【魔法科×ホラー】秘匿された神秘 (アママサ二次創作)
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1.神秘の秘匿された魔法の世界

魔法科高校の魔法って、Fateとかにあるような神秘っぽくないですよね。なんか普通の技術の1つみたいな感じで、歴史を真似ることで力を発揮したりとかは一切ない。言ってみれば、『人という存在、その歴史や思い』が力を持っているという感じではないですよね。

 それを考えたときに、初めて魔法が表に出たときに『霊能』とか『怨霊』とか、そういう神秘系の研究はされなかったんだろうか、と思って色々考えた結果このシリーズを書くにいたりました。

 魔法師は技術としての魔法に寄る代わりに神秘にかかわることをやめた。それならば、神秘を受け継ぎそちら側の存在から人々を守る存在もいるだろう。そしてそうした存在は、魔法師と違って再現性が無かったり外部から観測できないために、存在しないものとして否定されていたりして……。
そんな感じの設定で書いています。



 魔法、魔術、超能力。

 

 ファンタジーのそれだと思われていた異能の力は、西暦2000年以降表舞台に姿を現した術者たちによって現実であると証明された。

 

 存在するとわかってしまえば、人はそれを調べる。研究し、実験し、形を整え、体系づけて法則を見出し。。

 

 そして異能は、『現代魔法』という大きな1つのくくりへとまとめ上げられた。

 

 だが。

 

 中には、現代魔法への迎合を避けた術も存在している。未だに名家に脈々と受け継がれる古式魔法しかり、それらは魔法という術として認識されながらも、現代魔法とは距離を取るものとして存在していた。

 

 そして他にも、現代魔法に、いや。

 

 『魔法』というくくりにすらまとめられず、弾かれ。ほそぼそと知られることなく続いているものがある。

 

 正式な名は無く。

 

 陰陽道、あるいは霊能力、神通力。その他色々と言われることはあるが、総じてまとめるならば。

 

 この世ならざる怪異(モノ)に、神秘でもって対峙するための術である。

 

 

******

 

 

「──組み立ては終わったからおおよその部分は完成している。後は雫に試してもらって調整を……雫?」

 

 昼食時。つい先日メンバーが発表され練習も始まった九校戦に関する打ち合わせもあって、達也たちは食堂で食事を取っていた。並んで座る達也と深雪の正面には雫とほのかが。そしてその隣にはエリカ達E組の面々が座っている。

 

 そんな中、雫に対して説明をしていた達也は、雫の異変に気づいて声をかけた。声をかけられた雫は、数瞬ぼうっとした後にはっとしたように顔を上げた。見れば、箸を手にしているものの目の前に置いてある食事にはほとんど手がつけられていらい。

 

「大丈夫か? 食事があまり進んでないようだが」

「……うん。大丈夫。ごめんなさい」

「雫、最近なんかぼーっとしてるよね。体調悪いの?」

 

 話を聞いていなかったことを指摘するのではなく箸が進んでいないことを心配してみせることで波風を立てまいとした達也に、普段から雫と一緒にいるほのかは本心から雫を心配した様子を見せる。

 

「ううん、少し寝不足なだけ」

「そっか。眠たいんだね」

「あまりプライベートに口を出したく無いが、睡眠不足は担当エンジニアとして感心しないな。体調によってもCADの調整は大きく変わる」

「……ごめんなさい。気をつける」

 

 ほとんど変わらない表情で答えた雫はうつむき気味に食事に手をつけ始める。よく眠れていない理由はある。だが、それを言ってどうなるものとも思えず、雫はただ謝罪を選んだ。

 

 その目の下、化粧によってうまく隠れているものの隈が出来ていることを見抜いた達也は、雫の健康状態について特に気をつけておくことを頭のメモ帳に加える。

 

 と。

 

 達也の隣に座る深雪の斜め前。雫の隣の席に座る者があった。他に席が空いていないのかと思ったがそんなことも無く、何より机の上に何も食事を置いていない。

 

 何か別の目的があるものかと達也が警戒していると、その男子生徒はスッと、何でも無いかのように雫の目の前に手をかざした。

 

 

******

 

 

 スッと、目の前にかざされた手に対象の女子生徒の注意が自分の方に向いたのをサングラス越しに確認し、続けて神威(かい)はかざしていた左手の指をフィンガースナップの要領で鳴らした。

 

「はい、ちょっと失礼、左手貸してもらえる?」

 

 ほんの浅い術下に落ちた女子生徒に話しかけると、指示通りに左手を自分の方に出してくれる。

 

「はいありが──」

 

 繋がりを作るためにその手をつかもうとした直後。神威の手首が横合いから出てきた手に掴まれた。

 

「なんのつもりだ?」

 

 そちらに視界を向けると、四葉の小坊主が席を立って回り込み、神威の正面の席からこちらに手を伸ばしていた。

 

「あれ、看破されるとは思わなかった。いやー、ちょっとこの人に用があってさ」

 

(好い目してるなあ。注意力が半端じゃない。しっかり隠形かけとくべきだったかな)

 

 ヘラヘラとしている神威に、雫もハッとした様子でそちらに視線をやっている。食事の途中にいきなり意識に霞がかかったような感覚に、背中に冷たいものが走ったのだ。

 

「何の用だ」

「いやー、それは今は言わんでいいかな。左手借りるよ」

 

 腕を掴む達也の拘束からするりと抜け出した神威は、自分の左手に雫の左手を取ってのせ、右手の人差し指を首を振り向けた雫の額に一瞬当てた。

 

「んー? これやっぱり巻き添えじゃないな。ちょっと待ってな」

 

 すぐに額から指をどけた神威は、ポケットから巾着を取り出し、そこから出した紙で出来た人形を雫の左手の甲に押し付ける。

 

「おい、何をして──」

「雫に何するんですか!」

「ちょっとサイオン流してもらえる?」

「……何故?」

「良いから良いから。自然に放出されてるのだと時間かかってさ」

 

 そう言われた言葉に、寝不足も相まって判断力が低下している雫は、とりあえず要求に答えて終わらせてしまおうと意図して手からサイオンを放出した。

 

「ほい、サンキュ」

 

 達也とほのかを無視した神威は、人形に雫の要素が移ったのを確認して人形を雫の手から剥がし、自分の手のひらにのせて軽く息を吹きかける。

 

 すると、神威の手の平の上で風に揺られるように立ち上がった紙の人形は、最初にほのかに灰色に全身が染まり、続けて頭部を中心に身体の4分の1ほどが濃い黒に染まった。

 

「んええ……? ダブルパンチとかそんなことある?」

 

 二段階に染まった人形に、神威は深くため息を吐き出した。

 

「……それは何?」

「これ? 人形」

 

 不思議そうにした雫の問いかけに短く答えた神威は、左手に載っている人形を発火させると同時に握りつぶし浄化と消滅を同時に済ませる。

 

「……今のは、何をしていたんだ?」

「確認」

「何を?」

「どうなってるかなーって」

 

 メモ帳をブレザーの内ポケットから取り出した神威は、達也と雫の問いかけに適当に答えながらメモ帳にペンを走らせ、それを雫に差し出した。

 

「何?」

「俺の番号。一応ね。今日放課後時間作れる?」

「何故?」

「今貴女が困ってることを解決するために、ってとこかな。怖い目にあってるでしょ? はっきりしたことは俺もちゃんと視ないとわからないんだけど」

 

 怪訝な表情をする雫に、机の上にメモを放り出した神威は、先程と別の巾着から小さな密封されたビニール袋を取り出す。

 

「後これ。香り袋」

「……何のために」

 

 理解が出来ないという様子の雫にそれをポンッと放った神威は、他のものをポケットにしまう。

 

「お守り。良くないものから守ってくれる」

「良くないもの?」

「そ。人にとって良くないモノ」

 

 キャッチした袋を雫が開けるとふわりと良い香りがした。それと同時に、どこか身体が軽くなるような。押し寄せる不安が和らぐような感じがした。

 

「あ……」

「効くだろ? ま、多少はそれで持つはずだから持ち歩いてて。時間出来たら電話でもメールでもしてくれ」

 

 そう言い置くと神威は席を立つ。目につく処に狙われている生徒がいたから声をかけたが、別に全部神威が助ける必要があるわけではない。

 

 勝手にあっちが飽きて去ってくれる場合もあるし、そもそも被害が出たところで一人ぐらいならなんの問題も無いのだ。後は相手側が声をかけてくるかどうか。

 

 立ち去り際。自分の方を見つめてくる達也に対してニヤリと口角を上げて笑い、その反応を見ること無いまま彼らに背中を向けた。

 

(相変わらずこっわいなあ。よくアレで人として成立してるよほんと)

 

 

******

 

 

「何だ今のやつ」

「ただのナンパ野郎でしょ。わけわかんないこと言って雫の手触ってたし」

 

 口をはさむ暇が無いうちに現れては消えてしまった男子生徒の背中に、エリカが辛辣な言葉を吐く。

 

「雫、大丈夫だった?」

「う、うん。驚いたけど、大丈夫」

 

 心配してくれるほのかに対して、雫は渡された香り袋をポケットにしまいながら答えた。知らない人から受け取った得体の知れないものだが、これは手放しては行けないものなのだと感じたからだ。

 

「何されてたの?」

「手とおでこ触られた、だけ」

「だけと言って良いものでは無いわ。それだって十分にセクハラよ」

 

 冷たい様子で言い切る深雪に賛成するように、達也を挟んで反対側に座る美月が激しく頷いて賛同を示す。

 

「けどナンパだったらもっとしつこくねーか? つーかこんなところでナンパするか普通」

「するから馬鹿なんでしょ。あんたよりも馬鹿ね」

「おいそりゃあどういう意味だ!?」

 

 エリカとレオがいつものやりとりを始める一方、席に戻った達也は雫に話しかける。

 

「何か渡されていたようだが、何だったんだ?」

「メモと香り袋」

「香り袋とは、どんなものなの? あまり良く見えなかったのだけど」

 

 深雪に問いかけられた雫は、ポケットにしまっていた香り袋を取り出す。その際に香る匂いに、まだこわばりの残っていた身体の力がフッと抜けるのを感じた。

 

「いい匂いがするわね」

「古くからあるお香の一種だな。随分と珍しいものを渡されたな」

 

 文明が進み便利なものが出てきたことで失われた道具というのも数多く存在する。お香はそれらとは違って失われることは無くともそもそも需要自体が高くなく、それを見たのは達也も深雪も雫も初めてであった。

 

「持ってて大丈夫なんですか? 変な人から渡されたから危険だったりとか……」

「中身次第だと思うが、捨てるのが安心だろうね」

「そうですよね! 雫! 早く捨てちゃおう!」

 

 心配そうに雫を見ていたほのかが強くすすめてくるが、雫はその気にはなれなかった。ほのかの言う通り中身が良くないもの、それこそ麻薬の類であった場合には、身体的にも法的にもかなり困ったことになりうる。

 

 それでも、香り袋から感じる安心感を、雫は捨てたくなかった。普段の雫であれば捨てていたかもしれないが、今の雫にはそれは出来なかった。

 

「……後で、捨てておく」

 

 彼女らを納得させるためにそう言うと雫は、香り袋を両手で持ったまま顔に近づけた後に、再度ポケットへとしまった。

 

 

******

 

 

 放課後。九校戦に出場する深雪、ほのか、雫の3人は、それぞれに練習をすることになっている。のだが。

 

「え、雫今日練習参加出来ないの?」

「うん。用事が出来た」

「そっか……」

「ほのかにも、着いてきてほしい」

「え?」

 

 雫が参加出来ないということに残念そうにしたほのかは、直後の雫の言葉に目を見開く。

 

「着いてくって、どこに?」

「……今日のお昼の人に、会う」

「お昼の……ナンパの人!?」

「ほのか、声が大きいわよ」

「あ、ごめん……でも、雫、なんで?」

「私も理由を聞きたいわね。あんな変態に自分から会おうとするなんて」

 

 深雪になだめられて声を抑えながらも、ほのかは雫に詰め寄った。昼間、いきなり雫の手と顔に触れた男子生徒。学内でサングラスをかけ男子ながら長髪を後ろでまとめているあたりからしてナンパな人物というのが見て取れる相手に対して、ほのかと深雪の評価は非常に低い。というか、シンプルに変人かつ変態だと思っていた。

 

 なにせ、男女の接触がかつてと比べて忌避されるようになった現代において、初対面の相手にいきなり素手で触れたのだ。それも女性の手と顔である。これを変態と言わずしてなんと言えば良いのか。

 

 それに対して雫は、あの名も知れない男子生徒にどこか安心感を感じている。それは彼の渡してくれた香り袋が安心できるものだからかもしれないが、それでも、嫌悪感には繋がらなかったのだ。だからその先に。

 

 無関心から、期待に進みたい。今自分が晒されている恐怖を退けてくると、信じたかった。

 

「……説明出来るときになったら、ちゃんと説明する。だから、ついてきて欲しい」

 

 何か決意を秘めた顔の雫の言葉に、深雪とほのかは顔を見合わせて。

 

 ()()()()ついていくことを決めた。

 

 

******

 

 

「連絡あるかなー」

 

 1年G組。2科生のクラスに在籍している神威は、放課後はいつも学校中を歩き回るにも関わらず今日は教室に留まっていた。今日は昼休みに連絡先を渡した女子生徒から連絡がある可能性があったので、読書をしながら時間を潰していたのである。

 

(あんまり危ない感じはしなかったけど、ここまで連れてこられるとどう化けるかわかんないんだよなあ。はー……めんど)

 

 いやまあそりゃお仕事ならするけどさあ。なんて。内心ぼやきつつもちゃんと連絡があるか待つあたり、神威はこの手の仕事をしている人間としてはまだ良心的といえる。神威の知り合いには、『一個ずつちまちま祓うより、互いに食い合って1つにまとまったのを全部まとめて祓ったほうが早いだろ』なんて、蠱毒も真っ青なことを平気で言い出すやつもいるのである。

 

 と。

 

 机の上に置いていた端末が、バイブレーションで着信を示した。知らない番号からの着信にほおが上がる。先日何個か祓ったので、今連絡があるとすれば昼間の彼女しかない。

 

「ビンゴー! いつもこんぐらいだと楽で良いんだけどな」

 

 そう呟きながら確認したメール。そこには学内カフェで友人2人を連れた状態で会いたいと連絡があり、神威はすぐに承諾の旨を送信する。

 

(どういう類だろーな。のってる方は雑魚っぽいから良いとして、もう一方は系統がわかんねんだよな。だるっ)

 

 既に全員それぞれの用事で出ていってしまい誰も残っていない教室の扉を雑に開けて神威は教室を出る。目指すのは学内のカフェ。神威は利用したことはなく場所だけを覚えている場所だ。

 

 そこに到着し窓際から中を覗き込むと、入り口から離れた奥の方の壁際に昼間の集団のうち3人がいるのが見て取れた。カフェに入った神威はまっすぐに彼女らのもとへ足を向けた。

 

「どうもー。連絡ありがとさん。座っても?」

 

 コクリ、と。憑かれている少女が頷いたのを確認して神威は彼女の正面に座る。6人がけの席に、対面側に女子3人、こちら側に男1人が座る様は何かの尋問を受けているような状態で。少々周りの目が気になったので、こっそり人払いの結界を張らせてもらった。古式魔法とは違ってこちらはサイオンセンサーにも引っかからないので、基本ばれることは無い。

 

「どのような御用で彼女を呼び出したのか、お聞かせ願えますか? そもそもあなたはどなたでしょうか。人に話しかけるならばまずは名乗るのが礼儀ではありませんか」

 

 口火を切ったのは、目的の少女の左側に座る綺麗な黒髪の少女だ。その凍てつくと形容するのがふさわしい美貌に冷気が漂うような鋭さをのせて神威へと問いかけてくる。

 

「んえー、なんでそんな俺睨まれてんの……? まーいいか。俺は1‐Gの九儀神威(くぎ かい)。彼女に話しかけたのは困ってそうだったからってとこかな。 うちの系統だろうなってのは視てわかったからね」

「困ったこと、って、なんであなたがそんなの知ってるの?」

 

 右手の栗色の髪の少女の問いかけに、神威はポリポリと頬をかく。

 

「んー、それ君たちに話す必要ある?」

「話せないことなのでしょうか?」

「話そうと思えば話せるけどさ。こっちの領域に関わる人間はあんま増やしたくないんだよね」

 

 魔法師なんて想像力とエネルギーの塊に知られると変なのが生まれかねない、というのは神威の事情だが、それを説明する必要性は感じなかった。それを説明する時点で、既にこちらに踏み込ませていることになる。

 

「……この2人は大丈夫だから、教えて欲しい。あなたは……私の今の状況を、どうにか出来る?」

「こっちが困るって話なんだよなあ。まあしょうがないか」

 

 魔法師の万能感って怖いよね、なんてのは魔法師相手に口に出来る言葉でもなく、神威は大人しく説明をすることにする。

 

「端的に言えば彼女が……名前聞いても良いかな?」

「そんなの怪しい相手に──」

「ほのか。大丈夫。私は北山雫。1年A組の生徒」

「ん、オッケイ北山さんね」

 

 左右の少女は未だに神威のことを警戒している様子だったが、北山と名乗った少女だけが、神威のことをしっかりと見ていた。

 

「北山さんがよろしくないモノに狙われているようだったから、困ってるなら俺がどうにかしようかって話」

「よろしくないモノ? 随分と抽象的ですね」

「美人に睨まれるのほんま怖。まだよく見れたわけじゃないし、良くないモノとか悪しきモノって結構使われる表現よ。それに、下手に命名しちゃうと奴ら元気になるからね。まあ君らでもわかりやすく言うならオカルトチックな話。おばけとか悪霊とか呪とかそういう系統」

 

 オカルト。一部物好きな者たちが趣味として語らう創作物。それが今雫に降り掛かっているものだという神威に、深雪とほのかは怪訝な表情を見せた。

 

「何の話をしているのですか? そのような与太話をされても、到底理解が出来ませんわ」

「だーから北山さんだけに話すって言ってんじゃん? 自分が体験してないとこういうの信じられないでしょ。君たちも霊感は無さそうだし」

「霊感?」

「そういうものを見たり感じたりする感覚。そもそもあったらまともに生きてけないと思うし」

「それはどういう──」

「とにかく」

 

 それつつある話に、神威は柏手を1つ打って本題へと戻る。

 

「俺としてはどっちでも良いわけ。北山さんがどうにかしてほしいならどうにかするし、ほっといてほしいっていうならほっとく」

「……ほっておいたらどうなる?」

「はっきりとはわからない。まあでもただじゃあ済まない感じがするかな。良くても手足持ってかれるぐらいにはなりそうだし、悪かったら死ぬぐらい」

「死ぬってそんな! 嘘、ですよね!?」

「嘘ついてどうすんの」

 

 神威の言った被害が予想以上に大きく問い詰めたほのかに適当に答えると、神威は昼間同様にポケットの巾着から、紙で出来た人形を取り出した。

 

「北山さん、手出してもらえる?」

「それはなんですか? お昼も使っていたようでしたが」

「人形とか形代とか言うね。要するに霊的に人間のレプリカとか一部をコピーしたものを作る技術」

「それが何故今必要に?」

 

 深雪の問に答えながらも、手を差し出してくれた雫の手に昼間と同様に人形をつけてサイオンを放出してもらう。

 

「はい、これで今こいつは北山さんの劣化版コピーみたいな状態ね。で、こいつをこうして──」

 

 フッと息を吹きかけると、昼間同様に人形がまず薄い灰色に、続けて頭部から順に黒く染まっていく。

 

「魔法……?」

「違うから。言っただろ、君らからしたらオカルトだって。で、これは今北山さんの状態をコピーする人形を使って、北山さんがどれだけ影響を受けてるか、っていうのを示してるわけ」

 

 手のひらになんの支えも無く立つ人形に、3人の視線は釘付けになる。

 

「雫の状態を示してるって、どういう状態なの? あ、ごめん雫、でも」

「大丈夫。私も聞きたい」

 

 白から黒に染まったそれがいい状態を示しているとはとても思えなくて、雫もこの場にいることを忘れて問いかけたほのかは申し訳なさそうにするが、雫自身もそれを見つめる。その黒はきっと、今雫に迫っているものなのだ。

 

「北山さんがいるから隠さずに言うよ。まずこの薄い灰色の方。こっちが最初に北山さんに憑いたモノ。で、色が薄いのは大して影響力が大きくないから。せいぜいネガティブになるとか良くない夢を見るとかコケるとか何かなくすとかその程度。全身に色がついてるのは、完全に雫さんが影響下に入ってるから。一方でこっちの黒い方。触ったらわかるけど紙も劣化してるこっちは、色も濃いし人形自体に影響を及ぼしてるのを見ればわかる通りちょっとまずいやつ。ただまだ完全に影響下には入ってないからどうにかなる感じかな」

「つまり……今雫は2つの悪いモノに狙われている、ということですか?」

「そういうこと。因果関係はわかんないけどね。全く別なのか、親玉と子分の関係にあるのか。どっちかがどっちかから逃げてるのかもね。知らんけど」

 

 便利な言葉、知らんけど。実際見てみるまではっきりとわかったわけではないので嘘は言っていない。ただ死が確実であったり精神が破壊されて回復の可能性がなくなるような場合には、人形は黒に染まって劣化するどころではなく染まった部分が塵になるレベルでダメージを受けるので、おおよそ間違ってはいない。

 

 そう言って昼間同様に手の上の人形を燃やして浄化する神威に、2人は訝しげな目を。雫は、覚悟を決めた目を向けた。

 

「……助けてもらえる?」

「依頼されたなら出来る限りのことはするよ。ただし対価をもらう」

「対価?」

「そちらが声をかけてきたのにですか?」

「俺がするのはあくまで『憑かれてるよ』って教えるとこまでだからね。俺は別に誰が取り憑かれようが取り殺されようが割りとどうでも良いのよ。それでもここの生徒だから、見えない人たちが憑かれてたらとりあえず教えるぐらいはしてるだけ」

 

 そもそも神威の第一高校での役目は、やばめの怪異などが発生、移動してきたりしてここが異界に飲まれたり禁域指定されるのを避けることだ。数人の生徒の損失に関しては特に指示は受けていない。もちろん国家機関の人間としては将来有望な魔法師の損失はなんとしても避けるべきものなのだが、そもそも神威の所属する組織含め神秘系の人間は現代古式問わず魔法師を嫌っている場合が多い。そのため『最低限やってれば別に良くね』なんてことになるのである。それに加えて神威は神に連なるものとして現代魔法師を根本的に許していないのだが、だからといって今の彼らを害するつもりもなく放置している状態だ。

 

「対価は、何を?」

「別になんでも」

 

 お祓い。その道に関して詳しいことは知らないが、実際に狙われている自分をすくってくれるという言うならばその対価は大きいものになるだろうと。払えるだろうかと少し心配しながら問いかけた雫は、神威の言葉に肩透かしを受けた。

 

「何でも良いの?」

「対価を払ったっていう結果がいるんだよ。それが無いと、北山さんが俺に借りを作った状態で縁が残っちゃうでしょ?」

「それが残ると困るんですか?」

「こっちの、つまりオカルトの話になるけど、(えにし)とか言われる繋がりって結構大事なのよ。それを辿ってよくないモノが来てしまったりするぐらいにはね。で、俺に借りがある状態で縁を残すとどうなるかっていうと、俺の方に来たよくないモノが全部そっちに流されることになる」

 

 疑問符を浮かべる3人に、神威はため息をついて話を進める。

 

「普通こんな丁寧に説明せんからな。借りがあるってことは、俺が危ない目にあったときに北山さんが代わりに危ない目にあうっていう契約が出来ているのと同じだ。『北山さんの意思に関係なく借りが返される』と考えてくれたら良い。だから俺がよくないモノに狙われたときにそのターゲットが借りという縁を辿って北山さんまでいくことになる。そうなると困るから、先に対価を決めてしまって借りがない状態にするってわけ。対価は飴ちゃんとか食事とかなんでも良いよ。ただちゃんと払ってね。後北山さんもそれをちゃんと対価として納得出来るものにすること。適当にゴミとか渡して後から『対価が不十分だったかな』とか思ったら結局借りになっちゃうから」

「ゴミなんて渡さない」

「言葉が過ぎたな。悪かった。対価は任せるよ」

 

 神威の失礼な言葉に雫は無表情ながらもむすっとする。実業家の娘である雫にとって、取引や商売において不相応な対価しか示さないと言われるのは名誉を著しく傷つけられることになるのだ。

 

「信じるの? 雫」

「悪霊や妖怪などは存在が否定されていますわ。実証されていないものを信じるのは……」

 

 ほのかと深雪が苦言を呈するが、雫はそれに対して首を振った。

 

「毎日、いやな夢を見る」

「夢?」

 

 ほのかの言葉にコクリと頷いて、雫は話を続ける。

 

「うん。それで眠れなくて……」

「あ……寝不足の理由?」

「誰にも言ってなかった。でも、九儀さんは気づいた」

「ま、これでもそういうのが見える目を持ってるからね」

 

 何でも無いことのように言う神威に、ほのかと深雪が信じられないような目を向ける中雫は話を続けた。

 

「それに、これも」

 

 そう言ってポケットから取り出したのは、昼に受け取った香り袋。雫が取り出したと同時に漂う何かの香りと、白地に模様として刺繍された柊の葉と実の色合いが、持っているだけでどことなく落ち着きを与えてくれる。

 

「香り袋、ですか」

「そう。もらった時から身体が軽くなった」

「疲れがとれた、ってこと?」

 

 ほのかの言葉に首を振った雫は、自分で答えるのではなく神威の方へと視線を向ける。自分で説明するのではなく神威に話を促すことで説明させようとするあたり、関わり方に慣れてきたというか遠慮が抜けてきたのだろう。

 

「自分で説明した方が良いんでない? お友達でしょ?」

「あなたが話したほうが、正確」

「さいで。端的に言えばそいつはお守りだ。良くないもんを遠ざけてくれる。灰色の方はそれだけでも十分防げるかもな。だから持ったときに悪いものの影響が無くなって楽になったんだろ」

「これにそんな力があるの? 本当に?」

「だから言ってんだろ。霊感無いやつにどれだけ説明してもわからないって」

 

 昔からそうだ。魔法師は、魔法という超常を技術に落とし込んだという過去があるために、一般人と比べても遥かに現実に寄り添った、目に見えるものしか信じない考え方をする。

 

 馬鹿げたことだ。彼らは神秘と怪奇の何たるかを理解していない。

 

「だから、とりあえず相談だけでもしてみたい」

「依頼してくれるのはわかった。なら詳しいことを教えて欲しいがその前に。北山さん以外の2人は帰ってもらえるか?」

「っ! 2人も一緒じゃ駄目?」

「選択に任せるがおすすめしない」

「私達がついていると都合が悪いということでしょうか」

 

 まだどこか警戒するような空気を漂わせる深雪に、神威は笑みを向けて問いかける。

 

「君がいて何かの役にたつのか、という話だ」

「ッ! それは……魔法なら」

「言っただろう? これは君たち(まほう)の領域じゃない。俺たち(しんぴ)の領域だ。君たちがこの件に関わるのは百害あって一利なしだ」

 

 神威の言葉に、ほのかが悔しそうに下を向く。深雪はうつむきまではしないものの言い返せる言葉が無く、珍しく悔しげな表情を見せた。

 

「改めて言っておくが、こっち側(しんぴ)そっち側(まほう)よりも人の命が軽い世界だ。敵は倫理観も遵法精神もないナニカ。君たちが不用意に踏み込んで良いことは無いし、下手をすれば軽く命を落とすこともある」

「そんな……」

「嘘じゃないよ。実際今回の北山さんの件でも、北山さんを狙っていたものが君たちにターゲットを移したり、北山さんを対象とした霊障に君たちが巻き込まれたり、瘴気に当てられたりする可能性は十分にある。特に相手が怨霊とか怪異だった場合には餌が増えることにしかならないからね。そして君たちはそれに対抗する力を持たない。単純に俺が守る相手が3倍になれば良い方で、終わった後に俺の関与できないところで狙われる可能性もある。こっちに関わるっていうのはそういうこと。長生きしたければ極力踏み込まないことをおすすめする」

 

 神威の言葉に、3人は返す言葉を持たない。

 

 ここに、雫に憑いているナニカに、神威が対処することが決定した。

 

 

******

 

 

「さてと。それじゃあ聞かせてくれ」

「何を話せば良い?」

 

 神威に追い出された深雪とほのかが去った後、雫と神威は席を移動して今回の件に関して詳しいことを相談する。人よけに加えて認識阻害をかけているので、例え学内の監視カメラでも2人の会話の内容をとらえることは出来ない。

 

「まず悪い夢と言っていたから夢の内容。それと家の様子に家族の様子。他におかしなことは起きていないか。ここ数日以内になにかを誰かから受け取っていないか」

「……もらったものが関係ある?」

「さあな。そもそも北山さんのそれが、誰か人間が呪いをかけてきているのか、それとも怨霊や怪異が北山さんを狙っているのかもわからない。ただ、完全に実体をもたない怨霊以外は基本的に何かしら現実での原因を持つ」

「わかった。でも、おかしなものは何も受け取ってない」

「オーケイ。それじゃあ夢の内容を教えてくれるか?」

 

 神威の言葉に雫は頷いて、自分の夢について話しはじめる。

 

「最初は…6日前だった。普通に学校に行く夢。でも……皆に嫌われてる夢だった」

「みんなというのを具体的に、できれば北山さんとの関係性も含めて教えてもらえるかな」

 

 夢の内容を思い出すのが辛そうな雫に、神威は遠慮すること無く踏み込んでいく。普通の霊能師として祓うには、それらを聞く必要があるのだ。一切を無視して良くないモノを『破ァッ!!』することでも出来るが、それは神威の人としての領域ではない。

 

「家族と……さっきの2人。他にもクラスと、他のクラスの友達に。あんまり仲良く無い人にも」

「わかった」

 

 流石にその内容、どう嫌われていたかまでを聞くのは雫の精神にとってよろしくなさそうなので、神威は聞くこと無く思考を巡らせる。

 

(悪夢……そういう呪いとは違うんだよな多分。それなら夜に効力を発揮すれば良いし、ここまで強い気配にならない。夢の中から食い殺す気か? だが怪異っぽい気配じゃない)

 

「……でも」

「うん?」

「昨日は、違う夢で」

 

 そう言って雫は、昨日見たこれまでとは違う夢について話し始める。

 

「私は駅のホームに立ってて、来た電車に乗った。でも……あんな電車、初めて見た」

「それはもしかしてこういう類の電車か?」

 

 駅、電車。加えて悪夢。思い当たる節が1つある。

 

「うん、そんな電車」

「50年ぐらい前まで使われてた類の電車だな」

 

 50年前まで使われていた類の電車。即ち。

 

 キャビネットが分かれている現代のものとは違い、数十人が一度に乗れる車両が複数連結した、古い型の電車。

 

 そして夢の中でそこに出るやつと言えば、大方予想はつく。

 

「私と、後2人座ってて」

 

 ──次は~活造り~ 活造り~

 

「猿が、包丁で、うっ」

「オーケイオーケイ。それ以上は言わないで良いよ。お守り握って。ちょっとおでこ借りるよ」

 

 思い出しているうちに気持ち悪くなったのか、あるいは霊障を口にしたことで影響を受けているのか。額に指を当てて活を入れる。

 

 少し息が落ち着いたのを見て手を離すと、雫が不思議そうな顔をした。

 

「お守りは……」

「自分から口に出したからかな。それに、まあ、北山さんが今話した電車の夢のやつ」

「うん」

「大分古い怪異なのよ。んでそういう類のやつは、知恵もある」

「お守りを避けた……?」

「それもあるけど、口に出せないようにすることで外部に助けを求めれないようにしてる」

 

 口に出すたびに気分が悪くなれば口には出さなくなるだろう、と。神威の言いたいことを理解した雫が顔を青くする。

 

「ま、でもそっちの夢ならまだやりやすいかな」

「そっちの……?」

「そいつ昔の怪異だからさ。今出てきても普通電車だって理解出来ないのよ」

「あ……」

 

 神威の説明に、雫は目を丸くする。自分はなぜ、アレが電車だとわかったのだろうかと。知らなかったはずだ。

 

「んでまあ現代のあの怪異は、現代の電車の形態に合わせて変容してるか、形態は昔のままでそれを理解させるために力を使ってるか、って感じなんだけど。今回は──」

「力を、使ってる」

「そういうこと。外に力を出してるからね。夢の中での強さが弱まる。まあそれも普通は抵抗できないから大丈夫だと思ったんだろうけど」

 

 時代に適応出来なかったか、過去の威容にすがったか。その怪異は噂半分そう言う存在としての在り方半分で存在している類の怪異なので、現代化された噂が不十分だったのかもしれない。

 

 いずれにしろ、現代に適応していない怪異は即ち、現代人からの認知が薄い。怪異である以上それだけで完全に消滅するとは言わないが、夢に巣食うやつの場合は確実に弱体化している。

 

「有名なおばけ?」

「猿夢、って名前で調べれば出てくる。けど今は駄目だ。解決した後でな」

「わかった」

 

 コクリと頷いた雫に、顔を真面目なものに切り替えて神威は話を続ける。

 

「で、やばい方はわかった。ただもう一方がどうもわからん」

「灰色の方?」

「そう。まあその強度なら適当に払っても良いんだけど……」

「なにかある?」

「根本的な解決にならない可能性がある。例えば怨霊が北山さんの家についてて、家の本体を祓わない限り何度でも憑いてくるとか。ので」

 

 ──お家に伺わせて頂いてもよろしいだろうか。

 

 真面目な顔で尋ねた神威に雫はためらうこと無く頷いた。ここまで色々と説明してくれたので、もはや神威のそれを嘘だとは思っていない。それに神威自体から自分自身に対する興味を全く感じず、嘘をつく理由も無いだろうと理解できるのだ。

 

 一方神威は、雫が頷いてくれたことに安堵の息を吐いていた。こういう仕事をしている中で家にお邪魔するというのは1つの難題なのだ。外で話を聞いてくれる相手でも、家にお邪魔するとなると拒否されることが多く、結果として助けられないことも多い。雫に関しても、頷いてくれなければこの場で祓って後は放置とするしか無かった。

 

「いつも家に行ってる?」

「そういうわけじゃないんだが……まあお客様には歩きながら説明して差し上げよう」

 

 カフェを出た2人は、そのまま並んであるき始める。神威は感じる視線を無視しながら、雫の疑問に答えることにする。こちら側の世界の根本的なところについては教えれなくても、今回の件については説明しておいたほうが納得もしてもらえて都合が良いのだ。

 

「悪夢を見させる類のものは、実はいろんなタイプがあるし数も多い。なんなら明確に狙われて無くてもそういう影響を及ぼしてくるやつもいる。そういうやつだってわかったときはその場でぱっぱと祓って終わりにしてんだよ」

「うん」

「けど北山さんについてるものはそういうのと違う感じがするからちゃんと視ておきたい」

「違う?」

「なんだろーなー。多分敵意とか悪意じゃないし、食おうとしてる感じもしない。でも良くない感じはするし、『欲しそう』な感情もある」

「欲しそう?」

 

 疑問を浮かべる雫に答える前に、神威は彼女の肩を抱いて引き寄せつつ人払いと認識阻害の術を展開する。

 

「何?」

「ちょっとね。急に触ってすまんね」

「……セクハラ」

「ごめんて」

 

 学校を出てもついてくる視線が鬱陶しくて人避けをしたなどと説明するわけにもいかず、神威はごまかして駅への道を歩き始める。

 

(なるほど。(のろ)いじゃなくて(まじな)いか。中途半端だから気づかなかったが……。北山さんのことが欲しくなったか? 人の身で不遜なことだ)

 

 人払いをすると同時に雫に残っている呪の残滓の霊的な圧が弱ったのを見て、神威はそれを嘲笑う。人の身で必死に生きることを笑いなどしない。苦しみ努力し、人に嫉妬し羨み。そんな行為は人なればこそのものだと認める。

 

 だが、人の身で人が欲しいなどと不遜にもほどがあるだろう。人を欲しがるそれは人間(きさまら)の領域ではない。

 

(北山よりあっちの方がやばいよな……。化ける前に消すか)

 

 人の身で人が欲しいという思いは誰にでもある。それこそ彼氏彼女だのいう交際だって結婚だって誰かが欲しいという感情から来ることも多い。

 

 だがそこで(まじな)いや(のろ)いに頼るというのはよろしくない。それらは人の領域を離れて怪異や神秘の側へと踏み込む行為だ。『欲しい』という強い感情を抱えて怪異の領域に踏み込んだ時、それらが合わさって新しいナニカを発生させる可能性がある。新しく生まれたそれは、きっと最初はそれほど力の強くない怪異か呪いか怨霊か。

 

 だがそれですら普通の人は抗うことが出来ない。そして抗うことの出来ない人を取り込んだ時、それは力と欲望を増大させる。そうしてただただ在り方に従って喰らい続けた果ては、ただの怪異から禁域や異界を持つ大物にまで成長し──。特に噂などから生じていないモノは人に知られる必要もないので、人知れず被害が増し続けることなんてのもザラだ。そういうのを探しては対処するのは神威以外の者の役目ではあるのだが、とはいえ担当である第一高校からそれを出すのは職務怠慢とも言えるだろう。

 

「セクハラついでにもう一つ相談なんだけど」

「セクハラは駄目」

「悪かったって。さっき言った猿夢なんだけど、名前の通り夢なんだよね」

 

 神威の言葉に、雫は意味がわからないというようにコテンと首をかしげる。

 

「それが、何?」

「対処するには寝ている北山さんに俺が接触する必要がある。夢を見せてないときだとあいつらはいくらでも逃げれちゃうから、夢の中に乗り込んで叩き潰すわけなんだけど」

「うん」

「夜に北山さんの部屋に男が泊まるのとかまずいよな?」

 

 キョトンとした雫は、しばし黙った後理解が追いついたのか答えた。

 

「夜這いは良くないと思う」

「違うからな? 静かな顔して人聞きの悪いこと言うのやめてくれます!?」

 

 文句を言いつつも、冗談を言う余裕が出てきたのかと神威は安堵の息を吐いた。こういう相手に対しては神威のように技術や力が無ければ何も出来ないが、それ以外にも対象の気の持ちようというのも重要になってくる。『病は気の持ちよう』なんて言う通り、気分がマイナスになっていればそういうモノにつけ入られやすくなるのだ。

 

「割と真面目な話よ。お祓いってそういうところが大変でさ。実力的に問題ないやつでも、祓われる側が『家にあげるのはちょっと』とか『身体に触られるのは』とか言って祓えないまま持ってかれることとか良くあるの。そもそもこういうオカルト系の話なんてみんな信じないしねえ」

「……九儀さんはもう触ってる」

「手と服越しの肩ぐらいはノーカンにしてほしいなあ」

 

 このあたり神威は古い時代の存在なので、現代の男女の接触を良くないこととみなす常識に慣れていないのである。

 

 カラカラと笑いながら返す神威に、雫はまた少し黙り込んだ後勇気を出して尋ねた。まだ会ったばかりの男性を部屋に入れるのは怖いが、これが本当に悪いモノのせいであるならば、と。

 

「接触、どうやる?」

「寝ている北山さんのおでこに触らせてもらいたい。手のひらを当てる感じで。そんでその後夢の中に入り込んだら俺も寝ることになるから、起きたときに身体が北山さんの上に倒れ込んでる可能性がある」

「寝てるときに触る……」

 

 嫌そうな雰囲気を出す雫に神威は肩を竦める。

 

「同衾しましょうって言わないだけ優しいと思って欲しいね」

「どうきん?」

「添い寝だよ添い寝。夢に入り込むので一番手っ取り早いのはそれなの。でも知らねえやつといきなり添い寝とか嫌だろ」

「それはイヤ」

「はっきり言われるとそれはそれで傷つくんだよなあ」

「イヤ」

「わかったからもうやめてくれ」

 

 思い切り言ってくる雫にお手上げだとジェスチャーをして話を戻す。

 

「もう一人いたら俺が寝た後に回収して貰えるんだけどな。まあなるべく後ろに重心かけて後ろに倒れるようにしておくから」

 

 神威の言葉に少し考え込んだ雫は、渋々ながら口を開いた。

 

「部屋にカメラを置いておく」

「徹底してんなあ」

 

 

******

 

 

 雫に案内されて家にたどり着いた神威は、なぜかはわからないがかなり歓迎された。

 

「いやあ、雫が男の子を連れてくるとは! 嬉しいものだね」

 

 雫の父親である北山潮が妙に歓迎してくるのはかなり疑問なのだが、雫以外の家族には特によくないモノの影響が出ている様子ではないのでその心配はないらしい。とはいえ、ここまで歓迎されても今回限りの縁になる可能性があるので神威としては微妙だった。

 

「なんであんなに歓迎されてるわけ?」

「……多分、他の人と勘違いしてる」

「まじかよ。どうする? ちゃんと説明しとく? その場合契約書込で口止めする必要があるんだけど」

 

 夕食はぜひ食べていってくれ、なんて言われて、返事を曖昧なままに雫の部屋に避難させてもらった神威はどこにも触れないように床に座って尋ねる。雫が部屋に入れたくない様子だったので、これでもかなり気を使っているのである。年頃の女性としては当然の反応だろうから、神威としてもそこに否やはなかった。

 

「……言いたくない」

「なんで? 親には言っておいた方が良いんでないの?」

「心配させたくないから」

「あそ。じゃあまあ良いけど。俺はただのお友達だって言っとけば良いのか?」

「うん。なんとかする」

 

 男が娘の部屋に泊まることに関してどうにかなるとはとても思えないのだが、まあ雫が言うならばどうにかするのだろうと神威は特に考えないことにした。認識阻害をかけてもいいが、そうすると今度は雫が不審に思うことになるだろう。

 

 実業家だから恨みを買う可能性もあるんじゃないか、なんてアドバイスは言わない。神威の担当範囲ではないし、そもそも一般に対して神秘や怪奇(こちらがわ)の実在は隠されている。神社や寺でお祓いをすることはあるものの、一般人や魔法師はそれをただの形式的なものだと考えていて、オカルト的なものが実在しているとは露にも思っていないのである。

 

 それもこれも様々な術が歴史の表舞台に姿を現したときに、それらを我が物とするために研究した奴らが色々とやらかしたせいであるのだが。人が操れるただのエネルギーと技術である魔法ならともかく、人ならざる存在と関わる神秘と怪奇(こちらがわ)を操ろうなどとおこがましいにも程があったのだ。だから怒りを買った。結果として、そうした存在は政府の本当にごく一部のみが知り、復活した神祇省内の秘匿部署が担当することになっている。

 

「なんで口止めを?」

「こういうの、まあつまりおばけとか呪いとかの存在って結構ガチガチに秘匿されてるのよ。噂話とかになるのは良いんだけど、北山さんに関してはがっつり関わってもらうことになるのね。だから口止め」

「私も?」

「北山さんに関してはさっき言った借りの関係でこっちから縛れるの。だから誓約書とか必要ない」

「縛る、って?」

「この件に対して口外しても、本気で信じ込まれないようになる」

「……どういうこと?」

「北山さんからこの件について聞いた人は、『へー神社でお祓いしたら治ったんだ、そんなこともあるんだねー』ぐらいの認識しか出来ないってこと。嘘だとは思わないけど、神秘の実在を本気で信じることは無いって感じかな」

 

 疑問符を浮かべる雫に、神威は懐から巾着袋に入った石ころを取り出す。

 

「これ、見える?」

 

 コクリと頷く雫は、それがどうしたのかと不思議そうだ。

 

「これ神様の一部なんだよね」

「……そう」

「ほら、今信じなかっただろ?」

 

 何が言いたいのかさっぱりわからない発言に、雫は無表情ながらも不機嫌になる。

 

「今北山さんが信じなかったみたいに、北山さんが何らかの方法で今回のことを伝えてもそれを眉唾だとしか思わなくなる。ちなみにこれはまじで神様の一部。40年ぐらい前に堕ちかけた神様を引き戻したときに欠けた御神体の一部だよ」

「それが、神様?」

「まあ何をもって神様とするかは難しいところだけど。でもこれは確かに『かつて神様が宿っていたモノ』だ」

 

 そもそも不定形の神を、人が崇めるために御神体を用意したり、あるいは神が顕現するために降りたり、はたまた祀り上げられて神そのものとなるのが御神体だ。それは自然物であったり人工物であったり、ときに人であったりするのだが。一般ではそういう御神体と神の区別ははっきりしていないので、これが神というのは間違えていないのである。

 

「その術は、どうやってかける?」

「それは秘密。あ、ちなみにこっちの実在を既に知ってる人に対しては意味の無いものだから、吐き出したくなったら神社とか寺に行くと良いかもね」

 

 そんな話をしているうちに雫のご両親から呼ばれて2人は食事に向かった。

 

 

******

 

 

 食事と、雫の両親が用意してくれたタオルや着替えを借りて入浴を済ませた後、別室で待機していた神威は寝る直前になって雫の部屋へと向かった。

 

「入っても大丈夫か」

 

 ドアをノックしてそう声をかけると、寝る直前にしてはしっかりした服を着た雫が姿を見せた。たいして仲良くも無い相手にプライベートの姿をなるべく見せたく無いという雫の意地である。

 

「……どうぞ」

「お邪魔します」

 

 中に招待された神威は、部屋に入ってすぐに人除けの結界を張っておく。万に1つも取り逃すつもりはないが、ここの歪みを見た他の怪異や怨霊がよってきても面倒だし、仮に雫から脱出しようとしても逃げられないようにするための魔除けは雫が寝入り、完全に猿夢が入りきってから張る予定だ。

 

「それじゃあ改めて。俺は今から、北山さんが寝たらおでこに手の平を当てる。それ以外の場所には触れない。よろしいか?」

「……変なところ触ったら許さない」

「肝に命じる。それじゃあこれから北山さんに起こることについて、先に説明しておく」

 

 夕刻と同じ位置に座った2人は、最後の打ち合わせをしていく。最終的には雫に出来ることはなく神威がすべて祓ってしまえば良いだけなのだが、それでも説明するのは当事者である雫への配慮だ。

 

 すべての説明をした後、いよいよ雫は横になる。不安であるからか、神威が指示しないうちに神威が渡したお守りを手に握りしめるようにして胸元に抱え込んでいる。

 

「……目をつむらないと眠れないだろう。不埒なことは絶対にしないから大人しく眠ってくれ」

 

 横になったにも関わらず目を開いたままの雫に神威が寝るように言うと、雫は首を小さく横に振った。

 

「なんだ?」

「……私を、助けてください。お願いします」

 

 ここまで神威に対してへりくだることなく、むしろ色々と拒絶するようなことを言っていた彼女が絞り出した言葉。見ればそのお守りを握りしめる手は細かく震えている。

 

 怖いわけが無かったのだ。それを、神威に対して嫌な顔をしてみせたりからかうようなことをすることで抑え込んでいただけで。不安にさせないためにあえてちゃんとした神威の説明なんて、結局想像してしまえば怖いことでしかない。

 

 そんな雫に、神威はヘラヘラとした軟派な笑みではなく、穏やかな微笑みを浮かべた。

 

「必ず救う。だから、『安心して眠れ、北山雫』」

 

 神威がそう言葉を放つと、安心したのか僅かな笑みを見せて雫は目を閉じた。そしてすぐに寝息を立て始めた。

 

「全く、神を疑うとは不届きものだな」

 

 言葉と裏腹に穏やかな笑みを浮かべた神威は、雫の頭を人撫でするとすぐにその額に手を当てる。

 

 ごく一般的な力を持つ術師や霊能者であれば、塩や法具などを使って猿夢を雫から引き離すのだろう。

 

 だが神威にはそんな必要は無い。神威は、敵の領域に踏み込んで中から敵を壊す。たかがこの程度の相手に、それ以上の準備は必要ない。

 

 

 そうして、夢渡りをした神威もまた、雫の夢の中へと潜り込んでいった。

 

 

******

 

 

 ガタンゴトン ガタンゴトン

 

 現代の進んだ技術ではもはや感じられなくなった振動を感じて雫はうっすらと目を開ける。周りを見渡してみれば、昨日も見たばかりの夢。電車の中だと何故かわかる空間に、雫と他に2人、進行方向の前方に乗客が座っている。うつむていてその顔は見えないが、眠っているのか身動きする様子はない。

 

 窓から覗くのはただただ暗い闇。車内の明るさによって先日は全く気づかなかったが、外が見えるはずの窓には何も映っていなかった。

 

『お乗りのお客様にご案内します。次は~、活造り~活造り~。電車が止まるまで、立ち上がらないようお願いします。次は~、活造り~活造り~』

 

 ノイズの走った車内のアナウンスは、それが古いものであることを知らせている。アナウンスが終わると、進行方向の扉が開いてそこから雫の腰ほどの身長の小人が3人出てきた。先日見た光景を思い出して雫がハッと目をつむると、何か湿ったものを切る音とそれが床に落ちるぐちゃぐちゃとした音。そして身体を捌かれている男の絶叫が車内に響く。

 

 次は自分の番ではないかという恐怖から身体を動かそうとするものの動かず、続けて『抉り出し』のアナウンスが流れてしまった。

 

(次、次が、私の番……! 今来ないのは予定通り……!)

 

 この段階で割り込むことは出来ないと神威には言われている。猿夢を殺す(神威はあえて消滅させるでも追い払うでもなくその表現を使ったわけだが)には、向こうがこちらに手をのばすタイミング、即ち。

 

『次は~挽き肉~挽き肉~。お降りのお客様は、電車が止まってからお立ち上がりください』

 

 このアナウンスがなってから。

 

 アナウンスの直後、何かが近づいてくる気配とともに機械音が聞こえ始める。

 

(早く、早く来て……! 早く……! 助けて!)

 

 そう心の中で叫ぶものの、神威が現れる気配はない。機械音が大きくなるに従って、雫の心のうちに恐怖が溢れ出した。

 

(怖い、怖いこわいこわい! 助けて! 私、まだ……!)

 

 風切り音と金切り音を立てながら何かが近づいてくる音。恐怖で震えることすら出来ない雫に対して、小人達が持つ機械が近づいて。

 

 雫に触れた瞬間、大きな破砕音を立てて機械が弾け飛んだ。

 

『ギャッ! ナゼダ!?』

『ニンゲンノクセニ切レナイ!?』

『バカナ!?』

『グッ、ギャアアアアア!!?』

 

 砕け散った機械に小人達が口々に叫びを上げ、雫が恐怖を忘れて目を開けようとした直後。

 

 小人の断末魔とも言える絶叫が響いた。

 

「神の庇護下にある者がお前ら程度で害せるものかよ。舐めるな三下」

 

 半日のうちに聞き慣れてしまった声。待ちわびた声に、雫は目を開ける。そこには、日本刀を片手に、小人の1人を踏みつける神威の背中があった。

 

 

******

 

 

(相変わらずタイミングがめんどくさいなこいつら)

 

 雫の危機に飛び込んだ神威は、脳天から足まで一度刀で貫いた小人を踏みつけつつ、見上げてくる他の小人らを睨みつけた。

 

『ニンゲン!?』

『チガウ、バケモノダ!』

『逃ゲロ!』

 

 怪異という出自故かあっという間に神威の擬態を看破し背を向けて逃げていく小人達。叶わぬと一目で認めたのだろうが、そもそも一目見れる場所に来た時点で手遅れで。

 

 一歩でその背に迫った神威は、続く刀で右側の2体の上半身を。そして返す刀で最後の1体を頭から股まで一刀両断した。

 

 悲鳴すら上げることなく消滅した小人たちに目を向けること無く神威が雫の方を振り返ると、怯えた表情の雫がこちらを見ている。

 

(見ないほうが良いと言ったのにな。まあ良いか、今回限りの縁だ)

 

 既にこの後どうなるか、雫には説明してある。彼女へと声をかけることなく、神威は車両の扉を蹴り破って前の車両へと進む。

 

 猿夢に入って対応する場合にやるべきことは2つ。1つ目は人間を攻撃する担当の小人共を排除すること。こいつらは言わば子機で排除しなくても猿夢自体の消滅は可能だが、放置していると守る対象、今回で言えば雫が再度狙われる可能性がある。

 

 そしてもう一つは、この電車という空間、言ってみれば、怪異によって夢の世界に生み出された『異界』の主の排除。これを達成すれば猿夢という一個の怪異は消滅し、夢の空間も維持しきれずに破壊される。

 

 そしてその主はたいてい、電車の車掌室に存在する。アナウンスをするためだろうが、もう怪異としての歴史も長いだろうにいつまでも変わらないのは阿呆のすることだ。現代に適応した猿夢では、本体はキャビネット型の電車にはおらず離れた場所の通信室などにいる場合が多い。そちらの方が少々厄介なのだ。

 

 一車両を走り抜けて次の扉を蹴り抜くと同時にアナウンスが響く。

 

『次は~、串刺し~串刺し~』

 

 車両の前の扉を開け放って駆けてくるのは、槍をこちらに突き出した小人ども。

 

「時間稼ぎにもならんよ」

 

 駆け抜けざまにすべて首をはね、次の車両。

 

『次は~──』

 

 車両の前方には次の車両への扉ではなく運転席が見えていて。怪異の本体は焦って次の小人を送り出そうとしてきたが、それよりも早く、神威のぶん投げた刀が運転席の窓をぶち抜き、その向こうに座っていたナニカを前面のガラスに縫い付ける。。

 

『ガガッギャアアアア!!!』

 

 アナウンスが入ったままなのだろう、車内のスピーカーから悲鳴が響いた。

 

「はいはい、ちゃっちゃと終わらせちまおうな~狙う相手が悪かったねお前も」

 

 刀で縫いとめられて苦しむ本体、まさに人に近い顔を持った猿であるそれに近づいた神威は、刀を抜き、地面に落ちた猿を踏みつけた。大した大きさも力もない、せいぜい日本猿程度の大きさしか無い猿。

 

「そもそも、本体が猿だってバレてる時点でお前は駄目だったんだよ」

 

 苦しむ猿にかけられた言葉に返事はなく、続けて逆手で振り下ろされた刀が怪異の主の頭を貫き、猿夢を消滅させる。

 

 直後。怪異の本体であるはずの猿から吹き出した黒い何かが神威を飲み込んだ。

 

 

******

 

 

「──ずく、雫ってば!」

 

 遠くから聞こえる声に、雫の意識は覚醒する。はっと前を向けば、ほのかが正面に立っていた。

 

「ほの──」

「そんなところで立ってないでよ。邪魔でしょ」

 

 直後に投げかけられた言葉に雫は一瞬固まり、直後に現状を思い出してさっと道を開けた。

 

「まったく、いつも邪魔なんだから」

「ほのか、本当のことでも聞こえるように言っては可愛そうだわ」

 

 そんなことを言いつつ隣を通っていく2人は雫の方に視線すら向けない。

 

(わかってた。あの夢から抜け出しても、今度はこっちに囚われるって)

 

 神威にも事前に説明されていた。

 

 曰く、雫には現在猿夢の他にもう一つ、おそらく人間が使った(のろ)いがかけられていて、猿夢の方が力が強いためにそちらが表に出ているけれど呪いは呪いとして力を発揮している。そのため、夢の中に入って猿夢から脱出出来ても次は呪いの方の夢を見ることになるはずだ、と。

 

 今がきっとそれだ。神威には『心を強く持つように』と言われている。『それは誰かが君を弱らせるために向けている呪いで、絶対に現実のことではないから』と。

 

 それでも。

 

「気持ち悪い人は放っておいて行きましょう」

「そうね、それが良いわ」

 

 友達の顔で、声で。そんなわざと傷つけるようなことを言われるのは。

 

 例えそれがどれだけわざとらしくても、彼女らは絶対に言わないと分かっていることでも。

 

(嫌だな、嫌われるの)

 

 そんなことを考えつつ、卓上の端末で確認した今日の日課表を見て次の実習の授業の準備をする。

 

 何故かこの夢は、夢を見ている次の日の授業の日課表で普通に一日が進むのだ。一度夢だからと、夢であることが理解できるタイプの夢だったので日課表を無視してみたのだが、そのときにはクラスメイトだけでなく教員や上級生総出で責められた。ただ注意されるのではなく、いわゆる人格攻撃のようなものから血筋に関すること、身体的な特徴や友人関係などありとあらゆる観点から悪口を向けられたので、それからは大人しく人と関わらずに一日をこなすことにしている。

 

 朝のHRでは特に連絡事項はなく。そのまま雫は演習室へと向かった。ここで1人になるのはもう知っているのであえて誰かに声をかけようとは思わない。はずだった。

 

「北山さん? もしかして1人?」

「え……?」

 

 後ろからかけられた優しい声に思わず振り返ってしまう。そこには1人の男子生徒が立っていた。クラスの中で見たことのある、確か森崎らと一緒にいた男子生徒の1人で、名は……。

 

「あ、俺は時任貞香。話すのは初めまして、だよね?」

「……うん、初めまして」

 

 深雪達から感じるような敵意は感じないものの、彼も自分を馬鹿にするために話しかけてきたのだろう。

 

 そんな考えは、すぐに裏切られることになる。

 

「あの、もし1人なら一緒に組んで貰えないかな」

「え?」

 

 良い方向に。

 

「私で良いの?」

「俺も1人だから。それに北山さん成績良いし、一緒に出来たら俺も魔法上手くなれるかなって」

 

 1人でいることに慣れていた。だから1人でいるつもりだった。でも、1人じゃなかった。手を、差し伸べてくれる人がいた。

 

「……うん。私からもお願い」

 

 どうせ他の人は組んでくれないだろうし、という言葉を飲み込み、雫は告げる。その言葉に、時任と名乗った少年は笑顔を見せた。

 

「やった! じゃあ、よろしくね」

 

 

******

 

 

 演習の授業は、最近の授業とくらべて遥かに充実したものになった。いつもは他のクラスメイトから聞こえるように悪口を言われたり魔法の行使の邪魔をされたりするのだが、今日はそれをことごとく貞香が止めてくれたのである。だけでなく彼女らに注意までしてくれたのだ。

 

 そして昼食の時間も、いつもなら1人で食堂で食事を取っているところに声をかけてくれて、彼と会話をしながら食事を取ることが出来た。彼はとてもよく笑う。いつも一緒にいた彼女より笑っているかもしれない。それに優しく、雫のこれまで辛かったという話も聞いてくれた。

 

「みんな悪口言ってきて、嫌だった」

「……そっか。なら俺と話してるので少しはましになった?」

「……うん」

 

 下手に憐れむでもなく、ただただ話に相槌を打ってくれる。

 

 入学してからずっと辛かった気持ちが、彼に出会えて少し上向きになった。あまり話したことも無いクラスの人たちに言われ続ける悪口も、彼がいれば耐えられるような気がした。

 

 放課後、教室に彼がいないことを確認し、1人で家に帰ろうと雫は席を立つ。そして教室の出口へ向かった雫は、入り口付近で何かに躓いてしまった。

 

「あははっ! ごめんねー、足がひっかかっちゃった~」

「ちょっと真衣~、足大丈夫、蹴られた?」

「あー、結構痛いかもこれ。ねえ、どうしてくれんの?」

 

 転んだ雫の足元から声がかけられる。

 

(いじめみたいな……。こんなこと今まで無かったのに)

 

 これまで良くも悪くも悪口しかぶつけられていなかった雫は、突如として牙を剥いた暴力に混乱する。これは知らない。

 

(こんな、こんなの、知らない)

 

 だが、相手は待ってはくれない。

 

「あんた、返事も謝ることも出来ないわけ?」

「北山のくせに生意気」

 

 足元に立つ少女が言った直後、サイオンの気配が溢れ出す。そして雫の身体は、一度上に向かって勢いよく浮かべられてドアの敷居にぶつかると、直後に壁に向かって放り出された。

 

「い゛ッ!?」

「なんだ、ちゃんと声出せるじゃん」

 

(魔法!? なんで、校則違反じゃ……!)

 

 そもそも学内で生徒会役員や風紀委員でないものがCADを持っていることすらありえないのだが、雫の靄がかかった思考はそれを思いつくことが出来ない。

 

「それで? ごめんなさいは?」

「ごめん……なさい……」

 

 自分は今CADを持っていない。ここで抵抗することは出来ないと判断した雫は大人しく謝る。直後、壁にもたれかかるようにして座っている雫の足元と背中が凍りついた。

 

「なっ……!」

「あらあら。雫、謝るならちゃんと立って、相手の顔を見て言わないと」

 

 声の方向に視線を向けると、CADを手にした深雪がこちらに歩いてくる。その後ろにはほのかもいて、けれどそれ以上に。

 

(ころ、される……!)

 

「いやっ!」

 

 迫ってくる深雪の恐ろしさに、雫の口から悲鳴が漏れた。だが氷漬けにされた身体は動かず、深雪とほのかの接近を許してしまう。

 

「っ……!」

「どうしたのかしら、そんなに怯えて」

「自分なんかが深雪に近づいてごめんなさい、ってことじゃない?」

 

 そう言って見下ろしてくる2人の瞳が、いつも向けられる路傍の石を見るような無関心の視線よりも遥かに冷たくて。

 

「ヒッ!」

「あれ、深雪とほのかだ。2人もこいつに用があるの?」

「ええ。しっかりと立場を教えてあげないといけないでしょう?」

 

 そう言って深雪は、再びCADに手を当てる。思わず目を閉じてしまった雫だが、救いは望んていたところから訪れた。

 

「何をしているんだ! やめないか!」

 

 そう言って間に割って入ったのは、雫の心に風を吹き込んでくれた時任で。その声に、雫は思わず固く閉じていたまぶたを開ける。

 

「人を魔法で攻撃するのは校則以前に法律違反だ! それに同じクラスメイトを攻撃して恥ずかしくないのか!?」

「そ、れは……」

「もうこんなことはやめるんだ。人を傷つけるより、己を高めた方がはるかに有意義じゃないか」

 

 時任の諭すような言葉に、バツが悪そうにして深雪とほのかが。そして野次馬するように見ていた他のクラスメイト達も去っていく。

 

「大丈夫かい、北山さん」

 

 そう言って雫の方に顔を向けてくれた彼は、先程までの厳しい雰囲気とは全く違ってあの優しい笑顔で。その笑顔に心が暖かくなる。

 

(ああ、私この人のことが──)

 

 好きなんだ。

 

 そう心のそこで思いながら手を伸ばそうとした直後。

 

 ビシィッッとガラスかなにかに罅が入ったような音が響き、雫と時任の間の空間に罅が入った。そして窓を割ったときのようにポロポロと破片になって崩れ落ち始め、内側からそれを勢いよく突き破った何かが時任の側に姿を現す。

 

「ごめーんね遅くなったんだけーど……君誰?」

 

 男子の制服を纏っているにも関わらず長髪を首の後ろでくくり、サングラスをかけた男子生徒。その背中を見た雫は、背筋にピリリと電気が走ったような感覚を感じていた。

 

(なに、コレ。でも、そう、ここは夢の中だからありえないことも……夢の中?)

 

 何か重要なことに気づけそうで気づけ無いような、そんな気持ち悪い感覚。そんな感覚に雫が固まっていると、その男子生徒は雫の方を向き直り、その目元にかかっているサングラスが雫にもよく見えた。

 

「ああいたいた、北山さん。呪いかかっちゃってんね。悪いね遅れて」

 

 罅のある空間をなんでも無いかのように通った彼は、時任に向かって伸ばそうとしていた雫の手を掴むと、なんでもないかのように引き起こして立たせる。

 

「お前、何者だ! 何故ここに──」

「活! っと」

 

 そして勢いよく雫の背中を平手で叩いた。スパァンという音ほどの痛みは無かったものの、それに叩かれたことで曇っていた思考がクリアになっていく。

 

 それと同時に雫は恐ろしくなった。

 

 これは現実ではない。これは夢だ。それなのに雫は、これを現実のように感じていた。

 

 ほのかと深雪は大切な友達だ。入学した時からずっと友達だ。なのに雫は、彼女らに入学した時から嫌われていたように感じた。

 

 高校では勉強は大変だけど楽しいことがたくさんある。なのに雫は、そのすべてが辛いものだったと思った。

 

 後から考えてみれば、明らかにおかしい思考をしていたのに、それに全く気づくことが出来なかった。

 

「んじゃ、呪いかけた本人もいるみたいだしパッパと壊しますか」

「お前! 北山さんに何をした! お前も彼女を傷つけるのか! 北山さん、そんな奴の近くにいちゃいけない! こっちに来てくれ!」

 

 つい先程偽物の深雪から助けてくれたときと同様に声をかけてくる時任が、今度はうすら寒いものに感じられる。雫のためにとかけてくる声も、その笑顔も、神威を悪者にしようとする言動も。

 

『夢の中で、他の人が北山さんに敵対的な中で1人だけ優しいやつがいるかもしれない。そいつがおそらく、北山さんに呪いをかけたやつだ』

 

 それが神威が事前に雫に伝えていた言葉だった。

 

(本当にいた。そんな人。この人が私に……)

 

 雫が思い出す中、自分の言葉に応えない雫に時任が顔色を変える。

 

「お前、北山さんに何をした! 彼女を操っているのか!」

「何ボケたこと言ってんだだぁほ。そりゃテメエのことだろうに」

「何を言っている! 彼女は僕の──」

 

 なおも言い募る時任の言葉を遮るように神威が柏手を1つ打ち鳴らす。

 

「『一刀をここに』」

 

 直後、その手には先程猿夢の中で怪異を消滅させた刀が握られていた。その刀を腰の位置で居合に構えた神威は、空中に対して。

 

 いや、この呪いによって出来た夢の空間に対して居合抜きを放つ。

 

 スィィン、と爽やかな音と、チンッと納刀する音が連続し、直後に空間がずれた。ほぼ同時に雫の視界は暗転し、何も見えなくなる。そうして雫は、長い長い夢の世界から覚醒した。

 

 

******

 

 

 パチリと目を開けると、見慣れた天井が見える。まだ時間は早いようで太陽の光は入ってきていない。

 

 身体を起こすと同時に点灯した電気に照らされる室内を見回すと、ベッドの足元あたりに変な体勢で倒れ込んでいる神威の姿が見えた。自分は目を覚ましたが神威はまだ目を覚まさないらしい。

 

 夢の内容を思い起こそうとした雫は、その前に神威の腰を捻ったような体勢が気になって彼を助けておくことにした。自分を助けてくれた相手が寝違えたりしては大変だ。普段から机の上においているCADを使い、彼を丁寧にベッドの上に移動させる。寝る前はあんなに嫌がってみせていたが、今はとてもそんな気持ちにはならない。まだ頭が覚醒しきっていないのだろうか。

 

「ほんとうにあったこと、なのかな」

「嫌なら忘れちまえ。覚えとく必要はねえよ」

 

 ベッドに座って呟いた独り言に隣から声が返ってきて雫はビクリと肩を揺らした。

 

「おろ? 俺結局ベッドに乗ってるじゃん。なんかごめんね」

「……私が乗せた。大丈夫」

「お、まじ? サンクス。床って固いから身体痛くなるんだよねえ」

 

 そう言って、もはや夢の世界での切り裂かれるような鋭い気配など一切なく、身体を伸ばした神威はベッドから降りていこうとする。だが、その動きは後ろから服を掴まれたことによって止まった。

 

「あ……」

「ん? まだ何かある?」

 

 神威の背中に手を伸ばした雫自身、なぜ伸ばしたのかわからないと言いたげな顔で神威を見上げてくるが、それでも手を離そうとはしなかった。

 

 無言でつかんだままの手を離さない雫に神威は軽くため息を吐く。それにビクリと雫は肩を揺らすが、神威はその手をはたき落とすことなく、そっとその手を取ってベッドに座る雫の前にしゃがみ、俯いたその顔を見上げる。

 

「君は悪い夢を見ていた」

「悪い、夢……」

「そう、悪い夢。例えどれだけ恐ろしくても、それはただの夢だ。いつかは覚めるもの」

「でも……」

「大丈夫。次眠るときはきっと良い夢を見る」

 

 そう言いながら神威は、そっと雫の手を引いてベッドに寝かせ、枕元に転がっていた香り袋をその手に握らせる。

 

「これ……」

 

 その手に握らされた香り袋は、なぜだか雫を安心させてくれない。だってこれは、夢の中で挽き肉にされそうになったときに雫の代わりに──

 

「神様の力は確かに北山さんを守ったときに無くなってしまった。普通のお守りならそこでお役御免で、後は神様にお返しするか燃やすしか無い」

「……」

「でもね、これは香り袋だ」

 

 神威の言葉に、雫は相変わらず意味がわからないと首をかしげる。

 

「香り袋の中身は、乾燥させたラベンダーや白檀、ローズマリーにハーブとかいい香りのする植物が入ってるんだけど、そういう植物にはたいてい魔除けの力がある」

「魔除けの、力……」

「そう。香り袋の香りが無くなっていないうちは、その香りが魔を祓ってくれる」

 

 神威がそう言うと同時、まるでその言葉を肯定するかのように、雫の鼻を香り袋から漂う香りが包む。その落ち着く香りに、雫は乱れていた心が落ち着くのを感じた。

 

「他にもラベンダーは安眠効果があったりとかするしね。だから、安心して眠れ」

 

 やや間があってコクリと、雫がそれにうなずいたのを確認して神威は手を離し、立ち上がろうとする。だが、キュッと手を握られて再び動きを止めた。

 

「助けてくれて、ありがとう」

「どういたしまして」

「それと……」

 

 眠りにつく前もきっちり『助けてください』と言ってきた彼女のことだから礼をしたいのだと思ったが、それだけでは無いらしい。

 

 なにやら逡巡しているようだったが、しばらくして口を開いた。

 

「寝るまで……」

「……手を握っておいてほしい?」

 

 神威がそう問いかけると、雫は恥ずかしそうに僅かに頬を染めながらうなずいた。おそらくは、夢で襲われ呪いをかけられ不安なのだろう。それが神威にはわかるし、そのケアまで手が回ればすることにしているので特に考えること無く神威はベッドの隣に座った。

 

「俺はおかーさんじゃないんだけどな」

「この年でお母さんにしてもらうこともない」

「そう? でも母の子を守る思いって偉大なのよ」

「そっか……」

 

 そう言葉を交わしていると、すぐに眠気がやってきたのか雫はうつらうつらとし始め、そのまま眠ってしまう。別室に眠れる部屋を与えてもらった神威はそちらに移動して短いながらも眠ろうと考えたのだが。

 

「んええ~力強いね君」

 

 ことのほか強い力で雫に握り込まれており、それを解こうとすると雫が眉にシワを寄せたりむずかったりするので、諦めて離してもらえるまで大人しくしていることにした。

 

 人は、例え魔法師と言えどもこの世ならざる存在に抗う力を持たない。そのために神威のような者がいるとはいえ、常にうまくいくわけではない。今回は守ることが出来たが、守れないことも数多くある。だからこそ、守れたことが嬉しく、穏やかに眠る人の子が微笑ましい。そんな感情に満たされつつ、神威も人の身として無理を来さないように目を閉じて眠ることにした。

 

 

 結果として、朝目覚めた雫がベッドにもたれかかるようにして眠っている神威に焦ったりする場面があったのだが、それはまたいつか語ることとしよう。

 

 

 

******

 

 

【以下蛇足】

 

 

 

 

 

 

 時は遡り、猿夢に止めをさした直後。突如として吹き出した黒いナニカに飲み込まれそうになった神威は、咄嗟に腰の後ろに挿していた神楽鈴を引き抜き激しく鳴らす。

 

 魔を打ち払い滅するための刀に対して、魔から身を守るための鈴。それで黒いナニカは神威にふれることは無かったものの、そのまま周囲を取り囲むように視界を覆い隠した。

 

(なんだ……? 猿夢でこんなこと……)

 

 一瞬の思考ののち、神威は鈴を再度鳴らすと同時に片手で刀を振り抜き、目の前の空間を切り裂く。直後に切り裂かれた黒いナニカは消え、気がつけば神威は昔ながらの巨大な駅のホームに立っていた。

 

 個人用のキャビネット型の電車が発展した現代ではもはやあまり見られないそれは、かつての栄華の証。50年ほど前までは全く現役で、毎日多くの人で埋め尽くされていたそこは、人が離れて長いためかあちこちが錆びつきガタツキ。もはや多少綺麗な廃墟と言っても差し支えな──

 

『まもなく、串刺し行きの電車が到着します。危ないので、白線の前に出てお待ち下さい』

 

 アナウンスが鳴り響く。電車が来るとは思わなかった神威は、電光掲示板か駅名は無いものかと顔をあげて、固まった。5個はあるホームのうち、神威が立っているそれの1つ向こう。地面から立っている看板に駅名がかかれていた。

 

『きさらぎ駅』

 

 看板の端がかけた看板に書かれていたその文字に、神威の背筋に冷たいものが走る。

 

「嘘、だろ? 猿夢の行き先がきさらぎ駅だったってか? つかこんなでかい駅だったか……?」

 

 ならば先程のアナウンス、奇妙に聞こえたアナウンスの内容も納得が行くかもしれない。

 

 直後に神威の真後ろに電車が滑り込んできて、プシューという気の抜ける音とともに扉が開く音がする。怪異の気配を感じた神威が勢いよく振り返ると、3両ほどある電車のすべての扉から、溢れ出るように槍を構えた小人が飛び出してきた。更には、車掌室からもゴリラより大きい猿が数匹出てくる。

 

『まもなく、挽き肉発の電車が参ります。あぶぶなナナなァ……』

 

 続けて、若干語尾の狂ったアナウンスが入り、遠くから電車が聞こえてくるに至って、神威は制限を外すことを決断した。。

 

「っ! 式神、時間を稼げ!」

 

 懐から3枚人形を取り出し、こちらに向かってくる小人どもとの間に放り投げる。手のひらに乗るサイズの人形は、神威から2メートルほど離れた位置で3体の人へと変化する。神威と全く同じ見た目をし、サングラスだけはかけていないその3体はそれぞれに刀を手に、小人の群れへと突っ込んでいった。

 

「『()けまくも(かしこ)伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)』」

 

 その稼いだ時間に柏手を2度打ち鳴らした神威が手を合わせて唱えるは祓詞。災難や不吉なものとを遠ざけ、神へと己の願いを届ける。あるいは。

 

 ()()()()()()ための祝詞(のりと)

 

「『筑紫(つくし)日向(ひなた)(たちばな)小戸(おど)阿波岐原(あわぎはら)(みそ)(はら)(たま)ひし(とき)に』」

 

 唱えるごとに、神威を縛っていた枷が外れ、分かたれていた半身がその身へと降りる。

 

「『()()せる祓戸(はらえど)大神等諸々(おおかみたちもろもろ)禍事(まがごと)(つみ)(けがれ)()らむをば』」

 

 本来完全な力を使うために唱えるべきは、より長い祝詞となる。今は時間が無いためにそれを避け、短い時間で唱えられる通常の祓詞で代用していた。

 

 だがそれでも。

 

 力を振るうにはなんの問題も存在しない。

 

「『(はら)(たま)(きよ)(たま)へと(もう)すことを()こし()せと(かしこ)(かしこ)みも(もう)す』」

 

 祓詞を唱え終えると同時に、神威の目元を覆うサングラスが自然と剥がれ落ち、第一高校の制服を纏っていた身体が神としての正装である着物や袴へと覆われていく。

 

「『小尾大神(こびのおおかみ)白弧(はくこ)五木大鷲(いつきのおおわし)よ、これに』」

 

 その口から放たれる言葉は、直前までの言葉とはかけ離れた神気に満ち満ちていて、それが響くと同時に怪異の世界がきしみ、敵は動きを止める。

 

 言葉と同時に呼ばれたのは、神威が眷属として従える者達。かつて祀られた神だったものに、長い生とともに神へ上がったもの、そして怪異から神へと引き上げられたもの。

 

 神威の言葉に応じて馳せ参じた眷属達は、神威が手を掲げ敵を指差すと同時にそちらに向かって襲いかかった。

 

 力ある神の眷属たる彼らは、もとは猿夢であっただろう怪異の群れを蹴散らしていく。鎧袖一触とはまさにこのことと言わんばかりの戦いぶりだが、その間にも次々とアナウンスが響き、あちらこちらのホームに次々と電車が走り込んできては小人と猿を吐き出していく。

 

 自らもまた刀を手に戦闘に参加した神威は、式神や眷属達を上回るペースで小人達を叩きながらも脱出口を開けるために力を練り上げる。いかな神威とて全力を出せない状態でこのレベルの怪異の壁を破るには少しばかり時間がかかった。

 

 そんな中再びアナウンスが響く。

 

「『螟ァ逾樒オア螟様、逶ク讓。驥取?譌・鬥様がお待ちです。改札口隣の駅長室まで起こしください』」

 

 音が歪んだアナウンス。誰が誰を待っているのか、普通であれば聞き取れない。

 

 だが、神威には聞き取れた。聞き取れた上で、額に青筋を浮かべた。

 

「あんのどクソ野郎が! 最初っから仕掛けてやがった!」

 

 自分のかつての名と。姿を消したかつての友の名を告げるアナウンスに神威は怒りの声を上げる。

 

 最初から色々とおかしいと思っていたのだ。たかが霊力もない一介の魔法師が中途半端とはいえそれなりに複雑な呪いをしかけ。そこに何故かほぼ完成してから怪異がのっかる。あげくにはその怪異は本来のものとは思えないほどに弱っていて、滅すると同時に神威を別の怪異へと引きずり込むときた。

 

 それらはすべて仕組まれていたことだった。

 

 ただひたすらに『神威にちょっかいをかけるためだけに』狙われたことだったのだ。

 

「『ここで遊んでいる時間は無い! 我が眷属よここへ! 穴を開けるぞ!』」

 

 この空間のからくりをつかんだ神威は大声を張り上げる。ビリビリと響く神気だけで神威に迫っていた小人が10匹単位で消滅した。

 

「『我が眷属よ、主に力を貸せ』」

 

 神威がそう告げると同時に、声に応じて寄ってきた眷属はそれぞれに、神威の身体へと飛び込むようにして吸い込まれる。それに合わせて、それまで何もなかった神威の顔には鷲の横顔の入れ墨が。首元には狐の広げた複数の尻尾の先端が覗き、刀を握る右手の肘から甲にかけて狼の入れ墨が現れる。

 

「『力を束ね、一刀をここに』」

 

 神威が腰に差した刀に手を当てると、そこに神威だけでなく眷属らの力も集中する。

 

 この空間、ただ破るだけでは駄目である。やつが仕掛けたものが、それでただで済むはずが無い。中途半端に置き去りにされた怪異が人間に襲いかかるかあるいは異界を作り現実に出現するか。いずれにしろいいことにはならない。

 

 だからこそ、この一刀で。

 

 神威が居合を放つと同時、異界から音が消えた。

 

 襲いかかろうとしていた小人や猿どもは動きをとめ、ホームに入ってこようとしていた電車も速度を失って止まっている。なり続けていたアナウンスも沈黙した。

 

 そして納刀。振り抜かれた刃が鞘へと帰る。

 

 チンッ

 

 という小気味好い音とともにすべてが動き始めた。

 

 迫らんとしていた小人と猿は一斉に首から上を失って消滅し、ホームに止まっていた、あるいは入ろうとしていた電車は両断されて消滅する。しまいにはホーム自体に亀裂が入り、バカリと複数に割れた。雨を防ぐための屋根も、柱が切断されたことで支えを失い崩れ落ちる。

 

 寂れた廃駅は完全なる廃墟へと代わり、怪異しか存在しない魔の空間は滅びゆく異界へと変わる。

 

 コレが本物のきさらぎ駅であればこうはいかなかっただろう。だがここは、作られた怪異だ。

 

 ならば、“すべてを殺せば消滅する”。

 

 崩れ行く世界の中で、神威は再び祝詞を奏上する。今度の祝詞は先程の真逆。神の力をお返しするためのものだ。

 

 やがて唱え終わる頃には、神威の姿はいつもの第一高校の制服を纏ったものへと戻っていた。

 

 目の前に開いた異界から抜けるための道。そこをくぐれば雫の夢の世界へと戻ることが出来る。

 

 今一度、もはや何も動くものが残っているように見える(・・・・・・)駅を見渡して、神威は背中に視線を感じつつも異界の出口を潜った。

 

 

******

 

 

 怪異をも切り裂く居合の一振りに、素人が中途半端に作った呪いによって出来た空間が切り裂かれる。その開かれた空間に向かって、神威は雫を押し出した。ここから先、始末をつけるのは神威の領域。彼女が見る必要はない。

 

「お、お前、いったい何なんだ! 彼女は……彼女は僕と──!」

 

 なにやら1人この世界に取り残された異界の主が抜かしているが、そんなもの神威にとっては屁でもない。この空間において存在していた他の雫と神威と眼の前の男以外の存在はすべて虚、即ち男の呪いで出来上がったものだったので、神威に切り裂かれて消滅した。男が消滅していないのはそれ即ち男が実際の人物であるといえる。

 

「半端な呪い使って何が『僕の』だボケが。寝言は寝て言え魔法師風情が。いや? 今お前は寝てるからこれは寝言で間違い無いのか?」

「な、何を──」

 

 続けざまにわめこうとした男の首元に、神威が突き出した刀の切っ先が触れる。

 

「ヒッ!?」

「呪いの意味も知らずに使うなよ阿呆が」

「ぼ、僕は馬鹿じゃない! そ、そもそもお前みたいな2科生と違って1科生である僕は遥かに優れてる!」

「へーへーさいですか」

「ッ! お前も僕を馬鹿にするのか!」

 

 神威の着ているものが2科生の制服であると判断するぐらいの冷静さはあったらしいが、刀を突きつけられた状態でCADを操作しようとすればどうなるかは思いつかなかったらしい。

 

 結果。CADをつけたままの男の手が、肘から切断されて宙を舞った。

 

「ぁえ?」

「魔法がどうしたよ。ちーと性能がいいだけの武器じゃねえか。使い手がへぼなら武器も腐るわあな」

 

 吹き飛んだ腕にわけがわからないと言いたげな顔をする男の腕からは血が流れてはいない。

 

「痛くはねえだろ。再現度が中途半端なんだわお前の呪いは」

 

 ま、でも。と。

 

 ぺたんとへたり込んだ男の前にしゃがみ込み、抜き身の刀で肩をたたきながら神威は告げる。

 

「それなりに頑張った呪いみてえだからなあ。返ったら大変なことになるだろうぜ」

「は、何を」

「人を呪わば穴2つっつってな。呪いは跳ね返されると何倍にもなって術者に返ってくる。知らなかったか?」

 

 さあっと血の気が引いていく男に、神威はニタァといびつな笑顔を見せた。

 

「へえ、知らずに使ってみたのか。馬鹿だなあお前」

「そんな、そんなわけ」

「ま、じゃあ自業自得ってことで」

 

 立ち上がった神威がそんなことを言いながら刀を肩から下ろすものだから、男は悲鳴を上げて後ずさった。

 

「ま、まて、待ってくれ!」

「なんで?」

「僕は、僕は何も悪いことはしていない!」 

 

 だから見逃してくれ、と。そう怯えながら言わんばかりの男に構わず神威は刀を振り上げる。

 

「な、なんでだよ!?」

「いやあ。人の身で人が欲しいなんて傲慢にも程があるぜ」

 

 そう告げると、もはやこれ以上の問答は必要ないと振り下ろした。

 

 

******

 

 

 数日後、第一高校から1人の生徒が退学していったのだが、発狂したとか呪われたとか。噂が流れるばかりで真実に近づける者はいなかったとか。 




一話で一段落つけようと思ったら鬼みたいな字数になりました。

魔法科世界における神秘やオカルトの立ち位置とかの細かい設定は要望があればまとめてあげようかなと思います。




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