史の中では、戦いの中で命を落としてしまう女神もいましたが……多くの方は、最後までその役目を、理想の体現をし続け、そして次代に引き継ぐに至りました」

「…イストワール…?急に、何の話を……」

「…ですが、次代にその役目を引き継ごうとも、女神が女神でなくなる事は…シェアエナジーによって存在している事は変わりません。ならば、役目を終え、過去の存在となり、信仰の対象でなくなった女神は…一体、どうなると思いますか?」

 

 振り返れば、語るイストワールが浮かべているのは感情の読めない…いや、感情の消え去ったような表情。その表情のままに、イストワールは言葉を続ける。

 

「信仰されなくなるという事は、単にシェアエナジーを得られなくなるというだけの話ではありません。理想の体現者である女神にとって、信仰というのはその存在を、心身を形作るもの。故に…完全に過去の存在となった女神は、衰弱していきます。精神が希薄となり、ただそこに『在る』だけの存在に近付いていきます。そして…その果てに女神は、何かの力に誘われるかのように、天界へと訪れるのです。天界に…この場所に」

「…じゃあ、やっぱり…ここに、いるのは……」

「……人々の理想を実現し、シェアエナジーを力の…存在の源とする女神は、根源的にシェアエナジーを欲するのかもしれませんね。だからこそ、どんなに望もうと、欲しようと、シェアエナジーが得られる事はなく、枯渇が続いた女神は、その渇望が体外へと及び──そうして女神の身体より生まれる、ただシェアエナジーを吸収する為だけの結晶が、アンチシェアクリスタルと呼ばれるようになりました」

 

……言葉が、出なかった。封じられるように…或いは眠るように、結晶内に存在している人影が、人ではなく女神だという事は薄々感じていたが…それが最後まで役目を全うした女神の末路だと、その果てにアンチシェアクリスタルを生み出してしまう程、満たされる事のない渇望を抱く事になるなど…想像もしなかった。想像、したくもなかった。

 無数に存在する、アンチシェアクリスタルの樹。これが全て、国を守り、導いてきた女神だというのなら……

 

「…あんまり、じゃないか…こんな、こんな終わり方が…ここでただ、同じ女神を苦しめるだけの物質を生み出しながら、朽ちていくのを待つのが女神の行き着く先だなんて……」

「…朽ちる訳では、ありませんよ。もしも、再び望まれる事があれば、その時女神は目覚めます。ここにいる方々は、生き絶えたのではなく…眠り続けている、だけなのです」

 

 そうは言いながらも、イストワールの顔は暗かった。仕方ないと言うような口調だが…声音からは、微塵も納得なんて感じられなかった。

 

「…どうにも、ならないのか…?」

「それが、女神というものですから。回避するとすれば、次代に引き継ぐ事なく在り続けるか、破壊者となり、悪意のシェアを糧とするか、以上にしろ以下にしろ、従来の女神を逸脱した存在になるか…何れにしろ、女神がそれ等を自ら望む事はないでしょう。少なくとも…わたしが見てきた、誇り高く、人々にもその役目にも誠実な歴代の女神の皆さんは、たとえ全てを知ったとしても、その道を選ぶ事はなかった…わたしは、そう思います」

 

 仕方のない事かもしれない。信仰を力とし、思われる限り限界などないと言えば聞こえはいいが、裏を返せば女神は力の源を…いいや、存在の維持すらも外部に依存しているという事。生まれた時点で、望まれた時点で、ある種決まっている定め。…そして、イストワールの言う通り…そんな末路があると知ったとしても、回避する方法があると分かっても、殆どの女神はそれを望まないだろう。どうしようもない程に道を踏み外したオレでも、それは分かる。ねぷっち達も、ぎあっち達も、皆……

 

「……ぁ…」

 

──そうして、オレは気付く。初めにイストワールが言った事と、今ここで見たもの、知った事…それ等が繋がり、理解する。

 

(そう、そうだ…なら、きっと…皆だって……ッ!)

「あ、く、くろめさん…!?」

 

 オレは、駆け出す。どこへ、なんて決まっていない。どこにあるか…どこにいるかなんて、知る筈がない。だから、駆け巡る。外部からでも感じていたアンチシェアクリスタルの力は、森の中へ入る事で更に強くなるが…そんな事は、どうでもいい。

 

「はっ…はっ…ぁぐ……ッ!」

 

 普段のようには力の入らない身体。そのせいか足がもつれ、頭から倒れ込む。何とか両手を突いたものの、その両手が痛む。…だが、知った事か。気にするものか。見つけられるのなら…もう一度、皆と会えるのなら……腕の一本や二本、失ったとしても構わない。

 立ち並ぶ無数のアンチシェアクリスタルと、その内で眠る嘗ての守護者。眠り続けている、なんて言ってはいたが、きっと女神の墓場も同然なこの場所で、オレは走り、探し続け……

 

「…あぁ…あぁぁ……!」

 

 何かを感じ、振り向いた先。…そこで、オレは再会する。オレがずっと会いたかった、伝えたい事のあった──オレと同じ時代を護っていた、三人の女神に。

 

「……やっぱり、そうか…()()()()()()()()()()……」

 

 人違いじゃない。見間違う筈もない。確かにそこで、三人は…三人もまた、眠っていた。静かに、穏やかに。

 オレは、三人の名前を呼ぶ。長い事呼んでいなかった、仲間の…友達の名前を。言わなかった、言えなかった言葉を口にし…けれど、反応はない。

 

「…君達は、女神の務めを最後まで果たしたんだね…。やるじゃ、ないか…あぁ、立派だ…立派だよ……」

 

 ここにいるという事は、最後まで女神の役目を果たし、人々に思われ、次代の女神に国を託したという事に他ならない。オレなんかと違って、立派に…最後まで誠実な女神でいたんだ。…なのに…なのに……っ!

 

「…酷いじゃ、ないか…ただ眠る事すら、出来ないっていうのか…。…いいじゃ、ないか…安らかに眠る位…許されたって、いいじゃないか…ッ!」

 

 アンチシェアクリスタルを、叩く。こんな事をしても意味がない事は、余計に力が吸われるだけな事は分かってる。それでもオレは、湧き上がる憤りを、無念の気持ちを抑えられなかった。

 でも…違う。本当に伝えたいのは、それじゃない。伝えなきゃいけないのは、女神の末路への憤りなんかじゃない。

 そしてその気持ちは、溢れ出す。決壊したダムの様に、零れ落ちる涙と共に。

 

「…こんな、形で…こんな形でなんて、会いたくなかった…!オレには伝えたい事があった、俺には謝らなきゃいけない事があった、俺は…うずめは、また皆に会いたかった…!でも、こんな…こんなのって、ないよ…ッ!だって皆は、皆は……っ!」

 

 うずめは知っている。皆がどれだけ優しくて、どれだけ国民思いで、どれだけ良い女神だったのかを。三人は手強いライバルで、尊敬出来る仲間で、心から信じられる友達だった。だからこそうずめは皆との日々が好きだったし、皆の事も守りたかったし……そんな皆の思いを聞かず、踏み躙る寸前だった自分自身が、どうしようもなく嫌で許せなかった。本当に、本当に…三人はうずめが誇れる、信仰する皆が誇る、立派な女神だった。

 なのに、そんな皆が今…ううん。きっと次の時代に、未来を託した時からずっと、皆は()()()事が出来ないでいる。まるで封じられているような姿にまでなって、それでも女神の性質で終われずにいる。そして、うずめと違って…皆には、紡げた未来もない。うずめはこんなにも間違い続けたのに、皆はきっと最後まで皆らしく…女神らしく在った筈なのに、皆の行き着いた先がこんな場所だなんて……

 

 

 

 

 

 

「……もう、いつまでメソメソしてるんですか。うずめらしくもない」

「え……?」

 

──その時だった。その瞬間、だった。ふわり、と撫でられるような…包み込まれるような感覚と共に、声が聞こえたのは。

 けど、それはあり得ない声。あり得る筈のない声。今も眠る、眠り続けている…ブラックハート、ぬればの声。

 

「そうそう、泣いてたって良い事ないわよ?嬉し涙ならともかく、それ以外だと盛り下がるしねー」

「でも、こんな姿を見るのは初めてかも?そういう意味じゃ、中々レアだったり?」

 

 それだけじゃない。ぬればの声に続く形で、もう二人の声も…グリーンハートとホワイトハート、ときわとうのはなの声も俺には届く。

 気付けばそこは、うずめがいるのは、アンチシェアクリスタルの結晶の森じゃなかった。上手くは言えない、ただ懐かしさと暖かさを感じる場所で……顔を上げた先に、三人が、いた。

 

「…ぁ、え…?…どう、して……?」

「どうしてって…久し振りに会ったのに、その反応は冷たくない?」

「あらら?もしかして、あーし等はお呼びじゃなかったかしら?」

「ぁ、違っ、そういう事じゃ……!」

「お二人共、わざと言ってますね…?全く、うずめさんもうずめさんですが、お二人もお二人です」

 

 信じられない、理解の及ばない光景に、殆ど声が出なくなる。そんなうずめを…オレを前に、うのはなはちょっと不満そうな、ときわはわざとらしい表情を浮かべる。いきなりの反応に、オレはしどろもどろとなり、そこでぬればが嘆息しながら窘める。

 真面目なぬればに、軽い調子のときわに、無邪気な雰囲気を纏ううのはな。それ等は全て、オレの知る三人の姿で…間違いない。オレが間違える、筈がない。今、ここには…確かに三人が、いる。

…いや、違う。それだけじゃない。ふと、オレは気付く。オレの姿も、今は昔の…『うずめ』としての姿に戻っている事に。

 

「…待て、待ってくれ…これは一体、どういう……」

「どう?どうって言われたら…ま、見た通りっしょ。あーいや、感じた通りの方が良かったり?」

「いや、それをオレに訊かれても……」

 

 何故か訊き返してくるときわの言葉に、オレは困惑。…けど…あぁ、そうかもしれない。目の前にある事、感じているもの…それがきっと、真実なんだ。

 

「…皆…会いたかった…ずっと、会いたかった……!」

「おわっ、うずめまた…もー、ぬれば。もう一回うずめを叱ってやってよ〜」

「わ、私は別に叱った訳では…」

「あははっ、ぬればはあれが素だものねぇ。…で、どうするのうずめ」

「…どうする、って……?」

「話したい事、あるんでしょ?……え、あるんだよね…?」

 

 うのはなに問われる。ぬればとときわも、じっとオレを見ている。オレの話を…思いを、聞いてくれようとしている。

 

「…ああ。オレは、知らなかった。分かっていなかった。オレの思いは、やろうとしている事は……全部、オレの身勝手なんだって。どんなに相手の事を思っていても、どれだけ平和を望んでいも、ただ一方的に、自分の思い通りにしようとするのは…それが正しい事なんだって押し付けるのは…友達なんかじゃ、ないんだって。…それを、教えられたよ。優秀な後輩達に……今のオレよりずっと真っ直ぐで、きっと道を踏み外したりもしない、もう一人の《俺》に」

 

 待ってくれる三人に頷き、オレはあの頃言えなかった…気付きもしていなかった事を、三人に話す。

 最後に、最後の最後でオレを止めてくれたのは、オレを思い続けてくれたウィードだ。けど、ウィードだけじゃない。《俺》が、二人のねぷっち達が、女神や多くの人達が、間違い続けていたオレに『違う』という事を示し、止めようとしてくれたからこそ、もうどうしようもないと、止まらないし止まる事は許されないと思っていたオレは、止まる事が出来た。…オレは、教えられたんだ。友達ってのは、相手を思うっていうのは…心を通い合わせなくちゃ、そう出来るように頑張らなきゃ、駄目なんだって。

 

「だから…だから、さ……──ごめん、皆…皆に、あんな事をさせて…皆の思いを、踏み躙って……」

 

 これまで何度も、何度も謝ってきた。心の中でも、言葉でも、オレは自分の過ちを、皆からの思いを裏切り続けていた事を。けど心のどこかで、オレはそれを自己満足だと思っていて……でも、今は違う。今はやっと言えたんだ、伝えられたんだ。大切な友達の三人に…ごめん、って。

 許されたい訳じゃない。他でもない今のオレ自身が、オレを許せないんだから、許しも赦しも望みはしない。それでもオレが謝るのは…今度こそ、ちゃんと向き合いたいから。結局これも自己満足だとしても、オレはもう皆に、友達に背を向ける事はしたくなくて……

 

「あー…堅い!堅いってーの!仕事中でもないってのに、なんでそんな堅い話をするのようずめは!」

「んな……っ!?」

 

……なんか、怒られた。オレは真剣に、ずっと抱え続けてた思いを…皆が聞いてくれるみたいだったから、気持ちを全部吐露しようと思っていたのに、堅いって一蹴された。

 

「うんうん、聞くつもりだったけど、流石に堅過ぎ。これもう、軽くキャラ崩壊レベルだよ?」

「きゃ、キャラ崩壊…?」

「ですね。私が言える事ではないと思いますが…正直、堅過ぎて唖然としてます」

「そ、そんな…酷い……」

「だって、ねぇ?っていうか、ぬればってお堅い自覚あったんだ…」

 

 遠慮なく心に刺さるような事を、次々と三人は言ってくる。しかも速攻で話はぬればに堅い自覚があったんだ、というオレとの関係性ゼロの内容に変わってしまう。

 

…………。

 

「…どうせオレなんて、その程度の存在さ…どうせくろめなんて、盛り上がらないから程々にして流される位の女神だもん…女神崩れだもん……」

「同じ堅いでも、ぬればはそれが『っぽい』んだから印象は全然違う……って落ち込んでる!?え、うっそぉ!?」

「お、怒るどころかいじけている…?どこぞの変身の精霊みたいな状態に、あの天王星うずめが…?」

「感情の起伏が激しいのは前からだけど…こ、こんなに低空飛行、っていうか地面にめり込んでるみたいな事あったっけ…?」

「絶対なかったし…。えー、と…そ、そうよ返答!うずめ、謝るだけ謝っておいて、あーし等には何も言わせない気?」

「……っ…」

 

 そんなところは気にしなくても良いのに、気落ちした途端に話がこっちへ戻ってくる。それはそれで不服だし、オレは抗議を…と思った瞬間にときわから発された、真面目な表情を浮かべての言葉。その言葉に、オレの中の消沈した気持ちは吹き飛び…代わりに流れ込むのは、緊張。

 

「い、いや…オレは、別に…返答をしてほしくて言った訳じゃ……」

「なら、ボク達の返答は聞かないでおく?」

「う……そ、それは…聞く…」

 

 つい怖気付いて、否定するような事を言ってしまうオレ。けど、聞きたくない訳じゃない。聞くのは怖いけど…聞かずに済ませたら、絶対オレは後悔する。

 皆は、オレの事を怒っていたのだろうか。それとも、身勝手なオレに呆れていたのだろうか。…分からない、だから知りたい。

 

(…じゃなきゃ、オレはまた一方的に、自分の思いを押し付けるだけだ)

 

 小さく深呼吸し、気持ちを整える。三人を見つめる。すると三人は、何を思ったのか軽く肩を竦めて、顔を見合い…それからときわが、一歩前に。オレの、前に。

 

「…ま、言わせない気?って言っておいてあれだけど、そんな大仰な返答なんてないわよ?てか、畏まった返しなんてしたら、あーしこそ堅いってなっちゃうし」

「…うん」

「うっ…だからそんな、真剣な顔で見ないでっての…。…えー、じゃあ、こほん。あーしからの返答だけど……」

 

 少し恥ずかしそうに後頭部を掻いてから、ときわはオレを見つめ返す。

 数秒の沈黙と、その中で高まる緊張感。どんな答えでも受け止めるんだという決心と、それがあっても拭い切れない、答えに対する恐ろしさでない交ぜになる心の中。けどきっと、それがどんな答えだったとしても、あの日…封印されたあの日から止まってしまっていた色んなものの内一つが、前に進めるような気がして……

 

「うずめ。うずめがした事…じゃないわね、しようとした事は、今も昔も…何があっても、あーしが許容したり、ましてや肯定したりする事はないわ。けど…うずめがあーし等を思ってくれてた事は、ちゃんと伝わってたわよ」

「……──っっ!」

 

 真面目な、女神の顔になったときわは、一拍置いたところでふっと笑って……言った。思いは、伝わっていたって。

 オレは、覚悟していた。何を言われても、どう思われていても仕方ないと。それだけの理由があるんだからと。なのにときわは、柔らかな表情でオレに笑ってくれて……泣きそうになった。それだけでも、オレはまた泣いてしまいそうになって…なのにそこで、ときわは言う。じゃ、次は二人の番ね、と。

 

「はいはーい。…うずめってさ、いっつも皆の事を思ってるっていうか、国民の為だけじゃなくて、ボク達の為にもいつも一生懸命になってくれてたでしょ?…ボク達は全部、知ってるもん」

「正直、女神としては色々と言いたい事があります。ですが…うずめの思い、気持ちまでは否定しませんよ。私達は、同じ女神であると同時に…友達でも、あるんですからね」

 

 入れ替わる形で前に出たうのはなとぬればも、言ってくれる。こんなオレに向けて、オレの事を知っているんだから、って。友達なんだから、って。

…救われた、ような気がした。許されなくて良いと、それを望む権利はないと、そう思っていたのに…それでも、救われたような、そんな気がした。…嬉し、かった。

 

「…っ、ぅ…皆…うずめ、うずめ……っ!」

「あぁもう、だからどうしちゃったのさうずめ。うずめってば、いつの間にそんな涙脆くなっちゃったの?」

「や、これは涙脆いとはまた違うっていうか…まぁうん、よしよーし」

「ぅ…な、撫でるなぁ……!」

「あ、照れてますね。この反応は新鮮でちょっと悪くないかもしれません」

「ボクもどうかーん!うずめは格好良いもの好きだけど、実は普通に可愛いもんね〜」

「ちょっ、だ、だから…や、止めろっての…!」

 

 こんなにも自分を思ってくれる友達がいたんだという嬉しさと、そんな三人に嘗てのオレは一方的な思いを押し付けてしまっていたんだという罪悪感、その両方が心の中で駆け巡る。けれど段々と嬉しさ、感謝の思いが上回り、またオレは泣いてしまう。しかも今度はときわに、続いてぬればとうのはなにも撫でられてしまい、さっきまでオレの心を包んでいた喜びの思いは、速攻で羞恥心へと塗り替えられてしまった。

 

「…あ、そうだ。うずめってば、ウィードとの関係はどうなの?いい加減もう進展してるっしょ?」

「なぁ…ッ!?い、いきなり何を…!」

「ほんといきなりですね……で、どうなんです?」

「この反応、さては進展してないなー?…あ、いや、むしろ逆で、がっつり進展してるからこその反応だったり…?」

「ひ、人のプライベートを話の種感覚で詮索するなっての!ほんっと皆は、相変わらずだなぁおい…!」

 

 突然ぶっ込まれたウィードとの関係の話で、更にオレは赤面。こういう時、元からギャルっぽい性格をしてるときわや、ちょっと子供っぽいうのはなはまだしも、基本堅気なぬればもここぞとばかりに便乗してきた訳で…そんな事をされたオレは、とても堪ったものじゃない。辱めを受けたからか、それとも昔馴染みの…本当に、昔のままの三人が今ここにいてくれるからか、思わずオレも《俺》の様な、あの頃の自分の様な声を上げ……それからふと、怒っている筈だというのに、頬が緩んでいる事に気付いた。

 怒りが限界を超えて笑えてきたとかじゃない。当然、変な趣味がある訳でもない。なら何故、今頬が緩んだのか。…そんな事は、分かってる。自然に、理解出来る。

 

(…そっか、そうだ…オレがいたのは…『俺』の周りにあったのは、こんなにも明るくて…優しい世界、だったんだな…)

 

 オレは、思い出す。あの頃の日々を、時に大変で、時に苦労して…それでも楽しく、幸せだった『天王星うずめ』の日常を。そんな当たり前の、当たり前の日々を。

 だから、守りたかったんだ。大事で、大切で、皆も、皆との日々も、全部大好きだったから…だからそんな日々を、全部を、傷付かないようにしたかったんだ。その為なら、何だって…どんなに苦しい事でも、してやろうって思ったんだ。間違い続けたオレだけど…これだけは、この思いだけは、間違ってなんかいなかったって…そう、思いたい。

…だけど、きっと…オレが、オレ一人で抱え込んで、全部をオレだけで…なんて、考える必要はなかったんだ。だって、こんなにも…三人は、オレと共にあの時代を守ってきた三人の守護女神は、強い心と優しさを持っていたんだから。……本当に…オレが知るのは、気付くのは、思い出すのは…後になってから、だな…。

 

「……って、うん…?…皆は、どうしてウィードもこの時代にいる事を知っているんだ…?それに、そもそも…どうして、オレまで……」

 

 まあ、でも、今はそこまで難しく考える必要もないだろう。今ここには皆がいて、昔の様に話せていて…それが凄く、凄く幸せなんだから。…そう、思ったオレだったけど…違和感が、思考の奥で頭をもたげる。幸せだ、本当に今は幸せだ。けど…これは本当に、全てが真実なのか…と。

 皆の事、オレの事…おかしな事は、沢山ある。これが奇跡だというなら、理屈抜きの事だというなら、それでもいい。だって皆にまた会えて、謝れたんだから。でも、そうでないのだとしたら、今ここに在る全ての事柄は……

 

「……うずめ。うずめはもう、大丈夫みたいだね」

「え……?…うのはな…?」

 

 そう、オレが思っている中、不意にうのはなが発した、静かな…どこか安堵の籠った声。唐突過ぎる言葉と声音に、怪訝さを覚えたオレはうのはなを見やり…気付く。それまで確かにここにいた、うのはなの姿が…ゆっくりと、消え始めている事に。

…いいや、違う。うのはなだけじゃない。ぬればも、ときわも…三人共、その身体が薄れ始めている。

 

「心配して損…とは思いませんが、少し拍子抜けでしたね。…いえ、うずめの事を思えば、当然かもしれませんが」

「あーしは最初から大丈夫だと思ってたわよ?なんたって、うずめなんだから」

「な…何を、言っているんだ…?なんで、急にそんな…それじゃあ、まるで……」

 

 小さく笑い合う三人の様子に、不安が、恐れが湧き上がる。そんな声で、そんな事を言われたら…否が応でも、思ってしまう。分かってしまう。この時間が、取り戻せたと思った幸せが…続きはしないという事を。

 

「…いやだ…嫌だ、そんなの嫌だ…!なんで、どうして…っ!だって、今…確かに皆は、ここに……っ!」

「うずめ。貴女も、分かっているでしょう?…私達はもう、過去の女神なんです」

「……っ!でも、ならっ、どうして…ッ!」

「…それも、分かってるっしょ?」

 

 ぬればの言葉が、突き刺さる。ときわの言葉で、理解してしまう。直接見た訳じゃない、想像でしかない…けどきっと、今三人が浮かべている表情は、日記の中のイストワールと同じものであるんだと。後悔と、無念と、諦めない気持ち……オレが負わせてしまった、悲しみに彩られた表情だと。

 あぁ、そうだ、そうに決まってる。これだけ優しい三人が、こんなにもオレを思ってくれた皆が、そう簡単に割り切れるものか。割り切る事を、良しとするものか。ずっと、ずっと…オレを心配し、何とかしようと思っていたに決まってるじゃないか。

 でも、三人がそんな表情を浮かべていたのは僅かな間だけ。すぐにまた、穏やかな雰囲気でオレへと微笑む。もう大丈夫なんだもんね、そう言うように。

 

「ほんとは、あーし等で何とかしたかったんだけど…ま、うずめもあーし等も、まだまだだったって事かしらねぇ」

「そういう事ですね。うずめも、私達も、まだまだ未熟で、力不足だった。それは、認める他ありません」

「でも今は、こうしてうずめがまた笑顔になれたんだから…うずめらしい、真っ直ぐな女神に戻れたんだから、終わり良ければ全て良しだよ、うん!」

「…良く、ない…良い訳あるか、あるもんか…!だって、それじゃあ…皆は無念なままだったって事じゃないか…!忘れてたとしても、そうじゃなかったとしても…無念なままで、終わったって事じゃないか…!そんなの良くない、オレの為に…オレなんかの為に、皆が……!」

「それは違いますよ、うずめ」

「うん、大間違いだよ、うずめ」

「オレなんかじゃない。うずめは、あーし等の仲間で…かけがえのない、友達なんだから」

「……っっ!」

 

 全部、オレが悪かった。全部全部、オレのせいだった。なのに皆は、オレを責める事なく、自分にも責任のある事だと受け止めて、今のオレに対して安心している。そんなのは、あんまりだ。あまりにも、皆が報われなさ過ぎる。こんなオレの為に、そこまでの事を……そう思うオレに、三人は違うと言う。友達なんだからと、言ってくれる。

 

「嫌だ、嫌なんだ…ッ!やっとまた、会えたのに…謝れて、また皆と一緒に進めると思ったのに……っ!…そう、だ…だったら、オレの力で……」

 

 認めたくない。受け入れたくない。折角、オレをまだ友達だと言ってくれる皆と、一緒に居られると思ったのに。

 そんなオレの頭に浮かぶ、一つの道。オレの能力なら、妄想能力なら、それを覆せるんじゃないかと。今のオレなら、あの頃より更に深く自分の力を知り、前にも進めた今のオレだったら、きっと……そう、思った。思ったけど…最後までは、言えなかった。──それじゃあ、同じだから。三人はもう、過去の女神としての今を受け止めていて、終わった事を受け入れているのに、オレが、オレだけの思いで覆そうとするなんて…そんなのは、裏切り以外の何物でもない。三人や、イストワールだけじゃない…ウィードや、ねぷっち達や、《俺》に対してすらも裏切る、最低の行為だ。…そんな事、出来るものか。オレは暗黒星くろめ、恐らく天王星うずめの最後の妄想から生まれた、間違えて間違えて間違え続けた…それでも女神である事は変わらなかった、今ここにいる一人の女神なんだ。

 

 

 

 

──でも、けど、やっぱり…そんな道を、選ぶ事は出来なくても……

 

「…辛い、よ…辛いよぉ、皆ぁ……っ!」

「…ごめんなさい、うずめ。でも…これで、良いんです。こうでなきゃ、駄目なんです」

「もしずっと一緒に居られたら、きっと楽しいと思うけど…うずめもボク達も、それじゃいけないって…そう思うと、思うから」

「離れていても、心は繋がってる。思い出は消えない…なんて、あーしらしくない言葉だけど…実際そうっしょ?うずめ」

 

 心が潰れ、崩れ落ちそうになる。涙が、嗚咽が止まらない。そんなオレに掛けられる言葉は優しく、でも寂しそうでもあって…本当に、本当にオレは思われてるんだと、友達だと思ってもらえてるんだと、感じさせられる。

 気付けばもう、三人は朧げになってしまう程に、遠くに行ってしまったと思う程に、その存在が薄れていた。そして……。

 

「……もう一度、うずめに会えて良かった。私達に会いにきてくれて…私達の事を思っていてくれて、ありがとうございました、うずめ」

「あーし等は、いつだってうずめの事を思ってるんだからね。だから…前に進みなさい、オレンジハート。それが今の、うずめの道っしょ?」

「いつだって、いつまでだって、ボク達は友達だよ。うずめはうずめの道を、きっと今は見つけられた、自分が誇れる道を進んで…笑顔で、いてね」

「ぁ……待って、待ってくれ…っ!うずめは、まだっ、皆に……っ!」

 

 笑顔で、満足そうな声で、最後の言葉を口にする三人。オレの前から消えていく、ぬれば、ときわ、うのはな。オレは皆に手を伸ばし……けれどこの手が、皆に触れる事はなかった。オレの手は、空を切り…その時にはもう、三人は消え去っていた。そこにあるのは……元の、自らが生み出したアンチシェアクリスタルの中で眠り続ける、過去の女神となった三人の姿だけだった。

 

「……ありがとうって、言えてないのに…まだ何も、返せてなんか…いないのに…」

 

 力が抜け、膝から崩れ落ちる。これが周囲にある、アンチシェアクリスタルのせいなのか、心の中に渦巻く失意のせいかも分からない。

 嗚呼、それに…これまでオレが話していた、再会出来たと思っていた三人も、今は何だったのか分からない。三人の思いがここに留まっていたのか、オレの為に残していてくれたのか、それとも…全部、オレの見た幻だったのか。…もし、幻なんだったとしたら…オレだけが見ていた、幻覚だったのなら……

 

「くろめさん!や、やっと見つけました…!もう…いきなり走り出さないで下さい…っ!」

 

 心に風穴が空いたかのような感覚の中、聞こえたイストワールの声。顔を上げれば、慌てた様子の、心配した様子のイストワールがこちらに飛んできて……そんなイストワールに、オレは漏らす。

 

「…イスト、ワール…うずめ、うずめ…後悔しても、後悔しても…し足りないよぉ……!」

 

 こんな事を、イストワールに言っても仕方ない。言ったって、イストワールを困らせるだけだという事は分かっている。…それでも、オレは…心が押し潰されそうなオレは、それ以外の言葉が出なかった。

 

 

 

 

 気付けば、夜になっていた。いつの間にか、オレはプラネタワーに…自分が使っている部屋に戻っていた。

 電気も付いていない、暗い部屋。ここにいるのは、オレ一人。

 

(…なんで、オレがいるんだ…皆、過去の存在になって…終わる事も出来ない結末を迎えてるのに…どうして、こんなオレだけが……)

 

 何度も、幾度も、絶望の様な黒い気持ちだけが巡る。本来なら、オレの様などうしようもない女神こそが、あの場にいるべきなのに…三人や歴代の女神の様な、自らの役目を全うした女神があんな結末を迎えているのに、オレがどんな形であれ、今の時代にも存続しているなんて……そんなの、間違っている。許されていい、筈がない。

 

「……あぁ、そうだ…許されちゃ、いけないんだ…」

 

 そこまで考えて、気付いた。当たり前の事に、当然の事に。そうだ、間違っているのはオレなんだ。オレが今もいる事自体…あっちゃいけない、事なんだ。

 視界の端に映ったのは、ペン立てとそこにある文具。丁度良いところに、丁度良い物があった。だからオレは、そこから鋏を手に取って、刃を自分の首に向けて……

 

「──それで何する気だよ、くろめ」

 

 ウィードに、止められる。いつの間にか、オレの部屋にいたウィードに。開けられた扉、そこから差し込む光の中にいるウィードに。

 

「…全部、全部間違ってるんだ…オレが、間違ってたんだ……」

「…そうだな。そんな事ない、とは言えねぇよ」

「だから、間違いは正さなきゃいけない…皆はもういないのに、オレだけがいるだなんて、そんな事はあっちゃ……」

「ふざけるなよ、くろめ。それは、俺が許さない。俺も、誰も許さない。…それだけの事をしたんだろうが、くろめは」

「……っ…」

 

 肩を掴まれ、身体全体で振り向かされ…突き付けられる。ウィードから、現実を。俺が背負わなきゃいけない、降ろしちゃいけない…オレの、罪を。

 許されない。それは、オレが存在している事じゃない。それも間違いなく、許されない事だけど…それ以上に、オレは『終わる』事も、それを『償い』にする事も…許されない。…分かってる、そんな事は…ずっとずっと、分かってる。

 

「…けど、だけど…だったら、どうしたら良いんだよウィード…っ!これもオレへの罰だって、抱えなきゃいけない事だっていうなら、抱えるよ…!それだけの事を、してきたんだから…!けど、うずめが抱えたって、どんなに罰されたって、皆は……っ!」

「だからだよ、くろめ。くろめが何を抱えたって…くろめが自分自身を終わらせたって、何も変わらない。何も戻らない。だから、前に進むしかないんだ。でなきゃ…何も、残らないじゃないか」

 

 あぁ…その、通りだ。ウィードの言う通りだ。ここでオレが、オレ自身を終わらせたところで、それは自己満足にしかならない。オレの思う間違いが正されたところで、何にもなりはしない。

 分かってる、分かってる、分かってる分かってる分かってる。全部全部、分かってる。だけど、だけどオレは…うずめは……っ!

 

「…けど、ぶっちゃけそんなのは建前だ。こんな立派で、大層な事、俺の一番の意見であるもんか。…なぁ、くろめ。俺はくろめに、何があったかは知らねぇよ。イストワールさんと天界に行ってきた、って事しか聞いてねぇよ。けど…何があろうと、許容出来る訳あるかよ!大切な相手が、やっと再会出来て、やっとまた一緒に居られるようになったくろめが、いなくなりそうだってなったら…止めない訳がないだろうがッ!」

「──ぁ…」

 

……その時、オレは叩き付けられる。真正面から、真っ向から、ぶつけられる。ウィードの気持ちを、ウィードの想いを。

 想いをぶつけられて、やっと気付く。ウィードも、同じ気持ちなんだと。オレが三人に対して抱いた喜びと、だからこそ失いたくないんだって感情と同じものを、ウィードも持っていて……オレがしようとしていた事は、その気持ちすら裏切るような事だったって。

 裏切れない。裏切りたくない。これはあまりにも我が儘で、それこそオレが受けていい幸せなんかじゃないとも思うけど……だとしてもオレは、ウィードと居たい。もう、絶対に…失いたくない。

 

「…っ、ぅ…!ウィード…うぃーどぉ……っ!」

「…大丈夫だよ、くろめ。俺が、何度だって止めてやる。辛い気持ちは、幾らでも受け止めてやる。俺は、昔も、今も、これからの未来も…ずっとずっと、くろめの味方なんだからな」

 

 潰れ切った心で耐える事なんて出来ず、オレはウィードに泣き付く。情けなく、ただただ思いを零す。そんなオレを、ウィードは抱き締めてくれた。受け止めて、くれた。

 オレが失ったものは、あまりにも大きく…取り返しが付かない。イストワールに、ぬればに、ときわ、うのはなに…皆に抱かせた悲しみは、計り知れない。多くの、沢山の人に、迷惑もかけた。だけど、だからこそ…オレもまた、終われないんだ。許されないまま、罪を背負ったまま、進み続けなきゃいけないんだ。それがどんなに辛く、苦しくとも……それが、オレの道なのだから。




今回のパロディ解説

・どこぞの変身の精霊
デート・ア・ライブに登場するヒロインの一人、七罪の事。ラスボスでなくなったくろめはネガティヴキャラ…オリゼと組ませたら、弱メンタルコンビになりますね。

・そんな当たり前の、当たり前の日々を
マクロスfrontierのノベライズ版における、四巻の地の文の一部のパロディ。ここの部分、というか直前のくろめの心の声自体、四巻のあるシーンを意識しています。


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第十九話 少女との邂逅、一つ目の依頼

 その日は、皆でクエストをする事になっていた。皆っていうのは、女神候補生の皆で…前と違って、今のわたし達はわざわざ集まってクエストをする必要はない。ギルドで一般公開される範囲のクエストなら、最上級のものでもわたし一人でまず何とかなる。…探し物とか、催しの助っ人みたいな、戦闘以外のクエストってなると、また話は別だけど…。

 とにかく、単にクエストをするだけだったら四人でなくても十分だし、クエストを通じて人助けを…って事なら、それぞれでクエストを受けた方が効率的。

 でも、じゃあ皆で受ける事に意味がないかっていえば…それは違う。皆で受ける事に、四人で力を合わせる事に、大きな意味があるって…わたしは、思ってる。

 

「って訳で、今日は速さを重視してみようと思ってるんだけど、どうかな?」

「良いんじゃない?功を焦るのは良くないけど、そうでないなら何事も迅速に解決するに越した事はないんだし」

「せんてひっしょー、しっぷらいじんね!」

「しっぷ…?(ぺたぺた)」

 

 プラネテューヌに来てくれた皆と一緒に、今日のクエストについて話しながら歩く。自信満々に四字熟語を言っているラムちゃんだけど、前半も後半も間違っていて、わたしは苦笑しつつ「湿布じゃなくて疾風だね、疾風迅雷だよ」…と訂正をする。

 こうやってわたし達は、定期的に集まってクエストをしてる。それは普段の訓練とは違う、実戦での経験を得られるからで、今の自分達の…皆の力を確認し合うって意味もある。…後はまぁ、クエストを理由に終わった後は皆で遊んだり、ご飯を食べたりもしてるんだけど…し、仕事をサボってる訳じゃないですよ…?ちゃんと、やるべき事はしてますからね…?

 

「全く、ラムは相変わらずね…。…けど、ロムも含めちょこちょこ諺とか四字熟語とか使うのは、やっぱりブランさんの影響かしら…」

「ふふん、おねえちゃんは色んなことを教えてくれるのよ!」

「ミナちゃんも、フィナンシェちゃんも、たくさん教えてくれるよ(にこにこ)」

「そっかそっか、ブランさん達は皆優しくて、物知りって感じでもあるもんね」

 

 嬉しそうに笑う二人を見て、わたしも自然に笑顔になる。ユニちゃんは肩を竦めてたけど…表情には、柔らかさがあった。

 やっぱり、こうやって皆で集まるのはいい。ちょくちょく会ってるから、新鮮さとか喜びを噛み締める…みたいな事はないけど、何気ないっていうか、自然な楽しさや嬉しさを皆といると感じられる。…って、まだクエストを受けてすらいないんだから、しみじみするのは早過ぎるよね。依頼を適当に選ぶ訳にもいかないし、もうギルドも見えてきてるんだから、そろそろ少しは気を引き締めて……

 

「わ……っ!?」

「きゃっ…!」

 

 その時、大通りと脇道の交差する場所を通り過ぎようとした瞬間、不意に現れた人影。突然の事にわたしは驚いて、でも何とか身体を捻って、ギリギリでぶつかるのを回避する。

 

「ネプギアちゃん、大丈夫…!?」

「う、うん大丈夫…あの、貴女も大丈夫ですか…?」

「こ、こっちも大丈夫…急に飛び出してごめんなさ……って、嘘…ぎあちー…?」

『……?』

 

 躱した勢いで数歩斜めに出てしまったわたしへ、ロムちゃんが駆け寄ってくる。心配してくれたロムちゃんに大丈夫だと返したわたしは、相手の人へと声を掛け……直後、奇妙な声を聞く。

 脇道から出てきたのは、赤い髪の…っていってもうずめさんみたいな真っ赤じゃない、もっと柔らかい感じの赤髪と、髪より濃くて茶色よりの瞳をした、一人の女の子。その子も怪我はなかったようだけど、わたし達を見て目を丸くしていて…それから、『ぎあちー』って言っていた。…ぎあちー、って……。

 

「…わたしの、事…?」

「あ、え、えっと……そ、そう!今をときめくイケイケ女神候補生、パープルシスターをあーしは親愛を込めてぎあちーって呼んでいるのっ!」

「そ、そうなんですか…えぇと、それはまぁ…悪い気はしないというか、なんというか……」

 

 これまたうずめさんの呼び方に近い、ぎあちーって単語。もしやと思って訊き返すと、女の子は言葉に詰まった後、そうだと返してきた。しかも顔を近付けて、結構な圧で。いきなりの圧で、思わず頷いちゃったけど…この子、ちょっと変わってるのかも…?

 

「ぎあちー…こう、群体系の能力を使えそうな呼び方ね…」

「ゆ、ユニちゃん!?それだとわたし、ラスボスに消される事になるんだけど!?」

「……っ!」

「冗談よ、そう気にしな……って、あの…?何か、気に障りましたか…?」

 

 流せない発言へ反射的に突っ込むわたしだけど、ユニちゃんはどこ吹く風。…と思いきや、急に困惑したような顔になって…何だろうと思ってわたしがユニちゃんの見ている方を見れば、そこでは女の子が表情を歪めていた。…それも、悲しさや無力感、それに怒りも混じったような、酷く暗い表情だった。

 

「…え、ぁ…その、これは……」

「もー、ユニったらダメね〜。せっかくの呼び方をバカにされたら、いやな気分になるに決まってるじゃない」

「うっ、割と真っ当な事を…。…でも、そうですよね…ごめんなさい、軽率でした…」

「う、ううん!気にしないで!というか今のは…えーっと、悩み…っていうか、ちょっと考え事をしてただけだし!」

「えっ、ちがったの…?」

 

 頭を下げるユニちゃんに対して、女の子はわたわたと返答。それを聞いたラムちゃんは、違ったらしい事に目をぱちくりとさせて…わたしは女の子の発言、その後半に疑問を抱く。

 

「考え事、ですか?」

「それは、その…あーっと……」

「…まいご?」

「いや、迷子じゃ…なくも、ないか……」

『……?』

 

 どうもさっきから、ちょっと変な様子の女の子。迷子じゃなくもないって言葉には、聞いたロムちゃんも、わたし達も小首を傾げて…でもその数秒後、女の子の雰囲気が変わる。これまでの落ち着かない感じから、何かを決心したように。

 

「…ねぇ、ぎあちー、それに皆。変な事を訊くかもだけど、クエスト…って、分かるよね?」

「え?それはまあ、分かりますけど…というか、今から受けにいくつもりでしたし…」

「なら…あーしからの依頼、受けてくれないかな…?勿論、お礼はちゃんと用意するから」

 

 依頼をしたい。そう言うと共に、女の子はわたし達へと両手を合わせる。お願い、というジェスチャーをする女の子の表情は真剣で…わたし達も、顔を見合わせる。

 

「こ、これって…ギルドをとおしてない、闇クエストってやつ!?」

「な、なんて表現してるのよアンタは…一応言っておくけど、何にも問題ないからね?ギルドは依頼する人とクエストを受けたい人とを繋げたり、やり取りが上手くいくようにしたりする組織であって、アタシ達はギルドと契約してる訳でもなければ、直のやり取りは禁止ってルールがある訳でもないんだから」

「あ、でも教会としては契約っていうか、協力関係だよね。どっちにしろ問題はない訳だけど。…えぇと、それで依頼っていうのは、具体的に何ですか?」

「うん。あーし的には、二つ頼みたくて…一つは、皆から…女神から、色々聞きたいの。あーし、暫く前から過去…に関わる活動をしてて、その為にどうしてもぎあちー達から色々話を聞きたくて……」

 

 話を聞きたい。それはわたしの想像していた、モンスターの討伐や生活圏外での探し物とは全然違うお願いで、内心ちょっと驚いてしまった。でも勿論、それは意外に思っただけで、別に嫌って訳じゃない。…過去に関わる活動…歴史とか考古学関係の仕事をしてるのかな…?それか、デンゲキコさんやファミ通さんみたいな、記者の人だったり…?

 

「おはなし、するだけでいいの…?(きょとん)」

「うん、するだけで……あ、でも記録とか見せてもらえたら、もっと嬉しいかも」

「きろく…写真とか?それならこんなのどう?」

「わ、可愛い。これはハートキャッチ確実…っていやいや、あーしが言ってるのはそういう写真じゃなくて……」

 

 ロムちゃんラムちゃんが、女の子と言葉を交わす。そういえば、前は二人共面識のない歳上(っぽい相手)とは積極的に話したりしなかったのに、今はもう違うんだなぁと感じて…いたところで、わたしを呼ぶのはユニちゃんの声。

 

「ねぇネプギア。依頼云々も含めて、この人の事どう思う?」

「どう…って、信用出来るかどうかって事?」

「えぇ。怪しい人には見えないけど、気になる部分がないかって言えば…アタシにはあるわ。ネプギアは自分も避けてて見えなかっただろうけど、この人ぶつかりかけた時、機敏な動きで躱してたし」

「そうだったんだ…じゃあ、もう少し話を聞いてみる?」

 

 小声でユニちゃんと言葉を交わす。ユニちゃんの気持ちはわたしにも理解出来て、今話した限りだと、この人は普通の人…って印象じゃない。別に信用出来ないとかじゃなくて、この人には実力とか知識とか経験とか、とにかく『普通』の範疇じゃない何かがあるような…そんな気がする。…ま、まぁ…女神の皆とかパーティーの皆さんとかは、皆普通を超える部分が色々とあるし、普通じゃない部分がそこそこある位が、わたしにとっては『普通』なんだけど…。

 とにかく、もう少し話をとわたしは提案。それにユニちゃんは頷いて、すぐに女の子へと話し掛ける。

 

「すみません。さっきお礼は用意するって言ってましたけど、具体的には何を考えてるんですか?」

「えー?ユニ、お礼目当てでお願いきくの?」

「そうじゃないっての。曲がりなりにも『依頼』って形を取るなら、目的や条件、報酬なんかははっきりさせておかないとトラブルの元になりかねないのよ。…って事で、教えてもらえると助かります」

「あっ…だ、だよね。実はあーし、ソフトウェア開発をしてたりするんだけど、お礼はデータとかでも大丈夫?」

 

 それもそうだ、と女の子は携帯端末を取り出す。ロムちゃんとラムちゃんは、見せてー、と言って画面を覗き込む。そして当然、わたしも画面を、ソフトウェアを見せてもらって……

 

…………。

 

「わ、結構レベル高そうなソフトですね。ネプギアから見て、これはどんな感じ──」

「ユニちゃん、この人の依頼受けよう!いや受けます、受けましたっ!クエスト受注!」

「ちょおぉい!」

 

 これは受けないと、受けるしかないよ!そう思って、女の子の手を握って答えるわたし。でもその直後、ユニちゃんに怒られてしまった。…うぅ……。

 

「ったく、機械とか電子関係になると、ネプギアはすぐそうなんだから…」

「で、でも…これ、ほんとに凄く気になるから……」

「そんなに、すごいの…?(きょとん)」

「うんっ!ロムちゃん、聞きたい?」

「え、えっと…(おろおろ)」

「止めなさいネプギア、オタクの語りは高確率で引かれるか辟易されるかの二択よ。…まあでも、ネプギアがこうも興奮してるって事は、既存のソフトウェアを自作の物だって語ってる訳じゃないだろうし……」

 

 冷静な…尚且つそこはかとなく経験談感のあるユニちゃんに窘められて、流石にわたしもクールダウン。その後ユニちゃんは、顎に親指と人差し指を当てながら小声でぶつぶつと呟いて…それからわたしに、ある視線を送ってきた。

 そこに籠っていたのは、信用してもいいかも、って意図。完全に、じゃなくて一先ずは、って感じだけど…わたしより冷静沈着なユニちゃんが、一先ずでも信用出来るって判断を出した。それが持つ意味は大きくて…わたしは、頷く。

 

「ロムちゃん、ラムちゃん。二人は、どうしたい?」

「んと…わたしは、受けたいな。女神は、困ってる人を助けるのが…おしごと、だもん」

「わたしもよ!ネプギアはどうなの?」

「うん、わたしも二人に賛成だよ。だから…お待たせしました。ご依頼、わたし達で良ければ受けようと思います」

「皆…そうだ、まだあーしの名前言ってなかったよね。あーしはマホ、よろよろっ!」

 

 全会一致で、わたし達は受けると決定。それを受けた女の子は…ううん、マホさんは感激したような顔になって…それから笑顔で、自分の名前を教えてくれた。

 

「よろよろ?…ロムちゃんのまね?」

「あ、気にしないで。じゃあ早速、色々訊きたいんだけど……」

「流石に道端じゃ落ち着いて話せないですし、それは場所を変えてからにしませんか?どこかのお店か、それかプラネタワーでも……」

「それなら、プラネタワーがいいな。…えっと、ほら、他にも見せたいソフトウェアがあるし、その為には機材が揃ってる場所の方がいいし」

「ほ、他にも…!?」

「ネプギアー?」

 

 思わず食い付いてしまったわたしに刺さる、ユニちゃんの視線。それにわたしは乾いた笑い声を漏らすばかり。…か、返せる言葉がないもん…。

 

「…まあ、プラネタワーにする事自体は構わないけどね。マホさん、すぐに移動でも大丈夫ですか?」

「もち!あ、それとあーしに敬語は必要ないって。女神に年齢なんて関係ないし、そっちの方が話し易いっしょ?」

「おもち…?(もちもち)」

「今のは勿論、のもち、だね。…えと…じゃあ、マホちゃん…って、呼んでも良いかな…?」

 

 びしっ、とサムズアップで答えるマホちゃん。まだ少し話しただけだけど、良い意味で調子が軽い、快活って感じのマホちゃんは話し易くて…なんだか仲良くなれそう。そんな風に、わたしは感じていた。

 

 

 

 

「ふふん、ここがよく皆であそんでる部屋よ!いいながめでしょ?」

「なんでラムが自慢げなのよ…」

 

 お話をする為にマホちゃんとプラネタワーに戻ったわたし達は、応接室…だと仰々しくなっちゃうよねって事で、お姉ちゃんとの共用部屋にマホちゃんを案内した。

 

「…………」

「あ、わたし飲み物淹れるね。何かリクエストはある?」

「へ?あぁ、っと…じゃ、ぎあちーのお任せで!」

 

 それなら、と冷蔵庫の中からジュースを出すわたし。ジュースにしたのは、ロムちゃんとラムちゃんもいるからで…って、さっき出会ったばかりの人に、お任せを頼むなんてちょっと凄いなぁ…。あ、でもマホちゃんはわたしの事知ってるのか。

 

「さてと。じゃあ、質問してくれれば一つ一つ話していくけど…流石に、何でもかんでも話せる訳じゃないわよ?候補生って言っても、アタシ達は女神だもの」

「分かってるって。で、だけど…先に言うと、あーしが聞きたいのは、犯罪組織絡みの事なの」

 

 それは理解しておいて、って風に言うユニちゃんの言葉に、マホちゃんは頷く。それからわたし達の事を軽く見回して…ふっと真面目な顔になると共に、言った。犯罪組織関係の話を、聞きたいって。

 驚いた。過去に関わる活動って事だから、もっと昔の歴史とか、過去の出来事に対する意見とか、そういう事を聞きたいのかと思ってたけど…まさか、犯罪組織の事を訊かれるなんて。勿論話せない事じゃないし…というか、わたし達は当事者で、良くも悪くも前のわたし達から今のわたし達に変わっていったのが犯罪組織との戦いだったんだから、本当に色々な事を話せるとは思うけども。

 

「犯罪組織絡み…の、何を訊きたいの?ユニちゃんが言った通り、犯罪組織ってなると話せない事もそこそこあると思うけど……」

「うーんと…話せる事全部、って言ったら困る?」

「それは、困る…っていうか……」

「物凄く沢山話す事になりそうね…」

 

 凄くざっくりしてる上に広範囲なお願いを受けて、わたし達は目をぱちくり。う、うーん……あ。

 

「…じゃあ、わたし達がしてきた旅の話をするのはどうかな?」

「……!うん、それで!流石ぎあちー、頭の回転がマジ高速!いやむしろ、女神だけに神速!」

「わー、予想以上に褒められた…あ、ありがとう…?」

 

 そこまで賞賛される事かなぁ、と思いつつも、わたしは感謝の言葉を返す。…何だろう…何となく、違和感があるような…。

 

(…あ、そうだ。部屋に入った時の反応も、ちょっと変わってるんだ)

 

 何故かな、と考えて気付く。この部屋は全体的にピンクと薄紫だったり、自室なのにベットがなかったり(それは共用部屋だからなんだけど)と、初めて来る人は大概驚いたり疑問を持ったりする見た目をしている…んだけど、マホちゃんは部屋に入った時、じーっと部屋の中を見るだけで、何かを言ったりするような事はなかった。まあ、絶対驚かれるって訳じゃないし、それ単体なら流しちゃうような事なんだけど、今の違和感だったり、さっきユニちゃんの言っていた身のこなしの事を考えると、どうにもマホちゃんの事が気になって……

 

「ネプギアちゃん…?」

「ほぇ?え、な、何?」

「何って…旅の話をするなら、ネプギアからに決まってるでしょ。一番始めの段階は、アタシ達いなかったんだから」

「あ…だ、だよね。えと…ならまず切っ掛けなんだけど、旅の話はイストワールさん達が進めてた事で……」

 

 ロムちゃんに呼び掛けられ、我に返ったわたし。この話の提案はわたしがしたんだから…と疑問を一度脇に置いて、わたしは旅の事を語り始める。

 ラステイションまでの話はわたし一人でして、そこからはユニちゃんと二人で話す。ルウィーからはロムちゃんとラムちゃんも交えて、わたし達自身も思い出しながら語っていく。

 

「それで、わたしたちはリーンボックスでコンサートしたのよ?だいせーきょーだったんだから!」

「おぉー!準備期間一日でステージに立つなんて、プロのパリピでも出来ない偉業だよ!」

「ぷ、 プロのパリピ…?…けど、今思えばあの場はイリゼさんが一緒に立っても良かったのよね。結果論だし、あの段階じゃ考えてなかったのかもだけど、後々演説でイリゼさんも大きくシェアを伸ばした訳だし」

「…イリゼさん?」

「……?イリゼさんよ、イリゼさ…って、あ…ごめん、オリジンハート…って言えば分かる?」

「あ、あー。オリハ様ねオリハ様。知ってる、ちょー知ってる」

「いや、そんな実は分かってましたみたいな反応しなくたって…」

 

 ラステイションでMGを強奪された時の件とか、ルウィーの図書館での件とか、世間一般で公にされていない話はぼかすか飛ばすかしているけど、やっぱりあの旅は濃密なものだったから、長い長い話になる。

 でもずっと、マホちゃんは真剣に聞いてくれた。笑ったり、驚いたり、時々ふっと考え込むような顔になったり…色んな表情を浮かべて、わたし達の話に耳を傾けていた。

 

「…それで、最後は皆で力を合わせて、全力を尽くして、何とか犯罪組織との戦いを終わらせる事が出来たんだ。…こんな感じで、良かったかな?」

「…うん。ありがとね、皆。凄く、良い話だった。…やっぱりぎあちー達は、ぎあちー達だね」

「うん。…そう、だよ?」

「わたしたちがわたしたちなのは、普通のことじゃない」

「あぁいや、マホが言ってるのはそういう事じゃ…と、思ったけど…自分が自分なのは、普通の事…本当に当然の事ではあるけど、これって真理よね…」

 

 語り終えたところでマホちゃんが口にしたのは、しみじみとした声。そこから話はちょっと脱線して…妙に深く考えるユニちゃんに対して、わたしとマホちゃんは顔を見合わせて苦笑し合う。

 

「じゃ、これで一つ目のお願いはたっせー?」

「クエスト、クリア?(どきどき)」

「あはは、ばっちりクリア。報酬はプレゼントボックスに送られるから、受け取り期限までに取っておくよーに!」

『はーい』

「なんでゲーム風なのよ…しかもソーシャルなやつ……」

「いやぁ、下手な例えよりこういうやつの方が伝わるっしょ?あ、それともイベ期間の内に回収するよーにの方が良かった?終了日の直前に受け取ろうとしたら、実はその日のメンテ前までが期限で、受け取り損ねたー、なんて事にならないよーにのパターンもあるし、好きなのを選んでくれればオールオッケー!」

 

 何故かどんどん出てくるソシャゲネタ。まあ確かに伝わりはするけど…こう、どんどんゲームのたとえが出てくると、そこはかとなくお姉ちゃん感が…。

 

「えと、マホちゃん。じゃあ、二つ目のお願いを聞いてもいい?」

「っと、そうだったそうだった。二つ目は…あー……」

 

 二つ目の内容を言いかけたところで、頬に人差し指を当てて視線を逸らすマホちゃん。何か気掛かりな事があるのか、それとも何かを考えてるのか、暫く「あー…」って言っていて……それから考えが纏まったように、指を下ろす。

 

「あのさ、もう一つのお願いは、明日でも大丈夫かな?そっちも結構時間がかるし…ほら、一つ目のお礼もまだしてないっしょ?」

「明日…?…あ…もう、こんな時間…(ぱちくり)」

「結構話し込んでたのね、アタシ達…なら、今日は泊まっていった方が楽だけど…ネプギア、良いかしら?」

「勿論!ロムちゃんとラムちゃんも泊まってって!…あ、それとマホちゃんも、良かったらどう?家が近いとか、もう泊まる場所決まってるとかなら、無理にとは言わないけど…」

「ほんと、いいの?やった、ぎあちー太っ腹!マジ感謝、感謝感激雨アラレ激甘っ!」

「…ネプギア、太いの?」

「ふ、太くないよ!?確かに二人よりはそうかもだけど、太ってはいないからね!?」

 

 純粋な目で見てくるラムちゃんに、わたしは全力で違うよと返す。それからなんて事を、ってマホちゃんを見たけど、マホちゃん自身は「あ、ごめーん」位の表情。うぅ、確かにマホちゃんが悪いって訳でもないけど…ないけどもぉ……!

 

「よーし、じゃあ一つ目のお礼はこちら!画面の表示をタッチすると、神樹と接続して変身出来るソフトウェア!」

『勇者のやつ!?』

「あ、駄目?なら、No.7まである隠しレポートを読めるソフトウェアは?」

『拡張科学アドベンチャーのやつ!?』

「えー…だったら、やたら感度が高くて僅かに触れただけでもいちいち開く広告を止められるソフトウェアなら?」

『それは普通に欲しい…!』

 

 次々出てくる変な…でもやたら凄いソフトウェア。中にはほんと、個人で作ったとは思えない程出来が良いものもあって、正直ただ話しただけのお礼としては、あまりにも豪華過ぎるとすら感じさせる。でもマホちゃんは良いんだと、わたし達の話はそれ位価値のあるものなんだと言って、わたし達に笑ってくれた。

 言葉選び含めて、やっぱりマホちゃんはちょっと変わってる感じ。変わってるけど…こうやって見せてくれる笑顔は、わたし達と…皆と変わらない。そう、わたしは信じたい。

 

 

 

 

 色々なソフトウェアを見せてもらった後、わたし達は改めて自己紹介をして、もっと沢山の…旅の内容としては語るまでもないような、ちょっとした出来事なんかも話して、その後は一緒にご飯を食べた。ロムちゃんとラムちゃんの提案でゲームをする事になって、その後はお風呂も一緒に入って…今日会ったばかりの相手とは思えない程、自然にわたし達は接していた。

 

「って訳で、今日はわたし達、ここで寝たいんだけど…いいかな?」

「もっちろん!マホちゃん、今日はゆっくりしていってね!って、もう十分ゆっくりしてるかー、てへねぶっ!」

「え、てへねぷ?何それマジヤバなんだけどっ、あーしも使おうかな?てへまほっ、なんて言っちゃったりしてー!」

 

 何だか波長の合う様子を見せる二人。性格が似てる、って訳じゃないけど…こう、軽快な感じがお姉ちゃんとマホちゃんで近いのかな?

 

「ネプテューヌちゃんもいっしょに寝る?」

「もっちろんpart2!…なーんてね。折角友達とのお泊まりなんだから、今日は友達水入らずで…ね?」

 

 そう言って、お姉ちゃんは共用部屋から自分の部屋へ。そんな気を遣わなくても良いのに…と思ったわたしだけど、流石に追い掛けて引き戻す…なんて事はしない。

 

「にしても、流石はネプテューヌさんよね。マホの事を、『その子誰?』『友達だよ』『そっかー、今日はその子も泊まってくんだね』だけで済ませちゃうんだもの」

「懐が深いよねぇ。正に太っ腹なぎあちーのお姉ちゃんって感じ」

「ネプギア、ふとっぱら〜」

「ぱら〜(ふにふに)」

「ちょ、ちょっと!さっきも言ったけど、わたし太くないからね!?後、今度はマホちゃんわざと言ってない!?」

 

 左右からつんつんと、ロムちゃんラムちゃんがわたしの脇腹をつっついてくる。つんつんから逃げつつわたしが見れば、マホちゃんは面白そうにわたし達を見ていて…わ、わざとだ…やっぱりわざとだよこれ…!

 

「お風呂入った後なんだから、走り回らないの。ほら、ネプギアも」

「わ、わたしは二人が追い掛けてこなかったら走ってないよ…!?」

「わたしたちだって、ネプギアが逃げなきゃ走ってないもーん」

「はいはい。…で、どうする?流石にまだ、寝るには早いでしょ?」

「えと…じゃあ、マホちゃんの…話…?」

「へ?あーしの話?」

 

 目をぱちくりとさせたマホちゃんに、ロムちゃんがこくりと頷く。ご飯にゲームにお風呂にと、一緒に色んな事をしたおかげか、ロムちゃんもラムちゃんもマホちゃんへの抵抗はもうほぼなくて…ほっとする反面、なんだかちょっとジェラシーも感じる。わたしが二人と仲良くなるまではもっと時間も苦労もかかったのにーって、そんな気持ちになってしまう。

 

(…でも、それはロムちゃんとラムちゃんが変わったから、って事でもあるんだよね。それにほら、わたしやユニちゃんも一緒だから…って部分もきっとあるし、うん!)

「ネプギアちゃん…?どうして手をぐっ、ってしてるの…?(はてな)」

「あ…き、気にしないで。それよりマホちゃんの話しよ、マホちゃんの話」

「あーしの話…布団を囲んで寝る前の定番、コイバナならぬマホバナって事?てかマホバナって、ちょっとバナナの一種感なくない?ありよりのありじゃない?」

「マホバナ…食べると魔力がかいふくしそーな名前よね!」

「そんな架空の食べ物の話はしないから…妙な事言って自分の話を回避しようったって無駄よ?」

「むー、バレたかー…ゆにちーの鋭さマジまんぐーす…」

 

 なんだかよく分からない事を言いながら、マホちゃんは頬を掻く。話を逸らそうとしたのは…やっぱり、自分の話をするのは恥ずかしいからかな?

 

「あーしの話、したい?そんな面白い話なんて出来ないっていうか、ぎあちー達の旅の後じゃ大概の話は霞みんぐだよ?さっきっていうか、数時間前だけど」

「でも、仲良くなるにはお互いの事を知るのが一番でしょ?」

「それは、まぁ……」

 

 どうしても嫌なら、無理に訊き出したりはしないし、それは皆だって同じな筈。けどマホちゃんは、少し考えてから「んー…分かった、りょーかい」と言って、わたし達へ話し始めてくれる。

 

「あーしはね…じゃないや。あーしも、実は旅をしてるんだ。でも皆みたいな旅とは違う、何度も行ったり来たりしてる旅を…ね」

「へぇ、今回の依頼もそれ絡みなの?」

「絡み絡み〜。…旅ってさ、楽しい事も、新しい発見も、色々な事もあって…けどやっぱり、辛い事もあるよね。辛い事、悲しい事…皆も、そうだったっしょ?」

 

 トーンの落ちた声で言うマホちゃんに、わたし達は頷く。そもそもが辛くて悲しい事から、わたし達の旅は始まった訳だし、当然それは旅の中でもあった。お姉ちゃん達の旅も、きっとそうだったんじゃないかと思う。

 

「でも、あーしは止めない。諦めない。絶対に、この旅を完遂させるって、そう決めてるから」

「マホちゃん…」

 

 胸の前に挙げた右手を握って、決して大きくはない…けど、強い感情の籠った声でマホちゃんは言い切る。

 覚悟か、意地か、それとももう引き返せなくなってしまったからか。その根底にある思いまでは分からないけど…ただ頑張ろう、成功させようって言葉じゃ表し切れないような何かが、今の言葉からは感じられた。

 

「…ねぇ、アタシ達に手伝える事はある?」

「え?」

「マホの顔見てたら、その旅にどれだけの思いを懸けてるかなんて分かるわよ。分かるし…伝わっちゃったら、なら頑張って、で片付けられる訳ないじゃない」

「うん。わたしも、何かできるなら…して、あげたい」

「わたしたちは女神なんだもの、こういう時女神は力になってあげるものなのよね!」

「ゆにちー、ろむちー、らむちー…」

「ふふっ。大丈夫だよマホちゃん。ちょっと位…ううん、ちょっと以上の無理難題だって、わたし達は手伝えるから。ラムちゃんの言った通り、わたし達は女神だし…マホちゃんは、友達なんだから」

 

 そんなマホちゃんへ向けて、ユニちゃんが訊く。ユニちゃんの言葉に、ロムちゃんとラムちゃんが続く。何か手伝えるなら、力になれるなら、そうしたいと思いを伝え…その気持ちは、わたしも同じ。女神だから放っておけないし、友達だから力になりたい。依頼とか関係なく、ただ純粋にそう思って…わたし達は、待った。マホちゃんの、答えを。

 見つめるわたし達を、マホちゃんはじっと見返す。そのまま五秒、十秒と時間が経ち…マホちゃんは、言った。

 

「ありがと、そう言ってくれて。力になるって、言ってくれて。…でも、大丈夫。もうあーしは、皆にお願いを聞いてもらってるし…皆にも、やらなくちゃいけない事があるでしょ?この次元を守る事、国民の為に国を良くしていく事…それが、女神の務めっしょ?」

「…いいの?マホちゃん」

「いーの、というかシリアスな話になり過ぎ!折角皆パジャマで話してるんだから、もっと明るく楽しい話しようって!」

「い、言われてみると確かにシリアスな話になっちゃってたね…どうしてこうなったんだろう…」

「ネプギアが理由じゃない?」

「わたしのせい!?た、確かにわたしが主人公をやるとシリアスになりがちって印象があるけど、それは原作の話であって……」

「じゃあここはわたしの出番かなー!?」

『(お姉ちゃん・ネプテューヌさん・ネプテューヌちゃん)!?』

 

 ばーん!と扉を開いて出てくるお姉ちゃんに、わたし達は全員で仰天。聞いてたの!?と反射的に突っ込んだわたしだけど、お姉ちゃん曰く「空気の破壊者(シリアスブレイカー)としての感覚にビビっときたから」らしくて…もう用は済んだとばかりに、そのままお姉ちゃんは自分の部屋に戻ってしまった。確かに今ので完全に、シリアスだった雰囲気は霧散したけど…相変わらずお姉ちゃんの行動は独特過ぎる……。

 

「び、びっくりしたぁ…でもあーしとしてはやっぱ、こういう騒がしい位の方が好きだわ。シリアスを続けるのはもうやめたー!」

「マホちゃん、なんで錬金術士みたいな事を…」

「とにかく、もっと楽しい話しよ?それかもっとチルい系の話とかさー」

「なら、マホのもっと楽しい話とかして頂戴。後、チルいって言われると、イリゼさんのところのあの子を連想するわね…」

「うっ…しまった、ゆにちーの策略に嵌められた……」

 

 いやいや嵌めてないから、と言いつつもにやりと笑っているユニちゃん。むむぅ、としつつも楽しそうなマホちゃん。それからマホちゃんは、旅とは違う…もっと何気無い、好きな食べ物とか趣味の話とか、後ソフトウェアの事なんかを語ってくれて、わたし達はのんびりと雑談を交わしていった。…ソフトウェアの話の時は、わたしとマホちゃん以外ぽかんとしてたけど…。

 

「ふぁ、ぁ…(うとうと)」

「ロムちゃん、もうねむい…ふぁー、ぁ……」

「ロムもラムも眠そうね…じゃ、今日はもうお開きにしない?」

「だね。マホちゃんもそれでいい?」

「あ、ALLはしない系?ってそりゃそうかー。正直あーしも眠かったし、問題ナシナシ!」

 

 二人の欠伸を受けて、わたし達はここまでにする事を決定。明日何をするかはまだ聞いてないし、だったらちゃんと休んだ方が良い筈。…あ、っていうか今の内に、もう一つのお願いも訊いておこうかな?…うーん…けど、いっか。ロムちゃんとラムちゃんは眠くてちゃんと聞けないかもだし、マホちゃん自身がまだ言おうとしてないって事は、きっと一刻を争うような内容でもないんだよね。

 

「それじゃあ皆、お休み」

「えぇ、お休み」

「おや〜」

「…すぅ……」

「…くぅ……」

 

 もう寝始めちゃったロムちゃんとラムちゃんに微笑み、わたし達も横になる。そうして目を閉じれば、わたしにも段々眠気が来て…明日も頑張ろう、そんな事を思いながらわたしは寝入った。

 

 

 

 

(……あ、れ…?)

 

 ぼんやりと感じる、仄かな光。その光で、わたしはふと目が覚めた。

 

「…マホ、ちゃん……?」

「……!…あ、なんだぎあちーか…もう、びっくりさせないでよー」

「ご、ごめんね…って、それはこっちの台詞だよ…暗い中に小さい光と薄っすらとした人影があって、ちょっとびっくりしたんだからね…?」

「あー、じゃあおあいこ?」

 

 わたしは身体を起こして、起きていたマホちゃんの隣へ。ユニちゃん達を起こさないように、わたし達は小さな声で言葉を交わす。

 

「マホちゃん、もしかして普段はもっと遅くまで起きてるの?」

「や、そういう時もあるけど、今日はちょっとやっておきたい事があっただけ。眠いのはマジだよ?」

「やっておきたい事…ソフトウェア関係?」

「まー、そんなとこ」

 

 ソフトウェア関係?…と聞いたのは、携帯端末とか、他にも作業用の道具が幾つか出ていたから。わたしはどっちかっていうとハードが趣味の範疇で、ソフトはそこまでだけど…電子機器を筆頭に、現代の機械の多くはハードとソフトが切っても切れない関係になっているから、開発を含めて少しはわたしも知識がある。だからこそ、マホちゃんが作ったっていうソフトウェアも、それを作ったマホちゃんも凄いんだって、すぐに分かった。

 

「……ね、ぎあちー」

「どうしたの、マホちゃん」

「どうしてぎあちーは、まだ出会って一日も経ってないあーしの事を、友達だって言ってくれたの?」

 

 まだ作業をするなら、ここにいちゃ不味いかな、と思っていたところで、不意にわたしは問い掛けられる。どうして、とマホちゃんに訊かれる。

 確かに、それを訊きたく気持ちも分かる。というか、わたしがマホちゃんの立場だったら、わたしも訊いていたかもしれない。まだ出会ったばかりって言える相手を、その日の内に泊めている…それが普通じゃないって事位は、わたしだって理解してる。

 

「うーん…なんて言うのかな。友達って別に、長さが全てじゃないでしょ?すぐに仲良くなれる事もあれば、色んな経験して、やっと友達になれたって思えるような事だってあるし。だから少なくとも、出会ったばかりだからまだ友達じゃない…なんて事はないと思うの」

「…うん」

「…けど、これは考え方の話であって、マホちゃんへの答えとしては微妙だよね。だから、その……」

「その…?」

「…ごめんね、わたしはお姉ちゃん程真っ直ぐでも、芯が強い訳でもないから、『出会ったばかりでもマホちゃんは友達だよ!』…とは言えないんだ。だから…ほんとの事を言うと、友達…になれそうっていうか、友達になりたいって思ってるのが実際のところっていうか…うぅ、そういう意味じゃ安易に友達って言うのは駄目だったよね……」

 

 恥ずかしさとちょっぴりの情けなさから、わたしは目を逸らす。頭では「友達に時間の長さは関係ない」と考えていても、心のどこかで「もう友達って言って良いのかな、それはマホちゃんに悪いんじゃ…」って思っちゃってて、ここでその不安を振り切れないのがお姉ちゃんとわたしの違い。そして、だからこそ…そう思ってるのに「友達」と先んじて言ってしまった事が、なんだか申し訳なくて……

 

「くぅぅ…!やっぱぎあちーマジ女神、女神オブ女神!可愛過ぎてきゃぱいって!おにかわ超えて最早おにただなんですけど!?」

「ま、マホちゃん!?大きい声出したら皆起きちゃうよ!?しかも近い近い!後、おにただは違うよね!?それに関してはむしろ、設定的に古いネタに該当するものだよ!?」

「どーどー、ぎあちーこそ声大きいよ?」

「それはマホちゃんのせいだよぉ…!」

 

 噛みしめるような声を出したかと思った次の瞬間、勢い良く抱き着いてくるマホちゃん。しかもなんか凄い勢いで色々言ってくるし、顔近いしで、されたわたしは大慌て。きょ、距離感…物理的にも精神的にもマホちゃんは距離感がおかしいってぇ…!

 

「……自信を持っても大丈夫だよ、ぎあちー。ぎあちーだって、ねぷち…お姉さんに負けない位、真っ直ぐだし芯が強い女神だから。あーしは、そう信じてるから。断言出来るから」

「…マホ、ちゃん……」

 

 暫くわたしをぎゅっとしていた後、離れてくれるマホちゃんだったけど…その直前、ふっと穏やかな表情になったマホちゃんは、そう言った。言ってくれた。送られた発言にわたしが目を見開くと、マホちゃんは笑って…すぐに、さっきまでの(友達云々の話をする前の)雰囲気に戻った。

…うん、そうだ。わたしがマホちゃんと友達になれそうって思ったのは、マホちゃんが壁を作らずにいてくれるからだ。マホちゃんの方から、まるで友達みたいに接してくれるからこそ…わたしも、友達になりたいって思ったんだ。

 

「ぎあちー、もしあーしが作業してたせいで起きちゃったなら、お前が言うな案件だけど、ぎあちーこそ寝なくて大丈夫?」

「あ…うん、そうだね。マホちゃんも、寝不足にならないようにね?」

「はーい。…そうだぎあちー、ちょっとだけNギア、触らせてもらってもいいかな?」

「え?うん、良いよ」

「あ、躊躇いなく渡すんだ…しかもそのまま布団に戻ろうとするんだ…あーし、これは流石に交流期間に対して信用され過ぎじゃね?というかむしろ、こうなると逆に悪い事出来ない…!」

「あはは、悪い事しようとしてたの?」

 

 変な発言にわたしが冗談めかして言えば、マホちゃんは「たははー」と笑いながら後頭部を掻く。でも流石に、わたしだって渡したまま寝たりはしない。マホちゃん云々じゃなくて、これがユニちゃんやロムちゃん、ラムちゃんだって、わたしのプライバシーにも関わる端末なら、貸しっ放しにする事はない。そして数分後、マホちゃんが返してくれたNギアを受け取って、わたしはもう一度布団を被る。

 

「…マホちゃん、明日も宜しくね」

「こっちこそ宜しく、ぎあちー」

 

 最後にもう一度言葉を交わして、わたしは再び眠りに就く。さっき抱き着かれたせいで、すぐに眠れる精神状態かって言われたら微妙だけど…嫌な気分じゃ、全然ない。

 マホちゃんの話をする中で、マホちゃんは自分の旅を、辛い事や悲しい事もあるって言った。一つ目のお願いは賑やかに終わらせられたけど、もう一つのお願いを果たす中で、そういう事があるかもしれない。でも…たとえそういう事があったとしても、マホちゃんと…皆となら、全部終わった後、振り返った時…きっとわたしは、楽しい時間を過ごせたと思ってる。そう、信じたい。




今回のパロディ解説

・「〜〜群体系の能力を使えそうな呼び方〜〜」
ジョジョの奇妙な冒険 ダイアモンドは砕けないに登場するキャラの一人、矢安宮重清の愛称、しげちーの事。しげちーとぎあちー…まあまあ似てると思います。

・「〜〜画面の表示を〜〜変身出来る〜〜」
ゆゆゆシリーズに登場する用語の一つ、勇者システムの事。女神もVⅡ(R)では、ネクストフォームになる際展開した画面を操作するシーンがありましたね。

・「〜〜No.7まである隠しレポートを読める〜〜」
ROBOTICS;NOTESに登場するアプリの一つ、居ル夫。の事。これに関しては、MAGES.辺りが開発してそうな気もしますね。主に元ネタ的にですが。

・錬金術士
アトリエシリーズにおける代名詞的な要素(職業)の一つの事。直前の「シリアスを続けるのはもうやめたー!」は、一作目のキャッチフレーズのパロディのつもり…です。

・おにただ
弱キャラ友崎くんに登場するヒロインの一人、日南葵の代名詞的なフレーズの一つのパロディ。一見ギャル語風ですが、実際は作中の年代から見て昔のネタなんですよね。


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第二十話 彼女との歩み、二つ目の依頼

 角で危うくぶつかりかける…まるで少女漫画みたいな出会い方をしたマホちゃんからの、二つの依頼。

 一つ目は、犯罪組織に纏わる話をしてほしい…っていうもの。これに関してはわたし達のしてきた旅の内容を話して、マホちゃんもそれで満足してくれた。その後はなんていうか、そもそもが依頼らしくない依頼って事もあって、半分位は雑談みたいな話を重ねていた。ギルドを介していないといっても依頼は依頼なんだから、今思えばもっと真面目に、色々資料を用意しても良かったような気もするけど…わたし達がした事も、間違ってはいなかった…と、思う。

 そして、二つ目の依頼。まだ聞いていなかった、もう一つの依頼は──。

 

「ごちそーさまっ!」

「おねえさん、おいしかったよ(にこにこ)」

 

 朝。一番の早起きなラムちゃんに起こされた(ラムちゃん、朝から元気一杯なんだよね…)わたし達は、顔を洗って身支度をして、皆でご飯を食べに行った。食後、食堂の調理場前を通る時に、ロムちゃんとラムちゃんはにこやかに声を掛けていて、声を掛けられた調理場の皆さんは、朗らかな笑顔を返していた。わたし達もご馳走様でした、とは言ってるし、女神って事もあって頭を下げられたりもするんだけど…やっぱり、二人からこんな事言われたら笑顔になっちゃうよね。

 

「はー、朝から食べた食べた。軒並み美味〜、って感じだったわ」

「それは良かった。でも、食べ過ぎは良くないよ?」

「だいじょぶだいじょぶ、あーしには摂取カロリーを計算したり、どの程度運動すれば良いかを提示してくれるソフトウェアもあるから!」

「…それ、仮にあっても使わなきゃ意味なくない?」

「たはー、バレたか〜。まほぺろっ!」

「あ、早速使ってる…」

 

 ぺろっ、と舌を出すマホちゃんに、わたしは苦笑い。わたし達より睡眠時間が少ない筈のマホちゃんだけど、今のところ眠そうだったり調子が悪そうだったりはしない。

 

「で、二つ目の依頼は何なの?一つ目みたいにやろうと思えばその場でもやれる、って感じの事ならいいけど、準備が必要になるなら、早く言ってくれないと困るわ」

「あ、うん。二つ目なんだけど……」

 

 取り敢えず部屋に戻ろうとする中で、廊下を歩きながらユニちゃんが訊く。それに対して、マホちゃんは答えようとして……けどその最中、わたし達はある人達と出くわした。

 

「お、ぎあっち達じゃないか。おはよう…って、うん?」

「あっ、うずめさんにくろめさんにウィードさん。おはようございます」

 

 わたし達がばったり出会ったのは、うずめさん達お三人。こっちに向かってたって事は、多分お三人共今からご飯で…けどそのまますれ違う事はなく、お三人の視線はマホちゃんへ。

 

「彼女はマホ、色々あって今アタシ達はマホから依頼を受けてる最中なんです。マホ、この人達はアタシ達の仲間で、うずめさんとくろめさんは女神なのよ」

「女神……。…って事は、彼がウィード、って人な訳ね。あーしはマホ、一応皆への依頼人…になるのかな。まあとにかく、よろよろ!」

「っと、おう。俺がウィードだ。俺は…まぁ、一応人間だ。厳密に言わず、ざっくり言えば人間…だと思う」

「…え?ぎあちー、この人いきなり謎な発言をしてきたんだけど、ちょっと不思議系なメンズなの?」

「い、いや…そうじゃないっていうか、ウィードさんにもかなり複雑な事情があるっていうか……」

 

 女神、と聞いてうずめさん達の事を暫く見つめた後、元の調子に戻って自己紹介をするマホちゃん。まず返答したのはウィードさんで…でもそれを聞いたマホちゃんは、怪訝な顔をしてわたしにウィードさんの事を尋ねてくる。

 確かに何も知らない人からすれば、今のは妙に感じる発言。でもウィードさん自身や、知ってるわたし達からすれば、「まぁそういう表現になるよね…」って感じで…どうしよう、説明した方が良いのかな…。けど説明するとなると、かなり長くなっちゃうだろうし…。

 

「ふぅん…ま、誰にも一つや二つ、簡単には語れない事情があるもんね。それより、この二人は見た目そっくりなんだけど?もしかして、ろむちーらむちーと同じく双子?」

「まさか、《俺》と双子なんて真っ平御免だよ」

「へぇ、気が合うじゃねぇか。《オレ》と双子なんざ、全身全霊でお断りだっつーの」

「あー…お二人は、訳有りな感じ…?」

「訳有りかどうかで言えば…大有り、かな……」

 

 何か察してくれたように、ウィードさんへの追求はしなかったマホちゃん…なんだけど、その際の一言で、途端にうずめさんとくろめさんは険悪な雰囲気に。それにはマホちゃんもまごついちゃって…どうしよ、こっちもこっちで説明の難易度が高いよ……。

 

「…ふん。俺は天王星うずめだ。ぎあっち達と違って今は真っ当な状態じゃねぇが、一応女神だ。宜しくな」

「オレは暗黒星くろめ。…まぁ、これは本名ではないんだけど、今はくろめで通している。ゆにっちはオレも含めて女神と言ってくれたし、それは否定しないが…《俺》以上に、真っ当な女神からは離れた存在さ。情けない事に、ね」

「いやくろめ…それは初対面の相手にする自己紹介じゃないって…そんな事言われても、困惑するだけだと思うぞ…?」

「やー、まぁ…ぶっちゃけ、それなっていうか、なんていうか…はは……」

「う…すまない…」

 

 これなんて返せば良いの…?状態なマホちゃんに、くろめさんはちょっぴりしゅんとした様子に。で、結果…なんとも微妙な雰囲気になってしまう。

 

「あ、え、えーっと…うずめさん達は、この後お仕事ですか?」

「へ?あ、おう。今日は多分、デスクワーク多めだな…」

「ですくわーく…お部屋の、おしごと…?」

「うずめさんって、お外でのおしごとの方が得意そーだものね!」

「なんかその評価はちょっと不服だ…全く否定は出来ねぇけど……」

「あ、それあーしも分かるかも。ソフトウェア開発ならずーっと机とか画面に向かっていられるけど、それ以外だと焦れったくなってくるっていうか、変なもやもや感が広がる感じ?」

「そうそうそうなんだよな。んで、それでも頑張ろうとすると、なんか背中が熱くなってくるっつーか…」

「それな!だから何時間も平然と続けられる人はマジかーってなるし、それだけでちょっと尊敬出来るっていうか…これ、分かる?」

 

 流れを変えようと発した言葉が功を奏して、微妙だった雰囲気は霧散。それに一度はほっとしたわたしだけど…今度は会話が、何か変な方向に。

 

「分かる分かる、超分かる!」

「マ?いやー、分かるかー、分かっちゃうかー。あ、じゃあさじゃあさ、自分がデスクワークでうがーってなってる時に、お疲れって感じで冷たい飲み物とか差し入れされると、思わずときめいちゃうのは分かる?」

「それも分かる〜!でさでさ、単に差し入れされるだけじゃなくて、差し出してきたのと逆の手で自分の分も待ってて、ちょっと一緒に休憩しない?ってなったら、もー心掴まれちゃうよね〜」

「ヤバっ、超理解出来るんですけど!何これ以心伝心?分かりみ深過ぎるっしょ!」

 

 元々の話から脱線しながらも、物凄く盛り上がるマホちゃんとうずめさん。しかもうずめさん、普段は隠してるゆるゆるモードが入っちゃってて…なのにマホちゃんも似たような何かを醸しているものだから、それが自然に見えるという前代未聞の状態に。

 雰囲気は悪くない。もう全然悪くない。…けど、何も言えなかった。独特過ぎて、とても入っていけそうにはなかった。

 

「…薄々感じてたけど…ひょっとして、マホちゃんとこういう状態のうずめさんって、性格的にかなり近しかったり…?」

「かもしれないわね…でも何となくズレてるっていうか、近しいけど開きもあるような気がするわ……」

 

 大いに盛り上がる二人のやり取りを、わたし達は眺めるばかり。テンション高めのやり取りは、その後も少しの間続いて…最終的に二人は、ぱーんと軽快にハイタッチまでしていた。…うずめさん、後で思い出して恥ずかしくなったりしないかな……。

 

「やー、こうやって話せる相手がいるとは思ってなかったわー。ほんともう、テンアゲマシマシ状態っしょ!」

「…マホさん、時々よくわからない言葉、言う…」

「うん、むずかしー言葉を言うのよね〜…」

「…ふ、ふふっ。これは難しいとはまた別ベクトルだろうけどね」

『…くろめ(さん)……?』

 

 機嫌の良さそうなマホちゃんの発言に、ロムちゃんとラムちゃんは困惑…というか、ちょっぴり眉を八の字にする。確かに聞き慣れない言葉を使うマホちゃんだけど、これを難しいと表現するのは何か違うような…と思っていたところで、聞こえたのはくろめさんの小さな笑い。それも、ちょっと含みを感じるような笑い声。何だろうと思って見てみれば、くろめさんはどこか懐かしそうな表情をしていて…言葉を、続ける。

 

「あぁいや、昔の…友達の一人が、君と少し似ていてね」

「昔の…あー、確かにちょっと似てるな。確か一人称も同じだったし」

「そう、なのか?なら、まほっちと俺とで割と話が弾んだのもそれが……」

「いや、そういう事ではないと思う」

 

 納得したようなうずめさんの返しを、ウィードさんがさらっと否定。あ、そ、そうなのか…と何とも言えない風な顔をするうずめさんに、わたし達は思わず苦笑いをしていたけど…その間も、くろめさんは昔の事を思い出すような、遠い目をしていた。

 昔の友達。それはきっと、くろめさんが守護女神だった頃の話。友達、という言葉を一瞬言い淀んだのは…簡単には語れない思いがあるから。でも、言い淀んだとしても「友達」って言ったって事は、その人や、その人との思い出はくろめさんにとって大切なもので……

 

「まさかこんな光景を見る事になるとは…君を見ていると、込み上げてくるよ」

「そなの?え、懐かしさが?」

「いや、吐き気が」

「なんで!?」

 

……あ、あっれぇ…?なんかいきなり、予想外にも程がある発言が出てきてない…?は、吐き気…?

 

「は、吐き気…あーしを見て吐き気…そ、そんな吐き気する程仲の悪い相手だったの…?」

「そういう事じゃ、ないよ。吐き気がするのは、自分に対してだ。彼女は…皆は大切な友達だったのに、皆オレの事を思ってくれていたのに、そんな皆に対してオレは……」

「うぇ!?な、なんかめっちゃ落ち込んでる!?ぎ、ぎあちー!?これどゆ事!?あーしのせい…!?」

「い、いえ…これに関しては、まぁ…何というか……くろめさんは、そういう方なので…」

 

 急転落するくろめさんの精神状態に、テンパるマホちゃん。ちょっと失礼な表現な気もするけど、これをどういう事かと訊かれたら、そういう方、と返すしかなくて…ウィードさんもウィードさんで、くろめがすまん…と謝っていた。

 そして、またまた微妙になってしまう雰囲気。一応マホちゃんは飲み込んでくれたみたいだけど、それがまた微妙な雰囲気を加速させていて……

 

「朝から賑やかじゃないか。何かあったのか?」

「ほぇ?あ、マジェコンヌさんじゃない!」

「……!?」

 

 そこでまた、新たな声が聞こえてきた。振り向けば、そこにいたのはマジェコンヌさんで、ラムちゃんの声にマジェコンヌさんは手を振り返す。

 

「おはようございます、マジェコンヌさん。…もしかして、騒がしかったですか…?」

「いいや、そんな事はないさユニ。…ところで、彼女は?」

「あ…はい。この子はマホちゃんって言うんです。マホちゃん、この人はマジェコンヌさんっていう……マホちゃん?」

「…マジェコンヌ…マジェコンヌって言った…?」

「う、うん。マジェコンヌさん、だけど……」

 

 さっきのユニちゃんみたいに、わたしもマホちゃんとマジェコンヌさんそれぞれへ軽く紹介…をしようとしたけど、何やらマホちゃんの様子が変。マホちゃんは愕然とした表情で、マジェコンヌさんの事を見ていて…当然マジェコンヌさんも、その反応に怪訝な顔。

 

「…………」

「…私に、見覚えでも?」

「…同姓同名…?いや、でも…似てるような気も……」

「……あー…」

 

 じっと…どこか鋭さを感じる目でマジェコンヌさんを見つめていたマホちゃんは、考え込むような声で呟く。その返答とも言えない返答を受けたマジェコンヌさんは、珍しく困った顔になって…助けを求めるように、わたし達へと視線を向けてきた。

 

「ま、マホちゃんマホちゃん。マジェコンヌさん困惑しちゃってるから、ね…?」

「マジェコンヌ、さんと…お知り合い、なの…?」

「…あっ…え、えーとその…な、名前!マジェコンヌといえば、犯罪組織の名前っしょ?それと同じ名前の人がいたら、そりゃ驚くって!」

『…………』

「…あ、あれ…?」

 

 わたしとロムちゃんに呼び掛けられて我に返った様子のマホちゃんは、狼狽えたような顔をした後行動の理由を話してくれた。…くれたんだけど…その内容に、わたし達は顔を見合わせた。犯罪組織と同じ名前、って……

 

「よく知ってたわね、マホ。『犯罪組織マジェコンヌ』なんて、犯罪組織が台頭する前の、最初期にしか使われてなかった名前なのに」

「うん。確か、犯罪組織の実態…というか、真実を知らない人達の一部が、マジェコンヌさんの名前を勝手に使ってたんだったよね」

「あぁ。だが、嘗ての私は別段自分の名を次元中に発信していた訳ではない。魔王ユニミテスの時の様に、人前に出る事もあったが…十中八九、私が世直しなど目標にしていなかった事を分かった上で、人集めの為だけに私の名を使う事を考えた者がいたのだろうさ」

 

 犯罪組織は犯罪組織。勿論、『犯罪組織』って言葉は本来固有名詞とかじゃないんだけど、祭り上げられている存在が『犯罪』神って事もあって、犯罪組織は犯罪組織って呼び方が一般的になっている。マジェコンヌ、って呼び方をする人は珍しいし、そもそも知らない人だって多い筈。

 だから、マホちゃんの言った事には驚いた。昨日わたし達はマホちゃんに犯罪組織絡みの話をしたから、マホちゃんには犯罪組織について詳しくないイメージがあって、尚更びっくりした。…あ、でも逆もあるか。犯罪組織について独自に調べてて、女神の知識や見解を知りたくなったから、わたし達にお願いした…ってパターンもなくはないよね。どっちにしろ、今さっきのマホちゃんの発言は驚きだけど。

 

「あ、や、えっと…その……」

「んー…俺はその辺りの話よく分からねぇけどよ、まあ取り敢えずまじぇっちは悪いやつじゃねぇよ。悪いやつじゃねぇっていうか、普通に良い人だな」

「…それについては、オレも同意しよう。少なくとも、オレよりはずっと善性のある人間さ」

「…ありがとう、二人共。…だが、改まってそう言われると、何とも気恥ずかしいものだな…」

 

 こんな流れになるなんて。そんな様子でマホちゃんが動揺する中、助け舟…というか、話を変えようとしてくれたのはうずめさん。そこにくろめさんも乗って、二人でマジェコンヌさんをフォローして…良い人だと言われたマジェコンヌさんは、ちょっぴり目を逸らして頬を掻く。

 

「あー、マジェコンヌさんてれてる〜」

「あんまり見ないかお、してる…(ぱちくり)」

「ちゅ、注目するのは止めてあげてね、二人共…。…っと、そうだ。長話になっちゃったけど、マホちゃん二つ目の件は大丈夫?もう急いだ方がいい?」

「え、っと…う、うん。まだ急がなくても大丈夫だとは思うけど、のんびりしてても大丈夫…って感じでも、ないかも…?」

「なら、アタシ達はここら辺で失礼するとしましょ。うずめさん達を、いつまでも引き止めるのも悪いし」

「別に気にする事は…まぁ、なくもないか…。まだ、朝食食べてねぇし…」

 

 ついつい話し込んじゃったけど、決してわたし達は暇だから話してた訳じゃない。そしてユニちゃんの言葉にウィードさんが答えて、わたし達は別れる事に。

 うずめさん達…それにマジェコンヌさんは、食堂へ。わたし達は、わたしとお姉ちゃんの共用部屋へ。そうして部屋まで戻ったところで、ロムちゃんとラムちゃんは「はふぅ…」と一つ吐息を漏らした。

 

「どうしたのよ、ため息なんて吐いて」

「…くろめさん…まだ、ちょっと…苦手、だから……」

『あー…』

 

 片手を腰に当てたユニちゃんが訊けば、ロムちゃんは言い辛そうにしながらも答えてくれる。言葉としては、苦手っていうざっくりとした表現だけど…そこに込められている気持ちは、理解出来る。

 

「そりゃ、今のくろめさんが悪いことしてないのはわかってるわよ?けど……」

「うん、ロムちゃんもラムちゃんも、そう思う気持ちは間違ってないと思うよ」

「くろめさん自身、そう思われて当然…って考えてるでしょうね。アタシだって、うずめさんやウィードさん、他の皆へ対しての感情と、くろめさんへの感情は、やっぱり違うし」

 

 複雑な感情がある。そんな風に言うラムちゃんを、わたしもユニちゃんも肯定する。わたしだって、くろめさんには色んな感情があるし、多分それはお姉ちゃん達も…うずめさんや、ウィードさんだってそうだと思う。

 

「…今は今、過去は過去。過去を理由に今の在り方をちゃんと見ないのは良くないけど、どんなに今が良くたって、それで過去が消え去る訳じゃない…当たり前の事だけど、凄く複雑な事だよね。過去も、今も、未来だって、繋がってるんだから」

「ネプギア…同感はするけど、そういう言い方じゃ難解に聞こえるわよ?」

「そ、そうかな?…うん、言われてみるとそうかも……」

「……どんなに今が良くたって、それで過去が消え去る訳じゃない…」

「え?マホちゃん、どうかしたの?」

「…や、ぎあちー深い事言うなぁって。はっ、これが女神の深イイ話ってやつ?」

『いやいやいや…』

 

 呟くように、わたしの言葉を繰り返すマホちゃん。それは静かな、でも重みのある声で…けどわたしが問い掛けると、すぐにマホちゃんは元の調子に。…深いかなぁ、今の…。

 

「…あ、そうだ、二つ目の件。いい加減この話しましょ」

「っと、そうだったそうだった。二つ目のお願いは…うーんと、道案内?或いは護衛?」

「…って、言うと……?」

 

 気を取り直すようなユニちゃんの言葉に、マホちゃんが答える。でも語尾は疑問形で、それについてわたしが訊けば、マホちゃんは一つ頷いて…言った。

 

「うん。…ぴーしー大陸。皆には、そこまで付いてきてほしいの」

 

 

 

 

 ぴーしー大陸。一つとなった四大陸とも、神生オデッセフィアのある浮遊大陸とも違う、四大陸外縁に多数存在する浮き島の中でも有数の面積を持つ大陸の一つ。別次元の話ではあるけど、ニトロプラスさんの出身地でもある、プラネテューヌからは遠く離れた場所。

 そこに今、わたし達は向かっている。マホちゃんの、二つ目のお願いに応える為に。

 

「…あ、もしかして……」

「ねぇねぇネプギア、ぴーしー大陸ってあれかしら?」

 

 わたし達は女神化をして、わたしがマホちゃんを抱えて、一直線にぴーしー大陸へ。ロムちゃんとラムちゃんの言葉を受けて目を凝らせば、大きな…って言っても、今はまだ小さく見えるんだけど…浮き島があって、方角的にもそこが恐らくぴーしー大陸。

 

「うん、多分あそこだね。マホちゃん、もう少しだけど大丈夫そう?」

「だいじょぶだいじょぶ!てか、無理って言ってもどうしようもないっしょ?」

「ま、ここは空だものね。せいぜいロムとラムの風魔法で浮かせてもらうとか、それ位しかないでしょ」

「あ、それは経験してみたいかも」

「え、やる?」

「い、今は止めておこうよラムちゃん…落ちたら大変どころの騒ぎじゃないよ…?」

 

 なんだか乗り気なラムちゃんに対して、わたしはやんわりと否定をする。

 幾ら二人が魔法のプロでも、ミスした場合のリスクが大き過ぎる。下に陸地なんて見えないからこそ、急降下すれば万が一落ちてもキャッチ出来ると思うけど…これはわざわざ負わなきゃいけないリスクじゃない。それに落ちる経験なんて、普通の人からしたら恐怖以外の何物でもないだろうしね。

 

「ネプギアちゃんと、ユニちゃんは、ぴーしー大陸って来たことある…?」

「ううん、わたしはないよ。ユニちゃんは?」

「アタシもないわ。他の浮き島もそうだけど、行く理由が出来る事自体がまずなかったし、試しに行ってみるには遠過ぎる距離だもの」

「じゃあ、最後にこういうところに来たのって……」

「タコの時以来、だね」

「タコ?」

 

 タコと聞いて目を瞬かせるマホちゃんに、残り少しの距離を飛ぶ中で前にあったタコの件を説明する。思えばあれも犯罪組織との戦いの合間にあった事で…「なにそれやばっ、あーしも参加してみたかったなー!」という、何ともマホちゃんらしい感想が返ってきた。

 

「じゃ、着地するよ。ゆっくり降りるけど、地面に脚が着くまで離れないでね?」

「大丈夫。あーしはこの手を、離さない…!」

「なんでそんな、シリアスなシーンみたいな言い方を……」

「よっと。うーん…広いわね!」

 

 中身のないやり取りをしながら、わたしは安全第一で降下。その間に三人は地面に降りて、女神化を解いて…最初にラムちゃんが言ったのは、見たままの感想。

 でも確かに、広い。他の浮き島と違って、島って感じが全然しない…名前通り、大陸って印象を受ける場所。

 

(…まあ、四大陸も浮遊大陸な訳だし、神生オデッセフィアのある大陸は四大陸よりずっと小さいけど大陸って呼んでる訳だし、ここも浮き島じゃなくて大陸って呼んでも良さそうな感じはあるよね)

 

 だって、大陸と島を分ける明確な基準なんてないんだし。…と、わたしも見回しながら一人思う。

 けど、ならぴーしー大陸と他の大陸は同じかっていうと、それは違う。ぴーしー大陸がどういう所なのかは、出発前にいーすんさんから聞いている。

 

「で、ここからはどうするの?ここでしか出来ない何かがあるとかなの?」

「ここでしか、やれない何か…?(きょとん)」

「わたしたちは五人だから……はっ、シンセダイホビーきょーぎ…?」

「いやいやいや、全然エクストリーム感ないっしょ…皆はアイドルっぽい事もしてるらしいからまだ分かるけど…。…まあ、あーしとしては…見て回りたい、って感じ…かなぁ」

 

 何故そうなったし…って顔で手を振るマホちゃんの突っ込みに、わたしは苦笑。それから続いた言葉を受け取って、発言を返す。

 

「…じゃあ、取り敢えず色んな所に行ってみる?わたし達もぴーしー大陸に来るのは初めてだし、歩いて回るんじゃ物凄く時間がかかっちゃうから、飛び回る位しか出来ないけど…」

「んーん、それでも十分だって!ここまで運んでもらって、更に頼んじゃって悪いけど、どうぞ宜しくお願いしますっ!」

「あっ、知ってるわ!こういう時はよろぴく、って言うのよね?」

「いやらむちー、それは流石に古いかなー…って。…っていうか、今更だけど、うずちーの言葉も微妙に古かったような希ガス…」

 

 と、いう事でぴーしー大陸を回ってみる事に決定。わたし達はもう一度女神化をして、改めて飛び立つ。

 

「んー…ここ、神生オデッセフィアとにてるかも」

「…そう、かな?」

「うん、自然ばっかりなとことか」

「そりゃ、まだこの辺りは端っこなんだから、自然ばっかりなのは当たり前でしょ。ルウィーだってそうじゃない」

「えー?たしかにそれはそうかもだけど、やっぱりルウィーとは違うっていうか、にてるのは神生オデッセフィアっぽいっていうか……」

「神生オデッセフィアかぁ…折角だし、あっちも行ってみればよかったかも…」

「…え、まさかとんぼ返りするとか言わないわよね?」

「えー?女神なのにとんぼ返り?って、これは別に上手くも何ともないかー…」

 

 暫くの間、続くのは自然の風景。初めはわたしもユニちゃんに同意見だったけど、段々分からなくもない…って思うようになってきた。

 四ヶ国だって、生活圏から離れた場所は殆ど自然だけになっている。でも四ヶ国の場合は、資源の調達だったり、モンスターへの対処だったり、場所によっては他国への交通網に組み込まれてたりで、多かれ少なかられ人(と女神)の手が加えられた場所も、結構ある。少なくとも、プラネテューヌの場合はそう。

 だけど、ここは違う。今見た限りだと、そういう風な場所は殆どなくて…多分それが、神生オデッセフィアと似てるんだと思う。神生オデッセフィアの場合は「まだ」手付かずなだけで、その点ぴーしー大陸がどうなのかまでは分からないけど…。

 

「…………」

(…マホちゃん、凄く真剣に見てる…何かを探してる、とかかな……)

 

 ここまではずっとネプギアに任せちゃってたし、って事で、今マホちゃんを抱えているのはユニちゃん。抱えられてるマホちゃんは、会話をする時は緩い雰囲気なんだけど、会話が終わるとすぐに真剣な顔でぴーしー大陸を見回して、その眼差しを向け続ける。

…それが、よく分からない。その眼差しの理由が…マホちゃんが、何の為にぴーしー大陸へ来たかったのかが。

 

「…あ、向こうに見えるのって…町?…と、いうか…村?」

「…行く?」

 

 更に暫く飛んで見えてきたのは、建物や田園。わたしがそっちを指差すと、ロムちゃんが「行く?」と言いながら小首を傾げてきて…わたし達は、顔を見合わせる。

 

「どうする?…と、いうよりマホ次第じゃない?」

「…あーしは…寄ってみたい、かな」

「なら、けってーね!ロムちゃん、あそこの田んぼまできょーそーよ!」

「あ、ま、待ってラムちゃん…!」

「ちょっ…アンタ達、一応マホからの頼みを受けて来てる事忘れるんじゃないわよ?」

 

 ぴゅーんと飛んでいくラムちゃんと、慌てて追いかけるロムちゃんの後に続くのは、呆れ混じりなユニちゃんの注意。一連の流れを見て、わたしとマホちゃんは苦笑し合っていたけど…わたしは見逃さなかった。寄ってみたいと言う直前、マホちゃんが思慮の表情をしていた事を。

 

(…やっぱり、マホちゃん…ぴーしー大陸に、何かが……)

 

 思うところがあるのか、考え込む理由があるのか。前に何かあったのか、これから何かしようとしてるのか。良い事なのか、悪い事なのか。わたしには、どれも分からない。分かる事があるとすれば…きっと、いや間違いなく、マホちゃんは強い思いがあってここに来るのを望んでいたんだ。眼差しや表情が、それを物語っているんだから。

 

「…ねぇ、マホちゃん」

「うん?ぎあちー、どったの?」

「まだちょっとしか回れてないけど…どう?ここに来たかった理由…目的は、果たせそう?」

「ぎあちー…。…心配すんなし、果たせるかどうかはあーしが決める事、ってね。けど気にしてくれてあざまる水産〜!」

 

 思いが伝わったのか、一瞬わたしを見つめたマホちゃん。だけど、その次の返答は、やっぱりマホちゃんらしいもので…本当にきっと、何かある。あるけど分からない。分からないけど……マホちゃんのお願いをやり遂げた時なら、少しは分かるかもしれない。そんな風に、わたしは思った。

 

 

 

 

 森や湖なんかも含む、一つの巨大な生活圏と、その外側とで分かれている五ヶ国と違って、ぴーしー大陸は各地に町や村が点在している。最初に見つけた村に立ち寄った後、わたし達はその町や村を回ってみようって事になって……最後の町に辿り着いた時、時間はもう完全に夜遅くとなっていた。

 

「つっかれたぁ…」

「つかれた…(くたくた)」

「一つ前の村で止めておくべきだったわね…」

 

 到着してすぐにわたし達がしたのは、宿探し。無事に泊まれる場所を確保出来た事で、部屋に入ったわたし達は腰を下ろす。

 戦いはなかったとはいえ、一日中飛んでは降りて、歩き回ってはまた飛んで…ってしてきたものだから、流石に疲れた。しかもここに来るまでは、もう遅くなっちゃって慌てて飛行したものだから、余計に疲れた…。

 

「皆、ごめんね…今日一日付き合わせる事になっちゃったし、しかもここに泊まる事になっちゃったし……」

「ううん、気にしないでマホちゃん。もうこの際、ぴーしー大陸を直接回って実情を見てきてほしい、っていーすんさんから言われてるし」

「うちもよ。さっきアタシ達、連絡取ってたでしょ?」

「あぁ、そういえば…ろむちーとらむちーは?」

「んと…とちゅうで投げ出すのは良くない、っておねえちゃんに言われたの」

「受けたなら、さいごまでやり切りなさい、って言ってたのよね。ミナちゃんには、遅くなる前にどこかに泊まって下さいね、とも言われたけど…」

『うっ……』

 

 ロムちゃんに続くラムちゃんの言葉で、わたしとユニちゃんとマホちゃんは、三人揃ってダメージを受ける。ご、ごめんなさいミナさん…流石に深夜ではないですけど、結構遅くなっちゃいました……。

 とまぁ、そういうやり取りをしてから、わたし達は晩ご飯に。

 

「ん、美味し♪これ、見た事ない料理だけど、結構好みの味かも」

「物理的に遠く離れてて、交流も少ない場所だからこそある発見よね。アタシもあまり見かけないスパイスが買えたし、マホには感謝しないと」

「いやぁ、感謝なんて要らないって。むしろ女神の腕の中なんていう特等席×4を今日一日体験出来るなんて、むしろあーしの方が感謝っていうか、サンキュー!…的な?」

「それはどっちかっていうと、凄く熱い芸人さん感があるね…」

 

 食事をしつつ、会話を交わす。今マホちゃんが言った通り、ロムちゃんやラムちゃんも途中でマホちゃんを抱えていて…あ、でも風魔法で〜、のやつはやってないよ?

 

「けど、ここってふしぎなところよねー。どうしてこんな、バラバラのところに住んでるのかしら」

「うん…皆いっしょに住むのは、いやなのかな…?」

「そりゃ、ぴーしー大陸…というか、浮き島には守護する女神がいないからでしょ。女神がいないから加護もなくて、加護がないからモンスターとか自然災害の関係で住める場所も限られてくる訳で。二人だって、流石にルウィーの街中が暖かい…とは言わないにしろ、割とどこも生活出来る程度の寒さで収まってるのは女神の加護のおかげだって事は知ってるでしょ?」

 

 二人で不思議そうにするロムちゃんとラムちゃんに対し、ユニちゃんが解説。ルウィーを実例に出したおかげで伝わったらしく、二人は「あー」と揃って言う。

 

「…そっ、か…やっぱりぴーしー大陸には、女神…いないんだ……」

「うん、少なくとも今はそうらしいよ。女神は人の思いで生まれる訳だから、実は今この瞬間にもぴーしー大陸に女神が…って可能性も、一応ゼロじゃないけどね」

「…女神のいない、完全に人の力だけで成り立っている環境…それが、あーしの今いるぴーしー大陸…」

 

 女神がいないのは、いーすんさんから聞いていた。これまで信次元で起きた色々な災いに、浮き島からの女神が現れたりしなかった事から分かってはいたけど、いざ聞くとやっぱり思うところはある。

 今日見てきた村や町も、それなりに活気はあったけど、五ヶ国に比べると社会としてこじんまりしているっていうか、不便な部分が多いと思う。それでも移住しないでこういう場所に住んでいるのは、少ないとはいえ五ヶ国との交流もあって、空路で行き来する事も不可能じゃないのにそうしないのは、今居る場所に愛着があったり、四大陸や浮遊大陸とは違う環境に価値を見出していたり、或いは女神の統治下に馴染めない…その外にいたいって思いがあったりするからだって話も、いーすんさんから聞いていて…実情を見てきてほしいって言ってたのは、言葉通りの意味以外にも、そういう人達を直接見る事で学べるものがあるから、って事でもあったんじゃないかとわたしは思う。

 

「…さてと。ここは温泉とか大浴場とかはないみたいだし、お風呂の順番決めないとね」

「えー、皆で入らないのー?」

「五人で入ったら狭いでしょーが。ここのは複数人でも入れるにしろ、全員で入れるような広さじゃないんだから」

「…ドラム缶のお風呂みたいになっちゃう?」

「ドラム缶…あ、これの事?そういえば、あの時は出られなくなって大変だったなぁ…」

「え、何これ何これ?ドラム缶云々よりも気になる要素があるんですケド?ぎあちーまさかの三姉妹説?」

「あはは、これはお姉ちゃんじゃなくて、大きいお姉ちゃんだよ」

「そっかぁ、大きいお姉ちゃんかぁ…ってやっぱり三姉妹!?」

「だ、だよねー…えっと、大きいお姉ちゃんっていうのは……」

 

 取り出して見せたドラム缶風呂の写真に、一番の反応をしたのはマホちゃん。まあ、他の三人は見た事ある写真だろうから当然だけど…確かに大きいお姉ちゃんの事を知らなかったら、三姉妹?って思うよねぇ。

 なんて、そんな話をした後、わたし達はお風呂の順番を決定して、順番に入っていく。まずはロムちゃんにラムちゃん、ユニちゃんの三人で、わたしとマホちゃんはその後の番。

 

「…皆、ほんと優しいよね」

「へ?」

 

 わたしがお風呂に入る準備をする中で、不意にマホちゃんが言った言葉。この時のマホちゃんは、わたしに背を向けていて…表情は、分からない。

 

「ゆにちーも、ろむちーも、らむちーも、ここまで急にやる事が決まったり、済し崩しで泊まる事になったりしたのに、ちっとも嫌そうにしないっしょ?ぎあちーのお姉さんも、うずちー達も、マジェコンヌ…さんも、初対面であーしの事を受け入れてくれたし…ほんと皆、優しいなぁって思ってさ」

「それは…うん、わたしもそう思うな。でも別に、皆は誰に対しても優しいって訳じゃないよ?勿論好き嫌いで差別したりは…ま、まぁ…絶対にないとも言い切れないけど、基本的にそんな事はしないにしろ、相手が失礼だったり、危害を加えてこようとする場合は、必要に応じた言動をするし」

「それは、まぁ…」

「だからね、マホちゃんにとって皆が優しく思えたなら、それは皆にとってもマホちゃんが悪い人じゃないって、良い人だって思えたからだって、わたしは思うな」

「ぎあちー…もう、困るなぁ。あーしが皆を優しいって言っただけで、そんな事言われたら…なんかもう、感動しちゃうじゃん?湧いたーってなっちゃうって」

「ふふっ、良い事には良い事が返ってくるものだよ。幸せはスパイラルするって言うでしょ?」

 

 良い人に対しては、自分も同じようでありたくなる。優しい言葉をかけられたら、優しい言葉を返したくなる。それは特別な事じゃなくて、普通の事だって…誰でも自然に思う事だって、わたしは思う。そして、マホちゃんが良い人だっていうのは、もう分かってる。わたし達は、昨日からずっと一緒にいるんだから。

 

「…でーきた、っと。ぎあちーぎあちー、ちょっとNギア見てもらえる?」

「え?…あれ、アップデートが来てる…これって、マホちゃんの……」

「そ。ぎあちーのって、独自に改造してるっしょ?だからぎあちーのNギアでも快適に使えるよう、ちょちょ〜っと調整をね?」

「あ…そっか、昨日Nギアを貸してほしいって言ったのは、わたしのNギアの仕様を確認する為だったんだね。けど、良かったの?マホちゃんだって、一日中あっちこっち行って疲れてるでしょ?」

「ぎあちーの為ならこれ位よゆーよゆー!それにあーしにも、作り手としてのポリシーがあるからね。あげる以上は、満足してもらえるものにしたいっしょ!」

「マホちゃん…うん、やっぱりマホちゃんも優しくて良い人だよ!ありがとね、マホちゃん!」

「いや照れる照れる!そんな満面の笑みで言われたらマジ卍だって!けど、嬉しいからもうちょっと言ってくれても良し!」

 

 振り返ったマホちゃんに言われて、確認したわたし。もしかしたら、本当に簡単な調整だけだったのかもしれないけど…それでも今、わざわざしてくれた事には変わりない。だから嬉しくて、ありがとうって思いで言葉を返せば、マホちゃんも照れると言いつつ頬を緩ませていて……うん、やっぱり思いには思いで、優しさには優しさで返すのが一番だよね。だってそうすれば、両方幸せな気持ちになれるんだもん。

 

「お待たせ…って、どうしたのよ二人共。揃ってにまにましちゃって」

「何か楽しいこと、あったの…?」

「二人だけで何かしてたの?ずるーい!」

「別にそんな事ないよ。ただちょっと、マホちゃんって優しいな〜って思っただけ」

「だから何度も言われると恥ずいって〜!嬉しいけど、嬉しみだけど!」

 

 そうしてユニちゃん達が出てきた事で、わたし達もお風呂に入る。お風呂から出た後、マホちゃんは折角だからって事で、ユニちゃん達三人の端末用にもソフトウェアを調整してくれて…またまた感謝された事で、マホちゃんはにまにまが止まらなくなっていた。

 昨日と今日で見た、マホちゃんの色んな顔。そこから伝わるのは、マホちゃんもわたし達と…信次元にいる色んな人と変わらない、一人の女の子なんだって事で……それでもまだ、わたしには分からなかった。時々マホちゃんが見せる、静かで真剣な表情…その、意味が。

 

 

 

 

 凄くざっくり…というか限定的だけど、ぴーしー大陸を回る行程は、昨日の一日で終わった。深夜に長距離を、それも地上のない場所を飛ぶ事になるから、とその後は泊まった訳だけど…回り終わった今、次に何をするのかはまだ決まっていない。これでマホちゃんのお願いは完遂になるのか、それともまだ何かあるのか。そんな状態で、わたし達は朝を迎え…町の外に、出た。

 

「それで、マホちゃん。わたし達に話したい事って?」

 

 朝ご飯の後、どうするかの会議を…と思ったところでマホちゃんが言った、話したい事がある…って言葉。真面目で真剣な雰囲気を感じ取ったわたし達は頷いて、マホちゃんについていく形で町の外に。

 わざわざ町の外まで出たって事は…きっと、それだけの理由がある話なんだと思う。

 

「うん。まずは、ここまであーしに付き合ってくれてありがとね」

「依頼を受けたんだもの、当然よ。…それに、楽しかったしね」

「あーしも、凄く楽しかった。楽しかったし、感謝もしてる。皆がお願いを聞いてくれたおかげで、あーしは知りたい事を…確かめたい事を、確かめられたから」

「わたしも、楽しかった…よ(にこにこ)」

「わたしもー!…けど、そう言うってことは、もうお願いはおしまいなの?」

「そう、なるかな。けど、最後に伝えたい事があるの。あーしは……って、あれ?」

 

 先を歩いていたマホちゃんは、わたし達の方へ振り返って、言った。ありがとうって、楽しかったって。

 そう言ってもらえるだけでも、嬉しい。お願いを聞いて良かったなって思えるし、またいつでも頼ってねって返したくなる。けど、マホちゃんが言いたいのはそれだけじゃないみたいで、わたし達の方をじっと見つめ……急に、怪訝な顔をする。

 

「……?マホちゃん?」

「や、今、向こうで何か光って──」

 

 何だろうと思って、呼び掛けるわたし。それに対して、マホちゃんは上空辺りを指差して、わたし達が視線を上げた、上げようとした……その時だった。──突如、わたし達のすぐ側で爆発が起こったのは。

 

『な……ッ!?』

 

 反射的に、わたし達は飛び退く。散開して…気付く。マホちゃんの姿がない事に。マホちゃんがいた場所に…今、爆煙が上がっている事に。

 

「そんな…マホちゃんッ!」

「今のは…まさか、狙撃……!?」

 

 思考に浮かぶ最悪の可能性に、駆け出したくなる。けど、ユニちゃんの言葉で我に返る。今のがユニちゃんの言った通り、狙撃なんだとしたら…狙撃手が、いる筈。この爆炎を作り出した、その元凶が。

 わたし達は、視線を上げる。さっきマホちゃんが指差した、何かが光ったらしい場所へ。そして……

 

「…………」

「貴女、は……」

 

 上空。わたし達よりずっと上に存在する位置。そこへ視線を向けたわたし達は……見た。空に立つ、空に浮かぶ……真っ黒な髪と、紅赤色の瞳をした、一人の女神を。




今回のパロディ解説

・深イイ話
人生が変わる1分間の深イイ話の事。女神は皆色んな経験してますし、深イイ話は出来そうですよね。…ロムやラムの場合、深イイ話したら独特な空気になりそうですが。

・シンセダイホビーきょーぎ
Extreme Heartsに登場する競技、ハイパースポーツの事。些か強引に入れたパロディっぽくなってしまいましたが、仕方ありません。最終回記念で入れたかったのです。

・凄く熱い芸人さん
お笑いトリオ、パンサーの尾形貴弘さんの事。サンキュー、と熱い芸人、と書いたら彼の事を彷彿とするのではないでしょうか。

・「〜〜幸せはスパイラルする〜〜」
リトルバスターズ!に登場するヒロインの一人、神北小毬の提唱する幸せスパイラル理論の事。これは前にもパロディネタとして活用した覚えがあります。


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第二十一話 シスターVSシスター

 その人が、その存在が女神である事は、一目で分かった。姿形もそうだけど、同じ女神だからこそ感じるものが、その存在にはあった。

 見覚えのない、知らない女神。だけど…その女神が仲良くしようとしてる訳じゃない事だけは、間違いない。

 

「だれ、なの…?」

「今の、あんたがやったわけ!?」

 

 見上げるわたし達と、見下ろす女神。冷たい訳じゃない、けど酷く静かな瞳で女神はわたし達を見下ろし…ロムちゃんとラムちゃんが、それぞれに声を上げる。

 今の。それは、爆煙を指す言葉。わたし達を…マホちゃんを襲った、語られる説明もない一撃。そして、ラムちゃんの言葉に…女神は、頷く。

 

『……ッ!』

 

 その首肯を受けた瞬間、わたし達は全員殆ど同時に女神化。意思疎通を交わすまでもなく、わたし達は飛び上がろうとし……

 

「──彼女は、まだ生きています」

 

 わたし達を制したのは、他でもないその女神の言葉だった。マホちゃんが、まだ生きている…その言葉に、反射的にわたし達は動きを止め、警戒しながらも視線を女神から爆煙へ移す。

 全員女神とはいえ、起こったのは側にいたわたし達が無傷で退避出来る位の、決して大規模じゃない爆発。でも、普通に考えたら、爆発に巻き込まれた人が無事で済む訳がなくて…無事な訳ない、でも無事でいてほしいっていう、相反する思いを抱きながらわたしは見た。

 視線の先で、少しずつ薄れていく爆煙。けど…そこに、マホちゃんの姿はない。

 

「……っ…!」

 

 湧き上がる怒り。許せない、許すものかと、激しい感情が燃え盛る。

 けど、同時に思考の端で、冷静な疑問が浮かび上がる。今の爆発は、人一人を完全に消し去る程の規模じゃなかった筈。なら、マホちゃんの姿がないのはおかしいって。それに、あの女神の言葉とも食い違う、って。

 

「…マホちゃんを、どこにやったんですか?」

「それは、お答え出来ません」

「なら、無理矢理にでも吐かせるまでよッ!」

 

 素直に答えてくれるなんて思っていなかった。だからユニちゃんの言葉を合図にするように、わたしは…わたしもロムちゃんもラムちゃんも武器を向け、四人で一斉攻撃を掛けようとする。でも……

 

「良いんですか?彼女は無事だと言いましたが…安全を保障するとは、言っていませんよ」

『……!』

 

 また、わたし達は止められた。わたし達の反応を先読みしたような、冷静そのものな女神の言葉で。

 

「…マホは人質って訳?女神の癖に、随分と卑劣な手を使うじゃない」

「どのように思って頂いても構いません。私には、果たさなければいけない目的がありますから」

「はたさなければいけない、目的…?」

「なによ目的って!それがマホちゃんをうったのとどう関係するの!?」

 

 ユニちゃんの怒りと嫌味を込めた言葉にも、女神は動じない。果たさなければいけない目的がある…その言葉通り、女神からは覚悟めいた、揺るがない何かが感じられて…また、次の言葉を発する。

 

「…ですが、力尽くで吐かせる事自体は否定しません。少なくとも、先に武力を持ち出したのはこちらですから」

「だったら…!」

「但し、私が相手をするのは一人だけ。…女神パープルシスター、貴女だけです」

 

 それが守られないなら、マホちゃんもそれまでの事。そんな含みも持たせて、女神はわたしを見据える。

 あまりにも、一方的な主張。言葉遣いは丁寧だけど、言っている事は脅しと変わらない。

 

「あんなやつの話なんて、聞かなくていいわよネプギア!」

「うん。わたしたちも、戦う…!」

「ありがとね、二人共。…でも、そうはいかないよ。この戦いには、マホちゃんが懸かってるんだから」

「ネプギア、まさか向こうの話に乗る気?相手は全く信用なんて出来ない、正体不明の女神なのよ?乗るにしても、乗るフリをしてアタシ達が……」

「それは、駄目だよ」

 

 皆、わたしを止めてくれる。そんな話に乗る必要はないって。それは当たり前の事で、わたしだって立場が違えば、同じような事を言っていたかもしれない。…だけど…わたしは、首を横に振る。

 

「ここで乗るのは、下策なのかもしれない。そういう相手の裏をかく方が戦術的だっていうのも分かってる。…でも、わたしは正々堂々戦うよ。あの女神の言う通り、一対一で戦う。…わたしは女神、パープルシスターだから」

 

 わたしは正々堂々戦う。それが非合理的な判断だとしても、信用出来るような相手じゃないとしても、女神としてわたしは真っ向から立ち向かって…そして、勝つ。勝って、マホちゃんを取り戻す。

 

「…パープルシスターだから、か…そんな言われ方したら、止められないっての。アタシだってブラックシスターの名前を背負ってるんだから。…けど、万が一の時は動かせてもらうわよ?向こうは罠や伏兵を用意してるかもしれないし」

「うん、警戒はお願いね」

「むー…気を付けなさいよ、ネプギア」

「けがしたら、わたしが治してあげるから…ね?」

「二人もありがと。でも、回復を受けるのも一対一とは言えなくなるかもだし…怪我しないように、頑張るよ」

 

 無謀と思われても仕方ないわたしの意思を理解してくれた三人に頷いて、わたしは一歩前に出る。軽く地面を蹴って空に上がり…黒髪の女神と同じ高度へ。

 

「…ご理解頂けた事、感謝します」

「貴女の目的はなんですか?元々わたし達を狙っていたなら、こんな決闘まがいの勝負をしようとはしない筈。違いますか?」

「私の目的を話す事は出来ません。ただ、この場における目的であれば…貴女達から、シェアエナジーを頂く事だと言っておきます」

「…それが、貴女が勝った場合の要求ですか」

 

 言葉を返したわたしに、女神からの返答はない。それはきっと肯定という事、そう判断したわたしは構える。

 

「遠慮はいりません。どこからでもどうぞ」

「遠慮、なんて…ッ!」

 

 余裕の表れなのか、それともカウンター狙いで誘っているのか、女神は仕掛けてこない。

 だからわたしは、その言葉に乗る形で射撃。分からない以上、注意する必要はあっても手をこまねいているんじゃ状況は変わらないし、今マホちゃんが安全な状態かどうかも分からないから。慎重に戦うつもりはあるけど…無駄な時間はかけられない…!

 

(武器は…盾だけ……?)

 

 初撃は単射。上に回避する女神へ数度単射の射撃を続けて、そこからはフルオート連射へ切り替える。

 飛び回り回避する女神の武器らしいものは、右手に備える盾だけ。女神化したうずめさんと違って、それ以外の武器を持っている様子はないし、衝角っぽい部位はあるけど、女神の盾は十分な攻撃力も備えた複合兵装の様にも見えない。…だとしたら、肉弾戦が主体の女神?足技主体の女神の話なら、聞いた事はあるけど…。

 

「逃がさない…ッ!」

 

 追従する形でわたしも高度を上げ、連射を続ける。対する女神は素早く飛んでわたしの射撃から逃れ続け、躱し切れない分は盾で着実に防御していく。

 

「スピードも射撃の精度も中々のもの…反応も、悪くない…」

「このまま逃げ続けるつもりですか!?ならわたしも……」

「いいえ、少し動きを見させてもらっただけです。貴女の実力を、測る為に」

「……っ!」

 

 ただ撃つだけじゃ捉え切れない。それが分かったわたしは速度を上げ、距離を詰める事で中・長距離戦から近・中距離戦へと移行しようとし…次の瞬間、光芒がわたしに襲い掛かった。

 

「これは…!」

「次は、こちらからいかせてもらいます」

 

 咄嗟に身を翻し、捻りながら真横に飛ぶ形で回避するわたし。光芒は一瞬前までわたしがいた場所を駆け抜け…すぐさま次の光芒がわたしに迫る。

 それは女神から、ここまで回避に徹していた女神が展開した四枚の平面ユニットから放たれた攻撃。今見えているユニットは四つで、そこから次々と攻撃が来る。

 

「……っ、やぁああぁぁッ!」

 

 狙われるわたし、逆転した立場。わたしからも反撃は仕掛けるけど、回避を強いられている分、圧力のある攻撃が出来ない。だから女神には難なく躱され、状況は変わらない。

 でも、連続砲撃は見切れない程でもない。だからわたしは回避運動から急ブレーキをかけ、光芒にわたしを追い越させたところで再び接近を仕掛ける。攻撃に向かっていく形になる分、回避は一気に難しくなるけど、それを何とか乗り越え、近接戦の間合いに入る直前、最後の砲撃となった光芒を真っ向から斬り払い……M.P.B.Lを、振り抜く。

 

「そこ…ッ!」

「甘い…ッ!」

 

 正面ではなく、そこから斜め前へ一歩分踏み込み、左側面に近い位置から振るった一撃。けど、M.P.B.Lの刃が女神を捉える直前で、素早く方向転換した女神の盾に斬撃を阻まれ、一瞬わたしと女神はせめぎ合う。そしてそこから、ほぼ同時に後方へ飛ぶ。

 

「ふ……ッ!」

「は……ッ!」

 

 距離が開き切る前に、わたしも女神も無理矢理姿勢を立て直して撃つ。同時に回避行動も取る。期せずしてわたし達の動きはシンクロしたような形になり、それぞれの射撃と砲撃が相手の側を駆け抜けていく。

 そこからは、互いに撃ち合う機動戦に移行。機動力はほぼ互角で、手数は四門を備える女神の方が上。はっきり言って…強い…ッ!

 

(でも、負ける訳にはいかない…ッ!)

 

 連射、単射、照射を瞬時に切り替えて、こっちの攻撃に慣れさせないよう立ち回る。同時に少しずつ、気取られないよう時折後退も混ぜながら、今一度接近しての攻撃を狙う。

 自律浮遊する砲撃ユニット、っていうのは強力なものだけど、懐に入られた場合の対応力は、大型の銃器と同じかそれ以下。つまり、接近をすれば優位になるのはわたしの方。

 

「貰いました…!」

 

 まだ接近戦には程遠い、それでもある程度の距離まで近付いたところで、わたしは敢えて単純な回避運動を行う。すると当然、女神はわたしへ…わたしの回避先を狙う偏差砲撃を仕掛けてきて、わたしは光芒へ突っ込む形になってしまう。

 でも、それは想定通り。むしろ正確だって思う程に、女神はしっかり回避先を狙ってきていて…だからわたしは、その光芒に向けてビームを照射。エネルギー同士がぶつかり合い、閃光を伴う爆発を起こし…その爆発を潜り抜ける形で、わたしは一気に接近を仕掛ける。

 

「もらったのは、こちらの方ですッ!」

「やりますね…ですがッ!」

「な……っ!」

 

 爆発と閃光に、女神の注意は向いている筈。視覚的にも聴覚的にも、完全無視は出来ない筈。だからこそわたしは、それを隠れ蓑に接近を仕掛け……たけど、女神の反応速度はわたしが想定していた以上。わたしが近距離に踏み込む寸前に後退をかけ、同時に右腕を振ってくる。右腕を振り…盾を、投げ放つ。

 

(盾での攻撃…いや、違う…ッ!)

 

 咄嗟の行動だと思い、迫る盾を反射的に躱すわたし。でもその時点で、四つの平面ユニット全てがわたしの方を向いていて…今のが対応させる前提の攻撃だったとすぐにわたしは気付かされる。

 四基からの、一斉掃射。ほんの一瞬だけど、撃たれる前に気付けたわたしはM.P.B.Lの刀身にビームを纏い、翼を広げて真っ向から受ける。光芒を斬り裂く形で受け…何とか、凌ぐ。

 

「く、ぅ……ッ!」

 

 防御はし切れた。体勢は崩れたけど、落下する程じゃない。それに狙っていた攻撃は潰されたけど、結果的に盾を手放させる事が出来たと思えばむしろチャンスで……

 

「読みが甘いですよ、パープルシスター」

「……──っ!」

 

 そう、思った時だった。背後から感じた脅威に、本能的にわたしは振り向き…直後、浮遊ユニットの一つが砕ける。後ろから飛来した…戻ってくる形となった、女神の盾に砕かれる。

 破壊されて、やっとわたしは盾がブーメランの様に飛翔していた事に気付いた。そして、もし後一瞬、反応するのが遅れていたら…被害は浮遊ユニット一つじゃ済まなかった。

 

「仲間と共に、幾度も脅威に立ち向かい、この次元を守ってきた女神パープルシスター。…貴女の実力は、この程度ですか?」

「…余裕、そうですね」

 

 戻った盾を腕に装着し直した女神は、余裕に満ちた声で言う。それでいて、四基の平面ユニットはわたしの方を…というより、わたしのいる一点じゃなくてわたしとその周囲を狙っていて、余裕を持ちながらも油断の気配は微塵もない。

 一対一の状態に持ち込んだとはいえ、考えてみれば、この女神は一対五…マホちゃんを除いたとしても、四人の女神を同時に相手に回す形で仕掛けてきた存在。なら、弱い訳がない。四人同時に戦って勝てる…とまでは考えてなかったとしても、少なくとも一対一なら十分勝機はあると思ってなくちゃ、それだけの実力がなくちゃ、仕掛けてくる筈がない。

 

「…ふー、ぅ……」

 

 心を整える為に、一度ゆっくり息を吐く。何となく思っていた通り、そのタイミングで女神が仕掛けてくる…って事はなく、わたしの次の一手を伺うように待っている。だからわたしは、きっちりと整えて…上昇。上がりながら、威力と連射性のバランスを取ったセミオート単射を仕掛けていく。

 

「上を取る、ですか。空戦においては定石ですが……」

 

 飛来する光弾に対し、女神は冷静に対処。無駄のない、最低限の動きでわたしの射撃を躱しながら、着実に砲撃で返してくる。ローテーションの様に、一基ずつ砲撃を行う事で、わたしが近付く隙を徹底的に潰してくる。

 今女神の言った通り、空中戦で上を取る事には意味がある。上昇と降下なら後者の方が速度が乗り易いし、逆に前者は地上と平行に攻撃をするより、多くの力が必要になる。上を取れば、攻撃の面でも防御の面でも有利になるのが戦いで…でもその優位性は、機動力と反比例する。空戦仕様の量産型キラーマシンや、昔存在した戦闘機では定番且つ強力な策になるけど、機動力に長ける猛禽型のモンスターや、それこそ女神が相手だと、鋭い軌道を描いながら上昇したり、上昇や落下の力に囚われず動き回ったりする事も容易な以上、下にいるよりは有利になる、位の効果しか得られない。現に今、わたしは上方を取っているけど、全然優位になっていない。

 こうなる事は、然程優位にならない事は分かっていた。それでもわたしがこうしたのは…女神を見る為。もっと多く、もっと深く、見切る為。

 

「大した反応速度です、こうも的確に捌いてくるとは……」

「それは、お互い様…でしょう…!」

 

 光芒に背中で沿うように、すれすれで躱しながら撃った射撃は、しっかり盾で塞がれる。続けて放つ連射は滑るような飛行で躱され、逆にフルオートの射撃ごと飲み込むような照射ビームを返される。わたしが躱した先にも次々と、先回りするような攻撃が配置され…しかも女神は、微妙な距離を保ち続けている。接近戦を仕掛けるには遠い…でもこれまでのように、頑張れば接近出来そうに思える、状況的に接近戦を選びたくなる距離でわたしを誘っている。遠距離戦なら向こうの方が有利な筈なのに、距離を取るんじゃなくて、こういう戦い方をしてくるのは…きっと、分かっているから。距離を取ればわたしにも余裕が出来て、いつまでも勝負が付かなくなってしまう事も……わたしの基本スタイルは中距離から適宜動く事であって、その時々で遠近を使い分けたり組み合わせたりする事であって、お姉ちゃん達程近距離での圧倒的強さを持っている訳じゃないって事も。

 

(……やっぱり…読まれてる…)

 

 ここまでの撃ち合いや機動戦は、総合的に見ればほぼ互角。なのに、手玉に取られている…って程じゃないにしても、女神はわたしの読みを一手上回る事が何度もあるのに対して、わたしにはない。お互い初めて戦う相手で、戦いながら相手の特徴や長所短所を探っている筈なのに、わたしばかりが読まれている…そんな気がしている。

 その理由までは分からない。わたしの事を予め調べていたのかもしれないし、元から分析能力が凄く高いのかもしれないし、実はわたしが思っている以上に手を抜いていて、余裕に満ちている状態だから読めてる…なんて可能性もある。ただ、何にせよ…このままじゃ、勝てない。今はまだ、ほぼ互角だけど…その内わたしがジリ貧になる。

 

「…どうして、マホちゃんを狙ったんですか…」

「それを私が答えるとお思いですか?」

「…………」

 

 射撃に乗せるように、わたしは言う。どこへやったかを答えなかったのに、それなら答えるとでも?…そんな風に返してきた女神を、わたしは何も言わずに見据え続ける。そして数秒後…一瞬止まった攻撃と共に、女神は言う。

 

「…それが、あの時の最善だと判断したまでです」

 

 回答の直後、四門同時の攻撃が放たれる。今度こそ直撃させる…そんな意図が感じられる、シェアエナジーの砲撃が。

 迫り来る、四本の光芒。一見ただ撃っているように見える…けどその実、それぞれ微妙に違う角度を持った、計算された砲撃。下手に斬り払おうとすればどれかしらと角度が合わなくて防ぎ切れなくなるだろうし、避けても多分盾投擲の追撃がある。…でも、焦りはない。

 

(…不思議だな。最初は怒りが湧き上がって仕方がなかったのに、戦えば戦う程落ち着いてくる…。……大丈夫だよ、マホちゃん。わたしは負けないから。わたしは…勝つから…ッ!)

 

 戦いも、コミニュケーションの一つ。言葉を、作戦を、攻撃を…思いをぶつけ合う中で、相手から伝わってくるものがある。最初は抑えられそうになかった怒りばかりだった感情が今は違うのも、もしかしたら戦っている中で、女神から何か、伝わってくるものがあったからなのかもしれない。

 だけど、それは二の次。光芒が迫る中で、わたしの心に浮かんだのはマホちゃんの事で…わたしは言い切る。宣言する。──勝負は、ここからだって。

 

「…行きますッ!」

「え……?」

 

 空を、蹴る。翼を最大まで広げて、全力を込めて、一気に最高速まで加速して…わたしは、前へ。自分の周囲に展開したユニットから、角度を付けて撃つ…その形を取ったが故に生まれた、真正面の僅かな空白に向けて、突っ込む。

 悟られない為に、ギリギリまで引き付けた結果、翼や浮遊ユニットを光芒が掠める。でも、わたしは一切速度を落とす事なく光芒を超え……距離を、詰める。

 

「速い…ッ!」

 

 目を見開く女神へ向けて、単射を一発。当たるなんて思ってない、ただ防御を引き出す為だけの射撃を放ち、防御の為に動きが止まった一瞬で更に接近。女神が立て直すより早く、わたしの刃の届く距離まで踏み込み…横薙ぎ。その一太刀も女神には阻まれ…それでもまだ、わたしの攻撃は終わらない。M.P.B.Lを振るった勢いのまま、身体を捻り…左の脚を、叩き込む。

 

「まずは、一撃…!」

 

 元々体勢的に斬撃と似た位置しか狙えなかったとはいえ、本当の本命である蹴りすら女神は防御した。でも蹴りの衝撃で、女神は大きく姿勢を崩す。

 大きく後退する女神は、共に下がるユニットからまたビームを放つ。でも崩れた姿勢からの攻撃な分、狙いは甘くて、回避は容易。わたしはサイドステップの要領で避けながらM.P.B.Lの銃口を向け、追撃を掛ける。

 

「…まさか、貴女もここまで様子見をしていたとは…まだまだ本気ではなかったようですね…!」

「まだ底を見せていないのは、貴女もでしょう…ッ?」

 

 フルオート射撃と、徹底的な追走で追い立てる。上下左右に細かく動く事で狙いを付けさせないようにする。当然そんな動きをすれば、わたしも射撃精度は落ちるけど…その為のフルオート射撃。ばら撒く攻撃。緩みを一切挟まない、勢いに乗せた追撃でまたわたしは距離を詰め、そのまま突っ込む形に刺突を仕掛けた。

 だけど、届く寸前で躱される。女神は砲撃で迎え撃つのを止め、垂直跳びの様に急上昇をかける事で刺突を躱し、追い越したわたしへ上から強襲。盾の衝角を突き出し、盾とM.P.B.Lとでせめぎ合う。

 その最中の、武器越しの会話。様子見、って程手を抜いていた訳じゃないけど…フルパワーじゃなかったのは事実。相手の事が全然分からなかったからこそ、少し力を抑えていて…そしてそれは、女神も同じ。今のわたしはもう、全力だけど…女神の方は、分からない。全力全開かもしれないし、逆にまだ余力や能力を残していても、おかしくはない。

 

(──だから)

 

 近距離のまま数度打ち合い、わたしがM.P.B.Lを振り抜いて弾く。即座に放たれた盾の投擲も斬撃で弾いて、続く砲撃は急降下で避けて、近接格闘中に溜めていたシェアエナジーを用いてビームを照射。薙ぎ払いで女神を下がらせ、高度を戻す。女神が十分に下がったところで攻撃を止め、女神を…そして自分自身を見据え、力を解放。切り札を……ビヨンドフォームを、解き放つ。

 

「…その、姿は……」

「…これから見せるのは、全力の先、その向こう側の力です。──覚悟は、いいですか?」

 

 プロセッサユニットは、白と闇色が調和を取りつつ組み合わさったカラーリングに。形状も、両肩と腰の浮遊ユニットを中心に変化し…構え直す。

 女神の底は、見えていない。勝てる保証もない。…けれど、わたしは勝つ。どんなに女神の底が深くても、わたしはそれを超えて…マホちゃんを、取り戻す。

 

 

 

 

 ビヨンドフォームを解放したネプギアと、その力を感じ取り、表情を引き締める女神。宙で相対する二人の女神を、ユニ、ロム、ラムは見つめていた。

 

(…強いわね…強いし、慣れを感じる…ネプギアに対する動きも、女神との戦いにも……)

 

 攻防戦を繰り広げる中で感じ取ったネプギア同様、二人の激突を観察し続けていたユニもまた、女神の動きがとても初対面のものとは思えないと感じていた。

 

「やっちゃえ、ネプギアー!」

「がんばって、ネプギアちゃん…!」

 

 事実としてはあくまでも偶然、しかしロムとラムに応えるように、応えるようなタイミングで、ネプギアは動く。

 周囲に光を、シェアエナジーとそれだけではない光の粒子を放ちながら、ネプギアは突進。急接近からの斬撃を仕掛け、女神は躱しつつも反撃の砲撃を放つ。しかしネプギアはロールをかけつつ軌道を逸らす事で反撃を避け、同時にロールで女神と軸合わせをすると射撃で返す。

 

(この感覚…善意のシェア、だけではない…?)

 

 遠近織り交ぜ積極的な攻撃を仕掛けるネプギアに対し、女神は反撃主体で立ち回る。本気を、全力を以って勝利を掴まんとするネプギアと、ネプギアの全力、その力を見極めんとする女神、それぞれの心情を表すような動きで両者は空を疾駆する。

 ネプギアが踏み込めば女神は引き、女神が誘い込んでの反撃を仕掛ければ、ネプギアは巧みな機動でそれを躱す。M.P.B.Lは斬撃と出力を切り替えての各種射撃で、平面ユニットは四基の連携と女神の的確な配置で、それぞれの女神の意思を乗せて力を見せる。

 

「はぁあぁぁッ!」

「そう来るのなら…!」

 

 直上からの急降下、それと共に放つ連射。射撃で反撃を牽制しつつ、近距離まで攻め込んだネプギアはそのまま斬り付けるが、先の一撃と似た攻撃だった事もあり、女神は着実に躱す。しかしそれもネプギアは織り込み済みであり、躱された直後に反転すると、上から下への慣性を捩じ伏せ急上昇からもう一度斬撃。狙いを付けるよりも速い次なる攻撃に、女神は砲撃の機会を逃すも、ならばと自身も腕を振って、斬撃を盾で迎え撃つ。そうしてまた、二人の女神はせめぎ合う。

 

「この対応能力…貴女もかなりの経験を積んでいるんですね…」

「貴女こそ、力も速度もこれまで以上。確かに見た目だけのハッタリではないようですね。…しかし、その程度ですか?その程度では、ないのでしょう?」

「よく、お分かりで…ッ!」

 

 試すように女神は言い、自ら力を抜く事で押し切られる。その上で自身の正面に平面ユニットを展開し、二基で反撃を、残りの二基で避けたネプギアへの追撃を行う。

 真上に避けたネプギアの、更に上方を狙う偏差砲撃。対するネプギアは、サマーソルト…蹴り上げるような宙返りをかける事で上昇にブレーキをかけ、紙一重で光芒をやり過ごすと、回転の頂点…女神に背を向けた状態で、両肩と腰、四基の大型浮遊ユニットから遠隔操作端末を射出する。そしてネプギアが再び女神へ向き直ると共に、四方に分かれた端末は向きを変え、ビットとして女神へと飛来する。

 

「ビット…二基、いや四基……?」

「いいえ、十二基です!」

 

 高速で接近し、それぞれが別方向から砲撃するビット。その攻撃に女神は驚き、一瞬動きが止まる…が、すぐに素早く視線を走らせ、攻撃と攻撃の隙間へとその身を滑り込ませた。

 しかしそこへ、ネプギア自身がM.P.B.Lの射撃で追撃。更に四基のビットはそれぞれ二基の小型ビットを分離させ、計十二基となって射撃を防いだ女神を襲う。

 

「……っ…この数を操作しながら、自身も戦闘を継続するとは…!」

「わたしを、見くびらない事ですッ!」

 

 陣形を組み、統率の取れた精鋭が如くビットは飛ぶ。火力に長ける四基は攻撃と囮を同時にこなし、機動力に長ける八基はネプギアと四基の隙を埋めるように、或いは女神の行動を潰すように動き回る。

 その上で、ネプギアも斬り込む。ビットの操作に専念するのではなく、ビットを自在に操りながらも、ここまでと変わらない動きで女神を攻める。さしもの女神も、流石の彼女も、その猛攻の前で余裕を保つ事は出来ず、一度大きく下がる。攻防から回避に、飛行に専念する事で、ビットの包囲網から脱出を図る。

 

「逃がしません…ッ!」

 

 だが、それをただ許すネプギアではない。女神の意図に気付いたネプギアは、即座にM.P.B.Lと四基による追撃をかけ、同時に八基が女神を追う。射撃と砲撃を避ける女神を、一基一基がタイミングをずらして撃つ事により、着実に後退を遅らせる。一基ずつの、避け易い攻撃を行う事で、逆にその場での回避を誘発させる。

 そうして追い付いたネプギアは、女神の死角に回り込んで照射。決して大口径ではない、されど威力のある一撃が女神に迫り、振り向き盾を構えた女神を弾き飛ばす。そしてその一撃は布石であり、弾かれた女神の先にあったのは、全十二基による絶対の布陣。防御も回避も許さない、確実に攻撃を通す為の空間が既に出来上がっており…迷う事なく、ネプギアは発射。十二基からの光芒が女神へと迫り……

 

 

 

 

……しかし、次の瞬間ネプギアは絶句した。放った攻撃、十二の光芒の全てが…女神の平面ユニットに触れた瞬間、消滅した事で。

 

「……!?防いだ…?いや、でも…防いだにしては、攻撃の余波が……」

「…ロムちゃん、あれって……」

「うん…あのでぃすぷれい、みたいなの…似てる、かも……」

 

 ネプギアだけでなく、ユニ達もその光景に目を見開く。ユニは驚きを、続けて光景への疑念を露わにし…一方でロムとラムは、何かに気付いた、或いは感じ取ったような呟きを漏らす。

 その間、ネプギアは咄嗟にビット全てを引き戻し、ユニットに装着。驚きながらもビットの退避と充填を選んだのは、多くの戦闘経験を重ねているからこそであり…ネプギアは、もう一度撃つ。単射のシェアエナジー弾が真っ直ぐ女神に迫り…しかしそれも、平面ユニットに触れた途端にふっ…と消える。

 

「…消滅、している…?…ううん、違う…もしや、攻撃を……」

「二度目で見抜くとは、流石ですね。…えぇ、吸収させて頂きました。貴女の攻撃を…シェアエナジーを」

 

 見上げる三人よりも近く、真正面から見る形となったネプギアは、それが阻まれた訳でも、拡散させられた訳でも、ましてや相殺された訳でもない事が分かっていた。ネプギアに見えていたのは、ビームが消える…それもビームが元の状態であるシェアエナジーへと分解され、吸い込まれていくような光景であり……女神は、頷く。頷き、言い切る。

 シェアエナジーの吸収。それは、女神にとって特効となる力。アンチシェアクリスタル、ゲハバーン…嘗て相対してきた、或いは手にしてきた対シェアエナジーの力を思い出したネプギアは、これまでとは違う緊張感を覚え…しかし、焦る事はない。過去の彼女であれば、深く動揺していてもおかしくはなかったが…今の彼女には、緊張感を抱きながらも冷静さを保てるだけの胆力があった。

 

「(厄介な能力…けど、こんな対女神で有効に働く力をここまで使わなかったのには、何かしら理由がある筈…)ならッ!」

 

 エネルギーの充填を行ったネプギアは、再度ビットを射出。同時にもう一度ビームを撃ち込み、小型を分離させつつ四基を女神へ突撃させる。

 当然の様に、飛来するシェアエナジービームを吸収する女神。続けて接近する四基の進路上へ展開するように平面ユニットを動かすが、次の瞬間女神は退避。彼女がいなくなった空間を、四基のビットは駆け抜けていく。…先端の砲口から、ビームの刃を発振させた四基のビットが。

 

「即座に砲撃からビームソードに切り替える…やはり流石ですね、正解です。しかし……」

 

 冷静に今ある状況から打てる手、打開策を考えられる冷静さと、迷わずそれを実行出来る精神力。その両方に称賛の念を抱いた女神は、ネプギアへと賛辞の言葉を送る…が、だからといって降参をする気などは微塵もない。追撃すべく包囲した八基に対し、射線上へ平面ユニットを動かす事によって攻撃を躊躇わせ、その先に包囲網から抜けると、上昇の後ユニットで再び攻撃を仕掛ける。ネプギアと大型四基、それぞれに二基ずつ向ける事で攻撃と牽制を同時に行い、砲撃との挟み撃ちを狙って盾をネプギアの回避先へ。

 

「この、位置取りは……!」

「そういう、事です!」

 

 速度を落とさず、そのまま進んだネプギアは、M.P.B.Lを振るって盾を弾く。それにより、挟撃を凌いだネプギアだったが、次にネプギアが選んだのは直感的防御。直後、ネプギアへ女神の飛び蹴りが飛来し、互いが互いを弾き返す。双方姿勢は崩れていたが、引き戻していた大型が先に攻撃を仕掛け、女神はまた退避していく。退避しつつも盾を回収し、射撃と砲撃を行うに行えないネプギアを攻め立てる。

 

「どうやら、小型のビットはビームソードを展開出来ないようですね…!」

「わざと使わず、温存しているだけかもしれませんよッ?」

「だとしても、その強化された姿を以ってしても、私を圧倒出来る程ではない事は事実です…ッ!」

 

 盾、四基のユニット、更には打撃も駆使して女神は果敢に攻める。女神の言う通り、ビームによる砲撃以外に単独での攻撃能力を持たない八基では思うように攻められず、ビームソードを展開可能な四基も近距離に攻め込まれると操作ミスが自爆に直結する為に動かし辛く、ネプギアはビットの運用を封殺される。吸収されるといってもユニットの隙間を狙い撃てばいいだけであり、加えて近接戦においては得物の差でネプギアの方が有利となる為、女神は綱渡りのような戦い方となっていたが…それをするだけの、価値はあった。相手が見せた、真の力…それを一部であろうとも封殺し、食い下がる事が出来たのなら、自身にとっては大きな自信に、相手にとっては大きなプレッシャーになるのだから。

 そして、ビットを封殺してしまえば、女神の読みが…ネプギアの感じていた、一手先を読めるアドバンテージが再び活きる。ビヨンドフォームとなった事で向上した基礎能力に対しても、その読みで女神は喰らい付く。最早その動きに余裕はなくとも…女神の動きに、その心に、気圧される様子は微塵もなかった。

 

「…圧倒出来る程ではない、ですか……」

「少なくともこの戦闘、貴女にとっては短期決戦を狙う理由はあっても、長期戦に持ち込む理由はない筈です。それに……」

「それに?」

「女神パープルシスター。貴女の強さは、仲間と共にある事…力を合わせる事でこそ、真価を発揮するもの…そう、でしょう?」

 

 近距離で打ち合いながら、二人は幾度目かの言葉を交わす。女神の言葉を繰り返すネプギアに対し、女神は推測を、思いをぶつけていく。

 戦闘速度は落ちていた。互いに円軌道で飛びながら、相手の出方を伺うようにして仕掛けていた。されどそれは、疲労による継戦能力低下が招いたものではない。今は緩急における緩の状態…既にお互い、闇雲に仕掛けても埒があかないと分かっているからこそ、揺さ振りをかけるように敢えて速度を落としていた。

 

「…本当に、貴女はわたしをよく知っているんですね」

「えぇ、知っています。貴女の強みも、弱みも、好き嫌いも。そして何より…貴女がどれだけ、強い女神であるのかも」

「だから、わたしに一対一の勝負を求めた訳ですか。…なら、わたしにも貴女を知らせて下さい。貴女の、名前を」

 

 バタフライツイストを思わせる軌道で勢いを付け、盾を突き出す女神と、上昇の力を乗せた斬り上げで迎撃を図るネプギア。双方腕を伸ばした状態でぶつかり、押し合いになった事で腕は曲がり、お互いの顔が近付き…問われていたネプギアは、静かに返す。その返しを女神は肯定し、淡々と…それでいてどこか、ただの敵対者に向けるそれとは違う感情の響きを込めて言葉を重ねる。

 押し切る事も、引く事もなく、静かにせめぎ合う銃剣と盾。重ねられた言葉でも、更に自身を肯定されたネプギアは、女神を見据えたままに問い…女神は、言う。

 

「…グレイシスター。それが、私の名前です」

 

 強い意思の籠った瞳。その瞳で女神は…グレイシスターは答え、離れた。そう見せかけて、サマーソルトキックを放った。蹴りはグレイシスターが引いた事で、つんのめる形となったネプギアの顎を捉える軌道を描き…しかしグレイシスターの足先が触れる直前、ネプギアの両肩部浮遊ユニットより紫の光が、粒子が逆噴射が如く噴出された事で、紙一重ながらも当たらずに空振る。

 そのまま離れていくグレイシスターを、ネプギアは追わない。その代わりとばかりに、M.P.B.Lの照射と大型四基の突撃を組み合わせて仕掛け…グレイシスターは、躱す。蝶が舞うように、木の葉が風に吹かれるように、次々襲う攻撃を躱し切り…四門同時に、斉射。

 

「私はグレイシスター!果たすべき目的の為、私を貫く為に、今は貴女を…ネプギアを、倒させてもらいますッ!」

 

 これまでに放ってきたものよりも一際強い輝きを持つ、シェアエナジーの光芒。四点から照射される、決意の込められた女神の一撃。それと共に空に響く、女神グレイシスターの声。

 迫る光芒を前に、ネプギアは回避行動を取らなかった。射撃で迎撃する事も、防御する素振りも見せなかった。これはどうにもならないと観念したのか、それとも何か策があるのか。グレイシスターも、ユニも、ロムも、ラムも、その理由は分からない。ただ、このまま光が伸びればネプギアに直撃し、深いダメージとなる事は必至。何しなければ、それは避ける事の出来ない必然。そして最後の瞬間まで、ネプギアは一切の動きを見せる事なく……

 

 

 

 

 

 

──だが、光芒は当たらない。一条足りとも、ネプギアに届く事はない。放たれ、迫った四つの光……その全てが、ネプギアを避けるように直前で屈折した事で。

 

『……──ッ!?ビームが…曲がる…!?』

 

 それはまるで、先のグレイシスターに対する意趣返し。ビットによる一斉攻撃を、グレイシスターが平面ユニットを用いた吸収で防いだように、グレイシスターの一斉砲撃は全て曲がって明後日の方向に消えていった。

 光芒が、ビームが曲がる。それは突如消える以上に本来あり得ない事であり、ユニとグレイシスターが驚愕の声を上げたのはほぼ同時。まさか、そんな馬鹿な…と直後にグレイシスターはもう一撃放つも、やはりそれはネプギアに届かず、彼女の周囲で曲がり逸れる。

 

 

「…ビームは直進するもの。減衰や拡散をする事はあっても、曲がる事はないもの。えぇ、常識ですね。当たり前の事です。……それが、通常の空間で放たれる、通常のビームであるのなら」

「……っ、その粒子…まさか、ただのシェアエナジーでは…ない…?」

 

 信じ難い光景を前に、驚愕による動揺と、無策に砲撃を続けようとも同じ結果になるだけだという判断から、攻撃の手を止めるグレイシスター。そんな彼女に向けて、ネプギアは彼女らしく丁寧な…それでいて、彼女らしからぬ不遜さも孕ませた声音で、言い放っていく。

 

「確かに、貴女はわたしをよく知っているようです。わたしの事を手に取るように、常識の様に理解している事は、よく分かりました。そして、貴女が強い力を持っている事も」

「…パープル、シスター……」

「ですがどうやら、何もかも知っている訳ではないようですね。ビヨンドフォームの事もそうですし…何より一つ、貴女はわたしへ対して大きな思い違いをしています」

「思い、違い…?それは……」

「わたしの真価は皆と共に戦う中で発揮される…それは、否定しません。けれど、それを一対一で戦う事の理由としたのなら、一対一ならわたしの力は一歩劣った状態になると思っているのなら……まずは、理解してもらいましょうか」

 

 翼を広げる。四基の大型浮遊ユニットを四方に向け、紫の粒子を放出する。引き戻した十二基のビットを、自身の周囲に漂わせる。そしてその状態で、上昇しながら…粒子を空に散布しながら、ネプギアはグレイシスターを見据える。普段のネプギアやパープルシスターを知っているのなら、知っていればいる程に、緊迫感を抱かせる雰囲気を放ちながら、ネプギアは天空へと舞い上がり……言った。

 

「言った筈ですよ、グレイシスターさん。覚悟はいいですか、と。──わたしのNG粒子に、貴女の常識は通用しません」

 

 プロセッサユニットの一部であり、シェアエナジーで形作られた両翼だけでなく、放出される紫の粒子…NG粒子もまた、二対四枚の翼が如き形相を見せながら、ネプギアは言い切る。

 その姿は正に、天から舞い降りし神。そして広がっていくNG粒子は…シェアエナジー、魔力、NP粒子の融合により生まれた紫の光は、神の威光が如く神々しく…尚且つ異質さを抱かせる輝きを、彼女の存在する空に放っていた。




今回のパロディ解説

・「やっちゃえ、ネプギアー!」
Fateシリーズに登場するキャラの一人、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの台詞の一つのパロディ。…分かり辛いです、ネプギーアーの方が良かったかもです。

・『……──ッ!?ビームが…曲がる…!?』
ガンダムSEEDシリーズの主人公の一人、キラ・ヤマトの台詞の一つのパロディ。何年も前からユニに言わせたかったこのネタを、遂に出す事が出来ました…!

・「〜〜わたしのNG粒子に、貴女の常識は通用しません」
とあるシリーズに登場するキャラの一人、垣根帝督の代名詞的な台詞のパロディ。未元物質(ダークマター)ならぬ変幻物質(パープルマター)…なんて考えたりしてます。


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第二十二話 過去と未来へ抗い続ける

 ビヨンドフォーム。従来女神が力とする善意のシェアだけでなく、本来は取り込まないようにしている悪意のシェアも取り込む力、カニバルフォームから善悪の垣根を取り払い、全て『自分への思い』と受け止める事で昇華させた、『今』を力に変え、その向こう側へと到達した女神の姿。

 それぞれ原理や度合いは違えど、ネクストフォームやリバースフォームと同様、ビヨンドフォームも女神の身体能力を向上させる。より高みへと進ませる。しかし、それだけではない。新たなる到達点へと至った女神をシェアが祝福するように…否、無数の可能性を持つシェアより、無限の中から新たな力を掴み取るように、女神候補生は一人一人が比類なき強さをその身に宿した。

 そしてそれは、他の次元の彼女達にはない、信次元の彼女達だからこその力。その力を、強さを輝かせ…ネプギアは、グレイシスターとの戦いを決着に向かわせる。

 

「はぁぁぁぁああああッ!」

 

 紫の粒子、NG粒子をなびかせながら、ネプギアは突撃する。自らはM.P.B.Lによる射撃を、十二基のビットからは砲撃を放ち、多方向からの波状攻撃を浴びせていく。

 

「くッ…これが、貴女の奥の手…私の知らない、力……!」

 

 次々飛来する光芒に対し、グレイシスターは空を駆け巡り躱す。ただそれだけならば、これまでにもあった光景、既にグレイシスターも経験した攻防。しかし、今は違う。

 散弾の様に拡散する。擲弾の様に炸裂する。施錠弾の様に螺旋を描いて飛翔する。それ等は全て、本来ビームではあり得ない事。ビームが螺旋回転しながら飛ぶ事も、ある程度飛翔した先で拡散する事も、炸裂し全方位に攻撃が広がる事も、ビームの性質的にはあり得ない筈の事。だがそれを覆すように…その常識は通用しないのだと見せ付けるように、常識外の運動を見せるビームをネプギアは放っていた。それが当然であるかのように、M.P.B.Lからもビットからも次々と撃ち込んでいた。

 

「これだけではありませんよ、グレイシスターさん…!」

 

 更に、それだけではない。通常のビームか否か。変質したビームなら、どう変質しているのか。どのタイミングで、それが露わになるのか。その全てが直前まで分からない以上、グレイシスターは確実な回避の為に大きな軌道を描かねばならず、そうなれば当然負担は増える。最小限の動きが出来ない以上、反撃も遠退いていく。

 それでも何とか反撃のチャンスを見つけ、振り返りざまに砲撃をかけるグレイシスター。先んじて二門を、一瞬ずらして残り二門を撃ち込む二段構えの攻撃で反撃に出たが、余裕のあるネプギアは左に逸れる形で回避。その先へは二段目の砲撃が迫っていたが、それをネプギアは避ける事なく…されど、避けなかったにも関わらず、光芒はネプギアに当たらなかった。ネプギアではなく、光芒が避けるように曲がった事で、撃たれたネプギアは全くの無傷。

 

「……っ…だとしても…貴女が闇雲に撃てない状況は変わりません…!」

「それはどうでしょう。最早常識の通用じなくなった攻撃は、シェアエナジーだとしても吸収出来るとは限らない…他でもない貴女自身が、そう思っているのでは?」

 

 M.P.B.Lの銃口より伸びる、螺旋状の光。照射されたそれを、グレイシスターは避け…彼女の視線が自分に向いているのを把握した上で、ネプギアは口角を上げる。ほらね、と言うかのように笑みを浮かべる。

 シェアエナジーによる攻撃を躊躇わせる吸収能力、それの使用を躊躇わせる変質したシェアエナジー攻撃。その封殺返しによって、ネプギアは能力だけでなく精神面でもグレイシスターへ大きな圧力をかけ…しかしその駆け引きを、地上のユニは呆れ気味の表情で見上げていた。

 

(また大きく出たわね、ネプギア…)

 

 一進一退が続いた先の今、ネプギアが流れを掴んでいる事自体を疑っている訳ではない。しかしユニは、隣に立つロムやラムと共に、お互いの力をある程度把握している。だからこそ、分かるのだ。今のネプギアの発言が、些か過大である事が。

 虚勢という訳ではない。全くの嘘という訳でもない。それでも、ネプギアの力は幾らでも、好きなように常識を捻じ曲げ作り変えられる程のものではないのが実際のところ。少なくとも、好きなようには…瞬時に、無制限に、無限に変質させられる力では、ない。

 ならば何故、虚言でなくとも過大な言い方をネプギアがしたのか。その理由は、二つ。一つはビヨンドフォームの性質…昇華したとはいえ、カニバルフォーム同様負のシェアを取り込んでいる事による、精神への影響の結果。そして、もう一つは……

 

「…また、避けた」

 

 投げ放たれた盾を、M.P.B.Lからの照射で撃ち落とす。投擲を陽動に上を取ったグレイシスターからの砲撃を、ネプギアは躱してビットによる反撃を浴びせる。盾を手放した状態のグレイシスターはいよいよ凌ぎ切れなくなり、数条の光芒がプロセッサの表面を灼く。髪の端が撃ち抜かれ、空に散る。

 その中で、グレイシスターが漏らした言葉。それに対し、ネプギアはぴくりと眉を動かし…彼女の反応を見て、グレイシスターは確信を得た。

 

「攻撃が当たる前に曲げられる…確かに厄介極まりない力です。もしそれが、その粒子…NG粒子によって引き起こされている事なら、死角から仕掛けたとしても通用しないのでしょう。…ですが、貴女は回避を行った。今の攻撃に対しても、その前も、回避を行っている」

「それが、何か?」

「おかしなものです。粒子散布により、全方位どこから撃たれても対応出来るのなら、わざわざ回避をする必要はない筈。にも関わらず、不要な行動となる回避を行ったのは何故か。…それは、回避をする必要があるから…連続使用出来ないのか、出来るものの負担が大きいのか…何れにせよ、その能力に防御を任せ切った戦いは出来ないのが貴女の実情。違いますか?」

 

 あくまで冷静な口振りで、相手に揺さ振りをかけるように、グレイシスターは言う。その回避には意味があり、同時に回避をしている事そのものが答えなのだ、と。

 何も、グレイシスターは返答を得られるなどとは思っていない。だが図星ならば、指摘するだけで相手に焦りを抱かせられる。表情や仕草次第では、返答がなくとも推測の成否が確かめられる。そこまで踏まえての言及であり……しかしネプギアは、薄く笑う。

 

「それは、貴女もですよね?グレイシスターさん、貴女はわたしがNG粒子の事を口にする前から、ビームへの対処を吸収一択にしていなかった。そのユニットでの吸収が間に合わない、という状況でなくても、何度も回避や盾による防御をしていた。…これは、何故でしょうね?」

「…お互い、探り合っても埒があかないようですね」

 

 わざと事実を述べるだけで、推測は口にしないネプギア。言うまでもない…そんな雰囲気を醸し出すビヨンドパープル。自身の揺さ振りに殆ど動じない様子を見たグレイシスターは、意識を切り替え…心を、決める。

 既に、ただぶつかり合うだけの戦いで勝利を望むのは現実的でないと分かっている。探り合いも、お互い隙を見せずに拮抗したまま。だからこそ、グレイシスターは堅実さや安全策よりも、乾坤一擲の勝負に出る事を選び…ネプギアもまた、同様の事を考えていた。

 

「…女神パープルシスター。貴女は私が、持てる手の全てをつぎ込んでも尚、確実な勝利を得られる相手ではないのでしょう。故に、これ以上戦いを長引かせる事はしません。…一気に、決めます」

「なら、わたしはそれを超え、貴女に勝つだけです。パープルシスターとして…貴女に、グレイシスターに勝つのは、わたしです」

 

 ネプギアは一度全てのビットを引き戻し、グレイシスターも四基の平面ユニットの陣形を組み直し、互いに構え合う。見据えるように、互いが互いを見つめ…次の瞬間、同時に動く。

 

『てぇぇぇぇええええぃッ!』

 

 静から動へ転換は同じ。しかし突進速度はネプギアの方が速く、踏み込んでの横薙ぎで先制。だがグレイシスターは織り込み済みであるとばかりに、その斬撃を飛び越える形で上方に躱し、四基の平面ユニットで挟み込むようにしてネプギアへと反撃。一方のネプギアもそのまま駆け抜ける事によって平面ユニットの範囲から逃れ…振り返る事なく、両肩両腰の浮遊ユニットを稼動させ砲撃。装着した大型ビット四門を旋回式砲台として後ろに振り出し、放った光芒はグレイシスターの眼前に迫る。

 貫かれる直前、グレイシスターは自ら力を抜き、失速する事によって光芒を頭上で通過させる。尚且つ彼女はそのまま落下していき、回避から一切の無駄なく投げ放った盾の回収へ。それに気付いたネプギアはM.P.B.Lの射撃で背中を狙うも、数瞬前のネプギア自身の様にグレイシスターは平面ユニットを背面に展開し、視線を向ける事なくシェアエナジーの光弾を吸収していく。

 

(ノールックで吸収防御を…それが貴女の覚悟なんですね、グレイシスターさん)

 

 ビームの性質を変化させようと、吸収されてしまえば同じ。それ故にネプギアは射撃を止め、盾を回収した瞬間を狙うべく自身も急降下をかけて追う。それと同時に、内心で呟く。

 ネプギアの見立て通りならば、グレイシスターはNG粒子によるシェアエナジーの変質を警戒して、吸収を避けていた筈。その彼女が躊躇いなく吸収を、それも見る事なく行った事実にネプギアは驚きとどこか感心にも似た思いを抱き…故に油断ならないと、加速する。

 

「拾う瞬間に生まれる隙を狙う…有り体ですが、堅実な判断です…ッ!」

「分かっていましたよ、貴女がそれを読んでいる事も、その反応も…ッ!」

 

 地に落ちた盾を拾い上げる直前、地面すれすれで振り返り対空砲撃を行うグレイシスター。迫る砲撃に対し、ネプギアは真正面からM.P.B.Lの刃を叩き付け、ビームを纏わせ切断力を上げた刃で斬り裂き砲撃を突破する。四門同時斉射の威力は半端ではなく、突破と引き換えにネプギアは近接攻撃の姿勢を崩してしまうが…直後、四振りの刃がグレイシスターに襲い掛かる。

 それは、装着したままの大型ビットより出力されたビームソード。この攻撃はグレイシスターも予想しておらず、盾の回収は出来たもののそこからは即座に後退を選択。下がるグレイシスターへ、ネプギアは再び多彩な性質を持つビームの単射を叩き込み、同時にビットを射出し分離。

 

「スラッシュウェーブッ!」

「……!この、技も…ッ!」

 

 掬い上げるように振り上げられたM.P.B.Lの刃から、シェアエナジーの斬撃が飛翔。一度は躱すグレイシスターだったが、直後に斬撃は爆ぜるように無数の小さな刃へと変わり、全方位へと放散する。その刃によって反撃のチャンスを潰されたグレイシスターは、砲撃で刃を飲み込みつつネプギアを狙うが、反撃が一瞬遅れた為にネプギアは余裕で回避。配下を従えるように小型ビットを自らの周囲に展開し、今一度距離を詰めにかかる。

 

「接近戦は……」

「わたしの方がッ!」

 

 振るわれる刃を、グレイシスターは大きく下がりながら躱す。それは距離を取る事も狙った動きだったが、そうはさせないとネプギアは力強く踏み込み、斬撃を続ける。更に、周囲へ展開したビットで近距離からの砲撃を仕掛け、その対応も強いる事で反撃を許さない。

 本来遠隔操作端末は、近距離では使い辛いもの。しかしそれを、ネプギアは稼動砲台の延長の様に扱い、更にグレイシスターが距離を取ろうと動く状況に合わせる事によって、使い辛さを払拭していた。

 

「だと、しても…ッ!」

 

 振り切る事が出来ず、斬撃と砲撃、その両方が身体に近付く。そして刀身を寝かせた状態での刺突が頬を掠めた次の瞬間、グレイシスターは弾かれたように急上昇。それは自ら隙を晒し、的になるような行為だったが…追撃よりも早く、グレイシスターは四基の平面ユニットより砲撃を放つ。それもこれまでの照射ではない、ばら撒くような光弾の連射を。

 それ自体は、特別脅威となるような攻撃ではない。しかしここまで温存し、隠し球として残しておいた事には十分な意味があり…連射攻撃を想定していなかったネプギアは、追撃を封じられる。一転して回避を余儀無くされ、下がるネプギアを四基からなる集中砲火が襲い掛かる。彼女へ肉薄する光弾はその悉くが当たる前に逸れ、一発たりとも届く事はなかったものの、グレイシスターにとっては連撃を断ち切れただけで十分だった。

 回避行動を取るネプギアが考えるのは仕切り直し。されど、グレイシスターはそれを許さない。立て直すネプギアへ、グレイシスターは突貫をかける。

 

「この距離なら、M.P.B.Lもビットも使えないでしょう…ッ!」

「く……っ!」

 

 意思の、決意の為せる技だと言わんばかりにグレイシスターは射撃を躱す。危険を承知で最高速での突進をかけ、ネプギアの放つビームが変化するよりも速く迎撃を抜ける。そして、グレイシスターは盾を構えたまま…激突。M.P.B.Lの刀身で受けるネプギアを、全身全霊で押し込んでいく。

 

「そんな、力技で…ッ!」

「無駄ですッ!」

 

 ビヨンドフォームの基礎能力があるとはいえ、最高速度で激突をかけたグレイシスターを真正面から押し返すのは困難。そう判断したネプギアは肩と腰の浮遊ユニットからの噴射で正面から逸れ逃れる事を考えるも、グレイシスターは喰らい付き、逃がさない。幾度も方向転換しながらも、グレイシスターはネプギアを押し続け……空に、投げ出す。

 

「さぁ、これで終わりです…これが私の、私が積み重ねてきた道の……ッ!」

 

 地表に叩き付けるでも、超至近距離から攻撃をぶつけるでもなく、ただ投げ出すだけの終わり方に、ネプギアは疑念を抱く。

……が、それは全くの誤りであると、すぐに気付いた。ネプギアを投げ出した時、グレイシスターの操る四基の平面ユニットは、それまで畳んでいた翼が開かれたかのように、数段巨大なものへと変貌していた。それが意味するところは…考えるまでもない。

 広げられた平面ユニットから感じるのは、グレイシスターの探求。自らの力を知り、確かめ、強化し発展させ続けた末のものであると、ネプギアは感じ取っていた。──だからこそ、ネプギアは思う。本当に……油断しなくて、良かったと。

 

「…やっぱり、貴女は『ネプギア』を知っていても、『わたし』は知らないんですね」

「…え?…あ……」

 

 確信と納得を得た、ネプギアの言葉。その言葉と共に、少しだけネプギアは下がり……グレイシスターは、目にする。ネプギアの背後に隠れていた、隠れる位置に展開していた、四基の大型ビットに。思い返せば、射出後は完全に戦闘から離れていた大型ビットが、円を描く形で高速回転をし…その内側に、高エネルギーの力場が発生している光景を。

 ネプギアを知っていても、わたしは知らない。その意味を、込められた思いを、グレイシスターは聞くと同時に理解していた。だが、発したネプギアも、向けられたグレイシスターも、もうそれ以上の事は言わない。…既に、賽は投げられたのだから。お互い決定打を展開した以上…後は、激突あるのみ。

 

「終わるのは貴女ですッ!グレイシスターさん!」

「……ッ!受け止めて…防ぎ切って、見せる…ッ!」

 

 弧を描くビット、作られたゲート。叫びと共に、ネプギアはゲートに向けて引き金を引き、M.P.B.Lよりビームを照射。放たれたビームはゲートの、力場の内側を駆け抜け……光芒は、眩いばかりの閃光に。空が灼かれるとすら思わせる程の巨大な光がグレイシスターへと迫り…グレイシスターは、迎え撃つ。一歩も、一瞬たりともその場から引く事なく、拡大化された四基の平面ユニットで光の奔流を受け止める。

 拡大化前と変わる事なく、或いは拡大前より強化された吸収の力。それは力場によって力の増大を果たした光芒に対しても例外ではなく、平面ユニットに光は飲み込まれていく。だが照射は止まらず、それどころか更に強さを、輝きを増し、その圧力たるや吸収を凌駕せんとばかり。さりとて平面ユニットもその力が失われる事はなく…光と壁は、拮抗する。ネプギアとグレイシスター、二人の思いがぶつかり合う。

 

「まだ、まだぁッ!」

「絶対に…私は、私は……ッ!」

 

 一瞬でも気を抜けば、ほんの僅かにでも力の制御を見誤れば、その時点で勝敗が決する事は必至の拮抗。その中でネプギアは、自らを鼓舞するように声を上げ、グレイシスターは決意を確かめるように声を振り絞る。

 吸収により舞い散る煌めき。シェアエナジーの光。終わりなどない、そう思わせる程に強い二人の力とその奥の意思。そして……

 

「はぁっ…はぁっ……」

 

 扉が閉まり、中から溢れていた光が消えるように、放たれていた閃光が弱まっていく。そうして完全に途切れた時……グレイシスターの姿は、まだ空にあった。四基の平面ユニットには無数の亀裂が走り、砕け、残った部分もブロックノイズに塗れ…それでも、受け止めていた。完全にとはいかず、破損による穴から漏れた光によってグレイシスターも傷付いていたが、確かに彼女は耐え切っていた。

 ネプギアからの、追撃はない。M.P.B.Lの銃口を向けたまま、ただじっとグレイシスターを見つめている。

 

「…もう、勝敗は決しました」

「…何、を……」

 

 一切視線を逸らす事なく、静かな声でネプギアは言う。その言葉に、グレイシスターは表情を歪め…しかしネプギアは、態度を崩さない。

 

「今の攻撃は、今のわたしが出来る最大級のものです。これを連続で放つ事は出来ません。ですが……」

「…最大級であって、最高最大ではない…そして、そんな貴女に対して私はかなりの消耗をしている事は、外見から明白…。だから、既に勝敗は決している、と?」

 

 続く言葉を引き継ぐように、グレイシスターが返す。それをネプギアは、肯定も否定もせず…だがグレイシスターの言葉通り、ネプギアは残る力の全てを注ぎ込んだ後には思えない状態であり、グレイシスターが消耗しているのも事実。少なくとも、余裕を持って防いだ訳ではない事は、誰の目にも明らかだった。

 

「…勝手に、勝敗を決めないでもらいましょうか…えぇ、貴女の思った通り、もう私に余裕は微塵もありません…ですが、だとしても…その程度で、そんな程度の逆境で、私の歩みは──」

「…そうかもしれませんね。ですが…そうでは、ないとしたら?」

「え……?」

 

 それでも、とグレイシスターはネプギアへと強い眼差しを向ける。ボロボロとなったユニットを捨てる事なく、まだ終わりでないと意思を見せる。だが……そんなグレイシスターへ、ネプギアは告げる。グレイシスターの思考、判断…それを根底から覆す指摘を。

 

「わたしの力は、ただビームの性質を、運動の方向性を変えるだけのものではありません。…NG粒子は、それを介して凡ゆる物質に任意の性質を付与する事が出来ます。例えばこのように、NG粒子を以ってすれば……単なる石でも、ビームに対する圧倒的な防御力を得る事が出来ます」

 

 言葉と共に、警戒するグレイシスターの前でネプギアは地上に降り、小石を一つ拾い上げる。手の上に、小石の周りに、紫の粒子が流れ…次の瞬間、小石を真上へ放り投げたネプギアは、その小石へ向けてビームを一撃。直撃を受けた小石は吹き飛び……されど、小石は落ちてくる。黒ずみ、欠けてはいたものの…女神の放つビーム射撃を受けながらも、小石は概ねその原型を留めていた。

 グレイシスターの胸中に広がるざわつき。彼女の心境を読んだように、ネプギアは小さく笑みを浮かべ…言った。

 

「これが…この付与を以って、変化を、変質を、変革をもたらすのが、わたしの力です。その意味が、お分かりですか?」

「…だから、常識は通用しないと…如何なる攻撃も、如何なる防御も、その気になれば全て思うがままだとでも…?」

「ふふっ、まさかそんな訳ないじゃないですか。…そんな程度の力な訳が、ないじゃないですか。今の小石の様に、わたしがその気になれば、どんな変化をもさせられるんです。あの木の葉を、本来得られない筈の栄養素で満たす事も、あの川の水を可燃物質に変える事も──シェアエナジーによるビームを、僅かでも人体が触れれば、そこから腐食が全身に広がる怪光線に変える事だって、出来るんです」

「……──ッッ!?」

 

 笑みを深め…普段のネプギア、パープルシスターを知る者なら想像も付かないような、歪みを感じる笑みをグレイシスターに見せるネプギア。それを聞いた瞬間、胸中のざわつきは警報へと変わり、咄嗟に、反射的に…本能的に、グレイシスターは自分の身体を見てしまった。見て、そして……愕然とする。

 

(腐食、していない…?……まさか…ッ!)

 

 身を翻したグレイシスターが見たのは、何の変わりもない…傷付いてこそすれ、腐食など欠片も起きていない自分の身体。

 ネプギアは付与に失敗したのか、それとも腐食には時間がかかるのか。何れにせよ、発言と異なる実情にグレイシスターは困惑し、その理由を考えようとし…時間としては一瞬、しかし今この時においてはあまりにも長過ぎる空白の末に、気付いた。自らの、根本的な間違いを。彼女が…ネプギアの言葉が、全て真実とは限らない事を。

 

「これは、ハッタリ……くぁ…ッ!」

「ごめんなさい、グレイシスターさん。でも…わたしの先生の中には、こういう『思い込み』を利用するのが凄く得意な人がいるんです」

 

 虚言の意味、本当の狙いを理解した事でグレイシスターが視線を戻した時にはもう、ネプギアは猛烈な勢いで、全力全開の突進で肉薄をかけていた。振り抜かれたM.P.B.Lの斬撃を、グレイシスターは辛うじて盾で受ける…が、完全に虚を突かれる形で放たれた、最高速の一撃を咄嗟の防御で受け止められる筈もなく、盾ごと右腕を弾かれ姿勢も完全に崩れてしまう。一方振り切ったネプギアも、即座にM.P.B.Lでの追撃は出来ない状態だったが、ネプギアは突進の勢いを殺す事なく、グレイシスターに向けて一回転。鋭く、素早い回転の中で右脚を伸ばし…その脚を、振り抜く。

 抉り込み、叩き付けるような踵落とし。それを強かに打ち付けられたグレイシスターは一気に落下し、地面に激突。衝撃で砂埃を舞い上がらせながらも彼女の身体は止まらず、跳ね上がり…彼女の落下と同時に飛来した影が、紫の粒子もまた、地上に舞う。

 

「それが、それも…全てがわたしの力なんです!ギア・ナックルッ!」

 

 地に、空に、グレイシスターに響かせるような、ネプギアの声。女神本来の力も、ビヨンドフォームも、自分が学び歩んできた事も、全てが今の強さに繋がっているのだと示すように、ネプギアは身体を捻り…渾身の力を込めて、拳を突き出した。放った拳はグレイシスターを捉え、食い込み…吹き飛ばす。

 

「…だから、わたしは負けません。どんな相手でも、どんな逆境でも、今のわたしを信じてくれる人がいる限り…諦めたりは、しません」

 

 一切衝撃を逃す事が出来ず、吹き飛んだ先でボールの様に何度も落ちては跳ねてを繰り返すグレイシスターの身体。芯で捉えた事を拳で感じながら、ゆっくりと体勢を整えたネプギアは言う。…その声に、グレイシスターへの問いを…貴女はどうですか?…という、思いを込めて。

 

(…あぁ、やっぱり…やっぱり、貴女は……)

 

 幾度も跳ね、転がった末に地面に横たわるグレイシスターに、その問いは届いていた。それは額面通りの意味ではなく、グレイシスターが諦めんとする道に込められた思いを問う言葉であると、そこまで感じ取っていた。

 故に、グレイシスターは小さく笑い…空を見上げる。それからゆっくりと立ち上がる。

 

「…刺し貫くでも、撃ち抜くでもなく、殴り飛ばすだけで留めるとは…そうしてしまうのが貴女の弱みで…それが出来るのが貴女の強みですよ。パープルシスター」

「…それは、わたしを……」

「褒めています。心から貴女の強さを認めているからこそです。…ただ、今に関しては…間違いだった、かもしれません…ね…ッ!」

「…え?…まさか、逃げる気…いや、違……──っ、ぅ…!」

 

 殴打を叩き込まれた腹部を押さえながら立ち上がったグレイシスターは、柔らかさを含んだ声でネプギアへと返す。…だが、そこまでは見せていた柔らかさをふっと消すと、背を向け地を蹴りネプギアから…ネプギア達から離れていく。

 一見すれば、それは逃走の為の行動。しかしネプギアは思い出す。彼女と自分が一対一で戦った理由、彼女の有する最大のアドバンテージ…彼女に襲われ行方が分からなくなっている筈の、マホの存在を。

 不味い、とネプギアは追おうとした。されどその直後、ネプギアは額と片目を押さえて立ち止まる。ビヨンドフォームの欠点、逃れられない枷…流れ込む負のシェアによる精神への影響が、既に出始めていた負の衝動が、理性や精神力では押さえ切れない程にまで進んだ事で。

 

(…これ、以上は……、…っ…後、少しなのに…っ!)

 

 ビヨンドフォームを解き、負のシェアの流入を止めたネプギアだが、即座に精神が正常化する訳ではない。衝動を抑える為にネプギアは動けず、しかし動けなければグレイシスターを止められない。マホを、取り戻す事が出来ない。どうにかしたい、だがどうにもならない板挟みに、ネプギアは歯噛みする事しか出来ず……

 

「──させる訳、ないでしょうが。ロム、ラム!」

「うん…ッ!」

「任せたわよ、ユニッ!」

 

──だが、ネプギアにもまた、グレイシスターにはないアドバンテージがあった。たった一人でネプギアと戦ったグレイシスターに対し…ネプギアは、一人ではなかった。

 立ち止まったネプギアの意思を引き継ぐように、ビヨンドフォームで躍り出た三人。ロムとラムはそれぞれが操る四つの魔法陣を重ね合わせ、八つの魔法陣による道を形成。左右に分かれた状態で、二人はそれぞれの杖を向け…その間に立つのは、ユニ。彼女がプロセッサ各部に備える銃器を射出すると、火器は組み合わさるように宙で一つとなり…一丁の、長大なライフルへと変化。それを手にしたユニは、その目で、スコープで、グレイシスターの姿を捉え……放つ。

 銃口から放たれた時点では、単なる射撃。単純に高出力で、単純に強力なだけ、純粋な一撃。しかしその光芒は、魔法陣に触れ通過した瞬間、一段階上の光へと変化する。並んだ魔法陣を通る度、光はその強さを増していき…八つ全てを通り終えた時、射撃は完全に別物に…ネプギアによる、先の一撃を思わせる程のものに変貌していた。三人がかりとはいえ、ネプギアよりも遥かに短い時間で、眩いばかりの閃光を地上に顕現させていた。そして、顕現した光は……グレイシスターを、捉える。

 

「──っ!」

 

 迫る光を感じてか、振り向くグレイシスター。その直後、光はグレイシスターを飲み込み、地を抉る。空間を震わせる。グレイシスターを飲み込んでも尚光は止まらず、彼方へと伸び……長い照射が終わった時、そこにはもうグレイシスターの姿はなかった。

 

 

 

 

「う、うーん……」

 

 グレイシスターさんとの戦いが終わってから…グレイシスターさんが消えてしまってから数分後。向かおうとしていた進路の先にあった岩の陰で、わたし達はマホちゃんを見つけた。

 爆発のせいか、ボロボロなマホちゃん。けど、マホちゃんは生きていた。ちゃんと、そこにいた。それだけでもわたしは嬉しくて、ほっとして…それからロムちゃん、ラムちゃんと一緒に治癒。魔法をかけている最中に、マホちゃんはぴくりと瞼を動かして…目を、開く。

 

「マホちゃん!よ、良かった…皆、マホちゃんが目を覚ましたよ!」

「いや、アタシ達も一緒にいるんだから分かってるわよ…マホ、調子はどう?」

「調子…あれ、あーしは一体……」

「あ、まだ動かないでマホちゃん。治癒魔法が機能してる内に、包帯とか巻いておきたいから」

 

 起き上がりながら見回すマホちゃんにストップをかけて、わたしはコンパさん直伝のお手当て。その間にロムちゃんとラムちゃんが、マホちゃんに起きた事を話してくれる。

 

「で、さいごはわたしたちで悪い女神をぶっとばしたのよ!」

「後ちょっとおそかったら、上手くいかなかった…かも(ほっ)」

「そ、そうなんだ…あーしが気絶してる間に、そんな事が……」

 

 話を聞いている間、マホちゃんが浮かべていたのは申し訳なさそうな顔。知らぬ間にそんな騒動があったんだ、って思っているなら、申し訳なく思っちゃうのも当然の事で…けどその方面で話が広がるより早く、ユニちゃんがこほんと一つ咳払い。

 

「…マホ。快調じゃないところへ早速…っていうのは気が引けるけど、単刀直入に訊くわ。貴女とあの女神…グレイシスターとは、何か関係があるの?」

「ほぇ…?ユニちゃん…?」

「あいつは、わたしたちのシェアを狙ってきたんでしょ…?」

「確かにそう言っていたわね。けど、あいつは不意打ちなのにアタシ達じゃなくてマホを狙って、しかもわざわざ四人いるところへ仕掛けておきながら、戦いは一対一を求めるなんていう、回りくどい事をしてきた。勿論、狙いに関しては単に外れたとかも考えられるけど…もしそうじゃないなら、シェアエナジー以外の目的もあるって考えるのが自然よ」

『それが、マホちゃん…?』

 

 ユニちゃんからの返しを受けて、ロムちゃんとラムちゃんはマホちゃんを見る。わたしも見つめて、皆の視線がマホちゃんに集まる。そして見つめられたマホちゃんは、黙ってわたし達を見返して……それから、頷く。

 

「やー…まぁ、流石にこれで隠すのは無理ぽか〜…。…うん。ゆにちーの言う通り、あーしとグレイシスターには関係がある。関係っていうか…切っても切れない存在同士、的な?」

「やっぱりね。じゃあ、更に踏み込ませて頂戴。その女神グレイシスターと切っても切れない関係にある貴女は、何者?」

「…別次元の住人、かな。あーしも、グレイシスターも、違う次元…それも違う時代から来たの」

 

 自分は信次元の住人じゃない。真面目な表情を浮かべて、マホちゃんはそう言った。違う次元、違う時代…か…。

 

「やっぱり、そうだったんだね」

「あぁうん、いきなりこんな事を言われても信じられないのは仕方ないっしょ。でもこれは本当の…って、あれ?あんまり衝撃受けてない系?」

「いや、まぁ…別次元との交流とか、別次元からの来訪者とかはこれまでにも時々あったからね…。それにマホちゃんはともかく、グレイシスターさんの方は、別次元の女神だと思ってたし…」

 

 目をぱちくりさせるマホちゃんに、わたしは頬を掻きながら返答。女神は思われる事で、シェアによって強くなる以上、イリゼさんみたいに特殊な場合じゃない限り、女神の強さと知名度は比例する…あ、でも悪評の場合は反比例かも…。…とにかく信次元において『無名だけど強い女神』っていうのは基本成立しないから、グレイシスターさんが信次元の女神じゃない事は、薄々分かっていた。

 

「…あれ、でも別次元で違うジダイって……」

「ミラテューヌ、さん…?」

「あ、そういえばミラお姉ちゃんとも同じだね」

「ミラテューヌ…?」

「未来から来たお姉ちゃんの事だよ。ミラお姉ちゃんの場合は、最初は未来から来たって言ってたんだけど、でも実は信次元じゃなくて、その時信次元で起きていた問題が解決した後の時代に位置する次元から来てたんだ」

「へ、へぇ…あーし、まさかの二番煎じだったんだ…こんな特殊なケースを先回りされるとか、ぎあちーのお姉さんほんとマジヤバ過ぎっしょ……」

 

 ちょっと変なところを気にして凹むマホちゃん。反応に困ってわたし達が苦笑いをしていると、そこでラムちゃんが「あ…」と声を上げる。

 

「じゃあマホちゃんは、どうして信次元に来たの?もしかして、かんこー?」

「そうそう、信次元のぴーしー大陸は別次元でも有名で…なーんてね。そうじゃないよ、らむちー。…あーしが信次元に来たのは…事故、かなぁ…」

「事故…って事は、意図せず信次元に飛ばされてきたって訳?」

「そそ、ゆにちー正解。ほんとは別の場所…別の行かなきゃいけないところがあったんだけど、なんでか信次元に来ちゃってさ。でもそのおかげで皆と出会えたし…あーしの知らない次元のぴーしー大陸を見られた訳だから、無駄なんかじゃなかったけど」

 

 うん、本当に無駄なんかじゃなかった。…一度言葉を区切ったマホちゃんは、小さな声で…呟くようにそう言った。その時のマホちゃんの顔は、複雑な…でも前向きさを感じる感情が浮かんでいて、そっか…とわたしは頷いた。

 

「えっと…じゃあ、わたしたちにしたお願いは……」

「どっちも、本当に知りたかったから、かな。この次元の犯罪組織の事も、ぴーしー大陸の事も…って、ヤバっ!?今何時!?あぁそうだ、何時も何も自分で調べればいいだけっしょ!?」

「え、えぇ…?急にどうしたのマホちゃん……」

 

 突然慌て出したマホちゃんは、自分の端末で時間を確認。なんだかよく分からないけど、時間的にはセーフだったみたいで、確認をしたマホちゃんは「良かったぁ…ギリセギリセ〜…」と胸を撫で下ろす。

 

「あっぶなぁ、マジ焦ったー…」

「何か、待ち合わせに遅れかけたみたいな言い方ね…」

「それな、っていうか実際そんな感じだから…いやほんと、もーちょい遅かったら要らぬいざこざが生まれてたかもってとこ…」

 

 話しながら、マホちゃんは空を見上げる。わたしの手当てが終わると、マホちゃんは立ち上がって、少しの間空を見続けて…それから何かを見つけたようで、手を振り呼び掛ける。

 何だろう、誰か来るのかな。そう思ってわたしも視線を空に。マホちゃんと同じ方向を見ると、そこには何かがいて、というか飛んできていて……

 

「お待たせしました、ぴーしー大陸の次元データ及び時空座標の確認、演算、全て完了しています」

「ろ、ロボット…!?ま、マホちゃんこれって、この子って……!」

「うん。この子はあーしの相ぼ──」

「ちょっと調べてもいいかな!?少しだけ中を見てもいいかな!?勿論ちゃんと直すから、見る前よりも美しくの精神でやるからっ!」

『…………』

 

 わたしは興奮した。それはもう、興奮した。こんな興奮、こんなときめき、もう長い間感じた事ない……って程ではないかも…アフィモウジャスさんとか、ステマックスさんの時も、物凄く心踊ったし…。…ま、まあ何にせよ、わたしの中でこの子を調べてみたい思いが湧き上がり…ユニちゃん達からは、白い目で見られた。

 

「…ごめん、ぎあちー。それは出来ない。この子はあーしの…あーしの大切な親友が遺してくれた子だから」

「あ……」

 

 ちょっとだけでも、そう思ってわたしは頼み込んだ。でも、それに対する回答で、マホちゃんの声で…わたしはそれが、安易に踏み込んじゃいけない部分だったと気付く。

 

「こ、こっちこそごめんねマホちゃん…わたし、軽率だった…」

「んーん、気にしないでいいよ。ぎあちーの性格は、あーし熟知してるかんね」

「そ、そう?じゃあせめて、スペックを教えてくれないかな…?ぱっと見戦闘メインには見えないけど、さっきの発言からして調査とか偵察用の子?それとも日常のサポート用?ハイパースポーツに出たり、ロボットである事を隠して門番やってたり……」

「する訳ないでしょ、ロムとラムからこれ以上呆れられたくなかったら自重しなさいっての」

「うっ…た、確かにそれは嫌だ……」

 

 既に呆れてる声のユニちゃんに言われて、わたしはこれ以上訊く事を断念。この時、二人がどんな顔をしていたかは…怖いから、見ないでおいた。

 

「…で、ネプギアじゃないけどそのロボットは何なの?一緒に信次元に飛ばされてきた…のよね?」

「そゆ事。ここまでは別行動で信次元の事を調べてもらってたって訳。ぴーしー大陸に来てるのは、あーしの位置データを追跡してきたからで……調べてもらってた理由は、これ」

 

 話しながら、ロボットの手を握るマホちゃん。するとロボットが声を、機械音声を発していって…数十秒後、ロボットの前の空間が歪み始める。…これ、って……。

 

「…次元同士を繋ぐ、扉……?」

「あー、やっぱり知ってる感じ?厳密にはびみょーに違うけど、そんなとこ。…ありがとね、皆。あーしをここまで連れてきてくれて。ここなら、ここだから、開く事が出来た。これであーしは……旅を、続けられる」

 

 歪みが少しずつ大きくなり、穴の様になっていく中で、マホちゃんは首肯する。そうして人が十分通れる位の大きさになると、マホちゃんはロボットから手を離して、わたし達に向き直る。…決意の籠った、言葉と共に。

 

「って、ことは…もう、行っちゃうの…?(おろおろ)」

「ちょっ、い、いきなりすぎない!?」

「ごめんね、皆からすればほんといきなりだよね。…けど、ほんとはもっと急ぐべきだったの。もっと効率良く、迅速に必要な事だけを調べて、戻らなきゃいけなかったけど……出来なかった。あーしの都合で、皆に無理難題をぶっかけるなんて間違ってるし…皆と話したりぴーしー大陸を回ったりするのが、凄く…凄く、楽しかったから」

「マホ……」

 

 困ったような表情で、マホちゃんは笑う。困っちゃうなぁ、もう…そう言ってるみたいな顔で、わたし達に笑ってくれる。

 マホちゃんに、貫きたい思いが、旅がある事は知っている。そこに込められた思いも知ってる。そんなマホちゃんが、ほんのちょっぴりでも急ぐ事よりここにいる事を、わたし達といる事を取ったんだとしたら…嬉しいに、決まってる。それはある意味、マホちゃんの道の邪魔をしたって事でもあるんだろうけど…そうだとしても、わたしはごめんねなんて言わない。だって…楽しかったって、言ってくれたから。なのに謝ったら、それは楽しかったって気持ちを間違いだと否定するのと同じだから。

 

「…マホちゃん」

「ん、どったのぎあちー」

「マホちゃんの旅は、絶対に諦められない…投げ出したくない、旅なんだよね」

「…そうだよ。どんな障害があっても、どんな困難にぶつかっても、絶対に諦めたくない、諦められない旅だから。あーしは負けないって、決めたから」

「…その旅に、わたし達は必要?」

「ううん。ぎあちーが、ゆにちーが、ろむちーが、らむちーが…皆がいてくれたら、凄く心強いけど…必要、ないよ。必要になるとしても、それはここにいる…信次元の、皆じゃない。…強引に、何が何でも着いてくって言われたら、強い女神様達の皆を止められる自信がないけど、ね」

 

 真正面に立って、向かい合って、わたしは訊く。マホちゃんの思いを、マホちゃんの心を。わたしの問いに、マホちゃんは一切目を逸らす事なく、真っ直ぐわたしに返してくれて…最後にちょっとだけ、また笑う。

 今ので、ちゃんと確かめられた。マホちゃんの思いに触れて、心で繋がれた。だから……

 

「そっか、それなら…送り出して、あげなきゃだよね」

「ぎあちー…」

「ま、そうよね。短い間だったけど、一緒に過ごして、一緒に色んな事をしてきたんだもの。その相手に、心からやりたい事が…貫きたい事があるなら、それを応援するのが女神……ううん、アタシの道よ」

「う……わたしは、もうちょっといっしょにいたい…。…けど…マホちゃんの、思いも…応援、したい」

「わたしも…だから、だから…わたしも送り出してあげるわ!でも次は、もっと早く言いなさいよね!」

「次、か…あはは、もし次があったら、ちゃんとそうする。…本当に、ありがとね皆。皆優し過ぎて、もうマジ卍超えて卍解っしょ…!」

『いや卍解はしないでしょ…』

 

 思いが高まっての発言だとは思うけど、結果変な感じになった事で、わたしとユニちゃんは揃って突っ込み。はは…ほんとにマホちゃんはいつでも発言が独特だね……。

 

「…こほん。じゃあ…行くね。短い間だったけど、ほんとに楽しかった。楽しかったし…感謝もしてる。だから、あーしは忘れないよ。皆の事も、皆への恩も」

「いいわよ恩なんて。それより…頑張りなさいよね、マホ」

「応ともよ!……あ…なんかちょっと良い感じの事言った後でこれは気が引けるんだけど…もう一つだけ、良い…?」

 

 穴へ向かって歩み出そうとしたところで、マホちゃんはその動きを止める。もう一つだけ、そういうマホちゃんにわたし達は小首を傾げ、マホちゃんは言う。

 

「…多分、この次元のあーしはいない。あーしが生まれるのに必要な前提が、信次元にはないから。でももし、本当にもしもの話だけど、信次元にもあーしがいたなら──」

「その時は勿論、仲良くなるよ。困ってたら助けるし、頑張ってたら支えるし…絶対信次元のマホちゃんとも、友達になるよ。わたし達と、今ここにいるマホちゃんが、そうだったみたいにね」

「……っ…狡いなぁ、ぎあちーは…ほんと狡いよ、ぎあちーは…そういう事を、さらっと言えちゃうんだから…」

 

 それなら頼まれるまでもない事だよね。そう思って、いつもの調子で返したわたし。でも返した瞬間、マホちゃんはびくりと肩を震わせて、わたしに背を向けて…あ、あれ?…とわたしが思っていると、ユニちゃん達もうんうんと頷いていた。…え、え?分かってないの、わたしだけ…?

 

「あー、もう駄目駄目!湿っぽいのは、あーしのキャラじゃないんだから!なら、この次元のあーしの事もお願いね!あーしこう見えてメンタルアレなとこあるから、勝手だけど万が一の時は宜しく!」

「ふふん、任せておいて!マホちゃんこそ、くじけちゃダメよ!」

「きっとだいじょうぶって、信じてるから…ね…!」

「分かった、信じてて!あーしは挫けないから!それから…本当に、本当にありがとう!あーしと皆は、ズッ友だかんね!」

「うん、友達だよ!行ってらっしゃい、マホちゃん!」

 

 ぶんぶん、とマホちゃんが首を振って何かを払拭する中、わたしも気を取り直す。今度こそ穴へと向かうマホちゃんの事を、皆で見送る。

 ロムちゃんとラムちゃん、二人の言葉を噛み締めるように頷いたマホちゃんが、最後にもう一度見せてくれた笑顔。それにわたしも笑顔で、心からの思いで返して、穴へと入るマホちゃんを見送り……そしてロボットと共に、マホちゃんは…消える。

 

「…行っちゃったね」

「うん、行っちゃった…」

「……ネプギア」

 

 いなくなってしまったマホちゃんの、マホちゃんのいた場所を見つめて、ラムちゃんが呟く。ロムちゃんも頷く。わたしも少しの間、同じ場所を見ていて…でも、ユニちゃんに呼ばれる。袖を引っ張られて、二人からは少し離れた場所へ行く。

 

「どうしたの、ユニちゃん」

「…今更言うな、って話かもしれないけど…アタシ達、マホを見送って良かったのかしら…」

「…って、言うと?」

 

 発されたのは、確かに今言っても仕方のない言葉。でもわたしは、そのまま聞く姿勢をユニちゃんに示して…ユニちゃんは、続ける。

 

「アタシ、ずっと引っ掛かってる事があるの。アタシ達は、あの女神…グレイシスターに襲われた。マホがまず気付いて、直後にマホが狙撃されて、爆発で姿が見えなくなってる間にグレイシスターに拐われた…アタシ達はそう思ったから、グレイシスターと臨戦体勢に入ったのよね?」

「うん、そうだったね。グレイシスターさんも、マホちゃんは生きてるって返してきた訳だし」

「えぇ。でも…それって、どこまでが本当なのかしら?確かに爆発はあったし、マホの姿は消えてたし、最後にグレイシスターが向かおうとした方向に、マホは倒れていたわ。けどネプギアは、マホの言う光を見た?爆発じゃなくて、狙撃自体を見た?グレイシスターが、マホを拐う姿を見た?」

「…ううん、見てないよ。それは全部、見てないけど…そうだって、思った」

 

 神妙な顔で、ユニちゃんは話す。わたしもそれに、肯定で返す。そしてユニちゃんの話は、核心へ。

 

「そう、そこよ。アタシ達は、マホの言葉と爆発で、狙撃だと思った。空に女神が、グレイシスターがいたから、狙撃手がグレイシスターだと思った。やり取りで確信を得て、結果として全て合っているような状況になった。でも、これって……」

「──全部状況証拠に過ぎない、って事?」

「…ネプギア、アンタ……」

「うん、わたしもそんな気がしてたよ。考えてみれば、マホちゃんとグレイシスターさんが両方いる瞬間なんて一度もなかったし…それにわたしは、直接戦ってもいるからね」

 

 わたしからの言葉に、目を見開くユニちゃん。分かっていたのか、そんな風にわたしを見るユニちゃんへ、わたしは肩を竦めながら更に返し…ユニちゃんは、嘆息。

 

「あぁ…確かに直接戦っていれば、感じるものもあるわよね…。…ならやっぱり、マホは…グレイシスターは……」

「かも、しれないね」

「…じゃあ、どうしてネプギアは止めなかった訳?アタシよりも確信…とまでは言わずとも、強く感じてるものがあったなら、止めたって……」

「大丈夫だよ、ユニちゃん。…マホちゃんは、大丈夫。わたしはそう信じてるし…信じられる」

 

 信じる。信じられる。不安を残したユニちゃんへ向けて、わたしはそう言い切った。言い切って、見つめた。それに、わたしに、ユニちゃんは見つめ返してきて…今度はユニちゃんの方が、肩を竦める。

 

「アンタ……まぁ、そういう事なら仕方ないわね。他でもない女神が、信じる事を、信じられるって感じた思いを否定してどうするんだって話だし」

「ふふっ、ありがとねユニちゃん。わたしの信じられるって思いを、信じてくれて」

 

 にこりとわたしが笑いかければ、ユニちゃんは照れ臭そうに顔を背けて、それから、「ほ、ほら。そろそろ戻らないと二人に不審がられるわよ」と言って先を行く。わたしもそれはそうだね、と言って後に続く。そして戻る中で、わたしが馳せるのはマホちゃんへの思い。

 

(…信じてるからね、マホちゃん。マホちゃんの事も…マホちゃんの旅の先に、ハッピーエンドがある事も)

 

 わたしは知らない。マホちゃんが行く旅の事も、その中にある困難も、これまでマホちゃんが経験してきた喜びや悲しみも。わたしが知っているのは、この数日間のマホちゃんだけ。マホちゃんの、一部だけ。

 それでもわたしは信じてる。それでもわたしは願っている。マホちゃんの未来を、マホちゃんの幸せを。だって、わたしは…友達、なんだから。

 

 

 

 

 扉を抜け、飛んだ先。本来私が行くべき…もう何度と訪れている、旅の出発点。

 

「……っ…」

 

 周りを確認し、今度こそちゃんと『戻れた』事を把握したところで…私は、倒れ込む。直後、旅の相棒に…シーリィに支えられて、近くの木陰に背中を預ける。

 

「──大丈夫ですか、()()()()()()()様」

 

 呼び掛けてくる、シーリィの声。それに私は…女神の姿に戻ったあーしは、頷く。

 

「…危ない、ところでした…シェアエナジーを得る為に、攻撃を誘ったとはいえ…もし最後に放たれたのが、シェアエナジーが一切込められていない、純粋な実体弾であったのなら…私の旅は、あそこで終わっていたかもしれません…」

 

 全身が、痛む。彼女…パープルシスターとの戦いで、加えて三人の連携攻撃で、時空を超える事に必要なシェアエナジーを集められたとはいえ…あまりにも、危険な賭けだった。分かり易い外傷が残り過ぎないように、気取られないように振る舞えた自分を褒めたい一方で、愚かな自分を叱責もしたい。

 あまりにも、私は四人を…信次元の女神候補生を、軽んじ過ぎていた。彼女達の歩みを、数多くの戦いと結末を思えば、その実力の高さは推して知るべきだというのに。

 

「まだマスターは危ない状態です。休息は必要不可欠であると判断します」

「はい、そうさせてもらいます…それにしても…幾らあれだけの実力を持っていたとはいえ、女神一人の攻撃でああもボロボロにされるとは…これも、対犯罪神の決定打にはなりませんね……」

 

 自分にのんびりしている時間はない。とはいえ今は満身創痍。今焦ってしまえば、それこそ無理して振る舞った意味がなくなるというもの。私はこれから時間を掛けて、

また積み重ねて…犯罪神に対抗しなければいけないのだから、焦りは禁物。

 防御ではなく、攻撃の吸収によるシェアエナジーの奪取ではなく、シェアエナジーでその身を構成する存在へ直接叩き付ける事によって、一気に無力化を図る。それで犯罪神のシェアエナジーを、犯罪神そのものを完全に消滅させられれば御の字、それが無理でも大きく弱体化させる事が出来れば、目的の達成にぐっと近付く…そう思って、ここまで私は研究と改良を続けてきた。

 けれど、結果はこのざま。シェアエナジーの確保手段としては有効でも、これでは切り札にはなり得ない。また、別の方法を探さなくてはいけない。

 

「…シーリィ、私達が信次元に迷い込んだ理由は……」

「昨晩通信でお伝えした通り、信次元が特異な次元であるからだと思われます。他の次元と接続し易くなっているが故に、少々便宜的な表現をするのなら、『引っかかってしまった』という事かと」

「引っかかった、ですか…けれどそれ故に、元から次元同士を隔絶する境界が他程強靭ではないからこそ、通常より少ない量のシェアエナジーで飛び直す事が出来たと思えば、不幸中の幸いとも言えますね…」

「いえ、そもそも引っかからなければこれまで通りに飛べていた筈ですし、不幸である事には変わらないと思います」

「…そんな事は、ありませんよ。確かにそれはその通りですが…引っかかり、迷い込んだからこそ、得られたもの…知る事が出来たものが、沢山ありますから」

 

 小さく肩を竦めて、言葉を返す。本当に、私は…あの次元で、多くの事を知り、得た。

 例えばそれは、マジェコンヌの事。違う次元における犯罪組織と同じ名前を持ち、同じように次元へ災厄をもたらしながらも、今は女神の仲間として、友として共に歩んでいる…同時に嘗ても女神の仲間であったらしい彼女の存在は、衝撃だった。けれど同時に、未来には多くの可能性が…良くも悪くも想像が付かない程の可能性が存在するのだと、私は知る事が出来た。

 例えばそれは、暗黒星くろめの事。もう一人の彼女、天王星うずめとは個人的な共感を…そして暗黒星くろめには、自分と似ているという思いを感じた。彼女もきっと、間違えて、間違えて、間違え続けて…けれどその果てに、旅を終える事が出来た。彼女にはきっと、もう戻らないものがある。悔やんでも悔やみ切れない後悔が、償っても償い切れない罪がある。それは全て、私にとっても同じ事で…だからこそ、希望を抱く事が出来た。ひょっとしたら彼女の旅は、私よりも余程過酷で、同じと考える事自体が烏滸がましいのかもしれない。それでも…どんなに絶望と後悔に塗れた道でも、その果てに光がある可能性はゼロではないと、そんな希望を私は得た。

 

(…それに何より…私はまた、皆と…。……あぁ、しまった…これじゃあ謝らず仕舞いだ…)

 

 私は幾つも嘘を吐いた。その内の一つには、彼女に…ネプギアに対するものがある。お礼と言ってソフトウェアを渡しつつ、調整と言いつつ、本当はNギアを中継点にする形で教会のデータにアクセスし、犯罪組織や犯罪神、それに皆からは聞けなかったあれこれを勝手に盗み見ていたのだから…そんな事をしながらも、皆の事を友達だと呼んだのだから、自分は身勝手も良いところだ。

……そうだ、本当に自分は身勝手だ。初めは戻る為に、その為に必要な情報とシェアエナジーを得る為に、幸運にも直接出会えた四人に協力を取り付けていただけの筈だったのに…気付けば、楽しんでいた。幸せを、感じていた。もう四人の友にはなれないと、その道はないものだと思っていたのに…私は友情を感じ、優しい四人に友情を向けられていた。…せめて、謝罪だけでもするべきだった。そうすれば…一つは、後悔が少ない状態でここに戻ってこられたというのに。

 

「……良かったのですか?」

「勿論です。幾つか予想外の事もあったとはいえ、こうして戻ってこられたのですから、成功は成功……」

「そうではありません。…全て投げ出して、諦めて、信次元で安息を得る事も、マスターは出来た筈です。違いますか?」

「それは……」

 

 一瞬、言葉に詰まる。無意識の内に、私は振り向き…見つめる。少しずつ消えていく、時空を超える扉を。

 安息…確かにそうだ。信次元ならば、自分は安息を得る事が出来る。そもそもの性質が違う以上、私が戦ってきた犯罪神と同じ事が、信次元で起こる事はまずあり得ない事に加え、仮に起こったとしても、信次元なら何とかなる…そんな気さえ、している。それにあそこには…今の私を友と呼んでくれる、四人もいる。探せば他にも…私にとって大切な人が、信次元にはいるかもしれない。そんな期待が、安寧が、信次元にはあり……まだ消え切ってはいない扉に飛び込むだけで、それは得られる。──旅を諦め、私が背負ってきたものを、咎を、全て投げ出してしまえば。……でも、

 

「……それは、出来ません。自分で引き起こしておきながら、自分で背負っておきながら、それを投げ捨てるなんて…そんな事が、許される訳がありませんから」

 

 言った後に、私はある事に気付いて、少しだけ自嘲の笑みを浮かべる。

 許されない。もう、引き返せない。…それも恐らく、暗黒星くろめも思っていた事。全く違う経緯、全く違う道を歩んでいるのに、こうも重なるなんてと感じ…それから、言い直す。これではいけない、こんな後ろ向きの理由じゃ…見送ってくれた四人に、会わせる顔がない。

 

「それに…私の旅は、安息を得られる今を探すものではなくて、未来を掴み取る為のものです。だから…信次元には、戻れません。…あーしは諦めないって、信次元のぎあちーに言っちゃったし、ね」

 

 胸に手を当て、言い直して…私は感じた。ほんの少しだけ、力が湧き上がるのを。進む為に必要な、勇気が芽生えるのを。

 不安がないと言ったら、嘘になる。投げ出したい、諦めたいって思う自分も、心のどこかにいる気がする。それでも私は、進み続ける。諦めずに、自分が定めた旅の果てに辿り着くまで、歩み続ける。それが、私の旅。マホとして、女神グレイシスターとして…これまで受け取ってきた思いに、応える道。

 

「…これまでより、これまでの旅よりも…少し、明るい顔をしていますね」

「そう、でしょうか。…そうかも、しれません。もしそうなのだとしたら、それはあの明るい皆に…明るい世界に、少しだけ影響を受けたから…かもしれませんね。…私は絶対に、どれだけ時間がかかろうとも、諦めません。…だから、これからも力を貸してくれますか?」

「勿論です。それが、グレイシスター様の望みなら」

 

 私は立ち上がる。まだ暫くは休むつもりだけど…その前に、立ち上がって手を伸ばす。

 この手で、多くのものを掴んできた。この手から、多くのものが零れ落ちた。何度も何度も、得ては落として、無くして…だけどまだ、掴める。それを皆が、教えてくれた。ここにはまだ、残っている。自分の意思も…大切な友達との、紡いだ思いも。

 

(頑張るからね、ぎあちー、皆。…あーしは必ず辿り着く。だから…もう少し待ってて、ぎあちー、あんりー、皆)

 

 掲げた手を、握る。私が掴む未来が、希望か絶望かなんて分からない。それでも進もう。それでも続けよう。いつかまた……皆で、笑えるように。




今回のパロディ解説

・「この距離なら〜〜でしょう…ッ!」、「く……っ!」
ガンダムビルドファイターズシリーズに登場するキャラの一人(二人)、グレコ・ローガンとニルス・ニールセンの台詞の一つのパロディ。台詞だけでは分かり辛い、ですね…。

・ハイパースポーツ
Extreme Heartsにおける、スポーツの一つの事。ネプギアが言っているのは、プレイヤーロボットの事ですね。シーリィはPロボよりずっと機械らしい見た目ですが。

・「〜〜ロボットである〜〜門番やってたり〜〜」
タイガーマスクWに登場するロボット、ブラックアウトの事。上記の通りシーリィは機械らしい見た目をしているので、ロボットである事を隠すのは無理がありますね。

・卍解
BLEACHにおける、死神の能力の一つの事。マホが卍解したら…どうなるか全然想像出来ませんね。何せ単なるネタですし。斬魄刀もありませんし。…神違いですし。




 今回の話で、原作シリーズの最新作(超次元ゲイムネプテューヌ Sisters VS Sisters)に纏わるストーリーは一旦終了となります。一旦、というのは現段階では…という事であり、追加のリクエストが来た場合は、続き…或いは別のストーリーとしてまた書く、かもしれません。ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
 そして次話は…久し振りに、私の書く話の中でもトップクラスで読者の方々に楽しんでもらえているか謎の話を掲載します。更に、近々コラボを予定しており、それに関わる活動報告を更新しましたので、お声掛けをした方々には、活動報告を見て頂けると助かります。


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第二十三話 パーティー大集合

 ホームパーティーというのをやってみたい。ある時私は、ふとそんな事を思った。単なる興味として、そういうのをやってみるのも面白そうだなぁ…と。

 ただでも、「ホームパーティーやりたくなったんだ、皆来て!」…と言える程の思い切りの良さは、私にはない。その思い切りの良さの良し悪しはともかく、そういう事は私は出来ない。

 なら、どうするか。それを少し考えたところで…ある事を、思い付いた。ホームパーティーとは別に、やりたいな…って思ってた事を。それを理由にすれば良いじゃないか、と。

 

「出来た、っと。ふぅ、思ったより手間取っちゃったけど、何とか間に合ったぁ…」

 

 作ったお菓子をテーブルに並べ、汗…はかいていないけど、袖で汗を拭うジェスチャーをして一息吐く。

 予定の時間にはまだ少し余裕があるとはいえ、いつ来るかは人それぞれ。時間ギリギリに来る人もいれば、結構早めに来る人もいる訳で、それを考えれば少し余裕がある、というのは微妙なライン。来てくれた時に「ごめんね、まだ準備中で…」となるのはホストとして恥ずかしいし、とにかく間に合って良かった。

 

「お待たせ、イリゼ。皆は…まだ来てないのね」

「あ、セイツ。うん、まだだよ。そろそろ誰か来るかもしれないけどね」

 

 ぐるりと見回し手落ちがない事を確認したところで、背後から私へと掛けられた声。それに、振り向きながらセイツの声に私は答えて…そこでまた、別の声が聞こえてくる。

 

「なら、あたし達が一番乗りみたいだね」

「ですね」

 

 セイツの後から現れたのは、二人。ファルコムと…ファルコム。第二期パーティー組のファルコムと、第一期パーティー組のファルコム。二人は一緒に来たみたいで…いつも思うけど、こうして一緒にいると、まるで二人は姉妹のよう。実際には姉妹じゃなくて、同一人物な訳だけど。

 

「いらっしゃい、二人共。…もしかして…」

「えぇ、教会の前で会ったのよ。それで、料理はこっちに置けば良いのかしら?」

「そうそうその辺りにお願いね」

「なら、あたしも置いておくね。…に、しても…イリゼさん、もしやお菓子は全部イリゼさんが?」

「あはは、流石にそれはないよ。確かに色々作ったけど、買ってきた物も多いし」

「って事は、イリゼが作ったのも一種類や二種類じゃないんだね」

 

 第一期のファルコムに笑いながら言葉を返せば、もう一人のファルコムからもお菓子について触れられる。やり取りをしつつ、三人は庭に並べてあるテーブル上へそれぞれ持ってきてくれた食べ物を置いてくれる。

 用意していたのは、ホームパーティーの準備。教会の敷地内の庭と、そこに面している一角を会場にして、テーブルと椅子を並べた。各々一品ずつ、何かしら持ってきてねと皆には伝えてあって、私はお菓子類を作ったり買ったりした。

 で、セイツは当然お客じゃないし、現在来ているのは二人。四人で始めるのもアレだし、もう少し集まるまでは雑談を、って事になって…少ししたところで、また会場に人がやってきた。

 

「お邪魔します、イリゼ様」

「まだ少し早いけど、もう始まっ…てはいないみたいね」

「ならば良かった。ヒーローは遅れてやってくるものだが、パーティーに遅れるのは普通に悲しいからな」

 

 初めに聞こえたのは挨拶の声で、そこに二人の言葉が続く。ゴッドイーターに、ニトロプラスに、ミリアサちゃん…次に来たのは第三期パーティーの三人で、第三期パーティーメンバーで揃って来たらしい。

 因みに、ミリアサちゃんの隣にはチーカマもいる。多分だけど、ゴッドイーターとニトロプラスも、アバどんと生肉を連れてきてるんじゃないかと思う。

 

「三人共、ようこそ。今日は楽しんでいって頂戴。…といっても、見ての通りまだ全員揃ってないし、予定の時間ももうちょっと先だから、わたし達はここまで雑談していたんだけどね」

「それもそれで良いんじゃないかしら。パーティーだって、要は食事しつつ色々会話をして過ごす訳でしょ?」

「それはそうだけど、そう言われると特別感が無くなるよニトロプラス……」

「うむ。ホームパーティーとはいえ、パーティーはパーティー。それに今回は愛らしい少女達…もとい、戦友達が集まるのだから、もう少し楽しみにしても良いと思うぞ」

「食事は…パーティーが始まってからですよね、当たり前ですよね……」

 

 今は私とセイツ含めて七人だから、人数的にはまぁパーティーを始めても良いと思う。けど、まだ予定の時間にはなってないし、先に始めちゃった場合、予定通りに来たのに開始に遅れた…って人が出てきてしまうかもしれない。それは良くないからって事で、私達は雑談を続け…段々と、人が集まってくる。

 

「わーっ、どれも美味しそう!ねぇねぇ、まだ食べちゃ駄目?摘み食いは何口までいい?」

「一口も駄目に決まってるにゅ。もうすぐ予定の時間なんだから、もう少し我慢しろにゅー」

「こうして集まるのは久し振りね。あぁでも、鉄拳とは少し前にも会ったわね。…確か、熊と一緒にいたような…」

「あ、うん。特訓に付き合ってもらってたんだー」

「熊と修行…?…って前のわたしなら思っただろうけど、喋る生肉とか、キュイキュイ鳴く謎の生物とかを知った今は割と受け入れられちゃうなぁ…」

「よく考えたら、どれもこれも凄く変わってるんだけど…慣れって、怖いね…」

 

 早く食べたいとばかりに目を輝かせるREDにブロッコリーが段々と突っ込み、最近会ったという話をケイブと鉄拳ちゃんが交わす。そのやり取りを聞いて、マベちゃんと5pb.が揃って苦笑し肩を竦める。

 わいわいと、あちらこちらで会話が交わされる。参加者は大方集まっていて、予定していた時間はもうすぐ。全然集まってないなら時間を過ぎても「もう少し待つ?」って言ってたところだけど、今はそうでもないし、時間になったら取り敢えず今いるメンバーで始めても良いかも。…そう思っていたところで、まだ来ていなかった最後の参加者が到着した。

 

「よっ、もう皆集まってるみたいだな」

「ギリギリ間に合ったみたいだね。恥をかかずに済んで良かったよ」

「はぁ、はぁ…ふ、二人共…息整うの、早くね……?」

 

 軽快に挨拶しながら歩いてくるうずめと、時間を確認するくろめ。そして明らかに息が上がった様子のウィード君。どうも三人は走ってきたみたいで…何というか、道中の三人のやり取りが想像出来る…間に合わないかも、と全力ダッシュするうずめに、呆れつつも普通に追い掛けるくろめに、女神との差でどんどん距離が開いていくウィード君、って感じになってたんだろうなぁとその光景が簡単に浮かぶ。

 

「あはは、お疲れ様ウィード君。取り敢えず何か飲む?」

「や、大丈夫…そうだイリゼ、これ…」

「っと、ありがとね」

 

 差し出されたウィード君からの一品を受け取り、うずめやくろめからも受け取って、テーブルに配置。それから私は一応ぐるりと見回して、今日の参加者が全員いる事を確認し…こほんと一つ咳払い。

 

「それじゃあ、全員集まったし始めさせてもらうね。えー、本日はお日柄も良く……」

「あ、そういう始まり方なんですね」

「ホームパーティーという割には、畏まった始まり方だな…それとも、これが神生オデッセフィア流という事か?」

「い、いや、神生オデッセフィア流とかじゃないんだけどね…でもほら、今日の為に予定を調整してくれた人もいるし、最初位はしっかりやった方が良いかな、って…」

「相変わらずいりっちは律儀だな。俺は勿論、皆も遊びに来た感覚かその延長だと思うし、緩く始めても良いと思うぜ?」

「オレは別に、しっかり始めてくれても構わないけどね。なんであれホストは君だ、やりたいようにすれば良いさ」

「二人共、助言ありがと…けど、もうこういう流れになった時点でどんな選択肢も取り辛かったり……」

 

 意外そうな顔をしたコネクトちゃんとMAGES.の声が聞こえ、更にうずめとくろめからそれぞれ方向性の違う事を言われて、早くも八方塞がりだよ…と私が軽く肩を落とすと、皆から笑いが零れる。いつもなら、ここで恥ずかしくなるのが私で…でも今回の、今の発言は、狙ってやったもの。笑ってもらえれば、と思って言ったもので、狙い通り笑ってくれたおかげで、私も少し気が楽になる。

 

「こほん、じゃあ改めて…今日は集まってくれて皆ありがとう。目的、って言う程の目的はないし、強いて言えばこういうパーティーをやってみたいな、って私が思っただけだから、今さっきうずめが言ったみたいに、遊びに来た感覚で楽しんでいってね」

「ほぅ、緩みを持たせつつも最初の挨拶はしっかりと行う、丁度良い塩梅を目指したか。その切り替えの速さは、流石女神──」

「流石はアタシの嫁候補だね!」

 

 言葉を途中で遮られたミリアサは不満そうにする…と思いきや、REDに対して深く首肯。趣味の合う二人は早くも楽しそうにしていて、その様子に私達は苦笑いをして…パーティー、開始。といってもプログラムがあるとかじゃないから、さっきまでしていた雑談を続けたり、並べた料理に手を出したりと、各々の気分で楽しみ始める。私も取り敢えず挨拶はちゃんと出来たから、それに満足をしてジュースを一口。

 

「ホームパーティー…って事だけど、規模的には結婚式とかそれなりに盛大な打ち上げと変わらない位だよね。女神様が主催なんだし、場所も教会なんだから、何も不思議じゃないけど…」

「人数としても、普通の一室で収まり切る訳ではないのだ。折角やるなら盛大に、という事なのだろう」

「この太巻き、もしかしてマベちゃんのですか?美味しそう…頂きますっ!」

「うん、わたしの特製太巻きだから、食べ応えもばっちり…って食べるの早っ!?太くて咥えるのが大変ってよく言われるわたしの太巻きを、難なく食べ進めるなんて……」

「ゴッドイーターって、かなりの大食いよね…。…う、確かにこれは美味しいけど咥え辛い……」

 

 私と同じように5pb.とMAGES.…親戚コンビがアイスティーを飲みつつ会話を交わし、マベちゃんに質問をしたゴッドイーターが、その回答を聞く前に特製太巻きを美味しそうに頬張る。ゴッドイーターがぱくぱく食べ進める一方、同じく手にしたニトロプラスは食べるのに苦労していて、普通はそうなるんだけどなぁ…とマベちゃんは苦笑い。見てたら私も食べたくなってきて、一つ貰って、口にした結果…やっぱりニトロプラスと同じような状況になった。見るからに大変そうだとは思ってたけど…まさか、少し恥ずかしいのを我慢して大口を開けても、それで漸くだなんて…うぅ、美味しいけどこれは顎が疲れちゃうよぉ…。

 

「お、フライドチキンか。やっぱパーティーって言ったら、こういう肉があってこそだよな」

「あってこそかどうかは分からないけど、肉は良いものだにゅ。ブロッコリーの持ってきた物だから、よく味わって食べるにゅー」

「何を持ってきたか、でも結構個性出るなぁ…そういえば、ミリアサさんは国王候補…なんでしたっけ?って事は、持ってきたのは何か高級そうなものだったり?」

「ふっ、聞いて驚けサイバーコネクトツーよ。わたしが持ってきたのは…チーカマだ!」

「ちょっと!?アーサーが持ってきたのは魚料理でしょ!?私の名前と絡めた変な冗談は止めてくれる!?」

 

 視線を移せば、うずめがブロッコリー持参のフライドチキンを食べ、ブロッコリーも一緒に食べる。ばばん、と効果音が鳴っていそうな言い方でミリアサは言い切り、違うからね!?…とチーカマが突っ込む。それに苦笑しながらコネクトちゃんはミリアサの持ってきた料理を食べて…後から聞いたけど、その魚料理は本当に割と高級なものなんだとか。コネクトちゃんの見立ては、当たっていたらしい。

 本当に、あちらこちらで色んな会話が聞こえてくる。何人か、ならともかく、有事でもない時にここまでの人数が一度に集まる事なんて滅多にない訳で…賑やかになった事、皆が和気藹々と話している事に、私はほっとした気持ちになる。

 

「…にしても、壮観だね。皆普通に話したり食べたりしてる訳だけど、ここにいる人は半分以上が別次元出身なんだから」

「わたしも長い間…眠っていた期間も含めれば神次元にいた時間の方が遥かに長いし、うずめやくろめ、ウィードも『現代の』信次元の女神や人間じゃないものね。…あれ?ファルコムって、二人共別次元から来た…訳じゃないんだっけ?」

「うん、『信次元のファルコム』はファルコムさんの方で、あたしは別次元出身だよ。因みにあたしや第一期パーティー組の皆は、神次元でも一緒に戦ってたんだけど、その時はセイツさんがいなかった…っていうか、名前も聞いた事なかったし、やっぱり違う神次元だったのかな…」

「同じ名前を冠する次元なのに、違う…というのも不思議なものだね。まあ、神次元は君の知る次元やせいっちのいた次元の他にもある訳だし、ふぁるっちの認識は間違いじゃないと思うよ」

 

 そんな事を考えていた私の耳に聞こえてきたのは、ここに集まった面子絡みの話。私はそのやり取りに参加していた訳じゃないけど…そっちを見て、ほんの少し頷く。

 私はホームパーティーを計画した。その理由の一つは、単純にやってみたいから、やったら楽しそうだからってものだったけど、それだけじゃなくて…私は皆に親睦を深めてほしいな、とも思っていた。その為の場を用意出来れば、と考えていて、ホームパーティーが丁度良いんじゃないかと思ったのもまた、理由の一つ。

 前の戦い、前の騒動では、これまでと状況が色々違っていたから、私やネプテューヌ達女神の皆はうずめ達とも、第三期パーティー組の皆とも交友を深める事が出来たけど、うずめ達やパーティーの皆はそうじゃない。友達の友達、仲間の仲間…直接の交流が薄ければどうしてもそういう関係性になっちゃう訳で、でも私としては、そういう関係に留まってしまうのは悲しい。お節介なのは重々承知だけど、そんな事しなくても全くの無関係じゃないんだから、交友を深めようと思っている人は自分から動くでしょう…っていうのもご尤もだとは思うけど、それでも一度交流出来る場を作りたいと思ったから、私は実施した。そしてその旨を伝えた上で、皆もこうして来てくれた訳だから、決して余計なお世話ではなかった…と、思いたい。

 

(でもやっぱり、私がそこまで気にする事でもなかったかな)

 

 やった事そのものは間違いじゃないと思うけど、今のところ皆、普通に話している。何かを切っ掛けに、これまで交流のなかった人同士が会話を…とかじゃなくて、ほんと普通に会話している。これは皆のコミュ力の成せる技か、話し易い雰囲気が出来ているからか、それとも私が知らないだけで、実はうずめ達や第三期パーティーの皆と第一期第二期パーティーの皆とは既に結構交流があったのか…何にせよ、よきかなよきかな…なんてね。

 

「けど、各国の女神が来られなかったのは残念ね。…どちらかというと、来られなかった彼女達の方が残念がってそうな気もするけど」

「えぇ、実際ネプテューヌやベール辺りはかなり残念がってたわよ、ケイブ。ここまでの人数が集まる事って、そうそうない訳だし」

「もしネプテューヌさん達も来ていたら、今よりもっともっと賑やかになってそうだよね〜」

「賑やかどころか、騒がしくて仕方ない環境になっていそうだにゅ」

 

 普段通りのほわっとした雰囲気で言った鉄拳ちゃんの発言に、これまた普段通りの遠慮ない物言いでブロッコリーが返して、私達は「確かに…」と苦笑い。パーティーなんだから多少騒がしくてもいいとは思うけど、もし女神の皆まで来てたら、終わった時に凄く楽しかったのと引き換えに、凄まじく疲れた…って状況になってたんじゃないかって気はしている。

 

「…ふぅ、やっと太巻き食べ終わった…一発目から食べ応えばっちりだった…さて、次は何食べようかな」

「イリゼ様、この塩焼きそば凄く美味しいですよっ!」

「いりっち、この餃子もかなり美味いぜ?」

「あはは、二人共よく食べるね。あ、因みにその餃子は、わたしの故郷、フコーカ名物をわたしなりに再現したものなんだ」

「名物…ふむ、確か5pb.は歌手だったな。であれば仕事柄、各地の名物や美味しいものに詳しかったりするのではないか?」

「え?…うー、ん…確かに各国を回ったりするけど、あんまりボクはそういうのに詳しくないっていうか……」

「そういう話なら、二人の方が詳しいんじゃない?だってほら、冒険家だし」

 

 各地を回るといえば冒険家、とマベちゃんが二人のファルコムの事を上げる。けれど結果から言うと、二人共そこまで詳しい訳じゃなかった。冒険の為に船に乗る度難破して旅先じゃ余裕がなくなるから、冒険の最中は美味しいもの巡りなんてほぼほぼやらないんだとか。…難波のジンクスは知ってたけど、ほんと壮絶過ぎる…どこぞの波紋使いさんとは逆に、使えるなら空路とか使った方が良いんじゃないかな…。

 と、内心苦笑いしていた私は、そこでふと気付く。皆各々楽しんでいる中で、一人皆を遠巻きに眺めている人がいる…と。

 

「ウィード君、パーティーって苦手?」

「うん?あぁいや、そういう訳じゃないよ」

 

 片手に飲み物を持って眺めていたウィード君は、まるでファン同士の集いに初めてきた人のよう。そんなウィード君が気になって声を掛けた私だけど、別に雰囲気が苦手とかじゃない様子。そこから私が、じゃあ何故、と視線で訊けば、ウィード君は少し目を逸らした後…言う。

 

「いや、ほら…男女比的に、ちょっと躊躇いが…な」

「あ、あー…」

 

 しまった、完全に失念していた。ウィード君の言葉で私は自分のミスを理解し、ごめんっ、と両手を合わせて謝る。すると今度はウィード君から「こっちこそ変な気使わせて悪い」と謝られ…お互い、苦笑い。

 それなら、躊躇っちゃうのも仕方ない。何せ今ここにいる十八人の内、男の子なのはウィード君一人なんだから。そして残念ながら、ここに彼以外の男性が来る予定もない。

 

「ま、まあでもほら、そんな気にする事でもないと思うよ?少なくとも皆は気にしないだろうし…」

「だとしても、これだけの人数でってなるとな…まぁ、思い返せば昔から周りには女子ばっかり…って状況は多かったが」

「昔、っていうと、うずめがプラネテューヌの守護女神だった頃かしら?」

 

 いつの間にか気付いていたのか、セイツも会話に入ってくる。昔に関してセイツが問えば、ウィード君は頷きで返す。

 

「昔の守護女神も、今とあんまり変わらなかったな…そりゃ性格とか趣味とかは違うが、あの頃のうずめ達も仲良かったし…騒がしかったな、滅茶苦茶」

「へぇ、って事はうずめ以外の女神とも知り合いだったのね。昔もそうで、今もそう。そして今は、逆紅一点…ふふふ、中々素敵な巡り合わせをしてるじゃない」

「す、素敵な巡り合わせって…」

「ちょ、セイツ…?」

 

 にやり、とからかうような表情と共にウィード君を指でつつくセイツ。まさかこんな返しをされるとは思ってなかった様子のウィード君は困惑し、私も困惑。そこからセイツは笑みを深め、更にウィード君をからかいにかかる。

 

「貴方だって男の子だもの、雰囲気的に入っていき辛いとは思いつつ、ちょっとこの状況を喜んでたりもするでしょ?」

「……ノーコメントで」

「の、ノーコメントなんだ…即否定はしないんだ…じゃなくて!セイツ、そういう反応に困る事言わないの!」

「反応に困るかどうかはウィード次第じゃない?それに、内心喜んでたとしてもわたしはそれを悪いだなんて思わないわよ?なんたって皆、綺麗だもの。皆もそうだし、勿論わたしやイリゼもねっ」

「きゃあっ!?も、もうっ!」

 

 横からいきなり抱き付かれ、思わず悲鳴を上げてしまう。こっちとしてはちょっぴり怒ってるんだけど、そんなのセイツはどこ吹く風。それどころか私の反応を楽しんでいるようで、見るからに機嫌が良さそう。そして、はっとしてウィード君の方を見れば、ウィード君は少し頬を赤くしていて…途端に湧いてくる恥ずかしさ。

 

「…なぁ、セイツ」

「何かしら?」

「貴方だって男の子だもの、って言うなら、そういうのは止めてくれ。…セイツの言う通り、一応俺も男だからな…」

「……っ!そう、それよ…見たかったのはその反応よっ、ウィードっ!」

 

 頬を掻き、そう言いながらウィード君は目を逸らす。私の声か、セイツが私に抱き付いた事か、それとも別の事なのかは分からない。けど、確かに今ウィード君は、男の子として動揺していて……次の瞬間、セイツのテンションは跳ね上がる。目を輝かせ、声にも喜色が満ちて、その嬉しさを示すように私を強く抱き締める。

 更にそこからセイツは私を離し、ウィード君の視線の先へ。その感情を逃しはしないわ、とばかりにぐいぐいと迫って、ウィード君は気圧され……

 

『何してやがるのかなぁ?せいっち』

『あ……』

 

──がしり、とセイツは掴まれた。左右から同時に、にこーっと笑った…明らかに怒りの滲んでいる笑みを浮かべたうずめとくろめに、背後から両肩を掴まれた。

 

「う、うずめ…くろめ…なんか二人共、お互いの口調が混ざり合ってるわよ…?」

「うん、今それはどうでもいい事だよね」

「誤魔化そうってなら、もうちょっとマシな言葉を選ぶんだな」

「いや、あの、そういう訳じゃなくて……」

 

 ゆっくりと左右を振り返り、二人の事を視認したセイツは、冷や汗を滲ませながら言う。その言葉は一蹴されて、完全に二人の雰囲気に飲まれる。

 そこで二人から、私へと向けられる視線。邪魔はするなよ?…という意図がばっちり込められたその視線に、私も若干気圧されながら頷いて返す。…ちょっと申し訳ない気持ちがないでもないけど…元から擁護する気はなかった。だって、セイツの自業自得だし…。

 

「…取り敢えず、一つだけいい…?」

 

 肩から手を離され、振り向いたセイツは、二人を見つめながら訊く。確実に動揺しながら…でもどこか真面目さも感じる面持ちで、眼差しを向ける。そしてそれを聞く姿勢を見せた二人に、セイツは……言った。

 

「二人の抱くその気持ち…乙女の恋と愛があるからこその思いは、とってもとっても…素敵だわっ!」

『素敵だわっ!…じゃねーしッ!』

「あぅッ!」

 

 謝るでも言い訳するでもなく、まさかのいつもの調子全開で「素敵だわっ!」と言い切るセイツ。予想外過ぎる…そして後から考えればそりゃそうだよね感あり過ぎる発言に私は呆気に取られ…言い切ったセイツはうずめとくろめに同時に思いっ切り引っ叩かれていた。フルパワーの突っ込みでしばかれていた。

 すぱーん!と振り抜かれたダブルアタックでセイツは沈む。しばいた二人はふんっ、と鼻を鳴らして…でも二人共、その顔は赤い。

 

「…え、っと…うちの姉が、ごめんね……」

「別に、いりっちのせいではないよ…全くせいっちは、おかしな事を言って……」

「あ、おかしな事扱いなんだ…」

「お、おかしな事だよおかしな事。少なくとも、こんな場で言う事じゃねーし…」

「それは、確かに…」

 

 まるで線対象の様に、お互い真逆の方向へ目を逸らしながら言う二人の…というかうずめの言葉に、私は納得。ただ、二人の言葉にも様子にも、「恋」や「愛」を否定する感じは一切なくて…そんな二人が、何だかちょっと可愛かった。言ったらセイツの二の舞になりそうだから、心の内に留めておくけど。

 で、私達がそんなやり取りをしている中、ウィード君はこっそりとこの場から離れようとしていて……捕まる。

 

「おいおい、まだ話は終わってねーぞ?」

「ウィード、オレはウィードを悪いとは言わないさ。けど、それはそれとして…色々話す必要があるよね?」

「お、おう……」

 

 二人に詰め寄られ、ウィード君はおずおずと首肯。さっきのセイツは完全に自業自得だけど、ウィード君はベストな反応をしていた…とは言えなくても、今度はくろめの言う通り、悪いと呼べるような反応をしていたとも思えない。だから、場合によってはフォローした方が、と私は思っていて……

 

「ほぅ、まさかこの場で色恋騒動を見る事になるとはな」

「三人は仲良いんだなぁとは思ってたけど、そういう事だったの?」

「そんな…二人共アタシの嫁になってくれるんじゃなかったの!?」

『え、えっ?』

 

……でも、どうやらその必要はないらしい。いつから、どの辺りから聞いていたのかは分からないけど、ここでのやり取りは皆が注目していて…あっという間に、うずめとくろめは皆に囲まれてしまった。

 ふっ、とMAGES.が笑い、マベちゃんが気になるなーとばかりに訊き、REDが二人を問い詰める。この展開に、うずめもくろめも目を白黒させる。

 

「そういえば、ネプテューヌさんが『時間と次元を超えた恋物語!』って言っていたような…」

「ぶ…ッ!?ね、ねぷっちそんな事言ってたのか!?」

「あ、ベール様も似たような事言ってた気がする…お三人のこれからが色んな意味で楽しみですわ〜、とかなんとか…」

「い、言っている姿が容易に想像出来る…と、取り敢えず君達が期待するような事は何も……」

「ないんですか?」

『……な、ない事はない…けど…』

 

 思い出すように言った第一期パーティー組ファルコムと5pb.の言葉…というか、ネプテューヌとベールを介して自分達関係性が伝わってるっぽい、或いは変な伝わり方をしてるっぽい事に対して、二人は動揺。そこからくろめは表情を整えつつ、追求を避けようとしていたけど…ゴッドイーターからのストレートな返しに、また頬を染めつつ目を逸らしてしまっていた。しかも今回は、ない事はないと…実質あると言っているような答えを、照れと恥ずかしさが混じったような反応と共に言ってしまっていた。

 さて、こんな状況でそんな反応をしたらどうなるか。女の子が集まっている場で、そんな可愛らしい反応を見せたら、どんな展開になるのか。そんなのは…言うまでもない。

 

「ふっ、こんな反応をされては訊くしかあるまい。訊く他あるまい!」

「わたしもちょっと気になってたり…具体的には、どういう関係性なの?」

「思い返せば、貴女達の事は皆の事以上に知らないわね。折角だし、色々訊いてみようかしら」

「こうなったらもう、話すまで終わらないにゅ。観念するにゅ〜」

 

 ぐっ、と拳を握ったミリアサの発言を皮切りに、鉄拳ちゃん、ニトロプラスと続く。たじろぐ二人にブロッコリーが駄目押しをし、興味に満ちた視線の集中砲火が二人を襲う。

 

「これはまた、予想外の盛り上がり方ね。こういうのもイリゼは想定してたの?」

「いやいやまさか…でも、これはこれでありかな。皆だって、節度なく根掘り葉掘り訊こうとまではしないと思うし」

「まあ、アルコールの入った場でもないしね。…にしても、二人が皆に囲まれているこの状況…変な親近感を抱くよ、はは…」

 

 でも、流石に全員が集まってる訳じゃなくて、ケイブと第二期パーティー組のファルコム…見た目も中身も大人な二人は、すっ…とその場からフェードアウトした私と共に、皆の事を遠巻きに眺める。

 次々と投げ掛けられる質問に対し、二人は誤魔化そうとしてる…んだろうけど、全然上手くいっていない。元々うずめは平然と嘘や誤魔化しを言うのが苦手だろうし、逆にくろめは得意なのかもしれないけど…質問された時点で顔を赤くするものだから、結局バレバレ。いやほんと、恋愛絡むと二人共可愛いぁ……あれ?そういえば、ウィード君は…?

 

「…あー…うん、不味いなこりゃ……」

「(え、な、泣きそうになってる…!?)うぃ、ウィード君…?どうかしたの…?」

 

 ぐるりと見回した私は、私達とは別の位置へ離れていたウィード君を発見し…何故か感極まってるっぽいウィード君に仰天。何事かと思って訊きに行けば、ウィード君は「すまん、大丈夫だ」と前置きをした上で、その理由を言ってくれる。

 

「…『うずめ』はさ、色々あってこういう、仲間や友達と何でもない雑談をする機会が減ってたんだよ。それ自体は、うずめ自身の責任もあったと思うが…それでもそんなうずめが、今は女神の皆だけじゃなく、女神じゃない仲間にも囲まれて、恋愛絡みの話で盛り上がっている…それが嬉しいんだよ。嬉しいし、ほっとするんだ」

「ウィード君……」

 

 そう語るウィード君の顔は、穏やかで、優しかった。私の、私達の知らない『守護女神だった頃のうずめ』を知っている、その時からの付き合いがあるウィード君だからこそ感じられるものが、そこにはあった。

 

「…因みに、そんなうずめとくろめが今、助けを求めるような目でこっちを見てるけど…いいの?」

「逆に訊くが、俺が何とか出来る状況だと思うか?」

「…ごめん、無理だよね…」

 

 確かにご尤もなウィード君の返しに、私は謝罪。けど、謝られたウィード君は、それはそれで何とも言えないって感じの表情。

 

「…皆は、一応は普通の人間なんだよな?」

「一応じゃなくて、ちゃんと普通の人間だよ?…あ、戦闘能力や経験が普通の域じゃないって意味なら、そうなんだけど…」

「…だよな。女神だけが強いんじゃない。人間の強さなんてたかが知れてる…なんて事はないんだよな、うん」

「……?」

 

 よく分からない事を言い出すウィード君。なんでそんな事を言い出したのか、どんな結論に至ったのか、どれもさっぱりだけど、ウィード君的には何か納得がいっているようで、さっきよりも表情は良い。そしてそんなウィード君に対して、セイツは「うん、良いわ。やっぱり前向きな感情は、応援したくなるもの」と、優しい笑みを浮かべていて……

 

「って、セイツいつの間に復活したの!?」

「一万年と二千年前かしら」

「そんな訳ないでしょ!?機械天翅の話はしてないよ!?」

「じゃあ、三十年前?」

「セイツは原初の精霊でもないよねぇ!?原初はむしろ私だよ!複製体だけど!」

「ところでイリゼ、『そもそもそれ等は復活とも違うよね?』っていう突っ込みは?」

「するタイミング測ってたの!そういう類いの突っ込みは何度かボケが重なった後じゃないとインパクトが出ないんだから!」

「…イリゼ、振ったのはわたしとはいえ、その発言はもう突っ込みじゃなくて突っ込みの体をしたボケよ……」

 

 いきなり復活してきたセイツに連続でボケられて、突っ込みを強いられた挙句、それはもう突っ込みじゃないとまで言われた。酷い…。……実際ボケみたいになってたのは否定出来ないけど…別に強いられた訳じゃないよね?…って言われたら、それも反論出来ないけど…。

 

「うぅ、酷い目に遭った…こんな、こんな質問責めにされるとは……」

「こんな方向からの辱めに遭うのなんて初めてだよ……」

 

 とまぁ、姉妹で変なやり取りをしていた少し後に、漸くうずめとくろめは解放された。いつも快活で活力に満ちているうずめも、余裕ある態度を崩さないくろめも、今はへろへろになっていて、如何に二人が恋愛絡みの話を苦手としているかがよく分かる姿だった。……自分が同じ立場なら、もっと上手く捌けたかと言うと…それは考えないでおこう、うん。

 

「二人共大変だったわね。疲労回復に甘いものでもどう?このシュークリーム、お店で買ったものだけどかなりお勧めよ?」

「こうなった元凶がよく言うよ…。…まあ、頂くけど……」

「全くだ……あ、でも美味いな」

 

 不満そうにしながらも、二人はセイツからシュークリームを受け取ってぱくり。続けてセイツからの紅茶も受け取り、椅子に座って小休憩。お菓子とお茶を渡したのは、セイツなりのお詫び…なのかもしれない。どっちもこの場にあるものを用意しただけだから、わざわざ…って程ではないけど。

 

「…にしても…意外と二人って、仲良いよね。いや、言い合ってる姿も見た事はあるけど、思ってた程しょっちゅうは衝突してないっていうか……」

「実際は結構衝突してるけどな。…けどまぁ、元々は一人の『うずめ』だった訳だし、相性自体は良い…んじゃないか?食事にしろ娯楽にしろ、好き嫌いは基本常に一致してるしさ」

 

 一見すれば正反対の二人。推測の域ではあるけど、正の部分が主体になったうずめと、負の部分が主体になったくろめ。そんな二人な訳だから、衝突は多いんだろうなぁと思ってたし、ウィード君曰くその通りっぽいけど…言われてみれば確かに、元を辿れば一つの存在だったんだから、相性が良いのは当然の話。元は一つだからこそ、同族嫌悪が起こる可能性もあるんだろうけど…今も普通に同じテーブルに付いている辺り、なんだかんだ大丈夫なのかもしれない。ウィード君の存在も踏まえてとはいえ、二人を揃って私の後任の特務監査官にした私達の判断も、これなら間違ってなかったんじゃないか…と、思う。

 

(こうしてみると、ちょっと双子っぽくもあるなぁ…)

 

 ロムちゃんラムちゃんみたいな仲良しではないけど、これはこれで双子のよう。というか、成り立ち的には、ロムちゃんラムちゃんよりも、私とオリゼの方が近いのかもしれない。

 そんな風に思いながら、また私も食べ始める。パーティーなんだから、皆と色んな話をするのも良いけど…皆がそれぞれ選んできたものを食べるのも、これまた楽しいものだからね。

 

 

 

 

 メインの料理を一通り食べ終えたところで、今度はデザート…スイーツの時間になった。基本は皆、お菓子系には全く手を付けていないか、食べても少しだけ…って感じだったから、主に私が作ったり買ったりしたものは大概残っていて、ホームパーティーはティータイムへと突入した。

 とはいえ、話す内容が変わったりとかは特にない。単にこれまでは主食やお肉なんかを食べていたところから、ケーキやフルーツ辺りに変わったってだけなんだから、変わる筈もない。

 

「ねーねーイリゼ、イリゼはどうしてお菓子作りをするようになったの?お菓子が好きだから?」

「それもあるとはいえばあるけど、一番の理由は…MAGES.とファルコムに誘われて出た、料理大会に出た事かなぁ」

「懐かしいな。勝つ気はあったが、あの時はまさか本当に優勝してしまうとは…」

「あれももう、結構前の話だよね。ほんと、あれからも色々あったなぁ」

 

 うんうん、と私とMAGES.は第一期パーティー組ファルコムの言葉に頷く。ほんと、あれから色々あったし…あそこで二人に誘われていなかったら、今の私はお菓子作りをしてなかった可能性があるし、お菓子作りをしていなければ、料理全体の腕も殆ど磨かれてなかったかもしれない。そして料理が出来なかったら、日々のちょっとした場面は勿論、別次元や特異な空間に飛ばされた時の出来事にも、多少なりとも影響を与えていた可能性が高い訳で…今の自分を、これまでの自分を語る上で欠かせない要素の一つが、あんな何気ない出来事から生まれたんだと思うと、少し不思議なようにも感じる。

 でも同時に、そんなものだよね、とも思う。例えばここにいる皆とだって、偶然出会った…偶々タイミングが合ったから出会えただけ、ってパターンも少なくない。もしかしたら別のタイミングで…それこそもっと早く出会っていた可能性もあるかもしれないけど、逆に出会えていない、出会えても仲良くはならなかったなんて事もあり得る。人生は偶然の連続、なんて言葉もあるし…重要なのは必然性や運命的な何かじゃなくて、どう出会うかじゃなくて、出会ってからの事だよね。

 

「へぇ、イリゼさんのお菓子作りはそれが切っ掛けだったんですね。もう結構長い付き合いなのに、全然知らなかったな…」

「わたしも今日初めて知ったよ〜。もしかして、他にも色々知らない事があるのかな?」

「人間そんなものよ。知っているつもりでも、全然知らない。むしろ、知らない事の方が多いんじゃないかしら」

「にとっちの言う通り、親しい相手であっても、案外知らないものだよ。知らないし、分かっているつもりでも、本当は全然分かっていなかった…なんて事も多い。人も、女神もね」

「くろめが言うと重みが違うわね…けど、それで良いじゃない。互いに相手の事を知り尽くしてたら、会話の機会は減るだろうし、全部相手の事を分かっていたら、相手と接する中で心が揺れる事も少なくなるわ。そんなの、あんまりにも寂しいじゃない」

「うん、そうだね。何かを知る事が、いつも喜びに繋がる訳じゃないけど…それでも新しい何かを知りたい、未知に触れたいって思いは活力に、原動力になるものだ。…なんて、冒険家の端くれとしてあたしは思うかな」

 

 親しい仲でも、長い付き合いでも、案外知らない事はある。それは自然な事で、知らない事ばかりで…でも、知らないから『知る』事が出来る。知りたいと思える。…何気ないやり取りから、そんな話が生まれた。これもまた、偶然の事で…ほんと、偶然は凄い。

 

「わたしもそれに同感だ。二人にあれこれ訊いた時は、それはもう楽しかったのだからな!」

「む、蒸し返すのは止めてくれよみりっち…てか、そういう話なら皆の事も、どうやって出会ったのかも教えてくれよ。一方的に訊くだけなんて、不公平だろ?」

「あ、私も聞いてみたいです。私は別次元から来たので、同じ別次元出身の人の話なんかは、特に」

「そういう事なら、私は貴女達三人に昔の話を聞いてみたいわね。昔の信次元やリーンボックスはどんな感じだったのか、それを当時の人に訊けるなんて普通はない事だし」

「俺はプラネテューヌに住んでたし、期待に応えられるような話が出来るかは怪しいが…って、それを言ったらうずめは全く答えられないんだよな…うん、代わりに頑張ろう」

 

 そうして話は各々訊きたい事、知りたい事を尋ねていく流れに移行。それは今回の狙いであった、皆に交流を深めてほしいというのにも合致するもので…いやほんと、偶然って凄いね…全く狙ってなかった角度から、狙いにばっちりな流れが生まれるなんて…。

 

「何かの会話でちょっと聞いたんだけど、ブロッコリーさんの次元ではブロッコリーさん位の身長が普通…なんだよね?」

「そうだにゅ。だからブロッコリーからすれば、5pb.や皆の方がやけに大きいって感じなんだにゅ」

「そういう次元ごとの違いを知るのも面白いよね。わたしは別次元の同業者の事を知りたいかな。…よく知られてる忍者がいたら、それはそれでどうかと思うけど…」

「あ、それなら別次元にいる忍者の友達とか、忍者じゃないけど忍者好き?…な友達の話とかしよっか?」

「食事の後にやる事として、ゲームも考えてたけど…まだ暫く、その必要はなさそうね」

 

 訊いて、訊かれて、話して、驚いて。目的抜きにも充実した、楽しい時間を私達は過ごす。やっぱり聞いた事全てがプラスって訳じゃなくて、「あ、これは訊かない方が良かったかも…」って話や、「は、反応に困る…」と苦笑してしまうような話もあったけど…それでも、知る事が出来るのは嬉しい。知る前より、ほんの少し仲が深まったように感じられるから。

 更に途中からは、屋内でゲーム大会も開催。流石に一度に全員でやる事は出来ないから、やっていない間は見て楽しみ、その中でも色んな話を皆と交わす。

 楽しい、ホームパーティーになった。大元を辿れば、これは思い付きで…その思い付きがこんな楽しい、実りある一日に繋がったんだから、何でもかんでもとは言わないけど、思い付いた事は、思い切ってやってみるのも良いものだ。そんな風に思う、私だった。




今回のパロディ解説

・どこぞの波紋使いさん
ジョジョの奇妙な冒険 戦闘潮流の主人公、ジョセフ・ジョースターの事。ファルコムは船のジンクス、ジョセフは飛行機のジンクス…なら飛行船的な物だと、どっちの場合でも大変な事になる…んですかね。

・「〜〜機械天翅〜〜」
アクエリオンシリーズに登場する人型ロボットの事。一万年と二千年前、といえばやはりこの作品を連想するかと思います。という訳で、直前の台詞も含めたパロディです。

・「〜〜原初の精霊〜〜」
デート・ア・ライブにおける重要な要素(単語)のパロディ。因みに原初の女神、と絡める関係でこの表現をしましたが、デートの作中では、始原の精霊と表現される事の方が多かった気もします。


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第二十四話 二つの次元の女神として

 イリゼが建国した国、神生オデッセフィア。その国の女神に、わたしはなった。…と表現するのは、少しだけ間違っている。だってわたしは神生オデッセフィアが出来たからその女神になったんじゃなくて、イリゼと一緒に、神生オデッセフィアを建国したんだから。

 つまり、わたしは守護女神であるイリゼと、神生オデッセフィアの女神歴においては全くの同じ。立場的には守護女神であるイリゼの方が上だけど、わたしは姉であり、女神候補生でもない訳だから、単純な上下関係にある訳でもない…というより、姉だし女神候補生でもないものだから、立場で言うと実はややこしい関係性になっていたりする。

 ただ、いつからその国の女神をしてるかとか、どういう立場なのかは、そこまで重要じゃない。不要でもないけど、それよりも大事なものがある。

 

「皆、今日は集まってくれてありがと。わざわざ時間を取ってくれた事、感謝するわ」

「全くだよー。わたしも忙しい中、他でもないセイツの為に何とか時間を捻出したんだから、大いに感謝してもらいたいものだね!」

「えぇ。イストワールにも感謝と謝罪を伝えておくわ。忙しいネプテューヌをわたしの都合に付き合わせちゃって悪いわね、って」

「ちょっ、止めてよセイツ〜。じょーだんに決まってるじゃんじょーだんに」

 

 分かった上で敢えて言ったわたしの言葉に、ネプテューヌは若干焦りつつ、けど慌てるって程ではない様子で冗談だと返す。

 ここは、プラネタワー居住エリアにある、リビングルーム。わたしが入ってきたのはついさっきで、今ここにいるのはわたしとネプテューヌだけじゃない。

 

「それもそれでどうなのよ…まぁ、そうだろうとは思ったけど」

「ここで気になるのは、何に対しての『冗談』なのかですわね。忙しい事自体が冗談なのか、それとも遊ぶ事に忙しいのを、まるで仕事で忙しいかのように言った事なのか…」

「どっちでも良さそうなところを気にするのね…ふぅ」

 

 半眼でネプテューヌを見やるノワールに、掘り下げても意味のなさそうな事へ思考を巡らせるベールに、その発言へ軽く反応した後、読んでいた本を閉じるブラン。プラネテューヌに今、イリゼ以外の守護女神四人が揃っていて…今日は四人に、わたしから頼んで集まってもらった。

 

「ネプテューヌの事はともかく、集まったんだから早速本題に入りましょ。今回は、結構真面目に話をしたい…っていうか、訊きたいんでしょ?」

「そうね。じゃあ…こほん。わたしはここ最近で、各国を見て回ったわ。色んな人を、施設を、景色を見せてもらったし、楽しませてもらった」

「それなら良かったわ。まあ、短期的な訪問でどこまでルウィーの事を知ってもらえたかは分からないけど」

「むしろ、短期的な訪問で全てを知る事が出来る範囲などたかが知れているからこそ、こうしてわたくし達を呼んだのではなくて?」

「うん、そういう事。ほんとはちゃんと、もっと時間を掛けて知りたいし、これからとちょっとずつ理解を深めていこうとは思うけど…女神としては、それまで待っててね、とは言えないもの」

 

 正にその通りの推測をしたベールに頷き、わたしは皆に意図を、目的を伝える。

 わたしは神生オデッセフィアの女神の一人。建国から神生オデッセフィアに関わっている女神。それはイリゼと全く同じで…でもイリゼと違って、わたしは信次元の知識に薄い。神生オデッセフィアの事は分かっていても、他の国の事は…信次元の事は、まだまだ全然、知っていない。そして神生オデッセフィアは信次元に存在する国な以上、神生オデッセフィアが関わるのも、神生オデッセフィアに移住してくる人達も、皆信次元の存在なんだから…その国の女神が、信次元の事はよく分かりませんなんて通用しない。

 だから各国を回った。そこでまず、直接見て、感じて…次は、皆に訊く。各国の女神である…国の長であり、象徴であり、国民と国を愛する皆から訊く事で、理解を深めようと思っている。

 

「じゃあ、誰から話す?それか、セイツはどの国の事から知りたい?」

「どこから、って言われると困るわね…うーん、どうしようかしら…」

「困るならいっそ、四人同士に言ってみる?」

「なんで下着をあんまり履かない主義の人じゃないと出来ない事試そうとするのよ…」

「あ、そっちの方出すんですのね…パロディのパロディみたいになってますわよ…?」

 

 それは無理だから、出来ても無駄な難易度上昇だから…とわたしは拒否。因みにプラネテューヌに集まったのは、元々わたしが各国を訪問する予定で、そのつもりで話を進めていて、でもプラネテューヌに訪れる日付を決めたところで、「いや、むしろわたし達が集まった方が一回で済むんじゃないの?」とネプテューヌが言った結果。一回で済むならわたしとしても助かる反面、こっちからのお願いなのに三人に来てもらうっていうのは気が引ける面もあったんだけど…割と皆すんなり了承してくれた辺り、これを理由に皆で集まって雑談したりゲームしたりしたかったのかもしれないわね。

 

「誰からにする?って話で時間費やすのも無駄だし、誰でも良いならわたしから話すわ」

「えー、そういう事ならわたしが一番最初が良いなー。ほら、やっぱスタートといえばわたしでしょ?」

「でしょ?って言われても…。…まぁ構わないわ。わたしも別に、最初に話したかった訳ではないし」

「それじゃあ、最初はネプテューヌから…プラネテューヌからでいい?」

 

 見回すようにわたしが訊けば、ブランは勿論、ノワールやベールもわたしに頷く。最初はプラネテューヌの話からって事に決まる。

 自分の国の事、国を知ってもらう事だからか、「どんとこーい!」とか言ってるネプテューヌだけど、瞳からはほんのりと真面目さも感じる。そんなネプテューヌの方を向いて佇まいを正し…わたしはまず、語る。プラネテューヌの国民は、仕事にしろ趣味にしろ日課にしろ、それぞれ志し…って程ではないにしろ、意欲的に行っている人が多く感じた事を。そのおかげか、他国には無いような売り物や行事、活動なんかをよく見ると。それは凄いし、型に囚われないネプテューヌと、機械方面では色々作ったり改造したりしてる…創り出す活動を積極的にしてるネプギアが女神だからこその部分も、あるんじゃないかと。だけど一方で、前衛的というか独創的過ぎて、あまり売れてなかったり盛り上がってなかったりするようなものも、少なからずあったと。そんな風に、わたしが感じてきた事を語って、ネプテューヌに問う。わたしが見てきた、感じてきたプラネテューヌの話を聞いて、どう思ったかを。ネプテューヌから見たプラネテューヌは、どうなのかを。

 

「んー、そうだねぇ…まあ初めに言っちゃうと、プラネテューヌの皆の…気質?…は、わたしとネプギアが女神だから〜って事じゃなくて、元々っていうか、長い歴史の中でちょっとずつそうなっていったものだと思うな。幾らわたしがエクセレントでエキセントリックな女神でも、流石に一代で全体の在り方を変えられる訳ないっていうか…それにわたし、記憶喪失だからね!記憶を失う前のわたしも大体こんな感じだったんだろうけど、一代で変えちゃうような女神だったら、記憶喪失による影響も大きいと思うけど、実際にはそんな事ないでしょ?」

「確かにそうね。プラネテューヌに限らず、ラステイションも、リーンボックスやルウィーも同じだと思うわ。国民性っていうのは、ほんと積み重ねで培われていくものだし」

「国民性が女神の代替わり毎に変わるというのもどうかと思いますしね。…ところでネプテューヌ、エクセレントは良いにしても、エキセントリックは褒め言葉ではありませんわよ?」

「エキセントリックは語感だけで選んだんでしょうね。ネプテューヌにぴったりな言葉ではあるけど」

 

 新しいもの、新しい事に意欲的なのは、自分が女神だからじゃない。少なくとも、自分とネプギアだけでそう導いた訳じゃないと、少し冗談を交えながらもネプテューヌは言った。それにノワールとベールも同意をした。でもって、ブランの「ネプテューヌにぴったり」って言葉には、皆で揃って頷いた。…って、それは別にどうでもいい事ね。

 

「違ったんだ…まあいいや。それでだけど、わたしはそんな皆の事を、応援したい…って思ってるかな。正直セイツの言う通り、わたしも『えぇ…?幾ら何でもそれは売れないでしょ…趣味に走り過ぎだって…』って思うようなものは時々見るけど、やっぱり挑戦しなきゃ楽しくないでしょ?楽しくないし、挑戦しないで無難な事ばっかりしてたら、こう、小さく纏まっちゃうっていうか、大きく高く進む事は出来ないっていうか…やるんだったら全力投球でやる方が、楽しくない事を意識してやるより満足出来る…そうじゃない?」

 

 軽い調子で、でも真面目にネプテューヌは続ける。楽観的で、安直で…でも、踏み出す勇気を、挑戦への意欲を与えてくれるような言葉を、思いを。

 良い悪いじゃない。正解や間違いなんて言葉じゃ括れない。結果ですら、判断材料の一つでしかなくて…究極的には、信じられるかどうかになる。そういう考え方、在り方を持つ女神を、ネプテューヌを信じられるかどうか。そしてそれは、他の国や女神だって同じ。

 

「ありがと、ネプテューヌ。今の言葉だけでも、話す価値が十分にあったわ。何も全力投球スタイルとその結果生まれたものを全肯定してる訳じゃないっていうのも分かったし…ここからは、質問いい?」

「いいよぉ!」

「あ、読者の皆様。今ネプテューヌは某人造人間のパロディをしたのですわ」

「ぱ、パロディ解説が作中内に入ってきた…」

 

 思わぬ方向からの言及にびっくりするわたし。まぁこれは活字のみの媒体だと、ネタ発言だって事が全く分からない類いだけど…。

 ともかく、そこからわたしはネプテューヌへと質問していく。気になる事、よく分からなかった事、確かめたかった事。女神としての視点と、個人としての視点、両方から質問をし、一つ一つ答えてもらった。当然ネプテューヌだって国中のありとあらゆる事を把握してる訳じゃないし、だから全ての問いに答えを得られた訳じゃないけど、こっちもこっちで価値のある答えを幾つも聞けた。

 

「はふぅ…セイツ、まだ質問ある?今なら流れでOriginsシリーズ初公開の情報を零しちゃってもいいよ?」

「どんな情報よ、それ」

「んーと…次回作のラスボス?」

『ネタバレ!?』

 

 さっきはびっくりしたわたしと、呆れ笑いをするノワールとブラン…って形だったけど、今度のネプテューヌの発言には、この場にいる全員がびっくり。…言わないわよ?言わせないわよ…?

 

「こ、こほん。さっきも言ったけど、もう一回言うわね。ネプテューヌ、貴重な話をありがと」

「ふふん、自分の国の事を知ってもらえるのは嬉しいからね。また気になる事があったら、いつでも話すよ!」

「えぇ、その時はまたお願いするわ。…って訳で、次の話に移りたいんだけど……」

「次、私でも良いかしら?ここまでのやり取りを聞いてたら、私もラステイションの事を色々教えてあげたくなってきたわ」

 

 次は私が、とノワールが言う。ベールもブランもそれで構わない、と答えて、わたしはネプテューヌの時と同じように、まずはラステイションを回って感じた事を話していく。一頻り話した後は、質問をノワールにしていった。

 ラステイションは、勤勉というか、実直な人が多いように感じた。経済に関してはプラネテューヌとは対照的に、個性よりも実用性、新機能より信頼性や堅実さを重んじている感じで…けど別に、挑戦をしてないって訳じゃない。着地に失敗して怪我する事もあるけど、ジャンプして大きく進もうとするのがプラネテューヌで、一歩一歩着実に、地面を踏み締めながら歩いていくのがラステイション…そんな風に、私は感じた。

 その後は、リーンボックスの話に移った。リーンボックスは建築様式にも表れている通り、品性を大切にしている人が多くて、同時に柔軟な思考や立ち回りが得意なように思った。自分の国やしている事に誇りを持ってはいるけど、拘ったりはしない。他国や周りで良いと感じたものがあれば、積極的にそれを参考にし、時には自分の技術、或いは別々の技術同士を組み合わせて新しいものを作る…そんな姿が見て取れた。そしてルウィーは得意とする技術が魔法なだけあって、個人個人で色々出来るだけあって、自分を磨き、高めようという意識が強いように感じられた。それと共に、高い理想を持って活動している人が多いように思った。それも恐らく、魔法技術が根幹にあるから。夢見る、という言葉は、科学技術よりも一人一人の思いが成功に、新たな発明に繋がり易い…だからこそ自分を信じ、高めていこうという国の在り方を示すのにぴったりだ。そんな風に、わたしは感じた。

 

「……え!?ラステイションパートは地の文で終わりなの!?プラネテューヌは会話でもしっかりやったのに!?」

「の、ノワール…?え、急にどうしたの…?」

「い、いやだって…まさかこんなさらっと…ではないけど、リーンボックスやルウィーと纏めて一気に、なんて形になるとは思ってなかったし…」

 

 普段はここにいる四人の中で一番まともなノワールらしからぬ、突飛な発言。それにわたしが困惑すれば、ノワールは食い下がるようにして言う。

 

「えーっと…なんか、ごめんね?」

「う…謝られるのは違うっていうか、そうなると今度はこっちが申し訳なくなってくるというか……」

「諦めなさい、ノワール。会話の中身は違うとはいえ、一話の中で後三回も似たような会話をするのは…っていう、現実的な都合よ、きっと」

「むしろわたくしやブランと違って導入部分だけでも描写された分、まだ良い方だと思いますわよ?」

 

 いまいち納得していない、自分の中で飲み込み切れていないといった様子のノワールだったけど、ブランとベールの淡々とした意見を聞くと、複雑そうな顔をした後、「それは、そうね…」と納得した。

 でもその結果、今度は何とも言えない雰囲気に。…一応伝えておくけど、実際にはちゃんと話したし、質問もしたわよ?ただちょっと、地の文のみで終わっただけで…。

 

「こ、こほんっ。皆のおかげで、四ヶ国の事をこれまでより知る事が出来たわ。出来たし、理解が深まったし……」

『深まったし?』

「…また、行きたくなったわ。皆が良いところ、誇りにしてるところを教えてくれたのもそうだけど…語ってる時の皆、凄く良い顔してたもの。語ってる皆の感情は、煌めいてたもの」

 

 仕切り直す為に一つ咳払いをして、わたしは皆に言う。また行ってみたいと。皆が自慢に思ってる国を、その視点でもう一度見て回りたいと。そして、わたしからの返答を聞いた四人は、顔を見合わせ後にそれぞれの笑みを浮かべていた。

 

「…あれ?セイツ、珍しくテンション上がってないんだね」

「え?あぁ、わたしだってそういう気分の時はあるわよ。ネプテューヌも、『ひゃっほうプリンだ!』…ってシンプルに喜びたい時もあれば、『プリンがある…プリンがあるんだ…!』…って噛み締めるように喜びたい時もあるでしょ?」

「プリンを噛み締めるように喜ぶって…どこぞのグルメな貿易商みたいね…」

「けど、言いたい事は分かるわ。というか、わたしとしてはいつもその位のテンションでいてくれた方が騒がしくなくて良いんだけど…」

「それは無理ってものよ。次元は感情に溢れてるんだもの」

 

 それは出来ない話だ、とわたしは即答。だってほんとに無理だもの。気を張っていれば心の中で生まれた喜びやときめきを心の中に留めておく事も出来るけど、四六時中気を張り続けるのは女神だって疲れちゃうし。

 

(にしても、ほんと自然に話せるわよね)

 

 まあ、でしょうね…とわたしの反応に辟易気味の表情を皆が浮かべる中、わたしはここにいる四人と、ここにはいない四人…神次元で出会った皆へそれぞれに思いを馳せる。

 信次元の四人と、神次元の四人…っていうと語弊があるわね。わたしの知ってる神次元のネプテューヌは、神次元に『来た』ネプテューヌだし。…こほん。ともかくそれぞれの四人は、当然同一人物ではあっても、同じ人じゃない。存在としては同じでも、経歴や経験、周りとの関係性は違う訳で…要は、人間関係の面でいえば両者は普通に別人だって事。けどわたしは信次元の皆とも神次元と同じように話せるし、何なら神次元の皆と信次元に来たような感覚を抱く時もある。…でも……

 

「っていうか、わたしが静かだとそれはそれで『え、ちょっと大丈夫…?』って反応するじゃない。するっていうか、したじゃない」

「…そうだっけ?記憶にないんだけど……」

「ほら、前に皆で…って、あ……」

 

 怪訝な顔をするブランに、忘れたの?…とわたしは返そうとし…気付いた。わたしが言おうとしたのは、記憶にあったのは、神次元での出来事だと。信次元の皆は知る訳がない、記憶にある筈もない、神次元の皆とのやり取りだったと。

 皆とは自然に、別次元の存在だなんて殆ど感じる事なく話せる。けど、だからこそこういう勘違いが、思い違いが起きたりもする。大概は「あれ?これは…そうだ、こっちでの話じゃなかったわね」とすぐに気付くけど、偶に…他の事も一緒に考えてたりすると、気付くのが遅れてしまう。思い違いをしちゃいけないなんて事はないけど…こういう事は、実際問題稀に起こる。

 

「そ、それはともかく、この際だからもう一つだけ訊いていい?これは女神云々じゃなくて、もっと個人的な質問なんだけど…」

「構いませんわよ。勿論、答えられる質問ならですけども」

「えー、なになに?ベールってば答えられないような事でもあるのー?」

「あら、ディープ且つマニアック過ぎて同好の士以外ならドン引きするような、BLの話をしても宜しいんですの?」

「お、おおぅ…確かにそれは答えられないっていうか、遠慮願いたいね…」

「いやそもそも、セイツはそんな回答を求めるような質問をしないでしょ。…え、しないわよね?」

 

 まさか…とこっちを見てくるノワールに、違う違うと手を振って否定する。そもそもわたし、一言もそんな事言ってないじゃない…。

 

「あー、いいかしら?」

「失礼しましたわ。どうぞ、セイツ」

「じゃあ…イリゼの事を、教えて頂戴」

『イリゼの事?』

「そう、イリゼの事。厳密には、イリゼの情報じゃなくて、皆から見たイリゼの事…かしらね」

「ああ…個人的な、っていうのは、そういう事なのね」

 

 察した様子のブランに、頷いて返す。ここまでは女神として、信次元と神生オデッセフィアの女神である為に必要な事として訊いてきた。でもイリゼの事は、そうじゃない。あくまで姉として、家族として聞きたいだけ。皆が…イリゼの友達が、イリゼをどう思っているのかを。

 

「んー…イリゼの事かぁ。イリゼっていえば、やっぱ頑張り屋さん…っていうか、普段から色んな事に一生懸命だよね」

「そうね。良く言えば些細な事でも手を抜かない、悪く言えば不要なところにも無駄な労力を払う、ってところだけど…好感は持ってるわよ。友達としても、同じ女神としてもね」

「けど、真っ正直…という訳でもないんですのよね。ああ見えて割と強かというか、戦闘スタイルにも表れてますけど、結構相手に揺さ振りを仕掛ける事が多い気がしますわ」

「それ含めて、手抜きなしって事かしらね。…特に突っ込みなんて、毎回頑張り過ぎて逆にそういう芸みたいになってるし…」

『あー』

 

 あるある、とブランの発言に三人が頷いて、そんな風に見られてるのね…とわたしは苦笑い。そこから更にわたしは訊いて、四人はそれに答えてくれる。

 優しい、真面目、温厚…そんな大事だけどありふれた話から、昔に比べると今のイリゼは色々大胆だとか、割と「妹っぽいなぁ」と感じる場面はあるだとか、初めて体験する事柄の時は結構はしゃぐタイプだとか、しっかりしてるようでしっかりしてないという評価は、今も昔も変わらないだとか、良い事から悪い事まで、皆はイリゼの事を沢山話してくれた。それはつまり、それだけ皆がイリゼを知ってるって事、イリゼは皆に知ってもらえてるって事。姉として凄く嬉しい事で…けどよく考えたら、姉であるわたしよりも、皆の方がイリゼとの付き合いは長い。何ならわたしより、皆の方が知っているかもしれない。そう思うと、少し複雑な気持ちもあって…わたしももっと、イリゼを知りたくなる。きっとイリゼにはまだ、わたしの知らない一面が沢山ある筈だから。

 

「そっか…うんうん、そっか…なんか、感無量だわ…イリゼが皆と友達として親しくやれてるってのに感無量だし…イリゼに向ける皆の感情も、今たっぷりと感じられたし!そういう意味でも嬉しいわっ!」

「あぁ、今度はテンション上がったのね…まぁ話の内容的に、いつそうなってもおかしくないとは思ってたけど…」

「感情云々はともかく、満足してもらえたのなら良かったわ。妹の友達が、妹をどう思っているか…それが気になる気持ちは、わたしも分かるもの」

「思い返せば、妹…ではないにしろ、前はわたくしとイリゼで組む事も多かったですわ。しかしそんなイリゼも、今は守護女神…感慨深いものですわね」

「あのイリゼが遂に、って感じだよねぇ。…あ、そうだ。イリゼの話って事だし、もう一個いいかな?」

 

 思い出したように言うネプテューヌ。こくりとわたしが頷いて返せば、柔らかいけど真面目な顔をしたネプテューヌは、言葉を続ける。

 

「イリゼはさ、守護女神になったんだからっていう責任感が気負いになっちゃってるのか、イリゼの理想とか目指してる先が高過ぎるのか、前の戦いの最後に起きた奇跡の…んーと、トリガーを引いたって言えばいいのかな?…のが自分だって自負があるのか分からないけど、ちょっとこう、危ういっていうか…暴走しちゃいそうな気がするんだよね。だからセイツには、お姉ちゃんとして暴走しないよう見ててあげてほしいんだ」

「暴走…?…いや、まぁ、さっきも出てきたイリゼの全力投球スタイルを思えば、それも分からなくはないけど…危うい、かしら…」

「危ういわよ。まあ、危なっかしいのはネプテューヌもだし、その危なっかしさはイリゼもネプテューヌも前からなんだけどね。けど、ネプテューヌが言ってるのは、そういうのとは少し違う筈よ」

「姉だからこそ気付かない、気付けないのかもしれませんわね。…もしかすると、まだわたくし達が知らないだけで、その危うさは貴女にもあるのかもしれませんわ」

「イリゼのオリジナルであり、創造主でもあるオリゼが危うさの塊だから、イリゼにも危うさを感じてる…って部分もあるかもしれないわ。…それを言うと、同じくオリゼから創り出されたセイツもやっぱり危うさがあるんじゃ…って話になるけど」

 

 それぞれが言う、イリゼの…そしてわたしにもあるかもしれない危うさ。これまで全くそんなものを感じてこなかったわたしとしては、寝耳に水で……正直、なんて返せばいいか分からなかった。いきなりって事もあるし、それに……

 

「…わたしも危ういんだとしたら、わたしにこの話をするのは違うんじゃない…?ちゃんと自覚して、気を付けてね、って事なら分かるけど……」

「言われてみれば、確かにそうね…イストワールに言った方がいいかしら…」

「ですわね。その辺り、イストワールなら長女としてしっかり見てくれそうな気もしますし」

「イストワールも創造主は同じ…っていっても、女神じゃないし、長年プラネテューヌの教祖として歴史を見てきた実績があるし、任せるんだったら彼女が一番だと思うわ」

「じゃあ、この件はいーすんにって事で決定かな?ごめんねセイツ、今の話やっぱりなしで!」

「え、えぇー……」

 

 速攻で、しかもあり得ない流れで梯子を外されて、もう困惑する事しか出来ないわたし。え、わたしこれ、おちょくられてるの…?

 

(…でも、そういうのはイストワールの方が、って考え自体は納得出来るのが複雑過ぎる……)

 

 反論出来るならまだしも、内心「それは確かに」と思えてしまうものだから、余計に居た堪れない。うぅ、なんだか涙が出そうな気分だわ…。…出ないけど……。

 

「ずーん……」

「あぁ、悪かったわねセイツ。でも、心配…というか、気にかけてほしいのは事実よ。尤も、自分達にそういう部分は一切ない、危うさ皆無って言い切れるかと言われたら、そこは微妙なところだけどね」

「そこで『言い切れない』じゃなくて、『微妙』って言う辺り、ほんとノワールは変わらないわね…」

「…まあ、分かってはいるわ。皆が友達として、イリゼを心から思っている事は、ここまででよく伝わってきたし」

 

 落ち込んでても仕方がない、とわたしは気持ちを切り替える。変な流れにはなったけど、皆がイリゼの事を思ってくれているのは間違いないし、妹が危ない事をしていたら、それを正すのが姉の使命。だったらあんまり期待されてなかったとしても、気にかけてあげるべきよね。いや…べきっていうか、気にかけるに決まってるわ。

 

「ふぅ。皆のおかげで、貴重な時間が過ごせたわ。って訳で、これお礼のお菓子よ」

「あ、もしかしてイリゼの手作り…じゃないね。どう見てもこれ、お店の包装だもんね」

「いや、流石に自分のお礼の用事をイリゼに作ってもらったりはしないわよ…」

「ふふ、ではこれを食べながらお茶と致しましょうか。ネプテューヌ、紅茶を淹れても宜しくて?茶葉なら持ってきましたわ」

 

 勿論!とネプテューヌの返しを受けたベールは、早速お茶を淹れにいく。持ってきたお菓子は紅茶と合わせる事なんて特に考えてなかったけど、ベールの方がそれに合う物を選んでくれたみたいで、そこからわたし達は楽しくお茶を…雑談やゲームを楽しんだ。

 でも、皆より一足先にわたしはこの場を後にした。それは別に楽しめなかったとかじゃなくて、元々もう一つ用事があったから。その為に、わたしはリビングルームから出て、でもプラネタワーから出る事はなく…イストワールの下に向かった。イストワールの力を借りて、神次元へと行く為に。

 

 

 

 

 何度も回数を重ねてきたとはいえ、向こうにもイストワールがいて、互いに協力し合えるとはいえ、次元同士を繋げるのは容易な事じゃない。だから定期的に行き来してはいるけど、次元間通信で済む時は極力そうしてるし、用事がある場合も、急を要する訳じゃなければ次に行く時まで待ってもらっていたりする。

 でも、今日は違う。今日あるのは、わたしがいなきゃいけない事でもなければ、通信じゃ済ませられない事でもないけど…ちゃんと自分の目で、確認したい事があったから。

 

「ほえ〜、そんなお話をしてたんだ〜」

「こっちでわたしが目覚めて、現代の事を色々訊いた時もそうだったけど、やっぱりそれぞれの国の話を聞くのは面白いわ。その話を介して、女神の事も…皆の事も知れるしね」

「で、話の途中でいつものように変態的な事を言ってた、と」

「そうそう内なる思いを抑え切れずに…って、そういう決め付けは酷くない!?」

「でも、言ったんでしょ?」

「っていうか、今認めてたよね〜」

「そ、それはノリ突っ込みっていうか…うぅ、言ったには言ったけど、変態扱いはしないでよ…」

 

 ピーシェから速攻返され、プルルートに退路も塞がれ、ダメージを負いながらわたしは認める。なんでいつも変態扱いするのよ…わたしは好きなものを好きなだけ好きと言ってるだけなのに…。

 

「ぴーしぇちゃんは、せいつちゃんに心を許してるから、変態〜って言葉もさらっと言っちゃうんだよね〜?」

「うぐっ…べ、別にぴぃは、そんな事……」

「えー、あたしはせいつちゃんの事、好きだし信頼もしてるよ〜?ぴーしぇちゃんは、違ったんだぁ〜」

「……違うとも、言ってないし…」

「ふふふ〜」

 

 扱いにわたしがしょげている中、二人は何やらやり取りをしていた。あまりしっかりとは聞いていなかったけど…ピーシェがプルルートに弄られていた。…プルルート、時々ほんわかとした雰囲気のまま追い詰めていくのよね……。

 

「ま、まあそれは良いのよ。それより、皆はどう?特に何も変わりない感じ?」

「うん、変わりない感じ〜」

 

 そっくりそのままプルルートはわたしの問いに答え、ピーシェもこくりと頷く。わたしも「ま、そうよね」と軽く受け取る。少し前にも次元間の通信をしてて、その時にも皆の近況を聞いていたから、恐らく変わりないんだろうなぁとは元々思ってた。だからこれは、単に訊いてみたかっただけ。信次元の守護女神の皆と話した後だから、こっちの皆の事も気になっただけ。

 

(変わりない、か…)

 

 特に何も変わりない。つまりは変化なし、前と同じって意味のこの言葉は、良い意味でも悪い意味でも使われる。前から元気な人についてなら良い意味だし、前から不調な人についてなら悪い意味になる。それは至って当然の事で…けれどこの時、初めは良い意味として受け取っていたわたしは、一拍置いてからそうではない意味もほんのりと感じた。プルルートの声音にそんな色があったとかじゃなくて、勝手にそう感じていた。

 

「…着いたね」

 

 わたし達は、何も教会で雑談をしていた訳じゃない。ここまで徒歩で、ある場所に向かっていて…そこに辿り着いたわたし達は、一度足を止める。

 向かっていた先は、セブンスジーニアが母体となっている病院。神次元全体から見てもかなりの規模を誇るこの病院に、わたしが直接見たいものがある。

 

「…………」

「…………」

 

 ここまでは和やかだったプルルートとピーシェも、ここまで来た事で一度口を噤む。わたしもまた黙り、中に入り、受付でパスを受け取る。

 それは、予め用意をしてもらっていたもの。そのパスを持って、関係者用のエレベーターに乗って、中で操作画面にパスをかざす。

 

「…二人は、もう知ってるのよね?」

「うん、すぐに連絡をもらってたから」

「なら…別に、来なくたって良かったのよ?少なくとも、楽しい事がある訳じゃないんだし」

「…ちゃんと直接見たい、会いたいって思いがあるのは、せーつだけだと思ってるの?」

 

 エレベーターの中での、ピーシェとの会話。ピーシェからの返しで余計な気遣いだった、と気付かされたわたしは謝り…エレベーターの扉が開いた事で、二人と共に中から出る。

 今わたし達がいるのは、一般の人は知らない階層。この階層の奥に…彼女はいる。

 

(そう…この奥に、彼女が……)

 

 静かに歩く。歩いていく。そして最奥、透明な仕切り越しに──わたしはキセイジョウ・レイと再会する。

 キセイジョウ・レイ。神次元最古の女神であり、国を興しながらも自らの手で国を、国民を傷付け、苦しめた存在。遥か昔にわたしがその時代の皆と打ち倒し、現代の神次元で目覚めてからは再び神次元に…それどころか超次元にまで災厄を起こし、果てはくろめ達と組んで信次元や幾つもの次元、世界まで巻き込んだ戦いの首謀者の一人となった……最後はオリゼに倒され、クロワールによって女神の力を奪われた、最低最悪の女神。…女神だった、人。

 

「…………」

「…最後の手術も、成功したって話だよ。もう女神じゃないとはいえ、女神だった身体の回復力、生き延びる力は凄かったから、死んでなきゃおかしい重傷でもギリギリ生きていて、どの手術でも体力が尽きる事はなかったんだって。…って、最後の手術の事以外は、せーつも知ってるよね…」

「えぇ…そうね…」

 

 呟くようなピーシェの言葉に、小さく頷く。そのままわたしは、レイを見つめる。

 今ピーシェが言った通り、レイは生きている。けど、レイの意識は戻らないまま。女神の力を奪われ、意識を失って以降…ずっと、レイは眠り続けたまま。

 

「…せいつちゃん、その……」

「大丈夫、分かってるわ。今の彼女はもう、人だもの。女神じゃないんだもの。…だからわたしも、討とうとはしないわ」

 

 不安が滲むようなプルルートからの呼び掛けに、わたしは大丈夫だと返す。今はもう女神じゃない、レイという人間なんだから、とはっきり言葉にする。

 そう。人に仇を為す悪神は、もういない。ここにいるのは、元女神のただの人。眠り続けている…いつ目覚めるのか、目覚める日が来るのかも分からない…ただの、人間。それは分かってる、理解してる。…でも……

 

「…本当に?せーつは、許せなかったんでしょ?許せない、許しちゃいけない…絶対に討たなきゃいけない、そういう存在だったんでしょ…?」

「…その通りよ、ピーシェ。正直に言えば…わたしもまだ、どうしたらいいか分からないのよ。女神として、今は人であるレイを討っちゃいけない、それはわたしの…レジストハートの在り方じゃないとは思ってるけど、レイへの…沢山の人を傷付け、苦しめ、裏切ってきた女神崩れへの怒りがなくなった訳じゃない。二人は快く思わないでしょうけど…今だってわたしはレイという女神を『出来損ない』だと思ってるし、同情の余地なんて微塵も感じてないし、女神としてのレイが無様に果てた事を当然の報いだって言い切れる。きっとこの思いは、いつまで経っても変わらない。未来永劫、わたしはレイの行いも…彼女の存在も、許しはしない。……それでも、今のレイを討とうとは思わないから…今のレイには、生きてほしいと思っているのも事実だから…」

 

 だから、分からない。自分の意思の、答えが出せない。…それが、今のわたしの思いだった。どっちも、どの思いも本物で、それ等全部ひっくるめた思いが、わたしの答え…そう言う事だって出来るけど、そういう答えにも納得出来ない…そんな状態なのが、真実で、現実。

 きっとオリゼなら、割り切れていた。女神のレイは討つべき悪だから討つ。人ならばもう守るべき、救うべき存在なのだから、助ける。そうやってちゃんと切り替えられる…無意識に考えられるオリゼみたいにわたしも考えられた方が良いんだけど…そういう事も、出来なかった。

 

「…ごめんね、二人共。こんな事言われたって、困るわよね」

「…そんな事、ないよ。せーつの気持ちを…せーつ自身、どうしたら良いか分からないって迷ってる、苦しんでる思いを、『言われても困る』だなんて、ぴぃは絶対思わない」

「そうだよ〜せいつちゃん。あたし達、友達でしょ〜。友達のどうしよ〜って思いを聞いたら、一緒にどうしよ〜って考えるのが、友達だって、あたしは思うな〜」

「ピーシェ、プルルート……」

 

 他者からすれば、なんて答えたら良いのかそれこそ分からない、そもそも答える必要があるのか、答える事を求められているのか…そこでも困ってしまうような、厄介な言葉。そんな感じの事を言った筈なのに、二人共優しく受け止めてくれた。わたしの気持ちに、寄り添ってくれた。

 それが、どれだけ嬉しい事か。どれだけ幸せな事か。…二人には、感謝しかない。こんな二人と友達である事は、喜び以外の何物でもない。

 

「…ありがとう、二人共。だけど…心配はしないで。気持ちには答えが出てないけど、行動は決まってるから。今のレイは討たない、討っちゃいけない…それは迷いなく言えるし、そうしたいから。だから後は、わたしの中の気持ちだけ…それだけなんだから、じっくりと時間を掛けて、答えを探すわ。…許しは、しないと思うけどね」

 

 わたしは笑う。作り笑いだけど、気持ちを込めて。自然ではないけど、ちゃんとした思いで組み立てた笑みで。

 結局のところ、わたしは心での納得が出来ていないだけ。気持ちの結論が出せていないだけで、そこから先は決まってる。普通はまず気持ちがあって、そこから行動や結果があるものだけど…これに関してばかりは、逆転してる。でも逆転してるおかげで、『人であるレイを害したりはしない』という行動の結論は出ているおかげで、ゆっくりじっくり気持ちの整理が出来る。整理が付くかどうかは怪しいけど…焦る必要がないから、気持ちは楽。

 

「さてと、それじゃあわたしはこれ位にしておくわ。二人はどうする?」

「んー…あたしもそうする〜」

「ぴぃも、そうするよ。…ばいばい、また来るね」

 

 少しの間、わたし達は黙ってレイを、眠り続ける彼女を見つめ、そうして帰る事にした。

 行きと同じ道を通って、帰る。廊下を通り、エレベーターに乗る。そして帰る最中…不意に、ピーシェが言う。

 

「…ねぇ、せーつ。せーつは前に、おねーさんを倒して…いや、結局倒し切れてなかったみたいだけど…とにかく倒して、目的を果たして、それからはずっと…おねーさんが女神として復活するまで、眠ってたんだよね?…じゃあ、まさか……」

「今度こそ、本当に『討つべき女神、キセイジョウ・レイ』を倒したから、また眠りに就いちゃうかも…って事?ふふ、もしかしてピーシェ、わたしに眠りに就いてほしくないの?」

「…茶化さないでよ、せーつ」

「あたしは嫌だよ、せいつちゃん」

 

 冗談めかして言ったわたしに対しピーシェは真剣な顔で返す。プルルートも、ふざけるのは止めてほしい、という意思を感じさせる声で、嫌だと言う。

…確かに、今は茶化すべきじゃなかった。二人の思いに失礼だった。だからわたしは謝って…改めて、答える。

 

「…眠りになんて、就かないわ。確かにわたしは、わたしの使命を果たした。今度こそ、わたし自身の手ではないけど、完遂した。でも…今のわたしには、他にも使命があるわ。神次元の女神として、国と女神の良さを一人でも多くの人に伝えるって使命が、信次元の…神生オデッセフィアの女神として、皆を幸せにするって使命が。どっちも大変で、重大で…何よりこれ以上ない程充実感のある使命だもの。眠ってなんかいられないわよ」

「せーつ…うん、せーつらしいね」

「そっかぁ。それじゃああたしも、ぴーしぇちゃんも、せーつちゃんに負けないように、女神として頑張らないとだね〜!」

 

 言い切り、笑う。さっきのとは違う、今度こそ自然な笑みで。自分でも分かる程の、自信に満ちた笑顔で。

 きっとレイを討つ事、キセイジョウ・レイという女神を討滅する事は、わたしの存在意義だったと思う。気持ちの話じゃなくて、レジストハートという女神の存在意義だったんだと思う。だけど、それだけがわたしじゃない。ただ、悪を滅する事だけが、女神の使命なんかじゃない。

 わたしにはまだ、やりたい事がある。やるべき事がある。わたしを求めてくれる…一緒にいたい、共に歩みたい、これからも仲良く楽しく過ごしたいと思ってくれる皆がいる。だから…わたしはわたしの歩みを続ける。セイツとして、レジストハートとして──どちらでもある、わたしとして。




今回のパロディ解説

・「〜〜下着をあんまり履かない主義の人〜〜」
ギャグマンガ日和シリーズに登場するキャラの一人、聖徳太子の事。当然ながら、これは歴史上の人物である聖徳太子でも良い訳ですね。勿論そちらでなければ駄目、という事もありませんが。

・「〜〜某人造人間〜〜」
お笑いコンビ、スリムクラブの真栄田賢さんの扮するキャラの事。作中でも触れていますが、これ「いいよぉ!」だけだとほんと、パロディである事が全然分からないんですよね。

・「〜〜どこぞのグルメな貿易商〜〜」
孤独のグルメの主人公、井之頭五郎の事。ネプテューヌなら実際、彼の様にプリンを食べたりする事もありそうです。ありそうというか、ふざけてやっている姿が容易に思い浮かびます。




 えー、読者の皆様には申し訳ないのですが、次話からは一度、コラボに戻ります。あるリクエスト(一話完結ではないもの)を受け、それを投稿する…という事です。尚且つそれが、コラボとしても更に特殊なものとなるので、困惑する方もいるかとは思いますが、ご了承下さい。


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第二十五話 いつもの皆と

 ヘイイリゼ!一緒にお菓子を作ろうゼ☆……というメッセージが届いた。誰からのメッセージかは…言うまでもないと思う、多分。

 まあ取り敢えず、私を誘う理由は分かる。だって私、お菓子作りにはそこそこ自信があるし。普段から結構使ってるし。でも逆に言えば、私を誘う理由位しか分からない。…けど、まぁ…それももう、割と慣れっこ。だって…長い付き合い、だもんね。

 

「お邪魔するよ、ネプテューヌ」

「いらっしゃーい、よくぞ来た女神イリゼよ!」

「あ、うん…」

 

 扉を開け、いつもの部屋…プラネタワーのリビングに当たる部屋へと入る。それと共に呼び掛けを…軽快というか、えらい軽いメッセージで誘ってきた送り主、ネプテューヌに挨拶をすれば、ネプテューヌはいつものようにふざけてきた。

 

「えー?なんかイリゼ、反応薄くない?イリゼらしからぬ反応の弱さだよ?」

「いや、私だっていつもいつでも目一杯突っ込んでる訳じゃないよ…というか、今回はネプテューヌのボケの方も弱かったし…」

「あ、なら『邪魔するなら帰ってねー』とか言えばよかった?」

「開口一番新喜劇やられたら、それはそれで反応に困るよ…」

 

 まあ、その場合はノリ突っ込みしてた気がするけど…と内心思いつつ、私は軽く呆れる。一方ネプテューヌは楽しげで…部屋の奥、台所から別の声が聞こえてくる。

 

「イリゼちゃん、いらっしゃいです〜」

「こっちはもう準備出来てるわよ。準備っていっても、使う物を出した程度だけどね」

「うむ、ご苦労!」

「ご苦労!じゃないっての。言い出しっぺなのに準備何も参加しないとか…これで料理にも参加しなかったら、一口もあげないわよ?」

 

 二人で出てきたコンパとアイエフ。腰に片手を当てて言ったアイエフの発言に、私とコンパは顔を見合わせ苦笑する。流石にネプテューヌも、一緒にお菓子を作ろうって誘っておきながら自分は見てるだけ、食べるだけ…なんて事はしない筈。

 

「んもう、それじゃあ企画倒れでしょ?今日のわたしはやる気一杯なんだから、ばんばん作るに決まってるじゃん!」

「ふふふ、それなら一緒にばんばん作って、一緒にお片付けもばんばんするですよ?」

「やっちゃうよー!……あれ?」

『至って自然な流れで片付けの方は約束させるなんて…流石コンパ』

「……?」

 

 今度はアイエフと私が、感嘆の声を揃って漏らす。一方のコンパはきょとんとしていて…ほんわかした雰囲気を纏っているからこそ、無意識に油断しちゃうって事、あるよね。

 

「さて、それじゃあお菓子作りを…の、前に訊いておきたいんだけど、なんでまた急にお菓子作り、それも『一緒に』なの?」

「いやぁ、実はペットボトルロケットが上手くいかない腹いせに生卵割りまくっちゃって……」

「わー、凄く分かり易い嘘…」

「えへへー。まあぶっちゃけ、思い付きかな」

「つまり、いつものねぷ子って訳ね」

「いつものねぷねぷですね」

「えっへっへ〜」

 

 褒めてないのに照れるという、ある種お約束なボケを行うネプテューヌは、本当に平常運転。まあ正直、私も思い付きなんだろうなぁとは思ってたから、それはいいとして…もう一つ、確認しておく事がある。

 

「じゃ、作りたいお菓子は何?やっぱりプリン?」

「勿論!…でも、出来ればもう一種類位作りたいんだよね。出来るかな?」

「まあ、材料と時間があれば出来るけど…二人は大丈夫?」

「大丈夫よ、ねぷ子に付き合う時点で手早く終わるとは思ってなかったしね」

「わたしも大丈夫ですよ〜、それに材料はばっちり用意してあるですっ」

 

 そうなの?…と思って私が台所の方を見ると、確かに薄力粉や砂糖、バターなんかが沢山用意してあった。因みに生卵は、割られていない状態だった。それはそうだよね。

 という訳で、プリン+もう一種類に決定。そしてそのもう一種類に関しても、色々話した末にフルーツタルトにしようと決まる。

 

「よーし、それじゃあ始めるよー!えい、えい、えぇいッ!」

『えぇい!?』

 

 訳の分からない掛け声にびっくりしつつ、ケーキ&タルト作りを開始。最初の工程は…勿論、手洗い。

 

「そういえば、あいちゃんって料理出来るんだっけ?」

「そこそこはね。でもコンパは勿論、お菓子作りってなったら絶対イリゼの方が上手だし、今日はねぷ子と一緒に教わるつもりよ」

「へぇー、じゃああいちゃんはわたしと同レベルなんだね」

「ぐっ…お菓子作りに関してはね…!」

 

 タオルで手を拭きながら言うネプテューヌに、アイエフが歯噛み。対するネプテューヌはにまにま顔で…後で何か仕返しされても知らないよー、ネプテューヌー。

 

「効率を考えれば、プリンとタルトで担当を決めてやった方が良いと思うけど…」

「えー、折角なんだから両方やりたいなー」

「まあ、そうだよね。じゃ、頑張ろっかコンパ」

「はいですっ。皆でお料理、開始ですよ〜」

 

 全員手を洗い終えた事で、調理スタート。まずはプリンのカラメル作りとフルーツタルトの生地作りで、鍋やらボウルやらを配置しつつ、コンパと話して互いに考えているレシピを擦り合わせる。料理って完成品の名前は同じでも、その内容には作り方や材料で当然幅が出てくるものだし、私とコンパで考えているレシピが違う可能性も十分にある…というより、全く同じな可能性の方がずっと低い。一応私とコンパで教えていく形になるんだから、教える側の考えは一致させておかないと…ね。

 

「ぐーるぐる〜っと。…カラメルってさ、もしかして『絡める』が語源だったり?」

「多分違うと思うなぁ…あ、別に素早くやる必要はないからね?遅過ぎたら困るけど、下手に勢いよく混ぜると火にかけたカラメルが跳ねるかもだし」

「ほんとに大丈夫?こげる!はやく!…ってなったりしない?」

「いやしないしない…ただただ放置したらなるけども」

「コンパ、この位でいいのかしら?」

「ばっちりです。それじゃあ次は、溶き卵を作って入れていくんですけど…」

「溶き卵なら流石に分かるわ。…っとそうだ、卵ならプリンでも使うし、先に必要な数だけ纏めて割っておく?」

「えっ、それじゃあイリゼの超絶片手割りスペシャルが見られなくなっちゃうよ!?」

「何それ私知らないんだけど!?」

 

 一応、念の為私は記憶を掘り起こすけど、そんな技術を披露した事はおろか、習得した覚えもない。…練習すれば出来るようになるかもだけど…今のところ、両手で割ってたら手間がかかっちゃって仕方ない、って程大量に使う機会なんて殆どないしね。…あ、でも……。

 

「いつかメディアで私がお菓子作りを披露するかもしれないし、その時の為にやれるようになっておいた方が良いかな…」

「…えーっと…片手割りを、です…?」

「今日もイリゼのアレが出てきたわね…」

「あ"っ…うぅ、ネプテューヌに嵌められた……」

「えぇ…?今のはわたしのせいじゃなくて、イリゼの単独事故だと思うんだけど…」

 

 指摘されて初めて気付く、いつもの悪癖。いっそ最初から出てくれればいいものの、何故か毎度途中から漏れるせいで、周りからすると「いきなり何の話…?」となってしまう私の思考。ほんと、恥ずかしくて堪らない…。

 

「…こ、こほん。ともかく卵割りは纏めてお願いしちゃっていいかな…?」

「あ、うん。……一回だけ、片手割り試してみてもいい?」

「え?いいですけど…ふふっ、あいちゃんは格好良いの、好きですもんね」

「うっ…そんなストレートに返されると、恥ずかしくなってくるわ…」

「因みにわたしも、ちょっとやってみたかったり。あいちゃーん、一個分は残しておいてー」

 

 試しに、という事でアイエフが挑戦。一度私がかき混ぜるのを変わって、ネプテューヌも挑戦。けど二人共上手く割れない…手の内で上手く殻を開く事が出来ないという結果だった。…今後の事云々じゃなくて、シンプルに見てて私もやってみたくなったんだけど…それは内緒。

 

「これでよし、っと。ここから一旦冷蔵庫で寝かせるのよね?」

「はいです、やっぱりあいちゃんは器用ですねぇ」

「こっちもカラメル完成したよ〜。って訳で、次はプリン本体……あっ!」

「へ?ど、どうしたのネプテューヌ」

「どうもこうも、ここまでわたしプリンの事しかしてないよ!?タルトの方もやってみたいのに…」

「あぁ…でも、半端なところで交代してもお互いややこしくなっちゃうと思うんだよね。それか、今はキリがいいしここで交代してみる?そうなるとネプテューヌ、暫く手が空いちゃうけど」

「えー、でもカラメルだけやって交代っていうのもなぁ…そうだあいちゃん、寝かせてる間一緒にやろうよ」

「別にいいわよ?待ってる間何もしないのも勿体無いし」

 

 という事で、タルトの生地を寝かせている間の時間で二人もプリン作りに合流。アイエフがカラメルを別の容器に移す間に、ネプテューヌがプリンの本体を作り始める。

 カラメルの甘い匂いが香る中での、プリンの本体作り。プリンの本体、という落ち着いて考えるとよく分からないワードはともかく、台所にはハンドミキサーの駆動音と、プリン液が掻き混ざる音が心地良く広がる。

 

「…ねぇ、イリゼ、こんぱ。一個訊きたいんだけど…プリンジュースってあるじゃん?」

「……?あります、けど……」

「それが何か…ってまさか、これ飲んだらプリンジュースみたいな味するかな、とか考えてる…?」

「ふっ、わたしをそんな安直な女神だと思ってもらっちゃ困るよイリゼ。これがプリンジュースと同じ味する訳ないでしょ?」

 

 まさか…と思って訊いてみるも、ネプテューヌはそんなの普通に分かってるよ、って調子で返してくる。流石にこれはネプテューヌを軽んじ過ぎたかもしれない。というかネプテューヌはプリンが好きなんだから、プリンに関してだけは、自分から作ったりしないだけで結構種類や味以外も詳しいのかもしれな……

 

「このプリン液にはまだ、牛乳が入ってないでしょ?牛乳なしでプリンの味がする訳ないじゃーん」

『…あー……』

 

……違った。やっぱりネプテューヌはネプテューヌだった。そっちかぁ…。

 

「…取り敢えず、牛乳の用意しようか。そっちはアイエフに頼んでもいい?」

「任せて頂戴。…牛乳っていえば、温めると膜が張るわよね」

「張った時は、そのまま掻き混ぜれば溶けるですよ。それから膜には栄養があるですから、ホットミルクを作る時なんかも、出来れば食べた方が身体の為になるです」

「あー、なんか聞いた事あるかも。じゃあ、これを読んでる皆もこれからは出来るだけ食べるようにしようね?」

「ねぷねぷー、明後日の方向見てるとプリン液が零れちゃうですよー」

「はーい」

「…コンパ、突っ込まないのね……」

「まぁもう、メタ発言に関しては違和感ないレベルだし…」

 

 ちょっとした豆知識なんかも挟みつつ、ネプテューヌにはそのまま掻き混ぜてもらい、アイエフには牛乳を熱してもらう。そうして牛乳の準備が出来たところで丁度良い時間になり、寝かせていたタルトの生地を冷蔵庫から出す。

 

「これなら良さそうですね。じゃああいちゃん、この生地を麺棒で伸ばして……」

「あ、待って!それわたしやりたい!」

「言うと思った。別に良いわよ、それならプリンの続きは私がやるから」

「…そういえばコンパ、麺棒とすりこぎ棒って一応違う物…だよね?」

「違うですよ。でも、すりこぎ棒はあんまり使わないですし、わたしも麺棒があればいいかなぁ…って思ってるです」

 

 ネプテューヌとアイエフが役割をチェンジする中、私は「すりこぎ棒ってどんな形だっけ…」と思い出す。因みに真っ直ぐなのが麺棒で、持ち易いよう持ち手が細くなってるのがすりこぎ棒なんだとか。だから持ち易さを気にしないなら、麺棒ですりこぎ棒の代用は十分出来る訳で…けどやっぱり、料理全般の知識ってなると、まだ私よりコンパの方が上手。医学の知識や技術だって、コンパの方がずっと上。

 

(神生オデッセフィア以外の各地の細かい事なら、ネプテューヌ達と出会う前も旅をしていたアイエフの方が詳しいし、レトロゲーの知識に関してはネプテューヌが断トツでトップ。皆それぞれよく知っている事、造詣の深い事があるんだよね)

 

 それは凄く当たり前の事。私だってお菓子作りに関してはそれなりに自信があるし、これは狭く深くじゃなくて広く浅く寄りだけど、サブカルチャーでならアニメにそこそこ詳しい…と、思う(パロネタ?…それはまあ、また別枠…って事で)。誰にだって一つや二つ、詳しいと言えるものがあって、それは後追いじゃ中々追い付けない。何かに特化する形なら追い付く事も追い越す事も出来るだろうけど、範囲を狭めている時点で、幅広さという観点では間違いなく追い付けていない。

 だから、教わる事も、教える事も出来る。繋がりがあるから、知識の交換が出来るし、逆に知識の交換が切っ掛けになって、繋がりが生まれる事だってある。そしてそれは、ありふれてるけど素敵な事だって、私は思う。

 

「イリゼ、このまま一度に全部入れちゃっていい?…イリゼー?」

「あ…うん。でもゆっくりね?それか、少し入れて混ぜて…って形でもいいよ?」

「どっちの方がいいの?」

「それは…うーん、お好みで?」

 

 お好み…?お好みって…。…的な視線でアイエフから見られるけど、ほんとにそこはここの好みっていうか自由なんだから仕方がない。料理って、ミス一つで味や見た目が大きく変わっちゃうものだけど、同時に決まり切った形もない…ざっくりとした流れさえ合っていれば、細部は多少間違えたりアレンジしたりしても結構上手くいくものだから。

 え、じゃあミスしても大丈夫なのか、ミスしたら不味いのか、結局どっちなのかって?…んー、まぁ、要は守るべき部分と範囲、外しても何とかなる部分と範囲がそれぞれある…って事かな。それが分かってるならレシピから色々手を加えても上手く作れるし、サブカルでよくあるトンデモ料理って、詰まるところその知識がないのにレシピを破る…或いはそもそもレシピをちゃんと見ないで作るからトンデモな状態になるって訳。……オリゼ?オリゼの場合は…ほんと、何なんだろうね…。

 

「よーし、生地伸ばしかんりょー!ここからは、タルトの形にするんだよね?…粘土みたいに頑張ってタルトの形に整えるの?」

「タルトの型があるですから、それに入れてタルトの形にするですよ〜。優しく入れて、最後はフォークで穴を作るです」

「あ、なんかそれも楽しそう。因みにその後はクリームとかフルーツとか載せて、焼いたら完成?」

「焼く前にまた冷蔵庫で寝かせるし、フルーツは焼いた後だね。タルトはまだ結構時間かかるよ?」

「…寝かせて焼いたのがこちらになります、的なのは……」

「ちょっとねぷ子、誘っといて飽きた…なんて思ってるんじゃないでしょうね?」

「い、いや違うよ?そうじゃなくてその…思ったよりかかるんだなー、って……」

 

 生地を型に入れつつ、誤魔化し気味に釈明するネプテューヌ。それをじとー…っと見る私達だけど、気持ちは分からないでもない。今でこそ慣れたけど、お菓子作りは生地を寝かしたり焼いたりで結構時間がかかる事が多いから、お菓子作りを始めたばかりの頃は、レシピを見て「えっ、作るのにこんな時間かかるの…?」って思った事がしばしばあったし。

 

「お菓子なんかは特にそうだけど、そうでなくても料理って時間がかかるものだよ?…いや、料理っていうか、物作り全般がそうだろうね」

「そうね。手間が掛かるから、その分価値がある…完成品を買うっていうのは、技術や質だけじゃなくて、それを作るのにかかる時間を買ってるとも言える訳だし」

「うーん…そう考えると、技術も手間も惜しまず美味しいお菓子を作ってくれて、しかも対価も求めないイリゼとかこんぱって、もしかして天使?」

「いや、天使じゃなくて女神なんだけど…」

「わたしも人ですよ、ねぷねぷ」

「大事なのはどういう存在なのかじゃないよ、そこにある気持ちだよ」

「ネプテューヌ…って、良い事言った風の雰囲気出して速攻意見を逆転させるんじゃないの」

 

 そんなやり取りも交わしながら、更にプリンとフルーツタルト作りを進める。タルトの形にした生地を改めて寝かし、その間にカスタードクリームや載せるフルーツを用意していく。

 プリンの方も、プリン液が完成し、それをさっきカラメルを入れた容器へと注いでいく段階に。…今更だけど、プリンとタルトでかかる時間同じなの?とか言わないでね?

 

「これでよし、っと。…ちょっとプリン液残っちゃったわね…」

「あいちゃん、あいちゃんっ」

「はいはい飲みたかったら後で飲みなさい。美味しいかどうかは知らないけどね」

「それじゃあプリンの方は蒸すですよー」

 

 鍋に容器を入れ、水を注ぎ、プリンを蒸しにかかる。ここで蒸すんじゃなくて焼くって方法もあるし、何ならオーブンじゃなくて電子レンジやフライパンで作れるレシピなんかもあったりする。流石に熱するような行程を一切行わないレシピなんかは見た事ないけど…だとしても、プリンに限らず色んなお菓子、色んな料理において、舌を巻くような驚きのレシピは数多く存在している。そういう事を考えると、料理っていうのはほんと創作というか、創意工夫で幾らでもレシピや完成の形を変えられるんだなぁって常々思う。…にしても私、今回は料理の事ばっかり考えてるなぁ…。料理してるんだから当然だけど。

 

「ここまでくると、ぐっとプリン感出てくるよねぇ。…まあわたしレベルになると、材料の時点でプリン感ばりばりに感じちゃうけどね!」

「どこで胸張ってんのよ…というかこんぱやイリゼなら、材料見て普通に『あ、プリンかな』って思うんじゃない?」

「…まぁ、思い付きはするね」

「あ、でもプリンの材料って種類が少ないですから、これだけで作る、って聞いてなかったら、まだ材料が揃ってないのかも…って思っちゃうかもです」

「言われてみると確かに、最低限の材料で作ってるって感じよね…工程もそこまで複雑な訳じゃないし、よくよく考えるとプリンってかなりシンプルなスイーツなのね」

「そう、シンプルにして奥深い…それがプリンなんだよ!プリン、なのだよっ!」

『なんで(ネプテューヌ・ねぷねぷ・ねぷ子)が偉そう(なの・なんです・なのよ)…』

 

 それがネプテューヌだからといえばそれまでだし、皆分かってる事ではあるけど、それでも呆れ気味に突っ込んでしまう。

 なんというか、突っ込みを引き出す才能に溢れてるよね、ネプテューヌって。分かり易いのは『ボケ』って形だけど、ついつい構ってしまう…どれだけ呆れてもなんだかんだ人が離れない、むしろ増えていくのも、根源は同じ。これがネプテューヌの『カリスマ性』で…私には、他の女神にはない、ネプテューヌだけの魅力。…勿論、私には私の魅力がある訳だけども。だって私も女神だもの。

 

「さて、もうタルトの方も良い時間だし、焼きに入ろっか」

「ほんとに?まだあんまり二回目の寝かせから時間経ってる感じないよ?そういう描写入れてある?」

「それに関する言及は似たような事をもう地の文でしたからいいの。行間でそれ位の時間が経った、以上!」

「…皆そうといえばそうだけど、イリゼって突っ込む割には全然メタ発言に躊躇いがないわよね」

「うっ…それは、否定出来ないけど……」

 

 苦笑気味なアイエフの言葉が、諸に刺さる。け、けどそもそもこのシリーズはそういう作風……って、また平然とメタ視点を…!……こ、こほんっ。

 気を取り直し、タルト生地をオーブンで焼く。焼いている間に載せるフルーツも用意する。

 

「イリゼちゃん、わたしが林檎をやるですから、オレンジの方はお願いしてもいいですか?」

「任せて。苺はアイエフにお願いしていい?ヘタを取って、二つに切ってくれればいいからさ」

「わたしは?わたしはー?」

「ネプテューヌは…バナナ?」

「わー、あからさまに一番楽そうなのが来た…えっと、バナナは皮を剥いてから切る?それとも皮ごと切る?」

「…そういえばネプテューヌ、料理自体はずっと真面目にやってるわね。発言はいつも通りふざけまくりだけど」

「そりゃそうだよ、ふざけて不味いプリンやタルトになったら悲しいし、食べ物で遊んだら雷様に舌を抜かれるって言うでしょ?」

「何か色々混ざってる気がするです…」

 

 ここまでは基本指示するだけのわたしとコンパだったけど、カットに関しては技術や経験が諸に出る部分だから、比較的難しいのは引き上げる。別に林檎やオレンジだって二人が切れない事はないと思うけども、フルーツタルトの果物は見栄えに直結するからね。

 

『〜〜♪』

「流石に二人共、手際が良いわね。速いし綺麗だし、尊敬するわ」

「うんうん、っていうか実だけのオレンジってほんと綺麗だよねぇ。…あ、こんぱこんぱ〜。こんぱってあれ出来る?あの、林檎の皮をくるくる〜って切り続けるやつ」

「出来るですよ〜。見てみたいです?」

「もっちろん!」

 

 まずは皮ごと切って、次に外側の厚い皮を、その後は内側の薄い皮を切る。そしてそれを称賛されて、内心気分が良くなっていると、ネプテューヌが林檎の皮剥きに関してコンパへ訊き、要望をコンパは快諾する。

 まだ何も切っていない林檎を手にし、コンパは包丁を沿わせるようにして皮を剥き始める。林檎を回して、上から下へと切った皮を伸ばしていく。切れた皮は薄く、殆ど実が抉れてはいない。…フルーツの皮剥きは私もまあまあ出来るけど、コンパにはまだ敵いそうにないなぁ……って、

 

「ちょっ、コンパ?皮全部剥いちゃってるけど、それでいいの?こっちの切った林檎は、皮残してるよね…?」

「あっ……」

 

 私の問いに、コンパは硬直。それからコンパは恥ずかしそうに笑い…ここにきて天然さを発揮するコンパだった。…皮を全部剥いちゃった林檎も、後でフルーツタルトとは別として美味しく頂きました。

 

「ん、時間ね。「答えを聞こう!」はいはい。これでプリンは完成、かしら?」

「がーん、雑に流された……」

「最後に冷やして、容器から外したら完成ですよ〜。あ、でも、カラメルが下でも良いなら、そのまま容器を使って食べてもいいかもです」

「市販のプリンなんからは、カラメルが下になってる事も多いしね」

「し、しかも流されたって反応すら流された…しょぼーん……」

 

 鍋からプリンの容器を移して、冷蔵庫を閉める。がっかりと肩を落とすネプテューヌの様子に、私達は苦笑を交わす。今日はボケに対する私の反応について、来て早々に言われたけど、ネプテューヌも大概反応に余念がないよね。

 で、冷やしている間にタルトが焼け、こちらも最後の工程…中に載せていく段階へ入る。絞り袋でまずクリームを入れ、それから切った果物を載せていく。

 

「どこにどの果物を載せるかは、結構センスが出るよ?二人共、大丈夫?」

「取り敢えずここを舞台だと思って、目を光らせたらいい?」

「誰が演劇ガールズの話をしたよ…アイエフは?先に言っておくけど、魔法陣とか作ろうとするのは流石に無茶だからね?」

「し、しないわよそんな事…けどセンスって言われると、何かこう一捻りしたくなるわね」

「一捻り…じゃあ左半分は下が見えない程ぎっしりフルーツを敷き詰めて、右半分は何も載せてないみたいな事やっちゃう?」

「それはもう一捻りどころか捻り過ぎて真っ二つになってるじゃない…」

「あ、もしかして今の、左と右で状態が真っ二つに分かれてる事と掛けてる感じ?上手いねあいちゃん!」

「流石はあいちゃんです〜」

「今の一瞬で思い付くのは、種類は違うけどセンスに溢れてるよね…」

 

 私達三人による立て続けの褒め言葉を受け、アイエフはきょとんとした後「え、あ、ま、まぁそうね。ざっとこんなものよ」と、ちょっぴり胸を張った。満更でもなさそうな表情をしていた。

 それを横目で見ながら、ネプテューヌは小声でこっそりと言ってくる。あいちゃん、間違いなく「そんなつもりはなかった」って内心思ってるよねぇ、と。分かってるのに敢えて煽てるなんて、ネプテューヌも人が悪いなぁ。人じゃなくて女神だけど。私もそれに乗った訳だけど。

 

(コンパは…どうかなぁ。素で言ってると思うけど…案外コンパも察してたりして)

「…って、そんな事はいいのよ。別に売りに出す訳でもないし、取り敢えず偏りがないように載せましょ」

「はーい」

 

 気を取り直し、ネプテューヌとアイエフがフルーツを載せていく。ここは心配するような場面じゃないし、仮に置く場所をミスしても置き直せばいいだけだから、私とコンパは二人に任せて軽く使い終わった物を片付けていく。

 

「二人共、結構悪くなかったよね。アイエフはきっちり分量を測ってたし、ネプテューヌも掻き混ぜる時は満遍なくやってくれたし」

「どっちも当たり前の事ですけど、そこを雑にしちゃうと味とか食感が変わってきちゃうですもんね」

 

 言葉を交わし、ふふっと私達は笑い合う。アイエフは大丈夫だとしても、ネプテューヌはやっぱりふざけそうな印象があるし、だから二人共真面目に、しっかりやってくれた事にはほっとした。ほっとしたし、私にとっては趣味になる位好きなお菓子作りに、二人が真剣に向き合ってくれた事は嬉しかった。

 そして、プリンの冷やしもタルトの仕上げも完了する。プリンとフルーツタルト、その両方が完成する。

 

「完成した…やったね皆!プリンもタルトも完成だよ!うーん、この出来栄え…正にプラネテューヌの精神が形になったかのようだよ!」

「プラネテューヌの精神が形になったかのようなプリンとタルトって一体…後、私もいるからね?神生オデッセフィアはプラネテューヌの属国じゃないからね?」

「でも確かに、これはねぷねぷとあいちゃんの頑張りが形になったプリンとタルトだと思うです」

「それを言うなら、コンパとイリゼの丁寧な指導が形になったプリンとタルトでもあるわよ。私とねぷ子だけだったら、この出来にはならなかった筈だもの」

「うんうん、わたしとあいちゃんだったら失敗どころか、ゲル状だったり名状し難い何かになってた可能性もあるもんね」

「いやないわよ、流石にそれはないから…」

 

 並べられた二つのスイーツを見て、ネプテューヌは感慨深そうな顔をする。それに肩を竦めつつも、アイエフも頬が緩んでいた。…気持ちは分かる。凄く分かる。完成した瞬間っていうのは、私…ううん、きっと多くの創作者にとって嬉しいものだから。

 さて、とにかく二つ共完成した。出来上がったんだから、後は食べるだけ…と言いたいところだけど、その前に一つやる事がある。それを、私は言う。

 

「二人共、先に片付けを済ませちゃうよ。別に先にやらなきゃいけない訳じゃないけど、そうした方がさっぱりした気持ちで食べられるでしょ?」

「そうね。ねぷ子、片付けもばんばんやるって言ったんだから……」

「んもう、分かってるってばー。皆、タルトが冷たくなっちゃう前に片付けるよー!」

 

 終始威勢の良いネプテューヌな訳だけど、言っている事は何も間違っていない…というか私が言い出した事だし、軽く頷いて四人で片付け。洗って、拭いて、棚や引き出しに戻す。ゴミは捨て、最後は調理台を軽く拭く。

 終わったところで、今度は人数分のお皿とプリン、フォークを出し、プリンやタルトと共に運ぶ。リビングでタルトを切って…テーブルを、囲む。

 

「じゃ、食事の挨拶は……」

「……!」

「…イリゼに頼もうかしら」

「えぇっ!?わ、わたしじゃないの!?」

 

 ショックを受けるネプテューヌの様子に、アイエフはにやりと笑う。まあ、表情と雰囲気に溢れてるレベルでやる気満々だったもんね。

 

「冗談よ、まあイリゼがやりたい場合は二人で話し合って頂戴」

「いやいや、ここはネプテューヌに譲るよ」

「それじゃあねぷねぷ、お願いするですっ」

「任された!えー、では…皆々様、本日はお集まり頂き……」

『まさかの固い挨拶!?』

「なーんてね。いっただきまーす!」

 

 一ボケ入れて、私達からの突っ込みを受けたところで、改めて…そしてシンプルな挨拶を口にし、ぱくんと早速プリンを一口。思わず私達が見つめる中、ネプテューヌはもぐもぐとし、飲み込み…表情が、輝く。

 

「う…う…うーまーいぞぉおおおおおおぉっ!」

「あはは、満足みたいですね、ねぷねぷ」

「うんうん、満足も満足、大満足だよ!この綺麗で艶やかな見た目、名前通りぷりんっとした食感、ばっちり甘いけど変に残ったりはしない甘さ…どれを取ってもばっちりオブばっちり、withばっちり!」

「全然意味が分からないけど、取り敢えずそこまで満足してもらえたなら、私達としても教えた甲斐があるってものだよ。アイエフもどう?」

「うん…うん、私も満足よ。フルーツタルトの方も、タルトのサクサク感がしっかりあるし、フルーツの酸味混じりの甘みとクリームの濃い甘みが丁度良い感じだし…正直、自分でもここまで美味しく出来た事に驚いてるわ」

 

 某料理会の総帥みたいな反応を見せるネプテューヌに苦笑しつつアイエフへと話を振ると、アイエフは数度頷いた後笑みを浮かべる。言葉通り、アイエフも自分の作った物に満足しているようで、続けてプリンも口にする。私やコンパも、食べ始める。

 二人の言う通り、どちらも凄く美味しかった。私達が大部分を指示したとはいえ、殆ど作業は二人がやった。つまり、この出来は間違いなく二人の成果で……大成功のスイーツだと、心から思う。

 

「ねぷねぷ、あいちゃん、お菓子作りはどうだったですか?楽しかったです?」

「すっごく楽しかった!楽しくて美味しい物も食べられる、これぞ正に一石二鳥だね!」

「私もよ、まあ楽しく出来たのは二人のおかげで悩んだり失敗したりせずやれたから…っていうのも大きいけどね」

「あー、それはそうかも。一人でやる事を考えたら、これからもわたしはイリゼやこんぱに作ってもらいたいなー」

 

 そう言いながら、ネプテューヌは私とコンパにちらっ、ちらっと視線を向けてくる。何ともまあ太々しいその態度に、私達は今日何度目か分からない苦笑を漏らす。ほんと、太々しいというか、図々しいというか…でも憎たらしさはない、むしろこれも一種の愛嬌を醸し出しているんだから、ある意味本気で凄いと思う。私もこうなりたい…とは思わないけど。

 

「んー…もしまたこういうタルトを作る事があれば、その時はちょっとフルーツをカラメリゼしても良いかもね」

「絡めイリゼ?辛イリゼ?」

「言うと思った…カラメリゼ、砂糖とか砂糖水とかを焦がしたり、煮詰めたりする調理法だよ。ほら、ちょっと焦げた感じの砂糖でコーティングされたフルーツとかあるでしょ?」

「コーティングされたのは、見た事あるかも。…あれ、もしかしてそれって、バーナーで焦がしてたりする?TVでそういうの見た事あるよーな…」

「焦がしてたりするですよー。クリームブリュレなんかもそうですし、マシュマロを焼くみたいに、結構バーナーを使う調理法は多いです」

「お菓子以外でも使ったりするでしょ、肉とかチーズとか」

「はへぇ…なんか今日一日で、わたし料理の知識がかなり増えた気がする!」

 

 今コンパとアイエフが言った通り、今回はやらなかったけど、バーナーで焦がす…というか炙る調理法は多い。シンプルに、ただ炙るだけでもより美味しくなったりするし、バーナーを使ってお菓子に焦がしを入れる事は、私だってやった事がある。

 そんな風に雑談を交わしながら、食べ進める。柔らかいプリンと、しっかり硬さのあるタルトで味だけじゃなく食感もかなり違うし、交互に食べるのもまた楽しい。さっき二人が言った通り、作っている間も楽しくて…今日の料理の事を振り返りつつ、一度私はスプーンを置く。

 

「…ねぇ、ネプテューヌ。どうして今日は、一緒にお菓子を作ろうなんて思ったの?」

「へ?それは、作る前にも答えなかったっけ?」

「うん、でもそれは『一緒に』に対する答え、作ってもらうじゃなくて、自分も作る側に回る理由の答えだったでしょ?…いやまぁ、その答えもはっきりしたものじゃなかったけど…」

「思い付き、だったですね。でも、ねぷねぷらしい理由だと思うです」

「あはは、それは同感。…だから、訊き方を変えた方がいいかな。どうして今日は、わざわざ私も誘ってくれたの?ただ、自分もお菓子作りをやってみたいってだけなら、私を誘う必要はないよね?なのに誘ってくれたのは、どうして?」

 

 私は疑問だった。プラネテューヌにはコンパがいて、コンパ一人でも指導役は十分な筈なのに、何故わざわざ私まで…神生オデッセフィアにいた私の事まで誘ってくれたのかが。勿論誘ってくれたのは嬉しいけど、それはそれとして気になっていた。ネプテューヌの事だから、「やるなら大人数の方が楽しいじゃん?」…って言うかもしれないし、そういう理由でも理解は出来るけど…そうなると、今度はどうしてプラネテューヌ外から呼ばれたのが私だけなのか、って点が気になる。そういう思いがあったから、私はネプテューヌに訊き…するとネプテューヌは頬を掻いて、珍しくちょっぴり気恥ずかしそうな顔をしながら、言う。

 

「…久し振りに、こういう時間を過ごしたかったんだ」

「こういう時間…?」

「ほら、前はイリゼもプラネテューヌにいて、プラネタワーに住んでたから、何もなくても…っていうか、お互い何もない日は普通に毎日会ってたし、こんぱやあいちゃんもプラネテューヌにいるから、四人でいる事も多かったでしょ?でも、イリゼは神生オデッセフィアを建国して、その守護女神になったから……」

「あ……」

 

 これまでは普通にあった、日常だった時間が、今はもうそうじゃないから。…そんなネプテューヌの答えに、私ははっとする。

 これまでそれを、考えてこなかった…なんて事はない。むしろ何度もあった、何度も考えてきた。今でこそ神生オデッセフィアの生活に慣れてきているけど、神生オデッセフィアに…浮遊大陸に移ったばかりの頃は、何度もそれを感じていた。セイツも一緒に来てくれて、イストワールさんも暫くは側で私を支えると言ってくれて、私を信仰してくれている皆も神生オデッセフィアに来てくれたから、孤独感はなかったけど…それでも、私が望んだ道を、新たな未来を手にしたのと引き換えに、それまでは当然だったものが変わってしまった、なくなってしまったのだという現実は、少なからず私の心に響いていた。後悔はなくとも、確かに惜しさはそこにあった。

 そして…その思いは私だけのものじゃなかったんだと、ネプテューヌも感じていたのだと、初めて知った。見回してみれば、コンパやアイエフもネプテューヌへ理解を示すような瞳をしていて……

 

(あぁ、そっか。皆、そうだったんだ。私が皆との日々を、大切に思ってたみたいに…皆も、私との日々を、大切に思ってくれてたんだ…)

 

 皆同じ気持ちだった。皆も私を思ってくれていた。…それが、嬉しかった。胸を張れる感情ではないけど…凄く、嬉しかった。だから私も、言葉を返す。感謝と、今私の中にある素直な思いを。

 

「…ありがとう、ネプテューヌ。今日は私を誘ってくれて。コンパとアイエフも、一緒の時間を過ごしてくれて。今日は凄く楽しかった。お菓子を作る時は、いつも楽しいけど…いつもより、ずっとずっと楽しくて、煌めいていた。だから…今度は神生オデッセフィアでやろ?お菓子作りじゃなくてもいいから、またこうして皆で集まれたらいいな」

「イリゼ…そんなの、言われるまでもない事だよっ!ね?こんぱ、あいちゃん」

「そうですっ。イリゼちゃんが誘ってくれるなら、いつでも行くですよっ」

「守護女神になっても、そういうところは…ううん、そういうところ以外も、イリゼは変わらずイリゼなのね。えぇ、私も同じ気持ちよ」

 

 ネプテューヌは満面の笑みを、コンパは柔らかな笑みを、アイエフは優しい笑みをそれぞれ浮かべて、私の思いに応えてくれる。私が目覚めた日、『複製体のイリゼ』の日々が始まってから、一番最初に出会った三人が、今もこうして私を思ってくれて、私と気持ちを共有してくれる。…本当に、私は幸せ者だと思う。私と皆との日々は、私の歩む道が変わった事で、これまで通りじゃいかなくなっちゃったけど…皆との繋がりは、消えない。消えたりはしない。

 

「よーっし!ネプテューヌ、エンジンばりばり掛かったよーっ!」

『エンジン?』

「うんっ。わたしはこれまでも普段はのんびり気楽に仕事をする事で皆も心に余裕を持って仕事出来るようにしつつ、でもいざという時はきっちりと決める、良い女神だった訳じゃん?」

『…………』

「お、恐ろしく冷たい視線が…っていうかこんぱまでしてる!?」

「いや、その…ねぷねぷは凄く良い女神様だと思うですし、これからもねぷねぷの事は応援するですけど…流石のわたしも、のんびりしてるのがただの素だって事はもう十分知ってるですから……」

 

 後半はともかく、前半は頂けない。結果的にそういう側面が生じていたりはするのかもしれないけど、それを自分の成果みたいに言うのは違うでしょう。そんな意図を込めて私達が視線を向ければ、ネプテューヌは気圧されていた。

 

「あはは…うん、まぁ…そうだよね。わたしも、それは分かってるよ。分かってるっていうか…どんどんどんどんネプギアが成長して、状況はどうあれ一度は実力でわたしを上回った事すらあったし、イリゼも今は守護女神の道を…自分で国を興して、信仰してくれる皆と共に新しい道を切り開いて…他の皆の頑張りとか、信次元に住む皆の未来を信じる姿とかを見て、わたし自身自分を振り返るような事もあって、わたしも思ったんだ。わたしはわたしだし、わたしらしさを捨てる気なんてないけど…わたしらしいまま、もっと頑張ってもいいんじゃないかな、って」

 

 真面目な顔…って程ではないけど、真剣さを感じさせる表情と声で、ネプテューヌは言う。自分の感じた事、思っている事、それにこれから向かおうとしている先を。

 もしかしたら、今さっきの発言は、ネプテューヌの照れ隠しだったのかもしれない。自分が頑張るなんて言っても、冗談だと思われちゃうかもしれないから…そんな風に思って、つい自分からふざけてしまったのかもしれない。

 だけど…私は、私達は知っている。色々穴のある女神だけど、ネプテューヌの国民を、皆を思う気持ちは本当だって。魔王ユニミテスの時は、それが悪い方に出ちゃった時もあったけども…それも思いがあってこそ。そして、ネプテューヌが頑張ろうと思うのなら…ネプテューヌなりに、ネプテューヌらしく進もうとするのなら、ここにそれを否定したり、ましてや笑うような人は、誰もいない。

 

「…だからさ、皆ももし良かったら、力を貸してくれないかな?勿論頼りっ切りじゃなくて、あくまでまずわたしが全力で頑張って、その上でって話だけど……」

「ふふっ…勿論ですよ。ですよね?あいちゃん、イリゼちゃん」

「ま、そもそもこれまでだって散々支えてきた訳だからね。…今更そんな事言われなくたって、力位貸すわよねぷ子」

「私もだよ、ネプテューヌ。今は守護女神同士、これまでと全部同じ形での協力は出来ないけど…私達、友達でしょ?」

「皆ぁ……!」

 

 さっきのネプテューヌを真似するようにコンパが言い、私とアイエフがそれに頷く。私達の言葉に、ネプテューヌは感極まったような顔をして…それから、立ち上がる。

 

「うぅ、やっぱり持つべきは友だよ!皆大好きっ、わたしもこれまで通り、皆が困った時はいつだって力を貸すからね!」

「頼りにしてるよ。…けど、頑張るのって大変だよ?それは分かってるよね?」

「分かってる分かってる!…あ、でも今はまだ、普通にのんびりしても良いよね?折角四人で美味しいプリンとフルーツタルトを食べてるんだもん。今日は最後まで、皆でわいわい楽しくしよ?」

 

 やたら軽い調子で返してきたネプテューヌに、全くもう…と思った私だけど、続く言葉には完全に同意。ネプテューヌだけじゃなく、私だって頑張らなきゃいけない。まだまだ頑張らなくちゃ、私も神生オデッセフィアも、遥か先を行くネプテューヌ達や四つの国の背中すら見えない。

 でも、それはそれ、これはこれ。私も今は、この時間を楽しみたいから、大切にしたいから、そうだね、と笑って…プリンとフルーツタルトに舌鼓を打ちながら駄弁って、その後はゲームをして、盛り上がって…ネプテューヌとコンパとアイエフと、四人で心から楽しいと感じる時間を過ごすのだった。




今回のパロディ解説

・「〜〜邪魔するなら帰ってねー〜〜」、「開口一番新喜劇〜〜」
よしもと新喜劇及び、新喜劇におけるお約束ネタの一つの事。わざわざ神生オデッセフィアから来た訳ですし、仮に言われてもまあ当然帰ろうとはしませんよね。

・「〜〜ペットボトルロケット〜〜割りまくっちゃって……」
星屑テレパスの登場キャラの一人、雷門瞬の行動のパロディ。ネプテューヌが食べ物に腹いせするならナス…でしょうか。でも、潰したら匂いがしてしまうから…という事でやっぱりやらないかもですね。

・「〜〜こげる!はやく!〜〜」
ポケモンシリーズにおける、ポフィン作りの際に出てくる表示の一つの事。そんな表示は出てきませんが、実際回すべきところでちゃんと回さないと、焦げはするでしょう。

・「誰が演劇ガールズ〜〜」
ワールドダイスターにおけるプロジェクト名の事。女神の場合、目が光るというか、目に電源マークが浮かびますね。まあ、それが暗い所では光っているように見えるかもですが。

・「〜〜プラネテューヌの精神が形になったかのようだよ!」
機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORYに登場するキャラの一人、アナベル・ガドーの代名詞的な台詞の一つパロディ。プラネテューヌの精神って…なんなんでしょうね。

・「〜〜ゲル状だったり〜なってた可能性〜〜」
東亰ザナドゥにおける料理で失敗した場合のパロディ。そういえば、ネプテューヌシリーズではゲテモノ料理や食べ物と呼べない何かを作ってしまう、みたいなネタってなかった気がします。

・「う…う…うーまーいぞぉおおおおおおぉっ!」
ミスター味っ子に登場するキャラの一人、味皇の代名詞的な台詞のパロディ。実際この時は、口から光を出していたかもしれません。当然そんな能力はネプテューヌにはありませんが。




 OSにおける通常の投稿は、これにて一先ず完結しようと思います。コラボが非常に多い作品となってしまいましたが、これまでお付き合い頂き、ありがとうございました。
 とはいえ、まだ終了ではなく、数話程作品情報を投稿しようと思います。良ければそちらも読んで下さい。


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