GATE 近未来日本国国防軍 彼の地にて斯く戦えり (国防アレキサンダー)
しおりを挟む

人物、用語集

今まで蓄えてきた情報達をまとめるページです。
まだ描いている途中ですが、オリジナル戦術人形の挿絵ができたらここに投稿する予定です。


設定集

 

GATE自衛隊×近未来SF作品多数。

ドルフロ、攻殻機動隊、PSYCHO-PASSを主軸に様々なSF要素を追加しています。

 

 

 

 

 

 

人物

・伊丹耀司

 原作GATE、及び本世界線における主人公。39歳、階級は陸軍中尉。基本的な性格としては自他共に認める「オタク」であり、本来なら趣味の維持のために安定して当時の自衛隊、自衛官を目指していた。

 しかし19歳の時に日本が巻き込まれた第三次世界大戦にてなし崩しに実戦参加。その実戦で生き残り実戦経験を積んだ結果、彼の性格に多少の変化があった模様。

 なおその後、2050年から54年の四年間の経歴が抹消されている。その間に42式自動散弾銃やHal-27などの今でも親しい戦術人形と出会っていた模様。4年の間に何があったのかは一部の人間しか知らない。

 

・戦術人形・42式自動散弾銃

【挿絵表示】

 日本国国防軍が開発していた42式自動散弾銃と同期する戦術人形。伊丹と面識の深い戦術人形で、殆ど彼と一緒に行動している。

少し抜けた喋り方をするが、どうやら会話機能の一部に癖がある模様。ワンオフの戦術人形である為戦闘能力はかなり高く、特地では数百人の武装兵士に対してたった一人で殲滅可能。

 だが伊丹と出会ってからメンタル面に異常が出ているようであり、かなり不安定な精神状態。伊丹や猫宮が影からその様子を心配している。

 

・戦術人形・Hal-27特殊短小銃

【挿絵表示】

 特殊短小銃のHal-27と同期する戦術人形。明るい性格で誰に対してもフレンドリー、なおかつコミニュケーション能力も高い。右腕は機械部品が露出した義手の様な腕になっており、彼女の高い射撃精度に貢献している。

 量産された戦術人形であり他にも同型の姉妹達がいるが、第三偵察隊に配属されたHal-27はその中でも個性的。

 黒いショートヘアに赤メッシュを携えており、偵察隊の面々からは後に『ハルニーナ』という愛称が付けられる事になる。

本作オリジナルの戦術人形。

 

・戦術人形・ALSK-45自動拳銃

 

・戦術人形・38式自動小銃

 

・戦術人形・EPW-52光学機関拳銃

 

・戦術人形・MORS-4電磁狙撃銃

 

・戦術人形・IDL小隊

 炎龍出現に際し、イタリカ編より第三偵察隊に配備された『中距離高出力レーザー砲』を扱う3人の重装戦術人形。

 IDLとは個体高出力レーザー(individual Dynamic Laser)の略で、その名の通り設置式の高出力レーザー砲である。通常モードでは連続でレーザーを照射し敵兵を制圧可能。さらにモード変更で対戦車レーザー砲に切り替えることもでき、チャージした高出力レーザー光線は多脚戦車すら破壊することが可能。

 小隊メンバーはアイナ、デール、ランナの3人。名前にはそれぞれ「IDL」の頭文字が付けられている。

 全員ちょっと抜けた所のあるAIを搭載しているため、戦闘以外では失敗が多い。部隊からは『三馬鹿』なんて言われている愛され馬鹿。

 

・特殊作戦群実働科・第444小隊

 柳田明少佐の具申により設立された、特殊作戦群の"公式には存在しない人形部隊"。ドイツ製輸入銃器と同期するワンオフの戦術人形4人で構成されており、4人とも高い戦闘能力を有する実力者。

 公式文章には存在が書かれておらず、実態を知るのはごく一部の人間のみ。だが存在を知る伊丹や42式からは「柳田の私兵」などと比喩されており、実際、指揮官である柳田が直接立案した諜報、工作作戦に投入されている。

 

・戦術人形・EMP-46

 第444小隊のリーダー。フードを被った小柄で華奢な少女の見た目をしており、胸が平たい()。

 ドイツ製光学短機関銃であるEMP-146と同期し、主に部隊指揮をしながら戦闘を行う。性格は冷酷でサイコパスに近く、卑怯で残忍な手段も厭わない。

 

・戦術人形・ EMP-149

 第444小隊の前衛。EMP-146の改良型であるEMP-149と同期し、敵を撹乱する前衛の役割を持つ。おちゃらけたムードメーカーであるが、彼女も姉の146と同じくサイコパス気味。

 

・戦術人形・ IMR-4

 部隊のエリートとも言われる冷静なライフルマン。銀髪のショートヘアを携え、ドイツ製3Dプリンター内蔵小銃であるIMR-4を操る。

 

・戦術人形・ MKL.11

 寡黙でいつも眠たそうな狙撃手の少女。ドイツ製対物狙撃銃である携行式電磁投射銃のMKL.11を携え、高い狙撃能力で部隊を援護する。

 

・猫宮日鞠

 日本国国防陸軍技術研究所に所属する軍属研究員。幼い頃からの天才らしく、42式やHal-27を始めとする国防軍採用の戦術人形を多く手掛けてきた。

 戦術人形に関する研究分野ではそこそこ名の知れた研究者であるが、コーヒーに大量の砂糖を入れたり、AIコアの入っていない自律人形の素体を集めるのが趣味だったりと、人と変わった部分も多い模様。

 特地派遣軍にも研究員として初めて加えられ、特地の環境が戦術人形のメンタルに対してどのように影響するのかを観察するため派遣された。

 

 

 

 

 

 

世界観

・ユリシーズ災害

 2020年に起きた隕石災害で、太陽系外から巨大隕石"ユリシーズ"が地球軌道へ落下し、世界情勢を完全に塗り替えた。

 直前に核ミサイルによる迎撃が行われ、被害は最小限に抑えられたが、幾つもの破片が地表へ落下。しかもただ落下しただけでなく、ユリシーズには「コーラップス(崩壊液)」と呼ばれる太陽系外物質が大量に含まれており、これが地表に落下した地域は人間の生存が不可能なレベルにまで汚染された。

 元ネタはエースコンバットシリーズの小惑星ユリシーズと、ドールズフロントラインのコーラップス災害を掛け合わせたモノ。

 

・E.L.I.D(広域性低放射感染症)

 コーラップス汚染に被曝した生命体が発症する疾病。およびその発症者を指す。高濃度のコーラップスに被曝した場合、生体は崩壊し速やかに死に至るが、低濃度のコーラップスに被曝した場合は即死せず、形態の変異を引き起こす。

 変異の様相は様々であるが、おおむね前世紀における「ゾンビ」や「ミュータント」といったものに近く、およそ人間とはかけ離れた様相を呈する。

 元ネタはドールズフロントライン。

 

・第三次世界大戦

 2035年に発生した、コーラップス災害により存続の危機に陥った国々に対して追い打ちを仕掛けた世界大戦。

 新ソ連と中華連邦に対し、後のG8となる西側国家は団結して戦争を戦うも、肝心のアメリカがアラスカ汚染の被害により国力を損失していたため、各国はアメリカの援軍なしで戦わざるを得なかった。

 結局大戦は引き分けに終わり、新ソ連が有利な状態で終結。西側各国は自国のコーラップス汚染と疑心暗鬼により足並みが揃わなくなり、不利な情勢を強いられる。

 

・EMP粒子

 第三次世界大戦において撒き散らされた電波妨害粒子。アメリカとソ連が撃ち落とした核ミサイルの爆発が、成層圏のコーラップスと融合。大気に残り続け、今でも電波妨害を引き起こしている。

 当然衛星とのデータリンクは途絶してしまい、さらにはジェットエンジンがこれを吸うとエンジンを破壊してしまう為、戦闘機が出撃しづらくなった。

 それ以降の各国のドクトリンは陸軍、海軍編重となり昔ながらの泥臭い戦場に戻った。

 

 

 

 

 

 

国家

・日本国

 本作の舞台となる日本の国家。

 2020年より以前は史実と同じ歴史を歩んだが、それ以降はユリシーズの汚染が偏西風で流れ込み、第三次世界大戦では本土が戦場となるなど、修羅の歴史を歩んでいる。しかしそれらの苦難を全て弾き返し、現在でも国体を維持している。

 人間型戦術人形の分野で世界トップクラスの技術を保有しており、民間などの分野ではトップシェアを誇る。しかし軍事力自体は仮想敵の新ソ連には遠く及ばず、アジア方面には同盟国が少ないため、日本国を守る国防軍はかなり苦しい現状に置かれている。

 元ネタは多すぎて不明。

 

・新生ソビエト連邦

 アメリカに代わって台頭し始めた、ソ連もといロシア連邦の後継国家。ソ連と名乗っているが、かつての共産主義は廃れている。

 第三次世界大戦のヨーロッパ戦線にて、戦術人形と無人兵器を組み合わせた完全無人化部隊を率い、西側各国に勝利。その後もG8の国々を凌駕する軍事力を有し、国土の汚染も比較的少ないため大国にのし上がった。

 元ネタはドールズフロントラインの新ソ連。

 

・中華連邦

 2055年時点での中華人民共和国の後継国家。

 ユリシーズ災害の影響で上海を中心に甚大な被害と汚染を受けているが、偏西風の影響で本土への被害は最小限に済んでいる。その為、今もなお新ソ連の同盟国としての国力を維持している。

 

・アメリカ合衆連合

 北アメリカ大陸においてアメリカ合衆国とカナダと合併した国家。

 2055年時点のアメリカはもはやかつての超大国ではない。アラスカ汚染の急速な広がりにより西海岸全域の海軍が全滅し、当時世界一位を誇ったシーパワーを喪失。さらには汚染により穀倉地帯を失い、もともとあった国力は完全に没落している。現在はロッキー山脈に要塞を建設し東海岸を中心に政府を作っているが、結局カナダと合併してしまった。

 日本とは日米同盟が存続しているものの、今のアメリカには日本まで遠征を行う余力がないため、ほぼ陳腐化している。

元ネタはドールズフロントラインのアメリカ。

 

・イギリス王国

 現在のイギリスの後継国家。

 別名「欧州の海の覇者」とも呼ばれ、非常に高い海軍力を誇る。欧州やアジアに拠点を持ち、その海軍力はたったの一国で新ソ連の欧州方面艦隊の全戦力とほぼ同等。

 

・フランス共和国

 現在のフランスの後継国家。

 G8の枠組みの火付け役となった国であり、G8本部がパリに存在している。発足から数十年経った現在でも、G8の中では莫大な影響力を誇る。

 

・ドイツ連邦

 現在のドイツの後継国家。

 欧州随一の経済力と技術力を持ち、特に戦車や装甲車、さらには戦術人形などの軍事技術に非常に秀でている。欧州においてドイツ製戦術人形を採用していない国は存在せず、その人形技術は常に新ソ連の数世代先を行っているとも言われている。

 

・イタリア共和国

 現在のイタリアの後継国家。

 別名「地中海の真珠」とも呼ばれ、汚染の少ない綺麗な国土と地中海を統べる高い海軍力を持っている。

 

・大ポーランド共和国

 現在のポーランド共和国の後継国家。

 別名「欧州の盾」とも言われ、新ソ連に対しては直接国境を接しているため、他のヨーロッパ各国に比べて戦争意識が非常に高い。

 特にポーランド陸軍は欧州一の歴史を誇る組織であり、80万人以上の人間軍人を抱え、ドイツ製戦術人形も多数輸入している。対新ソ連の先鋒を担う精強な軍隊として、その抑止力を発揮している。

 

・トルコ共和国

 現在のトルコの後継国家。

 ポーランドと同じく、新ソ連と接する最前線国。欧州とアジアを繋ぐ通行路に存在し、交易や貿易の航路として栄えている。

 意外なことにAIに関する技術力が非常に高く、特に軍事ドローンに関する技術力が高い。最近ではドイツ製とシェアを争っていたり、無人で戦闘行動を行う戦術機なども開発している。

 

・オーストラリア合衆国

 現在のオーストラリアの後継国家。

 日本と同じく、アジア方面に存在するG8国家の一つ。2020年以前は砂漠が広がる土地が多かったが、幸運なことにユリシーズ災害により地球の気候が変わると、多くの土地の気温が下がり雨が降るようになり、穀倉地帯として使えるようになった。

 さらにアメリカ大陸からの移民の流入により人口が増加。2055年現在、その国力は非常に高くなっている。

 

・G8

 新ソ連に対抗する西側国家の同盟構造。構成されているのは日本、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、ポーランド、トルコ、オーストラリアの8か国。アメリカは完全に没落して新ソ連に対抗するどころではないので、この中には入っていない。

 元ネタは特になし。

 

 

 

 

 

 

日本国国防陸軍メカニック

・強化外骨格・エグゾスーツ

 2055年において歩兵が装着する強化外骨格。強化外骨格と言っても装甲などはなく、身体を覆う"骨"の様な部品で強化を施すという小型の装備である。

 日本やヨーロッパ各国など、人間の兵士を戦わせている軍隊では一人一着レベルで普及しており、これで戦術人形との身体能力差を埋めている。

 元ネタはCoD:AWにて兵士が装着している強化外骨格。

 

・45式装甲強化外骨格

 国防陸軍の他、警察などにも普及している装甲強化外骨格。大型の腕と脚部を搭載し、大口径の機関砲やグレネードランチャーなどを使用可能。

 軍用、警察用共に用途や任務に応じて武装を組み替えることが可能であり、警察用はショックアブソーバーや近接警棒、催涙ガス発射ランチャーなどを搭載している。

 

・自律人形

 2055年において広く普及しているAIコアを搭載した完全自立型のアンドロイド。他の無人機械とは違い、原則的に二足歩行であるとされる。

 民間だけでなく軍事においても広く普及し、第三次世界大戦においては新ソ連が「戦術人形」と呼ばれる軍事人形をいち早く実戦に投入。思考戦車やドローンと組み合わせた戦術無人化グループを編成し、日本やヨーロッパでの戦いにおいて勝利を重ねた。

 

・日本における自律人形

 日本においては、新ソ連と同じくかなり早い時期から人形が普及している。だが新ソ連の人形が軍事関連から普及したのに対し、日本においては主にある企業が開発した『民間用サービス人形』から広がった経緯があり、日本において自立人形は広く普及している。

 

・日本国国防軍の戦術人形

 民間から人形が普及した日本であるが、戦術人形の分野で決して遅れを取っているわけではない。だがいち早く戦術人形を実用化した新ソ連とはドクトリンが異なる。

 日本国国防軍では戦術人形は主に人間兵士の補佐を担当している。まず人間の歩兵が存在し、その兵士を戦術人形が補佐し、それらを護る思考戦車が存在するという構成だ。

 このドクトリンには、新ソ連の完全無人化のような機械に軍事のすべてを委ねる事への危機感が現れている。

 

・烙印技術《スティグマ》

 正式名称は「Advance Statistic Session Tool(ASST)」。とある理論をもとに、戦術人形と銃火器などの武器をリンクして繋げるシステム。これにより、人間や従来の戦術人形を遥かに超える戦闘力が付与された。

 

・ツェナープロトコル

 戦術人形が用いる特殊な広域通信手段。ホスト衛星や基地局などを中継せず、独自のコミニュケーション通信を構築して情報をやり取りする。特地ではかなり有効な通信手段だった為、人間兵士も使えないかと模索中。

 元ネタはドールズフロントライン。

 

・メンタルモデル

 AIコア及びホストサーバーに保管されている戦術人形のデータ、および感情の総称。人間と同じ個性豊かな感情を表現できるが、時には葛藤や不確定要素でエラーを出してしまう。

 それらのエラー持ちは「変異体」と呼ばれ、放っておくと深刻な損傷につながるかもしれないので、メンタルのケアは大切である。

 元ネタはドールズフロントライン。変異体という言葉の元ネタは「Detroit:Become Human」より。

 

・ダミープロトコル

 戦術人形が戦力を手軽に増やすため、戦術人形がコントロール可能なダミー人形を仲間に付けるシステム。

 ダミーの戦闘能力はホスト元と同等であるが、最低限の命令しかこなせないのが問題。さらにはバッテリーを大量に消耗するので、本格的な戦闘がなければ使用しないのが原則。

 元ネタはドールズフロントライン。

 

・重装戦術人形

 小火器などより大きい設置兵器、主に対戦車ミサイル、自動擲弾銃、対物レーザー、迫撃砲などを扱う戦術人形。通常3〜4人グループで一つの兵器を運用する。

 元ネタはドールズフロントライン。

 

・思考戦車

 AIコアを搭載し、人が操縦せずに完全自立で戦闘を行う陸上兵器の総称。多くの場合、多脚戦車などがこれに含まれる。

 これに関しても様々な種類が存在し、戦闘のみに特化し無駄な機能を削ぎ落とした新ソ連の『T-44型思考戦車・テュポーン』や、最低限の会話機能を備えた日本製の『30式多脚戦車』など、その国によって特色が異なる。

元ネタは攻殻機動隊の思考戦車。

 

・50式多脚戦車

 日本国国防軍の最新型多脚戦車。

 

・30式多脚戦車

 日本国国防陸軍の主力多脚戦車。

 AIコアを搭載し、人間が操縦せずとも無人で戦闘行動が可能。"カブトムシ"と言う愛称で陸軍では頼りにされている。

 旧世代の戦車と同じくキャタピラを用いて巡航するモードと、キャタピラが4脚に変形し不整地を歩行するモードの二つの形態に変形することが可能で、どんな地形にも対応可能な突破力を持ち合わせている。

 主砲は55口径130mm電磁砲で、これは炸薬で砲弾を撃ち出した後にコイルで加速させる、いわゆる"コイルガン"である。副武装として前腕部12.7mmガトリングガンを2門、30mm機関砲を上部にRWSを1門。

 ちなみに旧世代の90式戦車や10式戦車などは第三次世界大戦にてほぼ壊滅しているため、国防陸軍が保有している戦車の大半はこの30式多脚戦車に置き換えられている。

 元ネタは劇場版PSYCHO-PASSに出てきたガネーシャ多脚戦車。

 

・32式多脚装甲戦闘車

 4対8本の脚部で機動する装甲戦闘車両。愛称で"クワガタムシ"とも言われ、長い前腕部が特徴。

 乗員は歩兵8人、武装は連装36mm機関砲砲塔一基。車体はコンポーネント化されており、外部装備を追加して装甲強化外骨格を搭載したⅡ型、105mm砲を搭載した機動戦闘車、120mm迫撃砲を搭載した自走迫撃砲、36mmガトリングを搭載した自走高射機関砲など、バリエーションが非常に豊富。

 本作オリジナルの装甲車。

 

・32式多脚装甲車

 第3偵察隊に所属している兵員輸送車で、32式多脚戦車装甲戦闘車の車体を流用した兵員輸送車型の兵器。14名の輸送能力と軽量化、大型エンジンによる高い馬力を有している。

 代わりに武装は最小限となり、ハッチ上に12.7mmガトリングガン、又は40mm自動擲弾銃を搭載。愛称として"コガネムシ"とも。

 本作オリジナルの兵器。

 

・36式指揮戦闘車

 日本国国防陸軍の大型指揮車両。9人の士官が立った状態で指揮が可能で、EMP環境下でも歩兵や多脚戦車との近接データリンクが利用可能。さらには簡易的なツェナープロトコルも搭載しており、戦地の戦術人形と同様の通信経路を獲得可能。

 ただし他の装甲車と互換性がなく、各種装備のコストが高いのが難点であまり配備は進んでいない。自衛武装として12.7mm自動機銃とスモークディスチャージャーを4基搭載。

 元ネタはPSYCHO-PASS劇場版に登場した指揮車両。

 

・戦術機

 正式名称『戦術歩行戦闘機』。

 有人操縦の二足歩行機動兵器で、第三次世界大戦の撒き散らされたEMPの影響で出撃できなくなった戦闘機の代替兵器として、強化外骨格や戦術人形の技術を発展させる形で誕生した。

 現在では市街地戦や山岳戦の要とも呼べる独自地位を獲得しているが、遮蔽物のない平地での戦闘は苦手とする。その運動性能と汎用性から、戦闘以外に工作機械や弾薬運搬など様々な場面で活躍している。

 元ネタはマブラヴシリーズの戦術機であるが、原作とは誕生経緯が違うため注意。

 

・49式戦術歩行戦闘機・疾風

 日本国国防陸軍が運用する第三世代型戦術機。国産第一世代戦術機である『雷電』の後継機であり、機体の軽量化と高性能な電子制御による高い機動性を発揮する。

 欠点としては、極限まで切り詰めた設計から来る汎用性の低さが挙げられる。ちなみに海軍にも艦載機として配備されており、そちらは『疾風C型』とも呼ばれている。

 オリジナルの戦術機。

 

・疾風Ⅱ型

 疾風を近代化改修した戦術機。疾風の欠点である汎用性の無さを解消するべく、イギリスとの共同開発によって作られた改修型。

 本作オリジナルの戦術機。

 

・39式戦術歩行戦闘機・彗星

 第三次世界大戦後に開発された国産第二号の戦術機。

 本作オリジナルの戦術機。

 

・34式戦術歩行戦闘機・雷電

 第三次世界大戦中に実戦投入された、初の国産戦術機。

 本作オリジナルの戦術機。

 

・41式戦術歩行偵察機・彩雲

 39式彗星を元にレーダーやセンサー類などを増設して開発された戦術歩行偵察機。

 本作オリジナルの戦術機。

 

・37式戦術歩行攻撃機・凄鉄

 

・38式強襲歩行攻撃機・海神

 

・長刀

 戦術機が装備する近接格闘兵装。EMP粒子の影響で戦術機同士の高速戦闘では近接戦闘などが多く起こるようになり、敵の装甲を切り裂いてダメージを与える兵装として開発された。

 この手の兵装は世界中で様々な形態があり、イギリスは大剣、ドイツやフランスはハルバード、オーストラリアは直剣、新ソ連は椀部にモーターブレードを内蔵するなど、その国の個性が出る。日本の場合は日本刀のような、特殊な湾刀を装備する。

 元ネタはマブラヴ・オルタネイティブより74式近接格闘戦用長刀。

 

・追加装甲

 戦術機が装備する大型の盾。重量が嵩む代わりに戦術機特有の脆弱な防御力を補うことが可能で、36mm程度であれば何発か弾く強力なフィジカルがある。

 

・ドローン

 2055年において軍事、民間問わず存在する無人航空機の総称。これにもAIコアが搭載されている。

 

・ATH-39自動爆撃ヘリ・スズメバチ

 日本国国防陸軍と国防海軍が運用する対戦車戦闘ヘリ。大火力と高機動力で、水中以外の全環境における高い攻撃性能を有する。

 "スズメバチ"の由来は、胴体後部に可動する30mmガトリングガンポッドを有した特徴的な形状が蜂のように見えるためである。

 元ネタは攻殻機動隊S.A.Cに登場した戦闘ヘリのジガバチ。

 

・スズメバチAV

 スズメバチ・アドヴァンスとも呼ばれる近代化改修型のスズメバチ。二人乗りへの改修とローター上の長距離レーダー、そして指揮支援AIの搭載がなされ、主に爆撃ヘリ部隊の指揮を取る。

 

・QAH-42無人攻撃ヘリ・オニヤンマ


 国防陸海軍及び海上保安庁で運用されているダクテッドファンを2基を装備した自律型無人攻撃ヘリコプター。


 偵察から索敵、襲撃、護衛、観測、標的への誘導、拠点防衛、群ドローンの迎撃など多用な任務が可能で、海軍や海上保安庁では哨戒や不審船の監視・追跡、海上臨検隊の支援、魚雷や水上・半潜水自爆ドローンの迎撃などに運用されている。


 武装は機体下部に固定武装の12.7mmガトリングガンまたは40mm自動擲弾銃もしくは36mm機関砲を1門装備し、機体両側にはハードポイントが各1基づつ設置。
 ハードポイントにはスズメバチのスタブウイングに装備される兵装を装備する事が可能で、海軍や海上保安庁の仕様機は短魚雷2本または4から6発の爆雷が装備可能となっている。


 なおオニヤンマはスズメバチやアオムラサキとの部品を共通化されており、運用整備コストがスズメバチの4分の1以下となっている。


 元ネタは「トゥモローウォー」の終盤に登場する海上基地を防衛する航空ドローン。

 




・QCH-49無人輸送ヘリ・カラスヤンマ


 オニヤンマの機体胴体を延長し、ダクテッドファンを四基にした自律型無人輸送ヘリコプター。


 運用は主に物資の輸送や兵站任務、軽装甲車両やAST、無人地上車両、榴弾砲などの空輸、負傷兵や損傷した戦術人形の後方輸送、燃料タンクを搭載した簡易型空中給油など多様な運用可能。


 海軍では艦艇間の物資輸送や対潜哨戒などに使用されている。


 なお、本機は防御兵装を除き非武装であるが対地・対空ミサイルや偵察も可能な自爆ドローンまたは小直径爆弾を収納したコンテナを搭載し、発射母機としても運用されている。

 

・UTH-42中型強襲ヘリ・アオムラサキ

 国防陸軍と国防海軍が運用する中型汎用ヘリ。兵員22名の輸送と装甲外骨格を搭載して飛行できる他、軽車両を吊り下げての飛行も可能。軽量な武装を施す事も可能で、主に強襲ヘリコプターとして運用されている。

 元ネタはCOD:AWのキャンペーンに何度も登場したあのオスプレイみたいなやつ(名称不明)。

 

・CTH-47大型輸送ヘリ・クロメンガ

 国防陸軍が運用する全長50mにもなる超大型の輸送ヘリ。六発のエンジンと巨大な図体にふさわしい搭載能力を持ち、52名近くの兵員、又は24機の装甲外骨格を搭載できる他、多脚戦車を吊り下げての飛行も可能。

 ちなみに巨大な図体からは想像できないほどの機動性を持ち、バレルロールだってできる。ただしデカすぎるため運用可能地域は限られる他、コストと燃費が無茶苦茶に悪い。

 本作オリジナルの兵器。

 

 

 

 

 

 

日本国国防海軍メカニック

・翔鶴型原子力戦術機母艦

 日本が保有する4隻の正規空母の艦級であり、日本国国防海軍最大の艦艇。全長440m、全幅130mの巨大な船体を持ち、最大52機の戦術機を搭載可能。

 

・吾妻型重打撃艦

 日本国国防海軍が保有する重打撃艦、つまり巨大な火砲を搭載した2055年の戦艦である。

 42cm三連電磁砲を3基搭載し、E.L.I.Dを間引きしたり、火力支援を行うことが可能。対艦攻撃に関しても、射程500kmの誘導砲弾を投射する事が出来る。

 この種の兵器を保有しているのは日本、英国、新ソ連のみであり、大規模な海軍力の象徴のようなものである。

 

・羽黒型ミサイル巡洋艦

 日本国国防海軍のミサイル巡洋艦。1万5000tの船体に20.3cm連装速射砲を艦首に2基、対艦ミサイル16発、VLSを80セルを前後2基搭載している。

 

・北風型ミサイル駆逐艦

 日本国国防海軍のミサイル駆逐艦で、40隻以上が改良を重ねられつつ量産されている。武装はVLS 64+32セル、対艦ミサイル8発と12.7cm単装速射砲を2基。

 

・黒部型汎用護衛艦


 旧海上自衛隊のもがみ型護衛艦の後継として配備が進められている多目的フリゲート。
 性能ははもがみ型の拡大発展型で対空・対水上・対潜などやそれらの任務に応じて航空・水上・水中などの様々なドローンの搭載・運用が可能。


 また、C4ISRなどはもがみ型や旧海自の汎用護衛艦以上の能力を有しながら民生品を多用する事で低コスト化が図られている。


 武装は127㎜単装速射砲1基、VLS32セル1基、中距離レーザーシステム2基、30mm機関砲2基、対艦誘導弾8発、3連装魚雷発射管2基など。


 現在、国防海軍地方隊に30隻以上配備されており、年に4~6隻のペースで建造されている。

 

・雲龍型強襲潜水艦

 日本海軍の強襲型潜水艦で、艦艇部に38式強襲歩行攻撃機『海神』を一個小隊+2機の合計6機を搭載し、深海2000mまで潜水することが可能。これとは別に海神を非搭載にした主力潜水艦モデルも存在する。

 

 

 

企業、編成、その他

・霧島重工業

 内燃機関の開発・製造から始まった重工業企業。現在では、航空・宇宙産業、船舶、自動車を始めとした重厚長大産業だけでなく、半導体などの電子部品やソフトウェア産業へも進出している。

 もちろん軍事にもかなり注力して手を出しており、日本国国防陸軍の主力戦術機である『疾風』などのシェアを誇る。

 元ネタはフロントミッションの霧島重工業株式会社。

 

・アラサカ銃器工廠

 日本国国防軍に銃器を納品している国営の製造会社。日本では銃規制が厳しく、かつてのアメリカほどの銃器需要は見込めない為、銃器製造会社の製品のほとんどは国防軍や警察組織などに引き渡されているのみ。利益率があまりに低く経営が困難な為、国営企業として運営されている。

 

・国防陸軍技術研究所第16棟

 猫宮研究員が所属する特殊な戦術人形研究所。42式などの機密性の高い戦術人形はここで製造され、メンテナンスを受けている。公的には書籍上の記録が抹消されており、一般兵士たちの都市伝説と化し『ダミー部署』とも噂されていた。

 元ネタはドールズフロントラインより16LAB技術研究所。

 

・日本国国防陸軍特地方面軍

 門の向こうの特地へ派遣された日本国国防陸軍の方面軍。アルヌス周辺の門を制圧し、そこに駐屯地を建設し現地で活動を行っている。兵員は後方予備を含めて約5万人ほど。戦闘部隊の編成は、旅団規模に相当する「戦闘団」という諸兵科連合を基本とし、一個戦闘団の兵力は2000人〜5000人ほど。その編成の内容は戦闘団の目的によって異なり、各部隊によって特長が現れる。

 

・第1戦闘団

 アルヌス基地の戦闘団で、多脚戦車や随伴する歩兵をバランスよく配置した主力の機械化集団。

編成

 第101機甲科連隊

  4個多脚戦車中隊(各中隊18輌編成)

 第102普通科連隊

  4個機械化歩兵中隊

 迫撃砲中隊

 偵察中隊

 対戦車中隊

 戦闘施設科中隊

 自走高射特科中隊(対空自走砲、又は軽ミサイル車両 合計18両)

 自走特科大隊(155㎜自走砲18門)

 その他支援部隊

 

 

・第2戦闘団

 第1よりも戦車や装甲車の数を増やした重機甲集団。

編成

 第201機甲科連隊

  5個多脚戦車中隊(各中隊18輌編成)

 第202機甲科連隊

  5個多脚戦車中隊(各中隊18輌編成)

 第203普通科連隊

  4個機械化歩兵中隊

 重迫撃中隊

 偵察戦闘中隊

 対戦車中隊

 戦闘施設科中隊

 自走高射特科中隊(対空自走砲、又は軽ミサイル車両 合計18両)

 自走特科大隊(203㎜自走砲18門)

 その他支援部隊

 

 

・第3戦闘団

 第2と同じく戦車や装甲車の数を増やした重機甲集団。

編成

 第301機甲科連隊

  5個多脚戦車中隊(各中隊18輌編成)

 第302機甲科連隊

  5個多脚戦車中隊(各中隊18輌編成)

 第303普通科連隊

  4個機械化歩兵中隊

 重迫撃中隊

 偵察戦闘中隊

 対戦車中隊

 戦闘施設科中隊

 自走高射特科中隊(対空自走砲、又は軽ミサイル車両 合計18両)

 自走特科大隊(203㎜自走砲18門)

 その他支援部隊

 

 

・第四戦闘団

 自動爆撃ヘリ、および強襲ヘリを中心に編成された空中機動部隊。

編成

 団本部

 本部付中隊

 第401歩兵連隊

  4個歩兵中隊

 第4ヘリコプター群

  群本部

  本部付隊

  戦闘ヘリ中隊(戦闘ヘリ:12機、観測ヘリ:4機)

  2個強襲ヘリ中隊(各中隊強襲ヘリ:16機編成)

  重輸送ヘリ中隊(重輸送ヘリ:12機)

  群支援中隊

 迫撃砲中隊(120mm迫撃砲:18門)

 偵察中隊(歩兵分隊車(ISV)、偵察用ホバーバイクなど)

 対戦車中隊(対戦車ミサイルまたは対戦車レーザーシステム:16両)

 戦闘施設科中隊

 空挺特科大隊(軽量155㎜榴弾砲18門)

 その他支援部隊

 

 

・第5戦闘団

 歩兵部隊を中心とした拠点防衛集団、主にアルヌスの防衛を担う。

 第501機甲科連隊

  5個多脚戦車中隊(各中隊18輌編成)

 第502普通科連隊

  6個機械化歩兵中隊

 迫撃砲中隊

 偵察中隊

 対戦車中隊

 戦闘施設科中隊

 高射特科中隊(拠点対空砲、又は重対空ミサイル 合計18門)

 自走特科大隊(155㎜自走砲、203㎜自走砲18門)

 その他支援部隊

 

 

・第6戦闘団

 戦術機を中心に編成された打撃部隊。飛龍などの特殊な航空戦力が出現する可能性を考慮して編成された。

編成

 団本部

 本部付中隊

 本部小隊(戦闘指揮機(複座型、後部座席に大隊長又は連隊長が搭乗)+直掩戦術機3機)

 第606戦術機機甲科連隊

  6個戦術機中隊(使用機は49式疾風、各中隊12機編成)

 第6戦術偵察戦闘隊

  戦術偵察機中隊(偵察用戦術機12機)

 第6戦術攻撃隊

  戦術攻撃機中隊(戦術歩行攻撃機12機)

 その他支援部隊

 

 

・第7戦闘団

 第6と同じく戦術機を中心に編成された打撃集団。

編成

 団本部

 本部付中隊

 本部小隊(戦闘指揮機(複座型、後部座席に大隊長又は連隊長が搭乗)+直掩戦術機3機)

 第707戦術機機甲科連隊

  6個戦術機中隊(使用機は49式疾風、各中隊12機編成)

 第7戦術偵察戦闘隊

  戦術偵察機中隊(偵察用戦術機12機)

 第7戦術攻撃隊

  戦術攻撃機中隊(戦術歩行攻撃機12機)

 その他支援部隊

 

 

・第8戦闘団

 戦術機と多脚戦車が同時に配備された諸兵科連合集団。高い機動力と重装甲を同時に運用できる。

編成

 第801機甲科連隊

  5個多脚戦車中隊(各中隊18輌編成)

 第802普通科連隊

  4個機械化歩兵中隊

 第808戦術機機甲科連隊

  3個戦術機中隊(使用機は49式疾風、各中隊12機編成)

 第8戦術偵察戦闘隊

  戦術偵察機中隊(レーダー及び各種センサーを装備した偵察用戦術機12機)

 第8戦術攻撃隊

  戦術攻撃機中隊(戦術歩行攻撃機12機)

 対戦車中隊

 戦闘施設科中隊

 装甲偵察中隊

 自走高射特科中隊(対空自走砲、又は軽ミサイル車両 合計18両)

 自走特科大隊(155㎜自走砲、203㎜自走砲18門)

 

・アルヌス方面戦車団

・アルヌス方面混成団

・アルヌス方面特科団

・アルヌス方面高射特科団

・アルヌス施設団

 

 

 

・ロクサット主義

 

・メタンハイドレート燃料

 

 

 

 

 

 

敵側情報

・新ソ連軍の戦術人形

 新ソ連軍の戦術人形は日本のように人間を模した見た目はしていない。機械類と装甲板が剥き出しになった無骨な見た目をしており、"本物の軍用製品"という出立である。

 新ソ連軍はこれら軍用戦術人形を大量に用い、思考戦車やドローンなどと有機的に組み合わせた「戦術無人グループ」を編成。新ソ連軍はこれを発達させ続け、遂には前線兵士の全てを戦術人形で代用することに成功した。

 2055年現在、新ソ連軍に所属している人間軍人は戦術無人化グループを率いる人間の指揮官のみであり、前線からは人間が消えている。指揮官以外の人間軍人は要らないため尉官より下の階級は全て廃止され、一握りのエリート軍人のみが所属している。

 

・新ソ連陸上軍

 新ソ連軍に属する陸軍組織で、同国最強の軍隊。戦術無人グループの設立により人間兵士がほとんど存在せず、兵員や人員のほとんどを戦術人形に頼っている。

 360万体以上の戦術人形を抱え、4万台以上の装甲車を有し、3万台以上の思考戦車も有する。その他、3000機以上の戦術機などを配下に置く。

 

・新ソ連国家親衛隊

 新ソ連政府に属する純軍事組織。新ソ連大統領より直接指示と報告をやり取りする組織としてロシア連邦時代から存在している。

 主に正規軍が戦闘を行なった後に占領地の地盤を固める治安維持部隊としての側面が強い。現地で民間人を制圧する為、その構成員のほとんどが人間兵士である(新ソ連の戦術人形はコミニュケーションが不可能な為)。正規軍の人員が戦術人形に置き換えられた後、元正規軍の兵士がなだれ込む形で拡充された。

 平時は国境警備隊、銃規制、組織犯罪対策、対テロ作戦、および国家施設の警備などを行う。

 

・セルゲイ・イアンコフ大将

 

・エチルゴ・ラエザブ少佐

 

・戦術人形・AK-141 ルイシア

 新ソ連が日本の戦術人形を模して開発した人型戦術人形、その1号機。

 

・戦術人形・AN-152 アヌカフ

 新ソ連が日本の戦術人形を模して開発した人型戦術人形、その2号機。

 

・TDN-28-2 キュクロープス

 新ソ連軍の主力戦術人形。生体部品のない完全機械タイプの戦術人形で、無骨なマシーンとしての出立。

 日本製戦術人形の様な豊かな感情は搭載せず、人間の命令に従い冷酷に敵を殺害する戦闘マシーンである。G8各国からは、恐れ知らずの宿敵として「ドレッドノート」というコードネームを与えられている。

 

・TDG-35 ミノタウロス

 西側のAST並に大型な体格を持つ戦術人形。装甲戦闘車両が入れない室内や山岳地帯などで活躍する。

 

・ZSU-42 ケリュネティス

 新ソ連軍の装甲自走機関砲、部類上は自走対空機関砲。前面を守る可動式の装甲板と30mm連装機関砲を搭載している。

 

・BCP-2 ヒュドラ

 新ソ連軍の中型装甲多脚戦闘車両。四本の足に30mm機関砲、上部に14.5mm重機関銃を携えており、主に戦術人形部隊の直掩支援として投入される。

 

・T-44 テュポーン

 新ソ連軍の主力思考戦車であり、戦術無人グループの要とも言える装甲戦闘車両。

 

・3S40 コイオス

 新ソ連軍の自走榴弾砲。

 

・Su-94 フラガラッハ

 新ソ連軍の第2.5世代型戦術機。

 

・Su-114 デュランダル

 新ソ連軍最新鋭の第3世代戦術機。

 

・戦術無人グループ

 軍用戦術人形や思考戦車やドローンなどを有機的に組み合わせた、完全無人の戦闘部隊。"Tactical Unmanned Group"、略して"TUG"とも言う。

 指揮官である人間の士官以外は全て無人の戦術人形や思考戦車のみで構成されており、目的に応じていくつかパターンがある。

 ほとんどが旅団の規模に収まりながら、諸兵科連合としても完結しているため、非常にコンパクトなまま戦闘能力を維持できる。

 

戦術人形中心の編成:

 指揮本部(人間の士官が数名のみ)

 本部付中隊(支援AIなど)

 第1戦車連隊

  5個思考戦車中隊(T-44 テュポーン装備)

 第1戦術人形連隊

  5個無人化歩兵中隊(全て戦術人形)

 第2戦術人形連隊

  5個無人化歩兵中隊(全て戦術人形)

 第3戦術人形連隊

  5個無人化歩兵中隊(全て戦術人形)

 戦闘重機中隊(無人工作機械)

 戦闘偵察中隊(偵察用ドローン)

 無人砲兵大隊(180㎜全自動砲18門)

 

戦車中心の編成:

 指揮本部(人間の士官が数名のみ)

 本部付中隊(支援AIなど)

 第1戦車連隊

  5個思考戦車中隊(T-44 テュポーン装備)

 第2戦車連隊

  5個思考戦車中隊(T-44 テュポーン装備)

 第3戦車連隊

  5個思考戦車中隊(T-44 テュポーン装備)

 第1戦術人形連隊

  5個無人化歩兵中隊(全て戦術人形)

 第2戦術人形連隊

  5個無人化歩兵中隊(全て戦術人形)

 戦闘重機中隊(無人工作機械)

 戦闘偵察中隊(偵察用ドローン)

 自走高射中隊(対空自動砲、又はVLS車両 合計18両)

 自走砲兵大隊(180㎜全自動砲、203㎜全自動砲18門)

 

戦術機中心の編成:

 指揮本部(人間の士官が数名のみ)

 本部付中隊(支援AIなど)

 第1戦車連隊

  5個思考戦車中隊(T-44 テュポーン装備)

 第1戦術人形連隊

  5個無人化歩兵中隊(全て戦術人形)

 第2戦術人形連隊

  5個無人化歩兵中隊(全て戦術人形)

 第1戦術機連隊

  10個戦術無人機中隊(使用機はSu-94フラガラッハ、各中隊12機編成)

 戦術偵察機中隊(偵察用ドローン12機)

 その他無人支援部隊

 

・ワルキューレMC社

 

・新ソ連海上軍

 

・ミンスク級重戦術機母艦

 

・クロンシュタット級重原子力巡洋艦

 

・砕氷巡洋艦〈アルハンゲリスク〉

 

・リデル級原子力駆逐艦

 

・ゴルドノフ級ミサイルフリゲート

 




編成表は感想欄で書いていただいたアイデアを基にしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一戦役 銀座事件編
EP.01 銀座事件、接触


どうも、匿名投稿の国防アレキサンダーです。

この小説は、同じくGATEと近未来日本のクロスオーバーである『GATE SF自衛軍彼の地にて斯く戦えり』に影響されて書き始めました。
こちらはCoD:AWやドールズフロントラインを中心に近未来世界を構築していますので、楽しめたらと思います。


2022/12/11
本日、本小説の大規模改稿を開始しました。
第一戦役、第二戦役の話はほぼ最初から書き直しておりますので、また楽しんでいただけたら幸いです。


日本国 首都東京 銀座

 

 その日は夏の暑い日であったとされ、今年最初の猛暑日を記録していた。気温は28°、2020年代と比べるとかなり涼しい数値だが、地球規模の災害が起きた2055年の日本にとってはこれでも猛暑に数えられる。

 多くの人々が休日を楽しむのは東京、銀座の繁華街。多層に広がったビルや高速道路が空を包み、摩天楼の壁にはホログラムの文字が浮かぶ。

 ギラギラと光る太陽が頂点に達し、時刻が正午になった頃。

 

 銀座四丁目の交差点にそれは現れた。

 

 中世の世界観に出てくるような、巨大な門。

 

 それは後に「ゲート」と呼ばれる様になる。

 

 ホログラムだろうか?かと思ったら実体がある。見物人が多数、何事かとそれを写真に収めていた。

 無論、第三次世界大戦を経験した危機管理能力のある市民により警察に通報がなされたが、すでに遅かった。

 門が開き、中から異形の怪物が飛び出してきた。オークやトロル、さらにはリザードマンやゴブリン、果てには空にドラゴンが舞い上がり、それら怪物は集まった群衆を老若男女問わず殺害し始めた。

 彼らは暴れまわり、その後に来た中世の騎士の様な人間は宣言した。

 

「蛮族どもよ!!よく聞くがよい!!我が帝国は皇帝モルト・ソル・アウグスタスの名においてこの地の征服と領有を宣言する!!」

 

 彼らは異世界の軍勢で、門の先の世界において最強の帝国だった。向かう所敵なしで、その先が異世界であろうと帝国の勝利に終わると考えていた。

 

 しかし、彼らの予想はあまりに滑稽で無知であった。

 

 門の先は、彼らの常識の通用しない遥か上の存在であると。そして、繋がった先の国は恐ろしい技術を持つ国家であった事を。彼らはその身を持ってして思い知ることになる。

 

 

 

 

 

 

事件の数分前

東京 新橋駅

 

 伊丹耀司は自他に認める『オタク』である。

彼は言う、「自分は趣味のために生きている」と。彼にとっての第一は「食う寝る遊ぶ」であり、その間のちょっとの時間が人生なのだ。

 その日は伊丹が毎年欠かさず行っている日本最大級の同人誌即売会、その1日目の開催日であった。彼は念入りな情報収集とルート検索に基づき、一番乗りで行くはずだったが……

 

「やっべえ、寝坊がこんなに響くなんて!」

 

 その日は彼にしては珍しく寝坊してしまった。職業柄、そしてオタクという趣味の傍ら、寝坊するなんて事はあり得ないのであるが、今日はそうなってしまったのである。

 

「とにかく、次のゆりかもめに乗らんと昼の部に間に合わない!!」

 

 遅れはしまいと急いで走る伊丹であるが、曲がり角の先で誰かの人影が見えたかと思うと、そのまま正面から衝突した。

 

「うおっ」

「きゃっ」

 

 どうやら衝突したのは女性の様で、高い声で悲鳴をあげる。やってしまったと思いつつ、痛む頭を抑えて伊丹は謝ろうとする。

 

「すみません……大丈夫ですか?」

「ちょっとイタミー、目の前くらい気をつけろよな?」

 

 と、相手の女性が自分の名前を呼ぶのを聞いて、伊丹はハッとした。こんな名前で呼ばれるのは、伊丹の知り合いである。そして、数少ない女性の知り合いでこんな口調なのは……

 

「あ、42式じゃないか!」

「"あ"、じゃないよ全く……」

 

 42式、と言う変わった名前で呼ばれているにも関わらず受け流す女性。

 彼女は造られたかの様な美人であり、茶髪の髪を結ってまとめている。服装は夏らしい半袖であり、露出も多く日焼けなどは気にしていない様だ。

 そして伊丹からぶつかってきたにも関わらず、42式は気にせず接する。彼女はまず急いでいた理由を聞き出した。

 

「何をそんなに急いでいたんだ?」

「あー、すまん。同人誌即売会に一番乗りしたくて急いでた」

「うわぁ、ないわー。オタク趣味のために人にぶつかるとかないわー」

「うぐっ」

 

 42式の抗議の声に刺さるものを感じつつ、伊丹は先を急ごうと別れようとする。

 

「とにかく、俺急いでいるから先行っていい?」

「えー、お詫びになんか奢ってよー」

「悪いけどツケといてくれ、頼む!」

「……言っとくけど、ゆりかもめは止まっているぞー?」

「え?」

 

 伊丹にとってゆりかもめは、目的地までの直行便である。新橋駅から乗り換えでゆりかもめに乗っているのだが、止まっていると聞いて42式に聞き返す。

 

「マジで?」

「マジ、なんか数分前に突然ねー。あと、レインボーブリッジも封鎖されたって」

「は、はぁ!?マジでぇ!?」

 

 伊丹の目的地である有明までには、必ずレインボーブリッジを渡らなければいけない。そしてその要であるゆりかもめも止まっているとなれば、到着は相当遅れてしまう。

 

「嘘だろ……何が原因だ?」

「それがねー、分からないから現在調査中なんだってさ」

「出た、いつもの決まり文句」

 

 別に鉄道会社を非難するわけではないが、それでも生命線である橋と鉄道が止まっている以上、いける手段は限られてしまう。

 

「2日目もあるんだろー?明日にすれば?」

「いいや!今日と明日じゃ売っている内容が違う!今日の分は見逃せない!」

「ええ……」

「それより教えてくれてありがとうな!別のルートを探すぜ!」

「あ、おい待て……」

 

 と、そうして伊丹が42式と別れようとした瞬間、近くの巨大な窓の外に黒い大型の影が映った。一瞬足を止めてその方向を見ると、影はこちらに目を剝き口を大きく開けている。

 

「なんだあれ……?」

 

 42式もその陰に気づいたらしく、その方向を凝視した。窓の近くに大勢の人間が集まり、何かを見ている。

 その窓の外にいたのは、巨大な翼で空を飛ぶドラゴンであった。そして、そのドラゴンはこちらに口を開け、口の中から火の玉を……

 

「あぶねえ!」

 

 とっさに伊丹の身体が動いた。42式の体を守るように覆いかぶさり、守ろうとする。その瞬間、熱波と衝撃、そして悲鳴が新橋駅の構内を包んだ。

 

「いてて……大丈夫か?」

「なんとかー」

 

 何があったのかは想像がつく。先ほどまで野次馬が集まっていた窓の近くは、炎で覆われていた。無論、そこにいた人々は焼け焦げ、今なお燃え盛っている。周囲はその攻撃にパニックになり、一目散に逃げ始めた。

 

「なんだよこれ!?」

 

 普段の仕事柄、死体を見慣れている42式ですらそんな声を上げた。彼女が驚愕しているのは死体にではなく、いきなり攻撃してきたドラゴンに対してだろう。あんな生物は見たことがない。

 伊丹と42式はとにかく外へ出た。その先では人ではない異形の怪物たちが、逃げる市民を追いかけていた。そして、その市民たちを矢や刀剣などで殺害し続けている。

 

「くそっ!こんなのテロ事件じゃないか!」

 

 伊丹は叫んだ。市民が虐殺されている現状に、42式も怒りを覚える。

 

「くそっ……ゆりかもめもレインボーブリッジもコイツらのせいか!」

「伊丹!これヤバいよ!」

「そうだ!どこかに避難できるところがあれば……」

 

 伊丹は携帯式のホログラム端末を取り出し、地図アプリを開いて検索を掛ける。そしてその中から指をさして、避難できそうな場所を探した。

 

「そうだ皇居だ、そこに市民を避難させれば!」

「皇居だねー!よし、みんなを避難させよう!」

 

 意を決すると、伊丹は駆けだした。なんとかしなければならない、この後の展開が渦を巻くように想像できる中、伊丹にはやらなければならないことがあった。

 

「みんな、逃げろ!ここは危険だ、すぐに!!」

「に、逃げろってどこに?」

「西方向だ!皇居に逃げるんだよ、警察署もすぐ側だろ!」

 

 伊丹が繰り返し声を張り上げると、新橋駅周辺にいた人々も納得したのか、すぐさま行動に入り、速やかに駅の西の方角へと走り出した。

 

「42式、付近に交番があったはずだ!警察官と合流しよう!」

「了解だよー!」

 

 伊丹は市民を逃がして、このテロ事件から市民を助けるため、行動を加速させる。

 

「急ぐぞ!!このままじゃ、同人誌即売会が中止になってしまう!!!」

 

 ……いや、あくまで趣味のために。

 

「そっちかいー!!」

 

 伊丹の後を追いつつ、42式はAIコアの底からツッコんだ。

 

 

 

 

 

 

午後12時22分頃

東京 銀座

 

 突如出現した謎の武装集団による虐殺が行われた東京銀座。

 ホログラムが乱れ、血溜まりに人が倒れ、その中で謎の武装集団は、逃げ惑う人々を弓や剣で虐殺を続けていた。

 それに対し、警察官達は果敢に抵抗を続けていた。空から攻撃してくる竜騎士や、尖兵として前に出されたゴブリンやらに対し、牽制射撃を繰り返していた。

 だが過去の警察よりは強化されたとはいえ、彼ら警官が持つのは9mm口径の自動拳銃と数挺のライフル小銃、それと散弾銃くらいである。フィジカルで勝るゴブリンや竜騎士相手に、火力が全く足りなかった。

 

「あの小鬼を撃ちまくれ!」

「この野郎!」

 

 警官はパトカーを盾にして竜騎士の槍から身を守りつつ、市民がシェルターへ避難する時間を稼いでいた。

 東京では地下鉄駅がシェルターに改造されており、多くの市民は隔壁を閉じてやり過ごしていた。だがその収容能力にも限界があり、多くの市民を前に飽和しすぐに閉じてしまう。

 せめてもっと安全な場所に避難できる時間を稼ぐべく、警察官達は武器を手に取って応戦を続けていた。しかし、ライフル小銃などでは空から攻撃を仕掛けてくる竜騎士には無力に等しく、

 

「先輩!もう弾がありませんよ!」

「くそっ!そっちはどうだ!?」

「私の方も弾数が……!」

 

 本来ならこう言ったテロ事件が起きれば、強襲科などの完全武装に強化外骨格に身を包んだ警察特殊部隊が出動するはずなのだが、警視庁では情報の混乱が発生し統率が取れなくなっていた。

 警察官たちはパトカーに積んである最低限の装備でしか戦わざる得ず、大量の敵を相手に弾薬が欠乏しかかっていた。

 

「上空!ドラゴンが来るぞ!」

「クソッタレ!」

 

 上空から攻撃を仕掛ける竜騎士に対し、ライフル銃を乱射し牽制射撃を行い続ける。だが飛竜の硬い鱗はその弾幕を潜り抜け、婦警に向かって突撃していった。

 

「きゃっ!?」

「しまった!」

 

 婦警がその巨大な竜上槍に貫かれ、左腹部に重大な損傷を負う。

 そのまま串刺しのまま上空に連れて行かれるが、婦警はそれでも抵抗をやめず、副武装の拳銃を取り出し発砲した。

 果敢な抵抗により、竜騎士は発砲に驚いて竜の鞍から落下していく。それと同時に、婦警も槍から抜け出し地上へ落ちていく。

 

『おのれっ!!』

「っ!!」

 

 落下した竜騎士はすぐさま受け身を取り、短剣を引き抜き警察官達へ斬りかかろうとする。あまりの突然の出来事に、警察官は拳銃を引き抜く暇もなく隙を見せてしまう。

 

 切られる。

 と思ったその時だった。

 

 竜騎士の刃は、横から割り込んできた人影に止められた。女性の様であり、かなりの美人。しかし、彼女は腕に短剣が刺さっているにもかかわらず、全く怯まない。

 

『なにっ!?』

「ぐっ……ふんっ!!」

 

 それに驚愕する兵士は女性に腕を掴まれ、人間業とは思えない剛力でアスファルトに叩きつけられた。

 頭から地面に叩きつけられ、付けていた兜が粉々に砕け、中の人間も頭蓋骨を砕かれそのまま絶命した。

 

「大丈夫ですか?」

 

 後ろから声をかけられ、警官達は唖然としながらも振り返ると、先ほどの茶髪の女性とは違う、ごくごく普通の一般人の男性が立っていた。

 しかし彼も彼で、目の前で殺人(正当防衛)が行われたことに対して全く動じない。警官達はこの二人が何者なのか分からなかったが、すぐに自己紹介してくれた。

 

「あっ、俺……じゃなくて自分はこう言うものです」

 

 そう言って彼が差し出した身分証明書には、『日本国国防陸軍 伊丹耀司中尉』と書かれていた。偶然居合わせた非番軍人であると判明し、警官達は思わず敬礼した。

 

「それで、大丈夫ですか?」

「え?ああ……彼女のおかげで……」

 

 茶髪の女性はスッと短剣を手から抜き取る。彼女の負傷した腕からは、なぜか血の一滴も流れていなかった。

 

「ふぅ……あー、これは左手の修理代高くなるなー」

「42式、あまり無茶するなよ。手を損傷したら銃を撃てなくなるからな?」

「だいじょうぶ、銃なら片手でも撃てるからさー」

 

 大人びたその姿からは想像がつかない程子供じみた声、そして損傷に対して飄々とした態度から、警官達はある一つの結論で納得した。

 

「あの、もしかして……自律人形の方ですか?」

「ん?そうだよー。私は陸軍の戦術人形、"42式自動散弾銃"さー」

 

──戦術人形。

──又は自律人形。

 

 自律人形とは、現在の日本おいて広く普及しているAIコアを搭載した完全自立型のアンドロイドである。感情豊かで人間と見分けがつかない様な容姿をしており、人間社会において労働力として受け入れられていた。

 その中で戦術人形とは、軍隊において従事する戦闘型自律人形の事を指す。一般的に民間の自律人形よりも高性能であるとされ、様々な技術で戦闘に特化している。42式はその戦術人形の一人だった。

 

 現役軍人の次は軍事カタログでしか見かけない本物の戦術人形という、二連続の衝撃に思わずまた敬礼をしてしまう警官達。

 

「それより、さっきの婦警さんは?」

 

 ちなみに、自律人形は警察にも普及している。先ほど槍に刺された婦警も自立人形であり、地面に着地し腹部を損傷しながらヨロヨロと立ち上がった。

 

「先輩ぃ、私串刺しにされましたよ……」

「あー……彼女は自立人形なので多分大丈夫かと」

「って、ちょっと先輩!少しは心配してくださいよ!」

 

 腹部から槍の破片を引き抜いた婦警人形は、全く心配してくれない先輩警官に頬を膨らませながらツッコミを入れた。

 

「そっか、良かった……あ、こいつは自分と同じで非番ですので敬礼しなくても大丈夫です」

「私たち、今日は休暇だからねー」

「ああ、とにかくありがとうございます。でも原隊に戻らなくてよろしいので?」

 

 警官の言う原隊とは日本国国防軍の事であり、この様なテロ事件が起きたなら真っ先に動員されるはずだ。当然の疑問であると言える。

 

「戻っている時間はないでしょうし、今からでも手伝いをしたほうが良いと判断しました」

「そそ、人手は多い方がいいでしょー?」

 

 その言葉には警官達は感謝した。実際、現役軍人が付いてくれるだけでもありがたい戦力になる。

 

「ありがとうございます。申し訳ありませんが、避難誘導を手伝ってください」

「その避難誘導なのですが、考えがあります。彼らを皇居に誘導できませんか?」

「皇居ですか?」

 

 警官達は皇居に避難と言われ、なぜその様な考えに至ったのか分からなかった。彼らにとって皇居とは、日本の象徴である人物が住む神聖な場所という認識でしかない。

 

「皇居は元々江戸城で軍事施設です。中に市民を入れれば、半蔵門方面へ避難する時間を稼げると思う」

「それに、警察署も近いし、皇居には重装備を持った皇居警察もいるからねー。彼らと合流するのはどうー?」

 

 そこまで言われて、他に打開手段が思いつかなかった警察官はそれを了承した。

 

「確かに……そこに集合すれば、我々も戦力の集中が行えます。分かりました、その様に本部に意見具申をします」

「ありがとうございます」

 

 その様子を確認し、伊丹と42式は警官がパトカーの無線機を使って先ほどのことを通達するのを確認し、まずは一安心した。

 だが油断はできない。まだ敵勢力は多数が残っている上、いまだに攻撃を仕掛けている。まだ戦いは始まったばかりだった。

 

 全ては同人誌即売会を守るため、伊丹達は行動を開始する。




今回から情報などを載せていきます。

・日本国
本作の舞台となる日本の国家。
2020年になるとユリシーズの欠片が九州に落下し混乱に陥り、第三次世界大戦では本土が戦場となったが、それでも国体を維持している。
人間型自律人形の分野で世界トップクラスの技術を保有しているが、軍事力自体は新ソ連には遠く及ばない。さらには九州地方のほとんどの地域が崩壊液汚染に侵食されており、日本国国防軍はかなり苦しい現状に悩まされている。
元ネタはありすぎて不明。

・自律人形
2055年において広く普及しているAIコアを搭載した完全自立型のアンドロイド。他の無人機とは違い、原則的に二足歩行であるとされる。
民間だけでなく軍事においても広く普及し、第三次世界大戦においては新ソ連が「戦術人形」と呼ばれる軍事人形をいち早く実戦に投入。思考戦車やドローンと組み合わせた無人化戦術部隊を編成し、ヨーロッパの戦いにおいて勝利を重ねた。
日本国国防軍では、戦術人形は人間兵士と共に編成される。人間数十人の小隊に2〜4人ほどの戦術人形を組み込み、人間兵士の作戦行動の補佐をおこなっているのだ。
元ネタはドールズフロントライン。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP.02 銀座事件、蹂躙

連続投稿する前に数日間悩んだのですが、戦術機は出す事にしました。

2022/12/11
本小説の大規模改稿により、銀座編に挿入投稿を致します。


 竜騎兵は、帝国軍が誇る最高戦力の一つである。

 弓やバリスタなども当たらず、当たったとしても通用しない強靭な鱗を持つ。そのため「飛龍に対抗するには飛龍しかない」とも言われ、戦場では唯一無二の存在だ。

 帝国はこの飛龍を多数保有して運用している。それも、保有数は帝国のある世界においてはトップクラスである。

 多数の飛龍を保有し、それを効率的に運用する術を持ち合わせていた帝国。彼らが世界最強の国家となるのに時間は掛からなかった。

 

 そんな帝国において、竜騎士の存在はエリート中のエリートである。厳しい審査と試験を突破し、ようやく竜騎士になり相棒を持つことを許される。彼らは、自分が竜騎士であることに誇りを持っていた。

 地上の兵士からは疎まれる事もあっても、その兵士たちを支援して勝利に導く。そして自分も手柄を立て、昇進する。

 今回の遠征に選ばれた時は、何故辺境の地に行かなければならないのかと彼らの一部は愚痴を言っていたが、それでも未知の世界で活躍出来るかもしれないと言う高揚感は凄まじかった。

 

 帝国遠征軍、タンジマヘイル群集団、第一尖兵竜騎兵大隊を率いるマジーレス・カ・ホントースカは、『門』を越えた直後から感じていた湿気から逃れるべく、騎乗する飛竜の腹を蹴って高度を上げるように命じた。

 飛竜も湿気が苦手なことを知っているため、力強く羽ばたいた。

 高度を上げると、膜が張られたような不思議な色の空が大きく広がり、まるで天井に阻まれるような感覚に陥った。だがその空は遥か高くに存在し、彼らには悪影響を及ぼさない。

 彼が水平線に目を移すと、銀座上空から眼下に広がる東京の街並みを見て絶句することとなった。視線の遙彼方、海や山が見えるその向こう側にまで、ビル群や住宅群が、途切れることなく広大に広がっている。

 

「ここは一体なんなのだ……」

 

 ようやく搾り取るように出て来た言葉がそれであった。

 天にまで届くほどの塔や、海を行き交う巨大な船舶なども見える。この異世界の文明の高さには、言葉が出なかった。

 

「大隊長、こんな規模の都市を見るのは初めてです」

 

 後衛竜騎士のジャマンカスが、マジーレスに興奮冷め止まぬ様子でそう言った。

 

「ああ、その意見には私も同意だ」

 

 マジーレスを含め、帝国軍に属して以来これまで幾つもの国家や民族の征服に参加して来た。様々な村落、城市を攻め落とし、略奪して来た。

 無論その中には、何十万人もの人間が暮らす都市もあった。その作戦を指揮した将軍は一生分の名誉と褒美を与えられたが、その都市ですら城西の中に留まっていた。

 だがここはどうか?遠く遠くに海や山々が見えるが、そこに至るまでの大地は全て建物に覆い尽くされている。城西も壁面も見当たらず、広大な大地全てが都市となっているのだ。

 ただ都市を作るだけではなく、その建物一つ一つがとても立派だ。塔の如き雄大さを抱え、硝子細工と光る文字で、見るも美しく、巧みに装飾をされている。

 これが、幾つも幾つも乱立しているのだ。

 

「凄まじく、そして美しい都市だ。一体、幾人の人口を持ち、幾年の年月を掛けたのか……」

「圧倒されます。きっと我々には想像つかない技術や魔法を使って作られたのでしょう。侮るべきではないのかもしれません」

 

 ジャマンカスの言う通り、これだけの大都市を作り上げる技術と富があるなら、決して侮ってはいけないと思う。

 門の向こう、アルヌスでの出撃前。異界の征服に際して将軍からの激励があったが、その言葉によると「恐れるに足らず」であった。

 敵の国は魔法の類を知らず、武器の使い方すらも知らずに暮らしていると言う。戦いの方法すらも忘れてしまったのだろうと、将軍は哀れむように言っていた。

 だがこの光景を見れば、彼らが闘いを忘れた理由がわかった。もしかしたら彼らは帝国以上に富を発展させ、戦う必要がなくなったのかもしれない。

 

「よし、地図が纏まった。俺は下に行って将軍閣下にご報告してくる」

「了解です」

 

 マジーレスは書字板に羽ペンでこの銀座周辺の地図を書き込み、それを地上にいる指揮官へと伝えるべく、飛竜の高度を下げ着陸体制に入った。

 

 

 

 

 

 

同日17時32分

東京 銀座

 

 八月の初旬とあり、この日は日没まで時間がかかる。しかし巨大なビル群に囲まれ、高速道路が交差するこの銀座では、その稜線に太陽が接しており、さながら日没時刻のような光景が作られていた。

 その銀座四丁目付近に、今日の正午近くまでは存在しなかった巨大な物体が鎮座していた。大理石で作られたかのような、巨大な凱旋門。フランスにある新凱旋門とは少し違った威容だが、表現するならそれに当たる。

 正面には電子回路のような模様が刻まれ、時々淡い光を出す。

 この凱旋門は、何かな記念碑でもオフィスビルでもない。この銀座でもこの世界のどこでもない、『どこか』を往来するための『門』と言うべき存在なのだ。

 その銀座周辺には、古代から中世にかけての過渡期を想像させる、剣と槍を持った古風な兵士たちが整列していた。

 揃いに揃った大楯を持ち、剣を腰にぶら下げ、ピルムと呼ばれる投げやりを2本担いで、背嚢を背負っている。そして従うべき軍の紋章を先頭に、亡骸が片付けられた道路に整列していた。

 

「何度見ても、この美しい都市に目移りしてしまうな……空に光る文字も、暗くなればさらに明るさを増す」

 

 ホログラムが光る銀座の中央付近に、巨大で豪華な馬車が指揮車両として鎮座していた。

 これは彼ら武装集団、つまり言うところの帝国遠征軍の最高指揮官、ドミトス・ファ・レルヌム将軍が指揮をする馬車だった。

 齢二十九歳でありながら、帝国の名門貴族家レルヌム一族の領収にまで上り詰め、現皇帝の娘の婚約者でもある。

 皇帝の皇太子達を差し置き、軍権の頂点に立つその実力者として、その名を知らぬ者は帝国内には居なかった。

 

「戦況はどうか?」

 

 彼は戦闘用馬車に立っていては掴むことのできない戦況の解説を、先ほど着陸した竜騎兵の大隊長に求めていた。

 

「第一尖兵竜騎兵大隊のマジーレスがご報告申し上げます」

「うむ」

 

 マジーレスは大きめの書字板を取り出すと、指揮車のテーブルに広げた。それには竜騎兵らが偵察で解明した銀座付近の地形や建物、そして敵部隊の動向が記されていた。

 

「門はこの位置、この国の政治中枢はこの城郭にあると思われます」

 

 マジーレスは書字板の一点を指した。それは銀座から見て西方に位置する皇居と、その周辺であった。

 

「我々とその城の間に城壁が二枚あります。この城壁には門扉がなく、隣接する建物より背丈が低いため、障害としての機能は失われています。しかし守りを固めるには十分なようで、敵の重装歩兵部隊が二個ないし三個ほど守りに動いております」

 

 現在皇居周辺では、警視庁の機動隊や特殊部隊達が守りに入っていた。帝国軍はそれを重装歩兵部隊と解釈し、どう対処するか考えていた。

 

「うむ、やはり腐っても城壁というわけか。敵側に従軍魔導士や怪異、敵部隊の規模などの詳細はわかるか?」

「水魔法、煙幕魔法、幻惑魔法を使う者が各部隊複数名確認。数としてはそれぞれ百人隊程度で、中には背丈の高い重装怪異なども見受けられます」

「ふむ……百人隊が三個程度か。政治中枢にも関わらず少ないな。しかし、重装怪異か。我々では使役しきれなかった兵科を運用しているのは興味深いな」

「おそらく彼らは怪異の調教技術が発達しているのでしょう。このような重装怪異は形は違えど数多く配備されており、歩兵からすれば脅威となるでしょう」

 

 彼らの言う重装怪異とは、機動隊が使う強化外骨格の事である。暴徒鎮圧用に作られた警察用だが、その腕力は強力で、数多くの歩兵部隊が蹴散らされていた。

 彼らはそれを、オークやトロルなどと同じ怪異の類だと想像。その結果をレムヌム将軍へと伝えていた。

 

「それから、敵は総勢9個百人隊がこの城砦に向かって少しづつ後退。現在集結しつつあります。どうやら決戦の地とするようです」

 

 マジーレスは偵察情報を元に、いくつかのポイントを指す。

 

「それから敵の装備や規律はかなり優秀であり、隊列はピッタリと整えられております」

「ふむ、よくやったマジーレス大隊長。お前の報告のおかげで、敵はどうやら我が軍の奇襲を予測していなかったにも関わらず、たった一刻程で9個百人隊を動員することができる程度には優秀だと理解できた」

「はっ、ありがとうございます」

「だがきっと、時間を追うごとに敵の数は増えていくことになるだろう。つまりは時間との勝負だ」

 

 その言葉には、将軍達も声を揃えて同意した。

 

「その通りです、将軍閣下」

「すぐに前進を開始しよう。我々は腰を上げて敵を撃破しなければならない。従軍魔導士を呼べ!ラッパを鳴らして兵を集めろ!我らはこれより前進する!」

 

 こうして、帝国遠征軍最高司令官は全軍に攻撃開始を命令。皇居外苑が、戦場となることが確定した。

 

 

 

 

 

 

同日18時ごろ

東京 皇居外苑交番

 

 伊丹らが民間人を救出しながら皇居にたどり着くと、既に伊丹の指示を受け皇居に避難してきた市民達で溢れかえっていた。

 中には負傷者もおり、救急隊員達がステルベンを振り分け懸命に救命措置を行っている。

 その市民を守るのは警視庁の機動隊員達だ。装備としては小銃に催涙ガス、強化外骨格やらも構えている精鋭部隊だ。

 だが彼らも状況が分かっていない隊員もいるらしく、隊員達が集合しきれてない。皇居外苑は混乱状態にあった。

 

「これは……」

「相当まずいねー。今この場を襲われたらたまったもんじゃないよー」

 

 伊丹がこの現状に呻き声をあげると、42式もそれに同意しため息をついた。

 ふと皇居の方を見ると、その奥の門が閉じられているのが確認できた。これではせっかく皇居前に市民達を集めても、市民は閉じ込められたも同然で、避難することができない。

 仕方なく伊丹と42式は、五万人もの人並みを振り分け、皇居外苑の交番に辿り着こうとする。なんとか辿り着くと、そこでは警察官と機動隊員が、無線で本部とやりとりをしているようであった。彼らも混乱している様子であり、何度も無線で問い合わせをしている。

 

「お巡りさん、ちょっと良いかい?」

 

 横から声をかけられた警官は、伊丹が掲げる軍人手帳を見て、無線の向こうに断りを入れてから、伊丹の方向へ向き直った。

 

「なんですか!」

「機動隊の人だよね、なんで門を開けられないの?民間人が逃げられないじゃないか」

 

 伊丹が直球でそう言うと、機動隊員もため息をつきながら言い返す。その真っ当な意見を聞いて少し冷静になったのか、警視庁第一機動隊の原田警視正は落ち着いた口調で言い返す。

 

「……我々も皇居の部隊に説得をしているが、こいつら、何かと手続きがあるようで門を開けてくれないんだ」

「おい!そんな言い方ないだろ!俺たちはここを守るのが義務なんだよ!」

 

 それに反論したのは、皇居警察の警察官のようであり

 

「……見ての通りこんな感じだ。今は規則とか手続きとか言っている場合ではないのにな」

「おい!」

「ちょっと、そこまでにしておいてよー」

 

 42式が警察官達を注意すると、彼女は説得するように言葉を続ける。

 

「機動隊の人さー、ちょっと偉い人に合わせてもらえない?伊丹は中尉階級だし、説得の手伝いをするだけだからさ、ちょっとお願いできるー?」

「それならば……分かりました。非番軍人の協力者という事で認めましょう。こちらへ」

 

 原田警視正は伊丹の階級に免じてそれを許可すると、皇居の内部にある皇居警察警備部長の執務室へと案内した。

 部屋の中では二人の男性警官が言い争いをしているようであり、外からもその声が聞こえてくる。

 

「では、どうしてもダメだというのですか?ここで市民を見殺しにしろと?」

 

 佐伯警視は皇居警察の警備部長の机を叩き、覇気迫る勢いで迫る。対する警備部長は、額に流れる汗を拭きながら言い返す。

 

「だ、ダメと言っているわけではない!ただ、何かと手続きがあるんだ!仕方ないだろう!」

「今は規則とか手続きとか言ってる場合か!!」

 

 それを見ていた伊丹は、警察官って意外と怒鳴り合いをするもんだなぁ、と思ったりもした。警察官はもっとクールなイメージが、どこかにあったのである。

 とはいえこのままがなり合いを見ていても事態は進展しない。伊丹はまたも軍人手帳を見せ、前に出た。

 

「落ち着いてください。そのまま怒鳴っても埒が開かないでしょうよ」

「君は……」

 

 伊丹と佐伯は、実は面識がある。過去に日本国国防軍と警視庁の強盗演習があった時、仮想敵として訓練した仲であるのだ。

 面識はあるし、お互い顔を覚えていた。何せ伊丹の所属する部隊は、彼ら警視庁の誇る警察特殊部隊をコテンパンに蹴散らし、印象に残していたからだ。

 

「……伊丹中尉か。頼むよ、君も彼を説得してくれ」

「そのつもりですよ。とは言っても……頭固いんでしよ?」

「その通りだよ……」

 

 呆れる佐伯に対し、皇居警察の警備部長は反論を続ける。

 

「規則や手続きを厳守するのが、我々の使命なのだぞ!そんな言い方は……!」

「もうさ、機動隊の強化外骨格使って勝手に開けちゃえば良いんじゃない?」

「そ、それだけはやめてくれ!」

 

 涙目で説得しようとする警備部長を見て、伊丹は「ダメだこりゃ」と呆れていた。

 

「あー、こりゃ説得は難しそうだなぁ」

「そうだな。彼女の言う通り、門をこじ開けてしまおう」

「ちょっと!」

 

 彼らが本格的に強化外骨格を使おうとしたその時、彼の持っていた小型の通信端末に呼び鈴が鳴った。

 警備部長は一瞬戸惑うが、伊丹の「どうぞ」という言葉を受け端末を取り通信を繋いだ。

 

「は、はい!!」

 

 通信を繋ぐと、どうやら警備部長よりも偉い人に繋がっているようであり、相当畏まっていた。

 

「は、はいっ!はいっ!わ、分かりました、ご聖断承ります!」

 

 彼はしばらく立ちすくんでいると、すぐさま端末をしまい、泣きそうな顔でこう語った。

 

「国民の安全と生命を最優先とせよ……と言うお言葉です!」

 

 その言葉を誰が発したのか、日本人ならばもはや簡単に想像がつくだろう。

 

「よし……許可は取れた!行こう!」

「大手門を開けます!こちらへ!」

 

 伊丹達は許可を得られた事に感謝し、すぐさま行動に取り掛かった。警備部長も先ほどまでの態度とは打って変わり、キビキビと動いていた。

 

 

 

 

 

 

 一方の帝国軍も、東京駅付近を抜け皇居外苑の正面に立っていた。横陣に整列した軍団達が、綺麗に揃った軍靴の音を立ててジリジリと皇居へ歩み寄る。

 

「あれがこの国の城塞か……」

 

 レムヌム将軍は、前線から少し離れた場所に馬車を移動させ、直接陣頭指揮を取っていた。帝国軍、ひいては門の向こうの世界では、王や将軍が直接前線で陣頭指揮をとることが当たり前となっている。

 なにせ通信手段が無く、戦況図なども正確ではない状況下では指揮官が直接指揮を取る方法が一番確実に戦況を見据えられ、尚且つ兵士たちの士気も上がる方法なのだ。

 

「将軍閣下、各軍団の配置が完了しました」

「よし、そろそろだな。敵は確認できるか?」

「ここから姿は見えませんが、マジーレス大隊長の報告によりますと、どうやら戦意は十分なようで城内に立て篭もりの体制を見せています」

 

 レルヌムはこれから攻略するべき城塞を見据え、一言「ふむ」と唸る。

 

「この城塞戦、時間は掛けられん。この暑さの上、西から敵の増援が来る可能性もある」

「時間との勝負ですな」

「なら三日以内に落として見せよう、褒美はたんまりと用意してやるから、全力で挑め」

 

 そしてレムヌム将軍は、頃合いと見て手を上げ、それを一気に前へ振り翳した。

 

「全軍団に命令、攻撃開始だ!」

「全軍、進めぇ!!」

 

 その号令一下、帝国軍の兵士達が一斉に駒を進めた。軍靴が、騎馬兵達が、怪異達が、それぞれ皇居外苑での戦闘を開始した。

 

 

 

 

 

同時刻

東京 皇居周辺

 

 一方の機動隊は、皇居にて立て篭もり応戦を始めた。中にいる機動隊、および特殊強襲科の隊員はおよそ500名を数え、さらに警察用戦術人形や強化外骨格も含まれている。

 国防軍に比べれば重装備が少ないのは仕方ないが、それでも二重橋を防衛し、国防軍が来るまでの時間は稼げるだろうと踏んでいた。

 ここからは、彼らも時間との勝負である。

 

「二重橋方面、応戦開始!」

 

 伊丹は警察指揮車両の中で機動隊の指揮を手伝っていた。機動隊員は、非番とはいえ中尉階級の軍人のアイデアや考えなどを駆使し、防御陣地を構築した。

 伊丹は中尉であり、本職ならば小隊や中隊を率いる地位である。警察側もわざわざ手伝ってくれるのだから不満はなく、皆従ってくれている。

 

「よし、俺も前に出ます!スーツを貸してください!」

「こちらに!!」

 

 警察官の一人が車両のケースを開け、伊丹の体に骨のようなものを装着させる。警察用で軍用よりは出力が劣るが、今の時代はこれが無ければ戦いにならない。

 

──エグゾスーツ。

 

 いわゆる小型の強化外骨格である。これは腕、足、そして体の各部分に接続され関節や体力をアシスト、そして様々な力を増幅させる機能を持つ。

 2055年現在、人間が戦場に出るにはこのエグゾスーツが欠かせない。これさえ有れば、戦術人形とも力や体力で同等に並ぶことが可能なのだ。

 無論警察でも採用されており、暴徒鎮圧用の各種装備を搭載している。今回伊丹が装着したのは、防弾シールドが搭載されたタイプだった。

 

「装着!同期完了、よし行こう!」

 

 装着が完了し、伊丹は二重橋方面に走り出す。外ではすでに大量の兵士たちが皇居外苑を取り囲んでおり、戦いはすぐそこだった。

 銀座事件における英雄的戦い、『二重橋の戦い』が今始まろうとしていた。




・強化外骨格・エグゾスーツ
2055年において歩兵が装着する強化外骨格。強化外骨格と言っても装甲などはなく、身体を覆う"骨"の様な部品で強化を施すという小型の装備である。
日本やヨーロッパ各国など、人間の兵士を戦わせている軍隊では一人一着レベルで普及しており、これで戦術人形との身体能力差を埋めている。
元ネタはCoD:AWにて兵士が装着している強化外骨格。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP.03 銀座事件、二重橋

2022/12/11
大規模改稿により、話の内容が変わっています。


銀座事件1日目

東京 皇居外苑

 

 その頃、帝国軍による皇居への総攻撃が始まった。

 しかし市街地戦の場合、数の威力がそのまま通じるわけではない。街路や区画ごとに部隊が細切れに分散してしまう上、正面の幅は街路の幅に制限されてしまうからだ。

 騎兵の場合はそれがモロに響く。機動力を何より重視する騎兵の場合、道幅が限られるとなると狙った奇襲効果が得られず正面から突っ込む形となり、危険となる。

 また歩兵部隊でもそれは深刻であり、部隊が交代する場合にそれなりの道幅がないと何もできずに立ち往生してしまう。

 一方、2055年の各国軍では市街地戦に関する戦術が数多く生まれており、効率的に制圧する術を持っている。だが古代から中世にかけて、入り組んだ市街地での戦闘を経験したことが少なかった帝国軍にとって、この東京の造りは、まさに『難所』と言えた。

 数の少ない機動隊が効力を発揮したのは、その複雑怪奇な環境が一因にあると言える。機動隊は東京銀座の地形を熟知しており、強化外骨格や催涙ガスランチャーなどを駆使して敵部隊に消耗を図ることができた。

 

「たくっ、倒してもキリがないな!このままじゃ消耗戦だぜ!」

 

 指示を出す伊丹も警察用小銃を持ち、単発で撃ち続けながら応戦に加わっていた。連射してもいいのだが、弾薬に限りがあるかもしれない状況でそのような無駄遣いはしたく無く、遠距離では節約を厳守している。

 しかし依然として敵勢力は数が多く、捌ききれずに突破する勢力もいた。

 

『ヴァァァァァァァァ!!!』

 

 耳障りな雄叫びを出し、オークの様な謎の怪物が迫ってくる。オークは攻城兵器の様な硬い荷車を押しており、その後に人間の兵士たちも続いていた。

 

「チッ、あの怪物に火力を集中!!」

 

 伊丹の指示を受け、機動隊の火力の全てがオークに向けられる。だが機動隊の装備では火力不足なのか、オークは弾丸が被弾しても歩みを止めない。

 

「各隊は現状位置を死守せよ!後方に雪崩れ込ませるな!!」

「機械化小隊を前へ!」

 

 機動隊の隊長である佐伯が指示を出すと、バリゲートとして利用している警備車両の陰から巨大な人形の影が飛び出した。

 デカデカと掲げられた『警視庁』と言うホログラムを肩に照らし、巨大な豪腕と脚部を備え、武器を持って立ち向かう機動兵器。これが、警視庁の保有する装甲強化外骨格だった。

 暴徒の鎮圧や大規模なテロ事件などに備え、重圧な装甲と強力な出力を備え、人間の機動隊員達を援護する役割を持つ。

 本来、警視庁の強化外骨格は暴徒の鎮圧を目的として手加減した武装をしているが、今回ばかりはその腕部に重機関銃を備え付け、オークやトロルなどの甲種害獣を射殺する事に専念していた。

 強化外骨格の制圧射撃により、多数の敵兵士達が倒れ、フィジカルの強いオークなども次々と射殺される。

 

「突破されます!」

「外骨格で止めろ!」

 

 それでも攻城兵器の裏に隠れてやり過ごした兵士に対し、強化外骨格は最後の手段に出た。オーク三人分が動かすその攻城兵器を、強化外骨格が両手で受け止め、その勢いを削ぎ落としていく。

 

『なんだこいつは!?』

『押せ!押せ!!』

 

 脚部のタイヤが唸り、オーク三人分と互角の押し相撲を行う。その機械ならではの馬鹿力には、オークや人間の兵士たちも動揺を隠せない。

 そして強化外骨格は腕部を攻城兵器の下部に引っ掛けると、そのままアクチュエーターを最大出力にし、吹っ飛ばすかのような勢いで腕を振り上げ、攻城兵器を横転させた。

 

『ぐわっ!!』

『なんて馬鹿力だ!!』

 

 帝国軍の兵士たちは、オーク三人分をも防ぎ切る強化外骨格の腕力に驚いていたが、対応する暇はなかった。横転した攻城兵器に足を潰され、多くの兵士たちが身動きが取れなくなる。

 

「よし!このまま現在地を維持!もう少し耐えるぞ!!」

「おう!!」

 

 伊丹がそう鼓舞すると、機動隊員達は士気が上がったのかそれに応えてくれた。

 

 

 

 

 

 

同日午後

東京 日比谷公園

 

 警視庁第四機動隊。

 彼らは2055年現在でも機動隊の中で精鋭を誇り、鬼の四機とも呼ばれた猛者達の集まりである。彼らも今回の事件に際して動員され、守りを固めていた。

 

「敵部隊、突撃してきます!」

「中隊、射撃開始!」

 

 皇居正面にて戦闘が発生する中、警視庁第四機動隊第六中隊の中隊長の志村は、日比谷交差点付近に踏みとどまっていた。志村はここの位置に踏みとどまり、敵部隊が皇居の側面を取ることを防いでいたのだ。

 敵が怪異などを仕向けても、こちらには強化外骨格とフル装備の機動隊員達がいる。彼らの戦意は高く、武装も補給も余裕があった。

 隊員達の小銃や、強化外骨格の重機関銃などが火を吹き、フィジカルの強い怪異達ですらその弾丸により次々と死屍累々を積み重ねており、足止めされていた。

 

「機械化小隊、前へ!」

 

 特に強化外骨格の活躍は素晴らしいの一言に尽きた。

 暴徒やデモ隊の暴行にも耐えられるように作られた強化外骨格は、敵の投げ槍を受け止め、接近戦にも耐えられる。

 警察用のため武装は控えめだが、国防軍の軍用モデルとほぼ同じ出力のアクチュエーターを備えているため、腕力ではオークやトロルなどと相撲をしても十分打ち勝てる性能を有していた。

 

『グギィ!』

「この野郎!!」

 

 小銃でも歯が立たないオークやトロルなどの『甲型害獣』に対して、機動隊員の盾となるべく前進。その大型警棒を振り回し、敵の怪異らの頭を粉砕していた。

 だが一個小隊分しか居ないのが幸いし、強化外骨格にも損傷が目立ち始めていた。後方で緊急整備をしている予備機を除けば、第六中隊が運用可能な強化外骨格は4機のみだった。

 それらもオークやトロルに囲まれ、その強固な外殻に対して斧や棍棒が叩きつけられ、限界が近かった。

 

「警備車、突撃せよ!!」

 

 だが志村とて無策というわけではない。通りを前進する敵の後方隊列に対し、大型の脚部を5対10本持つ特殊警備車両、つまり多脚装甲車を突っ込ませたのだ。

 これらは警視庁において、山岳部などの地域での立て篭もりを想定して配備されていた警察用の多脚装甲車だ。今回の場合は瓦礫や物が散乱した通りを突撃できるのはこれしか無いと、志村が隣の警察署から手配した物である。

 

「おお!」

「やったぞ!!」

 

 彼らの目的は後方からの増援の遮断、そしてオークやトロルが後方に気を取られて隙ができる場面であった。

 その目論見は成功し、多脚装甲車は横転せずにしっかりと地面に踏みとどまり、三台で道を完全に塞いで見せた。

 

「今だ!甲型目標に対して攻撃を集中!!」

 

 そして多脚装甲車に気を取られたオークやに対し、強化外骨格による強烈な右ストレートが突き刺さった。

 いくらフィジカルの強いオークとはいえ、軍用規格で作られた強化外骨格のパンチは強烈であり、オークは左頬の骨を粉砕されのたうち回る。

 さらにもう一体のトロルに対し、強化外骨格は警棒を持ち直し、トロルの頭を打ちのめし、警棒から最大出力の電撃を浴びせた。

 人間では失神するレベルの電撃を浴びたトロルは、しばらくは野太い二本足で立っていたが、二発目を頭に喰らうとそのまま倒れ伏した。

 

「今のうちに体制を立て直せ!」

 

 強化外骨格と多脚装甲車が作り出したその時間を、志村は無駄にしなかった。退却してきた各部隊を纏め、祝田橋交差点に陣形を整え規制線を張り直した。

 彼らのおかげで側面は突破されておらず、皇居周辺の守りは堅かった。

 もちろん消耗の激しい者や、負傷者はどんどん後送している。そして損傷の激しい強化外骨格は後方に送り、緊急整備を行う。

 それでも交代してきた隊員を合わせ、100名前後は健在だった。強化外骨格も整備が終わったのが加わり、5機に増えていた。

 

「志村!もう下がって来い!」

 

 後方から別部隊の中隊長、永倉が後退の許可を出す。それと同時に、後方から第六中隊のための支援攻撃を行う。

 

「催涙ドローン!展開しろ!」

 

 ドローン射出車両から、催涙ガスを搭載した大量のドローンが展開し、敵部隊に襲いかかった。ドローンの下部に搭載された催涙弾により敵部隊は怯み、追撃の行き足が止まった。

 それを合図に、第六中隊は後方への後退を始めた。負傷した仲間の肩を持ち、損傷した強化外骨格が盾になりながらジリジリと後退していく。

 隊員達は疲れ切っており、強化外骨格も消耗が激しかった。だがあと少しで安全なところに辿り着け、休息を挟めるという感覚が、次第に彼らを支配する。

 その油断のタイミングで、側面の日比谷公園から騎兵部隊が現れた。第六中隊は不幸にも現れる直前まで察知できず、対処が遅れることとなった。

 

「しまった、志村!!」

「左方!日比谷公園からも騎兵が来ます!!」

 

 永倉には叫ぶ暇も、救出に向かう暇もなかった。同じく日比谷公園の方向から、大量の騎兵部隊が第四機動隊へ突撃してきたからである。

 騎兵部隊はその数で、そして突破力で、機動隊員達の壁を押し除けた。強力な馬上槍で隊員隊を次々と突き刺し、突破されてしまう。

 部隊は対応が遅れ、2個ほどの騎兵大隊に集合していた場所を突破された。

 だが第四機動隊はすぐさま体制を立て直し、強化外骨格を中心に、騎兵部隊に対して果敢に立ち向かう。

 強化外骨格が拳を振るえば、騎兵が馬ごと吹き飛び勢いが削がれる。馬は撲殺され、騎兵は落馬して怪我を負う。

 さらに第四機動隊員は咄嗟の判断で多脚装甲車などを動かし、敵を堰き止めるバリゲートを作った。これにより、突破されたのは少数に留まった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方の帝国軍からでも、その奇襲の様子は見てとれた。強固で精鋭と見られる敵の百人隊に対し、彼らが後退し戦線を張り直すちょうどそのタイミングで騎兵部隊が側面から突撃を開始したのだ。

 

「よし、見事だ!」

 

 レルヌム将軍は、退却していく敵の側面に襲いかかった騎兵部隊の動きを見て賞賛を送る。

 

「あの騎兵部隊は誰の隊か?」

「えっと……あの旗印はヘルム・フレ・マイオ。騎兵大隊を指揮しておりまして、年齢は……齢二十前後だったかと」

 

 幕僚の一人がその旗印を覚えており、その名前を諳んじるが、さすがに年齢までは把握していなかったようだ。

 

「ほう、若いな。しかし聞いたことのない名だが、なぜ、二年の軍歴で一体どうして騎兵大隊の指揮を任ぜられているのだ?」

「あの者は、薔薇騎士団の出身です」

「ああ!皇女殿下の騎士団ごっこか!」

 

 レルヌム将軍は、ぼんやりと覚えていたその騎士団の名前を『ごっこ』を強調して苦笑いを挟んだ。

 だが幾ら『ごっこ』と言えど、その軍歴はきちんと加算されることとなる。つまりあの騎兵大隊長は、他の若い兵士たちよりも軍歴が長いのだ。

 

「彼の者は閣下自身が大隊長に任ぜられた筈ですが、覚えておりませんか?」

「いや、全く」

 

 レルヌム将軍は全く悪びれる様子もなくそう言った。実際彼の配下にはいくつもの大隊、さらには軍団や群集団が存在しているため、後退の激しい大隊長クラスなどは余程のことがない限り覚えていられないのだ。

 

「しかしながら、実力はあの通りでございます。閣下のご頸眼の賜物かと存じます」

「うむ、良いタイミングでの突撃を見せてもらった。私も薔薇騎士団出身者に対する偏見を改めるとしよう」

 

 そう言ってレムヌム将軍は、傍にいる個人的奴隷の書記官に名前を覚えさせ、記入させた。

 

「ヘルム騎兵大隊、そのまま城壁側面を食い破る勢いです。我々はこのまま突入しますか?」

「決まっておろう!もちろん突入だ、敵城砦を食い破れ!」

 

 レムヌム将軍はこのタイミングでの突破を好機として捉え、全軍に対して敵城砦への突撃を命じた。それに呼応し、軍楽隊のラッパが鳴り響き兵士達が雄叫びを上げる。

 

 

 

 

 

 

同時刻

東京 皇居外苑

 

 一方の皇居正面での戦闘は、比較的機動隊側の有利に進んでいた。敵は皇居外苑の正面から攻撃を仕掛けているため、敵は小銃や重機関銃の射程内に自ら入り込み、逆に押され始めていた。

 だがその時、騎兵に突破された第四機動隊から緊急の連絡が入る。指揮官の佐伯がそれに応え、通勤機の内容を流した。

 

『こちら第四機動隊!敵騎兵に側面を抜かれた!日比谷公園から皇居に向かってる!』

「なんだって!?」

「くそっ、側面からか!」

 

 佐伯と伊丹は、突破された状況に同時に悪態をついた。現在機動隊員らが陣取る皇居外苑周辺には、正面に多くの人員を貼り付けており、側面は比較的手薄だった。

 今回の突破は、その脆弱性を見事に突かれた形となってしまった。佐伯はすぐさま強化外骨格を有する機械化小隊に通信を繋ぎ、側面への増強を指示する。

 

「第八機械化小隊!外骨格を側面に回せ!」

『敵は目の前です!間に合いませんよ!』

 

 だが敵騎兵は勢いそのまま、

 

「くそっ!ここは一旦後退を……」

 

 突破されると思い、伊丹は佐伯に後退を進言するが、とても間に合わないと伊丹自身も諦めかけてしまった。

 機動隊員達はまだ冷静さを保っていたが、それでも敵の騎兵が迫っている情報を受け、現在地から少しずつ後退してしまう。

 痛みとしても何もしないわけにはいかない。すぐさま側面の方角に回り込み、小銃を構えた。

 

「本当に目の前じゃねぇか……!」

 

 慌てて小銃を射撃するが、比較的薄いで火力が集中できない側面は、すぐに突破されてしまうだろう。

 だがその状況は、新たな火力が駆けつけた事により一変する。

 

『援護するよー!射線に注意してー!!』

 

 その女性の声が聞こえた途端、無数の連続した破裂音が皇居外苑南口に轟いた。

 自動散弾銃からバックショット弾が連続で放たれ、散弾は騎兵大隊を粉々に粉砕していく。勢いは削がれ、

 

『な、なんだこれは!?』

 

 騎兵部隊の大隊長が叫ぶ中、一人の女性が機動隊達の目の前に繰り出した。その女性は、痛みがよく知る人物である。

 

「伊丹、だいじょうぶー?」

「ああ、42式か!」

 

 その弾丸を放ったのは、先ほどの休暇スタイルとは打って変わり、迷彩服に武装を手にした42式だった。

 

──42式自動散弾銃。

 

 それが戦術人形、42式の正式名である。

 まず、現在運用されている第二世代型戦術人形には、ただ銃を持たせただけの第一世代と比べて様々な革新的技術が搭載されている。

 その一つが『烙印技術(スティグマ)』と呼ばれる技術だ。これは戦術人形に自信の専用武器を記憶させ、独立したリンクによって武器と戦術人形を同期。そうする事で、自身の武器の性能を極限まで引き出す高い能力を持った戦術人形を生み出せる、と言う技術である。

 そして、彼女が使うのは日本国国防軍がフルオートショットガンとして開発した42式自動散弾銃。その銃器と烙印技術を用いて同期するのが、戦術人形としての42式だ。

 

「装備は何処から?」

「家からドローンで持ってきた!」

 

 どうやら自宅から装備をドローンで輸送したようであり、その手には半端私物化している同名の自動散弾銃が携えられていた。

 

「よし、側面は頼んだ!」

「任せてー!」

 

 42式の返事と共に、フルオートで散弾銃が放たれる。嵐のように吹き荒れる散弾が、再度突撃してくる騎兵達を粉々にし、更に矢の射程までに迫っていた敵兵達をも粉砕していく。

 

「吹き飛ばせー!!!」

 

 42式が暴れ回っているうちに、騎兵部隊は混乱した。彼らには女一人が不可視の矢を放ち続けている様に見え、訳の分からない化け物と感じていた。

 

『くそっ、耐えられん!一旦引けぇ!』

 

 だが騎兵の大隊長は冷静であり、すぐさま撤退を決意した。そしてそれを見た敵の将軍は、彼らの撤退の援護をするべく策を講じる。

 後方に待機していたローブを纏った集団を前に出し、彼らがが呪文をと唱え始める。すると杖に光が集まり、それが火球と化した。

 

「まずっ!?全員伏せろ!!」

 

 伊丹はそれが攻撃だと判断し、身を隠すように命令した。魔道士が放ったのは、ファンタジー作品などでよく見る火球弾であった。

 伊丹の予想通り、火球は皇居に立て篭もる警察官達に降り注ぎ、芝生や松の木に燃え移り辺りは火の海となる。

 しかし懸念していた爆発などはなく、42式が自ら盾を展開し、火炎弾の大多数を防いでくれたおかげで伊丹達は無事だった。

 

「大丈夫か!?」

「問題ないよー!全然熱くないしー!」

 

 しかし状況は不味いかもしれない。42式が到着したとはいえ、敵集団は未だ大勢居た。このままでは消耗戦に負けるかもしれないと言う不安は、機動隊員の中に一抹だけあった。

 




・烙印技術《スティグマ》
正式名称は「Advance Statistic Session Tool(ASST)」。とある理論をもとに、戦術人形と銃火器などの武器をリンクして繋げるシステム。これにより、人間や従来の戦術人形を遥かに超える戦闘力が付与された。
元ネタはドールズフロントライン。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP.04 銀座事件、反撃

2022/12/11
本日、大規模改稿により新しく挿入投稿となりました。


銀座事件1日目

東京 皇居周辺

 

「で、敵の反撃に遭い逃げおおせたと言うわけか」

「申し訳ございません。全ては私の不手際です」

 

 戦闘用馬車に立ち乗るレムヌムは、車輪の傍で片膝をついて深々と頭を下げるヘルム大隊長を見下ろした。

 

「なに、謝る必要はない。お前の躍進のおかげで我らは地歩を一歩進め、敵は一歩後退した。戦果としてはそれで十分だ」

 

 彼の言う通り、ヘルム騎兵大隊の突撃を受け機動隊員達は皇居内部に一歩下がって戦線を立て直していた。素早い対応だったが、一歩前進した事には間違いない。

 

「それはそうですが……」

「兵を無駄にしたことを杞憂しておるのか?それは構わん、任務を達成したであろうに」

「は……はい」

「そんな事より戦場を見るがよい。若いものばかりに手柄を立てさせてなるものかと、ガンブラル将軍が張り切っている」

 

 西の丸大手門に向け、オーガやの巨体が突き進む。オーガはオークなどと違い、強力であるが故に使役することが難しいとされていたが、ガンブラル将軍の下にいる怪異使いがその難関を成功させていた。

 戦場で使うのは初の試みであるが、この強化外骨格とほぼ同じ腕力を誇るオーガは、機動隊達にとっては最大の脅威となっている。

 堀にかけられた橋を渡り、木製の大門に向け破城槌を繰り返し打ち付ける。分厚い門扉も、オーガの体躯が突き出す槌の破壊力には耐えられず、中央から割れ始めていた。

 内部では強化外骨格2体が最大出力で門を押さえつけているが、度重なる攻撃によって門が損傷し、守り切れそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

同日午後

東京 皇居外苑

 

「進め進め!勝利は我らの手の内ぞ!!」

 

 西の丸大手門の分厚い門扉を蹴破ったガンブラル隊は、すぐさま内部にオーガや兵士たちを突入させた。彼らは雄叫びを上げながら突き進み、オーガらはその体躯で強化外骨格を打ち砕き、二重橋付近へと抜けて行った。

 その彼らに立ち塞がるのは、警察の警備車両が作った壁だ。かなり入り組んだ配置で、しかも登る場所もないため、兵士たちは二人がかりで協力して登るしかない。

 その先にあるのは、ホログラムを用いた規制線である。帝国兵達は当初、皇居周辺に張られた実態のないホログラムに戸惑っていたが、それが幻惑魔法の類だと知ると完全に無視している。

 だが今度の場合は、その無視を利用してトラップを仕掛けていた。兵士たちが皇居外苑の端へ突き進もうとすると、その前にホログラムの規制線で囲まれた落とし穴があった。

 

「ぐわっ!!」

「気をつけろ!落とし穴だ!!」

 

 ホログラムを無視するようになった考えを利用し、突撃していた兵士たちは落とし穴に引っかかる。

 しかもこれはかなり巧妙で、入り組んだ地形に多数配置されていた上、落とし穴の中には敵から鹵獲した剣や槍などが縦向きに置かれていた。つまり、落ちたら針山に刺されるのと同じである。

 そして彼らが防衛線を抜けると、そこでは強化外骨格による集中砲火が待っていた。

 

「なんだこの攻撃は!?」

「バリスタだ!身を隠せ!」

 

 数体の強化外骨格による集中砲火と、機動隊員らが待ち構えていた。さらにそこに戦術人形による射撃も加わり、キルゾーンが形成されていた。彼らはわざと内部に引き込み、すぐさま体制を立て直していたのだ。

 

「将軍!敵兵です!」

「オーガを前に出せ!巨躯の怪異を討ち取り、突破を図るのだ!」

 

 ガンブラル将軍はオーガを前に出し、強化外骨格を討ち取ろうとする。しかしオーガは、複数の強化外骨格から放たれる重機関銃により頭部を集中砲火され、すぐさま物言わぬ死骸と化す。

 強力なオーガが討ち取られる様子を見た兵士たちはパニックに陥り、だんだんと統率を失っていく。それを見たガンブラル将軍は、敵にあと一歩届かぬ悔しさを滲ませた。

 

「これはダメだ……退却しろ!」

「退却!退却!!」

 

 オーガですらも通じないと分かると、ガンブラル将軍は統率が保てる内に退却を命じる。

 しかしその時、退却するはずの門の上に置かれていた木材の山が崩れ落ち、破壊された門を完全に塞いでしまった。伊丹が発案した罠は、二重、三重に分かれて配置されていたのである。

 

「将軍!退路が!」

「しまった!!」

 

 敵の罠の巧妙さに気づいたガンブラルは、急いで馬を止めるが、退却の命令が下っていた兵士たちを止めることはできなかった。

 結果、門の付近は退却しようとする兵士と門を開けようとする兵士たちに別れ、おしくらまんじゅうとなった。

 

「退却だろ!なんで詰まってるんだ!?」

「押すな!門が開かないんだよ!」

 

 だが、そんなダマになっている兵士たちに対し、機動隊員達は容赦しなかった。ガソリンが大量に詰められた手製の壺を、その人混みに対して投げつけたのである。

 

「うわっ!?」

「なんだ、水か!?」

 

 そして油が人混みに染み渡ったところで、彼らは火炎瓶を大きく振りかぶって投げた。

 そうなれば、もう想像の通りである。人体を焦がす相当な勢いの炎が爆発的に広がり、人混みは一瞬で火の海に変わった。

 

「うわぁぁぁ!!」

「誰か助けてくれぇ!!」

 

 火炎瓶の猛攻によりパニックにに陥った兵士達は、地面を転がるスペースもない場所で次々と燃え移り、人体が焦げる強烈な臭いと共に焼死、あるいは煙で呼吸困難となり窒息死した。人混みの外側から逃げようとした兵士たちは、全員射殺される。

 

『クリア!作戦は成功だ!』

 

 戦場となった皇居内部にて、機動隊員達は奮戦していた。何度も戦線が下がろうと、機動隊員達は果敢な抵抗を続けて敵を退け続けている。

 戦線が下がるたびに隊員を補充し、弾薬を補充し、防衛線を引き直してかなり長い時間戦い続けていた。

 後方には、民間人のボランティアが負傷した機動隊員達のために残っていた。伊丹に感化され残った彼らの活躍も、機動隊員達を支えていた。

 

 

 

 

 

 

 

銀座事件2日目

東京 上空

 

 事件から2日目、空が異変に染まり始めた。

 最初に気づいたのは、マジーレス率いる尖兵竜騎兵大隊である。広大な敵都市を見下ろしながら、愛竜の手綱を握っていたマジーレスは、その異変を目にしていた。

 

「これは……何か嫌な予感がする」

 

 眼下では激しい戦闘が行われており、戦況はこちらが何度も攻略に失敗しているようだった。

 その熱気は確かにマジーレスに影響を与え、高揚させていたが、この感覚はそれが原因ではないと理解していた。

 その時、彼の神経がピリピリとする中、戦闘経験の多い竜騎士バラッキーノが別の方向を指差す。

 

「大隊長!正面に何か見えます!」

 

 正面を見ると、遠くの空を飛ぶ謎の影が幾つか見えた。まだかなり遠いのでよく見えないが、飛龍並みに大きそうである。それが空を飛んでいて、こちらに向かっている。

 

「俺が見てきます。誰かついて来い!」

「了解!」

 

 マジーレスの声を受けた竜騎士ジャマンスカが、長槍を手繰り寄せて身を構えると、同僚を二騎引き連れ迎え打つとばかりに飛び出した。

 

「待て、アイツらは明らかにおかしい!バラッキーノ、ジャマンスカ達を呼び戻せ!深追いするなと伝えるんだ!」

「は、はっ!」

 

 マジーレスの命令を受けた竜騎士バラッキーノは、ジャマンスカ達を呼び戻すべくその後を追う。

 

 ジャマンスカ達が『それ』に近づくと、敵の異様がはっきりと見てとれた。

 敵は、巨大な人型の怪異だった。

 巨人と表現するべきその威容に加え、手には弩器のような物体を携えている。巨人が空を飛ぶだなんて聞いたことが無いため、ジャマンスカ達は一瞬たじろいだ。

 

「なんだあれは?」

 

 巨人のうちの一人が手を挙げると、巨人の隊は左右に分かれ、高度を急激に下げていく。

 

「野郎、挑発のつもりか!?」

 

 彼らは一方の隊に対して集中し、それを三騎で追いかける。敵の方の巨人は同じく三騎で、数の上で互角となった。

 林立する建物の合間を縫い、彼らは河川の上でチェイスを繰り広げる。巨人が高速で飛び回り、それを飛竜が必死になって追いかけていた。

 

「速い!」

 

 しかし、全力で飛行しているにも関わらず全く追いつけない。このままでは、飛竜が疲れてしまう。その前にケリをつけてやると思ったその瞬間、巨人が飛行しながら後ろを向いた。

 

「え?」

 

 そして弩弓と思わしき武器を構えると、そこから火が噴き出した。隣を飛ぶ竜騎士がその衝撃に吹き飛ばされ、飛竜と竜騎士もろとも血飛沫となって粉々となる。

 

「な、何……?」

 

 飛竜は揚力を失い、そして水面に激突した。水柱が立って飛竜は回転し、そのまま水中へと没した。

 

「っ!!」

 

 ジャマンスカは敵の脅威を悟り、急いで手綱を引いて回避運動に入った。わずかな間で思考を照らし合わせ、こいつはバケモノだと感じたからだ。

 飛竜を貫く威力の弩弓を持ち、空を飛び、あまつさえ後ろを向きながら飛ぶなど、我々の常識の範疇にいる生き物ではない。怪物だと、そう感じたのだ。

 だが回避は間に合わず、ジャマンスカが騎乗する飛竜の翼もズタズタに引き裂かれた。

 

「ぐはっ!!」

 

 バラッキーノの見ているすぐ前で、ジャマンスカと仲間達は36mmチェーンガンによって撃墜されてしまう。

 

 その様子は、少し後方を飛んでいたバッキーノの方角からも見て取れた。ジャマンスカ達がやられたのを見て、バラッキーノは呆然とする。

 

「な、なんてことだ……飛竜の翼をズタズタにするような弩弓が敵にあるだなんて!」

 

 その時、バラッキーノはなすべきことを思い出し、慌てて飛竜の手綱を引いた。

 

「このことを大隊長に報告しなければ!」

 

 だがその時、ビルの間を抜けて巨人が目の前に現れる。バラッキーノの位置を予測し、待ち構えていたのだ。

 

「うわっ!?」

 

 しまった、と思った時には既に遅く、彼も巨人の持つ36mmチェーンガンに引き裂かれ、撃墜された。

 

 

 

 

 

 

 戦術機、という兵器が存在する。

 それはこの混沌とする世界の中、新たに誕生した鋼鉄の巨人の名称であった。

 

『全目標沈黙、撃ち方やめ』

 

 軽快な音と共に36mmチェーンガンが火を吹き、鈍い音と共に飛竜が粉砕された。その様子を網膜投影の視界から見つつ、この兵器を操縦する『衛士』達はすぐさま思考を切り替えた。

 その巨大な武器を持つのは人間ではない。ましてや戦術人形でもなく、それよりももっと巨大な兵器である。その威容は、まさに鋼鉄の巨人であった。

 

──戦術歩行戦闘機。

──又は、戦術機。

 

 これらの兵器は、有人操縦の二足歩行兵器である。こちらも第三次世界大戦の時に生まれた兵器であり、強化外骨格や戦術人形の技術を発展させて作られた。

 『跳躍ユニット』と呼ばれる飛行装置を搭載しており、低空での高速機動が可能な兵器であるが、本来ならばこの制空権の確保は戦闘機が行うべき任務である。

 しかし、第三次世界大戦において大量のEMPが撒き散らされ、通常の戦闘機が高高度を飛行できなくなると戦闘機の役割は消滅。その代替兵器として、第三次世界大戦中に生まれたのがこの戦術機なのであった。

 

「ストライダー06、目標殲滅。意外と呆気ないですね」

 

 戦術機の衛士である女性が、高層マンションの陰からそう呟いた。あまりに呆気ない航空戦力の殲滅に、余計な疑惑が生まれたのだ。

 

『E.L.I.D.の飛行タイプでは無さそうだ。だが油断するな、奴らは建物の影から襲ってくるかもしれん』

「06、了解」

 

 彼女の部隊の隊長である衛士が注意を促し、隊員達を引き締めた。戦術機部隊は一度集合し、そのままビル群を避けて飛行し始めた。

 そしてしばらく飛行してから、推進剤の節約のために途中の地面に着地。二足でのキッチリとした歩行を行いながら、目的地を目指していた。

 

『こちらCP。皇居の機動隊が内部まで押されている。以降は水平噴射にて着地せずに急行せよ』

『ストライダー01了解。全機、推進剤に気をつけろ』

 

 彼らの駆る戦術機、49式戦術歩行戦闘機『疾風』が歩みを早め、そこから足蹴りで再び空へ飛び上がる。

 目的地である皇居周辺まで5分を切っているが、途中の障害を回避を行えば更に遅れる可能性がある。

 そこで衛士達は戦術機の高度を上げ、ビルの屋上を伝って現場へ急行した。途中、空を飛ぶ巨人を見た武装集団の驚愕の表情が網膜投影に表示されるが、彼らは気にも留めなかった。

 

 

 

 

 

 

同時刻

東京 皇居周辺

 

 その頃、帝国軍は策を変えて皇居に攻撃を仕掛けていた。

 今まで邪魔で入り組んでいた道路からの攻撃を止め、堀を瓦礫や死体などで埋め始めたのだ。その策は功を奏し、既に堀の数カ所が渡って歩ける状態になっていた。

 

「将軍閣下、堀の埋め立て作業を終えました!」

「よろしい。大変によろしい!」

 

 レムヌムはそう言うと、腰に巻いていた帯剣を引き抜く。自ら敵陣に切り込むのではなく、味方の士気を鼓舞する為だ。華々しく勝利を演出する為、そのポーズを取る。

 

「全軍、総攻撃を開始せよ!」

「全軍突撃!」

 

 兵士たちが復唱し、総攻撃が始まった。待機していた全ての部隊が前進を開始し、兵士たちは城門へ、そして堀へと殺到する。

 彼らは堀を埋め立てた死体や瓦礫を踏み躙って一気に渡り、石垣をよじ登ろうとする。それによってこれまで戦場となっていた大手門だけでなく、堀に囲まれた城壁の全てが戦場となった。

 すると敵の反撃も熾烈になってくる。大量の水や瓦礫を浴びせ、敵を追い払おうとする。あるいは焚き火の音にも似た破裂音を繰り出し、飛礫を放つ。その飛礫の威力は絶大で、直撃を喰らった兵士たちは鎧を貫かれ倒れていく。

 しかし、戦意に溢れる帝国軍の兵士たちは味方が倒れるのも構わず前進を続け、城壁をよじ登った。

 

「煙幕魔法を炊け!煙を使うのが奴等だではないと教えてやるがよい!」

 

 従軍魔導師総監ゴダセンの号令で、煙幕魔法が立て続けに放たれる。敵の城はたちまち煙に包まれ、敵も味方も視界が真っ白になる。

 

「くそっ!こんなんじゃ前が見えない!」

「そう言うな、前だけを見て進め!」

 

 兵長が味方を励ますと、彼らは前が見えないにもかかわらず一気に走り出した。これにより飛び道具の威力は半減し、一気に進めるだろうと思われた。

 だがそんな時、走っていた兵士の一人が何かにぶつかる。敵かと思って剣を抜いたその時、見上げた彼の視界に見えたのは巨躯の怪異(強化外骨格)だった。

 

「しまった!」

 

 攻撃を避けようとするも、見上げた頃には既に奴は棍棒を振り翳していた。そのまま頭を砕かれ、兵士たちが混乱状態に陥る。

 さらに後方から連続した破裂音が鳴り響き、飛礫が多数飛んでくる。もはや盲撃ちに等しいその攻撃により、多数の兵士たちが煙を突破できずに立ち往生した。

 

 

 

 

 

 

同時刻

東京 皇居内部

 

 戦闘は混戦状態となり、機動隊の隊列が乱れ始めた。こうなると機動隊も強化外骨格も、目の前にいる敵と必死に戦うだけであった。

 幸いにも強化外骨格には暗視装置が搭載されており、相手の煙の中でも敵の隊長などを狙って攻撃し、敵を防ぐとともに暴れ回っていた。

 そして機動隊員達は、小銃が強化外骨格に効かないのを知っている為、盲撃ちで射撃を行い敵の浸透を防いでいた。

 しかしそれらの抵抗にも限度があり、戦意あふれる敵に対して前線が崩壊、混乱の中で乱闘状態となった。

 

「くそっ!味方はどこだ!?」

 

 最高指揮官である原田ですら、右手に拳銃、左手に電撃警棒を握りしめて格闘戦を演じていた。

 盾を構えて迫ってくる敵に対して、原田は警棒で足を払う構えを見せる。すると敵は盾を下げて防ごうとするが、空いた胸あたりの空間に対して拳銃を突きつけ、引き金を絞った。

 破裂音が鳴り響き、倒れ伏す敵兵。だが見送る暇もなく、原田の背後から別の兵士が襲いかかった。すかさずしゃがみ込んで回避しつつ、足蹴りを払った。仰向けに倒れた兵士の顔を蹴り、そこに激しく警棒を打ち付ける。

 

「原田隊長!」

 

 乱戦の中、原田付の伝令がやって来た。

 

「隊列を組み直せそうか!?」

「無理です!混戦状態で敵も多数、強化外骨格も何機かやられました!」

「くそっ!」

 

 伝令は第一機動隊のホロフラッグを目立つように大きく掲げている。部隊の位置を知らせるための機器であるが、それだけに敵に指揮官だと思われ狙われやすい。この伝令は、素早く障害物に逃げ回って敵を避けていたらしい。

 原田は周囲を見渡して同じホロブラッグを探すが、乱戦により旗を建てられる部隊も少ないようだ。改めてホロブラッグの重要性がわかる事態である。

 

『第四機動隊の島田中隊長がやられた!繰り返す、島田中隊長がやられた!』

『原田隊長!第二中隊より至急応援をとの要請です!増援を!』

 

 各部隊から悲鳴のような声が続々と送られているが、原田には増援の送りようなどない。既に全部隊が乱戦に突入する中、体勢を立て直して再編成するの無理だ。

 

「んな無茶を言うな!」

 

 その時、煙の中をすり抜け一人の兵士が原田隊長に切り掛かって来た。慌てて拳銃を引き抜くが、弾切れにより空撃ちの音が鳴る。

 

「しまった、お前は下がれ!」

 

 すぐさま武器を警棒に持ち替えるが、その時大きな破裂音が鳴り響き、兵士が一撃で吹き飛ばされる。

 横を見れば、非番の協力者として戦線に加わっていた伊丹と42式、そして佐伯の姿が見えた。

 

「い、伊丹!?佐伯まで!」

「原田隊長、機動隊員達を纏めてください!もうすぐ戦術機が来ます!」

 

 伊丹が後方の通信機を指差しながら告げる。

 

「地上掃射か!?この状況でどうやって?部隊もバラバラの状態だぞ!」

「この際指揮系統はどうだっていい!とにかく警備車両の周りに皆をかき集めるんだ!あと数分で、早く!」

「お、おう!」

 

 伊丹が腕の時計を指差しながら言う勢いに押され、原田はスピーカーを手に取った。

 

「総員、集まれ!とにかく手近なホロブラッグの元へと集まれ!国防軍の戦術機が来るぞ!!」

 

 原田はそう告げると、再び警備車両の陰から飛び出し、伝令から隊旗を奪って大きく振りかぶった。

 

「密集横列!盾を中段に構えろ!」

 

 すると混乱状態にあった機動隊員達が、続々と集まって来た。そして隊列へと加わり、味方の盾の後ろへと整列する。

 もちろん、敵も戦意を高めてこちらに挑み始める。整い始めたこちらの隊列を見て、敵も隊列を組み直して向かってくる。

 そして、熾烈な乱戦が再び線と線の戦いに移り変わると、それはやって来た。

 

「よし来た!」

 

 それと同時に空を見上げれば、南の方角、日比谷公園上空から跳躍ユニットの音と共に巨人が飛行している。ビルとビルとの隙間から現れた49式戦術歩行戦闘機"疾風"の8機編隊が、低高度で侵入してくる。

 肩を見れば、伊丹が駐屯地で見慣れた『1st』のマークが描かれている。間違いない、練馬駐屯地の戦術機連隊の所属部隊だ。

 ふと見ると、42式が横列の前に仁王立ちしていまだに射撃を続けていた。それを見て伊丹は彼女を連れ戻そうと飛び出す。

 

「おい、42式!下がれ!」

「えー?まだ撃ち足りないよー!」

「馬鹿言ってんじゃない!」

 

 駄々を捏ねる42式を掴み、引きずりながら後方へ下がる。それでも歩みを進めてくる敵に対して、ダメ押しにカラースモークの発煙筒を投げつけてやった。目印のつもりだ。

 そして、上空から強烈な風が吹き付け、戦術機が低空に降りて来た。そして腕と背中にマウントされた突撃砲を武装集団に向ける。

 

「伏せろ!!」

 

 味方に合図を送った瞬間、辺り一面に広がっていた敵に対し、チェーンガンの掃射が吹き荒れた。36mmの機関砲弾は一つ残らず炸裂していき、唖然として立ち尽くす敵兵達を血飛沫に変えていく。

 オークやトロルですら、36mmの前に粉々に粉砕された。投石機も指揮官の陣地も、まるで薙ぎ払うかの如く吹き飛ばされる。

 

『掃討完了、残党の検挙に向かわれたし!』

 

 戦術機の拡声スピーカーから、女性衛士の声が響く。敵が総崩れとなり、戦術機の援護が入ったのを見て伊丹は叫んだ。

 

「敵は怯んだ!残りの検挙へ!」

「よし!全機動隊に連絡!突入用意!!」

 

 原田の号令により、全員がが装備を持ち検挙の体制に入る。さらには強化外骨格まで催涙ランチャーを構え、その時が来た。

 

「催涙弾発射!」

「今だ!検挙ぉぉぉぉぉ!!!」

 

 その後は鮮やかであった。呆然と立ち尽くす、あるいは負傷して歩けなくなった敵兵士たちに手錠を嵌め、次々と検挙していく。

 暴れるオークやトロルに対しては強化外骨格の強烈なパンチが入り、気絶させた後に拘束された。指揮官らしき人物も、一人残らず検挙されていく。

 こうして、皇居周辺の戦いは日本側の勝利で終わった。

 後日、現場を指揮していた伊丹耀司は国防大臣から直々に表彰を受け、あだ名が付けられることになる。

 

──"二重橋の英雄"と。

 

 そう、英雄になっちゃったのである……




・戦術機
正式名称『戦術歩行戦闘機』、有人操縦の二足歩行機動兵器である。第三次世界大戦の撒き散らされたEMPの影響で出撃できなくなった戦闘機の代替兵器として、強化外骨格や戦術人形の技術を発展させる形で誕生した。
現在では市街地戦や山岳戦の要とも呼べる独自地位を獲得しているが、遮蔽物のない平地での戦闘は苦手とする。その運動性能と汎用性から、戦闘以外に工作機械や弾薬運搬など様々な場面で活躍している。
元ネタはマブラヴシリーズの戦術機であるが、原作とは誕生経緯が違うため注意。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP.05 銀座事件、終焉

2022/12/11
本小説の大規模改稿により、挿入投稿致しました。


銀座事件二日目

東京 皇居周辺

 

 どうやら自分は幸運の女神に愛されているらしい、とヘルムは思った。

 彼と彼の率いる騎兵部隊は、この世界の住民が作った公園を陣地としており、主戦場から離れていた。そのため戦術機の攻撃を受けずに済んでいた。

 

「しかし、なんだあれは?」

 

 混乱する部下達を尻目に、ヘルムはビルの合間から少しだけ見える巨人の頭部を見て事態を察知していた。

 これは敵の攻撃である、と。

 敵はこれまで、電撃の棍棒、水魔法、煙幕魔法、次いで殺傷力の高い飛礫、巨躯の怪異など、多くの武器の威力をこちらの攻撃や進軍度合いに合わせるように臨機応変に変えて来た。

 そしていよいよ我々を脅威と判断した敵が、その攻撃力をいよいよ極限にまで達させたのだ。

 

「あの巨人の怪異……凶悪にも程があるだろうに」

 

 どんな生物かは知らないが、あの巨人が地表に降り立ってからと言うもの、帝国軍は大混乱に陥っていた。

 こうなると、最高指揮官のレムヌム将軍も生きているかどうか怪しい。

 帝国軍は死に体に陥ったのだ。

 

「直ちに兵を集めよ!そして『門』の周辺に戻らせるのだ!」

 

 ヘルムは呆然としていた部下達を怒鳴りつけ、命令を下した。

 

「た、隊長。一体何をするおつもりですか?」

「味方の退却を援護する。お前も続け」

「た、退却ですか?」

 

 部下の一人が狼狽する。

 

「貴様はこの状況で戦えるほど能天気なのか?」

 

 その言葉に、返すことが出来ない部下達はお互いの顔を見合わせた。

 

「し、しかし……将軍閣下のご命令は……」

「構うものかよ!」

 

 ヘルムは薔薇騎士団に所属していた頃を思い出す。

 その時の経験から、決断できない指揮官は無能だと強く教えられていた。無論間違いを犯すのはよろしくないが、それ以上に決断できない指揮官こそ本当の無能だと、そう教えれていたのである。

 ヘルムは部下に言い放つ。

 

「俺のような中級指揮官は、必要に応じて独断専行をしなければならない場合がある。今がその時だ、責任は俺が取る。生き残りたくば、ここは俺に従え!」

 

 ヘルムは言い放つと、部下達を追い立てるように日比谷公園を出立し、馬が駆け出した。

 そして、この時のヘルムの判断は正しかったと証明される事になる。その直後、日比谷公園の敷地に戦術機機甲連隊の増援、そして多脚戦車の部隊が突入してきたからだ。

 

 

 

 

 

 

同時刻

東京上空

 

 西の方角から、敵の巨人がやってきたと思うと、その直後には味方の帝国軍が壊滅状態になっていた。

 その様子はマジーレスら第一尖兵竜騎兵大隊の司令部からも見て取れた。敵城を攻め立てていたはずの帝国兵達が、今や惨めな敗残兵と化して敵に追い回されていた。

 

「くそっ、なんてことだ!」

 

 マジーレスは敵のあまりに強力な魔法に対し、深く戦慄していた。そして帝国軍をこんな有様にした敵の巨人は、ここから少し離れた庭園らしき場所に着地し、地上に対して魔導を放ち続けている。

 

「大隊長!前方正面!」

 

 味方が叫ぶのを聞い、マジーレスは前方を見据えた。すると先ほどの巨人とは違う、別の物体が数騎、こちらに向かってきている。

 それらは尻尾のような部位を後部に装備し、上で回転するトンボのような物体で飛行している。そして奴らはこちらを見つけたのか、後部の尻尾を垂らして速度を上げ始めた。

 

「アレはなんだ?」

「大隊長、ビッコス隊長補佐の分隊が!!」

 

 見れば、そのハチの様な怪物相手に帝国の竜騎兵三騎が果敢に挑もうとしていた。それを見て、マジーレスは舌打ちした。

 

「くそっ、ビッコスの愚か者!」

「大隊長!我々も加勢しましょう!たった三騎でアレと戦うのは無謀です!」

「分かっている。行くぞ!」

 

 無謀な味方を助けるべく、そして上空を制圧し味方を助けるべく、マジーレスらは降下し攻撃を開始した。

 奴らの闊歩を許せば、味方が一方的な攻撃に曝されてしまう。それだけは、竜騎兵の誇りに懸けて、差し違えてでも許さなかった。

 

 

 

 

 

 

同時刻

東京上空

 

 日本国国防軍、東部方面航空隊所属のATH-39自動爆撃ヘリ"スズメバチ"の4機からなる第一飛行隊は、銀座周辺の空を荒らしていたワイバーンをその搭載レーダーで発見した。

 

『アタッカー2。二時方向、敵ワイバーンを三騎確認!』

 

 網膜投影越しにその姿を見れば、敵の翼竜三騎がシェブロンを組み、こちらに真っ直ぐ向かって来ていた。槍を構え、戦う意思を示している。

 

『槍で突いてスズメバチが落とせるかよ!これより交戦を開始する!各機ブレイク!』

 

 スズメバチの編隊は二機同士のエレメントに分離すると、それぞれ別方向に飛行していく。

 片方の方に敵翼竜が釣られ、急激に高度を下げて地面スレスレまで下がる。大馬力エンジンにより、武装を満載した状態で軽やかにビルの間を縫い、敵の竜騎兵を釣り上げた。

 

「狙い通り!」

 

 それに対し、ビルの間を抜けたもう片方の編隊が現れ、後ろからそれを追う。

 罠に気づいた竜騎兵は慌てて散会するが、時すでに遅く、AI照準の助けを得ながら後部ガンポットから36mmガトリングガンが回転しながら火を吹いた。

 放たれた弾丸は、竜騎兵とその翼竜に吸い込まれるように突き刺さった。外れた弾丸は、無人の道路や乗り捨てられた乗用車を蜂の巣にした。

 

 

 

 

 

 

同時刻

東京上空

 

 味方が一騎やられ、墜落していく。もう一騎も敵の罠に嵌って飛礫の餌食となってしまった。

 

「くそっ!」

 

 ビッコスはその光景に舌打ちしながらも、敵の攻撃の回避に成功していた。どうやら敵が二つの編隊に分かれたのは、こちらを追い立てるための罠だったようだ。

 とはいえ、ビッコスに逃げると言う選択肢はなかった。ビルの間を一周し、再び敵のハチの後方を取る。

 ハチは後ろに目が付いているのか、こちらに気付き急速に振り向いたそのタイミングで、ビッコスは長槍を投じる。

 敵はそれも察知し、容易くその長槍を躱したが、それはビッコスの狙い通りの行動だ。左右が建物に囲まれている以上、奴は上に逃げるしかない。

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

 それを見越して槍を投げ、そして敵のハチがビッコスの頭上を越えようとしたその時、ビッコスは飛竜の胴を蹴って跳躍した。

 そして、見事敵のハチに飛び付いたのである。

 

 

 

 

 

 

同時刻

東京上空

 

 この暴挙に怒ったのは、アタッカー3のパイロットとガンナーだった。

 

「ば、馬鹿かこいつ!ヘリに飛び付くなんて!?」

 

 スズメバチはその構造上、よじ登れるような場所は少ない。だが敵は見事に左側スタブウィングのハイドラポッドにしがみ付き、剣を突き立てようとしていた。

 

「危ねぇ事しやがる!振り落とせ!」

 

 ガンナーが叫び、パイロットが機体を大きくパンクさせた。上昇し安全な場所まで来ると、そのまま急速に機体を回転させて遠心力で振り回す。

 強烈な遠心力に耐えられなくなった竜騎兵は、ぶら下がり続けることが出来なくなり、手を滑らせてたちまち空中に放り出された。

 

「左前方!もう一騎!」

「クソッタレ!」

 

 その時、竜騎兵の勇敢な行動を見ていたのか、別の竜騎兵が左前方から一気に突進を開始していた。

 パイロットはその突撃を、大馬力エンジンに物を言わせたバレルロールで回避した。そして横向きに回転する視界の中、ガンナーは網膜投影の照準器の中へ、敵の竜騎兵を合わせた。

 

「墜ちろ!」

 

 放たれた弾丸の多くは、敵の翼竜の腹部や翼に命中し、引き裂いていった。

 

 

 

 

 

 

同時刻

東京上空

 

 飛竜が撃墜され、マジーレスは弾き飛ばされるように空に放り出された。

 

「うわぁぁ!!」

 

 幸いにも、マジーレスはビル群と同じ高度位にいた事から、ビルの屋上へ落下するだけで済んだ。マジーレスの身体はコンクリートの屋上で激しく転がり、打ちのめされながらも、転落防止用フェンスに激突して止まった。

 

 

 

 

 

 

数時間後

東京 日比谷公園

 

 一方の日本側視点。

 日本国国防陸軍において、首都防衛を担うのは陸軍第1師団である。場所が市街地であるが故に主力は戦術機と歩兵であるが、少数ながらも多脚戦車などの重装甲兵器も持ち合わせていた。

 今彼らが拠点にしているのは、先ほどまで騎兵部隊が駐屯していた日比谷公園。その周辺に第一師団の第101戦術機機甲連隊が展開し、周囲の警戒を行なっていた。

 日比谷公園周辺が国防陸軍によって制圧されてからは、この地域を仮設駐屯地として補給物資を蓄積した。

 

「弾薬は北側に置け、燃料車両は西側だ!」

「おいこら!洗浄水は此処じゃない、南側だ!東側は開けておけ!」

 

 整備士を始めとした補給部隊が物資の整理を行う中、戦術機の衛士達も休息を取る。

 この間、出動からわずか1時間ほどであった。諸事情があり、出動にまで時間がかかったとはいえ、国防軍の出動からここまでの時間は本当に鮮やかだった。

 周囲には弾薬運搬の車両や戦術機の整備車両なども見受けられる。練馬から駆けつけた補給部隊のものだ。

 戦力としては戦術機の他、多脚戦車や機械化歩兵などの重装甲部隊も展開を完了していた。彼らは東京各地のアスファルトをその脚部で踏み締め、現場の最前線へ急ぐ。

 

 

 

 

 

 

同日午後

 

 ある古参兵がレムヌム将軍をかろうじて連れてきたという一報は、帝国軍に素早く伝わった。

 

「大丈夫ですか、将軍閣下!」

「将軍閣下、お気を確かに!」

 

 周囲の将軍らが清潔な水をかけ、レムヌム将軍を起こし、状態を確認していた。中には貴重な医者もおり、彼に対して付きっきりで観ていた。

 

「げほっ、ごほっ!くそっ、一体何があった?」

 

 掛けられた水を振り払いつつも、レムヌムはやっとのことで目を覚ました。心配していた将軍らはほっと一息付き、ひとまず安心した。

 

「どこまで覚えていますか?」

「これから敵の城へ突撃しようというところだった。まるで背中からド突かれたような衝撃があって……そこから……くそっ、思い出せない!」

 

 レムヌムが懸命に思い出そうとする中、それには騎兵部隊の大隊長であるヘルムが答えた。

 

「敵の攻撃です、閣下」

「ヘルム、生きていたか。どうなったのだ?」

「敵が空から攻撃してきたんです。まるで雷が束になって落ちてきたみたいな衝撃があり、その勢いに吹き飛ばされ、将軍閣下は敵城の堀に落ちていました」

「俺が堀に落ちただと?くそっ……」

 

 あまりに無様な様子だったので、レムヌムは毒付いた。

 

「その後、古参兵の一人が将軍閣下を助け出していたので、私の馬に乗せて、ここまで……」

「ここは何処だ?」

「『門』の近くです」

「門の近くか、それならまあ、安全と言えよう」

「それが……閣下、先ほどから聞こえませんか?この巨人の足音のような音を……」

 

 レムヌムが耳をすませば、確かに銀座周辺のこの空間に、時々地面を揺らすかの如き音と共に、何かの轟音が響いている。

 

「遠くで何が起きているんだ?」

「敵の総攻撃が始まりました。各地で戦闘が発生しており、すでにこの通りの近くにまで迫っているんです」

「それを早く言え!味方は何処までいる!?」

 

 その言葉には、同じく生き残ったマジーレスが答えた。

 

「竜騎兵大隊はほぼ全滅、正規兵、補助兵、獣兵使いは2万余りが集合致しましたが、各集団にて多数の損害が発生している模様です」

 

 そして、マジーレスは続けた。

 

「閣下、単刀直入にお伺いします。我々はどうしたら良いでしょうか?」

 

 その言葉には、他の将軍達は暗く項垂れた。誰もこの現状を打破する術を持っておらず、敵が総攻撃を仕掛けてきている中、できれば退却するのが望まれた。

 だが、総司令官が目の前にいる手前、そのような事を口に出すのは御法度である。そのため、全員が口を摘むんだのである。

 

「とても戦える状態ではない……か」

 

 だが意外にも、閉ざしていたはずの言葉は、レムヌム将軍の口から放たれた。

 

「『門』へ撤退することも考えなければならぬな」

「しかし、将軍閣下……」

「逆に聞くが、2万余りの兵で戦えると思うか?我らは最初に5万程居たが、それでも守勢に回る敵を撃破できなかった。この状態で、敵の猛攻に耐えられるとは到底思えん」

 

 レムヌム将軍は少し暗い表情で俯きながらも、そう言って退却の指示を出そうとしていた。

 

「退却だ。残りの兵が居るうちに、門の向こうへ撤退させる。急いで取り掛かろう」

「はっ」

 

 思わぬ形で退却が叶う事となったが、将軍達は誰一人として喜ばず、むしろ少し暗い表情で自身の敗北を悔やんだ。

 悔しいが、確かに今の状況ではまともに戦えない。今回の遠征は帝国軍の敗北として位置づけられるだろう。

 もしかすれば、レムヌム将軍もその責任を問われ、罷免されてしまうかもしれない。それは将兵達にとっては残念極まりなかったが、最高司令官が言うので納得するしかない。

 命令が受諾され、兵達が撤収の準備を進める中、南の方向で何かが爆発した。

 

「っ、なんだ!?」

「敵襲です!敵が、門の南部の通りから真っ直ぐに……!」

 

 その報告があった方角から、強力な魔法によるものか、爆発音と幾つもの破裂音が鳴り響いていた。

 その向こうには、四足で立つ異形の化け物と、石像のように直立する巨人のような物が見えていた。

 

「あ、アレはなんだ!?」

「アレが敵です!敵は巨人を使役し、我々を魔道で攻撃しています!」

「くそっ、アレが敵か……撤収を急げ!」

「はっ!撤収を早めろ!戦利品と奴隷は置いて行っていい、急げ!!」

 

 兵士たちが急いで撤収作業に入り、慌ただしく動き始めた。レムヌム将軍はマジーレスに手を引かれ、門の近くに置いてあった予備の馬車の近くまで、案内される。

 

「将軍閣下は、まず先にお逃げください!」

「そんな!俺に真っ先に逃げろと言うのか!?」

「我々もすぐ行きます!急いで!」

 

 言い返す暇もなく、レムヌム将軍の乗った馬車は、マジーレスの鞭によって馬が嘶き、門に向かって動き始めた。

 

「この敗北、必ず晴らすぞ……必ずだ……!」

 

 レムヌム将軍は賢明な部下達に感謝しつつ、まだ見ぬ敵への復讐を誓った。

 

 さて、十字に別れた道の先に現れたのは、緑色の体色をした異形の象であった。一本の鼻、もしくはツノの様な物体がこちらに向けられ、4本脚で移動している。

 大きさもかなりのサイズだ。この世界の建物が天を貫く様な大きさで、入り口などは人間の大きさに合わせて作られているのが分かっていたが、それと比較しても緑の象の全高は並はずれている。

 ヒト種5人分くらいはあるだろう。その巨大な像が、帝国兵の目の前で無茶苦茶に暴れ回っていた。

 

『Kutabare』

 

 戦象なのか、それとも敵の指揮官の声なのか。訳の分からない言葉をこちらに発しつつ、その象の鼻の先から火を穿つ。

 そうすれば地面に的確な爆発が発生し、それによって重装備の歩兵達が一気に吹き飛ばされ、陣形が乱れてしまう。

 

「うわっ!くそっ!」

「右腕がぁ!助けてくれぇ!!」

 

 兵士たちが狼狽える中、四本足の像はさらに歩みを進める。

 

「くそっ……なんて威力の魔導だ!」

 

 指揮官は戦慄しつつも、魔導士達に煙幕魔法を焚かせて像達の視界を遮り、やり過ごそうとする。

 だが、そうすると像達は盲撃ちに切り替えたのか、ところ構わず飛礫を大量に放ってきた。それを受けた兵士たちは総崩れとなり、次々と射殺されたいく。

 

「怪異使い!オーク達を前に出せ!」

「ええっ!?今出したら全員死にますよ!?」

「構わん!盾にしてでも食い止めろ!」

 

 指揮官がそう言うので、仕方なく怪異使いは鞭を振るってオークらを前に出そうとする。オークらは調教師が怖いので、仕方なく前に出るしかない。

 

「今だ!陣形を立て直せ!」

 

 指揮官が指揮を取り戻しながら戦い続けたが、敵の戦像らは全く怯えるそぶりなど見せず、むしろその巨大な鼻先を敵に対してしっかりとむけていた。

 

 

 

 

 

 

同時刻

東京 銀座周辺

 

 方や日本側、重機甲部隊の視点。

 多脚戦車小隊の指揮官は、片言で指示を求める思考戦車に新たな命令を下す。

 

『未確認生物ガ接近中。警告ニ応ジズ。指示ノ変更ヲ求メル』

「……投降の余地なしと認める。射撃を許可、掃討を開始せよ」

『了解、命令変更ヲ受諾。応戦開始』

 

 この30式多脚戦車は、国防陸軍の主力多脚戦車として長年尽くしてきた古株の兵器である。

 4本脚に130mm砲一門を主砲とする強力な多脚戦車であると同時に、この戦車は無人で動き戦闘を行うことのできる思考戦車でもあった。

 

──思考戦車。

 

 この兵器は、戦術人形と同じくAIコアを持ち、自分で考えある程度の感情を持ちつつ戦闘を行う戦車の総称である。その定義に多脚であるか否かは含まれない。とにかく無人で、AIで動けば、どんなに形態が違えど思考戦車と呼ぶ。

 30式は決して新しくない。第三次世界大戦の直前にロールアウトし、その戦いを生き残り、配備開始からすでに25年が経過しそうな一世代前の戦車である。

 だがそれでも改修を重ねられ、現在でも国防軍の一線級で活躍している。最新型の戦車は、"日本にとっての脅威"が存在する北海道や九州に優先配備されているのだ。その結果、首都に置かれているのが未だ30式多脚戦車なのは致し方ない。

 

『目標ロック、掃討開始』

 

 それでも中世レベルの戦術である帝国軍に対し、多脚戦車の火力は凄まじいオーバーキルであった。

 まず、距離が近いという事もあり30式多脚戦車は前腕部の12.7mmガトリングガンを使用した。接近してくる生物の防御力が予測できない中での戦闘のため、なるべく火力が集中するよう二つの腕部で同じ個体を狙った。

 しかし、相手には懸念していたような防御力などは存在せず、オークの群れたちは12.7mmの大口径弾丸に貫かれ粉々に粉砕された。醜い豚のような肉隗が、なんともグロテスクに粉砕されていく。

 

『……対象ノ脅威判定ヲ更新』

 

 相手が弱いと分かったのか、30式多脚戦車は掃射のやり方を変えた。一つの個体に火力を集中させるのではなく、薙ぎ払うことにしたのだ。横薙ぎ放たれた弾丸は流れるように他の個体も引き裂いていき、オークたちが次々と殲滅されていく。

 そのあまりの強力さに、知能が低いとされるオークたちも本能的恐怖を感じた。調教師の命令を無視し、方向を変えて一目散に逃げ始める。そして右往左往しながら射殺されたり、それでも立ち向かう錯乱した個体が撃ち殺されていく。

 

『対象ノ沈黙ヲ確認』

 

 2055年の現代において、重要となるのが敵状把握だ。敵がどれくらい居て、何を装備にし、防御力は如何なのかと言う敵の情報である。

 現代軍のドクトリンはそれに準じており、兵器もそれに合わせて製造される。この35式戦車は正規軍との戦いとは別に"ある脅威"とも戦うことを目的としていた。

 目下、日本の仮想敵は二つに分かれる。

 一つ目は2055年における世界最大の軍事力を誇る新生ソビエト連邦。後述する災害により陸繋ぎになった樺太、北海道から侵攻して来ることを想定した陸軍戦力の配置。

 そして、次に出てくるのはユリシーズ災害により出現した崩壊液汚染地域の九州。そこに出現する『E.L.I.D.』との終わらない生存競争である。

 『E.L.I.D.』、正式名称『広域性低放射感染症』。2020年、小惑星ユリシーズという隕石が地球へ落下する大災害が起こったのだが、その隕石には『崩壊液』『コーラップス』と呼ばれる地球外物質を大量に含んでいた。

 コーラップスにより隕石が漂着した地域は、人間が住めないほどに汚染された。それだけではない。高濃度のコーラップスに被曝した場合、生体は崩壊し速やかに死に至るが、低濃度のコーラップスに被曝した場合は即死せず、形態の変異を引き起こす。

 それが『E.L.I.D.』と呼ばれる怪物達だ。彼らは身体が強力な金属で覆われており、生半可な弾丸を通さず強力な腕力も有している本物の化け物である。

 それらが大量に九州に巣食らっていて、日本を脅かし続けている。その化け物達と戦うことを目的とした35式にとって、オークやトロルなどの異世界怪物の実力など、カス同然であった。

 

 一瞬でオーク軍団が全滅し、戦象が帝国軍へ歩み始めた時。帝国兵達は自らの命に迫る危機に恐れ慄いた。次は自分達だ、と。

 

『再度ノ攻撃ヲ要請』

「……許可する」

 

 最後の士気が崩壊し、一瞬でも逃げようと背中を見せた瞬間、30式多脚戦車はガトリングガンの引き金を引いた。

 その後に残っていた帝国兵は全て射殺されたと言う。このような光景は、銀座周辺の各所で見られた。




・ユリシーズ災害
2020年に起きた隕石災害で、太陽系外から巨大隕石"ユリシーズ"が地球軌道へ落下し、世界情勢を完全に塗り替えた。
直前に核ミサイルによる迎撃が行われ、被害は最小限に抑えられたが、幾つもの破片が地表へ落下。しかもただ落下しただけでなく、ユリシーズには「コーラップス(崩壊液)」と呼ばれる太陽系外物質が大量に含まれており、これが地表に落下した地域は人間の生存が不可能なレベルにまで汚染された。
元ネタはエースコンバットシリーズの小惑星ユリシーズと、ドールズフロントラインのコーラップス災害を掛け合わせたモノ。

・E.L.I.D(広域性低放射感染症) 
コーラップス汚染に被曝した生命体が発症する疾病。およびその発症者を指す。高濃度のコーラップスに被曝した場合、生体は崩壊し速やかに死に至るが、低濃度のコーラップスに被曝した場合は即死せず、形態の変異を引き起こす。
変異の様相は様々であるが、おおむね前世紀における「ゾンビ」や「ミュータント」といったものに近く、およそ人間とはかけ離れた様相を呈する。
元ネタはドールズフロントライン。

・30式多脚戦車
日本国国防陸軍の主力多脚戦車。
こちらもAIコアを搭載し、人間が操縦せずとも無人で戦闘行動が可能。"カブトムシ"と言う愛称で陸軍では頼りにされている。
旧世代の戦車と同じくキャタピラを用いて巡航するモードと、キャタピラが6脚に変形し不整地を歩行する二つの形態に変形することが可能で、どんな地形にも対応可能な突破力を持ち合わせている。
主砲は60口径130mm電磁砲一門、副武装として前腕部12.7mmガトリングガンを2門、30mmRWSを1門。
ちなみに旧世代の90式戦車や10式戦車などは第三次世界大戦にてほぼ壊滅しているため、国防陸軍が保有している戦車の大半はこの35式に置き換えられている。
元ネタは劇場版PSYCHO-PASSに登場した多脚戦車。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二戦役 接触編(上)
EP.06 特地突入、準備段階


あらすじ:
日本国首都東京、銀座にて発生した異世界からの侵略。
侵略軍である帝国の軍勢は日本国国防軍の活躍により鎮圧され、帝国兵は門の向こうに撤退した。
門を巡って様々な準備が進む中、伊丹は既に銃を手にしていた。
一方の42式は銀座事件での損傷を治すべく、メンテナンスを行なっていたが……


10月初頭

東京 某所

 

『銀座において発生した集団テロ事件についての続報です。政府は国防軍の部隊を東京に駐留。事件の解明を進めると共に、東京内での治安維持活動を……』

 

『日本政府は今回の事件を「銀座におけるテロ事件」と正式に命名。今後は「銀座事件」と呼称され……』

 

『犠牲者の数は、集計されているだけでも2万人以上と見られます。また、行方不明者はさらに2万人ほどで、主に女性や子供が多く……』

 

『銀座に出現した謎の構造物について、日本政府は「門」又は「ゲート」と呼称。今回の事件については、この門が関わっているとされ……』

 

 

 

 

 

 

同日午前

??? ????

 

 伊丹耀司中尉は雨の中、戦闘服に身を包んでいた。考え事から解放され、任務に集中しようとした時には無意識に銃のボルトを引いていた。

 日本国国防陸軍の野戦戦闘服Ⅵ型は、薄手の布地に緑一色の迷彩がとても際立つ戦闘服だ。国防陸軍の兵士はその上からボディアーマーを着込み、さらにその上からエグゾスーツを装着する。

 手に持っている銃は『Hal-27』という、少し特殊な日本製の銃だ。ブルバップ方式の銃上部からプラスチック製のマガジンを挿すという、前世紀のPDWの様な装填方式を採用している。銃身が短いので室内戦向きでもある。

 

「こちら隊長の伊丹、03小隊は定位置に着いた。オクレ」

『こちらCP(コマンドポスト)了解。目標の内部構造はドローンで偵察している。ディスプレイの戦域マップを参照せよ。オクレ』

「了解、これより作戦行動に入る」

 

 伊丹中尉は後ろを振り返り、自身の部下となる小隊メンバーにハンドサインを投げかけ、合図と共に草むらを進み始めた。

 訓練によりハンドサインの意味を知っている3人の部下は、伊丹の後ろを低い姿勢で追従。目標とされる異国風の建物の前にまで来た。

 

「テラスに2人……いや、もう1人か」

 

 目視だけで敵の存在を確認し、伊丹達はすぐさま物陰に隠れた。相手は見張り兵の様で武装は弓と矢。この暗闇の中、松明の光だけが彼らを照らしている。

 

「隊長の合図に合わせます」

「よし、全員構えろ。倉田は待機だ」

「了解です」

 

 小隊メンバーが手持ちの小銃を構え、ホログラムで描かれた照準器を覗く。敵兵の頭にレティクルを合わせ、一呼吸置き、引き金を引いた。

 銃にはサプレッサが取り付けられており、空気が抜ける音だけが過ぎ去った。弾丸は敵兵士の頭を貫き、完全に殺す。

 他のメンバーも同時に引き金を引いてくれたようであり、同時に3人を殺した。しかし、その後扉の向こうから新たな敵兵が出てくる。

 

「待て、もう1人」

 

 待機していたメンバーが、咄嗟に引き金を引いてソイツを殺す。

 

「よくやった倉田」

「ありがとうございます……!」

 

 小隊のメンバーを褒め称え、伊丹達は素早く身を屈め、建物の中へと入っていく。正面テラスから内部へ入ると、松明の明かりだけが灯る薄暗い部屋に続いている。

 

『CPより03小隊、ドローンが救出対象を発見。南棟、地下室だ』

「了解、室内に入った」

 

 しばらく進むと、木の扉が道を塞ぐ。その向こう側から人の話し声が聞こえるので、おそらく何人か居る。

 

「富田、スレットを投げろ」

「了解」

 

 部下の1人が、小さく開かれた扉の向こう側へ円筒を静かに投げ入れる。スレットと呼ばれる探知機機であり、筒から電磁パルスが周囲に放たれる。

 すると全員のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)に、電磁波が探知した人間の反応が映し出される。これにより、扉の向こう側からでも敵を探知する事が可能なのだ。

 

「よし、撃ち抜け」

 

 その後は簡単だ、壁越しに見えている敵を殺せば良い。伊丹達は扉の向こう側へ一斉に発砲し、見えている敵を皆殺しにしてやった。

 

「クリア、行くぞ」

 

 通路が確保され、そのまま地下室に繋がる扉の前にまで来た。木の扉には南京錠が付けられており、簡単には開かないようになっている。

 

「おらっ」

 

 しかし、伊丹はエグゾスーツの出力でその鍵と鎖を引きちぎった。強化外骨格の前では、こんな簡単な鍵など無意味に等しい。

 地下室に入ると、1人の敵兵が寝ていた。すかさず撃ち殺し、安全を確認。そのまま牢獄の中を進んでいく。

 

「居ました。聞こえますか?」

 

 牢獄に薄手の服で囚われていた女性が、伊丹達に気がついた。部下の女性軍人が彼女に対して声をかける。

 

「あ、あの!」

「日本国国防軍です。救出に来ました、もう大丈夫です」

「軍人さん!ああ、よかった……」

 

 彼女の安堵した声を聞きつつ、伊丹達は地下牢をこじ開ける事にした。鍵は先ほどよりも強力に絡み付いているので、地下牢の鉄格子の方をエグゾスーツで破壊する事にした。

 

「いくぞ、せーの!」

 

 成人男性2人+2人分のエグゾスーツの力を用い、鉄格子の間をこじ開けることに成功。人一人が出られるようになったところで女性を外に出し、救出した。

 

「良いですか?姿勢を低くして、離れないでください」

「分かりました……」

 

 女性を救出したところで、彼らは外へ向かおうと地下室を出た。

 

『こちらCP、敵兵の動きが変わった。騒ぎが勘づかれたぞ』

「了解、今度は地下から出る。装甲車を滝壺に」

 

 敵兵士が動いているらしく、伊丹達は来た時とは別のルートで屋敷を出ることにした。角を一つ一つ確認し、うまく敵兵を躱して行く。

 そして、地下室から直結した水路に入った。辺り一面が暗く、足元は水路の水で汚れている。伊丹は小銃だけを突き出し、曲がり角を抜けようとした。

 

「っ!」

 

 その時、敵の待ち伏せに遭った。角で待っていた敵兵士に小銃を掴まれ、攻撃手段が封じられる。しかし伊丹は瞬時の判断で左手を握りしめ、敵兵士の顔を思いっきり殴った。

 

「ぐっ!」

 

 怯んだ敵兵から小銃を奪い返し、数発の発砲で射殺した。

 

「クリアだ」

 

 伊丹はその他に敵がいないのを確認し、先へと進む。その後、滝壺に出た。ここが味方装甲車との合流地点に設定されており、ランデブー地点である。

 

「よし!あそこの装甲車まで走るぞ!」

「了解!」

 

 伊丹達は一斉に走り出し、草原の中心にある装甲車まで一気に駆け抜ける。ここまで来れば、流石に敵兵も追手も居ない。

 このまま任務達成……かと思われた。

 伊丹達の目の前に、巨大な怪物が立ち塞がった。

 

「なっ!?」

 

 咄嗟にその怪物に銃を向けるも、その前に棍棒によって吹っ飛ばされる。しかも、その棍棒から衝撃波が轟き、後続の小隊メンバーまで巻き添えで吹き飛ばされる。

 

「ぐわっ!?」

「きゃっ!?」

 

 保護対象まで転がっていくのを見て、しまったと後悔する伊丹。しかし、もう手遅れである。せめてもの抵抗として拳銃を引き抜き、ジリジリと詰め寄る怪物に発砲するも、まるで効いていなかった。

 そして、怪物は伊丹に向け棍棒を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死亡判定だ伊丹、情けないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シミュレーションをリセット!」

 

 その言葉の途端、周りのホログラムが全て解除された。地面も草木も水も、果てには滝壺の屋敷まで、全てのホログラムが魔法のように解かれる。

 

『訓練をリセット。エキストラは所定の位置に再配置』

 

 これこそが日本国国防軍が誇る最新設備、AR訓練施設である。簡易的な建物とホログラムによって風景を作り出し、軍人に限りなくリアルな訓練を施す事ができる施設だ。

 ドームに囲われた中で訓練を行えるので、仮想敵国の偵察衛星や情報網などに引っ掛かることもないため、普段は特殊部隊の訓練施設として使われている。

 

「いてて……ひでぇやおやっさん、最後にオークが飛び出してくるのはないだろ?」

「最後の最後で油断した伊丹が悪い」

 

 怪物役を務めていたのは人間の男性だった。彼に手頃なコントローラを持たせ、ホログラムでそれを怪物と棍棒に仕立て上げていたのである。

 ホログラムを解いた男性は国防陸軍の軍人で、名前は桑原 惣一郎曹長。この場所、日本国国防軍練馬駐屯地において、臨時で教官を務めている。

 

「いやいや、にしたってあの衝撃波は反則だって。なんだよあれ、オークの癖に遠距離攻撃なんて狡いぞ」

「仕方ないさ、俺たちはオークとやらがどういう生物なのか分からん。だからプログラマーが想像で作ったんだ」

 

 そう言いながら桑原は手を延ばし、伊丹を立ち上がらせる。

 

「難易度鬼畜すぎるだろ……」

 

 伊丹の呟きは、訓練施設のドームに虚しく響き渡った。

 

 

 

 

 

同日午後

東京 練馬駐屯地

 

「だぁぁあ!疲れたぁ!」

 

 伊丹は駐屯地の食堂に入り、今日の定食である鯖の味噌煮定食のトレイをテーブルに広げた。席に座ると、先ほどまでの疲れがどっと押し寄せてくる。

 

「お疲れ様です、伊丹中尉」

「あー、お疲れ様……」

 

 そんな伊丹に声をかけ、向かい側に座るのは二人の若い軍人であった。彼らもそれぞれの定食を広げ、伊丹と食事をしようとしている。

 最初に声をかけた女性が黒川 茉莉伍長、長い黒髪を携えた長身の女性。今は伊丹の部隊で唯一の女性軍人であり、衛生科を務める逸材。

 二人目の若い男性軍人は倉田 武雄軍曹で、最近北海道から転属してきたにも関わらず、伊丹とは趣味が合うので何かと話す機会が多い。

 

「なあ3人とも、こう毎日毎日AR訓練だと疲れないか?」

「そりゃ疲れますよ、AR訓練はVRと違って身体を直接使いますからね……」

 

 倉田が答えるが、一応AR訓練にもメリットや目的がある。それに関しては黒川が味噌汁を啜りながら反論した。

 

「そうは言っても、VR訓練ばかりでは身体が鈍ってしまいますから」

「ええ。それにARの方が五感の再現率も高いので、よりリアルです。有意義な訓練ではあるかと」

 

 最後に発言したのは、伊丹の隣にいる富田 章軍曹。伊丹の副官のような存在であり、長年右腕として務めている。

 

「そりゃ、そうなんだけどさ。デスクワークと並行しなきゃいけない尉官には辛いのよ……あー、昇進するんじゃなかった」

「英雄様がなーに言っているんですか、国防大臣に勲章もらって、罰当たりですよ?」

 

 倉田が箸で指指すように皮肉を言うが、伊丹にとっては的外れな指摘だ。伊丹はそれを説明する。

 

「あのねぇ、俺の人生は趣味第一なの。食う寝る遊ぶ、その間のちょっとの人生で軍人してるだけ」

「じゃあ、最近は?」

「知ってて言ってるでしょ?案の定、連日休暇返上であちこちに引っ張りだこ。まーじでコンチキショウだよ……」

 

 実際、伊丹は一躍時の人となっていた。国防大臣からの直々の表彰に始まり、メディアやタレントからの取材が相次ぎ、しまいにはテレビに出てほしいと言われる始末だ。

 テレビ出演などは断ったが、それでも駐屯地内ではすっかり有名になってしまった。時々同僚が茶化してくるのが、それが無性に伊丹の気質に合わない。

 

「ふふっ……まあ、中尉らしいと言えばらしいですがね」

「結局、即売会にも行けなかったんでしたよね?」

 

 黒川が不敵に笑った後、倉田が発言する。

 

「それ自体が中止になっちまったからなぁ……だからこそ、冬の会には絶対行く!何がなんでもだ!」

 

 伊丹の筋金入り具合に苦笑いをするしかない小隊の面々。であるが、富田は冷静に今の国防軍の現状の話題を振った。

 

「そうは言っても、現実は難しそうです。『特地特別対策法案』がもうすぐ通るそうですよ」

「…………」

 

 伊丹としても、必ず通るだろうと予想していた。

 門や特地関連の問題はとても多く、山積みだ。攫われた人々、そして殺された人々の謝罪と賠償を引き出すにも、敵軍は門の向こうに撤退してしまっていた。

 それらの解決するには、国防軍が直接向こう側へ赴き、相手を武力をもってして制圧、無理矢理にでも交渉のテーブルに着かせるしかないのである。

 それを知ってか予知してか、国防陸軍でも動きがある。特地を想定した仮想訓練が念入りに行われ始めたのだ。先ほど伊丹達が行なったAR訓練もその一つで、特地の環境を予測した様々なパターンで訓練が続けられている。

 

「AR訓練だって特地を想定した内容ですし、銀座周辺は多脚戦車や戦術機が運び込まれています」

「あれ、世間は"銀座駐屯地"なんて言って茶化してますよね。それから知ってます?特地仕様の新しいエグゾスーツも開発されているって話があるんですよ」

 

 黒川と倉田も、大方同じ予想がついているようである。

 

「……つまり、俺が1番避けたいシナリオが起きる、って話か」

 

 伊丹としては正直関わりたくない話ではあるが、軍人である以上避けられないだろう。命令されて特地へ行けと言われれば、逆らえないのが軍人という職業だ。

 

「あら、浮かない顔ですね?伊丹中尉の事ですから、むしろ喜ぶのかと。好きですよね、異世界?」

 

 黒川にそう茶化されるが、伊丹の言動はつれなかった。

 

「つっても、確認されているのは可愛げのない化け物ばっかりじゃん?怖いよああいうの」

「ですよねー。こう、なんていうか、可愛い獣耳の子がいれば良いんですが」

「そうそう。俺やだよ、化け物と真正面から戦うのなんて」

 

 この時代、エグゾスーツのような強化外骨格が普及していても、得体の知れない化け物と戦うのはやはり恐怖心が勝る。

 無論、伊丹自身の化け物に対する嫌悪感もあるだろうし、それに関しては黒川も同感だった。

 

「あるいは特地にも、戦術人形の子が居ればいいんですがね……」

 

 富田の言い方からも分かる通り、戦術人形の戦闘能力は人間の兵士達からも頼りにされている。

 戦術人形の義体を特地にて整備するのは難しいかもしれないが、居てくれた方がありがたいと思う。

 

「あ、戦術人形と言えば、42式ちゃんを最近見てないんすけど、どうしたんです?」

 

 黒川は42式と面識がある。42式はこの駐屯地では伊丹の次に有名なため、彼女を見かけないことが気がかりだったのだ。

 

「ん?あー、銀座事件の後からずっと陸技研で診てもらってる。なんでも腕の調子が悪いんだとさ」

 

 それを聞いて黒川は納得するものの、何か心配そうな表情をした。おそらく腕の調子が、と聞いて心配したのだろう。

 

「えっと、誰ですかその人……」

「あー、そっか。倉田は最近ここに来て、42式と会った事なかったな。彼女は散弾銃の戦術人形だよ。今日迎えに行くからついでに挨拶しておけ」

「あー、戦術人形の方っすか。分かりました、挨拶しておきまっす」

 

 倉田のフレンドリーなところを見れば、どうやら彼女ともやっていけそうだろうと、伊丹はどことなく安心していた。

 今の時代は自律人形が広く受け入れられているが、苦手と思っている人間も少数いる。やはり受け手が人間である以上、どうしても偏見や過去の経験が間に入る。それが心配だったのだ。

 

「まっ、とにかく俺はごちそうさん。この後42式を迎えに陸技研に行くから、そこんとこ宜しくな」

「了解です」

 

 そう言って伊丹はトレイを持ち、食器を返却棚へと持っていった。

 

 

 

 

 

 

 国防陸軍技術研究所、通称『陸技研』。

 主に国防陸軍の装備や兵器、そして戦術人形の開発などを担当している軍属の技術研究所である。各地に研究所の支部が存在し、戦術人形の新規開発、メンテナンスなどを行なっている部署だ。

 伊丹が来たのは東京の郊外にある研究所支部である。ここは少し特殊な場所であり、憲兵隊が厳重に警備を行っている。

 

「パスを」

「ほい」

 

 彼らにパスを見せて中に入ると、研究所らしく様々な設備が整っていた。ここは数ある陸軍技術研究所の中でも、相当重要な研究棟となる。

 

 国防陸軍技術研究所第16棟。

 

 そのような名前がつけられたこの研究棟は、表向きには存在しないことになっている。陸軍の中で最も厳重な研究内容を扱う部署であり、目立たない東京の郊外にその建物が建っているのも、その極秘性の一環であるのだ。

 第16棟の自動ドアを潜ると、真っ先にホログラムで作られた噴水が目に入り、入口が出迎える。このホログラムも、第16棟で生まれた先進技術を用いて作られた作品だ。

 内部を進むと、研究棟の内部に実験室があるのが見え、その隣には訓練施設のようなものもある。ここでは先進装備の実験も行えるようだ。

 壁に吸着してよじ登るグローブや、トンボサイズの新型ドローン、新しい装甲強化外骨格など、この研究棟では色々なものを作っている。

 その中で伊丹の興味を引いたのは、倉田が言っていた特地仕様のエグゾスーツである。ここでもそれのテストをしているようであり、兵士の一人がエグゾスーツの腕から仕込み刃を取り出し、ホログラムの敵役をバッサバッサと切り捨てている。

 

「おっかねぇ、あんな機能があるのか」

 

 エグゾスーツには目的によって幾つかの種類が分かれるが、国防軍が採用しているのは主に二種類に分けられる。

 一つは強襲型。主に市街地で使われ、ジャンプ力を補佐するブーストリグを搭載しており、ビル街などを飛び跳ねながら移動することを想定している。

 もう一つは打撃型。こちらは主に平地が多い地域や特殊部隊などに配られ、通常より高い出力と、防弾シールド、腕部グレネードランチャーを備える。

 一方、こちらの特地仕様はそのどちらにも当たらない。仕込み剣もそうであるが、全体的に装置の露出が少なく、頑丈そうな見た目をしている。暫定的に特地型、と呼ぶべきか。

 

「おっと、見とれてる場合じゃない。猫宮のところ行かねぇと」

 

 伊丹はそのまま訓練施設を後にし、地下へ続く階段へ足を進めた。物が散乱していて少し薬品の匂いがするが、ここの主にとっては気にするほどでもないのだろう。流石にどうかと思うが。

 そして、伊丹は地下区画の1番奥の部屋にたどり着く。部屋をノックして、ここの主を呼びつける。

 

「猫宮、いるか?42式を迎えに来たぞ」

 

 返事がない。今は居ないのかと思ったが、ドアノブを回してみると鍵がかかってない。

 

「入るぞー?」

 

 中は薄暗く、足元には書類や電子機器が散乱している。奥のディスプレイは付けっぱなしのようであり、ブルースクリーンを表示している。

 

「何やってんだか……」

 

 相変わらずの散らかり様に呆れつつも、その奥の空間まで歩みを進めていたが、突然横から人影が飛び出してきた。

 

「ばぁ!」

「おわっ!?」

 

 あまりに突然の出来事に驚き、後ろによろけそうにならが、そこは軍人らしい足腰で踏みとどまる。

 見れば、飛び出した人影はマネキンのようであり、血色が自立人形の素体のそれだった。

 

「おい、猫宮……まーた自律人形の素体をコレクションしているのか?」

「もちろん。そいつは新入りの子だぞ」

 

 そう言って飄々と出てきたのは、背の低い女性であった。ボサボサの白髪と眼鏡に白衣、いかにも研究者らしい服装。しかし何より目を引くのは、機械部品で出来た謎の猫耳?である。

 

「そのカチューシャもまだ付けているのか……」

「どう?似合っているか?」

「猫宮、それはせめてボサボサの髪をなんとかしてから言えよなー」

 

 その後ろからもう一人の女性の声が聞こえて来た。診断中の42式である。猫宮、と呼ばれた女性に野次を飛ばすが、当の本人はどこと吹く風であった。

 

「何を言う、私のようなスーパー美少女は髪を解かさなくても美しいのよ。猫耳だってちゃんと動くし」

 

 そう言って機械の猫耳をカチャカチャと遊ぶこの女性こそが、42式のメンテナンスを担当している猫宮 日鞠研究員だ。

 こんなズボラで自意識過剰な女性であるが、これでも戦術人形研究界では有名な学者である。実際彼女は42式の開発にも携わっており、今でも整備を担当しているのだ。

 

「それで、本題なんだが猫宮。42式の調子はどうだ?」

 

 話を戻すべく、伊丹は猫宮にそう言った。

 

「心配するな。調子が悪かったのは腕だけで、他は問題なかった」

「本当か?」

 

 当の42式に振り向き、話を聞く。

 

「うん、腕が悪かったのは金属片が刺さっていたからみたいでなー。今ではなんともないよー」

 

 どうやら大丈夫そうである。にしてもこんなズボラな女性であるが、戦術人形の診断から治療、不具合の修正まで一人で行えるのは素直に凄いと思う。

 まあ彼女が凄いのは、42式自動散弾銃という戦術人形を、たった一人で開発したところから始まる。それを考えると、今更であるが。

 

「伊丹、これが診断書」

「おう」

 

 一応、伊丹は42式の所有者のような立場である。かなり前、ある事象で彼女を引き取ることになって以来、伊丹が彼女の面倒を見ているのだ。

 

「うへえ、軍持ちとはいえ修理代馬鹿にならねえな……」

「仕方ないさ。私世界に一台しかないんだからねー」

 

 42式がそう言うが、世界に一台という表現はあながち間違いではない。戦術人形は兵器として生まれた存在であるため、同じモデルの戦術人形が複数人存在する。つまり、同じ設計の戦術人形が量産されているのだ。

 だが、当の42式は本当のワンオフ人形であり、量産されていない。理由は銃器の開発に失敗したからだ。

 別に42式がポンコツというわけではない。しかし、武器である42式自動散弾銃がコスト面で開発失敗したのと同じく、42式は高性能であるがゆえにコスト面で不利だった。結局42式は作られたものの量産されず、今の42式は世界に一人しかいない。

 だが伊丹としては、そのほうが個性的で良いと思っていた。いろいろと不便であるが、本当のワンオフ人形という存在は彼女の個性を形作っている。

 

「……よし、確認した。いつもありがとうな、猫宮」

「いいさ、友人の頼みだからな」

 

 猫宮はそう言うが、彼女にも研究者としての仕事があるにも関わらずこうして面倒見を手伝ってくれるのはありがたかった。

 

「んじゃ、あたしは射撃場で肩慣らししてくるよよー。また後でなー?」

「おう、たぶんすぐ行く」

 

 そう言って彼女は地下室の扉を開け、外ヘ行った。その後ろ姿を見送りつつ、伊丹は猫宮研究員に向き直る。

 

「猫宮、彼女のメンタルのことだが……」

「座りなさい」

 

 彼女は伊丹に椅子を差し出し、それに座るように促した。

 

「彼女のメンタルだけど、エラーの頻度は少なくなってきている」

「大丈夫そうか?」

「まだ油断できないわ。原因が目の前にいるんだからね」

 

 伊丹は彼女に言葉を向けられるが、当の伊丹の表情はかたくなだった。

 

「今のところ彼女にウィルスなどは見つかっていない」

「……」

「やっぱりなんだけど、あんまり入れ込まない方がいい。彼女たちは……」

「彼女たちは人間だ」

 

 伊丹は友人が相手であるにも関わらず、強い口調でそう言った。

 

「例え人間に作られた存在でも、身体が機械であろうと、彼女たちには確かな人間性が存在する」

「…………」

「確かに今は偏見の方が多いさ。結局彼女は国防大臣からの勲章も受けられなかった。俺や大臣が許しても、世間が許してくれないしな」

 

 二重橋の英雄として囃される伊丹であるが、同じく市民のために尽力した42式の存在はひた隠しにされた。

 いくら労働力として受け入れられているとはいえ、まだ世間の中には自律人形に対する偏見がある。特に戦闘を目的とした戦術人形に対する偏見は、自律人形のそれよりも大きい。

 だから政府は42式の活躍が影響し、「戦術人形は人殺し」という偏ったイメージが着くことを恐れた。そう言った偏見や極端な意見から他の戦術人形守るため、彼女の存在は修理を装ってひた隠しにしたのだ。

 

「けど俺は思うんだ。あんなに表情豊かで個性豊かで、同じモデルでも性格が全く違う。まるで人間みたいじゃないか?」

「それは認めるさ。けど、その扱いが彼女にエラーを産んでいるのも事実だよ?」

「……彼女たちの自意識との乖離が原因なのは知っている。けど、彼女たちを兵器部品扱いするんなんて、俺にはできない」

 

 それでも伊丹は、彼女たちを人間として扱っていた。例え他人から問われたり注意されたり、はたまた変人扱いされようと、伊丹の信念は変わらない。

 伊丹は元来、42式のような存在を部品として扱う事はできない性格だ。人間関係はあまり得意ではなくとも、彼女の存在は伊丹にとってプラスに働いてきた。だからこそ、その恩義もあるのだろう。

 

「そう……まあ、伊丹の意見は分かった。どのみち今は致命的なエラーではない、まだ大丈夫だと思う」

「……悪いな」

「ただ、今度の派遣先でどうなるかは分からないわ。何せ全く地図に載っていない新天地だからね」

 

 派遣先、と聞いて伊丹はその言葉の意味を悟った。やはり戦術人形を特地に連れて行くことは猫宮も知っているようであり、確定事項のようだ。

 

「彼女たちも特地に連れていくのは確定か」

「ええ、人間兵士だけでは人材が足りないからね」

 

 人間の人手が足りないのは、古今東西の日本の弱点だった。2055年でも、日本は国土の南北で仮想敵国に備えなければならない。人間兵士や士官などは、その南北に貼り付けなければならない。

 そんな国防軍の事情を考えると、特地まで大量の人材を派遣するのは厳しい。なので自律人形や戦術人形を派遣軍に投入して人手を増やすのは、国防軍として当然の判断だと言える。

 

「私はトラブルの元になりそうだから、止めとけって言ったんだけどね」

 

 猫宮の言う通り、派遣に関しては不安の声もある。門の向こうの文明レベルから見て、機械という言葉すらない中世の世界観だと予想されているが、それが問題だった。

 なにせ機械すらない時代で、宗教の力が強い時代。自立人形や戦術人形という存在は、中世の偏った価値観で受け入れられる筈がない。

 宗教観が薄れた現代ですら偏見や苦手意識があるのだから、中世の宗教的価値観ではトラブル必須の存在だろう。連れていく事自体が間違いなのかもしれない。

 

「機械という言葉すらあるか怪しい向こう側の人間が、自立人形を理解できるとは思えないわ。もしかしたら宗教が立ち塞がって、自立人形に対する風当たりが強くなるかもしれない……そこは、注意してよね」

「ああ、覚悟しておくよ……ありがとうな」

 

 そう言って伊丹は診断書を持ち、椅子から立ち上がった。猫宮に一言礼を言うと、そのまま部屋を出て行こうとする。

 彼が部屋を出ていく際、猫宮は近くのコーヒーメーカのスイッチを入れた。コーヒーが焙煎され暖かい状態で出てくる中、彼女は密かにつぶやいた。

 

「まったく、相手に入り込み過ぎよ……」

 

 元来、伊丹はそう言う人間だが。

 




・Hal-27
日本国国防軍が開発した室内戦向け特殊短小銃。P90の様なプラスチック弾倉を銃上部から装着して撃つプルバック式の小銃で、銃身が短いにも関わらず精度が高い事で有名。
元ネタはCoD:AWに出てきたBal-27という初期武器。

・メンタル
AIコア及びホストサーバーに保管されている戦術人形のデータ、および感情の総称。人間と同じ個性豊かな感情を表現できるが、時には葛藤や不確定要素でエラーを出してしまう。それらのエラー持ちは「変異体」と呼ばれ、放っておくと深刻な損傷につながるかもしれないので、メンタルのケアは大切である。
元ネタはドールズフロントライン。変異体という言葉の元ネタは「Detroit:Become Human」より。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP.07 特地突入、門の向こうへ

基本読みやすさを重視して一万文字を超えない様にしておりますが、今度からは増えるかもしれません。

2022/12/11
本日、この話を大規模改稿しました。


11月初頭

東京 国会議事堂

 

『当然の事ながら、門の向こうは地図に載っていません』

 

 時の首相、北条 重則。

 銀座事件から三ヶ月後に行われた国会演説にて、彼は力強く自身の考えを訴えかけた。

 

『門の向こうに何があるのか、どんな勢力がいるのか、その全てが謎に包まれています』

 

 事件の被害に遭わず、無傷で残った渋谷や新宿では、スマートフォンやホログラム看板によって彼の演説が流される。多くの国民が関心を持ち、しっかりとその演説を見据えていた。

 

『しかし、今回の事件で多くの武装集団を「逮捕」しました。今日の日本の刑法に則れば、彼らは軍勢ではなく犯罪者、テロリストにすぎません』

 

 一方の銀座では、事件の犠牲者を追悼する慰霊碑が建てられ、遺族が花を携えていた。献花台は既に花束で山積みとなり、事件の遺族は泣き止まなかった。

 

『よって、「門」を破壊しても解決策にはならないのです。また日本国内の何処かに「門」が現れるかもしれないと言う不安を抱えることになります』

 

 東京各所では二つの勢力のデモが発生した。門の向こう側へ報復をするべきだと言う勢力と、交渉し謝罪と賠償を獲得せよと言う勢力だ。

 

『そうならない為にも、我々は門の向こうの勢力を力ずくで交渉のテーブルに着かせなければなりません。例え現地で未知なる危険や、戦闘の可能性があったとしても!』

 

 諸外国も、彼の演説を見守っていた。ある国は利益を掠め取ろうと企み、またある国はその門を羨み嫉妬し、またある国は密かに計画を立てた。

 

『よって日本政府は、特別地域の調査と銀座事件首謀者の逮捕、補償獲得の強制執行の為、国防軍を派遣する事を決定しました!』

 

 これは二つの世界の物語。遥か未来の世界を繋ぐその門は、人々からこう呼ばれた。

 

──"ゲート"と。

 

 これは、その物語のIFである。

 

 

 

 

 

 

 

11月某日

日本国 銀座駐屯地

 

 銀座の周辺は国防陸軍によって陣地化され、門にはそれを覆い隠す様なドームが完成していた。周囲の建物は解体して軍事施設に、道路はフェンスやホログラムによって交通規制が敷かれている。

 世間はその様子を見て、「銀座が駐屯地になった」と比喩して茶化した。しかし茶化しはせども批判する声はない。かつてそこに住んでいた人々は、銀座事件で犠牲になっていたからである。

 その銀座駐屯地に、国防陸軍の兵器たちが集められた。多脚戦車や戦術機に始まり、装甲車や弾薬トラック、そしてその中に乗った兵士たちや戦術人形まで。

 いよいよ、特地突入の日が来たのだ。

 

「指揮官の狭間である!これより門への突入を開始する!突入にあたり、ドローンなどによる斥候は行われているが、未だ門の先の実体は不明である!ほぼ確実に、門を越えた先で戦闘が発生することを覚悟せよ!以上だ!」

 

 お偉い方の演説や激励が終わり、作戦行動の開始が宣言された。兵士たちが配置につき、軽装甲車などに乗り込む。

 さらには30式多脚戦車や32式多脚装甲戦闘車、各種戦術機を乗せた自走整備支援担架などの大型兵器も稼働を開始した。

 そして、門を覆うドームが開いた。先行するのは多脚戦車などの大型無人兵器達。門を抜けた先で即戦闘になる可能性を考慮し、頑丈な無人兵器を盾にするのだ。

 歩兵や戦術人形を乗せた装甲車は、その後から順に続いた。全員新型のエグゾスーツを装着して銃の安全装置を解除しているが、彼らの緊張は最高点だった。

 

「伊丹中尉……」

「ん?」

 

 装甲車の中で、倉田が心配そうな表情で伊丹に聞く。

 

「向こう側って、ケモ耳っ娘、居ますよね?」

「いないわけないだろ?」

 

 伊丹は彼の緊張をほぐすべく、ニッと笑って見せた。その間にも戦車部隊は速力を加速させていき、いよいよ門の内部にわずかな光が見えてきた。それを確認し、30式多脚戦車も門の内部で最高時速に達した。

 時速80kmの勢いのまま、彼らは門の向こう側へ出る。

 

『なんの音だ?』

『く、来るぞぉ!!』

 

 帝国兵の一人が叫ぶ。

 案の定、敵は待ち構えていた。門から出てきてすぐに数百体の怪物達が待ち構えており、囲い込んで包囲するつもりだったのだろう。

 だが最初に出てきた30式多脚戦車の威圧感、そしてその巨大さに恐怖した兵士たちの多くは腰が抜け、その場から背を向けて逃げ出した。

 30式多脚戦車は、情け容赦なく彼らに向かって突撃した。巡航モードのままであった為、ほとんど速度を失うことなく突入に成功する。

 その結果、屈強なはずのオークやゴブリンはドーザーの牙に突き刺さる形で次々と轢かれていく。腰を抜かした兵士たちはキャタピュラに引き裂かれ、散り散りに散っていく。

 

『な、なんだあれは!?』

『逃げろ!象の化け物だぁ!!』

 

 見たことのない兵器が怪異達を蹂躙していくのを見て、周りの兵士たちは恐怖して一目散に逃げ出した。

 それらを逃さず制圧するべく、30式多脚戦車は巡航モードから多脚モードに変形。ガトリングガンやRWSを掃射し、周辺の敵を次々と撃ち殺していく。

 命令通りの蹂躙だった。

 こうして、特地における派遣軍の最初の戦闘が幕を開けた。

 

「降車!降車!素早く展開しろ!!」

 

 先頭集団の30式多脚戦車に続き、後続から突破してきた32式歩兵戦闘車から、機械化歩兵部隊が素早く降車。各々の武器を構え、付近への展開を完了させた。

 その間も、30式多脚戦車の猛攻は続いていた。AIコアが判断した適当な目標に対して130mm電磁砲を放ち、朝焼けの丘に砲煙が立ち昇る。

 オークやトロルなどの硬い目標は、主に装甲戦闘車両が叩く。持ち前の主砲や機関砲、ガトリングガンなどを連射し、歩兵の脅威を少なくするべく怪異達を次々と殺していく。

 そして、人間の兵士や戦術人形が攻撃するのは主に人間の兵達であった。彼らは適度な緊張感の中で敵の掃討を続けている。

 エグゾスーツに身を包んだ歩兵で30式多脚戦車の周辺を固め、不意な敵の奇襲などから戦車を守っている。さらに戦術人形なども積極的に前に出し、銃撃で敵を蹴散らしていた。

 

「おらおらー!」

「戦車に近づくなー!」

 

 この戦いに参加した名も無き戦術人形達も、その圧倒的な戦闘力を持ってして敵の掃討を続けている。その火力に押され、敵の包囲陣形が崩れ始めていた。

 こちらは丘上から制圧しているので、その分だけ高所の優位が取れている。剣と剣同士の戦いならいざ知らず、射線が通りやすい高所を取れば残りの帝国兵は掃討されるだけである。

 

「ひぇぇぇぇ……」

 

 伊丹と同じ小隊に配備された倉田も、少し弱音を吐きながらも敵への射撃を続けていた。

 

「倉田クン、だいじょうぶー?」

「大丈夫っすけど、敵が多いっす!!」

 

 隣で轟音を鳴らしながら散弾銃を撒き散らす42式に話しかけられ、倉田は戸惑いながらもしっかりと応えた。それだけの余裕はあるようだ。

 

「新ソ連の目の前にある北海道でも、これだけの火力は初めてか?」

 

 伊丹が倉田に対し、余裕そうな表情で聞く。

 

「こんなの、第2師団の全力演習でも中々ありませんよ!」

「そりゃいい、ケモ耳娘に会えるまでの辛抱だと思えば楽だろ?」

「はい!」

 

 伊丹の冗談を受け、倉田も緊張が解れたのか射撃を再開した。

 

 

 

 

 

 

同時刻

アルヌスの丘 帝国軍本陣

 

 一方の帝国軍は、門の向こうからの総攻撃が始まったことを察知していた。

 アルノスの丘から数キロの位置にある帝国軍本陣では、古代から中世ヨーロッパのような風味を感じさせる兵隊が待機しており、丘の上の轟音を不安そうに聞いている。

 帝国遠征軍改め、帝国アルノス駐屯軍最高指揮者ドミトス・ファ・レルヌム将軍はその音を聞き、今回の攻撃が何度も繰り返されてきた敵の斥候ではない事を即座に察した。

 

「ついに始まったか……!」

 

 三ヶ月と言う少し長い月日が経っていたが、門の向こうの軍勢はついにこちら側への侵攻を開始したらしい。

 レムヌム将軍は銀座での敗北以来、指揮官を罷免されることはなかった。その幸運を手に、闘志をたぎらせてこの時を待っていた。

 まず門のこちら側に引き上げた多数の兵達を率い、軍団を再編成し、武器や食糧を備蓄させ、長い長いリベンジの時を待っていたのだ。

 

「報告します!ヴァルナド軍団、及びラドゥ軍団が敵尖兵と交戦!門の付近で戦闘が開始されました!」

「見ればわかる。それより戦況はどうか?」

 

 駆け込んできた伝令兵の言葉を受け流しつつ、レムヌム将軍は戦況の状態を聞いた。

 

「はっ、敵は戦象や蠍の怪異を盾に突破を図ろうとしているようで、各軍団が押され始めております!」

「ギンザで見たあのバケモノ共か……よし、こちらもオーク共を繰り出せ。それから竜騎士を離陸させ、空から圧力を加えるのだ!」

「はっ!」

 

 その報告を手に、伝令兵は再び走り出した。それを見送り、レムヌム将軍も戦闘用馬車に乗り込んだ。

 

「我々も行くぞ。所定の手筈通り、こちらは敵を門の向こうに押し返す。煙幕魔法を炊け、包囲殲滅戦だ!」

「はっ」

 

 レムヌム将軍はそう命令すると、ゴダセンをはじめとした従軍魔導士達が動き始めた。精霊魔法を使って風を止め、平原の真ん中で狙われないべく煙幕魔法を焚き始めた。

 そして、レムヌムは敵が出現したアルヌスの丘を見据える。

 

「奴らにアルノスの地は似合わん。お帰り願おうじゃないか」

 

 レムヌム将軍自身も、新調された鎧と兜に着替え、敵を待ち構える。こうして、レムヌム将軍のリベンジマッチが開始された。

 

 

 

 

 

 

同時刻

アルヌスの丘

 

 アルヌスの丘周辺は、戦車部隊と装甲車部隊の圧倒的火力優勢により、ほとんどが制圧されていた。

 丘の上に立つ門、その周辺にオークやトロルなどの死骸が転がる中、30式多脚戦車はその四脚を用いて器用に立ち、その駒を少しずつ帝国軍本隊の方へ進めていた。

 しばらくすると、国防軍の方でも本隊が到着したのか本部管理中隊の36式指揮戦闘車が突入してきた。すでに周辺は制圧されており、邪魔にならないよう指揮戦闘車は門の端の方に移動した。

 

「中将、丘の周辺はすでに制圧済みです」

「このまま戦車部隊を前に進めろ。後続が詰まってる」

 

 36式指揮戦闘車に搭乗している狭間中将の命令を受け、30式多脚戦車の部隊がその駒を丘の中腹あたりに展開させる。

 後続にはまだ戦術機用自走担架などの重装備が残っているため、丘周辺の制圧と部隊の再配置を急がせる。

 

「上空!飛竜種多数接近!」

「自走高射砲を前に出せ」

 

 指揮戦闘車のレーダーが高速でこちらに接近する飛竜を捉えた。狭間中将の対応命令により、自走高射機関砲の車両達が前進し始める。

 32式多脚装甲戦闘車の車体を流用した自走対空砲、32式自走高射機関砲には、36mmガトリング砲が1門とミサイル8発が搭載されている。主に至近距離での高い防空能力を有し、戦車や装甲車を敵の航空戦力から守るのが役割だ。

 今回は飛竜が現れるまでその砲身を地上の敵に向けていたが、命令を受け取るとすぐに上空に目標を変更。上空から接近する竜騎士に向け、六砲身ガトリングを回転させた。

 

「攻撃開始」

 

 自走高射砲から火力が噴き出し、弾丸は真っ直ぐ飛龍に向かう。地上から攻撃を受けるとは思っていなかった飛竜達は、回避する暇もなくやったり飛行していた為、そのまま36mmガトリング機関砲の大口径弾丸を受ける。

 飛竜の右半身が粉々に打ち砕かれ、騎乗する竜騎士までその弾丸の勢いで血飛沫と化す。揚力を失った飛竜は、錐揉み回転するように墜落していく。

 それを見た僚騎は危機を察知したのか、射線を回避しようとするも、AIによる自動照準からは逃れられずまた撃墜される。

 

「効果あり、上空クリア!」

「周辺の掃討を続けろ」

 

 狭間中将は冷静に状況を見据え、的確な指示を続ける。オペレーターもそれに応え、素早くキーボードを操作し思考戦車らに命令を送る。

 

「中将、丘の周囲に煙幕が焚かれています。このままでは、丘全体が煙に包まれ視界が取れなくなります」

「煙幕か、風などはないのか?」

「原因は不明ですが、風は完全に治まっています」

 

 狭間中将は敵が煙幕を焚いてくることを知っていた。理由や原理などは不明だが、風が止んだ状況と合わせ、"魔法"と呼ばれる超常現象を使っているのかもしれない。

 

「よし、なら戦術機部隊の搬入を急がせろ」

「戦術機、ですか?」

「ああ、考えがある」

 

 そう言って狭間中将は、これから出し抜かれるであろう敵に対してニヤリと笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

同時刻

アルヌスの丘 帝国軍本陣

 

 一方の帝国軍では、次々と上がってくる悪い戦況報告に頭を悩ませていた。しかもあまりに敵の突破速度が速く、丘の周辺が敵の手に落ちてしまう。

 レムヌムもその敵に対応しようとしたが、本陣から味方に伝令を伝えるより早く状況が悪くなるので、まるで戦えなかった。

 

「大変です!第二竜騎兵大隊が全滅しました!」

「報告!第五軍団が敵の魔導攻撃を受けています!全滅必須です!」

 

 部下達が叫ぶ報告を聞き、将軍達が怒鳴る。

 

「くそっ、竜騎兵を下がらせろ!今すぐだ!」

「敵の進軍が早すぎる!あの魔導攻撃はなんだ!?」

「落ち着かんかお前ら!それより、煙幕は!?」

 

 レムヌムは狼狽する将軍達を宥め、ゴダセン魔導師総監に煙幕魔法の状況を聞いた。

 

「丘の周辺にはだいぶ浸透しました、これなら敵の魔導攻撃も突破できます!」

「よろしい、丘の左右から騎兵部隊を浸透させろ。敵が混乱しているうちに正面から包囲する!」

 

 レムヌムの命令が伝達されると、騎兵達がその機動力を持ってして一気に丘を駆け上がり、敵を左右から挟み込もうとする。

 それを見て、丘の兵士たちも前進を開始した。レムヌムの思惑通り、敵は煙幕に遮られ視界が取れなくなっているのか、これ以上飛礫は飛んでこなかった。

 

 前線では、歩兵達がジリジリと丘の上を登っている。

 アルヌスの丘はそこまで起伏の激しい地形ではないが、それでも重装備を背負っての丘登りはそれなりにキツかった。

 だが精霊魔法にも限界時間がある中、煙が晴れる前に丘の上に突入していく必要があった為、急いで登っている。

 

「急げぇ!進めぇ!丘の敵を押し返すのだ!!」

 

 兵士たちは銀座での戦闘を経ている兵士がほとんどだが、神聖なアルヌスの丘に敵が攻め込んできた事で逆襲の勢いが付いていた。

 ここで敗北すれば、敵は自分たちの故郷の村々を襲って虐殺の限りを尽くすだろう、と。自分たちがそう言うことをやって来た手前、敵に対してそのような先入観があるのだ。だから、彼らは戦うのである。

 

「げほっ、げほっ、煙たくて敵わないぜ……」

「構うな、前だけ見るんだ、進み続けろ!」

 

 兵長が士気を鼓舞し、兵士たちを奮い立たせて丘の上まで登ろうとする。

 

「あと少しで……!」

 

 あと少しで煙幕地帯を抜け、丘の中腹に入れる。そうなれば投げ槍や弓の間合いに入れ、敵に対して同等に戦えるだろう。

 という、その時だった。

 突如、丘の中腹あたりから甲高い悲鳴のような音が聞こえ、同時に強烈な風が吹き始めた。

 

「っ!なんだこれは!」

「え、煙幕が!!」

 

 その強烈な風により、丘の中腹に焚かれていた煙幕は全て吹き飛ばされ、そして虚空に消えていった。

 こんな強烈な風魔法は、彼らの常識では見たことがなかった。さらに、同じような現象は他の戦線でも起きているようであり、丘の煙幕が全て晴れてしまう。

 煙幕が晴れたのち、兵士たちは恐る恐る前を見上げた。するとそこには、巨大な二足の足が直立し、ナニカが仁王立ちしていた。

 

「あれは……!」

 

 忘れるはずもない。銀座にて散々自分たちを蹴散らして来た、鎧の巨人だった。

 美しい石像の如きその威容に反し、その目は淡い緑色に光り、こちらを見据えていた。その途端、兵士たちは恐怖で固まってしまう。

 

「くそっ!敵の怪異だ!逃げろぉ!!」

 

 兵士の一人が叫ぶその途端、巨人こと戦術機は手に保持した36mm突撃砲を構え、地上への掃討を開始した。

 連続する破裂音が、煙幕が晴れ視界がクリアになった丘の中腹の全てを粉々に打ち砕いていく。弾丸は地上の帝国兵達に降り注ぎ、次々と殺され、蹴散らされていく。

 

「な、ななな、なんなんだこいつはぁ!?」

 

 突然現れた巨人、それらが持つ弩弓の飛礫により味方達が次々と殺され、吹き飛ばされていく。

 一度策が破られれば、帝国兵に組織的抵抗力はなくなり、ほとんど敗走状態となって逃げ出していく。

 

 煙幕が晴れた様子は、帝国軍の本陣からでも確認できていた。巨人が作り出した風が、本陣にまで微風となって届いたのである。

 

「か、風魔法だと……!」

 

 その様子を見ていたレムヌム将軍は、中腹あたりに広がっていた煙幕全てが晴れてしまった状況に驚き、言葉が出なかった。

 

「あの巨人達です!巨人達が風魔法を……!」

「そんなの見ればわかる!だが、怪異が魔法を使うだなどと!」

 

 レムヌム以外の将軍達も、言葉を失って大きく狼狽していた。だが冷静さを取り戻したレムヌム将軍は、すぐさま新しい命令を出す。

 

「くそっ、一旦兵を後退させろ!敵が降りてくるぞ!!」

 

 だが新しい命令を出そうとしたその時、陣地の方で爆発が起こる。

 

「うわっ!?」

「なんだ!?」

 

 それは国防軍が搬入した自走榴弾砲の砲撃であった。やっと射程の長い兵器が搬入された事により、彼らの本陣も狙われることとなる。

 

「敵の魔法は……ここまで届くのか!?」

「何をしてる、後退だ!本陣も後退する!兵も急いで撤収させろ!」

「は、はいっ!!」

 

 レムヌム将軍の撤退命令を合図に、兵士たちに対して伝令が駆け出す。しかしこの魔法攻撃の中、伝令兵は広い戦場を駆け抜けるにはリスクがあった。

 案の定、いくつかの伝令兵は爆発によって吹き飛ばされ、命令が伝達する前に連絡網が途絶えてしまった。その間にも、国防軍の部隊は前進を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

同日同時刻

アルヌスの丘 日本国国防軍

 

 狭間が提唱したのは、戦術機の跳躍ユニットを用いた水平噴射により、煙幕を吹き飛ばすと言う作戦だった。

 

「煙幕晴れました!視界はクリア!」

「よし、戦術機機甲連隊を前衛に部隊を前進させろ。特科による砲撃も開始だ」

 

 その作戦の結果、敵が焚いていた煙幕の多くは吹き飛ばされ、視界がクリアになった。

 それを合図とし、前に出ていた戦術機を先頭に、部隊の前進が開始される。さらに後方には155mm自走榴弾砲の部隊が展開し、敵の本陣に向け砲撃を開始する。

 

「だんちゃーく、今!」

 

 国防軍の伝統の掛け声と共に、敵の本陣に対して砲弾が降り注ぐ。ドローンで観測された目標にそれが命中し、周りの兵士たちがパニックになるのが見て取れた。

 

「恨むなよ……」

 

 狭間はボソリと、周りに聞こえないような音量で一言だけ言った。

 圧倒的火力によって捩じ伏せられる敵を見ながら、敵に対する同情は存在しない。彼らは銀座で好き勝手暴れ、民間人を虐殺した敵である。今更敗走しても、同情などカケラもなかった。

 

 一方の前線でも、兵士たちが敵の掃討を完了させつつあった。伊丹と42式も戦車の影に身を隠しながら、砲撃によって空いた穴などに隠れる敵を撃ち殺していた。

 ふと横を見ると、倉田が遮蔽物のない場所で立ちながら射撃をしているのが確認された。身を晒していて危なっかしいので、急いで声をかける。

 

「倉田、カブトムシ(30式多脚戦車)を盾にしろ!こっちに来い!!」

「は、はい!」

 

 戦車の影に身を隠す伊丹に倣い、倉田は急いで駆け出し伊丹のいる30式多脚戦車の車体後部に隠れた。

 

「おかえりー、ここは安全でしょー?」

「あ、ありがとうございます……」

 

 多脚戦車の陰から42式が縦を繰り出し、敵からの矢や投げ槍などを警戒して立っている。

 

「よし、戦車を援護しながら前進する。全員、伏兵に注意しろ!」

「はいっ!」

 

 緊張から少し上擦った倉田の声を聞きながら、伊丹は30式多脚戦車の脚部を盾に少しずつ前進を再開した。

 30式多脚戦車の方も、AIが周囲に歩兵がいることを理解しているのか、盾になるように姿勢を低くしながら少しずつ歩いている。その歩行に巻き込まれないよう注意を払いつつ、伊丹と倉田は戦車を援護する。

 二人が周辺に注意を払う中、目線から外れた岩の影から、突然に巨大な火球が放物線を描いて飛んできた。

 

「っ!伏せろ!!」

 

 伊丹はその方向に銃を向けるが少し遅く、伊丹達は伏せることでそれを防ごうとする。

 幸いにも火球は30式多脚戦車を狙っていたのか、ほとんどの火の粉は戦車の固い装甲板に防がれ、周囲にはほとんどダメージを与えなかった。

 

「全員、だいじょうぶー?」

「42式、その岩を丸ごと吹き飛ばせ!」

「りょーかい!」

 

 42式が復唱を受けると、彼女は手持ちの自動散弾銃を構えてフルオート射撃を開始した。多数の散弾により、岩が段々と崩れて粉々に小さくなっていく。

 そして、その向こう側にいる敵兵が耐えられなったのか、二人の人間が両手を上げて飛び出して来た。一人は歩兵で、もう一人はローブを被っている。

 

『殺さないでくれ!頼む!』

『俺たちは武器を持ってない!!』

 

 伊丹が降伏させようと言葉を発しようとしたその時、隣の戦車に隠れていた別の兵士がその敵に対して発砲した。

 

「お、おい!」

 

 伊丹が止めるのも間も無く、二人の敵は弾丸に撃ち抜かれ、仰向けのもの言わぬ死体となった。

 

「アイツら、なんて言ってたんだ?」

「"ママ、ご飯の前に手を洗ったよ!"ってさ」

「ハッ、違げえねぇ」

 

 その様子を痛みは止めることができず、仕方なく冷めた目で見るしかなかった。

 

「い、伊丹隊長……」

「言うな。軍隊には少なからず、ああいう奴らがいる」

 

 42式も冷ややかな目で見ていたが、彼女も口を出すことはなかった。

 彼らのワッペンを見れば、その所属部隊が首都第1師団であることが見て取れたからだ。復讐に燃える軍人は、どんな場所でもいくつか居るだろう、と。




・32式多脚装甲戦闘車
 4対8本の脚部で機動する装甲戦闘車両。愛称で"クワガタムシ"とも言われ、長い前腕部が特徴。
 乗員は歩兵8人、武装は連装36mm機関砲砲塔一基。車体はコンポーネント化されており、外部装備を追加して装甲強化外骨格を搭載したⅡ型、105mm砲を搭載した機動戦闘車、120mm迫撃砲を搭載した自走迫撃砲、36mmガトリングを搭載した自走高射機関砲など、バリエーションが非常に豊富。
 本作オリジナルの装甲車。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP.08 特地突入、帝の策略

2022/12/11
大規模改稿により挿入投稿されました。


一ヶ月後

帝国 首都帝都

 

「此度の戰。大失態でしたな、皇帝陛下」

 

 帝都元老院議事堂。門の向こう、帝国と言う国の行く末を決めるその議事堂にて数百人ほどの偉い男達がひしめき合っていた。

 彼らは帝国を支配する貴族や元老院達であり、向かい側には帝国の長たる皇帝陛下の姿もある。この会議も、この国の行く末を決めるものだった。

 

「保有する総戦力の5割を損失し、敗走するという大損害。あえて厳しく追及したいが、皇帝陛下は今後どの様な策を講じてこの国をお導きになるつもりか?異界の脅威に対して、どうするおつもりであるか?」

 

 王座に腰掛け頬杖を付く荘厳な男性。彼の名はモルト・ソル・アウグスタス、帝国の長たる皇帝陛下その人である。

 一方で、彼に対して議事堂の中心に立ち厳しい追及を行うのは、元老院議員カーゼル侯爵である。彼もまた元老院議員の中では偉い地位に立っており、皇帝に対する厳しい追及を咎める者はいない。

 

「遠征軍のほとんどは壊滅、飛龍に至っては遠征に参加した500騎全てを損失、さらには捕虜も多く門の向こうに取り残された貴族も多数。さらには逆侵攻によりアルヌスの丘は異界の敵に占拠される始末。彼奴等の軍勢は精強で、いまにもこの帝都にまで進軍してくるやもしれぬのですぞ?」

 

 彼が言っているのは門の向こうに対する遠征の決定、その早計さである。その命令は皇帝陛下とその周辺により考え出された政策であったが、事前の調査のやり方からして、あまりに相手を見下し過ぎていた。

 

「門に攻め込む以前、数人ばかりの住人を攫って向こう側の内情を聞き出した。しかし、そんな程度のやり方で相手を脆弱だと決めつけるのは早計すぎたのではないだろうか?

実際、彼らの所持していた金品や服などの精巧さたるや、ドワーフの職人すら目を輝かせる代物。さらには、攫った住民の中には人とも違う血を流さぬ『鉄の女』も居ました。門の向こうには、我々の知らぬ技術や種族がいるのではないか?再考する余地は何度もあった!」

 

 実際、ハト派からは「さらなる調査と外交を行うべきだ」と言う意見も多かったが、その意見はあまり響かなかった様だ。

 第一、今回の遠征は帝国の孕む焦りから決定された。この国は問題だらけなのだ。

 そんな帝国の皇帝たるモルトは彼の話を黙って聞いていたが、話がひと段落する前に手を上げカーゼルを制した。

 

「カーゼル侯爵、貴卿の心中は察する。此度の遠征の敗北により、我が国が保有する軍事的優位が失われたのは事実だ。そして其方は帝国に服していた外国や諸侯が一斉に反旗を翻し、槍先を揃えてこの程度まで進軍してくる懸念。……夜も眠れぬのだろう?痛ましいことだ」

 

 皇帝はあくまでカーゼルに同情するように語りかけるが、当の本人は嘲笑われていることをひしひしと感じていた。

 

「何を、おっしゃる?」

「なに、戦に百戦百勝はないと言う話だ。帝国は危機に瀕する度に皇帝、元老院、そして老若男女の国民全てが団結してその危機を乗り越えてきた。その度に帝国は成長し、更なる発展を遂げたではないか?」

 

 皇帝が言っているのは帝国の歴史である。かつて小国だった帝国が、大陸を飲み込む巨大大国になれたのは、決して困難がなかったわけではない。カーゼルとてそれは分かっているので、反論することはできなかった。

 

「常勝の軍勢など有りはしない。ゆえに、今回の遠征は帝国に対する困難である。遠征に参加した将の責任は不問とし、共に困難を乗り越えようではないか」

「自らの責任を不問に……?」

 

 帝国の法において、現場の将の責任を取らないとなれば皇帝の責任も取ることができない。つまり、皇帝は上手く責任逃れに成功した形となる。

 

「……まさか、この帝都が包囲されるその時まで裁判ごっこに明け暮れる輩はおらぬな?」

 

 その言葉はカーゼルに向けられた言葉だと知ると、カーゼルは内心舌打ちをしつつも、その場を下がるしかなかった。

 

「しかし陛下、たった2日で門は奪い取られたのですぞ?」

 

 しかし、次に発言したのは遠征軍の生き残りである老将ゴダセンである。彼は決して無能ではなく信頼されているため、彼らが2日で奪い返されたと言う事に驚嘆を隠せない。

 

「無論我らも取り返さんと騎兵を率いて進軍した!しかし、遠くにいる敵からパパパパッ!と言う音がしたかと思えば、味方の兵達が次々と倒れ死んでいく!あんなすごい魔法は見たことない!」

 

 その体験談に議事堂はさらに大きくどよめく。敵がそんな無茶苦茶な魔法を使ってくるなど、自然の調査では全く分からなかった。とんでもない情報である。

 

「それだけではない!奴らは見たことの無い怪異まで従えていた!城砦もかくやという大きさの巨人!四足の鋼鉄の像!蠍の如き蟲獣!それらが火を吹けば、馬も兵も飛龍も肉片となり散っていく!」

 

 ゴダセンが報告を荒げれば荒げるほど、議事堂の議員達は恐怖に慄いた。帝国にとって怪異とは、使役する兵器であると同時に恐れの対象だ。

 相手はオークやゴブリン、それどころか飛龍すらも比較にならない怪異を使役しているのかもしれない。その恐怖は計り知れない。

 

「戦えばいいのだ!兵が足りぬのなら属国から徴収し、物資が足りぬなら村々から奪って来ればいい!」

「そうだ!負けてばかりでは帝国人の恥!破竹の勢いで再び門へ攻め入るのだ!!」

「そうだそうだ!」

 

 無茶苦茶な意見であるが、彼も歴戦の戦士として戦う意志を見せたまでである。実際に何人かの議員も賛成し、同じく声を上げる。

 

「そんな横暴が通用するものか!」

「各地の防衛はどうする!?」

「奴等が従うものか!」

「引っ込め戦争馬鹿!」

「ならば貴様ら、妙案はあるのか!?」

「なんだと!?」

 

 しかし同時に非難する意見も多数が上がり、議事堂は混沌を極めた。議論が乱闘へと変わり、誰かが拳を振り上げた時、皇帝が手を挙げた。

 

「事態を座視するのを余は望まぬ。それならば、戦うしかあるまい」

 

 その言葉に多くの議員がどよめいた。しかし、ただ戦うのでは無いと皇帝は言葉を続ける。

 

「大陸全土へ使節を派遣せよ。"異界から大陸侵略を目論む族徒を撃退するべく、援軍を求める"と」

 

 そこまで言ってから皇帝は立ち上がり、高らかに宣言した。

 

「我らは、連合諸王国軍(コドゥ・リノ・クワバン)を糾弾し、アルヌスの丘へと攻め入る!」

「おお!」

「皇帝陛下に忠誠を!」

「帝国軍に栄光あれ!」

 

 帝国にとって、フォルマート大陸にとって、連合諸王国軍とは重大な意味を持つ。かつての異民族との戦いで、この言葉が使われ団結して戦ったのだ。

 

「皇帝陛下、アルヌスの丘は人馬の骸で埋まりましょうぞ」

 

 しかしカーゼル侯は皇帝の意図を見抜き、皇帝に対して強くそう言った。しかし、当の皇帝モルトは不敵に笑うだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇の中、多くの人馬が身を潜め、アルヌスの丘へ進軍する。誰もが緊張に包まれ、ある者は復讐心すらも抑えて静かに進んでいた。

 しかし、夜間戦闘ならまだしも夜間奇襲などは、現代では容易に看破される。地面に設置された振動センサー、対人レーダーに多くの反応が探知される。

 国防陸軍の反応は早かった。事前に部隊の半分以上が昼間から仮眠をとっており、眠らなくていい戦術人形は24時間体制で監視していた。

 

『こちら警戒班、対人レーダーが丘の裏側から潜む敵軍を発見したわ。数は地面が3分に敵が7分。観測限界超』

『了解、全軍戦闘配置』

 

 斥候の戦術人形からのデータを元に、国防陸軍は戦闘配置を整えた。身構えるのは多脚戦車や装甲戦闘車、そして重機関銃や高出力対地レーザーなどを構える戦術人形達である。

 

「まだ構えて」

 

 そのうちの一人、対地機関砲を構える戦術人形達はタイミングを待っていた。今の段階では、まだ敵を待ち構えている。勝手に撃てば敵を刺激してしまうのだ。

 

「まだよ……」

 

 そのうちに、敵の頭上に今まで無かった明るい火の玉が登った。照明弾、旧世紀から変わっていない夜戦の味方である。

 そして、明るくなったタイミングで多数の対人レーダー、小型ドローンが目標(人間)をロックした。

 

『戦術マーカー、マーキング完了』

『全部隊へ、撃て』

 

 夜襲が見破られた事に気づいた敵が、一斉に駆け出した。しかし、その領域はすでにこちらのキルゾーン。途端に戦車砲、機関砲、小銃弾、そしてレーザー光線の洗礼が降り注いだ。

 それでも敵の数は多く、今まで温存していた戦力も全て投入してきている。砲兵部隊が砲撃を開始し、さらには後方から多連装対人ミサイルまでもが降り注ぎ、爆発が敵軍を制圧していく。全滅するまで時間はかからなかった。

 

 アルヌスの丘に、連合諸王国軍8万人の骸が埋まる。

 

 

 

 

 

 

 数日後、敵軍は何処かへ消えていった。後に丘に残ったのは莫大な量の生き物の死体と、それを啄む鳥達であった。

 伊丹耀司は戦場跡の偵察任務に就いていた。まだ敵の生き残りがいるかどうか、死体がどれだけいるのか、情報を把握するためである。

 

「……自衛のためとはいえ、嫌なもん思い出させるな」

 

 伊丹はボソリと、過去のことを思い出していた。

 彼らの頭上を巨大な肉食鳥類が飛び交っている。馬、人間、そしてオークやゴブリンなどの怪物などの死体を啄んで去っていく。

 死体は山のように積み重なり、盾や鎧が重くずっしりと、持ち主の無念を表していた。伊丹も兵士であるがゆえ、複雑な感情を抱いてしまう。

 

「銀座で4万人、だっけ?ツェナープロトコルで他の人形達ともやりとりしているけど、丘全体で10万人の死体があるってさー」

 

 伊丹と共に偵察任務に出ていた42式が、憐れむようにそう報告した。彼女は軍用タブレットを使い、死体の写真を収めて詳細を報告している。

 

「……突入の時も4万人くらい殺しちゃったし、合計で18万人か。一個の小都市がまるまる滅んだような数だな」

「第三次大戦に比べれば、そりゃ犠牲者の数は少ないけどねー。でも、中世の価値観で言ったら相当な犠牲者だよ」

 

 現代と中世では人口の数が大きく違う。当然、軍隊の規模も犠牲の数も、時代と共に増えていってしまった。

 その価値観で言えば、中世の価値観で18万人と言う数は大きな損害だ。地球の価値観に照らし合わせれば、だが。

 

「それでも夜戦も含めて3回は攻めてきた。着実に学習しているけど、犠牲の方が大きい。ここまでして取り返そうなんて、本当の末期症状じゃねえの?」

「そうだねー。もしかしたらここ、重要な土地なのかも。片付けた死体の中には子供っぽい人もいたしー」

「……悪いな、死体の片付け全部押し付けて」

「いいよ別に、伊丹のせいじゃ無いからねー」

 

 現在、死体の片付けは主に戦術人形が行っている。人間が行うと感染症やPTSDのリスクが発生するので、それらの心配がない戦術人形に任せているのだ。

 伊丹としては、嫌な事を戦術人形に押し付けている様にしか感じない。だが、実際PTSDに関してはすでに何人かの隊員が発症している。感染症などから人間の保護するのも大事なので、致し方ないのかもしれない。

 伊丹達はその後も歩き続け、丘の向かい側へとたどり着いた。ここには破棄されたテントが散らばっており、敵の本陣だったと予想される。中には偉そうな人の兜が、破壊された状態で残っていた。

 

「ここにも生体反応は無し。敵さんは本当に全滅したみたいだな」

 

 夜襲の翌朝、連合諸王国軍の本陣に対しても砲撃が行われていた。3回目の夜襲で痺れを切らし、もう攻めてこれない様に完全に吹き飛ばしたのだ。

 その爪痕か、この本陣は穴ぼこだらけだった。いまだに硝煙の匂いが立ち込め、死体の数も多い。

 

「にしても、容赦ないね。本陣にまで砲撃を加えるなんて」

「噂じゃ、短距離弾道ミサイルや巡航ミサイルまで投入するって話らしい。もしかしたら、敵さんの首都まで狙うのかもな」

 

 実際、世論は異世界の敵を滅ぼさんとする様な過激な意見が多く見られる。陸軍の装備が次々と入ってきているのは、彼ら世論の後押しが大きい。

 日本はこの数十年間で大きく意識が変わった。今までは良くも悪くも善良な部分があった国民であったが、ユリシーズ災害や第三次世界大戦などを経験し人口が1億人を下回る様な被害を被ってからは、その意識は大きく変わっている。

 多くの国民が犠牲となってから日本人は甘い部分を捨て去り、現実的で時には過激な意見を言う様になった。

 銀座事件での4万人の犠牲者が出た事は、そんな国民感情に火をつけてしまったのだ。

 それでもなお、伊丹は怒りを抑え理性を保とうと努力している。他の国防軍人もそうであろう。銀座事件で痛ましい記憶があろうと、自分達は軍人なのだから。

 

「はぁ……そろそろ戻ろう」

「うん、そうだねー」

 

 二人は取り敢えずここら辺で基地に戻る事にした。現在アルヌスの丘には星形の陣地を備えた要塞が建設されており、万全の構えを築こうとしていた。




・高出力対地レーザー
 対地掃射に用いられるレーザー兵器、ほとんどは対空用途の流用品。人一人を焼き殺すレベルの出力から、戦車一台を破壊する高威力まで様々な最新兵器。
 特地には弾代が安いのと電力確保が簡単であることから、最新であるにも関わらず持ち込まれた。
 問題は射程の短さ。大小問わず有効射程はわずか1キロほどしかない。
 本作オリジナルの兵器。

・対人ミサイル
 人間サイズの兵士や戦術人形などを狙う小型のミサイル。40mm擲弾ほどの威力があるが弾代がものすごく高いので、特地では指揮官などの重要目標に対してのみ使われた。
 元ネタはCoD:AWのミッションに一回だけ出てくる兵器の武装から。

・ツェナープロトコル
 戦術人形が用いる特殊な広域通信手段。ホスト衛星や基地局などを中継せず、独自のコミニュケーション通信を構築して情報をやり取りする。特地ではかなり有効な通信手段である為、人間兵士も使えないかと模索中。
 元ネタはドールズフロントライン。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP.09 第三偵察隊、出発

今回長くなりますが、ご容赦ください。


「調査ですか?いいかも知れませんね!」

「いいかもじゃない!君が行くんだ!」

 

 アルヌスの丘に立てられた仮説テントの中。伊丹は上司である檜垣少佐に呼ばれ、新たな任務を言い渡された。

 どうやら特地の住民や政治体制などを調べ、のちの交渉への第一歩にするべく調査をすると言う内容だ。しかし、伊丹は面倒ごとを回避したいので頑なに逃げようとする。

 

「え?嫌です」

「は?」

「まさか一人で行けと?」

「そんなこと言う訳ないだろ……」

 

 伊丹の態度に呆れつつも、檜垣少佐は説明を続ける。

 

「深部情報偵察隊を六個編成する。君にはそのうちの一つの指揮をしてもらうからな」

「隊長……って事ですか」

「そうだ。可能ならば今後の活動に協力が得られるよう、友好的な関係を結んできたまえ」

「はあ……まあ、そう言う事なら」

 

 伊丹は頭を右手で掻きつつ、面倒そうに頷いた。檜垣少佐によれば、出発は明日だそうで今のうちから準備せよとのこと。編成されるメンバー表もデータで渡された。

 

 そのあとすぐに追い出されたが……

 

 その後仮で作られた施設の廊下にて、伊丹は42式と歩きながら打ち合わせをしていた。最近の42式は、半分伊丹の副官や秘書の様な役割をしてくれている。

 

「新橋でゆりかもめに乗り遅れてからと言うもの、気づけば隊長か……」

「人生何が起こるかわからないねー」

 

 伊丹にとっては隊長なんて柄じゃない。一応尉官なので指揮指導の教育は受けているものの、大人数を指揮するのは本当に面倒なのだ。

 伊丹はデスクに戻るまでの間、折り畳み式のタブレット端末で編成表を確認する事にした。細い板の様なタブレット端末を横に広げ、ホログラムを展開する。

 

「んじゃ、歩きながらでいいから編成を確認させてくれ」

「あいよー。ほらこれがデータ」

「おう」

 

 42式から渡されたデータ端末を元に、歩きながらその内容を確認する。

 

「……なになに、倉田やクロちゃん、それから富田もちゃんと居るのか。ラッキーだな」

 

 見知った顔がいるのは大きい。それだけでコミニュケーションの構築が省けるので、馴染みやすくなる。おそらく檜垣少佐もそれなりに配慮してくれたのだろう。

 

「私も編成に居るけどー、もう一人の戦術人形の子が来るみたいだよ」

「へぇ、あ、もう一人はアイツか」

 

 無論、戦術人形も編成に組み込まれている。特地での単独偵察任務において、もしもの時の戦力として期待されているのだろう。彼女らの存在もありがたかった。

 機種を見るに、もう一人の戦術人形はアサルトライフルの子らしく、量産品モデルだった。だが伊丹とは面識があり、見知った顔である。

 

「他は知らない人ばっかしだな……明日挨拶しとかないと」

 

 他の編成メンバーは、伊丹とは初対面の人間兵士達である。経歴から見るに個性的なメンバーが多く、無能というわけでもなさそうで安心する。

 しかし個性的すぎると自分が指揮できるかどうかは不安なところである。しっかりと事前に名前と情報を覚えておこうと、それら情報を読み込んでいるうちに一人気になる女性隊員を見つけた。

 

「ん?」

「どうしたのー?」

「いや、栗林 志乃伍長って子。確か何処かで聞いた様な……」

 

 気になった、と言ってもルックスに惚れたとかそう言うことではない。確かに胸は大きいが。とにかく、伊丹にとっては前に噂で聞き流した事のある名前だったから気になったのだ。

 だが誰だったか思い出そうとタブレットに集中していると、突然の柔らかい衝撃で42式は現実に引き戻された。

 

「きゃっ!?」

「うわぁ!?」

 

 42式が人にぶつかったことを理解した伊丹は、すぐさま連れ添いとして42式を心配する。幸い相手も大事に至ってないらしく、伊丹の言葉に反応してくれた。

 

「お、おい……大丈夫か二人とも?」

「大丈夫……だよー」

「す、すみません!こっちこそ!」

 

 と、42式がぶつかったの女性軍人であった。だが伊丹が彼女に対して驚いたのは二つ。まず、相手とは結構な衝撃でぶつかったにも関わらず、女性は仰け反っただけで済んだこと。

 そしてもう一つは、先ほどまで見ていた資料の中に彼女と同じ顔が写っていたことである。

 

「あ……もしかして」

 

 資料を見れば、確かに同じ顔がいた。先ほど話していた栗林志乃伍長である。

 

しかし、彼女は伊丹には目もくれずに42式の方を見た。

 

「あの……貴方は戦術人形ですか?」

「えー?そうだけどー?」

 

 それを聞くと、彼女は綺麗に整った眉を吊り上げ、言葉を並べた。

 

「やっぱり!なのに何でそんなに覇気が無いんですか!」

「え?」

 

 突然のことに動揺する42式であったが、彼女は捲し立てあげるように言葉を続ける。

 

「仮にもアンドロイドなんだから、もっとシャキッとしてくださいよ!貴方みたいなチャランポランな戦術人形を見ていると、イライラしてくるんです!」

「えっと……」

 

 42式が困惑し、彼女からの言葉の洗礼に反論せずに居るのを見て、伊丹は思わず女性軍人の方に声をかけた。

 

「おい、アンタ……」

「あ、ええっと」

 

 女性軍人は伊丹に注意されて頭に上っていた血が治まったのか、急に表情を変えた。

 

「……すみませんでした」

 

 と、一言だけ言ってから彼女は足早に立ち去った。まるで恥ずかしい自分から逃げ出す様、一目散に。

 

「……大丈夫か?42式」

 

 伊丹が心配する42式は、そこまで傷ついていないらしく、いつもの表情で笑って見せた。

 

「あー、まあ平気だよ。ああ言う考えの人もいるしさ」

 

 42式はさも慣れているかのような事を言うが、実際には傷ついているのかもしれない。伊丹としては不安材料が一つ増え、何だか少し複雑な気分だ。後であの女性と仲直りさせなければ。

 

 

 

 

 

 

 栗林 志乃は全身凶器の人間兵器である。

 『エグゾ殺し』『鋼の女』『強化人間』等々、彼女に対する畏敬のあだ名は幾らでもあった。

 きっかけは些細な訓練からだった。それはエグゾスーツを装着した教官に対して、一対一の格闘戦で立ち向かうという内容である。

 無論、エグゾスーツを装着した兵士に対して生身の兵士は絶対に勝てない。腕力、俊敏さ、全てにおいて生身の兵士を超越している為、生身では3人がかりでも倒せないと言われている。

 そのため、その訓練はわざと負ける事でエグゾスーツを着た兵士に対する対処法を学ぶという内容だったのだが……案の定、栗林は素手でそのエグゾスーツ教官をノシてしまった。

 彼女は当時の事についてこう言った。

 

「エグゾスーツが相手だって、努力すれば何とかなるよ。みんな努力が足りない。軍人なのに、論外よ」と。

 

 そんな努力家の栗林であるからこそ、努力が少ない戦術人形には理解が少なかった。

 疲れを知らぬ身体をしていて、努力だってプログラムをインストールするだけで完結してしまう戦術人形。無論、それが彼女達の強みであり個性とも言える。

 それに関しては理解しているが、だからと言って覇気がなく仕事を怠けてチャランポランとしている戦術人形を見ると、やり場のない怒りが込み上げてくるのだ。

 なぜ努力をしない、なぜ機械の身体なのに怠けるのか。人間であるにも関わらず格闘戦で無敵となった栗林にとって、戦術人形とは理解できない存在なのである。

 

「はぁぁぁぁぁ…………」

 

 だがしかし、昨日の件については流石に罪悪感があった。いくら戦術人形に対して理解が少なくとも、あんなことを言われて傷つかないわけがない。

 謝ろうにも悩んでばかりでその戦術人形が誰なのか把握できず、結局この偵察の日がやってきてしまった。

 

「栗林伍長、大丈夫ですか?」

「うん……ごめん、昨日の件がね」

 

 エグゾスーツなどの装備を整え、集合場所まで行く最中、同じ偵察隊に配属された黒川伍長に心配された。同じ階級で同じ女性軍人というだけあって、配属が決まった数日後には仲が良くなっていた。

 

「結局外見の特徴だけじゃ誰だが分からずじまい……謝らなくちゃいけないのになぁ……」

「大丈夫ですよ。今は気持ちを切り替えて」

 

 そうは言ってもこれから数日間の偵察任務だ。気持ちを切り替えなければ、任務に支障が出る。

 

「あ、『おやじさん』黒川 茉莉伍長、栗林 志乃伍長、2名揃いました」

「ああ、二人か。丁度いい、隊長が来るまで自己紹介をしてくれ」

 

 と、『おやじさん』こと桑原曹長がそう言うので、黒川と栗林も整列して自己紹介に加わった。と、順々に自己紹介をしていく中で栗林はため息をつきたくなった。皆の趣味が個性的すぎるのだ。

 まず料理は分かる、健全な趣味だ。だが他はカメラが趣味だったり、オタク寄りの趣味だったりといろいろ不安になる。

 栗林は昔の学生時代にその手の人間から困らされてきた手合いであるが故、そう言った趣味を持つ人間には嫌悪感が拭いきれないのだ。

 と、そんな事している間にも全員の自己紹介が終わってしまった。未だ隊長は来ないのだが、まさか遅刻ということはないだろうか?

 桑原曹長は「そろそろ来る」との事であり、しばらくすると二人の女性を連れた一人の男性がやってきた。

 

「ふんふふんふふーん♪」

「上機嫌だなハルニーナ、何が嬉しいんだ?」

「だって、またイタミ隊長と任務に出られるんだもん!そりゃ嬉しいよ!」

「よかったねー、私もなんか懐かしいよ」

 

 連れてきている二人の女性……というより少女は、どうやら戦術人形のようだった。

 一人は黒にメッシュの入った派手な髪をした、ツインテールの少女。背丈はそこそこ高く、少なくとも小柄な栗林よりは大きい。着崩した軍用コートと短いスカートが目立つが、片腕の機械腕が可愛らしさに対してアンバランスである。

 二人目は茶髪の髪を結って持ち上げ、身体には巨大な散弾銃と外骨格の盾を持ち合わせている。服装はポリマー製のコートに身を包んでいたが、その外見には見覚えがあった。

 

「げ……!」

 

 思わずそんな声が漏れ出てしまう。あの時ぶつかった挙句、イチャモンを付けてしまった戦術人形の子だったのだ。

 

「あ、おやっさんすまんね。彼女達の受領手続きに時間かかっちゃってさ」

「いえ、隊長。これで全員です」

 

 やばい、謝るべきか?と考えているうちに、隊長らしき人物が自己紹介をした。彼にも見覚えがあった。

 

「あー、という訳で第三偵察隊の隊長に任命された伊丹耀司中尉です。これからよろしく。彼女達は、各部隊に配備されることになった戦術人形だ。仲良くしてやってくれ」

 

 そう言って、伊丹中尉は彼女達の紹介を行った。

 

「私は"42式自動散弾銃"だよー。知っている人もいるけど、知らない人はよろしくねー」

「私は"Hal-27特殊短小銃"です!見ての通りのアサルトライフルですが、精度には自信があります!」

 

 この時、巡り巡った縁がまさか栗林にとって不幸な方向に向かったのを知り、彼女の理想は愕然と崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 帝国皇城。

 帝国の皇帝が、直接住まい玉座に座るこの城にて、皇帝モルトは部下のマルクス内務相から報告を受けていた。

 

「諸王国軍の損害は死者行方不明合わせて10万に上るようです。残りの敗残兵は統率を失い、散り散りになって帰路に着いたと」

「……ふむ、予想通りだな」

 

 あまりに大きい損害にマルクスが恐れ慄く中、一方の皇帝は顎を摩り予想が的中したことに対して何の感情も抱かなかった。

 

「よし、では次の一手としてアルヌスから帝都に至る全ての村、街を焼き払え。そして井戸に毒を投げ入れ食料家畜は全て運び出すのだ」

「はっ……村々を焦土にするということでしょうか?」

「そうだ。略奪ができなければどんな強大な軍隊でも立ち往生する。そこに付け入るのだ」

 

 皇帝は今までの戦の価値観で焦土作戦を実行させる事にした。この世界の軍隊の補給は主に略奪品から得られる。それを運び出し焼き払えば、軍隊は立ち往生するという考えはあながち間違いではない。

 だが実際には門の向こうの軍隊は様々な手段での長距離補給を確立しており、全く無意味である。それどころか誰もいない村々を占拠して補給基地にするだろう。

 

「……しばらく税収が低下しそうですな」

「仕方あるまい。園遊会をいくつか取り止め、離宮の建設を遅らせれば良かろう。それでも反発するようであれば、"よきにはからえ"」

「……ははっ」

 

 その言葉の意味を知っているマルクス内務相は、恐れ多き人物に頭を下げるしかなかった。皇帝モルトがそろそろ元老院の整理をするべきかと考えたその時、奥の扉が勢いよく開かれた。

 

「陛下!陛下はおられるか!」

 

 見知った顔だった。赤毛の長い髪を結って纏め、騎士のような服装に身を包み、早歩きで皇帝モルトの下へと駆け寄る女性。

 

「我が娘ピニャ・コ・ラーダよ、どうしたのか?」

「連合諸王国軍が無惨にも敗退し、帝国の聖地たるアルヌスの丘に敵が居座っているとお聞きしました。陛下はこの危機的状況にある中何をなされているのか?耄碌なされたか!?」

 

 彼女は皇帝モルトの娘であり、三人目の子供であるピニャ・コ・ラーダだ。

 

「我々とて、丘を奪還するための軍の再編を急ぎ──」

「そんな悠長な!何年かかると思っておるのだ!敵の進軍はそれよりも早く、帝都に向かっておるのだぞ!!」

 

 彼女に対してマルクス内務相もたじろぎつつも反論する。しかし、彼女の剣幕に対しては反論できないのも確かだ。

 

「ピニャよ、其方の言うことも分かる。悠長に構えてはおれんな」

 

 皇帝モルトはピニャに対して、あくまで賛同するかのようにそう言った。

 

「だが我らはアルヌスの丘に屯する敵のことをあまりによく知らぬ」

 

 皇帝は言葉を続ける。

 

「丁度良い、其方の騎士団と共に丘の敵を偵察してきてはくれぬか?」

「私が、騎士団と共に?」

「無論、其方のしていることが兵隊ごっこでなければ、の話であるがな」

「っ……」

 

 彼女が従え、騎士団長をしている「薔薇騎士団」と呼ばれる組織がある。今まではお飾りに過ぎず実戦経験のなかった部隊が、皇帝からの勅命で動けると言う滅多にない機会。

 だが、ピニャはその裏に隠された皇帝の意図を汲み取り、唇を噛んだ。

 

「……確かに承りました。行って参ります、父上」

 

 

 

 

 

 

 絶望のどん底のような表情をした栗林を他所に、第三偵察隊は軽装甲車(LAV)2台と36式多脚装甲車一台でアルヌスの丘を出発した。

 軽装甲車は相輪式の小さな装甲車であり、荷台もそれなりに大きく物資輸送に長けている汎用装甲車だ。国防軍の装甲車両の殆どがこれに当たる。

 一方の36式多脚装甲車は、IFVほどでは無いが強力な装甲車だ。8脚の脚が車体に付き、操縦士と車長の2名の他、兵員14名を運べる。武器のほとんどはこの装甲車に乗せられていた。

 

「空が青いねぇ、流石は異世界」

 

 雲ひとつなく、飛行機も街の姿もない自然豊かな土地を見て、伊丹はそう呟く。

 

「こんな風景、北海道にだってありますよ。まあ、EMP粒子がないから空が澄んで見えるのは確かですけどね」

 

 北海道出身の倉田がそう言う。

 

「あー、北海道はシベリアから流れてくるEMPが酷いんだっけ?」

「ええ。ほぼ毎日曇り空で、晴れてても空が霞んでて、憂鬱でしたね」

 

 EMP粒子とは、第三次世界大戦の時に発生した戦争の遺産である。

 当時、新ソ連と西側各国は核攻撃による早期解決を望んでいたが、その核兵器は地上や海上からの迎撃手段によって悉く撃墜され、爆発した核兵器から電磁障害だけが残った。

 その電磁波がコーラップス汚染地域の大気と混ざり合い、常に電磁妨害を引き起こす特殊な粒子が生み出されてしまったのだ。

 それが未だ高高度の大気中に漂い続けており、それを除去する術は未だ確立されていない。結果として世界各国の軍隊から空軍が戦略的価値をなくし、衛星とのリンクも途絶。泥臭い地上戦だけが残ったのである。

 そんな世界に生きてきた現代人だからこそ、異世界の空はものすごく澄んで見えたのだろう。実際、伊丹もこんなに青い空は見た記憶がない。

 

「と言っても期待していたファンタジー要素はほとんどないです。もっとドラゴンや妖精が飛び回っているのを想像していたんですが……」

 

 倉田が愚痴を流すのを見て、伊丹は42式に声をかけた。

 

「だってさ42式。他の部隊の子は何かめぼしい発見はあったのか?」

「うーん。ツェナーでやりとりはしているけど、他の部隊の子も目立ったファンタジー要素はないってさー」

 

 42式の言う通り、他の偵察隊にも戦術人形が2人ほど配備されている。単純に危険に遭った際の護衛戦力としてだけでなく、見た目が未成年の少女なので警戒されずにコミニュケーションを取る布石の役割もあるのだ。

 と、話を聞いていた同じ軽装甲車の座席に座るHal-27が口を開く。

 

「でも倉田クン、次の村は森の中だしエルフとかいるかもよ?」

「いやいや、エルフってのはもっと神秘的な森に住んでいると思うんすけど……」

「希望は捨てちゃいけないよ?ここはロマンチックに行かなくちゃ、異世界なんだし!」

 

 明るい雰囲気で話してくれるHal-27は、そのコミニュケーション能力の高さから部隊にすっかり馴染んでいた。伊丹としても戦術人形が部隊に受け入れられるのはありがたいし、安心できる。

 

「そうっすねぇ。まあ、最初は警戒されるかもしれませんが、戦術人形の女の子二人が居てくれるならコミニュケーションも捗りそうっす。さっきのコダ村の時みたいに」

 

 先ほどのコダ村という村落では、初めは警戒されていた。しかし、戦術人形の二人が出て交渉をした事により、村長との話まで持ち込めたのである。二人とも見た目が威圧感のない抜けた感じなので、親和性は高かった。

 

「倉田クーン?それってー、私達をダシにしようとしてないよねー?」

「そ、そんな事ないっすよー!」

 

 42式と倉田の掛け合いを笑いつつ、伊丹は後ろにいる桑原曹長に声をかけた。

 

「おやっさん、もうすぐ森?」

「そうですね。この先の川を渡って、川沿いに進めばコダ村の村長が言っていた森です」

 

 桑原曹長が広げているのは、ホログラムの立体地図だ。戦術機や無人機が収集した情報を元に描かれており、深部調査に役立っている。

 

「それから意見具申があります。森に入らずに、手前で野営しましょう」

「そうだね、それで賛成」

 

 伊丹はエグゾスーツに取り付けられた通信を開き、全員に向けその命令を伝達する。広域通信はツェナープロトコル以外は繋がらない世界であるが、偵察隊の中ではやりとりは可能だった。

 

「森に入らないんすか?」

「このまま森に入ったら夜になっちゃうでしょ?何がいるかわからない森の中で野営なんて、ゾッとするよ」

 

 倉田に野営の危険さを話しつつ、伊丹はヘルメットのメモ帳を開いた。データの中には先ほどコダ村で録音した様々な言語が入っており、着くまで練習しようと思ったのである。

 

「えっと……さゔぁーる、はる、うぐるぅー?」

「違う違う!もっと舌を巻いて、サヴァール、ハル、ウグルゥー(こんにちは、ごきげんいかが)?こうよ!」

「う、うるせって!」

 

 茶々を出してくるHal-27を叱りつつ、伊丹達は森へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 燃え盛る森。

 火の手は森全体に広がり、焦げ臭い匂いが鼻腔を突いて離れない。そんな森が目的地だったとは思わず、第三偵察隊は森の入り口で立ち往生し、状況を測っていた。

 

「燃えてるわね……」

「ああ、大自然の脅威ってやつか?」

 

 42式の呟きに対して、伊丹は同意した。

 

「ねぇ、どうするの?ここって集落があるんじゃ……」

 

 そう言って伊丹に指示を求めるHal-27。彼女の言う通り、ここには集落があった筈で、ここの住民のことを心配しているのだろう。

 

「幾ら何でもこの装備で突入はまずい。二次被害を出すだけだし、何より……あれを見ろ」

 

 伊丹の呟きに、偵察隊の面々は双眼鏡を構えた。その先には、煙の中から火を出し暴れる赤いドラゴンの姿があった。

 

「何あれ!?」

「ドラゴン……ですか?」

「そうみたい。この火事もあいつが原因だと考えると……」

 

 伊丹は一呼吸置き、最悪の懸念を口に出す。

 

「ドラゴンの生態がどうであれ、何も無いところに火を吐くとは思えない。つまり……」

「あの下には集落が……!?」

「それって、襲われているってことじゃ無いですか!」

 

 42式や栗林が焦り出し、他の隊員にもその動揺が広がる。

 

「くそっ、野営は中止だ。全員移動準備!それから対空警戒を!」

「了解!」

 

 

 

 

 

 

 夜が明け、ドラゴンは何処かへ過ぎ去って行った。森の炎も上昇気流が作り出す雨によりすっかり消え去り、安全が確保された段階で伊丹達は突入した。

 木々や建物だったものは黒焦げになり、その面影はどこにも無い。動物も生物の影も見当たらず、靴を通しても地面が生暖かい。

 

「酷いわね……」

 

 42式の呟きは、隊員全員の感想と同じだった。ひとまず人道上の観点から生存者を探すことにした。

 スキャンデバイスや戦術人形の義眼、時にはまだ火の残る瓦礫をエグゾスーツで退けたりしても、一向に見つからない。むしろ生存者がいるのかどうかも怪しい。

 

「伊丹中尉、とりあえず報告を」

 

 栗林と黒川が中間報告をしにきた。伊丹は42式と共に壊れた井戸に腰掛け、その報告を聞く。

 

「建物の跡は32軒。ですが見つかった死体は27体と、いくらなんでも少な過ぎます」

「建物の下は?」

「生体反応は無し。建物の瓦礫と一緒になっているので、捜索は困難です。残りに関しては、おそらくは……」

「焼け焦げたとしても蒸発はしない筈だ。もしくは食べられたか……」

 

 二人が顔を顰める。やはり生きたまま食べられるなんて、想像したくないのだろう。

 

「捕食って事ー?」

「ああ。銀座でも小型の龍が人を捕食した例がある」

「考えたくないねー……」

 

 42式も同じく怪訝な表情をした。

 

「その小型種ですら、腹部を12.7mm徹甲弾で貫通できるかどうかでした。かなりの脅威になると思います」

「アイツはさらに大きかったし、ちょっとした爆撃ヘリかもな。それから、ドラゴン類は肉食で人を食べるかもしれないって報告しないと」

 

 そう言って伊丹は井戸へ向かって桶を放り込んだ。水が腐っている可能性もあるが、飲むのではなく水質が安全かどうかを見極めるのだ。

 しかし、井戸の奥からスコーン!と言う甲高い音が聞こえてきた。

 

「ん?なんだ?」

 

 まさか井戸が枯れていたのか?と思って中を覗く。先ほどまで人が住んでいたのでそれは無いだろう。

 ライトを付けて中を覗き込むと、義眼によるスキャンを行なった42式が叫んだ。

 

「──ッ!イタミ、人だよ!中に人がいる!」

「なんだって!?くそっ、人命救助だ!」

 

 中には人がいた。

 いや、人というより長い耳を携えたエルフであった。





・戦術人形『Hal-27』
特殊短小銃のHal-27と同期する戦術人形。明るい性格で誰に対してもフレンドリー、なおかつコミニュケーション能力も高い。右腕は機械部品が露出した義手の様な腕になっており、彼女の高い射撃精度に貢献している。
量産された戦術人形であり他にも同型の姉妹達がいるが、第三偵察隊に配属されたHal-27はその中でも個性的。偵察隊の面々からは後に『ハルニーナ』という愛称が付けられる事になる。
本作オリジナルの戦術人形。

・32式多脚装甲車
 第3偵察隊に所属している兵員輸送車で、32式多脚戦車装甲戦闘車の車体を流用した兵員輸送車型の兵器。14名の輸送能力と軽量化による高い馬力を有している。
 武装は最小限になり、ハッチ上に12.7mmガトリングガン、又は40mm自動擲弾銃を搭載。愛称として"コガネムシ"とも。
 本作オリジナルの兵器。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP.10 第三偵察隊、死者との遭遇

本当ならば今回で炎龍との遭遇を書きたかったのですが、一万文字を超えるのでここで区切りました。申し訳ないです。
ロウリィとの出会いを少しアレンジし、原作から色々書き換えています。


数時間前

??? ????

 

 燃え盛る森、肺を焦がす炎。

 炎龍が突如襲来するまで平和だったこの村も、地獄の炎に焼かれ地獄と化した。

 

 一体幾つの矢が放たれ、鱗に弾かれた事か。

 

 一体何人の戦士達が焼かれ、食い殺されたか。

 

 テュカ・ルナ・マルソーにとって、この村は故郷であり家族の住む森だ。その森が焼け、荒らされ、親友達が食い殺されていく。

 彼女は立ち尽くすしかなかった。弓を持ち、親友を救おうとしたが、矢はまるで効かず無情にも弾かれる。

 

 何故、このタイミングで炎龍が現れたのか。

 

 何故、自分達が殺されるのか。

 

 疑問に答える者はいない。神様はいつだって見ているだけだ。

 父が彼女を逃がそうと弓を射り、矢が左目に突き刺さった。聖霊の加護を受けた、必殺の一撃。しかし、怪物は止まらない。

 

 父の助けを借り、井戸の中へと投げ入れられた。

 

 ここに隠れていなさいと、最後にそう言われた。

 

 笑う父と、怪物の大口。

 

 それが、テュカが最後に見た父親だった。

 

 

 

 

 

 

 

現在時刻

廃村跡 第三偵察隊

 

 特地型エグゾスーツには、射出式のワイヤーが取り付けられている。それを井戸に引っ掛け、ブーストリグを用い、背中からガスを噴射してゆっくりと井戸の中へと降下する伊丹。

 本来なら障害物の多い山々を越えるため、特地型エグゾスーツに搭載されているワイヤーとブーストリグ。

 人一人を空高くジャンプさせるほどの出力を持つ噴射ガスは、使い方次第でこのようにゆっくりと降下させることも可能なのだ。無論ガスは熱くない上、吸っても害はない。

 そして井戸の底へ着地して、倒れていた少女へ駆け寄るとその体温の冷たさに驚く。もしかしたら低体温症に近いのかも知れない、急がなければ。

 

「伊丹ー!大丈夫そうー?」

 

 42式が聞いてくる。

 

「体温が低い。黒川は救護袋(メディバック)を用意してくれ!」

「はい!」

「伊丹はどうするのー?」

「時間が無さそうだな……このまま上に上がる!」

 

 伊丹は腕のワイヤーを巻き取りモードに切り替え、ゆっくりと井戸の上に上がる。少女を抱えながらであったが、車で引っ張るより素早く登れた。

 

「おい!大丈夫か?目を開けろ!」

「伊丹隊長、彼女を袋の中に!」

「おう、42式はそっち側持て!」

「了解ー!」

 

 本来ならば負傷者などを袋に入れ、戦場で治療するための装備である救護袋。体液に似た成分の救護液を袋の中に詰め込み治療できるため、低体温症の彼女も中に入れれば体温を回復できる。

 黒川が救護袋の電源を入れ、ホログラムが展開し各種バイタルが表示され、彼女の診断を開始する。目立った外傷は無く、体温の問題を解消するべく電熱線の温度をゆっくりと上げていった。

 

「エルフだったな」

「そうですね!エルフでした!」

 

 伊丹や倉田、その他男性兵士達は少女の裸を見るわけにはいかないので、遠くに退避していた。栗林が怖いというのもあるが……

 

「なんだ倉田、お前はケモ耳好きじゃ……?」

「エルフが居るってことは、ケモ耳っ娘も期待できるじゃないですか!!」

 

 謎の理論を展開して興奮する倉田と、苦笑いをする伊丹。

 伊丹は再び瓦礫の上に腰掛け、長靴の水を抜き、靴下を変えた。そのまま放置すると水虫になってしまうからである。

 

「伊丹隊長」

「黒川か、どう?」

 

 一方、その二人に黒川が敬礼して来て少女の報告をしてきた。彼女のエグゾスーツは医療用の装備が取り付けられており、ホログラムなどで負傷者の診断が可能である。

 一方、42式は少女の下で容体が急変しないか見ている。

 

「人間の基準ですが、とりあえず体温は回復しました。おデコのコブもすぐに回復するかと思います」

「よかった。さて、これからどうするか……」

 

 伊丹は周りの瓦礫を見渡し、ため息をつきながら頭を掻きむしる。ここにはもう人が居らず、彼女の家族も居ないであろう。

 

「……仕方ない。森に置いていくわけにはいかないから、女の子は保護という名目で連れて帰ろう」

「良かったです。伊丹隊長ならそう言ってくれると思っていましたので」

「俺って人道的でしょ?」

 

 その言葉に、黒川はニコニコと笑って見せた。

 

「どうでしょう?隊長が特殊な趣味をお持ちとか、そう言っては失礼に値しますので」

 

 エグゾスーツをカチャカチャ鳴らしながら言われた言葉に、伊丹は冷や汗をダラダラと流すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

数時間後

コダ村 大三偵察隊

 

 とりあえず、伊丹達は来た道を戻ってコダ村に再びやって来た。アルヌスに戻るまでの道で、彼らにも知らせた方が良いと思ったのである。

 また戻って来たのかと村は騒ぎになった。やはり特地では理解されにくい国防軍の兵士達は、余所者として受け入れられにくいのだ。

 

「茶髪のおねーちゃんだ!」

「おねーちゃん!また来てくれたんだ!」

「はいよー。ちょっと用事があったからねー」

 

 それでも最初に友好的に接触した42式やHal-27ら戦術人形は子供達と元気に遊んでいた。彼女達は未成年の女性を模して作られている為、子供達ともよく馴染んでいる。

 一方、伊丹は電子端末を手に先ほど見たことを村長に伝えている。伊丹がことの顛末を離すと、彼らは人相を変えて大騒ぎになった。

 

「……えーと、森の村、全滅してた。人、沢山死んでいた」

「なんと……!全滅してしまったのか!?何にじゃ!?」

「大きな鳥が、森、焼いた」

 

 伊丹はあの時撮影したドラゴンの写真をホログラムで見せつつ、村長に説明した。

 

「こ、これは古代龍じゃ!しかも炎龍じゃと!?」

 

 伊丹は特地の言葉を録音しつつ、より詳しく説明する。

 

「龍、火を出す。人、沢山焼けた」

「あそこはエルフの村じゃ。しかし、全滅してしまったのか……」

 

 村長は村の人間を何人か呼び寄せ、伝令を飛ばすように伝えた。伝令役はかなり慌てていたが、すぐさま馬に乗って各地の伝令に走る。

 そして伊丹は、最後の頼みの綱として保護したエルフの少女をこの村で面倒を見れないかと相談する。

 

「女の子、一人を助けた。この子、保護して」

「……それは無理じゃ。エルフと人間では風習が違いすぎる」

 

 村長の反応はすげない。

 ふと見れば、伊丹の周りの村の人々が慌てて身支度をしている。どうやら炎龍が出たのを知り、村を捨てなければならないらしい。

 

「村、捨てる?」

「そうじゃ、炎龍は再び村や町を襲うじゃろう。生き延びるにはそれしかあるまい」

 

 伊丹は彼らの不安な表情を見つつ、複雑な感情に駆られた。

 本来ならば第三偵察隊はそのまま帰るしかない事態である。だが、伊丹の性格上、この村の人々を見捨てるなどできなかった。

 

「どうするの、伊丹ー?」

「……見捨てるわけにはいかない。彼らに着いていこう」

 

 そう言って伊丹は、小隊各員に無線を繋いだ。目的は無論、この村の人々を助ける為である。

 

 

 

 

 

 

数分後

コダ村 ????

 

 コダ村のはずれの森、小さな屋敷に住む住人が居た。

 この世界にとって炎龍とは、災害や厄災に近い圧倒的な存在である。そのため、村人達は遠くに逃げる事しか生き延びる方法がない。

 そのため彼らも、村人からの使いで炎龍が出たと聞き、急いで逃げる準備をしているのである。

 

「全く炎龍め……50年は早く目覚めおって、こちとら迷惑だわい」

 

 荷車と驢馬を繋げ、荷物を積み込んでいるのは老人と少女。荷車には多数の書物や薬草などが積み込まれ、重たすぎるのか荷車の車軸は地面に埋まっていた。

 

「それより師匠、早く乗ってほしい。村の人達は既に逃げ出している」

 

 そう言って老人を急かすのは、魔道士の服装をしたプラチナブロンドの少女。彼女は青色の水晶が取り付けられた杖を持っており、驢馬の鞭を持っていた。

 

「レレイや、やはり魔法を使わねばどうにもならんか?」

「既に荷車は地面にめり込んでいる。けれど魔法を使えば驢馬の負担は減る」

 

 レレイと呼ばれた少女は冷静に荷車の状態を分析するが、老人にとってはまだ積み込みたい荷物があると言う。

 

「コアムの実とロクデ梨は置いていくのが合理的。貴重だけれど、手に入らないわけではない」

「うーむ、仕方あるまい。薬草らは置いていくとしよう」

 

 薬草を下ろして老人が座ったのを見計らい、レレイは杖を振り翳し、荷車に魔法をかけた。

 すると今までめり込んでいた車軸が浮き上がり、驢馬の負担が減る。年老いた驢馬でも、魔法により軽量化された荷車なら動き出せた。

 これが、彼らが使う"魔法"と呼ばれる技術の一端だった。

 彼らは長年住んだ森の家を後にして、村人達に合流する。村では大騒ぎになっており、荷車に積めるだけの物資を詰め込もうとする村人達がいた。

 それを見て、師匠と呼ばれた老人はレレイに対して語りかける。

 

「賢い娘よ。お前には誰も彼もが愚かしく見えるであろうな」

「命の為には一刻も早く逃げ出さなければならない。けど、持てるだけの生活物資を持って行きたいのは人として当然」

 

 レレイは感じた事を素直に言ったまでだが、老人は彼女に別の見方を教え解く。

 

「人として当然ということは、結局人は愚かしいのかも知れんの……」

「…………」

 

 師匠がそう言う人だと知っているレレイは、あえて何も答えずに道を進んだ。だがしばらく進むと、荷車が渋滞を引き起こし車列が止まっていた。

 

「この渋滞はどうしたのじゃ?」

「あっ、カトー先生。それにレレイまで」

 

 彼らの問いには村人の一人が答えてくれた。

 

「前の方で荷物の積みすぎで車軸を折った馬車が道を塞いでて……」

「大丈夫そうか?」

「残念ながら、後片付けには時間がかかりそうです」

 

 すぐ後ろには多くの馬車が車列を成しており、別の道へ引き返すこともできない。どうしたものかと二人が考えていると、彼らの耳に聞き慣れない言葉が入った。

 

『避難支援だ!伊丹隊長が許可もらって来たから、瓦礫を片付けるぞ!42式、手伝ってくれ!』

『あいさー!』

 

 聞いたことのない異国の言葉にその方向を向くと、班模様の不思議な服装をした集団が指示を出し合っていた。

 統率の取れた動きから、彼らが何処かの兵士の類ではないかとレレイは考えた。しかし、中には女性兵士もいるのか凛とした声が響く。その茶髪の女性の服装は班の集団とは若干違ったが、上着が班模様なのは一緒だった。

 

『黒川は怪我人の救護!戸津は後続に事故を知らせて別の道に誘導だ!』

『えー!?言葉どうするですか!?』

『ホロでも身振りでもいいからなんとかしろ!ハルはコイツをサポートしてやってくれ!』

『了解でーす!』

 

 驚いたのは、集団の中には女性兵士だけではなく小さな少女も居た。彼女らも何かの武器らしき物体を持ち、兵士たちと一緒に行動している。まさか仲間なのだろうか?

 

「師匠、様子を見てくる」

 

 レレイはその謎の集団に興味が引かれ、荷車を離れて先へ向かった。

 十台ほど前に進むと、村人の言っていた事故現場に辿り着いた。確かに車軸が折れて荷車が横転しており、その横には持ち主と見られる家族が横たわっていた。

 集団は瓦礫を撤去しようと荷車に張り付き、なんとたった数人がかりで道から退かしてしまった。普通なら成人の男性でも数十人は必要なところを、わずか数人で。

 彼らの体をよく見ると、体の外側に何やら骨の様な装備が装着されている。それらは集団の兵士たちの全身を覆って装着されている事から、レレイは鎧の類ではないかと予想した。

 見れば見るほど興味がある集団だったが、横たわっている一家のうち女の子が絶え絶えの呼吸をしているのが見えた。

 もしかしたら、危ない状態かも知れない。兵士たちの静止を振り切り駆け寄る。すると黒髪の女兵士が女の子の頭を摩って、骨の鎧から光の文字を形成しそれを読んでいる。

 

『伊丹隊長。この子、脳震盪の可能性があります。すぐに手当てをしなければ危ないです』

『分かった、後ろから救護袋持ってくる!ちょっと待っててくれ!』

 

 その時だった。

 後ろから悲鳴が上がり、馬のいななきが耳をつんざく。見上げれば、怪我をして暴れていた馬が、急にレレイに覆いかぶさろうとしていた。

 周囲の時間がゆっくりと進み、視界が影に包まれる。咄嗟に黒髪の女性兵士がレレイを庇おうと動くが、それでも避けきれない。

 レレイは衝撃を覚悟した。

 

『でぇぇぇぇぇい!!』

 

 だが突然、そんな声が響き渡る。

 咄嗟に視界の横から、茶髪の女性兵士が馬に対して体当たりをしたのだ。ただの体当たりではない。俊足と脚力から来る突撃が、馬を大きく吹き飛ばしたのだ。

 吹き飛ばされた馬は、突然の衝撃にさらに暴れようとする。しかし、女性兵士が持っていた"ナニカ"が至近距離で火を吹くと、暴れ馬は頭が破裂し絶命した。

 

「この人達が、私を助けた……?」

 

 それらは一瞬の出来事だった。僅か一瞬で暴れ馬は無力化され、レレイは助かったのだ。

 

『42式、よく動いたな……』

『まぐれだよー、そのまま撃ったら誤射するかも知れないしー』

 

 レレイには彼らが何処に所属する兵士たちなのか、分からなかった。謎の怪力を持つ女性の正体も、その"ナニカ"の事も。

 けれど、彼女が助けてくれた事もまた確かであった。

 

 

 

 

 

 

 

 逃避行は長く続いた。

 難民達の列は長く長く果てしなく続き、問題は次々と起きて、その度に立ち往生する。傷病者や脱落者はどんどん増えていき、大人は苛立ち、子供は泣き叫び、飢えや渇きが難民達を更に苦しめていた。

 おまけにこの数日間の雨で道路状況は最悪で、泥濘に嵌って脱落しそうな者もいる。この三人の親子も、そんな泥濘に運悪く立ち往生してしまった。

 

「メリザ行くぞ!そぉれ!」

「ハイヤッ!」

 

 母にあたる女性が馬に鞭を弾き、夫の助けを借りながら荷車を押し出そうとする。しかし、相当深くに嵌っているのか全くビクともしない。

 

「はぁはぁ……こんなところで動けなくなったら野垂れ死にだよ!誰か助けておくれ!」

 

 メリザは逃避行を続ける住民達にそう言うが、彼らは目を逸らして無視する。まるで関わりたく無い、見たくも無いと言わんばかりに。

 人間とは弱く身勝手な存在だ。自分とその家族が大事で、それ以外を助ける余裕も義理も無い。今助けてくれる人はおらず、ましてや神様に祈ったって何も変わらない。あんなの、ただ()()()()の存在だ。

 

「誰か……」

 

 メリザがもうダメかと諦めかけていた時、後ろから手が差し伸べられた。

 

『嵌っているだけだ!ハルはこっちに来い!押すぞ!』

『了解だよ!』

 

 現れたのはたった2人の集団だった。片方は初老の男性で緑の班の服に身を包み、骸骨の骨の様な鎧を着込んでいる。もう一人はなんと年端も行かない黒髪の少女だった。

 一体、老人と女の二人で何をするつもりなのか?と思ったら、彼らは荷車の後ろに手をかけ押すのを手伝ってくれた。

 

『エグゾの出力を最大に……よし行くぞ、3、2、1!』

『えーい!』

 

 なんと、少し押されただけで荷車の車軸が軽くなった。泥濘を抜け、馬車の車輪が地面を掴む。嘘だろ、とメリザは思った。

 たった二人で、しかも片方は年老いた老人でもう片方は年端も行かない女の子。彼らが私たちが押しても全くビクともしなかった荷車を、簡単に押し出したのだ。

 一体、彼らは何者なんだろう?メリザは彼らにお礼を言おうと振り返る。

 

『よし、次の馬車だ!』

「あ、あんた達──」

 

 しかし、その二人はすぐさま別の馬車へと向かって行く。チラッと振り返った黒髪の少女が、メリザ達に笑いかけたのが印象的だった。

 

「……誰だい、あの人らは?」

「さぁ、どこの兵隊さんだろうね?」

 

 息子の疑問に応えることなく、彼らは人助けに尽力している。異国の人だと言うのは分かるが、人間というにはあまりにもお人好し過ぎた。

 

 さて、問題を解決しても次の問題が出てくる。

 荷馬車の一団はゆっくりと逃避行を続け、あたりの風景も段々と変わり始めていた。

 そんな時、馬車の一団のうちの一台の車軸が折れてしまった。幸いにも怪我人は居なかったが、馬車はもう使い物にならない。

 

「そんな!荷物と財産を捨てて、これからどうやって生きろと!?」

「ここに止まっても死を待つだけじゃ。背負える分だけ持って、逃げるべきだ」

「くっ…………」

 

 伊丹は村長を呼び出し、荷車の持ち主を説得していた。言葉が通じないので今回ばかりは致し方無い。

 しかし、それでも持ち主の家族は荷車を離れようとしなかった。伊丹は痺れを切らし、村長に荷に火をかけさせるよう提案する。

 村人により火が掛けられ、最低限の荷物を持ち出した荷車が轟々と燃えはじめる。その家族は泣いていた。

 

「伊丹隊長、何故火をかけさせたんです?」

 

 黒川が冷たくそう言った。彼女にとっては納得できないのだ。助ける為に自分ちはここにいるのに、何故彼らの荷物に火を掛けなければならないのか、納得できない。

 

「荷物を前に全然動こうとしないからね、仕方ないでしょ」

「……輸送車両、もしくはドローンの一台でもあれば問題は改善するのに、ですか?」

 

 黒川はそう言うが、伊丹は根拠を出して否定した。

 

「あのねぇ黒川、ここはエネミーラインの外側なんだよ。俺たちみたいな小数部隊なら無視してくれるけど、大部隊がこの避難民を助ける為に越境してきたら、敵国と大規模戦闘が勃発しちまう。偶発的な衝突から無計画な戦線拡大。考えただけでもゾッとする」

「じゃあ……車両の数台でも」

「それもダメだ。たった数台じゃあ、この人数の大部分を見捨てる事になる。お前は彼らを選別できるのか?」

 

 伊丹はヘルメットを深く被り、首筋を掻きながらそう言った。伊丹としても過去の経験から、そう言う判断を下したまでである。

 

「……すみません、私の考えが甘かったです」

「いいさ。一応言っておくが、これは本部に相談した上での結論だからな」

 

 伊丹はヘルメットを直し、前に向き直った。

 

「だからこそ、俺たちが手を貸す。それくらいしかできないんだよ」

 

 こうして伊丹達は、燃料の限り逃避行に着いて行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 その夜、ある一家が盗賊に襲われていた。その一家は避難民の一団から離れ、近くの街へと進路を変えたのだ。

 村長は三人だけでは危険だと言って説得はした。だから皆で集団を組み逃げていたのであるが、彼らにはこの逃避行は耐えられなかったのであろう。

 彼らとて、生き残る為に最も近い街を選んだまでである。しかし、不幸だったのは最近この周辺で盗賊が増え始めた事だ。

 彼らの荷馬車も何処からともなく現れた盗賊団によって馬を殺され、馬車ごと大きく転倒してしまった。

 そして、今まさに下劣な盗賊達によって妻と娘は危険な状態に遭わされている。

 

「くそっ!離せ!」

「大人しくしてろ、手こずらせやがって」

 

 夫は縄で縛られ、妻と娘は恐怖に立ちすくんでいた。家族を守らんと夫は必死に抵抗するが、縄は固く人間の力では解けない。

 

「お頭ぁ、この女、上物ですぜぇ」

「そうだな……んじゃ、若い奴からヤるか」

「ひっ……」

 

 盗賊の一人が嫌がる娘に近づき、顔を舐めた。気持ち悪い唾液が彼女の顔に塗りたくられ、娘は逃げようとするが、盗賊に髪を掴まれる。

 

「助けて!お父さん!!」

「止めろこの野郎!」

 

 夫が娘を守ろうと立ち向かう。盗賊の一人の腕を噛み、縛られた手足で娘の元へ行こうとする。しかし寸前で盗賊の一人に止められ、それでもなお暴れるので首を刎ねられてしまった。

 

「おい、殺すんじゃねぇ!折角の奴隷が死んじまったじゃねぇか!」

「し、仕方ないじゃ無いっすかぁ。コイツが暴れるのが悪いんすよ」

 

 盗賊達は夫を労働奴隷として売ろうとしていたらしい。リーダーらしき男が怒鳴る。

 

「まぁ、女と子供は生きているんだぁ。こっちはこっちで、たっぷり楽しませてもらいましょうよ」

「フンっ、まあいい。最初は俺からだぞ?」

 

 楽しむ、と言う言葉に妻と娘は震えて恐怖する。この特地の世界において、囚われた女性がどうなるかは周知の事実である。

 

「エミリー……」

「お母さん……」

 

 母と娘が身を抱きしめ、恐怖から救われるように祈った。だが、神様なんてこんな時でも助けに来てくれない。見ているだけの存在なのだ。

 下劣な盗賊がズボンを下ろし、いよいよ終わりだと思ったその時だった。甲高い破裂音が鳴り響き、盗賊のリーダの頭が爆ぜたのは。

 

「な!?」

「お頭ぁ!!」

 

 突然の死、あまりにも一瞬で盗賊の頭は死んだ。殺した相手は何処にも見えず、敵の姿もいない。まさか弓矢か?と思った次の瞬間、音のした方向からナニカの足音が聞こえてきた。

 まさかと思って振り返った瞬間、衝撃が盗賊の数人を轢き殺す。

 

「ぐわっ!?」

「ぐえ!!」

 

 それは異形の物体だった。光の逆光によりシルエットが見え、何本もの脚が黒光している。まるで蟲の様な異様を持つ、鉄の荷車だった。

 

「な、なんだだあれは!?」

 

 そのナニカは盗賊を轢き殺して停車すると、中から緑の班模様の人間が飛び出してくる。なんだコイツらは?何者なんだ?という疑問が届くより前に、彼は散弾に粉々にされた。

 

「この下劣野郎ー!死んで償えー!」

 

 鉄の荷車の中から出てきた茶髪の女が、何か杖の様な物を振りかざすと仲間達が次々と死んでいく。

 粉々にされ、ぐちゃぐちゃにされ、遠くへ逃げようとしても攻撃される。ものの数分で盗賊達は全滅し、後には死体だけが残った。

 

「クリア!」

「こっちもクリアだよー!」

 

 伊丹と42式が武器を降ろし、周囲の安全を確認した。

 鉄の荷車の正体は第三偵察隊の面々であった。夜間に避難民の一人がルートを外れるというので、心配になった彼らはドローンで追跡していたのだ。

 無論、ドローンの制御範囲には限界がある為長くは見守れない。それで無事にドローンの届く向こう側に行ければ御の字、と思っていたが、実際には悲劇が起こってしまった。

 空からこっそり追跡しておいて、見捨てるわけにはいかない。そこで第三偵察隊は武装を満載した36式多脚装甲車だけを分離し、盗賊の制圧に向かったのだ。

 

「大丈夫ですか?」

「は、はい……」

 

 伊丹が生き残った女性達に声をかける。彼女達はいきなり盗賊達が蹂躙された事に驚いていたが、外傷は無さそうだ。

 

「黒川、夫さんの方は!?」

「……ダメです、頭部を切断されて死んでいます」

「……そうか」

 

 伊丹は到着が遅れてしまった事に唇を噛んだ。最低限、助けられた命を助けられないのは軍人として悔しい。

 妻と娘が、命を張って家族を守ろうとした夫の骸に泣いて抱きつく。しかし、彼の命はもう戻ってこない。

 

「どうしようか……」

 

 あまりに気まずい雰囲気にどう声をかけようかと悩んでいた時、後ろから声がかけられた。

 

「あらぁ。貴方達、彼女達を助けてくれたのぉ?」

「っ!?」

 

 一瞬で飛び退く伊丹達。なぜなら今まで気配がせず、さらには重い鉄の音がしたからだ。武器の類だと思い、盗賊の仲間かと咄嗟に警戒する。

 

「あらあらぁ、警戒せずともいいわぁ。私も助けに来ようとしていたのよぉ?」

 

 彼女は日本で言うゴスロリ、所謂ゴシックロリータ系の服に身を包み、手には巨大なハルバードを持っていた。

 しかし、伊丹達にとってはカタコトしか言葉が通じないので、何を言っているのか分からなかった。けれど、警戒するべき相手では無さそうである。

 

「ああ、神官様……」

「神官?」

 

 と、そんな会話をしていた時に、助けた妻がロウリィに頭を下げた。伊丹はその様子を見て、影響力のある宗教家であると予測した。

 

「神官様、夫の魂は……」

「……彼は家族を護らんと勇敢に立ち向かったわぁ。清き魂……決して悪いようにはしないと約束しましょう」

 

 そう言って彼女は夫の目を閉じさせ、その魂が安らかに眠れる様に祈った。

 しばらくして、第三偵察隊は夫の墓をスコップで作ってあげた。それでも父の骸から離れようとしない娘を説得し、埋葬する。

 それらが全て終わった後、ゴスロリ少女は伊丹達に向き直った。

 

「さてぇ……貴方達はぁ、どうして彼らを盗賊から助けたのかしらぁ?」

 

 彼女が問いかけるようにそう言う。その受け答えは、最近の学習によりある程度言葉が通じる様になった42式が前に出て行う。戦術人形は機械の身体をしている為、学習能力も早い。

 

「私らは、炎龍が出るって聞いて逃げ出した人達を助けているんだー。けど、この人達が別の道を通るって言うからー」

「心配で付いてきたって言うのぉ?」

 

 ゴスロリ少女は疑う様な目線で42式を見る。

 

「嘘は言っていないさ。詳しくは後で避難民に聞いてくれよなー。それで、貴女はー?」

 

 42式にそう聞かれると、彼女は可愛らしい口をニッと笑わせ、自らの名を高らかに名乗った。

 

「私はロウリィ・マキュリー。暗黒の神、エムロイの使徒よぉ」

 




・ブーストリグ
強襲型エグゾスーツに搭載されたガス噴射パック。人一人を軽々と跳び上がらせる噴射力を持ち、瓦礫を飛び越えたり、ビル街をゆっくりと降下する事も可能。
特地型にはオプション装備として搭載。今までエグゾスーツの装備は固定式だったのが、特地型からは簡単に取り外して組み替えることが可能になっている。
元ネタはCoD:AWよりアサルトエグゾ。

・救護袋
最前線で負傷者を救護するための寝袋の様な装置。体液に近い特殊な液体を注入した袋の中に負傷者を入れ、安全な状態で治療が可能。第三偵察隊には不測の事態に備え、数袋が配備されている。
本作オリジナル装備。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP.11 第三偵察隊、炎の遭遇

ちょっと今回の話、長くなった上に宇宙SFチックなものが出てきます。


 特地には、様々な宗教が()()()()

 錬金や太陽、音楽に戦いなど、程度はどうであれモノや概念に根付いている。

 それらの神々は()()()()()()、実際にこの世界を見定め操っているのだ。

 だからこそ、そんな神々には当然、教団や神官が存在する。さらにはこの世界にはそんな神々の力を借りた使徒、亜神と言う存在もいる。

 彼女──ロウリィ・マキュリー──もまた神官であり亜神の一人であった。巨大なハルバードを手に旅する彼女が見つけたのは、興味深い一団だった。

 蟲のような脚がついた鉄の荷車に、班模様の兵士たち。その中には不思議な雰囲気を持つ女の兵士もいる。彼らは盗賊達を一瞬で蹴散らし、足の速い乗り物に乗り、そして人間とは思えないほどのお人好しだった。

 なぜなら、彼らは避難民を連れていたのである。

 

 話してくれた女兵士の言う通り、彼らを逃すのに手助けをしているそうである。

 帝国の兵士でもそんな事はしない。むしろ、これ見よがしに避難民達から金品を略奪して逃げ去って行くのだ。

 だが、彼らはそうしなかった。それどころか見ず知らずの避難民達を逃すのを手伝い、尽力し、既に多くの人達から感謝されていた。

 

「うふふ♪中々良い乗り心地ねぇ」

 

 彼女は今、その鉄の荷車の中に座らせてもらっている。しかも、伊丹の隣であった。

 ロウリィは班の集団が避難民を逃していると知ると、しばらく付いて行く事にした。彼らが態度を豹変させないか確かめる意味もあったが、単純に興味を引かれたのも事実である。

 

「これ、放っておいていいのー?」

「いやー、付いて行くって聞かないから、しょうがないさ……」

 

 伊丹の直ぐ隣にロウリィが詰めて座っている形なので、ものすごく狭い。だが後部座席は怪我をした避難民達で埋まっている為、ここしか席がないのだ。

 

「にしても暑いな……」

「ええ、それになんか嫌な予感がしますし……」

「おまっ、馬鹿っ、フラグ立てるんじゃない!」

 

 伊丹が不吉な事を言う倉田を宥めていると、確かに後ろからぞわぞわとした感覚が襲った。振り返っても、そこには何もいない。

 強いて言うなら飛龍が居た。人は乗っておらず、どうやら野生のようである。

 だがこっちに来る可能性もあるので、警戒態勢を伝達しようとした瞬間──

 

「っ!?」

 

 その飛龍が、ナニカに食われた。飛龍よりも更に巨大な怪物の口が、飛龍を一口に噛み砕き絶命させた。その赤い鱗を見て、伊丹は叫んだ。

 

「──ッ!!後方に炎龍だ!総員戦闘体制!」

 

 炎の龍が、大地に降り立った。破壊と殺戮の赤い厄災が、人々に襲いかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 炎龍が飛び立ち、風圧が地面の人間達を吹き飛ばしていく。人は飛ばされ、馬車は強風に煽られ横転し、子供はその下敷きとなって死んでしまった。

 逃げ惑う人々。しかし炎龍の恐怖は畏れ多く、馬すらも恐怖で暴れてしまう。暴走した馬達が人を轢いてしまい、馬車と衝突し、さらなる被害を生み出す。

 生き延びようとする人、隠れてやり過ごそうとする人、神に祈る信心深い人。

 その全てに対して、炎龍は無情な炎を噴き出した。岩すら溶かす強烈な炎が、人馬を焼き尽くし、辺り一面を地獄にする。

 それだけでは終わらない。炎龍は逃げ惑う人々に口を広げ、牙で食い殺した。生きたまま食われ、骨や肉を噛み砕かれるのは、地獄の苦しみ。

 

「母ちゃん!こっち来るよ!」

「メリザ!立つんだ!」

 

 先ほど第三偵察隊に助けられたメリザとその一家も、再びの危機を迎えてしまった。しかし、メリザは足を挫いてしまいうまく動けなかった。

 

「アタシの足はもうだめだ、あんた達だけでも……」

「何を言うんだ!一緒に逃げ……っ!」

 

 炎龍がこっちに気づいた。強大な怪物にとって、足を怪我した弱き生き物など餌に等しい。炎龍はメリザ達に向かって大口を開けた。

 

「あ……ああっ……」

 

 炎龍は口の中に炎を蓄え、そしてそれをメリザ達に放った。囂々と燃える火焔放射が、メリザ達を焼いて苦しめようと迫る。

 だが、そうはならなかった。

 目を瞑り、迫り来る死を覚悟していた。しかし、待てども炎の苦しみはやってこない。熱くはあるのだが、何故か体は燃えていない。

 恐る恐る目を開けると、そこには一家三人を守るように、巨大な盾が構えられていた。ただの盾ではない、炎龍の炎すら遮る魔法の大楯であった。

 

「だいじょうぶー?」

 

 盾を構えたのは、茶髪の女だった。手を使わずに四枚の盾を積み重ね、メリザ達を守ってくれたのだ。

 

「あ、あんたは──」

「急いで逃げてよねー、私が引きつけている間に、さあ早く」

 

 飄々とそう言った彼女は、炎龍に対して立ち向かおうと巨大な杖を構えた。

 メリザが立ち上がり、急いで逃げようとすると、後方から彼女の仲間達が鉄と荷車で駆け付けて来た。

 

 桑原を始め、偵察隊の全員が戦闘体制に入った。無論、避難民を助ける為である。最悪の場合は自分達を囮にして逃げる時間を稼ぐ為に。

 

E.L.I.D.(バケモン)との戦闘経験はあるけどよ!こんな所でもおっ始める事になるとはな!走れ倉田ぁ!」

「わかってますから!蹴らないでください!」

 

 見れば、自分たちが駆けつけるまでの間にかなりの避難民達が炎龍によって焼き殺されているようだった。

 だが伊丹は、この状況下でも冷静に部隊の指揮をしていた。手に持った38式自動小銃を構え、ひたすらに撃ちまくる。そしてドラゴンを避難民から引き剥がす。

 

「42式は避難民の保護を!」

「了解だよー!」

コガネムシ(32式多脚装甲車)、ドラゴンを牽制しろ!AGLを叩き込め!」

「了解!」

 

 32式多脚装甲車の上部に取り付けられたAGL、自動擲弾銃がグレネード弾を炎龍へ撃ち込む。

 レーザー誘導でその場所へ真っ直ぐ飛んでいくように進化したグレネード弾が、後部のフィンを展開してレーザの先へ誘導された。

 しかし、炎龍に対してはどこに当たって炸裂してもまるで効いていない。それどころか興奮させるだけである。

 

「全然効いてないっスよ!!」

「構うな!当て続けろ!」

 

 隊員達はとにかく自分達に注意を向けるべく、牽制を続けた。しかし、やはりと言うべきか炎龍に対しては全く銃弾が効いておらず、むしろ反撃して来る。

 口の中が光り、炎龍の高温の炎が繰り出された。直前で倉田がハンドルを切りその攻撃を避けるものの、焼かれた地面は赤く溶かされ、その威力を物語る。

 

「うぉおっ!?あんなの食らったら無事じゃ済まないっスよ!」

「速度を緩めるな!相手の攻撃を予測して回避しろ!」

 

 いくら軍用車両に耐火耐爆構造が加えられていても、岩を溶かすほどの高温に耐えられるとは思えない。

 ましてや火炎放射だけでなく、鉤爪や尻尾による物理攻撃もあるのだ。吹き飛ばされたら車体は横転し、中の避難民達が危なくなる。

 そして、予想通り炎龍がまとわりつく装甲車達を吹き飛ばすべく、尻尾を大きく振りかぶろうとする。

 

「させないよ!」

 

 その一撃を止めたのは、42式の装甲板であった。四枚重ねられた装甲板を用いて尻尾を受け止め、受け身を取る事で軌道を逸らしてやった。

 

「倉田、回り込むぞ!後方から挟み撃ちにして──」

「ono!」

 

 その時、後ろから凛とした声が伊丹の耳に届いた。あの金髪エルフ少女である。

 

「yuniryu!!ono!!」

「目を……?」

 

 彼女は必死に自分の碧眼を指差し、大きく叫んでいた。言葉の意味は分からなかったが、伝えようとしている事は分かった。

 

「全員目だ!目を狙え!!」

 

 隊員達の38式小銃が、自動擲弾銃が、そして42式の散弾の全てがドラゴンの目に向かって放たれる。

 流石にドラゴンでも弱い箇所である目の付近。そこに銃撃が浴びせられるのに対して危機感を覚えたのか、ドラゴンは翼を広げて身を包み、目元を隠した。

 

「ドラゴンが怯んだよー!」

「今だ勝本!スパルタンレーザーを!」

「了解!!」

 

 後続の勝本が取り出したのは、巨大な鉄で覆われた円筒である。それは炎龍相手でも十二分に通用するであろう、光の筒であった。

 

──携行式対物レーザー。

──又は、スパルタンレーザー。

 

 この武器は、高出力の携行式光学兵器である。目標に直接狙いを定めトリガーを引くと、短いチャージの後に強力なレーザー光線を発射し対象を攻撃する。

 そのレーザー光線は非常に強力で、軽装甲車両やUAV程度なら確実に撃破できる。多脚戦車などの重装甲車両に対しても、致命傷とまではいかなくてもかなりのダメージを与えることが可能だ。

 第三偵察隊に配備された装備の中では最も強力な武器であり、もしもの時に期待されていた。それがまさか、ドラゴン相手に撃つ事になろうとは思っていなかったが。

 

「おっと、対閃光防御」

 

 ちなみに、いくつか欠点として上げるとするなら、撃つ際に出る強烈な可視光が挙げられる。射手に障害が残るかもしれないので、サングラスをかけるのを忘れてはいけない。

 だが今回は伊丹や42式を含め、他のメンバー達も思わずツッコんだ。

 

──遅い!さっさと撃て!

 

 ……と。

 そして今度こそ、勝本はトリガーを引きレーザーの発射体制に入る。3秒間のチャージ中、常に照準を向け続けなければならないのだが……

 

「おっと!?」

 

 道の凸凹が酷すぎたのか、勝本の乗るLAVが大きく揺れた。タイミングが悪く再びトリガーを引いてしまい、チャージしたレーザーがあらぬ方向へ真っ直ぐ光る。

 完全に外した。そして炎龍も未知の武器に危機感を感じたのか、一瞬動きが怯む。

 

「外しちゃったー!?」

 

 思わず42式が叫び、彼女に一瞬の隙ができた。

 

「やばっ!?」

 

 炎龍の鉤爪が42式に振りかざされ、彼女は咄嗟に装甲板を重ねて防ごうとする。だが巨大な怪物の怪力は四枚の装甲板を粉々に粉砕し、42式を吹き飛ばしてしまった。

 

「きゃっ!?」

 

 地面を転がる42式。先ほどの衝撃で粉砕された装甲板が体に突き刺さり、彼女の右足は炎龍の鉤爪によって切り裂かれた。

 機械の身体なので簡単に壊れることは無いだろうが、避難民を誘導していた彼女がやられた事は大きな打撃だ。伊丹は彼女を心配して叫ぶ。

 

「42式!くそっ!もう一度目を狙え!」

 

 再び伊丹達は炎龍の顔に集中射撃を浴びせた。

 

「まだまだー!」

 

 42式も意識があるのか、地べたを這いながら牽制射撃に加わる。そのうちに再び翼を広げて身を守り、地面に釘付けになる炎龍。

 スパルタンレーザーの残弾はあと2回分ある。再び撃ってこの地獄にケリを付けなければ、今度こそ炎龍を止められない。

 

「東!今度は揺らすなよ!」

「無茶言わんでください!」

 

 勝本が再びチャージを開始しようとトリガーを引く。レーザーの予備照射を感知した炎龍が照準を避けようとする。また避けられるか、と思ったその時だった。

 

「っ!?」

 

 炎龍の足元が崩れ、紫のスパークと共に地面が割れた。右足から傾いた炎龍はバランスを崩し、レーザーの照準に入る。

 

「今よぉ!」

 

 ロウリィが手に持ったハルバードを投げ、地割れを起こしたのだった。それを合図と受け取った勝本は、スパルタンレーザーのトリガーを引いた。

 閃光、轟く甲高い音。

 レーザーが命中したのは炎龍の左腕だった。光の一直線は鱗を突き破り、中の肉を焼き切り、まるで剣の如く中身を切り裂いていく。

 焼けるような激痛が、一瞬の隙に過ぎ去ったかと思うと、炎龍の腕が大きく切り取られていた。バランスを崩した炎龍が地べたに這いつくばり、伊丹たちを睨む。

 

「よし、このまま止めを……」

 

 だが、伊丹の命令が届く寸前に炎龍は身を守る為に素早く行動した。無事な翼を羽ばたかせ、周囲の土を舞いあげ煙幕の様に目を眩ます。

 風圧に耐えようと、LAVにしがみついていた伊丹は、その後すぐに炎龍が空高く飛び去るのを確認した。どうやら手負いで不利なのを悟って、逃げることを優先したらしい。

 

「終わったか……」

 

 炎龍はそのまま空高く飛び上がり、高い空へと逃げて行った。

 

 

 

 

 

 

 戦闘後、伊丹達は42式の回収と損害の確認、そして避難民達の手助けをしていた。負傷者や遺体の埋葬を行い、それら膨大な仕事が終わる頃には日が暮れてしまった。

 墓の前で黙祷を捧げる伊丹達とロウリィ、そして黒川に肩を支えられる42式。

 身内を亡くした子供や怪我人は、行く当てもなくただただ泣くしかなかった。これが一番の問題である。そんな様子を見た伊丹は、彼らの面倒を見れないかと村長に聞いた。しかし、彼らにもそんな余裕は無く自分達のことで精一杯である。

 薄情なように感じるが、ここは人助けの感覚がまだまだ薄い中世の価値観。無事な人々はそのまま近隣の街などに行くと言うが、行く当てのない子供や怪我人をどうするかが、一番の問題だった。

 

「さてー、イタミはどうするのー?」

 

 42式が伊丹に聞いてくる。足を損傷している為、彼女は黒川に肩を持ってもらっている。

 不安そうに見つめる子供達。本部に通信を入れて指示を仰げば、置いて来いと言われるのが目に見えている。

 

「うーん……ま、いっか」

 

 けれども、彼らを見捨てるのは忍びない。

 

「大丈夫!任せて!」

 

 そう言われた子供達の表情が明るくなり、隊員達も安心した。

 

「全員乗車!アルヌスへ帰投する!」

『はい!』

 

 全員の掛け声を聞き、伊丹は笑ってみせた。42式もいつも通りの伊丹だと思い、安心した。

 

 

 

 

 

 

 

数日後

帝国領 近隣の街

 

 避難民が避難して来た近くの街。

 その酒場では、とある噂話で持ちきりだった。

 

「炎龍が撃退された!?」

 

 その言葉を聞いた客達は物凄い驚き様であり、話を振った女給は楽しくて仕方がない。だが、あまりに荒唐無稽な話であるが故、信じられないとも言われる。

 

「無理だ!魔道士やエルフだって炎龍を撃退するのは不可能だ!」

「でもよ、実際コダ村の被害は4分の1で済んだんだぜ?誰かが守った証拠じゃないか?」

「んなもん、新生龍や翼龍の間違いじゃねぇの?」

「一体誰が……」

 

 酒場が噂話の真相に大盛り上がりする中、その様子を隅の席から見ていた集団がいた。赤毛の髪をしたピニャ・コ・ラーダ、付き添いの茶髪の女騎士、そして男性騎士二人の薔薇騎士団のメンバーである。

 

「あの噂話、どう思われますか?」

 

 茶髪の女騎士が、他の騎士達に聞く。

 

「どうって……汚い酒場に不味い酒と飯としか……」

「ノーマ、我らはアルヌスへの隠密偵察中。単なる噂話でも、重要な情報なのかも知れぬのだぞ?」

 

 若い男騎士ノーマの愚痴を宥めるのは、彼よりも大柄な老人騎士のグレイである。ノーマとて隠密行動中でなければこんな安い酒場に屯したくないのだが、他に食事の場も、情報の場も無いので致し方ない。

 

「二人とも声が大きいぞ。ハミルトン、続けてくれ」

「はっ、流行りの噂話です。緑の服に骸骨の鎧を着た傭兵団が、コダ村の住民を避難させていた時、実際に炎龍を追い払ったそうです」

 

 ハミルトン、と呼ばれた茶髪の女騎士がその噂の詳しい解説を行う。だがその内容はあまりに信じられない。人間の傭兵団が炎龍を追い払うなど、不可能な話なのだ。

 

「龍と言っても翼龍から新生龍まで色々いるし、見間違いじゃないのか?」

「ホントのことだよお客さん」

 

 と、話を聞かれていたのか女給が割り込んできた。酒のお代わりをテーブルの上に置くと、話を続ける。

 

「私はこの目で見たんだ。あれは本当の炎龍だったさ」

「ハハハッ、私は騙されないぞ?」

 

 ノーマは信じない方向であるが、ハミルトンとしては気になる話なので、わざと乗ってみる。

 

「よかったら、龍を倒した連中の話、詳しく聞かせてくれない?」

「うーん、どうしようかねぇ?」

「私は信じますよ?」

 

 ハミルトンはそう言って金貨一枚を差し出すと、女給はサッとそれを取り上げると、大喜びした。

 

「ありがとうよ、若い騎士さん。これはとっておきの話をしないとね」

 

 女給は一旦咳払いをすると、詳しい話を始めた。先程まで信じる気のなかった他の客たちも、どう言う連中なんだと気になり話を聞き入る。

 

「まず、コダ村から逃げるのに助けてくれた緑の連中は14人居た。その内、4人は女だったよ」

 

 酒場の男達が、女の存在に色めき立つ。男ってのは変わらないねぇ、と思いつつも、女給はその話を進める。

 

「一人は背の高い女で、綺麗な黒髪の異国風美人って感じ。もう一人は小柄で可愛い子、牛みたいな胸をしてたけど、ちゃんと腰はくびれていたよ」

「おいおい、もっと詳しく」

「仕方ないさ、その二人とは言葉が通じなかったんだから」

 

 女給は話を続ける。

 

「ただ、残りの二人とは言葉が通じてね。二人とも不思議な雰囲気だったよ。まるで神が細工した木彫り人形みたいな、そんな子達だった」

 

 その言葉に男達が注目して、より詳しく聞き入る。

 

「一人は連中の指揮をとっていた男によく付き添っていた。上等な馬の尻尾みたいに束ねられた茶髪が印象的でねぇ、私も女ながらに惚れちまったよ。喋り方はなんか浮いていたけど、むしろそれが子供達に大ウケで、よく遊んでいたよ」

 

 おお、と男達が鼻の下を伸ばして色めき立つ。酒場が盛り上がるのを見て、女給は面白くて仕方がない。

 

「もう一人は……聞いて驚け、なんと小さな女の子だった。誰よりも年下っぽくてね、短い黒髪だったが一部だけ赤い毛も混じってたよ。ただ、右腕が義手だったね。あれはどうやって動かしていたんだか……」

 

 小さな女の子、と聞いて流石に鼻の下を伸ばす男はいなかったが、それでも傭兵団の中に女の子がいる話には興味が集まる。

 

「さて、その女の子なんだが、私と家族の荷車が泥濘に嵌まった時に助けに来てくれてね。荷車を押すのを手伝ってくれたのさ」

「おいおい、女のガキが荷車を押したのか?」

「一応、初老の男も一緒だった。けどあの時の私は嘘だろ、って思ったねぇ。だって少し押すだけで、荷車が泥濘から抜け出したんだから」

 

 男達がその言葉に、驚きを隠せない。泥濘嵌まった荷車を押して抜け出すなど、並の男でも難しいのだ。

 

「それで……炎龍の話は?」

「そうだねぇ、そろそろその話をしよう。……村から離れて数日、乾いた土地を歩いていた時、私たちは喉も乾いて、腹も減って、限界だった」

 

 いよいよ炎龍の話になると聞いて、酒場の客達は固唾を飲む。

 

「せめて息子だけでも緑の人に……って思っていた時、ヤツが現れたのさ」

「炎龍か?」

「そうだ。あれはまさしく炎龍そのものだったよ」

 

 酒場は静まり返り、彼女の話を黙って聞いていた。

 

「周りの人達が焼かれて、私ももうダメだって思った時……なんと、茶髪の女が人一人を覆うようなでっかい盾で守ってくれたんだ」

 

 炎龍の炎を盾で防いだと聞いても、酒場はもう驚かない。彼女の真剣な話が伝わった様だ。

 

「それから、緑の人らが馬よりも速い鉄の荷車で駆けつけてきてね、私たちから炎龍を引き剥がそうとしてくれた。彼らは魔法の杖で攻撃を始めたんだけど、炎龍には効きやしない。だから隙を作って、アレを出したんだ」

「アレ、とは?」

 

 ハミルトンが聞く。

 

「光の魔筒」

 

 聞いたことのない言葉に、酒場の連中は顔を見合わせた。

 

「特大の魔法の杖で、多分特別な魔法さ。そいつに『タイセンコウボウギョ』って呪文を唱えると、筒に光が集まって、それが刃になって迸った。ありゃ、天の雲すら貫くんじゃないかと思ったねぇ」

「それで、どうなった?」

「一回は外れたけれど、もう一回は炎龍がコケたせいで当たったんだ。するとその光の刃が炎龍の片腕を焼き切って、そのまま切り落としたんだよ!」

 

 酒場の男達はシン、と静まり返っていた。どうやら話が飛躍しすぎて信じられない人もいるらしい。

 

「信じらんねぇ……あの炎龍の鱗を焼き切るって……」

「信じないならそれでいいさ。けど、全部この私がこの身をもって味わった事だからね?嘘偽りは無いさ」

 

 信じるか信じないかはお前ら次第、と言って女給の話はそれで終わった。

 

「立派な者達です。異郷の傭兵団の様ですが、それだけの腕前と心映えなら、味方に引き入れることができれば……」

「そうだな。だが妾はその連中が持っていた『魔法の杖』とやらが気になる。女給、その魔法の杖とはどの様な見た目であったか?」

 

 再び金貨を差し出すと、女給は終わった話をもう一回してくれた。

 

「気前のいい騎士さんだ。……あの杖はいろんな形があったけど、全部黒かった。細長くて先端に筒が付いていて、撃つときにバンッ!って甲高い音が鳴り響いていたよ」

「全員が持っていたのか?」

「ああ、全員形は違えど持っていたね。女でも操れる代物だったよ」

 

 その言葉に、ピニャは思考を照らし合わせる。

 

「おーい!エールもう一丁!」

「こっちはマ・ヌガ肉追加で!」

「はいよ!ちょっと待ってくれ!」

 

 そう言って女給は仕事に戻って行った。

 

「コダ村はアルヌスに至る道のりで1番近かった筈だ。もしや……」

 

 ピニャの思考は、緑の傭兵団とアルヌスとの関連性に絞られていた。




・38式自動小銃
国防軍が採用している自動小銃。ホログラムで残弾やエグゾの状態が表示されるように作られており、20mmレールも多数あるので汎用性が高い。

・スパルタンレーザー
日本国国防軍が採用している携行式の対物レーザー。3秒間のチャージの後、装甲を破壊する威力を持つ高出力のレーザーを発射。アクティブ防御システムなどをすり抜け、対象物を攻撃する事が可能。
欠点としては強力な閃光の他、射程が短かったり、装置が重い事による高機動目標への対処のしづらさや、チャージを逆探知され反撃される恐れがある事等が挙げらる。あくまで軽装甲目標や低空の航空機に対して対処する兵器。
ちなみに開発元はドイツ、日本ではライセンス生産で配備している。
元ネタはHALOシリーズに出てくる武器、スパルタンレーザー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP.12 アルヌスの日常、丘の上の光景

アルヌスでの日常、という事でちょっと詳しく話を書いてみようかと思っています。イタリカ編は少し待ってね。


数日後

アルヌスの丘 中腹

 

 レレイ・ラ・レレーナは、今見ている光景に驚愕しっぱなしであった。

 アルヌスの丘は、ただの平坦な丘であったはずだ。聖地と呼ばれども神殿などは建てられず、自然豊かな地形が残っているはず。

 しかし、今見ているアルヌスの丘はそれとは全く違う。

 丘の上に掲げられた光る文字、地面を疾走する鋼鉄の大蜘蛛、人を乗せて走る鋼鉄の蠍、空を飛ぶ巨大な鉄蜻蛉。

 さらに遠くには、統率の取れた動きで飛び回る鋼鉄の巨人までいた。そして道ゆく兵士たちも、人間離れした超人的な動きをしている。

 それらを理解をしようとしているが、驚愕の方が多い。はっきり言って驚き疲れてしまった。

 しばらくすると、リーダーと思しき人物からここで降りるように言われた。彼女がアルヌスの地に降り立つと、巨大な白い建物が周りを囲んでいた。

 

「ここが……彼らの砦……」

 

 レレイは自分達を助けてくれた集団が、アルヌスの門からやってきた者達である事は薄々勘づいていた。だが、これほどまでに発達した技術と軍隊など、世界の何処を探しても見つからない。

 だからこそ、学を極める者として理解出来ないものを放っておくわけにはいかない。レレイの知的好奇心は、まず彼らを観察する事から始まった。

 

 

 

 

 

 

「だっ……誰が連れて来ていいと言った!?」

「あれー?不味かったっすか?彼ら難民なんですよ?」

「な、難民といえど不味いに決まっているだろう……はぁぁぁぁぁ…………陸将に報告してくる」

「はい」

 

 

 

 

 

 

同時刻

アルヌスの丘

 

 特地方面派遣軍司令部。

 その一角にある広い部屋は、派遣軍の本部として使われている。その中でホロキーボードを操作し、デスクワークを続けるこの男こそ、特地方面派遣軍司令官の狭間中将である。

 彼の執務室のドアをノックする音が聞こえた。副官の柳田()()の声が聞こえて、狭間は部屋への入室を許可した。

 

「失礼します」

「柳田か。どうだ、何か分かったか?」

「ハッ、とりあえず偵察隊の第一次報告を」

 

 柳田はタブレット端末を渡し、狭間に見せる。

 

「言語の問題はありますが、戦術人形の通訳もあり各隊は平穏な一次接触ができたようです。接触したのは「人間」タイプの住民が住む農村がほとんど。各村は「村長」によってまとめられている様ですが、「国」の政治体制はまだ不明です」

「ふむ……その村長がどんな方法で選ばれているかだな。それが分かれば、この国の政治体制も何か分かろう」

 

 狭間はタブレットのデータをパラパラと捲り、推測を言う。

 

「それから、伊丹の隊が避難民を護送して来た件についてですが……」

「ああ、あれは一応難民として受け入れる事にした。タカ派や事件の遺族達が五月蝿そうだが、人道的に無視するわけにもいかない。むしろ……」

「彼らへの手札に加える、と言う事ですか?」

 

 柳田は狭間の意志を悟り、そう言った。

 

「そうだ。タカ派の妄言や暴走を止めるには被害者の存在も必要だろう。彼らにだって良心がある。避難民を皆殺しにしろ、とは言わないさ」

「なるほど、確か良い考えです。私も住民とのコミニュケーションという面で、難民受け入れには賛成です」

「確かにな……接触という面では大きな進歩だ」

「では、私は檜垣少佐に伝えて来ます。それではこれで」

 

 そう言って柳田は狭間の執務室を後にし、ドアをゆっくりと閉めた。狭間はふと、椅子から立ち上がって窓の外を見る。

 

「難民を手札扱いにするとは……少し前なら国内から槍玉に上げれてたな」

 

 狭間は自身の決断と共に、かつての自衛隊時代ではあり得ないような内地の現状を思い、ため息を吐く。

 

 

 

 

 

 

数分後

アルヌスの丘 国防軍駐屯地

 

 武器弾薬、それから装備類を返納した後、伊丹達は報告を終え、プレハブ官舎の廊下を歩いていた。

 42式ら戦術人形は戦闘後の修理やメンテナンスの為、仮設整備所で診てもらっている。その間に人間の兵士たちはやるべき事があった。

 

「えっと……栗林と黒川は糧食班からレーション分けてもらって」

「了解です」

「倉田、富田は施設班からテントを。書類は俺が用意しておくから……」

「了解」

 

 とりあえず、避難民達の件は伊丹達が面倒を見る事になった。書類も全部伊丹が書かなければいけないので、廊下を歩く彼は憂鬱である。

 このプレハブを含め、伊丹達がアルヌスを出発した数日間でかなり有様が変わっていた。戦術人形や兵器の整備施設、武器弾薬燃料の貯蔵庫、さらには簡易的な工場なども建設中だと言う。

 隊員達は伊丹の指示を受けそれぞれの部署へ分かれた。伊丹は一人でデスクへ向かって、トボトボと歩いている。

 

「はぁ……必要なのは衣類食料住居その他諸々……かぁーっ!めんどくせぇ!!」

 

 そんなことを言いつつ、伊丹がプレハブ官舎を出てすぐのオフィスに向かおうとした時、右の方向から呼び止められた。

 

「よぉ、伊丹」

 

 知っている顔だった。厄介すぎて嫌な思い出しかないが、柳田()()である。

 あれ以来、いつの間にか昇進していた。まあいつも狭間陸将の補佐を務めているようだったので、少佐になってもおかしくはなかったが。

 

「柳田少佐……」

「ちょっと、ツラを貸せ」

 

 何か嫌な事に誘われる気がしたが、どうせ放さないだろうから、小言を言われる前に着いて行った。

 着いて行った先は誰もいない屋上だった。シーツなどの洗濯物が多数干してあり、空は夕焼けが広がって1日が終わろうとしていた。

 

「伊丹、お前さんわざとだろ?」

「何がです?」

「とぼけるなって。定時連絡だけは欠かせなかったお前が、ドラゴンとの戦い以降、突然の通信不良。避難民を放りだせって言われると思ったんだろ?」

「いやぁ……まあ、そうですよ」

 

 伊丹が意外な反応を見せるので、柳田は電子タバコに葉を補充しようとした手を止めた。

 

「珍しいな、お前さんが認めるなんて」

「あいつらを放り出すのは無理だったんだ。この事は内密にしてくれ。それに……貴方方だって、彼らを手札にする為に受け入れたんじゃないのか?」

「フンっ、気づいていたか」

 

 目線を変えると、下の方では仮設テントの設置が行われていた。避難民達は、住居が出来るまでとりあえずそこで寝泊まりしてもらう。

 

「伊丹、まず大前提から言わせてもらう。この特地は宝の山だ」

 

 柳田少佐は電子タバコの電源を入れ、一服吹かす。

 

「ユリシーズのクレーターも、そこから発生するコーラップス汚染も存在しない。多少生態系は違えど人間が居て、汚染と縁の無い豊かな土地があり、未知の地下資源の可能性もあり、おまけに文明は我々以下ときた。まあ確かに、ここにはお前の報告にあったような大型ドラゴンだって存在するが、地球のE.L.I.D.(バケモノ)程の脅威じゃないだろ?」

 

 直接戦った伊丹としては反論したいが、どうせ面倒な事になる。黙って柳田の話を聞く事にした。

 

「だからこそ、この土地を世界中が狙っているんだ。中華、新ソ連だけじゃない。味方のはずの他G9の各国も、この土地の見返りが欲しいと言ってきた。今は亡きアメリカからしたら、嫉妬レベルの幸運。とんでもないことだと思わないか?」

 

 彼が言うのは内地の現状だ。内地の、地球各国の考えとしては「門はフロンティア」である。特に、絶滅の危機に瀕している2055年の地球からすれば、喉から手が出るほど欲しい環境なのだ。

 

「なるほど、それで、何だって言うんだ?そんな世界情勢は尉官の俺なら当然知っている。地政学の話をしに来たわけじゃないんでしょう?」

「まあ聞けって。確かに今の日本は、昔よりは強くなったさ。国力も資源もある程度あって、軍事力だって世界5本の指に入る。外交面でも、国連で強弁を吐けるくらいには強かになった。でも世界が相手では多勢に無勢……そこで特地だ。この特地さえあれば、その世界相手だって戦えるかも知れないんだぞ?」

 

 世界と戦う……と聞いて伊丹は嫌な出来事を思い出す。頭を掻いてその思考を追い払うと、柳田は言葉を続けた。

 

「なあ伊丹、永田町の連中は知りたいんだ。この特地には、世界を敵に回してまで独占する価値があるのか、ってね」

 

 柳田の言いたい事、それはつまり門という存在がどれだけ世界を揺るがす存在なのかと言う事だ。もし彼の言う価値ってものがあれば、日本は単独で勝者になることだって出来る。

 

「……柳田さん、あんたが愛国者なのはわかったさ。だが分からないな、連れて来たのは子供と老人で、世界情勢とは関係ない」

「いいや、大有りだ。他の偵察隊が初歩的な一次接触と簡単な調査だけしか出来なかったのに対して、お前さんは住民を連れてくる事に成功した。これは、ものすごい進歩なんだ」

「じゃあ子供に聞けって言うのか?金銀財宝がどこにあるのかって」

 

 伊丹の皮肉に対して、柳田は不敵に笑って見せた。

 

「知っている人間を、知り合い伝いで調べる事はできるさ。とにかく、人を連れて来たって言うのはそれだけデカい事なんだよ」

「……そうかもな」

「まあ伊丹、お前さんには近日中に大幅な自由行動が許可される。だが最終目的は一つなのを覚えておけよ」

 

 そう言って柳田の話が終わり、彼は電子タバコの灰を灰皿に入れた。そして徐に上着を着ると、屋上から去っていった。

 

「柳田さん、あんたせこいよ」

「そう言う仕事さ」

 

 彼の去り際に対して放った嫌味は、一言だけで返された。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻

アルヌスの丘 駐屯地メンテナンス施設

 

 その夜、42式は損傷した装備と義体の修理を受けていた。メンテナンス施設は建設中の為、テントの中に設備を拵えての修理である。

 専属整備士として猫宮も派遣されていた。彼女ら研究職の人間も、これから多く派遣される見込みだと言う。

 

「えっと、損傷したのは右足と装甲板3枚か……銀座の時より馬鹿にならないぞ?」

「仕方ないじゃないかー、アイツ強かったし……」

 

 そう言って頬を膨らませる42式は、足の修理のために右足全部を取り外していた。足の中の機械部品が見えており、彼女が戦術人形だと改めて実感させられる。

 

「装甲板は粉々、残ったのも塗装が焼け焦げているし……どんなおっかないヤツだったんだ?そのドラゴンってのは?」

「えーっと、銃弾はともかくグレネード弾も効かなかったねー。徹甲弾とかも無理なんじゃないかな?多分、多脚戦車並みの装甲圧はあるよー」

「へぇ……こんな薄っぺらい鱗一枚にね……」

 

 彼女が手に取るのは、炎龍の左腕から回収して来た少数のサンプルである。現在、猫宮研究員をはじめとした学者連中が解析を進めており、成分を分析している。

 

「しかもそれが空を飛んで火を吐いてくるんだよー?強すぎだと思わないー?」

「E.L.I.D.と同等クラスの化け物って事ね。また不意に遭遇したら耐えられるかしら?対策を具申しないと……」

 

 猫宮は鱗をカプセルの中に戻すと、42式に向き直った。

 

「んじゃ、それはともかく足の修理を始めるけど……42式、確認だけど避難民達に足の中身を見られていないわよね?」

 

 猫宮はその事が気がかりだった。

 42式のメンタルが安定していない以上、特地で損傷する事は避けて欲しかった。避難民達から機械の体を見られて気持ち悪がられたりしては、メンタルが傷つくかも知れない。

 

「いやー……大丈夫だと思うよ?一応包帯を巻いて誤魔化していたしー」

「でも血は出ていないし、痛がっている演技もしていないんだろう?怪しまれるじゃないか」

「あ、そっかー……アッ、イタタタタ!!!」

「遅いわよ!」

 

 42式の冗談にツッコミを入れつつも、猫宮は本気で彼女のことを心配していた。42式は表面上では平然を装うが、中身の傷跡を隠す癖がある。

 猫宮はともかく伊丹や仲間の戦術人形にすら、威勢を張って誤魔化そうとするのだ。それが危ない兆候だと、猫宮は知っている。人間でも複雑な悩みを持っている人は、それを隠しがちなのだ。

 

「まあでも隠してても、分かっちゃう子は居ると思うよー。二人くらい勘のいい子がいたしー」

「勘のいい子?」

「一人は頭の良い子で、多分すぐに解析されると思うのー。もう一人は全てを見透かしていそうな不思議な子で、はじめっから分かっているんじゃないかなー?」

 

 それを聞いて、猫宮はさらに心配になった。避難民の中に彼女の正体を知っている人がいる。となれば彼女のメンタルも危うくなる。

 避難民との接触は不味いかもしれない、しばらく止めさせるべきだろうか?

 

「けれど、悪い感じの子じゃなかったよー。どっちの子も私達とよく接していたし、話も通じたしー。多分……理解もしてくれると思うのさー。だからさ、避難民との接触を止めろなんて、言うなよなー?」

 

 42式自身がそういうので、猫宮はあえて様子を見ることにした。避難民にも彼女達に慣れてもらう必要がある。

 

「そう……なら良いけど」

 

 だが猫宮は心のどこかに懸念があった。彼らは良くても、いずれ出会う特地の人の中に心の無い人がいたら……?

 最悪を考えるのは、猫宮にとって嫌だった。

 

 

 

 

 

 

数時間後

アルヌスの丘 避難民施設

 

 一方のHal-27は避難民達に食事を配るため、熱々の缶詰を両手で持ち運んでいた。

 

「ふんふふんふん、ふーん♪」

 

 食事と言っても軍用レーションの横流しであり、ちょっとカロリーが高い。その為、人数分の缶詰程度の量に留めてある。

 

「みなさーん!お食事を用意しましたよー!」

「あ、黒髪のおねーちゃんだ!」

「ご飯だ!わーい!」

 

 娯楽の少ないこの特地にとって、食事とは楽しみの一つである。彼らが楽しみにしていたのも分かる。

 Hal-27は缶詰の入れ物をテーブルに置き、一つづつ並べていく。その様子を見て、避難民は缶詰がよく分からなかったのか、首を傾げる。

 

「ん?コレが食べ物?」

「あ、これは入れ物だよ。安心して、これを開けるから」

 

 避難民の隣で、缶詰に切り口を入れる。缶切りを用いて少しづつ開けていくと、中から鳥飯が出てきた。鳥飯のいい匂いが、避難民達の鼻腔を突く。

 

「おお!これは!」

「鉄の入れ物の中に、食事が……」

 

 カトー老人とレレイは、初めて見る缶詰に驚いていた。

 

「へへーん、驚いたでしょ?缶詰って言うんだよ」

「カンズメ……」

 

 Hal-27は缶詰を続々と開き、それらを皆に均等に配っていった。子供達がその食事に手を付け食べてみると、その美味しさが気に入ったのか大盛り上がりになった。

 

「そういえば、貴方の名前は?」

 

 と、残りの缶詰めを開けているHal-27に、レレイが聞いてきた。

 

「ん?私はHal-27だよー」

「ハル……ニジュウナナ?」

「面倒だから、ハルでいいよ」

 

 改めて言うと特地の人には呼びづらい名前だろう。何せ、同期する銃と同じ名前なのだから。

 

「じゃあハル、どうしてこの食事は箱の中に入っている?なぜこんな面倒なことを?」

 

 レレイが聞いたのは、缶詰の目的である。食事を鉄の箱に入れているのは、面倒な嫌がらせのように感じたのだろう。

 

「ああ、えっとね、鉄の箱に入れると食べ物が腐るのを防げるの。空気にすら触れていないから、湿気も温度も関係なくなる。それだけで10年は保つよ」

「10年も?」

「そう、それは簡単に言うと"美味しい保存食"なんだ」

 

 レレイの知っている保存食といえば、干し肉や干し魚などの干物くらいである。それですら年単位が経つと腐ってしまい、食べる事はできなくなる。

 だが、このカンズメは10年も保存が効くと言う。もし軍隊がコレを持つ事ができたら、いちいち村から略奪する必要もなくなる。

 

「よし、みんな配り終えたね。私は伊丹隊長のところに戻っているから、食べ終わった箱はこの中に入れてね?それじゃあね!」

 

 缶詰を配り終えた後、難民達に食事を任せてHal-27はテーブルを後にした。

 

「あれ?おねーちゃんは食べないの?」

「ん?あー、私は別の所で食べなくちゃいけないの」

 

 ごめんねー、と言って彼女は足早に難民のキャンプから去っていった。子供達は面倒見のいい姉のようなHal-27を気に入っていた為、残念そうにする。

 

「レレイや、彼女がどうかしたのか?」

「……彼女が食事をしているところを見た事がない。それに、1日が終わったのに疲れている様子もない。それが気になる」

「そうか……まあ、人にはそれぞれ事情があるんじゃろう。あんまり散策するのも、悪手じゃぞ?」

 

 そうは言っても彼女の知的好奇心は止められない。人間のような見た目をしている彼女であるが、もしかしたら人間より強い種族なのかもしれない。

 思い出すのは、炎龍と戦った時に盾を持って前に立っていた茶髪の女性だ。彼女は足に大怪我を負っていたが、それでも苦しむ様子もなく飄々としていた。もしかしたら、彼女も人間ではないのかもそれない。

 

「それより、このカンズメはうんまいぞ!レレイも食べてみんしゃい」

「……うん」

 

 でも今は食事の方を優先した。また彼女に会った時に調べればいい、そう思ったのだ。

 

「フフッ……面白い子」

 

 一方、ロウリィはそんなHal-27の後ろ姿を見て、珍しい物を見つけたような、不敵な笑いを顔に出した。




・新生ソビエト連邦
アメリカに代わって台頭し始めたソ連もといロシア連邦の後継国家。ソ連と名乗っているが、かつての共産主義は廃れている。
第三次世界大戦のヨーロッパ戦線にて、戦術人形による完全無人化部隊を率いて西側に勝利。その後もG9の国々を凌駕する軍事力を有し、国土の汚染も比較的少ないため大国にのし上がった。
元ネタはドールズフロントラインの新ソ連。

・中華連邦
2055年時点での中華人民共和国の後継国家。
ユリシーズ災害の影響で上海を中心に汚染を受け、経済や海軍に多くの被害が出てしまったが、それでもなお新ソ連の同盟国としての国力を維持している。だが実態としては新ソ連の手下、傀儡国に近い。
名前の元ネタはコードギアスの中華連邦。

・アメリカ合衆連合
北アメリカ大陸においてアメリカ合衆国とカナダと合併した国家。
2055年時点のアメリカはもはやかつての超大国ではない。アラスカ汚染の急速な広がりにより西海岸全域の海軍が全滅し、当時世界一位を誇ったシーパワーを喪失。さらには汚染により穀倉地帯を失い、もともとあった国力は完全に没落している。現在はロッキー山脈に要塞を建設し東海岸を中心に政府を作っているが、結局カナダと合併してしまった。
日本とは日米同盟が存続しているものの、今のアメリカには日本まで遠征を行う余力がないため、ほぼ陳腐化している。
元ネタはドールズフロントラインのアメリカ。

・G8
新ソ連に対抗する西側国家の総称。構成するのは日本、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、ポーランド、トルコ、オーストラリアの9か国。アメリカは完全に没落して新ソ連に対抗するどころではないので、この中には入っていない。
元ネタは特になし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP.13 アルヌスの日常、竜の鱗

アンケートですが、次回の話まで募集しようかと思います。


翌日朝

アルヌス駐屯地 避難民施設

 

『パッパラパラパラッパ♪パパラッパパ〜♪』

 

 アルヌスに住むことになってから初めての朝。避難民達はアルヌス基地に鳴り響くラッパの音で目が覚めた。時刻は午前6:00丁度である。

 

「ん………」

 

 自然の中で暮らしていたレレイにとっては、朝の早起きは日常の始まりだ。だが、今回は鳴り響く管楽器?の音により先に起こされる事になった。

 

「ふぁ……」

 

 目を擦りつつも、レレイは少し疑問に思った。何処かで誰かがその楽器を吹いているのは確かなのだろうが、とても大きな音であった。何処で吹いているのだろう?

 とりあえずこの音楽は朝の合図なのかもしれない。そう考えたレレイはまだグーカー寝ているカトー老師を置いて、テントから出た。

 

「あ……」

 

 テントから出たレレイは、真っ先にキャンプの入り口で目立つ人を見つけた。昨日カンズメ、を配ってくれたハルである。朝からこんな所で警備をしているようだ。

 

「ハル……?」

「ん?あ、レレイちゃん!おはよー!」

 

 明るい雰囲気で挨拶をするハルに、レレイはまたさらに疑問が出てきた。彼女はまさか、夜中ずっとここを警備していたのだろうか?

 

「ハル、もしかして寝ていない?」

「え?あー、私は寝なくても大丈夫なの」

 

 そう言って飄々と返すハル。そうは言うが、人間は寝なければまともに活動することすらできない。他の亜人達も寝ることは大事なのだ。

 だが、彼女は確かに昨日からここで警備をしている。なのに、隈一つ作っていない。ますます気になった。

 

「おいレレイや、井戸は何処にあるか知っておるか?」

 

 と、後ろから寝癖ボサボサのカトー老師が出てきた。水の場所を知っているのはレレイの方なので、レレイは仕方なく疑問を置いて水汲みを優先する事にした。

 

 水で顔を洗い、朝食の支度をする。避難民達は何から何まで国防軍にお世話になるわけにはいかないので、食事は自分たちで作る事にした。

 しかし、ここに居るのは怪我をした女性や料理を知らない男性、後は食べるのが仕事の子供達だけである。

 なので、助っ人が駆けつけてくれた。

 

「よぉ、チビども、元気にしてたか?」

「あ、フルタお兄さんだ!」

「おはようございまーす!」

 

 食材の入った箱を抱えて来たのは、第三偵察隊所属の古田均上等兵である。彼は元板前で料理を得意としているため、これから避難民達に料理を教える事にしたのだ。

 

「フルタ、これは何?」

 

 レレイが白色をした見たことのない食材を掲げ、フルタに聞いた。レレイの日本語は、ハルが教えてくれているおかげで少しずつ分かってきた。

 

「ん?ああ、それは大根だよ」

「ダイコン……?」

「野菜だよ。煮込むと柔らかくなるんだ」

「ヤサイ……ダイコン……」

 

 これも食材だと理解したレレイも、大根の皮剥きに加わる。カトー老師の弟子の傍ら、老師の食事などもレレイが作っていたので、包丁捌きは得意だった。

 ちなみにこの大根、工場生産品だ。正確に言うと内地に建設された野菜工場で作られた大根で、品種改良によってわずか数ヶ月で収穫された。

 ユリシーズ災害の影響で、天然での農作物の栽培はかなり厳しくなっている。2055年の地球の食卓を支えるのは、こうして徹底的に品種改良された野菜達であった。

 野菜の皮を剥き、鍋に入れてスープらしきもの煮込む。煮込むまでの間、目玉焼きを作ろうとフライパンにベーコンを投げ入れた。

 

「フルタ、この肉は何?」

「え?えっと……培養肉ってどう説明したらいいんだ……」

 

 2055年の地球における肉や魚類は、殆どが人工培養で作られている。これもユリシーズ災害の影響だ。

 培養肉と言えば美味しくないイメージが付きものだが、2055年では技術の進歩によりかなり天然物に近い味と食感を得ている。これは確かベーコンなので、豚肉のDNAから作られた培養肉のはずだ。

 

「えっと……これはベーコンって言って、豚肉の切り身だ。ただちょっと癖があって、こっちとは違う味かもしれん」

「ベーコン……ブタニク……」

 

 そんなこんなで卵を上から乗せ、煮込んだ豚汁をよそい、料理が完成した。主食のパン、目玉焼きとベーコン、豚汁、そして簡単なサラダの朝食である。

 

「よし、食べようか」

「わーい!」

「朝ごはんだ!」

 

 子供達がまず主食のパンに手をつけた。コッペパンであるが、まずその柔らかさに驚いた。中世の価値観で言えば固いパンが主流である為、柔らかめのパンは初めて食べるのだ。

 

「うんまい!!パンが柔らかいぞ!!」

「このトンジルも美味しい〜」

「うーん、"べーこん"も美味しいけどちょっと固いかな?」

 

 色々な評価が出るのを見て、古田は料理人として嬉しい気持ちだった。板前だった頃は厨房に篭りっぱなしだったので、食べた人の笑顔を見ることは少なかったのだ。

 

「ん?レレイ、食べないのか?」

「……コクボウグンの人たちは食べる前にこう言う」

 

 レレイは食器を持ち、手を合わせた。

 

「いただきます、と」

 

 それは、ここに来てから丘の兵士たちから聞いた言葉だった。奇しくも、レレイが最初に覚えた日本語である。

 

 朝食後、避難民改めアルヌス住民達の名前の登録が始まった。彼らは一応、ここに住むことになっているので住民票を作る必要があるのだ。

 

「わしは賢者、カトー・エル・アルテスタン。こっちは弟子の……」

「レレイ・ラ・レレーナ」

「改めましてぇ、私はロウリィ・マーキュリー。暗黒の神、エムロイの使徒よぉ」

 

 カトー老師、レレイ、そしてロウリィの名前を日本語訳で登録していき、他の子達も改めて自己紹介をする。

 

「こ、コアンの森、ボードリューの娘……テュカ・ルナ・マルソーです」

 

 金髪エルフの子の名前もここで初めて判明した。だが彼女は何か恥ずかしい事か警戒心があるのか、言葉に詰まっていた。

 

「それと……えっと……」

「ん?」

 

 彼女何か不自然な事を発言しようとして、言葉に詰まった。通訳をしているHal-27が首を傾げる。

 その後ろで、伊丹は住民の名前をホロ端末に記録していた。そして全員の紹介が終わった後に言う事があった筈なのだが……と頭を抱える。

 見かねたHal-27が横からホロ端末で翻訳言語を見せた。

 

「えっと……今日、外に、家、作る……ので……皆さん、準備、終わったら、移動!……を、お願い!」

「イタミ……ちゃんと勉強してる?」

「う、うるせえって!」

 

 そんなこんなで、今日のアルヌスの1日が始まった。

 

 

 

 

 

 

朝9時ごろ

アルヌスの丘 裏手

 

 巨大な鉄塊達が、木々を倒し、地面を掘り進め、平に均していた。国防軍の重作業機械達がアルヌスに住居を作ろうとしているのである。

 レレイ達から見れば、その作業スピードは驚愕に値する。屈強な木こりが数十日掛かる面積を、彼らは光の刃が取り付けられた鋸を持つ脚付きの怪異を使役し、僅か数刻で終わらせてしまった。

 驚いたのは、その怪異はただ木を切り倒すだけでなく木の加工までその場で行ったのだ。怪異が口を広げて木を飲み込めば、枝や木の皮が全て剥がされ木材になった。どうやらアレを柱に使うらしい。

 

「なーにをしてるんじゃ、この怪異らは?」

「私たちの家を作っているらしい」

「はぁ……なんともすごい光景じゃわい。まあ、これで荷物を下ろせるのぉ」

 

 カトーはそう言ってテントに戻って行った。

 地面の整地も、脚付きの怪異が行った。彼らの使役する怪異は、四足や六足など虫のような見た目の物が多い。門の向こう側の怪異は皆そう言う見た目なのだろうか。

 そしてあっという間に整地が終わり、午後には家の建設が始まった。すると今度は鎧のような鉄塊が現れ、背中に乗ったコクボウグンの兵士が家の柱となる先ほどの木材を軽々持ち上げ、地面に立てて固定した。

 それを基軸に、今度は壁となる白い板のような素材を貼り合わせ、家の骨組みができてしまった。あとは屋根だけ、このペースだと夕方には完成しそうだった。

 レレイも建設に関する技術は見た事があるが、これほどまでに素早く建設を行える技術は見た事がない。

 学を極める者として、理解不能なものを放っておくわけにはいかない。レレイは彼らの観察を続けつつ、それらを理解しようとしている。

 

「こんな凄い光景見逃したって知ったら、お父さんがっかりしちゃうよね」

「ん?」

 

 と、レレイは隣にテュカがいるのに気がついた。レレイも彼女と何度か会話した事があるが、やはりエルフの習慣は分からないことが多く難儀している。

 

「……後で教えてあげなくちゃ」

 

 彼女は暗い顔で、そのような事を呟いた。

 

 

 

 

 

 

同日夕方

アルヌスの丘 入浴施設

 

 アルヌス駐屯地に、風呂場が開設した。

 テントの中に最低限の浴槽とシャワー、そして脱衣所を設けた新たな施設であり、この日初めて開業したのだ。

 無論、国防軍の軍人達は我先にと一番風呂を目指して突入……する筈だったが、まずは避難民と、彼らの世話をする第三偵察隊が先に入る事になった。残りは悔し涙を流したと言う。

 

「はふぅ……」

「はぁぁぁぁ……気持ちいいわぁ」

「…………」

 

 レレイとロウリィ、そしてテュカの三人が、まず一番風呂に入る事になった。その後ろではハルが居て、子供達の体を洗ってあげている。

 ちなみに戦術人形も風呂に入る事がある。戦闘だけでなく、普段から活動を行えば自然と汚れや匂いがついてしまう。それらを清潔に流す為、戦術人形にも風呂に入る事が推奨されているのだ。

 

「どう?湯加減ちょうどいい?」

 

 ハルが子供の頭を洗いつつ、そう聞いてきた。

 

「えぇ、ちょうどいい感じよぉ」

「暖かくて気持ちいい。お湯のお風呂は初めて」

「よかったー。私もすぐ入るから、ゆっくりしててね?」

 

 特地においてお湯のお風呂というのはとても貴重な設備である。

 確かに帝都には貴族達が利用できる大浴場があるらしいが、燃料となる薪を集めるのに労働力が必要なため、貴族しか利用することのできない。庶民や辺境の村人達はサウナや水浴び程度で我慢するしかないのだ。

 例外としてロウリィのような宗教的に特別な神官関係者も、一応帝国式の風呂に入った事がある。

 しかし、彼女は世界中を回る役目を担っており、辺境の地でも風呂に入れるのは幸運としか言いようがない。

 

「うひゃぁ……疲れが取れるぅ……」

「アハハッ、ハルお姉ちゃん、おじさんみたい!」

「お、おじさん言うな!」

 

 ハルがくつろいでいる様子を見て、子供の一人が思わず笑ってしまう。

 

「にしてもぉ、貴方達コクボウグンって何者なのかしらぁ?こんなお風呂を毎日用意できるなんてぇ」

「風呂といっても……清潔な水を沸かしているだけだなんだ。そう言う設備があるの」

 

 ハルが説明をする。

 

「大量のお湯を沸かすだけでも大変なこと。それだけの燃料を、コクボウグンは用意できる事になる」

「まあそうだねー、私たちって凄いのかも!」

 

 本当は安いバイオ燃料を使っているのであるが、まあ説明しても仕方がないだろう。ハルは湯船に浸かりつつ、レレイやロウリィと話しを続ける。

 

「他にも、貴方達の技術は信じられないほど進んでいる。光る文字のような幻術の類に、虫の怪異の使役、そして魔法の杖にそれを持つ強靭な兵士たち。貴方達は一体、何者?」

「うーん……何者って言われてもねー」

 

 ハルは言葉に悩んでいるのか、しばらく考えてから言い始めた。

 

「私たちは、門の向こうにある日本って国の軍隊なの。今言えるのは、それくらいかな」

「ニホン……門の向こう側の世界……」

 

 レレイは門の向こう側の世界に興味を示していた。これほどまで進んだ技術を持つ者達が住む世界とは、一体どんな世界なのだろうか?レレイの好奇心は留まるところを知らない。

 

「まあ、詳しくは伊丹隊長に聞いてよ。あの人まだカタコトだけどさ」

「イタミ……?」

 

 と、彼女らの後ろから声が聞こえた。

 

「あー、えっと……その人が私を助けてくれた人だって聞いて、どんな人かなって思っていたの」

 

 そう言うのは、あの時第三偵察隊が助けた金髪エルフの少女である。初めて会った時よりかなり話してくれるようになった。

 

「貴方はぁ、確かぁ……」

「コアンの森の、テュカ・ルナ・マルソーよ」

「へぇ、マルソー?あのマルソーね……」

「ん?」

 

 首を傾げるテュカ。ロウリィの言った台詞に疑問を持ちつつも、まだ人に慣れていないテュカは聞きそびれてしまった。

 何故なら、その次に入ってきた女性に話題が釣られてしまったのである。

 

「ふふん〜♪お風呂だー!!」

 

 入ってきたのは42式だった。彼女の素肌は戦術人形らしくかなり引き締まっており、出るところは出ている健康的な身体である。

 

「あ」

 

 しかし、避難民達は注目してしまった。

 彼女が炎龍との戦いで負傷した筈の脚が、完全に治っていることを。

 

「あ、あ……足が治ってるぅぅぅぅぅぅぅぅう!?!?!?」

「しまったぁあー!!!」

 

 ……しばらくしてから。

 

「ぎ、義足なんですか……?」

「そ、そうなんだよー!!凄いでしょー!!国防軍の技術なら、前の足ソックリな義足だって作れちゃうんだー!!」

 

 風呂に入っているのに冷や汗を掻いて(本当は汗線などないのだが) しまっている42式。彼女は油断してしまったのだ。

 彼女は昨日までメンテナンスに篭っていたので、風呂に避難民達が先に入っている事など知らなかった。なので大丈夫だろうと思って入ったらこの有様である。

 

「でも、足の繋ぎ目は見当たらない。本当に義足?」

「そ、そうだよー!って、ちょっ、待って近い近い!!」

 

 そう言ってレレイはお湯に映る右足を覗き込み、興味深そうに見つめる。

 

「れ、レレイちゃんー?気になるのは分かるけど近いから困っちゃうなー?」

「……貴方は平気なの?」

「え?」

 

 レレイはいつになく真剣な表情で聞いてくる。

 

「普通、手足を失った人間は酷いショックを受ける筈。だから傷病兵などは、心の治療がとても難しい。軍隊だと、戦闘も出来なくなるし、手に負えなくなるので基本捨ててしまう」

 

 彼女が言っているのは、まだ義手義足の概念すら薄かった中世の頃の話だろう。中世では手足を失えば戦うことが出来ず、軍隊では厄介払いされるのが常である。

 一方の日本では手足を失っても、元通りに動くバイオ義手などで代用できる。が、それでもショックを受ける人はいるのは同じである。

 

「う、うーん……私はそんなに気にしていないよー。日本では義手義足が発達しているしー、理解も深いんだー……」

 

 少なくとも戦術人形の人権問題よりは、理解されている分野のはずだ。

 

「そう……なの?」

「うん!大丈夫だから!あ、ってか私はこの後仕事があるから、また後でねー!」

 

 これ以上ここに居ると更なる追及を受けることになるだろう。そう思って、42式は足早に風呂場を立ち去ろうとする。

 

「ちょっとぉ、ヨンニイシキぃ?」

「え?」

 

 彼女を、今まで敢えて黙っていたロウリィが呼び止めた。

 

「あまり、無理しない方がいいわよぉ。たまにはありのままを曝け出さなくちゃ、ねぇ?」

「??」

 

 意味がわからず、首を傾げる42式。

 

「わ、わかったよー。ありがとうねー」

 

 42式はそう言って適当に返すが、彼女はロウリィの言っている言葉の意味を汲み取れなかった。だが、心配してくれていることだけは伝わったようだ。

 

 

 

 

 

 

数日後

アルヌス駐屯地 車両施設

 

 その数日後、避難民達が「せめて生活費は自分たちで整えたい」と言うので、コクボウグンは彼らの仕事先か、何か売れるものがないかと探していた。

 レレイの提案によると、丘の中腹で死んでいる飛竜の死骸から鱗や牙を採取し、それを売れば生活費になると言うので、「ならば是非持っていってくれ」と許可を出した。

 国防軍としてはサンプル用の鱗には事足りているので、残りは射撃の的くらいにしか使っていない。ハッキリ言って興味がないのだ。

 だからこそ、彼らはそれを大量に採取して生活のアテを手に入れる事ができたのである。

 

「で?俺たちは荷物運びですか?」

 

 その翌日、再びLAVの運転手になった倉田がそう愚痴を漏らした。

 その鱗を売るにはかなり信頼のおける商会に売る必要があるのだが、それがアルヌスからほど近い「イタリカ」という都市に支店があるらしい。

 国防軍第三偵察隊は鱗の輸送とレレイ達の護衛のため、自由行動という名目でアルヌスを出発することになったのだ。

 

「そう言うなって。避難民の自活はいい事だし、特地の経済状況を調べるチャンスでもある。元々偵察隊も、そういう指示だしな」

 

 相席に乗る伊丹がそう言いつつ、タブレット端末で小隊の備品を確認していた。前回より武器弾薬や重装備なども増えており、スパルタンレーザーも一基追加されている。

 そして最後に小隊メンバーが全て揃った後に、桑原から集合完了の報告を受けた。

 

「伊丹隊長。とりあえず隊員は全員揃いました」

「よし、全員点呼。番号、1!」

「2!」

「3!」

「4!……」

 

 偵察隊のメンバーに点呼を行い、規律を正すと共に遅刻が居ないかを確認する。

 

「42式自動散弾銃、修理も完了して万万全だよー」

「Hal-27、私もピッカピカの状態です!」

 

 42式とHal-27の二人も、メンテナンスを受けて万全の状態で復活していた。

 

「よし……後はこの前言われた追加の子達か。何やってんだ?」

 

 だが後三人、遅れている戦術人形がいる。今回の作戦から新たに追加された戦術人形らしいので、本当は早めに来て挨拶をして欲しかった。

 

「はぁ……はぁ……伊丹隊長〜」

 

 と、基地の方角から女の子の声が三人分聞こえてきた。その方向を見ると、ピンク色の髪をした背の低い戦術人形の子が三人、息を切らしながら何か巨大な装置を抱えてやって来た。

 

「すみませぇん……遅れましたぁ〜」

「遅いぞ?何やってたんだ?」

 

 彼女達は呼吸を整えつつ、その装置を地面に置いた。

 

「こ、これの受領に時間がかかっちゃって……」

 

 彼女達が言う装置こそ、この三人の戦術人形が同期する"兵器"である。炎龍の出現を受け、第三偵察隊に新たに配備された重装備の一つだ。

 

「隊長、彼女達が?」

「ああ、紹介するよ。炎龍の件を受けて、今回からうちの隊に配属された重装人形の子達だ。三人とも、自己紹介!」

 

 隊長の言葉に慌てて敬礼をし、息を整える戦術人形三人。彼女達はそれぞれ自己紹介を始めた。

 

「は、はい!私たちは"中距離高出力レーザー砲"の重装戦術人形です!私はガンナー(射手)の"アイナ"です!」

スポッター(観測手)の"デール"です!」

ライフルマン(護衛手)の"ランナ"です!」

「「「三人合わせて、IDL小隊です!よろしくお願いします!」」」

 

 そう言って彼女達は頭を深く下げ、自己紹介を終える……筈だった。

 彼女ら三人が背負っていたランドセルのようなバックパックから、おじぎと共に大量の機材や部品が散乱した。三人はひどく狼狽する。

 

「ああ!予備のバッテリーが!!」

「双眼鏡割れちゃう!!」

「あわわ……あわわっ……」

 

 その様子を見て、なんだか不安になる隊員達。

 無理もない、重装備の戦術人形が来ると聞いていたが、こんな頼りない戦術人形だとは思わなかった。果たして大丈夫なのだろうか?と。

 

「彼女達……大丈夫なんですか?」

「ま、まあ……抜けた所があるけど大丈夫だよ……戦闘になれば頼りになるから……」

 

 第三偵察隊側が不安になる中、レレイ達と鱗の入った袋の第一陣が荷台に積み込まれる。

 ジャラッと言う音一つで、人が二ヶ月は遊んで暮らしていけるらしい。龍の鱗がどれだけ貴重な素材かよくわかる。

 

「ん?テュカ?」

 

 ロウリィとレレイがLAVに乗車した後、俯いた顔をしたテュカが乗るのを躊躇っていた。

 

「あの……私……」

「テュカ、だいじょーぶ」

 

 彼女に声をかけたのは、42式だった。

 

「何かあったら、私達が守るからさー!」

「ヨンニイシキ……」

 

 笑顔で答える42式に安心したのか、彼女の手を持って荷台に上がるテュカ。伊丹はそれをバックミラー越しに眺め、安心した。

 

「隊長、全員乗車しました」

「……よし、出発だ」

 

 LAVのエンジンが始動、さらに後続の36式多脚装甲車もそれに続き、重たい音を立ててエンジンを唸らす。

 

 第三偵察隊は、イタリカへと出発した。

 

 ……その間、伊丹は幾つかの不安を脳裏に抱えていた。出発前に黒川と猫宮から言われた、二つの懸念だ。

 

 

 

 

 

 

『テュカの様子がおかしい?』

『ええ、まるで居ない人を居るように扱うんです』

『うーん……イマジナリーフレンド、もしくは特地の葬儀文化じゃないか?てか、Hal-27はなんて?』

『それが……彼女はハルニーナにもあまり懐いていなくて、彼女もよく分からないそうです』

『嘘だろ?あんなにフレンドリーなハルにすら?』

 

 

 

 

 

 

『猫宮、相談って?』

『……42式の正体が避難民達にバレたかもしれない。そのせいで、彼女のメンタルに少し変化が現れた』

『……そうか。まあ、いずれはこうなると分かっていた』

『じゃあ、どうするんだ?』

『……正直に言えば、具体的な事は考えていない。けれど、説明して、ちゃんと理解してもらえれば受け入れてもらえるさ』

『楽観視しすぎだ。そもそも彼らが機械の身体を理解できるとは思えない。差別の問題じゃない、これはそもそもの概念の違いなんだ』

 

 

 

 

 

 

 

『私達と特地の人間じゃ、常識や感覚が違いすぎる』

 

 

 

 

 

 

『友人として警告しておく。もう、彼女をこれ以上戦わせるな』

 




・作業用パワードローダー
 人が背中に騎乗して操縦する強化外骨格。このタイプは強化外骨格の進化の歴史ではかなり初期の段階に当たり、今のように人体に装着するタイプの外骨格が生まれる前の旧式である。
 第三次世界大戦の頃はこれに武装を取り付け、戦闘に活用した武装強化外骨格が実戦に多く投入され、それが大戦時に急速な発達を遂げて今に至る。
 現在では旧式化も著しい為、武装を外され作業用強化外骨格として運用されている。

・重装戦術人形
 銃などより大きい設置兵器、主に対戦車ミサイル、自動擲弾銃、対物レーザー、迫撃砲などを扱う戦術人形。通常3〜4人グループで一つの兵器を運用する。

・戦術人形・IDL小隊
 炎龍出現に際し、第三偵察隊に新しく配備された『中距離高出力レーザー砲IDL』を扱う3人の重装戦術人形。
 IDLとは個体高出力レーザー(individual Dynamic Laser)の略で、その名の通り設置式の高出力レーザー砲である。通常モードでは連続でレーザーを照射し敵兵を制圧可能。さらにモード変更で対戦車レーザー砲に切り替えることもでき、チャージした高出力レーザー光線は多脚戦車すら破壊することが可能。
 小隊メンバーはアイナ、デール、ランナの3人。名前にはそれぞれ「IDL」の頭文字が付けられている。
 全員ちょっと抜けた所のあるAIを搭載しているため、戦闘以外では失敗が多い。部隊からは『三馬鹿』なんて言われている愛される系の馬鹿。
 ちなみに彼女らも過去に伊丹と面識がある。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP.13.5 アルヌスの業火、エルベの獅子

 さて伊丹がイタリカへ出発した間、少し過去の話をしよう。

 アルヌスの丘は今でこそ国防軍に平定され平和であるが、ここで連合諸王国軍との違いがあったことを忘れてはいけない。

 連合諸王国軍は二十一カ国12万人の軍勢が集まり、アルヌスの丘に続々と集結している。彼らの士気は旺盛で、敵を撃破せんとする勢いだった。

 

 これは、その時の話。

 

 連合諸王国軍は連合軍であるが、決まった最高司令官はいない。各軍が王や将軍の自身の武勲の為、融通をいうこともあるのでそれを防ぐのだ。

 その連合諸王国軍の会合テントにて、エルベ藩王国国王のデュランは訝しんだ。

 

「帝国の将が来んだと?」

 

 彼らの目の前には、帝国から回された使者が片膝をついて報告を行なっていた。彼は国王クラスから厳しい言葉で追求されるのであるが、素知らぬ事と言わんばかりに言い返す。

 

「我が帝国軍は今まさにアルヌスの丘にて、敵と正面から対峙しているのです。将がその場を離れるわけにはまいりませぬ」

 

 彼も、仮に帝国側の代表としてこのテントに来ているため、そこそこの地位にいるのは確かだ。だが、まるで他の国王達を邪険に扱うような帝国側の対応に多くの国王や将軍達が訝しむ。

 

「解せぬな、確かに丘には巨人や怪異などが彷徨いていたが、それほどの敵がいる様には見えなかったぞ……」

 

 敵を釘付けにしなければならないほど、敵の数は多くなかった筈だ。斥候によると、奴らは丘に陣地を作ってそこに立て籠っているだけだ。そんな脆弱な軍など、帝国軍なら鎧袖一触だろうに。

 

「デュラン殿、帝国軍は我らの代わりに敵を押さえてくれているのだ。しばらく彼らに任せようではないか」

「リィグゥ殿……」

 

 友人としても親しいリィグゥ公国の長が、デュランを宥めるようにそう言った。

 

「諸王国軍の皆様には、明日夜明けに、敵を攻撃していただきたい」

「了解した。我が軍が先鋒を賜りましょうぞ」

「いいや、我が軍こそ前衛に!」

「お待ちくだされ、此度の先鋒は我々に……」

 

 率先して各諸王達が先鋒を取り合う中、デュランの心情は他の諸王と比べて穏やかではない。まるで、何か嫌な陰謀に嵌められた様な感覚が、こびりついて離れないのだ。

 

 

 

 

 

 

 翌日明朝、アルヌスの丘。

 アルグナ王国軍の騎兵部隊が、美しい隊列を敷いて先陣に居た。彼らは先陣を務める権利を掴み取ることが出来た為、1番最初に攻撃を仕掛けるのだ。

 

「……よし、進めぇ!!」

 

 アルグナ王の命令により、騎兵部隊が歩みを進めた。さらに別方向からはモゥドワン王国軍が同じように行動を開始し、丘の頂上へと向かった。

 

 その頃、デュランは再び鎧に着替え、本陣のテントを出てきた。

 

「そろそろ攻撃が始まる頃か……」

 

 その時、デュランの部下にあたる伝令が駆け足で駆けつけ、報告を行う。

 

「報告します。アルグナ、モゥドワン王国軍が先鋒で丘に向かいました。続いてリィグゥ公国軍が後続に入ります」

「よし、帝国軍とは合流できたか?」

 

 合流するはずの帝国軍の在処を伝令兵に聞くが、彼は衝撃の報告をしてきた。

 

「それが……丘の周辺に帝国軍は一兵もおりません!」

「なんだと!?」

 

 

 

 

 

 

同時刻

アルグナ王国軍

 

「なぜ帝国軍の姿が見えない!?」

「分かりません。伝令の馬を出していますが……」

 

 アルグナ王国軍は先鋒1万人の兵を率い、アルヌスの丘へと進軍していた。しかし、昨日の帝国軍との作戦会議で言われていた合流地点に辿り着いてもなお、帝国軍の兵士たちが見当たらない。

 アルグナ王は焦った。そもそもアルグナ王国軍は騎兵が中心という特徴があるのだが、帝国軍の戦力と合流できなければ速度を落とさざる負えなくなる。

 つまり、騎兵の強みが消えてしまうのだ。早く合流して走らなければ、ただの目立つ的として左右から攻撃を受ける可能性もある。

 

「まさか、既に敗退して……」

「アルグナ王、丘の中腹に何か見えます」

 

 その時、先頭の兵士が何かを見つけた。その先にあったのは、光る板のような物で作られた看板?らしき物体だった。

 

「なんだこれは?」

「文字…‥でしょうか?」

 

 何かの魔法かも知れないと警戒していると、勇気のある部下の一人が挙手して、率先して確かめに行った。

 彼は槍の先でその光の板を突っついてみる。しかし、何かに阻まれる事なくそれはすり抜け、触れないことが判明した。

 

「さ、触れません。これは幻術の類かと……」

「ちぃっ、小癪な真似を。時間を無駄にした!先へ進み……」

 

 その時、何かの破裂する音が辺りに轟いた。

 

 

 

 

 

 

『46姉、お客さんが来たよ。あいつら、ホログラム看板が気になるみたい』

『……滑稽ね。ただの看板なのに警戒しちゃって』

『46姉、そろそろ撃つ?誰を撃つ?』

『うーん、そうねぇ。じゃ、ここは現代戦の常識で行こうかしら。11、聞こえる?』

『……ん、聞こえるよ』

 

 

 

 

 

 

『あの派手な王様を、狙っちゃって』

 

 

 

 

 

 

 突然の出来事だった。

 乾いた音と破裂する音が聞こえ、アルグナ王の頭部が突然吹き飛んだ。飛散した頭部から脳汁が吹き出し、血飛沫とともにアルグナ王が倒れる。

 周りの兵士たちは、狼狽した。

 

「な……何が起きた?アルグナ王は!?」

「お、王をお守りしろ!亀甲隊系!」

 

 倒れた王を介抱するべく、アルグナの兵士たちが動く。頭から血を流すアルグナ王を見つけ、急いで安全なところにまで運ぼうとする。

 だが、再び彼らに危機が訪れる。

 

 

 

 

 

 

『444よりHQ。狙撃は成功、敵は指揮系統を失ったわ』

『HQ了解。……全機甲部隊へ、先鋒の指揮官は狙撃された。これより、作戦を開始する』

『……101号車、命令ヲ受諾』

『第14歩兵科連隊、了解。安全装置解除』

『第61戦術機甲連隊、これより偽装網を解除。攻撃を開始する』

 

 

 

 

 

 

 アルヌスの丘全体が、異質な音に包まれる。何かが軋むような、はたまた重い岩が動くような、聞いたことのない物凄い音である。

 兵士たちが動揺し、何があったのかと周囲を見渡す。眼前の丘の起伏が盛り上がり、その窪みの中から様々な怪物が現れた。

 

「あれは……なんだ!?」

 

 今さっきまで起伏だった草や木々から、敵の怪異が立ち上がった。音の原因は目の前で息を潜めて隠れていたのである。

 六足の巨大蜘蛛、八足の蠍、さらには鋼鉄の巨人まで。

 奴らの目は赤く轟々と光り、今まさに自分達を見下していた。

 そして……彼らは我々を見て身構えた。蜘蛛は背中の角を真っ直ぐに、蠍はその毒々しい双尾を向け、巨人達は手に持った魔杖を構えた。

 

「あ、ああ……」

 

 その時彼らは悟った。

 自分達はわざと化け物達のいる場所に誘い込まれたと。そして、今から奴らが暴れるのだと。

 指揮を引き継いだ将軍が、後退の合図を出そうとしたその瞬間──丘が散り散りの爆炎に包まれた。

 爆裂が、炸裂が、あるいは噴火のような地獄の業火が、アルヌスの丘全体に轟いた。アルグナ王国の騎兵達が爆発に巻き込まれ、人馬もろとも吹き飛ばされた。

 散り散りになった骸達が、他の兵士たちに降り注ぎ、それがなんなのかを認識する前にその兵士と吹き飛ばされる。

 

 怪物達が、徐に立ち上がった。

 

 そして、蜘蛛たちを先頭に足踏みをしながら前に進む。足音は重く草木を粉々にし、兵士たちの骸すらも踏み潰して前に進む。

 前進しつつ、兵士たちに向け光の球を次々と放つ怪物達。蜘蛛は角から爆裂を噴き出し、蠍は双尾から光弾を撒き散らし、巨人達はその後ろから破壊の杖を振るう。

 

 後続から増援に来たモゥドワン王国軍は、爆発とその煙に紛れて何が起こっているのか分からなかった。

 

「なんだ!?アルヌスの丘が噴火したのか!?」

 

 彼らはろくな対応ができずに立ち往生するが、敵はそれを見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

『前線の戦術人形部隊より観測データが届きました。後続の敵部隊に対しての砲兵射撃を求めています』

『了解だ。阻止砲撃を開始する。203重榴、砲撃用意』

 

 

 

 

 

 

 慌てつつも状況把握に努めようとする彼らに対して、頭上から何かの金切り音が鳴り響く。重たいナニカが上から降り注ぐような音。

 

「なんだ!?」

 

 上から降り注ぐ砲弾が、太陽の光を反射したのは一瞬だった。それが何かを理解する事なく、彼らは爆散してしまった。

 前線で響く爆裂よりもさらに強力な、耳が吹き飛びそうな轟音。それが人馬を吹き飛ばし粉々に殺していき、遠くでも耳を貫き腹を震わせ、さらなる混乱を招く。

 爆発の後、沢山の死骸の山が築かれた。

 部下が、戦友が、親しい将軍達が、次々死んでいくこの状況下でもなお、モゥドワン王は生きていた。

 そして、叫んだ。

 

「こんなのは戦ではない……こんなのが、戦であってたまるか!!」

 

 彼の叫びは届かなかった。

 無情にも、彼の居たその真上に203mm榴弾が降り注いだからである。

 

「なんだ……これは……?」

 

 数刻後、爆発を聞きつけたデュランが現場に駆けつけた。その時には既に連合諸王国軍第一次攻撃の戦力およそ2万人は、全滅していた。

 

「アルグナ王……モゥドワン王は何処に……?」

 

 死体の山と千切られた四肢、腐った血溜まりが丘を汚す。その中に二人の王達は居なかった。

 

 

 

 

 

 

──第一次攻撃 戦死者2万人超

 

 

 

 

 

 

 謎の攻撃に混乱し、王や将軍を多数失った連合諸王国軍。負傷兵や生き残りを集めた後、デュランは攻撃に参加しなかった王達と作戦の見直しを行なっていた。

 

「なんなんだあの攻撃は!!」

 

 国王の一人がそう言った。昼の攻撃は誰もがその様子を遠目に眺めており、アルグナ、モゥドワン王国軍が全滅する様子も見てしまったのだ。兵達にも動揺が広がっていた。

 

「2万を超えた先鋒が、丘の怪異達によって一瞬で……」

「その後に受けたあの爆発!あの魔法はなんなのだ!!見た事ないぞ!!」

「そもそも敵兵の姿すら見えておらんではないか!!」

 

 かく言うデュランも、何を相手にしているのか分からなかった。異界の軍だと聞きていたが、異界の蛮族共があれだけの魔法を使えるなんて、帝国軍は事前に教えてくれなかった。

 そもそも敵がどのような奴らなのか、実際にアルヌスの丘を持つ帝国軍ですら教えてくれない。そもそも彼らとは合流できていない。やはり……

 

「帝国軍はまたもや来れぬだと!?」

 

 またすげない回答を持ってきた帝国軍の使者に対して、王達は問い詰めた。

 

「今朝の攻撃で我が軍も甚大な被害を被り、指揮官はその再編に尽力しております。離れる訳には参りませぬ」

「貴様、昨晩もそのようなことを言って……」

「やめろ」

 

 殴りかかろうとした王の一人に対して、デュランは諌める。

 

「皆落ち着け。将王たる我々が狼狽してどうする。敵軍に対して我々はまだ10万以上は居るのだぞ?少しは威勢を見せてみろ」

 

 デュランは王達に必死で語りかけ、鼓舞した。

 

「明日、本格的な攻撃を仕掛けよう。流石に異界の軍も、あれだけ最初から飛ばしていては魔力や怪異の体力が保たぬだろう。そこを突くのだ」

「デュラン王、何故……?」

 

 当初のすげないデュランの態度に反して、やけに好戦的である。その心情の変化に対して、デュランは感情をあらわにして言う

 

「このままむざむざ逃げ帰るなど出来ない。王として、友の死を無駄にして逃げ帰るなど、戦士の恥だからな」

 

 デュランは戦士の誇りに賭け、決意を新たにした。

 それから数時間が経ち、翌日の作戦を練り上げる。

 

「ではまた明朝、アルヌスの丘にて」

 

 深夜まで続いた作戦会議がやっとまとまり、王達はそれぞれの陣地への帰路についた。

 デュランも丘から身を隠せるエルベ藩王国軍の陣地に戻り、1日の疲れを癒すべく国王専用のテントに入った。

 荘厳な鎧を脱ぎ、従者に汗を拭くの上から拭き取ってもらう。そしてまたすぐに鎧を着れるよう、準戦闘体制の服装で寝ることにする。

 

「明日は……仇を取るぞ」

 

 明日必ず、アルグナ王とモゥドワン王の仇を取ると決意する。そしてデュランがベットの上に腰掛け、ようと後ろを向いた。

 

「こんばんは、敵軍の王サマさん?」

「っ!!!」

 

 突然だった。

 本当に前触れもなく、背筋から冷たい気配が流れそれを感じ取る。デュランは腰に括り付けられた剣を勢いよく抜き取り、声のした背後に対して横薙ぎに振り翳した。

 

「シッ!!」

 

 しかし、気配の正体は狭いテントの中で背面跳びで素早く避けると、華奢な二本足でスタリと着地した。

 

「誰だ貴様は!!」

 

 気配の正体は意外にも女であった。何か頭を大き隠すような黒いローブ?に身を包み、身体には鎧を付けず何かゴツゴツとした物を急所以外の箇所に付けていた。

 

「あらあら、そう怒鳴らないでよ。こんなに可愛い美少女がオジサマのテントに夜中来てあげたんだから、もっと喜んだら?」

 

 デュランは確信した、コイツはただの女ではない。

 そりゃ、歴戦の実践経験者であるデュランに今まで気づかれずに背後をとっていたのだから、彼女が只者ではないことは確かである。

 だが、それだけではない。女はまだ子供だったのだ。それほど顔が幼く華奢すぎた。

 年は15位であろうか、上半身だけを覆うローブに身を包み、頭巾から出す顔は美しく整っている。髪も騎馬の尻尾のように整い、束ねた薄黄色の髪を肩からスルリと見える位置に垂れ下げている。

 こんな状況でなければ、将来を期待できる良い小娘と評価した。だが手に持って遊ぶナイフと、鋭く光る黄色い眼光が、剣を持つデュランすらも強烈に射抜いている。

 

「貴様……!ここがエルベの王デュランの寝床だと知っての事か!?」

 

 敵の密偵か、はたまた暗殺者だろうか?にしたって練度が高すぎる。この本陣の警備兵がどれだけ居て、しかも夜目の効く兵がどれほど多いことか。

 彼らの警備をすり抜けてここまでやってきたと言うのか?しかも王の居るテントの中で潜伏していた?だとしたら相当な実力者だ。

 

「ええ、知ってるわ。むしろ、王サマが居るからこそここに来たの」

 

 デュランの問いただしに対して、少女は臆することなく答える。手にはナイフを持ちつつも、刃で手遊びをする余裕すらある。

 

「なんだと……?何が目的だ!?」

 

 デュランがそう言うと、少女は無言で何かの筒を投げつけてきた。それは地面に転がり中の蓋が取れ、紙のようものが見えた。

 

「それは降伏文章。要は"降伏するから命はお助けを"って言う為の宣誓書なの。それにサインしてほしいわ」

「降伏だと……?馬鹿にしおって!このエルベの獅子と呼ばれたデュランが、むざむざと逃げ帰る腰抜けだと思うか!?」

「知らないわよそんなの。私は、貴方が賢明な王サマかどうかを聞きたいの」

 

 そう言って少女はナイフ遊びを止め、ナイフを逆手に持った。

 

「この降伏勧告は警告よ。3回……私たちに3回攻撃を行ったら最後、貴方達のいる本陣に攻撃を加え、全滅させるわ」

「なんだと……?」

「貴方だけじゃない。他の王サマも、友人も、家族がいる兵士たちも全員が攻撃対象。捕虜は取るかしらね?皆殺しじゃないかしら?」

「その前に降伏しろと……?」

「ええ。それにサインしなくても、丘から兵士たちを引いてくれればいいわ。それだけで、全てが丸く収まるじゃない」

「貴様……舐めた事を!!」

 

 デュランは女のあまりに舐めた態度に怒りが爆発し、大剣を真上から振り下ろした。だが、その刃は木箱に突き刺さっただけで、女に対して手応えがない。

 

「降伏を受け入れないならそれで良いわ」

 

 直前で避けた女は、テントの入り口に立っていた。

 

「まあ、せいぜい現代戦に飲み込まれないようにね?王サマさん?」

 

 そう言い残し、女はデュランのテントを勢いよく飛び出していった。このまま逃げるつもりだ。だが、あんなに優秀な密偵など逃してはならない。

 突然女が飛び出してきた事に驚く兵士に対して、デュランは腑の底から叫ぶ。

 

「その女を引っ捕えよ!!そいつは密偵だ!!」

 

 その言葉に反応した優秀な兵士たちが、女を引っ捕らえる為に行動を開始した。槍を持った兵士たちが走る女の目の前に立ち塞がり、進路を妨害する。

 そして、女の脚を槍で一刺しにしようと振りかぶる。だが、女はその行動を見越していたかの様に飛び上がると、槍兵達飛び越える身のこなしを発揮した。

 槍が外れ、呆気に取られる兵士たち。素早く走る女は去り際に、赤目と舌を出してこちらを挑発した。

 

「くそっ!逃すな!!追え!!!」

 

 兵士たちが女を追いかける。一方のデュランは従者達に心配された。

 

「デュラン様!ご無事ですか!?」

「ああ……だがあの密偵を逃してしもうた」

 

 あの女は何者だったのだろうか?一体なぜ、降伏勧告をしてきたのだろうか?デュランの疑問は尽きなかった。

 

「デュラン様!デュラン様!大変なご報告があります!」

「なんだ?」

 

 その時、伝令兵が血相を変えてデュランに報告してきた。彼の顔は青ざめており、何か大変なことがあったのだと予想できた。

 事実、彼の口から発せられた報告は衝撃的である。

 

「リィグゥ侯が……リィグゥ侯が寝首を掻かれました!!」

「な、なんだと!?」

 

 

 

 

 

 

数分後

連合諸王国軍 本陣

 

「暗殺などと!奴らめ、卑怯な真似を!!」

 

 寝込みを襲われた王達が何人かいる中、緊急で会議が召集された。正々堂々と戦わず、暗殺を用いて撹乱してきた。卑怯極まりない手段に対して、彼らの怒りは収まらない。

 

「それだけではない!奴らは糧食や飛竜の陣地に火を放ちおった。これでは、長くは戦えないぞ!」

「くそぉ!蛮族どもめ!」

 

 デュランが遭遇した女だけでなく、複数人の女達が本陣に対して後方撹乱を行ったのだ。

 それを実行した女達は全員15〜17程の少女である。にも関わらず、兵士たちは彼女達に刃を突き立てる事なく逃げられてしまった。

 彼女達は何者なのか?そんな疑問よりも、彼らは怒りの方が収まらない。

 

「運が悪ければ、儂もあの小娘に寝首を掻かれていたのか……?」

 

 一方デュランだけが、あの女の存在に疑問と恐怖を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

──第二次攻撃、戦死者6万人超。

 

 

 

 

 

 

 二回目の攻撃も失敗した。

 最初の攻撃よりもより多い6万人の兵力を用い、さらには飛竜達も諸王国軍の有する全騎を投入して戦った。

 だが、結果は無残なものだった。

 

「12万を超えた連合諸王国軍が、すでに半数も存在せぬ……」

「何故……こんなことに……」

 

 すでに8万人が、このたった二回の攻撃により戦死した事になる。敗北という言葉では片付けられない、歴史的な大敗北だ。

 さらには先日の後方撹乱により糧食が焼かれた為、残りの兵士たちに食わせる飯すら碌に確保できない。中には飢えに苦しむ兵士達もいた。

 

「帝国軍はどうしたのだ!何故丘の上にいない!」

「いや……奴らとて敵う相手ではない。ここはもう引くしか……」

 

 連合諸王国軍では、すでに厭戦ムードが漂っていた。もう戦えない、戦っても勝てない、そんな絶対的な強軍が丘の上にいてどうする事も出来ない。

 

「まだ引くわけにはいかん」

「デュラン殿……」

 

 そんな中、デュランだけが確かな闘志を眼の奥底に激らせていた。

 

「夜襲ならば……!」

 

 正々堂々と戦うことが全てのこの世界の軍隊にとって、夜襲とは卑怯な手段の一つである。

 だが、相手が暗殺や後方撹乱と言う卑怯な手段を用いて来た以上、こちらが騎士道を重んじる必要もない。

 デュランはとにかく、未知の敵に勝つことだけを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 そして、その日の夜。

 その日は新月であり、周りはとても暗く静かであった。

 アルヌスの丘は生き物一つおらず、静まり返っていた。馬の樋爪に藁を敷き、なるべく足音を立てない様兵士達に指導し、万全の体制を整えて夜襲を仕掛けた。

 敵はおそらく8万人の敵を殺して宴を開いている最中だろう。ならば、その油断に乗じて付け入る隙は幾らでもある。

 

「音を立てるな……静かにな……?」

 

 昼間の仲間の死体を避け、アルヌスの丘へと進む。今の所敵にバレた様子はない。このまま丘の裏から敵の本陣まで、ゆっくりと進めそうであった。

 デュランは微かな不安を感じつつも、作戦の成功を祈りその場にいた。

 

「このまま本陣まで行けるか?」

 

 微かな希望が見えたその時、それは突然の音によって打ち砕かれる。

 

 

 

 

 

 

 

『こちら444、対人レーダーが敵部隊を捕捉したわ。夜襲よ』

『こちらHQ了解、総員戦闘体制を発令。サイレン鳴らせ、総員起こし』

 

 

 

 

 

 

『……哀れな王サマ、だから警告したのに』

 

 

 

 

 

 

 音は何かの唸り声のようだった。

 丘の方向から長く長く鳴り響き、アルヌス全体を揺らしていく様な、そんな音だった。

 突然夜間に大きな音を聞いた兵士達が、昼間のことを思い出して動揺する。馬や怪異の生き残りもトラウマを思い起こさせられ暴れ出し、それを見た兵士たちはパニックになった。

 

 そして、空に何かが打ち上がる。

 

 それは光であった。

 月光や鬼火の類ではない、まるで夜の中でいきなり太陽が荒れた様な、強烈な明るさ。空を見れば、何かの火の玉が光を放ちながら少しづつ降りていく。

 

「なんと……この明るさ!」

 

 彼らを守る夜の闇が解かれ、自分たちの居場所がばれたのだとデュランは悟った。

 

「いかん……!ハァッ!!」

 

 デュランは馬の鞭を振るい、一気に駆け出した。

 

「全員走れ!人は駆けよ!馬は走れ!全軍突撃だ!!」

 

 全軍の無謀な突撃。それは当初の作戦が完全に破綻した事を意味していた。地獄と化したアルヌスにて多くの戦友が死に、一矢報いる作戦も破綻し、最後に残るのは無謀だけである。

 

「走れ!走れ!!」

 

 デュランは馬を勢いよく走らせ、赤い光の中を進む。後ろから昼間の爆発と同じ音が聞こえるが、後ろは振り返らなかった。

 その時だった。目の前に何かの障害物らしきものが見えた。光の球が入れ替わる瞬間にそれが見え、避けることすらできずにデュランの馬はそれに突っ込んでしまった。

 

「ぐわぁ!!」

 

 勢いよく馬から吹き飛ばされ、デュランは首の後ろを強打した。障害物の正体は鉄で出来た荊であった。おそらく敵が馬を防ぐために置いたのだろう。

 

「デュラン様!今お助けします!」

「盾を前へ!!」

 

 部下達がデュランを助けようと、勇敢な兵士たちが動き出した。その荊を剣で切り、デュランの元へと駆け寄った。

 

「ぐっ……!皆……逃げるんだ!」

 

 デュランの言葉は届かず、殺戮が始まった。敵の陣地から、赤い目の閃光がギラリと光った。

 昼間の怪物たちだ。これから自分達は奴等の餌として、敵兵に料理されるのだ。

 そう悟った瞬間、敵から様々な色の光弾が放たれ、アルヌスの丘に嵐が吹き荒れた。

 光弾は強靭な盾ごと貫き、次々と倒れていく味方。デュランの頬の兜にも、光の弾が掠めていった。

 

 思い出すは、戦友達のこと。

 

 死んでいく部下達は、王たるデュランを守るために鍛え上げてきた精鋭達である。集まった諸王達も、しばらく再開していなかった親しい王達である。

 

 その彼らが皆平等に死んでいく。

 その死に方は名誉とは言えない豚様な殺し方であった。

 こんなのが戦であって欲しくない。

 こんなのは、ただの虐殺だ。

 

 ここでデュランは先日、テントに侵入した女が言っていた言葉を思い出す。

 彼女の言う"ゲンダイセン"とやらの意味がわからなかったが、それを今悟った。

 門の向こうの異界の軍はこの様な華々しくない戦いを繰り広げてきたのだろう。騎士や兵士の名誉は消えてなくなり、この硫黄の様な独特の匂いと、血が混じった泥の世界が彼らの"戦い"なのだと。

 こんな戦い方では、帝国軍も負けるわけである。最初から我々は嵌められていたのだ。

 

「フッ……ハハハッ……」

 

 デュランはそれら全てを悟ると、自然と笑いが込み上げてきた。自分達はあまりに滑稽で、無価値で、酷い笑い者だと自覚したのだ。

 

「フフフッ……ハハハッ!ハハハッ、ハハハッ!!」

 

 そして、狂った様に笑うデュランの頭上に、爆発が降り注いだ。彼の意識は、そこで一旦途絶えている。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、46姉。この人生きているよー」

「あら、本当ね。しかも……かなり偉そうな王サマかしら?」

「知ってるの?」

「ええ、私が夜這いに行った王サマだもの」

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、捕虜として持って帰りましょう。柳田少佐にいいお土産が出来ちゃった♪」

 

 

 

 

 

 

 デュランは何か柔らかいものの上で目が覚めた。

 意識が朦朧としているが、天井は白い。しかも何か眩しいものが光っており、清潔感がある。横を見渡せば、窓があった。その外側には見たことの無い景色が広がっているが、壁らしき物の向こう側は見たことがある山々の景色だった。

 

「ここは……?」

 

 デュランが状況を把握しようとした時、彼の横に何か重いものが突き立てられる音がした。

 

「おはよう?お目覚めかしら、国王サマ?」

「っ!!」

 

 デュランはその声のする方向に振り向いた。女が居た、しかも因縁のある女だった。

 

「あら、警戒されるのは2回目ね」

「貴様はあの時の……っ!」

 

 デュランが目にしたのは、あの時デュランの寝首を掻こうとした女の密偵である。

 一人だけでない。女と同い年くらいの3人の女たちが、デュランを囲んでいる。彼女らは全員何か黒い鉄の物体を構えており、こちらにその先を向けていた。

 

「ええ、お久しぶり。今度は美少女が怪我したオジサマを看病してあげたのよ?感謝なさいよね?」

 

 彼女はそう言うが、黒い物体は下さないままだった。あれは、彼女らの武器なのだろうか?だとするとこの場で生殺与奪を握っているのは、彼女たちの方になる。

 

「ここは……何処じゃ?」

「疑問に答えてあげましょう。まずここはアルヌスの傷病病院。貴方は捕虜になったの」

 

 捕虜、と聞いてデュランは屈辱を覚えた。

 よく身体を見れば、右の手足がごっそり無くなって包帯が巻かれている。つまり、あえて生かすために治療したのだ。

 あの時散々に戦った挙句死に切れず、さらには敵の捕虜になってしまうなど、最悪としか言いようがない。

 

「……一思いに殺さないのか?」

 

 だがデュランは疑問があったので、そう聞いた。この世界にとって、王の捕虜というのは首を晒せば勝利の証である。だからこそ、人の寝込みを襲う様な女密偵が自分を殺さないことに疑問を持ったのだ。

 

「だってさ46姉、殺しちゃう?」

「待ちなさい49。彼にはまだ聞きたいことが山ほどあるの」

 

 女密偵の隣に居るのは部下だろうか?それとも親しげな会話をすることから姉妹だろうか?そんな新たな疑問を他所に、その女密偵は言葉を続けた。

 

「私は貴方を生かす方に価値があると思ったわ。それだけよ」

「ほざけ……!儂は何を拷問されようとも、何も語らんぞ……!」

「拷問ね……それも良いかもだけど、貴方には交渉を求めるわ。ですよね?柳田少佐?」

 

 そう言って彼女は後ろを振り返り、その向こう側にいる男に話を振った。

 男は細身で背が高く、顔立ちが整っている。しかし、彼の目から放たれる眼光はまるで毒蛇の様であり、何処かに毒牙を隠している。

 

「正解だ46。後の話は俺が代わる、お前たちは引き続き隣で監視しててくれ」

「了解」

 

 彼の命令に、女密偵とその周りの女達は忠実に従った。この細い男が、この女密偵を率いる将なのだろうか?

 男は何か煙の出る筒の様なものを持ち、そこから焦がした草の匂いを出しつつデュランに向き直った。

 

「改めて、私は日本国国防軍の柳田と申します。以後お見知り置きを」

「ふん……儂はデュランだ」

 

 相手が自己紹介をすれば、王として返さないわけにはいかない。お互いの自己紹介が終わった後に、ヤナギダは話を振った。

 

「まず貴方の処遇ですが……しばらくはこの国防陸軍の病院で入院してもらいます。その方が存在を隠しやすいので」

「ほう……なぜ王を引っ捕えた功績をひた隠しにする?」

「理由は詳しく言えませんが……まあ、我々にとって指揮官クラスの捕虜にしても大々的に晒す価値はないのですよ」

 

 それはつまり、デュランが敵軍の目の前で処刑される事もないと言う事だろうか。まだ油断は出来ないが、コクボウグンとやらの組織体制は少し気になった。

 

「フンッ、そうかい。で?何が目的だ?」

「その上でですが、我々は貴方方の国との窓口を開設したいのです。我々は"帝国"とのみ戦争しているのであって、貴方方は巻き込まれたに過ぎない。ですので、貴方方には中立になってもらいます」

 

 つまり、帝国相手と戦うために他の国には中立になってもらう、と言うことなのだろう。国と国が戦争をする場合、第二戦線が出来てしまっては都合が悪い。確かに理に適っている。

 

「無理じゃな。今頃儂の国では王太子が国を取り仕切っておる。儂は死んだことになっておろう、その方が奴にとって都合がいい」

 

 仮にコイツの意見が飲めたとしても、王太子が実権を握っている以上口を出す事もできない。最悪の場合、コイツらのせいでエルベは内戦状態に陥る。

 

「ならば、その政権復興を手伝うと言えば?」

「……代わりに何が欲しい?」

 

 怪しさ満点の提案に対して聞き返すと、ヤナギダと言われた男は「本題だ」と言わんばかりに笑って見せた。

 

「先程の中立化に加え、地下鉱脈の採掘権、税の一部免除、及び軍事通行権を認めてもらいたい」

「待て、地下鉱脈は国の財源だ。それに、軍事通行権だと?」

 

 いくつか飲めない条件がある。デュランがそう聞くと、ヤナギダはニヤリと笑って答えた。

 

「金や鉄には興味がありません。我々はむしろ、他の金属に興味があります」

「金銀、鉄の他に何がある?何を取ろうとしている?」

「陛下が知る必要はありません。知らないのは"ない"のと一緒ですから」

「…………」

 

 デュランは食えない奴だと思いつつ、ヤナギダに話を続けさせる。

 

「軍事通行権とは、あくまで貴国以外にもに攻め込む際、通り道として利用するだけです。通行の際、貴国に害を与えないとお約束しましょう」

「フンッ、女にまで武器を持たせるの貴様らが、我が国の国境まで来られるとは思えんが……まあ良かろう」

 

 そう言ってデュランは、柳田の周囲に居る女密偵達に睨みを効かせる。彼女達は中々の美女であるため、柳田が侍らせている様にも見えた。

 

「勘違いしているようですが、我々の世界では兵士の資格に男女は関係ありませんのでね。というか、その軟弱な女に翻弄されたのは貴方の方では?」

「……貴様は気に入らんな」

「そう言う仕事なので」

「女の密偵を侍らすのも、仕事か?」

 

 柳田はそれを聞かれてもなんともせず、不敵に笑った後にこう言った。

 

「ご冗談を。()()()()()欲情するほど、私は腐ってはいませんよ」

 

 




・特殊作戦群実働科・第444小隊
 柳田明少佐の具申により設立された、特殊作戦群の"公式には存在しない人形部隊"。ドイツ製輸入銃器と同期するワンオフの戦術人形4人で構成されており、4人とも高い戦闘能力を有する実力者。
 公式文章には存在が書かれておらず、実態を知るのはごく一部の人間のみ。だが存在を知る伊丹や42式からは「柳田の私兵」などと比喩されており、実際、指揮官である柳田が直接立案した諜報、工作作戦に投入されている。

・戦術人形・EMP-46
 第444小隊のリーダー。フードを被った小柄で華奢な少女の見た目をしており、胸が平たい()。
 ドイツ製光学短機関銃であるEMP-146と同期し、主に部隊指揮をしながら戦闘を行う。性格は冷酷でサイコパスに近く、卑怯で残忍な手段も厭わない。

・戦術人形・ EMP-149
 第444小隊の前衛。EMP-146の改良型であるEMP-149と同期し、敵を撹乱する前衛の役割を持つ。おちゃらけたムードメーカーであるが、彼女も姉の146と同じくサイコパス気味。

・戦術人形・ IMR-4
 部隊のエリートとも言われる冷静なライフルマン。銀髪のショートヘアを携え、ドイツ製3Dプリンター内蔵小銃であるIMR-4を操る。

・戦術人形・ MKL.11
 寡黙でいつも眠たそうな狙撃手の少女。ドイツ製対物狙撃銃である携行式電磁投射銃のMKL.11を携え、高い狙撃能力で部隊を援護する。




第444の元ネタは、察した方もいるかもですがドールズフロントラインより404小隊です。あんな感じの特殊諜報部隊?的な存在も特地には必要だと思ったので、柳田の指揮の下で追加しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三戦役 接触編(下)
EP.14 イタリカ防衛戦、包囲されし都市


あらすじ:
特地に派遣された日本国国防軍。
伊丹率いる第三特地偵察隊は、炎龍の被害から逃れる避難民を保護。
アルヌスへと招かれた避難民達はカルチャーショックを受けつつも、国防軍の軍人や戦術人形と様々な交流し、親交を深めて行く。
その後、避難民達は自活をするべく袋詰めの竜の鱗を売却する事にした。
第三偵察隊は竜の鱗を運ぶため、交易都市イタリカへと向かった。


 

「伊丹を参考人招致、ですか?」

 

 特地派遣軍司令本部、狭間中将の執務室にて。最近建設が始まった滑走路の整備状況を報告した柳田。

 彼の話が終わった後、狭間は彼に別の話題を振ってきた。

 

「ああ、難民を保護した件と、"ドラゴン"との戦闘で民間人に被害が出た件について、それぞれ与党と野党が状況を詳しく聞きたいらしい」

「どっちがどっちです?」

「与党が難民の保護の件、野党がドラゴンに関してだ」

 

 狭間は持ち込まれたタブレット端末のデータを読みつつ、柳田に説明した。

 

「まず野党だが、"民間人の被害は国防軍の責任ではないか?"と思っているらしい。そもそもドラゴンの存在を疑っている」

「まあ、普通ならそう思うでしょうね。かく言う私も、伊丹の報告を見るまで信じられませんでした」

 

 この特地には、まだ見ない超常現象が多数存在する。それは既に分かっているのだが、流石にドラゴンの様な怪物の存在は地球の人々にとっては信じ難いだろう。

 

「だがタカ派や銀座事件派にとっては、民間人に被害が出たことが腹の底から面白くて仕方ないらしい。"このまま破竹の勢いで敵の首都まで攻め入り、敵国民を虐殺をしろ"……なんて意見も出ているくらいだ」

「彼らは頭に血が上りすぎでは?」

 

 柳田は右回り特有の過激な意見に対し、吐き捨てる様にそう言った。

 

「まあ、これは一部の妄言に過ぎないさ。だが国民の一部がそれを支持している以上、野党にとっては面白くない。だから、詳しい状況を追究して真実を暴いて見せる、と言うことだろう」

「なるほど。では、避難民の件については?」

「……そっちは"なぜわざわざ保護したのか?"と言うのが論点になっている」

 

 狭間は続ける。

 

「さっきも言ったが、内地の特地民に対する憎悪はかなり強い。その上難民自体にも風当たりが強い。"彼らは被害者である"と報告はしたが、それがどうやら過激派にとって都合が悪いらしくてな。これも同じく、追求して真実を暴こうとしているらしい。特地の人間の"残虐性"とやらをな」

 

 これは、実際に日本側の国民が疑っているポイントである。"特地の人間は残虐非道で、地球のルールを守らず荒らし回る化け物だ"と言う、通説が曲がり通っている。

 偏見だとは思う。実際の特地の人間を直に見てきた柳田からすれば、それは違うと否定できる。

 だが銀座事件が世間に与えた特地の印象はそれほど最悪であったのだ。

 

「なるほど。タカ派に売国奴ですか……厄介ですね、もう少しマトモな連中は居ないので?」

「さあな。極端から極端に振れるのが、日本人らしいといえばらしいとは思うがね。……とにかく、伊丹がイタリカから戻ったら伝えておいてくれ」

「はっ、了解しました」

 

 柳田はそう言って敬礼をした後、狭間の執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 さて、アルヌスからイタリカまでは車列が朝に出発して午後に着く距離にある。伊丹達第三偵察隊の車列3台は、イタリカへと続く道をひたすらに走っていた。

 

「今走っているのがテッサリア街道……そしてここがイタリカか」

「…………」

 

 桑原がホログラムで映し出された地図を確認している。この世界で収集した地形の情報が立体的に表示され、今いる位置を割り出そうと計算していた。

 流石に衛星や基地局がない特地であるため、現在地の把握は手動で行うしかないのである。光の地図が形成されるのを見て、レレイが横から興味津々に覗いている。

 

「…………」

「ん?あ、これはホログラムって言うんだ」

「ほろぐらむ……?」

「ああ、紙を使わずに色んなものが映し出せて……」

 

 そう言って桑原がレレイにホログラムの応用として、端末から色んな画像をレレイに見せる。

 

「おやっさんったら、鬼の軍曹が孫を見る様な目でまぁ。エグゾ無しでハイポート走走らせた人と同じとは思えないっすよね」

「こらこら、それじゃまるでおやっさんがロリコンみたいに聞こえるぞ?」

 

 本人に聞かれたらタダじゃ済まない倉田の冗談にツッコミを入れつつ、伊丹はバックミラーでレレイ達を観察していた。

 

「ハルが言ったたけど、ここの人達からしたらホログラムって幻術の類に見えるんだってさ」

「まあ、仕方ないっすよね。今でこそ当たり前になりましたけど、普及した当時はみんな驚きましたし」

「だな、もしかしたらこっちの科学ってみんな魔法か魔術に見えるのかも」

 

 過去のSF作家に、そんなことを言い残した人物がいた気がする。進み過ぎた科学は魔法と見分けがつかないが、魔法があるこの世界の住民から見たらどのように見えるのだろうか?

 幻術か、魔術か、はたまた災いの類に見えるかもしれない。人間の無知というのは恐ろしいものであり、理解できない物に対して恐怖を抱くこともしばしばある。

 なら、機械の身体をもつ戦術人形達はどの様に映るのか?

 機械という概念すらないこの世界。似た様な概念さえあれば説明は楽なのだが、あいにく自分達はこの世界の事象についてあまり詳しくない。

 じゃあ、どうやって彼女達の存在を説明するのか?伊丹には説明できる自信がなかった。伊丹の想像力は高くても、人にそれを説明するのでは全く違う。

 もし、彼女達がこの世界の禁忌に触れる存在だったら?その時は誰かが断罪に来るのだろうか?それは許せない。世界が違うなら価値観が違うのは当たり前であり、片方を押し付けるのは間違いである。

 

「(じゃあ、俺が彼女達の存在を認めさせようとするのも間違いなのかもな)」

 

 そんな気は薄々していた。

 バックミラーを調節し、座席に座る42式を見た。彼女はロウリィやテュカ達と会話しており、特地語で喋っている。

 その内容がどんな話かはまだ理解できないが、彼女達と会話する刺激は果たして42式のためになるのだろうか?もし、彼女のメンタルが壊れてしまった時……その原因を断てるだろうか。

 

「……ん?伊丹隊長、前方に煙が」

 

 その難しい思考は、倉田の報告によって中断された。報告を受けて前方を見ると、確かに山の斜面に隠れて煙が見える。

 

「ホントだ。規模的にはあの時より小さそうだけど……焼畑かな?」

「違う。焼畑、季節違う」

 

 と、顔を出してきたのは双眼鏡を持ったレレイだった。彼女も双眼鏡を見て煙を確認し、彼女なりの憶測を言う。

 

「人の起こした"鍵"?でも大きすぎ」

「鍵?」

 

 ちょっと謎の言葉が出てきたので、伊丹が聞き返す。

 

「"鍵"じゃなくて、"火事"だよー。てか、あの辺がイタリカじゃないー?」

 

 そう言うのは後ろの席にいた42式だ。彼女は自身の義眼を最大望遠にし、その火事らしき煙を見つめていた。

 

「……状況からして面倒臭そうだな。──全車、周辺と対空の警戒を厳にして接近。何かあったら知らせろ。──」

『02、了解』

『03、了解です』

 

 伊丹達は警戒体制を強めることにした。一応、全員38式小銃などの武装をチェックし初弾を機関部に込めた。備え付けられた重機関銃にも人が取り付き、エグゾスーツも戦闘出力である。

 と、伊丹の隣にロウリィが出てきた。

 彼女は小声で──

 

「フフッ、血の匂いだわぁ」

 

 と、唇を舐めた。

 

 

 

 

 

 

 

 戦いとは、一方的であってはならない。

 剣を持ち、敵が見えるまで近づき、剣や槍の間合いで闘うべきだ。相手の血肉を切り裂き、確実に絶命させるその感覚こそが、あるべき戦争である。

 お互いが鍛錬した技術をぶつけ合い、そうして勝ち負けが決まる戦いこそが、あるべき戦争の姿である。

 

 だからこそ、アルヌスの戦いなど認められない。

 

 あんな一方的な戦い方など、存在してはならない。

 

 あんなもの、戦いの神エムロイに断罪されるべき虐殺だ。

 

 だからこそ、血に飢えた連合諸王国軍の敗残兵達は盗賊に成り下がった。元々は帰路に着くまでの間、近隣の村々を襲って物資を奪っていたのであるが、そのうちにそれでも足りなくなってより大きな街を襲う様になった。

 その彼らの行き着いた先が、イタリカだったのである。

 

 イタリカとは、テッサリア街道とアッピア街道の交点に発達した交易都市である。アルヌスに至るまでかなり近く、外国との交易も盛んに行われていた都市なのだ。

 現当主は……ミュイ・エル・フォルマール──11歳である。

 

 前当主の急死を受け、他の家に嫁いでいた姉二人がミュイの後継人を巡って争っていた。

 しかし、帝国の異世界出兵に参加した両家の当主が死亡。イタリカに構う余裕のなくなった両家は兵を引き上げ、結果不正が蔓延り治安が悪化したのだ。

 そして今、そんな脆弱な状態のイタリカに盗賊団が攻め込んできた。

 都市を守るのは殆どがロクな訓練を受けていない民兵で、殆どが年老いていたり女だったりと問題だらけである。

 しかし、そんな中でも果敢に街を守る彼らには、帝国軍の指揮官がいた。帝国第三皇女のピニャ・コ・ラーダ率いる薔薇騎士団の面々であった。

 

「よし……敵は退いた!ノーマ!ハミルトン!無事か!?」

「い、生きてます〜」

「こちらも……」

 

 門内で戦っていたノーマとハミルトンが、無事に手を上げる。その様子を見て安堵を覚えるピニャに対し、初老の騎士グレイが笑って問いかける。

 

「薄情ですな、小官の心配はしてもらえないのですかな?」

「貴様が無事なのは知っているさ、グレイ」

「はっはっは!そうでございますか!」

 

 そう言って騎士グレイは血の付いた大剣を携えつつ、大笑いをした。

 

「ピニャ様……なんで私たち、こんなところで盗賊と戦っているんですか?」

「し、仕方ないだろう!……妾が異世界の軍勢かと勘違いしたのだ」

 

 彼女らがこのイタリカで戦う理由は、ちょっとした勘違いからである。アルヌスへの行軍の途中、イタリカが武装勢力に襲われているという連絡を受け、ピニャはいよいよ敵軍の攻勢が始まったと思い急行した。

 しかし、ふたを開けてみればその相手はただの盗賊、しかも自分たち帝国が招集した連合諸王国軍の敗残兵なのだという。はっきり言って拍子抜け、期待外れだった。

 だが帝国軍の騎士としてイタリカを見捨てるわけにもいかず、なし崩し的に仕方なく防衛に加わったのだった。

 だがこの都市の兵力はごくわずかで、残りのほとんどは練度の低い民兵。士気は低く、統率もうまく取れず、そもそも人数も敵に対してまるで足りなかった。

 

「こんなのが妾の初陣か……」

 

 そう愚痴を走るピニャに対し、ほかの誰もは無言のままだった。

 とりあえず破壊された城門は木の板で応急処置を施し、周りに油の敷いた藁を敷き詰めて何時でも燃やせるようにする。城門上のバリスタも修復を施し、民兵たちは休む暇もなかった。

 それらがひと段落した後、ピニャはイタリカの屋敷の一部屋を借りて休憩を取ることにした。少しの間仮眠を取り、再び敵が来た時の英気を養うためだった。

 彼女は夢の中、幼い頃を思い出す。

 ピニャは皇帝モルトと側近の間に出来た娘で、これでも皇位継承順位は3位である。

 わがままでやんちゃ、ある意味で女の子らしくないピニャであったがそれでもすくすくと育ち、今の年にまで至った。そんな彼女が薔薇騎士団を設立するきっかけとなったのは、女性だけで構成された演劇を見てからである。

 すぐさま影響されたピニャは、友達の少年少女たちを集めて騎士を結成した。彼らの軍隊ごっこの始まりで、当初は教育にも良いという事で親たちからも歓迎された。

 しかし、その騎士団は年月を重ねるごとに本気度が増していき、彼女らが16になるころには軍人を招いた本格的な戦闘訓練が始まった。

 その後、男性たちは一部を残して軍人になり、後には多くの女性騎士が残された。それが今の薔薇騎士団である。

 

「ッ!!」

 

 そんな過去を思い出していたさなか、冷たい水の感覚がピニャに降りかかった。

 

「どうした!?敵か!?」

 

 目の前には水をかけて起こすように伝えたメイド長と、グレイがいた。

 

「さあ……敵なのか味方なのか、殿下自身がお確かめください」

 

 しばらくして……

 急いで駆けつけた南の城門。そののぞき窓に注目しつつ、謎の集団の正体を探りかねていた。

 イタリカの南門の前にやってきたのは、緑色の集団である。馬がいない奇妙な鉄の荷車らしきものが二台、その後ろに同じ色をした鉄の百足が一匹、中には人が見える。

 

「奴らは……一体何者だ?」

「わかりません。攻城車の類かと思われますが……それが単独で攻めてくると思いません」

 

 どうするかを決めかねているピニャ達と同時に、城門の上からノーマが大声で叫ぶ。

 

「何者だ!?敵でないなら姿を見せろ!」

 

 その言葉が聞こえたのか、中から幾人かの人が出てきた。幼い魔導士らしき少女と、風変わりな格好のエルフ……そして──

 

「ッ!!ロウリィ・マキュリー!?」

 

 その存在に、ピニャは激しく衝撃を受けた。

 

「知っておいでですかな?」

「知っているも何も、本物の亜神だぞ!あの見た目で齢900を超える化け物だ!」

 

 その強さは並の歩兵隊では全く太刀打ちできないという。しかも体は不死身そのもので、いくら剣や矢を浴びせようとも死ぬことがない。そんな化け物が、まさか盗賊側に回ったのだろうか?

 

「亜神が盗賊に回るなど、あり得るので?」

「ありえない話ではない。……どうせ神など気まぐれで人を陥れる傲慢な存在だ。奴一人ならこのイタリカを滅ぼすことだって可能なのだぞ?」

「……小官は何も聞きませんでした」

 

 宗教家の連中が聞いたら発狂しそうな言葉を、ピニャは平気で並べ立てる。無論、ロウリィに至ってそんな悪行はしないのだが、ピニャの中には神という存在への嫌悪感があった。

 だが、今イタリカの運命がそのピニャによって握られているのも事実である。戦力は最悪、士気が上がる要因もなく、犠牲ばかりが増えていく。もし……彼らが味方だったら?

 

「……だが今はまだ、味方に引き入れられるかもしれん」

「ッ!?姫様何を!?」

 

 意を決したピニャは、城門の扉を勢いよく開け放った。

 

「よくぞ来てくれた!!」

 

 門を開けたピニャが目にしたのは驚く三人と追加の女一人、そして地面に倒れた男一人であった。

 

「……もしかして、妾が?」

 

 三人の女は頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 伊丹は数分で目が覚めた。

 その間、ロウリィが伊丹の様子を見ている。ついて来た42式は後ろの車両たちに待機するよう知らせ、同じく伊丹のそばにいた。

 テュカはリーダーらしき女性に散々抗議している。端から見てもいきなりドアを思いっき開けた女性側が悪いので、当詰められるのは当然と言えよう。

 

「……ん?」

「あ、目が覚めたねー」

 

 隣の42式が伊丹が目を覚ましたのに気が付き、そう言った。

 

「ロウリィに42式か……ここは城門の中?」

「ええ、あなたがノビている間に入れたわぁ」

「一応隊のみんなには待機を伝えているから、大丈夫だよー」

 

 周りを見渡しつつ、先ほどの衝撃で何か壊れていないかを確かめる。38式小銃のホログラムを見ても異常は無しで、エグゾも万全の態勢だった。

 

「で、あのリーダーっぽい女性は?ここの隊長?」

「帝国第三皇女、らしいよー」

「へえ、皇女様……なんだって!?」

 

 伊丹は衝撃の単語に42式に確認を取る。

 

「本当か!?なんでこんなところに皇女様が!?」

「どうやらホントみたいだよ、あの栗毛の騎士さんが堂々と言っていたからねー」

 

 頭のいい42式がそう言うのだから間違いはないのだろう。しかし、こんな僻地で敵国の皇女様と出会うなんて予想外である。

 なぜこんな所にいるのか、と言う疑問を解決するべく伊丹は行動することにした。

 

「仕方ない……なんか衝撃で言語野も冴えてきたし、俺が直接話を付ける。二人は待っててくれ」

「了解だよー」

「フフッ、分かったわぁ」

 

 そう言って伊丹はテュカと皇女様が言い争っている場所まで行った。二人が目を覚ました伊丹に気づくと、伊丹は咳ばらいを整え問いただす。

 

「あー、ゴホン!……で、この街はどういう状況です?」

 

 

 

 

 

 

 しばらくして……

 伊丹達第三偵察隊はイタリカへと招かれた。まず伊丹が皇女からの状況を聞き、当初の目的である商談もできる状況じゃないと言われ、とりあえず偵察隊の中で相談を行う。

 その相談の結果、第三偵察隊はイタリカ防衛に加わることになった。

 

「あれが噂の緑の人……でもいいんですか?あんな連中を味方に引き入れて……」

 

 ピニャに対してハミルトンが訝しむように言った。

 

「仕方ない、味方してくれると言ったのは彼らの方だ。こっちも使える戦力はどんな連中であろうと使うしかない」

 

 ピニャはそう言いつつ、緑の連中を深く観察する。

 

「にしても変な連中です。蛮族見たいな格好に骨みたいな鎧だけなんて」

「それでも炎龍を撃退したと言う噂が立つ者たちだ。油断はできん」

 

 彼らの服装は統一された斑模様であり、草木を表現した柄の布を思い出す。指揮統率もとれており、リーダーの指示に従っていることから軍隊か傭兵か、どちらにせよ武装集団なのは分かる。

 分かるがしかし、ほかの部分が何かおかしかった。

 まず、彼らの鎧が変だった。鎧とは剣や槍の傷から身を護るための装備であり、基本的に全身を覆う。少なくとも急所は保護するはずだ。

 しかし、彼らの付けている鎧はなぜか骨のようにスカスカで、全身にくっ付いているだけだった。胸には何か服と同じ柄のチェストプレートらしきものを付けているが、それだけだ。よほど傷つかない自信があるのだろうか?

 そして、奴らの武器らしき謎の杖も気になった。真っ黒で先端に筒のようなものが付いており、ガチャガチャとした見た目をしている。驚いたのは、その杖から常時魔法の類らしき光の文字が浮いている事である。あれは何なのか?

 

「まあ、いざとなったら南門は奴らを布石に体制を整えられる。ハミルトン、我々は東へ行くぞ」

「はい」

 

 ピニャの疑問と疑心は、緑の人として期待されている彼らに降り注いでいる。だからこそ、ピニャは囮として彼らを使いつぶそうとした。南門の配置は、最初から彼らを期待していない。

 

 

 

 

 

 

「勝本、機関銃はここに」

「了解」

「IDL小隊はここから制圧射撃を。けどすぐ離脱できるようにしておけ」

「了解ですー!」

 

 伊丹達はイタリカの南門に配置された。まず陣地を補強するために土嚢を積み上げ、城門の上に機関銃とIDL小隊を配置。そして、城門の中には36式が戦闘状態で待機している。

 

「伊丹、暗視装置だよー」

「おう、サンキュ」

 

 42式が暗視装置を持ってきてくれた。

 2055年の軍用暗視装置はかなり進化しており、昼間の様な明るさで暗闇を見通すことができる。この装置はヘルメットに取り付けるタイプで、網膜投影で視界に入る光を増幅させるのだ。

 

「そういえば、ロウリィに聞かれたよ。なんでわざわざこの街を守るのかって」

 

 伊丹は暗視装置を取り付けようとヘルメットをガチャガチャさせながら、42式に話題を振った。

 

「なんて答えたのー?」

「街を守る気持ちに嘘はない。けれど本当は、別の目的があるって説明した」

 

 伊丹はそう言いつつ暗視装置を付けようとするが、うまく嵌らないのか一向に取り付ける事が出来てない。

 

「はぁー……伊丹、ヘルメット貸して」

「すまんね……」

 

 42式がヘルメットを持ち、伊丹は話を続ける。

 

「あの姫さんに、俺たちの実力を知ってもらう」

「っ……」

「そしてイタリカの住民達に恩を売って、今後の統治の足掛かりにする。そうすればあの姫さんも、俺たちと戦うより話し合った方がいいって思うだろ?」

 

 42式は伊丹の考えが分かった。

 つまり、皇女の方に国防軍の実力を見せつけ力の差を理解させる。そして、それと同時にイタリカの住民に恩を売って、あわよくばそのまま駐留する権利を引き出す。

 おそらく上層部に連絡した上でそう考えているのだろう。中々にえげつない考えだ。これなら、交渉の窓口と支配地域の拡大を同時に得ることができる。

 

「伊丹えげつないねー。指揮官の頃の記憶、蘇ってる?」

「30代前半の頃とは考えが違くてね。お前達のおかげさ」

 

 伊丹は暗視装置をヘルメットに装着すると、42式の手からヘルメットを受け取り、再び頭に装着した。

 

「そしたらロウリィ、俺たちを気に入ってくれたみたいでな。彼女は戦う理由を重んじるらしい」

「へぇー、じゃあ私たちは神様に気に入られたわけだ」

「そうだな、だと良いが……よし、ヘルメットありがとな」

「あいよー」

 

 そう言って伊丹の話が終わり、彼は別の場所へ指示を出しに行った。

 

「なぁにぃ?イタミと秘密の会話でもしてたのぉ?」

「うひゃっ!?」

 

 と、痛みの後ろ姿を追っていた42式に、ロウリィが背後から声をかけた。

 

「ろ、ロウリィ……別に大した話じゃないよー」

「そぉ?じゃあ貴方にも聞こうかしら」

 

 ロウリィは42式に向き直り、改めて質問した。

 

「貴方にとって戦う事って、なぁに?」

「戦う事……」

 

 42式は思い出す。

 自分は戦術人形で、戦うために作られた戦闘用ロボットだ。今まで戦う事も人を殺すことも、それが自分の使命だと思ってやってきた。

 それに対して改めて疑問を抱くと、うまく言い表せない。なんというか、考えたことが無かった。

 

「わかんないなー……けど、私にとって戦うことは使命だと思う」

「使命ぃ?」

「そう、私はそのために生まれてきた。そんな自分が肯定されるためには、戦わなくちゃいけないんだと思う」

 

 そう、それが戦術人形としての使命であり責務なのだ。戦えない戦術人形など国防軍は必要としていない。私たちは機械だ。

 けれど、そんな機械に対して伊丹は優しくしてくれた。血染めの手を握ってくれた。あの感情は何なのだろうか?思い出そうとする。

 

「なるほどぉ、それが使命だから……つまり貴女は、人間じゃないのでしょう?」

「っ………」

 

 ロウリィがいきなり確信を突く答えを出してきた。そうか、やっぱり彼女は最初から自分達戦術人形の正体を分かっていたんだ。

 

「あー、わかっちゃったー?」

「ええ。あの炎龍に吹き飛ばされ時、あなたの足からは血の匂いがしなかったわぁ。それにお風呂の時の事、あれはバレバレよぉ」

「……そだよー、私は生き物じゃ無い。戦術人形って言うんだー」

「センジュツニンギョウ?」

「そー、要は人間に造られた、人間を模したナニカなんだー」

 

 42式は自分のあまり覚えていない生い立ちを話す。

 

「私の身体は機械と鉄で出来ていて、生まれた場所は研究所のベットの上。生まれた時からこの見た目だし、成長も老化もしてない」

 

 その言葉に対して、ロウリィは少し驚いた様な顔をしつつも言葉を返した。

 

「不思議ねぇ……こんなに人間そっくりなのに」

「気味が悪いかい?」

「そんなことは無いわぁ。むしろ、貴女みたいな存在は見たことが無いから、興味がある。それにぃ──」

 

 それにぃ、と言って彼女は続ける。

 

「主神様は、高貴に戦い続ける者を祝福するわぁ。貴女が例え人でなくとも、貴女が神に召される事もあるかもしれない。その時には、きっと分かるはずよぉ」

 

 ロウリィは立ち上がり、クルリと踊った。42式を祝福する様に、ヒラヒラとしたスカートを靡かせる。

 

「戦いなさい。その時が来るまで、貴女の生き様を見せれば、主神様も認めてくれるはずよぉ」

 

 ロウリィは42式に、そう言った。

 

「……そっかー。つまり努力すれば、神様だって認めてくれるんだなー」

「ふふっ、そうよ。ただ、その身に恥じる様な悪行は、断罪に値するわぁ」

「おお、怖い怖い。じゃ、神様を怒らせない生き方をしてみるさー」

 

 どうやらロウリィは怒らせない方がいい、という学習を記録しつつ、42式は去り際にこう言った。

 

「……ありがとね」

「ん?」

 

 その小声が届いたかどうかは分からないが、42式は城門を歩いて行った。

 残されたロウリィは、彼女の後ろ姿を見送りつつ、城門の下にいる伊丹に声をかける。

 

「女の話を盗み聞きとは、良い趣味じゃ無いわねぇ」

「勘弁してくれ、たまたま聞こえただけさ。まあ、そのまま聞き入ってたのは事実だけど」

 

 伊丹はこっそり話を聞いていたのか、城門の下からそう言った。彼自身も偶然耳に入ったその会話が、単純に気になったまでである。

 

「……それで、彼女をどう見る?」

 

伊丹は補強作業を進める隊員達を見つつ、ロウリィに疑問を問いただす。

 

「そうねぇ……彼女みたいな存在はこの世界では今まで存在しなかった、新たな概念ねぇ」

「こっちには、似た様な存在すらないのか?」

「ええ。作られたとは言え、彼女には確かな人間らしさがあると思う。今はまだ言えないけれど、いつか認められる日が来る筈よぉ」

「……そうか。そうだよな」

 

 伊丹は曖昧ながらに神秘的な答えに満足し、言葉を続ける。

 

「ロウリィ、彼女の精神は今不安定なんだ。何かあったら教えてくれないか?」

「ええ、もちろん」

 

 そう言ってロウリィも満足し、城門の外を見つめた。夕焼け空が地平線に沈み、夜が訪れようとしている。

 

 

 

 

 

 

 その頃、東門には騎士ノーマが配置されていた。日中に南門が攻撃されたので、再び攻撃されるのは南門だと予想されていた。

 

「まもなく夜か……」

 

 しかし少数の部隊を置いて警備をしておくのに抜かりはない。東門にはノーマ、西門にはグレイがそれぞれ配置されている。

 ノーマは暗くなり始めた城壁の上で、松明に火が焚べられるのを横目で眺めている。

 

「あの、あなたがノーマさんですか?」

「ん?」

 

 ノーマは後ろから声を掛けられ、後方を振り向く。そこにはあの緑の人に付き添っていた小さな少女が居て、ノーマに対して背筋を正していた。

 

「あ、失礼しました。私、緑の人?から東門に伝令役として来ました。Hal-27です」

「あ、ああ。緑の人の使いですか……」

 

 東門にはHal-27が連絡役として配置されることになった。西門にも分隊が移動しており、彼らも連絡役として門の防衛に加わっている。

 

「敵は来ますかね?」

「さあな、だがまあ大丈夫だろう」

 

 ノーマは彼女が伝令役だと聞いて少し不満げだった。

 誰が来るかと思えば幼い女で、細く華奢で防衛の役に立つとは思えない。手には何か魔法の杖らしきものを持ってはいるが、魔導士だとしたら確実に近接戦闘になるこの状況ではむしろ役立たずである。

 まあ、伝令役なのでこっちで戦闘が始まったらすぐさま南門へ走っていくだろう。そんなことを考えつつ、ノーマはその幼い女に作戦を伝えた。

 

「もし来たとしても、城門は補強しているし兵力もそこそこいる。君は敵が来たら、緑の人たちに伝えればいい」

「そうですけれど……」

 

 ハルニジュウナナ、と言ったか。彼女は首をかしげるようにノーマに聞く。

 

「もしかしてノーマさん、緊張しています?」

「なっ!?ば、馬鹿にしないでくれ!私は実戦経験者だぞ!?」

 

 と言っても初実戦は今朝の戦闘なのだが、というのはノーマのプライドから敢て隠した。

 

「き、君みたいな女の子は知らないだろうが……我が薔薇騎士団は実戦を意識した本格的な騎士達なんだ!私とてその一員、私一人でも門を守って見せる!心配は無用だ!」

「……」

 

 と、ここまで論したノーマに対してハルニジュウナナは言葉を続けた。

 

「あんまり無理しない方がいいですよ。怖かったら誰かに相談するのも手ですから」

 

 彼女は続ける。

 

「まあ、何かあったら助けるかもしれませんので……その時は射線に入らない方がいいと思いますよ♪命あっての物種です♪」

「だから、君に何が……」

 

 彼女が小ばかにする様にそう言うので、いよいよ怒ろうとしたノーマ。しかし、彼の目に映ったナニカに目を奪われ、その先の言葉に詰まった。

 

「ん?どうしましたか?」

「き、君の右腕は……一体?」

「ああ、これですか?」

 

 ハルニジュウナナはノーマに指摘され、その右腕を持ち上げてみた。

 彼女の右腕は明らか人の物ではない、鉄でできていた。鋭い爪のような手先とごつごつした金属が見え、腕全体が黒く光っている。

 

「義手です。ちゃんと動くんですよこれ、ホラ」

「ッ!!!」

 

 彼女の腕が、まるで甲冑の腕のようにカチャカチャと音を鳴らして有機的に動いた。その動きは滑らかで、人間と同じように5本の指が自由に動いている。

 

「これは……」

「こっちじゃ珍しいですよね。気持ち悪かったですか?」

「いや……すまない」

 

 ノーマはこの時、彼女が実戦を経験しているのではないかと思った。義手を付けるという事は、右手を失う経験をしたという事。それが戦いによるものだとしたら、その大事を経験したという事になる。

 それでも気にせず飄々としているのを見て、彼女が潜り抜けた修羅場を想像した。彼女が腕のことを気にしなくなるほどの実戦経験とは、一体どんな辛い出来事なのか、想像にたやすい。

 ノーマは彼女の方が自分より上手かもしれないと、そう感じた。

 




・網膜投影暗視装置
暗闇を網膜投影のレーザーによって光を増幅させ、見えている視界そのものを明るくする装置。従来のゴーグル型から脱却し、目元が軽くなったので2020年代と比べてもかなり進歩している。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP.15 イタリカ防衛戦、勇気ある者たち

今回の話、かなり寒い表現が多々ありますが……許してください。


 

 

 夜のイタリカ。

 戦闘の合図は、城壁上で警戒していたノーマが放たれた火矢を見たところから始まった。

 

「敵襲!敵は東門だ!!」

 

 矢を防ぐ為に城壁に身を屈めたノーマは、張り詰めた声で叫んだ。伝令は急いでイタリカ宮殿まで馬を走らせ、ピニャ達本隊にも伝わる事になる。

 増援が来るまでの間、ノーマは現場で指揮を取らなければならない。まず先陣として弓矢の応戦が始まっている為、こちらも弓兵で応戦しなければ矢の雨は止まない。

 

「弓兵!盲撃ちでも良い、矢を放て!!」

 

 ノーマの命令により、民兵達から弓が放たれる。盗賊達の火矢に比べれば本当に少ない矢で、発射のタイミングもバラバラである。に対して盗賊達は民兵が一本の矢を射れば十本のお返しを放ってきた。

 

「くそっ!ここを死守するぞ!」

 

 ノーマは盗賊達が学習しているのを感じながらも、闘志を失うことなく戦い続けた。

 

 

 

 

 

 

 アルヌス駐屯地は夜中にも関わらず大騒ぎであった。理由は伊丹の第三偵察隊が戦闘に巻き込まれた事により出された支援要請である。

 多脚戦車が唸り、戦術機が地面を歩行し、ヘリ軍団がローターを温める。全ての部隊が武装化や整備を終え、やる気満々である。

 伊丹の支援要請により真っ先に動いたのは、すでに編成が完了した第一戦闘団であった。第一戦闘団は歩兵と多脚戦車を中心とした主力部隊である。

 

「狭間中将!第一戦闘団の多脚戦車、装甲車、全て出撃準備完了です!今回の作戦は是非我々に!」

「各士官や機械化歩兵部隊も配置についています!」

 

 高らかに前へ出るのは、第一戦闘団の指揮官、加茂 直樹大佐である。連合諸王国軍との戦い以降、陣地構築と補給の搬入が主だったために戦闘ができておらず、鬱憤が溜まっている様だ。

 副司令の柘植二佐も、よほど出撃したいのか浮き足立っている。その二人の様子を見て頭を抱える狭間中将は、彼らの重機甲戦力がイタリカの盗賊団を踏み潰しながら前進する様子が目に浮かんだ。

 

「ダメだ!地上戦力では遅すぎて間に合わん!ここはヘリボーンと行きましょう、我々第四戦闘団を!」

 

 割って入ってきたのは健軍 俊也大佐、第四戦闘団の司令官である。

 第四戦闘団はヘリコプターを中心とした機動戦力だ。強襲ヘリを中心に爆撃ヘリ、観測ヘリ、さらには大型の輸送ヘリまで持ち合わせている。

 

「おい待て健軍、間に合わないわけじゃない。中将、第一戦闘団にはイタリカの近くまで偵察で進出していた第102中隊がいます。彼らをイタリカまで派遣しましょう」

 

 加茂大佐はこんな事もあろうかと、事前に狭間中将に装甲部隊での偵察を進言していた。

 炎龍出現の件でここら一帯の村々は人が逃げ出しているため、その村々に進出している。そのうちの一個中隊が、近隣の村に進出していたのだ。

 

「おいおい、事前の部隊配置は狡いぞ?」

「何を言う、地上からお前らを支援してやるんだ。その後の地上制圧はどうする?ヘリで多脚戦車の一台でも吊り下げたらどうだ?」

「ハッ、クソ重い"カブトムシ"なんか乗せてやるかよ!」

 

 地上戦力と航空戦力の二人が一番槍を競って争う。狭間はその二人の様子に頭を抱えていたが、頭を巡らせて戦力配分を考える。

 おそらく、今回は第四戦闘団と第一戦闘団の一個中隊での合同作戦になるだろう。だが第四戦闘団はともかく、第一戦闘団の一個中隊では地上戦力の不足は否めない。

 

「お待ちください二人とも。地上戦力であれば、第六戦闘団をお願い致します」

 

 言い争う大佐二人の間に入ってきたのは、一人の女性軍人だった。加茂や健軍と同じく大佐の階級章を付けており、身体には強化装備を既に着用していた。

 第六戦闘団司令官の、雨宮 真菰大佐である。

 

「我が第六戦闘団の戦術機なら機動力で第四戦闘団に追従可能。そのまま地上戦力にもなります。我が第六戦闘団第601中隊が、両戦闘団を援護します」

 

 第六戦闘団は戦術機を中心とした打撃部隊である。今までは施設の建設や陣地構築などにしか活動していなかったので、衛士達が浮き足立って出撃の準備を整えていたのだ。

 かく言う雨宮大佐も指揮官用の強化装備に身を包み、やる気満々である。

 

「……よし、ならば第一戦闘団より近隣の第102中隊を、第四戦闘団より第401中隊を、第六戦闘団より第601中隊をイタリカへ向かわせ、合同作戦を取れ。司令官は……健軍大佐とする!」

 

 全員が出撃できると聞いて、三人が感激を露わにしてガッツポーズを決めた。

 

「健軍大佐、指揮は頼みますよ?」

「了解だ!そっちこそ遅れるなよ?特に加茂!」

「フンッ、俺たちが一番乗りしてやる!」

 

 大笑いをしながら出撃していく指揮官三人を見つつ、狭間は天を仰いでいた。

 

「こいつら……何の霊に取り憑かれているんだ?」

 

 彼が頭を抱えることなどいざ知らず、指揮官三人はそれぞれの兵器達に乗り込んでいく。

 健軍は中隊の指揮機となる戦闘爆撃ヘリ、"スズメバチAV"に搭乗した。このヘリは本来攻撃ヘリなのであるが、高い指揮能力を持っている為二人乗りに改造され、中隊指揮官機として運用されている。

 加茂の方も地上部隊の指揮の為、強襲ヘリのアオムラサキに搭乗した。こっちの方はその名に近い黒い塗装を施され、二枚のローターが翼の左右に付けられたステルス汎用ヘリコプターだ。特地では多少の武装を施して強襲ヘリとして扱っている。

 

「こちら"ワルキューレリーダー"健軍大佐だ、各部隊状況報告!」

『こちら強襲ヘリ第1小隊、準備完了』

『同じく強襲ヘリ第2小隊、準備完了です』

『爆撃ヘリ小隊、準備完了だ』

 

 全ての小隊の準備が完了したのを確認し、健軍は連携して出撃する第六戦闘団の様子を確認する。

 

「雨宮大佐は?」

「もう既に出撃してますよ」

 

 前席の操縦士の言葉に、健軍が戦術機格納庫の方向を見た。モニターにはハンガーから戦術機が出撃し、地面を滑走して次々と飛び立っている様子が映った。

 

「さすが速いな。よし、我々も出撃だ!エンジン回せ」

「了解!」

 

 アオムラサキ、スズメバチらのダクテッドファンが始動。独特なエンジン音を出しつつも、静かに離陸するヘリ部隊各機。

 先行する戦術機部隊に続き、第四戦闘団はアルヌスを出撃した。

 

 

 

 

 

 

「どうしてぇ?こっちに攻めてくるんじゃなかったのぉ!!」

 

 一方の南門では、ロウリィが焦ったそうにそう叫んだ。

 伊丹達は伝令が来るより早く東門に敵が来たことを、Hal-27の連絡通信により察している。既に東門で火矢による火災が広がっており、炎と煙が夜の闇を照らしていた。

 

「0300、夜襲には絶妙な時間だな」

「盗賊も言っても元正規兵だからねー。学習はするよ」

 

 伊丹の呟きに対して、42式が答える。

 

「東門から応援要請はない……いや、その余裕がないのか。Hal-27は?」

「今は安全な所に居るらしいけどー……彼女、"私も戦わせてくれ"って言っているよ」

「……今はダメだ。彼女一人だと弾薬もない中無理させてしまう。戦闘の許可は俺たちが向かう事になったら、だ」

 

 伊丹の懸念もあり、Hal-27は東門での待機を命じられていた。本人は助けに行けなくて訝しんでいるだろうが、待機命令は絶対なので素直に従っている。

 そして何人かの隊員達はすでに武器装備を持ち、東門へ向かう準備をしていた。

 

「う、うぅ……」

「ん、どうしたロウリィ?」

 

 伊丹はロウリィが苦しそうに何か甘い声を出しているのが聞こえた。

 ロウリィは身体をくねらせハルバードにしがみ付き、それでも込み上げてくる何かに耐えようと、必死に舌を噛み締め我慢している。

 彼女の身体に何かが起きているのは確かであるが、その甘い声は男性陣のアレコレを刺激してしまい、気を取られてしまう。

 

「あ……あっ、ダメぇ……」

「おい、本当に大丈夫……」

 

 伊丹が本気で心配しようとした時、彼の行動はレレイが止めた。テュカも同じように伊丹の肩に手を置き、首を左右に振った。

 

「……なあ、彼女に何が起こっているんだ?」

「彼女が使徒だからこうなっている。戦場で倒れていく戦士達の魂が、彼女の身体を通してエムロイの元へ召されていく。その際、彼女には麻薬のように作用してしまう」

「……止められないって事?」

「今は無理。いっそのこと狂ってしまえば楽になる。けどそれができない。止めるには、彼女の戦闘欲求を満たすしかない」

 

 つまりは死者の魂が媚薬のように作用している、と言うことだろう。それで既にロウリィは暴れたくて仕方ないのか、ハルバードを土嚢に叩きつけたりして抑えている。

 

「だけど彼女を戦場に出したら最後……敵と見做した者を殺し尽くすまで、制限なく暴れ回ってしまう」

 

 それはそれで危険かもしれない。

 だが敵はここには来ないだろう。おそらく敵の主力どころか、全ての兵力が東門に集まっているはずだ。

 彼らに町全体を包囲する戦力はない。ならば全兵力を集中させて一点突破を図るだろう。伊丹が敵側ならそうする。

 このまま南門に居座っていても埒が開かない。それにどの道、駆けつけてくる友軍の誘導もしなければならない以上、東門に行くべきだ。

 

「仕方ない……栗林!」

「は、はいっ!」

 

 伊丹は手の空いていて、かつ頼りになるであろう栗林を呼ぶ。

 

「ロウリィに付いてやってくれ。俺とお前と42式、後富田で東門へ向かう」

「了解です!」

 

 それぞれに命令した後、名指しされた三人は支度を始める。

 

「アイナ、デール、ランナもだ!火力が足りない、お前達も来てくれ!」

「りょ、了解です!!」

 

 追加で呼ばれたIDL小隊の面々も、出発準備に加わった。大型のレーザー砲を折り畳んで持ち上げ、LAVへと乗り込もうとする。

 

「はぁ……はぁ……」

「ほらロウリィ、東門へ行くよ。後もう少しだから」

「っ!!」

 

 栗林がロウリィを診ようとした瞬間、ロウリィは城門から勢いよくジャンプし、門の下へと降りた。そして追いかける間も無く、彼女は東の方向へ走っていった。

 

「早っ!?」

「ろ、ロウリィー!?」

「あ、おい!くそっ、おやっさんここ任せた!」

 

 伊丹達は階段を降りるのも億劫になり、エグゾスーツの性能に任せて城門から飛び降りた。同じく飛び降りた42式、栗林、富田、IDL小隊と共に急いでLAVに飛び乗り、エンジンを全開に南門を飛び出していく。

 

「ロウリィ速っ!全然追いつけないじゃんー!」

 

 42式の言う通り、LAVの全力を持ってしてでも屋根の上を走るロウリィには全く追いつけなかった。それどころか、どんどん引き離されている気がする。

 

「こりゃ彼女が先陣になりそうだな……42式、ツェナーでHal-27に援護要請。時間を稼がせてくれ」

「了解だよー」

 

 42式はツェナープロトコルにて伊丹の命令を流す。おそらくハルは東門の周辺で待機していたのだろうが、これで戦闘に加わることになる。

 そして42式は近接戦闘が予想される為、箱型マガジンのみを準備していた。もう一つのドラムマガジンでは嵩張り近接戦闘には不向きなのだ。

 

「アイナ、デール、ランナは現場に着くまで上を見張ってろ。もしかしたら飛竜が来るかも」

「了解!デール!この重たいの上げるの手伝ってよぉ!」

「ちょ、ちょっと待ってよぉ〜……」

 

 後席のメンバーが準備をしている間、伊丹は夜明けになり不要となった暗視装置を外した。そして腰に掛けた私物のバックパックから、一本のナイフを取り出す。

 

「あれ?隊長も銃剣持っているんですか?」

「ん?お前"も"か」

 

 同じく銃剣を取り出していた栗林の疑問を受け、伊丹はそのナイフの鞘を抜き取り、彼女に見せた。それは今の国防軍ではほぼ廃止されている銃剣である。

 

「伊丹隊長は、なんでそれ持っているんですか?」

 

 率直な疑問を聞く栗林。確かに彼女の様な格闘主義とは違い、伊丹はあまり格闘戦を好まなそうな印象を受ける。

 それに対して、伊丹はヘルメットのツバを上げて懐かしむように言った。

 

「そりゃ、昔の名残さ」

 

 

 

 

 

 

 これこそが戦争、これこそが戦争だ。

 敗残し身を寄せようとも彼らは戦士、本来あるべき正しい戦争を、盗賊達は求めていた。分かり易い殺戮、分かり易い自分の死、これこそが本当の戦争だ。

 アルヌスの丘の戦いなど、戦争ではない。

 炎と光の弾だけで兵士達が倒れ、敵の姿を見ることすらなく一方的に殺されるのは、戦争などとは呼ばない。

 あんなのは戦いではなく、ただの虐殺だ。

 戦いとは、あんな一方的なものであってはならない。

 戦いの神エムロイに捧げるべきは、彼らが今している分かり易い戦争である。殺し殺され、お互いの剣がお互いを貫き殺していく。それが本来あるべき戦争の姿なのだ。

 

「くそっ、生意気な盗賊共め!お前らが城市を落とそうなどと!」

 

 城門にて陣頭指揮をし続けるノーマも、疲弊しながら城門を守り続けていた。

 盗賊達が城壁に梯子を掛け、何百もの盗賊達が城壁へ登ろうとしている。

 

「矢を放て!壁に取り付かせるな!」

 

 戦闘は既に激化しており、昼間の時とは比べ物にならないペースで梯子が壁に取り付けれている。それに対して民兵達は弓を放って盗賊達を突き落とそうとする。

 しかし、突然不規則な風が吹いた。

 乱れた空気が風となり、矢をずらして無力化してしまった。ノーマは気づいた、今の風は偶然ではないと。城壁から暗闇の奥を見れば、何か淡い光が薄ら薄ら見える。

 

「精霊使いか……!」

 

 厄介な奴だ。精霊魔法で矢を逸らされては、此方の矢が届かなくなる。道理で今まで盗賊達の矢ばかりが、よく飛んできたわけだ。

 

「ならば……ワシに任せろ!」

 

 勇敢な農夫の一人が斧で梯子を破壊、盗賊の一人を突き落とした。だが、そんな彼の勇気も長くは続かない。遠巻きの一人の盗賊が、手に持った大弩の引き金を引き、彼の脳天に矢を当て殺害した。

 弓兵の盗賊は終始笑っていた。

 

「バリスタを放て!槍でも良い、撃ち続け……っ!?」

 

 バリスタならば精霊魔法も効かないと指示を出した瞬間、ノーマの後ろに火の球が吹き荒れた。バリスタがあった場所がひどく燃え盛り、弓兵達が火だるまになって城壁から転げ落ちる。

 

「あれは……!」

 

 空に居たのは飛竜だった。

 連合諸王国軍の生き残りと聞いていたが、まさか飛竜まで温存しているとは思わなかった。しかも、夜間を飛んでいる。

 

「くそっ!奴らの飛竜隊は練度が高い!」

 

 城門の周辺が火の手で包まれているとはいえ、飛竜の夜間飛行は特別な訓練を受けていないと不可能だ。それを奴らは悠々と投入して、使いこなしている。

 その圧倒的な練度の差、まさしく"元"連合諸王国軍の正規兵というべきだろうか。

 

「ぐぁっ!」

「ぐはぁ!」

「でぇぇぇい!!」

 

 そのうちに、敵兵達が次々と東門の城壁に登ってきた。剣と剣とがぶつかり合う、血みどろの近接戦闘が始まってしまう。

 民兵達も多少の訓練を受け武器の扱いを学んでいたが、相手はそれを上回る練度の盗賊達である。ノーマも腰から直剣を引き抜き、応戦をし始める。

 

「ぐらぁぁぁぁ!!」

「くっ!」

 

 一人の敵が斧でノーマに斬りかかる。

 分かり易い突撃と上からの打撃、単純でいて強力な攻撃だ。ノーマは直前でその攻撃を左に転がって回避。壁に手をついてすぐさま立ち上がる。

 そして敵が此方を見失ったまま後ろに回り込み、鎧の隙間を一撃で貫いた。

 絶命を確認する間も無く、すぐさま剣を引き抜く。

 さらに後ろ、中段横凪ぎに斬りかかる盗賊の逆刃で受け止め、鍔迫り合いで凌ぐ。そして体制を立て直そうと盗賊が一歩下がった。

 その隙を逃さず、ノーマは強い一歩踏み出し剣の間合いへ。盗賊の首に目掛け、鋭い刃を走らせる。多少の返り血を顔に浴びた。

 

「くっ……コイツら、ここに死に場所を求めているのか……!」

 

 ノーマは敵の戦意の高さの正体が、狂気であることを悟った。先ほど倒した二人は、死に様でもニヤリと笑っていたのだ。普通じゃない。

 

「ここを死守せよ!後がないぞ!!」

 

 ノーマは負けじと戦意を立て直すよう、味方に鼓舞した。

 だが練度も数も戦意もあまりに差が大きく開き、脆すぎる味方は次々と倒れていく。矢に貫かれる者、剣に斬り伏せられる者、斧で頭を砕かれる者、とにかく死が蔓延していた。

 ノーマはそれでも戦っていた。

 味方のため、無垢な市民のため、騎士として戦い続ける。

 袈裟懸けに斬りかかる敵の刃を逸らし、後ろへ回り込んだ。だが、背後から別の殺気がノーマに襲い掛かる。

 

「くっ……!」

 

 相手の斧は回避したが、疲れから石に躓いて転んでしまった。そのまま大きく転げ回るノーマ、立ち上がろうとするも敵が目の前にまで迫る。

 

「ピニャ殿下……申し訳ありません……」

 

 死を覚悟したノーマ。

 だが、彼の敵の刃は何か固い金属に防がれる事になる。

 

「シッ!!」

 

 突然間に入った人影が、金属の右手を大きく振り上げた。それだけで硬い金属のような重い音が、盗賊とノーマの間に重く響いた。

 

「近接戦は……得意じゃないんだけど」

 

 そう吐き捨てると、人影の右手から灰色の刃が突き出る。そして、金属の腕を剣に絡ませ弾き飛ばしてしまう。そしてガラ空きとなった盗賊は、彼女の灰色の爪で首を切り裂かれた。

 人影の正体は女だった。

 だが、女と言うにはその爪の一撃は鋭すぎた。

 指先に付けられた五本のスーパーカーボン製ブレードが、屈強な盗賊の首を丸ごと刎ねてしまったのである。

 

「ノーマさん!大丈夫!?」

「君は……!?」

 

 その人影の正体はHal-27だった。

 あの義手の指先から血に濡れた爪を伸ばし、ノーマに振り返る。

 

「何故ここに!?」

「味方にはもう知らせました!今向かってます、私は時間稼ぎでここにいます!」

「そんな無茶な……そもそも伝令の君がどうやって……!?」

「それは後で」

 

 彼女は爪をまた突き立て直し、盗賊達に対して身構えた。

 

「今は、逃げ道を開きましょう!」

「……分かった!」

 

 どの道この城壁上はもう無理だ。飛龍もいる中、目立つ場所で戦い続けても囲まれて死ぬのを待つだけだ。

 盗賊達は突然の乱入者に身構えるも、その正体が女だと知ってむしろ舌舐めずりをした。下賤な欲望が見えたのだろう。

 

「活路を開きます!合わせてください!」

「分かった!」

 

 Hal-27はノーマにそう言うと、盗賊に向かって一気に近づき、その爪を振りかざす。

 だが盗賊は彼女を下に見ている。手足を掴んでやれば、身動きも取れずに男の力によって屈服するはずだ、と。

 実際盗賊はそれを夢見て、剣で急所を外して足を狙った。だが、彼の妄想は叶わぬ事になる。

 

「邪魔だよ」

 

 Hal-27は片足のみで地面を強く踏み込んだ。その片足のみで空高く飛び上がり、足を狙った剣先をヒラリと躱してしまった。

 盗賊が酷く驚いているのを横目に、彼女は盗賊の目に爪を突き立てる。ザクッという音と共に目玉が切り裂かれ、失明する盗賊。

 さらにHal-27は着地するなり、間髪入れずにその盗賊を回し蹴りで蹴飛ばし、次の盗賊に向かって吹き飛ばす。

 

「がっ!?」

「遅いよ!」

 

 彼女はまだ生きて戦意を喪失していない盗賊に向かい、走りながら黒い物体を構えた。彼女が同期する特殊小銃である。

 そのまま盗賊二人の首に押し当て、引き金を引いた。肉に押し付けられた乾いた音が、盗賊二人の首筋を同時に撃ち抜いた。

 弾丸が首の中で転がり、肉を破壊し、大量の血を噴出させる。確実に死に向かう盗賊達を踏み台にして、Hal-27はさらに高く飛ぶ。

 

「っ!!」

 

 高く飛び上がり、宙返りをする瞬間。

 ついでと言わんばかりに、彼女は後ろに続いていたノーマを援護した。小銃で彼の背後の敵を撃ち抜き、再びの死を免れさせる。

 着地した瞬間、Hal-27は唖然とするノーマに向かって叫んだ。

 

「こっちです!早く!」

 

 その言葉に駆け足で答えたノーマは、Hal-27の元へ辿り着くといきなり持ち上げられた。

 

「のわっ!?」

「すみません、飛び降りますよ」

 

 女とは思えない腕力により、重たい鎧ごと持ち上げられたノーマ。彼は抱えられたままHal-27と共に飛び降り、地面に着地する。

 彼の考えは未だ整理がついていないが、とにかく、生き残る事は出来た。

 

 

 

 

 

 

「こんな筈では……」

 

 現場に駆けつけたピニャは、荒れ狂うイタリカ東門を見て呆然と呟いた。

 味方が脆すぎる。士気は緑の人が来たおかげで上がっていた筈であるが、肝心の練度や戦意があまりに足りていなかった。

 城壁の上に盗賊達のリーダーが上り、高らかに叫ぶのが見える。

 

「くそっ……ノーマは何処か?生きているか!!」

「ピニャ殿下!」

 

 同じ騎士の仲間であるノーマを探すピニャ。それに対して、彼女の横から本人の声が聞こえて来る。

 

「ピニャ殿下!騎士ノーマ、恥ずかしながら生きております!」

「そうか……よかった」

 

 ハミルトンとグレイも仲間の無事に安堵したのか、一旦胸を撫で下ろす。

 だがピニャはほぼ壊滅した城壁上からどうやって生還したのか気になり、それを確認する。

 

「だが、どうやって生き残った?」

「彼女に……助けられました」

「っ……」

 

 ノーマの後ろにいたのは、一人の少女だった。緑の人に着いて来ていた少女の一人で、確か伝令役としてここにいた筈である。

 

「其方は……」

「ちょっとだけ介入しちゃいました……でも大丈夫です、緑の人たちはすぐに来るから」

 

 そう言って淡い笑顔を見せる彼女の右手は、鋭い爪に血が滴っていた。それを見て、ピニャは驚く。

 たった一人で、あの城壁からノーマを助け出したのか?この小さな少女が?

 

「それよりもピニャ殿下、城門が突破されています」

「あ、ああ……これは拙い」

 

 ピニャは思考を切り替え、あまりの戦局の悪さに歯軋りした。

 増援の百人隊一個と民兵集団が後ろから続々と来てはいるが、すでに東門へ入ってきた盗賊達は彼らの数を超えている。

 頭で考えていた事と現実が、あまりに違いすぎた。

 盗賊の一人がガラ空きの門に取り憑き、内側から開いてしまう。開いた門から、邪悪な笑みを浮かべる盗賊達が次々とイタリカの土地を踏み荒らして行く。

 

「くっ……このままでは……」

 

 ピニャの手元には出せる兵力がもう居ない。仲間の生き残りに安堵する暇もなく、絶望が東門を支配する。

 

「ノーマさん」

「ハルニジュウナナ……どうした?」

「このままじゃ、民兵の犠牲が重なります。だから、ちょっと考えがあります」

 

 

 

 

 

 

 門を開け放ち入ってきた盗賊が、馬で何かを引きずって来た。

 外から見ていた住民達は戦慄する。その馬の後ろには、外で殺し犯した大量の死体が引き摺られていたのだ。

 

「あいつら……!」

「テリウス……なんて事だ……」

 

 引きずられた人の中には、まだ生きている人間もいた。そのうちの一人の女性が、苦しげな声を出す。

 

「に、ニコラ……」

「アデリア!アデリア!」

 

 その内、住民の一人が耐えきれなくなったのか柵から恋人の名前を叫ぶ。

 

「ダメだ、抑えろ!」

「よせニコラ!」

「柵から出てはいかん!」

 

 賢明な住民により取り押さえられる若い男であるが、彼の怒りは収まらない。

 

「その薄汚い手を、彼女から離せ!」

「あ?お前の女かぁ、じゃあ返してやるよ」

 

 盗賊達は薄汚い笑みを浮かべ、刃を……彼女の首に突き立てる。住民の若い男は、これから起こる惨事を察してしまった。

 だが、その刃が首筋に通る直前──

 一本の矢が、下劣な盗賊に突き刺さった。

 

「間に合ったか……」

 

 生き残ったノーマが、咄嗟に民兵から奪った弓矢で撃ち殺したのである。

 彼は民兵からも死んだかと思われていた。

 しかし実際は様々な奇跡が重なり、生き残っていた。

 

「誰だ貴様は!?」

「我が名は騎士ノーマ!正ししき清純の薔薇騎士団、第二百人隊隊長である!!」

 

 そして、彼は剣を掲げて高らかに宣言する。

 

「ノーマ!?何をしている!?」

「無茶だノーマさん!あんた一人じゃ……」

「下がっていろ、お前たちは出てはならん」

 

 住民たちが陣頭指揮を続けたノーマを心配し、声をかける。だが、ノーマは住民達を抑えて自ら前に出た。

 

「おやおや、騎士さんがたった一人で何の用だ?」

 

 盗賊たちからすれば、無茶な若い騎士が一人のこのこと出て来た様にしか見えない。だが騎士ノーマは、高らかに宣言した。

 

「貴様らの相手は農民達ではない!薔薇騎士団の騎士たる、この私だ!」

 

 決して生き残った奇跡を無駄にしようとしているのではない。住民を守るべく、騎士を貫くべく、手にした奇跡で新たな人を守るつもりなのだ。

 

「ハッハッハッ……その蛮勇、賞賛に値する!全員、掛かれぇ!!」

「うぉぉぉぉ!!!」

 

 盗賊達が一斉に騎士ノーマに襲い掛かろうと、一斉に突撃して行った。それでもノーマは退かない。それどころか、剣を構えて戦う覚悟だった。

 そして、彼らの槍がノーマに届こうとしたその瞬間──

 

「今だ、ハル!」

 

 柵を飛び越え、宙を舞う少女が一人。

 少女が黒い杖を、逆さまになりながら盗賊に向ける。そして、引き金を引いた。

 女の出現に気を取られていた盗賊達は、乱射される弾丸に次々と撃ち抜かれていった。鎧を貫き、肉を裂き、それでもノーマには誤射しない高い精度の連射。

 

「な、なんだ……?」

 

 彼ら盗賊達の脳裏に、何か重く暗い記憶が蘇る。あの音は、アルヌスの丘で散々聞き思い出したくもない。

 そんな盗賊達を無視する様に、少女ことHal-27は華麗に着地した。ノーマの隣に降り立つ。

 

「ノーマさん……勇気をありがとう」

「こちらこそ……!」

 

 ここに、二人のコンビが誕生した。

 驚く盗賊達に対して、また空から一人の少女が華麗に降り立つ。

 

「私もぉ、混ぜてぇ!」

 

 使徒、ロウリィ・マキュリー。

 

 役者の揃ったイタリカ東門にて、呆然とする盗賊達。

 

 その時、彼らの居る東門が大爆発を起こした。

 

 勇気ある戦士達を祝福する、ワルキューレ(戦乙女)の登場である。

 




情報を出す前に、今回の投稿の間に42式のイラストを描いておきましたのでその報告を。
【挿絵表示】
茶髪にポニーテル、ミリタリーの上着とスカートという出立です。盾は画力が足りなくて稼働部が描けませんでした……
設定の所にも記載しておきます。




・ATH-39戦闘爆撃ヘリ・スズメバチ
日本国国防陸軍と国防海軍が運用する対戦車戦闘ヘリ。大火力と高機動力で、水中以外の全環境における高い攻撃性能を有する。
"スズメバチ"の由来は、胴体後部に可動する30mmガトリングガンポッドを有した特徴的な形状が蜂のように見えるためである。
元ネタは攻殻機動隊S.A.Cに登場した戦闘ヘリのジガバチ。

・スズメバチAV
スズメバチ・アドヴァンスとも呼ばれる近代化改修型のスズメバチ。二人乗りへの改修とローター上の長距離レーダー、そして指揮支援AIの搭載がなされ、主に爆撃ヘリ部隊の指揮を取る。

・UTH-42中型強襲ヘリ・アオムラサキ
国防陸軍と国防海軍が運用する中型汎用ヘリ。兵員22名の輸送と装甲外骨格を搭載して飛行できる他、軽車両を吊り下げての飛行も可能。軽量な武装を施す事も可能で、主に強襲ヘリコプターとして運用されている。
元ネタはCOD:AWのキャンペーンに何度も登場したウォーバードという兵器。


ノーマさん生存ルート&名コンビ誕生


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP.16 イタリカ防衛戦、戦乙女の騎行

前回に引き続き、イタリカ編です。


 

 少し時を巻き戻すと、イタリカの空の制空権は飛竜が握っていた。

 調教技術の進歩と練度の高さから可能になった夜間飛行の技能を持ち合わせ、飛竜を一体も持たないイタリカの空を蹂躙していた。

 盗賊が持ち込んだ飛竜は2体、しかしその2体だけでも今のイタリカには重大な脅威だ。

 そもそも飛龍を地上から倒すなど無理な話。バリスタなどを用いても当たることのない機動力と、容易に貫けない鱗の装甲、そして空から一方的に撃ち下ろす火炎弾が、飛竜を()()()()()()()最強の航空戦力にしていたのだ。

 

 そして今回の夜襲にて、二人の竜騎士は面白い獲物を見つけた。

 

 火に照らされ細々と見えるイタリカの情景の中に、一際素早く動く荷車の様な物体が居た。その荷車は真っ直ぐ東門へ向かい、勢いよく町を駆け抜ける。

 盗賊に成り下がりし竜騎士は舌舐めずりをした。

 あの速さの荷車、相当上等な馬で引いているのだろう。だとすると中にいるのは練度の高い増援か、何にしろ戦力であるのは間違いないだろう。

 だが所詮は地を這う荷車、飛龍の攻撃には手も足も出ない。

 竜騎士はもう一人の仲間に合図し、その荷車を狙うべく仕掛ける。

 手綱を引き、一気に降下。風に任せた急降下によりぐんぐん上がる待機速度と、大きくなる的。そして狙いを定め飛竜の口を開けた。

 

 だが、その口目掛けて赤い閃光が解き放たれた。

 

「え?」

 

 狙われたのは、後ろから着いて来ていた仲間の飛竜と竜騎士だった。後ろを見れば、開口部からナニカに尻尾まで貫かれ、ゆっくりと墜落していく仲間が見える。

 一瞬の焦げ臭い匂い。

 脳裏に浮かぶ恐怖。

 あれは、アルヌスの丘で見た閃光だ。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 トラウマが蘇る。

 この盗賊竜騎士は、元々アルヌスの丘へと進軍した連合諸王国軍の中に所属していた。だが、あの時目にしたのは華々しい竜騎士同士の戦いなどではなく、一方的な蹂躙だった。

 光弾が、閃光が、光の矢が、飛竜に向けて百発百中で放たれれば、その一撃で飛竜達が次々と墜とされる。

 まるで竜騎士など必要ないとばかりに、地上からのナニカによって粉々にされる仲間の竜騎士達。

 彼が生き残ったのは、飛竜の方が危機管理能力が高かったからに過ぎない。突然制御を離れ、地上に向かって急降下したのがこの相棒の飛竜だった。

 そして今回も、恐怖で動けなくなった竜騎士を放り出して飛竜は逃げ出そうとする。一気に高度を下げ、東の方向へ逃げ出した。

 

「や、やめろぉ!言うことを聞けぇ!!」

 

 ヒステリックに叫ぶ竜騎士などお構いなしに、飛竜は生存本能のまま降下し速度を稼ぐ。

 だが頭が良いと言われる飛竜も、その閃光は一瞬の事で避けられなかった。

 

 ジジッ、と言う音と共に光に貫かれた。

 

 愚かな竜騎士と運のない飛竜が死に際に聞いたのは、自分の肉が焼け焦げる音であった。

 

 

 

 

 

 

 

 その光を放ったのは、荷車の上に乗せられた重厚な機械である。上部に簡単な固定のみで乗せられたこの鉄の機械こそ、IDL小隊が操るレーザー砲である。

 

「飛竜を一騎撃墜!」

「もいっちょ!」

 

 射手のアイナが再び引き金を絞り、電力のチャージを開始した。

 中距離高出力レーザー砲は二つのレーザー光線を使い分けることが出来る万能兵器である。普段は人間一人を殺傷する程度の低出力レーザーを、持続的に照射し続ける機関銃のようなモードを用いる。

 しかし簡単な操作でモードを切り替え、さらに高出力のレーザー光線を放つことができる。電力を数秒間チャージし、装甲車や戦車などの装甲ですら貫く一撃の光線を浴びせる。

 

「逃げるな!」

 

 その威力は、空の優位位置から降下してきた飛竜に対しても絶大な威力で貫いた。そして今、恐怖から冷静さを失い一目散に逃げようとする飛竜に対しても、威力を振るった。

 

 再びの閃光、見事に飛竜を焼き切り撃墜した。

 

「やったぁ、2騎とも撃墜──ってうげっ!?」

「ちょ、アイナ!?」

 

 侵略者を倒して喜ぶアイナであったが、乗っていたLAVのハンドルが急に右に切られた為、思いっきり左側へ転倒する事になった。

 

「ちょっとぉ!倉田さん!」

「アイナこそ気をつけろ、もうすぐ東門だぞ」

 

 伊丹がアイナに注意しつつ、弾丸の最終確認を済ませた。後ろでは栗林と42式も戦闘準備を整える。

 一方のロウリィは、もう姿が見えなくなっていた。最短ルートで屋根を登って東門まで駆けつけた様だ。

 

「隊長、もうすぐです!」

「人混みの手前で停車!すぐ降りるぞ、ドア開けとけ!」

「了解だよー!」

 

 42式と栗林がそれぞれ飛び出す為のドアを開け放ち、LAVは人混みの手前で急停車した。衝撃体勢を取っていた四人は、停車を確認するなりLAVを飛び出した。

 

「うらぁぁぁぁぁ!!!」

 

 と、飛び降り降車と同時に飛び出して行ったのは栗林だ。伊丹と同じく銃剣を装着し、人混みをかき分けて柵を飛び出していく。

 

「あのバカっ!」

「援護する!42式、前に出るぞ!」

「了解だよー!」

 

 三人も栗林に続き、人混みを掻き分け柵の外へ出た。そこでは既に激しい近接戦闘が始まっていた。

 

「突撃にぃ、前へ!」

 

 

 

 

 

 

 

 城門の外では、より大きな地獄が巻き起こっていた。

 最初に気づいたのは矢を防いでいた精霊使いの少女、ミューティーだった。彼女はセイレーン種の女性で、元は遠く離れた小島で一族と暮らしていた。

 しかし偶然知り合ったヒト種のロクデなし男と故郷を飛び出した後、傭兵として連合諸王国軍に加わりアルヌス攻略戦に参加。

 しかし、恋人共に大した活躍はできず連合諸王国軍は壊滅。生きながらえる為、そして恋人についていく為にイタリカを襲う盗賊団に加わっていた。

 鳥の亜人特有の危機管理能力の高さは、本能としてミューティーの背筋をピリピリと焼く。隣にいる恋人に危機を知らせるが、彼は素知らぬ顔でイタリカでの勝利ばかり考え、周りなど見ていない。

 これが終わったら縁を切ってやる、と思いつつもミューティーの本能は「この場を離れるべき」だと警告し続けていた。一歩後ずさり、そわそわと周りを見る。何か、変な音が聞こえていた。

 その時、ミューティーの目が何かをとらえる。

 東の方向から、何かの人影が現れた。

 

「え?」

 

 ただの人影ではなく、空を低く飛んでいた。

 その地面には、象のような影が見える。

 何かの音楽も、同時に聞こえる。

 

「あ……!」

 

 その時ミューティーは、その人影の正体を悟った。

 自分の死も、脳裏に思い浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 最初に攻撃を放ったのは、35式多脚戦車の主砲だった。

 イタリカの穀倉地帯をキャタピラで踏み鳴らしつつ、戦闘状態に入った30式。攻撃開始を命令された18両の多脚戦車中隊は、蹂躙の火ぶたを切る130mm砲の安全装置を解除、AIがトリガーを引いた。

 長い砲身から穿たれた砲弾が、低い放物線を描いてイタリカの城門付近に炸裂した。爆裂とその破片が盗賊たちを吹き飛ばし、粉々に引き裂いていく。

 

『よし、先陣は崩れた。全機散開し、盗賊の左右から包囲せよ』

『了解!』

 

 いきなりの爆発に腰を抜かした盗賊たちを、さらに外側から囲むように戦術機中隊が包囲を始めた。雨宮大佐の迅速な指示『49式戦術歩行戦闘機・疾風』が12機が散開、ヘリコプター中隊から離れて先行する。

 素早くイタリカ城門前に展開し、華麗な着地を見せた鋼鉄の巨人。盗賊の左右を挟み込み逃げ場を塞ぎ、突撃砲での攻撃を開始した。

 36mmの機関砲が吹き荒れ、盗賊たちに対して死の雨が降り注ぐ。投石器などの危険な兵器たちは、突撃砲にマウントされた低圧120mm砲の直撃で吹き飛ばされる。

 

「よぉし、俺たちも負けるな!スズメバチ全機、空から掃討を開始せよ!」

 

 爆撃ヘリのスズメバチが12機、尾部のガトリングガンを展開し戦闘行動を開始。他の部隊に負けじと、盗賊たちを追い詰め始める。

 まるで獲物のミツバチを追い立て殺すかの如く、スズメバチは集団で襲い掛かる。ガトリングガンだけでなくロケット弾や投下爆弾など、持てる火力のすべてを盗賊たちにぶつけ続ける。

 遅れてやってきた強襲ヘリのアオムラサキも攻撃に加わり、中の兵士たちによる対地掃射が始まった。最初に攻撃を行った多脚戦車中隊もジリジリと進撃し、盗賊たちを追い詰めていく。

 盗賊たちは蜘蛛の子を散らす様にその恐怖から逃げ出そうとするも、上からヘリ部隊に攻撃され、左右を戦術機に塞がれ、後方から多脚戦車が迫る。逃げ場などなかった。

 

 

 

 

 

 

 ミューティーは運がよかった。

 彼女は攻撃が始まったとたんに恋人と共に逃げ出そうとしたが、その恋人が爆発によって吹き飛ばされ、さらに隣にいた盗賊仲間まで粉々に粉砕され、ミューティーは戦慄した。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 

 その後の彼女に出来たのは、この地獄が過ぎ去るまで惨めに縮こまり、仲間の死体や破片に身を隠し、盗賊に加わって悪事を働いたことに懺悔する事だけだった。

 

「助けてぇ!助けてくれぇ!」

「なんで巨人がここにいるんだよぉ!!」

「死にたくない死にたくない死にたくない!!」

 

 一目散に逃げ出す者、疑問を投げつける者、ミューティーと同じく命乞いをする者。他の盗賊達は完全に統率を失っていた。

 

「ちくしょう!ちくしょう!」

 

 それでも弓を空に放ち、抵抗する者も居る。しかし遥か高くから攻撃をするヘリコプターには一切当たらず、虚しい反撃はガトリングガンの掃射により沈黙した。

 

「逃げろぉ!門の中へ逃げろ!」

 

 追い詰められた盗賊達が、イタリカの東門の中へと殺到する。追い詰められた盗賊達が、家畜の豚の様に一か所に集まる。

 

 

 

 

 

 

 門の内部では近接戦闘が始まった。

 すでに戦闘を始めているのは、ノーマ、Hal-27、そしてロウリィの三人である。

 

「フフッ、フフフフ。アハハハハハハハハハハッ、アハハッ!」

 

 ロウリィは東門に降り立つなり、重たいハルバードを振るって盗賊の一人の首を刎ねた。返り血がロウリィのハルバードと服にこびり付き、彼女の恐ろしさを加速させる。

 

「私も混ぜて頂けないかしらぁ?体が熱くて仕方がないのぉ!」

 

 突然現れたエムロイの神官少女に呆気にとられる盗賊たち。しかしこの世界の常識のサガと言うべきか、盗賊たちはたかが小娘と侮っていた。

 

「へっ、何がエムロイの神官だ!やっちまえ!」

「うらああああ!!!」

 

 ロウリィへ一斉に襲い掛かる盗賊たち。槍や斧を構え、一斉にロウリィを叩きのめそうと突撃する。その集団に対しても臆することなく、ロウリィはハルバードを構えて身を屈め、足を踏み出し目の前の盗賊へ突進した。

 

「アハハッ!」

 

 笑い声と共に引き裂かれる盾と鎧、そして盗賊の肉が真っ二つに吹き飛ばされ、二等分される。盗賊の一団が突破され、無防備な背中に向けてハルバードが振りかざされる。その刃は盗賊の肉と骨を断ち、完全に切り裂いた。

 すかさず更なる一団へと切り込むロウリィ。

 砲弾のごとく突進するロウリィに対し、盾を持つ一団が間から槍を向ける。だが、その刃は身を屈めたロウリィを掠め、躱される。盗賊がありえないものを見たその瞬間、ハルバードは盾の一団を切り裂き、切り裂いた身体を大きく吹き飛ばした。

 

「このぉ!」

 

 オークもかくやという屈強な大男が、斧を持ってロウリィに背後から襲い掛かる。死角からの大ぶりな一撃は、当たればロウリィの頭を勝ち割っていたはずである。だがその一撃は横からの乱入者によって脳天を撃ち抜かれる。

 栗林による援護射撃だった。一撃で大男の兜は粉々に砕け、中の頭蓋骨すらも粉々に粉砕し、身体は力なく地面に倒れ伏す。

 

「お見事ぉ!」

 

 突然の乱入者に臆することなく、盗賊たちは栗林に狙いを定めて襲い掛かる。それに対し栗林は銃剣付きの38式小銃を右手に持ち換え、その刃先を盗賊の首に突き刺した。

 

「まだまだぁ!!」

「チッ……!」

 

 背後から別の盗賊が、銃剣を引き抜く隙を狙って襲い掛かる。拳銃を引き抜く暇もないと思った栗林は小銃から手を放し、エグゾの出力に任せた右手拳を盗賊の腹に思いっきり突き立てた。

 エグゾに搭載されたソニックハンドの衝撃波が、鎧を着こんだ盗賊の腹を粉々に粉砕し、大きく吹き飛ばす。腹を殴られた盗賊は内臓がぐちゃぐちゃに潰れ、民家の壁に叩きつけられる。

 

「よし!」

 

 格闘戦が思いっきり決まった栗林は小銃を再び手に持ち、戦闘を続けるロウリィと背中を合わせる。二人の格闘女は、にやりと笑っていた。

 

「シッ!!」

「でやぁ!!」

 

 Hal-27とノーマのコンビも、城門の内部での戦闘を続けていた。ノーマが長剣で盗賊たちに切りかかり、袈裟懸けにねじ伏せていく。

 

「なんなんだこいつの強さは!?」

「盾だ!盾を構えろ!」

 

 盗賊たちがロウリィの時と同じく盾を構え、一気に突進してきた。右手に雑多な武器を盾の間から構え、ノーマを鎧ごと滅多打ちにしようと集団で襲い掛かった。

 だがその盾の集団は、ノーマの後ろから現れた小柄なHal-27の射撃によって相殺された。弾丸で盾を貫かれ、鎧ごと盗賊たちは崩れ、ノーマに一撃を与える事すら叶わない。

 

「なんだあの攻撃は!魔法か!?」

「弓持ってる奴はあの女を射ち殺せ!」

 

 ノーマの安全と活路を開くべく、Hal-27はダメ押しとばかりに銃にマウントされたグレネード弾を放った。40mmの擲弾がまっすぐ飛んで炸裂し、爆発と破片で弓兵を粉々に吹き飛ばす。

 

「貴様らどうした!正規軍兵士がその程度か!」

 

 開かれた活路にノーマが切り込み、残りの盗賊たちを袈裟懸けに切り伏せていく。その剣裁きは騎士団として戦闘訓練を受けた本物の剣撃であり、散らばった盗賊たちとは技量が違う。鎧の隙間を正確に切り裂き、盾で防ぐなら足で盾を蹴り飛ばしよろけさせた。

 

「立ったまま死になさい!」

 

 Hal-27はノーマの背後を守りつつ、彼女も近接戦闘を仕掛ける。右手の爪先で敵の鎧の隙間を鋭く切り裂き、首筋から雨のような血しぶきを浴びる。

 そんなことも気にせずHal-27は転がるようにステップを踏みしめ、スライディングで盗賊の下に滑り込む。そのどてっ腹に対して小銃弾を撃ち込み、股の間を潜り抜け、すかさず足を踏みしめる。

 片足だけで飛び上がり、盗賊の集団に向けて再びグレネード弾を放った。

 空中で炸裂した擲弾により混乱したその隙を、今度はロウリィが駆け抜けた。

 

「いいわよぉ!いい連携ねぇ!」

 

 彼女もHal-27を祝福するかの如く、彼らと連携した。ハルバードを大きく振りかざし、その一撃で盗賊の首が幾つも刎ねられ、さらなる血しぶきが彼女を汚す。

 

「くそっ!槍持ちは集まれ!やるぞ!」

「足だ、足を狙え!」

 

 盗賊達の槍持ちが集まり、ロウリィに対して一斉に槍先を刺突する。だが足を狙って突き刺さる筈の槍先は、ロウリィが大きく飛び上がった事により全て回避される。

 

「アッ、ハハハハッ!!」

 

 空中から捻られた斬撃が、囲んでいた盗賊達の首を全て刎ね飛ばした。唖然とする他の盗賊達は、恐怖に押し切られてしまう。

 

「に、逃げろぉ!!」

「化け物だぁ!!」

 

 東門から外へと飛び出そうとする盗賊達。

 しかし、覚えているだろうか?城壁の外でも地獄が広がり、外の盗賊達が一斉に東門の中へと殺到していた事を。

 

「押すな!どけぇ!!」

「中に入れてくれぇ!」

「やめろ!中も外も地獄だぞ!」

 

 中に入ろうとする盗賊と、外へ出ようとする盗賊が押し合い圧し合い、おしくらまんじゅうの様にごった返し始めた。

 人と人とが押し合いへし合い、あまりに狭すぎまで剣を振るうことすらままならない。身動きが取れなくなった盗賊達は、完全に逃げ場を無くした。

 

「のわっ!?」

 

 そんな盗賊達に向け、赤い光の刃が轟いた。閃光が盗賊達の盾を赤く切り裂き、人の腕が焼き切られ、溶けた鎧が盗賊達を苦しめた。

 

「な、なんだぁ!?」

「熱い!熱い!」

「俺の腕がぁ!!」

 

 その光の正体は、IDL小隊による盗賊集団に対するレーザー照射である。LAVの上から近接戦闘を援護するべく、門内部の盗賊達を切り裂いている。

 

「照射照射!切り裂けー!」

 

 射手のアイナがとにかく引き金を引き続け、レーザーを乱射する。一か所に集まってしまった盗賊たちはレーザーのカモにされ、真っ二つに切り裂かれていく。

 

「あいつら派手にやるなあ」

 

 そんな様子を陰から援護するのは、伊丹と富田、そして42式の三人である。伊丹の銃剣も血に塗られ、何回か格闘戦を仕掛けた後だった。富田は栗林とロウリィの背中を援護しつつ二人を回収するために前進。42式は格闘戦が苦手なために富田の援護に回ってもらった。

 

「富田、42式、とにかく俺たちは援護に徹する。四人の背後を守れ」

「り、了解です!」

「まかせてよー!」

 

 

 周囲の盗賊を銃撃で撃ち殺し、42式が散弾で集団を蹴散らしていく。だが城門内の盗賊はまだ百人近く残っており、この人数での掃討は難しい。

 

「この野郎!!」

「おっと」

 

 横からまだ蛮勇を失っていない盗賊が迫り来るが、伊丹は最小限の動きのみで剣先を回避し、横に回り込んで銃剣で一刺しに脇腹を貫く。ダメ押しに小銃の引き金を引き、わずか数秒で撃ち殺す。

 人間の臓器の配置上、脇腹を刺されるというのは肺と心臓を同時に損傷するという事。的確に人間の弱点のみを狙った一撃だった。

 

「た、隊長?」

「構うな富田、もうすぐ門内の掃討が始まるぞ!」

 

 栗林とは別のベクトルで格闘戦に慣れている伊丹。どこでその急所の貫き方を学んだのか富田は疑問を持ちつつも、命令通りロウリィと栗林の援護のためにさらに前進を続けた。

 

『こちらアイレフ1、まもなく門内の掃討を開始する。担当戦域から退避されたし」

「やっべ、ホントに来た!ずらかるぞ!」

 

 その通信と共に伊丹達の頭上を疾風がフライバイし、城門の中に留まってホバリング。そして突撃砲を構え、目標のロックオンを開始した。

 予想より早い戦術機の登場に慌てた三人は、未だに暴れ続ける四人の回収に向かう。栗林を富田が米袋のように持ち上げ、伊丹はロウリィを抱え込んでその場から離脱する。Hal-27は戦術機の跳躍ユニットの音が聞こえた時点で、ノーマを持ち上げて一目散に退避した。

 

「全員伏せろ!!」

 

 伊丹の言葉と同時に、疾風の目標ロックが終わった。

 両手の銃口だけでなく、背部の武装保持担架の突撃砲の銃口も向けられる。カウントが0になり、門の中へ36mm砲弾の嵐が吹き荒れた。一つ一つの機関砲弾が炸裂し、盗賊たちが粉々に砕けて血しぶきと化す。

 わずか数十秒で城門に詰まっていた盗賊たちが、全て豚のように消え去った。

 

 

 

 

 

 

「ば……バケモノ……」

 

 集団の後方で指揮を執っていたピニャとハミルトンは、その光景に絶句していた。城塞もかくやという巨人が空を飛び、盗賊たちに魔筒の先を向け、火を噴いた。光弾が盗賊たちを次々と貫き、粉々に吹き飛ばし、家畜のように挽き殺されていく。

 すでに城門の外は死屍累々となり、鉄の怪物たちが死体を取り囲んでいる。

 

「鋼鉄の蜂、鋼鉄の天馬、鋼鉄の巨人……」

 

鋼鉄の巨兵達が盗賊を取り囲み、城門の外側で華麗に着地した。その威容は美しく、オークやジャイアントオーガの様な野蛮さの欠片も存在しない。まるで美しい石像が武器を持ち、規律と統率を持ってして美しく舞うような戦い方。

 その美しさとは裏腹に、舞は絶対的な暴力でもあった。

 その光景は、まるで神話の戦いの如き戦いである。

 

「一体何なんだ、あれは……」

 

 いや、神話の戦いですらもこうはならない。

 神話の戦いにも誇りがあり、名誉があり、戦いの美しさがある。

 だが、このバケモノたちにはその神ですら敵わないのではないか?

 名誉も誇りもすべて、一瞬にして否定する。

 絶対的な力によって敵をねじ伏せる。

 すべてを破壊しつくし、人も馬も亜人も、全て家畜のように殺していく。

 たとえ神の軍勢でも、ねじ伏せるであろう絶対的な悪魔。

 

「ヒッ……」

 

 巨人がピニャに目線を向ける。

 美しい兜と鎧に身を包み、赤く美しい光を放つ目をじっと見つめている。

 ピニャにはその巨人そのものが、神に代わる新たな秩序にすら見えた。

 

「殿下……我々は、夢を見ているのでしょうか……?」

「ハミルトン……これは夢ではない、妾も同じ夢を見ておる……」

 

 この日、ピニャ・コ・ラーダは初めて敗北した。

 盗賊に、ではない。この何もかも破壊し、何もかも殺しつくした日本国国防軍に、その誇りのすべてを打ち砕かれたのだ。

 

 

 

 

 

 

「終わったねー」

「ああ」

 

 イタリカの戦いが終わった後、42式と伊丹は言葉を交わす。

 

「にしても3個中隊全部投入するなんて、上の人たち大盤振る舞いだな」

「それほど今回の鬱憤たまってたんだろうねー。ガス抜きも重要だしー」

 

 周囲には戦術機や多脚戦車などが整列し、上空にはアオムラサキがホバリングし歩兵をラぺリングで下ろしている。さらには、アオムラサキよりも巨大な輸送ヘリコプターがゆっくりと降りてくる。国防軍の大型輸送ヘリ『クロメンガ』だ。

 車両と共に降りてきた歩兵たちは、盗賊の生き残りを捕虜として1か所に集め、彼らに手錠をかけて無力化していく。

 第1戦闘団の多脚戦車部隊も、前腕部を稼働させて瓦礫の撤去を行っている。第6戦闘団の戦術機も同様に作業を開始し、せわしく移動していた。

 

「あ、伊丹隊長!」

「お、ハルか。大丈夫そうだな」

 

 伊丹のもとへ合流したHal-27は、少し血に濡れた格好で敬礼した。

 

「おいおい、かなり汚れてるな……」

「帰ったら、お風呂入りたいです!」

 

 彼女も相当近接戦闘を行ったのか、カーボン製の爪はかなり刃こぼれしており、小銃も銃身が熱く焦げていた。

 

「で、そちらの方がノーマさん?」

「うん、ちょっと助けちゃってさ」

 

 騎士ノーマも、善戦した割にボロボロだった。鎧の一部がへこみ、片手剣は完全に刃こぼれして剣としての役割を終えている。

 

「……イタミ殿、はじめてお目にかかります。騎士ノーマ、ハル殿に命を助けられました」

「生きているならよかったさ。その命、大切にしろよ」

「……はい」

 

 伊丹のその言葉に、ノーマは深くうなずいた。

 

「それよりイタミ殿、あの怪物たちはそなた等の軍勢の物か?」

「ああ。あれらこそ俺たちの戦争における主役達、人間が従える兵器たちだ」

 

 その言葉に、ノーマは絶句した。あの怪物たちが、人間の操る兵器だと言うのか。

 

「兵器……もしやハル殿たちも、あの強さ、兵器なのか?」

 

 ノーマは恐怖を抑えつつ、恐る恐る伊丹にその疑問を投げつける。

 

「いいや、彼女たちは違うさ。確かに体は鉄と機械でできていて、人間が殺すためにわざわざ作り上げた」

 

 

 

 

 

 

「でも、それでも、彼女たちは紛れもない人間なんだ」

 




42式に続き、Hal-27のビジュアルもイラストで描いてみました。
【挿絵表示】
ショートヘアに赤いメッシュが特徴で、42式よりも小柄です。


・49式戦術歩行戦闘機・疾風
日本国国防陸軍が運用する第三世代型戦術機。国産第一世代戦術機である『雷電』の後継機であり、機体の軽量化と高性能な電子制御による高い機動性を発揮する。
欠点としては、極限まで切り詰めた設計から来る汎用性の低さ。
元ネタはオリジナル。

・CTH-47大型輸送ヘリ・クロメンガ
国防陸軍が運用する全長50mにもなる超大型の輸送ヘリ。4発のエンジンと巨大な図体にふさわしい搭載能力を持ち、52名近くの兵員、又は24機の装甲外骨格を搭載できる他、多脚戦車を吊り下げての飛行も可能。
ちなみに巨大な図体からは想像できないほどの機動性を持ち、バレルロールだってできる。ただしデカすぎるため運用可能地域は限られる他、コストと燃費が無茶苦茶に悪い。
本作オリジナルの兵器。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP.17 薔薇騎士団、交わらぬ者たち

随分と遅れてしまいました、申し訳ない。
ですがそれなりのボリュームにはなったので、どうか楽しんでください。


 

 

「ハイヤッ!ハイヤッ!」

 

 アルナスまでに至る街道を、馬の限界速度で走り続ける一団が居た。急ぎすぎなのか馬から土煙が轟々と上がり、隊列が前後に乱れている。

 

「ボーゼス!急ぎすぎだ!後続が落伍しているぞ!」

「まだ遅い!ピニャ殿下が私たちを待っておられるのよ!」

 

 そう言ってイタリカまで急ぐのはピニャの部下、ボーゼス・コ・パレスティーである。副官のパナシュ・フレ・カルギーが速度を落とすように促すが、ボーゼスはそれでもなお急ぎ続けた。

 

「今は少しでも早くイタリカへ向かわなければならないわ!数が足りなくとも戦い方はある!」

 

 ボーゼスはそう意気込むが、本当は間に合うかどうか怪しかった。騎士団全員を含めれば300人に昇るが、技量や戦力はともかく、実戦経験が少ない。このような長距離行軍も初めてであった。

 

「絶対に間に合わせるのよ!ピニャ殿下の為に!」

 

 何人かが落伍しようとも、ボーゼスは尊敬するべき上司であるピニャを助けるべく、足を急いだ。

 

 

 

 

 

 

「なんだこの惨めさは……」

 

 帝国第三皇女ピニャ・コ・ラーダは、この異様な光景に愕然としていた。広い応接室に居るのはピニャと領主のミュイ公、そして敵であるはずのコクボウグン。

 勝ったはずなのに、精神的に負けていた。それもそうだ、最終的に盗賊たちを蹴散らしたのはコクボウグンの方であり、騎士団ではない。だから、この場で主導権を握っているのは彼らの方だ。

 鋼鉄の天馬、鋼鉄の象、鋼鉄の巨人、そして大地を焼く強大な魔導。あの力が牙を剥けば、帝国の穀倉地帯であるイタリカは陥ちる。いや、今この場で陥されようとしている。

 

「まず第一として、我々国防軍はイタリカ周辺の治安維持のため駐留の許可をもらいたいです」

「くっ……」

 

 交渉役として任されたハミルトンが、コクボウグン側のが言い放った条件に歯軋りをした。

 ハミルトンとしては1番認めたくない条件だ。コクボウグンになるべく譲歩してもらえるよう、反論して条件を釣り出す。

 

「それは……重々承知しております。しかし、イタリカは我が国の穀倉地帯として重要であります。手放す訳にはまいりません。何とかなりませんか?」

「無理です。今後もイタリカが襲われるような事態があれば、我々は見過ごせませんから」

 

 相当屈辱であるが、どうやらコクボウグンはこの件をダシに駐留の許可を貰いたいらしい。

 本来ならばイタリカを奪われるに等しい屈辱である。だが街を救ったのは彼らなので、住民たちはむしろそれを受け入れてしまう。騎士団側の条件は厳しかった。

 

「で、ではせめて帝国軍……いえ、我々騎士団だけでも繋がりを保てませんか?」

「ふむ……でしたら、我々と騎士団が同時に駐留するというのはどうでしょうか?」

「同時に、ですか?」

「はい。無論、お互い手出しは無用です」

 

 ハミルトンは相手側が譲歩してくれた事に驚きつつも、少し考えた。

 敵の狙いは、住民の賛同を受けつつ支配地域を拡大する事。その第一段階としてイタリカが奪われそうになっている。

 だがそこに帝国軍の一組織である薔薇騎士団の駐留を同時に認めてくれるというのは、相当な譲歩であろう。これ以上、相手側から良い条件は引き出せそうにない。

 

「……分かりました。では、条件に関しては後ほど」

「はい」

 

 ハミルトンは裏があると思いつつも、その条件を受け入れる事にした。最終的な協定は以下の通り──

 

・ひとつ。コクボウグンはイタリカ周辺の治安維持のため騎士団と共に駐留。その際、お互いに対する危害は協定違反とする。

・ふたつ。フォルマル伯爵家並びに帝国第三皇女ピニャ・コ・ラーダは、ニホン国からの使者を仲介する事。その滞在と往来における無事を保障する義務を負う。

・みっつ。ニホン国、およびアルナス協同生活組合は今後フォルマル伯爵家領内、およびイタリカ市内での取引において発生する各種税金を一部免除する。

・よっつ。捕虜に関しては帝国側に委ねる事とするが、18歳以下のヒト種、および女性兵に関してはコクボウグンが身柄を引き取る。捕虜はジンドウテキに扱う事を誓い、各種暴力、拷問、放逐などの行為は協定違反とする。

 

「これでも譲歩してくれた方のなか……」

「はい。力及ばす申し訳ありません」

 

 ピニャは協定文を受け取る際、ハミルトンに小声で言葉を漏らした。

 

「いやいい、お前はよく頑張った」

「はい……」

 

 ピニャは彼女を労いつつ、朱印を押した。

 

 

 

 

 

 

 ……だが、その数時間後。

 

「な……なな、なんてことをしてくれたんだ!!」

 

 ボーゼス・コ・パレスティーは、ピニャに盃を投げつけられ呆然とした。城門に入ってピニャから話を聞こうとした瞬間、彼女はいきなり怒りを露わにしたのだ。

 

「はぁぁぁぁぁぁ……ど、どうしようこの始末……」

「ど、どうしたのです殿下?ボーゼスは一体何を?というより……」

 

 ボーゼスを庇うパナシュも、ボーゼスと同じく激しく困惑していた。

 

「何故アルヌスの連中がイタリカに駐留しているのですか!?」

 

 なぜなら周囲には見たことのない服装をした異界の軍人たちが、イタリカに平然と居座っていたのだ。

 

 彼女たちのすれ違いは、数刻前に遡る。

 

 ボーゼスは商談交渉を終え、イタリカから帰還する最中の第三偵察隊と出会した。伊丹と42式が説得に入ろうとするも、ボーゼス達は2人に暴行を振るい、協定違反が発生した。

 伊丹の指示で第三偵察隊は逃走。結果として、伊丹と42式は薔薇騎士団の捕虜になったのである。

 そして意気揚々と援軍として凱旋し、捕虜二人を連れてイタリカ入りをしようとしたボーゼス達薔薇騎士団本隊。しかし、イタリカには国防軍の部隊が駐留することになったので、城門の前で通行止めを食らった。

 その国防軍の兵士たちをアルヌスの敵の仲間だと確信したボーゼス等は、剣を引き抜いて切りかかろうとした。イタリカは無念にも敵の手に落ちたと思ったためである。

 しかし、今にも切りかかろうと剣を振りかざしたその瞬間、騒ぎを聞き門から飛び出したノーマに──

 

「何をしているボーゼス!!!」

 

 と、思いっきり助走を付けて顔面を殴られたのだ。

 ボーゼスたちはまず激しく困惑した。異世界の軍勢に占拠されたと思っていたイタリカに、同じ騎士団仲間のノーマが居たのだ。次いでハミルトン、グレイの姿も騒ぎを聞きつけてやってきた。

 困惑しつつも、同じ騎士団を殴ったことに対してパナシュが抗議したところで、ハミルトンの方から「協定破り」という単語が出てきたのを聞き、二人は何か自分たちの知らないところで何かが起こっていると感じた。

 とりあえずイタリカには上官のピニャがいると言うので、彼女に話を聞くことにしたのだ。ピニャが生きていると知ったボーゼスは、敵軍に殿下が凌辱されているのではと疑ったが、案の定ピニャは何もされておらず平然としていた。

 その彼女から詳しい話を聞かされる筈だったのだが、そのピニャもノーマと同じように怒りを露わにし、ボーゼスに手に持っていた銀杯を投げつけたのだ。

 

 呆然とするピニャに代わり、ハミルトンが協定のことを説明し始める。

 曰く、盗賊の正体は異世界軍ではなかったこと。

 そしてその盗賊を倒すために異世界軍と共闘したこと。

 盗賊を一方的に倒した異世界軍改めコクボウグンは、街を助けた条件として駐留権を求めたこと。

 交渉の結果、薔薇騎士団はイタリカから追い出されることを防ぎ、お互いに危害を加えないという協定を結んだこと。

 

「つまり、我々は……」

「ああ、協定を結んだその日に此方からそれを破ったという事だ」

 

 それらすべての説明が終わった時には、さすがのボーゼスも絶句していた。

 今にも気絶してしまいそうな勢いであるが、胃に堪えるのはピニャの方だ。

 

「この一大事、どうして償おう……ハミルトン、二人はいったいどのような状態で……」

「えっと、あちらに……」

 

 ピニャが目線を変えた先にいたのは、医術者らしき兵士から顔の手当てを受けるボロボロの伊丹と、対照的にピンピンしている42式の二人だった。

 

「どうもー」

「え?はえ?ヨンニイシキ殿は大丈夫なのか?」

「ええ、私は大丈夫ですけどー?」

 

 そう言っている42式は明らかに不機嫌そうであったが、身体に関しては全く無傷だった。立っても問題ないようであり、痛みも感じていないのか、壁に寄りかかって腕を組んでいる。

 

「あの男はともかく、あの女に関しては籠手で殴り付けようとも、鎧のつま先で蹴り上げようとも、馬で引きずろうとも、まったく堪える様子がないのです。まるで痛みを感じぬが如く、鉄のように……」

「ああ……お前たちの暴行がどれだけ酷かったのか今分かった」

 

 ボーゼスたちにはあとで罰を与えなければならないと思いつつ、42式を改めて見る。

 彼女の服装は確かにボロボロになっており、女だからと手加減したりせずに無数の暴行を加えたことは確かなようだ。しかし、42式は不機嫌でありながらも飄々としていた。

 

「ま、伊丹隊長は人間なのでボロボロですけどー、私はこの程度の暴力なんて気にもなりませんからー」

「え?」

 

 人間ではない、という意味深な言葉にピニャは引っかかったが、42式はそれを無視した。

 

「42式、怒ってるな……」

「ええ、とんでもなく」

 

 彼女の態度は明らかに不誠実な態度であるが、事情を知る雨宮大佐と建軍大佐には、彼女が不機嫌な理由がなんとなくわかっていた。

 要は42式にとって親しい伊丹が敵兵にボコボコにされ、その元凶が目の前にいる。にもかかわらず、殴り返すことは協定上出来ない。それが心底不満なのだ。

 

「てかー、部隊の仲間置いてきちゃったのでー、伊丹隊長を連れて帰っちゃだめですかー?」

 

 面倒くさそうに、42式はここから離れてアルヌスに帰ろうと話を誘導する。42式としては殴られた元凶が目の前にいるのは腹の虫がおさまらないため、さっさと帰ってしまおうとしたのだ。

 しかし協定破りの件を許してもらおうと考えるピニャは、しどろもどろになりながらも彼女を説得する。

 

「ま、待ってくれ!せめて、せめて妾たちの手で治療させてくれないか?」

「生憎ですけど、衛生兵がいるんで」

「え、えっと……ならば!」

 

 ピニャが無い手札からカードを引き出そうとしたとき、助け舟を出したのは意外にも敵である国防軍の指揮官だった。

 

「あー、ゴッホン!……その件について、少しよろしくて?」

「はっ!はひっ!!」

 

 今まで沈黙していた雨宮大佐が喋ったのを聞き、焦ったピニャは思わず声が上ずる。

 

「えー、まず協定破りの件は上に報告しなければなりません。当然ですね、協定はお互いの駐留権を侵害しないためのものですら」

「うぐっ……ほ、ほんとうにすまない」

「いえ、別にそこまで謝らなくても結構です」

 

 その言葉がひどく冷酷に聞こえたのか、ピニャはさらなる冷や汗を流した。

 

「しかし、彼女たちが協定の内容を知らなかったのは致し方ありません。これには再考の余地があるでしょう」

 

 だが、雨宮大佐の配慮がこもった言葉にいったん安堵する。大佐クラスとはいえ、一指揮官の言葉に一喜一憂する第三皇女というのも情けない話であるが、今のピニャにはそんな余裕などない。

 

「ピニャ殿下、この変な格好の女は……?」

 

 ボーゼスが小声で聞いてくる。

 

「聞いて驚け、彼女はイタリカに駐留した部隊の指揮官、その片割れだ」

「な!?あの痴女のような格好で指揮官の片割れ──」

「シッー!!」

 

 危うく失言する寸前のボーゼスの口を、ピニャは思いっきり掴んで黙らせる。

 

「えー、そこでなのですが……ピニャ殿下、第三偵察隊がアルヌスに帰還するのに便乗して、さらに上の指揮官に直接謝りに行くというのはいかかですか?」

「え、え?それはどういう……」

 

 ピニャはその言葉の真意が分からず、ボーゼスを黙らせていた手を放す。

 アルヌスと言えば、彼らコクボウグンが不当に占拠する敵の本拠地だ。その敵だらけの場所に自ら赴くというのは、ほぼ人質に近い危険な行動である。

 帝国第三皇女たる自分を、これを口述に捕虜にしようというのか?ピニャは背筋がうすら寒くなった。

 

「別に殿下のことを人質にしようという魂胆ではありません。ただ、誠意を見せたいというなら直接"上の人間"に謝罪する方が、お気持ちも伝わると思いますよ」

「妾が、直接アルヌスの将軍に……?」

「ええ、聞くところによれば殴る蹴るだけでなく馬で引きずる等の()()()()()を加えられたというらしいですよね?確か捕虜虐待も協定違反のはず。なので、今回の件は直接謝罪に向かったほうがよろしいかと」

「うぅ……分かった、此方で話し合おう」

 

 これに関しては回避のしようがなさそうだ。何せ、最初に協定破りをしたのは自分たちの方なのだから。

 

「ゴホン……私からもよろしいですか?」

「は、はいっ!!」

 

 今度は男性指揮官の方が咳払いをした。

 まだ何かあるのか!?と身構えるピニャに対して、健軍大佐は忘れていたことを指摘する。

 

「ボコボコされた伊丹を寝かせておくベッドが必要なのですが……生憎我々はテントの類をまだ持ち込めてないので、ここの施設をお借りてもよろしいでしょうか?」

「あ、ああ!それは妾が用意しよう!!メイド長!!」

 

 ピニャはメイドを呼び出すためのベルを、ベルが壊れんばかりの勢いで振り、メイド長を呼びつけた。

 

「殿下、此方に」

「メイド長!伊丹殿を寝かせるための、最上級で最高級の客室と、メイドたちのもてなしを用意してくれ!頼む、今すぐだ!」

「かしこまりました、直ちに」

 

 メイド長は慌てているピニャの命令を事務的に受け取り、すぐにフォルマル家のメイドたちに仕事に取り掛かるように伝えた。

 

「雨宮大佐……うまく話をまとめたな」

「いえ、帝国の第三皇女との窓口を開ける絶好のチャンスです。すでに上も準備済みらしいのでね」

 

 嘉茂大佐が苦笑いをしながら言った言葉に、雨宮大佐はさも当然と言わんばかりに笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 さて、伊丹本人はしばらく気絶していた。彼はイタリカ宮殿の中で最高級の客室に連れてこられ、ベットに寝かされる。

 

「では、我々はこれで。あとはお願いします」

「はい、かしこまりました」

 

 メイド長が返事をすると、運んできたコクボウグンの兵士達が客室を後にする。その様子を見計らい、42式は伊丹に声をかける。

 

「気絶したフリはもう大丈夫そうだよー。聞き耳を立てる輩は居なくなったよー」

「ん……そう。んじゃ起きるわ」

 

 そう言ってむくりと、上半身を起こす伊丹。

 

「やはり、気絶したフリでしたか」

「気づいてた?」

「ええ、聞き耳の良いメイドがおりますので、呼吸の音で分かってしまうのですよ」

「なるほどね」

 

 伊丹達の目の前には、人間のメイド長の他、多種多様な姿をした女性のメイドが多数いた。

 捕虜輸送の時に知ってはいたが、おそらくこれが特地の人間以外の種族なのだろう。たしか、レレイは「亜人」と言っていたか。

 メイド長が紹介したのは、いかにも耳がよさそうな兎耳のメイドだった。顔は人間の面影を残しつつも、耳と手足はウサギを模している。

 演技が効かないとは恐ろしいなと思いつつも、立派なオタクとして、獣耳の女の子に出会えた事に嬉しさを感じる。後で倉田に教えてやらねばと思った。

 

「42式、協定に関してはどうなった?」

「とりあえずー、"情報共有がなされていなかった"って事で処分は保留になったよー。納得いかないけどね」

「まっ、そうだよな。通信機とか無いし、仕方ないよ」

 

 42式とそんな会話をしていたら、メイド長がその時の様子を話してくれた。

 

「その時のピニャ殿下となれば、烈火の如くお怒りになって、無礼を働いた騎士団の部隊長に杯を投げつけておりました」

「あー、あの縦巻きロールの人か。ゲガしてそうだな……」

「私達は、怪我をしたイタミ殿とヨンニイシキ殿を賓客として礼遇するよう仰せつかっております。そしてイタミ殿……」

 

 苦笑いを浮かべる伊丹を見て笑みを浮かべつつ、メイド長は伊丹の扱いについて説明する。そして──

 

「この度は、イタリカを救ってくださりありがとうございました」

 

 メイド長含め、部屋にいるメイド達全員が伊丹達に頭を下げた。恩人に礼を言うべく、それはもう深々と。

 

「そのイタミ殿に対するこの仕打ち……帝国を憎み、滅ぼす口述とするのであれば、イタリカ一同は惜しみなく助力させていただく賛同でございます。ですが、フォルマル伯爵家、特にミュイ様だけには危害を加えぬよう、伏してお願いいたします」

「大丈夫だ、大丈夫。頭を上げてくれ」

 

 深々と頭を下げるメイド達に対し、伊丹は両手で制した。頭を上げてくれるように言う。

 

「少なくとも、俺個人はあんた達に危害を加えるつもりはない。もちろん、この街にも。そもそも協定破りの件は、この街が悪いわけじゃないしな」

「そうだねー。協定を破ったのはあの姫様の部下だしー、イタリカのみんなは悪くないよー」

「ありがとう、ございます……」

 

 メイド長は心底ホッとした声で、深く安堵した。

 

「こちらの4人がイタミ様の専属です。何なりとお申し付けください」

「モームです、よろしくお願いします」

「アウレアです」

「マミーナです」

「ペルシアです」

 

 伊丹達の専属になったのは人間種のメイド1人と、亜人の3人のメイドである。

 アウレアは髪の芯がヘビのように自在に動き、ウネウネしている。マミーナは先ほど紹介してくれた兎耳の子で、ペルシアには猫耳が生えていた。

 やはり人間以外の異種族であることは間違いなさそうだ。

 

「……こっちでは、他種族の人が同じ場所で働くのは普通の事ですか?」

「いいえ、滅多にございません」

 

 メイド長は何かを含んだような声色で、その件について説明した。

 

「先代様は開明的な方でして、我々のような他種族も受け入れて働かせてくれたのです。まあ、ご趣味というのもありますが……」

「あー、そういう事ね」

 

 なんだか自分と似たような人間だなぁと、まだ見ぬ先代当主に親近感が湧いた。

 

「その……イタミ様は他種族出身者はお嫌いでしょうか?」

「そんなことはない」

 

 メイド長が恐る恐る聞くのを見て、伊丹はその懸念を否定した。

 

「ただ、ここに来てからあまり見なくて疑問に思っただけだ。それに……身近にも、似たような境遇を持つヤツがいるからな」

「まあ、私の事だねー」

 

 話題をうまく誤魔化したつもりであったが、42式の方が意識していたのか、苦笑いをしつつそう言った。

 

「ヨンニイシキ様も、ですか?」

「……ああ、一応42式は人間とは違う種族だ」

 

 その言葉には、メイドの全員が驚いたような顔をしていた。

 

「確かに……ヨンニイシキ様のこと、アウレアが"生気が感じられない"と申しておりましたが……」

「うん、そうだよー。私、生き物じゃないもんねー」

 

 42式がさらに曖昧な答えを出すと、メイド達は首をかしげる。

 

「どういう……事でしょうか?」

「そうだな……せっかくだし話すよ」

 

 伊丹としては42式のメンタルの件がある。特地の人にこの件を話すのは抵抗感があったが、おそらく同じような境遇を歩んでいた彼女達ならば偏見が少ないと、一時的に信じる事にした。

 

「42式は"自立人形"って種族に当たるんだ。その中でもさらに細かく言うと、彼女は戦闘用で……"戦術人形"って呼ばれている」

 

 伊丹は特地の人たちにもわかりやすいよう、あえて『種族』という表現を使った。

 

「センジュツニンギョウ、ですか。ですが彼女は……」

「ああ、紛れもなく人間に近い見た目をしているだろ?」

 

 伊丹の言葉に、42式は右手を振るって人間の見た目をアピールする。

 

「私たちはねー、人間を模して人間に作られた種族なの。私には父も母も居なくて、人形を作る工房で人工的に産まれたの」

「なんと……さようでございますか……」

 

 メイド長にとっても、他のメイド達にとっても、彼女の存在は衝撃的に映ったらしい。

 

「門の向こう、日本の方では彼女のような存在はたくさん居てね。軍隊だけじゃなくて、いろんなところで働いている」

「彼女達は……受け入れられているのですか?」

「表向きはね。もちろん偏見がない訳じゃないし、日本以外の国だと嫌悪感を示す人もいる。けど、俺は思うんだ」

 

 伊丹は一呼吸置き、言葉を続ける。

 

「種族は違っても、こうやって言葉を交わせる。話しが出来て、分かり合える余地がある。それって人間と同じじゃないか、ってね」

「っ…………」

 

 その言葉に、メイド達の表情も少し明るくなった。

 

「だからその……君達のことも、なんか隔たりなく感じられたんだ。こうやって言葉を交わせるのなら、いつか分かり合えるって、俺は信じてる」

 

 随分と青臭い考えだな、と伊丹は自分でそう思った。実際伊丹自身、それはまだまだ遠い理想であると感じてはいる。

 それでも言葉が通じるのならば、話す余地があるのなら、いつかは同じように分かり合えると伊丹は信じていた。

 

「素晴らしいお考えです……このカイネ、この胸に強いものを抱きました……!」

「あー、そこまで言われると困るなぁ……恥ずかしい言い方だったし……」

「フフフッ、よかったー」

 

 42式が久しぶりに笑顔を見せたのを見て、伊丹も自然と安心した。他のメイド達も、今の話でだいぶ心が解れたらしい。

 

「とまあ、この後もいろいろ話したいけれど……その前に、ちょっとお願いがあるんだ」

「はい、なんでございましょう?」

 

 メイド達は性的な事でなければ、基本全てのおもてなしには対応するつもりだ。最初に何を求めるのか気になっていたが、伊丹はある事を心配していただけである。

 

「仲間達を置いてきちゃったから、呼んで良い?」

 

 

 

 

 

 

 部屋に第三偵察隊の面々が入ってきたのは、それからわずか数分が経った後であった。一応イタリカには国防軍が駐留しているので、同じ国防軍兵士ならすんなり入れる。

 

「イヤァ、心配シマシタヨ隊長」

「ヨカッタデスネー」

「全く心配してないだろお前ら」

 

 片言で心配事を言う倉田と栗林に苦笑いしつつ、伊丹は第三偵察隊の面々を部屋に呼び込んだ。

 

「では、改めて自己紹介をさせていただきます。私はカイネ、ここイタリカ宮殿にてメイド長を務めております。こちらは右から順番に……」

「アウレア、シュゾクはメデュサなの」

「マミーナです。種族はヴォーリアバニーです」

「ペルシアですニャ、種族はキャットピープルですニャ」

 

 ひとまず、コミニケーションというのは自己紹介から始まる。それぞれが自己紹介を行い、親睦の第一歩とする。

 

「じっ、自分はぁっ、倉田武雄であります!皆さん諸共、よろしくお願いします!」

「ちょっと倉田、出しゃばりすぎ」

「ハハハッ……」

 

 倉田が自己紹介をする時には、ペルシアが面白そうに微笑んだりした事もあった。

 その後は交流会みたいなのが行われ、いろいろな意見交換などが行われた。なんだかんだ言って、偵察隊の面々はコミニケーション能力が高い。全員がすぐに馴染む。

 

「昨日の戦い拝見しました!お二人とも素晴らしい身のこなしですね!」

 

 ヴォーリアバニーのマミーナは、栗林とHal-27の格闘戦に関して気になるようだった。彼女らは質問攻めに合う。

 

「え?そう?私は普通だよ……」

「まあ、私は戦術人形だからね!」

「そうなのですか!?実はイタミ殿からセンジュツニンギョウについてお聞きしまして、どのように身のこなしなのか気になっていたんです!」

「あー、隊長喋っちゃったんだ」

「まあいいよ。実はね、私たちは人間より体が柔らかくて……」

 

 一方、IDL小隊の3人はレレイを交えてアウレアと話をしていた。

 

「ヒトの生気を吸い取れるってホントですか!?」

「うん、ソレで死ぬのを免れた子もイルよ」

「スッゴイです!まさしくメデューサじゃないですか!」

「アリガトウ……3人トモ、私ト同じくらい小さいネ」

 

 メデュサのアウレアも、同じく外見が幼いIDL小隊の面々に興味があるようであり、三人を見つめていた。

 

「メデュサはその習性から虐待されてほとんどいなくなった。私も初めて見る」

「へぇー、そうなんですか。にしてもこの髪の毛どうなっているのかなぁ?」

「?」

 

 レレイは分析をしながら彼女の髪を見聞する。アウレアは彼女達を信頼しているのか、髪を触られても気にしていないようである。

 

「このお菓子、どうやって作っているんですか?」

「フリスの事ですか?そちらは、小麦粉に卵黄と水を混ぜて、香辛料を加えて、こねて焼いただけですよ」

「へぇ……特地のお菓子は初めて食べるな。今度詳しく教えてくれないか?」

「ええ、もちろんです!」

 

 古田は特地のお菓子に夢中であった。メイドの1人からレシピを教わり、料理の話で盛り上がった。

 

「すっかり馴染んじまったな」

「ええ、ですがまあいい刺激です」

 

 伊丹は桑原にことの顛末を報告しつつ、42式を側に置いて3人で会話していた。

 

「おやっさんは話さなくていいのー?」

「老人が若い子達に水刺すのは、悪い話ですよ。この光景だけでも、孫への土産話になりますし」

「おやっさんはいっつも孫の話だよねー」

「はははっ、そうですな」

 

 伊丹もその言葉に笑みを浮かべつつ、メイド達から出された紅茶を一口飲む。柑橘系の果実が入っており、淡い太陽の香りがした。

 

「孫がいるってのは羨ましいねぇ。いつか俺たちも誰かに受け継ぐんだろうか」

「そうだとしたら、嫌なものは残したくありませんな」

「そうだねー」

 

 年齢も種族もバラバラである3人だが、不思議と考えは通じ合っていた。

 

「だからこそ、俺たちが分かり合えるように頑張るんだ。例え種族や考えが違おうとも、必ずな」

 

 若い世代が引き継いでいく為には、遺恨を残してはいけない。伊丹はそう感じていた。

 

 

 

 

 

 

 地球 新ソ連のとある民間軍事企業

 

 寒く凍てつく軍港都市、ウラジオストック。旧ロシア連邦の時代から軍港都市として栄えたこの都市に、その軍事企業の支部が存在した。

 真新しいビルの中で防諜カーテンを閉め切り、荘厳な椅子に座る人物が1人。この支部に本社の方から出向いた、社長本人である。

 この会社の社長は新ソ連の元軍人で、第三次世界大戦では実戦経験もある強者だ。だが今は一線を退き、指揮とビジネスを行う立場にある。

 

「噂のα部隊は準備完了。既に日本現地にて潜伏中、作戦開始を待つだけ……よくやりましたね」

 

 その隣で彼を褒め称えるのは、この会社に依頼を頼んだ新ソ連の正規軍人である。今では本当に貴重になった、人間の軍人だ。

 

「当然だ。昔より防諜がキツくなったとはいえ、技術というのは同時に進歩する。いくら日本の公安が優秀でも、うまくやれば潜入はできる」

「そうですか……まあ、次に褒めるのは作戦が成功してからに致しましょう」

 

 偉そうであるが、クライアントであるので強くは言い返せない。

 これから行う作戦は危険度が高い。日本は昔よりも遥かに防諜に関して厳しくなったし、実力行使も厭わなくなった。そんな国の来賓を誘拐するという任務は、報酬こそ魅力的であれど、危険極まりない。

 だが赤字続きで経営難に陥っていたこの軍事会社にとっては、藁にもすがる思いで受けるしかなかった。

 いつ捨て駒にされるか分からない中、社長として実行部隊に労いの言葉をかけなければならない。社長はそう感じていた。

 

「……そろそろ時間だ、通信を繋いでくれ」

「了解です。何度も言いますが逆探知を避ける為、通話時間は10分以内で」

 

 部下に命じ、秘匿通信を繋いだ先は日本。ウラジオストックから540km南東に位置するとある山奥。そこにある実行部隊のセーフハウスだ。

 

「聞こえるか?社長のグリシャだ」

『バッチリ聞こえてますぜ、社長』

 

 時間がないので、挨拶はそれだけにして内容を話す。

 

「では、これより……ギンザ作戦の概要を説明する。心して聞け、これが最後の通信になるかもしれん」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP.18 薔薇騎士団、皇女と国防軍

今回は短めです。


 

 その深夜、ピニャ・コ・ラーダは執務室にて大いに悩んでいた。騎士団のメンバーのうち、アルヌスへ謝罪に向かうメンバーを決めかねていた。

 コクボウグン側は「3人まで」とあらかじめ言っていたので、そのうち指揮官である自分と張本人であるボーゼスは決まっているのだが、あと一人誰を連れて行こうかと悩んでいた。

 

「グレイやハミルトンはイタリカに残しておいた方がいいな」

 

 だいぶ決まらないので、消去法で決めようとする。

 

「ボーゼス隊を指揮し続けるにも、パナシュは置いておいた方がいいが……」

 

 とすると、残るのは一人である。

 

「ノーマか。確かに男手が必要な時が来るかも知れぬが、本人がどう思うか……」

 

 ピニャは一度死にかけた彼を連れて行くことに少し悩ませるが、とにかく一度ノーマを呼んで話してみるのが良いと思い、ベルを鳴らす。

 呼び鈴によって駆けつけてきたメイドに、ノーマを呼び出すように言うと、しばらくしてからノーマが来てくれた。

 

「お呼びでしょうか、ピニャ殿下」

「ああ、少し話がある。そこに座れ」

「はっ」

 

 ノーマは対面のソファに座る。

 

「実はな、アルヌスへ向かうメンバー決めかねておるのだが、私とボーゼスと、後一人をお主に決めようと思っていてな」

「私が……ですか?」

「ああ、どう思う?来てくれるか」

 

 ノーマはピニャの言葉を聞いて少し悩みつつ、数秒待ってから答えた。

 

「私は……コクボウグンに、ハル殿に助けられた身です。それだけでなく、イタリカの東門も彼らに助けられた恩があります」

「……そうだな」

「彼らに対して恩義のようなものを感じています。もちろん、幾分かの恐怖もありますが……助けられた恩を仇で返すような真似はしたくないのです」

 

 ノーマは決意を改め、しっかりとした口調で言う。それはピニャのような国防軍に対する恐怖ではなく、恩人としての尊敬に近いのかも知れない。

 

「私は、騎士として彼らに礼をしたいです。自分達の非を謝罪を謝罪し、彼らに恩を返すことができるならば、私も行きます」

「分かった。男手は頼んだぞ?」

「はっ」

 

 こうして、3人目の騎士が決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝を待ち、伊丹達はアルヌスへ帰還の準備を始めていた。第三偵察隊所属の高機動車と36式多脚装甲車が、列を成し物資を積み込んで出発の時を待っている。

 

「ピニャ殿下……」

「ボーゼス、ノーマ、わかっている」

 

 高機動車の後部ドアにて、かなり緊張した趣のピニャとボーゼス、そしてノーマが、小声で話をしている。

 

「これから、妾らは敵の本拠地へ向かう。もしかしたら、妾のミス次第でコクボウグンは……」

 

 ピニャの脳裏に、彼らを怒らせた最悪のシナリオと、コクボウグンの軍勢がイタリカを越え帝都にまで迫る様子が見えた。幻であるが、それだけは絶対に阻止しなければならない。

 

「行くぞ。この先に帝国の未来がかかってるやもしれん」

「はい!このボーゼス、どこまでもついて行きます!」

「このノーマも、地獄の底まで!」

「二人とも、頼んだぞ」

 

 決意を新たに秘めた3人は、彼女らの目線からしたらかなり怪しいであろう高機動車に勇気を出して乗り込み、おずおずと後部座席に座った。

 

「んで、あの金髪ロールはともかく男の騎士さんも着いてくんの?」

「護衛を兼ねているんだと思うよー。Halちゃんとも知り合いだし、来てもいいんじゃない?」

「こっちからしたら面倒くさいだけなんだけどなぁ……」

 

 前席にて伊丹が愚痴るが、42式が宥めてくるのを聞いて、それ以上はため息を吐くだけに留めた。

 

「あ、ノーマさん!」

「ハル殿……貴殿もこの部隊の所属であったのか?」

「ええ。貴方達の付き添いです」

 

 ノーマのところに、Hal-27がやって来た。今回、帝国側の思わぬ要人が3人もやって来ると言うことで、護衛兼監視役として抜擢されたのだ。

 知り合って数日の男女にしてはかなり気さくに話しているが、二人はそれなりに意気投合しているので会話が弾みやすい。

 だが事情を詳しく知らないボーゼスは、コクボウグンの怪しい女兵士がノーマに気さくに話しかけるのを見て、何があったのかと聞き出す。

 

「ノーマ、このコクボウグンの女と知り合いなのか!?」

「いや、イタリカで共に盗賊と戦ったまでだ!何もしていない!」

「そうなのか?にしてはかなり入れ込んでいるようだが!?」

「いやいや!そこまではしていない!」

 

 と、昔から女好きで色々手を出しては撃退されて来たノーマを疑い、胸ぐらを掴んで問い詰めるボーゼスの様子を見て、ピニャは苦笑いをする。

 思えば、ノーマはHal-27に助けてもらわなければ死んでいたかもしれないと言う。部下の恩人にそのような感情を抱くのは、失礼にあたると思う。

 だが命の恩人がこの小さな女だと言うのが信じられない。実力者であるノーマが助けられ、イタリカでその実力を見ることになった今では信じるしかないが、それが余計に疑念を持たせていた。

 

──何者なんだ、彼女らは。

 

 少なくとも人間には見えない。人間の少女があそこまでの力を有するのは、この世界にほとんどいないであろう。それにあの金属の腕も、彼女の人間性に疑いを持たせていた。

 その様子を見ていたHal-27は、不敵に笑うのみであった。

 ちなみに、この時倉田はペルシアとしばし別れの挨拶をしていて、存分に鼻の下を伸ばしていた。ペルシアも悪い気はない様であったが。

 

「……よし、出発しよう。倉田!」

「あ、はい!出発します!」

 

 倉田がエンジンに火を入れ、高機動車が動き出した。イタリカの様々な見送りと残留国防軍軍人の敬礼を後に、彼らはイタリカを出発した。

 

「うわっ!?」

「ほ、本当に動いたぞ!」

「で、殿下ぁ!!」

 

 途中の愉快なお嬢様方の悲鳴を聞きながら、第三偵察隊はアルヌスへと向かう。途中の長い長い街道を抜け、車列は北へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

『第三偵察隊、前哨監視線通過』

 

 その数時間後、第三偵察隊の上空を無人ヘリコプターが過ぎ去った。小型で武装もない無人ヘリは彼らに信号を送り、定期周回ルートに戻っていく。

 無人ドローンが警備を張り巡らせる前哨監視線を越え、第三偵察隊はいよいよアルヌスの丘にたどり着いた。

 

「殿下、アルヌスです」

「うっぷ……な、もう着いたのか?」

 

 窓の外を見ていたノーマに起こされ、車酔いをしかけていたピニャとボーゼスは飛び起き、窓の外を見る。

 

「あれか、聖地といえただの丘だった筈だが……」

「連中、麓を掘り返していますね。砦のようなものもあります」

 

 3人が開拓により変わり果てたアルヌスの丘を見て、各々の感想や憶測を唱える。その様子がHal-27には面白くて仕方なく、口を抑えて笑っていた。

 そして車列は兵士の訓練場エリアに入って行った。そこでは建設中の施設や避難民居住地などを活用し、エグゾスーツを着込んだ兵士たちが、行進したり格闘訓練を行なったりしている。

 

「あの骨の鎧……兵士が着込んでいるが、何か意味があるのだろうか?」

 

 ピニャのエグゾスーツに関する感想は、まずその防御力の低さを見た。

 

「あんなスカスカの鎧、まるで意味がありませんわ。どこを保護しているんでしょう?」

「だが見たところ、兵士全員が着ている様だが……」

 

 この世界での鎧というのは、兵士の急所を保護して生存率を上げる為の防具としての役割である。鉄でできているのに骨組みしかないエグゾスーツは、まるで意味がないように見えた。

 

「あれは、"えぐぞすーつ"なる門の向こうの装備」

 

 その3人に割り込んできたのは、アルヌスにて国防軍の装備について自分なりに研究したレレイであった。

 

「"えくぞすーつ"は防具ではあるが、防御を目的にはしていない。特殊な装備に当たる」

「なに?防御が目的ではないのか?」

「そう。説明するより見る方が早い。あれを見て」

 

 レレイは彼らの反対側の窓、つまりレレイ側の窓から見た訓練場の様子を指差さす。その先には、一人の兵士がエグゾスーツを着込んだ状態で小ジャンプを繰り返し、目の前の巨大な壁を見上げていた。

 

「あの兵士、何をするつもりでしょうか?」

「まさか、あの人二人分の壁を飛び越えようと言うのか?」

 

 そしてタイマーが鳴り、兵士が一気に助走をつけ走り出した。エグゾスーツの出力を最大にし、三段跳びの要領でその大人二人分はありそうな壁を背面跳びで飛び越えてしまった。

 

「なっ!?」

「ほ、本当に壁を一人で飛び越えましたよ!?」

「嘘だろ!?」

 

 3人がその人間業ではない能力に驚き、目を大きく見開く。

 

「"えぐぞすーつ"は、着込んだ兵士の身体能力を向上させる」

 

 それを縫い、レレイが説明を続ける。

 

「あの骨の様な造りは、体の関節を保護し、その骨一つ一つが筋力を補助して超人的な身体能力を生み出させるもの」

「そ、そんな力があの骨の鎧に!?」

「そう。これを装着すれば女の兵士であろうと、屈強な男を殴り倒す事が可能。そしてコクボウグンはこの鎧を全ての兵士に着せている」

 

 ちょうどその時、彼らの目線にエグゾスーツのパンチ力測定をする様子が目に入った。

 小柄な兵士がエグゾスーツに力を込め、思いっきり右拳で殴りかかると、案山子として用意したプラスチックのマネキンを粉々に粉砕した。

 

「拳だけであの威力……あれを食らえば、重装歩兵であろうとひとたまりもないだろう」

「そ、それでは!剣の間合いで勝てないではありませんか!」

 

 ピニャとボーゼスがエグゾスーツの能力に絶句し、同時にその有用性を思い浮かべて戦慄した。

 剣の間合いで戦ったとしても、筋力補助を受けているコクボウグンの兵士相手には素手だけで殴り倒されてしまう。相手が武器を持っていれば、その力は亜神に近づくであろう。

 勝てる相手ではない。

 

「それだけではない。ニホンと我々では、根本的に戦術が違う」

 

 レレイは次に、小銃を持って射撃訓練を行う国防軍の兵士たちを見た。彼らは市街地を想定した的から、数百メートル離れた遠距離の的まで正確に撃ち抜いていく。その小銃を黒い物体として捉えたピニャ達が、レレイに質問する。

 

「あれは……前から気になっていたが、魔法の道具なのか?」

「違う。彼らの世界に魔法は存在しない。あれは"ジュウ"、又は"ショウジュウ"と呼ばれる武器」

「武器だと?」

 

 小銃はピニャ達が思う武器とは到底かけ離れた見た目をしていた。その事実に驚きつつも、レレイに問いかける。

 

「原理は簡単。炸裂の魔法が閉じ込められた筒の中から、鉛の塊を高速で打ち出している。その威力は絶大で、遥か遠距離から鉄の鎧ですら貫いてしまう」

「そ、そんな威力が!?」

「それでは、近づく前に我々は……」

 

 ピニャの脳裏に、イタリカでの蹂躙の様子が映し出される。あれが武器であり誰でも使える代物ならば、あのような一方的な戦いをコクボウグンはいとも容易く行えるという事だ。

 もし、あのような戦いが帝国軍相手に巻き起こったらと考えると、ものすごい寒気がした。最悪の事態を防ぐべく、戦況を一方的なものにしないためにも、彼らの銃を自分たちも作れないかと聞いてみるが……

 

「それは無理」

 

 と否定されていしまう。

 

「彼らの銃は精密で工作精度が非常に高い。見慣れない金属も使われている。多分、ドワーフの職人たちですらも作れない」

 

 帝国どころかドワーフでも銃は作れない。

 それがレレイの出した結論であった。

 正確に言えば、国防軍の銃には銃の状態や兵士のバイタルを表示するホログラム装置が組み込まれていたり、レーザー銃に至ってはバッテリーや高精度なレンズが必要など、銃以外の余計に高性能な部品を見ての結論である。

 国防軍の研究者はレレイの魔法を一応研究した結果、彼らでも魔法を使えば第二次世界大戦レベルの銃器なら作成できるかもしれない、と報告されている。

 それに必要な錬金術系の魔法の実物はレレイの専門外のため、可能性の領域であるが。

 

「そんな精密な代物を、彼らは最も容易く……」

「そう。そして作れたとしても、彼らには決して敵わない」

 

 レレイは、少し離れた場所で訓練を行う戦術機を指さした。

 舞い上がる土煙の下で、49式戦術歩行戦闘機『疾風』の小隊により4対4の模擬戦闘が行われている。

 

「あれは!あの時の鉄の巨人!」

 

 右手に長刀を持った『疾風』が、追加装甲()持ちの相手に向かって水平噴射(ホライゾタル・ブースト)で距離を詰める。

 長刀持ちが横凪に刃を振り払うが、その攻撃は追加装甲によって受け流され、かの機体に大きな隙ができる。

 だが長刀持ちはそのことを知っているのか、速度を緩めず地面に足を擦り付けて急制動。さらに跳躍ユニットを吹かして左右の機動を繰り返し、後衛からの銃撃も避けてしまう。

 

「ショウジュウのショウは小さいを表す言葉。ならばそれに相対する、大きいジュウが存在する。巨人や象が持ち合わせているのがそれ。その威力は、あなたも見ているはず」

「っ…………」

 

 戦術機部隊の後衛からは、30式多脚戦車が丘の起伏を利用しながら主砲を放つ。それを感知した『疾風』がロケットモーターを吹かして緊急回避を行い、ペイント弾が戦術機のいた場所に多数着弾する。

 『疾風』は大きく飛び上がりながらも、上空で下向きに跳躍ユニットを噴射。片手を付いて受身を取り着地する。

 どうやら戦術機と多脚戦車の共同訓練のようだ。お互いの兵器が上手い具合な連携を果たしている。

 

「鉄の巨人、鉄の天馬、鉄の象……どれも帝国の有する怪異などとも違う。知性があり、人の命令に忠実に従い戦う。なんなのだあの化け物たちは……」

 

 ピニャの問いには、レレイが答える。

 

「彼らは、大まかに言うと"キカイ"と呼ばれる門の向こうの種族」

「キカイ?」

 

 レレイは話を続ける。

 

「彼らの体は多くの場合鉄で造られていて、人間とは比べ物にならないほどの怪力を有する」

「門の向こうには、そんな化け物が……」

 

 レレイはピニャの考察に一旦は頷くが、一部の修正を挟む。

 

「だけども、彼らは決して怪異などの様な生物ではない。彼らは門の向こうでヒトにより人工的に作られた、人工的な種族」

「ひ、人があの化け物を作り出したと……?」

 

 レレイの説明に、ピニャ達はよく分からず首を傾げる。この世界では神々が実在する為に、『生命の創造』などの行為は禁忌とされている。

 だからこそ、門の向こうのコクボウグンが人工的に種族を作り出したと聞いて、その禁忌を破ったのかと恐怖したのである。

 

「門の向こうでは"キカイコウガク"なる技術が発達しており、彼らはヒトの求める用途に合わせて作られ、ヒトの世界でヒトに従事する。軍事においては、ヒトと共に戦うことがそれにあたる」

 

 レレイは42式やHal-27からの説明を受けて考察した内容を、ピニャ達に一つ一つ説明する。

 

「彼らはヒトに従事する目的のため、姿、見た目が多岐に渡る。蜘蛛の様な多足、巨人達の様な二足歩行、そして──」

「まさか、ヒトの姿をしたキカイも!?」

「そう、存在する。そこの──彼女の様に」

 

 レレイが指差したのは、ピニャ達の案内をしていたHal-27と42式であった。

 

「彼女達は人間では無い。門の向こうの"キカイコウガク"で造られた、センジュツニンギョウと言われる種族」

 

 仰天する皇女らの目線が、Hal-27と42式の二人に注がれる。

 

「長い間説明ありがとう、レレイちゃん」

「んじゃ、そろそろ私たちの説明しないとねー」

 

 42式とHal-27はレレイの代わりに説明をし始める。なんだか気だるそうにしているのは、後で猫宮に叱られないかも考えているからである。

 

「私たちは機械の中でも、戦術人形って言われているの。人間兵士に付き従って行動する為の機械ね」

「人間と瓜二つな見た目をしていて、なおかつこうして喋れるのが条件かなー。まあ見分けがつかないから驚くだろうけど、そう言うふうにデザインされているからねー」

 

 そこまで話されて、ピニャ達はイタリカで感じた彼女達の違和感の正体を掴む。

 

「お主らは……人間ではないのか?本当にヒトに作られた存在なのか?」

「……うーん、そうかもねー。公的には人間じゃなくて、キカイだし」

 

 ピニャ達はその言葉に何かの含みを覚えたが、その正体を掴むことなく彼女は話を続ける。

 

「なんと言うことですの……」

「門の向こうでは、禁忌を平気で破るのが当たり前なのか?」

 

 ボーゼスとピニャが衝撃を受け、聞き返す。

 

「禁忌?ってのはよく分からないけれど、私たちは普通に作られて、普通に暮らしているよ」

「…………」

 

 普通に暮らしている、と言う言葉が何か恐ろしい意味に感じたのか、ピニャとボーゼスは大きな衝撃を受けた。

 その中で、ノーマだけが正気を保ってHal-27を見つめていた。

 

「なぜ……こんな連中が攻めてきたんだ?」

 

 ピニャが問いかける。

 

「先に攻めてきたのはそっちでしょー?自業自得ってやつじゃない?」

「くっ……それは……」

 

 言い返すことはできなかった。

 門の向こうの相手を侮り、自分から攻めたのは帝国の方だ。強大な相手に喧嘩を売って、仕返しを受けそのまま滅びる無様な様を、誰も同情はしないであろう。

 

「帝国は……この世界はこれからどうなるのだ……」

 

 ピニャは帝国の未来を案じ、小声でそういった。

 




機械や戦術人形の事を種族扱いして良かったのだろうか……
と思いつつも、15話目になりました。

『長刀』
戦術機が装備する近接格闘兵装。EMP粒子の影響で戦術機同士の高速戦闘では近接戦闘などが多く起こるようになり、敵の装甲を切り裂いてダメージを与える兵装として開発された。
この手の兵装は世界中で様々な形態があり、イギリスは大剣、ドイツやフランスはハルバード、オーストラリアは直剣、新ソ連は椀部にモーターブレードを内蔵するなど、その国の個性が出る。日本の場合は日本刀のような、特殊な湾刀を装備する。
元ネタはマブラヴ・オルタネイティブより74式近接格闘戦用長刀。

『追加装甲』
戦術機が装備する大型の盾。重量が嵩む代わりに戦術機特有の脆弱な防御力を補うことが可能で、36mm程度であれば何発か弾く強力なフィジカルがある。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP.19 門の向こう、不穏な人々

今回は少し長めで、しかも賛否ありそうな内容があります。


 

 さて、帰還してもすぐに休めるわけではない。第三偵察隊の隊員達は一息つく前に車両の洗浄や戦術人形達のメンテナンスなどを行う。

 一方の伊丹は、参考人招致の説明を受けるべく会議室に向かっていた。

 

「はぁ〜、参考人招致だるいなぁ……どうしてこう、面倒事ばかり引き連れるんだか」

 

 と、伊丹が廊下を歩いていると右横から嫌な気配がしたのを感じ、足早に過ぎ去ろうとするが、声をかけられる。

 

「よお、伊丹。お疲れさん」

「……柳田少佐かよ」

 

 現れたのは柳田少佐で、いつものように電子タバコから水蒸気を出しながら、何かを含んだようなニヤケ顔で伊丹に声をかける。

 

「何しに来たんだよ」

「いや、俺はこれから皇女様の接待をしなくちゃいけないんだが、お前さんが参考人招致の説明を受ける前に一つ確認したいことがある」

 

 伊丹が何のことだと聞くと、柳田少佐はさも当然かのように話を続ける。

 

「人数だよ。内地に連れて行く特地住民について、候補は誰だったか?」

「は?人数って……まあ、レレイとテュカは確実として2〜3人くらいか?」

「……残念だが、その予定は変更になる」

「……は?」

 

 伊丹がその言葉の真意を、睨みつけるように問いただす。

 

「参考人招致に連れて行く特地住民に追加だ。皇女様を連れて行く」

「なっ!?お前まさか……!」

 

 伊丹は思わず柳田少佐に吠え、そのまま掴みかかろうとするも、彼は最小限の身のこなしでその拳を避けた。

 

「その通りだ。皇女様には非公式でも何でもなく、公式に国会に出て答弁してもらう」

「馬鹿か!敵国の重役の人間をいきなり国会に連れて行く馬鹿がどこにいる!」

 

 考え方としては、敵の人質を国の国会に連れて尋問するようなものだ。それは人質を大衆の奇異の目に晒すことになり、人道的に反するのではないか。伊丹はそう思って怒鳴ったのだ。

 

「伊丹、熱くなるなよ。この件は俺のせいじゃない。むしろ俺は、こういう事態は反対していたんだがな」

「っ……どう言う事だよ」

 

 何か理由があるのかと思い、伊丹は一旦頭に沸る血を落ち着かせ、理由を黙って聞く。

 

「遺族の連中が騒ぎ立てている。銀座事件を引き起こした現地住民の面を見せろってな」

「頭に血が上っている連中か……それで?」

「まず上層部の急進派は、皇女様の存在をネガティブプロパガンダに利用しようとしている」

「ネガティブプロパガンダ?」

「ああ、遺族の連中は特地を徹底的に叩いて灰にしようとしている連中だ。そしてそう言う右翼的な思想は、古来から軍隊にとっての燃料になっていた。そう言う奴らにとっては、皇女の面ってのは格好の大義名分なわけだ」

 

 つまり、急進派の連中は皇女様が国会で失言するのを求めて、わざわざ国会に出そうと言うのだ。それも皇女様と交渉して得られる利益を全てかなぐり捨てて、である。

 

「たぶんあの皇女様、このままじゃあ、まんまと思惑に乗せられて国会で無様な様を晒すと思うぞ。もしくは自己中心的な発言をするかのどちらか」

「くそっ……そうか、それが目的なら皇女様を国会に出した時点で勝ちってわけかよ。連中は、それを狙ってやろうってのか?」

「ああ。それで失言をすれば、急進派は思う存分特地を滅ぼせるからな」

 

 伊丹は頭を抱える。確かに遺族の連中からしたら、特地の人間は滅ぼしたくてたまらない害悪にしか見えないであろうが、にしたってやり方が極悪すぎる。

 こんな連中を抱えながら振り回されなければならない自分達の立場を鑑み、ため息をつく。

 

「それだけじゃない。遺族の連中、悪魔に魂を売り渡してでも特地を滅ぼす大義名分が欲しいらしい。これを見ろ」

 

 柳田少佐はタブレット端末を取り出し、何枚かの写真を見せる。

 

「石川県羽咋郡賀町の海岸で見つかった不審船の残骸だ。すでに中身はもぬけの殻だった」

「このヨット、中華連邦製?いや……そういうことかよ!」

 

 中華連邦製のヨットは、大国の新ソ連が工作員を派遣するのによく使う手段なのだ。それが日本に漂着したとなれば、遺族連中が行ったことが目に見える。

 

「そうだ、連中は新ソ連の手先に魂を売ってまで恨みを晴らすつもりらしい」

「くそっ、余計な奴らを引き込みやがって……足跡は?」

「追えていない。僅かに通信があった地点を隈無く調べているが、からっきしらしいな」

 

 柳田少佐はタブレット端末を片付けると、再び電子タバコを蒸した。

 

「そう言うわけで、内地では熱烈な執着に遭う事だろう。身を守るものは現地に用意しとく」

「俺たちは参考人招致に行くだけだ。戦争をしに行くんじゃないんだぞ?」

「ハッ、何を言う!もうすでに戦争は始まっているんだ。どこまで大きくなるかが争点だがな」

 

 柳田少佐は半分笑いながら吐き捨てると、伊丹の背中を叩く。

 

「まあ、欲しいものがあればなんでも渡してやるよ。戦車とか戦術機とかでもなければ何とかなる。遠慮なく言え」

「……すまないな」

「一応、俺の方からも援軍を寄越しておく。装備に関しては、渡す場所を暗号化しろ」

「はっ、お前の私兵なんかに世話になるかよ。自分で何とかする」

 

 伊丹の言葉に対して「そうかよ」と柳田少佐は一言だけ言い、そのまま立ち去っていった。

 

「はぁ……休暇が取れねぇ……」

 

 伊丹のぼやきは、夕焼け空に消えて聞こえなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 レレイは少し疲れていた。一日中説明や翻訳に忙しく働き、コクボウグンの仕事も少し手伝ったからだ。

 

「疲れた……」

 

 彼らのことが気になる傍ら、こうして自分に無理をさせて疲れさせてしまうのは反省するべきだと思う。思うけどしかし、彼らコクボウグンの仕事ぶりはこの世界とは全く違う。

 例えば書類を片付けるだけでも彼らは"ほろぐらむ"と呼ばれる光る文字盤を使い、力仕事は全て"えぐぞすーつ"の力で片付けてしまう。

 それが見ていて本当に気になるのだ。道具の仕組みもそうだが、それを難なく使いこなす教養の高さも気になる。

 とりあえず今は疲れているので、魔道士の杖を松葉杖代わりにしてトボトボと歩き、住居まで戻ろうとするレレイ。

 

「うっ……」

 

 と、ここで柄にもなく立ち眩みをしたレレイは少しの段差に気づかず、そのまま前から倒れそうになる。

 しまった、と思った途端に誰かがレレイを受け止めた。

 

「?」

「君、危ないよ。何やってんの?」

 

 受け止めたのは白い上着を着たニホン人の背の低い女性であった。ボサボサの白髪に"めがね"と呼ばれる補助器具を付けている。

 

「……住居に戻る途中」

「住居?ああ、君が避難民のレレイちゃんね」

「うん、合ってる。貴方は?」

 

 彼女に質問すると、レレイを抱えていた身体を起こしてそれに答えてくれる。

 

「私は猫宮日鞠。ここで研究員やってるの」

「ケンキュウイン?」

「そ、要は戦術人形の子達のメンテナンスとかをやってる」

 

 "めんてなんす"というのは、確かセンジュツニンギョウの子達が定期的に行う身体の調節だと聞いた。レレイはそれを女性が行っていることに驚いた。

 センジュツニンギヨウの子達を任されているとなれば、精密な専門職になる。それこそドワーフよりも更に鋭い職人社会ではないのか。女性であってそれを実現させたというのは、相当努力したに違いない。レレイはそう思った。

 

「ちょうど良かった。レレイちゃんに話があるんだけど……話せる状況じゃないよね。じゃあこれ」

 

 と、彼女は徐に腰のポケットから一瓶の香水の様な物体をレレイに差し出した。

 

「これは?」

「緑茶、少し目が覚める飲み薬よ。少しだけ話したいことがあるから、飲んでほしいの。いい?」

 

 そう言われたので、人の頼みを断れないレレイの性格から、その"りょくちゃ"とやらをひと口飲んでみる。すると少し苦いお茶だということが判明し、子供舌に刺激を与える。

 

「苦い……」

「ふふっ、まあ子供の舌にはキツイかもね」

 

 そう言って彼女は近くのベンチに手招きし、そこの隣にレレイを座らせた。

 

「話って?」

「ん、ちょっとね、42式の事で少しだけ」

 

 口直しなのか、彼女は柑橘の搾り汁が入った牛乳をレレイに手渡す。よくお風呂上がりに飲んでいた"ふるーつぎゅうにゅう"というやつだ。

 

「……伊丹から聞いたんだけど、車の中で皇女様に42式のこと喋ったのって本当?」

 

 猫宮が聞いて来たのは、レレイがセンジュツニンギョウについて説明した時のことだった。

 確かあの時は帝国第三皇女を相手に様々な説明を行ったはず。問題はなかったはずだ。なぜそれ今聞くのかと思いつつも、レレイは正直に答える。

 

「……本当。あの場でセンジュツニンギョウについて説明するには、あの表現が正しかった」

「あの子達を人間じゃない、って表現するのが正しいって?」

「?」

 

 猫宮の声のトーンが少し下がるのを聞き、何か問題があるのかと思いつつも、これまた正直に答えるレレイ。

 

「実際に、彼女らはヒト族ではなくキカイ。私は事実としてそれを説明したまで」

「……ふーん、そう。じゃあ、これ見て欲しいんだけど」

 

 そう言って猫宮が手渡して来たのは、何か青や赤の折れ線で表された表だった。そこにはニホン語や数字が沢山描かれており、レレイでもよくわからない領域の図であった。

 

「これは?」

「42式の感情を表すグラフ線。あの子はアンタの言う通り人間じゃないから、今日一日どう感情が揺れ動いたかとかも測れるの」

 

 その説明を聞き、思わず表と猫宮の顔を見比べるレレイ。これは、確かにニホン語で「喜び」「怒り」「哀み」「楽み」などの感情を表す言葉が書かれており、それらが色の付いた折れ線で表されている。

 これは、"めんてなんす"の一部としてやっていることなのだろうか。もしかしたら彼女は人間やセンジュツニンギョウの感情を数値にできる人物なのかもしれない。門の向こうの技術の一端を見て来たレレイだからこそ、その様な予測をした。

 

「これは……凄い」

「んじゃ、そこの赤丸の部分、何が起こったと思う?」

「?」

 

 同じ学者として感心するレレイの傍ら、猫宮が横から指差すのは確かに赤い丸であった。ここには薄い青で折れ線がグイッと上に伸びており、何か急激な変化が訪れた事を表している様だった。

 

「そこね、アンタがあること言った場面なのよ。そう、"彼女達は人間では無い"って、そう言った場面」

「え?」

 

 その発言の意図を掴みかねているレレイの傍ら、猫宮は小さく俯きながらレレイにハッキリという。

 

「これは私が言っていなかったから悪いんだけどさぁ、あの子達ね、精神的に不安定なの」

「不安定?」

「そう。アンタが思っているよりあの子達の心はずっと脆くて、壊れやすいのよ」

 

 そう言って猫宮は立ち上がり、レレイからその折れ線グラフをサッと回収した。察しのいいレレイは、猫宮が何かに怒っているのを感じとる。

 

「これは注意するべきだと思って言っているんだけどさ、今後は彼女達にこういう酷いこと、あまり言わない様にしてくれる?」

「……何を?」

「惚けないでよ!あの子達はアンタが"人間じゃない"って言ったせいで、心が不安定になったのよ!」

 

 猫宮は態度が急変した様に、レレイに向かって大きく吠えた。まるで何かを守るべくレレイに叱りつける様にして、猫宮は訴える。

 

「……彼女達は人間じゃない。あくまでキカイという種族で」

「違うわ!彼女達の心は人間に最も近いの!確かにあの子達は戦術人形で、体は機械かもしれない……けれどね、メンタリズムは人間のそれと同じで繊細なのよ!」

 

 レレイは猫宮の言っている事の訳が分からず、思わず呆然とした。聞き返そうとするも、それは彼女の剣幕に遮られる。

 

「だから私たちはあの子達を人間として扱ってた。それなのにアンタは、平気な顔して彼女達を傷付けたのよ!それくらい自覚して!」

 

 果たして何が悪かったのだろうか。レレイにとっては、彼女の言っていることがよく分からない。

 レレイとしては事実を事実として言う方が正しいと思っている。あの時説明する時も、嘘を教えるよりは真実を教えた方が皇女の為だと思ったまでだ。

 学者の卵であるからこそ、レレイは真実を真実のまま打ち明ける事を大切にして来た。学者として正しいと思ったことを曲げることのないレレイは、それは間違った認識だと反論する。

 

「人間と異なる種族を人間と見做すのは無理。人間とは暮らしも認識も違う種族を人間と同等に扱うのは、当人にとっても良くない事」

「それはアンタ達の認識でしょ!勝手に異世界の認識を押し付けないでよ!あの子は地球の人間なのよ!!」

 

 そこまで言い放ち、猫宮は呼吸を整え最後に通告を放つ。

 

「……とにかく、あの子の前では注意して。これは忠告よ」

「っ………」

「一つ言っておくわ。あなたの好奇心は、いずれ誰かを不幸にする事になる。学者として好奇心を持つのは結構。けど、人には詮索されたくないことがあるって事、知っておきなさいよね」

 

 そう言って、猫宮は踵を返して後ろを向き、レレイの下を去って行った。寂しい夜の虫の声に、彼女の足音だけが鳴り響く。

 レレイは彼女を止めるべきかと思ったが、呼び止められなかった。レレイに呼び止める勇気はなかったからだ。

 その日、レレイは眠れない夜を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 翌日、避難民キャンプにHal-27たちが訪ね、ある要件を伝えていた。

 

「え?門の向こうに行けるの?」

「そうそう、近いうちにね」

 

 説明を受けていたテュカは、前々から門の向こう側に興味を示していた。そのためその要件は非常に魅力的で、面白そうな話であった。

 

「門の向こうには『ヒト』以外もいるって伝えるために、うちの国の元老院のところに挨拶しに行くの。もちろん、レレイも一緒だよ」

「へぇ、元老院に招待されちゃうんだ〜!門の向こうって街になっているんだよね?楽しみだなぁ〜」

 

 エルフの彼女にとっては、大きな街ですら新鮮に映るのだ。東京の街がどう映るかはわからないが、彼女の反応が上々なら許諾は取れそうだ。

 

「あ、そういえばレレイは?」

「ここにいる……」

 

 と、話を半分聞いていたのかレレイもやってきた。

 

「昨日はどうしたの?なんか寝れなかったみたいだけど……」

「……大丈夫、ちょっとね」

「?」

 

 と、レレイが何か浮かない顔をしているのを見て、テュカとHal-27は何かあったのかと察したが、レレイに詮索する勇気はなかった。

 

「ま、まあじゃあ!テュカも行くのは決まりかな!」

「ちょっとぉ、わたしはぁ?」

 

 と、話が決まりそうな流れに抗議したのは、不満そうに顔を膨らませるロウリィであった。

 

「えっと……なんていうか、ロウリィちゃんはなんか勘違いされそうだし……」

「なんでぇ?奇跡を見せれば良いんでしょぉ?」

「それはダメです!」

 

 彼女からしたら、いつも馴れ合っている仲で仲間はずれにされるのが気に食わないのだろう。それはHal-27も分かっているので、仕方なく伊丹にツェナープロトコルを用いて連絡を取ってみる。

 

「あの……隊長?ロウリィさんが参考人招致に来たいって言ってて……え?来ていいって?ハルバードは……」

「やったぁ!」

 

 と、言うことで避難民から1人加わることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その翌日。

 照りつける暑い気候の中、内地に合わせた冬服をダラっと半袖にして伊丹耀司は内地に向かうメンバーを待っていた。

 

「あちぃ……おそい……」

 

 途中すれ違う上官達に挨拶をしながら、かれこれ数時間は待っていた。

 

「伊丹、大丈夫ー?」

「あっちに戻ればすぐ冷めるよ。ただ、ここの人は時間にルーズだなぁ」

「時計ないし、仕方ないと思うよー。今Hal-27がせっせと支度させてるってさー」

 

 伊丹の隣には、護衛役として42式が着いていた。武器は向こう側で調達できるとはいえ、頭数が足りなくなるのを防ぐために戦術人形の貸し出しも申請しておいたのだ。

 その際、柳田に「おやぁ?伊丹は副官連れてデートでもするかぁ?」と皮肉られたが、ムカつきながらも無視した。

 こういう権限が使えるのも、伊丹の特殊な立場あってこそだ。その権限を持たせてくれているのは柳田なので、文句は言いたくても言えないのが悲しいところだ。

 

「あ、そう言えば時間といえば知ってる?世界終末時計の秒針が0.0001に更新されたってさー」

「前回より0.1桁増えてるじゃないか、もう既に滅んだようなもんだろ……ってかアメリカの雑誌はタフだな?西海岸は滅んだってのに、まだそんなこと言えるのか」

 

 かつての超大国だったアメリカは、今やユリシーズ災害の影響で相当な打撃を被って大きく没落してしまっている。

 アラスカに始まったユリシーズによる汚染が風に流れ、北米大陸西海岸を飲み込み完全に人の住めない土地となってしまったのだ。その広がりが想定以上に早かったために、アメリカ海軍は組織の半分が西海岸と共に壊滅。

 その後も大陸の穀倉地帯をロッキー山脈から降り注ぐ汚染雨の影響で失ってしまい、今やその国力は見る影も無く消し飛んでいる。

 一応アメリカの残党はロッキー山脈に要塞を建設し、東海岸を中心に政府を作っているらしいが、滅亡寸前であることは変わりない。

 

「アメリカが一番に死んだから出来た新ソ連とG8の対立も、体制ができてから20年近く経つけど全く揺るがないよねー。第二の冷戦だって言う人もいるしー」

「冷戦か……第三次大戦を見ればもう既に熱戦のようなものだろうに」

 

 そのアメリカの代わりとして台頭してきたのが、今の新生ソビエト連邦である。

 ユーラシア大陸の北半分を有する広大な領土と、高度に機械化された戦術人形中心の軍事力によって大国にのし上がった国だ。目下、日本を含めたG8各国の仮想敵国と目されている。

 

「今回は……奴らの妨害はあり得るかなー?」

「新ソ連は人を使った工作は不得意なはずだ。何でもかんでも機械化しちまったからな。ただ……」

 

 伊丹は一瞬だけ詰まるが、すぐに言葉を続ける。

 

「ただ、他の手段ならあるいは……」

「他の手段……他の手駒を使うってことー?」

「それもあるな。とにかく、内地に行った瞬間から敵だらけだと思った方がいい」

「……そうだねー」

 

 相変わらずの42式の声であるが、伊丹は彼女の声のトーンに少し違和感があることに気付いた。

 

「なあ、42式は何か気になることでもあって……」

「伊丹!」

 

 それを尋ねようとしたが、それを女性の声に遮られた。声の方向を見ると、そこには白衣を脱いで冬服に身を包んだ猫宮日鞠研究員がいた。

 

「猫宮か?どうしてここに?」

「ちょっとね、私も同行することにしたの」

「は、はぁ?」

 

 いきなり内地メンバーが増えたことに、伊丹は驚嘆の声を上げた。

 

「お前、任務とかは……?」

「休暇を貰ってきたわ。これは私の個人的な動向よ、一応話は通してあるけどね」

「じ、じゃあ、どうしてついてくるんだよ!」

 

 伊丹が抗議するのを聞き入れず、猫宮は急に伊丹の耳を掴んだ。「痛てて!」と言う伊丹の声など気にせず、猫宮は痛みに耳打ちをする。

 

「……42式のメンタルの面を気にしてるの」

「……なんだって?」

「昨日ね、()()()()()()()()()()42式のメンタルに良くない不調が見られたの。だから私は42式が暴走、無いし塞ぎ込まないように監視する必要があるってわけ」

「遠隔じゃ無理なのか?」

「ちょっと難しい。だって、妨害の下に行くんでしょ?」

 

 妨害の下、という言葉を聞いて伊丹は納得した。

 

「敵の妨害電波とか、そう言うのを気にしてるわけか」

「ええ。まあ、一応私も軍人の端くれだから、自衛くらいはできるわ。だから同行するだけでいいから」

「……分かった」

 

 そこまで耳打ちをし合って、伊丹は納得したのか彼女の口から耳を離した。

 

「大丈夫ー?」

「大丈夫だ。ちょっと猫宮も事情があるらしいんだ。同行する事になった」

「そっかぁー。まあ、よろしくねー」

 

 42式が明るく手を振るのに対し、猫宮は笑って応えて見せた。

 と、三人が揃ったその時に軽装甲車に乗ってきた特地組の6人がやっとの事で到着した。同行者の栗林と富田、そしてHal-27の姿も居る。

 

「遅いぞー」

「すみません……支度に時間がかかってしまって」

 

 と、ロウリィの方はハルバードにゴテゴテのカバーをつけて武装を隠しているのが見えた。ロウリィは不服そうに頬を膨らませる。

 

「ねぇ、これ外しちゃダメェ?」

「ダメです!あっちには武装に色々規則があるの!刃物剥き出しじゃ捕まりますよ!」

「神意の徴は、ただの武器じゃ無いわよぉ!捕まえるだなんてとんでも無いわぁ……」

「我慢してください!」

 

 不満そうなロウリィをHal-27が宥めるのを見て、伊丹は出発の合図を送る。

 

「おーし、揃ったな……皇女様も」

「……よろしく頼む、イタミ殿」

「ああ」

 

 ピニャ達も、護衛のノーマとボーゼスの同行の元で日本に行く覚悟を決めていた。彼女らには一応伊丹からの計らいで、国会へ向かうことは伝えられている。

 

「ピニャ殿下……」

「覚悟は決めてある。敵地の元老院に向かうとしても、私は負けはせぬ」

 

 そして特地組と伊丹らは、門の施設で様々な検査を受ける。ホログラムによる顔認証と唾液検査による検疫を経て、いよいよ門の前に立った。

 

「殿下……」

「ああ。この向こうに、ニホンが……」

 

 聳え立つ門の前に、ピニャ達は立った。その向こう側に、日本の首都が待ち構える。

 

 

 

 

 

 

『こちらルイシア、獲物が門を通ったわ。何人か増えてる』

 

『こちらCP了解、引き続き監視を実行せよ』

 

『こちらルイシア、了解。人混みに紛れます』

 

 

 

『ルイシア?』

 

『……なんでしょうか、アヌカフ姉様』

 

『ルイシアって、異世界人ってどんな人だと思う?』

 

『……雑談ですか?切りますよ』

 

『あー、待って待って!ツェナープロトコルの秘匿回線だから、上に傍受される心配はないわよ』

 

『…………』

 

『それで、どうよ?』

 

『そうですね……』

 

 

 

 

 

 

『機械化の恩恵を知らぬ、クソどうしようもない野蛮人共って感じがします』

 




『感情グラフ』
戦術人形のメンタル状態をグラフで表した物。「喜び」「怒り」「哀み」「楽み」などの感情を表す色付きの折れ線で表され、メカニックが感情の状態を判断しやすいようになっている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。