かぐや様は運命を信じたい (ティッシュの切れ端)
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かぐや様は名乗らせたい




かぐや様は脳内であたふたしているところがお可愛い。


 

 

 

 

 運命。それは人間ではどうにもならない超越的な何かによって定められたモノ。一説によると人間の幸不幸は均等になるように出来ているとか。これを運命と言わずして何と言うのであろうか。

 

 その点から言えば私、四宮かぐやという人間は四大財閥の一つである四宮家の長女として生を受け、何不自由なく育つという恵まれた人生を過ごしてきた。

 

 だから私に降りかかる不幸もすべては幸運の裏返し。私の不幸なんて大した事はない。

 信じた人に裏切られる事も、友達と遊びに行けない事も。

 …家族の愛を知らない事も。

 

 だって、私はこんなにも恵まれているのだから。

 でも本当は……。

 昔はもっと希望を持っていた筈だ。誰かが運命的に私を助けてくれて、幸せを与えてくれるのだと。

 現実は御伽噺の様に優しくは無かったけれど、何も救いがない訳ではなかった。

 中等部の頃、こんな私にも友達が出来た。私の大切な大切な……蝋燭の燈みたいに暖かく明るいあの子。

 

 だからきっと、現実にも救いはあって。もう一度だけ、少しくらいは期待してみても良いのかな。そんなふうに思えてしまう。

 

 ふふっ……なんて。こんな浮ついた考えが湧いてしまうのは、今が春だからなのかしら。

 

 

 

 

 

 桜が美しく咲き誇る出会いの季節。秀知院学園高等部の入学式から数日が経った今でも尚。私はこれからの学園生活で何かが変わるのではないかという根拠のない予感が止まらなかった。

 

 

 

 ──

 

 

 

 唯一の親友である藤原さんが、高等部で出来た新たな知り合い達に昼食へ誘われているのを見かけた私は、何だか居心地の悪さを感じて一人学園の敷地内を彷徨っていた。

 

「そうよね。藤原さんは私だけのモノじゃないのですから……他にご友人が出来ても仕方のない事なのよ。ハァ……なんで私が教室から逃げ出さねばならないのかしら。別に恥ずかしがらずに堂々としていれば……」

 

 つい口から愚痴めいた言葉が漏れ出てしまう。

 

 そして流石に浮かれすぎていたのだろうか。私が誰もいないと思っていたこの校舎裏で、誰かが身じろぎする気配に今更になって気づいた。

 

 私が振り返ると、校舎の隙間の影に座り込んでいる一人の男子生徒と目があった。

 

「あー……えっと……」

 

 男子生徒は気まずそうに目を逸らし、言い澱む。しかしながら私はそれどころではなかった。

 

(聞かれた……それも私が弱音を吐くところを)

 

 私は総資産200兆を抱え、国家の心臓たる四宮財閥の令嬢。自分の容姿には相当の自信があるし、この容姿に惹かれた男や四宮家の力を狙う男達から言い寄られた事だって何度もある。

 

 だからこそ私は決して弱みを見せてはならないと言うのに。

 

(今すぐにでも消すべきかしら……? いえ……彼も秀知院の生徒です。いくら私とて生徒一人をどうこうするには時間も手間もかかる……何よりこれは私の招いた失態。軽々しく四宮家の力に頼れば後で家から何と言われることか……。何とかしてこの場を切り抜けなければ)

 

 兎にも角にもまずは情報が必要。彼を知り己を知れば百戦危うからずとも言うことだし、相手の立場を知らなければ私が切るべきカードも見えてこない。

 

「貴方……名前は?」

 

(着崩した制服にやや明るい髪色。座っているから分かりにくいけれど、背は高そうね。あまり真面目な人ではないのかしら。雰囲気も荒ら荒らしいし、どこか投げやりな態度ね。あの目には私も見覚えがあるわ。何もかもに嫌気がさしている……そんな目つき。私に対する反応は……驚愕、そして思案。そう……まあ無理もないわ。この四宮かぐやに話しかけられて動揺しているのね? どうせどう私の弱みに付け込もうかとか考えているのでしょうけれど……残念でしたね。私はそう甘くないわよ)

 

 私がなるべく平静を装いつつ相手を観察していると、男子生徒は小さく喉を鳴らし、こちらを睨みながら口を開いた。

 

「……お前がどこの誰かなんて俺は知らないけどさ。普通は人に名前を聞くときは自分から名乗るものじゃないのか?」

 

 

 

 

 

…………はい? 

 

(聞き間違いかしら。今この男は私、四宮かぐやを知らないと言ったかしら? いえ、ブラフの可能性もありますね。それが何の意味を持つのかまでは流石にまだ分かりませんが、少なくともこの私を知らない可能性よりはあり得……)

 

「ねぇ、聞いてる? ってかまじで誰だよ……あっ、もしかして先輩……でしたか? だとしたら……その……すみません……」

 

 男子生徒のあんまりな発言に考え込んでいた私は彼の新たな発言で気がつく。彼はおそらく外部入学生なのだろう。だから私が四宮かぐやだと知らない。これなら理屈が通る。しかしそれにしても……。

 

「はぁ……貴方ね。この私の顔に見覚えはないと言うの? 外部入学生とは言え、つい先日私を見たばかりだと思うのだけれどね」

 

 そう。私は先日の入学式で新入生代表として全校生徒の前で登壇していたのだから、顔と名前を覚えていてもおかしくない筈。いえ、覚えていないなんてありえない。式の間中ずっと寝ていたとかでない限り、この完璧な美少女を見れば記憶に残るのは当然のこと。

 

「あぁ……そうか、それで見覚えが。確か名前は……四宮かぐや……だっけ?」

 

 

 

 

 

 なんだ、ちゃんと知っているじゃないの。まあ、私の美貌を鑑みれば当然のことですけれどもね。

 

「ええ、そうよ。まさか知らないとは思うけれどね、貴方に礼儀知らずと思われるのも心外だわ。きちんと名乗ります。いい? 普通なら私が直々に名を教えるなんて前世でどれだけの徳を積んだとしても得られない栄誉なのよ? せいぜい心して聞くことね」

 

「そういうのはいらんから早くしてくれ」

 

 ……もう。さっきから何なのかしらこの平民。不調法者にも程があるわ。

 

「ん゙ん……私の名は四宮かぐや。国家の心臓たる四宮家の長女にして秀知院学園高等部の一年生よ。…………ほら、私が名乗ったのだから貴方も名乗りなさい」

 

 私がそう言って男子生徒を促すと彼は小さくため息を発しながら立ち上がり、制服の汚れを雑に払った後に名乗る。

 

「俺は白銀御行。一年で、……あー、一応特待生枠の外部入学生だ」

 

 一応とは何だろうか。特待生は特待生であり、それ以上でも以下でもない。彼が外部入学生という私の推測が正解していたと言う事実はあれど、この会話からは彼がその不良っぽい見た目の割に、この秀知院というエリート育成校に相応しい学力を有していることが判明しただけだ。私には一応の意味が分からない。

 

(まあそれに、この白銀とかいう男がどれだけ優れていようとも、私がいる限り彼がトップを取ることはないのですし)

 

「……っ。なんだよ、その憐れんだ目は。言っとくけどな、俺はお前ら見たいな生まれた地位に胡座をかいたボンボン共よりも遥かに努力してきたんだ。少なくとも今出会ったばかりの他人にそこまで見下される筋合いはないと思うんだが?」

 

「あら、そう見えたのなら失礼いたしました。しかし事実として新入生代表となったのは私であり、貴方ではありません。貴方の言う努力がどれ程のものか知りませんけれど、私は生まれてこの方他者に劣った事など一度もない者ですから?」

 

 なんだか私の口がいつもより数段お喋りになっていることを薄々と自覚しながらも、つい止められずに続けてしまう。

 

「遥かに努力してきた? 本当ですか? 私、特待生枠の仕組みに関しては寡聞にしてあまり存じ上げないのですけれども、たしか特待生枠には補欠合格があるとか。そして貴方はそれで合格した。だから先程一応、と付け加えた。違います?」

 

「うぐっ…………」

 

 

 

 

 

 彼の反応がとてもお可愛くてお可愛くて、その歪んだ顔をもっと見たい、暴き出したいと心の奥底で泥々とした感情が鎌首をもたげる。

 

(あゝいけない。彼の顔が歪んでいるのに……こんなに酷い事を言ってしまっているのに……どうして口がニヤけてしまうのかしら)

 

「親の七光り、生まれが良かっただけ、それって……申し訳ありませんが、私からしたらただの負け惜しみにしか聞こえません。なぜ私達が相応の努力を重ねていると思わないのです? 確かに私は何でもやれば直ぐに上達してしまいますが……だからといって何もしていないなんて、はっきり言って侮辱です」

 

「いや、すまない……そんなつもりじゃ……」

 

「貴方だって自分の努力を馬鹿にされたら嫌な気持ちになるでしょう? そんなに顔を歪ませるくらいなのですから、プライドだって相応にあるのでしょう。ならば不用意にそのような発言はしないことね」

 

(特にこの秀知院では、ね)

 

 名家の子息子女を育てるこの学園の生徒たちには、我々は選ばれし者、人の上に立つ者。そう教え育てられた者が多い。彼らはプライドを傷つけられる事をひどく嫌う。自分より優れた者は気に入らないし、劣った者は……やっぱりこちらも気に入らない。

 

 だが何事も匙加減なのだ。本音の全てを曝け出さず、打算で仲良くする事が出来るくらいには彼らにだって分別はある。しかしそれはお互いがそう思っている時の話。

 

 喧嘩を売られれば家の誇りにかけても買わざるを得ない。そしてそうなれば関係が破綻するのは自明。私はそれが分からなかったから……今はこんなだけれど。

 

 もしこの白銀御行とかいう男が秀知院学園で平穏に生活しようと思うのならば、私のようになるべきでは無い。

 

 それはさておき。ともかくこれで、こんな性格の悪くて、愛想の悪い女と関わろうなんて思わなくなるわよね。あとはさっきの事に釘を刺して、そしたら……あっ! そうだわ! 

 

「ねぇ、貴方」

 

はい……なんでしょう……」

 

 いつのまにかズーンと項垂れている彼へたった今思いついた名案を伝える。

 

「私、貴方に興味が湧きました。だから……その……そう、この四宮かぐやが友人になってあげます。感謝するといいわ」フフーン

 

はい…………すみません……ん? え、どゆこと……?」

 

 そう、こうして私が彼の友達となってあげる。こんな校舎の隅っこで一人寂しく昼休みを過ごしているのだから喜ぶに決まっている。なによりこの四宮かぐやの人生において二人目の友人となれるのだ。そうすればあまりの喜びに先程の私の失言を忘れるかも知れない。

 

 もし忘れなくても……彼が言いふらしたりしなければそれで許してあげよう。そうすれば私は正真正銘本当の友達がもう一人出来るのだ。うふふ。藤原さんに何て紹介しようかしら。

 

 

 

 

 

 私は言いふらされる可能性を意図的に無視した。しかし、彼の発言は完全に予想外のものであった。

 

「え、いや……いいよ……別に……」

 

(まさかのお断り!? なんで!? この私が友達になってあげると言うのに! ……やっぱりちょっと意地悪しすぎたからかしら。そうよね。こんな性悪女なんてお友達になりたく無いわよね……。ハァ……もう帰りたい……早坂ぁ……どこぉ……?)

 

 先程までの気分に冷や水を浴びせられた気持ちになり、自虐的になってしまう。早く帰って近侍の早坂に甘えたくなるくらいには。

 

「ごめんなさい。いきなり変な事を言ってしまったわね。忘れて頂戴。……あと、ここに私が言っていた事は誰にも言わないこと……では失礼します」

 

 私はこれ以上恥の上塗りをする前にさっさと退散することにした。彼が呆然とこちらを眺めているが、その視線が恥ずかしくて自然と早足になる。

 

 

 

──

 

 

 

(お昼も食べ損ねてしまったし……こんな事になるなら多少気まずくても藤原さんと一緒にいるべきだったわね……)

 

「あ〜かぐやさん! も〜どこに行ってたんですかぁ。わたしすっごく探しましたよぉ」

 

 教室へと戻る途中。私の後ろからぽわぽわとした声が聞こえてきた。気落ちしていた私は振り向く気力が生まれず、そのままに答えた。

 

「藤原さん……ごめんなさいね。いきなりいなくなって。少し、そう。少しだけ用事がありまして」

 

「あれ、そうなんですかぁ。ってかぐやさん! そのお弁当、まだ食べてないんじゃ……?」

 

「えぇ、そうなのよ。どこかでついでにと思ったのですが……中々いい場所が見つからなくて」

 

「じゃあ急いで食べましょ! わたしも食べるの手伝いますから」

 

「ふふ。それは藤原さんが食べたいだけじゃないのかしら」

 

 藤原さんと会話をしながら廊下を歩いていると、いつの間にか先程までの落ち込んだ気分がどこかに消え去っていた。

 

(そうよ。別にあんな男と友達にならなくたって、私には藤原さんがいるんですもの。友達のいなさそうな誰かさんとは違ってね!)

 

 

 

──―

 

 

 

 それから教室で藤原さんと一緒にお弁当を食べた私は午後の授業に臨んだ……のだけれどもなんだか集中できなくてぼうっとし続けていた。

 

 

 

 

 

 そして気がつけばあっという間に午後の授業が終わり、いつの間にか帰宅していた私は自室で早坂の淹れた珈琲を飲みながら今日の出来事を振り返っていた。

 

(あの反抗的な目。私を四宮家の令嬢と知らない世間知らず。それに……それに!私と友人になるチャンスを棒に振るなんて!信じられないわ!なんなのかしらねあの男は……もう!)

 

 

 

 

 

 考えれば考えるほどにあの男に対する愚痴が溢れ出してくる。今までこんな事はあっただろうか……。私の誘いが断られるだなんて……あゝ、そういえば一度だけあった。私がまだ何も知らず幼かった頃。パーティ会場で出会ったあの四条の娘に絵本の誘いを断られた事があった。

 

 あの時は訳が分からなくて、でも悲しいって事だけは分かって、それから……それから……。

 

「かぐや様。先ほどから何か悩まれているご様子ですが、お加減が優れませんか?」

 

 思考の海に潜り込んでいる私の耳に近侍の早坂が心配する声が届いた。

 

「もしやわたくしのコーヒーに何か不手際が?」

 

 その言葉に慌てて否定する。

 

「いいえ、早坂。貴女の仕事はいつだって完璧よ」

 

 そう私が言うと早坂は露骨に嬉しそうな表情を顔に出しながらキョトンとしている。随分と器用だこと。

 

「何よ、早坂」

 

「いえ、かぐや様がそうやってお褒め下さるのは大変珍しいものですから。やはりお加減が……?」

 

 なんて、ひっじょーに失礼な発言をしてくるものだから昼間のあの男を思い出してまた苛々としてきてしまう。

 

「違うわよ!あのね、早坂。今日の昼休みに変な人にあったの。それで私はその人について考えていた訳」

 

「……かぐや様。その人の名前は?」

 

 一瞬にして早坂が剣呑な顔つきとなり、近侍としての然るべき役割を果たそうとしてくれる。けれども、私には何故か。そう、特にはっきりとした根拠はないのだけれど、こんなにも苛々とさせるくせに、しかしあの男は早坂が動く必要のある人物ではないとの確信があった。

 

「いいのよ、早坂。彼については私が直々に見極めますから。ほら、私はもう寝ますから貴女も下がりなさい」

 

「……?はい。畏まりました」

 

 そう言った早坂は部屋の照明を落とすと、そっと静かに部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……白銀御行……変な男ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──

 

 

 

 私はあの後一瞬で眠りについたであろうあの子を起こさないよう慎重に部屋の扉を閉め、囁くように声をかける。

 

 

 

「おやすみなさいませ、かぐや様。………ん?彼?」

 

 

 

──

 

 




誤字脱字がございましたら是非お教えください。
その他読みにくい等もありましたら。






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白銀御行はやり直したい




会長…もとい白銀くんは決める時はバシッと決める男なんです。


 

 

 

 これは四宮かぐやが足早に去った後の事である。

 

 その場に一人残された白銀御行は呆然と彼女の後ろ姿を眺めながらこう考える。

(やっべぇぇぇぇ返事間違えたぁぁぁぁぁ)

と。

 

(やらかしたやらかしたやらかしたやべぇよ。あの子四宮つってたよな。四宮って言ったらあの四大財閥の一つ……その権力は国家に匹敵するとか云うアレだろ?不興を買って消されたりするんじゃ……ってか何やってんだよ俺!なにが「いや……いいけど……別に……」だっ!それじゃ勘違いされるだろーがぁぁぁぁ!折角友達になろうって言ってくれた女の子に恥をかかせてどうするんだよ!)

 

 そう!!白銀は別にかぐやの誘いを断ろうとした訳では無かったのだ。しかし!!思春期真っ盛りの男子が四宮かぐやという絶世の美少女から満面の笑みでお友達申請をされれば、それはもう気恥ずかしくて照れまくりなのである!!その結果……

 

 

「いや……いいけど……別に……」

 

 

 という返答が出力されるのだ!!これが多感な思春期男子の精一杯!!嬉しさがキャパオーバーして逆にツンツンしてしまう男のツンデレ状態!!

「べ、別に俺はお前に興味とかねーし?」とか

「はぁ!?全然喜んでなんかないんですけど!」

的な!!

 

 これがアニメや漫画の話であればそれはテンプレ過ぎて逆に珍しいくらいにお可愛いツンデレとなるが、リアルでそれをやると、ただただ嫌っているようにしか見えない!!

 もしも会話相手がツンデレという概念を知っていれば、

「あれ?もしかして照れてるのかな?」

 と察してくれるかも知れないが、今回の相手は四宮かぐや!!当然漫画もアニメも嗜まないし、それに纏わる様々な属性やキャラ作り、概念をそもそも知らないのである!!

 

(どうするんだよ俺……この先どうやってこの学校でやっていけば……)

「くそっ!!!!この馬鹿野郎!!!!」

 

 白銀は自分の不甲斐なさに耐えかねて、手に持っていた焼きそばパンの包装を思いっきり投げる。

 しかし包装はプラである。それほどの飛距離も出ず物理法則に従ってポトンと地面へ落ち……そしてそこに新たな人影が差した。

 白銀が顔を上げるとそこにいたのは先程やらかした相手である四宮かぐや……ではなく。

 

「おやこれはまぁ、随分と荒れているねぇ」

 

(胸に輝く純金の飾緒、つまりこの人は生徒会長……)

 

この秀知院学園高等部の現生徒会長であった。

 

 「ゴミはゴミ箱にね?それからあまり品の無い言葉は秀知院の生徒としてどうかと思うよ?」

 「あっはい。すみません」

 

という軽い注意の後に生徒会長は白銀に話をする。

 

「君は……そう、特待生枠の白銀御行くんだね?」

 

「いちお……ん゙ん゙……えぇ、はい」

 

 白銀は先程のかぐやとの会話があったからか特待生枠という言葉に軽い冷や汗をかいた。そして「一応」という言葉をすんでのところで飲み込んだ。

 

「丁度良い。君に話があるんだ」

 

 そうして白銀は生徒会室に連れていかれ、そこで生徒会に入らないか?という誘いを受けた。一日に、というか昼休み中に連続して何かしらの誘いを受けた白銀は何がどうなっているんだ?と疑問に思いながらも、かぐやのお友達申請の件もあって今度の誘いにはやや前向きに検討すると政治家みたいな返答をする。

 

「そうか、では白銀くん。明日生徒会の活動で沼の清掃があってね。ボランティアもいるにはいるんだが、人手が欲しくてさ。地味な仕事かも知れないが見学に来てみてはくれないかな?」

 

「うーん……まぁそうですね。行きます」

 

「おや、僕としては君にも断られるんじゃないかと思っていたんだが」

 

生徒会長は優雅にティーカップを傾けつつ器用に驚いた表情を作る。

 

「……他にも声をかけてるんですね」

 

 白銀はちょっぴり、実は自分は何か特別な理由があって誘われたんじゃ……と思っていたので落ち込んだ。

 

「嗚呼、今年の一年は優秀な人材が多いからね。天才ピアニストに四条家の長女。そしてなにより……」

 

「四宮かぐや……」

 

 白銀の口からその名前がするりと出てくる。まあついさっき自己紹介をされたのだから当然なのだが。

 

 あれ程に強烈な邂逅は白銀の人生一五年の中で奇天烈な存在ランキングトップに堂々ランクインするに相応しいものであった。当然白銀の思考回路は先程から七割程が四宮かぐやについてで埋まっている。

 

「そう、四宮財閥のご令嬢。通称……氷のかぐや姫」

 

「氷の……かぐや姫……?」

 

 かぐやの異名を聞いた白銀は思わずオウム返ししてしまう。

 

「君も見ただろう?入学式の新入生代表挨拶」

 

「いえ、そりゃまあ見ましたけど……」

 

 生徒会長は白銀がかぐやを直接見たことがないのかと考えているようだが……それは違う。

 

 白銀がひっかかったのはそこではなく……。

 

(氷?アレが……?どちらかと言うと御伽噺から飛び出した我儘姫の方がしっくりくるんだよなぁ……)

 

 かぐやは白銀と会話している際、本人は少しお口が緩んでいると思っていたが実際にはそれはもうでろんでろんに弛んでいたのだ!!

 口元はニヤけまくり、目は爛々と輝き、生き生きと白銀をイジり倒していた!!

 

 たった一回の会話で白銀が得たかぐやのイメージは……冷たく孤高で儚い美しき姫というよりかは寧ろ、そのあり方は傲慢で高飛車なシンデレラの姉の方と言った感じであり、決してディ○ニー映画のプリンセスと言った印象では無かったのである。

 

「彼女にも何度か声をかけてみたのだが……あえなくフラれてしまってね」

 

「はぁ……そうなんですか」

 

「まあでも、君が前向きに考えてくれるなら収穫はあったかな。僕は君をかなり評価しているんだよ」

 

 生徒会長は机に乗せている腕を組むとこちらを覗き込むように身を乗り出した。

 

「君は外部入学生だろう?僕らは正直、外の世界……つまりは世間についてあまり詳しくないんだ。だから君のような人材が生徒会に入ってくれる事で、この秀知院に新しい風を運んできてくれる……僕はそう期待しているんだ」

 

 思っていたよりかなりの高評価を受けているようで白銀はなんだか気恥ずかしくなり、そしてそれが別に自分でなくても外部生である特待生なら誰でもいいと言っているも同然な事に気がつきまた落ち込んだ。

 

 

 

──

 

 

 

 次の日の朝。白銀は三軒茶屋からせっせとママチャリを漕いで登校し、少し汗に滲んだシャツが体に張り付く不快感に身を震わせながら駐輪場へと向かっていた。

 

「あれって……」「えっ誰か待っているのかな……」

「……か……やしゃま……今日もお美しぃ……」

「エリ……しっかり……しなさ……」

「……ぐや様……マジで……やる……もり?……マジカ」

 

「……ん?」

 

 ふと見ると、駐輪場の辺りがざわざわと騒がしい。人だかりは皆一点を見つめているようだ。人混みをかき分けながら自転車と共に進むと、駐輪場の隅っこで腕時計を眺めている少女が立っていた。

 その少女は烏の濡羽の如き髪をしており、瞳はルビーのように紅く、そしてその凛とした佇まいは彼女が只者ではない事を確信させるような……

 

「おはよう御座います。白銀さん」

 

…………そう、つまりは四宮かぐやである。

 

「げっ……四宮かぐや……」

 

「げっ……とはなんですか。まったくこの不調法者」

 

 どうやらかぐやは朝っぱらからフルスロットルのご様子である。白銀は頬が引き攣るような感覚を覚えながら、しかしここはかなりの生徒から注目を浴びている状況で、その上自分は生徒会にスカウトを受けている身。ここで問題を起こせば具体的にどうなるかは分からずとも不味い事になる事は分かっていた。故に穏当に、爽やかに対応することを決めた。

 

「ぇと……あーいや、なんでもないよ。四宮さん。待っていてくれたんだね。驚いたよ」

 

(決まった。圭ちゃんが読んでいた少女漫画にはこんな感じの爽やかイケメン系のキャラが沢山いたからな。これは上手くいったんじゃないか?)

 

 白銀のイケメン像はだいぶ範囲が狭かった。そしてそれに対する四宮かぐやの反応は……!!

 

 

「……………………はぁ?脳に花湧いてるのかしら」

 

 

 

──

 

 

 

 昼休みになった白銀はほぼ駆け足で生徒会室に向かっていた。今日半日、白銀はクラスメイトから向けられる好奇の視線に耐えて耐え抜き、しかしあまりの居た堪れなさにどこかへと逃げ出したかったのだ。そしてその時に思い出したのが生徒会長の言葉。

 

「ここは僕の方針でいつでも鍵を開けているのさ。生徒会が生徒の相談をいつでも受けられるように……ね」

 

 今の白銀は校内に居場所があまり無かった。唯一たった一人で落ち着けていた校舎裏の場所は……しかし昨日二人に声をかけられた場所であるが故に、実はそんなに秘密のスポットって訳でも無かったんだな……と選択肢から外れたのだった。

 そうなると後はもう生徒会長の言葉を信じてあの生徒会室という駆け込み寺へと逃げるしかなかった。

 

「本当に開いてた……よかった……失礼します」

 

「おや、白銀くん。清掃活動は放課後だよ」

 

 扉を開いて中に入り込んだ白銀に声をかけてくる生徒会長。彼は書類と睨めっこをしながらも器用に箸を使い弁当を食べている。

 

「行儀が悪いのは見逃して欲しいな。生徒会長ってのは結構大変な役職でね。こうして少しでも仕事をこなさないと溜まる一方なんだ」

 

「あっいえ、俺がお邪魔してる立場ですし別に……」

 

「そうかい?で、白銀くんがここに来たのはやっぱり朝のアレ……かな?」

 

 やはり生徒会長もあの騒動の事は聞いていたようだ。いや、もしかしたら白銀が気付いてなかっただけであの場にいたのかも知れない。

 

「いやぁ驚いたよ。まさか君が氷のかぐや姫とお知り合いだったなんて。言ってくれてもよかったんじゃないかな?」

 

 白銀を見てそう云う生徒会長はケラケラと笑っているようで、その実目だけが笑っていない。唐突に噴き出た威圧感に白銀は怯みながら答える。

 

「いやなんと言うべきか……昨日生徒会長に声掛けられる前に彼女が話しかけてきたんですよ」

 

「へぇー……それはそれは……凄く興味深いね」

 

 いつの間にか生徒会長は書類との睨めっこをやめ、弁当を食べる手も止めて白銀に集中していた。

 

「氷のかぐや姫って異名は伊達じゃなくてね、彼女はただ一人の友人を除いて誰とも関わりを持とうとしないってのはこの学園じゃ有名な話なのさ」

 

「えっ……そうなんですか?」

 

「僕としては逆に君は彼女をどう思ったのかこそ知りたいね」

 

 生徒会長は来客用であろう昨日も使ったティーセットで紅茶を淹れると長椅子に腰掛ける。完全に今から長話をする雰囲気だ。

 

「ティーバッグでもいいかな?」

 

「あっはい……いただきます」

 

 

 

──

 

 

 

「それで、どうしたって君はあの氷のかぐや姫に声をかけられたのかな?」

 

「それは……」

 

 温かい紅茶を飲み一息ついたところで生徒会長が切り出す。その自然な流れにつられて白銀はことのあらましを伝えようとする。

 

「それは?」

 

「え──ーっと……」

 

伝えようと……

 

「何か言いにくいことがあるのかい?」

 

「あっ……その……特に何も……」

 

伝え……

 

「ではほら、語りたまえ」

 

「あはは……何と言ったらいいのか迷ってしまって」

 

伝え……ない!!

 

(あっぶねぇ!!そういえば四宮さんにあの場で呟いてた独り言について他言するなって言われてたわ!!うっかり喋っちまう所だった!!ってかこの生徒会長サラッと誘導してたよな!?怖っ!?)

 

一向に話し始めたがらない白銀の様子を暫く観察していた生徒会長はふぅ、と息を吐くとそのままカップで唇を濡らす。

 

「ふむ……その様子だと何か口止めされているようだね。しかし僕にはその内容までは解らない……。そして君もそれを話すつもりは無い。そうだね?」

 

「……すいません。でも!」

 

 急に声を荒げて立ち上がった白銀に生徒会長は驚いた顔をする。それは昨日見せた作った顔ではなく……本心からの驚きのようであった。

 

「俺は……自分の勝手な都合で誰かを傷付けることは出来ませんし、約束を破るような不誠実も……やはり出来ないです。したくない」

 

「もしそれで白銀くん。君が不都合を被るとしてもかい?」

 

 生徒会長は興味深そうに白銀の表情を観察する。

 

「当たり前ですよ」

 

「君が庇っている四宮かぐやが正直……良い人とは言い難く、性格に難が有ると知っても?」

 

「っ!!馬鹿にすんな!!」

 

 白銀は自分が過剰に反応し過ぎている事や、生徒会長に対する礼を忘れている事にも気がついていて……そして敢えて無視した。

 

「確かにあいつはちょっと……いやかなり口が悪いしこっちをあからさまに見下してくるし毒舌だしなんか怖いしあと口が悪いけど…………」

 

「けど?」

 

「それでも!!学園の代表者である生徒会長の貴方が生徒をそんな風に言うなんて!!それに、貴方は四宮かぐやの何を知っているんですか!!」

 

 白銀のヒートアップは止まるところを知らず、もはやその声は生徒会室どころか廊下にまで響き渡る声量に突入している。

 

 しかしその怒気を一身に向けられている生徒会長は飄々としており、寧ろどこか楽しそうですらあった。

 

「そういう君こそ四宮かぐやの何を知っているんだろうねぇ」

 

「それは!!…………それは………………」

 

「ククッ……フハハ……ハーッハッハッハ!!」

 

 まるで悪役のような笑い声を出した生徒会長は……まあ今の台詞はまさに悪役のそれそのものであったのだが……その笑い声と共に彼の醸し出していた突き刺すような威圧感が消え失せ、またミステリアスなそれに戻った。

 

「アハハハハッ……いやー白銀くん。ごめんね?少し君を試していたんだが……フッ……いやはや。……君は結構な……フフッ……熱血少年だな……」

「…………へ?」

 

「クククッ……いやっ……ククッ……なにっ……」

 

 未だに笑いのツボから抜け出せないのか時々吹き出している生徒会長は立ち上がり深呼吸をしてから言葉を続ける。

 

「ふぅ。……良いかい白銀くん。この学園の生徒はそれこそ名だたる名家富豪の子息ばかりだ。彼らが生徒会に持ち込む相談事は、時にこの秀知院全体を巻き込む厄介事なこともある。この学園の持つ特別性。莫大な予算やコネ……解るかい?彼らの弱みや秘密を知る僕ら生徒会役員はその権限を悪用すれば相当なコトが出来てしまう」

 

「……成程」

 

「ふむ……。頭の回転も速いようだね。そうだ。つまり我々生徒会役員には口の堅さや誠実さ、言ってしまえば義理堅さが求められる。役員としての能力とは別に、ね」

 

 コツコツと音を立てて生徒会室を歩き回り、順序立てて説明する様はまさに探偵といったようで、生徒会長のミステリアスな雰囲気も相まってまるで推理小説の中に入り込んでしまったかのような感覚を白銀に抱かせた。

 

「実は昨日君に声をかける前にかぐやくんが君と話をしているのは遠目で見ていたのさ」

 

「んなっ!?」 

 

「ああ、安心したまえ。別に会話の内容は聞いていないよ。ただ、それで丁度いいと思ったわけだね」

 

「……俺の人間性を試すのに、ですか」

 

 白銀は肩の力が抜けて、ドッと疲れた気がした。いや、実際にさっきの大声で相当なカロリーを消費したのだから実際に疲れているのだろう。

 

「そう。そして君は合格も合格。素晴らしい人間性を見せてくれた。正直今すぐにでも生徒会に入ってほしいくらいなんだが……そこは君の自由意志に任せると決めたからね。返事を聞くのは放課後の活動を見てもらってからにしようかな」

 

 生徒会長はケラケラと笑いながら荷物を纏める。

 

「さて、僕はもう教室に戻らせてもらうよ。白銀くんも午後の授業に遅刻しないようにしてくれよ?」

 そう言って生徒会長はご機嫌なままに生徒会室を出て行った。

 

 一人生徒会室に残された白銀は持参してきた弁当を取り出すと、黙々と昼飯を食べ始め、ふと呟く。 

 

「学校……やっぱ入るとこ間違えたかも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──

  

 

 

 生徒会室に白銀を残し廊下に出た生徒会長は、開いた扉の反対側に人の気配を感じ目線だけをやる。

 隠れきれずにはみ出している艶やかな漆黒を見つけると、彼はまた先程のようにケラケラと笑いながら教室へと歩いていった。

 

 

 

──

 

 

 






前生徒会長のキャラも口調もわかんないっピ。
会長…もとい白銀くんのキャラと口調もやっぱわかんないッピ。

まあでも彼の軸というか、本質はずっと同じだと思うんですよね。
そこがブレないように気をつけたいですね。


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かぐや様は決意したい




早坂と藤原はかぐや様にとってとても大事な人。


 

 

「おはようございます。かぐや様」

 

 私は今日も早坂の声で目を覚ます。彼女が手際よく私の支度をしている間、いつもなら一日の予定について考えるのだが……今日は違う。いえ、少し違う。

 

 私が考えているのはそう、あの男、つまり白銀御行について。あの不遜で不敬な男はこの私の誘いを袖にした仇敵。四宮かぐやを敵に回すということがどんな意味を持つのか……それを思い知らせてやるのだ。

 

 

 

──

 

 

 

「四宮!!俺が間違っていた!!どうかこの俺とお友達になってくれ!!」ドゲザ

「あらあらまあまあ……昨日はあんなにこっぴどく断っておいて……今更掌返しですか?」

「すまん!!四宮があんまりにも素敵すぎて……俺には相応しくないと思ってしまったんだ!!」

「まぁ……平民の割には弁えているじゃないですか……仕方がありませんね。そこまで言うのでしたら私達、お友達になりましょう?」

「おぉ!!神か!!いや!!女神か!!」

  

 

 

──

 

 

 

「ふふ……どうやって言わせようかしら……」

 

彼が土下座して私に懇願してくる様を想像するだけで笑みが溢れる。

 

「あのーかぐや様……先程からされているその妄想は一体なんなのですか?」

 

「ひゃ!ちょっと早坂!急に声掛けないでよもう!」

 

 あゝ……早坂が驚かせるから折角纏まりそうだったプランが吹き飛んじゃったじゃない。何だったかしら?えーと……

 

「かぐや様。わたくしは先程からもう支度は終わりましたよ、と声を掛けていたのですが」

 

 そう言って早坂はあからさまに私ウンザリしてますって顔をして溜息を吐く。なによ、こっちは今忙しいってのに……。あっ!そうだ!

 

「ねぇ早坂。ちょっといいかしら」

 

「はいなんでしょうかぐや様。……早く出ないと遅刻しますよ?」

 

「ちょっとでいいのよ」

 

 そう。早坂のせいでプランを立てられなかったのだから、彼女にも考えさせればいいのよ。早坂ってばこういうの得意そうですし?一人で考えるよりも二人でやった方が効率的だわ。私って何て頭がいいのかしら。あゝ……才能が怖いわ。

 

「…………かぐや様、今何と?」

 

「もう!さっきから言っているでしょ?その男に私と友達になってほしいって懇願させたいのよ」

 

「えぇー……自分から言うのは……ああはい。ダメなんですね…………」

 

 早坂ってば今日に限って理解が悪いわね。いつもだったら私が何かしてほしいと思った時には仕事を終えているのが彼女なのに。

 

「ならかぐや様。こういったものはどうでしょう」

 

「あら、もう思いついたの?早いわね」

 

「ええ。要するにかぐや様はその男性が気にな……」

 

「違うわ!彼が私と友達になりたいと思っているのに素直にそう言えないから勇気を出せるように少し手を貸すだけなの!」

 

 何だか早坂は勘違いしてしまっているみたいね。

 はぁ……何でもそうやって色恋に結び付けたがるんだから……こんなんで将来やっていけるのでしょうかね。

 

「いえ、それが気になっていると……」

 

「ちーがーうーわ!!」

 

「でも友達になりたいのはかぐや様の方じゃ……」

 

「違うったら違うの!!!!」

 

 あーもういいです!あーもう結構です!

 分かりました。この件について早坂の助力は必要ありません。ふんだ。

 私がやるべき事は単純なのよ。要はあの男が私と友達になりたいと思えるメリットを提示してあげればいいのです。

 

 そう!例えばこの私とお友達になれるとか。あとはこの私とお話ができるとか。この私と一緒にお昼を食べられるとか。

 藤原さんだっていつも私とお話しできて幸せと仰っていますし、これは間違いないわね。

 

 つまり!藤原さんが楽しいと仰っていた事をあの男ともやればいいのでしょう?メールをしたり、夜寝る前にお電話をしたり。それからそれから!お、お泊まり会とか…………

 

 ………………それは、駄目ね。破廉恥だわ。男女で一つ屋根の下で一晩過ごすだなんてそんな……そんな……

 ああでもあの男がどうしてもしたいと言うなら……どうしましょう。

 

「……まあちょっとくらいは、アリ?」 

 

「かぐや様、ナシです。それ完全アウトです」

 

「早坂!?……私今の、声に出てた?」

 

「えぇ。そりゃもう。ばっちりと」

 

 嘘!?もしかして最近の私……口緩い?いけないわ四宮かぐや……この体たらくではまたいつ外で失言するか分かったものじゃないわ。気をつけるのよ!私!

 

「えっとそれで……どこからかしら?」

 

「あーもういいです!のとこからです」

 

「最初っからじゃないの!!」

 

 全く……早坂も早坂よ。どうして止めてくれなかったのかしら。主人が外で恥をかいてもいいって言うの?貴女がしっかりしてないと困るじゃない。私が。

 

「というかかぐや様。それは友達というより彼氏としたい事なのでは?」

 

「かっ……かれっ!?ちっ……違います。全部藤原さんとしている事です。つまりこれは普通の、一般的な友人との付き合いです」

 

「あー、もうほら、かぐや様。遅刻してしまうので早く行きましょう。そのプランとやらは車で考えましょうよ。ね?」

 

「……貴女も考えるんだからね?」

 

「はいはい、畏まりました」

 

 

 

──

 

 

 

 まあ……それで、登校中の短い時間であの子が精一杯考えた結果が……朝の『アレ』な訳だけど……。

 はぁ……どうしてああなっちゃうのかなぁ。ほんと、どうして?ちょっと前まではあんな子じゃなかったのに……。

 しかも問題はその後!なんですか「脳に花湧いてるのかしら」って。それ挨拶を返してくれた相手に言うセリフじゃないでしょホントもー……

 

(…………まあ、あの子がまた自分から友達を作りたいって思えるようになったのはいいコト……だよね?

あの様子じゃなんとも言えないけどねー…………)

 

 

 

──

 

 

 

 私四宮かぐやは今、怒っている。そう、怒っているのだ。何に対してかは……簡単。あの男の事!!

 何よ、私が折角甲斐甲斐しく挨拶をしてあげたと言うのに。あんな、猫被って良い子ちゃんぶって。

 ふん。今更私にそんな取り繕いが通用すると思ってるのかしらね。別に昨日の素のままでいれば良いじゃないの。あの態度は不遜で不敬ですけど……私は嫌とは言っていないのに……。

 

 

 でもなんであの男は壁を作ろうとするのかしらね……?

 

(もしかして……や、やっぱり私の事嫌いだから!?本当は嫌われてて、私……ウザがられてた!?)

 

 で、でも!藤原さんはああやって挨拶したら喜んでくれますし……だから間違っていないと思ったのだけれど……。

 

(本当……友達って難しいのね……)

 

 私には友達と言える人は藤原さんしかいなくて。今までは他に友達なんて要らないと、彼女さえ私の隣にいてくれればそれでいいと……思っていたのだけれど。

 

 人は欲深い生き物だ。一度その蜜の甘さを覚えれば、際限なく求めるケモノ。だからきっと、彼女が与えてくれる安らぎと温もりだけでは……私は物足りないと思ってしまっているのかも知れない。

  

 

 

 ねぇ。

 もっと⬛︎を見⬛︎。

 もっと⬛︎⬛︎⬛︎解⬛︎⬛︎。

 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。

 

 

 

 なんと罪深く、悍ましいのだろう。

 

 

 

 この感情は何と呼べば良いのかしら。辞書をひいたら載っている?それとも心理学の本を読めば良いのかしら?解らない。解らないから知りたい。私はいったいどうすれば……

 

「…………!!……っ!」

 

 思考の迷路を彷徨っていた私の耳に聞き覚えのある声が届く。

 この声は……白銀御行?でもどうして彼の声が生徒会室から……?少し、そう。少しだけ……何の話をしているのか聞くだけ。これは盗み聞きでは……。

 

「俺は……自分の勝手な都合で誰かを傷付けることは出来ませんし、約束を破るような不誠実も……やはり出来ないです。したくない」

 

 ふぅん……?まあ、口だけではいくらでも言えますからね……。

 

「もしそれで白銀くん。君が不都合を被るとしてもかい?」

 

「当たり前ですよ」

 

「君が庇っている四宮かぐやが正直……良い人とは言い難く、性格に難が有ると知っても?」

 

 ……あれ?なんだか話の流れが……良くない方向よね?これ……私これ聞いて良いのかしら……?なんだかこのまま先を聞いたら元に戻れなくなるような気が……。

 

「っ!!馬鹿にすんな!!」

 

(はれぇ?)

 

「確かにあいつはちょっと……いやかなり口が悪いしこっちをあからさまに見下してくるし毒舌だしなんか怖いしあと口が悪いけど…………」

 

(むぅ……ふんだ!)

 

「貴方は四宮かぐやの何を知っているんですか!!」

 

(はれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?)

 

 そう!!白銀御行が生徒会長相手に啖呵を切っていたその時、四宮かぐやは一体何処で何をしていたのか。

 その答えは…………

 

 

 

 ドッドッドッドッドッドッドッ

(はれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?)

 

 

 

 …………………………これである。

 

 

 

(な、ななななな、な……なぁっ!あ、あの男……私の事嫌っていたのではないわ。むしろ逆!この私のことが好きだったなんて!)※不正解

 

(なるほど、なるほど。つまりあの男は私と友達ではなく彼氏彼女の関係になりたいと)※違う

 

(だから私の誘いを断ったと!なぁんだ!そう言う事だったのね……うふふ)※そう言う事ではない

 

 あの男……そうだったのね……。でも困ったわ……私はあくまで友人としてなら相手をしてあげると言うだけで、そこまでの関係になる事は許可してないわ。別に恋愛感情とかもありませんし、ただの友情……いえ、親愛……?うーんどれも少し違いますが、兎に角。流石にこれは土下座されたとしても受け入れられないわね。可哀想ですけど……ごめんなさいね。

 

 

 

白銀は本人の知らないところでフラれた。

 

 

 

 ……はぁ。それにしても顔が熱いわ。あの男が変な事を言ったせいね。全く。こっちまで恥ずかしいわ。    

 それに鼓動もうるさいし……なんか……なにかしらこの……この、感情。

 はぁ……後で藤原さんに聞いてみましょうかね……

 

 

 

──

 

 

 

「あ!かぐやさ〜ん!」

 

「あら、藤原さん。丁度いいところに」

 

 あの後、さっきから続いている謎の動悸とこの溢れる感情について藤原さんに聞こうと思っていたら、丁度よく向こうから来てくれた。手間が省けましたね。じっくり話せるのは今を逃すと放課後になってしまいますから。私はとにかく、この感情を一刻も早く処理をしたかった。

 

「あれ、かぐやさん顔赤いですよ?もしかして!具合悪いんですかっ!大変!すぐ保健室行かなきゃ!」

 

「い、いえ、違うの、藤原さん。この事についても併せてお話がありまして……」

 

「え、そうなんですかぁ?じゃあ中庭のベンチで聞きましょう!」

 

「で!で!かぐやさんの相談ってなんですかっ!」

 

「その……これは私の……わ、私の……そう、友達の話なのですが」

 

「えっわたしですか!?」

 

「あっいえその、藤原さん以外の……友達です」

 

「か、かぐやさんに……わたし以外の……友達……?」ウルウル

 

「………………あー……これは私の話よ」

 

 ……そうだった。恥ずかしいから友達の話と言ったけれど、私の友達と言えば藤原さんなのですからその藤原さんが相談相手ではこの手は使えないじゃない!もう、どうして気が付かなかったの!?

 

「でっすよねぇ〜!まあその入り方だと自分の話の事だって宣言してるような物ですしぃ〜笑」

 

「藤原さん……分かっててやったのね……?」

 

「えへぇ〜かぐやさんかっわい〜」

 

「もぅ……仕方ないですね……」

 

 こっこの子っ!!ほんっとこういうところありますよね!まあそこも可愛いですから……?許しますけど。

 

「で!で!」

 

「えぇ、その、私最近おかしいの」

 

「えぇ!?おかしいってやっぱりどこか悪いんですか!?」

 

「いえ。そうではなくて。なんというか時折心臓の鼓動が激しくなったり、顔が熱くなったり……ぼーっとしてしまったり」

 

「かぐやさん…………それって」

 

 藤原さんは何か分かったみたいね。流石だわ。相談して正解だったわね。

 

「それって不整脈って奴ですよ!!」

 

「やっぱりそうなのね……私も薄々そうなのではないかと……」

 

「って違いますよ!!かぐやさん何でわたしのボケに乗っちゃうんですか!?」

 

「へ?ボケ…………?」

 

 ……不整脈じゃないの?あれ?

 

「かぐやさん。良いですか。落ち着いて聞いてください」

 

「私はいつも冷静よ」

 

「まあそうなんですけど〜。何と言いますか。かぐやさん、その症状に異性は関係ありますか?」

 

 異性……そう言われて思い浮かぶのはあの男くらいだ。あゝほら。顔を思い出しただけですぐ苛々してきたわ。だってこんなに顔が熱いし鼓動が激しいのだもの。これは怒りの感情ね。

 

「そうね、あの男の事を思うと苛々してくるのよ」

 

「へ?イライラ……ですか?かぐやさんが?」

 

「そうなの。胸が激しく鼓動するし、顔は沸騰しそうな程熱くなって……もう倒れそうなほど苛々するのよ」

 

「…………えっと、あー…………かぐやさん?」

 

 藤原さんは何故か戦場で死を覚悟した兵士のような顔で私の肩に両手を置く。

 

「すぅ……はぁ……よし!かぐやさん。それはですね、イライラじゃないんです」

 

「嘘おっしゃい。こんなに胸が苦しくて辛いのですから、こう、凄く変な感じなの!だからこれは怒りの感情に由来する物。そうでしょう?」

 

「えーあーうーんと、あのですね、つまり、その感情の正体はですね……きっと……恋……なんですよ」

 

 

 

──

 

 

 

 こい?

 コイ…………濃い?鯉?故意?

 まさか……………………恋?

 

 私が?恋される事はあっても恋する事はないと豪語するこの私が?あり得ないわ。私は四宮かぐや。あんな低俗な男に惚れるだなんてそんな。

 

でも彼ともっとお話がしたいわ。

 

 第一、まだ昨日出会ったばかりの人間で!私に相応しいかどうかだって分からないのに!

 

それはこれから知っていけば良いじゃない。

 

 あの男は私に嘘をついたわ。そんな人間信じられるものですか。

 

嘘なんかじゃないわよ。きっと照れていただけ。

 

 第一、恋愛は好きになった方が負けとも言います。私は望んで敗者になんかなりたくありません。

 

彼から告白させればいいじゃない。

 

 あっ、それよ。それは名案ね。ってまだ私は認めてませんけどね。

 

もう分かってるのでしょ?私達は、彼が好き。

 

 仮にそうだとして。私は可愛くなんかないし、それに!こんな性悪を好きになる人なんて居ないわ。

 

でもあんなに大きな声で私達への愛を叫んでいたわ!

 

 ……あれはそんなんじゃ有りませんよ。

 

それに、藤原さんは私達の事を可愛いと言ってくれるじゃない。かぐやさん大好きーって。

 

 それは!……あの子が私の友人だからで、でもあの男は赤の他人です。

 

じゃあ他人じゃなきゃ良いんでしょ?彼とも友達になれば良いじゃない。

 

 でも!……でも!断られたわ!私悲しかった!もうあんな思いをするのは嫌よ!

 

彼に私達を見て欲しいんでしょ?私達を理解して欲しいんでしょ?それに彼に…………解かるのよ?私は貴女なんだから。

 

 …………じゃあどうすれば良いのよ。

 

解らないなら訊けば良いじゃない。ほら、私達はもう一人じゃないの。お友達に訊けばいいわ。

 

 …………そうね。知らないなら知っている人に訊くのは基本よね。

 

じゃあ頑張ろう?少しだけ素直になって?大丈夫よ。藤原さんは私達の事を解ってくれたじゃないの。

 

「で!かぐやさん!相手は!相手は!?」

 

「……ヒミツデス

 

「えぇ〜良いじゃないですかぁ〜ねぇ〜教えてぇ〜かぐやさ〜ん」

 

「ダメです!教えません!」

 

「ぶぇぇぇぇなんでですかあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙(泣)」

 

あーあ。泣かせちゃった。良いじゃない、教えても。

 

 あのねぇ、教えるわけないでしょう?だってこの子教えたら会いに行くでしょう?どんな人か気になるとか何とか言って。

 

それはそうね。

 

 そしてその持ち前の明るさですぐに友達になって、そのいやらしい身体であの男を誘惑するつもりなんだわ……

 見なさい早坂。卑しい女よ…………。

 こんなのメスよメス。男に群がるケモノ其の物なんだわ。

 

そうかなぁ?そうかも……。

 

((あゝなんて悍ましいのかしら))

 

「誰でもいいでしょ!とにかく!私はどうするべきなんでしょうって話をしたいの!」

 

「ぶぇぇぇぇ…………え?そりゃ簡単ですよぉ〜」

 

「へぇ……どうするの?」

 

「アレを〜こうして〜それから〜で〜」

 

 

 

──

 

 

 

 ……なるほど。完全に理解しました。流石は藤原さんですね。ラブ探偵なんて卦体な異名を自称するだけはあります。

 

「いいですか?かぐやさん。好きになったならやる事は一つです。相手にアタックあるのみなんです」

 

「で、でも……嫌がられないでしょうか……?」

 

「かぐやさんに想われて嫌がる男がこの世のどこにいるんですかっ!わたしが代わって欲しいくらいですよ!」

 

「もう……揶揄わないで頂戴」

 

 相手に異性として意識させる。距離を詰める。でもその前に……

 

「でもかぐやさん。その前にお相手の方とは親しいのですか?」

 

「え、えぇ。二度も会話をしたわ」

 

「えぇ!?それじゃただの知り合いですよぉ〜。コホン!まずはお友達からって言います。かぐやさんはそこを目指すべきですね」

 

「そう……お友達……。有難うね藤原さん。私、頑張ってみるわ」

 

 あの男とお友達になる!やるわ、私。出来る。大丈夫よ、四宮かぐや。藤原さんが考えてくれたのだもの。きっと上手くいくわ。

 

「で!かぐやさん!相手は!相手は!?」

 

 さて、そうするとまず彼が放課後に何をするのか調べなければいけないわね……。どうしましょう。早坂に調べさせても良いのですが……。折角ですし、直接訊いてみましょうかしら。

 

「あれ?かぐやさ〜ん?お相手はぁ〜?」

 

 ふふ……そうと決まれば後で彼の教室に行ってみましょうかしら。私が逢いに行ったらあの男はどう思うかしらね。驚く?そうね、きっと驚くわ。喜ぶ?そうね、そうだったら……嬉しいわ。でも、もし嫌がられたら私、泣いちゃうかも知れないわね。

 そうしたら早坂は凄く怒るでしょうね。藤原さんも私の為に怒ってくれるかしら。ふふ……怒った時の早坂は怖いわよ?その時あの男がどうなってしまうのか私、解らないわ。

 

「かぐやさん!わたし、応援してますよぉ〜!」

 

 だから、ねぇ……白銀さん。どうか私を泣かせないで頂戴ね?

 

 

 

 

 

──

 

 

 

「ひゃー!!びっくりしましたよー。まさかまさかの…!!あのかぐやさんが……恋かぁー!どんな人なのかなぁ?まあでも、かぐやさんが好きになった人なんだから、良い人に決まってますよねっ!」

 

 

 

──

 

 






ボケてる藤原も可愛いけど、個人的には恋バナをしている時の藤原が好きです。


ところで空白ってこんなに沢山使って良いのでしょうか。見やすいとは思うのですが、書くのが遅くなっちゃうんですよねぇ…。




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かぐや様は友達になりたい




かぐや様は叫んでいる時もお可愛い。


 

 

 生徒会室での一幕の後、白銀は朝から続く好奇の視線に晒されながらも教室へ戻り午後の授業を受けていた。

 

(んなぁぁぁぁどうして俺はあんな恥ずかしい事をぉぉぉぉぉやっちまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ) 

 

 そして、後悔で死にそうになっていた!

 

(はぁ……今朝の件で学校中の生徒からジロジロ見られているし、別の意味で居心地が悪い)

 

 白銀の耳に入る女子達のヒソヒソ話。男子達の怨念の篭った視線。思春期の男子にとってこれは辛い。

 

 

 それも、秀知院に友人がいない白銀にとってはなおさらである。だが、彼は腐っても特待性枠。奨学金を含めた各種援助を受ける為にはそれなりの成績を維持し続ける必要がある。

 

 天才秀才がゴロゴロといるこの秀知院学園でそれなりの成績を維持するには、相当の努力を重ねる必要がある。

 よって、白銀は何だかんだと言いながらも真面目に授業に取り組んでいたのである。

 

 しかし、この話の焦点はここではない。白銀に降りかかる災難はここがピークではないのだ。

 

 そんな事は一切知らない白銀は意識を放課後の生徒会活動の見学に寄せていた。

 

(確か空いている役職は庶務だったっけ。雑用とかやらされるのかな……バイトとの両立が出来るのか心配だ。あんまり帰るのが遅くなって圭ちゃんを心配

させたくもないし……)

 

 家庭を支える長男として、兄として、わりと立派な思考をしていた白銀へ、更なる災難が降りかかる!

 

「……さん。ちょっと、無視しないで下さる?」

 

 ハイレベルな授業について行く為に多大な集中力を使用した白銀は休み時間になると大抵、机に突っ伏して英気を養うのが入学以来の習慣なのだが、その白銀に声を掛ける者は居なかった。

 

 ……今までは。

 

「起きています?聞いてますよね?解っていますよ?私、耳がいいんです。呼吸が寝息とは違いますもの」

 

 白銀は聞き覚えのある声にばっと顔を上げる。そこにいたのはそう、四宮かぐやである。

 

 朝に続いてのアポなしでの押しかけ!

 

 困惑するクラスメイト!

 謎の腹痛が止まらない白銀!

 今にも泣き出しそうな四宮かぐや!

 

 動けばヤられる……そんな緊張感が教室中を包む中、最初に動いたのはかぐや。

 

「ほら、起きてた。白銀さん。あんまり私に意地悪しないで下さい。…………泣きますよ?」

 

 女の涙。それは古今東西の男達にとって何よりも恐ろしい天敵。これ一つであらゆる論理は吹き飛ばされ泣かせた男が悪いという結果のみが残る!

 その破壊力は絶大。しかも相手は四宮かぐや。もしこの教室でその暴力が解放されたならば……

 

(骨すら残らんかもしれん…………っ!!)

 

 白銀に残された猶予はあまりない。既に一部の女子生徒達はかぐやの潤んだ瞳に気がついている。男子サイテーという致死性の言葉すら聞こえてきそうな空気である。

 

「し、四宮さん……。何か用かな?」

 

 取り敢えずは無難に要件を聞くことにした白銀。先ほどの危険なセリフは聞かなかったことにした。

 

 それを聞いたかぐやの反応はというと。

 

「な……なんで、嘘つくんですか?」

 

 目が潤んで今にも溢れ出しそうな程に涙で一杯になっていた。

 白銀には今の発言でなぜ泣かれるのかが分からなかった。しかしそれも当然だろう。一体何をどうしたら礼儀正しい口調がかぐやの地雷だと思えるのか。

 出会って二日目の人間を相手にそれほど深く理解できるほど、白銀の観察眼は優れていなかった。

 目を見たところで精々5〜6%しか分からない。つまり、ほとんど分かっていない。

 

「えっ……あぁと、その、なんかすまん……」

 

 そして、追い詰められた男が最後に取る手段。それは謝罪という名の降伏宣言。白銀にとって、とりあえず謝ることで高校生活どころか人生が終了する可能性から逃れられるのならば躊躇う必要などなかった。

 

「ぐす……こっちに来てください」

「え、ちょま、うぉっ!?力つよっ!?」

 

 そう言ってかぐやは白銀を立たせるとその手をとって廊下へと走り出す。

 かぐやの持つ齢十五の乙女とは思えないほどの腕力で引っ張られた白銀は転ばないように必死に足を動かした。

 

 

 

──

 

 

 

 かぐやの意外な腕力に引かれた白銀が辿り着いたのは、屋上へと続く階段の踊り場であった。この秀知院学園の屋上は普段解放されておらず、この扉を開ける為には教師か、もしくは生徒会役員でなければならない。つまり、この場に立ち寄る生徒はあまり居らず、絶好の密談スポットであるのだ。

 

「……あのさ、四宮さん。もしかして俺、知らぬ間に何か君に酷いことしちゃってた?」

 

 未だにスンスンと鼻を鳴らしているかぐやを前に居た堪れなさが限界を迎えた白銀は訊ねる。

 

 その言葉を聞いたかぐやはびくりと肩を揺らすと掴んでいた白銀の腕を離し、ゆっくりと振り返る。

 

「……貴方は、どうして嘘をつくのですか?」

 

「は?嘘?いや、俺は嘘なんかついてないよ」

 

 かぐやの言は先程と変わらず、白銀の嘘を糾弾するものであったが、やはり彼には要領を得ない質問でしかない。

 

「貴方が嘘をつくのは……私が……嫌い……だから?」

 

「いや……嫌いってほどじゃないけど……つーかさっきから俺を嘘つき呼ばわりしてるけどさ!俺があんたに嘘をつく理由なんかないだろ!訳を話せよ訳を!全然意味がわからん!」

 

「……嫌いじゃない?そ、そう……なのね。じゃあ、どうして今みたいに本音で話してくれなかったのかしら……?」

 

 白銀には訳がわからないが何故かかぐやの機嫌が直り始めているようなのでヨシッ!と思い、会話を続ける。

 

「本音って……そりゃ、人は誰しも多少は仮面を被るもんだろ。なりたい自分、時と場合に相応しい自分。何でもかんでも本音を出してたら世の中生きづらいだろ」

 

「……でも貴方のはただの嘘よ、解るわ。臆病な自分を守る為の殻。貴方の言うなりたい自分ではない。違う?」

 

 白銀は図星を突かれ、怯む。かぐやの観察眼の鋭さは白銀のそれを遥かに凌駕しており、たった数度の会話で人の本質の一端を掴む程のものなのだ。

 

「……じゃあ逆に聞くけどさ、四宮さんはどうなわけ?」

 

「かぐや、よ」 

 

「は?」

 

 かぐやは会話の流れをぶった斬り白銀の四宮呼びに抗議する。

 

「私の事はかぐやと呼んで」

 

「いやいや、なんでそんないきなり……」

 

「呼んで」

 

「……そう言うそっちこそ俺の事は白銀さんじゃねえか。だから別にいいだろ」

「はぁ?……じゃあ私も貴方を名前で呼びますから。それで文句ありませんね?みっ……みゆ……白銀さん」

 

 売り言葉に買い言葉でかぐやが白銀の名前呼びを試みるも、ぷるぷると震えながら俯く彼女を見た白銀は(やべ、また返答間違えたかも)と考える。

 重力に従い垂れた彼女の黒髪の隙間から覗く耳は、彼女の瞳の様に真っ赤に染まっており見ている白銀すら恥ずかしくなってきていた。

 そして結局かぐやは名前呼びが出来ず、話が進まないと思った白銀は切り替える。

 

「ま、まあ。そこは別にいいんだよ。俺はそう言うそっちは実践できてんのかって聞いてるわけ」

 

「べ、別に……私は常にとは言いませんが……完全に自分を隠している訳じゃないのよ……偶には素直に……してるわ」

 

「……そうか」

 

 ツンツンした態度が抜けきれていないかぐやの態度は、あまりオタク文化に縁のない白銀にもツンデレの良さを理解させるに十分な魅力だった。

 

「んんっ、それで、私はね。貴方が私に対して余所余所しい態度を取るのが気に食わないの」

 

「よそよそしいつったって、実際赤の他人じゃないか……」

 

「でも今の態度は違うでしょう?だから、いつもそれでいなさいと言っているのよ」

 

「なんで四宮さんにそんな事言われなきゃいけないんだ」

 

 白銀は、かぐやが傲慢で高飛車な女である事は理解している。しかしだからといってその指図にほいほいと従うかといえばそれは違う。

 

「……なんでって、その」

 

「なんだ」

 

 かぐやは言葉に詰まり、口を閉じると目を大きく見開く。

 ルビーの瞳には涙が再び浮かび上がり、今度は完全に溢れ出して頬を濡らす。

 そして彼女は大きく息を吸い込むと、涙に濡れた頬を膨らませて叫ぶ。

 

「私が!!……貴方と!!と、友達になりたいから本音で話してほしいって言っているのに!!なんで分かってくれないの!?貴方っていつもそうですね!!私の事をなんだと思っているのですか!!私だって断られたら悲しむんですよ!?いまだってこんなに緊張して……!!それなのに!!なんなんですか!!もう!!もう!!」

 

 急に大声で話し出したかぐやのマシンガントークは白銀の鼓膜にそれなりのダメージを与え、耳鳴りを発生させた。

 

(うわ声でっか)

 

「だいたい!!私かぐやって呼んで欲しいって言ったじゃない!!貴方また私のお願いを断りましたね!?よくもまあ何度も無下にしてくれましたね!!なんですか!!私の事なんてどうでもいいって事ですか!!みんないつもそう!!私の事を人形かなにかと思ってるんじゃないですか!?私だって!!私だってみんなと一緒に学校行きたかった!!みんなで浴衣着て夏祭りにも行きたかった!!いいじゃない!!こんなに我慢してきたんだから!!私だって少しくらい何か我儘聞いてほしいの!!」

 

 先ほどのかぐやは時々本音で話している、と言った。その実態がコレ、である。

 幼少期より抑圧された環境で育ったかぐやは本音を出したり、人に甘えたりする事が出来ない、いや出来なかったのだ。

 言って仕舞えば彼女はつい最近自我が芽生えたばかりで、親への甘え方がわからずに癇癪を起こしてしまう園児のような状態なのだ。

 

 だが逆にいえばかぐやの絶叫に含まれる言葉は全て紛れもない彼女の本心。かぐやが癇癪を起こす、それは相手に心を開いているからであり、彼女なりの甘え方なのだ。そしてかぐやが心を開いた人間は白銀で三人目。

 

 一人はかぐやの近侍、早坂愛。姉妹のように育ってきた彼女に対してかぐやは日頃ぞんざいに扱ってきた。しかしやはりコレも彼女なりの甘え方であり、一種の反抗期のようなもの。早坂はそれを分かっているから何だかんだと彼女の癇癪にも付き合う。

 

 もう一人はかぐやの親友、藤原千花。かぐやはお世辞にも性格が良いとは言えない。かぐやが周りを傷つけ遠ざけ続ける中でそれでも尚、藤原だけが側に残った。かぐやの中で早坂は家族のカテゴリーに入る為、藤原はかぐやにとって初めて自分を理解してくれた他人。そんな藤原もやはりその大きな器でかぐやの癇癪を受け止めた。

 

 そう、つまり、この二人はかぐやを取り巻く環境が異常である事を理解していた為に、特に指摘をせず、暖かい目で見守ってきたのだ。

 しかし白銀にはそんな事は分からない。彼からしたら今さっきまでのかぐやはまさに我儘姫、悪役令嬢であった。

 

 だからこそ、刺さる。

 かぐやの本音が、刺さるのだ。

 

「なんつうか。四宮さんの事、すこし分かった気がするよ」

 

「……かぐや」

 

「んぐっ!!それで、その、俺も言いたい事があるんだ」

 

「……なによ」

 

 一息で長々と叫んだかぐやは今度は一気にトーンダウンしている。

 

「昨日さ……ほら、友達になってくれるって言ってただろ。あれさ、断ったように聞こえたかもだけど、誤解なんだよ」

 

「……」

 

「だから……その、四宮さん。俺と、友達になって下さい!!」

 

「……」

 

 白銀は腰を深々と下げて言う。しかし何秒待っても返事が来ない。白銀は段々とあれ、なんかコレ告白みたいじゃね?とか変な事を考え始めた。

 

「……友達なら、対等じゃなきゃ……いやです」

 

 白銀はそれを聞いて目線を上げ、かぐやを窺うと、彼女は唇を尖らせ、横を向きながらもにょもにょと続ける。

 

「……呼び方については苗字で妥協します、から。せめて貴方の素を……見せて欲しい……です」

 

 髪を弄びながらかぐやは再度お願いを言う。

 

「……分かった。四宮。だがそれなら一ついいか?」

 

「……なんでしょう」

 

「何故に敬語?」

 

 そう、かぐやの口調は敬語とお嬢様言葉のミックスであり、それが彼女に我儘姫、悪役令嬢感を覚えさせる理由の一つであったのだが、今この瞬間。何故か白銀に対して、それが引っ込んでいるのだ。

 

「べ、別になんだって良いじゃないですか……此れが私の男友達に対する口調……ですので」

 

 確かにかぐやにとって男友達と言える存在は白銀が初めてだから嘘ではない。

 そして白銀には事の真偽が分からない為、納得するしかない。

 

「そうか……なら分かった。話はこれで終わりか?」

 

「あっ……その、白銀……さんは、その……放課後に何かご予定はあるのでしょうか……?」

 

 かぐやはようやく今回の本題を切り出した。そう、彼女がわざわざ白銀の教室へやって来たのは今の一連のくだりをやるためではない。藤原のアドバイスを参考に白銀を放課後デートに誘いにきていたのだった。

 しかし……そう、白銀には…………

 

「あー、すまん。今日は生徒会の活動を見学しに行くんだ」

 

 先約があった。

 

「そっ、そうですか……。なら仕方がありませんね」

 

 目に見えて落ち込むかぐやを見て、白銀はふと考える。

 俺、この子と友達になったんだよな……?じゃあ、これから言うことも変じゃないはずだ、と。

 

「なあ、四宮。良かったら一緒に行かないか?」

 

 白銀は現状、別に四宮かぐやに惚れている訳ではない。現在の二人の関係性は友達。ならば、『一緒に』という言葉、この場合二人で、となる。これを使う事に何の後ろめたさも、躊躇いも存在しないのである。

 

 しかし、これは白銀は、である。

 かぐやは既に白銀に恋をしている。ならば、この『一緒に』と言う言葉に特別な意味を見出すのは必然。

 

「……一緒に、ですか。白銀さん、貴方はこの私と、二人で、見学に行きたい。そう仰るのですね」

 

「ああそうだが?」

 

「へぇ〜ふぅ〜ん?成程成程……」

 

 かぐやはニヤけが止まらなかった。

 

「友達になったんだ。別にこれくらいいいだろ」

 

 そして白銀の言葉で現実に引き戻される。

 

「………………そうですね。では、その、見学だけでしたら…………」

 

「よし、じゃあまた放課後に生徒会室で会おう」

 

「えぇ……また放課後に」

 

 こうして白銀御行は四宮かぐやは友人となり、彼は自らの教室へと戻っていった。

 

 

 

──

 

 

 

 白銀が居なくなってから数十秒が経ち、かぐや一人となったはずの踊り場に声が響く。

 

「良かったですね、かぐや様」

 

「…………早坂。何でいるのよ」

 

「他の誰かが来ないように見張っていた私を褒めてくださってもいいのですよ?」

 

「……要するに盗み聞きでしょ」

 

 そこに現れたのは早坂愛。しかし彼女の装いは四宮家での瀟洒なメイドではなく、秀知院学園の中でもそれなりのスクールカーストに位置する一昔前のギャルであった。

 ギャルな見た目でありながら、しかし態度はかぐやの近侍としてのそれで言葉を続ける。

 

「白銀御行。特待枠の外部入学生。母はおらず父と妹の三人暮らし。バイトをこなしながらもこの秀知院でそれなりに上位の成績をとる学力の持ち主。通学手段はママチャリ。そして……」

 

「生徒会にスカウトされている……でしょ?」

 

「はい。ですがまだ調査を開始してから半日しか経っていませんのでそれ程情報は集まっておりません」

 

 半日でここまで調べ上げる早坂と四宮家の方がおかしいと思うのは貴方の感性が正常な証拠だろう。

 

「別に調べなくていいと言ったのに……」

 

「しかしわたくしとしてはかぐや様が心配なのですよ。特に彼の父親などは職業を調べる事が出来ませんでした。家は貧しいようですから大した職ではないのかも知れませんが……」

 

「解らないと不安……まあ、それは理解できるけれど……」

 

「まあ、で。かぐや様。どうですか、付き合えそうですか?」

 

 早坂はかぐやの近侍であり、そしてかぐやの住む四宮家別邸の筆頭家令でもある。その業務の多忙さと言ったら、女子高生らしい生活どころか、そもそも健康で文化的な生活ができているのかすら怪しい程の激務である。

 だが彼女も華の女子高生。恋バナには目がないのである。それが妹のように可愛がってきた主人の恋バナなら尚更。早坂が知る限り、かぐやが恋をするのは初めて。つまり初恋だ。

 まるで少女漫画かのように胸がキュンキュンする展開を期待して話をせがむのも仕方がないだろう。

 

「つっ……付き合うって……わ、私は……解らないわ」 

 

「と、いいますと?」

 

「だって……彼と友達になれた。それだけでこんなにも心が一杯で……それ以上だなんて……想像しただけで私、可笑しくなっちゃうわ……」

 

 

 初めて見る主人の顔。恋をする乙女の顔。早坂は甘酸っぱ過ぎる主人の初恋を見て、脳内でブラックコーヒーをがぶ飲みしまくった。

 そして、主人のしおらしい態度を見てこう思う。

 

(やばー!!ちょー可愛いんですけど!!え!!もしあの男とこの子が付き合ったら毎日こんな感じ!?ひゃー!!それに、こんなにしおらしいなら私の仕事ももっと楽になる!!うん!!この子のためにも、私の為にも、あの男にはぜひこの子を好きになってもらわないと!!)

 

 ……と。

 

 

 

──

 

 

 

 

 

 

 






アニメ3期がもうすぐ終わってしまう…。その先の展開も個人的には見どころ沢山あるから是非続いて欲しい…。

皆さん最終回の予告映像みましたかね。
2分ちょっとの映像なのに私泣きそうになってます。
これが1時間も続いたらどうなっちゃうのか。
期待と不安で来週が待ちきれません。


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二人の関係について①




早坂の色んな顔はどれもお可愛い。


 

 

 

 俺は今猛烈に混乱している。この現状を上手く説明できる自信はないが、そうだな……分かりやすくするならば。

 〜日本一の名門私立に落ちこぼれの俺が入学したら超美少女令嬢に目を付けられて友達になる事に〜

 だろうか……。いや、何を言っているのか分からないと思うが俺も分からない。

 

 あの後クラスに戻ったら女子達に囲まれて四宮と何を話していたのかを根掘り葉掘り聞こうとされてしまった。こんな状況でなければ女子に囲まれて休み時間を過ごすとかなんて羨まけしからん展開だとそう呑気に考えでもしたのだろうが……。

 

 正直、本当にどうするべきなんだろうか。と、言うのもだ。俺のこの学園での友達第一号となった彼女、四宮かぐやはこの国有数の財閥令嬢だ。

 金持ちどもが集まるこの学園でもその家柄はトップクラス。それに新入生代表と言うことは学年首席。そしてあの容姿。長い緑の黒髪にルビーのように紅く大きな瞳。小さくて柔らかそうな唇。

 

 それから、ワンピース風な制服の、長い丈のスカートから少しだけ見える細く白い脚。俺的にはもう少し胸があった方が良いが……しかしそれを差し引いても正直、いままでの人生で見てきた中で一番「綺麗」という言葉が似合う女子だ。

 

 

 

 伝え聞く四宮かぐや像は、儚くも冷たい深窓の令嬢だとか、氷の黒バラだとか、現代に舞い降りた天女様だとか、名前そのままにかぐや姫だとか。

 どれも似たようなイメージを持つ言葉で、おそらく名前がかぐやだからってのもあるのだろうが、共通して姫、というイメージを持たれていることは確かだ。

 

 対して俺はどうだろうか。

 

 この学園に特待生で入学したんだ。学力にはまあそこそこの自信はある。しかしこの学園の本物の天才共は俺の努力を嘲笑うかのように上を行く。

 

 運動神経、筋肉はそれなりにあるつもりだ。

 だがスポーツはどれも苦手だし喧嘩なんてしたこともない。カナヅチだし球技はほとんどが苦手だ。痛いのは嫌いだし汗臭いのも好きじゃない。

 今はまだ体育の授業が始まっていないから何とかなっているが……頼む、テニスか卓球であってくれ。その二つなら昔克服したんだ。乗り越えられる。

 

 見た目、容姿はどうだろうか。

 まあこのクラスでも2、3番目くらいの自信はあるが……しかし相手はこの学園どころか日本でも何番の女子だ。比較対象にすらならん。

 

 そして最後に家柄……。

 言うまでもなく、一番の問題はこれだ。うちは父子家庭だし父親は職業不定だ。そもそも一般的な家庭の水準ですらない。はっきり言って、貧困家庭、というやつだ。なんども生まれを呪ったさ。うちが裕福な家庭だったら……って。でも、四宮に言われて気づいたんだ。俺はただ不貞腐れてたんだ。自分が世界で一番不幸だって悲劇に酔って、色んなことを諦める言い訳にしてた。だから俺個人としてはこの件について吹っ切れた。 

 

 でも世間はそうじゃない。周りが俺のことをそういう目で見てくる可能性があること自体が問題なのだ。

 まあ長々と考えてはみたものの。結局のところ、俺が悩んでいるのは格差についてだ。

 

 これは社会の貧富がどうとか、そう言った話ではなくて、いやある意味そうか?どちらかと言うと物語に出てくるような身分の格差のそれだ。

 高貴な令嬢である四宮かぐやと、白銀御行という平民以下の男。

 

 これが身分違いの恋物語ならば話は単純だった。奪って逃げればいい。ほかにも色々と話の流れとしては有るだろうが、これがわかりやすく、よく見る形だ。

しかし、俺と四宮の関係はそうではない。ただの高校での友人。え、じゃあ良いじゃん。とはならない。

 

 この学園には……あからさまな差別、いや。彼ら的には区別なんだろうが。それがある。

 初等部からの上流階級が純院。高等部からの外部入学生が混院。この混院生はどうも一般的に彼らにとって関わり合いになりたくない存在らしい。

 一部の例外、生徒会長と四宮かぐや、と言う存在こそあれど。この二人はスクールカーストの頂点にいるからこそ、こんな俺みたいな底辺との関わりも気にしないでいられるだけだ。他の一般的な純院からしてみれば、俺のようなそこそこ出来る混院は自らの存在を脅かす外敵……らしい。

 

 例えばほら……こんな風に。

 

「おい、お前、白銀だったか?混院のお前ごときが四宮のご令嬢と関わるなんて冗談よしてくれよ。秀知院の品位が疑われるだろ?」

 

 こうやって呼び出されて何かしらを言われるだろうってのは予想していたさ。

 相手は恐らく同学年。別のクラスの奴だろう。どうやらさっきの休み時間の件もあっという間に噂となって広まったらしい。

 

 言われる内容もほぼほぼ予想通りだ。身分違いの友人関係。人を寄せ付けない氷のかぐや姫に異性の友人が出来た。それを知った男共はこう思うのだろう。

「何故それが自分でないのだ。本来なら自分が四宮のコネを手入れる筈だったのに」と。

 

 ……まあ、そんなところか。

 

 しかしどうするべきだろうか。直ぐにでも生徒会室に向かわなければならないと言うのに。相手は自分一人ではなく取り巻きなのか二人を伴っている。その二人が俺の退路を塞ぐように立っているからには無視して行くこともできない。力ずくで何とかするという案もあるが……たぶん何も出来ずにボコられて終わりだ。俺が。

 

「俺が四宮と友達である事に何か不都合でもあるのか?見たところ、お前たちは四宮に相手にもされてなかったようだな?だが、ここで俺をどうにかしたとしても、彼女がお前たちに振り向いてくれるとは思えないけどな」 

 

 ……要するに俺を〆ても意味がないから殴らないでくださいと言う意味なのだが、そのまま言うわけにもいかないからな。遠回しに言ってみたのだが彼らには挑発としか受け取れなかったようだ。

 

「てめぇ、四宮の威を借る混院のくせに。四宮をバックにつけて調子乗ってるようだがな、アイツらは人間らしい心なんて持ってねぇんだよ。テメェをちょっと教育してやったくらいでアイツらは動かないぞ。分かるか?貴様……こっちには三人いるんだ。抵抗して勝てるとか思い上がるなよ」

 

 まずい、かなりまずい。彼の言う通り三人に勝てるわけがないだろ。何で俺はちょっとカッコつけて挑発に聞こえるように言っちまったんだよ。あーもうどうするんだよこれ、完全に怒ってるよ。やっぱ殴られたりすんのかな。痛いの嫌なんだけど……清掃活動に間に合う程度で済ませてくれるといいのだが。

 

 だけど……コイツらにボコられて何も言えなくなる前に言わなければならないことがある。多分これを言えば余計に怒らせるんだろうが……。それでも聞かなかった事には出来ない。 

 

「あぁ、お前たちの気がすむまでやれば良いさ。だけどな……。四宮への侮辱は訂正してもらおうか。彼女はれっきとした一個人であり……感情があり、欲求もある。喜んだり、悲しんだりもする。だから、訂正しろ。そうすれば俺は抵抗しないでいてやる」

 

 別に本気で彼らが考え直し訂正してくれるとは思っていない。だけど、筋と言うやつだ。彼女の友人として、俺は彼女への侮辱は見逃せない。自分の信条を曲げるくらいなら少しの間痛い思いをするのも……本当は嫌だけど仕方ない。思うことといえばせめて顔はやめて欲しい、くらいだ。

 

 そう思って目を瞑り衝撃に身構えていたのだが……いつまで経ってもそれはやってこない。

 さっきから寒気がするほどの程の怒気を感じているのだから、直ぐにでも襲いかかってくるものだと思っていたのに。

 

 ……痛いくらいの静寂が満ちたこの場に、ぱしゅっという音が小さく三つ。ほぼ同時に聞こえたかと思うと、どさどさと人が倒れる音。

 驚いた俺が目を開けると……

 

「Zzz……」

「Zzz……」

「Zzz……」

 

 ……三人組が倒れていた。

 

 な、何が起こったんだ。超スピードとかそんなちゃちなもんじゃない。もっと恐ろしい何かがここを通り過ぎたかのような光景に思わず唖然とする。

 俺はとにかく助かったことに安堵してへろへろと座り込み、暫く休むことにした。

 

 

 

──

 

 

 

「あっれぇ〜きみぃこんな所に座り込んでどぉしたしぃ?ってかうわっ、なんか人倒れてるぅ。えぇ、これもしかしてきみがやったのぉ?すごぉ〜」

 

 1分くらいだろうか。それくらい休んでいたところ、軽い口調の女子の声がした。

 

 顔を上げてその子の事を視界にいれながら、立ち上がり、そして汚れを払う。なんだか昨日、四宮と会った時もこんな感じだったなと苦笑しながら答える。

 

「いや、俺は彼らと話していたんだが……急に倒れてしまってな。一体どうしたものかと途方に暮れていただけだ」

 

「えぇ〜?きみってぇ、この人たちとともだちなのぉ?」

 

 その女の子は金髪……あれは染めているのか?をシュシュで片っぽに結び、制服も相当に着崩して腰にカーディガンを巻いている。

 

 おいおいガチなギャルじゃん……今時逆に珍しいぞ、ここまでこてこてなのは。

 

 しかし、なんというか……可愛い人だな。四宮とはまた違ったベクトルでの美少女だ。

 妹以外の女子との会話に慣れていない俺にはだいぶレベルが高すぎてドギマギしてしまう……。

 

「ねぇ〜ウチ生徒会室探してるんだけどぉどこかしらなぁい?案内してほしぃなぁ」

 

 ああ、なるほど、彼女も同級生か。そういえば入学式の時に金髪の子がいるって思ったっけ。あれはこの子だったのか。

 

「ああ、それなら俺が知っているから案内するよ。あっ、でもこの人達……どうしよう」

 

「別にそのうち起きるんじゃないの〜?ねぇウチ今日清掃のボランティア参加するから早く行きたいなぁ」

 

「そ、そうか……じゃあ……」

 

 このギャルも急いでいるみたいだし……彼らも見たところ外傷はなく息もしている。というか何でか知らないけどぐっすり寝てしまっているみたいだし……放置していても問題ないだろうか……。

 

 有難う、名前も知らない男子達。

 

 君達のおかげで俺はこの金髪美少女ギャルと知り合いになれるチャンスが出来た。その点に関しては感謝しようじゃないか。しかし……。

 

「いや、だが……やはりこのまま置いていってしまうのはどうかと思うんだ。生徒会へ案内するのは彼らを保健室まで運んで行った後でもいいだろうか」

 

「……へぇ。助けるんだ」

 

 金髪ギャルは意外そうに小さく呟く。ここが静かな場所だからかろうじて聞き取れた。それくらいに小さく、掠れたような声だった。 

 

「いや、当たり前だろ。今は春だから風邪をひくことはないだろうが……なんというか、目覚めが悪い」

 

「……うん!じゃあウチも手伝うよ!こ〜見えてバイトで結構鍛えてるんだよねっ。ほら、保健室ならここから直ぐだしちゃっちゃと運ぼっ」

 

 こうして俺は金髪ギャル……早坂愛というらしい。と手分けして彼らを保健室へと運んでいた。まあ、二人で三人を運ぶとなると一人だけを運ぶために往復する羽目になるんだが。

 

「へぇ〜!特待生なんだ、頭いいんだねっ。あ、ねぇ白銀くん!どうしてうちの学園を選んだの?うちってほら、歴史はあるけどその分しがらみとかも多いし、けっこうめんどくない?」

 

「あぁ……それな。俺は別にどこでもよかったんだが、親父が勝手にここの願書を出しててな。試しにと受けてみたらぎりぎりで受かっちゃったんだよ。まあそれで……特待生になると学費はタダだし、他のとこと比べてもその他の援助もかなり手厚かったからさ。こんな面倒なとこだって知っていたら受けてなかったかも」

 

「……この学園での生活は楽しくない?」

 

 早坂さんは少し悲しそうな顔で尋ねる。その言葉を聞いて俺はここに入学してからの数日を振り返る。

 

「そうだなぁ。嫌だなって思うことはたくさんあったよ。今からでも転校とか出来ないかって思うくらいには。……でも、今は違うかな」

 

「それは……四宮さんがいるから?」

 

「やっぱそれ滅茶苦茶噂広がってるのな……。まあそうだよ。ちょっと変わった人だけどさ、何となく、いいやつなんだなってのは分かるんだ」

 

 もし俺がこの学園に入らなければ、四宮かぐやとは一生出会うことなく、自分の生まれを僻んだままだっただろう。だから、俺は彼女と友達になれただけでこの学園に入ったことを間違いだったとは思えなくなっていた。

 

「白銀くんは四宮さんのこと、好きなの?あ!別に皆んなに言いふらしたりしないからさ!四宮さんのこと、どう思ってるのかきかせて欲しいなぁって!」

 

 なんで女子ってのはこう、すぐ色恋話に繋げたがるんだろうか。まだ出会って二日なのに惚れた腫れたとかそんなやついないだろ。※いた。

 

 それにそもそも……。

 

「いや、そんな……。ただ話すだけでも気後れするってのに恋愛だなんて……俺は彼女にふさわしくないからさ……」

 

「それは〜そう言う人もいるかもしれないけどぉ。でもでも、恋に勝るものはないと思うよ?身分も年齢も、性別だって関係ない。好きって気持ちの前では一切合切がどうでも良くなる……ってあはは。ちょっと恥ずかしいな」

 

「早坂さんて意外とロマンチストなんだな……。だが……確かにそうだな。その考えは俺にもわからんことはない」

 

 もし、早坂さんのいう通りに、俺が四宮かぐやという人間に恋をしていたとしたら……。俺はどうするんだろうか。想像もつかない。しかし、一つだけ、はっきりとしてることがある。

 

 もし俺が、誰かに惚れたとしたら……きっと、どんな手段を使ったとしても、その人を手に入れるべく行動するのだろう。ということだ。まあもっとも、これは思考実験、自己分析の類の話であって。

 

 俺が四宮に惚れるなんてのは天地がひっくり返るだとか、そんなレベルで有り得ない仮定の話だ。

 

 

 

 

 

 




かぐや「早坂、やりなさい」
早坂「はい」




書いていたらいつの間にか長くなったので分割します。



でも気がつくと台詞だらけになりそうな癖は抜けません。
地の文って難しいゾイ。


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二人の関係について②



後編です。
特殊タグ楽しい。


 

 

「ここが生徒会室だよ。俺達が最後かな」

 

 絡んできた三人組を無事保健室へと運び終えた俺たちは生徒会室の扉を開ける。

 

「やあ、白銀くん。おや、それに君は……ふむ、ボランティアに来てくれたのかい?助かるよ」

 

 中に入ると、そこそこの人達が思い思いに談笑している中、俺たちに気がついた生徒会長がこちらにやってきて声をかける。しかし、生徒会の中にいるはずの人物が見当たらなかった俺は質問する。

 

「すみません。少し遅くなってしまいました。それで、あの、会長。四宮は来てないんですか?彼女も今日の見学に来ないかと誘ったのですが……」

 

「おや、僕は見ていないね。しかし……そうだったのかい?白銀くんも中々やるねぇ。この僕の誘いには全く首を縦に振ってくれなかったというのに。やはり君は生徒会に相応しい人材だよ」

 

 俺が生徒会長と四宮について話をしていると、生徒会室の扉がぎぃっと開き、新たな人物が入ってくる。

 

 皆が会話を一度やめ、その新たな人物……四宮かぐやへと視線をやる。

 

「失礼します。一年の四宮です。本日は生徒会の皆様のご活動を見学させて頂きに参りました」

 

 俺と早坂さん、そして生徒会長以外の皆がポカンと口を開ける。

 

「……私が参加してはなにか不都合でも?いけませんね。この秀知院の代表たる生徒会役員の皆々様方がまさか、まともに挨拶すらできないというのですか?そもそも、この私が態々見学に出向いてやったというのですから感謝の一つくらいしたらどうなのかしらね……」

 

 誰も反応しないことにイラついたのか四宮の機嫌が急降下し始めているのが口調に出まくっている。

 おい、誰か話しかけろよ……いや、友達なんだし俺が行くべきか?けどなぁ……なんかこっちを一切視界に入れてないみたいだし……。

 しかし神は俺を見捨てていなかった。あのみるからに機嫌の悪そうな四宮に声をかける勇者が現れた。その勇者の名は早坂愛。君の犠牲は忘れない。

 

「あっ!四宮さ〜ん!白銀くんが四宮さんのことずぅっと探してたみたいだよ!ほらほら、こっちこっち!はい!挨拶して?」

 

「は、はぁ!?ちょ、やめっ、待ちなさいっ」

 

 どうやら彼女は勇者ではなく悪魔だったようだ。俺は怒れる龍の生贄に選ばれてしまった。

 やばい、ここで下手なことを言ってみろ、骨すら残らんかもしれん。

 

 

 

──

 

 

 

 それから、生徒会長が空気を変えるように清掃をする沼に移動しようと提案し、俺は移動しながら少し後ろを歩く四宮と会話を続ける。

 

「はあ、白銀さん。私は友人相手に骨にするだなんてそんな酷いことはしませんよ。全く、もう……」

 

 なっ……考えが読まれていたのか!?不味い……。

 

「何が不味いのですか?いいですか白銀さん、貴方は少々考えていることが顔に出やすいみたいですよ。これでは、私でなくとも何を考えてるか読み取るのも簡単です」

 

「あ、ああ。そう……かな。あまり自覚がないのだが……えっと、それで。四宮はどこでなにしてたんだ?」

 

 そう、俺はそこが気になっていた。放課後になってから、あの三人組に絡まれ、早坂さんと保健室を往復し、それなりの時間がかかっていたのだから、その間に生徒会室に到着しないということは何かしら予定があったということだ。

 

「え、ええ。まあ。少々用事があったのですが、心配ありませんよ。大したことではありませんでしたから」

 

「そうか……。いや何、今日突然見学に誘ってしまったものだから、そちらも何か予定があったのではないかと思ってな」

 

「……はい、そうですね。予定はありました。しかしそれは白銀さん。貴方とお話ししたいというものでしたから。これは実質元からあった予定のようなものなんです。ですからあまり気にやまないでください。だって私達、友達なんですから」

 

 四宮が急に立ち止まった気配がして振り返り、そこにあった彼女の控えめな笑みを見ると、やっぱコイツくそ美人だなとあらためてそう実感させられる。

 

 

 

──

 

 

 

 沼に到着した一行は沼の清掃を開始する。

 血溜まり沼とかいう物騒な名前がついているだけあり、滅茶苦茶に汚く澱んだ沼であった。いや、沼というよりむしろドブだまりと言ったほうが近いかもしれんな。

 

「うっわ汚な……。ってか四宮、見ているだけとはいえお前こういうの平気なのか?言っちゃ何だが、お嬢様の四宮にはキツイんじゃ……」

 

「え、ええ……そうですね。正直この鼻が曲がりそうな臭いには辟易してます。ですが見学すると言ってしまったからには、安易に反故にする訳にもいきませんから……」

 

 そう言う彼女は相当辛いのだろう、口元を抑えては時折えずいている。

 

「あんまりにもダメそうなら言ってくれよ」

 

「ええ……ありがとうございます……」

 

 四宮から離れて俺はまた清掃に戻る。うわ、何でこんなに空き缶が浮いてんだよ。さっきも絡まれたし案外この学園治安悪い?

 俺がこの学園の風紀について考察しているとき、それは起こった。

 

「きゃぁ!コウモリの死骸が浮いてる!」

 

「ちょっ、おさないで!!」

 

 どぼん、と一人の女子生徒が沼に落ちてしまった。

水深が結構あるのか、それともパニックになっているのか、とにかくあれは溺れている。早く助けないと不味いことになる……けど。

 

「これ、捕まって!」

 

一人の男子生徒がそう言って網を差し出すが明らかに長さが足りておらず、彼女はゴボゴボともがいたままだ。

 

「ちょっと、誰かたすけなよ……」

「でも、病気とか大丈夫かな……」

 

 ……俺は泳げない。ここで俺が助けに行ったところで要救助者が二人に増えるだけだ……。くそ、誰か……。

 俺が思考を回して状況の打開を待っていると四宮の声が聞こえる。

 

「白銀さん、このロープを私の腰に巻いてください。私が彼女を掴んだら反対側を持って引っ張ってください」

 

「四宮!?成程そうか、ロープを使って引っ張れば溺れる心配もないのか!いや待て、だが何も四宮がやらなくても……」

 

「じゃあ一体誰がやると……」

 

 俺は四宮からロープを引ったくると、腰にしっかりと巻き付け、反対側を彼女に渡すと水面に向かって走る。これだけ助走をつければ溺れている彼女のそばまで行けるだろう。

 

ドボン!!

 

 桟橋の部分から踏み込み飛翔する。一瞬の浮遊間の後、俺の体は勢いよく水面に叩きつけられ……

 

「ごぼっ、く、くる……し」

 

 息ができず溺れそうになり、無事要救助者をもう一人増やしかけていた。しかし気合いで何とか目を開き、溺れた女子生徒の体を抱き寄せる。

 

「早く引き上げるんだ!!」

 

 生徒会長の指示で四宮と近くにいた他数人がロープを引っ張る。体か引っ張られ、陸に近づいているその間も俺は息ができずもがいていた。

 

「大丈夫か!?手を掴んでくれ!!」

 

 俺は生徒会長に引き上げられ、地面にうずくまりながら酸素を求めて口をパクパクと動かす。

 今のはかなりやばかった。正直視界が霞んできた時はマジで死ぬかと思った。

 

「白銀くん!意識はあるかね?あるなら何か返答をしてくれ!」

 

「ゲホ、う……彼女は……」

 

「よかった、大丈夫なようだね。嗚呼。彼女は君のおかげで無事だ。安心したまえ。しかし……これは念のために保健室に行ったほうがよさそうだね……誰か、彼に付き添ってくれないか」

 

 生徒会長がそう言いながら肩を貸してくれる。

 

「では私が」

 

「ゴホっ、し、四宮……いいのか?」

 

「貴方は喋らなくていいですから、黙って私に捕まっていてください」

 

 

 

──

 

 

 

 四宮に連れられて保健室へと辿り着き中に入る。

 

 そういえばあの三人組はもう起きたのだろうか。保健室には三人組も養護教諭も居ないようだった。

 濡れた制服のままベッドに座る訳にもいかず、髪から水を滴らせていると、ガラガラと扉が開く。

 

「やほやほ〜。教室から白銀くんのジャージ取ってきたよ。そのままじゃ風邪ひいちゃうでしょ、ほら、タオルも持ってきたから使って!」

 

「早坂さん、有難うね」

 

「ううん!じゃあ私はもう帰るから!後は四宮さんにまかせるね!ばいば〜い!」

 

 早坂さんは四宮にウインクを一つして、颯爽と帰っていった。

 

「さて、それで白銀さん。まだ動くのは辛いでしょうから私が着替えを手伝って上げます。ほら、上着を脱いで」

 

 四宮が爆弾発言をし始める。というか既に俺の上着を脱がしていて、さらにはワイシャツにまで手を伸ばしてくる。

 

「いやいやちょちょ!?大丈夫だから!!着替えるから少し出てってくれ!!」

 

「あら、そうですか……?」

 

 ワイシャツのボタンが二つ程外れた状態で、俺は四宮を保健室から追い出す。確かに助けようとして溺れたのはかなり恥ずかしかったが、そのうえ四宮に着替えの面倒を見られてしまうと、それは最早恥ずかしさを通り越して男としての尊厳の危機だ。

 

 俺は手早く早坂さんが持ってきてくれたタオルで身体を拭いてジャージに着替え、四宮を中に呼び戻す。

 

 …………気、気まずい。

 

四宮がちらちらとこちらを窺っているが、俺としてはあんな風にいきなり飛び込んだ挙句溺れかけたこと、そしてそれを四宮にばっちりと見られていたことに死にたくなってる。気の利いた言葉で場の空気を和ませるなんて出来ない。

 俺がまだほんのり湿っている髪を掻き乱していると、四宮が咳払いをする。

 

「んんっ。一先ず、ご無事なようで安心致しました」

 

「あ、ああ。すまんな、心配かけたみたいで」

 

「えぇ。全くですよ。泳げないのでしたら無理に飛び込まずとも、私に任せればよかったでしょう?私、白銀さんが飛び込んでから気が気で無かったのですよ?本当、もう……心配掛けさせないでくださいよ」

 

 そう言う四宮は本気で俺の事を心配してくれているのが伝わってきて、友人としての格がどうだとかウジウジ考えていた自分が情けなく思えてきた。

 

 俺は誰かが動く事を待つばかりで、自分から動けなかった。四宮がロープを使う事を思い付かなければ、ただあの女子が溺れるのを見ているだけだった。

 

 ……こんなんじゃ駄目だ。四宮は友達なら対等であるべきと言っていた。だが客観的に見て今の俺は四宮の友人として相応しくないし、俺自身の意見としてもやはりそうだ。だから俺は……。

 

「決めた」

 

「何をお決めになったのですか?」

 

「四宮、俺は……誰から見てもお前に相応しい男になる。さっきみたいな事があっても、スマートに解決できるような頼れる男に」

 

 そう、現状の俺が四宮に相応しくないというのは分かっている。なら認めさせれば良いのだ。誰の目から見ても四宮かぐやの友人として相応しいと。

 

「し、白銀さん……?」

 

「必ずなってみせる。だから四宮にはそれまで待っていてほしいんだ。俺自身が胸を張って四宮の友達であると言える自分になるまで。俺はお前に甘えたくない。だって友達は対等……だから」

 

「それは……ですが……」

 

 この学園で初めて出来た友人と距離をおく事は寂しいが、俺はこのままじゃ、なんだかズルズルと相互に甘えっきりになってしまい二人ともが駄目になる確信があった。

 

「身勝手な話だと思う。だけど、今は自分に納得が出来ないんだ。なあ四宮。嘘と仮面の話を覚えているか?」

 

「……えぇ、勿論です。白銀さんが言うには、なりたい自分、TPOに合わせて人は態度を変える……でしたね」

 

「ああそうだ。俺は、なりたい自分が出来た。だが、そこに至る道の過程で、四宮と友達のままではお前に甘えてしまうことがあるだろう。だから四宮。すまん。今の俺のままでは、四宮の友達ではいられない」

 

 四宮は俯いたまま、動かない。

嫌われたかもしれない。失望されたかもしれない。

 だが、俺がお前の友として相応しくなったとき。必ず迎えに行く。そして、もう一度。

その時、俺達は本当の友を得るだろう。

 

「約束するよ、四宮。俺がお前に相応しい人間であると、この学園の誰もが確信した時。改めて四宮を迎えに行くから」

 

「わたし、あなたを信じていいの?ほんとうにわたしをむかえにきてくれる?いつかわたしを……たすけてくれる?」

 

「ああ。必ず」

 

 俺は四宮の言葉に強く頷く。

 そしてそれを聞いた四宮は深呼吸をしてから顔を上げ、こちらを睨み付ける。その身に纏う雰囲気は俺に取っては初めて見るもので、これこそ彼女が氷のかぐや姫と呼ばれる理由なんだろう。

 

「私、嘘と裏切りが嫌いなの。だから貴方のことを半分だけ……信じます。貴方を信じたい私と、信じられない私。その妥協点です」

 

「すまん……いや、ありがとう」

 

「私はもう帰ります。お友達でないのなら、貴方を看病してあげる必要、ありませんよね。さようなら」

 

 そう言って、彼女は立ち上がる。

 俺はその姿を見送り、決意を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──

 

 

 

うぅぅはやさかぁぁぁぁどこぉぉぉ?

「ここにいますよ、かぐや様」

 

 わたし、かなしいわ。

 かれとおともだちじゃなくなっちゃった。

 わたしはあしたからどうすればいいの?

 

「存外あの男も面倒臭い性格をしているようですね。頑固と言うか……不器用と言うか……かぐや様も変な男に惹かれてしまいましたね」

 

 はやさかのおはなしはむずかしい。

 いつもよくわかんない。

 でもたぶん、わたしをしんぱいしてる。

 

「あぁ、お労しやかぐや様。でも、面倒なのはかぐや様も同じですから、むしろお似合いなのでは?」

おにあい?ほんとう?

 

 うれしい。かれとおにあいだって。

 

じゃあけっこんする!

 

「はいはい。そうですね。さあかぐや様。絵本を読んで差し上げますから、ベッドにお入りになってください」

 

おうじさまとけっこんするやつ!

 

「ええ、ロマンチックで乙女心に響くお話に致しましょうか」

 

 

 

──

 

 

 

もっかいよんで!!

「ええ、勿論です」

 

 

 

──

 

 

 

はやさかぁぁぁもっかいぃぃ

「喜んで」

 

 

 

──

 

 

 

もっかい

「はい。畏まりました」

 

 

 

──

 

 

 

このおうじさまあんまりかっこよくないよぉぉぉはやさかぁ

「では私が考えた白銀の王子様と入れ替えましょう」

 

 

 

──

 

 

 

おひめさまはくろいかみなの?

「ええ、長くて、綺麗な黒髪ですよ。ほら、丁度かぐや様のような髪でございます」

 

 

 

──

 

 

 

どうしていつもふたりはしあわせにくらしておわるの?

「最後は必ず幸せが訪れる。そういう運命なのです」

 

 

 

──

 

 

 

じゃあわたしも、いつかしあわせになれる?

「ええ。必ず。この命に代えても、貴女を幸せにしてみせます」

 

 

 

──

 

 

 

ううぅねむくなっちゃった

「はい、ではお休みなさいませ」

 

 

 

──

 

 

 

 あの子があんなに弱っているのを見るのは久しぶりだ。いや、もしかしたら昔より酷いかも。

 でも、まだ手遅れじゃない。前に進もうとするこの子の意志はまだ折れていない。

 だから私は動かない。

 彼をどうこうするのはきっと、この子が悲しむだろうから。

 モーニングルーティンも明日くらいは放棄しよう。全てはこの愛おしい妹分の為に。

 

 

(白銀御行……。この子を悲しませたんだから、絶対に幸せにして貰いますからね!!)

 

 

 

──

 

 

 

 






ちゃうんや……私はかぐや様を悲しませたかったわけじゃ……。
でも気がついたらこうなってたんや……。


 余白減らしてみました。こっちの方が読みやすいかも?
 あとフォント読み辛かったらすみません!!でもこれ楽しい!!やめられん!!


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藤原千花は慰めたい




かぐや様のアホ化は順調に進行中。


 

 

 かぐやが幼児退行してしまった次の日の放課後。現在、彼女の親友、藤原千花は困惑していた。

 

 その原因は今のかぐやの状態にある。かぐやは今、友人の喪失というショックから立ち直りきれず、IQが八割ダウンした状況なのだ。具体的にはそう、こんな感じに……。

 

「あら、藤原さん。見て、蝶々」

 

「か、かぐやさ〜ん……。ここは屋内ですからそんなのいませんってばぁ」

 

「居るわよ、ほら、透明な蝶々。ふふ……綺麗ね」

 

「え゙ぇ!?そんなの居たら世紀の大発見ですよ!?というか、透明だとそもそも見えませんよね!?」

 

 ありもしない何かが見えているかぐや。いや、本当は見えてなど居ない。ただ、こうして敢えて頭を空っぽにし、アホみたいな言動をすることでショックを和らげようとしているのだ。

 

「かぐやさん……あのぉ、昨日あの後何かあったんですか?」

 

 藤原はかぐやの突然のアホ化に心当たりが一つだけあった。それはつまり、昨日自分がしたアドバイス。かぐやが想い人相手に友達となれるよう、放課後にデート、もとい遊びに誘うというもの。

 それが失敗に終わってしまったから、彼女は落ち込んでしまっているのだろう、と。

 

「昨日……?えーと、何かあったかしら?あゝ、昨日はウチの者が珍しくハーブティーを淹れてくれたのよ。とても美味しかったわ」

 

「へ、へぇ……そうなんですかぁ」

 

「ええ。パッションフラワーのハーブティーには抗うつ作用や催眠、鎮静作用などがあるそうよ。うふふ、藤原さんも今度ご一緒に如何?」

 

「いやいやいや!!それが必要な人はかなりメンタルやられちゃってますよね!?やっぱり昨日何かあったんじゃないんですか!?」

 

 藤原は思った。かぐやさんがここまで変わってしまうなんて、恋って怖い。と

 しかし、その原因の一端に自分が送ったアドバイスがあるのならば、放っておけない。いや、そもそもが自分は彼女の唯一の親友。キチンと受け止めてあげて、その上で慰めてあげなきゃ。とも思った。

 

「あのぉ、それで結局。かぐやさんはその……好きな人とはお友達になれなかったのですか?」

 

 藤原はド直球に尋ねることにした。

 

「好きな人?私に好きな人なんて居ませんよ」

 

 かぐやは誤魔化した。しかし無駄である。かぐやは昨日既に自身が恋をしていることを藤原の前で認めてしまっているのだ。もしそうでなければ彼女を騙せたかもしれないが、実際もう藤原は分かってしまっている。

 

「いやかぐやさん。その誤魔化し方は照れ隠しにしても無理がありますって……じゃなくて!!あの後どうなったのか!!わたしに教えてくださいよぉ」

 

「…………お友達には、なれたわ」

 

「えっ!?良かったじゃないですか!!じゃ何でそんな変になっているんです?」

 

「変って……まあ確かに私も可笑しかった自覚はありますが…………何と言いますか、お友達になったのだけれど、やっぱりお友達じゃ無くなったのよ」

 

「いや意味分かんないですよ!?」

 

 当事者でなければこの流れで理解できる人の方が少ないだろう。藤原千花は秀知院学園の生徒でそこそこの成績をもってこそいるが、学園のトップ層たる天才達と比べて、それほど頭が良い訳ではなかった。

 

「色々とあったのですよ。色々…………。でもね、藤原さん。これは私達2人が解っていれば良い。そう言った類の話なんです」

 

「でも気になりますよぉ。かぐやさん、ちょっとくらいは教えてくれてもいいじゃないですかぁ」

 

 恋バナが大好きな藤原はかぐやがはぐらかしたといって、そこで諦めるような殊勝な心がけは……あまり持ち合わせていなかった。

 

「しつこいですよ……もう。仕様がないわね。彼は……そう、私に相応しい男になるまで待っていて欲しい、いつか迎えに行く……と。そう仰っていたわ」

 

「ただのお友達申請にそこまでガチになるんですか!?その人、相当なロマンチストというか……なんといいますか……。でもなんか良いですねっ!乙女的にはキュンキュンしちゃうシチュエーションですよ!ひゃ〜。かぐやさんいいなぁ。わたしもそんな事言われてみたいです!」

 

「私は悲しんでいるというのに何をそんなに楽しそうに……。ただまあ、そうね。彼は少々夢想家の気があるようですが……しかし藤原さん。私はこの事態も成るべくして成った事なのだと思うのです」

 

 かぐやは昨夜、幼児退行して早坂に思いっきり甘えた結果、若干の楽観的思考と乙女的思考が抜けきれていなかった。いや、もはや脳にこびりついて離れないと言ったところか。

 

「愛し合う二人の前には沢山の難題が現れるものなのです。しかし彼は私の為に其れらを乗り越え、そして月に連れて行かれそうになる私の事を助けに来てくれるの。私の事を抱きしめて、追手から逃げ出す彼。そしてこう言うのです。かぐや。お前を月に帰してたまるものか、と。そう、これは正しく運命。私と彼は運命の赤い糸で結ばれているのですよ。だからこの状況も一時的なもの。ちょっと我慢していればそのうち彼が迎えに来てくれるのです」

 

「は、はぁ……そうなんですか……」

 

「それでね、それでね。彼はこう言うのよ。あゝ、かぐや。君は月よりもずっと綺麗だって!!そして跪いて私の手の甲にそっと口づけするのよ!!どう!?これはもう運命よね!?」

 

 かぐやは竹取物語の設定を元に、更に早坂が昨夜聞かせてくれた激エモでロマンティックな寝物語を混ぜて、それに完全に自己投影しまくっていた。

 今までのかぐやならば自身の境遇からかぐや姫を嫌悪していた。しかしそれは、同族嫌悪に近いもの。そしてバッドエンドを忌避していたからである。

 ならばハッピーエンドを望む今、早坂の乙女心をくすぐるストーリーは大変魅力的であり、そこに感情移入する器としてかぐや姫はとっても共感しやすい登場人物ですらあった。

 

「い、いやぁ……かぐやさん。もうベタ惚れじゃないですかぁ〜。何だかとっても楽しそうに見えますよ?」

 

「…………今のは忘れて頂戴」

 

「えぇ〜笑?あんなに可愛いかぐやさんは超レアですからぁ〜忘れるなんてぇ〜とてもとても……」

 

 はっと我に帰ったかぐや。だが時既に遅く、藤原の海馬は先程までの唯のやや妄想癖のある恋する乙女としてのかぐやを焼き付けてしまっていた。

 

「じゃあじゃあ、かぐやさん!!そのお相手のどんな所が好きなんですか!?教えてっ!教えてっ!」

 

「えっ!?そ、そうね………………あれ?えっと、その……好きな所は…………あれ?…………私はあの人の一体何処が好きなんでしょう?」

 

「私に聞かれても分かりませんよ!?」

 

 かぐやは白銀の好きな所を挙げようとするも、中々これといった所が出てこない。

 

「わ、私……本当に彼の事が好きなのかしら……。も、もしかして……これは本当の愛じゃない……?じゃ、じゃあ私の運命は………………」

 

「はわわわ……。か、かぐやさ〜ん。そ、それはきっとアレです!!一目惚れってヤツです!!だから大丈夫ですよ!!かぐやさんはちゃんとそのお相手の事を好きですって!!」

 

「本当?私……ちゃんと彼の事、好きなの?」

 

「このラブ探偵千花に任せてください!!かぐやさんの恋という落し物を見事見つけてあげましょう!!」

 

 藤原は何処に持っていたのかディアストーカーを被ると、パイプを口に咥える※勿論これは偽物。未成年の喫煙は法律で禁止されている。

 

「じゃあかぐやさん。そのお相手が他の女の子と仲良くしているところを想像してみて下さい」

 

「他の……女……」チラッ

 

「なんですかぁ?ほらほら、イメージですよっ!」

 

 

 

──

 

 

 

「御行く〜ん。ぎゅ〜!!」

 

「ふ、藤原!!そんなにくっつくと当たって……」

 

「当ててるんです……よ?どうですか?わたし大きさには結構自信あるんですよ///」

 

「うぉぉぉぉ!!藤原サイコー!!やっぱ付き合うなら胸の大きい子に限る!!」

 

 

──

 

 

 

「……人の姿をした家畜。性欲の化身。男を食い物としか考えていない下賤な女。胸ばかりに栄養が行っている脳カラ。ヘンテコリボン女。卑しい女……。男という蜜に集る虫ケラ。そう虫。虫よ……。でかい害虫だわ。害虫は駆除しなくちゃ…… 駆逐してやるわ……この世から……一匹残らず……。さあ、神様へのお祈りはすんだかしら……?部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする準備をしておく事ね……ふふふ」

 

「ちょ、かぐやさん!?仮定の話ですよ!?って言うか誰に何するつもりなんですか!?」

 

 突如豹変したかぐやを見た藤原は焦る。このままでは世の中に恐ろしいものを解き放ってしまう気がした。

 

「で、ですがアレですね!!そこまで嫉妬するのなら、かぐやさんはやっぱりそのお相手の事が大好きなんですよ!!」

 

「……ふぇ?」

 

「嫉妬の分だけ好きがあるんです!!だからかぐやさんはちゃんとその人が好きなんですよ!!」

 

 藤原は畳み掛ける様に説得し、今にも人を殺しそうなかぐやの機嫌を治そうと試みる。

 

「本当?これは……本物の愛?」

 

「は、はい。その……本物の愛……ですよ」

 

 本物の愛。それは思春期真っ只中である高校生にとっては考えるだけでも悶えてしまう恥ずかしワードである。藤原にとってこれを口にするのは途轍もない羞恥が伴う。

 しかしかぐやはそうではない。彼女の恋愛観は大体幼稚園から小学校低学年辺りで止まっている。無邪気に将来の夢はお嫁さんだとか言えちゃうあの恐れの知らずな価値観である。だが、一部はそれを超えて大人の恋愛観も歪に持ち合わせているものだから余計にややこしい。

 

「そう……良かったわ。でもはぁ……これからどうしましょうね」

 

「あ〜……お友達作戦は失敗でしたもんねぇ。あ、じゃあこれはどうです!?」

 

「何かしら」

 

 藤原は新たな作戦を提案する。その内容は、つまり、学校で話せないなら連絡先を交換しちゃえば良いじゃん作戦!!

 好きな人とのメールに一喜一憂。これは高校生が憧れる恋愛シチュ第一位!!(藤原調べ)

 兎にも角にも相手との距離を詰めないことには話は始まらないし、そもそもこれ程に恋愛脳となってしまったかぐやが、それほど長い期間想い人と交流が無い状況を我慢できるとも思えない。

 

 そこでこの連絡先交換!!まさか今時携帯を持っていない人など居ないのだ。この超箱入り娘のかぐやですら昔から携帯を持っている。これならば問題など何もない。

 

 藤原は自画自賛した。

 

「名案ね。凄いわ、藤原さん。貴女……やるじゃないの。いつも変な事ばかり考えている訳じゃなかったのね。見直したわ」

 

「え゙っ!?かぐやさん酷いですぅ!!」

 

 そして続く乙女達の恋愛トーク。ヒートアップし続ける二人の乙女回路は完全な暴走状態。これを止められるのは早坂のみ。しかし今ここには居ない。

 早坂は学校ではかぐやの近侍である事どころか、彼女の関係者であるとすら知られないよう、他人を装っている。そんな彼女が今ここに割って入れば、今までの隠蔽が無駄になってしまう。

 

 

 

──

 

 

 

「そうね。子供は何人でも良いわ。あゝでも、男の子も女の子もどちらも育てたいわ。それから犬も飼いたいわね。そう、ちょうど藤原さんが飼っているペスくらいの子がいいわ」

 

「あ〜分かります〜!良いですよねぇ、小さい頃から一緒に育ったペットはやっぱり特別なんですよぉ〜!」

 

「それから、都会の喧騒から離れた所にお家を建てたいわ。海の見える丘に小さなログハウスを建てるの。そして潮騒に耳を傾けながら、水平線に沈む夕日を眺めつつ語り合う……いい、良いわこれ!」

 

「きゃ〜!!かぐやさんも分かってますねぇ〜!!じゃあじゃあ、初デートはどんな所がいいですか!?」

 

「悩むわね……。静かな喫茶店でお茶をする……とかでしょうか」

 

「えぇ〜それも良いですけどなんか足りなくないですかぁ?一緒にお買い物とか、遊園地とか!」

 

「遊園地!行ってみたいわ!どんな所なのかしら!?」

 

「そうですねぇ〜やっぱり行くなら夢の国ですかね。色んなキャラクターをモチーフにしたアトラクションがあってですねっ!あっでも、夢の国は初デートで行くと別れるってジンクスがあるとか……」

 

「私はそう言った不確かなお話は信じませんから大丈夫です。私達は別れたりしません」

 

「いやそもそも付き合うどころの状態じゃないじゃないですかぁ」

 

 

 

──―

 

 

 

 二人の会話は陽が沈み始めてからも続いた。既に大半の部活動も終わり、教室の窓からは校庭で運動部達が談笑しながら後片付けをしている様子が見える。

 

「わっ、かぐやさん!大変!もうこんな時間ですよ!私門限に間に合わなくなっちゃいますぅ」

 

 ふと教室に掛けられた時計を見た藤原は急いで帰りの支度を始める。

 

「あら、本当……。楽しい時は、時が過ぎるのが早いですね」

 

「えへぇ〜かぐやさんも楽しかったんですね!わたし嬉しぃ」

 

「ま、まあ……?お友達と放課後に談笑。私ずっとやってみたかったのよ。……あと、恋バナも……

 

 何だかんだで付き合いの長い二人だが、かぐやは言うまでもなく、藤原も政治家一族の愛娘である。中等部時代は門限も今より厳しく、かぐやが弓道部の活動に精を出していた事もあって、中々放課後に時間を取る事が出来なかったのだ。

 今のかぐやは高等部でも弓道を続けるか迷い、まだ入部届を出していない。その為、この春からはかぐやにそれなりの時間のゆとりが生まれていた。

 

「じゃあかぐやさん!帰ったら電話しますねっ」

 

「えぇ、藤原さん。また後でね」

 

 しゅたたた……と教室から走り去る藤原を見送ったかぐやは自身の携帯電話を取り出す。幼等部のころから使用している旧式のガラケーのそれを。もっとも、かぐやはこれが化石のような存在である事は理解している。世間では『すまほ』なる板が携帯として主流となっているのは早坂から何度も聞かされているし、その利便性についても長々と解説されている。

 だが、四宮かぐやという人間は物持ちが良いというか何というか……。スマホの利便性を認識しつつも、それが自身に必要であるようには思えなかった。

 かぐやにとって携帯とは、早坂呼び出し装置。

 もしくは藤原さんとの文通、通話を行う為の機械。それ以上の認識が無いのだ。

 

「む・か・え・に・き・て……っと」

 

 ガラケーを両手で握りしめて、ぽち……ぽち……と文字を打つ様は、まさに箱入りお嬢様……いや、時代に取り残された老人のそれである。

 

 こうやってメールを一通送れば、早坂は遅くても五分以内にかぐやの元へ馳せ参じるだろう。自身の席の椅子を引き、座る。

 夕陽が差し込む教室は仄かなオレンジ色に染まり、彼女の朱が差した表情を覆い隠している。

 かぐやは腕を枕として机に伏すと悩ましげな声で呟く。

 

「あゝ。白銀さんは今、何をしているのかしら……」

 

「完全に少女漫画のヒロインですね。かぐや様」

 

 静寂に満ちていた筈の教室、そこでかぐやが漏らした囁きに返答が帰ってくる。

 

「…………はーやーさーか!!いたのならそう言って頂戴!!心臓が止まるかと思いました!!貴女その気配を消して歩く癖辞めなさいよ。びっくりしちゃうでしょ」

 

「そうは仰られましても……仕事柄、これが癖になってしまっているのです。もう職業病だと思って慣れていただくしか……」

 

 この子はいつから忍者になったのかしら?かぐやはそう思い、いえ、似たような事をさせてるの私だったわね……。と、脳内で自問自答を繰り広げる。

 

「そう言えば藤原さんも少女漫画がどうとか言っていましたね……。早坂。その少女漫画と言うものはどういったものなのかしら」

 

「そうですね……定義については勿論ご理解されていると思いますので省きますが……かぐや様がご想像なさる漫画とは、恐らくはターゲットとする年齢層が一桁。子供向けで教育的、道徳的な側面の強いモノでしょう」

 

「えぇ、そうね。絵本みたいなものでしょう?もしくは、新聞に載っているアレ」

 

「ああ、四コマの事ですか。確かにそれも漫画のメジャーな形態の一種ですね。しかし、一般的にいう少女漫画というのはですね。名前の通り、少女をターゲット層とした漫画の事です。まあ、大人の女性も読みますが……」

 

 かぐやは早坂にこの話題を振ったことを若干後悔していた。というのも、この早坂愛という少女は少々オタク気質であり、自身の趣味に関する質問をかぐやがすると、それはもう長々と早口で語ってくるのだ。

 

「内容としては主に恋愛を題材にした物が多いですね。少女漫画の特徴として、人間関係や感情の動きに重点を置いたモノローグ重視の描写。等身大でリアリティのある恋愛関係などがよく見られます。少年、青年向けの漫画だともっと派手で壮大なストーリーが好まれやすいですね。恋愛にしても、誇張された男性目線のお話となります。まあ近年は女性作者の少年漫画や男性作者の女性漫画もたくさんありますし、境界が曖昧になって来ていて全てがそうとは言い難いのですが……。そしてジャンルに優劣をつけるのはおかしな話ですが、とっつきやすさや読んでいて共感しやすいという観点から見ればかぐや様には少女漫画は確かにオススメできるものでして…………」

 

「もう十分よ、早坂。それで?そんな少女漫画に詳しい貴女から見て、特にお勧めの作品はあるかしら?」

 

 話を進めようと質問してみると、早坂は少し考え込んでから目を輝かせて言う。

 

「興味がお有りですか?でしたらここはやはり不朽の名作を読んで頂きたく……いや、でも古い作品は当時の流行や価値観が理解できないと難しいかもしれないし絵柄も慣れてないと読みにくいかも……とするなら連載中の作品でしょうか。でしたら現在連載中の作品があるのですが、これがどうやら中々に評判が良いらしく、このまま行けばアニメ化もあり得るそうで……」

 

「あー、それで?その作品は何というの?藤原さんと今度一緒に読んでみましょうと約束したので、用意しておいて欲しいのだけれど」

 

「今日は甘口で、という漫画です。現在物語はそこそこ良いところまで進んでいるらしいので、最新刊まで揃えておきます」

 

 そう言うと早坂はスマホでしゅぱぱと指を動かす。密林のサイトを開き、レビューをチェック。星4.7の高評価が付いていること、サクラレビューが少ないことなどを素早く確認するとスマホをポケットにしまう。

 ちなみにかぐやは一連の操作の意味が理解できなかった。と言うかそもそもかぐやは、ネットに通販サイトがあることすら知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──

 

 

 

後日、かぐやの自室にて。

 

 

 

「ちょっと藤原さん!ページ捲るの早いわよ。私まだここ読んでるの」

 

「あっ、ごめんなさいかぐやさん。でもそこはモブの描写だから飛ばしても良いと思うんですけど……」

 

「駄目よ。きちんと行間まで読み込むのが読書の基本よ」

 

「いやぁ〜漫画に行間も何もないと思うんですが……」

 

「でもこの女の子の心情を理解する為にはここの描写の意図を読み取る必要が……」

 

 

 

──

 

 

 

「ゔゔ……この先どうなっちゃうのお゙お゙お゙?」

 

「ぐす……ちょっと藤原さん、泣かないでください……。煩いですよ」

 

「かぐやさんだって泣いてるじゃないですかぁ!」

 

「だって……こんな、可哀想だわ……。この子の境遇を思うと……私まで悲しくなっちゃうわ……」

 

 

 

──

 

 

 

「ああーっ!私もこんな恋がしたいわー!」

 

「かぐやさんはもう恋してるじゃないですかー!わたしの方こそこんな恋したいですー!」

 

「それとこれとは別なのーっ!」

 

「あーあぁ!わたしもどっかに出会いないかなぁ!」

 

 

 

──

 

 

 

 乙女達の日常は今日も姦しく過ぎていった。

 

 

 

──

 

 

 





きょうあま回は神回。 


書きやすくて尚且つ読みやすい。そんな文体を模索中です。


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白銀御行は変わりたい




この世界線でも会長は会長になる運命なのです。


 

 

 白銀御行は決意した。四宮かぐやと対等になるために何か行動を起こそう、と。そこで彼はとりあえず、生徒会に加入する事を決めた。

 このまま何もせずに日々を過ごしているだけでは、何も変わらない。

 主体的な行動を起こすことが重要なのだと、そう思い生徒会室にやってきていた。

 

「では白銀くん。君は生徒会に加入してくれるってことで良いのかな?それならば君に紹介したい人が居るんだ。もうそろそろ来るんじゃないかな」

 

 そう言って生徒会長は扉へと目線をやる。すると、丁度タイミングよく誰かが入ってきた。

 

「ちわーっす。あれ、会長そいつ誰?あ、もしかして庶務やってくれる奴見つけたのか?」

 

 その人物は室内だと言うのに帽子を被っており、長いストレートの髪はしかし薄い色素もあって清楚さと言うよりかは不良感を白銀に覚えさせる。白銀は、彼女の生徒会長へ対する馴れ馴れしい態度から、彼女が生徒会の役員の一人であると察する。

 

「紹介するよ白銀くん、彼女は龍珠(りゅうじゅ)桃。この生徒会の会計になってくれた君と同じ一年生だ。そして……」

 

「ちっ……」

 

 生徒会長は彼女……龍珠桃の事を紹介し、途中で挟まれた舌打ちに目を細める。

 

「まあ、そこはいずれ君が自ら知るべき事だったね。気にしないでくれたまえ。嗚呼。それと龍珠会計、彼は白銀御行くん。今年特待生で入学した我等が秀知院生徒会期待の新メンバーさ。彼には君の想像通り、庶務をやってもらう」

 

「ど、どうも。白銀です……えっと、龍珠さん」

 

「はぁー……。オイオイ会長。こんななよなよした奴の何処が期待の新人だよ。全然仕事出来そうにないんだが」

 

 龍珠はため息を吐き露骨に失望してますよ、という態度を見せる。あからさま過ぎて白銀の事を舐めているとしか思えない。

 

「アハハ、彼の美点は表面的な部分では中々測れるモノじゃないんだよ。ま、そこは仕事をしていけばそのうち理解できるさ」

 

 そう言うと生徒会長は書類の束を白銀に渡してくる。どうやら加入当日からいきなり仕事らしい。

 

「やり方は……そうだね、龍珠会計。君が教えてくれないかな。僕はこれから校長とお話に行かなければならないんだ。では頼んだよ」

 

「はぁ!?なんでアタシがこいつに教えてやらなきゃならないんだよ……」

 

 生徒会長はヒラヒラと手を振り生徒会室から出て行ってしまった。

 後に残された白銀は龍珠桃と二人っきりの状態に気まずさを覚える。

 

「はぁー……ほら。さっさと仕事片付けちまおうぜ。アタシはこの後部活行きたいんだよ」

 

「あっ、すまん……そうだな。教えてくれ」

 

 龍珠から経費関連の書類について教えられながら仕事をこなして行く。白銀は苦手な事が多く、決して器用とは言えないタイプの人間だが、仕事が出来ないなんて事はなく。むしろその持ち前の頭脳のお陰で、飲み込みが早かった。

 

 

 

──

 

 

 

「お前結構やれるじゃんか。アタシもっとトロい奴なのかと思ったよ」

 

 龍珠はそう言うとソファーの背もたれに寄りかかり伸びをする。

 

「そんじゃアタシは部活に行くけど……お前はどうするんだ?」

 

「そうだなぁ……というか龍珠さんはなんの部活を……?」

 

「天文部だよ。分かるか?屋上で星を見たり月を眺めたりするんだ。今の時期だとそうだなぁ……」

 

 龍珠は自身が所属する天文部、及び天体や星座に関して説明しようとする。しかしその必要は無い。何故なら白銀御行が小学生の頃の夢は天文学者。現在でも好きな事を聞かれれば真っ先に上がるのは天体観測。根っこからの天体好きなのだから。

 

「春の大曲線もいいが俺的にはプレセペ星団が良いな。蟹座の散開星団なんだが知ってるか?この星団はあのガリレオ・ガリレイが望遠鏡を使って恒星の集まりであることを発見したんだが、ここに含まれる星の数はなんと二百を越えるんだ。また中国では積尸気とも呼ばれていて、死者の魂が集まる場所と考えられていたんだ。俺も子供の頃、望遠鏡が手に入らなくて、代わりの双眼鏡でもよく見えるこの星団を何度も眺めては、遠い銀河に想いを馳せたものだ……」

 

「お、おお……。いや、それはアタシも知っているが……なんならお前も来るか?屋上。予報では今夜は晴れで月明かりも少ないらしいからな。絶好の天体観測日和だ」

 

 白銀の熱い天文トークにやや引きながらも自身と共通の趣味を持つらしい彼を部活へ誘う。

 というのもこの天文部、龍珠が高等部に進学した時点では部員数ゼロ人の半ば廃部状態となっていたのだ。まあ、今でこそこの学園のVIPである彼女が入部した為活動出来ているが。

 

「いいのか?」

 

「まあ……偶には誰かと星を見るのも乙ってもんさ」

 

 

 

──

 

 

 

 その後、白銀と龍珠は屋上にて日が完全に暮れるのを待っていた。白銀は空をぼんやり眺め、そして龍珠は携帯ゲーム機で遊びながら。

 時折天体についての話をしつつも、それ以外殆ど会話らしい会話がなかった中で、龍珠が初めて他の話題を出す。

 

「そういやさ。なんでお前は生徒会に入ったんだ?アタシはまあ……会長に誘われてってのと、この生徒会のある旧校舎が校則の治外法権で色々出来るからってのだな」

 

「俺は……外部生で、入学以来周りから馬鹿にされててさ。それだけなら俺のプライドの問題だから良く……良くはないけど仕方ないなって思ってたんだ。でも……対等になりたい、追いつきたい奴が出来たから、何かを変えなくちゃって思って……後は龍珠さんと同じだよ。会長に誘われてたからだな」

 

 白銀は段々と黒くなり始める空を眺めたまま答える。うっすらと見え始めてきた星の輝きは白銀の心を童心へと戻し、彼の本音を引き出す。

 

「へぇ。まあ、良いんじゃねぇの?舐めてきやがる周りを見返したいって気持ちはアタシにも共感できる感情だよ。……なあ。アタシの苗字、龍珠ってのに聞き覚えはねーか?」

 

「いや……特には。何かあるのか?」

 

「成る程な。そりゃお前舐められるわけだよ。龍珠組って言ったら、この国でも最大のヤクザだろ。ニュースとかで聞いた事ねぇのか?お前、そんな感じでこの学園の奴らの実家がどんななのか分からないって顔してたんだろ?そりゃ世間知らず過ぎてこの学園じゃ舐められるってもんだ。……流石に四宮かぐやは分かるよな?お前、話しかけられてたそうじゃんか。アイツはこの学園でもトップクラスのビッグネームだ。もし不興を買ったりしたら、正直アタシの実家を敵に回すよりヤバいんじゃねぇの?」

 

「…………流石にそれくらいは分かってるよ。実家の凄さも、本人の凄さも……」

 

 白銀の脳内に四宮かぐやの姿が思い浮かぶ。この龍珠桃もそうだが、この学園の生徒は自分とは全く別世界の人々の様に思えてしまう。……話してみれば案外普通の人間なんだなって思う事もあるが……。だからこそじゃあ自分はどうなんだ、となる。

 

「俺はさ、まさにその四宮と並び立てる人間になりたいんだよ。でも、周りから色々言われるし……彼女とどうやって話せばいいのかも……分からない」

 

「お前、アレだな。自信がなさすぎる。んなの簡単じゃねぇか。俺はモテて当然、だから四宮かぐやも俺に惚れて当然。お前らとは出来が違う。ってな感じにデカい態度をしてりゃいい。怯えてビクビクしてるから舐められるんだよ。虚勢をはれ」

 

「……虚勢を張ったところで所詮は偽物だ。それは本当の自分じゃないし、嘘はいつかバレる」

 

 嘘と裏切りを嫌う。強く言い切ったかぐやの言葉に漠然とした憧れを抱いている事に気づかない白銀だが、それがかぐやの地雷である事は身に染みている。

 

「なんだよ女々しい奴だな。じゃあ嘘じゃなきゃいいんだろ?嘘が本当になる、そんな形でも良いんじゃねぇの?」

 

「いっそ清々しくなる程の屁理屈だな……。でもそうか。いつか本物になる為の努力。それは確かに俺の目指すべき所としては正しいのかもしれない」

 

 いつの間にか夜の帳は下り、闇で塗り潰された空のキャンパスで瞬く星々を見る二人。初対面であったはずの二人はいつの間にか距離感が縮まっている事を自覚する……それは物理的にも、心理的にも。

 

「なぁ、白銀」

 

「なんだ、龍珠」

 

 お互い何の確認もなく、しかし自然に呼び捨てに変わる。

 

「アタシはお前のそれ、手伝ってやってもいいと思う」

 

「そうか。ありがたいな」

 

 龍珠は屋上の手摺に寄りかかると、空を見上げたままに続ける。

 

「アタシの事をヤクザの娘としてしか見れない様な奴らと違って、お前には見る目がある。アタシも昔はそれで悩んでた時期も有ったよ。……けどこの学園にはそうじゃない人もいて、助けてくれた恩人に感謝していてさ。だから、お前の事を外部生としてしか見れない奴らを見返すっての、やろうぜ」

 

 こうして龍珠の協力を得て、白銀の周りを見返す為の挑戦が始まった。

 

 

 

──

 

 

 

「ほら、もっとシャキッとしやがれ。背筋は伸ばして、ハキハキ喋るんだよ」

 

「あ、ああ」

 

「その吃る癖もやめろ。自信がねぇのが見え見えだ」

 

「す、すまん……」

 

「謝るにしても下手に出過ぎんな。目上の奴が下々に慈悲を与えるかのようにやんねぇと舐められるぞ」

 

「いやそれは謝れてないよ!?」

 

「いいか?人の上に立つ者は簡単に謝ったりしないし、ましてや自分を下げたりなんかしない。言葉では申し訳なさを出してもいいが、心までそう思うな」

 

「流石にそれは人としてどうなん?」

 

「そんくらいの気概を持てって話だ!」

 

 

 

──

 

 

 周りを見返す為の二人の訓練……。いや、龍珠による特訓は毎日生徒会の活動後に屋上で行われた。

 すぐに打ち解けた二人の様子を楽しそうに観察していた生徒会長は昼休み、白銀を呼び出してこう言う。

 

「やあ白銀庶務。突然呼び出して悪いね」

 

「会長。俺、なんかミスとかしてました?」

 

 上司からの名指しでの呼び出し。これでまず真っ先に思い浮かぶのは仕事でのミスについてだろう。バイトで社会経験がある白銀は、以前スーパーのバイトで発注ミスをして店長に怒鳴られた時の事を思い出して胃が痛くなっていた。

 

「嗚呼いや、そうじゃないよ。なにやら君と龍珠庶務が熱心に何かをやっているようだからね。もし悩みがあるのなら僕も力になれないかなと思ってさ」

 

「あぁ……そういう」

 

 白銀は心の底から安堵した。

 

「あんまり言いふらさないで欲しいんですけど……俺、四宮みたいな奴と対等になりたいんです。それで龍珠には色々とアドバイスとか貰ってて……」

 

「ふぅん……。そうか。そういう事なら白銀くん、是非僕からもアドバイスを送らせて欲しいな」

 

 生徒会長は立ち上がり、座っていた椅子に手を置く。

 

「コレだよ」

 

「コレ……って、生徒会長ですか?」

 

「そう、秀知院学園生徒会会長。どんなに家柄が良かろうと、所詮僕らは学生。この学園内であればコレ程分かりやすいステータスはない。前にも言っただろう?生徒会にはその重大な責務に相応しいだけの莫大な権限が与えられる。コレが無ければ秀知院の大物達と対等にやり合えないからね」

 

「成程……。確かに生徒会長は部活連と予算の調整なんかもしますから、立場上対等、いえ、この学園内においては優越しているとすら言える……」

 

 生徒会長は白銀をその席へと座らせると自身の学帽を白銀の頭に乗せて言う。

 

「どうだい、これが秀知院二百年の間、学園の頂点であり続けた生徒会長の景色だ。僕はね、この短い期間ではあるが……君が次期生徒会長に相応しいのではないかと、そう思っているんだ」

 

「そうやって買って頂けるのは嬉しいですけど……でも、本当に俺ってそんな器なんですかね」

 

 白銀は生徒会長の机の、年季の入った木目を撫でながら躊躇いがちに呟く。

 

「アハハ、僕も白銀くんの今のその態度を見ると疑問に思ってしまいそうだけど……これは何というべきかな……。勘、もしくは運命……と言っても良いだろうね。君はこの秀知院で何か大きな事を成し遂げる。そう言った運命的な何かが君に有ると、僕の脳が囁いているんだ」

 

 生徒会長との出会いからほんの少しの時間ではあるが、この人はミステリアスで曖昧な言葉遣いを好むきらいがあると、彼の人柄が掴めないなりに解ってきていた。そしてその認識によると、どうやら生徒会長の言は本気で言っているらしかった。

 

「ふむ。しかしそうなると白銀くんの場合は結構大変だね。外部生の生徒会長は……前例がないわけじゃないけれど……相当珍しい存在だ。外部生である事を吹き飛ばす程の、抜きん出た何かが必要だね」

 

「抜きん出た……何か……」

 

「君にも一つくらい、これなら他人より優れているって部分があるんじゃないかな?僕の場合はそうだねぇ、この胡散臭さとか?……なんてね」

 

 白銀は考える。己の長所、抜きん出た何かを。

 

(家柄はない。スポーツも出来ないし、芸術も……微妙だな。インパクトに欠ける。となると学力か……)

 

 そう、白銀御行という男はこの偏差値77の超名門校に特待生として狭き門を潜り抜けてきた。

 当然、中学では一度もトップから転落した事など無く、開校以来の逸材、天才だと褒められてきたし、このそこそこな顔の良さもあってかなりモテた。スポーツや歌では醜態を晒してこそいたが……。決して虐められるほどでは無く、クラスカーストでは総合的に見て、上の下と言ったところだった。

 

(でもなぁ……所詮は井の中の蛙というか。本物の天才たちと違って、俺は一般人にしてはそこそこ出来るってだけだった。そんな俺がこの秀知院で学力で抜きん出るためには……それこそ、四宮に勝つくらいの……いや、そうか)

 

「そうですね。俺は学力に自信がありました。今はそうでも無いですが……でも、誰かに勝てるとしたらコレくらいしか思いつきません」

 

「ならば白銀くんはそれを突き詰めるべきだね。そうすれば道は見えて来る。きっとね」

 

 

 

 

──

 

 

 

 白銀は家に帰ると妹の圭との会話もそこそこに自室、まあ妹のスペースとカーテンで区切られただけで実際は同じ部屋なのだが……。その自室に入ると、決意の表れを紙に書き、机の正面に貼り付ける。

 

 

 

『四宮の横に立てる男になる』

 

 

 

 壁に貼り終えるとすぐさまに古本屋で買ってきた参考書を開き、勉強をする。

 

「お兄ぃ、お風呂空いたよー」

 

 妹の圭が薄いカーテン越しに声をかけて来るが、極限の集中状態にある白銀には聞こえない。勉強を続ける。

 

「ちょっとお兄ぃ聞いてんのー?」

 

 いつまで経っても返事をしない兄に業を煮やした圭がカーテンを開き部屋に入ってくる。だがそれにも気づかない。シャーペンの芯を交換する。

 

「うわっ!?……お兄ぃ、どうしたの?」

 

 見たことも無いほどに鬼気迫る兄の様子に狼狽する。

 そこで漸く妹の存在を認識した白銀は目線を机に固定したままぶっきらぼうに答える。

 

「ちょっと授業の予習しとこうと思っただけだ」

 

「いやその量の参考書は明らかおかしいよ!?」

 

 白銀が古本屋で買い込んだ参考書の量は三十冊。大学受験を目指す高校三年生ですら、この時期にここまでの参考書をやろうとするのは異常だろう。

 

 貧困学生である白銀がコレほどまでに参考書を買い込めた理由。それは、秀知院学園の特待生特典の一つ、自主学習用の教材や必要最低限の文房具、ペンやノートなどへの補助金が存在するからだ。購入の際に自分の財布から払う必要こそあるが、後で領収書を生徒会に持っていけば学園側が建て替えてくれる。そう言ったシステムだ。

 

 当然、無駄遣いや勉強に必要ないもの、高級過ぎる文房具などは認められないが。白銀が普段使いするような一般的よりやや安めの文具、それから中古の参考書くらいなら幾らでも認められる……らしい。

 

 白銀は学校の帰り際に、生徒会会計である龍珠からその仕組みを詳しく教えて貰って早速使ってみたのだ。

 人生で今までにない程の爆買い。ために貯めたバイト代が一気に消えた時は震えが止まらなかった。しかしこれが数日後に全額返ってくると聞いて、秀知院ハンパないな……と改めてこの学園の規格外さを理解した。

 

「とにかくお兄ぃ。お風呂冷める前に早く入ってよね。じゃあ私もう寝るから」

 

「ああ、おやすみ。圭ちゃん」

 

 妹へと就寝の挨拶をした後、ささっと風呂を済ませた白銀はまた机に向かう。

 全ては四宮との約束の為。純金の飾緒を胸に飾り、四宮と並んで歩く自分を想像する。

 

(俺は約束したなら必ず守る。だから待っていろよ四宮。絶対に生徒会長になって、お前を迎えに行く)

 

 

 

 

 

 






予約投稿出来てなかった……。

勿論特待生の特典は捏造です。


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かぐや様は恋する乙女

 

 

 

 私、四宮かぐやは現在悩んでいる。それは……

 

(白銀さんと連絡先を交換したい……っ!!)

 

 と言うことについてだ。文通。それは遠く離れた相手とのコミュニケーション手段であり、男女間での交流には必須の行為。

 平安時代には互いに和歌を贈り合い仲を深めたと言うし、私も藤原さんとのメールを通して沢山の交流をしている。友情を深めるのに非常に有効な手段である事は間違いない。

 

(でも……でも!!)

 

 もし私から彼に連絡先を聞こうとすれば、そこに何かしらの意味が生まれてしまう。

 お友達のままなら問題はなかった。だってお友達とメールをするのは普通のことだから。

 

 けれども、私達の今の関係は……。ただの知り合い?それとも元友?……それって何だか元カノみたいで嫌だわ。別に私達まだ付き合ってもいないのに、私がフラれたみたいじゃない。

 

 まあ兎に角。そんな曖昧な関係の中で連絡先を知りたいと言う行動、それにはなんだか下心がある様で後ろめたい気持ちになってしまう。

 時折私を性欲に満ちた視線で見てくる男どもが連絡先を聞こうと邪な気持ちを隠さずにしてくるが、もし私も白銀さんにそう思われる……可能性があるならば絶対に避けなければならない。

 

(そんなの乙女的にNoに決まってるでしょ!!)

 

 参考資料として早坂に取り寄せさせた様々な少女漫画を読んでも、大抵は男の人が無理矢理迫ってきて連絡先を聞くという場面ばかり。

 男から主体的にアプローチを掛けてくるのは私の感性としては好ましいモノだけれど……。

 

(好きでもない男から強引に迫られたって、恐怖を感じるだけだわ……。この漫画の主人公はどうしてときめいているのかしらね……)

 

 私は別に有象無象に好かれたい訳じゃない。今まではその全てが鬱陶しかったけれど今は違う。

 白銀さん……そう、ただ一人。私は貴方からの好意が欲しい。

 

 貴方に私を意識して欲しくて、それが無理ならせめてお話だけでもさせて欲しい。でも私にはどうすれば良いのかが分からない。

 だって、私は恋焦がれ求められる事はあっても自分から他人を求める何て事……一度も無かったのだから。

 

(だからと言って下賎な愚民どもへの態度は改めませんけどね……)

 

 断られるのが怖いのは分かる。分かるようになってしまった。臆病な自分が存在した事に驚きもある。

 でも、変に期待されたりするのは……困る。何度も言うように、私は白銀御行……彼からの好意以外は要らないのだ。

 

 早坂のピックアップした少女漫画の数々。これらは様々な設定と世界観で構成されてこそいるが、根本にあるテーマはどれも共通していて。普通で、平凡な少女が様々なイケメンに好かれるお話。

 私は確かにこんな恋に憧れているし、自分がこの主人公達の様に有れたなら、どれ程良かっただろうと思ってしまう。でも、今求めているのはそうではないのだ。

 

(こう、自然に。怪しまれる事なく連絡先を聞く方法が知りたいの!!)

 

 客観的に見て、私は普通の女の子ではない。そもそもが大財閥の長女。圧倒的な美貌に才能。そこらのフィクションよりよほど作り話の様な存在だ。

 そんな私が何処にでもいる少女のように行動しては……違和感があるだろうし、何よりはしたない。だから出来ない。

 

 四宮家での教育は厳しくも優秀だったのだろうとは思う。けれどそれは、私が普通の少女である事を許してはくれなかった。好き……な人の連絡先を聞く事一つ、やり方を知らない。

 相談すれば良いのは分かってる。それこそ、早坂とか、藤原さんに。そうすれば彼女達は何かしら連絡先を聞くための案を考えてくれるはず。

 

(……でも、恥ずかしいじゃないの。異性に連絡先を聞く方法を教えて、だなんて)

 

 いや、二人とも私が彼をす、……好きなのは知っているのだし。恥ずかしがったところで、そんなの今更?と思うだろうけれど。

 でもやっぱり恥ずかしい。仕方ないじゃない。私は今まで、恋なんて興味ないわって態度をとっていたのだから。それが一目惚れしたからと言ってこんなに情け無ない様を晒すのは……プライドが許さない。

 

私が代わりに聞いても良いのよ?

 

 ……貴女、まだいたの。

 

貴女が彼に恋する限り、消えたくても消えられないわ。

 

 そう……。でも駄目よ。これは私の問題。私の恋。後から湧いてきた部外者に任せたくないわ。

 

むぅ。私も彼の事、ちゃんと好きなのに。

 

 貴方に任せると後で大変な事になるでしょ!!後先考えずに適当やって自爆するに決まってるわ。

 

……自分の事なのに酷いわ。

 

 逆よ。私の事だからよく解るの。

 

……じゃあ貴女は出来るの?恥ずかしがって平手打ちとかしちゃ駄目よ?

 

 しないわよ!!…………………………多分。

 

あーあ。貴女も人の事言えないポンコツね。

 

 何よ、阿保の癖に生意気よ。

 

アホ!?酷いわ!!アホって言った方がアホなのよ私のアホ!!

 

 なに一人で漫才やっているの貴女……。

 

ぶぅー……。私は貴女なんだから漫才をやっているのは貴女自身でもあるのよ?

 

 ……はぁ。そうね。何やってるのかしら、私。

 

もう素直に早坂に聞けば?いつもの事じゃないの。

 

 もう考えるのも疲れたし、そうするわ……。

 

大変そうね、私。

 

 誰のせいだと思ってるのよ!!もう!!

 

 私の脳内にいつの間にか棲みついていた変なコレ。まあ、コレは私が元々持っていた私自身の一側面……らしい。コレが言うには……だけど。私はコレのことを受け入れきれていない。時々表面に出てきては勝手な事をする。本当にいい迷惑だ。

 

 でもコレも私。この阿保な恋愛脳も私が望んでいるから出てきたらしい。……本当は分かっている。私自身が本来の私だと思っているコッチこそが後天的に生まれた側面で、元々はこんな性格じゃ無かったのだと。

 今はこれ以上の考察は必要ない。兎に角早坂に何か良い案を出させなければ。

 

「早坂」

 

「はい、かぐや様。何か御用でしょうか」

 

 早坂を呼べば本当に一瞬で現れる。この子、いつも何処で何しているのか。普通に家令としての仕事はやっているみたいだし、不思議だ。

 

「白銀さんの連絡先を入手する方法を考えなさい」

 

「はい。では私が彼の連絡先を聞いてきますね」

 

「……いや待ちなさい。それだと私が何故それを知っているのかと言う話になってしまうでしょ?」

 

 この子……馬鹿なの?第一、早坂が聞いちゃったらこの子も彼と連絡するようになっちゃうじゃない。

 早坂は……身内贔屓を除いてもかなりの容姿だと思う。アイルランド系のクォーターである彼女は純日本人には無い自然な金髪と透き通った碧眼を持ち、そして学園では気やすいキャラで通している。

 

 もし……そう、もし。万が一にも白銀さんが早坂に惚れたりでもしたら……私、まるでアレみたいじゃないの。

 早坂が選んだ少女漫画の中にあった話。平民の男と一人のメイドが恋に堕ちる。だけれども、そのメイドの主人は公爵家の令嬢で、そして同じく平民の男に恋をしていて、あれこれと二人の邪魔をしてくる。

 

 最終的に二人は駆け落ちして……令嬢は酷い目に……悪者としての末路が待っている。

 

 早坂は悪役令嬢モノのテンプレですね。なんて言っていたけれど、私はまさにこの悪役令嬢にそっくりだ。主人公のメイドよりも、こちらの恋を応援してしまうくらいには感情移入していた。

 

 だから、物語の最後。令嬢が家を追い出され浮浪者に襲われる展開になった時は思わず本を放り投げてしまった。

 

 まったく、早坂は主人になんてものを見せてくれるのよ。気の利かないメイドね……。なんて、この思考がまさに悪役令嬢みたいで。ちょっとくらいは早坂を労ってあげようかしら、と思った。

 

(でもそれとこれは話が別よ!!ぜっったいに早坂と彼を仲良くさせてはいけないわ。もしそうなれば私に待っているのは……破滅。早坂が教えてくれた、ふらぐ?とか言うのが立ってしまうのは不味いわ……)

 

「兎に角。早坂、私が自然に彼の連絡先を聞ける方法を教えて頂戴。男性から見てこう、ときめきを与えられたら尚良いわ」

 

「なるほど……。ではかぐや様。今度は男性向けの漫画を読んで勉強するのは如何でしょう。男性の心理を知る事で相手が何を考え、何を望むのかを知る。これは戦における基本です」

 

「恋愛は戰ってわけね。そう……。私も武経七書は嗜んでいるけれど……もっと深く調べる必要があるわね」

 

(何を読むべきかしら……ここはやはり戦争論?いえ、敢えての闘戦経……)

 

「かぐや様……恋愛における兵法書とはもっと他に有りますし、年頃の乙女はみんな嗜んでおります」

 

 早坂はそう言うと指を一つ立てる。

 

「あら?何かしらね。私は大抵の書物は既に嗜んでいますが……この年の女性がそこまで読み込むのが珍しく事くらいは解っています。そんなに有名な物があったかしら……」

 

「その本の名は……女性誌です!!」

 

 一体何処に隠し持っていたのか、早坂は一冊の薄い本をこちらに手渡してくる。

 表紙がごちゃごちゃとしていて読みにくいけれど、何やらお洒落な女性が真ん中でポーズをとっている。 

 

「これは……何々……男を堕とす十のテクニック?これで貴女もモテ女子!必見、恋のバイブル特集?」

 

「はい、これは先月号なのですが、今流行りのファッションやドラマ等が載っている雑誌です。今時のJKはみんな読んでいますよ。かく言うわたくしも話を合わせるために毎月必ず購入しています。特にここの出版社のは結構な頻度でネイル特集をやっているのですが、業界でも人気のネイリストが記事を書いていてですね……」

 

「何だか聞いているだけでも偏差値が下がりそうな本だわ……」

 

「良いですか、かぐや様。世間の女子達はみなこれで恋の戦術を学ぶのです。正直に申し上げますと、かぐや様は……恋愛偏差値が低すぎます」

 

 恋愛偏差値……?そんな物が世間には存在しているだなんて。初耳だ。でもこれは良い機会なのかもしれない。

 

 今まではこう言った俗世的な話に興味がなかったがなるほど。理解できないと思っていたけれど、私が見下していた彼女達には、彼女達なりの兵法書があり、それに則った行動を取っていたのか。

 そして私が今からやろうとしている事は、今までの価値観から言えば俗世的である事に違いはないのだから、郷に入っては郷に従えとも言うし、この兵法書に従うのがセオリー。そう言う事ですか。

 

「これは差し上げますから、学校で藤原ちゃんと読んでみては如何でしょうか。何かしらのアイディアが思い浮かぶかもしれません」

 

「そう、そうね。そうしてみるわ。有難うね、早坂」

 

「いえ、これもわたくしの仕事の内ですから」

 

 

 

──

 

 

 

 早坂は麗しく礼をすると、颯爽と部屋から出て行く。

 私はその姿を見て思う。

 

(仕事の内って、つまり仕事以上に大切な何かが出来たら私の邪魔をする事もあるってこと!?)

 

 矢張り、早坂と白銀さんを合わせるのは危険だ……この前のは緊急事態だったから仕方ないとは言え、気をつけないといけない。

 私は断じて破滅なんてしたくない。悪役令嬢が何だと言うのだ。世の中には悪役令嬢が主人公と結ばれる話もあるって早坂が言っていたじゃないか。だから大丈夫。早坂はいつだって私の味方だった。だからあの子が横恋慕なんてする訳ない。

 

(……確かこう言う考えがふらぐとか言っていたわよね。え!?本当に大丈夫よね!?)

 

 考えれば考えるほど土壺に嵌り、不安と疑心暗鬼が渦巻いて、心の底からどす黒い感情が湧き出る。

 大丈夫……そう、私は大丈夫。これはきっと嫉妬。ちゃんと自己分析出来ている。だからまだ問題無い。客観視出来ている間は自分を抑えられる。

 

(あゝでも早く会いたいわ。一人で考えていると悪い方向に思考が寄ってしまいそう)

 

 今日はもう早く寝よう。この感情から寝逃げてリセットしてしまおう。そうすればまた明日からはいつもの四宮かぐやに戻れる。

 でも、その前に藤原さんに明日一緒に雑誌を読みましょうと連絡しておかなくちゃ。

 

(それにしても疲れるわ……恋ってこんなにカロリーを消費するのね……)

 

 彼と出会ってからの私は知らない自分に驚いてばかり。下らない事で一喜一憂するだなんて、何だか私も普通の女の子になれたみたいで、それが嬉しい。

 

やっぱり嬉しいんじゃない。

 

 折角感傷に浸って居たのに、またコレが出てきてしまう。何でこう、コレは空気が読めないのかしらね。

 

それは私が私だから……じゃないかなぁ?

 

 ちょっと、思考を読まないで。

 

仕様がないじゃない。私達は同一人物なんだから。

 

 じゃあ考えに割り込まないで。

 

えぇーだって暇なのよ?

 

 阿呆らしい。私はもう寝たいの。

 

あぁー!またアホって言ったわね!

 

 五月蝿い!!引っ込んでなさいこの不調法者!!

 

はぁい……。

 

 ……疲れる原因はコレのせいでもあるだろう。いくら私の脳味噌が優秀とは言え、二つの異なる考えを同時にするのは脳に負荷が掛かるはず。

 受け入れて仕舞えばきっと楽になれるんだろう。あれこれと悩んだりせず、感情の赴くままに行動する。そう、藤原さんにみたいにIQを溶かして仕舞えば。

 

 だけれど、私はそうはしない。コレだってそうなる事を望んでいないから、表に出続けたりしない。

 

 私は、ありのままの私を好きになってほしい。

 例えそれが、現実逃避の果てに生まれた四宮の悪しき家訓の塊でも。それでも私は四宮かぐやの人生の一部で、私の根幹を構成する一側面なのだから。

 

 私の全てを愛してほしい。理解してほしい。

 昔はこんな事思わなかった。理解者なんて、何処にも居ないと思ってた。でも、違った。居たのだ。本当に私の事を解ってくれて、受け入れてくれて。そのままに愛してくれる人が。

 

 だから……貴方もそうだったらいいな。

 陽だまりみたいな彼女の笑顔と、少しぶっきらぼうで、引き攣った貴方の笑顔に囲まれて過ごせたら……私はどんなに幸せなのだろう。

 

 そこではきっと、私も笑顔で居られるかな。いや、そうであって欲しい。私は、私の好きな人達と、この一度きりの高校生活を楽しみたい。その為には手段を選んでなんかいられない……。

 

(貴方がどれだけ私を遠ざけようと、無駄ですよ)

 

 藤原さんは言っていた。恋する乙女は無敵なんだって。本当にその通りみたい。あの子はいつも変な事を言うけれど、結構な頻度で核心をついた発言をする。

 

 今の私は引かない、媚びない、省みない。

 

 ただ我が道を行き、邪魔をする一切合切、その全てを踏み倒してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──

 

 

 

 

そう。だって私は……恋する乙女なのだから。

 

 

 

 

──

 

 

 

 



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白銀御行は活躍したい




特訓回!!


 

 

(遂に恐れていた事態がやってきてしまった……)

 

 

 

体育の授業!!

 

 

 

 この学園に入学してから暫くの間、体育の授業の枠は健康診断や体力測定のみだった。

 俺は自転車通学と様々なバイトで得た筋力と体力で乗り切っていたが……いつかはこうなる事は分かっていた。

 

 種目はバスケ……。しかも二クラス合同……っ!!

不味い。何が不味いって?そりゃその合同相手のクラスが四宮のクラスだからだ。

 アイツに相応しい男になる為に努力を始めたばかりだと言うのに、ここでボロを出してみろ。白銀御行のイメージは運動音痴で固定されてしまう……っ!!

 

 だからこうして俺は早朝に体育館を借りて特訓をしている訳なのだが……。

 

 バスケの初心者向け教本も図書室から借りて読み込んだし、そこに載っていた練習もやっている。

 ハンドリングと言うボールを指先で繊細にコントロールする為の練習。これは一朝一夕には身につかないと書かれていたし、実際中古のボールを買って毎日家の前でもやっているのだが……中々上手くできない。

 

 指先で軽く触れるようにボールを左右の手で往復させるのは出来る。俺はお手玉がちょっとだけ出来るからな。しかしその先が難しい。

 

 なんだよ身体の周りを回すとか無理ゲーだろ。勢いが付きすぎるとすっ飛んで行くし、遅すぎれば指先のみで持てず落ちてしまう。

 

「クソっ!!また失敗だ!!」

 

 今回も毎度の様にボールが遠心力に従ってすっ飛んで行った。俺はこの無理難題に絶望して体育館の床に手をつく。

 

 滴る汗が、運動部たちによってよく掃除されてピカピカと光る床を濡らすのを眺めながら呟く。

 

「どうして俺はいつも……上手くやれないんだ」

 

 不器用なのは分かっている。今までは周りに迷惑を掛けて、無様に失敗し続けてきたが、これからはそうも行かない。この学園では、ただの一度も失敗は許されない。四宮に相応しい男に、生徒会長になる為に。

 迫る期日に反して一向に上達しないこの現状に焦りが募り、胃が痛くなってくる。

 

 俺が一人絶望に打ちひしがれている中、体育館の扉が開いて居たことに気がつく。

 

(やべっ、誰か入ってきてたのか!?)

 

 不味い不味い不味い。この練習を誰かに見られては……頼む、会長か龍珠であってくれ!それなら口止めすれば聞いてくれる筈……っ!

 祈りを込めて、体育館への侵入者を探す。

 

 俺がキョロキョロと辺りを見渡してその人物を探していると、肩を控えめに叩かれる。

 

「誰だっ!?」

 

 俺は勢いよく振り向き、その目撃者を確認する。その人物は、会長では無かった。では龍珠か。それも違った。その人物は……。

 

「い、いえ、あのぉ〜……わたし、体育館に誰かいるなぁって思って……それで、練習してる人がいたから何でかなぁ〜って……」

 

 その人物は、ふわふわとした喋り方と髪の毛をしていて、前髪の部分には……黒いリボン?

 

 これどうやって着いているんだ?

 

 その女の子は見ているこっちが癒される程、お淑やかで清楚な雰囲気で……しかしそれに反した凶悪な胸……。自然と目が吸い寄せられる。

 ま、まあとりあえず、総合的には何とも優しそうな。そう、可愛い女の子であった。

 

 まあそれは置いておいて。ともかく彼女にはここで見たことについて黙って居てもらわなければ……。

 龍珠のアドバイスを思い出せ。威圧感を出すんだ。自信のある態度で、ふてぶてしい面構えをするんだ。

 

「先ず済まないがここで練習してた事は秘密にしてくれ……ああ、それで練習の意味か?今度体育の授業でバスケをやるからな。ここを借りて練習していたんだ」

 

「まぁそりゃ……良いですけど……それににしても、あぁ〜!そうなんですねぇ〜じゃあわたしたち同級生だぁ!」

 

「どう言う事だ?何故それだけで俺が一年生と分かる」

 

「だってぇ〜体育でバスケをやるのは一年生だけですもん」

 

 そうなのか。知らなかった……。

 ずっとぽわぽわと話す彼女を見ていると、何だか冷静になってきて、先程までイライラとしていた自分が恥ずかしくなってくる。

 

「じゃあそれで練習してたんですねぇ〜あっ!わたし邪魔しないので見ていても良いですかぁ?」

 

「え?いやいや……見てても楽しく何かないだろ?」

 

 何故か彼女は俺の練習を見学しようとしてくる。そんな事をして一体何の特になるんだか。

 

「ん〜。何と言いますか、頑張ってる人の姿を見るのって良いじゃないですかぁ。わたし、そう言うのカッコいいなって思うんです」

 

「…………そうか。見ていても良いが、危ないから少し離れていてくれよ」

 

「はぁ〜〜い」

 

 もう気にするのは辞めだ。時間が勿体無い。気を取り直した俺は次にシュートの練習をする事にした。

 

 スリーポイントラインに移動すると、右手でドリブルをしながらゴールへ向かって走り込む。

 そしてある程度近づいたらボールを両手で掴むと同時に二歩踏み込み、跳ぶ。

 

 ……ボールがすっぽ抜けてしまった。

 

「い、いや。今のは偶々なんだ」

 

「は、はぁ……そうなんですね」

 

 気を取り直してもう一度、先ほどと同じようにドリブルを……

 

 ……ボールが足に当たり変な方向に飛んでいった。

 

「こ、こんなことも偶にはあるよな」

 

「………………………………」

 

 流石に言い訳が苦しくなってきた……。次こそ!

 

 今度はドリブルに意識を集中しながら進む。しっかりとボールを見れば足に当たる事はないだろう。

 感覚でそろそろ跳ばなければと思い、両手でボールをしっかりと抱え、力強く二歩踏み込み跳躍。

 

 空中で右手のみにボールを移し、左手は軽く支えるだけにしてゴールへ放つ。

 

 ……ガツンと勢い良くリングに当たったボールが俺の顔面を強打する。

 

「うごぉぉぉぉいってぇぇぇぇ!!」

 

「なんで……そうなるの……?」

 

「はっ!?」

 

 恐る恐る彼女の様子を伺うと……、そこには俺の事をまるで産業廃棄物でも見るかの様な目でコチラを見下ろす彼女。

 

「ただドリブルしてあの四角い枠の角に当てるだけじゃないですか……。そもそも……外れたにしてもそんな死んだアルパカみたいになる人そうそういませんよ……?」

 

 彼女はやれやれと首を振る。簡単に言ってくれているが、レイアップはバスケの基本にして奥義。あの桜木花道だって習得には苦戦した技だ。そんなほいほい出来るわけが……。

 

「見ててくださいね」

 

 そう言って彼女はボールを持ち、とたとたとドリブルをしながらボールを軽く放る。

 ボールはほんの短時間の飛翔の後にバックボードに当たると、斜めに跳ね返り、見事ネットを揺らす。

 

「ほら?簡単でしょ」

 

「す、すげぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「ドヤさぁ」

 

 余りにも洗練された庶民シュートを見た俺は感動のままに彼女に詰め寄る。

 

「君、名前は!?俺は生徒会庶務で一年の白銀御行だ!!」

 

「わたしは一年の藤原千花です。どうですか?御行くん、わたしに教わればバスケも直ぐに上手くなっちゃいますよぉ?」

 

「頼む藤原!!俺は何としても次の体育で活躍しなければならないんだ!!」

 

 そう言って俺は頭を下げてて誠心誠意お願いする。すると彼女……藤原千花はにんまりと笑って頷く。

 

「は〜い!じゃあ早速、御行くん。ジャンプする時にちゃんとゴールを見ていますか?」

 

「何を当たり前の事を……ゴールを見なければ狙ってシュート出来ないだろ」

 

「うんうんそうですよねぇ〜!じゃあほら、やって見せて下さい」

 

 はぁ……。本当にこれで上手くなれるのか?俺はこの藤原千花という少女に弟子入りしたのを早速後悔しかけていた。

 

 何度も繰り返した一連の流れを教本通りに行い、そしてシュートを放つ。

 

 ……ボールはゴールを飛び越え、バックボードすら飛び越え、二階にまで飛んでいった。

 

「な?ゴールを見ていてもこうなるんだ」

 

 何故そんな事も分からないのかと呆れながら彼女に目線をやると……藤原は何やら震えている。

 

「見てない!!ゴールを見るどころか目すら開いてない!!なんで!?」

 

「いやいや……ちゃんと開いてただろう?」

 

 ぷんすかと擬音が見えるくらいに憤慨している藤原は手に持っていたスマホをコチラに寄越してくる。

 そこには今さっきのシュートを録画した動画が写っており、それを最初からスローで再生する。

 

「ほら開いてない!!」

 

「うわホントだ!?」

 

 動画の中での俺は、ドリブルしている時点まではボールとゴールを交互に見ているのだが……ジャンプした瞬間に目を思いっきり閉じていた。そしてあらぬ方向にすっ飛ぶボール。動画はそこで終わっていた。

 

「まずは目を開けてジャンプする練習からですねぇ」 

 

「……頼む」

 

 まさか俺にこんな弱点が有ったとは……。もしかして今までずっと、ジャンプする時は目を閉じていたのか?それじゃあどれだけやってもシュートが決まらない訳だ。

 

「わたしは厳しいですからねっ!途中で音を上げるなんて許しませんよっ!」

 

 こうして、俺と藤原の特訓は始まった。

 彼女は額に丸っこく可愛い字で『おに』と書かれた鉢巻を着け、毎朝早くに体育館で俺の練習に付き合ってくれた。

 

 

 

 

 

 

特訓は過酷を極めた。

 

「ドリブルする時にボールを見ない!!常にゴールとコートに意識を向けてください!!」

 

「いやボールを見ないとドリブル出来ないだろ!?」

 

「ちゃんと指先でボールが跳ね返る感覚を掴んでください!!試合中は他のプレイヤーもいるんですっ!!相手にぶつかったらファールですよ!?」

 

「そんな無茶な……」

 

 

 

──

 

 

 

特訓は続く。

 

「シュートはボードにある四角の角を狙うんです!!直接リングに放つのは御行くんにはまだ早いです!!」

 

「いやそんなピンポイントで角を狙える訳ないだろ」

 

「アバウトにで良いんですよ!!それから思いっきりぶつけないでくださいよ!?そんなの入るわけないんですから!!」

 

「分かってるって、置きに行く、だろ?」

 

「それが出来てないから言ってるんですぅ!!」

 

 

──

 

 

 

そして……

 

「やった!!入ったぞ!!」

 

「はいっ!!おめでとうございます!!」

 

「じゃあ次はジャンプシュートを教えてくれ」

 

「んんんんんんん!?」

 

 

 

──

 

 

 

特訓はまだまだまだ続く。

 

「もう良いんじゃ無いですか?中学時代に覚醒する前の幻のシックスマン並みには上手くなったじゃないですかぁ」

 

「いやまだだ……。まだ俺はやれる……っ」

 

 確かに各種シュートをそこそこ入れられる様にはなった。ドリブルだって滅多に足に当たったりはしないし、ちゃんと前を向いたまま走れる様にもなった。

 ……でもまだだ。

 

「どうしてそこまで頑張れるんです?苦手な事が有るのは恥ずかしい事じゃ無いと思いますけど……」

 

「俺は……何でも出来る白銀御行。頭が良くてスポーツ万能。そんな男だ」

 

「んん?いえ、学力は知りませんけど御行くんはこのザマですからスポーツは出来ないんじゃ……」

 

 おっと……心は硝子だぞ藤原……。普通に失礼な事を言ってくれるじゃないか。だが、確かにその通り。今の俺は何にも出来ない落ちこぼれの白銀御行だ。

 けれどいつかは……

 

「いつかなるんだ……俺は、理想の自分に。その為の努力はこんなもんじゃ足りないんだよ。だからもう一度だ、藤原。どうせやるなら……活躍したい。それじゃ駄目か?」

 

 俺の想いが通じたのか、彼女は目を見開き口に手を当てる。

 

「ううん……わたし、酷いこと言っちゃいましたね。ああ〜!!もう!!分かりましたよええっ!!ここまで来たなら最後まで付き合ってあげます!!こんなに面倒見がいいのわたしだけですからねっ!!ほんっと感謝して下さいよ!?」

 

 頭を掻きむしり甲高い声で騒ぎながらも、どうやらまだ彼女は付き合ってくれるらしい。自分でも面倒くさくて、頑固な奴だとは思う。だからこそ、この少女の面倒見の良さは規格外だなと、そう思った。

 

「じゃあ今度はダブルクラッチだな!!」

 

 

 

──

 

 

 

 そして遂に迎えた体育の授業の日。

 俺がコート側で軽くストレッチをして身体を温めていると、クラスの男子の一人が声を掛けてきた。

 

「よお混院。うちのクラスが負けたらお前のせいだからな。何だって試合の選手に立候補したんだか……」

 

 今朝のクラスルームの時、授業の初めに男子で一試合だけデモンストレーションを行うからと、そのチーム編成の立候補者を募っていた。バスケの経験者であろう四人が手を挙げている中で一人、混院である俺が手を挙げたのが気に食わなかった様だ。

 ……いや、バスケの経験を聞かれてちょっと苦手と言ったのが悪かったのか……?だが実際、時間が足りなかったからまだまだだと思っているしな……。

 

「確かにバスケはちょっと苦手だが、問題ない。負けたら全て俺の責任にして貰って構わん。だが勝てたなら……それは俺のお陰かもな」

 

 強気に、傲慢に、俺は出来る奴なんだと言い張る。

 

(龍珠……これで良いんだよな?普通に睨まれてるんだが……本当に大丈夫だよな!?)

 

「ふん、まあいい。おい、混院……いや、白銀。俺たちには壁がある。だがチームメイトになったんだ。試合中くらいはお互い変な駆け引きは無しだ。いいな」

 

「あぁ……勿論だ」

 

「司令塔は俺だからゲームも俺が作る。その中でお前にもチャンスがあればボールを回すぞ。いいか?そんだけ大見得切ったんだ。外したら後でブッ飛ばすからな」

 

 ああ、見てろよお前ら。そして四宮。俺と藤原の特訓の成果を見せ付けてやる。

 文武両道何でも出来る白銀御行を。その第一歩を。

 

 

 

 

──

 

 

 

 今日は待ちに待った白銀さんのクラスとの合同授業の日。私達女子は二階のギャラリーにて試合観戦の為に待機していた。

 

「あ、見てくださいかぐやさん!試合始まりますよ」

 

 隣の藤原さんがコートを指差して叫ぶ。その指にはここ数日間ずっと絆創膏が貼られている。日に日に増えていくそれに、何をして怪我をしたのか聞いてたのだが……しかし幾ら訊いてもはぐらかされるからもう聞くのは辞めたのだけれど……

 

「ええ、そのようね……っ!?」

 

 コートに出てきた男子達の中に、白銀さんの姿を見つけた。

 

(何故彼が?もしかして昔バスケをやっていらしたのかしら)

 

 衝撃を受ける私を余所に、試合は始まる。

 ジャンプボールでクラスの男子がボールを弾き、チームメイトに渡すが……。

 素早く回り込んだ白銀さんはその手からボールを弾くと、一直線に敵陣へと切り込んで行く。彼が放ったシュートはバックボードに優しく当たると、そのままネットを揺らす。

 

「きゃぁ〜!かぐやさん!今の見ました!?」

 

「え、えぇ」

 

 その後も私達のチームは必死に反撃を行うも、その悉くが防がれ、逆に彼のシュートを止められる者は誰も居らず……。

 一人、二人とフェイントを混ぜながらもあっという間に抜き去る姿はとても……輝いて見える。

 

 パスを受け取ると内に切り込むと見せかけて、素早くバックステップ。そのまま三点シュート。

 綺麗なバックスピンの掛かったそれは、美しい放物線を描き……ネットに一切触れる事なく入る。

 

「やば〜」「ちょ〜かっこいい!!」

「え!?アレ誰!?」「結構イケメンじゃない!?」 

 

 照れ臭そうに微笑みながらチームメイトと拳を合わせている彼に、クラスの女子達からの歓声が上がる。

 

(まあ、かっこいいのは認めますけど……でも貴女達には譲りませんからねっ!!)

 

 私がそう思って臍を曲げていると、ふとコチラに気が付いた彼が手を振ってくる。

 

(今の私に手を振って……!!)

 

「今こっち見たわ!!」「彼が私に手を振ってくれたわ!!」「いやアンタじゃなくて私よ!!」

「やばい、惚れそう……」

 

(違います!!絶対に私です!!)

 

 いけない。彼の魅力が他の人達にもバレてしまう。まあ、こんな有象無象に好かれた所で彼も迷惑だろうから、余り心配する必要は無いだろうけれど……。

 あゝ。それにしても……。

 

「「はぁ……カッコいい」」

 

 ……はい?

 

「あの……藤原さん?」

 

「あれ……かぐやさん?」

 

 ……ちょっと、嘘でしょう?

 

「藤原さんまさか貴女……」

 

「いやかぐやさんこそ……もしかして」

 

 こ、これ……。少女漫画で見た事ある奴!!親友と同じ人を好きになっちゃって、喧嘩になる奴!!

 そ、そんな事が実際に起こり得るなんて……そんな……そんな……。

 

 

 

(さようなら藤原さん……。絶交よ)

 

 

 

 あゝ、何て事だ。でも仕方ない。だって先に好きになったのは私。確か少女漫画によると、先に好きになった方が……負け……ヒロイン……!?

 そ、そんな…… け、消さなきゃ……。

 彼に群がるこの蛆虫を……早く処分しなきゃ……。

 

「藤原さん?一体誰がかっこいいと?」

 

「い、いやぁ〜あはは。その、御行くんが……」

 

(へぇ、そう。御行くん……ね。私だって名前で読んでないのに!!何なのこの女!!卑しい、卑しいにも程があるわ!!そんな会ったことも無い男をいきなり名前呼びだなんて!!)

 

「しかし藤原さん貴女、彼とは話した事もないのでしょう?実際は最低な男だった。そんな可能性もあるのではなくて?」

 

「話したことは……あるにはあるんですが……」

 

 あるの!?一体いつ!?この泥棒猫!!

 

「でもでもっ!かぐやさんが思ってるような事じゃないんです!ただ、これはそう!駄目な息子が立派に成長した姿に感動してる的な!!」

 

「……そうなの?」

 

「本当ですって!ぜんっぜん恋愛対象とかには見てないというかっ!寧ろもう見れなくなっちゃったなぁというかっ!」

 

「……ならいいの」

 

 ……それなら安心。もう少しでたった一人の親友を喪う所だった。良かった、勘違いだったみたい。

 もし違っていたら……

 

(命拾いしたわね……藤原さん) 

 

「でも……なるほどなぁ!かぐやさんの好きな人って……むふふ」

 

「ちょっ!?ち、違います!あの人の事じゃありません!」

 

 動揺が出過ぎていたのか、藤原さんに見抜かれかけている。不味い、バレたらこれをネタに半年は弄られるだろう。

 

「へぇ〜違うんですかぁ?じゃあじゃあ、わたしが付き合っても良いですよねっ!?」

 

「は?殺すわよこの薄汚い雌豚が」

 

「いきなり怖っ!?え、えぇ……かぐやさんの口からそんな言葉が……」

 

 やっぱりさっきのは嘘だったのか。

 殺す。コロス。赦さない。生きて帰れると思うなよこの駄肉の塊、男を誘惑して寄生する下品な売女め。

 

「な、なーんちゃって……あの……じょ、冗談なんですけど……あはは」

 

「そうやって私をだまくらかそうったって無駄よ。もう決めたんだから……お前を殺す

 

「ちょちょちょ!!それは冗談じゃすまない奴!!信じてくださいよぉ〜!!」

 

 赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない!!

 生まれた事を後悔させてからじっくりと殺してやる……ふふ、貴女は元とは言え私の親友だったのだから……最後にはちゃーんと、救いをあげる。そう、死という救済をね。

 

「本当に揶揄っただけなんですぅ〜!!かぐやさんが変に照れて誤魔化すからじゃないですかぁ〜!!好きじゃないならそんな反応しないですよね!?本当は好きなんでしょ!?」

 

 

 

 ………………

 

 

 

「…………うん」

 

「はぁ〜死ぬかと思いましたよぉ〜。全く、かぐやさんも素直じゃないですねぇ。そんなに嫉妬するくらいならハッキリと言えばいいんですよ。あの人は私のだから取らないでーって」

 

 そんなこと私が言うわけ無いだろうに。やっぱりこの子、脳に花湧いてるとしか思えない。

 でも、そうか。バレてしまったか……。

 

(はぁ、これで半年は弄られるの確定ね……)

 

「い、いい?藤原さん……。私はただ、あくまでも一般論で、スポーツが得意な男性は魅力的ねと言う意味で言ったのでしゅ!」

 

「あ、噛んだ」

 

…………もうおうち帰りたい

 

 最悪だ。折角彼のかっこいい所を見れて良い気分だったと言うのに……何でこんな事に……。

 

「ほ、ほらかぐやさん!また御行くんがシュート決めましたよ!今のは忘れてこっち見ましょう?ね!?」

 

「……そうですね」

 

 

 

 

 

 

 試合は圧倒的大差で俺達の勝ちだった。

 他の四人は流石に経験者なだけあって、かなり上手かった。だが俺もそれに引けを取らない……いや、もしかするとそれよりだったかも知れない。

 

(どうだ見たか!これが次期生徒会長となる男、この白銀御行の実力だ!)

 

 人生で一番と言って良い程の達成感と、優越感に浸っていると、試合前俺に声を掛けてきたクラスメイト……豊崎がこちらに拳を突き出す。

 俺はそれに答えて軽く拳をぶつけながら言う。

 

「お前も中々上手かったな、豊崎」

 

「白銀お前……ちょっと苦手とか嘘じゃねぇかよ……」

 

「ははは。俺の中ではあの程度得意に入らんのさ」

 

「マジかよ半端ねぇ……だが、これで勝った気になるなよ。俺は勉強でもこの学園トップクラスだ。中間で目に物見せてやるからな」

 

 そう言い捨てると豊崎は他のクラスメイトの所へと行ってしまう。

 ……これで本当に良いんだよな?と、龍珠のアドバイスを完遂出来たと思いながらも、あんなに不遜な受け答えで嫌な奴だと思われないかと心配になってしまう。

 

(だが……まあ)

 

 これでようやく一歩前進だ。俺と四宮のクラスの奴らは、俺がスポーツの出来る男だと認識しただろう。

 龍珠、そして藤原。二人の女子の手助けを受けながらではあったが、やり通せた。四宮の横に立てる男になる。その目標は不可能なんかじゃないと、証明できた。ならばこのままやり遂げるだけだ。

 

 次の中間試験……。そこで更に俺は上を目指す。

 目指すはトップ十入りだ。この学園の並み居る天才共の仲間入りをしてやる。

 

 だがその前に先ずは……。

 

(後で藤原にお礼、言わなくちゃな)

 

 

 

 

 

 

 

 

──

 

 

 

 体育の授業が終わった後、わたしは一人、化粧室に逃げ込んだ。

 あのトキメキは……違うんです。そう、ちょっとした憧れというか、尊敬というか。そんな感情なんです。

 

 ねぇ、知ってますか?わたしはかぐやさんが一番なんです。本当に大好きなんです。かぐやさんは冗談だと思っているみたいですけど……。貴女の為になら命を捧げることすら厭わないんですよ?

 

 わたしは貴女に幸せになって欲しい。笑っていて欲しい。もうあんな、世界に絶望した眼をしないで欲しい。

 

 全く……かぐやさんも早とちりしちゃうんですから。

 

 あんな……出来の悪い赤ちゃんみたいな人……産業廃棄物みたいにダメダメな人、好きになるわけないじゃないですか。

 

 でも……かぐやさんは彼のそういう所、知らないんですよね……えへへ、ごめんね、かぐやさん。

 秘密にして欲しいってお願いされちゃったから。だってかぐやさん、告げ口は嫌いですもんね?

 

 願わくば……いつかかぐやさんが彼のそう言うところも受け入れてくれますように。

 

 貴女の恋が実る事を……隣で応援していますよ。

 

 

 

──

 

 

 

 

 

 







思うがままに書いていたら大変な事になりかけたので軌道修正しました。


 

ちなみにその件とは全然関係ないのですが、私は眞紀ちゃんの泣いている顔が好きです。


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かぐや様は交換したい




難産でした。


 

 

 体育の授業が終わった後……直ぐさま何処かに用があると言った藤原さんが次の授業まで戻って来ることは、無かった。

 

 結局藤原さんは休み時間が終わり、教師の号令が掛かる寸前に教室へ飛び込んで来た。

 勢いよく扉を開いた彼女はまだ着替えておらず、体操服のまま。汗で髪は湿っているし、目元も赤い。何だか艶っぽくて、普段の姿よりも数段大人びて見えた。

 それは私の気のせいでは無く。クラスの皆どころか、教師ですらポカンと惚けていた。

 

「セーフ!!これはまだセーフですよね!?」

 

「藤原千花さん。まだ遅刻ではないので早く席について下さい。授業を始めますよ」

 

 教師が着席を促すとスキップしながら席へと座る。その様子を見て私は僅かな違和感を覚えた。

 何だろうか、少し……変だ。いつもならここでもう一言二言何かしら素っ頓狂な事を口走るのがいつもの藤原さんだと言うのに、さっきの様子は大分……しおらしい。

 

 しかし、それ以降彼女の様子に違和感を覚える事はなく。もしかしたら私の勘違いだったのかもと、意識の外にやった。

 

 

 

──

 

 

 授業が始まってからも私は、午前の白銀さんの活躍が頭の中で何度もリピートされていた。

 何故私はあの時に録画をしなかったのか。彼が試合に出ると分かっていたなら、早坂に4K?とか言うやつで動画を撮らせていたと言うのに。

 確かに私は目で見たものを瞬間的且つ完全に記憶できるし、いつでもまるでその場にいるかの様に思い出す事ができるから……早坂は動画を撮る必要は無いと言うかも知れないけれど。

 

 だがこれは……疲れるし、あまりやりたく無いのだ。唯でさえ、ここ最近変なのが頭に湧いてるせいで脳内領域の何割かを占有しているのだ。

 写真や動画があれば、それをトリガーとして当時の光景を思い出す際の負荷を減らせる。これから何度も思い返したいのだから、その際に掛かる疲労は少ない方が良かった。……もう終わってしまったのだから仕方ないけれど。

 

 授業に割く集中力よりも彼のプレーのそれの方が大きくなり始め、教師の声が聞こえ無くなる。

 代わりに聞こえて来るのは、ボールが弾む音と黄色い歓声。目の前に見えるのは黒板では無くて、十人が駆け回るコート。開いた窓から流れ込む風が運ぶのは、散り始めた春の薫りでは無く、汗と金属、そして木の匂い。

 

 私は体育館で何度も何度も。彼の活躍を眺める。

 

 そしてその度に思う。以前より、強く。

 

(……あゝ、可笑しくなっちゃいそう。こんなにこんなに好きなのに。どうして貴方とお話出来ないの?)

 

 彼の声が聞きたい。何をして、何を考えているのかを知りたい。

 今何してる?お家では何をしてる?好きな食べ物は?趣味は何?バスケは得意なの?藤原さんとはいつから知り合い?

 

 色々聞きたいことは有るけれど、兎も角は連絡先を聞かなければ始まらない。

 藤原さんが言うには、休み時間に押しかけるのは良く無いそうで。だから、放課後に、こっそり。

 

(それくらいは……良いですよね?)

 

「かぐやさ〜ん?お昼食べましょうよ〜」

 

 突然ガクガクと視界がブレて酔いそうになる。慌てて思考の底から意識を戻すと、藤原さんの声が聞こえた。

 

「あ、あら……。もう授業は終わっていたのね」

 

 すっかり忘れていた。授業の内容を半分程聞き逃してしまった様だ。ノートも取れていないし、後で藤原さんに見せてもらはなくては。

 

(あら?ノートが書かれている……?)

 

全くもう、私ももう一回観たかったのに、我慢して授業を受けてあげたのだから感謝して欲しいわ。

 

 ……それは、申し訳なかったわね。

 

 藤原さんとの昼食の為に中庭へ移動しながら、脳内でコレと会話を続ける。

 

それにしてもあゝ……かっこよかったわ……。

 

 ……そうね。

 

それに私に手を振ってくれたわ!これってやっぱり両想いなのよ!

 

 ……ちょっと手を振られた位で舞い上がってどうするのよ。はしたないわね。

 

「そういやかぐやさん!この前の雑誌!他の号も持ってきてくれました!?」

 

 ベンチに座り弁当を摘んでいた私に、藤原さんは身を乗り出して言った。

 

「えぇ勿論持って来たわ!!あゝ、早く読みたくてね?少し先に見ちゃおうかと思ったのよ!!」

 

 あ、ちょっと貴女また勝手に……!!

 

「そんなぁ!?一緒に読もうって言ってたじゃないですかぁ!!」

 

「コホン、冗談よ」

 

あーっ!狡いわ!私だって藤原さんとお話ししたいのにぃ!

 

 貴女はさっきの白銀さんの試合でも観てなさい。

 

うん!みるぅ!

 

 ……コレの操縦方法が見えて来た気がする。コレは子供みたいなモノ。適宜興味を惹く餌を与えておけばそれで暫くは大人しくしている筈だ。

 

「それでね、藤原さん。私がその……す、好きな人が誰か。貴女は解ったと思うのだけれど……」

 

「はい。それはもう、勿論!」

 

 それを聞いて耳が熱を持つ感覚を覚え、しかし勇気を出して切り出す。

 

「それでね?ほら、貴女が連絡先を交換する案を出してくれたじゃない?私……その、恥ずかしくて、上手く訊ける自信がないのよ。だから……」

 

「えへへぇ〜照れてるかぐやさん可愛いぃ!」

 

 そう言うと藤原さんは私に抱きついて来た。彼女の無駄にデカく育った二つの脂肪の塊が、顔に押しつけられて息苦しくなる。

 何を食べればこんなに贅肉が着くのか。こんなただの重りの何が男を惹きつけるのだろう。

 

 ……世界の不公平を嘆いても仕方がないか。

 

「く、苦しいわ……」

 

「あっ、ごめんなさい!!」

 

 彼女が驚きの声を上げながら仰け反ると、私の視界が開け、一瞬だけ眩しさに目を細めた。

 

「えっとそれでぇ。連絡先を聞く方法ですか……ふむふむ……ふむふむふむ………………え?普通に聞けばいいんじゃないですか?」

 

 藤原さんはやれやれと首を振る。簡単に言ってくれているけれど、異性に連絡先を訊ねるのはもう半分告白みたいなモノ。少女漫画でも一大イベント扱いなのだ。そんなほいほい出来るわけが……。

 

「わたしがお手本を見せますね」

 

 そう言うと藤原さんは立ち上がり、髪の毛を指で弄びながら口を開く。

 顔は伏せられていて、目線が泳いでいる。その視線が時折こちらを窺うようにしていて……そして。

 

「あなたの連絡先……教えて欲しいなぁ。ダメ?」

 

 今度は腕を後ろで組んで、ベンチに座る私の顔を覗き込んでくる。

 上目遣いでこちらを見るその眼は潤んでいて、ほんの少し目線を下げれば……重力に従い揺れる凶器が圧倒的な存在感を放っていた。

 

「あ、あの……藤原さん……もう良いわよ。何だか恥ずかしいわ……」

 

「ほ〜ら?簡単でしょう?ドヤさぁ」

 

 確かに藤原さんの長所で有る女性らしさを全面に押し出した彼女らしい攻め方だとは思う。

 けれども……私にはこんなIQ三くらいの破廉恥な行動は……。

 

「かぐやさん。これこの雑誌に載ってるやつですよ?ほら、ここ。はぇ〜他にも色々あるんですねぇ」

 

 私の持ってきた女性誌をパラパラと捲っている藤原さん。貴女いつの間に……。

 

「え〜と?異性に連絡先を聞く方法。ステップその一。相手の趣味の話題を出そう。男の人は自分の趣味に興味を持ってくれる女の子が好きです。この子ともっとお話ししたいと思ってしまうでしょう」

 

 趣味……趣味の話。彼の趣味は何だろう。そう言えば私は彼の事、あまり知らないのだった。

 

「ステップその二。もし相手の趣味に興味がなくても、あるフリをしましょう。男の喜ぶ『さしすせそ』を意識するとなおよいです」

 

 コレは早坂から教えてもらった。流石、知らなかった、凄い、センスが良い、そうなんだ。この五つの言葉を言うだけで男性はときめくのだとか。なんと単純なのだろう。

 

「ステップその三。もっと貴方のお話聞かせて欲しいとお願いしましょう。男性は自慢したがりですから、気分が良くなって連絡先を交換してくれる事間違いなし。ですって!」

 

 

 

──

 

 

 

「四宮とお話しするのは楽しいな!!」

「うふふ。白銀さんったら……。あら、大変。もう帰らなくてはいけないわね」

「何てこった!!そうだ四宮!!俺と連絡先を交換してくれ!!」

「あらあら……。白銀さんは私ともっとお話ししたいのね?仕方ないから連絡先を教えてあげます」

「おお!!神か!!いや!!女神か!!」

 

 

 

──

 

 

 

(これだわ!!)

 成程……。中々に筋の通った理論だ。このテクニックを使えば自然と連絡先を手に入れられるのか。

 

「それよ、藤原さん。私、それなら出来そうな気がして来たわ」

 

「そうと決まれば早速放課後に聞いてみましょうよ!わたしはTG部に顔出さないといけないので付き添えないですが……ファイトですよ!かぐやさん!」

 

 有難う藤原さん。これなら私、頑張れる。

 

 

 

──

 

 

 

 放課後。現在私は駐輪場の端にて白銀さんを待っていた。

 藤原さんと作成したToDoリストを確認する。

 

 その一、彼の生徒会活動が終わるまで待つ。

 早坂によると彼は日が暮れてから下校しているらしい。その時間帯まで待てば他の生徒達に目撃されるリスクは限りなく低くなる。

 

 その二、校則違反にならない程度にお洒落をする。 

 自然でバレにくい山茶花色のリップクリーム。爪半月を隠す程度の淡い桜色のジェルネイル。それからお気に入りのロールオン香水は頸と手首に。ジャスミンの香調は私を等身大の乙女に魅せる。もうそろそろミドルノートに突入するだろう。

 

 その三、手鏡で表情をチェック。

 私にかかれば思い通りの表情を作り出す事なぞ簡単だ。鏡面に映し出されている私は藤原さんの様な向日葵の笑い、可愛くむくれ、そして小動物の如き悲しみを真似る。けれどそのどれもが不自然で、似合わない。

 

 そして最後。

 素直に、勇気を出す。私は脳内で声を掛ける。

 

 ねぇ、起きているんでしょう?

 

……なに?

 

 彼に何と声を掛ければいいのかしら。

 

単刀直入に「貴方を待っていました」とか?

 

 そ、それは……あからさま過ぎよ……。

 

えぇ?でも他に言う事無いじゃないの。

 

 そうだけれど……。

 

面倒ね……。出来ないのなら私が変わるわよ?

 

 待って!待ちなさい!ちゃんと言いますから!!

 

そう?でも、躊躇う様ならすぐ変わるからね。

 

 気を抜くと直ぐこれだ。自分の事ながら油断も隙もない。でも、これで退路は断たれた。もし私が躊躇すれば直ぐさまコレが出て来てしまうだろう。

 まだ彼にコレを見せる訳には行かない。だってコレは彼に恋する私の側面。気持ちを隠すなんて殊勝な心掛けなぞ持ち合わせていないだろうし、直球ど真ん中でやらかしてしまうだろう。

 

 脳内で一人コントを繰り広げた私が溜息を吐こうと肺が大気を吸引し始めたその時。私の優秀な耳が聴き覚えのある足音を捉えた。

 

(来た……)

 

 あくまでも平常を装い、何処までも自然に。

 徹底的に朗らかに、断固として愛想よく。

 

「ん?四宮……か?何でこんな所に」

 

「あら白銀さん。奇遇ですね」

 

 然も今気が付きましたと言う顔を作る。

 

「……ここで会うのは奇遇では無いだろう」

 

 流石にこれは露骨過ぎた様だ。彼は訝んでいる。今からでも軌道修正をしなくてはならない。

 

「バレてしまいましたか。そうですね、私、貴方にお話しがありまして」

 

「そうか。……それで?」

 

「そのですね……私と連……っ!?じゃなくて。コホン。そう、今日は体育で随分とご活躍されてたものですから」

 

 ちょっと!貴女出てこないんじゃ無かったの!?

 

だって誤魔化そうとしたでしょ?

 

 あれは言葉に詰まっただけで……

 

じゃあ早く本題に入ったら?

 

 物事には順序が有るの。いきなりだなんてそんなの不自然じゃないの……

 

むぅ……。分かったわ……。

 

「あぁ……アレな。いや、チームメイトが良かったからな。俺だけの力じゃないよ」

 

「しかし実際の所、一番点を取っていたのは貴方じゃない。もっと誇っても良いのでは?」

 

 白銀さんは授業時間の関係で十分間だけと言う短い時間で三点シュートが四本に二点が六本の計二十六点を獲得していた。

 例えお遊びの試合だとしても、これは正に八面六臂の活躍だろう。謙遜するのは彼の謙虚さからか、若しくは嫌味なのか。

 

「あぁ……そうだな。確かに頑張ったよ」

 

 自転車を押しながら歩く彼はゆったりと速度を落とし、歩調を合わせてくれる。

 

「そういえば……藤原さんが貴方と知り合いだと仰っていたわ。いつ知り合ったので?」

 

「ん?あーそれは……。偶々な、バスケの練習をしていたら声を掛けられて……まあそれで」

 

 それ以上何も言わずに歩道側を歩く彼はその時のことを思い出しているのかはにかんでいる。

 

「そういや四宮。なんか今日は雰囲気が違うな」

 

「そ、そうでしょうか?別に……いつも通りですが」

 

気付いてくれたわ!嬉しい……。

 

 コレが騒ぎ出したが、私はそれどころじゃ無い。確かに可愛いと思って欲しいなとは思っていたけれど……いざ気付かれると恥ずかしい。

 どうしよう。色気ついててはしたないと思われたら嫌、だな。

 

「そうか?しかし……その爪。前までそんなのしてなかっただろ?それに、何というか……」

 

「な、何でしょう……?」

 

 ほ、褒めてくれる……?

 

きゃー!早坂!ネイル教えてくれてありがと!

 

「何というか、うん。いいセンスだと思ってな」

 

 唇と香水には気付いてくれなかった様だが、しかし褒めてくれた。頑張って一人で塗った甲斐があったと言うものだ。

 

「そう……。えぇ、これは私が自分でやってみたの。どうですか?良く出来ていると思うのですが」

 

「ああ、流石だな。俺にはそんな器用に出来ないだろう」

 

 彼はハンドルを握る手を眺める。近頃は男性でも化粧等をすると早坂が言っていたし、彼も興味あるのだろうか。

 

「興味がお有りですか?私が教えましょうか?」

 

「あぁ、そうだな。興味はあるな。俺には中学生の妹が居るのだが……そろそろ妹もお洒落に興味が出る年頃だろうから。兄として少しは勉強しておきたい」

 

 妹……そうだった。彼には中等部に通う妹が居ると早坂の報告にあった。

 

「中学生でしたら……そうですね。校則も厳しいでしょうから……先ずはスキンケアなどから始めるのが良いのではないでしょうか」

 

「ほお、そうなのか。俺はてっきり化粧とは、こう、色々塗ったり付けたりする物なのかと」

 

 あゝ、まあ男性ならばその程度の認識になるのも仕方がないだろう。特に彼は父子家庭なのだから、母親が化粧をしている所も見た事が無いのだろうし。

 

「確かにそれもありますが、全てでは在りませんよ。化粧とは素肌の状態によって出来が変わるものなのです。ケアを怠ればノリが悪くなるだけでなく、後々シミなども出来てしまいます」

 

「ふむ……知らなかった」

 

「後は……そうですね。軽く色の付いたリップクリームも良いでしょう。唇が荒れるのは良くないですし、何よりお洒落をしていると言う実感が湧きます。これはお年頃の妹さん的にも満足出来るのではないかと」

 

「流石だな。勉強になるよ」

 

 良かった。彼の役に立てた様だ……。

 

(さあ、じゃあ褒め言葉のさしすせそを……はれ?)

 

もうぜーんぶ彼が先に言ってくれたわよ?

 

 あーっ!あーっ!分かってたなら言いなさいよ!

 

だって……褒められて嬉しかったから……。

 

 そ、そりゃあ確かに私も気分良く話しが出来るなぁとは思っていましたが!!

 

 まあ良い。いや、良くないが。兎に角、場は十二分に温まっただろう。ここは早く本題に入らなければ。

 

「そ、それで……宜しければなのですが……今後も何か妹さんの事で訊きたい事があったら相談に乗りますので……その……連絡先を……」

 

「ん?あー……あーっと…………その。すまん。俺はスマホを持ってないんだ」

 

 彼は申し訳無さそうに項垂れる。

 

「いえ、私はメールをするつもりでしたのでガラケーでも構いませんよ?」

 

「……そうじゃないんだ。俺は……携帯を持っていないんだ」

 

 携帯を……持っていない!?私でも持っていると言うのに!?今時そんな原始人が居ただなんて……。

 もしかして彼は実は遠い過去からやって来た旅人だとでも?いやいやまさかそんな。

 

(あゝでも、彼の家の経済事情なら有り得るのか)

 

「それは……御免なさいね」

 

「いや……良いんだ。昔から驚かれ慣れてるからな。ああだが、流石に固定電話はあるぞ?」

 

 それはそうだ。自宅に固定電話すらなければ本格的にタイムトラベラー説が濃厚になってしまう。

 

「しかしご自宅にお電話をするのはご迷惑かと……」

 

「そうだなぁ……俺も家に女子から電話が来たら流石に恥ずかしいから勘弁して欲しい所だな」

 

 だがそうするとどうしようか。今回の作戦は全て彼が携帯を持っている前提で成り立っていた。それが破綻してしまった今……

 

「でしたらそうですね。私に良い考えが有ります」

 

「お、おお……。その考えとは……?」

 

 携帯が無くても要は連絡が取れれば良いのだ。

 

「ふふ……。ひ・み・つ……ですよ?それじゃあ白銀さん。私はここで失礼しますね。明日……楽しみにしていてくださいな」

 

「えぇ……」

 

 跳ねる様にスキップを刻む。アスファルトを叩きつける革靴から伝わる衝撃で胸が弾む。

 さてさて、早坂を呼び出したらお買い物に行こう。必要な用具を揃えたら……後は帰ってから。

 

 

 

──

 

 

白銀 御行様

  

拝啓

 春眠の候、ますます御健勝の事とお慶び申し上げます。

 昨夜は朧月が美しく輝く夜で御座いましたが、御覧になりましたでしょうか。

 

 さて、この書状をお読みになられている貴方様は、私が申した秘密の意味が如何なものかお判りになられたかと存じます。

 直接お渡しに伺おうかとも愚考したのですが、以前突然の訪問で御迷惑をお掛けしましたので、この様な形で下駄箱に入れさせて頂きました。

 携帯をお持ちでないとの事でしたので、代わりに文通をさせて頂こうと私は思案した次第です。

 ささやかな品では御座いますが、返信用の便箋を幾つか同封させて頂きました。藤原さんへご返事をお渡し頂ければ幸いです。

 

 先日より生徒会へ御加入され、何かとお忙しい事と存じ上げますが、ご返事賜りたくお待ちしております。               

                   かしこ

 令和⬛︎⬛︎年四月⬛︎⬛︎日

                四宮 かぐや

 

 

 

 

追伸 恋文かと期待されましたか?

 

 

 

──

 

 

 

「いやこんな所までお嬢様かよ……」

 

 翌朝、下駄箱を開いた俺の目に飛び込んできた一枚の封蝋が施された羊皮紙の封筒。

 もしかして昨日の体育の活躍を見た誰かからのラブレターなのではとウキウキして開いてみれば、何て言うことはない。四宮からの手紙だった。

 

 中の紙も同じく羊皮紙の様で、昨日の四宮と同じ匂いがする。これは、香水で香りを付けたのか?

 異常に達筆な彼女の字はインクで書かれている。恐らくは羽根ペンでも使ったのだろうか。四宮がこれを綴る姿を想像してみると、何とも様になっている。

 

 そして俺がラブレターだと勘違いする所までしっかりと予測されていて、何だか負けた気がする。

 

(コレに返事するのめっちゃ気後れするんだが!?)

 

 後で藤原に正しい手紙の書き方を教えて貰うべきか?

 

 

 

──

 

 

 







何故私は手紙の内容まで書こうとしてしまったのか……。
めっちゃ時間かかった……。

手紙の作法をよく知らないのでおかしかったらご指摘下さい。


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かぐや様は文通したい/藤原千花は指したい



最終話めっちゃ良かった…。


 

 

 

 早坂に頼んで用意させたレターセットは男性が使用しても違和感のないシンプルな物であった。

 過度な装飾の付いていない、白とネイビーの二種類。彼の趣味嗜好をあまり知らない私は、何よりも彼が使ってくれない可能性を排除したかったのだ。

 

 朝のホームルームを聞き流しながら考える。彼は読んでくれたのだろうか。

 

 教師の伝える連絡事項が鼓膜を振動させるが、脳は蝸牛から伝えられる電気信号を遮断する。どうせ私が聞いていなくても、嫌でも憶えてしまうのだから関係ない。

 

(早くお返事来ないかしら)

 

 十五の歳を数えた中で、誰かに私的な手紙を送った経験は無く。すると当然その返事を待つ事も初めてだ。流されるがままに生きて来た私の人生。人間関係において主体的な行動を起こしていた記憶は遠い過去の物だ。

 

 私は失敗の多い生涯を送ってきた。

 私には、人の心というものがよく解らなかった。

 感情の機微とは一体何なのか。自分にはどうにも、刹那的感情に身を任せることが、ごく自然に起こり得るとは微塵も思えなかった。

 

 合理と理性は感情と欲望に優越し、そして誰もが正しい、それは四宮の価値観としてであるが、行動をするものだと思っていた。 

 誰かが泣いても、それはその者が愚かであるからだと、本気で思っていた。

 何かが出来ないのは、それはその者が手を抜いているからだと、本気で思っていた。

 

 げに恐ろしきは四宮の教育か。真っ白な私の価値観は、世界は、染められてしまっていた。四宮成らば……。その悪しき家訓に。

 厳しい、今思うとあれは虐待に近しいと思うのだが、躾。それになまじ付いていけてしまった物だからタチが悪い。

 

 まあそれで。世界には様々な人がいて、十人十色という言葉の意味するところを本当に実感した頃には、私は一人だった。

 

(勿論、今は違いますけれど)

 

 だからこそ私は、誰かと言の葉を交わし合う事に飢えている。誰かとは言うが、本当に誰でも良い訳でも無い……が、それが心を通わせたお友達とならば、尚嬉しい。

 

 そして今は新たに……。そう、好きな人との交流を欲している。この返事を待つひと時は何だか、嫌じゃない。古い時代の女子はこんな風に殿方からのお返事を待っていたのだろうか。

 

 恋に焦がれて 鳴く蝉よりも 

 鳴かぬ蛍が 身を焦がす 

 

 と、有名な一節を諳んじてみたものの、自分はどちらなのだろうかと疑問に思う。

 耳障りに喚く蝉で在るのではないか。そも私は蛍と言った柄だろうか。外見的な美麗さではなくて、その有様が。

 

 こんな私が彼に好かれるのだろうか。藤原さんのような女性が好みなのではないのか。この不安はいつになっても消えない。むしろ彼が藤原さんとお知り合いだと知って余計に心配になった。

 

 じゃあどうして彼からのお返事を藤原さんに渡すようにと書いてしまったのか。

 

 お友達を飛脚の様に扱う事は心苦しいが、しかし私が校内で気軽に彼と話しては迷惑をかけてしまう。だから電話で相談した時、彼女からその仲介役を買って出てくれた時は天恵に思えたのだ。

 

(でもやっぱり不安なのよね……)

 

 理性では彼女が白銀さんとその様な関係になる事を積極的に望む筈がないとわかっている。だけれども、彼の方はどうだろうか。

 

 そう思うと目が潤む。

 

でもでも、彼は私の事が好きだと思うわよ?

 

 そんなの根拠の無い思い込みよ。

 

だって昨日私に手を振ってくれたじゃないの。あれは私に気があるからだわ。

 

 それで気があることになるのなら世の友人たちは皆両思いね。

 

あの場面でわざわざこっちを見たのよ?それって、私に良いところを見せたかったから以外に何があるというの?

 

 知り合いを見つけたなら、手を振る事もあるでしょう?

 

そうなのかなぁ……。

 

 そうよ。勝手に期待して、もし違っていたらどうするのよ本当……。        

 

 日に日に私の脳内でコレが大きくなって来ているのが分かる。最初はほんの微かに感じ取れる程度の存在、いや。感情だった。なのに彼と話す度にコレは、確かな輪郭を得ていく。今や意識しないと表面に出てきてしまう程に。 

 

 兎にも角にもだ。今は彼からのお返事を待つこのひと時を、不安と期待で一杯の気持ちを堪能しようと思う。

 

 だって何だか、普通の少女に成れた様な気がするから。

 

 

 

 ──

 

 

 

 俺は四宮からの手紙に何と返事をするか悩んでいた。ノートに下書きを書いては消し、書いては消し。

 しかしどれも失礼な、そっけない返事な気がしてきて。

 

 図書室で手紙の書き方についての本を開いて眺めてみる。

 

(俺手紙なんか書いた事ないんだよなぁ)

 

 そうやって考え込んでいると隣の席に誰かが座って来た。

 

「あれぇ?御行くんじゃないですかぁ。どうしたんですか?お勉強?」

 

 そう言って声をかけて来たのは俺のバスケの師匠、藤原であった。

 

「ああ、少し調べものをしたくてな」

 

「どれどれぇ?ビジネスで使える手紙のマナー?なんで高校にビジネスの本があるんですか……」

 

 言われてみれば確かに、俺以外にこれを必要とする生徒が居るのか疑問だ。

 

「多分藤原は知っていると思うんだが、今朝四宮から手紙が届いてな。かなり礼儀正しい内容だったものだから、何と返事すればいいのかと……」

 

「あぁ〜聞きました聞きました。わたしそのお返事の催促をするために御行くんを探してたんですよ」

 

 彼女はノートを開くとそこに何か書き込みを始める。

 

「いいですか?お手紙も要は会話と同じなんです。つまり、コミュニケーションの手段の一つに過ぎないんですよ」

 

 可愛らしいシャープペンシルで紙面に『会話』と書くとそれをグリグリと囲う。

 

「自分は何を思って、何を伝えたいのか。相手への気持ちを伝える事が大切なんです。そこに多少の形式こそありますが……別にそれ程気にしなくったって良いんです」

 

「いやしかしだな……せっかくこんなにしっかりとしたものを貰ったのだから、こう、なんか良い感じに書きたいんだよ」

 

 こちらを眺めながらペンを弄ぶ彼女は以前の様にやれやれと首を振った。

 

「御行くんはわかっていませんねぇ。かぐやさんだって別に常に礼儀正しい訳じゃないんですよ?私とメールする時はもっとカジュアルな感じなんです。だから、きっとたくさん悩んだ結果がそれなんです」 

 

 藤原は今度は『カジュアル』とノートに書き込む。

 

「つまりですね。無理にカッコつけて書く必要なんてないんですよ。ただありのままに、素直な気持ちを綴る。それで良いじゃないですか」

 

「そう言うものなのか……」

 

「そう言うものですよ」

 

 藤原はそのまま立ち上がり、本棚へと向かって行った。

 

 俺は藤原の言葉を反芻する。そうなると、この本を読む必要はもうない。さっさと本棚に戻して返事を書くとしよう。

 

「それでは返却期限は一週間後ですので忘れない様にしてください」

 

「はぁい」

 

 俺が本棚へとこのマナー本を戻していると、藤原がカウンターで何かしらの本を借りていた。これは偏見なのかもしれないが、彼女は熱心に読書をする様には見えないのだが……。

 

 気になった俺は質問してみることにした。

 

「藤原、何を借りたんだ?」

 

「これですか?将棋の本です。わたしオセロとかチェスはやったことあるんですけど将棋はなくって……。かぐやさんに言ったら今度一緒にやってくれるそうなんです」

 

 そう言ってこちらに向けられたその本の表紙には二人のキャラクターが描かれていた。どうやら最近よくあるタイプの漫画で解説する形式の本の様だった。

 

「ほう、将棋か。俺はちょっと苦手なんだよなぁ」

 

「へぇ〜そうなんですかぁ。じゃあ初心者のわたしでも勝てちゃうかもですね!」

 

 藤原はニマニマと笑う口を本で隠すと挑発的に言ったてきた。

 

「よぉし御行くん。放課後TG部の部室に来てください!持ち運び式の将棋セットがあるのでそれで勝負ですよ!」

 

「確かに今日は生徒会の活動はないが……」

 

 

 

 ──

 

 

 

 放課後、俺は覆面マスクを被った女子生徒二人に拉致されていた。HRが終わった後、教室を出たところを袋詰めにされたままどこかに連れて行かれたのだ。

 

 目的地についたのか、袋から出される。急な眩しさに目を細めていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「わたしは謎の将棋星人フジワラ!ここから帰して欲しければ、わたしとの勝負に勝つのだぁ!!わはは〜!」

 

「自分で藤原って名乗ってるのにどこが謎なんだ……」

 

 これが例のTG部か……。確か生徒会や風紀委員での監視対象の部活だったな。なぜたかだか一クラブがそれほどに危険視されるのかが分からなかったが……。生徒一人を気軽に拉致してくる部活は確かに危険だろう。

 

「千花ちゃん、彼が?」

 

「そうですよテラ子先輩。この人がわたしの言ってた生徒会の人です」

 

 この部活の危険性について考えている俺を他所に、藤原は俺を拉致してた実行犯のもう一人と会話をしていた。

 

「私は今日は帰って最近出たばっかのFPSやりたいから、部室の鍵よろしくねぇ〜」

 

「はぁい!じゃあ御行くん、早速勝負ですよ!」

 

 見ればテーブルには既に将棋盤が用意されている。しかし……。

 

「そうは言うがな藤原。確かお前、昼に初心者用の本を借りたばかりだろう?ルールとかは分かるのか?」

 

「むう、失礼ですね!駒の動かし方くらいは流石のわたしも知ってますよ!ほら、早速始めますから、席についてください!」

 

 藤原に促されて着席する。しかし彼女は俺が席に座ったと言うのに一向に準備を始めない。疑問に思った俺は尋ねる。

 

「どうした?早く始めるんじゃなかったのか?」

 

「あの、これどうやって並べるんですか?」

 

 そこからかよ。やっぱり将棋のことはたいして知らない様であった。

 

 

 

 ──

 

 

 

 振り駒で藤原が先行を取った。彼女は少し悩むそぶりをしてから、しかし勢いよく指す。

 

 それをみた俺も、まずは様子見に矢倉囲いを組もうと歩を指す。

 そこから数手はお互いに序盤のため、大した動きがなかったのだが……。

 

「よーしいっけぇ」

 

 藤原はいきなり飛車をこちらの陣地に突撃させ、飛車が成る。銀が取られたが、この位置なら角で取り返せる。

 いや、だがなんのメリットもなしで簡単に飛車を捨てるものか?流石に初心者とはいえ、飛車角の価値は理解している筈だし、むしろ初心者ほどその価値故に固執し過ぎてしまい形成を悪くするものなのだが……。

 

「ではこうだ」

 

 さまざまなケースを想定してみたものの、少なくともここから数十手の範囲ではこちらが優勢になると判断し、飛車を取る。

 

「あっ」

 

「ん?」

 

 俺が飛車を持ち駒に加えると藤原は気の抜ける声を出した。いやこいつまさか。

 

「藤原……。お前これに気がつかないのは嘘だろ?」

 

「ちょっと待って下さい!タンマ!今の無しです!」

 

 気がついていなかった様である。まあ初心者相手に待った無しというのも大人気ない。

 

「わかったよ、ほら、指しなおしな」

 

 盤面を二手前まで戻し、藤原に手番を譲る。

 

「こーすると……取られちゃうから、こっちだと、これもダメで……あー!もー!ここですっ!」

 

「ほう。では俺はこうだ」

 

「あわわ……御行くん大人気ないですよ⁉︎」

 

「ははは。やるなら勝ちに行くに決まっているだろ」

 

 藤原の打ち筋は彼女の性格故なのか、それとも初心者だからなのか、素直で、こちらの誘導に悉く引っかかっていた。

 

「王手」

 

 そこから追い詰めるのは簡単だった。序盤に得た優位をそのままに、じわじわと自陣を広げていく。藤原も対処に躍起になっていたが、それも場当たり的なものに過ぎなかった。

 

「えーっと……前は角があるからダメで、横もと金があるからダメ……後ろもダメで……斜めも……あう……参りました……」

 

「ありがとうございました」

 

 詰みを悟った藤原が投了し、お互いに礼をする。

 

「ってか御行くん強くないですか⁉︎ちょっと苦手ってのはなんだったんです⁉︎」

 

「いやいや、俺なんか大したことはないぞ。なんせアマチュア三段でしかないからな」

 

「まさかの段位持ち⁉︎御行くんって道場とか通ってたんですか⁉︎」

 

「別にそこまでしなくても、将棋番組の出す認定問題を解いたりすればアマチュアの段位は貰えるんだよ。資格欄に書いたりはできないけど、そんなに金もかからないしな」

 

 小さい頃から田舎の祖父母の家に遊びに行った時は、爺さんと一緒に将棋をやっていたのだ。こういった頭脳スポーツはゲームなんかを買えない我が家では貴重な娯楽だったのだ。圭ちゃんは昔何回やっても俺に勝てなかったのが嫌だったのか、いつの間にかやらなくなってしまったが……。

 

「うちの爺さんは過去に大会で優勝した事があってな。それに比べたら俺なんて……」

 

「高校生の趣味レベルでそれなら十分自慢して良いと思いますよ⁉︎」

 

 駒を片付けながらも藤原は続けて言った。

 

「あーあぁ。まさか御行くんがそこまでできる人だとは思いませんでしたよ」

 

「そうは言うけどな、俺はこれでも特待生としてこの学園に入学してきてるんだぞ。それなりに頭の回転が早くてもおかしくは無いだろ」

 

 確かに俺は苦手な事が多いが……全てが壊滅的な訳でも無いのだ。

 

「そうだ藤原。これ、四宮に渡してくれるか?」

 

 ポケットにしまっていた封筒を取り出し、手渡す。

 

「ちゃんと書けたんですね!じゃあ早速渡しに行ってきます!御行くん戸締まりお願いしますねぇ!」

 

 藤原は手紙を持つと猛スピードで出て行ってしまった。

 

「えぇ……俺部外者なんだが……?」

 

 

 

 ──

 

 

 

 四宮へ。

 

 手紙、ありがとうな。少しだけ驚いてしまったが、嬉しかったよ。

 

 ただ申し訳ないが、俺は手紙の作法に詳しくなくてな。迷惑でなければ、四宮ももっと気軽な内容で送ってくれないだろうか。

 

 それで、月の話が出たな。実は、俺は天体観測が趣味でな。子供の頃は天文学者になりたかったんだ。

 

 四宮は何か好きなものとかあるのか?

 

 

 

──

 

 

 

 藤原さんが持ってきてくれた彼のお返事。

 

 自宅に帰ってから、その簡素な封筒を開けると、私の送った便箋に彼の文字が書かれていた。内容は、短くて、ともすればそっけないとも思えるが。しかし私にとって重要なのは、彼がわざわざお返事を書いてくれた事実なのだ。

 

「良かったですね、かぐや様」

  

 横に控えていた早坂が私の顔を見てそう言う。

 

「そ、そうね。さあ早坂。早速お返事を書くわよ。あゝ、なんと書きましょうか」

 

 どうやら彼はあまり堅苦しい文面を好まない様であるので、藤原さんとのメールの様な内容と文面でいいのだろうか。    

 

 机に座り、万年筆のキャップを少し齧る。室内に流れる弦楽四重奏が考えを纏める助けをしてくれる。

 

「それにしてもそう……白銀さんは天体がお好きなのですね」

 

 ならばその方面で話を続けるべきか。いやしかし、まずは彼の質問に答えなければ。

 

「好きなもの……。好きなもの。好きなもの、好きなもの……」

 

「かぐや様?」

 

 好きなもの、思い浮かぶのは彼の顔。

 

「べ、別に期待されている様な人は……ええ!好きですけど⁉︎なんか文句ありますか⁉︎」

 

「あのぉかぐや様、それを書くって事はつまり告白ですが……よろしいのですか?」

 

「よろしい訳ないでしょう⁉︎」

 

 まさか唐突にその様なことを書く訳がない。私は失敗する可能性がある時点での賭けなどしない。不確実は好みではない。

 

 もし彼が私の事を好きになったら、その時に彼から求められて初めて、この気持ちを打ち明けられるだろう。

 

 だからまずは、彼に私の事を好きにさせるところから。そのための文通。ここで彼の趣味に理解のある女を演じる事で、好感度を稼ぐのだ。

 

「早坂、天体に関する本を何冊か持ってきて頂戴。彼に話を合わせる必要があるわ」

 

「かぐや様はあれですね。好きな男性に影響されやすいタイプみたいですね。わたくしはかぐや様がその内、タトゥーで彼の名前を入れるとか言い出さないか心配です」

 

「そんなことしないから安心しなさい」

 

 あゝでも、彼色に染められると言うのは悪くない。「俺の女になれ」とか言われたりして。早坂曰く俺様系と言うらしい。

 

「兎に角いい感じに話を合わせるのよ。だから早く持ってきて」

 

「はいはい。畏まりました」

 

 夜は更けて、窓辺に佇む月を眺めながら、彼へのお返事を書く。気軽な文体というのはそれは私にとって逆に難しく、何度も書き直してダメになった便箋の束を見て、しかし私は充実感に包まれるのであった。

 

 

 

 

 







カナーンが見れて私は満足です。


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かぐや様はイメチェンしたい







 

 

「私はもっと判り易い個性を身に付けるべきなのよ」

 

 早朝、自室にて。私は早坂に向かってそう宣言した。

 

「急にどうされたのですか?」

 

「聞いて早坂。私ね、考えたのよ。どうすれば彼から好かれるのか」

 

「はぁ。そうですか」

 

 なんだか早坂はどうでも良さそうにしながら、しかし話を聞く気自体はあるのか珈琲を入れる準備を始める。

 

 コポコポと抽出される黒色がサーバーへ落ちる様を眺めながら話を続ける。

 

「それでね、ほら。私って、少女漫画的に見るとヒロインって柄じゃないでしょ?」

 

「まあ、はい。どちらかと言えばライバルキャラですね」

 

 部屋には珈琲の芳香が充満し、自然と口は苦みを覚える。

 

「そう、そうなのよ!主人公やヒロインって、寧ろ藤原さんみたいな緩い感じが多いでしょ?」

 

「それでキャラを変えようと?」

 

 サーバーへ完全に満たされた珈琲がカップへと注がれると、湯気と共にいっそう強い香りが漂い、鼻腔を擽る。

 

「イメージチェンジ、いえ。これは成長と呼ぶべきものね」

 

「そうですか……。では、まずは現状のかぐや様の分析から始めましょう」

 

「そうね。自己分析は大切だわ」

 

 早坂から、珈琲の入ったカップを受け取る。

 カップを摘み、顔の正面に持ち上げると、複雑な香りがする。確かな苦さの中に、しかしはっきりと感じられる、シトラスの匂い。

 

「かぐや様には情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さが御座います」

 

「ええ、四宮の者として当然のことね」

 

 従者の賛辞を当然の様に受け取り、そしてカップに口を付ける。

 香ばしく、醒める様な苦味と、輪郭を際立たせる酸味。まろやかな口触りと優しい甘みが心を暖かくする。そして、この調和の取れた味わいは、朝のぼんやりとした私の意識を叩き起こしてくれる。 

  

「豆は?」

 

「最高級のブルーマウンテン」

 

「水は?」

 

「アルプスで取れた天然水」

 

「焙煎は?挽き方は?温度は?」

 

「シティーローストを中挽きで九二度で御座います」

 

 私の質問に淀みなく答えた早坂を褒める。

 

「パーフェクトよ早坂」

 

「感謝の極み」

 

 早坂はスカートを軽く持ち上げ、恭しく礼をする。

 

「それで、先程の続きですが、今のかぐや様には足りないものが有ります」

 

「何よ」

 

 早坂がシーツを直しながらそう言うのを、私は机に移動して椅子を引きながら聞く。

 

「今のかぐや様には速さが足りません」

 

「速さ⁉︎速さって何よ⁉︎」

 

 思わず椅子からずり落ちそうになるのを堪える。

 

「恋愛は戰です。そして戦場では巧遅は拙速に如かず。つまりは……ガンガン行こうぜ!ですね」

 

「ねえ早坂……もしかしてだけど貴女、巫山戯ているの?私は真剣に悩んでいるのよ?」

 

 姿見の前に立ち、ネグリジェを脱いで早坂に手渡す。鏡には呆れ顔の超絶美少女が写っている。つまり、そう。私だ。

 

「わたくしは至って真面目で御座います。アピールですよ、アピール。ぶっちゃけ男性はちょっと気のあるふりをすれば『あれ、もしかしてこの子俺のこと好きなんじゃね?』となって告白してきます。そしてフラれてクラスの笑い者にされます」

 

「悪女!気があるフリをして男を掌で転がすのは完全に悪女のそれよ⁉︎しかもフラれちゃうの⁉︎その男性が可哀想だわ!理不尽よ!」

 

 早坂が制服を持って来くるので、私は腕を上げて彼女に着せてもらう。

 

「でも大丈夫ですよ。そんな腐り目ぼっちでも最終的には美少女と付き合えますから」

 

「それなら万事OKだわ……ってならないわよ⁉︎ぼっちになってるじゃない!それ絶対フラれたのが尾を引いてるやつだわ!」

 

 姿見を背にし、早坂の方に振り返る。そして彼女は私の制服に襟を取り付け、赤いリボンを結ぶ。

 

「しかし今のかぐや様にぴったりのイメージかと思いますが」

 

「貴女は主人をなんだと思っているの⁉︎しないわよ!私は淑女として在るべき振る舞いを心がけているわよ!」

 

「淑女はそのように叫んだりしないと思いますよ」

 

「貴女が‼︎変なこと‼︎言うからでしょ‼︎」

 

 着替えが終わり、私の髪を梳かす早坂に向けて文句を言う。

 

「はぁ……本当に真面目な話なの。私は、ほら。早坂が言うように、性格が悪そうに見えるじゃない?」

 

「見える、ではなく事実そうでは?」

 

「話の腰を折らないで頂戴。それで、こう、ね?何かしら変えた方がいいのかしらって思ったのよ」

 

 登校の用意が終わった後も私達は部屋で会話を続ける。朝食も早坂が一緒に持って来てくれていたので、それを食べながら。

 

「それでイメチェンをしたいと……。高校デビューにしては遅い気もしますが……まあまだ間に合いますか。それで?一体どの様な感じにしたいのですか?」

 

「そうねぇ……例えば」

 

 

 

 ──

 

 

 私、四宮かぐや、十五歳!どこにでもいる普通の女子高生!

 

「ちょっと待ってください。なんですかそのモノローグは。かぐや様のどこが普通の女子高生なんですか」

 

 今日はメイドの早坂が寝坊しちゃって、遅刻しそうなの!

 

「わたくし、寝坊したことないですよね?」

 

「いっけないーい!遅刻遅刻!」

 

キキー!ドンッ!

 

「きゃっ」

 

 いたた……曲がり角で誰かとぶつかっちゃったわ……。

 

「その効果音は事故ですよ事故!なんで『いたた』とかリアクションが軽いんですか⁉︎」

 

「君、大丈夫か?」

 

「はい……私、合気道黒帯なので大丈夫です」

 

「まさかの無事だし‼︎黒帯でも自転車との衝突は普通に危ないですよ⁉︎合気道はチート武芸じゃないんです‼︎すぐ病院に行くべきですよ‼︎」

 

 私はぶつかった相手が差し伸べてくれた手を取って立ち上がる。その人は背が高くて、明るい髪をした男の人だった。

 

「ごめんなさい!私遅刻しそうで急いでて……」

 

 彼は衝撃で地面に落ちた、私が咥えていたアップルパイを拾う。

 

「アップルパイ⁉︎テンプレをなぞるなら普通そこは食パンですよね⁉︎ああ、今さっき食べた朝食ですかそうですか……というか!アップルパイは咥えて走ったら口の周りベタベタになりますよね⁉︎」

 

 そして彼は私の頬に手を添えて……。このシチュエーション……まさかキス……?

 

「ははは。せっかちな子猫ちゃんだな。おっと、髪についてたよ……りんご煮」

 

「リンゴ‼︎そりゃアップルパイ食べてたのなら付いているのはリンゴでしょうけどね‼︎」

 

 そう言って彼は私の髪を撫でる。

 

「流れるような美しい黒髪だ……」

 

「いやパイのリンゴが付いていたならベタベタですよ⁉︎ていうか片手にパイ!もう片方にリンゴ!その撫でている手はどっから生えて来たんですか⁉︎」

 

 彼はパイとリンゴを口に放り込んで言う。

 

「いやそれ不衛生‼︎」

 

「このままじゃ遅刻しちゃうな。ほら、乗りな。可愛い子猫ちゃん」

 

 トゥンク……

 

「はいっ……!」

 

 私は白馬に跨る彼の腰に手を回し、しっかりと掴まる。

 

「白馬⁉︎自転車じゃなかったんですか⁉︎馬は止まる時に『キキー』なんてならないでしょう⁉︎え、っていうかさっき馬とぶつかったんですか⁉︎なおさら病院行った方が良いですよ⁉︎」

 

 

 

 ──

 

 

 

「ざっとこんな感じかしらね。あら早坂、どうしたの?そんなに息を切らせて」

 

 私が折角語ってあげたと言うのに、早坂はゼーハーと肩で息をして床に手をついていた。

 

「かぐや様……それはイメチェンではなくて……ただの少女漫画脳です……」

 

「あら、失礼ね。私は単に貴女が質問して来たから、それに答えてあげただけなのに」

 

「イメチェンっていうのはですね、もっとこう、例えば」

 

 早坂は立ち上がると深呼吸をして息を整える。

 

「っていうかぁ〜かぐやちゃんの妄想マジヤバの卍って感じぃ?ウチ、ドン引きなんですけどぉ〜。……みたいな感じです」

 

「いつ見てもその変わり様は気持ち悪いわね……」

 

 普段は寡黙で瀟洒なメイドの早坂が突然今時のギャルに変身すると、高低差で耳鳴りが聞こえて来る気さえする。

 

「変装の心得はかぐや様だってお持ちでしょう?何もそんな連載誌が変わるレベルの変貌はしなくて良いんです。例えば、一人称を変えてみるとか。そんなちょっとした変化でいいんです」

 

「一人称……例えばどんな風にかしら?」

 

「ボク、とかはどうでしょう。最近はボクっ娘ヒロインの人気も高いですからね」

 

 ボクっ娘……その様な概念があるとは。

 察するに女性があえて男性の一人称を使う事で、そのアンバランスさが魅力、そして個性になるということか。

 

「ほら、ボクっ娘で自己紹介してみてくださいよ」

 

「ぼ、ボクの名前は四宮かぐや……です。秀知院高等部の一年生……だよ……?」

 

「いいですねー。照れて口調が安定してない所とか逆にアリです。じゃあそのままもっとテンション上げて、脳みそ溶かして!ほら!」

 

「は、早坂ぁ!あなた、わた……ボクで遊んでいるわねっ⁉︎」

 

「そのようなことは……ありますけど」

 

 あるのか。ここ最近の早坂の私に対する扱いが雑になって来ているように思う。

 

「これは無しよ。そんな、付け焼き刃の一人称程度でどうこうなるとは思えません」

 

「ではもっと過激に、キャラをつけましょう」

 

「キャラ?キャラクターの事かしら?」

 

 恐らく早坂の言うキャラクターとは作り話の登場人物そのものではなく、性質や性格の事なのだろう。

 

「それで?私に一体どういったキャラをやらせようと?」

 

「はい。それは、ヤンデレです」

 

「ヤンデレ?何よそれ」

 

 ヤンもデレも何を意味するのか、私にはさっぱり分からない。

 

「ヤンは病んでいる。デレは好意を持っている状態の事です。つまり、好き過ぎて精神を病んでいる人の事ですね」

 

「本当に何よそれ。ちっとも理解出来ないわ」

 

 人を好きになり過ぎて精神を病むだなんて、それってかなり……変質的ではないだろうか?

 

「まあまあ。かぐや様には素質があると思うんですよ」

 

「そんな素質要らないわよ⁉︎」

 

「そうでしょうか?例えばほら……白銀御行が誰かに殺された所を想像してみてください」

 

 

 

 早坂に言われて私は想像する。

 誰かに……彼が……殺された所を……。

 

 

 

「憎い……憎いわ……。殺してやる……殺してやる……!うふ、うふふ、あはははは!どうしてくれましょうかしら!首を刎ねる?それとも心臓を一突き?いいえ。それじゃあ足りないわぁ……この世の全てを呪ってやる!あぁ、待っていてね、白銀さん。貴方の仇は……ちゃんと取ってあげる……。そして貴方の所へ逢いに行くわ……そう。この憎しみを全て、焼き付けてからね……くふっ……アハハハハ!」

 

 

 

「か、かぐや様ー?」

 

 あら、いけない。つい想像が行き過ぎたようだ。

 

「ねぇ早坂?彼はちゃんと生きているわよね?」

 

「さ、さあ……?無事なんじゃないですかね?でも気になるなら、それはかぐや様が学校で確認すれば良いじゃないですか」

 

 そう。良かった。

 

「しかし……何と言いますか……ヤンデレの気があるとは思っていましたが……よもやここまでとは」

 

「早坂が考えてみろって言ったんでしょう⁉︎私は悪くないわよ‼︎」

 

 何故ここまで引かれなければならないのだ。

 

「お願いですからかぐや様。それは外でやらないでくださいね」

 

「やりませんよ‼︎第一、こんな事、起きる筈が無いじゃないの」

 

「分かりませんよ?かぐや様の想い人が本家の者に知られた時、あのクソジジイが何をするか……」

 

 ……確かに、そうだ。今の今まで考えないようにしていたけれど、私が彼と結ばれる為には実家と言う大きな障害があるのだ。

 

「それについては今は考えたくないわ」

 

「それはわたくしも同じです」

 

 あゝ。結局いい案は出なさそうだ。

 

「じゃあ後はこれですね、かぐや様。ツンデレです」

 

「ツン……デレ?」

 

 恐らくデレは先程のヤンデレのデレと同じだろう。つまり、相手に好意を抱いている人物のキャラ。

 

「はい。好きなのに素直に慣れなくて、ツンツンと素っ気無い、あるいは、敵対的な態度を取ってしまうキャラです」

 

「……また変なやつじゃない。そんなのの何処が良いの?」

 

「確かに暴力を振るうタイプのツンデレヒロインは、昨今の主流から外れてしまいましたね」

 

 他人に、素直に慣れないからって暴力だなんて、そんな事する訳がない。だって私は淑女なのだから。

 

でも偶にやりそうになってるわよね?

 

 五月蝿いですね……しません。

 

本当?

 

 ……多分。

 

不安だなぁ。いつかやっちゃいそう。

 

 その時は貴女が変われば良いでしょう?

 

そんな直ぐに対応出来ないわ。

 

 何よ、私の癖に使えない奴ね。

 

だからそうならないように、貴女自身が気を付けるべきなのよ。

 

 もう……。解ったから引っ込んでなさい。

 

「それで?ツンデレとは具体的にどう言ったキャラなのかしら?勿論、暴力は無しよ」

 

「そうですね……本当に典型的で、ステレオタイプな感覚ですと……」

 

 早坂はポケットから予備のシュシュを取り出すと、結んでいないもう片方の髪をくくい、所謂ツインテールにする。

 

「ふ、ふん!アンタの事なんか、全然好きじゃないんだからねっ!勘違いしないでよねっ!……ですかね。こちらもかぐや様にはかなりの素質があるかと……というか、もうやっちゃってませんか?」

 

「そんな事してな……あれ?」

 

 心の中では結構やっていたかも知れない。これは私だけしか知らない事だが……しかし、そのツンデレ?のような事をやってしまいそうなのは……なんと言うか、運命的なレベルで確信があった。

 

「私……それ、やっちゃいそうだわ」

 

「まだやってない事に安心するべきか……いつかやりそうなのを心配するべきか……悩みますね」

 

 早坂はツインテールのまま、『むむむ』と唸っている。

 

「でもこれ、キャラ……と言うには……どうなの?ただちょっと照れ屋さんなだけの気がするのだけれど」

 

「えぇ……?かぐや様。今のレベルの古典的なツンデレはリアルでやると……ちょっと照れ屋では済まないですよ?」

 

 じゃあどうすれば良いと言うのだ。

 

「もう普通に髪型変えるとかで良いんじゃないですか?」

 

「貴女、考えるのが面倒になったわね……?」

 

「ええ、まあ、はい。いい加減登校したいものでして」

 

 それでは今までのは茶番だったとでも?本当に、早坂の私に対する扱いについて真剣に考えなければならない様だ。

 

「あのねぇ早坂。女性がいきなり髪型を変えるなんて、何か心境の変化が在りましたと言っている様なものでしょ?」

 

「一概にそうとは言えませんが……まあ、確かに」

 

 そんな事したら……。彼だけじゃなくて、周りの他の人々にまで勘付かれる可能性が高まる。秀知院には四宮家と繋がりのある家の生徒達も多い。そしたらいつかは、本家にまで話が伝わってしまうかも知れない。

 

「だから駄目よ。私が髪型を変えるとしたら、それに相応しい何かしらの環境の変化があってからでないと」

 

「…………」

 

「…………」

 

 私と早坂は無言で鞄を持つと、部屋を出た。

 

「……疲れたし、喉が渇いたわ」

 

 早坂が無言のまま頷く。

 

「思えば、私は四宮かぐや。これ程に完璧で、最高の美少女に恋焦がれない男なんて、居ないのですから。このままで良いのよ」

 

 そう。まず前提が間違っていたのだ。漫画は漫画。フィクションであって、実際の所は、具体的な役割なんて決まっていない。

 

「敢えて言うならば、そうね。自分の人生の主役は自分自身。そんな所かしらね」

 

「じゃあ今までのやり取りは何だったんですか……?」

 

 結局の所、キャラを変えると言うのは、在り方を変えると言う事で。本当に変わっていないのに、仮面を被って接するのは……それは私の嫌うモノなのだから、最初から上手く行く筈の無い試みだった。

 

 確かに白銀さんが言っていた様に、常に有りのままで過ごす事は難しい。人と上手く接するやり方は……必要だ。私だって、本音を隠すべき場面は沢山有る。

 

 だけど……。

 

「私達は変に取り繕う必要ないのよ。そのままで十分魅力的。それが解ったのだから、意義は有ったわよ」

 

 飾らない自分。私らしい私。それを見せたい人は少ない。

 でもきっと、それで良いのだ。

 

「さあ、そうと決まれば早坂。水を頂戴?温いやつね」

 

「それくらいご自分で用意されては?」

 

「訂正。貴女のその態度は変えた方がいいわね」

 

「えぇ⁉︎今いい感じに収まったじゃ無いですか‼︎」

 

 最後の最後に余計な事を言った早坂が悪いのだ。 

 

「変な事言ってないで早くしなさい。遅刻しちゃうわよ?」

 

「かぐや様がそれ言いますか〜⁉︎」

 

 早坂は何だかんだと文句を垂れながらも、結局は水を注ぎに行った。

 それを見送りながら私は考える。

 

 今日は白銀さんとどんなお話をしようか。藤原さんと将棋をするのも楽しみだ。

 

 あゝ、この頃は毎日、学校が楽しみだ。

 

「何だか今日も楽しい一日になりそうね」

 

 朝の陽射しに照らされる、新緑の芽吹き始めた庭。

 皐月の訪れを予感させる暖かな風は、私の心の様に爽やかに駆け抜けていった。

 

 

 







…はい。ギャグをやりたかったんです。かぐや様と言えばギャグ回は外せませんよね。



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難題「桃源郷に棲みたる龍の頸の珠」①







 

 

 

「つーかさ、白銀。お前勉強はどうなってんだ?」

 

 学園生活にも慣れ始め、生徒会活動も順調にこなしていた頃。すっかり恒例となった天文部の活動中に、龍珠はそう言った。

 

「どうって……まあ、それなりにはやってるけど……?」

 

「もう四月も終わる。連休が明けたらすぐに中間試験だぞ?ウチの学園は試験結構難しいからな。特待生とは言え、対策無しでは厳しいんじゃねぇの?」

 

 桜がすっかり散ってしまい、少しずつ日も長くなり始めたこの頃。東京湾にうっすらと見える、水平線の向こうへ沈みかけた夕陽を眺める。

 

「そうだな……確かに油断は出来ないか。だが、俺は生徒会役員としてそれなりの成績を取れる自信はあるぞ?」

 

「そんなんじゃ足りねぇだろうが。お前が並び立とうとしてるのはあの四宮のご令嬢だぞ?それこそ、四宮、四条。この両方と同等の成績はいるだろ」

 

「それってつまり……学年一位なんだが……」

 

「んだよ、この期に及んで無理とか言うんじゃねぇだろうな?なぁ白銀。お前は、一体誰だ?」

 

 

 

 俺は……。

 

 

 そう、俺は。

 スポーツ万能頭脳明晰質実剛健文武両道。何でも完璧にこなす天才、白銀御行だ。

 

 龍珠と考えた、四宮に並び立つための方法。セルフ・エフィカシー。人間は、自分の限界を自分自身が決めてしまっている。だから、自信がなければ本当に何も出来なくなってしまう。

 

 だが逆に、出来ると思い込むならば。それは人の可能性を引き出す力となる。

 

 いつか本物になる為の虚勢。今はそれで良い。みっともなくても良い。ただ、諦めず信じる事こそが重要なのだ。

 

「そうだったな。やってやるよ。俺は天才だ。俺に不可能はない」

 

「お前、やっぱりそうやっていた方が格好良いよ」

 

 こちらを振り向いた龍珠の顔は、笑顔で。その頬は夕陽に照らされて赤く染まっていた。

 

「そうか……?」

 

「そこで肯定できない辺りはまだまだだな」

 

 そう言うと、呆れ顔をしながら、また空を眺める。俺も同じ様に上を見つめ、やるべきことを整理する。次の試験、つまりは中間試験で良い点を取る。それも、一位を取れるくらいのだ。

 

 四宮の学力。学年一位として、それが一体どれほどのモノかは分からない。だが、勉強時間を少し増やした方が良いかもしれない。

 

 それから、もっと積極的に、自分が出来る奴だとアピールするべきだろう。

 自己肯定の有無は心の内側だけで無く、外にまで滲み出るモノ……らしい。俺にはまだ実感が湧いていないが。

 

 だとすると、やはりデカい態度は必要なのだろう。舐められたら殺す、勝利にまさる弁明はない。龍珠の……いや、龍珠組の信念であるそれは、いささか過激過ぎるのでは無いかと思いながらも、同時に、なるほど理にかなっているとも思えた。

 

 ふと、何かが視界の端で煌めいた。あれこれと考え事をしている内に陽が沈みきっていて、どうやら俺は流れ星を見逃したらしい。

 

 思考に集中すると周りが見えなくなる、これは悪癖なのだろうとの自覚はある。しかしどうにも昔から、複数の物事を同時にこなす事が苦手で、何かに熱中して時間を忘れたりするのはもはやお約束だった。

 

「だとすると……これから暫くは生徒会が終わったら直ぐに帰って勉強だな」

 

「そうだな」

 

 誰に憚る事なく星を眺められるこの時間は、環境の変化に戸惑う中で、貴重な癒しだった。

 けれど、それにかまけてばかりで成績を落としたら元も子もない。この学園に通えているのは、俺が特待生だからであり、学園の補助があってこそだ。

 

 そもそもの時点で、俺に勉強をしない選択肢はなく、良い点を取るのは強いられている事でもあった。

 

「サンキューな龍珠。どうやら俺は居心地の良さのあまり、気が抜けていたらしい」

 

「ハッ。何だ?アタシとの時間は落ち着くってか?それ自体は悪い気分はしねーけどよ……ただ、口説き文句としては二流ってとこだな」

 

 別に口説くつもりで言った訳では無いのだが、しかし、こうもあけすけにダメ出しをされると凹んでしまう。

 

「そんなつもりじゃ……」

 

「オイオイ。乙女の純情を弄ぶなんて白銀も随分偉くなったなぁ?えぇ?」

 

「もうそれでいいよ……」

 

 こう揶揄われてしまうと、もはや抵抗は無意味なのだと、この約一月で嫌と言うほどに学んだ。

 

 下手に否定しようと言葉を重ねると、どこにあるのか分からない逆鱗に触れてしまい、それはもう大変な事になってしまうのだ。

 圭ちゃんの罵倒は心にクるモノがあるが……それとは別に、龍珠の罵倒はなんというかやると言ったらやる、スゴ味があるのだ。

 

 俺は怒れる龍に真正面から馬鹿正直に挑むタチの男ではある……が、だからと言ってそのまま死ぬ気はない。それは物理的にも……社会的にも、だ。

 

「おー?白銀はアタシの事が好きなのかー?どうなんだよー。オラオラーッ」

 

 ぺちぺちと腕を叩く龍珠は大変楽しそうで、その言葉がそのまま、つまり、本気で言っている訳ではないのは、流石に分かった。

 

「はいはい、無駄無駄」

 

 先日、龍珠が生徒会に持ち込んだ、かなり昔から週刊誌で連載されている名作漫画を読んだ俺は、そこで漸く、今まで不自然に会話に差し込まれていた言葉に出典がある事に気がついたのだ。

 

「んだよー……ノリ悪いなぁ。あっ、もしかして白銀お前あれか?四宮のご令嬢が好きなのか?いやぁ、だとしたらアタシじゃ敵わないなぁ……トホホ」

 

「だから違うって……」

 

 このネタで揶揄われるのはもう何度目だろうか。

 

 確かに、四宮に対する執着……と生徒会の皆は言うが……、それは、少々、男子高校生が一人の女性に抱く感情としては重いのだろう。

 

「だってさぁ白銀。お前、口を開けば四宮〜四宮〜って……これで好きじゃないつったって、無理があるよなぁ?」

 

「そ、それは……ほら……色々、あいつに関して考える事が多くてだな……」

 

 手紙の返事だとか。

 朝、見かけて挨拶をしようとしたら無視されたりとか。

 かと思えば廊下ですれ違う時に目を合わせてくる。

 でも隣にいる藤原と話してる時は微笑んでいるのに、俺を見る時はいつも睨んでくるし。

 

「つまり、そう。俺はだな、四宮が何を考えているのかがさっぱり分からんのだ」

 

「あ〜……白銀の四宮トークが始まっちまったよ……ハァ……長くなるな、コレ」

 

「まずな?四宮は手紙の内容が固すぎるんだよ、社交辞令的というか、こちらの話に無理して合わせてるのが分かるんだ。やっぱり友達じゃないと氷のかぐや姫ってやつになるのか?でも俺と他の男との態度には差があるよな?だって他の男子がまともに会話してるところ見たことが……ハッ!?もしかして、秘密の文通をしているのは俺だけじゃなくて、四宮は他の男達とも似たような……いやいや、そんな、あの四宮のご令嬢だぞ。お嬢様がそんな男を手球に取るような…………むしろやりそうかもしれん。いやいやいや。こんなのは俺の勝手な偏見が生み出した妄想だ。だから安心するんだ。いや待て、なんで俺は四宮が他の男と会話してる可能性を不安視してるんだ?別にそこは個人の自由で……そう、だからこれは俺が騙されている可能性があったら嫌だ……的な、いや、そもそも四宮は……」

 

「あ〜聞こえな〜い。あ〜聞こえな〜い」

 

 

 

──

 

 

 

「くちゅん……」

 

「かぐやさん?風邪ですか?」

 

「いえ……別に問題無いですよ。心配してくれてありがとうね」

 

「かぐやさん季節の変わり目は体調崩しやすいんですから、無理しないで頼ってくださいね?」

 

「ええ。そうね。頼りにしてるわ、藤原さん」

 

「えへへ〜」

 

 

 

──

 

 

 

「そもそもだな。何故四宮が俺に構うのかが分からん。出逢い方は正直悪かったし、俺の態度も良いとは言えなかったはずだ。なのに友達なんて……あの時は突然の事で色々と考えが及ばなかったが、やはり俺の高校生活は間違っている。そうは思わないか?入学前に思い描いていた学園生活とは何もかもが違う。そもそも生徒会に入るつもりは無かったし、つつがなく、静かに、穏やかに。そう、激しい喜びは要らなかったんだ。そのかわり深い絶望もない、植物の様な生活を。そんな平穏な学園生活を望んで入学したというのに……。いや、本当は高校で彼女が出来ないかなとか淡い期待はあったが、しかしそれは入学してすぐに無くなったんだよ」

 

「くっそ、3rdのティガレックス強すぎだろ!何でシビレ罠持ってないんだよ。教えはどうなってんだ教えは!」

 

「だからな?俺は時々思うんだよ、何でこんなに頑張ってるんだろうって。確かに約束はしたさ。なら守るのが筋って理性では理解出来ているんだけどな……」

 

 長々と思いの丈を語っていると、龍珠はいつの間にか狩りをやっていて、完全に聞いていない様だった。

 

「しゃあっ!やっぱ剥ぎ取り気持ち良すぎだろ!」

 

 もはや狩りを終えて最後のお楽しみの所まで進むくらいには俺の自分語りは長すぎた様で、先程までは見えていた夕陽も東京湾に沈み、下校の時刻が近づいていた。

 

「なあ龍珠。もう下校時間だが……」

 

「ん?おー……もうそんな時間か。いやぁ、今日の狩りは熱かったな」

 

 龍珠の意識には、もはや中間試験や四宮のことは残っていない様だ。後、天文部も。

 

「天文部なのに星を見なくても良いのか?」

 

「なーに、別に毎日見なくたって、偶には良いだろうが」

 

 一理ある意見ではあるが……その偶に、の頻度が高すぎる様に思えるのは……気のせいだろうか。

 

「そうだ、白銀。お前連休は暇か?」

 

「ん?まあそうだな……少し待て」

 

 学ランに常備している手帳を開くと、連休中の予定を確認する。

 

「いつもの新聞配達以外は……カフェのオープニングスタッフと工事現場の警備員だな。それ以外だと……二日ほど空いているぞ」

 

「じゃあそこ二日……ウチでバイトしねーか?」

 

 それは……ありがたい話だ。この学園に進学してからは、放課後に何かしらの予定が入る事が多くて、バイト時間が二時間ほど短かった。一日で二千円に満たない金額だが、しかしコレが一月分となると、家計に影響が出るレベルなのだから。

 いつかのタイミングでたっぷり働いて、貯蓄をしておこうと思っていたのだ。

 

「ウチのシノ……いや、家業で新しく始める奴があるんだが……ウチの奴らはこう、キャピキャピした奴が苦手だからな」

 

「おい……今シノギって言いかけなかったか?」

 

「気のせいだろ。んで、まあ若者に流行りのタピオカ屋なんだが。どうだ?」

 

(タピオカ屋……?タピオカパンでも売るのか?)

 

「まあ、危なそうじゃ無いなら……」

 

「んだよ、コレは普通に真っ当な商売だよ。ちゃんと営業許可だって貰ってるから安心しな」

 

 ヤクザって営業許可取るんだ……。

 まあ、そりゃそうか。警察に睨まれているのに、簡単に違法行為をしたら面倒になる事位は、当然の事か。

 

「じゃあ……頼もうか」

 

「あいよ。ただ、一応面接はやるから……そうだ。何なら今からウチでやるか。よし白銀。帰るぞ」

 

 急に立ち上がり、携帯ゲーム機を鞄にしまい込むと、俺の腕を掴み、走り出した。

 

「ちょっ、今から!?流石に夜分にお邪魔するのは迷惑だろ……っ」

 

「アタシの友達なんだから別に平気だろうよ。なーに、気に入られれば何も問題ないから」

 

「気に入られなかったら!?どうなんの!?」

 

「そん時は……線香くらいあげてやるよ」

 

「俺死ぬの!?」

 

(すまん……圭ちゃん……あとついでに親父。先立つ俺を許してくれ……)

 

 身構えている時には、死神は来ないらしい。だが逆に言えば、不意に訪れる。そういう事なのだろうか。

 

 今から向かうは、龍の巣。古来より龍は神として崇められて来た。つまり、そう。俺は今からその様な存在と相対せねばならない。

 

(そういや……かぐや姫には龍の頸の玉の話があったな……)

 

 あの後、大納言はどうなったのであったか。死にはしなかった……様な記憶があるが。しかしかぐや姫のストーリーは、我儘な姫の無理難題で、貴公子たちが酷い目に遭う話だった筈。要は、ろくな目に遭ってないに違いない。

 

 だが……もしこれが四宮かぐやという、我儘姫と出会った事で訪れた事態なのだとしたら。

 俺はこの無理難題を乗り越える必要があるのだろう。その為の鍵は……。

 

「本当に本当に大丈夫なんだよな!?菓子折りとか持ってかなくていいのか!?」

 

「んだよ、友達の家に遊びに行くのにそんなのいらねぇだろ」

 

 この、頼りになる友、龍珠桃。彼女の気分次第……。

 

(いや、彼女こそが……龍の頸の珠なのかもしれんな)

 

 

 

 ──

 

 

 

「ここがウチだ」

 

 そのまま龍珠に手を引かれ、連れて来られた場所は……学園からそれほどに歩いた、つまりは都内のほぼ中心地、一等地と言って差し支え無い高層ビル群のある場所。そこで異様な存在感を放つ、武家屋敷だった。

 

「これ……何かの博物館とか文化遺産とかじゃ無いのか……?」

 

 そう、見るからに大名屋敷でしか無い。この年季の入った石垣なんかを見ても、明らかに築百年とかの次元では無い。

 

「あー、元はどっかの大名の屋敷だったらしいな。維新後に金が無くなって手放したのをウチが買ったんだとよ」

 

「そんな軽いノリで買って良いのか……?」

 

「良いじゃねーか。味気ないビルなんかにされるくらいなら、こうやって当時のままの姿を残してやる方が、その大名だって嬉しいだろうよ」

 

 龍珠は至極どうでも良さそうに扉、というか、これは門と言った方が正しい、に近づいた瞬間。

 

 ぎぃ、と門がうちに開き、そこにあった光景は……。

 

 

 

 左右にズラリと、後ろ手に腕を組み並ぶ、黒服の列であった。

 

「「「お帰りなさいませッス姐御!!」」」

 

「お〜ただいま〜。親父に紹介したい奴連れて来たんだけどよ、今いるか?」

 

 ヒラヒラと気軽に言葉をかける様をみて、やはり彼女も秀知院VIPと呼ばれる大物であるのだと再認識、いや、本当に実感した。

 

「「「姐御のこれッスか!?」」」

 

 黒服一同が、完全にシンクロした動きで小指を立て……ようとしてるのは分かった。

 ……殆どの人が、小指ないけど。

 

 ってかそれは彼氏を意味するのか……?普通は親指じゃないだろうか。

 

「違う違う。今度のタピ屋のバイトだよ」

 

「「「成程!なら安心ッス!!」」」

 

 おい、今。手元が銀色に光ってたよな?

 そっちは懐に手が入っているじゃん。

 やめてくれ、携帯に手を伸ばさないでくれ。

 それは誰に連絡しているんだ。

 

「おーい白銀。親父部屋にいるってよ。さっさと行こうぜ」

 

「あ、ああ」

 

 声をかけられて、何とか怯えない様に気張る。舐められたら殺す。舐められたら殺す。

 

 大丈夫だ、ビクビクしなければ向こうだって、娘の客人に手を出したりしない……筈。

 

「親父機嫌良いってさ。運が良いじゃねぇか。これならすんなりOK貰えるかもな」

 

「そうか……なら少し安心できるな」

 

 いくつもの襖がある長い廊下を歩く。

 年季の入った木材は、足がつくたびに軋む音を立てる。

 

 いくつもの人がコチラを監視している気配を感じながら、永遠にも思える距離を踏破し、最奥の、一際豪華な襖の前で立ち止まる。

 

 これから相対する龍珠の父親へ何と挨拶をしようかと悩んでいると。

 

「おやじー帰ったぞー」

 

 龍珠は何の躊躇いもなしに、勢いよく中へ入っていった。

 慌てて後を追い、部屋に入ると、優しそうな声がした。

 

「おぉ……桃。帰ったか……」

 

「親父に紹介したい奴がいてさー。ほらコイツ」

 

 龍珠の紹介に乗って、なるべく礼儀正しく挨拶をする。

 

「どうも初めまして、娘さんと生徒会でご一緒させて頂いている白銀……」

 

「帰れ」

 

「御行と……はい?」

 

 ドスの効いた声で自己紹介が中断された。思わず聞き返すと、龍珠の父親は、続ける。

 

「娘はやらん!!帰れ!!帰らんとバラすぞ!!」

 

 そう言って、床板に飾ってある刀を取り、鞘を抜く。照明を反射する鋭い銀色が、模造刀ではない事を示している。

 

(やば……マジで死ぬかも)

 

 四宮かぐやに並び立つ為の課題。

 それをこなす為には、先ずはこの龍の巣から生きて帰る、そんな無理難題をクリアしなければならない様だった。

 

 

 

 




更新遅れました…。

始まりました、難題シリーズ。
タイトルはかなり悩みました。


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難題「桃源郷に棲みたる龍の頸の玉」②


お、お久しぶりです(小声)




 

「娘はやらんぞ!!」

 

 今にもこちらを斬りつけて来そう。

 

 そんな形相で……いや、刀を抜いてるのだから実際マジでやるつもりかもしれんが……。

 そんな感じで龍珠の父は、それはもう、まさに怒髪天を衝くと言った有様で再度言い放った。

 

「ま、待ってくださいお父さん!!」

 

「ワシはお前の父ではない!!」

 

「そこに今反応します!?」

 

 なんだかよくある昭和ドラマのノリでコントをしている様に見えるが……実際の所は命懸けだ。

 冷静に話を聞いてもらえなければ、東京湾で魚と仲良くダイビングする事になるだろう、永久に。

 

「おい龍珠!?何とかしろよ!?お前のお父さん勘違いしてるぞ!!」

 

「ん〜?あ〜そうだな。庶務がいないとアタシがサボれないからな。助けてやるよ」

 

「なんでそんな上からなんだよ!?ってか仕事はやってくれ!」

 

 親切で仕事を教えてくれているのかと思ったが、単純に龍珠の仕事を押し付けられていただけらしい。道理で会計の仕事ばっかな訳だ。

 

「親父。アタシのダチに手ェ出したら……家出すっからな」

 

「なんと!?も、桃……待ってくれ……ワシが悪かった……。だから……だからまた家出するのだけは……」

 

「あ〜。なんか甘いもんが喰いてぇなぁ……歩いて帰ったから汗かいたし、冷たいもんだとなお良いなぁ。なぁ、白銀?」

 

「えっ!?あ、あぁ、そう……かも?」

 

 まさかの龍珠から飛び出た家出発言がこたえたのか、たじたじになる龍珠父。

 

(これが日本最大級ヤクザのトップ……?)

 

 大人の男という存在は、社会ではそれぞれの立場や役割があるのだろう。しかし、家に戻ればまず父親であり、そして。

 

 父親は娘に弱い。

 古事記にもそう書いてある。

 

(ウチの親父も圭ちゃんにだけは逆らえないもんなぁ……)

 

 もっとも、我が家の場合は父親が職業不定だから故に立場が弱いからなのだろうが。

 

「甘くて冷たいのだな!?よし、アイスを持ってこよう。少し待っておれよ!!」

 

「ハーゲンなダッツな〜」

 

 龍珠が具体的な商品名で要求すると、抜き身の刃を携えたまま、龍珠父は早足で部屋を出て行った。

 

 

 

 ──

 

 

 

「も、桃や……これしかなかったのだが……」

 

 数分で戻ってきた龍珠父は、殿に献上するかの様に恭しく、アイスを差し出した。

 漆のお盆に載せられた、二つのカップと、銀色のスプーン。そのアイスは、日本橋の有名店のものであった。

 

「んだよ、ハーゲンは無かったのか?」

 

「い、いや……桃よ……この店も長い歴史があって……それこそ、海外の企業にも負けないブランド力がだな……」

 

「アタシはダッツのバニラが食べたかったんだが、まあしゃーねぇか。ほら白銀、喰おうぜ」

 

 差し出されたカップとスプーンを受け取ると、恐る恐る蓋を開ける。

 

「い、頂きます……」

 

 赤色のクリームを掬い、口へ運ぶ。

 緊張で手が震えて、零れ落ちそうになるのを、顔を動かして阻止する。

 

(う……うまい、なんだこれ)

 

 舌に乗せた瞬間に伝わる冷たさ、その中には確かなストロベリーの甘さと、そして酸味があり、唾液が舌の裏からジワッと湧き出す。

 形を保っていたのは、ほんの数瞬のみで。柔らかく溶け出し、口内に広がる。暴力的な旨さに敗北した理性は、マナーも忘れて掬い、食べる。そしてまた掬い、口へ運ぶ。

 

 俺が子供の頃。そう、まだ母さんがいた頃。その時は親父も工場経営をしていて、広い一軒家に住んでいて。圭ちゃんと一緒にこんな感じのアイスを食べた事があった。

 母さんは厳しくて、夕方に食べると夜飯が入らなくなるからと許してくれず、風呂上りも寝る前に甘い物はダメと、やはり許してくれなかったが……。

 日差しの照りつける、ある夏の日。

 公園で遊んで帰った俺と圭ちゃんに、優しく微笑んだ母さんが出してくれたのが、丁度こんな感じのアイスだった。

 

「なあ白銀、そういやストロベリーで良かったのか?なんならアタシのバニラと交換するけど?」

 

「これでいい。いや、これがいいんだ……」

 

「うわお前どうした!?めっちゃ泣いてるじゃん!!」

 

 あの時も、バニラとストロベリーの二種類で、圭ちゃんがバニラを食べたいと言ったから……俺も本当はバニラが食べたかったのだけれど、そこはお兄ちゃんとして、譲ってあげたのだ。

 自分の意見が優先されなくて、いつも圭ちゃんばっかり我儘が許されて。母さんも圭ちゃんにばっかり構うから、少しいじける事もあった。

 

(どうせ僕なんて圭ちゃんのオマケでしか無いんだ……)

 

 そう思っていたから、だから。

 

 母さんがアイスを二つ用意してくれた事が、嬉しかった。

 

 例えそれが一つだけだと圭ちゃんが気にするからだったとしても、その時の俺にとっては、何よりも嬉しかったんだ。

 テストで百点をとった時と同じか、もしかしたらそれ以上に。

 

「う……ううっ……母さん……」

 

「し、白銀〜?アタシはお前の母親じゃないぞ〜」

 

「グスっ……母さん……俺……秀知院に入ったよ……それも生徒会長に指名されて……生徒会役員になったんだよ……母さん……どうして俺も連れて行ってくれなかったんだよ……」

 

「あ、あ〜……お前も色々複雑なんだ……な?ほ、ほら、アイス溶けちゃうから早く食べようぜ……?」

 

「うん……」

 

 涙と鼻水が混ざったアイスは、それでも冷たくて、懐かしい味がした。

 

 

 

 ──

 

 

 

「……ご馳走様でした」

 

 ドロドロの液体になってしまったアイスを食べ終えた頃には、相当の時間が経ってしまい、既に龍珠家二人組は湯呑みで茶を飲んでいた。

 

「だーかーらー!彼氏じゃなくて生徒会の友人だっての!」

 

「しかし桃よ……お前が友を家に連れて来たことなど無かったではないか」

 

「いや、それは……ただアタシに友達が少ないからってだけだろ」

 

「桃の健気さが分からんとは!まっったく秀知院の餓鬼どもは!節穴か!!」

 

「あーもー!!親父……うっざい」

 

「カハッ……」

 

(うっわ……圭ちゃんみたいな事言うじゃん。あー、親父さん泣いてるよ……)

 

 何故親は子に干渉したがるのか。

 愛故に、である事は、俺達子供側も分かってはいる。

 しかし、思春期の高校生にとっては、その親の愛が鬱陶しく、恥ずかしく、迷惑に思えてしまう。

 

 大人はいつも、家族の愛がどうとか語るけれど、考えてみてほしい。自分が同じくらいの歳の頃は、やはり親を鬱陶しく思っただろう。それで後悔したからこそ口煩くお節介を言うのかもしれないが……。

 

(失って初めて気づく、か。俺は……どうなんだろうな)

 

 母さんが居なくなり、一家はバラバラになった。圭ちゃんは未だに微妙な距離を感じるし、親父も多くを語らなくなった。

 

 それでは、昔の四人家族だった頃は、そこに愛があったのだろうか。

 どうも俺には、そこに愛を見出す事は出来ない。今も、昔も。

 

 普通の家庭。普通とは何であろうか。

 

 両親がいる事?それとも、家計が苦しくない事?家が裕福なら幸せなのだろうか。両親がいればそれで良いのだろうか。

 

 無いよりあった方が良い?それは本当なのだろうか。前まではそう思っていたが……。どうも、四宮や龍珠を見ていると、分からなくなる。俺から見て恵まれていても、彼女達には彼女達なりの苦労があって。

 結局のところ、今は分からないと言うのが答えなのだろう。人に言われるものではなく、しかし今決めつけるのも早い気がする。

 

 だから、龍珠の家の事に口を出すのは……しない方が良いのだろう。俺だって、自分の家の事について、アレコレと言われたくは無い。

 

 そうして静観を決め込んでいると、龍珠の父から声をかけられる。

 

「それで。白銀君だったな。君は、桃の事をどう思う」

 

「えっ……あー、良き友……ですよ」

 

 龍珠との問答でやつれ気味ではあるが、依然として目は鋭く、威圧感は死んでいない。

 

「そうか……。ではワシらの事はどうだ。怖いか?」

 

「まあ……正直ビビってます……けど。それで龍珠が別人になるわけじゃ無いですから……友であることに変わりはありません」

 

「…………うむ」

 

 目を閉じ、腕を組む。そうして深く考え込んだように見える龍珠の父は、呟いた。

 

「ならば……よかろう。バイトだったか?雇ってやろうじゃないか」

 

「えっと、それだけで決めていいんですか?」

 

「そも高校生に大した技量や知識は求めん。仕事を任せるに値する性格、人柄。それさえあれば構わん」

 

 そう言うと、こちらに書類の入ったファイルを渡してくる。

 

「こっちがマニュアルな。それでこっちは雇用契約書。あとは必要な書類諸々……目を通しておいてくれ。こちらに提出して貰う書類はここに書いてあるから」

 

「はいっ!ありがとうございます!」

 

 渡された大量の書類に一枚一枚目を通していく。

 

 数々のバイトをこなして来たから慣れてはいるが、だからこそこう言った契約時の書類はきちんと確認しないといけない。

 実はこんな規則がありました。書類にサインしたよね?とか言われるブラックバイトも多いから、気を付けないといけない。

 

「うわっ、時給千五百円……!?」

 

「ん?まあ売れる見込みがあるし、人手は沢山欲しいからな。今の時期、そのくらいはどこでも出すぞ」

 

 休日だから八時間勤務で……軽く日給一万を超える。これを二日だ。これだけでも半月分の食費に近いぞ……。

 

「い、良いんですか……?」

 

「こちらとしてはもう少し出してやっても良いんだがな……桃の友人だからと贔屓するのは……」

 

「ああ……。それは、俺としては辞めて欲しいですね」

 

「ほぉ、善哉善哉。これは年寄りからのお節介だがな、プライドってのは、捨てたら終いよ。もう取り戻す事は出来ん。がむしゃらに生きても、それだけは捨てるな。ゆめゆめ忘れるなよ」

 

「……そうですね、ほんと」

 

 龍珠の父は、俺が思っていたよりも、意外と親しみやすく、優しい人であった。

 

 もっとも、彼の職業を鑑みれば、その態度はあくまでも身内向けのものであって、娘の知り合いに対するそれなのだろう。

 人の本質とはある一定の顔だけで定まる訳ではなく。この親しげな、どこにでも居そうなちょい怖親父の風貌だけで良い人だとは決められない。

 しかし、だからと言って、彼がヤクザのトップだからとその人間性まで否定するものでもなく。

 結局のところ、他人の全てを理解した気になって、その有様を語ると言うのは愚かな試みなのだ。

 

 自分自身すら全てを理解するなど不可能なのだから。

 

「では連休中のみではあるが、仕事仲間なんだ。ほれ、一杯どうだ」

 

 そう言って徐に杯を差し出された。

 

「い、いえっ!俺は未成年ですよ!?」

 

「ただの茶よ。なぁに、別に飲んだからって捕まるわけでも無い。ほれ」

 

「じゃ、じゃあ……頂きます」

 

 深緑の液体を口に含むと、相当な苦味が襲う。

 

 だがそれがかえって、アイスを食べた後の甘ったるさを流し、爽快に感じられる。

 

「これでお前さんも盃を交わし合った仲、と言うわけだな」

 

「ぶっっっ!!今なんて……!?」

 

「お前さんもワシの子供っちゅう訳やな。ワハハ」

 

 盃を交わす。それはヤクザのみならず、古来より続く日本の風習。

 お茶ではなくお酒を使うのが普通だが、その内容は契約の意味を強く持つ。

 

 義兄弟の契りとか……婚姻とか。

 

「なぁに、ちょっとしたジョークよ。酒でもなし、そもそれは盃ではなく湯呑みだからな。もっとも、お前さんが望むのなら……そうだな。後四、五年経ったらまた来い」

 

「あはは。ど、どうでしょうね……」

 

「親父ぃ……白銀は外部生なんだからあんまりいじめてやんなよ」

 

「おっと、そうなのか?それはすまんなぁ。なにせ、随分と礼儀作法に詳しいようだから、てっきりどこか良いとこの子息なのかとばっかり」

 

「そんなんじゃないですよ……俺は」

 

 礼儀作法なんて、子供の頃に母さんに厳しく叩き込まれたのをうろ覚えで実践しているだけで。

 

 知識ばかりあっても実践できているかは分からない。

 まあ……だから、そう褒められれば相応に嬉しく、同時に安堵もするが。

 

「わはは!まあまあ。おっそうだ。折角だし晩飯も食って行きなさい。おーい、誰か!桃の友人の分も用意しといてくれ!」

 

 部屋の外に居るのであろう誰かに向かって龍珠の父は手を叩いて叫ぶ。

 

「えっ!?いやいや……そんな、悪いですよ」

 

「なぁに、気にすんな!若いもんは沢山食わなければな!」

 

「白銀、諦めろ。こうなった親父は何を言っても聞かんぞ」

 

 龍珠は早くも達観した様子でゲームをしながらゴロゴロし始めていて、この状況を何とかしてくれる気は無さそうだった。

 

「じゃ、じゃあ……ご馳走になります」

 

「おうよ!」

 

 そうして、何故か俺は龍珠家にて強面のお兄さんたちに囲まれて晩飯をご馳走になったのであった……。

 

 

 

 ──

 

 

 

「おお〜秀知院の特待生ってスゲぇな!」

 

「いやぁ……補欠ですから……あはは」

 

「そう謙遜すんなって!桃の姐御が認めるくらいなんだからよ!もっと胸張ってけ!」

 

「龍珠……あっ、桃さんにも同じ事言われましたよ……あはは」

 

(なんだこの状況……)

 

 龍珠家での夕食。その後の席で俺は何故かヤクザ達に絡まれていた。いや、まあ、ただの談笑ではあるのだが……。

 

「で?生徒会ってのは忙しいのか?どうだ?姐御はどんな感じなんだ!?」

 

(こう話していると普通に龍珠を慕う気のいい兄ちゃん達なんだよなぁ……)

 

「あーっとそうですね……普段はサボ……」

 

「しーろーがーねー?」

 

「い、いやぁ!いつも俺はお世話になりっぱなしで!いやぁ龍珠マジ頼りになるんすよ!!」

 

 ありのままの普段の様子を伝えようとしたが……彼女を慕う彼らに残酷な真実を告げるのも躊躇われた。

 

 決して龍珠に睨まれたからではない。うん。多分。

 

「さっすが姐御っす!」

 

「だろ〜?白銀はいっつもアタシに頼りきりでさぁ〜。少しは男らしいところ見せて欲しいって感じなんだわ」

 

(龍珠のやつ好き放題言いやがって……)

 

 とは思うものの、あながち間違いでも無くて。

 

 確かに仕事は俺に押し付けているのかもしれないが、龍珠には四宮についてだけじゃ無くて、色んなことでお世話になっている。

 それは主に俺が秀知院について詳しくないから。彼女の入れ知恵がなければ……というかそもそも自分を変えようとする、現状の努力のきっかけ自体が龍珠のアドバイスありきで。

 

 だから今は、ほんの少しの見栄っ張りも見逃してやるべきだろう。

 

「でな?コイツったらあの四宮のご令嬢に惚れ込んでてな?アタシにいっつも泣きついてくるんだよ」

 

「オイオイ。四宮財閥の長女狙いとか……パネぇな」

 

「あぁ……死を恐れない男だ……すげぇよ」

 

(おいなんか話の流れがおかしいんだが!?)

 

 流石にこれは訂正せざるを得ない。

 

「待て待て!俺はただ四宮に相応しい男になりたいってだけで。惚れてなんか……」

 

「な?コレはどう見ても惚れてるよな?」

 

「っすね。ベタ惚れっすわ」

 

「男ならビシッと認めんかい!」

 

 いくら否定しようにも多勢に無勢。この場での共通認識は俺が四宮に惚れているという前提で固まってしまったようだ。

 

 これでは否定してもただの照れ隠しにしか思われない。

 

(どーすりゃ良いんだよもぉぉぉ!!)

 

 

 

 ──

 

 

「もう帰るのか?泊まっていっても構わんのじゃが」

 

「いえ、明日も学校ですし……なにより妹が待っていますから」

 

「白銀って相当なシスコ……いや、何でもない」

 

「聞こえてるんだが?」

 

 龍珠家にて夕食をご馳走になり、しばし食後の談笑をした後。

 俺は門まで見送りに来てくれた龍珠と彼女の父へお礼を言う。

 

「いや、ほんと、バイトだけでなく夕食までご馳走になって……本当にありがとうございます」

 

 しかも家で妹がお腹を空かせて待っているからと言った俺のためにお土産まで持たせてくれて、頭が上がらなさすぎて、うっかりここの舎弟もアリ?なんて考えが過るくらいには。

 

「白銀くんや、また来なさい。次はわしと一局打とうじゃないか」

 

「ええ、俺は手を抜くとか出来ませんからね?」

 

「言うじゃないか小僧ォ……」

 

 にやりといくつか欠けた歯を剥き出しにしながら笑う龍珠父は、冗談なのがわかりつつも、舐められたら反射的にこうなってしまう……のだろう。

 

 ちなみに俺はもう泣きそうだ。

 

 龍珠……ちょっと俺にはまだこのレベルの怒気を受けて真顔でいるのは厳しいんだけど……???

 

「じゃーなー白銀〜」

 

「お、おう。龍珠もまた明日な」

 

 呑気に手を振る龍珠には俺がガタガタと膝を震わせているのが見えないのか?それとも、この程度龍珠家では当たり前……とかか?

 

「今日はありがとうございました。バイトの件と合わせて、今後もよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 日が沈み、街灯が働き始める街中で自転車を漕ぐ。

 お土産にもらった圭ちゃんと親父の分の夕食が崩れないよう、カゴに意識を向けながら慎重に。

 

 もうすぐ連休、そしてそれが明ければ高校生活最初の試験だ。

 勉強時間を確保するためにもここでしっかりと稼いでおかなくては。

 

 四宮に並び立つ為に。

 

 俺は学年1位を目指す。

 

 生徒会に加入してからの高校生活は概ね上手く行っている。いや、上手くいきすぎて怖いくらいだ。

 だからなのだろうか。根拠は無いが、やれる。そんな気さえしてくる。

 

 そう思うとやる気も出るというものだ。とにかく何事もやる気が無ければ始まらない。そう言った意味でも、今日は良かったのかもしれない。

 

 日が沈み、街灯と月明かりが照らす帰路。自転車のライトが進むべき道を示してくれる。あとは自分自身が前に向けて漕ぎ出すだけだ。

 

 

 

「俺はやれる……そうだろ?白銀御行」

 

 

 

 

 

 



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