スーパー戦隊が大好きなので、デカマスターを目指そうと思います (ペペック)
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特撮ファンとゲーマー少女
久我透。
近所のフィットネスクラブのジムトレーナーを勤める彼は、現在自室のパソコン画面に映る少女とテレビ電話をしながら苦笑を浮かべていた。
「んで、姉さんにゲームを禁止されちゃったわけか」
画面に映る少女は机に突っ伏した状態で明らかに落ち込んでおり、まるでこの世の絶望を直面したかのような目で透を見返してくる。
『もう最悪だよ~。次に買う予定のゲームは大手ゲーム会社が新しく発売するって話だから、予約が殺到しているって評判なのに……』
「まああれだけゲームしてたら学力が落ちるのも仕方がないと思うぞ? 理沙ちゃん」
彼女、白峰理沙は透の姉の娘………つまりは透の姪っ子にあたる。まだ高校生でありながら数多くのゲームに挑戦してきた、その道では有名な筋金入りのゲーマーである。しかしそんなゲーマー根性が災いしてか、ここ最近は学力の伸びが悪くなりかけているそうで、次のテストで好成績を出すまでゲーム禁止と母親から言われてしまったらしい。
「ちなみに次はどのゲームに手を出すつもりだったんだい?」
『『New World Online』ってタイトルなんだけど、先行無料版を体験したプレイヤーによると自由度がかなり高いゲームなんだって』
「ふ~ん」
しばらくため息をつくだけの理沙だったが、ふと何かを閃いたかのようにガバリと頭を上げた。
『………あ、そうだ! 私がゲーム解禁するまで、試しにおじさんがやってみてよ!』
「は?」
キラキラした目で言った内容に、透は思わずまの抜けた声を出して固まってしまう。
『それでゲームの感想聞かせて!』
「い、いや………俺はゲームなんてポ○モンをちょっとかじったくらいで、VR系はおろかMMO自体やったことがないんだが……」
『お願~い! お金はこっちで出すし、つまらなかったらやめてもいいから!』
両手を合わせて必死に懇願する姪の姿に、透はぐっと言葉がつまってしまう。どうにも昔から理沙に『お願い』されると、断る気になれないのだ、
「………しょうがないなあ」
『ありがとう~!』
ここはかわいい姪っ子の頼み、人肌脱いでやろうと透は肩をすくめる。
『じゃあVRMMOの初心者向け使用方法をそっちに送るから、よろしくね!』
そう笑顔で言い残すと、理沙はテレビ電話を切るのだった。
「はあ………ついOKしてしまったけど、オンラインゲームなんて出来るかあ?」
とはいえ一度引き受けてしまった以上は仕方ない。ひとまず理沙が欲しいと言っていた『NWO』というゲームについて調べるべく、ネットで検索してみる。
「えっと『NWO』は……ああこれか」
剣と杖を持つ男女のイラストが描かれた、いかにもファンタジーなゲームのパッケージ画面が検索結果に出る。カーソルでイラストをクリックすれば、値段と起動に必要なハードが記載されていた。VRゲームとしてはまあまあな値段だと思われる。
「理沙ちゃんは金払うって言ってたけど、やっぱり良い大人が高校生に買ってもらうのもあれだからな……」
購入画面の『予約する』をクリックし、いつも使っている宅配サービスで届くように設定する。後は発売日に自宅で受け取れば、すぐに遊べるだろう。とここで理沙からメール通知が来たので開いてみる。
『ゲーム初心者の心構え!
一、本名プレイは厳禁!
二、オンラインゲームにおける主なステータスは七つ。HPは体力、MPは魔力、STRは攻撃力、VITは防御力、AGIは素早さ、DEXは器用度、INTは知力。ちなみに知力は魔法攻撃力で、器用度はクリティカル率と素材のドロップ率に左右されるよ!
三、貴重なスキルやアイテムは他言しちゃダメ!
eto………』
「はは………熱意が凄いなあ」
理沙のゲームに対する拘りは前から知ってはいたが、今回はわをかけて気合いが入っているように見える
(きっと理沙ちゃんにとってのゲームは、俺にとっての『彼ら』みたいなものなんだろうなあ……)
一通りメモに目を通してから、透は椅子をクルリと回転させてテレビに向き直る。テレビのリモコンを手に取り画面とレコーダーの電源を入れ、中に入ってあるDVDを再生させる。
『特捜戦隊、デカレンジャー!!』
今回透が視聴するのは大人気特撮シリーズ『スーパー戦隊シリーズ』。中でも透が最も大好きな作品である『特捜戦隊デカレンジャー』だ。タイトルコールとナレーションが終わり、スタイリッシュな主題歌が見る者のテンションをあげる。
『ざっと数えて百体か………勘を取り戻すにはちょうどいいな』
物語の前半部分が終わって後半部分に差し掛かろうした時、青い犬獣人のキャラクターがサングラスを投げ捨てて構えるのを見て透の興奮が最高潮に達する。
『エマージェンシー! デカマスター!!』
ヒーローのお決まりである変身音と共にスタイリッシュなスチールブルーのスーツ姿となった。
『百鬼夜行をぶったぎる、地獄の番犬! デカマスター!!』
ヒーローが決め台詞と決めポーズを終えたタイミングを見計らい、透は画面を一時停止してから深く深呼吸する。
「………やっぱりかっこいいなあ、ボス」
ハイヌーン・ドッグファイトは何回見ても飽きない
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特撮ファンと初期設定
それから数日後、発売日を迎えたと同時に透の自宅に『NWO』のソフトと専用ハードが届いた。早速中身を開けてハードの電源を入れた透は、理沙からもらったメモを参考に初期設定をしていく。
「こんなもんか? じゃあやってみるか」
一応最終チェックをしてからVR用のグローブとヘッドギアを装着すれば、電子音と共に視界が明るくなっていき思わず目を伏せてしまう。しばらくすると五感に変化があり、おそるおそる瞼を開けば水色の広大な電脳風景が目の前に広がっていた。先ほどまで自室の椅子に座っていたとは思えないほどのリアルさに、透は思わず感嘆の息を漏らす。
「これがVRの中か………っと、まずは名前を決めないとな」
目の前には『名前設定』と書かれたウィンドウが開かれており、あいうえおとアルファベット順に入力文字がある。おそらくここで入力するのがゲームでの名前になるのだろう。
「理沙ちゃんのメモによると、本名はダメだっていうしな………何にしよう」
『久我透』の名前をアナグラムにするというのはどうか。いや、それはそれでありきたりすぎる。どうせならもっとかっこいい名前にしてみたい。
「………『ドギー』とか?」
かっこいい名前ときて透の脳内を過ったのは、彼が大好きなヒーロー『デカマスター』の名前だった。だがふと我に帰って頭を振った。
「いやいやいやいや、さすがにボスの名前を名乗るのは恐れ多いというか……」
だが透にとって一番かっこいい名前というと、これしか思い浮かばない。ウンウン唸りながら悩みに悩んだすえ、透は自ら妥協案を下した。
「『クルーガー』。これならまだいいよな?」
そう言い聞かせるように『ドギー・クルーガー』の名字の方を入力し、決定ボタンを押せば今度は透を囲むように半透明の武器が浮かび上がり、彼の周囲をゆっくりと周り始める。
「次は初期装備か。大剣、片手剣、メイス、杖、弓、斧、槍、大槌………へえ、大盾なんかもあるのか」
どうやら武器ごとにステータス補正が変わるらしく、武器の説明文を一つ一つ読んでから透は再び考える。
「ん~、こういう動き回るゲーム自体初めてだが………ここはどれにするべきか」
ちらりともう一度武器を見渡していると、透の目に剣が止まる。
(剣か………)
一番オーソドックスな武器という点もあるが、『デカマスター』のメイン武器が剣だったことに惹かれたのだ。
「よし! まあどうせ初めてだし、ここはボスと同じく剣でいくか」
刀剣類の武器は『大剣』『片手剣』『短剣』があるが、『デカマスター』の愛剣『ディー・ソード・ベガ』は片手で使用していたので、この中では片手剣が一番近いだろうと判断してそれを選択した。
次の項目はステータスポイントの振り分けだ。振れる数値は全部で100あるが、どこにいくつ振るべきか再び透は悩む。
「理沙ちゃんによると、STRが物理攻撃力でVITは防御力。AGIが素早さでDEXが器用度で、クリティカル率とモンスターを倒した際のアイテムを落とす確率が上がるんだったか。INTは知力、つまり魔法攻撃力。HPとMPはそれぞれ体力と魔力で、魔力は魔法を使うのに必要なんだっけか」
透はしばし考えてから、ひとまずINTとMPには振らないことに決めた。
「ボスは魔法なんて使わないしな。ここはやっぱり攻撃力とかに振ったほうがいいだろう」
そして他のステータスに振ろうとしてあることに気付いた。
「ん? これもしかして、20ポイントずつ振れるんじゃないか?」
INTとMPを除外して残ったのはHPとSTRとVITとAGIとDEXの五つ。ステータスポイント100に対して、五つそれぞれに20ポイントずつ均等に振ることができるようになっている。だが熟練ゲーマーの視点から見ると、この振り方は器用貧乏になりやすいためあまり良いやり方ではない。
「よし決まりだな。じゃあ始めるぞ!」
そうとは知らず全ての設定を終えれば、透の身体が光に包まれる。再び目を開けば、彼の目の前にはファンタジーな風景が広がっていた。
「おお………!」
巨大な噴水がある広場にレンガ作りの町並みと、映画の撮影場所ぐらいでしか見たことがない町並みに思わずクルーガーは息を呑む。周囲には自分と同じくゲームのプレイヤーと思われる人々がまばらに歩いているが、まだ発売して間もないせいかそんなに人はいない。
「これがVRの世界か……とてもゲームの世界とは思えないくらいリアルだな」
試しに自分の顔を触ってみるが、現実とさして変わらない触覚がする。科学技術の進歩に改めて感動しつつ、クルーガーは自分の身体を見てみる。服装は他のプレイヤー達と全く同じデザインで、腰には粗末なデザインの片手剣が下がっているのみ。おそらくこれがこのゲームでの初期装備なのだろう。
「そうだ、ステータスは………」
ステータスウィンドウを開いてみれば現在のクルーガーのステータスが記されていた。
クルーガー
Lv1
HP 435/435
MP 20/20
【STR 20〈+15〉】
【VIT 20】
【AGI 20】
【DEX 20】
【INT 0】
装備
頭 【空欄】
身体 【空欄】
右手 【初心者の片手剣】
左手 【空欄】
足 【空欄】
靴 【空欄】
装飾品
【空欄】
【空欄】
【空欄】
スキル
無し
「ん~、まあこんなものか」
ゲーム初心者のクルーガーには、正直ステータスの基本的な数値がどのくらいなのかは知らない。これを普通のゲーマーが見れば、キャラを作り直すことを進めたであろうが、あいにくこの場にそんなお人好しな人間はいない。
「じゃあひとまず、モンスターと戦ってみるか」
今更なんですが、DEXって具体的にどういった効果があるんでしょうか?
※後から二巻を読み返したんですが、『NWO』ではHPMPは1ポイントで20上がると書いてあったので、急遽修正いたしました。
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特撮ファンと初スキル
クルーガーはまず広場からも見えた森に向かうことにした。AGIが20あるためか到着にそれほど時間はかからず、そのまま森の奥へと進んでいく。
「ここが一番近そうだから入ってみたが、さすがに序盤向けの弱いモンスターしかいないよな?」
いまだLv1のクルーガーとしては強いモンスターとの遭遇は避けたいところだが、まだ発売して間もないせいか事前情報にはどんなモンスターが出て、どのくらい強いのか全くわからなかったのだ。そんな彼の言葉に反応したのかどうかわからないが、草むらからガサリと物音がした瞬間に何かが飛び出してきた。
「きゅう!」
「うお!?」
慌てて後ろに下がって見れば、クルーガーの目の前に現れたのは四足歩行で忙しなくグルグルと回転するリンゴのようなモンスターだった。
「……え、リンゴウサギ?」
「きゅきゅきゅきゅきゅきゅ!」
予想していたのとだいぶ違うファンシーなモンスターに唖然となってしまうが、ウサギは隙を見逃さないと言わんばかりにクルーガーに突進してきた。
「うわ!」
AGI20のおかげで難なく躱せたものの、なおもウサギは素早い動きで体当たりを繰り出してくる。
「このっ……かわいくても手加減は無用だ!」
クルーガーは必死に攻撃を躱しながら腰に刺した片手剣を抜き、ウサギに向けて剣を振りかざす。
「きゅう!!」
真正面から突進するだけのウサギにはそれを躱すことは出来ず、STR20から繰り出される一撃を受けて地面に叩きつけられると紫色のポリゴンとなって消えた。
『レベルが2に上がりました』
「まず一匹か、弱いモンスターで助かったな」
やはりLv1だとレベルアップが早いようで、確認のためにステータスを開いてみればステータスに振れるポイントが5増えていた。
「おお、これはちょうどいい数値じゃないか?」
現在のクルーガーのステータスはINTとMP以外の五つに均等に振ってある。つまりはそれぞれ1ポイントずつ振れるということになるのだ。
「1ポイントだが、塵も積もれば山となるって言うしな。あのリンゴウサギ一匹倒すだけでレベルが上がるなら、しばらくはあいつだけを倒していくか?」
クルーガーはポイントを振ってからウサギが出てきた草むらに入り、ほかにも同じ個体がいないか探してみる。
「きゅう!」
「きゅきゅう!」
すると今度は二体同時に草むらの奥から飛び出してきた。
「来たな!」
再び剣を構えたクルーガーは二体同時に迫ってくるウサギに剣を振りかざす。STRとAGIが1ポイント上がったおかげか、二体相手にも難なく勝利する。
『レベルが3に上がりました』
「よしポイントを………あれ?」
レベルが上がったため再びポイントを振ろうとしたが、今度はポイントが上がっていなかった。
「え、ちゃんと上がったよな? なんでだ?」
『NWO』では二の倍数の時にしかポイントが配布されないのだが、ゲーム初心者のクルーガーがそんなことを知るわけがなかった。そうこうしている内に草むらの奥から再び二体のウサギが飛び出してくる。
「「きゅきゅきゅう!!」」
「うわまたか!」
とは言え一度倒したモンスターなので、再び一太刀で倒す。
『レベルが4に上がりました』
再びステータスを開いて見れば、今度はちゃんと5ポイント増えている。
「………まさかこれ、偶数レベルじゃないと増えないのか?」
ここでようやくステータスポイントの仕様に気づいたクルーガーは、頭を掻いて項垂れてしまう。つまりステータス1ポイント分を上げるには、最低でも2レベル上げていかないわけだ。
「ん~、まあいいか。地道に弱いモンスターを倒していけば、レベルも上がるだろ」
しかしすぐ気持ちを切り替えて、再びウサギ探しを続けることにした。
そうして飛び出してくるウサギを切り伏せては奥へ切り伏せては奥へと繰り返し、ウサギの発生源を探すように森の奥へ進むこと数時間。倒したウサギの数がすでに四十体を越えようとした頃だった。
「………これは」
森を抜けて開けた場所に出てきたかと思えば、クルーガーは目の前の光景に目を見開いた。
「きゅきゅう!」
「きゅう!」
「きゅっきゅう!」
『きゅきゅっきゅう!』
そこにいたのは、何十頭ものウサギの群れであった。彼らは互いにおいかけっこをしたりすやすやと昼寝したりと可愛くじゃれあっており、とても愛らしい光景である。
(なるほど、リンゴウサギ達はここから出てきていたわけか)
もう少し様子を見てみようと息を潜めて隠れるクルーガーだったが、少し後ずさりした瞬間に落ちていた枝を踏んでしまった。
パキッ
「あ」
音は僅かなものであったが、ウサギ達の耳はそれを聞き逃さなかったらしい。それまでじゃれていたウサギ達は一斉に音の発生源であるクルーガーを発見すると、つぶらな目をわずかにつり上げて駆け出してきた。
『きゅううううううう!!』
「うわっとぉ!!」
慌ててその場をジャンプしたクルーガーは近くの木の枝に飛び乗り、ウサギの群れの連続体当たりを回避する。ウサギ達はジャンプ力はそこまでないらしく、クルーガーが乗る木の幹に何度も体当たりするだけで攻撃は当たらない。
そして何時間もウサギを倒してきたクルーガーは、彼らの行動パターンはすでに学習していた。少なくとも木の上にいる限りはダメージを受けることはないはず。
「仕方ない、ここは正当防衛として対処させてもらうぞ!」
クルーガーは木の枝からウサギ達の後方へと飛び降りると、一番後ろで前のウサギを小突く数体を剣で攻撃する。
『きゅう!』
クルーガーはここに来るまでにレベルが上がってSTRが増えた上に、DEXの効果でクリティカル率が上がったため一撃でウサギを倒せるほどになっていた。クルーガーが降りてきたのを見てウサギは今度こそ飛びかかろうとするも、彼は再びジャンプして別の木の枝に飛び移る。
『きゅー!』
「これは根比べになりそうだな……」
視界にいるだけでも五十体近くはありそうなウサギの群れは、全部倒すにはだいぶ時間がかかることは明白だった。しかしクルーガーには逃げるという選択肢は無かった。
「ステータスを上げるにはまだまだ経験値が足りないんだ。このチャンスを逃す手はない!」
こうしてクルーガーは一度降りては数体倒して木の上に避難し、また降りては倒すというやり方でウサギ達を徐々にだが確実に減らしていく。
『スキル【跳躍Ⅰ】を取得しました』
「ん?跳躍?」
電子音とともにアナウンスが響き、クルーガーは木の上でスキルの確認をしてみる。
【跳躍Ⅰ】
このスキルの所有者の跳躍力が上がる。
取得条件
一定回数ジャンプする。
「へ~、つまりジャンプ力が上がるスキルか」
試しにウサギの後方に向けてジャンプをしてみれば、最初よりも長い距離を飛べた。
『きゅきゅきゅう!!』
「さすがに逃げ続けるもの示しが悪いしな。ここからは真っ向勝負で行くぞ!」
それからのクルーガーは、広場を縦横無尽に駆け回りながらウサギ達を次々に倒していく。あれだけいたウサギ達の数は半分からさらに半分と減っていき、ついには残り一体にまで迫った。
『きゅううう!!』
「これで………終いだあ!!」
剣を大きく振り、最後の一体を倒せば辺りに静寂が訪れる。あれだけいたウサギの群れが嘘のようにいなくなったのを確認し、クルーガーは広場の真ん中で大の字になって倒れた。
「あ~、疲れた………弱いとはいえこう数が多いと骨が折れるというか……」
もう起き上がる気力もなく、そのまま眠りそうになるクルーガーだったが、
『レベルが10に上がりました』
『スキル【物理特化】を取得しました』
「……?」
ここでレベルアップと新しいスキル取得の通知が来たらしく、疲労で億劫になりながらもスキルの確認をしてみる。
【物理特化】
このスキルの所有者の【STR】【VIT】【AGI】【DEX】を二倍にする。【INT】にステータスポイントを振れなくなる。
取得条件
【STR】【VIT】【AGI】【DEX】の数値を同じにし、なおかつ【INT】にポイントを振らない状態で、同じ種類のモンスターを一日の内に百体倒す。
「………え、なんだこれ?」
取得したスキルの内容を一読すると、クルーガーの眠気が一気に吹き飛んだ。
「つまり………INT以外のステータス数値が常に二倍になるってことか? ああでも、その分INTを上げられないのか」
試しにレベル10になったことで増えたポイントをINTに入れてみるも、「ポイントを振れません」というメッセージ画面が浮かんで失敗する。
「ん~、どのみちMPにもINTにも上げるつもりはないし、このまま五つにだけ振っていくか」
クルーガーはHPとSTRとVITとAGIとDEXに、それぞれ均等にポイントを振っていく。
「あれ、まだLv10なのに5ポイント多い?」
10の倍数のレベル時のみ二倍のポイントを貰えるのがこのゲームの仕様なのだが、この時のクルーガーは知るよしもない。それに疲労のためにあまり深く考えられなかったのもあって、無心でステータスを振り終わる。
クルーガー
Lv10
HP 555/555
MP 20/20
【STR 26〈+15〉】
【VIT 26】
【AGI 26】
【DEX 26】
【INT ×】
装備
頭 【空欄】
身体 【空欄】
右手 【初心者の片手剣】
左手 【空欄】
足 【空欄】
靴 【空欄】
装飾品
【空欄】
【空欄】
【空欄】
スキル
【跳躍Ⅰ】【物理特化】
「は~しかし、初日にしては随分長時間やりこんでしまったな」
時計を見れば午後六時を回っており、ゲームを始めたのがお昼頃だったのを考えると六時間もぶっ通しで遊んでいたことになる。
「でも………結構面白かったな」
向かってくる敵をばったばったと切り伏せたことを思い出し、ふとクルーガーはあることに気づいた。
「そういえば、六時間で百体倒したんだよな? これはまるでボスの『百人斬り』みたいだな!」
彼が憧れるデカマスターの強さを象徴する偉業、100体の戦闘員を一撃の元に倒す姿を思い出して思わず口角が上がってしまう。
「よし………こうなったらとことん物理を極めてやる。目指せリアル『百人斬り』! 」
仰向けのまま右手を天に掲げて意気込んでから、クルーガーは今日のプレイを終了するべくログアウトするのだった。
ステータス上は26ですが、二倍になったということは四つとも52です。STRは82
※HPを修正しました。
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特撮ファンと運営
クルーガーが【物理特化】を取得したのと同じ頃、『NWO』運営ルームでは絶叫が鳴り響いていた。
「うわあああああああああ!?」
「どうした! バグが見つかったか!?」
二頭身のぬいぐるみのような姿のアバターをしたゲームスタッフ達の内、青色の模様で野太い声の男に居合わせたメンバーが振り向く。
「あ………ああ……嘘だ……こんなこと……」
子供のラクガキのような顔からは感情は読み取れないものの、声や身振り手振りから彼が絶望の表情をしているのは同僚達も理解できた。そして続けて彼が発した言葉に一同は驚愕することとなる。
「【物理特化】を取得したやつが出たああああああ!!」
『………はあああああああ!?』
スキル【物理特化】は、ステータスを決められた数値に設定した上でモンスターを一日の内に百体倒すことで取得出来る、いわば『運営の悪ふざけ』の一つだ。ただこれの取得通知がゲーム発売日からだいぶ月日が経っていたのであれば、彼らはここまで驚くことはなかったことだろう。
「ちょっと待て! まだ発売日当日だぞ!? 一番レベルの高いペインでもやっと10を越えたばかりだってのに!!」
問題はこの通知が来たのが、発売日である今日だったことだ。プレイヤースキルの高い熟練ゲーマー達は一日の内にレベルを上げてはいるものの、それはあくまで経験値が多いモンスターを倒したからこそ得られたものだ。MMO界枠でも有名なゲーマーのペインでさえ、発売日の内に倒したモンスターの数はそこまでではない。
「まさか不正改造か!?」
考えられるのはそれしかない。まだ発売当日ならば運営の目を盗んで初期装備を改造し、ありえないステータス数値にした上でモンスターを倒したのならば不可能ではないだろう。これはすぐさま犯人を探しだし、アカウント凍結措置をしなくてはならない。
「誰が取った!?」
「今映像出します!」
慌てて中空にモニターを表示すれば、そこには片手剣を装備した青年のプレイヤーが写し出される。
「こいつか。早速凍結措置を………」
「……え? ちょっと待て!」
ところがここでオレンジ色の模様の男が一同を静止しだす。
「今度はなんだ!?」
「こいつ、不正改造なんてしてないぞ!?」
『はあ!?』
オレンジがプレイヤーのステータスやデータを同僚達にも見えるように映し、一同はそれら一つ一つを余すことなく確認する。確かに初期装備の片手剣の補正値は『+15』のままだし、ステータス数値もゲーム開始時に配布される100とレベルに対する数値分しかない。念のためプレイヤーのスキルやインベントリ内部も調べてはみたが、特に怪しい改造をした部分は見られない。
「名前は『クルーガー』。初期装備は片手剣で、INTとMPにはポイントを振らず、HP・STR・VIT・AGI・DEXにのみ均一にステータスを振っている」
「ステータスだけなら【物理特化】取得のための条件は満たしているな………」
実際このスキルはINTかMPに僅かでもポイントが入っているか、四つのステータスの数値に僅かでも誤差があれば絶対に取得できない。しかもクルーガーの場合は初期ステータスが全て20というかなり器用貧乏な数値になっているため、もう一つの条件である一日の内にモンスターを百体倒すには心もとないはずだ。
「ならスキルを取得した瞬間を映像に出せ!」
「了解!」
だとすればモンスターを倒す瞬間になんらかのクラッキングを行ったのかもしれない。急いで彼がスキル取得する前後の映像を調べてみれば、そこには信じられないものが映っていた。
『…………え?』
それはおびただしい数のウサギに囲まれた状態で、がむしゃらに剣を振るうクルーガーの姿だった。
「………おい、アレって確か」
「『俺達の悪ふざけ』の一つ、『アルミラージの群れ』です!!」
アルミラージとはリンゴウサギの姿をしたモンスターの名前で、このゲームで最も弱い初心者向けのモンスターだ。しかしこの『アルミラージの群れ』は、およそ50から60までのアルミラージが一斉に襲いかかってくる特殊なエリアであり、最弱モンスターが数の暴力で迫ってくる上に、このアルミラージ達はある程度時間が経つと森から追加で集まってくるという、序盤のプレイヤーからすれば鬼畜な仕様となっている。
「まさか………ここのアルミラージ達を全部倒して条件を満たしたのか!?」
「いや不可能だろ! いくらなんでも絶対途中でバテるって!!」
ではここで不正改造による範囲攻撃を行ったのかもしれない。そう思って身構えていた一同だったが………
「………嘘だろ。全部剣一本で倒しやがった」
なんとクルーガーは攻撃系スキルすら使わずに、およそ六時間かけてアルミラージ達を全滅させてしまったのだ。
何度か木の上に飛び乗り、休憩・ポイントの振り分けなどを行ってはいたようだが、それでもログアウトせずに六時間ぶっ続けでモンスターと戦い続けて勝利した。
「………ステータスや与ダメージに異常は?」
「一切無かったよ………せいぜいDEXの効果でクリティカルが何回かあったくらい」
検証の結果、『不正は何一つ見受けられない』と出た。つまりクルーガーは単純に、自身のプレイヤースキルとスタミナのみであの数のアルミラージ相手に戦い続けたわけだ。
「やべえ………やべえよコイツ………絶対ペインやドレッドの同類だろ……」
クルーガーの異常なまでのスタミナに、運営サイドは驚愕を通り越して引いてしまっている。これはとんでもないダークホースがいたものだ。
「おい! しかもコイツ、【物理特化】の効果でINT以外が実質50超えているぞ!!」
「うっそだろおい!?」
クルーガーのレベルがまだ10であることを踏まえると、同じレベルのプレイヤーのステータスの内二つが10を下回っていなければありえない数値だ。こんなPSお化けのステータスが四つも50越えなど、普通のプレイじゃまずありえない。
「最悪だ………発売初日からとんでもない化け物が出現した……」
「次のメンテナンスでは、『アルミラージの群れ』は消したほうが良さそうだな……」
頭を抱える一同。だがその中で、白い鳥の翼を生やした女性スタッフだけがクルーガーを見つめていた。
「クルーガー……ボス……百人斬り?」
ウンウン唸る同僚達は気づかなかったが、彼女はクルーガーが発した呟きを偶然耳にしていたのだ。
「もしかして、あの人………」
アニメ版女性声優の運営さんて、リアルでも女性とボイスチェンジャーで高い声にした男性のどっちなんだろう?
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特撮ファンとレアアイテム
翌日、ゲームにログインしたクルーガーは更なるレベリングのために森の中を散策していた。
「キュルルルル!!」
「こっちだ!」
現在彼が相手にしているのは、この森に生息するモンスターであるフォレストクインビーやオオムカデなどが数十体だ。普通ならレベル10が相手取るには荷が重い数だが、【物理特化】のおかげでAGIが常に50越えのクルーガーはそれらの攻撃を紙一重で躱す。
「うおおおおおお!!」
剣でモンスター達に攻撃すればHPの四割が削られるも、クルーガーはそのダメージ量を見て不満そうに顔を歪める。
(………やっぱり一撃で倒すには、まだまだレベルが足りないか)
クルーガーが目指すのは、『デカマスター』の名シーンの一つである『百人斬り』である。なので出来ることならば、一撃で弱い敵を倒せるくらいには強くなりたいのが彼の願望だ。そのためにはレベルを上げてステータスを上げていかなければならず、彼はひたすらストイックにモンスターとの戦いを続けるほかない。
『レベルが14に上がりました』
最後のフォレストクインビーを倒したところでレベルアップの通知が鳴り、すかさずクルーガーはポイントを振っていく。そして腕を組んでしばし考える。
「………やっぱり、あの蜂が一番経験値が多そうだな」
ここまでクルーガーが何度も森のモンスターと戦っていたのは、単純なレベリングのみではなく『最も経験値が多く取れるモンスター』を見極めるためだっだ。そして倒した際に取得した経験値の数値をモンスターごとに比べてみた結果、フォレストクインビーが一番多いことに気づいたのだ。
「昨日のリンゴウサギの群れみたいに、あいつらが多くいるポイントとかってあったりしないか?」
そう上手い話が何度もないだろうなと思いつつ、クルーガーは今後の狙いをフォレストクインビーに絞り、辺りを散策し始める。そんな彼の願望が叶ったのかどうかわからないが、彼の耳に蟲の羽音が聞こえてきた。
「!」
それに気付いたクルーガーは、今度は息を潜めて音の出所を探しだす。見れば木々の上を一体のフォレストクインビーがゆっくりと飛んでいる姿があり、こちらには気付いていないようだった。それを見つけたクルーガーはなるべく物音を立てないように近くの木の枝にジャンプする。
(もしかしたら、蜂の巣穴を見つけられるかもしれないな)
クルーガーは見失わないようになるべく視線をフォレストクインビーに固定しつつ、気付かれないよう静かに木々に飛び移りながら移動する。なぜ木から移動するかというと、地上から追いかけたのであれば途中で別のモンスターに出くわしてしまい、フォレストクインビーを見失う可能性が高かったからだ。そして彼の判断に間違いはなく、地上ではモンスター達がその辺を走っている姿が横目に見える。そうやって付かず離れずを繰り返して数十分。
『スキル【忍び足Ⅰ】を取得しました』
(ん、新スキルか?)
新しいスキルの取得通知が来たものの、クルーガーはフォレストクインビーの尾行に集中しなければならなかったため、ひとまずスキルの確認は後回しにする。そこからさらに尾行を続けていくと、進行方向に岩壁が現れフォレストクインビーは岩肌にポッカリと空いた洞窟の中に入っていった。
「ここか………」
見たところはどこにでもありそうな洞窟、しかしクルーガーには確信があった。この穴こそがフォレストクインビーの巣穴に違いないと。その証拠に数秒の間隔を開けた後にフォレストクインビーが一体出てきたのだ。
「蜂がモチーフのモンスターだとするなら、巣穴の近くで暴れたら仲間を呼ばれるかもしれないな……」
クルーガーはテレビで見た雀蜂の襲撃を思いだしつつ、フォレストクインビーが主にどの方向に行くのか観察していく。
何回か出入りを繰り返すのを見届けてから、クルーガーは巣穴からギリギリ離れていてなおかつ必ず通るルートを探りだすことに成功する。
「よし………行くか!」
剣を構えてそのルートに沿って走れば、たった今出てきたばかりのフォレストクインビーに追い付いた。
「キュイイイイイイ!!」
フォレストクインビーもクルーガーの接近に気づいたようで、素早い動きで彼の背後を取ろうとする。
「おっと、その手には乗らないぞ!」
しかしクルーガーもこの森に来てからフォレストクインビーと何度も戦ったおかげで、その攻撃パターンはすでに覚えている。振り向きざまにその首目掛けて剣を振るえばダメージエフェクトが出る。
「………あれ、ダメージが多い?」
しかしここでクルーガーは、フォレストクインビーのHPが先ほどの倍の量減っていることに気付く。
「あ、そうか。『クリティカル』か」
戦闘においてはモンスターの急所を攻撃した際にクリティカル補正が入ることがあり、DEXが高ければそのクリティカルを発生させやすくなる。しかもクルーガーは【物理特化】の効果でSTRとDEXが50を超えているため、首などの急所付近を攻撃すれば高い確率でクリティカルを出しやすくなっているのだ。
「よし、それじゃ遠慮なく!」
クルーガーは再びフォレストクインビーの首付近を攻撃し、またもクリティカルを出して大ダメージを与える。三撃目でHPがゼロになったフォレストクインビーはそのままポリゴンになって消えたが、そのポリゴンから小さな何かが地面に落ちた。
「?」
膝をついてよく見れば、それは銀色の指輪だった。
「これは………ドロップアイテムってやつか?」
指輪を拾ったクルーガーはその詳細を確認してみる。
フォレストクインビーの指輪【レア】
【VIT +6】
自動回復:十分で最大HPの一割回復。
「レアアイテム! しかも自動回復効果付きか! これは助かるな」
未だ所持金が3000Gしかないクルーガーにはポーションを買う余裕はないため、自動回復はありがたい効果だ。
そうこうしている内に上空から別のフォレストクインビーが飛びかかってくる。
「キュイイイイイイ!!」
「ナイスタイミング!」
しかしクルーガーからすれば鴨が葱を背負って歩いてくるようなもので、すかさずその個体にも三連クリティカルを与えて倒す。
倒せば次の個体、また倒せば次の個体と、計17体のフォレストクインビーをクリティカルで倒した時だった。
『レベルが20に上がりました』
『スキル【剣豪】を取得しました』
『スキル【頑強】を取得しました』
「あ、また新しいスキルか」
再びスキル取得通知がかかり、クルーガーはここで一度モンスターと戦うのを中断するべくその場から逃げた。
ほどなく弱いモンスターしかいないエリアまでたどり着くと、安全な木の上に乗って取得したスキルを確認してみる。
【忍び足Ⅰ】
モンスターに接近する際に気付かれにくくなる。
取得条件
一定時間、モンスターに気付かれずに一定の距離を保つ。
【剣豪】
繰り出す攻撃の全てにクリティカルが発生する片手剣使い専用スキル。補正ダメージはDEX依存。
取得条件
一日の内にクリティカルを50回連続で出す。
【頑強】
MPを10消費することでどんな攻撃にもHP1で耐える。MPにポイントを振れなくなる。
取得条件
ゲームを開始してからMPに一度もポイントを振らず、レベル20までにHPが500を超え、魔法・MPに関するスキルを一切取得せず、かつ攻撃の際にスキルを使わない。
「おー! なかなか良いスキルが取れたじゃないか!」
クルーガーは素直に喜んではいるが、実は【忍び足】以外のこれらのスキルは取得条件がかなり難しいのである。
まず【剣豪】は50回連続でクリティカルを出すことが条件なのだが、この時点で普通のプレイヤーにはまず不可能だ。基本的に剣士や大盾使いなどの戦士職にとって、DEXは一部の素材を採掘・採取するのに必要なだけで、基本的には10か20くらいしか振らないし、そもそも大ダメージを与えたいなら運が絡むクリティカルよりも安定して高い攻撃力を出せるSTRに多く振ったほうが無難である。彼がこの条件をクリア出来たのは、【物理特化】の効果で50を超えたDEXと彼が常に相手の急所を的確に狙い続けられたのが大きい。
次に【頑強】は20レベル以内に条件を全てを満たさなければならないのがポイントである。『MPにポイントを振らない』『HPが500を超える』『魔法とMPに関するスキルを取得しない』は、一般の戦士職でもギリギリ満たせただろうが、問題は『攻撃の際にスキルを使わない』が極めて厳しいのだ。20レベルに至るには当然強いモンスターを倒さなければいけない、そのためには強いスキルを使用しなければならない以上、20レベル以内で攻撃系スキルを一切使用せずに戦うのはまず無理だ。対するクルーガーはまだ初めてから二日目であるため、攻撃系スキルは取得していない。前日にアルミラージ百体を倒して一日の内にレベル10になったこともあり、今日一日は経験値の多いモンスターに狙いを絞り、剣一本とスタミナとクリティカル補正のみで一気に20レベルに到達したのだ。
「いや~、今日は大収穫だったな。レアアイテムが結構取れたし」
クルーガーの右手に握られているのは【フォレストクインビーの指輪】が5個。17体も倒したことでレアアイテムが5個もドロップされていたのだ。その内の三つをグローブの下の指に嵌めてから、クルーガーはレベルアップによって増えたステータスポイントを振ってから自身のステータスを確認する。
クルーガー
Lv20
HP 675/675
MP 20/20
【STR 32〈+15〉】
【VIT 32〈+18〉】
【AGI 32】
【DEX 32】
【INT ×】
装備
頭 【空欄】
身体 【空欄】
右手 【初心者の片手剣】
左手 【空欄
足 【空欄】
靴 【空欄】
装飾品
【フォレストクインビーの指輪】
【フォレストクインビーの指輪】
【フォレストクインビーの指輪】
スキル
【跳躍Ⅰ】【物理特化】【忍び足Ⅰ】【剣豪】【頑強】
「さて、今日はこの辺で終わりにするか」
う~んと大きく伸びをしてから、クルーガーはログアウトしてその日のプレイを終えたのだった。
フォレストクインビーを三つ装備した場合、回復の効果は変わらないんだろうか?
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特撮ファンと生産職
次の日もクルーガーは『NWO』にログインした。三日連続で続けている時点で、クルーガーはすっかりこのゲームにはまってしまったのだった。
「森の蜂もだいぶ楽に倒せるようになったし、次の狩り場を探すとするか」
すでにレベルは20を超え、レベルアップに必要な経験値も比例して多くなってくる。そろそろより多くの経験値を取れるモンスターが出現するエリアに活動場所を移動させようと思ったのだ。
「ん~、しかしどこへ行くべきか………」
とはいえ『NWO』のフィールドの中で、現在のレベルで生き残れるエリアがどの辺りにあるのか、ゲーム初心者のクルーガーにはわからない。何か情報を知る術がないだろうかと当てもなく町を歩いていると、何人かのプレイヤーが二人以上に固まっている姿がちチラホラと見える。
「じゃあ護衛頼んだぞ! 俺はまだ生産職駆け出しだから、モンスターにすぐやられちまうし」
「おうよ、その代わり分け前はしっかりな」
「かっこいい装備作ってくれよ!」
その内の一組が話し合う声がクルーガーの耳に入り、なんとなくそのプレイヤー達の目的を察した。
「………そうか、生産職の護衛か」
理沙のメモによれば、MMOの職業には装備などの開発を専門とする『生産職』というものがあるらしい。取得したスキルの性能や素材次第では強力な装備を自由に作れる反面、武器スキルと魔法を一切覚えられない・武器攻撃でのダメージが減少と、単独での戦闘が難しいステータスになってしまうため、よほどモノ作りが好きな人種じゃなければ選ばないとのこと。なので生産職は戦士系のプレイヤーを護衛として雇うことで、生産に必要な素材を入手するのだ。
(装備の生産か………デザインとかも自由に出来るんだろうか?)
ふとクルーガーの脳裏を過ったのは『デカマスター』のスーツ姿。黒いインナースーツの上に胸に100のナンバリングが刻まれたスチールブルーの胸当て、犬耳とパトランプがデザインされたヘルメット、そして犬の顔の形をした鍔がデザインされた彼の愛刀『ディー・ソード・ベガ』だ。
「ボス装備………作ってみたいなあ……」
それを装備した自分の姿を想像してつい顔がニヤけてしまうクルーガーだったが、ふとある疑問が過る。
「………生産職が作る装備って、いくらぐらいかかるものなんだ?」
理沙のメモによればプレイヤーメイドの装備はNPCショップで購入できる装備よりも性能が高い分、予算はショップアイテムとは段違いに高いらしい。昨日のモンスターを倒して手に入れたドロップアイテムを売り、だいぶ金が貯まったクルーガーだがNPCショップの装備を買うには心もとない額だ。
「ん~……どうすればより多くの金を貯められるだろうか」
「クロム! 今日は地底湖の魚を釣りに行くわよ!」
「おい待てよイズ! 俺のAGIはそんなに高くないんだから早く走るなー!」
道行くプレイヤー達の話し声をよそに、考えごとをしながら町を歩いていたクルーガーだったが、
「………♪」
ふと彼の耳に、か細くも綺麗な歌声が聞こえてきた。
「……♪………♪」
その歌を聞いてクルーガーは驚く。急に歌声が聞こえたことではない、その歌の
「…♪…♪……♪」
その歌を、クルーガーはよく知っていた。なぜなら彼の好きな『スーパー戦隊シリーズ』に関する歌だったからだ。
「~♪、~~♪」
慌てて周囲を見渡して歌の出所を探してみると、町の中央にある噴水の縁に腰かける、黒髪の男の後ろ姿を見つけた。
「~♪」
おそるおそるその男のそばに近寄ってみると、彼は穏やかな笑みを浮かべて手に持つオレンジ色の布に針を刺し、小さく歌いながら裁縫をしていた。
「~~♪、~~♪」
年の頃は二十代中頃だろうか。少しクセのある黒髪の内、右側の髪を小さく三つ編みにしたヘアスタイルには少し既視感があった。
「~~~♪ ~♪」
彼は裁縫と歌に意識を向けているせいかクルーガーが近くに立っていることにも気付かず、黒い糸でオレンジの布に美しい蠍の刺繍を施している。
「~♪」
「………あの、君」
「うわあああああああああ!?」
刺繍が終わったタイミングを見計らい、ここで声をかけるクルーガー。対する青年はようやく近くにいたクルーガーの存在に気付き、びっくりして思わず大声を上げて飛び上がってしまった。
「あ、その、いきなり声をかけてすまない」
「いいいいいいつからいたんだ!?」
「その………君が今の歌を歌い出したあたりから、だったと思う……」
クルーガーの言葉に青年は身体が硬直し、みるみる顔が真っ赤になっていく。おそらく見ず知らずの他人に上機嫌で歌を歌っているところを見られて恥ずかしいと思っているのだろう。
「あ、いや、違うんだ! 俺、こういう細かい作業に集中すると、つい鼻歌とか口ずさむタイプで!」
必死に弁解しようとする青年に対し、クルーガーは構わずどうしても聞きたいことを質問した。
「その歌、もしかしてスティンガーの『サソリ座の歌』か?」
「………え?」
そう、青年が歌っていたのは『スーパー戦隊シリーズ』が一つ、『宇宙戦隊キュウレンジャー』のキャラクター、スティンガーのキャラソンである『サソリ座の歌』だったのだ。劇中で彼がよく歌っていたのを何度か見ていたため、クルーガーは歌詞もメロディも知っている。
「も、もしかして………キュウレンジャーを知っているのか!?」
クルーガーの口から歌のタイトルが出たことに驚き、青年は噴水から勢いよく立ち上がり、彼の両肩を掴んでずずいと顔を近づけてきた。
「ああ、俺はガオレンジャー以降のスーパー戦隊なら一通り網羅しているからな」
「てことは、アンタもスーパー戦隊ファンか!?」
「もちろんだ」
クルーガーが笑顔で頷けば、青年はキラキラした眼差しで笑顔を浮かべる。やはり彼も自分と同じでスーパー戦隊ファンだったようだ。
「すごい! まさかこのゲームで同じ趣味の人間に出会えるなんて思ってもみなかったよ! 名前はなんて言うんだ!?」
「俺はクルーガーだ」
「クルーガー? ………っ! もしかしてデカレンジャーの!?」
「ああ、『ドギー・クルーガー』の名字からとったんだ」
ちょっと得意げに話せば興奮気味の青年はおおっと感嘆の声を上げる。
「確かデカマスターはキュウレンジャーにも出演していたんだったな」
「ああそうだ。そういえば君の名前は?」
「ニードルだ。察しの通り好きな作品は宇宙戦隊キュウレンジャーで、キャラクターではスティンガーとスコルピオが好きなんだ」
思った通り彼の髪型はスコルピオの人間態を意識したものだったようだ。それからしばらくの間クルーガーは噴水に腰かけ、その青年・ニードルとスーパー戦隊シリーズに関する話題で多いに盛り上がっていった。
「つまりニードルは、スーパー戦隊のスーツを模した装備を作りたくて生産職になったのか」
「正直、スティンガーとスコルピオを意識して槍使いにするか迷ったんだが、どうせなら好きなキャラと同じデザインの装備でプレイしたいと思ってな……」
針仕事は蠍座の戦士の嗜みだし、と小さく付け加えるニードルにクルーガーはつい吹き出してしまう。
しかしニードルはゲーム開始から三日目になっても、なかなかレベルが上がらなくて行き詰まっていたらしい。生産職ゆえに与ダメージが少ないうえにINTもSTRも低めで、一番弱いリンゴウサギを倒すだけでも一苦労なため、いまだ素材が手に入らない。おまけに生産系スキルも低いために装備を作れないから現状レベルアップがしづらいのだ。
「素材集めのために戦士職のプレイヤーに護衛依頼をしようかとも思ったんだが、見ての通りどこも先約が入っているみたいで……」
広場を見渡して見ればいずれのプレイヤー達もすでに生産職と組んでいて、手が空いていそうなパーティーは見当たらない。途方に暮れたニードルはショップで買った生産職練習用の小さな布の切れ端で、手慰みに刺繍の練習をしていたところをクルーガーに見つけられたという。一通り彼の事情に耳を傾けた後、クルーガーはニードルの肩にポンと手を置く。
「だったら、俺が君の護衛をしようか? ちょうど暇だし」
「え!?」
バッと振り向くニードルにクルーガーは笑顔で頷く。
「い、いいのか?」
「俺も今後の装備作りのために素材と金が必要だからな。それに君は将来的にはスーパー戦隊系装備を作るつもりなんだろう? だったら是非とも一緒に素材採取をしたいんだ」
同じ戦隊ファンのよしみからの人助けと、念願のデカマスター装備が手に入るかもしれないというちょっとした企み。ニードルからすれば渡りに船な話で、頼もしく笑う彼の姿が救世主に見えたように感じただろう。
「ありがとう! だったら今から行きたい場所があるんだが、大丈夫か?」
「もちろんだ!」
スティンガーモチーフかと思った? 残念! スコルピオだよ!
サソリ座の歌、神曲ですよね………
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特撮ファンと初めてのパーティー
ニードルの案内のもと、クルーガーはいつもの森とは反対方向の道を進んでいく。彼によればこの先には湿地帯のエリアがあるらしく、そこでしか取れない素材の情報が掲示板に書き込まれていたという。
「【シルクスパイダーの白糸】って言って、素材としてのレアリティが低いし作れる布もそこまで強くならない代わりに、布生地や裁縫糸とかの材料として汎用性の高い素材なんだ。裁縫系スキルの練習に使えると思って、なるべくたくさん欲しいんだよ」
「なるほどな」
シルクスパイダーの強さは森のムカデやキャタピラーとほぼ同じくらいではあるが、それ以外のポップモンスターがかなり厄介らしい。
その一つがカラフルフロッグ。赤青黄黒白といった様々な色の小型犬ほどの大きさのカエルのモンスターで、 口から体色ごとの球状の粘液を吐き出して攻撃してくる。強さ自体は大したことはないのだが、このカエルが吐き出す粘液弾に当たると個体の色ごとに様々な状態異常にかかってしまう。黒は毒、赤は炎上、青は睡眠、黄色は麻痺、白は氷結といった具合にだ。なのでここに挑む際には、ショップで販売されている状態異常耐性系スキルを取得することが推奨されている。
クルーガーはニードルのアドバイスで町を出る前にNPCショップに寄り、貯めた金でスキルを購入して一通りの耐性系スキルを取得してある。これならば万一カエルに遭遇してもそう簡単にはやられないだろう。
「ついたぞ」
しばらく道なりに歩き、二人は目的の場所についた。鬱蒼と繁った背の高い植物が生い茂っているというのはいつもの森と同じではあるが、あちらが山間に自生する木々が主体だったのに対し、ここに生えているのはジャングルの植物という趣だ。地面もしっかりした土ではなく、ところどころに泥で濁った水溜まりがあって歩く度に足が3cmほど沈んでいく。いかにも虫やカエルが出てきそうなエリアだ。
「足元、気をつけろよ」
「クルーガーもだ。見ての通りこの辺りは泥でぬかるんでいるから、AGIが高くても足を取られて思うように走れないからな」
ニードルが言うように先ほどから歩く度に沈む足を引っ張るように上げているので、なかなか前に進めない。それでもどうにか歩き続けること数十分後、幸か不幸かこの時はカラフルフロッグが出現しなかったおかげで、二人は泥地帯を抜けて目的の洞窟の前にたどり着いた。
「ここがそうか?」
「ああ、情報によるとシルクスパイダーはこの洞窟の中にしか出現しないんだ。攻撃力はないし、生産職の俺でも倒せるくらい弱いが、プレイヤーのAGIを下げる糸を吐き出してくるからそこに気をつけろ」
糸は普通の武器でも切れるそうなので、戦士職のクルーガーがシルクスパイダーの注意を引いている間にニードルが後ろから倒すという作戦でいくことにする。
互いに息を潜めて洞窟に入っていけば、早速目の前に白い甲殻を持つ大きな蜘蛛が奥から10体現れた。森で見かけたデフォルメされた緑の蜘蛛と違い、こちらはそこそこリアルな蜘蛛の姿をしている。
「フシュー!!」
敵を視認したシルクスパイダーは早速細くて白い糸を吐き出し、クルーガー達目掛けて吹きかける。
「下がれ!」
クルーガーはニードルを守るように両腕を広げて糸を浴びる。糸が身体に触れただけでいつもより動きづらくなるのを感じ、自身のAGIが下がったのを実感する。………最も、クルーガーのAGIは【物理特化】の効果で常に60を超えているので、対した弱体化になっていないが。
そうやって自ら蜘蛛の的に徹するクルーガーの影からこっそりと抜け出したニードルは、シルクスパイダー達の注意が彼に集中している隙に蜘蛛の腹部を後ろからナイフで突き刺す。
「シュルル!?」
驚愕の叫びを上げてポリゴンになる蜘蛛の後に残されたのは、綺麗に束ねられた白い糸だ。ニードルは続け様に他の蜘蛛もナイフで突き刺して倒していき、途中で蜘蛛に気づかれそうになってもクルーガーが蜘蛛にしがみつくことで彼から注意を反らす。10体目を倒したところで出現した蜘蛛は全滅し、後には白い糸が十束残るのみとなった。
「どうだ、足りそうか?」
「ん~……もう少しいいか?」
集めた糸束をインベントリにしまい、クルーガーの顔色を伺うように問うニードルに頷く。
「もちろんさ。ただその、今度は俺もシルクスパイダーを倒してみてもいいか?」
「え? それは構わないけど……」
言うが早いか、洞窟の奥からまたしてもシルクスパイダーが十体現れた。だがクルーガーは今度はニードルに後方へ下がるよう目線で合図し、剣を構えてそのままシルクスパイダーに向かって行く。
「はあああああ!!」
そして前の蜘蛛五体が糸を吐く間もなく、剣一閃で五体を倒した。その後ろの蜘蛛は糸を吐き出してきたものの、クルーガーはその場をジャンプして蜘蛛の真後ろを取りそのまま切り伏せる。
「ええ!?」
鮮やかとしか言い様のないクルーガーの速さと身のこなしに、ニードルは信じられないものを見るように驚きの声を上げる。ドロップされた糸束を拾いクルーガーはニードルに向けて投げて寄越す。
「やはり思った通りだな」
「お、思った通り……?」
「こいつらの糸を出す動きと速さ、顔の向きから計算して攻撃が来る角度を予測して動けば簡単に倒せる」
クルーガーは蜘蛛の糸を受けつつも彼らの攻撃パターンを観察し、糸を出す前の動き・糸が身体に届くまでの距離と速さ・次に糸を出すまでの貯めを全て覚えていたのだ。
「そ、そうか………」
さも当然と言わんばかりのクルーガーに、ニードルは唖然となるも頷く。
二人はその後も洞窟の奥に進み、向かい来る蜘蛛達をクルーガーが剣で切り払い、ドロップされた糸束を集めていくのだった。
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特撮ファンと思わぬ発見
探索を続けること一時間。道中はシルクスパイダーしか現れないため二人は順調に洞窟を進んでいった。
「だいぶ奥まで来たみたいだな」
「ああ」
ここで行き止まりと思われる岩壁につき当たり、クルーガーは周囲を見渡す。通路はここまで一本道で左右にはほかに通れそうな横穴はない。なので本来ならばこのまま帰るべきなのだろうが、ふとチラリと上に視線を向けてみて気づいた。
「………ん?」
目の前の壁の上の方に、ぼんやりと光る穴があったのだ。
「どうした?」
「あの上、何かあるんじゃないか?」
ニードルもクルーガーが指差す先にある穴に気付いて眼を見開く。
「掲示板にはあんな穴があるなんて情報、無かったはずだが……」
ニードルが怪訝そうに腕を組むが、それは無理もないことだった。この洞窟に続く道中には『状態異常攻撃を仕掛けてくるモンスター』が泥中から現れるうえに、到達できても『レアリティの低い素材しかドロップしないモンスター』しか出てこない。道中が厄介な割りに大した素材を入手出来ないため、資金集めとしても狩り場としてもあまり美味しくないのだ。それゆえこの洞窟をよく調べてみようと思うプレイヤーが今までいなかったため、誰も奥まで行こうとはしなかった。
しかし今回、本来欲しがろうとは思わない『シルクスパイダーの白糸』を大量に入手するためにやってきたニードルとクルーガーが、このゲームで初めて洞窟の奥まで到達したことで発見できたのだ。恐らく現時点でこのことを知るのは二人のみだろう。
「せっかくだし、あそこも調べてみるか?」
「個人的には行ってみたいが……俺のSTRじゃ、あそこまで高く跳べないからなあ」
生産職向けのステータス数値であるニードルは【跳躍】スキルも取得出来ていない。穴の高さから見てもとてもではないが届かないだろう。
「そうか………よし、だったらこうしよう」
「え……? は!?」
するとクルーガーは突然、ニードルの背中とひざ裏に腕を回して彼を抱き上げてきた。所謂『お姫様抱っこ』状態である。
「ちょ、何を!?」
「【跳躍】!」
混乱するニードルをよそにクルーガーはスキルを発動させてその場をジャンプする。スキルの効果でSTRが90を超えている彼にとって、成人男性を抱えてのジャンプなどどうということはなかったのだ。
一回のジャンプで穴に到達出来たクルーガーは、ニードルを下ろして穴の内部を見渡す。
「これは……!」
そこに広がっていたのは、岩肌から突きだして光を放つ無数の美しい水晶だった。
「初めて見る水晶だな。採掘出来るやつか?」
ニードルも生産職としての好奇心からか、インベントリから採掘用のピッケルを取り出して一つの水晶を砕いてみる。
クリアミスリル【レア】
透明な装備の素材になる金属。
【要DEX】
「レア素材だ! やったぞクルーガー、当たりだ!!」
「本当か! よかったなニードル!」
白糸を採取しに来ただけのつもりが、思いがけないレア素材を発見したことに二人はハイタッチして喜びあう。説明文を読む限り採掘するにはDEXが一定値無ければならないようだが、幸い二人ともDEXにポイントを振ってあるため容易に採掘できる。
その後二人は黙々と採掘をし始め、クリアミスリルを取れるだけ取っていく。途中【採掘Ⅰ】を取得してからはドロップ率が格段に上がり、たくさんのクリアミスリルを入手していくのだった。
「ふ~……これだけあれば【鍛冶】スキルの取得も出来そうだな」
ドロップしたクリアミスリルの内、ニードルは半分を護衛代としてクルーガーに渡して残りをインベントリに仕舞う。
「本当にいいのか? こんなに貴重な素材を換金に使っても」
「いいも何もクルーガーのおかげで入手できたわけだから、クルーガーの好きに使えばいいさ。ただもしかしたら、また素材を入手するためにここに来るかもしれないから、その時はよろしく頼むよ」
「わかった」
せっかくだからとお互いにフレンド登録をし合い、クルーガーは上機嫌になる。ゲームを初めてからまだ三日しか経っていないにも関わらず、スーパー戦隊を愛するプレイヤーとフレンドになれるとは思ってもみなかった。この出会いのきっかけをくれた理沙に内心で感謝しつつ、クルーガーはログアウトするためにウィンドウを開いた。
しかし
『この場所からはログアウト出来ません』
「………あれ?」
ウィンドウに表示された通知に首を傾げた。もう一度ログアウトしようとするも、やはり同じ通知が出るだけでログアウトできない。戸惑いつつニードルを見れば、どうやら彼も同じ状態らしく困ったようにクルーガーと視線を合わせる。
「ニードル、これは一体どういうことだ?」
「そういえばダンジョンの一部の部屋には、ログアウトできない場所があるって掲示板に書いてあったような……」
つまりこの採掘場所はレア素材を入手出来る代わりにログアウトできないらしい。ログアウトするためには場所を移動するなどしてやり直さなければならないのだという。
「面倒くさい仕様だな……まあいい、取り敢えずまた俺が抱き抱えて下に降ろそう」
「すまないな」
苦笑するニードルと帰路につこうとした瞬間だった。
『キュアアアアアアアアアアア!!』
自分達が入ってきた穴から、耳をつんざくほどのけたたましい鳴き声が響き渡ってきた。
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特撮ファンと強敵
「!?」
「なんだ今のは!?」
驚く二人が慌てて穴から下を覗いてみると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「シュルルル!!」
「グゲゲ! グゲゲ!」
「ゲゴゲゴ!」
大量のシルクスパイダーと、先ほど探索した時には影も形も見当たらなかったカラフルフロッグの群れ。
そしてその中央には、
『キュアアアアアアア!!』
馬ほどはあろうかという白い大蜘蛛の胴体に、長い白髪の女の上半身が生えたモンスターがいたのだ。
「なんだあれは………!?」
「嘘だろ………掲示板にはあんなモンスターが出るなんて情報無かったぞ!?」
初めて見るモンスターに驚くのはクルーガーだけではなく、事前に洞窟内に出現するモンスターを調べていたニードルも信じられないと目を見開く。
しかし二人がそれを知らなかったのは無理もないことだった。彼らが今いる『シルクスパイダーの洞窟』は、普通に探索するだけならばシルクスパイダーのみ出現するように設定されている。だが洞窟の最奥にある『クリアミスリルの鉱脈』を発見し、クリアミスリルを一定数ドロップするとこの洞窟の隠しモンスターである『アラクネ』が出現するようになっていたのだ。しかもこのアラクネは強さそのものはフォレスト・クインビーよりちょっと強い程度なのだが、AGIを下げるシルクスパイダーと状態異常をしかけてくるカラフルフロッグを大量に従えて出現するので、序盤のプレイヤーからすれば鬼畜としか言いようがない厄介なモンスターである。
『キュアアアアアアア!!』
最初の時と同じけたたましい鳴き声を上げ、アラクネは穴から顔を出す二人に向けて右手をつき出す。すると指先から銀色の細い糸が伸び、彼らに迫ってくる。
「危ない!」
クルーガーはとっさにニードルの背中を掴んで地面に押し付け、自身は間一髪で糸を躱した。
ザンッ!!
伸びた糸は穴の縁を掠め、まるでケーキを切る包丁のように岩肌を切り裂いた。
「っ………!」
その切れ味を見てゾッとするニードル、しかし彼らの攻撃はそれだけでは終わらない。
「シュルルル!」
「ゲッゲゲ!」
アラクネの攻撃に畳み掛けるようにほかのモンスター達も攻撃をしかけてきたのだ。AGIを下げるだけの糸と当たれば状態異常になる粘液弾。それぞれのみを相手にするならば大したことはない攻撃だが、これだけの数から繰り出される上にアラクネの斬糸攻撃が加われば最悪のフォーメーションとなる。
「そんな………どうやってこんな地獄絵図を脱出しろっていうんだよ!?」
掲示板の情報のみを頼りにしてろくに準備を整えて置かなかった自身を悔やむニードルをよそに、クルーガーは至って冷静にモンスター達の行動を観察する。先ほどのアラクネの攻撃が穴の内部に届かなかったうえに、ほかのモンスターの攻撃も穴の縁にしか当たっていない。つまりこの穴の内部にいる限り、彼らの攻撃を受けることはなさそうだ。だがこの穴の中からはログアウトできない。脱出するには目の前のモンスターの群れをなぎ払って洞窟から脱出するしかなさそうだが、この数ではそれも難しい。
「………」
しばし考えこんだのち、クルーガーはニードルに振り返る。
「ニードル、少し確かめたいことがある」
「え?」
そう言うとクルーガーは剣を抜き、穴の下の岩に思い切り突き刺した。そして彼は剣の柄を握ったまま穴から滑るように外に出たのだ。
「っ!? 何を!」
ニードルが慌てて駆け寄ろうとするも、再びアラクネの斬糸が穴の周りを切り裂いてくる。
「ぐあああ!!」
「クルーガー!」
安全地帯にいたままのニードルはノーダメージだったが、刺さった剣に掴まる形で外に出てしまったクルーガーはそのまま斬糸に身を切られてしまい、赤いダメージエフェクトが出る。しかも続けざまにカラフルフロッグとシルクスパイダーの攻撃が加わり、クルーガーの身体に白い糸が絡まっていくつかの状態異常が付与されてしまう。
「っ……手を!」
ダメージから来る痛みを堪えつつ片手のみで剣にぶら下がるクルーガーは、ニードルに向けて左手を伸ばす。ニードルは慌てて彼の手を握り返し、穴の中へと引っ張りあげる。
「はあ……はあ……」
インベントリから出した短剣でクルーガーの身を縛る糸を切り裂けば、AGIデバフが無くなり状態異常だけが残る。
「っ………俺は今、どんな状態だ?」
「毒に炎上に麻痺に氷結の重ねがけだ! この上睡眠にまでなっていたら間違いなく死んでいたぞ!?」
「どうりで……っ……身体が重いし、ジリジリ痛むわけだ……!」
継続ダメージの毒と炎上、一定時間動けなくなる麻痺と氷結。事前にショップで購入した耐性スキルのおかげである程度効果を抑えることはできていたが、一度に四つ同時に状態異常になるのはさすがに苦痛である。
ニードルが急いで状態異常回復ポーションを出して瓶を砕けば、クルーガーを蝕んでいた苦痛が全て消えていく。
「はあ……」
身体が楽になったのを感じて壁に寄りかかるクルーガーに、ニードルは罪悪感に顔を歪めて頭を下げてきた。
「………すまないクルーガー。俺の調べが甘かったせいで、面倒なことに巻き込んでしまった」
「気にするな。まだゲーム序盤なら、一般に知られていないこともたくさんあるだろうしな」
『NWO』発売からまだ三日目。自身を含めたプレイヤー達はこのゲームの世界の隠された要素をいまだ掴めていない者が大多数なのだから、今回のニードルのように予期しない事態に直面してもなんらおかしいことはない。
「それはそうとニードル。今外から出たことで、一つわかったことがある」
「?」
「穴から出れば、ログアウトはできるみたいだ」
ニードルはクルーガーの言葉に一瞬理解が及ばなかったが、やや間を開けてからハッとする。つまり彼がいきなり壁にぶら下がるように安全地帯から出たのは、この場所以外でログアウトが可能かどうかを確認するためだったのだ。
「だからまず、俺が先に出てモンスター達の気を反らす。お前は穴から出た瞬間にログアウトして脱出しろ」
「なっ……そんな無茶だ! あんな数を一人で相手するなんて!」
首を振って拒絶するニードルの肩をクルーガーがポンと叩く。
「心配するな、俺も隙を見てすぐログアウトする」
だから大丈夫だと笑みを見せるクルーガーにニードルは悲痛そうに顔を歪ませるが、生産職の自分では彼のお荷物になることは明白だった。しばし俯いてからグッと両手を握りしめ、ニードルはバッと顔を上げる。
「………わかった、だったら俺の手持ちのポーションを全部お前にやる」
「ああ、ありがとう」
お互いに覚悟を決め、ニードルはインベントリから回復ポーションとMPポーションを計十本ずつ全て取り出しクルーガーに譲る。これに自動回復効果を持つ【フォレストクインビーの指輪】三つと、MPを消費してHP1で耐える【頑強】があればなんとか凌げるだろう。
「じゃあ行くぞ」
再び穴のそばに立ち、眼下のモンスター達を見下ろせば、いまだ二人に向けて攻撃を続けている姿が見える。ニードルはいつでもログアウトできるようにウィンドウを開きながら、クルーガーの合図を待つ。
「今だ!!」
バッと飛び降りたクルーガーに続くようにニードルもジャンプすれば、ログアウト不可のメッセージからログアウトするかいなかのメッセージに切り替わる。すぐさまログアウトするを選択し、身体が消える寸前にニードルはこう叫んだ。
「必ず戻ってこいよ!」
「もちろんだ!」
クルーガーのその言葉がニードルに届いたかどうかはわからない。着地した彼の眼前に迫り来るモンスターに向けて、剣を向けて叫ぶ。
「来い!!」
急募:もしクルーガーさんがギルドを立ち上げる場合、どんな名前がいいかアイデアを下さいませ。
例
○○戦隊or○○レンジャー
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特撮ファンとアラクネ
『キュアアアアアアア!!』
アラクネの咆哮が洞窟内に鳴り響き、クルーガーに向けて斬糸を伸ばす。
先ほどの斬糸の切れ味から推測するに、剣でいなせば破壊されてしまう可能性が高いだろうと考えたクルーガーは、迫る糸を寸でで躱すも横から無数の白い糸を浴びてしまった。
攻撃力のないそれはシルクスパイダーが放つAGIデバフの糸で、糸が絡まれば絡まるほどに自身の動きが遅くなっていく。それだけでも十分厄介だというのに、次いで繰り出される粘液弾が雨の如くクルーガーに当たる。
五色のカラフルフロッグが放つ色とりどりの粘液弾によって、クルーガーに状態異常が重ねがけされてしまう。スキルとアイテムの効果でクルーガーのVITは100を超えているので、毒と炎上によるダメージはそれほど強くはない。しかし麻痺と凍結と睡眠のせいで動きが鈍くなり、岩壁を背に膝をつく彼に向けてモンスター達が次々と攻撃していく。
「ガハッ!!」
アラクネの斬糸に身を切られ、HPバーを見てみれば20ほど削られていた。
(攻撃力がさほど無いのが救いか……!)
クルーガーの現在のHPは675。アラクネのみを相手にするならば、単純計算で30回までは攻撃に耐えられる。しかし毒と炎上の経過ダメージがあるので、ペース配分を間違えれば死に至るだろう。
闇雲に攻撃しても勝てないと判断し、毒と炎上のダメージに苦しみながらも、クルーガーはどのモンスターを倒すべきか考える。
まずアラクネだが、こんな最悪のコンディションで挑んでも返り討ちになりかねない。それに批ダメージが20程度であれば倒すのを急ぐ必要はないと思われる。
次にシルクスパイダー。洞窟の序盤で受けて気づいたのだが、糸のAGIデバフは最大50%まで下がる。しかしもともとクルーガーのAGIは【物理特化】の効果で2倍になっていたので、いわば±0の状態である。白い糸にダメージはなく、デバフに限度があるならばシルクスパイダーを倒すのは後回しにしてもいい。
となると残るはカラフルフロッグだ。
継続ダメージの毒・炎上はポーションで回復出来るが、動けなくなる麻痺・氷結・睡眠は厄介である。なのでクルーガーはまず、黄色と白と青のカラフルフロッグを倒すことに決めた。
クルーガーは一度ポーションでHPを回復させてから、カラフルフロッグの攻撃直後の僅かな溜めを見計らって動き出す。いつもより動きが遅く感じるものの、彼の素のAGIは30越えなので敵に接近するだけならばそれほど苦にはならない。
『ゲゲゲゲ!!』
色とりどりの粘液弾が彼に放たれるも、クルーガーは剣を構えてその内の黄色と白と青のみを弾く。黒と赤は敢えてその身で受けた。
「うおお!!」
目先の黄色いカエルを一太刀で倒し、次にその隣の青と白のカエルも斬る。その間にも黒と赤の粘液弾とアラクネの斬糸がクルーガーに当たるが、それに見向きもせず三色のカエルのみを次々に倒していく。徐々にダメージが半分を削り、HPが一割になる瞬間にポーションを砕いて回復する。これを五回ほど繰り返した頃だった。
『スキル【毒耐性・小】が【毒耐性・中】に進化しました』
『スキル【炎上耐性・小】が【炎上耐性・中】に進化しました』
何度も毒と炎上を受けたおかげか、ここで一部の耐性スキルが進化したのだ。このタイミングでのスキル進化はクルーガーとしてもありがたく、改めてカエル討伐に専念する。
やがて視界に映る黄色と青と白のカエルを全て倒したのを確認し、次に黒と赤に狙いを定め始めた。
繰り出される粘液弾を剣で弾いていくと、
『スキル【パリィ】を取得しました』
またしてもスキル取得通知が鳴り響くが、クルーガーはそれどころではないため一旦聞き流す。
やがて周囲のカエルが全て倒され、今度はシルクスパイダーに向かう。白い糸が一斉に纏まりつくも、すでにデバフ状態だから糸を躱す必要はないため、そのまま真正面から挑む。
『シュルルルル!!』
「はあっ!!」
横一閃に凪ぎ払えばそれだけで蜘蛛達の三割が倒される。こちらも攻撃直後の僅かな隙を見抜いて次々倒していけば、ほどなくシルクスパイダーは全滅するのだった。
「よしっ………これで!」
絡まる糸を剣で切り裂きポーションで体力を回復させてから、クルーガーは改めてアラクネに向き直った。
『キュアアアアアアア!!』
なおも甲高い叫びを上げて斬糸攻撃を放つアラクネだったが、AGIデバフと状態異常攻撃を使うお供達がいない今、万全のステータスに戻ったクルーガーに避けれないはずがなかった。
「【跳躍】!」
スキルを使って糸を躱し、両脇の壁を蹴って真上に飛んだ。
『キュアアアアアアア!!』
なおもアラクネはクルーガーを追うように糸を放つも、彼はなんと向かってくる斬糸を足場にしてジャンプしながらアラクネに迫る。糸を踏むごとに足裏からダメージエフェクトが散るも、クルーガーは構わずアラクネの頭部に向けて剣を振りかざす。
「うおおおお!!」
ついに親玉に一矢報いるかと思いきや、
カッ!!
「ぐっ!?」
アラクネの背後から突然白い光が輝き、暗闇に目が慣れていたクルーガーは眩しさから思わず目を伏せてしまった。そのせいでアラクネの至近距離での攻撃をモロに受けてしまい、壁に叩きつけられた。
「うあっ!?」
なんとか壁に手をついて体勢を立て直して再びアラクネに視線を向ければ、その背後にはカラフルフロッグ達より一回り大きく、銀色に輝く皮膚を持ったカエルのモンスターが二体控えていた。
『ゲゴゴ!』
『ゲゴゲゴ!』
(さっきのカエル達と違う………上位種というやつか!)
銀色カエル達がクルーガーに向けて口を大きく開くと、その口腔が眩く光りクルーガーの視界を再び塞ぎ、その隙にアラクネの攻撃が彼に襲いかかった。
「うわあ!!」
どうやらあのカエルは粘液弾を出さない代わりに光を放つことでプレイヤーの視覚を潰し、アラクネのサポートをするモンスターのようだ。せっかく面倒なお供達を倒したというのに、また違った方向性の邪魔者が入ったことにクルーガーは思わず舌打ちしてしまう。
(視覚が戻る瞬間を見計らうように再び閃光を放ってくるな。どうすれば……!)
目を伏せては敵の居場所などわからない。モンスターの鳴き声と糸の風切り音しか耳には入らず、攻撃も身体が受ける痛みでしかわからない。これでは反撃する前に自分が力尽きてしまうとなんとか視覚を回復させる方法を考えるが、クルーガーはふと気づく。
(………いや、待てよ)
視覚が使えないならば、それ以外の感覚を使って敵を探せばいい。その発想に至った瞬間、クルーガーは目を伏せたまま五感を研ぎ澄まし、聴覚で音を、触覚で空気の流れと攻撃の間隔を探る。
身を斬る糸が次に来るまでの時間と音の来る方向と距離を脳内で素早く計算し、踏み込むタイミングを狙う。
『キュアアアアア!!』
「今だ!!」
瞬間、アラクネの糸をものともせずに右のカエルに向かって走るクルーガーは、そのまま剣を振りかざした。
「グゲッ!?」
カエルの断末魔の叫びと手応えから、確実に仕留めたと確信した。
『スキル【心眼】を取得しました』
再びのスキル取得通知。構わずクルーガーは音と気配を頼りにもう一匹も攻撃する。
『ゲゲ!!』
「よしっ!!」
最後のお供を倒し、今度こそアラクネに向き直る
「おおおおおおおお!!」
真正面から挑み縦一文字に切ればアラクネのHPが半分まで削られる
『キュアアアアア!!』
悪足掻きのつもりなのか先ほどよりも見境なく糸を繰り出すアラクネに、クルーガーは自身のHPが残り一割を切ったのにも構わず追撃するように女の首を斬った。
今気づいたけど……このカエル達、配色がガオレンジャーとおんなじだ;
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特撮ファンと戦利品
ついに『防振り』二期が公開されるそうなので、こちらもちょくちょくあげていきたいです。
「はあ……はあ……」
アラクネがポリゴンになっていくのを見届けたのち、緊張の糸が切れたのかクルーガーはその場にドサリと倒れた。
「つ、疲れた………現時点で一番キツイ戦いだった……」
仰向けになって息を上気させる彼だったが、数秒後にガシャリという何かが落下するような音が耳に入った。
「っ!?」
まだ敵がいるのかと慌てて上半身を起こすが、そこにあったのは木を組み上げて作った道具のみだった。アラクネが倒された場所に落ちていたのを見るに、ドロップアイテムと思われる。
アラクネの機織り機【レア】
【DEX +10】
野外機織り:工房以外でも糸系アイテムで布アイテムを作成できる。
拾い上げて調べてみれば、どうやら生産職向けのレアアイテムのようだ。
「……これは俺が持っててもしょうがないな。後でニードルにやるか」
アラクネ以外にもモンスターをたくさん倒したが、ほかにも何かドロップされていないだろうかと周囲を見渡すと
「これは……!」
一人洞窟からログアウトしたニードルは、再びログインし直して町に戻って来ていた。出入り口のそばを行ったり来たりして落ち着かない様子でウロウロする彼の胸中は心配で占められている。
(クルーガー、大丈夫かな………ちゃんと逃げれたのか?)
隙を見てすぐにログアウトすると言っていたが、あれから二十分経過したにも関わらず町に彼の姿は見当たらない。お互いにフレンド登録してあるからメッセージで連絡するという手もあったが、もし仮に彼がまだ戦っていた場合は邪魔になってしまうかもしれないと思い、なかなか画面を開く気にならなかったのだ。
(ああ、もし倒されたらどうしよう……せっかく出来たスーパー戦隊ファンのフレンドなのに……)
今回の失敗で失望され、絶交を言い渡されたらどうしようと涙目になって頭を抱える。ニードルにとってクルーガーはスーパー戦隊ファンとしても、ゲームで初めて出来たフレンドとしても今後仲良くしていきたい人物だ。こんな凡ミスで迷惑をかけ、嫌われたくないと不安でたまらなくなっていた時だった。
ピロンッ
「!?」
メッセージの通知音が鳴り響き、ニードルが慌てて差出人を確認してみればクルーガーからだった。
『勝ったぞ。今どこにいる?』
「え………勝った!?」
短く分かりやすいメッセージを理解し、ニードルは驚愕する。生産職の自分と違ってクルーガーは純粋な戦士職ではあるが、あれだけの数のモンスターに勝利したというのだ。戸惑いながらも今は町にいると返信すれば、ログインしなおして町に戻るというメッセージが送られてくる。
「お~い、ニードル!」
「!」
それから数分後、噴水広場のほうから駆けてくる姿が見えた。
「クルーガー、無事だったのか!」
「ああ、なんとか勝てたよ」
迷惑をかけて申し訳ないと頭を下げるニードルに、クルーガーは気にするなと笑って肩をポンと叩く。
「そうだニードル、ちょっとこれを見てくれ」
「?」
ステータス画面を開きアイテム一覧を見せた。
カラフルフロッグの赤い塗料【レア】
一部の素材・装備を赤く染められる。
カラフルフロッグの青い塗料【レア】
一部の素材・装備を青く染められる。
カラフルフロッグの黄色い塗料【レア】
一部の素材・装備を黄色く染められる。
カラフルフロッグの黒い塗料【レア】
一部の素材・装備を黒く染められる。
カラフルフロッグの白い塗料【レア】
一部の素材・装備を白く染められる。
煌めく塗料【レア】
一部の素材・装備に光沢を与える。
「こ、これは!?」
「どうやらカラフルフロッグがドロップするアイテムらしい」
さらにアラクネがドロップした機織り機も見せれば、ニードルは興味津々でそれらを眺める。
「こんなアイテムの情報、今までなかったぞ?」
それもそのはず。湿地帯にのみ出現するカラフルフロッグ自体が経験値をあまり多く取れないため、進んで倒すプレイヤーがいないうえに、これらの素材はアラクネの配下のカラフルフロッグからしかドロップされないのだ。なので現在この素材を入手できているのは、ゲーム内ではクルーガーのみとなっている。
「このアイテムはみんなお前にやるよ」
「え!?」
かなりの量のレア素材を全て譲渡しようとするクルーガーに、ニードルは驚愕の声を上げてしまう。クルーガー曰く、生産職のニードルが持っていたほうが有意義と判断したのだという。
「そんな! 一番苦労したのがクルーガーなのに、こんな貴重なアイテムを俺一人が貰ったら申し訳ないって!」
「でもなあ、ただ換金するのもそれはそれでもったいないし……」
「じ、じゃあせめて、装備を作るときの代金から差し引かせてくれ!」
今後作るだろうクルーガーの装備、それをある程度値引きすることを条件にすればクルーガーは納得したように頷いた。
「あと、モンスターを倒してる時に新しいスキルを取得したみたいなんだ」
今度はスキルの項目を開き、ニードルにも見せる。
【パリィ】
一部の飛び道具・射撃系魔法スキルの攻撃を武器で弾いて無効化する。使用するごとに武器の耐久値が通常より50%減る。
取得条件
一定回数、武器で攻撃を弾く。
【心眼】
眼を閉じている間、一定範囲内の敵の正確な位置が見えるようになる。効果持続時間は五分。
取得条件
眼を閉じた状態で敵を倒す。
「へ~、なかなか使えるスキルだな」
【パリィ】は遠距離攻撃を無効化できるが、その分通常より武器が壊れやすくなってしまうらしい。クルーガーはまだ初期装備の片手剣しかないため扱いに困るだろうが、今後質の良い装備を揃えればかなり使えるスキルに化けることだろう。
【心眼】は眼を閉じている五分間は幻覚系スキルを無視して敵を探し出すスキルで、こちらもかなり使える。
あとは毒耐性と炎上耐性のレベルが上がったりなどしており、着実にクルーガーが強くなっているのがよくわかった。
「良いスキルも手に入ったし、今回は本当に有意義な探索だったよ。ありがとうニードル」
「いや俺のほうこそ、貴重な素材をありがとう」
こうして互いの親睦を深めた二人は、次もゲームで会う約束してログアウトしたのだった。
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特撮ファンと謎の入り口
数日後、クリアミスリルを売ってある程度ゴールドが貯まったクルーガーは、新しい剣とポーションを買えるだけ買ってからまたあの鉱脈に来ていた。
今回の目的はレベリングでも素材採取でもない。『クリアミスリル採掘のための、安全かつ適度な手順』を検証するためだ。
この鉱脈はまだ掲示板に情報がないため、他に採掘しに来るプレイヤーがいない穴場だ。採れる素材もレアであり、生産職のニードルのレベリングにもうってつけである。とはいえいつでも自分が護衛として動向できるとは限らないため、彼が余裕を持って行けるように一人でも採掘できる方法がないかをクルーガーは模索しにきたのだ。
まず道中のモンスター、状態異常攻撃に特化したカラフルフロッグをいかにして避けて通れるかの検証だ。
この手のゲームによくある、入ったり上ったりできないオブジェクトがどれだけあるのかを調べていきながら、モンスターが出てこない道を探すこと数十分。森の入り口と洞窟を三回ほど往復したのち、ついにクルーガーは確実にカラフルフロッグ達が現れないルートを発見した。かなり遠回りになるし歩きにくいものの、モンスターが出ないのを考えればまあ妥協できる範囲だろう。
次に縦穴に入る方法。
クルーガー自身は【跳躍】で難なく入れるが、スキルを持っていないニードルはそうもいかない。何かいい方法はないだろうかとNPCショップを物色していた時、探索向けアイテムのコーナーに置いてあった『鍵縄』が目に止まったのだ。
この『鍵縄』は高所に登る際に使うアイテムで、狙った場所に引っ掛かるかは使用者のDEXに左右されるそうだが、生産職のニードルはDEXが高めなので使用に問題はないはず。思った通り鍵縄は縦穴の端にしっかりと掛かり、ロープを握って壁を登ることができたのだった。
そして一番重要なのが、どのくらい採掘するとアラクネ達が出現するかだ。前回来た時は黙々と採取していたが、今回は採取の回数と素材の個数をそれぞれ数えていく
『キュアアアアアアア!!』
クルーガーはアラクネの咆哮が上がったのを確認してから回数をメモし、洞窟からジャンプしてログアウトし町に戻る。これを何度か繰り返し、ついにクリアミスリル採掘の法則を導きだした。
「なるほど、だいたいこのあたりが限界みたいだな」
今回の周回でクルーガーはついでにカラフルフロッグの塗料も入手し、さらには【採掘】がⅡに、【毒耐性】【炎上耐性】が大に、【麻痺耐性】【氷結耐性】【睡眠耐性】が中に進化した。あの時よりもレベルが上がり、新しいスキルも手に入ったために余裕を持って戦えたのが功を奏したのだろう。
「さて、そろそろログアウトするか」
洞窟から出て空を見れば、外はすでに夜の時間帯になり月が辺りを照らしている。何気にNWO内で初めて夜を迎えたクルーガーは周囲を見渡す。辺りには昼間は見かけなかった光る虫のモンスターが飛び交っており、沼や木々が鮮やかに光って幻想的な光景が広がっている。おそらく夜にしか現れないモンスターや夜にだけ活動する植物なのだろう。ほう…とため息をついてその美しさに見惚れていたクルーガーだったが、
「ん?」
ふと洞窟の横に目をやると、草むらの一部が水色に光っているのに気づいた。
なんとなく気になってその部分を掻き分けてみると、その向こうには細い獣道があった。草むらで隠されていたせいでパッと見は気づけないだろうその道は、水色に光りつつ一本道で奥に続いている。興味本位からクルーガーはしばらくそこを道なりに歩いていくと、背の高い草が彼の行く手を阻むように生い茂っている。草は破壊可能なようで片手剣で難なくなぎ払えば、クルーガーの眼前に石造りの古びた遺跡のような建物が現れた。
「………!」
荘厳さに圧倒されながらもクルーガーは敷居に足を踏み入れ、建物をより細かく観察していく。石造りの遺跡は経年劣化のせいか表面には皹が入り蔦が絡まっており、一部分に至っては崩れて瓦礫の山になってしまっていた。その遺跡の入り口と思われる正面の左右には、鳥の頭を持つ人間の石像と首のない人間の石像が、剣と杖を手に神社の狛犬のように向かい合って佇んでいる。だがよくよく見ると首のない石像の足元には犬の頭の形をした石が転がっており、おそらく犬頭の人間の石像だったと思われる。
「?」
しかしクルーガーはここであることに気づいた。瓦礫となった犬の頭の下から、ここに至るまでに見た獣道の光と同じ水色の光が漏れていたことに。おそるおそる像の像に近づき、犬の首をそっと持ち上げて瓦礫をどかせば、その下から地下に繋がる階段が現れたのだ。
「これは………ダンジョンの入り口か?」
クルーガーはランプで照らしてみるも、階段の奥は暗くて何も見えない。掲示板にはこの湿地帯エリアに、『シルクスパイダーの洞窟』以外のダンジョンがあるという話は聞いたことがない。状況から考えるに、おそらく隠しダンジョンというやつなのだろう。
「ん~……今日はやめておくか」
個人的には入ってみたい気持ちのクルーガーだったが、今日は三時間もゲームして疲れている。それにアラクネのような厄介なモンスターが大量に出る可能性も高かったので、あまり危険な行動は避けたかったのだ。幸い今回の周回でクリアミスリルを大量に採掘したので、ゴールドはたんまりとある。これらで装備を整えてから、後日改めて挑戦してみようと決意する。
一度ここに通じる道なりを確認してから、クルーガーはログアウトしたのだった。
防振り二次創作チュートリアル、オリジナルダンジョンの発見・探索です。
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特撮ファンと隠しダンジョン
翌日、ポーションと装備をしっかりと揃えた上でクルーガーは再びあのダンジョンの入り口に向かった。
クルーガー
Lv22
HP 695/695〈+15〉
MP 20/20
【STR 33〈+20〉】
【VIT 33〈+18〉】
【AGI 33〈+10〉】
【DEX 33〈+5〉】
【INT ×】
装備
頭 【命中のスカーフ】
身体 【鉄の胸当て】
右手 【鉄の片手剣】
左手 【空欄】
足 【空欄】
靴 【軽脚の靴】
装飾品
【フォレストクインビーの指輪】
【フォレストクインビーの指輪】
【フォレストクインビーの指輪】
スキル
【パリィ】【心眼】【毒耐性・大】【炎上耐性・大】【麻痺耐性・中】【氷結耐性・中】【睡眠耐性・中】【採掘Ⅱ】【しのび足Ⅰ】【跳躍Ⅰ】【物理特化】【剣豪】【頑強】
念には念をと今回は装備も可能な限り新調した。補正値は微々たるものの、少しでもステータス数値を上げておきたかったのだ。さらに【パリィ】を使用する場合を考慮に入れ、予備の剣も三本ほどインベントリに入れてある。今一度地下へと続く階段を見てから、両手で顔を叩き気合いを入れる。
「よし………行くか!」
クルーガーはランプで足元を照らしながら階段を降りていったのだった。
階段を降りた先、クルーガーの目の前には真っ黒い空間に包まれた大きな川が流れていた。真っ暗という点は【シルクスパイダーの洞窟】と同じだが、こちらはただ暗いというよりは、どこまでも闇が広がっているような印象である。ザアザアと勢いよく流れる川は一度落ちれば溺れ死んでしまいそうで、その川の上には年季の入った石造りの橋がかかっていた。
ステータス画面を開き、クルーガーはダンジョンの名前を調べる。
【冥府の地下神殿】
剣呑な名前に相応しい底知れない恐怖を醸し出している地下空間は、ランプで照らしてもギリギリ先が見える程度だ。一度左右を照らしてほかに道がないことを確認してから橋の上を渡っていく。
(………なんか、気味が悪いな)
道中はしんと静まり返り、信じられないほどモンスターが出てこないのがダンジョンの不気味さを一層際立たせる。これはダンジョンというよりもお化け屋敷の中を歩いているような気分だ。
(理沙ちゃんだったら、一分と持たずに泣き出すだろうなあ……)
ふとお化け嫌いなかわいい姪っ子の姿を思い出しつつ、そのまま道なりに歩くこと十分。
前後左右にのみ注意を向けていたクルーガーの右足が、突如何者かに捕まれた。
「うわ!?」
バランスを崩して前のめりに倒れたクルーガーは慌てて足先をランプの明かりで照らすと、足首を掴む真っ黒い手が見えた。反射的に剣で腕を切り落として拘束を解けば、黒い腕は青く燃え上がって消える。
しかし息をつく暇もなく橋の縁に黒い手がかかり、水飛沫を上げて何かが這い上がってきた。
『だセぇ……』
『コこカらだせェ……』
川から上がってきたのは、真っ黒い肌をした人型のモンスターだ。目・鼻・耳・口のない黒いのっぺらぼうそのもので、胸には赤く輝く拳大の宝石が埋め込まれておりまるで心臓のようである。
黒い人影達は橋の上に上がると一斉にクルーガーに襲いかかり、彼の身体にしがみついてきた。人影に捕まれた部分から鈍い痛みが広がりHPが減っていくのを見るに、どうやら触られるだけでダメージを受けるようだ。
「うおおおおおお!!」
慌てて拘束する人影を剣で切り裂き、自由になったと同時に横一閃になぎ払う。一撃で人影のHPが0になると断末魔の悲鳴を上げてその身は青い炎に包まれていく。思っていたよりモンスターが弱かったのが幸いだ。
炎が消えると拳大の赤い宝石と錆びた黒い鎖がその場にドロップする。
亡者の心臓【レア】
我欲のために再び地上へ這い出そうとする愚者の心臓。HPの補正値を上げる素材。
咎人の鎖
罪を犯し冥府に幽閉された魂を捕らえる鎖。HPの補正値を上げる素材。
調べてみれば鎖は通常ドロップ素材で宝石のほうはレア素材のようだった。
クルーガーはそれらをインベントリにしまうと、落ちたランプを拾い上げて再び橋を歩きだす。今度は足元や頭上にも注意を向けるのを忘れない。
『スキル【気配察知Ⅰ】を取得しました』
ここで新しいスキルの取得通知がかかり、早速使用してみれば敵の気配がよりわかりやすくなってきた。
『ダしてクれぇ………!』
「そこ!」
這い上がると同時に瞬殺する。暗がりのせいで視界か悪いものの、モンスターが弱いのもあって倒すのは難しくない。
そのまま五体ほど倒しようやく敵の出現が収まれば、橋の上にはドロップした素材が散らばっていてクルーガーは全て回収した。
そのやり取りを繰り返しながらしばらく歩くこと数十分、橋の先に何かが見えてきた。
「これは……」
接近するとそれは美しい彫刻が施されたかなり大きな石の扉で、扉の隙間から青白い光が漏れている。ようやくダンジョンの最深部にたどり着けたのだろうか。
クルーガーが扉の表面に手をついて体重をかければ、地響きを立てながら扉がゆっくりと開いていった。
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特撮ファンとアヌビス
まずクルーガーの視界に入ったのは、落ち着いた色合いの青い光だった。
そこは先ほどの気味の悪い橋とうって変わり、荘厳な空気を放つ美しい水色の鉱石を切り出した古代の神殿のような場所だ。扉の内部へ一歩足を踏み入れれば、バタンとクルーガーの背後で扉が閉じてしまう。おそらくここがダンジョンの最奥なのだろうが、等間隔に設置された太く大きな柱が天井を支えている景色に、クルーガーはふと既知感を抱く。
「ん? なんかこの場所、どこかで見たことあるような……」
どこだっただろうかと記憶を紐解いてみれば、すぐ答えは出た。
「………あ、そうだ! ここって例の地下水路に似ているんだ!」
特撮ファンならば知らぬ者はない、特撮撮影のロケ地として有名な
内心やや感動しつつ、もう少し観察しようと柱の一本に近づこうとしたクルーガーだったが、
『何者だ』
突然かけられた、低い男性の声にビクリと身体が跳ねる。
「!」
慌てて片手剣を構えて声のした方を向けば、壁の一部がゴゴゴと地響きを立ててシャッターのように上へ上へと動いていく。その下からポッカリと空いた黒い通路が現れると、カツンカツンと靴の音を鳴らして人影が歩いてくる。クルーガーは柄を握る手に力を込めて警戒するも、神殿の青い光に照らされた影の姿がハッキリすると目を見開いて驚愕した。
「………!?」
それはエジプトの神官のような服装をした、水色の体毛の大型犬の頭部を持った獣人だ。
「ぼ、ボス………!?」
そう、彼が憧れるヒーロー。『ドギー・クルーガー』と瓜二つの。
「なぜ生者がこの地下神殿にいる」
刃物のように鋭い眼差しでクルーガーを睨む犬獣人は、腰に携えた剣に手をかける。
「ここは清らかなる死者達のみがたどり着ける安住の地。生者はお引き取り願おう」
犬獣人の頭上にHPバーが浮かび上がったと同時に、彼の姿が一瞬消えたかと思えばクルーガーの腹部にダメージエフェクトが散った。
「がっ!?」
慌てて背後を身やれば剣を振り抜く構えで固まる犬獣人の後ろ姿があり、たった今目にも止まらぬ速さですれ違いざまに攻撃されたのだとクルーガーは理解した。すぐに距離を取ろうとするも犬獣人は素早くクルーガーに向き直り、地面を蹴って追撃が迫るのを見て剣でそれを防ぐ。金属音を響かせてなおも繰り出される連撃を必死に受け流そうとするも、あまりの速さにいくつかは当たってしまう。
(は、速い……!)
自身のHPバーを見れば今の攻撃ですでに七割も削られており、このままでは死んでしまうだろうと確信したクルーガーは、一度剣で犬獣人を吹き飛ばして自身から離す。中空で一回転しながら地面に着地した犬獣人のわずかな隙に、クルーガーはインベントリからポーションを取り出すも再び犬獣人の一閃が襲う。
「うぐっ!!」
披ダメージの大きさからあわや死んだかと思われたが、ここで【頑強】が発動しHPは残り1になった状態で止まる。どうにかポーションの回復が間に合って全回復し、クルーガーは負けじと攻撃を開始する。
しかし犬獣人は卓越した剣技でクルーガーの攻撃を全ていなし、目にも止まらぬ早業でカウンターを繰り出す。
「強いな………さすがボスをモデルにしただけのことはある!!」
ダメージすら与えられず、犬獣人の強さを体感したクルーガーにはある確信が持てた。間違いない、この犬獣人は『ドギー・クルーガー』を元にしたモンスターであると。憧れのヒーローそっくりのNPCと相対している現状に感動しつつも、改めてその強さを計ってみる。
物理特化の効果でVITが100近いクルーガーでもHPを削られてしまうほど一撃一撃が強いSTR、距離を取って様子を伺うのも難しいほど素早いAGI、攻撃しても器用に受け流してダメージを受けつけない剣技。どれを取っても最高としか言い様がないスペックはまさにデカマスターそのものだ。
それでも【頑強】とポーションを用いてギリギリ食い下がっていくと、ここで犬獣人の動きが止まる。
「………驚いたな。俺の剣を受けてここまで長く持ちこたえる生者がいるとは」
一度剣を下ろしクルーガーを見つめる眼は、先ほどまでの侵入者を警戒する眼差しから敵を称賛する色に変わっている。クルーガーは攻撃が止んだタイミングを見計らいHPポーションとMPポーションを砕く。
「ならばこれはどうだ?」
すると犬獣人は剣を頭上に掲げ、ゆっくりと円を描くような動作をしてから刀身が水平になるように横に構えた。
(あの構えは!)
『デカマスター』のファンである彼はその構えを何度も見ていた。
「はあああああああ!!」
脇に構えて滑るように突進し、すれ違いざまに切り裂く。
「ぐあああああ!!」
防ぐために構えていた片手剣が粉々に砕け、満タンだったクルーガーのHPは一気に1にまで減ってしまう。【頑強】がなかったら今の一撃で間違いなく即死だっただろう。
「まだ立っていられるのか………!?」
犬獣人どころかダメージを受けたクルーガー本人も自身がいまだ生きていることに驚いている。しかしインベントリを見ればHPポーションは残り一つ、【頑強】発動のためのMPポーションにいたっては全て使い切ってしまっている。
絶体絶命、勝ち目のない戦い。だがクルーガーの心中は喜びで溢れていた。
初めてのダンジョン攻略は敗北に終わるだろうが、大好きなデカマスター似のモンスターに倒されるならば本望というものだ。いつかこの戦いを姪っ子に自慢しようと思いながら、最後のポーションで回復し予備の片手剣を装備し直してから再び構える。
「見事だ。お前は俺の全力をぶつけるに足る存在だと認めよう」
犬獣人はクルーガーに対し敬意を込めた視線を向けてから、再び剣を頭上に掲げる。その刀身は先ほどよりも光り輝くと、刃のリーチが倍以上に伸びる。
おそらくデカマスターの必殺技『ベガインパルス』をもとにした技が来るのだろうと確信し、もうここは潔く受け入れようとクルーガーが武器を下ろした瞬間だった。
突如、犬獣人の頭上の天井が崩れたのだ。
「「!?」」
ほぼ同じタイミングで頭上を向く二人。次いで先に動いたのはクルーガーだった。
「危ない!!」
地面を蹴って犬獣人に駆け寄り彼を突き飛ばしたクルーガーの頭上に、轟音を響かせて瓦礫が降り注いだ。
「っ………」
身体を圧迫する瓦礫の重さに歯を食い縛りながらも、クルーガーはなんとまだ生きていた。最後の【頑強】が発動したおかげでHPは1を保ったままだったが、瓦礫に挟まって動けそうにない。瞼を開ければ必死の形相で犬獣人が駆け寄る姿が見える。
「おい! 大丈夫か!?」
(……ああ、よかった)
犬獣人が無事なのを見届け、ホッと胸を撫で下ろす。
(NPCとはいえ……大好きなヒーローが傷つくのなんて、見たくないもんな……)
憧れのヒーローを守れたことを誇りながら、大ダメージからくる痛みにクルーガーの意識は遠退いていったのだった。
『スキル【アヌビス】を取得しました』
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生産職と色彩
「………よし、出来た!」
クルーガーがダンジョン攻略に挑んでいた頃、ニードルは工房にて装備作成に没頭していた。まず手始めにクルーガーから貰った【アラクネの機織り機】がどのような効果を出すのか確認するために、【シルクスパイダーの白糸】で機織りをしてみたところ、数十分ほど時間を空けてから糸は真っ白い大きな布へと変わる。ここで布の詳細を調べてみると、ニードルはあることに気づく。
シルクスパイダーの織物
装備作成する際、通常の糸系素材を使用するよりも補正にボーナスが懸かる布素材。機織りで作った時だけ入手できる。
「これは………普通に糸を使うよりも武器を強化できるのか?」
試しに糸状態で作ったシャツと織物で作ったシャツをそれぞれ作り、補正値を比較してみる。
『白いシャツ』
【DEX+2】
『白織物のシャツ』
【DEX+5】
ほんの些細な差ではあるが、補正値が間違いなく上がっている。レアリティの低い【シルクスパイダーの白糸】でこれならば、今後レベルが上がって新しい糸系素材を入手した時により強化できるかもしれない。
思わぬ発見に喜びつつ、ニードルは次に塗料系の素材に手を伸ばす。説明によればこれらは一部の素材を着色できるそうだが、はたしてどう変わるだろうか。先ほど作ったシャツ二枚に赤い塗料を使ってみれば、白い布地はみるみる内に真っ赤に染まっていく。
『赤いシャツ』
【STR+2】
『赤織物のシャツ』
【STR+5】
「え、STRに変わってる!?」
先ほど確かにDEX補正のみだったはずのシャツは、数値そのままにSTRに変わっていた。これが塗料の効果なのだろうかと赤いシャツに今度は青い塗料を使ってみようとするが、『これ以上は染められません』という表示が出て出来なかった。
「素材一つに対して一回しか出来ないのか……」
ならばと再びシャツを作り、色ごとにわけてみる。何度か実験してみた結果、赤がSTR、青がINT、黄色がAGI、黒がVITの補正値にそれぞれ変換されることが明らかになった。ただ白い塗料だけは元から白い素材であるせいか使えなかったが。それでも素材一つに対し、色を変えれば好きなステータス補正値に出来るのは生産職にとって実にありがたい。
しかしここでふと、ニードルはあることを思い付く。
「………この塗料同士を混ぜたら、どうなるんだろう?」
塗料は全部で赤・青・黄・白・黒の五色で、うち三色は色の三原色を構成している。リアルの絵の具であればこれらの色を一定分量で混ぜることで様々な色になるのだが、このゲームの場合はどうなるのか……。
ニードルは試しに赤と白の塗料を混ぜてみた。
桃色の塗料
一部の素材・装備を桃色に染められる。塗料を混ぜた場合にのみ入手できる。
見事新しい色の塗料ができた。これで着色した場合はどう変わるのかと布を染めてみれば、白い布は桃色に変色する。
『桃織物のシャツ』
【STR+3】【VIT+3】
「おお………!」
早速桃色の布でシャツを作ってみれば、なんと補正値が二種類に増えている。糸素材をそのまま作った場合、一種類のみかつ補正値が+2なのを考慮するにかなり嬉しいボーナスだ。
「もっと色々作れないか?」
そこからのニードルはもう夢中になった。
赤と青で紫、赤と黄色でオレンジ、青と黄色で緑、黒と白で灰色と五色の塗料を次々と混ぜていき、気づけば作業台の上には十色もの塗料が増えていく。
『スキル【色彩Ⅰ】を取得しました』
「ん? 【色彩Ⅰ】?」
とここでスキル取得通知が鳴り、ニードルはどんなスキルなのかと確認する。
【色彩Ⅰ】
二色の塗料の割合を調節し、様々な色の塗料を作れる。
取得条件
二色の塗料を混ぜ、新しい塗料を一定数作る。
割合を調節とはどういう意味なのだろうか。試しに赤と青の塗料を手に取ってみる。
「【色彩】!」
スキル発動と同時に塗料の瓶の表面に赤が5で青が5とそれぞれ数字が浮かび上がる。数字の上下には小さな矢印があり、赤い数字の矢印を指先で触ってみると数字が6に変わり、逆に青い数字が4に変わった。おそらくこの矢印で数字の数を調節するということか。まず赤の数字を6に青の数字を4にした状態で塗料を混ぜてみる。
赤紫の塗料
一部の素材・装備を赤紫色に染められる。スキル【色彩】を発動し塗料を混ぜた場合にのみ入手できる。
今度は逆に青を6に赤を4にして混ぜてみる。
青紫の塗料
一部の素材・装備を青紫色に染められる。スキル【色彩】を発動し塗料を混ぜた場合にのみ入手できる。
先ほど作った紫の塗料に比べ、それぞれ赤み・青みの強い紫の塗料が出来た。
「そうか、数値の割合で様々な色の塗料を作れるのか!」
その結果に面白くなってきたニードルは【色彩】で次々と新しい色を作り出し、完成した色から織物を染め、織物が足りなくなればまた機織りをするを繰り返していった。時には糸そのものにも色を染めてみたり、染めた糸で布地に刺繍をしたりと、ニードルは思い付く限りの作成方法を試していく。
結果生産系スキルの一つである【裁縫Ⅰ】のほかに、いくつかの新しいスキルを取得していった。
【染物Ⅰ】
塗料で布系装備を着色した際、補正値にボーナスが懸かる。
取得条件
一定回数、塗料で布系素材を染める。
【機織Ⅰ】
機織り機で織物を作成した際に補正値にボーナスが懸かる。
取得条件
機織り機で織物を一定個数作成する。
【刺繍Ⅰ】
布系装備に刺繍を施した場合、補正値にボーナスが懸かる。
取得条件
糸系素材で一定回数刺繍する。
「こんなに新スキルが………! よっしゃラッキー!」
ここまで補正値ボーナスの生産系スキルが計四種類。これだけでも布系装備をぐんと強化できることにニードルは目を輝かせ、つい好きな作品のヒーローの口癖を叫び喜ぶ。次はどんな色を作ろうかと塗料に手を伸ばそうとするが手応えがなく、見れば作業台の上にあった原色の塗料五色は残り僅かになっていた。
どうやら塗料作りに没頭するあまり、すっかり素材を使い果たしてしまったようだ。
「もうこんな時間か……」
窓を見れば空は夕焼け色に染まっており、ゲーム時間では夜になろうとしている。まだ【煌めく塗料】を試していないニードルだが、今日のところは作業を止めて翌日以降また挑戦してみることにした。
「またあの洞窟に行ってみるか」
後日またクルーガーに護衛を頼むために、彼の予定を聞いておこう。作成したアイテムをインベントリにしまってからニードルはゲームをログアウトしたのだった。
イズさんが鍛冶専門の生産職ということで、ニードルさんは機織り・染物専門の生産職になりました。
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特撮ファンと報酬
「ん……」
水底からゆっくりと浮上するようにクルーガーの意識が覚醒する。背中に当たる固い石の感触に、何があっただろうかと思考を巡らせれば答えはすぐに出た。
(ああそうか、俺は死んだのか)
となるとここはリスポーン地点である最初の町だろうか。ダンジョン攻略は完敗としか言い様のない結果だが、まあ初めてなので仕方がないだろう。ひとまず瞼を開けてみるが、視界に入った光景にクルーガーは眼を丸くした。
てっきり宿屋で目を覚ますと思っていたら、最初に見たのは石造りの天井だったのだ。一体ここはどこなのかと、状況を確認するためにゆっくりと上体を起こせばまた違和感がクルーガーを襲う。
「………ん?」
なんというか、表情筋の感覚がおかしいのだ。特に口の辺りがいつもより重く感じる。恐る恐る右手で触ってみると顔の下半分、口の形が明らかにおかしい。そして触れた右手が視界に入ったことでさらなる異常に気づく。
よくよく見れば両手が………というよりは地肌の色がおかしい。それは手の甲から腕、肩、胸、しまいには足先に至るまでが、黒光りする艶やかな光沢のふかふかの獣毛に包まれている。
「………俺、こんな手袋してたか?」
一瞬装備かと思い腕の表面に触れるクルーガーだったが、右手が触れる感覚は服越しのそれではない。確かに地肌に触れている。
「え………? なっ……!?」
あまりの事態に半ばパニックになると、ふとクルーガーの目の前に大きな姿見の鏡があることに気づき、そこに写る自分の姿に固まった。
「!?」
写っていたのは、犬の頭を持つ人間。毛並みの色こそ黒ではあるが、ドギー・クルーガー瓜二つの人外の姿の自分がそこにいた。
「なんじゃこりゃあああああああ!?」
「気がついたか」
「!?」
突然声をかけられてビクリ肩を跳ねさせてしまうクルーガーが振り向くと、そこにはあの犬獣人が立っていた。
「ボス!?」
ドギーと似ているだけで全く関係のないNPCだが、ついボス呼びになってしまう。
「すまなかった」
対する犬獣人は、なぜか申し訳なさそうに深々と頭を下げてきた。
「え?」
「先ほどは話も聞かず、いきなり斬りかかってしまって申し訳ない」
曰く彼はこのダンジョンに入ってきたクルーガーを、神殿の秘宝を奪いにきた悪人だと勘違いしたらしい。だが彼が瓦礫から犬獣人を庇う姿を見てそうではないと気づき、瀕死の彼を助けるために自分の力を分け与えて治療したのだという。
「一命を取り留めることには成功したが、そのせいで君を人間でなくしてしまった。本当に申し訳ない」
「いや、むしろ嬉しいんですけど……」
多分ダンジョンのイベントをクリアしたことでなんらかのスキルを取得したのかもしれないが、正直クルーガーとしては憧れのヒーローそっくりの姿になれたことに感激している。
「しかし君は不思議な人間だな。ここへ入りこむ生者は、冥王の秘宝を盗もうとする欲深い魂しかいないのに、君の魂は汚れがなく清んでいる」
一方で犬獣人は小首を傾げながら、数秒ほど考えこんでから納得したように頷いた。
「君のような正しき心の持ち主にならば、冥王の秘宝を託してもいいかもしれないな」
ここに来てまさかのお宝譲渡。一回助けてもらったとはいえ、そんな簡単に宝をあげていいのだろうか。ゲームのNPCとはいえなんだか心配になってしまうクルーガーをよそに、犬獣人はある部分を指差す。
「秘宝はそこの祭壇に保管されている。どうか正しき行いのために使ってくれ」
見れば玉座に座る巨大な神官の石像が祀られており、その足元にはエジプトのツタンカーメン王の棺のような箱がある。
「では俺はそろそろ次の魂の審判をしなければならない。これからもその心を忘れずにな」
そう言い残すと犬獣人の姿は青い炎となって消えるのだった。
「………これってもしかしなくて、ダンジョンのクリア報酬だよな?」
恐る恐る棺に歩み寄り、その蓋に手をかけてゆっくりと持ち上げる。
「っ………! こ、これは!?」
【ユニークシリーズ】
単独でかつボスを初回戦闘で撃破しダンジョンを攻略した者に贈られる攻略者だけの為の唯一無二の装備。
一ダンジョンに一つきり。取得した者はこの装備を譲渡出来ない。
『冥王の兜』
【AGI +30】【DEX +15】
【破壊不可】
スキル【
『冥王の鎧』
【VIT +30】【HP +100】
【破壊不可】
スキル【地獄の番犬】
『ベガの神剣』
【STR +30】【DEX +15】
【破壊不可】
スキル【百人斬り】
犬耳がデザインされたスチールブルーのヘルメット、胸部に100と描かれた黒に赤とスチールブルーの差し色が入ったアーマーと黒いインナースーツ、犬の頭がデザインされた鍔の長剣。
「え……? ええ!?」
見間違いだろうかとクルーガーは目をこすってもう一度装備を見るが、名前こそ違うがやはりそれはデカマスターのスーツだった。
「ええええええ!? 貰っていいのか!? これ本当に貰っていいのか!?」
今日だけで彼は何回驚いたことだろう。憧れのヒーローそっくりなNPCに出会えただけでも充分嬉しいのに、そのヒーローと同じ容姿になったうえに装備まで手に入れたのだ。
その後数分ほど喜びから床をゴロゴロと転がってから、クルーガーは装備を全てインベントリにしまいログアウトするのだった。
防振り二次チュートリアルその二、ユニークシリーズゲットです。
ぶっちゃけこれをやりたくてこの作品始めたようなもんです
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特撮ファン改め地獄の番犬
その後、いつも使っている宿に帰ってきたクルーガーは、ステータス画面を開きながら鏡に写る自分を見る。
「え~と………こんなものか?」
犬獣人と化したクルーガーの毛並みの色は髪や目と同じ扱いで色を変えられるらしく、納得がいくまで色合いや模様の位置を細かく微調整していく。
ようやく満足のいくカラーリングになり、改めて自分の姿をまじまじと眺める。水色と白の毛並みと境目に当たる黒いラインはまごうことなくドギー・クルーガーの配色そのものだ。
「よし、完璧だ!」
色の設定が終わってから、まず先のダンジョンで取得したスキルを確認してみる。
【アヌビス】
アヌビスの剣技を扱うことができる。
種族が人間でなくなり、魔法・MPに関するスキルを取得できなくなる。
取得条件
アヌビスを瓦礫から庇いつつ一度も死亡しない。
「そうか………このスキルの効果で姿が変わったのか」
アヌビスの剣技というと、ダンジョンで繰り出したあの技のことだろうか。つまりデカマスターの技をゲーム内で使えるわけで、クルーガーとしては嬉しい限りだ。魔法系スキルを今後取得できなくなるようだが、もともと【物理特化】と【頑強】の効果でINTとMPは上げられないので実質デメリットはない。
次に装備に付与されているスキルを見てみる。
【
一定範囲の相手に50%の確率で【即死】か【忍耐】のどちらかの状態異常を付与する。
使用可能回数は一日五回。
効果時間は十秒。
【地獄の番犬】
HPが10%を切った際、HP・MP以外の全ステータス数値が二倍になる。
【百人斬り】
攻撃する度にSTR1%上昇。
最大100%。
攻撃を弾かれると上昇値は消える。
「おお、いいなこれ!」
いずれもデカマスターに関連する用語のスキルばかりである。
【
【地獄の番犬】はHPが限界に入ることで発動するらしく、これに【物理特化】を合わせればステータス数値が実質四倍にまで強化されることになる。
そして【百人斬り】は攻撃すればするほどSTRが最大で二倍に上昇、すなわち最終的にクルーガーのSTRは八倍にまで強化できるわけだ。
そしてスキルをあらかた確認し終わったところで、クルーガーはついにアイテム一式を装備した状態で鏡を見てみる。そこには憧れてやまないヒーローの姿が立っており、クルーガーは十秒ほど眺めてからガクンと膝をついて崩れ落ちた。
「………かっこいい……!」
なるべくデカマスターの姿で醜態を晒さないように両手で顔を覆うも、溢れる歓喜は収まってはくれず肩を小刻みに震わせてしまう。
そうしてしばらくその場から動けなかったクルーガーだった。
クルーガーがダンジョンを後にしたのと同じ頃、運営ルームではスタッフの一人『シラトリ』がゲーム内の異常がないかを確認していた。宇宙空間をイメージしたスペースで浮遊しながら作業に没頭していた彼女だったが……
「シラトリいいいいいいいい!!」
「きゃあ!?」
ログインと同時に絶叫する青いアバターのスタッフに、ビクリとシラトリの身体が跳び跳ねてしまい危うく手元のデータを変なふうに弄るところだった。
「ど、どうしたんですか部長? そんなに慌てて………」
「どうもこうもない! お前が作ったダンジョン【冥府の地下神殿】のユニークシリーズを取ったやつが出たんだよお!!」
「……え!?」
『なにいいいいいいい!?』
シラトリは我が耳を疑い、たまたま近くにいた同僚達も青の言葉に驚く。
「ちょっと待て! あのダンジョンの攻略条件て滅茶苦茶難しいはずだろ!?」
「難しすぎてもはや攻略させる気ないだろってレベルのやつだ!」
湿地帯の隠しダンジョン【冥府の地下神殿】は運営の………というよりはシラトリの悪ふざけの産物だ。最奥に到達するまでの道中は大したことはないのだが、ここのボスモンスターであるアヌビスが一層でも屈指の強さを持っているのだ。
まず短剣使いでも追いきれないほどのAGIは、攻撃を躱すのも攻撃を当てるのも距離を取って逃げることさえできない。それでいてSTRも非常に高く、繰り出す攻撃の一つ一つは大盾使いでも一方的に蹂躙されてしまう。運良くそれらを凌げたとしても、時間経過で今度は即死攻撃を放ってくるので絶対に生き残れない。おおよそ一層のダンジョンとしては攻略不可能で、完全な初見殺しボスモンスターであるはずなのだ。
しかしそのボスモンスターが潜む【冥府の地下神殿】のユニークシリーズが取られた、つまりこのダンジョンを初見で攻略したプレイヤーが現れたということになる。運営側が驚愕するのも無理もない事態だ。
「誰が取った!?」
「こいつだ!!」
運営ルームの中空に攻略したとされる瞬間の映像が出た。
「クルーガー!? マジかよ!」
そのプレイヤーは先日『アルミラージの群れ』に単身で挑み、【物理特化】を取得したスタミナ化け物のプレイヤーだ。
「い、いやだってアヌビスの攻撃は食い縛りスキルがないと即死するクソゲー仕様のはずだぞ!?」
「あ、こいつ【頑強】を持っているぞ!?」
「それでかあ……」
どうやらいつの間にか取得していた食い縛りスキルの効果でアヌビスの即死攻撃をギリギリで生き延びていたらしい。
「で、でもアヌビスを倒してもダンジョンは攻略できないはずだ!」
しかし実は
イベント内容はアヌビスの頭上から瓦礫が降ってくるというものだが、ここで何もせずにいればアヌビスはそのまま圧死しプレイヤーの勝利となる。しかしその瓦礫が降ってきた天井から巨大なワニのモンスター『アメミット』が出現するのだ。このアメミットはボスモンスターというよりは破壊不能のダンジョンギミックに近いもので倒すことは出来ず、素早い動きでプレイヤーに襲いかかり、即死判定の丸呑み攻撃で満身創痍のプレイヤーに止めをさす。一応来た道を戻ってダンジョンから出れば生還することは出来るのだが、この方法ではダンジョンを攻略したことにはならないためユニークシリーズを入手できないわけである。
そんなダンジョンのユニークシリーズを入手する方法はただ一つ、『アヌビスを瓦礫から庇うこと』だけだ。しかしこの瓦礫も食い縛りスキルが無いと即死判定されるので、現在掲示板で【冥府の地下神殿】の攻略方法はいまだ記載されていない。ゆえにこのダンジョンは究極の初見殺しとして運営ルームでも名高いのだ。
しかしクルーガーはあろうことか、初見でアヌビスを迷わず庇ってみせた。
「な、なんでこいつ庇ったの………?」
しかも【頑強】の効果でギリギリ死んでいないため、見事【アヌビス】を取得している。これはダンジョンを制作したシラトリも相当ショックを受けただろうと、恐る恐る彼女の顔を見やる同僚達だったが……
「ふ……ふふ……ふふふふ」
「し、シラトリ?」
シラトリは俯いた状態で笑っていた。やや不気味なその姿にヒッと小さく身震いする同僚達は、彼女がショックのあまり壊れてしまったのかと本気で心配するも、当のシラトリの内心は全くの真逆だった。
(思った通り、やっぱり彼こそが『デカマスター』にもっとも相応しいプレイヤーだわ!)
特に身を挺してアヌビスを助けた姿、あれこそ紛れもなく彼女が大好きなヒーローだ。あの勇姿を見れただけでも、このダンジョンを作成した甲斐があったというものである。
「あははははははは!!」
『シラトリいいいいいいいい!?』
シラトリは感激のあまりつい高笑いをし出すも、事情を理解できない一同は恐怖からパニックになるのだった。
ダンジョン作成時
青「なあシラトリ……これいくらなんでも難しいすぎないか?;」
シラトリ「まあまあ、ちょっとした悪ふざけみたいなものですって」
シラトリ(このくらいの試練を乗り越えられないようじゃ、デカマスター装備を入手するなんて許さないもの♪)(^言^)
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地獄の番犬と噂
「お、おい………なんだアレ?」
「犬人間……? モンスターか……?」
「町中にモンスターが出ることあるの!?」
「いやHPバーが出てるってことはプレイヤーじゃないか?」
「え、じゃあそういうデザインの装備ってこと?」
「よくできてるな~……」
一層の町を歩くクルーガーの姿を見たプレイヤー達は、彼の姿を思わず二度見してひそひそと小声で囁きあっていた。
(………やはり目立つか)
スキル【アヌビス】の効果で犬獣人の姿になってしまったクルーガーは、人間のプレイヤーばかりのこのゲーム内では一際目を引いてしまう。とはいえクルーガーの手持ちにはユニークシリーズ以外に顔を隠せる頭装備はなく、そのユニークシリーズもこれはこれでかなり目立ってしまう。なのでいっそのこと素顔で出歩いてみれば、何人かは珍しい装備を着ていると解釈してくれたらしい。注目されることには変わらないだろうが。
そうしてしばらくしてからニードルの工房へと到着したクルーガー。事前に来訪の連絡はしてあるのでそのまま店の扉を開けば、カウンター越しに作業するニードルの後ろ姿があった。
「待たせたなニードル」
「おお、いらっしゃいクルー……ガー……?」
声をかけられ笑顔で振り向くニードルだったが、クルーガーの姿を視界に入れた途端に目を見開いて固まってしまう。
「え………ボス?」
スーパー戦隊ファンである彼は、目の前に現れた犬獣人が幻覚か何かだろうかと思ってつい目を擦る。
「俺だよ俺」
「……え、クルーガーなのか!?」
しかしその口から出た聞き覚えのある声に、犬獣人の正体が誰なのかをようやく察したのだった。
「ど、どうしたんだそれ!? 装備!?」
「いや実は……」
ここで先のダンジョンで起こったことを説明し、クルーガーはニードルの目の前でユニークシリーズを装備する。そのまごうことなきデカマスターの姿を見たニードルは、ガンと頭を殴られたようなショックを受けてカウンターに突っ伏してしまった。
「なんてこった……! 俺が作る装備なんかより遥かに上等じゃないか!!」
同時にクルーガーから語られるダンジョンの難易度を考慮すれば、納得しかないクオリティの装備だ。まだ序盤のレベルとはいえ、ニードルにはこれを越える性能の装備を作成できる自信がなく、早くも心が折れそうな気持ちだった。
「な、なんかすまない……」
「いや、クルーガーが謝ることなんてない」
むしろそこまでデカマスターのスーツそっくりなのに、中途半端な性能のほうが許せなかったことだろう。しかしそんな装備を入手したというのに、なぜわざわざうちの店に来たのだろうか?
「実はその、これとは別にサブの装備が欲しいんだ」
クルーガーがどこか照れ臭そうな様子で装備作成の依頼をしだしニードルは驚く。
「どうしてだ? 自分で言うのもアレだけど、そっちのほうが性能が良さそうだろう」
装備全てにスキル付与、おまけにどれだけ戦っても損傷しない【破壊不可】つき。わざわざ新しい装備を作る必要はないように見える。クルーガーもその疑問を察してか、続けて理由を述べる。
「どうせならボスの署長服とか着てみたいし……なんなら若い頃の衣装とかも着れたらな~って思って……」
その理由になるほどとニードルは納得した。確かにせっかくドギーそっくりの姿になったなら、服も本家に合わせてみたいと思うのはファンとして当然の心理だろう。
「そういうことなら任せろ!」
もとよりクルーガーには大きな借りがある。それら返すにはこれはまたとないチャンスであると、ニードルは俄然やる気になったのだった。
【NWO】犬人間現る
名前:名無しの剣士
なんか一層の町を犬頭のプレイヤー?が歩いてた。
名前:名無しの斧使い
俺も見たぞ
名前:名無しの魔法使い
私も
名前:名無しの短剣使い
自分もだ
名前:名無しの剣士
ナニアレ?
名前:名無しの短剣使い
普通にそういうデザインの装備じゃね?
名前:名無しの剣士
俺は気になってちょっとそいつの後をつけてみたんだけどさ、生産職のとある店に入ったんだわ。
名前:名無しの魔法使い
店の名前は?
名前:名無しの剣士
『染物屋ニードル』
なんか布系装備の染物専門の店で、カラフルな布や糸のサンプルがたくさんあった。
ちな、店主は黒髪のイケメン。
名前:名無しの斧使い
チッ
名前:名無しの短剣使い
チッ
名前:名無しの魔法使い
滲み出る嫉妬www
名前:名無しの剣士
で、肝心の犬人間の姿は……
名前:名無しの短剣使い
もったいぶんなや
名前:名無しの斧使い
はよう
名前:名無しの魔法使い
はよう
名前:名無しの剣士
犬人間の身体の上に装備を着てた。
名前:名無しの短剣使い
………パードゥン?
名前:名無しの剣士
なんか犬人間が特撮ヒーローみたいな装備を着てたんだ。小脇に身体装備の統一デザインと思われる頭装備のヘルメット持ってたんだが、頭のサイズに対してヘルメットのサイズが小さすぎるよ。ドウナッテンノ
名前:名無しの魔法使い
ちょっと何言ってるのかわからない
名前:名無しの斧使い
もっとストレートに答えてくれ!
名前:名無しの剣士
頭装備かと思ったら素顔だったでござる。
名前:名無しの短剣使い
ごめん、過程も入れて?
名前:名無しの剣士
違和感に気づいたのは店主と会話していた時。犬人間の言葉と犬の口が完璧にシンクロしていて、決定的だったのは店主とカウンター越しに一緒にオヤツを食べだした時。犬の顔の口があいて、そこからオヤツ食べてた。
名前:名無しの斧使い
なん……だと……?
名前:名無しの魔法使い
つまり犬の顔の装備をしていたんじゃなくて、まんま素顔だったってこと?
名前:名無しの剣士
だからそう言ってるじゃないか
名前:名無しの短剣使い
マジな話、そんなことできんの?
名前:名無しの斧使い
確か種族がエルフになれるスキルがあるって掲示板に書いてあった気がする。
名前:名無しの剣士
そうなるとそいつもスキルで種族変わった可能性高いな。
名前:名無しの魔法使い
なにをどうすれば犬人間になれるんですかね……?
名前:名無しの短剣使い
会話の内容はなんて?
名前:名無しの剣士
扉越しだったからそこまではわからなかった。
なんか物凄く気になって仕方ない。だからもう少しそいつのこと調べてみたいから、情報提供に力を貸してくれ。
名前:名無しの短剣使い
ラジャ!
名前:名無しの魔法使い
ラジャ!
名前:名無しの斧使い
ラジャ!
掲示板の人々が誰だかわかるかな……?
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地獄の番犬と出会い
ステータス画面を開きながら、クルーガーは本日の予定を思案している。
「さて、今日はどうするか……」
相変わらず道行くプレイヤー達の視線が気にはなるが、もうどうしようもないと割りきってからは気が楽になった。ニードルに依頼した装備の代金はすでに前払いしているようなものなので実質無料だが、ドギー似ボスモンスターとの戦いで使いきったポーション等を再び買い足さなければならない。となるとまずはゴールド集めに専念するべきかと、噴水の縁に座って次の狩り場をどこにするか考えていた時だった。
『デカマスター!?』
「!?」
突如デカマスターの名前を叫ぶ声が聞こえ、思わずバッと振り返ればそこに三人の男の姿があった。青い髪に片手剣を装備した剣士。紫の髪に杖を装備した魔法使い。赤い髪に金色の目の、剣と盾を装備した自分と同年代と思われる戦士だ。おそらく三人パーティーだろう。
「君達、デカマスターを知っているのか!?」
聞き間違えでなければ彼らは自分をデカマスターと呼んでいた。もしやと慌てて駆け寄るクルーガーに、男達は戸惑いながらも頷いて返す。
「そりゃだって、俺達もスーパー戦隊好きだし……」
「本当か!?」
パアッと眼を輝かせて思わず戦士の手を握り、クルーガーは歓喜に沸き立つ。
「俺もスーパー戦隊ファンなんだ!」
「え……マジか!」
目の前の犬人間が同好の士であったことに、戦士の顔から戸惑いの色が失せて嬉しそうに手をガッチリと握り返す。
「まんまボスの見た目だったからもしやと思っていたんだが、やっぱり君も仲間か!」
「それって装備なのか? 随分拘ったんだな……」
剣士がふむふむとクルーガーの顔を観察する。
「あ、いや……これは装備じゃなくて素顔なんだ」
『素顔!?』
しかしクルーガーの答えに三人は驚愕し、魔法使いが彼の両肩を掴んで揺する。
「NWOではアバターのスキンを人外に変えることができるの!? 教えて! 一体どうすれば変えられるの!? 獣人以外の種族にはできるの!?」
「ちょ、ま、一旦落ち着け……!」
「あ……」
つい興奮して食いついてしまったことに気づき、魔法使いは我に帰ってクルーガーから手を離す。周りを見ればプレイヤー達の視線が四人に集まっており、かなり目立っていたらしい。
「………取り敢えず、どっか座るか?」
「あ、うん………ごめん」
その後近くの店に入った四人はテーブル席に座りドリンクを注文した。
「俺はクルーガーだが、君達の名前は?」
ひとまず自己紹介をしようと、クルーガーから切り出す。
「私はフェザーだ」
剣士が手を軽く上げる。
「ショウです……」
魔法使いが恥ずかしそうに頷く。
「ブレイズだ。よろしく」
戦士が笑みで返す。
「それにしても、どうやって素顔を犬の顔にしたんだ?」
ブレイズがまず気になったのは、やはりクルーガーの顔についてだった。少なくとも彼らが見てきた中で、人外の見た目をしたプレイヤーはいない。実際このNWOでエルフ系を除く人外種族のプレイヤーは現状ではクルーガーだけなのだが、当人も含めてそれを知るよしもない。
「取得したスキルが関係しているんだが、その……」
対するクルーガーは目を泳がせて語尾が小さくなる。クルーガーの見た目は【アヌビス】の効果によるものなのだが、あまりスキルの詳細を公言してはいけないと姪のメモに書かれていたのを思い出したからだ。どう説明するべきかと悩む姿に、三人はクルーガーの内心をなんとなく察したらしい。
「あ、いや……すまない。他人のスキルを深入りするのはマナー違反だな」
申し訳なさそうに謝罪するフェザーに、理解があるプレイヤーであったことに内心でホッとするクルーガーだった。
それから四人の話題はスーパー戦隊に関することで多いに盛り上がっていく。
「ではやっぱり、クルーガーはボスが好きなのか」
「そりゃあもう! 俺にとって最高のヒーローは間違いなくボスだと断言できるさ!」
まさか勧められたゲームでボスそっくりの見た目になった末に、デカマスターの装備まで入手できるとは思ってもみなかったが。
「ブレイズ達は誰が好きなんだ?」
「俺はやっぱりブレイジェルだな!」
「私はトリンだ」
「僕はショウ司令です!」
どのヒーローが好きかという質問に三人は以下のように答えた。
ブレイズはブレイジェルこと、魔法戦隊マジレンジャーのウルザードファイヤー。
フェザーはトリンこと、獣電戦隊キョウリュウジャーのキョウリュウシルバー。
ショウはショウ司令こと、宇宙戦隊キュウレンジャーのリュウコマンダー。
それを聞いてふとクルーガーはあることに気づいた。
「もしかしてその装備は……」
「ああ、ウルザードを意識して選んだんだよ」
「同じく、トリンを意識して片手剣にした」
「本当はライフルにしたかったんだけど、このゲームにはないみたいだったから杖で妥協したんだ…」
やはり三人はいずれも自分が好きなヒーローのメインウェポンから選らんだらしい。となると彼らの髪の色などもヒーロー達のパーソナルカラーをもとに設定したのだろうか。
「同じ戦隊ファンがここで出会ったのも何かの縁だしな、お互いにフレンド登録しないか?」
『もちろん!』
ゲームを始めてから数日で四人も同じ趣味のプレイヤーに出会えたことに、ゲームを勧めてくれた姪に内心で感謝するクルーガーだった。
「なんならクルーガーも一緒にフィールドを回らないか? あ、もちろん時間に余裕あればだが……」
ブレイズの提案にクルーガーが即答する。
「全然いいぞ!」
本当はゴールド集めの予定のクルーガーだったが、せっかく出会えた仲間との冒険に心惹かれないはずもなく、二つ返事でパーティーを組むのだった。
お気づきかと思いますが、私は着ぐるみ系戦隊ヒーローキャラが好きです。
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地獄の番犬と仲間達
そんな一行が来たのは、ゴブリンが大量に発生する地帯だった。草むらから息を潜めて覗きこんでみれば、青いフードの小さなピエロのような姿の小人がたくさんいるのが見える。一般的なゴブリンとは大きくかけはなれた姿をしているが、このモンスター達こそがNWOにおけるゴブリンである。
「まずどう行く?」
「このパーティーには大盾がいないからなあ……」
自分達の構成は後衛が一人と前衛が三人とかなり偏っている。唯一の盾持ちはブレイズだけだが、大盾使いと比べればVITはどうにも心許ない。とここでクルーガーが名乗りを上げた。
「だったら俺がタンクをやる」
『え?』
呆気に取られる三人を他所に、クルーガーはインベントリからユニークシリーズを取り出し装備しだす。
『!?』
同じ特撮ファンの一同がその姿に驚愕しないわけがなかった。
「え……ちょ、クルーガー!? その装備は……!」
「すまんが説明は後だ。三人の中でAGI高いのは誰だ?」
「わ、私だ」
戸惑いながらフェザーが挙手するのを見てクルーガーは頷く。
「じゃあフェザー、これから俺がスキルでモンスターに状態異常をかけるから、その内の赤くなったやつだけを狙ってくれ」
「それは構わないが……私のSTRはそこまで高くないぞ?」
「問題ない」
草むらから駆け出すクルーガーにゴブリン達が気づき一斉に襲いかかってくるのに対して、ベガの神剣の切っ先を群れに向けて叫ぶ。
「【
剣に付与されたスキルを発動すればゴブリンの内半数が赤く発光し、残りは青く発光しだす。
「今だ!」
合図と同時にフェザーが草むらから飛び出せば、文字通り目にも止まらぬ速さで赤い敵を切り裂く。STRが低いという彼の攻撃は一回だったにも関わらず、ゴブリン達はポリゴンとなって死んでいく。
「え!?」
その結果に一番驚いたのはフェザーだ。彼の今のSTR数値では、少なくともたった一撃でゴブリンが死ぬはずがない。
「青い方はまだ攻撃するな!」
制止されて十秒経つとゴブリンから青い光がなくなり、同時にクルーガーの次のスキルが発動する。
「【ベガスラッシュ】!」
こちらは【アヌビス】に内包されている攻撃スキルである。地面を滑るようにゴブリン達に突進し、真横に構えた剣が全てを切り裂く。
「………よし、終わったな」
ゴブリンが全て倒されたのを確認してから剣を鞘に収めるクルーガーだったが、
『ちょっと待ったぁ!!』
「!?」
三人が突然叫びだしたかと思えば一斉にダッシュし、クルーガーにずいと詰め寄る。
「クルーガー! 今のスキルは……というかその装備はなんなんだ!?」
「生産職に作ってもらったのか!? それともどこかで入手したのか!?」
「あのスキルはデカマスターの技だよね!? どんなスキル取得したらあんな技できるの!?」
案の定というべきか三人は装備とスキルについてを矢継ぎ早に質問しだし、クルーガーはその勢いにたじろいでしまう。
「え、えっと……」
クルーガーの気持ちとしては正直な話、デカマスターに関することは物凄く自慢したい。でも珍しいスキルや装備に関する情報を簡単に話していいものかと思い悩んでしまう。
「………わかった! 俺のステータス見ていいから、そのデカマスター装備だけでもいいから教えてくれ!」
「え!?」
そんな彼の心中を察したのか、苦渋の決断と言わんばかりにブレイズがステータス画面を開いた。
ブレイズ
Lv8
HP 35/35
MP 500/500
【STR 24〈+15〉】
【VIT 24〈+10〉】
【AGI 24】
【DEX 0】
【INT 24】
装備
頭 【空欄】
身体 【空欄】
右手 【初心者の片手剣】
左手 【鉄の盾】
足 【空欄】
靴 【空欄】
装飾品
【空欄】
【空欄】
【空欄】
スキル
無し
ブレイズのステータスはHPとDEX以外が均等で、初期装備が剣にも関わらずMPに振られている。曰く初期設定の際にウルザードファイヤーを意識して魔法剣士にしようと思い、DEXとHP以外に均等にポイントを振った結果らしい。
「ブレイズが見せるなら、私も見せないわけにはいかないな……」
そんなブレイズの行動に思うところがあったのか、続けてフェザーもステータス画面を開いた。
フェザー
Lv5
HP 35/35
MP 20/20
【STR 10〈+15〉】
【VIT 0】
【AGI 100】
【DEX 0】
【INT 0】
装備
頭 【空欄】
身体 【空欄】
右手 【初心者の片手剣】
左手 【空欄】
足 【空欄】
靴 【空欄】
装飾品
【空欄】
【空欄】
【空欄】
スキル
【無し】
フェザーのステータスはAGI100に対してSTR以外がほぼゼロ、いわゆるAGI極振りの数値である。
曰く、トリンが『閃光の勇者』という肩書きだったことから、素早い動きができるようになりたかったとのことだ。しかし最初に数値を入れなかったステータスが0なのは想定外だったようで、レベルが上がってからはSTRに振ったらしい。
「じゃあ僕も……」
二人が見せる以上自分だけというわけにはいかないと思ったのか、ショウもステータスを見せた。
ショウ
Lv4
HP 315/315
MP 400/400《+100》
【STR 14】
【VIT 14】
【AGI 14】
【DEX 14】
【INT 14(+20)】
装備
頭 【空欄】
体 【初心者のローブ】
右手 【初心者の杖】
左手 【空欄】
足 【空欄】
靴 【空欄】
装飾品
【空欄】
【空欄】
【空欄】
スキル
【水魔法Ⅰ】
こちらはフェザーとは逆に全て均一なステータス数値となっている。100から七等分したポイントを全てに振り、余った2ポイントはそれぞれHPとMPに振ったらしい。曰くショウ司令が狙撃と体術の両方を扱えていたのをイメージして均一にしたはいいが、4レベル以降経験値が上がらず伸び悩んでいるという。
まさかステータスを教えてくれるとは思わず、クルーガーは驚きから目を見開いてしまう。そこまで彼らはこのスキルと装備について知りたいということなのだろう。ここまでされて答えないのであれば、デカマスター装備を纏う者の名折れである。
「………わかった」
何より、同じ趣味の仲間に隠し事をしたくなかった。
ブレイズさんのステータス数値をどう振るべきかくっそ悩みました……;
計算むずい!
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地獄の番犬とレベリング
「ユニークシリーズ!? どんなぶっ壊れアイテムだそれ!?」
「しかもデカマスター似の物凄く強いモンスターがいる隠しダンジョンだと!?」
「それでボスそっくりの種族になれる【アヌビス】取得とか、もう役満じゃん!!」
その後、一通り話せる範囲のものを話したクルーガーに、三人はそれぞれ驚愕する。やはり一番衝撃的だったのはユニークシリーズに関してだろう。
「いいなあ………羨ましい……」
ブレイズが物欲しそうにユニークシリーズをジッと見つめる視線に、大好きなヒーローの姿になりたいという願望が強く滲んでいるのがわかる。
「でも、探してみれば似たようなスキルがあるかも知れないぞ?」
デカマスターをモチーフにした装備やスキルがあるならば、ほかのキャラクターをモチーフにしたアイテムやスキルもあるかもしれない。そうクルーガーに言われてフェザーとショウがハッとする。
「確かに………犬人間になれるスキルがあるなら、鳥人間になれるスキルがあってもいいはずだ……!」
「もしかしたら竜人になれるスキルとかもあるかも……!?」
僅かな希望を見いだした二人の目が輝き、期待に沸き立つ。
「でもレベル上げがな~……」
しかし対するブレイズが憂鬱そうにため息をつくのを見て、二人はウッと言葉を詰まらせてしまった。
確かに先ほど見た限り、三人のステータスはAGIにかなり偏っているか、数値が均一すぎて平均より低くなっている。レベリングしようにもSTRやINTが低めなので、適正レベルのモンスターを倒すのは苦労しそうである。クルーガーは少し考えこむと、ここで三人にある提案をする。
「だったら、俺がレベリングに付き合おうか?」
『え?』
思いもよらなかった話に三人の視線が再びクルーガーに集まる。
「い、いいのか?」
「全然平気さ。同じ趣味のよしみで頑張ろう」
兜越しに笑顔を見せるクルーガーの姿に、三人はまるで石にでもなってしまったかのように硬直してしまう。
(え、この人本当にただのデカマスターファンの人?)
(画面からボスご本人が飛び出したとかじゃなくて?)
(メンタル聖人すぎじゃない? リアルヒーロー?)
彼から後光が射したのを幻視した三人が再び動き出したのは、一向に動かないのを見たクルーガーが声をかけてからだった。
森のさらに奥へ進むこと数十分、さっきよりも数の多いモンスターの群れを見つけてから一行は再び足をとめる。ゴブリン達より一回りほど大きいピエロのモンスター、上位種のホブゴブリンが計15体だ。
「ちなみにみんなは何レベルまで上げるつもりだ?」
一応確認のためにクルーガーは三人に視線を向ける。
「とりあえず16くらいには上げたいな……」
「私は12で」
「せめて10まで追い付きたいです……!」
今回三人のレベリングに関して、クルーガーには一つ考えがあった。冥王の兜に付与されているスキル【審判】により、【即死】状態の敵は一撃で倒せるのでそのまま三人に任せられる。対する【忍耐】は与ダメージが半減するのだが、裏を返せば一撃で相手が倒れる心配がないわけだ。だからまず、なるべく強そうかつ数の多いモンスターに狙いを定めることにしたわけである。
「じゃあ行くぞ………【審判】!」
スキルを発動すると同時に四人はそれぞれ段取り通りに動きだす。【審判】には使用回数がある上に、状態異常の効果時間は十秒とかなり短いので、一日でできるだけ無駄なく経験値を獲得しなければならないのだ。
『うおおおおおおお!!』
まず【即死】付与された5体の敵の内、手前のは近接装備のブレイズが、遠くのは一番AGIの高いフェザーが、中距離のはショウが魔法でそれぞれ倒していく。残りの【忍耐】付与された10体の敵は、クルーガーがHPをある程度削っていく。【剣豪】の効果で常にクリティカルが発生するので、なるべくダメージが入らないように一回だけ攻撃するように心がける。
【即死】付与されたモンスター達は数が少なかったのもあってか全て倒され、スキルの効果がなくなり残っていたのは【忍耐】付与でHPを削られたモンスター達だけである。
『スキル【峰打ち】を取得しました』
「ん?」
「どうしたクルーガー?」
ここで新しいスキル取得通知が来た。とはいえまだモンスター達はいるのでブレイズ達が急いで倒してから、クルーガーが確認のためにステータス画面を開いてみる。
【峰打ち】
一撃で倒せるモンスターをHP1で生き残らせる。スタン効果小。
取得条件
一撃で倒すことのできる相手を一回攻撃した際、相手の残りHPが10%以内であることを連続で10回繰り返す。スキル・アイテム使用可。
「お、いいタイミングで取得したな」
これはブレイズ達のレベリングにうってつけのスキルで、【審判】に回数制限があるクルーガーとしては正直助かる。
「見たところ回数制限もクールタイムもなさそうだし、今後はこっちでやっていかない?」
「そうだな」
ショウの言葉にクルーガーが頷き、またモンスターの群れを探しだす。今度はスキルを発動しての攻撃だ。
「【峰打ち】!」
本来であればその一撃で倒れていたであろうモンスターがHPが1で耐えた。そちらを背後にいるブレイズ達に譲り、クルーガーは視界に入るモンスター達のHPを次々と削っていくのだった。
そうして探索すること数十分後。
「予想よりレベルが上がったな」
倒したモンスターが強かったおかげか、ブレイズ達はかなり多くの経験値を得られた。ブレイズに至っては予定では16レベルまでいくはずだったのが、すでに19を越えたところだったくらいである。ここでまた経験値が入り、ブレイズのレベルが20に達した時だった。
『スキル【魔法戦士】を取得しました』
「……ん? なんかスキル取得した」
『え?』
ここでブレイズにスキル取得通知が届き、ステータスを開いて確認してみると……
【魔法戦士】
このスキルの所有者の【STR】【VIT】【AGI】【INT】を二倍にする。消費MP50%増。火・水・風・土・闇・光の中から一種類しか取得できなくなる。
取得条件
レベル20まで魔法を一つも取得せず、【INT】【STR】【VIT】【AGI】の数値を同じにする。
「ステータス二倍!?」
「なんだこのスキル!?」
それは【DEX】とHPとMP以外のステータスが常に二倍になるという、とんでもないスキルだった。ブレイズに見せられ横から覗きこんでいたフェザーとショウも信じられないと驚愕する。ただクルーガーは驚きはしたもののそこまでは動じていなかった。この【魔法戦士】の効果と取得条件は【物理特化】に少し似ている、恐らく対になるスキルだったのではないだろうか。
「あ~、でも【INT】が高くなる代わりにMPの消費が多くなるのか……」
説明文を読む限り、魔法を使うごとに通常より半分多くMPが消費されてしまうらしいうえに、魔法も一種類しか選べない。しかしブレイズはそれを見ても大して悩むことはなかった。
「【魔法戦士】か……なんかマジレンジャーみたいでかっこいいスキルじゃないか!」
どうやら物理攻撃と魔法攻撃を扱える点に、憧れのヒーローに近い部分を感じ取ったらしくブレイズは嬉しそうにしている。本人がいいならきっと大丈夫だろう。
「ん、そろそろ時間だな。俺はもうログアウトするよ」
「俺も初スキルを取得できたし、今日はもう切り上げるか」
「なら私も戻るか」
「じゃあ、また次に!」
時間がだいぶ経過したのもあり、ここで四人はゲームを切り上げてログアウトすることにしたのだった。
魔法戦士の取得条件に物凄く悩みました……(;´д`)
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地獄の番犬と成長
後日、再びレベリングのためにログインした一同。しかしこの日はブレイズが急な仕事で来れなくなったために、フェザーとショウを連れて探索することになった。この間やってきた森をさらに進み、ホブゴブリンの数がいっそう多いエリアでクルーガーは剣を振るう。
「【峰打ち】!」
HPが削られたモンスター達を後ろに控える二人が止めをさす。これらを繰り返すこと数十分後、ついにフェザーのレベルが20に達した。
『スキル【電光石火】を取得しました』
「あ、私も何かスキルを取れたみたいだ」
「どれどれ~?」
スキル取得通知を受けて確認するフェザーが二人にステータス画面を見せる。
【電光石火】
このスキル所有者の【AGI】を二倍にする。【STR】【VIT】【INT】を上げるのに必要なポイントが三倍になる。
取得条件
レベル20までにモンスターを規定体数、一撃で倒す。
要求【AGI】値百以上。
「また二倍って………ずいぶんぶっ壊れスキルを実装しているね。このゲーム」
「ああ……」
【物理特化】といい【魔法戦士】といい、果たしてこのゲームの開発者はバランスを考えているのだろうかと、クルーガーは疑問符を浮かべてしまう。だがここでフェザーがあることにきづく。
「……ん? ちょっと待て! ということは私は今後、【STR】と【VIT】と【INT】にはポイントを振れなくなるのか!?」
言われてみればそうだ。【DEX】は今後も上げていけるようだが、少なくともその他のステータス数値を1ポイント分上げるには、3ポイントも消費してしまうわけである。現在のフェザーのステータスは【STR】がやっと55になったところで、まだ【INT】と【VIT】にはポイントを振れていないのだ。
「一応【廃棄】という手段もあるが、どうする?」
「【廃棄】かあ……」
恐る恐るクルーガーが提案するも、フェザーがう~んと唸る。このゲームでは不要なスキルを【廃棄】するというシステムがある。一度取得したスキルであればゴールドを払うことで再び取り直すことができるものの、そのために必要な金額は50万ゴールドもする。二人の所持金は今回の探索でやっと2万ゴールド貯まったところで、買い直す場合は相当な時間がかかるだろうことは察せられる。
「………いや、今はやめておく」
ここで【廃棄】した場合、いざ必要になった時にゴールドが足りなくなるかもしれない。ひとまず様子見も兼ねてフェザーはそのスキルを持つことにしたのだった。
「ん~……僕もなんかスキル取得したいなあ…」
ショウのレベルは16になったところだが、現在持っているのは初期設定で選んだ【水魔法】のみである。フレンド二人が続けざまに珍しいスキルを取得したのを見て羨ましそうになるのも当然だろう。
とここでピピッと電子音が鳴り、フェザーが時間を確認する。
「ん、時間だな。私はそろそろログアウトするよ」
どうやらゲームの予定時間が迫ってきていたらしい。
「お疲れ~」
軽く会釈しながらフェザーがログアウトするのを見届けてから、残った二人は顔を見合わせる。
「ショウ、お前はどうする?」
「ん~、もうちょっと粘ってみてもいい?」
二人が取得したスキルを考えるに、もしかしたら20レベルで何かスキルを取得できるのではないかと、ショウは淡い希望に賭けてみたくなったのだ。もちろんクルーガーの答えは決まっている。
「構わないぞ」
ひとまずレベリングに専念するべきと判断し、また森を探索していく二人。そしてショウのレベルが20になった瞬間、その時はついに訪れた。
『スキル【
「やったぁ! ついに初スキルゲット!」
待望のスキル取得に思わず跳び跳ねるショウにクルーガーも笑みを浮かべて軽く拍手を送る。二人は早速どんなスキルかを確認してみる。
【
30秒間、全てのステータス数値が三倍になる。
使用可能回数は一日五回。
一時間後、再使用可。
取得条件
レベル20までの間、全てのステータスに振られた数値が同じであること。
三倍、ここにきてさらなるぶっ壊れスキルの発見である。さすがに【物理特化】等と違って回数と時間制限があるようだが、それでもとんでもない効果だ。
「【星に願いを】って、なんかリュウバイオレットの変身の掛け声に似てない!?」
はしゃぐショウにクルーガーはふむと考えこむ。確かに字はおろかルビまで似ているとなると、偶然とは考えられない。デカマスター装備といいやはりこのゲームはスーパー戦隊の小ネタをいくつか散りばめている。これはもしかしたら、もしかするかもしれない。
「クルーガー、今日は本当にありがとう」
「ん?」
ここでショウが改まった様子でクルーガーに向き直る。
「初期ステータスの設定に失敗して器用貧乏な数値にしちゃったから、正直キャラを作り直そうか悩んでいたんだけど……クルーガーのおかげでだいぶ強くなれたよ!」
実際ショウのステータスは均一すぎて与ダメージがかなり低かったが、クルーガーの助力の介あって大幅にレベルが上がったのだ。ショウとしては感謝してもし足りないことである。
「別に礼なんていいさ。同じ趣味のよしみだろ」
「でも、何かお礼をしないと申し訳ないし……」
「ふむ……だったら次に手伝いが必要なことになったら、頼まれてくれないか?」
「もちろん!」
兜越しに笑顔を見せるクルーガーは、その後ゲームからログアウトしてショウと別れたのだった。
その頃の運営
「大変だー! 『俺達の悪ふざけ』スキルが、二日続けて三つも取得された!!」
「え、ちなみにどれ?」
「【魔法戦士】と【電光石火】と【星に願いを】だ!!」
『なにいいいいいいいい!?;』
「バカな! あのスキル達はステータス数値を常に一定にした上で20レベル以内に条件を満たさないと取得できないはずだ!」
「クルーガーがレベリングに付き合ってたぞ!」
『またあいつかあああああああああ!!』
シラトリ(ほほう……?)(☆▽☆)キュピーン
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魔法戦士と炎の修行
クルーガーのおかげでゴールドが貯まったブレイズは、まずスキルショップに立ちよった。ズラリと並んだスキルの巻物の内、彼が物色するのは魔法系スキルのコーナー、その中から一つを選び購入する。
「ついに買えた……」
今回ブレイズが購入したのは魔法の基本スキルである【火魔法】である。【魔法戦士】の効果で魔法は一種類しか選べないが、ブレイズとしては炎の戦士ウルザードファイヤーを意識しているので大したデメリットにはならない。
早速巻物を開けば文字が輝き羊皮紙が光となって消えていく。
『スキル【火魔法Ⅰ】を取得しました』
ブレイズ
Lv20
HP 35/35
MP 660/660
【STR 30〈+15〉】
【VIT 30〈+10〉】
【AGI 30】
【DEX 0】
【INT 30】
装備
頭 【空欄】
身体 【空欄】
右手 【初心者の片手剣】
左手 【鉄の盾】
足 【空欄】
靴 【空欄】
装飾品
【空欄】
【空欄】
【空欄】
スキル
【魔法戦士】【火魔法Ⅰ】
ステータスを確認してから、ブレイズは一度だけ深呼吸する。
「んじゃ早速……」
取得したスキルの効果を試すべく、手始めに南の休火山地帯に向かうのだった。
しばらく歩いていけば、草原が広がっていた景色がゴツゴツとした黒い岩肌へと変わっていく。まず手頃なモンスターがいないかと周囲を見渡して見れば、石の塊が動いているのを発見する。
(いた……!)
この辺りでは弱い部類に入るモンスター、ロックリザードだ。手始めにこのモンスターを倒してみようと、ブレイズは十分な距離をとってから魔法を放つ。
「【ファイヤーボール】!」
剣の先から炎弾が放たれ、ロックリザードは真っ赤な炎に包まれてから消えていく。そこまで強くなかったおかげか一撃で倒せた。
「あ~……だいぶ減っているな」
MPを見れば確かに、掲示板に記載されていた【ファイヤーボール】の消費量に対し、ブレイズのは多めに消費されている。しかしブレイズのMPは剣士職としてはかなり多いので、一般的な剣士職に比べて消費率そのものはそんなに高くはない。そんなことを知らない彼はほかにも倒せるモンスターがいないかどうか探索していると、死角である後頭部に突如熱が当たる。
「あっづ!?」
後頭部を擦りながら慌てて振り返ってみれば、岩影から真っ赤な体色のスライムが顔を覗かせていた。炎属性に特化したモンスター、ファイヤースライムだ。
スライム自体の攻撃力はそんなに高くはないものの、このファイヤースライムは状態異常の炎上をかけてくる面倒な部類のモンスターである。スライムの赤い身体がブレイズに当たるたびに、ジリジリと炙られるような痛みを感じる。
「まずいっ、戦略的撤退!」
ブレイズはゲームを初めてからHPにポイントを振っていないため、最大値は初期値のままだ。炎上の継続ダメージでドンドンHPが減っていくのに焦り、ひとまずその場から逃げだした。
「はあ、はあ……」
ようやく休火山地帯から脱出したブレイズは、どうやら走っている間に時間が経過していたらしく、炎上状態はすでに解除されていた。
「まさか炎攻撃でダメージを受けるとは……」
【魔法戦士】の効果で【VIT】が高めなおかげかそこまでダメージがないが、ウルザードファイヤーに憧れる彼としてはなんだか悔しかった。
ここでブレイズの中で一つの目標ができる。
「よし、次は【炎上耐性】を取得してやる!」
そこに深い意味はなかった。
強いて言えば、好きなヒーローに少しでも近づきたかっただけである。
一度町に戻ってから残りのゴールドを使いきり【炎上耐性・小】を取得し、ブレイズは再度ファイヤースライムに挑戦する。スライムの核を剣で斬ろうとするも、体内で核が動き続けてなかなか倒せない。実はこのファイヤースライムは剣などで攻撃する際、ほかのスライムに比べて核の当たり判定がかなり厳しく、弱いくせに無駄に倒しづらいモンスターと評判なのだ。少なくとも【DEX】0のブレイズではなかなか削れない。
「だあああああああ! もうめんどくさい!!」
倒しても倒しても次々に湧いてくるスライムにいい加減苛立ってきたブレイズは、もうヤケになって魔法を放った。
「【ファイヤーボール】! 【ファイヤーボール】! 【ファイヤーボール】! 【ファイヤーボール】!」
【ファイヤーボール】は炎属性のモンスターにはあまり効果がないのだが、もう知ったことではないとブレイズはMPギリギリまで広範囲に【ファイヤーボール】を乱れ打つ。しばらくしてからやっと視界にいたスライムが全て消えた。
『スキル【炎上耐性・小】が【炎上耐性・中】に進化しました』
『スキル【貰い火】を取得しました』
「え?」
【炎上耐性】の進化に続き、何か新しいスキルを取得したという通知が入り、ブレイズはステータスを開いて調べてみる。
【貰い火】
魔法でダメージを与えた際、HPが10%回復する。
取得条件
【火魔法】のみを取得した状態で、炎属性のモンスターを規定数【火魔法】で倒す。
「つまり魔法で攻撃すれば、HPが少しだけ回復するってことか?」
これは回復魔法を使えないブレイズとしてはありがたいスキルだ。ただヤケクソで魔法を連発しただけだったのだが、思わぬ掘り出し物をしたと喜び、スライムからドロップされた素材を広う。ブレイズは何気なくファイヤースライムが集まっていた付近に視線を向けると、二つの赤い大きな岩を発見する。
「ん?」
よくよく見れば二つの岩には大きな裂け目があり、僅かに火の粉が漏れでている。ゆっくりと近づいてその裂け目を覗きこんでみると、真っ赤に熱せられた石の階段がチラリと見える。ブレイズがおそるおそる岩に手をかけてどかそうとすると、岩の温度はかなり熱いようで僅かにダメージが入る。それでもなんとか岩を動かせば、ブレイズの前に地下へと続く赤い階段が現れた。
奥から熱風が吹き荒れ、壁一面の岩が熱で赤く光るそこは見ているだけで熱そうだが、どう見てもダンジョンへ続く道にほかならない。しかしこの辺りにダンジョンがあるという話は聞いたことがない、ということは未発見のダンジョンだろうか?
「まさか………!」
そう思い至った瞬間、先日クルーガーが話していたユニークシリーズのことがブレイズの脳裏を過る。もしかしたら、この階段の先にユニークシリーズが!?
(お、落ち着け………何もウルザードそっくりな装備とは限らないだろう)
ドクンドクンと早鐘を打つ心臓を抑えるように、一度深呼吸する。しかし仮に全然違うデザインの装備だとしても、ユニークシリーズを手に入れられれば今後のゲームの攻略が有利になるのは間違いない。
「………ひとまず、今日は出直そう」
まだスキルが数個しかない今の状態では、初見攻略は無理だろうとブレイズは判断した。念の為、他のプレイヤーが見つけないように岩を元の位置に戻してから、ブレイズは一度町に戻ることにしたのだった。
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速度特化とクエスト
別の地点ではフェザーが掲示板を確認しながらある森を散策していた。掲示板によるとこの先の小さな森でクエストが発生し、そこではAGIを強化できるスキル【超加速】を取得できるらしいとのことだ。
フェザー
Lv20
HP 35/35
MP 20/20
【STR 50〈+15〉】
【VIT 0】
【AGI 100】
【DEX 0】
【INT 0】
残り10
装備
頭 【空欄】
身体 【空欄】
右手 【初心者の片手剣】
左手 【空欄】
足 【空欄】
靴 【空欄】
装飾品
【空欄】
【空欄】
【空欄】
スキル
【電光石火】
取得条件は【AGI 70】以上。AGIが100を超えているフェザーならば取れると判断し、今回訪れたのだった。
「え~と……あ、ここか?」
森の奥まで進んでみれば、小川のそばに建つ水車つきのログハウスが見えてきた。小さな畑と薪割りという特徴的な風景からこの場所で間違いないだろう。
「よし………」
フェザーにとってはゲーム内初のクエスト、なるべく一回で済ませたいと願いながらログハウスの扉を叩くのだった。
老人NPCとのイベントを終え、早速フェザーは泉に向けて走っていた。道中モンスターが何体も襲いかかってはきたが、フェザーは余裕でそれらを躱して先を急ぐ。
タイムリミットは一時間だったのだが、フェザーはなんと往復30分でログハウスに到着してしまった。
「なんだ、思ってたより簡単だったな」
掲示板を見る限りかなり難しいと聞いていたが、そんなに苦労したという感覚がなかったことに内心で拍子抜けする。フェザーは余裕で攻略したが、これは彼のAGIが【電光石火】の効果で実質200を超えていたからこそできた芸当であるのだが、本人はそんなことを知るよしもない。
「お待たせしました」
扉を開けてあとは老人に【魔力水】を渡せば【超加速】が手に入る。そのはずだった。
「!?」
入るや否や、老人はフェザーを見て驚いたように立ち上がったのだ。
「お前さん、もう戻ってきたのか!?」
「え? はい」
ずかずかと早歩きでフェザーに近づく老人は、信じられないと言わんばかりに彼の身体を頭の天辺から爪先まで凝視しだす。掲示板ではこんなやり取りはなかったはずだ。何か手順を間違えただろうかと不安になるフェザーをよそに、老人は顎に手を当てて何やら考えこむ仕草をしだす。
「………ちょっと待ちなさい」
「?」
するとチラリとテーブルの上に置かれた砂時計を見てから、老人はログハウスの奥へと行ってしまう。数秒ほど時間がたち戻ってくれば、老人は左右の手にそれぞれ丸めた巻物と羊皮紙を持っている。
「お前さんならば、もしかしたらこのスキルを扱えるかもしれない」
そう言うとまず右手の巻物をフェザーに渡す。
「これが【超加速】………?」
戸惑いながらも巻物を受けとるのを見届けてから、老人は今度は羊皮紙をテーブルの上に広げ始める。それはNWOのゲーム内の地図で、彼はその中の赤い印が記されたある部分を指差す。
「この場所に行ってみよ。さすればお主にさらなる力が授かるかもしれぬ」
「ええ……?」
真剣な表情を浮かべる老人に戸惑いながらも、フェザーはまず巻物を広げてスキルを確認してみる。
【賢神】
片手にボウガンを装備できるようになる、片手剣使い専用スキル。与ダメージが10%減少する。
命中率はDEX依存。
取得条件
専用のクエストを規定時間以内に成功させる。
「【賢神】? これって……」
てっきり【超加速】を得られるのかと思っていれば、全く知らないスキルを手に入れてしまったらしい。
「え? あの………【超加速】は?」
「健闘を祈る」
「【超加速】……」
「健闘を祈る」
同じ言葉しか喋らないということは、クエストはここで終わりらしい。仕方ないのでフェザーはその地図をじっと眺めてみると、それは町から北西に位置する切り立った崖が多いエリアの全体図だった。確かここは濃い霧が漂うせいで視界が悪いうえに、崖から転落すれば即死判定してしまうためにこのゲームの中でもかなり危険と評判だったはず。探索する場合は【跳躍】を必ず取得しておかなければならないとも聞くほどだ。
「ここに何かあるのか………?」
ひとまず入手した巻物を広げてスキルを取得してみることにした。
『スキル【賢神】を取得しました』
ログハウスを後にしたフェザーは一度町に戻ってきた。【賢神】の効果を試してみるために、所持金ギリギリの値段のボウガンを一つ購入してみる。
「本当に装備できるのか……?」
NWOの仕様では武器は最初に選んだ種類のものしか装備できない。ましてやフェザーの初期装備は片手剣、遠距離攻撃特化型のボウガンとは全く正反対の武器である。不安になりながらも一度森に出てから、インベントリのボウガンを装備してみる。
「! できた……!」
なんと本当に片手でボウガンを装備できたのだ。右手にボウガン、左手に片手剣という近距離・遠距離両方が可能になったことにフェザーは少しだけ感動する。
「キュイイイイイイイ!」
とそこへフォレストクインビーが飛び出してきた。
「あ、いいタイミング」
試しにボウガンを射ってみるが、フォレストクインビーの動きが素早いせいか矢はなかなか当たらない。
「そういえば命中率はDEXに反映されるんだったな……」
やむなくフェザーは一度攻撃を止めてみる。接近する際に放たれる毒をギリギリで躱しつつ、フォレストクインビーを敢えて懐に誘い込んでみたのだ。突進攻撃で距離が数㎝に迫った瞬間、フェザーはギリギリで躱してからその頭に向けて矢を射った。
頭を狙ったおかげかクリティカル判定が出されたものの、フォレストクインビーは一回では死ななかった。
「なるほど、確かにSTRが下がっているな」
もう一度同じ方法で頭を狙えば今度は倒せた。
これを受けてフェザーは【電光石火】の効果でどれに振るべきか悩んでいた残りのポイントを、全てDEXに振ることに決めたのだった。
「しかし【賢神】か……」
フェザーがその言葉で連想するのは彼が好きなキャラクター『賢神トリン』だが、果たしてこれは偶然なのだろうか?
となるとあの老人が見せてくれた地図も気になる。
「もしかして、ありえるのか……?」
以前クルーガーが取得した【アヌビス】のことを思い出して少しだけ期待しつつも、フェザーはまず崖の探索に必要になりそうなスキルやアイテムを準備しなければならないと判断する。
願わくばトリンに関する要素を発見したいと、彼はレベリングとゴールド稼ぎのために再び森の奥へと進むのだった。
ボウガンは捏造です。
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地獄の番犬と近況報告
メッセージでニードルに呼び出されたクルーガーは、今日はショウを連れて店にきていた。
「へ~、この店がそうなの?」
「ああ」
ニードルとショウはスーパー戦隊ではキュウレンジャーが好きだと言っていた。ならばきっと共通の話題に会話が弾むだろうと考えて誘ってみたのだ。
カランカランとドアベルを鳴らして扉を開くと、前に来たときより店内の色見本のレパートリーが増えているのが見てとれる。
「来たぞニードル」
「いらっしゃい!」
パタパタと作業着姿のまま奥から出てきたニードルに、ショウはクルーガーの影から顔を覗かせる。
「えっと、君がニードル君?」
「はい、そうです! 貴方がショウさんですね? 話はクルーガーから聞いています」
クルーガー以外のスーパー戦隊ファン、それも自分と同じキュウレンジャーが好きなプレイヤーが来店してきたことにニードルは見ただけでもわかるほど嬉しそうに笑う。
「ショウでいいよ。敬語も必要ないから」
「じゃあ俺も呼び捨てで……」
最初から同じ趣味だとわかっているだけで二人は即座に打ち解けたらしく、しばらくはスーパー戦隊座談会に和気あいあいと弾んでからニードルは思い出したようにクルーガーに向き直る
「そうだクルーガー、例の物が出来てるぞ」
「本当か!?」
クルーガーの第一目的。それは彼がニードルに依頼した装備が完成したらしいので、その出来映えを確認しにきたのである。
『銀のチョーカー』
【AGI +40】
『黒の制服』
【VIT +40】
『五色のバッジ』
【DEX +40】
「おおおお………!」
「すごーい! ボスの署長服だ!」
早速装備した姿を鏡で見て、クルーガーは感極まって震えてしまう。黒い制服の模様や装飾、五色の石が嵌め込まれた金の階級章、チョーカーに刻まれたSPDの文字まで完璧に再現している。実にクオリティの高い一式だ。
「補正値がユニークシリーズよりも高いんだね」
「そりゃそうさ。クリアミスリルを初めレア度の高い糸系素材を惜しみ無く使い、【機織り】【染物】【色彩】【刺繍】さらには新しく取得した【塗装】で惜しみ無く補正値を上げた渾身の力作だ……妥協なんか一切許さない」
凄みのある目力からも彼の拘りが察せられる。生粋のクリエイター気質でなければここまでの完成度には至らないだろう。
【塗装Ⅰ】
スプレーガンで着色した際、補正値にボーナスが懸かる。
取得条件
スプレーガンで一定回数、一部の素材・装備を着色する。
『スプレーガン』
【DEX +8】
塗料を使うことで一部の素材・装備を着色できる。
このスプレーガンはNPCショップの生産職用コーナーで売っていたものらしい。一度に使える色は一種類のみであるものの、鉱物・木材・鱗・革などの素材に着色することができるという。
少し見ない内に生産職のスキルを一気に伸ばしたニードルに二人は思わず感嘆の息を漏らす。
「そういえば、あとの二人はまだきていないのか?」
ニードルが言う二人とはブレイズとフェザーのことで、実はクルーガーのもとにほぼ同時期に二人から連絡があったところだったのだ。ニードルに紹介するのも兼ねてここを待ち合わせ場所にしたが、先にショウとクルーガーが到着したらしい。
「そろそろ来るはずなんだが……」
と噂をすれば影。カランカランと扉が開かれてブレイズが入ってきた。
「待たせたなクルーガー」
ブレイズと続けてフェザーが入ってくると、二人はまずクルーガーの着ている服に目が行く。
「おお、ボスの署長服じゃないか!」
「階級章まで再現してあるのか!?」
目を輝かせる二人にクルーガーとニードルはついドヤ顔をする。
「それで二人とも、今日は一体どうしたんだ?」
「「実は……」」
「未発見のダンジョンに、隠しスキル。そして地図に記された謎のエリアか……」
一通り二人の話に耳を傾け、クルーガー達は出されたお茶を一口飲む。
特にフェザーの話が興味深かった。もしその地図の場所に未発見のダンジョンがあれば、運が良ければユニークシリーズを手に入れる可能性が高い。
「だがブレイズが見つけたダンジョンがなあ……」
対するブレイズに関しては、現在彼が取得しているスキルが三種類だけ。初見かつ単独でダンジョンをクリアするにはいささか無謀としか言いようがないだろう。しかしどんなボスモンスターがいるのかがわからない以上、なんの下準備もなしに攻略は難しい。一体どうすればいいのだろうかとう~んと唸る四人に、ふとニードルが軽く挙手した。
「なあ。そのユニークシリーズって、初見で単独じゃないと手に入らないんだよな?」
「? ああ」
「だったらさ、ブレイズ以外がパーティー組んでそのダンジョンに挑めばいいんじゃないか? そうすればクルーガー達がユニークシリーズを手に入れる心配もないと思う」
その提案に一同はぱちくりと目を瞬かせてから、その手があったかと互いを見合う。
「なるほど……確かにそれならボスモンスターの情報を得られるかもしれないな」
「よし、じゃあ早速試してみよう!」
名前:名無しの剣士
例の犬人間がパーティー組んでいるのを見かけた。
名前:名無しの短剣使い
人間?
名前:名無しの剣士
さすがに人間だよ。
片手剣使い二人と魔法使い一人だったな。
名前:名無しの斧使い
前衛に偏り過ぎじゃねえか。
名前:名無しの魔法使い
こっちは犬さんの名前がわかったよ~。
名前:名無しの短剣使い
kwsk
名前:名無しの魔法使い
名前は『クルーガー』。
例の染物屋さんで装備の色を染めてもらっていたところ、店主にそう呼ばれてたの立ち聞きしちゃった( =^ω^)
名前:名無しの斧使い
お前あの店入ったのか。
名前:名無しの短剣使い
俺も一回だけ入ってみたが、店に並んだ色の見本数がパネエ。青だけで何色あんだよあれ?
名前:名無しの魔法使い
NWOってプレイヤーメイドのアイテムの色は基本的に素材の色を反映するけど、このお店で塗装・染物してもらうと装備一つに対して一回だけなら好きな色に変えてもらえるんだって。
素材の色を問わずに好きな色にできるのはいいよね~(*´∀`*)
名前:名無しの斧使い
最近評判のイズって鍛冶師もかなりの腕前だが、こっちもこっちでやばいな。
名前:名無しの剣士
話戻すぞ。
実はそのパーティーの内の一人を【魔力水の泉】の近辺で見かけた。
名前:名無しの斧使い
例の【超加速】が取れる場所か
名前:名無しの剣士
多分クエストの最中だったと思うんだが、そいつはログハウスと泉を往30分でクリアしてた。
名前:名無しの短剣使い
Whats?
名前:名無しの剣士
向かい来るモンスターを目にも止まらぬ速さでヒョイヒョイと避けてたぜ……あの速度はやばい。
名前:名無しの魔法使い
一応聞くけど、人間だったんだよね?
名前:名無しの剣士
少なくとも見た目は人間だった。
見た目は……だが
名前:名無しの斧使い
無難に考えて、そいつはAGI特化ステータスか?
名前:名無しの短剣使い
待て待て待て
だとしても往復30分はおかしい
俺50分ギリギリだったんだぞ?
名前:名無しの魔法使い
これはあとの二人もやばい予感がいたします
名前:名無しの剣士
あと染物屋の店主も
あとで気づいたのですが【超加速】を取得できるようになるのは二層以降になるそうですが、もう修正しようがないのでこの作品では一層で【超加速】が取れるという設定でいきます(;´д`)
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魔法戦士と対策
そんなこんなで始めた検証実験。
ブレイズの案内で件の隠しダンジョンの入り口にやってきた四人が、恐る恐る内部を観察すれば高熱で赤くなる岩の階段が目に入る。確かに物凄く熱そうな内部だ。
まず最初にクルーガーが先陣を切って進む。
「……よし、大丈夫だ」
入り口付近に罠はなく、特にダメージはない。安堵してから続いてショウが入るが……
「あっづ!?」
五歩進んだ当たりで慌ててUターンで戻ってきた。
「どうした!?」
「入り口だけでメチャクチャ熱いよここ!?」
ショウ曰くダンジョンの内部は体感温度が異様に熱く、じわじわとHPが減っていた。クルーガーは【炎上耐性・大】を持っている上に、【物理特化】の効果でVITは100以上あるのでそこまでダメージはなかったので気づけなかったらしい。
「……っておい! 杖が燃えてるぞ!?」
「うわー!?」
さらにはなけなしのゴールドで購入した杖がチリチリと燃え、耐久値がみるみる減っていく。プレイヤーのみならず装備にも継続ダメージが入るとはなかなかえげつない仕様だ。
「これは……俺だけで行ったほうがよさそうだな」
確かにクルーガーには【破壊不能】を持つユニークシリーズがあるので、ここは彼一人で進んだほうが無難そうだと一同は判断したのだった。
その後もダンジョンのギミックやらモンスターの攻撃やらで一騒動あったものの、ボスモンスターに至るまでの道のりをマッピングしてみた結果わかったことがいくつかあった。
まず剣や盾などの物理職系装備の初期装備であれば耐久値は下がらず、逆にプレイヤーメイド・ショップ販売の装備は種類を問わず、居続けるだけで耐久値が下がってしまう。
次いでダンジョン内部では常に炎上状態になり普通のプレイヤーは体力を徐々に削られてしまうが、最低でも【炎上耐性・中】を取得しておけばダメージを無効化できる。
道中のモンスターは炎属性のモンスターのみで、強さは【毒竜の迷宮】のモンスターと同じくらいだったという。
そして肝心のボスモンスターだが、クルーガーとショウの話によると、その姿は燃えるような深紅の毛並みを持つ、二首の巨大な狼のモンスターらしい。
近距離からは炎の牙で噛みつき攻撃を、遠距離からは口から炎弾を放ち攻撃してくる。見た目通りの炎系の攻撃パターンであり、さらにこのモンスターの炎攻撃は【炎上耐性・中】でやっと軽減できるほどだという。おそらく総合的な強さは【毒竜の迷宮】の毒竜と同じくらいだろう。
そして最大の特徴が……
「物理攻撃が無効化される」
クルーガーがスキルを発動し、何度も剣で切ってみてもまるで煙を切ったのかと思えるほど手応えがなかったのだ。これは物理スキルしか持っていないプレイヤーにとっては正に天敵である。
逆に炎系モンスターであるためか、ショウの放った水魔法は大ダメージが入る。一応炎魔法でもダメージが通るが、ボスモンスターのHP量を考慮すると正直微々たるものだ。
「つまり【炎上耐性・大】を取得した状態で、物理系スキル以外で攻撃しつつ、初期装備だけで挑めと!?」
ブレイズは【炎魔法Ⅰ】を取得してしまったためにそれ以外の魔法を取得できない。その上物理攻撃が効かないとなると難易度はかなり高くなる。
「どうする? 一旦【火魔法】を【破棄】して【水魔法】を取得し直すって手もあるけど……」
「ん~………」
ショウが言うように攻略を考えるならばそちらのほうが確実だろうが、なんだかそれは違う気がするとブレイズは頭を抱えて唸る。彼の理想はウルザードファイヤーと同じ炎特化の魔法剣士、その理想から外れた形で勝利するのは彼の中にある戦隊愛に反するように思えたのだ。
さらに言うなら【貰い火】の取得条件を考慮するに、ここで炎系スキルに絞ったうえで挑戦すれば『何か』が得られるのではないだろうか。
仲間達はこめかみを押さえて長考するブレイズをしばらく見守っていたが、彼は一度深呼吸してから顔を上げる。
「いや、ここは【火魔法】で挑む!」
いろいろ悩んだが、ここで曲げるのはウルザードファンとして許せない。それになにも炎が無効というわけではないのだし、まだチャンスはあるだろうと判断した。
「となるとまずは【炎上耐性】を上げないといけないな」
まず余計なダメージ蓄積を避けるべく【炎上耐性】のレベルを上げること。こちらは一定回数の炎攻撃を受ければレベルが上がるので、ダンジョン近辺にポップする炎系モンスターを相手にすればいい。
そしてボスモンスターに物理攻撃が効かないのならば必然的に魔法のみで攻撃するしかないが、問題はどうダメージを与え続けるかだ。
「多少は【火魔法】が効くなら、MPポーションを多めに持ったほうがいいだろうな」
特にブレイズはスキルの効果でMPの消費量が多いので、ポーションを多めに持つべきである。こうしてブレイズのダンジョン攻略に関して、ひとまず方針が決まった。
そうなるとポーション購入のためにブレイズのゴールド集めとスキルのレベルアップ、あと可能であれば攻略の助けになる新しいスキル取得のためにブレイズは周回を始めるのだった。
解説
隠しダンジョン【灼熱の地底火山】
主なギミック:道中常に炎上ダメージ(炎上耐性・中で無効化)。
ポップモンスター:炎系モンスターのみで、全ての攻撃に【炎上】附与効果あり(炎上耐性・中で無効化)。水魔法で与ダメージ二倍。
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魔法戦士と炎の挑戦
それから一週間後。
単独で念入りに周回し、時にはクルーガー達に手伝ってもらったりなどして、ブレイズはレベリングとスキル強化に励んだ。掲示板から役に立ちそうな新しいスキルもいくつか取得し、今一度ステータスを確認する。
ブレイズ
Lv25
HP 35/35
MP 700/700
【STR 32〈+15〉】
【VIT 32〈+10〉】
【AGI 32】
【DEX 0】
【INT 32】
装備
頭 【空欄】
身体 【空欄】
右手 【初心者の片手剣】
左手 【鉄の盾】
足 【空欄】
靴 【空欄】
装飾品
【フォレストクインビーの指輪】
【空欄】
【空欄】
スキル
【火魔法Ⅱ】【HP強化小】【HP回復速度強化小】【MP強化小】【MPカット小】【MP回復速度強化小】【魔法戦士】【炎上耐性大】【剣の心得Ⅰ】【盾の心得Ⅰ】【魔法の心得Ⅰ】【跳躍Ⅰ】【貰い火】
ポーションはもちろんのこと、ダンジョンのギミックを考慮して初心者用装備で挑むが、万が一に備えてショップの装備もインベントリにいくつかしまってある。あとは日頃の成果を見せるのみだ。
「……じゃあ、行ってくる」
ダンジョンに入る前に、一度仲間達と向き合う。
「気をつけろ」
「頑張ってね!」
「焦りは禁物だぞ」
まるで今生の別れのごときやり取りをしつつクルーガー達に見送られ、ブレイズはついにダンジョンに足を踏み入れたのだった。
真っ赤な階段を下りながらブレイズは辺りを警戒する。【炎上耐性】のおかげか今のところ経過ダメージはなく、移動中は盾をインベントリにしまって耐久値の温存をするなど余裕を持つように心がけている。
すると早速、目の前に赤い鱗の蜥蜴が現れた。
「うおおおおおお!」
なるべくボス戦までポーションを温存しておきたいので、魔法は控えて物理攻撃のみで応戦していく。
クルーガー達が言うように道中は炎属性のモンスターのみがポップしており、炎の鳥・炎のライオン・炎の狼・炎のゴーレムとまさに炎モンスター尽くしである。
そうやって向かってくるモンスターを切っては倒し切っては倒しを繰り返し、どれくらい時間がたっただろうか。
『スキル【燃える炎】を取得しました』
「あ」
ここでスキル取得通知が鳴り、ステータスを開いて効果を確認してみる。
【燃える炎】
物理ダメージを与えた際、MPが1%回復する。
取得情報
一日の内に炎系モンスターを計五種類、物理攻撃のみで一定数ずつ倒す。
内容から推測するに剣で攻撃すればするだけMPが回復するらしく、MPの燃費が悪いブレイズとしてはこれはありがたいスキルだった。
「よし……」
便利なスキルを取得したことでブレイズの胸中にも余裕が生まれてきたようで、落ち着いて奥へと進むのだった。
それからまた歩き続けていくと、とうとう最奥と思われる大きな赤い鉱石の扉が目の前に現れた。一度立ち止まりクルーガー達からの情報を頼りにブレイズはイメージトレーニングをする。
「落ち着け……大丈夫だ……絶対勝つ…!」
最後に深呼吸し、扉に手をかけてゆっくりと開いていく。内部は思いの外広く、壁や地面のところどころを灼熱のマグマが流れる実に『らしい』フィールドだ。恐る恐る警戒しつつ足を踏み入れれば、ブレイズの背後でバタンと扉が閉じられた。
そしてズシンと身体が揺れるほどの地響きを鳴らし、目の前に巨大な影が現れる。炎そのものを纏ったような、深紅の毛並みをした巨大な二首の狼。
これこそがこのダンジョンのボスモンスター、『
『グオオオオオオオ!!』
二つの口から響く咆哮が洞窟内部を震わせ、炎狼の頭上にHPバーが表示される。それを見たブレイズはすぐさま盾を装備して構えた。
「来い!」
まず炎狼が口から炎弾を繰り出す体勢を取ったのを見て、ブレイズはすかさず回避に動く。極力スタミナ配分に注意しつつ走ると、まず炎狼の背後に回り魔法を放った。
「【ファイヤーボール】!」
後ろ足からダメージエフェクトが散り叫ぶ炎狼は、すぐさま振り向いて左首の顎を大きく開けて炎弾を吐き出してきた。回避しようとするが少しだけかすったらしく、ブレイズの胴から小さなダメージが入る。
「っ!!」
どうにか攻撃と回避が両立できそうな適切な距離を保とうと試みるブレイズだが、巨体を駆使したダッシュで迫る炎狼が大口を開けて襲いかかってくる。赤く光る鋭い牙から間一髪で逃げれば、そのまま地面を噛み砕いてしまう。
「このっ……【ファイヤーボール】!」
再び魔法を浴びせれば今度は胴にダメージを与え、【貰い火】の効果で受けたダメージが回復する。頭上のHPはほんの少ししか減っておらず、このまま戦っても長期戦は確実だろうとブレイズは察する。それでもHPポーション節約のため、微々たる量ながら魔法で攻撃していく。クルーガーからもらった【フォレストクインビーの指輪】があるとはいえ、念には念をと被ダメージを最小限に抑えるよう心がける。
できるだけ回避に努め、避けきれなさそうな場合は盾で凌ぎ、武器の耐久値が下がればインベントリから予備を取り出し……
そうやって少しずつ、だが確実に炎狼にダメージを与えていくこと数十分。そのかいあってか炎狼のHPがようやく残り半分を切ったのだった。
あと少しだと、僅かながら希望が見えてきたブレイズが地面に着地する。
「熱っ!?」
すると足元からダメージが入り、ブレイズは飛び上がった。このボス部屋はマグマに触れるとダメージ判定が入るのだが、ブレイズは長時間戦ってどのあたりにマグマが流れてどのあたりが安全な地面なのかをすでに学習している。今踏んだ場所は大丈夫なはずなのにどうしたことかと周囲を見てみれば、最初に比べて流れるマグマの量が増えており、安全な地面が狭まってきている。さらには【炎上耐性大】で無効化されていたはずの継続ダメージも出ていた。
「長期戦になるとフィールドが変わるのか!?」
クルーガー達が挑んだ時には出なかったギミック、これではブレイズの行動範囲が限られてしまう。やむなく残り一割を切ったタイミングでHPポーションを使い、攻撃を続行する。先ほどより蓄積するダメージが多くなってしまい【貰い火】だけでは回復が追い付かず、HPはとんどん減ってしまう。
『スキル【炎上耐性大】が【炎上無効】に進化しました』
それでも怯まず戦っていると新しく取得通知が鳴り、経過ダメージがなくなった。ここに来ての無効化スキルはブレイズとしてはありがたく、この勢いに乗って引き続き攻撃を繰り返す。
そして炎狼のHPが残り三割を切ったところだった。
『グオオオオオオオ!!』
炎狼が再び咆哮すると、広がるマグマから道中に現れたのと同種のポップモンスターが大量に出てきたのだ。
「うあっ……!?」
ただでさえ長期戦でスタミナもポーションもキツイのに、余計な手下が増えてしまった。これはマズイと一瞬だけ焦るが……
「いや違う………チャンスだ!」
すぐさま剣を構え直し、ブレイズはモンスター達を斬っていく。炎狼には物理攻撃が効かないがその他のモンスター達には物理攻撃が効く、つまり【燃える炎】の効果でMPを回復させることができるわけだ。
「【ファイヤーボール】!」
マグマの合間を飛び回りながら必死に炎弾を避け、モンスター達を余さず剣で斬り、MPがある程度回復したところで【ファイヤーボール】を放つ。かなり厳しい戦いではあるが、それでもブレイズはギリギリの綱渡りに挑む。
そしてとうとう炎狼のHPが残り一割になった。
『グオオ………』
ここどまた炎狼の攻撃パターンが変わった。
攻撃の貯めが少しだけ長くなったかと思えば、今度は足元に向けて口から炎を吐き出し始めた。先ほどまでと違ったのは炎を吐く時間が長いのと、ポップモンスターを巻き込んで広範囲の地面を燃やすところである。
「うわ!?」
まさに地獄絵図という言葉が似合う炎の大地は、ほんの少し肌に触れるだけでマグマより多いダメージを受けてしまう。
「くそっ……!」
ここまでの戦いでブレイズはポーションを使いきってしまい、MP回復に必要なモンスターは全滅。手持ちの装備も初心者用の剣が一本のみと、背水の陣となってしまった。救いがあるとすれば残りMPはあと一発分残っているのと、炎狼の残りHPがあと一発で倒せるほどだというところだろうか。
おそらくこれが最後のチャンス。
ならばあとはもう腹を括るしかない。
「【跳躍】!」
一か八かと炎を飛び越えるべくブレイズは助走をつける。その際にマグマを思い切り踏んでしまったためにダメージが入るが構うものか。
「うおおおお!!」
『グオオオオオオオ!!』
ギリギリ飛距離が間に合い接近すれば、炎狼も大口を開けて喰らいつかんと迫ってきた。
「【ファイヤーボール】!!」
その口に向けて最後の一撃を放てば、クリティカル判定が出て大ダメージが入った。
『ガアアアアアアアアアア!!』
ついに断末魔の雄叫びを上げ、炎狼がポリゴンとなって消えていった。
(終わった………、ああ……でも……)
長期戦に伴う脱力感で動けないブレイズにはもはや受け身を取れるだけの力もなく、燃え盛る炎に向けて落下していく。
(あと少し……だったんだが……)
『スキル【燃える炎】が【猛る烈火】に進化しました。これにより【炎上無効】が【
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魔法戦士改め紅蓮の騎士
「ドンブラがあんなストーリー運びだったのに次もカオス系だったら身がもたないよ……。せめてゼンカイジャーレベルの分かりやすいストーリー運びにしてくれ……(;´д`)」
キングオージャー一話視聴後
「よかった! ちゃんと分かりやすい内容だ!!(゜▽゜」
「遅いな……」
ダンジョンの入り口の前で待つクルーガーは、電子時計を眺めながらため息をつく。
もしダンジョン攻略に失敗した場合は連絡を寄越すように言ってあるが、ブレイズがダンジョンに入ってからかれこれ一時間近く経っても一向に連絡が来ない。
「一度様子を見てみる?」
入り口の奥を覗きながらショウが心配そうにフェザーに聞くが、彼はやや苦い表情を浮かべながらも首を振る。
「いやダメだ。もしまだ攻略中に我々が入ってしまえば、ユニークシリーズ取得を邪魔してしまうかもしれない」
きっとボスモンスターを倒すのに手いっぱいで連絡する暇がないのかもしれない。ならばこちらからメッセージを送るのもブレイズの気を散らしてしまうリスクが高いだろう。
「信じよう、ブレイズならきっと大丈夫だ」
腕を組んで入り口の前に立つクルーガーに、一同はグッと堪えて頷くのだった。
「うっ………」
ゴウゴウという音を遠くに聴きながら、ブレイズの意識が覚醒した。
「あれ、生きてる?」
ゴツゴツした岩肌の感触が腹に伝わり、顔を上げてみればまだボス部屋の中にいたことに気づく。自分は確かに火の海に落ちたはずだったが、ボスモンスターを倒したことで消えていたのだろうか?
「てことは……初見攻略成功か?」
死んでいないのであればそうなるが、今一実感が持てない。ひとまずステータス画面を見てみると、最後に使った時はカラだったMPが満タンになっており、ふと自分の視界に入った両手を見てブレイズは目を見開いた。
「これは……!」
褐色というものではない。正真正銘、文字通りの赤い肌。首から下の皮膚も同じ色で、恐る恐る髪を触れば逆立ってうねる質感は毛髪のそれではない。
もしかしたらと取得スキルを調べてみると、見慣れないスキルが二つ追加されていた。
【猛る烈火】
ダメージを与えた際、MPが1%回復する。
炎系以外の魔法を取得できなくなる。
取得条件
【燃える炎】を取得した状態で炎狼を炎系攻撃のみで倒す。
【
炎属性攻撃によるダメージを無効化する。種族が人間でなくなり、水系攻撃による批ダメージが二倍になる。
取得条件
【炎上無効】を取得した状態で炎狼を倒す。
効果と取得条件を確認したブレイズは確信する。間違いない、このスキルはクルーガーの【アヌビス】と同じ種族変化系のスキルだ。全くの偶然が重なって珍しいスキルを取得できたことにブレイズは歓喜する。
「そうだ、報酬は!?」
周囲を見やれば部屋の中央に深紅の石を切り出して作った宝箱が鎮座してある。恐る恐る蓋を開けてみれば……
【ユニークシリーズ】
単独でかつボスを初回戦闘で撃破しダンジョンを攻略した者に贈られる攻略者だけの為の唯一無二の装備。
一ダンジョンに一つきり。取得した者はこの装備を譲渡出来ない。
『炎神の兜』
【AGI +30】【INT +15】
【破壊不可】
スキル【
『炎獣の甲冑』
【VIT +15】【MP +50】
【破壊不可】
スキル【溢れる勇気】
『焔皇のサーベル』
【STR +30】【INT +15】
【破壊不可】
スキル【
『灼眼の盾』
【VIT +15】【MP +50】
【破壊不可】
スキル【
炎のように赤い兜、銀色の狼の頭部の形をした肩当ての深紅の鎧、同じく深紅の片手剣と盾。ところどころにアルファベットのWの意匠がデザインされたそれらの装備は、ウルザードファイヤーのスーツそのものだ。
「おお………!」
感激に討ち震えながら、ブレイズは装備に付与されているスキルも確認してみる。
【
モンスター、プレイヤーを倒した際にMPが最大MPの一割回復する。
【溢れる勇気】
攻撃によるダメージを受けた際にMPを3%回復する。
【
魔法を使った際、消費したMPの三分の一のMPを回復する。
【
炎狼の力を意のままに扱うことができる。
クルーガーのユニークシリーズと同じく【破壊不可】付き、そのうえスキルのほとんどはMP回復系のものばかりだ。【魔法戦士】の効果でMPの消費量が多いブレイズとしては、ポーションに頼らずに回復できる手段は実にありがたい。
「よかった……【火魔法】破棄しなくて……」
やはり自身の判断に狂いはなかった。好きなヒーローと同じ装備とスキルを取得したという達成感に、ブレイズは宝箱を背もたれがわりに地べたに座りこんだ。
「うおー! ウルザードファイヤーだー!!」
あれからやきもきする一同のもとに、ようやくブレイズからメッセージが送られてきた。町の宿屋で合流すれば、ウルザードファイヤーの装備を纏ったブレイズの姿を見てショウが興奮する。
「初めてのダンジョン攻略でいきなり引き当てるとは、なかなかついてるな」
「全くだよ」
兜をしているために表情は見えないが、雰囲気からするにブレイズはやや得意げな顔をしていると察せられる。
「そうだ、クルーガー達は鏡とか持ってないか?」
「鏡?」
なんでも新しいスキルの効果で種族が変わったそうなので、今の自分がどんな姿になっているのかを知りたいのだという。装備一式を外し異形の姿を晒せば、一同はギョッとする。
「え!? まさか……!」
フェザーがインベントリから鏡を出してブレイズに手渡し、改めて自身の顔を見る。映っていたのは真っ赤な肌をした悪魔のような姿で、頭部からは燃え盛る炎が靡き、輝く金色の目に対し口にあたる部分はない。
「まんまブレイジェルじゃん! 天空聖者じゃん!!」
ウルザードファイヤーの装備に加えブレイジェルそっくりの見た目にまでなれるとは、これは運営も狙って作ったとしか考えられない。
デメリットとしては水系スキルに弱くなることと炎系以外のスキルを取得できなくなるくらいだが、それでも十分すぎるほど優秀だ。
「デカマスターにウルザードとか、メチャクチャ豪華な組み合わせじゃん……」
「この光景を見れただけでも、このゲームを初めた甲斐があったな……」
その後ニードルも呼び、せっかくだからとユニークシリーズを装備した状態で、クルーガーとブレイズによる撮影会が開催されたのだった。
名前:名無しの剣士
クルーガーが炎モンスターを引き連れてた。
名前:名無しの斧使い
あの頭が燃えてる真っ赤な悪魔みたいなやつ?
名前:名無しの短剣使い
やっぱりあいつクルーガーの仲間か……
名前:名無しの魔法使い
え、なにそれ知らない。
名前:名無しの剣士。
街中を歩いてたらクルーガー+αを見かけたんだが、その内の一人がそんな見た目だった。多分プレイヤーだとは思うけど……
名前:名無しの短剣使い
俺が店で食事していた時にその炎魔人が一人で入店してきたんだが、店内にいたプレイヤー達がざわついてたな。一緒にいた連れが吹き出して二度見してたよ。
名前:名無しの斧使い
お前もあの場にいたのか……。
見た感じ口がないのに普通にメシ食ってたぞ。
名前:名無しの魔法使い
どんな身体構造よ。
名前:名無しの剣士
そういえばいつぞやのメンツに盾と剣の赤毛プレイヤーが見当たらなかったな。
名前:名無しの斧使い
方向性の違いで別れたか?
名前:名無しの剣士
ちなみにその炎魔人の装備は剣と盾と甲冑。
名前:名無しの短剣使い
絶対そいつじゃねえか!!
これで違ったら逆にビックリだわ!!
名前:名無しの斧使い
いつの間にか人間辞めてやがった。
名前:名無しの魔法使い
そんな簡単に人間て辞めれるものなの?
名前:名無しの剣士
これは残りのメンツが人間辞めるのも時間の問題だな。これからの彼らの近況報告のために、せっかくだから俺の情報晒すわ。
取り敢えず俺はペインって名前でやってる。
もしフレンド登録してくれるなら、明日の22時頃に広場の噴水前に来てくれると嬉しい。
名前:名無しの斧使い
情報サンクスってゆうかお前ペインかよ!?
バリッバリのトッププレイヤーじゃねーか!
名前:名無しの魔法使い
有名人過ぎてウケるw
名前:名無しの短剣使い
なら俺も晒しとこ、緑バンダナのドレッドでやらせてもらってる。
名前:名無しの剣士
神速のドレッド!?
お前も人のこと言えないじゃないか!!
名前:名無しの魔法使い
なにやってんのアンタ達www
名前:名無しの斧使い
こんな有名人がいるなら俺の名を晒しても霞んじまうだろうな……
名前:名無しの剣士
お前誰だよ
名前:名無しの斧使い
通りすがりの斧使いドラグです
名前:名無しの短剣使い
地割れまでいんのかよ!?
名前:名無しの魔法使い
もー!
これじゃ一般人の私なんて存在理由ないじゃん!
サイドテールがかわいいフレデリカちゃんです♪
名前:名無しの斧使い
そんでお前はフレデリカかよ!?
名前:名無しの剣士
この板有名人集まりすぎだろ!!
「おい! 【炎人】を取得したプレイヤーが出たぞ!」
「え、てことは炎系スキルだけで勝てたってことか?」
「よく勝てたなそいつ……」
「炎系ならミイか?」
「いや、ブレイズってやつだ」
「誰だそれ?」
「【魔法戦士】を取得したやつです」
『あいつかあああああああ!!』
「しかもユニークシリーズも取ってます!」
『マジかよおおおおおお!!』
シラトリ「へえ………?」(☆▽☆)キュピーン
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地獄の番犬とゲームの感想
ありがとうございます!
後日、透はテレビ電話で姪と会話していた。話題はもちろんNWOの感想についてだ。
「えっ、そんなに面白かったの? そのゲーム」
「ああ、とても楽しかったさ」
どうやら例のゲームには叔父の大好きなヒーローに関連する要素があったらしく、嬉しそうに語る叔父に姪の理沙はパチクリと眼を瞬かせる。
「理沙ちゃんも是非やってみるといいよ」
「わかった。感想ありがとうね!」
直後に母親から風呂に入るよう言われて電話をきってから、理沙は背もたれに体重をかける。
「ふ~ん、叔父さんずいぶん楽しそうだったなあ……」
正直スーパー戦隊一筋な叔父がそこまでハマるとは、理沙としても意外だった。
「これは楓にも勧めてみようかな~」
彼がここまで言うならば、親友の楓も興味を持ってくれるかもしれないと淡い期待が過る。確か楓のところにもこのゲームを遊ぶためのハードが置いてあったはずだ。
彼女は早速パソコンで注文画面を開き、親友にプレゼントする用のソフトを注文するのだった。
これにより、後にNWO最強となる防御力極振りプレイヤーが現れることとなるのだが、それを彼女は知るよしもなかった
翌日、ログインしたクルーガーは仲間と合流する。
「ようクルーガー」
「待たせたな」
やはりというべきか町行く人々の視線は二人に向けられている。クルーガーに続いてブレイズまでユニークシリーズを取ったのだから、目立つのも無理もないだろう。もっとも、二人はスキルの効果で見た目が人間でなくなってしまったので、ユニークシリーズを装備しなくても目立ってしまうのだが。
今回はブレイズのサブ装備の素材とゴールドを入手するのが目的だ。理由はクルーガーと同じで、せっかくブレイジェルそっくりの見た目になれたならばそれに準じた装備が欲しいのだという。
「ん?」
「どうした」
ふとクルーガーが噴水の広場を見渡すと、ずいぶんプレイヤーの姿が増えたように見える。
「この辺りってこんなにプレイヤーいたか?」
「それがさ、実際増えているんだよねこれが」
どうやら最近、CMや実況動画などでこのゲームが話題になり、興味を持ったゲーマーが増えてきたらしい。
「うかうかしてると、後輩にユニークシリーズを先に取られるかもな」
「それは困る」
もしかしたらまだスーパー戦隊関連のアイテムがあるかもしれないのだ。それが好きなキャラクターをモチーフにしたアイテムならば、なおさら後進に抜け駆けされるわけにはいかない。
俄然やる気になったショウ達とともに、クルーガーは今日も探索に挑むのだった。
運営ルームにて、白い髪に雪の結晶の髪飾りをした一人の女性スタッフがログインしてきた。
「ユキちゃんユキちゃん!」
「シラトリ先輩?」
その姿を見たシラトリが待っていたとばかりに声をかける。彼女……ユキはシラトリと同じチームのスタッフである。
「ユキちゃんが作ったダンジョンを攻略した人が現れたわよ!」
「え、本当ですか!?」
シラトリからの知らせにユキは驚愕する。彼女が考案したダンジョン『灼熱の地底火山』を初見攻略したプレイヤーが現れたという。しかもその人物は彼女達の間で話題になっているクルーガーの知り合いとのことだ。ただ調度その時、彼女は有給を取っていたため立ち会えなかったそうだが。
「映像あります!?」
「もちろん! ユキちゃんのためにとっておいたわよ!」
シラトリが録画しておいた映像データを中空に出すと、ブレイズが炎狼に立ち向かう姿が映る。ギリギリの状態ながらも彼は諦めずに倒し、さらにはダンジョン限定のスキルまで取得していた。
「うわあ……かっこいい……!」
【炎人】の効果で種族が変わり、イメージ通りの姿にユキは口元を押さえて歓喜する。
「こいつはまたブレイブなやつが現れたもんだな!」
そこへ一人の男性スタッフが声をかけてきた。
「キバくん」
キバと呼ばれた彼はティラノサウルスを模した赤いパーカーを羽織っており、ブレイズ達を見てニヤリ笑う。彼もシラトリのチームのメンバーだ。
「そういえばキバくん。結局例のダンジョンは完成させないの?」
「まだアップデート時期じゃないからなあ……」
キバはパネルを表示して、一層のとあるエリアを見ながら若干悔しそうにしている。そこは本来キバが作りたかったダンジョンを設置する予定だった場所なのだが、一層の容量の問題で保留されてしまっている。一応それっぽい風景にデザインされてはいるが、本格的に実装されるのはアップデート以降になるとのことだ。
「まあ現状、到達条件を満たしているやつは一人しかいないけどな」
そう呟くと画面に一人のプレイヤーが映る。
「あら? この人って……」
「クルーガーと一緒にいるプレイヤーの……」
片手剣とボウガンという、このゲーム内では珍しい装備をしたフェザーだ。運営の見解ではステータスはAGI極振り、今は反省したのかほかにも数値振っているとのことだが、ゲーム内では唯一【電光石火】を取得しているためにプレイヤー最速のAGIを持っている。
「なるほど……キバくんのお気に入りはズバリこの人ね?」
「まだ様子見だけどな」
不敵に笑うキバが表示するデザインデータ。そこに描かれていたのは銀色の剣だった。
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速度特化と未実装
フェザーはここ最近、リアルの仕事が忙しくてなかなかNWOにログインできなかった。なので今日はおよそ三日ぶりのプレイになる。
今回の目標は以前クエストで老人が教えてくれた場所の探索、今日こそは何かを発見したいと気合いを入れる。
「あ、あの……すみません!」
「ん?」
するとフェザーの背後から声がかけられ、振り返ると高校生ぐらいの少女の姿があった。
「どうしたんだい?」
「えーっと…モンスターと戦いたいんですけど、どこへ行けばいいのか分からなくて…」
「あぁ、初心者さんか」
少女は片手に初期装備の大盾を持っていたため、フェザーはすぐに彼女が初心者のプレイヤーだとわかった。しかし女の子はこういうゲームで魔法使いを選びそうなものだが、かなり扱いが難しく玄人向けの大盾とは珍しい。
「モンスターなら西へ行くと森があるから、そこなら最初のレベル上げに丁度いい。じっとしてても向こうから色々出てくると思うぞ」
取り敢えずフェザーは自身が初めたての頃に行っていた森を指差してアドバイスする。あそこならばAGIの遅いプレイヤーでも難しくないだろう。
「ありがとうございます、行ってみます!」
「がんばれ」
少女が元気に頭を下げてその方角に歩いていき、後ろ姿に向けてフェザーはひらひらと手を振る。しかし大盾装備のせいか彼女はずいぶんと足が遅い。たんに自身のAGIが高いからそう見えるだけかもしれないだろうが。
「さてと……」
しかし大して気にとめる必要もないと判断し、フェザーは改めて崖のエリアへ向かうのだった。
「ここか……」
10分もしない内に崖エリアに到着したフェザーは改めて周囲を観察する。そこは本当に見透しが悪く足元が見えないし、ほんの僅かに注意を怠ると崖の下へ真っ逆さまだ。おまけに物凄く広いので全て探索するのも時間がかかる。ここは踏み外さないように落ち着いて慎重に探索するしかない。
「よし………【跳躍】!」
まず近場の崖に向けて跳ぶ。見落としがないように念入りに調べ、何もなければ次の崖へ飛び移る。
普通なら根を上げそうな作業だが、フェザーは地道に崖を探索していくのだった。
「やはりないな……」
かれこれ探し回ること一時間、濃霧と足場のせいでなかなか進めず、崖を跳び続けてもう【跳躍】はⅩまで上がってしまったが、隠しダンジョンはおろか珍しいアイテムも目新しいモンスターも見当たらない。
一度休憩するために、フェザーは岩肌に背をもたれてため息をついていた。
もしや探索場所を間違えてしまったのだろうか。それとも条件が足りないのか?
実はこのエリアを一日で全て探索するのは本来無理なのだが、フェザーはAGIが高いおかげか普通のプレイヤーより二倍の速さでエリアを一周することができた。
そんなことを知るよしもない彼はチラリと目の前に視線を向ける。それはエリアの中で一際高い崖で、あと調べていないのはあれだけだ。最後にあそこを探索してから今日はもう帰ろう。
立ち上がり、一度伸びをしてから後ろに下がるとそのままフェザーは駆け出す。
「【跳躍】!」
助走を加えたジャンプで崖の縁にギリギリ手が届き、両手に力を込めて身体を持ち上げて登る。どうやら崖の頂上はかなり広いらしい。
「ん?」
ふと頂の中央に目を向けると、何か光っているのが見えた。一応罠がないかどうか確認してからおそるおそる近づき、光るものを手に取ってみるとそれは茶色い宝石のついたペンダントで、石の中には動物の牙がうっすらと見える。
何かのレアアイテムだろうか?
【古の琥珀】
新たな道が開かれた時、門を開く鍵。
アイテム説明を見てみるがテキストはたったこれだけで、どんな効果をもたらすのかわからない。普通のプレイヤーであればただの飾りアイテムと思っていただろうが、フェザーは違った。
「これは……」
それはキョウリュウジャーに出てきた、キョウリュウレッドの宝物である秘石のペンダントに似ていたのだ。これだけ広大なエリアで、しかも一番高い崖の上に一つだけ、さらには今までのスーパー戦隊要素を持ったダンジョン等。無関係というわけではないだろう。
(もしかしたら、ありえるのか?)
仮に自分の大好きなキョウリュウシルバーではなかったとしても、キョウリュウジャーに関係する『何か』があるのではないだろうか。
その後も再びエリアを探索するも、結局ペンダント以外になにも発見できずそれ以上の成果は得られなかった。アイテム説明には新たな道と書かれているところから推測するに、これはアップデートを待ったほうがいいかもしれない。
一応発見した場所をスクショしてから、フェザーはログアウトしたのだった。
名前:名無しの大剣使い
崖エリアの探索できたって人ー?(*・ω・)ノ
名前:名無しの魔法使い
二日かけてやっと全部周れた
名前:名無しの大盾使い
何回落ちて死んだことだろう……
俺は諦めたよ、【跳躍】持ってないし。
名前:名無しの短剣使い
なのになにもないってどういうことだゴラァ!?
名前:名無しの槍使い
時間返せ! そんで補填よこせ!
名前:名無しの弓使い
一番高い崖に三日かけて登ったのに、ただ良い眺めだっただけでござる(´;ω;`)
名前:名無しの大盾
本当になにもなかったのか?
名前:名無しの短剣使い
強いて言えば真ん中に小さなくぼみがあったくらい。
でもそれ以外はなんにもない。
名前:名無しの大剣使い
でもあれだけだだっ広いエリアでダンジョンもモンスターも出ないってのもありえないと思うんだよな……
名前:名無しの槍使い
近いうちに第一回イベントがあるらしい、その時に明かされるんじゃないか?
名前:名無しの魔法使い
気が遠くなりそうだなあ……
解説
このペンダントは【超加速】のおじいちゃんのイベントを事前にやっておかないと手に入りません。
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地獄の番犬とイベント前
「がお~! みんなお待たせ、いよいよ【NWO】第一回イベントが開催されるドラ! 開催日は一週間後、内容はポイント制のバトルロイヤル! 詳しい内容は通知に載っているからそっちを確認してね。じゃあみんな、ランキング上位を目指して頑張るドラ~!!」
このゲームのマスコットキャラ「ドラぞう」が中空に現れ、現在ログインしているプレイヤー達に元気に知らせた。
運営からのお知らせページによると、いよいよこのゲーム内初のイベントが開催されるらしい。
町の喫茶店で合流したクルーガー達もイベントに関する話題でもちきりだ。
「正直、十位圏内は無理じゃないか?」
ランキング十位に入ると記念のメダルが渡されるとのことだが、クルーガー達には自信がなかった。
イベント参加者はいずれもゲーマー業界では知らぬ者のない強豪ばかりだが、対して自分達はオンラインゲーム自体このゲームが初めてというほぼ素人同然。
一度NWO最強の呼び声高いペインが森でモンスターを屠りまくっていたのを見たことがあったが、動きから何まで人間離れしておりとても勝てる気がしない。
しかしせっかくの初イベント、なにもしないのもそれはそれでもったいない。ならばどうするべきかと悩んでいると、ふとブレイズがあることを思い付いた。
「だったらいっそ、俺達は俺達で楽しまないか?」
三人はきょとんとした表情で首を傾げる。
「どういうこと?」
ブレイズ曰く、『デカマスター』と『ウルザード』はスーパー戦隊VSシリーズで一度戦ったことがある。そして自分とクルーガーはせっかく憧れのヒーローそっくりの見た目になれたのだから、本編の再現よろしく戦ってみないかと。
つまり今回のイベントでは他のプレイヤーと戦うのではなく、クルーガーとブレイズの一騎討ちをするというわけだ。
「へ~、面白そう!」
ブレイズの提案にショウが目を輝かせる。フェザーとニードルも夢の対決を見てみたいと視線だけで訴えてくる。
「そうなるとボスの装備を持つ者として、勝たないわけにはいかんな」
クルーガーもその案に乗り気なようで不敵に笑う。
「言ったな? ウルザード装備を持つ者として、俺も負けん」
ブレイズも表情が分かりにくいが、ニヤリと笑っているのを察せられた。
早くも二人の間に火花が散り、これはいい勝負になるかもしれないと三人はワクワクするのだった。
「とはいえ、どうするべきか……」
広場の噴水に腰かけたクルーガーは、自身の取得スキルを眺めながらう~んと唸っていた。
ブレイズは炎系に特化した魔法と剣を使える。物理攻撃ならば自身に分があるだろうが、彼はMP回復スキルを多く取得しているために炎魔法をほぼ無尽蔵で放てる。
いくら食い縛りスキルの【頑強】を持っているとしても、持久戦に持ち込まれたら厄介かもしれない。
何かないだろうかとスキルに関する掲示板を見ていると、あるスキルがクルーガーの目に止まった。
「ん?」
【スラッシュブレード】
遠くに斬撃を飛ばすことができる。
使用するごとに武器の耐久値が通常より50%減る。
10分後、再使用可能。
【取得条件】
特定のクエストをクリアする。
どうやらこれは物理系スキルのようで、クルーガーでも取得できそうだ。デメリットとしては通常より耐久値が多く減るようだが、メイン装備である『ベガの神剣』には【破壊不可】があるので実質問題ない。
クエスト内容はとある剣士NPCの出す試練を三回クリアするというものだ。
「よし、行ってみるか!」
「………さて、何かないだろうか」
一方のブレイズも、クルーガーとの対決に備えてダンジョンに潜っていた。
クルーガーは魔法系スキルを使えない代わりに高い攻撃力の物理系スキルを使える。しかもその全てが常にクリティカルになるのだ、剣で戦う場合は間違いなく向こうに軍配が上がるだろう。
対するこちらは炎限定だが魔法が使えるものの、【魔法戦士】の効果でMPコストが悪いうえに炎系スキル以外は取得できない。
なので今回のブレイズは、ユニークシリーズを入手した『灼熱の地底火山』を再び探索していた。ほかにもここでしか取得できない、炎に特化した隠しスキルを取得できないか調べるためだ。
最初に入った時は継続ダメージと耐久値低下のせいでよく探索できなかったが、意外と道がいりくんでいて広い。
今回は【炎人】と【破壊不可】のおかげでHP装備ともにダメージを一切受けず、隅々まで調べることができる。
以前通った道とは別のルートを進んでいくと、ボス部屋とは違う小さなマグマ溜まりが広がる空間に出た。
「ここは………初めて見る場所だな」
本来ならばマグマ溜まりの部分はダメージ判定が入るので慎重に進むべきだろうが、【炎人】のおかげでダメージを受けないブレイズは悠々とマグマに入りながら辺りを散策していく。
「ん?」
ふと視界の端に何かを見つけた。
なんと一つのマグマ溜まりの中に宝箱が見えるのだ。
恐る恐るそのマグマ溜まりの中に入り、ブレイズは宝箱を拾いあげる。
中には巻物が入っており、どのようなスキルなのか調べてみる。
【マグマパドル】
モンスター、プレイヤーが触れると固定ダメージが入るマグマを、使用者を中心として円状に地面に薄く広げる。空中では使用出来ない。
使用者とパーティーメンバーもダメージを受ける。
使用可能回数は一日五回。持続時間は30秒。
「おお、いいなこれ!」
ブレイズは炎系ダメージを無効化できるので実質デメリットがない。これはかなり使えるスキルだと喜び早速巻物を開くのだった。
防振り二次チュートリアルその三、第一回イベント。
でもクルーガーさん達は上位は狙いません。
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