忘れ去られたもう一柱の神 (酒蒸)
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閑話 魔神戦争

話の都合上入れるしかなかったんです許して…!


皆さんは『魔神戦争』を知っているだろうか?『魔神戦争』とは数千年前に始まったとされていて、どのような理由で、どのようにして始まったのかは不明。いつ、誰が始めたのかもわからない戦争に、俺や他の神々も巻き込まれていき、戦争前までは神々の仲は比較的良かったのにも関わらずある日突然、テイワット中を戦火が包み込んだのだ。

 

「…本当に攻めてくるとはな、渦の魔神オセルとその妻、渦の余威跋掣…」

 

「ああ。彼等もまた、『魔神戦争』の被害者なのだろう。我々と同じように、利用されているに過ぎないのかもしれない」

 

天衡山の頂上で荒れ狂う波を見ながら俺と、隣にいるモラクスは呟いた。モラクスは岩の力を司る神で、数多くいる神の中でもトップクラスの実力を持っている。だが、その強さを、俺が発揮させなかった。斯く言う俺は全元素を扱えるので、俺がやったほうが効率がいい、というのが理由の一つである。無論、本当の理由は別にあるが。

 

「バルバトスはデカラビアンの死によって風神となった。その怨恨は俺が一身に受け止めておいた。案ずることはないだろ?バアルとバアルゼブルに関しては…バアルゼブルなら怨嗟ごと断ち切りそうだからな。助けに行く必要はないだろう」

 

「だが…」

 

「お前達には俺より長く生きてほしいんだ。この世界に住まう存在だからな」

 

だが、と俺は続けた。

 

「オセルと跋掣のやり方は認められない。ヘウリアに関しては…止めようがなかったが、今度は止めるさ。罪のない民の命を奪わせるわけにもいかないからな」

 

「また、怨嗟を全て背負うつもりか?」

 

「悪いか?」

 

暫しの沈黙の後、モラクスははぁ、と溜息を吐いた。

 

「お前も、この世界に生まれ落ちたうちの一人だろうに」

 

「悪いな。性分だ」

 

「止めても行くのだろう?」

 

俺は首肯いた。はぁ、とモラクスは再び大きな溜息を吐いた。

 

「臥薪嘗胆、魔神の怨嗟はお前を蝕み、いつか身を滅ぼすことになるぞ」

 

「構わないさ。それで俺が殺してきた魔神達の恨みが晴れるのならな」

 

「…もう止めはしない」

 

「感謝しよう」

 

俺は風元素を使って浮き上がった。これからもきっと沢山の魔神を殺すことになるのだろう。そしてそれによってまた魔神が戦争に巻き込まれていく。

 

「死ぬなよ、アガレス」

 

「俺の実力知ってるだろ?大丈夫だ」

 

俺、アガレスも、そのうちの一柱だった。

 

〜〜〜〜

 

璃月港の東の海から水でできた多頭龍の姿をした魔神が姿を表し、咆哮した。その風圧で水が舞い上がり、璃月港を巨大な波が襲った。

 

「こりゃあまた、派手にやってくれてんな」

 

『グルルルゥ…』

 

渦の魔神オセルと渦の余威跋掣が空中のある方向を見て喉を鳴らした。

 

「オセル、跋掣、お前達は直接モラクスに戦いを挑めばよかったのにな」

 

視線の先には、人。銀髪は暴風に靡き、漆黒の衣服をはためかせ、赤い2つの瞳がオセルと跋掣を見下ろしていた。彼は刀を生み出し、手に握った。

 

「民を狙う必要はなかったのにも関わらず、今璃月港を滅ぼそうとしている。これは命を無駄に散らす行為であり、到底許される行動ではない」

 

跋掣が彼へ向かって噛み付いてくる。それを彼は軽く避けると、右手を突き出して強大な炎元素の力で跋掣の首の一つを吹き飛ばした。元が水なので凍らせるか、蒸発させつくせば殺すことができるためである。

 

「よって、世界に住まう民のため、貴様等を殺す」

 

『『ガァァァァ!!』』

 

オセル、跋掣の咆哮と共に彼、アガレスは戦闘に入った。

 

オセルは多頭龍の強みである手数の多さを活かし、噛みつきによる波状攻撃を仕掛けている。跋掣はオセルを水のブレスで援護していた。

 

「炎斬」

 

アガレスは軽くブレスを細かく斬り刻み蒸発させると、オセルの噛みつきを回避しつつその頭の一つに踵落としをかけ海面に叩きつけた。しかしすぐに次が来る。オセルはブレスを吐き、更に跋掣も便乗してブレスを吐いた。

 

複数のブレスが複数の方向からタイミングをずらして飛来する中、アガレスは至って冷静に、タイミングを合わせて避け、2つを対消滅させ、璃月港にもしれっと向かっているブレスは、

 

「炎波」

 

それをいとも容易く他のブレスごと消し飛ばした。オセルの残りの首は5本、跋掣は2本である。合計七本、そして時間をかけ過ぎればオセルも跋掣も首を再生させる。アガレスは若干の焦燥感に駆られながらも至って冷静に、急がずにじっくりと追い詰めることを選んだ。

 

本気で殲滅すればすぐに終わる。だが、アガレスは討伐した後のことも考えている。例えば炎元素でオセルも跋掣も一度に蒸発させることは可能だが、それでは蒸発した水蒸気が多くなり、三日三晩、あるいはそれ以上の期間大量の雨が璃月港に降り注ぐだろう。

 

では凍らせた場合はどうなるか、それは蒸発よりも被害が少ないが、海の魚も凍らせてしまうため生態系に影響が出る。何より氷元素は気温も下げるため海だけでなく地上の生態系にも影響を与える可能性があった。

 

アガレスはそれらをせずに、尚且時間をかけずに二体の魔神を倒さねばならないのである。

 

「流石に少し厳しいか?まぁ、やらねばならないんだから仕方ないんだろうがなぁ…」

 

少しムスッとしながらオセルと跋掣の攻撃を捌きつつ、踵落としで海面に叩きつけたオセルの頭が突如下から奇襲を仕掛けてきた。これには堪らず、アガレスは風元素での後退を余儀なくされる。

 

「っ…不味いな。いや、やるしかないか」

 

そのタイミングで全ての頭がブレスを放つ態勢に入ったのである。つまり、大技が来るのである。オセルと跋掣はタイミングを合わせて極大のブレス攻撃を放った。

無論、アガレスの後方には璃月港がある。アガレスは真正面からブレスを捻じ伏せるつもりである。

 

「仕方がない…多少の影響は黙認してくれ、モラクス。勿論だが全力ではやらないからな」

 

アガレスはブレスが直撃する直前、一言だけ呟いた。

 

「…元素爆発、終焉之神」

 

次の瞬間、ブレスが最初から何もなかったかのように消滅した。オセルや跋掣は何が起こったかすらわからず、ブレスを乱打した。が、全てアガレスの手前で掻き消えていった。

 

「何が起きたか、わからないだろう。俺も使うのは初めてだしな」

 

アガレス自身、この元素爆発を全力で使うことは忌避している。軽く使っただけでこの有様なのだ。全力で展開すれば世界の法則が乱れてしまう可能性が高いのは自ずとわかることだった。

 

アガレスの元素爆発のメカニズムは、『全ての元素の展開』である。元素同士が様々な反応を呼び起こし、アガレスの周囲では常に超電導、過負荷、蒸発、溶解、燃焼、結晶、拡散、凍結、感電、激化、開花などのあらゆる元素反応が起き、そして互いを打ち消し合っている。つまり。

 

「俺の周囲に元素が存在することは許されない。物理攻撃にしても元素の反応でどんな武器も破壊される」

 

低温から高温、或いは高温から低温に何度も何度も一瞬の内に何百回も変化させられる。加えて過負荷などの爆発も起こるため応力が働く。そのため脆くなった金属が応力によって破壊されてしまう。つまり、完全なる防御であり、また攻撃でもあるのである。

 

アガレスはゆっくりオセルと跋掣に近付いていく。オセルと跋掣は必死になってブレスを打ち込むが全てが無効化されていた。やがて耐え兼ねた跋掣の首の一つが噛みつきを仕掛けた。

 

「愚劣極まりない」

 

パァンッとキレイな音を響かせて跋掣の頭の一つが吹き飛んだ。オセルも見兼ねてブレスを吐きながらの突貫に出るが、どちらも消滅した。

 

「全く以て嘆かわしい。お前達も等しくこの世界に生きる一つの存在だと言うのに…」

 

少ない犠牲で多くを救う。これが正しいのか、アガレスは自問自答をせずにはいられなかった。

 

「悪いが、ここでお別れだ。オセル、跋掣、お前達の怨恨は全て俺が背負ってやる。だから…今は休むといい」

 

アガレスはオセルと跋掣に向かって突進していった。

 

 

 

魔神戦争はしばらく経ってからようやく収束し、『八神』のメンツが変わることはなかった。この戦争により世界のパワーバランスは大きく崩れ、アガレスも魔神たちの怨恨により、魂に深い傷を負った。それでも彼は皆が無事だったことを大層喜んだという。だが誰の眼にも明らかであった。アガレスの摩耗が、他の神々より早く進んでいることが。

 

テイワットには誰もがよく知る7つの国のみが残り、敗戦した他の魔神達はアガレス以外の八神の支配を逃れ、離島に逃げ込み邪神と化した。そうして、アガレスが復活する500年前まで『八神』として世界の秩序を保っていくのである。




と、いうわけで実はこの弊ワット…弧雲閣が存在しないんですね。モラクスは魔神を少ししか封印しておらず、現弧雲閣にはちょっとした小さい島しかないので誰もいないんです。

現在その島々は北斗姐さんのアジト的なものになってます。イメージ的には規模のかなり小さい金リンゴ群島ですね。

知らない方向けに説明すると、金リンゴ群島は原神の夏イベントであった別マップなんです。知ってる方はあれをイメージしてくれればいいかと思います。

魔神戦争でバルバトスと雷電将軍は正規の歴史を歩んでいますがモラクスは全く別と言っても過言ではないんですね。モラクスに関しては敵が多く、勿論彼単体でも正規の流れ通りににはなるんですがアガレスがいることによってある程度の敵をアガレスが引き受けてモラクスへの怨恨をも一身に背負っています。なので夜叉の皆も魔神戦争の際に魔物が沢山溢れなかったので死んでません。彼等が死んだのは500年前ということになります。

さて、次回は遂に…かもしれません。


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閑話 ウェンティの誕生日

今日は誕生日ですからね…主人公とも関連が深いので、描かせていただきました。時系列的には龍災を解決してアガレスと旅人が旅立つ前になってます


「───誕生日?」

 

「ああ、緑の人、言ってた」

 

俺は救民団本部でレザーにそう言われた。今日は6月16日、ウェンティの誕生日らしい。あまり気にしたことがなかったが、そういえば確かにそうだったか?と首を捻る。

 

適当に酒でもやっとけばいいか、と考えたが長年の付き合いだからと言って付き合いを疎かにしていい理由にはならない、か…。

 

「適当に酒でもやっときゃ喜ぶと思うがな…まぁ、一応誕生日会でも開いてやるか…ノエル」

 

そう考えた俺は台所で食器を洗っていたノエルに声を掛けた。

 

「はい、アガレスさま、なんでしょうか?」

 

「今日の夜はとびきり豪勢にしてくれ。8人前で頼む」

 

「はい!お任せ下さい!」

 

ノエルは笑顔でそう言ってくれた。折角なので救民団メンツにも色々手伝ってもらうことにして皆に声を掛けていく。

 

「エウルアはノエルと協力して食料調達頼む」

 

「ええ、任せなさい」

 

「レザーは旅人を探してきてくれ。お前の鼻が頼りだぞ」

 

「肉、くえる?」

 

「ああ、勿論、たらふく食わせてやるぞ」

 

「わかった」

 

レザーはすぐに救民団を出発していった。救民団の面子以外でウェンティの正体を知ってるのは旅人とジン、そしてディルックのみだ。彼等をプラスしての8人でパーティを行う予定となった。

 

 

 

と、いうわけで。

 

「今日の夜あいてるか?」

 

俺は西風騎士団大団長室で執務中のジンに話し掛けた。

 

「仕事があるのだが…」

 

ジンは執務を続けたまま困ったように言った。俺はそんなジンの様子を見つつとある提案をする。

 

「手伝うから夜8時に救民団に来てくれないか?」

 

「そ、そうはいってもだな…」

 

しかし中々頑固だった。とはいえジンは今や代理団長だし色々あるのかもしれない。

 

だが一応、俺にも言い分はある。

 

「考えてみろよ、俺も一応とはいえ遊撃小隊隊長だぜ?手伝うための立場はあるぞ?というか、仕事してないんじゃないかとか噂されるのも困る」

 

「む…なら、頼む」

 

ジンはそこまで言ってようやく折れた。俺はジンの書類の山から半分を貰うと席についた。

 

「さて、んじゃあやりますかね」

 

結局、俺の分の執務は昼で終了させることができた。残りはジンの判や確認が必要な物であったため、ジンには暇を出された。

 

『アガレス、いつもありがとう。あとは私がやっておくから、他の皆の方へ回っていい』

 

と、そう言われたので任せてきたのである。ちなみにちゃんと救民団本部に来ることは言質を取っている。なので、今度はアカツキワイナリーまではるばるやってきた。

 

ワイナリーの正面までやってくると、メイド長のアデリンが丁度玄関から出てきたところであったため俺は声を掛けた。

 

「アデリン」

 

「こ、これはアガレス様、どういったご要件でしょうか?」

 

アデリンは俺に驚いている様子だったが、流石はワイナリーのメイド長というべきかすぐに俺に何らかの用事があることを察してくれた。

 

「ディルックに用があってな。割と急ぎの用事なんだが取次お願いできるか?」

 

「えぇっとですね…今は少しご都合が合わず…」

 

ほう?と俺は首を傾げる。アデリンは申し訳無さそうに俺を見ているので今はどうしても通せないのだろう。

 

「誰か来ているのか、或いは商談か…まぁそれくらいなら待つよ。まだ時間はあるしな」

 

俺はそう言ってアデリンを自由の身にすると、アカツキワイナリーの玄関の側でのどかな雰囲気に身を任せながらしばらく待った。しばらくするとスネージナヤの商人の格好をした男と、見送りに来たディルックが玄関から出てきた。

 

「それでは、私はこの辺で…貴方様と良好な関係が築けることを願っておりますよ」

 

「僕の方こそ、とても有意義な時間だったと思っている。これからも宜しくお願いしよう」

 

商談相手ってのはスネージナヤの商人か…どんな取引なのかねー、なんて思うが詮索はしない。

 

スネージナヤの商人が去ったところで俺はひょっこり顔を出した。

 

「ようディルック、今日の夜、あいてるか?」

 

早速、俺は彼に本題を切り出す。俺がいることを既にアデリンから聞いているからか特段驚いてはいないようだったが、

 

「アガレスか…悪いが、今日の夜は酒造業に熱中しようと決めていたんだ」

 

そう言っていた。多分今日はバルバトスの誕生日だからだろうな。新しい酒を作って売り込みでもしそうだな。

 

しかしそれはそれとして俺は交渉のカードを切った。

 

「む、そうか…今日は酒場のツケを払ってもらえるいい機会になると思ったんだがな」

 

俺の言葉にディルックの眉がピクッと動いた。

 

…食いついたな。

 

「というと?わかるように説明してくれるかな」

 

ディルックは若干考えが及んでいるのか、苦々しい表情を浮かべてそう言った。

 

「ほら、今日はウェンティの誕生日だからな。いつ来るかわからないあいつのことだ、ディルック、お前の追求も逃れているのだろう?」

 

ディルックは不機嫌そうに首肯き、やはりか、といった表情を浮かべた。俺はニッと笑うと、

 

「今日は救民団に呼んである。だからついでに払ってもらったらどうだ?」

 

とそう言った。

 

「…ふむ、そうだね、そうしようか。酒造業は明日でも問題はないよ。今年の風神に捧げる予定の酒は既にできているからね」

 

ディルックは先程までとは一転して少し微笑みながらそう言った。

 

バルバトスに捧げる酒を作るわけじゃなかったのか、と思ったがそれも当然か。今日に間に合わせなければならないだろうからな。

 

俺はそんな考えをおくびにも出さず踵を返しながら、

 

「んじゃ、夜8時に救民団本部でな」

 

そう言ってディルックに軽く挨拶するとアカツキワイナリーを離れるのだった。

 

 

 

さて、あとはウェンティを呼ぶだけだな。ディルックにはああ言ったがまだ呼んでいない。まぁ俺が呼べば十中八九来てくれるとは思うが、内容は伏せておくことにしようと思う。

 

レザーの言うところによると今日はモンド城内で飲み明かすとか言っていたらしい。そんなモラがどこにあるのやら。

 

一応、と思って『エンジェルズシェア』のドアをちょっとだけ開いた。

 

「───ぷっはぁ〜!!さぁ、もう一杯!!」

 

「お、お客様…それ以上は…」

 

「いいからお酒〜!今日は僕の誕生日なんだからぁ〜!」

 

そっとドアを閉じた。

 

「……なんだろう、今からやめたくなってきた…」

 

勿論冗談だが、事実どうしたものか。閉じたまま放置していたドアが突然開き、ウェンティがぼてっと捨てられた。バーテンダーのチャールズが俺を見て苦笑しつつ、頭を軽く下げた。

 

…まぁ、好都合、か。

 

「酒代はあとでツケの分も救民団に」

 

「畏まりました、アガレス様」

 

俺は地面に激突し、目を回しているウェンティを抱え、風立ちの地の木陰に座らせた。ついでに、『夜9時に救民団本部へ』という書き置きも残しておいた。

 

そうしてやることを終えて帰ってくると旅人とパイモンが出迎えた。

 

「おかえりーアガレスさん」

 

「おかえりだぞ!」

 

「ただいま、詳しい話は聞いてるか?」

 

旅人もパイモンも首肯いた。よし。

 

「んじゃ、俺達だけでできる準備はいち早くやっておこう───」

 

 

 

夜8時になってから、まずはジンが救民団の戸を叩く。

 

「アガレス、いるだろうか?」

 

俺は玄関のドアを開きつつ、苦笑した。

 

「いないわけないだろ?誘っておいて…」

 

冗談交じりにそう答えると、ジンはふふっと笑った。

 

「それもそうだな」

 

ジンは少し嬉しそうにしながら中に入ると、ノエルとエウルア、レザーと、そして旅人にパイモンに挨拶しつつ細かい段取りを聞いていた。

 

「───少し遅くなってしまったかな」

 

続いてディルックも到着した。

 

「いいや、いいタイミングだ。ウェンティが来るまで一時間ある。準備を済ませてしまおうか」

 

風元素を使ってウェンティの様子をなんとなく探ってみると、どうやウェンティはちゃんと起きているみたいだ。書き置きは彼の胸の上に置いたから気が付かぬはずもなし。

 

さて、準備を開始しよう。

 

 

 

───夜9時、ウェンティがここを訪れる時間に、遂にコンコンと玄関のドアがノックされた。

 

「来たぞ…配置につけ」

 

俺の小声の言葉に暗闇の中、全員が首肯き移動を始めた。俺は玄関の扉の前まで行き、「開いてるぞ」と言った。ドアが開き、入ってきたのはやはり緑色の少年、ウェンティだった。

 

「アガレスー、書き置きの通りに来たんだけど───」

 

その瞬間俺は手を上げて合図をした。バッと部屋の照明がつき、一気に明るくなったかと思うと、破裂音が沢山鳴り響いた。クラッカーである。

 

『ウェンティ、誕生日おめでとう!!』

 

ここにいる全員(ウェンティ以外)が一斉に言った。

 

「さぁ、飯にしようか皆!ウェンティとかエウルアに関しては酒も沢山あるからな!今日はいっぱい飲んでいいぞ!無礼講だ無礼講!!」

 

俺が笑いながらそう言うと、

 

「ち、ちょっと待ってよアガレス、これはどういうこと…?」

 

ウェンティが動揺を顕にしながら俺の袖をつかんだ。その言葉に俺は何でもないことのように告げる。

 

「なにって…お前、今日誕生日だろう?だからお前の正体を知ってる面子でパーティをしようと思ってな」

 

ついでに、『龍災』収束記念と、ウェンティの『神の心』収奪阻止記念を兼ねている。まぁそれは勝手に俺が言っているだけだが。

 

俺からパーティの理由を聞いたウェンティは少し困惑を残しつつも、

 

「そ、そうなんだね…まぁ、お酒も一杯飲めそうだし、いっかぁ!」

 

そう言って納得してくれたようだった。ウェンティが輪に混ざったところで、ディルックに耳打ちする。

 

「ツケに関してだが、これからはしばらく返してもらえなければ救民団にツケてくれれば支払うぞ」

 

話し終わった俺はにっこり笑みを浮かべた。ディルックは苦笑しながら、

 

「……それで増長されても困るのだけれどね」

 

そう言った。それに対して俺は笑いながら、

 

「ッハハ、違いないな」

 

そう言って俺とディルックは互いにブドウジュースをグラスに注ぎ乾杯をして飲む。そうして少しディルックと談笑していると、背後からジンに声をかけられた。

 

「アガレス、ウェンティは蒲公英酒が好きだと聞いたのだが、あるだろうか?私も少し興味があるんだが…」

 

どうやら蒲公英酒をまだ飲んだことがなく、普段公務ばかりのジンには新鮮なものなのだろう。俺は少し笑うと、

 

「こんなこともあろうかとばっちり仕入れてあるぞ。注いでやろう」

 

俺はそのまま冷蔵庫から蒲公英酒を取り出して栓を抜き、ジンのグラスに注ぐ。ウェンティとエウルアも匂いにつられてやってきたのでグラスに注いでやった。

 

「好きなだけ飲むといい。在庫は結構あるからな」

 

まぁ俺は酒の匂いで昏倒しそうだがな、との言葉は飲めない酒の代わりに飲み込んでおいた。

 

 

 

しばらくして、皆が(ノエル、レザー、俺、ディルックを除く)いい感じに酔い始めた時ウェンティが酔った勢いで立ち上がった。

 

「───じゃあ、宵もたけなわ、ということで僕の詩を一編披露しようかな」

 

ウェンティの言葉に俺は手でメガホンを作りながら、

 

「よっ、待ってました!」

 

とそう言った。そんな俺の様子を見た隣に座るディルックが俺にジト目を向けながら、

 

「アガレス、君は酔ってないだろう…」

 

とそう言った。俺はしっかり聞き流すとウェンティを見る。

 

「はいはい、今からモンド最高の吟遊詩人の初出しの詩を聞けるからね!」

 

ウェンティはそんな俺達など目に入らない、とばかりに無視を決め込み詩を詠み始めた。

 

 

 

───遥かな昔、まだ風が自力で動くことのできなかった時代、一匹の龍が生を受けた。

 

やがてその龍は風が自由に動けるようになった時、人の姿を得た。

 

風の精霊は言う、「外の世界を見て回りたい」と。

 

龍は返した、「共に?」

 

風の精霊は笑う、「そう、僕たちは、友人だから」

 

龍は首肯いた、「良いだろう、世界を未だ知らぬ者よ」

 

風の精霊と龍は世界の色々な場所を見て回った。氷の大地、火山の山脈、水に囲まれた島々、砂の平原…風の精霊と龍はやがて最も穏やかな風の吹く場所へと辿り着く。

 

風の精霊は言う、「風向きは変わるもの」

「いつか光射す方へと吹いてくる」

「これからは、ボクの祝福と、そして君とともに、もっと自由に生きていこう」

 

龍は言う、「風は自由だ」

「お前も同じように自由だ」

「できることならばお前のように自由でいたかった」

 

風の精霊と龍との関係は、なるべくしてなったと言えるだろう。彼等は同じであって、違う存在。兄弟のようで、赤の他人。それは偏に世界とそこに住まう民の関係性を如実に示しているかのようだ。

 

どれだけの月日が過ぎ、人が生まれ、国家を作り、魔神達が鎬を削り、風の精霊が人の姿を得ても、彼等の関係が変わることはなかった。

 

やがて来る『終焉』に対処するため、龍は笑い、泣き、そして消える。風の精霊は同様に涙を流し、彼の帰りを待つ。彼が戻ってくるまで、永遠に───。

 

 

 

「───どうだったかな?僕の友情の詩は」

 

ウェンティはそう言ってライアーを爪弾いた。あの様子だと酔いは醒めているようだ。

 

「凄い話だった…まるで、実際に経験してきたかのようだ」

 

ジンはウェンティの詩に対しそう感想を漏らす。

 

「ああ…吟遊詩人、その詩、『エンジェルズシェア』でやってもらえないだろうか?相応の報酬は約束しよう」

 

「えへへっ、なら蒲公英酒かりんご酒がいいなぁー」

 

ディルックの言葉にウェンティは満面の笑みを浮かべた。ウェンティの詩で更に盛り上がった俺達は、しばらくその話題を肴にして夜が更けるまでパーティを続けるのだった。

 

 

 

「ノエル、あとは俺がやっておくから、寝ていいぞ」

 

「はい…すみません…おやすみなさい、アガレスさま…」

 

「ああ、おやすみ」

 

俺はノエルを見送ると、そのまま食器やらを洗って片付けてからソファに座った。対面にはまだ起きているウェンティがいる。

 

あの後少ししてジンとディルックが帰っていき、エウルアは酔い潰れ、レザーは早い段階で眠り、そしてノエルは限界まで片付けの手伝いをして寝た。

 

現在救民団本部で起きているのは俺達二人だけである。

 

「……あの詩、俺とお前の話か」

 

俺はウェンティにそう切り出した。ウェンティは酒───ではなく水を口にしながら、

 

「さぁ、なんのことかなぁ…」

 

そう言って恍けながら肩を竦めてみせた。そんなウェンティの様子を見ながら、

 

「まさか、覚えていてくれたとはな。嬉しいよ」

 

そう言って心の底から微笑んだ。ウェンティは少し照れ臭そうにしていたが、やがて決心したように言った。

 

「…僕は別に、『神の心』を取られたって良かったよ。けれど、どんな影響が僕にあるかもわからない。そんな僕を心配してくれて、君が阻止してくれた」

 

ウェンティは水の入ったグラスを机に置き、そのグラスを見つめている。

 

「…また、助けられちゃったね」

 

「友人を助けるのは当然だろう?」

 

ウェンティは顔を上げて俺に向かって苦笑をしながら、「君のは度が過ぎてるけどね」と言う。

 

「それでね、僕考えたんだ。そんな君に、僕は何を返してあげられるだろうか、ってね」

 

俺がちょっとムスッとしているとウェンティはそんなことを言った。俺が首を傾げると、

 

「風神バルバトスとして、僕は再びこの地に降り立つよ。モンドを、護るために…そして、君のことも護るためにね」

 

ウェンティは決意を秘めた表情でそう俺に告げた。俺はというと少し驚いて固まっていたのだが、思ったことを素直に返した。

 

「別に俺は見返りを求めていたわけじゃない。お前は民には自由にして欲しかったから風神として姿を現すのをやめたはずだ」

 

「もう、それは別にいいじゃないか…」

 

ウェンティはそのままソファに寝そべると、目を瞑った。

 

「いつになるかはわからないけれどね…僕も一応、神として責務は果たさなきゃだし…それに、僕は風神である前に『自由』の神、そして君の友人さ…」

 

「おい、ここで寝るのか?」

 

言い終わるよりも前に、ウェンティはすぅすぅと寝息を立てていた。俺はしょうがねえな、と溜息をつきつつ、冷えないように毛布をかけてやった。

 

「そうだ、お前は、自由だ。好きに生きて、好きに死ねばいい…俺のために死ぬ必要なんて、どこにもないけどな」

 

俺はそう言い残して自室へと戻るのだった。




というわけで、ウェンティ誕生日おめでとう!by作者
ウェンティ、頑張って育成せねばと思って早数ヶ月…頑張らねば


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閑話 雷電将軍の誕生日

本日は雷電将軍のお誕生日ということで、書かせていただきました。ついでに閑話用の章を作らしてもらいました。ちなみに今回は少しだけ未来の話となりますね


「眞、影、いるか?」

 

俺は稲妻城の天守閣までやってきてそう言った。天守閣の最奥には執務室が備わっており、そこで雷電眞と雷電影の二人は執務を行っている。ちなみに、まだ午前中の時間帯なのでまだまだ執務中である。

 

勿論訪ねたのはわざとでそれなりの理由がある。

 

「アガレス、執務中なのですが…」

 

「眞、別にアガレスは邪魔をしに来たわけではないでしょ?」

 

影が入ってきた俺を見ながら少し申し訳無さそうに言い、眞が微笑みながら俺を庇うように言った。俺は普段どおりのこの様子に苦笑しつつ言った。

 

「なに、それを手伝いに来たんだ。なんたって今日はお前達の誕生日だからな」

 

先程述べた理由とはこのことである。さて、俺がそう言うと眞は首を傾げ、影は固まった。

 

「あれっ…」

 

暫しの沈黙の末、俺は確認のために口を開いた。

 

「今日は何日だ?」

 

「6月26日…って、あ…」

 

「き、今日誕生日じゃないですか」

 

眞は俺に言われてあちゃー、という表情を浮かべ、影は純粋に驚いている様子だった。そんな二人を見て俺は溜息を吐く。

 

「だからそう言ってるだろう…わざわざ淵下宮の探索を打ち切ってまで祝いに来たんだぞ?これで当の本人達が忘れ去ってるとか、流石に『無駄足ご苦労さん』とか何処ぞの眼帯に言われそうだ」

 

その何処ぞの眼帯は最近忙しそうだが、などと場違いなことを考えていると、

 

「その、眼帯?に言われるのはよくわかりませんが、誕生日だから何だというのでしょう?」

 

影が首を傾げながらそんなことを言った。それに対して眞が諭すように言う。

 

「誕生日、とはその人が誕生してきたことを祝うとても楽しい日なのよ?その思い出は未来永劫消えず、ある意味永遠を体現したようなもの…というか影、私達毎年祝ってもらってたじゃない」

 

「……私には、よくわかりません。まぁアガレスに会えるならなんでもいいですけど」

 

影の言葉にあらあらまあまあ、と眞は俺を見ながらニヤニヤする。俺は居心地の悪さ、というより若干の照れを感じつつとある提案をした。

 

「…き、今日の執務の半分はやってやるから、今日一日くらい好きに過ごしたらどうだ?そうだ、一緒に色んな場所を回ったりしたらどうだ?新しい発見もあるかもしれないし」

 

「ええ、私はいいけど」

 

「私も構いません」

 

「…アガレス、影と二人きりとか───「いや、お前達二人の誕生日にどちらかを贔屓するとかないから、断じて」あら、残念ね」

 

俺は二人の了承(?)を得てから処理すべき案件を影と眞、そして俺でもできることに纏めて二人に半分ほどになった案件を配り、俺は天領奉行や社奉行、勘定奉行にとある旨の連絡をした。

 

 

 

「───アガレス様、お待ちしておりました!どうぞ中へお入り下さい!」

 

柊家の令嬢、こと柊千里が俺を中に案内した。

 

さて、実は勘定奉行、というより柊家はとある一件で幕府内での立場は危うい。前当主の失脚、信用の失墜…そんな中でも彼女はよくやっているだろう。

 

ちなみに俺の身分だが、王国とかで言うところの宰相的な位置を貰っている。まぁつまりは将軍の政務にも口出しできるほどの立場ってことだ。だから突然奉行所に押しかけても通して貰えるって寸法である。今回に関してはちゃんとアポ取ったけどな。

 

ちなみに役職名は助言役、となっており一代限りの役職である。俺専用に影がわざわざ用意したものだ。

 

「さて…今日集まってもらったのは他でもない…」

 

お決まりの台詞を吐いて俺は会議の口火を切った。勿論集まった皆が首を傾げている。

 

傾げつつもしっかり言葉を返してくれるようだった。

 

「中々大袈裟ですが、我等としても無視できませんからね。助言役殿の招集とあらば」

 

「我等は助言役殿の管理下にありますから、何なりと御命令下さい」

 

「アガレス様、我等三奉行、全身全霊を以て命令を実行する所存です」

 

上から社奉行神里家当主神里綾人、天領奉行九条家当主九条鎌治、そして勘定奉行当主代理柊千里となる。綾人の言には少し棘があるが、彼の過去の苦労を考えるとそんなものだろうか。まぁ、鎖国解除に加えて稲妻を狙っていたファデュイの魔の手からも開放したからな。それなりに功績は大きいから嫉妬している可能性もあるが、正直冷静な彼らしくない、とも思う。嫉妬の線はないな、言い方の問題だわ言い方の。

 

まぁ、神里綾人のことは置いといて。

 

「さて、今日の会議に関しては別に命令というわけじゃない。皆の知恵を、俺に貸してほしい」

 

「将軍様関連でしょうか?」

 

神里綾人の言葉に俺は首肯いた。

 

「今日、6月26日は雷電将軍の誕生日だ。それでモンド、璃月、稲妻の3つの国の中で色々な場所を回ろうと思うんだが、単刀直入に聞く。どこが良いと思う?」

 

俺が3人にそう聞くと神里綾人が納得したように首肯く。

 

「それはまた…確かに、将軍様のお誕生日とあらば、我々もバックアップを惜しむつもりは御座いません」

 

「ではそれぞれで意見を出し合いましょう」

 

「それが宜しいでしょう」

 

三奉行が合同で協力してくれるようで俺は少し嬉しくなって微笑む。ちなみにここにいる3人には将軍が二人いることを伝えてあるのでなんとでもなる。

 

俺は自分の意見を纏めつつ口を開く。

 

「よし、では一人一人、意見を頼む───」

 

 

 

それから数刻後、二人の雷電将軍の執務も終わったようで、俺の伝言通り稲妻城の外に出てきた。

 

「よ、待ってたぜ」

 

眞と影を見つけた俺は手を振りながら近づく。

 

「どこに行くのかしら…楽しみね…!」

 

小さく眞が握り拳を作る。影は影で、少し楽しそうだった。俺はニッコリ笑ってついて来るように言った。俺は二人を伴って稲妻城にほど近い池にやってきていた。

 

「ここは…というか…モラクスに、バルバトス…」

 

「やっほ〜」

 

「久しいな、バアル、そしてバアルゼブル」

 

俺達の視線の先には風呂敷が敷いてあってその上にバルバトスとモラクスが座っていた。俺は眞と影のいる後方を振り返ると、再び満面の笑みで以て告げた。

 

「と、いうわけで久しぶりに一緒に花見でもしないか?」

 

花見と言っても地面に咲く花だけどな、と俺は付け加える。二人は事態が飲み込めていないようだったが首肯き、風呂敷の場所まで移動した。

 

「いやぁ、しかし呼んでみたら意外と来るもんだな。神って暇なのか?特にバルバトスとモラクス」

 

ん〜と唸ってバルバトスはりんご酒は喉に流し込みながら言った。

 

「僕はそこにいるだけで別に何もしないからね。偶に来る仕事といえばモンドを護る時か歌声をモンド中に届けるときくらいだからね。結構暇なんだよ。どっかの誰かさんが皆の困り事も解決しちゃうしね〜」

 

「俺は一年に一度神託を下すだけだ。それ以外には往生堂の客卿としての仕事はあるが、依頼はそう頻繁に来るわけでもない。加えて、その辺りの依頼もどこぞの誰かが処理しているから、お陰で仕事がないんだ」

 

ごちゃごちゃと言い訳をする二人だったが俺は無視して続ける。

 

「要するに暇ってことだなこの暇神共…ってあれ、原因の一端俺なような…?まぁいいや、とにかく!眞と影なんて2人で執務してもほぼ一日かかる執務量だぞ?そんな中ようやく時間作ってやれたんだから喧嘩すんなよ?」

 

「ん〜、じいさんの頑固頭が治れば、かな」

 

「呑兵衛詩人が風情を理解できるようになれば、な」

 

同時にそう言ってぐぬぬ、と2人は睨み合った。この期に及んで仲が良いらしい。

 

「おいおい、言った側から喧嘩をおっ始めるのか?流石に俺の顔を立ててくれよ」

 

俺は苦笑しながら2人を諌めつつ、眞と影を見た。2人は苦笑いとかは浮かべておらず、純粋に今のやり取りを見て懐かしんでいるのか、微笑みながらこちらを見ていた。

 

少ししてようやく2人の怒りは収まったようで、モラクスは茶を飲み、バルバトスはりんご酒を再び口に含んでいた。

 

「眞、影、稲妻城城下町にあった甘味を一杯買ってきたから、色々食べてみると良い。これなんかどうだ?面白そうなものがあってな。『団子牛乳』というんだが」

 

「あら、ありがとう」

 

「私も興味があります、私にも下さい…!」

 

甘味と聞くと影が過剰に反応するのは知っていたが、最近は執務で忙しかっただろうし、恋しかったのだろう。普段よりかなり食いつきが良い。色んな意味で。

 

「んん〜、この団子牛乳、開発した方は天才ですね!今すぐに重用して私専用の団子牛乳職人になっていただかねばなりません!」

 

「いや、駄目だろ…にしても、そんなに旨いのか…?どれどれ…」

 

俺は団子牛乳を一つ頬張り、ふむ、と唸った。

 

「団子の甘み、牛乳の適度な濃厚さ、それが上手くマッチングして…なるほど、これは確かに牛乳、あるいは団子との組み合わせの中では美食の極致といっていいだろう」

 

思わずそう評した。これは確かに影が唸るのも首肯ける。俺の言葉に興味を持ったらしくモラクスが微笑みながら団子牛乳を手に取った。

 

「アガレスがそこまで絶賛するなら、俺もいただこう」

 

「ん〜、お酒とは合わなさそうだなぁ…僕はやめておこうかな…」

 

モラクスとは対照的にバルバトスは今は食べないようだ。

 

それにしてもこれは美味しい。今度ノエル達にもお土産として買っていくべきだな。

 

「しかし…ふむ、この団子牛乳は随分と美味だな。バアル、バアルゼブル、幾らか璃月にも輸出してくれ。無論モラは払う」

 

モラクスは物凄く真剣な表情で眞と影にそう言った。言われた二人は物凄く複雑な表情を浮かべている。というか、どちらかというと団子牛乳を稲妻で独占したい、という顔だなこれは。

 

「このめでたい席に政治を持ち出すのはどうかと思うが…」

 

俺は一応そう言う。だが俺の言葉をまともに聞くやつなんてここにはいない。

 

「ねぇねぇアガレス〜、僕にお酒ちょうだいよ〜、もう空だよこれ…」

 

とこの通りであり、バルバトスが俺に纏わりついてくる。影の視線がバルバトスに鋭く突き刺さっている。いよいよ胸から刀を出そうとしている。

 

「まて、待て待て待て!!気持ちはわかるが胸から出そうとしている刀を仕舞え!おい!モラクス、眞…!!誰でもいいから助けてくれ!!」

 

わちゃわちゃとする俺達を見て、眞もモラクスもニコニコしていた。

 

「…感慨深いわね。まさか、500年前と同じ景色が見られるだなんて」

 

眞の言葉にモラクスは首肯き、遠くを見た。

 

「…時の流れは移ろい、環境も関係性もまた、変わるものだ。しかし…盤石の如きこの関係性だけは変わらないでいてほしいものだ」

 

二人は俺と影のごたごたを見ながら思い出話に耽っていて、そのうちそれに気が付いた俺達も参戦し、その日からそのまま翌日まで語り明かすのだった。




よかった、間に合った。所用もありまして、間に合わないと思ったんですけどね…雷電将軍、お誕生日おめでと〜!

追記 : えー、とですね。我ながらうん、酷い話だなぁなんて思ったわけなんで、一言だけ言わせていただくと、あくまで閑話の誕生日話に関してはIFだと思って下さればと…なぜこうするのか。それは偏に私がアンケートの存在を知らなかったからです()
ついでに言うとアガレスの行動があまりにも無責任すぎるかなぁと思いますのでアンケートとります、偏にヒロインを誰にするかというものです


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閑話 お月見

月見るならやっぱり秋がいい気がするんですよねぇ…異論は認めます。


稲妻の戦争が収束し、アガレスは稲妻で事後処理に追われていた。

 

稲妻城内でアガレスは一人で机に向かい、執務をこなしていた。外はもう真っ暗であり、時刻もそれなりに遅かった。アガレスは窓の外をチラッと見て、溜息を一つついた。

 

「…そう言えば、今日満月だったか…」

 

連日、執務に追われていたため、すっかり日にちの感覚を忘れているのである。それから更に二時間ほど経ってようやく、アガレスの対応していた事務の処理が終了した。アガレスは目一杯伸びをしてから天を仰ぎ、ぬるま湯に浸した手拭いを自身の目の位置に乗せて一息つく。

 

少しして手拭いを外すと、部屋の照明を落とし、窓を開けて外を見る。

 

「今日は随分と月が大きいな…」

 

改めて、アガレスはそう感じつつ、少し笑う。

 

「…昔も眞と影と俺で月見をしたんだったか…」

 

言いつつ、アガレスは昔のことを思い出していた。

 

「昔は確か、眞が全部団子を用意してくれたんだったか…影が気合い入れて作ろうとして大変だったっけ」

 

「あら、アガレス、それは今も変わらないわよ?」

 

バッとアガレスは部屋の入り口を見て、ホッとする。

 

「眞か…二人きりになると素の口調になるのはなんとかならないのか?」

 

というのも、3年間雷電将軍が影になっていた関係で外向けの口調を影と同じ口調に変更している。しかも最近は助言役之仕事も多かったので外向けの眞を見る機会が多く、少し驚くことになっていた。

 

「ふふ、別に貴方を特別扱いしてもいいでしょ?」

 

「影に俺が怒られるからやめてくれ」

 

軽く冗談を言い合いつつ、アガレスはそれで?とばかりに眞を見た。眞はずっと後ろに隠していた手を前へと持ってきてはにかむ。

 

「と、いうわけで作ってきたの、お団子。貴方の仕事も終わったみたいだし、影も誘ってパーッとやりましょう?」

 

 

 

「それで私も…?」

 

「ああ」

 

「ええ、ほら、影はアガレスと一緒にいたいでしょう?」

 

眞は冗談めかしてそう言ったのだが、影にとっては本当のことだったらしく、結構動揺しているようだった。こちらまでなんだか恥ずかしくなったが、無表情を貫いた。勿論、眞は俺を見てニヤニヤしていたが。

 

さて、眞に指定された場所は稲妻城の更に奥、空地になっている崖上である。まぁ要するに鳴神島の最南端であり、遮るものがなにもないため、月がよく見えるのだ。月見には丁度良い。

 

さて、影は眞の言葉に若干頬を染めながら首肯く。既に彼女自身から彼女の気持ちを聞いている俺は特段驚くことはしなかった。それでも、恥ずかしくはなったが。

 

「眞、酒は?」

 

「勿論、無いわよ。月見酒は勿論良いものだけれど、アガレスはお酒が飲めないしね。私達姉妹だけで楽しんでも良いのだけれど、それじゃあアガレスが可哀想だもの」

 

そりゃあありがたいな、なんて思いつつ、少し申し訳無さもある。

 

いい加減、酒という弱点を克服しよう、などと考えつつ、俺は団子に手を伸ばし、一つ口の中に放り込んだ。ほんのり甘くて、少しもちっとした食感が口の中に広がる。

 

「そう言えば眞。稲妻の人手不足は大丈夫そうなのか?」

 

「こんな時まで政治の話?まぁいいですけど…」

 

眞は少しムスッとしながら団子を一つ口の中に放り込むと、食べながら言った。

 

「まぁ、アテはあるけれど、完全に元通り、とはいかないわ。稲妻は、あまりに多くのものを失ったのだから」

 

団子をもう一つ頬張りながら、思う。

 

稲妻はその領土をまず失い、人々の娯楽を失い、希望を失い、命をも失い、それでもと足掻き続け、現在に至っている。家族を失った悲しみ、それによる稲妻全体の雰囲気。まだまだ課題は山積みなのだ。

 

「本当なら、こうして月見をするなんて、不謹慎なんだけれど…ほら、友人を労ってあげたいじゃない?」

 

「眞はもう少し、私の苦労も考えるべきでしょう」

 

「あら、ごめんなさいね、影…でも、その甲斐あってアガレスに会えたんだからいいじゃない」

 

結局、眞は月見酒を楽しんでいるようだったが、勿論風下にいた。ちゃんと俺への配慮は欠かさなかったようだ。

 

それはそれとして。

 

「…少し、昔話でもしないか?」

 

俺は、二人にそう提案した。二人は俺を見て、首を傾げた。

 

「ほら、俺達、というか俺なんか特に、稲妻に来てからずっと忙しくて、特に眞とはあまりゆっくり話せなかっただろ?だから、昔の話でもして親睦を改めて深め合うのも悪くないんじゃないか、なんて思ったんだが…駄目か?」

 

少し不安になって二人に尋ねる。二人はフッと微笑むと、首を縦に振ってくれた。思わず、俺も笑顔になる。

 

「それじゃあ何から話そうか…あ、そういえば昔もこうやって月見したよな?」

 

確か700年ほど前だったはずだ。モラクスとバルバトス…あと、マハールッカデヴァータもいたな。

 

「そうだったわね…あ、影ったら、モラクスとバルバトスに───「眞…それ以上は絶対にやめて下さい」いいえ、言います!いざとなったらアガレスに守ってもらうんだから…!」

 

眞は何故か、影の当時の言葉を再現するようで、影の制止の声も聞かずに、再現を始めた。と、言っても、俺の背中の後ろに隠れながら、だが。

 

「『アガレスを困らせるのはやめてください。彼だって、ずっとあなた方に付き合っているわけにはいかないのです…特に、私に構えばいいと思っています』なんて、自信満々に…アイタッ!」

 

影がいつの間にか俺の背後に回り込んで眞の頭に軽いチョップをしていた。ってか、今思うと完全に愛情の裏返しなんだよなぁ…。

 

「あ、アガレス…その…」

 

影が恥ずかしそうに俺を上目遣いで見る。俺は頬をポリポリと掻いて苦笑した。

 

「まぁ、聞かなかったことにしとくよ」

 

「す、すみません…」

 

なんだかバラ色になりかけた空気を咳払いして戻すと、

 

「そう言えば、その時もバルバトスは飲み過ぎで俺に絡んできていたな。で、モラクスはやっぱりそれに反発して…」

 

「あ〜!ありましたね!それで彼女が驚いて固まってましたよね!!」

 

「ええ。それで私が二人を仲裁(物理)をして…本当に、懐かしいですね」

 

しっとりした空気が、辺りを支配した。

 

「彼女は元気なのか?」

 

俺は彼女、マハールッカデヴァータの様子を二人に聞いた。が、二人は沈黙した。

 

「…そう、か…」

 

俺はそう呟いて、黙祷した。影が説明をしてくれた。

 

「500年前、彼女はカーンルイアにいたようなのですが…その、生死は不明です。そもそもカーンルイアにいたという情報そのものも出処不明なのでデマだと思っています。一般的には死んだとされていますし、新たな草神も見つかっているので…」

 

「待て、新たな草神?」

 

新しい神が見つかった、というのはあまり聞かないな。魔神なんか特に、復活しないからな。

 

「はい、スメールの教令院の賢者達が見つけたらしく、クラクサナリデビというらしいですね」

 

へぇ、と思わず俺は感心する。

 

「よく見つけたもんだな…」

 

その内、会いに行くことにはなるだろうが、ある程度事前に色々聞いておかないといけないだろうな。『八神』について知っているのかどうか、とかマハールッカデヴァータの生前の行動に関して何かを知らないか、とか。

 

「まぁ、それはわかった。それにしても…」

 

俺は眞を見る。眞は沈黙している、と思っていたのだが、どうやらお酒の飲みすぎで寝落ちしてしまったらしく、規則正しい寝息を立てていた。

 

影もそれに気が付き、俺と目を合わせ苦笑し合った。

 

「…なあ、影」

 

「…なんですか?アガレス」

 

「…今日は、月が綺麗だな」

 

影が立ち上がり、俺の隣に腰掛け、頭を俺の肩に乗せた。

 

「…はい、とても」

 

俺は横目で彼女の顔を見る。彼女は、月光に照らされ、幸せそうに微笑んでいた。俺はなんだか気恥ずかしくなって、それ以上何かを言うことはなかった。




というわけで月見会でした。次の閑話はアガレスの誕生日です。

ちなみに、めっちゃくちゃ長いと思います。


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閑話 アガレスの誕生日

「ついに…遂にあの日がやって来るよ!」

 

9月某日。旅人は未だに稲妻に留まっていたのだが、何故かテンション高くそう叫んだ。それに対してパイモンが若干呆れながら言う。

 

「旅人…なんでそんなにはしゃいでるんだよ」

 

旅人はパイモンの言葉にニヤリと笑う。

 

「ふっふっふ〜、前にアガレスさんのクイズ大会をした時にアガレスさんの誕生日を聞いてこの日を待っていたんだよ…!もうすぐだよ!!稲妻の戦争も終わったし、心置きなく誕生日に備えられる!!」

 

「いや、それは将軍と、というか影と意地を張り合った結果だろ?」

 

パイモンはまたも呆れながら言った。

 

「そんなことより!」

 

「そんなことより!?」

 

「アガレスさんに縁のある人全員を集めてパーティーしようよ!!」

 

旅人の言葉に、パイモンも首肯く。

 

「そうだな、普段からアガレスには世話になってるし、色んな人を集めてパーティーをしようぜ!!けど、会場は何処でやるんだよ?」

 

パイモンの至極ご尤もな意見に旅人はしまった、と言った表情を見せた。が、すぐに妙案を思いついたらしく得意気な顔になった。

 

「塵歌壺の出番だよね!!マルちゃんに頼めばきっと頑張って数十人壺にいれるなんて余裕でしょ!!」

 

「お、おい旅人、流石にマルに申し訳ないぞ…」

 

「普段は最大でも8人しか入れないけど、なんとかなるよ!」

 

だが、パイモンの言葉は、何時にもましてテンションが高い旅人には届くはずもなく、旅人はパイモンを伴って塵歌壺へ入るのだった。

 

〜〜〜〜

 

旅人がアガレスの誕生日に向けて準備を始めてから二日後。

 

稲妻の戦争が終結したはいいものの、俺は元司令官兼現助言役としてちょっとした嘆願書に回答して、それを眞の下に持っていく仕事をしていた。今日の仕事はこれだけなので、この後は自室でゆっくりしようと思っている。

 

俺は天守閣の最上階までやって来て扉をノックした。

 

『アガレスね?入っていいわよ』

 

中からそう声が聞こえたので、中に入り、眞の仕事机の上に書類を置いた。

 

「今日の分な」

 

「ええ、ありがとう」

 

俺は立ち去ろうとして、少し気になったことを聞いた。

 

「眞、書類随分と少ないな?」

 

眞が書類に目を通しつつ、実行、保留、却下の3つに振り分けていく。その書類の量が、普段より少なかった。眞は少し微笑むと、こちらを見た。

 

「ええ、本日は少々、少ないようね。あっ、そう言えばアガレス宛にこんなものを預かっているから、渡しておくわね」

 

眞から、謎の紙切れを渡された。

 

「誰からだ?」

 

「私も部下から渡されたからわからないわ。開けるのは自室に戻ってからにしてね?私、まだ見ての通り…」

 

「ああ、わかってる。それじゃあまたな」

 

俺は眞の邪魔にならないようにその場を去り、自室へ戻る。そこで眞から渡された紙を開いてみた。

 

アガレスへ

 

今日の午後6時、稲妻城の裏にて待つ。

 

差出人の名前はなく、悪戯だとも思えるが、眞が直接渡してきたんだし、なんとかするべきだろう。それに彼女のことだ。中身を見た上で俺に渡してきているはずだし、危険はないと見ていいだろう。

 

「…ま、言われた通り行くとするか…それにしても、俺を呼び捨てにするのって影とかモラクスとかバルバトスくらいだよな…でも、三人の中にはこんな話し方をするやつはいないし…ってなると、俺を知る別の人物からの招待状だと考えるべきだな…」

 

面白いので6時までの二時間位を差出人が誰かを考えることにした。

 

 

 

結局の所、誰から差し出されたのかはわからなかった。だが、稲妻城の裏に行けば全てわかるだろう、と考え、俺は稲妻城の裏に向かう。そう言えば今日は影がいなかったな。何処で何をしているのだろうか?

 

さて、そんなことを考えている内に稲妻城の裏手に到着した。だが、誰もいない。代わりに、壺が一つ置いてあった。

 

「…これは、塵歌壺か…どうしてこんなところに?」

 

だが普通に考えれば、中に入れ、ということだろう。

 

「…まぁ、なんとかできるか…」

 

リスクはそれなりにあるが、まぁなんとかなるだろう。

 

そう考え、俺は塵歌壺の中に入る。

 

「…ここは」

 

塵歌壺の中は、かなり整頓されており、色々な調度品が置いてあった。だが、それでいて統一感もあり、見ていて飽きない工夫も見えた。

 

「此処までの物を作っているのは…誰だろう…」

 

考えてみたが思い浮かばなかった。俺は外を隈なく探索したが特に人がいるわけでもなかった。

 

「…っとなると、やっぱり…」

 

俺は大きいモンド風の家を見る。見た目的には少しアカツキワイナリーに似ている気もする建物だが、中はどうだろうか?俺は少し緊張しながら扉を開いた。

 

直後、破裂音と共に俺の体に沢山の紙が降りかかった。

 

『お誕生日、おめでと〜う!!』

 

俺は一瞬、言葉の意味が理解できなかったが、今日が9月18日だったことを思い出し、そういうことか、と納得した。

 

って、できるか!

 

「さあさあアガレス、皆待ってたんだよ〜」

 

「友よ、お前のために6時間も掛けて用意した茶があるんだ」

 

「アガレス、今日は貴方の誕生日ですよ。少し前にも祝ってもらったので私達からもお返しせねばと思いまして」

 

扉付近にいた俺を神三柱がグイグイと背中を押してくる。あれよあれよという間に中心に移動させられた。そこかしこに机があり、沢山の人が座っている。俺は、と言えばこのために用意されたであろう壇上にある机に座らされた。

 

「えーこほん!」

 

と、旅人が前に出てきた。

 

「皆、集まってくれてありがとう!今日はアガレスさんの誕生日です!!皆で騒いでアガレスさんを楽しませましょう!!」

 

『おー!!』

 

おい、待て、まだ心の整理がついて…。

 

「それでは、誕生日を記念して乾杯の音頭をアガレスさんにとってもらいます!!アガレスさん!」

 

ニコニコしながらこちらを見てくる旅人。そして期待する周囲の目。まぁ旅人がスピーチしている辺り、間違いなく彼女が今回の犯人だろう。裏でこのようなことを企画していたとは。

 

俺は、とても嬉しくなった。

 

「皆、集まってくれてありがとう。今日は俺の誕生日だが…それ以上に、俺は皆がこうして、俺のために集まってくれたことが、凄く嬉しい。拙い言葉ですまないが、礼を言わせてくれ。ありがとう」

 

そう言って俺は軽く頭を下げた。あまりしんみりさせるのもアレだろうと思って、

 

「それじゃあ、乾杯!!」

 

『かんぱ〜い!』

 

そうして、どんちゃん騒ぎが始まった。

 

そこかしこで話し声が聞こえる。まず始めに話し掛けてきたのは旅人とパイモンだった。

 

「ふふ、どう?アガレスさん、驚いた?」

 

「旅人のやつ、一昨日から準備してたんだぞ?」

 

「ああ、驚いたし、嬉しいよ。ありがとう」

 

俺は心の底から感謝を告げつつ、にっこり微笑んだ。旅人は何故か顔を赤くしながら「気にしないで〜、あ、皆話したがってたから、対応してね?」と言って去って行った。勿論、パイモンも少し照れくさそうにしながら去って行った。

 

「昨日ぶりですね、アガレス」

 

「影…それに、眞も」

 

次に話しかけてきたのは影と眞だった。

 

「影ったら、ここ数日政務を全くしてくれなかったのよ?」

 

「それを言うなら眞は抜け駆けしようとしたの忘れてませんからね」

 

少しお酒が入っているからか、二人は本音が出ているようだ。俺はまあまあ、と宥めつつ、

 

「折角の祝いの席で喧嘩しちゃいけないだろ?まぁ尤も…」

 

俺はとある席に目を向ける。

 

「だからさぁ〜!じいさんはさぁ〜!!昔っから頭かったいよね!!」

 

「そういうお前は口を開けば酒のことばかり。呑兵衛詩人と俺に呼ばれるのも仕方ないと思うが?」

 

モラクスとバルバトスが啀み合っている。勿論、酒の席なので皆笑いながら見ていた。眞と影も二人を見て思い直したらしく、

 

「ちょっと止めてきますね」

 

「行きましょ、影」

 

「またな、二人共」

 

二人が去ってすぐ、俺の背後からにゅっと顔を出したのは申鶴だった。

 

「アガレス殿…久しいな」

 

「申鶴か。確かに、久し振りだな」

 

「うむ…それで、我はしばらく救民団で働いたのだが…その」

 

もじもじしている様子の申鶴を見て、少し変わったな、と感じた。

 

「璃月には溶け込めそうか?」

 

俺はぶどうジュースを飲みながら申鶴にそう聞いた。すると彼女はコクコクと首肯いて少し嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「こんな我にも、彼等は普通の人として接してくれる。こんな我でも、まだ人並みの生活、幸せを望むことが出来るのだと」

 

申鶴は少し気恥ずかしそうだった。そんな彼女へ俺は笑いかけた。

 

「…当たり前だろ?お前はちょっと人生が壮絶なだけの、普通の女の子なんだから」

 

申鶴は驚いたように目を見開いて俺を見ると、嬉しそうに目を細めた。

 

「うむ…うむ、そうか。では我はもう少し他の者とも話してみよう」

 

「ああ、それがいい」

 

申鶴は手を振りながら去って行った。俺は軽く手を振り返して彼女を見送った。

 

璃月支部繋がりなのか、重雲と行秋も来てくれていたようだ。

 

「アガレス殿…久し振りだな。元気…いや、神であるのなら元気じゃないことなどないのか…?」

 

「重雲、そこはあまり気にしなくていいと思うよ。アガレス殿、久しぶり」

 

重雲がよくわからない疑問を口にし、行秋が宥めつつ俺に挨拶をしてきた。

 

「ああ、久し振り」

 

俺は二人に挨拶を返すと、

 

「二人共、救民団の仕事には慣れたか?」

 

そう聞いた。採用してから、俺は全く面倒を見ることが出来なかったので、どうなっているのか聞いてみたわけである。二人は満面の笑みを浮かべて、

 

「ああ、先達に優しく教えてもらって仕事を覚えてからは随分と楽にできているよ」

 

と、行秋が答えてくれたのだが、重雲も首肯いていたのでどうやら二人の総意なようだ。俺は安心して少し笑う。

 

「そうか…これからもよろしく頼む」

 

「ああ」

 

「うん」

 

二人は最後に、誕生日おめでとう、と言って去って行った。次に来たのは救民団繋がりの人だった。

 

「アガレスさま!お久しぶりです!あと、お誕生日おめでとうございます!!」

 

「ふん、祝いに来てやったわよ」

 

「アガレス、誕生日、祝う。おめでとう」

 

そう、ノエルとエウルアとレザーの三人だった。俺は久し振りに会う三人を見て思わず頬が緩むのを感じた。

 

「ああ、ありがとう。皆、救民団はどうだ?」

 

「はい、何ら問題ありません!」

 

「ええ、特にはないわね。まぁ、アガレスがいてくれたほうが賑やかではあるわ」

 

「アガレス、肉、いっぱい食える」

 

どうやら、不自由はないみたいだ。俺は心底安心した。と、どこかからノエルを呼ぶ声がかかった。ノエルは申し訳無さそうにこちらを見る。

 

「行ってきてやってくれ」

 

「はいっ!アガレスさま!」

 

ノエルは一礼して去って行く。その様子を見て俺とエウルアとレザーは少し笑う。

 

「それじゃあ、私達も行くわね。ノエルを一人にはしておけないし」

 

「ああ、頼む」

 

「またな、アガレス」

 

と、二人も去って行った。なんだかんだ久し振りだったのだが、結構あっさりしたものだ。

 

俺は落ち着いてぶどうジュースを一口飲むと、視界の端で何故か再び旅人がこちらへ来ているのが見えた。と思ったら今度は魈の手を引いて連れてきたようだった。

 

「わ、我はいいと…」

 

「魈、久し振り。人混み嫌いなのにわざわざ来てくれたのか?」

 

魈は旅人を少し恨めしそうに見てから、首肯く。なんだか、生暖かい気持ちになった。

 

「そうか。ありがとう」

 

「い、いえ…アガレス様の記念すべき生誕の日を祝わぬのは、筋違いというものですから」

 

魈はそれだけ言って恥ずかしそうに目を逸らして去って行った。ちょっと料理を確認したら杏仁豆腐もあったし、彼がこの場を去ることはないだろう。

 

「よう!アンタがかの有名なアガレスってのか!アタシは北斗、稲妻で一回見たことあるぞ!」

 

と、ジョッキを片手に肩を組んできたのは北斗だった。

 

「確かに、話すのは初めてだな。俺がアガレスだ。俺のことをよく知らないと思うんだが参加してくれるとはな」

 

北斗はジョッキを傾け、ぷはぁっ!と豪快に酒を呑みながら、

 

「ああ、旅人と万葉がアンタのことを手放しで褒めててさ。気になったんだよ」

 

「北斗船長、あまり彼を困らせないほうがいいわ。特に、彼はお酒が苦手なんだからあまり近付かないほうがいいと思うのだけれど。主役が倒れちゃ困るわ」

 

若干酒臭かったので、後からついてきた凝光の言葉はかなりありがたかった。北斗は酔っているのか、凝光にだる絡みをしているようだ。

 

凝光が申し訳無さそうにこちらを見た。

 

「気にすることはない。少なくとも、悪意なんて微塵も感じなかったからな。それより凝光、久し振り」

 

俺が彼女にそう声を掛けると、微笑みながら首肯いてくれた。俺はぶどうジュースの入ったグラスに手を伸ばそうとして、寸前で後ろから伸びた手にグラスを取られた。

 

「んぐ…んぐ…ぷはぁ…あら、ぶどうジュースね、これ」

 

「夜蘭…なにやってんだよ。わざわざ気配を消してまでしなきゃならないことだったのか?」

 

夜蘭に悪戯されたのでジト目で見やると、彼女は無邪気に笑った。

 

「あら、勿論よ。貴方に構ってもらうためだから」

 

なんというか、余り勘違いさせるようなことは言わないで欲しい。ほら、影の視線が厳しくなったじゃん。夜蘭はそのことに気が付いたのか、苦笑いを浮かべた。

 

「まぁ、一先ずは退散するわね。また来るわ」

 

「ああ、凝光と北斗にもよろしく言っといてくれ」

 

夜蘭は首肯くと、手を振りながら去って行った。何人かは見たこと無い面々だが、モンドの人々は皆見たことのある人々だった。いやまぁ、三年も住んでいたのだから当然だが。

 

「騎士団面子か。久し振り」

 

「アガレスさん、やっほー!本当に久し振りだね!!」

 

「クレー、アガレスお兄ちゃんと会えなくて寂しかった…いっぱい遊べるよね!」

 

「こらクレー、アガレスは忙しいから…けれど、アガレス。ボクからもお願いできるかな?」

 

「師匠…お父さんみたいですね…それはそうと、アガレスさん、私からも…お、お願いします」

 

アンバー、クレー、アルベド、スクロースの四人は固まって動いているようで、俺の下にもこの四人で来ていた。俺は首肯くと、クレーを見る。

 

「クレー、アリスさんは元気そうか?」

 

「うん!」

 

「そうか…なら、今はいないアリスさんの分も、クレーと遊んでやらないとな」

 

今は無理だが。

 

だが、クレーは花が咲いたような笑みを浮かべた。

 

「ほんとっ!?約束だよ!!」

 

クレーもそれはわかっているのか、そう言いながら小指を差し出してくる。俺は小指で指切りげんまんをしてあげた。

 

「ああ、約束だ」

 

クレーは少し名残惜しそうにしながらもアルベド達と共に去って行った。

 

何時見ても元気溌剌、天真爛漫の言葉が似合う女の子だなぁクレーは、なんて思いつつ、料理を頬張る。一旦、休息みたいだ。

 

「とでも思ったのか旦那?」

 

「ガイア…少しはアガレスを休ませてやったほうがいい。先程から全員に丁寧に対応していたようだからな」

 

「ふむ…アガレス、疲れているのか。なら私達はお暇しよう…」

 

「あ〜、待て待て、応対させろ。久し振りにお前達とも話がしたかった所だ」

 

帰ろうとしたガイア、ディルック、ジンの三人を引き止める。なんで主役の俺が引き止めてるんだろう。

 

という疑問は飲み込み、俺達は話し始めた。

 

「ははは、アガレス、相変わらず酒は飲めないらしいな?」

 

「まぁな。酒だけは駄目らしい」

 

ガイアの軽口に付き合いつつ、ディルックに視線を向けると少しムスッとしていた。

 

「まぁ、だから僕のぶどうジュースが役に立っているわけだが。勿論、品質と味は保証しよう」

 

実際美味しいからな。

 

「それじゃあ、俺達はちょっとその辺の奴らと話してくるぜ。アガレス、言うのが遅れちまったが、誕生日おめでとう。またな」

 

「アガレス、無理はしすぎないように。ではまた」

 

二人はジンを置いて去って行った。俺は取り残されたジンを見て、少し心配になる。

 

「その…良かったのか?置いてかれてるが」

 

「まぁ…大丈夫だ。それより、アガレス、本当に久し振りだな。見ての通り元気そうで何よりだ」

 

「ああ、ジンも」

 

俺は久し振りに会った彼女を見て、一先ずの世間話をした。

 

「アガレス、モンド、璃月に続き、稲妻でも頑張ってくれたみたいだな。お疲れ様」

 

ジンはそう言って微笑んだ。彼女は何処まで行っても、彼女だと認識した。

 

「それでは、アガレス。また後で。後がつっかえているようだから」

 

「ああ、またな」

 

それにしても、ジンに関しては二日前から準備したにしてはよくもまぁ皆来れたものだ。仕事とかあっただろうに。

 

「特に甘雨と刻晴なんかはなぁ…」

 

「私が何?」

 

「私が何か?アガレスさん」

 

と、二人が俺の前に立っていた。刻晴は少し不機嫌そうに、甘雨は不思議そうな顔で俺を見ている。

 

「二人共、仕事が忙しいだろ?だから普通は来れないと思うんだが…」

 

「…部下がやるって言って聞かなかったのよ。今日はその…璃月を救った英雄の誕生日だって言うし、私は仕方なく…」

 

「刻晴さんったら、『今日は尊敬すべき方の誕生日よ…仕事を早めに終わらせないと…!』だなんて仰っていましたよ。この日を楽しみにしていたみたいですね。斯くいう私もそうですが…」

 

甘雨が若干照れながらそう言ったが、刻晴は物凄い形相で固まっている。「え?なんで言うの?」みたいな顔だ。どうやら図星らしい。俺はやれやれとばかりに肩を竦めた。

 

「まぁ、来てくれて嬉しいよ。話が出来たのは一瞬だったが、刻晴なりの信念が伝わってきたんだ。これを機にもう少し仲良くしてくれると嬉しい。と言っても、璃月には余り滞在できないんだけど」

 

少し冗談めかしてそう言ってやると、刻晴は少し恥ずかしそうにしながらも、首肯いてくれた。

 

「…甘雨、時間は有限。料理も有限。無くなる前に行くわよ」

 

「ふぇ?は、はい!アガレスさん、お誕生日おめでとうございます!」

 

そう言って二人は去って行った。なんだか仲の良さそうな二人だな、なんて勝手に思う。

 

「おや、奇遇ですねアガレス殿」

 

「アガレスさん、お久しぶりです」

 

次に話し掛けてきたのは、神里兄妹ともう一人だった。俺は三人の来訪者を見て、思わず驚く。

 

「二人共来ていたのか。それと…そちらははじめましてだな」

 

「ああ、そうでした。此度の祭典への参加で彼を紹介することも目的の一つでして。トーマ、挨拶を」

 

神里綾人の背後に立っていたのは、綾人と同じくらいの身長の男性だった。だが、神里綾人より、優しそうな印象を受ける。彼は軽く礼をしながら自己紹介をした。

 

「はじめまして、助言役殿。俺はトーマ、神里家では『家司』の役を賜っています。どうぞよろしくおねがいします」

 

言葉遣いは丁寧だし、第一印象も悪くない。

 

「ご丁寧にどうも。知ってると思うが俺はアガレス。今日が誕生日の者だ」

 

ちょっと冗談めかしてそう告げた。そして。

 

「お前がよければだが、俺に畏まる必要はない。できればフランクに接してくれ」

 

トーマは驚いたように目を見開くと、少し笑った。

 

「ああ、よければ今日から俺は、君の友達だ」

 

トーマはそう言いながら俺に手を差し出してきた。

 

友達、か。大きく出たな。だが…。

 

俺は彼の手を握った。

 

「ああ、悪くない」

 

「ああ、そうでした」

 

と、神里綾人が声を上げた。彼は神里綾華と顔を見合わせてから、トーマを一緒に頭を下げながら言った。

 

「非公式な場であるため頭を下げながら言わせていただきますが…お誕生日、おめでとうございます。貴方の未来に、幸多からんことを」

 

神里綾人はそれだけ言うと、三人で去って行った。神里綾華は会釈を、トーマは手を振って去って行った。

 

 

 

その後、集まった皆で旅人が考案したらしい『ビンゴ大会』というものをやったり、『王様ゲーム』なんてものもやったり、それはもう色々と大変だった。

 

「は〜い、皆様、宴もたけなわ、ということで、プレゼントを渡していただきまーす!!」

 

旅人が皆の注目を集めてそう言った。まぁ、誕生日パーティーをするくらいなのだからあるとは思っていたが、驚かずにはいられなかった。

 

「えー、話し合いの結果、国ごとにプレゼントを用意してもらうことにしました!まぁアガレスさんもこの人数からプレゼント貰うのは大変だと思うしね」

 

否定はしないが、嬉しくはある。

 

「それでは、まずはモンドチームから!!」

 

バルバトスを始めとして、ジン、ディルック、ガイア、アルベド、クレー、スクロース、アンバー、そしてノエル、エウルア、レザー達からのプレゼントなようだが。

 

「えー、こほん。バルバトスだよ。アガレス、勘違いしないでほしんだけど、このプレゼントはこの場にいる者達だけじゃなくて、モンドの民全員からだ」

 

バルバトスはそう言ってウィンクをした。いやなるほど、2日でよくそこまで準備できたものだ。

 

「それでは、僕達からのプレゼントはこれだよ!!」

 

モンドの人々から渡されたのは、何の変哲もない花束だった。風車アスター、蒲公英、他にも様々な花があった。

 

俺が花束に驚いていると、モラクスと眞、影コンビから声が上がった。

 

「む…バルバトス」

 

「バルバトス…」

 

「「プレゼント、被ってしまったな(しまいましたね)」」

 

そう言いつつ、二人共花束を取り出した。だが、モンドにはモンドの、璃月には璃月の、そして稲妻には稲妻の、文字通りの特色が出ていた。どれも綺麗だった。

 

バルバトス達は一瞬集まって何事かを話し合った後、俺を見て言った。

 

「どうやら、気持ちは同じだったみたいだね」

 

「…ああ」

 

「はい」

 

「…」

 

三人は声を揃えて言った。

 

「アガレス、僕たちはね、記憶に残るものを贈りたかったんだ。ほら、復活してから初めての誕生日だしね」

 

「だが、食は何時でも用意できるし、物品でも記憶には残るがそのうち壊れたりしてしまうだろう」

 

「そこで私達、考えたのよ。どうすればアガレスの記憶に残る誕生日になるのかってね」

 

「記憶とは即ち、魂に刻み込まれる情景や感情です。ですから、一生残る『思い出』を作ればよいと考えました」

 

四人は笑うと、

 

「ですから、この花束を贈ろうとなったんです」

 

一生に残る思い出、か。俺は少し笑った。俺は四人の持つ花束を受け取り、心の底から笑みを浮かべた。

 

「ああ、ありがとう。本当に、嬉しいよ!」

 

俺のその言葉を皮切りにして、また宴会が始まる。その喧騒は今暫く続くようだった。

 

影が俺の隣にやってきて微笑みながら問うてくる。

 

「アガレス。今日は、どうでしたか?」

 

そんなの、答えは一つだけだ。

 

「ああ、俺の一生の中で、どう考えても最高の誕生日だよ」




ちなみに来れなかった人は後日個人的にプレゼントを渡したそうです。アガレスは大層喜んだとか。というわけで、お誕生日おめでとう、私とアガレス。

アガレス「言ってて悲しくなるだろ、それ」

悲しくならないもん、別に。

というわけで、誕生日でした。


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閑話 クリスマスモンド編

というわけで特別話が続きます!

クリスマスですね…予定がある貴方も、そうでない貴方もこの話を見てお楽しみいただければ幸いです。

私ですか?

…私のことはいい!ここは任せて早く行け!!(?)


冬はモンドにも雪が降る。

 

いつだったか、俺はバルバトスとモンドでクリスマスを楽しんでいた時があった。今からすれば寂しかったが、二人で詩を謳い俺の作った鶏肉のスイートフラワー漬け焼きを食べたり、雪の降る中でもなかなか楽しいクリスマスだったのを覚えている。

 

『メリークリスマス!!』

 

掛け声と共にクラッカーが破裂する音とグラスを突き合わせる音が響き渡った。モンドにある酒場『エンジェルズシェア』にて旅人が主催するクリスマスパーティーに参加していた。

 

突然旅人に救民団本部へ来いと指輪の通信で言われ、来てみたら突如拉致…こほん、ついて行ったらこのような状態だったわけだ。ただ、人はそんなに多くない。バルバトス、ディルック、ジン、旅人とパイモン、後は救民団メンツであるノエル、エウルア、レザーの三人が呼ばれていた。

 

「さぁアガレス!今日はお酒飲もうよ!!」

 

最初に俺のところへ突撃してきたのはバルバトスだった。彼は既にその体に物理的に酒気を帯びているので匂いだけで酔えそうだ。

 

「飲まない。『酒は飲んでも飲まれるな』って言葉をお前はいい加減に体現すべきだろう」

 

「うわ、じいさんみたいなこと言ってる。あ、アガレスもじいさんだった☆」

 

こいつ潰してやろうか。

 

こほん、酔っ払っているバルバトスの狂言は置いておき、一先ず俺はググプラムジュースを飲む。初めてこのジュースを飲んだ時からなんだかんだでハマってしまっているのだが、今日も今日とてこのジュースを飲んでいる。

 

今日は俺は特に何も準備に関わっていないのでどんな演目があるのか、そしてどんな料理が出てくるのかを全く知らない。

 

「それにしても二階まで貸し切るとは、旅人の懐事情はどうなってるんだ…」

 

「あー、それが彼女、かなり無理して貸し切ってるからね。まぁ、ディルックと彼女は友人だから、今回は友達料金ってことで貸し出してくれたんだって」

 

なるほど?と思ってカウンター席にガイアとロサリア共にいるディルックを見やると…って、ガイアとロサリア??

 

「おいおい、その顔、まるで俺がいないと思っていたかのような顔だな?」

 

「酷いわね。仕事仲間がここにいちゃいけないみたいな雰囲気出してるわね?」

 

俺はバルバトスと一旦別れ、ディルックとガイア、そしてロサリアの下へとやってきてディルックの隣に腰掛ける。

 

「で、なんでいるんだよ?」

 

俺が先ずガイアにそう聞くと、ガイアは苦笑しつつ答えてくれた。

 

「今日は騎士団の仕事も少ないんだ。だから早めの時間に酒場にやってきたらこの騒ぎだったってわけだ。まぁ旅人にも許可もらってるし、参加してもいいだろ?」

 

俺はそのままロサリアへと視線を移す。彼女は溜息をつきつつ、話してくれた。

 

「別に、私もそんなに変わらないわ。面倒臭い仕事を片付けてここへ来たらこういう状態だったのよ。仕方なく参加してあげてるだけ」

 

ロサリアはそう言いつつ俺の背後へと視線を向けた。俺は釣られて背後を見る。

 

「…えーっと」

 

酒の匂いで少し酔っていたからか気が付くのが遅れたらしい。思ったより人は多いようで、少し広くなった場所でバーバラが歌を歌っている。他にもアルベドとクレーを除く主要な騎士団のメンツが揃っており、どうやら俺は本当に酒に酔っていたのだと確信した。

 

「うむ、やっぱり帰ろう」

 

「君はそんなことするやつじゃないだろう」

 

ディルックに若干呆れながらそう言われてしまったが、まぁ実際酩酊感があるから、と言って逃げるわけがない。折角旅人が呼んでくれたのだから気の赴くままに楽しもうと思う。

 

俺はディルックの言葉に肩を竦めて返すと少しだけ話をする。

 

「ガイアとロサリアはともかく、ディルックも酒を飲んでいるなんて珍しいな?」

 

俺の言葉に三人は少し笑う。俺が首を傾げていると、ディルックが少し微笑みながら答えてくれた。

 

「今日はクリスマスだ。特別な日である人もそうでない人も、この日だけは皆で騒ぐ。僕もワインなんかは多少嗜むからね。今日ぐらいは少し羽目を外してもいいかと思っている」

 

まぁ、とディルックは付け加えた。

 

「隣にこの男がいなければもう少し楽しめたかもしれないが」

 

「いやぁ、俺は丁度いい席がなくてここにいるだけだぜ?」

 

ディルックとガイアの間で火花が散っている。酒が入っているせいもあって、恐らく歯止めは効かないだろう。ま、今日くらい本音で腹を割って話し合えばいいのだ。

 

ということで俺はロサリアと二人で少し離れた位置に移動した。

 

「ロサリアがここへ来るなんてな。知らなかったよ」

 

俺はググプラムジュースを流し込みつつそう言う。ロサリアは相変わらず気怠げな表情だったが、どことなく呆れたような表情に見えた。

 

「君はそもそも、エンジェルズシェアへはほとんど来ないでしょ?前、『酒臭いからあまり好きじゃない』って言ってたわよね」

 

俺にすら気配を悟らせないとかやっぱり只者じゃないよね?ね?

 

「ははは…まぁ、事実だからな…」

 

「まぁいいわ。今日くらいは私も少し羽目を外してもバチは当たらないでしょ…貴方も少しくらい付き合いなさい」

 

「んや、俺は遠慮しとくよ。酔っ払うと面倒なことになるからな」

 

「酔っ払った君のことを少し見てみたいと思うけれど」

 

ロサリアは酔っているせいか、普段より血色がいい。そのせいか、妙に艶っぽく見えて驚きを隠せない。というか普段あまり人に興味を持っていないと思っていたから少し意外な一面だった。

 

「ま、その辺は追々な」

 

「残念ね」

 

ロサリアは少し微笑んで俺の隣から離れるとディルックとガイアの下へと戻っていった。なんというか、やはり彼女は色々と裏がありそうな予感がする。ただ、それを追求するのは野暮というものなのだろう。

 

「アガレスさん」

 

「アガレス〜!」

 

「よっ、二人共。誘ってくれてありがとうな」

 

次に俺に声をかけてきたのは旅人とパイモンだった。旅人は普段と違ってクリスマスコスチュームに身を包んでいるが、正直寒そうだ。肩と胸元が出ているので外に出ようものなら寒さで10回は死ねるだろう。

 

「どう?この衣装」

 

案の定、旅人に衣装のことを聞かれたのでしっかりと褒めておく。

 

「普段とはまた違った良さがあるな。新鮮で見栄えも良い」

 

俺がそう言うと旅人は少し照れたようでもじもじしていた。

 

「そうかなぁ」

 

「アガレス、お酒一杯あるけど大丈夫なのか?」

 

パイモンがそう俺を心配してくれた。俺はふっと笑うと、

 

「安心しろ。既に少し酔いが回っている」

 

「駄目じゃないか!!」

 

パイモンが目を空中で地団駄を踏む。俺はそれを諌めると、

 

「まぁいいんだ。このくらいの酔いなら倒れることはない。別に匂いだけなら問題はないからな」

 

「そうなんだ…ちょっと心配してた」

 

旅人はそう言って苦笑した。

 

 

 

「それじゃ、楽しんでね」

 

「アガレス!酔い潰れないように気をつけろよ!!」

 

「ああ、ありがとう」

 

二人は俺にそう声をかけつつ離れていった。まぁ、彼女は交友関係が広いからな。そこかしこから引っ張りだこらしい。俺も少し動いてみるか、と思っていると突然、ガシッと裾を掴まれた。

 

「アガレスぅ〜…ヒックっ」

 

「え、エウルア…?」

 

「ちょ〜っと付き合いなさい」

 

勢いそのままに、俺はエウルアに連行され、救民団メンツのいる席に座らされた。エウルアを除いた二人は俺とエウルアを交互に見て苦笑いをしていた。

 

俺が座るやいなや、エウルアは酒をグビグビと飲んでカァンッ!と音を立てて机に叩きつけた。

 

「最近はアガレス全然かえってきれくれないし仕事は増える一方らしいい加減にしてほしいわ…そう思うわよね?」

 

「あ、えと、はい」

 

「ごくっ、ごくっ、ぷはぁ…このうらみぃ〜、覚えておくわぁ〜…」

 

エウルアはそのままぐで〜っと酔い潰れてしまった。俺はそーっと目を逸らしつつ、苦笑しているノエルと少し眠そうなレザーを見る。

 

「えっと、アガレスさま…お久しぶりです」

 

「アガレス、久しぶり」

 

俺は二人に挨拶を返すとノエルに近況を聞いた。ノエルは少し思い出すように顎に手を当てて教えてくれた。

 

「確かに、エウルアさまの言う通り依頼はそれなりに増えてきましたね…アガレスさまがいないと人手も少ないですから…」

 

「アガレス、どこでなにしてた?」

 

ノエルの説明が終わったのを見計らってレザーが少しムスッとしつつそう聞いてきた。これは…不機嫌だな。

 

「えーと…稲妻の戦争終わらせてきた…」

 

「アガレスさま…また危険なところへ行ったんですね…」

 

「アガレス、無理しないって前言ってた。あれは嘘なのか?」

 

ノエルまで向こう側に回ってしまったので俺にできることは平謝りすることだけだった。ただし、勿論弁明はして誤解は解いておかねばなるまい。

 

「…俺が神ってことは二人共知っているだろうが、友人…雷電将軍を助けてきたんだ。少しやり残したこともやって来たんだ。すまないな、許してくれ」

 

俺がそう謝ると二人は少しだけ拗ねつつも許してくれた。ノエルもレザーも数年前と比べて結構自分を出してくれるようになったので若干友人に近い間柄となっているのがありがたい限りだ。

 

「それじゃあエウルアのことは任せていいか?」

 

「はいっ!お任せ下さい!!」

 

「アガレス、今度からはもう少し、戻ってきて」

 

ということで俺はなんとかその場から逃げ出すことに成功した。したのだが…今度は肩をガッと掴まれた。握力が凄い…ということで恐る恐る後ろを向くと頬の上気したジンがにこやかに立っていた。

 

意外だ、彼女が酔うまで飲むとは。なんてマイペースに言っている場合ではないのである。既視感が物凄い連行の仕方をされ、今度はジン、リサ、そしてバーバラのいる席に座らされた。ジンが酒を流し込み、再びジョッキをカァンッ!と置く音が響く。

 

う〜ん、デジャヴュ。

 

「アガレス、帰ってきた時は私に挨拶をしろ、と何度も言っているだろう。だというのに何故来ないのだ。そもそも、君は毎度毎度面倒事に首を突っ込むからモンドに帰ってくるのが遅くなるんだ。加えてくどくどくどくどくど」

 

あー、酔い潰れないかな…ジンさん、あなた物凄く酔ってますね?日頃の鬱憤を俺で晴らそうとしてない?いや、彼女に限ってそれはないか…これは本音だ。つまり挨拶に来なかったことを物凄く根に持っているのだ。

 

今度からは絶対に挨拶に行くのを忘れないようにすることを肝に銘じつつ、ちょろっとリサとバーバラを見やると苦笑いを返された。どうやら、少しの間相手をしないといけないらしい。

 

「まぁ、これくらいは勿論しないといけないよな…ごめんまじで」

 

俺はそのまま10分ほどジンに付き合い、彼女が酔い潰れるまで話し続けた。

 

ジンが寝ているのを横目に、俺はリサとバーバラに話しかける。

 

「さて、すまないな。こうなってしまったのは俺の責任のようだ」

 

俺がそう言うとリサは圧のある笑みを、バーバラは少し複雑そうな表情をした。

 

「ええ、本当よ。私はね、ジンの友人としても彼女を守りたいと思っているわ。けれど、アガレス、貴方関連は私じゃどうにもならなかったのよ」

 

なんかすんませんほんとに、と俺は心の中で反省した。

 

「おね…ジン団長、アガレスさんがいつ帰ってきても良いように色々頑張ってたみたいなんですけど…今日は色々と大変だったみたいで…」

 

バーバラは心配そうにジンを見やる。確かに彼女がこうなるほどに俺は放置していたのだと考えると本当に申し訳なくなった。

 

「…今度からはちゃんと挨拶することにする。二人には迷惑をかけたな」

 

「ええ、今度お茶に付き合ってもらうわね」

 

「ううん!大丈夫だよ!でも今度からはちゃんとお姉ちゃんに挨拶してあげてね!」

 

バーバラのお姉ちゃん呼びが出ているがまぁ、良いだろう。一回目はちゃんと気をつけていたのだけどな。

 

俺はリサとバーバラにジンを任せてその場を離れ、アンバーの下へやってきた。

 

「あっ!アガレスさん!!久しぶり〜!」

 

アンバーは珍しく一人でいるようだった。俺は首を傾げつつ彼女の隣に立つ。

 

「…どうした?」

 

アンバーが俺の顔をまじまじと見てくるので見返してそう問い掛けた。アンバーは、

 

「いや、私早めに皆に挨拶しちゃったし、皆お酒も飲んでるから一人になっちゃって…」

 

見れば宴もたけなわ、という感じで皆かなり酔っており、酔っていない人々は皆誰かの世話をしている。なるほど、アンバーが取り残されたのも首肯けた。

 

「なるほどな。今は何をしてたんだ?」

 

「暇してた!!」

 

アンバーは満面の笑みを浮かべてそう言った。一つ言えることとすれば、それは満面の笑みで言うことではない。

 

「なら少し話さないか。折角だからな」

 

俺はアンバーと共に二階へ移動した。下は結構静かになってきており、恐らくもう少しで宴はお開きになるだろう。

 

「懐かしいな。アンバーが飛行チャンピオンになった時もこの席に座って色々奢ったよな」

 

「うん!思えばもう二年も前かぁ…」

 

アンバーが初めて飛行チャンピオンになった際、俺はお祝いとして鹿狩りやらエンジェルズシェアやらで色々奢ったのだ。二人でここへ来たのはそれ以来だった。

 

「アガレスさん、ちょっと聞きたいことがあって」

 

アンバーはいつになく真剣な声色だった。

 

「ああ」

 

「…アガレスさんが神様って、本当?」

 

…誰から聞いたのか、それを考える脳は、酔いの回った俺には残っていない。だから素直に答えることにした。

 

「ああ、その通りだ。誰から聞いたかはわからないが、俺はかつて『八神』と呼ばれた神の中に属していた。今はまぁ、この通りだがな」

 

俺は少しだけ寂しさを感じつつそう言う。アンバーは普段の快活な笑顔を引っ込めて口を開いた。

 

「…やっぱり寂しかった?」

 

俺は首肯いた。アンバーも祖父が行方不明になっており、俺でさえその動向は掴めなかった。何かしら、境遇を重ねているのかもしれないな。

 

俺はニッと笑って立ち上がるとアンバーの頭に手を置く。そのまま離れ、二階から下を見る。階下では皆、楽しそうに笑いながら話している。その光景を見た俺は笑みを作った。

 

「なんてことはない。今、階下で繰り広げられているこの光景こそが答えだ。俺一人の犠牲…いや、犠牲というとバルバトスに怒られるな。まぁとにかく、忘れ去られていようが、なんであろうが、この光景を見られる『現在』に俺は生きている。なら、それでいいじゃないか」

 

アンバーは俺の言葉に驚いたように固まると、すぐに普段の快活な笑みを浮かべた。

 

「えへへ、変なこと聞いてごめんなさいアガレスさん!私も混ざってくるね!!」

 

「ああ」

 

彼女は手を振りつつ階下へ降りていくとすぐに騒ぎに加わっていった。クリスマスの夜といっても特別な何かがあるわけではないが、キッカケにはなるのだろう。皆、何かに思いを馳せている。そんな彼、彼女らを見つつ俺はものすごーく弱い特注の酒をちびちびと飲む。

 

「……酒を飲むのはやめたのか?」

 

俺が階下を眺めているとバルバトスが横にやって来て同じように階下を眺めた。バルバトスは即答で、

 

「んー、やめてないけど少し話がしたくて」

 

そう言った。俺は溜息を一つだけつくと、

 

「…いいだろう」

 

と言ってエンジェルズシェアの外に出て夜風に当たる。

 

「…アガレス、クリスマスだね」

 

バルバトスが遠くを見てそう言う。俺は少し間を置いてから、「そうだな」と返した。

 

「…懐かしいな。こうして二人でクリスマスの夜を過ごすのは何年ぶりのことだろうな」

 

「さあね…でも、どう?楽しかった?」

 

結局クリスマスはモンドで過ごすことになったが正直なところを言わせてもらうと俺にしてみれば賑やか過ぎたな。いや、とても良いことだが、昔に比べると圧倒的に賑やかなのだ。ギャップが凄くて少しだけ驚いてしまうな。

 

だがまぁ…こういうのも、悪くない。

 

「ああ、悪くない。旧友と過ごすクリスマスもいいが…こうして沢山の友人と共に過ごすのもまた良いものだ…感謝する、バルバトス。今日、旅人に頼んで皆を集めたのはお前だろう」

 

俺がバルバトスにそう問いかけると、バルバトスは肩を竦めてグラスに入った水を流し込む。

 

「さて、なんのことかな?僕はただ、友人である君にモンドという国をもっと好きになって欲しかっただけだよ?」

 

「それは最早答えだろうが」

 

まぁ、なにはともあれ。

 

俺はグラスをバルバトスに差し出した。彼はそれを驚いたように見て苦笑すると、同じようにグラスを差し出し、合わせた。

 

「「メリー、クリスマス」」

 

俺とバルバトスはそのままグラスに入った酒と水を一気に飲み干すのだった。

 

〜〜おまけ〜〜

 

アガレス「さぁ!プレゼントを配りにいざゆかん!!」

 

ディルック「どうして僕がこんな格好をしないといけないんだ。説明しろアガレス」

 

アガレス「説明はしただろう?と、いうかお前も立派な大人なんだからプレゼント配りぐらいこなしてみせろよ」

 

ディルック「…別に僕は初めてと言った覚えはないが」

 

アガレス「…じゃあなんで嫌がってるんだ?」

 

ディルック「…いや、前にガイアに髭まで着けさせられたんだ。そのせいで、クレーに『変な大人の人だ』って言われるようになってしまってね」

 

アガレス「なんだかんだ、お前クレーに甘いよな…ってか、元から『変わった大人の人だ』って言われてただろ?あんま変わんねえよ」

 

ディルック「…」

 

アガレス「ムスッとすんな。良いから配りに行くぞ」

 

ディルック「…だが」

 

アガレス「文句言うな。次はトナカイにしてやろうか」

 

ディルック「今すぐに行こう」

 

なんてやり取りがあったとかなかったとか。




フッ…遅れただと…?そんな馬鹿な…。

ということでメリークリスマスー!(ちょっと遅い)

本当はイブに投稿したかったんですが間に合いませんでした…申し訳ないです。

璃月編と稲妻編は…ちょっと遅れますね…泣きたい。思ったより長くなってしまいまして…えへへ。

というか来年だな!うん!(?)


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閑話 クリスマス 璃月編

遅れた………ッッ!!!!


12月24日の今日はクリスマス・イブと言って、明日のクリスマスを祝う準備をする日だ。

 

「今年は璃月を手伝う、ということになったが…」

 

去年はモンドで旅人のお誘いに乗じて、モンドの友人達と共に『エンジェルズシェア』でどんちゃん騒ぎをした。去年も今年も変わらず救民団ではクリスマスイベントをやっていたのだが、今年もやることになっている。

 

去年はモンドの手伝いをする予定だったのに、ノエルやエウルア、そしてレザーまでもが口を揃えて『働きすぎだから休め』などと言ってきたため休むしかなかったのだ。本来であれば率先して指揮する立場だった俺が休むなどと…と当時は思っていたものだが、考えてみれば旅人について諸国を漫遊している俺はほぼいないようなものだしな、と思い直した。

 

無論少し寂しくはあるが。

 

さて、それはそれとして、こうして今年璃月支部の手伝いをしにきたのは、別の用事もあったからだ。

 

「モラクス、手伝いもいいが、俺を呼んだ本当の目的を教えろ」

 

俺はイベントで使う物資の入った木箱を運びつつ、指示を出すモラクスにそう問いかけた。まぁ、イベントとは言っても璃月七星からの要請で千岩軍と共に見回りをして、ついでに無償で人々の悩みを解決する、というだけのものだ。それに必要な物資といえばメモをするための紙や筆記用具などだ。まぁ、対して多くはないだろう。

 

ただ、勿論準備にかかる時間は決して多くはない。だからこそ、モラクスが俺を呼んだ意図は別にあるだろうことは明白だった。実際、モラクスはある程度の指示を出し終わった後、俺の所までやってきた。

 

「アガレス、お前には別件で頼みたいことがある。極々個人的な用事だ」

 

そして口を開いたかと思うとそんなことを言った。モラクスがわざわざ俺を呼び立てるということは、俺にしかできないことだろう。何を頼むのやら…と少し身構えていると、

 

「俺はここでの仕事がある。無論、凡人として過ごしているこの身では、仙人を集めることなどできないだろう」

 

そんなことを言ってきた。その言葉で大体なにをさせたいのかを察した俺は、はぁ、と大きく溜息をついた。心做しかモラクスも楽しそうに口の端を持ち上げ、笑っている。

 

「…要するに、お前が言いたいのは先の璃月での戦から、人間の力でここまで復興が進んでいる、ということを仙人に示してある程度の自立を促しているのだろう?璃月港を庇護する、という『契約』に囚われ過ぎぬように、と」

 

契約を結ばせた本人が言った方が絶対にいいとも思うが、先に言った通りモラクスには用事がある。それに加えて彼は仙人とは長らく話していないようだ。どう思われているかがわからず、少々の戸惑いもあるのだろう。

 

「…はぁ、わかった。璃月港が見える場所がいいんだろ?ってなるとやっぱ天衡山だな。セッティングは俺が好きにしていいな?」

 

俺の言葉にモラクスは首肯き、仕事へ戻っていく。俺は救民団璃月支部の面々に挨拶しつつ、仙人達のいる場所へ赴くことにした。

 

とはいえ、現在活動を確認している仙人は然程多くはない。かつてそれなりに数のいた仙人達は、様々な理由で命を落としているからな。

 

一番近場で言えば勿論、

 

「ホッホッ!それでばあやのところへ来たのですか?」

 

そう、ピンばあやこと、歌塵浪市真君である。旅人に塵歌壺を渡したりとなにかと縁がある、恐らく璃月港に一番溶け込んでいる仙人だろう。そんな彼女に向け、仙人を招き俺を含めて集まりたい、という旨を伝えた。ピンばあやはこれまた笑いながら承諾してくれた。

 

「それでは、明日迎えに行くよ。上まで運ぶ」

 

「アガレス様に運ばれるなど、幾年ぶりでございましょうか…ばあやは明日を楽しみにしておりますよ」

 

移動手段の相談をしていたところ、ピンばあやが遠くを見ながらそんなことを言った。確かに、と共感しつつ、それだけ長い間交流が無かったのだと思うと少し寂しく感じられてしまった。

 

一先ず、また明日と告げて俺は彼女の下を去った。次からは遠くなるのだが、璃月港の北西側の山脈にいる仙人達を訪ねるべく、俺は移動を開始した。

 

まずやってきたのは理水畳山真君のいる琥牢山だ。ここは璃月港から離れており、なおかつ山脈が連なっている場所であるため滅多に人がやってくることはない。そのためかつて仙人へ参拝する人々の通っていた道の面影だけが残っている。それにこの山には理水畳山真君が作った琥珀があり、危険を排除している天然の要塞と化している。

 

まぁ、人が来なくなったために魔物が増えてしまったのだから、仕方ないだろう。

 

【アガレス殿か…久しいな。少し前に来て以来であったか】

 

バサバサ、と羽ばたきながら俺の来訪を感知した理水畳山真君が上空から舞い降りてきた。その後、彼にもピンばあやと同じように話して、説得に成功した。

 

その後も留雲借風真君のいる奥蔵山、削月築陽真君のいる慶雲頂と回り、どちらも説得に成功したため、最後の仙人を説得しにやってきた。

 

望舒旅館に、その仙人がいる。俺は少し急ぎめでやって来て、望舒旅館のオーナーであるヴェル・ゴレットに挨拶しつつ、最上階へとやって来た。

 

そのままその景色と穏やかだが少しだけ冷たい風を堪能し、

 

「…いるんだろ?魈」

 

と呼びかける。するとすぐに後ろに気配が現れ、無言で平伏しているのを感じ取った。俺は振り向き、跪いて平伏している魈に向けて言葉を向ける。

 

「久しぶりだな、息災だったか?」

 

まずは近況報告をお互いに少しだけして、その後本題を切り出した。

 

「モラクスと、他の仙人もある程度呼んで、昔話でもしたいと思ってな。モラクスも他の仙人も快く承諾してくれた。そこで、お前にも折角だから来て欲しいんだ。仙人しかいないし、お前の身を蝕む呪いも気にする必要はないだろう?」

 

無論、ずるい言い方である自覚はある。魈は俺やモラクスにお願いという名の命令をされた際、決して断ることはしないのだ。

 

しかし、

 

「…アガレス様、大変申し訳ないのですが…我には先約がありまして…」

 

と、断る様子を見せた。それは絞り出すような声だった。ずるい言い方をしてしまったのが裏目に出たことを反省しつつ魈に謝った。そして、その予定とは?と尋ねると、どうやら旅人と共に過ごすようだ。

 

…なんだ、とばかりに俺は少し笑う。怪訝そうにこちらの様子を窺っている魈を置いて俺は踵を返すと、

 

「楽しんでこいよ。昔話はまた今度な」

 

そう言い残して璃月港へ帰るべく風元素を使って飛び立つのだった。

 

〜〜〜〜

 

12月25日、クリスマス当日。

 

璃月にある店が前日の準備を終わらせて様々なイベントやフェアなどを行っている。救民団の面々や千岩軍は様々なトラブルを解決するべく動きつつ、この日を楽しんでいる。無論、公務中ではあるため、酒などは控えているが。

 

非常に盛り上がっている璃月港とは裏腹に、天衡山の頂上では穏やかな雰囲気が漂っている。

 

「こうして、旧友が一堂に会するのは、喜ばしいことだ」

 

上座に座る男性───モラクスがそう言う。それに同調するのは正反対に座るアガレスだ。

 

「同感だ。元々この催事は俺が広めた物だからな。まぁ…ルーツはあまり覚えていないんだが」

 

他四人は璃月を数千年もの間守り続けてきた仙人達であり、モラクスとは契約で結ばれているが友人と言える関係だった。そんな仙人達もアガレスの用意した料理を堪能したり、久しぶりに顔を合わせる友人達と思い思いに昔話をして花を咲かせている。

 

そんな中、アガレスはモラクスに話しかけた。

 

「な?誰もお前のしたことなんて気にしてないって言っただろう?」

 

そう言いながら空になった椀に酒を注ぐ。モラクスは少し笑みながらそうだな、と呟いて酒を口にする。

 

「…生々流転、絶えず世の中は変化している。そしてそれは…長く生きる俺達も例外ではない」

 

モラクスは一度言葉を区切った。そして旧友達が笑い合うその光景を見て微笑むと、

 

「俺達は、この500年であまりにも多くのものを失った。友人、好敵手、民…その形は様々だが、その本質は変わらない。俺達にとって、何よりも大切なモノだった」

 

そう言いながらアガレスを見た。アガレスはモラクスから視線を外して璃月港を見る。

 

「…そうだな。この光景は、決して一朝一夕で成せた物ではない。少しでも何かが違えば、違う未来があった。璃月自体がなくなる危険だって孕んでいたわけだからな」

 

「アガレス…俺のやろうとしていたことは、間違っていたと思うか?璃月から神を去らせ、民の自主性に任せる、という選択は」

 

アガレスはモラクスの口に人差し指を当てて黙らせた。驚いた様子で固まるモラクスに対して、アガレスは告げた。

 

「基本的に、今後の運命を変化させる選択肢に正しいか間違っているかなどといった判断は下せない。それによって起こる出来事の善悪の判断はできてもな。だから、それを聞く必要はない」

 

アガレスはそのままモラクスに視線を戻して、

 

「お前はお前なりのやり方で、璃月の未来をより良いものにしようとした。であれば責められるべきは…お前をそこまで追い込んでしまった俺達だ」

 

そう言って更に続けた。

 

「だからお前は気にすることはない。今こうして、旧友同士で笑い合っているのが証拠だろう?」

 

その言葉にハッとしたような表情を浮かべるモラクスは、そのまま笑った。

 

「…ああ、そうだな…その通りだな」

 

そのまま宴は、日を跨いでも続くのだった。

 

〜〜おまけ〜〜

 

刻晴「さぁ、プレゼント配りの時間ね」

 

夜蘭「…」

 

アガレス「……」

 

刻晴「…なによその表情」

 

アガレス「いや、なんで俺も??夜蘭はともかく…」

 

夜蘭「私は今日くらい早く寝たかったのだけれど?」

 

刻晴「あら、君達以外にプレゼント配りで頼れそうな人材がいなかったのよ。勿論残業代は私のポケットマネーから支払わせてもらうわね」

 

アガレス・夜蘭「「お金の問題じゃない(のよ)」」

 

なんてやり取りがあったとかなかったとか…



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閑話 鍾離の誕生日

今年もお疲れ様でございましたぁーっ!

皆様、今年はどんな年でしたでしょうか?いい年だった方もそうでない方も来年がいい年になれるように頑張って参りましょう!!

あっ!ネタバレ!!要注意ですよっ!!


稲妻での戦争が一段落して、俺が璃月へ戻った頃には冬、それも大晦日だった。

 

帰ってきた俺は知り合いへの挨拶を済ませ救民団璃月支部へ帰った時に一通の手紙が机の中に入っていることに気が付いた。

 

拝啓アガレスへ、と書き出された手紙には略式的な冬の挨拶や俺の動向を気にする文章が書かれてあり…差出人は勿論、このような堅苦しいものを送ってくるような人物ということで想像はつく。

 

内容としては久し振りに共に茶会を開くので往生堂まで来てほしい、とのことだ。これを見る頃には準備が完了しているはずだ、とも書き添えられていたので今日に合わせて準備をしていたのだろう。誰かの入れ知恵か、それとも彼自身が準備していたのかはわからないが何はともあれ往生堂へ向かうことにして俺は救民団を出る───前に少しだけ所用を済ませてからだな。

 

所用を済ませた俺は救民団から出て璃月港の街並みを眺めつつ歩みを進める。久し振りに見る璃月の民は皆厚着でマフラーを着けている者がほとんどだ。中にはカップルで一緒のマフラーを巻いている者達もいる。皆の顔は笑顔に染まり、幸せそうだった。

 

まぁ、今年で一年が終わるともなれば初詣やら何やらで忙しいのだろう。

 

「…護った甲斐があるな…本当に」

 

忘れ去られたことへの少しの怒りがなくなったわけではない。この辺はトワリンの境遇がよく理解できるが、だからと言って憎めるか否かは別問題だがな。ま、護れたのだから、それで良いじゃないか。

 

俺は平和な光景を見て微笑み、そのまま往生堂への歩みを進めた。

 

さて、往生堂の前へとやって来た俺は受付嬢へ話しかけ───ようとして先に気付かれて話しかけられた。

 

「アガレス様、お待ちしておりました。こちらへ…中で鍾離様がお待ちです」

 

俺は受付嬢の案内に従って往生堂の中へと入る。堂職員からは割と好奇の目を向けられたりするが鋼のメンタルで俺は全てを抑え込んだ。

 

受付嬢が少し豪華な扉の前で止まって一礼したので、俺は一言礼を言って中に入った。

 

中は豪華な扉とは対極的で案外質素だった。そして丸いテーブルには少しばかりの料理と、湯気の立つ淹れたてのお茶が置いてあった。

 

俺の位置からは対面に座する存在を見ることはできないような造りになっているのだが、まぁ予想していた通りだった。

 

「待っていたぞ、アガレス」

 

俺は椅子を引いて腰掛けつつ言う。

 

「俺をわざわざ呼び立てるだなんて珍しいな、モラクス」

 

そう、俺を呼び立てたのは岩神モラクスその人だ。ある程度予想はついていたが何の用だろうか?と俺が少し勘ぐっているとモラクスが苦笑しつつ言った。

 

「お前のことだ。重要な案件があると思っているのだろう?」

 

俺は素直に首肯きつつ、出されたお茶に口をつける。モラクスの顔には先程の苦笑とは打って変わって微笑が浮かんでいた。

 

「何、折角来たのだ。お前の復活を祝して久し振りに二人で話をしないか?」

 

モラクスの言葉に俺は緊張を溜息と共に吐き出して首肯くのだった。

 

「前に俺が復活してからのことは話しただろう?それなりに色々あったんだが…」

 

結局、旧友と久し振りに話すとなったら思い出話が一番盛り上がるだろう。まぁ実際モラクスと俺との思い出など掃いて捨てるほどある。思い出話には困るまい。

 

「そうだな、折角だしそれ以前の話をしようか」

 

「いいだろう」

 

モラクスは茶を啜ると俺を見ると「何を話す?」と問うた。考えている内に一つだけ思い出したことがあった。

 

「その前に俺から一つだけ」

 

モラクスは首を傾げた。俺は懐から包装されたプレゼントを取り出し、差し出しつつ言う。

 

「ハッピーバースデー、モラクス。今日はお前の誕生日だったろう?」

 

モラクスは驚いたように目を見開くと俺の手にあるプレゼントを手に取って礼を言った。

 

「開いても構わないか?」

 

「ああ」

 

モラクスは早速俺から受け取ったプレゼントを開けると再び驚いたように目を見開いた。モラクスの手に握られていたのは特にこれといった特徴のない何の変哲もない石ころだった。だがモラクスの目には違うものに映っているのだろう。勿論、俺の目にもだ。

 

「…これは」

 

「折角だし、この石について話さないか」

 

「…いいだろう」

 

───あれは千数百年前の今日のことだった。正確な年数は覚えていない。だが、確かに俺もモラクスも魂に刻み込んで決して忘れることはない出来事。

 

「結局よー、お前は『契約』ばっかで頭が堅いと思わねえか?バルバトスにもよく言われてるじゃねえか」

 

「俺はあくまでも、『契約』に従って動いているだけだ。そこに私情を挟む余地などない」

 

そう、俺達は初めて、喧嘩をしていた。

 

「あ?そう言ってこの前、『契約』に反してしれーっと敵のこと見逃してたの見てんだよ。結局私情挟んでるんじゃねぇのか?」

 

「あれは殺さずとも良かっただろう。俺と七星との『契約』には反しない」

 

「まるで自分が一番契約のことを理解してますーとでも言いたげだなおい。俺だってしっかり見てるんだが?」

 

「これは璃月と俺の問題だ。お前に口を出される謂れはない」

 

「そもそも『八神』の中で俺は国を持っていないが影響力は認められているだろう。これもまた『契約』で決まっていることだろう?」

 

その後も俺とモラクスの言い争いは続いた。だが、突如頭に石ころを投げられ俺とモラクスの言い争いが止まった。

 

「───二人共、いい加減になさい?争いは互いの理解を深めるけれど、この言い争いに関しては不毛よ?」

 

俺とモラクスの頭に石ころを投げたのは白髪の女性だった。俺とモラクスは冷静さを取り戻しここにいたのは俺達だけではないことを思い出し席につく。

 

今更ながら、ここは奥蔵山にある机と椅子の揃った場所なのだが…。

 

「あのさ、途中から完全に僕達の存在無視して喧嘩してたよね?」

 

「う、すまねえ…」

 

「すまない」

 

白髪の女性だけでなくバルバトスもいる。勿論、バルバトスもいるということは───

 

「二人共、随分熱くなっているわね。珍しいこともあるものだわ」

 

「眞…遠くから眺めてないで止めて下さい。アガレスも、珍しく熱くなっていましたけれど私達を忘れるのはよくないですよ?」

 

そう、影も眞もいる。白髪の女性はクスリと笑うと俺とモラクスの頭に当たったであろう石ころを拾って俺達に渡してニコっと笑う。

 

「さぁ二人共、この石ころを受け取って頂戴。初めて喧嘩した記念に」

 

「喧嘩した記念なんか受け取っても嬉しくねぇけどな…?」

 

「全くだ。諍いは無意味だと言ったのはお前だろう」

 

俺とモラクスは難色を示したのだが、それを気にせず白髪の女性はふわりと微笑み、それを絶やさなかった。

 

「あら、喧嘩は価値観の違いや双方の勘違いなどから起こるものだけれど、それをいい思い出にさえ出来れば意味のあるものになるとは思わないかしら?」

 

彼女の言葉に俺とモラクスは顔を見合わせ、少し笑う。

 

「ああ」

 

「確かに」

 

「「少し馬鹿らしくなった」」

 

俺とモラクスはお互いの頭に当たった石を持つと懐にしまう。それを見た白髪の女性はふわりと微笑む。

 

「こうして思い出を紡いでいけば『永遠』にもなり得るし、記憶を『守護』することにも繋がるわ。そして思い出は『自由』で良くて『契約』に縛られる必要はないけれどそれも必要…結局、全ては円環の中にあるのよ。例えるなら…犬が自分の尻尾を他の生き物だと思ってずっと追いかけるのと一緒ね。前へ進めど進めど終わりは見えず、されども円環の中に───」

 

「いや、いい。お前の例えは分かりづらいからな…」

 

そのまま俺達は宴を続けていった───

 

 

 

「───懐かしいな。だが、どうしてこれを俺に?」

 

モラクスは俺にそう問い掛けた。俺はポリポリと頬を掻いて苦笑する。

 

「お前に、俺のことを覚えておいてほしいからだ。この石ころで俺との喧嘩を覚えていてほしい」

 

俺の魂の摩耗で記憶が飛んでも、きっと彼が覚えていてくれるだろう。だからこの石を渡すのだ。

 

理由を説明し終わるとモラクスは神妙な顔つきで告げる。

 

「盤石もいつかは土に還る。だが、俺がお前を忘れることはない。例え俺が忘れようと、世界にお前が存在した証は残り続けるだろう」

 

モラクスは俺にそう言って少し笑った。

 

俺も少し笑うとお茶を啜る。

 

「さぁ、今日は色々話そう。まだまだ話題はあるからな」

 

「ああ、そうだな」

 

俺とモラクスは互いにお茶を注ぎ足し合う。俺は一つ思い出したことがまたあったのでニヤニヤしながら言う。

 

「そうだ、モラクス。歌ってやろうか。知ってると思うが歌は上手いんだぞ?」

 

歌が上手いといえばジンなんかも上手だが、一度身分を隠して二人で歌わされたことがあるのだがそれはそれは大人気だった。一時期、モンドで空前のブームを起こして璃月のロックスターと共演したりもしたのだが…いや、この話はやめておこう。

 

それはそうとモラクスだが微笑みつつ、

 

「遠慮しておこう」

 

とそう言い放った。俺は思わず仰け反りつつ抗議する。

 

「ええ、なんでだよ。こう見えて歌がうまいって評判なんだぞ!」

 

「いや、別にいい」

 

「折角歌おうって言ってるんだぞ。その善意をお前は───」

 

12月31日の大晦日、兼モラクスの誕生日に響き渡る言い争いの声は、どこか楽しそうだった。

 

余談だが、モラクスは今年財布を買ったらしい。金銭感覚が来年はマシになることを願うばかりの俺であった。




おまけ

鍾離「アガレス」

アガレス「なんだ」

鍾離「いつぞやユニットなるものを組んでいたようだが…アレはやめたのか。女装して楽しそうだっただろう」

アガレス「!?」

なんてやりとりがあったとかなかったとか。

小話を一つ挟むとバーバラにめちゃくちゃ推されてジンとアガレスの二人でユニットを組んで歌っていたらいつの間にか人気になっちゃってロックスターとの共演を境に姿を眩ませた、という感じですね。

アガレスは…勿論女装してました。案外人気だったらしいです。

では、よいお年をっ


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閑話 バレンタインの贈り物

本編も更新せにゃならんのですが…なんと言っても忙殺されてますからねぇ…。

因みに結構短めです。


稲妻城天守閣にて。

 

「影、明日は何の日か知っているかしら?」

 

執務中の眞が、その手伝いをする影にそう問い掛けた。聞かれた影は首を傾げながら書類を運ぶ。明日が何の日かわかっていない影の様子を見た眞はクスクスと笑う。

 

「影、明日は2月14日よ?」

 

「…ッ!!」

 

気付いたらしい影が物凄く動揺したように身を震わせ眞を見る。見られた眞はそんな影を生暖かい目で見つめる。

 

「ま、眞…」

 

酷く動揺している影が俯きながら震える口を開いた。

 

「どうしましょう…私、料理ができません!!」

 

「いや、皆知ってるわよ?というか昔から市販のものを渡していたでしょう?」

 

眞は苦笑しながら影にそう言った。だが、そう言われた影はふるふると首を横に振った。

 

「それはそうですが…今年からは関係性も多少は変化しましたし…やはり、渡すなら私の愛情の籠もった手作りのお菓子がいいと思うんです」

 

「でも、影は料理ができなかったわよね?その辺りはどうするつもりなの?」

 

痛い所を突かれた、とばかりに仰け反りそのまま落ち込む影だったが、そこはそれ眞はしっかり考えていた。

 

「影、今年は…手作りで頑張ってみない?」

 

斯くして、影による『手作りお菓子作成大作戦』が始まったのだった。

 

 

 

「───ということでまずはこの方にお越しいただいたわ!」

 

眞の謎のテンションに押された被害者第一号…こと、やって来たのは『団子牛乳』でお馴染みの智樹を呼びつけていた。

 

「あ、あの…僕、なにかしてしまったのでしょうか…?」

 

智樹は心配そうに眞を見る。そんな彼の様子を微笑ましげに見つめる眞だったが、本題を思い出した!とばかりに手をパンッと叩いた。

 

「そんなことはないわよ?ただ、お菓子の作り方を教えて欲しくて」

 

眞としては、城下町で最先端のスイーツを生み出し続けている智樹に簡単に作れるレシピを影に教えてもらいたかったのだ。智樹は、というとまだビクビクしていたが、将軍様の命令とあらば、と納得したようだった。

 

眞は少し準備がありますので、と退室し、影に代わった。影は可愛らしい柄のエプロンとナプキンを被っており、やる気満々だった。

 

「そ、それでは…よろしくおねがいします」

 

智樹は若干先程の将軍様と違う気がして違和感を覚えたが、細かいことは気にしないようにしてお菓子作りを始めた。

 

のだが…。

 

「まずはオーソドックスにチョコ作りをしましょう!」

 

智樹が考案したのは本当に簡単なもので市販のチョコを溶かし、型を取って固めるというもの。それだけ、そう…それだけのはずなのだが。

 

「───し、将軍様!?違います!!ほんとに、あの、隠し味に納豆を入れようとするのやめて下さい!!」

 

「…?納豆を入れてはいけないのですか?これを送る相手は納豆が好きと言っていたのですが…お料理とは難しいものなのですね」

 

「そういう問題ではないかと…ひ、一先ずこのまま溶かしたチョコをかき混ぜておいて下さい。型の準備は僕がしますので…」

 

智樹が型を用意している間に影はこっそり納豆を注ぎ込む。そのためか、やはり出来としては酷いものだった。智樹は項垂れつつもすぐに立ち直り、

 

「よし、次だ!!」

 

因みに、材料は幕府から幾らでも支給するらしい。めちゃくちゃ職権乱用だが、眞は影達のためなら何でもするのである。

 

「将軍様、僕の言ったとおりに普通に作ってくださいよ?」

 

今度作っているのは生地をこねて型を取り、簡単に焼き上げるシンプルなレシピだ。これなら大丈夫だろう、と思っていた智樹だったが、如何せん影の料理スキルを甘く見すぎていた。

 

焼き上がったどす黒い何かを見た智樹は顔を引き攣らせる。

 

「如何ですか?自信作です」

 

ドヤ顔でそう言う影を見て智樹は項垂れながら涙を流した。

 

「ッ…次だ」

 

 

 

それからいくつもの簡単なレシピを試したがどれもこれも失敗に終わった。火加減や原材料の配分、工程の順番違いによって全てが失敗作に変わる。智樹は自分の人生で初めて絶望というものを味わっていた。

 

(城下町にファデュイが攻め込んできたときよりも絶望感がすごいな…)

 

耐え兼ねた智樹は落ち込んでいる様子の影に向けて恐る恐る話しかけた。

 

「将軍様…これ以上は流石に…市販の物をお渡ししては?」

 

ビクッと影が震えたのを見て、智樹もビクッと肩を震わせた。少ししてゆらりと影が立ち上がり、智樹を一瞥してから再び台所に向かう。少し慌てる智樹に対して影は独り言を呟くように口を開いた。

 

「…どうしても、手作りのものを渡したい人がいるんです。私はこの通り、料理はからっきしでほとんど作れたこともありません。ですが…こんな私のことを、想ってくれる人がいるんです。その人にどうしても…」

 

智樹はその言葉を聞いて唖然としていたが、不意に微笑むと立ち上がり影の隣へやって来た。

 

「そういうことなら、最後までお供します。どんな形になっても手作りのものを作ってやりましょう」

 

智樹の言葉に、影は決意を込めた表情で首肯いたのだった。

 

 

 

稲妻城天守閣にて、雷電眞は人を待ちながら執務をこなしていた。ふと、コンコン、と扉がノックされる。眞は手を止めると扉の方を見て、

 

「入っていいですよ、アガレス」

 

そう言った。一拍おいて扉が開いて黒衣の男───アガレスが部屋に入ってきた。アガレスは手に持っている書類を眞の向かう机の上に丁寧に置いた。

 

「はい、今日の分の書類な。しばらく執務してなかったから時間がかかったが…まぁ、時間があるときにでも確認しておいてくれ」

 

眞はアガレスに礼を言った。対するアガレスは部屋中を見回し、首を傾げる。

 

「眞、影はいないのか?」

 

その言葉に眞はニヤニヤしながら告げる。

 

「あら、彼女の心配?幸せそうで何よりね」

 

「いや、まぁ…一応、な。それで?」

 

アガレスの催促するような視線に眞は苦笑すると、奥の部屋を指差した。アガレスは一言礼を言うと、机の上にお菓子を置いていった。眞が首を傾げていると、

 

「なんだ、知らないのか?バレンタインっていうのは近年、男性からもお菓子を渡すらしいぞ?手作りだが、口に合わなかったら捨ててくれて構わんぞ」

 

眞は丸いお菓子の入った可愛らしい小包を手に持つとアガレスへ向け微笑む。

 

「いいえ、どんな味でも食べきるわよ」

 

「なんだそのこだわりは。まぁ、食べてくれるのはありがたいけどな」

 

眞の言葉にアガレスは苦笑を浮かべると、それじゃあ、と言って奥の部屋へ入ろうとしてノックする。

 

声をかけても返事がないので仕方なく扉を開いて中に入った。

 

「…影、寝ていたのか」

 

少し微笑みながらアガレスはそう言った。影は机に突っ伏して寝ていたのだが、その傍らに紫色を基調とした可愛らしい小包があった。アガレスは首を傾げながらその小包を手にとって良く見てみる。

 

「……『愛するアガレスへ』、か」

 

アガレスは小包の中から不格好な形のクッキーを取り出して一つ頬張り、影を見つめて穏やかな笑みを浮かべた。

 

「俺からもささやかなプレゼント、だな。ホワイトデーも考えておかねばな」

 

アガレスはハート形のお菓子が何個か入った可愛らしい小包を影の机の上に置いて部屋を出た。

 

影が起きた後、眞から事の顛末を聞いてあまりの恥ずかしさに身悶えるのは言うまでもないだろうが、それはまた別の話だ。




因みにおまけ話で…アガレスはめちゃくちゃチョコやらお菓子やらを貰っているのでお返しに苦労するでしょう。ええ、間違いなく。


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閑話 ホワイトデーの贈り物

珍しく即日投稿…やるじゃん、私!


「さて…どうしたものかな…」

 

俺は救民団本部の自室内をうろうろ歩き回っていた。

 

勿論、悩みに関してはずっと一つの事柄で悩んでおり、いい案を見つけて飛び立ったは良いものの、俺の案は確実に壁にぶち当たって同じところに不時着し、というのを思考の中で繰り返している。

 

我ながらよくわからないがそのままの意味だ。良い案を思い浮かべて窓から飛び出したはいいものの、何らかの問題が生じることに思い当たってしまう俺はそのまま自室に帰ってきてしまうのだ。

 

完全に脳内と現実の行動が一緒に行われているため説明が難しいのである。まぁとにかく、俺が一つのことで悩んでいることがわかればいいだろう。

 

では何に悩んでいるのか、それは単純明快ホワイトデーである。

 

以前バレンタインデーの日(閑話 バレンタインデーの贈り物を参照)に料理のできない影が俺のために作ってくれた菓子に勝るとも劣らないお返しが思い付かないのである。

 

「いや、だってさ…凄い頑張ってくれたのにただの手作りで返すわけにはいかんじゃん…どうしよう」

 

思わず独り言を呟くくらいには悩みに悩んでいた。

 

と、まぁ俺一人で悩んでかれこれ一週間…いよいよ何も思いつかないのでここは指示を仰ごうと思う。

 

 

 

まずは一人目、我等が自由の神にしてモンドの風神、バルバトス大先生に救民団本部までお越し頂きましたーパチパチパチ。

 

的なノリでいたらバルバトスにドン引きされたので二度とやらないことを俺は誓う。

 

「こほんっ…で、どうしたの?僕をわざわざ呼び立てるなんてさ」

 

折角貢ぎ物のりんご酒をこれから楽しむ予定だったのになー、と席に着きながらも不満そうに俺を見るバルバトスだったが、

 

「いや、今すぐ相談できるのがお前くらいだったからな…」

 

俺のその言葉を聞くと心底驚いたらしく目を剥いて口をあんぐりと開けながら大きく仰け反った。

 

「あ、あのアガレスが…僕に相談事を…!?」

 

「お前は俺のことなんだと思ってるんだ?」

 

はぁ、と俺は溜息を吐くと腕を組んで席を立った。

 

「…お前以外のやつに相談する」

 

「わーっ!ごめんっ!冗談だからっ!」

 

閑話休題。

 

現在、救民団本部には俺とバルバトスしかいないので、珍しく自分で紅茶を淹れて落ち着く。

 

少しの間そうして俺達は落ち着いていたのだが、不意にバルバトスが真面目な表情を浮かべて口を開いた。

 

「で、ほんとにどうしたの?」

 

バルバトスは昔から俺が他人に相談するときは、大抵重たい話であることを知っている。そのためかなり身構えている様子だった。

 

俺は生唾を飲み込むと紅茶を少し喉に流し込んで潤わせてから口を開いた。

 

「…いや、バレンタインデーに影から手作りのクッキーを貰ったんだ」

 

「ふむふむ」

 

「で、お前も知っての通り影は料理ができないのに俺のために頑張ってくれたわけなんだが…それに見合うお返しが思いつかなくて…」

 

バルバトスは俺の口から紡がれる言葉を聞いてどんどん無表情になっていった。そして、

 

「…どうすればいいと思う?」

 

そんな俺の質問に対して、バルバトスは大きく溜息を吐くとにっこり笑って、

 

「自分で考えなよ」

 

と言った。俺は少し呆けてすぐに席を立って退室しようとした。

 

「わーっ!ごめんっ!冗談…ではないけどまぁ落ち着いて!!」

 

「落ち着いてられるか!!やっぱ別のやつに聞くべきだった!!」

 

再び閑話休題。

 

「───こほんっ!全く、妙に今日は落ち着きないねアガレス」

 

バルバトスの呆れたような言葉に俺は精一杯の小さい抗議をした。

 

「いや…別に落ち着きなくないが」

 

「普段の君なら、とっくに冷静な頭で最適解を見つけてるはずだよ」

 

だが勿論バルバトスには俺の精一杯の抗議の裏にある混乱や焦燥、そして影を喜ばせたいという気持ちをしっかり見抜かれているだろう。

 

だからこそ、バルバトスは苦笑いを浮かべつつ、

 

「君は君なりの答えを見つければ…それできっと大丈夫。あとは風が導いてくれるはずだから」

 

そう言ってくれた。俺は少しだけ冷静に戻った頭で考え、そしてバルバトスに告げた。

 

「前半はともかく…後半は適当だろ」

 

俺の言葉にバルバトスは肩をビクッと震わせるとウィンクをしながら舌をちょろっと出して笑う。

 

「……えへっ」

 

「えへってなんだよ」

 

 

 

バルバトスはアドバイスをなんだかんだして帰って行った。曰く、「あとは自分でわかるでしょ?」とのことだ。なんだかんだでニコニコしながら帰って行ったので、自分で言うのも何だが俺に頼られて嬉しかったのかもな。

 

俺にとっては重要だがバルバトスにとっては日常の些細なことで頼られたようなものだろうし。

 

「…にしても、俺なりの答えか…」

 

バレンタインデーに影は凄く頑張ってくれた。俺も頑張らなければならない、見合うものを用意しなければならない、と躍起になりすぎていたのかもしれないな。

 

影は自分なりに考えて俺に手作りのクッキーをくれたはずだ。だったら俺がどうするかなど…自明の理だろう。

 

そういえば前に凝光から面白い商売話を教えてもらったことを思い出した俺は、それを参考にさせてもらうことにして行動を開始するのだった。

 

〜〜〜〜

 

3月14日の夜、稲妻城天守閣にて。

 

通常通り執務を行っている眞は、隣でそわそわしている影を見て少し微笑むと、

 

「アガレス、遅いわね…影」

 

そう言った。言われた影は、というとビクッと肩を震わせて顔を真っ赤にして眞から顔を隠した。

 

勿論、体全体の落ち着きがないので顔を隠したところでバレバレである。

 

そんな可愛らしい自らの片割れとも言える影のことを見守る眞だったが、不意に部屋の入り口に視線を向ける。

 

部屋の外から誰かが走ってくる音が聞こえてきたかと思うと、珍しくノックもせずに扉が開いた。

 

息を切らして入ってきた人物を見た眞は微笑みを浮かべる。

 

「あら、随分と遅かったわね」

 

その言葉に対して入ってきた人物───アガレスは額の汗を拭いながら、

 

「……すまん、遅れた」

 

と恥ずかしそうに言った。影はその声を聞いて凄く嬉しそうな顔をしたが、赤面したままだったので相変わらず顔を背けている。

 

アガレスはそんな影に視線を向け首を傾げたが、すぐに何を思ったのか、

 

「影、遅れて本当にすまない…怒っているなら叱ってくれて構わない…」

 

とそう言った。眞は勿論影の状況が手に取るようにわかるのでアガレスの勘違いも見当がついている。そのまま眞は部屋の隅っこに移動して見守りの態勢を整えていた。

 

影はアガレスの言葉に焦ったようでバッと顔を上げて───

 

「「ッ!?」」

 

───思ったより顔が近かったようでお互いに赤面していた。

 

少し間を置いて、アガレスが遂に懐から璃月の意匠が施された小包を取り出して影に手渡した。呆けている様子の影に、少し恥ずかしそうなアガレスは一言、「ホワイトデーのお返し…今開けてくれ」とだけ告げた。

 

影は赤面したまま首を傾げて小包の封を開ける。

 

「ッ!!これは…?」

 

小包の中には小さい箱が入っていて、その中には紫色の綺麗な宝石が中央に嵌め込まれた指輪が入っていた。

 

「俺からのプレゼント…用意するのに少し時間がかかってしまってな」

 

アガレスはいい加減落ち着いてきたらしく指輪を影から貸してもらうと、蝋燭の火に宝石を照らした。

 

すると、今まで紫色だった宝石がアガレスの瞳の色と同じ紅に染まった。影は驚いて目を見開きつつアガレスを見た。アガレスは少し笑うと、

 

「プレゼントの用意に時間がかかった理由はこれだよ…変色性を持つ宝石を探していたんだ」

 

と言ってもアガレスが宝石を見つけることができたのは凝光やモラクスの協力があってこそである。

 

変色性を持つ石は自然光と白色光の下でその色を変える性質がある。中でもアガレスが探していたのは前者で紫色、後者で赤色に変化するものだった。

 

勿論かなり貴重なもので値は張ったがそこは奮発したわけである。

 

「その…つけてみても?」

 

影は暫くその指輪の様子を見た後アガレスにそう問い掛けた。アガレスはああ、と一つ返事をすると指輪を影に返さずに影の左手の薬指に嵌めた。

 

流石に眞や八重神子から色々教わっているため影も左手の薬指に指輪をすることの意味がわかっている。

 

「あ、アガレス…?」

 

「…俺は悩んでたんだ」

 

影が驚いてアガレスを見る中、アガレスはぼそっと呟いた。

 

「影の焼いてくれたクッキーは…本当に幸せな味がした。あのクッキーの味は『永遠』に俺の記憶から消えることはないだろう」

 

だったら、とアガレスは少し目を瞑って続けた。

 

「俺も影の記憶に『永遠』に残ることをしてやりたかったんだ」

 

「だからこの指輪を…?」

 

アガレスは首肯いた。

 

「丁度、伝手でこういう石があるって聞かされていてね」

 

言いつつ、アガレスは愛おしそうに影を見るとその頬に手を添える。影は無抵抗だった。

 

「お前の綺麗な紫色の瞳や頭髪に、きっと似合うと思ったんだ。やっぱり案の定だったな」

 

アガレスはそのままニッと笑うと惚けている影に告げた。

 

「どうだ?『永遠』に記憶に残る贈り物になったか?」

 

影はその言葉に、赤面しながらもしっかり首肯いて返すのだった。

 

…余談だが、眞が後から部屋にいるのを思い出した二人は羞恥心で爆散したのは…言うまでもないだろう。




アガレスさんは他の子には手作りクッキーやらをあげました。

ハッピー…ホワイトデー(血涙)


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第一章 モンド
第1話 復活した先で


処女作って感じで…よろしくおねがいします…

追記Part1 : さぁて…書き直しの時間だ!!オラオラオラオラ((ry


「──なぁモラクス」

 

「…なんだ」

 

俺達の眼前には深き闇。溢れ出る闇は留まるところを知らず、永遠に続くとも思われた。

 

「この方角、カーンルイアか…やっぱなー、だから俺はやめとけって言ったのによー」

 

「……」

 

俺の言葉に反応せず無言で横に立つ男───モラクスは非常に整った容姿をしているがその実、彼は数千年もの時を生きる神であり、契約と岩の国璃月を統治する存在でもある。

 

そしてそのモラクスと俺は璃月という国にある天衡山の頂上からカーンルイアという国がある方向を見つめていた。

 

「……モラクス。いつまでも意気消沈してちゃ璃月の民が不安がる」

 

「だが…」

 

「これは、俺達『八神』で話し合って決めたことだろ?」

 

表情が岩のように硬いモラクスにしては珍しく表情が悲しみにうち歪んでいた。そんな彼とは対照的に俺はニッと笑顔を作る。

 

「心配すんな!500年もしたらきっと戻ってこれる。そしたら、また皆で───」

 

話の途中で轟音が響き渡り璃月の西側にある層岩巨淵を闇が飲み込むのが見えた。俺はうかうかしていられないことを自覚し半ばヤケクソ気味に、

 

「っはは!全く、『終焉』は待っちゃくれねえのか!ふざけやがって!止めるぞこら!!」

 

とそう叫んだ。俺の隣に立つモラクスは俺がわざと明るく振る舞っていることに気が付いたらしくギリッと歯噛みして俯く。俺はそんなモラクスへ向け、先程とは異なる至って真面目な表情で告げた。

 

「言ったろ?必ず戻ってくるってよ。そんときまでに『摩耗』で死んでなきゃまた逢おうや」

 

モラクスはギュッと握り拳を作ったかと思うと顔を上げ俺の名を呼んだ。

 

「俺は…俺達は、お前の帰りを待ち続けよう。お前の守った璃月で、いや、このテイワットで」

 

モラクスの表情は決意に満ちた表情であり先程までの悲しみに打ち歪んだ表情ではなく精悍な顔付きになっている。

 

ああ、良い顔だ。これで安心して一度逝ける。

 

モラクスの言葉と表情に安心を感じた俺は、来たるべき『終焉』へ向け飛んでいくのだった。

 

〜〜〜〜

 

それから数刻後、『終焉』による闇は完全に消え去り、綺麗な夕陽が先程まで闇に飲まれていた場所を照らしていた。

 

モラクスはカーンルイアがあるはずの方向を見据え、

 

「……友よ。例え盤石が土へ還ろうと、俺はお前を待ち続けよう」

 

そう告げた。最早、『終焉』を止めに消えた彼にその言葉が届くことはない。

 

その時、モラクスのいる天衡山に風が吹き荒れた。

 

「───じいさん」

 

やがて天から舞い降りるようにして現れたのは小さめで童顔の少年だった。その少年の名は風神バルバトス。璃月の隣国、自由と風の国モンドの神である。

 

そのバルバトスが辺りをキョロキョロと見回すとモラクスを見据える。

 

「じいさん、もしかして…」

 

バルバトスの言葉に対しモラクスは腕を組み、友の去って行った方角を見据える。

 

「…ああ、彼は『終焉』を止めに───「なんで…なんで止めなかったの」……バルバトス」

 

モラクスの言葉を最後まで聞くことなくバルバトスは悲鳴の如く叫んだ。

 

「だってそうじゃないか!彼は…彼はいつだって汚れ役を買って出てくれた…今回だって彼がいなきゃこの騒動は収まらなかったかもしれない…!でも、だからって…だからってさ!!」

 

バルバトスの言葉は要領を得ず、激情に任せて言葉を発しているのは明らかだった。しかしモラクスもバルバトスの言に対し首肯きながら下を向く。

 

「わかっている。わかっているとも…」

 

そしてモラクスはギュッと拳を握った。

 

「これは、俺の弱さと甘さが招いた事態だ。俺達は彼に甘え、目を背けるべきでない現実から目を背け、そして傷跡を手当するように彼を頼った。その結果…彼は決して癒えることのない永劫の苦しみに晒されることとなった」

 

モラクスの言葉にバルバトスは目を見開きながら、

 

「まさか…呪いに侵されて…!?」

 

とそう言った。モラクスはバルバトスの言葉に首肯いて事情を軽く説明した。

 

「降魔大聖や仙人を庇い、彼はその身に魔神や世界を蝕む存在の怨恨を背負っている」

 

「っ…そう、だったんだ…」

 

バルバトスは脱力したように項垂れ、無力さに打ちひしがれる。モラクスは構わず続けた。

 

「だから、彼は自らの力が十全に発揮できるうちに『終焉』を止めに行った。この先生きていても呪いによって『摩耗』の速度は上がってしまう。そして何人たりとも『摩耗』からは逃れられない」

 

「だから…自分の中の呪いごと、彼は『終焉』を収めたんだね」

 

バルバトスは血が出るほど唇を噛み締めた。モラクスはバルバトスの肩に手を置くと、再び友の去った方角を見やる。

 

「彼のお陰で、俺達は今ここに立っている。残された者の成すべきことをせねばならないだろう」

 

モラクスの言葉にバルバトスは同じように顔を上げてモラクスと同じ方角を見つめる。

 

「うん…彼の遺志は…僕達が絶対に守ってみせるよ」

 

モラクスとバルバトスはそのまま踵を返して自らの国へと帰り、それぞれで動き始めるのだった。

 

〜〜〜〜

 

一方その頃稲妻では『終焉』に伴って現れた魔物が猛威を振るっていた。

 

「───稲光、即ち永遠なり!!」

 

雷の化身とも呼べるほどの剣が胸の間から抜き放たれ、襲い来る魔物を真っ二つに両断した。それを成した女性は周囲の安全を確認すると刀を仕舞い、

 

「…これで最後だと良いのですが」

 

そう呟いた。女性はなにかに気が付いたように動きを止めると後ろを振り向く。

 

「───お疲れ様、影」

 

影と呼ばれた女性の後ろから上品に歩いてきたのは瓜二つの女性だった。その女性を見て影は少しだけ微笑むと、

 

「いえ、お気遣いありがとうございます、眞」

 

瓜二つの女性───眞にそう言った。二人は双子であり永遠と雷の国稲妻を治める『雷電将軍』と呼ばれる存在でもある。尚、普段表に出ているのは雷電眞であり雷電影はその影武者として存在していた。

 

稲妻城内にまで魔物達は攻め込んできたものの、稲妻が誇る武士達に加え雷電影の猛攻によってなんとか食い止められている状況だった。しかしここに来て魔物達の侵攻がようやく止まったのである。

 

眞はなにかに気が付いたように空を見やる。それに伴って影もその顔を上げ苦々しい複雑な表情を浮かべる。

 

「…闇が晴れましたね」

 

影がそう言った。それに対し眞は同意し、

 

「ええ、これで此度の騒動も収まるでしょう」

 

そう締め括る。

 

稲妻城城内、そして城下町の至る所から勝鬨が聞こえてくるためやはり魔物の侵攻は止まったのだろう。しかし、二人の雷電将軍の表情はやはり曇っていた。

 

二人の間に重苦しい沈黙が流れ、やがて先に口を開いたのは眞だった。

 

「───引き受けてくれたとはいえ、彼には申し訳ないことをしたわね」

 

影は無言だが微かにその身体を震わせていた。眞はそのまま構わず続ける。

 

「影、特にあなたは辛いわよね…彼とは懇意にしていたようだし…私もだけど、貴女ほどではないし…」

 

再び二人の間に重苦しい沈黙が流れる。だが少しして口を開いたのは影だった。

 

「───前へ進めば、必ず何かを失ってしまいます」

 

影は俯いたままそう言った。声は震えておりその声音からも深い悲しみが伝わってくる。眞はただ淡白に「ええ」とだけ返した。

 

しかし影が尚も続けようとしたのを眞は遮って、

 

「それでは駄目なのよ、影」

 

と少し笑いながら眞は言う。

 

「彼は桜を見ながらこう言っていたわ」

 

───儚い景色であることを知っているからこそ、一層楽しむべきじゃないか?わかりやすく言えば、俺達は永遠の時を生きる神だ。だが反対に、その永遠を持たない人間は本当に儚い生物だ。だからこそ…彼等はその短い人生を全力で楽しんでいる。それは俺達も見習うべきだ、と俺は思うね。

 

かつて神が稲妻に集まった際に眞がとある神に『永遠』について尋ねたときに言われた言葉だ。

 

「桜は一時綺麗な花を咲かせるけれど、その時間は儚くも短い。きっと彼は、彼自身の境遇に桜を重ね合わせていたと思うの。確かに私達にとって『永遠』は何にも代えがたいものよ。けれどその『永遠』は失うものが多すぎるわ」

 

眞は神の言葉をそう捉え自身の片割れとも言える影にそう伝えた。影の目には眞がその思い出を慈しむように見えていた。眞は影ではなくカーンルイアのある方角を向き微笑む。

 

「だから待ちましょう。彼はきっと、戻って来る。その時に答え合わせもしたいものね」

 

眞の言葉に対して影はただ首肯くのだった。

 

〜〜〜〜

 

あー、どこだここ。

 

久し振りに出てきた思考がそれだった。まぁ勿論仕方ないっちゃ仕方ないが。

 

現在俺には全身の感覚が存在しない。自分の存在はなんとなく知覚できるが…などと考えているうちに俺は自分の肉体の感覚が蘇ってくるのを感じた。

 

先ずは足の感覚が戻り次に腕、やがて胴体、顔と全ての感覚が戻るまでさほど時間は掛からなかった。

 

さて、折角思考できるようになったのだからまずは現状を整理するとしよう。

 

俺は500年前に死亡した。世界に迫る危機を排除するために自らの命と力を捧げてなんとかしたのだ。真面目に魂が砕け散って死ぬ寸前だったわけだが…こうして感覚があるということは生きている或いは復活したのだろう。年数は感覚的なものだがこれは調べれば後でわかるだろう。

 

さて、問題は俺の魂と強さだろう。昔の強さは…恐らくあるようだが如何せん魂の問題は解決していない。まぁ『摩耗』に関しては仕方がないだろうな。

 

「ん…戦闘音?」

 

そんな状況整理の中、東の方角から戦闘音が聞こえてきた。そこでようやく俺は目を開く。青々と茂る植物の種類から察するにきっちりテイワット大陸にいるようだ。

 

さて、そんなことよりも一先ず第一村人を探しに、俺は戦闘音のする方角へ向かっていったのだが俺は信じられないものを見ることになった。

 

「えっ…!?」

 

そう、小さい子供の体ながら一生懸命片手剣を振り、棍棒を持つ人型の魔物を追い払おうとしている銀髪の女の子がいたのである。

 

人型の魔物も見たことないが相手している子もまだ子供だ。片手剣を振るのもまだ難しいのだろう。

 

「やめてくださいー!離れてくださいー!!」

 

人型の魔物はじりじりと近寄っており今にも襲い掛かりそうだ。対する白髪の少女は未だに剣を振り回しているが、その額には汗が浮かんでおり今にも倒れそうである。後ろには…モンドの服の男性が倒れている。ってことは、此処はモンド近郊の森の中…囁きの森か?

 

「きゃっ…!」

 

なんて考えていると、少女がバランスを崩し転んでしまった。魔物がジリジリと近寄っている。

 

どうやら考えている暇はないようなので俺は法器を取り出し狙いを定め、

 

「風槍」

 

風元素の槍を撃ち込む。無論当たらなくても時間稼ぎはできるとの読みだ。だがそんな俺の予想とは裏腹にしっかり人型の魔物に命中し吹き飛んでいった。飛んだ先から元素粒子が飛んできたので恐らく絶命しているだろう。

 

少し離れたところにいた女の子はそれを見て安心したのかぺたんと座り込んだ。

 

「───無事か?」

 

俺はちゃんと足音を立てて驚かせないように先んじて声をかけた。少女はこちらに気がつくと

 

「あ、ありがとうございます!わたくしは大丈夫ですから、この方を…」

 

中々丁寧な子だな、なんて印象を抱きつつ倒れ伏す男性を見る。ふむ…右腕と頭蓋骨を骨折しているな。俺はそのまま男性の首筋に手を当てる。

 

ふむ…脈はあるがかなり微弱。瀕死の重傷らしいがこの程度なら恐らく大丈夫だろう。俺は再び法器を取り出すと、

 

「治癒」

 

水元素を利用して彼を癒やす。2つの元素を使えることが知られてしまったが…その実俺は全ての元素を扱える。自分でもこうなった原因は不明だが仕方ないのだ。

 

そしてこの際救える命があるのだから身バレなどどうでもいいことだろう。先程よりもずっと男性の具合はよくなったようなので俺は癒やすのを止め少女を見る。すると、

 

「す、凄いです…先程の風元素といい、今度は水元素…2つの元素を扱えるだなんて…!」

 

何故だか少女は感激している様子でこちらを見ていた。なんだか気恥ずかしいが、まぁいいだろう。

 

「あの!わたくしはノエルといいます…!貴方様のお名前をお聞かせ願えないでしょうか…!」

 

そして少女───ノエルは名を名乗り期待の眼差しで俺を見る。ふむ…折角名乗ってくれたことだし、俺も名乗ることにして口を開いて笑みを作る。

 

「ご丁寧にありがとう」

 

先ずは礼を述べ、そして俺は名乗りを上げる。

 

「俺の名はアガレス。ま、よろしくな」

 

俺はこの少女との出会いをきっかけにして様々な事件に巻き込まれていくのだが、このときの俺にはまだ知る由もない。




追記Part2 : 誤字に気をつけな!!(((殴

ということで誤字報告があればなんでも助かります。

評価と感想も実は結構励みになってます。さぁ…君も評価と感想をしないか?(???)

さて、真面目な話をするとネタバレクソほどありますし処女作なので文章も拙いです。それでも良いなーと思う方は是非とも読んでいただけると嬉しいです。

改めまして作者の酒蒸と申します。まぁこんなやつの小説、よければ読んでやってください。


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第2話 面倒を見ることになった

第二話、どぞどぞ…!


さて、これからどうするか。少女、といっても大体13歳くらいだろうか。そのノエルはなにかに気が付いたように男性を見ると、

 

「あっ、そうでした…!この方を急いでモンドへ送って差し上げませんと…!」

 

そう言ってノエルは慌てながら倒れ伏す男性を抱えようとした。俺はそれを手で制すると、

 

「然程急がずとも大丈夫だ。どうやら救援が来たらしい」

 

周囲に複数の足音、まだ残っていれば恐らく『西風騎士団』だろう。やがて現れたのは統一された服装に見を包んだ騎士の風貌をしている者達だった。胸には紋章がありその紋章には見覚えがあった。

 

やはり、モンドの風神以外の人間による実質的な統治機構『西風騎士団』だった。

 

「───ノエル!!アルバート!!無事か!!」

 

やがて騎士達の後ろから走ってきたのは金髪をポニーテールにした女性だった。何か俺の記憶にデジャヴュを感じつつノエルと彼女のやり取りを見やる。

 

因みに、アルバートとは倒れている男性の名前らしい。

 

「あ、はい…!副団長さま…!わたくしは大丈夫です!!それより、この方を…!」

 

ノエルは彼女にそう言ってアルバートを指差した。副団長と呼ばれた彼女はアルバートをすぐに運ばせるよう部下に手配すると俺に気が付いたようで、

 

「っと、そちらの方は?」

 

とノエルに尋ねていた。だがノエルに答えさせるまでもない、と考えて俺が口を開いた。

 

「偶然ここを通った時に戦闘音が聞こえたから様子を見に来て人型の魔物を排除した者だ」

 

彼女は副団長…つまりここで疑われては本末転倒なので正直に答えることにしよう、うん。

 

復活早々獄中生活とか目も当てられん。というか俺の知り合いに爆笑されること間違いなしだな。

 

さて、そんな俺の心配とは裏腹に副団長は頭を下げる。

 

「そうだったのか…助力に感謝する。ただ…」

 

ただ、と続け顔を上げた彼女はバツが悪そうな表情だった。俺は溜息を一つつくと、

 

「素性がしれないからついてこい、だろ?わかっている」

 

そう言って武器をしまう。まぁ妥当な対応だろうから俺も特に文句はない。対する副団長は再び軽く頭を下げ、

 

「感謝の言葉もない」

 

とそう言いつつ、それと、と彼女は付け加えた。

 

「私は団長ではないが今は大団長が所用でモンドを離れている。そのため代理団長は私が務めているんだ。だから君の処遇…?というか扱いに関しては私が受け持つことになる」

 

なるほど、まぁしっかりしていそうだし当然とも言えるな。俺は一つ首肯くと「了解した」とだけ言った。

 

俺達は西風騎士に守られながらノエルと共にモンド素人へと連れて行かれるのだった。

 

 

 

さて、やはり俺達がいたのは囁きの森だったようだ。モンド城の東側に位置する森で、たまにあの人型の魔物───ヒルチャールが出るらしい。

 

そこから歩いてやって来た俺達はモンド城に入る。久し振りに見るモンド城内は活気に満ち満ちていた。500年前とは大違いだな。

 

「───あっ、ジン団長!」

 

そうして街を歩いていると前で副団長が声を掛けられていた。今更ながら彼女はジンという名前らしい。

 

ジンは声をかけてきた女性ににこやかに応対していた。

 

「どうしたんだ?マージョリー」

 

ジンがそう聞くとマージョリーと呼ばれた女性はニコッと笑うと、

 

「これ、見てください!!」

 

そう言ってジンの前に差し出されたのは何の変哲もないセシリアと蒲公英の花束だ。ジンは花束に面食らったように固まっている。

 

「モンドの皆で花束を贈ろうと思いまして…!セシリアの花と蒲公英の花束です!!」

 

そこかしこから拍手と歓声が上がる。どうやら本当にモンドのほとんどの住民が協力したようだった。マージョリーはそんな皆の様子を見て苦笑しつつ、

 

「団長様は働きすぎですから…この花の香りで少しでもリラックスできるようにと皆で選んだんです!」

 

はにかみながらそう言った。対するジンは少し固まっていたが、やがて花束を受け取り同じようにはにかむと、

 

「ああ、ありがとう」

 

とそう言うのだった。

 

〜〜〜〜

 

「───随分民に慕われているんだな?」

 

私は、そう言いながら私の横を歩く黒衣の男を横目でチラリと見やる。民、という言い方に少し違和感があるが言われていることは理解できる。

 

「ああ、有り難い限りだ」

 

私は本心からそう返すと彼は何かを慈しむような表情を浮かべる。それにしても、と私は思案する。

 

この男は本当に妙だ。リサに戸籍を調べてもらっているが彼の名はモンドには存在していない。それにあの服…何処の国なのかもわからない、正に異世界から来たかのような風貌をしている。

 

リサによれば禁書庫エリアの口伝の本に同じ名前が見られるらしいが恐らく偶然だろう。

 

「それにしても随分活気があるな。普段からこんな感じなのか?」

 

彼がそう私に問いかけてきた。私は聞かれても問題ないため何でもないことのように答える。

 

「ああ、少し前にファデュイの執行官『博士』がモンドの危機を救ってな。皆、安心しているんだろう」

 

魔龍ウルサを撃退したあの件で結果的に西風騎士団はファデュイに強く出られなくなってしまったがな、と私は心中で嘆いた。

 

さて、『ファデュイ』の言に微かに彼は反応を見せたがすぐに微笑みを携えており真偽の程は定かではない。

 

そうこうしているうちに我等が西風騎士団本部に辿り着いた。

 

「ついたぞ、此処が西風騎士団本部だ」

 

そう言うとおお、と感嘆の声が聞こえてくる。なんだか疑っているのが申し訳なくなってしまったが心を鬼にしてしっかり見定めねばならないだろう。

 

「この中でノエルも交えて事情を聞こうと思う。ついてきてくれ」

 

私は彼の様子を観察しつつ扱いに関しての熟考を開始するのだった。

 

〜〜〜〜

 

そうして案内されたのはさして広くはない部屋だった。本当に尋問室って感じだな。まあその実、書類の山が積まれているのを見るに彼女の執務室なのかもな。まぁ大団長室って書いてあったし実際そうなんだろう。

 

ジンは席につくとまずノエルに事情を問い掛けた。

 

「───それで、何があったんだ?」

 

かくかくしかじか。

 

「……そうか、そんなことが」

 

滅茶苦茶省いたが事これに関してはノエルは俺よりわかっていることも多いだろう。アルバートがスイートフラワーを集めていたところにヒルチャールが襲来、助けを欲している声を聞きつけたノエルはすぐさま駆けつけ…って、この子行動力凄いな。

 

それはともかくそこからは知っての通り、というわけだ。ジンは事情を聞かされたあとで俺を見つつ何かを考えているようだった。

 

「しかし…二種類の元素を使えるというのは本当なのか?」

 

やがて口を開いたかと思うとジンは俺にそう問いかけつつ半信半疑だという目を向けた。まぁご尤もな疑問だろう。

 

どちらにせよ、風元素で敵を貫いたのに、水元素でアルバートの傷を癒やしているのだ。元素が二種類またはそれ以上扱えないと不可能な芸当だと踏んだのだろう。

 

勿論見せてしまって報告された以上下手な誤魔化しは逆効果、なので俺はむしろ開き直ることにした。

 

「…此処からは他言無用で頼めるか?」

 

ジンなら信用できるだろう、と踏み俺はそう聞いた。勿論バラされても問題はない。多少モンドの居心地が悪くなる程度で済むだろう多分。

 

そしてジンは俺の予想通りの答えをくれた。

 

「無論だ。騎士団としてもなるべく住民に不安な思いはさせたくない。私だけでなく他の上層部にも留めておくことにはなると思うが…」

 

「それで構わない」

 

さて、と俺はダミーではあるもののしっかり『神の目』の機能を果たしてくれる物をジンの眼前にある机に置いた。

 

「これは…何元素のものだ?」

 

ジンはその神の目をまじまじと見つめやがてそう言った。

 

そう、俺の持っている神の目にはなんの元素も宿っておらず灰色なのだ。俺はノエルにもこれを見せてから適当なグラスを手に取り水元素で水を生成する。するとどうだろうか。

 

「な…んだ…と…!?」

 

神の目が青色、即ち水元素によって輝いていた。俺がグラスがいっぱいになったところで水の生成を止めるとそれと同時に神の目からは光が消えた。

 

ジンは俺に恐る恐る視線を向けた。

 

「安全面から言って水元素にしたが、どの元素を扱うかによって神の目に宿る元素は変わる」

 

俺の乾いた喉を潤すため、という目的も勿論あるが。俺は生成した水を飲み干し潤った喉で続けた。

 

「つまり、俺は全元素を扱える。炎、水、風、雷、草、氷、岩の全てをな」

 

そう言った。ジンは混乱している様子だったが何処か合点がいった、という表情も浮かべていた。

 

「この目で見ていなければ、にわかには信じがたいが…」

 

ジンはふむ、と顎に手を当て何事かを考えると、

 

「…アガレス殿」

 

「なんだ?」

 

俺はジンに名前を呼ばれたのでそう返す。ジンからは思ってもみなかった言が放たれた。

 

「アガレス殿、ノエルのことを頼んでもいいだろうか?」

 

「副団長さま…!?」

 

今までずっと黙りこくっていたノエルが初めて声を上げた。無論、俺も声を上げたいくらい驚いている。

 

「どういう意味だ?」

 

と俺が聞くとジンはフッと笑う。

 

「以前、リサという私の友人にとある話を聞いてね。その話によれば君は信用できる」

 

それに、とジンは付け加えた。

 

「ノエルは騎士団に入るのが夢なんだ。もし君に鍛えてもらえるなら…」

 

「ふ、副団長さま!それは…アガレスさまに申し訳ないです…!」

 

ノエルはジンの言葉を遮ってまでそう言った。まぁ当然そうなるだろう。だがジンの言動には気になる点もあるのでそれを聞けるようにするにはパイプも必要だろう。

 

そう考えて俺は、

 

「良いだろう。だが念の為俺に監視はつけておくべきじゃないのか?」

 

この話を受けることにした。ノエルも勿論かなり驚いているが、監視の件に関してもジンは少し驚いていたようだが少し笑うと、

 

「安心してくれ。腕利きをつけておくから」

 

とそう言った。密偵もしっかりいるようなので深くは詮索しないことにしておこう。

 

さて、問題はノエルを何処まで育てるか、だが…うん、魔神程度には勝てるようにしておくか。

 

「なんか、不穏な気配を感じるのだが…」

 

変なことを考えているのがバレたらしいので、

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

と誤魔化しておく。

 

それより、と俺はノエルを見た。

 

「ノエル、俺としては問題ないんだがどうする?」

 

そう、本人の意志も大切である。会って数時間の俺を信用しろっていうほうが難しいだろうし…と考えていると、

 

「で、では…宜しくお願いいたします!アガレス師匠!!」

 

などとガッツポーズをしながら言ってきた。どうやら大丈夫らしいが師匠とは…?

 

「師匠?」

 

ジンと思考が被っていたようで顔を見合わせて苦笑し合う。だがノエルは至って真面目なようで、

 

「アガレスさまはわたくしに剣術を教えてくださるのですよね…?ですから、お師匠さまです!」

 

そう言って胸を張っていた。お師匠様、か…まぁ言われて悪い気はしないが。

 

などと考えていると不意に気配を感じてチラッとカーテンに目を向けたが、再びノエルに視線を戻した。

 

カーテンに何かいたようだが恐らくジンの護衛か何かだろうし気にすることはないと考えつつ、

 

「そうか…じゃあ、これから宜しくな」

 

ノエルにそう告げた。するとノエルは

 

「はいっ、アガレス師匠!」

 

そう言って満面の笑みを浮かべるのだった。

 

〜〜〜〜

 

アガレスとノエルが西風騎士団本部から出た後。

 

「どう思った?」

 

ジンは一人でそう呟く。答えるものはない、かと思いきやカーテンの中から籠もった声が聞こえてきた。

 

「───ッハハ、中々面白そうなやつだな」

 

影から現れたのは青い髪に特徴的な眼帯を身につける長身の男、ガイア・アルベリヒである。彼は尋問をしている副団長ジン・グンヒルドの護衛として潜んでいたのだ。

 

そのガイアが若干苦笑しつつ、

 

「ただ、気配を消してる俺にも気づいてたみたいだったぜ?」

 

そう言った。ジンも首肯き、

 

「ああ、カーテンに一瞬視線を向けていたな」

 

そう同意した。そのまま無言の時間が流れるとジンは頬杖をつく。その様子を見たガイアは少し困ったように笑った。

 

「ッハハ、流石の代理団長様もお疲れか?」

 

ジンはその言葉に頬杖をついたまま答える。

 

「…私の選択は、間違っていないだろうか…確かにアルバートとノエルを救ってくれた…加えてあの能力と名前…リサの言っていた通りだが…信じていいものか」

 

実のところジンも半信半疑だったがアガレスに邪悪さを感じなかったため自分とアガレスを信じてみることにしたのだ。

 

ジンの自嘲気味な言葉に対してガイアはただ肩を竦めた。

 

「問題ないさ。俺もヤツが悪いヤツには見えなかったしな」

 

ガイアの言葉に若干だがジンは安心した様子を見せる。だがすぐに目の前にうず高く積まれた書類の山を見て表情を曇らせた。ガイアはそんなジンの様子を見てケラケラと笑いながらその半分を持ち去る。

 

「仕事ぐらい手伝うぜ、副団長サマ」

 

ガイアはそのまま書類の半分を持って去って行ってしまった。ジンはガイアを止めようとしたが既に遅く再び頬杖をつく形になった。

 

「はぁ…先輩がいてくれればなあ…」

 

頬をプクッと膨らませつつ、ジンは誰も居なくなった執務室の中で一人呟いた。

 

 

 

「───新しい風が吹き、詩は世界を廻る。やがて新しい風はこの世界に一陣の風を巻き起こすだろう」

 

風立ちの地にある巨大なオークの木の下で、全身緑色の少年がライアーを爪弾き、詩を詠んでいた。だが突如その詩を止め空を見上げる。

 

「───戻ってきたんだね、アガレス」

 

その呟きはそよ風がどこへともなく運んでいった。

 

「僕達はずっと君の帰りを待っていたよ。まぁ…僕達の関係もすっかり変わってしまったけれどね」

 

緑色の詩人は誰もいないというのになにかに語り掛けている。オークの木の下は影で暗くなっておりその表情を見ることはできない。

 

「でも、どうかな今のモンドは。今のモンドは自由の国、皆が笑いあって暮らしてるんだ」

 

だから、と詩人は続けた。

 

「君も自分のために自由に生きなよ、アガレス。僕はそれを応援するから」

 

ライアーの音色と風の音に、全ての呟きと詩は溶けて消えていくのだった。




調べながら頑張ってますね、はい…原神の歴史って面白いですね…!


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第3話 再会

UAが1000超えててビビってました。ありがとうございますぅ…!


「あれ、ちょっとまて…!」

 

西風騎士団本部を出た俺は立ち止まってとあることを思い出す。

 

「どうかなさいましたか?アガレスさま」

 

ノエルは突如立ち止まった俺を見て心配そうに首を傾げた。そう、俺が思い出しと事とは…。

 

「訓練するにしたって場所がない…!」

 

と、いうことである。いや、まぁやろうと思えばその辺の野原とかでもできるが土地云々や万が一地形を変えたりなんてしたらちょっと…いや、かなり怒られるだろう。ジンもそうだが…多分アイツにもな。

 

「それでしたら、団長さまに頼んで訓練場を貸してもらいましょう!」

 

フンスッ!と鼻息荒く握りこぶしを作りながらそう言うノエル。どうやら気合いが入っているらしいが確かに良いアイデアではある。

 

だが、

 

「とりあえず…訓練に関しては明日からにしよう」

 

俺は意気込むノエルには悪いが…と思いつつもそう言った。ノエルはというと目尻を下げつつ、

 

「えっ…どうしてでしょうか…」

 

とそう言った。やはりというべきか落ち込まれてしまったようだ。しかしこちらも退けないのだよ。

 

ということで俺は人差し指を立てながら理由を説明する。尚人差し指はおまけである。

 

「まず第一に、今のノエルの実力をみたい。そしてそれは万全の状態でなくちゃならないんだ。ノエルはアルバートを守って片手剣を振り回していただろう?流石に疲れてるだろ?」

 

つまりはこういうことだ。今日はヒヤヒヤしただろうし十二分に休むべきだろう。心身共に疲労は大きいはずだからな。

 

ただ、ノエルはなおも反論しようとするので俺はもう少し言葉を継ぎ足すことにした。

 

「まだやれる、なんて言うなよ?人間は休息がなければすぐ壊れるものだからな。それに、さっき引き受けた手前騎士団本部に『訓練場ないから貸してよー!』なんて口が裂けても言えん」

 

「は、はぁ…」

 

前半はともかく、後半になるとノエルはよくわからない、といった様子だった。まぁ実際後半は個人的な感情だしな。

 

さて、訓練ができないとなればやることは一つだろう。そう、勿論腹拵えである。俺がノエルに有名な飲食店を聞くと、

 

「はい!商業区に『鹿狩り』が、あとは『エンジェルズシェア』だったり、『キャッツテール』もですねー。お腹を満たすならオススメは『鹿狩り』です」

 

そう答えてくれた。3つあるうち2つは飲食店というより酒場らしいのでどちらにせよ『鹿狩り』に行くしかないだろうな。

 

「よし、じゃあそこに「───ノエル様ー!!」……なんだ?」

 

俺が『鹿狩り』を一際大きい声が辺りに響き渡ったかと思うと、見覚えのある男───尚アルバート───が走ってこちらへ向かってきた。それを見たノエルが、

 

「あ、アルバートさま!安静になさってください!」

 

と心配の声を上げる。だかアルバートはそんなことお構いなしに俺を跳ね除けると、

 

「そんなことより、ああ、麗しのノエル様…こんな僕を助けて下さるなんて…!」

 

そう言ってノエルの眼前に跪いて祈りを捧げるように手を合わせるアルバート。俺は溜息を吐きつつ、跳ね除けられた際に乱れた服装を直しつつとりあえずアルバートに近づき声をかける。

 

「あー、アルバート、さん?ノエルが困っているからその辺に───」

 

「おお!まさかここにもノエル様の魅力がわかる方がいるとは…!ノエルファンクラブ会長にして会員No.1…このアルバート共に、ノエル様を推さないかっ!」

 

すっげえ圧だ…これがオタクというやつか。俺は思わず仰け反りつつ助けを求めるようにノエルを見ると、

 

「あ、あの、アルバートさまぁ…」

 

残念だが目を回している。俺は再び溜息をつき何とかするべく口を開く。

 

「悪いな…俺はノエル様親衛隊隊長にして親衛隊員No.1…アガレス。ここを退くわけにはいかない」

 

因みに全部嘘である。俺の言を聞いたノエルはというと先程よりも困惑しているようだった。あとでケアするべきだな、なんて考えていると、

 

「フッ…君にも退けぬ立場があるのは理解するが…僕の愛に勝てるかな…!!」

 

アルバートがそう言った。俺は取り敢えず内心何度目かわからない溜息をつきつつ、

 

「望むところだ…」

 

とそう言った。ただまぁ、充分気は引けただろうしこれ以上は時間の無駄かもな。

 

「ノエル、ちょっとすまん」

 

「ふぇ…?きゃっ!」

 

俺は一言断りを入れてからノエルをサッと横抱きに抱え騎士団本部の屋上まで一気に飛び上がった。それを見たアルバートは、

 

「なっ!逃げるか卑怯者!!と、いうか女神に触るんじゃない!!」

 

などとよくわからないことを言っている。

 

「真面目な話をすると腹が減ってるんだ。腹拵えをするだけだ」

 

ので、意味わからないやつには更に意味わからないことを言っておくことにする。

 

「と、突然シリアスになるなんて聞いてないぞ!!」

 

事実、アルバートは俺の言葉に一瞬考え込むような素振りを見せたのでその隙に俺は屋根の上を伝って路地裏に飛び降りる。ちなみに、『鹿狩り』の真裏だ。

 

「ある程度離れはしたが…大丈夫だろうか」

 

俺はアルバートがいるであろう方向に視線を向けつつノエルを優しく地面へと降ろした。ノエルは恥ずかしかったのか顔を逸しつつ俺に礼を言った。まぁ、自分でどうすればいいかわからなかっただろうし仕方がないだろう、ということで軽く首肯くだけに留めておいた。

 

俺達がそのまま路地裏から出ると本日二度目の活気のある街並みが目に入ってきた。多少時間は経っているがその賑わいに差はないように見える。

 

さて、そのまま俺は辺りを見回し『鹿狩り』を発見したのでノエルと共に店の前までやってきた。

 

「いらっしゃいませー!あら?ノエルちゃん!こんにちは!」

 

看板娘…?は俺達、というよりノエルを見て嬉しそうにはにかんた。

 

「サラさま!こんにちは!なにかお困りごとはございませんか?」

 

対するノエルは、『鹿狩り』の看板娘───サラ───に社交辞令とばかりに…いや、彼女の場合本気で聞いているのだろうが、少し心配になるレベルだがまぁとにかくそう聞いた。

 

そしてサラもそれを理解しているからか苦笑しつつ、

 

「あはは、大丈夫だよ!それより、そちらの方は?」

 

そう言って軽く受け流すとやはり俺に視線をぶつけてくる。まぁ気になるだろうしな、と考えつつ一応丁寧に対応することを決める。

 

「どうも、はじめまして。私はアガレスという旅の者です。訳あってノエルさんと共に行動させてもらうことになりまして、まずは腹拵えを、と」

 

ノエルがギョッとしたように目を見開く。俺の口調がそんなにおかしかっただろうか?いや、まぁおかしいというより違和感しかなかったんだろうな。

 

「あ、アガレスさま…?」

 

「初対面だからな」

 

なんて会話をしているとサラがこちらにジト目を向けながら、

 

「あのー、丸聞こえなんですけど…」

 

とそう言った。いや、うん、ごめんとしか。

 

「あ、あの…アガレスさまはわたくしを助けてくれたんです!とってもいい方なんですよ!」

 

ノエルはその言葉を聞いて俺が疑われている、と感じたのか俺のプレゼンを始めた。効果はあったらしくサラは少し微笑んで、

 

「アガレスさんですね?ノエルちゃんを救ってくださり、ありがとうございます。口調はいつもの通りで結構ですよー」

 

と言ってくれた。うーん、しかし中々砕けた看板娘だな。まぁ、悪くはないが。

 

俺も少し微笑みを返しつつ「そうさせてもらおう」と返事をした。

 

で、だ。

 

「毎日毎日『今日のおすすめは、ステーキですよー!』って…もう言う必要ないんじゃないかな」

 

俺がボソッと言うとノエルもサラも不思議そうな顔を浮かべたので、

 

「いや、こっちの話だ。ステーキ2つ頼む」

 

そう言って誤魔化しつつステーキを頼んだ。

 

「はい、毎度〜!」

 

サラが店内へ入っていくのを見つつ俺とノエルは席に着き料理を待つ。待っているとノエルが俺に話しかけてきた。

 

「あの、先程の口調は…」

 

まぁ無論気になるとは思っていたので俺は、

 

「なに、それなりに長く生きていてな。自然と、そういう話し方も身についてしまったんだ。あまり気にしないでくれると助かるが、そのうち話すことになるだろうな」

 

そう言って若干ぼかしつつ答える。だがノエルは満面の笑みで、

 

「はいっ!」

 

と返事をするので俺は不思議に思って「なんで嬉しそうなんだ?」と思わず問い掛けてしまう。迂闊だったな、なんて考えている俺とは裏腹にノエルは上品に笑った。

 

「アガレスさまがわたくしを信用して下さっているのが嬉しくて…」

 

その言葉を聞いて俺は無言になる。

 

『信用』か…確かに俺はノエルを…いや、人間そのものを信用している。ある意味では彼等の行動はある程度予測しやすく、世界を壊す心配もあまりない。

 

俺はそんな利己的な考えを隠すように手を伸ばしノエルの頭に手を置いた。

 

「…ノエルはもう少し人を疑うことを覚えないと、そのうち手痛いしっぺ返しを喰らうぞ?ま、その優しさがノエルの良いところでもあるがな」

 

やっとのことで返せた言葉がそれだった。

 

いや、思い出したから忠告している、の方が正しいだろうな。昔から優しすぎて人を疑いきれず或いは争えず滅んでしまった存在を何度も見てきた。

 

中でも人間に裏切られた魔神の末路は…悲惨なものだったしな。

 

「ふぇ…!?ああああああの!アガレスさま!?」

 

俺はノエルが動揺しまくっているのを無視して続ける。

 

「ノエル、お前は本当に優しい子だ。だからこそ少しだけ、本当に少しだけでいい。人を疑うことを覚えるんだ。さもないと…」

 

「さ、さもないと…?」

 

「お待たせしましたー!」

 

良いところだったのだがサラがステーキを3つ運んでやってきた。残念なことに話しの続きはまた今度、となってしまったらしい。

 

というかステーキが3つ運ばれている時点でおかしいだろう、などと思っていると突如辺りに声が響き渡った。

 

「───よっ、俺も混ぜてくれないか?」

 

俺は後ろ側から聞こえた声に座ったまま振り向くとそこには長身で右目を眼帯で隠している男が立っていた。ノエルはその男を見るやいなや、

 

「が、ガイアさま!はいっ!勿論です!」

 

とそう言って許可を出す。ガイアと呼ばれた男は人が良さそうな笑みを浮かべ近づいてきて席に着く。

 

ふむ…間違いなく上辺だけの笑顔だとはいえ、ノエルが良いと言っているんだし悪いやつではないんだろう。まぁ断言はできないがな。

 

「アンタがアガレスか。ノエルが世話になったな」

 

ガイアはノエルに視線を向けながらそう言う。心配というより異常がないかを探っている視線だなアレは。

 

俺は少し口の端を持ち上げて笑みを作ると、

 

「それほどでもない。アンタこそ、さっきは俺からジン団長を守ってくれてありがとよ」

 

そう言った。気のせいかと思ったがジンと話しているときにカーテンの裏に潜んでいたのは彼だろうと踏んでカマをかけてみたのだ。

 

暫しの沈黙の後。

 

「ッハハ」

 

「ははは」

 

俺達はお互いに笑った。どうやら合っていたらしい。

 

「いや、やっぱ気付いてたか。一瞬こっちを見ただろう?」

 

ガイアは面白そうな表情を浮かべてそう言う。それにしてもあの一瞬の交錯でわかるとは、ガイアという男は中々食えないやつらしい。

 

取り敢えず俺は改めてガイアに名を名乗ることにして口を開く。

 

「改めて俺はアガレス、旅の者だ」

 

「俺は西風騎士団騎兵隊長ガイア・アルベリヒだ。よろしく頼むぜ」

 

名乗るとガイアも名乗った。なんだかいい声だなぁ、なんて関係ないことを思いつつステーキを自分の前に持ってくるガイアを見て、

 

「んで、ステーキが3つってことは、ガイアのか」

 

思わずそう言った。ガイアは苦笑を浮かべると、

 

「すまんすまん、俺も徹夜の任務で腹減ってるんだ」

 

とそう言った。それを聞いて俺たちの会話の邪魔をしないように黙っていたノエルが我慢ならん、とばかりに口を開く。

 

「ガイアさま、長らく何も食べていらっしゃらないのであれば、ステーキよりも軽いお食事の方が…」

 

ノエルの言葉に俺も首肯く。しかしガイアは少し笑うとノエルの髪をわしわしと撫でる。

 

「ノエルの気持ちはありがたいが、今はステーキの気分なんだ。それに頼んじまったもんは仕方ないだろ?」

 

そう言われたノエルは渋々、といった形で引き下がった。俺は苦笑すると、

 

「そろそろいただこうか」

 

とそう言うのだった。

 

 

 

それにしてもステーキか、と俺は目の前に置かれたステーキを見やる。

 

おすすめというだけあっていい匂いがするし見た目も良い。俺は一口サイズに切り取って口に運んだ。ふむ、余分な肉汁が既に肉から逃げているからか汁っぽく感じず、また味も逃げていないので肉本来の旨味も感じられる。いや、これはむしろ凝縮され深い味わいに仕上がっている。塩コショウでここまでの味の深みを出せるとはな。

 

そう考えて俺は一言「これは、美味い」と呟く。俺はもう一口食べてからノエルとガイアの様子を見やる。

 

「ん〜!美味しいです〜!」

 

「…ッ」

 

ノエルは普通に美味しそうに食べていたが、ガイアは苦しそうだったため俺は苦笑する。

 

 

 

そのまま食べ続けてステーキを早めに食べ終わった俺とノエルだったが、ガイアは何とかステーキを食べ終わった後よろよろと椅子を立った。

 

「フッ…予想外だぜ…」

 

「いや、行動不能になったわけでもなかろうに…」

 

思わずツッコミを入れたが本当に辛そうだった。やはり長らく何も食べていないのにステーキは無理があったらしい。

 

「すまんが、ちょっと休んでくるぜ…じゃあ、またな」

 

ガイアはそう言ってよろよろと去って行った。

 

…あいつはいいやつだった。

 

「さて、俺達も行くか」

 

ノエルが首肯いたのを見てから俺は席を立ちサラの下に歩いて行って、

 

「ステーキ、美味しかった。また来る」

 

とそう言って懐に入っていたなけなしのモラを支払った。

サラは満面の笑みで「またのご利用お待ちしております!」と言っていたため軽くお辞儀をしてから『鹿狩り』を離れた。

 

ステーキの余韻に浸りつつ俺は昔のことを思い出していた。

 

───ここからここまで、全て買うに値する。

 

───ちょっ、お前まだなんか買うのか!?これ以上は俺の財布が空に…ッ!

 

───ふむ…モラはない。

 

───あー、俺が払うからよ。これで足りっか?

 

───この壺も…。

 

───やめろー!!

 

とかもあるし。

 

───アガレスぅ〜!僕このお酒飲みたいなぁー?

 

───お前…前にも酒場の代金代わりに支払ってやっただろうが!!

 

───えー、でもさー!あ、店主さーん!このお酒もういっぽーん!

 

───やめろー!!

 

昔懐かしい思い出に浸っていると、

 

「───っふふ」

 

「アガレスさま?」

 

思わず笑ってしまう。すると隣を歩くノエルに怪訝そうな表情をされたので俺は軽く説明した。

 

「いや、昔にも代金を建て替えたことがあってな。ま、モラの量が比にならないが」

 

俺の長年貯めに貯めた貯金、というか貯モラが消し飛んだがな!と内心で悪態をつく。

 

「ご友人の、ですか?」

 

「…ああ、長年のな」

 

言いつつ改めて本当に長い付き合いだと実感する。そういえば、風神は今いないんだろうか?と気になったのでノエルに、

 

「そういえば、風神はいないんだな」

 

そう問いかけた。するとノエルは首を縦に振りつつ、

 

「はい。『神の去った地』とも呼ばれていますね」

 

そう言った。あの風神が…あのバルバトスが理由もなくモンドを見放すとも思えない。まさか…などと考えていると、

 

「アガレス〜!」

 

と突如俺を呼ぶ聞き覚えのありすぎる声が聞こえたかと思うと、俺を背中からの衝撃が襲う。俺は突然の衝撃に思わず倒れかけるが……いやまて酒クッサ!!

 

「アガレスー会いたかったよぉー!」

 

「待て!誰だ!!」

 

会いたかった、とか言われてもよくわからないので俺は後ろに引っ付く酒呑みを引き剥がしてから空中に飛び上がり一回転して体をひねり地面に着地した。

 

そして俺の眼前には全身緑色の吟遊詩人風の少年がおりその服は兎も角、風貌には見覚えがあった。

 

「「………」」

 

目が合ったので。

 

「……」

 

「…!?」

 

そっと逸らす。

 

「なんで僕から目を逸らすのさ!」

 

バルバトスは引き剥がされたままの体制で器用に憤慨しているようだ。それを見て俺は物凄く大きい溜息をついた。

 

「はぁ…久し振りだな───バルバトス」

 

「うんっ、久し振りだね〜アガレス」

 

再び緑色の少年───バルバトスが俺に抱き着いてくる。正直鬱陶しいし酒臭いが、なんだかんだ旧友との再会に心を熱くせずにはいられなかったのだった。




アルバート、まさかのバーバラファンクラブならぬノエルファンクラブを立ち上げる()

これによってアルバート、ストップ!のデイリーの内容が変わってきますね。

追記 : 描写を増やしてたら文字数がッ!!

人類が、増えすぎた文字数を宇宙に移民させるようになって既に半世紀…(?)


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第4話 ツケの支払い

時間があったもので…。

そういやネタバレ注意です。いやほんとまじで気を付けてください。


「ところでバルバトス、内密な話ができる場所はないか?」

 

開口一番、俺はバルバトスにそう問うた。バルバトスはうーん、と唸った後、

 

「やっぱり『エンジェルズシェア』かなー、あそこ、秘密は絶対守ってくれるからね」

 

ただ、とバルバトスは若干涙目になりつつ続けた。

 

「ツケが溜まって大変なんだ…!アガレス、払ってくれない?」

 

その言葉を聞いた俺は思わずコケるところだった。

 

「…この…お前ってやつは…っ!」

 

なんか神ってなんでこう金銭感覚がおかしいんだろうか…と心のなかで嘆きまくる。バルバトスもモラクスも金銭感覚バグってるぞ、間違いなくな。俺…?俺は別だぞ!

 

さて、旧友との再会で少し忘れていたことを思い出した俺はノエルを見やる。

 

「ノエルは先に帰っていてくれないか?」

 

「え、何故でしょうか…」

 

首を傾げて不思議そうにするノエルに俺は理由を告げる。

 

「久しぶりに旧友と再会出来たんだ。少し…二人で話をしたい。それと、今から少し金を集めに行く。危険だから訓練をする前はまだ残っていてほしいんだ」

 

理由を告げるとノエルは若干不服そうだったが、

 

「…わかりました。アガレスさま、気をつけてくださいね」

 

そう言って納得してくれたようだったので俺は礼を言った。ノエルは去り際に、軽く俺に手を振ってくれたので、手を振り返した。

 

さて。

 

「『蔵金の花』を探さなきゃな」

 

俺は口元に手を当ててそう呟く。

 

昔はこう見えて『蔵金の花』でモラを集めていたのだ。その様子を見ていた人間達から、当時は『金欠神』なんて呼ばれていたりしたが…今度こそ…今度こそ俺は無限の富を手に入れるんだ!!

 

「アガレス、目が怖いよ?」

 

俺のことを金欠にさせた一端を担っていたうちの一人が俺にそんなことを言う。

 

誰のせいだと思っているのだろうか?どうやらお灸を据える必要があるらしい。

 

俺は低い声で、

 

「丁度いい…お前も昔、俺のことを『金欠神』なんて呼んでたよな…手伝え」

 

そう言いながらだらだらと冷や汗を流すバルバトスの首根っこを掴み、路地裏へと移動してから風元素で飛び上がるのだった。

 

 

 

さて、清泉町の近くにある七天神像が見える辺りに『蔵金の花』がある証である金色のもやがあるのを発見したので俺はバルバトスと共にそこへ降り立った。

 

ただ地脈の影響なのか茨が生えていた。茨の針は大きく、稀に服を引っ掛けたまま魔物に攻撃されたことであわや大惨事に…なんてことになりかねない場合がある。

 

俺は少し考え、

 

「茨があるな…先に燃やしておくか」

 

そう結論を下した。俺はそのままバルバトスと共に茨のある位置から少し離れて炎元素で茨を燃やす。少しすると周囲の草原と共に茨は燃えカスになった。

 

これで茨に邪魔される心配はなくなるだろう。燃えてしまった周囲の草原も少しすれば地脈が癒やしてくれるはずだ。

 

「さて、始めようか」

 

俺が茨のあった場所を超えて金色のもやに近付くと、雷スライム数匹とトリックフラワー・炎が出現した。

 

金色のもやとか水色のもやとかがある所には近付いてはならない、というのが昔からの人間たちの間での原則だった。

 

もやを見つけたら即退散、然るべき国の機関に報告し対処するというのが昔の常識だった。先程のようにもやに近付くと複数の魔物が現れるため、安全保障上の観点からそのような対処法が取られていたのをなんとなく思い出す。

 

「───バルバトス」

 

「はいはい。風だー!」

 

バルバトスのダ◯ソン…じゃなかった、吸引力の変わらない、ただ一つの元素爆発(?)だな。周囲の魔物を飲み込む寸前に、俺は両方に有効な元素である氷元素をトリックフラワー・炎に付着させてから蹴り飛ばし、バルバトスの風元素と合わせて先に拡散反応を起こさせる。

 

次に雷スライムが風の中に吸い込まれていき、やがて超伝導反応によって破裂した。ただ、トリックフラワー・炎はそれだけではまだ倒せないので俺は雷元素で攻撃して同様に超伝導反応で倒した。

 

これで終わり、かと思いきや増援がやって来る気配がした。

 

「…ふむ、第二波か」

 

そうしてやって来た第二波は雷スライムの巨大化バージョン、そしてまたトリックフラワー・炎もいる。俺は折角なので、と刀を取り出す。

 

「久しぶりに見るなあ、君の剣技」

 

バルバトスが俺が取り出した刀を見て暢気にそう呟く。俺はチラッと嬉しそうにしているバルバトスを一瞥してから居合の姿勢で固まり、神経を研ぎ澄ます。周囲の余分な情報を遮断し、敵の気配のみに集中する。

 

久し振りだからきちんと段階を踏んだが、この感じなら毎回やらなくても良さそうだ。

 

「氷斬」

 

雷スライ厶が射程圏内に入った瞬間、俺は刀を抜き放ち、氷元素を纏わせて一閃した。

 

雷スライムは超雷導を起こして再び破裂した。トリックフラワー・炎は力を溜めているようだったが流石に発動が遅すぎる。一挙に踏み込んで距離を詰め袈裟斬りにして一刀の下斬り伏せた。

 

うーん、なんだかんだ言って剣技という程のものは見せられなかったかな、なんて俺の心配とは裏腹にバルバトスは俺の刀をまじまじと見ながら、

 

「いつ見ても凄いね…稲妻の刀ってやつ」

 

そう言った。俺も釣られて自分で手に持つ刀をジッと見る。鮮やかな波紋、美しい反り…この素晴らしい一振りを造るために職人は文字通り心血を注ぐ。

 

剣は叩き斬ることを念頭に置いて進化していったのに対して、この刀は斬れ味に特化したものだ。それでいて芸術的なまでに美しく、かつてこの刀には付喪神が宿るとされていた。刀は信仰や力の象徴にもされるため稲妻では武家なんかで自身の力を誇示する目的で持っていたり、雷電将軍に献上したりもしていた。

 

兎にも角にも、『刀』と稲妻人は切っても切れない縁があるのである。逆に言えば人を斬る道具でも縁は切れない、とも言えるかもしれないな。

 

いや、これはこじつけか…。

 

ただバルバトスにそれを説明しても???の表情で見られるだけだろう。だから俺は、こと実用性の面だけを説明することにした。

 

「ああ、物を斬ることに関してはこの刀をおいて他に上はないだろう」

 

俺はヒュンヒュンと刀を振り回してから鞘にしまうようにして刀を消した。

 

「さてバルバトス」

 

俺がそう呼ぶといい加減我慢ならん、とばかりにバルバトスは頬を膨らませた。

 

「そのバルバトスってのやめてよ。今の僕はウェンティという名前のただの吟遊詩人さ」

 

ウェンティ、か。良い名前だが俺からすると違和感が物凄い。ただ身バレすると困る事情があるのだろう。

 

まぁ、数千年間バルバトスと呼んできたので心の中では今まで通りバルバトスと呼ぶことにした。間違いなくなわかり辛くなるだろうなぁ、と考えた俺ははぁ、と息を吐いて肩を竦めた。

 

「まぁいいさ。ウェンティ、これでお前の酒のツケを払ってやれる」

 

そう言いながら俺はもやがあった場所に生えてきた地脈の花を見やる。

 

地脈の花、つまり啓示の花でも蔵金の花でも、どちらにせよ受け取るには『天然樹脂』が必要だ。最大数は160で8分で1回復する。一度に報酬を受け取るのには20かかるが、幸い『天然樹脂』40を消費して2倍の報酬を受け取ることのできる時間短縮アイテムこと『濃縮樹脂』が所持最大数5個ある。ついでに『天然樹脂』60個分を即時に回復できる『脆弱樹脂』は数え切れないほどある。

 

まぁしばらく使ってもいなかったしなぁ、なんてぼんやり考えつつ飛んで喜ぶバルバトスを見た。

 

「ほんと!?やったー!」

 

「ただし」

 

俺は言いつつ、バルバトスの頭をガシッと掴む。彼が俺の顔を見て少し震えているのは気のせいではないだろう。

 

「俺がモンドにいる間は、酒を飲みすぎないようにしてやる。モラクスにも頼まれてるしな」

 

そう、彼の酒好きは神の間でも有名だ。璃月の岩神モラクスにも、こいつの酒好きをできる限りマシにしてほしいと頼まれている。

 

だがバルバトスは震えながらも抵抗する素振りを見せた。

 

「い、嫌だよ…僕が力に屈するとでも…?僕は自由の神…!この上なく自由に生きる義務が───」

 

「そんな義務などない!あともう少し回るが、その後『エンジェルズシェア』に案内しろ!」

 

俺はバルバトスの言葉に食い気味でそう言いながら頭を掴むのをやめ、しかし今度は首根っこを掴んで再びズルズルと引き摺っていくのだった。

 

 

 

あれから夜まで『蔵金の花』を巡り、モラをかなり稼ぐことができた。そして満を持してここ、『エンジェルズシェア』までやってきたのである。

 

俺はゴクリ、と生唾を飲み込みつつ扉を開いた。

 

「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」

 

バーテンダーの男がそう言ってくる。彼からは俺が引き摺っているバルバトスが見えないようだったので、引き止められる前に俺から言うことにした。

 

「その前に、少しいいだろうか?」

 

「なんでしょうか?」

 

店のバーテンダー───チャールズというらしい───がカクテルを作りながらこちらをチラリと見やる。俺はバルバトスをそのまま持ち上げ、チャールズに見せた。

 

彼が驚くのを見つつ頭を深く下げる。

 

「この吟遊詩人が今まですまなかった。これは今までの代金と、今回飲む分のモラだ。若干の利子もつけてある」

 

俺はモラがずっしりと入った袋を差し出した。それを見たチャールズは急いでカクテルを作り終わり、配膳してから袋の中身を確認していたが、やがて顔を上げた。

 

「丁度です。利子に関しても言うことはありませんが…」

 

「なに、迷惑料だ」

 

言いながら、俺はバルバトスにゲンコツを落とした。落とされた当人は、というと涙目になりつつプクッと頬を膨らませていたが何も言わない。言ったら勿論もう一発だということをわかっているらしい。

 

「ではご注文は」

 

最大の峠を越えたのであとは注文だ。ただ俺は酒が飲めないので酒場で頼めるようなものはない…と考えていたのだが面白いものを見つけた。

 

「そうだな…ほう、ググプラムのジュース?これは美味しそうだ。これを一つくれ」

 

ググプラムのジュースを発見したのでそれを頼んだ。面白い着眼点だが昔ググプラムで同じことをしようとして失敗していた奴がいたな。それがどうなっているか…見ものだな。

 

「かしこまりました」

 

「じゃあ僕はー、りんご酒が欲しいなぁー」

 

チャールズの声に被せて、バルバトスはそんなことを言う。また酒を飲む気か?なんて思ったが先程今回飲む分の代金を渡していたのを思い出したので、

 

「一杯までなら許してやろう」

 

そう言った。するとバルバトスは水を得た魚のようにカウンターに手をつく。

 

「お許しを得ました!お願いします!」

 

「か、かしこまりました」

 

チャールズはバルバトスの剣幕に若干押されつつも然と返した。注文を終えた俺達は適当な席に着こうとして踵を返すと、

 

「お客様、内緒話でしたら、二階が宜しいかと」

 

チャールズのその言が聞こえた。俺はそんなチャールズをチラと見たが、特段変わった様子はなく至極真面目にせっせとググプラムジュースとりんご酒を作っている。恐らく、先程の言葉が聞こえたのは俺とバルバトスのみだろう。独特の発声方法で声を俺たちにだけ聞こえるように言ったのだとしたらこの店は中々面白いところだ。

 

俺は小声で彼に礼を言うと、2階へと上がる階段を登っていくのだった。

 

〜〜〜〜

 

「で、ウェンティ…いや、バルバトス」

 

アガレスが僕に向けて剣呑な視線を向けた。少しだけ寒気を感じ背中に嫌な汗が流れるのを感じつつ、僕はその恐怖心を流し込むようにりんご酒を流し込む。

 

「俺の名やカーンルイアについての歴史をほとんど見聞きしないのは何故だ?」

 

彼は大きい声を出していない。それどころかいつもと同じ落ち着き払った声だ。けれどその声は確かに静かな怒気を孕んでいて不思議と大きく聞こえた。僕はなんとかして恐怖心を抑え込んで、

 

「それについて、僕が説明できるのは少しだけなんだ、それでもいいかい?」

 

そう言った。それに対してアガレスが首肯くれたので、説明を始めるべく口を開く。

 

「500年前、君を犠牲にして『終焉』は確かに止まったんだ。けれど、僕達は君を失い『八神』から『七神』になった。僕らとしても、そっちのほうが都合がいいからね」

 

大まかに説明しすぎたかな、なんて思っていると彼は顎に手を当てて考え込むような仕草のまま呟く。

 

「…この世界に存在する元素は知られている中では7種類。確かに、『八神』とするよりかは『七神』のほうが都合が良いだろう。本来なら俺とて魔神戦争で滅んでいてもおかしくはなかったのだからな」

 

アガレスは若干自嘲気味にそう言う。僕は更に詳しい説明をする。

 

「それに、君は『呪い』に侵されていた。だから、魔神達の怨恨から開放するために、僕達は『元神アガレス』の記録を根こそぎ消したんだ」

 

人々の中にある記憶は記録が無くては次第に薄れてゆく。口伝という形で残ったとしても本来のアガレスを知る存在が少なくなれば地脈を通じて魔神達の怨恨がアガレスという存在そのものを取り巻くことは、少なくとも減るのではないか…と僕達は考えたのだ。

 

「そう、か…」

 

アガレスの剣呑だった雰囲気が幾らか和らいだため、思わずホッとしてしまう。

 

そんな僕の様子を知ってか知らずか、アガレスは自分の中で納得してくれたようだった。

 

「お前達の思惑はわかった。折角俺のイメージが0になったんだ。今くらい自分のために生きるさ」

 

500年前まで、彼は世界を守護するという目的のために行動してきた。そしてその任務を彼は見事に果たして見せ犠牲となった。

 

僕の…僕達の望んでいた答えはそれだよ、アガレス。

 

「うん、それがいい」

 

そう言って僕はにっこり微笑む。

 

それにしても〜、と僕はりんご酒の少なくなったグラスに頬をスリスリした。

 

「このりんご酒美味しいね〜」

 

「全く、お前は昔から酒が好きだな」

 

そんな僕を見たアガレスは苦笑しながらそう零した。彼はお酒を飲めない。匂いを嗅ぐのはある程度問題ないけど、少し飲んだだけで倒れちゃうからね。

 

僕は復活祝に、とばかりにりんご酒のグラスをアガレスの方へ差し出すと、

 

「久しぶりに挑戦してみる?」

 

とそう言った。アガレスは笑顔でそのグラスを僕の方へ差し出し返しながら「遠慮しておく」と良い笑顔で言われた。

 

「えー…ざんね~ん」

 

アガレスはそんな僕の呟きを軽く流すと、

 

「そういえば、ここのオーナーはディルック・ラグヴィンドというらしいな?」

 

そう言った。どうやら『エンジェルズシェア』のオーナーに関して興味を持っているみたいだ。

 

ディルックは確か、騎兵隊長だったけれど騎士団の腐敗に嫌気が差して今は旅をしているはず、ということを思い出して僕はアガレスにディルックの所在はわからないことを告げる。

 

「そうか。いつか会ってみたいもんだな」

 

するとアガレスは遠くを見てそう呟いた。僕はそんなアガレスを見て思い出したことを聞く。

 

「そういえばさ、じいさんには会った?」

 

僕がそう聞くとアガレスは少し考え込む素振りを───見せず、

 

「じいさん…モラクスか。いや、まだ会っていない。そもそも復活したのは昨日ってか、今日?とかだしな…ん?待てよ、お前も───」

 

首を振りながらそう言った。ついでとばかりに失礼なことを言われそうだったので、

 

「それは言わないお約束だよ、アガレス」

 

そう食い気味で言っておいた。それはさておきまだじいさんに会っていないならきっとあの二人にも会ってないんだろうなぁ、と考えて、

 

「バアルとバアルゼブルにもまだ会ってないんだね、その調子だと」

 

そう聞いた。ただ、言われた当のアガレスは苦笑していた。

 

「あー、まぁな…」

 

苦笑していた理由を問い掛けるとアガレスは頬をポリポリと掻きながら、

 

「眞と影に会うにしても、もう少しこの世界を見て回ってからにしたい」

 

そう言った。この世界を見て回る、か。そうは言ってもねぇ、と僕は意味深にアガレスを見る。見られたアガレスはというと目を丸くして僕を見つめ返す。

 

取り敢えず稲妻の現状だけでも伝えておこうかな、なんて考えて、

 

「それなんだけどね、稲妻は今訳あって鎖国中なんだ」

 

そう言った。アガレスは驚いたような顔をして若干前のめりになりながら理由を食い気味に聞いてくる。僕は少し溜息を吐きながら詳しくは知らないことを前置きしつつ、

 

「『ファデュイ』がなんかやらかしてるみたいだよ。斯くいうモンドも圧力かけられてるし」

 

本当は戦争になりそうなんだけど…これを言うとアガレスは間違いなく今すぐ稲妻へ向かってしまうだろうし伏せておくことにした。

 

「なるほど…全く、彼女は何を考えているのやら」

 

彼女、とは恐らく氷神のことでアガレスは氷神の思考を推測しているようだった。そんな彼に向けて僕はもう一つの懸念事項を告げる。

 

「それと、『アビス』も最近、行動が活発になってる。その所為でヒルチャールが人里に近づいてきてるんだ」

 

500年前現れた『アビス』の怪物達で構成されている全貌が謎に包まれた組織『アビス教団』、そしてヒルチャールは教団の怪物に操られる人型の魔物だ。

 

「ヒルチャール…ああ、あの人型の魔物か」

 

僕の情報を聞いたアガレスは思い出すようにして呟いた。僕はそんな彼の様子に疑問を覚え、

 

「あれ、アガレスは見たことなかったっけ?」

 

と聞いた。ヒルチャールが出現したのは1000年以上前のはずだけど…と付け加えるがアガレスは首を横に振った。

 

「うーん…俺は見たことない気がするな。見ていたら覚えているはずだし…」

 

それもそうだよね、なんて考えつつちょっと論理の飛躍が過ぎる推測をアガレスに告げた。

 

「妙だね、もしかして君、記憶を消されてるんじゃないかな?」

 

言われたアガレスは首を横に振りつつもその可能性もあるか…?なんて呟いていた。

 

「…いや、『摩耗』による魂の剥離が原因の記憶障害かもしれない。それにしては妙だけどな。まぁ日常生活に支障がないなら大丈夫だろう、多分な」

 

アガレスのそんな楽観的な言葉に僕は苦笑した。

 

「自分のために生きるのに記憶が欠けてちゃ問題があるんじゃないかな…?」

 

僕の言葉に対してアガレスは尚も楽観的に微笑みながら、

 

「ま、今の今まで問題はなかったからな。別にいいだろう」

 

そう言った。そのままさて、と言って彼は席を立つ。僕は首を傾げながら、何処へ行くのかを聞く。するとアガレスは、

 

「ああ、騎士団本部へ行こうと思ってな」

 

そう言った。騎士団本部?何故?と首を傾げているとフッ、と彼は笑いながら、

 

「寝床を提供してもらいに行く」

 

と言った。思わず僕は引かずにはいられなかったのだが、僕が引いているのを感じ取ったらしくアガレスは若干慌てたように言い訳を始めた。

 

「いや、別に寝床を持ってないわけじゃないぞ?仙人に昔貰った『塵歌壺』はあるが、あの感覚は未だに慣れないんだ。だから騎士団に提供してもらおうと思ってるだけだぞ?決して寝床がないわけでは……」

 

冷や汗を浮かべて言い訳をするアガレスが若干可哀想に見えてきたのでフォローを入れておくことにして口を開く。

 

「君は一応、旅人だからね。真摯に対応してくれるはずだよ」

 

そうか、とアガレスは安心したように言い小さい声で「あぶねぇ…」と呟いたのを僕は聞き逃さなかった。

 

最後までなんだか締まらないなぁなんて思いつつアガレスを見送る。一階へ続く階段へ差し掛かったときアガレスは僕を見ながら、

 

「じゃあ、またな。バルバトス」

 

とそう言って階段を降りていった。一人になった席で僕は旧友との再会を噛み締め、

 

「僕はウェンティだよ。今はね」

 

と独り言を呟きながらりんご酒を一気に飲み干すのだった。




誤字がないかほんとに気をつけないと…前話で『エンジェルズシェア』が変換ミスって『エンジェルシェア』になってたのをちゃんと修正しましたので…!まじで気をつけます…!

追記 : 文章の書き直しに当たって一つ説明というかオリ設定を。

・地脈の花を得られるもやに一般人が近付いてはならない。

というものに関してですね。原作のゲームだと挑戦開始のボタンがありますがそれをどうやってるのか、なんて思ったんですがその描写が一つもないのでもやに近付いたら魔物が出るっていう設定になってます。

ついでに一般ピーポーの方々が近付くと危険なので、じゃあそれの対処法を…って考えるとあんな感じかなぁ、となりましたね、はい。

これからも多少オリ設定出てきたり増えたりすると思いますが付き合って下されば幸いでございます。


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第5話 訓練しようと思ったのに…

今回とある方が登場しますが、口調がわからないので適当ですごめんなさい


翌日、俺は騎士団本部の前に立っていた。

 

「あっ、アガレスさま!」

 

そう、ノエルを待っていたのである。バルバトスと酒場で話をしたあと、結局騎士団の宿舎を貸してもらい、その部屋で寝たのだ。

 

んで、今日になって支度をして騎士団本部で彼女を待っていたのだ。

 

「おはよう、ノエル」

 

「はいっ、おはようございます、アガレスさま!」

 

ノエルの満面の笑みに、なんだか凄く嬉しそうだな、なんて感想を漏らす。

 

「さて、いよいよ今日から訓練だな」

 

俺は腰に手を当てながら少し気合を入れつつそう言った。

 

昨日のうちに、ジンに聞けることは聞いておいた。まず訓練場だが、広いほうが良かったので騎士団本部横の訓練場はやめ、風立ちの地にある平地で訓練することとした。承認ももちろん貰ってある。

 

問題は、だ。

 

「雨が降ってるんだよなぁ…珍しい」

 

そう、雨が降っているのだ。モンドでは常に風が吹いている関係上、纏まった雨が降るのはあまりない。とはいえ、降るときはしっかり降るが。

 

いやはやしかし、なんだか嫌な予感がするな。モンドで雨が降るときは碌なことがない。主観だがな。

 

「一先ず、風立ちの地に行こうか。訓練場だけ見に、な」

 

「はい!」

 

俺はとあることを思いついたので岩元素で傘を作って持つ。ちなみに、常人ではとても持てない重さだ。

 

「ノエル、この傘持ってみるか?」

 

「え、あ、はい!おまかせください!」

 

俺は何があってもいいように身構えつつ傘を渡した。

 

「わわっ、結構重い傘なんですね。よいしょ…」

 

ノエルは手を伸ばし、俺の身長に合わせて傘をさしてくれる。俺はその様子に思わず目を剥いた。

 

「…ありがとう、十分だ」

 

「ふぇ…?は、はい。お役に立てて光栄です!」

 

俺は先程の事象を顎に手を当て考える。

 

一体全体どういうことだ?常人には到底持てるはずないんだが…いや、常人でない可能性のほうが高い、か。それか普通に鍛えに鍛えてああなったのか。うん、多分後者だな。

 

そう、思いついたこととは、ノエルの力がどれくらいなのかを試す、である。初めて見た時、彼女はかなり大きめの片手剣を自由自在とはいかないまでも振り回していた。そしてあの剣自体かなり重い。だからこそ、こういう方法で彼女の腕力を試したわけだが、正直言って予想以上だ。

 

「よし、行こう」

 

俺は考えるのをやめ、ノエルから傘を返してもらうと相合傘のようにして移動を開始するのだった。

 

 

 

結局、風立ちの地まで行くことはできなかった。門が閉まっていたのである。普段は活気に包まれている街だが雨のせいなのか、それとも門が閉まっていることと関係があるのか、いずれにせよ活気は皆無だった。

 

加えて、門の付近には西風騎士達。騎兵隊長ガイア・アルベリヒや副団長兼代理団長ジン・グンヒルド、あとはジンに聞いた図書館司書のリサ・ミンツや偵察騎士のアンバー、いるのは珍しいらしい遊撃小隊隊長エウルア・ローレンスに加えつい先日入隊したばかりだという調査小隊長アルベドなんかが集まっている。

 

勢揃いだなぁ、なんて場違いな感想を持ちつつ俺は周囲にいる西風騎士達の会話に聞き耳を立てる。

 

「だ、団長さま!?それに、みなさまも…!!」

 

ノエルが傘から出てとてとてと走っていく。主要なメンツの視線がノエル、そして俺へと移っていた。

 

俺はその視線を無視して聞き耳を立ててようやくある程度の状況を把握することができた。

 

「ああ、ノエル。実は今危険な状態なんだ」

 

少し遠くでノエルにジンがそう告げている。結構切羽詰まっている様子だ。

 

「何があった?」

 

西風騎士団ほぼ全員出陣するなんて余程大事だろう。ヒルチャールやアビスの魔術師だけなら、ここまで大規模に人を集める必要はないはずだしな、と俺は考えそう聞いた。勿論、その理由もある程度は把握している。答え合わせのようなものだ。

 

しかし、ジンは俺に答えていいものか、と首を捻っている。周囲のモンド城の住民達に配慮しているものと思われるが…。

 

俺はそのままジンに近づいて耳打ちした。

 

「まさかとは思うが、ファデュイの執行官『博士』が撃退したという魔龍ウルサが回帰したか?」

 

ジンは驚いたような顔をしてからコクリと頷いた。ジンが俺を見ながら何故知っているのかを問いただそうとしたのだが、

 

「何故、あなたがそれを知っているのかしら?異邦人」

 

俺を咎めるような言葉が先に聞こえてきたためジンは静かになり声の主のいる方向を見る。割って入ってきたのは蒼色の頭髪を持つ長身の女性、エウルア・ローレンスだ。

 

「考えればすぐにわかることだろう?」

 

そう、わかることではある。聞き耳というちょっとしたズルはしたがな。

 

俺の言葉にエウルアは更に疑いの目を向ける。

 

「一般人、それも異邦人にはすぐに辿り着ける答えではないと思うのだけれど?あなた、一体何者なの?」

 

「エウルア…」

 

そんなエウルアをジンが止めようとするが、俺はそれを目で制して言葉を返した。

 

「…ローレンス家は太古の昔、大罪を犯した。そして反逆され、没落した。モンドの人々はローレンス家の悪行を忘れたことはなく、此度の騒動もお前達のせいにされたりするかもな。そうはならなくても、どこかで噂にはなるだろう」

 

エウルアが眉をピクリと動かしたが構わず俺は続けた。

 

「そしてそれはきっとエウルア、君にも伝染し、その立場を危うくするだろう。ノエルやジンから君の素晴らしさは聞いているから、俺は惑わされはしないが…果たして住民達はどうだ?」

 

周囲は雨音のみが響き渡っている。誰も話さず、沈黙だけが漂っている。

 

「『無知とは罪なり』、なんて言葉がある。つまり、エウルアのことを知らず、『エウルア』としてではなく『ローレンス』として見られてしまうからこういうことが起きる」

 

「…何が言いたいわけ?」

 

俺はノエルの手を取り、風元素で浮き上がる。

 

「君はまだ俺のことを知らない。だから疑い、貶す。今から───」

 

俺はノエルを落とさないように横抱きにすると更に高く飛び上がった。

 

「───俺が何者なのか、モンドに仇成す存在かどうか、それを証明してみせよう!どう判断するかは君達に任せる!」

 

面倒臭くなったのでそう言って俺は城壁を越え、魔龍ウルサがいると思われる場所まで飛んでゆくのだった。

 

〜〜〜〜

 

「……」

 

「行ってしまったな、彼は」

 

「ジンさん、大丈夫なんですか?ノエルも連れてかれちゃいましたけど…」

 

アンバーが濡れているリボンをぴょこぴょこと動かして心配の言葉を口にする。ジンは真顔でアガレス達の飛んでいった方向を見上げていた。

 

一瞬の後、わなわなと震えていたエウルアがアンバーに同調しながら、

 

「何よあいつ…私のことを散々言ったわね…この恨み、覚えておくわ…!」

 

とそう言った。エウルアが恨み言を口にしている最中、逆にアルベドはアガレスに対し好意的な言葉を口にした。

 

「ボクとしては、彼に興味があるかな。全元素を扱える生物…うん、新たな研究のネタになるだろうね」

 

「ッハハ、アルベドはいつもそういうことを言うなぁ」

 

アルベドのその言葉にガイアが苦笑しながら返す。そんな

 

弛緩した空気をジンがパンッと手を叩いて再び引き締めた。

 

「皆、魔龍が近付いている…!気を抜きすぎるのは…」

 

ジンの言葉を遮ってリサが口を開いた。

 

「あら?でも、今のうちに気を抜いておかないとあとで気を抜けなくなったときに困るわよ?ジン、あなたはもう少し、気を抜くということを覚えてもいいと思うわ」

 

リサの一言でジンは口を塞いで黙りこくる。リサは飛んでいったアガレスのいるであろう方向をキッと見据えて呟く。

 

「あの人がアガレスね。凄い元素の奔流を感じたわ…正直言って危険だと思えるわね」

 

西風騎士の一部はリサの言葉に同調し頷いていた。しかし、

 

「こうは考えられないかな?」

 

ここでアルベドが再び声を上げる。

 

「彼は強い。ここにいるボク達が束になっても、恐らく敵わないだろう。そういう彼とは違って、ボク達が魔龍ウルサと戦えば、必ず犠牲が出る」

 

それに、とアルベドは続けた。

 

「魔龍ウルサは『ファデュイ』の執行官、『博士』が撃退したからね。彼がせっかく撃退したものを西風騎士団が倒したとあっては、彼らも納得できない。けれど、旅の者が倒した、いや、倒してしまったのならば彼らも口出しができないだろう」

 

「政治的要因に加えて我々の犠牲も心配してくれている、ということか?」

 

ジンのアルベドの発言を纏めたこの言葉に、アルベドは頷いた。

 

「そうだね。そして彼はそれを考えた上であの行動に出た。エウルア、君に疑念を、嫌悪感を抱かせてまでね」

 

エウルアは一瞬ハッとしたような表情になったが、すぐにふいっと顔を背けた。アルベドは更に続けつつ目を瞑る。

 

「加えて…禁書庫エリアに彼の名前が乗っている本を幾つか見つけてね。その本の記述に差異はあれど、民と世界を守護する存在として伝わっているみたいだ」

 

閉じていた目を開けたアルベドは、

 

「もし本当に彼がその口伝の存在と同一なら…ボクは彼を信用に値する人物だと思うよ。皆、どうかな?」

 

そう言った。エウルアは若干不満そうだったが、アルベドの言うことも尤もであるため、首肯く。

 

「彼を信じて待とう。万が一彼がしくじればその時は我々の出番だ!」

 

ジンは不安そうな表情の西風騎士達を鼓舞するように右手を振り上げた。それに呼応し西風騎士団が声を上げた。

 

「士気はこれで問題ない。あとの心配事は連れて行かれたノエルがどうなるか…」

 

「私が見てきますか?」

 

アンバーはノエルの友達だ。幼いながら、偵察騎士としての能力は高い。だが、彼女一人で魔龍ウルサとの死闘をするであろう場所に行かせることはジンにはできなかった。で、あるならば、一人で行かせなければいいのだ。

 

「皆の者!あの異邦人は、我々のために戦うと言った!」

 

ジンは声を上げる。最早、ここに留まってはいられない、というふうに。

 

「あらあら…言ってないわよね…」 

 

というリサの呟きを意にも介さず、ジンは続けた。

 

「だが、彼だけに任せていては、騎士の名折れ…!私と共に魔龍ウルサを討伐せんとする者は、我が下に集え!」

 

ジンが剣を抜き放ち、天へ掲げる。西風騎士達は初めは戸惑っていたものの、徐々にその剣を掲げ、恭順の意を示した。

 

ジンは事前に西風騎士の数名をモンド城に残しているため、全員ついてきたとしても問題はなかった。

 

「門を開け!前進せよ!あの異邦人と共に邪竜を討伐するのだ!」

 

「「「応!!」」」

 

西風騎士達は門が開くや否やモンド城を走って出ていった。その様子を見てガイアは、

 

「やれやれ、また面倒事に巻き込まれちまったぜ」

 

「ガイア先輩、ノエルは大丈夫なんですか…?」

 

アンバーが不安そうに答えるのをガイアは彼女の頭に手を置き、安心させるように言った。

 

「ああ、心配ないぜ?なにせ、アガレスってやつは自分の仲間は大切にするタイプのやつだからな」

 

ガイアはそう言って少し笑いながら肩を竦めるのだった。

 

 

 

「───執行官様…」

 

暗闇の中、ファデュイのデットエージェントが跪きながら声を上げる。

 

「話せ」

 

「ハッ…どうやら、撃退したはずの『魔龍ウルサ』が暴走し、こちらへ向かっている模様です」

 

さしもの執行官もこれには驚きを禁じ得ず、座っている椅子から腰を浮かした。

 

「私がわざわざ打ち負かし、不可侵を取り付けたあの害獣がまた侵攻してくるだと?寝言は寝て言え」

 

「しかし、西風騎士団のほとんどが出払っており、信憑性は高いかと…」

 

「ああ、私が悪かったのだ。害獣が一度負かした程度で本能に勝てるわけがなかったのだ。いや、いやいやいや否、丁度良い!」

 

デットエージェントはまたか、と思いつつもそのまま跪いていた。執行官は既に彼の存在など忘れ去っている。

 

「ちょーうど研究対象が欲しかったところだ!あの害獣を今度こそは殺してしまおう…!」

 

ゲーテホテルの一角で、ただただ狂ったような哄笑が響き、はぁと溜息をつく部下はキビキビとその更に下の部下に命令を下し始めるのだった。




執行官の口調ってやつぁわからねぇ…。

というわけで『博士』が撃退したはずの魔龍ウルサが襲来…どうしてですかね…?

後書き追記:何故第四話の次が第四話だったんだろう。自分でもわかんない…というわけで、ばっちり修正させていただきやした


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第6話 魔龍ウルサの討伐

恐らく今日最後の投稿ですどうも。最後だけあって少し長めですね


「───ノエル、離れたところから見ていてくれ」

 

俺は大剣を取り出しながら後ろで緊張した様子のノエルにそう言った。俺達の眼前には荒ぶる魔龍が存在しており、威嚇のためか喉を鳴らしている。

 

「大剣の扱い方をしっかり見せてやろう」

 

そう言いながら俺が地を蹴ると同時に魔龍ウルサも咆哮を上げながら突進して来るのだった。

 

 

 

時は少し遡り、モンド城付近上空。

 

「寒くないか?」

 

俺は今ノエルを横抱きに抱えたまま空を飛んでいる。そのため勿論地上よりかは温度が低い。しかもノエルは薄着なのでもしかしたら寒いかな、なんて考えてそう聞いたのだが、

 

「い、いえ、大丈夫です!アガレスさまが炎元素で温めてくださっているので…」

 

ノエルの言葉が虚勢でなければ案外大丈夫そうだ。

 

とはいえ、今は雨が降っているし尚の事体温が奪われるだろう。だから飛びつつも雨を風元素で防ぎつつ、炎元素で暖を取っている、という感じだ。上空100mほどを飛んでいるので、普通にしているとやはり少し風もあって寒いからな。

 

そういうわけで、この飛び方が一番最適だと思う。

 

「ん、あれか…?」

 

ドラゴンスパイン付近の森に禍々しい気配がある。木々が現在進行系で薙ぎ倒されているのが見て取れるので、恐らく魔龍はあそこにいるのだろう。

 

「ノエル、降りるぞ。しっかり捕まっていてくれ」

 

「はい、アガレスさま!」

 

俺は風元素を何段階にも重ねがけし、落下の衝撃を完全に殺して着地した。降り立った辺りは平地になっており、草原が広がっている。

 

そのまま俺が真正面を見ると、少し離れた所の木々がメキメキと音を立てながら倒れてゆく。木々の合間からは、黒い体躯と禍々しいオーラが見て取れた。

 

どうやらビンゴらしいがノエルをこのままにしておくわけにはいかないだろう。俺はノエルを見ずに大きめの声を出す。

 

「ノエルは木の下にいるといい。ただ、戦闘の余波があるだろうし、木の裏に隠れておいてくれ」

 

俺の言葉にノエルが首肯いたのがわかったが、ノエルはそのまま適当な木を見つけて向かう。向かいながら、

 

「アガレスさま…だ、大丈夫なんですか…?」

 

ノエルは心配そうに俺にそう聞いた。しかし言っている間に、俺の真正面にあった木々を薙ぎ倒して遂に禍々しい黒龍が姿を現した。

 

「っ…あれは…ッ」

 

魔龍の首筋にはこれまた禍々しい水晶のようなものがついている。ノエルもそれに気が付いたらしく指を差しながら俺に向け叫ぶように言った。

 

「アガレスさま!あれは…!?」

 

俺はアレを見たことがある。かつて『終焉』を止めるためにモンドを通りがかった際に見たものだ。

 

「……毒龍ドゥリンの毒血だ」

 

「ドゥリンって…逸話にあるあの、でしょうか…?」

 

俺は魔龍───ウルサの動向を注意深く見つつノエルの切羽詰まった声に対して冷静に首肯く。

 

しかし、何故毒龍ドゥリンの血液が魔龍ウルサに付着して、或いは侵食しているのだろうか?

 

考えられるとすればやはり…。

 

「『アビス教団』か…」

 

あの連中は500年前に生まれたらしいし、あの大災厄『終焉』と間違いなく関係があるのだろう。

 

「まぁいい…今はこいつの始末をつけねばな」

 

俺は考えることを後回しにして大剣を取り出しつつ戦闘準備を整え、後ろにいるノエルに告げる。

 

「…ノエル、離れたところから見ていてくれ」

 

魔龍ウルサはグルグルと威嚇するように喉を鳴らしている。俺は取り出した大剣を自然体で後ろ向きに構え、脇構えをした。

 

「大剣の扱い方をしっかり見せてやろう」

 

俺は初めに地を蹴る。魔龍ウルサは俺に交戦の意思があるとわかったためか突進してくる。魔龍ウルサの体躯はかなり大きいため、その分重いだろう。体躯の大きさとそれに伴う超重量はそれだけで武器になり得る。

 

つまり、魔龍ウルサは本能に従って戦ってはいるが、戦闘技能を全て失っているわけではないようだ。或いは、ドゥリンの血液がなにか関係しているのか。まぁ本能だけなら俺を前にして逃げないはずはないけどな。

 

 

俺は突進を左に飛んで躱し、その直後に振るわれた右腕を大剣で受け止めつつ後ろに飛んで衝撃を逃した。

 

思っていたほど力は強くないが、逆に思っていたよりも素早い。

 

「ガァッ!!」

 

と観察していると、魔龍ウルサが短く咆哮を上げた。かと思えば俺の目と鼻の先に突如大きく開いた口が出現していた。確かに奇襲としては上出来と言えるだろうが、目眩ましや気を逸らすのが下手なようだ。

 

俺は魔龍ウルサの行動を完璧に捉えていたが敢えてそのまま飲み込まれる。だが口を閉じる途中で不自然にその動きが止まり、魔龍ウルサはくぐもった呻き声のような声を上げた。

 

「ガ…ガァ…!ガルルルゥ…!!」

 

俺は今、勿論魔龍ウルサの口の中にいる。しかし、口が閉じられることはない。俺の頭から魔龍ウルサの血液がかかり、真っ赤に染まっている。大剣が魔龍ウルサの上顎に突き刺さり、下顎も大剣によって止められていた。無理矢理閉じようとすれば大剣は更に深々と突き刺さることだろう。

 

ただ、俺は口の中で少しだけ文句を言う。

 

「全く…これじゃあ大剣の戦いを見せられないじゃないか」

 

まぁまた今度それはヒルチャール相手にでも見せることにすればいいだろう。

 

「モンドの危機を取り除くほうが先だよ、な!」

 

俺は雷元素を大剣に纏わせ、止めていた上顎に一挙に大剣を突き刺してから、無理矢理振り下ろした。

 

「雷斬」

 

頭が割れ、脳漿や何らかの体液に加え血液が大量に俺の体にかかるが、全て風元素で吹き飛ばしたため風呂から上がったかのようにピカピカである。魔龍ウルサが不死身とかでもない限り討伐することはできただろう。

 

「うえっ…」

 

だがよりにもよって口が閉じてしまったため出るのが少し大変になってしまった。面倒臭いので俺は法器を取り出すと、岩元素で岩を生成してまずは下顎を突き破る。そしてそのまま岩を伸ばして上顎を上げた。

 

そのまま俺は大剣に持ち替えてから外に出た。

 

「ふぅ…シャバの空気はうまいぜ…」

 

なんて冗談を言いつつ大きく息を吸って深呼吸した。うん、真面目に美味しい空気だな。

 

「あ、アガレスさま!!」

 

なんて呑気にしていると木陰で見ているようにといったはずのノエルが近くにいた。まだ危険があるかもしれないから離れていてほしい、と言おうとしたところでノエルが俺をギュッと抱き締めた。

 

「ノエル…?」

 

「アガレスさま…!心配、したんですよ…!!」

 

そのまま俺に抱き着いて泣き始めてしまった。俺はどうすることもできず、その場に立ち尽くすのみだったが取り敢えず頭は撫でておいた。

 

 

 

それからしばらくして、西風騎士団がやってきた。

 

「アガレス殿!無事か!!」

 

ジンが走りながら言ってくれるので軽く手を振って答える。俺は今ノエルが隠れていた木陰に座って泣き疲れて眠ってしまった彼女に膝枕をしている。ちなみに、雨は少し前に止んで今は太陽の温かい日差しが差し込んでいる。

 

ジンが再び叫ぼうとしたのを人差し指を唇に当ててしーっと言って止めつつ、魔龍ウルサの残骸を指さした。

 

「まさか…これは君が?」

 

ジンは驚いたように魔龍ウルサの残骸に目を向けるとその後俺を見て言った。俺はその言葉に苦笑しつつ、

 

「そりゃそうだろ、他に誰がやるんだ?」

 

そう言った。

 

念の為西風騎士団の誰かが到着するまで待っていたのだが、本当はすぐに焼却処分してしまいたかった。理由は単純で、『ファデュイ』に…それこそ『博士』に利用されると面倒臭そうだからである。

 

ただ幸運なことに西風騎士団、それもジンが先に到着してくれたのでやりたいことが出来そうである。俺は率いてきた西風騎士団に周囲の警戒や調査を命じるジンを呼び止めると、

 

「ジン、この魔龍の死体なんだが、検分が済んだら燃やしてしまってもいいか?」

 

そう問いかけた。ジンは首を傾げながらも了承しつつ疑問を口にした。

 

「ああ、構わないが…なんでまたそんなことを?」

 

ジンの言葉に対して俺は理由が2つあることを示してから説明を始めた。

 

「理由の一つはこの魔龍ウルサが『博士』に討伐されたのに何故動いたかの説明に関わってくる」

 

「聞かせてくれ」

 

ジンは真剣な表情で俺を見ている。俺のことを信じて疑っていないようだが…人からの信頼というものはなんだかむず痒いな。

 

俺はノエルを無理のない体制で寝かせてから魔龍ウルサのうなじ辺りが見える位置まで移動した。

 

「まず、あそこを見てくれ」

 

俺はうなじに出ている水晶のようなものを指差す。それを見たジンは首を傾げたが、

 

「ふむ…アルベド!少しこちらへ来てくれないか!」

 

そう言って一人の青年を呼ぶ。呼ばれて来た青年はアルベドという、西風騎士団の調査小隊長だった。

 

「なにかな?」

 

アルベドは俺たちの見ている場所を見るなり微かに目を見開いた。

 

「あれは…毒龍ドゥリンの血液かい?」

 

俺はアルベドの言葉に首肯くことで肯定し、そのまま口を開く。

 

「魔龍ウルサはドラゴンスパイン方面から現れた。であれば、ドゥリンの血液だとそう考えるのが自然だろう」

 

そして、と俺は腕を組みながら更に続けた。

 

「この血液を利用したのは、恐らく『アビス教団』だ」

 

ジンの視線は厳しく、しかしアルベドの視線は興味なさげなものへと変わった。

 

「『アビス教団』…しかし、その目的は一体…」

 

「わからない。だが、碌でもない目的ではあるだろうな」

 

俺は少しズレた話を戻し、まとめを告げた。

 

「『アビス教団』によって『博士』が討伐した魔龍ウルサの死体がこうして利用された。二度目があっても不思議ではない」

 

「だから、燃やすわけか…」

 

俺の言葉にジンは得心がいったらしく顎に手を当てうんうんと首肯いていた。だが最初に言った通り理由はもう一つあるのである。

 

俺はそのままもう一つの理由を告げた。

 

「わざわざ『ファデュイ』がモンドに恩を売るために討伐したはずの魔龍ウルサが復活し、再びモンドを襲おうとしていたのを俺と騎士団で処理した。こうなれば、『ファデュイ』も、何より復活したメカニズムを知りたがるであろう『博士』も黙っているはずがない。既に『ファデュイ』のメンツは丸潰れだしな」

 

モンドの民は『博士』に感謝している様子だったから、それが復活したとあっては信用も失墜するだろう。そうでなくても裏の顔を見れば、大抵は彼らを毛嫌いするだろうが。

 

ジンは俺の言葉に対して、なるほどと一つ首肯くと、

 

「つまり…『ファデュイ』は魔龍ウルサの死体を引き渡すように言ってくる、ということか?」

 

大正解(予想)なので俺は首肯いた。

 

「魔龍とはいえその肉体は龍そのものだ。毒血に侵されていても利用価値は彼らにとっても高いはずだ。だから燃やしてしまいたい。言い訳は幾らでも思いつくしな」

 

俺の言葉にジンは完全に納得したらしく少し微笑むと、

 

「心得た。では早速検分を始めてくれ」

 

とそう言うのだった。

 

 

 

ジンはアルベドを検分に立ち会わせるためにここに待機させ、部下の西風騎士に被害状況の確認に向かわせていた。尚、他の一部をモンド城へと撤退させつつ、アンバーとエウルアにドラゴンスパインの調査を命じていた。

 

色々と向こうも大変そうだな、なんて思いつつ俺は魔龍ウルサに視線を向け、アルベドにも聞こえるように言う。

 

「さて、んじゃ検分を始めるが、俺は今回ある一点のみに焦点を当てて検分をする」

 

「ほう、興味深いね」

 

アルベドの言葉を軽く流した俺は尻尾の方へ周り、刀を取り出して尻尾を一刀両断して思わず呟く。

 

「ふむ…やはり、か」

 

両断された尻尾の断面からは禍々しい色の血液が流れ出してきている。やはり、ドゥリンの血液は薄くなりつつも全身に広がり、その怨念で魔龍ウルサの肉体を操っていたのだろう。

 

そしてドゥリンの血液の源が恐らくあの水晶、あれは多分血液の結晶体だろう。

 

まぁ魔龍ウルサを真に救うのなら水晶を壊すべきだったのだろうが、既に全身に毒龍ドゥリンの血液が回っていたのだ。多分水晶を破壊しても浄化には数百年単位の時間がかかるだろうし仕方がなかっただろう。

 

俺は全身隈なく調査をしてからアルベドに声をかけた。

 

「アルベドも検分するか?」

 

俺の問いかけに対しアルベドは首を横に振った。

 

「いいや、ボクは遠慮しておくよ。君以上の結果を出せる気もしないからね」

 

そのまま彼は踵を返すと歩いていく。しかし途中で立ち止まって首だけでこっちを見た。

 

「今度、君の研究をさせてほしいんだけどいいかな。君のその全元素を扱える体質に、興味があってね」

 

去り際に言うことがこれか、とは思いつつ俺としても気になるところなので首肯く。アルベドはそれに対して礼を告げると去って行った。

 

さて、アルベドが去って死体の周囲には誰もいない。ふぅ、と俺は緊張と共に息を吐き出した。

 

「途中で鎮火されても面倒だからな。一気に行くか」

 

一旦緩めた精神を再び引き締めてから、俺は炎元素を手を媒介にして生み出し、高温に保つ。俺の手に青い炎が纏わりつくように揺らめいている。少し熱いがまぁなんとでもなるはずだ。

 

俺がそのまま手を魔龍ウルサに向けて突き出すと、ゴウッ!と熱気とともに魔龍ウルサの死骸が物凄い勢いで燃え始めた。

 

「───わぁーあっつい!!これ、あなたがやったの?」

 

それを見たらしいアンバーが笑顔を浮かべながらこちらへやって来ていた。その後ろにはエウルアもいるが、相変わらずムスッとしているようだ。俺はそんな二人の真逆な表情に苦笑しつつ、

 

「ああ、炎元素を高温に保ってなおかつ空気が丁度いい具合に供給されてると青くなって高温になるんだ。昔発見して以来偶に重宝してる」

 

俺の言葉に対してアンバーは瞳を輝かせる。

 

「へぇ〜そうなんだ!すごい…!ねーエウルアー?」

 

そしてあろうことかエウルアに意見を求めていた。エウルアは驚いたように目を見開いていたが、

 

「え、ええ、まぁ中々やるじゃない!」

 

半ばヤケクソ気味にそう言って同調した。またつっけんどんな返しをされるのかと思っていたために少し意外だった。案外素直な性格なのかもしれない。

 

「ああ、ありがとう」

 

なんて考えをおくびにも出さず、俺は大人しくありがとうと返した。礼を言われた当のエウルアはふいっ、と顔を背けている。照れているのか、不快なのか推し量ることはできないが、アンバーが気にした様子はないので恐らく問題ないだろう。

 

「わたしはアンバー!あなたはアガレスって言う人だよね!」

 

そんな中、アンバーは微笑みながら俺に自己紹介をしてくる。確かに俺が一方的に彼女を知っているだけでちゃんとした会話はこれが初めてだった。

 

俺はアンバーの言葉に首肯きながらよろしく、と告げる。そんな俺の言葉にアンバーは嬉しそうに目を細めると、

 

「うん!これからよろしくね!!」

 

とそう言いつつ俺に手を差し出してきたため、俺も手を差し出しアンバーと握手をしてそのまま別れた。エウルアはなんだか『この恨み、覚えておくから…!』とかなんとか言っていたがいまいちよくわからない。

 

後で聞いた話だがエウルアの『この恨み、覚えておくわ!』シリーズは照れ隠しとからしいので心配する必要はないようだ。

 

ありがたいね。

 

 

 

さて、魔龍ウルサを燃やし始めてから数分もすると完全に灰すら残らず消滅した。俺は魔龍ウルサのいた場所を見据えて瞑目すると、

 

「気高き龍よ。次の生に幸多からんことを祈っている」

 

そう呟く。

 

俺は500年前、神としてこの世界の『終焉』を止めた。俺は満足のできる死に方をしたが、果たしてこの魔龍ウルサはどうだっただろうか?柄にもなく、そんなことを考えてしまった。

 

俺は魔龍ウルサの最期を見届け、ジン達の待つ場所まで戻って来ると、西風騎士達が整列しており敬礼して待ち構えていた。ノエルもいつの間にか起きており、整列している。

 

俺は驚きに身を染めつつジンの前までやって来た。するとジンが俺を見ながら微笑んで、そのまま口上を述べ始める。

 

「アガレス殿、改めて君に礼を言わせてくれ。本当にありがとう」

 

ジンはそのまま頭を下げる。そしてそれに倣って西風騎士達も一斉に頭を下げた。俺はポリポリと頬を掻きながら、

 

「…いや、その、なんだ…当然のことをしたまでだ、とでも言っておこう」

 

あまりに照れすぎてありきたりなことしか言えなかった。ジンはそんな俺の様子を見て少しだけ笑い、その後微笑みを携えたまま言った。

 

「此度の功績を称えて、アガレス殿…貴殿に『西風騎士団栄誉騎士』の称号を授ける。受け取ってはくれないだろうか?」

 

西風騎士の一人が俺に剣を持ってきた。『西風騎士団栄誉騎士』の紋章が刻まれた立派な剣である。俺は驚きつつも剣を然と受け取り、力強く告げる。

 

「謹んで拝命させていただこう」

 

斯くして、俺は『西風騎士団栄誉騎士』の称号を授かり、正式にモンドの一員となったのだった。

 

 

 

「───今日はすまなかったな、ノエル。訓練してやれなかったし、心配もかけた」

 

魔龍ウルサを討伐してモンド城に帰ってきていたノエルと俺は城門で少し話をしていた。俺の言葉に、ノエルはブンブンと手を振りながら否定した。

 

「い、いえ…そんなことは…!ですが…」

 

ノエルは頬を赤らめながら言った。

 

「訓練に関しては気にしていませんし…心配はしましたが、わたくしはアガレスさまを信じておりましたから…」

 

その言葉に、俺は思わず微笑んでノエルの頭を撫でながら礼を言った。

 

「訓練は明日からだ。今日は疲れただろう?ゆっくり休むといい」

 

俺はそのままノエルにそう告げた。ノエルは了解してくれたようで首肯いていたが、この後の俺の予定が気になっているようだった。

 

「俺か?俺はこの後酒場に用事があるが…」

 

そのため正直にそう言うと、ノエルがムッとした表情になる。

 

「お酒を飲まれるのですか…?お酒の飲み過ぎは健康に悪いですよ…!」

 

ノエルの言葉も一理あるが残念無念、俺は酒が飲めないのだ。

 

俺は肩を竦めつつ酒を飲めないことを説明すると、対するノエルは目をパチパチとさせた。誤解は解けたかな、と考えていたのも束の間、

 

「で、では女性の方に会いに行くのですか?逢瀬を…はわわ…!」

 

顔を真っ赤にしたノエルが顔を覆いながら、しかし指の隙間から俺を見た。俺は慌てて、

 

「論理の飛躍がすぎるぞ!?落ち着いてくれ!?」

 

そう言った。このまま詳しいことを話さないでおくと面倒なことになりそうなので、仕方なく詳しく説明することにした。

 

「こほんっ!前会った吟遊詩人がいただろう?」

 

「ウェンティさまですね?」

 

俺の言葉にノエルは思い当たる節があったようで俺にそう告げる。それに対して俺は首肯きつつ、

 

「そうだ。少し話しておきたいことがあってな」

 

と会いに行く理由を説明した。するとノエルは何かを考えるように俯くと、不意に決意を込めた表情で、

 

「わかりました…では、わたくしもついていきます!」

 

そう言った。

 

いや…なんで!?という俺の思いとは裏腹に彼女の意志は固いらしく、俺は少しだけ溜息を吐くと、仕方なくノエルを連れて行くことにするのだった。




戦闘描写が難しくて…テヘペロ

追記 : 描写足したら7500文字…!?なるほどね、私の成長を感じる。


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第7話 討伐後

今回少し独自設定があります。説明は後書きで…

ちなみに、描写を足すと2倍くらいに文章膨れ上がるので…凄い長い!!


「───それで連れてきちゃったんだねー…」

 

モンド城内にある酒場、エンジェルズシェアにて緑色の吟遊詩人の風貌をした少年───ウェンティことバルバトスが腕を組みながら苦笑気味にそう言った。

 

その言葉に、自分がやはりいないほうが良いのか、と危惧したらしいノエルが、

 

「すみません、お邪魔でしたでしょうか…?」

 

そう言って恐る恐るバルバトスを見た。しかしそんな彼女の言葉に対してバルバトスは首を振って否定すると、

 

「いやいや、華が増えていいと思うよ。ねえアガレス?」

 

何故かニヤニヤしながら俺にそう言った。よく理解出来なかったために俺は溜息を吐きつつ言う。

 

「…バルバトス、お前、酔ってるのか?」

 

「モラなら払ったよ」

 

だがバルバトスはりんご酒を飲みながら適当そうにそう返した。俺の言葉に少しズレた回答をしたので間違いなく適当なんだろうなぁ、なんて思って嘆息する。

 

そんな中、ノエルはどうやら気になることがあるらしく本当に聞いていいことなのかどうかを気にして躊躇している様子だった。俺は少し笑うと何でも質問していいぞ、と伝えた。

 

「ウェンティさまのことを、アガレスさまは先程からバルバトスさまと呼んでいますが…どういう意味なのでしょうか…?」

 

するとノエルはそんなことを言う。そういえばノエルや他のモンドの民にしてみると風神は行方不明ということになっている。

 

そう考えるとやはり迂闊だったな…まぁエンジェルズシェアはどうやら秘密を完璧に守ってくれるようなので心配するようなことはないだろう。

 

加えてノエルが俺と共に暫く行動するのであれば知ってもらっていて損はないはずだ。

 

そう考えた俺はウェンティことバルバトスの正体をノエルに教えることにした。

 

「そのままの意味だ。ウェンティ…彼はこう見えて風神バルバトスその人だからな」

 

そして教えてもらったノエルはかなり驚きつつも半信半疑の目をバルバトスと俺に向けた。そして自らの正体を勝手に教えられたバルバトスはというと、

 

「アガレスー?どうして教えるんだい?」

 

とってもいい笑顔で俺に詰め寄ってきた。少し酒臭いので手である程度の距離の接近を制すると、

 

「ノエルは口が堅いし、教えても問題ないと判断した。あと俺と暫く行動するから教えておいたほうが都合もいいだろう?」

 

そう理由を告げる。バルバトスは俺から聞かされていたノエルの教育係の話を思い出したのか、色々と感情の詰まった溜息を吐き出すと少し拗ねた様子を見せつつ自分の席に戻る。

 

「もう…僕の正体をノエルに教えた以上、君の正体も教えなよ?」

 

戻るや否や、バルバトスは俺にそう言った。ノエルはバルバトスか否定をしなかったのを見ていよいよ確信が持てたらしい。しかし、なんだかんだ動揺しつつも俺の正体に興味があるようで何とも形容し難い複雑な表情を浮かべている。

 

さて、確かにバルバトスの言うことも一理ある。教えておかねばならないだろう、ということで俺は口を開く。

 

「俺の正体は、かつて『七神』と同格であり、『八神』と呼ばれていた時代の8人目の忘れられし神…『元神』アガレスだ」

 

バルバトスが心做しか寂しそうな表情を浮かべているが、俺はそれを無視してノエルの反応を見た。

 

彼女は無言で少し俯いている。それを俺は今度こそ信じていないと感じ、

 

「っはは、信じられないのも無理は───「信じます」…なに?」

 

そう言ったのだが、言葉の途中でノエルが割って入ってきた。人を疑え、と教えた手前すぐに信じると言った彼女自身への心配が勝った俺は、根拠がないし自己申告であることをもっと鑑みるべきだ、と告げた。

 

「それでも、ですよアガレスさま」

 

しかし、ノエルは全く気にした様子もなく微笑むと、胸に手を当てつつ続けた。

 

「わたくしは、アガレスさまのその優しさに救われました…そんな、お優しい方が嘘を吐くはずがありません…何より、師匠の言葉を信じない弟子なんかいませんよ」

 

ニコッと笑顔を浮かべてノエルは言い切った。その様子を見たバルバトスは少し嬉しそうに笑うと、

 

「アガレス、随分いい出会いをしたみたいだね」

 

そう言った。実際ノエルはこの上なくいい子である確信があるので俺は反論はしなかった。

 

にしても神二柱を前にして普通にしているノエルは中々肝が座っていると思うのだが…こんなものなのだろうか?

 

まぁ今はそれはいいか、と考え直した俺はまだ教えていないことがあったのを思い出す。

 

「バルバトスは風元素を司ることから『風神』と呼ばれているだろう?では『元神』とはどういう意味なのか、それも教えておこう」

 

俺の言葉にノエルはワクワクした表情を、そしてバルバトスはあくびをした。後で覚えとけよ、とバルバトスに視線だけで伝えると???の表情で見返されたので諦めて説明を始めた。

 

「魔神戦争を生き残った俺を除いた七柱の神は一つの元素を授かり、『神の目』の上位互換のような存在である『神の心』を持つ。だが、俺にはなんの元素も与えられなかった」

 

実際後半は憶測だ。他の神の持っている『神の心』が本当に俺にあるかもわからない。だがそれをノエルに伝える必要はないだろう。

 

「『神の心』はあらゆる元素に対応できるようになったわけだ。そういうわけで、俺は『元素の神』からとって『元神』と呼ばれてる」

 

尚これも予想の域を出ない。そもそも『神の心』自体が存在しない時に俺は元素を7種類扱えたからな。

 

あれこれ全然嘘じゃん、などと思っていたのだがノエルはいまいちよく理解できていない様子で首を傾げていた。

 

俺は流石に少し難しかったか、とばかりに苦笑すると、

 

「無理に理解しようとする必要はない。まぁ、俺が神である、ということだけ抑えておけばいいさ」

 

そう要約して伝えた。今度こそ理解できたノエルはこくりと首肯く。そして今度はバルバトスに視線を向け話し掛けた。

 

「あの、ウェ…バルバトスさまは───「ウェンティで構わないよ」あ、はい…!ウェンティさまは、アガレスさまとはどのようなご関係なのでしょうか…?」

 

ノエルは何を思ったのかそんなことをバルバトスに問い掛けた。バルバトスに問い掛けているので俺から答えるようなことはしなかったが、その判断がすぐに間違いだったと思い知らされることになる。

 

「恋人ーいえい!」

 

バルバトスはニヤニヤしながらそう言った。ノエルがピシット固まり、俺はガタッと音を立てて席を立つとバルバトスに向け冷ややかに告げる。

 

「おい、バルバトス、それは本当に意味がわからんぞ」

 

冗談だということは長年の付き合いだし勿論俺とてわかっている。しかしこの冗談は余りにも悪質だった。現にノエルは目からハイライトが消え、不思議と圧を感じさせる瞳で俺を見ている。

 

「アガレスさま…それは、本当でしょうか…?」

 

「うん、本当だよー」

 

俺がなにか答えるより先にバルバトスが認めたので、いい加減頭にきた俺はバルバトスの頭をガシッと掴むとにっこり笑った。バルバトスがニヤニヤしたまま冷や汗を流しまくっている。

 

「バルバトス?いい加減に冗談はやめてくれるよな?なあ?」

 

「う、うん!誓って!」

 

閑話休題。

 

少し時間を置いてノエルの誤解を解くべく様々な理由を挙げていく。

 

「───以下の理由と、さっきのやりとりでわかったと思うが勿論こいつの悪戯だ。俺と彼はただの友人に過ぎんぞ」

 

5分ほどかけてようやくノエルを納得させることに成功した。しかしノエルは安堵の息を漏らすとゾッとするようなことを言った。

 

「…安心しました…てっきり、バルバトスさまとそういった関係なのかと…」

 

「「ちげえ(ちがう)よ」」

 

俺がバルバトスとBLだと?いやー、ちょっと厳しいかなって…という視線を向けると、それに気づいたらしいバルバトスは苦笑を浮かべている。今回はちゃんとニュアンスが伝わったようである。

 

「やっぱり僕達本当は付き合って───「言わせねぇよ」いたッ!?」

 

やっぱり伝わっていなかったようで変なことを言おうとしたバルバトスを俺は拳骨で黙らせた。

 

さて、こんな話をしている場合では全く無い。なので俺は一旦話を切り替えるべく咳払いをしてから本題を話すために口を開いた。

 

「で、バルバトス…お前に伝えておかねばならんことがある」

 

俺の真面目な雰囲気を察知してか、バルバトスとノエルは弛緩した空気をしっかり張り詰めたものにしてくれた。

 

「今回の魔龍ウルサの事件には、まず間違いなく『アビス教団』が関わっている」

 

身構えていたであろうバルバトスの眉がピクリと動いた。俺は一旦バルバトスを放置してノエルを一瞥してから告げる。

 

「ノエルにはちらっと言ったが、魔龍ウルサの首筋に、毒龍ドゥリンの血液の結晶体と思われる水晶が突き刺さっていたのを見た。実際自我はなさそうだったし、なにより深い憎しみと苦しみがありありと見て取れたよ」

 

俺の伝えた状況を鑑みて様々なことを考えている様子のバルバトスはぼそっと呟く。

 

「……ファデュイ執行官の『博士』が実験していた可能性は?」

 

『博士』か…確かにその可能性もなくはないだろう。しかし、と俺は首を横に振る。

 

「魔龍ウルサの死体を保管していたファデュイの拠点から、一夜にして綺麗サッパリ死体が消えていた、という情報があるんだよ」

 

なおこの情報は前にジンに教えてもらったものである。まぁだからこそ、ファデュイの連中の監視下にある魔龍ウルサの死体を綺麗さっぱり持ち出せる勢力なんて限られていることがわかった。

 

俺は上記のことをバルバトスに説明した。

 

まぁ、アビス教団にしろファデュイにしろ、自らの計画がバレても問題ないとか考えているのだろう。事実、今の西風騎士団にどうにかできるほどの力はないし、精々が足止めくらいだ。

 

加えて言うなら魔龍ウルサは強力な龍である。だからこそ、アビス教団の連中は事が露見しても暴走さえさせてしまえば問題ないと思ったんだろうな。

 

俺はそう考えつつ腕を組みながら続けた。

 

「『博士』に敗れたとはいえ西風騎士団のみでの討伐であったならばかなりの犠牲が出ていたに違いない。ジン・グンヒルドか、はたまた別の人物かはわからないが、いずれかを消すために魔龍ウルサを毒龍ドゥリンの血液で操っていた可能性もある」

 

勿論モンドそのものの弱体化という線も考えられるけどな、と俺は続けた。その言葉にバルバトスは暫し瞑目し、その直後目を見開き、

 

「モンドには敵が多いね。ファデュイに加えてアビス教団にも狙われているなんて」

 

バルバトスは少し自嘲気味にそう呟いた。対する俺はあまり気にしていないように振る舞いつつ首を縦に振る。

 

「ああ、『栄誉騎士』になった手前、モンドの問題を見過ごすわけにはいかない」

 

それに、と俺はノエルを見てから続けた。

 

「ここはいい場所だ。この日常は神であろうがなんだろうが…壊して良いはずがない」

 

自分でも思ったよりドスの効いた声が出たが、バルバトスはそれを気にした様子もなく少し笑う。

 

「君は昔からそうだね…全く、君には自由に生きてほしいんだけどなー僕としては」

 

ノエルは昔の俺を知らないが、今の俺を知っている。だからだろうか、彼女は俺を見て少し嬉しそうに笑っている。バルバトスはバルバトスで、ノエルに昔の俺のことを教えている。

 

俺は俺で自由に生きているつもりなのだが、バルバトスからしたらそんなことはないようで、ノエルに説明を終えたらしい彼は俺を見ながら目を細めつつ、

 

「アガレスはこの世界を…なによりこの世界に住む民を心の底から愛しているんだ。だから、君達を第一に考えて自分の身を顧みないんだ」

 

そう言っている。何故本人がいるその眼の前でそういう話をするのだろうか。

 

聞いている俺は恥ずかしくなってきたのとあることないことを言われても困るので自分で言葉を引き継ぐことにした。

 

「俺は人間のなんてことない会話や行動などの営み、日常を深く愛している。時に無意味なものであっても…そして無意味なものに変貌しようと、その無意味を意味のあることに変えることができるのは人間だけで…それこそ人間の良さだと俺は思っているからな」

 

俺の言葉に対し、バルバトスは苦笑いを浮かべるとやはりというべきか肩を竦めながら首を傾げた。昔からこの話をすると皆わからないという顔をするんだよな。

 

「わたくしにはよくわかりませんが…アガレスさまがわたくしたちを愛してくださっているというのは凄く伝わってきます!」

 

だがノエルもバルバトスと同様だった。それでもプラスの言葉を紡げるのが彼女のいいところなんだろう。

 

俺は脱線した話を元に戻すべく咳払いを一つすると、

 

「とにかく、ウェンティも一応風神として諸々の動向には注意してほしい。特にこの後のファデュイの行動にはな」

 

街の人が噂していたが、『博士』がゲーテホテルから出て行ったようだ。なんだか凄く急いでいる様子だったらしいが、西風騎士達が帰ってくるのを見てゲーテホテルに戻って行ったらしい。

 

彼が何をしようとしたのかはわからないが、西風騎士達を見て帰ったというのは引っ掛かる。まさかとは思うが魔龍ウルサを討伐しに行こうとしたのか?『博士』の動きから今回の件にファデュイは無関係だろうが、それにしたって奴らは何をするかわからないのが現状だ。

 

「奴らの狙いがなんなのかわからない以上、お前も下手に動くことはしないほうがいい。しばらくはただの吟遊詩人でいるんだな」

 

「アガレスこそ、大丈夫なの?かなり大幅に目立っているみたいだけど」

 

俺の言葉にバルバトスはジト目を向けながら言った。その言葉に、俺は肩を竦める。

 

「お前はただの吟遊詩人という位置づけだが俺は西風騎士団の『栄誉騎士』だ。ファデュイといえど俺に手を出したとあっては外交問題だ。迂闊に手は出せまいよ」

 

「アガレスさまやモンドの皆様に手を出すだなんて…わたくしが許しません!」

 

俺の言葉に、ノエルが決意を込めた表情を浮かべながらそう言った。俺は彼女の志がなんだか眩しくて頭に手を置いて言う。

 

「その決意と覚悟は素晴らしいものだ…だがそれができるだけの強さが、まだノエルにはない」

 

ファデュイの連中と戦うためには、やはり『神の目』が必要だろう。それがわかったのか、ノエルは少しだけ落ち込んだ様子だ。

 

そんな彼女に俺は微笑みながら告げる。

 

「だから、俺がノエルにそれができるだけの力を授けよう」

 

『神の目』に関してもノエルのその強い意志があれば、きっと応えてくれるはずだ。ノエルは少し落ち込んでいたがやる気を取り戻したように握り拳を作って気合を入れている様子だった。

 

「ノエルなら、きっと大丈夫だ」

 

 

 

その後、少しだけ談笑して遅い時間になっていることに気付いた俺は席を立つ。

 

「そろそろ遅いし俺はノエルを送ってくよ」

 

話したいことはあらかた話し終えたしな、と付け加え俺は心做しか眠そうなノエルと共に踵を返す。

 

「あ、最後に一つだけ」

 

だが一つだけ忘れていたことがあったため俺は立ち止まって振り返った。バルバトスはそんな俺に対して怪訝そうな表情を浮かべている。俺は再び席に戻ると、ずいっと顔を寄せて言った。

 

「…飲み過ぎんなよ?」

 

「わ、わかってるよ…あはは」

 

俺の言葉にバルバトスは目を逸らして乾いた笑いを上げる。勿論、彼はこの上ない自由人…自由神…?まぁとにかく自由なのだ。この程度で止められるならモラクスも苦労はしなかっただろうにな。

 

今度こそ言いたいことは言い終えたので、俺はノエルと共に一階へ続く階段へ歩き始めた。

 

「じゃあまたな」

 

「うん、またね〜、ノエルは僕のこと、他言無用で頼むよ」

 

「はいっ、お任せください!」

 

俺はそのまま挨拶を終えて一階へ戻ると、チャールズに一応バルバトスのツケは無いか聞きつつ、ちゃんと払っていることにかなり感動しながらエンジェルズシェアを離れるのだった。

 

〜〜〜〜

 

翌日、西風騎士団から正式に、復活した魔龍ウルサを討伐したアガレスを西風騎士団『栄誉騎士』に任命するとの発表が成された。魔龍ウルサの脅威はモンド人達にとって身近だったこともあり、アガレスを称える声で暫く溢れかえっていた。

 

これに対し反発したのがファデュイだ。ファデュイはアガレスの『栄誉騎士』任命に対し抗議。曰く、「ファデュイ執行官『博士』によって弱体化していたため魔龍ウルサを倒すことができた。つまり、『栄誉騎士』としての資質があるかどうかは甚だ疑問である」とのことである。

 

しかし、西風騎士団側は真っ向からこれを否定し「例え弱体化していたとしても脅威は脅威、それを処理した功績を称えずして何とするのか」と反論。結局ファデュイは折れたがアガレスを『好まざる人物』と評すことでこの件は収まったのだった。

 

アガレス自身はこの件について、「人間同士のいざこざに巻き込まれるのは御免被るが、俺を守ってくれた騎士団には感謝の意を示したい」と、西風騎士団広報部のインタビューで語っている。




前書きに書いた通り、独自設定がありまして…モンドには広報部的なものが存在しないみたいなので、独自に『西風騎士団広報部』なんてものを作ってみました。新聞とかあると思うんですが、無いみたいなので…実はあるよー?というのを知ってる方がいたら教えてほしいですね…。

それとUAが気がついたら3000超えててお気に入りが100超えてまして…ついでに評価値7.5ってびっくりしかないです。皆様本当にありがとうございます…!

どうなんだろ?処女作ってこんなもんなのかな…

アガレス追記 : 「処女作?知ったことか」

え、酷くない?昔の私の言動くらい許してあげようよ??


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第8話 最終試験と奮起

いやぁ…感想って結構励みになるんですね…
UAがなんかどんどん増えててびっくりしかしてません今日この頃


俺が魔龍ウルサの討伐を終えてから四ヶ月経った。あの次の日、ノエルの身体能力検査を行ったが、常人に比べかなりずば抜けていることがわかった。特に腕力に関しては、稲妻にいた鬼すら凌駕するほどである。故に、俺はそのまま彼女に大剣の訓練をさせていた。

 

 

 

そんな中、七度目の騎士選抜試験に落ちてしまったためか彼女は流石にかなり落ち込んでいたようだった。しかも偶然出会った騎士選抜選考員のジンに対し反射的に騎士団の敬礼をしてしまったそうで、選抜試験に落ちた身で敬礼を軽々しくしてしまったため恥ずかしくなり逃げ出したくなった彼女だったが、ジンに同じ敬礼を返されたことによって彼女の少し落ち込んだ心は救われたのだろう。

 

そうして彼女のその心意気はジンと岩元素の『神の目』に認められた。岩元素の『神の目』とは…実に彼女らしい、護ることに特化した元素と言えるだろう。それに、大剣と相性もかなり良いしな。

 

 

 

「───そうだ、大剣の良さはその重みによる破壊力にある。例え盾で防御されてもその衝撃は内部に伝わる。逆に、後ろに飛んで衝撃を逃さないと自分自身にも衝撃が来る。基本は流石に覚えていたようだな」

 

そんなノエルと共に本日も訓練を行っている。最初は準備運動を行ってから大剣に身体を慣らし、そして俺と打ち合う。

 

ノエルは勤勉なこともあって上達が早い。初めは拙かった元素力の扱いも、俺が手取り足取り教えたので今となっては世界に誇れるレベルだ。なんたって岩元素で見事なバラの意匠を施せるほどだからな。

 

「剣術の基礎は覚えているな」

 

「はいっ!『受ける剣』ですよね!」

 

「うん、どうやら自己鍛錬は欠かしていないようだな」

 

打ち合いながら俺はノエルにそう告げる。そう、ノエルには『受ける剣』を教えた。大剣で攻撃を受け止め、そしてカウンターで反撃する、という寸法だ。勿論、大剣は路地裏などの狭い空間では振り回せない。故に体術と片手剣の立ち回りとそれ相応の剣術も教えてある。

 

大剣の剣術に関しても『受ける剣』だけでなく、しっかりと攻めも教えておいたが、ノエルにはあまり向かないだろう。彼女は、『護る』ことに関して一切の妥協をしないし、相手をできることならば傷つけたくない、なんて思っているみたいだしな。

 

まぁ、こと『守護』という点においてなら、俺すらも超えられるかもしれない。そうなればいよいよ俺も自由に生きられるかもしれないな。こんなこと言ったらバルバトスに確実に怒られるだろうが。

 

しばらく打ち合って俺は一旦ノエルに静止してもらった。彼女の実力はこの4ヶ月で圧倒的に伸びただろう。冗談で魔神を倒せるくらいに、なんて言ったがもしかしたらいい勝負はできるかもしれない程には実力がついてきたと思う。

 

「…この四ヶ月間、よくついてきたな。誇っていい」

 

俺は本心からノエルにそう告げた。ノエルはそれに対して謙遜しつつ告げた。

 

「いえ…アガレスさまのご指導の仕方がとても優しかったので…」

 

当然、常人なら死んでいるレベルの訓練だ。体を壊さないように、しかし壊す寸前まで追い込み続け、今のノエルはその細身に似つかわしくない怪力となっている。4ヶ月前も中々力強かったが今ではもう比べ物にならないだろう。

 

とはいえノエルは人間なのだ。今が肉体的には成長段階だとしても必ず限界はある。それでもその限界まで成長させることができただろう、と俺は感じていた。

 

何より彼女の実力はもう十分、教えることはまだまだあるがあとは彼女自身の人生で培っていくべきものだ。

 

「…よし、ここからは最終試験だ」

 

ノエルは俺に課された様々な試験をことごとく突破してきた。ヒルチャール3体同時の討伐に始まり、ヒルチャール暴徒、璃月まで行ってヒルチャール岩兜の王といって、最近『無相の岩』をもソロで討伐できるようになった。

 

俺は事前に作っておいた木刀を取り出し、何回か素振りをして手に馴染ませる。ノエルはまさか、という表情を浮かべていた。

 

その彼女の表情を見て、俺は満足げに微笑む。

 

「俺に一撃でも入れてみろ。そうしたら弟子は卒業だ」

 

ノエルは確かに強くはなった。しかし、精神面はまだまだ弱い。俺は何度か経験しているが、地獄のような苦しい訓練を耐え抜いたからと言って知人が敵になった時きっと彼女は弱くなる。

 

そして誰かを護るためには何かを犠牲にせねばならないこともある。何度か俺はそれをせざるを得なかったがこれに慣れという概念はない。

 

今から少しずつ覚悟を決めさせることが必要であるため、俺は心を鬼にしてノエルと戦うことにするのだった。

 

〜〜〜〜

 

「はぁ…」

 

今日も駄目だった、とノエルは一人溜息を吐いた。モンド城内の脇道でノエルは一人歩いていた。

 

アガレスとの対戦が始まってからもう一ヶ月も経つが、アガレスには攻撃が当たるどころか掠りもしなかったのだ。

 

素早さ、剣術、体術、身のこなし、腕力、元素力の扱い、反射神経、そのことごとくがアガレスに劣っており捻じ伏せられたのだ。さしものノエルも、成長を感じられず、精神的に参ってきた頃だった。

 

そんな時、

 

『最近、根を詰めすぎて疲れているんじゃないか?動きにキレが無いぞ…?疲れているだろうし…うん、明日の訓練は休みにしておくから、ゆっくり休んでくれ』

 

とアガレスに言われたのである。ノエルとしては疲れているという自覚はなかったのだが、連日アガレスとの戦闘は生命の危険を感じることも多く、疲れてないとはお世辞にも言えなかった。

 

「ノエル、どうかしたの?」

 

そうして途方に暮れていた時、偶然通りがかったアンバーがリボンをピョコッと動かしながらノエルのもとへ歩いてくる。

 

「あ、アンバーさま…!い、いえ…なんでもございません…!」

 

ノエルは今の弱っている自分を同年代のライバルに見せたくなかったのか、逃げるようにその場を離れようとしたがアンバーに手を掴まれて止められる。

 

アンバーはノエルを見てニッコリ笑うと、

 

「ノエル、ちょっと付き合ってくれる?」

 

とそう言うのだった。まさか断ることもできず、ノエルも首肯くのだった。

 

 

 

アンバーとノエルは『鹿狩り』にやってきて満足サラダを2つ頼み食べていた。

 

「やっぱり満足サラダは美味しいねぇ〜!ねぇノエル!」

 

「は、はい!そうですね」

 

ノエルは困惑していた。何故アンバーとご飯を食べているのか、と。しかも自分の好物が満足サラダであることを何故知っているのだろうか、とも考えており様々な理由を思い浮かべてはあーでもないこーでもないとばかりに混乱の最中だった。

 

その考えが見透かされていたのか、一旦サラダを食べる子をやめたアンバーが、

 

「ノエルの好物はね、アガレスさんから聞いたんだ」

 

とそう言った。アガレスの名前が出て少しビクッとするノエルに、アンバーは笑いかけて更に続ける。

 

「あはは、別に私とアガレスさんは、そういう関係じゃないよ?」

 

「べ、別に気になっては…」

 

「ノエル」

 

アンバーはノエルの手を握った。

 

「ノエルが頑張り屋さんなのは、みんな知ってる。でも、頑張り過ぎだってみんな言ってる。アガレスさんもそう言ってた」

 

モンドの人々に自分の努力が認められているのが嬉しいと感じると同時に、なんだか気恥ずかしくもあったため困ったように目を泳がせることしかできなかった。

 

「ノエル、訓練も確かに大事だよ?だけど、ちゃんと休まないと駄目なんだよ?」

 

そしてノエルはアンバーのその言葉に抗議しようと口を開く。だが、有無を言わさずアンバーは続けた。

 

「アガレスさんから訓練に誘われたことってあった?」

 

ノエルはアンバーの言葉に口を噤んだ。アガレスは休息の重要性を理解している。だからこそ、2日に一回しか訓練を自分から誘っていなかったのだ。ノエルは皆を護れるように強くなりたかったのと、アガレスの期待に応えたかったために毎日アガレスに訓練をしたいと頼み込んでいたのだ。

 

アガレスはアガレスでノエルの剣幕に圧されてなんだかんだで訓練を了承してしまっていたため彼にも責任はあるが、勿論ノエルの気持ちを考えての行動である。休息が必要であることを自分で気付いてほしいという思いもあったようだ。

 

ノエルは少し思い出すように首を捻ると告げた。

 

「ふ、2日に一回ほどでした」

 

それを聞いたアンバーはやっぱり、とばかりに手を叩くと、微笑んだ。

 

「でしょでしょ?アガレスさんは休息が大事だよーって言いたかったんだと思うよ。しかも、ノエル自身に気がついてほしかったんじゃないかな?」

 

その言葉に、ノエルは目を見開いた。

 

「ねぇ、ノエル…私はノエルを、頑張っているあなたを応援したい。でも、頑張りすぎて辛そうにしてるノエルを見るのは…私も辛いよ」

 

ノエルの手を握るアンバーの手が震えているのが、ノエルにはよくわかった。ノエルは少しだけ俯いて瞑目してからアンバーの手の上にそっと自分の手を添え口を開く。

 

「アンバーさま、ありがとうございます。ずっと、わたくしは自分を見失いかけていたのかもしれません…アンバーさまのお言葉のお陰で、自分の初心を思い出すことができました…ありがとうございます!」

 

そうと決まれば、とノエルは席を立った。アンバーはまた訓練しそうなことを見越して苦笑すると、

 

「しっかり休みなよ?ノエル」

 

そう言った。ノエルはアンバーの言葉にしっかり首肯くと、

 

「はいっ!アンバーさま、ありがとうございました!」

 

そう告げて『鹿狩り』へしっかり代金を払ってからその場を離れるのだった。

 

 

 

ノエルが去るのを笑顔で見送ったアンバーも席を立ち、鹿狩りの路地裏に回って突如家の影に向けて手を振ると、

 

「アガレスさん、戻ったよ!」

 

そう言った。そして次の瞬間誰もいないかと思われた家の影の上にアガレスが立っていた。アガレスは微笑むと、

 

「ああ、アンバーお疲れ。頼まれてくれてありがとうな」

 

アンバーにそう礼を言った。

 

この会話からわかる通りノエルを励ましたアンバーはアガレスが差し向けたのである。勿論ノエルの友達であるアンバーに何とかできないかを相談した際にアンバーに言われた案を実行しただけであり、最初からアンバーを利用しようとしていたわけではなかったようだ。

 

アガレスは手に湯気の立つ淹れたてと思われるコーヒーを持っている。そしてそれをアンバーへ向けて差し出した。

 

「わざわざジンに頼んでまで淹れてもらったコーヒーだ。これで割に合うか?」

 

つまるところ報酬である。勿論アンバーは報酬など求めていなかったのだがそれを気にしたアガレスが勝手に持ってきただけである。

 

「あはは、充分だよー!っていうか、大事な友達のためだもん!報酬は関係ないよ?」

 

アンバーは言いながらアガレスからコーヒーを受け取るとズズッと啜った。少し二人の間に沈黙が流れ、次に口を開いたのはアガレスだった。

 

「…最近、どうも根を詰めすぎていたみたいでな。目に見えて疲れが溜まっていたんだ…だが俺では本当の意味での説得できなかっただろう。改めて礼を言う」

 

その改まった言葉にアンバーは顔を少し赤くして照れている様子だった。アガレスは尚も続ける。

 

「それに、ノエルには休むことの大切さもちゃんとわかってほしかったんだ。まぁ、師匠である俺が言うより、友達であるアンバーの方が、説得しやすそうだという打算も、もちろんあったが…」

 

「もう、わかってるよ!ノエルが心配だったんでしょ?アガレスさんはなんか回りくどいよね…」

 

アガレスの言葉を遮ってアンバーが苦笑しながらそう言った。アガレスがその言葉を聞いてショックを受けたように仰け反る。そしてまたその様子を見てアンバーはくすりと笑った。

 

「あはは、でもそこがアガレスさんのいいところでもあるんだから!」

 

「……そうか、そう、だな…」

 

アガレスは少し笑うと踵を返す。アンバーはコーヒーの入ったカップを持ちながら背を向けたアガレスを見て首を傾げる。

 

その雰囲気を感じ取ったらしいアガレスが首だけ振り向いてアンバーを見ながら、

 

「ああ、明日は休みだからな。折角だし、郊外に出かけようと思ってるんだ」

 

そう言ってこれでいいか?とばかりの視線を向ける。アンバー自身も首肯いてまたね、と言って手を振る。

 

アガレスは手を振り返すと、そのまま歩いて路地裏の闇に紛れて姿が見えなくなった。残されたアンバーはコーヒーを飲み切ると、

 

「あっ…食器どうしよう…」

 

先程のノエルの問題とは打って変わって別の問題に頭を悩まされることになるのだった。




ノエルは原作に比べるとかなり強いです。普通にヒルチャール暴徒とかワンパンします。
その腕力を赤子の手をひねるようにあしらうアガレスさんって一体…。

これからも頑張ります!


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第9話 それぞれの休日

寝ぼけながら描いたので誤字あるかも知んないです…

前半ノエル、後半アガレス視点となります。


アガレスから休みをもらっていたノエルは、前日言われた休むことの大切さを知るためにしっかり休むことにした。

 

しかし、休むと言ってもどうすればいいのかがノエルには見当もつかず、ゴロゴロして過ごすなどの見当違いの答えに行き着いては首をブンブン横に振って否定することを繰り返していた。

 

流石にゴロゴロするわけにもいかず、なにか気持ちが晴れるようなことでも…!と意気込んだノエルだったがやはり思いつかない。

 

このままでは埒が明かないので外に散歩に行くことにして家を出るのだった。

 

 

 

ノエルはそのまま散歩しつつ無意識に自分を呼ぶ声に耳を傾けつつ、周囲の状況を細かく確認している自分に気が付く。最早散歩しながら人助けをすることが日課である彼女にとって、これは絶対に抜けない習慣とも言えた。

 

それを理解したらしいノエルがこれでは休めていない、とばかりに落ち込んだ様子を見せた。

 

『ノー…』

 

そんな中一瞬自分を呼ぶ声が聞こえた気がしたノエルだったが、途中で声が途切れたかと思うとその後は聞こえなかった。何だったんだ?とばかりに首を傾げるノエルはその声の方向へ向けて散歩コースを変更したが、やはり何も見つけることはできなかった。

 

仕方なく元の散歩コースへ戻ってきたノエルは時間がまだまだ沢山残っていることに気が付いた。

 

この時間帯は既にアガレスとの訓練が開始されている時間だが今日はお休みなのでそもそも訓練がない。そんなアガレス関連のことを悶々と考えていたノエルだったが、気がつけば散歩コースの終着にいた。

 

「うーん…やっぱりわたくしは…休んでなんていられません!普段の生活こそが、わたくしのお休みのようなものなのですから!」

 

だが彼女にとってこの悶々とした時間が無駄ではなかったようだ。

 

ノエルは早速、自分自身の言う日課を始めた。彼女が一番最初に行うことは、騎士団本部の掃除である。

 

先ずはエントランスホール中央の埃を藁箒で掃いて綺麗に纏めておき、今度は端っこから掃いてきた埃を中央へ掃いて再び綺麗に纏めていく。

 

その途中でもノエルは公務に向かう西風騎士団を見ると掃除の手を止めて挨拶をしつつ、2時間ほどかけて埃を集め終わった。そして集め終わった埃を丁寧に外へ掃き出し、掃き掃除を終えた。

 

無論、掃除はこれで終わりではなく、次は雑巾を濡らして藁箒で掃ききれなかった埃や土汚れを綺麗に拭き取っていく。雑巾がけは適度な運動にもなるようで、ノエルはかなり重宝しているようだった。

 

やがて全体の雑巾がけを終えたノエルは雑巾の裏についているかなりの量の埃や土汚れを見て、

 

「ああっ、まだこんなにも埃があっただなんて…」

 

そう呟くと再び気合を入れて腕を捲くる。

 

「これは…強敵揃いですね…!!」

 

そうして再びノエルは騎士団本部の掃除を開始するのだった。

 

 

 

そのまま暫く騎士団本部の掃除をし続けて終わったときにはもう夕方だったが、ノエルにとってとても充実した時間を過ごすことができたようで、晴れやかな顔をしていた。

 

その掃除の実力の程はジンがピカピカ過ぎて驚いていることからもわかるだろう。

 

ノエルはそんなピカピカになった騎士団本部を見て呟く。

 

「うん…やっぱりお掃除は素晴らしいですね!」

 

後日、アガレスが休日に何をしているのかをノエルに問い掛けて絶望したのは言うまでもないだろう。

 

〜〜〜〜

 

モンド城郊外、奔狼領。俺はここにジンの依頼でとある人の護衛をしていた。

 

「───わぁ、ググプラムがいっぱい!アガレスさんの言ったとおりだね!!」

 

そのとある人が俺を見て嬉しそうににっこり笑った。さてそのとある人とは、西風教会牧師であるバーバラ・ペッジだった。というのも、バーバラは朝疲れすぎて眠気が溜まっているらしく、目が覚めるようなドリンクを色々研究しているらしい。

 

そしてそのバーバラはジンの妹でもあったため色々心配性なジンが俺に護衛を頼んだ、というわけらしい。

 

俺はバーバラの言葉に少し微笑みながら告げる。

 

「ああ、こう見えて大体の特産品の位置は把握してるからな。困ったときには頼るといいぞ?」

 

俺の言葉にバーバラは首肯きつつ俺に礼を言うのだった。

 

ググプラム取りに精を出すバーバラを見ながら俺は思う。

 

アイドルというだけあって、美人、というよりかはかわいい部類だな。年もノエルと同じで友達のようだし、ノエルのことは彼女に頼むのも良かったかな、なんて感想を漏らす。

 

さて、先程も述べたがバーバラの眠気覚ましのドリンク開発に俺は協力する形になっているのだが、奔狼領にはググプラムを取りに来ている。

 

「ググプラムの種には麻酔効果がある。むしろ眠くなるんじゃないか?」

 

しかし俺の言う通りググプラムには麻酔作用がある。眠気覚ましには恐らく向かないだろう。

 

俺が思ったことを素直に伝えると、バーバラはググプラムを採集しながら、

 

「うん。だけど、試してみる価値はあると思うの」

 

そう言った。確かに試して見る価値はあるかもしれないが…いや、ググプラムジュースなんてのがあったし案外なんとかなるかもしれない。勿論それでも眠気覚ましにはならないと思うが、と心中で思う。

 

そして俺はとある者の話を思い出していた。

 

昔人々に火や団欒を教えた者がおり、その者が寝ていたときに辛くて美味しいものを食べて目を覚ましていたはずだ。

 

「まあ待て、バーバラ」

 

それを思い出した俺はバーバラを呼び止めた。

 

「どうしたの?アガレスさん」

 

呼び止められた彼女は手を止めると首を傾げて俺を見る。そんな彼女に俺は一つ提案をした。

 

「味も美味しくて目も覚めるドリンクっていうのはどうだ?」

 

俺の言葉にかなり驚いた様子を見せるバーバラに俺は続けて言った。

 

「このモンドの環境なら…俺の考えている材料のうちの一つがあるはずだ」

 

俺の言葉にバーバラは覚悟を決めたようで真っ直ぐな眼差しを俺に向けると、

 

「教えて、その配合を」

 

とそう言った。俺はコクリと首肯くと、2つの材料の名を口にした。教えてもらったバーバラは少し目を瞑った。恐らく頭の中でイメージしているのだろう。

 

「甘くて…それでもって辛そう…よしっ、じゃあ探しに行こう?」

 

そしてイメージが固まったのか、バーバラがそう言ってくれた。俺達は今奔狼領にいるため近いのはモンドにない材料だな。

 

「ああ、近い方から探そう。まずは『新鮮な絶雲の唐辛子』からだ」

 

必要な材料のうちの一つが璃月に自生する絶雲の唐辛子なのだが、中でも『新鮮な絶雲の唐辛子』を使ったものは辛すぎない美味しい料理や飲み物になるはずだ。

 

だがかなり高所に行かないといけないだろう。

 

「そこまでは結構険しい。大丈夫か?」

 

そこで俺はバーバラにそう聞いたのだが、

 

「うんっ!平気だよ〜!心配してくれてありがとね!」

 

と握り拳を作る彼女は全然大丈夫そうだった。それに安心した俺は、バーバラとそのまま険しい山地を移動し、璃月にある地中の塩に面した崖上まで移動してきた。

 

そうしてそのまま暫く探索していると、少し離れた所でバーバラが、

 

「あっ、あったよ!!」

 

と声を上げた。その声を聞いた俺はバーバラのいるところへとやって来て『新鮮な絶雲の唐辛子』を見つけるができた。

 

できたはできたのだが、唐辛子の近くにヒルチャールがいて何かをしているようだ。彼らも『新鮮な絶雲の唐辛子』を求めているのか、少し待ってもその周辺を離れることはなかった。それどころか、岩兜の王があとからやって来て増えている。仕方がないので気づかれる前に暗殺しよう。

 

そう考えた俺はバーバラを見て、

 

「やるしかないかー…バーバラ、少し待っていてくれ」

 

そう言うと、俺は草元素をヒルチャールのいる場所に撒き散らし、導火線のようにして炎元素で火を点けた。燃焼効果を伴い、ヒルチャール達は炎に焼かれていった。

 

「岩兜の王は流石に残ったか…よし」

 

俺は風元素でバリアをはろうとした岩兜の王に瞬時に接近し、風元素を霧散させ、岩元素で自身の腕の重量を増し、掌底打ちを放つ。すると岩兜の王の上半身がパァンッ!と音を立てて吹き飛んだ。

 

その様子を唖然とした様子で見ていたバーバラだったが、すぐに目を輝かせながら俺を見て、

 

「お、お姉ちゃんに聞いてたけど…アガレスさんって本当に強いんだね!」

 

とそう言った。そんなバーバラの言葉に俺は少しだけ嬉しくなりつつ、

 

「まぁ…うん、皆が言うなら確かにそうなのかもしれないな」

 

そう言った。勿論、バーバラは俺の言葉に疑問を覚えたようで首を傾げている。俺は彼女が余り気にしないように話題を変えるべく、ヒルチャール(故)の付近に生えている絶雲の唐辛子の株を指差しながら、

 

「ほら、新鮮な絶雲の唐辛子があるだろう?株が何個かあるから、少し貯蓄しておくといいぞ」

 

そう言った。バーバラは元々の目的を思い出したらしく、元気よく返事をすると絶雲の唐辛子の株の下へ歩いて行った。

 

斯くして、俺とバーバラは1つ目の材料を手に入れることができたのだった。

 

 

 

1つ目の材料を手に入れた俺達は新鮮な絶雲の唐辛子をバッグに入れたまま、もう一つの材料があると思われる場所である囁きの森までやってきた。

 

「さて、次は『良質なスイートフラワー』だな。多分ここにあるはずだ…」

 

そのもう一つの材料とは良質なスイートフラワーというものだ。これは普通のスイートフラワーに比べ糖度がかなり高く、隣国璃月にはこれのブランド品があるくらいだ。今回はそれをここ、囁きの森で見つけよう、というわけである。

 

しかし、バーバラは首を傾げながら、

 

「それなら、買ったほうが早いんじゃないの?」

 

と尤もな意見を口にするが、対する俺は首を横に振った。

 

理由としては2つ。まず、ブランド品が存在するだけあってかなり値は張るものだ。これからバーバラに結構な量が消費されていくことを考えると買いに行くのは得策じゃない。そもそも璃月港に行かないと買えないので、時間も費用も馬鹿にならんだろう。

 

そしてもう一つの理由は1つ目の理由から考えれば自ずとわかる。モラも時間も惜しく、数もいる。であれば自分で集めるほうがいいだろう。幸い、囁きの森には良質なスイートフラワーが育つだけの環境は整っている。

 

その2つの理由をバーバラに説明すると、

 

「そっか…そうだよね、うん!そうしましょ!」

 

とそう言って納得してくれた。

 

早速、俺とバーバラは手分けして良質なスイートフラワーを探し始めた。だがやはりというべきか、中々見つからない。

 

「まぁ、わかっていたことだがなぁ…」

 

当然、良質なスイートフラワーがそこかしこにポンポン生えていたら、璃月のブランド品なんて成り立たないはずだからな。

 

などと考えている間にも時間は進み、5分ほど経っても俺は見つけられなかった。いい加減俺はどうしようかを考え始めていたのだが、

 

「あっ、見つけたー!」

 

そんな矢先、バーバラがとあるスイートフラワーに目をつけ、少し離れた所にいる俺にも聞こえるくらいの声量でそう言った。

 

その言葉を聞いた俺は本物かどうかを確認するためバーバラの下までやって来た。そのまま見てみると確かに、他のスイートフラワーよりも色彩が鮮やかで、かつ甘い匂いが濃い。間違いなく良質なスイートフラワーだろう。

 

俺は良質なスイートフラワーを見つけられて大層喜んでいる様子のバーバラを労うと、

 

「さぁ、『スパイシードリンク』を作ってみようじゃないか」

 

そう言って採ってきた材料を持って意気揚々とモンド城へと帰還するのだった。

 

 

 

「───ん〜!辛くて、でも甘くて…すっごく美味しいし目が覚めるー!」

 

モンド城に戻って『スパイシードリンク』を作った俺達は適当なベンチに腰掛けながら早速試飲した。バーバラは初めはかなり辛いため飲むのが大変そうだったが、次第に慣れてきたのかゴクゴクと飲んでいた。

 

俺は……えへっ。

 

「アガレスさん、どうしたの?なんかちょっと落ち込んでるみたいだけど…」

 

ツッコんでくれる人がいなくて落ち込んでいた俺に気が付いたらしいバーバラが心配そうに俺を見てきた。俺はバーバラに気にしなくていいことを告げ、スパイシードリンクを飲み干した。

 

この通り俺は別に辛いものが食べれない或いは飲めないわけじゃない。だが、これは少し辛すぎるように感じた。

 

そのため、俺はバーバラにスパイシードリンクの感想を問うた。バーバラは少し考える素振りを見せたが、すぐにやんわりと笑いながら言った。

 

「とっても美味しくて、目が覚める味…凄く嬉しい!」

 

その表情は輝いており、心からそう思っているであろうことが察せられた。そんなバーバラに俺は冗談交じりで、

 

「モンドのアイドルのお役に立てて光栄だねぇ」

 

そう告げるとスパイシードリンクの入っていたコップを持ってベンチから立ち上がるとそのままバーバラへ目を向け、

 

「依頼は完了したし、俺は少し寄り道して帰るよ」

 

そう告げて踵を返した。俺の言葉を聞いたバーバラは笑いながら首肯くと、

 

「うんっ!今日はありがとう!またねー!」

 

そう言って俺に向かって手を振っていた。俺はバーバラに軽く手を振り返しつつ、依頼の報告をするため騎士団本部に向かうのだった。

 

 

 

「───そうか、それはよかった」

 

西風騎士団本部にやって来た俺は早速大団長室にいるであろうジンを訪ねた。ジンは何時も通り眉間にシワを寄せながら執務をこなしているようだったが、そんな中でも俺の報告を聞いて心底安心したように溜息をついて険しい表情を幾分緩めた。

 

「怪我もしていないし、危険を先に察知して排除もした。依頼は完璧にこなしたぞ」

 

「改めて礼を言わせてくれ、栄誉騎士」

 

ジンの心からの礼に対して、よせやい照れるやないかー、と俺は戯けた様子でジンに返した。

 

少し間があって、俺はジンに向けもう一つの依頼に関しても告げる。

 

「…恐らく、ノエルが俺に一撃を入れるのも時間の問題だろう」

 

もう一つの依頼───即ちノエルを鍛えるというものだ。俺の言葉を聞いたジンはほう、と感嘆の溜息を漏らした。多分だけどな、と俺は前提を言いつつ少し詳しく説明することにした。

 

「昨日アンバーに手伝ってもらって今日は休んでもらっている。明日はもう決意からなにから、気迫が違うだろうしな」

 

ジンはその言葉に暫し考え込むように顎に手を当てた。そのまま、言葉か或いは別の何かを考えながらジンは口を開いた。

 

「…あの少女は君の訓練に耐え、想像を絶する力を手に入れただろう。無論彼女なら問題ないとは思うが、万が一力の使い方を間違えたときは…」

 

なんだそんなことか、と俺は拍子抜けしたがジンやモンドの民からすれば相対することになるかもしれないと考えると不安であろうことはすぐにわかった。

 

そのため、俺はジンを安心させるべく、

 

「ああ、わかっている。なんとしてでも彼女は俺が止めるさ」

 

微笑みながらそう言った。ジンはあからさまにホッと安堵の溜息を吐くと、俺に改めて礼を言った。そして、彼女からは俺が予想だにしなかった言葉が飛び出すこととなる。

 

「そうだ、久しぶりに私も『エンジェルズシェア』に行こうと思うのだが一緒にどうだ?」

 

ジンは普段から仕事一筋なのでほとんど『エンジェルズシェア』のような酒場には顔を出すことはない。だが今日のところは飲みたい気分だったらしく、謎のお誘いも受けてしまったので、

 

「わかった、行こう」

 

と溜息を吐きつつ言った。俺は上司からの誘いを断れず、なんだか気不味い飲み会に参加することになったのだった。




一瞬ノエルが聞いた声は確かに彼女を呼ぶ声でしたが、アガレスがガイアに頼んで片っ端から困った人を助けていました。

なんだかんだ、アガレスとガイアは仲良しなのです。勿論、報酬は『午後の死』だぜ!ついでにバルバトスさんにもりんご酒をたかられているアガレスさんはなんだかんだ甘いので買ってあげちゃったみたいですね。


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第10話 『神龍団』結成

話の都合上、プロフィールの前に挿入させていただきました

追記 : 神龍団の名前ですがもう少ししたら変わります。ダサいと言われたわけじゃない。断じて。


「───面構えが変わったな、ノエル」

 

俺と相対するノエルの表情には闘志が漲り、絶対に俺を超えようという意思が窺える。俺は普段通り木刀を抜き放つと普段通り構える。

 

俺の言葉にノエルはそのままの表情で、

 

「はいっ…言いつけどおり、休みましたから!」

 

と言った。言いつけ通りちゃんと休んでくれて良かったが、これからまたボロボロになるんだよなぁ…なんて思う。

 

俺はニッと笑うと、

 

「さて、じゃあ行くぞ?普段通りに」

 

と敢えてノエルを煽った。

 

対人戦において、基本的には開始の合図というものは存在しない。奇襲か、はたまた正々堂々かは不明だが、一対一の構図で対峙している場合、先に動くのはかなり不利となる。だからこそ、こうして睨み合いの状態は長く続く。現に俺とノエルも睨み合ったまま動かない。

 

さて、このままでは埒が明かない。ここは俺が───

 

「───ッ!?」

 

ノエルへ攻撃を仕掛けるため動こうとした俺だったが、咄嗟の判断で後ろに飛ぶ。直後、岩の槍が俺が進もうとしていた方向の地面からズッと音を立てて生えてきた。避けていなければ死にはしないが怪我はしていただろうな。

 

「…なるほど、俺に勝つために…!」

 

ノエルの戦い方の変化を感じた俺は口の端を僅かに持ち上げ笑いながらそう言った。俺の言葉に反応したノエルは凛とした表情で俺に告げる。

 

「もう、立ち止まってはいられませんから…!」

 

『護る』だけだった彼女が、『護る』ために『攻める』ことを覚えたということだ。それはつまり、彼女の中で何らかの本質的な変化があったのだろう。

 

ノエルはそのまま俺に向かって踏み込み、ゼロ距離で大剣を振るおうとした。勿論、咄嗟に後ろへ飛んだため俺の体勢は崩れている。普通なら避けることかどできないだろう。

 

「───ふぇっ!?」

 

しかし、ノエルは大剣を横薙ぎに振るいつつも驚きの余り声を上げた。

 

というのも俺は後ろに飛びつつ風元素で身体を浮かし、そのままバク転して距離を取ったのだ。そのためノエルの振るった大剣は空振りに終わっている。加えて俺の体の柔らかさに驚いているようだった。

 

普段は避けずに木刀で上手く大剣をいなしていたので見せる機会が無かったのはあるが、ノエルの攻撃は意表を突くいい攻撃だったと言わざるを得ない。

 

「今のは焦ったぞ…成長したなノエル…!」

 

俺が基本的な理念を教えたとはいえ剣術や戦法に関しては彼女が発展させたものだ。少し教えただけでここまで成長するとは思わなかったために、俺は自分でも驚くほどに喜びの声を上げた。

 

しかし、ノエルは少し悔しそうな表情を浮かべながら体勢を立て直し、

 

「ですが攻撃を当てられませんでした───」

 

そう言いながら、再び脇構えで大剣を構えた。

 

「───次は…当てます!」

 

直後、ノエルの周囲から先が鋭く尖った岩の柱が4本生えてきて俺に向かって襲いかかる。俺はそれを時に避け、時に木刀で防ぎながらノエルへと迫る。

 

勿論真っ直ぐではなく複雑な軌道を描いての接近だ。中々柱は当たらないだろう。だが、

 

「───うぉッ!?」

 

ノエルに俺の走る軌道を読まれたか、微かな地面の凹凸に足を取られて体勢を僅かに崩す。少し初歩的なトラップに引っ掛かってしまったがここまでの読み合いは正直久し振りなため仕方ないと言えるだろう。大事なのはすぐに次善策を取ることだ。

 

俺が体勢を立て直すのを尻目に、ノエルは明らかに大剣の攻撃範囲外で大剣を振り被っていた。勿論俺からは岩の柱で遮られノエルの姿を見ることはできないが、まだ大剣の攻撃範囲外にいることはわかる。

 

まだノエルからはそれなりに距離があり、何より短時間で大剣の攻撃範囲に来れる距離でもなかったからだ。

 

「───戦場のお掃除の時間です!」

 

しかし、ノエルのそんな声が聞こえたかと思うと大剣が伸びた。正確には、大剣に岩元素が纏わり付いて伸びた。

 

ノエルはただの一度も俺に元素爆発を見せなかった。それは今、この瞬間のためだろう。この瞬間に賭けるためだろう。或いは今まで元素爆発が使用可能な状態になかったか、俺が単純に聞かなかったからか。

 

何にせよ、このままでは避けきれない。攻撃範囲外にいると思っていた俺のミスだ。そしてこのままいけば俺の体は真っ二つになるだろう。だが、

 

「岩斬」

 

ぎりぎりで発動を間に合わせ岩元素を木刀に纏わせてギリギリ大剣の軌道を逸らすことに成功したが、代わりに木刀が砕け散り、その破片が俺の右頬に飛び傷をつけた。

 

ノエルも大剣の軌道が不意にズレたためか、体勢を崩してドシャッと音を立てて尻餅をついた。

 

俺はそんな彼女を見つつ口元まで垂れてきた血液をペロッと舐めるとノエルの下まで移動した。

 

見たところ彼女に怪我はなく純粋に尻餅をついただけのようだ。そんなノエルは俺が普通に眼前に立っているのを見て訓練が終わったと理解したのか緊張を溜息として吐き出した。

 

そして、俺の顔をまじまじと見ると途端に慌てふためきながら、

 

「…あああアガレスさま!!申し訳ありません!お怪我を…っ!!」

 

そう言って俺の右頬にできた傷の手当をしようとしたが、俺はノエルの頭に手を載せてそれを遮ると、

 

「この傷は残しておこう。ノエルが…俺を超えた証に」

 

そう言って微笑んだ。対するノエルはかなり恐縮していたようだが、すぐに嬉しそうに笑うと、

 

「はい、アガレスさま…!」

 

そう言うのだった。

 

 

 

「───ノエルを戦闘面で一人前に育てるという依頼は完了したぞ」

 

西風騎士団本部大団長室にて、ノエルと別れた俺はノエルの育成を依頼してきた人物───ジンの下を訪れていた。ジンは俺の報告を聞いて心底安心したらしく、ふぅぅ、と長く大きな安堵の息を吐くと、

 

「5ヶ月という短い期間で…ありがとう」

 

そう礼を告げた。俺は気にするな、と告げつつ、

 

「これでも栄誉騎士だぞ?加えて、代理団長サマ直々の依頼だ。そりゃあ卒なくこなさなきゃ騎士の名が廃るってもんだよ」

 

ジンは俺の言葉に苦笑した。俺は冗談だ、と続けつつ目の下に隈が出来ているジンを見やる。どうやら、最近彼女も根を詰めすぎているらしい。

 

そして彼女の机の上にはうず高く積まれた書類の山があった。俺はジト目で書類の山を見ながら、

 

「ジン、もう夜だが…」

 

と言ったのだが、彼女は何かを悟ったような表情で笑うと、

 

「ふ、ふふ…今日はもう徹夜コースだ…」

 

そう言った。ジンさぁん…見てらんないよ全く…。

 

ということで俺はジンに、

 

「ジン、俺でもできる書類をくれないか?」

 

手を差し伸べながらそう問い掛けた。ジンは首を傾げながら俺を見ている。どうやら俺の真意が理解できないらしいので、俺は西風騎士達やモンドの住民達の心配の念が伝わっていない現状に嘆息すると、

 

「心配だからだよ。社畜といえば一部には聞こえがいいが根を詰め過ぎれば倒れてしまうぞ?止められたのに止めなかったとあらばバーバラに申し訳が立たん」

 

ちゃんと理由を説明した。バーバラの名を出すと、ジンはビクッと肩を震わせたが、もう一押しといったところだろう。なので、

 

「お前がやらなければならないこともわかっているが、そうやって一人で何でもかんでも努力しようとするのはお前の良いところでもあり…偶にキズなところでもある、わかるだろ?」

 

そう続けた。ジンは目を少し見開いたかと思うと少し笑う。

 

「───では頼もう…一応、全部の書類自体に目を通し終えてはいるから、あとは判を押すだけなんだ…」

 

そしてそう言った。俺は水を得た魚のように書類のほとんどを奪い取り、もう一つの席に座った。ジンは大量の書類を奪われたことに対して少し…いやかなり焦って驚いている様子だったが、

 

「疲れたならその数枚で終わりにするといい。俺は最悪、明日1日休めるからな」

 

俺が冗談めかしてそう言うとジンは再びフッと笑った。そして、

 

「ありがとう、アガレス…」

 

そう言って気が抜けたのか、机に突っ伏して規則正しい寝息を立て始めてしまった。俺は苦笑しつつ、かなり疲れが溜まっていたんだろうなぁ、なんて思う。そのままジンをソファに寝かせて体が冷えないように俺のコートをかけつつ、彼女から奪った書類にひたすら判を押して全部の書類が片付く頃には朝になっていた。

 

女性と同じ部屋で一夜を共に…まぁ、ただただ仕事してただけだが深夜テンションの俺はそんなことをボーッと考えていた。もう朝方なのでジンもそろそろ起きる頃だろう。

 

俺は朝日に照らされながら規則正しい寝息を立てるジンを見て少し笑うとそのままコートを置いて大団長室を後にするのだった。

 

〜〜〜〜

 

その後もアガレスは栄誉騎士として様々な任務をこなし、モンドの民にも好かれていき、その名は瞬く間に広まっていった。

 

ノエルがアガレスの弟子を卒業した次の年。ノエルは騎士選抜試験に合格し、正式に西風騎士団に入団、『メイド騎士』の称号を得て騎兵隊に配属された。ノエルは夢が叶ったことを心の底から喜び、アガレス達と共に歩んでいけるのだ、とそう信じて疑わなかった。

 

その更に次の年、旅からディルック・ラグヴィンドが帰還し、『アカツキワイナリー』のオーナーに正式に就任した。彼はアガレスのことを聞き、深く興味を持ったようだが、西風騎士団に所属している彼を「勿体ないことだ」と評する。

 

半年後、アガレスが終ぞ会うことのできなかった大団長ファルカが西風騎士の8割程を率いて遠征に出発し、それを契機に『ファデュイ』がモンドへの外交的圧力を強めた。

 

アガレスは西風騎士団の弱腰な対応による任務の変更に伴い人々の不安を取り除くことが難しいと判断し、西風騎士団栄誉騎士の称号を返上し西風騎士団を去った。

 

代わりに西風騎士団と西風教会の許可を得て傭兵組織『神龍団』を結成しそれに伴う施設をモンド城の郊外に建て、団長に就任した。メンバーは団長アガレス、副団長エウルア・ローレンス、団員レザー、そして───

 

「本日付で、『神龍団』に配属になりました!ノエルと申します!どうぞ、よろしくお願いいたします!」

 

───団員、ノエル。

 

 

 

『神龍団』は困っている人々の依頼を受けて人材を派遣する傭兵団である。ジンはアガレスが西風騎士団を退団するのを悲しがったものの、退団を止めることはできなかった。アガレスの民の不安を取り除きたいという気持ちに圧されたためである。そして、『ファデュイ』の圧力に屈しかけている西風騎士団では、それは叶わないとジンも深く理解していたのだ。

 

一方のエウルアは昔から西風騎士団にいることをよく思わない派閥によって退団を余儀なくされた。彼の叔父、シューベルト・ローレンスと『ファデュイ』による圧力である。エウルアが路頭に迷い日々の生活がままならなくなった時にアガレスに発見され、『神龍団』へ入団した。初めての団員ということもあって副団長に就任している。

 

レザーは奔狼領にアガレスが行ったときに巨大なスライムから身を護り、その腕を見込んだアガレスが様々な問題を解決し、北風の狼ボレアスの試練をクリアしたことによってレザーを雇い二人目の団員とした。

 

そしてノエル。彼女もまた、西風騎士団の理想が崩れているのを感じていた。昔とは違い、大団長ファルカが居らず、ジンがなんとか支えている状況であり、『ファデュイ』の圧力に屈しかけている。加えて、アガレスが去ったことが、彼女にとって大きい喪失感を生んでいた。ノエルは少しの間ジンやガイアの手伝いをし、騎士団が落ち着いたところで彼女は考えた。より、多くの人々を救えるのは、『西風騎士団』と『神龍団』のどちらか、と。

 

ノエルは長年の夢であった西風騎士団に入る、という夢を叶え、充実した日々を送っていたが、モンドの人々のためにその夢を諦めることを選んだ。彼女の心情は唯一つ、モンドの人々を理不尽から護りたい、その一心である。

 

「───アガレスさま、お久しぶりです」

 

ノエルは落ち着いた様子でアガレスにそう挨拶した。アガレスは微笑みながら挨拶を返すと、

 

「…しかし、まさか西風騎士団を抜けるとは思わなかった」

 

思わず、といった形でそう言った。西風騎士団にとってノエルとエウルア、そしてアガレス自身が抜けた穴はかなり大きい。ジンの負担は更に増えることになるだろう。だが、

 

「西風騎士団を抜けるのは、確かにわたくしにとって大きな決断でした。ですが、モンドの皆さんの笑顔を護りたかったんです!」

 

別の組織ができたことで元来西風騎士団に行っていた依頼の数々は神龍団にいき、意外にも負担が減っているようだった。

 

アガレスはフッと笑うと、真面目な表情で会議室にいるノエル、エウルア、レザーに告げる。

 

「西風騎士団はかつてないほど人材不足が著しい。だから、業務提携を結ぶことにしたんだ」

 

アガレスが『神龍団』を結成して半年、新たに獲得した人材も昔よりずっと質が低く、まだまだ新人であることもあって仕事を任せられないため、必然的にジンやガイアを始めとした先輩騎士達の負担が増えることとなっている。

 

そのことを理解して、否、実際に暫くその現実に晒され続けたノエルにとっては心の底から首肯ける話だった。だが、アガレスの言葉にエウルアは少しだけ嫌そうな表情を浮かべた。

 

それを理解したらしいアガレスは皆にも聞こえるぐらいの声量で、

 

「現状、モンドの統治機構は西風騎士団だ。彼らが倒れれば増々『ファデュイ』は圧力を強めるだろう。それを防ぐために、モンドの統治機構を強化、ないしは補強する」

 

そう理由を説明した。その理由を聞いたエウルアは、

 

「全てはモンドのため、ってことね。わかったわ」

 

無理矢理自分を納得させたのか、はたまた普通に納得したのかはわからないがそう言った。そして、

 

「モンド、俺の、故郷。悪いやつら、倒す」

 

純粋に理解できていなかったレザーも静かながらも闘志を顕にしつつそう言った。ノエルはというと、

 

「モンドを護るために、全力を尽くしましょう!アガレスさま!」

 

皆の意見を締めくくるように、にこやかにそう言った。アガレスはニヤリと笑い、

 

「よし、では俺とエウルアはジンのところへ行ってくる。二人、特にノエルには急で申し訳ないがここを頼んだぞ」

 

アガレスはレザーとノエルにそう告げると、エウルアと共に西風騎士団へと向かうべく、『神龍団』の入り口の扉を開くのだった。




誤字がないことを祈って…


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アガレスのプロフィール

原神風にとりあえず作ってみましたアガレスのプロフィール。原神自体のネタバレ含みますので、見ないという選択肢もありです…!

追記 : 何故か抜け落ちている部分があったので修正しました。因みに、《頬の傷について》、です。読み直して気付きました…申し訳ない。

追追記 : アガレスの趣味に関して追記しました。


名前 : アガレス

性別 : 男性

年齢 : 不詳だが6000を優に超えているとされる

誕生日 : 9月18日

所属 : 西風騎士団→神龍団→救民団

別称 : 元神、元栄誉騎士、魔龍の討伐者

神の目 : 無元素でありながら全元素

星座 : 元神座

使用武器 : 全武器だが中でも片手剣

 

ひとこと紹介

 

かつて『七神』が『八神』だった時代の最も古き神で、当時は『元神』と呼ばれていた。

 

紹介

 

アガレス。彼は7つの元素全てを扱えるが、一つの元素のみを持つ他の神と違って自分の国を持つことはなかった。昔は『元神』と呼ばれ、現在最も古く強いとされている岩王帝君、モラクスでさえ、彼には及ばない。『八神』であった時期は他の神の取り纏めや仲介役をしており、頼られる存在であった。

しかし、テイワット大陸を襲った大災厄『終焉』を止めるため、彼はその力の大半を消費して『終焉』を食い止め、眠りについた。無論、彼の自己犠牲は他の神の黙認の下行われたものであり、彼自身魔神の怨恨に犯されていた自分の寿命がもうすぐ尽きることを知っていたため自己犠牲を選んだのだ。

『八神』から『七神』になった今でも『七神』達はただの一瞬も『八神』であった頃を忘れてはいない。"アガレス"という男のことを、絶対に忘れてはいない。

 

武器 : 隕鉄一刀

太古の昔星に落ちてきた隕石を加工した不壊の刀剣。切れ味は鋼鉄をも膾切りにするほどによく、また信じられないほどに軽い。刀身は黒く、白い筋が走っている太刀である。※尚本編未登場

 

通常攻撃 : 千変万化

 

アガレスが長年の末最適化されてきた剣術。型がないため、相手に剣筋が読まれにくいという利点がある。

また、全元素を扱える利点を活かし、あらゆる元素を活かした戦闘が可能。

 

(元素名)斬

 

便宜上の名でつけているだけだが、元素を武器に纏わせ斬る技。使い勝手がよくて高威力なためアガレスが好んで使う系統にある。

 

元素スキル : 風

 

基本は剣術以外彼は名前をつけていないが便宜上の呼び名はあるようで、風元素の元素スキルは『風』と呼ばれている。基本は風刃のようにして使用するが、時には風槍のようにして貫通力を高めて使用することもある。

 

炎・草

 

主に草元素と合わせて扱い、草元素をばら撒いて炎元素で火を点けて一気に燃焼させる、という中々エグい元素スキルである。

 

 

高圧に圧縮して行使することが多く、槍状にしたり、また回復に使用したりする。

 

 

基本攻撃には使わないが自身の肉体に纏わせて重量を重くし、体術や剣術の威力をあげるといった手法に用いられる。

 

 

氷元素を霧のように撒き散らして呼吸器を凍らせたり、凝縮させ槍状にしたりと、かなり嫌らしい使い方をしている。

 

 

主に移動に使われるが、強いプラスの電荷を持つ雷元素で敵の四方に刻印を残しマイナスの電荷をもつ雷元素を雲内に発生させ中央に雷を落とす、といった手法にも用いられている。

 

元素爆発 : 終焉之神

 

あらゆる元素反応をアガレスを中心にして引き起こす。アガレスが元素爆発を使ったことは一度だけであり、その様から現『七神』に『アガレスがあの元素爆発を使うとき、その敵は魂すら残さず潰えるであろう』と言われている。

 

固有天賦

 

元素の極致

元素を扱う敵に対するダメージが大幅に上がり、また全ての元素耐性も大幅にアップする。

 

元神の意地

自分の体力が3分の1以下になると体力を全回復し、限界を超える。その代償として、『摩耗』が進む。

 

酒敵(しゅてき)

酒類の摂取が一切できなくなり、仮に接種したとしても酔い潰れる。酔い潰れなかった場合…ウェンティはアガレスについて、『彼にお酒をもう飲ませない…何故なら死人が出るから』と語っている。

 

命ノ星座

 

神の息吹

その者の生命は風前の灯、吹けば簡単に掻き消える。だが神はそれを望んでいない。

 

巨神の加護

太古の昔存在したとされる巨神の加護。巨神の残滓が認めた存在にのみこの加護は与えられ、あらゆる死の超越が与えられる。

 

星の守護者

彼は産まれたときからその力と使命を背負っていた。テイワットを侵そうとするモノは、例え誰であろうと彼は許さないだろう。

 

運命の交錯

彼と運命を共にする者は必ず彼の助けになるだろう。そして彼自身の運命もまた、必ず彼の味方になってくれる。

 

最凶にして最強

彼は2つの力を得た。全てを破壊する最凶の力と、全てを包み込む最強の力。来たるべき『終焉』と再び相見えた時の彼の選択はどちらになるだろうか。

 

全ての頂の超越

この世の頂点すら超える成長を、彼はすることになる。しかし、その道は決して明るいわけではない。

 

ボイス

《初めまして…》

元『八神』の一柱にして二つ名は『元神』、アガレス、よろしくな…っとまぁ、自己紹介はこんくらいにして、早速遊びに行かないか?

 

《世間話・七神》

『七神』の方が確かに語呂合わせも都合もいいが…弾き出された身としてはちょーっと複雑なんだよな…まぁ、そのお陰で今俺は自由でいられるから、感謝してもいるけどな。

 

《世間話・休日》

俺が休日にしていること?うーん…そうだなぁ、誰もいないところで歌ったり、お魚をドッカーンしたり、あとは…って、後ろ?じ、ジン…?いや、じ、冗談だろ?わ、悪かったって、あーっ!

 

《世間話・自由》

自由はいいもんだ。昔みたいに仲間とワイワイ騒げるし、な。お前には感謝してるよ、ありがとな。

 

《雨の日…》

雨かー、髪がボサボサになっちまうよ…。

 

《雷の日…》

おっ、光ったな。眞も影も元気そうだ。

 

《晴れの日…》

んーっ!やっぱ天気は晴れに限るな!え、何でかって?日差しが気持ちいいし、何より、皆の笑顔が見れる。それだけで、俺の心も晴れやかになるんだ。

 

《風の日…》

バルバトスー!ちょっと強すぎじゃねぇかー!!

 

《おはよう…》

おはよ、よく眠れたか?休息をしっかりとっているようで何よりだ。今日はどうするんだ?暇だし、ついてくぜ。

 

《こんにちは…》

よっ、ちょっと昼飯食わないか?俺の手作りなんだが…えっ、興味ある?今度レシピを教えてほしい?ッハハ、まだまだ沢山ある。時間があるときに教えてやろう。

 

《こんばんは…》

いつも俺は酒場に居てな。さ、酒を飲むわけじゃなくてだな!その…できるだけ、誰かと話していたいんだ。そうでもしなければ、昔のことを思い出してしまうからな。

 

《おやすみ…》

今日やるべきことはやったか?今日はもう遅い。終わっていないなら俺がやっておくから、ゆっくり休め。おやすみ、いい夢見ろよ。

 

《アガレス自身について・元神》

『元神』の由来?ああ、俺はあらゆる元素を扱えるのは知ってるだろうが、それからとってテイワットの民、そして現『七神』から『元素の神』、『元神』と呼ばれるようになったんだ。安直?言ってやるなそれは。

 

《アガレス自身について・失意》

昔、俺の強さが足りずに仲間を失ってしまってな。あの時俺は失意に暮れて、無気力になってしまっていたんだ。今でも思うよ、今くらい強ければ、あいつを失わずに済んだはずだ、ってな。

 

《神について…》

神は強いと思うか?俺はそうはおもわないんだ。確かに、肉体的、身体的強さで言えば、強いのかもしれない。だが、それぞれの思うがままに行動するところは人間となんら変わりはしない。人間と同じで我々も弱くて、とっても繊細なんだ。だから、俺のことも繊細に扱ってくれよ?

 

《休息について…》

なんでそんなに休息に固執するのか気になる?ああ、それはな、休息をとらずに、或いはとれずに壊れていった人達を俺は知っているし、あの時俺は止められなかった。だから、今は後悔のないようにしているんだ。わかったら、お前もちゃ~んと休むんだぞ?

 

《神の目について…》

ん?鍾離とかウェンティみたいに、その『神の目』が偽造なのか、って?ああ、いやいや、俺のは本物だ。だから元素を扱うときにその元素の『神の目』になるんだ。中々面白いだろ?

 

《傷について…》

頬の傷のことか?あぁ…これは、ノエルにつけられたんだ。意外だったか?ノエルと俺は師弟関係にあって、最終試験のときにつけられたんだ。それ以来、彼女が俺を超えた証として、この傷を治さずにいるんだ。名誉の負傷、ってやつだな。

 

《神龍団について…》

神龍団は俺が結成した、モンドの民のための組織だ。まぁ、今でこそ西風騎士団と協力してるが、昔はそれぞれでやっていたんだ。え?険悪じゃないのかって?いやいや、仲が悪いわけじゃないんだ。ただ、立場が違っただけさ。

 

《シェアしたいこと…》

歌うのって結構楽しくてな。あっ、そういや、俺の誕生日にジンが歌ってくれてな、すごい上手いんだ。今度歌ってもらうといい。

 

《興味のあること…》

お前達の故郷に興味があるな。何処から来て、どこに向かって、何を成すのか。できればその旅に俺も同行したいもんだな。ああ、無理に言う必要はない。それをこれから知ることも含めて、『旅』ってもんだからな。

 

《ノエルについて・応援》

ノエルは凄い努力家だ。俺の訓練にしっかりついてきてくれたし、それ以外のことでもずっと頑張っている。そのまま、頑張り続けてほしいもんだ。

 

《ノエルについて・心配事》

昔からそうなんだが…ノエルは休息を疎かにするきらいがあるんだ…確かに時には休まず頑張ることも大切だと思うが、できればしっかり休んでほしい…って、まーた掃除してる…。

 

《ジンについて…》

ジンは俺が出会った当初からあの調子で仕事をしてる。たまに酒場に来てくれるが、最近じゃ、俺がジンの仕事を手伝ってるんだ…いま、大量の書類を抱えてジンが通ったような…?

 

《ウェンティについて…》

バルバトス?あぁ…あいつは昔から酒が好きでな、あんな感じでよく飲んだくれてる。ただ、ムードメーカー的な存在でもあって、何回も俺を助けてくれた。感謝しかないよ。

 

《鍾離について…》

モラクス?あぁ…宣言通り、500年間待っててくれたよ。まぁ、その実立場としては岩王帝君からただの凡人になってるみたいだけどな。ただ、モラクスは腐ってもモラクスだ。そこのところは忘れずに覚えておくといい。

 

《雷電将軍について…》

雷電将軍?ああ、眞と影か。あの二人は本当に上手くやってると思うよ。仲も良いし、政務の方も完璧だ。ただ…影が最近、俺に凄い視線を飛ばしてくるんだ…なんか知らないか?

 

《氷神について…》

 

彼女のことか?あー…あんまり、俺は好きじゃないっていうか、苦手というか…まぁとにかく、反りが合わなくてな。彼女の考え方と俺の考え方が根本から合ってないのかもな。彼女についてはその関係であまり詳しくはないんだ。

 

《ガイアについて…》

ガイア・アルベリヒ。中々食えない男だが俺は懇意にさせてもらってるぞ?あいつの情報に加えて…いや、これは本人の口から聞いたほうがいいだろうな。

 

《ディルックについて…》

ディルック・ラグヴィンド…ガイアとは義兄弟だったと聞いている。何があったのかは俺も知らないが、長年一緒にいたはずの義兄弟がたった一つの出来事で離ればなれになるのはとても悲しいことだ。ただ…俺は完全に袂を分かったわけではないと思っている。

 

《バーバラについて…》

バーバラか…あの子も結構苦労している。幼い頃に大好きな姉と引き離され、そのままだからな。ただ、お互いにお互いを想っているようだから、時間の問題だとは思う。あの二人がまた姉妹として幸せに過ごせることを俺は祈ってるよ。

 

《ディオナについて…》

ディオナ…?あいつ、今いないよな?昔、俺の酒を飲めない体質について色々研究されかけたんだ…全く、今思い出しても寒気がする、って、後ろ?いや、旅人、頼むから冗談は…あっ。

 

《タルタリヤについて…》

ああ、ファデュイ執行官第11位、『公子』タルタリヤだろ?最近手合わせをせがまれて困ってるんだ。最初はボコボコにしてやってたんだが、あいつ、性懲りもなく来るからな…だが、中々の武力を持っていることは確かだ。旅人もあいつには気を付けてくれよ。

 

《刻晴について…》

彼女の考えは中々面白いな。モラクスの考え方を完全に、とまではいかないがかなり否定している。なんだかんだ彼女とは仲良くはなったが…仕事の手伝いをさせるのはやめてほしいな。そのせいで璃月の内情に詳しくなってるんだぞ?なんかもう国賓みたいな扱いにされてるんだよ俺。

 

《凝光について…》

とにかく富豪である、とこの一言に尽きるな。彼女の商才は凄まじいし、俺も彼女ほどの商売上手は見たことがない。中々侮れぬ人物と言えるだろう。

 

《甘雨について…》

甘雨?ああ、丸っこかったあの…え?今は凄いスリム?本当か?想像つかんな…まぁ、昔とは違うのだろう。半人前だった彼女が500年前と比べてどう成長したのか、楽しみで仕方がないな。

 

《八重神子について…》

あの小さかった狐が宮司になったと…!へぇ!いや、昔から俺の足の周りを回っては頬擦りしていたのを思い出してな…いや、なんというか不思議な感じだ。やっぱ皆成長してるってことなんだろうな…。

 

《アガレスを知る・1》

なんか困ってることあるか?え、話の相手をしてほしい?ッハハ、お安い御用だ。何を話したい?

 

《アガレスを知る・2》

なになに?アガレスさんは普段手伝ってくれるけど、楽しいの?ってか?ああ、俺は誰かの役に立つのが好きなんだ。これは…昔からなんだ。

 

《アガレスを知る・3》

うーん…この料理中々旨いな。誰が作ったんだ…って、お前が?今度料理について熱い議論を交わさないか?退屈はさせねえぜ?

 

《アガレスを知る・4》

昔、俺が救うことができなかった人達の声が聞こえることがあるんだ。でも、怨嗟の籠もった声は一つもない。全部俺を応援してくれる声なんだ。その声を聞く度に、皆の分まで頑張ろうって思う。お前はどうだ、旅人。

 

《アガレスを知る・5》

全ての元凶は『終焉』とカーンルイア、その関係性にあった。俺はその影響が全世界に及ぶのを防ぐために、自分を犠牲にしたんだ。もう誰にも、傷付いてほしくなかった。カーンルイアの民にも、それ以外の民にも…こんな話されても困るよな、忘れてくれ。

 

《アガレスの趣味…》

趣味?ああ、俺は一人でキャンプをするのが好きだな。ただ…うん、広い意味で言うと楽しいこと、だな。皆と何かをするのが、俺にとっては一番楽しいことなんだ…これは秘密にして欲しいんだが、実は稲妻の娯楽小説が好きでな…特に恋愛小説はいいぞ、って旅人?何処に行くんだ?おい、旅人!?

 

《アガレスの悩み…》

最近、なんか女性からの目が怖いときがあるんだ。特に影とノエル…まて、旅人、他にもいるというのか?

 

《好きな食べ物…》

まぁ好き嫌いはしないが、特に好きなのは鶏肉のスイートフラワー漬け焼きだな。甘じょっぱくてな…あれがたまらないんだぜ…?

 

《嫌いな食べ物…》

食べ物、というか飲み物なんだが、俺はお酒が飲めなくてな…一口でも口にすると酔い潰れるんだ。まぁ、嫌いというよりかは体質的に受け付けない、というべきかな。

 

《誕生日…》

誕生日おめでとう!朝から驚かせてすまないな。今日は空いてるか?空いてるなら俺と一緒に少し出掛けないか?勿論、退屈させるつもりはねぇよ?

 

《突破した感想・起》

おっ、力が増したな…なんか不思議な気分だな。

 

《突破した感想・承》

これで、より多くの人を救える…礼を言おう。

 

《突破した感想・転》

ここまで成長できるとはな…旅人、お前のお陰だな。

 

《突破した感想・結》

昔とは比にならない程の力を感じる。この力があれば、俺はお前たちを護ってやれる。旅人、俺のこの力、その全身全霊を以てお前と、お前の大切な物を必ず護ると誓おう。




いかがでしたでしょうか…結構時間かかりまして…次話は本編です

追記 : なんかミスってましたね…ということで直しました!なんか太字がうまく行ってなかったっぽいです
神龍団に関しては途中から名前変わるだけですけどね…
ついでに璃月キャラと稲妻キャラについても少し増やしましたね


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第11話 業務提携の話ししてたのに…

ワクチン打ったんですが副反応が酷くてヒイヒイいいながら描きました

追記 : だからどうしたそれでも書くんだよォ!!

と、後から思っております。


「───久しぶりだな、アガレス…いや、今は神龍団団長殿、とお呼びすべきかな?」

 

神龍団を出た俺とエウルアは西風騎士団本部の大団長室にいるジンを訪ねていた。勿論アポは取っているので、西風騎士が大団長室まで案内してくれて会談の場が設けられる運びとなっていた。

 

大団長室内にて、ジンとガイア、そして俺とエウルアがそれぞれ席についており、開口一番、ジンは皮肉っぽく俺にそう言った。

 

いや、実際皮肉は入っていると思うので俺は軽く肩を竦めるだけにしておき、本題に入ろう、と視線だけで彼女に伝えた。

 

「…業務提携についてだったな」

 

ジンも同様に軽く肩を竦めると、俺から出された書類を手に取りひらひらと振った。

 

本題に入ろう、と視線で伝えた手前申し訳なかったのだが、やらねばならないことを思い出したのでそれを先に伝えることにした俺はジンの言葉を手で制すると口を開いた。

 

「その前に、西風騎士団はようやく内情が落ち着いたとはいえ、欠けている役職は多いだろう?」

 

遊撃小隊隊長は欠けているし、他も現状モンドにはいなかったり、欠員だったりが多い。一部を除いて本当に人手不足なのだ。

 

まぁ、純粋な人手不足もあり、ファデュイ関連でも信用を多少なくしている西風騎士団が人手不足なるのは、当然と言えば当然だった。

 

斯くいう俺も西風騎士団を抜けた者の一人だ。ただ、俺個人の感情とすれば、騎士団に所属する個人個人は皆知り合いなので、普通に手助けしてやりたい。

 

何よりモンドの事実上の統治機構である西風騎士団が屈してしまえばこちらとしても大損害だし、あの高圧的なファデュイの面々にモンドの民が晒されるのは嫌なのだ。

 

俺は上記のことを説明してからジンに問う。

 

「だから、西風騎士団内でファデュイとの交渉ができるくらいの地位を、一時的でいいからくれないか?」

 

俺のその言葉にガイアもジンも少し驚いたような表情を浮かべた。尚神龍団の面々には俺がこの提案をすることは事前に伝えてあるため、驚くようなことはない。

 

俺の言葉にジンは少し考える素振りを見せると、

 

「…アガレス、変装はできるか?」

 

おもむろに口を開いてそう言った。俺はふむ、と一つ唸ると、

 

「変装は可能だ。人相書きはおろか、スメールの『写真機』にも撮られていないはずだから、髪色と髪型…あとはそして瞳の色さえ変えれば問題ないはずだ」

 

言いつつ、銀髪は黒髪に、紅眼は碧眼にでもしよう、などと考える。髪型は適当にわしゃわしゃすれば問題ないだろう。

 

そしてジンの口ぶりから察するに許可はくれるらしい。俺がそう考えていると、

 

「君に交渉を任せる、という点について私も賛成だが…」

 

ジンが賛成の意を示しつつも、微妙そうな表情を浮かべる。恐らく、どう変装した俺を扱うかを決めかねているのだろう。

 

だが、不意に何かを思いついたようで口を開いた。

 

「今、丁度今期の騎士選抜が終わったところで、合格者を選考中なんだ。その中に君の変装中の身分を紛れ込ませよう。選考員は私とガイア、そしてアルベドだから、他2人にも伝えておく」

 

ガイアは隣で聞いてるけどな、と思いつつそれでいいのか西風騎士団…とも思う。ほぼというか、モロ偽造身分だというのに代理団長自ら犯罪をするとは如何なものか。

 

ただまぁ、それくらいモンドそのものが追い詰められているのかもしれない。それこそ、生真面目な彼女が形振り構っていられないとなると、結構瀬戸際だったりしてな。

 

それはそうと、ファデュイが表立ってモンドに政治的な圧力をかけ始めたのは半年前だ。なにか理由があったりするのかを、ジンについでとばかりに聞いてみると、

 

「ああ、どうも、せんぱ…ディルックを狙ったものみたいだ」

 

苦々しい表情を浮かべながらそう言った。ディルックといえば半年前にモンドに帰ってきてワイナリーのオーナーに就任した赤髪の男だろう。今の所俺とは接点がない人物でもあるな。

 

だがその彼がどうしたというのだろうか?と考えているとジンがその疑問に答えるように口を開いて続けた。

 

「彼らの計画をことごとく邪魔したために恨みを買っているらしく、表立って敵対する素振りは見せていないが、裏で色々やっていることは明らかなんだ」

 

ファデュイに恨みを買われるとは、余程のことをしたらしい。ただ、先も述べた通り俺は接点がないためディルックについて詳しく知らない。

 

現騎兵隊隊長であるガイアの義兄弟でガイアの役職の前任であることは知っているが、ほぼそれくらいだけしか情報はない。ただまぁ、これに関して知っているのは俺が依頼でアカツキワイナリーに行ったときに、メイド長であるアデリンから話されていたからだ。

 

そう考えると立場的にも知っておいて損はない人物であると言えるだろうな。

 

などと考えていると、ジンはそれは置いといて…とばかりに一旦瞑目してから考えを改めるようにしながら口を開く。

 

「…君には一時的に遊撃小隊隊長の座についてもらおう。今そこがちょうど空いているしな」

 

言われてから、遊撃小隊隊長の地位之ことを考えていたのだが、大体良さそうだ。変装中の身分なので下手な役職だとモンドにいないと不自然だ。

 

その点遊撃小隊隊長はモンドにいないことが多いため、ほとぼりが冷めた頃に死亡扱いにでもしてしまえばいいだろう。そう考えれば遊撃小隊隊長という地位は適任だと言えた。

 

「わかった、ファデュイのことは任せてくれ」

 

そこまで考えて俺はそう告げ、ジンが首肯いたのを見て次の話題へと転換させるべく口を開く。

 

「西風騎士団の内情はどうだ?落ち着いたとはいえ、仕事は減ったんじゃないか?」

 

ジンははぁ、と溜息を吐くと少し悲しそうに言った。

 

「ああ、西風騎士団はファデュイの圧力によって完全に弱体化していると言っていい。我々には神龍団にはない歴史があるとはいえ、最近は神龍団───君たちの話題でモンドは持ちきりだ。だから西風騎士団ではできない小さな日常の依頼などは、君達に流れていっているのだろう?」

 

ジンの言葉に俺は首肯きつつ告げる。

 

「加えて、最近は俺達の実績もあるから大きめの依頼も転がり込んでくるからな」

 

例を挙げるとすれば、少し前に起こった『黒い焰』事件の解決自体は西風騎士団がやったが、事件の捜査をしたのは俺たち神龍団だった。その事件からファデュイの執行官である『博士』はモンドから追放されるわ、俺たちの株が上がって忙しくなるわ…いよいよジンの気苦労がわかってきた。

 

「だが、やはりファデュイの面々は君の神龍団を好ましく思っていないだろう」

 

表向きは西風騎士団が全て解決したことにはなってるが、俺が捜査をしていた、ということを知っている住民もいたようだし、デットエージェントあたりが上に報告してそうだな。全く以て面倒臭い連中だなファデュイってのは。

 

ジンは心の底から俺を心配しているのか真剣な表情で、

 

「闇討ち、暗殺…様々な殺害行為や妨害行為が考えられる。気をつけてくれ」

 

そう言った。そんなジンの気遣いに感謝しつつ、俺は少し笑いながら口を開いた。

 

「ああ、何しろ俺は奴らにとって『好まざる人物』らしいからな。光栄な限りだが」

 

余裕そうな俺を見たジンも少し笑うとすぐに寂しげに目を伏せつつ、

 

「まぁ、とにかく、仕事の量は以前に比べ半分以下になった。楽にはなったが、モンドの皆から頼られないのは少し寂しくもある」

 

そう言った。まぁ神龍団の存在に加えてファデュイを御せないから西風騎士団自体の信用が多少下がってしまうのは仕方のないことだろう。

 

ただそれでも、彼女個人の人望は厚い。だから西風騎士団と神龍団の両立がなんとか出来ているといった状態なのだ。適度に…いや、絶妙なバランスで仕事が分かれている状態であり、その均衡はいつ崩れるかわかったものではないのが現状だ。

 

だからこそ、俺達の業務提携で上手い具合に仕事の分配ができれば…と考えたわけである。業務提携の発表は勿論神龍団と西風騎士団の合同で行うことになるだろうが、それが終われば何かと動きやすくなるだろう。

 

「俺達の仕事の内容はバラバラだ。いなくなった猫を探してほしいとかの小さい依頼から怪しい商人の金の流れの追跡なんかまである。まぁ、大きい依頼ほど、案件的には西風騎士団に任せるべきものになってくるわけだ」

 

俺は業務提携を行うに当たっての前提を話す。ジンもガイアも理解しているようで首肯いている。

 

ここまでわかれば後は早い。俺は少し笑うと、

 

「そこで、小さい依頼から中くらいの依頼まではこちらで引き受け、大きい依頼はそちらで、或いは両方で受けるというのはどうだろうか?」

 

そう言った。業務提携というのはそういう意味で、現状、モンドには…まぁ平たく言ってしまえば『なんでも屋』的なのが二つ存在しており、西風騎士団と神龍団がある状態だ。

 

西風騎士団はモラを貰ったりはしていないが仕事の効率は悪い。逆に俺たちはモラを貰って仕事をしているが効率はいい。

 

棲み分けは一応できているように見えるが、実態としては神龍団の仕事が増える一方で西風騎士団の仕事を奪っているようなものだ。

 

「俺達神龍団と西風騎士団、この2つは対比構造になっているわけだが、このままだとモラを支払ってでも俺たちに依頼をして解決してもらおう、という人が更に増えるだろう。俺達としてはそれはそれで構わないが、西風騎士団が頼られなくなればモンドは間違いなく瓦解してしまう」

 

事実、西風騎士団への信用が少しずつなくなっていくのと同様に、仕事も比例して減ってきているのだ。

 

そんな俺の説明を受けて、

 

「だからこそ、今のうちに依頼を分け西風騎士団にも仕事が残るように、というわけか…」

 

ジンはそう言って少しだけ悔しそうにキュッと唇を引き締めた。すると、ここまでずっとにこにこしていたガイアが真剣な表情で口を開いた。

 

「なぁ神龍団団長サマ、その場合こっちの仕事は減るんじゃないのか?大きい依頼は少ないだろう?」

 

まぁ、そんなに頻繁にあったら大惨事だしガイアの言葉も尤もだろう。

 

だが、と俺は告げる。

 

「大きい依頼は少ないかもしれない。ただ、犯罪が起きた場合確実に西風騎士団を頼ることになる。そして、軽犯罪なら然程数も少なくないし、多分仕事としては今よりかなり増えるはずだ」

 

俺のその言葉にガイアは少しだけ納得しているような表情になっている。俺は追い打ちをかけるように腕を組んで続けた。

 

「俺たちが関わった大きな事件は今のところ『黒い焰』事件唯一つ。そしてそれはファデュイの圧力を少なくするために俺から西風騎士団が解決したように見せかける、としただろう?実際、最後の方は西風騎士団でなんとかしていたからあながち間違いとも言えないしな」

 

「ああ、そうだな。だが、お前はそれでいいのか?」

 

ん?と俺はわからずに首を傾げると、やれやれとばかりにガイアは肩を竦めた。

 

「お前達の評判が上がればもっと多くのやつを助けてやれる。そうしないのは何故だって聞いてるんだが」

 

ガイアのその言葉に、ああそういうことか、と合点がいった。だが勿論そんなことするはずもない。

 

「…確かに、そうすれば西風騎士団より多くの人間を救えるようになるだろう。だが、そうしたらどうだ?西風騎士団に所属する人々は救えるのか?」

 

突き詰めてしまえば俺が考えるのは全員が救われる方法だ。そしてそれは酷く傲慢なことでもある。

 

だがもしその方法があるなら、模索せねばならないのだ。それが今の俺のしたいことであり、それが俺の『自由』だからな。

 

俺の言葉にガイアは少しだけ驚いたのか目を見開くとすぐにフッと笑った。

 

「不躾なこと聞いてすまん」

 

そんなガイアの言葉に俺は気にしていないことを告げる。一先ず話が纏まったのでジンが熟考しつつ、遂に結論を述べようと口を開いた。

 

「業務提携の件、私は───」

 

と話の途中で部屋の外が騒がしくなってきたためジンの言葉が遮られてしまった。声音的には了承してくれそうだが、果たしてどうだろうかな。

 

さて、それはさておき窓ガラスもガタガタ震え始めている。どうやら唯ならぬ何事かが起きているようだ。

 

ジンもそれを理解したのか立ち上がると、

 

「対談は一時中断、今は外で何が起きているのかを確かめねばな」

 

そう言った。俺はすかさず窓を開けると外の様子を伺う。戸惑いと恐怖を表情に宿す人々は北西方向を指さして何事かを叫んでいる。北西…といえば、風龍廃墟がある方向だな。風元素で音を拾おうと試みたが何故か拾うことができなかった。

 

と俺はそれを大団長室内の3人に伝え、急いで外に出て北西方向を見ると思わず目を見開いた。

 

蒼い色の巨大なモノが飛んでくる。やがて目視で細部が見える状態になった瞬間、その巨大なモノ───蒼き巨龍は一声嘶いた。そしてすぐモンド城を暴風が包みこみ、人々の悲鳴が至る所から聞こえてくる。

 

俺にとって蒼き巨龍は嫌というほど見覚えのある龍だった。

 

「っ…トワリン…!」

 

俺はギリッと歯噛みしつつ巨龍───トワリンを睨みながらそう言う。

 

そう、本来ならモンドを護る立場である四風守護の東風の龍トワリンがモンド城へ攻撃を加えていた。




さぁ…原作時期まで近付いて参りましたね


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第12話 アガレスへの想い

いやぁ…なんとか本日2話目です…熱は下がりそうで良かったですね


時は少し遡り、アガレスとエウルアが去った神龍団本部にて。

 

「アガレスいなくなった。ここ任されたのに…なにすればいいかわからない」

 

神龍団本部で留守番中のレザーがぐでっと机に突っ伏していた。レザーは自分の役立てる仕事が現在ないためにかなり暇をしているのである。

 

一方のノエルは、というと仕事の依頼がなくても掃除をしているので、暇という言葉からは最もかけ離れた存在と言えるだろう。

 

レザーにとって、平和なのは何よりも好きだが、暇なのはあまり好きではなかったのだ。だからこそこの状況はレザーにとってはあまり好ましくない状況だ。

 

狼に育てられていた彼は普段からあらゆる感覚を敏感にしていたため穏やかな風や揺れる木々の音を聞いて暇をすることがなかった。

 

しかし今は屋内であるためそういったものを聞き取ることもできず、かといってアガレスに神龍団を頼まれているため外に出ることもできない。

 

完全に八方塞がりの状況ではあったが、

 

「ん…!良い匂い…!」

 

レザーは突然鼻をひくひくとさせて目を輝かせるとそう言った。どうやらキッチンの方から匂いがしているようで、レザーはそのまま匂いに釣られてキッチンへと移動してきく。

 

そこではノエルが昼ご飯用のステーキを焼いていた。レザーはそのままノエルに近付いていき、ノエルの肩の後ろからひょっこり顔を出して、

 

「旨そう…じゅるり」

 

よだれを垂らしながらそう言った。ノエルは突如耳元で声が響いたため大層驚きビクッと肩を震わせると、

 

「ふぇ…!れ、レザーさま!?」

 

耳を抑えながらそう言って顔を真っ赤にした。そんなノエルとは対照的に、レザーは肉に目が釘付けである。

 

「この肉、旨そう。食べていいか?」

 

ノエルは顔を紅くして恥ずかしそうにしていたが、その言葉を聞いてすぐに花が咲いたような笑みで、

 

「はいっ、どうぞお食べください!」

 

とそう言うのだった。

 

 

 

ノエルとレザーがステーキを食べ終わった直後、玄関の扉がノックされた。ノエルとレザーは顔を見合わせ、視線だけの協議の結果ノエルが応対をすることになった。

 

ノエルは食器をキッチンに纏めてからすぐに返事をしつつ玄関の扉を開けた。

 

「神龍団へようこそおいでくださいました!早速お話を伺いますので中へどうぞ!」

 

神龍団への依頼は大体直接依頼人が来る形になるのだが、出迎える際の言葉は人それぞれだ。

 

例えばノエルは先程の口上を依頼人に述べた後もてなしを開始した。現に今も息を切らして入ってきた依頼者の男性に普段話を聞くための椅子ではなく、ソファに座らせており、いい香りがしてリラックス効果のある紅茶を淹れている。元より西風騎士団で培われた彼女の名声は神龍団に来た今でも変わることはない。

 

レザーであれば「話聞く、中に来い」と手短に告げ、最初は住民に無愛想だなんだと言われたようだがしっかり話を聞いて理解してくれることに加え、狼に育てられたためかはたまた野生で過ごしていた環境からなのか、常人より優れた嗅覚を使って人を助けている。加えて狼由来なのか少し犬のような

 

副団長であるエウルアの場合は「客ね、早く入りなさい。困っているんでしょう?」と若干上から目線な物言いをする。エウルアの生い立ちや周囲を取り巻く環境からも最初は彼女を見る目は白いものだったが、仕事に取り組む真摯な姿勢と、モンドの酒場エンジェルズシェアにて目撃される酔っ払う彼女のファンはそれなりに多いらしい。

 

そして団長であるアガレスの場合これといって口上は決めていない。ただし、知り合いであれば「困り事か?だったら手伝うぞ。仕事としての依頼ならモラは払ってもらわにゃならんが…」という感じである。

 

アガレスは元『栄誉騎士』でありながら神龍団団長というそれなりにしがらみの多い立場であるのにも関わらず本来なら敵対されてもおかしくない西風騎士達にも嫌われず未だに慕われている。

 

そんな四者四様の神龍団であるためか、偶に面白半分で手土産を持って訪れる住民もいるようだが、今回の男性はそんなことはないようで冷や汗を沢山流している。

 

「すまない…急ぎの依頼なんだ…」

 

男性の話によれば彼は商人で璃月から来たようなのだが、その途中で何か凄いものを見たようで顔から血の気が引いていた。その内容とは、

 

「ここに来る途中に、蒼い大きな龍を見てな…ここの評判は璃月まで届いてるから、ここならなんとかしてくれるかと思って駆け込んできたんだ…!」

 

ということである。蒼い大きな龍、と聞いてノエルもレザーも心当たりがなく首を傾げた。だがノエルは取り敢えずの措置として男性を安心させるべく微笑むと、

 

「はいっ、お任せ下さい!困っている方々を助けるのが、わたくしたちの役目ですから!」

 

そう言った。それを聞いた商人は心の底から安心したようで緊張で強張った表情を緩めつつ溜息を吐いたが、次の瞬間またその表情が強張ることになった。

 

突如として窓ガラスがガタガタと震え始め、それを聞いた男性が頭を抱えて蹲って悲鳴を上げた。それを見たノエルは瞬時にレザーを見て、

 

「レザーさま、この方を!」

 

そう指示を出した。レザーは首肯き、すぐに商人に寄り添うようにしゃがむと、何があっても対応できる位置についた。一方のノエルは西風大剣を装備すると玄関から外に出て周囲の様子を窺ったのだが、驚きのあまり少し声を上げた。

 

ノエルの眼前に広がっていた光景は、蒼き巨龍がモンドを襲っている光景だった。ノエルはキュッと表情を引き締めると、モンドの民を護るために走り出すのだった。

 

〜〜〜〜

 

「───西風騎士団が対処しますので、皆様は急いで屋内に退避してください!!」

 

幾人もの西風騎士達が住民を守るため屋内への退避行動を急がせている。彼等も恐ろしいだろうに、騎士としての責務を果たそうとしているのだろう。

 

そして何より住民達の阿鼻叫喚、そして悲鳴と雑踏。普段のモンドでは見られない状況だ。まぁ勿論そんな状況見たくはないが。

 

少し高い位置からそんな状況を見ていた俺は今度は上空に視線を向けると、

 

「トワリンに何があったのかはわからないが、止めねばならんな…それにしたって、アイツは何してるんだよ…」

 

そう呟いて険しい表情を浮かべる。それにしてもこのモンドの一大事にすら、アイツが現れないとは思わなかった。まぁそもそも件の彼はどこに行ったかわからず、現在は行方不明だ。そのうちちょろっと戻ってくるとは思うがそれがいつになるか、だな。

 

ただ、今はそんなことを考えている場合ではないことは確かだ。モンドの脅威は目の前にいるのだから。

 

蒼き巨龍───トワリン、彼はモンドを護る四風守護の一柱であり東風の龍と呼ばれ親しまれていたはずだ。

 

───我はバルバトスを護り、モンドの民を護る。理解されること能わずとも、我はこの…人間共の営みを守ることができれば満足なのだ。だからアガレス殿、我が何かの事情で護れぬときは代わりに…。

 

頭の中で在りし日のトワリンの言葉がリフレインする。彼は心優しい龍だった。その彼が今護るべきモンドへ向けて攻撃しているのを見た俺は爪が肉に食い込むほど拳を握ると、

 

「何故だ、トワリン…」

 

そう呟いた。そのまま手に走る痛みで激情に身を任せたくなる欲求を必死にせき止め、冷静に注意深く暴れ狂うトワリンを観察する。

 

結果としては、トワリンが心做しか苦しそうに見える、というものだ。昔見た彼の表情の機微に当て嵌めるなら間違いなく苦しんでいるようだ。

 

何より首筋に三年前に見た毒龍ドゥリンの血液の結晶体が存在している。いや、その侵食は前回と異なり首筋だけではなく腰部にも及んでいる。苦しんでいたのはアレが原因であり、ドゥリンの血液ということは『アビス教団』の連中の仕業だと言えるだろうな。

 

問題は全盛期のトワリンに『アビス教団』の怪物達───俺の知る限りだとアビスの魔術師が勝てるとは思えなかった。となるとトワリンが弱っていたと考えるのが妥当だろうが、トワリンがそう簡単にやられるとも思えないし弱らせることも困難ではないかとも思う。

 

「…つまりここ500年でなにかあった、というわけか…」

 

俺はその事実に思い至りギリッ歯噛みする。ウェンティことバルバトスがいれば何があったか聞き出せたのだが、いないものは仕方がないので、

 

「一旦帰ってもらうぞ、トワリン」

 

とそう呟き自分の中にある元素力を高めていく。するとトワリンがフッと動きを止めこちらを見た。その瞳にはあまり知性の光が感じられない。だからこそ元素力を高めているわけだが。

 

元素生物というものは強い元素に惹き寄せられる傾向がある。トワリンも元素生物だが通常知性で本能を抑えることができる。

 

俺は強い元素を維持したまま風元素で体を浮かび上がらせると、風龍廃墟の方向へ飛んでいく。

 

トワリンは一声嘶くと予想通り俺についてきた。つまるところ知性がない、或いは微弱であれば惹き寄せられると踏んだのだが大正解だったようだ。

 

仮にトワリンが操られているのだとしたら、もっと効率のいいやり方でモンドを破壊するだろう。だが、彼はそれをしておらず、無差別に竜巻や暴風で攻撃するだけだ。

 

であるならば、少なくとも操られてはいないことになる。モンドへ攻撃するのが憎しみによるものだとすれば尚更効率の良い破壊をすることだろう。

 

だのにそれをせず単調な攻撃ばかりだ。であれば知性がないと判断するのにそう時間はかからないだろう。そして本能に従うのなら元素生物としての本能が優先されるのは至極当然だ。

 

さて、トワリンにどんな思惑が乗っているのかは不明だが、一先ずモンドから引き剥がすことはできた。

 

「一旦気絶させるが許せよ!」

 

俺はトワリンがピッタリついてきていることを確認するとバッと反転し、風元素を用いて膨大な量の空気の塊を作るとトワリンの首筋にある血塊にぶつけた。だが、

 

「何ッ!?」

 

俺は思わず目を見開く。確実に三年前の魔龍ウルサの血塊を壊せるくらいの威力を持つ攻撃だったのだが、それを以てしてもトワリンの血塊は壊せなかった。

 

しかしトワリンには十分効いたようで、苦悶に満ちた声を上げるとそのまま俺の横を通り過ぎて風龍廃墟へ逃げ帰っていった。俺はなんだかやりきれない気持ちになりつつ、モンド城へと帰還するのだった。

 

 

 

「───さて、んじゃあ情報共有といこうか」

 

数刻後、戻ってきた俺は、今度は神龍団の面子を連れずに一人で西風騎士団へとやって来ていた。

 

というのも、エウルアもノエルもレザーも、怪我人の手当に加え被害状況の確認に出払っている。他にも炊き出しや子供のお守り、瓦礫の撤去など様々な仕事が目まぐるしく舞い込んできていることだろう。

 

現にトワリンの攻撃の影響でモンドは大混乱、俺が今いる大団長室の外はそのお陰で結構騒がしいが、気にしてもいられないし気にしてもどうしようもないのだ。

 

さて、現在俺と西風騎士団代理団長であるジンは一対一で対面に机を挟んで座っており、俺を呼び出した張本人でもあるジンから先に口を開いた。

 

「今回の事件は『龍災』と非公式に呼ぶことになった。それにしてもあの風魔龍は何を思ってモンドに侵攻してきたと思う?」

 

『龍災』と『風魔龍』か…あまり好ましくない名前だな、なんて思う。というのも、

 

「それはまだ不明だ。だが、魔龍ウルサの時と同じく、毒龍ドゥリンの血塊が付着していた。しかも、2つ」

 

こういうことである。アビス教団が十中八九黒幕であるのにも関わらずトワリンが悪者のように言われるのは少し俺も気に食わないのだ。まぁ、昔のトワリンを知らない今の民にしてみれば当然とも言えるかもしれないが。

 

俺の言葉にジンは驚いたのか目を剥きつつ立ち上がった。だがすぐにそれが意味のない行動だと気付いたのか、溜息を一つ吐くと再び席について、またか、と言わんばかりの表情を浮かべた。

 

俺はそんなジンに構わず続けた。

 

「となると『アビス教団』がまた関わってるのは間違いないはずだ。何より毒龍ドゥリンの血塊の強度が以前の比じゃない。なんだか嫌な感じだ」

 

言いつつ、トワリンがモンドを襲い始めたのはバルバトスが消えたことと何かしら関係があるのかもな、なんて思う。

 

ジンは俺の言葉に首肯くと腕を組んで目を瞑る。

 

「こちらでも、リサに古文書や文献を調べてもらっている。もうすぐ結果は出るだろう」

 

そしてそう言ったのだが、自分でも何か思うところがあるのだろうか。それはそうと、トワリンが一体どんな苦しみを抱えているのか俺にはわからない。

 

俺は一旦考えるのをやめて瞑目しているジンを見ると、

 

「…まぁどちらにせよトワリンにも事情があるはずだ。それを調べねば事態の収束には程遠いだろう。それこそ第2第3のトワリンが生まれかねないからな」

 

そう言った。しかしその言葉を聞いたジンは何かがわからなかったのか首を傾げる。不思議に思ってどうしたのかを問いかけると、ジンは若干動揺しつつ、

 

「あ、ああ…その、トワリンとは風魔龍の名前なのか?」

 

とそう言った。俺は首肯きつつもまさか知らなかったのか?とばかりの視線を向けたのだが、ジンは普通に首肯し、俺は顎に手を当てる。

 

どうにも妙だ。四風守護であるトワリンの名が知られていないのはおかしい。それもやはり500年間に起きた何かが原因ということなのだろうか?

 

俺はやはりその出来事を知らねば先へは進めないと判断して思考を打ち切ると、

 

「まぁいいさ。またいつ彼がここへ来るとも限らない。それに備えて準備を開始しよう」

 

ジンにそう言った。

 

まずやることはディルックに接触して『アビス教団』について聞いてみよう。彼は夜誰も起きていない時間にアビスの魔術師と戦っていたようだから、恐らく何らかの情報を持っているはずだ。

 

俺は席を立ち、大団長室を去るべくドアノブに手を掛けたところでジンに声を掛けられた。

 

「アガレス、一度は袂を分かってしまったとはいえ、モンドのために尽くす君に感謝したい」

 

その言葉に俺は彼女を見ずに沈黙を以て返事とした。話を続けろ、という意を察したジンは胸に手を当てると、決意を込めた表情で告げた。

 

「風よ、どうか私情を許してくれ。代理団長としてではなくただの『ジン』として、私の剣は君と共にあることを…ここに誓おう」

 

その言葉は3年間苦楽を共にした俺にとって、そしてジンにとっても最大級の賛辞の言葉だということは理解できた。

 

俺はそんな彼女を一瞥すると少し笑って告げる。

 

「……ありがとう、ジン」

 

俺は悠久の時を生きる神のうちの一柱であり、人々の営みははっきり言って些事であると思うこともある。だが、500年前自分を犠牲にしてでも護った人々の日常と、そこに生きる人々を俺は誇らしく思わずにはいられないのだった。

 

〜〜〜〜

 

「───い…おい!旅人!!」

 

「んぅ…パイモンうるさいなぁ…」

 

モンドにある望風海角という場所の下の砂浜の木陰で眠っていた者が、自らを起こそうとする声によって目を覚ました。パイモンと呼ばれた空を浮遊する小さい存在が怒ったように空中で器用に地団駄を踏むと、

 

「おいっ!お前が起こせって言うからオイラが起こしてやったんだぞ!」

 

とそう言った。旅人と呼ばれた金髪の少女は目を擦りながら、

 

「わかってるよ…ありがとうパイモン」

 

そう言って上体を起こし、パイモンの方を向いた。

 

「今日はテイワットを案内してくれるんだよね?」

 

テイワットとはこの世界のことだ。その世界をパイモンは案内すべく旅人を誘っていたのだ。

 

パイモンは旅人の言葉に首肯くと、

 

「おう!テイワット一のガイドと名高いオイラがテイワットをしっかり案内してやるからな!」

 

そう言ってニコッと笑う。パイモンはそのまま踵を返してふわふわと進んでいくと、反転し旅人に手を振った。

 

「早く行こうぜ!お前のお兄さん、見つかるといいな!!」

 

少し遠くから聞こえてくるその言葉に旅人は首肯くと、自らも小走りでパイモンを追いかけて行くのだった。




ついに…ヤツが来ますね。

いや、大袈裟な言い方してるだけですけどもウン

ふとぅーに旅人が来るだけなんよな…()


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第13話 『龍災』再び

熱はなんとか収まりまして…ただもともとひいてた喉の風邪が治ってなおんですよね…この時期に中々紛らわしいことを…

追記 : さて、描写を足した未来の私ですが、クソほど長くなってしまいました。なんといっても元々それなりに長い話だったのでこんなことに…ということで、ご覧下さいな。


ジンと別れた後、俺は神龍団本部へと戻り皆で夕食をとった。今日はノエルが作ってくれたようで久し振りに自分以外の作った料理を食べた俺はなんだかやけに美味しく感じてしまって大袈裟だ、とエウルアに少し怒られた。

 

さて、そんなこんなで夕食を食べ終わった俺は暗くなったモンド城内を見回りに神龍団本部を出た。

 

普段はこんなことはしないのだが、モンドのとある噂を元に探しているモノがあるのだ。モノ、とは言っても恐らく人だとは思うのだが、曰く『闇夜の英雄』と巷で噂されている存在が夜ピンチの時に颯爽と現れて人を助けていくらしい。

 

颯爽と現れる、とか人がピンチの時にとかその辺は眉唾な気がするが、恐らくモンド城に侵入した存在を処理しているのだろう。だから多分人間だとは思うのだが、はてさてどうなのやら。

 

30分ほど歩き回ったものの、いい加減歩いて探しても埒が明かないことを察した俺は遂に風元素を用いて空へと飛んでモンド城全体を見下ろした。すると、モンド城の側門辺りに不自然に明るい光を見つけた。

 

「…あれは光か…?篝火の炎とも違うようだが…」

 

俺は思わずそう呟いてモンド城の側門付近へと風元素で飛んでいった。

 

〜〜〜〜

 

「判決を───下す!!」

 

氷のアビスの魔術師の放った大きな氷塊と炎の鳥が激突し相殺された。ディルック・ラグヴィンド、燃えるような髪の毛と瞳を持つ男が、そこにはいた。

 

モンド城にある側門は人気も少なく、西風騎士の常駐はあるものの一人だけだ。そのため、極稀に小規模のモンスターの群れが攻め込んでくることがあるのだが、現在知能のある怪物が側門からモンド城へ侵入しようとしていた。

 

その情報を、とある伝手で得たアカツキワイナリーのオーナー、ディルック・ラグヴィンドは怪物───アビスの魔術師を止めるためやって来ていた。自らの元素爆発が相殺されたことに舌打ちをするディルックだったが隙を作らぬようにすぐに大剣を構えた。

 

アビスの魔術師・氷はくつくつと喉を鳴らすと再び氷塊を飛ばそうとして杖を振ったのだが───

 

「炎斬」

 

アビスの魔術師は張っていたシールドごと炎元素を纏った斬撃で真っ二つになった。ディルックは突然の男の出現に驚きつつも、

 

「助太刀感謝する、神龍団団長殿」

 

そう言ってアビスの魔術師を真っ二つにした男───アガレスを見るのだった。

 

 

 

「───それで、僕に用があるんだったかな?」

 

モンドにある酒場、エンジェルズシェア内のカウンターに座ってカクテルを作っているディルックがカウンターに座るアガレスへ向けそう言った。一方のアガレスは好物になったググプラムジュースを一口分だけ喉へ流し込み、ディルックを見据えると、

 

「お前は『アビス教団』の動きがわかるようだからなにか秘密があるのか、と思ってそれについて聞きたかったんだ」

 

そう言った。ディルックはその言葉に特にこれといった反応を示さず、カクテルを作るシャカシャカという音が鳴り止むだけだった。話し始めるのかと思いきやグラスに作ったカクテルを入れて盛り付けが始まっている。

 

アガレスがディルックのそんな様子に肩を竦めてググプラムジュースを再び口に含んでいると、

 

「…それなりに人には秘密があるものだろう。団長殿もそれは変わらないはずだが」

 

手元から視線を逸らさずにディルックがそう言った。ディルックのその言葉に対してアガレスはふむ、と一つ唸ると、

 

「確かにその通りだ。そして人の秘密に土足で踏み入るような真似は俺もしたくない。だが、お前と違って俺の秘密はお前に開示しても恐らく問題がないものでな」

 

そう告げた。そこで初めてディルックは手を止めてアガレスを見る。そんなディルックに向けてアガレスは表情を全く変えずに口を開く。

 

「ディルック、お前の情報網がどんなものかは知らないが、かつて『七神』が『八神』だったことは知っているか?」

 

アガレスのその言葉にディルックは驚いたような顔をすると、

 

「ああ、僕はそれを知っている。とはいえ、その話を広めると、天罰を喰らうとも言われていてね。迂闊に広めることはできないんだ」

 

そう言った。対するアガレスはふむ、と一つ唸るとその神の名を問うた。ディルックは何故そんな質問を、と疑問に思ったが、アガレスを見てまさか、という表情を浮かべた。

 

それを見たアガレスはニヤリと笑うことでその答えを示し、対するディルックは眉間にシワを寄せつつ考え込むように顎に手を当て、そのまま口を開く。

 

「確かに、『元神』アガレスの記録が途絶えたのは500年前…そして表も裏も、『元神』に関する全ての記録は抹消されたと聞く」

 

ディルックのその言葉にアガレスはバルバトスから聞いていた通りだな…と思いつつ、

 

「ああ、俺の肉体は殺してきた魔神たちの怨恨に塗れていたからな。完全にこの世から俺が生きていた痕跡を現『七神』が消し、魔神たちの怨恨から俺を解放したんだ。俺が今ここにいられるのは、あいつらのお陰なのさ」

 

そう言った。また、アガレスはそう言いつつも、内心でバルバトスは裏の情報網に至るまで全て抹消したと言っていたのに、一体どこに残っていたのだろうか、と思案していた。

 

さて、アガレスの秘密を聞いたディルックは若干動揺というより混乱している様子だったが、

 

「…君の秘密に免じて、僕からも情報源を教えよう。僕が『アビス教団』の情報を持っているのは裏の情報網だ。少し訳あってね」

 

そう言った。それを聞いたアガレスは裏の情報網か…と思わず呟く。とはいえ、バルバトス達『八神』が裏の情報網に残っていた自分の情報も完全に消去したと言っていたのを思い出したアガレスは不思議そうに首を傾げる。

 

そのためアガレスは、

 

「俺の情報は裏で手に入れたわけではないのだろう?」

 

ディルックに素直にそう問い掛けた。それに対してディルックは首肯きつつ、

 

「ああ、僕が君のことを知ったのは、そのアビス教団からだよ。彼らが、君の話をしていたのを詳しく聞き出してね」

 

とそう言った。

 

恐らく、何らかの形でアビス教団にはアガレス自身の情報が残っており、その情報が記録なのか、はたまた記憶なのかは不明だがアビス教団が出現したのは500年前。となればアガレスが止めた『終焉』か、或いはカーンルイアそのものと何らかの関係があるのだろう、とアガレスは勘繰った。

 

「俺についてどこまで知っているんだ?」

 

そのまま考えても埒が明かないため、アガレスはアビス教団の末端の怪物が自分についてどれくらい知っているのかを知るためにディルックにそう問い掛けた。

 

聞かれたディルックはというと素直に、

 

「『八神』のうちの一柱、『元神』アガレスの名と、500年前に『終焉』を止めたこと、そして彼の情報が表裏どちらからも抹消されたということは知っているよ」

 

そう言った。ふむ、とアガレスは一つ唸ると、

 

「やはり記憶による継承…?或いは魔物となったことによる一代のみの継承か…」

 

アガレスはぶつぶつとそう呟いた。やはりアビス教団は『終焉』ではなくカーンルイアと深い関わりがあると見るべきだろうな、と一人納得すると同時に、アビスの怪物は拷問に対してある程度耐性があるのだろう、との結論を出した。何と言ってもディルックが掴んでいるのは基本的な情報のみで、アビス教団がそれだけの情報しか持っていないわけがなかったからだ。

 

アガレスは小休止を挟んでから、再びディルックへ向けて口を開くと、「魔龍ウルサの件は知っているか?」と問い掛けた。

 

ディルックは再び意図の分からない質問に対して首を傾げたが正直に首肯くと、

 

「『アビス教団』が毒龍ドゥリンの血塊を利用したと聞いている。毒龍ドゥリンは500年前モンドへ攻め込み、それを阻止しようとした東風の龍トワリンと死闘を演じて敗北し死んだ。その遺骸はドラゴンスパインに残っているようだが」

 

そう言った。アガレスにとって500年前のその出来事は初耳だったため、驚きの余り目を見開いている。アガレスは今はいい、と驚きを切り捨てるとディルックにトワリンについて説明を始めた。

 

「今回の騒動、トワリン…いや、風魔龍と言ったほうが馴染み深いか?とにかく、彼の腰部と首筋に魔龍ウルサと同じ血塊があった」

 

アガレスのその言葉に、ディルックはほう、と息を漏らして心底興味深い、といった視線をアガレスに向けた。アガレスはつい先程ディルック自身から得た情報で自らの情報の足りない部分を補完しつつ続けた。

 

「毒龍ドゥリンとトワリンが戦っていたのなら、負傷しないわけがない。その傷口から毒龍ドゥリンの血液が入り込み、この500年間その苦しみに耐え続けていたとしたら…」

 

アガレスは神妙な顔付きでそう言いつつ更に付け加える。

 

「モンドの住民は彼をトワリンではなく風魔龍と呼び、恐れた。トワリンは500年で忘れられていたのが心底堪えたのかもな」

 

或いは見捨てられた、と感じたのかもしれないな、とアガレスは更に続けた。

 

ディルックはそれに対して「…そうか」と淡白な反応を見せたが、何かを思いついたように固まっている。いや、点と点が線になったというべきだろう。ディルックはそのままアガレスへ向け口を開いた。

 

「トワリン、風魔龍がモンドに対してマイナスな感情を持っていたのだとしたら、『アビス教団』はそこにつけ込み更に堕落させたのだろう。奴らの常套手段だ」

 

どうやらディルックから見ても『龍災』に関して『アビス教団』が関わっているのは間違いないようだ。それを聞いて安心したらしいアガレスは聞きたいことは聞けたらしくふぅ、と大きい溜息を吐くのだった。

 

〜〜〜〜

 

俺はあの後ディルックとの諸々の挨拶や会計、情報交換の礼とこれからのことも交えて話し込み、夜が明けるところで漸く『エンジェルズシェア』を出た。

 

「なるほどな…このモンドの一大事に風神が顔を出さぬ訳が無いと思っていたが…」

 

そして思わずそう呟いた俺は肌に直に感じる夜風に舌打ちした。

 

風が不自然に乱れている。バルバトスに何らかの危機が及んでいるようだ。最近は忙しすぎてそもそも風を気にしたことがなかったから、気付くのが遅れてしまったのだが、バルバトスは無事なのだろうか。

 

「バルバトス、一体お前は何処にいるんだ…?」

 

俺のその心配から来る無意識の呟きは、再び吹き荒んだ風に運ばれて何処かへ消えていった。

 

 

 

翌日、俺はノエルを連れて西風教会の本部とも言うべき、西風大聖堂を訪れていた。

 

丁度大聖堂の入口で掃除をしていたシスター───ヴィクトリアが俺に気がついたようで胸に手を当てながら目を瞑り、「風神様のご加護があらんことを」と言って来た。

 

俺は同じ言を返しつつ、久し振りだな、と告げた。対するヴィクトリアは微笑むと、

 

「ええ、アガレス様。前は助かったわ、ありがとう」

 

そう言った。『前』というのは教会に入ってきた泥棒を追跡し、特定、西風騎士団に引き渡した事件のことだろう。なんでも西風大聖堂の奥地に保管されていると噂の『天空のライアー』を狙った犯行だったらしい。

 

このライアーは特別製で風神バルバトスが使っていたとされるライアーであり、風神の力が眠っているともされている。それを狙ったとあらばあの犯人はただじゃ済まないだろうな。

 

俺はヴィクトリアの言葉に対して礼は不要だ、と前置きしてから微笑むと、

 

「モンドに住まわせてもらっているんだし、これくらいはするよ」

 

そう言った。ヴィクトリアは感謝は大切だから、とだけ呟いて一緒に連れてきたノエルにも久しぶりね、と微笑みを携えながら声を掛けていた。ノエルはヴィクトリアに同じようにお久し振りです!と元気よく返事をした。

 

ヴィクトリアに会えたことも勿論嬉しいのだろうが、何より友人であるバーバラに会えるかもしれないからか、表情に幸せが溢れ出ているように見える。

 

俺はそんなノエルを生暖かい目で見守りつつ、ヴィクトリアに本題を話すことにして声をかけた。ヴィクトリアはノエルとの世間話もそこそこにして俺に視線を向けた。

 

「それで、教会の警備強化についてだったな」

 

俺の言葉にヴィクトリアは首肯いた。

 

教会、特に西風大聖堂の警備に関しては人手不足の西風騎士がなんとか交代で回している状況だ。それとは別に、夜はとある番人…というか暗殺者?密偵…?まぁとにかくそう言った隠術方面に精通しているヤツが見回りをしているから泥棒が入ったとしても返り討ちに合うだろうが、前回のは警備の少ない白昼堂々行われたものであるため、すり抜けられてしまっていたようだ。

 

西風大聖堂のこの問題に関しては俺が常々危険視していたため人員を派遣したいのは山々だったのだが、その場合西風騎士団に神龍団全員分の、天空のライアーが保管されている場所への入室の許可を得ねばならない。

 

それが面倒なのと、西風騎士団との情報交換の齟齬が出てくる可能性を鑑みて業務提携を提案した、という目的もあったのだ。

 

俺は事前に考えて来たローテーションの書いてある書類をヴィクトリアに渡す。尚、事前に代理団長から入室の許可は俺含めて全員貰っている。

 

「書類にある通り、昼間はレザー、エウルア、ノエルの3人を毎日交代制で寄越そう。とりあえず改善が見られなければ別の方法をまた考えるが、人員不足に関してはこれである程度緩和されるはずだ。人が多い、というだけで犯罪率はかなり下がるだろうしな」

 

俺はヴィクトリアが書類に目を落としたタイミングでそう告げた。ヴィクトリアはうん、と声を上げると「これでいいわ、ありがとう」と言った。尚、事前にノエル達3人には許可を貰っているため明日からすぐにでも見回りが追加されることだろう。

 

具体的には午前10時頃から午後3時頃までだ。食費に関しても教会の炊き出しをくれるようなのでありがたい限りだろう。因みに俺がローテーションにいないのは、その時間に俺しか処理できない仕事や出来事が起きた場合に対応できなくなるためだ。尚、これは俺の言葉にではなくエウルアの考えである。

 

「まぁ最近は『龍災』のせいで泥棒どころではないだろうし、今日は問題ないだろう…さて、では明日から人材を派遣させていただく。まぁ、かなり長い任務だから、それなりに値は張るだろうが問題ないか?」

 

本題は終わったし締めの言葉を置いて去ろうと思ったのだが、最後に値段の問題があったのを忘れていたため俺はそう聞いた。

 

対するヴィクトリアはふふっ、と笑うと、

 

「ええ、経費で落ちるから」

 

とそう言った。それでいいのか西風教会、と思いつつ高位のシスターであるヴィクトリアが言うならいいのかな、と取り敢えず無理矢理納得させた。実際教会側にしてみればモラより天空のライアーの方が何倍も重要なものなのだろうし問題ないはずだ。こちらとしても法外な金額を要求するつもりもないし、警備と言っても結構暇なものだから、通常の相場より安めにするつもりではある。

 

今度こそ忘れていたことがないのを脳内で確認した俺は踵を返して去ろうとした。

 

「じゃあ俺達は───ッ!!」

 

そしてヴィクトリアへ軽く挨拶をしようとしたタイミングで、異変を感じた俺は北西方向をバッと見やる。そんな俺を怪訝そうに見るヴィクトリアとノエルだったが、俺の中の疑念が確信に変わったタイミングで、

 

「ノエル、ヴィクトリアを急いで教会内へ避難させろ」

 

ノエルを一瞥もせず俺はそう言った。言われたノエルは、というと状況は飲み込めていないようだったが、

 

「は、はい!ヴィクトリアさま、急いで中へ!」

 

俺の指示に従って何が何やらわからないと言った様子のヴィクトリア西風大聖堂の中へと誘導している。ヴィクトリアは堪らず、

 

「え!?ち、ちょっと、どうしたのアガレス様!?」

 

そう叫んで俺に短い言葉で状況を問い掛けた。俺は北西方向を睨めつけたまま一言だけ、

 

「龍が来る!」

 

と告げた。その直後、再びモンド城を暴風が襲った。俺は法器を素早く取り出すと、風元素を展開して暴風からヴィクトリアとノエルを護り、

 

「早く中へ!」

 

とそう言って西風大聖堂の入り口を離れた。ノエル達は無事に西風大聖堂の中へと避難できたらしく、チラッと西風大聖堂の入り口を見たのだが誰もいなくなっていた。

 

そのまま入り口を離れてモンド城を一望できる位置まで来たのだが、黒い竜巻が複数モンド城を襲っており、トワリンもブレスで攻撃しているようだ。

 

そんな中、風神像の下にアンバーが見え、何故逃げていないんだ?と疑問に思っていると、もう一人同じ場所から逃げ出そうとしている見知らぬ金髪の少女が逃げ切れずに暴風に巻き上げられていくのが見えた。

 

なるほど、と思いつつアンバーが逃げていなかった理由を理解した俺は現状に舌打ちしつつ、少女を救うために風元素を使って宙に浮く。思ったより強い風元素の奔流になんとか対抗しているためかなり体制は不安定だが、なんとか維持して空高く飛んでいくのだった。

 

〜〜〜〜

 

モンド城をトワリンが襲い始める数刻前。

 

「───旅人〜、オイラお腹すいたぞぅ…」

 

モンド城の東側に位置する星落としの湖付近の草原にて、くぅ、と可愛らしい音を響かせてパイモンのお腹が鳴った。旅人は恥ずかしがるパイモンを見てくすっと笑うと、

 

「じゃあ朝食にしよう」

 

そう言って朝食の準備を始めようとしていた。だが、

 

「わぁっ、なんだあれ!?」

 

直後に血相を変えたパイモンが空を指差して叫ぶ。旅人がバッと空を見上げると蒼き巨龍が空を飛んでおり、旅人達の進路上にある森林へ向け降りていくところだった。

 

それを見たパイモンは若干の恐怖は覚えたものの、それよりも好奇心が勝ったようで、

 

「オイラたちも行ってみようぜ!」

 

と興奮気味にそう言った。旅人はその言葉に苦笑を浮かべつつ、

 

「はいはい、パイモンって本当にせっかちだね」

 

そう同意して先行するパイモンに置いていかれないように足を動かし始めた。

 

2分ほど走って囁きの森と呼ばれる森林までやって来た旅人達は蒼き巨龍を見つけると物陰に隠れて様子を窺った。しかし、どうも様子がおかしいようで、旅人達は食い入るように蒼き巨龍を───正確には龍の正面辺りに視線を向けていた。

 

というのも、そこでは蒼き巨龍と緑の服を纏った吟遊詩人のような少年が向かい合っており、龍に少年が話しかけていたのである。

 

「───安心して、僕は帰ってきたよ」

 

少年は龍を安心させるように両手を龍の顎に添えつつそう言った。龍は警戒心を顕にしつつもその手を受け入れていた。

 

旅人は驚きの余り頭が真っ白になっており、パイモンの静止の声も聞かずに一歩前に出ると足元にあった灌木を折ってしまった。一人と一匹の世界に突然、乾いた音が響いたものだから当然吟遊詩人も龍も驚くことだろう。

 

現に龍は旅人の姿を見つけた途端、敵意を剥き出しにして少年に向けて咆哮するとそのまま飛び去ってしまった。旅人は灌木を折ってしまった驚きによって我に返っていたため、すぐ物陰に隠れた。

 

「ッ…誰!!」

 

少年がキッと旅人のいる方向に視線を向けると叫ぶようにそう言う。旅人は物陰から再びノコノコ出ていくこともできず、ただ息を潜めてその場に留まっていた。

 

しかし旅人が気付いたときには龍も少年もおらず、先程までの喧騒が嘘のように静まり返っている。旅人とパイモンは少ししてから恐る恐る物陰から姿を現したが、当然辺りは静まり返っており、動物達の音も何も聞こえなかった。

 

やがて二人は少年と龍のいた場所へやって来たが、龍がいた場所にふわふわ浮いている謎の紅い色の雫以外は特に何も見つからず、先程の光景を説明できるようなものはなにもなかった。

 

パイモンと旅人は後回しにしていた雫の下までやって来て観察するも、やはり雫自体もなんなのかわからなかった。だが放っておくこともできないと考えたらしいパイモンが、旅人に雫を回収しようと提案し、旅人もそれに首肯いて同意すると、雫をバッグに仕舞い込むのだった。




今回長めでしたね…まぁ一気に旅人の方を描いたので…時系列的にやるしかなかったんです!許して!!

追記 : 尚一部は後から次の話の最初にぶち込まれる模様。まぁ普通にしてたら一話だけで1万字いっちまうところだったのでね!許して!!


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第14話 旅人との出会い

今回ちょっとしたおまけを描きたくなってしまいまして最後にありますが…まったく本編には関係ないのでお気になさらず。ちなみにクソ長いです。

…( ゚д゚)ハッ!おまけをあとがきに書こう!

今回最初三人称、真ん中辺りは旅人さん、そして最後はアガレス視点です。コロコロ変わるね(白目)


一旦落ち着いて料理を頬張った旅人達は焚き火の処理や身支度を整えると再びモンド城へ向かうべくその歩みを進めていった。

 

「ぐひひ、モンドについたらまずは『鹿狩り』に行きたいなぁ〜」

 

腹拵えのことなどすっかり忘れているパイモンは早くモンド城へ行きたくてウズウズしているようで、よだれを垂らしながらそんなことを呟いている。旅人は苦笑したが『鹿狩り』とやらにはかなり興味があったので、モンド城についたら行ってみよう、だなんて考えていた。

 

そのまま10分ほど進んで遂に囁きの森を抜けた旅人達だったが、

 

「ちょっと、そこのあんた待ちなさ〜い!!」

 

との声に足止めを余儀なくされた。ついでに旅人は戦闘準備をして剣を構えている。やがて足音と共に崖の上から人影がバッと姿を現したかと思うとスタッと地面に着地し、二人の前にその姿を晒した。

 

「風の加護があらんことを」

 

胸に手を当てそう言うのは赤いリボンが特徴的な女の子であり、西風騎士団の偵察騎士であるアンバーという少女だった。どうやら風魔龍という先程の蒼き巨龍が目撃された場所を調べに行こうとしたところ、その方向から旅人達がやってきたために呼び止めたとのことだ。

 

旅人は無実であることをまず伝え、自分はこの世界にやって来たばかりでまだ何もわからないことをアンバーに告げた。アンバーは旅人の来ている服や連れているパイモンのことに触れつつ、一応の危険はないと判断したようで警戒を解いた。

 

その後、自己紹介をし合う中で、

 

「ところで…そっちの小さい子は?」

 

アンバーがパイモンについて旅人に聞いた。旅人は少し考える素振りを見せると、人差し指を立てた。そして、

 

「非常食だ」

 

ニヤリと笑いながらそう言った。パイモンはその言葉を聞いて笑顔を崩し、顔を真っ赤にして怒りながら、

 

「オイラは非常食じゃない!!そんなのマスコット以下じゃないか!!」

 

とそう言った。そんな事件があったものの、二人と一食(?)は意気投合し、アンバーの任務を手伝ってからモンド城に案内する運びとなった。 

 

アンバーの任務とは、モンド城に近付いているヒルチャールという魔物の集落の偵察と可能であればそれを殲滅することだった。幸か不幸か旅人は戦闘経験があることに加え、手に入れた元素の力があった。

 

やがてモンド城に程近い丘の上に目標を見つけた3人は岩陰に隠れて目標を観察している。ヒルチャールは高台の上に一匹、そして地上に二匹おり、集落はまだ作っている最中のようだ。

 

アンバーはそれを見ながらぶつぶつと何かを呟いていたが、不意にこれくらいなら…!と言って気合を入れた。どうやら戦う様子である。

 

パイモンもそんなアンバーの様子を見て、

 

「あれかヒルチャールの集落だな…!旅人、頑張れよ!!」

 

と旅人を応援した。旅人はその言葉を聞いてパイモンをジト目で見たが、

 

「お、オイラは戦わないぞ?オイラの任務は後方支援だし、これも立派な任務だからな〜」

 

パイモンは目を泳がせながらそんなことをつらつらと並べ立てた。それはいる意味ないのでは…と思うアンバーだったが、勿論口には出さず、ヒルチャール達の動きに注意を払っているようだ。

 

アンバーは弓を取り出すと戦闘準備を整え、旅人の方を見ると、

 

「じゃあ、私が高台にいるヒルチャールを倒すから、その後で突撃してね、わかった?」

 

そう言った。旅人はその言葉に首肯きパイモンは小さい声で二人にエールを送っている。

 

アンバーはやがてゆっくりした動作で矢を番えると、弓を引き絞り狙いをつける。そして炎元素を矢に纏わせると、宣言通り高台の上のヒルチャールを見事に射抜いて見せた。

 

下にいたヒルチャールが驚き何事かを喚きながら高台にいたヒルチャールに視線を向けてから、キョロキョロと辺りを見回している。

 

「はぁっ!!」

 

そこに旅人が突撃を敢行し、ヒルチャール達が戦闘準備を整える前に一刀の下二体のヒルチャールを斬り伏せた。これで一応任務は完了である。

 

「あんた、中々やるじゃない!」

 

アンバーは突撃の判断の速さと足の速度、そして見事な剣術をそう称賛した。旅人はそれほどでも、と謙虚にしつつも嬉しそうだったが、パイモンだけは何もしていないのに、

 

「オイラの指揮のお陰だな!」

 

と威張っていた。パイモンは何もしてないよね…という旅人とアンバーの思いも露知らず、パイモンはニシシッと笑った。パイモンなりの頑張ったアピールのつもりなのだろうが、少しズレているんだよね、と旅人は思うが口には出さなかった。

 

そんなパイモンは他二人の思考を自分で独占していることなど露知らず、

 

「任務も終わったし、モンド城に行くんだよな?」

 

とアンバーに問い掛けた。問い掛けられた当の本人は首肯くと、改めて旅人とパイモンにも礼を告げてから、

 

「じゃあ案内するね〜!こっちこっちー!」

 

既に見えているモンド城方面へ歩き始めた。そして宝箱を漁っていた旅人達もすぐにその後を追いかけるのだった。

 

 

 

旅人はアンバーと共に短い道中色々な話をしながら歩き続け、遂にモンド城へと辿り着くことができた。これからもモンドの案内をしたそうだったアンバーだが、

 

「じゃあ、わたしはジンさんに報告してくるから、ちょっと高いところで待っててくれる?あんたに渡したいものがあるんだよね」

 

どうやら任務があるようでそう言った。しかし、またすぐに渡したい物を渡しに戻ってくるようなので旅人とパイモンは首肯くと、

 

「ここまでありがとうアンバー、また後でね」

 

とそう言って見送ることにした。二人の言葉を受けてアンバーもまた後で、と返事をすると踵を返し急ぎつつも何度も振り返りながら手を振って去っていった。

 

旅人はアンバーが見えなくなるまで見送ってからパイモンに向き直ると微笑みかけ、

 

「それじゃ、ずっと保留にしてたご飯食べようか」

 

とそう言った。パイモンは力強く返事をすると、満面の笑みを浮かべて瞳を輝かせながら、

 

「ごっはん〜ごっはん〜、おっいしいごっはん〜!」

 

などと歌っている。そんなパイモンを見た旅人も少し気分が上がるのを自覚していた。

 

旅人はそのままパイモンの案内で『鹿狩り』という飲食店に立ち寄り、モンド風ハッシュドポテトをテイクアウトして食べながらモンドを一望できる高い所───風神像のある場所までやってきた。

 

高い所となればあとはモンド城で最も高所に位置する大聖堂の上か、風車の二択になってしまうのだが、

 

「あっ!旅人、パイモン!ここ、ここだよー!」

 

と旅人達を呼ぶ声が響いてきた。それを聞いた旅人達は合っていたことがわかり安堵している。そして声を頼りにアンバーの下まで辿り着いたのだが、彼女は大きな翼のようなものを持って待っていた。

 

それを見た旅人がそれは?と問い掛けると、アンバーはニッと笑い、これが先程言っていた渡したい物であることを旅人達に教え、

 

「これは『風の翼』っていうんだ!背中につけて飛ぶの!飛び方を今から教えるから、広場まで飛んでみて!」

 

そう説明した。その後アンバーは一通り旅人に風の翼の飛び方を教えた後、私は下で上手く飛べるか見てるね、と旅人に告げてから風の翼を開いて手本を見せつつ噴水のある広場へと降りていった。

 

「っ…ちょっと怖いけど…」

 

旅人はそう言いながら風の翼を背部に背負い、覚悟を決めて高所から飛び降りた。直後に風の翼を広げ、滑空しながら移動すると見事にアンバーのいる広場へと降り立った。

 

旅人がうまく飛べたと安堵したのも束の間、

 

「すごーい!こんなに上手に飛べるなんて!!」

 

アンバーは旅人に抱き着くと大はしゃぎしていた。彼女によれば少し教えたくらいでこんなにも上手に飛べるのであれば、『飛行チャンピオン』の称号も夢ではないだろう、と話した。尚、現チャンピオンはアンバーその人らしく、それを聞いた旅人とパイモンはかなり驚いた様子を見せていた。

 

その後、アンバーは旅人に色々な話を聞きながら風神像前へと戻り、少し休憩した後、懐から本を取り出すと旅人に差し出した。これはなんだろう、と疑問に思っていた旅人だったが、

 

「これは飛行指南書って言ってね、飛行免許を取るのに必要な知識が載ってるから、ちゃんと読んでおいてね」

 

アンバーがそう説明してくれたので腑に落ちたようだった。そしてその本を受け取ると自身のバッグの中にしまって礼を言った。

 

そんな時だった。嫌な風を頬に感じた旅人はふと北西方向を見た。直後から少しずつ風が強くなってきており、アンバーも風が強くなったことに気が付き、顔を青褪めさせている。何が起きるのかわかっていない旅人だったが、アンバーが青褪めていることからやばい、というのは肌感でわかっていたのだろう。何が起きてもいいように身構えていた。

 

そして数秒後、モンドを再び暴風が襲い、幾つかの黒い竜巻が直撃している。その光景に呑まれていた旅人は、

 

「っ…きゃっ!?」

 

「旅人!?」

 

気付いたときには生み出された黒い竜巻に飲み込まれ、逃げるのが間に合わずに空中に投げ出されていった。

 

〜〜〜〜

 

風に巻き上げられた私は風の翼を思い出して広げようとした。しかしそれができずに誰かに横抱きで抱き留められていた。

 

「っと…大丈夫か?見知らぬお嬢さん」

 

抱きとめられたときの衝撃と風圧で目を瞑っていたのだが、それを薄っすら開くと眼前には白い肌の整った顔立ちをした男性…?が私を抱き留めていた。風が強いのと日光に照らされているのとで銀髪がやけに綺麗に見える。

 

そうして見惚れていると、赤い瞳が私を心配そうに覗き込んでいたので、何故だか恥ずかしくなった私はふいっと目を逸らしつつ名前を聞いた。

 

すると彼は何故か苦笑して、

 

「お前もしかして旅人だろ?本当は自己紹介しつつモンドの案内もしてやりたかったんだが、生憎そうもいかない状況でな。風の翼を持ってるか?」

 

私の問には答えずそう聞いてきた。質問に質問で返された私だったが、一先ず従うことにして首肯いた。ふむ、と男性は一つ唸ると、

 

「じゃあ俺が手助けすればいいかな。少し離れたところから風で浮かすから、風の翼をそのまま開いていてくれ」

 

そう言って私の態勢を空中で整えてくれたので助言の通り慣れない風の翼を広げた。そのまま浮いているので後ろの男性が手助けしてくれてるのかな、なんて思っていたのだが、

 

「おっと…俺の出番はまだここじゃないらしい」

 

なんて呟きながら肩を竦めていた。思わず「えぇっ…!?」と叫んでしまったが、風をくれないのかと思ったのだから仕方ないと思う。

 

ただやはりそんなことはなく、ちゃんと浮いていられたので、彼が手助けしてくれていたわけじゃないみたいだった。

 

そのままどうしようか悩んでいると、私を浮かばせている風に乗って、

 

『僕が千風に手助けをお願いしたんだ。トワリンに光っているところがあるでしょ?そこを攻撃するんだ』

 

そんな声が聞こえてきた。幻聴かとも思ったのだが、後ろの男性にも聞こえているようだったので幻聴じゃないと思い直す。でも攻撃っていったってどうすればいいか私には全く分からなかった。

 

ただ、それを理解したらしい男性が目を細めながら私にアドバイスをくれた。

 

「風元素を感じて凝縮し、放つ。それで大丈夫だ…『神の目』がないのに何故…?」

 

アドバイスの後に何かぶつぶつ言っていたが私には聞き取れなかった。

 

なので聞こえたことだけを実践するべく、覚えたての元素の扱い方でなんとか風の弾を作ると飛びながら前を飛ぶ風魔龍へ向けて発射し続けた。それにしても、上空だから結構寒くて集中ができないし体勢は崩すしで結構外してしまったせいで疲れてきた。

 

そんな私の状況がわかっているからか、

 

「そろそろ限界か?」

 

と男性が優しく声をかけてくる。なんだか負けたような気分になった私は、

 

「まだ…まだっ…!」

 

と自分に活を入れながら最後の気力を振り絞って風の弾を発射し続ける。

 

そしてようやく、風魔龍は一際大きな悲鳴を上げると逃げて行った。直後、私を支えていた追い風が止み、あまりにも疲れていた私は風の翼を維持できず地上へとバランスを崩しながら落ちそうになっていた。

 

しかしそんな私をさっきの男の人が再び横抱きに抱えてくれた。そして、私の顔を見ながら微笑むと、

 

「このままゆっくり降りるぞ。よく頑張ったな、今は少しでも休んでおけ」

 

優しい声音でそう言ってくれた。

 

なんだろう、この人といるとなんだか落ち着くような気がする。雰囲気がとても大人っぽくて、少し雰囲気がお兄ちゃんに似てる気がする。

 

その後、呆けたまま彼に横抱きに抱えられながら地上へと降りるとアンバーとパイモンが私に駆け寄ってきてどこにも異常はないかー、とか大丈夫かーだとか声を掛けてくれて心配してくれていたことがわかった。

 

そしてアンバーは私を横抱きに抱えている男性を見ると、

 

「アガレスさん、いたんですね…もう、旅人のことを助けてくれてたなら言ってくれればいーのにー!」

 

ぶーぶーとブーイングをする。それを見た男性───アガレスと呼ばれた彼は苦笑していた。そして私を見ると、

 

「そうは言っても急だったからな。それにしても、旅人?は凄いな」

 

そう言った。私に向けられたその微笑に見惚れつつ、すぐに目を逸らす。なんというか、心臓に悪い人だ。

 

アンバーはアンバーで、

 

「でしょ!わたしがモンド城まで連れてきたんだよー!お手柄?褒めて褒めてー!!」

 

と言いながら頭をアガレスさん?に差し出していた。彼はまた苦笑すると、

 

「はいはい、全く…俺に褒められるのの何が良いんだか」

 

そう言いながらアンバーの頭に手を乗せている。そして当のアンバーは頭を撫でられて嬉しそうにしていた。

 

私はもう大丈夫であることをアガレスさんに伝えると地面へと下ろしてもらった。その直後、辺りに拍手の乾いた音が響き渡り、やがて眼帯をした一人の男性が姿を現し、

 

「アガレスの助けがあったとはいえ、巨龍と戦えるほどの力を持っているとは…我々の客人となるか…それとも新たな嵐となるか」

 

私を見ながらそんなことを言った。見られた私はというと、この人のことをなんだか胡散臭いなぁという目で見ずにはいられないのだった。

 

〜〜〜〜

 

あらすじ…あらすじ??まぁとにかく、旅人を助けたらガイアが出てきた。彼は人を喰ったような笑みを浮かべている。

 

俺は眉間にしわを寄せると、

 

「旅人はわざわざモンドに来たんだぞ?お前それを…意味深なこと言って機嫌損ねたりしたらどうすんだ」

 

とそう言った。ガイアのあの言い草だとまるで黒幕のようだ。俺の言葉を聞いたガイアは、

 

「ハッハッハッ、冗談だ…いや、冗談ではないが…」

 

と、思わずどっちだよとツッコみたくなるような言葉を紡いだ。これ以上余計なことを言わせるわけにもいかずガイアを睨むと、勘弁してくれとばかりに肩を竦め、

 

「まぁとにかく、モンドはこんな状態だが歓迎するぜ、異郷の旅人。取り敢えず事情聴取のために同行してくれないか?」

 

とそう言った。真面目な話に戻ったので問題ないだろう、とばかりに俺は安堵の息を吐くと、ガイアに俺も同行する旨を伝えた。

 

そうしてそのまま旅人やガイアと共に西風騎士団本部へと向かおうとしたのだが、

 

「アガレスさまー!」

 

と俺を呼ぶ声がしたため立ち止まって声の主を見る。ヴィクトリアを避難させ終わったノエルが大聖堂方面からこちらへ向けとてとてと駆けてくる。

 

「ご無事ですか!?ご怪我はありませんか!?」

 

彼女は俺が飛んでトワリンと戦うのを見ていたのかすーごい心配具合だった。ペタペタと俺の体を触って異常がないかを確かめてくれている。俺はなんだかくすぐったかったので、問題ないことを告げる。

 

そしてノエルが俺の隣に立つ旅人のことを気にし始めたので彼女のことを紹介すると、ノエルは恭しく礼をしながら、

 

「はじめまして、旅人さま、わたくしはノエルと申します。なにか必要なことやものがございましたら、なんでもわたくしにお任せ下さい!」

 

にこやかにそう言った。言われた旅人が無言だったのを気にした俺が彼女を見ると、何故かへにょって笑っていた。というかそうとしか表現できない俺の語彙力が皆無過ぎるが、本当にそうとしか表現できないのだ。

 

『へにょっ』に関して考えていると、突如旅人がノエルの手を掴んだ。ノエルは突然の出来事に驚いていたが、

 

「ねぇ、ノエルちゃんって呼んでもいい!?」

 

旅人の謎の圧に圧されてノエルは普通に了承していたのだが、旅人のテンションの上がり具合が半端じゃない。もしかしてメイド属性…というのが好きなのだろうか?

 

……そもそもメイド属性とはなんだ?どこからそんな言葉が出てきたのかは謎だが、深くは考えないことにした。さっきも『へにょっ』とか言ってたしな。

 

完全に置いてけぼりを食っていたガイアはそんな俺達を見つつ、

 

「ッハハ…中々賑やかなヤツらだな…俺としちゃ早く本部に帰りたいんだが…」

 

苦笑しながらそうこの場を纏めるのだった。

 

 

 

西風騎士団本部大団長室にて。

 

「───アガレスもいるのか」

 

代理団長を務めるジンが俺を見て驚きながらそう言った。嫌そうではないし、むしろ嬉しそうに見える。ただ、一応押し掛けている身ではあるので、

 

「よっ、ジン。悪いが俺も混ぜてもらうぜ」

 

悪いが、と断りを入れておくことにした。まぁなんたってモンドの今後に関わる大切な話だから、俺が混ざらない道理はない。最悪盗聴もできたのだが、それくらいなら同席だけさせてもらうことにするつもりだった。それも杞憂に終わったようだがな。

 

西風騎士団本部大団長室内、そこには俺、ジン、ガイア、リサ、アンバー、旅人の6人が一堂に会していた。ちなみに、なんかちっこいのもいるので、ほぼ7人かもしれない。

 

ちなみにノエルには怪我人の捜索や手当を頼んだ。神龍団本部にいる二人も、恐らく異常に気づいて動いてくれているはずなので、二人との合流も命じてある。ついでに二人にも助言というか、やるべきことを伝えるようにノエルには伝言を頼んでいた。

 

モンド城は現在混乱の最中ではあるが西風騎士に加えてうちの三人もいる。恐らくそちらは任せてしまって問題ないだろう。

 

少しして各々ベストポジションについたところでジンが口を開いた。

 

「すまない旅人、本来であれば歓迎するのだが、しばらくモンドに滞在していてくれ。問題は必ず西風騎士団と───」

 

言いつつチラッとジンが俺を見た。やれやれ、ちゃんと業務提携はしてくれているようだな、なんて感想を内心思い浮かべる。

 

業務提携をする上で俺達は依頼を受ける際にお互いの名前を出すようにしているのだ。どちらにもメリットがあるので、実は結構助かっている。

 

「───神龍団がなんとかする」

 

ジンはそのまま俺を見ながらそう言った。

 

「神龍団?」

 

横に浮いてる小さいのが疑問を溢した。彼なのか彼女なのかはわからないが、とにかくあの生物は旅人によればパイモンという名前らしい。

 

「パイモン…テイワットの案内人とか言っておいて、知らないんだね…」

 

旅人がパイモンをジト目で見た。パイモンはパイモンで誤魔化すように、

 

「お、オイラにだって知らないことはあるんだぞっ!た、例えば…そう!璃月にでるお化けのこととかー…」

 

そう言い訳を並べている。それは本当に誰も知らないだろ、とツッコみたくなるが今はそれどころではないので棚に上げておくことにして、俺は神龍団の説明を始めた。

 

「神龍団は西風騎士団から派生した組織と言っても過言ではないが、モラを貰って仕事をする謂わばなんでも屋だ。団長は俺、アガレスで、団員は団長、副団長合わせて4人だ」

 

「4人!?よくそれで経営が成り立つなぁ…」

 

俺の説明にパイモンが目を見開きながら反応した。食い付いてきたパイモンに俺はしっかり説明することにして口を開き、

 

「モンドの人達は自由気ままに生きているが、勿論小さいトラブルなんかがないわけじゃない。それを解決してできるだけ平和に近付けるのが俺たちの仕事で、ニーズはかなりある。ただ、やはりここ最近は人手不足というか仕事があぶれててな」

 

ただ、と続けた。

 

「最近は西風騎士団と業務提携を結んだからある程度はマシになったな。まぁうちだけだと同時にこなせるのは3つまでだが、溢れたら西風騎士団がなんとかしてくれる。因みにどっちも24時間営業だから、旅人も困ったことがあったら西風騎士団かうちに言うといい」

 

「さ、さらっと宣伝してきたぞ…」

 

商売魂ここにあり、ってか?なんて自分で思ってみたはいいものの、なんだか恥ずかしくなったので咳払いをして誤魔化した。

 

そんな俺達の会話が終わったのを見計らってジンは口を開くと、

 

「まぁとにかくだ。風魔龍の被害はかなり増えつつある。そこで、リサに彼の力の源を調べてもらった」

 

自らの隣りにいる紫色の服装の魔女───リサへ視線を向けた。そのリサは旅人へ向けて軽く手を振っている。そして軽い自己紹介をしてから、

 

「今、このモンドを取り巻く元素力は荒れ狂っていると言っていいわ。まるで、子猫ちゃんが遊んだ後の毛糸玉みたいな状態よ」

 

そう言った。どんな喩えなんだそれは…どこぞの知恵の神を思い出すな、なんて思った。勿論その関係で言いたいことは理解できる。

 

「なんとかわたくし、頑張ってみたの。そうしたら、『四風守護の神殿』それぞれに強い元素を感じたわ」

 

リサは更にそう続けた。

 

それにしても四風守護の神殿か。確かに、復活してから今に至るまで誰一人参拝に行っているのを見ない。特に人も来ず荒れ放題、となればアビス教団が利用するには最適だったのだろう。

 

「皆、風魔龍の力の源が判明した以上、行動をすべき時が来た。気を引き締めていこう」

 

そしてジンがそう締め括るように言って、その言葉を聞いた全員首肯いた。ジンはそのまま四風守護の神殿それぞれの力の源をほぼ同時に潰すためそれぞれ人材を派遣すべく配置を言っていく。

 

「西風の鷹の神殿にはアンバー、北風の狼の神殿をガイア、南風の獅子の神殿にはリサが行ってくれ。旅人は皆を手伝ってやってはくれないか?」

 

そして旅人は全員を手伝うことになるようだ。旅人は私が?とばかりに首を傾げている。そんな旅人にジンは、

 

「今、西風騎士団はかなりの人手不足でな。手を貸してくれるとありがたい」

 

と軽く理由を説明した。本当はもっと複雑だが今はそれでいいのだろう。

 

現にその言葉を聞いたパイモンはかなり乗り気になって旅人に助けるよなー?という視線を向けている。旅人も何故パイモンが決めているの?という表情を浮かべていたが、しっかり手伝ってくれるらしい。

 

そんな彼女達にジンは真っ直ぐ視線を向けてから微笑むと、

 

「感謝する」

 

と告げた。それを見た旅人はうぐっと変な声を上げたかと思うと顔を赤らめそっぽを向く。そんな旅人に向けてパイモンはジト目を向けると、

 

「……お前、さては美人に弱いな?」

 

そう言った。旅人は否定も肯定もせずただそのまま黙っていた。

 

こう言っちゃなんだが、モンドには美人が多いと思うんだ俺は。まぁ、顔が良いだけでクズみたいな性格をしてるやつは500年以上前に散々見てきたが、モンドの人々は本当にいい人ばかりだ。バルバトスが羨ましい、いや本当に…。

 

旅人とパイモンはそれぞれ何かを話し、俺は友人に思いを馳せている間に向こうの話は終わったのか、ジンが俺達全員を見ながら口を開いた。

 

「さて、では各々、行動開始───」




おまけ

旅人「うーん…祈願、ってのができるの?」

アガレス「なんだそれは…どういう意味だ旅人」

旅人「あっ、えーっとね…なんかガチャ?ができるみたいで…」

アガレス「ガチャ…っていうと、星4とか星5、とか決まってるアレか?」

旅人「そうみたい…あっ、初心者応援祈願…これお得だ…!」

アガレス「どれどれ…ほう、ノエルが貰えるのか。星4なんだな…あんなに強いのに」

旅人「早速、レッツラゴー!!」

〜〜星4演出〜〜

旅人「ノエルちゃんお迎え〜!萌えー!!」

ノエル「よろしくお願いいたします!」

アガレス「よかったな。おっ、まだ原石が残ってるな。1600だぞしかも。10連一回分だな」

旅人「あっ、アガレスがピックアップ!?これは強そう…!!」

アガレス「ピックアップ俺かー…まぁ、引いてみたらどうだ?」

旅人「レッツラゴー!!」

〜〜星5演出〜〜

旅人「きゃー!!いいんですか!?いいんですか神引きなんてしてしまってえー!!」

アガレス「旅人、テンションが凄いことに…」

旅人「ええい!原神祈願は微課金または無課金、いやいや重課金してたって神引きは嬉しいんだよわかる!?」

アガレス「うーん…メタい…」

〜〜星5、ディルック〜〜

旅人「……」

アガレス「……」

ディルック「……あの」

旅人「これだから、原神はやめられねぇ…」(諭吉を懐から取り出す)

アガレス「た、旅人…!?早まるなー!!」

※おまけの物語は勿論フィクションです。実在する企業・団体には一切の関係はないですが、一部の方々にはあったりなかったり…。

というおまけでした


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第15話 名前を変えないか?

感想によるご意見ありがたく頂戴します…というわけで、この話をどうぞ


「───で、俺は?」

 

ジンの行動開始、という号令があったのはいいが、俺は彼女に何も指示を出されていないことを思い出し、先程までいた旅人達や騎士連中の去った大団長室内でジンと俺だけが残っていた。ジンは俺の言葉に対して特にこれといった反応を示さなかったが、不意にコンコン、と扉をノックする音が響くとそれに来たな、という顔を浮かべて「入れ」と言ったので、俺は大団長室の入り口に怪訝そうな表情を浮かべながら視線を向けた。

 

「僕をわざわざ呼ぶなんて、余程切羽詰まっているのかな、ジン」

 

やがてそう言いながら入ってきたのは燃え盛るような赤髪を持つ男、ディルックだった。彼は入ってくるなり俺を見て君もいたのか、という表情を浮かべたので、取り敢えず軽く挨拶すると、ジンが俺に頼みたいことがあるらしい、と説明した。

 

その言葉に納得したディルックと、彼と普通に話す俺を見てジンは驚いている様子だった。

 

「せんぱ…こほん、ディルックと知り合いだったのか?」

 

そうして当然…?の疑問を呈してくる。俺とディルックは顔を見合わせると、

 

「昨日知り合った」

 

とだけ言っておいた。それなりに事情は複雑であるため、軽々しく口にはできないからだ。ジンはそれを察したからかそれ以上何も聞いてくることはなかった。

 

「で、ジン。用件はなんだ?」

 

ディルックと俺はジンの座る卓の前で腕を組む。『闇夜の英雄』と『元神』二人を前にしているがジンは臆せず口を開いた。

 

腹が据わっていて大変よろしい、なんて場違いの感想を持ちつつ、ジンの言葉に注意を傾ける。

 

「…アンバーから聞いたのだが、旅人は『神の目』無しに元素力を扱っていたようだ」

 

思わず俺はほう、と感嘆の息を漏らした。ディルックもジンも俺の反応を見たいからか真剣な表情を浮かべて俺へ顔を向けている。

 

さて、一応説明しておくと、少し前俺はジンに酒場に呼ばれたことがある。その時、俺の正体について色々と聞かれた。その際に、俺がかつて『元神』と呼ばれた神であることを伝えてある。そして、俺のその二つ名の由来も。

 

そしてディルックには昨日伝えた。つまり俺が全元素を扱えることを知っていて、なおかつ現状この場で最も元素について詳しいのは俺だろう。

 

「俺と共通点があるかどうかは不明だ。俺自身のメカニズムも今の所不明だ。ただ、あの旅人は恐らく、この世界の人間ではないのだろう?」

 

そうなると俺もこの世界の存在ではない可能性もあるのか…?との疑問が自分の中で浮かんだが、まぁなきにしもあらず、といったところだろう。実際物心ついた時にはテイワットにいたが、本当にこの世界の存在だと誰が証明できようか。

 

あ、知恵の神なら…マハールッカデヴァータに頼んで世界樹の知識を見てもらえばなんとかなるかも知れないのか…?とはいえやってはくれないだろうな、またよくわからん比喩表現でのらりくらりと躱されるに決まっている。

 

さて、俺の言葉を聞いたディルックが俺から視線を外すと、

 

「アガレスが言いたいのは、一応の監視、というわけかな?」

 

ジンに向けてそう言った。ジンが首肯いたのを見た俺は思わず、

 

「旅人の監視、か。まぁそれは当然の措置だろうな…」

 

とそう呟く。まぁ俺なんて栄誉騎士になってからもしばらくつけられてたからな、と心の中で少し愚痴る。決して根に持っている訳では無いが、気持ちの問題というやつである。

 

監視をどうするか顎に手を当てて考えていたらしいジンはふと顔をあげて俺を見る。俺は暫し無言のままだったが、

 

「じゃあそれはディルックに任せる」

 

とディルックに丸投げした。実際彼女の助けになれるのは俺ではなくディルックだろうからだ。俺は過保護になりそうな気がする、というのもある。

 

俺は時計を一瞬見やるとジンとディルックに背を向けた。ディルックはそんな俺を怪訝そうな瞳で見つめながら君は?とでも言いたげな雰囲気を醸し出している。そんな中俺は出口のドアノブに手をかけてから、

 

「俺は少し…やることがあってな。悪いが今日明日はその依頼はこなせない。ディルックとジンには負担を掛けてしまうが、それまでは任せきりになるだろう」

 

振り返らずそう言った。当然、俺のこの用事とはつい先程片付けねばならなくなった用事だ。というより、先程生まれたと言っても過言ではないだろう。そしてこの用事は二人には伝えることは出来ない。

 

伝えるには、まだ時期尚早なのだ。

 

勿論ディルックは俺の言葉を聞いても尚納得した様子を見せておらず再び口を開こうとした。しかし、ジンがそれを手で制したかと思うと口を開く。

 

「事情があるのだろう?アガレスのことは、この3年で少しは理解できているつもりだ」

 

振り返るという野暮ったいことはしないが、ジンが心からそう思いそしていざというときは頼って欲しいと思っていることも十分に伝わってきた。ディルックはそんなジンの様子を知ってか知らずかはぁ、と溜息を吐くと、

 

「この程度、僕の負担にはならない。気にせず君は用事を済ませるといい」

 

そう言ってくれた。俺は二人に礼を言うと、そのまま大団長室を後にするのだった。

 

 

 

モンド城郊外にある開けた平地であり、最も穏やかな風が吹く場所、それが風立ちの地。そこに生える巨大なオークの木の木陰はかつての英雄の加護もあってか居心地の良い風が吹いている。

 

だからだろうか、木陰に寝転がる彼に今まで気付かなかったのは。

 

「───やはり、ずっとここにいたのかバルバトス」

 

瞳を閉じ、死んだように眠っているのかピクリとも動かない彼───風神バルバトスはしかし目を開いて視線の動きだけで視界に俺を捉えると、

 

「呼び方、ウェンティだって言ってるでしょー?」

 

そう冗談めかしてそう言った。俺は逸る気持ちを抑えるようにふぅ、と息を吐くと、

 

「久しく会ってなかったし忘れてたよ、ウェンティ」

 

とそう言った。ウェンティこと、バルバトスと会うのは2年程ぶり、といっても差し支えないほどの月日が経っていて、その間彼はオークの木の木陰で死んだように眠っていたらしい。何故やどうしてはゆっくり聞いていく必要があるだろう。

 

俺はゆっくりバルバトスの横に腰を下ろし、最初になんて声をかけようか迷っていたのだが、バルバトスが俺をジッと見つめているのを見て、

 

「……何があった?」

 

と簡潔に問いかけた。バルバトスはそんな俺の言葉を聞いて満足気に首肯くと、

 

「トワリンが毒龍ドゥリンの血液に蝕まれているのは知っているかい?」

 

そう言った。その言葉を聞いて、既にディルックから同じ文言を聞いていた俺は首肯いた。バルバトスは知っていたんだね、と苦笑交じりに言うと寝転がったまま更に続けた。

 

「トワリンは500年前の戦いの後ずっと体を休めていたんだけど…アビス教団に目をつけられたみたいでね。僕が気が付いたときには、もう腐食によって堕落していたんだ」

 

「……その時、お前も腐食を受けたということか?」

 

俺の言葉を聞いたバルバトスが驚いたような表情を浮かべた。俺はそんな彼の反応に対して苦笑すると、

 

「その程度は風が乱れていたからわかる。何より、お前になにかあったのではないか、と思って少し調べていたんだ。と言っても腐食に関してわかったのはつい最近だけどな」

 

そう説明した。バルバトスが行方不明になってから色々と調べたのだが結局答えは出なかった。ただ、トワリンが腐食を受けていたことからバルバトスも影響を受けていたのではないか、と思い至ったのだ。

 

俺の説明を聞いたバルバトスは物憂げに目を細めると、

 

「うん…そう、そのとおり。僕も腐食を受けていてね。今はもう、ほとんど影響はないよ」

 

とそう言った。俺はそうか、とだけ返すとそれ以上特にその話題に触れることはしなかった。それよりも俺が復活してからバルバトスに言えなかったことが一つだけあったのだ。

 

「…この500年間で、お前も『摩耗』が進んだだろう。どんな存在であろうと『摩耗』からは逃れられない。ウェンティ、いやバルバトス、お前は旧友であるトワリンが苦しんでいるのを見て相当胸が傷んだはずだ」

 

バルバトスは首肯き歯噛みした。俺は特に反応を示さず、ただ続ける。

 

「…『摩耗』は生きていれば必ず進む。そしてそれは、親しき者との別れによる絶望、悲哀の感情によって増幅される。お前達は500年前、皆一様に悲しみと絶望…そして希望に満ちた表情を浮かべていたな」

 

モラクスも、バルバトスも、二人の雷電将軍も、会えはしなかったが他の八神も同じだったに違いないだろう。俺は座ったままバルバトスに向き直ると深く頭を下げた。

 

「───すまない、お前達の寿命をいくらか縮めてしまった」

 

暫く俺達の間には沈黙が流れたが、先に口を開いたのはバルバトスだった。

 

「……いや、いいんだよ。僕はね、悲しかったのもあるんだけど…いや違うね、本音は君に頼りすぎていて、申し訳なかったんだ」

 

俺はバルバトスの告白に驚きを隠せず目を見開いて絶句した。俺が喋らないのを良いことにバルバトスは更に続けた。

 

「…君以外の八神は喧嘩ばかりしていたけど、いつも君が止めてくれた。僕達が今日、今の今まで生きていられたのは、君のお陰なんだ。だからこそ、君がまた僕達のために犠牲になるのは耐え難いよ…それが、例え君の本質だったとしてもね」

 

バルバトスのその言葉に俺はそうか、としか返せなかった。嬉しい反面俺の本質とは正反対の言葉をかけられているからだ。少しだけ心に虚無感を感じたが、すぐにその穴はバルバトスによって埋められる。

 

「そんな悲しい顔をしないで、アガレス。『摩耗』が進んでいなかったといえば嘘になるけど…僕は、僕はね?この500年間ずっと君を想っていたよ。君が目覚めるのを、じいさんと一緒に待っていたんだ」

 

バルバトスは俺の反応を見ずに目を閉じるとねぇ、と続けた。

 

「『龍災』が落ち着いたら、じいさん達に会いに行きなよ。きっと、喜ぶ…よ…」

 

「…情けない友人ですまないな、気を遣わせてしまうとは」

 

バルバトスの言葉が途絶えてから本人を見ると涙を流しながら死んだように眠っている。まだ体調が万全でないのにも関わらず話に付き合ってくれたバルバトスに感謝の念を持ちつつ、俺のコートを脱いでかけてやった。

 

「…風邪、ひかないようにな」

 

〜〜〜〜

 

一時間後、神龍団本部にて。

 

来訪者を告げるベルが小さく鳴り、少ししてドアを開けて入ってきたのは少し疲れた様子のアガレスだった。夜であるため、エウルアもレザーも眠っている。ノエルだけは、アガレスの帰りを待ちつつ、何があってもいいように起きていた。とはいえ、ソファでうつらうつらとしていたが。

 

アガレスが入ってきたことに気がついてノエルは目を覚ますとアガレスを出迎えつつ、

 

「お帰りなさいませ、アガレスさま…!ご飯になさいますか?それとも、お風呂に…って、アガレスさま…!?」

 

そう小声で伝えていたのだが、アガレスはふらふらとノエルの方に歩いて、ソファに座るとノエルによりかかった。思わずノエルは顔を真っ赤にしたが、

 

「悪い…疲れててな…今日はソファで寝る」

 

その言葉を聞いて少し驚いたように目を見開いた。そしてアガレスを諌めるように、

 

「い、いけません!ソファで寝ると、体も痛くなりますし、睡眠に影響も…」

 

そう言った理由を並べる。しかし疲れている様子のアガレスにはまるで効果がなく、

 

「んー…まぁいいさ…俺神だし…」

 

とだけ言ってノエルによりかかったまま規則正しい寝息を立て始めたのだが、すぐになにかに気付いたらしく慌てた様子で飛び起きると、

 

「悪い、ノエル…今日はここで寝る」

 

そう言ってノエルをソファから立たせてそう言って再び規則正しい寝息を立て始めた。ノエルはふぅ、と深呼吸して自らの気持ちを落ち着かせると、

 

「わたくしは…何があろうと、あなた様の帰りをお待ちしています。ですから…安心して眠ってください」

 

そう言って自室へ向かうのだった。

 

 

 

翌日、朝。二階から降りてきたエウルアがあくびをしながらソファを見た瞬間固まったが、

 

「あら…珍しいものを見た気分ね…べ、別にアガレスの醜態を見るのも復讐の一環だから、私が見たいとかじゃ…」

 

すぐにそうブツブツと呟きながら表情をコロコロ変えていた。

 

取り敢えず後から起きてくるであろう3人のために朝食を作ることにしたエウルアはエプロンをつけ、鶏卵を使い目玉焼きを四人分作ると、ベーコンを加えて火を通していく。

 

「ん…いい匂いだな」

 

とそんな匂いを感じ取ったらしいアガレスがソファに座って目を擦っている。エウルアはふん、と鼻を鳴らすと、

 

「寝坊して私に朝ご飯を作らせるだなんて…この恨み覚えておくから」

 

そう言って頬を少し膨らませた。対するアガレスはまだ寝ぼけているからかおもむろにソファから立ち上がるとエウルアの下まで歩いて行き、料理の様子を覗き込んで「美味そうだな…」なんて能天気に呟いている。

 

エウルアは一瞬頬を緩めたがすぐに険しい表情に作り変えると、

 

「もうすぐできるから、先に座って待っていなさい。出来たら持って行くわ」

 

そう言うのだった。

 

 

 

5分後。

 

「───我ながらずっと思っていたのよ…」

 

二人で朝食を摂っていたエウルアとアガレスだったが、不意にエウルアが口を開いた。アガレスは疑問に思いつつもそのままご飯を食べていたのだが、次に続いた言葉によってその手を止めざるを得なくなった。

 

「神龍団って名前さ…ダサくない…!?」

 

流石のアガレスも思わずブーッ!と口に含んだものを吹き出しかけており、逆に気管に入りかけて咳き込んでおり、なんてことをとばかりの瞳でエウルアを見ている。しかし、エウルアは全く怯まず、

 

「だってそうじゃない。神龍団なんて名前、厨二病真っ盛りじゃなきゃ考えつかないわよね」

 

寧ろ棘をグサグサとアガレスに突き刺さしていた。更に言葉の暴力がアガレスを襲う。

 

「貴方の正体が龍で自分が龍だからその名前をつけたとかじゃないわよね?だとしたら安直すぎるしよくわからないわ。もう少し名前考えたらどうなの?」

 

どんどん縮こまるアガレスを見てふぅ、と息を吐くとエウルアはそれでどうするの?と言った視線をアガレスに向けた。対するアガレスはうーん、と首を捻ると、

 

「いや、どうしよう…三人寄れば文殊の知恵とも言うし、レザーも起こそう…ノエルはどうする?」

 

「疲れているだろうし、と言いたい所だけれど名前は大切よね」

 

ということでアガレスがレザーとノエルを起こしてきてから食卓のテーブルに全員が集った。

 

「第一回神龍団(仮)お名前相談室ー!いえい!」

 

アガレスの謎のテンションについていけない他のメンツは苦笑、呆れ、そして純粋な疑問をそれぞれ表情に浮かべている。そんな彼、彼女らの表情から目を逸らしている(?)アガレスは、

 

「はいはい、ちゅーもーく!モンドの住民にアンケート調査を行いました結果!」

 

そのまま話を進めつつ何処からともなく取り出したフリップのようなものを机の上に置く。

 

フリップには『ぶっちゃけ…名前どう??』などという題名で取られたアンケート結果が円グラフで示されており、流石にダサいが70%、別に良くね?が25%、そしてどうでもいいが5%、という結果だった。流石のアガレスもこれは名前を変えねば、と思ったわけである。

 

「───そういうわけで、早々に名前を変えないと終わりな気がする」

 

「一体どこ情報なのよそれ…」

 

「ん?いろんな意見コメントだぞ」

 

メタ的な要素はやめなさいよ、とばかりにエウルアの視線がアガレスに突き刺さった。アガレスは再びその視線を受け流しつつ、

 

「さて、では案を出してもらえるか?俺はもう…自分に自信がないんだ」

 

とそう言った。少し各々が考える素振りを見せていたが、一番最初に手を上げたのはレザーだった。アガレスがレザーを指名し皆の視線が集まる中、レザーは拙いながらも喋り始めた。

 

「狼はルピカ。名前に、狼を入れたい」

 

「うーん…尤もな意見だし個人的には良いと思うが、それじゃあ元々と一緒になってしまわないか?」

 

そして案は一瞬で却下されてしまった。勿論アガレス個人は、悪い意味でいいネーミングセンスをしているため『呀狼団』にしようかな、とか考えている。

 

苦笑いに包まれた卓上の会話は、少し間を置いてから今度はエウルアが主導権を握った。

 

「私達はモンドの民を救う、或いは救けるために行動してるわけだから…『救』って文字は入れたいわね」

 

エウルアのその案を聞いたアガレスは少し考える素振りを見せると、

 

「中々いい案だな…他には…そうだな、『救国』だと安直過ぎるし…もう『救民』とかでいいんじゃないかな…」

 

やがて面倒臭くなったのか、はたまたこれ以上自分の破滅的なネーミングセンスが公になるのが嫌だったのかそう言った。エウルアは一瞬それはどうなの?という表情を浮かべたが、意外と…?と驚いている。

 

アガレスは更に半ばヤケクソ気味に呟く。

 

「救民団とかでいいと思うんだ。だって救ってるし…」

 

そしてその呟きを聞いてやる気が少し萎えたのかエウルア達ももうソレでいいか、みたいな雰囲気を醸し出しながら、

 

「うーん…そうね、神龍団よかマシだと思うわ」

 

「神龍団、俺は、かっこよくて、好きだった…」

 

「神龍団も救民団もどちらも良いと思いますよ!」

 

口々にそう言った。アガレスはアガレスで神龍団という名前がダサいと自覚してしまったため口元を引き攣らせながら、

 

「…名前は救民団で決定だな」

 

とそう言うのだった。

 

この翌日から神龍団は救民団と名前を変え、やがてはテイワット中に広がっていく大企業となるのだが、この時のアガレスにはまだ知る由もない。




というわけで、主人公の所属が神龍団から救民団になります。いやぁ…ネーミングセンスのなさが光りましたね…()


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第16話 旅人の依頼

UAが10000超えてるなんて…そんなに人の目に晒されてるのか…悶死してしまう…


「───さて、今回は西風騎士団代理団長ジンからの依頼だ」

 

俺は食卓を囲んでいる救民団メンツの3人に向けて言う。少し眠そうなレザーを除いた二人はジンの名を聞いて少し驚いている様子だ。

 

俺は少し間を置いてから、

 

「ノエルは会ったと思うが、今回のターゲットは異郷の旅人で、極秘裏の依頼だ」

 

簡潔に標的を述べる。するとエウルアが少し考える素振りを見せてからああ、と呟いくと、

 

「トワリンを追い払ったって噂の子ね。倒せばいいの?それとも騎士団に突き出せば良いのかしら?」

 

エウルアは噂話で聞いていたようでそんなことを言っていたのだが後半はちょっと怖いので待て待て落ち着け、と諫める。ノエルはともかく、レザーは首を傾げているので全く聞いていないらしい。

 

俺はエウルアの冗談よ、という言葉を聞き流し依頼内容を告げる。

 

「彼女がモンドに益となるか害となるか、監視し逐次報告せよ、だそうだ。個人の判断で危険だと思った際には戦闘も許可するらしい」

 

俺の言葉を聞いたノエルはあの方は…と言いたげな表情を浮かべている。俺はそれを一瞥し、

 

「万が一モンドに害意のある存在だった場合、信用しきってからでは手遅れになる。そういった可能性を排除するためにも、この措置は必要なのさ。まぁ、俺も旅人は良いやつだと思うがね」

 

そう自分なりの見解を告げる。まぁ2年ほど彼女と共に働いていたのだから概ね合っているはずだ。

 

俺の言葉にエウルアは肩を竦めると、

 

「ま、やれってことね。けれどレザーはこの任務にはあまり向かないんじゃないかしら?判断基準が難しそうだけれど…」

 

そう言った。まぁ確かにレザーの性格というよりこれまでの境遇を考えればその結論に至るのも首肯ける話だ。

 

しかしそれはどうだろう?と俺はエウルアに言う。

 

「レザーは確かに会話が苦手だが、その分害意には鋭く噛み付いてくれる。寧ろレザーが適任かもしれない、とすら思うね」

 

「俺、人の気持ち、においでわかる。任せろ」

 

そして俺の言葉にレザーも同意し、何より自分の鼻が褒められて文字通り鼻を高くしていた。というか救民団のメンツを考えると俺を除いた適任はレザーしかいないだろう。

 

エウルアが若干納得していないような気がしたので、レザーが適任だと思う理由を話していく。

 

「まず、ノエルは優しいから人を信じやすい。悪いことではないが、疑うことが任務であるこの依頼には向かないだろう」

 

ノエルは少し落ち込んでいるようで、少し俯いている。しかし、だが、と俺は続けたことによってその顔を上げた。

 

「仲良くなって本音を引き出す、という作戦ができなくもないから、ノエルにも頼もうと思えば頼める。だからそんな悲しそうな顔をしなくていい」

 

そう言うとノエルは少し嬉しそうな表情を浮かべた。彼女自身が自らの一長一短な優しさを最大限活かす方法を、きっとこれから磨いていくことだろう。

 

さてお次は、とばかりに俺はエウルアに視線を向けた。

 

「エウルアは少々棘のある言い方が目立つから、最初はとっつきにくいと思われて警戒される可能性がある」

 

俺の言葉を聞いたエウルアは少し拗ねているというか、少し落ち込んでいるみたいだ。

 

しかし無論だが、が入る。

 

「エウルアは根が優しい良い子だから、聡い存在ならその優しさに気が付きわかってくれるだろうし、悪い奴ほどその優しさにつけこもうとするはずだ。エウルアに不向きとは言えない」

 

理由としてはこんなところだろう。そして俺はここからレザーが適任である理由を述べていく。

 

「さて、その点レザーは回りくどいやり方をしなくていいし、一番後腐れがない。ボロは出やすいかもしれないが、出たら出たで相手の反応を見られる。そこでレザーの鼻で感情を読み取れば、この依頼はすぐに終わりだよ。まぁバックアップはお前達に任せなきゃならないけどな」

 

まぁ、自分の感情を自覚せず、それを別の感情に書き換える、なんてできるやつがいなければの話だがな。

 

俺のその説明を聞いて納得したらしいエウルアはそれなら納得ね、と呟き、ノエルはレザーを応援している。俺はその光景を見て満足気に首肯くと、

 

「そういうわけだ。一応俺もバックアップにつくが完璧じゃない。お前一人で判断を下さねばならない状況もあるとは思うが…レザー、頼んだぞ」

 

そう言った。俺の言葉にレザーはキュッと表情を引き締めると、

 

「わかった、俺、頑張る」

 

力強く返事をしてくれたのだった。

 

 

 

 

数時間後。

 

「───えへっ、来ちゃった!」

 

「えへっ、てなんだよ!吟遊野郎、なんでお前までついてきてるんだよ!?」

 

神龍団改め救民団本部に旅人が立ち寄ってくれたのだが、何故かバルバトスもついてきている。そしてそれに気付いたパイモンが思わず、といった形でツッコんでいた。

 

うん、中々ツッコミのセンスあるじゃないか、なんて場違いの感想を持ちつつ、俺はバルバトスが両手で抱えているモノを見て何をしにきたのか察した。

 

一方で少しの間苦笑気味にそちらを見ていた旅人は、ふと俺に視線を向けるお驚いたように目を見開き、

 

「アガレスさん、昨日まで着てたコートは?」

 

そう言って俺に疑問を呈してくるが、俺は微笑みかけるだけで問には答えず、

 

「で、借りていたモノを返しに来たんだろう?」

 

とバルバトスに言った。バルバトスは肯定して礼を言いつつ手に抱えていたものを俺へと差し出す。するとそれを見たパイモンが、

 

「うげ…このコートやけに重そうだな…」

 

苦虫を噛み潰したような顔でそんな事を言う。

 

実際かなり重いはずだ。ウェンティだから軽々と持っているが、旅人とかなら腕が引き千切れるんじゃないか?などと思う。

 

まぁ、このコートはそもそも俺の服だが、その材質はこの世界に生まれた時の姿である龍の鱗を使用したコートだ。そりゃあ思いわけである。その関係で防御力は凄まじいことになっている訳だが。

 

「勿論、洗濯はしておいたからね」

 

バルバトスが冗談めかしてそう言うので、俺もそれに乗っかりつつ微笑みながら受け取って礼を言った。そんな俺達の様子を見ていた旅人とパイモンが、

 

「た、旅人…この二人ってどういう関係なんだよ…?」

 

「ごめん、私もわからない」

 

そうひそひそ話をしているのが耳に入ってきたため、俺はどう説明しようかと頭を捻る。

 

その直後、バルバトスが俺に抱きついてくる気配がしたので、先んじて頭を掴んで拒絶した。今『ピキーン!』って感じがあったぞ。なんか、あれだ、NT的なね。何とは言わんけど。

 

そんな俺達の様子を見ていた旅人達は更に困惑している様子を見せていたので、俺は一つ溜息を吐くと、

 

「ただの友人だ。腐れ縁と言ってもいいかもな」

 

簡潔にそう説明した。実際はもっと複雑っちゃ複雑な関係だが、今はこれだけ理解しておけばいいだろう。ただ、それに反感を覚えたらしいバルバトスは、

 

「ただのって酷くないかい?君と僕は親友と言っても差し支えないと思うなぁー」

 

頬を膨らませてブーブー言っている。俺はバルバトスのその言葉を聞いても特段反応を示さずに聞き流し、

 

「まぁ、それはいい。救民団を見に来たんだろ?案内するよ」

 

本題へ入った。旅人は首肯き、パイモンはそうだった、という表情を浮かべる。だがここでもノイズが入る。

 

「んー、それなら僕はりんご酒が「残念ながら酒はない。りんご自体はあるが食べていくか?」…むぅ、お酒が無いのは残念だけど、りんごは食べるよ」

 

それを見越していた俺はバルバトスの言葉を途中で切ってそう告げるのだった。

 

 

 

旅人は二階建ての救民団の部屋という部屋(個人スペースは除く)を見ていった。客間、応接室、扉で仕切られてリビング、食卓、キッチン、洗面所に風呂、トイレ、で二階はそれぞれの部屋だ。

 

ちなみに個人の部屋の中身は俺もどうなっているかわからない。よく掃除をするノエルによればレザーの部屋にはよく生肉が落ちているらしいのだが真偽の程は定かではない。

 

「………」

 

「た、旅人…どうしちまったんだよ?なんかレザーの部屋を覗き見してから様子が変だぞ…?」

 

そんな話をしている二人組がいるが、見なかったことにしよう。レザーもなんのことかわかってないみたいだからな。

 

パイモンはそれにしても、と救民団の広さに驚いている様子だった。

 

「そりゃまぁな。依頼は結構くるし、モラもそれなりに貯まるぞ」

 

加えて、そんな俺の言葉を聞いたパイモンが更にその瞳を輝かせる。

 

「も、モラも…!?旅人〜、オイラお小遣い欲しいなぁ〜、なんて…」

 

パイモンの真意はまぁわかる。旅人に働かせてモラを沢山稼ごうという腹積もりだろう。だが、旅人はその言葉に明確な回答はせず、ジト目でパイモンを見ると、

 

「もう、パイモンはすぐモラとかお宝に釣られるんだから。そんなだとすぐ詐欺にあうよ?」

 

そう言っている。対するパイモンは青い顔をしながら、

 

「ひ、ひぇ…!?さ、詐欺とか、こ、怖いこと言うなよ…」

 

焦っている様子を見せた。だがすぐに、

 

「まぁパイモンは無一文だけどね」

 

「おい!オイラに失礼だろっ!」

 

旅人の言葉にツッコんでおり、元気になっている。

 

なんだろう、この二人の漫才(?)を見てると中々心が休まるというか、ほっこりする。

 

などと考えているとパイモンとの会話を終えたらしい旅人がジィーっと俺の顔を見てくる。俺の顔になにかついているのだろうか、と首を傾げると、

 

「私の兄、空っていうんですけど、知りませんか?」

 

彼女の口からそんな言葉が紡がれた。言われた俺は少し考えてみたが心当たりはなかったので特徴を問う。

 

「私と同じ金髪で、金色の瞳で、私よりちょっと背が高いくらいです」

 

そして答えてくれた内容を脳内で組み上げ記憶に照らし合わせると、一人条件に一致する存在に思い至ったので、旅人に他の特徴を告げる。

 

「黒っぽい服に、白い色のスカーフ的なものを巻いてたりするか?」

 

そしてその言葉にコクコクと期待を秘めた眼差しを俺に向けながら旅人が首肯いた。どうやら確定らしいが、生憎その期待には答えられなさそうだ。

 

「俺と彼に直接の関わりはないし、今どこにいるのかもわからない。だが、『終焉』の際、この世界に絶望したのか、膝をついていた彼を見た気がする」

 

彼女は一応俺が神であることはジンから既に聞いているので教えても問題はないだろう。だがそれはそれとして俺は余り役に立てなかったことを謝った。

 

だが、旅人はぶんぶんと手を振りながら、

 

「ううん!大丈夫、あの、一応依頼なんだけど、いいかな」

 

そう言って兄を探して欲しいことを依頼してきた。

 

うーん、空と蛍の双子は状況証拠的にもカーンルイアと関わっているのは間違いないだろうし…いや、まぁ俺は『奴』とそういう契約を結んでいるわけじゃないから、別に問題ないだろう。そもそもカーンルイア関連は俺以外の八神じゃわかっていても言えないだろう。

 

問題は報酬だ。彼女はモラを余り持っているわけではないだろうし、どうしたものかと少し考えてから、

 

「いいだろう。報酬は…そうだな、お前の旅に俺も連れて行ってくれないか?」

 

俺は旅人に向けそう告げた。俺のその言葉に旅人は目を見開いて首を傾げた。

 

「理由は2つある」

 

俺はそんな旅人に対して指を2本立てながら口を開くと、

 

「まず一つ目。旅人、お前は『神の目』なしに元素力を扱えるそうだな」

 

そのままそう問いかけた。旅人は首を横に振りつつ、自分も何故扱えるのかはわからないということを俺に告げる。それを聞いた俺は思わず驚いて、「最初から扱えたのか?」と問いかけたのだが、

 

「ううん、七天神像で共鳴して風元素の力を得たんだ」

 

旅人はそう答えた。

 

妙だ、七天神像には確かに、風神の力が宿っているとされいるが、共鳴してその元素になれるなど聞いたことがない。なれるのなら、一般人が『神の目』無しに元素力を扱うこと、それが造作もない事になるはずだ。となると旅人が嘘をついているか、或いは自分は知らないが第三者に教えられた…つまり、

 

「パイモンが教えたのか?」

 

俺はパイモンを見ずにそう問い掛けた。パイモンは突然話を振られて驚いている様子だったが、そうだぞと肯定した。

 

それを聞いた俺はふむ、と唸りつつ少し考えるが旅人と話していたことを思い出してすぐに思考を打ち切ると、

 

「そうなると、旅人は一度に一つの元素しか使えないが、璃月の七天神像で共鳴すれば恐らく岩元素も使える、つまり、全元素を扱える、といっても過言ではないわけだ。今の所の仮説だけどな」

 

そう言った。当然共鳴が他の七天神像で行えるかは不明なので、実際は風元素しか使えないとかなのかもしれない。

 

ただ、二人は???と言いたげな表情を浮かべていたので、見せたほうが早いか、とばかりに俺は両手を前に出した。

 

そして風元素を左手に、右手に岩元素を纏わせ、それを見た二人が目を見開く。

 

「俺は旅人とは違い、一度に一つの元素しか使えないわけではなく、全元素を同時に扱うことが可能だ。もしかしたら、旅人と俺には何かしらの縁があるのかもしれない」

 

同郷か、或いはそれに近い何かかはわからない。俺自身自分についてわかることはあまりないからな。

 

そんな俺の言葉にふむふむと旅人は首肯いていた。

 

「だからこそ、俺と旅人の違いがあるのかないのか、それを確認せねばならない。長くなってしまったがこれが理由1だ」

 

そしてここまでが理由1である。ごてごてと要らない情報を付け足してしまうのは俺の悪い癖だな。

 

さて、理由2は至って単純だ。今のテイワットを見て回りつつ、旧友にも会いたい。ただそれだけである。

 

特にモラクスや眞に影、そしてともすればマハールッカデヴァータもかなり心配してくれているだろう。マハールッカデヴァータに関しては全然見透かしていそうだから、そうでもないかもしれないが。

 

ちなみに他の神々はまださほど交流があったわけではないからわからないから、まぁ何にせよ回って見ないことには始まらないだろう。

 

旅人は2つの理由を聞いた上で、首を縦に振った。

 

「うん、アガレスさんがいるとなにかと心強いし、お願いしようかな」

 

「おう!オイラもいいと思うぞ〜!」

 

二人に了承されたため、俺は彼女の兄、空を探す旅に同行することになった。

 

そういえばすっかり忘れていたが、と思ってリビングを見ると、やはりというべきか、バルバトスが暇そうにしていた。俺はやれやれとばかりに肩を竦めると旅人達に向き直り、

 

「話の途中ですまんが、りんごを出そう。座って待っていてくれ」

 

とそう言ってノエルに目配せをした。そんな目配せに気がついたノエルはお任せ下さい、とばかりに首肯き食卓にバルバトスと旅人達を案内している。

 

俺はそんな皆の様子を見ながらキッチンに移動してりんごを取出し、うさぎ形に切っていく。種は勿論取ってあるので食べやすいだろうことは間違いない。

 

というか来客相手に今更感は否めないな…なんて思いつつ、

 

「お待ち遠様、皆で食べな」

 

俺はうさぎ型のりんごが盛り付けられているお皿を出した。そんなりんご達を見て旅人達全員その瞳を輝かせている。

 

特にパイモンとバルバトスだが。

 

「おお〜これうまいぞ…!もしかしてアガレスが作ったのか?」

 

りんごを頬張り始めたパイモンが俺にそう問いかけてきた。俺は首肯きつつ、

 

「まあ、それなりに長く生きてるからな。料理は割とできる部類に入る」

 

そう言う。そしてもう少し話そうかと思っていたのだが更に声を上げたパイモンに遮られた。

 

「てか、このりんごうまいな!なんか入れてるのか?」

 

素直に美味しいと言ってもらえるのは嬉しいので、俺は話を遮られたことをスルーしつつ、

 

「蜂蜜で軽く味付けしてある。美味しいだろ?」

 

そう告げた。

 

さて、皆出されたりんごを美味しそうに食べていたのだが、特にバルバトスはすごい勢いで食べている。そしてその減りは尋常じゃないほどに早く、皆の分が無くなりそうな予感がしたため、俺ははぁ、と溜息を吐くと、

 

「しゃあねえ…もう一個くらい消費するか」

 

そう呟く。俺はそのまま暫く作り手側に周り、3つもりんごを消費したのだった。尚俺が食べる分のりんごはなくなったので、軽くバルバトスを恨むことにした。




次回は旅人とジン、ディルック、ウェンティとそこにアガレスが加わる話です


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第17話 情報交換

おやすみ…世界…寝ぼけながら描きました()


さて、旅人達が救民団本部を去ってから、俺は救民団の団員と共に寄せられた依頼をこなし、夜までの時間を潰した。その間、旅人が『西風騎士団栄誉騎士』の称号を得たことが発表されたのだが、当然の措置であるため、俺は特段何とも思わず、しかし祝の気持ちだけは勿論あった。

 

無論、直接伝える時は伝える予定だが、自ら会いに行くほどの関係ではまだないな、と考えつつ片手間で依頼をこなしていった。

 

そして夜、俺はとある人物と情報交換を行うため、『エンジェルズシェア』へとやって来ていた。

 

「……妙だな、騒がしい」

 

だが近づくに連れて周辺が騒がしく、かつ西風騎士が駆け回っている。そして今しがた、二人の西風騎士が『エンジェルズシェア』へ入って行った。

 

俺は何やら面倒ごとの気配を感じて溜息を吐きつつ、風元素で2階まで飛び上がるとバルコニーから中へ入った。

 

「───これはディルック様!金髪の少女と緑色の服を着た少年を見ませんでしたか!!」

 

中では、西風騎士が今日のバーテンダーであるディルックにそう問い掛けていた。なんだか聞き覚えのある身体的特徴が挙がっている気がするが、ディルックがその者達なら…と裏口を指し示していた。

 

多分嘘なんだろうが、俺も助け舟を出すことにした。

 

「そうだな、裏口の方から逃げていくのを俺も見た。敬礼とかしなくていいから早く行け」

 

お前達がいると情報交換し辛いからなぁ、という本音は置いといて西風騎士達は犯人探しに尽力するため、敬礼だけして去って行った。

 

俺はそれを見送った後に溜息を吐きつつ一階へ飛び降りると、ディルックに事情を問うた。

 

彼によれば賊に『天空のライアー』が盗まれたためそれを持っているであろう賊がこちらへ逃げてきたのを見た西風騎士達が追ってきた、ということのようだ。ディルックの言い草的にどうやらここに匿っているようだ。そして身体的な特徴から鑑みるに…と少し思案した後、

 

「…その二人は上にいるのか?」

 

と問いかけるとディルックは何も言わず、むはんのうだった。それもまた一つの答えであると理解した俺は一言礼を言ってさっさと2階へと上がる。するとそこには読み通り、

 

「よう、旅人…それと、バルバトス」

 

金髪の少女───旅人と緑色の少年───バルバトスがいたのだった。

 

 

 

さて、パイモン含めた3人から事情を聞いた俺はふむ、と唸る。

 

風魔龍こと、トワリンを治療するために『天空のライアー』が必要だったため、入手しようとしたらファデュイの何処からともなく現れた雷蛍術師に横取りされ、冤罪を着せられた、とのことだ。

 

そもそも『天空のライアー』とは風神の使っていたライアーではあるとされているため、西風教会が所有し西風騎士団がその管理を行うことになっている。そして、その使用許可や貸出許可を下せるのは西風騎士団団長…そしてその団長は現在代理団長であるジンがそれに当たる。

 

疑われているとはいえ、旅人───彼女もトワリンからモンド城を救ったのだ。天空のライアーを貸し出すくらいは許可してくれるはずだ。その疑問をぶつけるとバルバトスも旅人も顔を逸した。

 

思わず、額に青筋を浮かべる。だが、俺は溜め息共にその怒りを吐き出し、取り繕ったポーカーフェイスを浮かべつつ告げる。

 

「まぁ、義侠心に駆られるのも理解はできるから、怒りはしない。だが、焦っているときほど回りくどい手段が必要なときもあるんだ。特に!」

 

だが、やっぱり言ってる途中で怒りが爆発した俺は、

 

「犯罪行為なんて以ての外だ!馬鹿者め!」

 

そう叫ぶように言った。そんな俺へ向け、怒られた3人は身を縮めながら俺に謝って来た。謝るのは俺へではないだろうに…全く、と思ったが口には出さず溜息でその感情を今度こそは吐き出した。

 

「…まぁ、やってしまったものはしかたがない。身の潔白も証明できなくなってしまったな…」

 

まぁ、とはいえバルバトスはともかく、旅人が捕まる心配はない。なんてったって先程の西風騎士の話を聞く限りでは金髪と緑色という大まかな情報しかない。故に手配書も同じ文言となるだろう。

 

そして、

 

「旅人は『栄誉騎士』という立場上疑いがかかることはないだろうが…バ……こほん、ウェンティはしばらくうちで保護しよう」

 

こういうことである。旅人には『栄誉騎士』という立場から疑いの目はほぼ向けられることはない。加えて金髪という特徴は結構ありふれている。今はモンドにいないミカとかも金髪っちゃ金髪だからな。

 

だが緑色というのは、そこまで多くない。あり得るとしたら冒険者協会の制服だが、それもそこまで多くないからな。バルバトスは足が付きやすいだろう。

 

ということで俺が助けてやろうと思っていたのだが、バルバトスは呑気にも酒を要求してきた。思わず拳骨を落としたい気分になったが、我慢して買ってきてやる、と告げた。

 

するとやったぁーと無気力に喜びながら俺に抱きついて来ようとしたので咄嗟に頭を掴んで阻止した。

 

こいつ、酔っ払ってないか?と酒臭くふわふわした友人を見つつ、まぁいいかと本題に戻ることにした。

 

「一先ず話は一通り聞いた。こっちはこっちでなんとかしておくが…俺は別件でここに来たから、俺が戻ってくるまで少し休んでいるといい」

 

旅人達の首肯とバルバトスのふぁ〜い、という気の抜けた返事を聞いた俺は、3人に改めて軽く別れの挨拶をすると一階へ降りた。

 

すると待ってましたとばかりにグラスを拭く手を止めたディルックが、

 

「話は終わったのかな?」

 

とそう聞いてきたのでああ、と端的に返したのだが───

 

「アガレス、どうしてここに?」

 

───意外にも客が一人増えており、その客とは西風騎士団代理団長のジンだった。

 

俺は驚きつつもどうしてってそりゃ…と口を開こうとしたのだが少し考えて、

 

「ディルックとの情報交換に来たんだ。あの旅人についてな…ジンもそれで呼ばれたんだろ?」

 

そう告げる。この3人が集まるのは旅人関連であろうことは目に見えていたのでそう告げつつディルックの反応を窺ったが、特段なんの反応も示していなかったため、合っていたようだ。

 

ジンはジンで俺の答えに納得がいったようで、うんうんと首肯いていた。

 

さて、それはそれとして…と俺は早速本題に入る。

 

「旅人だが、モンドに害意を持っている可能性は極めて低い。最早0と言っても過言じゃない」

 

少し前にジン達と共に風魔龍ことトワリンを撃退した旅人を警戒しようという話が出ており、今日はその経過報告といった感じだ。

 

だが俺の出した結論はこれであり、無論二人はその根拠を尋ねてくるが、根拠など単純明快だ。

 

「俺の部下に、人の感情に目敏いやつがいてな。そいつによれば、害意は感じられないそうだ」

 

部下、とは勿論レザーのことだ。どうやら彼によればとても優しい、だけど深い焦燥の香りがする、らしい。害意などは微塵も、とも言っていた。そして俺自身も彼女の行動や言動からは脅威を感じ得なかったため、ほぼないと言えるだろう。

 

だが、ディルックは俺の結論に疑問を呈する。

 

「表面上の悪意を隠しているだけ、という可能性も考えられるが?」

 

無論、それは何度も考えたことではある。しかし、

 

「犬は鼻がよく効き、人間の感情まで読み取れるという。うちの部下の鼻は信頼できる…何しろ実績がごまんとあるからな」

 

そういうことである。レザーはなんといっても、救民団での経験があり、実績がある。これに勝る根拠はないだろう。

 

それを理解したディルックは納得したのか2回首肯いてそれ以上口を開きはしなかった。

 

とはいえ、それだけを伝えに来たわけではないため、俺は再びディルックに話しかける。

 

「旅人とウェンティだが、今回の事件に、あくまで直接の関わりはない。つまり、冤罪をかけられている」

 

一応バルバトスの名称は避けて伝えつつ、事情をある程度把握しているディルックにそう告げた。それを聞いたディルックは顎に手を当てると口を開いた。

 

「酒のツケが貯まっている吟遊詩人は知ったこっちゃないが、異邦人は罪人に仕立て上げられたのか……ん?あくまで?」

 

ディルックは途中で俺の言葉の違和感に気付いたのか、聞き返してきた。そしてジンはジンで、既に部下から報告を受けていたらしく事件そのものには驚いている様子はない。まぁ、旅人と「吟遊詩人ウェンティ」が犯人であるのには驚いている様子だ。

 

「ただまぁ、先に言った通りその場にいて冤罪をかけられている。これは…とある計画を掴んで秘密裏に阻止しようとしたかららしい」

 

ほう?とディルックとジンが息を吐き、雰囲気が変わる。どうやら、モンドを害そうとする意思を感じて少し興味を持ったようだ。

 

「どうやら、その計画はファデュイによるものらしい」

 

そしてこの言葉に対してディルックは純粋な興味、ジンはこれに対して憤慨した。それに対してディルックは至って冷静に、

 

「彼らは狡猾で、回りくどい。ゲーテホテルなんかに天空のライアーを置いておくわけがない。つまり、奴らの秘匿拠点に隠されていると見るべきだろう」

 

秘匿拠点?と俺は頭の中で?を浮かべた。

 

「モンド郊外に巧妙に隠されている。見つけるのは至難だったが、なんとか僕は見つけ出すことができた」

 

なるほど。

 

「つまり、そこに行けばいいんだな?」

 

ジンが今すぐ飛び出そうとするのをディルックが少し慌てて止めた。

 

「待ってくれ。ジン、君が動くのはやめておいたほうがいいだろう。君は腐っても代理団長…外交問題になりかねない」

 

その人選は俺、ディルックでいいだろう。無論、正体はバレないように変装するが。

 

「それもそうだな。ジン、ここのところは俺とディルックに任せてくれないか?」

 

「あ、あぁ…私は私ですべきことをするとしよう」

 

しかし、妙だな。俺が復活してから魔龍ウルサの件といい、黒い焰事件といい、今回の龍災といい、大事件が立て続けに起こっている。まるでモンドを、巨大な悪意が飲み込まんとしているかのようだ。

 

「さて、言いたいことは済んだ。俺はウェンティを連れて帰るぜ。あ、ディルック」

 

俺は先程旅人達のテーブルからくすねた伝票を差し出し、モラを多めに置いた。

 

「あいつがいつもすまないな。多い分はツケの支払いだ。受け取ってくれ」

 

「君の方こそ、よくあんなのに付き合っていられるな。今度は僕とチェスをしてくれよ」

 

「はは、ルールは多少ならわかる。今度な」

 

俺は2階へ戻り、酔い潰れていたウェンティを連れて行くべく背負った。

 

そういえば…。

 

「旅人、パイモン、お前達、寝床はあるのか?」

 

旅人は目を逸らした。パイモンに至ってはならない口笛を吹いている。

 

「お前達もうちに来るといい。寝床と、明日の朝食くらいは保証するぞ」

 

「「是非!!」」

 

てなわけで、客が二人増えることになった。俺たちはそのまま談笑しながら救民団本部へと帰還し、ウェンティを空き部屋で寝かせてから旅人とパイモンの部屋へと案内し、職務を済ませてから眠りにつくのだった。

 




いやぁ…73もひいて星5こないってどうなってるんですかね…来てもいいと思うんですよそろそろ…夜蘭姉さん…


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第18話 天空のライアーを盗み返す

本日は少し体調が優れず更新が遅れてしまいましたすみません…明日も少し遅れるかもしれません


救民団本部にて。

 

「ふぃ〜!アガレスの家のベッドはふかふかだな〜!」

 

パイモンがベッドの上で器用に飛び跳ねながら言った。それを見て微笑む旅人にしてみても、ベッドが何故こんなにもふかふかなのかと疑問に思うほどに心地が良かった。

 

まぁ勿論、ノエルが洗濯しているから、という単純な理由ではあるが。

 

そんなことを露程も知らない二人は、とにかく自分達の過ごしている環境が良いことを喜んでいる様子だった。

 

「にしても、よかったな〜、泊めてもらえて!昨日は結局路上で過ごしたんだっけ…くぅ…」

 

「パイモンは浮いてるし関係ないでしょ」

 

パイモンが目に涙を溜めて言ったのに対して、旅人が鋭く突っ込んだ。しかし、斯く言う旅人も例外ではなく、モンドに来る前は砂浜で、そしてモンドに来てからは路上で夜を明かしていた。むしろ旅人という身分であるため、野宿は当たり前なのだが、それでも良いベッドを前にして旅

旅人の気も緩んでいるようだった。

 

元々、モンドにいる間は有名な『ゲーテホテル』に泊まろうと二人は考えていたのだが、現在はファデュイが独占中であるため、野宿を余儀無くされていたのだ。

 

二人は落ち着く時間ができたからか、最近得た情報を整理するようだ。

 

「それにしても、吟遊野郎言ってたよな」

 

───アガレスはね、僕たちを護るために歴史の闇に葬り去られた神なんだ。

 

旅人達は、吟遊野郎───もといバルバトスから既に、アガレスのことを聞いていた。

 

旅人達の旅の目的である、自身の兄と自分をこの世界に閉じ込めた謎の神を探し、はぐれてしまった兄自身も見つける、というものがあるため、バルバトスから聞かされたアガレス自身が謎の神ではないか、という疑念が旅人に生まれていた。

 

しかし、本人と話してみて考え方も話し方も、何より性別も全て違った。つまり、現状アガレスは謎の神ではないと断言できるため、今は信用しているようだ。

 

しかし旅人にとって、別の疑問が頭に浮かんでいる。パイモンと談笑する中、旅人は心のなかでこう思った。

 

───ウェンティが『風神』なら、アガレスさんは何の神なんだろう?

 

そう、バルバトスはアガレスが神である、とは言ったがなんの神であるかは教えていない。そしてその疑問は、旅人の中から眠るまで消えることはなく、目覚めても一層大きくなるばかりだった。

 

〜〜〜〜

 

同時刻、救民団本部にて。

 

「───ス…アガレス」

 

自室で眠りに落ちていた俺は誰かの声で目を覚ます。本来なら寝る必要はないが、寝なければ忘れたくない記憶を忘れてしまうこともある。睡眠は脳が情報を処理するためには必要なものだからな。

 

それはさておき、寝ぼけ眼で外を見るも、勿論まだ夜だ。そして反対側に目を向けると、

 

「君の言うとおり起こしに来てあげたよ。全く、髪色が黒いから一瞬誰かわからなかったよ」

 

ニッコリと満面の笑みを浮かべているバルバトスの姿があった。顔が近いのでバルバトスの顔を押し戻すと、むぎゅ、と声を出している。

 

さて、俺、ディルック、旅人の3人でファデュイの拠点に向かうと決めた手前言うのもあれだが、俺とディルックの二人のみでファデュイの拠点を襲撃することにした。その理由はバルバトスと少し二人きりでしておきたい話に繋がってくる。

 

バルバトスが言っている通り俺の頭髪は普段の銀髪ではなく黒髪だ。理由は身バレ防止のために染めた、という単純なものだ。

 

俺は立ち上がり出口のドアの前まで行くと、

 

「バルバトス、一つだけいいか?話があるんだが」

 

踵を返して窓から帰ろうとしていたバルバトスにそう言った。バルバトスは振り向くと首を傾げている。

 

「あの小さい浮遊生物、パイモンについてだ」

 

俺はそのまま、違和感はないか?とそう告げた。バルバトスはすぐに理解したようで、しかし違和感…?と首を傾げていた。

 

俺だけなのかもしれないが、明らかに異常なのだ。

 

「旅人は最初は元素を扱えなかった。しかし、パイモン、彼か彼女か知らんが…とにかく、彼女の鶴の一声によって扱えるようになったと言う。おかしいと思わないか?」

 

バルバトスはふむ、と一つ唸りつつと首肯くと、

 

「うん…確かに妙だね。旅人本人が知らない能力を、彼女…かどうかはわからないけど、他人が引き出したわけだからね」

 

加えて、飛べる彼女が何故溺れていたのか、という疑問も残る。まぁ、あのマントで飛んでいる、とかであれば簡単に説明はつくんだが。

 

俺は考えつつドアノブを回してドアを開けた。そろそろ出なければディルックと合流する時間に間に合わなくなるためだ。

 

バルバトスはそれを理解しているからか何も言わず、俺は彼を一瞥してからそのまま視線を外すと、部屋を出る直前に言った。

 

「……あの小さいのを警戒しておいて、損はないだろう」

 

そしてそのまま部屋の外に出て扉を閉めた。残されたバルバトスは俺の去った部屋で一言、聞こえるはずのない俺に向けて言った。

 

「…うん、まぁ善処するよ」

 

〜〜〜〜

 

モンド郊外、清泉町にほど近い森の中で目元に黒い仮面をつけた赤髪の男が佇んでいた。

 

「───待たせてしまったな」

 

と、そんな声が聞こえた直後、赤髪の男の背後の方から歩いてきたのは黒髪の男の姿が現れた。この男も同じように、目元に黒い仮面をつけているが、中から赤い眼光が見えている。

 

「来たか、アガ…いや、A」

 

「そっちもな、ディ…D!」

 

「……声が大きい…間違えたからと言って動揺してしまっては敵に勘付かれるぞ」

 

「わかってるよ…偶々だたまたま…慣れてないだけだ」

 

AやDはコードネーム的なもので、本名をバラさないための配慮である。ちなみに、赤髪がディルックで黒髪がアガレスだ。アガレスは先述の通り、身バレ防止のために髪を黒く染めている。

 

勿論二人共事前に作戦は話し合っているため、最後の確認のみで手短に済ませることにしている。

 

「それで、裏口はDが抑えるのか?」

 

「ああ、正面突破力なら君のほうが強いだろう。だから僕は逃げてくるファデュイの処理をする」

 

事前にお互いの手の内はある程度晒しているので計画も立てやすい。とはいえ、アガレスの手の内はほぼ無尽蔵であるため、どこに配置しても働けるだろうから、ほぼディルックに合わせた形である。

 

ディルックの言葉を聞いたアガレスは一つ首肯くと、

 

「誰一人逃がすつもりはないってことだな。了解。んじゃ、打ち合わせ通りに」

 

そう言った。それに対してディルックは首肯きつつ龍血を浴びた剣をアップがてら振り回しながら裏口がある場所へ走っていった。

 

「さて───」

 

アガレスは軽く地を蹴ると、気合を入れつつ森へと入っていくのだった。

 

〜〜〜〜

 

森へ入って少し進んでいくと、

 

「貴様は何者だ」

 

夜に加えて隠蔽された拠点ということもあってか、付近の見回りに来ている西風騎士を警戒して大声ではなく、首筋にナイフを充てられ脅される。この刃の形状から見るに俺を脅しているのはどうやらデットエージェントのようだ。

 

俺は首筋に刃が充てられていることも気にせず呑気に返した。

 

「何者、とかはないが…ま、強いて言うなら泥棒かな!」

 

背後のデットエージェントに肘打ちを喰らわせ、数m吹き飛ばす。デットエージェントは吹き飛びながらも光学迷彩、とばかりにその姿を消した。

 

俺は脅されている刃を避ける事もできたが、まぁファデュイの拠点があるかどうか確かめるのに一番手っ取り早いから避けなかっただけであって、彼の存在を見破れなかったとかでは決してない。

 

さて、一度姿を消したデットエージェントを見つけるのは中々困難だ。だが、やりようはある。

 

俺は何もない虚空へ向け勢いよく貫手を繰り出す。直後何かを貫く音とともに俺の手から血液が滴り落ち、息絶えたデットエージェントの姿が現れた。

 

「悪いが元素の痕跡で丸見えだ」

 

先程、肘打ちを喰らわせた際、デットエージェントには水元素の痕跡を残しておいた。まぁ、ああやって距離を取られてしまっては、デッドエージェントには消えて暗殺する或いは逃げることしかできなくなる。

 

その後も見張りと思われるデットエージェントを木の上から首を刎ねたり、頭蓋を人間離れした膂力でかち割ったりして片付け、洞窟のようになっている入口を見つけ出した。

 

周囲には野生動物の反応しかないし、外にはもういないようだった。それを確認した俺は一瞬気を抜くとすぐに切り替え、

 

「さってと、始めますか」

 

と気合を入れた。天空のライアーを取り戻すため、ひいてはトワリンに正気を取り戻させるために洞窟の内部へと侵入していった。

 

 

 

洞窟の内部は遺跡のようになっており、しかししっかりと所々にファデュイの手が加えられているため道はハッキリしている。しかしまぁ高所と低所の差がかなり著しいため、不意打ちには警戒せねばならないが───

 

『冷タクサクサク』

 

と、警戒しながら辺りを散策しつつ少し進んだときに、くぐもった声と共に背後から突如氷霧が噴射された。俺はすでに侵入者、身元の確認すら必要ないとでもいうのだろう。

 

しかも気配を隠すのが巧く、直前まで気付かなかった。どうやら中々の手練れらしい。

 

俺は直ぐ様振り向くと法器を持ち出して手を前に突き出し、

 

「炎霧」

 

と呟く。別に霧というわけではないが、炎を周囲にばら撒き、ファデュイ先遣隊・重衛士・氷銃ごと攻撃を燃やし尽くした。

 

一息ついていると奥が騒がしくなる。どうやら増援が来たらしい。

 

すぐに増援が来るこの感じ、やはり誰かがどこからかこちらを見ているようだな…と考えた俺は辺りを一瞬見回す。

 

まぁ普通に考えて上だろう。あの高低差は観測員か指揮官が状況に応じて手を変え品を変える為に作られたのだろう。

 

俺は溜息を吐くと、高所へと一気に飛び上がった。

 

「グヘッ!?」

 

あ、踏んじゃった…なんて内心で感想を漏らす。降りたところにうつ伏せになって双眼鏡を覗いている兵士がいたのだ。

 

兵士は何も言わずに自身を踏み付ける俺を忌々しげに睥睨している。俺は微笑みながら軽く謝り、そしてすぐにその笑みを更に深くした。

 

「お前、『アレ』の位置知ってるだろ?」

 

俺を遠くから監視できる、つまり部下を差し向けられる存在ということだ。指揮官らしき男はギリッと歯噛みするだけで言おうとしなかった。

 

あまりやりたくはないのだが致し方ないだろう。

 

「今から、拷問を始めようか。なに、天井のシミを数えている間に終わる───」

 

〜〜見せられないよ!!〜〜

 

 

 

男から情報を得た俺はそのまま洞窟の奥へ奥へと進んでいった。向かってくるファデュイをことごとく鏖殺し、人気がだいたいなくなったところで天空のライアーが収容されている場所までたどり着くことができた。俺は指揮官を処理すると、天空のライアーを取ろうと近付いた。

 

「あら?こんなところにネズミが迷い込んでいるだなんてねぇ…」

 

手が届く寸前で、檻が降りた。背後を振り向くと、魔女、といった雰囲気のプラチナブロンドの頭髪を持つ女がいた。情報通り、だな。

 

「ファデュイ執行官第八位、『淑女』」

 

「あたしのことを知っているだなんて、随分勤勉なのね」

 

勤勉も何も有名人だろ。執行官だぞ。

 

「天空のライアーは風神を釣るための餌だったのだけれど…とんだネズミが釣れたものね」

 

「はは、悪かったな。風神でなくて」

 

俺は檻に手をかけた。炎元素を高温に維持し、檻を溶かす。『淑女』は目を見開いていた。

 

「炎元素の熱で檻を溶かすだなんて…貴方、何者?」

 

流石に余裕をぶっこいてるわけにはいかないと判断したか、だがもう遅い。俺は天空のライアーを手に取った。

 

「見たと思うが、ファデュイの面々は皆殺しだ。多少は行動しにくくなったか?」

 

「貴方が殺ったの、そう…なら、生かして帰すわけにはいかなくなったわね」

 

ッハハ、と俺は思わず声を上げて笑ってしまった。

 

「生かして帰さない?そりゃあ無理だろう」

 

何故なら…と俺は『淑女』の背後を指差した。ボコッと音を立てて石が溶けた。『淑女』はその音にようやく振り向くと、状況を理解したのかギリッと歯噛みした。

 

「んじゃ、あばよ」

 

俺は思いっきり地面を叩いた。煙幕、ついでに、合図である。そのまま俺は煙幕の煙が流れていく方へ向かって走り、裏口から脱出し、急いで離れた。

 

直後、轟音と共に地形が変わるほどの大爆発が巻き起こった。『淑女』は、まぁ死なないだろうが怪我はしているだろう。火傷はただの傷と違い水元素で治しにくいはずだ。しばらく、公の舞台に彼女が出てくることはないだろう。

 

「天空のライアーは?」

 

ディルックが俺に聞いてくるので現物を取り出してみせた。

 

「それと、ファデュイがこの地で行っていたことの書類だ。これがあれば西風騎士団でもファデュイを糾弾できるだろう」

 

流石に隠蔽拠点というだけあって中々大量に、非人道的な実験の証拠や天空のライアー盗難計画などの証拠が発見された。全て岩元素で作ったケースに入れて保存しているため、燃えたりする心配もない。

 

「んじゃ、帰るか」

 

「ああ、そうしよう」

 

結局、裏口にはファデュイが来ず、ディルックはかなり暇をしていたらしいが、俺が皆殺しにしたと説明すると苦笑していた。ふと空を見ると夜が明けかけている。結構長い時間いたようだ。

俺とディルックは夜明けの空を眺めながらモンド城へと帰還したのだった。

 

〜〜〜〜

 

「───っはぁ…!はぁ…はぁ…ッ!!」

 

衣服を黒く焦がし、所々から血を流しているプラチナブロンド髪の女、『淑女』はモンド郊外の森の岩に拳を叩きつけた。

 

「っ…あのネズミ…絶対見つけ出して殺してやるわ…ふ、ふふ…」

 

『淑女』はニタリと歪な笑みを浮かべ、

 

「貴方の背丈、匂い、頭髪の色、ぜーんぶ覚えてるわ。必ず見つけ出して殺してやる…必ずよ…!!」

 

譫言のように呟きながら、『淑女』はモンド郊外の鬱蒼とした森の影へと消えていくのだった。




『淑女』好きの皆様には申し訳ない第18話でした
怪我した『淑女』ですが…これによる影響は…。


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第19話 昔日の夢

やっぱり遅れました…明日は、明日こそは…!!


「ふぁあ〜…」

 

「アガレスさま、眠そうですが…大丈夫ですか?」

 

帰ってからすぐ寝はしたのだが、やはり眠い。お陰で昔の夢まで見たし…昨日、というか寝る前は染めた髪の色を落とすの大変だったからな。なるべくやりたくないなあれは。

 

「…アガレスさま、やはりお疲れなのですね。本日はゆっくりおやすみください」

 

「え…いや、待ってくれ」

 

「アガレスさま、おやすみください。いえ、今日は是が非でも休ませますから!」

 

ノエルは俺の部屋から出ていった。時計を見ると、午前9:00をさしていた。なるほど、起きるのが遅いから起こしに来てくれたか。

 

にしても、昔の夢を見るとはな───。

 

〜〜〜〜

 

あれは俺がまだ稲妻にいた頃だったろうか。何年前であったのか、それはもう記憶にない。バルバトスとモラクス、バアルと俺で稲妻城城下町を回っていた時のことだった。あの時はまだ稲妻も鎖国をしていなかったし、何より神同士の仲も大して悪くなかったはずだ。

 

「ようこそ、稲妻へ。バルバトス、モラクス、アガレス。お久し振りですね!」

 

久しぶりに俺達に会えて、バアル───雷電眞は嬉しそうだった。

 

「久しいな、バアル。また一段と稲妻の人々の活気が増えたな。民の表情に、為政者の政治が出るとも言う。善政を敷いているのだな」

 

「いえ、私は民の声に耳を傾け、なるべくその感情を全うさせたいと思っているだけです。それが、私にとって『永遠』に繋がる営みなのですから」

 

「そんなことよりバアルー、お酒呑まない?てかない?」

 

「お酒でしたら、稲妻名産のものを用意していますから、あとで差し上げますね」

 

モラクスがバルバトスの発言に溜め息を吐く。

 

「風情のわからない呑兵衛詩人が…」

 

「僕だってやるときゃやりますー…」

 

「二人共、喧嘩はそこまでにしておかないと、アガレスの負担が増えてしまいますよ?」

 

「俺は特段気にしてないぜー?なんたって、これが俺の仕事と言っても過言じゃねえからな?」

 

当事、『八神』の中で国を治めていないのは俺だけだった。そのため、神々の喧嘩の仲裁や『七国』間での戦争の際も仲裁に入ったりしていた。当時の俺は大してそれを重要視してはおらず、国を持たない自分だからこそできることだと思っていた。

そんな俺の思いとは裏腹に、眞やモラクス、バルバトスも俺の負担を軽減させようと努力はしてくれているようだった。そのため、モラクスもバルバトスもすぐに喧嘩をやめた。

 

「すまんな、俺としたことが」

 

「僕は悪いとは思ってないけどー、アガレスのためだしねー」

 

「んで、眞…アレは?」

 

その日は確か、珍しいことにバアルゼブル───雷電影も来ていたのだ。

 

「あら?影も来ていたのですね」

 

少し遠くで眞と瓜二つの女性の肩がビクッと震える。やがて観念したようにてくてく歩いてきた。

 

「すみません、予定は変わってしまいますが、影も来たがっているようなので…」

 

「俺は構わない。バアルゼブルも神だ。俺達の話についていけなくなる、といった心配は必要ないだろう」

 

「僕も別にー、お酒も飲めるしね」

 

モラクスもバルバトスも影の参加は構わないようだった。

 

「影、早くこっち来いよ!一緒に行こうって話してるんだぜ?」

 

「で、では…」

 

影が物陰から姿を現し、俺達の輪に加わった。眞はこれで準備ができた、とばかりに手をパンッと叩いた。

 

「では、出発いたしましょう!本日は、長野原家主催の花火大会もご用意していますから、それまで暇を潰しましょうか!」

 

先ずは、とばかりに眞は俺達のエスコートを始めた。城下町は活気があり、先にも述べた通り笑顔が溢れていた。

 

「嬉しそうですね、アガレス」

 

横にいる影が俺の顔を見上げながら言う。

 

「ああ、一見無意味に思える人の営みやその意志は、次の代が継いでいく。お前達の求める永遠を、人間は自身の意志を後世に伝えるという形で表現しているんだ」

 

俺は影にだけ聞こえるように言い、更に同じ声量で続ける。

 

「悠久の時を生きる我々と、彼らは違う。だが、神である以上、否、生物である以上、摩耗は進んでいく。じきに、選択を迫られることになるだろう。そのとき、お前は、お前達はどちらを選ぶのか」

 

「どちら、ですか?」

 

「わからなくてもいいんだ。ただ、覚えておくといい」

 

───『永遠』を盲目的に追い求める余り、民の声を無視すれば、必ず破滅か現状の改善が待ち受けている、ということを。

 

確か俺はそう言ったのだ。そして、その選択の時はすぐに起きた。ああ、思い出した、500年と少し前の話だったな。この出来事の後、すぐに『終焉』の始まり、カーンルイアによる全世界への侵攻が始まるのだ。

 

影は少し考えるように俯いた後、首肯いた。

 

「───全く、以ての外だな。酒のみを呑み、稲妻の美食の風情を味合わないなど…やはり、風情のわからない呑兵衛詩人が」

 

「そういうじいさんは頑固だよね〜、ほんっとに。風情しかわかんないんじゃない?」

 

「なんだと?」

 

「なにさー」

 

ほんっと、犬猿の仲ってのはこういうのを言うんだろうな、と俺は思う。

 

「お二人共」

 

と、俺の横にいた影が一歩を踏み出した。顔には陰りが見え、強い雷元素を感じる。これはもしかしなくても怒ってらっしゃるのでは?

 

やがて顔を上げた影の表情は、氷神もびっくりするほどの凍てついた表情だった。

 

「アガレスの負担をなぜ増やすのですか?毎度毎度、貴方がたは一度学ぶということを覚えるべきでしょうね」

 

モラクスはうぐっ、と若干仰け反り、バルバトスはモラクスの後ろに隠れている。あ、シールドはった。

 

「もし、またこのようなことがあれば、私の『夢想の一太刀』で両断しますよ」

 

「す、すまなかった。俺も大人げなかった。雨過天晴、俺もいい加減バルバトスとの関係をまともなものにせねばな」

 

「え、影、ごめんって…だからその胸の間から刀を出すのやめてよ…あれ怖いんだから」

 

モラクスは少し申し訳無さそうに、バルバトスはとても怯えながら言った。影はふいっとそっぽを向くと、

 

「もうっ、本当に次やったら知りませんから!もう行きましょう、アガレス、眞」

 

そう言って俺の手と眞の手を引き歩き始める。

 

「え?あ、おう」

 

「ふふ、はいはい」

 

モラクスとバルバトスは互いを見ないようにしながらもついてきた。城下町にある祠付近の池の畔で眞は風呂敷を広げた。

 

「ここで皆でピクニックでもしようかと思いまして」

 

「ほー、ピクニック、いいじゃないか!」

 

影とバルバトスは兎も角としてモラクスが少し微妙な雰囲気を出したので、俺が率先して賛成しつつ、モラクスを見る。

 

「はぁ、いいだろう」

 

溜め息を吐いていたが、了承してくれた。

 

「では、始めましょう!」

 

 

 

「───『終焉』を止めるために、俺が犠牲になろう」

 

談笑しつつ、この場にいる三柱の神に俺は宣言した。四人の表情がかなり曇った。

 

「やはり、そうするしかないのでしょうか…」

 

「言ってるだろ?『終焉』を止めるためには神一柱を犠牲にする程のエネルギーが必要なんだ。そしてそれは、国を、民を持つお前たちにはできないだろ?これは、俺にしかできないことだ」

 

それに、と俺は続けた。

 

「この世界と別の世界の喧嘩を、引き止めるようなもんだ。普段と変わらねえよ」

 

「ですが…それをした後のあなたは…!」

 

影が悲鳴のように言う。

 

「ま、死ぬな。最悪、消滅して再生も叶わない」

 

全員が息を呑むのがわかった。

 

「それでも、俺はこの世界に住まう民の笑顔のために、喜んで犠牲になるよ」

 

「駄目です…!駄目です!復活できないかもしれないだなんて…!」

 

「影」

 

眞の静止に、影は唇を噛む。

 

「影、配慮ありがとうな。でも、俺がやらないと、別の世界共々この世界は滅びてしまう。俺は、この世界に住まう民が大好きだ。愛していると言っていい。そして、俺が愛するこの世界の一員であるお前達にも犠牲になってほしくないんだ」

 

モラクスは岩のように硬い表情をしていたが、やがて口を開いた。

 

「…アガレス、お前は俺や護法夜叉の代わりに引き受けた魔神の祓除により、怨嗟に塗れているのか」

 

「そう、そのとおりなのだよモラクス君」

 

君付けにモラクスは首を傾げていたが、バルバトスが酔いから醒めたのか発言した。

 

「えっと…もしかしてだけどアガレス…『摩耗』が…?」

 

俺は首肯いた。

 

「そうだ。まぁ、『摩耗』というよりかは、呪いに近い。魔神や魔物の怨恨が俺の肉体を蝕み続けているんだ。このまま生きているとあと数年でその怨恨は俺の肉体を侵蝕しきり、俺は死ぬ」

 

その前に、と俺は続けた。

 

「せめてお前達がこの先も生きていけるようにはしてやりたい。それが、じきに死ぬ俺の役目だ」

 

「っ…」

 

モラクスもバルバトスも影も、全員何かを言おうとして口を閉じる。眞だけは、俺の下まで来て手を握った。

 

「アガレス、本当に行くんですか?」

 

「ああ、行かねばならないんだ」

 

「私達は二人で雷電将軍です。私が欠けても、影が何とかしてくれるでしょう」

 

「ま、眞…!?」

 

「それでも、貴方は行くというのですか?」

 

眞は影が驚くのも無視して俺の瞳を真っ直ぐ見据えて言った。

 

「ああ」

 

「なら、仕方がないですね…」

 

俺は眞の手が俺の手から離れたのを見計らい、彼女の頬を摘む。その俺の行動に、全員目を丸くした。

 

「何度言わせればわかるんだ?俺はこの世界に住まう者が犠牲になるのを望まない。犠牲になるのは俺一人で十分だ。そしてお前には、帰りを待っている民や影がいる。彼女や民の側に居てやってくれ」

 

言い終えてからバッと顔を上げた。

 

「……」

 

「アガレス?」

 

「全員、今すぐ自分の国に戻り守備体制を整えろ」

 

「ど、どうしたんですか?」

 

眞が俺に疑問を呈してきたが、影、モラクスはこの嫌な感じに気が付いているようだった。

 

「何かが来る。その内容はわからないが、な…」

 

「アガレス、これは…」

 

モラクスの言葉に俺は苦笑しながら首肯く。

 

「なんてタイミングのわりぃ…『終焉』が始まりやがった…!」

 

〜〜〜〜

 

あの後、俺はカーンルイアから攻めてきた耕運機…今で言うと遺跡守衛か。そいつらや遺跡ハンター、遺跡サーペントなど様々な攻撃型機械兵器を壊し続けた。

 

はぁ、嫌な夢を見た。こういう夢を見た日は碌なことが起きないんだよなぁ。

 

「───アガレスさま!」

 

「ノエル、どうしたんだ?そんなに慌てて」

 

嫌な予感をひしひしと感じつつ、俺はノエルに目を向けた。

 

「そ、それが───」

 

「なんだと?天空のライアーが壊れてしかもトワリンを逃しただって?」

 

俺は思わず、頭を抱えずにはいられないのだった。




今回そもそも長めになってしまったので…ちなみに『終焉』は原作には今のところ登場しません

追記 : 書こうと思ったことを忘れるという失態…本日はリサさんの誕生日ですね!おめでとうございますー!


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第20話 突破秘境①

誤字報告に感謝…しかありません…ありがとうございます!


「───と、いうわけなんだ」

 

俺は本当に文字通り頭を抱えた。途中までは上手くいっていたのにアビスの魔術師の唆しによって彼は逃げてしまったそうだ。その際の暴風で天空のライアーが修繕不能になってしまったとも。

 

旅人、パイモン、ウェンティ、ジン、ディルック、俺の6人は救民団のリビングで話をしていた。

 

「それで、トワリンは500年前に休眠状態に入ってからモンドの民に忘れられていることを知って、風神やモンドに見捨てられたと感じたみたいでね。そこをアビス教団につけこまれたみたいなんだ」

 

なるほど、トワリンがモンドを襲う理由がこれか。

 

「ウェンティ、トワリンは風龍廃墟へ逃げたんだよな?」

 

「そうだね」

 

で、あるならば。

 

「居場所がわかるうちに彼に接触する必要がある。最早、彼を傷付けずに呪いから解放するのは不可能と言っていい」

 

「じ、じゃあどうするんだよ?オイラたち、トワリンを倒さないといけないのか…?オイラ、そんなのやだぞ!」

 

パイモンが言った言葉に旅人も同意した。

 

「安心しろ、倒すは倒すが、一度気を失わせることになるだけだ」

 

トワリンを苦しませている現況は腰部と首筋にある毒龍ドゥリンの血塊だ。

 

「───それを、破壊する。それしかあるまい」

 

「風ま…いや、トワリンへの影響はないのか?」

 

「それだよそれ、ディルック君よくぞ聞いてくれた」

 

君付けにムッとした表情を見せるディルックだが、何も言わなかった。

 

「それなんだが、不明だ」

 

「わかんないのかよ!」

 

パイモンナイスツッコミー!

 

「グッ!じゃないぞ!」

 

いや、真面目な話をすると、アルベドと共同で研究を進めてきたが、わからないことのほうがまだまだ多い。ただ、

 

「恐らく影響はない。あったとしても微々たるものだ」

 

魔龍ウルサの時もそうだった。血塊を破壊したが、その付近の細胞が多少壊れるだけで、その後の経過観察に異常は見受けられなかった。だから、恐らく影響という影響があるとすれば。

 

「腰部と首筋の細胞が少し壊れて丈夫になる、くらいだな」

 

「全然悪影響じゃないぞ…」

 

「それで、アガレス。君の算段は?」

 

風龍廃墟は暴風に護られていると聞いている。

 

「暴風は俺がなんとかしよう。旅人、ウェンティ、ジン、ディルックの四人は力を温存しておくといい」

 

「出発は早いほうがいい。今すぐ出発しよう!」

 

「いいや、今日は休む」

 

「なっ…!?」

 

大きく仰け反るジンに対し、そりゃそうだろう、と思う。

 

「トワリンは見捨てられたと思っているんだろ?だったら、今日の行動でその猜疑心は更に大きくなったはずだ。追ってくるかもしれないと暴風が晴れるのを警戒するだろう。そんな中暴風を突破して行くのは逃げられるリスクがある」

 

「だから敢えて明日にする、と?」

 

俺は首肯いた。

 

「そうだ。幾ら東風の龍と言えど、休息は必須だ。一日中警戒し続ければ多少は疲れるだろうし、万が一気付いても反応が遅れる。逃げられる可能性が少しだけ低くなる」

 

「その間、モンドを襲わない保証がないじゃないか」

 

ジンの言うことは確かに尤もだ。しかし、

 

「こっちだってそれに備えて気を張っている。ならば来たとしてもモンド城を攻撃する前に撃退することが可能だ。それに、襲うわけがない」

 

「何故だ」

 

「俺がいるからな」

 

ジンは頭に?を浮かべているようだったので、詳しく説明する。

 

「簡単に言うと、彼は俺が危険だと、俺のいるモンドには現状では近付けないとわかっているはずだ。今までの襲撃は両方とも、俺が関わって撃退したからな」

 

「なるほど…操られているとはいっても本能的に戦うと勝ち目のない相手は理解できるわけか…」

 

納得したようで、ジンは首肯いた。

 

「では、方針も決まったし、私は執務に戻らせてもらおう」

 

「僕も、今日は大切な商談があってね。お暇させてもらおう」

 

ジンとディルックはそう言って家を出ていった。二人を見送った後、旅人はどうするのか、と訪ねた。

 

「そうだ!ちょっとついてきてくれませんかアガレスさん!」

 

「け、剣幕がすごいな…勿論構わないが」

 

急ぎの依頼もないしな、ということで、俺は旅人についていくのだった。

 

 

 

「───へぇ、ここが突破秘境…」

 

「うん、冒険者協会の依頼でね。これ突破しないと冒険ランクを上げられないんだって」

 

「そんなことより、オイラは突破報酬が貰えないのが問題だと思うぞ…!」

 

パイモンがパイモンらしい感想を漏らす。にしても、突破か。まさか、突破秘境が仲夏の庭園だとは。つい先日、旅人がこの付近に来たと言っていた。その時に見つけたのかもな。

 

「んで、ここの攻略を手伝ってほしいわけ、か」

 

「うん、手伝ってくれる?」

 

俺は首肯きつつ、

 

「んじゃ、いっちょやりますかー」

 

そう言って意志を示したのだった。

 

 

 

秘境内は一本道、ただ要所要所に風の翼が必要だったり戦闘技術やサバイバルのノウハウ、加えて戦術なんかも必要になってくる。かなりよくできた秘境だ。しかし、冒険者協会はこれをどうやって準備したんだろうな?

 

「ヒルチャールか…」

 

「アガレスさん、お願いできる?」

 

「お安い御用だ」

 

俺は今回、弓を使い、支援に徹することにした。これは彼女の突破任務だからな。

 

「氷矢」

 

弓を引き絞り認識範囲外から狙撃、加えて矢の先端を氷で僅かに肥大化させ、先端を鋭利にした。まぁその分重量も増し矢が落ちるがそこはそれ、技術でいくらでもカバーできる。

 

俺の放った矢はヒルチャールの頭を撃ち抜いた。もう一匹のヒルチャールは慌てふためいているが、もう一匹も狙いを定め撃ち抜いた。

 

「アガレスさん、弓も扱えるんだね」

 

「俺に扱えない武具はないぞ?なんたって、長く生きてるからな」

 

ウェンティがバルバトスであると明かしている以上、俺のことがバレていないはずがない。まぁ、知られたところで何も問題はないしな。

 

そのまま進んでいくとヒルチャール暴徒・木盾と普通のヒルチャールが二体、そして遺跡守衛が起動前の状態でいる。

 

「一先ず、木盾は燃やして、遺跡守衛は目の部分を矢で射抜いて動きを止めるとしよう」

 

「え?あ、ち、ちょっと!」

 

「ん?どうした?」

 

俺の後ろで遺跡守衛が起き上がる音がし、腕が振り下ろされるブンッという音が鳴った。

 

「後ろ!!」

 

「予定通り」

 

俺は遺跡守衛の腕を屈んで躱し、そのまま体を捩って上を向くと丁度遺跡守衛の目があった。俺はそのままの態勢で一気に弓を引き絞り、炎元素を纏わせた矢を放った。その一撃だけで遺跡守衛の目が破壊され衝撃で吹き飛び、高温に焼かれて消えた。あちゃ、ちょっと強すぎたか。

 

「旅人、木盾が来るぞ」

 

俺は内心の動揺を隠して言った。

 

「え、あっ、うん!」

 

旅人は剣を構えて突撃していき、ヒルチャール二体を素早く片付けていた。木盾と対峙し、攻撃を仕掛けるも盾に阻まれているようだ。

 

「それこそ、俺の出番だろ?旅人、少し下がれ」

 

「え?は、はい!」

 

彼女は現状風元素しか使えないため、木盾を燃やすことはできない。だが、俺が炎矢で火を付けてやれば、風元素の拡散反応でどうとでもなるだろう。

 

「炎矢」

 

今度は貫いてしまわぬように弓を引き絞りすぎず、威力を殺して射る。木盾に命中し、火が点いた。

 

旅人は透かさず、風元素で拡散反応を起こし、木盾を破壊しても尚続き、

 

「風刃ッ!」

 

やがて風の刃がヒルチャール暴徒の肉体を斬り裂き、消滅した。

 

「やるな、旅人」

 

「アガレスさん、助かりました」

 

「さて、先に進もうか」

 

そういえばパイモンだがどういう原理か不明だが、今は姿を隠している。本当に謎だ。どうやっているのだろう。

 

「一先ず、ここは突破したな。先へ進もうか」

 

「はい!」

 

俺達は敵を排除し、次の場所へと進んできた。

 

「お次は…足場がないな。風の翼であの光線に当たらなければいいわけか」

 

ここは簡単に突破できた。途中、アビスの魔術師やらヒルチャールから水球や矢が飛んでは来たが、全てあらぬ方向へ飛んでいったため避けるのは楽勝だった。

 

広場前の通路で再びヒルチャール暴徒・木盾との戦闘をして先程と同じ要領で倒し、残りのヒルチャールは俺が適当に一掃しておいた。

 

「中には…挑戦か…」

 

俺は少し面倒臭そうだな、なんて思いつつ、旅人について中へ入るのだった。




誤字とかには気をつけねばなりませんね…一応、確認してはいるんですが、やっぱり間違ったりするので、その際はよろしくおねがいします。

長くなりそうなので二話にわけることにしました。こんなはずでは…!


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第21話 突破秘境➁

前回の続きです


中へ入り、装置を起動すると、四方にヒルチャールが現れ、中央にはデットエージェントが現れた。

 

「旅人、デットエージェントは引き付けておくから、周囲の雑魚はやれるか?」

 

「このくらいなら余裕ですよ。アガレスさんこそ、大丈夫ですか?相手はデットエージェントですけど…」

 

確かに、デットエージェントはその姿を変幻自在に消すことのできる厄介な相手だ。だが、俺にとってデットエージェントはそこまで強敵にはなり得ない。

 

「問題ない。裏技があるからな」

 

「裏技、ですか?」

 

「雑魚を倒したら教えてやるから、先に片付けてくれるか?」

 

「わかりました!」

 

俺はデットエージェントの注意を引くため、先に中央へと躍り出た。デットエージェントは無言で自身の愛剣をグルグルと回してから透明になった。

 

「さぁて…どっから来る?」

 

まぁ、普通に考えて意識外から攻撃する場合、正面は避ける。姿が見えない以上、それだけで十分な圧力となる。後はどこから攻めるか、というだけだ。だがしかし、だ。姿は消せても匂いや音までは消せていない。

 

俺は横薙ぎに振るわれた刀を屈んで避ける。

 

「見え見え…というより、匂いと音でバレバレだ。悪いがお前の攻撃は俺に当たらない」

 

その後も旅人がヒルチャールを倒していくのを見ながらデットエージェントの攻撃を躱していく。

しかし、あの旅人、前見たときより強くなっているな。いや、力を失ったと言っていたし、元の力を取り戻しつつある、といったところか。

 

「はぁ…はぁ…アガレスさん!終わりました!」

 

「よし、じゃあ講義に移ろうか。デットエージェントの攻撃は確かに見切りにくい。加えて、このように攻撃した箇所には影が残る」

 

デットエージェントの形を模した影が4つ、これで5つ目だ。次の瞬間、デットエージェントが影から出現し、俺目掛けて突進してくる。俺が軽く避けると再び影へ入り、また次の瞬間には次の影から、といった風にそれを5回繰り返した。

俺はその攻撃を5回避けると最後に空中から現れたデットエージェントが刀を振り被った。

 

俺はニヤリと笑い、深く屈んでそのまま身を捩り、弓でデットエージェントを殴りつけ、吹き飛ばした。

 

「このように、デットエージェントは大技を出すが、空中から大回転斬りなるものを繰り出すときにタイミングよく攻撃を繰り出せば簡単に殺せるぞ。まぁ、それまで攻撃を避けないといけないがな」

 

※小説内でのみ有効な技術です。原神プレイヤーの方々は絶対に真似しないでください。ゴリゴリに削りきるか、影を攻撃して消しつつ倒すのをオススメします。

 

「いや、無理ですよ…まだ慣れてないですし」

 

「…そうか。じゃあ…」

 

デットエージェントが再び消える。俺は適当に水元素で雨を降らせる。すると、湿潤状態に陥ったデットエージェントが不可視であるのにも関わらず可視化された。

 

「旅人」

 

「え?あ、はい!」

 

旅人が可視化されたデットエージェントに向けて元素爆発を放った。

 

「風と共に去れ!」

 

竜巻がデットエージェントに直撃し、そのまま風の刃に切り刻まれて絶命した。

 

「中々高威力だな」

 

「まぁ…聖遺物厳選も頑張りましたし…天賦もなんだかんだ通常7、スキル8、爆発8ですからね…」

 

何の話をしているのかはわからないが、頑張ったということは伝わってきた。

 

「さて、次に進もうか」

 

次のエリアはまたワイヤーのようなものがあり、それを避けるだけだった。避けた先にはヒルチャール・氷矢が二体いたが、今回は足場があり、弓で射抜いた。

 

「恐らく、ここが終点か」

 

「そうみたいですね」

 

アビスの魔術師が氷と水、それぞれ一体。こちらを見つけ襲いかかってきた。

 

「シールドは剥いでやるから、あとは頑張れ」

 

俺はアビスの魔術師・氷には炎元素で、アビスの魔術師・水は氷元素でそれぞれシールドを同時に割った。

 

「さ、あとは何とでもなるな?」

 

「うんっ!任せて!」

 

旅人はダッと駆け出すと、剣を斜め下から切り上げアビスの魔術師・氷を連撃で仕留めた。アビスの魔術師・水はシールドを復活させるべく詠唱を開始したが、そんなの、俺が許すわけがない。水元素を付着させてから氷元素で凍らせ、旅人がその凍ったアビスの魔術師を蹴って粉砕し、中央部に挑戦装置が出現した。

 

「……ここから、まだあるのか」

 

「な、長いですね…」

 

旅人は秘境の長さに若干嘆息しつつ、挑戦装置に触れた。

 

「無相の雷…」

 

めんどっ…!かなり面倒くさい、と言える。単体だと大して強敵ではないのだが、今回は旅人の試験、俺が出しゃばりすぎるわけにはいかない。

 

加えて、コアへの攻撃タイミングが限られる。グーチョキパーコンボやグルグル光線の最中に長いこと攻撃できるが、それ以外の攻撃時間はかなり短いのだ。

 

「旅人、倒したことはあるよな?」

 

「う、うん。大丈夫、なはず…」

 

よし、ならいっちょやってみるか。

 

無相の雷が初めに取る行動は限られている。突進か、挟み込んで潰すやつか、グーチョキパーか、グー単体か。今回はグーチョキパーらしい。

 

「旅人、グーとチョキの間で奴の背後に回れるか?」

 

「やってみます!」

 

旅人は言われた通り、グーの瞬間ダッシュし、初撃を回避、チョキの瞬間間をすり抜け背後へ回った。目標を見失った無相の雷はそのまま真っ直ぐパーを落とし、コアを露出させた。

 

「旅人、他にも回避パターンは沢山ある。後で説明してやろう」

 

「アガレスさん!いいから手伝ってくれませんか!?」

 

おっと、支援要請受諾、ってことで。

 

「炎矢」

 

限界まで弓を引き絞り、炎を纏わせ矢を放った。矢は真っ直ぐコアへ吸い込まれていき、過負荷を起こしながら爆発、一発で回復まで追い込んだ。

 

「あとは、俺の出番だな」

 

炎矢を再び放ち、現れた3つの結晶を破壊した。

 

「あー疲れた〜…!!」

 

「突破任務は達成できたようだな」

 

「はい、えぇっと…あ、25から一気に30まで上がりましたよ!これで私の突破もできます!」

 

最後はちょっと何言ってるかわからない状態だが。

 

「旅人、何故俺には敬語なんだ?」

 

「え?あー…なんというか、ですね…その、アガレスさん、一番古い神らしいじゃないですか…なんというか、アガレスさんそういうオーラ的なものが出てて…」

 

そんなものを出している覚えはないが、旅人が言うならそうなのだろう。

 

「普段の砕けた口調で構わない。寧ろ、大歓迎だぜ?」

 

旅人は少し驚いたような表情を作り、その後少し微笑んだ。

 

「わかった。そうさせてもらう」

 

 

 

秘境から出るともう夕方だった。今日はこのままお開きとなるだろうな。

 

「改めてアガレス、今日はありがとう。助かった」

 

「いや、構わない。お前の旅路に連なる者で在りたいと思い、その思いを伝えたのは俺だからな。然るべき対応をしただけだろう?」

 

「なんかやっぱり、アガレスは回りくどいこと言うね…」

 

俺は大きく仰け反った。

 

「え、なに?どしたの?」

 

「どこぞの呑兵衛詩人にも言われたことを旅人にも言われるとは…我が生涯の汚点だぁ…!!」

 

「そ、そこまでなの?」

 

「と、まぁ冗談はさておいて」

 

「冗談なの!?」

 

俺は旅人を真っ直ぐ見据えた。

 

「お前が来てから、モンドは変わったな。お前がいない頃は、中々人手不足で民の笑顔を守るために休めなかった時期があったんだ」

 

だが、と俺は続けた。

 

「俺やジンの負担は減り、民に笑顔が戻り、やがてモンドの荒れ狂う風は平穏へと戻りつつある。今回の、トワリンの件もそうだ。彼は俺の旧友でもあり、また同じ龍の好でもあった。そんな彼を救おうとしていることに、そしてこの世界に住まう民のため尽力してくれていることに、改めて礼を言わせてくれ」

 

俺は心の底から微笑み、

 

「ありがとう」

 

そう言った。旅人は口をパクパクと動かしていたが、やがて顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

「なんだ?恥ずかしかったか?まぁ、人間、他人から無償の尊敬というものを向けられると───」

 

「そういう問題じゃないから!」

 

旅人ははぁ〜と長い溜息を吐いたかと思うと、小声で何かを呟いたが、俺でも聞き取れなかった。

 

(美人もいいけど…やっぱり私も女子だった)

 

「なにか言ったか?」

 

「なーんにも…よしっ、アガレス、帰ろうか」

 

「ああ…まぁ、帰る前にノエル達に『鹿狩り』でお土産を一緒に選んでくれないか?俺、絶望的にセンス無いらしくてな…ノエルですらぎこちない笑顔を浮かべながらありがとうって言ってくるんだ。流石に耐えられん」

 

旅人は苦笑しつつ、

 

「流石に手伝うよ。報酬は勿論貰うからね」

 

しかしすぐに悪戯っぽい笑みを浮かべていった。

 

「そうだな、いつでもお前の依頼を最優先する、という条件でどうだ?」

 

俺と旅人は帰路で報酬について話し合いつつ、モンド城へと帰還するのだった。

 

ちなみに…お土産は結局『鹿狩り』では買わず、旅人の手作りパンケーキを貰うことにした。ちゃんと満足して貰えて、俺としては複雑ではありながら皆の笑顔を見られて嬉しい限りだった。




突破秘境で突破したので旅人が少し強くなりますね。ついでに私事なんですが、夜蘭姉さんすり抜けずにサブ垢で無事お迎えできましたね…いやぁ、よかったよかった。

一言だけ言わせてもらうなら、何がとは言わないけどとても良いですね。


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第22話 トワリン①

音楽聞いてたら夜になってたという言い訳をさせてください()


翌日、俺達はモンド城の西にあるアカツキワイナリーに集まっていた。昨日の夜のうちに俺しかできないものや俺でなくてもいいがジンや他の救民団団員に任せるには小さすぎる依頼は全て終わらせ副団長のエウルアに一任してきた。彼女はもう、『ローレンス家』としてではなく、『エウルア』として見る人も多くなってきている。だから安心して俺の執務や依頼を任せられる。

 

ローレンス家の存在から余計な妨害を受けることも少なくなるだろう。今や彼女の妨害をすれば俺やモンドの民を敵に回す。つまり、自分達の下僕となるべき存在が、再び反乱を起こすなどしてはたまらない、と考えているはずだ。まぁ、つまりエウルアの妨害をすれば自分達のモンドでの立場が危うくなる、ということだ。いやはやしかし、良い傾向だ。このまま右肩上がりだといいのだが。

 

「さて、ようやくこの日が来たな。トワリンの本拠地である風龍廃墟、そこをここにいる6人で叩く」

 

ここにいるのは旅人、ジン、ディルック、ウェンティ、そして俺の5人。まぁ、パイモンいれたら6人だが、あの子は戦力としては数えられないからな。

ジンの言葉に、ディルックが疑問を呈する。

 

「しかし、トワリンは昨日の今日で警戒を解くだろうか?僕達の姿も見られているし、匂いも覚えられているかもしれない。もしかしたら、暴風を取り除く瞬間に逃げられる可能性もある」

 

「その心配はない」

 

その言葉を引き継いだのは俺だ。

 

「アガレス、どんな根拠があるんだよ?」

 

「なに、簡単な話だ。彼は確かに四風守護のうちの一柱だが、四六時中気を張っていられるわけもない。必ずボロが出る。そして今、彼は毒龍ドゥリンの血塊により苦痛を常時与え続けられている。モンドを今すぐ更地にしたくなるほどの激情にも苛まれているはずだ。そうなると」

 

「そうか…確かに、僕達が侵入しようがしまいが彼が気づく可能性は低い。そもそも、気を張っていない可能性すらあるわけか」

 

「無論、張っている可能性があったから少し疲れさせるために一日空けたわけだがな」

 

つまりは、そういうことである。どんな生物も、あのモラクスでさえも四六時中気を張れるのは精々2日が限界である。トワリンは苦痛に喘ぎ、加えて激情に支配されかけている。気を張っていられるわけなどないのだ。

 

「では、心配もなくなったことだし、出発しようか〜、暴風はアガレスが何とかしてくれるらしいしね」

 

「ああ、行こうか」

 

 

 

風龍廃墟、太古の昔、ここは旧モンドの首都であった場所だ。その面影はもうすっかり鳴りを潜め、完全に廃墟都市と化していた。

 

「そして今はこのように、暴風が彼の地を護っている、という伝承がある。誰も立ち入ることのないように」

 

これは500年前トワリンがドゥリンの血液に侵され、休眠する際のバルバトスなりの配慮だったのだろうな。それが今裏目に出ているわけだが。

 

「実際、護られているからね。中々厄介だ。アガレス、君は本当にこの厚い空気の層をどうにかできる手段があるのか?」

 

「ある」

 

俺は暴風に近づくと、手を翳した。俺の影響を受けた風元素を少しずつ暴風に織り交ぜ俺の元素力を浸透させていく。よし、充分だ。

 

「ふっ…!」

 

俺は少しだけ気合を入れると、暴風を全て掌握し、霧散させた。

 

「アガレス、昔の力、少しは戻ってきてるのかな?」

 

「まぁまぁってところだな。さて…」

 

俺は暴風が消え、侵入可能になった風龍廃墟を見る。トワリンが今のところ逃げ出してくる様子はない。

 

「やはり、出てこないな」

 

「ああ、読みが当たったようだ。行こう」

 

俺達は慎重に、しかし少し急ぎ目で風龍廃墟の塔の上へ向かうのだった。

 

「せいっ!」

 

ジンの風圧剣がヒルチャールを吹き飛ばしつつ貫いて片付けた。敵を一掃し、ついに塔の上まで辿り着いた。

 

「この装置を起動しないとどうやらトワリンの下までは辿り着けないようだな」

 

「皆、手分けして装置を探そう」

 

ジンの一声で俺達は3つ、装置を見つけることとなった。上から見た感じだと、恐らく風龍廃墟の周囲等間隔、とは言い難いが大体それくらいの感覚で装置は分布しているようだ。旅人とジン、ディルック、そしてウェンティと俺でそれぞれ分かれて行動し、装置を見つけて起動、中心へと戻ってきた。

 

「しかし、旅人のそのわーぷ?は、どういう仕組みなんだ?」

 

「私にもわからないけど、便利だから使わせてもらってるんだ」

 

「一人というのはやはり気楽で良いものだね」

 

「ディルック…お前悲しいやつだな」

 

「お酒呑みたい…」

 

思い思いの会話をしつつ、全員が再び戻ってきた。先程とは異なり、紋様が3重に浮かび上がっていた。

 

「どうやら、これで…っ!!」

 

暴風が突如吹き荒れ、俺達は空中へと投げ出された。ウェンティが機転を利かせ、風を吹かし、全員を浮かせた。俺は自力で浮かんでいるが、他はそうもいかないからな。

 

「っ…トワリン!」

 

前よりも酷い、か。最早言葉も失っているらしく、ただ咆えた。旅人が再び、トワリンの腰部目掛けて風の弾丸を発射し、攻撃している。俺はともかく、ジンやディルックに出来ることはないだろう。ウェンティは皆を浮かせるので精一杯だし、俺と旅人くらいしかトワリンを救ってやれないだろう。

 

「旅人!そのまま攻撃し続けてくれ!!」

 

旅人はそのままトワリンの攻撃を避けつつ攻撃し続け、腰部の血塊に罅が入ったのが見えた。トワリンはくぐもった咆哮を上げ、こちらから逃げようとして離れたタイミングで一気に加速し、腰部へ向けて蹴りを放った。

 

トワリンの腰部の血塊に直撃した俺の足はミシミシと音を立て痛みも走ったが、なんとか我慢しつつ、様子を見る。罅の入っていた部分に更に衝撃が加えられ、罅が更に広がったかと思うと血塊が砕け散った。

砕け散った後の腰部は通常そのもので、恐らくもう影響はないと見える。

 

トワリンはそのまま、足場が複数立っているだけの場所まで逃げていった。

 

「ウェンティ!あそこまで運べ!」

 

「はいはい、人使いが荒いなぁ、もう…」

 

ウェンティがふぅ…と息を吐くと皆(俺以外)がゆっくりとトワリンの逃げた足場へ向けて移動し始めた。

 

「さて…鬼が出るか蛇が出るか…まぁ、出てくるのは龍だろうが」

 

俺達はそのまま足場に降り立った。やがて、トワリンが臨戦態勢のまま姿を現した。

 

「俺を覚えている、わけもないか。自我も最早なさそうだしな…」

 

俺は刀を手に握り、鞘から抜き放った。見れば皆もそれぞれ武器を手に取り、臨戦態勢だった。

 

「トワリン…悪いが、もう少し耐えてくれ」

 

俺は刀を構えてトワリンへ対峙した。

 

「もう少し耐えてくれれば、解放してやるからな」

 

トワリンは咆哮と共に、俺達のいる場所へ突撃してくるのだった。

 

〜〜〜〜

 

「殿下…風魔龍を利用していたのですが、思わぬ妨害を受けております」

 

アビスの魔術師が跪き言った。

 

「…そうか。妨害をしてくる者がいるの?」

 

「はっ…」

 

特に、とアビスの魔術師はその者の名を挙げた。

 

「我等の計画のことごとくを潰している者が居りまして…名を、アガレスと…」

 

ピクッと、金髪の青年の眉が動いた。

 

「…なるほど、彼が」

 

「ご存知なのですか?」

 

金髪の青年は首肯き、思いを馳せるかのように遠くを見た。

 

「彼はきっと覚えてない。でも俺は覚えてる。500年前、彼が『終焉』を止めたことを。そして、彼と少し話をしたこともね」

 

そして、と青年は続ける。

 

「彼はこちらに取り込まれるべき存在だ。彼はこの世界を心から愛している。自分の身を顧みぬほどに。だからこそ、俺のすることもきっと理解してくれる。暫くは様子見しつつ、隙あらば勧誘して」

 

「風魔龍はいかがなさいますか」

 

青年は顎に手を当てふむ、と一息つくと問いに答えた。

 

「彼を散々利用しておいて申し訳ないけど、これはどうしようもない。放置でいいよ」

 

アビスの魔術師はただ、平伏した。




次回、トワリン死す!デュエルスタンバイ!!(?)

追記 : 寝ぼけて描いたため意味のわからない一文がありましたので修正いたしました


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第23話トワリン➁

今回長めになってしまいました


「ウェンティ、そのまま弓を撃ち続けろ!ジンは撹乱!ディルックはそのまま牽制を続けろ!旅人、そこ横に飛ばないと爪に当たるぞ!」

 

「そんなこと言われても!」

 

「いいから言われた通りにしろ!トワリンは腐っても四風守護だ!適切なタイミングで攻撃しないとトワリンもお前達も傷付くぞ!!」

 

ジンもディルックも俺の指示に従って牽制と撹乱を繰り返している。ウェンティはトワリンの注意を引くために矢を放ち続けている。旅人はぎこちないながらも指示に従って横に飛び、トワリンの爪を回避した。

 

俺はトワリンの攻撃、その全てを防ぎつつ、首筋の血塊を壊す方法を考える。

 

トワリンは飛んでいるため、有効な攻撃をするためにはこちらも飛ぶか、高威力の中・遠距離攻撃手段を得る必要がある。しかし、残念ながら自由自在に飛べるのは俺だけ、他は飛べたとしても自由に動くことができないだろう。

殺すことは簡単だが、救わねばならないとなると話は別になるのだ。

 

「いや、待てよ…」

 

トワリンは攻撃の瞬間だけこちらに近づかなければならない。その時になんとか気絶させられれば。

 

「全員、攻撃を止めてくれ」

 

「アガレス!なにかわかったのかい!」

 

ウェンティがブレスを避けながら言った。俺は首肯き、皆に聞こえるように大声で言った。

 

「トワリンは攻撃する瞬間こちらへ近付いてくる!彼を攻撃して気絶させるんだ!」

 

「「「「了解!」」」」

 

トワリンにも間違いなく聞こえてはいるだろうが、残念ながら今の彼には自我がない。聞こえていたとしても対応はできかねるだろう。

 

「っ…」

 

しかし、中々チャンスが到来せず、トワリンの呪いの侵蝕度は大きくなっていく。流石にこれは俺がなんとかできるかを考え始めた頃、トワリンはブレスを吐くべく、足場に手を掛け大きく仰け反った。

 

「今だ!」

 

ディルックとジンがそれぞれ片腕ずつに攻撃を加えトワリンの態勢を崩し、トワリンが頭を足場に強く打ったため、気絶したようだ。

 

「旅人!行くぞ!ウェンティ、援護頼む!」

 

「わかった!」

 

「足元に気をつけて〜」

 

ウェンティの風の力で浮き上がった俺と旅人はそのまま俺の風元素も並用し二人で血塊へ向け突進しつつ、俺は刀を、旅人は剣をそれぞれ横薙ぎに振るった。

 

血塊は横に大きい罅が走ったかと思うと、粉々に砕け散った。トワリンは痛みのあまりか、はたまた呪いが解けた反動なのか、苦しげな声を漏らし足場からずり落ちていった。

 

「トワリン!!」

 

ウェンティが悲痛な叫びを上げたが、トワリンを気にしている場合ではない。トワリンがいなくなったことで足場のバランスが崩れ、崩壊し始めたのだ。極僅かな時間で、我々もああなるだろう。

 

「ウェンティ、皆をモンドへ頼む」

 

「アガレスは?」

 

「トワリンを救う、そしてそれは、俺にしかできないことだ」

 

ウェンティは泣き出しそうな表情になった。俺は彼の頭に手を乗せる。

 

「安心しろ。『終焉』を止めるってわけじゃないんだ。必ず帰ってくるさ」

 

「本当に?」

 

俺は首肯いた。ウェンティはグッと涙を堪えると、

 

「わかった。皆のことは僕がなんとかするよ」

 

ウェンティは手遅れにならないうちに風の力で皆を浮かせた。

 

「では、皆。あとは任せてくれ」

 

「アガレスさん!」

 

皆が去る直前、旅人が声を上げた。

 

「トワリンのこと、お願いします!」

 

旅人の言葉を契機に、ジン、ディルックもそれぞれ声を上げた。

 

「彼を頼むぞ、救民団団長殿」

 

「…フン、君なら、必ず帰ってこれるだろう。そして今度もきっとそうだ」

 

「アガレス」

 

まだあんのか?とは思いつつ、ウェンティを見た。

 

「トワリンのこと、お願いするね」

 

「ああ、任せろ。ほら、行った行った」

 

シッシッと手で追い払うジェスチャーをしてようやく、彼らは去っていった。さて、と。

 

俺はトワリンの落ちていった場所目掛け、崩壊していく足場から飛び降りるのだった。

 

〜〜〜〜

 

───お前を忘れた風神とモンドを、潰したいとは思わないか?

 

───違う…我は…!

 

───憎いだろう?苦しいだろう?お前を忘れ去ったモンドの民は、お前の苦しみを何らわかってはいない。

 

───わかられずとも良いのだ…!我はただ…命に従っただけなのだ!

 

───本当にそうか?お前自身、認められたかったのではないのか?モンドに、ひいては風神に。

 

───わ、我は…我は…!

 

───そうなのだろう?だが、風神はお前のことすら忘れ、モンドの民もお前のことを忘れ去った。お前は、独りだ。誰もお前のことを理解してはくれまい。

 

───そう、なのか…。

 

───そうだ。お前は孤独だ。恨め、怨んでしまえ。モンドの民を、風神バルバトスを。

 

───許さぬ、赦さぬ、バルバトス、ひいてはモンドの民よ…!

 

「ま──眠──や───か?起─ろ、トワリン」

 

周囲は闇に包まれ、風が全く届かぬ中、銀髪の男が髪を靡かせながら蒼き巨龍の前に降り立った。巨龍は、彼の接近で目を開いた。

 

「お前は…」

 

「まさか、忘れたわけじゃないだろう?」

 

「ああ、無論、憶えているとも」

 

やれやれ、と銀髪の男は首を振った。彼はトワリンの頭の横まで移動すると、ストンと座った。

 

「……孤独は、やはり耐え難かったか?」

 

「……ああ、我は何者かの唆しを受け、モンドの民やバルバトスを恨むようになったのだ。否、憎んでいた」

 

「不思議だったのは、モンドの民は四風守護の存在を忘れていたことだな。モンドの過去にも何かがあったのだろう。そして俺はそれを知らない。だが…」

 

銀髪の男は一旦言葉を区切り、言った。

 

「だが、バルバトスは、何より俺は、お前のことを憶えていたぞ」

 

「バルバトスが…?戯言であろう」

 

「いや、本当だ。何度もお前の前に現れては説得していただろう?まさか、我が身可愛さにお前の前に出ていたわけもないだろう?」

 

トワリンはグルルと喉を鳴らした。

 

「バルバトスがお前を、モンドを命を賭して守ったお前を、忘れるわけがないだろう?ましてや、見捨てるわけがないだろ?」

 

トワリンは未だ納得がいっていないようだった。銀髪の男はふぅ、と溜息を吐くと再び口を開いた。

 

「お前と同じように、俺は500年前、命を賭してこの世界を護った。そして復活した時、俺の存在は綺麗サッパリ、忘れられてた」

 

トワリンは驚いたように喉を鳴らし、顔を上げた。

 

「俺は孤独感に苛まれ、この世の民から、ひいてはこの世界から見捨てられたのだと感じた。『忘れ去られた一柱の神』として、俺はこのまま朽ち果てていくのか、と」

 

だが、と銀髪の男は続けた。

 

「俺の場合は、すぐにノエルという、とても丁寧な女の子に出会ったんだ。俺のことを見知らぬ旅人と知っていて、優しく接してくれた。一柱の神としてではなく、一人の凡人としてな…そうだな、なんとなく、あの時救われた気がするんだ」

 

銀髪の男はギュッと握り拳を作った。

 

「神として世界を護ってきた俺が終ぞ辿り着いた場所は、俺のいない世界だった。だが、彼女が、俺を最初に見つけてくれたんだ」

 

「……人の子が」

 

「それから、バルバトスに会って、『七神』の意思で俺の名を消したことを知った。真の意味で救われたのはそこなのかもしれないが、俺を救ってくれたのは彼女だ」

 

銀髪の男は立ち上がり、トワリンと向き合って両手を広げた。

 

「なぁトワリン!お前はモンドを長い間護った!それは誇れることだ!だが、もう自由に飛んでもいいんじゃないのか!」

 

「自由に…だが、バルバトスとの契約が」

 

「契約なんか破棄しちまえ!お前は、お前の生きたいように生きて、この世界で自由に生きるんだ!」

 

トワリンの目に、光が映る。銀髪の男は風元素の力で浮き、手を差し伸べた。

 

「さぁ、トワリン。今から俺と一緒に、500年ぶりの景色を楽しまないか?」

 

トワリンは顔を上げるとそのまま体を起こした。

 

「我は…護ることに囚われすぎていたのだな。自由、か…そうだな、行こう、アガレス」

 

忘れ去られた一匹の龍、トワリンが、忘れ去られた一柱の神、アガレスに連れ立たれ、青空へと羽ばたいた。

 

トワリンは並んで飛ぶアガレスに告げる。

 

「ありがとうアガレス。我は長年の苦痛と何者かの唆しでモンドを滅ぼすところであった。お前が居てくれて本当に良かった」

 

トワリンはそう言って一声吠えた。アガレスはほんのり笑い、

 

「ああ、これからは自由に生きるといい」

 

トワリンは一際大きな声で吠えると、そのまま自由を謳歌するように飛び続けたのだった。

 

〜〜〜〜

 

これにて、モンドの『龍災』は終わりを告げた。アガレス、ジン、ディルック、ウェンティ、そして異郷の旅人の活躍によりトワリンの呪いが解かれ、トワリンは四風守護としての自我を取り戻し、今一度その座に就きたいと願った。モンドの民も初めは戸惑っていたが、トワリンの話を西風騎士団広報部が発表、徐々にモンドの民にもその話は馴染んでいき、昔と同様にトワリンを崇めるようになった。今一度、モンドでは四風守護を見直して崇拝し直す、という方針が締結された。

 

そして。

 

「───ほう?ファデュイは随分強硬な態度を示されているようですな。いやはやしかし残念無念、問題はほとんど、西風騎士団と救民団が解決してしまう…ああ、ファデュイの手を借りたかったのに残念無念極まりない。と、いうわけなので貴方方に頼る理由もありません。これらの証拠書類の話も含め、今後一切、ファデュイの手の者のモンドへの入国を禁じさせていただきます」

 

「そ、そんな…どういうことなのですか!?」

 

ファデュイの外交官アナスタシア(ジンに対し強硬な姿勢を取っていたファデュイの外交官)が声を荒げた。

 

「あの風魔龍は危険です!暴走し、あなたがたに危害を加えないとも限らぬのです!ですから───」

 

「申し上げたはずですが…まさか、この程度のことも覚えておられぬとは…」

 

はぁ、と溜息を吐いた。

 

「『貴方方に頼る理由もない』、わたくしは先程そう申し上げたばかりですが?」

 

うぐっ、とアナスタシアは口を噤んだ。

 

「これは我らモンドの問題。ファデュイが口を挟んでいい話ではない。お引き取り願いましょう。これからは、良好な関係を築けることを願っておりますよ」

 

アナスタシアは冷や汗を流しながら言った。

 

「ええ、こちらこそ」

 

 

 

「お疲れ様でした、アガレスさま!」

 

ノエルがお茶を淹れてくれて俺の眼の前の卓に置いた。俺は一言礼を言いつつ、紅茶を飲んだ。

 

「ファデュイの圧力はこれで心配する必要はない…外交問題になることを先にしたのは向こうだから、こちらにある程度従ってくれるだろうしな。貿易とかに関しては恐らく滞りなく進んでくれる。ようやく、一息つけるな…」

 

「アガレスさま、本当にお疲れさまでした」

 

ノエルがにこやかに言った。俺もにっこりと笑いつつ言った。

 

「問題も減ったし、俺達の依頼も減るだろう。どっか遊びに行くか?」

 

「で、ですが…その間の依頼はどうするのでしょうか…?」

 

それはそれ、これはこれだ。

 

「西風騎士団に任せよう。最近、活躍が目覚ましいから入団希望者も多いみたいだしな」

 

「ウェンティさまもトワリンさまが元に戻られてとても嬉しそうでしたね」

 

「ああ、本当に良かったよ」

 

俺は紅茶を飲みつつ、遠くを見た。

 

「トワリン、お前も誰かに出会えていれば、こうはならなかったのかもな」

 

「アガレスさま…何かおっしゃいましたか?」

 

「いいや、なんでもないさ」

 

俺は平和になったモンドを見てホッと一息をつかずにはいられないのだった。




というわけでモンドの問題ついに解決しました。いやぁ、ここまで描けるとは…。


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第24話 モンドとの別れ

今回まじで長いです。色々付け足してたら長くなりましたはっはっは!本当に申し訳ねえ…


「───それじゃ、行ってくる。そんなに期間は長くないから、少しの間だけ救民団を頼んだ」

 

「行ってらっしゃい。ま、私に仕事を押し付けた恨みは帰ってきてから晴らすわね」

 

「行ってらっしゃいませ、アガレスさま!」

 

「がんばれ、アガレス。無事、帰ってこい」

 

「おう、じゃ、またな」

 

 

 

さて、救民団を出た俺は待ってくれていた旅人と合流した。

 

「これから璃月に向かうんだろ?」

 

「うん、その前に、色んな人に挨拶しておこうかと思って。アガレスさんも離れるからついでに、って」

 

「なるほど了解。んじゃあ早速挨拶回りと行こうか」

 

一番近いのは冒険者協会だな。旅人は冒険者協会所属だし、知り合いがいるのだろう。

 

「おっ!旅人じゃねえか!久しぶりだな!」

 

「うん、ベネットも久し振りだね。フィッシュルも一緒にいたんだ?」

 

「悪を滅ぼす煉獄の炎が、わたくしを喚んでいたのよ。だからこそ、こうしてわたくしも閃光の下を歩んでいるの!」

 

「ベネットが一緒に冒険をしたいといったから晴れた空の下で歩いていた、という意味です」

 

なんだ?ベネットは普通に元気な少年って感じだが、フィッシュル、彼女の言動は中々不明瞭な点が多いな。いや、それより…。

 

「旅人、その鴉…?は、なんだ?」

 

「失礼、申し遅れました。こちらのお嬢様はフィッシュル・ヴォン・ルフシュロス・ナフィードット、そして私はオズヴァルド・ラフナヴィネスと申します。以後、お見知りおきを」

 

フィッシュルまでしか聞き取れなかった。長くないか名前…。

 

「さぁ!断罪の名を背負いし従者よ、その望みのままに、皇女の偉大なる知恵を受け入れる準備をしなさい!」

 

「調査をするから、すぐに結果を出そう、という意味です」

 

「ところで、そちらの…コホン!あなたの従者かしら?運命を共にする存在なのね」

 

「いや、違うが…いや、一概に違うとも言えないのだが」

 

何いってんだほんと。

 

「フン、全て言わずともわたくし断罪の皇女は全てを見通す目を持っているのよ?」

 

「フィッシュル!そこで何してんだー?早く行こうぜー!」

 

ベネットがモンド城の城門付近で手を振っている。ついでに旅人も何故かいた。俺のこと置いて逃げやがったな。

 

「なっ!このわたくしを置いていくなんて…この恨みは然と記憶に刻み込んだわ!」

 

「お嬢様、それは違う方の口癖では…」

 

「ったく…旅人、挨拶が済んだなら次行くぞ」

 

「あ、うん。じゃあベネット、またね」

 

「おう!今日こそはお宝を見つけてみせるぜ!オヤジ達のためにもな!!」

 

全く、本当に元気一杯だな。ベネットとフィッシュルは手を振りながらモンドを出ていった。

 

「それで、彼等は?」

 

「ああ、うん。それぞれフィッシュルとオズ、そしてベネット。フィッシュルは照れ屋さんだよ」

 

うーん…そうは見えないな。なんというか、うん。決して完治することのない病気に悩まされている気がする。

 

「ベネットはとっっても不幸体質でね…すごく心配になるんだ。そんな中でもオヤジさん達のために頑張ってるんだって」

 

ベネットはなんだか不憫だな。不幸体質、か…昔にもそんなやつが居た気がするが、よく覚えてはいないな…。

 

「そんで、次は?」

 

「えっと…『キャッツテール』に行くよ。バーテンダーの子に用があるんだ」

 

「『キャッツテール』のバーテンダー…っていうと、ああ、ディオナのことか」

 

思えば、彼女と出会ったのはガイアにここへ連れてこられたときだったな。とにかく、その時は大変だった。というのも…。

 

「───旅人さん、お久しぶりだにゃ。アガレスさんもいるのにゃ!?」

 

フンスッと鼻息を荒くしながら俺に詰め寄ってくるのだ。なんでかって?俺は酒が飲めないからである。嫌っているとすら言っていいため、ディオナに体質の調査やら何やら、色々されかけたのである。

 

「ああ、しばらくモンドを離れるからな。旅人と一緒に挨拶回りをしているんだ」

 

「にゃ、一緒にモンドの酒造業に大打撃を与える作戦はどうにゃるの…?」

 

「そんな約束をした覚えはないぞ…」

 

酒とは関係なしに頭が痛くなるな全く。

 

俺と旅人はディオナの酒嫌いの熱量に押されつつ、挨拶を済ませて『キャッツテール』を離れたのだった。

 

「なんか疲れた…」

 

「ディオナのアガレスさんへのアプローチ凄かったからだね」

 

 

 

さて、次は『エンジェルズシェア』にやって来た。ディルックが今日はバーテンダーなのである。

 

「来たか、旅人、そしてアガレス」

 

「ん?知ってたのか?」

 

「ああ、なんでも、旅人とアガレスの二人組がモンドを暫く離れるから挨拶回りをしているらしい、と小耳に挟んでね」

 

つまり噂になってんのか。普通に救民団にでも呼べばよかったな。呼べるやつは、だが。

 

「それで、僕の場所にも挨拶回りに来た、といったところかな」

 

「そういうことだ」

 

ディルックが懐から取り出したのはモラの入った袋だった。

 

「そうか…ふむ、旅人、僕からの餞別を受け取ってくれ」

 

「ありがとうございます、ディルックさん!またそのうち遊びに来ますね!」

 

モラを受け取ったときの旅人の熱量が凄いな。

 

「俺にはないのか?」

 

「君には不要だろう?それとも、君にもモラが必要だったかな?」

 

「いや、モラに関してはマジで余ってるからいらない…」

 

「そうだろう?」

 

まぁ、揃えようと思えばなんでも揃えられるぐらいのモラはある。そこまで考えていたのだろうな。

 

「んじゃ、またな、ディルック」

 

「ああ、無事を祈っているよ」

 

 

 

さて、お次は西風騎士団だな。中に入る前に、アンバーが出てきた。

 

「あれっ?栄誉騎士に、アガレスさん!」

 

「こんにちは、アンバー」

 

「よっ、元気そうだな」

 

アンバーが手を振りながらこちらへやって来た。

 

「旅人とアガレスさんがいなくなるって聞いて出てきたんだけど…」

 

「概ね間違いじゃないが、しばらく会えなくなるってだけで、いなくなるわけじゃないぞ?」

 

「そ、そうなんですか…あはは、よかったです」

 

アンバーは苦笑しつつ、懐からウサギ伯爵の人形を2つ取り出した。

 

「これを栄誉騎士に、そしてこっちはアガレスさんに!これを見てモンドのこと思い出してね!」

 

「これを…」

 

「俺達に…」

 

「二人がいなくなるって聞いたから大急ぎで作ってきたんだからね!」

 

なんというか、アンバーらしい見送りだな。

 

「ありがとう」

 

アンバーとも挨拶をそこそこに別れ、西風騎士団本部の中へ入った。

 

「おや、アガレスじゃないか。どうしたんだい?」

 

「あ、アガレスさん、旅人さん…お久しぶりです」

 

すぐに現れたのはアルベドともう一人、手を繋いでいる赤い女の子だ。耳が長いことからエルフだと伺える。もう一人、スクロースもアルベドの後ろでおどおどしつつ、俺に話しかけていた。

 

「アルベド…とそれから…そちらの子は?」

 

「彼女かい?彼女はクレー、一応西風騎士だ。彼女の母親からお守を頼まれていてね」

 

「あっ!栄誉騎士のお姉ちゃんと…ヘンな大人の人だ!」

 

個人的に、小さい子供からヘンな大人の人って呼ばれると少し哀しいものだな。

 

(ディルックあたりに言ってほしいなそれは…)

 

(ちなみにディルックさんは変わった大人の人らしいよ)

 

「どうかしたのかな?」

 

「いや、なんでもない」

 

旅人と小声でやりとりをした後、アルベドとクレーに俺は今回の訪問理由を言った。

 

「そうか…君とは、もっと話し合いたいことがあったのだけれどね…残念だよ」

 

「俺も中々アルベドとの共同研究は楽しかった。特に、『神の存在証明』なんかは───」

 

「二人共、クレーが早く町に行きたがってるから其辺にしてあげなさいな」

 

凛とした声、そして現れた魔女の如き風貌の女性。

 

「すまないな、リサ」

 

「クレー、行こうか。アガレス、リサのことは頼むよ」

 

「うぅ…リサおば…お姉ちゃん怖い…」

 

アルベドとクレー、そしてスクロースは挨拶を適当にしてそそくさと出ていった。アルベドがあんなに取り乱すなんて珍しいな。旅人に至っては震えているし…ん?リサは笑っているが、目が笑っていない。怒っているのか。

 

「もしかして、俺返してない本とかある?」

 

「ええ、そりゃあもう。貴方ではないけれど」

 

リサの視線が旅人へと注がれた。

 

「な、ななななななんでしょうかリサさん!?」

 

動揺が凄いな。

 

「わ、わわわわたしはなんにも知りません!ええ、知りませんとも!」

 

「『少女ヴィーラの憂鬱全10巻』、そう言えば、わかるかしら?」

 

ギクッとばかりに旅人の肩が震えた。完全に図星じゃねえか。

 

「さぁ旅人?わたくし、言ったわよね?借りた本は必ず返してって」

 

「あわ、あわわわわわ!」

 

リサの雷、いやこの場合は怒槌か、それが旅人に喰らいつこうとしたその瞬間、俺は割って入った。

 

「まぁ落ち着けリサ。旅人は全部読み終えていない可能性だってあるだろう?急ぎの旅なら勿論、読み終えていなくても返すべきではあるが、考えてもみてくれ。『龍災』で本を読む時間なんてあるわけないだろう?ようやくゆっくりできたのもここ2週間程度だ。2週間でまさか、10巻もの量を読みきれるわけもあるまい?」

 

それに、と俺は続けた。

 

「まだ一度目の過ちだろ?旅人は来たばっかりだし、多少の説教と注意でいいんじゃないのか?」

 

リサはむぅ、と唸りつつも納得したようで、

 

「いいかしら、可愛い子ちゃん?わたくしはね、仕事を増やしてくる本を返さない人が一番嫌いなのよ。わかるかしら?次はないわよ」

 

「い、イエスマム!我が神に誓って!」

 

なんだその決り文句みたいな奴は。リサはしれっと別れの挨拶をしてから図書館へと戻っていった。

 

 

 

「───そうか、いつかは訪れるだろうと思っていたが…」

 

「あ、あの…?」

 

「皆まで言う必要はない。私は君の意志を尊重する。だが…寂しいものだな」

 

「おい、話聞けって」

 

「3年前君が来てからというもの、君には世話になりっぱなしだ。まさかその恩すら返せずに別れることになるとは…」

 

「頑固なのか?聞こえてないふりしてんのか?」

 

「だが安心してくれ!新生西風騎士団は救民団と共にモンドをより強固にだな…!」

 

俺はいい加減にジンの頬を摘む。

 

「いい加減にしろってジン、話を聞け」

 

「そ、そうだよ!お姉ちゃ…ジン代理団長、少しは落ち着いてよ!」

 

室内にいたバーバラにもジンは諌められようやく落ち着いた。

 

「す、すまない…君がいなくなると思うと少し寂しく感じてしまってな…」

 

なんか言い方が…なんだろうな。なんというか…なんというか!まぁいいや。

 

俺はそのままジンにいなくなるはいなくなるが、大して長い期間ではない、ということを説明した。

 

「そ、そうか…一時的なものだったんだな。なんだか早とちりしてしまったな」

 

「いや、まぁいいんだが…そんなに寂しいのか?」

 

「い、いや…別にだな…その…言葉の綾というやつだ!」

 

図星が過ぎるぞ代理団長。

 

「その、アガレス。旅人のことを宜しく頼む。本音を言えば私もついていきたいが、立場があるからな…」

 

「気持ちだけ受け取っておこう。ありがとう、ジン。モンドを頼んだ」

 

ジンは首肯きつつ、胸に手を当てていった。

 

「二人に、風の導きがあらんことを」

 

「アガレスさん、旅人さん!頑張ってね〜!」

 

バーバラとジンに見送られ、俺達は西風騎士団本部を出るのだった。

 

 

 

「よっ」

 

「おっ、ガイア…なんか久しぶりだな。それと…ロサリア」

 

「あら、君もここにいるなんてね…そう、モンドを去るのね」

 

「で、モンドを離れるんだろう?一つ情報をやろうと思ってな」

 

それがガイアとロサリアなりの餞別ってことだな。

 

「今璃月では迎仙儀式が行われる予定で、丁度一週間後だ。旅人、お前の目的を達成するのに丁度いいと思うぜ?」

 

「あら、調べたのは私だけれどね」

 

「迎仙儀式って、岩神を呼ぶの?」

 

「その通りだ。神託を授けるためだかなんだとか言って、年に一度岩神が降臨する。その準備を璃月七星がしているんだ」

 

岩神モラクスがその時降りてくるなら丁度いい。俺も会いに行く用事はあるからな。

 

「ありがとう、ガイアさん、ロサリアさん」

 

「おう、また会おうぜ」

 

「二人共、モンドの面倒事は私が全部片付けておくから、気にせず行ってきなさい」

 

ガイアは踵を返し、片手を上げながら去っていった。

 

「さて、モンド城内は大体回りきったから、少し遠回りして風立ちの地に行こうか」

 

「え?ああ、わかった」

 

 

 

風立ちの地にやってきた。例のごとく、ウェンティは木陰で休んでいた。

 

「ウェンティ」

 

「ん、んぅ…アガレスかい…?もう少し寝かせてくれたっていいじゃないか…」

 

「だーめだ、俺らは一時的にだがモンドを離れるからな。挨拶しないといけないんだよ」

 

そう言うとウェンティはガバッと起き上がった。

 

「えっ、いなくなっちゃうの?」

 

「まぁ、そうだな。旅人の旅についていってこの世界を見て回りたいし、それにモラクスや雷電将軍にも会いたいからな」

 

「僕も…」

 

「ついてくるなんて言うなよ?トワリンのこともあるし、何よりお前はモラクスと仲が悪いだろう?今回の旅にはついてこないほうがいいだろうな」

 

「むぅ…」

 

まぁ、と俺は拗ねているウェンティに向け言った。

 

「帰ろうと思えばすぐに帰ってこられるからな。安心してくれ。何かあればすぐに帰ってくるさ」

 

「本当に?」

 

「ああ、約束しよう」

 

俺は手袋を外し、ウェンティにとあるものを差し出した。

 

「俺の指輪を一つやろう。これは確か…いや、恐らく聖遺物の一種で、俺の指輪と対になっていてな。離れたところ同士で話すことができるんだ。これを一つ渡しておく。これで安心できるだろ?」

 

この指輪が本当に聖遺物なのかはわからない。俺の指に嵌めてあったもの以外にももう一対あるので、なにかの役に立てるだろうとは思っているが、少し怖くもあるな。

 

「わかった。頑張っていっておいで」

 

「ああ、モラクスにもよろしく言っておいてやるよ」

 

「あはは、それは別にしなくてもいいよ?」

 

本当に、仲が良いんだか悪いんだか。

 

「さて、挨拶も済んだし、行こうか、旅人」

 

「うん、行こう」

 

俺達は風立ちの地から去ろうと踵を返した。ウェンティはずっと手を振り、俺達を見送っていた。

 

「君達に、四風の加護があらんことを」

 

ウェンティは俺達の去った風立ちの地でそう呟いた。




というわけで、次回から璃月編です


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第二章 璃月
第25話 璃月港と塵歌壺


塵歌壺への入り方がまーじでわかんなかったので適当に設定作っちゃいました…えへっ


璃月はあらゆる富が沈着する場所だ、とはよく言ったもので、璃月は活気のある商業都市と言えるだろう。現に、500年ぶりに訪れた璃月港には活気が満ちている。商業国としてずっと栄えてきたのだろう。そして岩神モラクス、岩王帝君や護法夜叉がここを護り続けてきたのだろう。その努力の結晶がこの、繁栄した璃月港というわけだ。

 

「ここが璃月港かぁー…なんだか、綺羅びやかだぞ…」

 

暫く姿を現さなかったパイモンが突如出てきて言った。

 

「ガイアとロサリアが言ってたよな、迎仙儀式が四日後にあるって。事前に岩神がどんな性格なのか聞き取りしようぜ!」

 

旅人はパイモンの言葉に首肯いた。しかし、いつも肝心なときにいないなパイモン。全く以て謎の生命体だな。

 

「───岩王帝君?あぁ、今年はどんなお告げをするんだろうな…!一言でも聞ければ間違いなく璃月港で一旗揚げられる!」

 

「岩王帝君は私達の港を守ってくださるだけでなく、繁栄の手助けもしてくださっているのよ!ああ、今年はどんなお告げなのかしら」

 

どこもかしこもお告げ、要は神託を楽しみにする声ばかりで有力な情報はないと言っていいだろう。

 

「どうする旅人、まだ四日あるが」

 

「うーん…取り敢えず宿泊先を探さないとね…」

 

それはそうだな。宿泊先がなければ最悪…『アレ』使えばいいしな。あまりいじってはいないが、宿泊スペース程度はあったはずだ。

 

「まぁ一先ずうろうろして璃月港を見て回るといい。宿泊施設くらいは見つかるだろう」

 

先程言った通り、見つからなければ『アレ』を使えばいい。しかしまぁ、四日後が楽しみだな。実に500年ぶりにモラクスに会える。ウェンティもといバルバトスとの出会いに関しては風情も何もなかったからな。

 

 

 

で、だ。夜になるまで璃月港の探索がてら宿泊施設探しをしていたのだが、まぁどこも満室だった。そりゃあそうだ、だって年に一度の迎仙儀式だし岩神の姿を拝めるってんだからな。それにしたって…。

 

「どうなってんの?宿もなにもないってなんなの?」

 

「あ、アガレスさん落ち着いて…」

 

このままでは本格的に『アレ』を使わざるを得なくなる。あの感覚は今でも慣れないから、旅人の気持ちも考えるとあまり使いたくはないのだ。

 

「なんとしてでも探したい。『アレ』を使うわけにゃいかんのだ…」

 

「一体何言ってるのアガレスさん…」

 

まぁ、いい。斯くなる上は腹を決めるしかないな。

 

「旅人、実は一つだけ、俺に案がある。だが、俺的にはかなり使いたくない一手だ。それでもいいか?」

 

「泊まれる場所があるなら…」

 

「んじゃあ…」

 

俺はバッグからとあるものを取り出した。

 

「アガレスさん、それは?」

 

「『塵歌壺』というものだ」

 

「んん?塵歌壺…?なんだそりゃ?」

 

パイモンも旅人もやはりピンと来ていない様子だった。

 

「仙人の仙力によって壺の中に一つの小さい世界を作ってある。その中に建物やら自然やら動物やら、様々なものを配置できるんだ。まぁ、俺は大していじってないはずだから、あまり期待はしないでほしいがな」

 

んで、と俺は塵歌壺から手を離した。

 

「塵歌壺内でどんなに大きな物を作ろうと、壺以上の大きさにはならないんだ。だからどんなものでも作り出せる。材料さえあれば、というのはまぁ、理論上のものだが」

 

まぁ『銷虹霽雨真君(しょうこうせいうしんくん)』がいなければなんにも弄れないしな。どちらにせよ、中核を担うのはあの鳥だからな。

 

「まぁ、取り敢えず入ってみればわかるさ」

 

俺は塵歌壺をチンッと弾いた。すると、塵歌壺から引力を感じ、旅人諸共吸い込まれ、視界が暗転した。

 

「っ…ここは、って!?」

 

旅人が驚きの声を上げた。俺は目を開くと、周囲を見回した。

 

「お久しぶりですね、アガレスさん」

 

と、『銷虹霽雨真君(しょうこうせいうしんくん)』こと、マルに話しかけられた。ふよふよと茶器のようなものの中に入っている青い鳥のような容姿をしている。相変わらずのようだった。

 

「ああ、久しぶりだな。変わりないか?」

 

「はい、変わらず言われたノルマはこなし続けていました」

 

よし。であれば問題ないだろう。木材や布の原材料である霓裳花、加えて各染料の素材の種の貯蓄は十二分にあったはずだ。マルに種植えと収穫を頼んでおけば各材料が揃う。それで色々必要になるであろう道路や照明、鍛冶屋や家屋(必要かどうかは不明だが念の為)を作ってもらっていた。

 

とはいえ、懸念材料は鉱石類。それらはテイワットにしか無く、残念ながら塵歌壺内では自給自足が不可能なのだ。在庫は白鉄鉱が少しと水晶が大量、あまり使わなかったらしい。で、鉄鉱は使える量が残り2欠片程度だった。どうやら、500年で大体使い切ったようだ。

 

「今までよく頑張ってくれた。今日からはノルマはしなくていい」

 

必要なものは随時集めていくとして、俺は未だに塵歌壺内を走り回りはしゃいでいる旅人とパイモンの二人を呼び、大きい家に案内した。ちなみに家はモンドのものである。

 

「こ、これ…アガレスさんの家?」

 

「まぁそんなところだ。いや、というかそうなるな」

 

「すっっごい豪邸だね…びっくりしちゃった」

 

「オイラ、アガレスがお金持ちだって知ってればもっと優しくしたのに…!」

 

いや、下心丸見えだなパイモン。と、パイモンの腹をがくぅ〜と鳴った。俺と旅人は思わず吹き出した。

 

「うぅ〜!なんだよ!オイラの腹が鳴ったのがそんなに面白かったのかよ!?」

 

「いや、すまんな。腹が減っていたのか?では飯にしようか。作るから少し待っていてくれ」

 

俺は二人に食卓に座っているように言うと、台所へと入った。

 

 

 

「───はいっ、鶏肉のスイートフラワー漬け焼き、3人前だ」

 

「おおっ!旨そうだな!!」

 

パイモンがキャッキャと騒いだ。確かに、我ながら上手にできたと言えるだろう。

 

3人で談笑しつつ、そのまま料理を食べ始めた。

 

「それで、アガレスさんって元神って呼ばれてたんだよね?前にウェンティに言われた『原神』と何か関係はあるのかな?」

 

うーん、と俺は唸る。

 

「原神との関係はなくもない。神で在る以上、関係を絶つことは不可能だからな」

 

「そうなんだ。それと、アガレスさん、一番聞きたかったことなんだけど、いい?」

 

俺は首肯いた。

 

「お酒飲めないらしいね。500年も経ったんだし、流石に飲めるようになったんじゃないかな、と思って」

 

うぐっ、と俺は言葉を詰まらせた。

 

「そうまでして酒を飲まねばならない理由があるのか?」

 

「アガレスさんの唯一の弱点とも言えるじゃん?だからそろそろ克服したほうがいいんじゃないかと思って」

 

「ぐ…それは、そうなんだが…」

 

「じゃあ飲んでみようよ!前ガイアさんからこっそり貰った弱めのお酒あるから…」

 

旅人がバッグから取り出したのはアルコール指数の低い酒だった。アルコール指数は2%らしい。

 

俺は恐る恐る酒を手に取り、グラスに注いで、一思いに口の中へと流し込んだ。むせ返るようなアルコール臭に吐きそうになりながらもなんとか飲み込んだ。

 

そこから先の、記憶がなく、俺の意識は暗転した。

 

〜〜〜〜

 

「あ、アガレスさん…?」

 

「ふぅ…」

 

アガレスはゆらりと立ち上がり、目を細めた。

 

「……凡百の人間共の創りし都市の気配、いやはやしかし繁栄したものだ」

 

「アガレスさ…」

 

「アガレス?それはこの肉体の主であろう?」

 

何がなんだかわからない、しかも酔い潰れなかったからいいものの、寧ろ事態が複雑化したような気がして旅人もパイモンも頭を抱えた。

 

「私は古の巨神と呼ばれていた存在だ。この世界が生まれる前にこの世界に属していた存在だ」

 

「なんですかそれ…」

 

「お、おいアガレス、冗談はやめておけよ…」

 

「冗談?いや、ほう…そこの小さい生物はまだこの世に存在していたとはな…中々、興味深い」

 

「んん…?」

 

パイモンも旅人も、アガレスの言っていることが何一つわからなくてずっと頭にハテナを浮かべている状態だった。アガレスはニヤリと意味深に笑うと、踵を返した。

 

「久しぶりの現世だ。少し見て回ろうではないか…ん?」

 

ガクガクとアガレスの右手が震えだし、自身の顔をガッと掴んだ。

 

「ほう、早いな…前とは別人のようだ」

 

「なに、どういうこと…!?」

 

「ななななにが起こってるんだ…!?」

 

「ッハハ、こんなに早く時間切れか…まぁ、残滓に残った力程度ではこれが限界か…」

 

アガレスは最後に慇懃そうに礼をしたかと思うと、一言だけ告げた。

 

「古の巨神の加護を受けしかの者の選択を、然と見届けることだな。きっと、面白いことになるだろう」

 

ずっと何言ってるんだよ、という旅人とパイモンの気持ちを無視してアガレスは一瞬ガクンッと魂が抜けたようになった後、

 

「すまない、奴が色々言ってただろう…?」

 

「「どういうことか説明して(しろ)!!」」

 

アガレスはそのまま、旅人とパイモンに詰め寄られ、困ったように笑うのみだった。




というわけで…遅くなりましたが第25話でした


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第26話 仙人①

今回短めです


「で、どういうことか、説明をするとだな…」

 

俺は俺の中にいるもう一人の自我について話した。前出てきた時は世界を壊そうとして『七神』に止められたことも。

 

「うぇ…もうお酒飲まないほうがいいぞ…」

 

「寝るときは別だが、意識を失うと出てくるみたいでな。結構やきもきしているんだ」

 

奴は自分を『古の巨神』と自称しているが、俺が疑っているのは、彼が『原初の人』という謎めいた存在ではないか、という可能性だ。俺は彼について詳しく知らないが、彼の力の残滓が関係しているとは聞いている。

 

「そういうわけで、恐らく酒は飲まないほうがいい。奴は何をしでかすかわからんからな」

 

「そうみたいだね…無理言ってごめん」

 

「気にするな」

 

俺は時計を見る。針は22:00を指していた。

 

「今日はもう遅い、部屋まで案内するから寝るといい」

 

俺は旅人達を部屋まで送った後、塵歌壺を再び置いてチンッと鳴らした。俺は壺に吸い込まれ、次の瞬間には璃月港の埠頭にいた。

 

「さて…総務司にいるかな…」

 

俺は一言だけそう呟き、璃月にある総務司へと向かうのだった。

 

 

 

「───この案件はこちらへ…それと、この案件は総務司ではなく刻晴さんのところへ…っ!何者ですか!」

 

鋭い声に思わずビクッとした。物凄い仕事の量を一人で捌いてるなぁなんて思って見てたらバレた。

 

「い、いやぁ別に怪しいものじゃ…」

 

「この仕事は排除するべきですね…」

 

あれ、殺されるの俺?氷の塊が上から降ってきた。それを俺は炎元素で軽く溶かした。無論、総務司の建物に被害は出さないようにしてある。

 

「お返しだ」

 

今度は風元素で書類の束を飛ばす。すると、俺へ攻撃した存在の姿が顕になった。

 

薄い水色から濃い水色のグラデーションのかかった頭髪に、麒麟の角。俺は思わずほう、と感嘆の息を漏らした。

 

「っ…」

 

彼女の二段チャージの矢が俺に飛来してきていた。俺はその矢を炎元素を纏わせた手で受け止め、圧し折った。

 

「折角書類整理してやったのに、攻撃されるなんてな」

 

「え?えぇっ!?」

 

先程の風元素は相手の容姿を見ることが目的の全てではない。仕事が大変そうだったので風元素で飛ばしてあらかた目を通し、そしてそれぞれジャンル、系統、担当部署ごとに整理した。彼女の仕事量は大体4分の1程度に減っただろう。こちとら3年間西風騎士団の事務処理をこなしていたのだ。この程度はこなせるようになって当然だろう。

 

「2種類の元素を使いこなすなんて…貴方一体…」

 

……あれ?

 

「……まさか忘れたのか…容姿が変わってないからわかると思ったんだが…」

 

軽く悲しくて『摩耗』しそう。彼女はうーん…と唸っていたが、やがて目を見開き、俺の顔をジッと見た。

 

「ま、まさか…アガレスさん…?」

 

「ようやく思い出したか。久しぶりだな、甘雨」

 

彼女───甘雨はようやく思い出したようで、わなわなと震えていた。あれ、俺怒られるんかな…。

 

「アガレスさん…!!」

 

と、思いきや、甘雨は涙を流していた。

 

「よくぞ…よくぞご無事で…!」

 

俺はそのまましばらく、甘雨が泣き止むのを待つ羽目になったのだった。

 

 

 

「すみません、もう、大丈夫です」

 

甘雨が涙を拭きながら言った。

 

「それで、何をされにこちらへ?」

 

「ん?顔を見に来ただけだ。ちゃんといるかどうかの確認、ってところだな」

 

500年前に死んでしまっている可能性だってあったわけだしな。俺は昔の癖で角に触れないように頭を撫でた。

 

「泣くほど心配していたのか?」

 

「ふぇ…は、はい…そう、です」

 

「モラクスはどうだ?」

 

甘雨は少しだけ思案すると、口を開いた。

 

「帝君はこの500年間、毎日欠かさずアガレスさんのことを思い出していらっしゃっていたご様子でした。神託で降臨なされる際にも、どこか寂しそうな表情をされていらっしゃいましたから…」

 

「そう、か…4日…あ、いや、3日後に迫った迎仙儀式で会えるのを楽しみにしているんだが…話す暇があるとは思えんな」

 

なんたって公共の場だし、取り押さえられたりするんじゃなかろうか。

 

「そうですね…帝君は神託を下すだけですので…」

 

「まぁそれは追々考えるしか無いだろうな。降り立つ時は麒麟と龍の混じった姿なんだろう?」

 

「はい、その通りです」

 

てなると、人型の容姿は見られていないわけだ。案外璃月港で会えるかもな。

 

「しかし、甘雨…成長したんだな」

 

思わず、感嘆に満ちた声が出た。500年で璃月港にはきっと、なくてはならない掛け替えのない存在となったのだろう。そうでなければこんなに大量の仕事を任せられるわけがないのだ。

甘雨は俺の言葉に、少し照れつつも嬉しそうに返した。

 

「いえ…まだまだです。帝君や、アガレスさんに比べれば…ですが、ありがとうございます…!」

 

さて、ここで俺と甘雨の関係を話しておくと、帝君…もとい、モラクスに頼まれて面倒を見ていた時期がある。まぁそれなりに彼女とも長い付き合いだな。

甘雨が帝君帝君言うから引っ張られたな。

 

「じゃあ甘雨、そのうちまた来る。仕事、頑張れよ」

 

「はいっ、ありがとうございました。お待ちしてますね」

 

甘雨は俺の姿が見えなくなるまで手を振り続けるのだった。

 

 

 

翌朝、塵歌壺内に戻った俺は朝食を作っていた。

 

「ふぁ〜あ…」

 

「ん、旅人、起きたのか」

 

「んー…おはよう」

 

眠そうだな。流石に昨日は疲れていたということか。

 

「朝ごはん、出来てるから食べようか。ってか、パイモンも起こしてやればよかったのに…」

 

俺は旅人の隣にパイモンがいないことに気が付き、彼女の寝ていた部屋に入る。パイモンはぐっすりと眠っている。俺はパイモンの首根っこを掴むと、料理に鼻を近づけた。

 

「料理の匂い!?」

 

パイモンが起きた。まぁ、そりゃ起きるだろうな。パイモンはモラなどのお宝や料理に弱いから起きると思ったら案の定だった。パイモンは料理にしばらく釘付けだったが、ふと後ろを見て俺と目があった。

 

「おはよう、パイモン。飯出来てるぞ」

 

「お、おう…ありがとな」

 

さて、飯を食っている間に、今日の予定を考えておかないとな。璃月港に来たとはいえ、特にすることはないのだ。強いて言うなら仙人に久しぶりに会う、くらいだろうか。

 

「旅人、今日の予定は?」

 

「え?ああ…えっと、取り敢えずもう少し情報収集しようと思ってるよ。アガレスさんは?」

 

「俺は仙人に会うつもりだ」

 

「え、仙人って…アレだろ?いるかどうかわかんないやつだろ?」

 

パイモンがすかさず口を挟んだ。む、世間一般ではそういう認識なのか。

 

「お前達には教えておくが、仙人は存在するぞ?意外と近くにいたりもするし、半仙なんかもいたりする。見たことないのか」

 

「うん、ない」

 

「そもそも璃月が初めてだったな。そりゃあ見たことないのも無理はない。まぁそのうち見られるさ」

 

「えぇ、そ、そうなのか…」

 

パイモンも旅人も少し興味深そうだった。仙人はここ500年ですっかり俗世から離れてしまったようだな。まぁ、忘れ去られてないだけマシだろう。

 

「まぁそういうわけで、今日は出かけてくるから、そうだな…」

 

俺は前ウェンティにも渡した指輪のもう一つを彼女に渡した。

 

「これって、ウェンティにも渡してたやつ?」

 

旅人がそう言ったので、首肯いた。

 

「そうだ。指輪に話し掛けると使えるはずだぞ」

 

「そうなんだ…じゃあ今日早速後で使ってみる」

 

試用は大事だからな。未だにウェンティからなにもないのはもしかしたら壊れてるのか?まぁ、後々わかることだろう。

 

「さて、朝食を食べ終わったら塵歌壺から出るぞ」

 

俺達はそのまま、旅人の準備が整ってから塵歌壺を出るのだった。

 

 

 

さて、と。

 

「まずは絶雲の間の頂上にいる削月築陽真君からか…」

 

護法夜叉もどれだけ残っているか、それがわからない。だから削月築陽真君から、というわけだ。

 

そもそも三眼五顕仙人がいるかどうかもわからない。絶雲の間が一番近いから、という理由だけで、削月築陽真君と仲が深いわけではない。知り合い程度なのだ。留雲借風真君の方がどちらかというと仲がいいと思うな、うん。

 

「じゃ、旅人。夜に『万民堂』でな」

 

「うん、じゃあまた」

 

俺は首肯くと、絶雲の間へ向けて出発するのだった。




原神の仙人の名前長くて覚えるの大変だったんですが三眼五顕仙人くらいは名前覚えちゃってましたねびっくり


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第27話 仙人②

原神のイベントしてたら遅れましてございます…。そういえば、若水がすり抜けずに出てくれたので誰かにつけます


絶雲の間、巷では、仙人が住んでいると噂されている場所だ。俺はそこに彼等、『三眼五顕仙人』がいることを知っている、といっても昔の話ではあるが。

 

さて、遠路遥々(?)絶雲の間の頂上までやってきたわけだが、今のところ仙人の姿はない。

 

「……?」

 

山道からファデュイが登ってきた。こんなところまで何をしに来たのかを確かめなければならないだろう。俺は岩陰に身を隠し、聞き耳を立てた。

 

「本当に大丈夫なのか?」

 

「大丈夫も何も、執行官様の命令だ。試用せねばならないだろ?」

 

試用?何らかの発明品の試用ということか。

 

「そもそも、こんなのかなり胡散臭いぜ?」

 

ファデュイの男が取り出したのは綺麗な札だった。

 

「あれは…『禁忌滅却の札』か…」

 

いや、『禁忌滅却の札』は昔から存在しているものだ。あんなに綺麗であるはずがない。であれば、ファデュイが何らかの方法で制作した偽物だろう。

 

【何者だ?なぜ勝手に『絶雲の間』に入った?】

 

おっ、出てきたな。緑色っぽい色の神々しい鹿の姿の仙人。削月築陽真君だ。

 

「っ…出てきたか」

 

「実験は成功だ」

 

ファデュイは少しだけ実験成功の喜びを表現してから、削月築陽真君を上手く誤魔化して帰ろうとしたため、彼等が踵を返したところで前に出た。

 

「───目的は知らんがその報告をさせるわけにはいかないよなー…」

 

「「何者だ!」」

 

削月築陽真君は無言でこちらを見ていた。俺はしーっと人差し指を立てて正体を隠すように言った。

 

「待て、貴様は…」

 

「そうそう、俺がその変なおじさ───」

 

「違うが」

 

あれ。

 

「アガレスだろう?好都合だ。人里離れた場所で目撃情報もない。ここで貴様を殺す」

 

ファデュイの男二人はデットエージェントへと変身し、消えた。なーんだ、顔バレしちゃってんのねー…。

 

「……」

 

音も匂いもしない。しっかり対策済みというわけか。まさか、俺が敵対したファデュイを討ち漏らしたとは考えにくい。恐るべしだな、ファデュイの情報網もしくはファデュイ脅威のメカニズム。

だが、残念ながらその程度で対策と言われても困る。

 

さて、一応削月築陽真君の前だし、綺麗な場所を血で汚すわけにはいかないよな。

 

「…そこか」

 

「ガッ」

 

一人を捉えて頭を思いっきり捻った。首の骨が折れる音がしてデットエージェントはパタリと倒れた。

よし、血は出てないな。俺が安堵している最中、俺の背後では出現したデットエージェントが刀を振り被っていた。

 

「ま、そうするよな」

 

「っ!?ガッ」

 

俺は横薙ぎに振るわれた刀をしゃがんで回避すると、そのまま後ろに回って首を捻った。二人のデットエージェントは絶命し、二度と日の目を見ることはないだろう。

 

【……その者らは禁忌滅却の札を持っていたのだから危害を加えずともよかっただろうに】

 

「いや、そうもいかないさ。ファデュイって知ってるか?」

 

【……知らぬ】

 

余程俗世から離れてるんだな仙人は。

 

「氷の女皇、氷神の手先だ。良からぬことを企んでいるようで様々な手段を使ってくる。んで、この禁忌滅却の札だが、贋作だな。よく出来てはいるが」

 

【なんだと…?】

 

削月築陽真君はまじまじと禁忌滅却の札の贋物を見たが、わからぬといったふうに首を横に振った。

 

【我にはわからぬ。何故これを贋物と?】

 

「考えてもみてくれよ。禁忌滅却の札はかなり昔から存在していたじゃないか。それなのに、こんなに綺麗な状態は普通に考えて有り得ない。どんな保存方法だったとしても、だ。であれば贋物で新しく作った、と考えるのが道理だろう」

 

【ふむ…なるほどな】

 

削月築陽真君は納得したのか首肯した。

 

「それで、だ」

 

俺はファデュイの死体を片付けると削月築陽真君に向き直った。

 

「俺のこと、覚えてるか?」

 

【無論だ。久しいな、アガレス殿】

 

削月築陽真君は口の端を僅かに持ち上げてニッと笑ったのだった。

 

 

 

「───と、いうわけで、今は迎仙儀式を待っているんだ。モラクスに会うために」

 

【左様であったか…帝君に会うためにその旅人と行動を共にしている、と】

 

俺は首肯しつつ、更に続けた。

 

「ただ、モンドで俺はファデュイを追っ払って完全に貿易だけの関係になってるからな。璃月港にどんな影響があるか検討もつかん」

 

璃月港内の裏路地や地方で、ファデュイの工作員をよく見かける。今日もかなりの数がいたため、影響はやはり大きいのかもしれない。

 

「奴らが璃月港で騒ぎを起こすようなら、モンドよりも大きいものになるかもしれない」

 

実際阻止はしたが、天空のライアーを使ってウェンティ、いや、風神バルバトスを誘き出し、彼の神の心を奪う計画はかなり周到で大掛かりだった。更に言えばファデュイ執行官第八位『淑女』が直々に出てきて彼の神の心を奪う計画だったようだしな。

 

奪われていたらどんな影響があるかわかったもんじゃない。なんてったって風神なのだ。腐ってもな。

 

「一応、三眼五顕仙人と護法夜叉とが連携して事に当たる準備も整えておくべきだろう」

 

【成程な…何が起こるか不明な以上、各々の仙人に連絡を取っておくべきなのは確かであるな…アガレス殿、留雲借風真君と理水畳山真君、そして降魔大聖にその情報をいち早く伝えるべきであろうな】

 

三眼五顕仙人は全員揃っているようだったが、護法夜叉の名前が降魔大聖しか出てこなかった。俺は嫌な予感を募らせつつ、一応尋ねた。

 

「降魔大聖以外の護法夜叉はどうした?」

 

削月築陽真君は黙っている。沈黙は即ち、というところか。

 

「…そうか」

 

【……うむ】

 

「そうか。理水畳山真君は琥牢山、留雲借風真君は奥蔵山、で、降魔大聖は?」

 

【今は望舒旅館にいる。彼処からであれば、璃月中を回りやすいからな】

 

確かに、少し考えればわかることだったな。

 

「わかった、ではすぐに向かおう。近場で言うと奥蔵山か琥牢山からだな」

 

【アガレス殿の話とあらば彼等も無碍にはできまい】

 

削月築陽真君は俺に背を向け、一言だけ告げた。

 

【嫌な予感がする。璃月港は大きく荒れるやも知れぬ】

 

「俺がいる。どうにかするさ」

 

削月築陽真君はそのまま山奥へと去っていった。俺はそれを見届けた後、まずは理水畳山真君に会うために琥牢山へと向かうのだった。

 

〜〜〜〜

 

一方その頃。モンドでは。

 

「近頃モンドは平和だからすることがないわね…」

 

「暇だ。狩りしたい」

 

救民団本部でエウルアはソファでぐでーっとしながら呟いた。それに対し、同調したのはレザー。紅茶を淹れ、茶菓子を作っているノエルが苦笑交じりに言った。

 

「アガレスさまが取り戻した平和ですから、維持されているのはとてもいいことなんですけどね…流石にわたくしも誰かを助けたいですね…」

 

ノエルの中でなんとなくだが忙しくない日々は退屈だ、という感覚が芽生えてしまっていた。

 

「ここはわたくしが一肌脱いで…と、いうか、お茶の時間にしましょうか」

 

「お茶、いい匂いする」

 

「ノエルの淹れるお茶もお茶菓子もとてもいいものよね。尊敬に値するわ」

 

「いえいえ、そんなことは…」

 

モンドは今日も、平和である。

 

〜〜〜〜

 

迎仙儀式が3日後に迫ったタイミングで、モンドに風神バルバトスが再降臨し、神託を下した。

 

───君達は自由だ。自由に生き、自由に死ぬ。君達に赦された唯一の権利。僕はこの国を統治したりなんかはしないけれど、君達の営みを見守り、そしてそれを妨害する存在には容赦をしない。僕は自由に、君達を護ることにしたんだ。

 

バルバトスの言葉は兎にも角にも、敵対する存在には容赦をするな、という意思が込められているようにも感じられた。バルバトスのこの言葉は西風騎士団広報部によって、瞬く間にモンド中へと広まった。

 

さて、ウェンティとして彼は長らくモンドにいたわけで、代理団長やモンドの酒造業のオーナー、救民団団長に面識もあり、そして彼等にバルバトスとして降臨するということは相談してあり、無論許可を得ていた。

 

無論、バルバトスが降臨し、神託を下した、という情報はファデュイを通じてスネージナヤにも伝わり、バルバトスの発言により、両国間の緊張状態は更に高まってゆき、次第に戦争状態へと発展していくのだが、それはまだまだ先の話である。




次回、理水畳山真君とアガレス、デュエルスタンバイ!(タイトルはばっちり仙人③です)


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第28話 仙人③

宣言通り…ただ、文字数足りなくて留雲借風真君の話も入ってます…えへっ


琥牢山、ここには巨大な琥珀が散財しており、侵入者を防ぐ役割も持っている。

 

【……懐かしき気配を感じて来てみれば…アガレス殿とは…】

 

俺の前には巨大な鶴、理水畳山真君が降り立って翼を広げてバサバサと振った。理水畳山真君なりに喜びを表現しているのだろうか。

 

「久しぶり、早速少し話をしたいんだが、構わないか?」

 

【構わぬ。我も丁度暇をしていたところでな】

 

仙人は俺のことを覚えている、っていことが甘雨、そして削月築陽真君と理水畳山真君の様子からわかる。モラクスは仙人達にまで俺を忘れることを強要しなかったようだ。

 

俺は理水畳山真君に俺が復活してからの経緯を掻い摘んで説明した。

 

【───それで他の仙人と連携し、危機管理能力を高めよ、ということか】

 

俺は首肯いた。理水畳山真君はバッと翼を広げた。

 

【琥牢山の琥珀が少し暴走気味なのだ。侵入者以外にも沢山のものを捕らえている。少々問題となってきているのだ】

 

「それを直したら削月築陽真君と合流するのか?」

 

【左様】

 

理水畳山真君は首肯きつつ言った。

 

「それにしても、仙人は変わらないな。人の営みや想い、そして取り巻く環境が変わろうと、お前達は変わらんな。なんだか嬉しいよ」

 

【……】

 

「言いたいことはわかる。時の流れと共に変わらないものなんてない。事実、護法夜叉は最後の一人、そしてお前達は俗世から離れた。人と仙人の関係、それはこの500年…いや、それ以上の期間ですっかり変わってしまった」

 

【凡人達は帝君の神託なしでは生きてはいけまい。我等は凡人が何を成すのか、それを外から見届けねばならんのだ】

 

「ああ…お前…いや、お前達から見て、やはり俺は異端なんだろう?」

 

理水畳山真君は無言だった。無言だが、それが全てを物語っていた。

 

「神の身でありながら国を持たず、元素も持たず、忘れ去られて尚、世界のために動く。世界のためになることがどんなことなのかもわからないというのに」

 

【異端だ。だが…それはこの世界を想っての行動であろう?異端だとは思えど、愚かとは思えぬ】

 

「そう、か…なるほどな…お前の考えはわかった。変なこと聞いて悪かったな」

 

【構わぬ。寧ろもう少し我等に頼ってくれても良いのだがな】

 

俺は反転し、去り際に苦笑しつつこう言った。

 

「遠慮しとく。だがその時が来たら…宜しくお願いしよう」

 

〜〜〜〜

 

【……帝君】

 

理水畳山真君は一人呟いた。

 

【わかったであろう。彼は500年前と何ら変わってはおらぬと】

 

「……」

 

木の裏に人影があった。

 

【……バルバトスから言われていたのであろう?アガレスが復活したことを。何故すぐに会いに行かなかった?】

 

「……500年だろうと、1000年だろうと、俺達の運命は交わると、友情は不変だと、そう言っていた。確かにその通りなのだろう。事実、わざわざ俺に会いに来てくれたのだからな」

 

だが、と人影は腕を組みつつ告げた。

 

「千変万化、物事や人の心は移り変わり、そしてそれは俺達神や仙人も例外ではない」

 

【……】

 

「500年で明蘊町は滅び去り廃墟と化し、護法夜叉は残り一人、様々な事象は移り変わった。盤石が雨垂れによって穿たれるように、璃月港と俺の関係も変わらねばならない」

 

人影はほう、と溜息を吐いた。理水畳山真君も同様である。

 

【……何をするのだ?】

 

「それは言えない。お前達にも、考えてほしいんだ」

 

人影がスゥッと薄くなっていく。

 

「今後の璃月のことを」

 

【……帝君、貴方との契約を違えるつもりはない。だからこそ、言わせてくれ。それは璃月港にとって害となるのか?】

 

人影は何も言わずに消え、どこか寂しそうな理水畳山真君のみがその場に残ったのだった。

 

〜〜〜〜

 

奥蔵山までやってきた。

 

【む…今日のも美味しそうではないかアガレス。腕は鈍っていないようだな】

 

「そりゃあもうな。松茸の肉巻き、真珠翡翠白玉湯、モラミート…この3つをしっかり作ってきたんだから、会えないと困ってたところだ」

 

俺は過去の旅人の料理跡を利用して先に述べた3つの料理を作っていた。この料理達は彼女が好んで食べる料理の中の一つで、お気に召してくれたようだった。昔から食べさせていたから流石に飽きているかと思ったが問題ないようで良かった。

 

【それでアガレス?妾に話があるのであろう?】

 

「忘れるところだった。削月築陽真君、理水畳山真君には先に伝えてあるんだが、近頃、璃月でのファデュイの活動が活発化しているのは知っているか?」

 

【無論知っている。申鶴や甘雨も言っていたからな】

 

甘雨は兎も角、申鶴?と思って首を傾げていると、留雲借風真君はおっと、とばかりに少し仰け反った。

 

【申鶴は妾が拾った女子だ。仙法を叩き込んである故、強いぞ?】

 

ふふん、と留雲借風真君は胸を張った。

 

「拾って育てたわけか。事情がありそうだよなぁ」

 

【フンッ、まぁ今の話には関係あるまい。して?】

 

「ああ、ファデュイの活動が活発化している今、璃月にどんな影響があるかわかったものじゃない。仙人同士連携してどんな不測の事態にも備えられるようにしておくべきだ、という提案をしに来たんだ」

 

【削月築陽真君と理水畳山真君はなんと?】

 

「了承してくれたよ。璃月港のために、そして帝君との契約のために、ってな」

 

【ふむ…そうか、では妾もそうすべきであろうな。無論、そうするつもりではある】

 

「条件でもあるのか?」

 

そう言うと留雲借風真君は控えめに笑った。

 

【申鶴を頼みたくてな。彼女にもいい加減、璃月港に馴染んでほしいのだ】

 

……それはまた、なんとも。

 

「会ったこともないのに?」

 

【アガレスならやれるであろう?妾の見立てでは問題ないはず】

 

「気持ちの問題だ気持ちの…まぁ、やってやるが」

 

【ふふ、であれば妾も有事に備えておこうではないか】

 

「頼む」

 

俺は用事は済んだので望舒旅館へ向かおうとした。しかし、留雲借風真君に呼び止められた。

 

【まぁ待てアガレス、折角久方振りに再会したのだ。もう少し話して行かぬか?】

 

「……」

 

時間はまぁ、ないわけじゃない。夕方ではあるが…まぁ、望舒旅館は明日でも問題はない、か。

 

「構わん」

 

【ふふ、では座るがいい。料理はあるだろう?】

 

「俺の作ったやつがな」

 

俺は言われるがまま席についた。

 

「さて…どういう話をするんだ?」

 

【そう焦るでない。妾はただ、久方振りにお前と少し、話がしたかったのだ】

 

留雲借風真君は目を細めつつ言った。

 

【アガレス、お前は何故先の提案をしたのだ?】

 

なんでってそりゃ。

 

「璃月港に住む人々、ひいては璃月そのものを守るためだ。そしてそれが世界を守ることに繋がると信じているからだ」

 

【ふむ…】

 

留雲借風真君は何かを考えるように止まった後、再びふむ、と一つ声を出した。

 

【変わっておらぬ、か。やはりアガレスはアガレスだったか】

 

「何を今更」

 

【そういえば、モンドで復活したのであろう?妾に話を聞かせてはくれぬか?】

 

「あー…してなかったっけ?ああ、聞かれてないからしなかったんだ、そんなに気になるのか?」

 

留雲借風真君は少し笑うと首肯いた。俺はまた説明するのか、とは思いつつも一つ一つ説明していった。ノエルとの出会い、育成の日々、ウェンティことバルバトスとの再会、西風騎士団での日々と魔龍ウルサの討伐、他にもファデュイの計画を暴いたり龍災を鎮めたりなんかもしたか。

思えばかなり濃密な3、4年間だったな。

 

話を聞き終えた留雲借風真君はほう、と感嘆の溜息を吐いた。

 

「まぁ、大して面白くもない話だったろ?ただの経験を話してるだけだからな」

 

【いいや、中々面白かったぞ。経験にしたってそれは他の凡人では成し得ない経験だからな。とても興味深い話であった。しかし、やはりファデュイの計画が気になるな】

 

留雲借風真君は翼を何度か羽ばたかせると、席から去っていく。

 

「もういいのか?」

 

【うむ、有益な話は聞けた。璃月港、特にファデュイの動向には細心の注意を払っておこう】

 

「ああ、宜しく頼む」

 

留雲借風真君は一声嘶くと、翼を羽ばたかせ飛び去っていった。

 

俺も席を立つと、時間もないため望舒旅館へ向かうのは翌日にし、璃月港へと戻るのだった。




寝ぼけながら考えてます。誤字がないわけないのです()


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第29話 仙人④

今回で仙人達との対話は終わりです
因みに『終焉』に関する設定はオリジナルです。今回その話が出てくるので悪しからず…


翌日、俺は望舒旅館までやってきていた。旅人も一緒である。何でも、仙人に興味があるらしい。

とはいえ降魔大聖はかなり気難しいから、会ってくれない可能性も考えておかねばならないな。

 

「降魔大聖の好物作って持っていきゃ良くね?」

 

「アガレスさんは好物知ってるの?」

 

旅人の問に俺は首肯いた。

 

「旨い料理なら何でもいいはずだが特に杏仁豆腐が好きではなかっただろうか…と思うんだが、真偽の程はわからん。まぁ、杏仁豆腐でいいだろ」

 

「アガレスって…結構雑なんだな」

 

パイモンが呆れたように言ったので、即座に否定する。

 

「そんなことはない、断じて」

 

「そんなことあるやつの言い方だぞ…」

 

まぁ、それはさておき。

 

「杏仁豆腐は望舒旅館の台所で作ればいいだろうし、早速出発しようか」

 

俺は旅人とパイモンを伴って望舒旅館へと向かうのだった。

 

 

全く、なんでこうなるのか、俺には皆目検討つかない。やっぱり、やりすぎたのだろうか。うん、間違いない。

 

「アガレス!現実逃避してないで早く魈を起こせよ!!」

 

あれ、やっぱり俺が悪い?そうだよなぁ、うん。そうなんだよ。

 

「おいっ!聞いてるのか!!」

 

「冗談はさておき…で、どうだ降魔大聖?俺が本物のアガレスだと証明出来ただろう?」

 

俺の眼前にはボロボロで俯く降魔大聖こと、魈の姿があった。

 

 

 

さて、何があったのかを簡潔に説明すると、俺は魈に偽物だ、と疑われ勝負を挑まれた、というわけだ。確かに500年前に消えた俺だ。偽物と疑ってしまうのも仕方がない。魈は業障に侵されてもいるし、もしかしたら魔神が絡んでいるとも思ったのかもな。

 

杏仁豆腐は勿論旅人に預けて死守したし、魈には俺の強さを示した。一応問題はないと思うのだが。

 

魈はずっと俯いたままだったが、少し顔を上げこちらを見た。

 

「?」

 

「っ…まだ…まだお前がアガレス様と決まったわけでは…」

 

うわぁ頑固。

 

「んじゃあこの言葉、覚えてるか?」

 

───例え俺がこの世から完全に消え去ろうと、お前はモラクスの命に、契約に従い民と璃月を死守せよ。

 

その言葉が俺の口から紡がれた途端、魈の様子は変わった。明らかに挙動不審になり、わなわなと唇を震わせていた。やがて魈は掠れた声で「…なぜ、それを…」と絞り出すように言った。それに対する俺の答えはとてもシンプルである。

 

「俺が俺であるからだ。俺達以外にその言葉を知る者は存在しない、そうだろう?」

 

500年前、『終焉』を食い止める際に彼に言った言葉だ。『終焉』は、何が原因で、どんな理由で起こるものなのか全く不明であり、その場で判断しなければならない可能性が高かったため、あの言を口にしたのだ。まぁ実際は世界と世界の衝突、というやばい事象だった。

 

世界と世界は隣り合い、力が均衡しているからこそ、その距離を保っていられる。だが何らかの理由でそのパワーバランスが崩れてしまった。そう、カーンルイアの滅亡と関連してくるのだ。そのためこの世界が別の世界に引っ張られ、衝突し、両世界が崩壊するところだったのだ。

 

カーンルイアが沢山の禁忌を犯す中、俺は『終焉』が起こり得るのではないか、と予想していたため、当時の『八神』で協議をし、国を持たぬ俺が何かあったときに止める運びとなっていたのだ。

 

カーンルイアが滅亡し、パワーバランスは一気にもう一つの世界へと傾いた。テイワットはもう一つの世界へと引っ張られ、衝突、破壊されるところだったのを俺のほぼ全生命力を用いて世界のパワーバランスを元に戻し、ことなきを得ているのだ。

 

少し長くなってしまったが、『終焉』はそれだけ、世界の危機で、そして今も覚えている長命な種族にとって俺は英雄的存在なのだ。魈が偽物を敵視するのも首肯ける話なのである。

 

「まさか、本当に…」

 

「本当だって…まさか、ここまで言われて信用できない程、俺はお前と仲が浅いわけでもあるまい?」

 

魈は少し顎に手を当て考えた後、ただ平伏した。

 

 

 

「───さて、傷も治して杏仁豆腐も食べたし、本題に入ろうか」

 

「その前に我から一つ…アガレス様、この度は誠に申し訳ございませんでした」

 

何度目になるかわからない魈からの謝罪を笑って受け流す。

 

「何度も言うがあれは当然の対応だ。何も間違いじゃない」

 

「し、しかし…」

 

「何度も言わせる気か?」

 

「…申し訳ございません」

 

なんか、アレだな。やっぱり魈は人付き合いが難しそうだ。と、いうか500年でしてこなかったんだろうな。望舒旅館にいると言っていたから、旅館と言うから少しはコミュニケーションを取っていると思っていたのだがな。

 

「それで、異郷の旅人、我に何用だ?」

 

「え、えーっと…」

 

チラッと旅人が俺を見た。しょうがないな。

 

「彼女は旅人で名を蛍、『七神』に会うために旅をしているんだ。魈、というか仙人は岩王帝君ことモラクスとも交流が深い。だから連れてきたんだ」

 

「そういうことでしたか」

 

魈って昔から俺とモラクスにだけは敬語だったな。なんなんだろうか。

 

「んで、本題に入っていいか?」

 

「はい、問題ありません」

 

俺は自分がモンドでしたことと、璃月にファデュイが流れ込んでいることを言いつつ、削月築陽真君、留雲借風真君、理水畳山真君と連携して璃月の有事に備えてほしいことを伝えた。

 

「構いません、アガレス様の命とあらば」

 

「命令、というかお願いだな。そこを履き違えるなよ」

 

俺と魈が璃月について話し合っている中、旅人とパイモンはこそこそと何かを話していた。

 

(なぁ、アガレス、魈とどんな関係なんだろうな?あの気難しそうな仙人が敬語で、しかも様ってつけてるぞ…)

 

(師弟関係とか)

 

(でもわかんないぞ…アガレスの言ってた言葉、モラクスの命令ってことはやっぱり岩王帝君との関係の方が深そうだよな…)

 

「旅人、余り内緒話にふけっているとこっちの話を聞き逃すぞ?さっきから呼んでいるのに全く反応しないじゃないか」

 

キリの良さそうなタイミングで俺は旅人とパイモンに声を掛けた。旅人は大慌てでこちらへ向き直ると首を傾げた。

 

「魈に聞きたいことはないか?」

 

「あっ…えっと」

 

「好きに呼んでくれて構わない」

 

「じゃあ、魈…魈は仙人なの?」

 

魈は首肯いた。旅人は一応の確認ということで聞いたらしく、本題はここからなようだ。旅人はまず自分がこの世界に来た経緯と兄を失った経緯を話し、その後でモラクスについて聞いていた。魈は少し思案するとすぐに口を開いた。

 

「帝君…帝君はとても思慮深いお方でとても慈悲深い。お前が探しているような神とは異なるだろう。間違ってもそのような不確かな理由で敵を殲滅したりはしないからな」

 

それはそうだろう。そもそも七神のうちの誰かかどうかも怪しいところだな。

 

「そうなんだ…一応会ってみるけど、少し残念かも」

 

「まぁ、七国を回れば何かわかるかもしれないだろう?落ち込む理由にはならないさ」

 

「うん、そうだよね…」

 

「旅人、先に下に戻っていてくれ。もう少し魈と話したくてな」

 

旅人は何かを察したのか目を少し細めて微笑みながら言った。

 

「わかった、待ってるね」

 

「ありがとう」

 

旅人とパイモンは手を振りながら下へ続く階段を降りていった。さて。

 

「魈、改めて久しぶりだな。元気、というわけにはいかなさそうだが、生きていてくれてよかった」

 

「いえ…そんなことは」

 

「謙遜するな。俺や死んでしまった夜叉達の分までずっと璃月を守り続けてきたのだろう?」

 

魈は少し不機嫌そうに、そして寂しそうに首肯いた。

 

「誇っていい。よくやってくれた」

 

「わ…我は…!」

 

「魈、良いんだ。これは、俺やモラクスがお前達夜叉に課してしまった業と責任、そして約束された悲劇だったのだから」

 

何も言わない魈を見て、俺は一つ提案をした。

 

「これからはその業、責任は俺が持つ。お前はもう休んでいい。これからは自分の生きたいように生きていいんだよ」

 

魈は俯き、やがてギュッと握り拳を作って力強く言った。

 

「それでも我は…璃月を護ります。それが、我の存在意義だから。璃月に敵対するならば例えアガレス様でも……帝君でも我は璃月を護るために戦います。それが───」

 

「───モラクスとの『契約』なんだろう?」

 

魈はビクッとして固まった。そんな魈の様子がなんだか可笑しくて少し笑った。

 

「お前の決意が聞きたかったのさ。少々回りくどい聞き方をしてしまったが…いや、そうか。ならいいんだ」

 

「我が今、責務と契約を放り出してしまえば死んでいった他の夜叉や仙人に申し訳が立ちません…何より、我が我を許せません…!」

 

俺はその言葉を聞いて安心して立ち上がった。下へ続く階段に足をかけた時、俺は首だけで振り向き、去り際に魈を見た。

 

「……その覚悟は然と受け取った。魈、これからも璃月を頼む」

 

「っ!はい、お任せ下さい」

 

魈にしては珍しく嬉しそうに言ったのを見届けて俺は階下へと下がっていくのだった。




魈君のアガレスに対する思いは大体岩王帝君と同じくらいだと思ってもらえればいいです。尊敬の表れから敬語なんですよね


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第30話 申鶴との出会い

普段はスマホで書いてるんですが、パソコンでもいけるかどうかのテストで今回はパソコン投稿です。できたらいいな。

活動報告は嘘です。いや、嘘は嘘です。間に合わないと思ってたら間に合ってしまったんです…。許して。


さて、璃月港まで戻ってきたわけだが、まだ夕方であり、結構時間が余っていた。魈との話は実りあるものだったと思っているが、まあ困ったことに迎仙儀式まではまだ2日の猶予があった。それまでとにかく暇なのである。

 

「うーん…本当にどうしたものか。旅人はどうするつもりなんだ?」

 

旅人は少し思案するように顎に手を当てたかと思うと、やがて口を開いた。

 

「私は璃月港だけじゃなくて、璃月の色んな場所を見て回ろうと思ってるんだけど、アガレスさんも来る?いてくれたらすごく心強いけど」

 

「オイラもアガレスには来てほしいぞ。だって…」

 

だって?

 

「アガレスの料理はめちゃくちゃ旨いからな!!」

 

思わず、旅人と二人で頭を抱えた。まぁ、パイモンらしいといえばらしいのだがな。

 

「んじゃあ一緒に行こうか。俺としても旅人が傷つくのは本意じゃないからな」

 

「ありがとう」

 

旅人は何故か俯きながら言った。俺達は早速、旅人が行ったことないという璃沙郊方面へ向けて出発するのだった。

 

〜〜〜〜

 

「……あれが、師匠の言っていた…アガレス?」

 

旅人とアガレスが璃沙郊へ出発するのを遠くから見守る影があった。いや、見守る、というよりかは、監視している、といったほうが近いだろう。

 

───申鶴よ、お前はアガレスの下で凡人の常識を学び、そして慣れ親しめ。このままでは遣いも任せられぬぞ。

 

申鶴、彼女の師匠、留雲借風真君から言われた言葉が、彼女の頭の中でリフレインした。遣いすらも任せられぬ我に、価値などあるのか、と。しかし彼女は彼女なりに、変わろうとしているため、まずはアガレス、という人間がどういう人物像なのかを確認する必要を感じたのである。そのため、姿を隠し、遠くから監視するようにして彼を見定める、それが申鶴の考えである。

 

「我の目で…然と確かめねば…」

 

無論、師匠である留雲借風真君の言葉を疑っているわけではない。しかし、申鶴の中には言葉に、ではなくアガレスに疑念があった。唯一つ、信用できるのか、ということである。師匠たる留雲借風真君が信用しているからと言って、信頼に値するかどうかを決めるのは彼女自身であるからだ。

 

申鶴はアガレス達の去っていった璃沙郊方面へと向かうのだった。

 

〜〜〜〜

 

「───廃墟がこんなにいっぱいあるんだね」

 

「ああ、此処は確か…魔神の影響で滅んでしまったんじゃなかったかな。廃墟に残った財産を求めて宝盗団が屯しているしな」

 

最早、ここは宝盗団の町と言っても過言ではないだろうな。何せ本当に大量にいるのだからな。

 

「それで、何をしに来たんだ?」

 

「うん、ワープポイントの開放をしにきたんだよ」

 

わーぷぽいんと?イマイチピンときていない様子だった俺を見て旅人は苦笑交じりに言った。

 

「ワープポイントはすごく便利なものなんだ。ほら───」

 

旅人が少し遠くにある赤色に発光している装置を指差した。ああ、あれか。

 

「───あれがワープポイントっていって、近づいて開放するとワープできるようになるんだ」

 

「へぇ…興味深いな。それにしたってなんたってこんなものが…」

 

俺の記憶にこんなものはない。いや、あるいは意図的に抜き落とされていた?それはない。記憶を消す術なんてものは聞いたことがない。いや、俺はそれなりに永く生きてはきたが、知っていることなどそれこそほんの一部、俺の知らない術があるなんてことはザラだろう。

 

「まあいいじゃん。便利だから」

 

良くはないが、深く考えてもその正体はわからなさそうだったので、考えるのをやめた。とはいえ、気には留めておくことにする。旅人曰く、七天神像にもワープできるらしいため、何かしらの関係があるものと思われる。

さて、真面目に何かを考えるのはやめて旅人と雑談することにした。

 

「迎仙儀式まで一日…流石に緊張してきたんじゃないか?」

 

「うん…まぁね。なんたって、今度の神は契約の神って呼ばれてるんでしょ?尚更怖いよね…変な契約とか結ばされたらどうしよう…」

 

「それに関しては問題ないだろう」

 

旅人は怪訝そうな雰囲気を醸し出したため俺は人差し指を立てながら言った。

 

「モラクスは確かに契約の神で、契約を重んじるが、時偶それとは無関係に行動することもある。理由は様々だが、大体は俺達仲間のためだったり、璃月のためだったり…まあとにかく、お前に全面的に不利な契約とかは結ばされないし、仮にそうなったとしたら俺が止めてやるから安心するといい」

 

「そっか…なら安心できるね」

 

「パイモンは…って、消えてるんだったな今は」

 

「外来るといっつも消えちゃうんだよね。メニュー開かないと出てきてくれないんだ…」

 

メニューとやらが何かは不明だが、とにかく普段はいないってことがわかった。偶に出てくる旅人のこういう謎の発言は一体何なんだろうな。

 

「そうなのか…一応こんな俺でも話し相手くらいにはなれるかな。まぁ、退屈させないように頑張ってみようか」

 

「え、じゃあ聞きたいんだけど」

 

旅人が物凄く真剣な表情をしている。どうやら、とても重要な話のようだ。俺は多少身構えつつ「なんだ?」と返した。旅人から生唾を飲み込む音が聞こえた。なんか緊張してきたな。

 

「アガレスさんってさ、好きな人いるの?」

 

盛大に吹き出しかけた。

 

「な、なななな、なんて!?」

 

「え、えっ?だから、好きな人いるの?」

 

俺は少し昂ぶった気持ちを落ち着かせると、冷静になって答えた。

 

「何を言っている。俺は神だぞ?好きな人を作ったところで悠久の時を生きる俺と凡人とでは時の流れが違う。必ず、相手が先に死んでしまうんだ」

 

それによって破滅した魔神や仙人なんかも知っている。だから俺は人を好きにならない。いや、なれないのだ。

 

「ん〜…そっか、ちょっと残念だなぁ。裏で手回ししてくっつけようと思ってたのに」

 

なんてことを考えてやがる。意外と腹黒いのか?

 

「でも、そうだな。ただの一凡人として気になっている、という人間は何人かいる」

 

「え!?そうなの!?気になる!」

 

まあ、教えても問題はないだろうし、教えておくか。

 

「そうだなぁ〜…何人かいるんだが、まぁ、候補程度に聞いていて貰えると助かる。とどのつまりは本気にするなよ、ってことだ」

 

「それでもいいから、聞かせてよ」

 

旅人は余程気になっているらしく、俺を急かした。俺は名前を言おうとして口を噤んだ。少し近付いてきたな。接触するつもりか?余り好ましくない人物だった場合旅人が巻き込まれるな。早めに勧告を出しておかないと人質を取られたときに俺は何もできなくなってしまう。

 

「璃月港から俺達を隠れて追いかけてきていたようだが、一体何の用だ?俺達を害する気なら黙ってやられるつもりはないぞ?」

 

後方の草むらがガサガサと音を鳴らして揺れた。やがてすぅ、と姿を表したのは甘雨に少し似た服装の白髪の女性だった。

 

「…なるほど、留雲借風真君が遣わしたのは、というか面倒を見て欲しがっていたのはお前のことか。お前が申鶴だろう?」

 

俺の眼前に佇む女性───申鶴はコクリと頷いた。

 

 

 

「───なるほどな、それで俺の動きを探っていた、ということか」

 

「ああ、師匠が信頼する人のことを信用しないのはどうかとも思ったのだが、しかし我は自分自身で考え、判断せよとの教えを師匠から受けている。故に、このような行動に出たのだ。気分を害してしまったのなら謝らせてほしい」

 

「いや、まぁそれは構わないんだが…」

 

俺はチラッと横にいる旅人を見やった。頬を膨らませて、そっぽを向いている。話を遮られたため、拗ねているのである。

 

「何度も言うが話の腰を折ってしまってすまぬ。バレてしまった我の落ち度だ」

 

このように手を変え品を変え、申鶴は何度も謝っているのだが、旅人の機嫌は一向に直らなかった。こういうところは少し年相応、といった印象だな。

 

「旅人、申鶴もこう言ってるし、許してやったらどうだ?さっきの話はまた今度じっくり話せばいいだろう?」

 

「むぅ…アガレスさんがなんでも一つ言うことを聞いてくれるならいいよ」

 

…。

 

「…え?」

 

え、じゃねえよ。

 

「なんでも、ということはつまり、自分の全てを賭けることと同義だ。何をされても文句は言えないし、何より何でもなんてできるはずがない。知的生命体には自我があり、そして嫌なことも存在するからだ。だが───」

 

「わかった、わかったから…ごめんなさい」

 

正論の嵐には流石に勝てるわけはない。だが、

 

「話を最後まで聞くんだな。だが、嫌か嫌じゃないかは人によるだろ?」

 

「えぇっと…?」

 

つまりは、だ。

 

「そのうち、一つだけ、なんでも言うことを聞こう。例え永久に続くような契約だとしても、俺に二言はない。死ねと言われれば死ぬことも覚悟している」

 

「そんな過激なことは言わないよ。ありがとうアガレスさん」

 

「それで、申鶴はこれからどうするつもりなんだ?俺に師事するにしても、迎仙儀式が終わってからじゃないとどうしようもないぞ?」

 

申鶴は少し考える素振りを見せ、やがて口を開いた。

 

「我は我なりに一般常識を学んでみようと思う。師事するだけでは何も身につかぬ故」

 

「そうか、じゃあすぐ璃月港に戻るんだろ?泊まるところは早めに確保しておくといい」

 

「ああ、感謝する」

 

申鶴は踵を返すと振り返らずに璃月港へと続く道を歩いていくのだった。

 

〜〜〜〜

 

申鶴は帰りの道すがら、先程会ったアガレスという男について考えていた。

 

(あれは…正真正銘の化け物だろう。我は仙法で姿を隠していた。僅かな気配すら残っていなかったはず。で、あるのにも関わらず我がいることを看破した。カマをかけたわけでもなく、確信していた)

 

申鶴はあまりの恐ろしさに肩を震わせた。

 

実は申鶴は留雲借風真君から、アガレスは信用できる存在としか聞いておらず、その正体を知らない。そのため、あまりの得体の知れなさに恐怖を感じているのである。とはいえ、申鶴はそんな圧倒的な力を持っているのにも関わらず危害を加えてくる素振りを全く見せなかったアガレスを、少しだけ信用していた。

 

「後は如何にしてアガレス殿の信頼を得るか、それに尽きるであろうな。ひとまずは璃月港での常識を少しでも学ばねばなるまい」

 

申鶴はそう決意して璃月港の帰路に着くのだった。




活動報告の方で本日の更新はなしと言ったんですが間に合ってしまったので投稿致します。

活動報告?あれは嘘だ(当時は本気でした)。

なんとか間に合ってよかった。


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第31話 迎仙儀式

宿題に追われる日々が続いておりますね。いやぁ…執筆が大変だ。


璃月港の玉京台にて、俺と旅人はとある式典を見に訪れていた。璃月港で一年に一度行われる、迎仙儀式である。今日は待ちに待った迎仙儀式の日なのである。

周囲には人々がこれでもか、というほどに集まり、思い思いに過ごしてその時を待っていた。夜中から最前列を確保しておいたので、人混みで見えなくなる、なんてことはない。無論、睡眠を対して必要としない俺と違って旅人とパイモンはとにかく眠そうだった。

 

毎年、この迎仙儀式は璃月七星と呼ばれる璃月の商人派閥のそれぞれの頂点の人材のうちの一人が担当する事になっている。今年は璃月七星の『天権』───名を凝光というらしい───が儀式を執り行うようだ。

 

「…中々始まらないな…にしても旅人は眠そうだな」

 

パイモンに関しては既に眠っているが、旅人はうつらうつらとしていて眠ってはいなかった。旅人が目を擦りながら言った。

 

「アガレスさん…眠たい…もう寝ていいよね…」

 

「…駄目に決まっているだろう?昨日の夜からわざわざ場所取りまでしたのに当のモラクスを見られなければ本末転倒じゃないか。そんなに眠いのか?」

 

「むぅ…アガレスさんの意地悪…頑張って起きる」

 

その話からしばらく経ってようやく準備が整ったらしい。凝光の表情が引き締まった。

 

「始まるみたいだな。パイモン、起きろ、始まるぞ?」

 

「んぅ…オイラまだ眠たいぞ…」

 

そんな会話の中、凝光は手で不思議な印を組むと、天へ掲げた。暗雲が立ち込め、凝光の表情が険しいものになった。嫌な予感がするな。

 

やがて半分麒麟、半分龍の姿をした生物が現れたかと思うと、真っ逆さまに玉京台へと墜落した。周囲はそんな敬愛すべき岩王帝君がピクリとも動かないのを見て大きくどよめいていた。

 

「……」

 

凝光は岩王帝君の肉体に素早く近寄ると険しい表情を一層険しくして、

 

「帝君が殺害された!この場を封鎖しろ!」

 

そう言い、千岩軍にこの場を包囲させ、誰一人逃さぬようにした。その対応や岩王帝君の死体を見て、俺は少し笑いながら呟いた。

 

「モラクス、お前は何を考えている?中々面白いことになってきたな」

 

「アガレスさん、ここに留まっているわけには行かないですよ…岩神が暗殺されたなら、私はもうここにいる意味はないんです。逃げないと───」

 

「まぁ待て、旅人。少しは冷静になって考えてみるんだな」

 

旅人とパイモンは怪訝そうな表情で俺を見た。

 

「岩王帝君ことモラクスは魔神戦争時代を武力で生き抜いた神だぞ?そんな神が一人間に殺せると思うか?」

 

「あ…じゃあ、犯人は璃月七星ってこと?」

 

それは違うな。

 

「璃月七星が犯人であればもっと上手くやるだろう。仮にも帝君から璃月を預かっているのだからな。それに犯人探しをして適当にでっち上げてしまえばいいだけだ。ついでに言うと、凝光のあの表情、間違いなくこの出来事はアクシデントだ。だから犯人が璃月七星の可能性は低い。少なくとも、凝光ではないだろうな」

 

「そっか…そうだよね」

 

俺はモラクスの肉体に周囲からバレぬように少しだけ近付き、元素視覚で彼の体を確認した。

 

…なるほど。

 

「旅人、この死はやはり偽装だ」

 

「え!?そうなの?」

 

「お、おい、なんで分かるんだ?オイラには本当に死んでいるようにしか見えないぞ…」

 

俺は旅人とパイモンを交互に見やる。

 

「『神の心』を知っているか?」

 

「うん、ウェンティが言ってたから知ってる」

 

「あの体内には神の心は存在していない。そしてそれが抜き取られたような跡もない」

 

そして。

 

「モラクスの肉体にしては貧弱すぎる。間違いなく偽物だろう。限りなく本物に近い、な」

 

「私にはさっぱり…」

 

それより、と俺は周囲を見回した。人が多すぎて一人一人を注意深く観察することができないため、浮くことのできるパイモンを見た。

 

「パイモン、少し上に行って明らかに落ち着いている人物を探してもらえないか?報酬は旨い食べ物でどうだ?」

 

「し、しょうがないな…旨い飯のためだからな!!」

 

ふふ、ちょろいな。

 

「アガレスさん…パイモンの使い方わかってきたね」

 

「まあな。お、戻ってきた」

 

パイモンの話によれば、二人、動揺していない人物がいたらしい。うち一人は茶色を基調としたとんでもなく顔の良い男と、スネージナヤ風の服を着た男であるらしい。ふむ…俺的にはとんでもなく顔の良い男がクサい、と考えていた。

 

「取り敢えずは待機だ。俺達の疑いが晴れるまでは何も動かないほうが良い」

 

「うん、今は我慢する時ってことだね。わかった」

 

俺達はそのまま千岩軍の取り調べが来るまで待っていたが、俺達の下に来たのは不思議な人物だった。

 

「貴方達で最後のようね。早速取り調べを始めたいのだけど、良いかしら?」

 

「ああ、構わない」

 

青、いや、どちらかというと紺色というべきだろうか。その色の服を着て白色の上着を肩にかけている長身の女性が俺達の取り調べを担当するようだった。

 

ふむ、他の人間は千岩軍だというのに、俺達はこの女性…なるほど、俺達が一番疑われているわけか。

 

「───貴方達は四日前から璃月港に滞在していた、そうよね?一体どこから来たのかしら?」

 

「四日前から滞在していたのはその通りだ。俺達はモンドから迎仙儀式を見るためにわざわざ来たんだ」

 

ふーん、と女性は興味なさそうな雰囲気だ。まぁないだろうがその反応はどうなんだ?

 

「で、この状況に対してどう思う?」

 

まさか岩王帝君が何かを企んでいる、なんてのは口が裂けても言えないしな。

 

「この状況?どの状況だ?岩王帝君が暗殺されたことか?それとも璃月七星がする必要のないこの場の封鎖をしたことか?」

 

女性は少しだけ驚いたような表情をしたかと思うと、真面目な表情をして言った。

 

「その全てを総合して、よ。どう思う?」

 

「帝君は魔神戦争を生き延びた猛者だ。まさか一人間に殺せるわけがない。そうだな?」

 

「ええ」

 

「だとするならば別の神に殺されたか、或いは…岩王帝君自身が何かを考えているか」

 

女性はピクッと眉を動かすと少し微笑んだ。

 

「貴方、中々面白いわね。それで?」

 

「別の神が岩王帝君を殺す可能性は低い。であれば岩王帝君が何かの考えで以て死を偽装した、と考えられるわけだが…さて、その目的とはなんだろうな?」

 

彼女は俺から隣りにいる旅人に視線を移した。

 

「貴女は?」

 

「私は蛍、ただの旅人」

 

「そう、それで、君はどう思う?」

 

旅人は少し思案する様子を見せたが、すぐに口を開いた。

 

「私もアガレスさんの意見に賛成できる。私達が岩神を殺していない、ということは証明できないけど…」

 

「あ、それに関しては大丈夫よ。君達を疑って声をかけたわけじゃないから」

 

…ほう、それは初耳だな。

 

「今回の調査は何人に声をかけた?」

 

「君達を入れて四人ね」

 

四人か…合点がいった。

 

「なるほど。つまり俺達があまり動揺していなかったから調査に来た、というわけか」

 

彼女は今度こそ表情全体に驚愕を浮かべた。

 

「君、本当にすごいわね。私の下で働く気はないかしら?」

 

「悪いが間に合ってる。だが、もしかしたら縁はあるかもしれないからキープでよろしく頼む」

 

「ふふ、ええ、そうさせてもらうわ。私としても君ほどの優秀な人材を遊ばせておくのは嫌だから」

 

それで。

 

「俺が思うに、今年の神託はこれなんじゃないか?」

 

「…アガレスさん、どういうこと?」

 

旅人が俺にそう聞いてくるが、女性の方は得心が行ったらしく、口を開いた。

 

「つまり、自分が死んだことで私達人間がどう動くのかが見たい、そして神のいなくなったこの璃月をなんとかしてみせろ、とそういうことかしら?」

 

俺は首肯いた。

 

「恐らくだがその通りなのだろう。そうでなければ突然このようなことをする説明がつかない。自分の死を偽装するために迎仙儀式でなければならなかった理由、それがわかればいいんだがな…」

 

「そうね…私には皆目検討もつかないわ。けれど、岩王帝君は璃月のことを想っているはず。死んでいないのならば私達凡人じゃどうしようもなくなった時に出てくるはずよ」

 

その通りだろう。彼は璃月との契約をずっと守ってきた。今更違えるわけがない。腐っても彼は『契約』の神なのだ。

 

「それじゃあ、取り調べも済んだし、私は御暇させてもらうわね」

 

女性は踵を返すと、凝光のいる方へと向かっていったが、ふと何かを思い出したように立ち止まり、振り返った。

 

「そういえば、名前を聞いていなかったわね?私は夜蘭、凝光様直属の部下よ」

 

旅人は改めて自己紹介していたので、俺もそれに倣った。

 

「俺の名はアガレスだ。よろしくな、夜蘭」

 

「アガレス、ね。よく覚えておくわ。それじゃ」

 

女性改め夜蘭は手を振りながら去っていった。旅人は少し不安そうに俺の顔を覗き込んだ。先程の話から察するに、モラクスには簡単に会えない、と察したのだろう。

 

「大丈夫だ。多少期間が伸びはするだろうが、モラクスは生きている。ならば見つけ出せばいいだけだ。旅を続けていれば自ずと道は見えてくるさ」

 

「そっか…そうだよね、うん」

 

それにしても、とばかりに俺は旅人とパイモンに視線を向けた。

 

璃月が神を喪う…大きな変革が璃月のみならずテイワットをも飲み込もうとしているのかも知れない。そしてそれは恐らくこの二人が鍵になるのだろう。この二人を中心にして様々な事柄が絡み合い、やがて止めようのない大きな奔流になるのだろう。そしてそれが世界の害になると俺が判断した場合───

 

「アガレスさん…」

 

「大丈夫だ。何があっても俺が守ってやる」

 

───いや、考えすぎだ。そんな事が起きるわけがない。起きる前に俺が止めてみせる。俺は彼女たちの笑顔をみつつ、そんなことを考えたのだった。




アガレスがいた事により、タルタリヤとの出会いがなくなりましたね。ついでに夜蘭さんとも結構早く知り合うことに…。

ちなみに、他の動揺していない二人は鍾離とタルタリヤです。タルタリヤに関しては原作で旅人を観察させてもらった、とか言ってたので迎仙儀式の場面にいないわけがないな、というわけです。もう一人、鍾離ですが、自分の死体を見てどう動くのかを直接確かめないわけがないのでいるんじゃないかなぁ、なんて思って配置させていただきました。

それにしても夜蘭さんとてもいいですね。ええ、色々と。


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第32話 凝光からの接触

パソコンで文字打つの楽ですね。いやぁ…まさかこんなにも早いとは。今回長いし()


あの後、万民堂の台所を借りて料理を作って二人に振る舞った。ついでに、万民堂の卯師匠の娘の香菱にも振る舞ったところ、べた褒めされたため、しれっと今度火加減やら何やらを教える運びになったりと色々あったが、璃月港を散策している内に、一人の女性が俺と旅人の前に現れた。

 

「さっきぶりね」

 

「夜蘭!どうしたんだ?オイラたち、やっぱり捕まっちゃうのか…?」

 

パイモンの尤もらしい心配に女性───夜蘭はふふっと笑うと、安心させるように言った。

 

「安心して、取り調べは済んでるし、君達は晴れて自由の身になっている。用があるのはアガレス、君なんだけれど」

 

ほう、旅人に興味はない、とでも言いたげだな。余り彼女を一人にしたくはないのだがな。

 

「勿論、お連れ様もご一緒していいわ。そういう命令だもの」

 

「…わかった。それなら良いだろう。旅人、この後の予定は?」

 

「特にないよ。後は岩神を探すだけだったしね」

 

よし、では。

 

「早速その用件を教えてくれ」

 

「ええ、まずは群玉閣に行くわ。ついてきなさい」

 

俺と旅人は歩き出した夜蘭の後について、再び玉京台まで戻ってきた。

 

「これに乗るわ。私は裏方だし、顔も割れてないから、顔パスできるのよ。私は職業上身分を偽ったりするから、顔が余り割れないように配慮しているのよ。まぁ、群玉閣に行くときに、本来は合言葉が必要になるから覚えておきなさい」

 

「ふむ…覚えておこう。それで、これに乗れば良いのか」

 

「わ、すごい…浮いてるね」

 

なるほど、浮生の石で浮かせているのか。全員が乗ったのを確認すると、夜蘭は顎をしゃくった。すると、俺達の乗っている台が浮上し、高所に見える群玉閣へ向けて動き始めた。

 

「さて…鬼が出るか蛇が出るか…」

 

俺はこれから何が起こるのか少し楽しみにしながら上に着くのを待つのだった。

 

 

 

「───待っていたわ、救民団団長アガレス、そして西風騎士団栄誉騎士蛍…それなりに貴方達のことは調べておいたの、驚いたかしら?」

 

俺を出迎えたのは高貴な印象がある白髪の女性、凝光だった。璃月七星の『天権』である。まさか『天権』直々に出迎えられると思っていなかった俺は少しだけ眉を動かした。

 

「その様子だと、私に呼ばれたとは夜蘭から聞いていないみたいね、夜蘭、ありがとう。下がっていいわ」

 

「はっ」

 

夜蘭は俺を見て少し笑った後、去っていった。取り残された俺と旅人は取り敢えず最低限の礼節を尽くすことにした…のだが。

 

「二人共立場があるでしょうし、堅苦しいのは無し、普段どおりの口調で話すことを許すわ」

 

「そりゃあありがたい。こちらとしても立場があるからな。まさか隣国のトップにへりくだるわけにもいかないからな」

 

俺と凝光の視線が交錯し、旅人はあわあわと慌てていた。

 

「あら、救民団は困っている民を見捨てないと聞いていたのだけれど、勘違いだったのかしら?この様子じゃその噂は怪しいところね」

 

「真に困っているのなら手を貸すさ。だが、自分の力でどうにかできるのにそれをしようとしないやつには手を貸すつもりはない。まぁ、少なくとも自分の力だけで何でもできてしまうような凝光殿には俺達の助太刀は不要だろう?まさか、必要だとでも言うのか?」

 

凝光の眉がピクリと動いた。

 

「口の聞き方に気をつけることね、その気になればいつでも侮辱罪で貴方を取り押さえられるのよ?」

 

「おいおい、堅苦しいのは無し、といったのはそちらだろう?そもそも、堅苦しいのはなし、ということは無礼講なのだろう?歯に衣着せぬ物言いをしたところでそれを許可したのはそちらなのだから罪には問えないだろう。そうだな?」

 

「…」

 

「…」

 

「ふふ」

 

「はは」

 

「「ははははは(ふふふふふ)」」

 

パイモンが恐怖のあまり少し涙目だった。旅人はずっとあわあわしているが、俺は構わず凝光を見た。

 

「俺は合格か?」

 

「ええ、勿論よ。私に舌戦で勝つなんてね」

 

「まぁ、お眼鏡にかなったのなら何よりだ。それで、話は?」

 

「中でしましょう。どうぞ入って」

 

凝光が群玉閣の中へと入っていったので、俺と旅人も続いた。

 

「あ、アガレス、どういうことなんだよ…オイラにわかるように説明してくれよ」

 

「なに、凝光は俺が交渉相手に相応しいかどうか、それを舌戦をすることによって確かめていたんだよ。最初に無礼講を許すことによってどんな発言でも凝光の名の下で許しが出るようにした上でだ」

 

「う…うん?言われてもわかんないぞ…」

 

「まあ良いだろう。それより、凝光が中で待っている。早く行くぞ」

 

「あ、おい!待てよ!」

 

俺は二人を伴って群玉閣の中へと入っていくのだった。

 

 

 

「なるほど…それで、仙人への取次を願いたい、ということか」

 

凝光は信用できる。そのため俺は彼女に俺の正体を話してある。まぁ、信じるか信じないかは任せているが、信じてくれたようだった。

 

璃月には僅かに俺の記録が残っており、璃月七星の中でも凝光や『玉衡』の刻晴くらいしか知らない情報らしいので、それを知っている、というか本人である俺の話は信憑性があったようだ。

 

「ええ、貴方の考えを夜蘭から聞いたとき、身震いしたわ。そんな風に考えられる思考の持ち主がいただなんてね」

 

「まぁ、俺自身モラクスのことはよく知っているつもりだ。だからこそ、今回の行動に意味がないわけがない」

 

「私も思っていたの、帝君は、人間に殺されるような存在ではないってね。だからこそ、貴方に接触できたのは僥倖だったわ。この状況に対して冷静に状況証拠と過去の岩王帝君の人柄を交えて現実を見るだなんて外部から来た貴方以外にできるわけがないのだもの」

 

そういえば。

 

「夜蘭には聞けなかったが、俺達以外にも二人、夜蘭が接触した人物がいるんだろう?差し支えなければ俺に教えてほしいんだが」

 

「それくらい構わないわ。夜蘭が接触したのはファデュイの執行官『公子』、そして往生堂の客卿、鍾離の二人よ」

 

ふむ…執行官の『公子』は確か最も若くして執行官になった新星だったか。そして往生堂の客卿、こちらは謎めいているな。往生堂は死者の埋葬に加え仙人の葬儀も行っていることから、確かに驚かない、とまではいかないだろうが他の凡人よりかは驚きが少ないのだろう。だが、往生堂の客卿、という点がクサい。なぜ堂主と共に来なかったのか、そこが気になるところだな。

 

「往生堂の客卿について詳しく教えてくれ」

 

「往生堂の客卿、鍾離はあらゆることに精通し、かなり博識だと聞いているわ。他人の知らないようなことまで知っている。だからこそ往生堂の客卿を任されているわ。優秀ではあるけれど、やはり弱みを握らないとまだ使えないのよね」

 

凝光の主観が若干混じっていたが、博識、しかも他人の識らないようなことまで識っている、か。

 

「執行官の方はしかし…何故動揺していなかったんだろうな?これを予知していた、なんてことはありえないだろうか…?」

 

俺がそういう疑問を凝光にぶつけると、凝光は険しい表情で首を振った。

 

「なんとも言えないわね。単に他国の事情だから、というのもあるかもしれないし、璃月を狙う好機、と捉えているかもしれないし…可能性は山程あるわ」

 

「なるほどな…やはりそうか」

 

「そういえば貴方は知っているかしら?」

 

俺は首を傾げる。思い当たる節はない。

 

「ファデュイの執行官に、欠員ができたそうよ」

 

俺は目を細めてほう、と感嘆の溜息を吐いた。

 

「それはつまり、死んだのか、それとも個人的な復讐に身を染めざるを得なくなったか…」

 

「さてね…ただ、死んではいないようよ。その執行官を璃月港の郊外で目撃した、という報告があるのよ」

 

…それはまた妙な話だ。

 

「その執行官の名前はわかるのか?」

 

「…執行官第八位『淑女』だそうよ」

 

なるほど、合点がいった。

 

「恐らく俺のせいだな」

 

「あら、どういうことかしら?」

 

俺は腕を組み、少し思い出すように言った。

 

「『淑女』はモンドで神の心を奪う計画を立てていた。恐らく、スネージナヤ全体がそうなのだろう。つまり岩神の神の心も狙われているのだろうがそれは置いといて」

 

「ええ、その話も気になるけれど…それで?」

 

「俺は彼女の、ひいてはスネージナヤの計画を完全に頓挫させた。恐らく、その責任が『淑女』に行ったのだろう。だから彼女は執行官をやめざるを得なかった。殺されていないのは今までの功績と氷の女皇に対する忠誠心が本物だからだろう」

 

「全く、はた迷惑ね…それでこちらに流れてくるだなんて」

 

ただ、と俺は告げた。

 

「もしかしたら彼女の狙いは神の心かもしれない、と普通は考えるだろう。一応、『淑女』として執行官には返り咲けなくとも、神の心を奪った功績でファデュイには戻れるだろうからな。説明はつく」

 

「けれど、と続くのよね?」

 

「無論だ。『淑女』が本当に忠誠心がカンストしているなら、計画が失敗した時点で自害も辞さない覚悟のはずだ。氷の女皇に止められたにしても、ファデュイを抜ける必要がなかった」

 

「そうなると矛盾するわ。責任で…いや、まさか」

 

その、まさかなんじゃないか、と俺は考えている。

 

「そう、彼女は確かに、その忠誠の全てを氷の女皇に捧げている。しかし、そうであれば計画の失敗で自死を選んでいたはずだ。それをせずに責任を()()()被ってファデュイを抜けた。女皇への忠誠心に、何らかの感情が勝ったからだ」

 

で、あればその感情とはなにか。人間において最も恐ろしく、強い感情というのはなんだろうか?

 

「復讐心、かしらね」

 

「恐らくそうだ。極限まで追い詰められた人間は復讐によって我が身がどうなろうと必ず成し遂げようとするんだ。それは、俺の経験則からも言えることだがな」

 

それはともかく。

 

「その復讐心は間違いなく俺に向けられている。どんな手を使ってくるかはわからないが、奴はモンドには立ち入れない。勿論、公式には、だが」

 

「秘密裏に侵入して国自体を人質に取る可能性もあるわけね」

 

俺は首肯いた。

 

「これは、璃月かモンドになるかはわからないが、両国の危機と言える。『淑女』が何をするかわからない以上、早急に見つけ出して殺さねばならないだろう」

 

幽閉、とかになると危険だ。自分の身を顧みない、それはつまり、何でもする。脱獄からの殺人、そして街一つ破壊してでも復讐しようとするだろう。

 

「こちらでも捜索はしてみるが、見つからない可能性のほうが高い。凝光、契約には対価が必要だ、そうだな?」

 

「ええ、勿論、釣り合うものでなくては交渉という名の土俵にすら立てないけれど」

 

俺は深呼吸してから口を開いた。

 

「『淑女』の捜索、殺害を秘密裏に依頼する。報酬は俺を好きに使えること、それでどうだ?」

 

「…中々魅力的な条件をつけてくれるわね」

 

けれど、と凝光は続けた。

 

「貴方だけでなく、救民団の璃月支部なんて作ってくれないかしら?正直、千岩軍の人手不足がかなり深刻でね。困っているのよ」

 

「なるほどな…こっちも人手不足は人手不足なんだが…そうだな…良いだろう。条件を呑む」

 

「感謝するわ。貴方とはいい関係が築けそうで何よりよ」

 

俺は後日契約書を持ってくることを告げ、席を立った。今回の会談はかなり有意義だった。そして、モラクスの居所も大体把握できたし、すぐに接触したい気持ちが大きい。

ただ、焦ってはいけない。彼はあくまで凡人であることを貫き通すだろう。こちらから接触するにしても、絶対的に二人きりになれるように仕向けねばならないのだ。

 

「あ、そうそう、旅人とは少し相談があるから、アガレス、貴方は先に外に出ていて」

 

「え、私に…?」

 

旅人には少し悪いが俺は頷いて外へと出た。

 

「───あら、話は終わったの?」

 

真横に突如、柱に背を預けている夜蘭が現れた。なるほど。

 

「何があってもいいように待機していたのか」

 

「ええ、凝光を傷つけさせるわけにはいかないから」

 

俺は夜蘭とは逆の柱に背中を預けた。

 

「流石に疲れたな。まさか、あんなに考察をさせられるとは」

 

「得意そうに見えるけれどね」

 

俺は夜蘭の言葉に苦笑しながら肩を竦めた。

 

「そうでもないんだ。できることなら、すぐにでもゴリ押しで解決したいもんだ。こう見えて俺は脳筋だからな」

 

「そうは見えないわね。まぁ、良いんじゃない?君の好きなようにすれば。私で良ければ勿論手伝ってあげるわ」

 

「…?」

 

「あら?わかってないって顔ね。外にいたら護れるものも護れなくなってしまうわ。だから中で姿を消して話は聞いていたわよ」

 

考察に夢中で気が付かなかったな。500年前に比べて少し感覚が鈍ったかな。

 

それにしても、なるほど。

 

「凝光からの命令が十中八九来る、というわけか」

 

「そういうことよ。まぁ、私としては君と話していてかなり楽しいから、個人的にも手伝ってはあげたかったけれどね」

 

「それはありがたい限りだな」

 

その後も夜蘭に過去のことを聞かれたりと思い思いに過ごして、中から旅人が出てくるのを待っていたのだが、俺が中から出てきて30分ほど経過してようやく出てきた。なんだかげっそりしている。

 

「旅人…大丈夫か?」

 

「う、うん…問題ないよ…」

 

とてもそうは見えないが、どうしても辛ければ言ってくれるだろう。どんな話をしたのかはきっと聞いても他言無用って凝光に言われているだろうしな。

 

「じゃぁ、夜蘭、俺達は下に戻るから、ここでお別れだな」

 

「ええ、じゃあ、また会いましょう」

 

夜蘭は群玉閣の中へと入っていき、俺達は先程乗ってきた台に乗って下へと降りていくのだった。




なんだかんだ仲良くなっている夜蘭とアガレス。

ってか、めっちゃ長くなりました。パソコンになって結構効率が上がったからですかね…。

あと、誤字報告とても助かります!ありがとうございます!いつでもお待ちしています!


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第33話 OHANASHI

ま、間に合った…!


モンドにある救民団本部に俺は久しぶり(5日ぶり)に戻ってきていた。雨の中だから結構ジメジメしていて居心地が悪かったが、ようやく屋根のある場所につけると思うと嬉しいものだな。俺が救民団本部の玄関をノックすると、出てきたのはエウルアだった。

 

「はい…って、アガレスじゃない。帰ってきたの?」

 

エウルアは驚いたような表情をしながらも俺を中に入れてくれた。

 

「ま、一時的なものだ。璃月での出来事の報告と、重要な話があってな。皆を集めてくれるか?」

 

「ええ、わかったわ。外は雨で大変だったろうし、休んでいていいわよ」

 

「ありがとう」

 

エウルアは俺のお礼に少し照れくさそうにした後皆を呼びに奥に入っていった。エウルアは救民団に所属してから少しして結構素直になった。彼女なりに心境の変化があったのだろうが、俺にはそのきっかけがわからず終いとなっている。今度聞いてみようかな。

 

「ふぅ…」

 

俺がリビングのソファに座って一息ついていると、後ろからヌッとお茶の入ったグラスが差し出された。

 

「やあやあおつかれだね、アガレス」

 

俺は響いた声に少し驚きつつも、差し出されたお茶を受け取った。

 

「…なんでお前がここにいる?お前、西風大聖堂にいるんじゃないのか?」

 

俺は首だけで振り返った。全身緑色の吟遊詩人、ウェンティことバルバトスである。彼はモンドへの再降臨の際、西風大聖堂に居候をしている状態だった。そこで詩人として歌い、苦しみを少しでも和らげようとしているらしい。本格的に神っぽいな。

 

「えへっ、抜け出してきちゃった」

 

「えへってなんだよ」

 

「それで、今日はどうして戻ってきたんだい?じいさんには会えた?」

 

俺はお茶を飲んで喉を潤した。

 

「それも含めてこの後話そう。お前にも関わることだからな」

 

そう言うとウェンティは真面目な表情になって「うん、わかった」とそう言った。

 

 

程なくして全員が集まってきた。はじめにやってきたのはノエルだった。

 

「アガレスさま!つい先程帰ってきたと伺っているのですが本当ですか!?」

 

「え、お、おう…」

 

「お迎えに上がれず申し訳ありませんでした…」

 

「そんなに悲観することはないだろう。たかがお迎えだぞ?俺はこうして無事に会えただけでも嬉しいから安心してくれ」

 

そう慰めてやると、ノエルは少しはにかんで「ありがとうございます…アガレスさま…」とそう言った。

 

ノエルが大急ぎで作ったお茶菓子を食べながら待っていると、レザーとエウルアが戻ってきた。レザーに関しては眠っており、エウルアが引き摺ってきた形である。だが、鼻がピクッと動いたかと思うとガバッと起き上がり、こちらを見た。

 

「アガレス、戻っていたのか。おかえり」

 

「おう、ただいま。よーしよしよしよし!」

 

撫でてほしそうだったのでレザーを久しぶりに沢山もふもふした。うん、今日もいいもふもふ具合だった。全世界に誇れるもふもふだなこれは。レザーをボレアスに託されてから救民団に入団させたが、俺にかなり懐いてしまっていて偶にこういうふうにして撫でることを要求してくる。やっぱり狼に育てられただけあって犬っぽい。かわいい、とても。

 

「さて、全員揃ったな。まずは俺が璃月港で行われた迎仙儀式で見たものについて話そう」

 

俺は迎仙儀式でモラクスが殺害されたこと、そして璃月七星が犯人探しをしていることを告げた。ウェンティはふむ、と顎に手を当て何かを考えているようだったが、構わず俺は続けた。

 

「それと、伝えておかねばならないことがある。ファデュイの執行官『淑女』についてだ」

 

「『淑女』…?ああ、僕の神の心を狙ってたあの?」

 

俺は首肯き、話を始めた。

 

「奴はファデュイを離れ、単独で行動している。そしてその目的は恐らく俺への復讐だ」

 

「ん…?どういうことよ」

 

「簡単な話だ。俺は彼女の出世コースやらなんやらを絶ったからな。腹癒せとかじゃないのか?」

 

「いや、違うかな」

 

「ウェンティ?」

 

ウェンティは顎に手を当てて一つの昔話を引っ張り出してきた。

 

───昔々あるところに、一人の少女がいました。彼女には恋人がいて、そしてその恋人から一つの時計をもらいました。彼女は大層喜び、片時もその時計を離すことはありませんでした。そんな中、彼女は遠方へ留学することになります。恋人と彼女は離れ離れになってしまったのです。

 

しかし、そんな中で事件が起こりました。とある災いによって、魔物が野に蔓延ったのです。騎士であった彼女の恋人は民を護るため、戦わねばなりませんでした。少女が戻ってきた時、恋人は死に、故郷は辛うじて残っている状態でした。

 

彼女は復讐のため動き出します。世の魔物を全て駆逐するために、そして災厄を防ぎきれなかった風神に復讐するために。彼女は戦いの中で自身の肉体ごと魔物を灼き尽くし、数え切れないほどの魔物の命を刈った時、彼女は彼女自身の寿命をも蝕んでいたことに気が付いていました。それでも、彼女は魔物を狩り続けます。愛する恋人を奪った魔物を、ひいては対策を講じなかった風神を殺すために。

 

そんな時、とある国のとある機関が炎の権化と化した彼女を勧誘しました。その勧誘には、平和になった暁には愛する恋人と再開できる、という内容が含まれていました。生きる理由を失い、周囲のもの全てを灼き尽くすだけの炎の魔女となっていた彼女は、ありえないと思いつつもその勧誘に応じることになるのです。

 

「───そして彼女は新たな主人に与えられた氷の力で無理矢理抑え込み、寿命を先延ばしにして今もどこかで生きているのです」

 

「…なるほどな」

 

災厄、とは500年前のカーンルイア滅亡のことだろう。風神ということは…そうか、『淑女』はモンド人だったのか。

 

「そう、だから君が与えた火傷、それで古傷を思い出したのかもしれないね。だから君への復讐を進めているのかもしれないよ」

 

「…奇しくもその身を焦がす炎を彼女に与え、そして思い出させてしまったわけか」

 

大切な存在を失ったときの痛み、そして己の身を焦がす復讐の炎の痛みを。

 

「まぁ、俺を狙う理由はわかった。で、だ。それほどの危険な力を持っているのなら、国一つを人質に取る可能性がある。ウェンティ、モンドは任せていいか?」

 

「うん、任せてよ〜」

 

…あまりに頼りないな。だが、俺は彼の凄さを十分知っているつもりだ。恐らく問題はないだろう。

 

「それで、璃月のトップである璃月七星の一人、『天権』凝光に接触して璃月に潜伏していると思われる『淑女』の捜索を依頼した。その対価として…言いにくいのだが」

 

「何よ、早く言いなさいよ」

 

エウルアが急かすので、俺は口を開いた。

 

「人材は向こうで探すことにはなるが、璃月港に支部を開くことになった」

 

「あら、ようやくね」

 

「事業拡大ですね!とても喜ばしいことです!」

 

「肉、もっと食える」

 

あれ、意外とポジティブな反応だな。

 

「まぁ、満場一致なら問題ないか…取り敢えず土地に関しては璃月港の西に土地を提供してくれるそうだ。人材を探すために取り敢えず宣伝はしないといけないだろうから、俺以外にももう一人誰か来てほしいんだが…」

 

エウルアは副団長だから除外、モンドで頑張ってもらわねばならない。レザーはモンドから離れたくはないだろう。特に、故郷ともいえる奔狼領を離れている。それだけでも辛いだろうに璃月港に連れていくわけには行かない。となれば。

 

「ノエル、お願いできるか?」

 

ノエルは一瞬キョトンとしていたが、すぐに花が咲いたような笑顔になって、

 

「はいっ、お任せください!」

 

とそう言ってくれた。俺はその後も様々なことをウェンティや救民団で共有してからノエルを伴って璃月港に戻るのだった。




今回は短いですね…誤字報告ありがとうございます!


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第34話 仙人と七星、そして───

いやぁ…案外誤字が多くてやばいですね。見落としが多すぎて…一応見直してはいるんですが…あれ、見直す意味ない?そんなバカな…。


璃月港に戻ると、なんだか嫌に騒がしかった。人々の表情が強張り、何かを畏怖しているように見える。いや、まぁ迎仙儀式での一件のせい、といえばそれまでなのだが、それだけではないように見えた。

 

「璃月港は活気がありますね〜」

 

違う、そうじゃない。

 

「あ、蛍さまがいらっしゃいますね。少し切羽詰まった様子でしたが…」

 

「追うぞ」

 

俺は可能な限り急いで旅人の去っていった方向へ行ってみた。すぐに話しかける気満々だったのだが、旅人の姿ともう一人の人物の姿を見て俺はその判断をやめ、柱の陰に隠れた。

 

「───お嬢ちゃん、俺が思うに、璃月七星が何かを隠している可能性は高い。犯人ではないにしても、ね。だからこそ、あるがままの真実を仙人に伝えねばならないんだ」

 

「…それってつまり、三眼五顕仙人だよね?」

 

「おや、知っているのなら話が早いね。仙人にその事実を伝えて───」

 

「璃月を内側から破壊する、とでも言いたいのか?『公子』」

 

バッともう一人の人物が俺のいる方向を向いた。その顔には焦燥が浮かんでいた。

 

「お前は…」

 

「その表情から察するに俺のことは知ってるようだな?ま、ファデュイ内部では有名人だろうしな。良い意味で」

 

皮肉交じりにそう告げると、『公子』はチッと舌打ちした。

 

「もしかして君の連れだったのかな?疑いをかけられていたようだから北国銀行が容疑を晴らそうと思っていたんだけど」

 

「プッ…ははははは!容疑、容疑ねぇ…そんなものかけられているわけがないだろう?」

 

まぁ取り調べの最中に逃げたりなんかしなければ疑われることなんてない。璃月七星だって犯人が人間でないことなんてわかりきっているからだ。

 

「そもそも、お前と往生堂の客卿と、そして俺達の場所に来た調査員は俺達のことを疑っていたわけじゃない。まぁ、その考えを詳しくは言えないが、旅人も俺もモンドではそれなりの地位がある。そんな人物を疑ったら外交問題だ。それこそありえないだろ?」

 

「なるほどね…言われてみればそうだろうね。それにしても、『淑女』から君のことを聞いたときはどんな人物なのかな、なんて思っていたけれど、戦闘も得意で頭脳戦も得意、君弱点はあるのかい?」

 

「自分の弱点をわざわざ他人に教えると思うか?それもファデュイの人間に」

 

「お酒だよ」

 

なんで言っちゃうの旅人ー!?

 

「へぇ、どういう意味だい?」

 

「アガレスさんはアルコールが弱点、匂いを嗅いだだけで酔う。でも、中途半端に酔わせちゃうと大変なことになるから、やめておいたほうがいい」

 

「あはは、有効活用させてもらうよ」

 

それだけ言って『公子』は去っていった。終わった。

 

「なぁ…」

 

「あはは、教えちゃった」

 

「あははじゃないんだが」

 

割とマジで死活問題だ。世界が滅びかねん。

 

「さて、まぁ向こうも本気にはしないだろうし、問題はないが…それはそうと旅人、この騒ぎは?」

 

「あ、そうだった…仙人が璃月港までやってきて説明を求めてるんだって」

 

…想定通りに動いてくれているな。まぁ、本音を言えば『淑女』が攻めてきたのかと思って結構焦った。

 

「俺達も行こうか。恐らく玉京台にいるはずだ、そうだな?」

 

「うん、皆そう言ってた」

 

よし、まずは仙人の誤解を解かねばな。

 

 

 

「───ですから、私達は我々にできる最善を尽くしております。帝君が殺害されてしまったのは我々の落ち度ですが、混乱と暴動は全て抑えております。何を疑っていらっしゃるのですか?」

 

【帝君が殺害された。それを偶々耳にしたのでこちらへ赴いた次第だ。璃月七星のその後の対応、凡人に罪を着せるなど言語道断であろうが。良いか、我々は貴様等を疑っているのではなく、罪のない一般人に罪を着せようとしたことに憤りを感じているのだ】

 

玉京台では削月築陽真君、留雲借風真君、理水畳山真君、そして魈の四人の仙人と、璃月七星の『天権』凝光、そして俺は初めて見るが、『玉衡』刻晴がいた。

削月築陽真君の言葉に凝光は真っ向から反論した。

 

「考えてもみて下さい。あの場に帝君殺しの犯人がいた可能性だってあります。帝君を殺害できるのであればそれ相応の実力者でなくてはなりませんし、それほどの実力者であれば自身の肉体の形を変えることも自由自在、つまり凡人に擬態している可能性だって考えられます。ですから、私達は罪のない民に罪を着せたわけではありません」

 

「凝光」

 

凝光の言葉に反論すべく口を開いたのは魈だった。

 

「我が思うに、対応としては間違ってはいなかっただろう。しかし、璃月港を任せた身としては、帝君が殺害された上に未だに犯人すら見つかっていない、となれば…気持ちはわかるであろう?我等としても帝君殺害の犯人を必ず見つけ出し、無限の苦しみを与えたいと考えている」

 

留雲借風真君は少しふふっと笑い、理水畳山真君と削月築陽真君は少しだけ唸った。

 

「皆様のお気持ちはわかりました。どうかご協力いただけないでしょうか」

 

凝光の対応から察するに、モラクスが生きているかもしれない、という事実は隠すようだ。何が起こるかわからないが、いざという時はモラクスが出てくるだろう、という言を信じているのだろう。まぁ、あくまでもモラクスが生きているという前提あってのものだが。

 

「ああ、我等の方でも探しておく。最も怪しい存在は?」

 

「元ファデュイ執行官第八位『淑女』です。彼女が今最も容疑者としては怪しいですね」

 

「わかった。その存在を見つけ出せば良いのだな」

 

削月築陽真君、留雲借風真君、理水畳山真君、そして魈は思い思いの反応を示しつつ帰ろうとした。

 

「互いの立場があるのは理解するが、仙人達は動きが性急すぎるな。もう少し様子見でも構わなかっただろうに」

 

「アガ…コホン…お前は何者だ?見たところ璃月七星の人間ではないな」

 

魈は何故か俺とは知り合いでない、という風に振る舞うようで、それは他の仙人達も同様である。仙人達には悪いが、今はあまり出てきてほしくない。正直、タイミングは最悪に近いからな。

 

「俺はしがない一般人さ。んで、話を聞いていて思ったんだが、まずは送仙儀式をするべきじゃないのか?帝君は死んだ。それは紛れもない事実だろう。であるならば慣例に則って送仙儀式を行うべきだ」

 

【しかし、儀式を行うにしてもまずは犯人探しが先であろう。璃月が現在進行系で狙われているのならその『淑女』とやらを探し出して殺してからでも遅くはないはずだ】

 

ふむ、と俺は一つ落ち着き、少し考えてとあることに気が付いたが、そのまま構わず続けた。

 

「璃月の民はそれで納得できるか?彼等は帝君を敬愛し、帝君も民を敬愛していた。で、あるのにいざ自分が死んだら送仙儀式をせずにまずは復讐?それを聞いたら帝君がどう思うか」

 

恐らくどうも思わないだろうな。「それが彼等の選択であるのならば俺はそれを尊重する」とか言うだろうしな。ただ、仙人達にとっては帝君のその意思を無視することは難しい。何故なら彼等もまた、帝君を敬愛し、彼と契約を結んでいるからだ。ふぅ〜と削月築陽真君が長い溜息を吐いた。

 

【良かろう、凡人よ。まずは帝君の送仙儀式を執り行いその後、全力で犯人探しといこうではないか】

 

無論これは『淑女』を誘い出す策でもある。勿論、『淑女』が何をしてくるかはわからないが、今はノエルも来てくれている。なんとかなるだろう。最悪、モラクスが出てくるだろうしな。

 

「感謝しよう」

 

【では我等はこれで去るとしよう。騒がせてすまなかったな】

 

「いえ、とても有意義な時間を過ごすことができました。犯人の件、どうかよろしくお願い致します」

 

仙人達はそれぞれの住処へと去っていった。はぁ、と凝光は溜息を吐いた。

 

「これでいいのかしら、アガレス?」

 

「完璧だ。帝君が生きていることを伏せて璃月やモンドを狙っている『淑女』を仙人達が完全にロックオンした。簡単に国を越えることは難しくなったはずだ」

 

「それで、送仙儀式は往生堂に頼むのよね?」

 

「それは勿論だが、俺も手伝うつもりだ。救民団璃月支部の初仕事ってわけだな」

 

往生堂は儀式とは別に人々の葬儀や他にも色々なことに事業があるため、割と人手不足だったりするかもしれないのだ。まぁ、それは正直理由の一つに過ぎない。一番の理由は往生堂の客卿、鍾離に接触することだ。

 

今日会った『公子』ことタルタリヤはモラクスではなかった。消去法で行くと、往生堂の客卿がモラクス、ということになる。まぁ確証はないが、可能性は高いはずだ。まず博識である点。彼は璃月だけに留まらず、様々な場所の様々な文化を識っている。璃月港には様々な国から人がやってきては住み、そして死んでいく。家族のこともあるだろうし、本人の意向にもよるだろうが、自分の故郷の葬式の様式、というものがあるはずだ。そしてそれを往生堂だけで網羅するのは難しい。そこで往生堂の客卿が助言しているのだとしたら、確実にクロに近いグレーと言える。

 

「あら、そんなことしなくてもこっちで依頼するわよ?」

 

「…往生堂の客卿ってやつに興味があってな。博識らしいから」

 

「知識欲の権化みたいな台詞ね。まぁわかったわ。堂主は普段は営業で忙しいみたいだし、間違いなく送仙儀式は往生堂の客卿が任されると思うわ。私の方から助っ人を寄越す旨を往生堂に伝えておくわね」

 

「助かる」

 

「いいのよ、これも布石だから」

 

商売魂ここに極まれり、といったところか。俺は凝光に軽く挨拶して少し離れたところで待っていた旅人とノエルを伴い玉京台を離れるのだった。

 

〜〜〜〜

 

「…」

 

玉京台付近の竹林の影に、茶色っぽい服を着た男が立っていた。

 

「…まさか、仙人を動かすとはな。昔に比べて更に用意周到になっているようだ」

 

独り言を呟きながら男は竹林を離れ、道に出る。歩きながら考えるように言った。

 

「彼がいる以上、俺が生きていることは既に周知の事実のはず…それを七星に接触した時点で言っていない?そして『淑女』が犯人と考えているというのはどういうことだ」

 

男は自分の計画に少しだけ綻びが出てきていると感じていた。

 

「神の心を狙っていることはバルバトスから聞いていたが、『淑女』がモンドではなく璃月にいる理由…一体何故だ?そして彼は何故…いや、これは考える必要のない事柄だ」

 

「鍾離さ〜ん、料理作ったんですけど食べます?」

 

ひょっこり焦げ茶色の服を着た少女が顔を出した。男───鍾離は少しだけ表情を強張らせた。

 

「胡堂主か…それより、その…それは?」

 

鍾離は丼に入っている謎の物体を見やっていった。少女───胡桃はふふん、と胸を張っていった。

 

「今回のは自信作だよ〜!なんたって仙跳牆だからね!」

 

「自信作も何も信じられないほどに原型がないな。ふむ…しかし香りから察するに言ったとおりに仙跳牆を作ろうとしたのか。しかし…やはり食べられたものではなさそうだ」

 

「えぇ〜!!前鍾離さん言ってたじゃないですか!!『胡堂主の作った(まともな)料理であれば今度食べてみよう』って!!」

 

「確かに言ったが、食べられるものとそうでないものがあるんだ」

 

「逃げようったってそうはいかない…今日こそ食べてもらうんだから…!!」

 

胡桃は丼を投げつける勢いで逃げる鍾離を追った。鍾離は追われながらも計画を綻ばせた彼にどう対応しようか、それを考えるのだった。




ふぅ…長くなったぜ。誤字報告あればよろしくお願い致します。
見たんだよ?見たんだけどね…でも私の眼は節穴みたいです。


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第35話 往生堂の客卿

タイトルで察した人はすごい!()
今回本編の大幅なネタバレがあるので、魔神任務の第一章第三幕終わってない方は見ないことを勧めます


ふと、昔のことを思い出す時がある。『七神』が『八神』で、魔神戦争が集結した後のことを。

 

「初めまして、往生堂七十七代目当主、胡桃です。凝光様からお話は伺っております。こちらへどうぞ〜」

 

───俺達は『七神』として国を治め、民の秩序を護る。そしてお前は『八神』として世界の秩序を護る。それが、『八神』、そしてお前にしかできないことだ。

 

脳内でその言葉がリフレインする。記憶の奥底に埋もれていた言葉、それを、往生堂に来てふと思い出した。俺は胡桃という可愛らしい少女に連れ立たれ往生堂の中に入った。

 

「あ、鍾離さ〜ん、連れてきたよ!」

 

「ああ、ありがとう」

 

奥の椅子に腰掛けている男性───鍾離が軽く返事をした。彼はこちらを見て微笑んでいる。

 

「ノエル、胡桃と業務について話しておいてくれ。こちらの仕事と向こうの仕事が被っては本末転倒だからな。旅人は…どうする?ノエルと一緒に行くのでも構わないが」

 

ノエルは胡桃の場所に行きすぐに挨拶していたが、すぐに業務の話には移らず、旅人の返答を待っているようだった。旅人は少し悩むように目を瞑った後、目を見開いて答えた。

 

「…私はアガレスさんの話を聞きたい」

 

「わかった、鍾離殿、彼女の同席は構わないか?」

 

鍾離が首肯いたので、ノエルと胡桃に軽く挨拶してから俺と旅人は鍾離の座る場所まで移動し、同じテーブルを囲んだ。暫しの沈黙の後、口を開いたのは向こうだった。

 

「…万物流転、時が経つに連れ人の心は移り変わり、やがてそれに伴って周囲の環境をも変える。だが…お前は何ら変わっていないのだな、アガレス」

 

……確定、か。

 

「ああ、モラクス、久しぶりだな」

 

俺の眼前には旧友たるモラクスがいる。思わず喜びの余り泣いてしまいそうになるが、グッと堪えて、本題を切り出す。

 

「聞きたいことは山程ある。自分でもわかるよな?」

 

鍾離改めモラクスは頷いた。

 

「どのようにしてお前の存在を民衆から忘れさせたか、それか?」

 

頷く。

 

「当時、お前がいなくなってから魔神の怨恨の一部が抑えきれずに溢れ出た。そして、璃月に限らず全世界に魔物が蔓延った。そのため俺は夜叉たちに魔物の討伐を命じた。ある者は発狂し、ある者達は同士討ちで死に、ある者は自分の存在を見失っても尚戦った。だが、完全に魔物を抑えることは叶わず、璃月港に多大な被害を出してようやく、事態は収束した」

 

「…俺の記録はその際ほとんどが失われ、俺のことを知る人物もほとんどは誰かを護る立場にあった存在…なるほどな、語り継ぐ存在がいなくなってしまったわけだ」

 

モラクスは頷いた。

 

「そうだ。どのようにしてお前の記憶を民衆から消すかどうかを考えていた矢先にこれが起きた」

 

「だが、ウェンティ…いやバルバトスは記録を消して回ったと言っていた。それに関してはどういうことなんだ?」

 

モラクスはふむ、と一つ頷くと、理由を告げた。

 

「そもそも多大な被害があったのが璃月のみなんだ。だからバルバトスはそう言ったのだろう。実際、ほとんどの国がそうしたのだから」

 

記録を消せば、記憶も薄れる、そういうことか。

 

「なるほどな。それに関しては納得できた。で」

 

俺はモラクスを睥睨した。

 

「今回の所業はどういうことだ?まさかとは思うが自らの務めを放棄する、なんて甘ったれた考えなんじゃないだろうな?だとしたら今すぐ璃月七星にお前を突き出して生きていたと証明してやるが?」

 

「…それも合わせて説明すべきなのだろう」

 

モラクスは現状にか、自身の行いにかはわからないがふぅ、と嘆息しつつ言った。

 

「俺はお前があの時死んでから500年間、この世界の遷移を見た。その間も俺は考え続けていた。お前を殺してしまったのは、俺達『七神』ではなかったのか、とな」

 

……。

 

「俺達は国を持ち、民を持ち、そして責任を持った。だが、世界全てに責任を持っていたお前は、あの時進んで犠牲になった。今でも思う、本当にあれで良かったのかと」

 

俺は無言でモラクスの話を聞き続けた。最早それは独白に近いものがあったと言える。

 

「俺は、お前のように世界のために身を擲つことはできなかった。何故なら護るべき民があったからだ。お前は俺達を信じて、そして未来を託してくれた。だが、本当に人間は俺達に護られてばかりでいいのか?逆に俺達は人間を、お前の護ったこの世界を、ただ護り続けるだけでいいのか?そう、疑問を持ったんだ」

 

頑固だったモラクスが、大分丸くなったなぁ、なんて俺は思う。彼は彼なりにこの500年間、璃月を、ひいては俺に託された世界を護るということに関して、ずっと考えてきたのだろう。そしてその集大成が今回の事件に繋がってくるというわけか。

 

「俺は、人間達にこの璃月を託すことにした。この先、間違いなく摩耗で俺は死ぬ。その時、俺無しで彼等は生きていけるのか、それを見極めたい。面白い人物も、先を見据えている人物も、俺は全てを見ている」

 

「…そういうことだったのか」

 

俺はモラクスを睥睨するのをやめる。彼には彼なりの考えがある、ということなのだろう結局は。

 

「それで、お前『神の心』はどうした?」

 

「…ああ、あれは…いや、契約だから言えないな」

 

それは最早答えだ。

 

「お前、ファデュイ、ひいては氷の女皇に協力を要請したな?その対価として神の心を渡したわけだ」

 

「……」

 

モラクスは沈黙していたが、それは最早肯定だ。

 

「お前、自分が何したかわかってるのか?神の心を集めて何をするのか、それをお前は知っているのか?」

 

「…」

 

「だんまりか?お前が幾ら『契約の神』と言っても俺には関係ないぞ?その目的を暴き出し、それが世界に害をなすものであったのなら、俺はお前も、氷神の国共々滅ぼさねばならなくなる」

 

「それでも、俺は『契約』に従う。知ればお前は後悔することになるだろう」

 

俺とモラクスの視線が交錯し、折れたのは俺の方だった。

 

「はぁ…そう言うと思ったよ全く…いい、それくらい自分で調べることにする」

 

「すまない」

 

「それで、神の心はまだ手元にあるのか?」

 

モラクスは首肯いた。曰く、契約を完了して報酬として執行官に渡すらしい。

 

「執行官の名前は?それくらいは言えるだろう?」

 

「確かに、契約にはその名を口外してはいけない、との条文はない。いいだろう」

 

モラクスはコホンと咳払いをしてから言った。

 

「ファデュイ執行官第6位『売女』ルフィアンだ」

 

第6位…それにしても、『売女』とはまた物騒なコードネームだな。

 

「まぁ、彼女の情報は言えない。名前は問題ないらしいが」

 

「いい、それはこちらで調べておく」

 

さて…事態はかなり深くなってきたな。ファデュイが関わっているとなると嫌な予感がする。ただ、神の心を渡させない方法なら簡単だ。依頼を完遂させなければいい。依頼内容がわからないのが問題だが、神のいない璃月を作る、とかだったら簡単だ。

 

モラクスが出ざるを得ない状況を作ればいい。

 

「聞きたいことは一応終わりでいい。理由もわかったから七星には見つけたことを言わないでおく」

 

「感謝しよう」

 

「さて…それで、七星から話は来ているんだろ?」

 

モラクスは首肯いた。

 

「ああ、送仙儀式をするのだろう?それは確かにこちらの専門分野だが、如何せん人手不足でな。最悪俺一人で済ませようと考えていたのだが…」

 

「救民団が手伝うことになってる。人手に関してはある程度提供できる。運営に関しては七星に任せてしまえば問題ないだろう」

 

まぁ、送仙儀式なんてさせるつもりはない。何故ならモラクスをモラクスとして再び璃月に降臨させるのだからな。

 

「では、そのように…向こうも終わったようだな」

 

モラクスが胡桃とノエルの様子を見て言った。俺もそっちを見ると、二人は仲良さそうに話していた。

 

「旅人、俺達の話は理解できたか?」

 

「うん、大体は」

 

「よし…じゃぁ、本題も済んだし、帰るとしようかな。ノエル!帰るぞ!」

 

「あ、はい!アガレスさま!胡桃さま、ではまた」

 

「うん〜、まったね〜!!」

 

俺は旅人とノエルを先に外に出し、モラクスへ向けて告げた。

 

「モラクス、これだけは覚えておくといい。行き過ぎた自信は我が身を滅ぼすことになる。自分が全てをなんとかできるだなんて思わないことだ」

 

そういう状況を、これから作るために奔走せねばならない。俺はモラクスが頷いたのを見て満足し、往生堂を出るのだった。

 

〜〜〜〜

 

「っはぁ…」

 

「鍾離さん、だいじょぶ?」

 

「っはは、少し気疲れしただけだ。気にすることはない」

 

「ふ〜ん」

 

胡桃が去ったのを確認してから鍾離は少し俯いた。奇しくも魔神戦争の際、モラクスがアガレスに言った言葉と似たようなことを言われたのである。

 

「お前からそんな言葉が聞けるとはな、我が友よ」

 

鍾離はアガレスの姿を見て思わず喜びの余り叫んでしまいそうだったのを我慢して平静を装っていた。しかし向けられたのは若干の怒りと、呆れ、そして微かに感じる嬉しそうな感情だった。鍾離はアガレスが何も変わっていないことに安堵感を感じつつも、このままではまた再び500年前と同じことが起きるのではないか、とも危惧していた。

 

「仕方がないんだ、アガレス。お前を護るために俺は神を辞めねばならないのだから」

 

「鍾離さん、なんか言った?」

 

また料理を作っている胡桃がひょっこり顔を出した。鍾離はそれに対し微笑みながら、

 

「いや、なんでもない」

 

そう答えるのだった。




というわけで、ファデュイを離れた『淑女』に代わって鍾離先生と契約したのはオリキャラ第6位の『売女』ルフィアンなんですよね。ちなみに名前の由来は原神の執行官の名前の由来になったところからとってきました。現在『淑女』がいなくなってるので繰り上がりになってます。タルタリヤが第10位になってるってことですね。現状11位は不在のままです。

それでですね…本当は『散兵』君に頑張ってもらおうと思ったんですよ、ええ。ですがとある思い出しちゃったんですね、わたくし。

あれ?雷電眞生きてるから雷電影が雷電将軍作ってないから『散兵』君存在してなくね?

と。ファデュイ執行官、まさかの一欠け。ということで無理矢理第6位に作ってねじ込みました。これは完全に私の落ち度ですね。そんなつもりなかったのに。

眞さんは原作通りにすべきだったかも知れないと思ったり思ってなかったり。ただその場合もう止まってるカーンルイアの滅亡の場所に眞さんは何故か行ったってなるんで辻褄が合わなくなっちゃうんですよね。

故に…この弊ワット、『散兵』がいません。雷電将軍の人形もいません。ずっと眞さんと影さんの二人で稲妻を治めています。鎖国の理由は追々…。

重ねて、『散兵』ファンの皆様まじですいません。自分も『散兵』好きなんでもうまじで過去の自分を殴りたい気持ちです。


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第36話 考察に考察を重ねて

はい、本日恐らく最後の投稿です。結構今日は暇だったのでめちゃめちゃ執筆しましたね。


往生堂でモラクスと別れてから、俺とノエル、そして旅人は璃月港郊外にある廃屋を見に行った。現在、改修工事中である。ちなみに工事と言ってももうあとは色を塗るだけだ。だから少し塗料の匂いはするが、生活する上では何も問題はない。

 

「内部の改修は済んでるはずだから、中に入ろうか」

 

「はい」

 

「うん」

 

「ってか、普通に旅人もついてくるんだな」

 

俺は純粋に疑問に思ったことをぶつけた。旅人は苦笑しながら言った。

 

「相変わらず泊まるところがなくて…アガレスさんさえ良ければ救民団に泊めてほしいんだけど」

 

「それは構わないが…と、いうか自分の家だと思ってくれて構わない。好きにしてくれ」

 

俺は工事業者一人一人に挨拶しつつ二人を中に入れた。

 

「おお…本部もいいが、こっちも立派なもんだ。璃月特有の建築方式がいい味出してる…」

 

俺の言葉にノエルも旅人も同調した。ただ実際、よく見る璃月の建築様式とは少し違う。どこかで見たことのある建築様式がところどころ混ざっているように見える。

 

「なるほど…モンドの建築様式と璃月の建築様式を綯い交ぜにしたのか」

 

「とても綺麗ですね…」

 

「うん、本当に」

 

「こんな綺麗な支部を用意してくれた凝光に感謝せねばな」

 

さて、俺は中の家具を整理整頓し、適切な配置にしていく。無論、ノエルも旅人も手伝ってくれたので、小一時間ほどで配置は大体決まって家具はそれぞれの位置に落ち着いていた。

 

「取り敢えずそのタンスはリビングの端っこに配置してくれ。そう、そんな感じだ。ただ、もう少し左側がいいかな?そう、そのくらい」

 

「アガレスさん、こっちは?」

 

「食材類は台所に当たる場所があるはずだからそこに。氷元素の力を利用した『冷蔵庫』っていうスメール原産のものがあるはずだ」

 

「それに入れるとどうなるの?」

 

「とにかく日持ちが良くなるんだとよ」

 

凝光が仕入れたものだ。ちなみに全部経費で落としているらしく、こちらへの請求は工事費用のみだ。なんたって廃屋を利用しているから土地代もかかっていないらしい。寧ろ貰ってくれて万々歳なのだとか。俺としても対してモラがかからずに支部を入手できて本当に良かった。

 

「よし…こんなものかな。必要なものが他にもあったらあとは各自で買え、だそうだ」

 

「ではわたくしは埃を綺麗にしますね!」

 

「ああ、頼む。旅人は自分の部屋でも決めてくるといい」

 

「うん、そうする」

 

俺は二人がいなくなって一人になったので、少しだけ考え事をすることにした。

 

しかし、ファデュイ執行官第6位『売女』についての情報はほとんどない。これから集めるつもりではあるが、それにしたって情報が得られるとは考えにくい。聞き出せるとすれば第11位…いや、今は10位だったな。『公子』タルタリヤくらいのものだろう。一番身近なファデュイの重鎮があのチャラそうな感じの男しかいない、というのは少し…いやかなり嫌だな。戦闘狂っぽかったし。

 

さて、モラクスの目的はわかったが、契約の内容、そして依頼の完遂に関する情報は謎のままだ。いや、仙人の死体は早々簡単に作れるものではないだろう。そこをファデュイが協力し、『博士』あたりが仙人の死体を作ってそれが天から墜落してきたのだとしたら。事態はやはりファデュイと密接な関わりがあると見える。そしてそれができるだけの科学力を彼等は持っているのだ。それがまた恐ろしくもある。

 

禁忌滅却の札の件は結局わからず終いだ。何のためにあれを試したのか。いや、或いはあれで仙人の力を模倣できる、と気がついたわけか?削月築陽真君のところにいた奴らは殺したが、禁忌滅却の札を持っているのが奴らだけではない、と早急に気が付くべきだったな。普通に考えて仙人一人で検証するわけがない。研究者が求めているものは恐らく『完璧にして偽物』という物だ。他の仙人をも騙せなければ意味がない。

 

凝光にも今一度接触するべきだろうな。救民団団長から、と言えば取次は出来そうだが、如何せん接触の仕方が不明だ。なんとか夜蘭を探し出してみたりしたほうがいいだろうか。ただ、彼女のあの感じから察するに、彼女は諜報部の人間だろう。だとするならば早々簡単に接触はできないだろう。

 

さて、本題に入ると、どうやって璃月を安全に危機に陥れるか。いや、危機に陥れる以上、危険は避けられない。民に被害を出せばそれは即ち俺の責任になる。正直、人間で対処できない問題なんて正直魔神が復活して襲う、くらいのものだ。簡単、とは言ったが、中々複雑な問題だな。『淑女』を利用しようか、とも考えてはみたが、それはできない。璃月を人質に取られればなんにもできないからだ。

 

そこで俺はふと、とある存在を思い出した。数千年前に層岩巨淵から南天門にかけて破壊の限りを尽くした伝説の龍、若陀龍王の存在を。あれは間違いなく人の手でどうにかすることは不可能だ。神や仙人の介入が必須である。いや、仙人だけでは恐らくどうにもできない。数千年前に封印した際に彼は裏切られた、と言っていた。その怨嗟による狂乱で、破壊の限りを尽くすだろう。

 

俺かモラクスがいなくてはならないのだ。仙人では足止めはできるかも知れないが、倒すことはおろか、封印すら不可能だろう。若陀龍王を起こすタイミングで俺は『淑女』を見つけていなければならない。タイムリミットは送仙儀式まで。そして鍾離ことモラクスの手際は良いだろう。こちらからはノエルに行ってもらうし、旅人も好意で手伝ってくれるらしいから、大して時間はないと思ったほうが良いだろう。

 

「一週間、あるかどうかといったところか…」

 

それまでに『淑女』の潜伏場所を見つけて先制攻撃を加えねばならない。そうでなければいつ攻めてくるかもわからないのだ。

そして若陀龍王が攻めて来る際俺がここにいてはならない。何故なら俺がここにいれば璃月を護らねばならないからだ。そうなればモラクスが出てきてくれない。

 

それにしても、と俺は自虐的に笑った。

 

「何かを犠牲にしなければ何も救えない、というのは本当らしいな…まさか璃月、ひいては世界を救うために自ら危機を呼び込もうとするだなんて…」

 

これじゃあ本末転倒だ。他にも、もっといいやり方があるのかもしれないが、俺には思いつかない。

 

「モラクス…お前は自分が近い内に死ぬから今のうちに璃月を自分の手から離す、なんて言っていたが…」

 

少なくともそれは今じゃなくていい。頃合いを見て宣言すればいいだけの話だ。段階を踏んで少しずつ少しずつ人間に任せていけばいいのだ。そこに考えが及ばないからやはり頑固なんだろうな、彼は。

 

「アガレスさま、掃除は終わりました!」

 

「アガレスさん、部屋決まったよ」

 

考察に考察を重ねているところにノエルと旅人から声がかかった。

 

「ノエルはお疲れ様。旅人、部屋は好きにカスタマイズしていいからな」

 

部屋は全部で5人分、うち一部屋を旅人が使うと考えると、スカウトできる人数は…予備を含めて三人だな。ただ、旅人は送仙儀式と少しの間だけしか留まらないだろうし、四人くらいスカウトできるかもな。とはいえ、送仙儀式が終わってからになるだろうが。

 

「さて、夕方か…この後の予定は特にないし、俺は少し出掛けてこよう。二人はどうする?」

 

「わたくしは何があってもいいようにここに留まりますね」

 

「じゃぁ私もノエルと一緒にいようかな。心配だし」

 

「蛍さま…」

 

ノエルがすごい嬉しそうで何よりだな。俺は旅人に視線だけでありがとう、と告げると、彼女は首肯いた。

 

「では、行ってくる」

 

「いってらっしゃいませ!」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

俺はまだ改築中の救民団璃月支部から出ていくのだった。

 

〜〜〜〜

 

アガレスの去った救民団璃月支部にて。

 

「───蛍さま、わたくしの紅茶とお茶菓子はいかがですか?」

 

「ん〜!美味しい!ノエルはこんなに美味しいものが作れるんだね」

 

卓で早速ノエルお手製の紅茶とお茶菓子を二人で頬張っていた。ちなみに、流石のノエルというべきか、差し入れで工事業者にもお茶菓子を配り終えている。ノエルは旅人に褒められて少し照れつつも「あ、ありがとうございます」と言った。旅人はしばらく紅茶とお茶菓子を飲んだり食べたりしていたが、やがておもむろに口を開いた。

 

「ノエル、ずっと聞きたいことあったんだけど、いい?」

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

ノエルはにこにこしながら旅人の質問を待った。

 

「ノエルはさ…アガレスさんのどこが好きなの?」

 

「…ふぇ?な、何を言っていらっしゃるのですか!?」

 

ノエルは動揺のあまり、大きい声を上げた。旅人は至って真剣な表情だったため、ノエルも最大限照れを抑え込みながら言った。

 

「好きなところ、ですか…わたくしはアガレスさまのお優しいところも、面白いところも、たまに疲れて眠ってしまうところも、可愛らしいところも…全部大好きなんです」

 

「…めっちゃ大好きだね…」

 

「あ、も、勿論その…恋愛とか、そういったものでは」

 

「ノエルはアガレスさんのことが大好きなんだね…でも、ライバルは多いみたいだよ」

 

旅人はしれっとアガレスの好きなところのアンケートをとっている。ジンに始まりアンバーやエウルアに加えてリサやロサリアにまでそのアンケート範囲は及んでいた。さて、何故このようなことを旅人がしているのかというと、旅人自身、アガレスのことを好いているからである。だからこそ程度を調べて誰がライバルになり得るのか、それを確認しリスト化するためにこういうことをしている。こう見えて結構腹黒いのである。

 

「え、えっとですから…」

 

「まぁまぁ…今日は夜まで語り明かそう、うん」

 

旅人の謎の勢いに圧され、ノエルと旅人は夜更けになるまで話し続けるのだった。




アガレスの好きな人が気になるところである旅人だが果たしてどうなるのであろうか、といったところですね。どうするかはまだ考えていませんがこの人にしよう、みたいなのはあります。

考察部分とても長いですね。今見返して思いました。ただ話を整理するのに必要だったもんですからつい…読みにくくて申し訳ないです。


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第37話 共犯者

レポート、やらなきゃ…数学…あああああ

ってなってます家で。ほんとにやらないとまずいんでやってきます


俺は救民団璃月支部を出て西側にある璃沙郊へ向かった。ファデュイの潜伏地としては、この辺にある遺跡群がかなり怪しいと踏んでいるからだ。それに、璃月港にもそれなりに近い。潜むなら青墟浦が怪しいところだが逃げられても厄介だ。遁玉の丘から探すこととしよう。

 

遁玉の丘にて、俺は遺跡群へ降り立った。流石に魔物が多い。宝盗団なんかもいるようだし、加えて言うならファデュイもいる。中々カオスじゃないか。ただ、ファデュイがいるところから察するに、やはりというべきか、ここに『淑女』はいないだろう。

 

「貴様、何者だ!」

 

と、ファデュイ前鋒軍・雷ハンマーが叫んだ。周囲にいるファデュイも同じようにこちらを向き、戦闘態勢に移行している。

 

「おっと、バレちゃあ仕方ねえ」

 

「何っ!?ガハッ!」

 

俺は高速で駆けると刀で全員の首を通り抜け様に刎ねた。他愛もないな。それにしても、ファデュイはこんなところで何をしているのやら。そう言えば『売女』について聞くのを忘れていたな。次にあったファデュイ辺りに聞いてみるか。勿論、少し骨は折れるだろうがな。

 

 

 

さて、遁玉の丘での調査を終えてお次は霊矩関までやってきた。今の所まだ『売女』に関する情報は何も入手できていない。残念なことにファデュイを見つけられなかったのだ。意外といないものだな。ま、ただの遺跡だからな。

 

「さて…霊矩関は…あまりファデュイがいないな。アビスの魔術師…それとヒルチャールくらいか」

 

アビスの魔術師がこちらに気が付き、ヒルチャールを差し向けてきた。軽くヒルチャールを斬り捨てた後、アビスの魔術師は立体的な動きで俺に攻撃を仕掛けてくる。氷の塊が複数、俺に向かって飛来してくるのをバックステップで避けると、そのまますぐに意表を突くように一気に踏み込んだ。アビスの魔術師が焦って氷の塊を飛ばしてくるが、全て無視して再び踏み込んだ。

 

「雷斬」

 

俺は光速で動き、アビスの魔術師がシールドを張る前に斬り捨てた。俺の背後には雷元素の痕跡が残っている。少し時間をかけ過ぎたかもしれないが、まぁ問題ないと信じたいところだ。

 

「一応、霊矩関も見ていくか…」

 

ここは結構大きい遺跡が残っているし、原型に近い。居住できるスペースは十分にあるだろう。いてもおかしくはないが、ここではないとそう俺の勘が告げている。まぁ勿論、勘を全面的に信用するわけにはいかないので、念の為見るわけである。

 

俺はそのまま霊矩関の隅々まで探索したが、やはり、『淑女』は見つからなかった。となればやはり。

 

「青墟浦だろうな…」

 

あそこは万が一居場所がバレても層岩巨淵に逃げ込むことができる。加えて、璃月港までは東にほぼ一直線だ。俺は青墟浦に向かおうとしたが、東を見る。空が白んできていた。

 

「…っ、タイムリミットか。ほぼ『淑女』の居場所は特定できたと言っても過言ではないが…」

 

それでも、だ。今日、『淑女』が攻めてこないとも限らない。その場合俺が止めるが、問題は若陀龍王だ。いやはやしかし我ながらなんとも…。

 

「全く…相手の予定に振り回されすぎる計画だな…嫌になってしまうよ」

 

俺は自虐的にそう吐き捨て、璃月港へ帰還すべく飛行するのだった。

 

〜〜〜〜

 

「璃月から鉱夫が失踪しているですって?」

 

群玉閣にいる凝光は報告書を見て呟いた。

 

「はい、何名かの鉱夫が、失踪し、目撃例によれば南天門付近へ向かっているそうです」

 

「南天門…ね」

 

凝光は顎に手を当て少し思案した後、千岩軍を動かすことに決めた。もしもの時に備え、『玉衡』も調査に向かわせることにした。

 

「『玉衡』に連絡して頂戴。千岩軍を少数率いて南天門へ調査へ迎え、と」

 

「かしこまりました」

 

凝光の部下が出て行ったのを見計らってか、凝光は「もういいわよ」と言った。

 

「悪いな、わざわざ時間を作ってもらって」

 

影から出てきたのは銀髪の男、アガレスである。

 

「無理矢理にでも群玉閣に来てよかった。まさかこんなにも簡単に許可をくれるとはな」

 

「貴方からの報告だもの。無視できるはずがないわ。それで、どうしたの?」

 

アガレスは勿体つけずに言った。

 

「『淑女』の居場所を特定した」

 

「…あら、早かったのね」

 

凝光は少し驚いたように目を見開いた。

 

「昨日潜伏しているであろう場所を推測し、ほぼ特定した。恐らく、青墟浦に潜伏している」

 

「…根拠は?実際に見たの?」

 

アガレスは簡単にだが理由を挙げた。

 

「いや、見てはいない。しかし、璃月港に近く、いつでも狙えて、そして潜伏場所に適しているとすれば遁玉の丘、霊矩関、そして青墟浦の3つが挙げられる。そこ以外だと少し遠いし潜伏場所としては不十分と言えるだろう」

 

アガレスは更に続けた。

 

「そこで昨日の夜、遁玉の丘、霊矩関を隅々まで見て回ったが、見つけられなかった。まぁ、大体予想はできていたが…いざという時は層岩巨淵にも逃げ込むことができるのはやはり青墟浦しかないだろう」

 

アガレスのその言葉に、凝光は考え込むように腕を組みながら眉を顰める。

 

「実際に見ていないのならなんとも言えないけれど、確かに可能性は高いわね。千岩軍を今すぐ「それに関しても話に来たんだ」」

 

アガレスはそんな凝光の話を遮って、卓の前まで来ると小声で言った。

 

「…他言無用で頼む。誰とは言えないが、モラクスを発見した」

 

アガレスの言葉に凝光は驚きを隠そうともせず目を大きく見開いた。

 

「彼はどうやらこの璃月港に変革を齎そうとしているらしい。だが、その代償として神の心を氷神に渡すそうだ」

 

「神の心…神の目の上位互換的な存在と聞いているわ。けれど、私も詳しいことはわからない」

 

凝光は首を振ったが、アガレスは更に続けた。

 

「そうだ。俺も、神の心を失えばどういう影響が神に出るか全く不明瞭だ。だからこそ、阻止せねばならない。もしかすれば世界に影響を及ぼす可能性だってある」

 

「どうやって止めるつもり?」

 

アガレスは提案をする。それは正に、悪魔の如き提案である。

 

「モラクスは言っていた。『人間がどうにもできぬ事態になれば、俺が出る』と。であれば、そういう状況を作ればいいと思わないか?」

 

「何を言って…いえ、まさか」

 

「……お前は選択を迫られているんだ。璃月を危険に晒して世界を救うか、それとも璃月のみを安全に運営するのかをな」

 

アガレス自身、世界を守護する神としては絶対に譲れない。しかし、凝光としては璃月を危険に晒すほどの価値があるのか、そこである。

 

「今ここで世界を見捨ててしまえばいずれにせよ璃月、ひいては世界が破滅する。俺は世界を守護する存在として絶対にそれは見過ごせない。だから500年前も喜んで犠牲になったのだ」

 

アガレスとすればその努力を、モラクスによって踏み躙られるようなものに近い。500年前に自己犠牲によって世界の危機を救ったのにも関わらず、モラクスは世界にどんな影響があるかもわからないことをしようとしているとあれば、アガレスがそれを止めに走るのは、道理であった。

 

「璃月港は今未曾有に危機を迎えるだろう。それは『淑女』が璃月港に攻めてくるのか、それとも先程の鉱夫失踪事件、ひいては若陀龍王が関係してくるのかはわからないがな」

 

「…どっちを利用するつもり?」

 

ふむ、とアガレスはあくまでも冷酷に告げた。

 

「モラクスは若陀龍王と縁があるからな。利用するならそっちだろうな」

 

「『淑女』はどうするのかしら?」

 

「それは俺が止める予定だ。流石に2つの脅威を璃月港に向ける理由はないからな」

 

「必要ならする、ということ?」

 

アガレスは首肯いた。

 

「若陀龍王…伝説の中にしか出てこない存在だと思っていたけれど、本当に存在するだなんてね」

 

「彼は層岩巨淵の地脈が傷つけられて摩耗し、璃月やモラクスの存在を忘れて周囲のものをただ破壊するだけの存在となってしまっている。それ故に彼は封印されているのだ。知らずとも無理はない」

 

それで?とアガレスは言った。凝光は心の底から迷っていたが、やがて口を開いた。

 

「私の一存では決められないわ。璃月港の危機だもの。けれど私としては…賛成と言わせてもらうわ」

 

凝光は恐る恐るそう言い、璃月を危険に晒してでも世界を救うと決断した。アガレスの表情に妖しい笑みが宿った。

 

「感謝しよう」

 

「ええ、心の底から感謝するといいわ。勿論、対価は貴方という労働力でいいのよ?」

 

「そうか…そうだな、対価は必要だろう。璃月七星からの依頼であればこちらは無償で引き受けることとしよう。ただし、戦争への参加の要請は聞けないものとする、いいな」

 

「ええ、構わないわ」

 

「これで俺達は共犯者だな。ま、こっちはこっちで上手くやる。計画の細部は明日にでも持ってくるからな」

 

アガレスはそう言って群玉閣から出るため机の前から去ろうとした。が、凝光に呼び止められたため立ち止まり、振り向いた。

 

「一つだけ忠告しておくわ。許可なしにこの計画を実行しようとしていたとしたら、私は貴方を絶対に許さないから」

 

アガレスはキョトン、としたがやがて微笑みを浮かべると、

 

「肝に銘じておこう」

 

とそう言って群玉閣を出るのだった。

 

 

 

一方その頃、青墟浦にて。

 

「もう少しね…もう少しで、全てを終わらせられる」

 

『淑女』は自身の火傷とモンドから逃げる際に消耗した体力を回復させるために潜伏していた。『淑女』にとって思い出すのも悍ましい出来事、それは『天空のライアー盗難事件』である。

 

その際にファデュイの隠し拠点に侵入したアガレスはその基地ごとほとんどの物資を灼き尽くし『淑女』に重大な火傷を負わせた。彼女にしてみれば火傷は過去に関係する。その過去を思い出させた代償として、彼女はアガレスに復讐するべく力を蓄えていたのだ。

 

そんな時だった。一人の女が青墟浦の、それも『淑女』のいる場所に現れたのは。

 

「やっほ〜、シニョーラちゃん、元気してる?」

 

「っ!あんたがなんでこんなところに…!」

 

『淑女』は思わず声を荒げた。荒げられた当の本人はヘラヘラしていて、特に効いた様子はなかった。

 

「そんなことより、私ちょ〜っと困ってるんだよね。助けてくんない?」

 

「嫌よ、なんであんたなんかに───」

 

「救民団団長、アガレス」

 

その名を出した瞬間、『淑女』の口が止まった。その様子を見て女はニヤリと嗤った。

 

「彼が邪魔立てしてくるの、だから、消してほしくって。利害は一致していると思わない?璃月港に今丁度いるしね、どう?」

 

「…あんた、何を企んでるの」

 

「えー、言ったじゃん。邪魔立てしてくるって。とある一大イベントの邪魔が入っちゃいけないから、手伝ってくれる?」

 

『淑女』は何かをまた言おうとしたがやがて諦めたように溜息を吐いた。

 

「わかったわよ…仕方がないわね」

 

「やった!これで時間稼ぎはできるかな…」

 

女は『淑女』とは逆の方向を向き、ニヤリと卑しい笑みを浮かべた。

 

「璃月には滅んでもらう。ついでに神の心もゲットできて一石二鳥!嗚呼、早く…三日後が楽しみで楽しみで仕方がないよ…!」

 

くねくねと身体をくねらせ、女は言った。そんな女の様子を見て『淑女』は一言、

 

「…やっぱり、貴女は『売女』の名を冠するのが相応しいわね」

 

そう呟いた。




というわけで『売女』さん初登場でした。かなりぶっ飛んだキャラですちなみに


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第38話 事態急変①

見やすいように章を作らしてもらいました。これはちなみに私が見やすいのでつけました。異論は認めます()


群玉閣を去った俺は念の為青墟浦に来ていた。廃墟の中で、まだ新しい焚き火の跡があった。まだ仄かに赤みがある。少し前までまだ誰かがいたようだ

 

「…元素視覚で見ても痕跡はなし…誰がいたんだろうな」

 

勿論、こんな場所でキャンプをするのは余程の物好きか宝盗団、或いは余程人里から離れていなければならない存在か、いずれにせよマトモなやつじゃない。

 

「っ誰だ!」

 

と、背後に気配を感じ、思わず前へ飛び退き宙返りしながら体を捻って反転、気配と対峙する形で着地した。

 

「おんやぁ〜バレちゃった?案外鋭いんだね」

 

気配の正体は女だった。顔を真っ青な仮面で隠し、頭にも同じく青い魔女っぽい帽子を被っている。服装はしかし肌を一つたりとも見せない服で黒と青を基調とした服である。その女が肩を竦めながら言った。

 

「まさか背後すら取らせてもらえないなんて、流石にびっくりしちゃった。ねぇねぇ、アガレス君、うちに入る気はない?今なら間違いなく執行官になれるよぉ〜?超好待遇!イェイ!」

 

「ッハハ、俺の正体を知っててそれを言うのか?土台無理な相談だとわかっているだろうに」

 

そう言うと、それまでヘラヘラとしていた雰囲気が一瞬にして無になった。

 

「ハァ〜?あんたのことをわざわざスカウトしてやってるのわかんないわけ?氷の女皇はさ、あんたに死んでほしくないからこうしてるんだよわかる?それすらもわかんないの?ふざけてんの?」

 

「全く、巫山戯ているのはそっちだろうに。俺をスカウトしたければ氷神自らが赴くべきだろう?部下に行かせている時点で俺と彼女は対等ではない証明、つまり彼女が俺を下に見ていることにほかならない」

 

俺は彼女の一挙手一投足に注意しながら更に続ける。

 

「世界を救うためならば彼女の下に入るのも吝かではないが、神の心を集めて何をするのかが不明で、その影響が不明瞭な以上、彼女に協力することはできないしするつもりもない。まぁそもそもスカウトする側にもそれなりの説明責任があると思うのだが如何かな?」

 

「だから言ってんじゃん。あんたに死んでほしくないんだって。このままだと君、人質取られてそのまま死んじゃうよ?それでもいいの?」

 

「俺一人の犠牲で事が済むなら安いものだろう?そもそも、人質を取らせるつもりはないが」

 

俺は右手の薬指と中指を弾いた。

 

「何の真似?」

 

「少し気を引きたかっただけだ。お互い、熱くなっているようだったからな」

 

「ふ〜ん、そう」

 

「それで、人質を取ると言ってもどうするつもりだ?」

 

彼女がニヤリと笑ったのが、仮面越しに伝わった。

 

「人質に取るのは璃月港だよ。モラクスは生きているけれど、『炎の魔女』と若陀龍王、どちらも国を滅ぼす脅威だからね。モラクスと言えど2つの脅威には対抗しきれない。そしてどちらも仙人が相手をするには力不足だよ?」

 

「なるほど、モラクスとの契約達成は諦めたか。神の心は殺して奪うつもり、ということか」

 

「うん、ついでに君のも、頂いちゃうことになりました〜!」

 

仮面の亀裂から覗いている碧色の瞳が妖しく光った。俺は肩を竦めながら言った。

 

「へぇ…その計画はもう既に決行されているわけか?」

 

「うん、あと一時間後には『炎の魔女』も若陀龍王も動き出す手筈だよ。まずは『公子』が黄金屋へ向かって仙人の遺骸から神の心を奪おうとして失敗、そちらに注意を引き寄せて璃月港を蹂躙するんだよ!完璧な作戦だよねぇ!!ねぇどうする!?君の大好きな璃月も、モンドから連れてきた子も一緒に死んじゃうんじゃないかなぁ!?」

 

女の哄笑が響き渡っていた。確かに、俺一人では対応できないだろう。俺一人であったのならば、という前提はあるけどな。

 

俺は口の端を持ち上げくつくつと喉を鳴らした。小さいはずだが、彼女の耳にはしっかり届いたらしく怪訝そうに俺を見る。

 

「俺にはもう止められないから、俺は今ここで死ぬのだから、そう思って全ての計画の全容を話してくれたことに、感謝の意を示すよ、執行官第6位『売女』ルフィアン」

 

ルフィアンと呼ばれた彼女は大きく目を見開いた。

 

「先程の手を弾いた行動についてもっと言及するべきだったな」

 

俺は右手のガントレットを外し、手を見せた。中指と薬指には、ウェンティと旅人にそれぞれ渡した指輪のもう一対が嵌められている。

 

「この指輪は聖遺物の一種で離れた相手とリアルタイムで話すことが可能だ。今までの会話は全て拾ってこの指輪の先に伝わっている」

 

「は…?」

 

「一人は璃月港に、もう一人はモンドに…さて、モンドはこの計画を聞いて黙ってはいまい。隣国が滅ぶかもしれないのだからな。そして璃月もこの計画の全容が伝わり、有利な状況で戦を進めることができるだろう。今頃は千岩軍が黄金屋に展開しているだろうな。執行官が来ることも見越してそれなりに武力を持った存在も居るだろう」

 

「嘘でしょ…そんなハッタリに騙されるほど私は馬鹿じゃない!!」

 

あくまで認めない、というのも手だ。だが、しかし。

 

「事実は事実だ。時に事実は想像もよらない場所にあるものだ」

 

「まさか…本当に」

 

自身の計画が破綻したことを察してか、わなわなと震え、膝をついた。

 

「発想、そして根回し、用意周到さ、全てをとってもトップクラス。しかも俺を罠に嵌めて誘い出し、璃月港を人質に取る、というところまでは完璧だったと言っていい。だが…」

 

俺は鼻で笑った。

 

「相手が悪かったな」

 

俺の言葉にぷるぷると震えていたルフィアンは遂に感情が爆発したらしく、

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!クソ、クソクソクソ!!腹立つなぁ!!せっっっっかく上手く行ってたのにさぁ!!いっつも大事なところで邪魔が入るんだよ!!」

 

突如、頭を掻き毟りながら言った。やがてピタッとその動きが止まったかと思うと碧眼がギョロッと動き、こちらを向いた。

 

「そうか、バレてしまったものは仕方がないのだし…殺してしまえば変わらないんだ。あははは!そうじゃない!殺してしまえば全て無に帰る!モラクスの神の心は手に入らなくてもアガレスのものがあれば女皇への手土産としては十分だよねェ!!」

 

突如剣を抜き放ち、水を纏わせて上から振り下ろしてきた。俺はガントレットを再び装着しつつバックステップで避けつつ刀を生み出し抜き放った。

 

「旅人、聞こえていたな!まずは七星に報告してから仙人にも報告しに行け!望舒旅館に行くだけでいい!」

 

『わかった、急ぐね!』

 

「ウェンティ、いやバルバトス!援軍を頼む!!」

 

『勿論だよ〜、任せて』

 

俺はルフィアンの攻撃を上手くいなしながら、叫ぶように指示していった。

 

「ノエルも居るな!」

 

『はい!アガレスさま!』

 

俺はルフィアンの攻撃をいなして態勢を崩し、腹を蹴って距離を取った。見えていないだろうが、俺は微笑みながら言った。

 

「…璃月を、民を頼む」

 

『わたくしにお任せ下さい!!』

 

それだけ言うと俺は再び指を弾いて指輪の機能を停止させた。

 

「さて、と」

 

俺は腹を擦りながら起き上がったルフィアンを見た。彼女もまた、過去に何かを背負い、そして今も尚縛られているのだろう。ファデュイの執行官は皆何かに縛られている。名声だったり、富だったり、強さだったり、復讐だったり。そして彼女はなんだろうか。何にせよ、その目的への渇望を、俺は解消してやれない。そしてその渇望は、世界に害をなす。

 

「哀れな凡人よ。世界に害をなす存在となったその愚劣さを呪いながら、無様に死んで逝け」

 

「断ると言ったら…!!」

 

「拒否権など存在しない。世界に害をなすなら、神だろうがなんだろうが殺す。それが俺の信条だ」

 

「フン…!私達の目的も知らないでよく言う、よ!!」

 

再びルフィアンが一気に踏み込んできた。先程吹き飛んで受けた傷は跡形もない。何らかの方法で治したようだ。俺は雷元素を纏いながら少し踏み込むと、別の場所にも雷元素を発生させ、維持しておく。俺は踏ん張りつつ雷元素を右手に集め、横薙ぎに振るわれた剣を右手で掴んだ。

 

「っ!?」

 

「お返しだ」

 

俺の右手から雷元素がルフィアンに纏わりつき、先程維持した雷元素の場所まで一気に引き寄せられていった。やがて勢いそのままに壁に激突し、内臓を損傷したのか血を吐いた。

 

「おいおい、この程度で終わってしまうのか?」

 

「っまだまだ…!」

 

彼女を風元素が包んだかと思うと、傷が癒えたようだった。なるほど。

 

「『邪眼』か…」

 

『邪眼』とはファデュイが開発した神の目の模倣品だ。誰でも持てば元素の力を扱えるようになるが代償として死に至ったり発狂したりする。それを与えられて使いこなせているのがこの執行官という人間基準での化け物たちなのだ。

 

「ふふ、第二ラウンドと行こうよ…アガレスぅ…!!」

 

そう言うと彼女は仮面を脱ぎ捨てた。元の容姿は悪くなかったのだろうが、彼女の顔には火傷痕や傷跡が至るところにあった。何より、首筋から頬にかけて青い色の大きい痣がある。

 

そんな顔を醜くうち歪ませながら俺へ向けて剣を突きつけるのだった。




というわけで事態急変しました。完全にアガレスの作戦勝ちですね。とはいえ若陀龍王は鍾離と旅人の邪魔を入れないので完全な状態で復活します。簡単に言えば良心が警告をしない状態です。完全に狂気に呑まれているので喋ることもできない若陀龍王と、完全に炎に呑み込まれかけている魔女さん。2つの脅威に璃月は、ひいてはアガレスはどう対応するのか。

いやぁ…頑張って考えねば。


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第39話 事態急変②

所用で外出してましたのでレポートもおわってないですやゔぁい


アガレスから連絡を受けた旅人は早速凝光の下に向かった。凝光は既に南天門辺りを中心とした地震の対応で群玉閣を降りてきて的確に指示を飛ばしていた。

 

「凝光さん!」

 

「あら、旅人…どうかしたのかしら?」

 

そんな中、旅人が凝光に話しかけ矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

 

「急いで報告したいことが…アガレスさんからなんですけど」

 

凝光はアガレスの名を聞いて動きを止め、旅人をジッと見た。旅人は先程聞いた話を凝光に一言一句変えずにそのまま伝えた。旅人の話を聞いた凝光はわなわなと震えながら言った。

 

「図らずもアガレスの言っていたことが現実になったわけね。何より厄介なのは『淑女』をアガレスが抑えられないことね。更に言えば黄金屋にも人員を割いておかないといけない。やることは山積みね」

 

「でも、心配ないと思いますよ」

 

旅人は少し微笑みながら言った。凝光はキョトンとして旅人に説明を求めた。

 

「この話を聞いていたのは私だけじゃありませんから」

 

「凝光様!」

 

千岩軍の一人が走ってやってきたのを見計らって旅人は少し下がる。

 

「モンド方面から───」

 

「説明は不要だ」

 

その場に突如暴風が吹き荒れたかと思うと、空中に蒼き巨龍がその場で羽ばたき、凝光達を見ていた。

 

「トワリン!」

 

『久しいな、旅人よ。アガレスも元気にしておるのか?』

 

「うん、元気だよ」

 

「ち、ちょっと旅人、どういうことなのか説明しなさいよ」

 

凝光が柄にもなく旅人に詰め寄りながら言った。が、その答えは旅人からではなく、別の方向から齎された。

 

「───それはこちらから説明させていただこう、『天権』凝光殿」

 

トワリンの首から髪を靡かせて降りてきたのは西風騎士団代理団長、ジン・グンヒルドであった。

 

 

 

「それで、どういうことなの?」

 

屋内に移動した凝光達はトワリンの首に乗ってきた総勢10名の西風騎士団に問いかけた。

 

「風神様がアガレスの言葉を聞き、璃月に援軍を出すように進言されたのだ。我等はその進言に従い、駆けつけようとしたが、それでは間に合わぬだろうと、この東風の龍に乗せてくれたのだ」

 

「つまり、旅人、貴女が言っていたもう一人って風神バルバトスのことだったのね」

 

同席している旅人は頷いた。

 

「それで、状況は」

 

「現在被害が出ているのは地震による被害ね。風神から聞いているかも知れないけれど、若陀龍王という太古の龍、そして元ファデュイ執行官第八位『淑女』が璃月港へ向けて一時間後に侵攻を開始するそうよ。今はその事前動作と思われる南天門付近を震源とする地震、そして黄金屋にはファデュイ執行官第10位『公子』がいるわ」

 

「なるほど…確かそちらは陽動として、だったな。それで、アガレスは?」

 

ジンが旅人を見ながら言った。

 

「ファデュイ執行官第6位『売女』を相手にしてるみたいで、今は音信不通だよ」

 

「まぁ彼のことだ。心配はないだろう。『売女』の心配はないにしても、他2つは我々にとっても脅威だろう。ただし、こと若陀龍王についてはトワリンが対応すると言ってくれている。若陀龍王はそれで抑えきれるだろう」

 

ジンはトワリンと直に戦い、その強さを知っているからこそ信頼していた。若陀龍王をも抑えられるだろう、と踏んでいる。

 

「では『淑女』に全身全霊を傾けるべき、と言いたいのかしら?」

 

『さっきから話を聞いていたが…その前に、旅人、指輪を机の上においてくれないか?』

 

旅人のつけている指輪から突如声が鳴り響いた。無論、アガレスの声である。旅人は指輪を言われた通り机の上に置いた。

 

 

 

「さて…音声くらいは拾えるから大体話は聞いていたが、忘れるなよ。今回の脅威は3つだ。まずは若陀龍王の復活、そして『淑女』の襲撃、そして『公子』タルタリヤの加勢だ」

 

「っ…無視してんじゃないよ!!」

 

風の刃がアガレスへ飛来するが、アガレスは同じく風元素で対応、風刃ごと巻き込む竜巻を発生させ、ルフィアンをも吹き飛ばした。

 

『アガレス、そちらは大丈夫か?轟音が聞こえるんだが』

 

ジンが心配そうに言った。俺はそれに対して冗談を交えて言った。

 

「なに、少しノミが飛び回っているだけだ」

 

「ほんとに物理的に飛び回ってるからそんな事言わないでくれないかなぁあああああ!!?」

 

吹き飛びながらルフィアンが叫んだ。さて。

 

「モラクスとしては既に契約を破棄されているわけだから神の心を彼が渡す心配はない。だが、それでもモラクスの神の心を奪おうと、ファデュイは躍起になるだろう。更に言えばルフィアンが戻ってこないことでファデュイの連中も動く可能性は更に高くなる。最早これは戦争と言っても過言ではない」

 

「戦争…そうなっても勝つのはこっちだ、よ!」

 

風元素で水元素を拡散させながら俺に無差別攻撃をルフィアンが仕掛けてきた。俺は氷元素を纏い、向かってきた水球を全て凍て付かせ、その氷塊をルフィアンへ向けて飛ばした。ルフィアンはバックステップで回避すると、俺の意表を突いて一気に踏み込み、剣を振るった。

 

『つまり、ファデュイも敵に回る、と考えて良いのだな?』

 

俺は剣を刀で受け止めると、鍔迫り合いに持っていった。

 

「その通りだ」

 

「っ…うぉおおおおお!!」

 

ルフィアンが気迫の籠もった雄叫びを上げるが、俺の刀も腕もびくともしない。俺は力を一瞬で抜き、相撲で言ううっちゃりをして背後を取り、蹴り飛ばして刀を仕舞う。

 

「千岩軍だけでは間違いなく戦力不足だ。仙人達に関しては既に地震を察知して動いているはずだから仙人達に関しては心配する必要はないが、黄金屋には誰が行く?」

 

『私が行く』

 

ほう、と俺は思わず唸る。

 

「旅人、それはどういう意図だ?」

 

「っ…私が…この私が遊ばれているの…!?そんな馬鹿な…!認めない…認めないッ!!」

 

剣を振りかぶりながら再び起き上がってきたルフィアンが大上段から剣を振り下ろしてきた。俺はニヤリと笑うと再び刀を鞘から抜き放った。

 

『タルタリヤには…その、借りがあるというか騙されていたけど、悪い人には見えない。だから説得しに行く』

 

旅人の言葉が終わると同時に刀を抜き放ちながら鞘を持ってルフィアンを斬り裂いた。

 

「なるほどな…戦わなくて済むなら確かにそれが一番だろう。旅人以外に適任はいないか。ではよろしく頼む。凝光、『玉衡』を呼び戻しておくと良い。別の場所に配置するんだ。千岩軍だけは少数残しておいていいと思うがな」

 

『ええ、言われなくてもそうするつもりよ』

 

ルフィアンは左腕を失うに留まった。

 

「避けたか…風元素で上手く逃げたわけだな」

 

「っ…本当に悔しいし、屈辱だけど…退かせてもらうわ」

 

ルフィアンは俺と同じ要領で風元素の力を使って浮遊すると、上空へと飛んでいこうとした。

 

「なっ…!?」

 

「簡単に逃がすわけがないだろう。対人戦において逃亡防止策を実行しておくのは基本中の基本だからな」

 

ルフィアンが暴風の壁に激突し、コントロールを失ってドシャッと音を立てて地面に激突し、意識を失った。

 

「凝光、『売女』は捕獲した。あとで拷問して色々な情報を引き出してみるといい。自死させないように気をつけるんだな」

 

『ええ、そっちの部門に関しては腕利きが居るから問題ないわ。それより、淑女はお願いできない?』

 

そうだな。

 

「いいだろう。『淑女』は元々俺が相手をするつもりだったからな。んじゃぁ、璃月港は頼んだぞ」

 

『ええ、任せて頂戴』

 

「それとジン、お前達も璃月港の護りに入ってくれ」

 

『承知した。任せておけ』

 

「あと、トワリンには若陀龍王をできればでいいから殺さずに撃退してほしいと伝えておいてくれ、旅人、指輪の装着を忘れるなよ。それじゃあな」

 

俺は話すだけ話して指輪の通信を一方的に遮断し、ルフィアンの傷の手当をしてから璃月港へ向かうべく青墟浦の遺跡群から離れた。

 

「やはり不審に思うよな。自身に計画を持ちかけた存在が時間になっても現れないのだからな」

 

だが、途中でチリッと重い殺気を感じていた俺はゆっくり背後へ振り向いた。崖の上、そこに、炎の化身が存在していた。

 

「久しぶりだな…『淑女』…いや、ロザリン・クルーズチカ・ローエファルタ、だったか…?」

 

焚尽の灼炎魔女の姿が、そこにはあった。最早人語すらも解せないようだが、本能でここまで辿り着いたようである。彼女から発せられる熱量で草木が自然発火し、岩石をも溶かしている。このままでは被害が甚大となるだろう。その前に。

 

「その復讐、俺が終わらせてやろう。大人しく恋人の下まで逝くといい…!!」

 

俺は刀を抜き放ち、ロザリンへ向けてその切っ先を突きつけるのだった。




うぇい、所用…弟の晴れ舞台、見ずにはいられなかったんだぜ…

本当にごめんなさい。明日こそレポートやるんで…シテ…コロシテ…


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第40話 若陀龍王①

今回からは復活した若陀龍王と『玉衡』こと刻晴と千岩軍の戦いになります

追記 : 若陀龍王の漢字を間違ってました!!!穴があったら入りたい!!!ごめんなさい!!!


───我は外が見たい。外の世界を、この眼で。

 

地脈から流れてくる情報だけでは外の様子は何もわからなかった。だから我はモラクスに頼んだのだ。するとモラクスは我に眼を授けてくれて、暗い暗い地下から連れ出してくれた。

 

───この恩、一生忘れぬ。

 

やがて凡人共が層岩巨淵で採掘を始め、地脈を傷つけた。我は苦しみに喘ぎ、摩耗し、進んでいく自我の崩壊を少しでも遅くしようと我は耐えた。しかし、抑え込まれた摩耗は堤防の決壊のように一瞬にして、そして激しく表れた。

モラクスは夜叉や仙人、凡人を率いて我の下までやって来て、苦戦しつつもしたくもない暴走を止め、剰え封印までしてくれた。

 

───この恩、一生忘れぬ。

 

あれから数千年、璃月の民は愚か、仙人や夜叉、モラクスでさえ、我の下を訪れることはなかった。始めは忙しいのだと思っていたが、やがて我は彼等に裏切られ、見捨てられたのだと思うようになった。我はこのまま、摩耗によって朽ちていくのだろうか。そんな運命、到底許せるはずもなし。我の怨念が人の形を為し、一人の子供を生み出した。子供を使って凡人の鉱夫を集め、南天門付近の我の封印場所へ向け掘り進めさせた。

 

モラクス、千年もの屈辱を晴らす時はもうすぐに満ちる。覚悟するがいい、璃月を我は必ず滅ぼしてみせる。

 

───この怨、一生忘れぬ。

 

〜〜〜〜

 

「地震活動が活発になってきているわね…状況は?」

 

南天門にて、刻晴は伝令の兵士にそう問いかけた。

 

「学者によれば地震活動が活発になっていることで、地盤が緩んでいるそうです。恐らく若陀龍王が地上に出てくるのも時間の問題かと…しかし、モンドからの増援も来ます。抑えられるでしょう」

 

千岩軍の伝令が『玉衡』こと刻晴にそう告げた。その言葉には現状をどこか楽観視しているように刻晴には感じられ、それを咎めようとした。

 

「ん…?」

 

しかし刻晴はなにかに気が付いたらしく地面のある一点を見つめた。それに倣ってか、千岩軍の伝令も刻晴の視線の先に視線を向けた。

 

ボコッ、と地面が出っ張っているのである。やがて亀裂とともにその盛り上がりは大きくなっていった。

 

「っ!!」

 

刻晴は余りの事態の性急さに若干放心気味となっていたが、すぐに周囲へ向けて大声で叫ぶように言った。

 

「総員戦闘準備!!非戦闘員は直ちに撤退しなさい!!」

 

「『玉衡』様!?」

 

「これは命令よ!!急ぎなさい!!若陀龍王が───ッ!?」

 

話している内にも見る見る亀裂が広がり、やがて地面が陥没するようにして砕け散った。その穴からベビーヴィシャップ・岩やヴィシャップ・岩が続々と姿を現してくる。そして最奥から地響きが鳴り響いていた。

 

そんな状態の中、なんとか体制を立て直した刻晴が指示を飛ばす。

 

「っ…来るわよ…!総員!非戦闘員の避難を最優先!!一部の者は私に続きなさい!!今のうちにヴィシャップの数を減らせるだけ減らすわ!!」

 

若陀龍王が出てくればヴィシャップに構っている暇はない。若陀龍王は地脈を通して全ての元素の力を操ることができる。自我のない若陀龍王は恐らくなりふり構わずあらゆる元素で攻撃してくるだろう、そう刻晴は考えていた。

 

「援軍は!?」

 

「まだです!」

 

だからこそ、伝令の兵士に援軍の存在を問い掛けたのだが未だ音沙汰なしである。刻晴は戦力の不足にギリッと歯噛みすると覚悟を決める。

 

「仕方ないわね…援軍には期待できそうにないわ!皆!行くわよ…!!」

 

刻晴の号令と共に、ベビーヴィシャップの群れが姿を現した。ベビーヴィシャップは少し硬いが、強敵と言うほどでもない。事実、千岩軍の兵士であれば苦戦はせず倒すことができるだろう。

 

だが、今回に関してはかなりの数がいる。その数に対して千岩軍側の人数は足りず戦力不足と言わざるを得なかった。

 

戦力不足に加え、今回はベビーヴィシャップの成長した姿であるヴィシャップもかなりの数がいる。ヴィシャップになると元素を扱うようになるため、ベビーヴィシャップに比べ討伐難易度が上がる。

 

刻晴は背筋に走る嫌な汗を感じながらも、一歩も退かずに戦うことを選択した。

 

「盾持ちは全員前へ!!ベビーヴィシャップの突進を防ぎなさい!そうしたら槍兵、いいわね!!」

 

「刻晴様は!!」

 

刻晴は部下の言葉に対して雷極を空中へと生み出しつつ言った。

 

「私は先行してヴィシャップを叩くわ!!ここからは現場の判断に任せるから、その場で撤退も視野に入れて動きなさい!」

 

それだけ言い残して刻晴が移動しようとした瞬間のことだった。

 

「───我も同行しよう」

 

刻晴の隣にスッと現れたのは鬼の面を被った少年で、その実仙人である。そんな少年を見た刻晴は驚きのあまり叫ぶ。

 

「降魔大聖!?どうしてここへ!」

 

そう、普段は望舒旅館付近の妖魔を祓っているはずの降魔大聖───魈が南天門付近に来ることはないのである。しかし魈は刻晴の言葉に淡々と答える。

 

「璃月の危機を祓うのが我の…仙人の仕事。未曾有のこの危機を察知した故動いたまでだ。この魔物共を祓えば良いのだろう?」

 

魈は、突進してきた一匹のベビーヴィシャップをいとも容易く槍で串刺しにすると言った。

 

「我に遅れぬようにするがいい、『玉衡』」

 

「ッ…言われなくてもそのつもりです…!」

 

刻晴は若干ムキになって答えつつ、魈の動きについていくために雷極を生み出してそこに瞬きする間に移動していった。

 

 

 

一方刻晴達が消えた戦場で、千岩軍の兵士達は転がりながら突進してくるベビーヴィシャップと相対していた。

 

「───総員、盾を構えて受け止めろ!!踏ん張れ!!」

 

千岩軍隊長の掛け声により盾を持った千岩軍の兵士がベビーヴィシャップの突撃を次々と食い止めていく。なんとか受け止めきった兵士達を見て隊長は更に指示を飛ばす。

 

「槍兵!突け!!」

 

そのまま隊長の指示に従い、盾と盾の隙間から兵士が槍を突き刺し絶命させていく。

 

「よし…!」

 

「い、いけるぞ…!」

 

第一波を凌いだ兵士達から歓喜の声が上がる。しかし、常に死と隣り合わせの戦場において、油断というものは人を殺す。

 

それをよく理解している千岩軍の隊長は歯噛みしつつもすぐに、

 

「気を抜くな!すぐに第二波が来るぞ!!」

 

そう叫ぶように言った。しかし、

 

「え?うわっ!!」

 

盾持ちの一人が吹き飛ばされ、陣形が微かに乱れた。すぐに他の兵士がカバーするが、如何せんベビーヴィシャップの数は多い。それでも、千岩軍に打って出ることはできなかった。一匹でも討ち漏らせば璃月港に直進するであろうことは誰の目にも明らかだったからである。

 

隊長は現状に再び歯噛みすると、兵士達に檄を飛ばした。

 

「死守せよ!!絶対に此処を通すな!!」

 

「隊長!!背後からヒルチャールの群れが!!」

 

しかし、ここで千岩軍にとって悪いニュースが舞い込む。千岩軍隊長の背後にヒルチャールの群れが迫ってきていた。その様子を見た隊長は苦々しげに顔を歪める。

 

「っ…魔物が多すぎて引き寄せられた、ということか…」

 

ベビーヴィシャップ・岩は元素生物だ。その元素生物の大移動によって周辺の魔物も引き寄せられてしまったのだ。

 

これにより、ほぼ全方位からの攻撃を想定せねばならなくなったのである。そしてそれらに対応するには、あまりにも人材が不足しすぎていた。

 

「くっ…槍兵と通常装備の兵士を少しだけでいいから全方位の警戒に充てろ!陥没穴からは目を離すなよ!!」

 

「隊長!無茶です!!」

 

「いいからやるんだよ!!」

 

幾らヒルチャールとはいえ、数は力である。暴徒こそいないものの、それでも数は50を優に超えていた。そんなヒルチャール達を無視できるはずもなく千岩軍はそちらに戦力を割かねばならなくなってしまったのだ。

 

ベビーヴィシャップ達の数は少しばかり減ったとは言え、まだまだ数がいるのにも関わらず、兵士たちの精神的疲労、肉体的疲労は最早限界を迎えていた。そして、

 

「っ…ガッ!!」

 

「お、おい!大丈夫───うわッ!?」

 

一つの崩れから、戦局は一気に変わる。盾兵の一人が疲労困憊により膝をついた。そこに丁度良くベビーヴィシャップが突撃してきたのである。そこからベビーヴィシャップが一匹、もう一匹と入り込み、槍兵を蹂躙し始めた。隊長はその様子を見て何度目になるかわからない歯噛みをした。

 

「っ…密集隊形が仇になったか…!!」

 

隊長は次の指示を出すべく声を張り上げようとした。しかし、

 

「隊長!後ろ!!」

 

「何っ!?グッ…」

 

隊長の背後にもベビーヴィシャップは既に迫っており、既のところで横に飛んで躱したが、それによってバランスを崩し、尻餅をついた。

 

このままでは次はないだろう。ベビーヴィシャップは転がったままそのまま反転し、別の槍兵や盾兵を後ろから轢き潰していった。逃げ出そうとする兵士もいる中、指揮官として命じなければならなかった。

 

「死守せよ!!我等の背後には護りの薄い璃月港!!民を見捨てて逃げるのであれば俺が切り捨てる!!こうなれば止むなし…俺に続けええええ!!」

 

隊長の激励によって再び兵士たちが息を吹き返し、気迫の籠もった雄叫びを挙げながら攻撃を開始した。ベビーヴィシャップは兵士たちの圧力に圧されつつも、着実に一人、また一人と轢き潰していった。そんな中、ベビーヴィシャップ三体ほどが戦闘を走る隊長の前に立ち塞がった。

 

「そこを退け!!」

 

隊長は無我夢中で剣を振るうが、しかし人には疲労が存在する。ここまで突破してきたツケが回り、周囲のことが疎かになっていた。足を縺れさせ、途中で転ぶ。当然、ベビーヴィシャップがそこを見逃すはずもなく、一斉に飛びかかった。

 

「隊長!!」

 

「っ…!」

 

絶体絶命のその時だった。一筋の氷元素を纏った矢が飛来し、ベビーヴィシャップのうちの一体の眉間を貫いたかと思うと氷塊が拡散し、周囲のヴィシャップをも殲滅させた。呆然とする隊長は矢の飛んできた方向を見た。

 

そこには神々しい鹿や鳥の姿をした仙人達の姿があった。

 

【よくぞ持ち堪えた、凡人共!!】

 

【我等も璃月の有事に黙っては見ておれぬ!加勢しようぞ!】

 

【ふむ…若陀龍王が蘇るか…申鶴よ、妾の新造した『帰終機』を】

 

「はい、師匠」

 

崖の上にいる仙人達は生み出された帰終機に仙力を注入していく。

 

「おお…仙人様だ!!」

 

そんな様子を見た誰かが叫んだ。隊長を助けたのは弓を構える半仙の甘雨である。その甘雨が兵士達に向け大きい声で告げた。

 

「皆様!私が支援致します!!もう少しだけ踏ん張って下さい!!」

 

甘雨は言いながらも矢を飛ばしてベビーヴィシャップを仕留める。そんな甘雨を見て、隣りにいたピンばあやが微笑みを携えて呟く。

 

「ほっほっ、若いのは元気でええのう…どれ、少し手伝ってやるとするかい」

 

やがて千岩軍の肉体に仙力の効果がランダムに一つだけかかるように仙人達は支援を開始した。一度は倒れ伏したはずの千岩軍兵士も、氷元素に充てられたかと思うと息を吹き返して立ち上がった。

 

「もっと早く?」

 

不卜廬にいる救苦度厄真君こと、七七のお陰である。仙人たちは世に散らばっている仙人を探し、集めたため少し初動が遅れてしまったのである。尚、今回は不ト廬の白朮が七七を連れてきて頑張ってもらっている。

 

「私も支援する!全く…今回はタダ働きとはな…法律にまだ抜け道があったとは…」

 

文句を言いながら炎元素をばら撒いてベビーヴィシャップを倒しているのは法律家の煙緋であり、彼女もまた半仙の存在だった。

 

そんな仙人達を見て隊長は再び闘志を燃やす。

 

「っ…立ち上がれ皆のもの!!仙人様も来て下さった!!これで負けては璃月人の名折れというものだろう!!」

 

『応!!』

 

「よしっ!!突撃ぃぃぃ!!」

 

仙人達により心も体も回復した千岩軍が一層勢いを増してベビーヴィシャップとヒルチャールの群れに対処するべく突撃を開始するのだった。




アンケートにご協力ありがとうございました
昨日の更新に関してはレポートやってたもんですから…えへっ


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第41話 若陀龍王②

前回の続きです
いやぁ…眠いのに小説書いちゃ駄目ですねマジで。善悪基準が定まらなくて死んでしまいます()


千岩軍とは別に動き出した魈と刻晴は、魈はヴィシャップの上を飛んでいき、刻晴は元素スキルを駆使して上空を移動していった。やがて陥没穴付近まで近付いてきたところでベビーヴィシャップの数が少し減り、陥没穴付近のヴィシャップと戦うための十分なスペースができていたため、そこに刻晴と魈は降り立った。すると刻晴と魈に気が付いたヴィシャップ・岩が数体二人の前に立ちはだかった。刻晴が剣を構えながら言った。

 

「邪魔するなら死んでもらうわ」

 

「元よりそのつもりだ」

 

「どういう意味よ…ですか?」

 

「無理に敬語にする必要はない。凡人の口調などどうでもいいからな。それで、理由だが…そうだな、戦いながら話すとしよう」

 

魈は一気に飛び上がると、上から槍を支点にしてクルクルと回転して威力を増しながらヴィシャップに命中したかと思うと、風の槍が複数更に生成され、ヴィシャップを突き刺し絶命させた。

 

「消えろ」

 

「剣光よ、世の乱れを斬り尽くせ!!」

 

互いの元素爆発が拡散反応を引き起こし、一挙にヴィシャップを駆逐していく。2人にかかればヴィシャップは対して強敵とはなり得ないのだ。

 

「それで、どういう理由なの?」

 

「こ奴等は若陀龍王が生み出した、いわば子孫のようなものだ。だから彼等は地脈を通じて若陀龍王と繋がっている。地脈を通じて彼等は指令を受け、恐らく何としても若陀龍王の復活する経路を確保せよとの命を受けている。元より死ぬつもり、とはそういう意味だ」

 

「なるほど…理解したわ」

 

気づけば2人が暴れたことによりヴィシャップは少なくなっていた。それでも、ヴィシャップは時間稼ぎをしようと2人に襲いかかっていく。

 

刻晴は襲いかかってくるヴィシャップに敢えて向かうと振るわれた腕を飛んで回避し、そのままの勢いでヴィシャップの硬い首に剣を差し込み雷元素を中に流し込んだ。内側から雷元素によってズタズタにされ、絶命した。

 

魈に向かっていったヴィシャップは風元素による目にも留まらぬ速さの突撃を受けて風穴を開けて絶命した。魈はそのまま陥没穴に更に近付こうと走ったが、地響きによって若干態勢を崩し、膝をつく。

 

「っ…!」

 

直後、剛腕が陥没穴からヌッと現れたかと思うと、巨躯が姿を表した。それも、二体である。

 

「エンシェントヴィシャップ…」

 

長き眠りから目覚めたのは若陀龍王だけではなかった、ということである。

 

「っ…一匹ずつ片付ける。凡人、援護しろ」

 

「言われなくてもわかってるわよ!ハァッ!!」

 

刻晴が先行し、雷極を飛ばしてそこに飛び、雷元素を纏いつつ横薙ぎに剣を振るった。しかし、やはりというべきか、剣はエンシェントヴィシャップの肉体を斬り裂くことはなく、表面の硬い鎧にわずかに食い込んだだけだった。刻晴は急いで剣をエンシェントヴィシャップの肉体から離すと、飛び退いた。直後その場をもう一体のエンシェントヴィシャップの氷のブレスが通り過ぎた。

 

「狙うなら同士討ちも狙えそうね」

 

刻晴は二匹の古龍は連携が取れていない、と分析した。しかし、魈はそれを否定した。

 

「否、無理だろう。今度からは地脈を通じて若陀龍王が指示を出してくる。同士討ちは狙えん」

 

「じゃぁ堅実にやるしかないってことね…効率は悪いけれど、現状では最高の効率かしら…」

 

刻晴は少しだけ愚痴を零すと、再びエンシェントヴィシャップへ向けて突進した。今度は雷極を使わずにジグザグに動きながらである。もう一体のエンシェントヴィシャップのブレス対策である。狙いが定まらないため、撃つことができないのだ。時偶刻晴はもう一体との射線上に現在刻晴達が戦っているエンシェントヴィシャップを入れてくるため、尚放てなかった。

 

援護がないことを察したエンシェントヴィシャップが自分でブレスを放とうと口を大きく開いた。

 

「今よッ!!」

 

「喚くがいい!」

 

エンシェントヴィシャップは総じて体が硬い。では弱点はどこか。答えは眼球か、口の中である。しかし眼球を潰したところで時間をかけねば殺すことはできない。であれば口を開けた瞬間大きく傷つけてしまえばいい。少なくとも眼球を潰すよりかは早く殺すことができるだろう。

 

魈の風元素を纏った槍の突撃によって頭が破裂したように吹き飛んだ。首は抉り取られたように肉が渦を巻いており、エンシェントヴィシャップは大量に血液を吹き出してドシャッと倒れた。

 

もう一体はブレスを吐くとああなることを理解したのか、ブレスを一切吐かずに刻晴と魈へ攻撃を仕掛け始めた。先程とは違って口を開かないため一気に倒すことができない。加えて鎧が硬く、剣も槍も通らないため用意に傷をつけることすらできていなかった。

 

「っぐ!!」

 

そんな中、遂に刻晴をエンシェントヴィシャップの剛腕が捉えた。刻晴は剣でギリギリ防いだが、衝撃は凄まじく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられ肺の空気を全て吐き出し、不規則に息をしていた。

 

「っ…刻晴!」

 

魈らしくもなく一瞬刻晴に気を取られたその瞬間を見逃さず、エンシェントヴィシャップは再び剛腕を振るった。魈が気が付いた時には既に目と鼻の先に剛腕が迫っていた。何とか右腕を自分と腕の間に入り込ませるも、衝撃は凄まじく右腕が複雑に曲がり明らかに複雑骨折をしていた。魈は何とか立ち上がると、刻晴を見た。刻晴も何とか立ち上がり、剣をエンシェントヴィシャップへ向けて突きつけていた。口から血を流していることから内臓が損傷しているか、口の中を切っているらしかった。

 

「刻晴、まだいけるのか?」

 

「私は…問題ないわ…降魔大聖は?」

 

「我も問題はない。右腕は使えないが、左腕でどうとでもなる」

 

エンシェントヴィシャップは手負いの二人を見て勝ちを確信したのか、大きな咆哮を上げた。

 

「来るわね」

 

「ああ」

 

「チャンスは一回きりよ」

 

「わかっている。我を誰だと思っている?」

 

刻晴がダッと駆け出した。エンシェントヴィシャップへ向かって真っ直ぐに。

 

生物は本能的に、噛み付く、ということを優先する。特に自身が絶対的強者で、絶対に負けない際にその傾向は強くなる。現状、手負いの人間二人を見てエンシェントヴィシャップは勝ちを確信していた。だからこそ刻晴を食べようと突進してくる刻晴へ向け更に自分も近付き口を大きく開いた。そしてその油断こそが、先程自分の仲間を殺した存在のことを忘れさせるのである。

 

「今よッ!」

 

「わかっている!!」

 

刻晴が突然斜め後ろに向かって飛び上がった。エンシェントヴィシャップは釣られてそちらに顔を向けたが、次の瞬間目を見開いた。

 

刻晴がいるはずの上空には、魈が槍を構えていたのである。エンシェントヴィシャップはふと、先程の高威力の一撃を思い出し、慌てて口を閉じようとした。

 

「もう遅い、逃さん!!」

 

が、ほぼゼロ距離であったため、間に合うはずもなく、エンシェントヴィシャップは先程のエンシェントヴィシャップ同様に頭が弾け飛んで絶命した。

 

「っ…はぁ…はぁ…何とか勝ったわね…」

 

「そうだな…しかし、お前のその傷では継続戦闘は不可能だろう。我は問題ないが」

 

【問題大有りだ、降魔大聖。全く、帝君の命に背きここで死ぬつもりか?】

 

そうして現れたのは仙人達だった。削月築陽真君、理水畳山真君、留雲借風真君の三人と、甘雨、煙緋、ピンばあや、申鶴の四人も背後に控えている。

 

刻晴は更にその後ろの様子を見て安堵した。ベビーヴィシャップの大群、そしてそれに引き寄せられてやって来たヒルチャールの群れを千岩軍が撃退していたからである。

 

「そうではないが…」

 

魈が削月築陽真君の言葉にそう返したが、留雲借風真君が言葉を引き継いだ。

 

【今この重要な局面に於いてお前は戦力外だとはっきり言ったほうがよいか?右腕を複雑骨折しているのだろうが。救苦度厄真君にでも治してもらうんだな。そして『玉衡』もな。内臓が損傷しているようだ。放っておくと命に関わるだろう】

 

「お、お気遣い…ケホッ…感謝致します」

 

刻晴は本当に内臓を損傷しているらしく、話すのも辛そうだった。そんな様子を見兼ねてか、理水畳山真君が続ける。

 

【喋らなくて良いから聞け。今更だが援軍が到着した。なんでもモンドからの援軍らしい】

 

「それは…上空に居る蒼い巨龍のことか?」

 

【左様。妾も先程見た時は驚いた。まさかモンドが四風守護のうちの一柱を派遣するとは】

 

留雲借風真君がそんな事を言った。

 

【一先ず甘雨、『玉衡』を運んでやれ】

 

「これでは我の面目が立たんが…」

 

【何、帝君もお前が生きていたほうがお喜びになるだろうよ】

 

理水畳山真君のその言葉に魈はギリッと歯噛みすると、無言で後方へ下がっていった。

 

「さて、ではすぐに戻って参ります」

 

【うむ、『玉衡』を頼むぞ】

 

仙人達から離れ、甘雨と刻晴は後方へ下がっていくのだった。その途中で、刻晴は掠れた声で言った。

 

「甘雨…いつも威張っているのにこんな無様な姿を見せてしまって…『玉衡』失格だと思わないかしら?」

 

刻晴のその言葉に、甘雨は首を横に振った。

 

「いえ、途中からですが刻晴さんが皆さんのために前線で戦っていたのは見ていました。最前線でヴィシャップ・岩やエンシェントヴィシャップを抑えていてくれたからこそ、千岩軍の被害はこの程度で済んだのですから…私は、そんな他人のために命を投げ打てる貴女を…尊敬します」

 

甘雨は微笑みながら言った。刻晴は照れたようにそっぽを向き、無言になった。少しして規則的な呼吸音が聞こえてきたため、眠ったようである。甘雨は後方にある天幕内にあるベッドに刻晴を寝かせ、医師にできるだけ最優先で治療するように言うと、再び戦場へと帰還した。

 

「───状況はどうでしょうか?」

 

甘雨は戻るや否や、留雲借風真君にそう問うた。留雲借風真君は甘雨を一瞥すると、やがて目を離し、そのまま陥没穴の方を見た。甘雨は陥没穴を見てみろ、というサインだと理解し、陥没穴を見て言葉を失った。

 

【甘雨よ、見て分かる通り、雷元素と炎元素の過負荷反応による爆発が生じている。あれによって陥没穴が更に広がっている】

 

「つまり、もうすぐそこまで若陀龍王は迫っているのですね」

 

留雲借風真君は首肯いた。

 

【地上に出てくる前に再封印しておきたかったが、その時間はもうないだろう。若陀龍王の思惑通りに、ヴィシャップ共によって千岩軍は良くて疲労困憊、そして降魔大聖をも戦闘不能に追い込んでいる。このままでは戦力不足が否めんな】

 

理水畳山真君がぶっきらぼうにそう告げた。

 

「我がいても戦力不足、ということか?」

 

仙人達の背後の開けた場所に、モンドからの援軍であるトワリンが着陸し、そう申し訳無さそうに言った。

 

「ふぅむ…トワリン殿の戦力が不透明ではあるが、若陀龍王が自我をなくして自分の身を顧みずにあらゆるものを破壊しようとしているのならば、トワリン殿と言えど対処は難しいだろう」

 

煙緋は冷静にそう戦力に関する分析を出し、トワリンに伝えた。トワリンは苦笑交じりに、

 

「ふむ…なるほど、確かに一理ある。荒ぶる龍ほど厄介な存在はないからな…身を以て知っている」

 

そう答えた。トワリンは陥没穴から感じる嫌な気配に、少し喉を鳴らした。

 

「来る、か」

 

【帝君から受けた恩を仇で返そうとするとは…】

 

削月築陽真君が目を細めてそう言った。やがて更に大きな轟音が響き渡ったかと思うと、雷元素と炎元素が霧散した。注意深く仙人達とトワリンが見守る中、ヌッと巨大な背中が現れた。

 

「ようやくお出まし、というわけか」

 

【久しいな、若陀龍王よ】

 

「……」

 

若陀龍王はその全身を現したが、留雲借風真君の言葉に返事をすることはなかった。ただ2つの紅い瞳をギラギラと輝かせているのみであった。

 

【今すぐ元の場所へと戻れば我々も攻撃はしない。即刻退去を要求する】

 

「…やはり、貴様等は我を裏切っていたのだな…我を殺しに来たのだろう…!」

 

若陀龍王はそう言った。まるで、最後の自我の残滓を使い切ろうとするかのように、激情に身を任せ、地団駄を踏んだ。それだけで地震が起き、周囲が揺れた。

 

「帝君はやはり我を裏切っていたのだ!!この怨、一生忘れぬと我は誓ったのだ!!千年も待ったのだ我は!!」

 

紅い瞳を一層輝かせ、若陀龍王は言った。

 

「千年もの雪辱を…果たす!!」

 

そう言って若陀龍王は璃月港へ向けて進撃を開始するのだった。




レポートというか宿題が無事終わりましたので更新は暫く普段どおりにできますね
いや〜良かったよかった


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第42話 若陀龍王③

なんかお腹下してますね私。やっぱり昨日の麻婆春雨がやばかったのか…調子に乗って食べすぎたみたいですね()
そんな中で描いた第42話、お楽しみ下さい


「───来ます!動ける千岩軍兵士は負傷者を伴って退避して下さい!弓兵は後方から私の指示に従って支援を!!」

 

甘雨が言うや否や、氷元素の二段チャージを済ませてから若陀龍王へ向けて放った。若陀龍王の眉間にしっかりと命中するが、全く効いた様子はない。若陀龍王はそのまま甘雨や弓兵達の攻撃を無視して動き始めた。

 

そんな様子を見た甘雨は苦々しげに表情を歪める。

 

「っ…流石に硬いですね」

 

そんな中、その背後では留雲借風真君と申鶴が作業をしていた。

 

【申鶴、準備はできているか?】

 

「はい、師匠、滞りなく」

 

崖上に、3つの『帰終機』と呼ばれる巨大な弩が設置してあり、削月築陽真君、理水畳山真君、留雲借風真君の三人がそれぞれの砲座に就いた。

 

【皆の者、用意は良いな?】

 

【無論だ】

 

【要領が昔と変わらぬのなら問題はない】

 

【では、放て!】

 

矢が装填され、三本同時に放たれた。若陀龍王は意にも介さずに璃月港へ向けて進軍しようとしたが、弩の矢が着弾した瞬間、わずかに肉体に突き刺さり、やがて内部で爆発を起こした。体表の岩石のように硬い鎧が、何箇所か剥がれている。甘雨は追い打ちをかけるようにそこに向かって二段チャージの矢を放つも、若陀龍王が僅かに体を動かしたことによって矢を鎧で再び防がれてしまう。

 

「ガァァァ!!」

 

痛みの余り、若陀龍王は咆哮し、地団駄を踏んだ。それだけで周囲に岩元素の衝撃波を生み出し、一部の千岩軍兵士を吹き飛ばした。帰終機の存在によって無視できなくなった若陀龍王は雷元素力を地脈から吸収し始めた。

 

「今こそ、全ての怨嗟を祓う時なり!!」

 

雷元素力を吸収した若陀龍王が雷元素で生み出した雷球を自身を覆うように展開した。

 

「これでは迂闊に近付けない…だが、避ければ同じ話だ」

 

申鶴が先行しつつ雷球を躱して若陀龍王に肉薄し、氷元素を纏った槍で突進した。無論、突き刺さらぬことは申鶴とてわかっている。若陀龍王は申鶴を追い払おうと再び地団駄を踏んだ。今回は範囲はさほどではないが、先程より高威力かつ雷元素を纏っていた。申鶴は飛んで回避すると、再び同じ場所に向かって攻撃し続けた。

 

「甘雨!!」

 

「はいっ!」

 

申鶴の行動の意味を理解していた甘雨は申鶴が攻撃していた場所、そこに寸分違わずに矢を打ち込んだ。罅の入っていた鎧に矢が突き刺さり、再び刺すような痛みが若陀龍王を襲った。

 

と、若陀龍王が炎元素を今度は吸収し、上から隕石のように降り注がせた。

 

『───ふむ、我が何とかしよう』

 

そんな中、遂にトワリンが参戦し、申鶴に当たらぬように暴風で竜巻を作り出し、炎元素を拡散反応で霧散させた。

 

「増援か…!!」

 

兵士の一人がそう叫んだ。上空には蒼き巨龍───トワリンが羽ばたいて空中に留まりつつ若陀龍王を見やる。

 

『龍と戦うのは500年ぶりといったところか…此度も負けるつもりはない』

 

言いながらトワリンは若陀龍王に攻撃を開始した。若陀龍王はトワリンの攻撃がかなり効いたようで一声咆哮した。その風圧でトワリンは一瞬たたらを踏むがすぐに体制を立て直して背後を一瞥すると、

 

『人間、そこから離れよ!』

 

と若陀龍王の近くで戦う申鶴へ向けそう叫んだ。申鶴は本能的にその言葉を理解して、すぐに若陀龍王から離れていった。トワリンもすかさず上空へと昇っていくと、示し合わせたように若陀龍王に対して帰終機による矢が突き刺さろうとしていた。

 

しかし、若陀龍王とてただやられているわけでは勿論ない。元素力の高まりを察知したトワリンがすかさず風の壁を若陀龍王と甘雨達の間に生成した。

 

若陀龍王が上空へと飛び上がると、そのまま地面に自身の肉体を叩きつけた。その振動だけで甘雨達は体勢を崩し、トワリンも衝撃波でたたらを踏んだ。加えて炎元素が風の壁に激突し、拡散反応によって多少は防がれたものの、壁を更に貫通して甘雨達を襲った。

 

「っ…霜寒化生!」

 

甘雨の咄嗟の判断で氷元素でできた花が生成され、破裂し、氷霧が形成されたことによって何とか防ぎきった。

 

「っ…煙緋さん、大丈夫ですか?」

 

「私は問題ないが、甘雨先輩…貴女は左腕が火傷で使い物にならないのでは?」

 

ずっと後方支援をし続けていたが若陀龍王の耐性によって有効打を与えられずにいた煙緋の言う通り、現状有効打を与えられ得る数少ない人物である甘雨が火傷によって戦闘不能になってしまったのだ。

 

そんな自身の背後にいる甘雨達を見たトワリンは、

 

『むぅ…我の風の壁をも突破するとは…やはり侮れぬ…』

 

若陀龍王を見てそうぼやいた。そんな中でも若陀龍王はそのまま今度は尻尾に氷元素を集め始める。それを見た仙人の内の誰かが焦ったように言う。

 

【不味いぞ…!今のうちに阻止せねば…!!】

 

帰終機から矢が放たれ、生き残りの千岩軍からも矢の雨が降り注ぐ中、地脈から元素力を無理矢理吸収し、若陀龍王は咆哮した。

 

「千年の怒りを、今こそ其の身に受けるが良い!!」

 

若陀龍王はそう言うと地下に潜っていった。尻尾のみを残して。申鶴と煙緋が攻撃しにかかるが、次の瞬間、其の場に文様が浮かび上がり、氷元素の槍が地上から円状に生え二人を襲った。バックステップで何とか二人は躱すも、すぐに次の攻撃が来ていた。何とか避けに専念していたが、このままではこちらも有効打を与えるのは望み薄であった。

 

「トワリン殿!!何とかできないか!!」

 

その現状を理解した煙緋がトワリンを見上げてそう叫んだ。言われたトワリンも煙緋と同じことを理解したらしく喉を鳴らすと、

 

『引きずり出せるかはわからぬが、やってみるしかないのだろう!』

 

そう言いつつトワリンは行動を開始する。彼は上空で若陀龍王が出てくるのを待っていたのだが、煙緋の言葉を受けて急降下し始め、そのままの勢いを利用して若陀龍王の尻尾を掴んだ。

 

『ぬぅん!!』

 

気迫の籠もった雄叫びとともにトワリンが若陀龍王を地面から引きずり出すと、トワリンは陀若龍王を地面へ叩きつけ、そのまま再び空を舞って一旦距離を取ってから若陀龍王に向き直った。

 

「モンドの蒼き巨龍よ…何故我の邪魔をする!!」

 

若陀龍王はトワリンを忌々しげに見つめながらそう叫ぶ。

 

『何故とは異な事を聞くではないか…隣国が滅ぼされれば次はモンドかも知れぬだろう』

 

そんな若陀龍王に対してトワリンは至って冷静に相手の話に耳を傾けた。バルバトスからはできればでいいから暴走の原因を探るようにも言われているので、それを実行しようとしているのである。

 

対する若陀龍王はトワリンを味方につけようとしているようで、

 

「我は我から生まれし子供の眼を通じてモンドの災害を聞いた!お前もモンドを滅ぼそうとしたのだろう!!憎かったのだろう風神とモンドが!!」

 

トワリンへ向けそう言った。トワリンは無言だったため迷っていると受け取ったのか、若陀龍王は更に続けた。

 

「我に手を貸せ!まずは璃月を滅ぼし、その後で共にモンドを滅ぼそうではないか!!」

 

若陀龍王の言動に違和感を覚えつつ、トワリンは大きく溜息を吐くと冷ややかに告げた。

 

『そうだな。我は確かに、モンドと風神が憎かった。500年前、命を賭して護った民と神に忘れ去られていたのだからな』

 

「で、あるならば!!」

 

『だが、貴様と我とでは決定的な差があった』

 

トワリンは若陀龍王の言葉を遮ると、目を瞑って自分の脳裏にとある二人を思い浮かべた。やがて目を開くと、

 

『我が主と、そして我が友が我を覚えていてくれたのだ!貴様もそうではないのか!!岩神が…あのアガレスが…お前を忘れるなどとそんなことがあると思うか!!』

 

「ぬぅ…黙れ!!」

 

若陀龍王はわずかに動揺を示したが、首をぶんぶんと振ると炎元素によるブレスを上空のトワリンへ向けて放った。対するトワリンも風元素のブレスで応戦したが、結果押し勝ったのは若陀龍王である。

 

トワリンは力の差があることを認識したが退くわけにもいかず、

 

『くっ…!まだまだよ!』

 

そう言って急降下すると鋭い爪で若陀龍王の鎧を削り、背後へ離脱していった。俗に言う一撃離脱戦法である。

 

「小癪な!!」

 

相対する若陀龍王はトワリンが来たタイミングで少し飛ぶと、トワリンに噛み付いて掴まり、やがて天空から引き摺り下ろした。トワリンは何とか拘束から逃れると、風元素のブレスを若陀龍王の顔面に直撃させる。

 

そのままブレスを目眩まし代わりに、トワリンは若陀龍王へ突進して肉薄すると、直接殴り合いの戦いになった。

 

【むぅ…これでは助け舟が出せんではないか】

 

留雲借風真君が僅かにそう悪態をついた。だが、削月築陽真君は冷静に戦いを見極めている。

 

【否、あの巨龍は機を窺っているのだ。我等の最大火力をぶつけられる瞬間、それを待っている】

 

削月築陽真君の言葉に、理水畳山真君が納得したような声を出した。

 

【ほう…戦いに身を興じながらも戦局を見る、か。早めに我等を璃月港へ送ることを考えているのだろうな】

 

【そうなると我々は今こそ帰終機に力を注いで最大火力をぶつけるべき、ということであるな】

 

留雲借風真君は言うや否や、力を帰終機に注ぎ始めた。削月築陽真君と理水畳山真君も同様にそうし始める。

 

「───ガァァァ!!」

 

『ぬぅッ!!』

 

若陀龍王はトワリンに肉薄されてから、地団駄を踏んだりブレスを撃ったりとトワリンの気をかなり削いでいた。その甲斐あってか、トワリンは後方にいる甘雨達にまで気を回さねばならず、劣勢を極めていた。

 

『っぐ!』

 

次の瞬間、甘雨達に気を取られトワリンが隙を見せてしまったところに若陀龍王の突進が腹に直撃し、更に炎元素のブレスを諸に腹に食らってしまい吹き飛んで崖に叩きつけられた。若陀龍王はそのまま障害になり得るトワリンに止めを刺そうと、仙人達がいる場所に背を向けた。

 

その瞬間、トワリンが苦しげな瞳で、しかし力強く留雲借風真君達の方をジッと見た。留雲借風真君達はそれだけで真意を理解し、力強く叫んだ。

 

【今だ!放て!!】

 

若陀龍王がその声を聞いて留雲借風真君達の方を向いた瞬間、巨大な弩から三本の一際巨大な矢が発射された。三本それぞれが真っ直ぐ若陀龍王へと吸い込まれるように突き進み、そのまま若陀龍王に突き刺さって爆発を起こした。爆煙が辺りを覆い、若陀龍王の姿も掻き消された。

 

【やったか…?】

 

留雲借風真君がそう呟いた瞬間、爆煙を切り裂いて一筋の赤い光が帰終機を薙ぎ払ったかと思うと、帰終機が爆発四散した。仙人達はなんとか仙法でそれを防いだものの、帰終機は使い物にならなくなってしまった。

 

「我は…消えぬ…ッ!」

 

「あんなにぼろぼろになってもまだ生きてるのか…!」

 

兵士が恐怖のあまりそう叫ぶのも無理はない。表面の鎧はほとんど剥げており、顔の半分は火傷により黒く変色している。それでも、若陀龍王の体を長年の怨念と憎悪の念だけが突き動かしていた。全ては、自分を忘れ去った璃月とモラクスへの復讐のためである。

 

しかしそんな若陀龍王を止める術はないに等しい。現状璃月側に残された戦力では若陀龍王への有効打は望み薄である。申鶴は槍であるため点の攻撃しかできず、最大火力を与えられるはずの帰終機は既に破壊され、仙人達は帰終機の爆発の余波で若干だがダメージを負っている。

 

加えて煙緋は炎元素の攻撃しかできず、若陀龍王が炎元素を吸収して高い耐性を持つ現状、有効打は望めなかった。加えてトワリンも深刻なダメージを負っているため起き上がろうとして力を入れるが起き上がれないというのが現状であった。

 

若陀龍王は勝鬨と怨嗟の籠もった咆哮を上げると、辺りにブレスを吐いて破壊を始めた。煙緋や申鶴も手負いの甘雨や仙人達、そして千岩軍とトワリンを逃がそうとすることで手一杯で、最早若陀龍王を止めることは不可能と思われた。

 

「───若蛇」

 

そんな絶望的な状況の中、悠然と若陀龍王へ向けて歩いていく男がいた。

 

「なっ!一般人…いや、往生堂の客卿が何故こんなところに!!」

 

それを見た煙緋が叫ぶように言った通り、ボロボロになりながらも辺りに攻撃を撒き散らしていた若陀龍王の前に、往生堂の客卿である鍾離───モラクスが存在していた。

 

「モラクス…!!この瞬間をどれほど待ち侘びたことか!!」

 

そんなモラクスを見た若陀龍王が大きく口を開き、ブレスを吐く準備をした。煙緋や甘雨、仙人達や千岩軍、トワリンは何が起こっているのかわからなかった。往生堂の客卿が、モラクスと呼ばれているのである。

 

モラクスはそんな周囲の様子を全く意に介さず若陀龍王へ向け寂しげに告げる。

 

「…千年も待たせてしまってすまなかった、旧友よ。だが、あの時俺にはああすることしかできなかったのだ」

 

「黙れ!!我を裏切ったその罪、その命で支払ってもらうぞ!!」

 

若陀龍王がモラクスの言葉を無視してブレスを放った。モラクスは動かず、ブレスが眼前に迫る中でもただ静かに懺悔のように口を開くだけだった。

 

「そして今、お前は璃月を、俺を滅ぼそうとしている。俺が、人間がお前にしたことを考えれば当然の措置だろう。『売女』による精神誘導…それがあるのも認めるが、これをしているのはお前自身の意思もあるのだろう。だが、俺は岩神だ。『売女』の契約違反により、俺はまた岩神として璃月を守護せねばならない」

 

よって、とモラクスは槍を構えた。

 

「お前を、殺す」

 

モラクスに極太のブレスが直撃した。やがてブレスによる煙が晴れると、モラクスは無傷でその場に立っていた。光り輝くシールドがモラクスの周囲に展開されており、周囲への影響も全く無い。

 

モラクスはそのまま軽く地を蹴ると若陀龍王のブレスや上から降ってくる氷塊を躱しながら若陀龍王に肉薄した。若陀龍王は最後の悪足掻きで口を大きく開き、モラクスへ向けて極大のブレスを放とうとした。

 

「すまない、若陀」

 

だが、モラクスの生成した岩の柱によって無理矢理口を閉じられ、口の中でブレスが暴発、若陀龍王はその場に倒れた。上空からモラクスが槍を地面に突き刺すようにして、若陀龍王の眉間に槍を突き刺した。

 

「…モラ…クス…っ…!」

 

若陀龍王は怨嗟の籠もった声を上げたかと思うと二度と動くことはなかった。

 

「…帝君」

 

甘雨が煙緋に肩を貸されながらモラクスの背後に立っていた。その眼には明らかに猜疑心が見て取れた。

 

「事情を、お聞かせ願えますか?」

 

モラクスは首肯き、「まずは傷を治すといい、話はそれからだ」と告げた。

 

 

 

これにて、若陀龍王の起こした騒動は多大な被害を出して終結を迎えた。死者42名、負傷者は『玉衡』と仙人を入れて百余名にも登った。南天門付近の地形は大きく変わり、地下へと続く大きい陥没穴は璃月七星によって封鎖されている。加えて南天門付近は若陀龍王の吐き出した呪詛と怨恨によって強力な魔物が大量に発生していたため、『仙人の去った地』とも呼ばれている。若陀龍王の遺骸はモラクスによって丁重に葬られたとされているが、真偽の程は定かではない。一部では璃月七星によって保管されているとも、復活させて静かに璃月港を見守っているともされている。




というわけで若陀龍王編はこれにて終了となります。次回からは璃月港をファデュイが襲う話になります


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第43話 璃月港での激闘

今回はファデュイと璃月港のお話となります


「───そう…一段落ついたのね」

 

凝光は群玉閣のバルコニーで璃月港を見下ろしながら言った。

 

「しかも、帝君が現れて若陀龍王を止めたわけね…図らずもアガレスの想定した通りになったということかしら…今の所、全て彼の掌の上でファデュイも、若陀龍王も、私達も…ほぼ全ての駒が彼の想定通りに動いている…商人としては少し気に食わないわね」

 

背後に控える凝光の側近は無言だったが冷や汗を浮かべている。凝光の言った言葉を必死に聞き流している様子だった。

 

「まぁいいわ。取り敢えずファデュイに動きがあるみたいだし、私も直接千岩軍の指揮を執るわ。下へ降りるわよ」

 

凝光は覚悟を決めた表情で群玉閣を去り、地上へ赴くのだった。

 

 

「───伝令によれば被害が甚大なれど、若陀龍王を斃すことに成功したようだ」

 

「トワリン様は無事なんでしょうか…?」

 

ジンの言葉に西風騎士団団員の一人が心配そうに尋ねた。ジンは安心させるように言った。

 

「傷は深いが致命傷ではなかったようだ。すぐにバルバトス様が迎えに上がるらしい」

 

「であれば安心ですな。後顧の憂いはないというものです」

 

璃月港にある総務司で西風騎士団と千岩軍が集まり、作戦会議をしていた。と、いうのも斥候によれば璃月港郊外のファデュイに動きが見られるようなのである。勿論、斥候はガイアの伝手で雇った者である。

 

「俺の見立てでは、ファデュイは南側の橋や北側の橋から正面切っての突破班、そして奇襲するための班に分かれてくるだろうな」

 

ガイアは斥候から得た情報からそう推理した。それに対し、千岩軍の兵士は鼻で笑うような態度だった。

 

「まさか。璃月港は西側から北にかけて天衡山があります。天然の要塞となっていることに加え、海から来るとしてもそれはそれで奇襲とはなりませんから、奇襲は不可能でしょう」

 

「ッハハ、千岩軍の皆々様は随分と能天気でいらっしゃる。その思い込みが璃月港を滅ぼすことになるだろうな」

 

やれやれとガイアが肩を竦めながら言った。それに対し千岩軍の兵士が激昂し掴みかかろうとして、隊長に止められた。

 

「ガイア殿、貴殿はどこから攻めてくるとお考えで?」

 

「そりゃあ天衡山だろうな。さっきお前さんが言っていたように、天衡山はかなり高く、あそこを越えるだなんて正気の沙汰じゃない。だが…まさか知らないのか?」

 

フフン、とガイアは鼻を鳴らして言った。

 

「奴らの中に、ほとんど正気な奴なんていない。大体は何かに縛られて狂っちまってるのさ」

 

「何を…」

 

「口を挟むな!すまない、ガイア殿…非礼を詫びさせてくれ。本当に来るのか?」

 

「間違いないな。だが、重衛士が来ることはないだろうな。体の比較的軽い奴ら…そうだな…デットエージェント辺りが来るだろう」

 

ガイアの言葉に千岩軍の隊長は僅かに考える素振りを見せると、ふむ、と一つ頷いた。

 

「なるほど…では天衡山付近にも人員を配置しておくべき、ということだな。西風騎士団からは何名派遣できる?」

 

トワリンに乗ってきたのは15名、一時的にノエルも西風騎士団の指揮下に入っているので、16名である。うち隊長格はジン、ガイアのみだ。千岩軍は数十名いるが、ファデュイにこれだけで対応しきれるかは不透明である。千岩軍隊長の質問に対し答えたのは、ジンだった。

 

「行けて三人といったところだ。こちらとしてももう少しだけ回したいが…そうだな、ガイア、そちらは任せていいか?」

 

「ああ、俺に任せておけ」

 

「そちらからは何人出せそうなんだ?」

 

「こちらからは10名行かせようと考えている」

 

「十分だろう。あとは北橋と南橋のどちらが本命なのか、といったところだな…」

 

そもそもファデュイが何故璃月港に攻め込もうとしているのか。それはひとえに岩王帝君ことモラクスを見つけ出し神の心を強奪するためである。つまり、強引に住居に侵入し、一人一人尋問、或いは拷問で探し出す、というわけだ。ファデュイは若陀龍王の騒ぎに巻き込まれないようにと付近には展開しておらず、未だにモラクスが再降臨したことを知らずにいたのだ。だからこそ、璃月港を攻めようとしているのである。

 

「それに関しては随時臨機応変に対応するしかないだろうな。戦力を半分に分けて北と南それぞれを守るしかない」

 

「で、あろうな…」

 

と、作戦会議中に轟音が鳴り響いた。

 

「何事か!!」

 

「隊長!ファデュイです!天衡山を迂回して来ています!今のは北の山が崩れた音です!退路を塞がれました!!」

 

「どうやら北側からの侵攻はなさそうだが、退路が断たれたか…」

 

「俺は先に天衡山へ向かうから、後に二人、誰かついてきてくれ!」

 

ガイアが急いで総務司を出て行った。ノエルも同様である。

 

「ノエル…っ…総員戦闘準備!敵は待ってはくれない!急ごう!」

 

ジンの号令によって西風騎士団も我に戻った千岩軍も戦闘準備をすぐに整え南橋を超えた開けた場所へ向かうのだった。

 

 

 

「さて、来たはいいが…」

 

天衡山の頂上、そこにガイアと部下の西風騎士二人、そしてガイアの指揮下に入った千岩軍10名がいた。

 

「来る気配はないな」

 

「あんた、見栄張っただけなんじゃないのか?」

 

「ああ、それもあるが…ほら、お客さんが来たぜ?」

 

ガイアは剣を抜き放ち、何もないところに向けて氷を放出した。

 

「っ…!」

 

「なっ!?デットエージェントだと!?」

 

西風騎士は余り驚いていない様子だったが、千岩軍はかなり驚いていた。

 

「ご覧の通りだ。デットエージェントが来てるんだからそりゃあ姿が見えなくても当然だろう。精々足元に注意してみるんだな」

 

西風騎士とガイアは指示に従い配置につき、足元を注視していた。しかし千岩軍は慣れていないためかやはりデットエージェントには苦戦していた。とはいえ、デットエージェントの数は多い。不意打ちを喰らうこともあり、ガイアの肩に切り傷ができた。

 

「っ…しかし、厄介だな…慣れてるとは言えこうも数が多くちゃな…」

 

仕方ないか、とガイアは呟いて元素爆発を放った。

 

「風邪引くなよ?」

 

周囲にいたデットエージェントに氷塊がぶつかったかと思うと、凍らせ砕いた。

 

「このまま、押し切るか…ゴリ押しってのは俺の趣味とは合わないんだがなぁ…」

 

ガイアは自虐気味にそう呟いてそのまま戦場を縦横無尽に走り回るのだった。

 

 

 

「───いざ、勝負!!」

 

ジンの風圧剣がファデュイ前鋒軍・風拳を吹き飛ばした。ジンは戦況を見て歯噛みした。戦闘が始まって三十分、既に劣勢である。如何せん、ファデュイの数が多いのである。

 

「はっ、せいっ、やっ」

 

だが、千岩軍や西風騎士がピンチになった時に暴風のように現れてはファデュイを倒すノエルの存在によって何とか枚数不利を作らず、何とか持ち堪えている状況だった。

 

「っく!!」

 

そんな中、千岩軍の一人がデットエージェントに背後から刺され、絶命した。

 

「く!持ち堪えろ!!」

 

隊長の叱咤激励があっても尚、ファデュイの勢いは凄まじく一人、また一人と倒れ伏していった。

 

「っ…流石に数が多すぎます…!もうっ、戦場のお掃除の時間です!」

 

ノエルが元素爆発を使用し、長く伸びたリーチを活かしてまるで台風のようにファデュイの兵士を薙ぎ払っていく。しかし、数が多く少しして効果が切れた。ファデュイの兵士たちはノエルを危険だと判断したのか、複数人で一斉にかかった。

 

「うぅ…失礼しました…」

 

さしものノエルと言えど、複数人のファデュイを同時に相手取ると、負けはせずとも勝つことはできなかった。ノエルが抑えられたことによってより一層戦況は悪化していく。そしてそれには際限がなかった。

 

「無礼者は必ず制裁される」

 

「あれは…見たことないな…」

 

ジン達が知らないファデュイの兵士が出てきたため、全員が慎重になる中、ジンの背後からとある声が響いた。

 

「───あれはミラーメイデンでござるな。稲妻地域によくいるファデュイでござるよ。照準を合わせられると厄介だから早めに倒さねばならぬ相手であるな」

 

「なっ?」

 

ジンが背後から響いた声に思わず驚いたが次の瞬間眼前に迫っていたデットエージェントが白髪の少年によって切り刻まれた。手に握られているのは、名匠が鍛えたであろう業物であった。やがて白髪の少年は振り向くとニコッと微笑んみながら言った。

 

「拙者は楓原万葉。今は海賊の一味でござる」

 

「…?」

 

ジンが白髪の少年───楓原万葉の言動に首を傾げていると、

 

「炭になるがいい!!」

 

雷元素がジンと万葉の周囲にいるファデュイの兵士の間に連鎖し、穿った。普段は璃月港の東側の諸島にいる北斗率いる南十字船隊が加勢にやって来ていた。

 

「南十字船隊も加勢する!!皆、アタシに続けぇぇぇ!!」

 

北斗が先陣を切ってファデュイを殲滅していく。それに続くは先程もジンを助けた白髪の少年だった。ジンは呆然としつつも後ろを見ると、やはり凝光が千岩軍の指揮を執っていた。

 

「凝光殿!」

 

「私の手引よ!皆、後少しだけ踏ん張って頂戴!!」

 

「ああ!感謝する!!」

 

ジンはファデュイ遊撃隊・炎銃の銃弾を三次元的な動きで回避すると、袈裟斬りをして絶命させた。南十字船隊の参戦と凝光の指揮により、形勢は一気に璃月側に傾いた。それでも、ファデュイが後に引くことはなかった。

 

しかし、最早多勢に無勢、士気の高い璃月側に対してファデュイは完全に敗北し、逃走者や降伏者すら出さずに文字通り全滅した。そして今、最後の一人のファデュイが倒れ伏し、全員が勝鬨を上げた。

 

「璃月港が無傷であることを見ると…もしかして天衡山からの奇襲は来なかったのか?」

 

「いえ、そんなことはないはずよ。ほら…」

 

少しボロボロになったガイア達が天衡山から降りてきて手を振った。

 

「どうやら、向こうも何とかなったようだ…後は…旅人とアガレスの方か…」

 

ジンはアガレスがいるであろう方向へ視線を向けた。

 

「アガレス…無事に戻ってきてくれ」

 

ジンはそう告げると、戦後処理へと自身の思考を切り替え、奔走するのだった。




遅くなりましたが…次回は旅人回です


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第44話 黄金屋

一週間終わったぁ…さぁて、荒瀧出すぞ〜!!()

と意気込んでいる中で描いた第44話、お楽しみ下さい


黄金屋。そこは通常、モラを製造する場所として稼働しているが、現在は七星によってモラクスの遺骸が安置されているため製造は中止されている。そのため、普段より人が少なかった。

 

「旅人、見ろよ…!千岩軍の人が倒れてるぞ…!」

 

「本当だ…タルタリヤがやったんだね」

 

「急いで説得しに行こう!あいつ、岩王帝君の遺骸の中に神の心がないってわかったら、きっと今度は璃月港に来るぞ…!」

 

「そうだね、急ごう」

 

旅人とパイモンは重厚な扉を開いて中に入った。

 

「わぁぁぁ…モラがいっぱいあるぞ!一つくらい取ったって…バレないよな?えへへっ」

 

「凝光さんに怒られてもいいなら」

 

「絶対やめておくぞ…」

 

パイモンが顔を青褪めさせながら言った。旅人は注意深く辺りを観察したが、タルタリヤは見当たらなかった。

 

「おい、『公子』はいないみたいだぜ?」

 

「うん…タルタリヤ、どこ行っちゃったのかな?」

 

「───ここ、ここだよ!」

 

と、仙人の遺骸の後ろからひょっこりタルタリヤが顔を出した。

 

「公子!!」

 

パイモンが驚いて叫ぶように呼んだ。タルタリヤは飄々とした様子で旅人とパイモンを見た。

 

「待ってたよ二人共。君達がここに来てくれると思ってた」

 

「どういうこと?」

 

旅人はタルタリヤの言っている意味がわからずに言った。

 

「俺がモラクスの遺骸から神の心を奪うように見せれば、救民団団長アガレスか西風騎士団栄誉騎士の旅人…どちらかは釣れると思っていたんだ」

 

「奪うように見せれば…ってことはお前、モラクスが生きているのを知ってたのか!?」

 

タルタリヤはパイモンの言葉を鼻で笑った。

 

「俺はファデュイだ。一応の商売仲間である『売女』から、その情報は貰っていたんだよ。まぁ、裏で何をコソコソやっているのかは、わからないけれどね。今回の行動は俺の独断だけれど…まぁ、強いヤツ、特に興味があった君かアガレスと戦えるのを、俺は楽しみにしていたんだ!」

 

タルタリヤは両手を広げて水元素で作られていると思われる武器を二刀流で構えた。

 

「タルタリヤ!私はっ!」

 

「まずは一戦交えよう!話はそれからでもいいよねぇ!!」

 

タルタリヤは一挙に踏み込むと、旅人に肉薄し、武器を横薙ぎに振るった。旅人は突然の行動に対応が遅れたものの、バックステップで何とか回避しつつ、剣を構えた。

 

「本気なの?」

 

「折角のチャンスだ!本気を出して俺を楽しませてくれ!」

 

タルタリヤは近接武器から弓に切り替えると、水元素を纏わせた矢を連続で放った。旅人は時に避け、時に矢を叩き斬り、タルタリヤを中心にして円を描くように走り始めた。

 

「投降も一つの選択だよ?俺は敗者に優しいからねぇ」

 

タルタリヤは逃げ回る旅人に対して空に矢を放った。旅人は注意深くタルタリヤを観察していたが、不意に足元が光ったため、その場から急いで飛び退いた。直後、その場に矢が着弾し、水刃が撒き散らされた。旅人は再び、その攻撃に当たらないように走り始めた。タルタリヤは当たらないことを悟ると、攻撃をやめ、水の上を滑るように移動し、旅人の虚を突いて肉薄した。

 

「っ…」

 

「どこに行く?」

 

再びタルタリヤは近接武器に切り替えると、旅人へ向かって斬りつけた。旅人は咄嗟の判断でしゃがみながら転がり回避し、タルタリヤの背後から斬りつけた。

 

「甘いよ!」

 

「えっ…きゃっ!!」

 

旅人は何が起きたか理解できなかったが、ただ単純にタルタリヤは旅人が背後に回るのを読んで後ろに蹴りを放っただけである。旅人は腹を抑えつつ立ち上がり、再び剣を構えた。

 

「ふぅ…割と本気で蹴ったんだけど、気絶しないなんてやるねぇ」

 

タルタリヤが肩を竦めながら言った。旅人はタルタリヤの言葉を無視して突撃し、左手で元素スキルを発動した。

 

「っ…落ちて!!」

 

「直線的すぎないかい?」

 

タルタリヤは降ってきた岩の塊を軽く避けると旅人がいるであろう場所に向かって矢を放った。

 

「っ…な!?」

 

しかし、タルタリヤの予想とは裏腹に、旅人は既にそこにはいなかった。元素スキルの岩の塊を目眩ましに、死角へ飛び込んだのである。

 

「ハァッ!」

 

「っく…!」

 

タルタリヤは突如死角から伸びてきた剣を身を捩って躱したが、それでも頬を掠める結果となった。

 

「ッハ!悪くないねぇ…!」

 

「っ…!」

 

タルタリヤが水の衝撃波を放ち、旅人と一旦距離を取った。

 

「俺相手によくここまで持つなぁ!」

 

タルタリヤを水が包んだかと思うと、すぐに晴れ、やがて黒い服に変わったタルタリヤが姿を現した。旅人が再び元素スキルを発動させ死角へ潜り込もうとしたが、元素スキルが発動する前にタルタリヤは既に旅人の懐へと潜り込んでいた。

 

「隙あり!」

 

「なっ!?っ…!」

 

旅人はすかさず元素スキルの発動をやめ、剣を自身の前に盾のようにして何とかタルタリヤの攻撃を防いだ。旅人はタルタリヤの攻撃の勢いを利用して一旦距離を取る。しかし、着地して顔を上げた時には再び眼前に迫っていた。

 

「捕まえた」

 

タルタリヤが斬撃を繰り出すたび、放電し、バチバチと火花を散らしていた。旅人はそこで初めてタルタリヤの使用元素が変化していることに気が付いた。何故、とかどうして、とかは後で聞けばいい、と旅人は余計な思考を完全に省いた。今はただ、戦いに集中するのである。

 

「っまだまだ…!」

 

「あっはは!その意気だ!!」

 

タルタリヤは心底楽しそうに旅人に攻撃を繰り出していく。対する旅人もフェイントを交えながら剣術だけでタルタリヤと渡り合っていた。そんな中、タルタリヤの攻撃が旅人の頬を掠め、旅人に雷元素が付着した。それも特殊な形で、である。タルタリヤはニヤリと笑い、距離を取った。

 

「これは…どうだい!」

 

「っ来る…!」

 

旅人は雷元素によってマーキングされている、との結論を出し、タルタリヤの動きを注意深く観察していたが、タルタリヤの足が一瞬浮いたのを見て、慌ててその場から飛び退いた。

 

直後、一瞬もしない内にタルタリヤが近接武器を地面に突き刺す形で落ちてきた。その威力は凄まじく、当たっていればまず間違いなく致命傷になるであろう攻撃だった。タルタリヤが突き刺した場所から蜘蛛の巣状に亀裂が広がり、旅人とタルタリヤが落下した。旅人は風の翼を展開し降り立った。タルタリヤはそのまま落ちていき、器用に着地した。旅人とタルタリヤは黄金屋の地下で睨み合っていた。

 

「っ…何!?」

 

と、突然タルタリヤが水を纏いながら浮き始め、タルタリヤが体の各部を振るう度に鎧が体を覆った。最後にタルタリヤが両拳を顔面の前で合わせると、仮面をしている全身鎧のタルタリヤが現れた。

 

「君の実力を褒めてやろう…俺も全力で戦わないと…!」

 

「っ…」

 

旅人は浮遊しているタルタリヤへ向けて剣を構えた。

 

「旅人、君にこの「魔王武装」を見せるつもりはなかったんだけどね。まさかここまで俺を楽しませてくれるとは思わなかったんだ。君には悪いけど、勝たせてもらうよ!!」

 

タルタリヤは近接武器から派生した棍にもほど近い槍を持って後ろに引いて勢いをつけた。旅人は本能的に右へ飛んだ。タルタリヤが旅人の元いた場所を槍を構えながら通り抜けた。正に雷光の如し、とはこのことである。

 

旅人は何とか直感に身を任せてとにかく動き回った。やがてタルタリヤが意表を突き、旅人に肉薄して槍を振るった。旅人は剣で何とか受け流しつつも態勢を崩され、再び腹に蹴りを食らった。

 

「っ…荒星!!」

 

旅人が苦し紛れに放った元素スキルが偶然タルタリヤに命中し、鎧の一部を剥がした。

 

「っく…」

 

「っはぁ…はぁ…」

 

「は、ははは!!旅人、やっぱり君は凄い、なんたって俺の魔王武装を前にしてこんなに立っていられるんだから!だが…終わりにしよう」

 

タルタリヤは少し旅人から距離を取ると、弓に武器を持ち替え、自身の元素力を高めていった。旅人はそうはさせまい、とばかりにタルタリヤへ突撃した。

 

「止水の矢!!」

 

が、しかし旅人は一歩間に合わず、地面から出てきた鯨に手を何故か上げながら押し流され、壁に叩きつけられた。朦朧とする意識の中、旅人はタルタリヤが苦しんでいるのを見た。

 

「っはは…やっぱり反動が大きいなぁ…コレ…ま、勝てたからいいけど…」

 

タルタリヤは外見的には傷が少ししかないのに、まるで瀕死の状態かのようにゆっくりと旅人の下まで歩いてきた。

 

「さぁ俺の勝ちだ、旅人…最後になにか、言い残したことはあるかい?」

 

「っ…」

 

旅人は動かなかった。ただ口をパクパクと動かしているだけである。タルタリヤは何かを伝えようとしているのだ、と考え、顔を近づけた。

 

(私の…勝ちだね)

 

「なっ!?なるほどね…そういうことかい」

 

タルタリヤは手を上げた。その首元には旅人の持つ剣があった。旅人は瀕死ではあるが、頑張って歩ける、程度の状態であるタルタリヤを殺すことは可能だ。そしてそれは首筋に充てられた剣によっていつでも成せるのである。よって、旅人はタルタリヤに勝利したのだった。

 

 

 

「───それで、何を交渉しに来たんだい?」

 

「うん、本当は黄金屋にあるのは仙人の遺骸だけど神の心がないから暴れるのをやめて、って言おうと思ってたんだけど…」

 

旅人がそう言うと、タルタリヤは得心がいったとばかりに微笑した。

 

「なるほどね。俺がモラクスが生きていることを知っていたから、説得の意味もなくなったわけだ」

 

「うん」

 

「それにしても…旅人、君もかなり強いよね。アガレスってどれくらい強いんだい?君と同じくらいかな?」

 

タルタリヤは戦うのがとても楽しみだ、といった表情で旅人を見た。旅人は少し考えると、事も無げに答えた。

 

「私の百倍くらい強いんじゃないかな。アガレスさんが苦戦してるところ、見たことないし」

 

「へぇ…それなら俺もさらなる高みにいけそうだ」

 

「本当にタルタリヤは好戦的だね」

 

タルタリヤは黄金屋の中で天を仰ぎながら呟いた。

 

「ああ、そうだね」

 

「そういえば私達、黄金屋の地下に来ちゃったけど、帰れるのかな?」

 

「…そのことは考えないようにしてたんだけどね」

 

旅人とタルタリヤは二人で顔を見合わせてはぁ、と溜息を吐くのだった。

 

余談だが、この後凝光が旅人を助けに黄金屋まで来るのだが…。

 

「……」

 

「「……」」

 

パキッと凝光の持っているキセルが折れた。

 

「事情は理解したわ。旅人は悪くないわね。そうだ、修理費はぜ〜んぶ、北国銀行にツケておくから」

 

「…」

 

「わかったのかしら?『公子』殿?」

 

「は、はい、わかりました…」

 

タルタリヤは、若干涙目だった。




というわけで次回、淑女とアガレス、乞うご期待(?)

いやぁ…次のアップデートが楽しみだ…


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第45話 因縁への終止符

更新遅れました。理由をいいますと…ええ、情報番組見てました()


崖の上にいる淑女はニタリと歪な笑みを浮かべると挨拶代わり、と言っては何だが極大の火球を放ってきた。俺は予想外に速度のある火球に驚き、気絶しているルフィアンを掴んで大きく避ける。火球は青墟浦の建物に着弾すると爆発を引き起こし、破壊した。

 

「っ…避けるとああなるわけか…あの威力、加えて速さ…なるほど、これが暴走した淑女の力、ということか…」

 

俺は刀を一旦鞘に収めてルフィアンを岩元素で作った檻で拘束した。これで目が覚めても逃げ出す危険性はないだろう。さて、とばかりにまずは距離を詰めるため風元素で浮き上がった。淑女はそんな俺に向けて先程の火球を複数放ってきた。

 

「避けるわけにもいかんか…」

 

璃月の地形を余り変えられても困るしな。

 

「水斬」

 

俺は飛びながら火球を水元素を纏わせた刀で一閃し、空中で爆散させた。多少の余波は勿論くるが、この程度なら問題はない。淑女は火球を全て斬り捨てられたことに少し驚いたのか、一瞬動きが止まったが、すぐに火球を追加して───

 

「っ…なに…!?」

 

火球を再び斬り捨てたが、その真後ろに炎の槍があったようで、既に眼前に迫っていた。俺は咄嗟の判断で風元素を上昇の力から下降の力に変えつつ、自身を風元素で後ろから攻撃した。

 

「っぐ…!!」

 

多少の衝撃が俺の体内に伝わりはするが、お陰で火球の爆発と炎の槍を躱すことができた。再び勢いを風元素で殺し、肉薄するべく少し急ぐ。淑女は火球をかなり大量に俺に向けて放ってきた。さて…どれかには炎の槍が後ろに控えているだろう。全てがそうだったら、それはそれで対処は簡単になってしまう。彼女の狙いは俺の足を少しでも止めることだろう。だから、止まってやらない。

 

俺は自身を飛ばしている風元素に向けて水元素を放ち、拡散反応を起こさせた。拡散反応によって拡散された水が火球から俺の身を守ってくれるのだ。ついでとばかりに炎の槍も蒸発反応によって消滅させた。先程の戦略が通じないとわかったのか、淑女は火球を放つのをやめ、少し後退した。どうやら俺の着地を待つようである。まぁ、着地なんて、しようとしてもできないけどな。

 

と、いうのも淑女がいた場所付近は彼女が発する熱によって草木は燃え盛っているし、岩石も溶けてドロドロと崖下へと伸びていっている。勿論、彼女自身この温度を維持しているのならばそのうち融解してしまうだろう。この勝負、彼女の死は確実だ。それでも彼女は復讐を成し遂げるつもりなのだろう。

 

淑女は炎でできた鞭をビュンビュンと振り回し、俺へ向けて恐らく音速を超えるであろう攻撃を放ってきた。俺は刀で受けず上空へ逃げ込む。そこに淑女から火球が飛来した。それを水斬で蒸発させ突っ込む。

 

鞭が俺を襲うが俺は息を大きく吸うと風元素を一時的に全身から外側へ向けた。そのため淑女の鞭が俺へ命中することはなかった。これをするとほんの一瞬だが空気が無くなるので大きく息を吸ったのである。とはいえすぐに空気が流入し、かなりの圧がかかるため一瞬で俺はその場から離れた。

 

「喰らえ…水斬」

 

俺は淑女の右腕を斬り落とそうと刀を振るった。淑女の右腕に俺の刀が辿り着く寸前に刀身に纏わせていた水元素が全て蒸発し、刀をも溶かした。一瞬の出来事に俺は、俺らしくもなく呆然としてしまった。直後には回復したが、時既に遅し。俺の横腹に鞭が命中した。

 

「っ…う…」

 

俺はかなり吹き飛ばされつつも風元素で衝撃を殺して浮き上がった。俺は喉の奥から競り上がってくる血液をぺっと吐き出し、刀身が溶けて使い物にならなくなった刀を捨てた。お気に入りだったが仕方ないだろう。

 

俺はそのまま法器を代わりに取り出した。

 

「やるなら元素のみで、か。いいだろう」

 

横腹の傷を水元素で治して少し楽になった。殺そうと思えばすぐに殺せる。だがそれをすれば地形が無事では済まないだろう。

 

俺は水元素を纏った。鞭が命中しても多少は耐えてくれるだろう。

 

「さぁて…行くか…!」

 

淑女は火球と炎の槍を大量に飛ばしてくる。俺は水元素で応戦しつつ、淑女が放った火球を利用して水元素を多量にぶつけて大量の水蒸気を発生させて煙幕を強制的に作った。

 

「…いけ」

 

俺は常に水元素を淑女が居るであろう位置に放ち水蒸気を発生させ続けながら、水球をまず放ってタイミングを見計らって高圧で圧縮した水の槍を放った。

 

「ギャァァァ!!」

 

淑女が金切り声を上げ、水蒸気を払い除けるように炎元素を周囲に展開した。俺は纏っていた水元素全てを犠牲にして何とかその攻撃を防いだ。

 

水蒸気が晴れ、顕になった淑女の腹に、風穴が空いていた。勿論、ただ水元素の槍を当てただけでは蒸発して終わりだ。だから水球を当てて炎を一瞬消したその隙にタイミングを合わせて槍を命中させたのである。ただ、コレは相手の位置、どれくらいの速度で水球や水の槍が飛ぶか、それらを正しく理解していないとできない。加えて言うなら相手の視界が遮られていなければ無理だ。何故なら完全なる不意打ちによる攻撃だからである。

 

まぁ、当たってよかったが次はこうもいかないだろう。淑女は次の俺の行動を警戒している。このまま睨み合いが続けば間違いなく時間がかかる。旅人や璃月港、若陀龍王のことが気がかりだし早めに終わらせねばならない。

 

俺も覚悟を決めるべきか…。

 

「しゃあなし、か…後で凝光に謝ることにしよう。多少地形は変わってしまうが…」

 

しかしまぁ、中々どうして手強いな。全身を炎の化身に変え、あらゆる攻撃を焼き尽くす。なるほど、能力だけ見れば最早最強と言ってもいいかもしれない。どんな攻撃でも、今なら焼き尽くすだろうからな。

 

「…すまない、俺にはお前をこうやって殺す方法以外思いつかない」

 

俺は淑女が俺から動くのを待っているのをいいことに元素力を不自然なほどに高めていく。淑女は途中で不味いことに気が付いたのか、俺へ向けて火球や炎の槍を放ってきた。だがしかし、もう遅い。

 

「元素爆発、終焉之神」

 

俺はこの元素爆発を終焉之神と名付けた。だってそうじゃないか。あらゆる元素反応によって淑女に似た状態を作り出して尚且、範囲を広げてしまえば全てを滅ぼす力を持つ。これを、終焉之神と呼ばずしてなんと呼ぶというのか。まぁ、俺の場合便宜上そう呼んでいるだけだが。

 

淑女の放った火球や炎の槍は俺の目と鼻の先で消滅した。俺は足元だけ元素爆発を解除しつつ風元素を使って浮き、淑女に近付いていく。徐々に徐々に、制御を間違えないように。淑女は俺が恐ろしいのか、じりじりと後ろに下がっていく。

 

「ロザリン・クルーズチカ・ローエファルタ…お前のその哀しみや絶望を理解できるだなんて、俺には口が裂けても言えない。だが、もう休んでもいいんじゃないのか?この500年間、お前は復讐のためだけに生きてきた。そんな生き方、お前の恋人は望んでいなかったんじゃないのか?」

 

淑女はうるさい、聞きたくないというように頭を振った。その隙に俺は更に近付き、元素爆発の範囲外ギリギリに俺は位置取った。

 

「だからその哀しみ、苦しみ…絶望。その全ての恨みや復讐は、俺が背負ってやる。ッハハ、自由に生きると決めたのに500年前とやっていることが変わらない…皮肉だと思わないか?」

 

淑女は苦しそうに俺へ向けて手を伸ばした。その痛みや苦しみの理由は納得できる。だが、同情はしていられない。いつ俺もああなるか、わかったものじゃないからな。

 

俺は一言すまない、と呟いて一歩淑女に近付くのだった。

 

 

 

「───そう、死んだんだ…」

 

気絶から目覚め、大人しく檻の中で待っていたルフィアンが俺に向かってそう呟いた。

 

「流石に無傷とはいかなかったみたいだね?」

 

「まぁな。高まりすぎた炎元素によって、俺の攻撃がほとんど通らない状態だったんだ。そりゃあ当然攻撃も受けるさ」

 

「それで…私をどうするつもりなの?やっぱりあんなことやこんなことを───」

 

「神がそういうことに興味があると思うか?俺達はとびきり長命だ。種の保存とか、そういう理由ならすることもあるかもしれないが、そういった理由以外ですることはない」

 

「いや〜んケチ〜!」

 

…調子狂うな。

 

「取り敢えずお前は捕虜扱いだ。スネージナヤはどうせ部下の勝手な暴走で片付けるだろうし、お前の居場所はもうないだろうな?」

 

「それは覚悟の上だけど…困ったなぁ…これから先どう生きていけばいいか」

 

ルフィアンは檻の中で呟いた。

 

「どういう意味だ?」

 

「ほら、私自分の強さに自信があったんだけど…ぼっきぼきにその自信はへし折られちゃったし…戦い以外の生きる道を知らないから…」

 

なるほど、そういうことか。

 

「幼少期からお前は常に戦いのみを生き甲斐にしてきたわけか。淑女は復讐、そしてお前は戦闘…か。色々、囚われているものがあるらしいな、ファデュイの執行官は」

 

とそこで、俺は一つ提案をすることにした。

 

「なぁルフィアン、お前、璃月で働いてみろよ。給仕でも、何でもいいからさ。なんでもやってみればいい。若いうちに失敗しておいて損はないからな」

 

「ち、ちょっと言ってる意味がわかんないんだけど」

 

「まぁそれも全て罪を償ってから、だがな。スネージナヤの情報を洗いざらい吐いてその上で罪を償わされることになるだろう…さて、一つ質問をしよう。お前は死にたいのか?」

 

一瞬ルフィアンは何を言っているかわからなかったのか首を傾げたが、その直後ムキになって言った。

 

「死にたいわけ無いじゃん!だってそうしたら戦えないし…楽しいことできないもん」

 

「だろう?なら、お前はお前なりの生き方というものを見つければいい。俺に負けたとは言っても、この世界では上位の実力を持つお前なら引く手数多だぞ?」

 

俺は東側へ顔を向けた。旅人や凝光、ジン達西風騎士団や千岩軍、そしてノエル。皆が俺への増援として来てくれていた。と、いうことは何とか一段落ついたのか。俺は大きく息を吸って、吐いた。

 

「そこの檻の中にいるのがファデュイ執行官第6位『売女』ルフィアンなのかしら?」

 

「ああ、あとは七星と千岩軍に対応を任せる。じゃあ、ルフィアン。また会うことがあったらその時はよろしく」

 

俺はルフィアンに軽く手を振るとジンのところに行った。

 

「ジン、おつかれ。被害状況はどうだ?」

 

「アガレスもお疲れ様。そうだな、被害は連れてきた西風騎士のうち一名が重傷、それ以外はほぼ軽傷だ」

 

「そう、か…トワリンはどうなんだ?」

 

「彼は若陀龍王との戦いで負傷はしたが、命に別状はないそうだ」

 

「…それは…よかった」

 

「アガレスも怪我をしているみたいだが?」

 

流石、ジンは目敏い。

 

「横腹に一撃貰ってしまってな。内蔵の損傷までは治せなかったからしばらくは休養することにしようと思っている。まぁ勿論、モンドに戻ることになるだろうが」

 

「では、怪我人には安静にしていただかないといけませんね!」

 

と、突如ノエルが背後に現れ急遽作ったと思われる担架に俺を無理矢理乗せた。

 

「な、何だ?」

 

「アガレスさま…心配させすぎです…全然帰ってこないし蛍さまの指輪の通信にも出ませんでしたから…」

 

あー、一方的に通信をぶっちぎったからな。そりゃあ通信に出られないのは当たり前だ。だがかえって心配させてしまったようだ。

 

「それに関しては申し訳ないが…自分で歩けるぞ?」

 

「駄目です!絶対!安静!!です!」

 

「お、おう…ま、そういうわけだ、ジン。帰る時はバルバトスがなんとかしてくれるだろうし、俺達は先に璃月港に戻っていることにするよ」

 

「ああ、わかった。お大事にな」

 

俺は担架に寝そべったままジンや凝光達の様子を見つつ、運ばれていく。これから戦後処理やら何やら色々あるだろうが、今は取り敢えず何とか璃月港を護りきったことへの安堵感を感じずにはいられないのだった。




いやぁ…次バージョン楽しみですねぇ


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第46話 契約の重み

遅れまして…申し訳ないです


ファデュイによる璃月での動乱が起こってから数日後、俺は不卜廬の薬にも頼りながら一応動ける程度まで回復したので群玉閣へ赴いていた。

 

動けるようになるまでは救民団璃月支部で取り敢えず安静にしていたのだが…ほとんどの世話をノエルにされていたので流石に恥ずか死ぬかと思った。うん、この話はやめよう。

 

さて、群玉閣へ赴いた理由だが凝光に呼び出されたのである。

 

「───それで、どういった用件なんだ?俺関連ってことは、先に起きた事件に関することだろ?」

 

俺は群玉閣内部にある凝光の部屋の内部で机に座る人物にそう問い掛けた。タイミング的に俺を呼び出した理由は勿論理解できるが念のための確認をしたのだが、

 

「ええ、勿論よ。それでもう一人とある人物を呼んであるの」

 

机に座る人物こと、ここ群玉閣の主である凝光が俺の言葉に同意しつつ、別に呼んでいる人物がいることも明かした。俺は首を傾げつつ少しだけ考えたが、わざわざ別室を用意するほどの人物ってなると───

 

「───ふむ、やはりアガレスもいたのか」

 

案の定、俺の思っていた通りの人物が姿を現して微笑みながらそう言った。何が嬉しかったのかは知らないが、俺はそんな彼に向けてムッとした表情で、

 

「当たり前だ。誰のせいでこんな大怪我したと思ってんだ」

 

そう返した。当然、もう一人の人物とは岩王帝君やら岩神やら呼ばれているモラクスである。

 

「それじゃ、始めましょうか、帝君。先の行動に関する説明を頂きたいんですが」

 

早速、とばかりに凝光はモラクスを見て聞いた。モラクスは首を傾げつつ、俺を見た。

 

「む、アガレスから理由は聞いていると思うのだが?」

 

「ええ、勿論聞いています。ですから、何故若陀龍王を斃しに、わざわざ南天門まで赴いたのですか?」

 

「ふむ。それに対する理由に関して告げるのであれば、そうだな…契約が破棄されたから、と答えるのが正しい」

 

言うだけ言うと、モラクスは口を閉ざした。おいおいそれじゃ納得しないだろうとそう思って俺はモラクスの言葉を補完するように言った。

 

「まずそもそもの前提として、モラクスは自身と璃月との関係について疑問に思っていた。このままでいいのかどうか、そしてこのまま俺が死んでしまったら璃月の民は自分自身の力だけでは生きていけないのではないか、とな」

 

俺は一旦言葉を区切りモラクスが無反応なのをいいことに更に続けた。

 

「だからモラクスは死んだことにしてそのまま璃月を人と仙人の手だけで治めさせようとしたんだ。ここまではいいか?」

 

凝光は首肯き、モラクスは俺を凝視した。俺は肩を竦めてその視線を受け流すと、再び口を開いた。

 

「さて、それを成すためには勿論、自分一人では不都合なことも沢山出てくるわけだ。例えば自分一人だと自分が死んだ時にその様子がわからない。自分、というか仙人の死骸を作るのにもそれなりに時間がかかる。さて、では考えてみてくれ。仙人の死骸を作れそうな国って言ったらどこだ?」

 

「…やっぱり、そういうことなのね」

 

凝光は理解できたようなので、答え合わせ、とばかりに俺はその国の名前を告げた。

 

「スネージナヤ、だ。仙人の遺骸を作ったのは恐らくファデュイ執行官の中の誰かだろう。モラクスは璃月のためにファデュイと契約し、そしてその契約をファデュイが破った。モラクスが言っていたのはそういうことだ。契約が果たされることはなかった。だから契約を破棄されたモラクスは自身の疑問や葛藤を捨てて璃月の危機を救ったわけだ」

 

「…概ね、間違いはない。だが問題は俺の行動によって璃月の民が被害を被ったということだ…契約を破ってしまった、そう言われても仕方がないことをしたんだ」

 

俺はモラクスの言葉に少し笑った。

 

「まさか契約の神とも呼ばれるお前が契約を破るとはな。全く…そういうところ頑固だよな」

 

「…?」

 

「少なくとも俺が戻ってきたことは知っていたんじゃないのか?」

 

「…バルバトスから聞いている。お前が帰ってきたその日に聞いていた」

 

うーん。

 

「じゃあ頼ってくれても良かったと思うんだが?」

 

「…この程度のことで迷惑はかけられん」

 

「この程度?」

 

モラクスが少しだけ硬直した。

 

「お前、何を言ってるんだ?民のことをどうでもいい、とでも言いたいのか?」

 

「そういうわけじゃない。俺の下らない感情で友であるお前を煩わせるわけには───」

 

「はぁぁぁぁ…」

 

俺は大きく溜息を吐いた。

 

「友、か。そう思ってくれているのは嬉しいんだが、違うな。友だからこそ、頼るべきではないのか?お前は6千年は生きているはずだ。そんなこともわからないお前でもあるまい?」

 

モラクスは開きかけた口を噤む。そんな彼に俺は更に続けた。

 

「まぁ勿論、民のことをどうでもいいなんて思っていないことはわかっている。ただ、先程の発言からすればそう取られても仕方がない、というのはわかるだろ?何より、先の行動がそう思わせる」

 

「…ああ」

 

「だからこそ、璃月との契約を破ったお前には、それ相応の贖罪が必要だ、そう思わないか?」

 

「ああ…だが、その方法は思いつかん。俺が俺に贖罪の方法を与えるでは罪を贖うことはできないだろう」

 

俺はニヤリと笑った。

 

「そうだな、んじゃぁ俺からお前に一つ提案だ」

 

「提案?アガレス、どうするつもり?まさか私達に決めさせるとかではないのよね?」

 

「ッハハ、それこそまさかだろう。こいつの処遇に関してはお前達にも納得するような形で決めようとは思っているが…そうだな」

 

俺はモラクスを見て告げる。

 

「そうだな、これからもお前は死ぬまで岩王帝君として生きるがいい。その命を賭して璃月と、璃月港の民を護り切るがいい。例え民に見捨てられようと、民がいなくなろうと、お前は璃月を護り続けろ。凝光、それでどうだ?」

 

「…そう、ね…」

 

俺は一応、補足で説明した。

 

「モラクスは岩王帝君として生きることに疑問を持ち、何より璃月がこのままでいいのかどうかも深く考えていた。だからこそ、このような行動に走ったわけだ。さて、そこで俺は契約を破ったその重みとして彼の自由をなくせばいいのではないかと考えているわけだ。とはいえ、モラクスに全て頼り切れば確かにモラクスが死んだ時に璃月は間違いなく滅ぶ可能性があるだろう。というわけで凝光、お前達の手によって璃月を少しずつ岩王帝君に全て頼る状況からは脱していけば問題はないだろう」

 

さて。

 

「そんなわけで、どうだ?俺の提案は」

 

「…私的にはあり、と言わせてもらうわ。事ここに至ってはアガレスの意見は正しいものね…第三者、いえ、同じ神としての視点から言うのであれば罰、ということになるのでしょうね」

 

「お前達凡人視点から見る贖罪の仕方と神同士での贖罪の仕方、それは異なるからな。お気に召したようで何よりだ」

 

「それで?帝君…何か弁解はあるのかしら?」

 

「…俺は契約を破った身だ。異論はない」

 

…。

 

「モラクス、お前には悪いが言わせてもらおう。確かにお前の葛藤や疑問は理解できる。だが、その身勝手な葛藤や疑問によって大量の人々が巻き込まれた。本当なら世界に害を成すとして俺が粛清しているところだ。だがそれをしないのは、それをすれば更に迷惑がかかるからだ。わかるか?わかるよな?お前が頑固で、あまり他人に頼らないのも知ってる。盤石は変わらない。それでも、今は、今だけは変わるべき時なんじゃないのか?」

 

「だが…俺は…」

 

「契約を破っただかなんだか知らないが、変わればいいじゃないか。今、お前はまだ契約に縛られているだろう?契約に縛られすぎればお前の身をやがて滅ぼすことになるだろう。それは璃月の民や俺達を置いていくことになるんだ。それは、わかるんだろ?」

 

モラクスは首肯いた。

 

「だが、契約に従わなければ俺はお前とのこの契約も反故にしてしまうかも知れないだろう」

 

「…一度死に、生まれ変わって尚世界を護るという使命に追い立てられている俺が言うのも何だが、もう少し自由に生きてもいいんじゃないのか?璃月を護りながらでも、それは十分為せるじゃないか」

 

モラクスは俯き拳を握った。

 

「お前にはわかるまい…アガレス、お前に500年前に置いていかれた俺達の気持ちが。あの後確かに混乱は収束した。だが、バルバトス、バアルとバアルゼブル、そして俺の間には悲哀しか存在しなかった。確かに500年間待てばよかったのかも知れない。だが、それができるほど、俺達とお前は関係が浅いわけでもないだろう」

 

モラクスは少しだけ声を荒げて言った。

 

「バルバトスも、二人の将軍も、お前を失って少し変わった。そのためバルバトスは四風守護に裏切られ、二人の将軍は数年前にファデュイによって痛手を被った。それによって雷電眞は負傷し、雷電影が現在は政務を取り仕切っている。稲妻が鎖国しているのもそのためだ」

 

「…稲妻が鎖国している、というのは初耳ではないが、眞が負傷している?それは初耳だな」

 

「今はそれはいいだろう。それよりもアガレス、お前はまた怨恨を背負ったな?」

 

…流石に鋭い、か。

 

「時偶、胸に焼けるような痛みが走ることがある。恐らく、いや間違いなく『淑女』の怨恨のせいだろうな」

 

モラクスは俺に詰め寄ると胸倉を掴んだ。彼らしくない行動であるとも言えるが、その反面、仕方がないとも思えた。何故なら今彼は冷静でないのだから。契約に縛られすぎるな、なんて言ったのだ。彼は生まれてきてからずっと契約に縛られて生きてきた。それ以外の生き方を知らないのも無理はないだろう。その点で言えば俺も似たようなものだと言えるかもしれないが今はそれはいいだろう。

 

「お前は…俺達が何のためにお前の記録を全て消したと思っている?それをお前は再び怨恨を背負い込んで…俺達の努力をドブに捨てるのか」

 

だからこそ、契約に従わず私情で動いた件に関しては余り積極的でない、とそう思い込んでいた。まさかここまで怒られるとはな。

 

「なに、凡人たった一人の怨恨だぞ?魔神共に比べればまだまだ軽いものだ。この程度では摩耗せんよ」

 

「だが…」

 

「いや、だが実に愉快だな、モラクス。お前、ちゃんと変わっていたんじゃないか」

 

そう言うとモラクスは怪訝そうな顔をした。

 

「500年前までは何でもかんでも契約しようとするわ、風情がないとか言い始めるわ、中々頑固で面倒なやつだと思ってた。でも、ちゃ〜んと、変わってんじゃねえか。俺の記録を消したのは契約によるものじゃない。そんな契約、俺はしていないからな。だからこそ、俺は嬉しいんだ」

 

俺は俺の胸倉にあるモラクスの手を離すと掴んだ。

 

「お前のその変化の兆し、それは璃月にも言えることなんじゃないのかと…俺はそう思っているんだ。兆しがあるならあとは時が経つのを待てばいい。幸い、新しい風は吹いている。そう、とびっきりのやつがな」

 

「あの異郷の旅人のことか?」

 

俺は首肯いた。ずっと考えていたんだが、旅人達は恐らく500年前に存在していてつい最近までどこかで眠っていたのではなかろうか。『終焉』を止めた際に、旅人の兄らしき人物を見かけたことがある。旅人には500年前の記憶があまりなかったようだが、俺からすれば500年前でも昨日のことのように思い出せる。もし、旅人の兄の記憶があるのだとして同じように何処かで目覚めていたのだとしたら。

 

彼女達は謎の神に倒されたと言っていた。その神のことを覚えているのなら、彼女の兄が復讐しようとしていたとしても何ら不思議じゃない。『アビス』か、或いはファデュイか…どちらかはわからないがどちらかには彼女の兄がいる気がする。旅人が巻き起こす問題に巻き込まれれば次第に彼にも、そしてその神にも近づける、というわけだ。

 

まぁそれとは関係なく騒動を解決するために動き、その動きに感化される周囲の人々…そしてそのうちの一人である俺から言えることといえば、やはり旅人は特別な存在なのだ、ということだった。

 

モラクスはふむ、と一つ首肯くと言った。

 

「あの旅人の力は危険ではないのか?確かに、璃月を襲うようなことはしないと思っているが…」

 

「問題ない。彼女のものの考え方は素敵なものがあるからな。悪を滅することはあっても、善を見誤ることはない」

 

「そうか…アガレスが言うのなら信じることとしよう。では、契約はここに交わされたものとしよう」

 

モラクスはそう言って去っていこうとした。

 

「おいおい、俺の話聞いていたか?」

 

俺は少し呆れながら言ったが、それに対するモラクスの返答に、俺は少し驚きを禁じ得なかった。

 

「やはり、俺にはこの生き方しかできそうもない。少しずつ融通が効くようにはしていこうとは思っているが…アガレス、お前もそうだから世界を護っているんじゃないのか?」

 

モラクスは少し微笑んでそう言って去って行った。残された俺は凝光と顔を見合わせて軽く溜息を吐いた。

 

「本当に変わったようだ。凝光、発表とか諸々は任せる。本当は抜け出して此処まで来てるからな。後でノエルやらジンやらに説教喰らいそうだ」

 

「ふふ、まぁこの事件をダシにすれば帝君から色々情報を引き出せそうね。往生堂の客卿がモラクスだとわかったことだし、今度からは色々聞かせてもらおうかしら?」

 

凝光が悪い笑みを浮かべながらそう言ったので、

 

「こんな時まで商売のこと考えてるのは…流石というべきか…」

 

俺は若干呆れつつそう呟くのだった。




ふぅ、改めて遅れてしまい申し訳ないです。ちょっと…うん、原神と他のゲームをやってて時間がなくって…


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第47話 迎仙儀式(再)

と、いうことです。


玉京台。そこでは再び迎仙儀式が行われようとしていた。と、いうのも璃月七星が、モラクスの生存を発表したためである。そのため先の迎仙儀式の説明も兼ねて帝君を迎えるらしい。モラクス、凝光との会談の日から一週間後のことであった。俺は傷も完全に回復し、迎仙儀式をノエル、旅人と共に見に来ていた。

 

「人が多くて前が見えませんね…前に行きますか?」

 

「いや、ここでいいだろう。今回は前に行く必要もないしな。ところで旅人…」

 

俺はチラッと旅人を見る。なんか怪我して包帯しとる。眼だけ出てるから完全にミイラ男…いや、この場合はミイラ女か。とばかりの視線を向けると物凄いムスッとされた。

 

「お、オイラから説明するぞ」

 

旅人が物凄く不機嫌なのを察してか、ひょっこり顔を出したパイモンが苦笑しつつ言うには、スタミナが足りずに落ちたらしい。ついでに古傷、というかタルタリヤと戦った時の傷が開いて大変なことになったんだとか。そのタルタリヤだが、黄金屋の修理費を払った後、行方を眩ませているらしい。一体何処に行ったのやら。

 

「そういうことか…しかし、旅人…よくほぼ相討ちに持っていけたものだな?」

 

「タルタリヤは戦闘狂だったけど、私が勝ったからかちゃんと言うことは聞いてくれた。でも、タルタリヤの元素が途中で雷元素に変わったり、水元素になったりしてて…」

 

「恐らく、邪眼だな。神の目を人工的に再現しようとして生み出された代物で、使用者は神の目保持者と同じく元素の力を扱えるようになるが、残念なことに代償として発狂したり、命を落としたりする、危険な代物だ」

 

「え、じゃあタルタリヤも…?」

 

俺はフッと笑った。

 

「安心しろ。執行官達は何らかの方法で副作用を抑え込んでいるのか何なのかは不明ではあるが、死ぬまでの副作用を貰っている存在はいないようだ。だからそんなに心配そうな顔をせずともいい」

 

「うん…」

 

さて、そろそろ始まるようだ。凝光が中央に立って再び口上を述べている。前回と同じように術を発動させ準備を整えて天からモラクスを召喚した。だがモラクスは普段とは違い、人の格好をしていた。ふわふわとモラクスは宙に浮きながら凝光を見て笑った。凝光が驚いているところを見るに、独断か。迷惑をかけなければいいが…という俺の心配を他所に、ノエルと旅人の二人はモラクスに見入っていた。まぁ、それなりに神々しい感じ出てるからな。実際神だし。

 

「まずは俺のために毎年欠かさず儀式を行い続けてきた七星に、感謝を示そう」

 

モラクスの口上はそこから長きに渡って続いた。

 

「さて、先の迎仙儀式の際、俺は俺の死を偽装した。それは、俺と璃月の関係に疑問を持ったからだ。このままでは、民は俺に頼り切りになり、何もできなくなるのではないか、と考えたからだ」

 

周囲にいる人々からどよめきが上がった。そんな周囲の様子を気にする様子もなく、モラクスは静かに、そして自分自身への、民への懺悔のように続けた。

 

「その計画を実行するに当たって、俺はファデュイと契約した。だが、契約が成されることは叶わず、契約は破棄された。よって俺は再び姿を現した。だが、俺が姿を現した時には既に被害が少なからず出ていた。俺の身勝手な行動によって璃月に被害が出てしまったことを、先ずは詫びさせてくれ」

 

モラクスは頭を下げた。それによって混乱はさらなる波紋を呼んできていた。

 

「だが、今回の事件で俺は理解した。俺がいなくとも、人間は人間だけで生きていける。俺の自分勝手な都合に振り回されるより、人間が治める人間のための国家を作るべきだ、と俺は思う。体制を変える必要はない。俺や仙人達は、ただ璃月を見守るだけの存在となることにする、と」

 

混乱の最中、凝光が言った。

 

「皆さん、帝君のお言葉です。帝君は私達のことをずっと考えてきたのです。そろそろ休んでもいいとは思いませんか?」

 

静まり返る会場の中で、そうだ、と誰かが言った。それに同調する声は大きくなり、やがて最高潮へと達した。まさか同調されるとは思っていなかったのか、モラクスは少しだけ驚いていた。

 

「帝君、確かに帝君の行動によって多少の被害は出ました。しかし、帝君が戻って来て下さらなければ、被害はもっと大きかったでしょう。そして突然貴方が死んでしまっても、かなりの被害が出ていたはずです。帝君はこの3000年以上、私達のことを護ってくださいました。もう、休んでもいい頃だと思います」

 

「…聞け、璃月の民よ。俺は岩王帝君として、璃月に住まう人々を守護してきた。一年に一度の神託はするつもりだが、それも璃月の様子が変わりないかどうかを確認するものに変える。璃月七星『天権』凝光、そして璃月の民によって、これからの璃月は変わっていくだろう。何かあれば頼ってもいいが、なるべく人の手で片付けて見せてほしい。それと、旅人、アガレス」

 

モラクスは俺と旅人を手招きした。俺と旅人は顔を見合わせつつ、前へ出た。

 

「お前達は異郷からやって来たのにも関わらず、璃月の危機を救ってくれた。感謝する。お前達には璃月の英雄の証、それを授けよう」

 

証?と思いつつ手を出せと言われたので俺と旅人は手を出した。俺と旅人の手の平にはそれぞれ赤色の仙霊と金色の仙霊がいた。思わず驚いて後退りした。

 

「その子達は俺が生み出したものだ。璃月を救ってくれた証としてお前達にやろう」

 

「「感謝致します、帝君」」

 

一応俺と旅人は璃月の人々に倣ってモラクスを帝君と呼んだ。モラクスは一つ首肯くと凝光を見て言った。

 

「今年の神託はこれにて終了とする。さて、璃月の英雄に関しての周知、そして隣国モンドへの返礼品や礼状、諸々は任せたぞ」

 

「はい、お任せ下さい、帝君」

 

モラクスは、頼んだぞ、と一言言うと、その姿を消すのだった。

 

 

 

「───なるほど、往生堂にもいられないからこっち来たって…?何してんだよ」

 

「…いや、すまないとは思っているが、往生堂に俺を一目見ようとかなりの人集りができていてな。堂主に追い出された次第だ」

 

俺は迎仙儀式が終わったと同時に旅人、凝光ととある約束をしてノエルを送り届けるために救民団璃月支部にやってきていたのだが、何故かモラクスも一緒だった。俺はモラクスがここへ来た理由を何故かキメ顔で言われたのに対して、

 

「いや、キメ顔で言われても困るんだが?」

 

思わずそう告げた。

 

「お茶、いかがですか?」

 

「いただこう」

 

てか、ふっつうにくつろいでやがる。そんなイレギュラーな中でもノエルが紅茶を淹れて俺とモラクスの分を持ってきてくれた。俺はノエルに礼を言いつつ紅茶を飲んだ。

 

「それで…モラクス、お前これからどうするつもりだ?往生堂の客卿としての仕事もしばらくはできないだろうし、かなり暇になるのだろう?」

 

「む、そうだな…あまり考えていなかった」

 

ふっふっふ…いいものを見つけたぜ、とばかりに俺はニヤリと笑った。その俺の顔を見た奥にいるノエルが苦笑を浮かべた。

 

「なぁモラクス、お前働いてみる気はないか?」

 

「ん?アガレスの紹介なら全く構わんが…何をさせるつもりだ?」

 

「なに、簡単だ。人助けだけしてればいい」

 

まぁ、モラクスにできるとも思えないがな。結構鈍い所あるし…そういうところ岩っぽいんだよな。

 

「ふむ…まぁ始められることから色々やってみるのも悪くはないわけか」

 

「そういうことだ。で、どうだ?給料も勿論出すぞ?そうだな…モラクス、何ならここの支部長にでもなってくれれば万々歳だ。それもこれも勿論仕事に慣れてからになるだろうが」

 

「アガレスさま、蛍さまがお見えになっていますよ?」

 

「おっと…時間らしいな。んじゃぁモラクス、ノエルから色々教わっておけ」

 

「ああ」

 

俺は蛍との約束を果たしに外へ出ると、蛍が果物の沢山入った籠を持って待っていた。

 

「旅人、それは…って、まぁそりゃそれは必要か。お見舞いに行くんだものな」

 

そう、俺や旅人の関われなかった若陀龍王や璃月港での戦いで傷ついてから、未だに怪我が完治していない人々の見舞いに行くのである。

 

「まぁ…英雄になったくらいだし、凝光も俺達を色々利用しようと思ってんだろ…まぁ使われてやる気しかないが」

 

実際英雄による慰安はかなり効果があるだろう。旅人の願いである兄を探す張り紙もしてあるし、相手に何かをさせるのであれば対価を支払わねばならない。凝光が用意した対価が、俺達の願いを、できる範囲で叶える、といったものだった。旅人の願いが兄を探してほしい、ということだった。

 

ん?俺か?俺は…別にいいだろうよ。特に驚くようなお願いもしていないしな。

 

「さて、じゃぁ行こうか」

 

「うん、行こう」

 

その前に俺も見舞いの品を持っていかねばな、なんて考えながら旅人と共に歩き始めるのだった。




毎度毎度の誤字報告本当にありがとうございます


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第48話 モンドへの帰還

ふぅ…最近暑いですね。熱中症に気をつけていきたいところです…


怪我人の安置は総務司主導のもと行われており、未だに怪我が完治していない人々も沢山いた。中には若陀龍王と戦い、最早千岩軍としての責務を全うできなくなっている者もいる。それでもある人は帝君のために、ある人は身内のために、なんとか生きることを頑張っているようだ。一番の被害者はこういう戦争の後遺症に悩まされる人々だろうと、つくづく思う。

 

「皆様!英雄様達が御見舞いに来て下さいましたよ!!」

 

俺と旅人は総務司の職員に従って歩いていくと、広い場所に出た。皆は談笑に耽っていたようだが、俺達が来たというその一報によって静かになり、立ち上がり、敬礼した。

 

「あー、すまないが、そういった堅苦しいのは無しで頼む。そんなことをされるような身分でもないからな」

 

「し、しかし…御二方は璃月を護った救国の英雄でございます。正しく礼節を尽くさねば帝君にも申し訳が立ちませぬ…」

 

千岩軍の指揮官らしき男が口を開き、言った。俺は少し困ったように笑った。

 

「だが俺はファデュイの執行官の企みを暴いただけだ。璃月総出でその目論見を潰し、それを実行したお前達がいたからこそ、この局面を乗り越えることができたんだぞ?」

 

俺は面食らっている様子の指揮官に微笑みかける。

 

「俺一人でも、旅人一人でも、二人だけでもこの結果にはならなかったはずだ。戦闘に参加したり、或いは支援したりした者全員が英雄と呼ばれるべきだ。そしてお前達も自分自身に誇りを持つべきだ」

 

「そ、そのような…恐れ多く存じます」

 

「だから英雄同士敬語など必要ない、畏まる必要もない、ただ誇れ。お前達がいなければ璃月は滅んでいただろう。心から礼を言わせてもらおう」

 

俺は頭を下げてありがとう、と言った。旅人も俺に倣ってペコリと頭を下げた。

 

「む…わかった。敬語は止めにしよう。しかしあなた方はお二人共岩王帝君によって英雄として任命されている。敬語なのはこの中だけとしよう。これでは璃月の民に申し訳が立たんのでな」

 

「それで構わん。さて、それじゃあ一人一人に激励の言葉と労いの言葉でも言っていこうかな。旅人、お前も勿論一緒だからな」

 

この中に残っている人々はかなり重症で片腕を失っていたり、失明していたり、下半身が動かなくなっていたりと様々な症状がある。勿論、数は対して多くはない。俺と旅人はそのまま30分ほど掛けて全員のところを回りきり、別室へ行くこととなった。

 

その別室に向かう途中の廊下での出来事である。

 

「アガレスさん…あの人達のことなんだけど…なんとか治してあげられないの?」

 

旅人の言葉に、俺は少し考える。だが、この世界というものは残酷にできている。

 

「外傷は勿論水元素や風元素の力によって治すことはできるだろう。だが…神経系や部位欠損、器官の異常ともなると…残念ながら治すことはできない。純粋な外科手術の技術水準も、大して高いわけではないからな。逆に死なせてしまったりするだろう」

 

水元素や風元素で治せるのは切り傷や打撲跡などの軽い怪我までだ。それ以上ともなればかなり難しい。だから片目を失えばそのままだし、片腕を失っても同様なのだ。

 

「そう、なんだ…神って言ってもできることは限られてるんだね」

 

「そう、神っていうのは案外不器用なのさ。モラクスを見ていてわからなかったか?」

 

「ううん、改めて実感した」

 

神だからといって、なんでもできるわけじゃない。モラクスのように契約に縛られて生きることしかできなかったり、俺のように世界を護ることしかできなかったり、そしてバルバトスのように自由に縛られていたり…神とは案外、何かに縛られてしか生きていけないものなのかも知れないな。

 

いいや、それは違うな…皆、生きていれば何かに縛られ、或いは縋り付いている。そうでなければ簡単に精神が参るだろうからな。

 

さて、そんなことを考えているうちにかなり奥にある最後の一部屋にやって来た。俺は旅人を見てから口を開くと、

 

「どうやら着いたようだな」

 

そう言った。旅人も首肯くと俺達は見舞い品の準備をした。準備が終わったのを見計らって、職員が扉を開く。

 

一番奥の部屋の中には紫色の頭髪を持つ女性がいた。普段はツインテールのようにしている長い頭髪が、今日はそのまま下ろされていた。

 

「…あら?君達が、凝光の言ってた英雄達なのね」

 

「なるほど、『玉衡』…お前も怪我をしていたのか。表舞台に出てこないのは道理だな」

 

『玉衡』はまだ少し顔が青い。どうやらかなりの出血をしたようだ。『玉衡』は旅人を見ると、少し値踏みするような視線で上から下まで見た。

 

「そういえば貴女とは初対面だったわね。私は刻晴、璃月七星の『玉衡』よ。変革の時は来た、千年続いてきた秩序は遂に終わる。この歴史的瞬間を、私とともに見届けるわよね?」

 

「え、え〜っと…?」

 

「あら、わからなかったかしら?要するに岩王帝君による秩序が変革の時を迎えるから、私と一緒にその時を生きるわよね、と聞いているのだけど」

 

旅人は困惑していたようだったが、ようやく口を開いたかと思えば、

 

「あ、あはは…その、なんで私なんですか?」

 

「あら、アガレスは既に凝光と関係を持っているのでしょ?だったらもう一人の英雄くらい私が貰ってもいいと思ったのよ。結構仕事もしてくれそうだし」

 

「え、えーっと…」

 

「それにほら、三食寝床付きの宿も提供するわ」

 

「ど、どうしようかな…受けちゃおっかなぁ…」

 

ブレるな、旅人。

 

「『玉衡』…改め、刻晴と呼んでも?」

 

「構わないわ」

 

俺は旅人へ助け舟を出すことにした。しかし、余程三食寝床付きが堪えたらしいな。旅人は俺を物凄く微妙な目で見ている。やめてー、そんな眼でアタシを見ないでー。

 

さて、おふざけも大概にしておいて、と。

 

「刻晴、お前は知らないかも知れないが、旅人は兄を探す旅の途中なんだ。だから一つの国にはあまり留まれないんだ。すまないな」

 

「あら…それならそうと早く言いなさいよ…じゃぁアガレス、君は」

 

「俺は救民団の仕事もあるし、モラクスやバルバトスの面倒も見ねばならん。それに、お前としてもまたモラクスが我が物顔で物騒なことを考えられても困るだろ?それを防ぐためにモラクスを監視する、というのもある。だが、俺は救民団団長だ。団長として、お前の依頼を受けることならできる」

 

「その…依頼の内容というのは、何でもいいのかしら?」

 

刻晴は少しだけ瞳を輝かせて言った。

 

「そうだなぁ…闇討ち、暗殺などの汚れ仕事から炊事、洗濯などの家事から赤子のお守りにゴミ拾いまで多岐に渡る。基本的には何でも解決できるはずだ」

 

「え、ってか待って…アガレス、君は先程、帝君のことを面倒見るって言っていたかしら?」

 

「ん?そうだが」

 

「「「……」」」

 

旅人は一瞬モラクスと一緒にいただけなので彼についてはまだ深く知らない。刻晴は岩王帝君としての彼しか知らない。なるほど、そういうことか。

 

「帝君ことモラクスの普段の様子は中々面白いぞ。刻晴は仕事の合間に、旅人は旅の合間に、夜の時間に往生堂か救民団に行けば普段のモラクスを見ることができるだろう」

 

「待って、なんでそんなに帝君に関して詳しいのよ」

 

…え?

 

「待て、凝光から何も聞いていないのか?」

 

「…?」

 

あちゃ〜まじか。それなら俺のモラクス呼びも意味わからないし、普段のモラクスの姿を知っている、というのも可怪しくなってくるわけか。前提が違ったわけだな。

 

「…嘘だと思うなら構わんが、俺はかつて今の『七神』になる前、『八神』だった頃の八人目の神、元神アガレスだ。まぁとはいえ、『八神』に関する資料は大半が失われているらしいし、知らないのも───」

 

「貴方が…あの元神アガレスって…本当なの!?」

 

刻晴のテンションが露骨に上がった。

 

「先祖代々、貴方に関する言い伝えがあるのよ。500年前にアガレスという名前の神が世界に迫っていた終焉を自らの命と引き換えに止めたっていう…そうなの?」

 

「そうだな…その時のことを詳しく話してやってもいいが…少し時間もかかるぞ?」

 

「詳しく!」

 

アガレスという神への憧れがあるのか、はたまた俺の行動に対する何らかの勘定があるのか、刻晴は目を輝かせながら聞いていた。ついでに旅人も俺の話に耳を傾けていた。俺はそのまま時代背景と『終焉』の正体を交えながら全ての経緯を話し終えた。

 

「そう…それで最近復活したわけね」

 

「ああ、まぁ、起きてきてみれば、俺の記録も記憶も何も残っていなくて忘れ去られていたわけだがな」

 

「…アガレスさん」

 

「旅人、そんなに悲観する必要はない。俺は聞かれなかったから俺の過去を話さなかっただけだ。別にお前を信用していない、とかでは全く無いからな?」

 

「うん…そうじゃなくて、アガレスさん、大丈夫?無理してない?」

 

旅人は俺を心配そうな瞳で見つめた。刻晴も似たような感情を込めた瞳で俺を見つめてくる。俺は少し困ったように言った。

 

「うーん…別に無理はしてないはずだ。余り休みがないとは言え俺は神だし、別に疲労とかは…」

 

「そうじゃなくてさ…精神的な話だよ。昔は辛かったんでしょ?」

 

…。

 

「俺は昔から、あらゆるものを失ってきた。記憶、記録、人材、友人、信念、他にも様々なものを失ってきた。俺には力があったが、その力は護るための力ではなく、壊すための力だった」

 

「一体、何の話を」

 

「俺は誰かを、何かを護るために、敵を壊すことしかできなかった。それは、今も変わっていない。俺は…弱い。何かを壊さねば何も護れない…そんな弱さが、今回の事件に繋がっているとも思うんだ」

 

しかし、そうだな。

 

「無理…無理、か…そうだな、無理をしていないと言えば嘘になる。俺は常に、自分を高めようと力を磨き続けている。俺の目の届く範囲にいる大切なものを、護れるようにと」

 

言ってからいや違うな、とばかりに俺は首を振って更に続けた。

 

「ひいては弱かった俺自身を、殺すために…無理をしている」

 

「アガレスさ───」

 

「お前に何を言われようと、俺はこの生き方だけは変えられない。だってそうじゃないか…もう、あんな───」

 

───皆のことを…この世界を、お願いします、アガレス。

 

───盤石もいつかは…土に還る。お前に後は託す…友よ。

 

───僕らでは止められなかったこの『終焉』を…君なら止めてくれるよね、アガレス。

 

いつの記憶かわからないが鮮明に焼き付いている記憶が俺の脳内にフラッシュバックした。俺はその記憶に対してか、或いは別の何に対してかはわからないがギリッと歯噛みすると、

 

「───あんな思いは、もう御免だ」

 

そう言った。旅人も刻晴もイマイチよくわからない様子だったが俺は少し誤魔化しつつ話を続けることにした。

 

「まぁ兎に角、俺は失ったものが多すぎる。今回くらい護れるように少しは無理をしないとな…刻晴、長くなってしまったが、俺はこれでお暇させてもらうことにしよう。またそのうち会えることを楽しみにしている」

 

「え、ええ…また」

 

俺は旅人を置いて刻晴の見舞い部屋から出ていくのだった。

 

〜〜〜〜

 

「…旅人、君、彼についてどう思う?」

 

「うん…500年前の『終焉』を止めた時に誰かを失っていたのかな…」

 

「そうは思えないわ…だって彼の過去の話には誰かを失った悲壮感はなかったもの…」

 

「どうしたんだろうね?」

 

「わからないわ…彼から話してくれるのを待つことしかできないと思うけれど…話してくれるかどうか…」

 

旅人は少し俯いてコクリと首肯いた。刻晴は場の空気を切り替えるようにパンッと手を叩くと、旅人は顔を上げた。刻晴は旅人に笑いかけながら言った。

 

「そんなに悲観することはないわよ。彼だって過ぎたことだっていうのはわかっているはずだもの。そのうち話してくれるわよ」

 

「…そうかな」

 

「ええ、そう思うわ。話していてわかったのだけれど、彼は身内にはとても甘いタイプね」

 

「もっとグイグイ行けってことですねわかりました」

 

旅人の返しがよくわからず思わず刻晴は首を傾げた。

 

「じゃあ、私も行くね。稲妻へ行く方法が見つかるまでは璃月とモンドを行き来するつもりだから、また近い内に会いに来るよ」

 

「ええ、またね、その頃にはきっと元気になってるはずだから、歓迎させてもらうわ」

 

旅人は刻晴に軽く手を振ってから部屋を出て行くのだった。

 

〜〜〜〜

 

「ではノエル、少しの間だけここを頼んだ。可能であればノエルが面接をしたりスカウトをしたりしてもいいからな?」

 

「はいっ!お任せ下さい!」

 

「じゃあ、またな」

 

俺はノエルと別れて旅人と共にモンドへ向かう。なんと言っても救民団にはまだ人がいない。誰か一人は残らねばならなかったのだ。そういうわけでノエルとモラクスに残ってもらっているのである。

 

俺と旅人はそのまま談笑しながら移動し、ようやく暖かな風の吹くモンドまで戻ってきた。アカツキワイナリー付近の七天神像の横に旅人と一緒に立った。

 

「ようやく、戻って来れたな…モンド城に」

 

俺はモンド城へと戻ってこれた喜びに今だけは身を任せるのだった。




というわけで、次回からは少しお休み回です。

テコ入れ?それは言わないお約束だ…()


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章間
第49話 久方ぶりの休日


遅れてしまい申し訳ないです。というか寧ろこの時間デフォルト説あるかもしれない…?いやぁまさか…


モンドに戻ってきた俺と旅人がまずしたことはなにか…そう!挨拶回りである!!

 

と、テンションたっぷりに言ってみたはいいものの、特筆すべき点は特にないので割愛させていただこう。

 

「さて…依頼もないのかー?エウルアー」

 

「ええ、今日は来てないわね…ってか、なんでそんなに自堕落な感じ出してるのよ…私を顎で使うなんて…この恨み、覚えておくわ…」

 

「へいへい…ま、モンドが平和なのはいいことなんだが…こんなにすることがないとなるとなぁ〜…」

 

「…それもそうよね…レザーは最後の依頼の対応中だし…あ、そうだアガレス、折角だし私に付き合ってくれるかしら?」

 

エウルアが珍しく俺を誘った。俺は少し意外に思いつつも、

 

「ああ、暇だしいいぞー」

 

そう返した。しかし暇すぎて語尾が絶対伸びるのは許してほしいところだな。

 

「よしっ…じゃあ私は少し準備するから待っていてくれるかしら?」

 

「ああ…そうだな、俺も少し準備をすることにしよう」

 

今日は戦うこともないだろうし、ちょっと趣向を変えて着る服を変えてみるか。

 

 

 

「───待たせてしまったな、エウルア」

 

俺は自室へ行き、もう一つの服を着用した。この服は、俺の普段の黒衣とは違って白に近い色のほぼ同じ服だ。とはいえ、戦闘服とかでは勿論ない。礼服なんかに近いと言えるだろう。

 

「なんか普段と印象違うわね…」

 

「はは、折角の外出だろ?しかも、戦闘もないだろうし…で、何をしに行くんだ?」

 

「ええ…そりゃあ勿論───」

 

 

 

 

俺とエウルアはエンジェルズシェアまでやってきて朝から彼女は酒を飲むようだった。

 

「…まぁ、今日くらいは、な」

 

酒を飲むわけにはいかないが、今日のバーテンダーはディルックだったはずだし、俺のことをよくわかってくれている。恐らく普通にググプラムのジュースとかでも出してくれるだろう。

 

「モラはあるのか?」

 

「あら、アガレスが勿論持っているのよね?」

 

……いや持ってるけどさ。なんか複雑だわ。

 

「はぁ…飲み過ぎるなよ」

 

「やった」

 

エウルアが少し握り拳を作ったのを横目で流し見しつつ、俺達はエンジェルズシェアへと入った。バーテンダーのディルックがこちらを見て少し驚いているのがよくわかった。

 

「エウルアはともかく、アガレス…君がここに来るのは珍しいね。僕になにか用向きでもあるのかな?」

 

「用向きがなきゃ来ちゃいけないとかでもあるのか?普通にエウルアに誘われたから来ただけだ。エウルアにはよく出してる酒を、俺にはググプラムジュースでいい。少し感覚が麻痺して酒の匂いがあまりわかんなくなるから重宝してる」

 

「わかった。三番テーブルが空いている。そこで待っていてくれ」

 

俺はディルックに軽く礼を言うと、エウルアと共に席に着いた。

 

「最近どうだ?救民団に入ってから一年程立つが…」

 

「どうもこうもないわ。これ以上の環境はないし、昔みたいに罵られることもないわ。やっと皆に復讐することができるようになったわ」

 

エウルアがフン、と鼻を鳴らしながら言った。

 

「貴方に対する復讐は結構後になるだろうし、今は見逃しておいてあげるわ」

 

「そりゃどうも。お、ありがとう…って、旅人?」

 

「あれ?アガレスさん、それにエウルア?どうしてここに?」

 

旅人が給仕としてエンジェルズシェアで働いているようだった。ディルックをチラッと見やると、首肯いていた。なるほど、冒険者協会に依頼を出したわけか。

 

「俺はエウルアに付き合ってここにいるんだ。旅人は冒険者協会からの依頼ってところか?」

 

「うん、エンジェルズシェアに欠員が少し出てて…それで冒険者協会に依頼が来てた。だから手伝ってる」

 

なるほどね。

 

「旅人、好みのジュースはあるか?」

 

「ん〜…アガレスさんのそれは?」

 

「これはググプラムジュースだ」

 

「エウルアのは…どう見てもお酒だね…」

 

「ええ、勿論よ」

 

エウルアが何故か誇らしげに胸を張った。俺は少し眼のやり場に困りつつ、旅人の答えを待った。少しして旅人が言った。

 

「うん、じゃあググプラムジュースを貰おっかな。後でディルックさんにせびってみる」

 

おい、言い方が悪いぞ、と注意する前に旅人は他の注文客がいたようでそちらの方に手を振りながら走っていった。その様子に、俺は少し溜息を吐いた。

 

「元気なのはいいが…無理しすぎていないか心配なところだ。ここ最近、休み無しだろうしな」

 

「それと…最近、叔父さんの動きが少し怪しくってね…それに関する調査もしないといけないわ。取り敢えず、アガレスも気に留めておいてくれると助かるわ」

 

「そうさせてもらおう」

 

エウルアがグイッとグラスを傾けて酒を飲み始めたので、俺もググプラムジュースを少しずつ飲んでいく。

 

「っぷはぁ!バーテンダー!もう一杯!」

 

「そう言うと思って既に用意はしてある。旅人、頼む」

 

「はい、ディ…オーナー!」

 

どうやらちゃんと口調まで統一されているようだな。仕事熱心なことで何よりだ。暫くエウルアと談笑しながら過ごしてエウルアも少し酔ってきた時だった。

 

「それで、なんか話があるんじゃないのか?」

 

俺はそう話を切り出した。エウルアは少し目を見開いたかと思うと机に突っ伏しながら告げた。

 

「…流石、アガレスにはわかっちゃうみたいね…変なところで鈍いくせに」

 

最後の部分はあまり良く聞こえなかったが、どういう話なのだろうか。酒の力に頼らないとできない話、とかか?よくわかんないな。

 

「…その、お礼が言いたかったのよ」

 

「お礼?」

 

俺は何のことかわからず思わず首を傾げた。

 

「ええ、そう、お礼…路頭に迷ってどうしようもなかった私を、貴方は救ってくれたじゃない───」

 

〜〜〜〜

 

一年前、モンド。

 

当時の世界情勢自体が不安定だったこともあって西風騎士団と言えどどの情報が正しく、どの情報が間違っているのか、その判断が難しかった。加えて要であったアガレスもおらず、ファデュイの外交的圧力は強まるばかり、エウルア、というよりローレンス家の悪評のせいで、エウルアは西風騎士団を追い出されたのである。とはいえ、エウルアは西風騎士団の団員を誰一人恨んではいなかった。寧ろ当然の措置だと信じて疑わなかった。

 

ただ普段言われていたことが現実になっただけ、そう言い聞かせていたが、西風騎士団でなくなった彼女に優しくしてくれるのは西風騎士団の元仲間達と鹿狩りのサラだけ。それ以外の人物のほとんどが彼女を冷めた目で見ていた。そのためか仕事も碌に貰えず、モラが底をつき、雨の中、路地裏で彼女は蹲っていた。

 

「───ようやく見つけた…おーい、生きてるか?」

 

そんな絶望的な状況の時に現れたのがアガレスだった。当時はまだ名前が神龍団だった頃であるが、アガレスは自分のネーミングセンスを微塵も疑っていなかったわけである。

 

「あな…たは…アガレス…?」

 

エウルアはアガレスの姿を見て限界を迎えたのか、意識を失った。アガレスとエウルアは仲が悪かったわけではなく、寧ろ仲が良かったほうである。そのため安心しきったエウルアは意識を失ってしまったようだった。

 

「…エウルア…?あー、うーん…放っておくこともできないし…連れて行くか」

 

アガレスはエウルアを横抱きで抱えると、本部へと連れて行った。エウルアは半日ほどで目を覚ました。

 

「目が覚めたか…おはよう、エウルア」

 

「ぅ…ここ…は…ケホッ」

 

「その前に水を飲んだほうが良さそうだな…少し待っていてくれ、持ってくる」

 

アガレスはエウルアが回復するまでかなり献身的に尽くした。エウルアは脱水症状と栄養不足によって少し痩せこけていたが数日しっかりと食事を摂ってようやく元に戻っていった。エウルアは行く宛もない、ということで、その実、アガレスに受けた恩を返すために神龍団、いや、救民団へと入ったのである。

 

〜〜〜〜

 

「───だからそれに対するお礼ってことよ…わかった?」

 

「…ああ、よくわかった」

 

「「……」」

 

お互いに少し黙る時間があった。やがて更に少しするとエウルアが口を開いて一言だけ「ありがとね」と言った。なんというか、人からの感謝も、偶には悪くない、なんてぼんやりと考えるのだった。

 

…これは余談だが。

 

「アガレスぅ〜私の酒が飲めないっての〜?」

 

「ちょっ…誰か助けてくれ…まじ酒だけは無理だから…おいっディルックでも旅人でもいいから助けてくれよ!」

 

なんてやり取りがあったとかなかったとか。




次回から少し旅人とは関係のないお話になります。エウルアの伝説任務的なところはありますね


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第50話 ファデュイの思惑

やっぱり遅くなりましたね…えへへ


「───ククク…この計画が成功した暁には、私はようやくモンドの絶対支配者へと返り咲くことができる。ローレンス家の栄光を取り戻すことができるのだ…!」

 

その声を最後に声が聞こえなくなった。周囲は暗闇で、その暗闇を照らす僅かなランプの灯のみが主張を激しくしていたかと思うとそれが持ち上げられた。

 

「ったく…利用し甲斐があるから利用してやってるが、ほんとに腹立つ奴だな」

 

「そう言うな。ああ見えても一応、俺たちの役には立ってるんだからな」

 

新たな声の主達は踵を返すと暗闇の中奥へ奥へと進んでいく。

 

「『博士』様の研究されていた遺跡守衛…いや、耕運機の調子はどうだ?」

 

「問題ないようだ。全ての項目に丸表示がついてる。オールグリーンさ」

 

二人はやがてかなり開けた場所に辿り着いた。

 

「あの元神アガレスのせいで俺らはモンドには正式に立ち入れなくなってる。貿易目的の純粋な商人しか今は入れないが、それでも抜け道はあった」

 

バチンッと音がして照明がついた。広間にはびっしりと茶色い巨大な機械、耕運機こと遺跡守衛が座っていた。二人が近付いても起動することはない。

 

「全く…女皇陛下のため、という名目で騙し騙し耕運機を行動不能にしては連れてきた甲斐があればいいけどな…」

 

「…数は足りるだろう。極秘作戦『カペレ』を実行する時が来たということだ」

 

「はいはい…んじゃあ作戦の発動を総員に通達するとしますかね」

 

二人は照明を落とすと、更に深い闇の奥へと消えていった。

 

 

 

さて、極秘作戦『カペレ』とは、商人以外の入国が禁じられたモンドへ再び入国できるようにするための作戦である。

 

モンドにはローレンス家という、元貴族の家系があり、そしてほとんどの人間が驕り高ぶり、過去の栄光に縋っている。ローレンス家の人間に協力して西風騎士団を超える戦力でモンド城を包囲、統治機構を都合の良いように置き換えるのが狙いだ。加えて大戦力ともなれば風神が黙っているはずがないため、出てきたところで神の心も奪ってしまおう、という魂胆である。

 

極秘作戦『カペレ』の真の目的は、モンドの属国化にある。属国化し、モンドを足掛かりとして璃月への工作の拠点とするわけである。

 

「───耕運機の起動状況はどうなっている?」

 

「現在30%、一分に一体のペースですね」

 

「遅いな…まぁ、まだ起動条件に関してはブラックボックス的な部分もあるからな…そのうち『博士』様が解明してくださるだろう」

 

「ええい遅いぞ!何をしている貴様ら!」

 

ローレンス家の一人、シューベルト・ローレンスが怒鳴った。

 

「はぁ…怒鳴る以外能もない癖によく言うぜ…」

 

「まぁあのような無能でも我等の役に立てるのだ。多少は使えるだろう」

 

───無能なトップとしては、うってつけだな。

 

心の中で、ファデュイの指揮官らしき男はそう思った。

 

「それで、隠し戦力で俺達も出ないといけないんだろ?」

 

もう一人の男が言った。

 

「ああ、耕運機だけではどこから調達したのか、それは自ずとわかるだろう。どちらにせよ、この計画は女皇陛下からの勅命によるもの、失敗するわけにはいかん」

 

「そこでお前の頭脳ってことかー…何処ぞの好まざる人物のせいで執行官様達の頭脳系統はほぼ壊滅してるからなー…『淑女』様も『売女』様も行方知れず…」

 

「ああ…何処へ行ってしまわれたのだろうか」

 

さて、少し説明しておくと、スネージナヤによる情報統制のお陰で部下のファデュイには『淑女』が死んだこと、そして『売女』が璃月に捕らえられていることは伝わっていなかった。加えて璃月でもスネージナヤからの攻撃があり、これを阻止したと発表しただけで具体的な首謀者に関する発表はしていない。それは民への不安を与えないためでもあったが、結果的にスネージナヤの思い通りになったと言えるだろう。

 

「起動率、50%を超えました。現在、起動させた耕運機から風立ちの地にて待機中です」

 

耕運機、こと遺跡守衛の総数は200程度で現在100機程が風立ちの地に一糸乱れぬ整列をしていた。ファデュイの指揮官らしき男はシューベルト・ローレンスの前に跪き言った。

 

「シューベルト様、そろそろ頃合いかと。シューベルト様の御威光を見せつける時が来たのです」

 

「ふん、まだ半分ではないか。この程度の戦力でよくもまぁ時が来たなどと言えたものだ」

 

「無論理由が御座います。第一、モンドに敵対された際後詰めが居なくては一点突破される可能性が存在します。加えて、シューベルト様を御守りする耕運機も必要です。そして風立ちの地は広いですが、耕運機200機ともなると戦闘になった際狭すぎます。ですから、御威光を示すには100機程度で充分足り得ると愚考致しました」

 

「ふむ…なるほどな」

 

ほんとはわかってねーだろこのおっさん、なんてファデュイの男は思ったが苦笑するだけで口には出さなかった。

 

シューベルトは如何にも全てを理解したとばかりに首肯き言った。

 

「わかった、私は寛大だからな。お前の言葉を聞き入れ、出陣と行こうではないか」

 

シューベルトはそう言うと無駄に仰々しい動きで去っていった。ファデュイの男と指揮官らしき男がお互いに顔を見合わせ苦笑した。

 

〜〜〜〜

 

シューベルト達が遺跡守衛を連れて攻め込んでくる一日前。

 

「───ほう…シューベルトの動きはこんな感じか…」

 

「ええ…あの人、どうやらモンドをまたローレンス家が手中に収めようとしてるみたいよ」

 

「潜伏してるファデュイの残党と接触したのか」

 

西風騎士団も救民団も、国境付近を常に警護できるわけじゃない。必ず綻びが出てその度にファデュイの侵入を許している。かと言って彼等を捕縛しても自殺する。事前に防止すらもできない。毎度何らかの理由で死んでいて、その理由も不明なのだ。

 

「加えて、今回の件、意外と奥が深いぞ?表面上だけの狙いに留まらず、その奥に二重三重の狙いが存在している。かなり付加価値の高い計画だ」

 

シューベルトの動きから、何らかの方法でモンドを脅迫し、再びトップに返り咲く。無能なトップ、そしてそれを手助けしたファデュイの願いを、シューベルトは無下にもしないだろう。狙いは…なんだろうな、モンドの属国化、とかはありそうだ。

 

加えて脅迫しているならバルバトスが出てくる。例えシューベルトの計画が失敗しようと神の心さえいただければ何でもいいだろう。となると…武力行使による脅迫だとわかる。

 

問題はその武力行使の方法だ。

 

「エウルア、何か情報は無いのか?」

 

エウルアにそう聞くと彼女は首を振った。

 

「残念ながらないわ。叔父さんは昨日からいないみたいだしね」

 

妙だな、いない、というのも可怪しい。

 

「ファデュイには『博士』がいたな…いや、だからといって一概にはわからんか」

 

まぁ武力行使の方法は置いといて。

 

「狙いとしては他にもあると考えるべき、か…」

 

仮にモンドを属国化できたとしてスネージナヤが得することといえば何だ?一つは単純に土地が増え、加えて不凍港も確保できる。

 

モンドには龍もいる。その研究もできるようになるだろう。

 

戦争状態になった際はモンドから徴兵することもできるだろう。2方面同時展開作戦なんかもできるかもしれないな。

 

他、他か…ん?その繋がりで言えば、失敗した璃月での戦争…いや、なるほどな。璃月を攻める足掛かりにもなるわけだ。物資集積所としても使えるだろうな。

 

さて、考察はこの辺にしておいて、どうしたものか。

 

「このままだと証拠不十分で捕まえることもできんな…何せほんとに証拠がないからな」

 

「ええ、ただ動きが怪しいだけなのよね…まぁ、事後でも対応できるといいけど…自信はないわ」

 

「叔父を手に掛けることになるかもしれないからか?」

 

コクリとエウルアは首肯いた。

 

「確かに、あの人は私の叔父さんだけど、モンドに害を成そうとしているのなら…私に止めない道理はないわ。けれど…叔父さんをその時殺してあげることができるかは…わからないわ」

 

エウルアの手は震えていた。俺は彼女の手を握って言った。

 

「お前ができないなら俺がやるだけだ。だがエウルア。これはお前の家族が起こすかもしれないことだ。お前自身が、決着をつけるべきなんだよ。それだけは、覚えておくといい」

 

エウルアの手の震えが止まったので俺は手を離し、先に救民団へと戻った。エウルアは俺のいなくなった場所で一人、

 

「ええ…無論そのつもりよ…」

 

決意を秘めて呟くのだった。




というわけで今回はほとんどファデュイ側の話でした。次話も似たようなもんです。眠いので誤字多めです恐らく。

だが断る、寝ます。


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第51話 鏖殺①

今回もほぼファデュイさん達から見た視点となります


アガレスとエウルアがシューベルトの動きに勘付いた次の日、風立ちの地に大量の遺跡守衛が整列していた。その最後方にはファデュイの前鋒軍・雷ハンマーに護られたシューベルトがいた。無論、西風騎士団は街の護りを固め、代理団長以下数名のみが様子を伺いに行っていた。

 

そんな中、最後方では、シューベルトが足を踏み鳴らしていた。

 

「全く…交渉など私に任せておけばいいものを…モンドの民は私を見ただけで跪き靴を舐めるはずなのに…」

 

そのシューベルトの言葉を聞いた指揮官らしき男は心の中で盛大にツッコみつつ、表面上はしっかりと取り繕って言った。

 

「しかしシューベルト様、シューベルト様自ら話されてはシューベルト様自らの格というものが下がってしまうというもの…本来であれば私達下賤な存在ともお話をされるのは不快なこととは存じておりますが…今は耐え忍ぶ時だと愚考致します」

 

恭しく指揮官らしき男は言った。シューベルトはその言葉に機嫌を良くして鼻歌まで歌っていた。

 

「そうか…なるほどな。しかしお前は本当によく尽くしてくれる。私が支配者へと舞い戻った暁にはお前を重用すると確約してやろう」

 

「(まぁそんな称号いらないが)有難き幸せに存じます」

 

「それでは私はその時が来るまで天幕で休む。お前が呼びに来い」

 

「畏まりました」

 

シューベルトが去った後、指揮官らしき男は立ち上がって心底不愉快そうな表情をして呟いた。

 

「全く…決められた役割を演じる、というのも中々難しいものだな…俺は肉体的にはただの人間と変わらないが頭脳を強化されているわけだし大して苦にはならないと思っていたのだがな…頭脳が強化されていても読み切れないのが人の感情、そういうものか」

 

 

 

モンド城内にて、ジンはファデュイの特使と睨み合っていた。理由は勿論、特使の持ってきた書類のせいである。

 

「モンドを大人しく引き渡せ…そんなことができるはずがないだろう。ファデュイの方々にはいい加減にしてほしいものだ」

 

ジンはそう口火を切った。特使はそれに対して馬鹿にするように告げた。

 

「おや、先に追い出したのはそちらではないですか?そもそも、私達は無益な血を流したくないだけ。そしてそちらとしてもつまらない意地に拘って無駄な血は流したくないでしょう?」

 

「仕掛けてきたのはそちらではないか。それに、私達は西風騎士団だ。大団長から、このモンドを任されている。到底、このような無血開城をして即刻モンドを引き渡すなどできるはずもない」

 

無論ジンも特使も相手が何かを言えば反論する。議論は平行線を辿り、そしてそれには際限がなかった。

 

「では交渉は決裂、ということですな。その選択を後悔することになるでしょう」

 

特使は早々に話を切り上げて立ち去ろうと踵を返した。

 

「フッ…後悔するのはお前達だろう」

 

「何…?」

 

立ち去ろうとしたファデュイの特使はジンの態度に少し違和感を覚えて振り返った。ジンは毅然と告げた。

 

「モンド…いや、これはこの世界に住まう存在の危機。我々も勿論抵抗するが…はてさて、その前に全て事が終わってしまうかも知れないな」

 

「…っくはははは!全く、代理団長殿は御冗談がお上手なことで」

 

肩を竦めながら特使はそう言って今度こそ去って行った。ジンは特使の背を少し悲しそうに見つめて呟いた。

 

「冗談、か…冗談でなければもっと下手に出ているよ」

 

 

 

数刻後。シューベルトの休んでいる天幕内に入る直前に思い留まり、来訪を知らせる鈴を鳴らした。

 

「───シューベルト様、お休み中申し訳ございません。お時間頂いても宜しいでしょうか?」

 

「よかろう、入れ」

 

「失礼致します」

 

貴族相手になるとかなりの礼節を尽くさねばすぐに機嫌を悪くする。特にこういった悪徳貴族は特に、である。そのためファデュイの指揮官らしき男は恭しく、そう、とにかく恭しく天幕内へ入り、すぐに跪き言った。

 

「お待たせしてしまい申し訳ございません。シューベルト様の手腕を存分に振るって頂く機会がようやく回ってまいりました。西風騎士団はこれだけの数の耕運機を前にしても尚、徹底抗戦を貫く構えのようです」

 

「つまり私に説得せよ、そういう意味か?」

 

シューベルトの声色が少し不機嫌になったのを察してすかさず指揮官らしき男は付け加えた。

 

「いえいえまさかそのようなことは。説得に応じなかった、それはつまり滅ぼされても文句は言えません。西風騎士団を排除するいい機会と捉えるべきかと愚考致します」

 

「そう、そのとおりだな。やはりフタローイ、お前は私の側近に相応しい」

 

シューベルトは指揮官らしき男、否、フタローイと呼ばれた男の肩に手をおいた。思わず払い除けそうになる気持ちを必死に押し殺して、フタローイは満面の笑みで告げた。

 

「は、勿体なきお言葉でございます」

 

「それで、どうすればいいのだ、我が右腕」

 

勝手に右腕にすんなクソ老害、と心の中で盛大に再びツッコみつつ、一瞬考える素振りを見せてからニヤリと笑いながら言った。

 

「シューベルト様の御威光を見せつけるのにはいい機会でしょう。シューベルト様のお力で屈服させればよいのです。そう、千年前のように」

 

「フッ…それもそうだ。私としたことが愚問を問うてしまったようだな。侵攻の準備をせよ、モンド城など幾らでも建て直せば良いのだ」

 

フタローイは内心で今度はほくそ笑みながら恭しく礼をして告げた。

 

「仰せのままに、シューベルト様」

 

 

 

「───お前も大変だな、これからシューベルトのお付きの者として暫くは生きていくんだろ?ほんとに可哀想だねぇ」

 

「思ってないだろう。そういう言い方だし、何より声色に滲み出ている」

 

「おっと、バレちゃあ仕方ねえ…それで、ここ一週間ほど救民団のアガレスが行方不明ってのはマジなのかよ?」

 

フタローイに告げる友人と見られる男は少し不安そうに告げた。

 

「アディーン、まさかとは思うがお前、不安なのか?」

 

「まさか…だが、アガレスにはかなりの同胞が屠られたと聞いている。俺は問題ないだろうが、耕運機だけで勝てるのか?」

 

アディーンと呼ばれた男の言葉に、フタローイは首を振った。

 

「さあ…それはわからんが、奴が来る前にかたをつけるしかあるまい」

 

「ま、それもそだな…変なこと聞いて悪いな」

 

「───フタローイ様!」

 

デットエージェントが珍しく取り乱していった。フタローイはすぐに何かが起きたことを察すると事情を尋ねた。デットエージェントによれば、遺跡守衛の起動は90%まで進み、もうすぐ、というところで何者かの襲撃を受けて基地は壊滅してしまい、残りの10%は全て破壊しつくされた、とのことだった。フタローイはすぐに部下に指示を出した。

 

「ファデュイ前鋒軍、重衛士、遊撃隊はアディーンを中心として配置につけ!襲撃者は風立ちの地までへもやってくるぞ!!ある程度距離はある!!今すぐ作戦を決行すれば間に合う!」

 

「フタローイ、まさか…」

 

冷や汗を流しつつアディーンは問うた。フタローイは首肯き、早く持ち場に着いてくれ、と言った。アディーンは大急ぎで自身の持ち場へ向かって行った。

 

「今の今まで何をしていたのかと思えば…元神アガレス…貴様、我等の基地を探して潰していたわけか…だが、風立ちの地から千風の神殿までは距離があるはずだ。何も問題はない、そう、問題ないはずなのだ」

 

───だがこの言い知れぬ謎の不安はなんなのだ?

 

背中に嫌な汗が流れるのを感じつつフタローイは自身の立てた計画を信じることしかできなかった。

 

〜〜〜〜

 

「潜伏中のファデュイが吐いた情報によればここに200機もの遺跡守衛が運び込まれているらしい。そしてその作戦決行日は今日だそうだ」

 

「ならモンドにいたほうがいいんじゃないの?」

 

エウルアの言葉に少し俺は考えたが、すぐに首を振った。

 

「遺跡守衛が現状どれほど起動されているかわからない以上、大本を潰さなければ増える一方だ。つまり、基地から潰す必要があったんだよ。それに、お前の叔父さん、シューベルト・ローレンスもこっちにいるかも知れないしな」

 

「ええ…一応、中を全部確認してから暴れるわよ」

 

エウルアと共に俺は中へ入った。神殿の中はかなり暗く、ほぼ何も見えなかった。二人居るな。背後、そして正面、挟み撃ちか。

 

どういう原理でこの暗闇の中を正確に移動しているのかはわからんが…それを聞いている暇はない。前後から飛んできたデットエージェントのものと思われる刀を掴むと、寸分違わず同じ場所に向かって投げ返した。小さい呻き声と共に、何かが倒れる音が聞こえてきた。ふむ、手応えあり。

 

「さて、先に進むぞ」

 

「なんでわかったのよもう…」

 

斯くいうエウルアも気が付いていたであろうが、反応はできなかった、というところか。俺は少しエウルアの注意が散漫になっていることに心配を覚えつつ、更に奥へと踏み入っていった。

 

暫く進むと、行き止まりになった。見逃している可能性はあるが、一本道だったはずだ。と、そんな時に風を感じた。だが行き止まりである。なるほど、この先に空洞があるものと見た。

 

「少し離れていろ」

 

「ええ」

 

俺は拳を振り被ると壁をぶん殴った。壁が砕け散り、突然明るい場所に出た。視界が回復したタイミングで俺は周囲を瞬時に見回し、ニヤリと嗤った。

 

「予想通り、か」

 

慌てふためくファデュイ達、そしてここはただの遺跡守衛保管庫だろうと推測できる。他に小部屋も見当たらなく、大きな出入り口らしきものがあるだけである。つまり、他に部屋はない。シューベルトもここにはいないわけだ。

 

「エウルア、ここにシューベルトはいない。好きなだけ暴れられるな」

 

「ええ、やってやるわ」

 

エウルアにとってシューベルトは悪徳貴族の鏡そのものではあるが、腐っても家族だ。そんな叔父を誑かしたファデュイを許すつもりは毛頭ないのだろう。斯くいう俺も、だ。神殿になるべく被害を出さず、かつ生存者は少しだけ残してわざと報告させる。

 

「さぁてファデュイの諸君。楽しい楽しい戦いを始めようじゃないか?」

 

「何処の戦闘狂よ全く…」

 

エウルアのツッコミで全てを台無しにしつつ、俺達は基地で暴れ倒し、20機の遺跡守衛を片付けることに成功したが、逆に言えば180機はモンドに向かっている、ということになる。そして俺がわざと逃した一人のデットエージェントは今頃は上司に報告して作戦を先に続行させているだろう。加えて千風の神殿から風立ちの地までは少し距離がある。このような計画を立てた存在は間違いなく俺の仕業だと気が付き、しかし俺とて間に合わないだろうと予測するだろう。ま、常識の範囲内に俺が収まっていれば、の話だがな。

 

「エウルア、この基地の施設のみを破壊してから行くから、先に風立ちの地へ向かってくれ」

 

「ええ、わかったわアガレス」

 

俺はエウルアを軽く見送ると、指輪の通信機能でウェンティことバルバトスを呼び出した。

 

「バルバトス、現状はわかるか?」

 

『遺跡守衛100体くらいが風立ちの地に集結してるよ。交渉も決裂して丁度侵攻を開始した頃だね』

 

「よし、ありがとう。すぐに向かう」

 

『うん、僕はりんご酒でも飲みながら見物してるね〜』

 

それだけ言って通信が切れた。流石に自由人、いや自由神だな。俺は少し肩を竦めつつ雷元素をそこかしこに放った。これで基本的な施設は破壊して尚且神殿にはダメージを与えていないはずだ。俺はすぐに神殿の外に出ると風立ちの地へ向けて飛ぶのだった。




ふぅ…今日も何とか間に合ってよかったよかった


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第52話 鏖殺②

エウルアの伝説任務だったはずが物凄く大掛かりなことになっている…だと…!?


「進め!!モンドを更地へと変えてしまえ!!」

 

大量の遺跡守衛が足並みを揃えて大地を踏み鳴らしながらモンドへと迫っていた。如何に堅牢なモンド城と言えど、これだけの遺跡守衛を相手にして勝てる道理はなかった。加えてトワリンはまだ璃月での戦闘の傷が癒えておらず、戦闘には参加できない。最早状況は絶望的と言えた。フタローイは少し笑いながら遺跡守衛が侵攻する様子を眺めていた。

 

「く、ククク…何が元神アガレスだ…噂ほどでもないではないか…!」

 

最前列を行く遺跡守衛へ向けてモンド城の城壁から矢が放たれたが、遺跡守衛の体は硬く、ただの一本も刺さることはない。やがてモンド城を射程圏内に捉えると、上半身をクルッと回してミサイルを放つ態勢へと移行した。

 

「た、退避…退避ぃぃぃ!!」

 

西風騎士の一人がそう言いながら城壁から退避した。それに釣られて今年西風騎士団に入団したばかりの新米達も逃げ出した。ベテランの西風騎士が遺跡守衛を止めようと攻撃を加えようとしたが、ファデュイに邪魔され上手いこといっていない。つまり、詰み、である。

 

遺跡守衛達は一斉にミサイルを発射し、やがて爆発した。煙で城壁が破壊されているかどうかが見えていない。

 

「───おいおい、この状況になってもバルバトスは動かないのか…なんて無能な神だ…全く。俺がいなかったらどうするつもりだったんだ?」

 

煙の中から、声が聞こえたかと思うと最前列の遺跡守衛が肩口から腰にかけて筋が走ったかと思うと、ずり落ちて真っ二つになり機能を停止した。煙の中から姿を現したのは黒衣に身を包んだ長身で銀髪が目立つ男。頭髪の影の奥にはぼうっと光る紅い瞳があった。やれやれ、とばかりに肩を竦めながら現れた男───アガレスはズラリと居並ぶ遺跡守衛を見やった。

 

「こんなにもよくもまぁ集めたものだ。カーンルイアが作り上げた耕運機と呼ばれる戦闘兵器…それを研究し、そして利用する。ファデュイの考えそうな手だ。第二のカーンルイアにでもなりたいのか?」

 

不思議と、後方に居るはずのフタローイとアディーンの下まで声が届いていた。フタローイは自身の予測が外れ、計画が台無しになることに、舌打ちをした。

 

「貴様!!何者だ!!」

 

と、シューベルトが叫んだ。遺跡守衛の抱える神輿に乗っているのである。アガレスは胡乱な眼差しでシューベルトを見やると、くつくつと喉を鳴らした。

 

「おいおい、神の前で神輿に乗るとは…なんて罰当たりなんだ?」

 

「神…?お前の言っていることはよくわからんが、お前は救民団団長のアガレスだろう?」

 

「ああ、そうだが」

 

「私の配下になれば永遠の繁栄を約束してやろう!!どうだ?私の配下になれ!」

 

シューベルトは自分が目の前の矮小な人間より上だと信じて疑わない。何故なら現に自分は今、神輿に乗り、その存在よりも上に立っているのだから。だからこそ、次の瞬間、自分が地べたに這い蹲り、頭を踏みつけられているという事実に気が付くまでかなりの時間を要することになった。

 

「き、ぎざま!何をする!!離せぇ!」

 

「…一つ、教えてやろうか、シューベルト・ローレンス」

 

喚くシューベルトを押さえつけて黙らせたアガレスは心底不愉快だ、という目線でシューベルトを見た。

 

「俺はなぁ、別に人間が欲望で動くことは、悪くはないと考えているんだ。だってそうだろう?欲望というものは人生で必ず沸き起こってしまうものだ。それに従わずに我慢している人間も沢山いるが、人間の行動原理のほとんどが欲望によるもの、そうだろう?だが…」

 

アガレスは頭を踏みつける力を更に強くした。シューベルトの小さい悲鳴が上がる。

 

「己の矮小な欲望でよくもまぁ人を巻き込む。それも最悪の形で。多くの人々の犠牲の上に成り立つその欲望は、叶える価値があるものか?」

 

アガレスは本能が存在しないはずの遺跡守衛が少し後退る程の殺意を込めて言った。

 

固まっているアガレスとシューベルトだが、フタローイは遺跡守衛を動かさなかった。未だに、アガレスを倒せると思っているからである。そう、シューベルトを囮に使い、殺した瞬間、アガレスへ遺跡守衛を当てるのである。

 

「お前は殺さない。俺は、な。そら、エウルア、こいつの落とし前はお前がつけろ」

 

遅れて到着したエウルアへ向けてアガレスがシューベルトを足で蹴って転がした。エウルアはシューベルトを止めると、アガレスを見て顔を引き攣らせた。状況は、絶望的。エウルアやノエル、レザーがいて、西風騎士団を総動員しても恐らくこの戦には勝てないだろう。しかし、エウルアは見ている。アガレスは、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「さて、待たせたな、ファデュイ、そして遺跡守衛共」

 

アガレスはゆっくりと鞘から抜き放つように刀を生成すると、告げた。

 

「お前達はモンドを、その民を恐怖に陥れるべく行動した。さぁ行くぞ?鏖殺だ」

 

フタローイは悪寒を感じ、遺跡守衛へ命令を下す。「殲滅しろ」と。最前列の遺跡守衛群は再び上半身を回転させてミサイルを放とうとした。横目で流し見したアガレスは左腕に水元素を纏わせて足には常に雷元素を纏わせた。光速で動くアガレスは遺跡守衛の弱点である瞳の部分に水元素を叩き込む。水元素の本体は水、水は液体であるため遺跡守衛の内部へと入り込み、精密な機械であるが故に簡単に破壊されてしまった。

 

「なっ…なんだ…」

 

腕を伸ばした遺跡守衛は刀によって粉々に切り刻まれ、その勢いでアガレスは一挙に踏み込み遺跡守衛の一体の腕を取って物凄い勢いで投げつけた。三体がその衝撃に巻き込まれ、その機能を停止させた。

 

「なにが…起こっている…?」

 

アガレスはただただ口の端を持ち上げながら遺跡守衛を淡々と狩り続けた。雷元素と炎元素による過負荷反応の爆発で遺跡守衛を吹き飛ばし、或いは落ちていた西風騎士の放った矢を拾って氷元素を纏わせて鋭利にしてから遺跡守衛数体の目玉を同時に撃ち抜いたり、刀で一刀両断したり、或いは体術で内部へ衝撃を与えて遺跡守衛を破壊した。

 

「こ、こいつは…!」

 

一刻も経つ頃には180体もの遺跡守衛はフタローイ付近に存在する僅かな残り滓のみとなってしまっていた。

 

「ばか…な…化け物か…!!」

 

ファデュイの伏兵達が、命令されずとも今度は遺跡守衛の代わりにアガレスへ向けて襲いかかった。デットエージェントが重衛士の背後で透明化したのにも関わらず、アガレスは背後に回ってきていた遊撃隊を殺してから、デットエージェントから振るわれた不可視の刃を口で噛んで止め、ニヤリと嗤った。かと思えば右手をデットエージェントの腹に添え炎元素で腹に風穴を開けた。重衛士は既に刀によって切り刻まれ、前鋒軍はあっけなく体術や剣術の前に沈んだ。遺跡守衛のオイルやファデュイの血液を被っているアガレスは、正に正真正銘の化け物だった。

 

殺戮に次ぐ殺戮を前にして、フタローイの思考は、完全に停止していた。

 

アガレス、彼は怒ると結構怖いのである。

 

「っく…」

 

フタローイは全身をローブで覆い、肌を出しているところは何処もないため飛んできた瓦礫などが命中しても多少の傷みを感じるだけで済んでいるが、それでもアガレスはフタローイの部下を皆殺しにしたのである。

 

「さて、これで全てか?確かに、この程度の戦力でも落とそうと思えばモンドは落とせるか…だが、お前達は致命的に、神を舐め腐りすぎているようだな」

 

ファデュイや遺跡守衛の攻撃の全てを物ともせず、全てを斬り伏せてフタローイの前に少しずつ少しずつ近付いてきていたアガレスは不意に立ち止まると、屈んだ。直後、現れたアディーンの薙刀の一閃が走り、そしてそれは空を切った。

 

「チッ…まさか外すとはな」

 

「いやいや、あいつ俺が攻撃する直前に回避したぜ?後ろにも目がついてんじゃねえのかってくらいの反応速度だな」

 

「というか持ち場はどうした?」

 

フタローイの言葉に、アディーンは肩を竦めた。

 

「その持ち場自体、護る存在がいなくなっちまったからな。反応する間もなくあのアガレスに頭を踏みつけられてたよ」

 

「それはまた傑作だ…結果的に我々の切り札であるお前が間に合ったのだからな。試作型強化人間の壱号…」

 

「おいおい、今更その名前で呼ぶのか?だったら俺もお前のことを試作型強化人間の弐号と呼ぶけどな」

 

「さて、アガレス。我々の正体を教えておくと───」

 

フタローイは教えたところで問題ない、と考えて自分達の出自について述べようとしたが、それをアガレスに遮られた。

 

「ファデュイの『博士』が主導している、相次いで失われていく執行官クラスの実力を持つ存在を人工的に作り出し、戦争の道具にすることを念頭に添えた極秘要項。ファデュイの地方司令官と思わしき高い地位に就いている存在が教えてくれてな…目的のためには手段を選ばない国だとは思っていたが、人間の成長限界を無理矢理上限値以上まで引き上げて戦争の道具にする。全く以て不愉快だ。世界の規律に反する」

 

アガレスは不愉快そうだったが更に続けた。

 

「人を生み出してよいのは世界だけだ。人工的に世界から与えられた上限を、限界を突破して、何の影響もありませんでした、なんてことはあるまい。さて、その実験を成功させるために、果たして何人の命が犠牲になったのだろうな?まぁ、それはわからんが、到底許されるべきでない行為であることは確かだ。お前達に罪はないが、洗脳教育などによって氷の女皇の命令は絶対、とされているだろうしなんとも言えないな」

 

ここで言う二人、アディーンとフタローイは単なる型式である。アディーンを壱号、フタローイを弐号としているのである。執行官『博士』によって行われるプロジェクトに於いて、技術不足や人体の構造への理解不足によって成功したのはまだこの二人だけなのである。壱号のアディーンには身体能力増強、そして邪眼に耐え得る肉体への変化、そして洗脳教育が施され、フタローイにはアディーンと同じく邪眼に耐え得る肉体、洗脳教育が施され、彼と違う点は、頭脳強化である。特殊な薬剤を長い年月に渡って少しずつ投薬していくことによって脳の機能を最大限に発揮させ、かつ冴え渡らせる。

 

「そのような強化を施して代償がないはずはないだろう。推測するに、左の肉体的改造を受けたお前の代償は身体能力増強による寿命の前借り、あと持って一年といったところか。さて、右の計画立案者、お前は頭脳強化による神経過敏、そうだろう?だからそのように全身を覆い隠し、過敏すぎる神経への影響を最小限に抑えている」

 

「…そうだ。だがお前にそれが理解できたところで何もできまい?」

 

アディーンは薙刀をぐるぐると回してアガレスへ突きつけた。フタローイも本の形をした法器を取り出し、ページを開いた。

 

「ファデュイの力によって強化された肉体を持つ存在を、常人よりも遥かに強化された頭脳で以て運用するのだからな」

 

「なるほど、よくわかった…話してみたら救いようがあるかもしれない、なんて考えていた俺が甘かったわけだ…なるほど、洗脳はよく行き届いているな」

 

アガレスは刀に付着していた血液を刀を振るって落とすとアディーンへ向けてその刀の切っ先を突き付けた。

 

「何度も紡がれてきたこの世界の中で、お前達のような存在を何度も見てきた…さぁ、お前達をその苦しみから解放してやろう。それが、この世界に住まうお前達へ向けられる最大限の慈悲だからな」

 

「行くぜフタローイ…!」

 

「ああ、指示は任せろアディーン」

 

ここにファデュイの非人道的な研究によって生まれた二人の戦士と、世界を護ってきた神との戦いが幕を開けた。




長めですね〜今回…あと一話だけ続くと思います。ちなみに強化人間の話ですが、勿論創作です。ただファデュイならやりかねない、という感じですね。


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第53話 決着

一応今回でこの話をお終いになりますね。次回からはあの方が登場するでしょう…!いやー、その後はいよいよ稲妻ですからね…描くのが楽しみです


モンド城内、牢獄。

 

「ここから出せ!私を誰だと思っているのだ!!」

 

「…なぁ、あれさっき目が覚めてからずっと叫んでるのか?」

 

「あ、ああ…」

 

アガレスによって気絶させられたシューベルト・ローレンスは牢獄へと入れられていた。牢獄内で目が覚めたかと思えばすぐにこのようにして吠え始めたのである。

 

「全く…叔父さんは本当にどうしようもない人ね」

 

「なっ…!貴様…この期に及んで私の計画を邪魔立てするなどどういう了見だ一族の恥晒しが!!」

 

シューベルトは歯噛みしつつ叫んだ。エウルアは耳を軽く塞ぐと、シューベルトを見下ろした。

 

「叔父さん、殺されなかっただけでもありがたく思ってよね。あの人、本当は敵には容赦しないんだから…」

 

「何を言っている!私の質問に答えろ!」

 

「答える意味はあるのかしら?大罪人」

 

「な、なんだとっ…!!」

 

はぁ、とエウルアは溜息を吐いた。

 

「私利私欲のためにモンド全域を巻き込んだ貴方を大罪人と呼ばずしてなんと呼ぶというのかしら、叔父さん」

 

「であればお前もローレンスの末裔だ!お前も同罪だろう!!」

 

「違うわ。私はもう、ローレンスとは縁を切ったもの。まぁ、忌まわしき罪人の血は私を簡単には解放してはくれなかったけれど…」

 

エウルアは首を振ると、少し笑って言った。

 

「きっと彼が…アガレスがこの罪を精算してくれるわ。本当は私がやらねばならないことだけれど、私にはそれができるだけの力はないから…」

 

だから、とエウルアは続けた。

 

「せめて見届けましょう。私達罪人の犯した過ち、その終焉を」

 

ぎゃあぎゃあと喚き始めたシューベルトを無視してエウルアはアガレスが戻ってくるのを、牢屋内で待つのだった。

 

〜〜〜〜

 

「ハァッ!!」

 

「ふむ…」

 

横薙ぎに振るわれた薙刀を俺は刀で受け流しつつ、右足で蹴りを放った。アディーンはバックステップで蹴りを躱すと、氷の槍を幾つも生み出しながら俺の周囲を走り回って様々な方向から放った。俺はそれに対し、刀を振るって氷の槍を斬り落とすと、すぐに背後へ向けて火球を放った。

 

動きを読まれていたことに驚いたアディーンだったが、フタローイの指示に従って横へ飛んだ。直後、火球は通り過ぎ、そのすぐ後ろから炎の槍が火球に突っ込み、破裂し、消滅した。この戦法は、淑女が使っていたものである。単純故に、凶悪なものだ。

 

「そう、躱すのが正解だ。躱さなければ死んでいた。フタローイと言ったか?その頭脳は伊達ではないようだな」

 

「舐めるなよ…行けアディーン!」

 

「応!!」

 

俺は横薙ぎ、右斜下、再び横薙ぎ、と振るわれていく薙刀を丁寧に避けつつ言った。

 

「加えてアディーンを操り人形かのように扱うその手腕、はて…俺の預かり知らぬ思念伝達方法があるようだな。だが…」

 

少しだけ態勢を崩した瞬間に上から振るわれた薙刀の刃を歯で噛んで止めると、薙刀の刃を噛み砕いた。勿論口の中を結構切るが、このまま敵の武器を大人しく返すわけにもいかんだろう。俺はすぐに後ずさりつつ、刀をわざとアディーンの背後へ向けて振るった。

 

アディーンは薙刀の柄部で刀を防ぐと、俺を押し退けかつ距離を取った。

 

「やはり、そうか。糸だな?」

 

「…」

 

「沈黙は肯定と受け取るぞ?」

 

俺は口の中に水元素を放り込むと軽く回復させて傷を塞いでからぺっと吐き出した。

 

「うーん…増援も来そうだし、早めに終わらせておきたいな。じゃ、アディーン、フタローイ。少し早いが実力を見るのもこれくらいにしておこう」

 

この程度の戦力なら、幾ら居ようが俺の敵ではないだろう。救民団のメンツなら十分一対一で相手できるレベルだろう。俺は刀を仕舞うと、手を合わせて炎元素を纏わせた。

 

「ま、消滅してくれるなよ?」

 

俺は雷元素を足に纏うと一挙に踏み込み、アディーンの背後に立った。

 

「っ!?」

 

「もう遅い」

 

俺はアディーンの背中から伸びている糸全てを炎元素で燃やし尽くした。アディーンが背後に居る俺目掛けて柄部だけになった薙刀を振るったが、俺は薙刀を受け止め、燃やした。

 

「なっ…!?っ!!」

 

「ほう…?」

 

アディーンは薙刀が使い物にならなくなったことをすぐに察して薙刀を投げ捨て、右ストレートをまっすぐ俺に向けて放った。

 

「薙刀が使い物にならなくなったことを察して即刻体術に切り替えたのは上出来だが…」

 

俺は雷元素を利用してアディーンの背後に回り込むと、敢えて少し攻撃せずに待ち、アディーンが俺に気が付いて回し蹴りを放った瞬間に俺の全身を炎元素で覆った。少し暑いが我慢できる程度だ。アディーンの蹴りが俺に命中するかしないかのところでアディーンは足を咄嗟に引いてすぐに後退った。

 

「強化された反射神経を少し甘く見すぎていたか…今度はもう少し速く行こう」

 

「チッ…アディーン、援護する!自立して動け!!」

 

「了解だぜ…!」

 

「何をするつもりなのかは知らんが…お前ら、なにしようが無駄だからな?」

 

俺は再び刀を生み出した。

 

「だって、俺が本気を出せば世界だって滅んでしまう。皮肉だと思わないか?世界を護るはずの存在が、世界を滅ぼせる力を持ってしまっているのだからな」

 

「アディーン!右から回り込め!!」

 

「応!」

 

二人は俺の話を無視して俺から見て左側からアディーンが突貫してくる。俺から見て右側からは火球が飛んできていた。俺は火球を水球で相殺しながらフタローイに近付いて刀を振るった。フタローイの反応はやはり常人レベルだったが、アディーンが俺の刀を横から殴って弾いた。

 

なるほど、ようやく、こいつらの開発コンセプトが何となく理解できた。二人で一つ、こいつらは二人でファデュイの執行官となるべく生み出された存在というわけだ。恐らく、『博士』は人工的に執行官クラスを再現できなかったのだろう。だから二人に分けてその能力を再現したという訳だ。戦闘や謀略に必要な頭脳、そして戦闘力。これらを両方備えていた『淑女』や『売女』は現在ファデュイの活動を何もできていない状況だ。『淑女』は死んでいるし、『売女』は璃月で投獄されている。そうなると人員補充の必要が出てくるのは、道理だった。

 

しかし勿論、執行官クラスがゴロゴロ居るわけもない。だから作ろうとした。その開発の集大成が、この二人、という訳だ。

 

「本当に、お前達は哀れな人の子だ…」

 

「何…?」

 

フタローイは頭脳戦をするという性質上、アガレスの話に耳を傾けた。アディーンは無言で俺に攻撃を加え続けている。右ストレートを軽く首を捻って躱した俺は回し蹴りを脇腹に当てて吹き飛ばした。

 

「ここまで馬が合うなら恐らくお前達は血縁者なのだろう。だがそのことすら忘れて今は戦闘に身を興じてしまっている」

 

普通に考えて何らかの方法で糸を遣い、指示を出せていたとしてもここまで馬が合うわけがない。で、あるならば一卵性双生児などの不思議なシンクロを見せている可能性が高い。まぁ、糸で指示を出すにしても恐らく体の部位に繋がっていて何処をどう動かすかを指示していたのだろうし、何より反射神経も強化されたアディーンはその反射神経で以て反応できていた可能性は非常に高いだろう。だが、早々都合よく肉体の強化に耐え得る人間が見つかるわけもない。だとすれば恐らく、近しい遺伝子を持つ存在が必然的に強化に耐え得るのではないか、と考えた。

 

「アディーンと俺が…血縁者だと…?世迷い言を…!」

 

起き上がってきたアディーンはしかし、動くことはなかった。

 

「アディーン!何をしている!!アガレスへ早く攻撃を───」

 

「兄さん…兄さん…何処…何処だ!!」

 

「アディーン…何をしている!!」

 

予想は的中したようで、俺はアディーンが泣き叫びながら兄を呼ぶ姿を見て少しだけ胸が痛んだが、更に追い打ちをかけた。

 

「アディーンの方は思い出したようだぞ?お前はどうだフタローイ」

 

「クッ…頭が…痛い…グゥ…!!」

 

「兄さん…兄さぁぁぁん!!」

 

アディーンは目が見えていないようだったが、本能で以てフタローイの下まで辿り着くと、縋り付いて言った。

 

「兄さん…兄さんだろ…?ねぇ…俺を置いて何処行ってたんだよ…!」

 

「クッ…来るな!!」

 

フタローイは混乱しつつもまだ自我を保っているようだった。俺は刀を鞘に収めると、居合の姿勢で固まった。未だに二人は混乱しつつもじゃれ合いを続けていた。

 

「お前達の境遇に同情はできる。だが、容赦はできない」

 

「くそっ…アディーン…!正気を取り戻せ!!アディーン!アディーン!!」

 

「兄さん…兄さぁぁぁあああん!!」

 

「せめてもの情けに二人纏めて葬ってやる。死体は勿論、故郷に返してやるからな」

 

俺は二人の首を、刀で同時に刎ねるのだった。

 

〜〜〜〜

 

───出ていけ、この出来損ない共が。

 

俺と弟は幼い頃に何もできないことを親に言われて家を追い出された。猛吹雪の日だったのを覚えている。俺達の屋敷は街まで遠く、しかし他に行く宛もないため猛吹雪の中を街へ向けて身を寄せ合いながら歩き続けた。

 

街まで辿り着いたはいいものの、俺達は吹雪によって凍傷も酷く、体温も奪われ、満身創痍だった。加えて俺達はまだ幼く、少しの環境の変化でも死に絶える可能性があっただろう。故に、せめて少しでも寒さを凌ぐために路地裏で肩を寄せ合った。路地裏は風は来なかったがひんやりしていて特に羽織るものもなかったために体温は奪われていく一方だった。

 

そんな時だった。あの男が現れたのは。

 

「丁度いい実験材料がいたな。この二人で俺は神の叡智を手に入れる。否、手に入れてみせるのだ」

 

あとになって知ったが、その人物こそ、ファデュイ執行官である『博士』だった。

 

『博士』によって肉体への改造を施された俺と弟は幼少期の記憶を完全に封じられ、代わりに氷の女皇への絶対なる忠誠心を植え付けられた。

 

───ああ、思い出した。すべて思い出した。

 

俺の首は既に宙を舞い、アディーンの首も飛んでいるのが見える。最早本当の名前も思い出せない弟を、なんとかして掴もうと必死に手を伸ばしたが、首が離れているために肉体が動くことはなかった。ああ、畜生。結局俺達兄弟は幸せになれないのか。

 

俺の首が地面に落ち、そして俺達を殺した死神の方を向いた。

 

「…」

 

死神の顔は哀しそうだった。

 

「来世があれば、お前達も幸せになれるといいな。今度はモンドにでも生まれると自由に生きられる。聞こえていたら、そう願え。幸せになるために」

 

ああ、糞が。そうだ、そうだよな。諦めるもんかよ。俺と弟の約束を果たすまでは諦めねえよ。

 

───ねえ、兄さん。僕達、絶対幸せになろうね!!

 

ああ、そうだな───

 

その名を呼んで、俺の意識は、暗転した。

 

〜〜〜〜

 

「これにて一件落着、だな…エウルア、おつかれ」

 

「ええ、アガレスもお疲れ様。今回の件だけど…正直、助かったわ。貴方がいなかったらと思うと本当にゾットするわね」

 

エウルアは身震いしながら言った。事件の首謀者であるファデュイの死体は全てスネージナヤへ送られ、壊れた遺跡守衛は全て西風騎士団によって片付けられていた。

 

事件を主導したとしてモンドとスネージナヤの国交はこれを機に完全に断たれた。アガレスとしてもこれには納得していたのだが…。

 

「シューベルトは結局処刑になるのか…ま、仕方がないとは思うが…」

 

シューベルトは国家転覆罪で死刑が言い渡されていた。アガレスはその件に関して言えば正直反対だった。勿論、エウルアを思ってのことである。だが、当のエウルアは全然平気そうだった。

 

「私なら大丈夫よ。もうとっくに覚悟は決めていたわ」

 

それに、とエウルアはアガレスを見て悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「私のイメージが下がっても貴方がなんとかしてくれるでしょ?」

 

「…ッハハ、そんな言葉がお前の口から紡がれるなんてな。酒でも飲んだのか?」

 

「な、何よ…何がおかしいのよ…」

 

アガレスは少し笑った。エウルアは拗ねてそっぽを向いて微笑みながら言った。

 

「この恨み、覚えておくわ」




というわけでした。次回からついに第一章第四幕のお話になりますので、あの方が出てきます…ひゃあ楽しみだ…!!

そう言えば新しいPV出ましたね。興奮しすぎて死ぬかと思いました。それだけですはい。スメールとても楽しみ…!!

追記 : アガレスのキャラ若干違いますが遺跡守衛のオイルの匂いがお酒に似てるせいで若干酔ってます。


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第54話 新たなる問題

今回からは話の時系列的に第一章第四幕の話となります


「───アガレスさん、久しぶり」

 

シューベルト・ローレンスの暴走から一週間後、戦の事後処理は全て完了し、スネージナヤとの国交を正式に断ったことが西風騎士団広報部から発表された。これからはスネージナヤの商人もモンドへの立ち入りをすることは不可能になる。少し可哀想だがそれだけのことをしているからな。なんとも言えないが、氷の女皇…彼女の目的が未だにわからないのが腑に落ちない。

 

「ああ、旅人。一週間の休養で少しは疲れが取れたのか?」

 

そんな、モンドの問題が無いかを少し考えていた時に旅人が救民団本部へとやってきた。

 

「うん。もう元気いっぱいだよ」

 

旅人はにこやかに言った。あったばかりの頃は結構感情を表に出さない子だと思っていたが、親しくなると結構表情の機微が細かいことに気が付く。まぁ、そこまでの過程がかなり厳しそうだがな。

 

「それで、何の用向きでここへ来たんだ?仕事の依頼か?珍しくパイモンも表に出ているようだしな」

 

「うん。どっちにしろ稲妻への行き方はまだ目処が立ってないから待ってるしかないんだけど…それで、一週間も休んだから冒険者協会で依頼でも受けようと思ったんだけど…」

 

旅人は一通の手紙を差し出してきた。

 

「手紙…キャサリンからか?」

 

「ううん、私を指名してる依頼人からだって。別に他の人に見せるなって言われてないからアガレスさんに相談しようと思って」

 

なるほどね。まぁ、俺がいれば大体の問題は何とかできるからな。視線で開けていいのか?と旅人に問うと、旅人は意図に気が付き首肯いた。俺はナイフを持ってきて手紙の封を切った。

 

───拝啓、遠方より届いた異郷の旅人の話を聞き、筆を執った次第だ。勿論、個人的な手紙ではなく、依頼の手紙だ。依頼内容は直接話すが、報酬は君の知りたい情報と交換で如何だろうか。この手紙が届く頃には、私はモンドに到着しているだろう。エンジェルズシェアにて、私は君を待つ。敬具。

 

「ふむ…」

 

「どう思う?」

 

「一人で受けなければならない依頼、というわけでもないだろう。身元は確認のしようがないが、拝啓、敬具とつけるところから高度な教育を受けたことが伺えるな。多少高貴な存在ではあるのだろうが、自らモンドに赴くとはな…そこがわからん」

 

「まぁ取り敢えずエンジェルズシェアに行けばわかるんじゃないかな」

 

まぁ、それもそうだろう。一先ず依頼内容を聞くべきだ。何故なら報酬、それが旅人にとって破格すぎるものだからな。

 

ただ、一つ不安要素としてあるのは、モンドと璃月が探し回って見つけられていない旅人の兄の情報、或いは俺すら知らない謎の神の情報を、果たして何処から手に入れたというのだろうか。

 

「よし、エウルア、レザー。救民団を頼んだぞ。ああそれと、よくわからん宗教団体とかの勧誘は適当に断っておけ」

 

「わかった、アガレス、行って来い」

 

レザーは二つ返事だったが、エウルアは余計な一言を足した。

 

「あのよくわかんないところね…確か貴方を神として崇める───」

 

うげ。

 

「ほんとにやめろ」

 

「ふふ、ええ、これからは恨みを晴らすために言ってあげてもいいわ」

 

俺はエウルアの皮肉にげっそりしつつ、救民団を旅人と共に出た。

 

「ところでアガレスさん…アガレスさんを神として崇める宗教ってなに?」

 

「あまり言いたくはないが…ほら、旅人が休養でどっか行ってる間、モンドが襲われただろう?」

 

「うん」

 

「その時の戦闘をモンドの住民の一部、主に新米の西風騎士に目撃されてな。なんだかあいつら、俺のことを英雄だ何だと持て囃しはじめて挙句の果てには神とか言い始めやがった」

 

「まぁ…間違いではないし…」

 

「大問題だ。俺の生活の安寧がぶち壊されかねん」

 

「元から安寧とかなくない…?」

 

「…旅人、頼むから助けてくれ。本当に奴らの熱量が最近ちょっと怖いんだ」

 

「ええ…」

 

風神を祀るこの国で俺を崇める新興宗教なんか出てきちゃたまらん。連中はしかも俺とバルバトスの関係を知っている存在がほとんどらしく、現在も仲がいいために俺を神としているらしい。一応怪しい団体だから調べてみたのだが構成員はほぼ西風騎士の新米、そして一部の熱狂的なファン。はぁ…嫌になる。モンドはいつから自由じゃなくなったんだろうな。

 

そうこうしている内にエンジェルズシェアへ辿り着き中へ入った。キャサリンの情報によれば、その依頼人は仮面をしているらしい。仮面、と聞くと、何処ぞの執行官を思い出すが、まぁ、今回の件は恐らく別件だろう。まさかモンドに執行官が潜り込んでいる、というわけもないだろうしな。俺達は一階を一通り見てみたが、まだいないようで、二階に移動してもいなかったので、まだ来ていないと結論づけた。

 

下へわざわざ降りるのも面倒なので、このまま待つこととした。

 

「で、パイモン。生きてるか?」

 

パイモンはいるのにここまで一度も口を開いていない理由は単純に旨い飯を食べていないからである。旅人は休養中で料理を作れない。パイモンを連れてもいけない。食べていたのは栄養食。そりゃあこう、真っ白に燃え尽きたくもなる。

 

「うう〜…旨い飯が食べたいぞ…」

 

「まぁまぁパイモン、後でじっくり作ってあげるから」

 

「おおっ本当か!?やっぱり旅人はオイラの最高の仲間だぞ!!」

 

じゅるり、と旅人がよだれを啜る音がした。

 

「じゅるりってなんだよっ!?」

 

「アンバーが言っていたが…旅人、お前パイモンのことを本当に非常食だと思ってないか?」

 

「まさか…パイモンはひじょ…ゲフンゲフン!最高の仲間だよ!!」

 

「今さらっと非常食って言おうとしたぞ…!アガレス、助けてくれよぉ!」

 

「そうは言ってもな…まぁ羊とかに言えるように、幼いほうが肉は美味らしい」

 

「ひ、ひどいぞぉぉぉ…!!」

 

で、だ。

 

「旅人、おふざけはここまでにしておこう」

 

「え?」

 

俺は二階から一階を見る。上から見ているので詳細は不明だが、金髪で右半分を隠す仮面が見える。

 

「お客さんのご登場だ」

 

 

 

「───あ、あの〜…すみません」

 

「なんだ?」

 

「ちょっとお話いいですか…?」

 

旅人は当たり障りのない会話から始めようとしたが、ターゲットによってその話は遮られた。

 

「…その前に、その小さいのと大きいのは?」

 

おい、小さいの、ってのはわかるが大きいのってなんだこら。

 

「う〜ん…非常食」

 

「おいっ!!」

 

「冗談だよ、最高の仲間、はいはい」

 

「なんか恩着せがましいぞ!!」

 

「二人共、一旦落ち着け」

 

「あ、ごめん、アガレスさん」

 

コホン、と俺は咳払いをすると、目の前の存在を少し値踏みしつつ言った。

 

「ご紹介に預かったアガレスだ。一応、モンドでは救民団という組織の団長をしている」

 

「救民団…ああ、なるほど、貴様が…まぁ、他の存在と一緒に旅をするのも悪くはないだろう」

 

よく見ると顔がいいな、いや本当に。てか凄いいい声なのにこの美男子って…ギャップ萌え、とかいうやつか。

 

俺自身は理解できかねるが。

 

「俺の名はダインスレイヴ、何か用か?」

 

「その…冒険者協会に所属している…」

 

そこまで言ってようやく、ターゲット改めダインスレイヴが合点がいった、という評定をした。

 

「なるほど…道理でな…貴様が蛍か。そしてその仲間パイモン、加えて…」

 

「俺は相談されたからついてきただけだ。この件に関わるかどうかはまだ未定だが、モンドの、ひいては世界の害になるようなことなら協力するつもりだ。ま、それ以前に旅人の度に俺も同行するから結局は関わることになるだろうな」

 

「な、なんかいい方が回りくどいぞ…」

 

パイモンが呆れたように言った。失礼な、こういう相手にはこういう言い方をしたほうが後々いいんだぞ。混乱してくれるから。

 

「そうか。旅人、そして救民団団長アガレス、これから貴様達には3つの質問に答えてもらう」

 

3つの質問、ね。

 

「な、なんか緊張してきたぞ…」

 

「パイモンは緊張する必要ないでしょ…」

 

「こ、答えを間違えたらどうなるんだ!?」

 

パイモンの悲鳴のような言葉に俺も同意する。ま、間違えても多分問題はない。ここまでわざわざやってきて何の成果もありませんでした、なんてなったら目も当てられんからな。

 

「質問の『回答』に間違いなど存在しない。あるのは『態度』の違いだけだ」

 

ほらな。

 

「俺が知りたいのはその選択だ。好きに答えてくれて構わない」

 

ダインスレイヴの言葉に俺と旅人、と何故かパイモンも首肯いた。

 

「では一つ目の質問だ。モンドで起こった『龍災』は貴様と貴様の協力者達…そしてウェンティと名乗る風神が解決した。では『龍災』を終わらせたのは誰だと思う?」

 

「どうしてウェンティのことを…って、ウェンティはちゃんと風神の座に就いてたな…」

 

「「「…」」」

 

パイモン、お前…。

 

「ち、違うぞ!!忘れてたわけじゃないからな!!」

 

「質問に答えてもらおう」

 

ダインスレイヴは旅人の回答を待っているようだった。旅人は少し考えた後、

 

「私やウェンティも確かに貢献したかも知れないけど…一番はアガレスさん、かな…」

 

「それが貴様の答えか。把握した」

 

ダインスレイヴは一つ首肯くと、二つ目の質問をしてきた。

 

「璃月港を幾千年も護ってきた岩王帝君は、自身の神の心を用いて、『全ての契約を終わりにする契約』を交わした」

 

…ふむ。

 

「だがその目論見は契約相手の契約不履行によって破棄され、再び璃月港に岩王帝君は降臨した。その場で岩王帝君はこう告げている。『俺や仙人は璃月を見守る存在となろう』と。さて、ではこれからの璃月港を発展させていくのは、誰だと思う?」

 

「…それは…やっぱり璃月港に住まう全ての人々じゃないかな」

 

「それが貴様の答えか。把握した」

 

普通に考えてこの質問俺にもするのか…ちょっと面倒かも。

 

「最後の質問だ。この世界には、『神の目』を持つ者と、『神の目』を持たない者がいる」

 

……。

 

「では、神にとって、どちらが重要だと思う?」

 

「…う〜ん、難しい…」

 

「難しく考える必要はない。好きに答えろと言ったはずだ」

 

ダインスレイヴは急かすような発言をしつつも、しっかりと待つことはできるようだった。旅人は一瞬俺をチラッと見やってから答えた。

 

「どちらも重要じゃないのかも…」

 

旅人が一瞬俺を見たのは純粋に神である俺を見て反応を確認したかっただけか…或いは全元素を扱える俺の存在があるからこそ…と考えたのか。実際のところはわかららないがあながち的外れではないと思う。

 

「それが貴様の答えか。把握した」

 

ダインスレイヴは旅人を見る目を幾分か和らげて言った。

 

「やはり、貴様は彼と似ている」

 

「…彼って誰…?」

 

「お前の兄のことだろう。なるほど、持っている情報とはそっちか」

 

「……」

 

ま、別にだんまりでも構わないが、沈黙は肯定とも取れることを覚えておくといい。こちらはこちらとして勝手に納得しておこう。

 

「ではアガレス、貴様に質問だ」

 

「ああ」

 

「500年前、カーンルイアが滅んだ時、もっと世界への被害は甚大になるはずだった。いや、或いはもう一つの危機によって滅びていたかも知れない。ではその危機を止めることができたのは何故だと思う?」

 

「…」

 

もう一つの危機、とは『終焉』のことを言っているのだろう。『終焉』は世界と世界の衝突だ。パワーバランスの乱れによる世界の衝突、それが『終焉』の正体。止められたのは…止められたのは、何故だ?その場で調べた記憶はない。500年前のことなど昨日のように思い出せる。しかし、その場で『終焉』のことを調べた記憶がない。

 

知っていた?『終焉』のことを?何故?

 

「…アガレスさん…?」

 

「…少し、考えさせてくれ」

 

知っていたとして、俺の生涯の中ではそのような光景見たことも聞いたこともない。いや、そもそも何故『終焉』が訪れるとわかった?

 

まさか、と思って俺は口を開いた。

 

「知って、いたのだろう…『終焉』の存在を…」

 

ここで初めて感じた、違和感。俺が何故『終焉』が来る、ということがわかったのか、そして何故止め方を知っていたのか。それは恐らく、生物としての本能に刻み込まれていたからだ。

 

「それが貴様の答えか。把握した」

 

俺の動揺など露知らず、ダインスレイヴはただ淡々と次の質問をしてきた。

 

「次の質問だ。この世界には輪廻という概念が存在するが、未だに前世を覚えているという存在を見たことがない。当然だ、魂は死して漂白される。そうでなければ精神が崩壊してしまうからだ。では、この輪廻による魂の漂白が成されていない魂が前世を思い出すことがあると思うか?」

 

輪廻に対する理解度が高いな。ほぼ理解していると言っていい。魂の漂白云々はわからないが。先程の話は一旦置いといてこの質問に答えるとするならば…。

 

「答えはイエスだ。魂の漂白とは表面上だけのもの。記憶を消し、人格を消したとしても、魂自体に深く刻まれているものは残る」

 

現に俺は…俺の魂には恐らく、『終焉』に関する記憶が刻まれていたのだろう。だから忘れておらず、本能的に察知したのだろう。

 

「それが貴様の答えか。把握した」

 

では最後の質問だ、とダインスレイヴは言った。

 

「お前は何者だ?」

 

シンプルでいてしかし、答えるのが難しい質問だ。だが、回答は決まりきっている。

 

「俺は『八神』だった時に元素の神という意味の『元神』を冠していた忘れ去られた一柱の神、アガレス。世界と、世界に住まう人々を守護する。それ以上でも、それ以下でもない」

 

「…それが貴様の答えか。把握した」

 

ダインスレイヴは最後に少しだけ溜めを作ってそう言い、深い溜息を吐いた。

 

「貴様は不思議な男だ。貴様等のこの世界に対する認識も、ある程度把握した。では、依頼内容を話すとしよう」

 

何はともあれ認められたようだ。だが、このダインスレイヴという男は中々どうして知るべきことを知っているらしい。加えて言うならば俺の魂に関する情報を得られたのはかなり大きい。俺はまだ会ったばかりの眼前の男に感謝しつつ、旅人と共に依頼内容を聞くべく耳を傾けるのだった。




アガレスに関する謎が増えました。ということで依頼内容に関しては次回、となります。

追記 : ちょっと表現おかしなところとか直したり言葉を足したりしました。内容に対して変化はないのでご安心を〜。


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第55話 依頼を達成すべく

いやぁ最近忙しくて…一日ちょっとお休みになってしまいました


『俺からの依頼は唯一つ、とある存在の調査と撃滅だ』

 

とある存在っていうのはまた随分とふわっとしてるな。とはいえ、彼は知るべきことを知っている、とかっていう不思議な存在だ。それに、俺のことを知っているようなので、表舞台には決して姿を現さない、そんな存在な気がする。彼にとって何がそうさせているのかはわからないが、ま、彼の敵と言えば大体の想像はつく。

 

「アビス教団か」

 

「アビス教団…?あいつら、またなんか企んでるのか?」

 

パイモンがうんざりしたように言った。ダインスレイヴはパイモンの言葉に対してふむ、と一つ首肯いた。

 

「アビスの手の者を見たことは?」

 

旅人も俺も首肯き、魔術師を見たことがある、と言った。まぁ、アビス教団の怪物が魔術師だけではないだろうし、その上は勿論いるのだろう。だが、俺は勿論会ったことがない。なんたって確かあいつらは500年前に生まれたらしいからな。ダインスレイヴはなるほど、と納得してから、

 

「とは言え、俺はまだ奴らの計画の全貌を解明できたわけではない。加えて、アビスに仕えるあれらの怪物だけが構成員ではない」

 

やはり、か。今回彼が追っているのは恐らく魔術師よりも更に上の存在なのだろう。ま、俺には検討もつかないが。更に彼によれば、あくまで依頼についてはついでで、本来の目的は、その魔術師の格上の存在たる『アビスの使徒』の痕跡を追ってきたのだという。

 

それにしても疑問は残る。元素視覚で痕跡を追ってきたにしても、それなら一人でも解決できるはずだ。果たして俺達に依頼をする必要があったのかどうか。

 

「アビスの使徒?」

 

「アビスの魔術師を統率する存在であり、アビスで特に歪んだ怪物の一種」

 

パイモンの疑問にすかさずダインスレイヴは詳しく説明してくれた。しかし、特に歪んでいる、というのはどういう意味なんだろうか。

 

ま、普通に考えれば500年前に生まれた存在であることを踏まえてカーンルイア、または『終焉』に何らかの関係があるのだろう。

 

「最近、アビス教団とは全く関わってこなかったぞ…」

 

「うん、最近はモンドも攻められたりしてたし、ファデュイの相手ばっかりだったね」

 

言われてみればそうだった。世界全体で見ればファデュイはまだやってることが可愛い方だと言え…はしないが、それでもアビス教団に比べればまだマシと言える。なんたって、アビス教団は世界をひっくり返そうとしているのだからな。

 

アビスの唆しの下統治される世界など、碌な世界であるはずがない。

 

「そうは言ってもだ、旅人。アビス教団がここ最近何かを企んでいたのなら、わざと会わないようにしていた、なんてことも考えられるだろ?」

 

「ん〜…オイラ達、狙われてるのか?」

 

「さぁ、そこまではわからん。だが、警戒しておいて損はないだろう」

 

とはいえ、だ。警戒したところでワープできたりするあいつらは神出鬼没、四六時中警戒しておくのは不可能だ。

 

「仕入れた情報で潜伏先だった西風の鷹の神殿のアビスの魔術師を締め上げて吐かせた情報によれば、アビスの使徒は俺の接近に気が付き、もう一つの潜伏場所へ向かっているようだ。そのもう一つの潜伏場所である奔狼領で落ち合おう」

 

そう言うとダインスレイヴは早速とばかりに席を立ち行ってしまった。残された俺達は若干の沈黙の後、顔を見合わせた。

 

「えーっと…行っちゃったぞ?」

 

「ま、俺達も向かうとしよう」

 

仕事の引き継ぎに関してはエウルアに一任してきたから問題はないし…あとの問題は璃月港に残してきたノエルかぁ…早めに戻りたいところだが、暫くは戻れないだろうなぁ、なんて思いながら旅人と共にモンドを出て奔狼領へ向かう。

 

「…ダインスレイヴの足は早いな。先程出たばっかりだと言うのに、もう見えない」

 

ま、急ぐ必要はないだろう。彼にも準備があるだろうし、歩いて行くことにしよう。歩いている最中に、旅人が俺に疑問をぶつけてきた。

 

「ねえアガレスさん、知ってたらでいいんだけど…アビス教団の目的ってなんなの?」

 

「確かに…オイラも気になるぞ…」

 

アビス教団の目的、か。

 

「俺が聞いたところによれば神々による世界の統治をひっくり返そうとしているようだ。本当かどうかは勿論わかりかねるがな」

 

「オイラ、もっとよくわかんない理由だと思ってたぞ…」

 

まぁあり得ない話じゃない。アビスの魔術師が『終焉』かカーンルイアの滅亡によって生まれた怪物なのだとすれば世界をひっくり返そうとしていても何ら不思議じゃないわけだからな。

 

「まぁそういうことだ。アビス教団の真の目的が何であれ、神々の統治を覆そうとしていることだけは確かだ。それだけは、覚えておくといい」

 

その後も旅人のアビスに対する疑問にできる範囲で答えつつ、奔狼領に到着し、俺と旅人はダインスレイヴを探した。

 

北風の狼、ボレアスの居住地の目と鼻の先に、彼は立っていた。

 

「奔狼領の主、『北風の狼』…鋭利な爪と牙を持ちながらここに居座るだけとは…」

 

ダインスレイヴのそんな呟きが俺達の耳に入ってきた。俺は少し疑問に思いつつ、知り合いか?と問うた。

 

「いや、俺はヤツを知らないし、ヤツも俺を知らない。だが、かつての仲間が知りたがっていたから、自ずと詳しくなったんだ」

 

ふーん、と俺は自分でも驚くほど興味がなさそうな声で返した。旅人はダインスレイヴにどうするのかを聞いていたが、やはりアビスの使徒の痕跡が濃いらしく、いないかどうかを探してみるとのこと。

 

「…ん?」

 

「パイモン、どうしたの?」

 

パイモンが辺りを見回して何かに気が付いたようだ。

 

「いや、あそこにある篝火の上に、なんか模様が浮かんでるぞ…」

 

俺も言われて初めてパイモンの見ている芳香を向くと、篝火がまだ燃え盛っており、それに覆いかぶさるようにして紫色の文様が浮かび上がっていた。

 

「この文様はアビスの呪文だ。この文様があることから察するに、痕跡はここら一帯にあるだろう。俺も少し探す。貴様等も探してみろ」

 

ダインスレイヴはそう言うと、何処へともなく去って行った。俺は思わず溜息を吐く。

 

「なんかあいつ、マイペースだな」

 

パイモンの言葉に心底同意だ。全く以てその通りだと思うよ。

 

「じゃあ私達も探しに行こっか」

 

「ああ」

 

 

 

それから少しの間アビスが残した痕跡を探していたが、その影響を受けていると思われるヒルチャール数体に加え、アビスの魔術師数体、そして最初に見つけた痕跡と同様の篝火を見つけた。

 

「なにか痕跡は発見できたか?」

 

ダインスレイヴの言葉に、俺達は見つけたものを羅列していった。ダインスレイヴは俺達が挙げた痕跡を聞いて一つ首肯くと、

 

「俺もここら一帯で痕跡を少し見つけた」

 

だが、とダインスレイヴは腕を組んで続けた。

 

「それらは全てアビスの魔術師が残した痕跡に過ぎない。『アビス』の深いところには、未だ達していない」

 

「つまり、ここももうもぬけの殻、ってわけか」

 

俺は肩を竦めて言った。旅人とパイモンは互いに顔を見合わせてからパイモンが口を開いた。

 

「ん〜…結局、アビスの使徒は見つからなかったな…これで調査は終わりなのか?」

 

「いや…現状で行く場所は次で最後だ」

 

ダインスレイヴは俺達に背を向けると、首を横へ向けて後ろを目だけで見て言った。

 

「『風龍廃墟』にて待つ」

 

ダインスレイヴはそのまま風龍廃墟へ向けて去って行った。

 

「…アビスの使徒、か…」

 

最近になってその名前を聞いたが、龍災の裏にもアビス教団がいた、と考えるとそのアビスの使徒が黒幕だった可能性はあるか…?或いは更にその上…最上位の存在だったりするのか?ま、考えたってわかんないか。

 

「アガレスさん…?」

 

「考えたって仕方ない、か…さぁ、俺達も風龍廃墟へ向かおうか」

 

思うところはある。が、考えたって仕方のないことだ。俺はある程度自身の感情に見切りをつけて考えることをやめて風龍廃墟へ旅人と共に向かった。

 

 

「───この地名も、『風龍』より『廃墟』の方がしっくり来る」

 

ダインスレイヴは風龍廃墟でそう呟いた。

 

「俺の記憶では、この廃墟とあの龍は何ら関係はなかったはずだ」

 

ま、そうだな。あくまでここは旧モンドの廃墟、トワリンとは何の関係もない。

 

「それで、この廃墟に封印されていた導光装置に覚えはあるか?」

 

なるほど、何に使うかはわからんが、それに目をつけかねない、というわけか。一応の見回りに来たって感じだな。

 

そういうわけでダインスレイヴと共に全ての装置を見て回ったが、なんの手掛かりも存在しなかった。

 

「結局、アビスの痕跡は見つからなかったな…」

 

「残念」

 

残念とも一概には言えないだろう、と思っていると、ダインスレイヴが似たようなことを言った。

 

「どちらにせよ、否が応でも奴らに会うことになるだろう」

 

「そんな強い奴にあったら逃げるに限るぞ…!!」

 

パイモンが悲鳴に似た叫びを上げた。まだ会うと決まったわけでもなかろうに。だが、そんな俺の感情とは裏腹に、ダインスレイヴは少し笑って言った。

 

「フッ…逃げることで危険を回避できるのなら、その方が良いのだろう」

 

詳しいな?と視線だけでダインスレイヴに問いかけると、彼は神妙な面持ちで言った。

 

「昔、あの旅人と共に旅をした時の経験だ」

 

「えっと…ダイン、その旅人って、どこに行っちゃったんだ?」

 

パイモンが尤もらしい疑問を口にした。

 

「彼は…彼はもう、旅をしていない」

 

ダインスレイヴの言葉には、その言葉以上の深い意味があるように感じられた。

 

「旅をしていればどのような…そう、神だとしても疲弊する。やることを成せば、家に帰るのだろうが…そうだろうダインスレイヴ?」

 

ダインスレイヴは少し驚いたのか、目を見開いてから首肯いた。

 

「で、旅人…歌塵浪市真君…いや、ピンばあやから壺は貰ったんだろ?」

 

「うん、まだあんまり使いこなせてないけど…」

 

ダインスレイヴはなんのことかわからないようで、首を傾げていた。わかんないのか、意外だな。

 

「ダインスレイヴにわかるように説明すると、仙人の力で生み出された壺で、名前を『塵歌壺』と言い、中に小さな世界が広がっている。中に住居も構えられるし、かなり便利な代物だ。旅人、もしこの世界でやることが終わって、もう旅をする必要がないのならば、この世界に住むのも一つの手だ。或いは、少し、休んでいくと良い」

 

「うん…」

 

ダインスレイヴも続けて口を開いた。

 

「家…うむ、旅の終点に到着してから、後のことは考えると良い」

 

と、旅人が弾き出されたように風龍廃墟付近の崖の上を見た。

 

「旅人?」

 

「崖の上から…知っている気配がしたんだけど…」

 

「知っている気配…?」

 

パイモンが首を傾げながら旅人にそう問うと、旅人は首肯いた。

 

「うん、知ってる気配…龍災のときも一瞬だけ感じたんだけど…」

 

妙だな…俺は崖の上に誰かがいる、といった気配は感じなかった。それはダインスレイヴも同様だった。

 

「知っている気配?…知り合いか、或いは知っている魔物か…」

 

「うーん…」

 

「どちらにせよ明確にするべきだろう」

 

「…アガレスさん…先行してくれる?」

 

「なるほど、どうしても正体が知りたいわけか…わかった」

 

俺は三人と別れて先に風元素で崖上へ向かうのだった。




遅くなり申して…申し訳ないっす…


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第56話 邂逅

イベント楽しすぎて…えへへ。


崖上にて、俺は旅人、パイモン、ダインスレイヴを置いて先行して来ていた。

 

崖上は蒲公英が咲き誇り、穏やかな風が吹く場所だった。そして俺の眼前には金髪の少年が存在していた。その背後には見たことのないアビスの怪物、恐らくアビスの使徒だろう。

 

「ん…待ってたよ、元神アガレス。いや、今は救民団団長、加えて璃月の英雄…だったかな」

 

「お前は…」

 

ああ、はじめましてだった、とわざとらしく咳払いをして言った。

 

「俺は空…君が旅人と呼ぶ彼女の兄、といった方がわかりやすいかな」

 

「…見ればわかる。お前、500年前、カーンルイアにいただろう」

 

旅人の兄、空は頷いた。彼等が登ってくるまで、まだ時間はある、か。聞きたいことは聞いてしまいたいな。

 

「それで、ここに何をしに来た?」

 

「ん?君ならわかると思ったんだけど」

 

…なんか腹が立つが、わからないこともない。2つの潜伏場所はダインスレイヴによって潰されてしまっている。人が寄り付かず、一番潜伏場所に適しているのは、モンドに風龍廃墟を置いて他にはない。つまり。

 

「アビスの使徒の回収に来たわけか」

 

「そういうこと」

 

「…殿下、それ以上は」

 

アビスの使徒が空に何かを進言すべく告げる。

 

「…わかっている。だけど、今は口を挟まないで」

 

蛍達はもうすぐそこまで迫っている。彼女の旅の目的が、目の前にいる。だが、この感じ…空はアビスの使徒より上位の存在なのではないか?

 

「アガレス、今日は君に提案を持ってきたんだ」

 

そしてその上位の存在が危険を承知で俺の前に姿を現す。それはつまり───

 

「アビスの軍門に下ってほしい。このままでは君のためにもならないからね」

 

───ま、そういうことだろう。空は至って真剣な表情だ。恐らく、本気だろう。だからわざわざ自身の気配を感じられるであろう旅人の近くまでやって来た。彼女が、俺に先行させることも読んでいたのだろう。

 

俺の返答なぞ決まっている。

 

「神々の統治をひっくり返そうとしているお前達に肩入れすることはできない。世界はこの状態で十分安定しているのだからな」

 

「そう言うと思って、ちょっとした情報を持ってきたんだ」

 

空はアビスの使徒に指示をすると、俺に一つの紙切れを手渡してきた。

 

「今日話すことを要約した紙切れ…まぁ、すぐに焼き捨ててくれても構わないけど…話だけは聞いてくれる?」

 

その情報とやらが本当なのかどうかは全くわからんが…。

 

「…構わない」

 

聞かない手はないだろう。本当にせよ、嘘にせよ、こちらに有益な情報であるのは間違いない。嘘であったとしても嘘である、という証明ができる。つまり、可能性を潰すことができるわけだ。

 

「アガレス、君は『天理の調停者』のことは?」

 

「…」

 

モラクスがなんかそんな話をいつだったかしていたような気がしなくもない…だが、俺はその存在を残念ながら知らない。ということで首を横に振った。

 

「…意外だ。君は世界を守護する存在として幾千年もの時を過ごしたというのに…まさか『天理の調停者』と面識がないなんて」

 

…言い草に違和感があるな。まるで。

 

「まるで他に面識がある神を知っているかのような口ぶりだな?」

 

「…いや、知らないなら別にいいよ」

 

うーん、結構謎だな。話が見えない、というかなんというか。

 

「まぁそれはわかった。それで君のためにならないっていう理由だけど…もうすぐこの世界には変革が訪れると思う」

 

…ほう。

 

「それはお前達が成すものか?それとも…神の心を集めようとしている氷神が成すものか?或いは…別の勢力か?」

 

普通に考えればアビスが何かするんだろうが…或いはアビスとファデュイが繋がっている可能性はないのか?う〜ん…割と疑心暗鬼に近いな。考えたところで絶対に答えが出ないものをずっと考えてしまう感じだ。実に愚かしい行為だ…まるで人間のようじゃないか。

 

俺の内心での疑心暗鬼などには微塵も気が付いていない様子の空は意味ありげに笑った。

 

「そうか…ま、答えられないならそれでも構わない」

 

アビスでもファデュイでも、腹に一物以上抱えてそうな連中が何かを起こそうとしているのならどうせ後手に回るだろう。大切なのは後手に回ることがわかっていながら何の準備をして、どんな行動をするか、その一点に限る。俺は500年前…って、それに関しては何故か知っていたから、って結論が出たんだったな。

 

「殿下…そろそろ…」

 

「わかってる。それで、話の続きだけど、世界の変革は君にも深い影響を及ぼすと思う。その時に君がどんな選択をするのか…今から考えておいたほうが良いかもね」

 

空がそう言うとすぐにアビスの使徒が空間を斬り裂いた。

 

「待て、意味深なことだけ言って消えるつもりか?一つだけ俺の質問に答えろ。旅人…蛍の下に戻ってはやらないのか?」

 

アビスの使徒が空をエスコートしつつ空間の歪みの中へ足を踏み入れていく。空は一瞬振り返ると首を横に振った。まだその時ではない、とそういうことか。

 

「そうか…まぁ心配せずとも彼女はお前の下まで辿り着くだろうさ」

 

「そう、なにせ彼女は旅人だから」

 

「殿下、お早く」

 

アビスの使徒が急かす。旅人達の話し声が聞こえてくる。なるほど、潮時、ということか。

 

「それじゃ、アガレス。忠告はしたからね」

 

「ああ、為にならん忠告どうも。さっさと帰れ」

 

ここで彼を捕らえることは別に不可能じゃない。だがそれをすればアビスを完全に敵に回す。もっと活発になり、空がこれほどまでに重要人物なのであれば取り返そうと躍起になるだろう。そうなれば空を捕まえておく場所が危険になりかねない。それは俺の本意じゃないし、何より空がアビスに与している以上、旅人…蛍の邪魔になりかねない。それに、また近い内に会えるだろうし、面白いものも見せてもらったしな。次に会ったらアビスの使徒は殺す。それで問題ないだろう。

 

空達は空間の歪みへ完全に呑み込まれ、やがてその歪みも消滅した。

 

「…行ったか」

 

「アガレスさん!」

 

旅人が俺の下まで走ってやって来た。勿論、パイモンもダインスレイヴも一緒である。

 

「今ここに誰かいなかった?」

 

旅人はキョロキョロと辺りを見回す。ダインスレイヴはハッとしたように動きを止め俺を凝視した。どうやら彼は気が付いているらしいな。

 

「…お前の兄に会った」

 

その言葉にパイモンと旅人の二人は驚き目を見開いた。ダインスレイヴはというとやはりか、という表情で顎に手を当て何かを考えていた。

 

「兄は…空はなんか言ってなかった!?」

 

俺の手を掴んでブンブンと振りながら旅人は言った。どうやら気が動転しているようだ。

 

「た、旅人…お前のお兄さんの情報がわかって興奮してるのはわかるけど…落ち着かないとアガレスが喋りにくそうだぞ…」

 

旅人は謝りながら俺の手を離して改めて俺に空が何を言っていたのかを問うた。ダインスレイヴも無言で俺の話を聞こうとしているようだった。

 

「俺をアビスに勧誘してきた。そもそもの話、どうやら空は何らかの理由でアビスに与しているようだ」

 

「そんな…空が…」

 

ダインスレイヴは目を瞑って腕を組みながら俺の話を聞いていた。彼の反応から察するにその事実を知っていたらしい。ってなるとあれだな、一緒に旅をしていた彼っていうのは空のことなのか?

 

「旅人、動揺するのもわかるが今は彼が何故アビスに与しているのかを考えるほうが大事だろう。動揺していては先には進めんからな」

 

ダインスレイヴがそう諭した。それと、とダインスレイヴは俺を見た。

 

「貴様と少し話したいことがある」

 

「ああ、俺もだ」

 

「お、オイラ達は…」

 

パイモンが遠慮がちに言った。旅人達か…あまり聞かれたくない話ではあるからな。

 

「悪いが席を外してくれ。と、言っても外すべき席はないがな」

 

「意味はわかるから…私もちょっと考えたいし…」

 

旅人は軽く手を振って少し離れた位置に言った。

 

…動揺しているのはお互い様、だからな。俺とダインスレイヴも元いた場所から少し離れた位置に移動し、話を始めた。

 

「…空だけじゃなかったんだろう」

 

「ああ、アビスの使徒が傍に控えていた」

 

ダインスレイヴは忌々しげに告げた。

 

「道理でな…空間の歪みを感じた」

 

「…あの感覚か」

 

空間の違和感とでも言おうか…周囲の気配とか空気の流れとかに敏感な俺だから気づいた違和感。なんというか、不愉快な感じなのだ。それを感じる場所に恐らく奴らがいるわけだ。ただ、俺からコンタクトを取ることは不可能だ。何らかの方法があるのだろうが、それがわかる気がしない。

 

「俺からも聞いていいか?何故『終焉』を知っている?」

 

「…『終焉』、それは世界のもう一つの危機、世界と世界のパワーバランスの変革による衝突が原因のもので、両世界は絶対に消滅する」

 

俺の中の疑念は一層強くなった。

 

「ダインスレイヴ…お前まさかとは思うが…一度死んだのか?」

 

『終焉』を知っているという点で言えば俺も一回くらい死んでいても何ら可怪しくはない。

 

「…俺は知るべきことを知っているというだけに過ぎない。だが…貴様は俺のことを覚えていないようだが俺は貴様のことを覚えている。それだけのことだ」

 

…そう、か。

 

「お前は俺に3つの質問をしたな。あの質問の内容にはかなり深い意味があるように感じられたんだが」

 

「…魂の輪廻によって漂白を受けなかったのは貴様だけではない」

 

「別に俺は漂白を受けたとか受けてないとか、そんなことはわからないんだが…」

 

そう言うとダインスレイヴは驚いたように目を見開いた。

 

「いや、なるほど…貴様の場合、漂白はされたが、鮮烈な記憶が魂に深く刻み込まれているのだろう。だから俺とは違い、貴様は『終焉』に関する事柄しか覚えていないのかもしれん」

 

確たることは言えんが、とダインスレイヴは付け加えた。こうなってくるとますます俺は自分自身の存在に疑問を持たざるを得ない。俺とは何なのか、前世があるとしたら何故『終焉』を知っていたのだろうか。世界と世界の衝突なんて事象が早々簡単に起こってはたまらない。

 

「一つ仮説を立てるとするならば、俺は『終焉』によって世界ごと滅び、そのまま転生した、とかか?」

 

「いや、恐らくそうではないだろう。世界が衝突し破壊されているのであれば我々の世界に影響がないはずがない。加えて貴様が死んだとされるのは幾千年も前、それ以前だ。別の世界に貴様が生きていたとは考えにくいだろう」

 

ダインスレイヴの説明に納得せざるを得ない。実際そうなのだろう。で、あれば俺が死んだ、という線は消えるわけだ。

 

であれば何故記憶があやふやなのに『終焉』に関しては覚えているのか。

 

「そこがわからんな…」

 

「ああ、だがこれ以上は考えても仕方のないことだろう。何か他に確認しておきたいことや情報はあるか?」

 

ダインスレイヴが腕を組みながら言った。特にはないが…ん?なにか忘れていると思ったが…そうだな、久しぶりに試してみるべきだろう。そのためには一旦モラクス、バルバトスも呼んでおくべきだな。何があってもいいように。

 

まぁそれは後回しだ。目下の問題を先に片付けよう。

 

「特にない」

 

「そうか…では旅人にも同様の問いをしてから解散としよう。恐らく近い内にまた世話になる。その準備だけはしておけ」

 

ダインスレイヴはそう言い残して旅人の方へ行った。俺は彼の背中へ向けて聞こえていないだろうなぁとは思いつつも、

 

「言われなくてもそのつもりだ」

 

とそう告げるのだった。

 

 

 

旅人との問答を終えたダインスレイヴと旅人、パイモンと再び合流した俺は一旦彼と別れることになったのでその別れの挨拶を聞いていた。

 

「旅人、貴様の旅の終点で家族に会えることを願っている。暫しの別れだ、すぐにまた会えるだろう」

 

ダインスレイヴは俺達に背を向けると去って行った。去っていく直前、ボソッとダインスレイヴは言った。

 

「───まだ依頼は完了していないからな」

 

ダインスレイヴを軽く見送った俺達は顔を見合わせて苦笑した。

 

「結構長い依頼みたいだな。だが彼の調査が終わってまた依頼の続きが来るまでは多少の時間があるだろう。その間に、今回の依頼でわかったことの要点を上手く纏めておくと良い。旅人、パイモン、俺達も帰ろうか」

 

「おう!オイラ…腹が減って死にそうだぞ…」

 

「じゃあ鹿狩りに行こっか」

 

「おおっ!流石オイラの最高の仲間だぞ!!」

 

旅人とパイモンが仲良く談笑しながらモンドへの帰路につく。俺はそんな二人の後ろ姿を見ながら呟いた。

 

「旅人…お前の旅には兎にも角にも苦難が付き纏うだろう。或いはお前の愛する家族と、戦うことになるやもしれんな…」

 

空、彼の印象から察するに、なにかに絶望したのだろう。彼自身の旅の終点で何を見聞きしたのか知らないが、それでも世界をひっくり返そうとする彼等の姿勢には賛同できん。俺は彼に貰った紙切れを取り出すと炎元素で軽く燃やした。

 

さて、帰ろうか、モンドに。

 

俺も二人の後を追うべく歩き始めるのだった。




原神のイベントってなんでこう楽しいのばっかりなんですかね。最高ですほんとありがとうございます。


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第57話 璃月支部と稲妻の現状

休みを満喫してたら、今日になってました。なんででしょう()


モンドに帰還したはいいものの、西風騎士団も最近は人手不足が段々と回復傾向にあるお陰で救民団にあまり仕事が入ってくることはない。それでも一週間に二回以上は安定して依頼が来る。安定して収入を得られるのはとてもいいことだ。

 

俺は救民団本部でエウルアが作成してくれた書類を見てそう思った。一先ず、本部の状況はいいだろう。一応黒字経営には出来てるからな。

 

「で、こっちが璃月支部の売上か…まぁ、まだ開業して間もないし、ノエルもまだ向こうにいるからなぁ…」

 

俺は本部の書類を机に置くと、もう一枚の書類を取り出した。こっちは璃月支部から送られてきた書類である。

 

モンド人が行う商売に加え漠然とした仕事内容、あまり璃月の人々に受け入れられないのではないか、なんて思っているのだが、果たしてどうだろうか。

 

「………」

 

俺は見間違いかと思って目を擦った。いや、見間違いじゃないらしい。本部の数倍の収益、かぁ…向こうはさぞかし大変なのだろう。いや、待て待て、なんでこんなことになってるんだ?

 

少し顎に手を当て考えたが大体事態は見えてきた。俺は旅人と共に璃月の英雄と呼ばれている。その英雄が経営する店ともなればそれだけで価値があるものなのだろう。

 

加えて、その仕事内容もなんでもやってくれるのに加え、身分を隠したモラクスを雇っているからな。まぁ、身分を隠して、名前を鍾離と偽っているとはいえ岩神モラクスの顔を見た者も存在するだろう。噂はすぐに広がるものだからな。

 

英雄と帝君がいる店ともなれば、その店が生み出す利益の相乗効果は計り知れないものとなるだろう。事件を起こして尚尊敬されるモラクスと、璃月を他国の存在でありながら救った俺、まぁ加えて仕事もちゃんとこなしてくれるとあらば頼られるのは当然か…。

 

「人手は足りてるのか…?そういえば人数はノエルを含めて4人と書いてあるが…」

 

ノエルかモラクスが二人スカウトしたのか、或いは飛び込み面接でもしたのか…。

 

まぁ二人の見る目を疑っているわけじゃないが、正直自分の目で確認するまでは、って感じだな。

 

「よしっ、思い立ったが吉日って言うし、璃月に行こう」

 

「ひゃっ、何よ藪から棒に…」

 

キッチンで料理をしていたエウルアが俺の声にびっくりしたようでこっちを見ていた。

 

「璃月支部の状況を確認してこようかと…」

 

「だからって大声でいう必要ないじゃない」

 

…怒られた。てか、そんなに大きい声を出したつもりはなかったんだがな。まぁいいか。

 

「すまん。まぁそういうわけだから行ってくる。今日の業務は…ああ、予約分はないな?じゃあ飛び込みの分は二人に任せる。大して数は来ないだろうがな」

 

「ええ、行ってらっしゃい」

 

「ぐー…ぐー…」

 

レザー、寝てたのか。座ったまま寝てるとはな。俺は彼を見て苦笑すると、エウルアを見た。

 

「頼む」

 

「ええ、早く行ってきなさいな」

 

エウルアも苦笑しつつレザーを起こしていた。俺はそんな二人の様子を見届けてから救民団本部の外へ出た。途中、何かを引っ掻く音と悲鳴が聞こえたような気がしたが、きっと気の所為だ。何も問題はない。

 

別にレザーに引っ掻かれるのが嫌だとか、今日たまたま機嫌が悪くなっている彼と関わるのが嫌だとか、そういうのではない、断じて。

 

「えへへ、待ってたよ〜アガレス」

 

「…また職務放棄かお前」

 

今回は吟遊詩人ウェンティの姿でバルバトスが俺の前にいた。彼は嫌らしい笑みを浮べて言ってきた。

 

「違うよ?僕は君が璃月に行くって言うから来たんだよ?久し振りに、あのじいさんに会ってみようかと思って」

 

お前も俺も年齢的にはじじいだけどな、というツッコミをなんとか飲み込みつつ、

 

「やめておいたほうがいいと思うがなぁ…」

 

思わずそう言ってしまうのは仕方がないと思う。

 

「えー、なんでさ…あの頑固なじいさんがどう変わったのかを見てみたかったのにー?」

 

だってさ。

 

「お前、千年前の大喧嘩で山一つ消し飛ばしたの絶対忘れねえからな」

 

「あ、あはは…あの時はまだ若かったよねー…わ、若気の至りってやつ?」

 

「とぼけるなよ…お前ら止めようとして俺が一体どれだけの犠牲をだな…」

 

まぁ、千年前の話はいい。

 

「…本気なのか?今度喧嘩になったらいい加減ぶっ飛ばすぞ」

 

「わぁ…なんか今日はすごく機嫌が悪いみたいだね。まぁ本気さ」

 

バルバトスと俺の視線が交錯し、折れたのは俺だった。俺は溜息を一つだけ吐いた。

 

「まぁ、いいか…喧嘩なら誰にも影響がないとこにしてくれよ」

 

「んー、善処するよ」

 

俺はバルバトスの残念さに、思わず嘆息せずにはいられないのだった。

 

 

 

璃月港郊外にある救民団璃月支部、久し振りに璃月にやってきて訪ねていた。

 

璃月支部の玄関先に立ってドアをノックした。

 

「はい、開いてますのでお入りください」

 

とのことなので、俺はドアを開いて中に入った。ノエルは作業を止めてこちらを見て目を見開いて固まった。

 

「久し振りだなノエル、モラクスはいるか?」

 

「アガレスさま、お久し振りです!すぐにお呼びいたしますね!!」

 

ノエルがすぐにモラクスを呼びに行こうとしたので、呼び止めた。

 

「話があるのはお前にも、だ。モラクスと一緒に二階奥の部屋まで来てくれ」

 

あそこの部屋は大きいから会議室として使っているはずだ。

 

「はい、わかりました!お任せ下さい!」

 

俺と、何故か後ろに隠れているバルバトスはニ階奥の部屋に移動し、少し待った。

 

5分ほどしてから扉がノックされてノエルとモラクスが入室してきた。ノエルもモラクスも入ってくるなりバルバトスに目を向けノエルは慌て、モラクスは眉を顰めた。

 

「アガレス、何故バルバトスがいる?」

 

「なに、頑固なお前がどう変わったのかを見に来たそうだ」

 

「風神様、いらしていたことに気が付かず申し訳ありません…すぐにお茶をご用意しますね!」

 

パタパタとノエルが駆けていき、モラクスは眉を顰めつつも席に座った。勿論、バルバトスとは対面の位置にである。俺達はノエルが来るまで無言だったが、ノエルのお茶が入って一口飲み終えるとモラクスが先ず口を開いた。

 

「それで、俺達に何の用だ?」

 

「バルバトスの用件は知らんが、俺の用件は唯一つ、人手は足りているか?」

 

ノエルとモラクスは顔を見合わせて少し微笑んだ。そしてその説明に関してはノエルから為された。

 

「はい、人手に関しては現状、問題なく足りています。どうしてもここで働きたいと言って下さった方々はかなりいたのですが…」

 

「何人くらいだ?」

 

「総勢15名です」

 

一杯だねぇとバルバトスが中身のない感想を漏らす。中身が無いとは思いつつ、俺も同意見だ。かなり英雄という肩書は強いらしい。

 

そういえばあの時に貰った仙霊だが、壺の中に置きっぱなしだ。貰ったはいいが、瓶から出して大丈夫なのか、それを一応モラクスに聞きに来たのもあったんだった。

 

「15名のうち能力、熱意、そして履歴書の内容から2名を採用いたしまして…一応もう一人来ているのですが、現在アガレスさま達の訪問で保留となっていまして…」 

 

「そうか…それは申し訳ないことをしたな、まだ下にいるのか?」

 

ノエルは首肯いた。どうやら客間で待っていてもらっているらしい。

 

「それで、採用した二人の名前は?」

 

「はい、それぞれ重雲さんと行秋さんという方です。とても優しい方々なんですよ」

 

重雲に行秋…そういえば万文集舎でその名を耳にしたことがあるな。容姿までは確認出来なかったが…。

 

「今いるなら呼んできてくれ」

 

「はい、すぐに」

 

ノエルが呼びに行ってる間、バルバトスはモラクスと談笑していた。正直モラクスが怒らないかどうか心配だったが、バルバトスもモラクスも満足したのかノエルが帰ってくる直前のタイミングで話が終わっていた。

 

…馬鹿な、喧嘩をしないだと…?どうなっている。

 

という内心をすっかり押し殺して俺は扉がノックされるのを聞いた。どうやらノエルが戻ってきたようだ。

 

「入ってきて構わない」

 

「失礼します、アガレスさま」

 

「「失礼します」」

 

青い頭髪の少年…いや、少女…?ん?わからんが恐らく男の子であろう少年と、白にかなり近い水色の頭髪を持つ少年が入室してきた。白い水色(?)の頭髪といえば申鶴がそれに近かったな。そういえば留雲借風真君から育成を頼まれていたが…彼女は今どこにいるんだかわからん。今度それとなく留雲借風真君に聞いてみるか。

 

などと考え事をしている間に重雲と行秋にノエルが俺、バルバトス、モラクスの説明をしていた。まぁ救民団ならほぼ身内みたいなもんだし、教えてしまっても問題はないのだろう。ノエルは最後に他言無用、と念押しして一礼すると席に就いた。

 

いや、俺が喋るのかこれ。なんて声掛けていいかわかんないんだけど。

 

「えー、コホン…」

 

咳払いを軽く様子見がてらしてみたが、ビクッと二人の肩が震えた。あー、これは…なるほど、緊張しているのか。俺はふぅ、と息を吐くと微笑んだ。

 

「そう畏まる必要はない。なんなら敬語も無しで構わないからな」

 

「そ、そういうわけには…」

 

「じゃ、命令だ。職権乱用と言われようが構わん。敬語は不要だ。普段通り話せ」

 

取り繕われても帰って猜疑心が生まれるだけだからな。二人はギクシャクしていたがやがて溜息を吐くと言った。

 

「わかった」

 

「僕もそうさせてもらおう、アガレス殿」

 

一先ずはこれでいい。さて。

 

「二人はなんで救民団に入ろうと思ったんだ?」

 

「まずは僕から説明させてもらえるかな、アガレス殿」

 

「……」

 

その殿っていうのは少し気恥ずかしいな、と思って思わず頬をポリポリと掻いた。

 

「僕は幼い頃から、仁と義侠心を大切にするように育てられたからね。救民団という組織の掲げる理念が本物なら、所属したいと考えたんだ。そしてその理念は本物だったから」

 

なるほどね。それで?とばかりに重雲を見ると、彼は居心地が悪そうに目を逸らした。

 

「僕は彼の付添みたいなものなんだが…まぁちゃんとした理由を言うとだな…僕は『純陽の体』のせいで妖魔を退治した経験というものがあまりにも不足している。加えて、自分一人の力ではその経験すらも積めない、と…行秋に諭されてな」

 

それでついでで入ったと。まぁ妖魔退治の依頼とかが来ないわけじゃない。千岩軍に処理できない問題となると、こちらに回ってくることがほとんどのようだしな。

 

経験という点で言えば確かに積むことはできるだろう。要は『純陽の体』が気にならない程度の強力な妖魔を退治すればいいのだからな。

 

「一つ懸念していることがあって…」

 

と、行秋がバツが悪そうに言った。

 

「僕は飛雲商会の次男なんだ。もしかしたら阿旭に怒られるかも…」

 

「何!?行秋、君はまた阿旭さんに何も言わずに飛び出してきたのか!?」

 

重雲が驚いて仰け反った。飛雲商会と言えばかなり大きい商会だったか。

 

「行秋、説明するならちゃんとした方が良い。商人のご子息なら尚更だ。まさかこちらとしても飛雲商会の次男坊を顎で使っているとあらば、彼等も黙ってはいないだろうからな」

 

「いや、一応父上には相談して許可は貰ったんだけど…阿旭に言うのを忘れてて…」

 

「…今すぐ行って来い。後から難癖をつけられたら商売上がったりだぞ」

 

「うっ…わ、わかった。一旦怒られてくるよ」

 

ま、飛雲商会の会長がその話を知っているのならどうとでもなるだろうがな。

 

俺は重雲と行秋が退室したのを見計らってモラクスとバルバトスに少し話しておきたいことがあったのでノエルにも退室してもらった。

 

「それで、僕達だけ残したのはどうしてだい?」

 

「少し話があってな。バルバトス、お前は知っているだろうが、俺と旅人が少し前に受けた依頼で、彼女の兄に会った」

 

「…へえ」

 

「……」

 

二人は興味深そうに首肯いた。俺は腕を組み、右腕を上げて身振り手振りを交えて、空がアビスに与していること、近々世界に変革が訪れようとしていることなどが述べられたことを伝えた。

 

「変革、かぁ…それって要は僕達神に挑むってことだよね」

 

「安定した世界に変革を与えようとすることは、それ以前の世界を打ち捨てると同義だと言える。何に絶望したのかは知らんが、愚かな行為だ」

 

二人、いや、二柱の神はそう言った。そんな二人を軽く諌めつつ、俺は自分の考えを述べた。

 

「モンドに神が降臨したように、璃月を人々が統治することになったように、俺が知らない間に何があったのかは不明だが稲妻が鎖国状態に入ったように…世界の状況は変革し、移ろうものだ。移ろってこその世界、そう一つの世界はある意味では一つの生命体と言えるだろう」

 

───だから世界に変革を齎すことは、必ずしも悪ではない。

 

と、俺は考えているわけだが。

 

「決めつけているわけじゃないが、この世界に住まう民への非人道的な実験の数々を行う氷の女皇の手下、全世界を敵に回し戦い続けてきたアビス教団、どちらが変革を起こすにせよ碌な結果にはならないだろうからな…」

 

現状、それぞれの神々が治める国の民は、その神の勅令をよく聞いている。世界情勢は、それで安定しているのだ。まぁ、乱している何処ぞの女皇もいるが、概ね国家間の関係は良好と言っても良いくらいだろう。

 

それをわざわざ崩す必要性があるとは思えない。

 

「そもそも一体誰が、何の目的で変革を起こすのか、そしてそれによって俺にどんな影響があるのか…皆目検討もつかん。そういうわけだから、二人同時に忠告をしておこうと思ったんだ。有事に備えておいてほしい、と」

 

二人は少し考えて微笑みながら言った。

 

「うん、わかった。任せて」

 

「誰よりも親しい友人の頼みだ、聞き入れないわけがないだろう。任せておけ」

 

「ま、取り敢えず三柱も神がいればある程度は対応可能だろう…これから稲妻にもコンタクトするつもりだから、ほぼ五柱になるけどな」

 

冗談めかしてそう言うと、バルバトスもモラクスも少しだけ表情を曇らせた。思わず疑問に思った俺は首を傾げながら彼等に問うた。

 

「…稲妻に何があった?」

 

「…3年前、ファデュイが稲妻に攻め込み、多大な被害を被った。目的は不明、だが今ならわかる。恐らく雷電眞の神の心が狙いだったのだろう」

 

俺は生唾を飲み込みつつ、どうだったのかをモラクスに問うた。

 

「ファデュイの勢いは正しく電光石火の如し、稲妻城に到達される前に何とか食い止めたものの、離島を占拠され、未だに戦争状態が続いている」

 

「加えて言うと、だけど」

 

モラクスの言葉をぐで〜っと机に突っ伏しているバルバトスが引き継いだ。

 

「雷電眞が負傷してしまってね。士気を上げるために矢面に立って、見事に肩に矢を食らってしまったみたい。加えてその矢には氷元素由来の血液を凍らせるという毒が盛られていたみたいで…」

 

「今も寝たきり、ってわけか…」

 

となると現在雷電将軍として矢面に立っているのは雷電影になるわけだ。

 

「影は無事なんだろうな?」

 

「討ち取られたって話は聞かないね」

 

「璃月の立場で言うと他国の避難民受け入れ等は可能だが、援軍を送るなどと言ったことは不可能だ」

 

まぁそれはそうだろう。璃月は商売によって成り立っている国家だ。一つの国につきました、なんてことがあれば他国からの信用がガタ落ちする。国家経営が立ち行かなくなってしまうだろう。

 

「…二人共、時間はあるのか?」

 

「僕は大丈夫だよ」

 

「俺も問題ない」

 

「少し提案があるんだ。聞いてくれるか?」

 

この提案を受けてくれるかは、正直わからない。国としての在り方の問題だし、何より国家を持っていない俺が言うのだ。拒絶される可能性も全然考えている。俺は若干緊張しつつ、提案をすべく口を開くのだった。




次回に続く…まぁ今日中に何とか続きを描きますよ、ええ描きますとも


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第58話 提案

稼ぎどきじゃァァァ!!

あ、あつ森の話です。夏の夜は物凄いですからね。

原神のイベント楽しいですね。全然間に合わないんですけども…そんな中でもしっかりと万葉君は確保致しまして…いやぁ勝ち申した。


「「提案?」」

 

俺は二人の言葉に首肯いた。

 

「モンドは完全にスネージナヤとは国交を断ったわけだ。ほぼ仮想敵国と言っても過言じゃない。璃月も先の一件以降、璃月に訪れるスネージナヤの商人はほぼ皆無と言っていい。来たとしても璃月の民の印象は最悪だろうからな」

 

「…何が言いたい?」

 

モラクスが急かすように言った。俺は両手でまあまあと諌めるアクションを取った。

 

「まあつまりは、だ。戦争状態であるのなら友好国として援軍を出すべきじゃないか?或いは武器の供与などを行うべきだろう」

 

或いは何らかの形でスネージナヤに制裁を加えるべきだろうな。

 

「離島が占拠され、稲妻が鎖国している以上、それは難しいだろう」

 

と、モラクス。

 

「稲妻が鎖国した理由はわからんが、恐らく信用に足る国がなかったのだろう。助けを求めるべき国も存在せず、自分の国の問題は自国で解決するしかない、といったところだろう」

 

なるほど、確かに鎖国をしている以上厳しいのか。密入国で捕まってしまっては世話ないしな。ただ、

 

「眞が倒れ、影も倒れれば稲妻は滅ぶことになるだろう。そして恐らくファデュイには勝算すら存在する。そういう連中だからな」

 

そもそも勝算がないのに戦争を仕掛けるような馬鹿は存在しないのだからな。あの雷電将軍に打ち勝つことのできる切り札が存在するのだろう。

 

「で、あれば尚更援軍を送るのは無意味なんじゃないかな?僕としては、このまま稲妻だけ滅んでも構わないよ」

 

「璃月に多少の損失は出るだろうが、死活問題にはなりえない。あの国はどちらにせよ鎖国中だからな」

 

…なるほど、ご尤もな神の意見だな。

 

「自国のことしか考えない神らしい。バルバトス、それなら貴様は何故隣国である璃月は助けた?隣国だからか?将来的にモンドにも危害が及ぶ可能性があったからか?」

 

「…うん、そのとおりだよ」

 

「モラクス、多少の損失、それだけで済むと思うか?バルバトスの言ったように、稲妻は璃月の隣国だ。その稲妻の次は何処だと思う?」

 

「……」

 

ただ正直なところで言うと、だ。

 

「モンドの兵力のほとんどは遠征中、加えて璃月は先の戦の傷が未だ癒えてはいない状況だ。援軍を送る余裕は正直ないのだろう?」

 

「「……」」

 

二人は首肯き、バルバトスが口を開いた。

 

「トワリンの傷はようやく回復傾向に向かっていてね。けれど、正直援軍としての出征は厳しいと思う。西風騎士も多少は増えてきたとはいえ、モンドの防備に手一杯なんだ」

 

バルバトスの言葉に呼応するようにモラクスも口を開いた。

 

「璃月も、先の戦で負傷した千岩軍のある程度は回復したが、未だに傷が癒えていない者も多い。それに命を落としてしまった者もいる。補充には時間がかかるだろう」

 

現況はやはりそんな感じだろうとは思っていた。ま、正直に言うと、西風騎士や千岩軍兵士を援軍として稲妻に送り込んだところで、焼け石に水だとは思っていた。

 

一応の確認で提案しただけなのである。本題の本題はこっからだ。

 

「そういうわけで、モンド、璃月の両国からの援軍として、俺と旅人を送ってほしい」

 

旅人がいない時にこう提案するのもおかしな話ではあるが、鎖国中、加えて戦争状態であるならば正規ルートでも非正規ルートでも入国は難しいだろう。

 

だから、国同士の関係を使わせてもらおう。

 

「その心は〜?」

 

「モンドでは旅人は栄誉騎士の称号を授かっている。援軍として送るのには申し分ないだろう。璃月からの援軍は俺でいいだろう。方や栄誉騎士、方や璃月の英雄だ。援軍としても申し分ないと考える」

 

「ん〜、稲妻がそれで援軍を了承してくれるかどうかだよねぇ…」

 

そこだよな。いや、まぁ大丈夫だとは思うんだが。最悪、俺と旅人は強引に入国しようと思う。陸続きじゃないから暫くは俺が飛んで行くことになるだろうが。

 

「それで俺達に説得を頼みたいわけか…」

 

「まぁ、そもそもの連絡手段がないから、そういった交渉に関しても難しいことはわかっているんだが…なんとかできないか?」

 

モラクスもバルバトスも顎に手を当てむぅ…と考えていたが、バルバトスがここで鶴の一声とばかりに、とある提案をした。

 

「交渉するだけなら、トワリンに僕が乗って行けるはずだよ」

 

交渉か。スネージナヤとの国交を完全に断っているモンドの責任者、って程ではないが見守る位置にいるバルバトスが交渉に赴くのは確かに筋は通るな。とはいえ、

 

「護衛の問題があるだろう。トワリンの傷が癒えていないのなら、護衛としては如何にトワリンと言えども少し心許ない」

 

「え?アガレスがついてきてくれるんじゃないの?」

 

…?

 

「バルバトス…アガレスが思わず首を傾げているぞ…」

 

「…ご、ごめん」

 

バルバトスは苦笑いしながら謝った。まぁそれはいい。

 

「う〜ん…いや、俺も勿論行くが、モラクスも来い」

 

「ん?何故だ?」

 

モラクスは不思議そうに呟いた。俺は人差し指を特に意味もなく立てて告げる。

 

「二カ国の首脳とも言うべき存在が行くんだからな、無下にはできないだろうし、何よりお前達は神だ。護衛などほぼ必要もないだろう?」

 

「なるほど…より説得の難易度を下げる狙いがあるわけか」

 

モラクスは得心が行ったのか首肯き、俺もモラクスの言葉に首肯いた。

 

「ま、思い立ったが吉日とも言う。が、今回に関しては出立を見送らねばならないこちらの事情があってな」

 

「それはさっき言ってた依頼の話かい?」

 

俺はコクリと首肯きつつ、俺の今後の展望を述べた。

 

「アビスの使徒はまだ倒していない。それに依頼に関してもまだ日にちは継続している。つまり、その依頼が完了するまでは稲妻へ行くことはできないだろう」

 

「じゃあその間にトワリンももう少し回復させられるね」

 

その通りだよバルバトス君。とばかりに微笑みながら彼を見ると凄い嫌な顔された。

 

「…んで、だ。そういうわけだから、この提案を検討してみてくれ。バルバトスもモラクスも会議で確認する必要があるだろうしな」

 

まぁ神の一存で決めようと思えば決められるのだろうが、バルバトス、モラクス共に今やほぼ神座を降りている状態だ。国は人々によって統治されるべきだとの考えを持っているからである。そういうわけで自分の国に一度持ち帰らねばならないだろう。

 

「承知した。俺としては提案に賛成だ。氷の女皇の手先に何らかの切り札が存在するかも知れない以上、アガレスを送り込むことで稲妻を護ることができるのなら尚更だ」

 

まぁ断られても無理矢理密入国するが。咎められようと稲妻を、ひいては雷電眞や影を見捨てるわけにはいかない。もっと前に気が付いていればよかったのだが、鎖国の影響のせいか、全く情報が入ってこなかったのだ。

 

「じゃあ僕も大聖堂に戻って相談してみるよ〜」

 

バルバトスはそう言うと席を立って部屋を去ろうとした。俺は腕を組みながら、

 

「一階の台所の棚に一本だけ酒があったな。璃月でできたものだが…持って帰るか?バルバトス」

 

「…勿論だよ…ッ!!」

 

なんでそんなに力強いんだよ。バルバトスは物凄い勢いで去って行った。モラクスはそんなバルバトスの様子に苦笑いをしつつ、溜息を吐いた。

 

「全く…モンドに降臨して少しは変わったかと思っていたのだが…やはりあれは自由奔放の権化と言えるだろうな」

 

「ま、それもいいじゃないか。神は普遍で、不変の存在。そんな俺達が変わることがあるとすれば死する時くらいのものだろう。或いは摩耗が進むか、といったところだな」

 

モラクスは感慨深そうに笑うと席を立った。去り際に顔だけで振り向くと言った。

 

「万物不変、だが盤石すら、数万年の時を経てただの砂へと還る。俺達も摩耗し、そう遠くない内に死に絶えるのだろう。だがアガレス、お前は…お前だけは、死ぬまでその意思を貫き通してくれ」

 

モラクスはそのまま部屋を去って行った。俺は聞こえていないだろうなぁ、とは思いつつ、なんとなくの気分で答えた。

 

「…ああ、元よりそのつもりだ。何があろうと、お前達を護るさ。それが俺に与えられた役割なのだから」

 

俺の言葉は静寂の中に吸われて、やがて消えた。




毎度のことながら恐らくなりましてございまする…えへへ。


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第59話 面接

ジメジメしますね…ただでさえうねる髪の毛が更に…いや、この話は止そう…。


バルバトスはともかくとして、モラクスの住居はここだ。直に帰ってくるだろう。ま、今頃群玉閣に凸って凝光辺りに怒られてそうだがな。まあ、それはいい。

 

「……ノエル」

 

「は、はい…アガレスさま…」

 

俺は下に降りてきてその状況を確認するなりすぐ側にいたノエルに声を掛けた。

 

「これは一体、どういう状況だ?」

 

〜〜〜〜

 

アガレスが二階で会議をしている間、重雲、行秋、ノエルの三人はノエルに出された紅茶とお茶菓子を頬張っていた。

 

「それで、ノエル殿、面接に来た方を待たせているのではなかったかな?」

 

「ああ、僕も気になっていた。ノエル殿?」

 

ノエルはぷるぷると震えて口に手を当てて何事かを呟いていた。

 

「ノエ…」

 

「お客様のことをわたくしとしたことが忘れてしまうだなんて…失敗です…アガレスさまになんと報告すれば…あわわわ」

 

「「お、落ち着いて!?」」

 

〜〜〜〜

 

「───なるほどなぁ…行秋、重雲、すまないな。あとは任せてくれ」

 

行秋と重雲の二人は首肯くと紅茶とお茶菓子を頬張りながらこちらを注視していた。中々器用だな。俺は若干落ち込んでいる様子のノエルに声を掛けた。

 

「ノエル」

 

「ひゃいっ!?な、なんでしょうかアガレスさま!!」

 

ふんすっと鼻息を荒くして反応するノエルの圧に俺は苦笑しつつ、告げる。

 

「別に失敗してもいいんだ。大切なのは、その後どういった行動をとるか、といったものだ。わかったか?ま、要は落ち込んでる暇があったら動いたほうがいい」

 

そう言うと、ノエルはキョトンとしていたが、すぐに何のことかわかったらしく、

 

「はいっ!お任せ下さい!」

 

と言ってくれた。よし、それじゃ。

 

「面接があるらしいな?俺も同席するから、重雲と行秋にやってみたのと同じようにやってくれないか?こっちの参考にしたい」

 

「はいっ!お任せを!」

 

ノエルは自信たっぷりにそう言ったのだった。

 

 

 

あの後、待たせているという面接希望者を、ノエルは行秋と重雲に迎えに行かせた。そのまま、再び二階奥の部屋(何かとよく使われる)に行秋と重雲が面接希望者を誘導してきてくれたようだ。

 

三回ノックが成され、ノエルが「どうぞ」と言った。三回ノックはわかるんだな…。

 

「失礼する」

 

先に入ってきた重雲の様子がなんか可怪しい。どことなく挙動不審になっている。何があったのだろうか?そうして入ってきたのは重雲によく似た髪色の長身の女性だった。

 

「…」

 

「…」

 

思わず見つめ合ってしまった。ノエルは普通に面接の段取りを始めている。女性は座席の横まで来ると、

 

「名は申鶴、我は十数年間師匠…留雲借風真君の下で修行をしていた経験がある」

 

「間違いありませんね、ではおかけください」

 

申鶴は席に座るとチラッとこちらを見やった。面接中に面接官以外を見るのはNGだぞ!

 

ま、俺も面接官的なものではあるからセーフではあるのかもしれんが、話している面接官をしっかりと見て話すようにしないとな。

 

「では、まず初めにあなたの志望動機を教えて下さい」

 

真面目な面接だな。まぁ準備もクソもないし…と思って申鶴を見ると表情一つ変えずに志望動機を答えていた。

 

「我は縁あって仙人の下で修行をさせてもらった。しかし、俗世からあまりにもかけ離れすぎた故に、師匠に暇を出され、人間社会に溶け込むようにと…凡人を助けることのできるこの場所であれば、我を受け入れてくれるのではないか、と考えたのだ」

 

面接ではですます体を使うことも大切だな。丁寧な言葉というものはそれだけで相手に好印象を与えるものだ。まぁ、申鶴に関しては難しいだろう。なんてったって人間社会というものを知らないのだからな。

 

「わかりました…では、救民団に入ってしたいこと、或いは成したいことはなんですか?」

 

「我は…人間社会というものを学び、そしてその輪に溶け込まねばならぬ。その一環として凡人を救い、その過程で学びたいと考えている」

 

ついでに、普段の一人称が『俺』とか、『僕』とか、或いは『あたし』とか、どんな一人称の場合でも一人称は『私』にするべきだろう。先に述べた丁寧な印象を与えるものだからな。

 

その後もノエルと申鶴の問答は続き、質問が終了し、質問タイムになった。

 

申鶴は俺をじっと見ている。俺はそっと目を逸らした。

 

「アガレス殿は、面接官ではないのだろうか?」

 

ノエルが困ったようにこちらを見たので、俺から答えることにした。

 

「俺は付添みたいなものだ。面接とかやったのはこっちが初めてだからこれからの参考にしようと思ってな。ま、そういうわけだ」

 

「そうなのか…以前アガレス殿に弟子入りするという話があったのだが、覚えているだろうか?」

 

俺は首肯いた。覚えてはいたが、残念ながらそんな時間は皆無に等しかったと言っていい。来たばっかりで迎仙儀式のアクシデントから始まり、ファデュイの陰謀を暴いたり、凝光と頭脳勝負をしたり、モラクスと話したり…戦争に打ち勝ったり。とにかくハードスケジュール過ぎたからな。

 

「璃月の現状は知っているだろう?とにかく、時間が取れなくてな。悪かったとは思っている」

 

そういうわけで。

 

「第二の師匠からのお題だ。モラクス、行秋、重雲の下で人間社会について学べ。救民団という立場は好きに使うといい」

 

まぁ評判を落とされては困るが、その心配はないだろう。モラクスに関しては色々な雑学を叩き込んでくれそうだし、重雲、行秋は純粋な社会の繋がりを教えてくれるだろう。

 

「アガレス殿が我に教えてくれるわけではないのだろうか…?」

 

俺は少し迷ったが、彼女に向け、そしてノエルに向け告げた。

 

「俺はもうすぐ、稲妻に向かうからな。正直、誰かに俺の知識を教える暇がないんだ。そしてそれは急を要する。一週間もすれば恐らく稲妻に立つことになるだろう」

 

「…そうなのか…承知した」

 

申鶴が納得してくれたので、ノエルを一瞥すると、不安そうな顔をしていた。

 

「ノエル、稲妻が戦闘状態なのは知っているだろう?」

 

「…はい」

 

「なに、少しファデュイを蹴散らしてくるだけだ」

 

ノエルは面接がまだ終わっていないことも忘れて不安気に言った。

 

「本当に…大丈夫でしょうか…?」

 

俺は不安がる彼女の頭に手を乗せた。

 

「問題ないさ。別に死ににいくわけじゃないからな」

 

「…では、お茶菓子と紅茶を淹れてお待ちしていますね…ずっと」

 

ノエルが面接の終了を宣言すると、申鶴はスッと立ち上がり踵を返し、「失礼した」と言って出ていった。一先ず、面接は終了したわけである。

 

 

 

しかしまぁ、面接希望者が申鶴だったとは驚きだった。まあ一先ずはこれからの救民団にも役立ちそうだし、加えて人員も増えた。暫くは申鶴も仕事に難儀するだろうが、行秋、重雲、そしてモラクスのカバーがある。なんとかなるだろう。

 

「ノエル、モラクスに仕事の仕方は全て叩き込んだんだろう?」

 

「はいっ!万事滞りなく!!」

 

よし。

 

「ノエル、お疲れ様。モンドに帰ろうか」

 

そう言うとノエルの顔が輝いた。

 

「はいっ!!」

 

「じゃあ先に準備して外に出ていてくれ。俺はモラクスと話をつけてくる」

 

ノエルはすぐに荷物を纏めると、外に出ていった。俺はリビングまで移動すると、モラクスを見つけ、声を掛けた。

 

「ああ、アガレスか。どうした?」

 

「これからはお前が璃月支部の支部長だからな?」

 

「ああ、ノエル殿がモンドに帰るのか。ここからの運営は俺がせねばならなくなるわけだな」

 

俺は首肯いた。俺にはどうしても、一つだけ忠告しておきたいことがあったのだ。

 

「モラクス…これはいいものだから、とか珍しいものだ、とか意匠が素晴らしいからと言ってすぐに色々買うなよ?」

 

「…善処しよう」

 

「約束しろ。先ずはこっちに許可取れよ?」

 

「…わかった」

 

こちとら往生堂堂主である胡桃からの業務提携の話が来た時にモラクスの買い物癖に関して散々聞かされてるんだよ全く。

 

「よし…用事も済んだし、帰るかー…」

 

帰るか、って言ってる辺り、モンドがホームタウン的な感じになってるな。ま、それも悪くないだろう。

 

俺は外に出ると、ノエルを伴って璃月を出るのだった。




急いでいたので短めになってしまいました。もしかしたら明日の更新は遅れる可能性があるかもしれんです…


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第60話 依頼の続き

平蔵君も無事お迎えできてとてもよかったですわい…ふぅ


モンドへ帰ってくると、救民団ではエウルア、レザー、そして旅人、パイモンとダインスレイヴが待ちかまえていた。

 

「…旅人、それにダインスレイヴ、お前達がここに居る、ということは依頼の続きと考えていいんだな?」

 

ダインスレイヴは首肯くと、腕を組みながら口を開いた。

 

「璃月、奥蔵山の北側に、秘境を見つけた。宝盗団の足取りを追っていたら、この秘境を発見することができた。その後、多少秘境の観察を続け、そこがアビスの魔術師が出入りしていくのを見た」

 

つまりは、だ。

 

「そこにアビスの使徒の痕跡も勿論あったんだろ?」

 

ダインスレイヴは首肯くと、急いでいるのか、早速出発するらしかった。

 

「そういえば、エウルア。璃月支部からの報告に、宝盗団の活動が活発になっている、との報告がなかったか?」

 

エウルアは突然自分に話が振られたことに驚きつつ、しっかりと首肯いた。

 

「独自に集めた情報によれば、『大宝盗家』が動いているらしい。まぁわかりやすく言うと物凄い盗人だ。アビスの洞窟に何があるのかはわからんが、『大宝盗家』が何かを狙ってそこに行く可能性も考えられるだろう」

 

「どちらに接触しようが俺達のやることは変わらん。アビスの使徒を見つけ、殲滅する。それだけだ」

 

ダインスレイヴはそう言うと席を立ち、外に出ていった。残された俺と旅人とパイモンは顔を見合わせて苦笑しつつ、エウルアに再び救民団を任せて救民団本部を出るのだった。

 

 

 

「───それで、ここがその洞窟ってわけか」

 

璃月にある奥蔵山の北側の水辺にひっそりと洞窟が存在していた。移動に少し時間がかかったが、まだアビスの使徒はいるだろうか?

 

「では突入しよう。貴様達に戦闘は任せる」

 

ダインスレイヴはそう言うと俺と旅人の間に入った。パイモンは呆れたように言った。

 

「ダインは戦闘苦手なのか?」

 

パイモンの言葉にダインスレイヴは首を横に振った。

 

「別に苦手というわけではない。今回に関しては適材適所と言えるだろう。アビスに詳しい俺と、アビスに詳しくない貴様達、どちらが考察に適しているかは考えるまでもないだろう」

 

「うぐ…ぐうの音も出ないぞ…」

 

旅人が無言でこちらを見つめてくるので、手を叩いて先に進む合図を出して洞窟内に侵入した。

 

「…明らかに宝盗団が基地のようにしていた形跡があるな」

 

「ああ、だがアビスとは関係がないようだ」

 

既にもぬけの殻の可能性が高い、ということか。それでも、確認せぬ訳にはいくまい。

 

「先へ進むぞ」

 

俺達は時々遺跡の考察をしながらも数々のギミックや残っていたアビスの魔術師などを処理し、最奥と思われる場所へと辿り着いた。

 

「…これは…一体なんだ?」

 

広い空間の奥には『大宝盗家』が蹲り、祈りを捧げるような姿勢で固まっていた。あれは…生命活動を停止しているな。外傷はなさそうだが、何らかの要因で死んでいるようだ。

 

極めつけは逆さに鎖で吊るされた七天神像だ。これはモンドのものだな。

 

「な、なんで七天神像が…逆さに吊るされてるんだ!?」

 

しかも七天神像の手に握られている宝珠が、禍々しい何かに変わっている。絶えずそれは鼓動していて辺りに邪悪な気配を撒き散らしているようだ。

 

「…中々どうして嫌な予感しかしないな。全く以てこの『大宝盗家』の死因も不明、ここに居るだけで死んだ、なんてのなら俺達も危ないかもな」

 

「…どちらにせよ、ここにアビスの使徒も魔術師も存在しない。早めにここを離れるべきだろう」

 

ダインスレイヴは逆さに吊るされた七天神像を一瞥してついてこい、とだけ言って神像付近の抜け道らしき場所へ飛び込んでいった。旅人とパイモンもダインスレイヴに続こうとしたが、突如、背後から伸びる剣があった。

 

「…」

 

「…っ」

 

俺はその剣を横から風元素の槍を当てて軌道を逸し、旅人とパイモンを護った。

 

「アガレスさん!?」

 

「先に行け。こいつがアビスの使徒だ」

 

「えっ!?な、尚更おいていけない!」

 

旅人が食い下がるが俺は彼女をキッと睨んだ。

 

「こいつは強い。それに、狙いは俺達のようだ。誰かが殿を務めねば誰も帰れなくなる可能性が存在する。この場で一番殿に適しているのは俺だ。早く行け」

 

「旅人…」

 

パイモンが心配そうに旅人と俺を交互に見た。旅人は一言、ごめんと呟くとダインスレイヴの後を追っていった。

 

「『アビス』の秘奥、何人たりとも覗いてはならぬ。ここに足を踏み入れたからには、相応の対価を支払ってもらうぞ───」

 

アビスの使徒は水元素でできた斬撃を俺に向けて放ってきた。俺は刀を抜いて炎元素を纏わせ、斬撃を切り落とした。

 

「───裁きは、『使徒』が下す」

 

「ッハハ、本来裁きを下す立場の神に向けて裁きとは、随分皮肉な話だな。ダインスレイヴが追っていたのも首肯ける話だ」

 

ダインスレイヴの名を聞いた使徒は動きを止め、口を開いた…かどうかは不明だが、とにかく声を発した。

 

「ダインスレイヴ…なるほど、貴様のことだ、今回に関してはソロでの活動だと思っていたが…あのしつこいのと関係していたとはな」

 

アビスの使徒は自身の腕についている剣を振るうと、言った。

 

「ダインスレイヴ、ヤツの抵抗が引き起こすさざ波に変革を起こす力はないが、元神アガレス、貴様は危険分子だ…今此処で、排除させてもらう!!」

 

アビスの使徒は両腕についている剣をこちらへ突き付けた。対する俺は不敵に笑ってみせた。

 

「どうせお前は逃げるのだろうし…軽く揉んでやるとしよう」

 

逃げられるのは承知の上でヤツに出来る限りのダメージを与えねばならないわけだ。アビスの使徒の空間を斬り裂く能力、アレの前では俺は無力だからな。俺は刀を抜き放ちつつ、アビスの使徒の出方を伺うのだった。

 

〜〜〜〜

 

アガレスと別れた旅人達は遺跡の中を進んでいた。

 

「何、アガレスがアビスの使徒と接触した?」

 

ダインスレイヴの言葉に、そう説明した旅人は首肯いた。

 

「アイツ、すごく強そうだったぞ…アビス教団にあんなに強そうなやつがいるなんて…」

 

パイモンの言葉に、ダインスレイヴは移動しながら告げる。

 

「アビスの使徒はアビスの魔術師よりも上位の存在だ。魔術師と相見えた貴様からすれば、アビスの使徒が強力に見えても仕方がないだろう」

 

それより、とダインスレイヴは旅人に問うた。

 

「アガレスはヤツに関して何か言っていたか?」

 

旅人もパイモンも首を横に振った。ダインスレイヴはふむ、と一つ溜息を吐くと、

 

「つまりアガレスは出来得る限りアビスの使徒に痛打を与えるつもりだ。ヤツの能力に対抗しうる手段をアガレスが持っていない以上、逃げられるのを承知の上でアガレスは戦闘しているようだ」

 

つまりは時間稼ぎである。ダインスレイヴはアガレスについての話題を一旦終わらせ、遺跡の外に繋がっている道を進みながら言った。

 

「アビスの使徒は魔術師とは似て非なる存在だ。あの七天神像の手に握られていたアビスエネルギーと呼ばれる代物は俺も見たことはないが、あらかた予想はつく」

 

「予想って…」

 

旅人はダインスレイヴを見つめた。ダインスレイヴは旅人を一瞥もせず、目を細めて告げた。

 

「アビスの使徒がいるのなら千載一遇の好機だろう。アガレスを待ち、行動を開始する」

 

やがて三人は外に出てきた。外はまだ明るく、まるでこの世の闇を未だに知らぬようである。旅人はそのことを感じて少しゾッとしていたが、ダインスレイヴが顔色の少し悪くなった旅人に気が付き、

 

「貴様、体調が優れないようだが問題ないのか?」

 

旅人はふらっとしたが、突如抱き留められた。

 

「あ、アガレスさん?」

 

「大丈夫か?少し休むべきだろうな…何か良からぬ気配でも感じたのか…原因はどうだっていいが、疲れているだろう。すぐには動けなさそうだな」

 

旅人の背後から現れたアガレスはダインスレイヴをチラッと見やった。

 

「まずは休息を取ろう。その時に何があったのかを話す」

 

ダインスレイヴは顎に手を当て何事かを呟くと、首肯いた。

 

「私はまだ動ける…」

 

「貴様の体調が崩れては足手纏だ。アビスの使徒との戦いにおいて、それは命取りとなるだろう。休息は必要だ」

 

旅人は俯いて小さく返事をした。アガレスとダインスレイヴが休息を取るための準備をして、その後5分ほどしてようやく準備が終了し、旅人を寝かせた。パイモンも付添で旅人の側にいた。

 

アガレスはそんな旅人を心配そうにチラッと見てから対面に腰掛けるダインスレイヴに視線を投げかけた。

 

「それじゃあ、アビスの使徒との戦闘について話すことにしようか」

 

ダインスレイヴが首肯いたのを見てから、アガレスは口を開くのだった。




せ、セーフ…進路についての相談を色々してましてね…間に合わないと思ったんですが意外といけましたね…よかったよかった


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第61話 意味深

マジギリギリでした。


「───終焉の震鳴!!」

 

俺は飛んできた水の斬撃を軽く屈んで躱しつつ、そのまま突撃して刀を横薙ぎに振るった。無論、アビスの使徒は剣で受けようとしてその動作をすぐにやめて後ろにふわっと下がった。

 

どうやら気付かれたらしく、俺はその事実に少し笑った。

 

「水元素を常に纏っている、或いは使用しているお前に、雷元素はよく効くだろうと思って極々微量の雷元素を刀に纏わせていたんだが…見破られるとは」

 

「……」

 

アビスの使徒は無言で再び独特の構えをした。俺はあくまでも自然体だった。今度はアビスの使徒が俺へと水の斬撃を一つ飛ばしながら突撃してきた。

 

俺は横に飛んでその斬撃を避けると、次いで上段から振るわれた右の剣を刀で受け流し、地面に突き刺さった剣を腕ごと左足で踏み締めた。アビスの使徒は左腕を横薙ぎに振るってきた。俺は屈んで避けつつ、念の為刀を横にして剣を受け流し、俺の左腕でアビスの使徒の顔面に拳を食らわせ、吹き飛ばした。

 

「ッグ…!!」

 

アビスの使徒はそのまま苦し紛れに水の斬撃をクロスさせて放ってきた。恐らく威力はかなり高くなっているだろう。とはいえ、速度はかなりのものだ。このままでは避けきれんな。

 

俺は左腕を突き出し、

 

「炎波」

 

炎元素で斬撃と相殺させた。アビスの使徒は空間を斬り裂いて自由自在の攻撃をしてくるわけではないのか。そんなに連発できない理由があるか、余程の準備が必要なのか…或いは予め決まった場所にしか移動できないとかかもな。

 

「アビスの潮鳴り!!」

 

アビスの使徒は水の斬撃を再びクロスさせて放つと、すぐに趣向を変えて真正面からコマのように回転しながら迫ってきた。俺はクロス斬撃を同様に炎波で迎撃すると、さて、どうしたものかと眉間に皺を寄せた。

 

無理矢理止めるにしても刀が持たない可能性があるな。そうなれば剣術を使用できなくなる。この閉鎖空間で、それは不利だろう。最悪、法器を使うかすればいいんだろうが。

 

「ま、やってみるさ」

 

俺は敢えてコマのように回転するアビスの使徒に向け突進し、俺と剣が触れる直前、大きく踏み込んでからバックステップで後ろに下がった。

 

直後、アビスの使徒の足元が陥没し、アビスの使徒は態勢を崩したが俺の追撃を警戒してかすぐに無理矢理バックステップで後ろに飛んでいった。陥没させたメカニズムは岩元素を利用したものだ。踏み込みを利用して遺跡の床に穴を空けてから岩元素でその穴を埋め、アビスの使徒が来た時点で岩元素で穴を開く、というメカニズムだ。

 

再び睨み合う俺達だったが、俺は刀を敢えてしまい、体術の構えをとった。このままでは割と埒が明かないからである。

 

俺は突撃するとそのままの勢いで間髪入れず、右から、左からと兎にも角にも手数を増やして攻撃した。威力重視ではなく、取り敢えずのハリボテである。

 

だがそれでも、アビスの使徒は俺の拳に手一杯になっている。威力は疎かにしていても、速度はあるため、それだけでも十分な威力になりうるからである。まあつまりは、だ。

 

俺は敢えて大振りの攻撃を仕掛け、そして今回は力を乗せてアビスの使徒を攻撃した。アビスの使徒は勿論、力の機微などわからないため今まで通り腕で受け流そうとして、予想外の力に体勢を崩された。暫く力を乗せていなかったのはこのためである。瞬時に俺は刀を右手に持ち、アビスの使徒目掛けて突き出した。

 

が、しかし、アビスの使徒は寸前で無理矢理体を捻って右腕を犠牲にしてその一撃を防ぎきった。

 

「っく…やはり貴様は危険だ…本気を出さずに私を圧倒するその力…『元神』の名前に相応しい力を持っているわけだ…」

 

ただの元素の神という意味でつけられた名前だというのにその名前に相応しいとはどういうことなのだろうか?言い方が少し気になるな。まあ、それは後で考えればいいだろう。

 

「…貴様と正面切って戦うのは危険すぎる…ここは退かせてもらおう」

 

俺はアビスの使徒を見逃した。無論敢えてである。消え去る直前、使徒は呟きを漏らした。

 

「例え元神アガレスが相手だとしても、アビスによる世界の変革を止めることは叶わぬ。選択を迫られるだろう。傍観するか、諦観するか、或いは抵抗するか、恭順するか…」

 

空間を斬り裂いて消え去ったアビスの使徒の逃げ先はわからないが、メカニズムは少しわかった。ダインスレイヴならなにか知っているかも知れないから聞いてみるが、恐らく…まあ言うなれば事前に登録した場所にしか移動できないのだろう。だから戦闘中に使うことはできなかった。

 

ただ、この世界のどこにでも空間を斬り裂いて移動できるのならそうしているはずだ。片っ端から登録してどこにでも出現できるようにしておけば、戦闘においてこの上なく役に立つだろうからな。それができない理由が何かしらあるのか…まぁ考察はここまでにしておこう。

 

それより、今はダインスレイヴと旅人達を追わねばならんな。

 

 

 

「───と、そういうわけで、アビスの使徒の片腕は切り落としておいた。戦闘において多少のアドバンテージは取れるはずだ」

 

旅人の寝顔とパイモンの心配そうな顔───いや、あれは晩飯のこともちょっと入ってるな───を見ながらここまでの経緯を話し終えた。ダインスレイヴは難しい顔をしていた。

 

「貴様に最後に言っていた傍観、諦観、抵抗、恭順…貴様に今すぐに選択を迫っているように聞こえるが」

 

俺は首肯いた。

 

「実際そうだろう。奴らのしようとしていることは不明瞭だが、俺とは敵対したくないようだからな」

 

とはいえ、それもよくわからん。他の七神にあって、八神の名残である俺にないもの…国家というのは挙げられるが、残念ながら関係はあまりないと思われる。

 

ダインスレイヴはアビスの使徒を何故逃したのか聞いてきた。

 

「アビスの使徒は深手を負った。つまり、今後の活動に支障が出るだろう。アビスの足を引っ張ってくれる、これ以上の理由は必要か?」

 

「いや、充分だ。しかし、なるほど…殿を務めるという貴様の判断は正しかったということか」

 

アビスの使徒の移動のメカニズムも多少わかってきたから、今回の戦闘で得られたものはかなり大きいだろう。俺はそういえば、と口を開いた。

 

「旅人の使うワープ、あれはよくわからん装置を通してワープしているらしいが、アビスの使徒が使うものに似ているな。その関連性はどうなんだ?」

 

ダインスレイヴは少し唸ると、首を横に振った。だが、

 

「関連性は不明だが、似たようなメカニズムなのかもしれんな。まぁ考えても仕方がないだろう」

 

それと最後に一つ。

 

「これだけ聞いて今日はもう休むが…奴ら、アビスの怪物の正体ってなんなんだ?」

 

500年前に突如出現したとされるアビスの怪物達…俺の予想では───

 

「…アビスの怪物共は500年前、突如として出現した。そしてその出現元はカーンルイアだ。つまり正体は───」

 

───元人間、ということか。

 

 

 

あの後、少し気分が悪くなった俺は、夜風に当たっていた。

 

「…俺がこれまで殺してきたのは人間だったわけか…」

 

今更、人間を殺してしまうことに忌避感があるわけではない。ただ、彼等はアビスの呪詛によって突き動かされているだけなのだろう。アビスの呪詛で自身の心に僅かに存在するこの世界への不満、それが恐らく増大させられている。そう考えれば彼等もこの世界に住まう無辜の民だ。

 

それを、大量に殺してきた俺に、世界の守護者たる資格など───。

 

いや、違うな、俺はもう、自由に生きると決めた。俺の成したいようにする、そう決めた。世界の守護など知ったことではない。未だに500年前までの使命に囚われているだけだ。

 

「…しかし、皮肉なものだ。自らの身命を賭してまで護った無辜の民を、500年もの月日を経て殺しているとはな…」

 

自由に生きる風神、契約に従った岩神、永遠を求めている雷神、どの神も自身の心に従って生きている。俺もそうすべきなのだろう。

 

アビスの使徒の言った通り、そう遠くない未来、俺は4つの選択肢の中から一つを選ばねばならないのだろう。

 

「まぁ…なんとかするさ」

 

端から俺の答えなど決まっているようなものだが、その時の感情でどう動くかはわからない。そのことだけは気に留めておくようにと、心に誓うのだった。




10:30には眠らされるのでね…では、アデュー…。


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第62話 追跡

いやあようやく私は夏休み入りましたね…昨日は友達の勉強手伝ってたら夜になってました。誠に申し訳ないです。


翌日の朝、旅人の体調はすっかり回復し、アビスの使徒を追跡する運びとなった。ダインスレイヴによれば、アビスの使徒の痕跡は南方向へ伸びているらしい。俺達は南に進んでいき、やがてアビスの魔術師の一団を発見した。魔術師はもう動かない遺跡守衛の周囲で何かを調べているようだった。

 

「…アビスの奴ら、何をしてるんだ?」

 

パイモンの言葉に、ダインスレイヴは顎に手を当てながら答えた。

 

「恐らく、あの耕運機、即ち遺跡守衛を調べているのだろう。何が目的かは推測の域を出ないが」

 

あれか、答えはなんとなく思いつくけどそれが本当にそうなのか断定はできないと言ったところかな。俺はダインスレイヴを一瞥すると、

 

「止めていいんだろ?」

 

「ああ、構わん。魔術師なら、貴様らでも対処できるだろうからな」

 

確かに、魔術師ならともかくとして、使徒はあの強さだ。旅人一人だと少し危うい戦いになるかも知れないからな。

 

俺達の活躍の場所もしっかりと考えてくれるなんて、ダインスレイヴはいいやつだなぁ、と思って温かい目で彼を見ると???の顔で見返された。

 

折角なので俺はアビスの魔術師を倒すちょっとした裏技を試すことにした。

 

「旅人、もしかしたらソロでアビスの魔術師を倒すときの参考になるかも知れないから、よく見ておくといい」

 

「え?う、うん、わかった」

 

俺は刀を抜き放つと、上空へ一挙に飛び上がり、落下攻撃をしつつ、二体のアビスの魔術師の首を刎ねた。

 

「よし、やっぱり上手く行ったか」

 

「え、ええええ!?アガレス、今の何だよ!?」

 

パイモンが大袈裟に驚いている。旅人も大袈裟ではないが、驚いている様子だった。

 

「アビスの魔術師は普段、シールドをつけていない。だから気付かれる前に攻撃すれば奴らがシールドを張ることはなく、楽に倒せる。倒せなくても、多少のダメージは入れられるから、シールドを割ってからの時短にもなる」

 

まあ、気付かれる前に接近するにはそれなりの速度が必要だ。旅人ができるとすれば俺が今やったような落下攻撃だろうがな。旅人もパイモンも少し呆れたように言った。

 

「流石アガレスというか…なんというかだな」

 

「そんなに効率を求めるんだ…」

 

うーん。

 

「旅人、わかってないようだから言うが、効率を求めるのは当たり前だ。戦闘において複数と戦い、そして増援を想定する場合、自身の力を温存しつつ敵を早めに殲滅し、増援に備えねばならない。アビス教団は強大だ。増援の可能性を想定しないのは可怪しいだろ?加えて───」

 

「わ、わかったぞ!オイラが悪かった!!」

 

む、これからというところで…と俺は若干不完全燃焼になっているため唸った。ダインスレイヴはそんな俺の様子になど目もくれず、普段通り顎に手を当てながら言った。

 

「奴らは遺跡守衛の残骸から何かを探していたな」

 

ダインスレイヴの独り言のような言葉に、パイモンが反応した。

 

「そういえば、旅人も同じように色々探してるよな…『混沌の装置』とか『混沌の回路』とか」

 

「それは重要な素材!」

 

二人の漫才の前に、若干ダインスレイヴは押し黙ったが、すぐにスルーして続きを話し始めた。スルー能力は結構高めなようだ。

 

「少なくとも、そのような平凡なものではないだろう」

 

それに、とダインスレイヴは続けた。

 

「俺はこの近くを調査していたが、アビスの魔術師が頻繁に遺跡の中に出入りしているのが見られた」

 

ダインスレイヴの話から推測するに、アビスの魔術師は遺跡守衛でも貴重な何かを探し求め、付近の遺跡守衛の残骸を片っ端から更にボロボロにしてその何かを探している、ということか。

 

「ヤツらはある『特別な貴重品』というものを探しているようだ。そしてそれを、遺跡の中へと持ち帰ろうとしている」

 

「ま、あの様子を見るにまだ見つかってなさそうだがな」

 

ダインスレイヴは俺の言葉に首肯いた。するとパイモンが思い出すように言った。

 

「じゃあ、どうしてさっき捕まえて詳しく聞き出さなかったんだ?」

 

つまり拷問、ということか?旅人も首肯きながら「ディルックさんがやってたね…」と呟いていた。と、いうことは効果はあるのだろう。だがダインスレイヴの答えはそんなに単純なものではなかった。

 

「勿論、このようなヤツらに慈悲を施すつもりなど毛頭ない…ただ、このことはアビス教団によって何か、そう、重要な意味がある気がしてな」

 

ダインスレイヴは目を細めつつ言った。

 

「その真相は、拷問程度で吐くようなものではないだろう」

 

…俺はある可能性に思い至ってそれを口にした。

 

「つまり、アビスの怪物共は拷問より恐ろしい何かに、強い恐怖を抱いている、ということか?」

 

拷問による苦痛よりも恐ろしいもの、それが何かはわからないが、拷問によって受ける屈辱や苦痛を意にも介さないほどの恐怖とは、一体何なんだろうな。パイモンは自分の体を抱き締めながら、「なんか鳥肌が立ってきたぞ!!」と叫ぶように言った。

 

「ここで時間を無駄にはできない、先へ進もう」

 

ダインスレイヴの言葉に一同首肯き、ダインスレイヴの案内に従って更に南へと移動していくのだった。

 

 

 

あれから更に移動し、絶雲の間の東に差し掛かったところで比較的状態のいい遺跡へと辿り着いた。そこでは遺跡守衛一体と遺跡ハンター一体、そしてアビスの魔術師が戦闘を行っていた。

 

まあ、流石はあのカーンルイアのある意味では末裔といえる存在だ。遺跡守衛は遺跡ハンターを護る盾になるように前線に出てアビスの魔術師の攻撃を一身に受けていた。だが、遺跡守衛の体は硬い。如何なアビスの魔術師と言えど、有効打を与えることは未だできていないようだった。

 

そこに突き刺さる遺跡ハンターのドリルはアビスの魔術師のシールドを抉り取るように風穴を開け、そのままアビスの魔術師を二体纏めて串刺しにした。まあ、機械に連携なんて能はないだろうし、連携しているように見えたのは偶々だろうが。

 

「ん、こっちに気が付いたか…」

 

遺跡ハンターと遺跡守衛がこちらに気が付き、戦闘態勢に移行した。遺跡守衛はミサイルを、遺跡ハンターもかなり高所へ飛び上がり遠距離攻撃を放つようだ。

 

流石に、させるわけにはいかないだろう。ダインスレイヴはわからないが、旅人は現状遠距離攻撃手段を持たない。パイモンは戦闘においては論外、つまりこの時間は避け続けるしかない。

 

そう、俺がいなければ、の話だが。

 

「水槍」

 

俺は水元素で形作った水の槍を遺跡守衛の背中にある十字の弱点にあたる部分と遺跡ハンターの目にあたる部分へ向けて射出した。当然、既にミサイルを発射する態勢に入っている両者は避けることは叶わない。弱点を高圧の水の槍で貫かれ、両機とも活動を停止させた。

 

パイモンはそんな活動を停止させた2つの機械を見て、ホッと胸を撫で下ろしながら言った。

 

「ふぃ〜…一時はどうなることかと思ったぞ…アガレスがいてくれて本当に助かったな!」

 

「この辺一帯はアビスの魔術師だけじゃなくて遺跡守衛なんかも活動が活発なんだね」

 

旅人の言葉にパイモンが同調し、そして疑問を口にした。

 

「それにしても…アビスの魔術師の潜伏場所に遺跡守衛もいるのは、ただの偶然なのか?」

 

すると今の今まで黙っていたダインスレイヴが口を開き、パイモンの問いに答えた。

 

「この世に偶然など存在しない。全ては遥か古に撒かれた種によるものだ。無論、アビス教団と遺跡守衛の関係も、偶然によるものなどでは全く無い」

 

そこまで言ってダインスレイヴは少し意味深な言葉でもって彼等の関係を表現した。

 

「同じ樹木より生えた枝だと言っていいだろう」

 

パイモンも旅人も首を傾げていたが、俺にはその意味が理解できた。そしてダインスレイヴは未だに理解できていない様子の二人へ向け、真実を告げた。

 

「ヤツらは皆、500年前に滅びた古国───『カーンルイア』で誕生したんだ」

 

「えっ、カーンルイアだって!?」

 

パイモンは驚いたように目を剥き、旅人は険しい表情をした。

 

アビス教団と遺跡守衛達、それらは全てカーンルイアが生み出した、否、生み出してしまった産物だ。哀しき怪物たちと言っても過言ではないだろう。

 

パイモンの反応から察するにちゃんと知っているようだが、旅人はずっと険しい表情だったため、念の為、とカーンルイアについての説明をしようとした。

 

「…その国なら知ってる」

 

俺は思わず素っ頓狂な声を漏らしかける。パイモンは「え…?」と漏らしており、ダインスレイヴはふぅ、と溜息を吐いていた。

 

「カーンルイアにいた、記憶があるから」

 

パイモンも俺もダインスレイヴ…は、そうでもないが、兎に角驚きの表情を浮かべた。

 

「で、でもあの国は500年前のとっくの昔に滅んでるんだぞ!?」

 

「…いや、ありえない話ではない」

 

全員が俺を見た。

 

「空…彼女の兄が500年前のカーンルイアに存在していた。そして彼がいたということは、お前もいたのだろう、旅人」

 

今の今までそのことに辿り着かんとはな…俺としたことが、と思わず頭を抱えた。ダインスレイヴはあくまでも冷静に告げた。

 

「人は誰しも、秘密を抱えている。貴様が俺に深く聞かなかったように、俺も貴様のことを深く聞くつもりはない…しかし、話す意思があるのならば聞こう。貴様の見た『カーンルイア』とはどんな光景だった?」

 

旅人は深く瞑目し、思い悩んでいるようだった。やがて目を開けると、パイモン、ダインスレイヴと来て俺を最後に見た。その目は何かを、そう、助けを求めているような目をしていた。俺が無言で頷くと、旅人も話を始めた。

 

旅人は500年前に見た火の海とその後に会った謎の神について話した。

 

旅人の言葉に、パイモンはかなり驚いていた様子だった。曰く、話の始まりが謎の神からだと思っていたらしい。ダインスレイヴは、というと、驚いている様子ではあったが、余り普段と見た目は遜色なかったため、正直真偽の程は定かではない。

 

「ふむ…この世界に来た時、隕石の中から兄に呼び覚まされたのか」

 

そして、とダインスレイヴは更に続けた。

 

「貴様の兄は、カーンルイアの滅亡とは別に天変地異が巻き起こり、世界が滅びると、一緒にテイワットを去ろうと、そう言ったんだな?」

 

その言葉から察するに、空も『終焉』が巻き起こるのを知っていたようだ。隕石(恐らく世界と世界の間を旅する装置)の中から世界と世界の接近を見てそう言った可能性はあるが、言い草から察するに知っていたと考えるほうが妥当だろう。

 

すると、パイモンが顎に手を当てながら言った。

 

「『カーンルイアの滅亡とは別』?本当にそんなことを?」

 

パイモンの言葉に、旅人は首肯いた。ダインスレイヴは腕を組みながら一瞬俯くと、やがてすぐに顔を上げて言った。

 

「…貴様達が経験したそれは、500年前の出来事で間違いないだろう。どうやらこの世界で初めて目覚めたのも、それと同じ時期のようだしな」

 

「なるほど、つまりお前のお兄さんは先に目が覚めたから、この世界についてお前よりも知ってたってことだな」

 

本当に、それだけだろうか。そうなると隕石の中から『終焉』を目の当たりにしたという線は消えるだろう。だとすればどのようにして『終焉』が巻き起こることを知ったのだろうか?まあ、考えても仕方がないことだとはわかるが、考えられずにはいられないな。

 

ダインスレイヴは深く思考の沼に入る俺を一瞥してから、話を続けた。

 

「そしてその後、見知らぬ神によって貴様達の行く手は遮られたと…」

 

パイモンも旅人も首肯き、そしてダインスレイヴの確認をただただ聞いていた。

 

「貴様が目覚めた時、『カーンルイア』という地名についても、『終焉』についても何も知らず、ただこの世界から去ろうとした。しかし今、テイワットを少しずつ回っていく内に、あれが『カーンルイアが滅亡した戦い』、そしてアガレスの言っていた『終焉』だとわかってきた、そうだな?」

 

そういえば、旅人は割とよく図書館へ行っていた覚えがある。カーンルイアについて調べていたのだろう。彼女にとっては『八神』…じゃなかった、『七神』に次ぐ手がかりのはずだしな。

 

「旅人、カーンルイアに関してなら、ダインスレイヴに色々聞けばいいだろう。ただ俺からも教えられることがあるとすれば、カーンルイアには神がいない、彼の国の歴史には全く神が存在しないんだ」

 

まあつまり。

 

「あれは人類によって建てられた強大な国だ。人々はその繁栄と文明に誇りを持って生きていた」

 

だが。

 

「『終焉』と同時期に彼の国は…恐らく、その謎の神によって滅ぼされた」

 

俺の言葉をダインスレイヴが引き継いだ。

 

「500年前、神々が降臨し、世界の敵、膿のように見なされたカーンルイアは、『人類の誇り』は雑草のように容易く踏み躙られ、そして駆除された」

 

旅人もパイモンも表情が重い。斯くいう俺も、例外ではないだろう。ダインスレイヴは現状にか、或いはカーンルイアにかは不明だが軽く嘆息すると、

 

「このまま過去の話をしていても気が削がれるだけだろう。先へ進むぞ」

 

俺達は重くなった気分をそのままに、更に南へと進んでいくのだった。




ふぅ…間に合った


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第63話 アビスの目的

魔神戦争時にオセルが滅んでたのでちょっと内容変わっておりますのでご留意下さい


更に南へと進んできた俺達は翠決坡の丁度西側くらいの位置まで来て、遺跡の影に遺跡守衛とアビスの魔術師がいるのを見つけ、少し離れたところで様子を窺っていた。

 

「そういえば、遺跡守衛は全部カーンルイアから来たって言ってたな…?それって、カーンルイアには守るべき遺跡が沢山あったってことか?」

 

パイモンの尤もな疑問に、ダインスレイヴはアビスの魔術師を注視しつつ答えた。

 

「そういうわけではない。『遺跡守衛』という名前は現代人がその印象から勝手に名付けたものだ。当時のカーンルイアでのコードネームは『耕運機』だ」

 

名前的にちょっと親近感を持っていただけに少しショックだった俺は若干落ち込んだが、それをおくびにも出さずとある事柄を思い出していた。

 

俺が思い出している最中でも、会話は続いていた。パイモンが若干ネーミングセンスに呆れながら言った。

 

「耕運機?なんか変な名前だな…」

 

旅人の表情がすごくジトッとしたものに変わった。どうやら、パイモンのネーミングセンスもかなり酷いものらしい。

 

「あれって農業機械だったの?」

 

「そりゃないだろ…」

 

「え?」

 

コホン、と俺は誤魔化した。まあ、普通に考えれば、コードネーム、と言っていたし、あくまでもコードネームなのだろう。ダインスレイヴは俺が考えているのと大体同じようなことを言ってから、とある理念を口にした。

 

「『土地は農具で耕すものではない、鉄と血で争奪するものだ』───この理念をもとに、『耕運機』が誕生した」

 

「カーンルイアの言う土地って、かなり物騒だな…」

 

パイモンの言葉に旅人も頷いていたが、俺だけは違った。

 

「…愚かな」

 

争いによってしか土地を得られないと考えているのは、愚劣というものに他ならないだろう。何より、余程貧相な土地しか持たぬ限り、他の土地を求めるということは争いを欲することと同義だ。カーンルイアの人々は、どうやら血気盛ん、という言葉で済ませて良いのかはわからないが、独自の考えを持っていたようである。

 

ダインスレイヴは俺を一瞥すると、口を開いた。どうやら、俺に向けた言葉のようだ。

 

「神々から見たら、人間の行動一つ一つなど、全て愚かな行為に見えるのだろう。だが、我々人間は無駄を肯定して生きていく生き物だ。貴様の考えは理解できるが…あまりそう、責めないでやってくれ」

 

ダインスレイヴらしくない言だとは思った。しかし、人は誰しも秘密を持つものだ。ダインスレイヴとて、例外ではないのだろう。

 

「…承知した」

 

元より、責めるつもりなど毛頭ない。ただ、事実を述べただけに過ぎないのだからな。

 

「さて…少し話が逸れたが、耕運機は主を失い、制御を失い、そうしてテイワットを彷徨い歩いている。他の古びた遺跡と共鳴するかのように、遺跡の中を只々彷徨っている」

 

なるほど、それで遺跡守衛という名称がついたわけだ。パイモンと旅人は俺達とは対照的に悲痛な表情をしていた。

 

「苦しみから、開放してあげよう」

 

旅人の言に、パイモンは頷いた。ダインスレイヴは、これ以上深く話しても意味はない、とばかりに戦闘態勢をとった。まあ、彼が戦うことはないとは思うが。俺も取り敢えずは戦闘態勢を取った。

 

 

 

俺達がアビスの魔術師を手早く片付けると、アビスの魔術師の死体から紫色の呪符が出てきた。パイモンがそれを見て首を傾げた。

 

「う〜ん…この出てきた呪符…何かのメッセージなのか?」

 

ダインスレイヴと俺は顔を見合わせ、頷いた。

 

「な、なんだよ…なんで二人で頷いてるんだよ…」

 

「わからないか?この呪符からはアビスの使徒の気配がする。恐らく、命令内容が記されているのだろう…ま、俺には勿論読むことは叶わないが」

 

「うぅ〜!っ全然読めないぞ!カーンルイアの文字なのか…?」

 

パイモンが露骨に残念そうな顔をしながら言った。だが、ダインスレイヴがおもむろに口を開いた。

 

「『敵の信仰を薪とし、崇高なる王子様に栄光の火を灯さん』…」

 

「…?ダインスレイヴ、それは…」

 

ダインスレイヴは黙って言うことを聞いておけ、といった節の視線を俺に向けると、更に続けた。

 

「───『運命の織機、原初の計画』」

 

どうやら、そこで文は終わっているらしく、ダインスレイヴは呪符から目を離した。

 

「どうやら、『アビス』共はとある計画を実行しているようだ。そして、その鍵となるものが『運命の織機』だろう。まだ初期段階のようだが、色々試行錯誤をしているようだ」

 

ダインスレイヴが考えるように顎に手を当てながら言った。

 

「つまり…運命の織機とは、『運命を織る機械』…あの不気味な遺跡と無関係とは一概に言えなさそうだな」

 

逆さ神像に関して言えば明らかに関係していそうだからな。と、パイモンが興味深そうに呪符を見て言った。

 

「ダイン、他にはどんなことが書いてあるんだ?」

 

対するダインスレイヴの答えは実にシンプルだった。

 

「ふむ…複雑で理解できない部分も存在するが、狂気に満ちた計画であることは確かだ」

 

ダインスレイヴが言うには、計画の初期段階は東風の龍トワリンと関係していたらしい。これによって『龍災』がアビスによって引き起こされたものだと証明できたわけだが…はてさて。

 

「その計画でトワリンに似たようなことをしようとしているとして、再び俺達に阻止されることは目に見えているだろう…だとすれば」

 

と、俺はダインスレイヴを見た。ダインスレイヴは俺の視線を真正面から受け止め、頷いた。

 

「貴様の言う通り、この『メッセージ』によれば、今回の計画は更に進んだものだ───」

 

ダインスレイヴはその後もメッセージに書いてあることを説明してくれた。しかし、精神の改造に加えて耕運機製造の技術力を活かした肉体改造か…。中々どうしてファデュイも似たようなことをしているな。

 

ダインスレイヴの説明はわかりやすかったが、当の本人はかなり険しい表情をしていた。心底やっていることが気に食わないのだろう。パイモンは説明を聞いて何かを思いついたようだった。

 

「パイモン、何かわかったようだな?お前の視点はいつも斬新だから少し頼りにしてる部分があるんだ。言ってみてくれないか?」

 

パイモンにそう言うと、パイモンは鼻を高くしながら言った。

 

「アビス教団のヤツら…『究極殺人兵器・機械東風焼鳥』を作ろうとしてるのか!?」

 

思わず、全員(ダインスレイヴ以外)で頭を抱えた。

 

「パイモン、物凄くいいにくいんだが…その、そうだな…どこからツッコんだものか…」

 

まず究極殺人兵器という安直なネーミングセンス、加えて機械東風までは百歩譲っていいとしてなんだ焼鳥って。巫山戯てんのか?

 

「今となってはカーンルイアの技術力を推し量ることは難しい。即ち、それがどの程度の力を持つかは未知数ということだ」

 

ダインスレイヴはかなりのスルー力を持っているようだ。見習わねばな。

 

しかし、アビス教団はカーンルイアの失われた文明を追い求め、その意志と執念だけで動いていることは確からしい。

 

ダインスレイヴによると、呪符には『穢れた逆さ神像』を元にしてトワリンの肉体を機械龍に改造し、神像の手のひらにあるエネルギーのコアになりうるものが『最古の耕運機の目』というものらしい。聞いたことないな。

 

「聞いたことはないが、大方予想はつく。アビス教団がずっと探し求めているのはそれなんだな?」

 

ダインスレイヴは神妙な顔をして頷いた。パイモンも合点がいったようでうんうんと頷いていた。

 

「それにしても…話がどんどん複雑化してきたね…」

 

旅人はげんなりしつつ言った。ダインスレイヴはその言葉に対し、同意しつつ。

 

「加えてあの逆さ神像とも関係があったわけだ。その目を手のひらに置けば『天空の島にある神座を揺るがす』力を、新たに誕生した魔神に与えることができる」

 

…神座を揺るがす力…そして新たに誕生した魔神…中々どうしてスケールが壮大だが、想像できない話じゃない。まぁ、旅人とパイモンにとってはかなり壮大だったようだが。

 

「最古の耕運機に関しては全く不明だが…あの神像は風神像のものだったな…西風教会で聞いてみるとしよう」

 

俺は西風教会に久しぶりに行きたいのもあってその役を買って出た、というよりかは半ば強引に出発しようとした。

 

「え?私達も…」

 

勿論、旅人もパイモンも俺についていく気満々である。

 

「いや、ダインスレイヴについて『最古の耕運機』について探ってほしい。大聖堂へは…ダインスレイヴは行きたくなさそうだしな」

 

ダインスレイヴを見ながらそう呟くと、ダインスレイヴは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。図星だな。

 

「では、俺達は最古の耕運機について探る。明日の朝には俺達もそちらへついているはずだから、そこで合流しよう」

 

合流地点がわからなくても最悪旅人と通信すればいいが、まあ、情報はアドバンテージだし、ダインスレイヴにそれを伝える必要もないだろう。俺は頷いて風元素を使って浮き上がった。

 

「では、旅人、何かわかったら連絡する。そっちは任せた」

 

「うん、任された」

 

俺はダインスレイヴを一瞥すると、モンドの大聖堂へ向けて飛翔するのだった。




いやぁ…話が進まん!!わっはっは!!

確認しながらなもんで…すません。

スメールが楽しみすぎて夜しか眠れず、昨日は更新できませんでした…改めてすみません


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第64話 大聖堂にて

いやぁ…夏イベまじで楽しいですね…楽しいというか、感動しているというか…両方ですね。皆さんは夏イベ何処まで行きましたかね?是非是非やることをオススメしますよ私は…!(言われなくてもやるだろと思いつつ)


旅人達と別れてから10分ほどでモンドの大聖堂へ到着した。風神像前に着地した俺はキョロキョロと辺りを見回した。勿論、ど真ん中に降りてきたのでかなり注目は浴びているが、降り立ったのが俺だとわかると会釈したり、興味をなくしたように視線を外したり、手を振ったりと中々どうして様々な反応を返してくれた。俺は苦笑しつつ手を振り返したり会釈し返したりしてから大聖堂の中へと入った。

 

まぁ話す内容は考えたほうがいいだろうな。『穢れた逆さ神像』に関する情報は伏せたほうが良いだろう。聞くとすればこの神像が何処にあったもので、そしていつなくなったものなのかを聞くべきだろうな。こういう時に救民団の団長という立場はかなり役に立つな。

 

さて、中に入ると丁度横の部屋からバーバラが出てきた。こちらを見つけると表情を輝かせて近付いてきた。

 

「アガレスさん!こんにちは、元気にしてました?」

 

「ああ、バーバラこそ久しぶりだな。俺は見た通り元気だぞ」

 

バーバラは俺の言葉に少し笑った。

 

「そう言えば、天空のライアーはまた盗まれたりしていないか?」

 

「大丈夫ですよ!前より警備状態もいいですから!」

 

天空のライアーは旅人達が破壊してしまってそのまま壊れたままだったはずだ。それをバルバトスの幻術で普通に見せているらしいが…まだバレていないとは少し驚きだ。

 

久しぶり、ということもあって少しの間談笑に耽った俺達だったが、バーバラが何かを思い出したのか険しい表情を作り、俺を見た。

 

「アガレスさん…璃月で大怪我したって聞きましたけど…本当ですか?」

 

「…あ、えっと…いや、まさかそんな…俺が怪我するわけないダロ…」

 

やべ、最後片言になった、終わった。

 

「はぁ…アガレスさんがとっても優しいのは知ってますけど…怪我したら心配するんですから…」

 

「ッハハ…まぁ気を付ける」

 

「説得力ありませんよ」

 

物凄いジト目で言われた。バーバラはそれで、と首を傾げながら俺に問うた。

 

「アガレスさんは今日何をしに此処へ?大聖堂まで来るって珍しいですよね。風神様に用があるんですか?」

 

バルバトスに、か?話しておいても損はないだろうが今じゃなくていいだろう。と、いうわけで首を横に振った。

 

「いや、今日用があったのは…まぁ正直誰でも良かったんだが、丁度いい。バーバラ、今ちょっと空いてるか?」

 

「一応、予定は空いてますけど…」

 

「じゃあ少し調べてほしいことがあるんだが…頼めるか?」

 

バーバラは両の手で握り拳を作ると、

 

「ええ、いいですよ!」

 

そう笑顔で引き受けてくれた。それにしたってこの子、流石に良い子すぎるだろう。俺の人生の中で5本の指に入るな。間違いない。

 

さて、何から聞いたものか…一応、これは聞いておこう。ダインスレイヴを信用していないわけじゃないが、全面的に信用できるような関係でも、まだないからな。

 

「バーバラ、これは調べなくてもいいから普通に答えてくれ。『耕運機』って知ってるか?」

 

バーバラは考える仕草を見せると、首を横に振った。

 

「『耕運機』…?う〜ん…わかんないです…何に使うものなんですか?」

 

「なるほど…いや、この質問は答えだけ知れればいい。ありがとう…それで、本題なんだが」

 

バーバラが煮え切らない表情をしていたのを断腸の思いで何とかスルーし、本題を告げた。

 

「過去に、教会は七天神像を失くしたことはあるか?」

 

「アガレスさん、歴史について聞きに来たんですね。そのことについて最近は話す人もいませんから…」

 

コホン、とバーバラは咳払いをすると、思い出すように言った。

 

「遠い昔、確かにとある七天神像が一夜にして痕跡も残さずに消失したことがあったはずです。当時の教会員で探したみたいなんですけど、結局見つからなかったって…」

 

「……」

 

そういえば、復活してすぐ図書館で見たな…今の今まですっかり忘れていたが、『失われた七天神像』って呼ばれてる事件だったか。少し思い出していたのだが詳しい年代や場所が書いてなかったのを思い出した。

 

「バーバラ、その詳しい年代や場所はわかるか?」

 

「えっ?え〜っと…遠い昔ってことしか…詳しい記録が残ってなくって…」

 

「そうか…わかった」

 

バーバラには悪いが少しだけ考える。まず、神像が現在利用されている点で言えばまず間違いなく盗んだのはアビス教団だろう。加えて、痕跡を残していないのならアビスの使徒の能力で盗んだ可能性もある。まぁ、あの空間を斬り裂く能力でどこまでのものを運べるのか、それは全くの未知数だが。

 

アビスの怪物が出現したのは500年前だからそれ以降だ。加えてバーバラの口振りからするに恐らく100年以上前の出来事だろう。それに、アビスの怪物が出現してすぐアビス教団を結成したとしても様々なことをするのにも時間がかかるだろうし、世界中に散り散りになったであろう仲間を見つけ出さねばならないことも鑑みると、恐らく100年は活動できないし、仮に揃ったとしても七天神像を盗み出すことを考えつくのにもう少しかかるだろう。

 

そうなると…大体の年代は恐らく、300年前から100年前までの200年間に行われたと考えられるな。問題は場所についてだが…こちらは全く当てがない。そちらに関する情報は皆無だからな。

 

熟考をここらで終わりにし、バーバラを見た。彼女は俺の質問を待っているようである。彼女には悪いが、『穢れた逆さ神像』については、やはり話すことはできないだろう。彼女の身の安全のためにも、な。

 

「では…他に変わった出来事なんかはあるか?」

 

再び、バーバラは考える姿勢を見せつつ言った。

 

「変わった出来事…えっと、教会に記録されてるものだと『暴君の遺恨』とかですかね…あ、でも、時期的にはあんまりその七天神像とは関係ないと思いますよ」

 

「『暴君の遺恨』?」

 

知らないな。暴君、と言えば間違いなくデカラビアンのことだろうが…と、バーバラがしっかり説明をしてくれるようだ。

 

「その変わった出来事は、今では『風龍廃墟』って呼ばれるようになった『旧モンド』で起こって、当時はすごく危険だったみたいですよ?」

 

バーバラによれば、近付くだけで天から火の玉が落ちてきたそうだ。そしてそれを『竜巻の魔神』ことデカラビアンの呪いだと考え、『暴君の遺恨』と呼ばれるようになったそうだ。

 

「それで、その奇妙な出来事は一年続いたようなんですけど、どうにもできなくて。結局、時間が経って自然と消滅したらしいんです」

 

…妙だな。デカラビアンは火の玉など吹けない。そこがまずデカラビアンの怨恨によるものではないと考えられる。何より、奴の怨恨は俺が一身に受けている。影響が及ぶとは考えにくい。恐らく、その火の玉とは無関係だろう。

 

「でも、後になって教会は『暴君の遺恨』と竜巻の魔神との関係を否定していて…きっと、何か他の原因があると思うんです…」

 

「それ以外には?」

 

バーバラはまた考え込んでいたが、やがて首を横に振った。

 

「そうか、色々教えてくれて助かった、ありがとう」

 

「『ありがとう』…また面倒事の気配がする言葉が聞こえてきたわね…」

 

と、大聖堂の奥から長身の女性、ロサリアが姿を現した。バーバラがすかさず笑顔で挨拶をしていた。

 

「あ、ロサリアさん、こんにちは」

 

「ロサリア、久しぶりだな。その様子だと元気そうではあるな、いいことだ」

 

俺もすぐにバーバラに倣って挨拶をした。ロサリアは普段通り気怠げな雰囲気を崩さずに告げた。

 

「はぁ…本当に憂鬱ね。また『あの魔物たち』が現れたのよ」

 

「あの魔物たち…?」

 

バーバラはわからなかったらしく、復唱した。ちなみに、俺もわからない。ロサリアはそんな俺達の雰囲気を察して溜息を吐きつつも、教えてくれた。

 

「風魔龍…いえ、トワリンの混乱に乗じてモンドに攻め入ろうとした魔物のことよ」

 

「…なるほど」

 

すぐにわかったが、アビス教団による陽動作戦だろう。トワリンを狙っているのなら風龍廃墟へ彼等は向かうだろうし、一部の者がモンドへ攻め込んできたとしても不思議はない。

 

「それで、何処に居るんだ?」

 

「集まっているのは奔狼領よ。狼達もピリピリしているわ」

 

奔狼領…?読み違えたな。いや、俺が勘違いしていただけか。あくまで計画の第一段階で風魔龍ことトワリンを狙っていたのなら、今は既に第二段階…狙っているのがトワリンではなく…まさか。

 

ロサリアが俺の様子を一瞥してから自身の考えを述べた。

 

「アビス教団は『北風の狼の残魂』を狙っているのかもしれないわね。その目的に関しては、私もわからないけど…」

 

再び、ロサリアは険しい表情をしながら俺を見た。

 

「ジンは勿論、動いているんだろうな?」

 

ロサリアは首肯き、そして自分も裏で動く予定だと告げた。

 

「じ、じゃあ私も…!」

 

と、バーバラはジンの名前を聞いてからそう言った。彼女としてはまぁ…姉が心配なのだろう。だが、ロサリアはすかさず、首を横に振った。

 

「君は教会に残りなさい。ジン団長からのお達しよ。聖職者としての本職を忘れないように」

 

「で、でも…あなただって、聖職者でしょ…」

 

バーバラは苦々しい表情をしながらも珍しくロサリアに反論した。

 

「バーバラ、気持ちは理解できるが…他でもないジンが教会に残れって言ってるんだろう?それは、バーバラを信じてのことだ」

 

俺はジンの意を汲んでバーバラを説得することにした。バーバラはキョトンとして、いまいち意味がわかっていないようだった。

 

「私を…?」

 

「そう、他ならないバーバラを、だ。ジンはそんな信頼を置くバーバラにこそ、自分のいないモンドを守って欲しいと、そう思っているんだろう。何より、ジンはきっと、バーバラのことを心配している。だから教会に残っていてほしいんだろう。お前としても、ジンの意を汲めないのは本意じゃないだろ?」

 

バーバラは少しだけ落ち着いたようで、頷きつつ言った。

 

「わかりました…アガレスさんがそこまで言うなら…でも、気をつけてくださいね。風神の加護が、アガレスさんの安全を守らんことを…」

 

俺は首肯くと、大聖堂を出るべく移動を始めた。ロサリアも俺についてきて耳打ちしてきた。

 

「流石は言いくるめるのが上手いわね。それも長い人生で身に付けたものなのかしら?」

 

失礼なやつだな全く、と思って俺は苦笑しつつ答えた。

 

「まさか、とも言えないが…俺は素直に考えついたことを言ってあげただけだ。そこに言いくるめようとか、そういった打算は全く無いよ」

 

「そう…なら、そういうことにしておくわ。するべきことがあるのでしょう?なら、私は先に奔狼領へ向かっているわね」

 

…なるほど、俺がそこへ行くことも予想できていたか。俺は頷くと、微笑みながら告げた。

 

「ああ、会えるかどうかはわからないが、また後で、と言っておこう」

 

ロサリアは軽く手を振ると去って行った。俺は指輪を一度弾いた。

 

「旅人、聞こえるか…?」

 

これで聞こえてなかったらただの独り言の激しいヤバイやつになってしまうため、声は勿論控えめである。だが、そんな俺の心配も杞憂に終わり、旅人が応えてくれた。

 

『アガレスさん、何かわかったの?』

 

「ああ、あらかた調査は終了した。そっちはどうだ?」

 

ダインスレイヴが一緒なら何の収穫もない、なんてことはないだろう。そして俺の予想通り、旅人は説明してくれた。

 

『うん、最古の耕運機に関しては心当たりがダインにあったみたい…だけど、アビスの使徒が何処に行ったかは結局わからなかった』

 

「そうか…ではこちらの報告をしよう。まず、あれは300年前から100年前にかけて一夜にして盗まれたモンドの七天神像で間違いない。痕跡が一切なかったことからアビス教団によるものと見て間違いもないだろう」

 

向こうから小さく、やはりか、という文言が聞こえたが、無視して続けた。

 

「今何処にいる?」

 

『今は…ダインの心当たりのある場所に向かってる途中で…奔狼領の近くかな』

 

好都合だな。

 

「丁度そこにアビス教団の動きが見られるらしい。奔狼領で待っていてくれ。すぐに向かう」

 

『わ、わかった。ダインにも伝えておくね』

 

それだけ言うと、俺は指輪を再び弾いて通信を切った。さて、これで合流できるだろう。俺は少し嫌な予感を感じつつ、風元素で飛び上がり奔狼領へ向かうのだった。




毎度毎度長めになるのは何とかならんのかね作者…と、思いながら描いてました今回。


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第65話 北風の王狼への儀式

大聖堂を出た俺は、奔狼領へ向かった。シードル湖の湖畔で、旅人達が待っていた。

 

「あ、アガレスさん!こっちこっち!」

 

パイモンと旅人が下で手を振っている。ダインスレイヴは神妙な顔つきでこちらを見上げていた。俺は軽く手を振り返すと下へ降り立った。

 

「状況はどうだ?」

 

俺は三人に聞いた。代表して、パイモンが答えてくれた。

 

「アビスの魔術師はやっぱりかなり多くて…旅人が大体道中のは倒してたぞ。あ、あと…途中でジン団長に会ったぞ…!でも、なんであんなところにいたんだ?」

 

パイモンは理解できていないようで首を傾げながら言っていた。

 

「西風騎士団も動いているのは当然だろう。そういえば、『龍災』の混乱に乗じて、アビス教団の奴らが攻めてきたらしいが…」

 

旅人は普通に頷き、パイモンも特段驚いているようには見えない。つまりは…知っていたのか。なんで俺知らないんだろうむしろ。

 

「その情報を元にして、西風騎士団はアビス教団の調査をしていたようでな。今回の動きの性急さには、そういった背景があるんだ。つまりは、まぁモンドにもきちんと今回の件はしっかり伝わってるってわけだ」

 

なるほど…とパイモンはうんうんと頷いていた。

 

少なくとも、今回の件で西風騎士団ができることはないだろう。首謀者はアビスの使徒と空、逃げられるのは目に見えているからな。ま、そういうわけで。

 

「ダインスレイヴ、アビスの使徒の痕跡は、勿論追えているんだろ?」

 

ダインスレイヴは頷くと、腕を組みながら説明を始めた。

 

「ここへアビス教団のヤツらが集まっているのならその目的は唯一つ、『北風の狼の残魂』だろう。東風の龍と同じように、利用しようとしているのだろう」

 

「じゃあ、早く行かなきゃ」

 

旅人の少し焦燥感に駆られた言葉に、パイモンも同意した。だが、ダインスレイヴは行きたくなさそうだった。その様子に、旅人とパイモンが心配そうに言葉をかけていた。

 

「どうしたんだダイン…?ま、まさか…あのもふもふした生き物が怖いのか…?た、確かに、結構おっきいけど…」

 

「もふもふしてて可愛いから大丈夫だと思うけど…」

 

多分、そういう問題じゃないだろ。ボケてんのか二人共…と、ここぞとばかりに俺はジト目を二人に向けた。勿論、二人は首を傾げるだけである。マジかよ。

 

ダインスレイヴも若干視線に「こいつら何言ってんの?」という感じを出したが、一息つくと、事情を説明し始めた。

 

「『狼』とは全く関係ない。かつての魔神が、七神に仕えているのが気に食わないだけだ」

 

と、いいますと?

 

俺と同様に、旅人達もダインスレイヴの言いたいことがよくわかっていないようだった。だが、ダインスレイヴに話すつもりは、端から無いようである。俺は溜息を一つつくと、ダインスレイヴに言った。

 

「ダインスレイヴ、アビスの使徒はお前がいなければ逃してしまう可能性が高い。まず間違いなく、この先に奴はいるだろう。それでも、お前は行かないというのか?」

 

ダインスレイヴは少しの沈黙の後、それでもと首を横に振った。

 

「人と交流するのは問題ないが…神は違う」

 

ダインスレイヴは俺への視線を幾分か厳しくして旅人に言った。

 

「俺の個人的意見だと思って聞くがいい。いいか、神に対して、いつどんな時でも警戒を怠るな。ヤツらを信じきるな、そして…『簒奪』や『凶行』の道に堕ちるな。たとえ貴様の対峙した『憎き敵』であったとしても」

 

旅人はダインスレイヴの言葉を受けて、俺を見た。その視線には、色々な意味を持たせることが出来るだろう。その視線の意味を、俺は理解できなかった。

 

ってか、それにしたって神が目の前にいる状態で神を信じるなとか言うかね全く…困ったもんだよ。こっちとしては結構エグい心境ではあるんだが…。

 

旅人はそんな俺の様子など歯牙にも掛けず、純粋な疑問を口にした。

 

「…ダインの言葉には矛盾が多い気がするんだけど…どうしてそんなに矛盾しているの?」

 

ダインスレイヴは再び暫しの沈黙の後、過去の教訓とした。

 

「最後に一つ、事実を教えてやろう」

 

そのまま、ダインスレイヴは話を続けていた。

 

「カーンルイアは神によって滅ぼされた国、そしてそれが…アビス教団が七神の国を滅ぼしたいと思っている理由だ」

 

まぁ、大体予想と一緒だな。勿論、旅人とパイモンは驚いていたようだったが。ダインスレイヴは待機しているわけではなく、どうやらアビス教団を掃討するようだ。

 

「で、俺は?」

 

「貴様は旅人と一緒に行くといい。アビス教団に関しては貴様とも因縁があるようだからな」

 

それだけ言うと、ダインスレイヴは去って行った。

 

「あ、行っちゃったぞ…本当におかしな人だな…」

 

「さぁ?そうとも言えないだろう。考え方はまぁ…わからなくもないからな」

 

俺がパイモンの言葉にそう答えると、旅人は少しだけ申し訳無さそうに言った。

 

「神を信じちゃいけない、とか…言われた側はどんな心境なんだろうね…」

 

「いや、まぁ…色々な考えがあるのは理解するし、勿論尊重もしてる。ただ…そうだな、慣れてはいるが、少しやりきれない気持ちも勿論存在してるぞ?」

 

無論、その程度で俺の身の振り方が変わることはないが。ってか。

 

「旅人、お前がそんなに申し訳無さそうにする必要はないだろう。俺のことはいいから、今は目の前のことに集中しようぜ?」

 

旅人は少しだけ落ち込んでいたがすぐに前向きに戻ると一歩を踏み出した。

 

「信用がないなら、避けるしかないもんね…うん、考えても仕方ない!行こうアガレスさん!」

 

ふんすっと鼻息を荒くして旅人は歩いていく。俺はパイモンと顔を見合わせて苦笑いしつつ、旅人についていくのだった。

 

 

 

「───ここは…お前を…歓迎しない」

 

王狼の領地の中央、そこで、狼の残魂たる王狼ボレアスがアビスの力によると思われる鎖に縛られていた。そしてその前にはレザーがいる。

 

なんとなく察していたが…やっぱり来ていたか。無論、アビスの使徒も存在している。

 

「フフフ…残魂の狼にも、跡継ぎを守る習性があったとはな」

 

下卑た笑いをしながらアビスの使徒は言った。

 

「防衛のためか?しかしその実力、魔神の足元にも及ばぬ」

 

アビスの使徒は俺達の存在に、未だ気付いていないようで、ベラベラと色々喋ってくれた。

 

「我々に服従すれば、神に匹敵する力を得られるだろう。過去のようにな」

 

ボレアスはしかしあくまで風神に服従することを選択し、ただただ唸っていた。アビスの使徒は自身の腕についている剣をブンッと振るった。それを見て俺達はレザーとボレアスの前に出た。

 

「レザー、怪我は?」

 

俺はレザーの体を隅々まで見つつ言った。

 

「特に、ない」

 

「なんの儀式なんだ?苦しそうだぞ!トワリンの時と同じ『腐食』か?」

 

パイモンの言う通り、俺はトワリンの時と同じような力を、ボレアスを縛る鎖からは感じていた。どうやらボレアスはレザーや他の狼達を守ってこの鎖に蝕まれたようである。レザーはそのことを知ってか知らずか、苦々しい表情を崩さずに言った。

 

「狼は、屈しない…でも、これ以上は」

 

レザーは恐らく、奔狼領ひいてはボレアスの危機を察知して単独で来たのだろう。恐らく、今頃はエウルアかノエルがレザーを探しているだろうな。

 

「レザー、前に言わなかったか?」

 

俺は刀を抜き放ちながら、未だに苦々しい表情のレザーへ向けて告げてやる。

 

「俺達をいつでも頼っていいってな。ボレアスも、困ったら風神か俺に言えばいいのに」

 

「…貴様だけに…頼るわけには…ゆかぬ」

 

「はいはい、そりゃあ言い訳にしか聞こえないな。わかるか?事が起こってからじゃ遅いんだぜ?」

 

ボレアスは面倒くさかったのか、若干唸った。レザーは俺を見て首を傾げていた。旅人は俺の代わりにアビスの使徒の動向を注視してくれている。アビスの使徒も、なぜか知らないが待ってくれるようだ。とはいえ、もう話すことなんてないが。

 

「ま、そういうわけ、で?アビスの使徒、悪いが計画は阻止させてもらうぞ?」

 

「何度やろうと…無駄な足掻きだ」

 

アビスの使徒は、しかし戦法を変えてヒルチャール、アビスの魔術師を召喚し、配置した。どうやらかなり面倒臭そうである。

 

「旅人はアビスの使徒を頼む。余り時間はかけられないから、雑魚は俺がすぐに消して加勢する。それまで保たせろ、いいな?」

 

旅人にしては珍しく怒っているようで、アビスの使徒を睨みつけ、そしてレザーを一瞥しながら言った。

 

「わかった…大切な友達の家族を奪おうとしてるやつなんかに負けない…!」

 

「よし…では、行くぞ!」

 

俺と旅人はそれぞれ刀、剣を構えると同時に走り出すのだった。




よ、ようやく戦闘パートだ…長かったぜ…

最近は夏休みなんですけどちょっと忙しくて更新が滞っておりますが…そのうち治るはずです…多分…


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第66話 中途半端

今回まじで長いです


今回は例に漏れず、アビスの魔術師がよくやっているような手法でヒルチャール達を呼び出されたようだ。それも、割とかなりの数。少なくとも普通のヒルチャールやヒルチャールシャーマンに加え、暴徒が複数。まぁ、神の目を持っていて尚且日頃から鍛錬していたとしてもこの数には苦戦は必至だろう。

 

まぁ、それはともかくとして。俺は走り出し様に刀に手を掛け、抜刀し、並んで突撃してきていたヒルチャール共の首を飛ばした。その勢いのまま詠唱を開始していたヒルチャールシャーマンを蹴り飛ばし壁に叩きつけたが、そのままシャーマンは絶命したようだ。

 

振り向き様に刀を横薙ぎに振るうと今にも飛びかかってきそうだったヒルチャール暴徒・炎斧は胸辺りに赤い線が走ったかと思うとずり落ちた。俺は左側のヒルチャールを殲滅すべく、再び走り出す。右側は何も言わずとも俺の雰囲気から察しているであろうレザーがなんとかしてくれているはずだ…だよな?と思ってちらっと右を向くとレザーが雷で形作られた狼を背負い、共に攻撃していた。どうやら、ちゃんとやってくれていたらしい。

 

俺はヒルチャールを斬り倒しつつ、アビスの魔術師の攻撃を避けながら横目でシャーマンを流し見た。

 

…回復がウザいなしかし。多少の傷ではヒルチャールシャーマン・水のおかげで回復される。まぁ、一撃で殺せば問題はないのだが、なんと言っても数が多い。ここまでの集団戦闘は久しぶりだし、そもそも前回は回復役なんていなかったから、ちょっと梃子摺るかもしれない。一匹一匹が雑魚であることには変わりないのだが。優先順位的には草元素を付着させてくるシャーマン・草…後は水元素を付着させてくるだけでなく敵の回復まで行うシャーマン・水から倒すのがいいんだろうが…いや、まぁ無理矢理やるか。

 

俺は刀を仕舞うと槍を取り出し、再び向かってくるヒルチャールの頭を纏めて三体程串刺しにした。そのまま槍を地面へ突き刺し、槍を利用して高く飛んだ。ヒルチャールシャーマン・風がいるのを考えると、風元素で自身を浮かせれば多少影響を受けるため、こういった手段を取る他なかったわけだが…。

 

作戦は成功、ヒルチャール達は驚いており、加えて上空にいるため弓や投石しか飛んでこない。まぁ、空中なので避けることはできないが、それでも自力で飛んだこともあって移動し続けている。当たることはないだろう。

 

「氷槍」

 

俺は氷の槍を幾らか生み出すと、ヒルチャール達の後方へ射出した。ものの見事にシャーマンや弓を扱うヒルチャール達は頭を、或いは腹部を貫かれ絶命していった。俺は着地するとすぐに棍棒を生み出してこちらへ向かってきていた正気を取り戻したであろうヒルチャールの頭を叩き潰した。槍をなんで回収しないのか、って?そりゃあ地面に突き刺して尚且かなりの負荷を柄の部分にかけている。回収したところで使い物にはならないだろう。

 

あと、刀だって斬り続ければ切れ味は落ちる。今回はアビスの使徒というボスがいるため、或いは他にも不測の事態に備えるため、最も得意な武器である刀を温存する必要があった。まぁ要するに貧乏性なわけだな。その割には槍は使い捨てにしてるが。

 

左翼側のヒルチャールは残り僅か、右翼側もレザーがかなり数を減らしている。こっちを片付けたら、先にレザーの助けに入ったほうがいいかもな。

 

「アビスの魔術師のシールドはまぁ…丁度水と氷と炎がいるんだし、風元素で割るか…」

 

思わず独り言を漏らしつつ、俺は三体のアビスの魔術師の中央辺り目掛けて手を翳すと、周囲の空気をアビスの魔術師三体の中心辺りに集め、一挙に吸い込み、手を閉じて爆発させた。拡散反応で水、氷、炎がそれぞれ拡散され、シールドが剥げる。後は雑魚同然だ。棍棒を仕舞い、それぞれ氷槍、水槍、炎槍で肉体を貫いて絶命させた。一応これで左翼側は全滅させることができた。

 

そのことに気が付いたのか、アビスの魔術師はある程度の戦力をこちらへ差し向けているようだ。とはいえ、暴徒ばかりで雑魚は一人もいない。木盾二体が前面で俺の攻撃をガードし、炎斧が後ろで炎スライムを利用してしっかりと斧に炎元素を付与していた。こいつら、アビスの魔術師の指揮下にあるからか、賢いようだ。

 

だが、お粗末と言わざるを得ないだろう。その程度で…。

 

「その程度で俺を止められると思われては、なぁ…」

 

しかしまぁ、困ったものだと思う。アビスは、俺のことを舐め腐っているのだろうか?500年前に消滅し、そして復活したから力がない、と本気で考えたのだろうか?或いは俺の持っている力に対しての認識が、共有されていないのかもな。どちらにせよ、今回の一件で俺を侮るようなアビスの怪物はいなくなることだろう。アビスの使徒を一切寄せ付けずに退けているからな。

 

取り敢えず目下の問題はこいつらだ。強がっては見たが、刀を使うには勿体ない。まぁ普通に風元素で炎斧の焔元素を拡散させて木盾を燃やしてそのまま刀で一刀両断、これでなんとかなるだろう多分。

 

俺は刀を仕舞い、本の形をした法器を取り出すと、風元素を活性化させ、炎斧の焔元素を軽く拡散させた。すぐに木盾達は火を消そうとするが、そうはさせじと意味のない攻撃を仕掛ける。

 

盾において最も意味のない攻撃、それは弓による攻撃である。俺は法器をすぐに仕舞って弓と矢を取り出し、二本の矢を特に力も入れずに放った。無論、木盾はこの攻撃に対応するために攻撃を防ぐべく盾を展開した。炎を消されるのはこれで防げただろう。

 

木盾は埒が明かないと察したのか、盾を構えて突撃してきた。炎斧も同様に斧を振り被りながらこちらへ向かってくる。だが…と俺はニヤリと笑って言った。

 

「残念、時間オーバーだ」

 

木盾が炎によって焼け落ち、その炎元素が暴徒に燃え移りかけて二体の暴徒は咄嗟に後退しながら手を離した。それにより、炎斧は足止めを喰らって尚且斧を振れない状態になった。俺はゆらりと刀を生み出しながら居合の姿勢で固まると一気に踏み込み、四体を真っ二つにした。

 

「アガレス…助かった」

 

「おう。家族…いや、ルピカの危機なんだろ?助けるのは当然だ。それより…」

 

俺はアビスの使徒と未だ戦っている旅人を見る。かなり苦戦しているようだが、あの様子なら負けることはないだろう。俺は視線をレザーに戻して言った。

 

「ボレアスについていてやれ」

 

元魔神と言えど、家族のように…というより、大切にしている家族が危険な目に合うのは嫌だろうし、安心させるためにも手の届く範囲に置いておきたいだろう。レザーはコクリと首肯くとボレアスの下へ歩いていった。

 

アビスの使徒はある程度攻撃を喰らっていたが、やがて自身に水元素によるシールドのようなものを張っていた。旅人は現在岩元素だから、あまり削ることはできないだろう。険しい表情をしながら剣を振るったが、水のシールドに阻まれてダメージが通らないようだ。

 

「旅人、こっちは終わった。シールドを削るのは任せろ」

 

「元神アガレス…また貴様か…ッ!」

 

心底忌々しそうに言うアビスの使徒を、俺は鼻で笑った。

 

「余程脅威に認定されているらしいな?全く以てありがたい限りだね」

 

時には煽ることも大切である。怒りは、判断力を低下させ、攻撃を単調にさせることが出来るからな。ま、とはいえ…俺はアビスの使徒を見やった。わなわなと震え、今にも襲いかかってきそうな雰囲気である。

 

勿論、相手の力量を正しく見極めねば、煽ってはいけない。そうでなくても、煽るという行為はあまりしないほうがいい。何故なら、と俺は突撃し、攻撃を仕掛けてきたアビスの使徒を見ながら思う。

 

刀で振るわれた剣を受け流すと、火花が散った。前回戦った時は受け流しても火花が散ることはなかった。それはつまり、向こうが普段よりも力を入れていることを示している。激昂すれば勿論、手加減などしてくれない。後のことを考えない。それはつまり、目の前の相手を絶対に滅ぼすことだけに集中することを意味する。まぁ要は普段より強くなるってことだ。力だけで言えば、だが。

 

「アガレスさんっ!?」

 

旅人の悲鳴のような声に俺は思わず旅人を横目で流し見する。心配そうな表情と、なんとかしてくれるであろうという期待の表情が綯い交ぜになったような表情だった。

 

「ま、任せとけ」

 

「愚弄するか…元神アガレス!」

 

俺の言葉に旅人が何かを返そうとした時に使徒は口を挟んできた。いや、あのさ。

 

「人との会話に口を挟んじゃいけないって習わなかったか?ああ、習うような場所も人もいないのか。と、いうか俺もう元神って呼ばれてないからやめてくんないか?」

 

と、それはもう煽り散らかした。アビスの使徒にしては珍しく、激おこのようである。

 

「貴様だけは…貴様だけは王子様の御為に殺す!」

 

ちなみに、こうして煽るのはこいつが逃げ出せない、という状況を作り出すためである。まぁ、こいつが恥も外聞も気にしないで逃げる可能性は勿論あるが。だからこそダインスレイヴに来て欲しかったのだが。いや、寧ろこちらから移動すればいいのか。俺はアビスの使徒と鍔迫り合いの形に持っていくと、提案をした。

 

「俺が憎いか、アビスの使徒」

 

アビスの使徒は無言だった。だが、その雰囲気から、俺を心底憎んでいることが察せられる。と、いうか顔に書いてあるも同然じゃないか。幾分か剣に込められる力が増した気がした。

 

「ここじゃ邪魔も入る…どうだ?前の遺跡でやり合うってのは」

 

アビスの使徒は俺を弾き飛ばし、冷静さを取り戻したのか、空間を斬り裂いて逃げようとした。なるほど、どうやら俺が来たらすぐに逃げる予定だったのかもしれない。ボレアスの鎖がなくなっている。どうやら、戦っている内に儀式が中断されたらしい。

 

「儀式が中断されたか…運が良かったな」

 

と捨て台詞のように吐き捨てると、空間の中に逃げようとした。が、直後、入る直前に横から何かに殴られたようにアビスの使徒は吹き飛んだ。俺の手には本の形をした法器が存在していた。風元素で空気の塊をぶつけたのである。シールドは解いていたため、モロに攻撃を受けたようだった。俺は吹き飛ばされ、突っ伏しているアビスの使徒へ悠然と歩み寄った。

 

「悪いが逃さん。レザーの大切な家族を誑かし、更には利用しようとした罪は大きい」

 

アビスの使徒は忌々しげに俺を下から睨みつけた。

 

「…貴様、本当は俺を捕まえ、殺すことなど造作もなかったはずだ…何故、それをしなかった」

 

少し考えればわかることだ。俺は逃げられないようにアビスの使徒の頭を踏みつけ、説明を始める。

 

「お前のその空間を移動する能力の解析、それと、手段と目的の調査、後は…今みたいに油断してもらおうと思ってな」

 

空間を斬り裂き、すぐに入り込めば俺とて止められない。だが、今回は捨て台詞を残した。俺に、武器を交換する時間を与えてくれたのだ。法器がなくとも、俺は元素力を操って具現化させられるが、それでも法器を持った時に比べれば火力は勿論、精度も劣る。今回、アビスの使徒が…この際、『ゲート』などと呼称するが、そのゲートを開いた時、膨大な空気を瞬時に集め、そして寸分違わず脇腹辺りにぶつける必要があるとなれば、かなりの威力と精度が求められる。

 

そして武器交換には、多少なりとも時間がかかる。すぐに飛び込まれれば見逃すほどの時間である。逆に言えば、捨て台詞などがあれば充分間に合う時間しかかからない。そして俺は前回奴と戦った時に油断させるためにわざと見逃した。まるで、止める手段がないかのように振る舞ったのだ。

 

「ま、つまり、お前は俺と戦った時点で撒かれた種に、見事に引っかかったってわけだな。さて…」

 

ここからは拷問のお時間だ。アビスの使徒というくらいだ、簡単に吐くことも死ぬこともないだろうが、絶対に目的を吐かせねばならないな。まぁ、逃げられないようにそれ相応の対策をせねばならないだろうが。一番はダインスレイヴに任せることか…。

 

「ッ!!」

 

だが、俺の考えていたようには、どうやらならないらしい。突如、俺の背後から黄金色の刀身を持つ剣が姿を現し、下から迫った。俺はアビスの使徒から足を離しつつ、前方方向に転がりながらすぐに態勢を立て直し、その原因を見やる。

 

旅人が、驚愕に目を見開いていた。斯くいう俺も、勿論目を見開いてその人物を凝視している。しかし、まさか直々に助けに来るとは思わなかった。何より、実の妹の前に姿を現すとは思わなかった。アビスの使徒はすぐにその人物に気が付き、跪いた。

 

「『王子』様…」

 

王子、か。前も殿下、とか呼ばれてたっけ?

 

「そ、その人…もしかして…!」

 

パイモンは旅人との容姿の共通点から色々と察したようで、悲鳴のような叫びを上げていた。旅人は目を見開いたまま、

 

「空ッ!」

 

「蛍…」

 

とそう叫んだ。空はアビスの使徒が少しだけ肩で息をしているのを確認し、俺を、そして旅人を見て呟いた。

 

「やっと…やっと、見つけた…!」

 

旅人は先程の表情から一転して、泣きそうな顔で言い、駆け寄ろうとした。俺はそれを、手で制した。無論、旅人は抗議をしてくる。と、いうか前に空がアビスと繋がっていると言ったはずなんだが。

 

「…先程、旅人の兄、空は俺に攻撃を仕掛けてきた。この意味がわかるか?」

 

まぁ前にも言っているし思い出してくれるだろう。俺の予想通り、旅人はハッとした表情を浮かべ、本当なの?と呟いた。空の気配を感じ取ったか、ダインスレイヴも旅人の隣に並び立った。空はそんなダインスレイヴを見て、

 

「蛍、どうしてダインと一緒に?」

 

「ダインのことを…?」

 

パイモンも旅人も驚いているが、無論俺はこのことを知っている。空がアビスと繋がっていることも、そしてダインスレイヴが空と旅をしていたことも。ダインスレイヴは少し瞑目すると、やがて目を開いて静かに告げた。

 

「…空、また会ったな」

 

「ど、どういうことだ!?ダインがお前のお兄さんの名前を知ってるぞ!?」

 

パイモンは動揺に次ぐ動揺で話が見えてこないようだが、旅人は前の話を思い出したらしい。真剣な表情で俯いていた。空はダインスレイヴと俺、そして旅人を見て言った。

 

「蛍…その人達と一緒にいちゃ駄目だ…その人達は…俺の『敵』」

 

「随分と嫌われたもんだな…アビスに勧誘もされたってのに…」

 

肩を竦めてそう言うと、空に睨まれる。蛇に睨まれた蛙、とはならないが、少し悪寒がする。俺に悪寒を与えられるほどの殺意を、空は瞳に込めていた。

 

「言ってる意味がわからないよ、空!!」

 

「これは言わなければならないんだよ。蛍、ダインと…アガレスと一緒に、アビスを阻止するな」

 

空は先程よりも強い口調と声でそう言った。空は俺に関して詳しくは知らないだろうが、ダインに関しては違ったようで、説明を始めた。どうやら本気で旅人を説得するつもりらしい。

 

「その人…ダインスレイヴは、最後のカーンルイアの宮廷親衛隊『末光の剣』。500年前、彼はカーンルイアの滅亡を阻止できなかった」

 

ダインスレイヴの表情が次第に険しいものへと変わってゆく。それでも尚、空が語るのをやめることはなかった。

 

「その時に不死の呪いをかけられ、荒野を彷徨った…彼が守ろうとした民が、アビスの怪物になるのを見ながら」

 

パイモンがダインスレイヴと空を交互に見ながら言った。

 

「ダインが…カーンルイア人!?500年前に滅びたっていうあの…!?」

 

「…アビスの怪物達は…カーンルイアの『遺民』だ。俺は500年前、彼等を守ることができず、見ていることしかできなかったのは事実だ…」

 

次に、と空は俺を見た。どうやら、俺にも何かを言ってくれるらしい。

 

「彼はこの世界が始まるよりももっと前…いや、平行世界というのが今は正しいのかな。『終焉』を阻止できず、カーンルイアの滅亡によって溢れ出た怪物達や錯乱した人々に世界が蹂躙されるのを見ることしかできなかった」

 

ドクン、と俺の心臓が大きく波打ったのがわかる。空は更に続けた。

 

「守ろうとした世界が、民が、そして友人が蹂躙され、しかし友人の好意に甘えて人生を、世界をやり直し、今度は自らを犠牲にすることしかできなかった」

 

旅人が本当?とばかりにこちらを見る。俺は、よくわからない、と首を横に振った。

 

「やっぱり、覚えていないんだね」

 

「…お前は、俺についてなにか知っているのか?」

 

俺がそう聞いたが、話は終わりだ、とばかりに次の言葉を言った。

 

「君が覚えていなくても、俺やダインは覚えている。それだけは、覚えておいたほうがいいよ。そしてきっと君は最終的に…俺の味方をしてくれる」

 

どうだろうか。空の口振りから察するに、やはり俺は『終焉』によって一度滅びているようだ。だが…カーンルイアという文言と、やり直し、というのはどういうことなのだろうか。

 

「私と一緒に、家に帰ろう!空!!」

 

旅人が懇願した。空は家…と一言呟くと、ここに来て初めて微笑んだ。

 

「うん、勿論、蛍のいる場所が『家』だ。でも…今は駄目だ」

 

アビスの使徒は空間を斬り裂き、ゲートを形成した。空は踵を返し、顔だけ振り返って言った。

 

「『アビス』が神座を下す前に、まだ『天理』との戦いが残っている…」

 

聞いてくれ蛍…と前置きして、空は真剣な表情で告げた。

 

「俺は既に一度旅をした。だから、蛍も俺と同じように旅をして終点に辿り着けば、きっと世界の淀みを見届けることが出来る」

 

アビスの使徒が空間へ空を誘って入っていく。空は呟く。

 

「俺達はいずれ再会する…急ぐことはないんだ、蛍。考える時間は、十分にある」

 

旅人は手を伸ばし、空を引き留めようとしている。先程の言葉について考えていた俺には、それを止める気はなかった。アビスの使徒についていき、空も入っていく。直前に俺を見ると、

 

「俺達には…充分に時間がある」

 

そう言って消えていった。ダインスレイヴが突如走り出し、それに釣られてか、旅人もゲートへ向けて走り出した。しかし、ダインスレイヴの方が幾らか早い。ダインスレイヴはゲートの中へ入ることができたようだったが、旅人はゲートの闇を払っただけだった。間に合わなかったのか、或いは資格がないと入れないのか…。

 

旅人もパイモンも、若干落ち込んでいるようだった。斯くいう俺も、例外ではない。

 

「行っちゃったぞ…」

 

と、パイモン達の会話が耳に入り込んでくる。旅人はまだ、俯いていた。

 

「そ、そんなに落ち込むなよ…お兄さんも再会するって言ってたし…きっとまた会えるぞ!少なくとも…そ、そう!手がかりは見つかった!!」

 

大袈裟にパイモンは言った。だが、その大袈裟さが、今の俺達に必要なものだということには変わりないだろう。俺と旅人は同時に顔を見合わせて少し笑う。パイモンは気恥ずかしそうに顔を赤くしていた。

 

「そうだね、パイモンの言う通り」

 

「ああ、手掛かりは見つかった、それだけでも喜ぶべきだろうな、ありがとうパイモン」

 

まぁ少なくとも、俺も旅人も、目的や過去はどうあれ、ダインや空が関わっていることには変わりない。そして俺の記憶と旅人の兄の情報の突破口にはダインスレイヴも加わったわけだ。

 

「それにしても…あいつらの話、なんだか難しくてオイラには理解できなかったぞ…旅人は、勿論理解できたよな?」

 

「お兄ちゃんだけ見てたから何も聞いてない」

 

思わず、俺とパイモンは吹き出した。いや、パイモンはぷりぷりと怒っているな。

 

「もうっ!せっかくオイラが慰めたのに無駄足みたいじゃないか!!アガレスもなんか言ってやれよ…!」

 

「そうは言ってもな。結構な間探していた人が現れたんだ、こうなるのも当然というか…そもそも、旅人のは冗談だぞ?」

 

そう言って旅人を見た。目を背けている。

 

…え、まじで?ほんとになんも聞いてなかったのか?おい、嘘だろ?

 

「ま、まぁね…!」

 

旅人が冷や汗を流し、目を泳がせながら言った。流石に無理があるだろう。

 

「まぁなにはともあれ…一旦依頼は終了しただろう…戻って情報を整理しようか」

 

旅人と俺は頷き合い、共にボレアスの下へ向かうのだった。しかし依頼の達成が中途半端になってしまったのを、救民団で完璧に依頼をこなしてきた身としては、少しだけ悔やしいと思う俺だった。




長くなりすぎたんで…一旦切ることにしますね…幕間は一応、次回で終わりになるはずです…多分。確約はできませんがね


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第67話 依頼の達成…え、いいの?

ボレアスが繋がれていた鎖だが、勿論跡形もなく消えていた。そしてボレアスへの影響もさして無いようである。レザーは心から安堵しているようで、しかしボレアスを守れなかったことで落ち込んでいるように見えた。

 

「レザー、自分の家族を、大切な者を守れなかったことが悔しいか?」

 

レザーは俺を見て首を傾げたが、やがて首肯いた。俺はレザーの頭に手を置いて微笑む。

 

「それでいい。きっとお前は誰かを守るために、もっと強くなれる。お前がもっと強くなって、そして…次はボレアスを…大切な家族を守ってやれ」

 

レザーは俺の言葉で気の持ちようを変えてくれたようで、決意を込めた瞳をこちらに向けて首肯いた。ボレアスからレザーを任されてからというもの、中々里帰りというものをさせてやれなかったので、暫くここに滞在していてもいいんだぞ?とレザーに提案すると、嬉しそうに首肯いていた。

 

一先ず、アビスの使徒による脅威が去ったとはいえ、結局『最古の耕運機』に関する情報は見つからなかったし、そもそもの問題も解決していない。まだ依頼が達成したとは言えないだろう。何でもいいから『最古の耕運機』に関する情報を調べるべきだろうな。

 

「旅人、一旦モンドに戻ろう。ボレアス達との交渉や保障に関してはジンがなんとかしてくれるだろうさ」

 

ジンがいないことを見越して旅人にそう言った俺は旅人が苦笑するのを見てから後ろを振り返った。ジンが立っていた。俺はそのまま一回転───

 

「まぁ待てアガレス」

 

───しようとして、無理矢理正面を向かされた。ジンの額には青筋が浮かんでいた。俺は冷や汗を流すことしかできない。

 

「さあ、お前にも交渉とかは手伝ってもらうからな…」

 

「ま、まぁ待て…色々代理団長としての立場とか色々あるだろ?お、俺はお暇しようかなぁ、なんて…」

 

「悪いがアガレス…事態の当事者として、君には説明責任がある…今日という今日は逃げることは許さんぞ…!」

 

どうやら逃げられないようだ。俺は泣く泣くその場に残ると、ジンとボレアスのやりとりをボーッと見つつ、偶にこちらに話しが振られたときだけ補足説明や状況に対する同意を行った。ジンは一通り書類に纏めると、キッとこちらを見た。

 

「それで、アガレス…どうしてモンドに帰ってきて挨拶に来てくれなかったんだ?」

 

「い、いや…一番の理由は忙しかったからだな…」

 

「前回のシューベルト・ローレンスによるモンド城襲撃の際も私のところに来てくれなかったじゃないか」

 

面目次第もございません、としか言えない。と、いうかここ最近は色々なことが立て続けに起こり過ぎな気がする。璃月港から帰ってきて一息つきたかったのにすぐにシューベルトが暴れるし、その後はすぐにダインスレイヴからの依頼に奔走していた。

 

「モンドの皆から聞いたぞ…挨拶回りをしっかりしていたそうじゃないか。それなのに私の時は不在だからと諦めたのか?旅人はあの後ちゃんと来てくれたぞ?」

 

誘えよ。忘れてたよすっかり。お陰で今私怨をぶつけられてるよ。ジンは本気ではないようだが、少し怒っているようだった。

 

「…百歩譲って挨拶に来なかったことはいいが…どうして来てくれなかったんだ…?」

 

ジンは怒りを通り越して落ち込んでいるようだった。俺は一息つくと、口を開こうとして横から旅人に横槍を入れられた。

 

「話を聞いてたんですけど…アガレスさん、結構本当に忙しそうにしてて…別に忘れたとかではないと思いますよ」

 

旅人ナイスフォローすぎる。こういう場合、当事者側から説明しても信じてもらえない場合が多い。相手も自分も信頼している相手が行動を証明してくれた時以上に嬉しいことはないな。

 

「お、オイラもそう思うぞ!!というかアガレス、むしろ聞きたいんだけど…休まなくていいのか?」

 

パイモンも旅人の言葉に同意しつつ、話を変える方向のようだ。良い判断だ、パイモン!とばかりに俺はジンに見えないようにパイモンにサムズアップした。パイモンも笑顔で返してくれた。最初はパイモンのことも怪しいと思っていたが、ここまで何もしていないので恐らく大丈夫だと判断している。それでも、警戒を怠ることは勿論ないが。

 

俺はパイモンの問に至極当然とばかりに答えた。

 

「神は休息を必要としない…が、最近は働きすぎだ。休みたい」

 

「ほ、本音が出てるぞ…」

 

聞いておいてなんだよ、と思ったが口にはしない。パイモンはあまりに休んでいないであろう俺を心配してるだけだろう。旅人も同様に心配そうに目尻を下げて俺を見ていた。

 

よしっ、とばかりにジンは手を叩いた。

 

「明日は私も皆に休むように言われていてな…どうせ騎士団本部から締め出されるだろうし、アガレス、君の仕事を肩代わりして───」

 

「そんなに仕事したいか!?休めって言われてるんだろ?仕事させるわけにはいかないな」

 

思わず声を荒げかけた()が、最後は冷静に返した。俺のその言葉に対してジンは少し落ち込んでいた。

 

「そ、そうか…妙案だと思ったんだが…」

 

「休めと言われても何をすればいいのかわからないのもわかるが…そうだな、風立ちの地で風の音に耳を傾けながら寝っ転がるのなんか最高だと思うんだが」

 

「む…そうか、それは興味深い…試してみよう」

 

それはそうと、とジンは話を切り替えるようだ。ジンは旅人を見て言った。

 

「旅人、君の旅の目的から察するに、次の国は稲妻だろう」

 

旅人は首肯いた。ジンは険しい表情をしながら言った。

 

「しかし、稲妻は現在、スネージナヤと戦争状態にあるんだ。国際秩序が不安定な今はあまり行くことをオススメできないのだが───」

 

「団長!!団長はいらっしゃいますか!!」

 

ジンの話の途中でジンを呼ぶ声が聞こえてきた。ジンは困ったように笑うと、

 

「すまない、話はまた今度になってしまうな」

 

「いえ、大丈夫ですよ。今度また正式に伺いますね」

 

旅人とジンは顔を見合わせて微笑んでいた。ジンは報告に来た西風騎士から話を聞いていた。俺は特段話すこともないので黙っていたが、不意にジンに呼ばれたので、生返事を返す。ジンは俺の生返事に驚いているようだったが、すぐに真剣な表情で告げた。

 

「あとで大団長室に来てくれ。そうだな…多分、二時間後くらいでよろしく頼む」

 

代理団長直々のご指名、か…勿論、断れるはずもないので俺は了承し、そのまま一旦はジンと別れるのだった。

 

「それじゃあ旅人、俺はモンドに戻る。もうすぐ夜だし、遅くなりすぎるなよ?」

 

「うん、次会うのは稲妻に行く時かな…またね」

 

「またな!アガレス!!」

 

俺は二人とも別れて一足先にモンドへ帰還するのだった。

 

 

 

一時間ほどしてからモンドへ帰ると、一通の手紙が救民団本部のポストに入っていた。差出人は全く書かれておらず、俺は若干不審に思っていたが、今本部には不測の事態に備えてノエルしかいない。そのノエルが言うには、誰かが来た気配は全くしなかったらしい。

 

俺は手紙の封を切って中の本文の書かれた紙を見た。そして俺は手紙の内容に、思わず驚愕を隠せずにはいられなかった。

 

手紙の内容としては、というか差出人はダインスレイヴからだった。内容は『最古の耕運機の目』に関することだった。あの後中に入ったはいいが、層岩巨淵の一角に気が付いたら放り出されており、最古の耕運機の存在を思い出したダインスレイヴは心当たりのある風龍廃墟へ向かったそうだ。そこで最古の耕運機の目を無事回収できたためそれに関しての心配はない、という旨が書いてある。そして、アビスの使徒は完全に痕跡を隠蔽し、行方不明になってしまった。報酬をこの手紙に入れて今回の依頼は達成とすることも書かれている。

 

え、いいの?なんて思ってしまった。アビスの使徒を探し出し、計画を止めたはいいが、正直謎ばかり残る結果となってしまったからな。結局、穢れた逆さ神像もどうにかできていないしな。かといって、俺が介入してしまえばどんな影響があるかがわからない。正直に言えば、破壊してしまいたいが、それができない現状では手出しをしない、ということしかできないだろう。

 

それにしても、報酬か。俺はなんだかよくわからない十字で虹色の石を大量に受け取った。なんというか、使い道がわからんな。前に旅人がこれを見て祈願がどうのと言っていた記憶はあるが…。

 

俺は指輪を弾いて旅人を呼び出した。少ししてから返答があった。旅人の声は心做しか、力強かった。実際に兄と色々話して吹っ切れたのかもな。そう言えばこの指輪もう一セットくらいあればモラクスにも渡せるんだが…いや、将来のことを考えるともう二セットは欲しい。頑張って探してみるか…昔はどこで見つけたんだったか…。

 

「ダインスレイヴから手紙が来てな。『最古の耕運機の目』を見つけて、保護したそうだ。一応、依頼達成と言われている」

 

『え、そうなの?私てっきり依頼失敗になると思ってた』

 

同感だ、とばかりに俺は見えてもいないだろうが首肯いた。

 

「それでだな…渡された報酬が俺には扱い方がわからないもんで…旅人に貰ってくれないかと思ってな」

 

小さめの石が小さい袋の中に大量に入っている様は結構びっくりした。旅人は状況がわかっていないようで、通信越しでも首を傾げているのがわかるくらいに感情を声に乗せて言った。

 

『えっと…どういうものなの?』

 

「色は虹色、形は十字だな。小さい石のようだが…」

 

『本当にいいんですか!?ありがとうございます!!』

 

即答だった。俺でも若干引くレベルである。俺は気持ちを切り替えるべく溜息を一つつくと、見えてもいないのにこれまた笑顔で言った。

 

「そうか、じゃあ今度救民団によってくれ。その時に…このなんかよくわかんない石…多分1600個はあるな…何に使うんだこれ…まぁいい。これを渡すから」

 

『1600!?ダインも太っ腹だなぁ…!すぐ行きます!!』

 

それだけ言うと、旅人との通信は終わった。俺は苦笑しながら指輪を弾いて通信を切った。俺は取り敢えず情報を大量に得て未だに若干混乱気味の頭を落ち着かせるべく、ソファに座り込むのだった。

 

〜〜〜〜

 

おまけ

 

旅人「ダインから貰ったこの原石…決して無駄にはしない…ッ!!」

 

アガレス「なんでちょっと中二入ってんだよ」

 

旅人「ふっ…ふふ…アガレスピックアップの時に私の全財産を投げ打ったのにも関わらず星5はディルックさんだけ…今度こそは…今度こそはあああ!!」

 

アガレス「パイモン…こいつは何を言ってるんだ?」

 

パイモン「オイラに聞くなよ…てか、祈願するときの旅人は常にこんな感じだぞ」

 

アガレス「末恐ろしいな…それで、今のピックアップは?」

 

旅人「ふっふっふー…聞いて驚かないでね…なんと!!アガレスさんがピックアップなのだー!!」

 

アガレス・パイモン「……」

 

旅人「あの雪辱を…私の諭吉を吸い込んでいったあのアガレスさんを…今度は振り向かせてみせるよーっ!!」

 

アガレス「本編とキャラ違いすぎるだろ巫山戯てんのか作者」

 

パイモン「メタ発言がすぎるぞ…」

 

旅人「レッツラゴーッ!!」

 

〜〜星5演出〜〜

 

旅人「……」ブツブツ

 

アガレス「ヒッ…」

 

パイモン「ずっとディルックだけは来るなって言ってるぞ…よっぽどすり抜けが堪えたんだな…」

 

〜〜星5、アガレス〜〜

 

旅人「」

 

アガレス「俺が来てるのなんか複雑な気分だな…」

 

パイモン「た、旅人…?あれっ!?旅人が息してないぞ!?」

 

アガレス「ま、不味い…衛生兵ー!!」

 

※おまけの物語は勿論フィクションです。実在する企業・団体には一切の関係はないですが、一部の方々にはあったりなかったり…。




というおまけ第二弾でした。祈願に関しては誰もが経験あるんじゃないでしょうか…そう、すり抜けっていう闇にね。

すり抜けも嬉しいんですけどね〜…なんというか、微課金や無課金の方々の方がかなりショックはでかい気がします。


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第三章 稲妻
第68話 プロローグ


というわけで、第三章です


───『終焉』を止めるために、俺が犠牲になろう。

 

彼と最後にあった日、彼は確かに私、いえ、私達にそう告げた。500年前のあの日、眞が親交のあった『八神』の中の三人を稲妻へ呼んだ日。私に、彼は確かにそう告げたのだ。

 

───『終焉』を止めるためには神一柱を犠牲にエネルギーが必要なんだ。そしてそれは、国を、民を持つお前たちにはできないだろ?これは、俺にしかできないことだ。

 

そう言って彼は陽気に笑った。世界と世界の喧嘩を止めるだけ、と彼は軽く言ってのけた。そんなわけがない。神々の喧嘩と世界同士の喧嘩では規模が全く違う。それでも彼は、行くと言って聞かなかった。

 

───それでも、俺はこの世界に住まう民の笑顔のために、喜んで犠牲になるよ。

 

駄目だと言おうが、彼は困ったように笑って私達を愛しているから、犠牲になってほしくないと言った。それは私達だって同じだ。私達のムードメーカー的存在であり、そして国家間の喧嘩に発展しないようにといつも立ち回ってくれていた彼を、嫌いであるはずがない。

 

───せめてお前達がこの先も生きていけるようにはしてやりたい。それが、じきに死ぬ俺の役目だ。

 

そう言って彼は寂しそうに笑う。笑わないで欲しい。私達は、絶対に笑えない。眞がアガレスの代わりに行こうとしているのを、私は唖然として見ることしかできなかった。そしてそれでも、彼はその役目を全うすると言っていた。

 

───儚い景色であることを知っているからこそ、一層楽しむべきじゃないか?

 

桜を見て、彼はそう言っていたのを眞が耳にしていたようですが、私には未だに少ししか理解ができません。眞はその意味を理解していたようですが…。

 

あれから、500年。私と眞はずっと彼が目覚めるのを待っていた。けれど、稲妻でのファデュイの動向が活発化し、国際的な緊張度が高まっていた。

 

───彼女にもなにかの考えがあるのでしょう…私はそれを知らねばなりません。影、もしもの時は、私を…いえ、稲妻を頼みます。

 

眞はそう言って一人でスネージナヤへ向かい、そして…ファデュイの執行官に眞は深い傷を負わされ、帰ってきた。彼等の目的を、眞は『神の心』だと言っていた。眞の神の心は、神子に預けていたので無事だったけれど、眞は暫く療養することになっている。

 

対外的に流した情報では眞は矢面に立ったことにしているけれど、実際は一人でスネージナヤに行ってしまっている。流石に、この事実を公にする訳にはいかなかった。

 

眞から神の心を得られないとわかったファデュイが私達へ戦争を仕掛けてくるのは、道理だった。あれから三年、離島に攻め込んできたファデュイは内部から離島を崩壊させ、現在はファデュイが稲妻に構える有数の拠点となっている。ある意味では、あそこさえ落とせば私達の勝利ではある。けれど、戦時条約によって私の参戦は禁止されていた。稲妻がファデュイに苦戦を強いられているのはそれが要因だし、そして彼等はそれでなくとも強い。苦戦するのは道理だった。

 

「将軍様、モンドと璃月の使者がお見えになっておりますが…如何がなさいますか?」

 

「…これは稲妻の戦、即刻立ち退くように要求しなさい」

 

私がここまで頑固に『鎖国』というものに拘っているのは、眞にこの国を任されたからというだけではなく、彼が戻ってくるまで、彼が愛したこの国を、この世界を護らねばならないと感じていたからだ。親交はあるとはいえモンドも璃月も他国。戦争で援軍を送ったことを傘に大きな態度を取るかもしれない。それが、私は嫌だったのだ。それに、『鎖国』をしていないと工作員が紛れ込みかねない。だから、多少民の暮らしが困窮しようと『鎖国』を解除するわけにはいかなかった。

 

思えば『永遠』のみを追い求めていた昔と今とでは大きな違いがあると、私は自覚している。変質したのはいつからだろうか。眞が昏睡状態になってから?それとも、500年前、彼がいなくなってしまってからだろうか。どちらにせよ、私は『鎖国』を解除する気はなかった。

 

「し、しかし…」

 

報告に来た武士はしかし何かを言い淀んでいるようだった。

 

「構いません、申してみなさい」

 

「はっ…その、使者というのが…モンドの風神、璃月の岩神なのです」

 

思わず、武士の言葉に私は目を見開かずにはいられなかった。そして少し考え、告げる。

 

「受け入れの準備をして下さい。稲妻城の正面の庭が丁度いいと思います」

 

「恐れながら将軍様、巨大な蒼き龍に乗っている故、少し手狭かと…」

 

私は少しばかり驚きつつも平静さを保って言う。

 

「では稲妻城の郊外にある程度兵を集めて下さい。私も出ます」

 

「し、将軍様御自ら、でございますか?」

 

「なにか問題でも?」

 

私はわからずに首を傾げた。武士は慌てた様子でご命令どおりに、と言って去って行った。私の命令を実行してくれるようである。

 

「では…私も出迎えの準備をせねばなりませんね」

 

あの二人には悪いのですが、ある程度あしらってお帰り願うとしましょう。

 

 

 

あまりに展開が早すぎて呆然としてしまったのも仕方がないでしょう。しかし、今は私も眞の代わりに稲妻を任された身。この程度で狼狽えていては…。

 

事は稲妻城郊外に使節団を受け入れるために外出したところまで遡る。私は蒼き巨龍───トワリンの背に乗る二人の旧友を見る。モンドの風神バルバトスと璃月の岩神モラクスだ。

 

「突然押しかけてしまってすまない、雷電影」

 

「ごめんね、ちょっと火急の用事があってさー」

 

二人はトワリンの背から降りてきつつ、先ずは私へ謝罪してきた。

 

「お二人共、お久しぶりです。あまり時間は取れないので…」

 

「ああ、そうだろう。早速話をしたいのだが、いいか?」

 

バルバトスもモラクスも多少の表情の機微はあるが、その表情や行動から感情や考えていることを理解することは難しそうだ。

 

国としての面子を考えるのなら、他国のとはいえ神が自らが来たのですし、追い返すわけにもいかないでしょう。私は了承の返事をするべく、口を開いて声を発した。

 

 

 

そのまま私は二人を稲妻城へ招き、一室で会談を執り行う運びとなった。それぞれ席につき、まず発言したのはバルバトスだった。

 

「じゃあ事前の取り決め通り、僕から発言させてもらうね」

 

事前の取り決め?と疑問に思う私だったが、口には出さず、バルバトスかモラクスの次の言葉を待った。

 

「『自由』の国、モンドは非公式に稲妻へ援軍を送ることを提案する」

 

「同じく、『契約』の国、璃月も非公式に稲妻へ援軍を送ることを提案する」

 

二人の言っている意味が少しの間理解できず呆然としていたが、すぐに思わず、と言った形で声を上げた。

 

「…本気なのですか?稲妻は現在鎖国中、民も我々の国だけで戦争に打ち勝とうとしています。しかもどの国も三年もの間全くと言っていいほどに援助をしてきませんでした。であるのに今更援軍というのは虫が良すぎるのでは?」

 

稲妻は周辺国、特にモンドと璃月とは関係を良好にしていた。けれど、戦争状態に入っても援助は期待できなかった。今思えば色々な要因が存在していたけれど、今更援軍というのもおかしな話としか思えない。

 

モラクスは困ったように笑いながら言う。

 

「だから言っているだろう。非公式に援軍を送る、と」

 

割と気が動転していた私は非公式、という部分を忘れていた。バルバトスは補足説明をするかのように口を開いた。

 

「今回とある人の依頼で援軍っていう立ち位置が必要なんだよね。まぁ飾らないで言えば、どうしても稲妻に渡らなきゃならないから協力してほしいって言われたんだよね」

 

なるほど、二人は…というか主にバルバトスが、だが彼は元々風神という地位にいながら国を見守るだけの存在に過ぎなかった。けれど、バルバトスは何らかの心変わりによって助言役という形で国に戻ってきた。モラクスは変わっていないようだけれど。こういう時に外界で何があったのかがわからないから『鎖国』は不便なのだ。

 

いまいちわかっていないと思われたのか、モラクスが外で起きていることについて説明してくれた。

 

「まずモンド、璃月共にファデュイの工作を受け、いずれも戦争状態に突入、両国とも今や完全に国交を断っている。どれも一年以内に起きたことだ」

 

一年以内に戦争に勝利するなど前代未聞だ、というのは置いておき、両国、特に璃月がスネージナヤとの国交を断ったことには驚いた。璃月は訪れる商人が多ければ多いほど潤い、富が沈着していく国だ。そんな国が国交を断つとは驚きだ。

 

「そういうわけでこちらにも稲妻を救う理由ができた、というのもある。元々、個人としては稲妻を見捨てるのは本意ではなかったしな」

 

「そういうことだよ。ついでだから、稲妻に行きたがっている二人を援軍として送ればいいんじゃないかってなってね」

 

まぁ正直、非公式ということであれば問題はないのだけれど…その言葉を鵜呑みにしていいかどうか、という私の猜疑心が伝わったのか、二人は顔を見合わせて苦笑した。

 

「一応、国としてちゃんとした援軍を出すことも考えはしたんだけど、それじゃあ稲妻の民が納得しないかなって。だから潜り込ませても良かったんだけど…わざわざ僕達がここで正式…ではないけれど、こうして援軍の話を非公式にする必要性はないと思うんだけど…どうかな?」

 

筋は通っている。今一度、旧友を信じてみることに、私は決めた。もし騙し討ちなどを考えていたのなら私が排除すればいいだけ、とも思っているし。

 

「それでは…わかりました。それで、その援軍とやらはどうやって来るのですか?というか腕は確かなんですよね?」

 

流石に二人程度増えたところで大勢に変化はないと思っているけれど、念の為そう聞いておいた。

 

「う〜ん…一人は既に乗せてきてるんだけど…今頃はトワリンとゆっくりしてそうな予感がするね。ちなみに実力は僕もじいさんも保証するよ」

 

「まぁ、この会談にも来たがっていたが、それは流石に遠慮させてもらった。会談どころではなくなるだろうからな」

 

二人揃ってなんの話をしているのだろうか?私はわからずに首を傾げていると、私を呼ぶ声が扉の外から聞こえてきた。

 

「すみません、少し失礼します」

 

私は二人にそう言うと部屋を出て跪いている武士に何があったのかを問うた。すると、慌てた様子で捲し立ててきた。

 

「稲妻城郊外にファデュイが出現!何とか警備兵だけで持ち堪えていますが、これ以上は…!」

 

「…すぐに増援を派遣しなさい。稲妻城の護りが多少手薄になっても構いません」

 

武士は私の命令に返事をするとすぐに行動を開始すべく天領奉行所へ向かうようだ。私は溜息を一つ吐くと部屋へ戻った。部屋へ戻ると、バルバトスとモラクスの二人が睨み合っていた。どういう状況なのかわからずに放置していると、

 

「影、何かあったのか?」

 

不意にモラクスが私にそう問うてきたので、私は素直に答えることにした。

 

「稲妻城郊外にファデュイの軍勢が出現したようです。恐らくトワリンを見て危機感を覚えたのでしょう」

 

雲の上を飛んできたから目立たないはずだけど…とか言っているバルバトスは無視しつつ、何故か苦笑しているモラクスを見やる。モラクスは私の視線に気が付き、腕を組みながら言った。

 

「我々には仕事があるからな。ここらでお暇させてもらうとしよう」

 

モラクスの言葉に違和感を持っていた私はそれを聞くために口を開こうとする。が、続いてバルバトスも口を開いて同じようなことを言った。

 

「この状況で帰るのですか…?結局、援軍に来てくれた者の存在も不明なままですし…」

 

バルバトスがポリポリと頬を掻きながら言う。

 

「その…ファデュイは郊外に出てきたんだよね?僕達がトワリンから降りたのもそこだから、多分否が応でも誰かはわかると思うんだよね」

 

「───将軍様!いらっしゃいますか!?」

 

と、再び扉の外から私を呼ぶ声が聞こえてきた。先程よりもかなり慌てているように見える。

 

「今度は何事ですか」

 

「そ、その…黒衣に銀髪の男が現れ、突如ファデュイを蹴散らし始めまして…その、なんというか筆舌に尽くし難い戦闘でした。恐らく、使者殿の護衛の方かと思うのですが…」

 

銀髪に、黒衣?と思ってバルバトスとモラクスを交互に見た。二人はただ微笑むだけで、何も言わない。気が付けば稲妻城郊外へ向けて私は走り出していた。

 

「しっ、将軍様!?危険です!!どうかお止め下さい!」

 

そんな声が背後から聞こえてきたが、私にとってはどうでもいいことだった。5分ほど、少し息が切れるまで走ってようやく、稲妻城郊外の先程の場所まで辿り着いた。見ればトワリンは姿を消し、しかし場には尻餅をついていたり、武器を持って呆然と一点を見つめている武士が存在していた。けれど私に、稲妻城を守る武士としてのあるべき姿とはかけ離れていることを責める資格はないだろう。私もその武士達同様に見入ってしまっていたから。

 

ファデュイの巨大な槌を持った雷元素を扱う兵の攻撃を一回転して躱し槌の上に立って踏み込み首を切り飛ばし、背後から振るわれた暗殺者の刀を手にした刀で受け流して蹴り飛ばし、すぐに振り返って刀を振るって再び背後から現れた暗殺者を真っ二つにしている。

 

その光景は戦闘というより、剣舞に近いものがあった。洗練され、かつ完成された戦闘姿勢が、私達にそういった印象を植え付けていたことは間違いないだろう。

 

「───」

 

ボソッと彼が何かを呟いたタイミングでその場に残っていたファデュイの兵士に雷が直撃し、怯んでいる兵士の真っ只中に彼は踊り込んで一人、また一人と斬り捨てていく。そしてファデュイが撤退するまでに、然程時間はかからなかった。

 

「逃げたか…ま、稲妻にも俺がいることを知らしめて貰えればそれだけで圧力にはなり得るが…それにしたって俺相手に戦略兵器とか持ってこられても困るし、正直言えばあんまり正体バレはしたくないんだよなぁ…」

 

血の付着した刀を一度振るってそれを落とすと鞘に仕舞うようにして刀を仕舞った。そうしてこちらを振り向く。彼は高身長で、黒衣と銀髪が特徴的で、瞳が異様に赤かった。そして私の記憶の中に、その外見の特徴を持つ人は、一人しかいない。

 

「旅人が来るのは明日か明後日になるらしいし…それまでは一人行動か…ま、それより。稲妻の武士の皆さーん、非公式ですが援ぐん…が…?」

 

彼の視線が、武士から私に来た途端動かなくなり、そして真剣な表情へと変わった。いや、あれは…感極まってるけどそれを表に出さないようにしている、というべきですね。彼はやがて震える口を開いて声を発した。

 

「…元気、かどうかは別として…久しぶりだな、影」

 

やっぱり、間違えようがなかった。あの声も、外見も、話し方…は少し変わったようだけど、やっぱりそうだ。私は駆け出し、彼の胸に飛び込んだ。人外の膂力である私の力は、到底普通の人間では受け止めることはできないだろう。けれど、彼はしっかりと私の体を受け止めていた。

 

私は彼がしっかり生きていることを確認すると嬉し涙を流しながら言った。

 

「ええ、お久しぶりですね───アガレス」

 

今は、今だけは全てを忘れて彼が戻ってきたことの喜びに打ち震えるのだった。彼は困ったように笑うと、

 

「ああ、改めて久しぶり、影」

 

そう言うのだった。




さて…大体稲妻編は戦闘メインです。まぁ…戦闘描写の練習をしたいというのが本音の部分です。

なんてったって下手ですからね!はっはっは!!

アガレス「それを誇る辺り本当にどうかしてると思うわ」

…私もだよ。

という申し訳程度のおまけでした。


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第69話 この状況、どうしたもんか?

今回の話はアガレス側で何があったのか、というお話ですね。まぁ、時は〇〇まで遡るってやつですね


アビスの使徒と戦ってから二時間後、俺は西風騎士団本部の大団長室にやって来ていた。三回部屋をノックし、ドアを開けると中ではジンが待っており、加えて…

 

「───お邪魔してるよ〜」

 

どこぞの呑兵衛がいたので、扉をそっ閉じした。とはいえ、すぐにその扉はその呑兵衛によって開かれることになったが。

 

「なんで僕を見た途端閉めたんだい?」

 

「…お前のお陰で出費がここ最近嵩張ってるんだよ…お陰で救民団の貯金が若干減っただろうが!!」

 

主にお前の酒代でな!!と俺は叫びたくなるのを我慢しつつ、ジンを見る。どうやら、バルバトスを呼んだのは彼女のようだ。俺は現状に嘆息しつつ、部屋の中に入って席についた。ジンはそれを見てから話を始めた。

 

「それでアガレス。稲妻へ渡りたがっていると聞いたのだが」

 

「ああ、その通りだ。お前は俺が神だと知っているから話すが、雷神は古い友人でね。困っているのなら助けてやりたい。ついでに、旅人…栄誉騎士の願いも叶えてやりたいからな」

 

俺は旧友に会える、そして旅人は旅が前進する、これぞ正に一石二鳥というべきだろう。しかし、問題は多々ある。それらを、ジンが改めて説明してくれるようだ。まぁ偶に神として出てくるモラクスとかよりも、実際に国家を運営している方が情報を持っているだろうし、と思って耳を傾ける。

 

「稲妻が戦争状態にあるのは知っているだろう?稲妻はスパイが入り込むのを恐れて『鎖国』をしている、という情報もある」

 

そりゃあ多分そうだな。攻撃されているのに他所の国と交流を続けるなんてことは不可能だし…何より、商人をスパイとして送り込むのなんかはファデュイの常套手段だからな。

 

ジンは更に続けた。

 

「雷電将軍が士気を上げるため矢面に立ち、負傷して現在は稲妻城で療養しているらしい」

 

眞ならやりかねないとも思うが、まず間違いなくそんなことはしないだろう。彼女はかなり柔和な考えを持ってはいるが、無意味なことはしない…そういうイメージがある。となるとこの情報は稲妻側が何かを隠すために流した嘘という可能性が高いな。

 

「それより、稲妻は『鎖国』中だ。どうやって入国する?」

 

「まさか密入国をするわけにもいかないからね。けれど、そこはアガレスなりに考えがあるみたいだよ」

 

と、バルバトスが俺を見るので一応の展望を口にする。

 

「準備とかには時間がかかるだろうが、モンド、璃月共にスネージナヤとの関係は険悪と言って差し支えないだろう?今なら援軍を送ってもなんら可怪しくないし、国際社会でも悪くは見られないだろう。そういうわけでモンドからは栄誉騎士である旅人を、璃月からは英雄である俺を援軍として出すことにしてほしいってのが現状だな」

 

一応説明は終えたが、やはりというべきかジンは険しい表情をしていた。

 

「恐らく難しいだろう…勿論、モンドとて稲妻に援軍を送ろうとしたことはある…だが、その時は頑として聞き入れてくれなかったからな。そもそも、どこにその援軍を受け入れる場所があるかも不透明だ」

 

離島は占拠されているからな。どこにその援軍を受け入れる場所があるのか、というのは確かにわからないか。そう言えば海祇島には幕府とは別の勢力がいるんだったか。バルバトスもモラクスもあまり関心を持っていなかったようだが、今はどうなっているのだろうか。確かあの場所に住む民は元々地底に住んでいていつの間にか地上にいたんだよな。あの時は少し前までなかった集落ができていて驚いた記憶がある。

 

詳しい事情までは覚えていないが、暫く海祇島に馴染むまで俺が色々な支援を行っていたことを覚えている。昔はかなり感謝されたが、今は忘れ去られているし、期待はできないか。

 

「それなんだけど、最悪アガレスだけでも向こうに送り届けるからね」

 

俺とジンの視線がバルバトスに釘付けになった。見られている当の本人は全く気にしていないようで、特段表情も変えずにそのまま話した。

 

「ジン、君も知っていると思うけれど、僕とアガレス、そしてじいさん…ああ、ごめん、モラクスと稲妻の雷電将軍は昔結構親しかったんだ。僕の、そう一番の親友であるアガレスの願いだから彼を優先するのは当然だよ。国としては問題ないと思うけどね」

 

どうせ非公式な援軍だし、とバルバトスは付け加えた。非公式な援軍か…それならあまり角が立たずに済むのかもしれないが…。

 

「だがそれは…そう、モンドと璃月の、いわば水面下の共同作業のようなものだろう?非公式とはいえ、『鎖国』中の稲妻の説得はかなり難航すると思うが…」

 

ジンは顎に手を当てながらそう言った。これに関してもどうするかは、前回バルバトス、モラクス、俺の三人で話し合った時に決めている。バルバトスが説明するべく、声を発した。

 

「説得には僕とモラクス、そして───」

 

真剣な表情で俺を見てから、ジンに視線を戻した。

 

「───アガレスも連れて行く」

 

「む、旅人は連れて行かないのか?」

 

それなんだがな、と俺は前置きしてから腕を組んで言う。バルバトスにはこの辺の事情を事前に伝えてあった。

 

「ここ二時間の間に起こったんだが、旅人は璃月が稲妻まで責任を持って運ぶらしい。なんとまあ不思議なことにモンドからの援軍が璃月から、そして璃月からの援軍がモンドから送られることになってるんだよ」

 

勿論、これはある意味ではお互いの信用確認みたいなところもあってのことらしい。璃月七星の誰かの判断らしいが、検討は全くつかないし理解もできない。なんでこんな回りくどいことをしたのか、と思う。

 

「それはまたなんとも…しかし、移動手段に関してはどうするつもりなんだ?如何せん、モンドに今使える船はないんだ」

 

これを言ったら、ジンにはかなり驚かれるか、憐れむかのどちらかだろうなぁ、と思ってバルバトスを見ると彼も同じことを思っていたようでお互いに苦笑し会った。そんな俺達の様子を見たジンは不安そうに首を傾げている。そして再び口を開いたのはバルバトスだった。

 

「移動手段としては、トワリンに頼むよ。トワリンにじい…モラクスも乗せて連れて行こうと思ってる。使者は事前に出さないといけないけれど、そっちは璃月でなんとかしてくれるって言ってくれてるからね」

 

主にモラクスが、だけどな。

 

ジンは頭が痛い、とばかりに額に手を当て、顔を引き攣らせていた。まぁ、同じ立場ならそうしたくもなるだろう。何せ自国の神が勝手に援軍出そうとしてるんだからな。しかもかなり計画も詰めているときた。そりゃあ頭を抱えたくもなる。

 

「はぁ…まぁわかった。モンドとしてはこのことを公表するつもりもない。表立って敵対行為をしていると知られればモンドにも影響が出るだろうからな。だからこの記録も残さない。あくまでも非公式で通すぞ」

 

少し意外だったのは、ジンが余り食い下がってこなかったことだろう。バルバトスも恐らくそう思っており、驚いているようだった。第一、モンドの利益を考えるなら、非公式であっても援軍を送るべきではないだろう。状況が不明な上、稲妻が敵対しているスネージナヤはかなり強い。表立って敵対すればとばっちりを喰らうだろう。それもかなり手痛いやつを。

 

だがこんな言葉もある。『敵の敵は味方』、まぁ、ジンがこのことわざ?を知っているかはわからないが、今後関係が回復する見込みのないスネージナヤと戦争が終われば多少前よりは厳しくなるだろうが貿易の出来る稲妻のどちらを支援するか或いは傍観するか、ということを天秤にかけた結果なのかもしれない。

 

「じゃあ用はこれで終わりだろ?俺は帰って寝るぞ」

 

睡眠はいい、とても、いい。眠る必要がない俺とはいえ、睡眠を取りたくなるものなのだ。だが、バルバトスもジンも俺を帰す気はないらしかった。と、いうか主にジンが、だが。

 

「じゃあアガレス、僕は帰るね。明後日には出発できると思うから、明後日大聖堂に来てね」

 

「お前、俺を置いて帰る気なのか?薄情な奴め」

 

帰りたかったのに帰れないという状況は、結構、こう、精神的にくるものがある。そのため、バルバトスの言葉に俺は悪態をついた。バルバトスが部屋から出る直前、何かを思い出したように立ち止まると、こちらへ寄ってきて俺の耳に口を寄せ───ようとして身長が足りないことに気が付いたのか、屈むように言った。俺は仕方なく屈んで彼の口に耳を近づけた。

 

「ふぅ〜」

 

何かを言うのかと思えば突然俺の耳に寒気が走った。それも、かなり気持ちの悪いやつ。俺は思わず叫んで掴みかかろうとした。

 

「冗談、冗談だってば」

 

ジンは何が起こったのかわからずに首を傾げていた。

 

(行く前に一つだけ。彼女、君が挨拶に来てくれなかったことにかなり落ち込んでたから、慰めてあげなよ)

 

(…取り敢えず土下座かな…)

 

(あはは、誠意を示すのも大事だけど、偶にはなにかしてあげたら?仕事手伝うとかじゃなくってさ)

 

そう言われてもなぁ、と考えていると、バルバトスは手を振ってさっさと帰ってしまった。この野郎、俺の心を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して帰りやがった。

 

「で、話ってなんだ?」

 

「その、だな…ほら、挨拶来てくれなかったじゃないか?」

 

俺は嫌な予感を感じ、冷や汗をかきつつ首肯いた。ジンは少し頬を掻くと、照れ臭そうに言った。

 

「できれば、でいいんだ。挨拶に来てくれなかったことを少しでも申し訳ないと思ってくれているのなら、私の願いを聞いてほしい」

 

挨拶に来てくれなかったことを着実に言ってくるが、多分無意識だなこれは。悪意を全く感じない。むしろこの後の展開が怖い。だが、俺のなんだかよくわからない覚悟とは裏腹に、ジンの願いはとても可愛らしいものだった。

 

「その…もう少し、モンドに来てくれる頻度を上げてくれると助かる。最近は結構いたが、ゆっくり休んでもいないだろうと思って…その、モンドはいつでも君を歓迎するからな…」

 

まあつまり、いつでも帰ってこい、でももうちょっと帰ってくる頻度を増やしてもいいんだぞ?的なことか。

 

「稲妻から帰る日がいつになるかはわからない。それでも多分、数ヶ月は向こうで過ごすことになるだろうが…できるだけ早く帰って来る」

 

ジンは非常に嬉しそうに笑っていた。なんといっても、モンドはいい所だ。ここに来ると帰ってきたという感じがする。ここ数年ですっかりモンドの生活に染まってしまったということだろう。

 

「まあそういうわけだから、帰っていいか?」

 

「…たった今帰す気がなくなったよ。もう少し君は空気を読むということを覚えるべきだな…と、いうか私が今から説教してやる…」

 

「え?」

 

この後めちゃくちゃ説教された。

 

 

 

と、いうわけで二日後、俺は大聖堂にて待っていたバルバトスと合流し、ついでにこっちに来て何故かこれまた救民団本部でノエルの紅茶を味わっていたモラクスを引き摺り出してようやく出発した。見送りは本当に一部の人だけで行われている。救民団本部の人員、そしてジンに…ディルック?

 

「なんでいんの?」

 

「君が稲妻に行くと聞いてね。予定を空けてきた」

 

説明になってないんだが、とばかりに俺は苦笑してみせた。飛び立つ場所は誓いの岬だ。ここなら目撃者もかなり絞り込むことができるだろう、とのバルバトスとジンの見解に沿った形だ。

 

「じゃあエウルア副団長…いや、代理団長、救民団は任せる」

 

「ええ、任せて頂戴。別にこっちのことは気にしなくていいわ。だから…無事に帰ってきなさい」

 

エウルアなりの心配と激励に少し笑みを零す。それと、とノエルを見た。

 

「レザーはまだ奔狼領にいるだろう?暫くは有給休暇の扱いにしてやってくれ」

 

「畏まりました、お任せ下さい」

 

よし、こっちの準備はこれで問題ないだろう。

 

「じゃあ、出発しよっか!トワリン!!」

 

『承知した、皆の者、少し離れよ』

 

斯くしてトワリンが見送り達が離れたのを見計らって飛び立って稲妻へと向かうのだった。

 

そういえば旅人だが、なんでも南十字船隊が乗せていってくれるそうだ。璃月にいた時に凝光から名前を聞いたことがあり、その船長はなんでも『尊敬されているくせに、いつもルールを破る人』だそうだ。会ったことがないし、あの凝光にそこまで言わせる人物だ。正直会ってみたい。ついでに旅人を連れて行ってくれたことに礼もしなければならないからな。

 

トワリンの速度は、風元素で空気抵抗を減らしていたり追い風もあるためかなり速い。一時間ほどして稲妻城郊外に到着した。

 

「アガレスはここで待っていてくれ」

 

「ん?なんでだ?俺も行っていいだろ」

 

影や眞…特に眞の容態が気になるからな。だが、モラクスもバルバトスも譲る気はないようである。よくわからないが、俺は待機する羽目になった。二人がトワリンから降りていった。恐らく、迎えに来た位の高い武士と一緒に稲妻城へ向かっていっただろう。待っている間特にすることもないので、トワリンの背中でのんびり休んでいると、突然辺りが騒がしくなり始めた。俺は閉じていた目を開くと、トワリンに呼びかけた。

 

「トワリン、状況は?」

 

『…氷神の手先が我々を襲撃しようとしているようだ。どうする?対処するなら簡単に終わるが』

 

俺は少し考えて見えていないだろうが首を横に振った。

 

「駄目だ。それをすれば国際問題になってしまうだろう」

 

そういえばさっき一瞬下を覗いた時に武士と目があったんだが、なんだか小馬鹿にしたような態度だったよな。俺は少し笑みを作ると、トワリンに告げた。

 

「俺達狙いなら好都合だろ。無駄な犠牲を減らせるからな」

 

稲妻の武士達を疲弊させる作戦だったらまた少しややこしかったが、俺達を狙っているのなら俺が対処すれば済む話だ。ファデュイとしてもただ何のために風神の眷属がここにやってきたのかを知りたいだけだろうしな。トワリンは俺の言っている意味がわかったらしく、少し笑った。

 

『なるほど、では好きにするがいい』

 

俺はトワリンの言葉に軽く返事をしてトワリンの背から飛び降りた。戦いの様子は、大体五分五分と言ったところだろう。よくもまぁ持ち堪えるものだ。武士は刀一筋、剣の道に生き、剣の道に死ぬことを信条としている。で、あるのに元素を扱い最新鋭の武具で対処してくるファデュイ相手に一歩も退かない戦いを繰り広げていた。日頃からよく鍛錬していたのだろうな。

 

彼等の見せ場を奪ってしまうのは申し訳ないが、かといってバカにされたまま、というのも些か腑に落ちない。実力を示すいい機会でもあるし、取り敢えず追い払おう。俺は刀を生み出し、悠然と歩いて武士達の前に出る。

 

「なっ!?貴様!今がどういう状況かわかっての狼藉か!」

 

「ええ、勿論。ただ、非公式とはいえ援軍として来た手前、敵前でなにもしない、というのはどうかと思いまして」

 

こういうのは、演出が大切だ。如何に敵を立てて、己を立てるか。

 

というわけで戦ったのだが、敵を立てるっていうのが余りできなかった戦いだ。まぁ色々な見方は出来るし無理矢理自分を納得させることも出来る。だが正直『落雷』まで使う必要はなかったな。アレのせいでファデュイの奴ら逃げちゃったし。思わず周囲に人がいるのも忘れて悪態をついた。

 

「逃げたか…ま、稲妻にも俺がいることを知らしめて貰えればそれだけで圧力にはなり得るが…それにしたって俺相手に戦略兵器とか持ってこられても困るし、正直言えばあんまり正体バレはしたくないんだよなぁ…」

 

正体バレは既に手遅れな気もするが、まだ雷元素しか使っていないから問題ない、と思いたい。写真機に俺の容姿が撮られてファデュイの間で出回っていたら大変だが、まだ身バレしていない、はず。俺は血の付着した刀を一度振って血を落とし、鞘に仕舞うようにして刀を消す。そして人がいるのを思い出すとどうしようかなぁ…と頭を悩ませつつ振り向く。

 

一先ず、俺のことを知らない人のために説明はすべきだろう。突然乱入したのだからな。

 

「旅人が来るのは明日か明後日になるらしいし…それまでは一人行動か…ま、それより。稲妻の武士の皆さーん、非公式ですが援ぐん…が…?」

 

目を疑った。呆然としている様子の武士達を見回していたら、とある人物が目に入った。深い、そう、とても深く濃い色の紫色の頭髪が後ろで三編みにされているのが見えており、また服装は着物のような、この場に場違いなほどに高貴な印象を与える衣服。

 

間違えようがない。俺は久しぶりに会った彼女を見て何故か緊張していることに気が付く。やがて震える口を開いてなんとか平静を取り繕いつつ言った。

 

「…元気、かどうかは別として…久しぶりだな、影」

 

彼女───影は俺が話し終えた瞬間涙を流しながら駆けてきて俺の胸に飛び込んできた。俺はしっかりと受け止め、苦笑した。

 

全く、民の前でいいのか?という俺の心配とは裏腹に、影は俺の胸に耳を押し当て鼓動を確認すると、嬉しそうな顔をして言った。

 

「ええ、お久しぶりですね───アガレス」

 

離れてくれるのかと思ったが、どうやらそのままらしい。俺は現状に苦笑すると、改めて挨拶を返した。それにしても…と俺は俺達の状況を驚愕の表情で見守る武士達を見る。

 

この状況、どうしたもんか?




最近暑いですね。熱中症にお気をつけ下さい。こまめな水分補給、これを厳にしていきたいところ


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第70話 状況把握

「───ッコホン!貴方達は何も見なかった、いいですね?」

 

影がとても恥ずかしそうに俺達の様子を見守っていた武士にそう告げた。有無を言わさぬ視線に武士達は首肯くしかなく、俺へ向ける目が何故か物凄いことになっていた。俺なんかしたっけ?

 

結局、バルバトスとモラクスは影と俺に少し挨拶してトワリンに乗って帰っていった。この空気感をどうしてくれるのか。いや、いたとしてもどうしようもできないし期待もしていないが。

 

「すみません、アガレス。久しぶりに貴方に会えたのが嬉しく、少し取り乱してしまいました」

 

それにしても少しで済んでいただろうか。為政者としての立場を忘れて俺に突撃してくるってかなり取り乱してないだろうか。お陰で武士達からはなんでかわからんけど敵視されてるよ。

 

との思いをおくびにも出さず、俺は首を横に振った。

 

「別に構わない。逆の立場なら俺もそうしていただろうからな」

 

実際嘘はついてない。別に武士達に嫌われたところで何も問題はないし、逆の立場なら俺も泣いて喜んだだろう。影は顔を少し赤くしてそうですか、と言った。余程恥ずかしかったようだ。

 

それより、だ。俺は顔から表情を消して影に聞きたいことを聞く。

 

「眞は?」

 

影は俺の話がとても重要であることを悟り、気持ちを切り替えると、ついてきてください、と言って歩き始めた。俺もそれについていき、やがて稲妻城に辿り着いた。影と俺はそのまま天守閣の最上階までやってきた。そしてそこに、眞は横たえられていた。

 

「…矢面に立って負傷したというのは嘘か」

 

影は首肯き、眞の少し乱れた布団を掛け直した。

 

「眞は一人でスネージナヤの氷神に招かれ、眞は活発化していたファデュイの活動と彼女の目的を探るべく一人でスネージナヤに赴き、怪我を負って帰ってきました。当時は意識がありましたが、今は昏睡状態が続いています」

 

昏睡状態、か。神は凡人とは違い、肉体にできた傷の治りも速いはずだ。で、あるのにも関わらず眞の肉体には深い傷があるようだった。影の話ではどんな手を尽くしても治らないらしい。気になるとすれば死んでいないところだな。

 

「…手は勿論尽くしたんだろう?傷口は?」

 

影が言い淀んでいる。何があったのだろうか?

 

「…ないんです。外傷は昔はあったのですが、今は完治しています」

 

なるほど。

 

「心のほうの問題だったのか」

 

影は神妙な顔つきで首肯き、眞を見ていた。大怪我に加えてなんらかの事実を知った彼女の精神が起き上がるのを拒否している、という状況だろうな。恐らく、だが。残念ながら俺には解決方法は思い浮かばない。

 

「アガレス、なんとかできますか?」

 

駄目で元々、だが一途の望みにかけて影は言った。俺は影の問に、嘘偽りなく首を横に振った。現状では眞の精神を呼び戻す方法はわからない。影は俯き、そうですか、と返事を返した。

 

「…すまないな、何もしてやれなくて」

 

「いえ、そんなことはありません。私だって、何もできていませんから…」

 

外はこれ以上ないほどに晴れているのに、雰囲気は曇りどころか土砂降りだった。久しぶりに会えたため物凄い嬉しい。嬉しいのだが…ものっすごい気まずかった。俺はこの気まずい雰囲気を打開すべく口を開く。

 

「そ、そうだ。バルバトスとモラクスは俺の記録を全て消したと言っていたが、こっちではどうなんだ?」

 

そう聞くと、影の表情が更に落ち込んだ。話題を変えるために振った話題が更に重くなっている件。どうしろというのか。影はそのテンションのまま話してくれた。

 

「勿論、言われた通り一部を除いて全て消去しました。ですがかつて雷電五箇伝と呼ばれていた家系で名前と容姿、そして成したことなどの口伝があるそうですね。それと鳴神大社でも残っています」

 

なるほど、残すところにだけ残しているのか。奉行所とかに残ってたら悪用するやつもいそうだからな。信頼できるところだけに残したのか。それはそうと…。

 

「狐斎宮は元気なのか?鳴神大社で今頃何をしているのやら」

 

またも影は暗い表情だ。稲妻が一番500年前から変化しているのかもしれないな。

 

「…そうか、じゃあ今鳴神大社の宮司は誰なんだ?」

 

影は黙っている。まさかいない、ということもないだろう。そう言えば狐斎宮の肩にいつも乗っていた小狐がいたな。

 

「…まさか、八重神子か?」

 

影は首肯いた。八重神子、彼女は狐だ。昔…500年前は可愛い小狐だったのだが、今は恐らく人の形を得ているのだろう。どんな感じに育ってしまったのだろうか。思わず遠い目をする俺だった。

 

「鳴神大社は高所にありますし、政治、戦争の両方で不干渉を発表したためファデュイに目をつけられず、未だ無傷のままです。少なくとも、不吉な知らせは何一つ届いていません」

 

影は八重神子の現状についてそう説明した。大社が無事なら、神子も無事ということなのだろう。まあそれがこれからも続くかは勿論わからないがな。まぁ狐斎宮が育てたなら、世渡り上手に育ってくれているはずだし、あまり心配する必要もない、か。挨拶には勿論行くが。

 

「取り敢えず眞に関しては戦争が落ち着いたら俺が現状持ちうる手段の全てを使って助ける」

 

彼女がスネージナヤで見たその元凶をなんとかすれば、脅威はないと説明できるのだがな。如何せん、彼女は寝たきりだし、それを伝える手段がない。まぁそれは追々考えるしかないだろう。影にも詳しく事情を聞いて協力してもらわねば到底事態の打開は望めない。

 

影は顔を伏せて小さく俺に礼を言った。

 

「それで、確か稲妻で現在占領されているのは離島、そして紺田村だったか。離島に住んでいた人々はどうなったんだ?」

 

俺の言葉に影は少しだけ悲痛そうな顔つきで答えてくれた。

 

「捕虜として投獄されている人を除けば他は稲妻城城下町に避難しています。勿論、外国からの商人も少数含まれていますが」

 

その後も俺は影から詳しい情報を聞き、ファデュイが退かないところを見るに未だに目的は達成されていないとの見方を示す。まぁファデュイのことだ。目的を達成して尚あの手この手で疲弊した稲妻を倒そうとするだろうな。

 

「それにしても、宣戦布告からわずか一時間で開戦か…逃げられた商人や住民は少なかっただろうな」

 

宣戦布告から開戦までの動きが早すぎる。離島も二時間ほどで完全に占拠され、戦火も拡大している。こうなることを予想して事前に準備していたのだろうな。加えて気になるのはスネージナヤの言い分では、不慮の事故によって眞が重傷を負ったということだろう。不慮の事故に見せかけた殺人…いや、この場合は殺神未遂か?をしている可能性もあれば、本当のことを言っていたりする可能性もある。まぁ結局の所、どれも推測の域を出ないわけだ。

 

それにしても、眞が絶望するほどの未来或いは事柄ってのはなんだろうな?影によれば皆目検討もつかないようだが、勿論俺にも検討はつかない。

 

全く以て嫌な感じだ。ファデュイ、その主たる氷の女皇、そしてアビス教団。彼等は何か、この世界にまつわる重大なことを知って、そしてそれを回避するか、或いは対処しようとして動いている。

 

そうだな…こちらでも色々調べておこう。

 

「大体聞きたい情報は聞けた…ありがとう」

 

「いえ、こちらも色々と話して少し楽になりました」

 

影の様子は、やはりというべきか、眞関係のせいで少し落ち込んでいるように見える。当然だろう、突如雷電将軍として振る舞わねばならなくなったのだから。眞の現状を知っているのは一部の側近のみ、ボロが出ないように日々奔走しているらしい。なんというか、稲妻だけかなり不憫な状況に置かれているな。まぁ他の国もどうなっているのか全くわからないし、一概には言えないが。

 

一先ずの状況整理はできたと言っていいだろう。後はどちらにせよ旅人が来るまでは何もできないな。なんと言っても、援軍とはいえ何処の指揮系統の下につくのかがわからないからな。

 

「そう言えば、報告だ。二日後、もう一人モンドからの応援が到着する。多分だが…海祇島に上陸するはずだ」

 

稲妻の現状として、雷電将軍が支配する地域と、地底から逃れてきた人々がいる海祇島の二つに、一応は分かれている。だが、稲妻という国家の危機であるため海祇島の人々も幕府に協力している。さて、では何故海祇島に旅人の乗った船が来ると予想できるかというと、簡単な話で一番安全であろう港がそこくらいしかないからだ。九条陣屋は地形的に巨大な船を入れるのは難しいだろう。

 

「では受け入れの準備をすればいいのですね?」

 

俺は首肯きつつ、補足で説明をした。

 

「ただ、通行許可証とかは持ってないぞ?なんたって非公式の応援だからな」

 

そう、問題はそれなのだ。最悪、応援だと言っても信じてもらえず船が沈められたりしてしまうかもしれない。スネージナヤとの戦争が長引き、そういった工作に関してはかなり敏感になっているだろうし、誤解が生まれてしまえば解くことはかなり難しいだろう。

 

「通達は私からしておきますが…暗号みたいなものでも決めておきますか?」

 

「いや、それには及ばないだろう。応援に来る奴には…そうだな、言うなれば浮遊する幼児とも言うべき存在がいる。見れば一発だな、偽装のしようもないだろうし」

 

それと、と俺は若干驚いている様子の影に向けて言葉を付け加えた。

 

「ファデュイの工作も警戒して俺も海祇島に行く。応援の受け入れはそれで問題ないだろう。差し当たっては応援の地位を保証してくれるようなものがあればいいんだが…」

 

と思って影を見ると、顎に手を当てて何事かを考えている様子だった。やがて考えるのを止めて俺を見ると、首を傾げながら言った。

 

「私もついて行けばいいのでは?」

 

「…よし、どうしてそんな結論に至ったのか小一時間ほど問い詰めたいところだが…」

 

まぁ、それは置いといて、とばかりに影を見つめると、本気なのに…と呟いていた。マジかよ。影は諦めたように何かを引き出しから取り出すと筆を執り取り出した何かに何事かを書き込むと、それを渡してきた。見た目は完全に古びた木の札だが、綺麗な文字で『応援』と書いてあった。

 

「…なんというか、これだとただ影から応援されてるみたいになってるんだが」

 

「問題ありません、海祇島の現人神の巫女にはそれで伝わるでしょうから」

 

現人神…なるほど、事実上の海祇島の統治者のような存在ということか。担ぎ上げるのも理解できるな。それはそうとこれで伝わるのか…それはそれでどうなんだろうか?

 

「まあいいか…」

 

ファデュイも今日明日は稲妻城へ攻め込んでは来ないだろう。今日攻め込んできた奴らも戦闘に特化した者達ではなく、何処か工作員として潜り込んでいたという感じがした。普段より少しだけ手応えが薄かったためだ。

 

今日倒したファデュイについての考察をしていると、影が俺の肘辺りの布を摘んでこちらを見ていた。俺はあぐらをかいて座っているが、影は正座だ。足が痺れていそうだが、実際のところどうなのだろうか。

 

「で、どうした?」

 

「で、とはなんですか…?まぁいいです。それよりアガレス、復活してからのことを聞きたいのですが…いいでしょうか?」

 

ああ、なるほど。旧友としてはそりゃあ気になるか。俺は微笑むと、復活してから今日ここに来るまでの過程を掻い摘んで話し始めるのだった。




外に出ていない…根っからのインドア派閥なので…太ってないか心配ですよ私としては

アガレス「なら適度に食事量を減らすか、栄養を考えた献立にするか、それから───」

み、耳が痛い!

と、いうことで最近ちょっと食べすぎてる気がします。お陰で執筆が捗ってますやったね(白目)


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第71話 誰かを救うための代償

タイトルは結構適当ですちなみに。見たらわかりやすいかなぁと思ってつけてるだけです。ちなみにタイトル考えるのに5分は使いました。何やってんですかねこの人。


俺の過去語りが終わった頃には、日が沈んで夜になっていた。影は何処か遠い目をしながら俺の話に耳を傾けていたが、『救民団』に関して興味を持ったようだった。どういう組織であるのかを簡潔に説明してやると、アガレスらしいですね、と微笑みながら言っていた。どう反応するのが正解なのかよくわからない返答をされたので取り敢えず首肯いておいた。

 

結局、特に泊まるところもないため、稲妻城で休むことになった。影が何故か強く俺に稲妻城を推してくるので首を傾げていると、友達だから当然では?みたいな視線だった。なんか解せぬ。その日は結局稲妻城の一室を借り、普段の黒衣ではなくTシャツに短パンという格好で寛いでいた。流石に四六時中その格好だとちゃんと洗濯しているのかどうかとか聞かれかねないからな…ちゃんとしてるぞ?

 

さて、明日の朝、予定では旅人が南十字船隊の船に乗り込む手筈になっている。到着するのは明後日の予定だ。それまでは特にすることもないし、ファデュイは俺への対応で大忙しだろうから恐らく攻め込んでも来ない。そう、少なくとも明日は暇になってしまったのだ。

 

「…思えば、最近は一人の時間ってなかったからなぁ…何をしたらいいのかさっぱりわかんないな」

 

考察に考察を重ねることも考えたが、別にそれをしたところで情報自体が少ない。しても意味はないだろう。暇つぶしにはなるだろうが。

 

俺は何をするかを考えつつ、茶器に入ったお茶を啜る。懐かしい味だ。ノエルの淹れてくれる紅茶も美味しいが、俺の舌はすっかり稲妻人気質になってしまっているらしい。どちらかというと華やかなものより地味だが凄いもののほうが好きだ。500年前までは稲妻にいる頻度も多かったからな。いやまぁ、眞と影によくお呼ばれされていたからなんだが。

 

詳しく言うと、『永遠』に関する意見が聞きたい、とか一緒に桜を見に行きませんか、だとかちょっと手伝ってほしいことがあるんですが、とか…まぁ結構色々頼まれたな。あの二人、俺を頼り過ぎじゃなかろうか?バルバトス…はともかく、モラクスなんか魔神を斃すときくらいしか俺に協力要請しなかったからな。まぁ、当然とも言えるのか。

 

はぁ、なんというか二人が少し心配になる。自国の情報を他国に与えたくないのならば、俺を誘って政を行うのは感心できない。情報漏洩を警戒していないというべきなのか、俺のことを信頼してくれているというべきなのか…どちらにせよ、頼られすぎると彼女達の立場とか、成長度合いとか、諸々に問題が出てくるだろう。頼られること自体が嫌だとかそういうわけではないのだがな。

 

「結局、何をすべきかは思い浮かばなかったな…」

 

俺が時計を見ると、午後7時だった。まだまだ寝るには早い時間である。さて、どうしたものか、とまたお茶を啜っていると、扉がノックされた。

 

「はーい、なんでしょー」

 

と思わず適当に返事をすると、私です、と声が聞こえた。この声は…影か、それか眞だな。声のトーン的には影だろう。それに眞は昏睡状態、ちょっとだけ『ドッキリ大成功!』な展開も期待したが、そんなことはなかったようだ。

 

それはそうと、声の主に返答するのを忘れかけていた。俺は咳払いを一つすると、

 

「ああ、入っていいぞ」

 

と返した。

 

「失礼します。あっ、───」

 

入室してきた影は少し部屋に入ってから何かに気が付いたように後ろを振り返ると何事かを呟いて中に入ってきた。どうやら他にも誰かいるようだ。というか影さん、なんでそんなに俺のことをチラチラ見てるんですかね?そんなに俺が黒衣じゃないのが気になるのか…?ま、いいや。

 

「別に気にせず入ってもらっても構わなかったのにな」

 

実際、ここは彼女の居城だ。ここも借りているだけで俺の部屋というわけではない。だが、

 

「そういうわけにもいきません。一応、友人とはいえ客人ですから」

 

影は首を横に振りながら言った。

 

「それでですね…貴方に会いたいと言っている人が来ています。扉の外に待機させているのですが…入れても構いませんか?」

 

影は俺が疲れていると思ったのか、気を遣いながらそう言ってきた。

 

しかしなるほど、俺に会いたい、ね。多分、正確には非公式に到着した応援の人間に、だろうが。俺と知って会いに来るやつは大抵、神だったり『死を以て償え』さんだったりするからな。突然抱き着いてきたり、なんかどっしり構えてたり…あとは出会った瞬間に刀で攻撃してきたり…ま、後者は何処ぞの暗殺者さんだが。

 

まぁでも神が二柱も揃っている状況で襲撃するとも考えにくいし影が連れてきたのだ。信用できるだろう。俺は首肯きながら許可を出した。

 

影は、では少し失礼して、と再び入り口に戻ると、何事かを話してから中へ戻ってきた。

 

「───ふむ、稲妻への応援とやらがどのような人物か、妾が見極めてやr…」

 

「……」

 

「……」

 

巫女服に身を包んだ女性が若干意気込みながら入ってきたのだが、俺の姿を一目見るなりその勢いは霧散した。まるでそれまで超高速で落ちてたのに風の翼を開いた途端に減速した、みたいな感じだ。うん、自分でもよくわからん喩えをありがとう。

 

「で、影。彼女は…って、えぇ」

 

彼女の正体を聞こうとして影を見たのだが、笑いを堪えている様子だった。こんなに感情表現豊かだったかな…まぁいいけど、巫女服ということは鳴神大社の人だろう。それにしても応援の話をどうして知っているのだろうか?何処からその情報を得たのか疑問は残るが、影が真面目に話してくれそうだったので耳を傾ける。

 

「ふ…ふふ…か、彼女は鳴神大社現宮司、八重神子です」

 

「…え?」

 

…思わず素っ頓狂な声を発した。まじまじと入ってきた彼女を見ると、確かに狐っぽい容姿はしているが、そもそも八重神子との交流は然程あったわけではなく、気配などは覚えていなかった。

 

「あ、アガレス殿…じゃと…!?」

 

本気で驚いているし俺の名前を言っていないのに知っている辺り、どうやら本物のようだ。っていうか、なんだ『アガレス殿』って。普通に呼び捨てでいいのにな。

 

「神子には普段からよくからかわれていますし、今回はその仕返しです」

 

影…お前ってやつは…と憐憫の情を込めた目で見てやると、???の表情で見返された。

 

「それにしてもあの時の小狐がこんなに立派な人妖になるとは…500年という月日をやっぱり感じさせるなぁ…」

 

しみじみとそう呟いたはいいが、残念なことに俺はその500年を棒に振っている。いまいちピンときてはいない。八重神子はぷるぷると震えており、動揺しているようだった。

 

「それにしても、珍しいですね?ここまで神子が動揺するだなんて…余程アガレスがいることに驚いたのでしょうか」

 

「じ、充分驚いておる…さ、流石にこれは予想外じゃ…」

 

それから少ししてコホン、と八重神子は仕切り直し、落ち着いたのか正座で座布団の上に座っていた。やがてそのまま口を開く。

 

「…アガレス殿、久しぶりじゃな。妾のことは覚えておるか?」

 

八重神子の言葉に俺は首肯く。

 

「ああ、勿論だよ。あの時の小狐だろ?ほら、狐斎宮の肩に乗ってた」

 

「そうじゃ。まぁ、時の流れには誰も逆らえぬということかのう」

 

八重神子はそう言ってくつくつと喉を鳴らした。どうやら、こちらが彼女の素らしい。なんというか、全てを見透かされているような感じがするな。話し方とか、トーンとか…言葉選びもそういう感じになってるよな。不思議だ。

 

「それで、何故ここにやってきたのじゃ?妾の知る限りでは、争いは好まぬはずであろう?」

 

八重神子の言葉に俺は首肯きつつ口を開いた。

 

「まぁ、俺も変わったってことだよ。旧友…いや、友人のために少し稲妻に用があってな。どうしても来なきゃならなかったんだ」

 

俺としても、旅人の話には興味がある。その謎の神に関して、バルバトスはともかく、モラクスは知っているようだったからな。勿論、影という友人のためでもあるが。

 

「そのご友人というのが…」

 

「ああ、もう一人の応援だ」

 

まぁ正直な話をすると、たった二人の応援で戦争が終わるとは思ってない。事実、影はスネージナヤとの戦時条約で戦場に立つことはできない。実際、彼女が出ればファデュイなぞ簡単に圧倒できるだろうからな。何より、彼女が出れば神々の、周囲を顧みない戦いだ。到底出ることはできないだろう。

 

俺?俺は忘れ去られてるし問題ない…はず。

 

まぁとはいえ稲妻側がその条件を呑むわけもなく、交渉は難航。だが一瞬だけ意識を取り戻した眞が承諾、今に至る、というわけだ。

 

「なるほどのう…妾達は戦争への不干渉を貫いておるし、してやれることは少ないが…何か聞きたいことはあるかのう?」

 

大体の質問には答えてやるぞ?という雰囲気を神子は醸し出していた。なので、聞きたかったことを聞くとしよう。

 

「…そうだな、では一つだけ…誰かの心に入り込むことはできないか?」

 

「ふむ…それは、眞のことを言っておるのか?」

 

俺は首肯く。八重神子はふぅ、と溜息を吐くと物憂げに口を開いた。

 

「あるにはある。だが、それを実行するのには無論代償も必要じゃ。それでも、聞くのかのう?」

 

俺は首肯くと、影に退出するように言う。勿論、彼女は拒否した。

 

「…気持ちはわかる。だが、代償の内容を聞けばお前は喜んで犠牲になるだろう?その方法を聞いたからと言って、実行するかはわからない」

 

そう言うと影は物凄い苦々しい表情をしながら承服してくれた。

 

「すまない」

 

本当にすまないな、影。八重神子は俺の心中を察しているようで、くつくつと笑っていた。

 

「全く、主は何ら500年前と変わっておらぬな。また犠牲になるのじゃろう」

 

八重神子のご尤もな言葉に俺はまさか、と首を振った。

 

「代償が何であれ、影は眞を救うためなら何でもしてしまうだろう。純粋に彼女に犠牲になってほしくなかっただけさ」

 

そう言うと八重神子は人を喰ったような微笑みを浮かべ、しかし呆れたように言った。

 

「そういうことにしておいてやろう。それでじゃが…相手の心、精神世界に主を送るのは妾じゃ。その際に代償が必要というだけで、妾から教えるつもりはないのじゃ。そこを間違えるでないぞ?」

 

なるほど、つまり眞の精神をこちら側へ引き戻す際には、彼女、八重神子を頼ればいいわけか。俺は真剣な表情で彼女の目を真っ直ぐ見据えた。

 

「それで、その代償とは?」

 

八重神子は含みのある笑みを浮かべると、その代償を告げるのだった。その代償を聞いて思わず息を呑まずにはいられなかったが、まぁやるしかないだろう。

 

「多少身動きが取れなくなる程度だ。問題はない」

 

「ふふ、主ならそう言うと思っておった。どうじゃ?その時は稲妻で休んでいかぬか?」

 

八重神子の真意は全くわからないが、取り敢えず拒否しておいた。

 

「やめておく。どうしても帰れない状況になったら話は別だが、最悪旅人…ああ、もう一人の応援に任せればいいからな」

 

俺の言葉に八重神子は目を細めると、立ち上がった。

 

「妾はこの辺りで御暇しようかの。明日に備えてゆっくり休むとよい」

 

「ああ、そうする。ところで影は大丈夫なのか?」

 

結局扉の外に行ったっきりだ。盗み聞きをしている様子もない。八重神子は一つ首肯くと任せておけ、と言った。そのまま入り口まで行き、扉を開いたところで八重神子はニヤリと笑って一言呟いた。

 

「どうしても帰れない状況、じゃな…ふふ」

 

その言葉は俺に届くことなく掻き消え、やがて八重神子は去っていくのだった。俺はなんだか疲れてしまったので少し早いが布団の中に入って就寝するのだった。



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第72話 社奉行からの接触

前回後書きに書くの忘れてんですが、八重神子の口調が難しすぎて死にます。

いやほんとまじで。

至らない点や日本語の可怪しい部分が間違いなくあるので助けて下さいお願いします!

誤字報告いつもありがとうございます


翌日、俺は目を擦りながら起き上がった。勿論、部屋には誰もいない。だが、気配はする。まぁ応援に来た存在とは言え、監視もつけないとあらばそれは不用心がすぎるというもの。恐らく、影が言っていた『終末番』だろう。だが…なんというか、全く動かないし、もしかして寝てるんじゃないのか?確認しようかとも思ったが、寝ているのであれば邪魔をしたくない。そっとしておこう。天井裏にいる忍者は無視して、だ。

 

普段の服装に着替え、備え付けられた台所と置いてある食材で軽く料理をする。キャベツにリンゴ、卵にジャガイモが置いてあったので軽く満足サラダを作ってみた。結構いい出来だと思う。

 

それと、稲妻で最も食べられているであろう、白米。そう、炊いただけの白米である。炊きあがりはふっくらしており、ほんのり甘い香りが漂ってくる。誰がどう見てもこの米は旨いだろう。食べてみると案の定、死ぬほど旨かった。今度白米を炊くコツを料理人に教えてもらおう。さて、準備はできた。

 

「よし、行くか」

 

今日は取り敢えず稲妻を見て回ろうと思っている。500年前とどう変わったのか、それが気になるからだ。というわけで入り口の扉を開いたのだが…。

 

「…えーっと?」

 

「む、これはアガレス殿、如何なされた?」

 

いや如何もクソもねえよ…なんかむさ苦しいおっさん二人にめっちゃ厳重に護られてんだけど。

 

俺は動揺を無理矢理押し込めて言った。

 

「い、いや…その、君達は?」

 

余り押し込められていなかったが、一先ず会話を繋げることには成功した。武士達は俺の問いに答えてくれた。

 

「我等は将軍様の命により、この部屋を死守するため参った次第。とても大切な賓客への夜襲を警戒されてのことでしょうな」

 

影、お前かやっぱり。思わず頭を抱えたくなるのを我慢して、俺は努めて笑顔で言った。

 

「不要だ」

 

「しかし、将軍様の命令で…」

 

「だから、不必要だ。何ならその将軍様に直談判してやろうか?」

 

武士達は困ったように唸った。ま、立場もあるだろうし、命令に従わなきゃならないのはわかるんだが、どうせならこう、むさ苦しいおっさんは嫌だった。気持ち的に。

 

ふぅ、と俺は溜息を吐くと、微笑んで言った。

 

「まぁいい。だが、俺よりも将軍様を護れ。何よりも、民を護れ。俺のことなど護る必要はない。所詮は他国の人間だ、と斬り捨ててもらっても構わんぞ」

 

まぁ、人間ではないけれども。武士達は俺の言葉に納得はしたが、どうしようもないだろうな。それに、彼等は俺への監視の役割もあるのだろう。俺は最初の主張とは打って変わって真逆の事を言った。

 

「だが命令だと言うのなら仕方がない…外出したいのだが、君達も連れて行ったほうがいいのか?」

 

俺の言葉に若干困惑気味の武士達だったが、首肯いた。やはり、監視は必要だと考えたのか。影が、ではなく、幕府以下三奉行の何処かだろうな。もしかしたら彼等も武士ではなく諜報部員なのかもしれないな。確か…こっちでは『忍者』と言ったか。

 

別にやましいことをするわけでもないので、別に彼等の同行を気にする必要もない、か。俺は二人を連れて外に出て雷神像のある辺りから稲妻城城下町を見やる。戦時中であるのにも関わらず、活気に満ち満ちているようだった。

 

「稲妻人は豪胆だな。戦時中なのにここまで活気があるとは」

 

俺の独り言のような呟きに、背後の武士の内の一人が反応した。

 

「稲妻人は皆、誇りを持って生きております。そして稲妻人は皆、将軍様を信じているのです。だからこそ、このように明るく振る舞うことができます」

 

武士の言葉に俺はなるほど、と一つ返した。しかし、そうか…多分、将軍様ならなんとかしてくれる、と皆思っているのだろう。神同士の戦いを避けるために影は参戦できず、結局三年も膠着状態だというのに。かなりの忠誠心がある、というべきか、現実を直視していないというべきか…。

 

「おっ」

 

思わず、声を上げる。俺の視線の先には屋台。そしてそこには面白いものが置いてあった。

 

「旦那、いらっしゃい!」

 

店主は智樹という名前で、特筆すべき特徴はない。だが、彼の凄さは恐らくその発想力だ。

 

「これは?」

 

「ああ、これは僕のオリジナルで、『団子牛乳』というものなんです。良ければ試食致しますか?」

 

「貰おう」

 

俺は団子牛乳を試食し、そして目を思わず見開いた。団子牛乳、なるほど…奥行きのある味だ。やはり発想力に関しては…そう、万民堂の香菱と似たようなものを感じる。

 

「これ、幾らだ?幾つか買いたいんだが…」

 

「そ、そんなに気に入って下さるだなんて…!本来の価格は1500モラですが…今回限り、5つで5000モラでどうでしょう!」

 

「よし…これで足りるはずだ」

 

かなり負けられた。まぁ、材料費やらを考えるとそんなにかからないんだろう。値引きしても、恐らく彼も得をしているはずだ。それにしたって、得をしていなければ商売にはならないのだろうが。

 

俺は5000モラを支払うと、団子牛乳の入った麻袋を貰い、店主に礼を言って再び歩き始める。二個程、影へのお土産として持って帰り、後は自分用だ。モンドや璃月に帰れるときには救民団の皆に買っていってやろう。

 

「八重堂…か、娯楽小説なるものが置いてあるわけか…」

 

遠目から軽く見てみると『転生ヒルチャール、夕暮れの実を食べ続けたら最強になった件について』、とか『俺の青春ラブコメがカオスな件について』とか…なんというか、こういうのが最近の若い子の流行りなのか…あんまりついていけないな。

 

ってか、『雷電将軍に転生したら、天下無敵になった』だと…?民衆から見た影や眞がどのように見えているのかは気になるな…だが、この本を持っているのを万が一影や眞に見つかったら…なんというか気まずくなる。この本を買うのはやめておこう。

 

俺は一冊、前者の『転生ヒルチャール、夕暮れの実を食べ続けたら最強になった件について』を手に取った。少し読んで、元の位置に戻し、次の『俺の青春ラブコメがカオスな件について』を手に取った。この小説を見て、俺はとあることを思い出した。

 

「…そういえば影、神子と眞からの強い推薦で恋愛系統の娯楽小説に手を出した、とか言ってたっけ…」

 

と言っても、10年前の話だそうだし、昔の娯楽小説は恐らく現存していないだろう。少し興味があったが、この、『俺の青春ラブコメがカオスな件について』で我慢しようか…。

 

「店主、この本を全巻貰おう───」

 

 

 

さて、戻ったら全巻読み漁ろう。大丈夫だ、モラなら腐るほどある。結構な出費ではあったが、問題ないレベルだ。見たいものは一通り見たが…俺は後ろの武士達を見やる。

 

「よし、少し早いが飯にしよう。お前達も勿論食べるんだろう?」

 

「じ、自分達は別に…」

 

「いいからいいから、俺の奢りだよ」

 

稲妻城にあとは帰るだけだし、志村屋に寄っていこう。俺はそのまま武士達を連れて志村屋に寄るのだった。そのまま、何事もなく食事を終えようかという時だった。

 

「───ご一緒しても?」

 

同じ髪色…色的には白だろうか。重雲とか、申鶴に似てる髪色の男女が志村屋に入ってきた。顔立ちが若干似ている辺り、兄妹だな。それに身なりも高貴そうだ。いいとこ出の兄妹と言ったところか…。

 

俺は彼等の考察を程々にして首肯いた。

 

「ありがとうございます」

 

ニッコリと人のいい笑みを浮かべた彼は俺の隣に腰掛けた。妹と思われる方は一礼してからその兄の隣に腰掛けていた。俺は周囲の音を拾うため、聞き耳を立てた。

 

…なるほど。

 

「社奉行の当主、そして白鷺の姫君ともあろう方がしがない私に何の御用でしょうか?」

 

まぁ、武士達の反応でも察していたが、社奉行の人間だった。それも、当主である。堂々と接触してきたのだから目立っていないわけがない。高貴な身なりだと考えたため、周囲がそれとなく見たことある人物であればその正体を勝手に囁いてくれると思って聞き耳を立てて正解だったわけだな。

 

当主はふぅ、と溜息を吐くと目を細めて笑った。

 

「では、改めまして…貴方のことは、将軍様と神里家に残る文献にて耳に、或いは目にしておりました。神里家当主、神里綾人、以後お見知りおきを。そして、こちらは妹の綾華です」

 

「神里家当主の妹、神里綾華と申します。以後、お見知りおきを」

 

俺は丁寧に挨拶をされたので、俺も挨拶を帰すことにした。どうやら、二人共俺のことを知っているようなので、ちゃんと自己紹介しても問題はないだろう。

 

「じゃあ知っているようだけど一応。俺は昔『元神』と呼ばれていた神、アガレスだ。それで、何の用件かな?」

 

神里綾人は意味深な笑みを浮かべた後、俺の事情を説明すべく口を開こうとして、俺の後ろにいる武士達に気が付いた。

 

「貴方達は下がりなさい」

 

「は、はっ…!では、アガレス殿、我等は先に稲妻城へ向かっております」

 

「ああ、ここまでご苦労」

 

神里綾人はどうやら内密に話がしたいらしい。俺は少し身構えつつ、穏やかな微笑を携える神里綾人の話に耳を傾けるのだった。




危ない…食材が『贖罪』になって置いてある贖罪になるところだった…


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第73話 神里家からの依頼

今回も散兵さんがいない影響が出てます


俺は焼きそばを食べながら横を見やる。そこにはうな茶漬けなるものを食す神里家当主、神里綾人の姿があった。人目があまりないからか、店主にも見えないように食べているようである。その隣では上品に同じものを美味しそうに食べる妹、神里綾華の姿があった。

 

さて、どうしてこうなったのだろうか。武士達はご飯を食べ終わってはいたものの、追い出されており少し可哀想だった。擁護しようにも全く有無を言わせないような声色だったため、しそこねたのだ。

 

おっと、思考が逸れたな。何故接触してきたのか、だったな。トワリンは巨体だが、雲の上を飛んできて、尚且稲妻城郊外に降り立っている。目撃者がいないことも確認済みだ。いや、戦闘に参加した武士達とか、迎えに来た伝令の武士とかが見ていたか…まぁ、一般人の目撃者はないはずだ。目撃したとしても、ありえないとして斬り捨てていそうだしな。

 

兎にも角にも怪しいとすれば…いや、影の方から共有した可能性が高いのか。よくよく考えればその方が色々と都合もいいし、万が一問題でも起こされたら稲妻としても溜まったものではないだろうからな。政治的背景とか諸々を考えると普通に三奉行には伝わっているだろうな。上層部だけなのか、或いは末端の兵士にまで伝わっているのかどうかは全くわからないが。

 

一通り食べていたのだが、少し驚いたように神里綾人がこちらを見ていた。何かあったのかと思ってそちらに視線を向けると苦笑された。

 

「すみません、随分と『箸』に慣れていらっしゃるようでしたので」

 

なるほど、俺の顔に…というか口の周りに食べ物が付着していた、とかではなかったようだ。

 

…一応確認しておこう。

 

「箸はまぁ…練習したからな」

 

とはいえ、数百年前の話だ。本格的に眞や影に呼ばれ始めた辺りからご飯を稲妻で食べることが増えたため、嫌でも上手くなったのだ。俺の返答に、神里綾人は微笑む。

 

「箸は難しかったでしょう。外国の方々から特に難しいとお聞きしますから」

 

「いや、そうでもない、神里家当主「綾人で構いません」…綾人殿。難しいという感想は浮かばなかった記憶がある」

 

眞や影から普通に教えられたし、特に俺の指を何度も正しい位置に戻してきたのは、かなり堪えた。まぁ、当然の措置なんだろうが、彼女達はそんなに俺に箸を上手く使ってほしかったのだろうか?

 

「それで、本題を言ったらどうだ?俺は腹芸は苦手なクチでね」

 

嘘ではないが、できないこともない。別に今する必要はないと考えているだけだ。綾人は目をスッと細めると、俺のことを値踏みするように見ながら言った。

 

「貴方を将軍様のご友人と見込んで、折り入ってお願いがあって参りました」

 

見込んで、か。余程影は俺のことを喋ったらしい。綾人は目を瞑ると、胸に手を当てながら言った。

 

「探してほしい方がいまして…知恵をお貸しいただきたいのです」

 

探してほしい、か。人探しはあまり得意ではないのだがな。俺は焼きそばを食べ終わり、茶を啜って喉を潤してから告げる。

 

「聞くだけ聞こう」

 

「感謝致します。雷電五箇伝、というものをご存知でしょうか?」

 

確か遥か昔に5人の弟子にそれぞれ継承された優れた鍛造技術の秘技を持つ五大刀工流派のことだったか?だがあれはお互いに潰し合って一つだけしか残らなかったと聞いている。

 

俺のその説明に概ね間違いはない、と告げるものの、没落しただけで残っている家系もあったらしく、今回の依頼ではその人間を探してほしいとのこと。

 

「なるほど、それで?その少年についての情報は何かないのか?」

 

「…依頼をお受けになって下さるのならお話致しますが」

 

なるほど、食えん輩だな。俺はフッと笑うと、綾人を横目で見ながら言った。

 

「…報酬だ」

 

「…?」

 

「報酬による。人に物を頼むときには報酬は必要だろう?対価だ。お前は対価に何を差し出せる?」

 

それはある意味では悪魔の契約、とも言えるのかもしれないな。影、現雷電将軍の友人とはいえ、彼とはついさっき知り合ったばかりだ。その相手を信用し、対価に何を差し出せるのかを考えるのは難しいだろう。まぁ、ある意味では雷電将軍への忠誠心が高いとも言えるのか。

神里綾人はふむ、と一つ首肯くとにこやかに告げた。

 

「神里家にできることなら何でも致します。勿論、将軍様の意向にそぐわない形の依頼はお受け出来かねますが」

 

なるほど、妥当なところだろう。だが気になるものだ。神里家がそうまでして探したい人間とはな。しかも没落した家柄だ。そうまでして探す価値があるとも思えんが。

 

「そうだな、いいだろう。それで?」

 

「感謝致します。それでその少年は現在何処にいるかはわかりかねます。最も直近の目撃例も戦争の始まる三年前ですから」

 

稲妻国内でないということは亡命しているのではないのか、という言葉は飲み込んだ。

 

「なるほど…まぁ探してみよう。確か名は…楓原万葉だったな?」

 

没落した楓原家について、その後も詳しく聞いた。結構、雷電五箇伝の話には陰謀があるように思えてならなかった話だが、首謀者は雷電五箇伝の内の一つの門派とされている。他の技術を我が物にしようとして失敗したそうだ。

 

楓原万葉は、どうやら旅をしているようだ、というのがわかった。家にいるのが辛くて飛び出した、というわけでもないだろうし、恐らく見聞を広めに行ったのだろう、と仮定した。そのうち帰ってくるとは思うが、この感じだと帰るタイミングを逃していそうな予感がするな。というかそりゃあ三年前にたまたま帰国していたりすれば目撃例はあるだろうが三年間無いのは当たり前だろうな。

 

「使える伝手は使っていいのか?」

 

綾人は暫し逡巡していたが、やがて首肯いた。

 

「よし。では早速今日から開始する。とは言っても、間違いなく稲妻国内にはいないだろうし、伝手頼みだがな」

 

俺はその後も綾人に何処まで伝えていいのかを聞いてからその場は別れ、一週間以内にできれば探してほしいそうだ。

 

そう言えば探してほしい理由だが、楓原家の押収品の中に当時の設計図があったらしいのだが、その設計図には改ざんの形跡が見られ、楓原家の過去の罪は不問とし、家の再興をするのだとか。そのために彼を探したかったらしい。唯一の跡取りらしいからな。

 

少し疲れたので今日はこの辺にして稲妻城に戻ると、先程別れた武士達が待っていた。

 

「お待ちしておりました。将軍様がお呼びでございます」

 

どうやら、まだ休むことはできなさそうだ。

 

〜〜〜〜

 

志村屋を出たアガレスを笑顔で見送った神里兄妹は先程出会った男について、議論を交わしていた。

 

「…お兄様はどう思われましたか?あの方の所作全てに高貴さが滲み出ていましたが…」

 

綾華の言葉に綾人も同意した。

 

「ええ、ですがあれは生まれ持ってのものではないでしょう。彼は国を持たぬ神と聞きますからね。恐らく、生きていく上で身についたものなのでしょう」

 

実際その通りである。アガレスの立場上、国の上役の仲介人となって戦争を回避したことなど何度もあったのだ。礼儀作法を知っているのは当然とも言えた。

 

「しかしそれでも腑に落ちません。何故そんな彼の記録が500年前で途切れ、最近になって再び活動を再開しているのでしょうか…」

 

「ファデュイの罠とも考えにくいでしょう。楓原家の件はあくまでついでですからね」

 

今回の接触の目的の一つに楓原万葉の捜索というものはあったが、そこまで優先度は高くないものだった。本当の目的はアガレスが本人かどうかを確かめること。そしてこれは将軍の同意を得てのことでもあった。無論、影はアガレスを疑っているわけではない。むしろ自身の配下にアガレスが自分の友人だとアピールし余計な手出しをさせないという狙いもあった。綾人は勿論、そのことを察していたため、楓原家の再興というカードを持ってきたのである。

 

「何より将軍様が彼のことをかなり信頼されているご様子でした。500年前に何があったのかは気になりますが、それは追々調べていけば良いでしょう。綾華、今日は面白い方に出会えましたね」

 

「はい、お兄様」

 

二人は微笑み合いながら志村屋を後にする。綾人はアガレスの去って行った稲妻城の方角を見て一言だけ呟いた。

 

「ですが…国の、ひいては将軍様の邪魔になるようであればいかなる手段を以てしても排除するべきでしょうね。なにせ彼は…危険すぎますから」




少し遅くなりました。あの、ですね…めっちゃ寝てました。それはもう盛大に


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第74話 二つの奉行

なんか知らんけど72話が増殖してました。修正しておりますが、内容に変化はありません。


前を歩く武士達は少し緊張しているのか、動きが硬かった。まぁ無理もないだろう。今から将軍様こと、雷電将軍の下へ行くのだから。呼ばれたのは俺だというのに何を緊張しているのやら。

 

案内されたのは会議室のような場所だった。大して広くはないので、それこそ上層部だけの会議に使われるようなものなのだろう。部屋の中央部には円卓が据えられており、扉から最も遠い場所に影が腰掛け、その両隣には上等な着物を着る二人の男性がいた。二人共初老或いは老いた男性だ。恐らく、天領奉行と勘定奉行の両奉行の最高責任者だろう。確か柊家と九条家だったか。俺が入っていくと、影以外の二人がスッと立ち上がった。どうやら、本当に三奉行には俺のことが伝わっていたらしい。モンドも璃月も俺の記録がほとんど残っていなかったのに、稲妻は結構残っているんじゃないのか?まぁ、稲妻地域の魔神はあまり倒していないし、そもそもあまり数がいなかったから残しても問題なかったのかもな。

 

逸れてしまった思考を元に戻しつつ、会議室を見回してから一応会釈した。礼儀的に、しないほうがおかしいと考えたためである。

 

「待っていました、アガレス。どうぞ、掛けて下さい」

 

影はそう言いながら対面の位置、俺から最も近い位置にある椅子を指した。俺は一言礼を言うと、椅子に掛けた。

 

「それで、俺をここに呼び立てた用件は?」

 

ピクッと二人の男性の眉が上がる。俺の不遜な物言いに、苛立っているのだろう。だがやめるつもりはない。まぁ、申し訳程度に敬語はつけるべきだったかもしれないが、それをすると逆に影に怒られそうなのでやめておこう。英は少し間を置いてから口を開いた。

 

「その前に、私共から自己紹介の方をさせていただきます、アガレス殿」

 

心做しか、声色が厳しい。ま、当然か、と思いつつ二人の言葉に耳を傾けていた。

 

「私は天領奉行現当主、九条孝行と申します、以後お見知りおきを」

 

「私は勘定奉行現当主、柊慎介と申します、以後、よしなに」

 

右が天領奉行で、左が勘定奉行ね。で、もう一つの奉行、社奉行の当主が神里家、と。なるほどね。それにしても社奉行は呼ばれていないのだろうか?影の様子を見るに社奉行がいないのは普通のようだし、事前に接触してきたことと関係があるのかもしれないな。

 

それはそうと、自己紹介をされたのだから、俺からも返すべきだろう、現に彼等は俺の言葉を待っているようだしな。

 

「これはご丁寧に。知っているかもしれないが一応、元『八神』の内の一柱にして『元神』の称号を持つアガレスだ。よろしく頼む」

 

それで?とばかりに影に視線を向けたのだが、九条家の…確か孝行だったか?が俺を睨みつけながら言った。

 

「先程から幾ら将軍様のご友人とはいえ、その態度は許容できかねますな。法と規律の執行者たる我等天領奉行から見ても目に余ります。せめて敬語をつけて話していただきたい」

 

孝行の言葉に、え〜っと…ああ、柊慎介、そう、彼も首肯いていた。影は…無表情で座っている。これは…怒っているのと同時に俺の対応を見たいようだな。

 

俺は二人の言葉を敢えて鼻で笑う。こういう、『井の中の蛙』タイプには、大海というものを知ってもらって挫折させるのが一番だからな。後々のことを考えれば敵対するような行動を取るのはあまり良くないのだが…この際仕方がないだろう。影も、彼等にはほとほと手を焼いているようだしな。

 

無論、俺の態度に更に苛立ちを二人は強めているようだ。そんな中、俺はなんでも無いことのように口を開いた。

 

「敬語?どうして同格の神にわざわざ敬語を使わねばならないんだ?人間基準で言えばそうなのかもしれないが、お生憎様、俺は神だ。人間じゃない。そちらこそ俺に人間の常識を押し付けないでいただきたいね」

 

勿論、人間社会で生きている俺だ。別に礼儀作法に疎いわけでもなければ、それが煩わしいと思っているわけでもない。だが、彼等は全ての頂点に雷電将軍が君臨していると思っているようだ。それはいずれ増長を生み、暴走し、稲妻を、ひいては世界を混乱に陥れるだろう。あの国のように。

 

俺の口から紡がれた言葉はかなり効果が抜群だったようで、二人は顔を真赤にしていた。おうおう…老人なのにそんなに血管に圧掛けちゃ駄目だろうよ…ってか、そんな短気なのに奉行が務まるのだろうか?いや、それは大丈夫か。今だって将軍を侮辱されているとかって怒っているだけだろうしな。冤罪とか凄い有りそうだな。

 

「何度も国難から稲妻を救ってきた貴方様は口伝とは大分かけ離れているようですな。将軍様、このような怪しき存在を迎え入れるなど、やはり間違っていたのです」

 

「その通りですな。兵を呼んで排除させましょう。そもそも、口伝による伝承が本当かどうかもわかりかねますな。他の国に記録が残っていれば話は別だったでしょうがね」

 

おいおい、随分好き勝手言ってるな。二人はかなり下卑た笑みを浮かべている。俺を悪者に仕立て上げたいのか?面白いから放置してみよう。

 

「モンドも璃月も困ったものですな。今まで何の援助も行っていなかったというのに突然このような男を送り込んでくるのですからな」

 

「風神と岩神の采配など、やはり我が国には劣りますな。いや、寧ろ凡人にすら劣るでしょうな」

 

…言わせておいた俺が馬鹿だった。全く以て汚らわしい考えだな。他人を蹴落として自身達の位を高める、か。性格の悪い奴らの常套手段だが、そんな人間がこのように国の重役を担っているのが嘆かわしくもある。

 

神の批判、それは即ち他の七神をも冒涜するということに他ならない。俺だけを貶すならまだ聞いていられたが、バルバトスやモラクスを凡人以下、だと?

 

俺は口の端を持ち上げた。俺は口を開く。そろそろ、色々と限界だったからだ。主に影が物凄い形相になっている。彼女も、ここまで彼等が腐っているとは思っていなかったのだろう。なるほど、社奉行はかなりまともなのか。

 

「なるほど、それがお前らの考えか、大体把握できた、礼を言うよ」

 

「な、なんだその口の利き方は!」

 

「無礼であろう!幾らモンドや璃月の要人だとて容赦はせぬぞ!」

 

二人が声を荒げたことによって見張りの武士達が入ってくる。そしてその視線はどれも俺へ向いている。そしてその中には今日共に出掛けた二人の武士の姿もあった。

 

俺は敢えて芝居がかった口調と仕草で言う。

 

「おやおや、これはなんのマネなのかな?」

 

「不敬罪で貴様を連行する!衛兵、捕らえよ!」

 

不敬罪、か。

 

「捕らえられるのはお前達の方だと思うのだがな」

 

俺はやれやれ、とばかりに首を振った。大体、そう、大体把握したのだ。彼等の腹積もりを。

 

喧騒に包まれかけた場は俺の一言によって静まり返っていた。俺は先程より深く口の端を持ち上げながら言う。

 

「そもそも、誰が俺をこの稲妻城に招き入れたと思う?誰が俺を友人と認めていると思う?」

 

「それは勿論…」

 

「そうだ、将軍だろう。それをお前らは何かと排除したがるが…何か理由でもあるのか?」

 

彼等は黙りこくっていたが無いわけがない。そう、俺の言う通り、俺を友人と認めているのも稲妻城へ迎え入れたのも影だ。自身の判断で俺を排除しようとするのであればそれは影の判断に逆らうということに他ならない。

 

「そもそも『モンドも璃月も困ったもの』?『今更の援軍』?当たり前だろうが。どちらの国もスネージナヤとの国交があった。そんな中で稲妻の援助を行えば国交を断たれる。わかるか?特に璃月なんかは顕著に影響が現れるだろうな。まさかとは思うが…その程度のこともわからなかったのか?」

 

冷や汗を流している彼等に、俺は冷酷に告げる。ただ淡々と、事実を述べる。

 

「流石は鎖国中の稲妻だ。上層部がここまで無能だとは。外の状況くらい把握しておけよ。戦争中だからといって世界情勢をチェックしていないなどというのは職務怠慢というより最早反逆罪レベルだ」

 

本当に知らなさそうな困惑する二人に向けて仕方なく世界情勢を伝えてやる。

 

「数ヶ月前、モンドはファデュイによって掛けられていた外交的圧力を跳ね除け、対等な立場での貿易が成立した。一ヶ月ほど前に、それを快く思わないファデュイの勢力或いはスネージナヤ全体の総意でモンドに駐留していたファデュイがモンドを攻撃、そしてこれをモンド側が打ち破りスネージナヤの商人、そしてファデュイの全面退去と立入禁止が確約された。つまりモンドとスネージナヤは敵対していることになるな」

 

今は戦争の休み期間だが、と付け加えた。続いて璃月だ。

 

「続いて璃月だが、ファデュイの執行官が首謀者となり璃月全域を混乱に陥れ、璃月を乗っ取ろうと画策していた。そのため璃月もスネージナヤとは国交を断っている。つまり璃月もスネージナヤとは敵国だ」

 

ここまで話せばわかるだろうか?と思っていると天領奉行の九条さんは気付いているような顔をしている。一方の勘定奉行の柊さんは全く気付いていなさそうだ。俺は思わず苦笑する。

 

「わかるか?ここ最近でスネージナヤとモンド、璃月両国は敵対した。だから稲妻に非公式ながら援軍を出せるようになった。だから出した」

 

「だ、だが…何故非公式なのだ!公式にある程度の軍隊を送ってくれれば───」

 

イラッ。

 

「───勝てる、とか言うわけじゃないよな?多少戦力が増えたところで戦争に影響があるとでも?」

 

それは勿論、二人程度の応援にも言えることだ。だが、残念なことに来ているのが俺と旅人だ。通常の西風騎士でも、千岩軍兵士でもない。この際だから言ってしまおう。

 

「戦争の余波でモンドも璃月も人手不足だ。怪我人の復帰などで徐々に解消されつつはあるが、死傷者も多く、到底援軍など送っていられない。そもそもモンドも璃月もスネージナヤと敵対した。これからはその襲撃にも備えねばならない。軍を割いている暇など無いんだよ」

 

それでも食い下がろうとしてくる二人の老人にいい加減腹が立ってきた。イライラしていたのだが、いよいよカチンときた。

 

「俺が稲妻を助けようとしているのは稲妻に住む民と、そして影のためだ。お前らのような売国奴のためなどではない」

 

「「我々が売国奴だと」」

 

「だってそう思わざるを得ないような言動と行動ではないか?影の友人である俺を排除しようとしたり、外国の情勢に疎かったり。お前ら、売国奴だろ。その気になればいつでもファデュイに寝返れたんだろ?」

 

老人達が大袈裟なくらい後退っている。図星か。

 

「し、証拠は」

 

「証拠ならお前達の言動、そして行動。何より」

 

俺は今まで黙っていた影に視線を向けた。

 

「後の采配は彼女に任せるがね」

 

影はふと立ち上がった。老人二人は縋るように自分が正しいのだということを捲し立てる。だが、影の二人を見る目は、冷たかった。まるで一秒でも早くこの者達を視界から排除したい、とでも言いたげである。老人二人は、ただ震えて狼狽していた。

 

「黙りなさい。あなた方の処遇は追って伝えます。連れて行きなさい」

 

ま、待って下さい、将軍!!なんて言いながら武士達に連行されて行った。様付けをしない辺り、こいつらはやはりクロだったようだ。

 

などと考え事をしていたのだが、不意に影の溜息が耳に入った。

 

「お疲れか?」

 

「…ええ、あそこまで腐っているとは思いもしませんでした。これは私の落ち度ですね」

 

三年も戦争が続けば権威も揺らぐ。そしてファデュイはそういう結束の綻びに付け込むのが巧いのだ。

 

「仕方がないだろう。三年も戦争が続けば人々の心は荒み、やがて正常な判断ができなくなってしまう。彼等も、ある意味では被害者なんだ」

 

『七神』の悪口は許さんけどな!

 

影はそうですか、と一言呟くと、俺に頭を下げた。

 

「すみません、アガレス。さぞ、不快な思いをしたと思います。これも、私の落ち度ですね」

 

「構わないさ。そういう役回りがあることも理解している。今回のこの招集は、天領奉行と勘定奉行、両奉行の動きが怪しいことから開かれた会議だった、違うか?」

 

だから社奉行がいなかったのだろう。その動かぬ証拠を探しているのだろうし、な。何よりも神里綾人、彼が出席していれば彼等も尻尾は出さないだろう。だから俺に全てを一任した。影も、話さなかった。というか、空気に徹していただろう。

 

予想通り、影は首肯いた。

 

「まぁ、そうは言っても奉行所全ての人間が裏切ったわけではないだろう。中には甘い蜜を吸っていた奴らもいるだろうが、大体はシロだ。まぁ証拠とかは本職に任せるとして…用事はこれで全てか?」

 

「一応、話し合いたいこともありますので、そちらも済ませてしまいましょうか」

 

立ち上がっていた影は再び席に着くので、俺もそれに倣う。護衛がいる気配が全くしないのだが、大丈夫なのだろうか?

 

俺の心配を他所に、影はこちらを然と見て口を開いた。

 

「アガレス…大丈夫なのですか?」

 

俺は質問の意図がわからず首を傾げた。だが、影は言葉を付け加えた。

 

「アガレス、貴方は…一応彼女とは友人だったでしょう?私達ほどではないにせよ、彼女とも交流があったはずです。敵対して問題ないのですか?」

 

…彼女、とは氷神のことか。影の表情を伺うと、苦々しい表情だった。心配、不安、猜疑…様々な感情が入り混じっているが、一番大きいのは心配だな。

 

俺はふう、と息を吐くと告げる。

 

「バルバトスにも、モラクスにも、その事は聞かれなかったが、気にしている様子ではあった。影、お前には、いや、お前にだから話そうと思う」

 

彼女との交流は、確かにあった。それも、決して浅くはない関係だ。友人と言っていいだろう。だが、今彼女のしようとしていることは、世界に大きい変革を齎すことだと考えられる。安定した世界を破壊し、何を成そうというのか。或いは彼女にとっては不完全で、そして何処か可怪しい世界に見えていて、それを正そうとしているのか。

 

昔なら、直接確認しに行っただろう。だが俺は、この世界を、ひいてはこの世界に住まう無辜の民を理不尽から護ると決めている。その理不尽を振るうファデュイという組織とその元締めである氷神。無辜の民を護るためには、ファデュイをなるべく穏便に排除しなければならない。だが、彼等は悪い意味で強すぎるのだ。心も、体も。だから力という手段で排除するしかなくなってしまった。

 

辛いか辛くないかで言えば、勿論辛い。それでも、生きている以上別れはあるものだ。それが偶々、親しい友人だったというだけなのだ、と自分を無理矢理納得させて、今も生きている。

 

ということを影に伝えた。

 

「…やはり、そうですか」

 

よしっとばかりに影は立ち上がって俺の隣まで歩いてきて俺の顔を覗き込んだ。その勢いに気圧され、俺は若干仰け反った。

 

「アガレス、気分転換をしましょう」

 

気分転換…?と俺は首を傾げると、影は得意気に説明してくれる。

 

「神子が言っていました。気疲れしていたりする時は、気分転換をするのが一番だ、と。え、えぇと確か…世の殿方は女性の『ひざまくら』なるものをして差し上げると喜ぶと聞いています」

 

神子さん?小説から得た変な知識を世間知らずの影さんに吹き込むのはやめたほうがいいと思うんだよね。

 

「ち、ちなみにいつ聞いたんだ?」

 

やや動揺しつつ影にそう聞くと、やけにいい笑顔で昨日、と言われた。俺の部屋を去って行った後だそうだ。相談事ってこれだったのか…もっと戦争のことについてとかだと思っていたんだがなぁ…。

 

俺は動揺しつつも何とか影の猛アピールを躱して部屋に戻るのだった。




アガレス「そう言えば戦闘メインにするとか、言ってなかったっけ?」

…イヤ、シラナイナ。

戦闘までまだ少し掛かりそうです、ごめんなさい本当に。


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第75話 ゆるりと

今回割とタイトル詐欺です。いや詐欺とも言えないですが

※追記

誤字報告に感謝しかないです。めっちゃ寝ぼけてたみたいですね。


影の下を離れて自室…と言っていいのかどうかは不明だが兎に角部屋に戻ってくるなり、俺は大きく溜息を吐いた。今までの精神的な疲れが溜息として出てきたのである。そのまま楽な服装に着替え、座布団の上に座り、今日の出来事について考える。

 

天領奉行、勘定奉行は共に国の重役だ。その立場の人間がファデュイと関わりを持とうとしていたとあれば、稲妻全体の戦意に影響しかねない。そもそも、何故今まで露見しなかったのか、それも謎だな。或いは…神里綾人は全て知っていたりしたのか?確証はないが、事前に接触してきたのがどうも引っ掛かる。俺の人となりを確かめに来た、というのだけでも十分すぎる理由だが、それ以外にもあったような気がする。

 

そもそも俺が稲妻城に到着するまで、一応真っ直ぐ帰ったとはいえ荷物もあったし、帰る際にもチラッと色々見たので、三十分ほどの時間があった。その間に何かをしていたとすれば…まぁ、できないこともないだろう。神里家が黒幕だったとして、その目的はなんだ?ファデュイに寝返っていたわけではないだろうが…。

 

いや、そういうことか。神里家が仮に今回の一件の黒幕なのだとしたら一石二鳥の策を弄するだろう。短い時間での接触だったが、彼ならそのくらいのことはできそうだと思う。俺が影の害となる存在なのかどうか、まだわからない。不確定な内ではあるが排除しようとしたのかもな。で、同時に俺が彼等…九条なんだかと柊なんだかを排除しても問題なかったわけだ。どちらにとってしても、稲妻にとっては有益になるだろうからな。後継者とかは大丈夫なんだろうか?まぁ、それは知らん。どちらにせよ俺が関与するところではないからな。

 

「あっ…そういやこれ…」

 

俺は手に持っていた麻袋を見る。団子牛乳の存在をすっかり忘れていた。今から行っても間に合うだろうか?いや、今日は割ともう夜だし、彼女から尋ねてこない限りは明日渡すことにしよう。日持ちはするみたいだしな。

 

さて、それはさておき。

 

「バルバトスに連絡を入れておくか…」

 

俺は指輪を弾くと「あ〜テステステス」と言った。暫し間があって返答があった。

 

『…アガレス、その妙な掛け声はなんだい?』

 

「なに、マイクチェックだ」

 

『意味分かんないよ』

 

実際に見たわけではないが、間違いなく苦笑しているだろう。俺は空気を入れ替えるべく、話題を変える。と、言っても本題に戻すだけだ。

 

「さて、バルバトス。調べてほしいことがある」

 

『おや、君からの依頼は珍しいね?出来る範囲なら何でも聞くよ』

 

心強い言葉だな。腕を腰に当てて胸を張ってそうだな。

 

「人探しをして欲しい。モラクスにも後で連絡を入れてほしいんだが…」

 

『…稲妻にとって必要な感じなのかな?だとしたら僕も手は抜けないんだけど』

 

おい、必要じゃなかったら手を抜くって言ってるようなものじゃないかそれは。そのニュアンスが俺の沈黙で伝わったのか、向こうで苦笑しているようだ。

 

『冗談だよ。それで、その探している人の特徴と名前は?』

 

「楓原万葉、年齢は16くらいだと思われる。白い頭髪だが一部が紅葉のような色だ。背丈は旅人より少し高いくらいだ。探せるか?」

 

『ん〜、まぁやるだけやってみるよ。吉報を期待しててね』

 

礼を言ったが、返答がない。どうやら通信は切れているようだ。こういうところはわかりにくくて困る。通信は切れているのにずっと一人で話し続けてました、とかなったら羞恥で軽く死ねるぞ。

 

一応、用事は全て終わったな…団子牛乳でも食べるか…いや、飲むか、か?どっちでもいいか。

 

布団に横になり、団子牛乳を飲みながら、買ってきた『俺の青春ラブコメがカオスな件について』を一巻から読んでいく。う〜ん、なんというかやっぱり青春ラブコメというものはいいな。この作者、よく考えるじゃないか…恋愛、恋愛か。神である俺には全く縁のないものだろう。だが、なんというか…こう、胸のあたりが締め付けられるというか。兎に角嫌な感覚でないことは確かだ。

 

暫くして。

 

「…いい、とてもいいな。恋愛小説、いいじゃないか。これは確かに神子がどっぷりハマるのも首肯ける。俺も恋愛小説みたいな展開やりたい…いや、やってみたかったなぁ…」

 

新しい扉を開いた俺だが、神であるこの身では恋愛などできないだろう。どうしたものか…どうにかして俺もこういう、なんというか、胸が締め付けられるような恋がしてみたいものだ。ああ勿論、この主人公のように複数の女性から狙われてカオスになるのは御免だが。

 

「…第一巻だけでこれかぁ…続きが気になるな…」

 

こんなにワクワクしたのはいつぶりだろうか?前回は…そう、バルバトスがモラクスと仲直りするって言って璃月に行くときだったか?結局、あの時はバルバトスがモラクスを更に怒らせて俺が仲裁してようやく、って有様だったんだよな。懐かしい。

 

フラグを少し前に立てた気がするが、今やもう午後11時。誰かが俺の部屋に近付いてくる気配は…いや、あるな。風元素の力で外の様子を探ると、三人ほど、俺の泊まっている部屋に近付いてきている。部屋の灯りが消えるのを待っているようだ。

 

今日はゆるりと過ごしたいんだよなぁ…どうしようか?動くのだるいから嫌なんだけど。

 

「あっ、そうだ…」

 

無視すればいいんだ。灯りをつけっぱなしにして眠ればいいんじゃなかろうか。寧ろそれでいいだろう。というかそうさせろ。そういうわけで俺は布団に入り目を閉じる。疲れているからか、少し頭の回転が悪い。

 

「襲撃者など知ったことではない。俺は休むんだよ…というか休ませろ」

 

灯りを消していないのにこっちに来るようだ。どうやら痺れを切らしたらしい。襲撃者としては二流、いや三流と言わざるを得ないな。俺は布団の中から出る。

 

「しかしタイトル詐欺もいいところだな…ゆるりといかせてくれよ」

 

侵入者達は壁を伝って登ってきた。俺の部屋の様子を伺っているようで、俺が寝室にいるとわかるなり窓から侵入してきた。勿論、俺のいる部屋とは別の部屋である。十中八九、天領奉行か勘定奉行によって雇われた暗殺者…或いはデットエージェントか。動き的には前者っぽいな。なんというか、夜襲に慣れていなさそうだ。

 

そうこうしている間に俺の部屋に三人が入ってきて刀を抜いた。勿論、その視線の先には盛り上がった布団。そして一斉に刀を突き刺し───

 

「残念ドッキリでした〜てってれ〜!!」

 

頭に思い浮かんだフレーズを言いながら天井から三人の内の一人に背後から襲いかかり踵落としで気絶させた。さて、風元素で盛り上がらせていただけの布団が役に立ってよかったよ。流石は素人、俺があそこにいないことも見抜けないか。

 

「くっ…!」

 

「おや、逃走すんのか?何が何でも俺を殺したいってわけでもないのか?いやぁまさか」

 

俺は未だに布団に突き刺さっている刀と倒れている襲撃者の一人とを交互に見やる。

 

「殺せればよし。殺せなくてもお前らを餌に俺を失脚させるような材料にする、なんてそんなことするわけないよなぁ?」

 

間違いなく、こいつらを殺せば俺は稲妻から排除されるだろう。過剰防衛とか難癖をつけられるだろうな。加えて、彼等襲撃者が俺を殺すことができればそれはそれでファデュイの仕業として決定づけられるだろう。まぁ、この程度で殺そうなどと…そうだな、「何年早い!」とか言おうと思ったが、一生かかっても無理そうだ。

 

残った二人は青い顔をしていたが、俺へ向けて刀を向けた。どうやら、完全に戦意が喪失したわけではないらしい。こいつらの雇い主の誤算は、というか敗因は相手を舐めすぎていることだな。自分が世界の中心と信じて疑っていないようだな。

 

「馬鹿は矯正できないとも言うし、ちゃんと失脚してもらうか」

 

 

 

「───よし、ようやく眠れるな」

 

こいつらの引き渡しは別に明日の朝で問題ないだろう。暴れたところで縄に縛られた状態だ。動こうにも動けないだろうし、縄を解くことも切ることもできないはずだ。

 

まぁ襲撃者のことはいいだろう。結局ゆるりとできずに戦ってしまった。もう寝よう。俺は少しズタズタになってしまった布団に入り、目を閉じるのだった。



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第76話 危うくだった

あ、タイトル詐欺です()

詐欺ってほどではないですが、あまり内容には関係ありません

胃の痛みは収まりました。ご心配をお掛けして申し訳ない。納豆を夜中に食べるのはもうやめようと思います。


翌朝、俺は後ろ髪を引かれる思いだったが何とか布団から脱出し、丁度武士達の見張りの交代の時間を見計らって部屋の外に縛り上げた襲撃者を放り投げておいた。後は次の見張りがなんとかしてくれるだろう。

 

それはさておき、少々困っていることがある。

 

「…かんっぜんに寝坊したな」

 

俺は時計を見て思わず苦笑した。6時に起床するはずが、今や8時だよ。どうしてくれるんだこの襲撃者共が。

 

さて、情報を整理しよう。昨日は頭が回らず余り考えることができなかったが、あの襲撃者達は恐らく天領奉行或いは勘定奉行所付きの武士ではなく、当主の私兵だろう。そうでなければあれだけ動きが性急だったことの説明がつかないからな。

 

更に言えばこんなことを仕出かすのは天領奉行ではないはずだ。九条家にはいい跡取りがいると聞いている。そんな人が将軍から暇を出された現当主を放っておくわけがない…はず。本人を知らないからなんとも言えないけれども。まぁこの際どうだっていいんだよな。

 

「どちらにせよ襲撃者が全て吐いてくれるだろうな」

 

情報を引き出すのは俺ではなくその職業の人間だろうが、できるだけ厳重な警備の下行って欲しいところだな。取り調べる前に殺されるか、最中に殺されるか、或いは事後に始末されるかどうかはわかりかねるが、兎に角相手が相手だ。油断はしないほうが良いだろう。

 

あれ?だったら縛り上げて外に襲撃者を放置しておいたのは失敗じゃないか?回収回収…。

 

ぎりぎりのところで武士達に見つからずに済み、彼等を回収することができた。お前らも出たり入ったり大変だな。原因俺だし、ってか攻めてきたお前らの責任だけど。

 

「早めに情報吐いてもらうか?その方が楽な気がするな」

 

俺はチラッと襲撃者を見やると、ふるふると首を横に振っていた。別に鬼でも悪魔でもないんだからそんなにビビんなくてもいいと思うんだ。まぁ、神ではあるけど。

 

いやぁでもあれだな、どうせこれから精神ズタボロにするんだし、関係ないかぁ。俺は襲撃者のリーダーと思われる男に話しかけた。勿論、笑顔で、である。あ、話せるように猿轡は外しておくとして…よし。

 

「なぁお前、武士でそれなりの地位を貰ってるってことは、勿論所帯を持ってるってことだよな?」

 

「ぁっ…いや」

 

俺は刀を生み出して床に勢いよく突き立てる。勿論、彼の目の前に、である。彼は冷や汗を浮かべ、刀を凝視した。

 

「嘘を吐けば殺す。俺はこの国の人間じゃないからな。法とかは気にする必要ないんでね」

 

まぁモンドとか璃月の関係が悪くなるから気にしまくるんだが…この際ブラフでも良いだろう。襲撃者はコクコクと何度も首肯いた。さて、これで従順になってくれただろう。

 

「お前の主は?」

 

「ひ、柊慎介様です。元々は私兵として働いておりましたが、此度の命令は到底拒否できるようなご様子でもなく…」

 

なるほど、怒り狂っていたわけだ。ハッハッハッハッ!ざまあないぜ!とか調子に乗れたら良いんだが、生憎そんなおめでたい頭は持ち合わせていないんだよなぁ。

 

「なるほどねぇ…大方、会議で恥かかされたのとファデュイの邪魔になりそうな俺を排除しておけば助けてもらえるかもしれない、とかそういう感情で動いたんだろうな…」

 

戦争が始まる前までは優秀、或いは普通の奉行だったんだろうが、戦争が長引いた結果がコレなのかねぇ。やっぱ戦争よくないな、うん。

 

「目的は聞かずともわかるが…俺を殺すこと、そうだな?」

 

「は、はい。恐れながら…」

 

やるにしても専門家を雇えば良いものを。それとも雇えない理由でもあるのだろうか?

 

「何故お前達が此処へ?暗殺者の専門家に頼んだ方が早いだろうに」

 

今の所嘘を言っている感覚はしない。嘘を吐く時特有の仕草、例えば顔の部位を触ったり、汗をかいている、などの症状が見られないからだ。とはいえ、それだけでは断定できないだろう。

 

だがいい機会だ。聞きたい情報は聞けた。これで嘘を吐くようならそれまでだろう。俺に真正面から見つめられた彼は目を逸らした。

 

「…その、わかりません」

 

…俺は刀を抜くと振り上げてから仕舞う。三人はかなり萎縮していたが、俺の行動を見て不思議に思っているのか首を傾げていた。

 

「情報提供に感謝しよう。何らかの処罰は免れないだろうが…まぁ、助命くらいは嘆願してやろう」

 

彼等も、上に従っただけだろう。積極的に俺を害そうという気持ちを感じない辺り、奉行がファデュイと繋がっているのも知らないんだろうな。

 

俺のその言葉に三人は深々と頭を下げた。まぁ、所帯を持っている彼等…かどうかは知らんが、兎に角うち一人の家庭は間違いなく苦しくなるだろうなぁ。そっちのケアも必要だろうな。

 

「…面倒だな」

 

思わず、そう呟いてしまうのも無理はないだろう。来たばかりでこの歓迎のされようだぞ?先が思いやられる。と、いうか旅人は大丈夫なのだろうか。この分だと彼女も不味いかもな。到着予定は今日だったはずだ。もしかしたらもう着いているかもしれない。

 

俺は部屋の外にいる見張りを手招きして部屋に招き入れると、三人を引き渡した。武士はかなり驚いていたがすぐに人を手配する、と言っていなくなった。勿論、もう一人見張りがいるので問題はない。上役と思われる男にこの男達を助命するよう告げると前向きな返事を頂いたので信じてみようと思う。

 

ついでにその場にいた武士の一人に将軍に面会したい旨も伝え、将軍から許可を貰ってきたのですぐに面会…というより謁見?をし、海祇島まで行く旨を伝えた。ついでに団子牛乳を渡しておく。影は少し微笑んで喜んでいたが、味で喜んでくれると良いのだが。

 

そう言えば一気に国の重役二人を失ったことについて何も影から言われなかったな…申し訳ないから今度謝っておこう。彼女と、当事者に。

 

さて、思い立ったが吉日、とも言うし、早速向かうとしよう…思い立ったのはちょっと前、とかそういうツッコミは無しだぞ。

 

 

 

海祇島。稲妻国内では西側に位置する島で、空中に泡が浮いており、全体的に色彩豊かで明るく、なんというか、珊瑚礁という感じの様相を呈している。中央部には大きめの建物もあり、近くには村もあり、それなりに活気もあるようだ。空中に浮きながら少し考える。

 

「初めて来たは良いが、事前告知も何もなしだからなぁ…ん?」

 

海祇島の東側、そこでファデュイの連中がウロウロしている。何処にでもいるなぁ…何処ぞの黒いヤツかよ。その近くには…聞いていた『死兆星号』か。どうやら水平線に艦影が見えたときから追跡していたのだろう。大して気にするようなことでもないな。

 

だが…旅人達が降ろされるのを見られると、少々面倒だ。モンドと璃月にも被害が及ぶ可能性を考えるとバレるのはなるべく遅いほうが良い。俺は溜息を吐くとファデュイの連中のど真ん中に降り立った。

 

銃や刀、ハンマーを構えるファデュイの連中へ向けてにこやかに告げる。

 

「やぁやぁ皆様お揃いで。本日はどちらへ?離島なら逆方向ですが?」

 

まぁまずは軽い挨拶から。ファデュイの注意をこちらへ引きつけるのには煽るのが一番だからな。ファデュイは黙っているがその視線は全員俺に向いている。そして着実に包囲網を狭めてきている。

 

ファデュイの数は12か。編成はかなりいいな。雷ハンマー、氷銃、水銃、炎銃がそれぞれ二人、他はミラーメイデン、雷蛍術士、デットエージェント、そして…あまり見ないが、岩使いの編成だ。凍結、溶解、拘束や遠距離、加えて火力も充分。完全に船を潰しに行く編成だな。

 

「野放しにしとくと危険か…」

 

長旅で疲れた彼女には彼等と戦うのは酷だろう。海祇島の兵力が不明な以上、戦わせるわけにもいかないだろうしな。それにファデュイは強い。武士達がどうかはわからないが、西風騎士や千岩軍兵士だと二倍の兵力差が無ければ相手するのは難しいだろう。彼等はそれほどまでに強い。だから此処で潰す。

 

俺が刀を抜いたのを皮切りに、ファデュイが襲いかかってきた。どうやら俺のことを知っているわけではないようだな。もう少し反応があると思ったんだが。俺は背後から振るわれたデットエージェントの刀を軽く屈んで回避すると、前に一気に転がった。直後俺の元いた場所に雷ハンマーの力強い一撃が直撃し、凹んだ。直撃すると少しキツいかな。

 

しかし連携がしっかりしている。俺が避けることを見越してミラーメイデンは後方で俺を拘束しようとしているし、炎銃は常に俺に照準を合わせている。氷銃は彼等の前に居てタンクの役割を果たしているし、水銃はいつでも回復させられるように控えている。他は割と俺への攻撃に参加している。

 

うん、やっぱり実戦を経験しているだけあって英雄を相手取るのは慣れているようだ。そうでなければこうも連携を取ることはできないだろう。多分、あらゆる敵に対応できる部隊なのだろうな。稲妻の英雄と目される人物も恐らく犠牲になっているに違いない。

 

だからといって俺にそれが通用するかと言われれば微妙と言わざるを得ないだろう。

 

「さて、大体分析も済んだし───」

 

俺は雷ハンマーの攻撃を躱したタイミングでハンマーの上に乗り、そのままの勢いで雷ハンマーの首を落とした。雷ハンマーの体から力が抜け、大量の鮮血を撒き散らしながら地に伏した。即死させたため、水銃による回復も見込めない。

 

驚いて一瞬硬直するファデュイに向けて微笑みながら告げる。

 

「───そろそろ反撃といこうか」

 

 

 

数刻後、海祇島に死兆星号が停泊した。勿論、俺も見ている。ファデュイの連中は処理し、死体はそのまま、というわけにもいかないのでしっかり焼却してから埋葬しておいた。さて、死兆星号からタラップが降りてきて砂浜に三人降りてきた。一人は旅人、一人は女性で背が高く、片目を布で隠している。ガイアが確か、眼帯がどうのこうのは海賊がどうのこうのって言ってたから彼女が北斗か。

 

もう一人は白髪で一部が紅葉色の少年だ。

 

「ようこそおいで下さいました。将軍様からお話はお伺いしております」

 

ん?あれは…天女のような出で立ち。なるほど、あの女性が珊瑚宮心海か。現人神という話だったが、なるほど確かに神聖な雰囲気がある。しかし、完全に出ていくタイミング逃した気がする。いや、まだチャンスはあるはずだ…あるよな?

 

彼、彼女達の話が進み、どうやら珊瑚宮へ案内されるようだ。完全に出ていくタイミング逃したな。ん?珊瑚宮さんこっち見てる気がするんだが…。

 

「そこの方、もう出てきてもよろしいですよ?ずっと出てくる機会を窺っているご様子でしたが…何か御用でしょうか?」

 

ま、不味い。このままでは縁の下の力持ちや応援どころかストーカー的な烙印を押されてしまう気がする。俺は努めて平静を保ちながら彼女たちの前に出た。旅人と目が合う。視線で非難された。なんか解せぬ。

 

それはさておきこの状況はどうしようか?一先ず現状を説明するべきだろう。コホン、と咳払いをすると話し始めるべく俺は口を開く。

 

「お初に御目に掛かります珊瑚宮様、私の名はアガレス、しがない旅人、というわけでは御座いませんが一応彼女と同じ璃月からの応援ということになっております」

 

人間第一印象というものは大事だからね。丁寧な言葉遣いを心がけて…え?もう遅い?そ、そんなバカな。

 

だが俺の一人芝居とは裏腹に、珊瑚宮心海は俺のことを影から聞いていたようで、貴方もどうぞ、と誘ってくれた。俺は勿論首肯き、旅人ともう一人の少年の横に並んだ。ジト目で見てくる旅人を軽くスルーしつつ溜息を吐いた。

 

危うくだった。




ちょっと予定が入ってて急ぎで仕上げました。誤字報告いつもありがとうございます。

アガレス「感謝の気持ちがあるなら誤字の頻度を減らしたらどうだ?」

それはちょっと厳しいかなぁって…見る時間が無くって…。

ということで、これからも誤字報告を頼らせていただきます。誤解を招きそうな文言に関してはしっかり書き込もうと思います。そんな感じでよろしくおねがいします。


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第77話 情報交換

今回最初だけ三人称ですが途中からアガレス視点に戻ります。


「───海祇島と稲妻幕府の協力関係の粗を見つけるのは難しいとの結論に至ったわけか…」

 

稲妻にある離島。現在はファデュイの支配下にあり、元々柊家の屋敷だった場所は今やファデュイの指揮官が闊歩する作戦司令部へと変貌していた。その屋敷の中で仮面をつけた男が呟いた。手で机を撫でており、その机の上には部下からの報告書と思しき紙の束があった。

 

「それにしても、稲妻の数々の英雄を屠ってきたあの部隊が全滅させられるとは…」

 

男は独り言を呟きながら窓の外を見る。外は土砂降りの雨だった。その視線から、感情を読み取ることはできない。まるで感情という概念が抜け落ちているかのようであった。

 

「新たなる風が吹こうとしている。三年落とせぬ稲妻を、多少の小細工で落とすことなどできはせぬか…潮時だな」

 

男は報告書の束をそのまま放置し、部屋にある金庫や引き出しに入っている書類などを片っ端から集め、片付け始めた。やがて多少の書類が残った部屋を見回し、男は呟く。

 

「ロザリン…お前を殺したという男が、稲妻に来ているようだ…仇討ちをしてもよいが今はまだ機が熟しておらん…」

 

だが、と男は続けた。

 

「例え我が身が滅びようと、ロザリン…吾輩が約束しよう。お前の無念、その遺志、そして女皇の願いは吾輩が必ず成し遂げると」

 

男は扉を開き、出て行った。窓際には燃え盛る炎のような色の蝶が一羽止まっていた。

 

〜〜〜〜

 

俺と旅人、そして白髪の少年───恐らく楓原万葉───は珊瑚宮にそのまま連れられていった。南十字船隊の『死兆星号』の船長は珊瑚宮心海と軽く挨拶を交わして去って行った。機会があれば俺も話してみたいが、海賊と言えば酒が好きなイメージがある。酒を飲むと何が起こるかわからない俺にとってしてみればある意味では天敵と言えるだろう。会うなら公式の場所くらいにしておこう。非公式で会おうものなら間違いなく酒の席になるだろうし…なるべくならこの弱点は隠しておきたいからな。

 

珊瑚宮の中には入れなかったが、一時的に設けられた天幕内で話し合いが行われることとなった。ちなみに、珊瑚宮の門前であるため、人はまあまあ多い。連行されてるみたいに見えたのか、ヒソヒソこちらを見て話している青い巫女服の女性が多かった。そう言えば鳴神大社は赤色の巫女服だよな。この辺は宗教的な違いなんだろうなぁ…なんて思ったりしている。

 

「それではお茶の用意もできましたので、話し合いを始めさせていただきますね」

 

話し合い、と言ってもこちらに一方的に稲妻の現状を話し、その上で稲妻の指揮下に一時的に入ってもらう、という感じになるわけなので、俺はあまり聞く必要がない話になるな。ただ、珊瑚宮心海は俺へもしっかりと説明をしてくれるようだ。

 

内容は影が話してくれた内容だったので省略するが、旅人は結構驚いている様子だった。如何な珊瑚宮心海と言えど雷電将軍が二人いる、ということは知らなかったようだ。まぁ表舞台に出てくるのは常に一人だし、仕方がないのだろう。

 

「さて、それではアガレスさん、貴方はどうして此処へ?」

 

おっと、考え事をしていたら話を振られた。俺は敬語で話そうとして、珊瑚宮心海から静止の声が掛かった。

 

「私達は対等な立場ですから、敬語は不要ですよ。私の話し方に関してはお気になさらないで下さい」

 

どうやら話し方は性分らしい。常に丁寧ということかぁ…なんか、現人神って崇められるのも首肯けるな。俺より神やってるよ…。

 

と軽く嘆きつつ、俺は言葉遣いを訂正しつつ質問に答えた。

 

「彼女…旅人の出迎えに来た次第だ。詳細はえ…将軍様から聞いているはずだが…」

 

そう言うと珊瑚宮心海はキョトンとした顔をしていた。どうやら、やっぱり早馬は間に合わなかったらしい。

 

「い、いえ…早馬よりも早くご到着されたのですね…あ、あはは」

 

口ではそう言っているが、信じられないらしく、苦笑していた。斯くいう俺もその例に漏れなかった。そんな中、旅人が首を傾げて口を開く。

 

「アガレスさん、私、北斗さんに『稲妻で停泊できる場所がないから仕方なく無理矢理此処に停泊した』って聞いたんだけど…なんでここに来るってわかったの?」

 

旅人はそう言っているが、珊瑚宮心海は理解しているようだ。俺はわかりやすくかつ簡潔に説明した。

 

「稲妻では本来、外国からの商人を一度、離島に通してから稲妻全土への行商を許可するんだ。何故かと言うと、簡単に言えば危機管理のためだ。商人達は稲妻で結構厳しめのチェックを受けるが、それを突破した商人のみが稲妻での商いを認められる。今回のような戦争やテロを防ぐため、ってことだ。加えて稲妻の港で最も大きいのはあそこだ。大体の船はあそこに停泊する。さて、ではその離島はどうなっている?」

 

今まで影が薄かったパイモンがハッとした。

 

「ファデュイに占拠されてるぞ!」

 

「そういうことだ。だから少なくとも離島には停泊できない。加えて稲妻城は安全なわけじゃない。船は地上から砲撃を受けるかもしれないから、どちらにせよ稲妻城へ直接行くには地上からの砲撃を覚悟しなければならない。であれば他の島で稲妻の勢力がある場所に停泊するしか無い、となれば海祇島が最も都合がいいんだ」

 

戦争に於いて補給というものは常に課題として存在している。そして拠点から離れれば離れるほど、補給は難しくなり、時間もかかる。だから兵隊の密度は拠点から離れるほどに薄くなる。それこそ、特殊工作員や極秘部隊などが多くなる。それはつまり砲撃を行えるような部隊が少なくなることを意味する。まぁつまり拠点から一番遠く、稲妻幕府の影響力がある場所というのが海祇島くらいしかなかったわけだ。

 

その旨の説明を旅人にすると、うんうんと納得したように首肯いていた。パイモンは若干挙動不審になりながらも首肯いていたので何やら勘違いをしていたようだ。珊瑚宮心海さんは、というとニコニコして旅人達の様子を見ていた。

 

「取り敢えず俺達の話は良いだろう。今度は俺から質問したいんだが…」

 

俺はそう言いつつ、旅人を、そして隣に座る楓原万葉と思しき少年を見る。俺は旅人に視線を戻しつつ彼について聞いた。

 

「それについては、拙者から説明するでござる」

 

…ござる?なんというか、不思議な話し方だな。他の稲妻人でござるとか言ってるの聞いたことがないが…何なのだろうか?まぁそれはいいだろう。

 

胸に手を当て、彼は改めて自己紹介をしてくれた。

 

「拙者は、楓原万葉と申す。四方を彷徨う浪人でござる」

 

「俺はアガレスだ。まぁ、これと言って特に特徴はない」

 

冗談めかして自己紹介をすると、旅人に再びジト目で見つめられる。その様子を見た楓原万葉が微笑みながら視線を俺へ向けた。

 

「お主とアガレス殿は親しいようであるな。もしかして知り合いでござるか?」

 

「話すと少し長くなるが、知り合いというか友人だな」

 

俺は微笑みながら旅人へ視線を向けた。面と向かって友人と言われたことが気恥ずかしかったのか、旅人は少し頬を染めながらそっぽを向いた。楓原万葉と二人でその様子に苦笑を零すと、俺は弛緩した雰囲気を再び緊張感があるものに戻すべく咳払いをした。

 

「それで、何故此処へ?南十字船隊の『死兆星号』に乗ってきたんだろうが…どういう経緯があったんだ?」

 

パイモンも合わせて三人にそう問いかけると、三人で説明してくれた。

 

曰く、楓原万葉は元々『死兆星号』へ乗っており、その経緯は稲妻の戦争に起因しているらしい。戦争初期に『死兆星号』が偶々稲妻との貿易に来ていたのだがファデュイが暴れ始めた時に住民を出来る限り救いながら楓原万葉が動いていた時、ファデュイに囲まれ死を覚悟していた彼はそれでもファデュイに精一杯の抵抗をしようと刀を構えた。その際北斗が通りがかり楓原万葉を救い、暫く厄介になっていたらしい。

 

「なるほどな…それでどっちにせよ稲妻には暫く近付けず、今回旅人を送るという大義名分が出来たから戻ってきた、というわけか」

 

如何な海賊と言えど戦争地域には足を踏み入れることはできないだろう。しかも三年前なら楓原家再興の話も知らないのだろうな。ただ…俺からは言わないほうが良いだろう。部外者だからな。

 

俺の言葉に、旅人達は首肯いた。珊瑚宮心海は話の間ずっとニコニコしていた。何を考えているのやら。

 

「そう言えば、アガレスさん。一個報告しなきゃならないことがあって…」

 

神妙な顔つきの旅人が俺にそういった。先程の話とは関係がなさそうだ。俺は旅人の言葉に返事をしようとして、俺の指輪が振動しているのに気が付いた。そう言えばこの指輪、通信が繋がると振動するんだったな。俺はいつも指輪を弾いてすぐに話しているから皆あまり気が付いていないようだが。

 

「すまない旅人、話は後だ。バルバトスから通信が入った」

 

俺は指輪を弾きながら席を立ち、少し離れる。

 

「バルバトス、俺だ」

 

『あ、アガレス?ごめんね、何か取り込み中だったりするかい?』

 

心做しか、バルバトスの声には焦燥感があった。彼が慌てるとは、珍しいな。緊急の用事だと思われるため、俺は旅人に少し時間がかかるかもしれない、と告げてから何があったのかをバルバトスに聞いた。

 

『その…ほら、前璃月を襲ったファデュイの執行官がいたじゃん?』

 

確か第6位『売女』だったか。名前はルフィアンだった気がする。それがどうかしたのだろうか?

 

『璃月で取り調べを受けつつ拘束されていたんだけど、二日前に忽然と姿が消えていて…』

 

「本当なのか?」

 

ルフィアンは脱獄したのか。或いは仲間に助けられたのかもしれないな。璃月の牢獄は結構ガード固そうだし、助けに行ったのは執行官クラスかもな。それにしても何故その情報をバルバトスが知っているのだろうか?友好国であり、隣国だからといってこうも簡単に自国の失態を晒すとは思えないが…。

 

俺の疑問が通じたのか、バルバトスは詳しい状況を説明してくれた。

 

『璃月、モンド両国の関係は最高潮だからね。まぁそれは理由の一割くらいかな。一番の理由はアガレス、君だ』

 

俺か。あ〜なるほど、と思わず首肯く。

 

『君は両国にとって最早重要人物と言えるからね。旅人も同様だけど、璃月にいなかった君はこの事件を知らないだろうと、じいさんが珍しく気を利かせてくれたんだよ』

 

俺が今いる稲妻は、ルフィアンこと『売女』が所属しているファデュイと戦争状態にあるわけだ。ルフィアンの脱獄によって欠員があった執行官の席も僅かに埋まる。そしてその影響は、かなり大きいわけだ。士気的な意味でも、戦闘力的な意味でも。だから当事者である稲妻の上層部、そして前線で戦う俺へ伝えるべき、となったのだろう。恐らく、モンドの一般市民は、少なくとも今は知らないだろう。人の口に戸は立てられないと言うし、その内璃月に立ち寄った商人などから情報は広がるだろうが。

 

「そういうことか…しかし、彼女を逃したのは痛い」

 

彼女の年齢は恐らく見た目よりも歳を重ねているだろう。で、あるのにも関わらず見た目は17歳程度だし、あの強さだ。旅人が戦ったというタルタリヤ、そして『淑女』。彼、彼女達は例外なくその戦闘力は高い。旅人から聞いた話によればタルタリヤは恐らく本気を出していない、とのことだったし、年功序列式の執行官で言えばルフィアンは結構な歳なのだろう。それにしても、『淑女』がファデュイに入ったのは恐らく500年程前。それで第9位だ。それ以上の人たちって最早人じゃないよなぁ。その辺は『邪眼』とかに秘密があるようにも思えるが、詳しいところはなんとも言えないんだよな。

 

『うん、そっちでもちょっと気にしてて。僕達の方でも取り敢えずの捜索はしてみるから』

 

「ああ、よろしく頼む」

 

それと、とバルバトスは続ける。話はまだ終わっていなかったようだ。俺は『なんだ?』と返し返答を待った。

 

『影と眞には会えたかい?』

 

バルバトスの問にどう答えるべきか少し迷い、そして

 

「ああ、二人共元気そうだった」

 

嘘を吐いた。眞が伏せっているという情報は身内のみに留めておいたほうが良いだろう。どこから漏れるかわからないし、誰かがこの通信を聞いているかもしれないからな。バルバトスはそっか、と少し安心したような声を発し、それじゃあ、と言って通信を切ったようだ。俺も指輪を弾き通信を終了した。

 

席へ戻ると、旅人が首を傾げながらどんな内容だったのかを聞いてきた。

 

「バルバトスから、ルフィアン…ああ、『売女』が脱獄したという情報を貰ったんだ…って、旅人?」

 

何故か旅人が頬を膨らませて不機嫌そうだ。理由を聞くと、俺はなるほど、と納得し、苦笑した。

 

「私が鍾離先生に頼まれたから伝えようと思ってたのに…」

 

ということだったらしい。どうやら鍾離ことモラクスは旅人が伝えられないことも考えてバルバトスに頼んだようだ。恐らく、モラクスは不機嫌だっただろうがな。

 

「まあ旅人。伝わったんだから良いじゃないか」

 

「そういう問題じゃない!」

 

それから小一時間ほど旅人に説教を受けた。さしもの珊瑚宮心海も、楓原万葉も苦笑いしながら横で談笑していた。パイモンは俺に助け舟を出そうとする度に旅人に視線で黙らされている。

 

なんだろう、情報交換していたはずなのに、どうしてこうなったんだろうか?わたしはふしぎでたまらない。金色の頭髪を持つ少女が、まるで雷の如き圧を掛けてくることが。

 

結局旅人の説教によって夕方になってしまったため、その日は海祇島で過ごすことになるのだった。



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第78話 一時の休息とかき氷

その日の夜。俺は海祇島にまではるばるやって来た稲妻幕府からの早馬を出迎えた。かなり驚かれたが、珊瑚宮心海が快く自分を受け入れてくれたことを伝えると安堵していた。

 

後で珊瑚宮心海に相談しておかねばならないことが出来てしまったな。彼、伝令役の助命に関してである。影は眞とは違って政務に向いているわけではない。向いていないわけでもないが、経験の差が存在しているので、仕事をこなせなかったと知ったら打首、とか言うかもしれない。いや、そんなことないか…?まぁいい。

 

伝令役に伝令を頼み、俺はさっさと充てがわれた珊瑚宮付近の村、望瀧村にある一軒家へ向かった。伝令に頼んだことは、純粋な報告だ。もう一人の応援が到着したことと、これから本格的にそちらの指揮下に入ることを伝えて欲しい、といったことだ。ファデュイの兵士たちだが、そちらに関してはいたから倒しただけなので、伝えなくても問題はない…はず。ファデュイ側の戦力で『英雄狩り』とかよくわからん名前の奴が出てきたらそれとなく言っておこうと思う。

 

しかし、泊まることになっているとは思わなかったので、娯楽用品をなんにも持ってきていない。ああ…『俺の青春ラブコメがカオスな件について』の続きが気になるんだが…主人公とあの子はどうなるんだよ…早く続きを読ませろ。

 

と、そんなこんなで表情を一人でコロコロ変えながら珊瑚宮から望瀧村へ到着し、兵士に声を掛けてから案内してもらい、家に入った。家の中は質素だが、台所、洗面所、風呂、トイレ完備、そして生活スペースもしっかり確保されているかなりいい家だとわかる。何より新鮮なのは、建築様式が少々稲妻城城下町とは異なっていることだろうか。

 

主戦場である鳴神島、神無塚にある九条陣屋付近、そして名椎の浜からここはかなり離れているから、ある程度の余裕があるのだろう。まぁ主戦場から近い稲妻城城下町もかなり活気があったけどな。あれはまぁ…アレだろう。海祇島の人々が海祇大神を信仰しているように、稲妻に住まう人のほとんどは雷電将軍を信仰している。要するに信じるものは違えど抱く感情は変わらない、ってわけだな。

 

昔、海祇島と稲妻幕府の間に戦争があったが珊瑚宮家によって集結したらしい。影に海祇島との関係を聞いた際にそう言われた。以来、ある程度の交流を海祇島と稲妻幕府は欠かさずに行っているらしい。天領奉行は雷電将軍を信仰しない海祇島のことを快く思っていないようだが、他でもない雷電将軍により手を取り合うことを命令されている。天領奉行の九条なんだかさんは、海祇島の勢力もついでに排除したかったのかもしれないな。まぁ、どっちにせよ邪魔になるだろうし九条なんだかさんも海祇島も稲妻幕府が負ければ滅ぼされるだろうさ。

 

ファデュイ…『愚人衆』の名が示す通り、氷の女皇の命令でのみ動く、文字通りの愚者しかいない。執行官はその中でもある程度は自分を優先しているが、それでも至上としているのは氷の女皇の命令だ。彼女が邪魔な統治機構を排除せよと命じれば、ファデュイは即座に動くだろう。協力者であったとしても、簡単に切り捨てるのが彼等なのだ。

 

「ん、話が逸れ過ぎてるな…元々何を考えていたんだったか…」

 

ああ、そうだ。家の話だった。俺は家の中を一通り散策してからソファに腰掛けた。何故か最近ソファに腰掛けて休むことが多い気がする。疲れているのだろうか?疲れているんだろうなぁ…。

 

まぁ、ここは海祇島だ。俺の休息を邪魔する者はいない…はず。というかいたらもう速攻で排除する。どう休めば良いのかわからないが、取り敢えずゆっくりすればいいだろう。本来なら今頃、稲妻城で小説を読んでいたはずなのになぁ…そうだ、八重神子にもお礼をしにいかねばならんな。娯楽小説という文化を作ってくれて感謝の念に絶えない、とな。

 

あ〜…暇だ。俺の人生の中で一番暇な時間だと思うんだ。というか無駄な時間だよなこれ。最早することはなにもないんだよなぁ…。

 

「仕方ない…元素で遊ぼう」

 

その時だった。リビングからほど近い玄関のドアがノックされた。俺の座るソファからも近いため、ギリギリ聞こえた。誰か来たみたいだ。

 

「入っていいぞー」

 

誰が来ても問題はなにもないので俺は軽く言った。まぁ服装はラフだが、見られたところで問題はない。半袖、短パンはやはり涼しくていいな。夜だと特に顕著だろう。

 

『失礼しまーす』と言いながら入ってきたのは旅人だった。パイモンはいない。

 

「アガレスさん…って、何その格好?」

 

旅人は何か、得体の知れないものを見るような目で俺を見ながら言った。

 

「何って…部屋着だが」

 

「なんというか…なんというかだね…」

 

思わず首を傾げる。旅人は俺のこの状態に当て嵌まる語彙が思い浮かばなかったようだと結論づけ、結局問題が解決していないことに気が付いた。

 

まぁ、それはさておき。

 

「旅人、パイモンはどうした?」

 

旅人は俺の対面にあるソファに腰掛けながら言う。

 

「ご飯を沢山食べすぎて動けなくなってる内に寝ちゃったみたいで…アガレスさんのところに行くのに誘おうと思ったんだけど…」

 

なるほど、パイモンならそうなっても何ら可怪しくはないな。というか普段からそうなっていそうだ。しかし、俺のところに行く、ということは何か用事があるらしい。そのことを聞くと、キョトンとした顔をされた。

 

「特に用事もないのに俺のところに来たのか」

 

「えっと…正直、することがなくって…」

 

樹脂消費がどうとか、原石がどうとかをぶつぶつ言っている旅人を苦笑しながら見つつ、どうせ暇だったし、とばかりに先程の遊びを再開する。別に話し相手が増えただけだし、良いだろう。

 

俺は旅人の前だと言うのにソファに寝っ転がり、右手の人差し指を立て、その先に水元素で珠を作り維持する。旅人がそんな俺の様子を見て顔を寄せてきた。

 

「何してるの?」

 

「元素で遊んでる。暇だからな」

 

そのまま水球をふわりふわりと縦横無尽に動かしつつ、左手でボウルのような器を作り、その中に水球を入れた。その瞬間、水球は俺の制御から外れ器の中を満たすただの水になった。

 

「これをどうするの?」

 

まぁ見てろ、とばかりに俺は旅人に微笑みかけてからもう一つ同じ器と水球を生み出し、器の中に水球を入れてから元々の器に繋ぎ合わせて一つの丸い球を作り、頂点に小さい穴を開けた。中には勿論、同じ形の水が入っている。そこに、氷元素を少しずつ流し込んでいく。勿論、氷元素を下へ沈殿させていくように、だ。

 

氷元素が小さい穴から溢れるように出てきたのを確認すると、氷元素を流し込むのをやめた。そして岩元素でできた器を破壊する。出てきたゴミは…取り敢えず窓から外に捨てておいた。机の上には完全に透明な氷の塊がある。今度は二つの食器を持ってきて少しずつ氷を削り、その削りカスを器に入れる。半分ほど削って山盛りになったところでもう片方の器にも同じように入れていく。あ、ソースのことを考えていなかったな…どうしよっか?

 

「旅人、ラズベリーを持っていないか?」

 

「うん、バッグに入ってるはず…はい」

 

旅人の腰についている袋からラズベリーが複数個出てくる。岩元素で器を三つ作り、一つは網目のあるもの、後の二つは普通の器だ。一言に言えばザルである。そしてもう一つ、すりこぎ棒を作る。岩元素はこういう時にかなり便利なのだ。

 

ラズベリーをまず一つの器に入れ、すりこぎ棒ですり潰す。そしてザルをもう一つの器の上へと移動させ、そこへすり潰したラズベリーを投入する。ザルのお陰でラズベリーの果汁のみが器へと注がれる。量は充分だろう。

 

あとはこれを氷にかけて…完成だ。

 

「アガレス特製かき氷の完成だ。旅人はこれ知ってるか?」

 

昔、スメールにいた時に開発していた男がいたな…懐かしい。だが、旅人は別の世界で見たのか、知っているようだった。

 

「空気の入っていない氷で作るとかなり旨くなるらしくてな。この技術を体得するのに苦労したよ…ほれスプーン」

 

旅人は礼をいいつつ受け取り、かき氷の入った器を手に取り、まじまじと見つめている。よく見れば口の端が持ち上がっていた。

 

「では食べようか。ラズベリーのソースでは食べたことがないからな。味にはあまり期待しないでくれよ?」

 

「期待しとく。じゃあいただきます」

 

皮肉を言いつつも旅人はかき氷を口へと運んだ。そしてプルプルと震えていたが、やがて満面の笑みで、

 

「美味しい!!アガレスさん、これまた今度作って!」

 

とものすごい剣幕で言われた。俺は剣幕に圧されているため苦笑いをしながら首肯いた。

 

俺達はそのままかき氷を楽しみつつ、談笑に耽るのだった。




話進んでませんね。明日明後日には進むはずです。進むよな?(未来の作者への圧)


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第79話 稲妻城への帰還

遊び倒した(?)次の日、俺と旅人は稲妻城へ行くこととなった。俺はともかく、旅人は雷電将軍に一度は謁見しなければならないからである。俺はその間、海祇島の戦力状況について確認しておこうと思う。

 

「ってことは、私一人?」

 

海祇島の南側に停泊した稲妻幕府の旗がある船の前で旅人が露骨に嫌そうに俺に言った。少し心苦しいが、ここは心を鬼にするしかあるまい。ちなみに楓原万葉はもう少し海祇島に留まるそうだ。なんだか気合が入っていたが、何だったのだろうか?

 

「ああ、すまないが俺はついて行けない。旅人より早く着いていた影響もあって働かなければならないんだよ。だから一先ず、俺が参戦しなくてもいい体制づくりから始めてみようかと」

 

そこまで言って、俺はようやく気が付いた。俺は言葉を止め、申し訳なくなった。

 

「重ねてすまんが、ついて行けないわけではなかった。と、いうかついて行く事情が出来た。前言撤回だな」

 

そう言うと旅人は先程の表情から一転して少し花が咲いたような笑顔を浮かべながら言った。本当のことを言えば、俺だけ飛んで行っても良かったのだが折角なので船の旅を楽しもう、というわけである。

 

「やった、ありがとうアガレスさん」

 

彼女の場合、テンションの増減がわかりにくいが、最近はようやく感じ取れるようになってきた。一応成長した、ということだろう。パイモンは旅人とは対照的に、疲れた表情を見せる。どうしたのかを聞いてみると、げんなりした様子で言った。

 

「オイラ、船に乗りすぎて船中毒になりそうだぞ…他の移動手段はないのか…?」

 

なんだ、船中毒って。聞いたこと無いぞ。

 

俺の困惑とは対照的に旅人はピシャリと言い放つ。

 

「無い。そうだよねアガレスさん?」

 

首を傾げて上目遣いでこちらを見てくる。まるで話を合わせろ、とでも言わんばかりの顔だ。いや、まぁその通りなんだが…なんというか解せぬ。俺のその心情を誤魔化すように咳払いをしてから、俺は旅人の言葉に同意した。

 

「その通りだぞパイモン。稲妻は島国、島から島に移動するのには船という移動手段が必須なんだ。だからパイモンが船に乗りたくないというのなら…そうだな、素敵な空の旅をプレゼントしてやろうか?高度数百mは優に超えると思うが」

 

ニヤニヤしながらそう言ってやると、手をブンブンと振りながら「乗る、乗るぞ!オイラは船中毒者だからな!!」などと言っていた。重ねて言うが、船中毒ってなんだよ。

 

「乗船迎え入れの準備が整いました!御三方、乗船を!」

 

生真面目そうな海祇島の兵士が稲妻幕府の船から出てきて槍を地面に突き立てながら言った。隣には狐色の頭髪を持ち、同じ色の毛を持つ獣の耳と尻尾を持つ元気そうな少年もいる。思わず首を傾げていると、背後から声を掛けられた。声を掛けてきた相手は珊瑚宮心海だった。

 

「アガレスさん、旅人さん、申し訳ありません。お伝えするのが遅くなってしまって…」

 

珊瑚宮心海の謝罪の言葉をそれとなく受け流し、先程の少年たちに目を向けて言った。

 

「いや、気にする必要はない…それで、彼等は?」

 

「彼等は海祇島軍隊の大将の地位にある、ゴローと言います。そして隣にいるのは此の度ゴローの護衛を任せる、哲平という者です」

 

珊瑚宮心海は説明が終わったらしく、俺の瞳をジッと見ていた。どうやら、何らかの反応を見せねばならないらしい。そう思って彼等を見ると哲平君は珊瑚宮心海の登場とその右腕とも呼ぶべき存在の護衛という立場に緊張しているようで、萎縮している。一方のゴローは、というと…うん、年相応ではあるのか。無表情で立派な顔付きだが、微かに表情筋がピクピクしているのが見える。彼もどうやら萎縮している…いや、尻尾めっちゃ振ってる。馬鹿みたいに振ってる。視線の先には…珊瑚宮心海…なるほど。

 

「お二人は優しさの中に強かさを持ち合わせているようだ。なるほど、かの珊瑚宮心海の右腕と部下、というのも首肯ける。それにしても、とてもいい部下を持っているようだ」

 

勿論、事実と嘘を混ぜたものである。さり気にゴロー達を持ち上げるのも忘れない。

 

さて、強いかどうか、と言われればわからないが、少なくとも一般兵である哲平君が強いとは思えないな。大将であるゴローが強いかどうかもこれまたわからない。力で優れているわけではなく、兵法で優れているかも知れないのだからな。まぁ、神の目を持っているらしいし、弱くはないのだろう。

 

ん?なんで彼が神の目を持っているとわかったかって?そりゃあさっき一瞬背中が見えた時にうなじのちょい下辺りにあったからだな。

 

俺の言葉に、二人は少し緊張が解けたようだ。ま、神とか人間とか関係なく、人からの第一印象というものは大切だからな。取り敢えずはいい印象を与えられたものと思っておきたい。つい先日のように二つの奉行から敵対視されるのは避けたいからな。

 

俺達はそのまま珊瑚宮心海に軽く挨拶を交わしてから船へと乗り込み、出港となった。

 

「それで、大将殿は何故稲妻へ?」

 

「敬語は不要だ。こちらも敬語が苦手故、ご容赦願いたい」

 

と、前置きしてから。

 

「俺はこれから、将軍に謁見し、海祇島の近況を報告する任に就く。一ヶ月に一度は稲妻へ向かうんだ。今回は、ちょっと前倒しだがな」

 

なるほど、前倒しになったのは旅人達を迎えたからだろう。ついでに言うなら兵士は戦場にできるだけ割いておきたい。船なんかは特に、だ。そういう関係で何度も往復させるのは宜しくないのだろう。

 

しかし稲妻幕府がわざわざ船まで出すのは中々好待遇だな。余程今は海祇島と事を構えたくない、或いは寝返られてファデュイと一緒に攻めてこられては困るのだろう。それ故の対応、というわけか。俺が思っているよりも余裕は無いのかも知れないな。

 

「なるほど、そっちはそっちで上手くやると良い」

 

「ああ、助太刀感謝する」

 

それだけ言うと、ゴローは稲妻幕府の武士に挨拶をしにいった。俺は残されて困惑気味の哲平君に声を掛けた。

 

「哲平君」

 

「ひ、ひゃいっ!?な、にゃんでしょうか?」

 

カミカミじゃないか。大丈夫なのか?と心配になりつつも、俺は少し話を聞くことにした。

 

「少し聞きたいことがあってな。幾つか質問をしても構わないか?ああ、勿論、答えられないことは答えずとも構わない」

 

「じ、自分にできることなら…」

 

哲平君は視線を泳がせながら言った。この分だと、稲妻城に行くのは初めてだろうな。彼が護衛に選ばれた理由を考えるなら、動かせる人材が彼しかいなかった、とか…或いは本当に適任だったりしてな。

 

ま、それはいいだろう。俺は気を取り直し、幾つか哲平君に質問をした。幾つか答えられない質問もあったようだが、あらかた聞きたいことは聞けたから良しとしよう。

 

哲平君が海祇島軍隊について語る時はかなり熱が入っていたので多少の脚色があると読んでも、稲妻の武士達と恐らく同程度の実力がある、と読んだ。そうでもなければどちらにせよ海祇島が稲妻幕府によって滅ぼされていたかもしれないしな。まぁ眞や影がそんなことをする必要がないからやらなかった可能性もあるが、彼女達は心優しい。必要に迫られてもやりたがらないだろう。

 

質問したのは主に海祇島軍隊の訓練方法、そして強いとされている人の動き、とかだ。それから類推するに…と言った感じで大体の強さは把握できたと言っていいだろう。ただ、稲妻幕府の武士達と足並みを揃えられるか、と言ったらそれは微妙なところだろう。なんたって彼等、海祇島軍隊の兵士達は珊瑚宮心海の指揮や大将であるゴローの指揮下でしか動かないだろうからな。指揮官同士で連携は取れるかも知れないが、下々まで行き渡るかと言われればそれは不可能だろう。何処かで必ず綻びが出てそこを敵に突かれるのがオチだろう。なるほど、それで海祇島は西側の戦闘にしか参加していないのか。

 

「哲平君、色々参考になった。ありがとう」

 

「いえいえ」

 

その後は旅人やパイモンと談笑しながら一時間弱で稲妻城付近に到着した。稲妻へ到着すると、意外なことに影が待っていた。一応、周囲に人目は無いとは言え、流石にどうかと思うのだが…。

 

俺の心配とは裏腹に、俺を見つけて嬉しそうに頬を綻ばせる影は小さく俺に手を振っている。稲妻の武士がいなくてよかったな。旅人とパイモン、ついでにゴローと哲平君もいるけど。

 

「な、なぁ…アガレス、アレってもしかして…」

 

アレって言うなパイモン。

 

「そう、雷電将軍だ…モラクスから話は聞いていると思うが、アレは影の方だな」

 

そう言うとパイモンは驚いたようにちょっと仰け反る。

 

「うえぇ…なんか手を振ってるぞ…振り返したほうが良いのか…?」

 

そう言いながら前に出てパイモンが手を振ろうと手を上げた瞬間、影が物凄い形相になった。どうやら駄目らしい。パイモンは気が付いていないようだが、俺はスッと先んじて手を振る。すると影は嬉しそうにはにかんだ。

 

なんだ?昔より物腰がすごく柔らかいんだが…。

 

「アガレスさん…なんで気が付かないの…?」

 

小声で旅人が何かを言っていたが、よく聞こえなかった。パイモンはついさっき影の形相に気が付いて萎縮していた。第一印象最悪になっちゃったな…どんまいパイモン。

 

座礁しないギリギリまで船が岸に寄ってからタラップが降ろされた。勿論、稲妻の武士がいる前で影が手を振ったりはしないようだ。どうやらちゃんとTPOは弁えているらしい。

 

「ようこそ、稲妻へ。このような状況の中、応援に来てくれたことを感謝します。稲妻城へ早速案内しますね」

 

旅人の強張った表情を見るに、緊張しているようだ。まぁ、三柱目とはいえ、緊張もするか。あ、俺入れれば四柱目だったか?見ればパイモンも心配そうに旅人を見ている。そしてどうにか出来ないのか、とばかりに俺を見た。

 

仕方ないな。

 

「旅人、影は悪い奴じゃない。ちゃんと説明すれば、答えられることなら答えてくれるはずだ。だからそんなに気負う必要はないぞ?」

 

「…アガレスさん、あまり慰めになってないよ」

 

ジト目でそう言われた。パイモンも若干呆れ気味である。どうやらかなり酷かったようだ。

 

「仕方ないだろう…慰めるのはあまり得意ではないからな」

 

ちょっと不機嫌そうな声が出てしまったが、それのお陰で旅人の顔に少し笑みが戻った。

 

「うん、緊張は解けたかな。アガレスさん、ありがとう」

 

パイモンの表情を見るに、無理はしていないらしい。旅人と一番一緒にいるのはパイモンだろうし、こういう時にはかなり頼れる存在だ。実際、俺の目から見ても旅人は普通に見えるので、恐らく大丈夫だろう。

 

俺達はそのまま影について稲妻城へと入城するのだった。




次回の更新は明日か明後日です。3日遅れは流石に無い…はずです。


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第80話 え…えぇっ!?

まさか更新が3日遅れるとは…申し訳ないっす。理由を言いますと、二日前は体調不良になり、昨日は習い事だったもんで…いやぁ、描く暇が無いのなんの…。


稲妻城の中は武士達や文官達が慌ただしく動いていたため、少々騒がしかったが、影が先頭に立っているため特に不自由をすることなく移動できた。仕事の邪魔をしてしまったかもしれない、と俺は若干の罪悪感に駆られつつ、そのまま影についていった。

 

「先に報告の方を済ませてしまいますので、アガレスと…そちらの方は少々待っていていただけますか?」

 

影にそう言われたので、首肯く。旅人は何かを言いたげだったが、首肯いた。それを見て影も軽く首肯くとゴロー達を連れて去って行った。俺は、というと割り当てられた部屋の前にいる。どうやら、影は俺に気を遣ってくれたのだろう。

 

「旅人、待っていろ、と言われたし、中でゆっくりしないか?」

 

「中…?アガレス、ここはもう稲妻城の中だぞ…?」

 

パイモンが全く見当違いな疑問を呈してくるが無視して俺は眼前の扉を開いた。旅人もパイモンも驚いたように目を見開いている。

 

「お、おい!勝手に開いちゃ駄目だろ!!」

 

「説明しておけばよかったな。既に影に俺は部屋を貰っていてね。ここがその部屋なんだ」

 

そう説明してやると、二人共安堵したようでホッとしていた。そんなにも俺は非常識な存在だろうか?

 

俺は二人を伴って部屋に入るとすぐに大きい伸びをした。船旅はそれなりに疲れるのだ。常に揺れているから、船員の一人が酔っていたし、俺も酔いには弱いのだ。まぁ、なんというか…自分の感覚が狂うから好きではないんだよな…勿論、酒とは別だぞ?

 

「これで酒さえ飲めるようになれば…クッ」

 

俺の唯一の弱点とも言える酒を克服しない限り、真の安寧はないだろう。戦闘中に酒を掛けられたりなんてしたら目も当てられんぞ。

 

「アガレスさん?」

 

なんて下らな…くはないことを考えていると、旅人に心配されてしまったようだ。二人を部屋に入れたはいいが、特にすることはない。強いて言うならアレを読むことくらいだろうか?団子牛乳に関しては買ったその日のうちに消費している。そのため、食料などは俺の部屋にはない…はずだった。

 

「アガレス、オイラ久し振りにお前の料理が食べたいぞ!」

 

「待ってる間暇だし、もうそろそろ昼時だから、お腹を空かせちゃったみたいだね」

 

まぁ私は食べるものがなくても非常食があるから、と小声でパイモンを横目で見ながら旅人が言った。非常食…ああ、そう言えば少し前旅人がパイモンに対してそう言っていたのを思い出した。

 

冗談ではあるのだろうが、幾ら何でも酷すぎないだろうか。気を抜きすぎてはいないし、警戒も解いていないが、それでもパイモンは可愛いところが多い。揶揄われるとすぐムキになるところなんか特にな。旅人もそれがわかっていてやっているのだろうが。

 

さて、本題に戻ると、パイモンも…そして恐らくは旅人も腹が減ったのだろう。ま、腹が減っては戦はできぬ、とも言うしここは一つ…と思ったが先程心の中で思ったことをすぐに忘れていた。

 

「すまんが今は食材がなくてな。作ろうにも…なにもないんだ。後で影にご飯を頼んどくよ」

 

言わなくても飯くらい見張りの武士に頼めばくれそうだが、それは黙っておこう。彼等としてもあまり俺とは関わりたくないだろうからな。自分が言うのも何だが、なんたって得体が知れないからな。俺がどう思われても問題はないが、それで彼等を怖がらせてはいけない、というわけである。それなら直接影に頼んだほうが良いのだ。

 

俺の言葉にパイモンと旅人はしょんぼりしたようで、余程俺の…いや、ご飯が食べたかったのだろうということがわかる。

 

「食べられないものは仕方がないだろう?まぁ挨拶が終わったら食べられるだろう…っとまぁこの話は後だな」

 

旅人とパイモンは首を傾げた。コロコロと感情が変わるからこの二人といると飽きずに済むな。

 

さて、扉の外に気配が増えた。どうやら、俺達を呼びに来たらしい。あからさまに待っていたらちょっと怪しいので普通にくつろいでいるように見せた。やがて扉が開かれる。

 

「お待たせ致しました。将軍様のご準備が整われましたので、ご案内致します」

 

「ああ、わかった」

 

「…恐れながらアガレス殿、貴殿は此処での待機となります」

 

…ええ?

 

「そりゃあまたなんでだ?」

 

「詳しい事情に関しましては後ほどご説明させていただきます。申し訳ありません」

 

後で教えてくれるのか…ま、そのまま教えてくれないよりかはマシか。

 

「い…」

 

いいだろう、と言い掛けて旅人を見ると物凄く不安そうな表情をしていた。どうやら、俺が来れないとわかって不安がぶり返したようだ。俺は軽く溜息をつくと、武士に提案した。

 

「すまないがギリギリまでついて行ってもいいだろうか?彼女はあまり、公式の場に慣れてはいないのでね」

 

特に雷電将軍───此処では影のこと───とは初対面だ。そんな相手にいきなり一人だけ呼ばれるなどたまったものではないだろう。

 

「し、しかし…」

 

武士達は困惑しているようで、顔を見合わせていた。無理を言っている自覚はあるのだが、そうでもなければ旅人が辛そうだ。後々のことを考えると俺がついて行かないほうが良いのだがな。

 

俺は、決めるのは旅人だ、とばかりに彼女を見た。すると、首を横に振ってくれた。どうやら、一人で行けるらしい。まぁパイモンもいる。問題はないだろう。

 

「いや、すまない、無理を言ってしまったな。俺は此処で待機している」

 

「御配慮、感謝致します」

 

武士達が旅人達を連れ立って部屋から出ていく。一瞬、旅人とパイモンが同時に俺に視線を向けたが、俺は一つ首肯くだけだった。それでも、どうやら励ましにはなったようで、笑顔で出て行った。

 

影は敵には容赦をしないが、味方には割と甘い。まぁ、俺が旅人を信頼しているとわかれば彼女も下手なことはしないはずだ。決して影を信頼していないわけではないが、旅人が下手なことを言って敵対されないか、ちょっと心配だ。

 

そう言えば、と俺は旅人と対になっている方の指輪を撫でる。旅人、バルバトスには言っていないが、この指輪は集音機能もついている。正直使うことはなかったのだが、万が一旅人が誤解を受けるようなことがあればすぐに介入できるように用意しておいた方が良いだろう。

 

『…ちら…ます』

 

『こ…から先…お二人…ださ…』

 

一度試してみるべきだったな。雑音が多く、よく聞き取れない。どうやら諦めた方が良さそうだ。まぁ、やばくなったら旅人が通信で教えてくれるだろう。俺はいつでも動けるようにしつつも部屋の隅に置いてあった袋の中から小説を取り出して読み始めるのだった。

 

〜〜〜〜

 

一方、旅人は。

 

「こちらで御座います」

 

「ここから先は、お二人だけでお進み下さい」

 

長めの廊下に差し掛かったところで二人の案内人にそう言われた旅人は困惑したが、一先ずは進んでみることにした。照明のみが照らしている仄暗い廊下を、パイモンと共に旅人は歩んでいった。

 

「ようやく、三人目の神だな。まぁ、アガレスを入れれば四人目だけど…」

 

進みながらパイモンは言った。それに対し、旅人は神妙な顔付きで首肯いた。

 

「今までの『七神』はお前のお兄さんことを知らないみたいだし、きっと雷電将軍も…」

 

「でも、手掛かりはある」

 

パイモンの言葉を遮って旅人は言う。パイモンもそれに同調した。

 

「おう!カーンルイアについては、きっと雷電将軍も知ってるだろうし、色々聞けたら聞いてみようぜ!」

 

そうこうしている間に、大きな扉の前に辿り着いた。旅人は守衛すらいないことに驚きつつ、一応、とばかりに扉を三回ノックした。中から「どうぞ」と聞こえてきたため扉を開く。

 

中は端の方は木の床だが、畳が敷き詰められた空間でかなり広い。その奥で影は旅人達に背を向ける形で静かに座していた。やがておもむろに立ち上がると、その手には薙刀が握られていた。

 

「剣を取りなさい」

 

「…えっ?」

 

「もう一度言いましょう。剣を取りなさい」

 

困惑する旅人に対して影は冷淡に告げた。薙刀をクルクルと回し、最後にビシッと旅人へ薙刀の刃先を向けた。

 

「これから貴女の実力を測ります。死にたくなければ必死に喰らいつきなさい」

 

言うやいなや影は薙刀を構えながら旅人との距離を詰め始めた。対する旅人は、というと。

 

「え…えぇっ!?」

 

こういう状態である。なんとか自身の気持ちを正して薙刀を受け流しつつ距離を取った。旅人は思う。何が悪かったのか、と。そしてパイモンは思った。オイラ、ご飯が食べたいぞ、と。

 

二人の思惑は全く関係ない、とばかりに影は薙刀を振るい始めるのだった。




稲妻城の内部ですが、結構大雑把です。ただ、天守には眞さんが眠ってるので影さんは必然的に別の場所で謁見を行わなければならなかったんですよ。そういうわけでちょっと広めの空間…あれ?となるわけですね。

因みにゴロー君達は稲妻城の客間で待ってます。用意されたお茶菓子に大変辟易したとか、していないとか。


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第81話 控えめに言って修羅場過ぎる

今回ちょっと短めです。


旅人は困惑していた。と、言うのも会って僅か数分の相手に突然斬り掛かられているためだ。いや、勿論海乱鬼などの初対面の相手には斬り掛かられてきたが、彼等は浪人。つまりは悪人である。だからこそ旅人は困惑していた。何故、一国の主に突然斬り掛かられているのだろうか?と。

 

下から物凄い勢いで振るわれた薙刀を後ろに下がって避け、返す刃で上から振り下ろされた薙刀は剣で受け流し、とばかりに旅人は防戦一方だった。影は時偶雷元素も織り交ぜて攻撃してくるため、油断ならない。影の攻撃を受け、或いは躱すだけで旅人は影へ攻撃を仕掛けることはなかった。

 

「…何故反撃をしないのですか?」

 

純粋に疑問を持ったのか、影は攻撃の手を一切緩めずに言った。旅人は回避に手一杯であるため口を開けなかった。だが、その心中ではかなり焦っている。

 

───一国の主に攻撃しちゃったら大問題でしょ!!

 

と、いうわけで旅人は反撃が出来ないのである。それを知ってか知らずか、影の攻撃の手が幾らか緩んだ。だが、その瞳へ込める感情は変わっていないようで、相変わらず冷たい視線だった。

 

「…そうですか」

 

一言だけそう呟くと、影の攻撃の手が止んだ。旅人は若干警戒しつつも自身の剣を下げ、首を傾げた。

 

「……ません」

 

と、いうのも影が小声で何事かを呟いていたからである。旅人とふわふわと不安気に浮いているパイモンが顔を見合わせていたが、不意に顔を旅人の目を真っ直ぐ見て影は言った。

 

「…どこの馬の骨ともわからない小娘にはアガレスを任せられません」

 

思わず「は?」と言ってしまう旅人。アガレスが聞いたら真顔で「何を言っているんだ…お前は?」とでも言いそうな感じである。そして影の言葉には友人へ向けるものとはまた別の感情が籠もっているようだった。

 

そのことを理解した旅人はなるほど、と全てを理解した。

 

「そうは言うけど影さ「雷電将軍と呼びなさい」…雷電将軍は最近のアガレスさんとはあまり長い間過ごしてないよね。どこの馬の骨ともわからない、って言っていたけどそれなりにアガレスさんとは関係が深いよ?」

 

「た、旅人…無自覚でそれ言ってるのか…?やめたほうがいいと思うぞ…」

 

パイモンの制止の声も聞かずに、旅人と影は新たなステージへと移行してしまったようだ。パイモンは、既に自分の存在など忘れられていることに気が付き、若干落ち込んだ。

そんな中、影は負けじと反論する。

 

「そうは言いますが、アガレスの好きなものは私が一番知っていると自負しています。例えば好きな食べ物一つとっても彼の好みの味は私が最も熟知しています」

 

と、言っても影は料理が出来ないので、眞に指示を出して「こんな感じでお願い」とばかりに作ってもらっていただけなのだが、この際それはどうでもいいらしかった。旅人はむぅ、と頬を膨らませるとそれに切り返すようにどんどんとお互いに議論を重ねていく。言い争いではあるが、ほとんどアガレスについての話題である。話題は途切れず、しかし最初の険悪な空気とは真逆に、若干笑顔まで見え始めている。

 

パイモンは、というと二人を呆れた様子で見ながら、やがて名案を思いついた、とばかりに部屋を急いで出て行った。部屋を出てからも二人の話し声は聞こえていたらしく、若干苦笑気味だったという。

 

「そうだ。私便利な物を持ってるから、アガレスさんに聞いてみよう」

 

「なんですか?指輪…ああ、昔彼が持っていたのを見たことがありますね…と、いうか何故それを貴女が持っているのですか?何より、どうして左手の薬指に嵌めているんですか」

 

なんて言葉が聞こえてきたパイモンは聞かないふりをしたという。

 

〜〜〜〜

 

旅人達と別れた俺は『俺の青春ラブコメがカオスな件について』を読み漁っていた。読むスピードは勿論それなりに早いが、それでも挿絵や展開の一つ一つを楽しみつつの読書であるため、三分で1ページのペースで読み進めていった。

 

それにしても、主人公、やっぱり鈍感すぎないか?7人もの魅力的な女性達にこんなにも愛されているというのに…ああ、歯痒い。歯痒いぞ。何故そこでお礼を言うだけで終わってしまうんだ。いや…彼女の行動に関してはそれが正解…っ!?実際、主人公はそれがキッカケで今までただの女友達だった本人のことを意識し始めるみたいだしな…くぅ、たまらん。

 

さぁて次の巻を…とばかりに弄ったが、どうやら最新巻まで読み終えてしまったようだ。

 

「えぇー…」

 

とばかりに俺は思わず悪態をついた。こっから他の女の子達も白熱してくるところだっていうのに…だが作者のペースとかも考えると急かすわけにもいかん。それでクオリティが下がってしまっては本末転倒だからな…。

 

「ああ!歯痒いぃ!!というか歯切れが悪い!!あああああ!!」

 

くぅ…本命は誰なんだ…!?気になる…俺の人生史上最も気になるぞ!!ん?推しは誰かって?そういう概念は俺にはない。だが…共に生きることは出来る(?)。

 

そんなこんなで手持ち無沙汰になってしまった俺はぐで〜っとして寛いでいた。そんな時だった。俺の指輪が振動した。旅人と繋がっている方からである。俺は指輪を軽く弾いて聞こえやすいように口を適度に近付けた。

 

「旅人、何かあったのか?」

 

『アガレスさん!今すぐ来て下さい!!今ちょっと大変な状況なので!!』

 

どうやらかなり切羽詰まっているようだ。『俺の青春ラブコメがカオスな件について』の続きは気になるが、考えていてもしょうがない。俺は急いで支度をして旅人がいるであろう場所へ向かった。

 

その途中、パイモンが見えたので軽く挨拶をすると、こちらへふわふわと飛んできた。

 

「アガレス!大変なんだ!」

 

「ああ、さっき旅人から聞いた。今すぐ行く」

 

「そうじゃなくて!今すぐお前逃げたほうがいいぞ!!」

 

ん?どういうことだろうか?

 

「残念だがパイモン、俺は逃げることはしない。たとえ敵がなんだろうが、俺は自分が大切に思うものを護るって決めてるからな!!」

 

「違うんだよ!オイラが心配しているのはそういうことじゃなくて…」

 

どうにもパイモンの歯切れは悪かった。だが、あまり構っている時間もない。

 

「旅人はこの先か…悪いが行かせてもらう」

 

「あ、アガレスぅぅぅ!!」

 

俺は大急ぎで大きな扉の前に立つと瞬時に開いて中に飛び込んだ。飛び込んでしまったのだ。

 

「あ、やっと来た!」

 

「…待っていましたよアガレス」

 

「…え、ええっと旅人…この状況は…?」

 

疑問に思った俺は好戦的な笑みを浮かべる二人にそう聞いたのだが…返ってきたのはその問いに対する答えではなく…。

 

「さあアガレスさん!」

 

「アガレス、選んで下さい」

 

「「どっち(どちら)がアガレス(さん)に詳しいか!さあ!」」

 

思わず面食らった俺は柄にもなく「は?」と返事をしてしまった。後ろを見るとパイモンが溜息を吐いていた。どうやら、パイモンが心配していたのはこのことだったらしい。そんなことよりもこの状況…と俺は少し思案する。

 

ラブコメの小説を読んでいたからこそ、俺にはわかった。勘違いかもしれないが、ほぼほぼ間違いないだろう。

 

この状況、控えめに言って修羅場過ぎる。




俺の青春ラブコメがカオスな件についての内容に関しましては多少は話を参考にしておりますが、若干は創作入ってます。ま、私自身気になりますが()


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第82話 振り出しに戻る

恋愛経験ゼロの私にとって若干のラブコメ要素をいれることなど容易い…ッ!!

アガレス「…お前、その冗談は笑えないぞ…」

はい、というわけで、なんとか頑張りますよって…酷評は受け付けません!メンタルが死にます!ヤッタネ(白目)

あ、今回わかりやすいように誰の視点の話しなのかしっかりと書かせていただきますがほぼ今回だけだと思います。これからもそれ頼む、的なことを思っている方もいるでしょうが…意見が多ければそうしますね。一先ず、【】←こいつの中に名前或いは三人称を入れようと思います。

長々と前書きすんません。ちゅーこってそれでは本編どうぞー


【アガレス】

 

さて、一先ず俺はこの状況を理解するためにその思考をフル回転させる。いや、だとしてもわからん。旅人も影も何故食い気味に俺への理解が深い方を選べ、などと言ってきたのだろうか?まずはそれを聞いてみるべき、か…。

 

そう考え、俺は何やら緊張している様子の二人へ向けて口を開く。

 

「何故そんなことを聞いてくるんだ?それを知りたい理由が考えつかなくって…」

 

そう言うと二人がわたわたと慌て始めた。俺の中で少しだけ二人への猜疑心が大きくなる。果たして何を企んでいるのやら…?

 

【旅人】

 

いや、そんなこと聞かれても馬鹿正直に『アガレスさんの隣の座が欲しいから!』なんてド直球に言えるわけがない。それに私は空を探さなければならない。その後のことは…まだなんにも決められてない。この気持ちを抑えなければ、とは思っているけれど、ついムキになって雷電将軍に対抗した、なんてもっと言えない。

 

あー!それもこれもアガレスさんが誰にでも優しいのがいけないと思うんだ。

 

「普通に気になるから。それなりにアガレスさんとは長い付き合いだけど…」

 

うん、無難に答えられたかな。アガレスさんはふむ、と唸ると首を傾げて言った。

 

「だとしても…わからないな。比べる理由はないだろう?」

 

…こっの、鈍感め…絶対気が付いてない。

 

「アガレスさんのいけず…」

 

「いや、使い方間違ってるからそれ…」

 

それとこれとは話が別なの!!私は頬を膨らませながらふいっと顔を彼から背けるのだった。

 

【雷電影】

 

旅人さんとの会話で苦笑いを浮かべていたアガレスが今度はこちらを向き、言いました。

 

「それで、影は?」

 

「私はアガレスのことを最もよく見ているという自負があります。ですから、ぽっと出の彼女なんかには負けない、ということを友人として証明したいだけです」

 

自分でも、思っていたより不満気な声だった。友人として、という理由だけであれば私はここまではしないとは思うのですが…と考え事をしていると、アガレスから言葉が飛んできました。彼は先程と同様、苦笑いをしていました。

 

「そんなに俺の顔を見てどうした?顔に何かついてたか?」

 

どうやら、彼の顔をまじまじと見つめてしまっていたようですね。何故だか彼の顔を見ていると鼓動が早くなるのですが、不整脈でしょうか?健康的な食生活を欠かした覚えはありませんが…しかし、不思議と不愉快な感じはしませんでした。

 

「いえ、何も。そんなことより、答えを聞かせていただきたいのですが…」

 

【アガレス】

 

影の言葉に旅人も同意するように首肯いて身をズイッと寄せてきた。影も旅人に対抗するように寄せてくる。そんな二人の様子に俺は苦笑せずにはいられなかった。

 

さて、話題を逸らす作戦は完璧に失敗、いや頓挫したと言っていいだろう。どうやら、二人共かなり本気のようだ。俺は思わずう〜んと唸る。

 

真面目に考えると、影との付き合いは旅人とのそれを圧倒的に凌駕する。だが、影が言っていたように昔の俺と今の俺とでは多少だが差異が存在している。で、あれば今の俺をよく知っている、という点で旅人に軍配が上がるかも知れないな。ただ、影の言っていた『最もよく見ている』という点に関して言えば恐らく影に軍配が上がるだろう。何せ共に過ごした年季が違うからな。あれ、これ割とどんぐりの背比べかもしれない。

 

そうだ、幾つか質問をしてみよう。というわけで俺は三秒ほどでこの思考を終えて未だに緊張している様子の二人へ目を向けた。

 

【旅人】

 

「現状では判断しかねるから、3つ質問をするぞ、いいな」

 

し、質問…答えられない可能性もあるよね。アガレスさんのプライベートとか…。

 

「構いません」

 

そんな私の不安とは裏腹に、雷電将軍は自信満々、とばかりに首肯きながら言った。ちらりとこちらに視線を向けてくるので私は少し慌てて首肯く。

 

「では、第一問…の前に、回答する時は挙手すること。回答権は問題一つにつき一回な?」

 

アガレスさんは少しだけ楽しそうに笑いながら言う。全く…ここ最近はなんだかライバルも増えてきて大変だっていうのに此処にも思わぬ伏兵がいるなんて…今のうちに差をつけとかないと…!

 

「第一問。俺の誕生日はいつでしょう。ま、簡単なウォーミングアップってところだよな」

 

誕生日…これは簡単!スッと私は手を上げた。でも、雷電将軍とほぼ同時の挙手だったためどちらに当てられるかわからなかった。

 

「影」

 

「9月18日」

 

「旅人は?」

 

「同じく、9月18日」

 

雷電将軍が先に当てられた時にはドキッとしたけど、どうやらどちらにも答えを聞いてくれるようだった。流石のアガレスさん、優しい。

アガレスさんはうん、と一つ首肯くと、ニコッと笑って言った。

 

「二人共大正解、まぁ結構曖昧だったんだが、大体この日付って感じなんだ」

 

さて、次行くぞーと言うアガレスさんだったけれど、私はそれどころではなかった。思わず、顔を背けた。その過程で雷電将軍とも目が合った。相変わらずの無表情だったけれど、その頬は確かに赤かった。

 

「第二問…って、二人共、ちゃんと聞いてるか?」

 

「「今ちょっと黙ってて(貰えますか?)」」

 

「あ、はい…」

 

先程の笑顔が目に焼き付いて離れない。私の脳内メモリにしっかりと焼き付けておかないと…いや、寧ろ観賞用、保存用、所持用、そして使用する分が欲しい。もう一回くらい笑って欲しい。というか独占したい。

 

コホン、と私は咳払いをしてなんとか心を落ち着けて第二問へ臨むべく正面を向いた。

 

【雷電影】

 

はぁ…何だったのでしょうか?彼の笑顔を見てからどうにも心臓の鼓動が五月蝿いです。顔も何故か熱いですし…まぁ、なんとか彼の顔を直視できるようになりましたし、良しとしましょう。

そんな私の気持ちなど欠片も知らないであろう彼、アガレスは問題の続きをするようでした。

 

「よし、準備が出来たな?それじゃあ第二問。俺が現在所属し、運営しているのはなんという組織でしょうか?」

 

ピシッと私は固まりましたが、少し前に復活してからのことを聞かされた覚えがありました。その中で確か名前が出てきていたはずですよね…その名前は…。

 

旅人さんと手を上げたのは、ほぼ同時だった。

 

「旅人」

 

「簡単、救民団でしょ」

 

きゅうみんだん…?

 

「影…影?」

 

彼の呼ぶ声が聞こえてきました。私はしどろもどろになりながらもなんとか答えました。

 

「え、えぇっと…神龍団では…?」

 

ぶふっと隣の旅人さんが吹き出し、アガレスが固まってしまいました。なにか、私は変なことを言ってしまったのでしょうか?

 

「あ、アガレス…さんっ…ぶふっ…」

 

「旅人、お前には後で話がある…さて、正解は旅人だ。現在、神龍団という名称は使われていない…影、一応聞くがなんでだと思う?」

 

私は少し考えたけれどわからなかったため首を傾げました。そんな私を見てはぁ、と溜息を吐いて恥ずかしそうに頬をポリポリと掻くアガレス。

 

「そ、その…だな…救民団の団員に『名前ダサくないか?』と言われてしまってな…俺はほら、神だし、龍だし別にいいかなって思ってたんだが…その、もうこの話はやめようよ!!」

 

「あ、アガレス…口調が…?」

 

「アガレスさん、落ち着いて…ぶふっ」

 

「旅人はマジであとで覚悟しとけよ」

 

それにしても、旅人さんに一歩リードされてしまいました。アガレスが恥ずかしそうにしていたので、何かフォローをしなければ、と思い、私は口を開きました。

 

「わ、私は別にだ、ダサい…?だなんて思いませんよ!」

 

「やめてくれ…今はその優しさが辛いんだ…」

 

逆に彼の心の傷を抉ってしまったようでした。なんというか…申し訳ありませんでした。

 

【アガレス】

 

さて、予想外のトラブルはあったが…影の俺を慮るその優しさで何とか復活し…まだ笑ってる旅人はマジで後で覚悟しとけよ。

 

「コホン!気を取り直して、第三問」

 

さぁて…何にしようか…あ〜結構安直になってしまうが、アレでいいか?

 

「皆には自分の星座があるだろう?旅人なら旅人座、影なら天下人座…さて、じゃあ俺の星座ってなんだと思う?」

 

影はすぐにスッと挙手したが、旅人は少し思い悩む様子を見せてから挙手した。先に影が挙手していたので、影から聞いてみるとしよう。先程までは大体同じだったから適当に当てていたんだがな…。

 

「旅人」

 

とか言って旅人に敢えて当ててみた。思い悩んだ答えが、気になったためである。旅人は不安気に眉をひそめてから言った。

 

「え、えぇっと…龍神座とか…」

 

「お前まじで覚えとけよ」

 

いつまでそのネタを引っ張るというのか。気を取り直して信じられないものを見るような目で旅人を見ている影に聞くことにした。ってか、そんな目で見てやるなよ…。

 

「影は?」

 

「元神座ですよね。いつだったか、アガレスと星空を見てそんな話をされた覚えがあります」

 

「影正解。おめでとう」

 

私見で影にしてやりたいが、クイズは公平かつ公正でなくてはならない。三問やって来たわけだが…。

 

「残念ながら引き分けだ。先に答えられるようにしておけばよかったな…」

 

無駄に二人に答えさせなければよかった…特に第二問。

 

「じ、じゃあ…アガレスさんが決めて」

 

旅人がおもむろに口を開き、言う。その頬は微かに紅色に染まっていた。

 

「そうですね、アガレス、いい加減はっきりするべきでしょう」

 

続いて影も口を開いた。さて、とても困ったことになった。折角質問をしたというのに…。

 

「さあ」

 

「選んで下さい」

 

「「どっちがアガレス(さん)のことをより深く理解しているのか」」

 

「え、えぇ〜…」

 

…結局、振り出しに戻ったわけである。




アガレスは心の中で「パイモン見てないで助けろ!!」って思ってます。ちなみにパイモンですが稲妻城の城内を散策しています。修羅場から逃げた形ですね。

さて、どうしましょう。恋愛要素をいれたせいで全く話が進んでいません。続きが気になる皆様(いるかどうかは知らん)には申し訳ないですがもう少し待っていただければ、と。

そういうわけで作者の酒蒸がお送り致しました。

追記 : そう言えば前回大変な誤字がありましてね…いやぁはっはっは!!すいませんでしたああああ!!私はここに変換を一生許さないと誓います。もしかしたら不快に思った方もいるかもしれませんので、正式に謝罪しておきます…。

誠に申し訳ありませんでした。そして誤字報告を下さった方、本当にありがとうございます。いつも助かっていますので、これからも頼りにします()


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第83話 俺の青春ラブコメがカオスな件について…

スメール楽しい…何だこれはぁ…!!って感じでプレイしてました。皆様はティナリ君をひきますかね?私は個人的にはかなり欲しいですが、そ、それよりも…アルハイゼンが気になってまして…そこまで溜めざるを得ないんですよう…まぁ復刻勢は心海さん以外持ってますんで引く必要がないんですねえ…というわけでアルハイゼンにまっしぐら!原石貢ぐぞーッ!!

ってやってたら気付いたら次の日になってました。すんません。


振り出しに戻ったはいいが、いつまでもこうしているわけにもいかないだろう…何らかの解決の糸口を見つけなければならないな。

 

それにしてもどうしたものか。なんて答えるのが正解なのだろうか?だって旅人、と答えると影が悲しむだろう。逆に影と答えても旅人が悲しむだろう。あれ、これ詰んでね?い、いや…なんらかの突破口はあるはずだ…!

 

ラブコメ小説によれば『どっちも』ってのは禁句らしい。それを言った主人公が女子に怒られていたはずだ。だがそれ以上の適語が見つからない。なので…ちょっと趣向を変えてみようと思う。

 

「五分五分だな」

 

瞬時に、やっちまった、とわかった。二人の表情から感情が消え失せ、ただ瞳にハイライトが無いだけでこうも変わるものか、なんて呑気に思っていると、おもむろに旅人と影が口を開いた。

 

「アガレスさん…」

 

「どうやら…」

 

「「説教が必要みたいだね(ですね)」」

 

あのさ、お前ら実は仲いいよな。じゃなきゃそんなに息が合うわけないよね?張り合ってるとかっての実は嘘だろ!!

 

「「正座」」

 

「あ、あぁ…だから俺の星座は元神座だから…」

 

「「正座して(しなさい)」」

 

「はいぃ…」

 

俺はそのまま正座する。俺の前には腕を組んで冷たい視線で俺を見下ろす二人の女性、旅人と影がいる。さて、多少言い方を変えた程度では、駄目だったようだな…と俺は若干この状況を諦観する。パイモンは…あれ?いなくなってる!?

 

キョロキョロしていた俺の頬をガッと両手で挟み込むようにして正面を向けさせられる。

 

「話の途中で余所見とはいい度胸ですね、アガレス」

 

「まだ話は終わってないよ?アガレスさん」

 

「あ、はい…」

 

娯楽小説によれば、女性が説教するとき、必ずと言っていいほど説教される側は余計なことを考えるらしい。そして、説教する側の女性はそれに気が付き、更に怒りを増幅させるらしい。

 

「「何で余計なことを考えているの(ですか)?」」

 

あ、あれっ…?心做しか二人の圧力が増したような…おかしい、俺の行動は完璧だったはずだ。何処で間違えた…?

 

「「聞いてる(ます)?」」

 

あまりにも動揺した俺は二人の圧に気圧され、変なことを言ってしまう。

 

「あ、あ〜…Ye muheno si?」

 

やべぇ…間違えてヒルチャール語で変なこと言ったわ。モンドの言語学者のエラ・マスクが確か言ってたやつなんだが…結局、意味は教えてくれなかったんだよな。やたらとニヤニヤしながら言ってたのは覚えているんだが…なんというか、論破されそうな予感がひしひしとしたから結局あの後エラ・マスクには会ってないし。

 

だが奇跡的に二人は首を傾げており、若干威力を削ぐのには成功したようだった。

 

「旅人さん、今のはどういう意味なのですか?見識の広い貴女ならわかると思うのですが」

 

「将軍、残念だけど私わからないよ。あっ!そういえば前知り合いに貰った『ヒルチャール語ハンドブック』ってものがあるから見てみよっか」

 

安心したのも束の間、旅人がこれまた不味いものを持ち込んでいた。だが二人の注意は俺から完全に逸れているはず。音を立てず、気配を完全に消してゆっくりと移動を始めたのだが…体が何故か動かなかった。俺の両肩が潰されそうなほどに力の入れられた手が置いてあった。つまり、逃げられはしないらしい。そしてその意味を理解したらしい二人の圧力は、先程までとは比べ物にならなかった。

 

「アガレス…いい加減私も堪忍袋の緒が切れました。小一時間ほど説教させていただきます」

 

「逃げようとしたら力尽くで止めるからね〜、覚悟しなよ〜」

 

俺は高速で首肯きまくる。だが、その内心ではしっかりとこう思っていた。

 

───誰か助けてくれええええええ!!

 

勿論、俺の心の中の叫びに応えてくれる存在などなく…こっぴどく怒られる羽目になるのである。一部抜粋してその状況をお届けしようと思う。

 

「───いいですかアガレス?貴方は昔からそういうところがありました。人付き合いとなると途端に優柔不断になって皆を困らせていましたよね。挙句の果てには凡人にこ、告白なんかされて…好かれているのにも関わらず『なんで好きになったんだ?』とか聞く始末。貴方の鈍感ぶりは知っているつもりでしたが、あの時は本気で引きましたよ。というかそもそもですね、貴方は誰にでも優しい、というところがいけないと思うのです。いえ、短所というわけではないのですが、それで勘違いする者が多発しているのですよ?旅人さん、現にアガレスに好意を寄せている者は多いのでしょう?」

 

「うん、アガレスさんときたら、他人が面倒臭がるようなことでも率先してやるし、誰かが困っていたら黙って相談に乗ってくれたりそばに居てくれたりするし…そうじゃなくても顔が良いから見惚れちゃうのに優しくされたら誰だって勘違いしちゃうよ。璃月にはアガレスさんも滞在期間が短かったからアレだけど、モンドには『アガレス成分摂取不足症候群』に陥っている人も多いんだよ?それなのにどうしてアガレスさんは皆に優しくしちゃうのかな?そんなんだから将軍にも優柔不断とかヘタレとか鈍感とか言われるんだよ?」

 

延々このような話をされて最早二時間は経っている。影は特に政務で忙しいと思うのだが良いのだろうか?

 

「余計なことを考えてはいけません」

 

「また余計なこと考えてるの?アガレスさん」

 

「いや、違う…断じて」

 

「もう、アガレスさんときたら恋愛小説読んでるとか何とか言って全く理解できてないね。あのさ、女心ってのは結構複雑だけど案外単純だったりするんだよ?だから特に顔の良いアガレスさんとかに優しくされちゃったら惚れちゃう人もいるの、わかる?」

 

わかりません。

 

「その通りです。アガレスの容姿は我々神の中でも上位に入るでしょう。いえ、頂点と言っても過言ではありません。というかアガレス、恋愛小説を読んでいるのなら尚更誰にでも優しくするということの危うさがわかるはずなのですが。いつか背後から刺されてしまいますよ?」

 

滅相もありません。

 

「きっとそうなるよね。というかアガレスさんモンドの人たちに好かれすぎ。何したの?ってくらい。いや、勿論その話は知ってるけどそれにしたってモンドの人達に好かれ過ぎてるよね。最近モンド女子の中でアガレスさんとディルックさんのファンクラブ的なものが出来上がってるの知ってる?そんなものが出来るくらいには自分の顔と性格がいいっていうことを自覚してほしいよね。というかそうしてくれないとその内死んじゃうから」

 

死んじゃうって何!?

 

「その通りですね。この調子でアガレスと過ごしていたら埒も明きませんし焦れて死にます。自信しかありません。なのでアガレスはもう少し節操というものを覚えるべきです。自由に生きると決めたのなら尚更ですよ。自由に生きる中にも節操というものは必要なのですから。いいですか?昔は私も『永遠』にだけ囚われていましたし、昔の貴方も『守護』に囚われていましたよね。今の貴方も、今の私も、自由に生きて良いんです。500年前貴方が死んでしまってから私は…そのことに気が付きました。ゆっくりでもいいから、貴方が復活する頃には変わっていられるようにと」

 

影の最後の方の言葉はかなり小さく、自信がなさそうだった。旅人も影の雰囲気に呑まれたのか、続きを話そうとしなかった。そして影は正座する俺に視線を合わせつつ言った。

 

「アガレス、この500年で、私は変われたでしょうか?」

 

変わったか、変わっていないのか。俺は正座の状態から立ち上がると影を見ながら言う。

 

「変わっていないとも言えるし、変わったとも言える。わかりやすく言うと、表面上、多少考え方とか性格とかが変わったとしても本質は変わっていない、ということだ。だから…まぁそうだな…」

 

俺はポリポリと頬を掻きながら言った。少し気恥ずかしいが言わせてもらおう。慰める意味でな。

 

「俺は昔の影よりも、今の影の方が好きだよ」

 

「…ほぇ?」

 

「え?」

 

「〜〜〜〜っ!?」

 

「ああああアガレスさん!?何いってんの!?だからさ、さっきそういうのをやめろって言ったよね!?」

 

影が耳まで真っ赤にして赤面するのに対し、旅人も顔を真っ赤に…これは怒っているだけだろうが、何故怒っているのだろうか?

 

「いや、本心だし…それに俺は影を慰めようと思って…」

 

「だ・か・ら!そういうのを本当に大切に思っている人にやれって言ってんの!!」

 

本当に大切に思っている人…と言われて俺はようやく、先程の言葉の意味を理解し、顔が熱くなるのを感じた。

 

「あ〜、そ、その…影…」

 

なんとか弁明しようとして影を見ると、なんかクネクネしていた。

 

「す、好き…好きということは好きということで…はっ!私の気持ちとアガレスの気持ちが500年前から変わっていないのであればこの胸に芽生えた感情は『永遠』なのでは…!?」

 

…トリップしてやがる。駄目だ、この状態ではまともに会話できそうにない。

 

「と、兎に角アガレスさんは一旦出てって!」

 

俺は旅人に押し出されるままに部屋の外に出て締め出された。結局、誤解を解くことは出来なかった…と若干落ち込んでいると、パイモンがふわふわと飛んで戻ってきた。

 

「…アガレス、大丈夫か?」

 

「パイモン…俺の話を理解してくれるのはきっとお前だけだよ…」

 

数分後、扉が開かれて旅人が俺を手招きした。事情を話したパイモンにもついてきてもらってなんとか誤解を解くことに成功した。成功したのは良かったのだが…。

 

「…違いました…違ったのですね…」

 

影がこんな感じになってしまった。どうしたものか、と考えていると旅人とパイモンがニヤニヤしながら俺たちを見ているのに気が付く。

 

「何だよ」

 

「いやぁ?」

 

「あとは若いもんでごゆっくり〜」

 

そう言って去ろうとした。思わず引き止める。

 

「なっ!お前、この気まずい状況で二人きりにするとかどんな神経してんだ!」

 

「なんとでも言いなよ…私はただ尊いものが見たいだけだから!」

 

「じゃあなアガレス!いい報告を期待してるぜ!!」

 

が、健闘虚しく扉は無情にも閉ざされてしまった。影も俺もお互いに無言になる。

 

………。

 

いや、きまずっ…いつだったか、モンドに復活したばかりの頃にもこんなことがあったような気がするな…。

 

「「その(あの)…」」

 

おおう…被った…一番恥ずいやつ…。影は、というと体育座りのまま顔を埋めた。僅かに見えている耳は真っ赤である。そしてそれは恐らく俺もだろう。

 

「あ…アガレスから…」

 

「いや、影からで構わない」

 

影は顔を上げ、俺を見た。今にも泣きそうなほど、瞳には潤いがあった。なんというか、あんなことを言ってしまったため、意識してしまっている自分がいる。今まではただの友人だったのに、という気持ちである。

 

「…その、先程言ったことは…嘘、なんでしょうか…」

 

そんなことはない、アレは本心からの言葉だ、と言ってしまえればどれほど楽なのだろうか。だが、恋愛経験ゼロの俺にとって…そんなことを言えるわけがない。俺は鈍感なのではなく、そういうものを意識して見たことがなかったからだ。

 

そう言われれば…と思う所作は沢山ある。どうやら知らない間に色々やってしまっていたらしい。なんだろう、『俺の青春ラブコメがカオスな件について』の主人公顔負けなことしてないだろうか。

 

だが、嘘をつくわけにもいかないだろう。影はずっと昔から俺のことを想っていてくれたのだろうからな。

 

「…本心だ。俺は昔のお前のことを友人として見ていたが、正直危なっかしくてな…その、なんだ、手のかかる妹、っていう認識だったんだ」

 

影が少し悲しそうに目を伏せた。だが、と俺が続けたことによってこちらを見た。

 

「でも…さっき初めて、お前を異性として認識した。俺達は神だ。凡人とは違う。普通の恋愛なんて出来っこないって思ってたんだよ…っはは、笑えるだろ?一番身近にいた神が俺を好いてくれていたというのにな」

 

彼女自身、それが恋慕の情だとは気が付いていなかったのだろう。だが、ライバルが現れてようやく、それを意識し始め、俺に(別の意味だが)好きと言われて現実味を帯びてしまった、という感じだろう。

 

「だがだからといって付き合う、とか…恋人同士になる、というわけにもいかない、それはわかるか?」

 

「…何故ですか」

 

影は心做しか怒っているようだ。まぁ、彼女から見たら俺は上げて落としているようなものだからな。ただ、勿論理由はある。

 

「俺は今まで、誰かを異性として見たことがなかった。いや…この言い方は少し違うな…女性を恋愛対象として見たことがなかったんだ。だから…突然恋人とか言われても…わからないんだ」

 

だから、と俺は彼女に告げる。

 

「俺は改めて影を一人の女性として見る。今はまだ戦争中だし、一緒にいられる期間は勿論短い。だけど、戦争を終わらせたら…そうだな、少し挑発的な事を言ってもいいか?」

 

影は強い女性だ。自らの片割れが伏せっても、民のために身を粉にすることができる。だから、敢えて、言う。

 

「俺はきっと物凄い鈍感で、心構えが多少変わった程度では影の気持ちには答えられないかも知れない…その、俺を惚れさせたら、その時は…な」

 

まぁ、旅人の言う通りライバルは多いだろうけどな、と付け加えた。そう考えると…俺はやばいかも。本格的に背中を刺されるかもしれない。

 

娯楽小説には確か…『ハーレム』なんてものもあったが、俺はそんな不誠実なことはしたくない。というか、複数の女性の愛を一身に受けきれるかどうかがわからない。それこそ、背中から刺されても可怪しくはない。というわけでハーレムには絶対しない、というかできない。俺の心配より、俺を好いている女性達の方が心配だからな。

 

振っても振ってもアプローチされ続けたらかなり困るけどな。

 

「一先ず俺の展望としてはこんな感じなんだが…」

 

影がおもむろに立ち上がると、俺へ駆け寄ってきて再会した時と同じく胸に飛び込んできた。一瞬どうしようか迷ったが、俺は背中へ手を回した。

 

「…私、不安だったんです。アガレスは私をその…対象として見ていないのではないか、と…結果はこの通りでしたが…」

 

「幻滅したか?」

 

影は首を横に振った。

 

「いいえ、むしろ…チャンスがあるってわかりましたから…すごく、嬉しいんです」

 

影は俺の腕の中から上目遣いで言った。

 

「ですから、アガレス。覚悟、しておいてくださいね」

 

少し微笑みを見せながら、影はそう言った。不覚にもその笑顔を見て可愛いと思ってしまった俺は誤魔化すように無愛想に「ああ」と返した。

 

「先程変わっていない、とそう言ったが…影、お前は結構変わったな」

 

若干皮肉っぽくそう言ったのだが影は何を思ったのか、とても嬉しそうにはにかんだ。それにしても…と、俺は今までを振り返る。

 

それにしても…『俺の青春ラブコメがカオスな件について』って、俺のことを題材にしたわけじゃないだろうな?これからのことを思うと、俺は溜息をつかずにはいられないのだった。

 

〜〜〜〜

 

「旅人…」

 

「なに?パイモン」

 

アガレスと影が残っている部屋の外でパイモンと旅人が話していた。

 

「なぁ、よかったのか?旅人も、アガレスのこと…その…」

 

「まぁ、年季が違うから勝てるわけない、ってわかってるけどね」

 

旅人はパイモンを見て、それから扉を見て苦笑いをした。

 

「…でも…うん、悔しいなぁ…」

 

「…旅人」

 

「でも、幸せそうなアガレスさんが見れるなら、私はそれでいいんだ。だってアガレスさん、時折凄く…疲れた表情を見せるからね」

 

パイモンもそれを気にしていたのか、苦々しげな表情を浮かべるだけで何も言わなかった。

 

「雷電将軍がアガレスさんのことを、きっと一番心配して、好きなんだと思う。でも私は…陰ながら支えてあげられれば、って思ってるよ。『アガレスファンクラブ』会員番号No.1であり会長としての意地ってもんだよ!」

 

「アレ、お前が作ったって言ったらアガレスどんな顔するんだろうな…」

 

パイモンは若干呆れながら言った。旅人は扉の前から離れると、彼に聞こえていないのを承知で、振り返って言った。

 

「アガレスさんがどんな選択をしても、私は…貴方のことが好きだから。何があっても」

 

「なにか言ったか?」

 

ふと、扉が開く音と共に、中からアガレスと影が出てきた。旅人は顔を真っ赤にしてアガレスを見る。

 

「い、いや!?何でも無いからっ!」

 

「なんでそんなに必死なんだ…?まぁいいが…そうだ、旅人」

 

ゴクッ、と旅人は生唾を飲んだ。何を言われるのかが大体予想はつくが、それでも緊張している旅人だったがアガレスのイヤにいい笑顔を見て嫌な予感を胸に抱いた。

 

「さっきの件…忘れてねえからな?」

 

「な、ナンノコッチャ…」

 

「恍けるなよ、『神龍団』の件、忘れたとは言わせねえぞ」

 

その時だった。ぶふっ!とパイモンが吹き出した。アガレスの表情から、途端に感情が抜け落ちた。

 

「説教は一人追加かぁ…」

 

ゴゴゴゴ…と擬態語がつきそうな程に、アガレスは怒っていた。旅人とパイモンは先程までの雰囲気も忘れて全力で逃走し始めた。

 

「お前ら!いい加減にしやがれ!!」

 

アガレスは二人を追いかけ始め、影の下から去って行った。残された影はクスクスと笑うと、

 

「眞…私は、もう大丈夫です。アガレスもいますよ…ですから…早く戻ってきて下さいね」

 

眞の眠る天守閣があるはずの方向、天井を見て、影はそう呟くのだった。




書いてて思った。

コレ何処のラブコメ?

恥ずかしくて読み返せないよ!読むけど()


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第84話 惚れられたい影VS告白したいアガレス

…戦闘パート何処行ったんだろう。

と思っているそこの貴方!!あんたは正しい!!

まぁ次の話くらいでガチで戦争していくので今回までほんわかさせようかと。

あ、今回も視点主書いてありますんでよろです。


【アガレス】

 

翌日、俺達の扱いをどうするのか、ということがようやく決まり、旅人は海祇島の勢力の指揮下に、そして俺は稲妻幕府の指揮下に入って遊撃隊として動け、ということらしい。初陣的なものは一応、稲妻に来たばかりの頃行ったが、体裁上、ちゃんとした初陣を行わねばならないようで…影によれば、稲妻の武士達に俺の実力をしっかりと示す狙いがあるんだとか。下級武士達と共に戦い、その実力を示して協力関係になることによって士気向上を狙う、というわけだ。旅人も俺も異論はなかったため、勿論承諾した。

 

さて、旅人だが、早速海祇島に飛ばされるようだ。なんというか、島流しにあっているようで居た堪れない。

 

「アガレスさん、じゃあまた」

 

「アガレスー!死ぬなよー!!」

 

いやこっちの台詞だよ、との言葉をしっかりと飲み込み、俺は艦橋にいるパイモンと旅人に手を振った。彼女達は俺が見えなくなるまで手を振り続けていた。

 

さて、と。

 

「じゃ、説明求む」

 

「なんのことでしょうか?」

 

見送りには影も勿論来ている。救援に来た旅人が戦場に赴くので、その見送りに来たわけである。あとは表向き、雷電将軍が元気だ、ということをアピールする狙いもある。公式には、雷電将軍は矢面に立って不幸にも怪我をしたことになっているからな。実際、稲妻城城下町の人々も見るのを想定して小ぢんまりとはしているが、雷電将軍自ら出てきている。

 

それでだが、何に対して俺が説明を求めているのか、というと簡単な話で、何故旅人だけが戦場に赴き、俺は未だに後方にいるのだろうか?というところである。勿論、影もそんなことはわかりきっているはず。だが影は無駄(ではないが)にいい笑顔を浮かべているだけだった。

 

いや、まさかとは思うが…。

 

「お前、旅人が目障りだからって追い出した訳じゃないよな?」

 

「さあアガレス、朝食にしましょう」

 

図星やないかい。

 

「と、いうか影…」

 

「なんですか?」

 

キョトン、とした表情で稲妻城へ向かおうとした影の足が止まり、こちらを振り向いた。いや、なんですか?じゃなくて。

 

「お前、料理出来ないんだろ?」

 

「愚問ですね。私に料理が出来るかどうか、それは貴方がよく知っているのでは?」

 

思えばその通りだった。俺は溜息を一つつくと、影に告げる。

 

「その…なんだ…朝食は俺が作ろう。まだ作ってないんだろ?」

 

影の横まで歩き、横目で彼女を見ると、コクンと首肯いた。思わず、俺はホッとした。

 

「じゃあ、厨房借りるからな」

 

「ええ」

 

俺は影の許可を貰ったので稲妻城へ向かう。明日にもなればどうせ命令が下され俺も戦地へ赴かねばならないのだから、今日くらいはゆっくり休もうと思う。

 

さて、これで一旦落ち着く時間が出来るだろう。実は今日、未だに俺は影の顔を真っ直ぐ見れていない。数千年生きてきた中で顔を見ることができなくなるという経験はない。これも…こう、昨日のことが関係しているのだろうか。影の顔を直視した時には…ということを想像しただけで顔が熱くなるのでやめておくことにする。

 

ラブコメの娯楽小説の主人公は凄いな。美女に詰め寄られて、アピールされて、照れずに対応するやつもいるのだから。少し前まで俺もそうだったが、鈍感だから、というだけでは説明もつかないようなことが多い気がする。戦時中だと言うのに、稲妻人は逞しいものだ、と思った。

 

「って、なんでついてくるんだよ?」

 

何故か、厨房まで影がついてきた。顔を見そうになって、慌てて逸らす俺に対し、影はなんでもないことのように告げる。

 

「アガレスの作るご飯は美味しいですから。栄養バランスも考えてくれて、しかも美味しい…そんな料理を数百年ぶりに食べることが出来るのですし、楽しみで楽しみで仕方がありません」

 

それに…と影は俺の顔を覗き込みながら言った。

 

「アガレスとできるだけ…その…一緒にいたかったんです…だめ、でしたか?」

 

上目遣い&ウルウル…だと…ッ!?

 

勘違いしないでほしいのは影のその仕草はわざとやっているわけではなく、自然にやっている、というところだ。昔からこういう節が思えばあった。うん、昔の俺、どうかしてたな。

 

俺はクラクラする頭を一先ず冷やしつつ、できるだけ平静を装って告げる。

 

「い、いや…別に構わない。す、すぐ作るから待っててくれ」

 

駄目だった。俺は顔を若干赤くしながらも逃げるように俺は料理を開始するのだった。

 

〜〜〜〜

 

【雷電影】

 

アガレスが料理を始めようと厨房に入りました。彼のいなくなった厨房の外のスペースで、私はプルプルと震えていました。

 

(く、くぅ…恥ずかしいですね…で、ですが神子の教え通り、アレは効いたみたいですね…!)

 

先程の仕草は神子に教えて貰った仕草で、アガレスは顔を真っ赤にしていましたし、どうやら昨日からしっかり私を異性として意識していてくれたみたいですね。ですが…まだまだ足りません。今後の展望を決めておかないといけませんし。

 

異性として意識させる。

一緒に時間を過ごして惚れさせる。

両思い。

恋人!!

 

と、いう目的に至るための第一の目標は達成できましたが…その次、これは少し難しいですね。彼にも、私にもあまり時間はありませんし、惚れさせる、というのも至難の業です。

 

え?何故、ですか…そうですね…彼は、一人で何でも出来ますから。って、私は誰に話しかけているんですか。

 

先程の可愛いアガレスはしっかりと脳内に焼き付け、厨房に入ってみました。早速、いい匂いがしてきました。アガレスは少し忙しそうに厨房の中を行ったり来たりと動いていました。少し見ていると一通り落ち着いたのか、一つの椀の前で止まりました。アレは…恐らくお味噌汁ですね。私はアガレスの邪魔にならないように横に回って彼の手際を見ていました。

 

「───ふぅ…後は昆布から摂った出汁に鰹節も少し入れておくのも大切だな…その後味噌を溶かして…ようやく味噌汁か…まだ二品目…って、影?」

 

すると、私に気がついたアガレスがちょっと慌てたように言いました。どうやら、先程の余韻がまだ残っているようで、顔が赤いですね。こういうときは確か───

 

『よいか影。相手はあのアガレスじゃ。じゃが、付け入る隙は必ずあるはずじゃ。それを見逃さぬようにせねばならぬ』

 

───隙を…見逃さないように、との教えでしたね。私はズイッと顔を寄せました。アガレスは若干仰け反り…それでも顔と顔が物凄い至近距離にあることには変わりありませんでした。

 

顔が熱くなるのを感じつつも、攻めの姿勢だけは崩さぬように、アガレスに声を掛けました。

 

「その…ほら、私は料理ができないので…出来るようになろうかと…」

 

「そ、そうか…」

 

「「……」」

 

流石に…気不味いですね。お互い、昨日で今までの友人という仲から気のある異性として見ている仲に変わったわけですから…。

 

私は将軍という立場ですし引き篭もりではありましたが、対人関係にそこまで疎い、というわけでもない私でもこのくらいはわかります。それに、八重神子からおすすめされた娯楽小説でも勉強しましたからね。アガレスがどうかはわかりませんが、それなりに恋愛に関する知識はあるはずです。

 

その点、アガレスは恋愛に関しては初心者のようですが。

 

それでも、このような沈黙の間をどうすればいいかは、私にもわかりませんでした。

 

数分ほど経って、アガレスの作ってくれた朝食が出来上がりました。

 

「お、美味しそうですね相変わらず…」

 

「ッハハ、簡単なものですまないな…」

 

出てきたのは、『満足サラダ』なるものと『味噌汁』、炊きたての白米と、アガレスが言うには『モンド風焼き魚』というものでした。同じ物が、アガレスの前にも並べられていました。完全に彼の生活がモンド色に染まっていますね…これは矯正せねばならないでしょう。

 

厨房の隣には食堂のようになっているスペースがあるため、そこに料理を運んでおきました。勿論、相席です。普段よりも幾分か少ない武士達に目もくれず、出来る限りの後片付けをしているアガレスを厨房越しに見つめます。

 

「影?」

 

「え、ええ?なんでしょうか」

 

「いや、こっちをまじまじと見ていたから…何か用か?」

 

「い、いえ…何でも無いですよ。それより、折角の料理が冷めてしまいますし、いただきませんか?」

 

「そうだな…いただくとしよう」

 

私とアガレスは微笑みあうと、ご飯を食べ始めました。この後も色々用意していますし、アガレスを何とか私に惚れさせられれば良いのですが…まあ、反応を見る限りではもう一押し、と言ったところでしょうね…。

 

私はそんなことを考えながらアガレスの顔を見てご飯を食べるのでした。

 

〜〜〜〜

 

【アガレス】

 

さて、食べ始めたはいいが、飯の味なんかわかるはずもない。やっぱり今日は影からの視線を物凄く感じる。なんというか、食べ辛い。

 

そのまま食べ終え、俺は影と自分の食器を片付けるべく厨房へと戻り、洗う。今のうちに心を落ち着けてしまおう。まさか、俺が恋愛初心者だなんて影は知らないだろうし…特に、意識して異性と話すと、うまく話せないことがわかった。どうやら、俺はコミュ障だったらしい。おかしい。そんなつもりではなかったんだが。ああ、やめだやめだ!

 

俺は首をぶんぶんと振ってその考えを消す。

 

「アガレス?」

 

「うわああ何だ!?」

 

しまった、思わず大声を上げてしまった。影は俺の顔を見ると微笑んだ。ぐぅ…なんだ?マジでアタックが物凄い。絶対八重神子になんか仕込まれてるだろ…。

 

「ふふ、アガレス。今日はまだ長いですし、覚悟しておいて下さいね?」

 

影の言葉に思わず、俺は顔を逸した。そんな俺の様子が気に食わなかったのか、影は俺の頬を両手で挟み込んでぐいっと影の顔の向きへ向けた。必然的に、彼女の顔を凝視する羽目になるわけだが…。

 

 

駄目だ…え、ちょっと待って…影って、こんな可愛かったっけ?なんだろう、俺はもう駄目なのかも知れない。普通に考えて、俺はきっと影のことをす、好いているんだろう…少なくとも、好意的な感情を持っている、はずだ…。だが…だからと言って告白できるかどうかは別問題だ…いや、その…俺は伝えられるときに伝えておくべきだとは思っているが、実際は全然勇気が出ない。

 

はぁ…こうなったら…俺は影に告白させるべく行動しよう。ヘタレと言われようが気にしない。いやまぁ…耐えられなくなったら俺からするだろうが…それまでは頑張ってみようと思う。

 

というか…!

 

「いい加減離してくれ!」

 

顔が熱くなるのを感じつつ、今後の事を考えてどことなく不安になる俺だった。




いい加減話を進めようと思うんですよ…そしたら朝食までで一日が終わるなんて予想外でした。そういうわけなんで…気になる人は何があったのかを妄想しましょう。私もします。めちゃくちゃします。

というわけで酒蒸でした。


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第85話 遊撃隊隊長①

というわけで、いい加減戦争の話を進めます


影との一日を終え、俺は遂に戦地へ駆り出される羽目になった。まぁ、旅人の件とか、稲妻の現状を考えると、遅すぎるくらいだったが。

 

さて、現状、俺は遊撃隊の隊長としての任務を、天領奉行から与えられた。奇しくも、前に西風騎士団とモンドを護るために遊撃小隊の隊長となった時のようだ。あの時はすぐに失踪した、として別の人間に代替わりしたが。失踪した俺…いや、先代の遊撃小隊隊長はファデュイに殺された、とか何とか噂されているようだが。

 

そう言えば天領奉行と勘定奉行の当主…いや、元当主達は売国奴として幽閉され、そのうち秘密裏に処刑されるそうだ。天領奉行当主の九条家と、勘定奉行の当主である柊家はどちらも危うい立場に立たされつつも、それぞれ息子、娘が跡を継いだようだ。そして俺への侘びとして遊撃隊の隊長という地位を与えてくれた。確か名前は…九条鎌治と言ったはずだ。彼は好青年で、勘定奉行の現当主、柊千里とも親交があり、元当主とは異なり、偏見も持たない。まぁ、経験は足りないだろうが。

 

その九条鎌治だが、将軍と打ち合ったそうだ。九条家の誇りを示すために将軍こと、影と打ち合ったそうだ。それなりに怪我をしたようだが、九条家が未だに天領奉行当主として政務を行っていることからわかるように、余程頑張ったのだろう。まぁ、そこに至るまでは色々あったようだが。

 

「改めまして…此の度は父がご迷惑をおかけいたしました…!誠に…誠に申し訳ございませんでした!!」

 

「私からも…お祖父様がしてしまったことをお許しください、とは言えません…ですが、それでも謝罪をさせていただきます!誠に申し訳ございませんでした!」

 

そんな九条鎌治と、同席していたらしい柊千里から、謝罪されたのだから、謝罪を受け取らぬはずもない。一応、その分まで稲妻に貢献しろ、と笑顔で告げてやった。彼、彼女らが裏切っていないとも限らないので、まぁ言外に『稲妻を同じように裏切っていることが少しでも露呈したら…わかるよな?』という意を込めている。何度も首を縦に振っていたから、きっと大丈夫だろう。

 

さて、遊撃隊隊長としての地位が与えられたため、勿論、俺には部下がつく。まぁ、と言っても四人程度だ。遊撃隊にしては人数が少ない、と思うかも知れないが、自国民ではない兵士に持たせる兵士の人数としては妥当だろう。影は何故かもっと俺の下に人をつけてやりたいようだったが。

 

城下町郊外にある天幕内に案内された俺は中で跪いている四人の男女がいることに気がつく。

 

「では、我等はこれにて」

 

「ああ、案内ご苦労」

 

案内をしてくれた天領奉行の武士が下がっていった。さて、と俺は中にいる四人を見やる。と、いうか事前に聞いていたとはいえ、女性がいることには驚きだな。

 

そう思って彼女を見ていると、睨まれた。

 

「…何か?」

 

「特に何も。女性でありながら武士になるためにはかなりの努力が必要だったはずだが?」

 

武士になるのには、それなりに修練が必要だ。だが、男性と女性とでは、圧倒的に力で差がついてしまう。それを補うのにも、限度があるのだ。にも関わらず武士になれた…それは、並々ならぬ努力があったからだろう。それを踏まえての発言だったのだが、フイッとそっぽを向かれてしまった。見た目に反して、まだ精神は子供なようだ。

 

因みに、名前は黒川というらしい。

 

次は見た目が細めの男性だ。彼は奥之院という名前だ。なんだか強そうだが、完全に名前詐欺だ。

 

「ぼ、僕は…」

 

「なるほど…お前は随分と線が細いな。だが、武士になった。それだけでも並々ならぬ努力が伺える」

 

「は、はぁ…」

 

ポカーンとはしているが、顔が少し赤い。合っているらしい。ご飯も食べているのだろうし、きっとそういう体質なんだろう。それでも武士になれるだけの努力を積んだ、となれば…彼はきっと剣の腕は良さそうだ。

 

次。眼鏡をしている男性で、武士としてはありふれているようだ。名前は只野というらしい。

 

「武士としてはお前が普通だな。だが、その手に出来ている血豆…なるほど、努力するところはしっかりしているわけだ」

 

「……はっ」

 

なるほど、まじめくん、といったところだな。

 

最後。見た目からしてゴリゴリのマッチョ。名前は細部。さっきから名前負けしすぎだよな。

 

「お前は…体格からして恵まれているようだが、なるほど、剣の腕はさほど、といったところか…加えて、性格も横暴…問題児か」

 

「…ッチ。俺はお前のことを上司として認めた覚えはねぇぞ」

 

「細部…!」

 

まじめくん…もとい、只野が細部を諌める。だが、それを黙って聞くようなら、問題児などと書類に書かれたりはしないだろう。

 

「うるせえ!外野は黙ってやがれ!お前らも本当は不愉快だろ?こんなスカした野郎が上司やっててよ!」

 

スカした野郎…とかよく知ってるな。しかし、黒川も首肯いている辺り、余程誰かの下につくのが嫌らしい。まぁ、事前に渡された書類に書いてあった情報を復唱しただけなので、何も知らないが。

 

「ふむ…なら、実力があればいいのか?」

 

「…あ゛?」

 

「…なんですって?」

 

彼らは、要は『スカした野郎』が上司になったのが気に食わないんであって、スカした野郎じゃないことを証明すれば良いわけだろう。じゃあ、彼等の言う『スカした野郎』とは何か。それは、実力のないクソ野郎のことだ。逆に言えば、実力さえあれば問題ない、とも言える。

 

「模擬戦でも軽くしようじゃないか。勿論、寸止めのやつな?」

 

一応、怪我をされても困るので、勝負がついたら止めてもらうつもりだった。勿論、審判はまじめ…只野君に任せようと思う。だが、俺の考えよりも、二人は余程俺に苛立っているようだった。

 

「おいおい、まさかとは思うが、逃げんのかよ?怪我するのが怖えからって寸止めか?」

 

「同感ね。この程度のことも怖いなら、隊長なんてやめなさいよ」

 

あー、なんというか、根っからの馬鹿なのかも知れないと思い始めている。只野も、俺の真意に気が付いているのか、溜息を吐いていた。仕方がない…こうなればとことん…折る。増長しきってしまった自信を、こう…ポッキリとな。後のことなんて知らないし、それで俺を超えるために強くなってくれれば万々歳だ。

 

「逃げる?ッハハ、面白い冗談だな。まさか、本気でやったらお前達を殺してしまうかも知れない…その可能性を考えてのことだったんだが…どうやら見当違いかな?」

 

「ああ見当違いだ!」

 

「そうよ!私が…私達があんた如きに殺されるわけがないわ!」

 

「ああ、すまない…決して、俺よりも実力が圧倒的にないお前達を舐めているとか、全然そんなことはないぞ?うん、全然、全く、これっぽっちも!」

 

煽る煽る。こういう時は煽りに煽ってしまうほうが良い。その方が実力を出してくれるだろうしな。案の定、二人は怒りで声も出ないようだった。顔も真っ赤だし、何よりプルプルと震えている。

 

「ほんじゃま、外に行こうか。只野、審判よろしく。俺は殺さずに止めるつもりだからな」

 

「はっ、ご随意に、アガレス様」

 

ナチュラルに俺の名前を読んだことから察するに、これは俺のこと知ってるな。どっかで俺のことを見かけたとか、噂で聞いたとか、まぁそんなんだろうが。

 

天幕の外に出て少し歩き、開けた場所に到着した。俺は木刀を持っているが、相手の二人は真剣だ。この場合、木刀で真剣を受けるわけにもいかないので、全て避けねばならない。まぁまぁのハンデ、と言ったところか。

 

俺が手に持つ木刀を見て、二人の怒りは頂点に達したようだが、喚き散らすようなことはしないようだ。ま、あれでも成人だろうし、それなりに社会経験も積んでいるのだろう。と、なんの関係もないことを考えながら只野に視線を投げかけた。隣には奥之院もいる。俺と相対する二人とを交互に見て震えている。

 

「そんで、どっちから来てくれるんだ?」

 

「私から行くわ…こいつ、いけ好かないもの…」

 

ふむ、黒川からか。

 

「あんた、戦ったこともないんでしょう?見た目からして弱そうだもの」

 

弱い、か。

 

「あながち、間違ってはいないな…」

 

「でしょう?なら…」

 

「そうさ、俺は弱いよ。護りたいもの一つ、自分を犠牲にしなければ護り切れなかった、弱い男さ」

 

俺から出る雰囲気に呑まれたのか、息を呑む黒川。だが、すぐにキッと俺を睨みつけると、恨めしそうに言った。

 

「な、何よ…私は絶対、戦争で武勲を立てて出世しなくちゃいけないの!!戦争なんて、そのための道具でしかないのよ!!」

 

スン…と、俺の表情から感情が抜け落ちるのを感じた。ただならぬ俺の雰囲気を感じ取ったのか、黒川は一歩後退った。

 

今までに俺が参加した、或いはしてしまった戦争はそれなりにあるが、やはり一番凄惨で悲劇が多かったのは魔神戦争だろう。あれ以上に惨たらしく、悲劇に満ちた戦争を、俺は知らないし、今後起こそうとも思わない。それほどまでに、混迷とした時代だったのだ。あの時代は。

 

「…言ったな、お前は…『戦争なんて、道具だ』と」

 

「ッ…ええ、そうよ…!」

 

「自惚れるな」

 

自分でも、驚くほど低い声が出たな、なんて他人事のように思う。どれだけ俺が心の奥底で戦争というものを忌避しているのかが、なんとなくわかった気がした。

 

「戦争…それは、ある意味では人間の歴史そのものを意味する。人間の歴史は、戦争無くしては語るに尽くせないからな」

 

だが、と俺は続ける。

 

「このテイワットでは『戦争』という言葉だけが一人歩きをして、そこで起こってしまった悲劇の数々は語られないし、忘れ去られる」

 

───俺と、同じように。

 

「永き時を生きる神とは違い、人間は代替わりを重ねるごとにその思いは変質してしまう。だから、戦争は起きてしまう。と、まぁ…いつまでも能書きを垂れていても仕方がないだろう」

 

俺は木刀を捨て、抜刀する。

 

「気が変わった。如何に自分の考えが傲慢で、愚かしいか…それを叩き込んでやる」

 

「ッ…えぇ、やれるものならやってみなさいよ!」

 

俺は、ある意味では正気を取り戻したらしい黒川へ向けて、その刀を突きつけるのだった。




しっかりと、戦闘パートへの布石を…よしっ


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第86話 遊撃隊隊長②

あ、今回全くと言っていいほどに戦闘描写ありません。助けて下さい。

アガレス「お前が俺を最強にしなければこんなことにはならなかったのにな」

う、うるさいやい。

スメール楽しくて書く暇ないとかそういうことはないので。ぜんっぜんないので。決して後少しで星5が来るとか、すり抜けて欲しいだとか、原石が足りないから探索頑張ろうとか、全く思ってません。私の目標はアルハイゼンだけなので。


割と、俺は気が長い方だと思っている。まぁ、余程のことで無ければ、俺が心の底から怒ることはないだろう。

 

まぁ、実際は、黒川が戦争を軽く見ていることに若干怒ってはいるが…まぁ、どちらかと言えば、戦争を甘く見るな、というものが8割、後は彼女を心配してのことだ。

 

彼女は距離を詰めながら刀を横薙ぎに振るう。それなりの速さはあるが、それだけだ。小手先も何もあったものではなく、ただの愚直な剣捌きだ。

 

俺は軽く溜息を吐くと、屈んで横薙ぎに振るわれた刃を避け、軽めに刀の柄で彼女の顎を小突いた。くぐもった声を上げながらフラフラと蹌踉めく彼女の足を払い、転ばせ、彼女の目と鼻の先に刃の切っ先を突きつける。

 

「…審判」

 

俺は呆けている只野へ向けてそう言った。只野はハッと我に返ったように息を呑むと、「そこまで!」と言った。俺の勝ちである。

 

さて。折るところまで折らないとな。俺は未だに尻餅をついたままの黒川に向けて言い放つ。

 

「この程度で戦争を望むのか?全く以て愚かしい。戦争が出世の道具だと考えるのは結構だが、その程度の実力で戦地に赴いてみろ?」

 

俺は若干含みのある真顔で彼女を見て告げる。

 

「…死ぬぞ?」

 

黒川も死ぬのは怖いのか、震えていた。まぁ、視線の先は俺にあり、恐れているのは俺かも知れないが。俺は彼女に興味を無くした的な雰囲気を醸し出しながら出来るだけ冷徹に細部を見る。

 

「次はお前だな。あんな大口を叩いておいて期待外れとか、面白すぎるからやめてくれよ?」

 

「ッチ…使えねぇな…おい黒川ァ!負けるってのぁどういう了見だ!また痛い目見てぇのか?あぁ!?」

 

「ひ、ヒッ…!?ご、ごめん細部…」

 

「俺等でこいつブチ殺して他国からの援助を打ち切ろうって話だったじゃねぇかよ…話がちげぇぞ!!」

 

「で、でも私は元から反対してた…!それに…私は…」

 

「口答えすんなクソ野郎!!」

 

あー、なんか始まったぞ。しかも細部に関しては完全に売国奴やないかい。こりゃあ…下級武士達にもある程度はファデュイの密偵が紛れ込んでいると考えるべきだろうな。黒川の反応から察するに、彼女は最初から知っていたわけじゃないだろうし、反対もしていたんだろうし、しかも細部に暴力を振るわれているときた。勝手に全部喋ってくれて助かるが、胸糞悪いな。要は暴力で無理やり従わせていた、ということにもなるだろうしな。思えば細部の傲慢な性格、スネージナヤの奴らそのものじゃないか。俺としたことが関連性に気がつくのが遅れるとは。

 

おっと、そうこうしている間に話も進んで細部が黒川の髪に手を伸ばしている。引っ張り上げる気だなあれは。どうやら、俺等がいるのをすっかり忘れているらしい。計画を話してくれてありがたい限りだな。

 

っと、見てる場合じゃないか。

 

「細部、お前の番だと言ったはずだが?」

 

俺は黒川に伸ばされていた手を掴んだ。

 

「クッ…離しやがれ!!」

 

勿論、彼は抵抗するが、俺はそれなりの力で掴んでいるため離れるわけもない。

 

「俺に勝てないとわかって自分よりも弱い相手を甚振るわけか。とことんクズだなお前は」

 

「あ゛?」

 

「弱い者いじめでしか自身の存在価値を定義出来ないような奴をクズと呼んで何が悪い?」

 

先程と同様、顔を真っ赤にしてこちらを睨む様は、若干だが滑稽に思える。まぁ、裏でやっていることはファデュイそのものだがな。

 

「本気で来ると良い。どうせ、お前は売国奴だからな。本来の姿を晒したところで、問題は無いぞ?ここで死ぬんだし」

 

ま、嘘だけど。殺したら色々事情とか聞けないし、俺が勝手に殺した、とかになってしまうと困る。だから、やれて半殺しだ。とはいえ、ルフィアンこと、『売女』を救出できるファデュイだ。普通にデットエージェント辺りに細部は殺されるだろう。と、いうわけで彼の運命はもう決まってしまっている。俺がわざわざ手を下す必要もない、というわけだ。暗殺されなくても処刑が待ってるしね。

 

細部はデットエージェントへと素早く姿を変えると黒川を殺そうと動いた。

 

「ああ、なるほど…その程度の脳はあったか」

 

「っく…」

 

「証拠隠滅に動くとはな」

 

黒川を殺して自分も死ぬつもりだったのだろう。そうでなければ黒川を殺そうとした理由の説明がつかないからな。勿論、俺はデットエージェントの刀を刃で受け流し、腹を蹴って一旦距離を取った。それにしても、俺が来た、ということはしっかりファデュイにも伝わっているらしい。

 

あのまま、黒川が殺されていたら、対外的には俺が二人を殺したように見える。証人は勿論いるが、信じてくれるかどうかは怪しいところだろう。

 

「お前は殺さずに生かして捕らえねばな」

 

仮面越しでも、細部がニヤリと笑ったのがわかった。

 

「ッ!!黒川!」

 

「…ふぇ?」

 

呆けている黒川の前に走り込む。細部の体の元素力が不自然なほどに高まったかと思うと、彼の体が閃光を伴って爆発した。

 

勿論、黒川の場所はすぐ近くで直撃コース、普通にしていれば間に合わなかっただろう。普通であれば。

 

「ふぃ〜…危なかった。これも今後の課題だな」

 

黒川の前には木っ端微塵になった岩がゴロゴロと転がっている。石礫で多少の傷は負っているようだが、命に別状はなさそうだ。既のところで、俺が細部(故)と黒川の間に岩元素で壁を作ったのだ。間に合ってよかった。

 

「しかし自爆するとは…ま、あいつはもういいとして、黒川、いつまで呆けてるんだ?」

 

「あ、あれ…私、なんで…」

 

生きてることに実感が湧いていないらしい黒川は自分の頬を抓ったり、叩いたりしていたので、取り敢えず放っておき、腰を抜かしているらしい只野と奥之院に声を掛けた。

 

「二人は取り敢えず上役を呼んできてくれ。色々と…そう、色々と問い詰めたいことがあるんでな」

 

「は、畏まりました、隊長」

 

「あ、あの…隊長…」

 

只野がすぐに行こうとしたが、奥之院がもじもじとして何かを言い淀んでいるようだったので無言で続きを促した。

 

「黒川のこと…お願いします…その、彼女とは幼馴染で…」

 

…。

 

「気が変わった。只野、行くぞ。奥之院、お前は彼女の側にいてやれ、これは命令だ」

 

多少職権乱用になるだろうが、いいだろう。彼、彼女達をくっつけ、そして一層奮起させるのには丁度いいだろう。只野は「はっ」と返事をすると、俺を先導するように歩き始めた。

 

「た、隊長!?」

 

「んじゃ、結果、楽しみにしとくからな」

 

俺はそれだけ言ってその場から去って行くのだった。

 

 

 

「───随分と個人情報の管理が甘いようだが、こんなので本当に軍隊としてやっていけるのか?簡単に敵国の間者を潜り込ませるとは。一歩間違えれば俺も、遊撃隊の隊員も死ぬところだったんだぞ」

 

「も、申し訳ございません!すぐに部下に確認させますので…」

 

ヘコヘコと俺に頭を下げてきたのは武士達の個人情報を管理している男だった。俺はその男の様子を見て溜息をつく。さて、俺の元々いた天幕から少し離れた場所にある大きめの天幕で、俺はこの男に文句を言いに来ていた。

 

「まぁ、天領奉行、勘定奉行の体制が変わって大変な時期なのはわかる。この状況を作ってしまった原因の一端を、俺も担っているわけだからな…だが、そうだな…再発防止はどうすればいいと思う?」

 

「は?」

 

呆けたように男が口をあんぐりと開けた。俺が改善案を出してもいいが、それでは彼自身の成長に繋がらないだろう。

 

「い、今すぐ考えろ、と言われましても…」

 

「稲妻の今後を左右しかねない問題だ。今すぐ考えずしてどうする?明日には稲妻幕府に潜り込んだファデュイの間者によって滅んでしまうかもな?」

 

冗談めかしてそう言ってやると、男はその未来を想像したのか、ブルッと震えて「い、今すぐ考えますので一旦はお引取りをををを!」なんて言ってきたので、取り敢えず下がることにした。それなりに長い話をしたので、奥之院と黒川の話も終わっているだろう。

 

天幕を出て俺たちの天幕へ向かう。その途中、只野に話し掛けられた。

 

「隊長、何故、稲妻へ?」

 

「ああ、旧友に会いに来たんだ。成り行きで今は遊撃隊の隊長になってしまっているがな。それで、只野、今度は俺から質問してもいいか?」

 

只野は首肯いてくれた。

 

「お前は一番最初から俺に従っているだろう?何か裏があるんだよな?」

 

「その…以前、将軍様といらっしゃるのを城内で見かけまして…その、旧友というのは、もしや将軍様のことだったり…?」

 

なんだ、と俺は拍子抜けする。別に俺のことを元々知っていたわけではなかったようだ。しかし、只野の問いだが、答えても良いものか…と少し悩んで、

 

「ああ、その通りだ。ただ、このことはできれば秘密にしておいてくれよ?」

 

「は、ご命令とあらば」

 

なるほどね、俺が雷電将軍こと、影と親しい間柄だとわかったから、言い方は悪いが媚びへつらっていた、というわけだ。よく言えばしっかりと命令通りに動いてくれる、ということだ。

 

天幕まで戻ってくると、外に奥之院と黒川の姿は既になかった。どうやら天幕内に入っているようである。好奇心が勝り、天幕内をばれないように覗いてみると、奥之院が座り込んでいるが少し幸せそうな表情の黒川を抱き締めていた。なるほど、この感じから察するに…よかったな奥之院。

 

「只野、折角だし、色々と教えてやろう。こっち来い」

 

俺は小声で只野にそう言った。俺が天幕内を覗き、尚且黒川と奥之院の様子を見ていた只野は何かを察したらしく、首肯いた。俺達は天幕を見て少し笑いながら若干開けた場所に移動するのだった。




圧倒的噛ませ犬…細部…全国の細部さん、申し訳ありません。もうちょっとレアな名前にしとくべきでしたね。細部さんから殺気の籠もったコメントを頂きまして(大嘘)

次回からちょっと奥之院と黒川と只野、そして細部について掘り下げます。ちょっと長くなるかもですけど許してくだちい。


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番外編 奥之院と黒川

ちなみに、割と『コレ何処のラブコメ?』って感じかもです。


アガレス達のいる時代から18年前、稲妻城城下町にある隣同士の家でほぼ同時に子が誕生した。一つは黒川、もう一つは奥之院の名を授かる家であった。両家は先祖代々将軍に武士として仕えてきた過去を持ち、隣同士ということもあり、仲は正しく犬猿の仲と呼ぶに相応しい仲であった。

 

しかし、三代前から友人同士となり、良き隣人として過ごすようになっている。切磋琢磨しあい、両家の力はかなり大きくなった。そしてその仲は子に受け継がれ、受け継がれ、黒川と奥之院の次期当主が誕生した。それぞれ名を菫、鋼樹と言い、黒川家に生まれたのは女児、奥之院家に生まれたのは男児とあって、親の間で両家の結束をより強めるべく政略結婚と称して二人を許嫁にした。幼い頃から共に育った二人は勿論、仲も良かった。黒川家、奥之院家双方も大層喜び、毎日が幸せな日々だったとか。

 

さて、二人が15歳になった時、突然稲妻とスネージナヤが戦争状態に突入、勿論武家である黒川家も奥之院家も戦争に参加、結果として二人を残して両家の血筋は絶えてしまった。哀しみに打ち拉がれる二人の下にファデュイの兵士が攻め込んで来る。一度だけ、稲妻城城下町までファデュイの侵攻を許してしまった際の出来事である。

 

デットエージェントから逃げるように、黒川は走っていた。手に持っている刀は中程で折れており先が無くなっている。そして彼女自信、少なくない傷を負っていた。

 

「ハァッ…ハァッ…ッ!」

 

「逃げ場は、無いぞ…」

 

デットエージェントは袋小路に彼女を追い詰め、手に持つ刀を振るった。

 

「ッ…いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

腰を抜かし、涙を浮かべながら目を瞑る黒川だったが、いつまで経ってもその瞬間は訪れなかった。恐る恐る黒川が目を開けると、そこに颯爽と現れたのは奥之院だった。奥之院は巧みな刀捌きでデットエージェントの刀をなんとか防ぎ続けていた。

 

だが、人間というものはどうしてか、極限状態はそう長くは続かない。精神、肉体共に疲弊していくのだ。そしてその奥之院の状態に呼応するかのように刀がポッキリと折れた。その隙を突き、デットエージェントの刀が深く奥之院の腹に突き刺さった。

 

「ッ!!」

 

涙を浮かべながら駆け寄ろうとした黒川が止まった。奥之院の手には、先程折れて地面に落ちたもう半分の刀が握られていた。デットエージェントが刀を腹から引き抜こうとした瞬間、奥之院はデットエージェントの頭に刀を突き刺し、そのまま双方が力尽き、倒れ込んだ。

 

「鋼樹!!」

 

「すみ…れ…?」

 

黒川が奥之院に駆け寄り、腹に突き刺さったままの刀を恨めしそうに見やる。奥之院は血を吐きながらも、確かに黒川の名前を読んだ。

 

「ええ、そうよ!貴方の許嫁の菫よ!!だから…お願いだから死なないで!!───」

 

 

 

医師たちの懸命の治療活動によって何とか一命を取り留めた奥之院だったが、菫は弱かった自分自身のせいで奥之院が怪我をしてしまったと思い込み、彼との交流と絶って強くなるために何でもするようになった。奥之院は菫にも何か事情があるのかもしれない、と思ったが、それでももしかしたら…という疑念は拭えず、リハビリには余り精が出ない様子だった。

 

それから三年間、黒川は強くなるために間接的にファデュイに協力し、奥之院はようやく会えた菫に素っ気ない態度をされていたため、かなり落ち込み、そのせいで見た目も完全に三年前とはかけ離れていた。あまりご飯が喉を通らないようになっていたのである。それでも、武士は続けていた。

 

そんな時だった。他国から救援に来た男が隊長になっている遊撃隊に二人は配属された。

 

「……こう…奥之院。アンタも此処に来たのね」

 

一瞬、昔の呼び方をしそうになった黒川は慌てて名字で呼んだ。奥之院は少し驚いたような視線を黒川に向けた。

 

「な、なに?僕に何か用?」

 

「用って程でもないわ。なんでアンタが此処にいるのか、それを聞いてるだけよ」

 

「それってさ、君に関係あるの?」

 

ドス黒い感情の渦巻く声に、黒川は思わずたじろぐ。奥之院は自分が思ったより傷ついていたんだな、と感じつつも続けようとした。

 

「おい、貴様ら、私語は慎め」

 

只野という男に止められてしまったため、奥之院も黒川も押し黙った。だが、黒川の耳に奥之院の言葉がこびりついて離れることはなかった。

 

黒川は気が立っていたのもあって、配属されたという隊長の言葉に一々反応し、反発してしまった。

 

「───戦争なんて、そのための道具でしかないのよ!!」

 

言ってから、黒川は失言をしたことに気が付いた。先程までの飄々とした雰囲気から一転し、まるで何千人もの軍隊を相手取っているかのような圧迫感に駆られた。そしてその圧迫感の発生源は、つい先程罵ってしまった相手だった。黒川は無意識の内に一歩後退った。

 

「───気が変わった。如何に自分の考えが傲慢で、愚かしいか…それを叩き込んでやる」

 

黒川とて、プライドはある。だが、それ以上に、とある目的のために負けるわけにはいかなかった。

 

結果は、惨敗。そして二年間も自分を利用してきた相手がトラウマの相手、デットエージェントだったことで足が竦み逃げることも出来ずにただ、自分を軽々と屠った相手に護られた。蹲る黒川にそっと歩み寄ったのは奥之院だった。

 

「…何よ」

 

蹲ったまま、黒川は奥之院へ言った。奥之院は何も言わず、隣りに座った。

 

「…私を笑いに来たのね」

 

自嘲気味に黒川自身が笑い、語り始めた。

 

「…三年前、アンタが死ぬかも知れないって思って…私は弱くて…だから、強くなろうとして…必死になって…でも、結局私は…わたしは…ッ!」

 

涙声になり、遂には啜り泣く黒川の話が終わったのを見計らって奥之院が口を開いた。

 

「…菫は、弱くなんかなかったよ」

 

「…え?」

 

奥之院は立ち上がると、「ここじゃなんだし、天幕の中で話そっか」と言って天幕の中へ入った。黒川は呆気にとられていたが、やがて意を決したように立ち上がると中に入った。

 

「それじゃあ…菫、僕の言いたかったことを説明するね」

 

奥之院は若干恥ずかしそうにしていたが話を始めた。

 

「昔から、菫は体の弱い僕とは違って力が強かったから…憧れだったんだ。僕にとっては、菫が、菫こそが『強い人』だったんだ」

 

「そ、そんな…私なんてただ力が強いだけで…剣術とかはからっきしで…」

 

黒川の言葉に奥之院は首を横に振った。

 

「ううん、そんなことないよ。剣術の基礎はしっかりとできていたし…今でも君には勝てる気がしないや…」

 

それでね、と奥之院は告げる。

 

「三年前にファデュイに追われている君を見つけて、助けたかったんだけど、やっぱり僕弱くて…格好悪いところ見せちゃったよね。だから…菫は僕の前からいなくなったんだな、って思ってたんだ…」

 

「そんなことない…そんなことないよ!」

 

黒川は大声で奥之院の考えを否定した。面食らう奥之院に対し、黒川は瞳に涙を浮かべながら告げる。

 

「私にとっても…鋼樹は憧れだよ。舞ってるみたいな剣捌きはどう頑張っても真似できなくて…尊敬してたし…その…大好きだったの」

 

でも、と黒川は伏し目がちに続けた。

 

「あの日、私は大好きな鋼樹が辛い思いをしているのに、なんにも出来なかった。だから私が隣りにいるのは相応しくないんじゃないかな、って思って…強くなるために鋼樹から離れたの」

 

「そう、だったんだ…」

 

二人の間を気不味い沈黙が駆け抜けた。

 

「え、えっとさ…菫、さっき隊長に言ってた『戦争は道具』ってどういう意味なの?」

 

黒川はその問に痛いところを突かれたとばかりに仰け反った。

 

「そ、その…鋼樹を傷つけたくないから、私が戦争で武勲を立てて鋼樹を安全な場所に送りたかったの。わ、悪い?」

 

奥之院は全ての謎が解けた、とばかりに「そっか…そっかぁ…」と安堵したように崩れ落ちた。かと思うと奥之院は黒川を抱き締めた。

 

「ふぇ!?ち、ちょっと鋼樹!?」

 

「…ごめん、菫…辛い思いをさせて…」

 

黒川から奥之院の表情は見えなかった。だが、奥之院の声は震えていた。黒川も釣られて涙を浮かべ、流す。

 

「本当よ…私が…一体どれだけ心配したと思ってるの…?でも…私もごめん…なんにも言わずにいなくなっちゃって…」

 

黒川の言葉を最後にして暫く二人の間を沈黙が支配したが、やがて奥之院が黒川の肩に手を置いて正面から向き合う形になった。

 

「…菫はさ、元々の関係に戻りたい?」

 

奥之院が黒川の顔を真っ直ぐ見据えながら言った。黒川は、というと、首を横に振った。

 

「…そっか、そうだよね…」

 

「何を勘違いしたのか知らないけど…あなたが許してくれるのなら、私はそれ以上になりたい」

 

一度は目を伏せた奥之院の目が見開かれる。

 

「それって…」

 

奥之院が顔を上げたタイミングで黒川の顔が奥之院の顔に密着した。

 

「い、今の…!?」

 

「これで、わかってくれた?私の気持ち…」

 

奥之院とて、キスをされれば流石に気がつく。やがて黒川は決心したように呟いた。

 

「私、強くなるから…今度こそ、あなたを護れるように」

 

黒川の言葉に、奥之院は困ったように笑った。

 

「…お互い、頑張ろっか」

 

「…ええ!」

 

奥之院の顔を見て黒川も同じように笑った。やがて再び二人の顔が近付き───

 

『只───折角───こっち───』

 

外から突然声が聞こえたため二人の顔は一瞬で離れた。やがて恐る恐る外を確認すると、誰もいなかった。遠くに彼等の隊長、アガレスと只野が一緒に歩いているのを見た。アガレスは一瞬だけ天幕の方を確認し、奥之院と黒川が自分を見ていることに気が付くと、少し笑って片手を上げた。

 

「…見られてたっぽいね」

 

「ほんと、後で罵倒したこと、謝らなきゃね」

 

今度こそ、二人は顔を近付けて密着させた。

 

〜〜〜〜

おまけ

 

只野「隊長、天幕内から二人がこちらを覗いている様子ですが?」

 

アガレス「ん?本当だな。ちょっと手を振ってみるか!」

 

というのが真相だったとか、そうじゃないとか。




というわけでこれからも色々とやってもらう黒川と奥之院の過去の話と天幕内で何があったのか、何を考えていたのか、というお話でした。次回は只野ですね。名前考えなきゃなぁ…という。


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番外編 只野という男

宣言通り、今回は只野のお話です。

あ、前回書くの忘れましたが、本名の読み方一応書きますと…。

黒川 菫→くろかわ すみれ
奥之院 鋼樹→おくのいん こうき
只野 清→ただの きよ
細部 音近→ほそべ おとちか

只野の名前で異変を察知した人は偉い!私は精一杯褒めるぞ!!(わかりにくいのでわからなくていいです。というか全く気にしなくていいです)

追記 : タイトル詐欺も甚だしい!!です。


三年前まで、只野家は稲妻国内でも有数の良家であった。将軍に直接お目通りをすることも多く、天領奉行内の重役にも所属しており、稲妻国内への貢献度はかなり多かった。

 

私、只野清は只野家の跡取りとして育てられた。あらゆる事を完璧にこなすよう厳命され、現に私は生まれて物心がついてからすぐに品行方正、清廉潔白に育ってきた。

 

しかし、冒頭の三年前まで、との言葉が示す通り、私はあらゆることを両親の願う通りにしてきたつもりだった。

 

で、あるのに。

 

「おまっ…ケホッ…お前がァ…只野家を…継ぐなど…ガハッ…間違っているだろうがァ!」

 

私には兄がいた。だが兄は私とは正反対の性格だった。品行崩壊、佞悪醜穢…だが、優しい兄だった。その兄が、只野家の子という身分を利用し、稲妻の武士達の布陣をファデュイに提供し、稲妻城まであろうことか誘導しこんなことになってしまっている。その兄は、今私の目の前で血塗れになりながら俺に向かって手を伸ばしていた。

 

周囲はファデュイと武士達、そして民間人の死体ばかりだ。

 

「…兄上、何故このようなことを…」

 

私がようやく、絞り出せた声はそれだった。兄は血走った目でこちらを睨むと、鬼のような形相で言った。

 

「お前が…お前さえ…いなけれ…ばぁ!!」

 

兄の言葉は要領を得ず、具体的な理由はわからないが、抽象的な理由はわかる。どうやら、私が跡取りとして育てられていたのが気に食わなかったらしい。だが、兄は一つ、勘違いをしていた。

 

「兄上…兄上、私は!」

 

「……」

 

私は言いかけて、気が付いた。先程から喚き散らしていた兄の声が止んでいる。私の耳を疑ったが、兄を見ても動く気配がない。恐る恐る近寄って兄の様子を確認してみると、目を開き、苦しみにその表情を歪めたまま硬直していた。

 

「…嘘…ですよね…兄上!返事して下さい!!」

 

私は兄の、いや、兄だった魂の抜け殻の顔を覗き込み、体を揺する。

 

その日、私の兄は死んだ。その日に伝えられなかった、自分の気持ちを忘れるように、私はただ、上の命令に従うだけの道具のようになった。

 

家の取り潰し、そして首謀者の死亡が確認されており、命を狙われていたこともあって私は天領奉行に未だに置いてもらえていた。

 

そんな時だった。稲妻城にて警備の任務についていた際、楽しそうに話す声が聞こえた。稲妻城にいて聞こえてくるのは戦地の状況がどうだの、ファデュイの動向はどうだの、誰が戦死しただの、そういった話ばかりだった。それは兄が死ぬ前からも変わらないが、兄が死んでからは一層そういう話に興味を無くしていた。

 

だからだろうか、久し振りに楽しそうに話す声が聞こえてきたことに、興味を持ったのは。

 

天守閣へと続く廊下を、二人の人物が歩いていくのを見かける。

 

「…アレは将軍様?それと…」

 

一人は我等が敬愛し、信仰する対象である将軍様だった。だがもう一人、膝の丈まである黒衣に身を包んだ長身で銀髪の男が隣りにいた。将軍様はその男を見て嬉しそうに笑っていた。あまりの事態に自分の脳がショートするのを感じた。私はそれだけ確認すると、正門へ向かった。そこには冷や汗を一様に浮かべている武士達がいた。

 

「すみません、先程、将軍様ともう一方をお見掛けしたのですが、もう一方についてなにか知りませんか?」

 

私は一人捕まえるとそう聞いた。幸運にも、捕まえた武士は優しい方だったようで、親切にも教えてくれた。

 

「あ、ああ…あの方は詳しくは聞いていないが何処かの国からの応援で来たらしいんだ。騒ぎを聞きつけたファデュイの軍勢と戦っていたんだが、たった一人で相手をして全滅させていてな…将軍様と随分親しいご様子だったが…っと、俺が知っているのはこのくらいだ。余り役に立てずにすまないな」

 

「いえ、充分な情報です。ありがとうございます」

 

私はそう一言だけ言うと、踵を返した。なるほど、将軍様が信頼なされているお方ならこちらで無駄に詮索する必要もなさそうだ。私はそう考え、城内の警備に戻るのだった。

 

 

 

次の日、その、将軍様と親しいという方が天領奉行と勘定奉行の不正を暴き、内部改革を行ったらしいことがわかった。幾ら将軍様と親しいからと言って内部に干渉しすぎだろう、と思ったが、内部の改革のご決断は将軍様しかできないはず。となれば将軍様が許可を出したのだろう、と考え、このことについて深く考えるのをやめた。

 

しかし、頭も回り、戦闘もこなせる。将軍様のお知り合いというだけあってとんでもない存在のようである。

 

「…その方の下で色々と学んでみたいものですね。まぁ、叶うわけもないでしょうが」

 

 

 

「───本当なのですか?」

 

「本当だ。天領奉行、いや九条家は現在、苦境に立たされている。そのため、下級武士の何名かに暇を出し、戦地送りにすることが決まった。お前も、勿論その一員だ」

 

私は天領奉行所でそのような説明を上司から受けた。どうやら、天領奉行の現状は私が考えているものよりもかなり悪かったようで、私を含めた何名かの下級武士達が集められ、上司の話を聞いていた。

 

「この件に関して、鎌治様より伝言を預かっている。『このような形で暇を出すことになってしまって申し訳ない。出来るだけ好待遇での配属を約束するので、どうか稲妻、ひいては将軍様へのご奉公を続けて欲しい』と仰っていた。俺としても、手塩にかけ育てたお前達に暇を出すことになってしまって誠に不本意だ」

 

少しだけ上司は自身の気持ちを吐露すると、表情を引き締めながら一人一人に配属場所を伝えていった。三人ほど、新設された遊撃隊へ配属されることになっているようだった。それ以外は大体聞いたことのある場所だったので、少し不安に思っていると、私もその遊撃隊へ配属されることになった。私が最後だったため、その場は解散となった。肩を落として還る者達を無視し、私は上司の下を訪れていた。

 

「ん?只野か。どうした?」

 

「すみません、新設された遊撃隊の情報を詳しくお聞きしたいと思いまして」

 

これからは警備兵ではなく、戦場に立つ武士として生きていくことになるため、自分の配属する場所がどのような場所で、どのような者が上司なのか、それを知っておく必要があったのだ。上司…いや、元上司は、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに教えてくれた。

 

「ああ、なんでも、将軍様と鎌治様直々に遊撃隊の隊長の任を任されたらしく、名前はアガレス、と言うらしい。俺も鎌治様に詳しく聞いてみたが、『寛容なお方』と評していた。どうにも胡散臭いのは、将軍様ともお知り合い、って点だな」

 

その話を聞いて私は自身の心臓の鼓動が早まるのを感じた。気になっていた方の部隊に配属される、ということは、実戦形式で色々と学べる、ということだ。

 

「色々とお話をありがとうございました。それでは、私はこれにて…」

 

「ああ…お前にも苦労をかけるが…そっちでも頑張れ。死ぬなよ」

 

私は踵を返していたが、立ち止まり、振り返ると「はい」と返事をして天領奉行所を去るのだった。

 

 

 

支度をしてすぐに遊撃隊に当てられた前線の天幕に入る。どうやら、私が一番最初のようだった。天幕内は戦場に近いとは言え、かなり静まり返っていた。すぐに二人入ってきて騒がしくなったため注意したが。

 

少しして全員揃い、もう少し時間が経ってからその人物は天幕内へと足を踏み入れてきた。

 

「ああ、案内ご苦労」

 

案内の武士をそう言って労った彼は少し微笑みながら天幕内へと入ってきた。だが、私達が跪いているのを見て一瞬面食らったように止まった。その隙に彼の容姿を食い入るように見つめる。

 

将軍様のように整った容姿、吸い込まれそうなほどに紅い瞳。透き通るような白い肌と銀髪。控えめに言ってもこの世のものとは思えないような立ち居振る舞いだった。

 

驚いたことに、その後彼は突然隊員を褒め始めたが、細部という男の時だけは貶すような発言をした。勿論、細部という男の短気さは天領奉行内でも有名な話だったので、細部は激昂、釣られたように黒川も彼に食いついた。

 

「ふむ、なら実力があればいいのか?」

 

そう言って彼は細部の変装、企み、その全てを暴いて捻じ伏せてしまった。加えて奥之院が黒川のことを気にかけていることを察してか、隊長は私と共に上役の天幕へ行くようだった。

 

この人は、いやこの方はやっぱり、色々と視点を広く持っているみたいだ。

 

───この方なら、私がこんな格好でも、許してくれるだろうか?受け入れてくれるだろうか?いつ、私が『男』ではなく、『女』だと気が付くだろうか?兄に言えなかったこの事実を言っても、軽蔑しないでくれるだろうか?

 

そんなことを考えながら彼の後ろを歩くのだった。隊長の背中は、何処か頼もしく感じた。




すみません、今週テストなんですよねぇ…昨日はその関係でちょっと余裕がありませんでした。多分明日の更新ないと思います。あるかも知れないですけど。

前書きの答えは、只野が女性、ということですね。補足説明をさせていただきますと、只野家では男児が誕生していましたが、性格が最悪だったため、女児だが性格のいい只野ちゃんを男児として育てて跡取りにする、ということになっていたんですよ。勿論、お兄さんは自分が家督を継ぐ気満々なわけですから、この事を知った瞬間、アレだけ憤慨したんですよね。『男の俺じゃなくて女のアイツに家督を継がせる気なのか!』というわけです。男尊女卑反対!

さて、只野ちゃんはお兄さんがそのことを知らないと思いこんでいたわけなんですね。尤もそのことを確かめる術はなくなってしまったわけですが。

というわけでした。


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番外編 細部音近の人生

今回若干内容暗いです。自分なりに頑張って胸糞悪くしましてございます。


二年前まで、俺の人生はつまらないことだらけだった。当然だ。十年間、稲妻に潜り込んだスネージナヤのスパイとしての活動を完璧にこなすだけの人生に彩りなどあるはずもない。俺は裏の顔として暗殺者でもあったが、性格上、その活動が芳しくないこともわかっている。

 

三年前、母国と稲妻が戦争状態に突入した。俺は自分の腕に自信があったが、決して戦場には出ず、裏方に徹した。稲妻を内部から崩壊させる工作、そしてファデュイの部隊を稲妻城まで手引する手筈、その全てを整えた。

 

「わかってるよなぁ?何年経とうが、お前には俺を倒すことなんて出来やしねぇんだよ」

 

稲妻には、俺が体よく『調教』した男がいる。その男が眼前で蹲り、震えていた。

 

「だから、お前の目的のために俺もちょっとだけ、協力してやるって言ってんだぜ?これ以上、お前も…」

 

俺は男の頭を軽く踏みつける。男の震えが幾分か増した。

 

「…痛いのは嫌だろ?」

 

「は、はいっ!せ、精一杯務めを果たすと此処に誓います!誓いますのでどうか…どうかお許しを!」

 

突如、男が堰を切ったように怒涛の勢いで声を上げるので、思わず不快感に眉を顰めるながら言う。

 

「おい、誰が口を開いていいと言った?」

 

「ヒッ!?」

 

俺は部下に合図を出すと、男を連行させた。男は何やらぎゃあぎゃあと喚いていたが興味がないので聞き流した。あの男は稲妻でもそれなりの良家である只野家の長男だ。夜一人で歩いていた所を捕獲し、ファデュイにとって都合が良いように『調教』したのだ。とはいえ、全てあの御方の指示だが。

 

「こういう回りくどいのはやっぱり気持ち悪ぃな。腕っぷしで黙らせちまえばいいのによ」 

 

 

 

稲妻城を襲わせる当日にも、只野への『調教』は必要だったようで、仕方なく洗脳という手段まで使用した。そこまでしたというのに、味方のファデュイも、アイツも稲妻城を攻め落とすことは出来なかった。

 

「ああ、使えねえ…あー糞が。使えねぇな。使えねぇ使えねぇ使えねぇ使えねぇ使えねぇ使えねぇ使えねぇ使えねぇ使えねぇ使えねぇ!!」

 

苛立ちが込み上げてくる。どいつもこいつも役立たずだ。使えない。使えない。俺がやってれば、俺が前線に立てばもっと上手くやれた。稲妻城だって落とせたし、あの雷電将軍だって俺にかかれば殺せるはずなのだ。

 

あー糞が。腹立つ腹立つ腹立つ腹立つ腹立つ腹立つ腹立つ腹立つ腹立つ腹立つ腹立つ腹立つ!!

 

「巫山戯るなよ糞が。あー糞、まーじで糞。使えもしねえ味方なんか信じるほうが馬鹿だったわ。ま、ゴミが消えて俺も清々するわァ!」

 

そうだ、俺は何も悪くないんだから俺一人で稲妻を滅ぼしちまえばいいんだ。そのためには協力者も必要だしよぉ。

 

俺は協力者を探しに稲妻城郊外へとやってきていた。

 

「あ?あ〜…あの女、使えそうだな」

 

泣きながら稲妻城から離れていく女を見て、俺は思わず舌舐めずりをした。

 

 

 

「───おい、どうしたんだよ?」

 

「…何よ、アンタには関係ないでしょ」

 

俺はまず、その女に優しく接触した。これで落とせれば楽出来たんだが、女は俺を突き放した。

 

「いや、だって泣いてんだろ?何があったんだよ」

 

懲りずにそう言ってやると、女は一層言葉をキツくしていった。

 

「だから、アンタには関係ない!」

 

「ッチ」

 

俺は頭を掻き毟った。女は俺の行動を見て引いているようだがどうでもいい。

 

「あ、あああああああ!糞、糞が!なんでこんなに上手く行かねぇんだよ!優しく近付けばいけると思ったのによぉ!」

 

だが、俺は天啓を得た。

 

「そうだ…そうだったなぁ…手に入らないもんは力で奪えばいいだけだ。お前の心も、同じようにしてやんよ!!」

 

「き、キャッ…こ、来ないで…!」

 

女が逃げようとした。だが、俺は強い。最強だ。こんな女を逃がすわけがない。案の定、俺に女は捕まり、地面に叩きつけられて意識を失った。

 

「ククク…コイツの顔、見たことあんぜ…こいつは使える…ククク…はははははははははは!!」

 

俺は女の首根っこを掴み、引き摺って移動するのだった。

 

 

 

俺の潜伏している稲妻城の下で岩に縄で縛り付けた女───黒川を、現在『調教』していた。

 

「お前、黒川って名前だよなァ?確か、奥之院ってヤツと仲良かったんだっけ?」

 

「ッ!!」

 

「俺さ、ファデュイと縁があんのよ?奥之院ってヤツ、目障りだったし、消してもいいと思ってるんだが…」

 

「鋼樹に何をするつもり!!」

 

黒川の言葉に、俺はわざとらしく首を横に振った。

 

「俺は何もしねぇよ。ま、俺の仲間が何するかわかったもんじゃねぇがな?」

 

ギリッと黒川が歯噛みをした。

 

「私にどうしてほしいのよ」

 

思わず、俺は大声で笑った。あ〜、おもしろ。

 

「お前さ、女だよな?んで、俺は男。好きな男のために自分の身を捧げるのって最高だと思わねぇか!?最ッ高に滑稽でよォ!!」

 

俺は黒川の顔を一発蹴った。口の中を切ったようで、口から血を流している。

 

「んまぁ、お前も、わかるよな?あの小僧を助けたかったらどうすりゃいいのか」

 

俺は黒川の顎を乱雑に掴み、俺と視線を合わせさせた。

 

「言っとくがお前がここで拒否しても、死んでも、小僧は殺す。お前の選択肢は俺に協力することだけだ。わかったな?」

 

黒川は諦めたように首肯いた。

 

さぁて、っと。こっからは、『調教』と洗脳の時間だな。俺はこれからすることを想像して舌舐めずりをせずにはいられないのだった。

 

 

 

黒川を協力者にする手間はかなりかかったが、それに見合うだけの働きはしている。俺の野望を叶えられるのも、もうすぐだ。そんな時だった。俺がスパイ活動をしていた際に所属していた天領奉行に暇を出され、別の部署、それも前線への配属となった。

 

「ッ糞が!!後少しのところで…フザケやがって!!」

 

頭を掻き毟り、壁を何度も殴る。拳から血が出るのも気にせずに気が済むまで殴り続けた。

 

「いや…逆に考えろ…前線を崩壊させることによって使えねぇがファデュイの連中も稲妻城へ攻め込ませることが出来るよな…クククッ…やっぱ俺は天才だなァ!!」

 

俺は水を得た魚のように喜び勇んで前線へと向かうことを決め、すぐに支度をして前線へと到着した。遊撃隊への加入によって戦場の何処へでも行けるという条件までついている。やはり俺を中心にして世界は回ってやがる。

 

だが、と俺は隊長だ、という人物へ視線を向ける。第一印象はこうだ。

 

───いけ好かねぇ。

 

飄々とした雰囲気、服装からしても稲妻国内の人間じゃねぇな。ってことは情報通り他国からの援軍か。俺は更に深く観察していると、

 

「お前は…体格からして恵まれているようだが、なるほど、剣の腕はさほど、といったところか…加えて、性格も横暴…問題児か」

 

突然、そんなことを言われた。頭に血が上るのを感じるが、俺は最強であるため余裕を見せつつ、

 

「…ッチ。俺はお前のことを上司として認めた覚えはねぇぞ」

 

そう言ってやった。只野という名の男が俺を諌めるような声を出す。その一言で流石の俺も堪忍袋の緒が切れた。

 

「うるせえ!外野は黙ってやがれ!お前らも本当は不愉快だろ?こんなスカした野郎が上司やっててよ!」

 

俺は援護をするように黒川へと視線を投げかけた。黒川は震えつつ首肯く。どうやら、洗脳が解け掛けてんな。チッ、面倒臭え。

 

「…ふむ、なら実力があればいいのか?」

 

「…あ゛?」

 

あー糞。糞!!コイツの話を聞いていると腹が立ってきやがる。

 

コイツは俺の事を煽りに煽り、模擬戦まですることになった。だが、俺は雷電将軍にも勝てるほどの実力を持っているのだ。俺が負けるわけがない。だが、俺も寛容な人間だ。泣いて懇願してきたら笑顔で許してから殺してやろうと考える。ついでに、俺が相手をしてやる価値があるのかどうかを確かめるために黒川に行かせた。

 

勝負は、一瞬で決まった。気が付けば黒川は負けていた。だが、あの程度、俺でも出来るのだ。

 

「次はお前だな。あんな大口を叩いておいて期待外れとか、面白すぎるからやめてくれよ?」

 

コイツ…ッ!ってかよ。

 

「ッチ…使えねぇな…おい黒川ァ!負けるってのぁどういう了見だ!また痛い目見てぇのか?あぁ!?」

 

黒川、コイツもやっぱり使えねぇ。だが、この男の強さは多少評価できるな。俺が勝った暁には殺さずに『調教』して使ってやろう。その前に、黒川を一発殴っておかねぇとな。

 

俺は黒川へ手を伸ばした。だが、その手は軽く止められた。

 

「細部、お前の番だと言ったはずだが?」

 

静かに、そう言われる。謎の悪寒を感じつつも、腕から離れようと藻掻くが、全くと言っていいほど身動きは取れなかった

 

「俺に勝てないとわかって自分よりも弱い相手を甚振るわけか。とことんクズだなお前は」

 

「あ゛?」

 

何を言ってやがるコイツは?

 

「弱い者いじめでしか自信の存在価値を定義出来ないような奴をクズと呼んで何が悪い?」

 

糞、糞糞糞糞糞糞糞糞!!こうなったらまずは黒川を処理する!!

 

俺はデットエージェントの姿になると、黒川へ向けて刀を振るった。だが、ヤツは俺の刀を軽々と防ぐと、お互いに距離を取った。

 

と、突然俺の体が自動で動き始めた。自分の中で元素力が高まっていくのが感じられた。

 

そう言えば、ファデュイに加入した時、謎の薬を飲まされた。どうやら、この時のためのものだったらしい。

 

俺が今から死ぬ、ということを認識した瞬間、怒りが一瞬で冷め、何も感じなくなった。視界は灰色一色で色などなかった。今までの人生が、俺の頭の中に浮かんでは消えていく。これが、走馬灯というものなのだろうか。

 

次の瞬間、俺は自らの肉体が膨張するのを感じ、以降何も感じなくなった。

 

〜〜〜〜

 

思えば、つまらねぇ人生だった。自分の実力を勘違いしたまま増長しきってしまった結果がコレか。そう言えば、俺がファデュイに加入した時、母親が事故で死んで身寄りが無くなったところを拾ってもらったんだったか。今にして思えば、ファデュイに『処理』されたのだろう。そしてそれは、俺も同様だ。

 

ったく、本当にゴミみてえな人生だったな。人が不幸になるようなことしか俺はやってこれなかった。

 

もし、万が一…俺に二度目の人生が与えられるのなら…そんときゃ、真っ当に生きて…真っ当に死んでやる。

 

やがて俺の意識は、本当に闇の中へと沈んだ。




思ったより暗くないかも。というか、ただただコイツがクズかも。


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第87話 遊撃隊の初仕事

というわけで本編行きます


「───なるほど…斥候部隊の偵察と撃破が任務、ですか」

 

一日経って細部の起こした騒動に一段落ついたので、それとなく俺達の任務について聞いてみたところ、そう言われた。詳しく教えてもらったのは今日だが。只野は一応、俺なりに考えて適任だと考えたので、遊撃隊の副隊長に任命してある。

 

そう言えば、だが元々四人でやるはずだった任務なので、多少弊害は出るだろう、と考えて上に人員の補充を掛け合ってみたが、どこもかしこも人手不足なので回せる人員はないらしい。まぁ、俺の立場的には優先的に回してもらえるそうだが、いつになるかはわからないそうだ。

 

そういうわけで、暫くは俺を含めた四人でやっていくことになる。元々、伝令役として一人使うはずだったのが無くなったため、俺が同行する必要が出てしまったのだ。

 

「それもこれも、稲妻側の落ち度ではあるが…一端を担った身としてはちょっと複雑だな」

 

「いえ、隊長は何も悪くないと思いますが…同じ稲妻人として恥ずべき行為であったと思いますので…私からも謝罪させていただきます」

 

只野は俺に軽く頭を下げた。取り敢えずそれはいい、と俺は彼の行動を諌め、上からの書類に目を通した。

 

「それにしても、ファデュイの斥候部隊にしては、妙な動きだと思わないか?」

 

「…いえ、私は今回が初陣であるため、同意しかねます」

 

おっと、それは確かにそうだったか。少し配慮に欠けていたようだ。

 

さて、どう妙なのかと言うと、報告書によればファデュイのものと思われる足跡が鎮守の森で主に確認されているらしい。浪人のものとは明らかに足型も異なるらしいので、確たる情報らしい。足跡から推測されるファデュイの総数は百余名程度らしい。結構な数だ。

 

で、俺達の役目は、というと簡単に言えば陽動作戦への参加だ。斥候部隊の偵察と撃破が任務、とは言ったが、俺達はその任務をしない。

 

そのことを只野に説明し、黒川と奥之院にも伝えてもらいに下がらせた。只野が去り、一人になった空間で溜息を吐く。

 

「なんというか、まだ少しの時間しか経ってないが、人の上に立つことの難しさを感じるなぁ…俺以外の『七神』は凄いな…」

 

毎日色々気にしながらやっているのだとしたら、本当に凄いと言わざるを得ない。俺には、到底出来ないことだろうから。

 

ん?救民団?アレはほら…俺別に上に立って色々指示したわけじゃないし…栄誉騎士だった時も別に部下とかいなかったからな。

 

「後は俺にも考えて欲しいっちゅーことで渡された書類だが…」

 

俺は内容に軽く目を通すと、少しだけ目を見開いた。

 

「これは…」

 

報告書には、虚言妄言の類だと思われても仕方のないようなことが書かれていた。数日前から、ファデュイの動きに統制が無くなり、無闇矢鱈にファデュイが攻め立てて来ているため、援軍を求めている趣旨が記してあった。

 

兎に角、ファデュイに限って統制が取れなくなる、なんてことはほぼほぼあり得ない。それこそ、指揮官が突然いなくならない限りは。

 

だが、その唯一の可能性もかなり低い。ほぼゼロに近いと言っていい。ファデュイ、そして彼等の行動原理の至上命令である女皇の願いが何かはわからないが、目的として『神の心』の奪取がある。それとなく影に神の心について聞いてみたが、眞も影も持っていないらしい。だからといってスネージナヤに神の心が渡っている可能性は皆無だ。そうでなければこんな馬鹿げた戦争などとうの昔に終わらせているはずだからな。

 

いや、眞はああ見えて用心深いところもある。そう考えると…ああ、そういうことか。眞はスネージナヤに赴く際に誰かに神の心を預けていたんだ。信頼できる存在に。だがそれは影じゃない。影は近すぎて自分が持っていないとなると次の標的になることが目に見えているだろうからな。で、あれば…まぁ、今回戦争への不干渉を貫いているのも、そういうことだったわけだ。

 

まぁそれはさておき。

 

「そろそろ時間だな…鎮守の森に向かうか」

 

俺は報告書を天幕内にある机の中に仕舞い、天幕の外へ出るのだった。

 

 

 

数刻後、作戦が開始され、ファデュイと稲妻の武士達との乱戦に突入していた。ファデュイの数はそれなりに多いが数十名程度だろう。対するこちらも同程度。前線とは違ってこちらはある意味では安全な後方。だから割ける兵力もそれなりである。そのため、ファデュイの数の割に苦戦を強いられていた。

 

最初は奇襲によって討ち取っていたが、ファデュイの連中も騒ぎに気が付き始め、対応が早くなり、結果乱戦に突入していった。鎮守の森の中で激しい戦いが繰り広げられる中、俺は少し高めの位置から戦場全体を俯瞰して見ていた。

 

「黒川、奥之院、只野、右翼がやや押され気味だ。加勢して来い。ファデュイの数は少ないとはいえ、こちらもそれは同じだ。いいか、油断だけはしてくれるなよ」

 

「「「了解」」」

 

黒川達はそれなりに強い。三人程度加わったところで変わらない、と思うかも知れないが、これが結構大きかったりする。少なくとも、左翼、中央は押しているので時間稼ぎさえできれば余裕のできた中央或いは左翼から人員を回せる。だから黒川達には時間稼ぎの戦いをするよう、厳命してあった。

 

そうそう、黒川だが細部の一件以来大人しくなり、素直に命令に従ってくれている。奥之院がしっかりやってくれたようだ。

 

さて、と俺は振り返る。直後、足音が多数聞こえたかと思うと、数名のファデュイが姿を現した。本隊から離れて行動する、まぁ俺達の部隊と同じタイプの部隊だと思われる。

黒川と奥之院、只野がそれに気が付き、こちらを一瞬振り返ったが、ファデュイがその隙を見逃してはくれない。加えて、俺は他の隊の隊長がいる場所から少し離れており、孤立している。

 

まぁ、当然こいつらを誘い出すための罠なんだがな。まず、ファデュイの総数は百余名、当然本隊にいるファデュイだけでは数が足らない。それに、こういう状況を見越せず行動していたのなら、相手は相当馬鹿だ。こういう時に影から指揮官を狙い、討ち取り、統制を失った軍を各個撃破する寸法だったのだろう。見事に俺に読まれていたわけだけどな。

 

ファデュイは俺が自分達の方向を向いていることに驚いている様子だったが、代表してか、ファデュイ遊撃兵・炎銃が俺へ銃を向けながら尋ねてきた。

 

「お前がこの部隊の指揮官だな?」

 

バカ正直に答える奴がいると思うか?と思ったが、他の奴にヘイトが行ってしまうと面倒なので、取り敢えず首肯いておく。ファデュイ遊撃兵・炎銃は水を得た魚のように流れるような動作で銃口を改めて突きつけると、

 

「その命、貰い受ける」

 

そう宣いつつ、ファデュイ遊撃兵・炎銃が俺へ向けて発砲した。俺は横目でチラリと黒川達を見る。全員、特に只野が心配そうな表情でチラチラと戦闘の合間にこちらの様子を伺っていた。うん、後で説教ね君たち。ま、それはそうと、安心させてやるか。

 

跳弾の可能性とか諸々考えると避けるのは得策じゃないな。俺は刀を抜きつつ、銃弾に刃を当てて両断した。と、目の前に既にファデュイ前鋒軍・雷ハンマーが迫っていた。

 

「よっ」

 

俺は横薙ぎに振るわれたハンマーをバックステップで避けると、着地した瞬間前に飛んでファデュイ前鋒軍・雷ハンマーを蹴り飛ばした。ついでにファデュイ遊撃兵・炎銃へ向けて炎球を飛ばしたのだが、ファデュイ遊撃兵・岩使いによって貼られたシールドによって防がれてしまった。その隙に乗じて雷蛍術士が雷蛍を三体召喚し終えており、敵が少し増えた。

 

よし、落とすなら雷蛍からだな。俺は飛んでくる銃弾を刀で両断しながら雷蛍術士へ一直線に走る。雷蛍術士は慌てたように雷蛍を俺へけしかけてくるが、風元素を使って少しだけ宙に浮き上がり、一刀のもと斬り伏せる。そのまま───

 

「───ッハハ!やるな…!」

 

先程蹴り飛ばしたファデュイ前鋒軍・雷ハンマーがその巨大なハンマーを俺へ向けて振りかぶってきていたので、動作を中断せざるを得ず、風元素でファデュイ前鋒軍・雷ハンマーの腹へ向けて風の槍を放つ。その反動で背後に下がりつつ、ファデュイ前鋒軍・雷ハンマーを殺すことに成功した。

 

「まず、一人…」

 

俺はキッと雷蛍術士に視線を向けると、自らの持つ刀を投擲した。投げられた刀は雷蛍術士の手前に突き刺さったが、俺の接近に気が付いていない様子の雷蛍術士は気付かぬ間に意識を刈り取られた。

 

「二人目」

 

残りは三人、一人はずっと姿を消しているデットエージェントだ。何処から来るかは不明だが、問題はない。その前にずっと銃弾を放ってくるファデュイ遊撃兵・炎銃を片付けねばな。

 

俺は地面に突き刺さっていた刀を引き抜きつつ銃弾を打ち払ったタイミングで一気に跳躍した。空中に浮かんでいるため、一見すれば無防備に見えることだろう。案の定、銃弾が多量に飛んでくるが、全てを最小限体を動かすだけで躱し、接近することに成功した。勿論、デットエージェントがいなければ普通に地面から行っても問題なかったんだが、銃弾を避けながら何処から現れるかもわからない奴を相手にするのは骨が折れるからな。

 

接近したため、ファデュイ遊撃兵・岩使いのシールドは無意味となった。俺は水の槍を生成しつつ、再び跳躍した。まぁ人間、相手が予想外の行動をすると、注意深く観察してしまうので、俺が太陽を背にして放った水の槍はどちらにせよ見えなかったのか、頭を貫かれ絶命した。

 

ふぅ、と一息ついたのも束の間、俺は横から振るわれた刀を刀の刃で受け、鍔迫り会う。

 

「少しだけ驚いたぞ…」

 

俺は無理矢理押し返すと、そのままの勢いでデットエージェントを袈裟斬りにした。刀に付着した血液を払い、仕舞う。

 

「隊長、ご無事で!」

 

只野がいの一番に俺の下へやってくる。どうやら、向こうの戦いも上手く行ったようで、勝鬨の声が聞こえてきていた。一泊遅れて黒川も奥之院も戻ってくる。初陣だったためか細かな傷はついているようだが、命に別状はなさそうだ。

 

さて、と俺は三人に近付き、軽く額にデコピンをした。一様に額を抑える三人に俺は告げる。

 

「生きて帰ってきてくれたことはいい。だが、俺の方を気にしすぎだ。初陣なら尚更、自分のことを考えておけ。戦場では自分7割、味方3割くらい気にしておけ」

 

「「「了解」」」

 

まぁそれはそうと…と俺はサムズアップをした。

 

「お疲れ、初陣にしてはよくやっていた方だ。及第点をやろう。次の戦いまで、ゆっくり体を休めるようにな」

 

そう言ってやると、三人は心做しか嬉しそうな表情を浮かべるのだった。

 

 

 

さて、結局ファデュイがあそこで何をしようとしていたのか、それはわからなかった。稲妻城郊外にある天幕内で、俺は他の部隊と情報のすり合わせを行い、このような結論に至ったのだ。ただ、今回、一人捕虜がいる。俺が気絶させた雷蛍術士である。拷問なり尋問なりで上手くやれば情報を引き出せるだろう。

 

俺は一先ず、誰も死なせずに帰ってこれたことに安堵の溜息をつくのだった。




明日、テストなので恐らく更新はありません(n回目)

とか言ってあったりして…ははは。


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第88話 九条陣屋にて①

描く気がもりもり湧いてきた!()


遊撃隊の初仕事から二日後。

 

「───次の戦場は九条陣屋だ。鳴神島の次に激戦区らしい」

 

「はい、情報に拠ればファデュイは九条陣屋を第二の拠点にしようとしているため、全身全霊を以て攻略しようとしている模様です。ですが、海祇島からの援軍と九条裟羅の指揮によって一ヶ月ほど保たせていますが…」

 

これ以上は、か。九条裟羅…影によれば忠誠心が高く、武芸にも秀でているとか。影もかなりの信頼を置いているようだし、信用できる人物だろうな。

 

「只野、悪いが俺は九条陣屋について詳しく知らなくてな。ああ、神無塚にあることは知っているが」

 

只野は首肯くと、知っている範囲で説明してくれた。その説明によれば、数百年前、戦場だった地域にたった一晩で建てられた砦らしい。それと、ファデュイが何処に潜んでいるかわからないため、最悪の場合ファデュイの包囲網を突破して中へ入らねばならないらしい。

 

「それはまぁ…なんとかなる」

 

「え?」

 

 

 

「───た、高い…高い!!死にますよ!!隊長!!下ろして下さい!!」

 

「今下ろしたら死ぬだろう。ってか、もう見えたから。だから暴れるな只野」

 

今、俺は只野を横抱きに抱えて空中を飛んでいた。まぁ一番抱えやすい体制なので仕方がないのだが、何が悲しくて男に俗に言うお姫様抱っこをせねばならんのか。

それはさておき、九条陣屋に到着したので砦の門前に降り立った。当然、見張り台の上には武士が立っているので、何者かを問われた。

 

「鳴神島からの援軍ですー!開けてくれませんかねー!」

 

冗談めかしてそう言うと物凄い形相で見られた。仕方ないか。俺は懐から一枚の紙を取り出した。

 

「あのー!援軍の話は聞いてますかー?一応、書類持ってきたんですけどー!!」

 

そう、俺の取り出した紙は上から渡された書類だ。念の為、持ってきておいたのだ。その書類を、見張り兵に見せつけるようにしてひらひらと振った。すると、見張り兵は「少し待て」と言い、姿を消した。その間暇だったが我慢して…。

 

「確認が取れた。昨日、命がけで一人、使者が来ていてな。その使者は怪我で療養中だが、お前の容姿を伝えた所間違いないだろうとのことだった。だが、一応その書類をこちらに渡せ」

 

当然の措置だろうが…。

 

「一人はこちらに来ないと渡せないぞ?それに、ここは一応戦場だ。辺りにはファデュイの連中も潜んでいるんだろう?そんなところで放っておかれるのは、あまり好ましい状況であるとは言えないな」

 

まぁ、信用を得られなければ元も子もないけどな…と内心では思いつつ肩を竦めた。見張り兵は再び姿を消すと、降りてきていたようで、俺の下までやってきた。

 

「では、書類を渡してもらおう」

 

見張り兵がそう言ったので、言われた通りにしようとすると、

 

「───待て」

 

彼の後ろから凛とした声が上がった。その声を聞いた途端、見張り兵が恐縮したように硬直した。

 

「部下が失礼をした。書類の確認は私が行おう」

 

「そうか、ではそのように頼む」

 

俺は後ろから歩いてきた背の高い女性に書類を渡した。女性は軽く目を通した後、書類をこちらへ見せながら押された判に関しての確認を取った。

 

「この書類に押してある判は…」

 

「ん?ああ、え…コホン、雷電将軍直々に書かれた書状でこれを九条裟羅に渡してほしい、と」

 

まぁちなみに、上司から書状だ、と言って渡されただけで影が書いたかどうかはわからない。内容も見ていないため、なんとも言えない。だが、上司はこうも言っていた。『書状の中身は絶対に見ないで欲しい』と。俺に見られて困るものなど、国家機密程度だ。書類を書けるのは影くらいしかいないだろう。

 

九条裟羅は心做しか嬉しそうな顔をしたかと思うと、すぐに表情が引き締まり、

 

「書類は確認した。今より、君の部隊を正式にこちらの部隊編成に加える。これからよろしく───」

 

「その前に…ちょっといいか?まだ部下を一人しか連れてきていなくてな。残りも連れてきたいんだが…問題ないか?」

 

九条裟羅は少し驚いたような表情をして俺の後ろを見る。今回連れてきたのは只野だけだ。だが、九条裟羅は只野のことを見ていたわけではなかったようだ。

 

「船が見当たらないが…一体どうやって此処へ来た?」

 

責めている口調のように聞こえるが、そういうわけではないのだろう。多分だけどな。

 

さて、それより…バカ正直に『空飛んできました』なんて答えるわけにも行かないだろう…いや、でも後で奥之院、黒川コンビを連れてくる時にどちらにせよバレるのか。バレるのを警戒して九条陣屋郊外に降りる選択肢も存在はしているが、それでファデュイと遭遇し戦闘になってしまったら目も当てられない。

 

ここは素直に明かそうか。

 

「風元素で空を飛んできた。神の目を持っていてな」

 

只野達にも俺の正体は言っていないし、全元素を扱えることも言っていない。そして幸いにして九条裟羅も俺のことを今の今まで知らなかったようで、俺が使えるのは風元素だけ、という嘘をしっかりと信じてくれたようである。細部の攻撃を防いだ時に岩元素を使ってはいるが、アレは爆炎でギリギリ見えていないはずだからセーフだろう。

 

「そうか。それなら戦術の幅が広がるだろう。一先ず、労いの言葉は取っておくことにしよう。こちらに到着した際は再び此処へ降り立ってくれると助かる」

 

九条裟羅は若干だが申し訳無さそうに言った。まぁ、突然九条陣屋の中央に降り立ったらそりゃビビるよな。当然の配慮だろう。

 

「了解した。只野、九条陣屋の現状と戦力、周囲のファデュイのおおまかな数など基本的情報は欠かさずに聞いておけ」

 

「了解です、隊長」

 

俺は満足気に首肯くと、風元素を使って浮き上がった。只野は九条裟羅と共にこちらを見上げている。軽く手を振った「頼むぞ」と呟くと、俺は鳴神島へ向けて飛んでいくのだった。

 

〜〜〜〜

 

一方、海祇島へ配属された旅人は『メカジキ二番隊』の隊長に就任していた。とはいえ、海祇島は、戦略的にはあまり価値のない場所であるため、ファデュイの襲撃も稀である。それでも、数回ほど旅人は戦の経験を積んでいた。

そんな時に、海祇島軍の大将であるゴローから、旅人は直接命令を受けた。

 

「九条陣屋の救援?」

 

「ああ、俺達海祇島も補給物資を届けたり、援軍を出したりしているが、九条陣屋付近のファデュイが多く、梃子摺っているようなんだ。あそこには俺の部下も沢山いる。だから俺が行きたいのは山々だが、大将という立場上、そう安々と戦場には出られないんだ」

 

ゴローは俯きつつそう言った。旅人とパイモンは顔を見合わせつつ言う。

 

「どうしてオイラ達に任せるんだよ?援軍だったら、もっと適任がいるんじゃないか?」

 

パイモンの言葉に、旅人も首肯く。ゴローは俯きながらも事情を説明した。

 

「稲妻は長年の戦争で疲弊し、人材不足も顕著だ。そしてそれは、海祇島も例外ではない。だから、海祇島の守りが手薄にならず、かつ動けて強い、となると旅人の『メカジキ二番隊』しかいなかったんだ」

 

「う〜ん…旅人、どうするんだ?」

 

パイモンの言葉に、旅人はう〜んと首を捻る。だが、やがて決心したように顔を上げ、首肯いた。ゴローの尻尾がぶんぶんと揺れた。

 

「おお、行ってくれるのか!ありがとう!」

 

「いや、まぁ命令されたらどっちにしろ行くしかないからね…」

 

ゴローのところを離れた旅人はすぐに隊員と共に船で九条陣屋まで向かった。勿論、船旅は順調には行かないものだ。九条陣屋まで後少し、というところでファデュイの船が接近し、戦闘に移行した。だが、稲妻は海が多い。そのため、ファデュイよりも稲妻軍の方が船の扱いが上なのである。

 

旅人達はなんとか九条陣屋からやってきた援軍の船と共にファデュイの船を撃退し、九条陣屋に辿り着いた。

 

「そうか…海祇島から遥々此処まで…大変だっただろう。まずは援軍の件、誠に感謝の念に絶えない」

 

旅人は九条裟羅を見て、静謐な雰囲気を感じ取り、萎縮していたが、当の本人から差し出された手を無碍にする訳にも行かず、その手を握り、握手をした。

 

「つい先刻にも、稲妻本土からの援軍が到着してな。どちらの部隊も一緒に行動するはずだし、紹介しておこう」

 

旅人は九条裟羅に連れられ、九条陣屋にある建物の中に入った。

 

「───よくこれでこの期間持ったな?九条裟羅の指揮によるところも大きいが、この砦自体の防御力も中々のものだ。特に物見櫓の配置が良いな…」

 

「はい。加えて、やはり海祇島の援軍が大きいかと。元々の指揮系統が違うとは言え、しっかりと指示に従っているようですし。加えて、海祇島の兵士達と稲妻幕府の武士達では戦術が異なります。ですから、同じ稲妻幕府軍の中に差異が生まれ、対応にも差が出ます。ファデュイはさぞかしやきもきしていることでしょう」

 

「アガレス殿、海祇島から新たな援軍だ。一隊、戦力に加えて戦略を練ってくれ」

 

「ああ、了解した」

 

旅人とパイモンは未だに入り口に立っているため中の会話などは聞こえておらず、普通に二人で談笑していた。

 

「うううっ…退屈だぞ…」

 

「暇だし、モノマネでもしない?」

 

「えぇっ…それって、なんか失礼だったりしないのか…?」

 

「はははっ、騎士の『謙虚さ』も兼ね備えてるとはな」

 

「おいっ!?もう始まってるのか!?」

 

「何を騒いでいるんだ?」

 

と、九条裟羅がひょっこり顔を出した。旅人とパイモンは恥ずかしそうに顔を逸らす。九条裟羅は首を傾げたが、まぁいい、と呟き、

 

「中へ入れ。準備が整ったぞ」

 

九条裟羅に連れられ、部屋の奥へと入ると、中には大きめの机があり、旅人にとっては物凄く見覚えのある顔があった。

 

「あれ、アガレスさん?」

 

「ん?援軍って旅人のことだったのか」

 

今回はあんまり苦労しなくて済むかも…と感じどこか安堵してしまう旅人だった。




昨日はやっぱり無理でしたね。まぁ…テスト頑張ったんで許して下さい


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第89話 九条陣屋にて②

時は少し遡り。アガレスが只野と同様に黒川と奥之院を運び終わった時のこと。九条裟羅に呼び出された俺は、只野と共に赴いていた。ちなみに只野が来ているのは、護衛のため、らしい。九条陣屋内は一応安全だと思うのだが、頑として聞かなかったので一応連れてきたのだ。

 

九条裟羅のいる場所についた俺は、部屋の外で只野に待機を命じ、入室した。中の九条裟羅は厳しい表情を浮かべていたため、若干萎縮する。

 

「───呼び立てたのは他でもない、書状のことだ。本当にこれは、将軍様直々に書かれた書状なのか?」

 

もしかして違ったのだろうか?いや、俺はそう考えているし、現に先程は納得したではないか。俺はそう思い、首肯く。九条裟羅は大きく溜息を吐いた。

 

「書状は『見るな』と厳命されていて中身を知らないんだが…何が書いてあったんだ?」

 

俺は彼女の反応を疑問に思ってそう聞いた。九条裟羅は神妙な顔付きだったが、やがて口を開いた。

 

「君が将軍様の旧知の仲であることが書状には記されていた。後は将軍様に書状内で君に伝えるな、と念を押されているため言えない」

 

ふ〜む…影は一体何もあの書状に書いたのだろうか。まぁそれこそ国家機密とかだろう。

 

〜〜〜〜

 

※以下、影がアガレスへ伝えるな、と念押しした内容をざっくり纏めたもの。

 

───それより、九条裟羅。最近、その旧い友人が私のことを友人としてではなく、別の意味で意識してくれているようなのです。ですから、間違っても彼を取ろうだとか、そんなことは考えないようにお願いします。

 

〜〜〜〜

 

それはそうと、やっぱり書類にこっそり目を通しておくべきだったな。あることないこと書かれていたら困るんだけどなぁ…。

現に、九条裟羅からの視線は先刻と比べて少し変わっているし。

 

「それでだが…将軍様のご友人と見込んで、頼みたいことがある」

 

「聞こうか」

 

九条裟羅は沈痛な面持ちだ。恐らく、今後に関わる重要なことを俺に頼もうとしているらしい。

 

「…私はここ二ヶ月、現状を打開できておらず、遅滞戦闘を行うことしか出来ない。だが兵達の疲労は限界に達し、物資も限界に近い。もし、君が書類に書かれているような人物であるのなら…現状を打開する策を、考えて欲しい」

 

なるほど…自分には出来ないから俺を頼る、と。俺は俯き、肩を震わせる彼女を見た。

 

「勘違いしているようなので教えるが…」

 

九条裟羅は顔を上げた。

 

「九条陣屋は稲妻城攻略の要になり得る。ファデュイも勿論、全勢力を傾けて攻略にかかってきていたはずだ。だが、それでも尚少ない戦力で二ヶ月も持ち堪えた」

 

「だ、だがそれは…」

 

「砦の性能だとでも言うのか?だが砦の性能を生かすも殺すも指揮官次第、全てはお前の功績によるものだろうが。砦の性能に合わせた適材適所な人員配置に加え二ヶ月もの期間籠城する士気向上…先程少し話しを聞いてみたが、見事なものだった」

 

そう俺が言うも、九条裟羅は納得していない様子だった。

 

「こ、このくらいのこと、将軍様であればもっと上手く…」

 

「いいや、影…将軍は確かに統率力、士気向上能力、戦闘力の面で言えば秀でているが、適切な人員を配置することには長けていないはずだ。俺の知る限りではな。だから、そう悲観することはない。二ヶ月、ファデュイからこの砦を守りきったんだ。それは、きっと誇っていい」

 

「そう、か…」

 

九条裟羅は少し脱力したようにふぅ、と息を吐いた。まぁ、それはそれとして。

 

「だから俺には手伝いを頼むくらいでいいんだよ。俺に全てを任せてどうにかなるくらいなら、お前がなんとか出来ているだろうからな」

 

本当のことを言ってしまえばファデュイを皆殺しにしてしまえば余裕だ。なのだが…それでは稲妻のためにはならない。経験、というものはそれほどまでに大切なものなのだ。一度勝ったからと言って、次また来ないとも限らないからな。次への備え、というものは大切なのだよ。

 

さて、そんなこんなで話は終わり、只野を部屋の中へ呼び寄せて一旦策を練った。九条裟羅が部下に呼ばれて出て行ったのだが、一瞬入ってきたかと思うと海祇島からの援軍だ、と告げて再び戻っていった後に、とある人物を連れ戻ってきた。

 

「あれ、アガレスさん?」

 

そう、入ってきた人物は旅人だったのだ。俺は思わず、と言った形で、

 

「ん?援軍って旅人のことだったのか」

 

 

 

さて、旅人の登場に多少驚いたが、策は九条裟羅、旅人を加え協議した結果なんとか形にすることができた。が、もう夜になってしまっている。作戦の決行は明日にするとして、今日は解散する運びとなった。

 

それにしても、海祇島からの援軍が旅人達だったことには驚いた。旅人は海祇島で『メカジキ二番隊』の隊長になったらしい。それにしても、隊の名前とかあるんだな。俺の方は全く考えてないっていうのに。

 

それはさておき。

 

「只野、今日はご苦労だった。俺達に与えられた場所で休むとしようか」

 

「はい、隊長」

 

九条陣屋の隅っこに与えられた僅かなスペースで、俺達は休むことになった。まぁ、勿論これは当然の措置、というか仕方のないことなのだ。土地は負傷兵のために空けられているため、そもそもの居住スペースが少ないのだ。無論、篝火を焚いての周囲の警戒は怠っていない。休む、とは口先だけで前線に休みなどほぼ存在しないのだ。

 

「それはそうと…奥之院、黒川の様子が可怪しいんだが…何か知らないか?」

 

黒川は何故だか知らないが何処か挙動不審だった。その理由を奥之院に尋ねてみたのだが…。

 

「…知りません」

 

奥之院は視線を逸しながら言う。完全に嘘だろうがまぁいい。隊長権限で聞いてもいいが、本当に不味いことならしっかり言ってくれるだろうしな。

 

「只野、明日の作戦の説明は任せる」

 

俺がそう言うと、只野は首肯いたが、黒川が首を傾げていて疑問を持っているようだった。

 

「隊長、どっか行くんですか?」

 

「いや、そういうわけじゃないが…なんとなく面倒臭くて」

 

事実、人に自分の見聞きしたものを伝えるのは割と面倒臭いのだ。ま、それでもやらねばならない時はあるわけだが。今は俺以外にもいるので、問題ないと判断したのだ。

 

「えぇ…」

 

ドン引きしたような視線を向けてくる黒川に対し、俺は首を傾げる。う〜ん…ああは言ったが、やっぱり、説明責任は果たさないといけないのだろうか?

 

「仕方ないか…只野、補足説明頼む」

 

「畏まりました」

 

俺は只野を交えて明日の作戦を黒川と奥之院に説明しつつ、質問が無いかを問う。

 

「じゃあ私から…」

 

手を上げたのは黒川だった。その顔には、若干だが怯えの表情が見える。

 

「本当に、この作戦を敢行するんですか?」

 

「当然だ。九条裟羅もこの作戦には同意した。まぁ、一か八かの賭けにはなってしまうが…問題はない。失敗したとしてもどうとでも出来るからな」

 

嘘である。まぁ、嘘をついて士気が上がるなら安いものだろう。失敗するとは思っていないが。

 

「そ、そうですか…でも、危険なのでは…?」

 

「お前達も気が付いているだろう?ファデュイには最早指揮系統など存在していない。そうでもなければもっと俺達は苦戦を強いられていても可怪しくはない」

 

ファデュイが無差別に攻撃を仕掛け始めたこと。そして前の戦地に指揮官らしきファデュイが明らかに存在していなかったこと。それらを総合して導き出される結論として、指揮官がそういう、無差別攻撃の指示を出したか、指揮官が既に何らかの理由で撤退し、既に存在していないか、だ。だが無差別攻撃の命令を下したとして、その目的は?用意周到なファデュイらしくないし、目的も不明瞭。無差別攻撃は絶対に勝てる盤面以外ではあまり役立たないはずなのだ。加えて言うなら指揮官らしきファデュイがいないことの説明が、つかなくなってしまう。

 

まぁそういうわけで、恐らくだがファデュイの指揮官───恐らく執行官クラス───の存在は既に稲妻にはおらず、指揮系統が瓦解。混乱するファデュイは引くに引けない状況へと自ずと追い込まれた、というわけだ。まぁそれでも稲妻人にとってファデュイはかなりの脅威なので、寧ろ無差別に攻撃してくるため少々厄介になってきている。

 

「まぁいつファデュイの指揮官がいなくなったのかもわからないし、ファデュイの残党が集まって指揮系統を構築されても困るからな。まだ構築されていない、という読みで作戦を発動させる。指揮系統がしっかりしていないのなら、この作戦で上手くやれば九条陣屋付近のファデュイを一掃できるだろうからな」

 

そこまで言うと、黒川は納得したのかコクコクと首肯いた。黒川も只野も普通にしているので気が付かなかったが、奥之院が眠そうだ。

 

「明日は早い。見張りは俺に任せて今日はもう休んでおけ。上官命令だ。絶対に休め」

 

「ええ」

 

「わかりました」

 

只野のみ渋々、と言った形で床につく三人を見つつ、俺は九条陣屋の石垣の上に座り、夜風に当たる。

 

「それにしても、戦争、戦争か…」

 

魔神戦争に比べれば、悲劇の数も、積み重ねた年数も、戦争自体の凄惨さも、全てに於いて下回る。が、戦争自体、あってはならない、忌み嫌うべきものだ。

 

ファデュイが引き起こした戦争を放棄するとは考えにくいし、神の心を手に入れていない時点で撤退するというのも考えにくい。余程そうせねばならない理由でもあったのだろうか?

 

或いは…仕切り直し、か?そうせざるを得ない理由は…幸か不幸か、若干心当たりがある。

 

「やっぱり、『売女』と『淑女』だよな…」

 

ファデュイの執行官が一時的に、とはいえ欠員が出たのだ。しかも、俺が稲妻へ到着したことは、ファデュイ内でも周知の事実であるだろうし、そう考えれば一応の辻褄は合う。まぁそれもこれも、指揮官がいない、という前提ではあるが…。

 

「さて…明日で一先ず、九条陣屋の問題は片付くだろうが…その後どうなるかな…」

 

まぁ順当に行けば離島攻略のために頑張ることになるだろう。部下にあまり実戦経験を積ませてやれないのは辛いところだな。神の心を手に入れていないこの状況で稲妻が勝利を収めたとしても、再び攻められる、或いは何らかの工作を仕掛けてくるだろう。根本的に、ファデュイに手を出させない努力が必要だろう。

 

俺はその方法を考えつつ、見張りをして夜を過ごすのだった。




ギリギリセーフ…ッ!

九条陣屋の話しは次回で終わると思います。


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第90話 九条陣屋にて③

翌日、遂に作戦を決行する運びとなった。今になってようやく、俺は若干の不安を感じているが、ファデュイの最高司令官、こと執行官がいないのなら、この戦法も通るはずだ。

 

現在の時刻は午前四時、時期的に秋頃なのでまだ夜明け前である。若干東の空が赤らみ、周囲が見やすくなってくる頃合いである。昨日は俺が到着する前に小規模なファデュイの襲撃があった程度で双方共に死者はなく、少数の負傷者のみだったそうだ。

 

連日、このような行動にファデュイが出ているのは間違いなく一大侵攻作戦に転じるためだろう。そう考えた俺は、相手の意表を突く作戦を立案したのだ。今日はその成果を見る時である。

 

「さて…いよいよだな…」

 

九条陣屋で最も高い位置で俺と九条裟羅は粛々と準備を進めている兵士達を見やる。九条陣屋の中央部が、昨日よりも少しだけ凹んでいる。

 

さて、準備するものは調理用の油、篝火、弓兵、それと人の頭ほどの大きさの石礫。後は陽動作戦をしてくれる兵士達。これは任意参加だが、只野と黒川、奥之院がやってくれるようだったので問題はない。今頃、九条陣屋の外でファデュイを見つけては煽りまくって西側にファデュイを集結させていることだろう。

 

さて、準備は完了した。いつもよりずっと人の少ない九条陣屋内を見回し、俺は九条陣屋の西側の平地を見る。かなりの数───ざっと二百名程度───ファデュイの大群がいた。

 

「隊長、大方集められたはずです」

 

息を切らして戻ってきた只野達を労いつつ、そう報告を受けたため、俺は首肯く。

 

「準備は整ったな。号令を頼む」

 

俺は九条裟羅を見つつ、そう言った。九条裟羅は首肯くと、伝令役の兵士に向け、

 

「では、作戦開始だ」

 

と告げた。淡々とした口調だが、いつもより声質が硬いので恐らく緊張しているのだろう。まぁここを制圧されれば稲妻城は二方面からの攻撃を警戒せねばならなくなるからな。そりゃあ緊張するだろうさ。

 

さて、九条陣屋の門を命令してまずは開け放つ。その音でファデュイ達は更に警戒を強めつつ、しかし撤退するようなことはしなかった。最高司令官がいない、とはいえ相手にも一応指揮官らしき人物はいるだろう。そうなれば少人数でこちらを偵察隊として差し向けてくるはずだ。

 

俺の読み通り、まず十名程度のファデュイが歩いてきて九条陣屋内部にクリアリングをしながら入ってきた。やがて危険がないことを悟ったのか、ファデュイが進軍を開始した。俺は隣で怒りに身を震わせる九条裟羅を見る。まぁ、忠誠心が限界突破してる彼女からすれば九条陣屋内に敵を引き入れるこの作戦は余り乗り気ではなかっただろう。それでも許可したのは、現状を変えたいと望んでいるからだ。

 

「なら、俺はそれに答えねばな」

 

「…?」

 

さて、ファデュイの半分くらいは中央に集まってくれたかな。刈り入れ時だろう。これ以上は別のところに行かれかねないからな。

 

「では、作戦開始だ」

 

俺がそう言うと九条裟羅は雷元素で合図を出した。それに驚いたファデュイが撤退を開始しようとするが、もう遅い。思ったより多めに片付けられそうだな。

 

颯爽と現れた武士達が大きな桶に入った液体をファデュイに向けて掛けてすぐに離脱していった。ファデュイはすぐに逃げようとするも、坂になっているため液体で足が滑り、上手く登れず中央に留まっている。さて、中央が若干凹んでいたのはこれをやるためである。結構大変だったが、それに見合う成果は得られるだろう。

 

液体は油だ。潤滑油も混ぜているのでこういうことになっている。潤滑油が何故あるのかは知らん。あったから使ったのだ。まぁ使用用途は色々あるだろう。俺が知らないだけで。

 

さて、油、一箇所に留まる敵軍、とくればやることは一つだ。火の燃え盛る篝火付近に立つ一人の弓兵が矢を番え、その鏃に火を点け、九条陣屋中央部へ向けて放った。

 

直後、中央にいたファデュイ諸共、中央部で勢いよく炎が燃えあがった。坂、とは言っても割と緩やかな傾斜なので空気の面でも問題はない。彼等が酸素不足で死ぬか、焼け焦げて死ぬか、自ら死を選ぶかで全滅するまで燃え続けるだろう。

 

「さて、これでファデュイの五分の三は片付いたな」

 

俺は撤退を始めたファデュイの残党を見て呟く。俺は炎元素の球体を上空へ放った直後、水元素を放ち、蒸発反応を起こして合図を放った。

 

撤退しようとしていたファデュイの周囲に、稲妻の兵士が包囲するように現れる。俺も折角なので前線へ降り立った。

 

「ファデュイの指揮官は?」

 

「アレかと」

 

側にいた武士に問い掛けると、一人のファデュイ前鋒軍・雷ハンマーを指差した。アレか。んじゃあ取り敢えずあの雷ハンマーは生かして捕らえて色々と聞き出す要員にしよう。

 

「一応、決まりだからな…えー、ファデュイの諸君に告ぐ。これは降伏勧告である。素直に従わない場合、それ相応の苦痛を以て返すことを伝えてお───「断る!!」はっや…まじかよ」

 

それなりに俺は大きい声で言ったのだが、ファデュイ前鋒軍・雷ハンマーはそれを大幅に上回る声量で告げた。まぁ、ここまで来て降伏とか、普通にできないよな。わかってはいたことだが、嘆かわしいものだな。

 

「よし、じゃあ指揮官と思しきファデュイは生かして捕らえること。それ遵守で頼むぞ」

 

具体的な作戦については事前に伝えてあるので何も問題はない。割と一点に固まっているので、乱戦となることは避けつつ、武士達は場馴れしているようで上手い具合にちょっとした連携を取って一人一人討ち取っている。割と時間の問題かな、と思ったその時だった。

 

「あー、まぁ攻城兵器の一つや二つ持ってるよな。アレは俺が処理しておくか」

 

俺達の戦場から更に西側から二機、遺跡守衛…いや、遺跡重機が姿を現した。いや、でかいな。何処に残ってたんだ?との疑問は心の底に仕舞い込み、俺は九条陣屋の物見櫓の上に立っている九条裟羅をチラッと見る。彼女はこちらの視線に気が付いたらしく、しかし戦闘に集中しろ、というニュアンスの視線を向けてきているのがよくわかった。どうやら、気が付いていないらしい。まぁ仕方がない、と言えば仕方がないんだが。伝令とか、偵察の兵士よりも早く増援に気が付いたからな。

 

俺は溜息を吐きつつ、風元素で上昇し、九条裟羅の下へ行く。

 

「後の指揮は任せる。少々急用ができた」

 

「何?なにがあったんだ?」

 

九条裟羅は怪訝そうな表情で俺を見る。が、直後にその理由を、彼女は思い知ることとなった。

 

物見櫓の梯子を登る音が聞こえたかと思うと、伝令役の兵士がそこにいた。

 

「報告!遺跡重機二機が戦場へ向かっているそうです!!」

 

九条裟羅は驚愕の余り目を見開いたが、すぐにこちらを向いた。俺は首肯くと、

 

「そういうわけだから、ちょっと行ってくる。本当はお前達だけでやらせてもいいが、無駄な犠牲が出るだけだろう。今回は出血大サービスってやつだな。出血はしないが」

 

「それで指揮は私に任せるというわけか…了解した」

 

俺は九条裟羅に笑いかけると、最初よりもずっと少なくなったファデュイと戦っている旅人の下へ向かう。旅人には最初から後方に陣取ってもらい、退路を絶ってもらっていたのだ。旅人は結構強いから、一人いるだけでも戦場全体の士気向上に繋がるようになるだろう。これからは引っ張りだこだろうな。

 

現在も律儀に守ってくれている旅人の下へ到着し、降り立つ。そんな俺を見て驚いたような表情を浮かべ───ていなかった。普通に見てたのか。暇してたのか、或いは戦場全体を見渡していたのか。

 

「アガレスさん、何か用?」

 

チラッと旅人は俺を見たかと思うと、すぐに戦場へ視線を戻した。どうやら、後者だったようだな。

 

それはそれとして。

 

「敵部隊の増援だ。どうやら、少し取り逃してたのがいたか、元からいなかったのかはわからないが、遺跡重機が二機、向かってきてる。迎撃に当たれ」

 

「え、でも此処の持ち場は…って、あ」

 

旅人が何かに気が付いたように固まる。俺は、ニヤリと笑った。

 

「指揮執るの疲れたからって…」

 

「な、ナンノコトカナ…」

 

コホンッ!と俺は咳払いをして、旅人に改めて命令をした。

 

「『メカジキ二番隊』に命令だ。北西側から進軍してくる敵部隊の増援を撃破しろ」

 

「了解、司令官」

 

若干芝居がかったことをしてから、旅人は『メカジキ二番隊』の面々を呼び寄せ、討伐へ向かうようだ。が、一人デットエージェントに梃子摺っている。う〜ん、『メカジキ二番隊』全員揃って死なないくらいだから一人欠けられると困るな。

 

よし。

 

「くっ!このっ!」

 

「変わるぞ」

 

「えっ!うわっ!?」

 

俺はすぐに最後の一人の下まで駆けつけると、ぶんぶんと刀を振り回していた彼の首根っこを掴んで後ろに放り投げる。ついでに、横から斬り掛かってきたデットエージェントの攻撃を体をよじって躱し、よじった勢いのまま抜刀、デットエージェントの首を刎ねた。

 

結構無理な姿勢だったので、腰を痛めたがまぁすぐに治るだろう。

 

「旅人、行って来い」

 

「うんっ!」

 

旅人は首肯くと、『メカジキ二番隊』を率いて遺跡重機討伐へ向かった。これで向こうは被害を最小限にして突破できるだろう。

 

 

 

程なくして、ファデュイもあらかた殲滅し終わり、指揮官であるファデュイ前鋒軍・雷ハンマーはしっかりと捕縛された。旅人達も多少負傷者はいたが、全員無事に戻ってきた。俺の作戦を今後に活かして九条裟羅はかなり柔軟な発想をすることが出来るようになっただろう。これで問題はないな。

 

で、俺はというと。

 

「腰が…」

 

腰を完全に痛めていた。腰を抑えて前傾姿勢、気分はおじいちゃんである。そんな俺を見て心配そうな表情をする旅人と九条裟羅。だが一人だけ呆れてこちらを見ている奴がいる。

 

パイモンである。

 

「アガレス、お前、あんな無茶なことするからだぞ…」

 

「仕方ないだろ…一番効率が良かったんだよ。それに、すぐ治ると思ってたし…」

 

それはさておき、と九条裟羅は場を締めくくり、俺に頭を下げた。思わず、俺は慌てる。

 

「此度のこと、誠に感謝の念に絶えない。本当に、なんと礼を言っていいか…」

 

そうは言われてもなぁ…とばかりに、俺は後頭部を掻く。

 

「俺は別に、お前達のためだけに助けたんじゃない。というか、8割ほどは友人のためだ。友人が困っていたら助ける、これは当然のことだろう?」

 

「だが、その行動が結果として我々の助けになったことも確かだ。だから、感謝の念を抱かずにはいられない」

 

是が非でも俺に感謝せねば気が済まなさそうなので、大人しく感謝の念を受け取ることにした。すると、九条裟羅は微笑みながら、

 

「改めてありがとう。私に出来ることがあれば、出来得る限りで力になろう」

 

胸に手を当てながらそう言ってくれた。なので、俺はニッと笑って、

 

「そりゃお互いに、な」

 

と告げるのだった。

 

〜〜〜〜

 

九条陣屋付近のファデュイが一掃されたことにより、形勢は一気に稲妻側に傾くこととなった。稲妻に護送された捕虜は一日中の尋問でようやく口を割り、指揮官である執行官がスネージナヤへと帰っていることを告げた。それにより、稲妻では最終作戦として、離島を奪還する作戦を立案、決行する運びとなるのだった。




なんとか纏まった…まじで終わらないかと思いました…ぐへぇ…。



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第91話 呪いの真実

九条陣屋での一件が一先ず片付いたため、俺は久し振りに(?)稲妻城へと戻って来ていた。旅人は、というと海祇島の人達と仲良くなったようでそっちに戻って行った。旅の目的である影への接触はしたが、詳しく話していないはずなのにな。

 

まぁそれはいいとして、案の定、俺を迎えに来た人物がいる。

 

「待ってましたよアガレス。ご飯にしますか?お風呂にしますか?それとも「影で」わ…えっ?」

 

どうせまた八重神子からあらぬことを吹き込まれたのだろう。まぁ八重神子のことを信頼している証左でもあるのか。いいことだな。

 

「あ、あああアガレス…?その…わ、私の準備は出来てますから…ッ!」

 

影は何を思ったのか、顔を少し赤らめながら慌ててそう言った。俺は少し微笑み、その様子を影は怪訝そうに見つめてきた。

 

「無論冗談だ。特に、俺がお前を選んだとして何をするかお前は知らないんじゃないか?」

 

「愚問です。〇〇を〇〇して〇〇するんですよね?」

 

影は首を傾げながら「え、常識ですよね?」みたいな感じで言った。俺はドン引きしつつも溜息を吐いて、

 

「それはどうかな?」

 

誤魔化した。一先ずはこれで問題ない…はずだ。ないと信じたい。

 

「それはそうと、影。お前料理が作れないのに『ご飯』の選択肢はないんじゃないのか?」

 

「いえ、問題ありません。稲妻で最高峰の料理の腕を持つ料理人に料理をさせました。そしてそれを、私が作ったと言って驚かせる寸法です!」

 

どやっ…じゃねえのよ。

 

(おいっ…将軍様、全部言っちまったぞ…)

 

(どうする…?今からでも誤魔化すか?)

 

え、なんか影の後方にある物陰から二人がこっちを覗いてるんだけど。いや、君達が誤魔化したところでもう無理だよ。本人が全部言っちゃってるんだもん。

 

そう思いつつ影をチラッと見やると、頬を紅くしてドヤ顔のままぷるぷる震えていた。あちゃー…気付いちゃったかー…。

 

斯くなる上は!

 

「あ、アー、エイノツクッタリョウリ、タノシミダナー」

 

不味い、物凄い棒読みになった。これは流石に駄目かもしれない…と思ったのだが、影は途端に表情を和らげて、

 

「す、すぐ案内しますから、行きましょう」

 

そう言った。俺は影に手を引かれて稲妻城へ入る。改めて思う。

 

これは流石に、駄目かもしれない。

 

 

 

「昔も、こうやってよく集まってご飯を食べましたね…懐かしいです」

 

「…そうだったか?」

 

「もう、忘れたんですか?」

 

それはそれとして、出された料理はかなり豪勢だった。天麩羅、寿司、舟盛り…の中に、黒ずんだ物体がある。恐らく…卵焼きだな。

 

うん、例えそれが何故か雷元素を発し、どす黒いオーラを醸し出しながら『オ゛ア゛ア゛ァ゛』と叫んでいても卵焼きだ。誰がなんと言おうと卵焼きなのである。

 

さて、アレは恐らく、神の身であったとしても到底耐えられる代物ではないだろう。間違いなく死ぬか気絶する。そうなれば折角の料理が台無しだ。

 

だがこの席には影もいる。満面の笑みでこちらを見ている。当然、あの卵焼きを食べないという選択肢は、存在しない。

 

即ち、ここで俺が生き残ることのできる確率は…限りなくゼロに近い。だが、俺はこの状況を逃れられる方法を、たった一つだけ知っている。

 

まずは普通の海老の天麩羅を一つ、戴く。勿論、この天麩羅はただの天麩羅じゃない。油、海老、衣、タレ…どれもこれもが選びぬかれた一品だ。故に、俺は一先ず舌鼓を打ち、笑顔で影に微笑みかけた。

 

「旨いな…影もどうだ?」

 

言いつつ、俺は内心でニヤリと笑った。

 

「折角の厚意を無碍にしてしまうようです申し訳ないのですが…生憎、箸がありませんから…」

 

勿論、影が箸を持っていないことは知っている。だからこそ、これだ。

 

俺は小さく切り分けた海老の天麩羅を箸で持ち、影へ突き出した。所謂、『あ〜ん』である。

 

影はこの『あ〜ん』の存在を知らなかったのか、普通に天麩羅を頬張り、嬉しそうにはにかんだ。その顔を見て、俺の心中に罪悪感が浮かんだ。

 

……馬鹿か、俺は。あの卵焼き───によく似た何か───は影が俺を想って料理が苦手であっても努力して辿り着いた、謂わば努力の結晶だ。それを食べたくないがために策を弄するということは、彼女の努力を踏みにじっているようなものじゃないか。

 

俺は覚悟を決め、まずは普通に美味しい天麩羅、寿司、舟盛りを食べ尽くし、残るは卵焼きだけとなった。心做しか、影がそわそわし始めている。

 

たとえ俺がここで死んだとしても、俺の遺志を継いでくれる存在は絶対にいるはずだ。俺は生唾を飲み込み、やがて卵焼きを箸で持った。

 

……なんかドロドロしてるし…匂いがやばい…臭いわけではないが…なんというかくらくらするような匂いだ。

 

ッ…ええいままよっ!

 

俺は卵焼きを口の中に一思いに突っ込み、飲み込んだ。不思議なことに、不味くはなかった。

 

「美味しかった…ごちそうさ───」

 

ドクンッと、俺の心臓が大きく跳ね、顔が火照り始める。待て…この感じは…まさか!

 

「影…これは、卵焼き、だよな?」

 

「ええっ!私なりに少々『あれんじ』を加えて作ってみたのです。隠し味は…みりん、というものです!どうですか…って、アガレス?」

 

やっぱ酒じゃねえかああああああああ!!

 

俺は意識が遠のくのを感じつつ、机に突っ込まないように最大限配慮して仰向けに倒れるのだった。

 

〜〜〜〜

 

アガレスがみりんによってぶっ倒れた直後、ムクリと起き上がった。

 

「ん?また此奴、酒を呑んだか」

 

影はアガレスとは長い付き合いだが、アガレスが酒を呑んだ後このようになるのは初めてだった。アガレスはキョロキョロと周囲を見回すと、ふむ、と唸る。

 

「なるほど…建築様式から察するに稲妻のようだな。前回は璃月だったというのに…随分とまた遠くまで来たものだ」

 

して…とアガレスは影へ視線を向けた。影は驚いたように固まっていたが、直ぐに立ち上がると薙刀を構える。

 

「貴方は一体何者ですか...アガレスの肉体を返しなさい…」

 

静かに、されど怒気を孕んだ声で影は確かにそう言った。が、神の怒りを受けて尚、アガレス(の肉体)は肩を竦めてみせた。

 

「心配せずとも私がこの肉体に顕現できるのは残り僅か。まぁ、久方振りの出番でもあるわけだし…残滓にできることはしておかねばな」

 

さて、とアガレスは影を見た。

 

「勘違いしているようだから教えておくが、この者の記録を消去したところで一時的な時間稼ぎ程度にはなるだろうが、呪いからは逃れられぬ。一時的に消失していたこの者の呪いは、たかだか世界から記録を消した程度で消えるものではない。何せ…いや、この話はなしだ」

 

コホン、とアガレスは咳払いをしたかと思うと、自身の右腕を見る。その腕は確かに、震えており、何故かニヤリと笑っていた。

 

「まぁつまりは、だ。この者の寿命は残り精々数年程度。正確な死期は私もわからないが」

 

「貴方は…一体…」

 

影が絞り出した声はそれだった。その言葉を、アガレスは鼻で笑う。

 

「太古の昔、古の巨神と呼ばれた神がいた。その残滓、と言えば聞こえはいいが…まぁ要は『俺』は『俺』自身ということだ。多少の差異はあれど、俺が俺であることには変わりない。例え…どれほどの時間が過ぎ去ろうとも」

 

「それはどういう…」

 

影がどういう意味なのかを詳しく聞こうとした瞬間、アガレスはバタッと倒れた。直後、先程と同じようにムクリと起き上がった。先程とは異なり、顔色が悪い。

 

「うぅ…気持ち悪い…前回は大丈夫だったのに…ん?」

 

アガレスは先程のような張り詰めた雰囲気ではなく、ふわっとした雰囲気を醸し出していた。そのアガレスが、影を見やると、何かに気が付いたように目を留めた。

 

「影、顔色が悪いが、大丈夫か?」

 

アガレスの言葉でようやく我に返ったらしい影は首を縦に何度か振りながら「問題ありません…何も」と言った。アガレスは首を傾げつつもそうか、と返すだけだった。

 

少しの間、二人の間を沈黙が支配したが、やがて影が口を開いた。

 

「アガレス、バルバトスと繋がっている指輪を、貸して欲しいのですが…」

 

「ん?まぁ聞かれたくない相談、ということなら構わないぞ」

 

アガレスは手袋を外し、中指に嵌めてある指輪を影に渡し、使い方を軽く説明すると、

 

「それで、俺は話が終わるまで何処にいればいいんだ?」

 

「あ、私が部屋の外に出ます。アガレスはここで待っていて下さい」

 

「わかった」

 

影はそう言って部屋の外へ出て行った。アガレスはただ待っているのも暇だが具合は相変わらず悪いので少し横になった。

 

影は、というとアガレスに聞こえないように少し部屋から離れて指輪を弾いた。

 

『ん〜、アガレス?こんな時間にどうしたのさ…?』

 

「バルバトスですか?私ですが…」

 

指輪の向こうからガタッと音がしたかと思うと、

 

『ば、バアルかい?どうしてアガレスの指輪を持っているのかな?』

 

「所用があって貸してもらいました。それはそうと、バルバトス、今から話すことはアガレスには絶対に秘密にして下さい」

 

指輪の向こうからふむ、との声が聞こえてくる。影は少し驚いたような声を出した。

 

「モラクスもいるのですか?」

 

『ぎくっ!全然そんなことは『バルバトス、別に隠す必要はないだろう』あちゃ〜…』

 

「話は聞いていましたね?これから話すことは彼、アガレスにも関わることなので、彼には秘密にして下さい。絶対遵守です」

 

『ふむ、了解した』

 

『わかったよ〜』

 

影はふぅ、と一息つくと、声を発した。

 

「まずは事の経緯から話しますね。アガレスに私の手料理を振る舞ったのですが…」

 

ガタガタッ!と指輪の向こうから物音がした。

 

『ほ、本当かい?』

 

『…バアル、本気か?』

 

「…?はい。それでですね、卵焼きを振る舞ったのですが、アガレスが倒れてしまって…」

 

『…お前のことだ、隠し味だとか言って何か入れたのだろう?』

 

心外な、とは思いつつも事実なので影は言い返さず、淡々と告げた。

 

「ええ、『みりん』です」

 

『お酒じゃないか…』

 

『酒だな…厳密に言えば料理酒になるが、みりんも立派な酒だ』

 

「ええっ!?そうなのですか!?」

 

指輪の向こうで二人が呆れているのを、影はひしひしと感じ取った。

 

『つまり、酒を飲んで倒れたから助けてくれ、と?』

 

「まさか、違いますよ…私達は、昔からアガレスにお酒を飲ませることはありませんでした。なので、彼がお酒を飲んでどうなったのか、それを確認する術はありませんでした」

 

『え?だから倒れたんでしょ?』

 

〜〜〜〜

 

『問題はその後です』

 

璃月にある、救民団璃月支部にて、モラクスとバルバトスは酒を酌み交わしていたのだが、その際にアガレスから通信があったと思えば聞こえた声は影のものだった。

 

二人は顔を見合わせたが、話を聞いていく内にどうやら、そう単純な話ではないことがわかってきたため、酒を飲む手を止めていた。

 

『酒を摂取した彼は僅か数秒で起き上がり、話し方、雰囲気、まるで人格そのものが変わったかのように変化し、アガレスの呪いが消滅したわけではない、ということを言われまして…』

 

二人は思わず顔を再び見合わせた。

 

「…モラクス、どういうことだと思う?」

 

バルバトスの言葉に、モラクスは首を横に振る。

 

「俺にもわからない。魔神の怨恨は彼が500年前に犠牲になる際、それを丸ごと封印した、と言っていたが…」

 

『はい、私もそう言っていたのを耳にした記憶があります…ですが、彼は確かに、アガレスの寿命は、残り数年程度だ、と口にしました。そしてそれが呪いによるものであることも明言していました』

 

つまりは…とバルバトスとモラクスは頭を抱えた。

 

「つまり、僕の行動は…無駄だったってことかな…」

 

「いや、アガレスは500年前、『もうすぐ死ぬ』と口にしていた。彼にとってのもうすぐがいつなのかはわからないが、一年程度をもうすぐ、とするなら、結果的に…」

 

『はい、彼は一時的な時間稼ぎはできるだろう、と言っていましたし、意味がない、ということはないはずです…ですが…』

 

指輪の向こうで、影が胸を抑えているのが、実際に見えているかのようにわかった。

 

『彼は昔、私達が共に食卓を囲んだことを、覚えてはいませんでした…』

 

「なんだと…それは…呪いの進行と共に記憶も失われている、と…そういうことか?」

 

「そう言えばアガレスが復活したての頃───」

 

───それと、『アビス』も最近、行動が活発になってる。その所為でヒルチャールが人里に近づいてきてるんだ。

 

───うーん…俺は見たことない気がするな。見ていたら覚えているはずだし。

 

「───って、ヒルチャールの話をしたときに、彼は覚えていなかったんだ。彼等が生まれたのは1000年ほど前、しかも世界を守護することを念頭に置いていた彼がヒルチャールを知らないわけがなかった…その時は普通に冗談で流したけれど…今思えば」

 

『はい、呪いによって記憶が無くなっていっているのでしょう』

 

モラクスもバルバトスも険しい表情を浮かべた。と、そんな時だった。

 

『すみません、アガレスを待たせていますので…長くなりすぎましたね…暫くこの指輪を借りられないかを交渉してみます。話はその時にまたしましょう』

 

「ああ」

 

「うん、わかったよ。お疲れ様〜」

 

指輪から声が聞こえなくなると同時に、バルバトスとモラクスは大きい溜息を吐いた。

 

「呪いによって記憶が無くなっていっている、ということはつまり魂に関係する呪いだろう。多くの魔神の怨恨が彼自身の魂を蝕む呪いとなって現れている。だからこそ、脳よりも上位の記録器官である魂が蝕まれているため記憶が消えていっている、となれば納得がいく話だ…」

 

「モラクス、今回こそ、僕らでなんとかしないとね…」

 

「…ああ。今度こそは、死なせたりしない」

 

二人は盃に入った酒をグイッと一気に飲み干した。

 

〜〜〜〜

 

指輪での通信を終えた影はふぅ、と溜息を吐いた。思ったよりも深刻だった事態に、そしてそれに気が付けなかった自分に、溜息しか出ないのだ。

 

影はアガレスが待っているはずの部屋に戻ると、机の端から足のみが見えていた。影が入ってきたというのに起き上がる気配がない。

 

「アガレス…って、あら?」

 

アガレスは疲れていたのか、座布団を枕にして穏やかな顔ですぅすぅと寝息を立てていた。影は少しだけ微笑むと、アガレスの頭を持ち上げ、正座して自身の膝にアガレスの頭を乗せた。

 

影はアガレスの頭を撫でたり、頭髪を思い思いに弄んだりしていたが、不意にアガレスの顔を覗き込んだ。

 

「アガレス…500年前にしてあげられなかったこと…沢山してあげますから…だから、死ぬなんて絶対駄目ですよ」

 

言いながらその顔をアガレスに近付け、唇を軽く合わせた。アガレスの顔は、心做しか紅かった。




アガレス「(頭動かされて起きたら大変なことになった)」

というわけでアガレスはばっちり起きてました。ついでに自分がアルコールを摂取した後から影の様子が可怪しかったので可怪しくした原因には気が付いてます。内容は勿論知りません。ついでに体調不良でちょっと仮眠を取ってたら頭が動かされて目が覚めてしまってあんなことになってます。

というわけで酒蒸でした


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第92話 一方その頃旅人は…

今回は海祇島サイドの話です。視点主は基本旅人になってます。

そう言えばゴローですが、原作の稲妻幕府との戦いではなく、ファデュイとの戦いで昇進して大将になってて、目狩り令がないのでこういうことになっていますね。


海祇島にて、私は九条陣屋から帰還し、一日休みを挟んで海祇島軍隊の大将であるゴローに呼び出されていた。

 

「───哨戒任務?」

 

私は彼の話をオウム返しした。ゴローはコクリと首肯きながら「そうだ」と言い、詳しい理由の説明を始めた。

 

「三日前、ファデュイが注力的に陥落させようとしていた九条陣屋から一掃されたことで敗残兵が海祇島にも流れてきていてな。奴らが態勢を立て直す前に、出来る限り数を減らしておきたいんだ」

 

「なるほど…」

 

私は一応納得したので理解したことを示した。が、それと、とゴローは続けた。

 

「近々、稲妻から完全にファデュイを一掃するための作戦が開始される。ファデュイ最後の拠点である鳴神島の離島を攻略する作戦だ。この作戦が上手く行けば、戦争はきっと終わる」

 

「あ、わかったぞ!え、え〜っと…あの、アレだよ…『背後の憂いをなくす』ってやつだな!」

 

パイモンがそんなことを得意気に言った。

 

「『後顧の憂いをなくす』、でしょ」

 

私は若干呆れつつ、そう言った。パイモンは慌てたように「そうそう、それだ!」と言った。

 

「そういうわけで旅人、お前の『メカジキ二番隊』は結構手柄も立てているし、哨戒任務を任せることにしたんだ」

 

それはそうと…とゴローは更に続けた。

 

「ここからは別件なんだけど、報告書も他の隊に比べてしっかりしているんだ。何か書類仕事をやった経験があるのか?」

 

そう言えば、龍災がまだ収束していない時に、アガレスさんの書類作成を手伝ったりしていたことがある。今になってそれが役に立つとは思わなかった。

 

「はい、一応経験はありましたけど…そんなにですか?」

 

私がそう言うと、ゴローはちょっと苦々しい表情を浮かべた。

 

「その…俺達海祇島の人間の中で、真っ当な教育を受けられる者は少ないんだ。だから必然的に報告書の質も落ちてしまう。その点、旅人の作成したものは要点が纏められていてわかりやすくてな。報告書を書く際の手本にしたいんだが…いいか?」

 

自分の書いたものが人の目に晒される、というのは少し気恥ずかしいけど…皆のためだからね。

 

「うん、いいよ」

 

というわけで了承すると、ゴローは水を得た魚のように嬉しそうな表情を浮かべながら尻尾をぶんぶんと振った。なんというか…凄くモフりたい。ゴローは私の視線に気が付いたのか、頬を若干赤らめながらそっぽを向き、コホン、と一つ咳払いをした。

 

「それでは、旅人。海祇島付近の哨戒任務に当たってくれ」

 

「了解」

 

「了解だぞ!」

 

 

 

「───と、いうわけで副隊長の哲平に色々聞こうと思って来たんだ」

 

「隊長…というか、パイモンさんも、普通に頼めばいいじゃないですか…同じ隊でしょ?」

 

私は軍隊というものに属したことがないから、哨戒任務とかよくわからない。というか哨戒ってなに?って感じ。パイモンに聞いたけど、「オイラもわかんないぞっ!」とドヤ顔で言われた。何故にドヤ顔?

 

というわけで同じメカジキ二番隊の副隊長、哲平に話を聞く運びになった。

 

「いいですか?哨戒任務において重要なのは、如何なる痕跡も見逃さない、ということです。ファデュイ…に限らず、敵部隊が既に侵入している可能性も鑑みて、足跡などを注意深く観察しながら───「そういうのじゃなくて、オイラ達は哨戒任務のやり方とか…あ、後は意味について聞いてるんだぞ!!」あ、そうでしたか…」

 

パイモンが哲平の話を遮って言った。哲平はコホンッ!と場の空気を再びリセットした。

 

「さて、哨戒任務は、基本的には常日頃から行われているものです。まぁ、先程も言った通り、ファデュイに限らず、敵軍の侵入を警戒し、発見し次第適応措置をとる、といったものですね。簡単に言えば家の敷地内に不審者が入ってくるのを防ぐボディーガードのようなものです。入ってきたら実力行使をしたり、降伏勧告をしたり」

 

「わ、わかりやすいぞ…!」

 

私も素直に感心しつつ、他の疑問をぶつけた。

 

「じゃあ、哨戒任務は私達だけで行うの?」

 

「いえ、それは違いますね。哨戒任務、と言っても範囲は島全体…中々広いですし、一隊当たりの戦力ではとても無理です。なので、海祇園島では大体、四部隊が合同で行います」

 

「なるほど…じ、じゃあ交代時間とかはあるのかよ?」

 

交代時間…確かに休息は大切だよね。どっかの誰かみたいに休む必要がないからって休まない、とかにはならないようにしないと。

 

〜〜〜〜

 

「ぶぇっくしょい!!」

 

「…?隊長、風邪でしたら休まれたほうが…」

 

「ズビッ…いや、これは誰かが俺のこと噂してるみたいだな…そうじゃなきゃくしゃみなんか出るわけないから…多分」

 

まさか、酒が残ってて体調不良、とかない…よな?

 

〜〜〜〜

 

それはさておき、哲平の答えはシンプルだった。

 

「ありません」

 

「え?」

 

「ですから、ありません!基本12時間はずっとぶっ通しで歩き続けます!しかも時偶戦闘にも突入するのでめちゃくちゃハードです!」

 

「うえ…オイラ、哨戒任務に行きたくなくなってきたぞ…」

 

パイモンがげんなりしながらそんなことを言った。

 

「パイモンは浮けるから大丈夫でしょ」

 

「疲れるもんは疲れるんだよ!!」

 

事実なのに、とは思いつつも、ここらでからかうのを止めた。哲平がスッと背筋を伸ばして言った。

 

「隊長、メカジキ二番隊、出撃準備完了です」

 

どうやら、隊員の準備が整ったようだ。パイモンが再びげんなりする。私も同様だけど、ここは軍隊。加えてモンドを背負ってるし、ゴローにも期待されてるから泥は塗れない。頑張るしかないね。

 

「じゃあ、行こう」

 

「「「応!!」」」

 

 

 

さて、意気揚々と出発したはよかったんだけどね…。

 

「本当になにもなかったな…ただ歩いただけだったぞ…」

 

「パイモンは浮いてるけど」

 

「だから…オイラはオイラで疲れるんだよ!!お前の心配とか…色々あるんだよ!!」

 

それはそれとして。

 

「隊長、やっぱり妙です。九条陣屋から逃げ出したファデュイ達は、確かにこちらへ向かってきていたはずです。なのに、他の隊にも確認しましたが足跡が確認できませんでした。あるのは望瀧村の住民、或いは海祇島軍隊の者と思われる足跡のみでした…どう思いますか?」

 

どう思うも何も…。

 

「やっぱり海祇島には来てないんじゃないか?途中で食べ物がなくなったとかで───「いえ、それはあり得ません」」

 

バッと私と哲平が声のした方向を向くと、人魚のような出で立ちをした女性───珊瑚宮心海が手を振っているところだった。

 

「さ、珊瑚宮様!?どうしてこちらへ…!」

 

哲平が敬礼をしようとするのを心海は手で制して、私達の方へ歩いてきた。

 

「お久しぶりですね、旅人さん、パイモンさん。それと、哲平、旅人さんと少し話がしたいので…」

 

「は、はい!僕はこれで…」

 

哲平は何故か嬉しそうにその場を去って行った。ふぅ、と心海が溜息を吐いた。パイモンが心配そうな表情を浮かべる。そしてそれは私も同様だった。

 

「旅人さん、改めて、少しお時間を頂きたいのですが」

 

「うん、大丈夫。心海はどうして此処へ?」

 

私がそう聞くと、心海は若干だが不思議そうな表情を向けた。

 

「あの…普通にお話がしたかったのですが…その前に一応建前は必要かと思いまして…報告書を読んで私の考えを旅人さんに直接伝えに行く、という名目で抜け出してきたんですが…駄目、だったでしょうか?」

 

「そんなことないと思うぞ!旅人だって、最近折角仲良くなった心海と話せなくて寂しがってたんだからな〜」

 

私は心海の言葉を否定しようとして、パイモンに先を越された。しかも暴露、というオプション付きで、だ。

 

私は自分の頬が熱くなるのを少し感じながら、なるべく平静を装って話した。

 

「うん、パイモンの言う通りだから…それじゃあ、建前の方の話をしよう」

 

そうでした、と心海は言ってからコホン、と咳払いをして空気を直した。

 

「ファデュイの足取りですが、どうやら全員離島へ向かったようです。海祇島に潜伏していたファデュイもどうやら同様で、足跡を残さないように満潮になる直前に出発したとしか考えられない痕跡が多々ありました」

 

それと、と心海は続ける。

 

「このファデュイの一連の行動から推察すると、恐らくファデュイの司令官が戻ってきた可能性があります。離島を攻略する作戦はゴローから聞いていると思いますが、かなり激しい戦になることを覚悟しておくべきでしょう」

 

「今までは、ファデュイが統制を取れていなかったから勝ててたけど…次の戦いはわからない、ってことか…」

 

パイモンが心海の言葉を聞いてそう口に出した。実際、その通りだと思う。アガレスさんも、九条陣屋で相手には最高司令官がいない、とかなんとかって言ってた気がするから。

 

「ですが、落ち込むには早いかも知れません。開戦当初、つまり三年前にファデュイ相手に大立ち回りを演じた鬼の一族の末裔が放棄されたファデュイの基地から救われたらしいです。心強い援軍になるかもしれませんね」

 

鬼の末裔かぁ…アガレスさんは何か知っていたりするのだろうか?と、パイモンが何かに気が付いたようにハッと顔を上げた。

 

「そう言えば旅人、あんまり心配しなくていいんじゃないか…?」

 

「ん?どうして?」

 

「だ、だって…オイラ達には、あのアガレスがついてるんだぜ?なんとかなるだろ」

 

言われて初めて、ああ、となった。

 

「確かにね。まぁ私達も出来ることを頑張ろっか」

 

「おう!」

 

心海は顎に手を当て、何かを考えているようだったが、不意に口を開くと、

 

「アガレス…あの時の彼ですか…旅人さんは、彼を心から信頼されているのですね」

 

そんなことを言った。私とパイモンは顔を見合わせて苦笑した。

 

「え、違うのですか?」

 

心海は驚いたように目を見開く。私とパイモンは口を揃えて同じことを言った。

 

「「信頼はしてるけど、アガレス(さん)はおせっかいだからオイラ(私)達が困ってたら大体のことはなんとかしてくれる」」

 

そう言えば九条陣屋の一件の後、アガレスさんにちゃんと挨拶も出来なかったけど…元気にしてるかな?

 

なんて思っていたら、心海が、

 

「それじゃあ旅人さん、建前の話は終わりましたし、プライベートなお話をしましょう!」

 

「おっ、いいな!」

 

とそう言った。パイモンもそれに同意し、私も首肯いた。結局、その日は就寝時間になるまで心海と色々な話をするのだった。




いやぁ先日はすみませんでした。病院が結構長引いちまいやして…。

更新が今日になってしまいました。


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第93話 最終決戦前夜

今回で投稿数100到達ですねぇ…こりゃあ驚きだ。

因みに、執筆が終わり次第、久し振りに閑話を投稿するんで、お楽しみに。


九条陣屋での一件から一週間後。あれ以来、離島付近を除くほとんどの場所からファデュイの痕跡が消失したため、稲妻城付近の哨戒任務に加え、潜伏していたファデュイの残党との戦闘などをこなし、後顧の憂いを完全に断った。鳴神島、そして九条陣屋付近のファデュイはあらかた掃討し終えたため、遂に離島を奪還する作戦が発動された。今日はその準備のため、稲妻内の戦力がかなり集まっている。とはいえ、勿論全てではなく、三割程度だろう。

 

まぁ言ってしまえば、この作戦に参加するのは全体の五割程度の戦力だ。うち、九条陣屋での功績を認められた俺は一割ほどの指揮を執ることになっている。本来なら、他国からの応援にこのような待遇はあり得ないが、それこそ人手不足なのだ。三年という期間は、やはり長い。その間に古くから功績を上げた者から色々な理由で死んでいったのだろう。実際、最近の武士達は皆若いのだ。まぁ、最終的に決定したのは影だと元上司(現部下)が言っていたので、俺に一任してくれたのだろうか。

 

時間はもう夜だ。周囲の哨戒任務をしっかりと行った結果、夜襲の心配もないので、俺は安心して作戦を確認しているように見せてサボることができるのだ。

 

「たいちょ…司令官、別働隊の隊長が、是非お会いしたい、と…如何なされますか?」

 

離島にほど近い平原の天幕内で、俺は机の上に置かれた離島の地図を見ていたのだが、これまたなし崩し的に副司令になった只野がそう俺に言ってきた。因みに、副司令とは名ばかりで完全に俺の補助的な存在である。どちらかと言えば秘書、と言ったほうが正しいだろう。

 

「別働隊…と言えば、海祇島の部隊の内の一つか…なんていう隊だ?」

 

「はい…先に言っておきますと、旅人殿のおられるメカジキ二番隊ではありません」

 

「そうか…まぁ、司令官として会っておくべきなんだろうな…いい、取り敢えず通してくれ」

 

「そう仰られると思って、既に呼んであります」

 

只野…お前、まだ俺の部下やって数週間なのになんでそんなに俺のことわかってるんだよ。ちょっと怖いぞ…と思いつつ、只野が天幕の外へ出て行った。

 

「久し振りでござるな、アガレス殿」

 

「その声と話し方…ってことは、万葉じゃないか。何処に行ったのかと思っていたが、海祇島の軍に所属していたのか」

 

入ってきたのは白髪で、一部が紅葉色の頭髪を持つ少年だった。その彼が、少し申し訳無さそうに目尻を下げながら言った。

 

「すまぬ。旅人殿には伝えていたのだが、アガレス殿に伝える手段がなかったでござるよ」

 

「まぁ、謝る必要はない。別にお前が悪いわけじゃないからな」

 

適当に挨拶を済ませ、俺と万葉は本題に入った。

 

「それで、話ってのは?」

 

「拙者は風の噂で耳にしたアガレス殿と同じ遊撃隊をやっていたのでござるよ。それで、それなりに情報も多く入ってくる故、少しファデュイの動きを探ってみたのでござる」

 

ふむふむ、と俺は首肯く。万葉は更に続けた。

 

「念の為聞くのだが、アガレス殿はファデュイの指揮官が不在、との見方をどう思う?」

 

万葉の言葉に、少しだけ俺は考える素振りを見せる。万葉がここでその質問をする意図としては、まぁそれに関係する話であるのは確かなのだが…これでその辺の人間と同じような見方をしてしまうわけにはいかないだろう。万葉は、そのような答えは恐らく求めていないだろうからな。

 

さて、どう答えたものか。俺は更に深く考えてから、

 

「まぁ見解に関しては、人それぞれだろう。だが、俺の見解としては、『現状は』という注釈がつくだろう」

 

「…ふむ」

 

「だってそうだろう?」

 

俺は人差し指を立てて一応説明をした。

 

「なんたってあいつら、腐ってもファデュイだ。指揮官、こと最高司令官がいないとはいえ、奴らの根底にある命令は確実にこなそうとしてくるだろう。つまり、代理で最高司令官を立てる可能性は十分にある。加えて言うなら、この戦争は三年も行われている。三年という年数は、かなり長い。この年数をかけて尚、稲妻は落とせなかった。だから司令官が逃げた、とそう考えられる」

 

万葉は少しだけ困ったように笑った。俺はニヤリ、と笑う。

 

「普通なら、そこまでだろうが、俺は違うぞ、万葉。だからそんな困ったように笑うな」

 

じゃ、最後まで説明するぞ、と俺は驚いて目を見開いている万葉に告げる。

 

「いいか、ファデュイの中でも選りすぐりの執行官が氷の女皇の命令を遂行せずに諦める、なんてことは絶対にありえない。つまり、作戦を再び練り直し、稲妻に再び攻めてくるだろう。だから代理の司令官はあくまで時間稼ぎの要員なんだろう。加えて言うなら、ファデュイを全軍撤退させなかったのもそういうことだ」

 

これは完全な憶測だが、元々離島には僅かな数のファデュイと、最低限の物資しか存在していないのだろう。相手の司令官───執行官が誰かは不明だが、かなりやり手であるのなら、俺が来たことで自らが作り上げてきた盤面が狂うことがわかったのだろう。そして数多の戦場に俺が出張ることを見越して離島の守りは最小限にして鎮守の森で陽動を行い、九条陣屋を今まで通り一日でも長く精力的に攻めさせ、最後は離島でなるべく長く足止めする。

 

全ては、一日でも長く稲妻を戦争状態に置かせるため、と考えれば…鎮守の森での無意味な作戦や無意味な九条陣屋の攻略、そして現状に説明がつく。そもそも夜襲をしないのは可怪しいのだ。敵部隊を休ませないためには、少数で、かつ犠牲を覚悟で襲撃すべきなのだ。だが、それをしない。とどのつまり、少なくとも明日の朝までは俺達も離島を攻める気がない、ということがわかっているので夜襲をする必要が皆無なのだ。

 

残党軍の目的は、時間稼ぎなのだから。

 

「まぁ早い話、ファデュイは統制が取れていないフリをしていたのだろうな。見事に俺も騙され、結果的に勝っては来たが、此処まで頭脳戦で手玉に取られたのは初めて…いや、アレ以来だが…」

 

コホン、と俺は咳払いをして誤魔化すと、万葉へ向けて告げる。

 

「ってことで、俺達は戦争には勝てるが、勝負には負けるのさ。もう、この路線しか残ってない。俺達に出来ることはどれだけ早く離島を奪還し、戦争に一時的だが終止符を打てるか、だ」

 

「なるほど…お主の考えはよく理解できたでござる。して、どうやってその答えに辿り着いたのでござるか?」

 

万葉は、不思議そうな表情で俺を見た。

 

しかし、どうやって、か。改めて聞かれると難しいな。

 

「こればっかりは昔からのクセ、としか言いようがないだろうな。昔からこういう役回りばっかりだったんでね。まぁ、だからといってこの推測が合っているのかどうかはわからないし、今までの参加した戦いから導き出したものでしかない。それっぽく纏められてはいるが、ね」

 

「…やはり、アガレス殿は我が家系の口伝にあった御方なのでござるな…」

 

ボソッと万葉が何かを呟いたが、俺には聞こえなかった。まぁ、聞かせる必要のない言葉だと思うので、聞き流すことにした。

 

「それではアガレス殿、拙者はここらで失礼するでござる。明日の作戦、できるだけ頑張るつもりでござる」

 

「ああ、お互いにな。今日はゆっくり休んでおけよ」

 

万葉はコクッと首肯くと、天幕を出て行った。入れ違うようにして、只野が戻ってきた。黒川と奥之院も連れているようだ。

 

「た…司令、ちょっとお話が…」

 

「ぼ、僕からも…いいでしょうか?」

 

二人はおずおずしながらそう言ってきた。思えば、二人とはあまり話をしていなかったな。

 

「ああ、どうした?」

 

「改めて…その、謝りたくて。出会った当初、私、凄く司令官に失礼なことを…」

 

「僕からも謝らせて下さい。司令官、許して欲しいなんていいません。ですが、謝罪の気持ちがある、ということだけはわかってほしくて…」

 

あ〜…なるほどね。あまり話してこなかったからわからなかったが、彼、彼女達なりに罪の意識があったのだろう。奥之院に関して言えば関係はないが、彼女───黒川の…まぁ言ってしまえば恋人的な存在だろうし、ある程度責任があると感じたんだろうな。ま、それなら素直に謝罪を受け取った方が彼、彼女達のためになるか。

 

俺はフッと微笑むと、

 

「そんなことくらい、とっくにわかってるさ。奥之院に関してはまぁともかくとして、黒川。お前、知ってるか?」

 

「…え?」

 

黒川はなんのことかわからない、という風に首を傾げた。

 

「ファデュイが本気で誰かを自身の、ひいてはファデュイの手下にする時の常套手段として洗脳がある。黒川、お前が洗脳されていたのはよくわかる。元凶である細部音近が死んでからの変貌具合、そして混乱具合から察するに、洗脳を受けていた、と断定できた。だから、お前は何も悪くはないし、洗脳されていた中でも若干の反抗の意思を見せていたのだから勝算に値するほどだ。長くなってしまったが…まあ、つまり…」

 

俺は黒川と奥之院を見て告げる。

 

「別に謝る必要なんてない。俺は気にしていないし、許しが欲しいならとっくに許している。はい、これで後顧の憂いなし、今日は休めよ」

 

「え、あ、はい…じゃあ、隊長…また明日」

 

黒川は恥ずかしそうにしつつ、しかし少し嬉しそうにしながら天幕を去って行った。呼び方が隊長に戻っているが、まぁそれを追求するのは野暮だろう。

 

「え、ち、ちょっと、菫!」

 

奥之院も少し慌てながら黒川についていき天幕を出る───直前に一礼してから去って行った。俺は只野にジトッとした視線を向けた。

 

「…黙っていただろう」

 

「さあ、なんのことでしょうか。私はただ、悩みは本人間でしか解決できない、ということを知っているだけです。それより、司令官、いえアガレス様、気が付いていないようですのでいい加減にお教え致しますが…」

 

「ん?」

 

俺はそう言われたので、只野を注視する。気付いていない?なんのことなのだろうか。先程の二人がいない辺り、彼に関する話であることは確かなのだろうが…というか名前で呼ばれたのは初めてだな。様付けされるのは…ああ、ノエルっていう前例があったな。彼女は元気だろうか?

 

などと考えながら、観察していると、何故か彼にジト目で睨まれる。と同時に呆れられてもいるようだ。

 

「アガレス様、ちょっと向こう向いてて下さい。ってかほんとに気付いてないんですね」

 

「え?ん?まぁわかった」

 

俺は言われた通りに彼から視線を外し、なにもない天幕の壁を見つめた。鎧を取り外す音と衣擦れの音が響き、シュルシュルとなにかを外す音が聞こえてきたかと思うと、再び衣擦れの音が聞こえ、

 

「はい、もういいですよ」

 

「まったく、俺が何に気が付いてない、って…………?」

 

思わず、彼…いや、彼女の姿を見て首を傾げてしまう。

 

「お前、いつの間に只野と入れ替わった?いや、待て、顔立ちが似てるな。さては兄妹なんだろ?」

 

「もうっ!私です!只野清です!!」

 

「な…ん…だと…ッ!?」

 

思わず動揺を禁じえない。え?いや、なんでだ?只野が女だと?俺はまじまじと彼、改め彼女を見た。地面には白くて長い布が落ちており、また、鎧も机の上に置かれているため体のラインがわかるのだが…うん、普通に女性らしい体つきだ。ということは…本当なのか。

 

じっくり見られたのが恥ずかしかったのか、只野は頬を赤らめていた。俺はなんだか気が抜けてふぅ、と溜息をついた。

 

「まぁ、詳しくは聞かないが、聞かせられる範囲で聞こう。なんで男装を?」

 

「それは…その、ですね。私の実家、只野家は、元々結構名家だったんです。でも、長男が素行不良だったために、私を男にして跡取りとして育てたんです。三年前の開戦当初に家は潰れましたが…それでも私は跡取りとして、ずっとこのままだったんです」

 

なるほどな…恐らく、彼女の親族は皆、三年前に死んでいるのだろう。だが、彼女は跡取りとして育てられたためにそれ以外の生き方を知らない。だから、ずっと男装し続けてきた、と考えられるが…それ以外にも理由がありそうだ。

 

「じゃあどうして俺には明かす気になったんだ?その秘密、人によってはかなりショックに感じると思うんだが」

 

「アガレス様は、将軍様の御友人だと、私は理解しています。なので、この程度のことは受け入れて貰えるかな、と…」

 

いや、まぁ別に女性が男性の格好をしていたところで特に思うところはないけど、無条件の信頼が凄いな。

 

「まぁ、否定はしない。お前がそれを俺に明かしたところで俺がどうこうするつもりはないからな。そういうものだと受け入れるだけだ」

 

そう言うと、只野は嬉しそうにはにかみ、俯いた。不思議に思って聞き耳を立ててみる。

 

「ふ、ふふ…やっぱり受け入れてくれた…この人なら…この方なら私の全てを…」

 

聞かなきゃよかったかも知れない。と、いうかそこまで入れ込まれる理由がないんだが。

 

「取り敢えず事情はわかった。で、それを明かして俺にどうしてほしいんだ?」

 

「お嫁に「却下」え〜!!」

 

え〜!!じゃねえよ。お前、随分遠慮が無くなったものだな?俺は只野の残念さ加減に嘆息する。

 

「はぁ…取り敢えず今日はもう遅いから自分たちの天幕に戻って休んでおけ。俺はまだ…やることがあってな」

 

只野は少し残念そうな表情をこちらへ向けたが、俺に一礼し、天幕を出て行った。

 

さて、やること、というのはそんなに重要なことではない。只野の気持ちは、まぁ理解は出来たが、彼女と婚約することは出来ないだろう。

 

「何せ、俺と彼女では寿命が違うしな…」

 

そんなもの関係ない、と思っていた魔神や仙人もいるが、俺はそうそう簡単に割り切れるわけではない。

 

「まぁ、それはそれとして…」

 

俺は立案された作戦が書いてある書類を手に取る。

 

「ファデュイの戦力がないであろうことを見越した正面突破か…随分と余裕ぶっているな、この作戦立案者は…」

 

普通にあり得ない。三年も経っているのだから、ファデュイが離島を要塞に仕立て上げ、難攻不落になっている可能性も捨てきれないのだ。だというのに、作戦も何もあったものではない正面突破。

 

「全く以て、愚かなものだ。まぁ俺の部下は遊撃隊だからいいんだが…それでも他の人間が犠牲になるのは…少し、いやかなり嫌だな」

 

しかし、現状俺にその作戦を止める権利は存在しない。成り上がり的な感じで今の地位にいる俺を快く思わない人間も少なからず存在しているのだからな。

 

「それにしても、社奉行の神里家も今回は出張ってくるのか…いや、それはそうか。何せ、稲妻の戦争が一時的とはいえ終局を迎えるんだからな…」

 

俺は別の隊の名簿から自分の隊の名簿に視線を移した。ズラーッと並べられているので、一人一人の情報はわからないが、写真機で撮られたであろう顔写真つきなのでわかりやすくて若干助かった。

 

さて、俺の目は一瞬、額から二本の角を生やしている男の写っている写真で止まっていた。写真の男は豪快な笑みを浮かべている。気になったので備考を見てみると、興味深いことが書いてあった。

 

「鬼族の末裔…?これまた興味深いな…昔、確かに鬼の一族はいたが…人間の戦争に介入するとは。人間に嫌われていた彼等らしくないな…」

 

まぁ、俺が稲妻にいたのは他の国に比べると長い、という程度でその実そこまで長くはない。俺のいない間に何かがあった可能性は高いだろうな。

 

「…終末番も参戦…?あれ、俺の部下ってことになってるな…ま、まぁそれはいいか。参戦できるとしても一人か二人だろうし」

 

…まぁ、彼、彼女達はあくまでも伝令役としての役割だろうし、あまり気にしないようにしよう、と心に決めつつ、他の人員にも目を通していく。

 

「長野原…って、長野原家の…?花火職人だったと思うんだが戦場に出るのか…うん、気にかけておくようにしよう」

 

「偵察隊に、探偵事務所の名前があるんだが…まぁ、痕跡とかを見つけたり、それの連想とかで役に立つ…のか?」

 

俺は次の行に行こうとして、次がないことに気が付く。どうやら、偵察隊で最後だったらしい。

 

「人員はこれくらい、か…後は隊ごとに指令を出すために全体の作戦に沿った形での作戦を立案して細かい動きを確認して…」

 

いや、待て、やること多くないか。

 

「くそっ、只野帰さなきゃよかった」

 

「お呼びですか?」

 

「…なんでいる?俺は休んでおけ、と言ったはずだが」

 

内心めちゃくちゃ驚きつつも、天幕の外から顔を出した彼女に向けてそう言った。只野ははぁ、と溜息をついた。

 

「司令官が休んでいないのに部下が休むわけないじゃないですか。仕事が終わったらそこはそれ、私自慢の膝枕を───」

 

「本格的にお前のキャラがブレブレになってきたな。まぁそれはいい」

 

俺は安堵の溜息をつくと、微笑みながら言った。

 

「すまない、手伝ってくれ」

 

「仰せのままに、司令官」

 

この後めちゃくちゃ仕事した。




長くなったな…長くなっちゃったな!!

はい、それはおいといて。

もうすぐアガレスの誕生日です。と、いうことで彼の誕生日の裏話を少し…。

思いつかなさすぎて私の誕生日と全く同じです。はっはっは!!

アガレス「適当な日にちにしておけばよかったものを。何なら1月1日とかでよかっただろうに。巻き込まれる俺の身にもなってくれ」

彼はそう言ってますが、そこはそれ、私と同じ誕生日にすると、いいこともあるんですよ。

合法的に小説内で皆に誕生日を祝ってもらえます。勝ち申した。

という、小話でした。とっても下らなくて草、と思った方、貴方は正しい!


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第94話 離島奪還作戦①

おまたせ致しまして…誕生日までには稲妻一段落させてえよぅ…ってことで、更新再開します。話の都合上、一日何回か投稿する可能性もありますが、平にご容赦を。

あっ、活動報告で言った通り、ちょっと色々用事が立て込んでるので、誤字報告待ってます。無いわけないんで!!


翌日、早朝。

 

離島にほど近い紺田村付近の平原に稲妻の兵士が集まっていた。昨日の夜に大部隊の隊長で集まり、俺達の部隊は便宜上、第五部隊と呼ばれることとなった。そんな第五部隊は現在、俺の後方で待機している。遊撃部隊兼補充部隊の意味合いが強いこの部隊は最初、後方で待機なのだ。

 

「しかし、よくこれだけの戦力が集まったな…」

 

俺は丘から離島奪還に向け隊列を組み始める稲妻の兵士達を見やる。横に立っていた只野が、書類を見ながら呟く。

 

「はい。将軍様も、天領奉行の九条鎌治様も、かなり苦労をされたそうですよ」

 

只野の言葉に、俺は若干ゲッソリした。

 

「書類にそう書いてあるのか…尚更失敗できないし、若干目に浮かぶ辺りがタチ悪いな…」

 

「まぁいいではないですか。司令官がいるのですから、万が一もないと思いますし」

 

笑顔でそう言う只野に対し、俺は首を横に振った。

 

「嫌な予感がするんだよ。多分、稲妻の作戦立案者が思ってるほどこの作戦、上手くはいかないだろうよ」

 

実際、嫌な空気だ。勿論、空は快晴だし、吹き抜ける風も心地が良い。だが、嫌な風なのだ。離島はありえない程に静まり返っているし、見張りに出ているファデュイの数があまりにも少ない。明らかに、何らかの工作を練っているだろう。

 

「或いは…もうもぬけの殻だったりして、な…それは流石にないと思うが」

 

一応、苦労して手に入れた橋頭堡だ。そう易々と手放すとは思えない。

 

「まぁそういうわけだから、只野。今から伝令の兵士に頼んで、そのことを伝えさせてくれ。内容に関しては普通に『この作戦では苦戦を強いられる可能性が高い』とでも言っておけばいいだろう」

 

まぁ、これで他の隊の兵士が死んでしまったとして、俺にまで責任を問われる声が来ても困るのだ。だから、後からそう言われないように今から根回ししておくのである。

 

「了解致しました。ご随意に」

 

只野はそう言って恭しく礼をすると、丘を降りていった。最初に言っておくが、勿論、負けるつもりは毛頭ない。だが、何度も言うようにファデュイは稲妻の兵士達にとっては物凄い脅威なのだ。ただの力押しで勝てるのなら、今日まで戦争など続いていなかっただろう。

 

「さて…それじゃ、先鋒の第二部隊と第四部隊のお手並み拝見と行こうか…ま、どうせ失敗するだろうが」

 

寧ろ失敗しないわけがない。あのファデュイ相手に力押しなどという戦法が、上手くいくはずがないのだから。

 

俺は崖のようになっている場所の上に腰掛けると、戦場全体を見渡しつつ、ファデュイの動向に細心の注意を払うべく凝視するのだった。

 

 

 

時刻は午前9時、遂に、稲妻軍による、離島奪還作戦が開始された。先鋒を務めるのは第二、第四部隊と呼称された二百余名程度の兵士達が一気呵成に離島へ向けて攻め立てるのは、かなり凄い絵面だ、なんて思いながらファデュイの出方を伺う。ファデュイは全く、と言っていいほどに動かない。防衛拠点として機能しそうな紺田村は略奪の跡が残るのみで特に砦に改造されていたりはしなさそうだ。

 

そうこうしている内に第一、第三部隊も前進を開始した。うん、俺はこんな作戦聞いていないぞ。まぁ俺はこの国の人間ではないし───そもそも人間ではないが───俺に手柄を余程立てられたくなかったらしい。もうファデュイに勝てると思ったからこういうことをしたのだろうが…いやはやしかし。

 

「なんとも愚かしいな。三年もの間ファデュイと戦っていたというのに、奴らのことをなんにもわかっていない」

 

「…司令官、どういう意味です?」

 

伝令の兵士に俺の言葉を伝えに行っていた只野は今、俺の後ろで戦場を見守っている。ついでに言っておくと、やはり一蹴されたそうだ。第一、第三部隊はしっかり話を聞いて気をつける、との言質もとったようなのだが、後で伝令の兵士には団子牛乳でもあげよう。

 

因みに、第一部隊の部隊長は神里綾人だ。知り合い繋がりで言うなら第三部隊は九条裟羅である。二人と俺は面識があったから、聞き入れてくれたのだろう。まぁ、俺が言わずとも彼等なら気が付いただろうが。

 

まぁそれは置いといて、只野が不思議そうに俺を見ていた。

 

「このまま進撃すれば勝てそうなものですが…」

 

しかし、只野、お前わからないのか、とばかりに俺は軽く溜息を吐くと、

 

「まぁ見ていればわかる。如何に他の部隊の奴らが愚かな選択をしたのか」

 

只野が視線を紺田村に向けた。第二部隊と第四部隊が生存者や伏兵などの確認を終え、再び進撃を始めようとしたその時だった。

 

閃光が、紺田村を包み、直後、轟音が俺達の耳を通り抜けていく。只野と第五部隊の兵士達が混乱しながら耳を塞いでいるのがなんとなくわかる。俺は風元素で予め耳を覆い、音の伝わり方を調節していたので、そうでもない。

 

さて、何が起こったのかを説明すると、ファデュイは紺田村を、一つの大きな爆弾にしたのだ。手法的には俺が九条陣屋で使った、引き入れて一網打尽にする方法に似ている。只野がゴクリ、と生唾を飲むのがわかった。

 

因みに、爆弾だが、恐らく炎スライムを利用したものだ。ヒルチャールが作るタル爆弾のようなものを民家の中やちょっとした隙間に敷き詰めたのだろう。見つからなかったのは恐らく色々な方法で偽装していたり、或いは爆弾に見せない工夫をしていたのだろう。

 

さて、勿論、稲妻の兵士達の中にも生き残りは存在する。その兵士達を掃討するべく、ファデュイが村の外から徐々に包囲を縮めている。どうやら、捕虜にするつもりすらないらしい。

 

「し、司令官、助けないんですか…!」

 

「俺の忠告を受け止めなかったんだ。自業自得だろう」

 

「し、しかし…!」

 

只野は尚も必死の形相で俺にそう申し立ててくる。まぁ、気持ちはわからなくもないんだよな。500年以上前だったら救っていただろう。

 

「確かに、俺の忠告を聞かなかった、というだけで殺されるのはフェアじゃないよな」

 

「!では…」

 

「だが断る」

 

一瞬明るくなった只野の表情が一気に暗くなった。俺は少し笑いながら告げる。

 

「だって、そうじゃないか。人生においてフェアだったことなんて片手で数えられるほどしかない。何より、部隊長が生き残っているのならいい薬だ。次に活かせると良いな。ま、次があるかは…ふむ、俺次第だな」

 

よく見ればしっかり紺田村内部で逃げ回っているようだ。情けないなぁ。

 

「ま、そういうわけだし…」

 

俺は立ち上がり、尻をポンポンと払う。只野が驚いたように俺を見ている。戦力損耗率は全体の40%。本来なら撤退すべきだが…。

 

「只野、早馬を出せ。第一部隊と第三部隊、そして第五部隊で合同作戦を執り行う。至急、第一、第三部隊の部隊長を呼び出せ」

 

「は…はっ!」

 

只野が慌ただしく去っていく。俺はそれを見つつ、視線を動かし紺田村を見る。村の建物、そしてその周囲の草原も燃えている。稲妻の兵士達の断末魔も、風に乗って俺には聞こえてくる。そして、まるで機械のようにただ淡々と稲妻の兵士の生き残りを処理するファデュイの様子も見える。

 

さながら、500年前の『終焉』と、カーンルイアが滅ぼされた時のようだ。

 

「…地獄だな」

 

俺は自分でも思っているよりずっと不愉快そうな声音だった。

 

ああ、まさしく、地獄だ。稲妻、ファデュイ双方にとっても、また、俺のような第三者の視点から見てみても。

 

「昔の俺なら…って、昔はどうしていたか…思い出せないな」

 

最近は特に、昔の記憶が薄れ始めている。まぁ、年月と共に記憶やその時の思いが風化してしまうのは仕方のないことだが、最近は如実にそれが現れているように思う。何らかの影響を受けていることは確かだが、まぁ現在言われている最も古き神であるモラクスよりも少しだけ長めに生きているのだ。それはそれは、摩耗も進むだろう。

 

つまりは摩耗による魂の剥離が、このような記憶障害を引き起こしているのだろう。

 

「俺もそろそろ、か…散々人を殺してきたんだ。地獄に行けはしても、天国のような場所には行けないのだろうな」

 

まぁ、覚悟はしている。誰かを、何かを護るということは何かを犠牲にすること。元より、誰もが幸福になるような世界など存在していないのだ。

 

「だから…ファデュイ。お前達にはすまないが、俺の守護する存在の幸福のため、不幸になってくれ」

 

そう、思うと同時に、こうも思うのだ。

 

───誰かを護ることは、別に誰かに頼まれたわけじゃない。ここらで、退場しても良いのではないか、と。

 

所詮は忘れられた男だ。それなりに復活してから関係を築いたとはいえ…いや、それはまだ早いだろう。せめて旅人の旅くらいは、見届けてから考えるとしよう。

 

そんな時だった。只野が再び丘へとやって来た。

 

「司令官、準備が出来ました。こちらへ」

 

諸々の準備が出来たようだ。俺は首肯くと、只野に先んじて歩き始めた。

 

さて、差し当たっては離島を、ひいてはファデュイをどうするか…それを考えつつ、俺は用意されたであろう天幕へと向かうのだった。




なんども言いましょう。間違いなく誤字がありますんで、報告待ってます。時間がある時に私も見返しますんで…。


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第95話 離島奪還作戦②

せっせとタイピングしております。平均キータイプ数は一秒に6.7くらいらしいです。どっかの寿司で確かめました。


一方その頃離島では。

 

「よし、別働隊を動かせ。いいな、雷電将軍は戦争への参加が条約により出来ない。案ずることはない。稲妻の連中はその戦力のほとんどをここへ集結させている。今なら楽に攻略できるだろう」

 

離島の、元柊家の屋敷の内部でファデュイの指揮官らしき男が指示を飛ばしていた。そんな中、伝令のファデュイの兵士が去って行く。直後、男の背後にデットエージェントが現れ、

 

「司令官、鼠が潜り込みました」

 

そう耳打ちをした。指揮官らしき男は少し笑う。

 

「流石、『売女』様の作戦は完璧だな。一時的に璃月で捕虜になっていたと聞いていたが…よし、では起爆しろ」

 

「潜伏中の同胞は如何なさいますか?」

 

ふむ、と男は一つ唸ると、

 

「捨て置け。どうせ時間稼ぎと相手を消耗させることが目的だ。我々の運命は既に確定している。捕虜になる意味は存在しない」

 

「心得ました」

 

デットエージェントが去って僅か数秒後、大きい爆発音と衝撃が屋敷にまで届いた。司令官の男はニィ、と笑った。

 

「全く、稲妻の連中も馬鹿ばかりだな。馬鹿正直に突っ込んでくるとは。まさか工作の一つや二つ予想できないわけじゃなかろうに…全く以て愚かしい。それにしても、このような馬鹿共相手にあの御方が三年間も苦戦するとは…」

 

「───まーまー、仕方ないよっ。彼はすんごーく回りくどいから」

 

突如響いた声にビクッと司令官が反応したかと思うと、敬礼をして固まった。

 

「あー、あー、そんなに畏まんなくていいよ。私は此処で死ねって言われてるんだからさ?」

 

部屋の暗闇から、女が姿を現した。女は苦笑気味だったが、男は違う。

 

「はっ…ですが、上官ですので。それに、我々も運命を共にさせて頂く身ですので」

 

「あー、じゃ、もうそれでいいよ…取り敢えず、戦況はいい感じでしょ?」

 

女は男にそう問いかけた。男はコクリと首肯いた。女は少し寂しそうに、しかし満足気に笑った。

 

「そっか。でもまぁ、多分ここらが限界かな。これ以上は多分稲妻の兵士を減らすのは難しいだろうね。まぁ、それこそ数十人は減らせると思うんだけど」

 

「…それは、どういう意味でしょうか…?」

 

男は女の言っている意味がわからず、首を傾げた。女は若干だが懐かしそうに言った。

 

「稲妻には、彼がついてる。その時点で、私達ファデュイにも、スネージナヤという国にも…どうせ死んじゃうから言うけど、氷の女皇にも勝ち目はないよ」

 

「…何故、わかるのですか?」

 

女は戦場である南東方向を見つめながら少し笑う。

 

「わかるさ。私は、大昔に彼に助けられたからね。遥かな昔に。かつて『七神』が『八神』で、『元神』なんて呼ばれていた彼が、向こうにはついているのだから…それを知らずに彼に襲いかかった私は、やっぱり大馬鹿者なんだろうね」

 

女はやや、自嘲気味に笑ってそう呟いた。男はただ、平伏した。

 

〜〜〜〜

 

「さて、わざわざ集まってもらって申し訳ないな」

 

只野に案内された俺は大きめの天幕内の中に入りつつ、そう告げる。中にいた二人は軽く俺に挨拶をしてから、

 

「別に気にすることはない。元々、忠告は受け取っていたのだからな」

 

「ここに私達を集めたということは、アガレス殿、奇策があるということなのでしょう」

 

俺は話の早い二人の言葉に首肯く。俺は置いてあった長机を見る。上には、離島付近の地形が掻いてある地図が置いてあった。

 

「よし、それじゃあ早速、作戦会議を始めようか」

 

俺はまず、前提を述べねばならないだろう。

 

「最初に言っておくが、ファデュイの連中の目的は、恐らく我々を出来る限り疲弊させることだ。今までの無意味な作戦の数々やここに来ての組織だった行動から推測しても、そうとしか考えられん」

 

あのファデュイがそもそも、指揮系統を失った程度で瓦解するはずがないのだ。前提からして可怪しいのだ。それを鵜呑みにしてしまった無能な指揮官は、こちらに二人もいたわけだが。

 

「そういうわけで、俺達が考えるべき作戦は、如何に相手の戦力を早く減らし、如何にこちらの損耗を抑えるか、だ」

 

「なるほど、普段の戦とさして変わりはありませんね」

 

神里綾人が俺の言葉に微笑を浮かべながらそう告げる。九条裟羅も、首肯きそれに同調した。

 

さて、前置きはいいだろう。俺は早速本題に入る。事前に、ファデュイの戦いを見て色々と考えていたのだ。

 

「裟羅、旅人の部隊を受け持っているのはお前だったか?」

 

「ああ」

 

「彼女を兎に角、馬車馬のように働かせろ。完全なる遊撃隊だ。戦場を兎にも角にも掻き乱してもらう」

 

俺は旅人の部隊を遊撃部隊へと添えた。決して、旅人が救民団の名前をイジったことを怒っているわけではない。戦術面で考えた結果である…断じて、ないからな。

 

次に。

 

「ファデュイは恐らく、ここからは兵を出してくる。別働隊がいる可能性も高いので、裟羅の部隊は一旦バラけて周囲の哨戒任務に当たって欲しい」

 

「了解した。部下にそのように伝えよう」

 

よし、一先ず、九条裟羅の部隊はいいだろう。次は綾人だ。

 

「綾人、お前の部隊は先程言ったようにファデュイの兵を真正面から相手取ってもらう。お前の指揮能力ならば、そこまで苦戦はしないはずだ」

 

「おや、それでも我々一人一人と彼等の戦力差は大きいと思いますが」

 

俺は綾人の言葉に、ニヤリと笑ってみせた。

 

「そうだ。だからこそ、『戦いは数だよ兄貴』って感じでいく。先程のクソみたいな作戦のお陰で、我々は戦力の五分の二を失ったわけだが、彼等はある意味では陽動をしてくれたのさ」

 

「陽動、ですか?」

 

神里綾人は少し首を傾げる。九条裟羅も、それは同様だった。

 

「割と戦術としては型破りだ、と言われるかも知れないが、穴を突く。相手の指揮官は間違いなく優秀だ。慎重で、それでいて村一つを一つの大きな爆弾にする、なんていう大胆さもある。だが、優秀なことを逆に利用してしまえばいい」

 

話の途中から、神里綾人と九条裟羅は俺の言いたいことがわかったらしい。二人共、少し笑っていた。

 

「なるほど、力押しで失敗したから相手が慎重になるだろう、との読みをしていることを見越して敢えて真正面から数で押し潰すわけか」

 

九条裟羅の言葉に、俺は首肯いた。

 

「そういうことだ。ファデュイは勿論、途中から慣れてくるだろう。だから10分ほど戦闘したら一度退け」

 

「一度退く?それでは…」

 

九条裟羅が若干不満そうな顔をしたので、俺は慌てて訂正する。

 

「いや、別に撤退するわけじゃない。ほら、戦略的撤退っていうやつだよ、知らないのか?」

 

「む…ではその意図はなんだ?」

 

意図…それなら勿論ある。九条裟羅の部隊に哨戒任務を頼んで、神里綾人の部隊には真正面を頼んだ。

 

では、俺の部隊は?となるわけだが。

 

「簡単な話、裟羅の部隊には哨戒任務を任せたわけだが、その実、警戒するのは北東側からの攻撃だけで問題ない。既に副司令官に命令して、とある工作をしていてね」

 

準備をしているのは終末番の忍者達だ。まぁバレることはないだろう。

 

「まぁそれはいいとして…俺の部隊を真っ二つに分ける。一つを戦場の北東側に、一つを戦場の南西側に配置する」

 

ルート的にはかなり迂回するが、鎮守の森方面から迂回して北東側に回り込む部隊を第一分隊、南西側の崖下を迂回して進んでいく部隊を第二分隊として扱うことにして。神の目を持っている人々を半分に分けるとして、その作業はまぁ只野が黒川、奥之院と共にやってくれているはずだ。

 

「作戦を開始してから、恐らく丁度10分ほどでこっち側の準備が完了できるはずだ。まぁそういうわけで、本当の所綾人の役割はファデュイを引っ張り出してその場に留めておくこと、となるな。まぁつまりそこまで躍起になってファデュイを叩く必要はない、ということだ。後は俺の分隊で挟み討ちにする。それで大体のファデュイは片付けられるだろう」

 

俺の言葉に、神里綾人と九条裟羅の二人は感心したようにふむ、と唸った。が、九条裟羅が何かに気が付いたように首を傾げた。

 

「む…この布陣だと、離島を攻める頃には兵達は疲弊しきっている。離島を攻略するのには、少なくとも一日の休息は必要だと思うのだが…」

 

うん、尤もな疑問だな。

 

「それに関しては、綾人と俺、そして裟羅の三人で行う」

 

「なっ!?」

 

「…ふむ」

 

俺の言葉に、九条裟羅は驚き、神里綾人は少し唸るだけだった。一応理由は説明しておこうと思う。

 

「まずそもそも、作戦の流れはほとんど決まっている。想定外のことが起きたとしても、俺達がいる必要はない。出来ることなど、高が知れているからな。副官に任せておけば問題はない」

 

ついでに言うと。

 

「俺一人でも駄目だ。離島に万が一にでも人質が残っていた場合、俺の行動は大幅に制限されるだろう。お前達に、人質の捜索と救助を頼みたいんだ」

 

「…単独行動は危険だと思うがな」

 

九条裟羅の若干疑うような視線を俺は真正面から受け止めた。

 

「少なくとも、綾人とは一緒に行動してくれ。恐らく、ファデュイの守り自体は手薄だが、それでも多少の数はいる。二人なら問題ないとは思うが…」

 

「そうではない。お前の単独行動が危険だ、と言っているのだ」

 

俺は驚いたように目を見開く。

 

「まぁ、単身ファデュイの司令官を討ち取りに行こうと思ってな」

 

「だから言っているのだ、馬鹿者め」

 

なるほど、そういうことか。それを言うのなら一応、こちらにも言い分はある。

 

「ファデュイの司令官だが、恐らく執行官クラスだろう。そしてそれは今まで稲妻を攻めてきた執行官ではない。因みに、その執行官には心当たりもあってね。少し…話もしてみたかったんだよ。それに、俺の心当たりが正しければお前達では少し身の危険があるんだ。だから俺が行く」

 

相手が彼女であるのなら、負けることはない。勝てなかったとしても、だ。俺がそう言うと、九条裟羅は物凄く大きい溜息を吐いて俺をジト目で見た。

 

「わかった…一軍の将としてはあるまじき行為だが、今回ばかりは許可しよう。此処までの作戦を立案してくれたからな…まぁ、特例だが」

 

「感謝しよう。それにしても、綾人は最初からこうなることがわかっていたかのような感じを出してるが、実際どうなんだ?」

 

九条裟羅に感謝しつつ、何も言ってこなかった神里綾人を見ると、意味深な笑みを返された。う〜ん、顔が良いな。

 

じゃ、なかった。

 

「そういうわけで早速作戦を発動しようと思う。開始自体は30分後だ。それまでに自分の準備を済ませておいてくれ。集合場所は第五部隊が分かれた後の第二分隊付近だ。それでは、解散だ」

 

俺はそう言うと会議を終了させるのだった。神里綾人が一礼をしてから天幕を去って行ったので俺も天幕から出て行こうとしたのだが…。

 

「アガレス殿」

 

九条裟羅に呼び止められた。俺は振り返り、彼女を見る。

 

「その…将軍様から、君について聞かされた。大昔から、稲妻、そして世界のために動いて来た、と…」

 

九条裟羅は俺を真っ直ぐ見据えて頭を下げた。思わず、慌てる俺に対し、九条裟羅は口を開いた。

 

「本当に、ありがとう。そして、すまない。不躾な願いだとは承知しているが…もう一度、今一度だけ…稲妻に力を貸して欲しい」

 

彼女は真面目だ。だからこそ、俺の正体に関しても影に聞いたのだろう。

 

俺はふぅ、と溜息を吐くと、「顔を上げてくれ」と言って彼女の頭を上げさせた。俺は、彼女へ向けて微笑んだ。

 

「…昔は、世界に住まう民のため、この力を振るい、理不尽を防いだ。だが、今は違う」

 

俺は天幕から出るべく、踵を返した。

 

「お前や、綾人…他の稲妻人…そして、雷電将軍。彼、彼女ら友人のために、俺はこの力を振るうのさ。だから、別に畏まる必要なんて無い。何も言わずとも、友が困っているのなら、手を貸す。当然だろ?」

 

それだけ言って、俺は彼女の表情を確認せずに天幕を出る。なんとなく、それをしない方がいい気がしたのだ。

 

 

 

三十分後。先程の丘にて一応ファデュイに動きがないかを確認していた俺は、背後から誰かが来る気配を感じていた。

 

「司令官、お待ちしておりました。第五部隊を第一分隊と第二分隊へ分けて編成し直しました。出陣の準備は、いつでも出来ております」

 

やって来たのは只野だった。俺はよし、と喝を入れて立ち上がると、先に立っていた九条裟羅、神里綾人両名と合流し、第一、第三、第五部隊へ向けて大声で叫んだ。

 

「これより、我々は離島奪還作戦、第一段階へ突入する!!これが最後の戦いになるだろう!!三年間、お前達を苦しませてきた戦争が、今日終わる!!いや、終わらせるんだ!お前達の手で!!」

 

自身の武器を握る音が、至る所から響いた。俺は満足気に首肯く。

 

「いいか!!死ぬなとは言わない!無理をするなとも言わない!だが、死ぬなら意味を持たせろ!!無意味な犬死だけは俺が許さない!!いいな!!」

 

『応ッ!!』

 

よし、と俺は九条裟羅、神里綾人と顔を見合わせると、

 

「では作戦を開始する!!客員は部隊長の指示に従い、移動を開始せよ!!」

 

斯くして、遂に最終決戦の火蓋は、切って落とされたのである。




長くなったな…ナハハ…。

さて、誤字報告ありがとうございました。やっぱり一杯ありますね。ほんとにもう…頑張って!(鼓舞)


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第96話 離島奪還作戦③

今回、前半ファデュイサイドです。後半からは変わると思います。


「───大気を震わせるほどの声が聞こえたというのは本当か!」

 

ファデュイの司令官は大急ぎで離島から戦場付近へ向かいながら部下にそう問うた。後ろを走るデットエージェントが首肯きながら、

 

「はっ!紺田村に駐留している兵から、確かに聞いたとの声が上がってきております!『売女』様の作戦通りでしょう!!」

 

「つまり、奴らは策を弄して来るわけか…別働隊へ北東から進軍するように伝えよ!」

 

「はっ!」

 

デットエージェントが離脱し、司令官が丁度紺田村付近にある作戦指揮所まで到着した時だった。

 

「司令官!司令官殿はいらっしゃいますか!!」

 

天幕内に伝令のファデュイの兵士が入ってくる。急いでいるようであったため、火急の様らしかった。

 

「何事だ。私はここにいるが」

 

司令官は至って落ち着き払った様子を見せた。だが、次の続く言葉で、かなりその平静を崩されることになる。伝令の兵士が告げた言葉は、それだけ衝撃的だった。

 

「進軍させようとした別働隊が稲妻の兵士達に襲撃されております!現在交戦中ですが、かなり押されています!!」

 

「な…んだと…!?」

 

司令官は一瞬の放心状態からすぐに立て直し、部下に状況を細やかに確認する。

 

「司令官、紺田村にも、敵部隊が進行を開始しています。あと10分ほどで会敵します」

 

「司令官!別働隊より報告!敵部隊の攻勢激しく、作戦を実行することは不可能!至急撤退の許可を!」

 

「司令官───」

 

司令官は矢継ぎ早になされる報告を、最早右から左へと聞き流していた。現在の状況が、全く理解できないのである。

 

先程まで、『売女』の立てた作戦通りに稲妻軍は動き、そしてこちらの損害をほぼゼロにして相手の戦力を大幅に減らすことが出来た。だが、明らかに、そう、明らかに先程までの稲妻軍の動きとは異なる動きだ。それこそ、指揮官が突然変わったとしか思えないほどに。

 

「っ…戦力を急ぎ掻き集めろ。一先ず幕府軍を迎え撃つ。遅滞戦闘を厳にせよ」

 

「は、はっ!!」

 

「それと、別働隊には撤退を許可する、と伝えろ」

 

司令官は一先ず全員に指示を出してから、歯噛みして天幕内にある机を拳で思い切り叩いた。その額には、冷や汗が浮かんでいる。

 

「馬鹿な…これでは稲妻の戦力を減らし、時間稼ぎをすることが出来ないではないか…ッ」

 

『司令官殿!そろそろ接敵いたします!』

 

「ああ、わかった」

 

司令官は何も聞かないでくれる部下に若干感謝しつつ、天幕の外に出た。

 

 

 

「───ッ退け!退け!!まともに戦っても勝ち目はない!!」

 

司令官は戦が始まってから僅か10分で撤退を余儀なくされていた。最初はなんとか兵を適切な位置に配置したことによってギリギリではあったが持ち堪えていたのだ。だが、それも10分経った瞬間に見事に崩れ去った。突然、稲妻軍が撤退を開始したのだ。

 

司令官は、紺田村よりも少し高い位置から指揮を執っていたため、その理由を最も早く理解し、そして絶望した。尤も、理解したところでどうにか出来るか、と言えばそんなことはない。

 

稲妻軍が元々いた方向を真正面とするのであれば、ファデュイの軍勢は見事に左右から挟み撃ちを受けた。元々戦っていた稲妻軍の半分ほどの戦力が、それぞれ左右に展開している。そして、冒頭に戻るのである。

 

「チッ…」

 

だが、全ては遅かった。ファデュイは稲妻軍の撤退行動、否、ジリジリと後退しながらの戦闘によってファデュイを紺田村から引き摺り出したのだ。そのため、撤退しようにも村にも稲妻軍が入り込んでいるため、元々後方にいたファデュイのみがなんとか撤退出来ているという状況だ。それ以外の大多数のファデュイは稲妻軍に包囲され、数に任せて連携を取り少しずつ数を減らしている。

 

「潮時だな…我々だけでも撤退する。あとは離島での籠城戦だ」

 

「し、しかし司令官…まだ部下が…」

 

司令官の副官の言葉に、司令官は副官を睨み付けた。

 

「そんなことは、百も承知だ…だが、あの状況から彼等を救ってやれる力は、俺にはない…!だからこそ…だからこそ祖国を信じて死んでいったあいつらを、無駄死ににさせるわけにはいかないだろうが!いいか!撤退だ!!」

 

「…ッ…了解、致しました」

 

司令官と副官、そして数十名のファデュイの兵士は離島へ向けて撤退を始めた。戦場に残ったファデュイは司令官が撤退したのを確認すると、出来るだけ暴れるようにして死んでいった。降伏を迫られても決して降伏せず、最後まで抵抗し、戦闘開始から45分で戦場のファデュイは一掃された。

 

〜〜〜〜

 

「───そうか…被害はないが、ファデュイの連中がやはり降伏勧告には応じなかったか…予想通りではあるが、やはりやるせないな」

 

離島の家の物陰で俺は指輪に向かって話し掛けていた。いや、断じて怪しいやつではない。旅人に、戦闘が終了したら連絡をくれ、と言っていたのだ。と、いうのも詳しい状況を聞くためである。

 

『うん…それは私も思ってたんだけど…取り敢えず、報告はこんな感じ。そっちの進捗はどんな感じなの?』

 

進捗、か…。俺は少し考え、

 

「裟羅と綾人が十数名生存者を見つけた。色々と労働力として使われていたようだったが、他には生存者はいないらしい。二人には先に船で護送してもらっているから、受け入れに関してはそっちに話を通しておいてくれ」

 

『わかった。アガレスさんの進捗は?』

 

「怪しい建物はあらかた満たし、ファデュイも大体一層できたはずだ。残るは元々柊家…勘定奉行の屋敷として使われていた場所だけだ。指揮官が居座るには丁度いい屋敷だし、間違いなくそこにいるだろう」

 

「───クッ…なんだあの軍勢は…!!」

 

「っと、すまない…先程の戦闘を指揮していた存在が離島に戻ってきたようだ。少し話を聞いてみる。それじゃあ切るぞ」

 

『うん、気をつけてね』

 

俺は見えてもいないのに首肯くと、指輪を弾いた。俺は数十名程度のファデュイを引き連れる男の前に出る。男は驚いたように固まったが、ファデュイの兵士達が一挙に後ろから姿を現した。

 

「まあまあ、一旦話し合おうぜ、ファデュイの司令官殿」

 

「…そういうお前は何者だ?まさかここにのんびり観光気分、というわけでもあるまい」

 

何者、か。言われて見れば影にちゃんとした役職貰っておけばよかったな。

 

それにしても、どう名乗ったものか…と俺が頭を悩ませていると、ファデュイの司令官が、

 

「名乗りたくないのであれば別に構わん。だが、侵入者としてどちらにせよお前は殺さねばならん」

 

ファデュイの司令官が指を軽く動かしたのが見える。

 

…後ろ、か。

 

「ッ…ゴフッ」

 

俺は背後に向けて刀を突き出し、襲いかかってきたデットエージェントを串刺しにした。刀を振ってデットエージェントを刀から抜くと、俺は少し笑う。

 

「交渉決裂…っとまぁ、交渉ってほどのもんはしてなかったっけ?」

 

「殺れッ!!」

 

司令官の号令で一斉に俺へファデュイが襲いかかってくる。ファデュイ重衛士・水銃、ファデュイ遊撃兵・炎銃が多少いるし、ファデュイ遊撃兵・岩使いによって守られているし、布陣的には割と面倒な布陣だ。

 

何が一番面倒臭いか、って最初から皆臨戦態勢だったせいでシールドついてるんだよな。元素の影響で攻撃が通りにくくなってるから刀で一刀両断するのは難しいだろう。

 

「まぁだからと言って苦戦するとは一言も言ってないが」

 

シールドには不利な元素が必ず存在する。例えば俺の目の前で巨大なハンマーを振り被っているファデュイ前鋒軍・雷ハンマーのシールドの弱点は氷元素だ。

 

俺は自身の拳に氷元素を纏わせると、ハンマーが振るわれる前に懐に潜り込んで思いっ切り腹を殴りつけた。

 

「まず、一人…」

 

俺の拳はまず纏った氷元素でシールドを引き剥がした。その直後に俺の拳が物理的にファデュイの腹を貫いたのだ。

 

最悪の場合元素爆発を使わなきゃいけなくなるが、今はまだしなくていいだろう。それよりも…と俺は風元素を足と地面の間で爆発させながら高速で動く。ついでとばかりに腕に色々な元素を取っ替え引っ替えしながらファデュイを倒していく。

 

と、いうかこんなに高速で動いているのにも関わらず俺が一瞬止まった隙を見計らったかのようにファデュイ遊撃兵・炎銃の狙いが結構正確なため、普通に走って避けようとすると弾が命中しかねない。加えてファデュイ遊撃兵・岩使いのバリアでこちらからの遠距離攻撃は通らない。

 

「なら近付けばいいだけなんだよなぁ…!」

 

大体半分まで減らしたところで、俺は一挙に空中に浮き上がるように風元素を調節すると、全員の視線を一旦上に集めた。勿論、ファデュイ遊撃兵・炎銃はこちらへその銃口を向けている。

 

「隙あり、だな…」

 

俺はファデュイ遊撃兵・炎銃が銃弾を放った瞬間、風元素で一気にファデュイ遊撃兵・岩使いのバリアの中に侵入し、ファデュイ遊撃兵・炎銃の首を、水元素を纏った刀で刎ねた。真横にいることに気が付いたファデュイ遊撃兵・岩使いがバリアを解除し、石礫を飛ばしてくるが、前進しながら最小限体を捻って避けると、刀を仕舞って武器を大剣に持ち替え、ファデュイ遊撃兵・岩使いに遠心力を加えた大剣を叩きつけ、吹き飛ばした。

 

ファデュイ遊撃兵・岩使いは今頃吹き飛ばされた先で伸びてるだろうし、これで遠距離攻撃も使用できるな。とまぁその前に少し大剣を使うか。

 

俺はファデュイ前鋒軍・雷ハンマーの攻撃を真正面から受け止めると、ハンマーを弾き返し、大剣を地面に突き刺しそれを支点にしてくるっと一回転してからファデュイ前鋒軍・雷ハンマーを蹴り飛ばした。勿論、足には氷元素を纏わせているため、シールドはほぼ意味を成さず、首の骨が折れる音を響かせながら吹き飛んでいった。

 

そのままの勢いで腕に力を込めて地面から大剣を引き抜き横薙ぎに振るいながら自分の体ごと吹き飛ぶ。俺の吹き飛んだ先にいたのは雷蛍術士だった。かなり慌てて雷元素のシールドをはろうとしていたが、もう遅く、大剣で地面に縫い付けられた。

 

さて、ファデュイを一掃する方法は幾つかある。だが、今回は一番シンプルなものにしようと思う。

 

俺は遠距離攻撃の心配がないのをいいことに風元素で空中に浮き上がると、まずは氷塊を生み出し、無差別に放つ。雷蛍術士、ファデュイ前鋒軍・雷ハンマーはこれで大体片付いた。

 

こうして、元素を変えて無差別攻撃を行うことによってファデュイの元素が色々でも対処できるのである。俺はファデュイの死体が大量に転がる中、腰を抜かした様子の司令官の前に降り立った。

 

「クッ…貴様は…悪魔か…!」

 

「なんと呼んでくれても構わないが…その言い草はないんじゃないか?突然稲妻の離島で過ごしていた人々の生活を奪ったお前達の方が明らかに悪魔だろう…いや、まぁ戦争に関してどっちが悪だ、とかを議論するつもりはないんだが」

 

「それは…お互い様だろう…俺達だってこの戦争で多くのものを失った。特に、この数週間は酷いものだ…それも全て、あの方が再び策略を練る時間を稼ぐためだ。わかるか?祖国の勝利のために、我々は死を強制されるのだ。わかるか?俺は部下に、嘘を言わねばならないんだ。必ず助けが来る、だとか、今を耐えれば、とかな」

 

自嘲気味に司令官は笑う。そして司令官は独白するように叫んだ。

 

「救いなぞ、あるはずがないだろう!!祖国の勝利ために時間稼ぎをしろ、と言われれば聞こえは良いが、それはつまり救援などないのと同義だろうが!!こいつらはそれすらも知らずに、最後まで救援が来ると信じて死んでいったんだ!!」

 

俺に叫んでも意味がない、と思ったのか、ハッとしたような顔を浮かべて彼は俯いた。

 

「三年間…三年間、祖国の大地から離れ、家族の下からも離れ、死んでいったファデュイ達は仲間と共に尽力してきた。だが、たった数週間でその努力は全て無駄だったと、お前達に…いや、お前に思い知らされた…」

 

なぁ、最後に教えてくれ、と彼は呟く。

 

「どうして、お前はそんなにも、強くて、眩しいんだ?」

 

強くて、眩しい、か。俺は首を横に振る。

 

「俺はそんな大層な存在じゃない。ただ…そうだな、強いて言うのなら、自分の大切な物を護るためなら、人はどこまでも強くなれる。それが心の強さなのか、或いは物理的な強さなのかはわからないがな」

 

俺がそう苦笑気味に言うと、「そう、か…」と呟いて、フッと笑った。

 

「お前、モンドで元々栄誉騎士だっただろう」

 

「…何故それを?」

 

「元々、俺はモンドにいたんだよ。西風大聖堂にいたんだが、一年前に追い出されてしまってな」

 

俺は少し考えて、その人物に思い当たった。

 

「名前は確か、ヴィクトル、とか言ったか…リリーに懐かれていたな…まさか、こんなところにいたとは」

 

「俺も驚きだよ。モンドで栄誉騎士やってたアンタが、戦争でこんな残虐非道なことやってるんだからな」

 

司令官、改めヴィクトルは先程より若干口調が軽い。思えば、こちらが彼の素だった。

 

「俺は一年前に稲妻に配属されたんだが、そこで功績をあげる内に司令官になってな。今日まで至るってわけだ。まぁ、お前に比べたら経験も圧倒的に足りないから、手玉に取られたわけだけどな」

 

苦笑しながら、ヴィクトルはこちらを見た。

 

「なぁ、最後に、俺の願いを、聞いてくれないか?」

 

「…聞こう」

 

ヴィクトルはありがとう、と一言俺に告げると、願いの内容を俺に言った。

 

「大聖堂にいたリリーって子がいただろ?あの子は元気か?」

 

「ああ、元気に育ってる。偶に俺にお前のことを聞いてくるんだ」

 

ヴィクトルは嬉しそうにはにかむと、キッと俺を見つめた。

 

「伝えてほしいことがある。『これからも健康には十分気をつけて過ごせ。それと…必ず戻ってくるっていう約束を果たせずにすまない』と」

 

心底申し訳なさそうに、ヴィクトルは言った。俺は大きく息を吸い、そして吐いた。ヴィクトルは不思議そうに俺を見ている。

 

「…それは、自分で伝えろ」

 

「なっ…何故だ!」

 

「当たり前だろう。お前達は多くの稲妻人を不幸にしたんだ。これからの人生で贖ってもらわねば困る」

 

「───前も、そんなこと言ってたね、アガレス」

 

俺は背後から聞こえた声に反応し、高速で振り返り、拳を振るったのだが、俺は何故か寸止めしてしまった。予想はしていたのだが、思っていたより彼女がここにいることに驚いたからかもしれない。

 

「やはり、司令官はお前だったか…『売女』ルフィアン」

 

俺がそう言うと、彼女は困ったように笑うのだった。




最近アガレスが人の命を軽く見てるんじゃね?みたいに思われる方がいるかもしれないので一応補足いれとくと、『呪い』に関係してそういった部分の感情が薄くなってきてるんですよね。どちらかと言うと、アガレスがこの世界に生まれた時に近くなってきてます。

と、いうのも、アガレスが生きていく中で『人はあまり殺したくない』という価値観を友人達から貰っていたのですが、それが呪いのせいで魂が削られてるんですよね。

そういうわけでメンタル面にも影響がある恐ろしい呪いのお話でした。

次回か、その次で終わると思います。一応、稲妻編はそれで一段落ですね。


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第97話 離島奪還作戦④

今見て気付いた。

あれっ、稲妻編、長すぎ!?

というわけですが、もう少々お付き合い下さい。

そう言えば知ってるかい?現在判明しているカーンルイア人の瞳の色って、割と青い色なんだぜ(私の知る限りでは)。

そういうのを踏まえた上で『売女』の瞳の色が碧い色であること、そして大昔に助けられたことがある、という話しを総合すると…うわぁ。


俺は困ったように笑う彼女を見て、思う。

 

なんだか、少し変わったな、と。前は狂気が垣間見えていたのだが、今はすっかり鳴りを潜めている。加えて、邪眼が見当たらなかった。そして、前にしてあった仮面がない。前はよく見えなかった仮面の中が見える。

 

そして、首筋から右目にかけて謎の青い痣があり、瞳の形が独特だった。前は仮面の影に隠れて辛うじて碧い瞳、ということしかわからなかったのだが、彼女の瞳の形とあの痣を見て確信した。

 

「お前、カーンルイア人だったのか」

 

「まあ、と言っても思い出したのは君にボコスカやられた後だけどね」

 

若干ジト目でこちらを見てくるので思わず謝る。それはそれとして。

 

「何故璃月から脱走したんだ?」

 

そう問うと、ルフィアンは目を逸らしつつ、頬をポリポリと掻いた。

 

「私は断ったんだけど、無理矢理連れ出されてここに連れてこられたんだよね…まぁ、元同僚とは言え、やっぱり死んでほしくなかったからつい最近になって作戦立案だけしてたんだよね」

 

なるほど…それでここ最近は組織だった行動を取っていたのか。心の中の疑問が一つ晴れた俺はふぅ、と一息つく。

 

「それで、俺に何の用だ?」

 

ルフィアンは目を逸らすのをやめ、キュッと唇を引き絞ってから、脱力し、口を開いた。どうやら、何故か緊張しているらしい。

 

「…その、500年前、私、カーンルイアで貴方に助けられたんだ。だけど、ギリギリ呪いの影響範囲だったみたいで、こんな風に…不死身の呪いをかけられちゃったんだよね。邪眼で苦しみを抑えてたんだけど、今はないし」

 

その、だから…と言い淀むルフィアンだったが、恥ずかしそうに目を逸らすと、

 

「…ありがとう、500年前に、助けてくれて。それと、ごめんなさい。恩を仇で返すようなことをして」

 

500年前、カーンルイアで、確かに俺は一人の女性を崩れ去る瓦礫の下敷きになろうとしていたところを救った覚えはある。だが、結構数はいるので、どの人かはわからない。その中の一人だったのだろう。

 

「…だから、せめて…私は貴方に殺されたかった。あのまま璃月にいたとしても、私はファデュイの密偵に口封じのために殺されて終わりだろうから…」

 

「…ルフィアン、戦争で立てた作戦にはどのようなものがある?それだけ、教えろ」

 

俺は刀を抜き放ちながら、彼女に問いかけた。彼女は思い出すように首を傾げると、

 

「確か…『相手を殺さずに時間を稼ぐ』作戦とか…後は大体撤退する時用の作戦だね。言っとくけど、さっきの紺田村の作戦に関しては私も知らなかったんだからね!ヴィクトルは知ってた?」

 

「ま、まぁ…知ってましたけど、部下が実行するって聞かなくて」

 

まぁ、リリー…というより、子供に好かれるような奴がたった一年で残虐な事を出来るようにはならないか。ルフィアンが今この場で嘘を付くとも考えにくい。

 

「そうか…大体理解した」

 

「殺してくれるんだ…?」

 

ルフィアンは、若干だがその瞳に恐怖の情を宿した。ヴィクトルも同様である。

 

俺は本日何度目になるかわからない溜息をついた。

 

「背を向けろ。ヴィクトルもな」

 

「わかった」

 

「あ、ああ…」

 

ルフィアンは少し笑って、ヴィクトルは恐る恐る、俺に背を向けた。

 

俺は居合の姿勢で固まり、やがて抜刀した。

 

「ああ、これで…やっと、皆のところにいける」

 

ルフィアンに刀が届く直前、そのような呟きが聞こえた。そして俺は刀をそのまま振るい───

 

パサッ、と何かが落ちる音がした。ルフィアンが驚いたようにこちらを見ている。俺は地面から彼女の切られた頭髪を拾って縛る。

 

「な、なあまだか───うわっ!?」

 

ヴィクトルがこちらを向いた瞬間、目元の仮面を真っ二つに斬った。

 

「ち、ちょっと、どういうこと!?」

 

「あ、ああ!全くだ!!」

 

二人がぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるので、俺は耳を塞ぐ。

 

「どういうことも何も、お前らを殺したんだが?」

 

「何言って…」

 

「死を覚悟し、一度刀を振るわれた。はい、お前達の命終了!そういうわけだから、これからは心機一転、新しい人間として生きるんだな」

 

まぁそうは言っても、二人共ファデュイに追われることになるし…うん。俺は人差し指を立てて二人に提案をした。

 

「人のために働いてみる気は?」

 

「ッ…」

 

「…」

 

二人はあろうことか沈黙を貫いている。意地でも死にたかったのか。だが、そのようなことはさせない。

 

「どうなんだ?」

 

「いや、まぁ…あるけど…」

 

「…ある」

 

本人達の意思確認も出来たことだし。

 

「丁度、モンドの業務が手一杯でな。二人共、救民団で保護…ゲフンゲフン、働いてもらう」

 

「おい、今お前保護って…」

 

「言ってないが?」

 

有無を言わさぬ視線でヴィクトルを黙らせた。ルフィアンはルフィアンで何かに気が付いたらしく、

 

「それで私の頭髪と、ヴィクトルの仮面を斬ったのね」

 

俺は首肯いた。

 

「ああ。死体の損傷が酷く、海に流されてしまったため、回収できたのはこれだけだった、とでも言っておく。ヴィクトルに関しては幸いにして身バレも顔バレもしていないからな。モンドでも覚えているのはリリーとその父だけだろう」

 

なら尚更、都合がいい。俺は二人を抱えると、風元素で浮き上がった。

 

「ち、ちょっと…!?」

 

「お、おい…飛んでるぞ…っていうか抱えるなよ」

 

「仕方がないだろう。これしか方法がないんだから。ここで放っておいたらお前ら稲妻軍に捕まって死刑確定だからな。今すぐモンドに連れて行く」

 

俺はそう言って飛び上がり、モンドへ向けて飛ぶ。飛んでいる途中で、ヴィクトルに声を掛けられた。

 

「なぁ…なんで助けてくれたんだよ?助けるメリットなんかないし、何より助けたらお前が不利になるんじゃ…」

 

「それがどうした?」

 

いや、どうしたって…というヴィクトルの呟きを無視して、俺は二人を助けた理由を告げる。

 

「ルフィアンは元々殺すつもりはなかったしな…まぁそれはいいとして、ヴィクトル、お前を助けたのはリリーのためだ」

 

「リリーの…?」

 

俺は首肯く。

 

「あの子は、お前に凄く懐いているのは、お前自身がよくわかっていることだと思うが、そんなお前の言葉を俺が伝えたとしたら、あの子、俺が殺したと言って聞かないぞ?実際事実だから何も言えないし。だから、お前のためじゃなく、あの子のためにお前を助ける。勘違いするなよ」

 

そう言うと暫くヴィクトルが下を向いていた。俺はヴィクトルの言葉を待ったが、泣いているのだとわかった。少しして、小さな声で、

 

「…ありがとう」

 

とだけ聞こえた。俺は少し笑うと、

 

「その言葉は、リリーに会った時までとっておくんだな」

 

俺は更に速度を上げてモンドへ向かうのだった。

 

 

 

ヴィクトルとルフィアンを救民団本部の俺の部屋に置き去りにし、絶対に動かないように伝え、稲妻まで戻ってきた。俺の手にはヴィクトルの仮面とルフィアンの頭髪が握られている。

 

俺を見つけたらしい旅人と九条裟羅、神里綾人、そして元々の遊撃隊の面々が手を振っている。俺は離島から来たように見せかけ着陸した。

 

「アガレスさん、無事で良かった。作戦終了予定時刻より大幅に遅れてたから…」

 

「そうだぞアガレス殿。今は軍属なのだから時刻を気にして動いてだな…」

 

「はいはい、お説教は今は宜しいでしょう。それよりも、彼を労いましょう」

 

「司令官、よくぞご無事で…!!」

 

「あー!わかった、わかったから一遍に喋るな!!」

 

俺が全員を黙らせると、コホン、と咳払いをして、少し笑う。

 

「敵の司令官を討ち取ったんだが、これしか回収できなくてな。死体は海に流れていったよ」

 

「そうか…つまり、終わったのだな」

 

「終わったのですね」

 

九条裟羅と神里綾人が微笑み合うと、その更に後ろから大きい勝鬨の声が上がった。俺はその様子を見てようやく肩の荷が下りるのを感じた。

 

なんというか、長いようで短い数週間だった。まぁ俺にとってしてみれば、まだ全て終わっていない。寧ろ、これからの方が重要なのだ。

 

何しろ、眞を救わねばならないからな。

 

〜〜〜〜

 

稲妻幕府による、離島奪還作戦はアガレスの見事な指揮によって成功を収め、ファデュイの主要拠点を完全に制圧することに成功した。稲妻幕府は今回の離島奪還に際し、スネージナヤと終戦協定を結び、三年間にも渡り大きい遺恨と悲劇を生み出した稲妻の戦争は終結した。勿論、戦勝国である稲妻側はスネージナヤに有利な条件で条約を結び、賠償金などが後ほど支払われることになり、またスネージナヤの人間が稲妻へ渡ってくることも禁止された。

 

アガレスは今回の功績を天領奉行の九条裟羅や社奉行当主の神里綾人のものとしたが、その二人の証言によって昇格。雷電将軍の希望により、雷電将軍の政務の助言役を賜ることになった。今回アガレスの功績に見合う席を、わざわざ影が用意した形になった。

 

稲妻にようやく、三年ぶりの平和が、訪れようとしていた。




というわけで離島奪還作戦は終わりましたね。稲妻編自体は次回かなぁ…もしかしたら次々回かもですね。

前回のあとがき?人違いですね。


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第98話 眞奪還作戦…?

モンド、救民団本部。

 

「そういうわけで、バルバトス。こいつらを此処に置くから身分の偽造宜しくな」

 

「ぐわぁ、またアガレスが僕に無理難題を押し付けてくるぅ〜」

 

どんなノリだよ、と内心でツッコミつつ、俺はルフィアンとヴィクトルを見た。昨日、俺が此処に置いていったのにも関わらずしっかり部屋の中にいたようだ。色々話したからなのか、昨日よりも仲が良さそうに見える。

 

「それよりアガレス、ノエル達に会わなくてもいいのかい?」

 

「しっかり帰ってきた時にそれはとっておこうと思っている」

 

「ふ〜ん、ま、いいけどさ」

 

俺は救民団本部から出るべく、ドアを開く。

 

「そういうわけで、バルバトス。万事任せる。あ、そう言えば…ルフィアン」

 

「ん、なーに?」

 

ヴィクトルと談笑していたルフィアンがこちらを向く。俺は彼女に向き直った。

 

「名前を聞いていなかった。ルフィアンはあくまでコードネームだろ?」

 

「あー…そうだった。でも、ごめん、私本当の名前覚えてなくって…良ければつけてくれない?」

 

ルフィアンがそう言ったので、俺は何かしら名前を考えることにした。う〜ん、と頭を捻って考えていたのだが…。

 

「え、君、アガレスのネーミングセンスが絶望的にないのを知らないのかい?」

 

「お前ちょっと黙れ」

 

などと小うるさいバルバトスにアイアンクローをかましつつ、思いついた名前を告げる。

 

「そうだな…まぁルフィアンからとって、普通にアンとかでいいだろ」

 

「アン…まぁ、悪くはないかな。無難だけど」

 

「うん、そうだね、無難だね」

 

「ああ、無難だな」

 

「なんだお前ら揃いも揃って!!」

 

思わずツッコまずにはいられなかったが、俺は若干気恥ずかしくなり、逃げるように救民団本部を出て稲妻へ戻るのだった。

 

 

 

稲妻へ戻ってきた俺は影の下を尋ね、次に八重神子を尋ねた。

 

「アガレスではないか、そろそろ来る頃と思っておったぞ」

 

なんだろう、やっぱり心の中を見透かされてる感が否めない。

 

それはそれとして。

 

「神子、待たせてすまなかったな。戦争が終結したからようやく眞を救うことが出来る」

 

「そうじゃのう。妾もそろそろじゃと思っておったから、準備は出来ておるぞ。早速稲妻城に向かうのかの?」

 

俺と影は首肯く。八重神子はニィ、と意味深な笑みを浮かべ、

 

「では、行くとしようぞ」

 

と告げた。

 

 

 

稲妻城天守閣。

 

そこには、横たえられた眞がいる。生命活動の一切が停止している。一種の仮死状態だそうだ。

 

「それではアガレス、汝を眞の精神世界に送り込む。影が構想していた『夢想』の要領に似たようなものじゃからな」

 

俺は目を閉じるように言われたので、目を閉じる。

 

「それでは、始めるぞ?」

 

八重神子の声が聞こえ、そして何も聞こえなくなる。次に目を覚ました時には、なにもない荒野に佇んでいた。いや、なにもない、というのは語弊がある。四角いコンクリートで出来た部屋があった。

 

「…眞、そこにいるのか」

 

俺はなんとなくそこに眞がいることを察した。箱に出口は存在せず、恐らく、中には人一人分が入れる空間しか無いだろう。ついでに言うなら外からの攻撃で壊すことなど出来やしないだろう。この壁は心の壁。無理に壊そうとして仮にも壊してしまえばそれは眞の精神が崩壊することを意味する。

 

全く、神が、それも明るかった眞がこんな風になるなんてな。俺は箱に背を預けるようにして座った。

 

「眞、聞こえるだろ?」

 

聞こえていても、聞こえていなくても別に構わない。俺は独り言を話すつもりで口を開いた。

 

「…まぁ、俺がこの精神世界に入ってきたのは、眞はわかってるだろうしいいんだが…そうだな…俺の独り言でも聞いてくれよ」

 

俺はふぅ、と息を吐いてから話し始めた。

 

「俺、三年?四年?まぁ兎に角そのくらい前に復活したんだけどさ、聞いてくれよ。知ってるかもしれないけど俺の記録とかな〜んにもなくなっててさ。正直めっちゃ堪えた…ほんとに、まじでめっちゃ摩耗したわ───」

 

俺はそのまま、復活してからの話しを、聞こえているかどうかもわからない眞にし続けた。時間にして大体4時間はかかっただろうか。いよいよ話のネタが尽きてきたので、多少は心境の変化があっただろうか、と思って話しかける。

 

「…スネージナヤで何を見た?」

 

箱の中からの返答はなかった。俺は仕方なく再び話そうとすると、小さい声で、『世界の終焉』と聞こえてきた。

 

世界の終焉、か。

 

「そうか…安心しろ、世界の終焉ごとき、もう一回防げばいいだけだろ?」

 

今度は犠牲にせずに済む方法を…などと考えていたのだが、眞は更に続けた。

 

「…今回の終焉は、500年前とは異なるものよ…このままいけば、世界は破滅すると…」

 

「彼女にそう言われたのか?」

 

返ってきたのは、沈黙という名前の、肯定だった。

 

「…言葉を鵜呑みにするだなんて、お前らしくもない。まぁ、気持ちはわかるが」

 

500年前、俺の代わりに死ねなかったのだ。自分のせいだと考えたのかもしれない。500年間、罪の意識に苛まれ続けたというわけか。だから、再び世界の終焉が迫っていると言われて心が壊れてしまったのかもな。

 

「…眞、500年前のこと、後悔してるのか?」

 

少しだけ、振動が俺の背中に伝わってくる。図星らしい。

 

「…自分が犠牲になればよかったのに、とか思ってるのか…?」

 

またも沈黙だが、小さく「うん」と聞こえたような気がした。

 

「俺はさ、500年前に犠牲になって、復活したら自分の存在が忘れられてて…でも、そんな俺を見てくれる人もいて、何より覚えていてくれるお前達がいた。最初こそなんで俺が、なんて思ったが…」

 

見えていないだろうが、俺は眞の方を見て、にっこり笑った。

 

「案外、一回死ぬのも悪くない。今の俺は、誰よりも自由だしな」

 

まぁ、しがらみは割とあるけど。なんて付け足して少し笑ってみせた。ミシッ、と音が聞こえた。

 

「だから、そう後悔する必要はない。俺は今生きている。そして幸せだ。なら、それでいいじゃないか」

 

先程よりも大きく、ミシッと音が鳴った。

 

「世界の終焉?それがどうした。こちとら、一回世界救ってんだよ。今更何が来ようと怖くないね」

 

ミシミシッ、と音が鳴り響いた。

 

「眞、お前が何に怖がっていようが、関係ない。後悔していようが、関係ない。お前が不安に思っているもの全ては、俺が取り除く。安心しろ、今度は犠牲になったりしないし、置いていかないから」

 

箱に罅が入り、やがて砕け散った。中から落ち込んだ様子の眞が出てきた。

 

「…アガレス」

 

俺は眞が口を開く前に、抱き締める。

 

「こうして欲しいんだろ?同じ精神世界にいるんだ、わかってる」

 

「ごめんなさい…ごめんなさい、アガレス…貴方を、止められなくって…」

 

眞は、俺の腕の中でただ、泣いた。俺は何も声を掛けず、黙って抱き締めた。

 

それから数分ほど経って眞は泣き止んだ。

 

「…500年前、貴方を手助けするような事を言っておきながら、私は貴方に言って欲しくはなかったの…けれど、私が行ったところでどうしようもないのはわかっていたわ…」

 

「…ああ」

 

「だから私は貴方を行かせた。けれど…今でも思うわ。行くなら私だった。絶対に、貴方は世界に必要な存在だった」

 

「…そうか」

 

「私には、影がいたわ。だから…」

 

「彼女に重荷を背負わせる、と?何も言わずに稲妻を出て、今回のようになるとしたら、影がどれほど悲しむだろうな」

 

眞は少しだけ俯き、そして声を発した。

 

「…わかっているわ。今回の件で、影には色々な物を背負わせすぎちゃったもの」

 

「…外の様子はわかっていたのか」

 

それは意外だ。文字通り殻に閉じこもっていたからわからないと思っていたが。眞は首肯いた。

 

「ええ、なんとなくだけれど、あの子が苦労しているのは、わかったの。それでも、私は罪の意識と、彼女に告げられた未来が怖くて、戻ることが出来なかったわ」

 

でも、と眞は俺から離れ、少し距離を取ってくるりと振り返って笑う。

 

「今は貴方がいるわ。理不尽は、なんとかしてくれるんでしょう?」

 

精神世界から段々と色が失われていく。どうやら、時間らしい。

 

俺はフッと笑うと、眞に告げた。

 

「ああ、無論だ。俺は元『八神』が内の一柱にして…そして、人々に忘れ去られた一柱の神。『元神』アガレス。友のため、あらゆる理不尽を祓うとここに誓おう」

 

俺と眞は少し笑い合った。流石に、芝居が過ぎたようだ。

 

「それじゃあ眞、待ってる」

 

「ええ、アガレス…その、また後で」

 

眞の笑顔を最後に、俺の視界は暗転し、後頭部に柔らかな感触を覚える。ふむ、この感触は前にもあったな。

 

俺は目を開くと、案の定、影が俺の顔を覗き込んでいた。

 

「おや、戻ってきたか。それで、進捗はどうじゃったかのう?」

 

影の顔が引っ込みつつ、俺は上体を起こし、部屋の入口に立っている八重神子を見る。

 

「それは、本人の口から聞けよ。俺は疲れた」

 

俺はそれだけ言って立ち上がり、部屋の隅に移動した。少しして、眞の規則正しい息遣いが聞こえ、やがて目を開けた。

 

「眞…っ!」

 

影が眞の顔を覗き込んでいる。眞は腕を動かし、影の頬に手を添えた。

 

「影…長い間一人にして…ごめんなさいね」

 

「ッ…眞!!」

 

影は目に涙を浮かべながら眞に抱き着いた。眞は影を受け止めると、彼女も目に涙を浮かべた。俺は、というと八重神子と共にその様子を少し離れた位置から見守っていた。

 

「…それで、神子。代償というのはなんだったんだ?」

 

「む…?ああ、そのことじゃが、アガレス。別に代償なんぞ必要ないぞ?」

 

ほう。

 

「なるほど、代償があると思わせることによってただの一度も失敗できない、という気概を俺に植え付けたわけか。成長したな全く」

 

呆れつつそう言うと、八重神子はくつくつと喉を鳴らした。

 

「アガレスにそう言ってもらえるのは、少し嬉しいものじゃ」

 

そう言う八重神子の視線は眞と影の二人に固定されていた。余り表には出していないようだが、結構嬉しいようだ。

 

なにはともあれ、眞奪還作戦は、成功だな。




次回、稲妻編終了します。次はまぁ層岩巨淵ですね。また幕間は挟みますが。

そこ、テコ入れとか言わない。


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第99話 お誘い

今回ではまだおわりませんでした!うわああああん!

と、泣いている暇はないのだよ。うん。私ったら、天才なのかもしれない。次回は絶対に終わるんですが記念すべき100話目ですなぁ…。投稿数自体は100超えてますがね。

というわけで次回が、最終話です。


なんだか長く感じたここ数週間が終わり、稲妻の祭りの日がやってきた。俺は稲妻城の自分の部屋の窓から城下町の様子を見る。

 

大きい悲劇を生んだ戦争が終わった記念で今日限りの祭りが開かれるようで、城下町が遠目でも賑わっているのがわかる。眞も復活したことによって一週間後には稲妻の『鎖国』も解除される。

 

そう言えば俺なのだが、いよいよ稲妻での役職が助言役、などというものを貰ってしまったので頻繁に稲妻に訪れることになった。まぁ、旅人の旅についていく都合上、割と形だけの役職になってしまうだろう。次の目的地はスメールだと言っていたし、スメールに行ったらいつ帰ってこれるかもわからない。それに、次の国、次の国、と行くのだから割とゆっくりできる時間は少ないだろう。

 

まぁ、別にそれは良いだろう。今はまだ考えなくても。

 

「一先ずは祭りを楽しむとしようか」

 

と、俺は部屋を出ようとしたのだが、コンコン、と部屋の扉がノックされた。今日は来客の予定はないはずだが、と思いつつ、扉を開ける。

 

部屋の前に立っていたのは、眞だった。

 

「まだ部屋にいてくれて良かったわ、アガレス」

 

ニコッと笑いながら俺にそう言ってくる眞に対して、俺はジト目を向ける。

 

「眞…お前、政務はどうした」

 

「影に全部丸投げしてきたわ」

 

バチコーンとウインクをしてきたので軽くチョップする。眞は頭を抑えて涙目になりながら蹲った。

 

「お前なぁ、影は今まで三年もお前の代わりに頑張ってきたんだぞ?今日の政務くらいお前がやるべきだろうが」

 

「そ、それがね?私ったら、政務の仕方を忘れてるみたいで…」

 

ピキッと俺の額に青筋が浮かんだ。

 

が、俺は怒りを溜息と共に吐き出した。いや、どちらかと言えば眞に対する嘆息の意味合いが強いかもしれない。まぁそれはいいとして。

 

「…仕方がないな。眞、ちょっとついてこい」

 

「え?え、ええ…」

 

俺は眞を連れて天守閣へ向かった。今頃、影が物凄い形相で仕事をこなしているはずである。まぁ彼女のことだ。眞の頼みだから、とかなんとか言って文句一つ言わずにやってるのだろうが。

 

軽く眞と談笑しながら見回りの兵士に見つからないようにしながら天守閣に辿り着いた。

 

「影、少し失礼するぞ」

 

俺は一言断ってから扉を開いた。開いたのだが…。

 

「「……」」

 

俺と眞は揃って絶句し、目元を手で摘む。だってそこにあった光景は…。

 

「よいか影、男を落とすにはこう、胸元をぴらっとやるのがいいんじゃ」

 

「…こう、でしょうか…?」

 

「ふむ…少し角度が悪いのう…隣に男がいるのを想像してやるんじゃぞ。ほれ、妾をアガレスと思ってやってみよ」

 

「…ん、こうでしょうか…?」

 

「うむ、よく出来ておるぞ。それと、腕に抱き着くのも忘れるでないぞ?今日の夜の花火大会で後ろから裾を摘むのも忘れるでないぞ」

 

そう言いつつ、チラッと八重神子がこちらに視線を向け、ニィ、と笑った。うん、俺と眞は何も見なかった。俺達はそんな風に思いつつ踵を返して帰ろうとしたのだが、

 

「それより影、客が来ておるぞ?応対したほうがよいのではないか?」

 

ニヤニヤと笑いながら八重神子が俺を見た。

 

…あの野郎…アマ…?とにかくやりやがった!

 

「何を言っているのですか神子…天守閣に入るのを許されているのは貴女と眞、そしてアガレスくらい…」

 

影が八重神子の腕に抱き着きながらこちらへ視線を向ける。バッチリ俺と目が合った。やがて影は眞のいる方にも視線を動かした。眞はあろうことか、視線を逸した。影の顔が真っ赤になり、こちらを懇願するように見る。

 

「…その、なんだ、俺は何も見ていない」

 

「そうよ、私達は何も見ていないわ。たった今来たんだし…まぁ、神子もほどほどにしなさいね?」

 

「ふむ、二人からお願いされては仕方がないのう…あまり影をからかうのはやめておいたほうが良さそうじゃ」

 

影は真っ赤になって俯いてしまった。俺がコホン!と咳払いをすると、顔は真っ赤だったが俺に視線を向けてくれた。

 

「影、政務は?」

 

「既に本日の分は終わらせました。その、本日はお祭りですし」

 

そのことなんだが、と前置きして影に伝えることがあったのを思い出した。

 

「今日の夜、終戦を祝して、とかなんとか言ってバルバトスとモラクスが来ると言っていた。お忍びだそうだし、別に歓迎の準備とかはいらないそうだが」

 

「わかりました」

 

それにしても、政務は終わっているのか。それじゃあ此処へ来た意味がなくなってしまった。

 

いや…そういえば。

 

「そういえば眞、お前が俺の部屋に来たのはなんでだったんだ?」

 

俺が眞にそう問い掛けると、場の空気が固まった。

 

「ギクッ…」

 

眞は何故か痛い所を突かれた、みたいな顔をしているし、

 

「……眞?」

 

影は影で眞に物凄く冷ややかな視線を向けている。八重神子は既に少し離れたところに立っており、この状況をニコニコしながら見ていた。なんだろう、凄く嫌な感じのする笑みだ。綺麗なんだけどな。

 

「わ、私用事を思い出したので…」

 

眞が冷や汗を物凄くかきながら今度こそ部屋から出ていこうとした。が、

 

「眞、今日の予定は全て私に丸投げしたはずですよね?用事なんてあるはずないですよね?」

 

「ギクギクッ!」

 

影の一言で眞の足が止まった。冷や汗の量は、増すばかりである。影はゆらりと立ち上がると、少し微笑んだ。勿論、目は笑っていない。

 

「ち、ちょっと用を足しに…」

 

「ま・こ・と?」

 

尚も抵抗しようとした眞の肩に、影は手を置き、にっこり笑った。目のハイライトがない。

 

「ヒッ…」

 

「少し、オハナシしましょうか」

 

「う、うぅ…はいぃ…」

 

眞は少し涙目になりながらズルズルと引き摺られて行った。やがて別室に入っていった彼女達が何をしているのかは、全くわからないしわかるとなんだか怖いのでやめておこうと思う。

 

八重神子が面白いものを見た、というような表情を浮かべながらこちらへ近付いてきた。

 

「なんだ?」

 

「なに、特に用があるわけではない。じゃが、そうじゃのう…そうじゃ、影が団子牛乳をまた食べたがっていてのう…できれば買いに行って欲しいのじゃが…」

 

八重神子の言わんとすることがなんとなくわかった俺は少し溜息をつく。

 

「わかった。祭りに誘おう」

 

「ふむ、妾はそんなこと一言も言っておらぬがのう」

 

「フン…小狐がここまで成長したのだから、狐斎宮はさぞかし喜ぶだろうよ」

 

若干の皮肉を込めてそう言う。八重神子は意味深に笑うと、

 

「ふむ、褒め言葉として受け取っておこう」

 

と返して部屋を去って行った。俺は肩を竦めつつ、八重神子を見送った。

 

少し経って、影が別室から出てきた。眞は連れていない。

 

「影、眞は?」

 

影にそう聞いたのだが、笑顔を返されるだけだった。どうやら、あまり触れてはいけないみたいだ。

 

「もう、眞ったら、抜け駆けなんてして…!」

 

影が何事かをぶつぶつ呟いていたが、俺は構わず声を掛けた。

 

「ところで影、この後時間あるか?」

 

「えぇ、ありますよ」

 

なら好都合だな。ただ、こういう経験はあまりないから少し緊張するな。

 

俺は首をかしげる影に対し、コホン、と咳払いをして見せてから、何でも無いことのように言った。

 

「なら、一緒に祭りを回らないか?」

 

「ふぇ…?」

 

影がボンッと顔を真っ赤にした。なんだろう、俺もちょっと恥ずかしくなってきた。

 

「あ、ああいや、何か予定があるなら…全然、一緒に回らなくてもいいんで…うん」

 

言葉が続かずに一挙に失速した。終わったかもしれない。影は顔を真っ赤にして俯いたまま、首を縦に振った───ように見えた。

 

「…いいのか?」

 

「…はい」

 

めちゃくちゃ小声で返事を返してくれた。俺は別室からこちらを覗き込んでいる眞に気が付く。笑顔でサムズアップをしていた。

 

「全く…」

 

俺は眞の行動に呆れつつ、しかし感謝した。

 

「…アガレス?」

 

影が不思議そうな顔で俺を見るが、俺は「なんでもない」と言って誤魔化した。俺は部屋の出口である扉の前に立つと、振り返って手を差し出した。

 

「それじゃあ影、行こう」

 

影は少し気恥ずかしそうにしながらも、手を差し出して俺の手を握ってくれた。

 

「ええ、行きましょう、アガレス」

 

はにかみながら影はそう言った。

 

くぅ…可愛い…じゃなかった。くぅ…手が柔らかい…でもなかった。

 

俺は自分の理性をなんとか冷静に保ち、影と共に天守閣を出るのだった。




次回、作者死す…!デュ○ルスタンバイ!!(万が一最終話にならなかった場合の保険)

いや、なんとかします、なんとかするので許して下さい。

自己暗示でも掛けておくか…。


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第100話 アガレスの答え

100にして、アンチ・ヘイトは保険というタグが割と詐欺だということに気付いてきた。


城下町で行われている祭りは、やはり盛大に行われていた。そこかしこで出店が出ており、兎にも角にも皆が騒ぎに騒いでいる。本日の仕事は営業している店以外全てが定休日となっているようだ。

 

「影、どこから回ろうか」

 

俺は隣を歩く影に何処へ行きたいかを聞いてみる。影は顎に手を当て少し考える素振りを見せたが、少ししてこちらを見ると、微笑んで言った。

 

「アガレスの行きたい所にしましょう。私は行動を共に出来るだけで嬉しいですし」

 

俺は自分の頬が熱くなるのを感じながら、出来るだけ平静を装って返した。

 

「わかった。それじゃあまず…やっぱり団子牛乳だな」

 

そう言うと、影は顔を輝かせた。八重神子の言っていたことは本当だったようだ。俺達は団子牛乳を売っている出店へ訪れた。

 

ちなみにだが、どこもかしこも影の姿を見て固まっている。まぁ、仕方がないのだろうが…少し申し訳ないことをしたな。酒を飲んでいるおっさん達は変わらず騒いでいるが。だがそんなおっさん達のお陰もあってか、先程までの喧騒が戻った。影に挨拶する人はいても長々と話すような人はいなかった。

 

「智樹、久し振りだな」

 

「あっ、旦那!久し振りです…って、将軍様!?」

 

出店の店主、智樹が頭を下げようとするのを、影は手で制した。

 

「畏まる必要はありません。それより、貴方が作った団子牛乳を以前口にしたのですが…大変美味でした。是非、二つ売っていただけますか?」

 

影がそう言うと、智樹は慌てたように団子牛乳を二つ、袋に詰めて俺達に渡してくれた。

 

「2800モラになります!」

 

「ん?前より安いな」

 

「ええ、祭りに際しての特別割引価格ですよ!」

 

俺は懐からモラの入った袋を取り出し、智樹に渡した。

 

「2800モラ丁度いただきます。毎度!」

 

俺と影は智樹に礼を言ってその場を去る。そのまま、少し離れた場所にあるベンチに、二人揃って腰掛けた。

 

「ほれ、団子牛乳、影の分だ」

 

「ありがとうございます、アガレス」

 

影は俺から団子牛乳を受け取ると、早速封を開いて団子を一つ串で刺した。影は何を思ったのかそれをまじまじと見つめると、俺へ差し出してきた。

 

「あ、あ〜ん…です」

 

影は顔を赤らめながら小さく言った。俺は彼女の意を汲んで、しかし顔が熱くなるのを感じながら影に差し出された団子を頬張る。なんだか、普段より甘く感じた。

 

さて、やられっぱなしでは俺の立つ瀬がない。

 

俺も団子を一つ串に刺すと同じようにして影に差し出した。

 

「俺の分も一つ、やるよ」

 

「…は、はい」

 

俺の串に刺さった団子を影が一口で食べた。お互いに、顔は真っ赤だろう。道行く人々の視線が若干生暖かいのでなんとなくわかる。

 

スッと、俺の横に再び団子が差し出された。思わず俺は驚いて仰け反る。影はどうやら、更に『あ〜ん』をしたいようだ。

 

その後も俺達は団子牛乳がなくなるまで食べさせ合いをしたのだが、恥ずかしすぎて死ぬかと思った。

 

 

 

気を取り直して。

 

「さて、次は何処に行こうか…」

 

時刻は午後五時。あそこのベンチで二時間は消費したのだ。途中から少し慣れてきて談笑していたので、割と長くかかったのである。

 

「特に行くべき場所はないし…取り敢えずぶらぶらしようか」

 

行こうと思っている場所は特に無いので、俺は影にそう言った。影は微笑むと、

 

「わかりました」

 

と言った。

 

「アガレスさん!」

 

と、声を掛けられたので声の主を探す。すると、旅人がこちらを見て手を振っていた。

 

「アガレス〜!」

 

「アガレスさん…って、将軍がいるってことは、もしかしてデート!?」

 

…。

 

「まあそんなところだ」

 

「ん〜…まぁさっき『あ〜ん』しまくってたの見てたから聞くまでもないんだけどね」

 

顔が熱くなった。そして影は両手で顔を覆っていた。旅人もパイモンもニヤニヤしながらこちらを見ていた。

 

「そんじゃ、あとは若いもんでごゆっくりだぜ!」

 

「ごゆっくり〜」

 

旅人は冷やかすだけ冷やかして行ってしまった。俺は溜息を一つつくと、影と顔を見合わせたが、すぐに気不味くなって目を逸らした。

 

「…次、行くか」

 

「…はい」

 

 

 

それから俺達は屋台にある色々な食べ物を食べて回ったり、輪投げや射的というゲームを遊び、虫相撲を見たりしていた。中でも虫相撲はなかなか面白かった。

 

「かーっはっはっは!!俺様の『世界頂点丸』に敵うと思うなよ!!」

 

「お兄ちゃんの虫つよそ〜!!」

 

「早速戦わせてみようぜ!!」

 

鬼の末裔が虫相撲で戦っていたのだ。折角なので影と一緒に観戦していったのだが、荒瀧一斗と名乗った鬼の末裔の虫───オニカブトムシ…いや、彼風に言うと、『世界頂点丸』だったな。その虫が相手の子供の虫に簡単に負けていた。

 

「う、嘘だろ…お、俺様の…せ、『世界頂点丸』があああ!!」

 

「あははは!!兄ちゃんよわ〜い!」

 

「ぐぅ…おいっ!もう一回勝負だ!!」

 

そのまま何度も虫相撲のルールを破って占有したため天領奉行に連れ去られていったのは、また別の話だが。

 

「アガレス殿!」

 

「ん?…って、お前達、何時ぞやの見張りの武士か」

 

志村屋の前を通りがかった時に、声を掛けられたのだが、俺が稲妻に来たばかりの頃に俺を見張っていた武士達だった。

 

「久し振りだな。元気にしていたのか」

 

「ああ、お陰様で、離島奪還作戦の際も大した怪我無く!」

 

「ウソつけ、お前、ファデュイに手痛く一撃貰ってやがっただろ!」

 

二人は若干酒が入っているようでテンションが高かった。そんな二人を見ていると、少しだけ心が穏やかになる気がした。

 

「それで、アガレス殿も祭りに?」

 

「ああ、少し友人───」

 

影からの不機嫌オーラが出た。若干気恥ずかしいが、言い方を変えることにした。

 

「───彼女と、な」

 

「おお!それは羨ましい限りですな!うちの家内ときたら、昔は可愛げが…」

 

長くなりそうだったので、適当なところで切り上げて二人と別れた。

 

「今度いっぱい奢らせて下さい!アガレス殿!!」

 

「今後も息災で!」

 

二人はそう言いながら志村屋の中から手を振ってくれた。俺は手を振り返しつつ、ちょっと申し訳なくなる。

 

「俺は酒が飲めないんだがな…」

 

「ふふ、いいじゃないですか。その時はその時、でしょう?寧ろ酔っ払って困らせてしまえばいいのです」

 

何故か胸を張りながら影はそんなことを言った。俺は、困ったように笑うのだった。

 

 

 

その後は八重堂の新刊を買ったりしてぶらぶらしながら花火が打ち上がる時間になった。辺りはすっかり夜である。花火は、甘金島で上がるらしい。長野原家がこの日のために準備していたんだとかで、かなりの数が上がるそうだ。

 

「おや、司令官ではないですか!」

 

俺と影は見えやすい位置に移動するべく、城下町を離れようとしたのだが、不意に声を掛けられた。やってきたのは、ラフな格好をした只野、奥之院、黒川の三人だった。

 

「あれ?本当じゃない…ですか」

 

「菫、無理矢理敬語にしなくてもいいと思うよ…」

 

「司令官、司令官も祭りを楽しんでいるんですか?」

 

三人が近付いてきつつ話している。一先ずは只野の質問に答えた。

 

「ああ。折角の祭りだからな。と、いうか別にもう司令官じゃないんだから司令官だなんて呼ばなくていいし敬語もいらん」

 

奥にいる奥之院と黒川にもそう言ってやると、特に黒川が嬉しそうにしていた。

 

「わかったわ、アガレスさん」

 

「え、ええっと…わかったよ」

 

「私は変えませんよ。性分ですから」

 

などと話していると、後ろからちょっと不機嫌そうなオーラを感じる。何より、俺の服の裾を掴まれていた。先程と同じことをしたほうが良さそうだ。

 

恋愛小説の主人公の台詞を借りるなら…。

 

「悪いな、今ちょっとデート中なんだ。そろそろいいか?」

 

「えっ!し…アガレスさん彼女!?彼女いるの!?」

 

黒川が信じられない、とでも言いたげな目で俺を見た。心外だなこいつ。

 

「菫、アガレスさんに失礼だよ。それで彼女さんは…」

 

奥之院、流石恋愛の師匠だな。と、まあそれは置いておいて。

 

「ああ、彼女だ」

 

俺は後ろにいる影を指差した。三人はまじまじと影を見つめていたが、やがてぎょっとしたように仰け反った。

 

「「「し、将軍様!?」」」

 

割と本日何度目かわからない跪こうとした彼等を影が手で制した。

 

「あ、アガレスさん、将軍様が彼女って…なんてこと言ってるんですか!!」

 

「いえ、事実ですので」

 

「将軍様!?」

 

黒川が物凄く驚いている。只野に至っては失神しそうになっている。う〜ん…やっぱり、彼女も知らぬ間に…。

 

旅人に気をつけろと言われていたんだが、駄目だったらしい。

 

「只野、はっきりさせておく。お前の気持ちには向き合えない。俺には…その、好きな人がいるんだ。それと、お前にだけは伝えておくが」

 

俺は彼女に耳打ちをした。俺が神であること、人と時の流れが違うことから恋人同士にはなれない、ということを伝えたのである。只野は驚いていたようだったが、やがて俯くと、

 

「そう、だったんですね…勿論、他言はしません…ですが、アガレス様…」

 

キッと只野は影を見てから俺を見た。

 

「諦めません。私は…私のことを初めて女性として見てくれた貴方が、好きだから」

 

そう言って彼女は去って行った。奥之院と黒川は俺に一礼して彼女を追っていった。

 

「すまない、影…折角のデートだったんだが…」

 

なんか、元カノに遭遇してよりを戻そうって言われたけど今の彼女がいるから出来ない、っていう彼氏みたいな感じだったな。小説に拠れば彼女側は割といまので不快になるらしい。だから謝ったのだが…影は何故か握りこぶしを作っていた。

 

「…いい度胸ですね…只野家の長女…私と真っ向勝負とは」

 

「あの〜、影さん?」

 

「はっ!なんですか!」

 

やや食い気味でズイッと顔を寄せてくる影だったが、すぐに顔が近いことに気が付き顔を逸して、もう一度小さく「なんですか」と言った。

 

「大丈夫か?」

 

「ええ、別に、なんでもありませんから!さ、行きましょう!」

 

影は俺の手を引いて歩く。普通にこのまま花火が見られる場所まで連れて行ってくれるようだが、割と力が強い。このまま、というのもなんとなく嫌なので、俺は少し歩く速度を上げて影の隣に並んだ。

 

影が驚いたように俺を見る。そんな影に向けて、俺は微笑みかけた。

 

「この方が歩きやすい。それに…デートならこれくらいしてもいいんじゃないか?」

 

そう言うと、影は少し恥ずかしそうにしながら手を握る力を強くした。

 

 

 

何かと便利な場所として、稲妻の天守閣の奥が挙げられる。実際、ここなら人が来ることはない。

 

が、そこからでは花火は見れないのだ。そういうわけで、稲妻城付近の大きい像の近くに少し開けた場所があるため、そこで見ることになった。幸か不幸か、周囲には人がいない。勿論、影がいるとなったら、皆、花火なんかに集中できないだろうしな。

 

俺と影は草むらの上に腰掛けた。

 

「アガレス…今日はありがとうございました」

 

「…何がだ?」

 

「誘ってくれて、ですよ。誘ってくれなかったら私から誘いに行こうと思ってたんですけどね」

 

影はそう言って嬉しそうに笑った。そろそr時間のようで、遠くから風元素を利用した声が聞こえてきた。

 

「始まるみたいだぞ」

 

「ええ」

 

それから、少しして一つの大きい花火を皮切りにして次々と豪華絢爛な花火が打ち上がった。

 

古来より花火とは鎮魂の意味や疫病退散が目的として行われていた。花火が空中で花を咲かせるのは、墓に献花をするのと似たようなものなのだろう。

 

「…綺麗ですね」

 

「…ああ」

 

影は花火を見て瞳を輝かせていた。だが、俺は花火の光に照らされている影の横顔から、目が離せなかった。影がこちらの視線に気が付いたように、俺を見て首を傾げた。

 

「…なんですか?」

 

「…今だから、言うが」

 

俺は、そう話を切り出した。

 

「…前に、お前は俺を惚れさせる、と言っていたな」

 

「…はい」

 

影は気恥ずかしそうにしていた。花火の破裂音と綺羅びやかな彩りが辺りを支配する中、俺は告げる。

 

「…実は、さ。俺は元々から、影のことが…その、好きだったんだと思う」

 

「…え!?」

 

影が驚いたようにこちらを見る。その頬は、紅に染まっていた。俺もそれは同様だが、ここで逃げるわけにもいかないだろう。

 

「元々、友人として気が合ってたし、友人としては元から好きだった。或いは…俺が気が付いていなかっただけで、既に好きになっていたんだろう。だから、改めてあの日お前に想いを伝えられて、異性として意識して…自分の気持ちに気付いたんだ」

 

俺は影の顔を真っ直ぐ見据えた。俺は一度深呼吸してから、口を開いた。

 

「俺は、お前が好きだ」

 

一際大きな花火が空で瞬いたため、影の表情を推し量ることはできない。俺は少し恥ずかしくなって花火を見つめる。

 

少しして、不意に影が俺の肩に頭を預けてきた。

 

「…影?」

 

「…今暫く、こうさせて下さい」

 

俺は物凄く頬が熱くなるのを感じつつ、そのままにさせた。

 

「…アガレス」

 

影が俺の名前を呼んだ。俺は返事をせずに次の言葉を待った。

 

「私も、貴方が好きです。ずっと、好きでした」

 

「…そうか」

 

「500年前に貴方がいなくなって、その時に…物凄く、その…」

 

俺は影の肩を抱いた。

 

「それ以上は、言わなくていい。わかってる」

 

俺と影は少し離れ、見つめ合った。

 

「アガレス…」

 

「影…」

 

なんだか久し振りに彼女の顔を真正面から見たような気がする。花火の日に照らされた彼女の顔は、とても綺麗だった。

 

影が瞳を閉じる。俺は顔を傾けながら、顔を近付け、唇を触れ合わせた。

 

その瞬間は永遠のようにも思えた。だが、実際の所、恐らく十秒程度しか経っていないだろう。

 

「…ふふ、ようやく、ですね」

 

「何がだ?」

 

影は一瞬花火を見てから俺を見て満面の笑みを浮かべた。

 

「いいえ、なんでもありませんよっ!」

 

言いつつ、俺の胸へ飛び込んできた彼女を受け止めた。何度でも言おう。花火と、その光に照らされる彼女の顔はとても美しかった。

 

そして俺は胸に誓うのだ。今度こそ、彼女を幸せにしてみせる、と。




ということで、稲妻編はこれにて終了となります。

いやぁ、疲れた!一番疲れましたね、稲妻編は。かなり話しが長めになったので、アレだったんですが、ここまでお付き合い頂いてありがとうございました。

終わる雰囲気出してますが終わりません。まだまだ続きますのでどうぞこれからもよろしくおねがいします。


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幕間
第101話 おや、アガレスの様子が…①


2日も空けてすみません。友達とゲームしまくっててたらこんなことに…。


稲妻の戦争が終結してから一ヶ月。稲妻での諸々が片付いたため、久し振りにモンドへ戻ってきていた。旅人だが、海祇島の地下にあるとされる淵下宮の探索をしている。最初だけ手伝ったが、その後は手伝っていない。まぁ俺も忙しかったため手伝いに行けなかったのはある。

 

救民団本部に戻ってくるのは割と久し振りだ。まぁ、そうは言っても離島奪還作戦の最後に戻っては来たが、アレはまぁ、ノーカンだろう。

 

「さて…ほぼ自分の家なんだが緊張するものだな…」

 

救民団本部の前に立ち、深呼吸をした。気持ちを整え、ドアノブに手をかけると、

 

「…アレ?」

 

ドアが開く。だが、俺の足が前に進むことはなかった。それどころか、視界がぼやけている。

 

「……アガレスさま!おかえりなさいませ!」

 

ノエルが出迎えてくれているのがわかる。俺は精一杯の去勢を張って笑顔を作ると、

 

「ああ…ただいま…取り敢えず中に入るぞ」

 

「…?は、はい」

 

言葉を話せたのは、そこまでだった。

 

「アガレスさま、その…顔色が…」

 

ノエルの心配そうな顔が見える。見えるだけだ。それ以外は何も出来ない。息ができない。原因を考えることすらできない。

 

「アガレスさま!?」

 

俺はそのままノエルに倒れ込む。ノエルの慌てふためく声を聞きながら、俺の意識は暗転した。

 

〜〜〜〜

 

「アガレスが倒れたって!?」

 

アガレスが倒れてから五分ほど経ってからすぐにバルバトスが救民団へ駆けつけた。

 

「バルバトスさま、こっちです!!」

 

現在家にいるのはノエル、そして居候であるヴィクトルとルフィアンこと、アンだけだった。バルバトスはノエルの案内でアガレスの眠る部屋へ飛び込んだ。中で様子を見ていたヴィクトルとアンの二人は思わずビクッと震えた。

 

「二人共、アガレスに変わったところは?」

 

二人は首を横に振る。バルバトスはキッと鋭い視線でアガレスを見た。アガレスは死んだように眠っている。バルバトスは不意にアガレスの来ている黒衣を脱がせた。

 

「ッ…これは…」

 

「!!」

 

その場にいた全員が息を呑んだ。アガレスの肉体に、黒い紋様が浮かび上がっていた。

 

「…これは…魔神達の呪いだね」

 

バルバトスが冷や汗を浮かべながらアガレスの体に浮かぶ紋様を見た。ノエルが首を傾げる。

 

「魔神の呪い、ですか…?」

 

「知らなかったかい?アガレスはね、僕達を護るために、魔神の呪い…つまり、魔神達の怨む感情や憎む感情を全て引き受けたんだ。彼等の呪いが僕達に、ひいてはこの世界に向かわないように、全ての呪いをその身に宿しているんだよ。まぁ、こんなに進行してるとは思わなかったけど」

 

バルバトスはそう説明し、アンを除くノエル、ヴィクトルはかなり驚いた様子を見せた。ノエルは絶望したような表情を浮かべた。

 

「そんな…アガレスさまは」

 

「うん、勿論、魔神の怨みや憎しみは相当のものだ。しかも彼の場合、数体の魔神じゃなくて、数十体の魔神の怨恨を一身に引き受けているのだから、無事であるはずがない。けれど、彼は今の今までそれを隠し通してきたんだろうね」

 

バルバトスは表情を歪め、アガレスを見た。

 

「ルフィアン…じゃなかった、アンとノエル、ヴィクトルはアガレスをお願い。僕はじいさんと眞と影を呼んでくるから」

 

バルバトスはそう言うと部屋の窓から去って行った。残された三人は交代でアガレスの様子を見て、途中で仕事から帰ってきたエウルアとレザーも加わり、交代でアガレスの世話をすることになった。

 

 

 

一時間後。救民団本部のすぐ近くに、トワリンが降り立り、首の上からバルバトス、モラクス、眞と影が降りてきた。

 

「待たせてごめんねノエル。有識者を連れてきたよ」

 

バルバトスがノエルにそう声をかけ、トワリンを見た。

 

「ふむ、あやつが倒れるとは時代は変わるものじゃ」

 

少し遅れて八重神子がトワリンの背から降りてきた。その表情に普段の笑みは存在しなかった。

 

バルバトス達がアガレスの眠る部屋に入るなり、八重神子は目を細めた。

 

「神子、どうかな?」

 

バルバトスが八重神子にそう問うた。八重神子は首を横に振った。

 

「状況はかなり悪いようじゃ。じゃが、原因ははっきりしておる」

 

周囲の視線が八重神子に集まる中、何でも無いことのように告げる。

 

「魂に掛けられた呪いを浄化することは現状では最早不可能じゃ。複雑に絡み合ってどうしようも無くなっておる。幾ら妾でもこれを取り除くことは不可能じゃ。時間をかければなんとか糸口程度は見つけられるじゃろうが、今の状態ではそれも叶わぬ」

 

じゃが、と八重神子は続けた。

 

「少なくとも、呪いの進行を停滞させることは可能じゃ。呪いに込められておるのは憎悪や怨恨、屈辱といった負の感情。つまり、アガレスに正の感情を抱かせることによって呪いの進行を抑えることが出来るはずじゃ」

 

無論。確証は無いがの、と八重神子は少し笑いながら言った。するとアンが挙手をした。八重神子は目を細めると、続きを促す。

 

「あのさ、負の感情と正の感情の理論はわかるんだけど、その根拠は?正の感情と負の感情が関係しているみたいな事実はなかったと思うんだけど?」

 

八重神子はアンの言葉に今度は嬉しそうに目を細めた。

 

「ふむ、尤もな疑問じゃ。じゃがそもそも、アガレス殿がここまで持ったのが奇跡としか言いようがない状態じゃ」

 

複数、それも大勢の魔神の怨恨を一身に引き受け、数千年も生きているのだ。普通ならばもう既に死んでいてもおかしくない。にも関わらずアガレスが死ぬことはなかった。そこに、八重神子は目をつけたわけである。

 

「他の要因があるかもしれぬが、仮に妾の仮説が間違っていようが合っていようがアガレス殿の命は数年といったところじゃろう。それであれば妾の仮説を試してみるのも悪くはなかろう?」

 

「それは…うん、その通りだね。それじゃあ具体的にはどうすればいいのかな?凡人でも出来るようなことならいいんだけど」

 

「その点は心配無用じゃ。ただ単にアガレス殿が喜んだり、嬉しく思ったり、幸せに感じたり…まぁ簡単に言えばアガレス殿にプラスの感情を抱かせることじゃな。妾の見立てではそれで100年ほどは生きられるはずじゃ。それ以上は呪いを解かないと無理じゃろう」

 

「つまり、私達でアガレスに出来るだけ幸せな感情を抱かせればいい、と…そういうことですね、神子」

 

影は言うなり、バルバトスとモラクスを見た。

 

「お二人共、昔から言っていますが、あまりアガレスを困らせないで下さい」

 

「…でも、じいさんが」

 

「…だが」

 

「いいですね?」

 

「「はい…」」

 

影がバルバトス達と何事かを話している間、ノエルとエウルア、そしてレザーも話し合っていた。

 

「アガレスさまが喜びそうなこと、ですか…」

 

「う〜ん…言われてみれば思いつかないわね。正直、私達から彼に親切にしたことってあんまりないわよね?だったら何か手伝えばいいんじゃないかしら?」

 

「…アガレス、一人でなんでもできる。だから、手助け、必要ない。他のことを、考えよう」

 

「そ、それもそうね…思えばあの人、出来ないことってあるのかしら?」

 

などと難航はしていたが、色々と話し合っていた。一方、取り残されているヴィクトルとアンは互いに顔を見合わせていた。

 

「う〜ん…ヴィクトル?私達も考えない?」

 

アンは少し笑いながらそう提案したのだが、ヴィクトルは無愛想だった。因みにヴィクトルはアンに対して敬語を使わないように、アン自身から言われていた。何でも、『自分はもう執行官ではないし、主従関係でもないから』らしい。

 

「…俺はリリーに礼も言えたし、これから遊ぶ約束もした…アイツには確かに感謝はしてるが…どうでもいいなぁ…」

 

さて、ヴィクトルの言葉に、その場の全員が反応し、全員ヴィクトルを見た。ある者は信じられないようなものを見る目で、ある者は殺意の籠もった眼差しで、そしてある者は純粋に驚いているような目をそれぞれ向けていた。

 

これに焦ったのはヴィクトルだ。

 

「い、いや、その、全部冗談だ。真面目に考えるぞ」

 

全員が視線を逸した。いや、アンのみ苦笑いをしながらヴィクトルを見ていた。

 

「それで、どうしたらいいと思う?」

 

「どうもこうもないだろう。今まで幸せにできた人間は少ないからな。どうすればいいかはわからん」

 

ヴィクトルの言葉にアンも首肯く。

 

「だけど、取り敢えず私達も救民団で働こうよ。彼も私達が人のためになることをしてるってわかったら喜ぶだろうし」

 

アンは少し笑いながらそう言った。だが、ヴィクトルは複雑な表情を浮かべていた。

 

「…いいのか?それは氷の女皇に背くことになるぞ?正式に国交を断たれたモンドにいるだけでも俺達は異分子扱いだ。この街の人々は受け入れているわけじゃないだろうが、アガレスが保護してるからってだけで関わってこないだけだろう?」

 

ヴィクトルの言葉を受けたアンは、困ったように笑った。対するヴィクトルの表情は真剣そのものだった。

 

「このままじゃ俺達はファデュイのデットエージェントに消されるぞ?」

 

だがしかし、そんなヴィクトルとは対称的に、アンはアガレスを見て少し笑う。

 

「覚悟の上だよ。私はただ、助けてくれた恩を返したいだけだから。結果的に私が死んでしまったとしても、別に構わないよ。死ぬつもりはないけどね」

 

アンは言いながら自身の右頬を撫でた。その頬から首にかけて青い痣があった。

 

「それにさ…呪いに蝕まれる辛さは、私もわかってるつもりだから」

 

アンの言葉に、ヴィクトルは少し鼻を鳴らすと、

 

「…そうか。ったく、わかったよ。やればいいんだろやれば」

 

そう言うのだった。




題名軽すぎ問題…?さぁ、知らんよ。


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第102話 おや、アガレスの様子が…②

アガレスが倒れてから二日後。

 

「…んん…」

 

俺はふかふかのベッドから上体を起こした。思わず、俺は周囲を見回す。

 

「…アレ、寝る前の記憶がないな…」

 

俺は少し記憶を遡ってみる。確か…稲妻の戦争の事後処理も一段落ついてモンドに戻って…って、戻ってる途中から意識が無いぞ。

 

俺は肉体に不審な点が無いかを調べる。服の中を見て一通り調べてみたが、特に普段と変わった点は見当たらなかった。思わず、首を傾げる。

 

「う〜ん…もしかして働きすぎかな…最早社畜だな社畜…」

 

実際稲妻の一週間くらい事後処理を夜通し行ったので一週間は常に集中を切らさないようにしていた。うん、割と真面目に過労かもな。

 

「それより、ここは何処だ?いや、普通に考えれば救民団本部だろうが…」

 

建築様式的にはモンドっぽい。だが少なくとも、救民団本部でないことは確かだった。俺は今度はベッドから立ち上がり、窓の外を見てみる。

 

「…少なくとも、俺のではないな」

 

そこに見えた景色は一言で言うなら絶景だが、大地は途中で途切れ、その奥には雲海が広がっている。間違いなく、誰かの塵歌壺の中だろう。

 

心当たりは、一応あった。

 

「…記憶がないことと紐付けて考えると…うん、何らかのトラブルで俺をここに運ばざるを得なかったんだろうな」

 

まぁ誰が運んだのかは知らんが。

 

それはいいとして、俺は今度は部屋の外に出てみる。予想通り、2階だった。下からは食事の音と話し声が聞こえてきた。

 

「───旅人さん、アガレスの様子は見ていなくていいのですか?」

 

「うん、アガレスさんは多分大丈夫だろうし。話を聞いた時は結構動揺しちゃったけど…」

 

下では旅人とパイモン、そして何故か影もいた。いや、影は政務をもうやらなくて良くなったんだし、いてもおかしくないのか。

 

なんて思いつつ、俺がいない時の二人の会話にも興味があったので、ちょっと盗み聞きをしてみることにした。

 

「アガレスさんの寿命があまり無いなんて私知らなかった」

 

「オイラもだぞ!影は、ちょっと前に聞いて知ったって言ってたけど、誰から聞いたんだよ?」

 

「いえ、彼自身から聞きました。尤も、アガレスの人格ではない様子でしたが…」

 

俺以外の人格、と聞いて若干ピンときたのでちょっと溜息を吐いた。俺はそのまま続きを聞いた。

 

「え、影も見たの?」

 

「『も』、というと旅人さんも彼を?」

 

「オイラも!オイラも見たぞ!!お酒を飲ませたら出てきたんだ…!」

 

「ではやはり…ええ、彼から聞きました。『彼の寿命は持って数年だ』と。ですが明らかに早すぎます」

 

影の話を要約すると…俺の中に眠っているもう一つの人格が酒を飲んで…つまり、前回みりんを摂取した時だろう。そして俺の寿命が残り数年と言った、ということか。まぁ、昔の欠落した記憶がある感じからして『摩耗』が進んでいるとは思っていたが…まさかそこまでとは。

 

などと俺は考えていたのだが、次に影が放った言葉で俺は思わず驚くことになる。

 

「はい…私も全く気が付けませんでした。まさか魔神達の呪いが彼をあんなにも蝕んでいたなんて…」

 

何…と思わず声に出してしまったがそれも仕方がなかった。

 

魔神達の呪い、つまり怨恨や憎悪などの残留思念が俺という存在そのものを取り巻いていたのだ。だから現『七神』は総力を上げて俺の記録を抹消して回ったのだ。だのに、結果はこの通り、というわけか。魔神達の呪いによる魂の『摩耗』と生きた年数に応じた『摩耗』によって俺の記憶はどんどん欠落していっていたわけだ。道理で最近昔のことを覚えていないと思った。

 

「ですが、心配ありません。打ち合わせ通り、アガレスにプラスの感情を抱かせることができれば、呪いの進行を遅らせることは出来ますし…」

 

ん?それは初耳だな。と、更に聞き耳を立てようとしたのだが…。

 

「おい、おいおい旅人!あれ!あれ!」

 

パイモンがこちらを見て指をさす。もしかしてバレたか?と思っていたら、旅人と影がこちらを見てにっこり笑った。

 

「アガレス、アホ毛が見えていますよ?」

 

そこで言われて初めて、俺は自分の髪の毛を触る。確かに、普段はないアホ毛があった。俺は大人しく物陰から姿を現した。

 

なんだか若干気不味く感じるのは俺だけだろうか。

 

「…その、すまんな。心配かけて」

 

「いえ、大丈夫ですよ。寧ろもっと頼っていいんですからね?」

 

影が微笑みながらそう言ってくれる。旅人とパイモンもそれに同調するように首肯いた。

 

「はぁ…わかったわかった。それで、話が遮られるまでは大体聞いてたんだが、まず俺の呪いが、俺にプラスの感情を持たせることによって呪いの進行が遅れる、というのはどういうことだ?」

 

まず、そこがわからない。

 

影は神子が言っていたのですが、と前置きしてから話し始めた。

 

「曰く、魔神達の呪いは怨恨や憎悪といった、謂わば『マイナスの感情』が元になっています。神子はそこに目をつけて喜びや幸せといった謂わば『プラスの感情』をアガレスに抱かせることによって呪いの進行を遅らせることが出来るのでは、と仮説を立てたんです」

 

なるほどな…まぁ確かに筋は通っている。まぁ、それで俺の寿命が、というより魂が修復されるわけでもなく、呪いが浄化されるわけでもないわけだから進行を遅らせることしか出来ない、と。流石は八重神子、と言ったところか。

 

と、旅人が少し寂しそうな表情をしながら言葉を発した。

 

「そうなんだよね。それにアガレスさんって、一人でほとんどのことは出来るから、私達のことをあんまり頼ってくれないし…だから、どんな形であれ一人で幸せな気持ちにはなれないと思うし…」

 

旅人の言葉で俺はハッとした。思えば復活直後から、いや、俺は生まれてから誰かに頼る、ということをあまりして来なかった。戦争中はそれなりに只野や部下を頼ったことはあるが、本当の意味で頼ったことなどないのだ。

 

だがまぁ、理由は単純で、俺一人で大体のことは出来てしまうし、何より他人に迷惑がかかると思っているから…いや、思っていたからだ。

 

パイモンも旅人達の言葉に同調するように声を出す。

 

「そうだぞ!!今回くらいオイラ達をどんどん頼ってくれよ!!」

 

「パイモンはその明るさで皆を楽しませられるからね。適任だと思うよ」

 

「へへっ!だろだろ〜」

 

「ええ、パイモンは少々…いえ、かなり抜けているところはありますがアガレスを案じる気持ちと面白いところは本物ですから」

 

「えへへっ…え?影、それちょっとディスってないか…?」

 

三人でそのまま話し始めるのを見て、俺は思わず腹を抱えて笑った。三人の視線が俺に集まる。

 

俺は一通り笑った後、にっこり笑った。

 

「ああ、よろしく頼むよ。今くらい全部頼ることにするよ」

 

俺がそう言うと、三人は嬉しそうに微笑んでくれた。

 

「それはそうと、アガレス〜…」

 

パイモンが少しニヤニヤしながら俺を見た。俺は首を傾げつつ、パイモンを見る。

 

「その〜」

 

パイモンはチラチラとテーブルの上に視線を送っていた。俺はパイモンの視線の先を見て、何のことか察し少し笑った。

 

「ああ、中断させてしまってすまない。飯にしよう」

 

そう言うとパイモンはその表情を輝かせるのだった。




というわけで、アガレスの寿命問題でした。


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第103話 武家の再興…?①

ふぅ…待たせてすまねぇ。

ちなみに、この話、楓原万葉君の伝説任務のネタバレがあるので、ご注意下さい。


なんやかんやあって俺の寿命問題が発覚して、そしてその解決法が確立(?)されてから僅か数日後。

 

ここ数日間は少しだけ旅人の手伝いで淵下宮に行ったのだが、何故か暫く手伝いには呼んでくれないようだ。俺が旅人とパイモンに理由を尋ねてもはぐらかされるので、諦めて稲妻に戻ってきた。

 

戻ってからはやたらと俺の知り合い…と言っても主に神だが、自分の国に永住させようとしてくる。まぁ、彼等のことだし、俺の寿命問題の関係で色々と考えてくれているんだろうし、特に永住するということは居場所がはっきりする、ということでもあるから、まぁ永住自体は悪いことではない。ないのだが…。

 

「いいですか?アガレスは私のことを好きと言ってくれたのです。ですから稲妻に住むのは当然では?」

 

「けどね、影。彼はモンドに数年いたんだよ?最も住心地がいいのはモンドだっていう証明じゃないのかな?」

 

「二人共落ち着け。璃月港は港町だ。常に人流があり、人々の顔ぶれは移ろう。璃月以上にアガレスを楽しませられる国はないと思うが?」

 

毎度毎度、救民団本部に来てはこんな風に喧嘩するのはやめて欲しい。いや、というかバルバトスに関しては今住んでるだろ。いやまぁ、永住ってわけではないが…。

 

「こうなればアガレスに決めてもらう他ないだろう」

 

「そうだね…さあアガレス!どの国が一番住みやすいと思う!?」

 

「勿論、稲妻ですよね?ええ、言わずともわかっていますよ」

 

と、このように毎度のことながら俺に話を振ってくるのだ。思わず溜息をつかずにはいられない。それと影、眞を置いてくるのはどうなんだ?と毎回言っているはずなんだが…。

 

いや、まぁ俺のことを心配してくれるのはそれは本当に嬉しいんだが…。

 

「皆様、アガレスさまが困ってますよ!!離れて下さい!!」

 

と、ノエルが割って入ってきて俺を救ってくれるのもまた日常だ。ちなみに、いつもノエルは仕事関係なくモンドの人々を助けているので、偶に帰ってきた時にこんな風に割って入ってくれる。なんというか、ノエル様々だ。本当にありがとう。

 

ノエルに言われた三人…?三神は、というと若干落ち込みつつ、こっちを見ている。

 

「…悪いがどこもかしこも住みやすい。だが、住みにくい。理由は言えないが」

 

どこに住んでも後腐れが残る。なんというか、うん。後腐れが残る。俺がそう呟くと、三人ははぁ、と溜息をついた。

 

「これだからアガレスは…」

 

「全くだ。昔から優柔不断なところは変わらんな」

 

「アガレス、前に怒ったのを忘れているのでしょうか…?」

 

流石にカチンときたので、俺は三人をなんとかして追い出し、救民団本部に籠もる───と見せかけて自室へ向かう。自室へ行く直前、俺はノエルに感謝を告げつつ、

 

「これからちょっと稲妻に行ってくる。ちょっと所用があってな」

 

「はい、わかりました!行ってらっしゃいませアガレスさま!」

 

俺はノエルの言葉に首肯くと、自室の窓から脱出し、稲妻へ向かうのだった。

 

 

 

「───さて、わざわざ俺を呼び立てるとは珍しいな?眞」

 

俺は稲妻城の天守閣の一室に入るなりそう言った。部屋の奥では影に瓜二つの、謂わば本当の雷電将軍が執務をこなしているところだった。影はあくまで彼女の影武者だからな。まぁ、三年間で政務は完璧と言えるほどにまで成長していたし、正直遜色ないとまで言える。

 

それはさておき、眞は俺の入室に気が付き、一旦手を止めて嬉しそうな表情を俺に向けた。

 

「待っていたわアガレス。座布団で悪いのだけど…」

 

俺は眞の対面に予め置いてあった座布団に腰掛けた。

 

「問題ない。それで、用件は?」

 

「ええ、今から話すわ。はい、お茶。飲みかけだけど」

 

「飲めるか!」

 

コホン、と俺は咳払いしてからニコニコと微笑を浮かべている眞を見る。眞は一泊置いてから話し始めた。

 

「ほら、戦時中に没落した家を復興するっていう話、あったじゃない?」

 

「ああ、そうだな。もしかして、まだその話生きてたのか」

 

眞は首肯いて説明を始めた。

 

「稲妻にはかなりの武家があったのだけれど、先の戦争でそのほとんどは跡継ぎもいなくなり、取り潰しになっている家も多いのよ。だから、新たに武家を作ろうという動きがあるのよ。まぁ、勿論私も賛成なんだけれど…」

 

眞はそこで言い淀んだ。俺は思わず首を傾げる。

 

「だけど、なんだ?」

 

俺が催促すると、眞はちょっと目を逸らした。

 

「ええっと…その、私三年間も眠っていたから、あまり外の状況とかわからなくて…」

 

俺ははぁ、と溜息をついた。

 

「つまり、どの家に跡取りがいて、どの家にいないかわからない、と」

 

眞は目を逸らしたまま首肯いた。俺はふぅ、と息を吐く。

 

「わかった。一応、助言役だからな。役目は果たすさ」

 

俺がそう言った途端、眞は表情を輝かせた。

 

「いいのね?」

 

「ああ、まぁ知っているだけで二つあるな」

 

俺は一先ず知っている武家の名前を挙げた。片方は本人から、もう片方は確か…誰だったか?いかんいかん。忘れかけている。ま、それはいいか。

 

俺が武家の名前を挙げると、眞はふむふむと首肯き、

 

「任せるわ!」

 

「えぇ…」

 

サムズアップしながら笑顔でそう言ってきた。眞は言い訳するように言った。

 

「いや、私政務があるから…最終的な判断は私がするけれど、大体は好きにやってもらって構わないわよ?具体的に言うと家は何処に建てるか、とかね」

 

とはいえ、稲妻は全体的に人手不足だ。兎にも角にも、な。そしてそれはモンドも、璃月も同様だ。だがまぁ、両国ともそれなりに時間は経っているし、多分それなりには解消出来始めているだろう。負傷兵達も復帰し始めているだろうしな。

 

「まぁ、元々使われてた家屋もあるだろうし、適当にそこあてがえばいいとして…そうだな、一先ず知ってるところから俺がやっておくから、他のところはなんとかしろよ?」

 

「え?全部やってくれるわよね?助言役だし」

 

「いや、やらないけどな」

 

ぶーぶー言う眞を置いて、俺は一先ず、居場所のわかる武家の跡取りに話をつけに行くべく、天守閣を出た。とはいえ、俺の知り合いは割と近くにいる。

 

実は天領奉行所内に俺の部署…?とでも言うべき部屋が与えられているのだが、そこに俺の知り合いが勤めているはずだ。まぁやめていなければ、だが。

 

俺が職員用玄関から中に入ると、中で働く…と言っても三人だが、三人が一斉にこちらへ視線を向けた。

 

「「「って、アガレスさん(様)じゃないですか!」」」

 

「久々だな。最近は来れなくてすまなかったな」

 

さて、俺が用があるのは一人なんだが。三人、奥之院と黒川、そして只野の三人はそれどころじゃないらしい。

 

割と久々ということもあって俺に色々と聞いてきた。一先ず、五分ほど三人の質問攻めにあった後、俺は只野を呼び止めることに成功した。

 

「どうしました?アガレス様、もしかして夜のお誘いですか?」

 

「お前は…俺に遠慮が無くなってきてないか?まぁいい…」

 

コホン、と俺は咳払いをしてから只野へ本題を告げた。

 

「お前、前に自分は武家だったって言ってたよな?」

 

「はい、言いましたね」

 

「今稲妻で武家の再興或いは新興が行われているのは知ってるよな?」

 

只野は首肯いた。

 

「それで、一応将軍様直々の命で来たんだが、只野家の当主にならないか?「嫌です」うん、一先ず落ち着こっか?」

 

はっや。早すぎだろまじで。話聞けよ。ん〜…んじゃ聞き方を変えるか。

 

「俺の頼みでも駄目か?」

 

「あ、なら任せて下さい」

 

はっや。早すぎだろまじで。具体的な話聞けよ。何その俺贔屓。将軍様は?稲妻人って将軍様敬愛しまくってるんじゃないの?

 

的なことを只野に聞いてみたのだが、彼女は信じられないことを口にした。

 

「いえ、将軍様に直接、アガレス様が神だってことを聞いて言質取ってきました。まぁ、一応ですけどね。あとはアガレス様の数々の偉業を…」

 

ちょっと待て、ちょっと待って。何してるのこの子?俺は頭を抱えたくなる衝動を限界まで我慢して、

 

「待て、何を聞いた?」

 

「はい。アガレス様が数々の魔神を打倒し、将軍様を数々の窮地からお救いし…」

 

「あーわかったわかった。大体全部聞いてるんだなったく…」

 

一先ず、只野家がそれなりの良家だったことは聞いているので、それなりの屋敷を充てがうとしよう。それにしても…と俺は只野を見た。

 

眞か影かどちらか知らないが…無闇矢鱈と俺の功績を話さないでくれよ、と嘆かずにはいられないのだった。




いい忘れてた!原神2周年やったぜ!!ひゃふう!


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第104話 武家の再興…?②

さて、昨日只野に武家の再興に関して了承を得たので、本日は只野家について色々と調べてみた。

 

調べてみた所、かなりの名家ではあったようで、だが長男が余程素行不良だったらしく、俺のよく知る只野が跡継ぎとして育てられていたようだ。その兄がファデュイを稲妻城にまで引き入れた張本人らしい。いやぁ、中々やらかしてるな。

 

只野は知らなかったみたいだが、当時の当主とその妻、そしてその父と母はその戦いで生き残ったのだが、既に死亡した長男に代わり腹を切って責任を取ったらしい。まぁ、この事実は只野に伝えないほうが良いだろう。

 

「まぁそのことも踏まえると…ん〜、只野の屋敷は離島になるだろうな…」

 

俺的には色々と助けてくれたので城下町にしてやりたいのだが、多分上がそれを許さないだろうな。まぁ、仕方ないと言えばそれまでなのだが。

 

「只野の屋敷はまぁいいだろう。取り敢えず、次だ次…」

 

一応、只野の件に関しては眞にも、三奉行にも伝え、一応これから訪問するもう一人のことも伝えて置いたので、なんとかしてくれるはずである。

 

だが、一応本人の意思はしっかりと確認しておくべきだと考えたため本人を訪ねようとしたのだが、如何せん居場所がわからないのである。一応、旅人から海祇島にいるという情報を結構前に仕入れていたので向かって尋ねては見たのだが、珊瑚宮心海によると既に海祇島を旅立っているらしい。

 

いよいよ何処にいるかわからなくなってきたので、俺は一週間ぶりほどだろうか?淵下宮へ入る。勿論、旅人と共に淵下宮に入った時に珊瑚宮心海の許可は得ている。

 

「相変わらず、寂しい感じの場所だな」

 

洞窟のような場所、こと蛇腸の道と呼ばれる場所を抜けて太古の昔繁栄していた都市の廃墟がよく見える場所にまでやって来た。来たのだが、時々中央にある人工太陽が光を失ったり、光ったりしている。俺は気になったので少し周囲を見回してみたのだが、人工太陽の明滅に合わせて同じように明滅を繰り返している装置があった。どうやら、この装置が関係しているようだ。

 

「…十中八九、これをしているのは旅人だと思うんだが…」

 

問題はどこにいるか、というところだが…少しすると明滅が収まった。普通に考えれば中央にいるだろう。

 

「まぁ、大日御輿に行けばわかること、か…」

 

大日御輿とは、淵下宮の中央部にあり、人工太陽を擁する大きな建物で物凄く大きい。

 

さて、俺はその大日御輿までやってきたのだが、中央の建物の床が抜けている。下からは戦闘音が聞こえてくる。

 

「ま、十中八九この中か」

 

今は夜の状態だ。なにやら霊体のようなものがいるようだったが無視して俺は下へと降りていく。

 

「───今こそ…新生の時!」

 

「…アレは」

 

旅人と珊瑚宮心海、そして楓原万葉ともう一人…アレは、確か資料で見たことがあるな。いつだったか…ああ、離島奪還作戦の前夜に資料で見たな。名前は確か、宵宮と言っただろうか。しかし、炎に炎では少し相性が悪いようだ。

 

そして相対するはアビスの詠唱者・淵炎。初めて見るタイプだ。有効元素は水元素と氷元素当たりだろうが…雷元素は効くかな?要検証。

 

まだ落下している俺は空から旅人達の戦いを見ていたのだが、アビスの魔術師もいるので中々苦戦を強いられている。まぁ珊瑚宮心海の水元素と宵宮の炎元素、そして旅人の雷元素で大体の魔術師のシールドは割れているが、その後の処理がアビスの詠唱者の妨害で出来ておらず、思うように戦闘が展開できていない。それぞれで動きすぎているな。

 

「ま、それも仕方ないだろうが…」

 

降りながら、俺はヴィシャップのものと思われる死骸を見やる。アレは確か、アビサルヴィシャップとか言ったはずだ。まぁそもそも、俺は淵下宮にあまり詳しくないから、うろ覚えだ。

 

おっと、そろそろ下に着きそうだ。アビスの詠唱者にも気付かれてしまったしな。

 

「旅人、加勢する」

 

「ふぇっ!?アガレスさん!?」

 

旅人が驚くのを無視して、俺はシールドを再びはろうとしているアビスの魔術師・氷へ向けて突進すると、刀を一閃して阻止、ついでに絶命させる。殺してしまっているので「安心しろ、峰打ちだ」的なことは言えないのが少し残念ではあるが。うん、今度試してみるか。

 

「それはそれとして…さて、一人ははじめましてだからな…ビビらせない程度に加勢するか」

 

ビビらせすぎると関係がうまくいかないだろうしな。ま、それも仕方がないと言えば仕方がないんだが…。

 

っと、アビスの詠唱者・淵炎がこっち見てなんか呟いてるな。彼か彼女か知らんが、便宜上彼と呼ぶことにして…。

 

彼の手に持つ法器にエネルギーが貯められていっている。大技らしい。まぁ、適当に水元素で相殺するか。俺は水元素を大量に生み出すと、周囲にばら撒いた。

 

直後、アビスの詠唱者・淵炎を中心に、広範囲の爆発が起こった。

 

あっつ、ちょっと服焼け焦げたぞ。

 

「思ったより高威力だった。終わったと思った」

 

「言ってる場合?アガレスさん…」

 

さて、冗談を言っている場合でないのは確かだ。アビスの詠唱者・淵炎の攻撃手段を俺はほとんど知らない。ただ、淵下宮でアビスの詠唱者・紫電と戦った時に名前が示す通り、詠唱によって攻撃が変わるのは把握済み。ただ、先程の攻撃の詠唱は聞き取れなかったのでわからない。

 

「さて、早めにシールド割ったほうが良いな」

 

使徒然り、詠唱者然り。ある程度まで攻撃を加えられるとシールドが出現するのだが、そのシールドを削りきれば大体は倒せる。とはいえ、アビスの魔術師が数体ほどいるこの状況下では…やってやれないことはないがちょっと頑張らないといけないだろう。

 

「ん〜…面倒くさい。やるけど!」

 

取り敢えず旅人の指示に従うか、と思って旅人を見たのだが、旅人はこちらを見て首を傾げている。まるで「どうすればいいの?」とでも言いたげだ。俺は溜息を吐くと、

 

「旅人が指揮を執ってくれ。なんというか、共通の友達というか知り合い的なアレだろ?」

 

「うん、言わんとする所はわかるよ。取り敢えず、わかった。それじゃあアガレスさんは詠唱者をお願い」

 

「はいよ」

 

旅人は楓原万葉、珊瑚宮心海、そして宵宮にそれぞれ指示を出すと散り散りになる。どうやら、それぞれでアビスの魔術師を抑えてくれるようだ。まぁ、頭数は合ってるからな。俺がさっき一匹倒したから、ではあるが。

 

「さて、ほんじゃあお前には悪いけど早めに終わらせるぞ」

 

だって俺ここに旅人探しに来たんだぜ?ま、目的の人物もいるとは思わなかったが。詠唱者は俺を見て体を僅かに震わせたかと思うと、すぐに何かを詠唱してから俺の足元に炎元素が集まってくるのを感じた。

 

俺はすぐにその場から飛び退くと、続いて二つの炎元素の集約場所があったためそこを避けて着地する。直後、俺の元々いた場所と、そこにほど近い場所から熱炎が吹き上がる。なるほど、油断も隙もないな。

 

「早めに終わらせると言っちゃったからな…」

 

格好良く言った手前、早く終わらせられなければ白い目で見られたりするのだろう。ただ、詠唱者はさほど近接戦闘に慣れていないようにも思えるので、俺は刀に水元素を付与しつつ、接近し、シールドに攻撃を加えていく。魔術師のシールドと異なり、両断出来たりしないのが少し面倒なんだよな。というか、水元素の通りが少し悪い気がするな。

 

俺は氷元素、雷元素と手を変え品を変え攻撃してみたが、大体シールドへ与えられるダメージは一定なようだった。

 

半分ほど削った時に、再び詠唱者が何かを詠唱し、俺の位置の直上から炎元素の塊のようなものを降らせてきた。炎元素の範囲ダメージがあったようだが、咄嗟に大袈裟なほど飛び退いた俺には当たることはなかったため、まぁ運が良かったな。

 

アレを残しておくのは危険だと本能が警鐘を鳴らしているので、アビスの詠唱者・淵炎から放たれる5つの炎球を避けながら法器を取り出して水球を飛ばす。飛ばした水球は炎元素の塊に直撃し、共に蒸発した。

 

「ッ!!」

 

思わず首を傾げたが、何故か詠唱者のシールドがかなり削れている。どうやら、あの炎元素の塊を破壊するとシールドが大幅に削れるようだ。まぁ、元素力で形作られたシールドだし、あの炎元素の塊にはかなりの元素が込められていたはずだ。あのままにしておけば恐らく元素力を回収できるのだろうが、残念ながら破壊されればそれも叶わない。

 

あのまま残しておけば何が起こるのかは気になるが、まぁそうも言ってはいられない。俺は法器で再び水球をアビスの詠唱者・淵炎へぶつけ、シールドを完全に消滅させた。そしてそのまま俺は法器を刀に持ち替え横薙ぎに振るおうとしたのだが、

 

「待てッ!待てぃッ!!これ以上やったら死ぬぞ!俺が!!」

 

突然アビスの詠唱者・淵炎が両手を前でバタバタさせながら叫ぶ。俺はギリギリのところで刀を止める。因みに、刃は彼の首元に当てられている。アビスの詠唱者・淵炎は若干だが震えている。俺は思わず「はぁ?」と言って旅人を見た。旅人、というよりいつの間にか姿を現していたパイモンが肩を竦めた。

 

周囲にヒントがないかを見たが、アビサルヴィシャップの死骸しかない。それと、アビスの魔術師も倒されていたようだ。

 

「旅人、コイツは?」

 

一応、旅人にコイツについて聞くことにした。すると、旅人からは驚くべき答えが帰ってきた。

 

「その人…?は淵上さん。淵下宮の歴史とか、血枝珊瑚について色々教えてくれた」

 

前回、というより、蛇腸の道の探索を手伝った後、更に手伝おうとしたのだが、淵下宮に入る直前にとあることを言われたのだ。

 

「つまり、信頼できる案内人ってのはお前のことを言っていたわけか。ま、見事に裏切られてるわけだが」

 

俺が刃を更に近付けると、心做しか震えが増した。

 

旅人とパイモンの淵下宮での案内役がコイツだった、というわけだ。というか人にも擬態できるのか。

 

「そうだぞ!研究員で、手伝いに来た!って言ってたじゃないか!なんでオイラ達を襲ったんだよ!!」

 

「1つ目の質問に答えるとするならば、俺は一言も珊瑚宮から派遣されたとは言っていないぞ」

 

詠唱者…こと、淵上と自称する者がそう言うと、パイモンがむぐっと口を噤む。

 

「そして2つ目に関してだが…理由ならそれなりにある。まず俺がアビスの者でお前が地上の者だということだ」

 

それはそうだな。まぁ、それまで手伝ってきたのには別の目的があるような気もするが。

 

「お前は淵下宮で、俺の部下や仲間たちを何人も倒したのだから、俺が仇討ちに動いてもなんら不思議はないだろう?」

 

普通の人間の心理であれば確かに納得できる話だが、相手はアビスだしな…正直、信用は出来ないだろう。

 

「それに本が見つからないのはお前達が持っているからかもしれない。だから殺した後で持ち物を物色するわけだ」

 

旅人のバッグの中にはどうせ聖遺物と各地の精鋭の魔物の素材。そして食べ物とその材料とかしか入ってないだろう。え?他にもあるって?そんな馬鹿な。

 

「これでわかっただろう。他の者を安易に信じてはならないと。例えばそこの小さいの。いつかお前を裏切ることに───」

 

俺は刀を振るおうとしたが、一歩間に合わず詠唱者を逃した。

 

「チッ…暫く振るってなかったから鈍ったか」

 

「まぁいい。時間は十分に稼いだ。また会おう。旅人、そして…」

 

チラリと詠唱者は俺を見た。俺は刀を仕舞いつつ、見返す。奴に表情の変化はないが、心做しか笑ったように見えた。

 

「永劫の淵で、また会おう」

 

永劫の淵、か。俺の寿命があと百年ってのも知らないんだろうな。さて、取り敢えずアビサルヴィシャップの死骸から何かを取り出している旅人は放っておいて。

 

俺は少し休んでいる楓原万葉に近付く。

 

「久し振りだな。万葉」

 

「ああ、久し振りでござるな、アガレス殿。拙者になにか用でござるか?」

 

俺は首肯き、只野に話した内容と同じことを伝えた。すると楓原万葉は顎に手を当て考える仕草を暫しした後。

 

「少し、拙者に考える時間をくれぬか?」

 

「ああ、大丈夫だ。急ぐ必要はない。別に期限とかはないから、ゆっくり考えるといい」

 

一先ず、俺の目的は達成できたのだが、珊瑚宮心海もここにいるのがとても気になる。俺は楓原万葉から離れると、次は珊瑚宮心海に話し掛けた。

 

「心海、何故ここに?」

 

「アガレスさん。はい、此の度、旅人さんから案内人の話を聞いて少し、怪しいと思いまして。血枝珊瑚は淵下宮の『聖土化』を止めるのに必要でしたし、その場で即座に色々と判断できる人材が必要だと考えたので私が来ました」

 

なるほど、腑に落ちた。つまり、海祇島にとって重要な淵下宮の問題を解決できる血枝珊瑚を獲得するために旅人を派遣したが、詰めの段階で怪しさ満点の案内人がいるからその場で的確に指示を出すために来た、というわけだ。

 

まぁ要するに、珊瑚宮心海にとってこの状況は予想外だったというわけだ。

 

「そうか。大事なくてよかったな。お前は一応、巫女なんだから自分のことはもう少し大切にしておけよ」

 

「ええ、わかっています。アガレスさんこそ、ご自愛下さいね」

 

ちょっと耳が痛い言葉を俺は聞き流しつつ、俺達を呼んでいる旅人を見た。どうやら、このまま地上に戻るようだ。

 

さて、俺は万葉の答えが出るまでのんびりするとしようかな、なんて思いつつ、旅人と共に地上へ戻るのだった。




宵宮さんとの絡みは次回へ持ち越しですね。

さて、万葉君の伝説任務のネタバレがありますんで、気をつけて下さい。あとがき付け足しときます。


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第105話 武家の再興…?③

追記 : ちょっと書き足ししました。私としたことがちょっち見逃しがあったようで。


さて、淵下宮から戻ってきた俺は稲妻城でゆったり過ごしていた。と、いうのも『俺の青春ラブコメがカオスな件について』の新刊が出たのだ。俺は八重堂に一日前から並び、新刊第一号まで取ったのだ。かなりハードだったが、後悔はない。

 

「作者様、ありがとうございます。いやしかし…その展開はガチで最高だった。これでまだ完結しないのが…くぅ」

 

続き気になりすぎて死にそう。いや、ほんとにマジで。

 

とはいえ、だ。第一号特典にのみある作者のサイン入り色紙とイラストは堪らない。普段は二次創作のイラストとか原作の表紙とかでしかカラーのイラストは見られないからな。カラーの、それも公式のイラストともなればそれはもう喜ぶしか無いのだ。

 

「しかも〜イラストは〜白亜先生にわざわざお願いしたらしいしな〜」

 

ぐへへ、と俺の口からだらしない笑いが漏れた。因みに、本編を読むのを優先してまだイラストは見ていない。世界に恐らく一つだけ…いや、白亜先生と作者様の場所に一つずつだと考えれば世界に3つはありそうだ。待てよ…?そう考えると…。

 

我等が白亜先生と作者様とお揃いって、コト!?

 

というわけで俺は鼻息を荒くしながら袋とじになっているサイン入り色紙と公式イラスト…そして…。

 

「な…んだ…と…ッ!?」

 

俺が震える手で取り出したのは『キャラクター全貌 作画 : 白亜』と表紙に書かれた冊子が入っていた。

 

「挿絵だけではわからなかったキャラクター原案とか色々見れるってことか…昨日から並んだ甲斐があったな。正確には淵下宮から戻ってきてすぐだが…」

 

影や眞からの招致をそう、ちょっぴり無視したが仕方がないのだ。これだけは欲しかったし貰ってよかった。

 

まぁとはいえ、だ。

 

「さて、アガレス。弁明は?」

 

「はい、何も御座いません。全て私が悪う御座んした」

 

「なんですその言葉遣いは」

 

さて、稲妻城内の将軍の執務室で俺は絶賛土下座をぶちかましていた。勿論、理由は眞と影の招致をちょっぴり無視したからである。

 

「何がちょっぴりよ。しっかり二日間も無視してるじゃない」

 

「ちょっぴりだろ」

 

「「違います(違うわね)」」

 

えぇ…などと思っていると影が俺の額にデコピンとしてきた。俺は額を抑える。若干痛かった。

 

「いいですかアガレス。一応、貴方は助言役という役職があるんですから将軍からの招致にはすぐ応じないと示しが付きませんよ?」

 

影は諭すようにそう言い、眞も首肯く。いや、そうは言ってもさ。

 

「どうしても外せない用事があったんだよ昨日は」

 

「あら?終末番から聞いたのだけれど昨日は八重堂に並んでいたそうじゃない」

 

よりにもよって何してんの終末番。ちゃんと働いてて偉いな!お陰で俺は大ピンチだよ!

 

さて、眞は我が意を得たりとばかりにニヤニヤしている。ちょっとだけ八重神子に似てるその笑みをやめて欲しいものだ。影は相変わらずの無表情だが心做しか頬が膨らんでいる。多分だが、拗ねているようだ。

 

「アガレス…私よりも小説の方が大切だったんですか?」

 

眞のニヤニヤ度が増した!俺は苛立ちを覚えた!

 

さて、巫山戯ている場合じゃないな。

 

「影、小説はいつでも読めるものだが、お前との時間は永遠にあるわけじゃない。比べるまでもなくお前の方が大切に決まっている」

 

「じゃあどうして来なかったのかしらね〜」

 

俺は口を噤んだ。

 

それより、と俺は話題を無理矢理変えた。

 

「で?武家の再興に関しては只野家が再興の意思を示している。だが、楓原家はまだ考えさせて欲しいそうだ」

 

楓原万葉に関してはかなり難しい判断になるだろう。自由を愛している彼にとってはある意味では縛られるわけだからな。

 

俺はそのことを伝えつつ、「あまり期待はしないほうがいい」とは伝えておいた。まぁ、元々は『雷電五箇伝』と呼ばれるほどの名家だったのだし、再興にかかる準備は只野家とは比較にならないはずなので水面下ではしっかり進めるそうだ。

 

『雷電五箇伝』はかつて稲妻の最上位にあった鍛造流派だが、うち4つの流派が潰れ、現在は天目流のみが残っている。うち、楓原家は『一心伝』という流派だった。唯一、天目流を除く他の流派とは異なり跡継ぎが一応ではあるが存在しているため、まぁ幕府側としてはどうしても再興させたいだろう。

 

「そう言えば知っていますか?最近、辻斬りが出るんですよ」

 

「辻斬り?」

 

へぇ、珍しいな。大体、そういう事するやつは碌な奴が…って、辻斬りしてる時点でヤバい奴なのは確定してるのか。

 

それはそれとして、辻斬りか。

 

「はい、先の戦で手柄を立てた者ばかり狙われているようなんです」

 

俺は影の言葉に目を細めた。

 

「…司令官などの高い地位を持つ人間は狙われていないんだろ?」

 

俺がそう言うと二人共キョトン、としてそのまま首を傾げる。

 

「アガレス、私達一言もそんなこと言ってないのにどうしてわかったの?」

 

「ちょっと待って下さい…」

 

影は机の上に置かれた書類を手に取り、何枚かを見た後、目を見開いた。

 

「本当ですね…今の今まで気が付きませんでした。実際に武勲を立てた者しか狙われていないようです。眞、天領奉行からの報告にこのことは…」

 

「ええ、勿論ないわよ?で、アガレス?」

 

眞の疑問に俺は普通に答える。

 

「先の戦での司令官クラスが殺されていたのなら、もっと大事になるだろう。と、いうか城下町内でも噂になり、人の出入りもそれなりに少なくなるはずだ。加えて、俺は昨日から八重堂付近に並んでいたが、人の出入りに関しては普段と特段変化はなかった」

 

つまりここからわかることは。

 

「今ですら大した騒ぎになっていないのだから地位の高い人間は少なくとも殺されていないだろう。天領奉行ももっと騒ぎ立てるだろうしな。一日二日サボった甲斐があったということだな」

 

「「それはない」」

 

デスヨネー。

 

気を取り直して。

 

「影、眞。遺体の数と場所をそれぞれ教えてくれ」

 

二人は顔を見合わせた後、書類をそれぞれ確認してから教えてくれた。俺は顎に手を当て、考える仕草をとった。

 

「今の所発見された遺体は5人、まぁわかってることだと思うが死体が見つかるようになったのは5日前からだな?」

 

二人は首肯く。

 

「一日に一人殺されているのなら、今日も恐らく何処かで殺人が行われるだろう。だが、場所の分布には特に共通点はないな」

 

鎮守の森、離島と稲妻城の間の平原、海岸、崖上、そして離島の中、だ。全くと言っていいほど共通点が存在しない。人口密集地から離れているわけでもないため、共通点は全く存在しないのだ。

 

「そうですね…となると予測は難しいでしょう」

 

「ええ、そうね。アガレス、天領奉行に稲妻中を見回りさせる?」

 

影は的を射た発言をしているが、眞のは流石にどうかと思う。人手不足だし全盛期でもそんなの人手が足りない。何より、単独行動が危険だとはいえツーマンセルで動いたとしても恐らく犯人は捕まえられないだろう。5人もの人間、それも戦を知っており尚且武勲を挙げた人物相手に完勝し続けているはずだ。そうでなければ5日連続武士を相手取ることなど出来ないだろうからな。そういうわけで二人で仮に動いても犠牲者を増やすだけだろう。

 

と、いうわけで俺は首を横に振った。眞は冗談めかして少し笑う。まぁどちらにせよ、こちらも本気で言っているとは思っていないしな。

 

「ではどうします?」

 

影が俺の顔を覗き込む。俺は地図を見て少し考え、とあることに思い当たったのでニヤリと笑った。影はそんな俺を見て不思議そうに首を傾げていた。

 

「なんとかなりそうだ。二人共、この案件は一日だけ俺に任せてくれないか?」

 

俺は二人を見据えてそう告げると、不思議そうに顔を見合わせながらも首肯いてくれた。なんというか、信頼が感じられて嬉しいものだ。

 

「それと、アガレス。関連性があるかはわかりませんが、失踪した者が二人いるんです。一応、後ほど資料を自室に送っておきます」

 

最早俺の自室みたいな扱いになっているのか稲妻城のあの一室。まぁ、あながち間違いではないのだが。

 

俺は影の言葉に首肯くと踵を返す。

 

「それじゃあ、俺は準備するからこれで」

 

俺はそう言って部屋を出ようとしたのだが両肩を物凄い力で掴まれた。影に関してはともかく、眞はそんなに握力がないはずなのにどうしてこんなにも力を感じるのだろうか?

 

「「アガレス?話の続きを、しましょっか?」」

 

どうやら、準備はあまり出来なさそうである。




アガレスは白亜先生が誰かを知りません。旅人は勿論知っていますが、アガレスが白亜先生のことを好きだとかは知らないので言っていないみたいですね。

因みに、知らない理由ですが、アガレスなら調べようと思えば調べられますが作者やイラストレーターが何者かとかは詮索しないタイプなので未知は未知のまま、作者は作者として、白亜先生は白亜先生として彼は見ているわけですね。

合間合間に制作してなんとかってとこだな!!はっはっは!

次の更新も結構遅めです。


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第106話 武家の再興…?④

作者)ああ数学様、数学様!どうして貴方は数学でいらっしゃいますの?勉強と縁を切って数学をお捨てになって!

数学)いや、出来るわけねえだろこちとら概念だぞ。というか数学という概念にシェイクスピアを求めるんじゃねえよ。良いから勉強しろ。

今の私の状況を簡単に説明するとこうです。よって執筆がちょびちょびしかできません。えへへ。

ただし、月曜日が休日だということを知らなかったことは秘密だ。だから執筆が早いとかはもっと秘密なのだ。


その日の夜。

 

「───この俺様をこんなとこに呼び出すたぁいい度胸じゃねぇか」

 

仄暗い洞窟のような場所だがすぐ側から潮騒が響いてくる。ここは稲妻城の地下にある空間だ。勿論、夜であるため暗いのだが、周囲には灯りの一つもないため兎に角真っ暗である。そんな中、身長2mはあろうかという角を生やした男が大剣を肩に担ぎ上げた。

 

対する男は無言のまま、禍々しいオーラを放つ刀を抜き放った。大剣を持つ男は首を傾げつつ、

 

「ま、細かいことはいいか!俺様に喧嘩を売ったこと、後悔させてやるぜ!!」

 

男はそのまま四股を踏むように片足を大きく上げて振り下ろし、大地を踏みしめて不敵な笑みを浮かべた。

 

「荒瀧・天下第一・一斗、ここに参上!!カーッハッハッハッ…ゴホッゴホゴホ…」

 

などとやっている間に男───荒瀧一斗の対面で刀を構える男は大地を踏みしめ、ぐんと加速し荒瀧一斗に肉薄した。余裕をぶっこいていた荒瀧一斗は驚きつつも、大剣を横にして刀を防いだ。

 

「てめぇ!!名乗りの最中だろうが!攻撃してくんなよ!!」

 

荒瀧一斗はそう言いつつ、大剣を近付けさせないように横薙ぎに振るう。お構いなし、とばかりに男は大剣を受け流し、更に距離を詰める。荒瀧一斗は大きく後ろへ下がると左手に大剣を持つと右手を大きく振り被った。

 

「砕きやがれ!!」

 

荒瀧一斗から岩元素の塊───のように見える丑が飛ばされた。男は一瞬、そっちに気を取られ、警戒感を顕にしてしまう。荒瀧一斗はそのまま大剣を振り被りながら接近した。

 

「───止まれ!!」

 

突如響いた声に驚き、荒瀧一斗は反射的に足を止める。直後、荒瀧一斗の眼前を何かが通り過ぎた。若干間に合わなかった頭髪がはらりと落ちる。

 

「間に合ってよかったぜ全く。時間に関して考慮するのをすっかり忘れていたからまぁ、これは俺の落ち度ではあるんだが…」

 

荒瀧一斗は背後に何者かが降り立つのを感じていたが、不思議と動くことが出来ずにいた。背後に降り立った男が何処にいるのかは2つの赤く光る瞳でわかる。その視線が荒瀧一斗の更に奥にいる男の手元に向いた。

 

「うん、予想通りだな」

 

一言、男はそう呟いた。

 

〜〜〜〜

 

とはいえ呼び出されていたのが鬼族の末裔だというのは驚きだったがな。

 

「って、おい!誰だお前!?」

 

鬼族の末裔───名前は確か荒瀧一斗と言ったはずだ───その彼が彼より前へ出ようとした俺の肩を掴む。

 

「一応、稲妻ではそれなりに名のある地位を貰ってる存在だよ。一騎打ちしてるところ申し訳ないが、このまま行くとお前死ぬぞ?」

 

「ふん!俺は男の喧嘩をしてるだけだぜ!!売られた喧嘩を買うのも、最強の役目ってもんだろ?」

 

なんというか、小学生みたいな感じだな。その癖戦いになると結構冷静に戦うようだ。兎に角、悪いやつでは少なくともないのだろう。

 

「へーへー、だったらこの程度の敵を相手するのはどうなんだ?」

 

「おっ…お前、わかってるじゃねぇか。だがよ、男ってのは一度挑まれた勝負を途中で投げ出したり───」

 

荒瀧一斗が何やら語り始めた間に、俺はわざと奴に近づく。案の定、彼は手に持つ刀を振るってくる。俺は身を捩ってその攻撃を躱すと地を蹴ってその場から離れる。すると奴も追ってきた。

 

「───っておい!聞けよ!!」

 

「すまんが今は時間がないんでな!!あっ、回収頼む!!」

 

俺はそれだけ言い残してそのまま奴の攻撃をいなしながら少し明るい場所まで移動した。明るい、と言っても月明かりがある程度だが、ないよかマシだ。

 

さて。

 

「荒瀧一斗は天領奉行がなんとかしてくれるはずだし、俺はお前の相手に集中できるな」

 

俺が刀を抜き放ちながらそう告げると、奴はおもむろに口を開いた。

 

「…何故、貴様がここにいる。そして何故、あそこがわかった」

 

疑問は2つ、か。口ぶりから察するに俺のことも知ってるらしいな。まぁ、それなりに武功を立てたわけだからな。知られていなかったら二分くらいヘコんでいたかもしれないな。

 

さて、それにしてもどうして俺がここにいるのか、そして何故場所がわかったのか、か。俺は少し考えてから、

 

「ではまず2つ目の質問から答えよう。俺は稲妻でもそれなりの地位を持っているから、当然、辻斬りに関する相談も受ける」

 

「それが、どうした」

 

「簡単に言えば、人が死んでいた場所にはなんの共通点もない。だが、それこそが共通点だったというわけだ」

 

再び場所を挙げるとするなら鎮守の森の中、離島と稲妻城の間の平原、海岸、崖上、そして離島の中。この7つで今日が8人目が殺される日なわけだ。眞と影に言ったように、一日一日人間が殺されているのなら、無傷で相手を殺している、ということになる。そして7日目に死んでいたのは、実力は然程なかったものの戦で偶々手柄を挙げた男だったようだ。さて、となれば自ずと本日も辻斬りが出ることになるだろう。

 

前提はこれくらいにして俺が何を言いたいのか、というと人が殺されている場所に何らかの共通点があった場合、次の場所がわからないとしても候補はそれなりに絞り込めるのだ。例えば死体が必ず水辺に放置されている場合、その場で殺されたか、或いは水辺に打ち捨てられていたことになる。だが、後者の場合夜道を人一人背負って移動することになるわけで、まぁそれはもう目立ちまくる。つまり前者が大多数、というわけだ。だから一箇所、とは行かずとも水辺付近を警護していれば運良く遭遇できるかもしれないのである。

 

説明が長くなるが、では共通点がない場合は?という話になる。今回のケースの場合は共通点が全くと言っていいほど存在しない。7つの内幾つかは共通点を持つものもあるが、それも一つか二つ、と言ったところで決定打にはなり得ない。つまり、共通点がないことが共通点、というわけだ。

 

俺は長々と時間稼ぎ…もとい説明をしてから、尚も続けた。

 

「さて、お前が今まで辻斬りを行ってきた鎮守の森、離島と稲妻城の間の平原、海岸、崖上、そして離島の中。この7つに共通点は確かにない。だが、共通点がないことが共通点だ、というように考えた場合」

 

場所としては何の変哲もない。水辺とか、人のいない場所、とか広い場所、とか別にそういった共通点はなにもない。だが一つだけあるとするならば。

 

一人一人と戦っているので一騎打ちだ、と仮定すると、奴の戦う場所は全てバラバラだ。森などの足場が悪い場所での戦い、視界を遮るもののない場所での戦い、砂浜という足場の悪い場所での戦い、落ちれば死が確定する場所での戦い、そして町中での戦い。

 

これから言えることは、戦う上で最も戦いやすい場所を探す、だとか、戦う上でどのような場所でも戦えるようにする、だとか、後はまぁ興味本位、とかだな。

 

さて、そうなると候補は二つに絞り込める。その二つとは、考えうる限りでは斜面での戦い、そして暗がりでの戦いだ。後は密室とかもあったのだが、それ相応にリスクも高い。恐らく最後に持ってくるだろうと考え俺はこれを今は候補から除外していたのだ。

 

「まぁつまり、お前がバラバラな場所で戦ってくれたお陰で候補地が二つに絞り込めたから、影向山付近には天領奉行を、そしてこっちには俺が来た、というわけだ。二分の一の確率だったが、当たってくれて何よりだ」

 

面白いものも見られたしな、とばかりに俺は彼が手に持つ刀を見た。

 

「さて、じゃ、1つ目の質問に関しては…って、これはさっき言ったな。一応言っておくと何故俺がここにいるのかはお前を止めるためだ」

 

これ以上やられたら本当にイベントとかが中止になるかもしれないし、何より稲妻の民にも不安が広がるだろう。

 

「ま、そういうわけですまなかったな、説明が長くなって。お陰で時間は十分稼げた。付き合ってくれてありがとな」

 

今いる場所は稲妻城のすぐ横の崖下だ。勿論、月明かりに照らされてそれなりに明るい。今まで石のように動かなかった奴の表情がピクリと動く。

 

「鬼族の末裔こと、荒瀧一斗は既に回収し終わったんだろうな?」

 

俺がそう呟くと背後から破裂音が一回聞こえた。どうやら、ここにいるのは俺達だけなようだ。

 

「それじゃあ、包囲を頼む。そのうち影向山からも天領奉行の武士が応援に来るはずだ。それまでは今いる人員でなんとかしてくれ」

 

再び小さな破裂音が一回聞こえたかと思うと、気配が離れていく。俺は小さく笑みを浮かべると、ピクピクと表情が動いている様子の彼を見る。

 

「さってと。それじゃあ始めようか。お前もいい加減イライラしてるだろ?」

 

俺は刀を抜き放つとだらりと下げ自然体になる。少しして小さな破裂音が三回聞こえた。俺は更に笑みを深めた。

 

準備は整ったみたいだ。

 

「さて、正々堂々勝負しようか」

 

俺のその一言で堰を切ったように奴の刀から禍々しいオーラが噴出され、奴は一挙に地を蹴った。俺もそれに合わせて地を蹴る。

 

さて、と。時間稼ぎ、精々頑張りますかね。




あ、前書きのはただの近況報告みたいなもんです。特段気にする必要はないです。ただ数学が無理なだけなので。

楽しいのに…出来ないのだ。私ってやつは…。


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第107話 武家の再興…?⑤

今回くっっっっっっっそ長いあとがきあります。読むのめんどくせえよおい何余計なことしてくれてんだ貴様、なんて思ったそこの貴方は飛ばしちゃって下さい。読まなくても多分、恐らく、きっと、問題ないはずです。

因みにですが数学やっと一段落いたしやして…ええ、私頑張った。めっさ頑張った。なので小説描いて息抜きしようと思います(集中する物事から開放されたのにも関わらず集中する別の物事向かう馬鹿)。

多少更新速度は上がるはずです。ただ、この人…こと、私はサボりたがるのでね、えぇ。期待はしないで下さい。


稲妻城の崖下にて、剣戟の音が響き合う。だが、全く似つかわしくないほどの声を挙げる男がいた。

 

「───Hey YO!!もっと早く振らなきゃ当たらんZE☆!!」

 

そう、俺である。因みにだが俺がやりたくてやっているわけではない。相手の能力の限界を知るためとか…そう、アレだ。アレを知るためだ。あの〜えっと〜…アレだ。限界を知るため…ってこれさっき思ったわ。

 

さて、俺の挑発の甲斐あってか、奴の刀を振るう速度がかなり上がる。かなり早いな。人体には不可能なほどの膂力が出ていると考えるべきだろう。となれば当然、奴の肉体が保つはずはないが…今の所崩れたりとか爆発したり、などといったことはないようだ。もう少し挑発してみるか?

 

「その程度のPOWERで俺ッチに勝てると思ってるのカナ!?もっとHEARTを込めて戦わないといけないよネ!!」

 

やばい、キャラがブレブレだ。ただ、しっかりと効果があったようで力、速度、どれをとっても先ほどとは比べ物にならない。斯くいう俺も余裕そうに見えて実は結構ギリギリだ。これ以上は俺の身が持たないだろう。

 

さて、俺は奴が振るう刀を受け流し、或いは躱しつつ考える。

 

物理的に身が持たないのもあるが、これ以上煽ったら俺の中で大切な何かが失われていく気がする。よって煽るのはやめようと思う。というか包囲してくれてる天領奉行の兵士達の笑い声が若干聞こえてくるからもうしない。絶対にしない。

 

俺は一旦、奴を大きく弾き飛ばした。

 

「…ん?」

 

少し疑問に思ったので、俺は素早く地面に落ちている石を拾って軽く───と言っても十分致命傷レベル───投げた。奴はそれを半分に斬って割ると、刀を一回転させてから鞘に仕舞った。あの仕草を何処かで見た覚えがあるのだが、残念ながら思い出せなかったため、諦めて戦いを再開した。

 

俺の胴へ向けて迫ってくる刀を飛んで避けつつ横向きに一回転しながらすぐ様俺を追ってきた刀を手に持つ刀で弾き飛ばし、勢いを利用して回転を更に速くして地面へ着地しつつ横に転がり若干の距離を開ける。一見隙だらけに見えるが、そんなことはない。何せ俺は転がっているのだ。

 

俺の隙に吊られた奴は素早く肉薄してくるが、俺は回転そのままに逆立ちになって軽く顔面を蹴りつける。若干だが奴が怯んだのでバク転の要領で二本の足で立つとそのまま踏み込み刀を持つ右腕を斬り飛ばした。斬り飛ばしたのだが…。

 

「何…?」

 

勿論、生きている人間の右腕を切れば鮮血が吹き出すはずだ。だが、血液一滴、その肉体から出てくることはなかった。そして腕を斬り飛ばした途端、まるで事切れたように奴は前のめりに倒れたのだ。近寄って確認してみると、そのまま死んでいるようだ。

 

俺はまずは天領奉行の兵士達を呼び出して身元の確認を急がせた。

 

「さて、それじゃあ俺は俺で一先ず…」

 

腕だけ回収するか。俺は斬り飛ばした腕を回収すると、天領奉行の兵士達の指揮官に引き継ぎだけしてその場を去った。勿論、持っている腕は自分の腕だと言って誤魔化してみた。案外いけるものだな、なんて思いつつ、俺は稲妻城へ戻ってきて眞と影を尋ねた。かなり遅い時間ではあるが、まだ起きているはずだろう。

 

俺は窓を開けると中に入った。勿論、稲妻城の正門から入っても良かったのだが、その場合俺が隠し持っている腕のことを聞かれてしまうだろう。あまりにも不自然だったし、何より刀を握ったままなのだ。正門から入れるはずもなく、俺は仕方なく天守閣の最上階まで風元素で浮き上がって移動する羽目になったわけなのである。

 

「今戻った」

 

念の為そう言うと中で執務をしていた眞と影が驚いたように仰け反ったが、すぐに俺だとわかると微笑みながら、

 

「お疲れ様ですアガレス。収穫はありましたか?」

 

「おかえりなさい、アガレス。ご飯にする?お風呂にする?それとも「言わせねぇぞ?」…むぅ、ケチ〜」

 

眞の冗談はさておいて影はそう言って労ってくれた。

 

「収穫、と言ってはなんだが、これを少し見て欲しくてな」

 

俺は右腕を引き抜き───正確には、右腕に見せかけていた斬り飛ばした腕だが───それを眞と影に見せた。二人は…いや、特に影が俺の腕が抜けたと思って一瞬慌てていたが、別人の腕だとわかってすぐにホッとしていた。

 

「それで、この腕がどうしたんです?」

 

影は腕をまじまじと見ながら呟いた。俺は思わず溜息をついた。因みにだが眞もである。

 

「影、見てほしいのは腕じゃなくて腕が持っている刀だ。俺の言い方が悪かったのもあるだろうが…」

 

「え?あ、ええ、すみません、こちらからは腕の部分しか見えなくて…」

 

確かに影の位置は俺の左側で、俺は左手で腕を持っている。腕は曲がっているので確かに見えにくい。うん、今回に関して彼女に非はないわけだ。俺は謝りつつ続けた。

 

「床に置いていいか?」

 

「構いません」

 

「ええ」

 

俺は左手で持っていた腕を床に置いた。血液とかに関しては問題ない。

 

「二人共、この刀に見覚えは?」

 

刀であることから稲妻の鍛冶師が制作したことはわかるし、俺も一応刀を扱う身であるためわかる。この刀には、鍛冶師の人生そのものが込められているように思えるのだ。

 

加えてコレほどの刀ともなると並大抵の鍛冶師では鍛造できないだろう。恐らくだが、『雷電五箇伝』と呼ばれていた鍛冶師達の手によるものであるだろう。と、思って二人に聞いてみたのだが、残念なことに二人共知らないようだ。

 

「…そうか」

 

そう考えると、この刀は稲妻で作られたものではない、のだろうか?『雷電五箇伝』がそれぞれ鍛造した刀のほとんど…いや、全てと言っていいほどに幕府に、或いは名家に献上されていたはずだ。

 

それで見ていない、となるとこの刀はまず間違いなく稲妻で作られたものではないだろう。まぁ、『雷電五箇伝』の家々が隠し持っていた可能性はあるが。

 

いや、それもないか。『雷電五箇伝』が現在天目流しか残っていないのなら他の家の諸々の物品は差し押さえられているはずだ。となるとやっぱり稲妻の外で作られ、いつかはわからないが稲妻に持ち込まれたのだろう。三年前以前か、或いはここ一ヶ月くらいだろう。

 

「それと、少し違和感があってな」

 

俺は二人に、次のことを伝えた。

 

太刀筋がとある人物のものに酷似していること。そして、相手の腕を斬り飛ばした途端血液も吹き出していないのにも関わらず肉体の活動が停止していたこと。

 

その二点を伝えた上で二人の意見を聞くと、まず最初に口を開いたのは眞だった。

 

「腕を斬り飛ばしたのにも関わらず血液が出ない?それはまた不可思議ね。妖怪の類だとしても血液やそれに準ずるものが出ないのは不自然極まりないわ」

 

影はそれに同意するように首肯きつつ、

 

「そうですね…加えて、腕を斬り飛ばして活動が停止したというのも引っかかります。やはり…」

 

影はそう言いつつ、腕が未だに強く握っている刀を見た。俺は首肯き、

 

「ああ、恐らく俺の考えていることと一緒だろう」

 

眞と影は刀を見る。釣られて俺も刀を見た。刀からは未だに禍々しいオーラが立ち昇っている。

 

「ですが…信じられません。刀が人間を操るなどと…」

 

「…ふむ、なら実演したほうが早いかもな」

 

「「え?」」

 

呆けている眞と影を無視して、俺は腕の指を全て斬り飛ばす。勿論、支える力がなくなった刀は腕から零れ落ちる。腕は突如、力を失ったかのように塵へと変わった。

 

俺は目を細める。

 

「眞、あとで今までの犠牲者の遺体を確認するように指示を出してくれないか?」

 

俺がそう言うと眞は首肯き、それから首を傾げた。

 

「さて、それじゃあやってみるか」

 

俺は刀へ手を伸ばした。が、俺の手が刀の柄へ届く前に、影によって止められていた。

 

「ち、ちょっとアガレス!何をしているのですか!?」

 

「え?いやだから、刀が生きているってのを証明しようかと」

 

「だからってアガレスが刀を持つこと無いじゃないですか!」

 

影は少し顔を赤くしながら怒る。俺は堪らず、聞き返した。

 

「じゃあ聞くがどうやって証明する?その辺の人間に持たせたが最後、自我を喰われるのがオチだ。それだったら魂が頑強な神がやるべきだ。そして適任なのは俺だろう」

 

「だ、駄目です。駄目ったら駄目なんですから!」

 

俺は首を傾げた。

 

「わからんな。別にいなくなるわけじゃない。500年前と違って勝算はきちんとあるぞ?」

 

「そ、その…」

 

影は俯く。俺はそのまま首を傾げていたのだが、次に影がぼそっと呟いた言葉によって大きく仰け反ることになる。

 

「アガレスは私にとってその…とても大切なので…出来る限りリスクを背負ってほしく、なくてですね…」

 

宣言通り、俺は大きく仰け反った。眞の微笑ましいものを見るような生暖かい目がとても刺さる。影も、そして俺も顔が真っ赤だろう。

 

「わ、わかった。証明するのはやめだ。俺としても影を悲しませるのは本意じゃないからな…」

 

「素直に大事な人を悲しませたくないって言えばいいじゃない」

 

「だーっ!静かにしろ!!」

 

コホンッ!と俺は咳払いをすると、二人共真面目な表情へと戻った。勿論、影の頬は紅いままである。

 

「ともかく!この刀は厳重に保管してくれ…と、言ってもこのままここに放置する以外に手はないだろうが」

 

実際、物理的に刀を持っていた手もなくなってしまったわけだからな。まぁ、コレに関しては完全に俺が悪いのだが。

 

「そういうわけで、刀を岩元素で覆うことにした。それでいいか?」

 

二人共首肯いたので、俺は岩元素で明らかに装飾にしか見えないように岩元素で刀を覆った。幸い、窓際なのでほとんど人が通ることはない。

 

「明日になったらここに彼を呼ぶ。ついでに色々と見識が広い旅人も連れてくるが、構わないな?」

 

「はい」

 

「ええ」

 

それじゃあ、俺は自室に戻るか。と言おうとして、影がこちらをじーっと見ているのに気が付く。

 

「どうせ自室に戻っても暇だからな。話し相手くらいにはなるさ」

 

影の表情が明るく輝いた。眞はもう少し控えめだが、口元が緩んでいた。まぁ、四六時中執務ばかりしているから、暇なのだろう。

 

俺は色々と話を聞かせてやろうと思い、その部屋に居座ることになるのだった。




雷電五箇伝の刀が献上された云々は憶測ですが、多分こうだと思うんですよね。最高峰の鍛造技術を持っていたことに加えて社奉行の重要な役職を奉じていたことを鑑みるとその辺の武士やちょっとした家にはやらんやろ!って思いまして。

じゃあ作られた刀はどこ行っとんねん!てなったら、それこそ三奉行の当主の家とか、それこそ幕府そのものにも献上されてたんじゃねえかな〜なんて思ったんですよね。多分ですがそれなりの名家にも流れていたと思うので、自分の権力の象徴的な意味合いでもそれぞれの流派が自分の流派に引き入れるために渡していた、とかもありそうですね。

原作と違う点として若干ネタバレですが、雷電五箇伝は元々某国崩さんの工作でぶちぶちにされてしまうんですが、こっちではその某毒舌さんがいらっしゃらないので、権力争いでぶちぶちになってるんですよ。そういうわけで、こっちの雷電五箇伝には派閥があって、名家もその雷電五箇伝と懇意にしていた部分もあるんですよね。

で、じゃあ将軍刀みたことねーじゃん!ってなると思いますが、勿論、派閥争いに際して最も重要なのは主君、この場合雷電将軍に認めてもらうことです。つまり「あんたのとこの派閥が一番えらいぞ!」的なことを言質取りたかったんですよ。そのため「うちはこんな刀作れますよ!!他の流派より優れてるんですぜ!!」ってのを言いたいがために名家に刀を流し、その名家を動かして将軍と接触していたんですよね。

直接行かない理由としては直接動いてしまった場合、ほかの流派はすぐにその行動を察知して自分たちも行動を起こすと考えたからですね。よって自分の派閥の名家を動かすことによってちょっとでも水面下で行動しようとしたんですよね。

そりゃま、先に「あんさんの刀、ぎょうさんええですわぁ」なんて言われたら終わりですからね。

ただ、結局楓原家の『一心伝』と現在まで残っている『天目流』を除いた3つの流派は権力争いで勝手に自滅、『一心伝』は原作と同じく工作で設計図が改ざんされており…とまぁここからは原作で。

というわけで、雷電五箇伝がどったらこったら〜っつー話でございやした。

あとがきが長いぞ〜!!もっと短くしろ作者〜!あとがきだけで1000文字ってアホかー!!長々と読んで下さった方に感謝を。割とこじつけ多いです。はっはっは、高校生の脳にはこれくらいが限界なのだよ!許し給え!!


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第108話 武家の再興…?⑥

前回くっっっっっっっそ長いあとがきを読んで下さった方ありがとうございます。

アガレス)定期的に読者様を困らせるのやめろよ。

と彼にも言われてますのでなるべく短くするか本編で説明できるようにしたいですね。ガンバリマスゥー。

アガレス「全く誠意が感じられないので俺から代わりに謝っておく。本当にうちの作者がごめんなさい」

ちゅーこって、それじゃあ意味のない前書きは終わりにして本編どぞー。


翌日の昼頃。なんとか旅人を探しだした俺は旅人に同行を頼んだのだが、二つ返事でOKを貰った。

 

旅人はセイライ島から帰ってきたらしく、今は探索の途中らしい。その最中で一旦一段落したため帰ってきたのだと言う。念の為そんなに長くはかからないというところを彼女に伝えつつ、楓原万葉の居所を聞くことにした。とはいえ楓原万葉は放浪しているため旅人達が知っているかどうかは不明だ。まぁ、聞いてみる価値はあるだろうが。

 

と、いうわけで旅人に聞いてみると、

 

「万葉なら今は塵歌壺の中にいると思う。丁度今好感度欲しくって」

 

好感度云々はよくわからないが、一先ずいるということがわかったので俺は旅人に呼んでくるように頼んだ。すると旅人が少し笑う。

 

「何言ってるのさ。アガレスさんも来るんだよ?」

 

「…冗談だろ?」

 

俺が冷や汗を浮かべながらそう告げると、旅人は俺の服の袖をぐっと掴んだ。不思議と振り解け無い。

 

「ほら、行っくよー」

 

旅人は凄みのある笑顔のまま、俺を伴って塵歌壺の中へと入るのだった。

 

 

 

一時間ほど後、俺と旅人とパイモン、そして楓原万葉の四人は塵歌壺から出てきた。しかしまぁ、旅人の塵歌壺の中は俺のときとは比べ物にならないほど沢山のものが配置してあった。俺が塵歌壺へ入りたくないのは感覚に慣れないから、というだけで別に塵歌壺自体が嫌いなわけではないので、素直に感心したものだ。

 

さて、塵歌壺から出てきた俺は三人を伴って稲妻城の天守閣、その最上階へ赴き眞と影を尋ねた。俺は二人の返事を待ってから三人と共に中へ入ってすぐに諸々の準備を整えてから話を始めた。

 

「さて、今日集まってもらったのは他でもない…」

 

俺は伊達眼鏡をつけて両肘を机の上に立てて両手を口元で組みながら言った。旅人が俺を見て苦笑いを浮かべている。

 

「アガレスさん…どこぞのでなければ帰れおじさんの真似するのはよくないよ」

 

「いや、なんかやりたくなっちゃって…」

 

よし、真面目に話そう。俺と旅人以外の三人がなんのことかわからず首を傾げているようだしな。

 

「改めて真面目な話をさせてもらうが…恐らくことの顛末を知らないであろう旅人とパイモン、そして万葉に説明すると…」

 

俺は眞と影を除いた三人に辻斬り事件のことと、俺が遭遇したことの顛末を告げた。

 

「事前情報としてはこんな感じだろう。それでは何故旅人と万葉を呼んだのか、ということだが…」

 

二人が息を呑むのがわかった。

 

「刀を持った武士の太刀筋に、万葉の面影があったからだ。万葉なら何か知っているかもしれないし、旅人は見識も広いだろうと思ってな」

 

「拙者に似た太刀筋、でござるか」

 

万葉は顎に手を当て考え込むような姿勢になる。その間に、俺は眞と影に聞きたいことを聞くことにした。

 

「眞、影。辻斬りの被害者達の遺体はどうなっていた?一日経ったんだし、報告はあったんだろ?」

 

俺の問いに答えたのは影だった。

 

「はい、全て塵になっていたようです。跡形もなく。それと、失踪者の話を覚えていますよね?収集家の長門という者の死体が稲妻城付近の海辺で見つかりました。そしてもう一人の失踪者である天目優也も既に死体でした。辻斬りの最初の被害者だそうです」

 

影の言葉で、俺は大体わかったので、「ありがとう」とだけ言った。

 

さて、何がわかったのかというとあの刀は持ち主を取っ替え引っ替えしたのだろう、ということだ。天領奉行の調べで失踪者が二人いてコレクターの長門という人物と鍛冶師の天目優也の間に何らかのトラブルがあることが判明し、長門のコレクションの中で刀掛台に本来あるはずの刀が無くなっていたことから刀が盗まれていたことが判明している。

 

だが、奪ったはずの天目優也は既に死んでいた。しかも最初の被害者として。だがその死体は塵となって消えた。そして今までの辻斬りの被害者も全て、である。

 

意思を持っているのなら呼称は妖刀でいいだろう。

 

「まぁつまり、宿主を取っ替え引っ替えしたこの妖刀は自身に最も合った宿主を探していたんだろう。加えて言うなら場所を変えていたのも特殊な場所に対応できる人間に出会いたかったのかもな」

 

武勲を挙げた人間を狙うのもそういう理由であるだろう。というか絶対にそうだ。

 

と、深い思考から戻ってきた万葉が俺の名を呼ぶ。俺は返事をすると万葉を見た。

 

「拙者の太刀筋は楓原家に伝わるもの。しかし拙者以外に今や楓原家の血筋の者はおらず、拙者以外に使える者はいないはずでござるよ」

 

なるほど、となればやはりあの妖刀は一心伝の鍛冶師が作ったものだろう。恐らくその鍛冶師の全てをつぎ込み、刀が意思を持ってしまったのだろう。余程強い意志を込めたのだろうが、果たしてどのような意思を込めたのだろうか?

 

行動からしてまず間違いなく将軍に関係することだと思うし、強さを求めていることから稲妻の転覆、なんてのもあるかもしれない。

 

その後も皆を交えて色々と話してみたのだが、思うような収穫はなかった。そんな中、俺はぼそっと呟く。

 

「…やっぱ本人…?本刀に直接聞くしか無いよな…」

 

影に止められたが、正直、絶対に大丈夫だという確信があるのだ。まずもって妖刀のほとんどは人間の残留思念だ。無論、残留思念の力などたかが知れているし、時と共にその意思はどんどん薄れていく。そして何より、宿主を変えているのだ。自我を塗り替える時に必ず残留思念の謂わば魂のようなものは削れていく。今までに8人もの人間の意識を塗り替えてきたのだから当然、残留思念の力は弱まっていくだろう。

 

「…アガレス」

 

と、再び影が止めに来た。

 

「影、これ以上話し合っても埒が明かないのはわかるだろ?この中だろ適任なのは俺しかいないし、勝算しかない。というかこうするしかないのは影もわかるだろ?」

 

その辺の人間に持たせるわけにもいかないし、いつ残留思念が消えてしまうかわからないのだ。こうするしかないのは当然だろう。

 

影は物凄く渋い表情を浮かべ、俺の前から退いてくれた。俺は少し微笑むと、

 

「すまないな、影。今度何か一つだけ願いを聞いてやろう」

 

アフターケアはこれでいいとして、俺は窓際の岩元素の塊を砕く。中からは相変わらず禍々しいオーラを出す妖刀が出てきた。俺は深呼吸をしてからその刀を手に持った。

 

直後、俺の中に何かが流れ込んでくる感覚があった。そして俺の自我をも侵食し始めたが、それは失敗に終わったようで俺の自我がなくなるようなことはなかった。

 

代わりに、いつぞや眞の精神の世界へ入ったような感覚に襲われた。

 

俺の眼前には、あの妖刀がある。だが現実のものと異なり禍々しいオーラなどは微塵も感じない。俺は他になにかないか確認するが特になにもない。どこまでも荒野のような空間だがそれでいて広さは四畳半程度だろう。

 

「お前の自我を飲み込もうとしたが、飲み込まれたのは俺の方だったらしい」

 

「まぁ、神に挑んだんだから当然こうなるだろう。妖刀という人ならざる者になったとはいえ早々簡単に神を超えられては困るのでね」

 

妖刀はどうやっているのかわからないが声を発し、俺がそれに返答すると「なるほど、道理だな」と少し笑ったような雰囲気を出した。

 

「今改めて対峙してわかったが、お前もう消えるだろ?何故人を操り、辻斬りなどしたんだ?」

 

妖刀が心做しか震え始めた。そのまま、妖刀は覇気のある声を上げる。

 

「楓原家が没落したのは、俺がスネージナヤへ逃亡したからだ───」

 

妖刀は以下のことを語る。

 

楓原家は将軍から指定した刀の鍛刀を行えとの命を受け、期限までに完成させられず、加えてその際責任者だった自分が逃げ出してしまい、楓原家はそれで没落したのだという噂を聞いた彼は自責の念に追われるままにその全身全霊を費やし、文字通り身を粉にして自身の最高傑作を作ることに成功した。だが鍛冶師自体はこの刀を造った直後に死亡してしまう。しかし死亡した鍛冶師の意思が宿るようにして刀は妖刀となり、ある一つの目的のためにスネージナヤから稲妻まで渡ってきていたようだ。

 

その目的は唯一つ。楓原家を没落へ追いやった他の雷電五箇伝、ひいては幕府に復讐することだった。

 

しかしそうかなるほど、と俺は一人納得した。道理で色々な戦場や人間を取っ替え引っ替えするわけだ。自分の意思を継いでくれる存在を探していたのだろう。戦時中に辻斬りがなかったのは、恐らくだがファデュイの誰かが手にしていたのだろう。

 

俺は話し終わった妖刀へ告げてやる。

 

「お前に一つ教えてやるとすれば、時間はかかるだろうが楓原家は再興されるだろう」

 

「…何?まだ末裔でもいるというのか」

 

「ああ。楓原万葉という少年がいる」

 

俺がそう言うと、妖刀が少し静かになった。先程まで震えていたのにその震えも止まっている。俺は妖刀の言葉を待っていたが、不意に彼は面白いことを言った。

 

「…お前の口を、貸してほしい」

 

「万葉と話したいのか。良かろう」

 

俺は顔の主導権を彼に渡す。

 

さて、どんな話をしてくれるのかな?

 

〜〜〜〜

 

稲妻城天守閣最上階にある雷電将軍専用の執務室にて、眞、影、旅人とパイモン、そして楓原万葉の五人は立ち竦むアガレスの様子を見守っていたが、不意にアガレスの口元が動く。

 

「───楓原万葉殿はいるだろうか…?」

 

普段とは少し違った口調に、影が直様手に持っている薙刀を振るおうとしたが、眞がそれをすぐに制した。

 

楓原万葉が一歩前に出て口を開いた。

 

「如何にも拙者が楓原万葉と申す者でござる」

 

アガレスの表情だけが驚きに染まった。勿論、アガレスの首から下には何ら変化はない。

 

「そうか…貴殿が…」

 

アガレス、こと妖刀はまず自身の身元を明かし、その上で楓原万葉に自身の目的を話した。楓原万葉は真剣な表情で、

 

「その目的が果たされることはないでござる。楓原家の思想である一心伝は使い手と刀が共存しているもの。目的を達成するために使い手を使い捨てては、本末転倒というものであろう。そして、アガレス殿の言っていたとおり、残された力も時間も、お主にはさほどない」

 

アガレスに憑依する妖刀の意思はその時点で自身の愚かさと、眼前の少年の凄さに気が付き、フッと笑った。

 

「楓原万葉殿、次期楓原家当主へ、俺の力を託す。アガレス殿、左腕を」

 

アガレスの左腕が少しずつ動き、楓原万葉の眼前へ差し出される。楓原万葉は首肯いてその手を握った。

 

「俺の刀、そして俺の力を貴殿に託す。それを以て貴殿に受け継がれていないであろう剣術と、鍛冶技術の研究材料となろう」

 

アガレスの右手にある刀から力が楓原万葉へ流入していく。

 

(…感謝する、楓原万葉殿…そして、アガレス殿───御当主様、今、そちらへ参ります)

 

楓原万葉の耳にそんな呟きが届いたと同時に、力の流入が途絶えた。

 

「…終わったか」

 

アガレスが再び話し始めたかと思えば、今度はしっかりアガレスの口調だった。楓原万葉は首肯き、アガレスの右手にある刀を見た。

 

「アガレス殿、刀を一度、持たせてはくれぬだろうか」

 

アガレスは構わんぞ、と言い楓原万葉に鞘に収めた状態で刀を渡した。楓原万葉はその刀を受け取ると、一度だけ抜き放ち、その刀身を見つめた。

 

「……」

 

彼はその刀身を見て物思いに耽っているようだったが、やがて刀を鞘に仕舞い、アガレスに同じようにして返した。受け取ったアガレスは拍子抜けしたような表情を浮かべた。楓原万葉はそのままアガレス、そして影と眞を見て微笑む。

 

「楓原家の再興に関して、拙者は正直、あまり好ましくは思えなかった」

 

だが、と楓原万葉は続けた。

 

「拙者は楓原家、ひいては一心伝の再興を目指すでござる。そしてそれは、幕府の庇護下ではなく、自分自身の力で、これからの旅の中で研鑽していくつもりでござるよ」

 

「だがわからんな。何故刀を俺に?」

 

楓原家の再興に関しては確かに、楓原万葉らしい回答だとアガレスは考えていた。だがそれなら刀は必須アイテムだろう、とアガレスは考えているのである。だが、楓原万葉の回答に、アガレスはなるほど、と納得することになった。

 

「拙者は、先程も言ったとおり旅の中で研鑽していくつもりでござる。だから拙者にはその刀は、無用の長物でござるよ。それに…刀をアガレス殿が持っていたほうが、拙者も嬉しいのでござる。持っていてはくれぬだろうか?」

 

楓原万葉の言葉に、アガレスはポリポリと恥ずかしそうに頬を掻くと首肯いた。

 

「承知した。そういうことなら、預かっておこう」

 

楓原万葉は再び微笑むと、

 

「恩に着る、アガレス殿」

 

とそう告げるのだった。

 

 

 

稲妻において、然程数は多くないが、家の再興と新興が行われた。昔からの名家の末裔や武勲を上げた信用できる者にのみこの機会が与えられた結果、以前より良い体制で幕府が回っていくこととなる。

 

〜〜〜〜

 

楓原万葉と旅人達が去ってから。

 

「…ただの鍛冶師にしてはやるな。長い間思念体のような存在だったから魂の扱いがある程度上達したものと見える」

 

俺はそう呟く。いや、呟かずにはいられなかった。

 

「…?」

 

影が俺の隣で首を傾げている。

 

「あの妖刀の思念体は自我が消えたあとで、俺の魂を補完したらしい」

 

「本当ですか?そのようなことをしたら魂が歪に…」

 

「ああ。だが一度は魂だけで接触したんだ。俺の状態がわかったんだろう。呪いによって蝕まれていた俺の魂を薄くコーティングするように彼の魂の残滓が広がっている。それなりに寿命も伸びたかもな」

 

ありがたいことだが、そこまでされる謂れはないのだが。などと、思っていると影が嬉しそうに微笑んでいる。どうしたのかを聞くと、影は俺へ視線を向けながら言う。

 

「いいえ、単純に貴方と共にいられる時間が増えたので、嬉しいだけです」

 

「そ、そうか…」

 

眞は天領奉行への報告でこの部屋にはいない。なので、俺達のこの空気にツッコミをしてくれる人はいなかった。

 

俺はそのまま暫く影と共に過ごすのだった。




武家の再興編は今回で最後でした。最後だけちょっと長くなってしまいましたが…。

さて、次回はデートさせます。何がとは言いませんが、デートさせます(断言)

…これでしないとかさせてないとかなったらどうしよう。一応保険かけます。多分恐らくきっともしかしたらもしかする可能性はゼロではない感じでデートしたりしなかったりするかもしれないです。


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第109話 デート①

前回、『次回はデートさせる』と言ったな…アレは嘘だ。

いや、嘘というより思ったより前フリ長くなりすぎたのでこういうことになりました。まぁ、次回で終わるかな…?まぁ、多分かなり長めになると思います。

それと、更新めっちゃ遅れました。活動報告でも言いましたがゲームとアニメが私を離してくれませんでした、はい。


稲妻城内にある将軍専用の執務室にて。

 

「この案件は…なるほど、認可が必要だったのね。内容的には面白いし、認可していいんじゃないかしら?」

 

「いいえ、計画に具体性がありませんし、資金の調達源も不明です。不確定要素が多いと今の疲労している稲妻には耐えられません。却下ですよ却下」

 

部屋の中では眞が下から回された書類に目を通し、そしてそれを影が諫める、ということが行われている。普段の執務からしてこんな感じなのである。

 

「それにしても、本日は書類が少ないようですね。眞、なにかあったのですか?」

 

「さぁ、知らないわよ」

 

影は内心で稲妻でなにが起きているのかくらいはなんとか把握してほしいとは思いつつも、自分が困っているわけではないのでよしとすることにしている。今の彼女達には心強い助言役がいるためである。

 

そんな時、執務室の扉が開く。二人は執務をする手を止め入り口の扉がある方向を見るなり目を輝かせた。特に影が、ではあるが。

 

「邪魔するぞ」

 

入ってきた人物がそう言うと、眞と影は微笑んだ。

 

「ええ、アガレス。ここ最近は忙しかったみたいだけれど大丈夫なの?」

 

眞が入ってきた人物───アガレスにそう問いかけると、アガレスは側頭部をポリポリと人差し指で掻きながら言った。

 

「まぁな…モンドにいたらいたで俺に楽しい思いをさせようと数人が俺を連れ回すし、ずっと一緒にいるし…璃月にいたらいたでこれまた同じように連れ回されるし…なんだかんだ俺の事情を知っている知り合いが一番少ないのが稲妻だからな…」

 

アガレスは困ったように笑って更に続けた。

 

「加えて、復活してからはモンドに長く住んでいたが精々が3年程度…やっぱり、稲妻に来て改めて思うよ。俺の趣味嗜好はやっぱ、稲妻の風情に近いものがあるし心が結構休まるんだよな…」

 

眞と影は自分の国が心地よいと言ってもらえたからか、とても嬉しそうな雰囲気を醸し出していた。

 

「それで、なんだが…そう、今日は別にそういうことを言いに来たわけではなかった」

 

コホン、とアガレスは咳払いをし、影を見る。見られた当の本人はキョトンとして首を傾げていたのだが次に続いたアガレスの言葉にギョッとせずにはいられなかった。

 

「その、俺と一緒に来てほしいところがあってな…要するに、『デート』というやつなんだが」

 

アガレスと影は一応、互いが互いを想い合っているわけだし、そのことをお互いが知らないというわけでもない。それにデートくらいなら、一度か二度直近であるのだ。ただ、それとこれとは別問題で、アガレスは兎にも角にも緊張している。

 

アガレスには精神的なモードの切り替えが存在する。普段、というより基本的には真面目な感じなのだが、動揺したりすると物凄く初々しい男子のようになる。今回は自分から影を異性の、それも大切な存在と意識しているので完全に後者のモードである。そのため、アガレスの頬は無論紅潮している。

 

「…ふぇ?」

 

言われた影は影でアガレスからの突然のお誘いに顔を真っ赤にした。無論、影は普段から、それこそ数百年間もアガレスのことを想い続けていたのでアガレスのように自覚云々の話ではない。ただ、恋愛的なアクションに関して言えば、今までは影からほぼ全てのアクションを起こしていたと言える。それがここに来てアガレスからのお誘いが来たのである。それも相手が顔を真っ赤にしている辺り完全に自分のことを大切な存在だと想ってくれていることが伝わってくる。それはもう、影も顔を赤くするのは当然であった。

 

さて、同・執務室には眞もいる。その眞は、というとプルプルと震えて執務机に突っ伏していた。

 

(何よこの恋愛初心者達…甘酸っぱいわ…口から砂糖吐き出しそう)

 

別の意味で顔を赤くしている眞はさておき、アガレスの問に影は返答した。

 

「あ、その…まだ執務が残っていまして…かなり遅くなってしまうのですが…」

 

言われてからアガレスは時計を見る。現在時刻は午前9時といったところだろう。アガレスはそれを確認してから、

 

「よし、俺も手伝おう。今日の分はそんなにないだろ?」

 

こんなこともあろうかと、アガレスは本日分の執務の量を調節していた。天領奉行、勘定奉行、社奉行全てを訪問して予め出来る仕事を全て終わらせていたのである。そのため、眞と影も書類の少なさに先程驚いていたのである。

 

そういったアガレスの申し出に、影は少し申し訳無さそうな雰囲気を出したが、同時にアガレスと一緒に出かけたい、という意思もあり暫しの間葛藤した。

 

(これはアレですね…恋愛小説の知識を借りるならば…)

 

影はゴクリと生唾を飲むと口を開いた。

 

「お気持ちはありがたいですが…私、この体でしか払えませんし…」

 

アガレスの視線が物凄く険しいものになる。そしてその視線は影向山の方向へ向けられていた。影は思わず首を傾げる。

 

「アガレス?」

 

「いや、なんでもない。それより影、軽々しく体で支払うとか言わないほうがいい。意味を知らないなら尚更だ」

 

「ですが神子が『あのアガレス殿とて男子(おのこ)じゃぞ?こう言われて喜ばぬ男子(おのこ)はおらぬ』と…」

 

アガレスは「アホか!!喜ぶけどさァ!!」と叫びたくなるのを必死に抑え込み、できるだけ笑顔で影に話しかける。ちなみに、めちゃくちゃ引き攣った笑みである。

 

「意味は知っているのか?」

 

「…?」

 

「わかってねぇんじゃねぇかよやっぱり…」

 

言いつつ、はぁぁぁと特大の溜息を一つついたアガレスは一先ず執務に手を付け始めた。影は疑問に思いながらも自分も同じように執務を再開した。

 

「なぁ眞」

 

アガレスが手元の書類に視線を落としながら眞を呼ぶ。眞は軽く返事を返した。

 

「…『体で支払う』ことの意味とか、色々教えてやれよ」

 

アガレスがそう言ったのを皮切りとして二人の会話は徐々にヒートアップしていく。

 

「…どうして私が?」

 

「当たり前だろ、お姉ちゃんだろうが」

 

「あら、アガレスから教えればいいじゃない」

 

「なんで俺だよ」

 

「彼氏でしょ」

 

「否定はしないがそういうのは姉の役目だろう。ほら、男の俺が教えると色々と問題もあるだろうが」

 

「問題?一体どんな問題があるのかしら?」

 

「お前…俺の口から言わせる気満々だな?」

 

「あら、駄目かしら?」

 

「当たり前だ」

 

二人の会話は留まることを知らず、しかし手元だけは常に動かしていた。影は集中していたため特に気を留めていなかったため二人の会話は完全に右から左へ受け流している。

 

30分ほど経ち、眞とアガレス二人分の執務が終わっても話は尽きなかった。

 

「だからお前から教えてやれよ」

 

「貴方からの方が影だって喜ぶでしょ」

 

「そのまま勢い余ったらどうするつもりだ?」

 

「別にいいじゃない。おめでたよおめでた」

 

「そういうわけにもいかないだろうが。そういうのはもっと仲を深めてからだな…」

 

「恋愛初心者が何言ってるのよ。ていうか仲なら十分深まってるじゃない」

 

「あくまでも友達以上恋人未満だろ?それじゃあ意味ないじゃないか」

 

「それはどうかしらね〜」

 

「なんだその含み笑いは」

 

さて、実は15分ほど前に既に執務を終わらせていた影はずっと二人の会話が終わるのを待っていた。いたのだが…影が震え始め、ついに爆発した。

 

「ああもうっ!!いい加減にしてください!いつまで言い争っているんですか!」

 

「「だって眞(アガレス)が素直じゃないから」」

 

「もうっ、ふたりともですふたりとも!」

 

眞とアガレスはお互いに顔を背けあって頬を膨らませている。勿論、影としても二人が仲良しなのはいいことだがしかし彼女…?である自分を放っておいてそちらでよろしくされるのは気分は良くないわけである。

 

と、そんな中アガレスは妙案を思いついたとばかりにニヤリと笑った。無論、眞は目を背けているのでその表情を見逃している。

 

「俺より一緒にいる時間の長い眞の方が適任だよなぁ…影も気になるだろ?体で支払うことの意味」

 

アガレスの表情には先程までの不敵な笑みはあらず、至って爽やかな笑みだった。まぁ、そっちのほうが不気味だが。

 

影はアガレスから言われた言葉に特に何も考えずに首肯く。それを一拍遅れて見た眞はしまった、という表情を浮かべた。

 

「残念だ、うん、実に。時間さえあれば教えてあげられたのに。なぁ、影、俺は時間があまりないから眞からじっくり教わってくれ」

 

「はい、よろしくおねがいしますね、眞」

 

影は微笑みながら眞を見る。そしてアガレスは不敵な笑みを浮かべて眞を見ている。見つめられた眞は、というと観念したように首肯いた。

 

「さて、これで気持ちよくデートできるというものだ」

 

「アガレス、私の犠牲の上に成り立ってるってことを忘れないでね?」

 

「当たり前だろ」

 

アガレスは立ち上がると大きく伸びをして影に手を差し伸べた。影はアガレスに微笑みを向けながら立ち上がる。

 

「それじゃまたな、眞」

 

「ええ、楽しんできてね」

 

アガレスと影は首肯くと眞に小さく手を振ってから執務室を出て行った。残された眞は、というとふぅ、と息を吐く。

 

「書類の量が少ないからもしかして、とは思っていたけれど…まさか本当にデートに誘ってくるなんて思わなかったわね。ふふ、神子と一緒に事前に影に色々仕込んだ甲斐があったというものだわ」

 

勿論、書類の量が少ないためアガレスが何らかのアクションを起こすのではないかと予想したのは眞だが、影に色々と教え込みそれをまるで知らないように振る舞うことを提案したのは八重神子である。

 

「影…頑張ってねっ」

 

自身の愛する妹が去っていった方向を見ながら、眞は握り拳を作って応援するのだった。



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第110話 デート②

さて、それじゃあ前フリは終わりだ。

さぁ…前回から私は見直しするのも恥ずかしくなっているぞッ!!

いや、本当にですね…見直しするのが辛い。私にもいい相手が欲しいってくらいですよ!!アガレスとか影ちゃんが羨ましい!!

アガレス「いや、俺に言われても…」

影「私に言われても困ります。それに、いい相手がいないのは貴方が自分を磨いていないからでは?」

テン、テン、テン、クリティカルヒット!

というわけなので私はこれからもリア充を見て羨ましがりながら生きていこうと思っています。それでは本編にごー。


さて、影を連れ出して来た俺は早速連れて行きたい場所へ連れて行くことにした。

 

「アガレス、何処に行くのですか?」

 

「まずは璃月に行くぞ」

 

俺は人目のつかない場所へ移動すると影を抱え上げた。勿論横抱きである。

 

「あ、アガレス…その、恥ずかしいのですが…」

 

「仕方ないだろう。影は飛べないんだしこうするしかないじゃないか」

 

船で移動するにしてもかなりの時間がかかるからな。それなら俺が飛んだ方が圧倒的に早い。遮るものとか途中で問題が起きる可能性も限りなく低いからな。

 

勿論、俺の内心は大変なことになっている。

 

(え、やばい…待って、勢いで抱えあげちゃったけどさ、柔らかいしいい匂いするしなんというか密着しすぎだこれ!ま、不味い…斯くなる上はあまり気にしてませんよ〜的な雰囲気を装うしかない。眞に間違いは犯しません、みたいな雰囲気出したんだからな…)

 

「影、俺にしがみつかないと振り落とされるかもしれないから俺の首に手を回せ」

 

「はい。こ、こうでしょうか?」

 

影が俺の首に手を回して抱きついてくる。

 

………。

 

対応間違えたーッ!!?

 

「それでいい」

 

だが数千年生きている俺のポーカーフェイススキルはかなりのものになっている。出るときは出るが、今日は調子が良いようで影が勘付いた様子はない。俺はなんとか気を持たせて風元素で浮かび上がって璃月へ向かうのだった。

 

あれから暫く当たり障りのない会話を続けてなんとか気を紛らわせた俺は璃月港郊外へやってきて地面へ降り立った。そしてそのまま影が大丈夫かを見ようとしたのだが、それがいけなかった。

 

「「!!」」

 

顔近ッッッッッ!

 

というわけで二人で同時に思いっきり顔を背けると、俺は優しく影を地面に降ろした。危ない危ない、危うく好きが溢れ出るところだった。

 

「さ、さて、行くぞ」

 

「は、はい」

 

お互いおどおどしながら璃月港に到着した。相変わらず、いや幾らか璃月港は前より賑わっているように見えた。こうしてゆっくりできる時間で璃月港に来るのは久し振りだ。

 

「アガレス、何処に行くのですか?」

 

影が不思議そうに俺を見て訪ねてくる。俺は影を横目で見ながら少し笑う。

 

「ああ、折角だからデートと称して影に俺が復活してからの足取りを体験してもらおうと思って」

 

稲妻は大体知ってるだろうし、と考えて俺は璃月での出来事とモンドでの出来事を話すことにした。

 

「ほら、前は話だけだったし、実地をあまり知らないだろうから。ついでに色々と話すのもいいかと思って。どう、だろうか…?」

 

そこまで言って俺はすごく心配になってきた。普通に璃月港やモンド城の屋台や食べ物を食べたりしたほうが楽しいんじゃないかと思えてきたのだ。なんというか、物凄く緊張してきた。

 

そんな俺の緊張とは裏腹に、影は少し嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「とてもいいと思います。私もアガレスの稲妻へ至るまでの歩みを知りたいですし、何より…長い時間貴方と共にいられるのですから…」

 

そう聞いて俺は顔が熱くなるのを感じる。そして俯いている影もそれは同じだろう。

 

「一先ず、色々説明していこうか───」

 

俺達はまず青墟浦へ影を連れてやってきた。青墟浦は以前の遺跡などは見る影もなく、そこだけが別の世界かのようだった。

 

「こ、れは…アガレス、まさか元素爆発を…?」

 

俺は首肯く。

 

「ファデュイ執行官…いや、今は元だったな。第6位『淑女』と俺が戦った場所だ」

 

『淑女』のあの自らの身を犠牲にした攻撃と防御の両立には眼を見張るものがあった。実際、俺は割と重傷を負わされたしな。

 

「俺の攻撃のほとんどが通じず、結局使わざるを得なかったわけだよ。まぁ、敵を倒したときに出る元素粒子を今まで無駄にしまくってきたけどな」

 

とはいえ、俺の元素爆発が溜まるまでそれなりに時間はかかる。当然だ、際限なくあらゆる元素反応を起こすのだからそれ相応のコストは必要だ。発動するにはまぁ…最短でも一週間はかかるだろう。

 

まぁ、一日中各地の元素生物やらヒルチャールやらを倒していれば2日で溜まるだろう。

 

「まぁ勿論、死ぬほど加減はしたぞ?アレやると俺の消耗も激しいから」

 

元素反応で俺にも多少影響あるし。

 

「そうですよね…ファデュイの執行官に関してはかなりの実力者の集まりだという風に聞いています。アガレスにここまでさせるだなんて…」

 

影の言葉に対して俺はう〜ん、と首をひねる。

 

「強いは強かったが、アレは別格だろうな。自分の身を削ってあの強さだからな。それこそ、ルフィアン…ああ、今はアンだったか。彼女の強さを考えると普通なら俺や神には遠く及ばないだろうさ」

 

勿論、推測でしかない。だが旅人は第11位『公子』を一応初見殺しに近い戦法で打ち破ってはいる。まぁ、殺し合いだったら旅人の命は勿論ないだろうけどな。ファデュイ執行官第11位とはいえ『公子』の実力は確かなものだ。そう考えるとやはり彼等の強さというのはあくまでも人間の域を出ないのかもしれない。

 

などと考えていると、影は不機嫌そうに頬を膨らませていた。

 

「え〜っと、どした?」

 

「アガレス、また考察してますよね」

 

ギクッ。図星。

 

「昔からの癖ですしわかってますけど、私にも構ってください」

 

影は尚も頬を膨らませ、顔を少し赤くしていた。照れているのと同時に、拗ねてもいる。なんというか、申し訳ないことをした。

 

「どうすれば許してくれるんだ?」

 

俺がそう問いかけると影は悪戯っぽく笑う。

 

「ん」

 

影が両手を広げて俺を上目遣いで見る。勿論、顔は真っ赤である。

 

「…」

 

俺は無言で近づき、抱き締める。勿論、俺も顔が暑いので真っ赤だと思われる。影は俺に抱きつかれて嬉しそうに頬を緩めていた。

 

「さ、さて、次行くぞ」

 

俺は離れるのが少し名残惜しかったのでそのまま横抱きに抱えあげると密着したまま南天門、それから璃月港を巡って俺のこれまで行ったことなどを色々話した。記憶の欠落が多少はあったが、話していくうちに色々と思い出したこともあったりしたため、あらかた最近の記憶は戻ってきたと言えるだろう。

 

俺は一通り説明が終わったのでずっと影と密着したままだったのを思い出して璃月港郊外の───旅人曰くワープポイント───の近くで影を地面に降ろした。因みに、影が物凄く残念そうな表情をしていたため、また機会があったらすることを俺は心に誓った。

 

え、俺?俺は勿論名残惜しいが。

 

「一先ず璃月であったことはこれくらいだな。聞きたいことは?」

 

俺は平静を装いつつ影にそう問いかけた。影は少し頭を捻ってから人差し指をピッと立てながら口を開いた。

 

「ずっと旅人さんと一緒にいたんですよね。しかも一夜を共に過ごしたんですよね?」

 

俺は若干居心地が悪くなるのを感じつつも否定はしなかった。勿論、影の纏う雰囲気には不機嫌さが全面に押し出されている。

 

「その、やはりそういうことを?「してないから」で、ですが「してないから」」

 

影は一体、俺のことをなんだと思っているのだろうか?性欲の悪魔かなにかだとでも思っているのだろうか。

 

そう言えば人間社会において歳を重ねるごとに童貞の格が上がるとかなんとか…いや、この話はやめよう。俺なんて数千年生きてきて一度も女性経験などないのだ。つまりはそういうことだ。

 

確か…例は極少数だが100歳超えると『神』だっけ?40代で『魔法使い』みたいな…アレ、違ったっけ?まぁいいや。

 

とにかく俺は存在的な意味とアッチの意味でも『神』だということが確定してしまった。なんと不名誉な『神』の称号だろうか。こんなんでは何処ぞの性欲モンスターに笑われてしまう。いや、別に気にしないけど。

 

さて、とばかりに俺はなんとか空気を入れ替えて再び影を横抱きに抱えた。

 

「最後はモンドだ。行くぞ」

 

「は、はい…」

 

突然横抱きに抱えられたからか、影は再び顔を真赤にしながら俺に抱きついてくる。なんというか、もう一生このままでいいだろうか。俺の寿命問題も解決するぞヤッタネ。

 

 

 

影との会話に花を咲かせつつ、移動していると、旅人とノエルが一緒にヒルチャールに襲われる人を守っているのが上空から見えた。清水町近くで運搬用の気球付近で蹲っている人が見える。

 

それを見て俺は微笑ましい気持ちになった。勿論、会話の途中で突然微笑んだ俺を不思議そうに影は見ていた。

 

「アガレス、どうかしたのですか?」

 

「ん?ああいや、人の意思ってのはしっかり次の世代へ受け継がれるものなんだな、と思って」

 

そのことを理解しているからか影も微笑んだ。

 

「はい、ですから私は眞の言っていた『永遠』を求め彼女と共にあるのです。そして今は…」

 

途中で言葉を止めた影は嬉しそうに笑う。俺はわからずに首を傾げたが、影が言ってくれそうもなかったので大人しく諦めた。

 

「さて、それじゃあ目的地にも到着したし、ここから何が起こったのかを順々に追っていくぞ」

 

それから再び、俺は風龍廃墟、アカツキワイナリー、モンド城ときて救民団で色々と説明をした。途中、旅人とノエルが救民団本部へ帰ってきて少しだけ話したり、それで影が何故か拗ねたりなど色々あったが、俺たちは最後に囁きの森へ向かった。今回は徒歩で、である。

 

俺達は勿論、手を繋いでいる。指を指と指の間にやって握る方法のやつね。なんというか、俺はこの手の繋ぎ方は初めてなのだが、密着している感覚があって結構好きだ。

 

「一応、俺の紹介したいところは次で最後だ。俺が復活した場所だからな」

 

「そうですか…楽しい時間というものはあっという間ですね」

 

影は少し寂しそうに言った。俺も勿論寂しいし、八重神子の仮説が合っているかどうかで今後の俺の生活もガラッと変わる。いつ俺が死ぬか、それは全くわからないのだ。一秒後には死ぬかもしれないし、逆に何百年何千年、それこそ永劫に近い時間を過ごしても死なないかもしれない。

 

俺は先程より少し強めに影の手を握った。影は不思議そうにしていたが、やがて強く握り返してくれた。

 

さて、そうこうしているうちに囁きの森へと辿り着いてしまった。俺は手を繋いだまま俺の復活した木の木陰まで移動する。空は既に赤らみ夕方だった。

 

「今日は、ついて来てくれてありがとう」

 

俺は先ず影にお礼を言った。影は「気にしないでください、貴方からのお誘いですから」と言ってくれた。思わず、感動しそうになるのをぐっと堪える。

 

「それで…影をここに連れてきたのには、ちゃんと理由がある。加えて言うなら、この外出の目的はデート八割、これ二割ってところだ。今からその二割の部分を伝えようと思う」

 

俺はすぅ…と息を吸って、吐いた。そうやって深呼吸をして俺は自分の気持ちをなんとか落ち着ける。

 

「前に、ほら、好きということは伝えたと思う」

 

「はい」

 

「だけど、具体的なこととか、色々どうするとか伝えていなかったことを思い出してな」

 

実際、俺はあの祝勝会…というより言うなれば祝勝祭の際に影と気持ちをしっかり確かめ合ったのだが、『付き合う』とか『結婚する』だのそういう…なんというか夫婦的なことを全くしてこなかった。加えて眞から『彼氏でしょ?』と言われても若干煮えきらない答えになってしまっていた。

 

それは困る。ひじょ〜に困るのだ。

 

何故なら影は超がつくほど可愛いのだ。美人なのだが、可愛い。わかるだろうかこのギャップ。アガレス、お前は数千年も何をしていたんだと過去の俺をぶん殴ってやりたいレベルである。

 

そんな彼女のことだ。民衆に違う意味で想われることもあるだろう。

 

「それは困る。ひじょ〜に困るのだ」

 

「アガレス?」

 

「なんでもない…」

 

そうなったときに曖昧な関係だと都合が悪い。何より影は俺のものだと深く知らしめてやりたい。

 

…あれ、重くね?まぁいいか。

 

「影、改めて言うが俺の彼女になってくれないか?」

 

俺がそう言うと、影はキョトンとして俺を見た。んん…?なにか間違えただろうか、と思って何があったのかを影に聞いた。すると影は顔を真っ赤にしながら、

 

「え、えぇっとその…私達、接吻もしたのでてっきりもう彼女にされているものかと…」

 

どうやら、俺と影の間には勘違いがあったようだ。確かにキスまでして彼女ではない、というのはおかしいか。

 

「すまん、まぁ改めて言いたかったんだ」

 

さて、と俺は咳払いをして再び話題を変える。

 

「それで、だ…俺がここに影を連れてきたのには、きちんと理由があるんだ」

 

俺は一旦言葉を区切ってから続けた。

 

「影には、俺が復活してからのことを全部知ってほしかった。勿論、友人の関係のままだったとしてもそれは変わらなかっただろうが…意味は少し違う」

 

「それは、どういう…っ!?」

 

俺は影を無造作に抱き寄せると、強引にその唇を奪う。二秒ほどそのままにしてから俺は顔を離した。影が羞恥心と困惑と歓喜が混ざったような表情でこちらを見ている。

 

「今は俺の大切な人に、俺の全てを知ってほしいという気持ちだ。友人の時ならまぁ世間話程度止まりだろうが…俺がここで復活して、どう考え、どう行動して影と再会したのか。なんというか、うまく言えないんだが君には知っていてほしかった」

 

ただそれだけだ、と続けようとして俺は自分の唇が塞がれたことに気がつく。影も俺と同じように二秒ほどで顔を離し、至近距離から俺の瞳を上目遣いでまっすぐ見据えてくる。

 

「私も確かに、気になっていたんです。アガレスが復活してからどうしたのか。伝聞でも勿論伝わりますが、やはり百聞は一見に如かずという言葉の通りです」

 

それに、と影は真っ赤な顔のまま微笑んで続けた。

 

「アガレスが私に好きと言ってくれるより、さっきのように行動で示してくれたほうが伝わるものですね」

 

「それはまぁ、そうだな…俺はかなり恥ずかしかったが」

 

「その割にはノリノリみたいでしたけど」

 

「忘れてくれ」

 

俺が顔を逸らしながらそう言うと、影は俺の顔を覗き込みながら満面の笑みで言った。

 

「いいえ、例え友人から、皆の記憶から、そしてこの世界から忘れ去られても…私だけは貴方を忘れません。絶対に」

 

俺はその言葉に、何故だか聞き覚えがあった。

 

───例え何度時間が移ろおうと、世界が変わろうと、私はまた貴方を愛するでしょう。だからアガレス…『永遠』の思いを胸に、いつかまた貴方と愛し合える日を待っていますから───

 

不意にそんな言葉がフラッシュバックしたが、今は気にする必要はないだろう。俺が例え世界から拒まれようと、どうでもいい。俺の目の前には夕陽に照らされる世界で一番大切な人がいるのだ。

 

今はただ、それでいい。




青墟浦の怨念シニョーラ「なんだろう…ここでイチャつくのやめてもらっていいですか?」

南天門の怨念若蛇龍王「なんだろう…イチャついたまま僕のところに来るのやめてもらっていいですか?」

風龍廃墟で休んでるトワリン「僕、ここで休んでるのアガレスさん知ってると思うんですよね。そこに知り合いというか友人というか彼女というか大切な人連れてくるって、これ僕への当てつけだと思うんすよね」

アガレス&影「「なんだろう、論破しそうな雰囲気出すのやめてもらっていいですか?」」

という茶番でした。次回…からはどうするか。全く決めてない。まぁ順当に行けばいよいよ層岩巨淵でしょう。多分、恐らく、きっと。

いや、わかんない。私気まぐれだから。突然よくわからん話をぶっこんで来るかもしれない!


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第111話 ゾロ目だからと言って適当な話をぶっこんでいいわけではない

ハァイ今日の私、宣言通りよくわからない話をぶっこんできたわね。

オネェ口調も悪くはないんだけどな。使い所がなくて困る。強いて言うならリサおば…リサお姉ちゃんくらいか。

リサ「あら、作者ちゃんはよっぽど痺れたいのね?ちょっとこっち来ましょうか」

あっ、暫く執筆できそうにないです(大嘘です心配ご無用)

それでは本編に…ぎゃあああああ!

まぁ、暫く執筆できなかったのは本当ですけれどもね。まぁなんとか頑張りますよって…許してちょんまげ。

ちなみに、今回の話はほとんどギャグ回です。ついでに言うと本編にほとんど関係ありません。ついでに結構メタ要素も多いはずです。まぁ、なんとなく気分を上げたかったんすよ。私の。ええ、私の。

IFルートの執筆に当たって中々更新できなさそうですしおすし。ここらで一発、ちょっとギャグ要素でも入れておくか、と。ついでに話の関係上会話文多めです。


モンドにある救民団本部にて、風神、岩神、雷神、そして『元神』ことアガレスが一堂に会していた。

 

給仕とかは特におらず、各々が色々酒やらお茶やらお菓子やらを持ち寄っている。つまり、ただの飲み会的なものである。

 

「いやぁ、それにしてもこうして僕達がちゃんと集まるのって何気にアガレスが倒れた時以来だよね。しかもあの時はアガレスが倒れてそれどころじゃなかったしアレはほぼノーカンかな?」

 

バルバトスが酒を自身の空になったグラスに注ぎながらそう呟く。それに同意したのはモラクスだった。

 

「その通りだな。アガレスが倒れたと聞き及んで俺達はここへ来たが、このように酒の席、というわけでもなかったからな」

 

モラクスが持ってきた最高品質とも名高いお茶は既にアガレスと、影に専有されているためモラクスも自身のグラスに酒を注ぐ。

 

「そうですね、あの時は私も本当に肝を冷やしました。私の中で最も『永遠』に近しいのはアガレスだと考えていましたし、寿命…というより魔神の呪いでそこまで自分自身を擦り減らしていたとは思いませんでした」

 

「同感ね。神子がいなかったら一体どうするつもりだったのかしら?」

 

言いながらアガレスに心底心配そうな視線を向ける影と、少しだけ責めるような視線を向ける眞に対し、お茶を優雅に嗜んでいるアガレスはなんでもないことのように告げた。

 

「まぁ、多少驚きはしたがなんとかなるとは思っていた。魔神達の呪いをこの一身に背負ったのは勿論お前達を護るためもあるが、それをしてどうなるかまではあまりわからなかった。だがなんというか、『終焉』をなんとかできたのに魔神達の呪いをなんとかできない、とは思えなくってな」

 

「それがよくないのでは?」

 

「…否定はできん」

 

「ねー折角の飲み会なんだから真面目な話はやめようよ〜」

 

ぐでっとしながらバルバトスが言う。その雰囲気に毒されたのか、アガレス、影、眞の三人はフッと力を抜いて笑う。

 

「そうだな。確かにその通りだ」

 

「差し当たってはアガレスくん」

 

アガレスが同意したのを見計らってバルバトスがニヤニヤしながらそう発言した。アガレスは多少不審に思いつつも話を聞く態勢をとった。

 

「君は僕達に助けられているわけだし、今日くらいは僕達のために動いてみようよ?」

 

「やだよ面倒臭い。影のためなら考えるが」

 

「アガレス…」

 

「はいはい、それで?」

 

アガレスはバツが悪そうな表情を浮かべると、はぁと溜息を吐き、両手を観念したように上げた。

 

「はいはい、降参だ。それで、何をして欲しい?」

 

「むふふ、よろしい。じいさん」

 

「はぁ…本当にやるつもりか。後でどうなってもお前の責任だからな」

 

「やだな〜それくらいわかってるよ〜」

 

ひらひらと手を振りながらバルバトスはモラクスに合図を出した。それを遠い目で眺めながら、アガレスは何が起きるのかを待っていた。

 

暫くして、モラクスが持ってきたのは色々な服だった。

 

「…すまない、アガレス。俺ではバルバトスを───」

 

「いや、お前が止めてくれよ。というかお前が止めてくれないと困るんだが!」

 

アガレスは言いつつも服の分析を始める。チャイナ服、メイド服、西風騎士団の鎧、着物、タキシードなどなど…。

 

「ふざけんなよ!!なんでメイド服混じってんだよ!?」

 

「え?僕の趣味だけど」

 

「初耳だよ!嘘だよな?嘘だと言ってよバルバトス!!」

 

アガレスは色々とツッコミを入れつつ、その後ろでは…。

 

「眞、一先ずアガレスが暴れるようなら私が抑えますので」

 

「あら、影。珍しくバルバトスの悪ノリに乗り気じゃない。どんな心境の変化があったのかしら?」

 

「…いえ、単純に色々な服装をしているアガレスがみたいだけです。他意はありません」

 

「十分不純な動機ね…」

 

そうこうしている間に、アガレス以外のメンツには酒が入っているため悪ノリは加速していく。

 

「じいさんさ、予備の服持ってきてる?」

 

「ん?無論だ」

 

「じゃあそれもアガレスに着せてみようよ」

 

「俺は着せ替え人形かっ!!え、影!助け───」

 

ここで初めて振り返ったアガレスは気が付く。

 

影の舐め回すような視線、眞の面白がるような視線、モラクスの申し訳無さそうな、しかし何処か楽しげな表情、バルバトスのムカつく顔。

 

(あ、これダメな奴だ)

 

そう、彼に味方など存在していないのである。

 

「さぁ、アガレス。観念して…そうだなぁ…まずはじいさんの服から着てみるかい?」

 

「すまない、アガレス…」

 

「アガレス、ここは一発覚悟を決めましょう」

 

「ささ!アガレス〜、着替えてみなさいよ〜」

 

「ああっもうくそっ!やりゃいいんだろやりゃ!!」

 

アガレスは全ての服をひったくると足早に部屋を出て行った。残された四人は顔を見合わせて笑い合う。

 

「さて、個人的には服装がかなり楽しみなので全部見てから当初の計画を実行しましょう」

 

「そうだね!僕としても、やっぱメイド服は気になるよね!し、身長180cmのメイド…ブフッ!!」

 

思わず、と言った形で四人も釣られて笑う。

 

「し、しかもアガレスって普段黒い服に隠れてるけどガッチリしてるからね…っ!ガチムチメイドの出来上がりになるかも!!」

 

「ば、バルバトス…ッ!そこまでにしと…ブフッ!」

 

「「……」」

 

モラクスが諌めようとするも笑って思うようにいかず、眞と影は二人で顔を背けて静かに笑っている。アガレスは未だに帰ってきていない。その頃のアガレスはと言えば───

 

「ん〜…やっぱメイド服は気持ち悪いな…ガチムチ、とまではいかないが身長に加えて体つき的にやはり似合わないな…絶望的に…」

 

───とばかりに行くべきか葛藤していた。その間に止める者のいない妄想は際限なく広がっていくのである。

 

「チャイナ服に至っては最早体のラインが出る筆頭だよね!!影辺りには物凄く需要あるんじゃない?」

 

「体の…線…ですって…ッ!?」

 

影が衝撃を受けたように固まる。先程までのメイド服のことなど忘れている。

 

そんな時、ついに扉が開かれた。四人が期待に目を見開く中、出てきたアガレスは───

 

「さて、逆手に取るようで悪いが、俺は全て着るとは一言も言っていないし言われていないからな。今日はこの格好で過ごすことにしよう」

 

「…え〜つまんないなぁ…」

 

「少し期待していただけに、なんという落差だろうか」

 

「全く、アガレスらしいけれど、今日ばっかりはメイド服…もとい、チャイナ服でも着てくれればよかったのに。そう思わない?影」

 

アガレスが着用していたのはタキシードだった。申し訳程度の趣向として目元のみが隠れる黒い仮面にシルクハットという如何にも怪盗らしい謎の格好をしていた。

 

「い、いえ…私はとても似合っていると思いますが…」

 

「影ならそう言ってくれると思ってた…うん、何処ぞの呑兵衛と頑固なじじいと違って。というか、眞までそう言うとは思わなかった」

 

「あら、私だってそれなりに期待していたのよ?貴方のメイド服姿」

 

眞の言葉に、アガレスは心底嫌そうな顔をした。その表情でアガレス以外の全員は全てを察した。

 

((((間違いなく似合わなかったんだろうな))))

 

「はぁ…まぁ、やるにしても俺の姿を変えてからだな。やるなら身長をノエルくらいにして…まぁ性別も逆にするとかしないと…かなり面倒だから絶対やらないがな」

 

はぁ、とバルバトスが溜息を吐いている間に、ガシッとアガレスがバルバトスの肩を掴んだ。バルバトスの額に冷や汗が浮かぶ。

 

「さて、差し当たってはバルバトスくん」

 

「な、なななななんでしょう」

 

物凄いいい笑顔のアガレスの雰囲気に気圧されたバルバトスは噛み噛みの返事をした。

 

「ここにちょうどよ〜くメイド服があってな」

 

「そ、そうだね」

 

「こっからは、わかるよな?」

 

「わ、わかりません!わかりたくないよ!!」

 

バルバトスが悲鳴を上げるように言った。アガレスの額からぷちっという音が聞こえたかと思うと、メイド服を見せびらかすようにしてから、

 

「なら、その体に叩き込んでやるよオラあああ!!」

 

「わーっ!アガレスが壊れた!?」

 

アガレスがバルバトスを組み伏せ、服を脱がせていく。

 

「わからんならこうだぞ!!」

 

「わーっ!!じいさん!!止めて止めて!!」

 

「すまない…アガレス…ッ!」

 

「いや、謝ってないで止めてよ!?というか謝るの僕に対してじゃないのかい!?」

 

「眞、アレが俗に言う『びーえる』というやつなのですか?」

 

「影、貴方にはまだ早いわ」

 

「そこ!!わけのわからない話しないで!!」

 

バルバトスの抵抗虚しく、少しずつ服が脱がされていく。

 

「バルバトス!いい加減に観念しろ!」

 

「し、しないよ!!」

 

「言っただろう!無理矢理にでも着せるってな!!」

 

「い、言ったけど!!というか言われたけど!!」

 

「というか脱がせてたら変な気分になってきた…バルバトス、お前キレーだ…」

 

「わーっ!!助けてぇ!!自分で着るから!!」

 

「最初からそうすればよかったものを」

 

やや時間が経って、メイド服を来たバルバトスが部屋へ戻ってきた。

 

「うん、やっぱり似合うな。よっ、男の娘!」

 

「う、うるさいよ…それにしても君たち随分とバチ当たりだよね…」

 

「バチ当たりも何も俺ら神だから関係ないが?」

 

「…ほんとだ」

 

はぁ、とバルバトスは溜息をついた。

 

「それで、勿論じいさんも影も眞も着るよね?」

 

「「「ゑ?」」」

 

「『ゑ?』じゃない。当たり前だろ?まさか自分達だけ逃れられるとでも思っていたのか?」

 

 

 

今度は若干の悲鳴が響き渡って。

 

「ふむ…案外、このタキシードは馴染むな」

 

高身長男子組こと、モラクスとアガレスはタキシードを。女性組は何故か用意されていた花嫁衣装を纏っていた。ちなみに、バルバトスは未だにメイド服である。

 

「僕だってタキシード着てもいいと思うんだけど?」

 

「いや、お前は暫くそのままだ。というか今日一日はそれで過ごせ。面白いから」

 

「アガレス、今日酷くない?」

 

コホン、とアガレスは誤魔化すように咳払いをしたかと思うと、そのままアガレスは少しだけ酒を飲んだ。

 

周囲の面々が驚きの表情を浮かべる中、アガレスは酒を飲み干すと、グラスをコトリと置いた。

 

「今日は珍しくある程度自我が残っているようだな。まぁ、いつまで続くかわからんが」

 

モラクスがアガレスの瞳を覗き込んでそう結論を出した。アガレスは上気した頬のまま辺りを見回すと、突然頭を下げる。再び周囲の面々が驚きに身を染める。

 

「いつもありがとな。今日俺がここに呼ばれたのはなんか用意してくれてたんだろ?」

 

「…アガレスには、お見通しでしたか」

 

「まぁな。俺達友人だろ?わかるさ。で、今回は俺に何をくれるんだよ?」

 

ニカッと笑いながらアガレスはバルバトス達に笑いかける。バルバトス達は互いの顔を見合ってから首肯き、少し離れた場所から写真機を持ってきた。

 

「プレゼント、というほどのものでもありませんが…アガレスは以前に魂の摩耗で記憶が欠落していると言っていました。なので、写真として思い出を保存しておこうという話になったんです」

 

「ほ〜、そりゃいいアイデアだな!早速撮ろうぜ!!」

 

かなりノリ気なアガレスを見て、バルバトスは呟く。

 

「なんていうか、お酒を飲むと気が解れるのかな?ノリが昔のアガレスだね」

 

それに反応したのはモラクスだった。

 

「ああ。現在のアガレスはかなり変質してはいる。ただ、懐かしいとは思うがやはりアガレスは今のアガレスが一番いい」

 

「うんうん、わかる。わかるとも」

 

「何してんだよバルバトスもモラクスも!早く来いって!!」

 

影と眞、そしてアガレスがバルバトスとモラクスを待っていた。バルバトスとモラクスは顔を見合わせて笑うと、アガレス達の下へ向かうのだった。

 

「それでは、撮りますね!」

 

尚───この後調子に乗ったアガレスが酒を更に飲んでぶっ倒れ、そのまま飲み会がお開きになり尚且次の日に二日酔いに悩まされることになるのだが…そのことをまだ本人は知るよしもないのであった。




適当な話でした。

さて、実は…アガレスの見た目をね、考えているんですが、私絵心が全く無いので描けません。漠然としたのはだって銀髪、赤い瞳、なんかイケメン、あと高い身長に細マッチョ、そんで黒衣なわけじゃないですか。

う〜ん…ごめん、絵心がないのだ。私には。そう、絶望的に…。
わかるかい、私が人の絵を描く時には棒人間になるんだ。むしろそれしか描けないんだ。はっはっは。

ということで、アガレスの容姿やらに関しては皆様のご想像にお任せします。ガチムチのメイド服でも着せてやってください。


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第112話 旅の再開

と、いうわけでしっかり真面目なお話です。

バイト関連でバタバタしてたらなんかハロウィンだった。はっぴぃはろうぃん(白目)


層岩巨淵地下鉱区。

 

「…まだ見つからないか?」

 

「申し訳ございません。まだ…」

 

「…そうか。捜索を続行しろ」

 

洞窟内部に設置された拠点で、足を組むファデュイの男がそう告げる。

 

「総隊長…これ以上は我々の身にも危険が及ぶ可能性が───」

 

ダンッ!と足を組んでいた男は眼前の机に拳を打ち付けた。付近の兵士、そして側近と思しき男がビクッと肩を震わせた。

 

「だからどうした。我々は今最悪の状況の中にいる。撤退を許されず、我らの味方も少しずつ謎の魔物に食われるか気が狂うかして行方不明になっている。俺は総隊長としてお前達を生き残らせる義務がある」

 

「し、しかし」

 

尚も食い下がる側近に、総隊長と呼ばれた男は天を仰ぎながら力なく告げる。

 

「…生存者の捜索は、出来る限り続ける。だが、期限は一週間だ…ここらが妥協点だろう」

 

側近の男はただ、平伏した。

 

「捜索を続行しろ。ただし、『黒泥』の半径10m以内には絶対に近付くな」

 

男は、そう命令を下した。否、そうするしかないのだ。

 

 

 

「殿下、あの者達は…」

 

「いいんだ。どちらにせよ、彼等は苦しむしかないからね」

 

別の場所、地下鉱区の最奥にて異形の存在と青年が並んで低地にいるヒルチャールと騎士のような風貌の怪物を見ていた。

 

そしてゆっくりと首を回して後ろを見る。そこにはピクリとも動かないヒルチャールの姿があった。

 

「本当なら、彼等だって俺が護るべき存在だった」

 

青年の表情が苦痛に歪む。

 

「わかっています。殿下、ですから…」

 

「ああ、うん。これは俺自身のエゴのようなものだからね。大丈夫、わかっている。神座を下すその時まで、俺は歩みを止めるつもりはないよ」

 

青年は立ち上がり、その場を去る。怪物もそれに続いた。ヒルチャール達の足元には、白い花が供えられていた。

 

〜〜〜〜

 

ここ最近は色々と忙しかった俺だが…忙しかったと言ってもデートしたり二日酔いだったりそのことでノエルにめちゃくちゃ怒られたり…うん、全然忙しくないや。

 

とにかく、旅人が稲妻地域の探索を完全に終わらせた、とのことで璃月に戻ってきていた。

 

「あ、旅人さんにパイモンさん、それとアガレスさん丁度いいところに!」

 

璃月の冒険者協会の前を通りがかった時にキャサリンに呼び止められた。俺と旅人、そしてパイモンは一斉にキャサリンのいる方向へ目を向けた。キャサリンは微笑みながらこちらへ手を振っていた。

 

「層岩巨淵が再び稼働するから冒険者が調査に駆り出されるって?」

 

俺はキャサリンの言葉をオウム返しした。そう言えば救民団の裏筋の情報網にそんな話があった気がするな。今の層岩巨淵は宝盗団とファデュイで溢れ返っている無法地帯。貴重な鉱石やら地質調査やらで無法者や他国の密偵、そして魔物共が跋扈しているのだ。

 

「それで?なんたってそんなとこに」

 

「はい、七星からの正式な依頼です。層岩巨淵の調査をするに当たって人員を派遣して欲しいみたいで、実力のある冒険者さんに声をかけているんですよ」

 

キャサリンが少し微笑みながら旅人とパイモンを見た。パイモンは旅人を見る。

 

「なぁ旅人、せっかくだし行ってみないか?色々お宝とかもあるんじゃないか!!」

 

「パイモンはお宝大好きだよね。まぁいいけど」

 

「ありがとうございます!では───」

 

キャサリンと旅人が色々と日程を確認しているのを横目で確認しつつ、俺は人目のつかない冒険者協会の裏手に移動する。

 

「───あら、やっぱ気付いてたのね」

 

「そういうお前は一々気配を消すのはやめとけよ全く」

 

俺の対面の柱にもたれかかるようにして現れたのは夜蘭だった。

 

「なんだかんだ、いっつも俺の伝令役的な感じだよな」

 

「あら、嬉しくないの?」

 

「まぁ、知らないやつよりかは知り合いのほうがいい。それで?」

 

俺は続きを促すように顎をしゃくる。夜蘭は俺に一枚の書類を渡してきた。手渡された書類に俺は目を通す。

 

…ほう?

 

「向こうに悟られてはいないんだろ?」

 

「ええ、勿論。私よ?」

 

それもそうか、と俺は言葉を飲み込み、書類の全容を把握して炎元素で紙を燃やす。少し焦げ臭くなってしまうが風元素で上空へ匂いを飛ばしたのであまり大差ないだろう。

 

「これは俺がなんとかしよう。どうせ俺も旅人についていく羽目になるからな。丁度いいだろう」

 

「ええ、頼むわね。それじゃあ、私はこれで」

 

俺は軽く返事をすると踵を返して冒険者協会の正面へと戻った。丁度キャサリンと旅人達の話が終わったところだった。

 

旅人がこちらを見る。それにつられてキャサリンもこちらを向いて、

 

「そうでした、アガレスさん。アガレスさんには別件でお願いしたいことがありまして…」

 

そう言った。

 

「それはつまり冒険者協会から救民団団長への正式な依頼ととっていいのか?」

 

キャサリンが首肯いたので、俺は話を聞くことにした。となると旅人が一緒は不味いか、とそう思って旅人を見ると手を振って去っていた。無用な心配だったようだ。

 

「では、アガレスさん、冒険者協会から正式に依頼致します───」

 

キャサリンが俺をまっすぐ見据えて言う。

 

「───層岩巨淵に派遣する冒険者の助力を要請します」

 

「いいだろう、その依頼、救民団団長アガレスが承った」

 

まぁ、つまるところは旅人の護衛、というところか。護るのは割と得意分野だからありがたい。

 

俺はその日の内に層岩巨淵へ向かって下見をした。脅威になりそうな存在は確認できなかったが、七星の施したと思われる封印の術式が見える。地下鉱区の調査にはアレをどうにかしないといけないわけだが…はてさてどうするのだろうか?

 

「普通に凝光に許可とればいいか」

 

と、いうことで群玉閣にて。

 

「いや、駄目に決まってるじゃない」

 

と、普通に返されてしまった。何がいけなかったのだろうか?俺の魅力が足りなかったのだろうか?などと思っていると凝光がピクピクと頬を引き攣らせていた。

 

「えー!!」

 

「えー!!じゃないわよ。駄目なものは駄目よ」

 

「だがそうなると地下鉱区の調査はできないだろう?どうするつもりだ?」

 

俺が冗談をさておいてそう聞くと凝光ははぁ、と溜息を一つついてから告げる。

 

「今回は表の部分だけよ。層岩巨淵の現在の環境や表層で取れる鉱物資源に変遷がないかどうか、それを確認するのよ。いい加減、私も彼処を放置しておくわけにもいかないし」

 

放置しておくわけにもいかない、か。なにやら裏がありそうだな。夜蘭に言われた案件も含めて調べたほうがいいな。

 

俺はそのまま同意するように首肯き、

 

「じゃあ地下鉱区の探索はまだ、ということか。正式に探索するなら、俺も呼んでくれ」

 

「ええ、勿論よ。救民団はどんな仕事もこなしてくれるし、使わない手はないから」

 

「ああ、あとは…そうだな、想定外の状況が起きたら無理にでも地下鉱区に行くかもしれないから、よろしく頼むぞ」

 

この発言に関しては完全に保険だ。何があるかわからないので地下鉱区に突入できるようにしておきたいのだ。方法はまぁ封印を詳しく見てみないとわからないが、突入することの許可くらいは取っておいた方が良いだろう、と考えこう告げる。すると凝光は

 

「まぁリスクマネジメントの一貫として貴方に頼むのは全然アリね。突入する際は絶対に私に連絡を入れなさい。それが条件よ」

 

と、凝光は俺に条件を提示してきた。勿論、連絡くらいはバルバトスを通して出来ると思うので首肯いた。

 

「それじゃ、もういいかしら?」

 

「ああ、わざわざ悪いな。時間もないだろうに」

 

俺は去り際に凝光にそう告げた。凝光は煙管を人差し指の先でくるくると回しながら言う。

 

「救民団は七星のお得意様だもの。璃月への貢献度で言えばかなり影響力もあるしね。面会しない手はないわよ」

 

俺は「それもそうか」とだけ呟いて群玉閣を去るのだった。



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第113話 層岩巨淵

バイト…バイト…ホイサッサー!

今の私の状況を簡潔に述べるとこんな感じです。初出勤が楽しみですね。


さて、根回しも終わったので俺は璃月港で色々と準備をすることにした。旅人はもう既に層岩巨淵に向かって今は他の冒険者や鉱夫達と共に色々と調査をしている最中らしい。指輪の通信が入ったのでなにか想定外のことがあったのかと心配したのは杞憂だった。

 

璃月港で準備することと言えばまぁそんなにあるわけではないんだが念には念を、というやつである。準備するものは主に2つあるのだが、一つは食糧。これは絶対に必要である。後は紙を多めに。

 

俺はこれらのものを準備し終えてから一旦救民団璃月支部に戻って色々と準備を始めた。因みに、モラクスは神としての仕事をしているし重雲も行秋も救民団の仕事で今はいない。つまり今は申鶴が留守番である。

 

「…アガレス殿、我はまだ一人前には程遠いのだろうか?」

 

と、台所で色々と準備をしているとひょっこり顔を出した申鶴が俺へそう言ってきた。どうやら、留守番は申鶴がしていたらしい。俺は若干驚いたのを隠しつつ、申鶴にどう返そうか、と思案する。

 

この子の出自はかなり特殊であることに加えて内に秘められた殺意や害意といった感情、そして普通の人間らしい感情も赤紐によって縛り付けられている。ただ最近は救民団での仕事を通して人々と会話する機会も増えており、それなりに感情を見せるようになってきてはいる。最初に会った時とは最早別人と言っていいほどに彼女は感情を見せるようになった。

 

だがしかしだ。彼女を一人前と認めるということは『赤紐が必要ない』と判断されたということである。それ即ち彼女の内に秘められた凶暴な感情を解き放つということになる。暴走した時止める者が必要になるだろう。ノエルやモラクスなら彼女を止められるだろうが、璃月港にそれなりに被害は出すことになるはずだ。

 

感情が表に出るようになったとは言え感情をコントロールできるかは別だ。そう考えるとまだ半人前、といったところか。

 

俺は料理を作ってキッチンペーパーのようなもので包みつつ申鶴の問に答えた。

 

「仕事はどうだ?」

 

「うむ、かなり慣れてきた。我一人でも最近は依頼をこなせるようになってきた」

 

それはとても良いことだな、と俺は告げる。定期的に救民団の収入を確認しているが、下がったりしていることはない。つまり接客に問題が存在していないことを意味し、リピーターが続出している、ということだ。勤務態度が良いということだな。

 

「そうか。最近は色々な感情を表に出しているとモラクスからも聞いている。良い兆候だな」

 

「そうだろうか…我にはあまり、変化がわからぬが…」

 

「それがわかるようになるまではまだまだ半人前だよ。自分の持つ感情の機微を把握してコントロール出来るようになれば…」

 

俺は申鶴の方を向いて赤紐を指さした。

 

「その赤紐も必要なくなる。きっと自分の感情のままに笑ったり泣いたり怒ったり…或いは恋なんてしてみるのも良いかもしれないな」

 

「恋…我にそのようなものは理解できぬと思う…」

 

少し申鶴は寂しそうな表情をする。その姿が何処か、影と思いを伝え合う前の俺に重なった。俯く彼女を見て俺は少しだけ微笑む。

 

「気持ちはわかる。だが申鶴にはまだまだ時間があるだろう?きっと大丈夫さ」

 

俺は言いつつ、作ったおにぎりを彼女に渡した。持ち運ぶにはやはりおにぎりが最強だろう。申鶴は受け取るとこちらを不思議そうに見つめる。

 

「まぁ、アガレス殿がそう言うのなら…信じてみよう」

 

「申鶴、最後に一つだけ」

 

申鶴は首を傾げると再びこちらを不思議そうに見やる。無機質な瞳だが、心做しか感情が籠もっているように見える。それとこれは…焦燥感か。

 

「稲妻には『急がば回れ』ということわざがあるんだ。まぁ、つまり目的を達成するためには回り道も必要だぞ、ということだ。参考程度に教えておこう」

 

「承知した」

 

俺は準備も終わったので踵を返して玄関へ向かう。

 

「アガレス殿」

 

そして玄関の扉に手をかけたところで申鶴に呼び止められた。俺は振り返り申鶴を見る。

 

「先程の『急がば回れ』という言葉…然と覚えておく。それと…感謝する」

 

申鶴はどうやら、自分が少し焦っていることに気が付いていたようだ。いや、意味を知ってから気が付いた、というべきだろうな。だから俺の気遣いの言葉に気が付いて感謝をしたのだろう。

 

なんだ、俺が思っていたよりずっと感情豊かじゃないか。俺は少し笑うと「謝意は受け取っておく」とだけ言って救民団璃月支部を去るのだった。

 

 

 

作ったおにぎりを持って層岩巨淵へとはるばるやって来た俺はまず口をあんぐりと開けて絶句していた。

 

「いや、十中八九旅人がなんかやったんだろうが…だからってこうなるとは…」

 

俺は思わず頭を抱える。いや、だってさ…昨日今日でこんなに状況が変わるとは思わないわけで…。

 

層岩巨淵地下鉱区に繋がる中央の大きい穴にかけられていた封印が消えてなくなっており、それを成していた筈の岩の杭は地面に突き刺さっていた。

 

「冒険者協会の権限以上のことしてないかこれ…」

 

果たして良かったのだろうか…凝光によれば今回は表層の調査だけだと言っていたのにこの体たらくだ。彼女は今頃煙管をぶち折る位動揺していることだろう。

 

勿論、俺はこうなることも想定しなかったわけではない。だからこそ凝光に許可を取りに行ったのだ。ただ、まさか本当にやるとは思わなかった。

 

「はぁ…案外念には念をって大切だな」

 

俺は自分に呆れつつそう呟いて層岩巨淵へと足を踏み入れた。

 

「止まれ、何者だ…って、アガレス殿でしたか」

 

入り口にいる千岩軍の兵士の目に留まった俺は声をかけられたがすぐに顔パスで通り抜ける。その先には新たに作られたであろう拠点が存在しており、鉱夫や学者、そして千岩軍が慌ただしく動いていた。

 

「勿論、旅人の姿なんかないよな…」

 

今頃彼女は地下鉱区を探索しながら調査しているのだろう。まぁ、封印を解いた理由に関しては問い質さねばならないだろうが…。

 

まぁ一先ず話を聞いてみるとするか。と早速俺は一人の鉱夫を捕まえて話を聞くことになった。鉱夫は玥輝と名乗った。

 

「ああ、あんたの言う旅人はつい数刻前に層岩巨淵の異変を探りに地下鉱区へと向かったぞ。現場責任者が許可を出したからな」

 

やはり旅人は地下鉱区へ向かっていたのか。だが、気になることを言っていたな。

 

「七星の許可は必要ないのか?」

 

モラクスを除けば璃月七星が璃月の支配者だ。その彼、彼女らの許可が必要ないというのはどういうことなのだろうか?理由としては色々考えられるが…と、俺の疑問にしっかりと玥 輝は答えてくれた。

 

「それが、璃月七星には現場判断を委ねられていてな。この場の最高責任者が調査を命じたんだ。つまり、これは七星からの許可も貰ったと考えていい」

 

「そうか…俺の聞きたいことはあらかた聞けたが最後に一つだけ」

 

俺は最高責任者の名前を問うた。すると玥輝は首を捻ってわからないようだった。

 

「いや、すまない、わからないならいいんだ」

 

「あ、ああ。ところで、層岩巨淵で起きてる奇妙な現象は知ってるか?」

 

聞いたことがなかったので俺は首を横に振った。すると玥輝は説明してくれた。

 

「近頃、表層…それも特に地下鉱区への入り口にほど近い場所で意識が朦朧とした状態のヒルチャールが目撃されるようになっていてな」

 

「意識が朦朧とした状態…?外傷とかはあったか?」

 

「いや、聞いた話では外傷も特になく、そして目撃した鉱夫を無視して地下鉱区へ向けて突き進んでいったそうだ」

 

俺は自分の中でその情報を留めておき、礼を言ってから玥輝の下を離れた。

 

旅人のことは心配だが地上で調べねばならないこともあるので地下鉱区へ行くのは明日になるだろう。冒険者協会からの依頼もあるのでなるべく早く旅人に追いつかねばならないだろう。

 

一先ず俺は夜蘭から齎された情報を元に表層で調べることを済ませるべく行動を開始するのだった。




次回、一方その頃旅人は…から始まります。旅人の話とアガレスの話で一話分ですかね。

それと私事ですがナヒーダが出たので育成頑張ろうと思います。


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第114話 沐寧と志璇のお話

前半は旅人の話にしたかったけどちょっと旅人の話が続きます。思ったより長くなっちったテヘペロ。


アガレスが層岩巨淵へやってくる数刻前。

 

層岩巨淵へとはるばるやって来た私とパイモンは鉱夫の玥輝さんからヒルチャールのことを聞いて『アビス教団』が関わっていると予想したため、その調査を引き受けることとなった。

 

その後、近くにいた沐寧さんに層岩巨淵の状況を聞いたところ、七星陣法という璃月七星がかけた陣法があるらしい。その弱点である『盤鍵』付近の岩元素重合体が異常増殖をしており、彼の予想では下にいる『もの』達が外に出ることを渇望しているらしい。ただ、増えても特に反応は起こさないので近付いてほしくはないようだ。

 

詳しいことは昔ここ層岩巨淵で鉱夫の仕事もしていた志璇という冒険者に聞いて欲しいとのことだったので彼女の下に向かうこととなった。その際に沐寧から貰ったメモにはたった数行の中に『厳禁』という文言が八回も出てきている。なんというか結構マメな人なのかもしれない。

 

私とパイモンはそのまま志璇がいるという場所へ向かった。

 

「それにしても、ここは璃月だけど璃月っぽくないよな。なんていうか、岩神の庇護がないような感じがすると思わないか旅人?」

 

「うんうん、ちょっとわかる。雰囲気が他の璃月の場所とは一線を画しているというか…アガレスさんなら何か知ってるかもね」

 

「それより岩神に聞いてみるほうが早いと思うぞ…」

 

パイモンと層岩巨淵に関して話しながら辺りを見回すと、陣法の要である『盤鍵』付近に彼女を見つけた。すると彼女もこちらを見つけ、目を見開いて驚いた様子を見せた。

 

「えっ、あなたは…こんにちは!」

 

驚いた様子から一転して嬉しそうにしながら私を見て挨拶をした。私とパイモンは挨拶を返しつつ沐寧から貰ったメモを渡そうとした。のだけど、彼女すぐに首を横に降って私とパイモンをキラキラした目で見てくる。

 

「あなたのことは勿論存じ上げてますよ!!璃月港を襲ったファデュイの執行官を一人で下し、璃月の未曾有の危機を救った大英雄様ですよね!!」

 

「あ、あはは…志璇ってかなり大袈裟なんだな…」

 

パイモンが呆れたようにそう言ったのを話の区切りとして私は沐寧から貰ったメモを今度こそ見せた。すると志璇は困ったような顔をする。

 

「ああ、彼から貰ったメモですか…どうせ碌でもないことがいっぱい書いてあるんでしょう。『厳禁』とか『禁止』とか一杯書いてあるに違いありません」

 

あ、合ってる!と私とパイモンは顔を見合わせた。そんな私達の様子を見て志璇はやれやれと肩を竦めた。

 

「彼はいつも上から目線だし、メモを書いて小さな手順を積み重ねて目的を達成するのが好きみたいなんです…ま、私は全然どうでもいいんですけど」

 

「どうでもいいのかよ…沐寧、ちょっと可哀想だぞ」

 

「とにかく!名高い旅人さんとその最高の仲間パイモン、そしてアガレス様の名前は璃月中に広まってますし、全員が覚えていますよ!!」

 

「さすが私」

 

「えへへっ、オイラのことも広まってるのは嬉しいぞ…!これは街中で料理を貰えたりするんじゃないか!」

 

パイモンの発言はともかくとして…志璇の発言に少し気になるところがあった。

 

「あの、志璇…さっき、アガレスさんのことを『様』付けで呼んでた?」

 

「はい、そうですけど」

 

「なんで?」

 

「モンド発祥のアガレスファンクラブなるものがあるみたいで…璃月にも広がっているんですよ。私も一応会員なんですけど…No.259です。一応端くれですね」

 

私は戦慄し目眩を感じた。まさか私の作ったアガレスファンクラブがそんな事になっていたなんて。ファンクラブ会員No.1かつクラブの会長として勢力状況は把握しておかねば…。

 

「何人くらい会員がいるとか、そういう話は聞いたことある?」

 

「え〜っと…最近は稲妻にも波及しているみたいで、会員がつい最近500人超えたって」

 

「そ、そうなんだ。ちなみに会長が誰か知ってる?」

 

私は興味本位で志璇に聞いてみたのだけど、志璇は鼻息を荒くして説明をしてくれた。

 

「知りません!しかしモンドにいる会員番号一桁の方々が知っているという噂をお聞きしています!会長はオフ会はおろかファンクラブの集会にすら現れず最早都市伝説化しています!しかし、会員番号No.1という名誉ある番号を貰っている会長のことですからそれはもうアガレス様に対する物凄い推し愛が───」

 

そのまま暫く志璇の話を聞く羽目になったのだけれど私も語り出したくてうずうずするほどだ。そのうち彼女には私の正体を明かしてもいいと思っている。

 

「あ、すみません私ったらつい熱くなりすぎてしまいまして…」

 

わかる。

 

「おい旅人…そこはお前が諌めないと駄目だぞ」

 

「はいはい、わかってるわかってる」

 

「話が逸れてしまいましたが、新米冒険者は皆先輩の探検物語を聞いて憧れるんですよ!ドラゴンスパインなんかは特に…」

 

「それほどでもない」

 

「お前褒め言葉に弱すぎだろ!?」

 

志璇はそのまま私の伝説や講談に関して色々と聞かせてくれた。勿論数分後にはまた喋りすぎて謝られる羽目になるのだけど。

 

「それで、先輩がここへ来たのは七星からの依頼ということになるんですかね?沐寧が他になにか言っていたら良かったんですけど…」

 

志璇がそう言ったので私とパイモンは沐寧から言われた『盤鍵』に近付かないようにすることと層岩巨淵の地下には何もないこと、そして志璇は助けてくれないことの3つを伝えた。

 

「あんな言い方してオイラ達を驚かそうだなんて百年は早いぞ!」

 

すると志璇は少しだけ声を上げて笑った。

 

「あはは、彼は別に先輩達を驚かそうだなんて全く思ってないと思いますよ」

 

「え?いやいや、絶対あれは驚かそうとしてるやつの話し方だったぞ!!」

 

パイモンが志璇の言葉にそう反論した。実際、私もそう思っている。けれど志璇は首を横に振った。

 

「沐寧はもしかして自分の身分を名乗らなかったんじゃないですか?」

 

確かに言われてないので首肯く。すると志璇は苦笑した。

 

「彼は一応ああ見えて総務司の責任者ですからね。そのような立場にある人物が公然と私達の手助けはできません」

 

「たしかにな…沐寧がオイラ達の手助けをしたって知ったら、きっと総務司をクビにされちゃうぞ」

 

「それどころか反逆罪で投獄ですね〜」

 

「ひ、ひぃっ…怖いこと言うなよ…」

 

パイモンが志璇の冗談…には聞こえない冗談に怯えている。

 

「まぁとにかくですね、彼の言った『しないで』を『して』に置き換えると、彼が遠回しに私達の手助けをしてくれていることがわかると思います」

 

「ひねくれてるやつだな…オイラちょっと苦手だぞ」

 

復活したパイモンが沐寧のことをそう評した。私は志璇にメモについて尋ねた。すると志璇は「説明し忘れていましたね…」と一言謝った上で私に説明をしてくれた。

 

「それは層岩巨淵に自由に出入りができるという意味のものですよ。勿論、七星が介入してきたら駄目になりますけど」

 

言われて私とパイモンは改めてメモをまじまじと見る。このメモ…禁則事項が一杯書いてあるとは思っていたけどそんな意味があるなら首肯ける話だった。

 

「それにしても、沐寧のやつ…オイラ達が話を理解できなかったらどうするつもりだったんだよ!今になって腹が立ってきたぞ!」

 

パイモンが空中で地団駄を踏んだ。それに対して私は若干呆れつつ言う。

 

「パイモン、だから志璇のところに行くように沐寧さんが伝えてくれたんだよ」

 

「えっ!?そうなのか?」

 

パイモンが志璇を見る。志璇は首肯き、

 

「冒険者協会から依頼を受けたんですよね?アレは七星からの依頼なんですけど、層岩巨淵から掘り出された『もの』はあまりに異常なので大々的に調査ができないんです。璃月の民を不安にさせる、という指令が出ているんです」

 

「それで部外者の立ち入りが禁止されているんだね」

 

ここへ来た鉱夫達は皆、七星からの認可を貰ってここにいる。冒険者協会での依頼を受けた私とアガレスさんも例外ではないのだけど…。

 

「その点旅人さんをここへ派遣したのは間違いなく七星の指令でしょう。実力も実績も十分な冒険者ですからあらゆる不測の事態にも対応できると見たのかもしれませんね」

 

「そうだったのか…てっきりオイラ達七星に内緒で色々やってるのかと思ってたぞ」

 

パイモンがホッとしたようにそう言った。志璇は「あはは」と笑い、

 

「沐寧が数日に一度報告をしているだけで基本的には現場判断が委ねられているんです」

 

ということはここで何をしても一応は大丈夫、ということになるわけだ。地下に入るために仕方なく、というわけだね。

 

「取り敢えず層岩巨淵に入るにはあの陣法を構成している『盤鍵』を壊せば良いのかな?」

 

と志璇に問いかけると、その前にすることがあるようでそのことの説明をしてくれた。

 

「洞窟は暗いし広いし…しかも層岩巨淵は特殊な環境なので特殊な明かりが必要になります。『流明石』という特別な石で作られた触媒を見つける必要があるんです。神の目の持ち主にしか使えませんが、これがあれば暗闇の中でも問題なく行動できるようになるんです。先輩は神の目がなくても元素力を扱えるので問題ないと思いますけど…」

 

「それで、流明石の触媒ってのは何処にあるんだよ?」

 

パイモンが志璇にそう問いかけ、志璇がそれに答えた。

 

「南方向にある倉庫にあったはずです。安全ではありますが万が一ということもあると思います。その時は思いっきりやっちゃってください」

 

「なんていうか…オイラ、嫌な予感しかしないぞ」

 

「奇遇だね、私も」

 

一先ず私とパイモンは流明石の触媒を手に入れるべく、一旦志璇と別れて南方向にあるという倉庫へと向かうのだった。




アガレスファンクラブの色々書いてたら長くなりました。まぁ次回で旅人サイドは終わると思います。あ、でも詐欺になるかも…詐欺ったらごめんなさい。


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第115話 陣法除去

南方向の倉庫に向かった私達は倉庫に一人も見張りがいないことを不審がりつつ倉庫の中に入った。

 

「これかな…」

 

私は長机の上に安置されていた青白い石を手に取る。恐らく志璇が言っていた流明石の触媒とはこれのことだろう。私とパイモンは何事もなかったことに安堵しつつ一旦倉庫を出た。すると何処で待ち伏せていたのか、宝盗団が突如その姿を現し襲いかかってきた。私はパイモンを守りつつ宝盗団をなんとか一掃し志璇の下へと帰還した。

 

戦いの最中リーダー格の男がなにやら『クレイトポン』がどうのって叫びながら撤退していったのは気になったけど一先ず志璇へ事の顛末を話すことにした。話し終えると志璇は驚いた様子を見せ、

 

「そ、そんなはずありません。私が見張っていたときは宝盗団なんて一歩も近付けませんでしたよ?」

 

「え、志璇が見張ってたの?」

 

私がそう問いかけると、志璇はキョトンとした。

 

「はい、そうですけど」

 

私とパイモンは顔を見合わせ、溜息を吐いた。

 

「志璇…さっきお前が言ってた、『倉庫は安全』ってこういうことなのか?」

 

パイモンの呆れたような声音とは裏腹に志璇は自信たっぷりに宣言した。

 

「はい、私が見張っているので安全です。まぁそれでも万が一の可能性があるので忠告しましたけどね!」

 

何故そんなに自信たっぷりなのだろうか…と思わず頭を抱えたくなりつつも私は彼女の間違いをやんわりと指摘した。

 

「志璇、ちゃんと今倉庫を見張ってる?」

 

「嫌だな先輩。そんなことに時間を費やすのは冒険者としてあるまじきことです!そんな暇があったら冒険するか先輩と一緒に───あ…」

 

話の途中で志璇が固まった。どうやら、自身の過ちに気が付いたようだ。その証拠に彼女は今恥ずかしそうに顔を赤くしてもじもじしている。そんな彼女の様子に私は頭を抱えパイモンはジト目を向けた。

 

「コホンっ!まぁ私の職務怠慢はいいでしょう」

 

「良くないぞ!」

 

「準備は整いましたし七星の陣法を解除しましょう!」

 

沐寧によれば陣法の要となっているのは『盤鍵』と呼ばれる巨大な岩の杭のようなものだ。アレをなんとかできればきっと陣法は解除できると思うのだけど、志璇はどうやら『盤鍵』については詳しく知らないらしい。

 

ただ、付近にあるかご状岩元素重合体からなにかわかるかもしれないとのこと。沐寧も言っていたけど総務司はこの重合体が層岩巨淵の基盤に蔓延っていることで悩まされているみたい。

 

志璇によれば、璃月七星八門のうちの輝山庁が、この重合体は周囲から岩元素を吸収し『盤鍵』の構造を少しずつ削っており、このままではどちらにせよ『盤鍵』が陣法の強さに耐えきれなくなり崩壊。そして下にいる『もの』が出てくるとの結論を出したそうだ。

 

「おかしなことに、まるで意思を持っているかのようにこの陣法を破壊しようとしているみたいです」

 

「うえぇ…なんか怖いぞ…!その『岩元素重合体』はどうにかできないのか?」

 

パイモンが怯えながら志璇にそう問いかけたが、志璇は首を横に振る。

 

「半月に一度、掃除によって除去はできますがすぐにまた同じものができてしまって…しかも最近はその頻度も増えていまして…どうにかするのは多分難しいでしょう」

 

志璇の言葉を聞いて私は少し考える。七星だって表層だけの調査をしたってなんの意味もないことは知っているはず。ならもしかして私達がこうするのも想定済み…いや、寧ろそうすることを望んでいるのでは?

 

「まぁ一先ずあの重合体に衝撃を与えて『盤鍵』に影響を与えてみましょう」

 

志璇と一旦別れて私は『かご状岩元素重合体』の前までやって来た。一旦岩元素重合体を剣で殴りつけてみたけど特に反応はなかった。

 

ただ、近くに岩の種を持つ鉱石があるのでそれを使ってみることにする。原理としては石灯籠のようなものに岩の種が吸い込まれるのと同じだ。不思議なことに試してみると案外いけた。あとはこの状態で剣で殴りつけると…。

 

少し腕に響く鈍い感覚と共に岩元素重合体からなにかの欠片が一直線に『盤鍵』へ向かっていき衝突。『盤鍵』の高度が下がった。

 

「よしっ、この調子でやろうぜ!」

 

パイモンの言う通り、私は岩元素重合体に同じようにして岩の種を設置。『盤鍵』を地に落とした。衝撃で地面が少し揺れたけど、陣法の力は確かに弱まっているようだった。

 

念の為志璇に確認してみると『盤鍵』はしっかり破壊できているらしい。見た目的には結構原型を留めているけど。

 

「でもこれって、公有財産の破壊じゃないの?」

 

そう、例え七星が私達の行動を予見していたとしてもこれは公有財産の破壊であることに変わりはない。けど、そんな私の心配とは裏腹に志璇はなんでもないことのように言った。

 

「この『盤鍵』は事前に沐寧が届け出た『破損届け』によって全て破壊されたことになっています。なので大丈夫ですよ」

 

私とパイモンはホッと安堵の息を漏らした。そうしていると志璇がゴソゴソと懐から紙を取り出した。

 

「壊すべき『盤鍵』は残り4つです。うち3つをこの簡易図に書き記しておきました。お役に立てば良いのですが…」

 

志璇から渡された地図は層岩巨淵の地図であり、3つの点と矢印が書いてあった。現在地からこの矢印の通りに向かえばいいようだ。

 

「それと残りの一つですが位置の特定ができていないんです。その柱のあった鉱洞が水没してしまいまして…」

 

水没かぁ…アガレスさんならなんとか出来るんだろうけど、残念ながら今はいないし。思えば淵下宮の時もアガレスさんがいたらって思うことが一杯あった。なんというか若干依存気味だね。

 

「一先ずこの3つの『盤鍵』を同じように破壊して私のところへ戻ってきて下さい。4つ目に関しては先輩が頑張っている間に私が考えておきます。あといい加減私が倉庫を見張ってないと沐寧にどやされてしまいますから…」

 

志璇はそう言ってはにかんだ。まぁ彼女のことだからきっとなにかしらの方法を考えてくれると思う。『盤鍵』を壊す方法を思いついたのだからきっと水を何とかする方法くらいなんとかできるはず。

 

「わかった。志璇、また後で」

 

私はそのまま志璇と別れて地図に書かれている通りに『盤鍵』を破壊していった。最後の場所は宝盗団に占拠されていると思ったらなにやら怪しさ満点の千岩軍だったりしたけれど一先ずは全てなんとかすることができた。

 

ということで倉庫にいるはずの志璇の下を訪ねると彼女は入り口で首を上下に振っていた。なにか音楽に…そう、それこそ辛炎のロックにノッているのかと思ったけど、ただ眠いだけらしかった。

 

「志璇〜!戻ってきたぞ〜!」

 

「はっ!敵襲ですか!!逃げます!!」

 

逃げないで欲しい。

 

志璇は数秒寝惚けていたけどすぐに私達だと認識して姿勢を正した。

 

「あっ…先輩、おかえりなさい。終わったんですね?」

 

「おう!全部ぶっ壊してきたぜ!!」

 

パイモンが楽しそうにそう言った。だが、そんなパイモンの様子とは裏腹に志璇が突然人差し指を唇に当てて「しーっ!」と言ってきた。

 

突然の不意打ちにパイモンが固まったので、私が聞くことにした。

 

「どうしたの?近くに敵でもいるの?」

 

志璇は首肯く。パイモンが不安そうに周囲をあからさまに見回し始めたが、まさかこんな近くにいるわけがない。いるなら志璇はこんなところで寝てない。

 

「敵、というより地面が揺れているのを感じませんか?封印が緩んだので付近の岩も不安定になっているんです」

 

「大地が揺れてる?オイラ、全然感じないぞ…!」

 

パイモンの発言に私はジト目を向けながら、

 

「パイモンは飛んでるんだから感じるわけ無いでしょ」

 

パイモンは衝撃を受けたのか固まった。そうこうしている内に、地面の揺れが更に大きくなった。

 

「うわぁ!すごく揺れてる!!立ち上がることすらできないぞ!!」

 

「パイモンは元々立ってないでしょ!!」

 

半ばヤケクソ気味に私はツッコんだ。ツッコみつつバランスを崩していた志璇を支える。一分程ですぐに揺れは収まった。三人で安堵の息を吐く。

 

「ふぅ…地表にいたから良かったですが坑道にいたら大変なことになってましたよ」

 

「沐寧が地震をオイラ達のせいにしなきゃいいな…」

 

パイモンが何処か遠い目をしながらそう呟いた。まぁ確かに…そうしないことを祈りたい。

 

「それより『盤鍵』は残り一つです!方法も考えつきましたし、早速向かいましょう!!」

 

志璇のその言葉に私とパイモンは首肯いた。

 

 

 

層岩巨淵の最後の『盤鍵』がある坑道は志璇の話では水没していたはずだが…。

 

「あれ?水がないぞ!」

 

そう、水没していたはずの坑道は水没していたのが信じられないほど一滴も水がなかった。

 

「もしかしたらさっきの地震で地下の何処かと繋がってそこに水が流れ込んだのかもしれません。今のうちに破壊しましょう」

 

私達はそのまま坑道の奥まで入っていき同じ要領で『盤鍵』を破壊した。最後にベビーヴィシャップ・岩が上から降ってきたが壊された『盤鍵』の下敷きになってしまった。

 

なにはともあれ全ての『盤鍵』を破壊することができた。

 

「すごいです先輩!これで層岩巨淵を封印する陣法も消滅したはずです。いつでも地下の探索を開始できますよ!」

 

「その前に沐寧に報告しなくていいの?」

 

私が冗談めかしてそう志璇に告げると志璇はうぐっと痛いところを疲れたかのように仰け反った。

 

「そうでした…ふええ…あいつ、どうせまた私を責めるに決まってます…」

 

「つべこべ言わず戻ろうぜ!」

 

志璇と共に拠点へと帰還した私達は早速沐寧にぎゃあぎゃあと言われていた。

 

「志璇、お前結局倉庫を見張っていないじゃないか。それで深刻な事態を引き起こしたら責任を取れるのか?」

 

「加えて、七星の陣法を勝手に消滅させるなど何事だ。これに関してはどう落とし前をつけるつもりだ?」

 

「しかもアレはくどくどくどくど───」

 

10分ほどの沐寧の説教を経て。

 

「まぁやってしまったものは仕方がない。七星からの非難を待とう」

 

つまり許されたということだった。沐寧の下を離れた私達は志璇と話していた。

 

「これから人を集めてすぐに地下へ向かいます。今回の目的は地下の異変、そして地形の調査です。可能であれば異変を取り除け、とも言われています」

 

志璇はそう告げ、私とパイモンを見た。

 

「それで先輩…我々の準備はとっくにできていますが…先輩はどうですか?」

 

志璇の問に対する私の答えはもう決まっていたけど一応パイモンの意思を確認するべく視線を向けた。パイモンもこちらを見て笑いながら首肯いていた。

 

なら、答えは一つ。

 

「行こう、層岩巨淵地下鉱区へ」




志璇「せっかく考えた水没した坑道を突破する方法が完全に無駄になりましたね…」

旅人「因みにどんな方法だったの?」

志璇「ゴリ押しです」

旅人・パイモン「「………」」

志璇「…?」

なんてやりとりがあったとか。

長くなりましたが次回からはアガレスの話に戻ります。


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第116話 地下鉱区の現状

アンケートについてですが…ネタで入れた選択肢にこんなに票が集まるとは思ってませんでしたえへへ。

私から一つ言わせてもらうとすればですね…。

一番むずかしいぞ!!私を殺す気かー!!

いやまぁパイモンは元々から描くつもりがないので描くのは必然的にパイモンの選択肢を除いた一位二位になりますね。

いやぁ…うん、もし要望が多かったら頑張ろうかなとは思いますけど…うん。

うん…(白目)

まぁIFストーリーを描くとしたら最初からになりそうですね。途中まで一緒、とかは多分ないと思いますね。ただまぁ第一話の文言とかは多分特に変えません。

…本編より人気出たらどうしよう。いや、大丈夫さ…多分。

気にいるかどうかはわからないからね!!自信持って私!!

さてさて、長い長いまえがきはこの辺にして、本編どうぞー。


旅人が地下鉱区へ入った頃。

 

「情報に拠れば拠点内に手がかりがあるはずだが…」

 

夜蘭から齎された情報というのは至極単純で『層岩巨淵の調査隊の中に何者かが紛れ込んでいる』というものだ。総務司から派遣されたわけでもなく、はたまた冒険者協会の者でもないらしい。身分としては総務司の人間となっているようだが本当のところはわからないようだ。

 

調べること、というのは勿論拠点内の実情だ。表側では全員普通に振る舞っているが謎の人物が潜伏しているともなれば裏では何処かでボロが出るものだ。完全な隠蔽などできはしない。

 

ただ一つ問題があるとすれば夜蘭ですらその正体を掴めていない点にあるだろう。彼女は璃月、いや世界的に見ても諜報的なセンスに長けている人材だ。そんな彼女が尻尾を掴めていないとなるとかなりの難敵だろう。ファデュイの人間とは考えにくいな。

 

「となるとやはり…」

 

俺はとある一件を思い出していた。それは淵下宮での『淵上を自称する者』だろう。本当はアビスの詠唱者・淵炎というらしいがアレは完璧な程の人への擬態をしていた。似たような者がいると仮定するのならありえない話ではない。

 

ただそうなった場合全く目的がわからない。アビス教団が璃月の調査隊の中に潜り込んでしたいこととは一体何だ?

 

俺は考えつつ鉱夫や学者たちに話を聞いてようやく沐寧という総務司から派遣された責任者がいることを突き止め、接触を図った。

 

「ん?あんたは…」

 

「責任者と名高い沐寧ってのはあんたか?」

 

「名高いかどうかは知らんが確かに俺が責任者の地位を貰っている沐寧という者だが。斯くいう君はもう一人の英雄殿か…」

 

若干忌々しそうに彼は呟いた。その反応に俺は目を細める。

 

「ああ、そのもう一人の英雄が地下鉱区へ向かったと聞いて俺も依頼を受けた身である以上追いかけねばならなくてね。地下鉱区へ入っても構わないか?」

 

「ああ、構わない。断ってもどうせ入るんだろうしな」

 

まるで俺のことを知っているかのような口ぶりに俺は内心で苦笑いを浮かべるとその場を立ち去った。まぁ、一つだけすることがあるのでそちらを処理しようか。

 

 

 

さて、残りの一つも終わったし調査は終了でいいだろう。まぁ別に放置してても問題がなさそうだしいつでもなんとかできるので夜蘭からの依頼はもういい。表層ですることはもうないわけだし、地下鉱区へ向かうとしようか。

 

俺は風元素で飛び上がると地下鉱区の入口がある中央の穴へ飛び込むのだった。

 

〜〜〜〜

 

アガレスが拠点を去った後、少し辺りの喧騒からはかけ離れた場所で沐寧は一人になっていた。

 

「…チッ」

 

拠点から少し離れた場所にある洞窟内にある鉄の牢獄…いや、鉄の牢獄だったものを見て彼は舌打ちをした。

 

「どうせなら『道』を経由してもっと遠い場所へ放り出して来るべきだったか。これで最早沐寧になりきるのは不可能か…やってくれたな元神アガレス」

 

沐寧…否、その姿に化けていたモノはその変身を解き、アビスの詠唱者・淵炎へと変化した。

 

「致し方あるまい…もう少しすることがあったがここまでだな。まぁ為すべきことは為した。殿下の妹君の誘導も無事に成功した。忌々しい元神アガレスの誘導も完璧だろう…選択を迫られた際の奴の表情を思い浮かべるだけで愉快だが見届けられないのが残念だよ」

 

アビスの詠唱者・淵炎はそれだけ言い残すとその場から空間を切り裂いて姿を消した。

 

数分後、忘れ物を取りにすぐ戻ってくるのだがそれはまた別の話だ。

 

〜〜〜〜

 

さて、地下鉱区にやってきたは良いが全く見えない。昔の鉱夫は松明ではなくなにかを使っていたはずだが全く思い出せない。

 

「これも呪いのせいってことかー…影も言ってたけど結構俺って昔のこと忘れてるみたいだな」

 

忘れていることすらわからないのは恐ろしいことだ。自分が何を覚えていて何を忘れているのか…それが全くわからないのだから対処のしようもないわけである。

 

「取り敢えず炎元素で周囲を照らしながら歩くしかないか…」

 

そう言えば影、元気にしてるだろうか。最近は高頻度で会っていただけになんだか寂しく感じる。娯楽小説に書いてあった感情がようやく少し理解できた。

 

炎元素で周囲を照らしながら歩いていると下の方に光っている鉱石を見つけた。それでようやく、昔の鉱夫達が何を使っていたのかを思い出すことができた。

 

何を使っていたのかと言うと『流明石の触媒』である。アレはエネルギーを貯めると発光してくれるし小さいし持ち運びに便利だしととにかく重宝されていた。まぁ現在は数が少ないみたいだが。

 

「こんなことなら『塵歌壺』の中にあるやつ持ってくればよかった」

 

そう、『流明石の触媒』があることを思い出すとそれに関連することも勿論思い出せるわけで…昔モラクスに一つ貰っていたのを大切に『塵歌壺』の中にしまっていたのを思い出したのだ。

 

いや、今持ってくるか。

 

 

 

というわけで持ってきた。一応施せる強化などは最大までしているのでエネルギーを消費して衝撃波を放つことも出来る。それはさておき奥に進むに連れてよくわからないものが増えてきた。

 

見たこともない黒い泥のようなものが周囲に広がっている。近付いて見ると体内を蝕まれるような感覚に見舞われたためすぐに離れた。

 

「なるほど…確かに嫌な感じだ」

 

近付くだけで人体に影響を及ぼすとなるとかなり危険だ。エネルギー放射で消せるだろうか。そう考えて辺りを見回していると明らかにこの黒い泥…まぁ便宜上『黒泥』と呼ぶか。これの発生源と思しき塊が存在している。

 

試しに俺はエネルギー放射を塊へ向けて放った。すると黒泥は見事に消え去った。どうやら『流明石の触媒』様々らしい。ありがとう…モラクスと俺に譲ると言ってくれた鉱夫のおっちゃん。

 

進めない場所はこれを利用して奥までどんどん進むことができそうだ。

 

俺は層岩巨淵に元々設置されていた流明石の触媒を利用した燭台のようなものにエネルギーを与え活性化させ明るくしつつ、出来る限り黒泥を浄化しながら進んでいった。途中で爆発音が遠くから聞こえてきたが結局なんの音かは不明だ。

 

そのまま暫く進んでいくとつい最近まで人がいたような痕跡を見つけた。人の姿はないが、人の足跡が無数に存在しているし、焚き火に使われたであろう木材にはまだ赤みが残っている。それこそつい先程まで誰かがいたのだろう。

 

道中大量に見かけた宝盗団とファデュイの拠点とも考えづらい。先ず間違いなく旅人達地下鉱区探検隊のものだろう。一足遅かったみたいだが少なくとも足取りは追えているのだから良しとするべきだろう。この様子ならまだ大きな問題に直面してはいないようだからな。

 

「それにしても…」

 

と俺は拠点跡地と思われる場所から下を見下ろす。拠点跡は地下鉱区内では高所に位置しており下を見下ろすことが出来る。また、探検隊の誰かが流明石の触媒を持っているのか先程灯した燭台と同じものはまだ光っており、暫く先まで続いているようだ。

 

因みにかなり下に大砲のようなものが見えるのでもしかしたらアレが先程の爆発音の原因かもしれない。

 

「一先ずこのまま流明石の触媒で灯された明かりに沿って進めば旅人に追いつけるな…」

 

俺は再び歩き始める。走ったり飛んだりしないのは単純に危険だからである。

 

足場は勿論整地されているとは言え起伏と凹凸が激しい。故に走れば転ぶ可能性が考えられるのだ。

 

飛ぶのも勿論地底なのもあるし空中での行動はある程度制限されてしまう。まぁそこかしこの岩柱にぶつかるという理由も勿論ある。

 

歩くことしかできないのは少しもどかしいが旅人達の後を追うだけでいい俺に対して旅人達は先へ進むため調査をしながら進まねばならないのだ。そう考えるとまぁ歩いても追いつけなくはない。

 

それにしても地下鉱区は宝盗団とファデュイ、そしてアビス教団の巣窟のような場所だ。安全地帯など何処にも存在しないだろう。

 

酷いものだ。かつては鉱夫で溢れ返りまだ見ぬ鉱石や宝石、価値ある物を掘り当てるべくそこかしこの国から人が集まってきていたというのに…今や邪な感情を持つ者ばかりだ。まぁ鉱夫達も邪な理由だったがあちらの方がまだまだマシな部類だからな…。

 

昔のことを思い出しながら先へ進んでいると懐かしい気配を感じた。俺が更に少し歩いていくと開けた場所へ出た。

 

「貴様を待っていた」

 

アビスの魔術師の首に手をかけ持ち上げながらこちらへ語り掛けてくる金髪の男がいた。その男の顔には右半分を覆い隠すような仮面が見える。

 

「旅人は?」

 

「…彼女とは先程少し話をした。下で、だがな」

 

彼は下を指さした。彼の奥には巨大な穴が見えておりどうやらそこから旅人は下に降りたようだ。

 

「それで、説明してもらおうか?」

 

俺は彼を見やる。

 

「ダインスレイヴ、どうしてお前がここにいる?」

 

彼───ダインスレイヴはただただ無表情だった。




話変わって個人的な話になりますがめっちゃ層岩巨淵の戦闘BGMが良いんですよ。どこもかしこも神曲ばかりですが特に淵下宮と層岩巨淵の戦闘BGMはめちゃくちゃ好きですね。

読者の皆様も是非是非原神のBGMを聞いて下さい。斯くいう私は小説描きながら聞いてますんで。

…え、なんの報告?

アガレス「え、なんの話してるのこの人?」

ってなってきたのであとがきは終わりです。

IFストーリーの方描くのを頑張るとここに宣言して私は立ち消えようと思います。


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第117話 実は二代目…?

今回ちょっとオリジナル設定あります


「…その前にまずは下へ行くぞ。彼女を待たせている」

 

ダインスレイヴは俺の質問には答えずそう告げた。下へ行けば話してくれるだろうか、とは思いつつ軽く溜息を吐いてダインスレイヴに従って穴から下へ降りた。風元素でうまく勢いを殺しつつ着地すると、パイモンと旅人が談笑しつつ待っていた。

 

二人はダインスレイヴと俺を見て、特に俺を見たときに驚いている様子だった。

 

「すまない、話の続きを話してやろう」

 

ダインスレイヴはまずここへ来た経緯を話してくれた。

 

アビスの使徒を追ってあのゲートへと入ったが気が付いたらここ層岩巨淵に放り出されたことは手紙にも書いてあったがその後『最古の耕運機の目』をなんとかしてから再び層岩巨淵へ戻りアビス教団の動きが活発だったために調べていたそうだ。

 

「ここまではいいか?」

 

俺と旅人、パイモンは首肯いた。ダインスレイヴはそれで?とばかりに俺と旅人を見やる。どうやらここにいる理由が知りたいらしい。

 

ここは代表して俺が答えよう。

 

「俺達はここに層岩巨淵の調査を七星に命じられてやって来た。正式な依頼人は旅人で、俺は冒険者協会にその旅人の護衛を頼まれた。だからここにいる」

 

俺がダインスレイヴにそう答えるとダインスレイヴはふんと鼻を鳴らしながら俺を見た。

 

「貴様が救民団団長という立場上依頼を受けるのは仕方のないことだが、珍しいこともあるものだ。冒険者協会こそ貴様が怪しみそうなものだが」

 

ダインスレイヴの言葉に対し俺も鼻を鳴らすと彼は若干だが不機嫌そうに顔をしかめた。ごめんて。

 

「色々と調べてはいるが…結局わからずじまいだ。明らかに怪しいが…今の所特段世界に害を成しているとかもないし放置で問題ないかなぁと」

 

「…ふん、貴様がそういう奴だということを忘れていた」

 

ダインスレイヴは溜息をつきつつ旅人を見た。ダインスレイヴに釣られる形で俺も旅人を見たのだが、旅人はダインスレイヴへ何かを訴えるような視線を向けていた。

 

「ダインには聞きたいことが山程ある」

 

ダインスレイヴは旅人の言葉にふん、と再び鼻を鳴らすと言葉を返した。

 

「前回の『出会い』も『別れ』も些か急すぎたからな。貴様の逸る気持ちも理解できる」

 

だが、とダインスレイヴは続け俺を見た。

 

「だが貴様と話をする前にアガレスと少しやることがある。それが終わるまではここから動くな」

 

「…アガレスさん、私は…」

 

旅人が何かを求めるように俺へと視線を向けた。恐らく連れて行ってほしいのだろう。彼女は俺に興味があるようだからな。だが、とばかりに俺は首を横に振った。

 

「すまない、旅人。今回ばかりは同行させられない。何があったのかを話すことは…場合によっては出来るだろう」

 

俺は旅人に謝った上でそう言った。すると今の今まで黙りこくっていたパイモンが俺とダインスレイヴを諌めるように口を開いた。

 

「ダイン、アガレス…お前ら、ちょっと怖いぞ…それに旅人を同行させられないっていうのはどういう意味なんだ?」

 

俺とダインスレイヴは顔を見合わせ、同時に軽く溜息をつく。そして口を開いたのは俺だった。

 

「俺から説明しよう。まず俺はダインと少し縁があったみたいでな。勿論、俺は覚えていなかったが。まぁダインスレイヴが俺だけを呼び出すということは空関連ではなくてそっち関連だろうと考えられる。何故旅人を同席させられないのか、という問いに対する答えだが…簡単な話だ。『危険すぎる』」

 

「私だって───」

 

旅人が悔しそうな声を漏らす。だが、俺は心を鬼にして突き放した。

 

「旅人、お前には悪いがお前の実力では戦いについてこれず足手纏になるだけだ。加えて…俺も他の者を気にするほどの余裕はないだろう。仮に魔神なんかが敵として出てきたのなら旅人の安否を一々確認することなんてできっこないからな…」

 

俺に、そこまでの力なんてないのだから。

 

「だから今回は連れていけない。ダインがお前を連れて行かないと言ったのはそういうことだ。本当にすまない」

 

俺がそう言うと旅人は悔しそうに歯噛みして小声で「わかった…」と告げた。彼女には内容によるが出来る限り事情を説明してやりたいとは考えているが、どうなるかは全く不明だ。

 

旅人が納得したところでダインスレイヴが俺を見て踵を返し一言だけ「時間が惜しい。ついて来い」と言ってきた。俺はそんなダインスレイヴに対して薄情なやつだなぁなんて感想を抱きつつ、

 

「パイモン、旅人を頼む。俺にボロクソ言われて少しは落ち込んでるはずだからな…後で直接謝るからそこは安心してくれ。それじゃ」

 

「あ、お、おいっ」

 

俺はパイモンがなにか言う前にそそくさとその場を離れてダインスレイヴについて行くのだった。

 

 

 

場所は変わり少し進んだ逆さになった遺跡の内部。俺はダインスレイヴに連れ立たれるまま歩いていた。

 

因みに道中の会話はほぼゼロだ。後ろから彼を見ているのでその表情からその感情を読み取ることもできないので何を考えているかもわからない。しかしただならぬ雰囲気だけは確かに感じ取れた。

 

「…ここか」

 

ダインスレイヴはなんの変哲もない遺跡の壁におもむろに手を伸ばすと、遺跡の壁が突如崩れ去った。思わず俺は驚きを隠せなかった。

 

「…その先に空間があるだなんてな…全くわからなかったよ」

 

「そういうものだ。今の世界が今の世界として定着される以前の世界の痕跡など、本来は全て抹消されて然るべきなのだからな」

 

ダインスレイヴは言いつつ壁の中へ入っていく。俺もダインスレイヴへついていくべく足を踏み入れた。

 

中は真っ暗だったが流明石の触媒で辺りを照らしているためなんとか見ることが出来る。周囲を観察してみると層岩巨淵の岩石とは異なっているようで何処の岩石かすらわからない。地層、というわけでもないだろうが層岩巨淵は見た感じだと深くなっても然程岩石の材質は変わらないはずだ。そう、変わらないはずなのだ。だからこの状態は勿論異常である。

 

しかし、先程のダインスレイヴの言葉には違和感を感じずにはいられなかった。『今の世界が今の世界として定義される以前の世界の痕跡』と彼は言っていた。以前言っていた魂の漂白となにか関係があるようだ。

 

暫く真っ暗な坑道を進んでいくとかなり広い空間へ出た。だが、そんなことは最早俺にとってはどうでもよかった。

 

「…こ、れは」

 

俺が反応できたのはここまでだ。反応できたと言っても掠れた声を出す程度のものだ。

 

眼前に広がる光景、それは()()()()()()()()()()()の光景。俺という存在がいなければそうなったであろう未来の光景。

 

巨大なクレーター、だがその中心部には見覚えのある服が落ちている。見覚えがあるなんてもんじゃなく現在進行系で身に着けているものだ。

 

俺が周囲の観察を行っていると、ダインスレイヴが不意に口を開いた。

 

「…俺は以前ここに来たことがある。そうしてこのクレーターを発見して俺の記憶が偽りでないことを確かめることができた…貴様のことも」

 

彼は俺をまっすぐ見つめてくる。クレーターの中心部に落ちているボロボロの黒衣を見つつ、全身の痛みが強まるのを感じた。

 

「……」

 

───皆のことを…この世界を、お願いします、アガレス。

 

───盤石もいつかは…土に還る。お前に後は託す…友よ。

 

───僕らでは止められなかったこの『終焉』を…君なら止めてくれるよね、アガレス。

 

いつだったかこの言葉を思い出した時があった。確か…ああ、そうだ。『玉衡』こと刻晴の見舞いに行ったときだったな。あの時は普通に流してしまったが…なるほど、よく理解できた。

 

「ダイン、そして恐らく空も…お前達はずっと知っていたんだな。俺が───一度世界をやり直したことを」

 

俺の言葉に、ダインスレイヴは意味ありげに少しだけ笑むのだった。




はぁ…更新遅れてすみません。

ちなみに世界の話云々はめっちゃ創作です。あと岩石云々もですね。

更新遅れた理由ですが勿論バイト関連です。はっはっは。

アンケートに関してですが…まじで皆さんパイモンのIF見たいんですか?私はまぁ…見たいですが描くのはムズいので描きたくないです()

今のままいくと旅人さんと眞さん描く事になりそうですね。貴方の投票をお待ちしていますぞ〜


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第118話 実は…

ただの過去回みたいなもんです。

最後に補足ありますが読まずともよい…?かな。いや、そんなことないですね。


意味ありげな笑みを浮かべたダインスレイヴの様子から俺の予想が外れていないことが確定した。魂の奥底から沸々と湧き上がってくる怒りと悲哀、そして在りし日の記憶が俺の脳内を支配しかけていた時、ダインスレイヴが口を開いた。

 

「…幾千年も前、いやそれより前の遥かな昔。俺は同じく俺として生を受けた」

 

彼は幾千年以上も前にカーンルイアに似たような国に生まれ、ほぼ同じ生き方をしていたことを500年前突然思い出したという。奇しくもそれは不死の呪いをその身に刻まれた時だったらしくそんな時に俺を思い出したのだとか。

 

俺の全身の痛みが引くことはなく少しずつ酷くなっていたところで一旦壁際へ移動し座り込んだ。ダインスレイヴは無感動な表情で俺を見据えていた。

 

「…貴様があの時のことを全て忘れているのは無論俺とて把握している。思い出せるとも思ってはいない。だがここへ連れて来たのには訳がある」

 

不思議と意識が遠のく感覚があった。ダインスレイヴが何かをした様子はなかったので恐らくこの場所自体に何らかの力があるのだろう。

 

「今から貴様は、己の人生をもう一度体験することになるだろう。『忘れ去られたこの地』には…忘れ去られるはずだったものが記されているからな」

 

ダインスレイヴのその言葉を聞いてから俺の意識は暗転した。

 

 

 

かと思えば懐かしい感覚だった。いつぞやモンドの囁きの森で復活する時のことを思い出していた。

 

「───貴様が黙りこくるとは珍しいな?」

 

直後、俺の意識は浮上し眼前には酒の入ったジョッキを持つダインスレイヴの姿があった。俺は首を傾げつつ、

 

「何、少し考えてごとをしていただけだ。何一つ問題など存在しない」

 

「はぁ…貴様の酒癖の悪さと酒好き、それとその謎の自信には素直に感服している」

 

ダインスレイヴが溜息をつきながらジョッキを傾け口の中に酒を流し込んでいく。俺はそんな彼を見ながら、

 

「ふむ、褒め言葉は素直に受け取っておくとしよう」

 

「…皮肉だが」

 

「こちらこそ冗談だが」

 

と言いつつ俺も酒を飲む。

 

さて、このように俺はダインスレイヴと中々に親しい仲だったのだ。カーンルイアという神を持たざる国に生まれたダインスレイヴと、テイワット大陸のあるこの世界に生まれ落ちた国を持たざる神アガレスこと俺は…まぁそれなりに境遇が似ていたこともあってすぐに仲良くなることができた。勿論、カーンルイアは強大な科学技術を笠に周辺国家への圧力を強めていたため『八神』としても見逃すわけにはいかず、俺も気軽に遊びに来られなくなってしまった。

 

まぁなんとかそれでも他の神を出し抜いてダインスレイヴとこうして酒を酌み交わしている。不意に、ダインスレイヴが俺を見て口を開いた。

 

「…忘れたか?貴様には大事な使命があるのだろう」

 

「ふむ?」

 

ダインスレイヴの言葉に対して俺はおどけたような声を出す。勿論表情はほぼ変わっていない。

 

「とぼけたとて無駄だ。『八神』が協議の末カーンルイアに実力で圧力をかけようとしているのは知っている」

 

バレバレだな、なんて思いつつ俺はなんでもないことのように返した。

 

「私個人の考えとすれば特段、この国がどうなろうと、俗世の七国がどうなろうと知ったことではない。私は国を持たざる神であり最も人間というものの理解からはかけ離れた存在だからな」

 

「…答えになっていないと思うが」

 

「そうか?まぁそうかもしれんな。人間が理解できぬものを忌避するように、私も人間の感情などほぼ理解はできん。いや、出来ようはずもない」

 

俺はジョッキの中の酒を全て飲み干し、席を立つ。

 

「だから『八神』やお前に愛情と呼べるものが備わっていても、その他に愛情があるわけではない。私にとって大切なのは同類のみだ。そういう意味では魔神達の方が人間より好感が持てたのだが…残念なことにアレらとは相容れなかった。そういう意味ではカーンルイアも似たようなものではある。まぁつまり…難しく考える必要はない。私の立場自体、この世界では不明瞭なものだからな」

 

俺は言うだけ言ってそのまま踵を返してその場を去ろうとすると、

 

「…まぁいい。というか貴様、金を払え」

 

とダインスレイヴに呼び止められた。だが残念ながらここカーンルイアはモラを使えない。

 

「私がここの通貨を持っているわけがないだろう。少し考えればわかるだろうし…何より私は何度もお前にそう告げているはずだが?」

 

持ってるわけがない。昔からずっとダインスレイヴに払ってもらっているのだから。つまり、ダインスレイヴは俺の友人であり財布でもあるのである。

 

「チッ…言うと思っていたが聞いた俺も俺だな…」

 

俺は悪戯っぽい笑みを浮かべてダインスレイヴの下を去るのだった。

 

───この頃の俺の様子からわかるように…いや、というより一人称、そして話し方からもわかるように、酒を飲むと俺の表層意識を支配するのは彼、つまり『俺』自身だ。古の巨神などと名乗ってはいたが、ただこの世界に生まれるのが一番早かっただけである。恐らくだが、自分が何者なのかを隠すための嘘、或いは冗談だと考えられる。

 

ただ旅人達の前で出てきた時に『古の巨神の加護を受けたこの者』と言っていたので何らかの関係がないとも言い切れないが…実際のところはこれからわかるだろう。

 

場面は変わりカーンルイアの破滅の場面だ。俺は血を流すダインスレイヴを抱えあげており、ダインスレイヴは俺の上腕を鷲掴みにしていた。

 

「…ミを……む…ッ」

 

ダインスレイヴの口からは言葉ではなく暗号のような言葉が紡がれる。だが、しっかりと俺にその思いは伝わっていた。

 

「…わかっている。私とてそのつもりでここへ来たのだからな」

 

俺は動かなくなったダインスレイヴを横たえ、カーンルイアを去った。

 

───やがて場面は移り変わり、俺の目の前には雷電影、そしてモラクスとバルバトスがいた。場所は璃月港付近に位置する天衡山の頂上である。皆一様に溢れ出る漆黒の闇を見据えていた。

 

「アガレス、これは…」

 

バルバトスが若干驚きの混じった声を上げた。

 

「…ああ、間違いなくカーンルイアの方向からだろう。私が独自に調べていた『黒土の術』というものの効果だとは思うのだが…それにしては…」

 

俺にしては珍しく困惑していた。『黒土の術』というものの暴走によって見過ごせなくなった天空の島の神々がカーンルイアを攻撃し始めるのでは、という予想を立てていた俺や他の『八神』にとってこの状況は想定外だった。

 

加えて肌がひりつく程の殺気と怨念がテイワット大陸全体を包み込んでいるのを感じた。

 

「…これは少し不味いな。お前達は早く国に戻って戦闘準備を始めた方が良いだろう」

 

バルバトス、モラクス、影の三人が俺を見る。既に草神、水神、炎神、氷神は恐らく戦闘態勢になっているはずだ。よほどのことがなければあの氷の女皇が負けるとも思えん。恐らく多少の時間は稼いでくれるだろう。バルバトス、モラクス、影の三人はすぐに自国へ戻って準備をするようだった。これでなんとかなるだろうと考えて俺も『八神』のために周辺国家を護るべく行動を開始した。

 

だが、モラクスが慌てて俺の下に戻ってきた。何事かと思えばモラクスの口から出たのはとんでもない妄言だった。

 

「…アガレス、あの闇に既にテイワット大陸の半分以上が飲み込まれている。残っているのは最早モンド、璃月、稲妻の三国だけだ。スメールは…保ってあと一時間と言ったところらしい」

 

「…確かか?」

 

天衡山は高い山ではあるがスメールまで見えるほどではないのだ。だから現在のスメールの状況はわからない。モラクスの話によればスメールから来た伝令が息も絶え絶えになりながらも伝えてくれたらしい。

 

「一先ず私はスメールに向かう」

 

「行くのか?」

 

「ああ」

 

「では俺達は俺達のできることをしておくとしよう。お前なら大丈夫だとは思うがくれぐれも…死ぬなよ」

 

俺はモラクスのその言葉に一言だけ「お前達もな」と告げると一先ずスメール方面へと風元素で浮かび上がり飛んでいくのだった。

 

 

 

───結論から言おう。俺はこのスメールに押し寄せた闇を止めることはできなかった。闇には実体など存在していないのだから当然だ。元素を使ったところでその元素ごと黒く塗り潰されていくのだから当然止める手段など存在するはずもない。

 

まぁ、止めたのは俺じゃなく、他の神でもない。『終焉』の余波だ。カーンルイア辺りに衝突した他世界の余波で溢れ出た闇が一時的に世界の外へ流出したのだ。そのため猶予ができたのである。

 

勿論止まったとは言え残った三国の被害は甚大だ。神達も全員軽くはない怪我を負っている。雷電眞は雷電影を庇って重傷を負っており動ける状況にはなかった。

 

再び天衡山へ集まったバルバトス、モラクス、雷電影、そして俺の四人は作戦会議を始めようとして…影に制された。やがてバルバトスが口を開く。

 

「…僕から一つだけ提案があるんだ〜」

 

俺を除いた三人が首肯き、バルバトスが風元素で俺以外の三人を浮かび上がらせた。俺は思わず面食らい動くことができなかった。

 

浮かび上がった三人が口々にこんなことを言う。

 

「皆のことを…この世界を、お願いします、アガレス」

 

影が悲しそうに笑みながらそう言った。

 

「盤石もいつかは…土に還る。お前に後は託す…友よ」

 

モラクスが俺を心の底から信頼しているような眼差しと笑みを浮かべた。

 

「僕らでは止められなかったこの『終焉』を…君なら止めてくれるよね、アガレス」

 

バルバトスがはにかみながら俺にそう告げる。俺はその瞬間彼等が何をしようとしているのか、それを察した。直後、三人はカーンルイアのある方向へ一直線に飛んでいった。

 

俺はそれを追おうとしてしかし失敗する。あの三人がどういう方法を使ったのか闇が引き始めていたからだ。だが彼等が帰ってくる様子はない。

 

「…ッ」

 

俺は目眩を感じた。疲労か、はたまた大切な存在を全て失った虚無感からか…否、目眩はどんどん秒を刻むごとに強くなっていた。

 

「これ、は…ウッ」

 

俺はそこで意識を途絶えさせた。世界が崩壊していっているのを最後に見ることしかできなかった俺は決意する。

 

この『終焉』を…世界に害を成すものを全て破壊できるようにしようと。それが自らの大切な存在を護ることに繋がると信じて。

 

───再び、暗転。これが謂わば一周目の俺の身に起こった出来事というわけだ。

 

「…少しの間気を失っていたが、何を見た?」

 

目を開いた俺を待っていたのは無感動な表情のダインスレイヴ。だが俺が気を失っている間に見たものの見当がついているからか少し目尻が下がっている。心配してくれているようだった。

 

「過去の記憶、俺の内にずっと潜んでいた記憶を見た。全てとはいかないが…大体のことは把握できた」

 

酒を飲むと出てくる俺の内に潜むもう一つの人格、そして刻晴と旅人と話をしていた時に思い出した言葉…そして何処で何が起きるかを何故知っていたのか…全ては繋がっていたというわけだ。

 

「でも、どうしてダインスレイヴはその…魂の漂白が為されていないんだ?」

 

ダインスレイヴにそう問いかけるとダインスレイヴは首を横に振った。

 

「俺にもわからない。魂の漂白に関しては俺もあくまで推測に過ぎん。無論、可能性は高いがこうして俺と貴様に差異がある以上何らかの理由はあるのだろう。魂の強度、或いは思いの強さ…それとも神のミスか…」

 

方法は幾つか考えられるだろうが結局は考えたところで答えは出ないだろう。

 

俺は座り込んでいたので立ち上がると俺の服が落ちているところまで歩く。服を持ち上げると中からは指輪が2つ出てきた。そしてその指輪には見覚えがあった。

 

「…まさかこれがここにあるとは…」

 

それは俺がバルバトスと旅人の二人に渡していた聖遺物の一種である指輪だった。




・カーンルイアでモラが使えない

これはオリジナル設定ですね。まぁカーンルイアが元々神を持たない国で俗世の七国ですしそもそもテイワット大陸に属してすらいないらしいのでそれはもうモラ使えないでしょうと。

・ダインスレイヴ

ダインスレイヴとの別れが結構あっさりしてますが…アガレスも一応神ですし隠れてダインスレイヴに会いに行ってたことが知られると自分自身の立場も他の『八神』の立場も危うくしてしまうと考えたので顔だけ出して帰った感じですね…余談ですが1代目のアガレス君は後からめちゃくちゃ後悔してたらしいですよ。

・お酒

アガレスはお酒が苦手ですが一周目では酒豪と言われるほどお酒に強く、また大好きでした。しかしお酒にうつつを抜かしていたために自分自身の強さが足りなかったと考えたアガレスは一周目とは打って変わって何処か本能的にお酒を嫌悪するようになっています。その結果お酒を飲むとすぐに意識を失ってしまうんですねぇ…。
お酒を飲むと出てくるアイツは本文にある通り一周目のアガレスですが、何故出てくるのかはわかったと思います。純粋にお酒が好きだからです。

・指輪

はい、ちょっと気付いていた方もいるかもですが指輪はアガレスの生の回数で決まってます。内訳は一周目一回、アガレスが『終焉』止める前に一回、そして現時点で一回ですね。アガレスの中ではあくまで復活しただけで死んではいないという認識なのでここにあってちょっと驚いてる形になります。

長々と説明してしまいましたね…うへぇ…。


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第119話 調査開始

IFストーリーの方もよろしくおねがいします…。

そしていつも誤字報告に助かっております…。

題名なかった…アハハ…ごめんなさい…。


指輪を回収した俺は一先ず表層へと戻ることにした。旧世界の痕跡をどうするのかダインスレイヴに尋ねてみたが、「消す消さないは今更だろう。それに、ここは常人では辿り着き得ない」とのことだったので放置することにした。勿論、世界に害があるようなら速攻元素爆発で消すことにするが。

 

「あ、アガレス…」

 

旅人達が待っている場所へ到着すると、旅人は疲れていたのか少し眠っていたようだった。パイモンが周囲をキョロキョロと見回していた辺り、彼女に危険が迫らないように見張っていたのだろう。

 

俺はパイモンの頭を少しだけ撫でると、旅人の隣に座る。

 

「パイモン、後は任せて眠ると良い。今日は洞窟探索ばかりで疲れているだろう?」

 

「うぅ…ごめんなアガレス…任せるぞ…」

 

パイモンは余程気疲れしたのか旅人の隣に横たわるとすぐに寝息を立て始めた。二人が眠ってからダインスレイヴは姿を現した。

 

「…それで、これからどうするつもりだ?」

 

ダインスレイヴがそう切り出してきた。どう、とは?と思ったが恐らく俺の今後の身の振り方についてだろう。俺は少し顎に手を当て考えてから口を開いた。

 

「正直まだわからない。昔のことを思い出したからと言って俺自身になにか影響があるかといえばそうでもない」

 

ただ、と俺は続けた。

 

「今のままでは再び『終焉』が巻き起こっても自分の身を犠牲にすることしかできない。別の方法を考える必要があるのはわかっている。少し…色々と調べてみねばならないだろうな」

 

俺のその言葉にダインスレイヴは鼻を鳴らすと、

 

「…それが貴様の答えか。把握した」

 

いつぞやと同じ言葉を俺に告げた。

 

 

 

二時間後、結局ダインスレイヴは何処かをほっつき歩いているのか気が付いたら消えていたのだが、代わりに旅人が目覚めキョロキョロと辺りを見回し俺を見ると少し驚いたような表情を浮かべた。

 

「お目覚めか?生憎辺りは夜ぐらい暗いがな」

 

「そうだ、私待ってる途中に寝ちゃって…って、パイモンは!?」

 

旅人が動揺を顕にしながら辺りを再び見回すもすぐに俺を見て何故か見回すのをやめた。

 

「まぁ、アガレスさんがいるしなんとかなってるよね…」

 

実際なんとかなってはいるがその考えは危険である。俺とてできないことなど沢山存在しているのだから。

 

「パイモンならお前の隣で寝てる。ってか、俺がいるからなんとかなると思うのはやめろ」

 

「どこぞの宗教団体もなんとかできてないもんね」

 

「その話はやめろ」

 

一瞬出てきた新米西風騎士達と一部の熱狂的なファンを思い出し、俺は少し精神が磨り減るのを感じた。俺の寿命を出来る限り伸ばすあの計画はどうなったのだろうか。この調子だと普段とあまり変わらないな…はぁ、稲妻に帰りたい。

 

そのまま旅人と談笑しているとパイモンも起きて三人で談笑を始めた。始めたのだが、直後何処かへ行っていたダインスレイヴが戻ってきた。それも、アビスの使徒が使う転移門から出てきたのである。

 

ダインスレイヴと俺達はお互いに顔を見合わせ目を見開いたのだが、先に口を開いたのはダインスレイヴだった。

 

「…なるほど」

 

「いや、勝手に自己完結するのやめてもらっていいか?」

 

転移門から出てきたことから察するに彼はアビスの使徒関連でまた動いていたのだろうが、それにしたって一言二言でもいいから説明は欲しいものである。

 

「…アビスの使徒の痕跡を発見して奴をまたあと一歩のところまで追い詰めたんだが同じように逃げられてな。入ってきたらここに出た、というわけだ」

 

ダインスレイヴのその説明によって大体の経緯はわかったが肝心のアビスの使徒の行方と目的がわからずじまいだ。まぁそれは追々わかるようになっていくだろう。少なくとも彼等にとって重要なものが層岩巨淵地下鉱区には存在している、ということだ。

 

旧世界の痕跡に関しては恐らく彼等にとっては不要だろう。ただ、以前空は『神座を下す』と言っていたので何らかの形で利用されることは考えられるだろう。まぁだが戦術的、或いは戦略的価値は低いのが現状だ。俺の指輪のような聖遺物があればまだ話は違ったかもしれないが、彼等は転移門という独自のネットワークを持っている。これも然程価値はないだろう。

 

前回転移していった際も空には追いつけてはいなかったようなので恐らくあの転移門にはなにか仕掛けがあるのだろう。その仕掛けは勿論予想できないが、彼等と同じ出自のダインスレイヴですら駄目なのだ。俺なんかでは到底解き明かすことはできないだろう。

 

ただ、同じ転移門に入ったのに違う場所に出るのなら理解できることもある。以前は事前に登録した場所にしか転移できない、との結論だったが点と点を結びつけた転移だとするならばダインスレイヴが別の場所に出た理由の説明ができなくなってしまう。

 

で、あるなら恐らく中は網目状になっていて出口はランダムなのだろう。先も述べた通りアビスの使徒達にだけ扱えるなにかがあるのだろうが…それはやはりわからない。

 

そしてダインスレイヴは似たようなことを俺達に説明してくれた。

 

「なんか、この世界にあるワープポイントみたいだな?」

 

パイモンがそう言い旅人も首肯く。俺自身、あのワープポイントの原理はよくわからない。以前旅人にワープの仕方を教えてもらったが結局扱うことはできなかった。理由は不明だが、アビスの使徒の使う転移門と原理が似たようなものだとするなら…いや、だとしても推測の域を出ないな。

 

「どちらにせよアビスの使徒がここにいたという事実は消えない。アビスの使徒がいるからにはここは奴らにとって何らかの価値がある場所なはずだ。それを突き止める必要があるだろう」

 

腕を組みながらダインスレイヴがそう告げる。旅人はその前に、とばかりに声を上げる。

 

「それより、改めて自己紹介して」

 

旅人がそう言うとダインスレイヴは驚いたように目を見開き、少し笑った。

 

「ふん、まさか覚えているとはな」

 

俺は思い出したのでダインスレイヴに関してはそれなりに知っている。だからこれから言うこともある程度予想できた。

 

「俺はかつてカーンルイアにおいて栄光を浴びていた称号を持っていた。しかし今となっては最早皮肉であり、呪いのようなものだ」

 

昔の彼はその肩書を誇りに思っていたようだが…今となってはなるほど、確かにそう思ってしまうのも無理はないだろう。アンと同郷であるダインスレイヴは祖国にいいイメージを持っているわけがなかったな。

 

「…宮廷親衛隊隊長『末光の剣』…そして国の滅亡を見届けた者だ。この肩書きを口にしたくない理由など十分すぎるほどに存在している」

 

ダインスレイヴは組んでいた右腕を上げながらそう告げた。ダインスレイヴがそれきり口を閉ざしかけたので俺は旅人達の代わりに聞きたいことを聞く。

 

「まぁ旅人、ダインのことはもういいだろう。それより聞くべきはお前の兄とダインの関係についてだ」

 

俺の記憶がある程度は戻ってきたとはいえ、全部戻ったわけではない。現に空の記憶もダインスレイヴとの記憶も不完全なままなのだ。俺としても気になるし旅人も気になるだろう。俺の問にダインスレイヴは少ししてから答えてくれた。

 

「…俺と空、そしてかつてアガレスも共に旅をした。だが全員、同じように旅の終点を見つけることができなかった。ある者は絶望し、ある者は渇望し…いや、この話はいい」

 

ダインスレイヴはコホン、と咳払いをすると再び口を開いた。

 

「今この瞬間にも『アビス』の目が俺達を映している可能性もある。調査をするなら早めの方がいいだろう」

 

まぁアビスの奴等の目は何処にでもあるのはその通りだ。加えて俺がここにいるのは表層でやったアビスの邪魔でバレているだろう。

 

旅人が俺を見た。俺は首肯きダインスレイヴに目を向けた。旅人は一瞬目を瞑るとダインスレイヴに目を向けた。

 

「今はダインを信じるよ」

 

旅人にそう言われたダインスレイヴは少し笑った。

 

「賢明な判断だ。一先ず向こうに焚き火がある。そこから調べてみよう」

 

少し小高くなったところに炎が見える。なるほど、調べるにはうってつけ、というわけだ。

 

俺達はそのまま焚き火のある場所へ向かって歩き始めるのだった。




長い…この話長い…っ!!


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第120話 ヒルチャールの真実

焚き火へ向かう道中に今までとは打って変わってヒルチャールの作ったものを見ることができた。アビスの怪物達がカーンルイア出身であることからヒルチャール達も恐らく無関係とは言えないのだろう。

 

ただ、現時点で彼等がカーンルイアとどんな関わりがあるのか…それは不明だ。これからわかるといいのだが。

 

さて、焚き火のところまでようやく辿り着く事ができたのだが、ヒルチャール達が拠点としていた形跡が見受けられる。ただ、当のヒルチャール自体は見当たらなかった。

 

「ヒルチャール達が寝泊まりした形跡があるな…」

 

「なぁ、これって依頼で聞いた様子のおかしいヒルチャールが残したものなんじゃないか?」

 

パイモンがこの拠点をそう分析した。ただ、普段のヒルチャールにしてはやはりお粗末で簡素なものだ。たしか最初に話を聞いた玥輝という鉱夫はヒルチャールの様子がおかしいと言っていたな。意識が朦朧としている状態だったのなら首肯ける話、というわけか。

 

「これでようやく依頼が達成できそうだな!」

 

パイモンのその言葉にダインスレイヴは首を傾げた。が、すぐに得心がいったらしく、

 

「アガレスの言っていたものか。その依頼を達成すべく貴様達はここへ来たのだったな」

 

なんにせよ手がかりに辿り着いたのは言うまでもないだろう。層岩巨淵の地下鉱区に眠る秘密、それに迫るための尻尾をようやく掴んだというわけだ。

 

ダインスレイヴは俺を一瞥してから口を開いた。

 

「その答えを知りたいか?」

 

ダインスレイヴには心当たりがあるようだができれば俺達に自力で答えに辿り着いて欲しそうだ。それくらいはまぁ頑張ってみるけれども。

 

さて、ダインスレイヴが俺に一瞥くれたのは恐らく俺が関係していることを示しているのだろう。先程の旧世界の痕跡が関係しているのか、はたまた普通に以前のことからわかるものか。

アビスの魔術師や使徒は元々カーンルイアの民であることは既知のことだがそれに従うヒルチャールにも何らかの因果関係があると考えるべきだろう。アビスの使徒らしき存在も上層で確認しているので恐らくここはアビスにとって何らかの価値があることは既に明白だ。だがそれは全くわからないし加えてヒルチャール達の異変の原因も見当がつかない。

 

ただ、ヒルチャールもアビスの魔術師達と同様にカーンルイアの民だとするならば彼等もまた呪いに身を蝕まれているのだろう。ダインスレイヴや元ファデュイ執行官のアンのように。そしてその呪いは常に身を蝕み続けるのだ。

 

ダインスレイヴの話によれば不死の呪いをかけられているらしい。アンに関してはわからないが500年間生きてきたのだから同様の呪いだとしよう。ヒルチャールやアビスの怪物たちにかけられた呪いが何かは全く以て不明だが、同じようにかけられているとするならば我々神と同じように『摩耗』するはずだ。

 

意識の朦朧としたヒルチャール…生気のない感覚…ふむ、これらから察するに恐らく彼等は『摩耗』かなにかは不明だが何らかの理由で死に場所を求めているのかもしれない。かなりこじつけだけれどもな。

 

ただここにいると少し俺の中の魔神達の呪いが弱まる感覚がする。これも何らかの関係があるのだろうか?実際、忘れていたらしい記憶がそれなりに思い出せたのだから呪いが弱まっている可能性はかなり高いだろう。ダインスレイヴの呪いにまでその影響が作用しているかは不明だが。

 

さて、俺が考えている間に旅人もパイモンも音を上げていた。

 

「オイラ、全然わからないぞ…」

 

「私もわからない。ダイン、教えてくれる?」

 

ダインスレイヴは異様な雰囲気の残るヒルチャールの寝床を見やってから旅人や俺を横目で見て目を細める。

 

「貴様らが感じ取れないのも無理はない…この異様な雰囲気をな」

 

ダインスレイヴは少し視線の厳しさを和らげて言った。

 

「…ここにいると『呪い』が弱まるのがその答えだろう」

 

ダインスレイヴの呪いもどうやらしっかり弱まっていたようだが、はてさて消し去ることは出来るのだろうか?

 

と、思っているとパイモンが俺の思っていたことと同じことを聞いたのだが、ダインスレイヴは首を横に振って否定した。

 

「残念だが、俺の呪いはそんな一朝一夕で解けるようなものではない。この地に踏み入れてから束の間の休息を得ることはできたが、解くことは不可能だ」

 

ダインスレイヴの呪いの話が本当なら俺の呪いが解けることもなさそうだな。まぁ八重神子の見立てでは100年くらいは生きられるらしいし問題はないだろう。

 

「俺の身体は今も尚訴えている…ここに『残れ』と」

 

パイモンも旅人も首を傾げて不思議そうな顔をしている。実際不思議なもので何故層岩巨淵の地下鉱区に呪いを弱める力があるのか、そして何故このような逆さになった都市が存在しているのか…何もかもが謎めいている。

 

そして答えを出せる情報は俺の手元にはないのだ。

 

「アビス教団には俺の知る限りこのような技術は存在していなかったはずだ」

 

ダインスレイヴはそう評した。ダインスレイヴが言うのだから恐らくその通りなのだろう。先ず間違いなくアビス教団にはそのような技術は存在していないと考えていいだろう。

 

ただヒルチャール達はこの場所へと引き寄せられていると考えるのならば、この場所とヒルチャールには何らかの因果関係があるのだろう。そしてアビスとヒルチャールにも何らかの因果関係があるのだろう。そう考えればアビスとこの場所にも何らかの関係があるのは間違いないはずだ。

 

「そう言えばダイン、ヒルチャール達は仮面をつけてるけど…どうして皆仮面をつけてるんだ?」

 

パイモンが不思議そうな表情を浮かべながらダインスレイヴにそう問いかける。仮面、というと顔に当たる部分にあるアレのことか。そう言えばよく知らないな、などと思っているとダインスレイヴは神妙な顔つきで答えてくれた。

 

「彼等が仮面をつけているのは水面に映る自らの顔を見ないようにするためだ。何しろ、記憶にある自らの顔と比べあまりにも醜い顔であり、絶望を感じるほどだからな」

 

「やっぱり、ヒルチャールって…」

 

なるほど、そういうことか。ダインスレイヴの言葉の裏にあるのは唯一つの真実だ。

 

それは───

 

「そうだ、彼等は『不死』の呪いを身に受けたが、それは永久的な不死を意味するものではない」

 

ダインスレイヴは腕を組みつつそう告げた。その声にはどことなく悲しみが含まれているように感じられた。パイモンが悲痛な表情で言う。

 

「元に戻す方法はないのか?」

 

「不可能だ。『摩耗』により魂も肉体もすり減っていき最後には灰となって『死』という概念すら与えられずに消滅する」

 

ダインスレイヴは以下のことを語った。

 

ヒルチャールは己の死期が近いことを悟ると本能的に暗いところを探し、数百年にも渡る苦しみに別れを告げる。だからこそ、呪いの力を弱められるこの場所は彼等にとって最適な死に場所であり、また墓であるのだ、と。

 

「ヒルチャールという存在はその実1000年ほど前から存在している。だが、その実態は実は定かではない。カーンルイアが何らかの実験を行っていたのか、はたまた別の要因があるのか…それすらも不明だ」

 

だがわかることもある、とダインスレイヴは俺を見た。

 

「カーンルイアでは一つ、極秘に進められていたプロジェクトが存在していた。ヒルチャールはその副産物のようなものだ」

 

ダインスレイヴの視線と言葉に違和感を覚えた俺はダインスレイヴに問い掛ける。

 

「ダイン、そのプロジェクトとはなんだ?」

 

ダインスレイヴは少し瞑目した後口を開いた。

 

「かつて元素の神と謳われ、あらゆる障害を排除してきた最強の存在を模倣し、そして進化させる…俺も知っているのはこれくらいだがその過程でヒルチャールは生まれたようだ」

 

ダインスレイヴの言葉にパイモンと旅人、そして俺も驚かずにはいられなかった。

 

「ちょっと待て…元素の神、最強の存在…ってことは…!」

 

パイモンが驚いたように俺を見た。ダインスレイヴが首肯き口を開く。

 

「そうだ、そのプロジェクトとはアガレス、貴様を模倣するプロジェクトだ」

 

衝撃の事実を告げられた俺は思わずうへぇ、と呻かずにはいられないのだった。




遅れたぁー!!ごめんなさいっ!ほんっとーに!!


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第121話 創神プロジェクト

ああっ、遅れたンゴ…。

バイト忙しくて描く暇ありませんでしたぁ…申しわけねえっす…私としたことが…。


「アガレスを模倣するプロジェクトだって…!?」

 

パイモンがそう叫ぶように言った。旅人も驚いたような表情をして固まっている。対するダインスレイヴはというと既に過ぎたことだ、とばかりになんでもないことのように告げる。

 

「当時、カーンルイアのみならずスメールでもこのような計画があったと聞いているがこちらは当時の神であるマハールッカデヴァータが早々に阻止したが…カーンルイアにはそのような存在はいないからな」

 

ダインスレイヴは計画の全容を把握してはいなかったようだが、『末光の剣』という高い位にいたためかそれなりに把握していたようで知っていることを教えてくれた。

 

「1000年前からあったこの計画の書類に目を通したことがある。全ての元素を扱える貴様を模倣するために先ず行われたのは元素をその身に宿さぬようにする生物を生み出す実験だ。その過程で生まれたのが…」

 

ヒルチャール、というわけだろう。なるほど、最初に生まれたヒルチャールは元素を持っていなかったわけだが後から倒すと必ず元素粒子が出るようになったのはテイワットに適応した、と考えるのが妥当だろうな。

 

「カーンルイアの科学者共は次に、それぞれの元素を持たせる実験を開始した。そうしてヒルチャールはその数を増やし全世界へ様々な種類の元素を持つ存在が蔓延っていった」

 

ヒルチャールには確かに種類がある。汎ゆる元素形態のヒルチャールが存在している。ここまでは恐らく彼等にとっても順調だったのだろう。だが複数の元素をもたせる段階で問題が起きた。

 

「生物に2つの元素を持たせた場合、すぐにその元素同士が元素反応を引き起こすか、或いは過剰な元素力によって肉体が崩壊している。当時のカーンルイアの技術力ではそれぞれの元素を体内に保管し、作用しないようにする方法を再現することができず、数百年に及ぶプロジェクトとなった」

 

確かに完成していれば強力な個体となっただろうがその場合でも結果は変わらないだろう。カーンルイアの滅亡は避けられず…いや、待てよ?

 

俺の異変に気が付いたのかダインスレイヴの話が止まった。旅人とパイモンもダインスレイヴが止まったことでその視線の先にいる俺を見ていた。

 

「ダインスレイヴ、続きを話してくれて構わない」

 

俺は敢えて答えを言わずに流す。これはあまり旅人にも知ってほしくはないからな。加えてまだ確証は持てていない。勿論、ダインスレイヴが知らないという可能性もあるわけではあるが…。

 

ダインスレイヴは俺の言葉に首肯くと再び話し始めた。

 

「だが500年前、スメールの教令院の学者を引き抜きカーンルイアは遂に神を創り上げることに成功した。否、成功してしまったのだ」

 

神を創り上げることに成功したということはつまり、俺の模倣を完成させたのだろう。ということはやはり…そういうことか。ダインスレイヴの言葉に被せるように俺は呟く。

 

「その神を創ったことによりパワーバランスが崩壊、そして『終焉』が巻き起こったということか…」

 

本来なら神が一柱、二柱増えたところで問題はないはずなのだ。多少は変わるかもしれないが普通の神が増えたところで何ら問題はない。だが、如何せん増えてしまったのは俺を模倣した神。今の俺になる前の俺は酒に溺れ、自分の力を磨かなかったがために『終焉』によって滅んだ。一周目の『終焉』が巻き起こった理由は不明だが、それは今はいいだろう。

 

その経験、というより絶望が魂の奥底に刻まれていたからこそ、俺は自分の力を磨いたのだ。だが、逆にそれが仇となり『終焉』を引き起こしてしまった。だが俺を模倣するプロジェクトは最早存在しない。ポジティブに考えるなら『終焉』が巻き起こる可能性はかなり低いだろう。少なくとも前回起こった『終焉』の理由では起こらないはずだ。

 

ダインスレイヴは俺の言に対して首肯いた。

 

「まぁとにかく、ヒルチャールとはその計画が齎した副産物であり、またカーンルイアの民全てに降り掛かった呪いの元凶でもある…」

 

ダインスレイヴはヒルチャールの作った簡素な寝床を見て目を細め、吐き捨てるようにこう言った。

 

「…これが俺達カーンルイアの末路、というわけだろう。醜悪なものだ」

 

さて、とダインスレイヴは踵を返して後ろを向き、俺達の方を見やった。既に俺は刀を抜き放っていたため旅人とパイモンがギョッとしていた。少し面白いと思ってしまったのは秘密だが…さて。

 

現れたのは三体ほど、どれも今まで見たことのない敵で風貌は怪物というより騎士のそれに近い印象を受ける。そしてどれもその身は黒く染まり、またそれぞれが元素を持っているようだ。

 

「うわっ、なんだこいつら!!」

 

少し低めの唸り声のようなものが聞こえ、相手も臨戦態勢のようだ。だが攻撃を仕掛けてくる様子はない。だが旅人は速攻相手を排除しに攻撃を仕掛けていた。それに呼応するかのように彼等も攻撃を始めてくる。どうやら考察している時間はなさそうだ。

 

俺は抜き身の刀をそのまま軽く振り目の前で武器を構えようとしている怪物の右腕を切断する。俺の予想としては硬そうなので中程で止まると思っていたのだが、刀なら案外造作もなく斬れるようだ。ただ、旅人の方は案外苦戦しているようだったので恐らく正しい力の入れ方をしていないのか、はたまた刀の性能がいいかどちらかだろう。

 

まぁ、一応伝手である程度は修復した楓原家…いや、『一心伝』最高峰の刀だ。それはそれは切れ味はいいだろう。多分刀の性能がいいんだな、うん。

 

俺は素早く眼前の相手を袈裟斬りにして斬り伏せると旅人の方へ加勢して斬り伏せた。もう一体いたはずだが、もう一体の気配は既に近くにはないようだった。

 

「ふぃぃ…びっくりしたなぁ…それにしても、どうしてあいつら突然襲ってきたんだ?」

 

落ち着いたらしいパイモンがそう言う。どちらかというと襲いかかったのは俺達なような気がするがまぁ特に深くツッコまないでおこう。

 

事情を知っていそうなダインスレイヴはというと何処か一点を暫く見つめていたがやがてこちらへ視線を向けて喋る。

 

「あれらは『黒蛇騎士』。かつて、カーンルイアにおいて宮廷親衛隊に所属していた者達だ」

 

思わず俺は少しだけ目を剥く。騎士っぽい風貌だとは思っていたがまさか本当に騎士だったとは驚きだ。だが同時にとある疑問も浮かぶ。

 

「宮廷親衛隊ということはお前の部下だろう?殺してしまってよかったのか?」

 

俺がそう問いかけると、ダインスレイヴは首を横に振りながら言う。

 

「あくまでも昔の話だ。加えて、彼等は呪いをその身に深く刻まれ、支配されている。その戦い方もかつての栄光を全て捨て去ったものだった」

 

「じ、じゃあ、もうアビスの一部になったってことなのか…?」

 

パイモンが悲しそうな表情を浮かべてそう問いかけた。ダインスレイヴは問には答えず、先へ進もう、とだけ言い放った。

 

「でも、行く宛はないんじゃないか?ヒルチャール達の痕跡は途切れてるみたいだぞ」

 

パイモンがヒルチャールの作った簡素な寝床を見ながらそう言った。だが、ダインスレイヴはどうやら違うようで腕を組みながら言う。相変わらず、彼が何を考えているのかはその表情からは読み取れない。

 

「先程、逃げた一体がいただろう。奴は俺を暫く見つめてからこっちの方向へ去って行った…攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、ただ見つめてくるだけ…つまり他の個体とはなにか一線を画す何かがあるはずだ。先ずは奴を追うぞ」

 

ダインスレイヴはそれだけ言って歩き始める。俺と旅人、そしてパイモンは互いに顔を見合わせて不思議そうな顔を浮かべてからついて行った。

 

と、いうのもダインスレイヴが何処か急いでいるように感じたためだ。俺は一応ダインスレイヴの焦りの理由を考察しつつ進むことに決め歩みを進めるのだった。



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第122話 昔日の命①

さて、そろそろ佳境に入りますかね…久方ぶりの投稿な気がする!!

ごめんなさい!!バイト忙しかったんです!!年末年始は…わかってくれ…(?)

あとがきに変なこと書いてますが気にしないで下さい。マジの独り言です。


先程の黒蛇騎士を追ってきた俺達は逆さになった遺跡の前へと辿り着いた。だが、残念ながら向こうへ行くための道がない。あるにはあるが、遺跡の残骸がそれなりに浮いているという程度で足場としては俺だけなら勿論行けるが、他の三人は恐らく無理だろう。パイモンは…まぁ多分無理だろう。そういうことにしておく。

 

「ここから先へは行けないみたいだな…こういう時はなにかの装置があるはずだよな!周囲を探索してみようぜ!」

 

「だね…遺跡探索で培ってきた私の遺跡探索力が光る時だね」

 

旅人、なんだそれは。

 

そんな俺の苦笑とは裏腹に二人の言葉を即座にダインスレイヴは否定した。

 

「その必要はない」

 

ダインスレイヴは再び腕を組んで今度は目を瞑った。

 

「アビスの技術や気配…それらは俺にとって身近なものだ。俺からすれば、こんなものはただの泡沫の夢のようなものに過ぎない」

 

ダインスレイヴの言から察するにこの付近にアビスの秘密が隠されているのだろう。ただ、やはり俺には感じられないようだった。パイモンと旅人も同様なようで首を傾げつつ二人で考察していた。

 

「というか…ダインって色々内情を知ってるよな…そりゃあ、アビスに目をつけられるわけだぜ…」

 

パイモンが若干呆れたように笑いながらダインスレイヴを見やった。当のダインスレイヴはというと全く気にしていないのか、無表情のままだった。

 

「この逆さの都市と何か関係があったりするの?」

 

旅人が俺を見てそう聞いてくる。逆さの都市と聞けばあの逆さになった七天神像が思い浮かぶが直接的な関係は恐らくないのだろう。ここはカーンルイアのある位置からは離れているわけだからな。

 

ただ遺跡自体はかなり古い文明のものだ。アビスがここを利用しようとしているのならば何らかの古い文明の痕跡が残っているのだろう。

 

ダインスレイヴは俺の予想と同じようなことを言った後、「まぁ、アビス教団に先を越されたがな」と付け加えた。

 

結局他に道もなく手段もないので足場にもならない岩を飛んでいくことにし、光る石を目印にして遺跡の内部へと侵入した俺達は中にいた黒蛇騎士と鉢合わせた。

 

「黒蛇騎士だ!」

 

パイモンがそう叫ぶように言った。ただ、やはり黒蛇騎士達はその場を動かずこちらを威嚇するように低い声で唸っているだけだった。聞きようによっては言葉にも聞こえるが俺にはなんて言っているかわからなかった。

 

斬りかかろうとした旅人を俺は今度こそ制する。

 

「どうしたんだよアガレス?」

 

「彼らをよく見てみろ」

 

旅人とパイモンは黒蛇騎士をじっと見て何かに気がついたように目を見開いた。

 

「ぜ、全然襲ってこないぞ!」

 

「本当だ…アガレスさん、これは…?」

 

ダインスレイヴは黙ったままだが何らかの理由を知っていそうだが…教えてはくれなさそうだし、俺達が立ち去らないことを悟ったのか黒蛇騎士が今にも飛びかかってきそうだ。残念なことに戦闘は避けられないらしい。

 

はぁ、と俺は嘆息すると刀を抜く。

 

「旅人、答えは進めば自ずと見えてくるだろう。まずは彼等を始末するぞ」

 

俺の言葉の途中で槍の形状をした武器を持つ黒蛇騎士が突撃してきたので受け流しつつ旅人を見る。旅人は大きく横に飛んで躱し着地と同時に跳躍、黒蛇騎士に体当たりをして吹き飛ばしている。あれなら問題はなさそうだ。

 

などと考えていると黒蛇騎士が大質量の槍を振るい俺へ攻撃してくるので一旦刀で受け止めた。すると黒蛇騎士は俺を鋭い眼光で睨めつけ声を発した。

 

『───!!!』

 

「…何を言って…ッ!?」

 

咄嗟に俺はその場から飛び退いて攻撃を回避した。俺への攻撃を加えてきたのはもう一匹の黒蛇騎士…ではなく、新たに出現したと思われる黒蛇騎士だった。やってきたと思われる方向には階上へ繋がっているであろう穴があったためそこからやってきたのだろう。

 

「さしずめ、仲間のピンチに駆けつけたか、或いは仲間を呼んだのか…」

 

だとすると不味いな…と俺は少しだけ黒蛇騎士への警戒度を上げつつ二体の攻撃を捌く。同時に振るわれた槍をかち合う形になるようにうまく避けてそのまま回り込み、後から来た一匹の首を刎ねる。もう一匹の方も突撃してきたので受け流して態勢を崩しそのまま首を刎ねた。

 

やはり中々やるようだ。カーンルイアの宮廷親衛隊に所属していただけはあるだろう。ダインスレイヴにしてみればかつての戦い方を捨てたものだったらしいが。

 

「紫影!!」

 

『───!』

 

旅人の方も雷元素の刃を3つ飛ばして黒蛇騎士を倒していた。落ち着いたところで、ダインスレイヴが口を開いた。

 

「アガレス、貴様は何か気付いたようだな」

 

まるで今気付いたような言い方だが最初から違和感はそれなりにあった。まぁ、そういうことにしておいても別に良いだろう。

 

「それより先に進もう。あそこから上に上がれそうだ」

 

俺は天井に空いた穴とそこから垂れている蔦を指差した。

 

 

 

蔦を伝って上へと登った俺達を待っていたのはまたまた黒蛇騎士だった。再び同じような状況になるであろうことは予想できたので俺は先んじて黒蛇騎士を排除した。

 

ただ、前回までと違うのは黒蛇騎士の必死度が違った、というところか。

 

「そして奥には…なるほど、合点がいった」

 

点と点が線で繋がった、とはこのことだろう。旅人とパイモンは口元を手で覆っており、ダインスレイヴは腕を組んで瞑目している。

 

光の届かぬ部屋の隅で三匹のヒルチャールが死んだようにピクリとも動かずただそこにいた。ダインスレイヴが口を開く。

 

「黒蛇騎士達はアビス教団とはなんの繋がりもない。アガレス、貴様も気付いていたようだな」

 

「えっ?どういうことだ?」

 

パイモンがそう問い掛けてくる。俺は旅人とパイモンに説明を始めた。

 

ヒルチャールは元々カーンルイアの民であり、黒蛇騎士はカーンルイアの宮廷親衛隊だった者達だったわけだ。そして黒蛇騎士達は攻撃を仕掛けてくるでもなく、ただ俺達を威嚇していた。「こっちへ来るな」とでも言わんばかりに。

 

まぁ、ダインスレイヴとしてはそれがアビス教団が何か隠している、と考えた理由でもあったんだろうが実際はただ黒蛇騎士達がヒルチャールを…つまり、宮廷親衛隊として自国の民を守ろうとしていただけに過ぎなかったわけだ。

 

「前に話しただろう。ヒルチャールの結末を」

 

ダインスレイヴは更に続けた。

 

「これがその結末だ。前に話した通り『死』という概念すら与えられずに消滅する、と」

 

「ヒルチャールの最期…」

 

最期を迎えるヒルチャールを守る黒蛇騎士か…ここで忘れ去られて風化していくのだろう。俺もそうなりかけだったと思うとゾッとする話だ。ある意味では他人事とは言えなかったわけだからな。

 

「老化し、光を嫌悪するようになったヒルチャール達は、やがて暗闇に溶けていく」

 

それでも呪いはヒルチャールを蝕み続けるのだろう。呪いとはそういうものだからな。そして呪いに蝕まれ死にゆく民、つまりヒルチャール達を護っていたのが同じく呪いに蝕まれた───

 

「───黒蛇騎士達、というわけか」

 

俺は誰にも聞こえぬように小さく呟いた。

 

まぁそれにしても層岩巨淵には秘密が沢山隠れているな。まだありそうではあるが一先ずは目の前の問題に集中することにしよう。

 

俺はゆっくりと後ろを振り向く。

 

『───!!』

 

恐らく、叫んでいた黒蛇騎士の声に反応してやってきた増援だろう。既に臨戦態勢でこちらを睨んでいる。とはいえ、その叫びには『そこから離れろ』という意思が感じられる。先程の話を鑑みるとヒルチャール達を人質に取られている、とでも思っているのかもしれない。

 

『──────!』

 

だが先程と異なり彼等が襲いかかってくることはなかった。少し高いところにある窓と思しき場所に最初に見かけた黒蛇騎士が立っていた。彼か彼女か知らないが何かを叫んだ後に彼等の動きが止まり、やがて下がって行った。

 

それを見たパイモンがその身で驚きを表現しつつ自らの疑問を口にした。

 

「黒蛇騎士達が下がっていったぞ…まさか、上にいるアイツが命令したのか?」

 

パイモンの問に答えないダインスレイヴに疑問を覚えて俺は彼を見やる。彼はジッと上に立っている黒蛇騎士を見つめ、ぼそっと呟いた。

 

「…ハールヴダン?」

 

何を以て昔日の故人と結びつけたのかは不明だが、ダインスレイヴは何かに思い当たったようだった。

 

「なるほど、これが真相だったとすれば実に悲惨なものだ…貴様らはここ層岩巨淵で起こる事象についての答えを欲していたな」

 

俺も旅人達も首肯く。ダインスレイヴはふぅ、と哀しげな溜息を一つつくと俺達より少し前に出た。いや、正確には後ろのヒルチャール達から離れていった、という方が正しいだろう。

 

「まずヒルチャールの件に関しては光を嫌悪するようになった彼等がここへやってきてやがて消滅することは知っての通りだろう」

 

そして、とダインスレイヴはこちらを見ずに更に続けた。

 

「そして、そのヒルチャールを護っているのが黒蛇騎士達、というわけだが彼等は自らの責務を果たしているだけに過ぎなかった。『自国の民を護る』という責務をな」

 

パイモンと旅人の表情が驚きに染まる。黒蛇騎士が宮廷親衛隊に所属していた存在であり、ヒルチャールが元々の民であったのなら自ずと導けることだろう。だが、それでいて何故今更ダインスレイヴが同じことを繰り返したのだろうか?俺の疑問への答えはダインスレイヴの口から紡がれた。

 

「そしてその命令を下していたのは…かつての宮廷親衛隊の若き精兵───ハールヴダンだろう」

 

先程呟いていた名前であり、またそこの黒蛇騎士を眺めていたことから察するにアレがハールヴダンなのだろう。そしてそうだと予想した理由をダインスレイヴは更に続ける。

 

「500年前、カーンルイアに災厄が訪れたあの日…俺は『末光の剣』として王宮に駆けつけた。だがその前にハールヴダンという騎士にとある命を下したのを、俺は微かに覚えている」

 

そこで、久し振りに記憶がフラッシュバックした。と、いうより蘇った、という方が正しいだろう。俺はその言葉を思わず呟く。

 

「…全ての黒蛇騎士に通達しろ、いかなることが起きようとも、そしていかなるものに変えてもカーンルイアの民を護り抜け…」

 

ダインスレイヴが驚きの表情を浮かべこちらを振り向く。

 

「貴様…何故その言葉を知っている」

 

「何、思い出しただけだ」

 

それに対するハールヴダンの答えはシンプルなものだったと記憶している。

 

一度目の俺はカーンルイアと懇意にしていた。そのためカーンルイアに災厄と終焉が訪れる日もその場にいたのだ。『黒土の術』を調べていた際の出来事だったはずだ。

 

500年前と変わっていないのであれば、だがまぁ間違っていればダインスレイヴが訂正してくれるだろう。

 

そう思って俺は口を開く。

 

「人間の国家には『身分』が存在する。だが、我々神々の前で、それらは個体をわかりやすくする程度のものでしかない。そもそも、神は自分が興味を持った人間以外には基本的に興味がないからな」

 

俺も実際、そのきらいはあるだろう。旅人もパイモンも、そしてダインスレイヴも納得がいったような表情をしている。

 

「所詮は神と人…姿形が同じでも、その本質は何もかもが違う。カーンルイアの例を出すのならば、俺達の前では『カーンルイア人』というカテゴリーしか存在していなかった」

 

旅人もパイモンも黙り込むことしかできないようだった。だが、ダインスレイヴだけは違った。

 

「だから、滅ぼしたのか?世界の害になるから、世界の理から外れているからという理由で、全ての民に永劫の呪いをかけるという意味はあるのか?」

 

珍しく怒っているようだ。彼を怒らせるのが得策とは思えないが…残念なことに俺とて神の一員なのだ。譲れぬ矜持もある。

 

「呪いはカーンルイア人自らの行動が招いた『結果』だろう。呪いまでこちらのせいにされては困る。が、今ここでそれを論じても意味はないだろう」

 

「…そうだな」

 

ダインスレイヴは珍しく熱くなっていたようだが一先ずはこの論争に区切りをつけて、俺は現状をどうするかを考え始めるのだった。




ナイハイゼンからアルハイゼンさんになったので今日から引くために頑張ります。あと20連もすればくるでしょう…フフフ…私の勝ちだ!!ふわっはっはっは!!

何…?綾華さんの新衣装だと…?

買うしかないな(使命感)

ということでなんとかします。探さないで下さい(?)


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第123話 昔日の命②

モチベーション万歳!!(?)


現状をどうするかを考えていると突如、黒蛇騎士達が下がって行った方向から爆発音が聞こえた。

 

「おわぁ!?なんだなんだ!?地面が揺れたぞ!!」

 

パイモンがそんなことを言うので俺と旅人でジト目を向けつつ、

 

「「お前(パイモン)は飛んでるからわからないだろ(でしょ)」」

 

そう言った。パイモンは顔を真赤にして空中で器用に地団駄を踏む。

 

「おいっ!!そんなことないぞ!!オイラだってなんか…こう…わかるんだからな!!」

 

適当だな、なんて思っているとダインスレイヴが切羽詰まった声を出した。

 

「貴様等、ふざけている暇があるのか?奥で何かが起きているようだ…行くぞ」

 

ダインスレイヴはそう言うやいなや奥へと走って行った。気付けばハールヴダンもいなくなっているようだ。俺は旅人達を一瞥すると、

 

「旅人、パイモン、俺達も行くぞ」

 

そう言うのだった。

 

 

 

奥、というより逆さになっている遺跡の残骸の上を移動していくと先程より爆発音と地揺れが大きくなり、少し熱気も感じられた。

 

「この先だな…」

 

俺は嫌な予感をひしひしと感じつつ少し広くなっている部屋に出た。途端、黒蛇騎士がこちらへ吹き飛んできた。それは俺の横を掠め旅人達の方へ勢いよく飛んで行く。旅人は問題ないだろうがパイモンは不味いな。旅人があの速度で吹き飛ぶ黒蛇騎士を処理できるとも思えないし…仕方ないか。

 

「岩壁」

 

俺は精度を上げるため法器を取り出して速攻岩元素で壁を作った。無論、黒蛇騎士は岩の壁に激突し気を失っているようだ。その様子を見た旅人とパイモンが胸を撫で下ろしつつ俺に礼を口々に言った。俺は気にするな、と返しつつ広間の様子を見る。

 

黒蛇騎士が結構な数存在しており、彼等の配置は何かを包囲するような感じだ。壁際にはやはりヒルチャールが存在している。

 

「そして…」

 

時折黒蛇騎士が吹き飛んでいる。そしてその度に熱気を感じるため相手は炎元素を扱うのだろう。と、いうか!!

 

「お、おいっ!アレって…!!」

 

パイモンが黒蛇騎士達の包囲網の中心部を指差す。旅人は驚いたように目を剥き、ダインスレイヴは目を細める。

 

「なるほど…あの気配、沐寧に化けていたヤツか…やはりな」

 

俺はパイモンの指差した方向にいる者を見て口の端を持ち上げた。

 

黒蛇騎士達と戦っているのはアビスの詠唱者・紫電とアビスの詠唱者・淵炎だった。やはりここには何らかの目的があってやって来ているようだな。加えて奴は恐らくアビスの使徒と並ぶアビスの怪物だ。そんな奴を派遣するのだから何か重要なものがあるに違いないだろう。

 

俺は刀を抜き放ち臨戦態勢を取る。無論、旅人も同じように剣を構えておりダインスレイヴだけは唯一自然体だった。

 

「さて、行くか」

 

何にせよ奴らを排除しないことには先へ進めない。拷問などは意味を成さないだろうから自分達で答えを見つける必要はあるが…生け捕りする必要がないのは少し楽なものだ。

 

俺は旅人を置いて素早く地を駆け黒蛇騎士達の間をすり抜ける。俺の存在に気付いたらしいアビスの詠唱者・紫電が雷を落としてくる。

 

雷は音速を通り越す光速だ。当然そんなもの避けられるわけがない。だが相手は意思を持つ存在だ。必ず俺のいる位置か、俺の動くであろう位置に雷を落とすだろう。そうとわかっていれば───

 

俺はジグザグに動きつつアビスの詠唱者・紫電の僅かな指先の動きに注視して雷を避けつつ前へと進んで行く。

 

───このように避けることは容易い。

 

『クッ…やはり貴様は私の手に余るか…ッ』

 

アビスの詠唱者・紫電が転移門を開いて中に入って行った。前よりも入るのが早くなっているように感じるので何らかの改良を施したのか、早く入る訓練をしたのか…後者だとしたら少し面白いが。入って行く直前にアビスの詠唱者・淵炎がアビスの詠唱者・紫電の肩を叩いていたが何かしらの意味があったりするのだろうか?

 

さて、俺は一旦止まってアビスの詠唱者・淵炎を見上げる。そこでようやく旅人が追い付いてきて同じように見上げた。アビスの詠唱者・淵炎は何でもない様子でこちらを見下ろしていた。

 

「久し振りだな、淵下宮以来か」

 

「やっぱお前…あの詠唱者なのか!!」

 

パイモンがアビスの詠唱者・淵炎、こと『淵上を自称する者』にそう言った。対する奴は肩を竦めるだけで答えは出さない。

 

「お前、地上で沐寧に化けてただろう。原理は知らないが…何が目的だ?」

 

俺は刀を構えたまま一歩前に出てそう言った。対する奴はまたも肩を竦めるだけかと思ったがしっかり答えを教えてくれるようだった。

 

「目的、目的か…俺はただ命令に従ったまでのこと。例えば地上の者に化けて回りくどいことをせずとも目的は達成できただろうな」

 

その目的も命令も理解できないし沐寧を殺さなかった理由も何もかも不明だ。俺は少し歯痒い気持ちを感じつつも問い掛けを続ける。

 

「それは答えになっていないだろう」

 

「寧ろ答えると思っているのか?我等は敵同士…殿下のお誘いを断った時点で───」

 

そこで奴の言葉は不自然なほどに途切れ、

 

「───まぁ、これは良いか…ともかくそうだな…言っていい俺の命令なら一つだけあるぞ」

 

そう続いた。仕方がないので聞く姿勢を整えた瞬間俺は自分の過ちに気が付く。だが俺のその後悔も遅く奴は転移門を開き入っていく。

 

「その命令とは…時間稼ぎだ。どうやら()()()()()()ようだからな」

 

転移門の中へ消える直前、俺の目には奴が以前と同じように再びニッと笑ったように見えたがその真偽を確かめることはできずに終わってしまった。俺は刀を仕舞いつつダインスレイヴを見ると苦々しい表情をしていた。

 

「お、おいダイン…どうしたんだよ?」

 

パイモンと旅人が心配そうにダインスレイヴを見やる。そしてそれは俺としても同じ気持ちだった。ダインスレイヴはこちらを一瞥すると重々しく口を開いた。

 

「奴は先程『準備が整った』と口にしていたな」

 

確かに去り際にそう口にしていた。ダインスレイヴは中央部分へ目を向けると指をさす。

 

「何にせよもうすぐ中心部だ。恐らくそこに行けば何かわかるだろう」

 

ダインスレイヴの言うことも一理あるため俺達は中心部へ向かうことにした。落ち着いて周りを見ると先程までいた黒蛇騎士は一匹…いや、一人もいなくなっている。どこへ消えていったのかは知らないが危害を加えなくはなったようだ。

 

「えへへっ、黒蛇騎士達がオイラ達を攻撃することはなくなったみたいだ。やっぱりあのハールヴダンって黒蛇騎士、ダインに気付いてくれたんだな!」

 

そのことに気が付いたらしいパイモンが暢気にそう言う。確かにそうかも知れないがどこまで信用していいやら、とばかりに俺は移動しながら辺りを見回す。

 

部屋の隅や他の暗い場所にはやはりピクリとも動かないヒルチャール達がおり、黒蛇騎士も点在しているようだ。ここにはかなりの数のヒルチャール達が来ているようだ。ここ近辺だけでなくテイワット中からやって来ていそうだな。

 

何回か瓦礫の上を飛び移ってようやく中心部と思しき場所に到着した。これまでとは打って変わって神聖さすら感じるほどで円状の広間は中心部へ向けて段々低くなっている。俺はそのまま天井へ目を向けると信じられないものを目にすることになった。

 

「なんだあれ!池の水まで逆さまになってるぞ!!」

 

「うん、不思議…」

 

旅人とパイモンがそんな感想を漏らす。そう、池の水が文字通り逆さまになっているのだ。俺の記憶にあんなものは存在していない。いや、覚えていないだけかも知れないが…と考えていると俺は自分の魂の状態が今までと少し異なっていることに気が付く。魂関連と言うと確実に呪いが関連しているだろう。

 

俺は呪い関連ということもあってダインスレイヴに視線だけで問い掛けると、

 

「…あの池は都市そのものと一体化している…恐らく旧文明の遺物だろう」

 

そして、とダインスレイヴは続けた。

 

「俺の予想ではこれが呪いの力を弱めていたものだろう。ここにいると身体が楽になっていくのを感じるからな…」

 

なるほど、つまるところあの池には『浄化』作用があるようだ。まぁ、旧文明の遺物程度で『魔神達の呪い』が浄化できるかどうかと言えば勿論無理だろうな。

 

「ってことはあの池の水を使えばダインやアガレスの呪いも解けるんじゃないか?」

 

パイモンがそう言うがダインスレイヴも俺も首を横に振った。

 

「俺は理性を保ったまま、この呪いと500年を共にしてきた。加えてアガレスは更に長い間その呪いに晒され続けている。俺達より呪いに詳しいものなど存在しないだろう…」

 

その言葉を聞いて俺は眉を顰めるがダインスレイヴはそんな俺を無視して続ける。

 

「これらの呪いは世界の因果に匹敵する烙印。そして、神々の呪いは人間そのものよりも遥かに格の高いものだ」

 

事実その通りだ。加えて、ダインスレイヴの受けた呪いは神々の怨恨によるものではないはず。俺を除いた『八神』で少なくとも…バルバトスもモラクスも、眞や影、そして…マハールッカデヴァータもそんなことは思わないはずだ。

 

だが俺の呪いはテイワットを蝕む存在や魔神達の怨恨が形となったものだ。それこそ正しく『神々による神を殺すための呪い』であり世界の因果に匹敵する烙印なのだろう。

 

「今正しくアガレスや貴様等が実践しているように…呪いによる侵食を一時的に抑える、或いは遅らせることは可能だ。しかし『浄化』ともなれば…」

 

ダインスレイヴが少し頭を悩ませているようだったので代わりに俺が例を言っておこうと思い口を開く。

 

「そうだな…イメージとしては身体の一部を叩かれてそれがずっと続く感じだな」

 

旅人とパイモンは?の表情を浮かべ、ダインスレイヴにはジト目を向けられる。どうやら俺の感覚とは違ったらしい。

 

ダインスレイヴは一つ大きな溜息をつくと俺とは違う例えを持ち出してくれた。

 

「アガレスの例えはさておき、身体の一部を焼かれ、灰になっていくのを想像するといい。それと同じ苦痛が身体を襲うことになるだろう。無論、そんな苦痛に命が耐えられるかどうかは別だがな」

 

パイモンが絶望的な表情に染まり、俺とダインスレイヴの両方を見やる。俺は少し笑うと感じることのできる池の作用を軽く説明した。

 

「あの池は多少呪いを抑えることができる程度だろう。まぁ浄化作用のあるものがこの世界にあるってわかっただけでも儲けものじゃないか」

 

「それは…そうだけど…」

 

それより、とばかりに俺は中心部にある明らかに不自然な装置のような物を見る。

 

「この都市は全て逆さまになっている。なのにも関わらずアレだけ逆さまではない…というのは不自然じゃないか?」

 

見たところ装飾というわけでもなさそうだし装飾ならとっくの昔に風化していそうなものだろう。そしてダインスレイヴもあのような装置は見たことがないらしかった。

 

「…?」

 

『…』

 

少し気配を感じて後ろを見るとハールヴダンがこちらをジッと見つめていた。が、やがてすぐにその姿を消した。

 

俺の様子に気が付いたらしい旅人が首を傾げながら「アガレスさん、どうしたの?」と聞いてきたので先程の事を伝える。

 

「…追ってみるか」

 

俺がぼそっと呟くとダインスレイヴも首肯く。どうやら彼も賛成のようなので旅人も交えてハールヴダンの去った方向へと移動を始めるのだった。




お陰様でアルハイゼンが出ました、よって私の勝ちです(?)
来月になれば綾華さんの衣装も買えます、つまり勝ちです(?)
何が言いたいかと言いますと私の勝ちです(?)

アガレス「そういうのは活動報告でやろうな??」

???「全くだ。君は作者だろう。作品に関係ないことをして注意されたらどうするつもりだ?俺は別に構わないが」

アガレス「お前…正論だけどそれはウザいぞ?」

???「それほどでもない」

アガレス「褒めてねぇよ」

というプチおまけ。何故入れたのか?特に意味はありません、やりたかっただけですはい。


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第124話 『アガレス』の真実

いやー、想ったより長くなりまして…えへへ。


さて、ハールヴダンを追ってきた俺達だったが結局彼に追いつくことはできなかった。アビスの詠唱者が言っていた準備というのも気になるが…。

 

それを考える前にハールヴダンが通ったであろう道を追わねばならないだろう。逆さになっている都市の切れ目から、どうやらハールヴダンは下に降りていったようで姿を見つけることはできない。

 

旅人達は風の翼で、ダインスレイヴはわからないが俺は風元素を使ってゆっくり降下していく。やがて下へ降り立ったが、やはりというべきかハールヴダンの姿はなかった。だが道らしきものは奥へ続いている。

 

ハールヴダンがここで姿を消したのなら…と俺は少し考えながらダインスレイヴを見やる。彼は相変わらず無言だが俺の言わんとする事はしっかりと理解してくれていたようだ。

 

一応、この辺りも層岩巨淵の深部のはずだが、ヒルチャール達が生活していたであろう痕跡がそこかしこで見て取れる。本当にかなりの数のヒルチャールがここへやって来て、そして誰にも看取られずに消滅していったのだろう。

 

「…胸が痛むな」

 

どうにもできないしするつもりもないが同情しないわけではない。過去に交流があったなら尚更だろう。多分、ここで死んでいった者の中に俺の知り合いもいたかもしれないからな。

 

さて、それはさておき道があるということは何かがここをよく通っているということだ。ヒルチャールによって作られた物が散在している以上、この道はヒルチャールが作ったものと見て間違いないだろう。或いはここを取ったヒルチャールの量が多くて獣道のようになっているのか。まぁ多分後者だろうな。

 

「あ!あそこ、ヒルチャールの集落じゃないか?」

 

パイモンがそう言いながら指さした先、すなわち今俺達がいる道の先に少しだけヒルチャールの構造物が見える。終点、と受け取っていいのかは謎だが一先ずあそこを調べるべきだろうな。

 

俺達はそのまま道の先へ進んでいき、かなり質素で簡易的なヒルチャールの集落の入り口まで辿り着いた。集落というだけあって、そこかしこにヒルチャールがいる。しかしこちらに襲いかかってくることはなく、生気の抜けたその顔をこちらへただ向けているか、もう動いていないかのどちらかだ。

 

パイモンがそんな彼等を見て悲しげな表情を浮かべた。

 

「ハールヴダンが見せたかったのって…」

 

俺はパイモンの言葉に首を横に振った。

 

「ヒルチャール達の最期は実際に満たし、何よりダインから聞いただろう?多分、これじゃない」

 

そのまま俺達は集落を調べ始めた。ピクリとも動かないヒルチャール達を目にしてパイモンと旅人が何事かを話している。俺はそんな二人を尻目に少し奥へ歩く。

 

道中、ヒルチャールの集落によくある、食べ物などを保存する箱があるが勿論空っぽだ。必要であるとは思えないが…。

 

もう少し奥へ行くと水の入ったヒルチャール手製の水釜がある。水は透き通っていて満杯だ。少しでも生き長らえさせるために置いているのか、はたまた他の要因があるのかはわからないがどちらにせよこれはあまり関係ないかもな。

 

俺は水釜から視線を外すと奥が少し明るいことに気が付いた。少し歩くとまだ燃えている篝火を見つけることができた。閉鎖空間で物を燃やすのは危ないがどうせヒルチャールしかいないからあまり気にする必要はなかったのだろうか?

 

「いや、そうじゃないな…」

 

そう、おかしい。ここには動けないヒルチャールしかいないはずだ。ハールヴダンや黒蛇騎士達の誰かが炊いていた可能性もあるが…いや、ダインスレイヴの話が正しければ、光を嫌うようになったヒルチャール達の前で焚き火をするようなことはしないだろう。

 

であれば第三者がここに?いたとしたらつい最近のことになるのだろうな。

 

それにしても…と俺はパチパチと音を立てて燃える焚き火を見やる。

 

ヒルチャールはカーンルイアの民…そして死に際に光を嫌って暗闇に一人孤独に溶けていく。だが彼等とて昔は人間だったのだと思うと…何より、俺も化け物に身を落とし、孤独に生きていたかも知れないと考えると…少し共感できる部分もある。

 

俺には帰るところがあるが、彼等にはないのだ。

 

「………」

 

もう少し奥へ進むと二体のヒルチャールが横たわっている。そして既に息絶えているようだ。その傍らにはどことなく見覚えのある花が供えられている。

 

「…いや、これは」

 

俺は道中見つけた箱を調べている旅人を見る。その頭についている花と同じものだ。

 

もっと早くに気が付くべきだった。彼女の兄である空がアビスに協力しているという事実、それはつまり少なくとも妹である旅人もカーンルイアに関わりがあるということだ。

 

白く、仄かに青みがかっている花びらを持つ美しい花だが今やこのテイワットでこの花が咲いている場所があるかどうかはわかない。

 

少し呆然としていると旅人とパイモンが俺の下までやって来た。

 

「アガレス〜、なんかあったのか〜?」

 

パイモンが能天気にそう言いながら近付いてきた。

 

「これを見てくれ」

 

俺は二人に手向けられた花を見せる。パイモンは地中深くに花があることに驚いていたようだったが、旅人は違う意味で驚いていたようだった。

 

「…旅人はこの花のことを知っているんだろう?」

 

パイモンが驚いたように旅人を見て、そして気が付いた。

 

「あっ、旅人の頭についている花と一緒だぞ!」

 

俺は首肯くと彼女達に花についての説明をした。

 

「この花の名前は『インテイワット』。かつてカーンルイアの各所に咲き誇っていた、あの国の国花だ」

 

旅人は無表情で、パイモンは色々な驚きが混じったような表情を浮かべている。まぁ俺が何故それを知っているのか、とか色々疑問はあるだろうが、無視して俺は続けた。

 

「この花の開花期間は二週間しかない。しかし、誰かに手折られ祖国の土を離れると、その花びらの成長は止まり、固まるんだ」

 

昔…と言っても一周目?の俺の時に知った知識だ。魂の奥底に眠っていた記憶に『インテイワット』に関する情報も刻み込まれていた。痛く感銘を受けたらしいが、実際は俺の感情はあまり覚えていない。

 

「逆に固まった花びらは祖国の土に還ると柔らかくなり、塵となって崩れ落ちる」

 

この花の性質から『遊子』、つまり故郷を離れて旅する者を象徴する花としてカーンルイア人に限らずこの花を持っていく旅人は多かった。カーンルイアを除けばその性質が生きることはないが、『故郷の優しさ』という意味を持つ花を持っていき、その故郷を遠くの土地から想うことで寂しさを紛らわせていたのかも知れないな。

 

特にカーンルイア人は旅する者に、この花を持たせていた。花びらが固まる様を自分達の縁に見立て、自分達を時々思い出してほしいという思いを込めていたようだ。

 

「…貴様がそれを知っているとは驚きだ。だが、当然だろう。一度はカーンルイアに受け入れられた男だ、それに当たって色々情報を仕入れていたのだろうしな」

 

遅れてやって来たダインスレイヴがそんな事を言う。否定はしないが滅ぼそうとか情報を横流ししようとかは全く考えていない。断じて。

 

それまで無言だった旅人が花を見つめて呟く。

 

「…目が覚めたらこの花が私の頭の上に…」

 

「あ…その花がここにあるっていうことは…!」

 

その言葉に反応したのはパイモンだった。そう、俺が先程焚き火の前で考えていたことが当てはまる。

 

恐らくここにいたのは旅人の兄である空だろう。そして恐らくそこまで時間は経っていない。

 

「なるほどな…」

 

アビスの詠唱者が前に言っていた選択を迫られる時が来る、という言葉。

 

ヒルチャールの真実を知って尚、この地獄のような呪いを簡単に課す神々に、味方をするのか?

 

彼等はそう問い掛けている。無実の民にまで同じ呪いをかけ、救いのない死を遂げるヒルチャール達を生み出した元凶である彼等に、と。

 

───答えは出たのか?

 

内なる声、一周目の俺の声。

 

俺が目を瞑り、そして開けると目の前には一周目の俺の姿。気怠げな目、しかしそこに宿る意思はしっかりしており、まっすぐに俺を見据えている。

 

『私はかつてお前だった。だが私は…選択を誤ったのだ』

 

淡々と、彼は告げた。

 

『だから二周目のお前は力を磨いた。それが仇になっているとも知らずに』

 

淡々と、彼は続けた。

 

『強くなりすぎたお前はカーンルイアの創神プロジェクトを引き起こしてしまった』

 

それでも尚、と彼は俺に問い掛ける。

 

『世界に真に害になっているのはお前であり俺だ。わかるだろう、世界に不釣り合いなほどに強大な力だ』

 

俺は無言を貫く。彼は続けた。

 

『本来であればお前など存在しないししてはいけない。お前がいたから救われた命もあれば救われなかった命もある。そしてお前自身のせいで世界は滅びかけている。それでも尚どこに生きる理由がある?存在する理由がある?もうやめたらどうだ』

 

彼は俺の中でずっと生きてきた。通算で恐らく一万年ほどだろう。その間、彼は色々考えてきたのだろう。

 

『一度全てを失ったお前は、もう失うまいとしてもがき、抵抗し、結果がアレだ。自分勝手だとは思わないのか?』

 

世界の守護も、大切なモノを護るその思いも、全ては自分勝手で自己中心的であり、自己満足でしかない、と彼は言う。

 

『私は長い間考えていた。私達は異質だ、それはどんなにこの世界で過ごしても変わらない』

 

で、あれば。

 

『私達がおかしいのではない。おかしいのは世界の方だ』

 

彼は俺だ。その考えは手にとるように理解できる。

 

強大過ぎる力を持っている俺は世界に不釣り合いだ。そして世界が破滅すると輪廻し、新たな世界が創造される。

 

彼は歪な笑みを浮かべた。

 

『既に私達は一つの世界を忘れ、先に去られている。そして新たに創造されたこのテイワットに取り残されたのだ』

 

「だったらどうした?」

 

俺はようやく口を開く。彼は怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「俺の癖にうじうじうじうじ悩みやがって。それがどうした?世界に忘れられ、去られたかなんだか知らないが今は覚えてくれているヤツがいる。それでいいじゃねえか」

 

『…お前は…いや、そうか』

 

彼はフッと笑った。

 

『なるほど、自分の決めたことを曲げることはない、か』

 

彼は俺に背を向け座り込む。いつの間にか俺の手には楓原万葉から譲り受けた刀が握られていた。

 

『やり方はわかるのだろう?』

 

「無論だ」

 

俺は彼の背後に立ち、刀を構える。

 

『最期に一つ忠告だ。忘れ去られたのは私達だけではない。お前を覚えてくれている者を信じていれば問題はないだろう』

 

「肝に銘じよう」

 

俺はそのまま手にした刀を彼の首目掛けて振り下ろした。首を切り落とす生々しい感触と共に声の残滓が俺に言葉を告げてきた。その言葉に俺は首肯くと目を瞑って、そして開く。

 

先程から時間は経っていない。旅人は相変わらずインテイワットを見てぼーっとしており、パイモンはそんな旅人を心配そうに、そしてダインスレイヴは旅人をじっと見ていた。

 

 

 

───数ある世界の分岐の中から生まれた俺達を、テイワットに住む彼等を救えるのはお前だけだ。最期に…世界を、いや…お前の大切なモノを必ず守り抜け。私ができなかったことを成し遂げてみせろ。そのために必要なことはした、あとは…任せたぞ。

 

不思議なことに、呪いによる今までの苦痛を全く感じない。記憶もほとんどが戻っている。彼の存在をもう感じることはできない。本当に消え去ったのだと実感するのに然程時間はかからなかった。

 

俺は強く握り拳を作ると、

 

「…言われなくても、やってやるさ」

 

とそう呟くのだった。




ということでタイトル回収?でした。

長くなりすぎたので一旦区切りますけれども…もう一話くらいいっときたい…(圧倒的願望)


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第125話 昔日の命③

ああー長くなったよもう…。

因みにモチベーションがかなりあるため久し振りにめちゃくちゃバリバリ執筆しております。喜べ!!

いや、いないか、喜ぶ人…いたらオヂサン嬉しいナァ(((殴


「───お兄ちゃん」

 

旅人が不意に手を前に出して誰かを呼び止める姿勢で固まった。ダインスレイヴはすぐに理解して旅人に何を見たのかを聞いている。旅人は軽く見たものを説明してくれた。

 

空とアビスの使徒がここにいて花を供えていったこと、『天理』への対抗への傾倒と『復興』のこと、『装置』のこと、深淵のこと、『あの者たち』という単語と『循環』という単語のこと…そして、空は何らかの決断を下したということ。

 

装置に関しては恐らく逆さになった池のところにあったものだろう。深淵は『アビス』のことで間違いないとして、『あの者たち』とは何のことだろうか?『謂れのない罪を背負わせはしない』という発言から察するにヒルチャール達…及びカーンルイアの民のことだろうか。

 

それにしても双子が体験した過去の情景を見ることができる、というのは不思議なものだ。ダインスレイヴも驚いているようで、顎に手を当てながらも目を見開いていた。

 

「今の話によれば、奴らはあの池と装置とやらを利用し俺達の呪いを解こうとしているようだ」

 

それに、とダインスレイヴは旅人を見て険しい表情を浮かべる。

 

「ヤツはたしかに『復興』と口にしていたのか?」

 

ダインスレイヴの問い掛けに、旅人は首を縦に振る。ダインスレイヴは軽く息を吐くと供えられているインテイワットの花を見ながら呟く。

 

「…頑固なヤツだ、やはりまだ諦めていなかったか」

 

呪いを浄化しようとしている、とダインスレイヴは先程考えていたようだったが…ああ、そういうことか。

 

「『国』という概念には主に4つの要素が求められるのは旅人は知っているか?」

 

旅人は首を横に振ったが、パイモンは挙手しながら一つだけわかるぞ!と言った。答えを聞くと、

 

「それはズバリ、美味しいご飯があるっていう要素だよな!!」

 

ドヤ顔のパイモンを無視して俺は旅人に説明をする。後ろで小さく「え、違うのか?オイラてっきり…」とか「あ、アガレス…ふざけただけだろ?む、無視しないでくれよ〜」とか聞こえてくるが無視して続けた。説明を始めれば勝手に静かになるだろうしな。

 

「一般的に『国』とは一定の領土を持ち、そこに永続的に住む住民が存在し、それらを管理運営する政府が存在し…そして外交能力が存在することだ」

 

つまり、と俺は続ける。

 

「カーンルイアという国を復興するためにアビス教団の連中は装置を利用してヒルチャール達の呪いを解き、民を得ようとしている。そして…本格的にカーンルイアを復興させようとしているんだろう」

 

俺がどうだ?とばかりにダインスレイヴを見ると、彼はふん、と鼻を鳴らして腕を組みながらそっぽを向いた。

 

「愚かな考えだ、そんな可能性は1%も存在しない。呪われたら最後、決して元には戻せず、救いなど存在しない」

 

そして先程結論が出ていたように、無理矢理解こうとすれば体の一部が焼かれ灰になっていくほどの苦痛が全身を襲うことになる、というわけだろう。カーンルイア人にかけられた呪いってのは本当に難儀なものだ。

 

ダインスレイヴは悲しそうな目でヒルチャールを見て、

 

「俺は自らに今も言い聞かせている。『アレはもう人間ではない』とな」

 

更にダインスレイヴは続けた。

 

「それに執着し、感情を傾け過ぎれば…やがて奴等のようになる」

 

自らの目的のために表面上はカーンルイアの民を助けたい一心に見せかける…なるほど、偽善に身を染め、泥沼に沈むというわけか。

 

それくらいなら、もっと救う価値のあるものに目を向けるべきだ、というのがダインスレイヴの考えのようだ。

 

だが旅人はあくまで第三者、そして空には接触できずダインスレイヴの見解しか聞かされていない。

 

「ダインを信用していいと思えるような根拠は?」

 

だからこそ、彼女は少しダインスレイヴを疑っている。勿論俺も、だがな。今の所はアビス教団のしていることは俺の大切なモノを傷つけているから敵対しているだけでもしかしたら彼等こそが世界のためになるかもしれないのだ。まぁそんなわけはないと思うが。

 

さて、旅人の言葉に対してダインスレイヴはくつくつと喉を鳴らしてみせる。

 

「俺達はただの雇用関係であり、向こうは貴様の血縁者…なるほど、肩を持つのも当然だろうな」

 

だが、とダインスレイヴは続けた。

 

「貴様の選択がどうあれ、俺の考えは変わらない。貴様がいなくとも俺は俺の成すべきことを成すだけだ。もし賛同できないというのであればいっそここで…」

 

そのままダインスレイヴは俺達に背を向けた。旅人はダインスレイヴを見てから、俺を横目で見やる。答えは決まっているようだが、俺の意思を確認したいようだったので取り敢えず首肯いておく。

 

「…今回はダインを信じるけど、完全に信用したわけじゃない。ただ…お兄ちゃんのやり方に賛同できないだけだから」

 

ツンデレ?とか場違いな感想が浮かぶが、ダインスレイヴは面白そうに目を細めそうか、とだけ返した。

 

彼は振り向いてこちらを見ると、

 

「貴様が本心を明かした以上、俺も隠しておくつもりはない。俺は今回、アビスを止めるという目的以上に、ただ───」

 

ダインスレイヴは一旦言葉を区切って目を瞑り、そして開いた。

 

「───ハールヴダン達の遺志を踏み躙る、奴等の独善的な行動が許せない」

 

呪いを受けたものは、無理矢理解こうとすれば深い苦痛に晒される。ハールヴダン含む黒蛇騎士達はそんなことを考えず、ただヒルチャール達を守り続けている。苦痛を与えぬように、せめて安らかに死ねるように、と。確かにアビスのやろうとしていることはそんな彼等の遺志を踏み躙るものだ。

 

旅人もパイモンもそれを理解しているからか、

 

「私も同意見」

 

「おう!なんとしても阻止して、アイツラが苦しまないようにしてやろうぜ!」

 

首肯きながら旅人とパイモンがそう言った。それを聞いたダインスレイヴは少し嬉しそうなのを隠すように再び背を向け、油断せず進もう、とだけ言って歩き始めた。

 

色々あったヒルチャールの集落を離れ更に進むと、再び逆さの都市が見える場所まで戻ってきた。だが、先程より少し空気がざわつく感覚がする。次の瞬間、逆さ都市の至る所にあった光る石が一層眩い光を放った。ダインスレイヴと旅人、そして俺は目を覆ったが、パイモンは思いっきりその光を見てしまったようで眩しそうに目を瞑っている。

 

「…旅人、パイモン気をつけろ、アビスが動き出している。ほら、そこに」

 

俺はなにもない場所を指差す。パイモンは未だに目が見えていないからか無反応だが、旅人は俺が指をさした先を見て首を傾げていた。だが、一拍置いて右腕のないアビスの使徒が現れた。

 

「…ダインスレイヴ、なんとも執念深い奴だ。またしても殿下の血縁者と手を組むとはな…やはり、転移網の確認が遅れ、お前をここに送ったのは失敗だったようだ」

 

アビスの使徒は淡々と告げる。しかし、今になって姿を現すとは、と想っているとダインスレイヴは鼻で笑う。

 

「逃げるばかりだった貴様が今更俺の正面に立つとは…何が臆病者の貴様にそんな勇気を与えた?まぁ、勇気があったところで俺には敵わないことは変わらないが」

 

ダインスレイヴの煽りを受けたアビスの使徒は無反応だったが、俺は心做しか殺意が増したように感じていた。そして、

 

「…我々は殿下のご意思を貫くため、邪魔者を排除せねばならない。殿下の血縁者と言えど容赦することはしない。此度こそは…民を苦しめる呪いを浄化し、取り除く」

 

苦し紛れにそう言った。事実なのだろうが理解できんな。

 

アビスの使徒は俺達の答えなど求めていないらしくそのまま剣を構えて突進してきた。俺は一歩前に出て刀を抜き放ち、攻撃を受け流しながら、

 

「それが苦しめるだけだと、何故理解(わか)らない?」

 

そう問い掛ける。アビスの使徒は無言で反応を示さなかったが、雰囲気でなんとなく察した。

 

なるほど、どうやら気付かないようにしているようだ。

 

「…お前達の掲げる大義のために命を賭けて時間稼ぎ、といったところか…」

 

もしかしたら死にたい、なんて思っていたりするのだろうか?このアビスの使徒の生前の人物像は全くわからないが、彼にもし理性が一片でも残っているのなら普通は死にたいと思うかも知れない。ヒルチャールと同じように、彼等も呪いを受けているはずだからな。

 

「…いいだろう、望み通りにしてやる」

 

俺は目を細めてそう告げる。

 

「アガレスさん、私も」

 

旅人がそう言いながらアビスの使徒に斬り掛かった。ダインスレイヴも今回はサポートしてくれるようで逃さないようにしてくれるようだ。

 

俺が攻撃をいなし、旅人が攻撃をして、ダインスレイヴが妨害する、ということが続きつつもダインスレイヴは色々と情報を引き出そうとしているようだ。

 

「貴様達の言う呪いの浄化とは…あの装置を使うつもりか。だが…それをしても哀れな民を更に傷付けるだけだ」

 

「我々の技術力を舐めてもらっては困る。あの装置によって浄化の力は数百倍に跳ね上がっている!その力を以てすれば呪いの浄化も簡単に成し遂げられるだろう!」

 

アビスの使徒はそう言いながら今度は旅人に攻撃を仕掛ける。攻撃のみに集中していた旅人は反応が遅れたが、俺が対応したので問題はなかった。

 

「ふん、短絡的な手段だったな…やはり、貴様等を買い被りすぎていたようだ」

 

「情報収集は充分か?」

 

アビスの使徒の攻撃を弾き、少し距離を取ってダインスレイヴを見ると首肯いていた。お許しが出たので、

 

「旅人、援護よろしく」

 

「わかった」

 

短い言葉でそう告げアビスの使徒へ向け地を駆ける。アビスの使徒は水元素の剣を構えて俺の動きを注視していたが、突如旅人が加速して目の前に現れたため咄嗟に攻撃を防いでいるようだった。その横から俺が刀を振るって腕を一本切り落とした。これでヤツの攻撃手段は削いだ。他にもあるかもしれないが、少なくとも剣術に怯える必要はない。

 

「ッグ…」

 

「終わりだ」

 

拷問をしたところで情報を吐く前に自決するだろうし殺すのが正解だろう、ということで俺はアビスの使徒を一刀の下斬り伏せ倒した。今回は俺一人じゃなかったから結構楽に倒せたな。心做しか体が軽い気がしたが恐らく気のせいだろう。

 

「おお…ダインがずっと追ってたアビスの使徒、やっと倒せたな!!」

 

パイモンが少し興奮気味にそう言った。だがそんなパイモンとは裏腹にダインスレイヴは険しい表情を浮かべていた。勿論、俺と旅人もである。

 

「雑談している時間はない。アビスの使徒の言っていたことが本当であれば装置が作動しているはずだ。今から破壊すればまだ間に合うかもしれん」

 

ダインスレイヴの言葉に俺達は首肯き、逆さ都市の中心部分にあった逆さ池に戻るべく来た道を引き返した。

 

〜〜〜〜

 

アガレス達はかなりの速度で逆さ池のある中心部まで戻ってきた。外から見ても違和感はないが、アガレスは空気がざわつく感覚を一層強く感じていた。

 

「ッ…アレは!!」

 

部屋の中に入ったパイモンが中央を指差す。部屋の中心部の装置の前にはアビスの詠唱者・紫電がおり何らかの儀式をしている最中だった。

 

───準備が整ったようだからな。

 

アガレスの脳内に淵上を自称する者の言葉がフラッシュバックした。アガレスはチッと苦々しげに舌打ちをすると、

 

「…そういうことかッ!!」

 

とそう言って地を蹴り、装置を破壊すべく動いた。が、しかし装置が一層光を放ったかと思うと走っていたアガレスが突如失速して膝をついた。

 

当然だろう、装置によって増幅された浄化作用がアガレスの身を蝕んでいる。そしてそれは少しでもその身に呪いがあれば引き起こされる激痛だった。

 

「アガレスさん!?」

 

旅人が膝をついたアガレスを見て心配そうに叫ぶ。隣に浮かぶパイモンはキョロキョロと手掛かりを求めて首を回していたが、ダインスレイヴを見て驚いたように固まった。

 

「あっ…だ、ダインも!!」

 

ダインスレイヴも不死の呪いをかけられており、苦しみに表情を打ち歪ませている。そして激痛で動けないようだった。

 

「…間に…合わなかったか…ッ」

 

ダインスレイヴは激痛によって支配されていく思考の片隅で、

 

(極限の苦痛に苛まれ…彼等は救いようのない死を遂げるというのか…!!)

 

「ッ…考えろ…アレを止める、方法を!!」

 

ダインスレイヴが旅人に悲鳴を上げるようにそう言った。唯一影響を受けていない旅人は首肯くと動こうとした。しかし、立ち止まって呆然と中央部付近を見やる。ダインスレイヴが疑問に思いなんとか目を開いて同じ場所を見て、そして目を見開いた。

 

『──────ッ!!』

 

激痛に苛まれているであろうハールヴダンが体を文字通り引き摺るように歩いて中央の装置へ向かっていた。ハールヴダンは自身を鼓舞するように一声嘶くと、無理矢理体を動かして装置へ走り始めた。

 

「ハールヴダン、それをすれば貴様は…ッ!!」

 

それを見たダインスレイヴが苦痛に表情を歪めながら叫ぶ。ハールヴダンがアガレスの隣を走り抜けた時、それを横目で見たアガレスも無理矢理行動を開始した。

 

『何ッ!!』

 

アビスの詠唱者・紫電が気配を感じて後ろを振り向くとアガレスが拳を振り被っているところだった。

 

「そこを…どけぇえええええええええッ!!」

 

アビスの詠唱者・紫電はそのままアガレスと共に吹き飛んでいった。ハールヴダンはそのまま池へ向けて力を垂れ流している装置へ飛び掛かり、覆い被さった。装置は少ししてその勢いを弱めたがハールヴダンはそのまま事切れたようにガクッと項垂れ動かなくなった。一先ず浄化作用が止まったため動けるようになったアガレスは少し怪我をしたその体を引き摺って旅人達に合流した。

 

「アガレスさん、無茶し過ぎだよ…!!また摩耗が進んだらどうするつもり!?」

 

戻ってくるなり旅人にどやされるアガレスだったが心配故の行動であることをわかっているため何も言わず、ただ一言謝罪した。ダインスレイヴはというと動かなくなったハールヴダンを見て少し安堵したように告げる。

 

「すぐに消滅するものと思っていたが…予想以上にハールヴダンの魂は強靭なようだ」

 

肩で息をしつつダインスレイヴはアビスの詠唱者・紫電が逃げていったことを確認したがアガレスもいないことに気が付く。

 

「…あれ、旅人、アガレスは?」

 

旅人は言われて初めて先程までいたアガレスが消えていることを認識した。だがダインスレイヴはあくまで冷静だった。

 

「貴様はあの男が簡単にやられると思っているのか?」

 

旅人は少し考えて首を横に振る。ダインスレイヴは少し満足げに首肯くと、装置を注意深く観察した。

 

「それより、呪われた俺達はここで本来の力を発揮することはできん。アガレスもそれは同じだが、今アビスの計画に対抗できるのは貴様だけだ」

 

ダインスレイヴはハールヴダンを見ながら苦々しげに言う。

 

「あいつの献身を無駄にしないためにもここで時間を使うのは得策じゃない。周りの転移門と光を見たか?恐らく奴等はエネルギー装置を分散して置いているはずだ。それを確認するぞ、急げ!」

 

ダインスレイヴの言葉に旅人とパイモンは首肯き、転移門の一つから装置を確認しに行くのだった。




まえがきに変なおじさんがいましたが無視してもらって大丈夫です、殴り飛ばしておきましたんで。


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第126話 昔日の命④

うん、モチベーションやばいっすね、限界突破してますわ…。

今日は何もなかったから良かったけどね!!はは!!

因みにめっちゃくちゃ長い!!

小説書くの楽しいからやっちまうんだよな…作者酒蒸の日頃のストレス(?)発散現場だと思って下さい。

ちなみにもうちょい続きます。


「───ここなら邪魔も入らないだろうな」

 

一方、姿を消したアガレスは、というとアビスの詠唱者・紫電と対峙していた。先程詠唱者を吹き飛ばした際に壁を突き破っていったので様子を見に来ていたのである。アビスの詠唱者・紫電は逃げもせずアガレスを待ち構えていたかのように留まっていた。

 

『それはこちらの台詞だ、元神アガレス。お前の仲間が助けに来ることも、そしてこの状況を打破することもできん。加えて呪いに身を蝕まれている貴様は全力を出せぬ』

 

アガレスは右手の中指を弾いてから話を始めた。

 

「お前は邪魔になりそうだったからな。旅人一人じゃ苦戦もするだろうし…ま、適材適所ってヤツだ」

 

『結果的に貴様が死ぬことになってもか?』

 

アビスの詠唱者・紫電は殺意を漲らせ雷の球をいくつか生成してスタンバイした。対するアガレスの顔色は悪かったが、法器を取り出して臨戦態勢をとった。

 

「ああ、そうだな」

 

アビスの詠唱者・紫電とアガレスが睨み合い出方を窺う。アガレスが地を蹴るのと同時に、アビスの詠唱者・紫電の雷の球がアガレスを襲う。アガレスは普段よりずっと遅い速度で走りながら炎の球を出して過負荷反応による爆発で他の雷球も消し飛ばす。勿論、自分も多少爆発の影響を受けている。

 

「ッ…やっぱ普段通りにはいかないよな…」

 

『ふはは!!如何な元神アガレスと言えど弱体化していてはな…!!』

 

アビスの詠唱者・紫電はここぞとばかりに波状攻撃を仕掛けてくる。激痛に耐えながら戦っているアガレスにとってこれはかなりキツイ戦いであった。

 

「不味いッ…!!」

 

アビスの詠唱者・紫電によって攻撃を捌くことに集中していたアガレスが不用意に接近しすぎていたことに気が付いたが既に遅く、

 

『素晴らしき真理!』

 

少しの溜めの後雷元素による衝撃波がアガレスを襲う。アガレスはなんとか自身に風元素を纏わせて拡散させて威力を分散させたがそれなりに傷は多かった。咄嗟のことだったため拡散によるダメージも受けている。

 

「流石にキツイな、やるしかないが…」

 

アガレスは今度は近付きすぎないように引き撃ちを心掛け、アビスの詠唱者・紫電の攻撃に炎元素で対応していく。弱体化しているためか、アガレスの元素操作は普段より格段に悪いようだがなんとか対応できるレベルだった。

 

『聖なる恩顧を抱け!!』

 

アガレスはそのままゆっくり移動しながら攻撃をいなしていたのだが、不意に付近に雷元素の反応を感じて慌てて移動速度を上げた。

 

「何…ッ!!」

 

しかしアビスの詠唱者・紫電の攻撃は移動速度に応じて予測した位置への攻撃であったため多少移動速度を上げたアガレスに直撃こそしなかったものの一発目は余波で左腕の自由を奪われる結果になった。

 

しかしそこは流石のアガレスというべきか二度目に落とされた落雷は完璧に避けてみせた。割と満身創痍なアガレスだったがニヤリと笑って法器を構える。

 

「さて、詠唱者さんよ、まだまだこっからだぜ…」

 

怪訝そうな雰囲気を醸し出すアビスの詠唱者・紫電だったが無視して攻撃を開始した。アガレスはとにかく攻撃を捌くことに意識を集中し、時間を稼ぐのだった。

 

 

 

一方エネルギー装置を破壊すべく転移門を通った旅人達は護衛のアビスの魔術師を排除して1つ目の装置を破壊した。

 

パイモンは近くにいた苦しそうなヒルチャール達を見てダインスレイヴを心配そうに見やる。

 

「ヒルチャール達があんなに苦しんでる…ってことは、ダインも同じように苦しいってことだよな?しかも、アガレスもさっきアビスの詠唱者と戦ってるって…」

 

パイモンの言葉にダインスレイヴは肯定も否定もせず、

 

「気にする必要はない。だがハールヴダン達は俺よりも遥かにその身にも精神にも苦痛を背負ってきた。アガレスに関しても恐らく心配はいらないだろう。それより早く行くぞ!」

 

そう言って再び転移門に入っていく。旅人とパイモンは顔を見合わせ首肯き合うと後を追って中に入る。それを何度か繰り返し、全てのエネルギー装置を破壊すると先程まで明るかった逆さ都市周辺が暗くなった。

 

「全部破壊したよな…?これで装置は止まったんじゃないか!」

 

パイモンの疑問にダインスレイヴはふぅ、と安堵の溜息を吐いた。

 

「ああ、焼け付くような痛みが消えた。恐らく装置は止まっているだろう。中央に戻って確認するぞ」

 

ダインスレイヴはそれだけ言って中央へ続く転移門がある方向へ歩いて行く。旅人とパイモンも後に続いて歩く。旅人は誰にも聞こえないようにぼそっと呟く。

 

「…アガレスさん、無事だといいけど」

 

その呟きは隣にいるパイモンにすら届くことなくただ消え去るのだった。

 

 

 

『───貴様と言えどここまでだな、元神アガレス』

 

雷元素のシールドを纏ったアビスの詠唱者・紫電が膝をついて肩で息をするアガレスに向けてそう告げる。既に左手が使い物にならなくなっているアガレスはボロボロのまま少し笑った。その様子を見たアビスの詠唱者・紫電は首を傾げる。

 

『何が可笑しい?貴様は満身創痍だ。装置は破壊されるだろうが、貴様を殺せばお釣りが来るだろう。一時の安らぎを得ることが出来ようともその安らぎは長くは続かぬ』

 

喋っている間にアガレスは小声で笑っていた。アビスの詠唱者・紫電は忌々しげにアガレスを睥睨する。

 

『で、あるのにも関わらず貴様は高らかに笑っている…気でも狂ったか?何が可笑しい!』

 

アビスの詠唱者・紫電はアガレスのいる位置に雷を落とした。ふん、と鼻を鳴らすと、

 

『これで殿下もお喜びになる。邪魔になる因子が一つ消えたのだからな…』

 

踵を返したがそのまま独り言を続けた。

 

『丁度良い、我等の新たなる国を作るべきだろう。地理的にも丁度良いのは…稲妻だ。そのためには雷神に死んでもらわねばならぬが…私が取って代われば問題あるまい。殿下もお喜びになるだろう』

 

そう言ってアビスの詠唱者・紫電は高らかに笑う。だが、

 

「───何処へ行く?」

 

底冷えするような、地獄の底から響いてくるような声が聞こえた。アビスの詠唱者・紫電はゆっくり振り返ってアガレスのいた位置を見る。そこにはボロボロでありながら刀を持つアガレスが確かに存在していた。

 

『貴様…まだ生きていたか…死に損ないめ…』

 

心底忌々しい、という風にアビスの詠唱者・紫電は呟いた。だがアガレスは口の端を持ち上げ、笑みを作る。

 

「旅人が装置を破壊して止めてくれたようだ。まぁ、それがなくても問題なかったようだが…」

 

まぁ、今はいいだろう、とアガレスは言葉を止めアビスの詠唱者・紫電を睨み付ける。その瞳には深い殺意が込められていた。

 

「本当ならこのまま逃しても問題はなかったんだがな…」

 

アガレスは悠然と一歩を踏み出し、アビスの詠唱者・紫電との距離をゆっくりと詰めていく。不思議とアビスの詠唱者・紫電は動くことができなかった。

 

アガレスは絶対零度の冷たい表情と硬い声音でアビスの詠唱者・紫電に告げる。

 

「───気が変わった」

 

『ッ!!真実に耳を傾けよッ!!』

 

アビスの詠唱者・紫電は無理矢理体を動かして詠唱し雷元素の衝撃波を放った。無論先程より威力も速度も段違いである。しかし、アガレスはまるでなんでもないかのようにアビスの詠唱者・紫電の後ろに現れた。

 

『貴様…グッ!?』

 

シールドを纏っているアビスの詠唱者・紫電には本来攻撃は通らない。しかしアビスの詠唱者・紫電は脇腹を深く切り裂かれており、そこに手を当てながら膝をついた。震えながらアガレスがいる背後を見るが、アガレスは刀を仕舞いながらただ無感動な表情でアビスの詠唱者・紫電を見下ろしている。アビスの詠唱者・紫電はその様に苛立ちを覚え攻撃すべく詠唱を開始しようとした。

 

『高貴なる…進化を───ガッ!?』

 

しかし、アガレスは地を蹴って近づき吹き飛ばさずに打撃を加えていく。その一撃一撃にはアガレス自身の深い怒りが込められているかのようだった。

 

アビスの詠唱者・紫電は多大な理不尽さを眼前の男から殴られながら感じ取っていたが、不意にアガレスの殴打が止む。朦朧とする意識の中でアビスの詠唱者・紫電は地面に突っ伏したままアガレスを見やる。

 

相変わらず無感動な───否、無表情であるのにも関わらず深い憤怒の情をひしひしと感じ取れていた。

 

「お前は俺を理不尽な存在だと思うか?」

 

アガレスはそう呟きながらアビスの詠唱者・紫電が逃げられないように頭を掴んで持ち上げる。

 

「お前もそうだっただろう?大切なモノを傷付けられたから、今こうして復讐している、害そうとしている」

 

アガレスは一度目を瞑り、やがて開くと手を離しその手に刀を握って振り被った。

 

「お前は俺の最も大切な存在を消そうとした───」

 

振るわれた刀はアビスの詠唱者・紫電の首を刎ねた。

 

「───それだけで…お前達と敵対するのには十二分な理由だ」

 

アビスの詠唱者・紫電はアガレスの悲哀と憤怒の入り混じった表情が見えたのを最後にその肉体を消滅させるのだった。

 

 

 

転移門を通り抜けてきた旅人達と同時に、アビスの詠唱者・紫電が吹き飛んで開けた穴の中からアガレスがボロボロの状態で出てきた。旅人はそんなアガレスの様子を見てすぐに走り出した。アガレスは、というと流石に限界だったのか崩れ落ちかけたが旅人に支えられて無事だった。

 

「アガレスさん!大丈夫!?」

 

旅人がボロボロのアガレスを見て焦りを隠そうともせずそう言った。アガレスは一言謝ってから問題ない、と告げた。

 

「アガレス、そんなにボロボロになるまで戦ってたのか…もしかして、いっぱい敵がいたとか!?」

 

パイモンはアガレスの様子を見て心配そうに周囲を飛び回った。アガレスはパイモンの言葉に首を横に振った。

 

「いいや、敵はアビスの詠唱者・紫電だけだ。だが呪いの残滓が残っているこの肉体であの装置を発動させたまま戦うのには少々骨が折れてね。お陰でこのザマだ」

 

アガレスは言いながら苦笑した。ダインスレイヴは遅れてアガレスの下へやって来ると一瞬心配そうな表情を浮かべたがすぐに切り替えてアビスの詠唱者・紫電をどうしたのかを問い掛けた。

 

「殺した。正直逃がすつもりだったんだが…お陰でボロボロだよ」

 

ダインスレイヴはアガレスの言葉に軽くそうか、とだけ返してハールヴダンと装置に近付く。

 

「見た所装置は止まってるみたいだが…ダイン、どうだ?」

 

アガレスが旅人に肩を借りながらそう問うた。勿論、どうだ?というのは装置のことではなく、ハールヴダンのことである。ダインスレイヴはアガレスの言葉を一旦無視して少しだけ装置とハールヴダンを調べると深く目を瞑った。ダインスレイヴは無言であり特に何の反応も示さなかったが、アガレス達にとっては十二分に答えになっていた。

 

アガレスは俯くと間を置いて…そうか、とだけ呟いた。ダインスレイヴは振り返って旅人達に向け、行こう、と言った。ダインスレイヴは俯いておりその表情は見えない。旅人達はダインスレイヴを心配そうに見やる。

 

ダインスレイヴは名残惜しそうに一瞬立ち止まり口元を引き締めた。

 

その時だった、ダインスレイヴの背後、つまりハールヴダンと装置のある位置から光が発せられていた。それに気が付いたダインスレイヴと旅人達は振り向いた。

 

「何───ッ!?」

 

ダインスレイヴは驚きに身を染め固まった。そしてそれはアガレス達も同様である。

 

ダインスレイヴ達の視線の先には、かつて人間だった頃のハールヴダンの姿があり、ダインスレイヴを見ると敬礼をして頭を下げた。

 

───申し訳ありません、『末光の剣』ダインスレイヴ様…俺はあの時、民を護ることができませんでした。

 

ダインスレイヴはその言葉に何か言いたげだったが、その言葉を飲み込み握り拳を作った。

 

「…いいや、この500年、貴様は立派に宮廷親衛隊としての責務を果たしてくれた。500年経ち、あの頃の記憶が忌まわしき物へと変貌しようとも…貴様達は今でも俺の誇りだ」

 

ダインスレイヴは目を閉じながらそう言った。ハールヴダンは少し嬉しそうに笑うと今度はアガレスを見た。

 

───貴方は…アガレス殿、貴方もいらっしゃったのですね。申し訳ありません、貴方に教わった『守護』の教えを…無駄にしてしまいました。

 

ダインスレイヴとアガレスが一様に驚きの表情を浮かべた。しかしアガレスはすぐに言葉を紡いだ。

 

「そんなことはないさ。お前のここ500年間の行いは…正しく俺の教えた『守護』そのものだ。確かにお前の中に息づき今日この日まで責務を果たしている。無駄になど、なってはいないよ」

 

ハールヴダンは先程と同じように笑うと、懇願するような目でダインスレイヴとアガレスを見た。

 

───カーンルイアは滅亡してはいないんですよね?だって…ここにこうして、貴方達二人が立っている。あの日常は壊されてはいないんですよね?

 

ダインスレイヴとアガレスは顔を見合わせた。やがて、ダインスレイヴはうん、と首肯き、アガレスは、

 

「…ああ、あの頃の日常は…何も壊されていない。今も残っている。お前達が護ってくれたからな」

 

微笑みながらそう言った。ハールヴダンは心の底から嬉しそうな、誇らしげな表情を浮かべ天を仰ぐと、光の粒子に変わってその場から消えていった。それは彼が永劫に続く苦しみから開放されたことを意味する。

 

ダインスレイヴとアガレスは深く瞑目すると、同時に目を開いて口を開いた。

 

「「だから…復興の必要もない───」」

 

 

 

今まで息をするのも忘れて見守っていたパイモンが恐る恐る口を開いた。

 

「今のは…ハールヴダンの魂、なのか?」

 

「ここには不可思議な力がいくつか集まっている。そのようなものを目にしてもおかしくはないだろう」

 

パイモンの言葉にダインスレイヴは背を向けたままそう答えた。

 

「…これ以上深く探索するなら気をつけることだ。常に細心の注意を払え。尤も…」

 

ダインスレイヴは切り替えたようにそう旅人達に告げつつアガレスに視線を移す。

 

「そのお荷物を抱えた状態だと探索は一旦中止にせざるを得ないだろうが」

 

「お荷物で悪かったな。お前も俺も少なからずダメージを負ったしどちらにせよ休養を取らせてもらうがね」

 

アガレスの苦笑気味なその言葉にパイモンが驚いたようにダインスレイヴを見る。

 

「アガレスはともかくとして、ダインも怪我をしてるのか?見た所どこにも怪我は見当たらないけど…」

 

そのまま首を傾げるパイモンだったが、ダインスレイヴは腕を組んで告げる。

 

「あの装置で俺も少なからずダメージを負っている。癒やすのには数日かかるレベルのな」

 

「つまり外見的なダメージだけじゃないってことだ。まぁ俺の言い方が悪かっただけでパイモンも旅人もダインがやせ我慢してるのは気が付いてただろうけどな」

 

アガレスはそう言いながらパイモンと旅人を見る。二人は首を縦に振りながら、

 

「気付いてた。アガレスさんもね」

 

「二人共やせ我慢しすぎだぞ…しばらく休暇を取ってみるのはどうだ!」

 

そう言われた二人は少し笑う。

 

「休暇、か…ふっ、俺に似つかわしくない言葉だな。だが…心配は受け取っておこう」

 

「俺は全然休みたい」

 

アガレスの言葉にパイモンが空中で器用にコケたが、ダインスレイヴは構わずパイモンと旅人の間を通り抜けた。二人が首を傾げながら通り過ぎたダインスレイヴを見やると、

 

「今この瞬間にも、『運命の織機』の計画は進んでいるだろう。今回のこの装置もそれに恐らく関係しているはずだ」

 

ダインスレイヴは旅人、パイモン、そして最後にアガレスを見て口の端を持ち上げて笑みを作った。

 

「次に貴様達に会う時…『向こう側』になっていないことを祈ろう」

 

そう言ってダインスレイヴは去って行った。残された旅人、パイモン、アガレスは安堵の息を吐いた。

 

「取り敢えず、お前のお兄さんには会えなかったけど手掛かりは沢山手に入ったよな!」

 

パイモンが嬉しそうにそう言うのに対して旅人も同意しながら、

 

「そうだね。それより…」

 

と心配そうにアガレスを見る。

 

「アガレスさん、帰れそう?」

 

「…余裕「嘘だね」…いや、よy「嘘だね」…」

 

嘘をつこうとするアガレスだったが、旅人の有無を言わさぬ視線とカット能力によってバレバレであることがわかって溜息を吐いた。

 

「この怪我じゃ帰れそうにない」

 

「よろしい。とは言っても私が担いでいくくらいしか帰還方法ないんだよね…」

 

旅人が苦笑しながらそう言った。アガレスはそれに関しては大丈夫だ、と旅人に告げる。旅人が首を傾げていると、右手の薬指を弾いて口を近付けた。

 

「もしもーし、バルバトスさん、聞こえますかー、オレオレ、オレだけどー」

 

少しして、

 

『アガレス、今何時だと思ってるんだい?そして一歩間違ったら詐欺になるよそれ。僕こんなでもおじいちゃんだからね?高齢者を狙った悪質なオレオレ詐欺だよ?』

 

謎のおふざけ会話を挟んだアガレスとバルバトスだったが、アガレスから事情を聞いたバルバトスは、

 

『今すぐ行くから!!待ってて!!!』

 

そう言って静かになった。アガレスは苦笑すると聞こえていないだろうが一言礼を告げて指輪を再び弾いた。

 

「これで大丈夫だ。大まかな位置も伝えたし、じきに迎えが来るだろう」

 

さて、とアガレスはキョロキョロと辺りを見回し手頃な段差を見つけると旅人にそこに連れて行くように言った。旅人は首肯いてそこにアガレスを座らせ───ようとして安定しなかったので仕方なく膝枕をする形になった。

 

「…さて、こんな格好だが少し話をしようか、旅人」

 

アガレスのいつになく真剣な表情に、旅人は考える間もなく首肯くのだった。




予約投稿すればいいのに、とか思ったそこの貴方!!あんたは正しい!!(?)

アガレス「いやほんとに予約投稿しようよ一日に突然めちゃくちゃ物語進ませられる俺の気持ちにもなってくれ」

ふん、登場人物なら私の役に立ちなさいッ!

アガレス「は?いいのか?降板するぞ??」

いや、ナンデモナイデス

という謎茶番でした。


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第127話 アガレスと蛍

「それでアガレスさん、話って…」

 

俺の顔を覗き込む旅人に対して俺は軽く微笑みながら口を開いた。

 

「モラクスから、お前は俺達のことを決して忘れない、と聞いてな。驚かずに、そして否定もせずに、ただ…少しだけ聞いてくれないか?」

 

旅人が首肯いたのを確認してから、話を始めた。

 

「…この世界は、どうやら偽物らしい。数多ある可能性、その分岐点から派生した、存在しないはずの未来…それが今俺達が生きている世界みたいなんだよ」

 

旅人とパイモンは半信半疑の目を俺に向けてくるが何も言わずに話を聞いてくれるようだった。

 

ありがたい、なんて思いつつ申し訳無さも込み上げてくる。

 

「俺という存在は確かに今ここに存在している…しかし、俺は本来存在するはずのない者らしい。だからこの世界に不釣り合いなほどに強大な力を持っているのだ、と」

 

俺は更に続けた。

 

「前に、俺はお前に言ったな。『忘れ去られている』と。だが…俺はお前達だけに忘れ去られていたんじゃない。世界そのものにも一度、忘れられ、去られていたんだ」

 

元神アガレスという存在は本来であればこの世界が創造される前に跡形もなく消え去るはずだった。しかし現に俺は今このテイワットに存在してしまっている。

 

前世界の遺物が存在しているという異常、そして滅びゆく世界に忘れ去られた俺はこの世界で一人だけだった。

 

そういえば、と俺は旅人に一つ尋ねた。

 

「俺のもう一つの人格のことは知っていたか?」

 

旅人は俺の言葉に首肯く。因みに、問いかけてすぐに復活してから初めて行った璃月で宿を取れずに塵歌壺を宿代わりにした時に色々と説明をしたのを思い出した。まぁとはいえ、『あの時は酒を飲んだら出てくる人格』程度の認識だったから詳しい説明を俺もできなかった。

 

だが今は違う。

 

「あの人格は一番最初の俺…お前と出会うずっと前、何よりこの世界がこの世界になる更に前に存在していた世界の人格だったようだ。俺の性格は異なっていたが、世界自体は概ね同じだった。まぁ…500年前の終焉で滅んだという点では異なっているがな」

 

そもそもそれを止めるため、何より俺がなんとかしてくれると信じて送り出してくれた仲間がいた。だからこそ俺は500年前終焉が引き起こされることを知っていて、尚且止めることができたわけだ。

 

その旨を旅人達に話し、俺は一旦言葉を区切って反応を少し確かめる。旅人の目に狂いも焦りもなく、しっかり消化できているようだったので続ける。

 

「…その時の俺は弱かった。当時の『八神』の中では最弱と言っても過言ではなかった。その御蔭というべきか、魔神戦争ではより多くのものを失った。そして自暴自棄になり、酒に溺れたのさ」

 

今になってようやくわかったが、一周目の俺はどうやら消えるのと同時に魔神の呪いをその身に全て引き受けたようだ。それにより完全に彼の魂は消滅した。呪いは基本的に対象を破壊すれば解けるようになっているので彼は自らの魂と引き換えにして俺を救ったのだ。

 

同じ俺の好、と言ってしまっては都合がいいが彼は俺に色々なことを言ってきた。その覚悟を確かめるかのような言葉の数々は確かに俺の心に決して抜けぬ棘のように突き刺さった。

 

だが、だからどうした、と俺はそう告げた。ここで立ち止まってどうする?それで俺を救ってくれた皆が、俺に思いを託して逝った者達が救われるか?いや、立ち止まっても、そうでなくても彼等には永遠に救いはない。終焉で滅び、救いようのない死を遂げた彼等に報いてやれるのは俺しかいないのだ。

 

「だから今生では酒を飲むと無理矢理意識が切り替わるようになっていた。酒に溺れ、鍛錬を怠らぬように」

 

「アガレスが酒を飲めないのって、そんな理由だったのか…」

 

パイモンがそう感想を漏らしたが当然の感想だろう。そういう体質、と言ってしまえばそれまででありそんな深い理由があるとは俺も思っていなかった。

 

俺はパイモンの言葉に首肯くと再び続ける。

 

「一度目の終焉の理由は不明だが、訪れるであろう終焉…つまり500年前の終焉を止めるために俺は自らを鍛えた。だがそれが仇となって知っての通り終焉を引き起こしてしまったわけだ」

 

俺は目を瞑り思い出すように告げる。

 

「ダインと空は、一周目の俺の存在を知っているようだった。何より彼等と共に旅をしたみたいだが…その記憶は今の俺にはない。ただ、ダインのことはある程度思い出すことができた。勿論全てではないが…ハールヴダンのことを知っていたのもそれが原因だ」

 

そのハールヴダンも俺のことを覚えているようだった。500年前に俺とハールヴダンは会っていないはずなので彼は一周目の俺達のことを覚えていた数少ない存在だったのだろう。理由は勿論不明だがな。

 

俺は再び目を開いて俺の顔を覗き込む旅人を見やる。俺の話は終わったがどうしても彼女に伝えておきたいことがあったのだ。

 

「旅人、お前と俺は、ある意味で別世界からの来訪者という点において同じだ。だがお前には肉親がまだ存在している。それを…心から羨ましく思うよ」

 

俺は少し複雑な笑みを浮かべながらそう言う。そんな俺の顔を見た旅人は少しだけ目を伏せた。

 

「だからこそ…お前のその肉親を大切に想う気持ちもまた大切にして欲しい。前から手伝うつもりではあったが約束しよう。絶対にお前達双子を…俺のように不幸にさせはしない」

 

俺はそんな彼女を励ますようにそう言いながら笑みを作って右手の小指を差し出す。羨ましく思う気持ちはあれど、どうにもならないものはならないのだから、だったら同じ境遇の誰かを救ってやりたい、と俺はそう思う。

 

旅人は驚いたように固まりつつも小指を俺の小指に絡め指を切る。

 

「…ありがとうアガレスさん」

 

旅人は俺に礼を言いつつ今度は手を握って俺の胸の上にそのまま置いた。俺が首を傾げていると旅人は俺に言い聞かせるような声音で言った。

 

「でもね、アガレスさん。確かにここはアガレスさんにとっては生き辛い世界かもしれないし、肉親なんかもいないかもしれない。でも、私達は少なくともアガレスさんのことを忘れたりなんかしない」

 

旅人は俺の目を真っ直ぐ覗き込みながら更に続けた。

 

「私も、パイモンも、モンドの皆も、璃月の皆も、稲妻の皆も…アガレスさんに感謝してる。だからアガレスさんが困っていたら助けになりたいとも思うし無茶してたら心配もする。アガレスさんが私達を不幸にしないようにしてくれるのなら───」

 

旅人はニコッと笑う。

 

「───私達はアガレスさんを幸せにするよ」

 

「そうだぞ!オイラ達、アガレスの友達だし困ってたら放っておけないぞ!」

 

旅人の言葉にパイモンも同意する。ややあって、俺は無言のままそっぽを向いた。旅人とパイモンが俺に心配そうな視線を投げかけてきているのがよくわかる。

 

「…少し寝る」

 

俺はそのまま目を瞑る。旅人とパイモンは何を思ったのか少し笑うと、

 

「うん、ゆっくり休んで」

 

「おやすみアガレス!お迎えが来たら起こしてやるからな!」

 

そう言ってくれた。俺は少し笑って先程の言葉に対しても礼を告げながらその意識を闇に沈めるのだった。

 

〜〜〜〜

 

「…アガレスさん、寝ちゃったね」

 

「おう、そうだな」

 

旅人が自分の膝の上で規則正しい寝息を立てるアガレスを見ながら言った。パイモンはそんなアガレスと旅人とを心配そうに交互に見た。

 

「…アガレスさんは確かに強いからこの世界の人じゃないって言われてちょっと納得した」

 

暫く無言だった旅人がパイモンにそう言った。パイモンはうんうん首肯く。

 

「そうだな、アガレスはお前みたいな感じで全元素を扱えるから、言われてみればーって感じだったぞ」

 

「…普段はアガレスさんは優しくて強かな人で芯が強い人だけど…やっぱりそれでも色々気苦労はしてるはずだし…何度も何度も忘れられて孤独を感じないはずがないよ」

 

旅人はアガレスの頭を少し撫でる。

 

「だからこそ…絶対孤独にさせたりなんかしないし不幸になんかさせない。この人が守ろうとしているものを私も守りたい」

 

パイモンは旅人のその言葉に力強く首肯いた。

 

「おう!アガレスもやっぱり、結構寂しかったんだろうし、オイラ達で居場所を護ってやろうぜ!」

 

「そのためにはやっぱりアガレスファンクラブを大きくするしか…」

 

「そ、それは多分アガレスに怒られる気がするぞ…」

 

旅人とパイモンはそう言って笑う。笑いながら、旅人は思う。

 

───例え世界がアガレスさんを忘れ去っても、私だけは絶対に忘れない。それがきっと唯一の…私にできることだから。




ということで層岩巨淵はまだ続きますが一区切りですかね。

用事が一段落したので投稿させていただきやした。


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アガレスのプロフィールver.2

前回あげたやつからちょっと変えまして現時点のものになってます。見ても見なくても良き良きの良きです。(?)

ついでに元素スキルを除いたフィールドのボイスも足してみました。

追記 : 書き忘れてたヤツ足しました。《やってみたいこと…》という部分ですね。


名前 : アガレス

性別 : 男性

年齢 : 不詳だが6000を優に超えているとされる

誕生日 : 9月18日

所属 : 西風騎士団→神龍団→救民団、稲妻幕府助言役

別称 : 元神、元栄誉騎士、魔龍の討伐者、璃月の英雄、稲妻の英雄

神の目 : 無元素でありながら全元素

星座 : 元神座

使用武器 : 全部の武具を扱えるが片手剣を好んで使う。

 

ひとこと紹介

 

かつて『七神』が『八神』だった時代の最も古き神で、当時は『元神』と呼ばれていた神。

 

紹介

 

名はアガレス。彼は7つの元素全てを扱える他、武芸に秀で、なおかつほとんどのことを一人でこなすことができる。

 

一つの元素のみを持つ他の神と違って自分の国を持つことはなかった。昔は元素の神という意味から『元神』と呼ばれ、現在最も古く強いとされている岩王帝君───モラクスでさえ、彼には及ばない。『八神』であった時期は他の神の取り纏めや仲介役をしており、頼られる存在であった。

 

しかし、テイワット大陸を襲った大災厄『終焉』を止めるため、彼はその力の大半を消費して『終焉』を食い止め、長い眠りについた。無論、彼の自己犠牲は他の神の黙認の下行われたものであり、彼自身魔神の怨恨に犯されていた自分の寿命がもうすぐ尽きることを知っていたため自己犠牲を選んだ。

 

『八神』から『七神』になった今でも『七神』達はただの一瞬も『八神』であった頃を忘れてはいない。"アガレス"という男のことを、絶対に忘れてはいない。

 

武器 : 隕鉄一刀

 

太古の昔星に落ちてきた隕石を加工した不壊の刀剣。切れ味は鋼鉄をも膾切りにするほどによく、また信じられないほどに軽い。刀身は黒く、白い筋が走っている太刀である。※尚本編未登場

 

通常攻撃 : 千変万化

 

アガレスが長年の鍛錬の末に最適化してきた剣術。型がないため、相手に剣筋が読まれにくいという利点がある。

 

また、全元素を扱える利点を活かし、あらゆる元素を活かした戦闘が可能。

 

元素スキル

 

アガレスはあらゆる元素を、それも同時に扱えるため様々なことに転用している。風元素で空を舞うのが代表的だろう。他にも自身の武器に元素を纏わせたり、元素の攻撃を飛ばしたりと様々である。

 

尚、元素の攻撃を飛ばす際は刀でも問題ないが精度と威力は法器を持たない場合は牽制にギリギリ使える程度の威力である。

 

元素爆発 : 終焉之神

 

あらゆる元素を自身の周囲に展開し、あらゆる元素反応を引き起こすというもの。アガレスが元素爆発を使ったことは過去に一度だけであり、その様から現『七神』に『アガレスがあの元素爆発を使うとき、その敵は魂すら残さず潰えるであろう』と言われている。

 

事実、アガレスが復活してから元素爆発の威力を抑えて使用した際、青墟浦の地形が変化するほどのものだった。

 

固有天賦

 

元素の極致

 

元素を扱う敵に対するダメージが大幅に上がり、また全ての元素耐性も大幅にアップする。

 

元神の意地

 

自分の体力が3分の1以下になると体力を全回復し、限界を超える。その代償として、『摩耗』が進む。

 

酒敵

 

酒類の摂取が一切できなくなり、仮に接種したとしても酔い潰れる。酔い潰れなかった場合…ウェンティはアガレスについて、『彼にお酒をもう飲ませない…何故なら死人が出るから』と語っている。

 

※尚、現在この問題は解決されている。

 

命ノ星座

 

神の息吹

 

その者の生命は風前の灯、吹けば簡単に掻き消える。だが神はそれを望んでいない。

 

巨神の加護

 

太古の昔存在したとされる巨神の加護。巨神の残滓が認めた存在にのみこの加護は与えられ、あらゆる死の超越が与えられる。

 

星の守護者

 

彼は産まれたときからその力と使命を背負っていた。テイワットを侵そうとするモノは、例え誰であろうと彼は許さないだろう。

 

運命の交錯

 

彼と運命を共にする者は必ず彼の助けになるだろう。そして彼自身の運命もまた、必ず彼の味方になってくれる。

 

最凶にして最強

 

彼は2つの力を得た。全てを破壊する最凶の力と、全てを包み込む最強の力。来たるべき『終焉』と再び相見えた時の彼の選択はどちらになるだろうか。

 

全ての頂の超越

 

この世の頂点すら超える成長を、彼はすることになる。しかし、その道は決して明るいわけではない。

 

ボイス

 

《初めまして…》

元『八神』の一柱にして二つ名は『元神』…まぁ、どれも過ぎた話だけどな。俺の名はアガレス、救民団団長、元西風騎士団栄誉騎士、璃月港を守った英雄に…稲妻幕府の助言役…とまぁいっぱい肩書はあるんだがそんなに気にすることはない。ま、よろしくな。

 

《世間話・七神》

『七神』の方が確かに語呂合わせも都合もいいが…弾き出された身としてはちょーっと複雑なんだよな…まぁ、そのお陰で今俺は自由でいられるから、感謝してもいるけどさ。

 

《世間話・休日1/モンド》

俺が休日にしていること?うーん…そうだなぁ、誰もいないところで歌ったり、お魚をドッカーンしたり、あとは…って、後ろ?じ、ジン…?いや、じ、冗談だろ?わ、悪かったって、あーっ!

 

《世間話・休日2/璃月》

休日にしてることか…璃月港は人が集まるから救民団璃月支部からその様子を眺めたり、南十字船隊に酒を流したり…ん?後ろ?ぎ、凝光?いや、まさか…じ、冗談だろ?あ、いや、ちが…あーっ!

 

《世間話・休日3/稲妻》

休日?あー、稲妻では基本的に影と過ごしているからな…ずっと執務もしてるし実はあまり休んでない。あ、そういえばこの前影が俺に料理を作ってくれてな…え?後ろを見ろって?え、影…!?いや、別にこれは惚気とかじゃ…え?恥ずかしいから言うな?だ、だが…あーっ!

 

《世間話・自由》

自由はいいものだ。何をするのにも不自由しないのだから、自分の好きなことができるという点で言えばとてもいいことだろう。まぁ…本当の自由なんて、誰にもわからない。それを追い求められる間の俺達が、一番自由なのかもしれないな。

 

《世間話・契約》

契約という単語は、約束と言ってしまえばそれまでだがそれ以上に深い意味がある。それを守るか否かは人それぞれだが一度交わした契約は…多少融通をきかせることがあっても違えてはならないと俺は思うよ。それはまぁ…常識的な意味でもあり、この世の摂理的な意味もある。うーん…小難しい話になったな。

 

《世間話・永遠》

永遠、という単語を聞いて一番最初に思い浮かぶのは大体、不老不死とかそういう単語なんだろうが…俺は少なくともそんなものは永遠とは呼べないと思う。本当の永遠とは人の輪や縁、そしてそれを大切にする人の心だ。人々の思いは次の世代へ受け継がれ、またそれには際限がない。まぁ実際、真に永遠と呼べるものはこの世界に存在してないとも思うけどな。

 

《雨の日…》

雨かー、髪がボサボサになっちまうよ…いや、風元素で乾かせばなんとかなるかな…湿気だから関係ないな、うん。

 

《雷の日…》

おっ、雷か…結構光ってるな。眞も影も元気そうで何よりだ。

 

《晴れの日…》

んーっ!やっぱ天気は晴れに限るな!え、何でかって?日差しが気持ちいいし、何より、皆の笑顔が見れる。それだけで、俺の心も晴れやかになるんだ。

 

《風の日…》

バルバトス、ちょっと強すぎるぞお前…酒抜きにしてやろうか…って、あれ?更に強くなってきたような…?

 

《おはよう…》

おはよう、よく眠れたか?休息をしっかりとっているようで何よりだ。今日はどうするんだ?暇…ではないができる限り手伝うぞ。

 

《こんにちは…》

よっ、ちょっと昼飯食わないか?俺の手作りなんだが…えっ、興味ある?今度レシピを教えてほしい?ッハハ、まだまだ沢山ある。時間があるときに教えてやろう。

 

《こんばんは…》

いつも俺は酒場に居てな。いや、さ、酒を飲むわけじゃなくてだな!その…できるだけ、誰かと話していたいんだ。そうでもしなければ、昔のことを思い出してしまうからな…まぁ、本当に遠い昔のことさ。

 

《おやすみ…》

今日やるべきことはやったか?今日はもう遅い。終わっていないなら俺がやっておくから、ゆっくり休め。おやすみ、いい夢見ろよ。

 

《アガレス自身について・元神》

『元神』の由来?ああ、俺はあらゆる元素を扱えるのは知ってるだろうが、それからとってテイワットの民、そして現『七神』から『元素の神』、『元神』と呼ばれるようになったんだ。安直?言ってやるなそれは…。

 

《アガレス自身について・失意》

昔、俺の強さが足りずに仲間を失ってしまってな。あの時俺は失意に暮れて、無気力になってしまっていたんだ。今でも思うよ、今くらい強ければ、あいつらを失わずに済んだはずだ、ってな。

 

《アガレス自身について・人格》

酒を飲むと出てくるあの人格か…まぁ確かに彼は俺自身だったんだろうが…なんというか、うまく言い表せないが境遇も考え方も理解できる。できるからこそ…俺は前を向かねばならなかった。まぁ、あいつが救われることをせめて願っておくとしよう。

 

《神について…》

神は強いと思うか?俺はそうはおもわない。まぁ確かに、肉体的、身体的強さで言えば強いのかもしれない。だが、それぞれの思うがままに行動するところは人間となんら変わりはしない。人間と同じで我々も弱くて、とっても繊細なんだ。だから、俺のことも繊細に扱ってくれよ?え?元からそうしてる?冗談のつもりだったんだが…。

 

《休息について…》

なんでそんなに休息に固執するのか気になる?ああ、それはな、休息をとらずに、或いはとれずに壊れていった人達を俺は知っているし、あの時俺は止められなかった。だから、今は後悔のないようにしているんだ。わかったら、お前もちゃ~んと休むんだぞ?え?わかってるならなんで俺は休まないのか、って?別に俺は休まなくてもいいからな…。

 

《神の目について…》

ん?鍾離とかウェンティみたいに、その『神の目』が偽造なのか、って?ああ、いやいや、俺のは本物だ。だから元素を扱うときにその元素の『神の目』になるんだ。中々面白いだろ?元素を2個使ってると反応しないけどな。

 

《傷について…》

頬の傷のことか?あぁ…これは、ノエルにつけられたんだ。ん?あぁ、意外だったか?ノエルと俺は師弟関係にあって、最終試験のときにつけられたんだ。それ以来、彼女が俺を超えた証として、この傷を治さずにいるんだ。名誉の負傷、ってやつだな。

 

《救民団について…》

救民団は俺が結成した、モンドの民のための組織だ。まぁ、今でこそ西風騎士団と協力してるが、昔はそれぞれでやっていたんだぞ。え?険悪じゃないのかって?いやいや、仲が悪いわけじゃないんだ。ただ、立場が違っただけさ。ん?昔の名前のほうがかっこいい…?旅人…お前あとで覚えとけよ…。

 

《シェアしたいこと…》

歌うのって結構楽しくてな。あっ、そういや、俺の誕生日にジンが歌ってくれてな、すごい上手いんだ。今度歌ってもらうといい。ただ、それを見てたバーバラが…いや、この話はしたくない。シェアしたいのにしたくないとは……そんなに聞きたいならまた今度聞かせてやるから。

 

《興味のあること…》

お前達の故郷に興味があるな。何処から来て、どこに向かって、何を成すのか。できればその旅に俺も同行したいもんだな。ああ、無理に言う必要はない。それをこれから知ることも含めて、『旅』ってもんだからな。

 

《ノエルについて・応援》

ノエルは凄い努力家だ。俺の訓練にしっかりついてきてくれたし、それ以外のことでもずっと頑張っている。そのまま、頑張り続けてほしいもんだ。

 

《ノエルについて・心配事》

昔からそうなんだが…ノエルは休息を疎かにするきらいがあるんだ…確かに時には休まず頑張ることも大切だと思うが、できればしっかり休んでほしい…って、まーた掃除してる…。

 

《ジンについて…》

ジンは俺が出会った当初からあの調子で仕事をしてる。たまに酒場に来てくれるが、最近じゃ、俺がジンの仕事を手伝ってるんだ…いま、大量の書類を抱えてジンが通ったような…?

 

《ウェンティについて…》

バルバトス?あぁ…あいつは昔から酒が好きでな、あんな感じでよく飲んだくれてる。ただ、ムードメーカー的な存在でもあって、何回も俺を助けてくれた。感謝しかないよ。

 

《鍾離について…》

モラクス?あぁ…宣言通り、500年間待っててくれたよ。まぁ、その実立場としては岩王帝君からただの凡人になってるみたいだけどな。ただ、モラクスは腐ってもモラクスだ。そこのところは忘れずに覚えておくといい。

 

《雷電将軍について…》

雷電将軍?ああ、眞と影か。あの二人は本当に上手くやってると思うよ。仲も良いし、政務の方も完璧だ。

 

《雷電影について・感謝》

影は…昔から眞の影武者として生きてきていたが、3年前からは一人で慣れない政務をなんとかしてこなしていた。尤も…稲妻は幕府という体制があるからすぐに滅ぶことはなかったはずだが…それでも眞や稲妻の民を護ることができたのは彼女の功績が大きいだろう。本当に昔から…なんだかんだで仲間内には優しいやつなんだよな。

 

《雷電影について・贈り物》

最近、影が俺によく贈り物をしてくれるようになっててな…全部取っておいてるんだが俺もお返しをしなきゃいけなくてさ。最初は自分で選んでいたんだが流石にネタも尽きてきたから…なんかいい案ないか?

 

《草神について・マハールッカデヴァータ》

マハールッカデヴァータか…彼女は知恵の神と呼ばれていて世界樹に記録されているあらゆる情報を見ることができる。バルバトスやモラクス、眞や影の次に懇意にしていた神だな。彼女が死んだと聞いた時はかなりショックだったが、仕方がないのだろうけどな。

 

《草神について・クラクサナリデビ》

クラクサナリデビはマハールッカデヴァータの後に見つかった草神らしいな。俺はまだ会ったことないが…新しい草神がどんな存在なのか…そして何を求めるのか。少し楽しみではあるな。

 

《氷神について…》

彼女のことか?あー…あんまり、俺は好きじゃないっていうか、苦手というか…まぁとにかく、反りが合わなくてな。彼女の考え方と俺の考え方が根本から合ってないのかもな。彼女についてはその関係であまり詳しくはないんだ。

 

《ガイアについて…》

ガイア・アルベリヒ。中々食えない男だが俺は懇意にさせてもらってるぞ?あいつの情報に加えて…いや、これは本人の口から聞いたほうがいいだろうな。

 

《ディルックについて…》

ディルック・ラグヴィンド…ガイアとは義兄弟だったと聞いている。何があったのかは俺も知らないが、長年一緒にいたはずの義兄弟がたった一つの出来事で離ればなれになるのはとても悲しいことだ。ただ…俺は完全に袂を分かったわけではないと思っている。

 

《バーバラについて…》

バーバラか…あの子も結構苦労している。幼い頃に大好きな姉と引き離され、そのままだからな。ただ、お互いにお互いを想っているようだから、時間の問題だとは思う。あの二人がまた姉妹として幸せに過ごせることを俺は祈ってるよ。ただ…ことあるごとに俺とジンを一緒にさせようとしてくるのはやめてほしいな。反応に困る。

 

《ディオナについて…》

ディオナ…?あいつ、今いないよな?昔、俺の酒を飲めない体質について色々研究されかけたんだ…全く、今思い出しても寒気がする、って、後ろ?いや、旅人、頼むから冗談は…あっ。

 

《タルタリヤについて…》

ああ、ファデュイ執行官第11位、『公子』タルタリヤだろ?最近手合わせをせがまれて困ってるんだ。最初はボコボコにしてやってたんだが、あいつ、性懲りもなく来るからな…だが、中々の武力を持っていることは確かだ。まぁ…黄金屋で手合わせしたからそれは言うまでもないか。

 

《刻晴について…》

彼女の考えは中々面白いな。モラクスの考え方を完全に、とまではいかないがかなり否定している。なんだかんだ彼女とは仲良くはなったが…仕事の手伝いをさせるのはやめてほしいな。そのせいで璃月の内情に詳しくなってるんだぞ?なんかもう国賓みたいな扱いにされてるんだよ俺。

 

《凝光について…》

とにかく富豪である、とこの一言に尽きるな。彼女の商才は凄まじいし、俺も彼女ほどの商売上手は見たことがない。中々侮れぬ人物と言えるだろう。まぁしれっと気に入られているから、話したければ俺から仲介も多分できるからな?

 

《甘雨について…》

甘雨?ああ、丸っこかったあの…ああ、いや今は凄いスリムだったな。彼女は半仙だが、長い時を生きていることには変わりない。そしてその経験もまた豊富だ。きっとお前も世話になることがあるだろう。

 

《夜蘭について…》

夜蘭は何かと俺をからかってくるな。気配を隠して後ろに立つものだからかなりびっくりするんだよ。しかも警戒を解いた瞬間にだな…ん?後ろ───うわぁっ!?

 

《八重神子について…》

あの小さかった狐が宮司になっていたと聞いたときはかなり驚いたな…ん?あぁ、いや、昔から俺の足の周りを回っては頬擦りしていたのを思い出してな…いや、なんというか不思議な感じだ。やっぱ皆成長してるってことなんだろうが…え?後ろ?うぎゃーッ!!

 

《神里兄妹について…》

あの二人は稲妻においても重要な存在だろうな。以前はかなり警戒されていたんだが…最近は少しだけ信頼してくれているらしい。ん?時々、綾華が俺によくわからない目を向けている?旅人といる時に限って?ん〜…なんでだろうな…心当たりはないな。

 

《アガレスを知る・1》

なんか困ってることはあるか?え、話の相手をしてほしい?ッハハ、お安い御用だ。何を話したい?昔のこと、最近のこと、何でもござれだぞ?

 

《アガレスを知る・2》

なになに?アガレスさんは普段手伝ってくれるけど、楽しいの?ってか?ああ、俺は誰かの役に立つのが好きなんだ。これは…昔からなんだ。

 

《アガレスを知る・3》

うーん…この料理は中々旨いな。誰が作ったんだ…って、お前が?へぇ!中々やるじゃないか。これは俺の知っているレシピも教えなきゃならないな。

 

《アガレスを知る・4》

昔、俺が救うことができなかった人達の声が聞こえることがあるんだ。でも、怨嗟の籠もった声は一つもない。全部俺を応援してくれる声なんだ。その声を聞く度に、皆の分まで頑張ろうって思えるよ。

 

《アガレスを知る・5》

全ての元凶は『終焉』とカーンルイア、その関係性にあり…そしてその原因の一端も俺にあった。俺はその影響が全世界に及ぶのを防ぐために、自分を犠牲にしたんだ。もう誰にも、傷付いてほしくなかった。カーンルイアの民にも、それ以外の民にも…こんな話されても困るよな、忘れてくれ…ん?聞きたい?お前は物好きだな…こんな話で良ければ幾らでも聞かせてやろう。

 

《アガレスの趣味…》

趣味?ああ、俺は一人でキャンプをするのが好きだな。ただ…うん、広い意味で言うと楽しいこと、だな。皆と何かをするのが、俺にとっては一番楽しいことなんだ…これは秘密にして欲しいんだが、実は稲妻の娯楽小説が好きでな…特に恋愛小説はいいぞ、って旅人?何処に行くんだ?おい、旅人!?

 

《やってみたいこと…》

やってみたいことか…そう言えば、俺が料理がそれなりに得意だってのは知ってるだろ?だから将来、何処かで飲食店とかカフェとか…そういうのを経営出来たら面白そうだな、とは思ってるよ。

 

《アガレスの悩み…1》

最近、なんか女性からの目が怖いときがあるんだ。特に影とノエル…まて、旅人、他にもいるというのか?

 

《アガレスの悩み…2》

悩みといえば悩みと言えるんだが…最近、バルバトスがやたらと酒を飲ませてくるんだよ。俺が飲めるようになったから、というのはあるんだろうが…できる限りやめてほしい。慣れてないからな…。

 

《好きな食べ物…》

まぁ好き嫌いはしないが、特に好きなのは鶏肉のスイートフラワー漬け焼きだな。甘じょっぱくてな…あれがたまらないんだよな…。

 

《嫌いな食べ物…》

嫌いな食べ物かー…いや、前は酒が嫌い、というか飲めなかったんだが…いや、最近バルバトスに飲まされすぎて嫌いになりつつある。やはり節度を持った飲酒が一番だな。

 

《誕生日…》

誕生日おめでとう!朝から驚かせてすまないな。今日は空いてるか?空いてるなら俺と一緒に少し出掛けないか?勿論、退屈させるつもりはねぇよ?こんなこともあろうかと、色々手配してあってな。色んなところを回るから、覚悟しておけよ?

 

《突破した感想・起》

おっ、力が増したな…なんか不思議な気分だな。なんというか、鍛錬もしていないのにこんなに強くなってしまっていいのか…?

 

《突破した感想・承》

これで、より多くの人を救える…礼を言おう。この際鍛錬しなくてもいい気がしてきたのは秘密だ…って、口に出てるなこれ。

 

《突破した感想・転》

ここまで成長できるとはな…旅人、お前のお陰だな。この力があれば終焉だって止められるかもしれないな。

 

《突破した感想・結》

昔とは比にならない程の力を感じる。この力があれば、俺はお前たちを護ってやれる。旅人、俺のこの力、その全身全霊を以てお前と、お前の大切な物を必ず護ると誓おう。

 

その他ボイス

 

《元素爆発1》

あんまり使いたくないんだがな…ま、やるしかないか。

 

《元素爆発2》

しょうがない、か…悪いが消えてくれ。

 

《元素爆発3》

元素爆発…終焉之神。

 

《宝箱を開ける1》

へぇ、それなりにいいもんがありそうだな。

 

《宝箱を開ける2》

収入は間に合ってるし、お前がもらっていいぞ。

 

《宝箱を開ける3》

塵も積もれば山となる…か。日々の積み重ねは大切だぞ。

 

《HP低下1》

まだまだ…ここからだ…!!

 

《HP低下2》

中々キツイ戦いだな…ま、やるしかないけど…。

 

《HP低下3》

ここで退くわけにはいかないんだよ…!!

 

《仲間HP低下1》

大丈夫か?助けに来たぞ。

 

《仲間HP低下2》

護るのは俺の本分だぞ?任せとけ。

 

《戦闘不能1》

ッ…はは、ここまでか…。

 

《戦闘不能2》

…まだ、護るものが…あるというのに…ッ。

 

《戦闘不能3》

始まりがあれば終わりもある…それが、今だったというだけのことだ…。

 

《ダメージを受ける》

おわっ!?

 

《重ダメージを受ける》

ッ…やるな…!!

 

《チーム加入1》

今回の依頼内容は?…なーんてな。

 

《チーム加入2》

お?ようやくお呼びがかかったか。

 

《チーム加入3》

よし、やるか。



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第128話 問題は目覚めと共に

今回あとがきによくわからんおまけがあります。

ついでに、本編で若干のキャラ崩壊があるかもしれません。ま、ご愛嬌ということで許してくれたらちょんまげします(?)

アガレス「お前…『許してちょんまげ』ってもう古いんだぞ?知らんのか?」

いや、知ってるけどさ、いいじゃん別に。古いからって使っちゃいけないって法律あるんですか〜?お馬鹿さんですか〜?プークスクス。

アガレス「口悪いの良くないぞ○ね」

良くないッて言葉を一旦辞書引きしたほうがいいと思う。

ということで本編どうぞ(?)


どれくらい経ったのかは不明だが、俺は目を覚ます。旅人とパイモンの声ではなくベッドの上だった。

 

「…知らない天井…ではないな。よく知っている天井だ」

 

随分と長く眠っていたのか俺の肉体の傷は完治していた。まぁただ水元素で癒やされただけかもしれないが。俺はベッドから起き上がると普段の格好になってドアを開けた。

 

「…やっぱり、救民団本部だよな」

 

久し振りに帰ってきた感覚だ。層岩巨淵にはなんだか物凄く長く滞在した感覚があったから事実地表に来るの自体が久し振りかもしれない。

 

「…時間は14時、順当であれば救民団には誰もいない、よな」

 

依頼があるはずだからこの時間帯は誰もいないはずだ。

 

と、思って下に降りると会話が聞こえてくる。

 

「───わああ、やっぱりいつ来てもノエルの料理は美味しそうだよな〜」

 

「本当、ここまでの物を見るのは久し振りだわ。私は普段会食とかもしないし」

 

「パイモン、まだ食べちゃ駄目だよ?ノエルが席に着いてからだからね?」

 

「わ、わかってるぞ!!決して、待てないわけじゃないんだからな!!うう…でも美味しそうだぞ…じゅるり」

 

この声は旅人にパイモン…そして、あまり聞き覚えのない声だがしっかり覚えている声だった。俺は下にそのまま下って食卓を見ると、いち早く俺に気が付いたらしいここにいるはずのない女性───夜蘭がこちらを微笑みながら見ていた。

 

「あら、起きたのね。3日間も眠っていると聞いたから随分と怪我が多いと勝手に思っていたのだけれど」

 

若干皮肉っぽい言葉に俺は苦笑を浮かべながら食卓へ向かう。

 

「それなりに多かったが見ての通り完治したよ。お陰様でな」

 

俺の声に驚いたらしい旅人とパイモンがこちらを見て目を剥いた。ついでに、台所の方と、そしてソファがある方角からもドタバタと音が聞こえた。ノエル以外にも誰かいるようだ。

 

「あ、アガレスさん!もう大丈夫なの!?」

 

「ああああアガレス!!全然起きないから死んじゃったかと思ってたぞ!!」

 

旅人とパイモンが俺の体をペタペタと触りながら異常がないか確認しつつそう言った。俺は固まって動けなかったが問題ないことをなんとか伝えて二人に離れてもらった。

 

少ししてからノエルがとてとてと走ってきた。

 

「あ、アガレスさま!!」

 

そのまま俺の体をぺたぺた触ろうとしたので俺は止めつつ苦笑する。

 

「そのやり取りはさっきした。問題ないから安心してくれ…というか、心配かけてすまなかったな」

 

俺のその言葉にノエルは緊張が解けたのかぺたんとその場に座り込んだ。本当にかなり心配をかけてしまったらしい。俺は座り込んでしまったノエルを横抱きに抱えてソファに座らせた。

 

座らせた瞬間、背後から衝撃を感じた。俺のお腹あたりに手を回されているので抱きつかれているとわかった。

 

「なんというか…うん、心配を皆にかけまくったのはよくわかった。だから影、少し離れてくれないか?」

 

俺は後ろから抱きついてきた影に向けてそう言った。

 

 

 

さて、食卓に座った俺は一先ず俺は状況を整理することにした。

 

「それで、夜蘭はなぜここに?」

 

俺は夜蘭にそう問いかけた。ある程度予想はつくが、俺はそう問いかけた。夜蘭は苦笑すると俺のすぐ横を指さして、

 

「その前に…それ、なんとかしなくていいの?」

 

そう、俺の右腕には今、影が抱きついている。中々離れなかったので折衷案としてこうしているのだ。まぁ、俺も幸せであることは言うまでもないのでどうにかしようとも思わない。

 

そのため、俺は夜蘭の言葉に首を横に振って、

 

「影のことは気にしなくていい。それで、モンドまでわざわざ何をしに来たんだ?」

 

俺は影の頭を撫でながら夜蘭に視線を向けた。夜蘭はいよいよ気にしないようにして話し始めた。

 

「あなたならわかっていると思うけど、依頼の首尾を聞きに来たのよ。あなたがボロボロになって帰って来たから本人に直接事情を聞いたほうがいいと思って」

 

夜蘭が来たということは勿論そういうことだろう。まぁ、怪我人を遠い璃月まで赴かせるわけにはいかない、という凝光なりの気配りだろうな。今度何か手土産を持って行くとしよう。

 

さて、夜蘭はアビス教団のことも知っているだろうし恐らく全部話してしまっても問題はないだろう。

 

「層岩巨淵に入り込んでいたのはアビス教団の奴だ。勿論、捕らえられていた沐濘は救出して、潜り込んだヤツは撃退しておいた」

 

アビス教団の手の者だと聞いた夜蘭は驚いたような表情を浮かべたが、すぐに得心がいったのか顎に手を当て考え込みつつ、

 

「…私でも痕跡を追えなかったから普通の間者ではないと思っていたけれど…まさかアビス教団の者だったなんて…」

 

夜蘭は席を立つと、

 

「アガレス、悪いけど私はすぐに璃月へ帰るわ。諸々の対策を立てなきゃいけないから」

 

そう言ってそのまま玄関へ向かい、ドアノブに手をかけ開く。出て行く直前にひょっこり顔を出すと、

 

「そうそう、快復おめでとう。それと、ノエルさんだったわよね、お料理美味しかったわ。それじゃ」

 

そう言って微笑み救民団本部を出て行った。報告としては多分問題ないし後は夜蘭がなんとかしてくれるだろう。どちらにせよ、俺は今動けないからな。

 

「取り敢えず…ノエル、飯を貰えるか?流石に腹が減った」

 

夜蘭を見送った俺は嬉しそうにしているノエルにそう言う。すると、ノエルはこちらに視線を向けて微笑む。

 

「はい、お任せ下さい。お粥をお作りしますね」

 

そう言ってキッチンへと戻っていく彼女を見つつ、物思いに耽る。

 

俺が復活して初めて出会った人間の少女であり…俺を孤独感から救ってくれた存在でもある。出会った頃とは打って変わって、俺がいなくても充分生きていけるくらいに逞しく成長してくれた。一つだけ心残りがあるとすれば…俺のために彼女の夢だった西風騎士を辞めさせてしまった、ということだな。

 

彼女は気にしていないようだったが恐らく強がりだろう。だからこそ余計に申し訳無さが俺の心の中で膨れ上がる。

 

「…今からでも問題ないとは思うがな…彼女がいなくては救民団も回らんだろうし…」

 

「…アガレス?」

 

俺の右腕に抱きついたままだった影が俺の顔を見ながら怪訝そうに首を傾げている。俺はそんな彼女の頭を軽く撫でると、微笑みながらなんでもない、と告げる。

 

「で、旅人。層岩巨淵の探索はどうなったんだ?」

 

影が俺の左手を離してくれなかったので頭を撫でたままになっているが構わず食卓に座っている旅人に問いかけた。旅人は少し考えるように首を傾げると、

 

「多分一番奥まで行けたと思う。ドラゴンスパインにある寒天の釘と似たようなものがある大きい空洞の奥はなさそうだったし」

 

なるほど、と俺は納得した。確かに3日間も眠っていたら最奥まで辿り着けるよな。

 

まぁそれにしても、寒天の釘のようなものが層岩巨淵の奥にあった、というのは驚きだ。ドラゴンスパインには失われた文明があるし、層岩巨淵の地下にあった文明も…もしかしたらそこと関係があるのかもしれないな。

 

「まぁ細かいことはいいか…今はゆっくり休みたい気分だ」

 

影の頭を撫で続けているので左手は休まっていないが心はかなり落ち着く。影も幸せそうに頬を緩めているので元気になってくれそうだ。

 

それはともかく、俺の言葉に対して旅人とパイモンは顔をそれぞれ見合わせて苦笑いを浮かべた。影の頭を撫でている手を見ていたので、休めていないと思われているらしい。

 

「まだまだ甘いな」

 

「え?空気の話?確かに影とアガレスさんがいる空間は大体甘いよね」

 

「そういう意味じゃない」

 

「アガレスさま、お待たせいたしまし、た…?」

 

ノエルが笑顔でお粥を運んできたのだが俺が影の頭を撫でているのを見た瞬間固まった。勿論、お粥は落とさずにしっかり持っている───いや、お盆からミシミシと音が鳴っている。

 

どうやらしっかり持ちすぎているようだ、と俺は白目を内心剥きながら思う。

 

「アガレスさま、その方と随分と距離が近いですね…前に仰られていたご友人ですか?」

 

「う、ウンソウダヨ…」

 

ノエルの不思議な圧に俺は目を逸らしながら答える。まさか友人どころか両思いとも言えず俺はただ冷や汗を流すことしかできない。

 

神を萎縮させるほどの圧を出せるようになったのかノエル…割と真面目に彼女を鍛え始めた時魔神を倒せるくらいに…という冗談が現実味を帯びている気がする。

 

ノエル…こんなに立派になって(白目)。

 

さて、萎縮している俺とは裏腹に影は先程までの嬉しそうな表情とは一転して凛とした表情を浮かべている。

 

「はじめまして、先程は自己紹介が遅れ申し訳ありません。わたくしはノエルと申します」

 

普段よりずっと不思議な圧を帯びているノエルのその言葉に対しても尚、影は凛とした様子を崩さずに告げる。

 

「私は…私のことは影と呼んで下さい」

 

「影さま、ですね。影さま、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「その前に」

 

影がノエルの言葉を遮って俺に視線を向ける。視線の意図がわからず首を傾げていると影が俺の右腕から離れ、今度は右腕だけでなく上半身に抱きついてきた。

 

「ちょッ!?」

 

俺は顔が熱くなり頭が真っ白になって何も考えられなくなった。

 

そんな中、影はノエルに宣言する。

 

「アガレスは渡しません!!」

 

影の言葉にノエルはその視線を一層厳しくし、旅人達はこっそり玄関から逃げようとしている。

 

少し冷静になってきた頭で俺は現状を分析し、そしていつぞや稲妻城でも同じようなことが起こったのを思い出した。

 

つまるところ…これは修羅場というやつである。




拗らせノエルさんvsお惚気影ちゃん、そして爆散するアガレスと旅人達、果たしてどうなってしまうのか!?

次回、忘れ去られたもう一柱の神、『修羅場は続くよどこまでも』

お楽しみに!!

あとがきにおまけがあると言ったのにまえがきの方が長いってどういうことなんでしょうか。

追記 : 普段は救民団本部で住み込みで働いているアンとヴィクトルですが、この時だけ璃月支部に逃げてます。まぁ、アン曰く「嫌な予感がしたから」だそうです。まぁ当然、璃月で拘束されていたのを脱獄してますからね。夜蘭姉さんに見つかったら当然捕まっちまいますよ。


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第129話 修羅場は続くよどこまでも

次回は…どうしようかな、考えてないですこの作者。


さて、どうしたものか。

 

「───ですから、アガレスさまはわたくしのことをここまで育て上げて下さったんです。それはもう愛情と熱意を沢山注いでいただきました」

 

「そうですか。私は数千年来の付き合いがありますしアガレスの考えていることはある程度把握しています。勿論、愛情も友情も色々な思い出も沢山貰いました」

 

「それを言ったらアガレスさんは私の旅の終点まで着いてきてくれるって言ってたし、愛情なら充分私にも注がれてると思う。一杯助けてくれたし」

 

何故一人増えたのか、そう思いつつ遠い目をする俺の疑問に答える者は───

 

「アガレス…オイラは、元々お前が鈍感だったのがいけないと思うぞ。今までの行動を振り返ってみろよ」

 

そうパイモンである。元々はノエルと影の戦いだったのに何故か逃げようとしていた旅人も参戦してしまったためパイモンが俺のところにいるのである。尚、影に頼み込んで離してもらい、今は食卓から離れたソファに座ってお粥を食べている。

 

パイモンは俺のことを呆れたような、或いは心配そうな目で見つめている。いや、綯い交ぜになっている、といった方が正しいかも知れない。

 

「…そうは言っても恋愛とか俺には無縁な話だと思っていたし仕方がないと思うんだが…」

 

俺の言葉にパイモンは首を横に振った。

 

「アガレス、オイラは旅人の近くにずっといたからわかるけど…自分がピンチな時に絶対的な安心感を持って現れて颯爽と自分を助けてくれて…しかも何度もそれをするんだぞ?」

 

「…なるほど、俺知らず知らずの間にやらかしまくってるなじゃあ」

 

恋愛対象、ということで一旦男性陣は除外して女性陣だけ考えていくことにして俺は少し考える。

 

えーと…一周目はそんなことはないが今回に関しては…まず『八神』の皆を助け…中でも影や眞を裏から手助けしていたし…復活してからはノエルを何度も助けて育て上げて…その後はジンも助けたな…?

 

黒い焰事件というとある事件では緑髪の少女とアンバーの手助けもしたが…その辺はイマイチよくわかっていない。緑髪の少女は無事だが以来話していないからな。

 

その後は衰弱していたエウルアのことも助けて…ジンとの付き合いがあった中でバーバラにも色々教えて助けて…旅人のことも何度も助けていくことになって…。

 

モンドだけでもこんなに?

 

「ふざけてるな」

 

「あ、アガレス?そんな怖い顔しなくても…オイラが悪かったぞ…」

 

俺の考えが口に出ていたらしく、そして視線の先にパイモンがいたらしく俺を見ながら涙目になっていた。どうやら自分の行動に苛立っていたのが表情に出てしまったようだ。

 

「いや、パイモンに怒っているわけじゃないんだ。自分の行動に腹が立っているだけだ」

 

「ど、どういうことだよ…?」

 

「詳しく聞かせてやるからちょっと耳貸してくれ」

 

俺はそのまま、食卓で行われている戦争が収まるまでパイモンと色々と談笑することにしたのだった。

 

 

 

一方食卓を囲んで行われている戦争(笑)は激化の一途を辿っていた。ノエルは頬を膨らませながら、蛍は苦々しげな表情を浮かべながら、影は少し微笑みながら1時間以上も未だに言い争いを続けていたので、いい加減戦いが終わらなさそうなのを察知した俺が割って入ることにした。

 

因みに俺の話を聞かされたパイモンは絶望の表情を浮かべて固まったままである。これから俺の身に降りかかるであろう火の粉的なものを想像してしまったようだ。

 

事実フラグは立ちすぎている。俺も現実逃避したくなるくらいには。

 

「皆、休みたいから少し静かにしてくれないか?」

 

俺はどうやって声をかけるか迷って最終的にそう告げた。勿論俺はつい一時間半ほど前まで眠っていたので三人共俺を心配していたわけだからこれで止まってくれると考えたのだ。

 

「あ、そうだよね…ごめん」

 

俺の言葉に一番早く反応したのは旅人だった。しかし影とノエルは少し俺から遠い位置にいたためか声が聞こえていないようだ。三つ巴の戦が終わり旅人が戦線離脱、ノエルと影の一騎打ちが行われている。

 

「わたくしはアガレスさまのメイド兼一番弟子です。璃月ではわたくしに重要な役割を頼んで下さいましたし、かなりの信頼を寄せてくれていることは確かだと思うんです!」

 

「それは間違いないと思いますが恋愛感情としては別だと思いますよ。それに、信頼と言うのならばアガレスは私に体を預けてきますからね。心を許している証拠です」

 

「か、体を預ける…はわわ、は、はれんちです…ですが、わたくしもアガレスさまを背負った経験があります!以前アガレスさまが倒れられた際にお部屋まで運んだのはわたくしですし…!」

 

「私はデートもしてもらいました。彼の今までの軌跡を彼自身から教えてもらって…移動するときは…その、お姫様抱っこというものをですね…」

 

あれ、本当にこれ戦ってる?なんて思うのも無理はない。どちらも顔を赤くしながら少し頬が緩んでいるのだ。なんだか両方惚気けているだけのような気がしてきたがノエルは若干拗らせているような気がする。勿論、色々な意味で。

 

俺は彼女達の様子を見て溜息を大きく吐いた。その溜息を横で聞いていた旅人が苦笑しながら呟いた。

 

「稲妻に私が来たばかりの頃も影はあんな感じだったよね」

 

その言葉に復活したらしいパイモンがうんうん首肯きながら同調した。

 

「そうだよな…まぁ、オイラ的にはアガレスは料理も上手だし、優しいし、安心感も凄いあるよな。高身長でイケメンだし〜」

 

先程まで旅人の言葉に同調していただけだったパイモンが突然俺を始めたので俺は慌てて手で制した。

 

「なんで突然そんなに褒め始めたんだ?旅人も首肯くな」

 

止まったパイモンにそう聞いている間に旅人が先程のパイモンの言葉に首肯き始めたのでそう告げたのだが、

 

「事実だよ?」

 

旅人は本心からそう思っているようで首を傾げながら何言ってるんだこの人みたいな眼差しを向けてきた。

 

「やめろ、首を傾げるな。まるで俺が間違っているみたいな反応はやめろ」

 

俺はその旅人の眼差しを真正面から受け止めきれずに目を逸らしつつそう言った。そして逸らした先ではノエルと影の顔がドアップになった。どうやら旅人とパイモンの話が向こうにまで届いていたらしい。

 

「パイモン」

 

影がパイモンに声をかけた。パイモンはビクッと肩を震わせて旅人の後ろに隠れた。旅人もかなり焦っている様子だったが、影は特にパイモンを咎めるようなことはせず寧ろ、

 

「ええ、わかります。アガレスは昔から料理が上手なんですよ。ですから稲妻城に来た時に何かとご飯を作ってもらっていました。薄々私が何もないのに稲妻城に呼んでいることも気付いていたはずですがそれでも呼んだら来てくれるんです。そういうところは本当に優しいですよね。他にも───」

 

早口でそう捲し立てている。旅人はなんとかパイモンを犠牲にして逃げていたようだが今度はノエルに捕まってしまったようだ。

 

「旅人さま…その、先程仰っていたアガレスさまについてのことなのですが…アガレスさまから教わった料理のレシピは沢山ありますしそのどれも美味しいんです。わたくしの作るものよりもずっと美味しくて…しかもわたくしにわからないことがあっても、或いは失敗しても根気強く色々と教えていただきました…とてもお優しいというのはよくわかります。他にも───」

 

こちらもこちらで早口、ではないが旅人に有無を言わさず話しているようだ。普段なら絶対に有り得ないので恐らく気が動転しているのだろう。

 

「ただいま…って、あら…目が覚めてたのね」

 

そんな中、エウルアが救民団本部に帰ってきて俺を見ながら驚いたような、安堵しているような表情を浮かべた。丁度良いので俺は機を見計らってエウルアと共に救民団本部の外へ出た。

 

「ちょっと、どうしたのよ、随分強引じゃない。この恨みはしっかり覚えておくから」

 

若干急いだため少しだけ荒っぽくなってしまったからか、エウルアはムスッとしながらそう言った。とはいえ俺はいいタイミングで帰ってきてくれたエウルアに感謝しかない。

 

「いや、助かった。礼を言うよ」

 

俺はエウルアに若干苦笑しながらそう告げた。言われたエウルアは、というと仕方ないわねと言って許してくれた。このままだと俺が急いでいた理由を聞かれるのですぐに話題を変えることにして口を開く。

 

「以前モンドに帰ってきたときはゆっくり見て回れなかったし…折角だ、エウルア、一緒に見て回らないか?」

 

俺の言葉にエウルアは虚を突かれたらしく目を大きく見開いていたがやがて顔を背けると小さい声で呟いた。

 

「…私は別に、毎日モンドを駆け回ってるんだから一緒に見て回る必要はないけど…あなたがどうしてもって言うなら仕方がないわね…一緒に見て回ってあげてもいいわ」

 

この後滅茶苦茶モンドを見て回った。

 

尚後日、影にエウルアと二人でモンドを見て回ったことを問い詰められて一日中一緒に過ごすことになったのは…この時の俺はまだ知る由もない。




アガレス、爆散せず───



アガレス「爆散しなくて良かっただろ…え、良かったよな?頼むから爆散してほしかったとか、そういう風に思っている読者様とかいないよな?」

いないよ多分。別にリア充爆散しろとか思ってないだろうし(謎にいい笑顔)。

アガレス「…やばい、寿命で死ぬ前に読者様に轢き潰されるかもしれない…」

という謎茶番でした。割と真面目に考えると…アガレスって結構フラグ立ててますよね〜、まぁ私のせいといえばそうなんですがね…ハハハ。


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第130話 休養とお見舞い①

お見舞いでゆったりテコ入れ(大嘘)

書きたいから書く…ただそれだけだ!!

アガレス「そうは言うけどどんどん幕間が長くなってるぞいいのか?」

いいんだよ!!皆もきっとゆったりしたアガレスみたいでしょ!!いや、私が見たい!!

アガレス「…えぇ」

という中で執筆した話です、どうぞ


俺が目覚めた翌日、と言っても俺は経過観察のため今日一日は自室に籠もっていないといけない。加えて自由に部屋を動き回ることもできず、ただベッドの上でごろごろすることしかできない。というのも…とばかりに俺は横目でチラッと椅子に座る少女を見やる。

 

「…そんな目で見ても駄目です!今日一日は絶対に安静にしてもらうんだから!」

 

ふいっと顔を背けて怒った様子を見せるのは俺のベッドの横で椅子に座っているバーバラだった。怪我だらけの俺の体を癒やしてくれたのも彼女だったらしいので俺は深く礼を告げておいたのだ。まぁ、バーバラにはエウルアと二人でモンドを回っていた際にばったり出会って救民団本部に押し込まれたのだが…まぁ今それはいいだろう。

 

俺はバーバラの言葉に苦笑しつつも同意した。彼女が俺のことを心配してくれているのはよくわかっているので特に思うところはない。

 

そんな中、今日は何人かが救民団本部にやってくるらしい。お見舞いに来る人の内訳は教えてもらえなかったが予定だけはノエルから聞いている。ここから数日はお見舞い祭りらしいし、その辺りは少し…いやかなり面倒だが一応救民団という組織の団長なので色々と責任やメンツもある。

 

…ないか、ないな、ないわ。まぁ今までほとんど気にしたことはなかったが今くらいメンツを気にしてみるのも良いかも知れない。救民団で働いている彼、彼女達のためにもな。

 

「そういえばバーバラ、今日俺のお見舞いに来る人がいるっていうのは知っているのか?」

 

俺は看病をしてくれるらしいバーバラにそう問いかけた。わざわざ教会の行事やらお祈りやらを全て休んで看病をしてくれているようだがノエルからどの程度聞いているのだろうか。俺からそう聞かれたバーバラはキョトンとしている。どうやら知らないようだ。

 

そのまま少しバーバラと談笑していると、不意に扉が二回ノックされたため一旦話すのをやめて入室を促した。

 

やがて入ってきたのはバルバトスと、そしてディルックだった。なんだか意外な組み合わせだな、なんて思いつつ元々備え付けられていた椅子に着席を促した。

 

促したのだが、バルバトスは全く聞き入れてくれずに俺に泣きながら抱きついてきた。

 

「アガレスぅー!!僕がどれだけ心配したと思って〜!!」

 

「俺一応怪我人なんだよね?怪我人に対する行動的にこれはオッケーなの?」

 

「君だったら問題ないだろう、アガレス」

 

「酷くない?」

 

俺は一先ずバルバトスを受け止めそのまま放置しながらディルックを苦笑しながら見やる。ディルックは、というとそれまで無表情だったのが俺の元気な姿を見た途端ホッと一息ついて微笑んだ。

 

「無事で何より。略式的なモノではあるがこれは僕からの見舞いの品だ。遠慮なく受け取って欲しい」

 

ディルックはそう言いながら果物が何個か入った籠を部屋の中にある丸机の上に置いた。俺は軽く礼を言うといい加減暑苦しくなってきたのでバルバトスを引き剥がした。

 

「それで、そんなに長くここにはいられないんだろ?」

 

ディルックは俺の言葉に首肯くと背を向けた。

 

「そうだね、僕にはこの後も仕事が控えている。ここらで失礼させてもらうよ」

 

去り際に少し笑みを作ったディルックはそのまま去って行った。久しぶりに会った気がするのに案外あっさりしたものだな、なんて思いつつ俺はバルバトスに視線を向けて口を開いた。

 

「それで、お前はなんでここにいるんだ?仕事とか色々あるだろうに───「それはね!!アガレスが心配だったからサボったよ!!」よし、帰れ」

 

俺の言葉を遮ってまでバルバトスが冗談を言ったので俺は退室…いや、大聖堂へ帰ることを促した。しかしバルバトスは絶対帰らないと言わんばかりに腕に力を込めている。

 

もう一度言おう、一応俺は怪我人である。そんな俺に対してこの行動はオッケーなのだろうか?

 

それはさておき、本当にバルバトスがサボっていたら今頃救民団にヴィクトリア達教会のシスターが押しかけてきているだろう。それがないということはつまりちゃんとやるべきことはやって来たのだろう。

 

「それよりさーアガレス」

 

バルバトスは俺に抱きついたまま器用に俺の顔を見上げた。俺はそれに対して首を傾げて続きを促すと自分と反対側にある椅子を指さして、

 

「その子ノビてるけど大丈夫かい?」

 

とそう言った。俺が恐る恐るバルバトスの指差す先に視線を向けると、その先にいたのは驚いたまま放心状態になって真っ白になっているバーバラだった。

 

「…見なかったことにしたいんだk「いや駄目でしょ」デスヨネー」

 

俺は仕方なくノエルを呼んでバーバラをリビングのソファで休ませてやるように言った。ノエルは首肯きつつバーバラを横抱きに抱えるとそのまま部屋を出て行った。

 

仕方ないと言えば仕方ないのだが俺を看病するはずなのに看病される側になってどうするつもりなのだろうか?と思いつつ俺がジト目で元凶である男の顔を見ていると、当の本人はわかっていないらしく???の顔で見返された。

 

「バルバトスはどうせ帰らんだろうしこのまま次のお見舞い人を待つとしようか…」

 

俺は溜息を吐きつつそう言った。しかし俺の言い方が良くなかったのか、何故かバルバトスがあざといポーズをしつつ頬を紅潮させた。

 

嫌な予感を感じたが時すでに遅し、口を出た言葉は二度と自らの口の中に戻ることはないのだ。

 

「えっ、このまま?えへ、僕達…そういう関係だと思われちゃうね」

 

「ちげーよ離れろ馬鹿、お前に抱きつかれても何も嬉しくないわ」

 

「えー嬉しくないの?あ、わかった、恥ずかしいんだ?」

 

「ああ、恥ずかしいよ。友人がこんなんだと思われることがな」

 

「僕は別に気にしないよ?」

 

「俺が気にするんだが?」

 

なんて言い争いをしつつもバルバトスが全く離れてくれないしなんなら寝ている俺の上に座っている。三度目だが、俺は怪我人である。

 

しかも間が悪く部屋の入口のドアが開き、お見舞いに来た人が入ってきた。

 

「……すまない、邪魔をしてしまったようだ…」

 

お見舞いに来た人───ジンは俺の上に座るバルバトスと俺とを交互に見て顔をボンッと赤くするとそっとドアを閉じようとする。そんなジンを俺は急いで、そして必死に引き止める。

 

「待て!帰るなジン!!今帰ったら物凄い誤解をさせたままになってしまう気がする!!」

 

「えー、誤解じゃないのに?」

 

「お前も変なこと言うなバルバトス!」

 

「すまない、アガレス…風神様がこう言っているから…」

 

「ジンも納得するな!!」

 

などというやり取りを挟みつつ閑話休題。

 

さて、バルバトスはただ今涙目になりながら腫れた頭を抑えて床に正座している。それを苦笑しながら申し訳無さそうに見ているのはジンである。

 

「その、アガレス…風神様は「知らん」だが「知らん」…う、うむ」

 

あの後なんとか俺はジンの誤解を解きバルバトスには拳骨を落とした。ようやくお見舞いらしい話ができそうである。ジンはバルバトスをかなり気にかけているようだったがようやく俺に視線を向けると微笑んだ。

 

「先程のやりとりで安心した。ちゃんと元気だったみたいだな」

 

「そうね、アガレスちゃんが元気そうでお姉さんも嬉しいわ」

 

実はお見舞いに来ているのはジンだけでなくリサもいる。誤解を解いている最中に到着したようでアポ無しらしい。リサに聞いてみたら図書館の本を返してもらいに圧力…ゲフンゲフンお願いをしていたところジンがここに入るのを見たからついでに自分もお見舞いに、ということらしい。

 

俺は二人にもかなりの心配をかけたことを自覚しているのでまずは礼を言った。そしてジンを見ながら、

 

「どうだ?今回はちゃんと挨拶しに来ただろう?」

 

少し笑いながらそう言った。ジンは驚いたように目を見開くと目を伏せて立ち上がった。俺がそんなジンの様子に首を傾げていると、

 

「本当に元気そうで何よりだ。私はまだ仕事が残っているからこれで失礼させてもらう」

 

そう言って部屋を出ようとした。しかし、それを許さない人物がここに一人いた。

 

「あら、ジン。お見舞いの品も渡さないで帰るつもり?」

 

ギクッとジンが肩を震わせて立ち止まった。リサは少し口の端を持ち上げながら腕を組むと、

 

「ジンったらここに来る前にお見舞いの品をどうしようかずっと悩んでたみたいでね。実は最近「リサ」あら、言っちゃいけなかったかしら?」

 

ジンは顔を少し赤くしながらリサの言葉を遮り、そしてそれをリサは慈しむように見つめる。ジンはこほんっと咳払いをすると懐から小包を取り出してフルーツの入った籠の横に置いた。俺がそれを見ながら首を傾げているのを見たジンがそっぽを向きながら説明してくれた。

 

「…その、小包の中身なんだが…セシリアの花の香りの香水だ。手につけて香りを楽しむも良し、自分につけても良し…アガレスにはセシリアの花の香りが似合うかなって…」

 

ジンの言葉を聞いた俺はクスクスと笑う。そんな俺を見たジンは少しムスッとしながら、

 

「…何かおかしいか?」

 

と聞いてきた。俺は首を横に振りつつ笑顔を崩さずに言う。

 

「いいや、ジンが選んでくれたものだろ?何もおかしくなんかないさ。ただ…強いて言うなら嬉しかっただけだ、ありがとう」

 

そんな俺の顔を真っ直ぐ見ていたジンは再びそっぽを向くと、

 

「そ、それでは今度こそ私は帰るから…では、また」

 

そう言ってドアを開いて出て行った。ジンにしては気が動転していたようだが何があったのだろうか?などと考えていると、

 

「アガレスちゃん」

 

微笑んでいるリサに声をかけられた。先程まではジンと俺とを見てニコニコするだけで喋らなかったのだが、何か用があるのだろうか?と思っていると、

 

「さっきの話の続きなのだけれど、ジンったら最近アガレスちゃんが心配で眠れなかったんですって。モンドにアガレスちゃんが運ばれてきた時なんか、ジンにしては珍しくいの一番に仕事を放置して行こうとしたんだから」

 

リサの言葉に俺は驚きを禁じ得なかった。尚、遂に正座をやめたバルバトスは特段驚いていない様子だったので案外知っていたらしい。

 

いや、それはそうか、俺が運び込まれてきたなら間違いなくバルバトスも立ち会っているはず。であればジンの様子を知っていてもおかしくない、か。

 

などと考え事をしていたら今度は勢いよく扉が開いた。リサが扉の方に真っ赤な顔をして立っているジンを見てわざとらしく微笑む。

 

「あらジン、戻ってきたの?何か忘れ物かしら」

 

そう、先程ドアが閉まる直前まで部屋から離れていく足音が聞こえなかったのだ。つまりジンが部屋から離れていないことを意味している。

 

リサもそれがわかっていたからこそあのような冗談を言ったのだろう───

 

「リサ!それだけは絶対に言わない約束だっただろう!!」

 

───残念無念本当のことだったらしく俺の記憶にしっかり組み込まれてしまった。ジンはリサの首根っこを掴むと、

 

「忘れ物を取りに来た!ではまた!!」

 

「あら、ちょっとジン、私はまだお見舞いの品を───」

 

リサの言葉は途中で閉じたドアによって遮られた。俺はバルバトスと顔を見合わせて苦笑する。

 

「信じられるか?まだ二組目だぜ?」

 

「あはは、そうだね…アガレスも休みたいだろうし、僕もお暇しようかな」

 

「わかった、ありがとう。またな」

 

バルバトスは微笑みながらそう言って部屋を出て行く。出て行く直前手を振ってきたので振り返してやると嬉しそうにしてからドアを締めた。先程は誤解を解かされる羽目にはなったが気遣いのできる男…いや、神であることも事実だ。

 

俺は心の中でバルバトスに礼を言いつつ一人になった時間で肉体と精神を休めつつ、次の見舞い人を待つのだった。




二組で…約4600文字ってマジ?

アガレス「よかったなお前の大好きなテコ入れ(笑)ができるぞ」

え、失礼。超失礼じゃん、何?

アガレス「俺、作者アンチ(大嘘)だから…」

え、嘘だよな…嘘だと言ってくれアガレス!!

※アガレスが作者アンチというのは大嘘です。多分…そうだと信じたい。


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第131話 休養とお見舞い②

IFストーリーばっかり書いてたからこっち滞ってたな…やらかしマンボウ(?)

そろそろ話進めなきゃな〜なんて思っている今日この頃


ジンやリサ、そしてバルバトスが帰って一人になった時間で心を休めていると、遂に扉がノックされた。どうやら次の見舞い人が来たようである。

 

因みに先程リサからの見舞い品としてハーブティーをいただいた。渡し忘れていたようで後からノエルに渡してくれたらしい。なんだか気を遣わせてしまったような気がしたが、リサの厚意を無碍にする訳にも行かず、俺はなんだかんだノエルに礼を伝えておくように伝えておいた。

 

それはそうと見舞い人だが、今度は璃月からだった。

 

「アガレス殿」

 

そしてやって来た人物を見て俺は思わず目を見開くと、

 

「重雲…まさかお前が来てくれるとは思わなかった。それに申鶴も」

 

微笑みながらそう言った。そう、見舞い人とは重雲と申鶴のことであり、来てくれるとは思わなかった俺は思わず驚いてしまっていた。そんな俺の様子を見た重雲が申し訳無さそうな表情をしながら、

 

「申し訳ない…本当は行秋も来たいと言っていたのだが…」

 

そう言った。俺はそんな重雲に対して気にしなくて良いことを告げつつ、行秋にもまた今度来てくれればいいことを伝えてほしいことを重雲に伝えた。重雲は然と首肯き、「心得た」と言ってくれた。

 

俺達はそのまま少し談笑すると、そのまま話の流れで重雲が見舞い品を取り出した。見舞い品は数枚の御札だった。俺はその札を手に取って首を傾げていると、

 

「これは僕達方士一族に伝わる護符だ。アガレス殿にはあまり必要ないかも知れないが、力の弱い妖魔を退ける力がある。それとは関係なしに御守りとしても使えるから、なにか役に立つかと思って持ってきたんだ」

 

重雲が少しだけ笑いながら教えてくれた。なるほど、と思いつつ俺はまじまじと護符を見た。俺は方士の術方面には疎いのでこれがどれほど凄いものなのかはわからないが、彼の厚意を無駄にしないようにしっかり持ち歩くことを決めた。

 

「ありがとう、大事に使わせてもらうよ」

 

俺のその言葉に重雲は少し照れつつも嬉しそうに首肯いていた。そのまま申鶴に視線を向け、

 

「さっきも聞いたが、最近は仕事にやりがいを感じてるんだって?」

 

そう言った。

 

層岩巨淵に旅立つ前に一応申鶴とは少し会話したのだが、その時からかなり人間味のある話し方ができるようになってきたと俺は思っていた。沢山の人と接触する仕事なだけに、人と話す機会がかなり多くなったはずだし当然だろう。

 

救民団はコンセプトからしてリピーターは多い。つまり、依頼者の人となりが、仕事を通じてある程度わかってくる。申鶴は人と関わることがなかったからか人を知ることも楽しんでいるように見える。そして、依頼を終えた時に依頼者が見せる笑顔を見ると自分も嬉しくなるようで…といった具合にやりがいを感じているようだ。

 

申鶴は俺の言葉に首肯くと微笑を浮かべた。この調子なら本当にそう遠くない内に赤紐に頼らなくても良くなるだろう。ただ、俺は申鶴についてまだ知らないことがあるだろうし、赤紐云々は留雲借風真君に確認してからの方が良いだろうな。下手なことをして彼女自身の努力を無駄にしてしまうのだけは避けたいし、何より彼女が今の感情を大切にしてくれているのなら赤紐をつけたままでもきっと大丈夫だろう。

 

「それは本当に良かった。留雲のヤツに頼まれたことは…ほぼほぼ達成できたと言えるだろう。友達もできたりしたんだろう?」

 

俺は重雲から貰った護符を近場の机の上に置きつつ申鶴にそう問い掛けた。申鶴はコクリと首肯くと、

 

「その友人に見舞い品について相談したのだが───」

 

───申鶴さんにとってその方はきっととても大切な方なのでしょう。そして恐らくその方にとっても申鶴さんが大切なはずです。ですから、申鶴さんがその方に贈りたいと思ったモノを素直に贈りましょう。勿論、私も手伝いますから!

 

「───そう言われてな…アガレス殿への見舞い品は我が考えたモノだ」

 

申鶴はしみじみと友人の言葉を呟いて、自分で考えて見舞い品を選んでくれたことを明かす。俺は申鶴にできた友人の言葉にどこか感銘を覚えつつ、きちんと申鶴が友人を持てている事に対して自分でも驚くくらい嬉しい気持ちになった。

 

そんな申鶴は自分の足元に手を伸ばすと、何かを手に持った。少し柔らかな香りが鼻腔をくすぐり、俺は申鶴の手元に視線を注ぐ。

 

申鶴からの見舞い品とは、清心のドライフラワーだった。彼女の手には数本のドライフラワーが握られており、そこから先程俺の鼻腔をくすぐった良い匂いが漂ってくる。俺は申鶴からドライフラワーを受け取りつつ、口を開こうとしている申鶴の雰囲気を察して聞く態勢を整えた。

 

「花の香りには、心をリラックスさせる効能があると鍾離殿に教えてもらったから…清心を取り、我の氷元素でドライフラワーを作ってみたのだが…気に入らなかっただろうか?」

 

俺が無言だったからか、申鶴は見舞い品が駄目だったと思ったようで少し落ち込む様子を見せた。俺は慌てて手をブンブン振りながら気に入ったことを申鶴に伝え、かつ礼を述べると適当な花瓶を見繕ってドライフラワーを飾る。部屋の中に清心の香りが満ち、実際に俺の心が休まるのが感じられた。

 

そんな中、怪我人と余り長らく話すのも良くないと思ったらしい重雲が席を立つと、

 

「それではアガレス殿、ここらでそろそろお暇させてもらおう。ゆっくり休養を取ってくれ」

 

そう言った。申鶴も重雲が立ったのを見て自らも立ち上がると、同じように別れの挨拶をする。

 

「ではアガレス殿…くれぐれも体調には気をつけて」

 

「ああ、ありがとう」

 

そう言って二人共部屋を出て行った。仕事もあるだろうし、何より先程述べた通り怪我人と長らく話すのも良くないと考えたんだろうしな。

 

それにしても申鶴も重雲も、色々なことを経験しているのだろう。前に会った時よりずっと良い面構えだった。行秋に会えなかったのは残念だが…その内会いに行くべきだろうな。

 

それはそうと、今日は夕方だし多分もう来客はないだろう。影とかは無理矢理にでも来そうだが、ここ最近は眞に執務を任せきりみたいだし、そろそろちゃんと眞に引き止められる頃だろう。となると本格的に来客はあり得ないかも知れないな。こっからは暫くまた一人の時間ってことか。

 

改めて思うと、復活してから基本的にずっと誰かと一緒だったな。最初はノエル、そしてバルバトスと再会して…西風騎士団の人間とは大体モンドにいる間は一緒だったな。旅人が来てからは旅人と一緒に行動を共にして…璃月では仙人や七星、なによりモラクスとも会って…稲妻は只野達に加えて神里兄妹や九条裟羅、そして何より雷電将軍と一緒だったな。

 

そう考えてみると復活してから既に結構…大体2、3年も経っているのか。長い俺の生の中では勿論かなり短い時間かも知れないが、かなり濃密な時間だったと思えるのは様々な出会いを経験したからだろうな。

 

「一人になると色々なことを考えてしまって良くないな…全く」

 

勿論ネガティブな感情ばかりじゃない。だが、一人寂しくこのベッドに横たわっていると、やはりネガティブな感情が浮かんでしまうのは仕方ないだろう。

 

西側から差し込む夕陽が俺の顔を照らしている。そう言えば、以前申鶴と初めて会った時旅人のお願いをなんでも一つ聞くという約束をしていたな。今度旅人に会った時にでも聞いてみるとして…いい加減暇になってきたな。

 

昔から俺の周りには必ずと言っていい程友人がいた。だからこそ話題にも暇潰しという意味でも困らなかったのだが、残念なことに今は誰もいない。つまるところ、俺は一人の時間に慣れていないのだ。

 

「…そう考えると自分一人の時間っていうのは久し振りだな…稲妻城で過ごした時以来か。あの時は娯楽小説もあったし…って、娯楽小説明日買いに行こう!!」

 

だが、どうしようか考えている時に復活してから初めて稲妻城を訪れた際にも一人の時間が多く、その時にしていたことを思い出した。

 

明日になればバーバラの経過観察も終わるはずだし、稲妻の様子を見に行くついでに娯楽小説も買いに行くことにするのだった。




ということでモンド、璃月組は来ていただきましたが…稲妻組は稲妻でお見舞いしてもらうことにします。

理由?なんとなくだ(?)


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第132話 指輪①

久々登場本編更新!!

アガレス「遅いッ!!!!!」

IFストーリーばっかにかまけてるからこういうことになるんだよ!わかるか!!


次の日、俺はバーバラの監s…ゲフンゲフン、経過観察を終えて稲妻までやって来ていた。勿論風元素で飛んできたわけだが、なんだかんだで元素を扱うのが久し振りだったからか速度に歯止めが効かず、普段より圧倒的に早くモンド稲妻間を移動することができた。

 

そのお陰、と言ってはなんだが、午前中の早い時間に稲妻に到着することができた。因みに色々な人が俺のお見舞いに来てくれたわけだが、俺が怪我をしたとか、そういったことは一部の存在しか知らない。勿論、層岩巨淵での騒動も大体が有耶無耶にされて世間に伝わっているしな。俺から漏らしたりするつもりもないから情報漏洩とかもほとんど心配いらないだろうから、気にする必要はないだろう。

 

さて、旅人やバルバトスに加えて夜蘭やバーバラにも休めと言われている手前戦闘とか疲れることはあまりしないほうが多分良いんだろうな。仮に俺がそういった疲れるようなことをしたとしよう。俺は稲妻で顔が知れているのですぐに噂やらで広がり、ひいては影の耳にも入るだろう。

 

そうなった場合それはもうしこたま怒られること間違いなしだろう。

 

「…ということで、八重堂までやって来たわけだが…」

 

俺は思わず溜息をつくと、眼前で受付席ににこやかに座っている人物へジト目を向けた。

 

「何故お前がいる?」

 

「ふむ、異なことを聞くではないかアガレス殿。妾は八重堂の編集長じゃぞ?いない方がおかしいではないか」

 

その人物───八重神子は今もにこやかだ。だが、どこから聞きつけたのか、そして何故俺がここへ来るとわかったのか本当に謎だ。

 

いや、昔から妖狐なんかはそんな感じだったのを俺は思い出した。困ったことに、彼ら彼女らは大体こんな感じだった。

 

納得したようで納得してないこのよくわからない感情をおくびにも出さず、俺は一先ずここへ来た目的を果たすことにした。

 

「神子、取り敢えず『俺の青春ラブコメがカオス過ぎる件について』の12巻から最新巻までが欲しいんだがあるか?」

 

八重神子に限らず、妖狐と話す時は心中の全てを見通されている気がして少しだけ嫌な気分になることがある。八重神子はそうならないで欲しかったのだが、やはりこうなってしまった。なんというか狐の遺伝子的なものを感じる。

 

「うむ、妾はあくまでも編集長という立場ではあるが、アガレス殿の頼みとあらばそれを売るのも吝かではないぞ」

 

八重神子は常に微笑を浮かべつつそう言った。その言葉に対して俺は溜息を吐きつつ、

 

「いや、普通に売って欲しいんだが。というか今日は定休日だったりするのか?他の従業員が見えんが」

 

そう言った。俺の言う通り、八重神子の他に普段いる従業員の姿が見当たらない。どういうことかを八重神子に問い掛けたのだが、彼女によれば八重堂自体が少しの間休業していたらしい。というのも、少し前に光華(すがたのいろどりさい)容彩祭という稲妻の大きい祭りが開催されていたようで、今日はその振替休日のようなものらしい。

 

そのため普段いる従業員がいないようだが、八重神子が何故か鎮座している。普通におかしいと思うんだが、どういうことなのだろうか。

 

「先程も言ったとおり、本来ならば今日は八重堂も定休日じゃが、アガレス殿がそろそろ来る頃かと思ってのう。こうして待っておったのじゃ」

 

この際何故俺が来ると思ったのか、とか何故待っているのか、とかは考える必要はないだろう。何故知っているかわからないことを知っているのが妖狐というものだ。最早予知能力にも近いような力が備わっているとしか思えぬほどに、こと人間の動きや考えに関しては彼等彼女等の右に出る者はいないだろう。

 

さて、八重神子が意味もなくここに来るわけがないだろう。何と言ってもわざわざ八重堂で待つくらいだ。なにもないなら八重堂に俺が来るとわかっていても放置するはずだからな。

 

俺は先程の小説を買いつつ、八重神子に向けて何の用かを問い掛けた。メタ的にも大体こういう時は厄介ごとが俺に転がり込んでくるのだ。

 

だが、八重神子は目を細めるだけで何も言わない。若干拍子抜けしている俺がいるが、もしかして本当になにもないのだろうか?などと思っていると不意に八重神子の顔に笑顔が戻っていた。

 

「アガレス殿はやはり面倒事にすぐ首を突っ込もうとするのじゃな。安心せい、アガレス殿に頼むことは今の所は存在せぬ。強いて言うなら今度娯楽小説の題材になってはくれぬか?」

 

そのくらいなら構わないが…と思わず了承したが、かなり拍子抜けしている自分がいることに思いの外驚きを隠せなかった。その様子を見た八重神子は笑みを一層深くすると、

 

「変化とは、何者にも平等に訪れるものじゃが…汝だけは変わらぬな。いや、元に戻ったというべきかも知れぬ」

 

そう呟いた。そしてしっしっとばかりに手を振ると、

 

「早う行け。妾はやることがあるのじゃ」

 

そう言った。彼女なりの配慮であると受け取った俺は八重神子に礼を言いつつその場を離れるのだった。

 

〜〜〜〜

 

「はぁ…アガレス、大丈夫でしょうか」

 

稲妻城の天守閣、その一室にて影は布団にくるまりながらそう呟いていた。勿論、その一室とは影の自室───ではなく、かつてアガレスが稲妻に復活してから初めて訪れた際に使用していた部屋である。そして布団は洗濯はしているもののアガレス以外がこの部屋に足を踏み入れたことはない。影と八重神子、そして間者くらいのものである。

 

そのアガレスが使っていた布団だが、影は寂しくなると時偶このようにしてアガレスの布団にくるまっていた。

 

「今はまだモンドで療養中でしたか…?そう言えば神子が今日は多分稲妻に来ると言っていましたが…本当でしょうかね」

 

影はそう呟いて何度目かわからない溜息を吐いた。

 

本当なら、影はずっとアガレスと行動を共にしたいくらいだった。500年前終焉を止めた時然り、先のアガレスの寿命騒動然り、アガレスが辛い時に側にいられない自分に少しだけ嫌気が差していた。

 

しかしアガレスとは異なり、自分は稲妻と眞を守らねばならず、お世辞にもアガレスとずっと行動を共にすることはできなかった。そしてそれをすればアガレスに余計な心配をさせてしまうこともわかっていた。

 

だからせめて辛い時くらいは自分を頼って欲しい、と影は心中では思っている。ただ、アガレスがあまり他人を頼ろうとしないことも知っている。その根底にある自らの友人達を大切に想う気持ちも理解している。だからこそ、自分もその重荷を少しでも背負ってあげたいと思っているわけだが、素直に言い出せればどれほど楽だろうか、と影は布団の中で頭を抱えるのだった。

 

〜〜〜〜

 

八重堂を離れたはいいが稲妻には救民団がなく、自分一人で寛げる場所というものがない。強いて言うなら稲妻城に自分の部屋を貰っているが、行ったら影に突撃されるだろう。別に嫌なわけではないし、何より嬉しいが心配をかけすぎてしまった手前会うのが少し気不味くはある。

 

「…いや、違うな」

 

これは言い訳だ。疲れるかも知れないとか、ゆっくりできないかも知れないとか、そういう理屈を抜きにしても影に会いたいという気持ちのほうが勝っている。

 

ということで俺は稲妻城まで久し振りにやって来た。ちょっとだけ天領奉行所にいる只野達の所にも顔を出してから久し振りに天守閣に入った。

 

久し振り、とは言っても対して間が空いたわけではないので、城内ですれ違う人にお辞儀やら敬礼やらをされる。一応地位的には雷電将軍の一つ下で、かつ奉行より上だ。名実共に稲妻のNo.2というわけである。

 

俺は敬礼やお辞儀を返しながら一旦久し振りに自室へとやって来た。勿論誰かがいるわけもないので、明かりもついていない。まだ正午過ぎだから明かりは必要ないが、出迎える者がいない、というのは些かやはり寂しさがあるな。救民団は必ず誰かしらがいるし、塵歌壺でさえマルがいるのだ。なんだか出迎えのない帰還は久し振りだな。

 

さて、俺がこの部屋へとやって来たのは買ってきた小説を一旦置くためだ。

 

「…ただいま」

 

誰もいないが、取り敢えずそう言ってみる。もしかしたら誰かが応えてくれたりしてな。何なら影とかだったら良いんだが、彼女は今頃執務室だろう。こんなところにいるわけが───

 

「お、おかえりなさいアガレス…!?」

 

奥の寝室から影が驚いた様子で、しかし嬉しいのか頬を緩めたまま出てきた。あまりに驚いた俺は返事をするのも忘れてそのまま立ち尽くすのだった。




次回へ続く!!


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第133話 指輪②

前回までのあらすじ!!

誰もいないはずの部屋に人がいた。

アガレス「おい、手抜きが過ぎるぞ。正確には『誰もいないはずの自室に恋人がいた』だろ?」

はぁ〜?なんですか?文句あるんですか作者ですよこちとら!!

※本編に全く関係ないですねこれごめんなさい


「───お、おう…ただいま…?」

 

一旦俺はそう返したが全く状況が理解できなかった。

 

俺の自室には基本的に人が入らない。稀に掃除のために使用人が入るくらいで今の時間帯では人はいないはずだった。

 

だが現に俺の目の前には少し服の乱れた影の姿がある。つまるところ俺の部屋で何かをしていたのだろう。でもなんとなく野暮ったい気がするので深くは聞かないことにしておきたい。

 

「それで、何故ここに?」

 

まずは先手を取って影にそう問い掛けた。事実何故影がここにいるのか、俺には一向に予想できなかったのだ。いやまぁ、俺の部屋で何かをしていたことと何らかの関係があるのだろうが、気になるものは気になる。

 

聞かれた影は、というとやはり気恥ずかしいのかもじもじしている様子だったが、

 

「…最近はあまりゆっくりできていなかったのでふらっと立ち寄ったんです」

 

そう言った。間違いなく照れ隠しであることはわかっている。自惚れかも知れないが…寂しかったりしたんだろうか?そう考えると途端に…いや元からだが影が途轍もなく可愛く見える。

 

俺は少し笑うと、

 

「折角だからどうだ?久し振りに一緒にゆっくりしないか?」

 

影へ向けてそう提案した。影はまだ恥ずかしそうにしていたが然と首肯いてくれた。

 

 

 

結局そのまま俺達は部屋に入って思い思いに寛ぎ始めた。俺はまず茶を淹れて影に出しつつ、自分の分も用意して椅子に座った。影は対面に座っており、窓の外を眺めているようだ。

 

因みにちゃんと団子牛乳も入手済みである。これを渡した時の影の反応と来たら、かなり目を輝かせているものだから買ってしまいたくなるのだ。あの反応を見るために最早団子牛乳を買っているまであるのはご愛嬌だろう。

 

俺は小説を取り出して読み始めつつ口を開く。

 

「最近稲妻の様子はどうだ?」

 

突然声を掛けられた影は、というと慌てた様子で団子を飲み込むと、

 

「最近は特筆すべき点はないですね。一つ挙げるとすれば人員不足がようやく解消されつつある、というところでしょうか。まぁ、それもモンドと璃月ありきのものですが」

 

そう言った。団子を焦って飲み込ませたのは完全に失敗だったがまさかそんなに急ぐとは思わなかった。にしても稲妻の人員不足がマシになってきたのは本当に良かった。まぁとはいえ戦前の水準にまで回復するにはまだまだかかるだろうな。

 

俺は影の言葉に首肯くと、

 

「そうか、なら良かったんだが…」

 

思わず言い淀む。影は首を傾げていたが、俺は意を決して口を開きつつ頭を下げた。

 

「…すまない、心配をかけた」

 

影はかなり慌てている様子だったが俺の言葉を聞いて少し怒っていることが雰囲気だけでよくわかった。

 

「…顔を上げて下さい」

 

影のその言葉に従って俺は顔を上げた。直後、額に軽い衝撃を感じて仰け反る。何のことはない、ただのデコピンだ。だが、そのデコピンが今は何より痛かった。

 

「…アガレス、何度言えばわかるんですか?一人で危険にすぐ飛び込もうとしないで下さいって…無理しないで下さいってアレほど言いましたよね?呪いで寿命も縮まっているんですから」

 

「だが寿命はもう気にしなくて良いんだ。理由を説明するのは少し難しいが…だが「そういう問題じゃないんです!」…影…」

 

俺の言葉を遮って影が声を荒らげた。だが俺の声ですぐに感情を抑えてギュッと口元を引き絞ると机の上に置いてある俺の手に自らの手を重ねた。

 

「例え寿命の心配がなくなったとしてもアガレスには無理をして欲しくないんです。貴方が苦しむのを見たくないんです」

 

俺はハッとした。心配をかけた、とは言ったがその心配は寿命によるものだと勘違いしていた。

 

影は更に続けた。

 

「貴方にとっては無理をしていないのかも知れないけれど…私から見れば貴方はずっと無理をしているように見えます。休まずに誰かのために動いて…」

 

彼女は…影は大切に想う俺を常に心配し続けていたのだ。やはり俺は心の何処かで影と恋人同士であることの自覚ができていないのだろう。だから普段通りの行動をして影に沢山心配をかけてしまった。

 

いや、影だけでなく旅人に加えてノエルやバーバラ、恐らく夜蘭にも心配をかけたのだろう。

 

「貴方が如何に優しくて強かで…でも誰よりも繊細なのは私がよく知っています。そういうところが…私は好きですし…」

 

でも、と影は少しだけ目に涙を溜めながら続けた。

 

「貴方が一人で大体のことをなんとか出来てしまうのは知っています。だから人を頼ろうとしないことも…勿論知っています。でも、貴方が辛い時に側にいることができないのは…私も辛いんです」

 

ギュッと、俺の手を握る力が強くなる。辛そうな影にかける言葉が見つからなくて俺は口を開いては閉じを少しだけ繰り返したが、

 

「…わかっているんです。私が全てを放り出してアガレスと共に過ごしたいと願ってもそれが許されないということくらい…わかって…るんです…」

 

影のその言葉に再び暫く口を閉ざす俺だったが、ようやくかけるべき言葉を見つけて口を開いた。

 

「…できることなら、俺もお前と共に過ごしたい。神という柵がなければきっと…同じ家に住んで、何気ない日常の会話を楽しんで…そうなれたら、どれだけ幸せだろうか」

 

俺は懐から一対の指輪を取り出した。指輪のデザインは二つ共同じものだが、うち一つを影にアガレスは差し出した。影はそれを手に取り不思議そうに眺める。

 

「俺は兎も角、影には立場があるから…その生活はきっとできない。だけど、代わりにこの指輪を肌身離さず身につけていてくれ」

 

この指輪はバルバトスと旅人が持っている指輪と同じものだ。俺が死んだ時に恐らく生成される聖遺物だと考えると、この指輪の聖遺物には俺の『誰かと繋がっていたい』という心の底の欲求のようなモノが反映されているのだろう。

 

だから対になっている指輪をそれぞれが着用することで意思の疎通が離れていても可能になるのだ、と俺は予想している。聖遺物とはそもそも誰かの想いが強く込められたものだから、俺の予想は間違っていないはずだ。

 

俺はこの指輪を弾けば何処にいても俺と会話ができることを影に伝え彼女に渡した。影は指輪を見て嬉しそうにはにかむと、指輪を大事そうにギュッと抱き締めながら、

 

「ありがとうございます、アガレス」

 

とそう言った。影は既に左手の薬指に指輪をしているので左手の人差し指に指輪をするようだ。俺はまだ左手の薬指に指輪をしていないので、左手の薬指に指輪を嵌めた。

 

「改めてすまなかったな。これからは…間接的だが一緒だぞ」

 

俺は指輪関連が一旦落ち着いてから影に改めて謝った。一方の影は、というと笑顔を浮かべながら首肯いてくれた。

 

真面目な話が終わったことを察知したのか、影は早速とばかりに、

 

「では試してみてもいいですか?」

 

キラキラと瞳を輝かせながらそう言った。余程嬉しいのか、試したくて仕方がないようだ。

 

俺が影の言葉に首肯くと、若干ウキウキしながら影は少し遠くへ行った。俺は左手の薬指を弾くと指輪へ向け小声で喋りかけた。

 

「影、聞こえるか?」

 

少しして指輪から音が聞こえ始めた。

 

『…えっと…これでいいのでしょうか…?合ってるんでしょうか…?あ、あー、アガレス?聞こえますか?』

 

突然の可愛さにやられそうになるが、別世界だったら音声聞こえてないのに喋ってそうだよな。

 

…どういう意味だろう?まぁ今はいいか…?

 

俺は影の言葉に返事をした。

 

「ああ、聞こえるぞ。どうやらちゃんと繋がるみたいで良かった」

 

動作確認も終えたし影はこちらに戻ってくるかと思ったのだが、無言のまま戻ってこない。どうしたのだろうか、と首を傾げていると不意に影が、

 

『ごめんなさい、アガレス…貴方に謝らなきゃいけないことがあって…』

 

そう言った。どうやら面と向かって謝るのは恥ずかしいことのようだ。俺が無言で続きを待っていると、

 

『…その、貴方がいない時に余りにも寂しくて…度々貴方のベッドに包まって紛らわせていたんです…だから、その」

 

思わず途中で影のいる部屋までやって来たしまった俺だが、そのまま指輪に夢中になっている影を後ろから抱き締めた。

 

「あ、あああアガレス!?」

 

影は驚きながら顔を真っ赤にしていたが俺を振り解いたりはしなかった。寧ろ俺の腕に手を添えて心地が良さそうである。

 

そのまま暫くして数刻後。

 

「…やっぱ休養ってのはいいな」

 

夜風に当たりながらそう呟く。窓から入ってくる月光とそれに照らされた影の横顔がとても綺麗に見える。影は俺の言葉に少し笑うと、

 

「ええ、そうですね。何時ぞやの賑やかな休養もいいですが…やっぱり二人だけというのも私は好きですよ」

 

そう言った。部屋の明かりはついておらず月光だけがただ俺と影を照らしている。薄暗いが、それくらいが丁度良いのだ。

 

俺は影の手を握ると彼女の言葉に同意した。

 

「…ああ、そうだな───」

 

───だから、例え世界を敵に回しても…この時間を壊させはしない。

 

新たな決意と共に俺は空で光る月を見るのだった。




影ちゃんの左手の薬指の指輪は閑話でアガレスがあげたヤーツですこれ。

時系列的には層岩巨淵に出発する前ですね。バレンタインデーもそのくらいです。

影ちゃんの指輪が気になる方は閑話 ホワイトデーの贈り物を見ていただければと。

次回から真面目な話やっていきまっせー…気合い入れてけ私!!


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第134話 層岩巨淵、再び

なんかシリアスな話あまり描いてなかった関係で忘れかけてる…やばいです!

まぁそもそも忙しかったからね、学業やら部活的なアレやら…。

そんな中で描いた久し振りのシリアス回(笑)をどうぞ。


「───さて、冒険者協会からの依頼だって?」

 

救民団璃月支部にて、稲妻から帰ってきた俺は一旦休んでいたのだが指輪越しに旅人と話していた。なんでも冒険者協会から再び層岩巨淵へ行ってほしいと頼まれたそうだ。それで俺にも協力を仰ぎたくて指輪で通信した、という運びらしい。

 

俺は少し考えてから返事をした。

 

「…わかった、丁度璃月支部にいるから訪ねて───すまない、切るぞ。とにかく璃月支部へ来てくれ、それじゃあ」

 

のだが、途中で左手の薬指に嵌めた指輪が少し震え始めたので多少強引に通信を切ると左手の薬指の指輪を俺は弾くのだった。

 

 

 

少しすると急いだ様子で旅人が璃月支部へと入ってきた。

 

「アガレスさん!急いで通信切ってたけどどうしたの!?」

 

旅人に少し遅れてパイモンもやって来た。パイモンも息切れしている様子だったが旅人程ではなく程よく手を抜いてきた感じだ。俺は旅人の言葉に苦笑すると、左手の薬指の指輪を指差しつつ、

 

「ちょっと別の通信が入ってな。別になにかあったってわけじゃない」

 

そう言った。言われた旅人もパイモンも胸を撫で下ろしていたが、すぐにパイモンが、

 

「ん?ってことはアガレス、指輪もう渡したのか?相手は誰なんだよ〜」

 

ニヤニヤしながらそう聞いてきた。間違いなくわかってて言っているのだろうが、まともに取り合う必要はないだろう。と思ったのだがなんだかそれだとパイモンが可哀想なので、

 

「わかってるだろう?まぁ、左手の薬指に指輪してるからわかるやつにはわかってしまうけどな」

 

そう普通に答えた。さて、それはそれとして俺は旅人に視線を向けると、

 

「それじゃあ行くか、旅人」

 

そう告げた。旅人は少し笑うと首肯いて返事をするのだった。

 

 

 

層岩巨淵地下鉱区にて、俺は旅人に最奥と思われる場所まで案内してもらった。最奥にはドラゴンスパインにあった寒天の釘と同様のモノと思われる物があった。ただそれ以外は特段おかしな所は見当たらない。

 

「…旅人、冒険者協会からの詳しい依頼の内容は一体何なんだ?」

 

改めて何の依頼か気になった俺は旅人にそう聞いてみた。旅人は少し思い出すような素振りを見せると、口を開く。

 

「えっとね、個人的な依頼らしくてその内容が───「おお、旅人にパイモンじゃないか。来てくれたんだな」あ、うん依頼主が来たみたい」

 

そして説明の途中で依頼主とやらの声が聞こえ遮られた。やがて現れたのは全体的に緋色の服装をした女性だ。そして耳の形が常人のそれではないのだが、俺は彼女に見覚えがあった。

 

彼女も俺に見覚えがあったのか、少しばかり俺をまじまじと見つめてから驚いたように目を見開いた。そして、

 

「煙緋か、久し振りだな」

 

「アガレス殿じゃないか…!いやはや驚きだ、まさか斯様な所で再会するだなんて…」

 

お互いにそう言って再会を喜ぶ。煙緋は半仙の人間で現在は法律家だ、というのは旅人から聞いていたのだが復活してから関わる機会が実はなかったのだ。救民団璃月支部としての付き合いは何度かあったようだが、実際は俺がいない時のものだ。

 

さて、それはそうと普段璃月で法律家として仕事をしている煙緋が何故このような層岩巨淵の奥地にいるのだろうか。

 

旅人が煙緋を見て依頼主と言っていたから彼女がここに何らかの用事があることは間違いないだろうが、はてさて一体何の依頼でわざわざここまでやって来たのだろうか?

 

俺は詳しい話を煙緋に聞こうと思って口を開こうとしたのだが、煙緋は突如何かに気が付いたようにビクッと肩を震わせると旅人達と共に物陰に隠れた。残された俺はふむ、と一つ唸ると、

 

「…俺を追って来たわけじゃないな。何か用か?」

 

そう言って振り向く。突然振り向いた俺に驚いたのか、少し遠くにいる人物は結構仰け反っている。

 

「お、お前…俺様の一騎討ちを邪魔したヤツじゃねぇか!!」

 

一騎討ちを邪魔した、と聞いて思い当たる節は一つしかない。稲妻での武家の再興の折解決した辻斬り事件のことだろう。現在暗闇でその姿を見ることができなかったが、その言葉で誰だかわかった俺はその名を呼んだ。

 

「荒瀧一斗か、こんな所でお前に会うことになろうとは」

 

少しずつ近付いてきた男───二本角が特徴的な鬼族の末裔である荒瀧一斗が俺を睨みつけている。だが、どうやら今回は彼だけではないらしい。

 

緑色の頭髪と口元を隠すマスクに忍びのような服装…ああ、話に聞いていた荒瀧派のNo.2か。

 

その彼女は俺に掴みかかろうとしている荒瀧一斗の頭をパコーンッと殴った。

 

「ってぇ!!おい忍、俺様に何しやがる!!」

 

忍と呼ばれた彼女は荒瀧一斗を羽交い締めにして抑えつつ、

 

「どうも初めまして、私は荒瀧派の久岐忍だ。いつも親分が迷惑をかけてしまって申し訳ない、アガレス殿」

 

そう自己紹介をした。なんというか、荒瀧一斗に比べて圧倒的に落ち着いている感じがする。荒瀧派の体裁は彼女が保っていると言っても過言ではないわけだ。つまるところ、九条裟羅の言っていた久岐忍の評価は正しかったというわけだ。

 

俺は久岐忍の言葉に対して返事をするのを忘れかけていたので、気にする必要はない、とだけ返すと、

 

「それで、お前達は何故こんな奥地へ?」

 

そう問い掛けた。まぁ荒瀧一斗は俺の言葉に答えてくれはしなさそうだし、俺は久岐忍を見ながら告げたのだが、正解だったようだ。

 

「私達は、私達を助けてくれた恩人を探すためにここまで来たんだ。桃色の髪をした法律家を見なかっただろうか?」

 

となると煙緋が隠れた理由はこれか…と内心で納得しつつ、俺はフッと笑うと、

 

「そこの物陰に隠れてるぞ。若干おまけがついてるが許してやってくれ」

 

そう言った。

 

「なんで言っちゃうんだよアガレス!?ってか、おまけってオイラ達のことか!?」

 

おまけ…もといパイモンが物陰から出てきて器用に地団駄を踏み、そしてしまったという表情を浮かべる。パイモンが出てこなければ俺の話が嘘かも知れない、で済んだのだが現にパイモンが出てきてしまっている。

 

ということで堪忍したのか煙緋は苦笑を浮かべつつ出てきた。

 

「いやぁ、やっぱりアガレス殿に任せてしまったのは間違いだったな…こうなるとは思っていたよ」

 

どうやらわかっていて逃げたようだが、それならそれで旅人に対応を任せたほうが…なんて思ったのだが大根役者であるパイモンが確実に足を引っ張ることだろう。煙緋は俺にジト目を向けると、

 

「アガレス殿のことだから、変な禍根を残してはいけない、とかの理由で私の位置を教えるんじゃないかと思っていたんだ」

 

そう言った。事実その通りなので何も言えないが、荒瀧一斗は兎も角として久岐忍がいるなら然程長引かせずに要件を済ませることだろう、という考えもあってのことだ。実際、煙緋の登場に色めき立っていた荒瀧一斗は再び久岐忍によって大人しくされている。

 

煙緋は二人からの謝意を受け取り照れ臭そうにしていたが、「法律家として当然のことをしたまでだからそんなに気にする必要はないぞ」と言っていた。

 

そう言えば荒瀧一斗と久岐忍が璃月を訪れた理由だが、久岐忍の同文学塾の卒業証書を取りに来ていたらしい。その折に荒瀧一斗が千岩軍と揉めて連行されかけ、そこを煙緋が助ける…といった流れだったそうだ。

 

まぁそもそも、煙緋を執拗に追いかけてきたのは荒瀧一斗の独断で、久岐忍は嫌々ながらも人様に迷惑を掛けないようにとついてきたらしい。結果的に多少迷惑はかけているが、その理由が人助け───というより恩返しのためだというのであまり強く責められないのだろう。久岐忍も煙緋も困ったように笑うだけだった。

 

なんだかんだ大所帯になってしまったため帰ろうかと思ったのだが、旅人に煙緋が冒険者協会を通じて秘密裏に依頼し、その旅人が俺に手助けを頼んでいるのだから当然俺が帰る訳にもいかないだろう。

 

さて、そんな旅人だが煙緋と久岐忍、そして俺を尻目に荒瀧一斗と話している。煙緋と共に出てきたかと思えば旅人もパイモンも苦笑いを浮かべて、

 

「煙緋を追ってた人達って一斗のことだったんだ」

 

「一斗…ストーカーは立派な犯罪なんだぞ?」

 

とそれぞれがそう言っている。それに対して荒瀧一斗は再会を喜ぶ一方で、

 

「おい、俺様がストーカーなんかするわけねぇだろ!俺様はただ、恩人を助けてやりたかっただけだ」

 

そう言った。人はそれをストーキングと呼ぶのだぞ一斗…などと思いつつも口に出すようなことはしない。良くも悪くも彼は純粋な正義感を持って真っ直ぐに生きていてくれた方が良い。いや、この場合は法律もちゃんと教えたほうが良いのか…?

 

うーんと唸りながら悩む俺だったが、何故悩んでいるのか少しわからなくなってきたため、考えるのをやめた。

 

煙緋はそんなやりとりを見つつポリポリと後頭部を掻くと諦めたような表情で遠くを見ながら、

 

「ひ、一先ずこれも何かの縁だ。まぁ詳しくは話せないが君達も私の手助けをしてくれると助かる。旅人の友人であるならば信用もできるだろう」

 

とそう言った。その言葉で荒瀧一斗と久岐忍の二人が煙緋の依頼の手助けに加わることが確定したのだが、荒瀧一斗は煙緋の言葉に興奮したように久岐忍へ視線を向けると口を開いた。

 

「ほら、聞いたかよ忍!俺様の言った通り、どんなにすげぇヤツでも誰かの助けを必要としてる時があんだよ!そして、俺様がそこを颯爽と───あだっ!?」

 

しかし話の途中で再び久岐忍に拳骨を落とされ、俺達はその様子を苦笑しつつ見守るのだった。




ということで、この一連の話が終わればスメール行くことになるでせう…いやぁ〜、頑張って考えようね作者(自己暗示)


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第135話 急変直下

さて、なんだかんだで荒瀧一斗に加えて久岐忍も加わり大所帯になった俺達だったが、こんなにいても煙緋にとっては迷惑なだけだろう、とは俺も心の何処かで思っている。当事者である煙緋からすれば彼女自身が最もそう思っていることだろう。

 

それはともかくとして煙緋の依頼は未だにわからない。だが層岩巨淵の奥地に来てまですることと言えば…まぁ大抵レアな鉱石の類の捜索だったり、或いは遺物探しだったりくらいだろう。冒険者の類なら未知を既知へと変える探索という理由も存在するだろうが、生憎煙緋は法律家であり、そういった探究心とは無縁だろう。

 

であれば法律家として依頼を受けここに来たことになるのだろうが果たして法律家が出向く所以のある依頼で層岩巨淵が関係するものとはなんだろうか。そういうものは大体冒険者に───いや、ああそうか、だから旅人が駆り出されているのか…と勝手に納得する。

 

実際問題煙緋は戦闘がお世辞にも得意とは言えないため護衛である冒険者を雇い入れる必要があったのだろう。煙緋とも親交のある旅人が選ばれるのは道理であり、腕も探索も、機転も利く。

 

 

 

さて、俺が考え事をしながら皆について行っている間に道中色々見て回ったようだが、残念ながら目的には辿り着けなかったようで、煙緋は最後に残された場所───層岩巨淵の最奥にある寒天の釘に似たようなモノがあるその真下へとやって来た。

 

「…ふむ、やはり見つからないか…」

 

10分ほど手分けして捜索したのだが何も見つけることができず、煙緋はそう呟いた。もう辛抱堪らん、とばかりに物探しにもいい加減に飽きてしまった様子の荒瀧一斗が丁度隣にいた旅人に、

 

「おい、これ何を探してんだ?」

 

とそう聞いていた。俺としても気になるところではあるが素直に答えてはくれないだろう。と思っていたのだがやはりそのようで、旅人は知っている様子を見せていたが口を割らない様子だった。パイモンは本気で知らないようだが、それで良いのか最高の仲間。

 

とわちゃわちゃしている旅人達を見ながら苦笑を浮かべていた俺だったが、

 

「…アガレス殿アガレス殿」

 

という煙緋の俺を呼ぶ声で我に帰された。そして手招きする煙緋の下へ言って耳を貸す。

 

(今回の依頼に関してなんだが…旅人には伝えたんだがパイモンには私の方から口止めしていてね。彼女、どうも口が軽いみたいだから…)

 

すると煙緋は少し申し訳無さそうにそう囁いてきた。煙緋のパイモンへの認識に対して俺は弁護してやろうと思ったのだが、不思議と議論も交わしていないのに煙緋の言葉に納得してしまったため弁護ができなくなってしまった。

 

すまないパイモン…君の裁判は負けが確定してしまった。

 

すぐ近くでくしゃみの音が聞こえたのだが、それを無視して俺は首肯くと、

 

(それで、内緒話ってことは俺にその依頼内容を教えてくれるんだろう?)

 

そう返した。俺の言葉に煙緋は首肯くとその内容を話そうとした。だが、俺は気配を感じて煙緋を制すると、

 

「…小高い所に誰かいる。どうやら一斗とは別に俺達を追っている誰かがいるようだぞ」

 

そう呟いた。それを聞いた煙緋はふむ、と一つ唸ると上を落ち着いた様子で見上げた。それとは対照的に少し離れた位置で話していた旅人達にも俺の呟きが聞こえたようで少し動揺している様子だった。

 

だが、その人物がいることを予想していたらしい煙緋は「やはり、ここにいたのか」と呟き、俺は知っている気配だったため警戒を解いた。荒瀧一斗や久岐忍の気配に上手く隠れて中々接近に気が付けなかったのだが、かなり近付かれてようやく気が付くことができた。

 

知っている気配でなかったらと思うとゾッとするが、俺を欺ける程の隠密ができるような人間など俺は一人しか今の所は知らない。その人物は煙緋の言葉を聞いて「あら、かの高名な法律家さんが、層岩巨淵まで来て私の意見なんて聞く必要はないと思うけれど」と言いながら小高い場所から姿を現して華麗に着地してみせた。

 

俺はふん、と鼻を鳴らすと、

 

「差詰、七星から派遣された目付役ってところか?」

 

華麗に着地した人物───夜蘭へ向けそう言った。夜蘭はクスリと笑うと特に否定も肯定もせず、ただ肩を竦めるだけだった。まぁそりゃあ話せるわけがないだろうことはわかっていたので俺も肩を竦めると黙った。

 

そして現れた夜蘭を見たパイモンが夜蘭に指をさしながら、

 

「あ、夜蘭だ!お前、昨日まで救民団本部に来てたのになんでもうここにいるんだよ!!」

 

そう言いつつ近付いてきた。そのパイモンの言葉に夜蘭は再び微笑みを携えると、

 

「あら、君達だって現にここにいるじゃない。なら私がここにいたってなにもおかしなことはないはずよ?」

 

そう言った。事実その通りであるためぐうの音も出ないパイモンだったが、煙緋が夜蘭を少し諌めるような声を上げると、遅れて近付いてきた荒瀧一斗達に向けて夜蘭を紹介していた。

 

高名な法律家である煙緋と表向きは総務司に勤めている夜蘭はどうやら友人同士であるらしく、その旨を荒瀧一斗にも伝えていた。俺としても今まで煙緋との交流がなかったとはいえ初耳だ。

 

さて、その夜蘭だがここには別の仕事の案件で来ていたらしい。そんな中団体で行動する俺達が目に入ったため様子を見に来たようだ。夜蘭は凝光お抱えの諜報員的な立ち位置でもあるので、目を光らせていたのだろう。知り合いだからといって容赦するような性格でもないだろうしな。

 

「さて、君達がここで色々と行動を起こすつもりなのはわかったわ。けれど、その場合私も規則で同行させてもらうことになるわ。ただ、さっきも言った通り私がここにいるのは別の仕事を片付けるため…もしかしたら最後までは同行できないかも知れないから、くれぐれも問題を起こさないよう、慎重に行動して頂戴」

 

夜蘭は荒瀧一斗達との顔合わせを終え、俺達全員へ向けそう告げた。当然のことなので俺は特に否定的な意見はない。煙緋も旅人達も、そして璃月の同文学塾で法律を学んでいた久岐忍に関しても無言で肯定の意を示していた。

 

ただ、煙緋に関しては夜蘭に頼みたいことがあったようで少し残念そうな表情を浮かべつつ「昔の好で助けてくれてもいいんだぞ?」と言っている。夜蘭も対価は貰うようだが、待ってましたと言わんばかりに煙緋が夜蘭の喜びそうな対価をつらつらと並べていく。

 

そんな中、わなわなと震えている様子の荒瀧一斗が遂に堪忍袋の緒が切れ、大声を上げた。

 

「おい!随分上から目線な物言いだな!!」

 

勿論その対象となるのは夜蘭で、実際敵意を剥き出しにされた夜蘭は少しだけ驚いている様子を見せたが、すぐにクスッと微笑むと、

 

「あら、当然よ。私は別の仕事で来ているとは言ったけれど正式な璃月港の役人…だったら部外者である貴方は私の指示に従う義務があるのよ。それに、ここは危険な場所だから、本来なら貴方のような一般人がいていい場所じゃないわ」

 

そう言った。売られた喧嘩は買う主義なのか、はたまたやっぱり一般人(笑)がいると不味いと思っているのか、荒瀧一斗へ向けてそう告げた。なんというか、どちらも積極的に喧嘩を買ったり売ったりするタイプな気がするので是非ともやめていただきたい。今は特に、中々広いとはいえ閉鎖空間であるため荒瀧一斗の大声は…なにかこう、耳に直接くるものがあるのだ。

 

だが、荒瀧一斗はその言葉を聞いても引き下がらず、

 

「だったら注意喚起をすりゃいいじゃねぇか!!ここに入る時そんな看板は一個も見付かんなかったぜ!!」

 

そう告げるとしてやったり、とばかりにドヤ顔を浮かべた。勿論、その瞳に慢心はない───ように見える。夜蘭は荒瀧一斗が脳筋であることに気が付いたらしく、はぁ、と溜息を吐くと、

 

「本当に危険な場所には本来、注意喚起をするような物は存在しないものよ」

 

そう告げた。その言葉に、喧嘩を見かねた煙緋が苦笑しながら入ってきた。

 

「ああ、だから私は本当なら二人についてきて欲しくなかったんだ。まぁ…予想外にもアガレス殿のお陰でバレてしまったわけだが」

 

喧嘩を止めるためかと思いきや突然ディスられて内心びっくりの俺であったが、すぐに腕を組むと、

 

「久岐忍に関しては交流がないから一概には言えないが…荒瀧一斗に関してはそれなりに実力がある。加えてここに至るまでたった二人で道中の魔物を倒してきたと考えると実力的には問題ないだろう」

 

そう言った。その他が問題だが、という言葉は飲み込んだが、唐突に褒められた荒瀧一斗は驚きつつも俺のことを目を丸くして見ていた。荒瀧一斗が喋らないのをいいことに、或いは説得するために夜蘭は更に口を開いて続けた。

 

「璃月に対して多大なる貢献をしてきた旅人とアガレス、璃月の法律家として名高い煙緋。私はこの三人の立場と実績を信頼しているからここでの活動を止めなかった。その彼、彼女らと一緒に行動しているとはいえ、君達の場合だと…」

 

言いつつ、夜蘭が荒瀧一斗に視線を向けるのに対して荒瀧一斗は反発する姿勢を見せた。だが、久岐忍が一旦荒瀧一斗を諌めると、夜蘭の言い分は正しいということを先ず伝えた。しかし、彼女自身も少し対応に思う所があったのか、

 

「そこまで言うのなら早急に私達は離れることにしようと思う。ただ、本当に危険な場所なのであれば警告文くらいは出すべきだと思う。それがあれば私も親分の行動を止めることができたかも知れない」

 

そう言った。その言葉に夜蘭は「ご意見ありがとう、考えておくわ」と告げた。一旦これで落ち着きを見せるかなぁ、なんて俺は甘い考えを持っていたのだが、荒瀧一斗はどうしても夜蘭が気に食わないのか久岐忍の言葉にさえ反発する姿勢を見せた。

 

久岐忍の諌めるような態度とは裏腹に、いよいよ夜蘭も目を細めて荒瀧一斗を睨めつけている。それを見た荒瀧一斗はニヤリと笑い、

 

「ッハ!!面白ぇ…俺様は人に指図されるのが大嫌ェでな…そんなに自身があるなら、お手並み拝見といこうじゃねぇか!!」

 

そう言って岩元素力を高めていく。いよいよやばくなってきたからか久岐忍も声を上げながら荒瀧一斗を止めに入った。夜蘭も夜蘭で完全に必殺仕○人くらいの眼光である。

 

それを見た旅人達と煙緋が二人を諌めようとして間に急いで入っているが、それより俺は別の問題を直に感じ取っていた。少しして喧嘩の真っ只中にいる全員も気付いたのか驚いたような表情を浮かべている。

 

「お、おい!地面が揺れて───うわっ!?」

 

「話を逸らすんじゃ───ッ!?」

 

パイモンと荒瀧一斗の足元の地面に大きな罅が入ったかと思うとその罅はその場の全員の地面まで広がり、やがて陥没した。俺は薄々陥没の危険を感じ取っていたため咄嗟に風元素を展開すると、一番最初に落ちた荒瀧一斗と久岐忍、そしてパイモンをそれぞれ受け止めながら地面へ降ろし、その直後に降ってきた夜蘭、煙緋、旅人の三人を俺の体でなんとか受け止め、地面へと墜落した。

 

「いてて…皆、大丈夫かー!」

 

一番最初に地面へついていたパイモンが久岐忍を連れて俺達の下へ駆け寄って来てくれたため、俺は良いから夜蘭と煙緋、そして旅人にどいて貰う。俺はどうやら打ち身で済んだが、ちょっとの間は動けそうもない。その反面他のメンツは多少の打撲などはあるかも知れないが基本的に外傷はなさそうだった。

 

俺はそのことに安堵しつつ落ちてきた穴の方向を見つめると、僅かに寒天の釘の放つ光が見えるくらいなので、相当落ちてきたことがわかる。そして溜息を吐くと、

 

「はてさて…この先どうなることやら…」

 

と思わず呟くのだった。




・アガレスの空中人間キャッチ術(?)

ということで、詳しく。

1.荒瀧一斗をおんぶで受け止める
2.パイモンを左腕で受け止める
3.久岐忍を右腕で抱える
4.地面へそっと置く

5.夜蘭をおんぶで受け止める
6.煙緋を右腕で受け止める(少し体制を崩す)
7.旅人をなんとか左腕で受け止める(完全に体制を崩す)

8.三人に被害がでないように墜落

という流れです。なんだこの主人公空中戦に慣れすぎている…(?)


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第136話 業①

「───さて、これからどうするかを話し合いましょう」

 

層岩巨淵の最奥から更に落ちてきた俺達が落ち着いてから夜蘭は俺達全員へ向けてそう言った。だが、勿論荒瀧一斗はこれに少しだけ反発する素振りを見せたが、俺はいい加減面倒になってきたので久岐忍に目配せして一応の許可を取ってから荒瀧一斗の体を岩元素で固く拘束した。

 

「なっ、なんじゃこりゃ!?おい、俺様を縛り付けてんのぁ誰だ!!フンヌぉぁぁあああ!!」

 

荒瀧一斗は驚きつつも拘束から逃れるべく体に力を入れ、なんなら元素まで使っているが一向に抜けられる様子はない。それもそのはず、壊されないような構造で力を分散して逃がすような拘束の仕方なのでどんなに怪力でも、それこそ俺の訓練を受けたノエルであろうとその拘束を解くことはできないだろう。しかしこのままではうるさいし、何より俺が何かを言った所で荒瀧一斗は絶対に聞き入れたりしないだろう。

 

どうしたものかと考えていると、事情を察したらしい久岐忍が口を開いて、

 

「親分、抜けられそうもないなら今は体力を温存すべきだ。私達で必ず拘束を解く方法を見つけてみせるから、静かに待っていてくれないか?」

 

そう言った。荒瀧一斗はかなり不満そうだったが、首肯くとケッと言って静かになった。俺はそのまま荒瀧一斗を除くメンツを引き連れ、彼のいる場所から少しだけ離れると、

 

「夜蘭、話を続けてくれ」

 

そう言った。荒瀧一斗以外のメンツは拘束が俺の仕業だとわかっていたからかあまり慌てた様子はない。いや、パイモンだけ素知らぬ顔でならない口笛をヒューヒュー吹いているので恐らく彼女もわからなかったのだろう。

 

夜蘭は荒瀧一斗を一瞥して苦笑すると、口を開いた。

 

「それで、どうするかよ。この空間は璃月七星は愚か、璃月にいる誰も知らない空間であることは間違いないわ。問題は正規で戻る手段が今の所は見当たらないってことね」

 

そう言いつつ、俺達が落ちてきた穴を見つめる。今俺達のいる空洞はある程度枝分かれがあるようで、脇道が何本かあるようだがそれだけだ。加えて空気の流れがほとんど感じられず、妙な肌感なのだ。空気の流れがないということは空気穴がないということであり、この空間が断絶された場所であることを示している。ただし、俺達が落ちてきた穴も存在しないことになるので、矛盾が生じている。

 

なんというか、本当によくわからない空間にいるのかも知れない。空気穴はないのに七人でいても空気が足りなくなることもなく、ただそこに『存在しているだけ』かのような感覚だ。非常に奇妙で気持ちが悪い。

 

俺は一旦はその事実を黙っておくことにして夜蘭の話を黙って聞くことにした。

 

「それで、皆に伝えておかなければならないことがあるの。アガレスは別として、ここでは『見ない』『聞かない』『質問しない』を守って行動してくれるかしら。知らないほうがいいこともあるものなのよ」

 

俺はともかくってなんだよ、除け者か??なんて思っていたのだがまぁ単純に俺は璃月七星そのものともかなり深い関わり合いがある。俺に知られても大して問題ないのだろう。他国の政務や極秘事項を横流しするつもりも全く無いし、したことがないから信用してもらっているのだろう。勿論荒瀧一斗は何か言いたげだがきちんと静かにしてくれているようだ。馬鹿だが頭は悪くない、と言ったところだろうか。言い方は悪いが荒瀧一斗のことを少し勘違いしていた俺は彼の評価を自分の中で少し上げる。

 

夜蘭はそのまま、出口を探すのに尽力するとだけ告げて話し合いの場を抜けた。パイモンが行っちゃったぞ…と呟いているが、俺としては別に構わないだろうと思う。彼女に関してほとんどの場合心配する必要はないだろうからな。

 

ただ、この空間が奇妙であることは間違いなく、常人には耐え難い環境であることは間違いないだろう。夜蘭はこういった状況に関して慣れているだろうし、煙緋は常人ではない。荒瀧一斗も常人ではないが、彼はまだ精神的に幼く感じる。こういった事態が動かない状況はあまり好ましくないだろう。

 

「夜蘭のことは放置して…煙緋、いい加減依頼内容を教えてくれても良いんじゃないのか?原因はどうあれ、俺達はお前の依頼に巻き込まれると言った形でこの謎の空間に閉じ込められている状態だからな」

 

俺は煙緋を見てそう告げた。別に嫌味というわけでもないが事実だけを述べるとこうなる。そして煙緋自身も依頼内容を言うべきかどうか葛藤していたのだろう。煙緋は少し申し訳無さそうな表情を浮かべつつ、依頼内容についてぽつりぽつり話してくれた。

 

彼女の話によれば、とある遺言に書かれていた『太威儀盤』という法宝を層岩巨淵に探しに来たようだ。どうやら何年も前に煙緋の依頼主がとある志士に『必要な時に必要な場所で役に立つように』と言って渡したものらしい。そしてその志士は層岩巨淵で行方不明になり、現在に至る、というわけだ。

 

そもそも層岩巨淵は様々な戦争に属した戦闘が行われており、内に秘められた怪異や危険が多い。何より、かつてのテイワットの遺物も存在している。その中でのこの空間だとすると…もしかしてこの空間もかつてのテイワットが遺っていた空間だったりするのだろうか?

 

煙緋はここからは皆の力を合わせて突破口を探るしかない、と言いつつ俺に視線を向けてから荒瀧一斗へと視線を向けた。拘束を解け、ということだろうが、恩人権限というやつだろうか。

 

俺は荒瀧一斗を拘束していた岩元素を霧散させ拘束を解いた。後でフォローしようかとも思ったのだが、

 

「ふい〜…俺様に恐れをなして勝手に壊れやがったぜ」

 

なんて言っていたのでその必要はなさそうだ。そして荒瀧一斗としては恩人である煙緋の判断に従うらしい。荒瀧一斗が従うということは久岐忍も従ってくれるようで、否やはないようだった。

 

「にしても、総務司って夜蘭みたいな能力も必要なんだな…なんか大変そうだぞ…」

 

そして旅人もパイモンも煙緋の意見には全く反論しなかったが、パイモンがそんなことを口にした。煙緋と俺は顔を見合わせて苦笑すると、俺が先に口を開いた。

 

「夜蘭は一般的には総務司務めではあるが、明かせない身分も多々あってな。実際俺も全部の身分を把握しきれていなくて、驚かされることがあるんだ」

 

俺の言葉に煙緋も同意するように首肯いており、一方のパイモンはなるほど、と納得したような表情を浮かべると、

 

「オイラ知ってるぞ!そういう職業は大体冒険者だよな!!今回も煙緋の依頼に来てくれてるし〜」

 

そう言った。静まり返る洞窟内で旅人の小さい溜息の音だけが響き、それに反発するパイモンの声が再び響いた。俺もパイモンの能天気っぷりに少し苦笑しつつ、その場を離れた。後ろからは久岐忍の「食料と水は持ってきている」という真面目な話も聞こえてくるのだが、他には大体が「ッハ!そんじゃお前は空飛ぶチビ助だ!!」だの、「なんだとぅ!!だったら、お前は牛使い野郎ってあだ名をつけてやる!!」と言った荒瀧一斗とパイモンの言い争いの声と煙緋と久岐忍、そして旅人が諌めているような声だけだった。

 

「…夜蘭」

 

俺はブツブツ喋っている様子の夜蘭に話しかける。夜蘭は考え事をしていたからか俺の接近に気が付かなかったようで少し驚いていたが、しっかり返事をしてくれた。他の者は兎も角として夜蘭にだけは伝えておくべきだと判断したので、俺はこの空間が通常の空間とは異なっており、奇妙であることを告げた。

 

「実際、ここの空気の流れが止まっているからな。恐らくだが出口は今の所存在しない。正規の方法ではここから出ることはできないぞ」

 

言いつつ、俺は楽しそうに話している旅人達を一瞥してから、夜蘭に視線を戻し、

 

「あいつらのためにも早めに突破口を見つけ出すぞ。そのために俺には知っていることを話してもらうからな」

 

そう言った。夜蘭は観念したように肩を竦めると、

 

「ええ、わかったわ。かのアガレスと一緒に仕事が出来て光栄よ」

 

そう言った。俺はフッと笑うと、

 

「皮肉はいい。取り敢えず場所を移そうか」

 

とそう言うのだった。




志士…また、国家、社会のため自分の身を犠牲にして力をつくそうとする人。の意味ですね今回の話に関しては。私これなんだろうと思って調べたらほへぇ…ってなってました。


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第137話 業②

今回は短めでやらしてもらってます(?)

次回は恐らく長めになるかなぁ、と言った所で…。


夜蘭と共に少し場所を移した俺は、現状での推理を夜蘭に伝える。

 

「現状、俺達は何らかの空間に閉じ込められている。先程も述べたが、空気の流れを一切感じないんだ」

 

空気が流れていないということはここが断絶された場所であることを意味するが、先程落ちてきた穴からすら空気が流れていないというのは本当に妙だ。とはいえ、俺の感覚が打ち身によって鈍っているという可能性は捨てきれない。

 

しかし、夜蘭も同じ結論に達していたのか首肯くと、

 

「さっきまで私は一人行動だったけど、その時に秘境へ繋がる道を見つけたわ。まるでそこに自然に存在しているような佇まいだったけれど…私達がここへ落ちてきた時には絶対になかったはずのものよ」

 

そう言った。なるほど、空気の流れが無くてなおかつ先程までなかった秘境や道が増える、となると確実に黒幕がいるのだろう。普通に考えればこういったよくわからんことは全部『アビス教団のせい』で片付くのだが、生憎層岩巨淵は不思議なことが多々起きる場所だ。彼等の仕業とは断定できないだろう。

 

加えて指輪の通信機能にも影響が出ている。層岩巨淵に入る前も入ってからも結構話しかけてきていた影からの通信が、この空間に来てからは何もなくなってしまったのだ。旅人とは試していないが、少なくともバルバトスとも繋がらない。つまりこの空間は完全に外界とは切り離されているというわけだ。

 

俺は少し考えてから、

 

「…黒幕がいると仮定するとその秘境に入れ、ということなのだろうな。どうする?危険を考えるならここで救助を待つという手も勿論あるが、あまり期待はできないだろう」

 

そう言った。影には確かに俺の行き先は告げたが、層岩巨淵のどの辺りまでかは告げていない。加えて煙緋も旅人もそもそもが長期滞在が前提の任務であり冒険者協会の救援も期待できない。何より来た所で犠牲者が増えるだけのような気もする。

 

俺的には入っても最悪なんとかしようと思えば…なんとかなるだろう。ただ、それをするには元素爆発を使うしかないわけで、旅人達を護るためには俺に密着させねばならないだろう。なんか色々な意味でヤバいので元素爆発は使えない。何よりここは地下空間であるため空間を壊して崩落させでもしたら生き埋めだ。故に正攻法(?)を探して出るしかないのである。

 

夜蘭は顎に手を当てて少し考える素振りを見せると、秘境へ入ることに賛成してくれた。夜蘭は層岩巨淵の事情を詳しく知っていそうな雰囲気があるが、今の所はまだ聞かずにいようと思う。

 

ひとまず夜蘭と一緒に旅人達の下へ戻った俺は皆に通路とその奥に秘境への入り口が見つかったことを告げ、一緒に秘境の入り口付近へと移動してきた。それぞれなんでこんな場所に、との驚きは同じなようだが、煙緋は驚きつつも冷静に秘境周りを分析して、

 

「…秘境の周囲の岩石は本で読んだものと同じで、かなり古いもののようだ。つまりこの秘境はかなり昔からあるようだ」

 

そう言った。勿論この空間自体夜蘭や煙緋が把握していないことを考えると直近で出来たものでないことくらいわかるし、何より俺も知らない空間だ。実は俺と同郷のモノだったりして、なんて予想を立てては見たのだが、結局の所入ってみなければわからないということで考えるのをやめて秘境へ足を踏み入れるべく俺は進み始めた。

 

しかし、直後に俺達以外の誰かの気配を感じて立ち止まった。少し遅れて夜蘭もその気配に気が付いたらしく、警戒態勢を取っている。俺は知っている気配だったために警戒をしなかったが、夜蘭にとっては初めての気配だったためかかなり警戒している様子だ。

 

やがて現れた青年を見た俺と夜蘭以外の皆がそれぞれ知っている名でその青年の名を呼んだ。

 

「魈!?」

 

「降魔大聖!?」

 

そう、現れたのは仙衆夜叉のうちの一人、降魔大聖こと魈だった。パイモンはどうしてここに?と魈に聞いていたのだが、聞かれた当の本人は旅人を見て、それから他の皆を見て、最後に俺を見ると軽く頭を下げた。俺は視線だけで俺のことは気にせず目的を果たせ、と伝えると、魈は感謝を込めた瞳で俺を見てから、

 

「…我も今しがた降りてきたところだ。先程轟音が聞こえた故、確かめに来た次第だ。言っておくが我は他にすべきことがある故同行はできぬぞ」

 

パイモンの疑問にそう返した。だが、旅人が魈のすべきこと、というのが気になったのかそれが何なのかを魈に問い掛けた。魈は一瞬言うべきかどうか迷った様子を見せたが、

 

「…人探しだ。とにかくここはお前達が来るような場所ではない、早々に立ち去るがいい」

 

すぐに言葉を濁しながら誤魔化すようにそう言った。俺はふむ、と一つ唸ると、

 

「皆、俺は少し彼と話していくから先に秘境に入っていてくれるか?」

 

そう言った。魈が驚いたような顔をしているが、俺が話すと言っているからか消えるようなことはしなかった。夜蘭は俺に何か考えがあるものと踏んで同意してくれたようだ。一応、行動しているチーム?パーティ?のリーダーは夜蘭のようなものであるため、夜蘭が同意してくれれば他の皆も大体同じだった。勿論、荒瀧一斗は反発したそうだったが、そこは久岐忍がなんとかしてくれて俺と魈を除く全員が秘境の中へと入っていった。

 

「…さて、久し振りだな魈」

 

「…はい、お久し振りですアガレス様」

 

二人だけになった俺達はまず簡単に挨拶を交わす。そして俺は、

 

「この空間の異変には気付いているな?」

 

魈にそう問いかける。魈は俺の言葉に首肯きを以て返した。そして出る方法が今の所不明であることも彼に伝え、そして俺が聞きたかったことを聞くことにした。

 

「…人探し、と言っていたな。復活してから聞いたんだが、500年前にここ層岩巨淵で行方不明になった謎の夜叉がいると聞いたんだ。お前はその夜叉を探しに来たんだろう?」

 

かつて、岩王帝君に璃月を護るために招集されていた戦闘を得意とする仙人達は『仙衆夜叉』と呼ばれ、魈はその内の一人だった。だが、他の仙衆夜叉達はそれぞれの理由で死ぬか、行方不明になってしまった。そしてその根底にあるのは、『業障』と呼ばれる俺を蝕んでいた呪いに近いモノだ。

 

それが原因である者は発狂し悲惨で壮絶な死を遂げ、またある者達は同じく発狂し同士討ちによって死を遂げた。そしてある者は精神崩壊して行方不明になり、夜叉で唯一残っているのは魈のみとなってしまった。

 

救ってやれなかった俺が言えたことではないが、彼等に責任をなすりつけて矢面に立たせてしまったのは俺とモラクスの…落ち度とも言えるのだろう。

 

そして唯一仙衆夜叉で行方不明になっていたのは浮舎という名の夜叉だった。そして魈と浮舎はかなり交流のあった二人だった。その浮舎の行方と思しき話が、層岩巨淵の正体不明の夜叉の話だったというわけなのだろう。

 

魈は俺の言葉に首肯くことはしなかったが、雰囲気だけで浮舎を探しに来たのだとわかった。俺はそんな魈へ向けてそうか、とだけ呟くと秘境へ足を進め、秘境へ入る直前で苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている魈の顔を見た。

 

「…気負いすぎるなよ?お前達がああなってしまったのは…俺とモラクスにも原因があるということを絶対に忘れるな」

 

その言葉を聞いた魈は、

 

「…しかし、我は…!」

 

と俺の言葉を否定しようとした。だが俺はその言葉を手で制する。そして再び口を開いて、

 

「…わかっているさ。だから、ただの…友人からの忠告だとでも思っていてくれればそれでいい」

 

俺は最後に微笑みかけてから秘境内へと足を踏み入れるのだった。



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第138話 業③

旅人達の三人称視点です


層岩巨淵にあった秘境へとやって来た旅人達は眼前に広がる壮観な光景を見て皆一様に息を呑んでいた。宙に浮いているような場所に降り立った旅人達はまず辺りを見回し自分達が今いる場所について把握し始めていた。

 

正方形に近い人工物の床の中央部には不可思議な幾何学模様が存在しており、その中心部には台座のような構造物がある。そして東西南北それぞれの方向に紫、緑、黄、そして青色の異なる印字のようなものがあり、床は今いる場所を入れて6つあるがこのような台座などの構造物があるのは今いる場所だけで、他の場所には謎の装置のようなものしかないようだ。

 

そして今いる場所以外の床には紫、緑、黄、そして青色の印字がされている。それを見たパイモンが、

 

「見た感じ、あの装置を起動していけばいいってことだよな?」

 

そう言った。その言葉に旅人もうん、と首肯く。

 

「この建造物?は淵下宮にあった建造物とかと似てる気がするね。四隅にも入ったら飛んでいけるヤツがあるし…」

 

「言われてみればそうかもな。実はここも淵下宮の文明が作った秘境だったりして…うう、オイラ途端に怖くなってきたぞ」

 

「淵下宮には幽霊もいたもんね」

 

「思い出させるなよ!!」

 

若干の茶番を挟みつつ行動を開始しようとしていた一行だったが、夜蘭と煙緋だけは浮かない表情を浮かべている。そしておもむろに進もうとした旅人達を呼び止めると、

 

「…それなりに時間が経ったはずなのにアガレス殿が来ない、これは妙だと思わないか?」

 

煙緋は旅人達に向けそう言った。言われて初めて気付いた、とばかりにパイモンが驚いたように目を丸くし口を開いた。

 

「…確かに、アガレスは魈のヤツと少し話してから行く、って言ってたけどそれにしては遅すぎるよな…?」

 

パイモンのその言葉に夜蘭と煙緋は同調したが、それだけでは終わらなかった。

 

「私としては最大戦力が欠けた時点でここの秘境の探索を打ち切りたい所だけれど、そもそもの入り口が見当たらないから進むしかないわ。あのアガレスが死んでしまうとは思えないし…」

 

「ああ…旅人、まずはこの秘境を探索しつつ、アガレス殿を探してみよう。同じ秘境に入っているのであればなにか手掛かりがあるかも知れない」

 

夜蘭と煙緋のその言葉に少し不安そうだった旅人とパイモン、久岐忍は安堵の息を吐いた。荒瀧一斗に関してはふん、と鼻を鳴らすだけだったが少しだけ心配するような雰囲気を醸し出している。旅人、久岐忍、夜蘭、煙緋にはちょっとした照れ隠しのようなものか、とすぐにわかったようだ。

 

煙緋と夜蘭の二人は───というより煙緋は他のメンツに比べて長く生きており、経験も他に比べれば豊富だ。そして夜蘭もこの手の仕事をこなしてきた経験と実績がある。だが他のメンツはそうではない。だからこそ二人が冷静さを欠くようなことは出来なかった。例えその心中が決して穏やかでなかったとしても。

 

「それじゃあ、今度こそ探索を───「…ッ!」…って魈!?」

 

折角探索へ行こうとした一行だったのだが、突如何かが落ちる音が周囲に響き渡ったかと思えば、音の先にいたのは傷を負った魈だった。魈は周囲を見回すと、慌てた様子で飛び起きたのだが、傷の痛みに苦悶の表情を浮かべ、再び膝をついた。

 

そんな魈に駆け寄って治療を始める煙緋と旅人だったが、

 

「我のことはいい、アガレス様を見なかったか!」

 

酷く焦った様子で魈はそう叫んだ。何がなんだかわからなかったが取り敢えず誰も見ていないので首を横に振る一行を見て魈は更に焦った様子を見せるが、

 

「降魔大聖、そう慌てていては何を仰られたいのか、何をお伝えしたいのかわかりません。我々もまずはこの秘境を出ねばなりませんし、道中お話をお聞き致します。歩けますか?」

 

夜蘭のその言葉を聞いてギリッと歯噛みしてから返事はせずに無言で立ち上がると、一言だけ「すまない」と告げた。

 

 

 

「───それで、何があったんですか?」

 

旅人達が謎解きに勤しむのを横目に、夜蘭は煙緋に支えられている魈にそう問い掛けた。魈は少し言いにくそうに口を噤んでいたが、大きく息を吐くと話し始めるべく口を開こうとした。しかし、

 

───お前は私だ、そのくらいわかるだろう?

 

やけに鮮明に響いてきたその声によって中断せざるを得なくなってしまった。その声を聞いたパイモンがいち早く反応を示す。

 

「っ!今の声って!!」

 

「アガレスさんの声、だよね?」

 

そしてパイモンのその言葉に旅人が被せるようにしてそう言った。そう、響いてきたその声とはアガレスのモノだった。

 

「やけに鮮明だな…もしや近くにいるのだろうか?アガレス殿ー!!聞こえていたら返事をしてくれ!!」

 

鮮明であることから近くにいると予想したらしい煙緋は大声でアガレスに呼びかけた。だが特に反応はなく特に声も聞こえなくなっていた。

 

「…この感じだとアガレスは近くにいないみたいね。声は一方通行でただこちらに届いているだけ、って感じかしら」

 

夜蘭は少し目を細めながらそう推論を口にしたが、特に誰も反応することはしない。ただ旅人とパイモン、煙緋に関してはアガレスが少なくとも死んでいたわけではないとわかってホッとしているような雰囲気が明らかに出ていた。

 

「…やっぱりこのまま進むしかないようね」

 

夜蘭はそんな彼女達を見ながらそう呟いた。

 

 

 

1つ目のギミックを解き終えた旅人達だったが、再び声が響き渡る。

 

───わかっている。だが、後ろのヤツは誰だ?見た所この世界の服装ではないようだが。

 

「この世界の服装ではない…ってどういうことだろうな?」

 

「…わからないわ、今はただ耳を傾けるか先へ進むことしかできないし」

 

アガレスのものと思しき声は先程から意味不明な言葉を喋っており、かつ会話をしているようだった。旅人達が謎を解き進める中でアガレスの会話が止むことはなかった。

 

───わかっているはずだ。お前が()()この世界の存在でないということくらい。

 

───それは既に通り過ぎた道だ。俺の質問に答えろ、後ろのヤツは何者だ?

 

「…会話の内容から推察するに三人いるようね」

 

「アガレスが少なくとも二人いるってことか?オイラ、頭がこんがらがってきたぞ…あ、でも美味しい料理は二人で食べれば美味しさも二倍だもんな!わかるぞ!!」

 

「わかってないよねパイモン…あと二倍にはならないと思うけど…」

 

夜蘭の言っている意味を何も理解していないパイモンの言葉に旅人達は呆れて苦笑を浮かべるしかなかった。そうこうしている間にも謎解きとアガレスの会話は進む。

 

───此奴は複数いる私達が私達になる以前の存在…生きることからも死ぬことからも逃げ続け、挙げ句の果てに殺された愚かな存在だ。

 

───…なるほど、以前お前が言っていた『存在しないししてはいけない』というのはそういうことか。であれば───

 

「───よし、これで終わりなはず…!」

 

会話の途中で旅人の謎解きが終わってしまい、その瞬間轟音が響き渡ってしまったためそれ以上の会話を聞くことは出来なくなってしまった。実は装置を起動させる工程で魔物が湧いていたのだが、魈の素早い攻勢のお陰で夜蘭や煙緋がゆっくりアガレスの言葉を聞けていたのだ。

 

幾何学模様と台座のあった床が発光したかと思うと丁度対面の床へその光が一直線に伸び、床の一部が消滅し穴が出来ている。どうやらそこへ進め、ということのようで旅人達がそこまでやってくると地面がまるで溶けて消えてしまったかのようになくなっていた。

 

「…声はもう聞こえてこないわね」

 

夜蘭がおもむろに呟くと、思い詰めたような表情を魈が浮かべた。それを横目で流し見た夜蘭だったが特に触れるようなことはせず、

 

「なにはともあれ私達はこれで先へ進めるはずよ。行きましょう」

 

そう言って穴の中へ飛び込んでいく。残ったメンツもすぐに夜蘭の後を追って穴の中へと飛び込んでいくのだった。




魈君とアガレスの立場が逆転?しました

詳しい描写は次回か次々回に描きます


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第139話 業④

今回の話は長くなりすぎる予感がしたので二個に分けます
見るときは2話分見れる時間を確保してくださいね☆

アガレス「しれっと更に宣伝するな」

テヘッ☆

パイモン「テヘッてなんだよ!」


「───って、戻ってきてるじゃないか!!」

 

秘境を出たはずの旅人一行だったが、パイモンのその悲鳴の如き叫びからも分かる通り、元いた場所へと戻ってきていた。その言葉に久岐忍も同意しつつ、出発地点のようだな、と口元のマスクに隠れて見えないが神妙な顔つきで呟いていた。

 

「た、旅人…オイラ達、道を間違えちゃったのか…?」

 

全員事情がわからないことを悟ったパイモンが少し怖くなったのか、藁にもすがる思いで旅人にそう問いかける。しかし旅人はそんなパイモンの気持ちなど露知らず、

 

「道中分かれ道は無かったから間違えようがない」

 

首を横に振りながらそう言った。「旅人ォ〜オイラを見捨てないでくれよぉ〜うわあああ」と旅人の肩を揺するパイモンとそれをなんとか諌めようと頑張っている旅人達を尻目に、夜蘭は本当にこの空間が先程までいた場所と同じかどうかを調べている様子でキョロキョロと見回しながら壁に触れたりしている。ちなみに魈はすぐに「我はアガレス様を探す故、ここからは別行動だ」と言い残して既に離脱していたためこの場にはいない。

 

夜蘭の静止の声も振り切って焦った様子を見せていたため、アガレスに何かあったら、と考えていたようだ。

 

さて、そんな中少し震えている様子の荒瀧一斗が声を上げる。

 

「…そういや、稲妻にはこんな話がある。商人が夜道を歩いていると、狸が妖術で一晩中同じ所を彷徨わせ、夜が明けるまで抜け出せないとか…つまり俺達は今そういうのに遭遇してるってわけだ」

 

表面上は余裕そうにしている荒瀧一斗だが、久岐忍が鬼打牆だな親分、と言った瞬間心做しか体の震えが大きくなっていた。おまけに、とばかりにパイモンが周囲を軽く見回して、

 

「さっきまでオイラ達がいた空間のはずなのに、出口みたいな場所は一箇所も見当たらないぞ」

 

そう言いつつ嘆息した。そう、先程見つけた秘境への道も無ければ落ちてきた穴もなくなっている。完全に閉じ込められているようだった。荒瀧一斗はだが安心しろとばかりにニッと笑うと、

 

「荒瀧派の隠れ構成員、丑雄は邪気を払うことができる俺様のダチだ。今から丑雄を呼んでこの状況を動かしてやるぜ!!」

 

得意げにそう言った。だがパイモンは呆れたように肩を竦めると、

 

「なんで一斗が自慢げなんだよ…」

 

そう呟く。だが既に荒瀧一斗の耳には入っていないようで、やがて右手を大きく振り被るといでよ、丑雄!と叫んで虚空を殴る。その勢いに思わず目を瞑る旅人達だったが、やがて目を開けるとそこには、

 

「───モォ!」

 

大きい角を生やし、背には刺々しい装飾を背負う小さめの牛の姿があった。驚いたように丑雄を見つめる旅人達に丑雄は軽くお辞儀をするような仕草を見せつつ再びモォ、と鳴いた。それを聞いた荒瀧一斗には言っている意味が理解できたのか、

 

「お、丑雄が挨拶してるみてぇだぜ。お前ら、こいつのことは丑雄か丑兄貴って呼んでやってくれ!」

 

自慢げにそう言った。だからなんで一斗が自慢げなんだよ、とパイモンはツッコみたくなったがむぐっと口を噤んでそれを抑えると、口々に挨拶を口にした。そして何故丑雄を呼んだのか少し疑問に思ったらしいパイモンが荒瀧一斗に何故かを問うていたのだが、荒瀧一斗によれば「人手(?)は多い方が良いだろ?何より、丑雄は道を探すのが得意なんだ、コイツに案内してもらえば一発だぜ!!」とそういうことらしく、パイモンはなんとなく納得していたようだった。

 

そして荒瀧一斗は丑雄に道を探させようとしたのだが、

 

「よし、丑雄!俺様達のために道を───「待て、探したところで多分意味はないぞ」おわぁっ!?」

 

と響いてきた声で中断せざるを得なくなった。荒瀧一斗が驚いてバッと振り向いたその視線の先にはなんと───

 

「あ、アガレス…?」

 

───そう、何故かアガレスがいたのだ。

 

〜〜〜〜

 

「あ、アガレス…?」

 

驚いたような目でこちらを見る一行に向け俺は苦笑すると、

 

「あー、驚かせてしまったな、すまん」

 

思わずそう謝る。直後旅人達全員が驚いたように俺の無事を確かめていたのだが、夜蘭だけは俺を疑いの目で見ている。まぁ当然偽物の可能性はあるわけだからな。

 

俺はそんな彼女に本物であることを示すため、嵌めている指輪の内の一つを弾くと、

 

「これで証明できるな?旅人」

 

指輪に向けそう喋る。そして声は俺の口と旅人のつけている指輪から発せられていた。勿論この指輪は俺しか持っていないモノであり、どうあがいても入手出来ないものだ。それを理解している夜蘭はそこまで来てふぅ、と少し息を吐いた。

 

そんな中俺を心配している様子を見せる煙緋やパイモン、旅人に状況を説明すべく口を開こうとした。しかし、

 

「おい、俺様の見せ場をまたもや奪いやがって…!!」

 

荒瀧一斗が俺に指をさしながらそう言ってきた。かなり怒っているようにも見える。

 

いやごめんじゃん、と思ったのだがあのまま丑雄に探索させていても大した成果は得られていないだろう。勿論今回も久岐忍や煙緋も加わって諌めていたのだが、まぁ彼は元気?というか天下第一と名乗るくらいだからかなりプライドが高いようだ。俺は別に嫌いじゃないし、そういうのは可愛いと思うが、九条裟羅には嫌われそうだな、なんて適当に思う。

 

「それで、今の今までどこ行ってたんだよ?」

 

勿論すぐにパイモンのその言葉で現実に引き戻された俺は、少し考えてから首を横に振ると、

 

「それがさっぱり。秘境に入ったところまでは覚えているんだが気付いたらここにいたんだよ」

 

そう言った。その言葉にパイモンのみならず他のメンツも───旅人、夜蘭、煙緋を除いて進展がないことに少し落胆している様子だった。まぁ久岐忍はマスクで表情があまり見えないからわからないが、付き合いが浅いから嘘をついているという疑念は少なからずありそうだが、それが真実味を帯びることはないだろう。

 

そう、俺のこの言葉から分かる通り嘘をついている。本当は全然覚えているがこれは俺の存在の根幹に関わるモノだから言うことは出来ない。

 

 

 

何があったかを話すと、あの秘境に入った俺は真っ暗な空間に出た。先に入った旅人達がいないことを疑問に思いつつ少し探索をしようとしたところで自分とほぼ同一の存在を見つけた。どうやら、彼等は俺を除いて八体いるようだ。

 

まぁその存在っていうのは一周目の俺と、そして更にその前に存在していたと思われる『アガレス』が複数人のことだ。一周目というのは、俺が前々回の『終焉』の際神三柱分のエネルギーを消費して世界そのものをリセットした時に存在していた俺の人格だ。そしてそれより前、つまり俺がテイワット大陸に存在する以前に別世界で生きていた人格だ。イレギュラーを除けば、前者と後者を合わせて七体いる。それらが、皆一様に俯いて何かを囲んで見つめている。

 

それと驚いたことにこの七体の中には俺が前回の『終焉』を止めた際の人格も含まれており、聖遺物としての指輪を3対持っていることの証明がついた。

 

さて、それはともかくとして、俺ともう一体を除いた七体はわかる。それぞれ元素を持ち、彼らがいたから俺が全元素を扱えたのだということも。そして厳密にはやはり俺の力はテイワット由来の物ではないことも。

 

だが、唯一俺を除いたもう一体の存在だけはわからなかった。七体に囲まれていた彼は、見たことのない様式のベッドの上に寝そべり、見たことのない機械のようなモノが周囲に沢山あり、細いチューブのようなモノが彼の腕や鼻に刺さっている、或いは入っているのが見える。そんなチューブの内の一つは半透明な液体の入った袋に繋がっており、何かを注入されているのだとわかる。

 

他にその付近にある謎の箱のようなモノは波形と数字がそれぞれ色分けされており、そのどれも100に満たない数値を示している。

 

そしてその人物は『アガレス』という存在そのものではないように見える。全身が痩せ細っており、何より俺達と異なり黒髪黒目で稲妻人に多い特徴になっていると言える。全員銀髪赤眼である俺達と比べれば、既にこの時点で何かが異なっていると言えるだろう。

 

「───ようやく来たのだな、私達は手ぐすねを引いて待っていたというのに」

 

内一体が俺の方を見ながら口を開いて声を発した。

 

俺にはまだ、この空間のことも、そして今自分がどのような状況に置かれているのかも完全には理解出来ていなかった。だが、その声の主が何者かを知っていた俺は一応、

 

「…お前は一度目の『終焉』を止められなかった俺だよな?」

 

口を開いてそう問い掛けた。すると彼は否定も肯定もせずただ口の端を持ち上げて笑う。まるで馬鹿にしているかのようなその笑みに少し苛ついたが、自分に苛ついても仕方がないので心を落ち着かせ、今度はこの空間に関して問い掛けた。すると、

 

「ここはお前の心中を映す鏡のようなモノだ。中で私のみが喋る機能を与えられている」

 

機能?と疑問に思ったが口にも顔にも出さず、そのまま俺はなるほど、とだけ返した。なんとなくだが彼は決められたこと以外を話す機能がないのだと理解した俺は、

 

「私達は───「わかっている。だが後ろのヤツは誰だ?みたところこの世界の服装ではないようだが」

 

試しに次に紡がれた言葉を遮ってみた。だが、俺の意思とは関係なく話しているところを見るに無視しても良いのかも知れない。それはそれとして恐らく心中を映す鏡というのは間違ってはいないのだろう。だからこそベッドに横たわる存在のことが気になるし、俺と何の関係があるのかを知りたかった。

 

「…それで、一応聞くがソイツは誰だ?」

 

俺はそう問い掛けたが、やはりと言うべきか反応はない。俺はふぅ、と息を吐くと諦めて他の出口がないかを探すべく踵を返した。だが、

 

「───わかっているはずだ。お前が真にこの世界の存在でないということくらい」

 

不思議とそれが先程とは違い自分に向けられた言葉であるとわかった。俺は振り返らぬまま、

 

「それは既に通り過ぎた道だ。俺の質問に答えろ、後ろのヤツは何者だ?」

 

そう問いかける。明らかに機能外のことをしていることは明らかだったが、俺はその内わかるだろうから、と細かいことは気にしないことにした。後ろで少し動く気配がして間もなく、

 

「此奴は複数いる私達が私達になる以前の存在…生きることからも死ぬことからも逃げ続け、挙げ句の果てに殺された愚かな存在だ」

 

心底憎むかのような言葉が聞こえてきた。それは生半可な恨みではなく、恐らく数千年、或いはそれ以上の月日を重ねて恨みを募らせてきたかのような言葉だった。

 

「此奴はこの世界とは異なる世界…元素が超常の力と称される世界において生を受け、周囲に迷惑をかけ続けていたことを自覚しつつも自らを変えることが出来ずに結局殺された哀れな男だ」

 

その言葉を聞いた俺はハッとして俯いたが、言葉は残酷に尚も続いた。

 

「此奴を殺害した者は此奴の大切な存在をも殺した。加えて最後を看取ることは出来なかったようだ」

 

───俺の誰かと繋がっていたいという本質も。

 

「そして此奴には力がなかった。故に全てを護れる力と理不尽な世界を壊すことのできる力を求めた」

 

───俺の大切な存在を護りたいという本質も。

 

「だからこそ、死ぬわけにはいかなかったのだろう。死ぬ間際強く願ったのだ、こんなところで終われるか、と」

 

───俺がこの世界で何度も蘇ったのも、全てこの一人の人間から始まったことなのだ。

 

その瞬間、グツグツと俺の中で激しい怒りが煮え滾ったが、一度深呼吸してそれを吐き出すと、

 

「つまりこう言いたいのか?俺達の存在はこの世界にとってイレギュラーであり、俺さえいなければ『終焉』が起きること無く滅亡の危機に瀕することは無かったと?」

 

天を仰ぎながらそう告げる。彼はその問いに対して答えを提示しなかったが、その沈黙こそが答えだった。

 

死にたくない癖にこの世界に自分が不要だと考えていていっそ死にたいとまで思っているのだコイツは。

 

俺は以前一周目の俺に言われた言葉を思い出して少し笑うと、

 

「なるほど、以前お前が言っていた『存在しないししてはいけない』というのはそういうことか。であれば…いや、そうであっても俺のすべきことは変わらない」

 

俺───否、俺であったモノ達を睥睨しながらそう呟き刀を抜き放つ。確かにこの秘境は俺の心を忠実に映し出しているモノなのかもしれないし、恐らくこれに関しては事実なのだろう。

 

だがあくまでも秘境の内部であり外に出る条件があるはずだ。そしてそれは恐らく───

 

 

 

───とまぁ実際の所はあのベッドの上にいた人間を倒すだけだったのだが、なんというか中々面倒くさかった。

 

全元素を扱えるのが二人、他それぞれの元素を一つずつ使ってくるヤツらもおり、それぞれが連携して俺を殺しにかかってくる。なんていうか性悪な秘境だと感じたし、倒しても復活してくるので物凄く面倒臭かった。元素爆発を使ってしまおうかとも考えたが、それは奥の手だから今は使えないと判断した俺は向かってくる俺の分身のような存在を殺さずに敢えて過負荷反応と風元素で大きく吹き飛ばした。僅かな隙ではあるが、無抵抗の相手を殺すには十分すぎた。

 

そうして出てきて今に至る、ということだ。結局の所秘境の中で与えられていた役割以上のことをしたあの存在は一体何だったのかは俺にはわからない。ただ一つわかったのは、俺は俺自身をまだ完全に把握しているわけじゃないらしい。

 

俺は少しの間黙っていたのだが、そんな俺を怪訝そうに見る一行へ向けて告げる。

 

「取り敢えずは無事に再会できたんだし、お前達の状況も教えてもらうぞ」

 

「…まぁ覚えていないのなら仕方ないわね…先ずはこっちで起きたことの詳細を伝えておくわ」

 

そして俺の言葉を聞いた夜蘭が口を開いて状況を伝えてくれた。大体把握したのだが、確かに秘境を突破して出口ではなく上から落ちてきた場所へ戻ってくるというのは少し妙だな。現に俺も同じ現象が起きていた訳だし。

 

「…まぁ一旦休息を摂ろう。整理する時間が欲しい」

 

体感的には1時間位だろうか、休まずにここでずっといたとなると精神的疲労は皆も大きいことだろう、と思って俺はそう提案した。その提案に旅人達や夜蘭、煙緋、久岐忍が賛同してくれたため休息を摂ることにしたのだった。

 

余談だが、荒瀧一斗は「俺様はまだまだ元気だっつーの!!」と何故か俺に対抗心を燃やしていたが、煙緋の言葉で諌められていた。どうやら俺がいない間に仲良く(?)なっているらしい。

 

なんていうか、学校へ通う際に入学してすぐ体調不良で休んで、少しして学校行ったら既に自分以外の仲良しグループが出来上がってた人の気分だ、なんて場違いなことを思うのだった。




次々回からきっっとタイトル変わるはず…手抜き()タイトルともおさらばってことね

アガレス「わかってるなら手抜きすんなよ…」

仕方ないじゃん!毎回考えるの大変なんだからね!!

という小話です。真面目に毎回タイトル考えるの大変なんですが、まぁ私がなんとなくわかりやすいように付けてるだけなんですねーこれ
ちなみにこの話は結構前々から考えていたんですが、ここまで続けられると思っていなかったという()


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第140話 業⑤

休憩中、腹が減っては戦はできぬという諺があるというように久岐忍が持ってきていたスミレウリを串に刺して焼いている。少し美味しそうだが腹は減っていないので俺は遠慮しておくとしよう。

 

そんな焚き火の近くにいた旅人だが、疲労感からか眠っており、そんな旅人の近くでパイモンが心配そうに彼女の顔を覗き込んでいる。

 

荒瀧一斗と久岐忍、煙緋は同じ場所におり談笑しているが、夜蘭は一人のようだ。相変わらず単独行動が好きなのか、と思ったが今は仕事モードだからだろう。

 

そういえば魈の野暮用はなんとかなったのだろうか?と思っていたのだが、煙緋の声が少し聞こえてきた。どうやら、魈は俺と別れた後旅人達と合流したらしい。ところが秘境を抜けてからは俺を探すと言っていなくなってしまったらしい。先ず間違いなくまた面倒事に巻き込まれてしまったのだろうが魈なら問題ないだろう。

 

さて…この秘境に飲み込まれてからどれくらい経っただろうか。疲労感的には3日くらいだろうが、疲労というものをあまり感じない俺にとっては疲労感は当てにならないから…あれ、理論が崩壊したな。脳の疲れ方的には三日間くらいだろう、うん。

 

「旅人ぉ…目が覚めたんだな〜!」

 

などと考えていたらパイモンのそんな声が聞こえてきた。どうやら旅人が目を覚ましたらしく、おはよう、なんてやり取りをしていた。何故かパイモンが泣きじゃくりながら旅人に抱きついている。旅人はそんなパイモンの様子に困惑していたが背中を擦ってよしよししていた。やはり仲良しだな…相棒か、モラクスやバルバトスなんかがソレに当たるのかもしれないが…う〜ん、と微妙にならざるを得ない。そもそも俺のように国を持たない神なんて千年以上見ていないしな。

 

「おはようパイモン…一日くらい寝た気がする…」

 

旅人はあくびをしながらそう呟いている。その言葉を聞いたパイモンが驚いたように旅人を凝視し、

 

「何言ってるんだよ!!あのまま何ヶ月も目を覚まさないから心配したんだぞ!!」

 

そう言った。その声にその空間にいた全員の視線がパイモンに集まった。無論、俺もその内の一人である。

 

旅人は一日、俺は3日…そしてパイモンは数ヶ月。この空間に来てからの時間の感覚がそれぞれ違うというのは奇妙な感覚だ。他の皆にも確認を取ってみたが、どうやら全員それぞれ異なっている様子だった。

 

「私は一週間程度だと思っていたんだが…妙だな」

 

煙緋がそう呟きつつも結論は今の所出なかったのか首を横に振ると、

 

「とりあえず私達にも収穫はなしだ。結局今日も出口への糸口は見つからず…」

 

少し憔悴した様子を見せる。それに目敏く気付いた久岐忍が「ずっと根を詰めていたからな。水分補給をして休んだほうが良い」と煙緋を労っている。

 

実際どうやってこの空間から脱出するのかはわからないというのが現状だ。元素爆発などで強い衝撃を与えれば空間に歪みを起こすことは可能だろうが…それこそ最終手段だ。何より俺の元素爆発は周囲を巻き込むことに加え手加減が難しい。そしてこの空間の強度自体不明瞭だ。何もかもが曖昧過ぎる。

 

下手に強い力を加えれば…最悪自分達が空間ごと壊れることになるだろう。そうなれば待っているのは否応のない死だ。そうでなくとも精神的に磨り減っていき発狂…何にせよこの空間を脱出しなければ未来はないだろう。

 

「…いや、待てよ?」

 

俺のその思わずといった呟きに、その場にいた全員の視線が集まる。

 

「…妙だな。パイモンはこの空間に来てから数ヶ月…その他の面々もそれなりに時間は経っていると感じており、かつそれは総じて一日以上…お前達は空腹感を感じているか?」

 

その言葉に、全員がはっとしたような表情を浮かべ、久岐忍は焚き火の付近で串に刺さって焼かれているスミレウリを見ている。

 

焼いたは良いものの、遠目では焼けていないようにも見えるそのスミレウリは、誰かが食べようとしたわけでもなければ誰かが空腹だと騒いだわけでもない。ただ、久岐忍が気分転換や、それこそちょっとした腹拵えのために焼いたものだったようだ。

 

だが、沢山ご飯を食べそうなパイモンも荒瀧一斗も腹が減ったとごねてはおらず、煙緋はこの状況を「まるで肉体が停滞しているようだ」と評したが正しくその通りのような気がする。他にも精神的なものはともかく、肉体的な疲労度はこの空間へ入る前とほとんど変わらない、と言っていた。休んでも回復することもなく、逆に悪くなることもなかったようだ。

 

正しく、『停滞』しているのだろう。そして俺を探しに行った魈が戻ってこないことに加え、旅人が魈が呼びかけに反応しないことを告げた。

 

魈…いや、降魔大聖は一見つっけんどんとしているが、自分が一目置く存在には結構甘い奴だった。旅人のことは彼も一目置いており、尚且べた褒めしていた。その旅人の呼びかけに応じないということはまたトラブルに巻き込まれているのだろう。

 

「…魈が戻ってこない辺り…何かに巻き込まれているな。俺を探しに行ったのなら、また秘境に入っているはず」

 

となればまた秘境の入り口か何かを見つけねばならないだろう。それにはまた…何らかの行動を起こさなければならないのだが、最初の時点でなぜ突然秘境が現れたのかは不明だ。いやそもそも、夜蘭はどうやって新たな通路を見つけたのか。

 

いや、考えてもこれは意味のないことだ、現に彼女が最も執念深く出口への道を探っている。そう考えれば見つかるのは妥当だ。

 

「…皆、ようやく道を見つけたわ」

 

現に今も、夜蘭は新たな道を見つけてきた。夜蘭がやって来た方向に新しい道があったらしい。それなりに長い時間探索していて今見つかったとなると、何らかの要因で新しい道が出来上がったと見たほうが良さそうだな。

 

さて、焚き火を消し、スミレウリを回収した後、夜蘭の案内で新たな道へとやって来た俺達はなにもない場所に案内された。出口だ出口だと一様に騒ぎ立てていた者達は思わず残念そうな溜息を漏らした。

 

まぁ、俺も同様ではあるが夜蘭は無意味なことはしない。ということはこの空間に何らかの秘密があるのだろう。実際、それが何かは今の俺にはまだわからないが。

 

そう思っていると、夜蘭は少し先にある若干膨らんだ岩の辺りに手を当てると、少し叩いていた。そしてその音は硬い岩を叩いた時のコンコンという音とは異なり、タンタンと少し反響するような音だった。

 

「…その奥に空間があるな」

 

俺の言葉に夜蘭は振り向きつつ首肯く。どうやら、ビンゴのようだがよくもまあ見つけたものだ。正しく執念だろうが、根を詰め過ぎているようで、若干だが憔悴した様子を見せている。だが顔色が僅かに青くなっているだけで身体的な疲労感は見て取れない。恐らく精神的なものだろうが、恐らく俺以外は気付かないほど細かな変化だ。

 

そんな状態で尚夜蘭は説明を続けようとしている。

 

「加えて、気付かれにくくするような加工も施されている…俗に言う、『隠蔽の術』が施されているようね」

 

全ては通路を隠し通すため、か。明らかにこの空間は人の手が加えられ、そのどれもが精神を摩耗させることに特化している。そして何より、この空間を作成した存在は性格が悪いことに、意思ある存在の精神が如何様にして疲弊していくのかを理解しているようだ。

 

まず地下へ落ちてきてからの出口を探そうとする心理を利用して道を作る。無論、そこへ至るまでも一筋縄ではいかず、ある程度の時間をかけて新たな道を見つけねばならなかった。加えて現れたのは秘境であり、秘境を出れば元の場所に戻れるだろうという希望からの、まだ脱出できていないという絶望。

 

テンションの上げ幅を激しく上下させることによってメンタルを上手い具合に…悪い意味で操っているようだ。

 

さて、皆が口々に夜蘭への称賛や、ここから出られるなどの言葉を口にしている間に、隠蔽の術を解いたらしい夜蘭は、

 

「さぁ、先へ進みましょう。この先に…出口があると良いのだけれど」

 

前半を皆に聞こえるように言い、後半を誰にも聞こえないように小声で呟いていた。俺には聞こえたが、他の者には恐らく聞こえていないだろう。

 

…そうだな、出口があるなら…ソレに越したことはない、と呟こうとして俺は言葉を止める。どうやら俺も多少疲れているらしく、感情に歯止めが少し利かないようだ。

 

一緒にいて心休まる彼女のことを思い浮かべながら、俺は精神の安定化を図りつつ、先へ進んでいくのだった。



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第141話 業⑥

一ヶ月一回投稿…挫折───


秘境内はどうやら、旅人達によって既に攻略されている場所だったようで見覚えがあると言っていた。勿論、それぞれの時間の流れ方によって感想は様々あるようだったが、朧気ながら全員覚えているようだ。無論、俺は来たこと無いから初見だが。

 

さて、以前行った場所を覚えていた夜蘭だったが、足場が消えているらしいことに気が付き足を止めた。今までのことを察するにこれもまた罠だろうが、行かないことには変わらないだろう。俺としても、もう少しこの空間を理解するのには時間がかかる。だからこそ進むしか無く、先程と同じ結果になることも自明の理だろう。

 

しかし、そんな時だった。

 

───ア…様が…死地に…事実だ!!だが…時に…救…だ!

 

どこからともなく、声が反響して聞こえてくる。その声にいち早く反応を示したのは意外にもパイモンだった。

 

「オイラ達、前もこんな声を聞いたよな?前はアガレスの声だったけど…」

 

要するに皆で秘境に入っていた時のことだろう。その時に俺の声が聞こえていたと言っていたが、まさかこのような形だったとは。

 

「声は遠いわね。前ほど鮮明には聞こえないけれど…」

 

パイモンの言葉に夜蘭は首肯きつつそう呟いている。

 

まぁ一先ず、この声は間違いなく魈の声だろうから、生存は確認できたと見て良いようだ。これすらも空間による罠の可能性もあるが…その疑心暗鬼こそこの空間が欲しているものだったりしてな。

 

それに、先程の音声からは戦闘音のようなものが聞こえてきた。魈は戦闘中なのかもしれないが…まぁ音声自体が途切れ途切れなため聞き取りづらかったが、彼は夜叉でありそれ相応の実力もある。あまり心配することはないだろう。

 

というのを皆に伝えた俺は、足場の消えている場所に目を向けた。明らかに入って下さい、と言わんばかりである。この空間の特性をまだ理解できていないから少し危険かもしれないが、この中に行く以外進むべき道はない。

 

「じゃあ皆、一先ずこの先へ進もうか」

 

俺はそう皆に声をかけて、全員が首肯いたのを見てから中へと入るのだった。

 

 

 

穴の先はかなり深く、気がつけば秘境の外に出ていたようだ。下には水も見えるから落下の衝撃は吸収してくれそうだ。それはそれとして念の為風元素を使って浮上しておく。少しして荒瀧一斗が途中の岩に尻をぶつけたり、それを見た久岐忍が溜息を吐きながら軟膏を塗っていたりとちょっとしたトラブルはあったが、全員無事に下へと降りることができた。

 

降りた先はさして広くはない空間だったが、地下水源の終わり目に構造物が見える。俺と夜蘭を除いて荒瀧一斗の尻について話していたのだが、思わず笑ってしまうくらいには面白かった。なんというか、荒瀧一斗は正しく天然のムードメーカーと言ったところだろう。

 

それはそれとして妙な構造物だ。門のような構造物であり、似たようなのであればそれこそ淵下宮で見た覚えがある。

 

さて、考察している俺の傍らで荒瀧一斗が門を開けようとして体当たりをしていたのだが、そのすぐそばに門を開けるための装置があることを失念していたようだ。荒瀧一斗はそれに気づいてしまい、恥ずかしそうに肩を震わせていた。

 

彼のフォローは一番慣れているであろう人、もとい久岐忍に任せて門が開くであろう装置に触れる。すると少しの地揺れと轟音と共に門が開いてゆく。絶賛落ち込み(?)中の荒瀧一斗だったが、それを見た瞬間「俺様の手柄だ!一番乗りはもらうぜ!!」とばかりに突っ込んでいく。

 

なんとなくわかってきたのだが彼は恐らくなんとか役に立とうとしているのではなかろうか。なんだかんだ、この空間に落ちてきたのは彼のミス、ということになるだろう。そしてそれは彼自身わかっているはずだ。だからこそ何があるかわからない場所に向け、いの一番に飛び込んだ…という見方もできる。

 

門が開いた時に目を輝かせている辺り全然そんなことないような気もするのだが、きっと勘違いに違いない。

 

さて、門が開いて中に入った荒瀧一斗だったが、特に何もない中の様子を見て困惑し、外にひょっこり顔を出した。

 

『貴様…うちの子に何をした!!』

 

「へっ?おわぁぁぁあああ!?」

 

その時、背後から声をかけられた荒瀧一斗は驚きのあまり門の中から飛び出してきてしまった。そして荒瀧一斗が振り向く時には既に門は閉まっている。俺の位置からは何も見えなかったのだが、煙緋には先程の一瞬で荒瀧一斗の背後に人がいたように見えたらしい。

 

ということで、もう一度荒瀧一斗が恐る恐る中に入ると、今度こそハッキリ人が現れた。よく見れば中は六畳一間程度の広さをしており、中央部には机がある。そして子供が一人、その両親と見られる男女が一人ずつ存在していて、皆一様に稲妻の服装をしている。

 

女性は子供の頭を撫でており、男性は荒瀧一斗を睨めつけている。そして男性の左手にはこぶし大の袋が握られており、男性は右手をその袋に突っ込むと荒瀧一斗に向け投げつけていた。

 

程なくして半べそかきながら逃げてきた荒瀧一斗は「っ…俺様としたことが、迂闊だったぜ…」とカッコつけていた。先程投げられていたのは豆で、鬼である荒瀧一斗は豆に触れただけで重度のアレルギー症状が出るらしかった。

 

俺は口をへの字に結んでいたためか、旅人に心配そうに顔を覗き込まれた。それに気づいた俺は苦笑しつつ心配ない、と返すと、

 

「…一斗、先程の光景はお前が過去に経験したものか?」

 

今度は荒瀧一斗に視線を向けつつそう問いかける。すると荒瀧一斗は怪訝そうに首を傾げながら、「あー、あったようなー…なかったようなー」とよくわかっていない様子だ。うん、彼に期待するのはやめよう。

 

さて、それはそれとして…と俺は皆に視線を向けた。荒瀧一斗のお陰で色々とわかったことがある。だがそれを確かめるには別の人に入ってもらうことになるだろうが…久岐忍が行きたがっているようで、機を窺っている。

 

「じゃあ、次は忍に任せよう。一斗繋がりで」

 

「私で良いのか?ふむ…アガレスさんがそう言うなら、私が入ろう」

 

一斗繋がりというのは全くの冗談であるため特に意味はない…というわけではない。一斗に限らず、彼らは稲妻からわざわざ来たのだ。俺の予想が正しければこの秘境に入った人の過去の出来事によって場所が変わるはず。

 

一斗は確か稲妻から出たことはなかっただろうし、過去の出来事が反映されるとすればほぼ確実に稲妻が反映されることだろう。そしてこの空間の特性上、俺たちの精神を逆撫でするような記憶を再現、或いは捏造して我々の前に具現化させる。

 

さて、久岐忍の場合では璃月での経験がある。話を聞いた限りだとトラウマになるような出来事はないだろうから、こちらも稲妻での出来事でなにかトラウマがあればそれが反映されることだろう。

 

扉を開いた久岐忍だったが、予想通り中は稲妻の家だった。中には、久岐忍と同じ、緑色の髪色をした女性の姿がある。久岐忍はその女性にゆっくりと近づくと、女性は突如反応して振り向くと、

 

「ちょっと忍!また本なんか読んで…貴女は早く鳴神大社で巫女をやりなさいっていつも言ってるでしょう!折角私が苦労して手に入れたお仕事なのよ?」

 

キッと睨めつけながらそう言っている。そして忍はたじろぎつつ戻ってきた。なるほど、どうやら忍は過去に親に生きる道を定められていたようだ。そんな彼女が荒瀧派にいるのは、どこまでも自由な彼等に憧れたからであったりするのだろうか…まぁ今はいいだろう。

 

───にしても巫女姿の忍さんか…いやー!見たいっ!!公式さんでなんとか映像化してほしい…。

 

一瞬だが頭痛がした。そういえば…俺が復活してからも記憶障害の際は頭痛が起こっていたな。もしかして、何かを思い出しかけたのだろうか。

 

それはともかくとして、取り敢えず仮説は立証されたようだ。少なくとも俺達に不快感を植え付けるような構造になっている門のようだ。

 

「…先程の声は…巫女になれと言われていたようだが?」

 

煙緋が心配そうに久岐忍に向けて声をかける。久岐忍は、はぁ、と溜息をつくと大丈夫だ、と告げつつ先程の声は自分の母親だ、と皆に告げた。

 

「…私は家族に巫女になれ、と再三言われていてな。それが嫌で璃月の学校に通ったんだが、それもずっと反対されていて…卒業して稲妻に戻ってきた今でも巫女になるように勧められているんだ」

 

久岐忍の声は平坦だったが、その声には悲嘆が漏れ出ていた。

 

「巫女、という職業は待遇も良い。だから家族は…私のしたいことより、家族のために働くことを強制してきているんだ。だけど私にとって『自由』とは必要不可欠なものだ」

 

できないわけではないが、したくない…とそういうことか。久岐忍を取り巻く環境は決して良いとは言えなかったが、恐らく友人関係には恵まれていたのだろう。

 

「かーっはっはっはっは!!忍!!今のお前の堂々とした姿が答えじゃねぇか!この荒瀧派の仕事はお前に向いてるってことだな」

 

「ああ、仕事は興味のあるものに就くのが一番だ。きっと君の能力なら、別の選択肢もある」

 

「長く生きているからこそ言えるが、仕事には向き不向きの他に、肌感に合うか合わないかがある。そして後者は周りの環境と自分の考えが重要だ。忍の場合、今の職場で満足しているのなら、それで良いと思うぞ」

 

俺も含めて口々に久岐忍への思いを口にした。そうして慰められた彼女は面頬越しでもわかるほど顔を赤らめていたが、小さく謝意を口にするのだった。




…うん、長くなった(白目)

アガレス「…君描写足しすぎね」


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