9-nine- ―最高の結末を追い求めて― (コクーン√)
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Episode.Ⅰ Miyako Kujo
第1話:4/17



9-nine-発売されたのでテンションが上がって勢いで書きました。

1話目は軽くで4/17日までにしておこうかと思います。


 

白巳津川(しろみつがわ)という街がある。

 

俗に言う学生の街であり、比較的飲食店などが駅前に多くみられ、学生たちの憩いの場となっている。街を代表する観光産業は特に無い。

 

しいて言うならばコーラなどで有名なコロナ飲料の本社がある位だ。それだけでも十分だと思うのだが、偉い人達はそれだけでは満足できず、観光地として有名になろうと、町興しをする。

 

輪廻転生のメビウスリングというアニメがあった。

 

さっき話した白巳津川に昔から残る伝承をモチーフにし構成されたアニメなのだが、設定や物語が難解過ぎる内容であるためアニメとして失敗。しかし一部のアニメファンからは高く評価されるという謎のアニメである。

 

そして去年、この白巳津川で地域振興という目的でメビウスフェスが開かれた。が、地元住民から圧倒的不支持であったからか、春に合わせて無理矢理作られたからか定かでは無いが、結果は散々だった。地域振興としては完全に失敗として幕を閉じる。

 

アニメ放送から早二年、去年大敗したはずのメビウスフェスが再度開催となった。去年行っていないから比べられないが、そこまでの盛り上がりは見られないと思われる。一部のコアなファンだと思われる人はあちこちで確認できるがそれでも成功とは程遠かった。

 

それに追い打ちを掛けるかのように地震が起き、フェスが中止となる。余震の可能性があるため当然避難しなくてはいけない。つまり、今年は去年以上に失敗が決まったのである。

 

「ま。私には関係の無い事だけどね」

 

地震後、周りの人が会場地から去って行く中、携帯を耳に当てながら、とある人物を観察していた。対象の人物は、この街に1000年程歴史があると言われている白蛇九十九神社にある神器が破損した事で指を切ってしまったらしい。丁度妹である新海天、天ちゃんが絆創膏を持ってきたみたい。これなら無事にこの世界とむこう側のゲートは繋がり、アーティファクトがこちら側に流れたとみて良さそうだ。

 

「先輩も無事に世界の眼を取り込んだみたい」

 

少し離れた位置からその様子を観察し続ける。消毒液を塗り絆創膏を貼った後、この神社の巫女さんでもある成瀬沙月、成瀬先生と話し込んでいる。

 

「これは……少なくともラストスパートじゃ無さそうかなぁ……」

 

『どうじゃ?そろそろ判断が付きそうか?』

 

電話越しから年老いた男の声が話しかけてくる。

 

「あー、もう少し様子見するけど、多分何もないで終わると思う」

 

『分かった、他の者にはまだ警戒するようにと伝えておく』

 

「うん、ありがとね」

 

『なに、可愛い弟子のお願いじゃからな、儂にかかれば余裕よ』

 

電話越しから頼もしい声が返ってくる。その声を聞きながらも視線はずっと対象の人物に向けている。

 

暫く見ていたが、三人で会話をした後にお互いに背を向けて離れていく。解散したようだ。それを確認してから電話越しの相手に返事をする。

 

「ごめん、おじいちゃん、無しでお願い出来る?」

 

『了解じゃ、他のを解散させよう』

 

「うん、ごめんね?無駄足になっちゃって……」

 

『気にするな、必要な事だったのだろう?』

 

「うん…そう。あくまで今回は必要としなかっただけで、どこかで必ず必要になる」

 

『なら大丈夫。余計な気遣いは無用だ』

 

「ありがとう、お詫びに今夜ご飯食べにとかどうかな?私が奢るから」

 

『ほう、それは楽しみだな。場所はいつもの所か?』

 

「そのつもりだけど、他行きたいお店とかあったりする?」

 

『特に無いから大丈夫じゃな。ならまた後で連絡しておくれ』

 

「はーい。それじゃまた後でね」

 

通話を切り、先ほど新海翔、新海天が居た場所に向かう。

 

「ん-、どこかに捨てたごみ箱とか……」

 

血が出ていたので恐らくふき取ったりしたと思われる、目的はその血にある。周囲に見当たらない為神器が奉納されていた場所に侵入する。

 

「ワンチャン、落ちて無いかな……」

 

地面を注意深く観察していく。端から見たら完全にアウトな人に見えるだろう。関係者から見たら神器の破片が無いか探している様に見えるかもしれない。

 

「あ、落ちてるっ!」

 

どうやらそこそこ深く切ったのかもしれない。運よく目的の物が見つかった。

 

「乾燥しきって取れなくなる前に……!」

 

地面に付いている血を指で掬い口に運ぶ。一応鉄分要素があるので採取は出来たと考えて良いのだろうか……?

 

「……最初だし何か感じる訳でもないか」

 

こう……先輩の力が体を駆け巡る的な事も特に無く、只々口に血の味が微かにする程度だった。

 

「これがいつか活きる日が来ると良いのだけどね……」

 

現時点での私にはわからない事なので今は放置しておく。

 

外に出ると、少し離れた場所で避難誘導を頑張っている人が目に入る。

 

「あ、あのっ、まだ地震があるのかもしれないので避難を……!」

 

地震があったのに避難せずにコスプレの恰好をした女性にカメラを向けている人が何人かいる。私が今年から通っている白泉(はくせん)学園の1つ上の先輩で、行きつけのお店、『喫茶ナインボール』で働いている知り合いである。

 

「ですので……今は写真はご遠慮いただけると……」

 

避難誘導を聞いてくれない人達の扱いに困っている様に見える。見過ごすわけにも行かないので手伝いをするために近づく。

 

「はーい、すみませんが、非常事態なので係員の指示に従っていただけますかー?今日はもう終わりなので避難のご協力をお願いします」

 

「え、舞夜ちゃん……?」

 

私の存在に気づいた九條先輩がこっちを見て驚く。しかし、来たのが女性だからかまだ帰らない人が居る。こっちを見て余裕そうな顔で変わらずカメラを向けようとする。

 

「あの、すみませんが指示に従っていただけないでしょうか?余震が無いとは限りませんので」

 

帰らない人に近づき、圧を込めて声を掛ける。今までは周囲に向けて言っていた言葉が自分単体に向けて掛けられたからか、驚いたのちそそくさに去って行った。腹いせに取ったカメラ奪ってやろうか……。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

 

「あ、うん……。ありがとね?」

 

「いえいえ、このくらい全然ですよ。困りますよね、ああいう輩は」

 

「あはは……、中々従ってくれないね」

 

「こっちが女の子と分かって調子に乗っているとしか思えないんですよねー。まぁいいや、それじゃ先輩お先にですっ」

 

「うん、お疲れ様」

 

九條先輩の手伝いを終え、一旦家に戻ろうと神社から出る。さっきの状況で新海先輩が帰ったとすると、先輩は避難誘導のヘルプをしなかった事になる。

 

「ってなると、この世界は一番最初ってことかぁ……」

 

この世界で一番最初の枝……つまりこのままだと九條先輩が石化で死ぬエンドが確定したというわけになる。

 

「あー、どうしよ」

 

ゲームでは4つある選択肢を正しく選ぶことにより、新海先輩とソフィーとの会話で魂を焼く炎のユーザーを間接的に殺した事実を知らずに済む。その一つでも選択肢を間違うと……。

 

「一応頑張ってみようかな……?」

 

ここはゲームの世界では無くて、一応現実だ。それに二人だけでは難しくても私が介入することで何か変化が起きてくれるかもしれない。まだ確定はしていないと思いたいけど……。

 

頭を悩ませながら家に帰る。部屋に入り持っていた荷物を片付けてベットに腰を下ろす。

 

「最悪次の糧になってくれることを祈ろ」

 

横になりスマホで時間を確認する。昼飯にはもう遅すぎで、かと言って夜には少し早い。

 

「先輩は何時頃に出るんだっけ」

 

背景は夜だったし、夕食辺りで良いのだろうか?まぁ扉の音で判断すればいいか。

 

私が住むマンションはこの世界の主人公でもある新海先輩が住んでいる建物と同じ、しかも部屋が3つ隣という距離的にも優れている位置だ。目的は勿論近くに居た方が動きやすいという単純な理由である。元々住んでいた方にはお金の力で退いて貰った。貯金は減ったが、必要な出費だったので気にしないでおく。

 

夜まで時間を潰そうとしていると部屋の前を人が通り過ぎる気配がした。

 

玄関に近づき耳を向けると、扉の閉まる音がする。距離的に先輩で間違い無い、断言できる。ベランダ側から外を見ると夕日でオレンジ色になっていた。どうやら天ちゃんを見送って今帰って来たところらしい。兄弟仲が大変よろしい様で何よりです。

 

先輩の部屋の動向を気にしながら、時間が過ぎるのを待った。

 

 

カランと鳴る音を聞きながら、お店に入る。

 

夜になり、おじいちゃんと合流してからナインボールへと来た。店内には数組が居るくらいで忙しくは無さそうだった。

 

奥の席に新海先輩がいる事を確認してから、一番離れた席に座った。

 

「なに食べる?」

 

「舞夜の方は今日どれ食べるか決まっておるのか?」

 

「ん-、そうだな……ハンバーグ辺りにしておこうかな」

 

「ならわしは麺類辺りにでもしようかの」

 

各々決まり店員を呼ぶ。

 

「待たせしました、お伺いします」

 

「えっと、ハンバーグセットをライスで、とナポリタン一つをお願いします」

 

注文を済ませたが、九條先輩は厨房へと戻らずに申し訳なさそうな顔でこっちに話しかける。

 

「ごめんね、舞夜ちゃん。少しだけ良い?」

 

「ん?どうかしましたか?」

 

「えっと、このアクセサリーなんだけど、見覚え無いかな……?」

 

先輩がテーブルに置いたのは、銀色の髪飾りだった。

 

「これですか?」

 

「うん、たぶん髪飾り……だと思う。神社に落ちていたから落とし主を探していたのだけど……中々見つからなくて」

 

手に取って眺める。

 

綺麗な装飾が施された桜の花弁と思われる形をした髪飾り。

 

これがアーティファクトだとは知らないと誰も思わないだろうなぁ……。実物を見たが、綺麗なアクセサリーくらいの感想しかない。

 

「うーん、ごめんなさい、見覚え無いです」

 

持っていたのをテーブルの置き、先輩へ差し出す。

 

「ううん、ありがとう。わざわざごめんね?もし誰かが落としたとかの話があったら私までお願い。それまでは一旦預かっておこうかなって」

 

「分かりました」

 

要件が済み、此方に一礼してから厨房へ戻っていく。

 

「舞夜、もしかしてあれが……?」

 

おじいちゃんが、小声でこちらに話しかけてくる。

 

「うん、あれが前に話した神器と同じ物……アーティファクトだよ」

 

「つまり持ち主は九條の孫で間違い無いのだな?」

 

「私の記憶にある知識と同じだからまず間違いないね」

 

「つまり、これでお前の言っていた事が本当という事だな……」

 

「信憑性でてきた?」

 

「疑っていた訳では無いが、現実味を肌に感じて来たというべきか……これで九重の念願が叶う可能性が出て来たというわけか……」

 

感心するように頷いている年寄りの名前は九重宗一郎(ここのえ そういちろう)。この街に昔からある武の名家九重家の第114代目当主であり、私を拾ってくれた恩人でもある。その歴史はなんと、この街一番の歴史があると言われている白蛇九十九神社と同じ位古い歴史を持つと言われている。

 

1000年近く続いているがその目的は、ーーー神を討つ事。表面的には護身術と語ってるので一般的には知られていないが、認められた者のみその話を聞かされる。

 

私もその一人であるが……その神って、絶対イーリスの事だよなぁと確信持てるくらいには証拠が多かった。つまり昔から打倒イーリスを掲げて鍛えていたらしい。しかし1000年たっても現れない、そりゃ門を閉じているから現れる訳がない。それでも神を倒すために鍛え続けた。おじいちゃんの一つ前で武を極め、限界を知ったと言われていたが、今代である九重宗一郎がそれを塗り替えた。つまりおじいちゃんは歴代最高と言われている、なんか鼻が高い。

 

それだけでは飽き足らず、様々な方法で強さを求め、たまたま立ち寄った場所で私を見つけ拾ったみたい。何故私を拾ったか今でもよくわからないが、おじいちゃん曰く、何かビビッと来るのがあったということだ。

 

しかし、結果的にそれが大正解となった。なんせこの世界の原作持ちの人間を拾ったからだ。拾われた私は厳しい……というには生易しい修行を耐え、ある日この世界の事を話した。

 

最初は疑いながら聞いていたが、イーリスやアーティファクトの話をした辺りから難しい顔をして真剣に聞いてくれるようになった。後で聞くと、歴代の当主と側近の人しか知らない話があったみたい。

 

そんなこんなで今日、話していた地震が起き、フェスは中止となった。自然災害を昔から言い当てるとなれば多少は信じざるをえないからね。

 

「あ、でも、手出し駄目だからね?あくまでこれはアーティファクトユーザーである人達の戦いなんだから」

 

「分かっておる。手伝いをしても直接的には手出しはせん」

 

「安心して?ちゃんと私がおじいちゃんの念願を達成して見せるから」

 

「舞夜も持ち主ではないだろうに……」

 

「私はほら、現代の人だし?関わってもそこまで違和感ないかなっと……」

 

「まぁ、その為にわしの技を引き継がせたからの」

 

「使う機会あるか分からないけどね……無い方がいいけど」

 

おじいちゃんと雑談をしていると、此方に向かってくる気配がしてそちらを見る。

 

「お待たせしました。ハンバーグセットとナポリタンになります」

 

ウェイトレス姿の九條先輩がテーブルに料理を並べていく。

 

「いつ見ても美味しそうですねー、肉汁凄いですよ」

 

「ふふ、ありがとね。それじゃあゆっくりしていってね」

 

九條先輩が立ち去り、目の前の料理に向かい合う。

 

「それじゃいただきます」

 

あつあつのハンバーグを口に運び、ご飯を食べる。

 

「あ、やばい美味しすぎる。特にソースが合い過ぎるよこれ」

 

「食べるたびに毎回良い反応をするのぅ……作る側からしたら嬉しい客じゃな」

 

「ほんとに美味しいからねっ、これでワンコインだなんて神だよ。毎日でも通いたいくらい」

 

わいわいと話しながらも奥の席にいる先輩から意識は外さずに食べていく。少しすると食べ終わった先輩が会計を済ませ店を出ていく。ビーフカツレツかぁ……今度たべてみよっと。

 

その後は何事もなく夕食を終え会計をする。

 

「九條先輩、ごちそうさまでしたー!今日も美味しかったです」

 

「わしからもあやつに旨かったと伝えておいてくれ」

 

「了解です、いつもお店に来てくれてありがとね」

 

「安くておいしいのですから当然ですよ」

 

九條先輩のありがとうございました~の声を背に店を出る。冬も終わり少しずつ暖かくなってきている。

 

「それにしても、いつもハンバーグを食べている気がするのだが、よく飽きずにいるのだな」

 

「んー、そうかな。一番肉が食べ慣れているからってのがあるのかも……?」

 

「食後にそんな話を出すのではない」

 

「えーっ、聞いたのはおじいちゃんじゃない!」

 

 

 

 

おじいちゃんに迎えが来たので途中で別れ、部屋に帰宅する。

 

「洗い物に……っと」

 

外食したので、匂いが気になり全部洗濯物に出す。シャワーを浴びてから部屋に戻る。

 

「明日から学校だなぁ……」

 

嫌いではないが、長時間意味のない時間を過ごすのは忍耐が持たない。唯一の救いは休み時間と昼食である。

 

「さてと、明日着る制服はおっけい、荷物も問題無し……」

 

明日の準備を終え、ベットに座る。

 

「ん……?なにこれ?」

 

視線を向けた先、テーブルの上には見覚えのない物があった。さっきまではなかったはず。

 

「イヤリング……?」

 

何だろうと何気なく手に取ろうとして止まる。

 

「え、これって……、もしかして……?」

 

見た目は銀色をしているが所々に綺麗な意匠が施されている。似た雰囲気のアクセサリーを最近見たような……。

 

「アーティファクト……?」

 

手を引っ込めて考える。もしこれがアーティファクトなら、私も向こう側の世界から流れて来たアーティファクトに選ばれたという事になるが……。

 

「………えいっ」

 

埒が明かないので思い切って手に取る。その瞬間頭の中に変な情報が流れ込んでくる。

 

「………」

 

終わった後も暫く呆然としていた。

 

「……あはは、なるほどね……本物ってことかぁ……」

 

手に取ったイヤリングはをまじまじと見る。これは、どうやら……間違いは無さそうだ。

 





主人公が女の子視点の物語で進めていきます。年齢は新海天と同じ歳で、白巳津川住みで原作主人公である新海翔と同じマンションに意図的に住み着きました。割と変態です。



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第2話:これは偶然では無くて必然と言います


主人公も実はユーザーになりました。

今は物語を進める為に出番は無いですが……。主人公のストーカーに近い行動が始まります。


 

朝、目が覚める。というかあんまり眠れなかった。それも仕方ない……まさか自分もユーザーになるなんて誰が予想できたのでしょうか。使い方を覚えようと少し能力を触ったが、あまり使い過ぎない様にと好奇心を止めて横になった……が、色々と気になりすぎて寝つきは良くなかった。

 

「あ~……取りあえず準備しよっと……」

 

重たい瞼を擦りながら起きて最初に軽くシャワーを浴びて眠気を飛ばした。

 

「お腹もすいたし何があったっけ?」

 

冷蔵庫を開け中身を見る。卵とかソーセージがある。サラダを作る材料もまだあるためその3品で良いかと思い、プライパンをIHに置き電源を入れる。

 

「パンもあったっけ」

 

横の棚から使いかけの袋から1枚取り出し、適当にトースターに突っ込む。

 

「うぉっと、危ない危ない」

 

振動でパンの袋が落下したが、宙でそれを取り、落下を防ぎつつ反対の手では卵を焼いていく。

 

「くぅぅ~……いい匂いがしてきたなぁ……」

 

焼ける匂いと音が空腹を刺激する。やばい空腹でおかしくなりそうだよ。

 

我慢が出来ずに焼く前のソーセージを1つ食べる。うん、いけるいける。

 

朝食の準備を終え、一人で食べ始める。

 

「日本の朝って感じが堪らないよね……憎いよ日本って奴は……」

 

生まれ変わっても日本に生まれた事を静かに感謝する。こうしてまた馴染み深い味が毎日食べれる事が嬉しい。

 

「ごちそうさまっと、さてと、今週も頑張りますか」

 

食べ終えた皿を水に付け置き、家を出る。少し冷たい風が体を通り抜けていくが眠たい体には丁度良いかも……。

 

通学路を通り、学校に向かう。特に何事も無く教室に付き既に来ているクラスメイトに軽く挨拶を交わす。

 

席に着いて周囲の会話に耳を傾けると昨日のフェスや地震の話がほとんどだった。聞いている感じだと大きな事故は起きていないそうだ、一番の被害はやっぱり神器だったのだろう……。

 

暫くすると教室の扉が開き、一人の人物が入ってくる。私の席の前に座り声を掛けてくる。

 

「おはよ~」

 

「おはよう天ちゃん昨日の地震大丈夫だった?」

 

皆と同じように話題になっている話を持ち出す。

 

「地震?うん、大丈夫だったよ?なんか神社の神器が壊れて大変だったみたい」

 

「そうなんだ……、昔からある物らしいからなんだか残念だねぇ……」

 

「成瀬先生はそうでもなかったみたいだけどね」

 

「巫女さんなのに、それは大丈夫なのかな…?」

 

「どうだろ、今は頑張って直そうとしてるみたい」

 

話に華を咲かせているとチャイムが鳴り、一斉に席に着き始める。私の前にはゲームのヒロインである天ちゃんが座っている。運よく後ろになった……とかでは無く、権力と実力でもぎ取った。前の席も考えたが常に視界に捉えれる後ろが良いと考えこの席にした。更に最初に声を掛け即座に友達となった。新しい学園生活でも最初の友達作りは勇気がいる。それが向こうからやって来たのなら拒む理由はないと読み切っての作戦だった。

 

うん、今日も可愛らしいと思います。流石はヒロイン。一番キャラとしては好みである人と同じ学園生活を謳歌出来るとか前世で徳を積み過ぎたとしか思えない。いや、今世の前半が酷かった分の反動かな?

 

何だかいい匂いがしている気がすると感じながら時間が過ぎるのを待った。

 

 

 

よしっ!帰ろう!

 

授業が終わり、早速席を立つ。苦痛と快楽の時間を終え帰る準備をする。

 

「天ちゃん、帰ろ?」

 

「あ~、うん。でもわたし今日行くところあるから駅までになると思う……」

 

「そうなの?了解、それじゃ駅まで送るよっ」

 

並んで歩きながら雑談を交わしつつ帰宅していく用事とは恐らく兄である新海先輩の家に突撃することなのであろう。それを周囲にあまり知られたくない為に濁した言い方をしている。愛らしい、超可愛い。独占したい欲が出ているからか、後ろめたい気持ちからかは分からないがどちらにしてもごちそうさまです。

 

「それじゃあここまでかな、また明日ね」

 

「うん、またあしたー」

 

駅で天ちゃんを見送り、来た道を戻る。正確にはナインボールから学校までの道のりをだ。タイミングと選択肢を間違っていなければ二人と会えるかも……程度の淡い期待だが。

 

ナインボールを過ぎ、学校と中間位の距離になった時、前から2人組がこちらに来る。

 

「あ、九條先輩」

 

自転車を歩きながら牽いている先輩にこちらから声を掛ける。

 

「舞夜ちゃん?」

 

私が反対から来たことを不思議そうに見てくる。

 

「隣の男の人は……もしかしてデート中でしたか?」

 

「あ、いや、そういうのじゃなくて……その……」

 

こちらに事情が言いにくそうに言葉が詰まる。

 

「九條の後輩か?残念だがそういう関係じゃないな。ちょっと色々あって俺が送ることになった」

 

「そうなんですか……、あ、すみません、わたし九重 舞夜(ここのえ まや)って言います先輩の祖父が開いている喫茶店の常連です」

 

「九條の……?ってなるとナインボールか?」

 

「そうです、学生にとっては神様みたいなお店でいつもお世話になってるんですよねー。もしかして先輩もですか?」

 

「ああ、ほぼ毎日通っているレベルだな」

 

「ですよねー。それで……、先輩のお名前をお聞きしても?」

 

「すまん、言いそびれた。新海翔、九條と同じ2年だ」

 

「新海先輩ですね……了解です、私の事は九重でも舞夜でもお好きに呼んでください」

 

「りょうかい、九重って呼ばさせてもらうわ」

 

「はいです、………所でですが、新海………妹さんとかいますか?1年に」

 

「ん?一応同じ学校に妹はいるが?」

 

「もしかしてですが………新海天って名前では?」

 

「……もしかして同じクラスメイトか?」

 

「妹さんにはいつもお世話になっております。お友達です、はい」

 

「これはまた凄い確率を……どうか仲良くしてやってほしい……兄からのお願いだ」

 

「それはもうっ!任せて下さい」

 

よし、これで途切れない接点を持つことに成功した。

 

「あ、あのー……」

 

「ああっ!ごめんなさい、ほったらかしにしてしまって……!」

 

「あ、ううん。それは大丈夫だけど」

 

「何か事情があるみたいですし詳しくは聞かない事にしますっ」

 

知っているが知らないふりで通す。

 

「九條、一応九重にも話すか?昨日俺と同じように見せたんだろ?」

 

「う、うん……お店で新海くんと同じように聞いてるけど……」

 

「なにやら込み入った話みたいですね……続きはナインボールとかでどうでしょうか?道筋的に目的地だと思うのですが……」

 

「そうだな、九條送るついでだしそうしようか」

 

 

 

 

 

お店の前で九條先輩と別れ、一緒にお店に入る。店員さんに案内してもらい奥の席を探して座る。

 

「それでそれで、どういったお話でしょうか?」

 

九條先輩が来るまで待とうかと思ったが、直ぐに来ることだしそのまま聞こうとする。

 

「ああ、実はだな、昨日九條から見せて貰ったアクセサリーあるだろ?」

 

「ありましたね、髪飾りみたいな綺麗なやつですよね?」

 

「そうそう、九條曰くその髪飾りがな……」

 

「お待たせ」

 

「ああ……あれ?バイトは……?」

 

私の横の席に座り、恥ずかしそうに話し始める。

 

「バイト……今日じゃなかったの……」

 

俯きながらもじもじしている。なにこの可愛い生き物。コロス気でしょうか?

 

「あー……勘違いかぁ……よくあるん?」

 

「……ううん、初めてやっちゃった」

 

顔を赤らめて笑いながら答える。はーー可愛い。可愛い過ぎるぞ先輩、あざとい。

 

「そっか、まぁなんだ……あんなことがあったんだし、しょうがないよな」

 

正面の先輩が慰めるようにフォローをする。

 

「九條先輩がそうなるほどって、何があったんですか?」

 

「そうだったな、えっとさっき言った髪飾りだけどな……」

 

 

 

 

 

「へぇーそれは確かに怖いですね。まるで呪われた人形みたいですね」

 

二人から話を聞いたが私の知っている情報と同じであった。まぁアーティファクトだし持ち主に戻ってくるのは当然だよ先輩。

 

「それで九重にも何かあったりしたか?」

 

「私ですか?うーん、特に無いですね。健康面もばっちりですよ?」

 

「そっか、ふたりに何もないのなら大丈夫なのかな……?」

 

「成瀬先生が言っていた通り縁起の良いもんかもな」

 

「先輩はその縁起物に選ばれたってことですね、九條先輩の人柄なら神様からの贈り物の持ち主になっても不思議じゃないと思いますよ」

 

「う、うん……そうだと……いいな」

 

思い悩むように言葉を出す。最初は盗人の力だと思っているから嬉しくはないんだろうな……ごめんなさい。

 

その後、2人の初対面の話や先輩のあだ名の話で盛り上がり解散することになった。

 

「それじゃあ帰りましょうか」

 

「それじゃあ、また明日」

 

「はーい、九條先輩も気を付けて帰って下さいねー」

 

「先輩も帰りますか?」

 

「ああ、そっちは?」

 

「夕方ですし私も部屋に戻りますよ」

 

「もしかして1人暮らしか?」

 

「はい、親を説得して今年念願の1人暮らしです。その雰囲気ですと先輩もみたいですね」

 

「だな俺も去年入学してからだよ」

 

「何か生活での知恵みたいなのってありますか?」

 

「あー、俺が言える事かぁ……」

 

「家事とか?近くにあるおすすめのスーパーとか?」

 

「最初は自分で作っていたんだがな……」

 

「ああー、なるほどです。色んな面から考えて辞めたんですね」

 

「そうなる。だから俺からこれと言って言える事はないな、九條に聞いてみたらどうだ?同じ女子だし」

 

「それだと1人暮らし関係ないですよ?」

 

「それもそうだな」

 

会話が途切れない様に可能な限り話題を作っていく。昨日の話や入学後の学校での過ごし方など。

 

「……ところで九重、帰り道大丈夫なのか?」

 

「?私の帰り道もここであっていますよ」

 

話続けていると、一向に言い出さない私が気になったのか声を掛けてくる。同じマンションですし。

 

「……えっと、俺、ここが住んでるとこなんだが……」

 

「え……?ここですか?」

 

先輩がマンションを指さしながらこちらを向く。

 

「えっと、あの……私もここなのですが……」

 

困惑と驚きの表情をしながら先輩へ返事をする

 

「まじかぁ……そんなことあるんだな」

 

先輩も同じく驚きながらも一緒にマンションに入る。

 

「あー…その、なんだ、付いて来てるってことは、同じ階なのか?」

 

「えーっと、はい。そうみたいですね……」

 

お互いに歩き出し、部屋の前で止まり確信し合う。

 

「まさかのまさかだな……こんなにご近所さんとは……」

 

「私も驚きです。天ちゃんのお兄さんが同じマンションだなんて……」

 

互いに気まずそうな空気を出しながら部屋へと戻った。鞄を片付け、制服を脱いで洗濯物に出す。代わりに予備の制服を用意する。

 

暫くすると先輩の部屋の扉が開く気配がした。誰かと話している様で片方は明るめの高い声……これは天ちゃんか。ああ……今からモックに行くんだった。

 

冷蔵庫を開け、今週の献立を考える。

 

「あー、野菜もそろそろ切れそうだし、お米が今週持ちそうにないなー」

 

ナインボールで飲み物を飲んだからか、まだ空腹ではない。

 

「今の内に買い物に行こっと」

 

素早く普段着に着替えてから、近くのスーパーへと向かった。

 





既に都先輩のBADが確定してしまっている世界ですが、それをどうにか出来ないかと色々行動をし始めていきます。それはそうと朝のご飯の匂いはどうしてあんなにも脳に来るのでしょうか……。



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第3話:いえ、これはアリバイ作りの為に仕方なくですよ?ほんとです


一人暮らしの最初は自炊頑張っていたのが今となっては一ミリもしていない……維持出来る人がすごいとしみじみと感じる……。




 

スーパーで買い物を済まして、家に帰ろうとする。野菜とお米だけにするつもりだったがお肉が安かった為、勢いで買ってしまった。

 

「でも肉だ、何にして食べようか……」

 

炒め物も良いが単体でも調味料でどうとでもなる。何かに巻き付けても良い。

 

「野菜も買った事だし、炒め物にしようかな?」

 

米はさっき出る前に炊いたので今頃良い感じに出来上がってるはず。あの炊飯器を開けた時にでる湯気が堪らない。

 

「あれ、あの人影は……」

 

帰宅途中の道で人を見かける。その人物に近づき声を掛ける。

 

「先輩、こんばんわです。どこかに出掛けられていたのですか?」

 

「んん?ああ、九重か……ちょっと妹とな……」

 

見るからに疲れたような顔をしている。

 

「あはは、随分とお疲れのご様子で、天ちゃんのお相手をしてからその帰りってとこですか」

 

「そっちは……って見るからに買い物帰りだな」

 

「ですね。必要な物を買ったのと……今日は肉が安かったので衝動的に買ってしまいましたよー」

 

「あー、それなんかわかる。安いとつい手を出してしまうよな」

 

「そう、それです。まんまとお店側の策略に掛かってしまったって訳です。まぁ、経済を回していると思っておきます」

 

先輩と並びながら部屋までの道を歩き始める。

 

「その荷物重くないか?」

 

「ん?これですか?」

 

「なんなら、片方持つよ」

 

「あ、いえ、そんな。わざわざ先輩に持って頂くほどの重さじゃ……」

 

「いいからいいから。隣並んで歩いてるのに何も持たないのは周囲から嫌な目で見られるかもしれない。俺の為にどちらか片方持つよ」

 

「んー、それじゃあこちらをお願いしますね」

 

そう言って軽い方を差し出す。

 

「いや、どう見てもそっちの米袋の方が重たいだろ、そっちをくれ」

 

「実は端から選択肢はなかったってことですか……すみません、それじゃあお願いします」

 

「ああ……って、結構あるな……」

 

「まぁ、10kgですからー……」

 

「これを片手で持ちながら歩いていたのか?」

 

「え?はい。駅近くのスーパーからです」

 

「マジかよ……」

 

「これでも鍛えていますから」

 

反対の腕で力こぶを作る真似をする。

 

「途端に家までの距離が遠く感じてきたわ……」

 

「もし限界そうでしたらいつでも言ってくださいね?替わりますから」

 

「ああ、その時は頼む」

 

隣で10kgを担ぎながら歩く先輩と話しながら道を進む。途中からどんどん返事や相槌が減り、息が荒くなってきているのを確認しいつでも替わる用意はしていたが、結局部屋まで運んでくれた。

 

「これ、絶対明日筋肉痛だわ……」

 

「ありがとうございます。まさか本当に最後まで運んでいただけるとは思っていませんでしたのでびっくりしました」

 

「流石に女の子にこれを持たせるのは忍びないからな」

 

「流石先輩ですね。あ、どうぞ上がって行って下さい。お礼とは言いませんが飲み物位なら出せますので」

 

「いいよ、そのくらい。俺が勝手にしたことだし」

 

「いえ、頑張った先輩を労わる義務が私にはありますのでっ!さぁさぁ上がってください」

 

「強引だな……。それじゃお邪魔します」

 

靴を脱いでもらい、奥の部屋へと通す。

 

「部屋の構造はやっぱり変わらないんだな」

 

「まぁ、角部屋とかじゃない限り基本的に一緒だと思いますよ?」

 

部屋に上がり若干そわそわしつつ周りを見渡している先輩にお茶を出す。

 

「どうぞ、日本一お高いお茶でございます」

 

「いや、さっきそこでペットボトルから移してたの見えていたからな?」

 

「いえ、気持ちは大事かと思いまして……」

 

「やってることは完全に詐欺だけどな、さんきゅ」

 

重たいのを運んだからか結構な勢いで飲んで行く

 

「先輩はもう夕食は済まされたのですか?」

 

「あー、一応妹の天とモックで軽くは済ましてるが」

 

「よかったら食べていきませんか?」

 

「え?いやいや、気を遣わなくていいからな?」

 

「私が何か報いたいだけですので、先輩は静かに受け入れてくださると嬉しいのですが?」

 

「え?なにこの急に出てくる圧は……?」

 

「今日買ったお肉で野菜炒めでも作ろうかなっと思っていて折角なので先輩にも振る舞おうかと」

 

「大変だろ俺の分まで作るの」

 

「いえ、適当な人数分作るので一人増えた所で変わりませんよ?」

 

「なんだか米を運んだだけでな……」

 

「私にとってはそれくらいのことだった……ってことです」

 

「それに、一人で食べるよりか、誰かと食べた方が美味しく感じますので………駄目でしょうか?」

 

くらえ必殺上目遣いっ!ほら、可愛い後輩が一緒にご飯を食べたいと誘っているのだぞ?しかも手作りだぞ!

 

「あー……わかったわかった。それじゃごちそうになる」

 

「ありがとうございます!」

 

やったやった。これで先輩は今日はここに縛り付けて置ける。アリバイが作れることになる。

 

「それじゃあサクッと作ってきますので適当に待っていてくださいね?……あ、そこら辺の引き出しとか収納ケースを開けないでくださいね?」

 

「わざわざあけねーよ、開けたら完全に変態だろ」

 

「ですねー、私にバレなかったら開けても許しますよ?」

 

「だから開けないって」

 

 

 

「ご馳走様です」

 

「お粗末様です。どうでした?口に合いましたか?」

 

「ああ、美味かった。思っていたより味が濃くて驚いたが割と好きな部類だったな」

 

「なら良かったです、私が濃い目の味が好きなので勝手に作っちゃいました。確認すればよかったですね」

 

「結果的に大丈夫だったからオッケーだろ」

 

「ありがとうございます、それじゃあ……食後のデザートを……」

 

「デザートまであるのかよ、至れり尽くせりだな」

 

「その位感謝しているってことで……どうぞ、バニラ味しかありませんが」

 

「いや、ありがと。口直しには最高だな」

 

「ですよねー、美味しいご飯にありつけて更にデザートまで……私の人生幸せ一杯ですよぉ……」

 

「んな大げさな……」

 

毎日お腹を満たせることは幸せな事なんですよ?先輩。

 

結局デザートの後も少しだけ雑談をしてから先輩は部屋に戻って行った。これで今日のアリバイは多少は作れたかな?ご飯の写真も撮ったし、先輩も入っているので証拠にはなる。……こう見ると、匂わせ女子みたいな撮り方だなぁ……。次は2回目の犠牲者の時に必要かなぁ。

 

今頃、部屋に置いてあるソフィー人形に怯えているだろうと思いながら台所の皿を洗い始めた。

 

 

 

 

 

目覚ましの音で起きる。今日は4/19、例の公園のベンチに石化した一人目の犠牲者が出る日である。

 

「後でおじいちゃんに連絡しないとなぁ……」

 

体を起こしあくびをしながら学校に行くための準備をする。今日はそこまでお腹が空いていない為軽く済ませる。服を脱ぎ制服を手に取って着ようとした時に、置いてある等身大の鏡が目に入る。

 

「うーむ。我ながら完璧なスタイルなのでは?」

 

人生前半が酷かったこともあり、始めは結構ボロボロだったので病院とおじいちゃんご用達の人に見てもらいながら体を作っていった。ある程度形が出来てからは容姿にも気を使い始め、服に髪に化粧にと……お金は掛かったが前借として教えて貰った姉的存在の人から頂いた。私は身長が160も無いので170以上ある姉にとっては着せ替え人形をするノリで色々試めすのが楽しいらしく、今でもたまに誘われる。これでも九條先輩よりは高いのだが……。

 

「体も鍛えているから弛みも無駄な肉も無し……若いからだって素晴らしい……」

 

成人を過ぎ歳をとると、油断した傍から余計な物が付いてくる。ストレスで普段よりちょっと多く食べただけで恐ろしかった。

 

「って昔の事はいいや、学校いこ」

 

今が幸せなのでそれで良しと決め、制服に袖を通した。

 

 

 

 

 

「その石化した人間は、公園のベンチにあるのじゃな?」

 

「うん、放課後に先輩達が確認しに行くから回収するのはその後でお願い」

 

お昼休み、昼食を食べた後例の件で電話をした。間違って先に回収されない為の予防策だ。

 

「私も放課後になったら先に確認しに行くつもり、結構リアルな感じだと思うからビックリして腰抜かさないでね?」

 

「戯け、お前のこと以上に驚く事など今後余生であるとは思わんわ」

 

「あはは……、それはそうかも」

 

前に一度話しているのですんなり話は進んだ。電話を切り席へと戻る。

 

「電話終わった?」

 

私が席に着いたのを見て前の席の天ちゃんが話しかけてくる。

 

「うん、おじいちゃんにちょっとね……なんか公園で変な噂があったから」

 

「あ~なんかちょくちょく聞くね確かに。石像がある……だっけ?」

 

「そうそう、変わった噂だよね」

 

噂の事で少し探りを入れたが、そんなに話題としては上がっておらず知っている人も少数だった。そんなのあるらしいよ?程度である。

 

午後の授業を終え、放課後になると帰る支度をしてから一目散に公園に向かった。

 

「先輩たちが来る前に去らないと……」

 

途中から少しだけ走りながら公園に辿り着く。中を歩きながら探すと直ぐに目的の物は見つかった。周囲に比べて明らかに異彩を放っている。

 

「これが……一人目の……」

 

石像に近づきまじまじと観察する。右手に持ったスマホ、姿勢から体重は完全にベンチに寄り掛かっており、そこに置かれた左手は椅子の部分に綺麗に付いていた。髪の毛から制服の皺まで完璧に出来ている。まるで生きた人間をそのまま石像にしたかの様だった。

 

「ま、実際そうなんですが……」

 

体を下げて目線を合わせる。苦悶に満ちた顔をしており石化するまでに必要な時間が多かった事が見て取れる。

 

「スマホの世代っていつだろ……?」

 

見た感じ最新に見える。今年の春をきっかけに買い替えたのだろうか?新入生を捕まえる為に毎年キャンペーンしているしありえそう。

 

「私もそろそろ機種変えようかな……?」

 

中学の時に連絡用として買って貰ったけど碌に使っていなかった。これを機に新しいのに変えて使うようにしてみようかと考える。

 

「いや……今は目の前のこれについて考えないと」

 

次に試しに触ってみるが、感触は完全に石である。

 

「予想通りって感じだね……おじいちゃんに電話して帰ろっと」

 

スマホを操作しながら石像に背を向け、来た道を戻る。

 

「あ、もしもし?わたし。え?うんうん、今終わった所だよ?感想?んーー、精巧な石だなってくらい?」

 

電話していると、公園の入り口で見知った顔を見かける。

 

「あ、九條先輩と新海先輩。こんにちわー」

 

スマホを耳から離し、先輩たちに声を掛ける。

 

「あ、舞夜ちゃん?こんにちわ」

 

特に立ち止まらず、挨拶だけを交わしてすれ違う。横に居た深沢与一には軽く会釈だけしておいた。

 

「ごめん、今ちょうど先輩たちとすれ違ってね。そうそう、石化したのを確認しに来たみたい。ようやく事件に関わってくるようになるよ?あ、そういえばおじいちゃんに報告しておきたい事があるんだけど……今大丈夫?」

 

アーティファクトの事をまだ報告出来ていなかった為、ついでに話す。

 

「どういう話かって……?えーと、アーティファクトあるでしょ?そうそう、ユーザー。なんかあれ私の所にも来てしまったの」

 

「ほんとのほんと。私も物凄くビックリしちゃった。え?どんな能力かって?うーん……まだ使いこなせていないから簡単にだけど……物体の動きを止める……能力?えっと、実際に見てもらった方が早いと思う、百聞は一見に如かずって感じだね。場所?……いつものナインボールで大丈夫かな。うん、じゃあ今から向かって待ってるね」

 

要件が終わったので電話を切り、ナインボールへ向かう。

 

 

「いらっしゃいませー」

 

カランとドアを開け中に入ると、店員さんに案内される。取りあえず店内に居る人からなるべく死角になる場所を選んでから座る。

 

「来るまで時間でもつぶそっかな」

 

店員さんを呼び紅茶を頼む。スマホを弄りながら店内を観察していく。離れた席に別の学校の制服を着ている女生徒が目に入る。

 

玖方女学院(くほうじょがくいん)の生徒……紅茶を飲みながら美味しそうにパフェを食べている。何を隠そうっ!あのお方が結城 希亜(ゆうき のあ)であられる。超可愛いです。

 

可愛いすぎてお小遣いで小さな子供を誘拐していく人の気持ちが理解出来てしまいそう。いや、前から何度か見かけているけどね?毎回見かけるたびにテンション上がってしまう。何度声を掛けるのを我慢したか……!お互いに常連だし何となく顔見知りみたいになっていないかな?話掛けちゃだめかな……?でも似た常連の新海先輩を覚えてなかったから私の事も覚えていない可能性がある……。なんか泣きたくなってきた。

 

「すまん、待たせたな」

 

店員さんに案内されて今しがたおじいちゃんが到着した。さてと頭を切り替えよう。

 

「ううん、全然待ってないよ、寧ろ思ったより早かった」

 

「そうか。何か頼んだか?」

 

「さっき紅茶を頼んだよ、そっちは何か飲む?」

 

「コーヒーでも飲もうか」

 

「あ、いいね。甘い物欲しくなりそう」

 

「何かスウィーツでも食べるか?」

 

「あー、どうしようかな。折角だしそうしようかな」

 

メニューから目に付いたのを直感で選ぶ。

 

「ミルクレープ……」

 

「わしはシフォンにしておこう、甘すぎないからの」

 

お互いに食べるのを決め注文を終える。周囲の席に人が居ないのを確認してから話を切り出す。

 

「さっき言ってた件なんだけどね……」

 

「ああ、舞夜も、って話しじゃな、ここで実践は可能か?」

 

「平気。店内の人から見えない位置で使うね?」

 

そう言って横に置いてある紙を1枚抜き取り、手に乗せる。

 

「見ててね?」

 

手を上にあげ、力を使ってから手を下げる。しかし紙は自由落下せず宙に浮いたまま止まっている。

 

「こんな感じ」

 

力を解除すると、紙は落下しテーブルに落ちる。これなら万が一見られていても手品とかに見られるはず。

 

「なるほどな……。実用性は?」

 

「正直これと言って……。使えないかと?」

 

疑問はもっともだと思う。使い道を考えたが、手品位である。物が落ちそうになった時に咄嗟に落ちるのを止められるとか考えたが、落ちる前に自力で回収できるため必要が無い。

 

「いや、私が理解出来ていないだけで実はもっとすっごいのかも……」

 

「例えばなんじゃ?」

 

「動きを止める……えっと、覚醒したら時間を止めたり?」

 

「まさに神の力にふさわしいのじゃなぁ……」

 

「あはは、適当だけどね」

 

くだらない冗談をしている内に、さっき頼んだデザートが来たので仲良く食べることにした。

 

 





次回は、火事の事件……暴走したユーザーが片付けられる場所まで進めたいと考えております。



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第4話:こんなボールの為に先輩が罪を背負う必要は無いと思います


暴走したユーザー事件のお話です。

サッカーしようぜっ!お前ボールな!!




 

デザートを食べ終えてから『そろそろ大丈夫だろう』と私に告げてからおじいちゃんが公園へ向かった。少し前に深沢与一が店に来たので公園には先輩だけが残っている事になる。

 

「先輩が来るまで暇だな……」

 

警察の事情聴取がまだ終わってない為未だ店には訪れず。時間を潰そうとスマホを手に取ると、離れた席からこっちを見ている気配を感じて目を向ける。

 

そこにはさっき店に来た深沢与一がこっちを見ており目が合う。取りあえずぺこりと挨拶をすると、席を立ち向かってくる。

 

「やぁ、君ってさっき公園ですれ違った子で当たってる?」

 

「そちらは……、新海先輩と九條先輩と一緒に居た方ですね?」

 

「そうそう、深沢与一って言います。翔の友人をさせてもらってます」

 

「わざわざどうもですー。私は九重舞夜っていいます~。九條先輩と昔から仲良くしていますっ。新海先輩とは最近知り合いました」

 

「翔と知り合ったのは九條さん繋がりってことかな?」

 

「そうなりますね……、前から新海先輩はこのお店でちょくちょく見かけていたのですが」

 

「なるほどね~。君もここの常連さんってわけ」

 

「そうですそうです。ところで……新海先輩は帰られたのですか?」

 

「ん?翔は……なんていうか、今お取込み中で……」

 

「用事があって席を外されているのですか?」

 

「まぁ、そんなとこ?その内合流すると思う。そんな事よりさ……」

 

先輩を待っていたが、意外な人物と話すことになってしまった。時間潰すには丁度良いのかも……?先輩が戻って来た時に自然と会話に入れるし、良しとしておこ。

 

 

 

カランとお店の扉が開く。九條先輩の声が聞こえた後、此方に案内をしてくれた。

 

「すまん待たせたって、なんで九重が同じ席に居るんだ?」

 

「あ、先輩。お疲れさまでーす」

 

不思議そうにこっちを見る先輩にビシッと手を挙げて挨拶をする。

 

「早かったね」

 

「まぁな、色々聞かれただけで直ぐに帰らされたよ」

 

疲れたようにため息を吐きながら、席に着く。注文を聞きに来た九條先輩にはコーラを頼んでいた。

 

「で?で?どうなったの?ボク逮捕される?」

 

「ならねぇから落ち着け。説明するのが面倒だったから爪剥いだの俺ってことにしておいたよ」

 

「翔……!キミはなんて良い男なんだっ!結婚して!」

 

「やだよ」

 

二人にコント混ざりの報告を聞きながら紅茶を飲んで終わるのを待った。

 

「お待たせしました」

 

報告も大体終わった所でテーブルに注文したコーラが運ばれる。

 

「あの、新海くんLINGってやってる?」

 

運んできた九條先輩は、厨房へと戻らずにメモをテーブルに置く。

 

「やってるけど……これは?」

 

「私のID……良かったら、バイト終わったあとにさっきの話とか警察とのやり取りを詳しく教えてもらいたくて……」

 

あ、このシーンかと紅茶を片手に目を向ける。連絡する時間帯を話し合ってから九條先輩は席を離れた。新海先輩を見ると……クラスメイトの女子からのIDということもあってか、少し嬉しそうな顔が漏れ出ている。

 

「先輩、良かったですねっ!九條先輩のLINGのIDですよ」

 

「大して話すことないんだけどな……」

 

困った顔を作っているが、内心踊り出したい気持ちだろう。わかりますよその気持ち……。

 

「翔……それ、ボクにも見せてよ」

 

「やだよ」

 

「見せてよ」

 

「やだ」

 

「みせろっ!」

 

「やだって!」

 

九條先輩のIDを巡って戦争が起こる。

 

「あ、先輩、ついでに私ともLING……交換しませんか?」

 

スマホを出して提案をする。

 

「九重とか?」

 

「はい、ご近所ですし、天ちゃんとも仲良くしていますから。何かあった時に頼らせて下さい」

 

満面の笑みを浮かべて返事をする。

 

「まぁ……、俺は構わないが……」

 

少し照れてスマホを出してくる。お互いに交換出来たのを確認してからポケットにしまう。

 

「ありがとうございます!暇な時にでも良いのでお話しましょうね」

 

ふふっ、これで先輩のIDをゲットした……使う機会があるか定かではないんだけどね……。

 

「翔だけずるいっ!ていうかご近所って何さ!?同じマンションで住んでるの!?」

 

「最近たまたま知り合ったってだけだ。周りに迷惑だから落ち着け」

 

「舞夜ちゃん……良かったらボクとも……」

 

「あ、すみません。私初対面から名前呼びする先輩の方とは交換しないって決めているので……」

 

「ピンポイント過ぎないっ!?翔は良くてボクは駄目なの!」

 

単純に交換したくないだけである。

 

「あ~、コーラうめぇ。女の子にID貰った後のコーラはうめぇわ」

 

先輩がその隣で煽り散らかしている。

 

「くっそぉ……!ちくしょぉぉぉぉぉおおお!!」

 

魂の叫びが響く。そんなことしても交換はしないけどね。

 

その後も同じやり取りをしていると、結城先輩に睨まれた為静かになった。その後、公園の出来事を軽く聞き先輩はここで夕食を食べるとのことだったので先に帰る事にした。

 

帰宅してだらだらしているとスマホから着信があり、電話に出る。どうやらおじいちゃんが石化した人の回収が終わったみたい。

 

「今から詳しく調べていく事になるが……少なくとも死亡で間違いない」

 

「そっか、石化はあくまで表皮だけだから中身は調べれるよ。そこから身元の特定は出来るはず」

 

「了解じゃ。明日までには間に合うだろう」

 

「はーい。明日は明日で学校の方の事件があるからそっちも大変になるかもね」

 

「連日で忙しい連中じゃな……全く。手回しは此方で何とかしておく」

 

「毎度毎度ありがとね?九重家の力を沢山使っちゃて……」

 

「なに、こういうことにいち早く対処出来るようにこの街に根を張り巡らせているのだ。正しく使っている分には変な遠慮などいらん」

 

「さすがおじいちゃん。頼りになるっ。また今度何か食べにいこうね」

 

「それを楽しみに頑張る事にしよう」

 

「うん、それじゃあまた明日」

 

電話を切りスマホをベットに放る。

 

「明日は晴れ時々火事……放火かぁ……」

 

最初にユーザーが暴走する日、その時に九條先輩の能力で私のクラスメイトを殺すことになる。この際クラスメイトが死ぬのはどうでも良いが、先輩が殺したって事実はどうにかしなければならない。

 

「もしかしたら1番目の枝じゃない可能性もあるけど……」

 

それでも……少しでも不安を取り除いておきたい。先輩達には幸せになって欲しいから。暴走を許したユーザーの事を背負って欲しくはない。

 

「頑張って……運命を変えてみようかな」

 

明日出来ることを幾つか考えて夕食の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

午前最後の授業が終わりチャイムが鳴る。この瞬間だけは念のために警戒度を最高値に上げ周囲を観察する。周りが席を立とうとしている中で、少し離れた席に居る男子が頭を抱えて唸り声を上げる。

 

周囲は何事かと彼を見るが、気にせず次第に声を荒げていく。気になった近くの人が声を掛けようとする。

 

「俺にちかづくなぁぁ!!」

 

手を大きく振り払い大声を上げる。突然の声に周囲は彼に注目する。

 

「え、急にどしたの?」

 

前の席に座っている天ちゃんが何事かと見る。念のためにいつでも守れる位置を取りながらも動向を見守る。

 

「あ、ああ……うあああぁぁぁぁ!!!」

 

何かを振りほどくように頭を激しく横に振り頭を抱える。

 

「力が……力がぁぁぁぁああああああ!!!」

 

遂に耐えられなくなったのか、辺りの生徒を無視して教室から飛び出す。

 

「え?え……?なにあれ?怖いんだけど……」

 

困惑気味の天ちゃんの声が耳に入ったと同時に廊下が一瞬で火の海に包まれる。それを見てただ事ではないと感じた生徒から悲鳴が上がり直ぐに教室はパニックとなった。

 

ああ……始まったか。と教室の外に広がる炎を見ていると火災報知器が鳴り響く。それが更にパニックの拍車となっている、隣で今の状況を飲み込めた天ちゃんが混乱し始める。

 

「天ちゃん、まずは落ち着こう?教室の外は炎で出られそうにないから外から助けを呼ぼっ?誰か頼れる人いない?」

 

私の声を聞いて慌ててスマホを取り出し新海先輩に電話を掛け始める。第一に思いつく辺りやっぱりお兄ちゃん大好きなんだと再確認する。先輩に助けを求めている間に教室内と外の状況を確認する。中は外の炎からなるべく離れようと隅に生徒同士で固まり身を寄せている、一方外は相変わらず赤色一色で変な雄たけびが時折聞こえる。それを聞いて女子生徒が怯えるように縮こまっている様だ。

 

「天ちゃん、新海先輩どうだった?」

 

「え、えっと……今行くから待ってろって……」

 

流石先輩、妹の為なら火の中って奴ですね。

 

「まだ繋がってる?可能ならちょっと変わって貰っていいかな」

 

「え……?う、うん、いいけど……」

 

スマホを受け取り耳を立てる。激しいノイズ交じりの音に紛れて、何か大声を出しているのが何とか聞こえる程度……多分だけど、九條先輩と言い合っている場面と思われる。

 

「お、お兄ちゃん何か言ってきたりした……?」

 

「うーん……ノイズしか聞こえないかな?多分ポケットに入れてるんだと思う」

 

相変わらず外では暴走したユーザーの奇声と雄たけびが聞こえる。一旦天ちゃんにスマホを返そうとした時に電話の向こうから天ちゃんの名前を呼ぶ声がする。

 

「もしもし?先輩ですか?放火した人がまだ外に居て出られない状況です」

 

無駄な口論をしない為に先手で情報を出す。

 

「え?ああ、はい、九重です。少し天ちゃんから拝借しました。……大丈夫です天ちゃんは無事ですし、教室内にはまだ来ていません。廊下が燃えている様に見えますね」

 

先輩から待ってろと返事が来たことを天ちゃんに伝える。

 

「もう少し借りてても良い?先輩に随時状況を教えたいから」

 

「あ、え?う、うん……というか凄く冷静に見えるけど怖くないの?」

 

「あー…、一応これでも九重家の人間だからね。常に平常心を持てるように鍛えているからっ」

 

ウィンクをして平気だと伝える。

 

「えー…護身術ってスゲー……」

 

呆れるように小さく呟く天ちゃんに対して笑みを返しながら再び携帯に耳を当てる。声は何とか聞こえるが教室内の悲鳴でうまく聞き取れない。

 

「ちょっと、放火した犯人を確認してくるね?」

 

「いやっ、危ないって!?」

 

「また教室に戻って来るかもしれないし……もしもの時は私が取り押さえれるかもしれない」

 

「放火する人だよ!?刺激しないで中に居た方が安全だよ!」

 

「天ちゃんのお兄ちゃんが助けに来てくれるから大丈夫。それに、少しでも先輩が助けに来れるようにアシストしたいの。先輩が危険な目に合うのを見過ごすわけにはいかないから」

 

私の言葉に止める力を緩める。自分の兄が危険な目に合うのを少しでも下げたい……そんな気持ちが優先されるためだと思う。

 

「少しの間だけ。天ちゃんはここで待っててね?直ぐに収まるから」

 

あやす様に話しかけ、教室のドアへと向かう。

 

「あ……舞夜ちゃん……」

 

後ろから声が聞こえるが、聞こえないふりをして扉を開け外に出る、出てからすぐに扉を閉めてから状況を確認する。

 

「うわぁ……炎だらけだよ……」

 

階段へ続く廊下が一面火の海だった。しかし建造物が燃えている様には見えず、焦げる匂い、一酸化炭素も無い。

 

「いざ見るとほんと不思議な光景だね……」

 

熱いのは熱いがそこまででもない。試しに近くの炎に触れてみる………熱い。

 

確かに熱いが本物と比べ物にならないと思う、なんて言うんだろう……痛みというよりかは疲れるような……精神的なダメージ?痺れると言うのか、よくわからない痛みはある。

 

「これが魂を焼く炎……」

 

炎の中を少し歩くと、その元凶の男児生徒を捉えた。その奥、廊下付近で先輩二人を確認する……どうやらそこまでは来ていた様だ。

 

スマホに耳を当て、先輩に声を掛ける。前に居る生徒はうるさいくらいに大声で叫んでいた。

 

「あー、あー、先輩?聞こえますか?聞こえたら応答願います。こちら九重です。おーばー」

 

電話の向こうからは返事は無い。九條先輩とのやり取りで忙しいみたい。

 

「それにしても……完全にイっちゃってるね……」

 

叫びながら腕をブンブンと振りまくる。それに呼応するように周囲に炎が飛ぶ。男子生徒の辺りが炎で包まれ視界が遮られる。

 

「おっと、あぶない」

 

こちらにも飛んできた炎を飛び退き避ける。いい迷惑だなぁ。

 

廊下から先輩達がこちらに向かってくるのがチラッと見える。それに気づいたのか先方の生徒は先輩の方へと向く。

 

「なんだよぉおお!おまえら!来るんじゃねぇっ!あっちいってろぉっ!」

 

先輩達へ炎が押し寄せたが新海先輩が九條先輩の盾となる事でそれを防ぐ。今ならお互いに認識できるはずと考えスマホから名前を呼びながら手を振る。

 

「先輩、元凶の犯人です。放火犯ですよ」

 

「九重!?なんでここに居るんだよ!教室に戻ってろ!」

 

「先輩と同じく、犯人を捕まえるつもりでここに来たのですっ」

 

「出来るわけないだろっ!危ないから離れろ!」

 

「いえ、こう見えて私そこそこお強いのでご心配なく。それで?目の前の犯人を取り押さえれば良いのですか?協力しますよ」

 

「くっ……!俺が先に抑えるから何かあったら九條の方を助けてくれっ!」

 

そう言って炎の中を走り出す。これは九條先輩が惚れるのも仕方ない事ですねぇ……。男前過ぎですよ、自分より他人をだなんて……私も負けてられませんね。

 

走り出す先輩に向かって男子生徒は腕を振るう。先輩に炎が迫る……が、先輩は止まらず進もうとする。更に二人の間に大きな炎の壁が立ちふさがる。

 

「隙ありです。ていっ」

 

こちらに後ろ姿を晒している男子生徒との距離を詰め、背後から蹴りをお見舞いする。

 

「がぁっ!?」

 

意識外から蹴られたからか、前のめりで地面に転がる。更に詰め寄り先輩の方へと蹴り上げる。

 

「ごがっ!!」

 

肺から空気が吐き出されるような声を出しながら転がる。何度か回転し止まると、先輩がこちらへ到着した。

 

「背後が隙だらけでしたので……。先輩、今の内ですよ?」

 

「あ、……ああっ!九條っ!!」

 

九條先輩に振り返り合図を出す。それと同時に九條先輩が手を前に出す……その瞬間手の甲にスティグマが浮かび上がる。

 

「はああああぁぁぁぁなぁぁああせよおおぉぉぉ!!!」

 

すると足元から叫び声が上がる。そちらに目を向けると周囲に炎がばら撒かれる。うわっ、あち。

 

「あっちぃい!じっとしてろ!!九條っ、まだかっ!!」

 

「……っ!ごめんなさい、何か、その人が身につけているものを……!」

 

先輩間でアーティファクトの所在のやり取りが始まる。

 

「っと、その前に……」

 

目の前で暴れ続ける生徒の頭部に向かって足を上げ……踵下ろしの要領で下ろす。

 

「うぁああああやめっがっ!!!」

 

振り下ろされた足と地面をバウンドし、呻き声と共に動きを止める。

 

「これで……大人しくなりましたね?」

 

爽やかな笑顔を向ける。それを見た新海先輩は若干引いた表情をしていた。自分も似た事するくせに……。まぁ確かに絵面はひどいかもしれませんが。

 

ハッとなり引き続き寝転がっている生徒の服や体を探る。ああ……違います、首飾りです。髪飾りではありませんって。

 

「首からぶら下げているやつよ。銀の十字架」

 

何処からともなく謎の声が聞こえるが、驚かず先輩の方を見る。先輩の手が首元に伸び力任せに首飾りを引きちぎる。

 

「九條っ!これだ!!」

 

十字架のネックレスを九条先輩に見えるように掲げる。その瞬間、持っていた十字架は消え、九條先輩の手に移る。成功したみたい……でも問題はここから。

 

このまま状況を放置するとそこに転がっている男子生徒は確実に死ぬ。それが後々問題の火種となる……。それを可能なら阻止しておきたい。

ソフィーの声が響き、先輩が急いで飛び退く。その瞬間、気絶していた男が叫び声を上げ、顔を掻きむしる。

 

一帯の炎が意識を持ったように動き出しこちらを目掛けて飛来してくる。

 

「九重っ!!!」

 

「九條先輩をっ!」

 

私の声に反応し、九條先輩の方へ向かう。これで向こうは一安心だね、問題は……。

 

周囲からこちらに向かってくる炎を捉え、男子生徒を炎の無い壁へと蹴り飛ばす。壁に叩きつけられた男子生徒は衝撃と同時に呻き声を上げ動きを止める。

 

「暴れないなら好都合かな?」

 

炎が迫る前に男子生徒へ向かい、炎へ振り返る。

 

「めっちゃ来てるやん……」

 

全方位から無数の炎が迫ってくるのを見てテンションが下がる。が、先輩たちの為と思い気合を入れる。

 

「此処から先は通れると思わないでねっ!」

 

このままだと男子生徒は死ぬ……じゃあどうするか?答えは簡単。触れる前に私が全て受け止めれば良いっ!!

 

向かってくる炎に構える。まずは正面っ!右下っ!上!左っ!下!右!また正面っ!

 

後ろの男子生徒に炎が触れない様に腕で振り払い、下から来るのを素早く蹴りで消し飛ばす。触れた部分に熱さと痛みが多少走るが、動きが止まるほどではないと分かり更に速度を上げる。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄っ!!!」

 

テンションが上がり勢いで言葉を叫ぶ。やっぱりこれだよね。

 

最後に向かってきた炎を右手の裏拳で払い、一息を付く。体は疲れていないが不思議な疲労感がある。これがアーティファクトのダメージなのかな?

 

周囲を確認すると少し離れた所で先輩たちがこっちを見ていた。どうやら無事の様子。

 

「先輩方、大丈夫……みたいですね」

 

「ああ、俺たちの方は……ってそれよりそっちは大丈夫なのか!?」

 

「私の方は平気です。こちらの男子も無事だと思いますよ?」

 

寝ている男子生徒を見ると、気絶はしているが呼吸をしているのが確認できる。問題は……無いはず?先輩と同じやり方で助けたんだし。うん。

 

私を心配するように駆け寄る二人に大丈夫と返事をしていると遠くからサイレンの音が聞こえてくる。

 

「………ぁ、サイレンの音」

 

「やっと来たかぁ……、取りあえずここから離れた方が良いよな?」

 

「そうですね、ここに居るとまずいと思います」

 

このままだと学年主任から面倒な説教を食らう羽目に……。

 

「お兄ちゃんっ!!」

 

「いてぇ!」

 

その場から離れようとすると隣の先輩の腹部に天ちゃんが飛び込んできた。怖かったと涙声の天ちゃんをあやす様に先輩は頭を撫でる様子を九條先輩が微笑ましげに眺めている……のを私が眺めているという構図が出来上がっていた。

 

これは……逃げられなさそうだね。

 

精神的に少し疲れた中、その光景を暫く眺めていた。

 





この辺りから少しずつ原作と差異が出始めます。楽しめて頂ければ幸いですが……。



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第5話:結城先輩を一人占めしたい人生だった……


ユーザーの暴走が無事収束し、次のお話となります。




 

その後、消えた炎を確認した先生たちが大きな声で皆を避難させてから全校生徒が体育館に集合させられた。体感的に三十分程待たされた後校長から帰宅するようにと伝えられ解散になった。

 

先輩二人は、案の定事情を聞くために消防の方たちに連れて行かれた。天ちゃんを心配していた先輩には私が送って行くと伝えてから捕まらない様にそそくさと一緒に帰った。

 

「それじゃ、天ちゃん、また明日ね?」

 

「ありがとね、わざわざ送って貰って……」

 

「気にしなくて大丈夫大丈夫、私がしたくてしただけだからね」

 

「にぃにも大丈夫かな……」

 

「今頃、先生に怒られてそうだけどねー」

 

「おどおどしてただけなのに?」

 

「確かに……、立場的な物があるのかもね」

 

少し話した後、会話を切り上げ来た道を戻る。電車の中で先輩に天ちゃんを無事家まで送った事を連絡したが、暫く返事は無かった。部屋に戻り一息ついた頃にようやく返事が返ってきた。

 

『すまん。助かった』

 

『いえいえー、中々返事が来なかったので心配しました。先生とかに捕まっていたのですか?』

 

『あたり、長い説教だったよ……』

 

『お疲れ様です。今日はゆっくり休んで下さい』

 

『ああ、そっちもお疲れ』

 

先輩の労いの言葉に感謝のスタンプを返してスマホを置き、ベットで横になり力を抜く。

 

「あああ……思ったよりダメージくるのかも……?」

 

肉体的にはそんなにないが精神的な疲労が思ったよりありそれが体にも影響している感じ……つまり眠たい。いつもより体がだるく感じる。

 

「ちょっとだけ……ちょっとだけ寝ようかな……」

 

おじいちゃんにも連絡は必要だけど……それは夜でもいっかなぁ……。

 

寝ようと決めたら、急に眠気が来たので押し寄せてくる睡魔に身を任せて瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

「これからも、よろしくお願いします」

 

「あ、ああ。よろしく……」

 

ソフィーとの会話が終わり、一緒に石化事件を解決するため二人で犯人捜しをする事になった。

 

「………」

 

「………」

 

「あー……、そういえば」

 

「ん?どうかしたの」

 

「いや、俺は手伝うけど、火事の件で九重も関わっちまったからさ、それについてはどうしようかなって……」

 

「あー、舞夜ちゃんだね、どうしよっか?新海くんと暴走したユーザーを一緒に止めてくれたし……見られた……よね?」

 

「恐らくな、特に何も言わずに天を送って行ったけど……てかさっ、気になった事があるんだけど」

 

「気になったこと?」

 

「ああ、九重って、こう……女の子に対して言うのはどうかと思うんだけど、強いのか?腕っぷし的な意味で」

 

「実際には見た事ないのだけど、家系が元々昔から武術のお家だから強いってよく聞くよ?聞いたことない?九重流護身術って」

 

「あーなんか聞いたことあるわ、え、それじゃあ九重ってその護身術を習っているのか?」

 

「うん、しかも上から数えた方が早いくらいの達人っておじいさまから聞いたことあるよ」

 

「まじかよ……こう言っちゃなんだが、全然そうは見えないな」

 

「そうだよね、私も本人を見た時びっくりしちゃった」

 

「何か技とかあったりするのか力ではなくて技術で……みたいなやつ」

 

「ちゃんと詳しくないけど……これもおじいさまから聞いた話なんだけどね」

 

「なになに?聞かせてくれ」

 

「えーっと、大人の男性三人相手に模擬戦をして……楽々と勝った……って」

 

「は?ほんとうか」

 

「しかも……向かって行った相手をあしらう様に軽々と投げ飛ばしたとか」

 

「マジかよそれ……」

 

「ちょっとだけ、信じられないよね」

 

「大人と体格差がどれだけあるか……護身術ってすげー」

 

「ふふ、ほんとだよね」

 

「まぁ、今回はそれのおかげで炎からあの生徒を守れたからな……後でお礼言っておかないと」

 

「向かってくる炎を全部防いだ……で当たってるのかな」

 

「多分な。俺は九條を庇った後背中向けてたから見れてなかったけど」

 

「私は、舞夜ちゃんは見えなかったけど、周囲の炎が向かっていくのはみえたかな」

 

「ソフィーの話だと、暴走して持ち主に向かった炎を全て防ぎ切ったって言っていたが……あの量を防いだってなると、九重がすごいのか、護身術がやばいのか…」

 

「私も後で舞夜ちゃんにお礼言わないと……アーティファクトが奪えたのは良かったけど、その後の事をちゃんと考えれてなかった……」

 

「さすがにあれは予測できないって、初見殺しだろあんなの」

 

「でも、舞夜ちゃんはちゃんとできた……」

 

「九條が落ち込む必要は無いと思う、次はうまくして行けばいいだろ?過ぎた事をいつまでも後悔してもいざという時に動けなくなるぞ」

 

「……うん、そうだね、うん。次はちゃんとします」

 

「その意気だな、微力ながら俺も手伝うからさ」

 

「ううん、すごく助かります。新海くん……一緒にがんばろうね」

 

「ああ」

 

強い正義感と、可愛い女の子と仲良くしたいという二つの動機の元、石化事件の調査が始まった。

 

 

 

 

 

 

はい、どうもこんにちはです、九重舞夜ちゃんです。放火事件から一週間が経ちました。まずはこの一週間での出来事を私が語って行きたいと思います。

 

まず、先輩方二人は順調に物語が進んでおります。放火事件後、新海先輩と天ちゃんの行動を注意深く見ていたが、どうやらこの枝は天ちゃんではなく九條先輩の枝で当たっていたみたい。天ちゃんが香坂先輩とのやり取りやイベントが起きなかった為確定と判断しました、ここ最近は先輩の家で三人仲良く夕食を頂いているようです。わたしも誘われたのですが、あの輪に入る事が罪となるため丁重にお断りしました。

 

あと、アーティファクト関係ですが、私がユーザーとは三人には明かしていません。放火事件のあと先輩達から手伝って欲しいと話があったので条件付きで手伝うってことで収まりました。私視点では先輩たちの会話はアニメの内容を話していると思われているみたいです。

 

さて、この一週間、私が何をしていたかというと先輩達に多少協力しながら単独で別路線から協力者を作る様に攻めてみました。中々手ごわい相手でしたが粘りに粘って協力関係にまでこぎ着けることが出来たのが昨日の事。今日からそのお方と話し合い……というか私から先輩達の情報を話して無害を主張しようと思います。無駄な敵対は避けたいですし……。

 

 

カラン。とお店の扉を開けて中に入り店員さんに案内してもらう。店を見渡し目的の人物を探す。

 

ーーーいた。

 

座っている席に近づき正面の椅子に腰を下ろす。

 

「すみません、()()()()、お待たせしました」

 

「気にしないで、集合の時間にはまだ余裕はあるから」

 

読んでいる本を閉じてこちらを見る。

 

「それより、貴方から今報告出来ることはある?」

 

「そうですねー、残念ながらこちらは特に進展は無さそうですね、向こうの三人も今はファンサイトを歩き回っている位で特に……ああ、いえ多少は進展ありました」

 

「あったのね。聞かせて」

 

「えっとですね、さっき言ったファンサイト……アガスティアの葉でユーザーと思われる女性を一人見つけました」

 

「あのサイトね……、詳細は?」

 

「同じ学校の1つ上、三年生の先輩で女性ですね。私はまだ直接は見てはいないのですが……」

 

「一つ上の……、そう。可能性は高いと思っても良いのかしら」

 

「ほぼ確定で良いと思いますよ?でも残念ながら目的の力では無さそうですね」

 

「その根拠は?」

 

「サイトを見ればわかりますが……その人、サイトではエデンの女王と名乗っているのですが、力をうまく制御出来ずにいるみたいです。男の子にモテてしまうとかなんとか……」

 

「異性に……魅了とかなのかしら」

 

「今の所はそれが濃厚ですね、ですがまだ疑問に残る点が幾つかあるのでそっちをハッキリ出来るまでは確定では無いので進展してはいないですが……」

 

「一人分かっただけでも充分。その女性はそちらに任せる」

 

「了解です、近い内に接触すると思いますのでその時改めて報告しますね」

 

「それと……、あの三人の内に石化の犯人が居る可能性はどうかしら」

 

「かなり低い……というか無いです。当日のアリバイと、性格面的にも……後は能力も違いましたし」

 

「……そう」

 

私の報告に対して返事をして紅茶を飲む。あまり信じてはいない様子。

 

「まぁ、私がいくら言っても結城先輩を騙してる可能性は消えないので話半分程度で聞いてください」

 

「そうね、真実かどうかはこの目で確かめる」

 

最初の枝だしあまり友好的では無い事は仕方ないのでこのあたりで話を切り上げる。

 

「話は以上?」

 

「ですね~、すみませんわざわざお時間取らせちゃって……お詫びと言っては何ですが、何かご馳走させて下さい」

 

メニュー表のデザート欄を広げ、差し出す。

 

「必要ない、大したことじゃない」

 

「いえ、遠慮しなくて大丈夫です。何なら一番高いフルーツの奴でも行きますか?」

 

このお店のデザートで最も高いフルーツパフェを指さす。私の言葉に視線をメニュー表に向ける。

 

よし、喰いついた。

 

「私がそうしたいってだけなので先輩は遠慮せずに行って下さいっ。私にとっての等価交換……いえ、取引です!」

 

取引を強調させ、フルーツパフェの写真を目の前に持ってく。

 

「……ほんとうに?」

 

「ええ……!いっちゃってください」

 

食べ物で釣る……というと聞こえは悪いが、これで多少縁が出来たと思う。結城先輩に餌付けしたい欲がかなりを占めているのは内緒だけどね!

 

メニュー表を見て、一度私を見て、再度メニュー表を見る。よし……これは落ちたな。

 

勝ちを確信した時、カラン、と後ろで音が鳴り、お店の扉が開く。

 

気にせずに引き続きメニュー表を見せていると、結城先輩の視線が私の背後に流れる。気になりそっちを見る。

 

「え……?舞夜ちゃん……?」

 

「九重が……?」

 

店に入って来たのは九條先輩と、新海先輩の二人だった。

 

あ、あれ……?何用で……?確かご飯は先輩の家で三人で食べていたはずでは……?

 

店に来た理由が思い当たらない。食後にわざわざ来る理由……?

 

困惑している私を見て、正面に座っている結城先輩がため息をする。

 

「貴方の差し金……と考えたけど、その様子じゃ違うみたいね」

 

「あ、はい……。なんで来ているのでしょう?夕食は済まされている筈です」

 

「私に聞かれても困る。まぁいいわ、丁度話も終わった事だし……帰るわ」

 

結城先輩は、一瞬メニューを見て残念そうな顔をして席を立ち、会計へと向かって行く。ああ……なんかすみません。

 

一人残された私に先輩達が近づいてくる。

 

「どうもどうもお二人方、こんばんはです。こんなお時間にデートですか?」

 

「ちげぇよ、用があって来たんだが……」

 

新海先輩が店の入り口を見る。どうやらお目当ては結城先輩だったみたい。

 

「えっとね、さっき舞夜ちゃんが一緒に居た人は……知り合い?」

 

「知り合い……とはまだ言えないかもしれないですね、残念ながら」

 

「席、座っても良いか?」

 

「どうぞどうぞ、席代はデザートでお願いしますねっ?ああ、九條先輩は勿論タダでこちらにどうぞ!」

 

自分の席を引き手招きする。

 

「ふふ、お邪魔します」

 

「俺だけ料金制かよ……」

 

「それで?どういった用件で……?」

 

席に着いた二人にお店に来た理由を聞く。

 

「あー、さっき一緒に居た女子の事で少し気になった事があってな、確認する為に来たって感じだ」

 

「でも、その前に帰っていっちゃったね……」

 

「九重はどこで知り合ったんだ?学校違うはずだろ」

 

「私ですか?ここで知り合いましたよ?後は公園ですかね」

 

「どういう経緯で知り合ったんだ?」

 

「先輩たちが今探している石化の犯人捜しの件あるじゃないですか、私なりに動いている時に見かけたのでこちらから声を掛けました。同じように石化の事件を追っているかと思いまして」

 

「あ、そうなんだ、あの子も私達と同じで……」

 

「という事は、犯人説は消えたな」

 

「うん、そうみたい。疑っちゃって悪いことしたな……」

 

「残念ながら犯人では無さそうです。で、どうせなら協力出来ないかとお声を掛けたのですが、これがまた難敵で……必要ないの一点張りでしたが、昨日何とか話を聞いてくれる程度まで持ってきました」

 

「それじゃあ、さっきのは……」

 

「まぁ……はい、そうですね。」

 

今ので察したのか、九條先輩が申し訳ない顔をする。

 

「ごめんなさい、私達、邪魔してしまって」

 

「いえいえ、話自体は終わっていたので問題無いですよ?それより先輩方、随分とあちらに警戒心持たれていた様に見えましたが?」

 

「あー、それはたぶん、私に対してだとおもう」

 

九條先輩の発言で、なぜ二人が今の時間ここに来たのか思い出す。

 

「あー……なるほどです、それが九條先輩の自意識過剰かどうか新海先輩に確かめてもらうために来たと……?」

 

「すごい……よくわかったね」

 

「今の話から何となく推測出来たので……まぁ答えは御覧の有様でしたが」

 

「あれは確実に俺たちを警戒してたな」

 

「入れ替わる様にお店を出て行っちゃたしね……」

 

「九重はどう思う?」

 

「うーん、そうですね……私の見解としては、2人を警戒……している感じですね、敵意を向けているみたいな?」

 

「やっぱりそうだよな~、協力者ってのは難しいかもしれないな」

 

「でも、舞夜ちゃんが……」

 

「あー、因みにですが、私も信用はされていないのであしからず。まぁ昨日今日の人間を信用するのが無理って話ですが」

 

思ったより警戒されてショックだったのを覚えてる、いきなり声を掛ければ当然は当然かもしれないけど……

 

「何か情報を引き出したかったみたいですが……すみません、言う程まだ親しくないんですよね」

 

「あ、ううん、大丈夫だよ?私が少し気になっただけだし……」

 

「敵じゃないって分かっただけでも収穫はあったな」

 

「うん、そうだね。少しだけど、前には進めたと思う」

 

話が一段落着き、新海先輩がメニューを開く。

 

「どうせ来たんだから、なんか頼むか?」

 

「ぁ、そうだね。折角来たのに何も頼まないのは失礼だし」

 

「そうか?身内の店だろ?」

 

「親しき仲にも礼儀あり。家族にも礼を尽く九條家の家訓です」

 

「そうやって財を成したわけだ。俺、ケーキでも食べようかな」

 

「え、すごい、そんなにあっさり決めちゃうなんて……!」

 

「え、駄目だったか?」

 

「だって、ケーキの値段……」

 

九條先輩感覚では高いケーキをあっさり注文してるのをみて驚いてるご様子。

 

「やっぱり新海くん、ブルジョワジーね……」

 

「なんだよそれ、2人は何食べる?」

 

「あー…どうしようかな……」

 

「えっと、すみません、私はここらで退散させてもらいます」

 

先輩の質問に対して、帰ると答える。

 

「帰るのか?席代、払って無いぞ」

 

「それはまた今度の機会に請求させてもらいますっ、九條先輩、すみませんがお先に失礼します」

 

「うん、またね。今日はありがとう」

 

「いえいえ~、お役に立てたのならよかったです」

 

席を立ち新海先輩に近づく。

 

「……それに、2人の邪魔をしたくありませんから。先輩、どうぞゆっくりと楽しんで下さい」

 

先輩の肩に手を置き、耳元で小さく囁く。それを聞いた先輩は『こ、こいつ……!?』とでも言いたい表情で私を見る。気が利く後輩ですからね!

 

「それじゃあ、先輩方、また明日です」

 

2人に手を振りながら席を離れ、会計を済ませてから店を出る。

 

「あーあ、後一歩だったのになぁ~、無念無念」

 

後もう少しで結城先輩にパフェを食べさせることが叶いそうだったのに……残念。

 

「ま、それはまた今度の機会に……」

 

頭の中を切り替え、明日の事を考える。

 

「明日は……確か香坂先輩に会ってから……」

 

ナインボールで直接話し合う場面だったはず、先輩が誘惑を振り払えるかどうか……。それから、その夜に先輩とソフィーの会話で……。

 

「いやぁ……あの男子生徒は死んで無いから流石にBADはないと思うけど」

 

暴走したユーザーを止める為に奪った事が原因で力が自分に還り、死ぬ。その出来事を変え、死なせなかった。つまり九條先輩が、新海先輩の記憶をどう漁ろうと関係がないはずだ。

 

念の為……念のために明日は可能な限り行動を共にした方が良いのかもしれない……。

 

大丈夫だと思うが、拭いきれない不安があるため安全策を取る事にした。

 

 





書いている中で重要なミスに気付いたので急いで修正しました……。致命的でした。

次回は色々重要な一日となるシーンになります。改めて考えると都先輩ルート短すぎて泣きたくなる。



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第6話:自分でバラすのと人にバラされるのでは情報の価値って変わりますよね?


最後の選択肢シーンです。

胸元をガッ!





 

 

朝起き日付を確認する。今日は4/29で先輩達と天ちゃんが通学路で香坂先輩に連絡先を教えて会う日だ。

 

「ん~。本番は放課後のナインボールなんだよねぇ……」

 

確かその場に結城先輩も居たはず。どう立ち回るか迷う。普通に新海先輩に付き添うか、結城先輩サイドで様子を見るか、一応1人で観察をするって選択肢もある。

 

「うーん。今日が最後の選択肢だし、隣で対処出来る様にした方が安全だよね」

 

朝食を食べ終え、通学の支度をしながら結論を出す。

 

「よし、そうと決まれば朝から先輩に接触だねっ」

 

朝の通学路で九條先輩と天ちゃんが新海先輩を待っている、その前に先輩と合流して一緒に行けば自然な流れが作れる……いや、アーティファクトの話出しづらいかな?まぁいいや。

 

支度を終えて、部屋を出る。タイミングを逃す可能性があるため直接先輩の部屋のチャイムを鳴らす。

 

「はーい、って九重か。どうかしたのか?」

 

扉を開けると、同じく支度を終えた先輩が出てくる。

 

「おはようございますっ。折角ですし一緒に通学でも……ってお誘いです。どうでしょうか?」

 

「俺とか?まぁ別に構わないが……多分途中で天と合流することになるぞ?」

 

「寧ろ好都合ですっ」

 

「それなら少し待っててくれ。鞄取って来るわ」

 

「了解です、急がなくて大丈夫ですから忘れ物に気を付けてくださいね」

 

無事先輩と合流し通学路を歩く。

 

「そういえば、昨日の九條先輩とのプチデート、どうでしたか?」

 

「普通にケーキ食べて帰ったな」

 

「食べたケーキ当てましょうか?九條先輩ですし、シフォンケーキを頼まれましたか?」

 

「すごいな、正解だ」

 

「やった、当たりました。多分そうかなって思ったんですよー」

 

驚く先輩を見ながら原作通りだなぁ、と思う。

 

「可愛い同級生とのデート気分を味わえましたし、先輩としては満足ですね」

 

「別にそんな事考えてねーよ」

 

「またまた、私はお見通しですよ?『せめて、デート気分だけでも……!』って顔に書いてましたし、私は退散しておいて正解でした」

 

にやにやしながら先輩を見ると、内心がバレていたからか目を逸らす。

 

「あ、今目を逸らしましたね?つまり図星だったと……?」

 

「図星じゃないから。全然違うから」

 

「でも先輩が本気で狙うって言うのでしたら私サポートしますよ?先輩より九條先輩の事知っていますし」

 

「え、ほんとか?」

 

驚いた顔でこちらを見る。

 

「はい。本気です。先輩みたいな人でしたら九條先輩を安心して任せれますし」

 

「九重は九條の親か何かかよ」

 

「社長令嬢ですし、性格良くて料理も出来る、スタイルも文句無い……こんな素晴らしい女性は世が放っておかないですよ。何なら私が娶りたいぐらいですっ」

 

「まぁ……確かに非の打ちどころが無いよな、九條って。意外と節約家だし」

 

「そこがまた可愛いんですよねぇ」

 

「それわかる」

 

共通の話題を持ち出し何かと話が盛り上がる。気が付くと正面に天ちゃんと九條先輩が見えた。

 

「あ、来た来た。にいやん遅いぞ~!」

 

先輩を見つけ天ちゃんが手を振る。隣の私を見つけて驚いた顔をする。

 

「え、ええ?なんで舞夜ちゃんが……!?」

 

「天ちゃんおはよっ、九條先輩もおはようございます」

 

「舞夜ちゃん?うん、おはよ~。新海君もおはよう」

 

「ちょっとにいやんっ!どうして二人で一緒に来てるの!?」

 

「家が近いからな、たまたま一緒に通学しただけ」

 

「そうそう、朝先輩と合流して来ただけだよ?」

 

「それより、なんで九條が居るんだ?」

 

「それよりって……まぁいいか。えっと、モテモテのあの人のことが気になったんだって」

 

「どんな人かな~って、見てみたくて」

 

「なるほど、少しは知ったから一応共有しておくけど、コウサカハルカさん、だってさ。学年は一つ上の三年。先輩だな」

 

ソフィから今朝に聞いたであろう情報を話す。私にはまだ話せないからか、名前自体は伏せられて話す。

 

「コウサカ先輩……」

 

「九條は知ってるのか?」

 

「ううん、ごめんなさい」

 

「とにかくさ、行こうよ。逆ハーレム隊、もう先行っちゃってるよ?」

 

「ああ、悪い、追いつこう」

 

天ちゃんの言葉で皆が動き出す。

 

「あ、カゴに鞄ど~ぞ」

 

「あざーす」

 

九條先輩の気遣いで二人が鞄をカゴに入れる。

 

「舞夜ちゃんは?入れて大丈夫だよ?」

 

「お言葉に甘えさせてもらいますっ」

 

正直肌身離さずに持ちたいが……ここで断るのは空気が変になりそうなので断らずにカゴに入れる。

 

少し歩くと、正面に物凄く目立つ集団が見えてくる。取り巻きの男子に鞄を持たせこれ見よがしに優雅に歩いている。

 

なるほどね、あれが名物と言っている大名行列ですか……。

 

「先輩らがさっきから話していたのってもしかしてあれの事ですか?」

 

「ああ、九重も見たことあるか?」

 

「一応知ってはいます、最近になって急に出来始めたみたいですけど……」

 

見た事はないけど知ってはいます。知識としてしっかりと。

 

「まさに女王だよね。制服も胸元をガッ!って開けちゃって」

 

「でも……なんだろう。こんな言い方は失礼だけど……」

 

「無理にキャラクター作ってる感あるよね」

 

「あぁ、うん、そう。話し方がぎこちないなぁ~……って」

 

確かにここから聞こえる会話だけでも作っている感がひしひしと伝わってくる。確か設定が未熟な女王様だったっけ?

 

その後、天ちゃんが新見先輩の背中でLINGのIDを書いて集団の中に入って行き、戻って来る。無事任務を終えた天ちゃんを撫でようとした先輩が手を振り払われたので代わりに頭を差し出しておいた……がスルーされた。悲しい。

 

「取りあえず放課後まで様子見するかぁ。放課後までなにもなかったら、またなんか考えよう」

 

その後、先輩と天ちゃんのやり取りを横から見つつ、無事に九條先輩の『仲むちゅまじいね~』イベントを回収した。全力で天ちゃんと弄り倒し、次に噛んだ天ちゃんも全力で弄り倒した。特に噛まなかった私の一人勝ちである。

 

 

 

放課後、先輩達がまだ終わっていなかった為、先に一人でナインボールへ向かう。出待ちしようかとも考えたが、二人きりにした方が良いと思ったのと、当事者でもない自分が興味本位で参加して一緒に行くのは少し不自然だと考え、勝手にナインボールに居たという状況にしておくことにした。

 

お店に入り、軽く周囲を見ると、既に結城先輩が居た。注文が届くのを待っているのか手に持っている本に視線を落としていた。

 

お話をしたかったが、特に声を掛ける理由も無いので仕方なく席へ座る。適当に飲み物とケーキを頼み時間を潰す。すると店の中に香坂先輩が入ってくる。

 

少し目を伏せながら窓際の奥の席へ座る。ここからだと会話内容は何とか聞き取れると思う。最悪口の動きを読めば何とかなるはず。

 

飲み物に口を付けながら少し待つと、新海先輩がお店に入って来た。九條先輩は裏からかな。

 

傍に来た店員さんの案内を断り、奥の席に座り香坂先輩へ話しかける。先輩が喋ると俯きながらもじもじとしている。声が小さ過ぎて流石にここからは言葉は聞こえないが、そんなことどうでも良いくらい可愛かった。小動物みたいに縮こまっている先輩可愛いっ!!

 

にやけてしまう口元を手で隠す。やばいです、もじもじしてて可愛いんだけどっ……!このケーキより胸焼けしそうです。最高です。

 

新海先輩が何とか会話を続けるが、肝心の香坂先輩はどもり、ため息を付いて俯いている。人見知りモードですね。そろそろ切り替わると思うんだけど……。

 

その瞬間、俯いていた先輩の空気が変わる。おどおどして硬直していたのが無くなり、顔を上げる。そこにはさっきまでの緊張や怯えた様子は無かった。

 

……来ました、女王様モード。

 

香坂先輩がモードチェンジした後も会話が続く。今度はどちらも声もしっかりと聞こえるので状況を把握しやすい。

 

しかし、運命とはぶっ飛んだ解釈してきたなぁ、と考えていると香坂先輩が胸元のリボンを外し、制服のボタンを開け胸元をガッツリ開け始めた。うん、凄く大きい。

 

続けて新海先輩がグラスに伸ばした手を覆う様に香坂先輩の手が重ねられる。

 

ーーーよし、このタイミング。

 

この後の展開で先輩が掛からない為に邪魔しておこう。これは九條先輩の為でもあります。

 

席を立ち、二人に近づくと香坂先輩が能力を行使する。新海先輩は香坂先輩をぼんやりとした顔で見つめている。

 

「場所を、変えませんか?」

 

新海先輩に場所の提案をし始めた後ろからその両肩を叩く。

 

「先輩じゃないですかっ、今日もナインボールへ来てたんですね!今日は例のセクシーな女性と来てるんですね?」

 

「……っ!」

 

私に声をかけられたことで反射的に香坂先輩の手を振り払った。ナイスです。

 

「あら?どなたでしょうか?」

 

「すみません、いきなり割り込んできてしまって……私一年の九重って言います」

 

「これはご丁寧に。ですが、私は彼と話しているので、後にしてもらえませんか?」

 

「こ、九重か。どうかしたのか……?」

 

「いえ、先輩を見かけたので声を掛けたのですが、どうやらお邪魔みたいでした」

 

「お水のおかわりいかがですか?」

 

難は去ったので席に戻ろうとすると、そこに九條先輩がやってくる。異変を察して来たのか新海先輩を心配そうにチラリと見る。

 

「いえ、大丈夫です。ありがとう」

 

水を断るという体で助けは不要と伝える。新海先輩の無事を確認して九條先輩は下がっていった。

 

「では先輩、私も席に戻りますので~」

 

席に座り、置いてある飲み物とケーキを味わう。後は大丈夫だよね。

 

この後は普通に解散するだけなので安心してケーキを食べて行く。一応先輩に意識は割いておくけどね。

 

そして話は終わったのか香坂先輩が店を出て行く。入れ替わりに九條先輩が新海先輩の正面に座って話し始める。その顔はどこかホッとしている。

 

すると二人でどこかに視線を向ける。視線の先には結城先輩がお返しとばかりに睨み返していた。まぁその前から新海先輩を見ていたんだけどね。

 

先輩がアイスティーを手に持ち席を立ちあがり、結城先輩の正面に腰を下ろす。

 

ああっ、あった。このシーンあったよ、ひと悶着起こす場面!

 

ようやく何があったか思い出す。

 

「……席、間違えてる」

 

目の前に先輩が座ったにも関わらず、淡々と指摘する。

 

「いいや、あってる。いつも俺たちのことを睨んでるよな?」

 

「……そうね」

 

涼しげに前髪を軽く払いながら答える。超クールです結城先輩。

 

「なにか、こっちを怒らせるようなことをしたか?」

 

「いいえ、特には」

 

「ならどうして睨む。落ち着いて茶も飲めねぇ」

 

「……あなたも私を警戒している」

 

「睨まれたら警戒する。当然だろ」

 

「……それだけじゃない。腹の探り合いはやめましょう。時間の無駄。悪いけど、私は石化の能力者ではない」

 

「………やっぱりユーザーか」

 

「あなたたちは迂闊すぎる。あんなに大声で能力の事を話すなんて……特に九條都さん」

 

「お待たせーーーぇ?」

 

結城先輩へパフェを運んできた九條先輩が固まる。良い仕掛け方をしますねこれは。

 

「どうして……私を……」

 

「コロナグループの社長令嬢。この街に住んでいる人間なら、誰でも知っている。この店の常連なら尚更」

 

「……能力のことが公になれば、混乱が起きる。迂闊な行動は自重して欲しい」

 

「そう、ですね……。気を付けます」

 

結城先輩の攻勢で話が進んでいく。

 

「とにかく、私の邪魔をしないで。石化の能力者は私が裁く」

 

「あ、あの、それなら、協力しませんか?私の能力はきっと役にーーー」

 

「勘違いしないで、誰かを頼る必要はない。私の能力だけで十分」

 

九條先輩の申し出をあっさりと断る。

 

「それに、あなたたちも監視対象でしかない」

 

「また監視ときたか……」

 

既にソフィの監視対象である先輩が愚痴を零す。

 

「……それより、パフェ。早く食べたいの」

 

「ぁ、は、はい、失礼しました」

 

「ご注文は以上でよろしいですか?」

 

「ええ、ありがとう」

 

「……あ、あの。お名前は……」

 

「……もしかして、そこの彼女から聞いてないのかしら」

 

「そこの……?」

 

「ええ、あっちの席に居る子」

 

先輩らの視線がこちらを向く。取りあえず首を傾げながら不思議そうに見返す。

 

「舞夜ちゃんから……?いえ、特に何も聞いていないです」

 

「そう……あなたたちには隠していたのね。たしかに私には()()()()()も明かさないみたいだし、お互いの事は全部話して無いようね」

 

「……ぇ?」

 

「はっ?」

 

結城先輩の爆弾発言に二人が声を上げる。

 

うわぁ……。ここでそれをいっちゃうのかー。まぁ?結城先輩にはユーザーなのはバレているからしかたないんだけどさぁ……。

 

「舞夜ちゃんがユーザー……?」

 

「その様子だと、知らなかったみたいね」

 

「もしかしたらとは思っていたが……マジかよ」

 

うーん、先輩は疑ってたみたい。まぁ、アーティファクトの話してる場面にもちょくちょくいるし、火事の事件もその場に居たから疑われるよね。

 

「あなたたちよりはあの子の方がずっと慎重なのはわかった」

 

話は終わったと言わんばかりに手元のパフェを食べ始める。

 

「……。ごゆっくり、どうぞ……」

 

これ以上の会話は望めないと察した九條先輩が仕事へ戻っていく。

 

「はぁ……」

 

席に座って居る先輩がため息をつき、アイスティーを口に付け席を立つ。向かう先は勿論私の正面っ!

 

「……先輩、戻る席、間違えてますよ?」

 

「いいや、あってる。今の話ほんとか?」

 

結城先輩と同じ様に言ってみたが、同じ様に返された。

 

「……私がアーティファクトユーザーってお話でしょうか?」

 

「ああ、そう言うってことは、そうなんだな?」

 

「ですね。先輩の言う通り、実は私もアーティファクトを持っています」

 

「やっぱりかぁ……」

 

額に手を当てながらため息をまた零す。

 

「怪しいとは思ってたんだよな。火事の時、九條の能力見ても特に聞いて来なかったし……そもそも襲って来る炎を迎え撃つ時点で気付くべきだった……」

 

「黙っててすみません」

 

「いや、言いたくなかったのならしょうがないさ。因みにいつからなんだ?」

 

「……フェスの日からです」

 

「九條と一緒か。また身近にいるユーザーを一人見つけることが出来たのは良いんだが、念のために聞いておくが、九重は味方で良いんだよな?」

 

「勿論先輩方の味方に決まってますよ?それと、残念ながら私は石化させる能力は持っていないですね」

 

「どんな能力なんだ?」

 

「言ってしまえば、物の動きを止める力です。見ますか?」

 

「頼む。ああ、いや、やっぱり止めておこう。さっき言われたばかりだからな」

 

先程の結城先輩の助言を思い出して見るのを止める。

 

「分かりました。後でお見せしますね」

 

「だな、また後で頼む」

 

先輩と後の用事を取り付ける。いいタイミングだし今夜にでも部屋へ押しかけよう。

 





はい、主人公がユーザーとバレてしましました。おのれ結城希亜……!でも可愛いから許す。



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第7話:九條先輩の手作りは美味しかったことをお前に教える……


二人目の犠牲者を知ったの土曜日お話。




 

 

先輩達とのひと悶着を終え、部屋に帰宅していた。外を見るともうすぐ日が暮れるかどうかとの時間帯だった。

 

スマホを手に取り電話を掛ける。

 

「舞夜か。何かあったのか?」

 

「もしもし?おじいちゃん?私だけどね、前に話していたと思うけど念のために確認しておこうかなって思って……」

 

「二人目の犠牲者の話か?」

 

「そうそう、今日の夜に石化される人が出てくるはず」

 

「ちゃんと覚えている。舞夜が言っていた商店街と線路周囲に該当する犯人を見つけても見逃す様にと連絡も行き渡っておる」

 

「流石おじいちゃん。ごめんだけどお願いね?」

 

「それより、この後用事があるのではないのか?能力が露見したのであろう?」

 

「あはは……やっぱりどこからか見張り付けてた?」

 

「貴様に気づかれる様な奴を監視にはしないからの、何となくは感じていた様だが」

 

「なーんか視線と言うか意識がこっちに向いているなって思っていたんだけど害意が無さそうだったからおじいちゃんの人達かなっと」

 

「直接関わるつもりは無いから安心せい」

 

「うん、ありがとうね。バレちゃったのは仕方ないとして頑張るよ」

 

「そうじゃな。次に繋げるためにも成功してくれることを願っておる」

 

「任せて。それじゃあそろそろ切るね?後で先輩の家に行っておかないと……」

 

「……あまり遅くまで部屋に居ないで、さっさと戻るといい」

 

「そこは先輩次第かな?またねー」

 

通話を切り、ベットに寝転がる。

 

「うーん、もう少し後が良いかな?……一応お風呂には入っておこ。喫茶店の匂いとか残ってたら嫌だし」

 

時間も潰せるので丁度良いと考え、風呂場へ向かった。

 

 

 

日が落ち夜になってから暫く経ったのでもう大丈夫だろうと部屋を出る。三つ隣の扉の前まで行き、ピンポンを鳴らす。

 

「せんぱーい。可愛い後輩が来ましたよー?」

 

中から向かってくる音がしたので横にズレる。扉が開き、新海先輩が出てくる。

 

「九重か。どうしたんだ?もしかして能力の話か?」

 

「はい、その通りです。早めに見せた方が良いかと思って来ちゃいました」

 

「了解、そんじゃ上がってくれ」

 

「おじゃましまーす」

 

家主から招き入れられ部屋へと入る。

 

「何か飲むか?と言ってもお茶ぐらいしか出せないが」

 

「それじゃあ、日本一高いお茶をおねがいしますっ」

 

ビシッと手を上げてお願いする。前に私が言ったのを思い出したのか、苦笑いしながらも了承した。

 

「んじゃ、さっそく九重のを見せてもらっても良いか?」

 

「了解です。今からしますので見ててくださいね?」

 

お茶の入ったコップを手に取り能力を発動させる。

 

「今、このコップに力を使いました。」

 

お茶から手を放す。しかし手から離れたコップは落ちずに停止していた。

 

「これが私が言っていた動きを止める力です」

 

宙で止まってるコップを握り、能力を解除する。

 

「……なるほど、指定した物の動きを止める能力……で良いのか?」

 

「みたいな感じですね。物が落ちた時なんかには役立ちそうですよ」

 

「確かにな、咄嗟の時には重宝しそうだな。因みに俺たちの事は把握できているのか?」

 

「それに関しては問題無いです。九條先輩の所有権を掌握する力と、天ちゃんの存在感を操作する力、ですよね?先輩は未だに分かっていないらしいですが」

 

「そこまで知っているなら特に説明は要らなさそうだな。実はもう一人協力者が居るんだが、あいにく今日はまだ来ていないらしい」

 

「もしかして、ソフィさん?という方でしょうか?」

 

「……知っていたのか?」

 

「ちょくちょく皆の会話で出ているのが聞こえてたので……知らない名前だったのでもしかしてと」

 

「そのソフィさんだ。正式にはソフィーティアと言う。異世界……元々アーティファクトがあった世界の住人だそうだ。こちらに流れて来たアーティファクトを回収する為に俺たちに協力している所になる」

 

「なるほどです。大体把握出来ましたよ?それで石化事件の犯人を捜しているってことですね?」

 

「そうなる。俺や九條、天も石化のアーティファクトを持っている犯人を見つける為に色々探っていた訳だ」

 

「ナインボールの結城先輩もアーティファクトを持っているのは確定ですし……敵ではなく、仲間を増やしていたと……」

 

「持っているという点ではナインボールで会った一つ上の香坂先輩もユーザーであることは確実だ」

 

「あの人もですか。確かに先輩としていた会話の内容からして自白していましたし……これで私を合わせて七人のユーザーが少なくともこの街に居るってことですね?」

 

「ああ、恐らく七人だけでは無いはずだ。今の話を聞いて、改めて俺たちに協力してくれないか?」

 

「……勿論良いですよ?私が出来る事なら協力しますっ。これでも腕っぷしには自信があるので荒事は任せて下さい!」

 

「九重流護身術……だっけ?九條から少し聞いたが」

 

「それですそれです」

 

「その護身術を学べば大の大人三人相手に完勝したり、アーティファクトの炎を捌けるようになるのか?」

 

「あははっ、まっさかー。そんなことが出来るのはほんの一握りですよ?普通の門下生とかには到底無理ですし、師範代以上なら多少は居ると思います」

 

「つまり、九重はその一握りってことか……」

 

「正確に言えばその一握りの更に上澄み……と言った所ですね」

 

「マジかよ。いや、確かに上から数えた方が早いくらいには強いって言ってたな」

 

「なのでそこらのチンピラ程度なら軽くあしらえるので何かあった時には頼ってくださいね?」

 

「暴力沙汰を女の子に頼るって気が引けるなぁ……」

 

「こっちは武術嗜んでいるので、一般人を守るのは当たり前ですよ」

 

「わかった。もしそんなときが来たら頼らせてもらうよ」

 

「はい!先輩なら初回はサービスで無料にしておきます」

 

「急に怪しいお店に聞こえて来たなぁ」

 

そんなこんなで雑談を続け時間が過ぎて行く。

 

「ん?メッセージ……?」

 

先輩のスマホの通知が鳴り、内容を確認する。

 

「どなたからか連絡ですか?」

 

「んーああ、九條からだな……」

 

「もしかして今日の事で心配されたのでしょうか……?」

 

「そんな感じだ。能力かけられたから体は平気かって」

 

「気遣いがすごいですよねぇ……、新海先輩の事が気になってしまったのですね」

 

「そうか?結構堅い文章だから社交辞令にもみえるんだが」

 

「まさか、そんなことありませんよ。今日も先輩が前に出て危険な事を引き受けたじゃないですか。九條先輩はそのことを感謝しているのですよ」

 

「そんなもんか?」

 

「そんなもんなのです。少なくとも先輩の事が多少は気になっている証拠ですよ」

 

「……なんて返信しよう」

 

「そこは先輩自身がゆっくり考えればいいと思います」

 

用が済んだので立ち上がり帰る支度をする。

 

「帰るのか?」

 

「ですね。先輩がちゃんと返信に集中出来る様に退散しておきます」

 

部屋を出て玄関で靴を履き、部屋から出る際に声を掛ける。

 

「無事その恋が実る様に応援してますよ。先輩」

 

ちらっと見た先輩の顔は、なんて返せば良いのか良く分からない表情をしていた。

 

部屋を出て自分の部屋へと戻る。スマホを見ると、着信が数件あった。相手は全部おじいちゃんからだった。

 

「もしかして……被害者が出たのかな?」

 

時間的には人がまだ出歩いてもおかしくはない。けどそこまで多くは無いと思う。

 

スマホから折り返しの電話をかける。

 

「あ、もしもし?おじいちゃん?電話があったみたいだけど……」

 

「被害者が出たぞ」

 

その一言で大体は把握出来た。二人目の石化の犠牲者が出来上がったみたい。

 

「うん、分かった。後はそっちでお願いしても良いかな?」

 

「既に動いておる。回収と流す情報の操作はもう済んでいるから、明日辺りにネットのニュースに載るように段取りし終えた所じゃ」

 

「動きがはやいねぇ。ありがと」

 

「当然じゃな。用件はそんだけかの」

 

「分かった、何かあったらまた連絡するね」

 

通話を切りスマホをテーブルに置く。

 

これで二人目の犠牲者が出た……これで先輩達が明日能力の事で集まることになる。出来れば可能な限り二人だけで親睦を深めて欲しい所だけど……。

 

「そうなると、乱入者が邪魔かぁ……」

 

天ちゃんは良いとして。問題はその前に来る深沢与一だね。確か不法侵入したところで天ちゃんに見つかってしまった感じの流れだったはずだ。

 

「明日はそれを止めた方が良い……?」

 

思うのだが、原作で深沢先輩はどこで九條先輩の能力の事を知ったんだろうか?この枝で直接的に知る機会なんて無さそうだし……って考えると明日の不法侵入時に知ったとか……?一応火事の時にも居合わせたんだっけ?いや、あれは別の枝の時か。

 

「うーん……まぁいいか。既にこの枝は原作通りじゃないし……止めた所で影響ないでしょ。うんうん」

 

大した問題にはならないと結論を出し、寝る支度を始めた。

 

 

 

 

 

朝の陽ざしに目が覚め、ベットから起きる。朝食を食べながらネットの記事を見てみると、しっかりと石化事件の話が載っていた。

 

「先輩もそろそろ目に通した頃かな……?」

 

少し待ってから確認の為にメッセージを送る。直ぐに返信が来たので内容を見る。

 

「ちゃんと確認済みたいだね」

 

後一時間程度で九條先輩が来る。それまではゆっくりと出来そう。

 

その後、部屋の片付けや休日のご飯を前もって作り置きしていると、家の前を人が通った気配がする。

 

「っ、これは……」

 

急いで玄関の扉に張り付き気配を探る。目的の人物は「お邪魔しま~す」と言って部屋へ入って行く。声からも確認出来たが九條先輩で間違いなさそう。

 

急いで外出用の支度をして部屋から出る。どの位後に来るか分からないがこのまま先輩の部屋の前で待機していよう。

 

スマホで時間を潰しながら待っていると、通路に目的の人物がやって来る。

 

「……あれ?君は確か舞夜ちゃん?どしたの、翔の部屋の前で……」

 

「あ、深沢先輩じゃないですか。もしかして新海先輩へ御用ですか?」

 

「うん、翔と久しぶりに遊ぼうかなって思って来たら舞夜ちゃんが居たから驚いたよ」

 

「先輩は今お取込み中みたいなので暫くは相手が出来なさそうですね……」

 

「そうなの?何かしてんのかな」

 

「忙しそうだったので詳しくは聞いてないですね。あっ、そうだ。折角来て帰るのもなんですし私と遊びますか?」

 

「ん?もしかして僕を誘ってる?」

 

「勿論です。私も暇になったので暇な人同士仲良くしましょう。どうですか?」

 

「全然いいよっ。むしろこっちから誘いたいくらいだよ。まさか舞夜ちゃんからお誘いがあるとは思わなくてさ」

 

「たまにはこういう日があっても良いかなって思いまして……それじゃあどこかにいきます?近くで遊ぶとしたらラウンドツーとかがあったと思いますが……」

 

「僕はどこでも大丈夫!」

 

「大丈夫でしたらそこにしましょうっ。クレーンゲームとかしてみたいです。先輩は得意だったりしますか?」

 

「多少は出来るよ?欲しいのがあったら取ってあげる」

 

「ありがとうございます!それでは早速向かいましょうっ」

 

なるべくこの場から離れる選択をする。私の部屋にとも考えてみたが、先輩達とも距離が近いためどこかで押し掛けるって話になったら厄介である。それなら戻る考えが無くなるぐらい移動すれば大丈夫のはず。

 

それから深沢与一とラウンドツーでクレーンゲームやガンシューティングをやった。私が男と……しかも石化の能力者と一緒に出掛けているからか、店内にちらほらと関係者が目に入る。過保護だなぁ……。

 

一応能力を発動された時の対応も共有しているので万が一私がかかっても即座に視界を遮ってくれるんだろう。

 

思いのほかラウンドツーを楽しみ終え、最後に近くの喫茶店で一息つく。

 

「いやー、今日はありがとうございました。思っていた以上に楽しめました」

 

「僕も超楽しかったよ。てか舞夜ちゃん、射撃上手すぎない?ボロ負けしちゃったよ。これでも少し自信はあったんだけどなぁ……」

 

「動体視力には結構自信がありますから。その分クレーンゲームで活躍してくれたじゃないですか~」

 

「活躍する場面が無かったら男としてのプライドが許さないからね。本気で頑張ったよ」

 

「まさかインテリア系の景品まで取って頂けるとは思っていませんでした。部屋に飾ってみますね!」

 

「そうしてもらえると僕としても嬉しい」

 

ラウンドツーの話で盛り上がり、一段落付いた所で向こうから話を切り出される。

 

「気になっていたんだけど、今日どうして僕を遊びに誘ったの?別にどんな理由でも嬉しかったけどさ」

 

「あはは……実はですね。さっき先輩と部屋前で会った時、新海先輩の家の中に九條先輩が居たんですよね」

 

「ええっ!?九條さんが!」

 

「はい、最近先輩達仲良さそうですし、新海先輩も九條先輩に気があるのは確かだったので……応援しようかと」

 

「そうだったのか……翔め、一人で抜け駆けしようと……憎い。九條さんと仲良くしてる翔が憎い、羨ましい」

 

「それがあったので私も気を遣って入るのを止めたんです。そこに良いタイミングで来たのでお誘いしました」

 

「なるほどなぁ、二人の為に僕を遠ざけたと……?」

 

「そうなりますね。まぁ深沢先輩は代わりに私と遊んだのでそれでチャラにしてください」

 

「全然良い!むしろお釣りが来るくらいだよ。男とより舞夜ちゃんみたいな可愛い子と遊べる方がお得だよ」

 

「なら良かったです」

 

土曜日の貴重な一日が潰れたのは少し勿体ない気もするが、気分転換として考えればそんなに悪い事でもないと思う。うん、そう考えよう。

 

適当に時間を消費し、解散をする。スマホで時間を確認すると新海先輩からメッセージが来ていた。内容は『今日、二人目の石化の能力者について九條と天と話し合う予定だが来れそうか?』という内容だった。しかも結構前に届いていた。取りあえず『外出中なので行ける時に行きます』と返信を返した。

 

「……九條先輩の手作り食べれるかも」

 

確か昼食時に作っていたよね?そして多分だけど夕食も作って皆で食べると思われる。これは行くしかない。もう私もユーザーって知られているし、堂々とお邪魔しても良いのではないだろうか?あの輪に加わっても問題ないよね?

 

現在は昼が過ぎておやつどきの少し前である。今から向かえば夕食はいける。

 

「よし。急ごう」

 

今日のやるべき事は済んだので、後は自分の欲の為に動こうと決めた瞬間であった。

 

 





ラウンドツー……。



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第8話:この枝でしか得られない栄養分があると思うんです


皆で仲良くスネークしましょう♪




 

「さてさて、そろそろ家を出ましょうか」

 

今日は5/1。4月が終わりこの生活にもある程度慣れることは出来たと思う。昨日二人目の犠牲者の話し合いをしたので今日は確か新海先輩が昼過ぎにナインボールでバイト上がりの九條先輩とたまたま……いや、九條先輩が居ないかと期待して食べに行ってたよね?それから駅前で香坂先輩と会って、公園で結城先輩と会う。見事に女としか会ってないね。

 

その時に先輩の記憶を読み取って……という流れ。原作だと選択肢を間違えなければユーザーを殺した事を知らずにエンド、失敗ならバットエンドになるけど、今回は私がこの根本を無くしたので新海先輩の記憶をどう読み取ろうが結果は同じの筈。問題は何かのきっかけで私の記憶を読み取られることになってしまうことである。まさか無いとは思うけど見られた瞬間色々破綻することになる。

 

その為にも一応対策は用意してある。ユーザー同士の攻防なので恐らく精神力や魂の強さで優劣が決まるのであれば多分負けないと思われる。それか今日は10mの射程内に入らなければ大丈夫。

 

「不安だなぁ。抵抗力が強い新海先輩に普通に通ってるからなぁ……」

 

家を出て、駅前に向けて歩き出す。耳に付けてあるワイアレスイヤホンに声が届く。

 

『対象は現在駅近くの本屋におられます』

 

「はーい。私も家を今出たのでこれから駅へ向かいます。動きがあったら教えて?因みにナインボールの方はどうかな?」

 

『二人で昼食中ですね。豚の生姜焼き定食と賄いのナポリタンだそうです』

 

「あはは、ちゃんと忠実だなぁ……。うん、わかった、引き続き報告お願いね?」

 

『お任せください。四人目の対象もしっかりと監視しておりますので……』

 

状況を確認できたので一旦連絡を終える。良い感じに仲良くなっていて安心しましたよ。それにしても生姜焼きかぁ……。ビーフカツレツもまだ食べれてないのに新しく食べたいのが増えてしまった。今までハンバーグが正義だと思っていたんだけどなぁ……。

 

駅前に着き、飲み物を買う。先輩達が原作で話していた二リットルの方が安い件を思い出す。販売の差だったか、昔から二リットルは安くで出されてたから高く設定されにくいって話をどこかで見た気がするけど真相はどうなんだろう?とどうでも良い事を考えながら時間を潰す。

 

『対象がナインボールを後にしました』

 

「了解」

 

『本屋の方はまだ買う物を物色している様ですね』

 

「ここからナインボールまでの距離を考えればそれまでに買って出てくると思うから問題無いと思う」

 

『もし、合わなさそうでしたら連絡します』

 

「あと、先輩達がコンビニに入ったらまた連絡を」

 

『畏まりました』

 

連絡を終え、駅前のコンビニが見える店に入り涼みながら待つ。

 

『対象二人がコンビニへ入りました』

 

「こっちも確認したよ。この後の先輩達は私の方で引き継ぐから他の二人をお願いね」

 

『一人は本屋から出られたので問題なく接触出来るかと』

 

「それなら安心した。私は修羅場を堪能しておくね」

 

連絡を切ると、丁度新海先輩と九條先輩がコンビニから出てくる。周囲を探ると、遠方に袋を手に持った香坂先輩が歩いているのが目に入る。

 

「……あ、出会った」

 

お互いを認識すると香坂先輩が口元を抑え俯く。次に顔を上げた時には既にもう一人の先輩に変わっていた。早変わりだなぁ……。

 

三人で話していると、香坂先輩が新海先輩の手を握り能力をかける。が、九條先輩が間に入る事でそれを阻止。端から見ると男を取り合っている様にしか見えない。実際にそうなんだけどね。

 

その後は九條先輩が強引に連れ去る形でその場を去って行く。私も出て行かないと……。

 

先輩達の後を追いかける為に遅れて外に出た際に香坂先輩の方を見たが、既にその姿は見えなくなっていた。

 

「取りあえず、一つ目は終わりましたと……。次は結城先輩とのやり取りなんだよねぇ……」

 

先輩達の方角に向かいながら、現在地を確認する為に連絡を繋ぐ。

 

「こちら舞夜です。結城先輩の状況はどう?」

 

『そちらは現在対象二人を尾行中です。対象の二人は線路前を後にして次へ向かっています。方角的には公園かと』

 

「公園ね。ありがと。丁度いい感じの時に公園に着きそうだね」

 

『恐らくは』

 

「私が三人を確認出来た時点で終了しちゃって大丈夫。報告ありがとね?」

 

『お役に立てたのなら良かったです。また暇なときに顔を見せに来てください』

 

「会うたびにみんな相手してってうるさいからなぁ……。まぁでも、今回のが終わったら顔出しに行くから楽しみにしてて」

 

『わかりました。皆にも伝えておきます』

 

「それは遠慮して欲しいかな……?」

 

最後の連絡を終えイヤホン外す。1人目の犠牲者のベンチから離れた場所で身を隠す。

 

「先輩達、早く来ないかなぁ」

 

コンビニで買った飲み物を飲みながら時間が経つのを待つ。

 

「お、きたきた」

 

入口を見ると新海先輩らが公園へ入ってくる。少し遅れて尾行している結城先輩も入ってきた。

 

「前にも見たけど私服のゴスロリも可愛いなぁ……」

 

二度目の結城先輩の私服姿である。眼福なのである。………そういえば先輩って私服姿の結城先輩をしてないよね?寝巻姿、裸、制服……。幻体で作れるのならありとあらゆる服装とシチュエーションで可能だったと思う……。そういったアフターストーリー出てくれないかな?

 

いや、ここは現実だ。無ければこの世界で実現すれば良いのでは?ゲームではそれ以上追加が出来なくても現実なら好きなだけイケる。そうだ!その手があったか……!私はなんて天才的なひらめきを思い浮かんでしまったんだ。そうだよっ、無ければ創れば良いんだ!新しい可能性を!

 

ふふ、その為にも新海先輩を次の枝に繋げなければならないね。先輩達の幸せの為と、私の夢の為に……!

 

そんなこんなで新海先輩らがベンチに座る。それを確認して結城先輩がベンチから一番近い木の後ろに隠れ様子を伺っている。スネークしてる結城先輩が可愛いです。

 

それを眺めていると、木から体を出して二人に声を掛けに行く。それじゃあ、その木を今度は私が使います。

 

気配を消して素早く木の裏に潜り込む。ここまで来れば先輩らの会話が良く聞こえる。

 

「はい。私の力を使えば、犯人を特定出来ます」

 

「……そう」

 

「所有権を奪う……。シーフの能力……。そう、貴方が持つ聖遺物は、『メルクリウスの指』なのね」

 

「は、い。……。せいいぶ……えっ?メリクリ………?」

 

「な、なんて?」

 

ナイスなタイミングで会話を聞くことが出来た。

 

「優秀な聖遺物ね。けれど……私の『ジ・オーダー』には劣る」

 

「ジ……」

 

困惑する二人に対して結城先輩は堂々と宣言する。最高です。

 

メルクリウス。確かローマ神話か何かので、商人や盗賊などの庇護者とかだったはず。個人的には別名の水銀にも掛けていると思っている。制作陣が九條先輩のアーティファクトを支配のアーティファクトと名付けたのも液体であり金属でもあるという流動性を持つ水銀はアーティファクトと似ているし、それを支配する九條先輩のはメルクリウスって名前はしっくりくる。

 

「いや、違った。最終的には『レガリア』だった……」

 

王にふさわしいとか何とかで改名されたアーティファクト名だったね。

 

「待って下さい!新海くんを疑っているんですかっ?」

 

考え事をしていると、九條先輩の声で場の空気が変わる。

 

「だから、能力を隠したいのでしょう?」

 

それに対して結城先輩が挑発的に返す。

 

「違いますっ!」

 

「……なぜ否定できるの?」

 

「新海くんだからですっ!」

 

それを更に九條先輩が返す。現場が盛り上がって参りました。

 

「答えになっていない」

 

「なっています!新海くんは人殺しなんてする人じゃありません!」

 

うーん。結城先輩を持つわけでは無いけど、他人が聞いたら答えになって無いって思っても仕方ないよね?でも先輩の事で直ぐに熱くなる九條先輩が可愛いと思います。

 

結城先輩に噛み付く九條先輩を新海先輩が宥める。内心嬉しく思ってそうだなぁ。

 

そこで新海先輩が自分の記憶を奪えと提案する。来ましたこの場面。

 

提案を受け入れ、震える左手を翳す。

 

「大丈夫さ、うまくいく」

 

「……うんっ。新海くんの無実は……私が証明する……!」

 

左手のスティグマが光り、能力が行使される。

 

記憶を読み終えた九條先輩は驚くような顔をしていた。

 

「……ん?終わったのか?」

 

新海先輩の質問が聞こえないのか固まっている。

 

「九條?………おい、九條っ!」

 

「へっ!?」

 

強めに名前を呼ばれたことで変な声をだして返事をする。

 

あ……。これは大丈夫だ。

 

猛烈にオロオロと取り乱している九條先輩を見て安堵する。その姿を見て新海先輩が困惑していた。

 

「……今すぐ、貴方を裁く必要がありそうね」

 

「待て待て待て早まるなっ!ちょっと待ってくれっ!」

 

「……あなたも認めているじゃない。もう隠しきれないって」

 

「違うって!俺じゃないって!」

 

「そ、そうっ!新海くんじゃない、ですっ!新海くんは、犯人じゃ……ありませんっ!」

 

「だ、だよなっ!そうだよなっ!ほらっ!」

 

「……。なら、なぜそんなに狼狽えているの?」

 

「う、ううろたえて、まま、ませんけど?」

 

「……犯人しか持ち得ない記憶を、見たんじゃないの?」

 

「そ、そんなものは、見ていませんっ!」

 

「そんなもの"は"?」

 

結城先輩に攻められたじたじになる。慌ててる先輩可愛い可愛い。

 

「ぁ、あいた~、あいたたた~」

 

「え、え?」

 

「の、能力の、副作用か、あの、なんていうか、頭が、その……い、痛くて……」

 

「……押さえてるの、お腹……だけど……」

 

「……ご、ごめんなさい……っ、か、かか、帰りますぅ~……っ」

 

初めて見る素早い動きで自転車に飛び乗り、立ちこぎで九條先輩は去って行った。

 

その姿を見て二人は唖然としていた。

 

「……俺の容疑、晴れていません、よね?」

 

「……そうね」

 

まぁ、さっきのじゃ容疑は晴れませんよねぇ……。それにしても凄い立ち漕ぎでしたねー、あんなに素早く動けるんですね。いやー、安心しました。これでようやく死ぬルートに行かなくて済んだって確信が出来ましたよ。

 

「……あなた、九條さんに好意を抱いているでしょう?」

 

「ぇ、ぃ、いや、ぇっ?」

 

「その記憶をデコイとする……。用意周到ね」

 

おっと、まだ先輩達の会話は続いていましたねっ。

 

「ちょ、ちょっと待ったっ!なんの話だよ!」

 

「本物の愚者なのかしら?そこまで徹底するなんて……」

 

「九條さんは貴方の記憶を読み取った。つまり、貴方の好意を知った……だから、あんなに狼狽えていたんでしょう?」

 

「………ぁ、ああっ!!」

 

「興が削がれた。なんて茶番」

 

「ぇ、いや、ぇっ?」

 

「……お幸せに」

 

深いため息を付き、呆れた様子の結城先輩が立ち去っていく。

 

「………ぁ………ああ、あああああああああぁあぁああっ!!!」

 

その場に取り残され、ようやく状況を把握した先輩が一人で空に向かって叫ぶ。

 

「……知られた………」

 

絶望したかの様にその場で崩れ落ちる。うーん、そろそろ出て行っても大丈夫かな?

 

木の陰から体を出し、近寄る。

 

「いやー、中々良い物を見せて頂きましたっ!」

 

「ぁあ?……って九重か?もしかして今の見ていたのか?」

 

「はい。さっきの三人でのやり取りをそこの陰からしっかりと……」

 

横でしゃがみ、揶揄う様な表情で先輩を覗き込む。

 

「好意……バレてしまいましたね?九條先輩に」

 

「だから、あんな慌て方を……ああ……」

 

「ほんとの事ですし、寧ろ好都合じゃないですか?九條先輩、満更でも無さそうでしたよ?」

 

「いや、あの逃げ方を見てどう捉えたら満更じゃなさそうなんだよ……。思いっきり避けられたじゃねーか」

 

「あれは唐突に新海先輩の好意を知って恥ずかしかっただけですって」

 

「良いんだ……下手な慰めとか……はぁぁ……死にたい」

 

これは完全にネガティブですね。まぁ仕方ないって言えばそうなんですが。

 

「九重は何だか嬉しそうだな……。そんなに面白かったか?」

 

「はいっ!とっても嬉しいですよ!それはもう踊り出したいくらいには……!」

 

「追い打ちをかけて来るなよ……泣きたくなる」

 

「ああ、いえっ、先輩の事を笑っているとかそんなんじゃないですよ?寧ろ逆です!ようやく二人に進展があった事を喜んでるんですよ?」

 

「進展……、まぁ進展って言えば確かにな。良い方向じゃないって事は分かるが……」

 

「悪いか良いかはこれから分かりますってっ!さぁ、取りあえず立ちましょ?お茶でも奢りますよ?」

 

「そうだなぁ。記憶を読めって言ったのは俺だし、自業自得だよな……」

 

「そもそも事件があった日は先輩は私とご飯食べていたじゃないですか。ほら、天ちゃんを送って私が買い物帰りの日です」

 

「ああ、あの日か。俺が米袋持った時のだな」

 

「そうですっ、二件目の日は私が先輩に能力を見せに行った日です。どちらも部屋に居た事は私が証言出来ます。アリバイがあるので犯人の可能性はありえません!」

 

「言われてみればそれもそうだな……。九重も証言出来るもんな」

 

「はいっ。三つ隣ですし、もし遅くに出て行かれたのなら扉の音で分かります」

 

「もしかして……九重が居たらわざわざ記憶読まれる必要無かったのか?」

 

「………」

 

先輩の言葉に目を逸らす。

 

「……先輩、過ぎた事を言い出しても過去は変わりませんよ?大事なのはこれからです……」

 

「その台詞、俺の目を見てから言って貰えるか?」

 

「さ、さぁ……、帰りましょうぅ?傷心している先輩をっ、気の利く後輩が慰めてあげます……!」

 

背を向け歩き出す。

 

「ちょ、おい、待てっ、……全く」

 

ため息を付きながらも、少しは立ち直れた様子で後ろを付いて来た。

 

ここから一週間は発展無しないんだよねぇ……。避けてしまう九條先輩が悪いんだけどさ。何とか出来ないかな?間を取り持つくらいしか出来ないけどね。

 

山場は超えた。後はこれからの二人がどう進展していくかを楽しむことに集中出来そうだと思いながら、家へ帰るのであった。

 

 





能力の副作用で頭が痛い(お腹を押さえながら)



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第9話:これが恋愛の醍醐味って奴でしょうか……?


「ゴールデンウイークは……何もっ、な゛かった……!」

~新海翔、心の叫び~




 

 

あれから数日が経ちましたが、お二人の様子が変わる事は一切ありませんでした。あの日から九條先輩は新海先輩の家へご飯を作りに行くとこも無くなり、それに対して天ちゃんが何かを察したのか全力で先輩を煽っていました。ほんの少しだけ私もそれに参加をしました。

 

新海先輩から聞く話では学校で九條先輩と出くわした時は明らかに避けられ、話しすらまともに出来ないまま時間だけが過ぎ、このまま疎遠になっていくかもしれない……と憂鬱そうに呟いてました。

 

「それでにぃに、実家でめっちゃ落ち込んでいたわけなのよ~」

 

「折角のゴールデンウイークだったのに実家に帰っただけなんだねー」

 

「これは完全に振られちゃったのでは?」

 

「九條先輩の口からはまだ聞いていないから……可能性はあるかもしれないよ?」

 

「それなら音信不通になるのかなぁ……いや、みゃーこ先輩ならありゆる」

 

「急展開過ぎて脳が追いついて無かったみたいだし、その内進展に私は一票入れておくね?」

 

「ならこっちはそのまま疎遠……は私的にも嫌だしなぁ。振られても何とか仲良くしてたいのは確か」

 

「天ちゃんのお兄さん次第だねぇ……」

 

「うちの兄貴はヘタレだしなぁ……」

 

うーん。やっぱり進展は無理そうだねぇ。お節介かもしれないけど、少し手助けした方が良いのかもしれない。ちゃんと物語が進むために……。

 

「それじゃ、また明日~」

 

「うんっ、ばいばーい」

 

手を振りながら天ちゃんを見送る。それじゃあ早速行きますかっ!

 

 

 

 

「と、言うわけなのですよ」

 

「いや、何がどういうわけなの?急に部屋に上がり込んで来て……」

 

「先輩達があれからお互いによそよそしくなってしまっている訳です!それをどうにかして行かないといけませんっ」

 

「俺にどうしろと……。そもそも、話そうにも九條が俺を避けてしまっているし」

 

「九條先輩に問題有って感じなのは私も同意ではありますが、今は先輩の考えを聞いておきたいです」

 

「俺の考え?」

 

「はい、先輩はまだ九條先輩の事好きですよね?」

 

「そりゃ……まぁ、好きだけどさ」

 

「お付き合いが出来るのならしたいですよね?」

 

「俺に出来るのならな……。でも考えてみれば身分差あるし、アーティファクト関連で親しくなっていたから思いあがっていたかもしれないな……はは」

 

「あー、そういった言い訳はいいので」

 

「言い訳って……ほんとのことだろ?」

 

「今時、その程度で諦める理由にはなりませんよ。先輩なら問題ありません。私が保証します」

 

「何を根拠に……」

 

「これでも九條先輩の家系とはそれなりの付き合いがありますから。私が聞いている範囲では先輩の事を疎ましく思っていないとだけ言っておきましょう」

 

「こっちは一般家庭だぞ?相手は社長令嬢だろ?」

 

「関係ありません。九條先輩は肩書きなんて気にしませんし、それは九條家の人間も同じです。あくまで新海翔という人間を見ます」

 

「俺自身を……もっと自信無くすわぁ」

 

「何を言っているんですか。先輩の事を一番尊敬していたのは九條先輩じゃないですか。あの火事の日、天ちゃんを助けるために犯人を止めに火の中に飛び込む背中を見ていたんです。誰よりも勇敢で、信頼出来る人だって……。先輩ご自身はそうは思っていないかもしれませんが、認めている人だっているんだという事を覚えていて下さい」

 

「それは、九重にも言える事だろ?」

 

「私と先輩じゃ、土台が違いますからね。これでも九重の名を名乗っているのです、素人の先輩と同列にされては名折れですよ」

 

それに先輩達の為なら火の中海の中ですし。

 

「私が言いたいのは……えっと、先輩はもっと自分に自信を持って大丈夫ってことです。安心してください、九條先輩は別に先輩の事が嫌いになったとか下心を持っていたとかで距離を置いている訳ではありませんっ」

 

「それは九條本人が言っていたのか……?」

 

「そんなの普段の九條先輩を見ていれば分かりますよ……。それとも、先輩は九條先輩がその程度の人格者だって思うんですか?」

 

「……それはありえないな」

 

「ですよね。それに大丈夫です!話し合う場は私が作ります!一対一で先輩の言葉が伝えられる場を設けますからっ」

 

「今の言い方だと……俺が九條に告白する流れに聞こえるんだが……?」

 

「え、もしかしてしないんですか?ここまで後輩に発破掛けられ、御膳立てされて……なおっ!新海先輩は思いを伝えないとおっしゃるのですね?」

 

「いや、そういうわけじゃ……」

 

「……日和ってます?」

 

「なっ!?……ああっわぁった!俺も男だ!します、しますとも!」

 

「それでこそ私が認めた先輩です♪」

 

「そこまで言われて、しませんって言えるわけないだろ……」

 

「そう仕向けたんですけどねー」

 

「全く……。それで?何か計画はあるのか?」

 

「勿論ですっ!任せて下さい。最高の舞台を先輩達にお届けしますので!」

 

 

 

 

次の日、私はとある人物に会う為喫茶店で待ち合わせの約束をした。

 

「ごめん舞夜ちゃん、掃除が長引いて遅れちゃった」

 

「いえいえー、掃除なら仕方ないですよ。今日は急なお誘いにも関わらず来て下さってありがとうございます。()()()()

 

「僕は女の子の誘いは断らない主義なんだ」

 

「……軟派男ってことですか?」

 

「義理堅いって言って欲しいかな!?」

 

「それで、今日は何の用があったの?あ、もしかしてまたデートの誘い?」

 

「残念ながら今回は違いますねー。実は相談がありまして……あ、その前に何か飲まれます?誘った側ですし奢らせていただきますよ?」

 

「それじゃあ折角だし、お言葉に甘えちゃおうかな」

 

お互いに注文を終え、話を切り出す。

 

「深沢先輩なら察しているかと思いますが、最近新海先輩と九條先輩がよそよそしいんですよね」

 

「やっぱり?目が合ったら逸らしたり、意味深なすれ違いをしていたり二人ともあからさまに意識しているなっておもってたんだよね~。あれってまだ付き合ってないんでしょ?」

 

「そうですねー、新海先輩の好意が九條先輩に知られてしまって、恥ずかしいからか九條先輩が避けている感じなんですよー」

 

「なーんだ、てっきり翔が九條さんに変な事したかと思ったよ」

 

「変な事する前に避けられてしまいましたからねぇ……」

 

「つまり、舞夜ちゃんの相談って言うのはその二人を何とかしたいってことで良いのかな?」

 

「正解です。このままでは進展せずに気まずいままですから」

 

「どうしたいとか案があったりするの?ボクを誘ったって事は」

 

「一応あります。二人きりで会うってなると避けられるのなら、大人数でどこかに遊びに出掛けるなどの体で会うとかでしたらまだハードルが下がるのかと考えていまして……」

 

「なるほどねっ、クラスメイトで遊びに行くって話でも出して二人を会わせる。って作戦だよね?」

 

「そうですっそうですっ、そんな感じです」

 

「実は僕もどうにかしたいって考えていたんだよね~。あの二人が落ち着かないとクラスのみんな気が気じゃないんだよね」

 

「うわぁ、そわそわしてしまいそうですね……それ」

 

「だから舞夜ちゃんの提案はナイスだよ、そこで僕を呼んだってわけね」

 

「交友関係が広い深沢先輩ならクラスの方々と遊びに行く計画くらい簡単に実行できるかとおもってたので」

 

「まぁね。僕なら余裕でいけるから任せて」

 

「ありがとうございます!」

 

「予定とか日にちはこっちで適当にしておくから決まったらまた連絡するよ」

 

「分かりましたっ。……LINGのID交換しておきます?」

 

「えっ、良いの!?」

 

「そっちの方がすぐに連絡取り合えるので無駄が無いかと……」

 

「するっ、するよ!まさか、舞夜ちゃんから交換を申し出てくれるなんて……」

 

「あはは、今回の件での感謝の印と受け取って下さい」

 

「それじゃあ、決まったらまた連絡送るよ!」

 

「すみませんが、よろしくお願いしますねっ」

 

これで確実にラウンドツーに行ってくれる……!ここらで学生が大人数で遊ぶってあそこしか選択肢無いからね!

 

取りあえず場のセッティングは出来そうだ。後は深沢先輩がまとめてくれると思う。後は九條先輩の逃げ場を無くすだけだね!

 

必要無いとは思うが、もしものことを考えて次の行動に移す。

 

 

 

「そろそろ大丈夫かなー」

 

スマホを取り、電話を掛ける。何回かコールが鳴ると電話に出る音が鳴った。

 

「もしもし?」

 

「あっ、九條先輩!夜遅くにすみません。今電話平気ですか?」

 

「うん、大丈夫だよ。どうしたの?こんな時間に電話だなんて……」

 

「率直に申し上げますが、最近の先輩方を見てて、居ても立っても居られなくなって話がありまして……」

 

「ぁ……ごめんね?やっぱり舞夜ちゃんにも迷惑かけちゃってたよね?」

 

「ああ、いえ。私は特に害は無かったので謝る必要は皆無ですです。それよりお話があって電話したんですよっ」

 

「お話?」

 

「実はですね。九條先輩と新海先輩の二人を見ててクラスの方々が一役買ってあげよう作戦を立てているのですよ」

 

「ぇ、クラスのみんな……?」

 

「近日中に深沢先輩からお誘いがあると思うんです。『クラスの人とラウンドツーに行くけど、九條さんもどうかな?』ってお誘いが」

 

「えっと、皆で遊びに行くの……?」

 

「はいっ。勿論、新海先輩も誘うつもりです!と言うか必ず来てもらいます!なので九條先輩も新海先輩が行くのなら行って下さい!」

 

「もしかして、私と新海くんの為に?」

 

「その通りです。このままお互いによそよそしいままで居るのは九條先輩だって嫌だと思いますし、ここらで覚悟を決めて頂かないと……」

 

「か、覚悟って……」

 

「何の覚悟かは先輩達が良く分かっていると思いますよ?」

 

「ぁ、えっと……うん。そうだね……」

 

「後は若い者同士で話し合って解決してくださいね!」

 

「若い者同士って……舞夜ちゃんの方が一つ下だよ……?」

 

「恋する男女を見ると若いって良いな……って思う様になっているんですよねー……」

 

「そんな近所のおばあちゃんみたいな……」

 

「あはは、まぁそんな感じで上手い事やっちゃってください!まだ石化事件は解決していないので先輩達がこのままですとそれすら出来ませんので~」

 

「そうだね。うん、わかった。頑張ってみるね?ありがと」

 

「お礼はお二人から聞く予定なのでまた後で改めて聞くことにします。ではでは、おやすみですっ。成功を祈っています!」

 

「ふふ、ありがと。おやすみなさい」

 

通話を終え、ベットに寝転がる。LINGでは深沢先輩と何回か既にやり取りをしており、問題なく作戦可能とのことだった。

 

「これで付き合いませんでしたとか言われたら笑うしかないかな……?」

 

ありえない可能性を考え、小さく笑う。両想いだしそれは無いよね。

 

後は、新海先輩がどう切り出すか次第。あ、一応後で新海先輩にも深沢先輩からの誘いがあるって言っておかないと……。

 

ベットで転がりながら、三つ隣の住人に向けてメッセージを送り始めた。

 

 





次でお付き合いが……始まってくれると……いいなぁ。

このイベントが終わったら物語も終盤ですね()



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第10話:最後の晩餐……とは言いませんが、ぜひ味わって下さいね?


スポッチャ。


 

 

「天ちゃん、今日は何か予定かとあるの?」

 

学校が終わり、校門へ向かう道中にさり気なくこの後の予定を聞いてみる。

 

「ん?特に考えてないなぁ〜。あれから特に進展のない兄貴の家にでも襲撃してみようかなぁ……」

 

「新海先輩の?あれ?でも今日クラスの人達とラウンドツーに行くって話だったはず……」

 

「まじか。あのにぃにがクラスメイトと遊びに行くとか……。う〜ん、それなら大人しく家に帰ろうかな」

 

「そうした方が良さそうだねー。私も大人しく帰ることにしようかなー」

 

これで天ちゃんが、新海先輩の家に行くことは無くなった。ごめんね?

 

途中まで一緒に帰り、別れる。先輩達は今頃ラウンドツーに着いたかなー。

 

「結果は終わった後に聞けばいっか」

 

スマホを開き、LINGで深沢先輩のトークにメッセージを送る。

 

『進捗の方はどうでしょうか?』

 

『問題無し!さっき九條さんを一人にしたところ。そろそろ翔が来るんじゃないかな?』

 

『了解です!うまく行くことを願ってます!』

 

スマホをポケットに入れ、家へと帰る。

 

「ただいまー」

 

鞄を置き、制服を洗濯に出す。

 

「そういえば、明日は土曜日だった……」

 

今日二人が付き合えれば改めて明日デートをするためにモックとかラウンドツーに出掛ける事になったんだよね。

 

「その後のことも考えておかないと……」

 

石化事件を再スタートして香坂先輩の記憶を読み取って、神社へ向かう。そこで石化した高峰先輩を見つけて事件は謎を残したまま幕を閉じる……って流れ。恐らく深沢与一が自分に辿り着けない様に偽装を行う。その犠牲者が高峰先輩なんだけど。

 

「この辺りも色々と進めないといけないかな……」

 

原作通りきちんと進めば良いんだけど、ここは現実である。何気ない一言や行動が影響している可能性があって思っている通りの流れになるかは定かでは無いと思う。

 

「そうなれば自分でその流れを作れば良いだけなんだけどね」

 

これも先輩達が幸せになるためであり、結城先輩への枝へ辿り着くために必要な事。それなら特に迷う理由は無い。

 

「あの人なら誘えばいつでも乗りそうだし……、早めに動くなら明日辺りに早速行動しよう」

 

一人で考えを口に出しながら明日からの計画を立てる。

 

「それならおじいちゃんに許可を貰わないと……」

 

九重の人達を使う必要があるので、その頂点でもあるおじいちゃんに許可を貰う為にスマホを手に取り、電話を掛けた。

 

 

 

 

 

「お待たせ、舞夜ちゃん」

 

「こんにちはです。深沢先輩」

 

次の日、私は深沢先輩と待ち合わせをしていた。

 

「今日は急なお誘いだったのにありがとうございますっ」

 

「いやいや、僕は全然オッケーだよ。昨日の件でお礼がしたいって誘いが無くても喜んで来る来る」

 

「新海先輩と九條先輩が無事お付き合いしたって昨日連絡を頂いたので、色々と手伝って貰った先輩に何かお礼がしたいと思いまして……」

 

「うわぁ、先輩想いの良い子だ……。僕が面白そうだったから乗っただけなんだけど」

 

「理由はどうあれ手伝って頂いた事には変わりありませんから……成功したのできちんと深沢先輩にも然るべき報酬が支払われないのはおかしいので……せめて私が今日は先輩を楽しませようかと考えています!」

 

「舞夜ちゃんが!?」

 

「はいっ、プランは一応考えてはいるのですが、途中で何かしたい事があれば言って下さい。融通可能ですので」

 

「ほんとにっ?いや~嬉しいね。まさか翔を揶揄おうくらいの気持ちだったのにここまでのお返しが来るなんて……ほんとにいいの?」

 

「勿論です。あ、でも最後に知り合いのお店で予約を取っているのでそこは譲れません。美味しいお店で是非味わってほしいので一緒にディナーとしましょう!」

 

「なんと、晩御飯のお誘いまで……でも僕お高い所に行けるほどのお金持って無いよ?」

 

「安心してください。私の奢りです!と、言うのは嘘で、おじいちゃんの知り合いのお店なので今回はサービスさせてもらっています。お金に関しては気にしないで下さい。おじいちゃんから出してくれるとの言質を取っています」

 

「ええぇ……、舞夜ちゃんって九重だよね?結構有名な家だし、九條さんみたいに金持ちとか……?」

 

「……それなりに、とだけ言っておきます。ですので先輩は気にせず私とのデートを楽しみましょう」

 

「これが美人局でも僕はイエスと答えてしまう自信がある……!怪しい壺でも舞夜ちゃんからのなら買っちゃうね」

 

「もしお金に困ったら深沢先輩をターゲットにしますね?」

 

「怖い黒服のお兄さんとか出てきたら従っちゃうかも……」

 

「それなら簡単そうですねっ」

 

待ち合わせも済んだ事だし、早速歩き始める。

 

「どこか行きたい所とかありますか?」

 

「舞夜ちゃんの計画としてはどうするつもりなの?」

 

「うーん、そうですねぇ……今の時間だと娯楽施設とかに行こうかと考えていました」

 

「ラウンドツー?」

 

「ですね。他に場所って知っていたりしますか?」

 

「電車に乗れば多少は知っているけど……」

 

「ここのラウンドツーってスポーツ系の娯楽ってありましたっけ?」

 

「ちゃんとしたのは無かった気がする。色んな種類が置いてあるのは電車で少し離れた場所にあったけど……」

 

「前回ここ行ったので今回は別の場所にしておきましょうか?」

 

「なるほど、折角だしたまには違う場所で遊ぶのも悪くないかも……」

 

「あまり行かない場所ですし、何か面白いのが見つかるかもしれませんね!」

 

「それじゃあ、最初のデート先はラウンドツーという事で」

 

「了解ですっ、出発進行ですね」

 

正直、この街以外の娯楽施設の場所など把握していないけど……今後必要になる可能性があるかもしれないのでこういう機会に行くのも良いかもしれない。

 

電車に乗り、目的のラウンドツーに辿り着く。

 

「うわぁ、私達の所より縦に長いですね……」

 

「その分、色んなものが置いてるってことなんだろうね」

 

「では!行きましょう」

 

 

 

 

「はぁ……はぁ、ちょ、ちょっとタイム……」

 

「あー、すみません。少し休憩しましょうか……」

 

息が途切れ途切れの深沢先輩と休憩スペースに座り自販機で買った飲み物を渡す。

 

「ぁあ、ありがと……」

 

疲れた様子で渡された飲み物を勢いよく飲む。

 

「はぁー……。思ったんだけど、舞夜ちゃんは全然疲れてなさそうだね?」

 

「一応これでも武を嗜んでいるので遊びのスポーツくらいなら問題は無いですね」

 

「マジか……。僕の倍くらい動いていたよね?」

 

「最近あまり体を動かして無かったので少しはしゃぎすぎてしまいました」

 

「あれではしゃいでいただけとは……。運動神経良いのはやっぱりお家のお陰?」

 

「そうですね、護身術と言っても基礎の身体づくりが出来て無いと意味がありませんのでそれなりに鍛えていますよ?健康面も兼ねていますし……」

 

「え、腹筋とか割れてたり……?」

 

「あはは、男の人みたいに腹筋が6LDK!では無いですね。確かに普通に女性と比べると筋肉がある分硬いとは思いますよ?」

 

「でも見た感じそうは見えないと思うんだけど……?」

 

「そこは努力の成果って感じですかね?引き締まった身体を作り、無駄に筋肉質な物にしていませんから」

 

「そんな鍛え方があるってことなのか……勉強になるなぁ」

 

「……とか言って女生徒の身体を堂々と見ていることに関しては今回は不問にしておきますね?次からはお金頂きますよ」

 

「……因みに、幾らで……?」

 

「嘘に決まっているじゃないですか。セクハラですよ。変態です」

 

「はい、すみません……。ってか、普通だね、さっきみたいなこと言われたら嫌がられるかと思ったんだけど……もしかして翔から僕の事聞いてたりした?」

 

「確かに新海先輩から前にちらっとお聞きする機会はありましたけど……深沢先輩が割と変態発言する人だって事は知っていたのでそれに関しては嫌悪感とかないですよ?そんなもんじゃないですか?高校の男性って」

 

「何その理解度……ちょっと怖い」

 

「でもそれを九條先輩とかには止めといてくださいね」

 

「流石の僕もあの九條さんには言えないかなー。下手したら両親の仕事が無くなりそうだし」

 

「この街に住んでいる人ならまず逆らえない一家ですもんね」

 

「そんな人と翔は付き合っちゃうんだもん。ある意味尊敬できるね!」

 

「そこは激しく同意です。ヘタレでは無かったということなのでしょう……」

 

その後は軽く雑談を交えながらスローペースでスポーツを楽しんだ。

 

「そろそろ良い時間ですし、お腹空いてたりしませんか?」

 

「結構動いたし確かに空腹かも」

 

「では、お昼に話していた知り合いのお店に行きましょう!」

 

「舞夜ちゃんのおすすめ楽しみにしておくね」

 

「期待していいですよ?先輩が退屈しない位には楽しんで頂く予定なので!」

 

ラウンドツーから出て電話を掛ける。

 

「もしもし?うん、私。舞夜だよ?そうそう、今から向かおうかと思っているから準備のほうをお願いしまーす」

 

通話を終え、スマホを仕舞う。

 

「今のはお店の人?」

 

「ですね。後はお店までの交通手段の手配って所です」

 

「……え?迎えが来るの?」

 

「すぐ来ますので……あ、来ました。こっちこっちー!」

 

手を振りながら待っていると、私達の前に一台の車が止まる。

 

「深沢先輩、お店までこれで行くので乗っちゃって下さいな」

 

「あ、……うん。お、おじゃましまーす……」

 

二人が乗り込んだのを確認して車が動き出す。

 

「ここから大体10~15分程度で着くので少々お待ちを~」

 

「えっと、それは全然大丈夫なんだけど……。もしかして僕、どこかに連れて行かれるの?」

 

「それは勿論お店までご案内しますよ?」

 

「ほんとっ?夜の港に連れて行かれてコンクリートに埋められたりしない!?」

 

「落ち着いて下さい、確かに私達が乗っているのは如何にもって感じの黒い車ですが、ただの送迎ですので心配ご無用ですよ?」

 

「いやぁ~、急にこんな車に乗せられたら心配にもなるよ」

 

「まぁ、確かに少しは反応を見てみたいって気持ちがあってこの車にしたって言うのはありますが……」

 

「あったのっ!?心臓バクバクだよ!」

 

「楽しんで頂けたようで何よりです」

 

「確かに退屈し無さそうだよ……これなら」

 

何を言っているのですか。楽しんで頂くのはこれからですよ?

 

少しの待ち時間が過ぎ、車がお店に着いたので降りる。

 

「……舞夜ちゃん……もしかしてここが言ってたお店?」

 

「その通りです。ここがおじいちゃんのお知り合いのお店です!」

 

「お金持ちの家系って時点で察するべきだったよ……」

 

「取りあえず中に入りましょうっ!こっちです」

 

店の中に入り、受付に話をし案内してもらう。

 

「内装もオシャレだし……絶対お高い場所だよね……」

 

「こっちの席です!端っこの個室で夜景もそれなりに見える場所ですよ!」

 

「えぇ……なにこのVIP待遇……ほんとに僕が来て良かったの?」

 

「残念ながらもう引き返せませんよ?ここまで来てしまったので楽しまなきゃ損です」

 

「正直、ここまでされる様な事してないんだけど……」

 

「私はこのくらいだと思っていますので、それに少し頼み……と言うか相談があるのでお誘いしたって所もあります」

 

「……やっぱり高い壺でも売りつけるの?」

 

「先輩なら乗ってくれそうだったので……」

 

「やっぱりそうだったんだっ!?でも買っちゃうねっ!」

 

「お買い上げありがとうございま~す。それでは私とのディナーを楽しみましょう。コース料理なのでその内来ると思います」

 

「くそっ、ここまで来たら皿まで食べるしかないのか!!」

 

"毒を食らわば皿まで"って奴ですね。一瞬頭おかしい人かと思いましたよ……いや、おかしい人だった。

 

 

 

最後のデザートを食べ終え、お互いに紅茶を飲みながら一息吐く。

 

「あー、美味しかったっ。こんなに美味しいの食べたの初めてかも」

 

「喜んでいただけたようで安心しました。先輩的にどれが良かったですか?」

 

「そうだなぁ……やっぱり一番はメインで出て来た肉料理かな!」

 

「あ、わかりますっ。美味しかったですよね~。溶けるような触感もですが味付けも最高でした!」

 

「そうそう!その前の魚も凄く美味しかったけど、一番と言われると僕的にはメインかな?」

 

「デザートもオシャレで良かったですよねー。また来たいくらいですよ」

 

「舞夜ちゃんは結構来るの?こういうお高いお店」

 

「まっさかー、贅沢する時にしか来ませんよ。今回は深沢先輩だからここに来たんですよ?」

 

「え、何その意味深な台詞……何だか勘違いしそう」

 

「安心してください。恋愛的な要素はありませんので」

 

「そこをスパッっと言われると悲しい気分になっちゃうな~……」

 

「変な勘違いさせてしまうと相手に失礼ですので、ハッキリしておいた方が良いかと思いました」

 

「それでもこんな美味しいご飯食べれただけで僕的には大満足だけどね!」

 

お互いに飲み物を飲んだことで会話が途切れる。

 

「……それで、さっき僕に頼み……?相談があるんじゃなかった?」

 

こちらから切り出そうかと考えていると、向こうから聞いてくる。

 

「そうなんです。また協力して欲しい事がありまして……」

 

「もしかしてまた翔と九條さん関連?」

 

「正解です。ラウンドツーの時みたいにまた深沢先輩の協力を求めたくて……」

 

「全然オッケーだよ。その程度なら幾らでも聞くよ?」

 

「ありがとうございます!それで内容なのですが」

 

「うんうん」

 

「以前、正確にはゴールデンウイーク前まで先輩達は今この街で起きている石化事件を追っているんですよね」

 

「二人が?なるほど、だから最近翔は九條さんと仲が良かったのか」

 

「九條先輩から事件を解決したいって持ちかけて協力したって流れです」

 

「あはは、翔の事だから下心で協力したんだろうなー。九條さんと近づけるって」

 

「正解です、九條先輩と仲良くなれるかも……?って気持ちで協力していましたねー」

 

「やっぱりかぁ。翔も隅に置けないなー」

 

「っと、話を戻しますね?最近までは二人がギクシャクしてたのでその事件の調査も宙に浮いてたまんまだったのですが、付き合って落ち着いたことでまた再開し始めると思います」

 

「なるほど。それでそれで?」

 

「近い内に、先輩達は犯人捜しを始め、そう遠くない期間で犯人まで辿り着くと思われます。私はそれを防ぎたいのです」

 

「え?えっと、翔達は石化の犯人を捜してるんだよね?どうして舞夜ちゃんがそれを止めたいの?普通は捕まえるべきじゃないの?」

 

「いえ、むしろ逆です。先輩達に特定されずに迷宮入りになることが私の目的です」

 

「もしかして、知り合いだったりするの……?その犯人」

 

「そうですね。実はお知り合いです。ここで新海先輩らに石化の犯人とバレてしまっては困るので何とかバレずに逃げ切って欲しくて……」

 

「舞夜ちゃんの要件は取りあえずわかったんだけど……でも、僕に手伝える事ってあるのかな?いや、勿論美味しいご飯食べさせて貰ったのはあるけどさ……犯罪に加担するのは流石にちょっと……」

 

「いえいえ、深沢先輩にしか出来ない事ですので、こうして直接お願いしているのです。新海先輩らにバレずに逃げ切ってほしいのですよー」

 

「え?僕?」

 

「その通りですっ、正式にお願いしますので協力していただけませんか?()()()()()()()さん?」

 





突き出し
前菜
スープ
魚料理
口直し
肉料理
デザート
コーヒー(紅茶)



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第11話:情報を制する者は戦いを制す。でも結局、力が全てですよねー


初めての能力バトルが……多分始まったリ始まらなかったり……。




 

 

「その通りですっ、正式にお願いしますので協力していただけませんか?魔眼のユーザーさん?」

 

私の確信の一言に反応したのか、眉が動く。

 

「魔眼のユーザー?それって、僕の事を指しているのかな?」

 

「あ、別にとぼけなくても良いですよ?と言うか深沢先輩が犯人って事は既に分かっているので」

 

お互いにニコニコと笑顔を浮かべながら言葉を交わす。

 

「……うーん。これは言い逃れ出来そうに無いのかなぁ?確信しているみたいだしね」

 

「その通りです。でなければ、こんな場所までご招待しませんよ?」

 

「幾つか舞夜ちゃんに聞きたいんだけど良いかな?」

 

「勿論ですっ、色々気になると思われるので私に応えれる事なら何でも……あ、長くなりそうでしたら追加で何か頼んでも良いですよ?今日は先輩に奢るのは変わらないのでご安心を」

 

「気になった事が解決したらそうしようかな?」

 

「了解です!それでは質問タイムと行きましょうっ」

 

「僕ってどうしてわかったの?……見られるような事はしてないと思うんだけど?」

 

「そうですねぇ……幾つかあるんですが、一番は私もアーティファクトを持っているんですよね。当然なのですが……それが理由です」

 

「舞夜ちゃんの能力が原因ってことかな?」

 

「ですねー。ぶっちゃけますと、私の能力が()()()()()()()()()()()()()って内容なのです」

 

「漫画とかでよくある鑑定の力みたいな?」

 

「あ、それがしっくり来ますね!それです。特定するには幾つか条件を満たさないといけないのですが、それをクリア出来れば可能ですね」

 

「因みになんだけど、どこまで分かる感じ?」

 

「そうですねぇ……最大で相手の能力の名前、発動条件、範囲、効果、威力とかが私の理解できる範囲で読み取れますね」

 

「へぇ……凄いねっ、その能力」

 

「深沢先輩のは相手と目を合わせる事が発動条件みたいですし、名前から見てもすぐに分かる感じですね。効果なんて相手を石にするってそのまんまだったので」

 

「ちゃんと分かっているみたいだね。何時から知ってたの?僕が犯人って事」

 

「以前に一度、一緒にラウンドツーに行ったじゃないですか?新海先輩の部屋の前で会った日のやつです」

 

「ああ、舞夜ちゃんが僕を遊びに誘ってくれた日かぁ……え?その日には既に分かってたの?」

 

「分かってましたね。石化の犯人ってことは」

 

「えぇ……その相手を遊びに誘うとか……もしかして翔達から遠ざけたかったの?」

 

「いえ、あれは単純に先輩達を二人きりにしたかった感じですね」

 

「僕が言うのもなんだけど、まともな考えじゃないと思うんだけど?」

 

「自覚しているので平気です。それに目的があってそうしただけなので」

 

「さっき言ってた翔たちに僕が犯人ってバレたくないんだっけ?それ、どうしてなの?」

 

「これに関して私情が入ってて詳しく言えないのですが、深沢先輩が持っている石化の能力を誰かに盗られるのが非常に不都合なのです」

 

「その言い方だと、僕は翔と九條さんに負けるってことになるの?」

 

「言ってしまえばそうですね。確かに深沢先輩側には高峰先輩や幻体のゴーストさんが居ますが、それでも負けますね」

 

「これはビックリ……こっちの情報筒抜けって感じ?」

 

「残念ながら、筒抜けですねっ。新海先輩サイドは新海先輩と九條先輩、新海先輩の妹と知り合いのユーザー四人と追加で私が参戦します」

 

「でもさ、それでもぶっちゃけ勝てるっしょ?僕の予想だけど、いざ戦うってなったら翔と九條さんは躊躇しそうだしさ」

 

「あはは、ですねー。妹ちゃんも戦闘向けじゃありませんし、ぶっちゃけた話高峰先輩一人で制圧可能ですよ?」

 

「何それ~、戦えるのってその知り合いの人だけ?あ、舞夜ちゃんが戦うの?確か護身術してるんだよね?」

 

「してますよ~?これでも腕っぷしには自信がありますので、先輩達が戦えなくても私一人でどうにか出来る程度ですしー、あはは」

 

「凄いね!蓮夜と僕、幻体相手にして勝てるってことなの?流石に言い過ぎじゃないかなぁ……?」

 

「いえいえ、ちゃんと正確にそちらの戦力を見積もった結果ではじき出してるので……」

 

「ふぅん、舞夜ちゃんってそんなに強いんだ」

 

「それなり強いですよ?試してみます?」

 

「ここで?いいの?知り合いのお店でしょ?」

 

「ご心配なく、深沢先輩が私に手や足も出せずに負けるので問題ありません」

 

「へぇ……言うねぇ」

 

「では、行きますよ?」

 

両手を前に出して目の前で音を立てる。音に反応し、反射的に驚いて目を閉じる。即座にテーブル下で先輩の足に私の足が触れ、能力を発動させる。

 

「っ!?……え!??」

 

「はい、これで先輩は目を開ける事はおろか、手足を動かすことすらできませんね?あ、一応口は動かせるようにしているのでお喋りは可能ですよ?」

 

「え、ええ!?どうなってんのこれ!目が開けられないし、体が動かない……!」

 

「凄いですよね?特定の条件下で、人は驚くと体を動かすことが出来なくなるんですが……先輩の今の状態がそれです」

 

「さっき驚かせたのは……!?」

 

「その為です。これで主力の魔眼は使えませんね?どうします?このまま首を跳ね飛ばす事も可能ですが……」

 

「……出来ないくせに強がっちゃって~。それに、体は動かせなくても……」

 

幻体がある。と言いたいんだろうなぁ。

 

次来ることが分かりながら待っていると、体から抜き出るみたいに幻体が出てくる。

 

「俺がいるんだよなぁ!!」

 

怒りを露わにしたゴーストが出てくる。ので、行動に移される前に、服の中に仕込んでいたナイフを取り出して首を刎ねる。

 

首が体から分離し、維持が不可能となったからか、霧のように消える。

 

「と、まぁ。こんな感じにちょんぱしちゃいますね」

 

「マジですか……。躊躇いなさすぎない?幾ら幻体だからって人間の姿してるんだけど……」

 

「人の形をしてるからって迷う理由にはならないですね」

 

「えぇ……何この後輩、怖いんだけど……」

 

「幻体からの情報を共有できたと思いますが、この距離なら避ける前に仕留めるのも簡単です。もし高峰先輩合わせて三対一でも時間は少しかかるかもしれませんが、勝てると思いますよ?」

 

すると、深沢先輩の頭上で槍の形をしたものが出現し、話しかけている私目掛けて飛んでくる。

 

「っと、流石にそんなの当たるわけ無いですよ。発現したのを認識できた時点で回避可能です」

 

割と正確に殺意高めに頭を狙ってきたけど……ああ声で大体の位置は分かるもんだしね。

 

「あ、複数でアタックするのはご勘弁を。処理する為に動くのが面倒なので……食後ですし……ね?」

 

「……ははっ、流石にこれは完敗かな?服の中にナイフを持ってたのも驚きだけど、それを何の迷いもなく使ってくるのにビックリした」

 

「備えあれば憂いなしってやつですね!」

 

「どんな備えか気になるなぁ……うん、分かった。今回は僕の負け。素直にそっちのいう事を聞くよ」

 

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 

嬉しそうな声を出し、自分の前髪に能力を掛けて髪留めを外す。

 

「なので出来ればこの金縛りを解いていただけるとぉ……」

 

「待って下さい、今解きますね」

 

先輩の正面に手を出し指を鳴らす。同時に能力を解いて開放する。

 

「うわっ!?動ける……!凄い!体が自由だっ」

 

「今、自由にしましたので普通に動けると思います」

 

「うんうん、ほんとだ……それじゃあ……」

 

こちらを向き目を合わせる。と、同時に顔にスティグマが浮かび上がる。

 

「やられっぱなしは嫌だし、お返ししておくね?どう?動けないでしょ?」

 

「……っ、そうですね。少しきついです……」

 

恐らくこれが魔眼の力なんだろう。全身が物凄く硬く思えるし、手や指を動かそうにもゆっくりとしか動かせない。

 

「え、喋れるの?おかしくない?なんで?」

 

「どうし、て、でしょうね……。それに、動け……なくても、魔眼を解くくらい……出来ます、よ?」

 

前髪に掛けていた能力を解く。位置を固定されていた髪が重力に従って落ちてきて視界を遮った。

 

「ぷはっ、これで、視界が遮断されたので能力は解除されましたね」

 

「ええぇ……そんな簡単に……。ちょっとショックだなぁ」

 

「それが()()魔眼の弱い所ですよねー。二人同時だと対処が簡単になってしまいますから」

 

「いやいや、舞夜ちゃんは一人でしょーが……」

 

「いえ、一応ですが、私一人じゃ無いですよ?」

 

パンパン、と手を叩く。すると入口から数人の黒いスーツを着た男たちが入って来る。

 

「どわぁ!?な、何々!?超怖いですけど……」

 

「もしものことがあれば即座に駆けつけて下さる心強い方々です。どうです?怖い黒服のお兄さんたちですよー?話、聞いて下さる気になりましたか?」

 

「狭い個室に男が詰め込まれるって……むさ苦しくなってきたよ……」

 

「どうですどうです?そろそろ観念していただけたでしょうか?」

 

「うーん、そうだなぁ……怖いし逃げさせて貰おうかな?」

 

 楽しそうに笑う先輩が能力を発動しようとする……が、地面から足が離れない事に気づき笑みが消える。

 

「あれ?転移のアーティファクトで逃げないのですか?それとも()()()発動条件が満たせなくてお困りとかで?」

 

「あはは……そういや舞夜ちゃんは分かるんだったね、そりゃ逃げられない様に対策はとるか」

 

「当然ですね。取りあえず提案を聞くだけ聞いてみませんか?受け入れるかどうかはその後でも構いませんし」

 

ジェスチャーを送り、入って来た人たちが部屋から出て行く。

 

「これで再度二人きりですね?……それでは、密談でも交わしましょうか?」

 

肘をテーブルに乗せ、両手に顎を乗せながら、可能な限りの笑顔で笑って見せた。

 

 

 

 

「ふぅ……これで取り敢えず大丈夫かな?」

 

深沢先輩とのやり取りを終え、先輩が店から出て行ったのを確認してから一息着く。

 

「お疲れ様でした」

 

「あ、店長さん。こちらこそありがとうございました。お店を汚さずに終えましたよー!」

 

「現在借り切り状態ですので、多少のいざこざはこちらで処理出来たのでお気になさらなくて大丈夫でしたのに」

 

「流石にこんな素敵なお店で暴力沙汰は私も嫌だったので頑張ってみましたっ」

 

「心遣い感謝します。そのお礼……では無いですが、今試作で新しいデザートメニューを模索中で、もし良ければ感想をお聞きしても?」

 

「え!?お店の新メニュー?食べる!食べますっ。喜んで食レポさせて下さい」

 

「ふふ、では、今準備してきますね?それと、今後も似た事をする際は遠慮なく私の方に言って下さい。舞夜様にはいつも娘がお世話になっておりますので」

 

「あはは、二葉ちゃんに関しては勿論任せて下さい。姉の方は保証しかねますが……」

 

「遊んでいただけるだけで十分ですので……では」

 

こちらに一礼をして部屋から退出する。と、入れ替わりで黒髪ショートの黒服を着た少女が入って来た。

 

「あ、二葉ちゃん。お疲れー」

 

「舞夜姉も、お疲れ様です」

 

部屋に入って来た二葉(ふたば)ちゃんは、迷うことなく私の隣に座る。

 

「今日は一人なの?」

 

「うん……。お姉ちゃんは今は稽古でここには来ていないの」

 

「そうなんだ。という事は今日のに二葉ちゃんも居たってことかー」

 

「一応、お父さんのお店だし……勝手を知ってる人が居た方が良いだろうって当主様が……」

 

「なるほどね、おじいちゃんが気を利かせてくれたんだねぇ……。私、これからこのお店の試作品を食べるんだけど、一緒に食べる?」

 

「……っ!うん、食べる」

 

「それじゃあ、二葉ちゃんのお父さんが作るまで待つことにしようか」

 

「舞夜姉……もし良かったら、学校とか一人暮らしの事聞きたい……かも」

 

「うん、全然オッケーだよ。楽しいかどうかは保証できないけどねっ」

 

雑談していると先ほどの試作品が届く。二葉ちゃんの分も用意をお願いしようとしたが、本人から止められた。そこまで食べれないから私が食べているのを少し分けるだけで良いとの事だったのでそうすることにした。

 

ひな鳥に餌を上げる様な感覚で彼女の口にスプーンを運んでいたが、ご満悦な様子なので良しとしておいた。

 

 

 

 

舞夜ちゃんとの話し合いが終わり、お店を出て帰り道を歩く。

 

「いやー、まさか僕の事がバレてるなんてねー、しかもあんな提案までしてくるなんて驚いたよ」

 

「それで?結局受けることにしたの?」

 

「うん、そっちの方が面白そうだし僕も翔たちに目を付けられずに逃げれる。お得っしょ」

 

「まぁ、暫くは身を潜めた方が良いのは確かだし……好きにしなさい」

 

「そうさせてもらう。コテンパンにやられちゃったしね」

 

「相手の能力を見ることが出来るアーティファクトねぇ……便利そうだわ」

 

「結局もう一つのは何だったんだろう?ほら、僕が動けなくなったあれ」

 

「そうねぇ、もう一つのアーティファクトを持っていたって事が一番早いかしら?」

 

「もう一つ?それって僕みたいに複数所持しているってこと?でも普通は一つなんじゃないの?」

 

「あの子にも私みたいに向こうの世界の住人が来ているのなら何ら不思議じゃないわ」

 

「あー、同じパターンね。確かにそれなら納得。流石に武術であんなこと不可能だよね。ってなると僕みたいに人を停止させるタイプなのかなぁ……?」

 

「再戦しようにも、今の貴方じゃ、分が悪いんじゃないかしら?あちらは随分と貴方たちの事を把握していたみたいだし、力に対しても対策して来ていたでしょ?」

 

「そうなんだよねぇ……どこでそれを知ったのか……もしかしてアーティファクトなのかな?能力以外にも知れるとか?」

 

「逆じゃないかしら?貴方の能力を知るために身辺調査をしていたから知っていた。って方が辻褄が合うわよ」

 

「あーなるほどね。そっちかぁ……」

 

「ま、無事生きて帰れた事だし、今は大人しく舞夜ちゃんの提案に乗っておこうかな?」

 

「身代わりを用意するって話だったわね」

 

「そうそう、まさか身代わりの人物まで向こうから提案があるなんてね。僕としては楽で助かるけど」

 

スマホを取り出し、目的の人物に電話を掛ける。

 

「あ、もしもし?蓮夜?僕だけど……」

 

舞夜ちゃんが言っていた通り、面白い内容だったなと思い出しながら電話を続けた。

 

 





名簿

久賀 二葉(くが ふたば)
中学三年、静かめで割と喋らないが、主人公には懐いている為そこそこ話せる。来年は白泉に通いたいが姉が反対している為、中々上手く事が運べていない。
主人公との間をジャマしてくる姉には割と毒を吐いたり吐かなかったり……。

久賀 三花(くが みつか)
高校一年、主人公とは違う場所に通いたいのと、結城希亜の監視兼護衛として念のために白泉ではなく玖方女学院に通う同級生。
妹が自分では無く主人公にべったりな事に嫉妬をしている。



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第12話:今回の取引はこちらに得しかないので私の勝ちですね


遂にあのフルーツたっぷりのパフェを……。




 

「それじゃあ、私、裏から入るね」

 

「ああ、バイト頑張ってな」

 

「うん」

 

「みゃーこ先輩、またあとでね~」

 

「お世話になりまーす」

 

バイトの為に裏口に向かう九條先輩を三人で見送る。

 

「にいやん、あたしパフェ食べたい」

 

「勝手に食べろ。奢らないぞ」

 

「けち~」

 

「先輩、私はパフェとは言いませんが、何か甘いものが食べたくなってきました……ちらちら?」

 

「くっ……!それが今回の報酬と言うわけかっ?」

 

「うーん。ではそうしましょうか。天ちゃん。一緒にパフェ半分こしよっか?」

 

「え、ほんと?やったー」

 

「友達にたかるなよ。しかも報酬を……」

 

「先輩。私が良いのでお気になさらず、それに美味しい物は一緒に食べた方が更に美味しくなるんですよ?」

 

「どうしてこんないい子が、天の友達をしてるのか未だに謎だわ……」

 

「え、なに?今、貶された?私の心が汚れてるってか?ぉお?」

 

「私はただ、美味しい物を食べて喜ぶ天ちゃんの笑顔が見たいだけなんです……それを報酬として頂けるのなら悔いはありません……!」

 

「だってさ。お前美味しそうに食えよ」

 

「それなら自信があるねっ!いや寧ろ自信しかない」

 

新海兄妹と雑談を交わしながら適当な席につき、取りあえず飲み物を注文。

 

店内を見渡すが、今回の目的の人物はまだ来店してなかった様ですね。

 

「お待たせしました。何かご注文はございますでしょうか?」

 

「えっと、コーラを二つ、それと紅茶を1つ、デザートでこの……フルーツパフェを……一つ、下さい……!」

 

「飲み物がコーラおふたつ、紅茶がおひとつ、デザートでフルーツパフェですね。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

 

「以上でお願いしまーす」

 

「畏まりました。少々お待ちください」

 

頭を下げて厨房へ注文を伝えに向かう。いつ見ても目の保養になりますねぇ……。ツインテ眼鏡先輩も最高です。

 

「……にいやん。ほんとに良かったの?一番高いパフェを頼んだけどさ」

 

「いや、良いんだ。それで報酬分の成果を出してくれるなら……尊い犠牲だろ?」

 

「いやーすみません。一度も食べたことなかったのでこの機会に食べてみようかと思いまして……先輩の奢りで食べるパフェはさぞかし美味しいんだろうなって」

 

「なんだか分けて食べるのが申し訳なく感じるわぁ……」

 

「でもちゃんと天ちゃんも食べないといけないからね?それ込みでの報酬なのです」

 

「私は得しかないから良いんだけどねー。そしてにぃにはご愁傷様」

 

「いいさ、都を守れる可能性を上げれるなら俺に出来る事なら何でもするさ」

 

「ひゅーひゅー。流石は彼氏さんっ!頼りになりますな。……まぁでも、先輩の期待通りにはきちんと働きますのでご安心を……」

 

今回、先輩から持ち掛けられた話は、別の枝で九條先輩が石化されたのを知り、それを回避する為に犯人特定を急いだ結果、香坂先輩の記憶からオフ会を開催したのを読み取ったらしい。それらは夜な夜な九十九神社に集まっているとの情報を聞き、本日から張り込みをする事となった。その戦力として私は呼ばれたのである。言ってしまえば結城先輩のポジションであった。

 

が、不安材料を無くしたい。仲間を集めたい。とのことで結城先輩も誘う事になりましたー。この中で一番私が交友関係を持っているので提案を持ちかける役割を買って出ました。

 

「お待たせいたしました」

 

先輩と天ちゃんと話していると、飲み物が届き少ししてからパフェも届く。

 

「おぉ……!これがあの噂のフルーツパフェ……ですね!」

 

「やば、想像以上にフルーツたっぷりじゃん……」

 

「俺も初めて見たが、値段が高いだけはあるな」

 

「それでは!新海先輩、いただきますね!」

 

「ああ、存分に味わってくれ……」

 

スプーンを取り、パフェの頂上にある果物を掬い食べようとする。

 

カランカラン。

 

ドアが開く音とベルの音に誰かが来店したことを知る。そちらに目を向けると、目的の結城先輩が入って来た。

 

「……天ちゃん、あーん」

 

「ん?ぇえ?あ、あーん……」

 

食べかけていたパフェを天ちゃんの口に押し込む。

 

「先輩、先にお仕事を終わらせてきますね?」

 

「良いのか?まだ食べてないだろ?」

 

「きちんとこなして見せてから食べようかと思います。あ、天ちゃんは引き続き食べてて良いからね?出来れば美味しそうに食べてくれると助かるなー」

 

「えっと、食べないの?先に食べるの申し訳ないんだけど……」

 

「ううん、結城先輩を取引に応じさせるために必要な事だからお願いね?」

 

「お、おぅ……よくわかんないけど、わかった……」

 

結城先輩が席に着いたことを確認してから席を立つ。先輩らと一番離れた席に座って居る結城先輩の席に向かう。

 

「結城先輩、今大丈夫ですか?」

 

「……何かしら?」

 

「率直に言いますね。魔眼のユーザーの情報をこちらで掴みました。その話がしたいんです」

 

少しうざったそうな表情が興味を持つ。

 

「席、座っても良いですか?」

 

「……ええ、許可するわ」

 

「ありがとうございます」

 

許しが下りたので正面に座る。横に座るのは流石にダメだよね。

 

「それで、聞かせてくれる?」

 

「はい。内容としては魔眼のユーザーが仲間と思われる人たちと集まっている場所を特定しました」

 

「場所は?」

 

「成瀬家の九十九神社です。夜に密会を開いていると思われます」

 

「……夜の神社ね」

 

「確定では無いので今日から私達は夜に神社に張り込みをしようかと考えています。結城先輩にはそれに参加して欲しいんです」

 

「……貴方達と関わるつもりはない」

 

「先輩一人で行くつもりですか?相手は聖遺物を持った集団ですよ?」

 

「関係ない。負けるつもりはない」

 

「いえ、残念ながら負けますね。結城先輩一人ではどうあがいても敵わないかと……」

 

私の即答した挑発にあからさまに苛立った目を向ける。

 

「はぁ、何を根拠にあなたはそう言ってるの?」

 

「そうですねぇ、確かに結城先輩の自信を見る感じ聖遺物のジ・オーダーはかなりの汎用性と強力な物だと容易に想像つきます」

 

「そうね、能力の詳細を言うつもりはないけれど……石化の能力に負けるとは思えない」

 

「結城先輩の能力の発動条件はどうでしょうか?発動する為に踏む必要があるプロセスは?そしてその範囲と効果は?能力によって条件は様々です。九條先輩などは発動条件が厳しいですが、発動出来ればかなりの強さです。逆に天ちゃんの能力は発動は任意で条件も無し。ですが、効果やその範囲がいまいち心もとない能力です」

 

「恐らくですが魔眼のユーザーは前者に近いかと思われます。発動条件は予想ですが相手と目を合わせたりする必要があるかと……そして石化までにはそこそこの時間が掛かるはずです。その分決まれば確実に相手を殺し得る力と言えるかと思います」

 

「今のを聞いて結城先輩の能力はどうでしょうか?あ、言う必要はありません。勝てそうなのかどうかだけ言って頂ければ十分です」

 

私の言葉を聞いて、少し考えるように目を閉じる。

 

「……結果は変わらない。私のジ・オーダーは、無敵」

 

「ふふ、分かりました。それなら取引をしませんか?勝てると宣言した先輩を見越しての正当な取引を……です」

 

片肘を付き、指に顎を乗せ、それっぽ~い声と雰囲気を醸し出して目を向ける。

 

「……正当な、取引……」

 

やっぱり乗ってくれた。こういうのお好きですもんね。

 

「はい。内容は先ほどの張り込みへの参加です」

 

「……報酬は?」

 

「そうですねぇ……以前先輩に奢り損ねたフルーツパフェなんてどうでしょうか?この前のお詫びを込めて、今日から一週間。どうでしょうか?サンプルとして、今向こうで私の友達が美味しそうに食べているのが報酬のブツですね」

 

「引き受けた」

 

うーん。この速さ。

 

「ありがとうございます。それでは、とりあえず今日の分を食べますか?」

 

「ええ、そうね。先に今日の報酬を頂こうかしら」

 

待ちに待った結城先輩へのフルーツパフェが決まり、待っていた九條先輩に手を振る。

 

「ご注文お決まりですか?」

 

「九條先輩、彼女に天ちゃんと同じフルーツパフェを1つ、お願いします!」

 

「フルーツパフェが一つですね。かしこまりました」

 

「確認だけど、明日からも決行前にこの店に来るから」

 

「はい、食べたくなったらいつでも言って下さいねっ!」

 

ふはは、完全勝利だ!天ちゃんと結城先輩が美味しそうにパフェを食べる姿を見れる。

 

「それでは、私は元の席に戻りますね?結城先輩の憩いの時間をジャマしたくないので……」

 

「ええ、支払いよろしく」

 

「はい、喜んでー」

 

にこにこした表情で席へ戻る。

 

「随分と嬉しそうな顔してるって事は成功したってことなのか?」

 

「はいっ、無事に結城先輩にフルーツパフェを食べてもらえることが出来ました!」

 

「え?フルーツパフェ……?」

 

「あ、すみません間違えました。無事に張り込みに参加する事を了承していただきました」

 

「うまくいったみたいだね」

 

「私の巧みな話術によって結城先輩もコロリと落ちましたよ。新海先輩、褒めてください」

 

「うむ、よくやった」

 

「ははぁー、勿体なきお言葉っ」

 

「でさ、さっきのフルーツパフェは何なの?ほら、パフェクイーンに食べてもらうとか何とか……」

 

「えっとね、以前に結城先輩にパフェを奢る約束を取り交わしたのを、ここに来てようやく果たせたのでつい舞い上がっちゃった」

 

「そんな約束してたの?」

 

「そうだよー。以前に新海先輩と九條先輩と出くわした時です」

 

「ああ……あの時か。俺たちが邪魔したせいで帰った日か」

 

「そそ、その日です。……では先ほど中止したフルーツパフェの続きを頂くことにします!」

 

「ほい、少しだけ食べたけどすんごく美味しかったよ」

 

天ちゃんからスプーンとパフェを受け取り、一口食べる。念願のフルーツパフェである。

 

「……果実の暴力ですねこれは。クリームとかが邪魔していませんし、ちゃんと主役として目立つ美味しさです。お互いのフルーツが喧嘩しない様に配慮されています……」

 

「天とは大違いの食レポだな。こいつ美味い美味いとしか言わなかったぞ」

 

「つまり美味しかったってことですね。分かりやすくて良い感想だと思いますよ」

 

「何だかフォローされた気分……」

 

「新海先輩も食べてみます?フルーツとかが嫌いでなければ、ですが」

 

「いや、別に食べれるぞ?」

 

「それなら安心しました。ではこの部分を食べてみてください」

 

クリーム付きのフルーツをスプーンに乗せ、口元まで持っていく。

 

「え?」

 

「ん?食べないんですか?」

 

「いや、なんで九重が俺に食べさせようとしてるのか不思議なんだが……」

 

「そうですねぇ……天ちゃんにしたので、先輩にも"あーん"をしておかないと、こう……コンプリート感が無いなと思いまして……」

 

「いやいや、舞夜ちゃん?何そのコレクター魂」

 

「あはは、冗談ですよ。流石に九條先輩を差し置いてするわけにはいきませんよね。はい、スプーンです」

 

「お、おう、ありがと」

 

「にぃに、みゃーこ先輩がいるのに動揺してませんかい?……いやらしっ!」

 

「してねーよ、くたばれ」

 

「それは言い過ぎでは?」

 

「後で九條先輩に報告しておきますね?」

 

「……勘弁してくれ」

 

 

その後、新海兄妹は早めに夕食を取りに帰宅し、結城先輩も一旦店を後にした。

 

私も帰ろうかと考えたが、折角ナインボールに居る事だしお店で晩御飯を食べることにした。

 

「舞夜ちゃんはここで食べていく?」

 

「そうしまーす。九條先輩は今日は早めに上がれそうですか?」

 

「うん。おじいさまに相談して許可をいただけました」

 

「おお、良かったです。では私と一緒に行きましょう?待ち合わせ場所までエスコートさせて下さい!」

 

「ふふ、それじゃあお願いしようかな」

 

「お任せをっ。羽虫一匹たりとも近づけさせません!」

 

ちょくちょく暇なタイミングを見ては九條先輩と話しながら時間を潰し、バイトを切り上げて出て来た九條先輩と一緒に私が呼んでおいた車に乗り、神社に向かう。

 

「天ちゃんと先輩は今着いたみたいです。結城先輩はまだみたいですね」

 

「ごめんね?わざわざ一緒に乗せてもらっちゃって……」

 

「九條先輩なら全然大丈夫ですよ。最近物騒な事が多いので女の子だけで夜道を歩くのは危ないってことなので」

 

「ぅ……今から危ないかもしれない事を……」

 

「それは確かに……でも平気ですよ、いざって時は私が守りますから。九重家の護身術が火を噴きますよ」

 

「舞夜ちゃんが危険な目に合うのは賛成出来ません」

 

「いえいえ、その為の護身術ですよ。もしもの時に役に立てるように鍛えたのですからっ!きっと九條先輩を守るために今まで頑張ったと言っても過言ではありません!」

 

「ええー……。あ、そういえば気になったんだけどね、舞夜ちゃんは何時頃から教わっていたの?小さい時からっておじいさまからは聞いたけど……」

 

「うーん、何歳だったかあやふやですが少なくとも小学生辺りですかね?その頃に色んな人から話を聞いたり学んだりした記憶があるので多分その頃かと思います」

 

「凄いね、何年もちゃんと続けられて。何か目標があったりとか?それとも……家がしているからとか?」

 

「それはもう、きちんとした目標と将来図があるのでそれに向かって頑張っているって所です!」

 

「将来まで……!?舞夜ちゃんのおじいさまの家業を継ぎたいとかかな?」

 

「いえ、後継ぎは決まっているので、どう頑張っても私は継げませんねー。別です、別」

 

「あ、もう決まっていたんだ。……別の目的?」

 

「はい。その……倒すべき標的が、居るんです。そして、救いたい人達が居て……私は、そのために今まで頑張って来たんです……」

 

「え?倒したい……?」

 

「舞夜様、九條様、神社に到着しました」

 

「着いたみたいだね!九條先輩、降りましょう」

 

九條先輩からの疑問を運転手が遮った事で話が途切れる。

 

「あ、うん。送って頂きありがとうございました」

 

運転手にお礼を告げ、下車する。正面には新海先輩と天ちゃんがこちらに向かって手を振っていた。

 

「残りは結城先輩だけみたいですねー」

 

「そうみたいだね、時間までもうちょっとあるからそろそろ来るかもしれないね」

 

「では私達も待ちましょっ」

 

九條先輩が二人に手を振りながら合流しに向かうのを後ろから付いていく。

 

私の目標かぁ……。最初に決めた時から今でも変わらずにずっと思い続けていますよ?しっかりと……。それを成すことが九重家に返せる恩返しでもあり、求めている願いでもある。そして私がこの世界に来た意味と、存在価値を証明出来る。

 

だから、必ず先輩達を、選択した枝の先まで必ず辿り着ける様にします。今日の事はその為の大事な始まりの物語……なので。

 

改めて誓いを確認し、嬉しそうに手を振る先輩の後を追った。

 

 

 





次かその次で、この枝は終わりになりそうです。



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第13話:ふたりの幸せを見れたので、この枝の私は大満足でした


今回でこの枝も終わりを迎えることになりました。ちょっと文字がいつもより長くなりましたが、詰め込みました。




 

 

全員が集まった所で結城先輩がこの後の内容を聞き始める。

 

「それで、作戦は?」

 

「天の能力を使って境内に潜伏。三人が現れたら、都の能力で記憶を読む」

 

「犯人が確定出来たら……私の力でアーティファクトを奪って無力化する、だね」

 

「ああ。もし気づかれた場面はーー」

 

「私の出番ね」

 

「正確には結城先輩と、私ですねっ!」

 

「ああ、その時は頼む」

 

「任せてくださいな、先輩達に指一本触れさせません!」

 

「んじゃ、さっさと天の能力使ってもらって、境内で待機するか」

 

「あの~、出来れば予防線を張っておきたいのですが……」

 

「ん?どうした」

 

「今朝気づいたんだけど、人数が増えるほど効果が薄れる気がするんだよねぇ」

 

「四人もいるから……厳しそうかな?」

 

「まったく効果なしにはならないと思うけど……、一人か二人に掛けた時よりかなり弱くなると思う」

 

「……補助のエンチャント。範囲化すると……効果がその分弱まる」

 

「そうそう、そんな感じです。だから、能力があるから~って油断していると、あっさり見つかったりするかも……」

 

「なるほどなぁ……んーー……」

 

「それなら、もしもの時は対象を絞りませんか?」

 

「そうだな。万が一の時は天自身と都優先で頼む」

 

「にいやん達は?」

 

「男だし、俺自身は解除しちまえ。どうにでもなる。九重も身を守れるだけの力あるし……結城も強い。だろ?」

 

「……そうね。問題ない」

 

「私も問題なしでっ。その時は結城先輩と新海先輩は私に任せて下さいね?」

 

「それじゃあ行こう。都も、よろしくな」

 

「うん、がんばるね」

 

恋人を励ますために最後に声を掛ける先輩を見ながら、境内に向かう。天ちゃんと九條先輩が歩き出したが、結城先輩が動かないことに気づいて先輩が後ろを見る。

 

「結城……?どうした?」

 

「ひとつだけ」

 

「ああ」

 

「……九條さんの盾になってあげるつもりはない」

 

「……」

 

「あなたが私の能力を確認しないまま私を信頼しているふりをしているのは……単純にデコイが欲しかったから。私の力なんて、最初からあてにしていない。……そうでしょう?」

 

「ノーコメントで良いか?」

 

「……。フルーツパフェの分は、働くわ」

 

「頼りにしてる」

 

特に何も起こらずに会話を終える二人。どうやらオーバーロードによる干渉は無かったみたい。

 

「せんぱいせんぱい、私は?私も働きますよ?」

 

「ちゃんと九重の事も頼りにしている」

 

「ありがとうございますっ。それじゃあ行きましょ。天ちゃん達待ってますよ」

 

「ああ」

 

何やら真剣な表情で考え事をしている先輩を見ながらみんなと合流する。境内は明かりが無いためほとんど何も見えない。

 

「どこに隠れる?」

 

「そうだなぁ……天、能力は?」

 

「もう使ってる。大きい声で話すとあっさりバレるかも……」

 

「了解。ひとまずここから移動して端の方に……」

 

「……待って」

 

「どうかしましたか?」

 

制止した結城先輩が無言で奥を指差す。

 

「?」

 

皆がその方角を見て疑問に思っているが、奥に膝を付いた人影が見える。

 

「え、もういる……?」

 

「え、ど、どうしよう」

 

「……落ち着いて。まだこちらに気づいた様子はない」

 

「あっち側から、ゆっくり近づこう……」

 

先輩の指示で人影から距離を取りつつ、大回りしながら慎重に距離を詰めていく。

 

「にいやん、これ以上近づきたくないかも」

 

残り十メートルほどになった時に天ちゃんが言う。多分この先遮蔽物が無いからだと思う。

 

「……分かった」

 

「この辺りで、しばらく様子を見ようか?」

 

「そうだな。一人はもう来てるんだ。他の二人が来る可能性は高い。三人が揃うまでーー」

 

相談し合っている先輩達を無視し、結城先輩が立ち上がる。

 

「ーーぁ、おいっ。何してる!?」

 

「……警戒するだけ無駄」

 

「はぁ?」

 

「……夜目が利くの。あの男が私達に意識を向ける事は、決してない」

 

先輩の制止を振り切って遮蔽から身を出して人影へと近づいていく。

 

「ゆ、結城さんっ!」

 

「私が着いて行きます。先輩達はここで待っていてください」

 

「あ~あ……。あたしのそばにいないと、能力切れるよ」

 

「俺も行く。天、都を頼む」

 

「ほいほい」

 

呆れた様子の先輩と一緒に身を出し結城先輩の後を追う。

 

「あいつを呼んだのは失敗だったか……」

 

「どうでしょうか。今の発言からすると恐らく……」

 

人影との距離が減るにつれて、隣に居る先輩の表情が苛立ちから驚きに変わっていく。

 

「……くそっ」

 

その人影が何か認識した先輩が声を出す。

 

「……石化した……人ですね」

 

「……白泉の制服」

 

「……。知り合い?」

 

「いや、……見たことない」

 

「……そう」

 

静かに呟いた結城先輩が石像の観察を始めた。

 

「……メモ?」

 

石像の傍に置いている紙切れを拾う。

 

「これは……ダイイングメッセージ……」

 

「……犯人が見逃したのか?」

 

「……。いえ、遺書ね」

 

「は?」

 

「……」

 

無言でこちらに差し出したメモを先輩が受け取る。暗くて読めないのでスマホのライトで照らして読み始めた。

 

『罪の意識に押し潰されそうだ。気が狂ってしまう前に僕は僕自身を石にして全てを終わらせよう』

 

うんうん。言った通りの内容を書いてくれて安心した。

 

「僕は、僕自身を……?」

 

「素直に読み取るならば……自分で自分を石にした、という事になるわね」

 

「自分を……?じゃあ、待て、こいつが……」

 

「石化の能力者」

 

「嘘だろ……?」

 

「だとすると、自殺したってことに……なりますね……」

 

「三人目の犠牲者は……犯人自身……」

 

驚き呆けている先輩の後ろに残りの二人も近づく。

 

「そんな……」

 

「あ、これ……どういう、こと?」

 

石化したひとを見て驚きの声を上げる。

 

「都、この男に見覚えは?」

 

「……、香坂先輩の……記憶に。神社で会っていた……」

 

「推測自体は……当たっていた、と言うわけね」

 

「……あっけない幕引き。罪の意識に押し潰されるのならば、はじめから犯罪など犯さなければいいもの。この男は、しっかりと裁かれるべきだった……。自分だけ、楽に逝くなんて」

 

吐き捨てるように石像に文句を言った結城先輩がこちらに振り返る。

 

「……私の仕事は、これで終わりね」

 

「……ああ」

 

「契約通り、報酬は支払ってもらう。一週間分」

 

「はい、内容は一週間なのできちんと支払います。ありがとうございました」

 

「……。それじゃあ」

 

淡々を装った結城先輩に頭を下げて見送る。残された側はただ茫然と石となった人を見下ろしている。

 

「……幕引き。本当に……これで、終わり?」

 

「石像の記憶を読むのは……流石に、無理?」

 

「……。うん、ダメみたい」

 

「そっかぁ……」

 

「この遺書しか……今は判断材料がないな」

 

「これでもう……誰も死なない?」

 

「……そうだね。でも……。たとえ犯人自身でも……また死人が出てしまった。素直に喜べない」

 

正義感の強い九條先輩が悔しそうに左手を握りしめる。

 

「天ちゃん、あんまり見ない方が良いよ?」

 

石像を見ている天ちゃんの目を後ろから手で覆う。

 

「うえ!?あ、う、うん?ビックリした~……」

 

「先輩」

 

「そうだな。天、三人で、先生のところに行ってくれ」

 

「沙月ちゃん?」

 

「ああ、放置はできないだろ?」

 

「翔くんは……?」

 

「警察を……は先生の許可取ってからが良いか。まだこいつに何か無いか調べてみるよ」

 

「じゃあ、わたしも……」

 

「はい、ダメでーす。九條先輩も私達と一緒に成瀬先生の元に行きます」

 

「え、えっと……」

 

その場に残ろうとする九條先輩の手を取り引き寄せる。

 

「九重の言う通りだ。こんなのの近くに居ない方が良い。先生ん家で休んでてくれ」

 

「……」

 

「みゃーこ先輩。行こ?」

 

「う、うん……」

 

納得いかない様子の先輩を天ちゃんと一緒に手を引いて連れて行く。

 

「なんか……びっくりですね。衝撃の展開と言うか……」

 

「うん、そうだね……」

 

「まさか、犯人自身が石化しているだなんて……ね」

 

「でも、ちょっと腑に落ちないですね。ぁ、いや、終わりなら終わりが一番いいんですけど……あ、あー……すみません。人が死んでいるのに良いって言い方良くないな……。すみません、動揺して失言連発……」

 

「……ううん、私も同じ。腑に落ちないの……よくわかる。……本当に終わったと思う?」

 

「どーっすかね……。遺書あったし……ぁでも偽物だったりするのかな?」

 

「そうかも……でも、そんな証拠残すかなって気もするし……」

 

「筆跡鑑定とかで犯人わかりますかね?無理やり書かせていたらわかんないか」

 

「そっか。それだと……証拠にはならないのかな」

 

「舞夜ちゃんはどう思う?」

 

「私ですか?……うーん、そうですねぇ……。物凄くあっさりと片付き過ぎているので違和感があるのは確かです。でも、仮に犯人が別にいたとしても今後犯行をすることは無いかと思います」

 

「そう、かな……?」

 

「はい、私が犯人ならわざわざ別の犯人を用意してまで身を隠したのに、また露見してしまう様な事は控えると思います。少なくとも石化の犠牲者はこれ以上は出ないかと……考えています」

 

「確かに。またバレるような事をするのはおかしい」

 

「そうだね……てことは、これで幕引き……なのかな?」

 

「一先ずは、幕引きと考えて良いかと思います」

 

「まぁまぁ、そこら辺は警察に任せましょ?取りあえず沙月ちゃんにーーあっれ?電気消えてんな」

 

「出かけてるのかな?」

 

「かも。ごめんくださーい」

 

天ちゃんがピンポンを押すが、反応は無い。

 

「いないみたいだね」

 

「ぁ……離れの方かぁ?ちょっと待っててください、見てきます。先輩達はインターホンを連打しててください」

 

「ぇ?ぁ、うん」

 

「いってきまーす」

 

「いってらっしゃい」

 

「夜道には気を付けてねー」

 

天ちゃんと離れ、再びピンポンを押しながら待つ。

 

「……まだ、終わっていない気がする……。まだ、何も……」

 

一人小さく呟く先輩を見ながら今度は私がピンポンを押す……が、やはり人がくる気配は無かった。

 

隣の都先輩を見るが、様子や気配は特に変わったところは見られなかった。

 

その後、成瀬先生を連れて来た天ちゃんと合流し、新海先輩の元へ向かった。

 

 

 

 

「それで、あれから先輩の家に行くの遠慮してるのー?」

 

「そりゃ私だって気を遣いますし?イチャコラしてる恋人たちの空間に割り込むのは流石に気が引けるってもんですよ……」

 

一連の石化事件から時間が過ぎ、もう少しで五月を終えようとしていた。

 

「私はたま~にお邪魔したりしてるよ?用件が済んだらすぐ立ち去るけどね」

 

「うわぁ……勇気あるなぁ」

 

「ま、その代わりに私の部屋に来たりしてるじゃん?」

 

「まぁねぇ……あの部屋が私の部屋ではなくなったのは残念だけど……」

 

「大好きなお兄ちゃんを取られてしまった感じ?」

 

「え?いやいや、そんなことは全くござらんよ」

 

「でも確かに今までは石化の件で集まる機会があったからで……今となっちゃ特に用事は無いもんね」

 

「別に私は家族だし?用が無くてもいけるけどさ……」

 

「彼女さんに申し訳ないと?」

 

「そうそう、毎日ご飯一緒に食べてイチャイチャしちゃってるからさー」

 

「年頃の男女だもん。そりゃ盛り上がってしまうのは仕方ないんじゃない?事件もようやく落ち着いて来たって実感出来たからね」

 

「まぁ、そうだよね。その内落ち着くか……」

 

「それまでは私とイチャイチャするので我慢してね」

 

「なんならあの二人に見せつけてやろう」

 

「あはは、いいねっ。楽しそう」

 

世間では石化は謎の奇病として報道された。原因不明の人体が石になるという病。現在はここでしか発生していないが、専門家たちが良く分からない口論をしているのをテレビでたまに見る。新種の病とか、ツリーマン病の派生型など……オカルト面では地球外生物からの侵略などと……。意外にオカルト面が正解に近いのが何だか笑える。

 

「それじゃ、またあしたねー」

 

「うん。バイバイ」

 

手を振りながら天ちゃんと別れる。その後は特に用事もなかったので家へと帰宅した。

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

都との食事を終え、一息つくためにベランダで風に当たる。最近暑くなってきたからか、夜風が心地いい。

 

「翔くん」

 

後ろから都の声がし、振り返らずに『ああ』とだけ返事をする。

 

「……怒ってる?」

 

隣に来た都は少し不安そうにそう聞く。

 

「え?ああ、いや、そうじゃない」

 

「じゃあ……私のこと、心配してくれてる?」

 

「……そうだな」

 

素直に思ってるのを伝えると、嬉しそうにクスリと笑う。

 

「私ね、ずっと考えていたの。なんで翔くんと……仲違いしたのかなって」

 

「別の枝の話か?」

 

「そうそう、多分、だけどね?」

 

「ああ」

 

「翔くんに、良い所を見せようとしたのかなって……思ったの」

 

「ん?」

 

「仲違いじゃなかったってこと」

 

また笑って、少しぶつかるように俺に触れる。

 

「たぶんね、翔くんの気持ちを知って……私じゃ釣り合わないって思ったんだと思う」

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

「火事の時……かなり衝撃的だったの。天ちゃんの為に必死になって、ただのクラスメイトの私まで守ってくれて……この人凄いって、心から思った。自覚は無かったけど……あのときに、翔くんのこと、好きになってたんだと思う」

 

「そ、そうかぁ?衝撃で言えば九重の方が上だと思うけどなぁ……」

 

「ふふ、確かにそうかも。でも、私の態度が変わったのってあの頃からじゃない?」

 

「あ~……確かにそうかも」

 

「翔君の気持ちを知って、自分の気持ちに気づいて……このままじゃ駄目だ……って思ったのかな?私、翔くんのこと、神格化しちゃってるから……」

 

「んな大げさな……」

 

「ふふ、でもそうなの。だからね、私が頑張らなきゃって、それで……暴走して……一人で頑張って、結局何もできずに私は魔眼のユーザーに負けて、死んだ」

 

「……」

 

「分かる?」

 

「何が?」

 

「私は、翔くんと一緒じゃなきゃ、駄目ってこと」

 

都が俺の手を取り、強く握る。

 

「翔くんと一緒だから、私は生きている。翔くんと一緒なら、これからも生きていける……」

 

「翔くんが居るから、私は大丈夫。約束も、してくれたから……ね?」

 

「……ああ、絶対に……守る」

 

「うん」

 

 握った手に自然と力がこもる。ただ握っただけの手だけど、お互いの気持ちを伝える様に握り返す。

 

 

 

その二人の様子を怪しい影が近くで見ていた。

 

「……ふふ、あはっ。えへへ……。幸せそうだねぇ……。うふふ」

 

ベランダで、三つ隣の先輩達の会話を盗み聞きする……。いや、これはたまたまベランダに出ると、たまたま二人の声が聞こえて来ただけで……それが夜風に乗って私に耳に入ってしまっただけのことで……別に盗み聞きをしている訳では……!

 

「もう一度……ちゃんと約束する。何があっても、都の事は俺が守る」

 

「うん、守られちゃいます。これからも……末永く、よろしくお願いします」

 

エンダァァアア!と……尊い。な、なななにあのやり取り!?自然と口角が上がって変な声が出てしまいますよぉ……。ぐはっ。

 

その後も二人のやり取りに悶えていると、時間も遅くなったという事で九條先輩を送ることになったようです。

 

マンションから手を繋ぎながら出て行った二人をベランダから見送っていると、その背後に人影が見える。

 

「……あれは……」

 

その人物が何か把握した瞬間、ベランダから飛び出る。下の階の手すりに足を着け、勢いを殺してから、更に下の階に下がる。それを繰り返しながら一階まで降り、地面に着地する。

 

「深沢先輩……もしかして、約束破りましたね……?」

 

少し離れた場所で白いパーカーを着ている人物が先輩らの後を付けている。

 

「うーん。でも接触はしてないからまだセーフなのかな?」

 

その更に後ろを私が尾行する。裸足で出てきている為足音を消すのは慎重に行う。

 

暫く観察していると、二人の周囲から人の気配が不自然に消える。……これは、アウトですね。

 

その直後、二人に近づこうと歩みを速めるゴーストさんに対して能力を使う。突然に身体が動かないのを感じ、慌てている。

 

「……やっぱりゴーストさんでしたか……」

 

ゆっくりと背後に近づき声を掛ける。既に新海先輩達の姿は見えないのでこちらに気づく事は無かったみたい。

 

「深沢先輩、約束……破りましたね?」

 

背後から横に立ち、耳元で囁く。横から見てもゴーストさんが驚きと苛立っているのが良く分かる。

 

「まぁ……取り交わしたのはあくまで、深沢先輩本人が先輩らとの接触の禁止……ですので、ゴーストさんは対象外。って言い訳を述べるのなら仕方ありませんね……。しかし、誰であれ先輩達に危害を加えようとしたことに変わりありませんので……」

 

髪留めを外し、先端を引き抜く。

 

「残念ながら、今はこれしか持ち合わせがありませんが……、取りあえず危険なその目から無くしましょうか?」

 

既にこの周辺には、九重家の人達で囲っているので一般の人が近づく心配は無くなった。

 

「……っ!っ!?」

 

「幻体を消そうとするのでしたら無駄ですよ?ゴーストさんの存在も固定していますので……」

 

先端を抜いた髪留めが街灯の光で反射する。

 

「切れ味は保証します。小さいですが、そこそこ気に入っている得物ですので……きっと先輩もお気に召すかと」

 

指先で持った髪留めの先端を見ているその目に、ゆっくりと刺していった。

 

 

 

「さってと、やることやったし……帰ろうかな」

 

一通りお仕置きしたゴーストさんにトドメを差してひと段落着く。

 

「舞夜様、こちらをお使いください」

 

帰ろうと歩き出すと、黒服を着た人が私の為にと履物を用意してくれた。

 

「あっ、わざわざありがとうございます。裸足のままだと、通行人に変な目で見られちゃうもんね」

 

気を遣ってなのか、履きやすいクロックスのサンダルだった。

 

「えへへ、ありがとねー?あ、周囲の哨戒もしてくれてありがとうー!」

 

手を振りながら帰る私に一礼した後にその場を去って行く。んじゃ、私も戻ろうかな。

 

部屋に戻ろうと歩いていると、曲がり道で人の気配を感じ取る。

 

「……ん?九重?」

 

曲がって来たのはなんと新海先輩であった。

 

「あれぇ?先輩、こんな時間に一人で散歩ですか?」

 

「いいや、さっきまで都を送ってた」

 

「ああー、九條先輩をですね。今日もご飯一緒に食べたんですか?」

 

「だな、今日はハンバーグとシーザーサラダだった」

 

聞いても無いのにわざわざ内容まで……よほどうれしいんだろうなぁ。

 

「先輩の大好きなハンバーグとは、もはや九條先輩に胃袋も捕まっていますねぇ……」

 

「良い事しかないだろ?」

 

「それもそうですね!まぁ、先輩らが幸せそうなのは伝わりました。ただ天ちゃんが最近遊べてないので寂しがってますよ?」

 

「あいつが?そういえば都も寂しがっていたな……ぶっちゃけ俺としては二人で居れるからありがたいんだが……」

 

「あはは、先輩としてはそうですね。でもたまにで良いのでまた四人で遊びましょ?ラウンドツーでも良いですし、カラオケでも何でも。先輩のお家でお泊まりとかでも楽しそうですねっ」

 

「俺ん家でかぁ?」

 

「私の部屋でも良いですけど。……こんな話をしていると、いつも通りの日常になったって実感出来ますね」

 

「……そうだな」

 

「フェスの地震があって、アーティファクトという変な能力を手に入れて、石化事件が起きて、犯人捜しを始めて……。ここ最近はそれで忙しかったので、ようやく落ち着いたって感じます」

 

「魔眼のユーザーは多分、野放しにされていると思うけど……」

 

「それでも、です。少なくとも先輩は日常に戻ったって思っているのではないですか?」

 

「ああ、思っている」

 

「安心してください!九條先輩と新海先輩の仲は私が守りますよ?なんせ、二人のキューピットですからっ!」

 

「そういえばそうだったな。ラウンドツーの奴って九重が与一にお願いしたのか?」

 

「はい、一番得意そうな知り合いにお願いしましたよ」

 

「俺は九重に足を向けて寝ることが出来なくなっちまったな……」

 

「ふふふ、崇めたまえー。でも、勇気を出して一歩踏み出したのは誰でもない先輩ですので、そこははき違えない様にお願いします」

 

「大丈夫。ちゃんと分かってるって」

 

「なら安心しました」

 

話に区切りが付き、お互いに無言になる。

 

もうこの枝での私の役割は無いのだろう、後は先輩らが存分にいちゃつくだけだしね。後は次の枝の私に任せよう。

 

隣で歩いている先輩をチラ見する。

 

きっと、この枝でも私が知らないだけで沢山失敗した枝が存在していて、それを乗り越えて今回の枝に辿り着けたんだと思う。実際に別の枝では九條先輩が石化された枝が存在していた。どういった経緯でなのか知りようがないが、学校での放火の一件を止められなかったのかもしれない……。

 

それでも、目指している枝まできっと辿り着ける。辿り着いて見せる……。

 

季節も春から夏に移り変わろうとしている夜の中、どこかの枝の私に誓った。

 

 

 





はい、これでEpisode.Ⅰ九條 都編が完結?となりました。

まぁ、一応BAD ENDルートや新章の物語がありますが……。BAD ENDについては次の枝も話を書きながらどこかのタイミングで投稿できればなぁっと考えております。

次は天ちゃんも物語ですね。個人的に好きなお方なので楽しみです。



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Episode.Ⅱ Sora Nimi
第1話:4/22



第二章です。プロローグなので少し短めになりました。

原作、そらいろそらうたそらのおとの始まりの次の日位からスタートです。


最近モンハンサンブレイクが楽しくて書くのに間が空きました……。第三弾のアップデートでやり込みが増えたのでそちらに勤しんでましたね。傀異強化鬼すぎる……。




 

「おはよー」

 

教室のドアを開けて、既に席に座っているクラスメイトに挨拶をする。

 

「あ、おはよー」

 

「舞夜ちゃんおはよー」

 

「うん、おはよー」

 

こちらに手を振りながら挨拶を返してくれる女子に返事をし席に座る。荷物を片付け雑談をしていると前の席の天ちゃんが席に着く。

 

「天ちゃんおはよう」

 

「おはよー」

 

一息付くように席に座った彼女は何やらいつもとは違う荷物を持っていた。

 

「なんだか鞄とは違うのを持ってきているけど、今日って何かあったっけ?」

 

「ん?いーや。これはちょっと個人的なやつ」

 

「それなら安心、忘れちゃったかと思って一瞬焦っちゃったよ」

 

多分だけど、先輩の家に泊まる様の服などが入っているのだろう。確か……一昨日が火事だったから、昨日が能力バレして……今日がお泊まりに行くんだっけ?それで受け入れられるかどうかで枝が変わる……はず。

 

記憶の中のルート分岐を思い出す。ここで九條先輩の枝かその他の枝かでの分岐地点、重要な一日になる。

 

「てか、一昨日火事があったのにもう何事もない様に学校が昨日もあったってやばいよね~、一日くらい休みがあっても良かったのに……」

 

「ほんとそれだよねっ、少し期待してたんだけど普通に学校あるって分かって損した気分になったよね」

 

ごめん天ちゃん、昨日から何事も無いように通学出来たのは、半分……いや、大半は私……主に家のせいなのです。

 

朝のチャイムが鳴り、前の天ちゃんが正面に向き直る。さってと、今日一日頑張りますかぁ……。

 

 

 

午前、昼食、午後と時間が過ぎようやくホームルームが終わりを告げる。

 

「やっと終わったぁー……よし、帰ろうっ!」

 

鞄を手に取り席を立つ。

 

「天ちゃんは今日は何か用事があったりする?」

 

「ちょっと寄りたい場所がある感じかな」

 

「朝言ってたその荷物関連?」

 

「んんーまぁ、そんな感じかな?」

 

「了解、それじゃあお先にばいばーい。また明日ねっ」

 

「うん。またあしたー」

 

向かう先は先輩の家だろう。帰路が一緒の為、先に帰ることにした。

 

「ただいまーって、帰っても返事を返してくれる人は私には居ないんだけどね、ふふ」

 

鞄を置き、制服を洗濯に出す。

 

「今日はもう外に出ないし……風呂も入っちゃおっか」

 

そのまま衣類を全部脱ぎ風呂場へ向かう。

 

「……そういえば、私のスティグマってどこなんだろう……?」

 

シャワーを浴びながらふとそんなとこを思う。天ちゃんが背中で九條先輩は手の甲とか……。

 

取りあえず能力を発動させ、自分の身体を確認していく。

 

「あ、あった」

 

視線を落とすと直ぐに見つかった。

 

「二の腕だったんだ……」

 

正確には右の肩より少し下の上腕二頭筋部分にあった。

 

「こう見ると、ほんとにユーザーなんだなぁ……」

 

スティグマ部分を指でなぞるが普通の肌の触り心地である。

 

「………」

 

何となく試しに降ってくるシャワーに能力を掛ける。

 

「おっ、おお~すごっ」

 

掛けた部分はその場で動きを止め、後から続くように出てくる水はそこに当たり、弾かれていた。

 

「私も能力把握していた方がやっぱり良いよね……?」

 

大抵は拳で何とか出来る自信はあるが、流石に能力バトルなので使いこなせるようになっていた方が便利に違いない。

 

「日常的にバンバン使わなければ暴走は無いだろうしね」

 

……よく考えれば、火事の日に暴走してたあの子は手に入ってから数日で制御不可になっていた。どんだけ能力を使いまくったんだろか?それとも対抗力が雑魚だったんだろうか?

 

どうでも良い事を考えながら風呂を終え、目的の為に電話を掛ける。数コールした後に通話が繋がる。

 

「あ、もしもし?壮六(しょうろく)さん?舞夜です」

 

「あ、うん。それです。今日が妹さんが泊まるかどうかの分岐なので……そうそう。大丈夫ですか?」

 

「ありがとうございますー。一応後日のを見てどっちか判断しておこうかと考えているんだけど、今夜の方が大事になります」

 

「そうですねぇ……大丈夫だと思いますよ?多分部屋のカーテン開いてたと思いますし……」

 

「始めは、九條先輩が帰った後からで大丈夫です。判断基準は……妹さんの方がその後一時間居たら……いえ、寝巻きを着たらにしましょう」

 

「私も今日は部屋に居ますので何かあったら電話でも合図でも飛ばして下さい。こちらも見えるように開けておきますね」

 

「それでは、また後程……」

 

通話を切り、ベットに横になる。

 

「んんー……やっぱり少し緊張したなぁ、はは」

 

壮六さんはおじいちゃんが管理している直轄の人だ、現在はおじいちゃんが私を心配して貸し出すという形で私の下に付いているが、年齢も二回りほど上である。冷静で誠実な仕事人ってイメージ……まぁ、だけど少し繊細な人でもある。

 

勿論、戦闘面でも頼りになる。技術面では確実に負けるし読み合いや駆け引きも向こうが上手かった。純粋な力勝負となるんだったら……全力で本気を出せば私が勝てるけど、多分持久戦に持ち込もうとするから負けの方が高そう。まぁおじいちゃんの人達だしね、歴戦の猛者って感じです。

 

それでもこんな小娘に九重の宿願を託すと協力してくれる。いくらおじいちゃんからの指示でも文句の一つや二つ言いたくなってもおかしくない。

 

「期待に応えられるように頑張らないとね」

 

 

 

 

『それで壮六よ、様子はどうじゃ?』

 

「今はベットでゴロゴロとされておりますよ」

 

『そうかそうか。元気そうでなりより……』

 

「宗一郎様?一応、今の私は舞夜様の部下なんですが……」

 

『そのトップはワシだ。つまり何の問題もない』

 

「可愛い孫娘の私生活を覗き見させる指示は問題あると思うんですが……」

 

『覗き見では無い。成長を見守っているだけじゃ』

 

「相変わらず無理を通される」

 

『おぬしも舞夜の元に行くのを快く受けたではないか』

 

「それは当然ですよ。あの子の下に居た方が一番近いですし……何より成長を見られますし」

 

『ほれ、貴様も同じではないか』

 

「いやいや、覗き魔と一緒にされるのは心外ですよ流石に……さっきお風呂のを見てしまって罪悪感が物凄くあるんですから……、流石にその時は見ない様に止めましたよ?」

 

『共犯じゃな』

 

「嵌められたと思っておきます……。私の仕事は舞夜様を観察する事では無いのですので」

 

『わかっておる。そちらの方はどうだ?』

 

「はい、そちらは現在は新海翔、新海天、九條都の三名です。状況を見た感じ夕食の支度をしているかと」

 

『となると、石化の話と……アニメの……調べものじゃったか』

 

「輪廻転生のメビウスリングですね、そのファンサイトのアガスティアの葉です」

 

『じゃったか。横文字が多くてかなわんな全く』

 

「更にアーティファクトユーザーやら専門用語は横文字がほとんどでしたからね、覚えるのに時間がかかりましたよ」

 

『しかし、あの子が言った話に矛盾点は無かったからの、実際に地震も起き、神器も壊れた』

 

「ですね。石化事件も起きて白泉でも火事……実際には暴走ですが、それらも起きましたね」

 

『となれば、本当の事で間違いない』

 

「そうなりますね……九重の悲願、それを達成する時が」

 

『それが今になるのか、儂らの知らないどこかの世界か……知るのはあの小僧のみか』

 

「オーバーロード、でしたか。まるでフィクションで出てくるような話です。未来、過去を知り、その記憶を持ち越せる能力など」

 

『舞夜も最強の力と言っておったからな。一番のカギとなるのはその力』

 

「それと、あの場には居ない『罪人を裁く』能力、ジ・オーダーですね?」

 

『そちらも問題はないだろう?』

 

「はい、そちらは久賀三花が居ますので」

 

『わしらはあくまでサポートであり、あの子から言われん限りは手出し無用』

 

「はい、重々承知しております。邪魔はしませんよ」

 

 

 

 

 

夕食を終え、明日からの二日間の過ごし方を考えていると、電話が鳴る。

 

「もしもし?こちら舞夜です」

 

「どうですか?あれから三人の様子は……?え、ほんとですか?……はい、わかりました。新海天が、新海翔の家に泊まっている……で間違いないんですね?」

 

「分かりました。報告、ありがとうございます。これで方向性は決まりましたので後ほどおじいちゃんにも連絡します」

 

通話を切り、今の報告を思い返す。

 

どうやら九條先輩が帰った後に天ちゃんはお泊まり出来たとのこと……。九条先輩の枝だったらここで追い返すはずなので少なくとも九條先輩の枝では無くなった。

 

「という事は……、最初の枝は乗り越えた……?」

 

この枝があるという事は九條先輩の枝が終え、次のステージへ進んだとみて良いのだろうか?ナインが先輩への干渉を始めたはずなのでそうなる。

 

「うーん、仕方ない事だけど、分かんないからそう仮定していった方がいいよね」

 

ここは二番目の枝、少なくとも最初の枝を無事乗り越えた。九條先輩の枝の私が上手くやってくれたと思っておこう。

 

「ええっと、そうなると……次は九十九神社でも問題が起きて……香坂先輩とのやり取りでどっちに転ぶかで決まるんだよね?」

 

週明けの月曜日に尾行をして巻き込まれ、その次の日に手紙を渡されて……先輩が相手をするか、天ちゃんがするか……。

 

「どちらの枝でも戦闘あるし……この土日は身体を動かすことにしておくかぁ……」

 

天ちゃんの枝なら良いが、もしも香坂先輩の枝なら確実な戦いが待っている。それも本格的な殺し合いが……。万が一の遅れを取らない為にも感覚を戻しておきたい。

 

「報告も兼ねて、おじいちゃんに相談してみよ」

 

これから起こる未来を思い浮かべ、スマホを手に取った。

 

 





名簿

不破 壮六(ふわ しょうろく)

もうすぐ50代を迎える人。仕事に関しては完璧にこなす人だが、宗一郎には昔からの上下関係が続いている為、よく無理を言われたり振り回されがちな苦労人タイプ。主人公の事を昔から気にかけていたので娘の様に思っているが、扱いが分からないせいで若干距離を作っている。昔から宗一郎の元に居たため実力は上位数名に居る。



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第2話:あの日のコスプレ衣装って九條先輩が着る為だけに用意されたのでしょうか?


本編とは別の九重家の話が少し登場します。

こういうことしている程度の認識で適当に読み流して大丈夫です。





 

 

次の日の土曜日、昨日おじいちゃんに相談した結果、仕事に駆り出されました……。

 

「いやまぁ、言ったのは私だし良いんだけどねぇ……」

 

感覚を戻すなら実戦が早いと言わんばかりに今日行われる仕事に半ば無理矢理私を組み込んでしまった。今から向かう担当の人達には申し訳ない気分である。

 

目的の場所に到着し、声を掛ける。

 

「おはようございまーす。九重舞夜です」

 

「ん?ああ、舞夜様ですか。話は昨日の時点で聞いておりますので、どうぞ奥へ」

 

見張りの人に通され中に入る。

 

「お、来たか」

 

「おはよっ、しげさん!今回はしげさんの担当なんだね。」

 

目の前に居るのは九重 (しげる)さん。四十代の顎髭を生やした私的にナイスガイの人である。

 

「おうよ、舞夜ちゃんが来たのなら今回のは楽に終わりそうだな!」

 

「すみません、急に割り込んでしまって……」

 

「若いのが気にすんな。あの爺さんのいつもの事だからな、いちいち気にしていたら胃がもたねーよ」

 

「いえ、今回は私が希望しちゃって……」

 

「ん?舞夜ちゃんがか?確か暫くは不参加で居るって聞いていたんだが……」

 

「実は、近々個人的な戦いがあって……最近あまり動いてなかったのでおじいちゃんに相談したんですよ」

 

「ははーん、なるほどな。舞夜ちゃんとしては手合わせ程度を期待してたらこんな結果にと?」

 

「一応こうなるって半分ぐらい予想は出来ていたんですけどね」

 

「なら諦めな。それと、今日はよろしくな」

 

「はい!足を引っ張らない様に頑張りますね?」

 

「ははっ、その心配はしてないから安心しな」

 

笑いながらお互いに握手を交わす。

 

「さてと……、舞夜ちゃんは今日の内容は聞いているか?」

 

「いえ、現地で聞けと言われています」

 

「やっぱりか。こんな早めに来るって言ってたからそうだと思ったぜ」

 

「因みに今日の決行は何時ですか?」

 

「22:00だ」

 

「あは、あと九時間程度ありますね……」

 

「だろ?それで、どうする?」

 

「内容聞いて決めます。多分一度外には出ると思いますが……」

 

「了解。そんじゃ説明するから憶えて行ってくれよ?」

 

「はーい」

 

 

 

 

 

「うーん……準備があるから九時前には戻るとして、あと六時間以上あるなぁ……」

 

しげさんから説明を受け、その後軽く雑談をしてから一旦街に出る。時間的には昼が少し過ぎた辺りだった。

 

「取りあえずお腹を満たしながら考えるとしましょうか」

 

何を食べようと考えたが、以前ナインボールで先輩が食べていたビーフカツレツを思い出して自然と足がナインボールへと向かう。

 

「もしかしたら九條先輩が居るかも……いや、今の時間帯は確か居ないんだっけ?それに……」

 

記憶を掘り返すと、確か昨日天ちゃんが泊まったのなら、メビウスのアニメを見て九十九神社へ向かっていたはず。成瀬先生が翻訳した資料から何かヒントを得るためにと。

 

「それでお昼にナインボールに行ってそこで文献を漁って……」

 

それなら尚更行くべきである。私もその探りを手伝ってしまおう。しかも時間も潰せて一石二鳥だ!

 

「アーティファクトについて知らない私が居ると二人は話しづらいかもしれないけどね」

 

そこは目を瞑って貰おう。どのみち家に帰ってソフィーに直接話を聞くことになるからその前には解散すれば良い。

 

「よしっ、早速突撃だ」

 

ナインボールに向かっている速度が自然と早まった。

 

お店に着き、ドアを開け中に入り店員の人に案内され席へ向かう。……あ、居た。

 

「天ちゃん、こんにちはー」

 

奥の方で座って居る新海兄妹に声を掛ける。

 

「んん?あれ、舞夜ちゃん?」

 

「ん?九重か、昼めしか?」

 

「はい、お昼を食べに来たら偶然顔見知りのお二人が居たのでつい声を掛けてしまいました。そちらは……何やらお調べ物を……?」

 

「まぁな。白巳津川の昔の資料を読んでる」

 

「それはまた意外な物を……。天ちゃんはどんなのを読んでるの?」

 

「私はそっちの現代語訳したものをだね」

 

「へー、どんな感じの?少し読んでみても良いかな?」

 

「いいけど、何にも面白い事は書かれてないよ?」

 

「へいきへいき、気になっただけだから」

 

天ちゃんからファイルを受け取り、自然な流れで隣に座る。

 

「……これは、この土地の伝承にまつわる物ですか……」

 

成瀬先生が書かれたと思われる論文に目を通しながらページをめくっていく。

 

「これ、アニメのメビウスリングに割と近いんだね、そりゃ伝承を元に作ったアニメだから近くなるのは当たり前なんですけど……」

 

「九重もあのアニメ見ているのか?」

 

「はい、しっかりと二十五話全部鑑賞し切りましたよ?」

 

「えぇ……あのアニメを?舞夜ちゃん凄いね」

 

「確かに用語が意味わかんなくて頭に?マーク沢山だったけどね!でもちゃんと理解してみたらそれなりに楽しめたよ?九十九神社の成瀬家のおじいちゃんから聞いた話との差分とか考えたりしてみたりとか出来たしね」

 

「あの爺さんの話をわざわざ聞きに行ったのか……?」

 

「二時間も拘束された時は流石にしんどかったですけどねぇ!あはは」

 

「沙月ちゃんの言う事聞いて正解だったね……」

 

「ああ……マジで」

 

お互いに目を合わせ、苦笑いをしている二人。成瀬先生の気遣いに救われていたみたい。

 

「ん?って事は、九重はこの土地の伝承を知ってるのか?」

 

「聞いたり調べた限りにはなりますがある程度は……一応アニメの事も解説出来るくらいには覚えてますよ?」

 

必要と思って一応自ら調べてはいる。役に立つとは一ミリも思っていなかったが……。

 

「じゃあさ、じゃあさ、あのアニメの敵組織の目的って何なの!?」

 

隣の天ちゃんが喰いつくように質問を投げかけてくる。

 

「………さぁ?私もよくわかんなかったんだよね、実は。結局最後まで答え出さずに終わっちゃったし、不明?」

 

「うわぁ……最後まで訳わかんないままなんかよ……」

 

「設定は結構ブレブレだったしねぇあれ。用語も多かったし、世界観は嫌いじゃなかったけど」

 

「作画とかは良かったんだよねぇ……」

 

「話をぶった切ってすまんが、九重は何か食べないのか?」

 

「あ、そうでした」

 

ベルを鳴らして店員さんを呼び、決めていたビーフカツレツのセットを頼む。

 

「お、それを頼んだのか」

 

「先輩は食べました?」

 

「ああ、美味かったぞ」

 

「ナインボールのはどれも美味しいので心配してないですよ?」

 

「それもそうだな」

 

「お二人は見た感じ……ナポリタンですか?」

 

「美味しかったよー?下に卵焼きがあってさっ。超おススメだね」

 

「鉄板でそれは美味しそう……。天ちゃんのおすすめだし、今度食べてみよっと」

 

注文も済ませたので再び資料漁りに戻る。

 

「因みに、何目的でこれを読んでるの?」

 

「ええっと、ほら、最近変な事件多いしね?学校の火事もそうだし……公園でのも」

 

「確かにそうだね……人が石になったり、不自然な火事が起きちゃったり……まるでアニメの話みたいな事が起きてるね」

 

「そうそう、ネットでもそんな話が出てるし検証してみようかなって思って」

 

「なるほどぉ……それでこんな昔の資料を」

 

パラパラとページを捲りながら天ちゃんの話を聞く。

 

「何となく分かりました。アニメみたいな事が起きているからその元になっている土地の伝承を調べてみたという事ですね?」

 

「そんなとこだ。人の石化に続き火事だ、気になってもおかしくない」

 

「確かに変な火事でしたもんねぇ……」

 

何やら私に探りを入れてそうな先輩の視線を気づかない振りをしつつ会話を続ける。

 

「九重はそういった不思議な体験はしたりしてないのか?」

 

「私ですか?んー…いえ、特に思い当たらないですね。もしかしたらさっきの二つの印象が強すぎて忘れてるだけかもしれませんが」

 

「そうか。そういえば不思議体験と言えば、この前九條も会ってたな」

 

「え、九條先輩もですか?」

 

「ほら、ここで前に話した髪飾りの話だよ」

 

「ああー!あれですか、覚えてますよ。確かにあれも含まれると言えばそうかもしれないですねっ!あれはあの後進展ありましたか?」

 

「まぁ、一応解決した形になってる」

 

「そうなんですね。それなら安心しました」

 

「ここ最近変な事が多いから、もしかしたらほんとに超能力みたいのが居てもおかしくないかもな……」

 

最後に溢す様に呟き、手元のコーラを口に付ける。

 

「それならお二人がしている事に意義がありそうですね~。石になった人や学校のもそれなら納得出来そうですし」

 

探りを入れようとしている先輩に対して、隣の天ちゃんが『え、にいやん?』みたいな目で見ている。

 

その顔を盗み見していると、ポケットに仕舞ってあるスマホから通知音が鳴る。

 

「すみません、私のです」

 

画面を開き、内容を見る。

 

「……あー…」

 

「どしたの?何だか嫌そうな顔だけど」

 

「ううん、予定してた用事の変更と言うか……早まったというか……」

 

「あ、そうなんだ。時間大丈夫そう?」

 

「まぁ、まだ大丈夫かなぁ~?お昼食べる位は……。という事でお二人には申し訳ないのですが、ご飯食べたら私は立ち去りますね?」

 

「りょーかい。何かは知らないけど、用事頑張ってね~?」

 

天ちゃんからの応援を聞きながら、スマホに書いてあるメッセージに対して返事を打ち返し、ポケットに仕舞う。

 

うーん。折角の至福の時間が……。せめてご飯だけでも味わってから行くとしましょうか……。

 

 

 

 

 

昼食を食べ終え、二人に別れを告げ来た道を戻る。

 

「九重舞夜です。先ほどの変更を聞き、戻りました」

 

受付に通され中に入る。中には既に数人と、しげさんが居た。

 

「舞夜ちゃんか。すまんな、戻って来て貰って……」

 

「ううん、変更が起きたのは仕方ないから気にしないでください。それに人手いるでしょ?」

 

「ああ、きな臭い話だ。もしかしたら戦闘向けの人員が必要になる」

 

「急に会談に割り込んで来る……しかもその相手は私達に対してでしょ?」

 

メッセージで軽く見たが、詳しく聞くと……今回元々予定していた会談があった。相手はそこそこ名が知れ渡っている武闘派……裏家業にも手を伸ばしている組織である。最近、九重家のナワバリに手を出した事が問題になり、話し合いが行われることになった。多分いざこざが起きるだろうと予想があったので私も来たんだけど……。

 

「それを突然キャンセルにして、別の会社と……?」

 

「そうだ。しかも謝罪付きだ。昨日まではオラオラ言っていたのに急に手の平を返す様に謝って来たとのことだ」

 

「単純にこっちの事を知ってビビったとか?」

 

「そりゃ馬鹿だろ?寧ろこの一家を知らずにこの裏世界で生きてくとか無理があるだろ」

 

「それもそうだよね。知らずに喧嘩してきてるなら組織として長続きしないもんね……。その組織に上位的な組織が居たとかは……?」

 

「ん?ああ、そう言う事か。下っ端が勝手に喧嘩仕掛けたのを上が止めたってことか?残念ながらそれも無いな。居たら把握しているし、向こうの奴らのトップが謝っていたから多分上は居ないだろう」

 

「変な話だねぇ……。その別の会社って言うのは……?」

 

「ここ最近で業績を伸ばしている会社だな。結構な勢いで市場を席巻して行っている」

 

「……せっけん?石鹸……?」

 

「勢力範囲を拡大してるって事だ。石鹸を売っているわけじゃないぞ?」

 

「なるほどです」

 

「確かに勢いのある会社ではあるんだがなぁ……」

 

「何か疑問に思うの?」

 

「そうだな、ここの社長は女性なんだが、少し前からこっち側の人間とも多少なりとやり取りはあった。あくまで細々とな?しかしここになっていきなりガッツリ首を突っ込んでくるのは想定外と言うか……」

 

「調子に乗っちゃったのか……」

 

「こっちのと会談を辞めてまでも向こうとのを優先したくらいにはいい話があったのかもしれないな」

 

「それを今から調べに行くってことかぁ……」

 

「基本的には諜報だけだが、念のためな?」

 

「待ち時間長くなりそうで嫌だなぁ……」

 

「それと、今回の場所はここだ」

 

資料と、場所の写真が数枚テーブルに置かれる。

 

「……え?ここって九重のお店じゃ……?」

 

「面白いだろ?どうぞ聞いて下さいと言わんばかりの姿勢だ」

 

「これは確かにきな臭いね……。見ようには喧嘩売ってるようにしか見えないし……」

 

「向こうの会談の時間まではこっちで可能な限り情報は整えておくから舞夜ちゃんはお店の担当を頼む」

 

「了解しました、私の他に割り振られる人は居ますか?」

 

「客席に二人、厨房に一人は居る。外には散らせて配置する予定だ」

 

「急な事だし仕方ないですね」

 

「ほんとな。もし戦闘になっても舞夜ちゃんが居るし取りあえずは問題ないだろ?」

 

「お店を壊したくは無いんですけどねぇ……あはは」

 

「一応、武装はして行けよ?」

 

「分かってますよ、下に着込む位はしていくので」

 

「そんじゃあ、一旦解散とする。時間までには店に張り込んでくれ」

 

「はい、任せてください」

 

 

 





お家のお仕事のお話、その前半編ですね。次まで続きます。



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第3話:ー調査報告書ー『すごく美味しかったです。』報告者.九重 舞夜


後半です。

夜に書いたので自分に対して飯テロ案件……。



 

 

「こちら舞夜。指定地点へ着きました」

 

耳元に付けてある無線へ声を飛ばし、状況を伝える。

 

『了解、一応相手さんの席周辺には色々仕掛けてあるからこちらに内容は筒抜けの筈だ』

 

「なるほどです。では私の方は客としてお店を楽しんでおきますね?」

 

『ああ、精々店の売り上げ向上を手伝ってくれ。もしもの時は……』

 

「分かってます。判断はこちらでしますが必要なら合図ください。前に出ます」

 

『んじゃ、楽しんでくれよ?』

 

しげさんとの通信を切り、取りあえずメニューを取る。反対側の耳には盗聴用に仕掛けた機器の受信先を付けている。これで常にある程度の状況は把握可能だろう。

 

「んーー。よくわかんないから季節のコースとかが良いのかな?刺身の造りとか美味しそう……。馬刺し……握り?この煮付け料理もだし、汁物……へぇ、かき揚げ丼なんてあるんだ」

 

普段食べない料理の写真を眺めてはテンションが上がる。よくわからずに見ていると、部屋へ女将と思われる人が入って来た。

 

「この度はご利用ありがとうございます」

 

「あ、こちらこそ急に来たのにも関わらず、すみません……。見た所、貴女はこのお店の女将さんですか?」

 

「はい。ご安心を、ちゃんと九重家の者ですよ」

 

部屋に入って来た女将さんが証拠を見せる。

 

「……これでよろしかったでしょうか?」

 

「うん。ありがとうございます。確かに確認致しました。私も証明した方が良いでしょうか?」

 

「いえ、それには及びません。貴方様の事は昔からよく聞いておりますので確認の必要はございません」

 

何だかよく知らない人にまで周知されてるのは恥ずかしいのだけど……。

 

「分かりました。今回はよろしくお願いします」

 

「はい、楽しんで頂けるようにおもてなしさせていただきます。何か御用があれば外に居ますのでお呼びください」

 

「あ、それなら早速お願いしていいですか?」

 

立ち去ろうとする女将さんと呼び止め、注文をする。

 

「初めて来るのでどれが良いとかよくわかんないのですが……おススメ?今の季節限定とかあったりしますか?」

 

「そうですね、それなら最初のページにある季節のコースとかがおすすめですね」

 

「あ、これですね!それじゃあそれをお願いします」

 

「アレルギーや苦手な食べ物があれば仰って下さい。他の料理に変えますので」

 

「多分大丈夫だと思いますっ」

 

「かしこまりました。では準備させますね」

 

注文を受け取り、部屋から出る。扉越しに気配を感じ取れるがかなり消している。意外と接客業に使える技術なんだなぁ……。

 

身につけた技や技能が一般に出ても活用出るのは良い事である。当代で九重の役目が終えてしまえば表に出る人も増えるだろう。

 

待ち時間を潰しながら、向こう側の様子を窺う。会談……もとい会食までまだ少し時間がある。相手側の女社長は既に着いており、時折物音や独り言が聞こえる。聞く感じだと今日の会談で更に上を目指すんだとかなんとか。……貴女が目指してる先は裏家業に首を突っ込んでるので間違いなく下だと思うんですが……。

 

そうこうしているうちに一品目の料理が運ばれる。……見た感じお吸い物なんだろうか?

 

品の説明と今日のお品書きを渡し、部屋を後にする。……おっと、危ない。完全にフリーズしてしまった。

 

ええっと、春の……湯葉と桜麩だっけ?多分この白いのと、桜を模ってるこれのことなんだろう。

 

渡された紙に目を通すと、コースのメニューが書かれていた。最初が折敷、多分この汁物の事だろう。続けて、椀盛・焼き物・強肴・吸い物・八寸・香の物・主菓子・濃茶、と書かれていた。

 

「……品名見てもイメージが……うん。何となくこれなんだろうなとは思うんだけどね」

 

八寸って何だろう?香の物?お茶漬けなんだろうか?いや、漬物かも……。

 

「……よし!食べよう!」

 

考えていても辿り着かないと分かり、放棄した。それより目の前の料理が冷めてしまわない内に味わう事が重要である。

 

「いただきまーす……」

 

箸を持ち、取りあえずスープを飲む。

 

「……っ!?美味しいっ!え、透明なこれが……!?」

 

透明だからと舐めていた。決して味は濃くはない。濃くは無いが口に広がる。

 

「……ファンタスティック」

 

初めてお高い料亭のご飯を食べたが、不思議な味である。今までのガツンと来る暴力的な味では無く沁み通ってく様な……。

 

「最初でこれなら、後に出てくるのは一体どんだけの……ゴクリ」

 

一瞬仕事の事が頭から離れそうだった。いかんいかん。

 

味わいながら飲み切ると、丁度良いタイミングで次の品がやってくる。えっと、椀盛……これは煮物だね。

 

蓋を開けると中に野菜と魚と思われる料理に半分ぐらいまで透明な汁が……すまし汁だっけ?

 

「いただきますっと……うぉお、美味い。少ないと思ったけど普通に美味しいぞこれは……」

 

身も美味しいが汁も美味しいのである。

 

「うえぇへ、こんなの食べてたら頭が溶けそう……」

 

脳が処理しきれない内に次の焼き物がやって来た。旬の白身魚であろうか……?

 

「いや、これは分かる。食べるまでもない。絶対美味しいに違いない……!」

 

箸を入れ一口食べる。

 

「ーー~っ!??っ!」

 

美味しさのあまり手に持っている箸をブンブンと上下に振りまくる。

 

「っかは!おいしい!」

 

身に付いている骨を外す。そのまま食べてしまったのは一応口から出しておいた。

 

次から次へと来る暴力に、もはや半分は料理の美味しさに脳のリソースを奪われてしまっている。

 

「つ、次は……強肴……ナニコレ強そう」

 

今まで以上の破壊力が来るとでも言うのだろうか……?これ以上はどうにかなってしまいそうなのにぃ……。

 

覚悟を決めて待ち構えていると、そこに来たのはなんと……肉料理だった。

 

あ……これは屈しますね。はい。ここで肉料理とは……あは。

 

目の前に置かれる肉料理。恐らくはステーキ系とローストビーフだろう。品の紹介など左から右へ通り抜けていく。

 

「……よしっ。行くぞっ!」

 

箸を持ち目の前にある肉を掴み、口へ入れる……!

 

……あぴゃーー。

 

最早感想など言うまでもない。満足である。

 

「ううぅ……こんなに美味しいなんてぇ……もっと早く知ればよかったぁ……」

 

今まではおじいちゃんとナインボールへよく行ってはいた。時たまある親戚や一族の集まりなどにも参加していたが、あまり口にはしなかった。と言うか警備とかで忙しかったのだ。

 

「いや、それもこれも私が望んだ事なんだけどね……」

 

早く経験を積み、強くなりたいと無理を言って色んなことをさせて貰った。食事を口にするとかあまり考えてなかった。

 

「……人間、心の余裕が大事って本当なんだなぁ……あはは」

 

以前に、今回の様な事もあったが、今みたいに食べながらなんてする気も起きなかった。ただ功績を積み上へ登り詰める事だけを考えていた。

 

しんみりと過去を振り返っていると、次の品が到着した。これは……吸い物だね。

 

蓋を開ける。最初のより少し小さめの椀で出てきている。口休め……だったっけ?

 

丁度良い。ほんとにベストタイミングで来てくれた。

 

「では……いただきます」

 

手に持ち汁を飲む。

 

「……はぁ、しみわたるぅ……」

 

口の中に存在する味の残りが洗われるように流れていく。ついでにショートしかけていた脳が癒される。

 

「……ぶっちゃけこれも美味いので口休めになるでいいのかな?」

 

他と比べれば確かにそうなんだが、引けを取らない位には美味しい一品である。

 

脳に余裕ができて来たので向こう側の会話にリソースを割く。

 

「……そこそこ話が進んでいるみたい」

 

一応ここまでの会話は全て聞いてはいる。いるけど、商談やよくわからない会話は全部スルーしている。そこは大人たちに丸投げである。

 

その後も会話を聞き続けていたが、特にこれと言った情報は無く、怖いほどにスムーズに進んで行った。女社長の手腕が凄すぎるのだろうか?

 

 

 

 

「九重舞夜、戻りました」

 

「おっ、舞夜ちゃん。おつかれさん」

 

「しげさんもおつかれさまです!」

 

「なんて言うか、何事もなく終わっちまったな……」

 

「ですねぇ。私なんて懐石料理を楽しんだだけですよ?」

 

「ははっ!そりゃ羨ましい事だっ。いやそちらとしてはマイナスか?」

 

「当初の望みは叶えれませんでしたが、美味しいご飯を食べれたので大満足です。また次の機会を待ちます」

 

「それなら次も舞夜ちゃんが参加出来るように推薦しておくぞ?」

 

「はい、それでお願いします」

 

「一応、今日の事は纏めて出しておいてくれ。少し不可解だからな。色んな人の考えを聞きてぇ」

 

「えっと……私はコースについての感想で良いですか?食レポになりますよ?」

 

「100%呼び出し食らうなっ!それはっ」

 

「あははっ、確かにそうですね!」

 

「ぶっちゃけ、舞夜ちゃんはどう思った?今回の」

 

「会食……というか商談の事ですよね?」

 

「ああ」

 

「私そっち専門では無いので良く分かりませんが……あんなにスムーズに進むもんなんですか?」

 

「やっぱり舞夜ちゃんから見てもそう思うか?」

 

「はい。一方的……とまでは言いませんが、女社長への態度や対応が好意的?友好的に感じました。お互いに前から付き合いとかあったのですか?」

 

「いや、こちらで調べた限りでは組織と会社の付き合いはおろか、個人的なやり取りも過去には無い。今回が初だな」

 

「……となると女社長の手腕が凄いってことでしょうか?」

 

「どうだろうな。組織の連中を知っているが、あそこまで難なく進むとは思えないんだよなぁ……」

 

「骨抜きにされたとか?」

 

「トラップか?どうかなぁ……?弱みを握られている感じでも無かったが……」

 

「謎ですね」

 

「ああ、謎だ。気持ち悪い違和感だろ?」

 

しげさんが口の中に虫が入ったみたいな顔をして悩んでいる。最近になって出て来た会社、不可解な違和感……ん?これって、もしかして。

 

「しげさん。もし次にその女社長の案件が来たら私も参加させてください」

 

「ん?元からそのつもりだが……何かあるのか?」

 

「もしかすると……ですが、最重要事項、それも特級に値する件かもしれないです」

 

「本気か?」

 

「可能性が、ある……程度ですが」

 

「おいおい、ご当主様案件かもしれないとか厄災かよ……」

 

今の事項は仕事や案件などを振り分けた時に一番上に来る問題である。何を差し置いても最優先しなければならないものである。何故なら、アーティファクト関連に当たる案件だ。

 

「丁度この場に責任者が居る事だし……引き継いだ方が良いか?」

 

「いえ、まだ確定ではありません。なので、もし次があるのであれば必ず私を呼んでください。確かめます」

 

「あー……わかぁった。項目内容が何なのか全く分かってない身からしたらすぐさま手放したい案件なんだがなぁ……。ていうか初めて出たよな?その特級。正直、飾りだと思ってたぞ」

 

「多分制定してから初だと思いますよ?」

 

「はぁ……姿を見せなかったその最高責任者さんが、久しぶりに来た日にそれに出くわすとは……いや、詳しくは聞かないでおくさ」

 

察するには十分だよね……急に来たかと思えば個人的な戦いがあるとか言って……いや、遭遇はほんとたまたまなんだけどね?

 

「それに関しては私からおじいちゃん達に報告しておきます。申し訳ないのだけど、しげさんは今日のをお願いしたいですが……」

 

「大丈夫、気にすんな。俺の方からは普通の視点でちゃんと報告いれておくよ。だからそっちのは任せたぞ?」

 

「はい。ありがとうございます。話もおわった事だし……私は急ぎますねっ。またその内!」

 

「ああ……出来れば会いたくはないけどな」

 

疲れたような顔を手で覆いながら反対側の手で私に手を振って送り出す。うーん何だか申し訳ないなぁ……。

 

 

 

「……はぁ。まさかなぁ……」

 

舞夜ちゃんを送り出した後、疲れたように置いてある椅子に腰を下ろす。

 

「きな臭い案件が激ヤバ案件に早変わりってか……ははっ」

 

先程の会話を思い出しながら乾いた笑いが出る。

 

今回のじいさんからの提案……と言う名の捻じりこみを受け、久しぶりに九重舞夜と仕事をすることになったが……。

 

「やっぱり、あの子が首を突っ込むと嫌な事しか起きねぇわ……」

 

この仕事を長くしていたが、あの年齢であそこまで急成長を遂げている子供はそうそう居ない。居たとしても九重の血を濃く継いだほんの一握りだ。

 

しかもあの子は当主様が遠方の地から拾ってきた捨て子である。何故あの子だったかすら明かされていない。もしかしたら何かの血筋なのかもしれねぇが、詮索することは禁則事項の一つだ。

 

「来た時はボロボロなガキだったのにな……」

 

それが少し見ない内にみるみると成長を遂げ、頭角を現していった。まだ15も満たない時にこっちにも回されてきたが、自ら最も危険な死地に躊躇いなく突っ込んでいく様な奴だった。しかもその全てを蹂躙して五体満足で生還している。

 

「それが気が付くともう高校生で、あんな可愛い子ちゃんに育つとは驚きだぜ……」

 

今回の件だってわざと個室で飯を食わせ、諜報に当たらせた。流石に戦闘となったら頼るが可能な限り関わらせたくは無かった。それが逆に特級案件なんだから笑えない。

 

「逆に関わらせた方が吉だったのかぁ?笑えないぜ全くよ……」

 

過去の経験と勘から、これから起こるであろう嫌な予感が消えない事に嘆いた。

 

 





九重 茂(ここのえ しげる)

主に街の情報を集め、統括している人物。戦闘面では劣るが諜報活動面に力を伸ばしている。
九重家の生まれにも関わらず、才能があまり伸びなかったことを小さい頃に外野から言われ、今でも劣等感を持っている。

実は戦闘面では無く、諜報面での予測や勘が常人を遥かに上回る。それを認められているため街の情報管理を任されているが、本人はあくまで経験から来るものだと考えている。※それが更に評価を高めている。

自分みたいな血筋や才能無い人間が上位まで昇りつめた主人公をかなり気に入っていると同時に嫉妬心も多少なりとある。任務の際はなるべく危険地帯から離そうとした結果、逆に死地に突っ込んでいくという事が何度もあり一緒に仕事をすると胃が持たないと嘆いている。



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第4話:やっぱり、白より黒の方が好みだなぁ……


物語の進展期です。

もう少し良い所で区切りたかったのですが、これ以上は文字が多くなりそうなので、一旦投稿します……。




 

 

「ふぁ~あ」

 

土曜日の一件が過ぎ、遂に月曜日がやって来た。

 

例の女社長の件は一旦おじいちゃんに丸投げするという形で収まった。私の方は今日からが重要なので余計なことを抱えない様にとの配慮だと思う。その内調べ上げてくれるとの事だったので大丈夫だろう。

 

昨日は昨日で、夜に今後の流れを確認していた。天ちゃんの枝か、香坂先輩の枝か……。後者なら九重家としてそれなりに動くことになるので人員を割かなければならないしね。

 

教室に着き、クラスメイト達と挨拶を交わしながら席に座る。天ちゃんはまだ来てないね……。

 

いつ来るかと待っていたが、結局来たのは予鈴のほんとギリギリだった。尾行任務おつかれさまです。

 

午前の授業が終わり、昼食を取る。

 

「あれ、天ちゃん。今日はいつもの弁当じゃないんだね?」

 

「たまにはこういうのも良いかなぁ~って思ってさ」

 

「なるほどねー、毎日弁当だと憧れるもんね。コンビニの昼ご飯って」

 

「あ、そうそうっ。一回やってみたかったんだよね~」

 

「私はいつもの可愛い弁当も好きだなぁ。お母さんが毎朝作ってくれてるの?」

 

「うん、そだよー。可愛いんだけどねぇ……個人的にはちょっと恥ずかしいんだよね」

 

「あ~……。それは確かに。物凄く凝ってるよねぇ……。毎回今日はどんなのかって密かな楽しみだったり……」

 

「え、娯楽扱いになってるの?私の弁当……。でもまた明日から戻るから大丈夫!」

 

「楽しみにしておくねっ」

 

果たして、本当に明日から弁当に戻るのかな?

 

今日の事を考えながら、昼食を楽しんで行った。

 

 

「んーーー。ようやく終わったぁ……!」

 

最後のホームルームが終わり手を組んで背伸びしながら体を後ろに倒す。前の席の天ちゃんは急ぐようにそそくさと支度をしていた。

 

「お、何か急ぎの用事でも?」

 

「あ~、そんなとこかな?この後ちょっと人と会う予定があるから先に帰るね~?」

 

「はーい、お気になさらず~。また明日っ」

 

「うん、またねー」

 

お互いに手を振りながら別れる。……さてと、私も動きましょうかね?

 

今から香坂先輩の尾行をしてから、先輩達と合流。その後は九十九神社に調査へ行きます……と。

 

鞄を持ち、教室を出ようとする。

 

「……ん?」

 

廊下に出ていく瞬間に背後から視線を感じた……が、特に気にする様な気配では無かったためそのままスルーし歩いて行く。今はそれに構っている暇は無いしね。

 

校門を越えた所で、新海先輩と九條先輩と出くわした。

 

「あ、先輩方!さようならで~す!」

 

手を振るこちらに振り返す九條先輩と手を上げるだけの新海先輩を見て学校を後にする。

 

「……そろそろ良いかな?」

 

鞄からイヤホンを取り出し耳に付ける。えっと……番号は……。

 

「こちら舞夜です。今学校から出ました。現状況をお願いします」

 

『現在目標の二人は教室にまだ居ます。それと……少し前に監視対象の新海天をロストしました』

 

「ああ、天ちゃんか……。多分能力を使ってるはずです。暫くは消えたままだと思いますので、三年の二人を引き続きお願いします。私も準備次第向かいますので」

 

天ちゃんの存在感の操作をバッチリ食らっちゃってる感じだね。まぁ、当然か。

 

通話を切り、一旦家へ戻り準備を始める。

 

「んーー、何か必要かなぁ……?少しはじゃれ合うかもしれないけど……いつもの一式は過剰だし……着込む必要もないよね?」

 

あっても精々拳が飛んでくる程度だろう。……小物を用意していくだけでいっか。

 

髪留めを付け、ポケットにペンを二本引っ掛ける。ホルダーは……スカートだし見えちゃうか、やめとこ。

 

「よしっ、多分おっけー!」

 

手入れは行き届いてるし問題も無し!

 

「おっと、連絡だ」

 

後は待つだけだと思った瞬間に通話が飛んできた。

 

「はい、舞夜です。はい……二人は九十九神社方面へ……はい。他はナインボールに居ると……?了解です」

 

報告を終え、通話を切る。

 

「という事は、あと30分程度しかないってことか……ゴーストさんの位置は良く分からないから放置でいっか」

 

幻体の位置を常時把握は流石に不可能なので今回は対象から外しておいた。重要なのは天ちゃんの動きだからね。

 

学校向けの靴を履き、玄関を出る。そろそろ夕日で空が染まり始めようとしていた。

 

 

 

 

対象たちの動きを随時更新しながら九十九神社へと向かう。

 

『新海天が白蛇九十九神社へ入りました。現在、司令官とエンプレスは既に待機中です』

 

「ぶっ、は、はい……ありがとうございます」

 

連絡が来たが、何故か高峰先輩と香坂先輩の名称が変なのになってた。いや、誰ですか?笑わせに来てるでしょ?急に言うとか卑怯じゃん……。教えたのは私だけどさぁ。

 

唐突なボケに吹き出しながらも神社へ足を踏み入れる。先輩二人は境内辺りだから……天ちゃんはその手前……身を隠せる場所に居て、なおかつ、これから入ってくるゴーストさんには見つかる地点で潜伏しようとしていると……。

 

能力を使っているので姿を視認できない可能性が高いため、ある程度の目星を付けてから進んでいく。

 

「………あ、居た」

 

もう少し時間がかかるかと思ったが、あっさりと見つかった……と言うか普通に姿見えてるのですが?え、能力を使ってる?

 

何とも言えない気持ちが湧き出てくる。うーん、天ちゃんの能力って割と看破されやすいのかなぁ?でも視界外に行かれると認識しづらくなると思うんだけど……。

 

簡単に見つけられたので結果オーライと考え、背後から声を掛ける。

 

「あっれ?天ちゃん?そんなとこで何してるの?」

 

気配を消してる私に声を掛けられたので驚くように体を跳ねらせた。

 

「うぇえっ!?え、舞夜ちゃん……?え……なんでここに?」

 

「ちょっと散歩?用事があってね。そしたら何だかこそこそしてる天ちゃんを見かけたんだよねー。確か今日人と会う予定だったよね?ここが待ち合わせ場所だったり……?」

 

「ぇえー……なんで普通に見えるの……?えぇえ……?」

 

普通に見つかった事に衝撃の顔している。小声だけど一応聞こえてるよ?

 

「どうしたの?めちゃくちゃ驚いている様に見えるけど?」

 

「あ、いや、何でもないっ。それよりちょっとこの後私、やる事があるから出来れば立ち去ってもらえないかと……」

 

「あ、そうだね。人と会うもんね。邪魔しちゃダメだよね?」

 

話していると、背後から人が来る気配がする。

 

「うん、ほんとごめんね?」

 

「ううん、気にしないで?私が邪魔しちゃっただけだし……」

 

近づく気配はもうすぐそこまで来ている。……そろそろこちらを認識できる距離だよね?

 

「おい、てめえら。そこでなにしてやがる」

 

ようやくお出ましかぁ……。

 

「え?」

 

天ちゃんが、自分に向けて話しかけられているのに驚きながらもそっちを見る。

 

「お前らふたりだよ。こそこそするみたいに隠れやがってよ」

 

ゴーストさんが、乱暴な口調でこちらに向かって来る。後ろの天ちゃんが怯えた声を出す。

 

「……誰ですか?いきなり話しかけて来て……」

 

行く手を塞ぐように前に出る。

 

「お前らこそ誰だよ。向こうの様子を窺うように隠れてる奴がいんだ。そりゃ声もかけるだろ?」

 

「……最近、ここの神社に夜遅くまで居座る人達が居るって聞いたので、それを確認しに来ただけです」

 

「なるほどなぁ。今日、このタイミングでそれを見に来たってことか?」

 

「はい、何か気に障ったのでしたら謝りますので……」

 

「はっ!バレバレの嘘ついてんじゃねぇよ。俺たちを探りに来たんだろ?」

 

「探りに……?確かに様子を見る為の探りと言えばそうなりますが……」

 

「ぁあ?とぼけんのか?そっちの奴は明らかにバレたって反応してんぞ?」

 

後ろを振り返ると、明らかに動揺した表情の天ちゃんが居た。……あは、可愛い。

 

「天ちゃん……?」

 

「っ!……この子は関係ない」

 

「ああ?関係ない?んなわけないだろ」

 

「ーー騒がしいな。何かあったのか?」

 

 ゴーストさんと言い合っていると、騒ぎを感じ取った高峰先輩……もとい司令官が来た。

 

「ゴーストよ、そちらの二人は?見た所、君が連れてきたようには見えないが……」

 

「こそこそと俺たちに探りを入れている様だったからな、何してんのか聞いてんだよ」

 

「ほぅ……?私達を」

 

うーーん、このねっとりボイス……。笑ってしまいそうだ。

 

「なるほどな。つまり、私達が今日ここに集まる事を知っていたというわけだね?」

 

「……いえ」

 

「嘘を付く必要は無い。と、なると……君たちも私達と同じという事で良いのかな?」

 

「なんのことですか?」

 

取りあえずとぼけてみたが、横に居る天ちゃんが驚くような表情を見せた。

 

「そちらの彼女は素直の様だな」

 

「あっ……」

 

「……ふむ、私達の事を嗅ぎまわっていた……。AFユーザーは二人だけかな?もし他にもお仲間が居るのなら呼んで貰っても構わないが」

 

「おい、何勝手な事言ってんだ?」

 

「私達の他にも居るのなら会うべきだろう?同胞なのだからな」

 

「けっ、くだらねぇ」

 

心底詰まらなさそうな顔をしてゴーストさんは奥へと向かう。

 

「さて、今呼び出して貰っても構わない。そちらのお仲間に連絡したまえ」

 

「……天ちゃん。お願い出来る?」

 

「え、でも……」

 

「天ちゃんが一番頼りになる人にお願い。直ぐにでも駆けつけてくれる人だと助かるなぁ……?」

 

「う、うん……分かった……っ」

 

慌てる様に鞄を漁り出す。その様子を見ながら先輩と天ちゃんの間をキープする。

 

「何、手荒な真似はしないから安心したまえ。もっとも、キミらが大人しく従ってくれるのであればな」

 

「ちゃんと、従いますので……こちらに乱暴はしないで下さいね?」

 

後ろを見ると、スマホを耳に当てて電話を掛けている天ちゃんが居た。

 

『もしもし』

 

通話が繋がり、先輩の声が微かに聞こえる。

 

「……っ、お兄ちゃん、ごめん……っ!」

 

『待て、どうした、なにがあった?』

 

「貸してくれるかい?」

 

すると、横から高峰先輩が天ちゃんのスマホを取る。

 

「キミか。彼女らにこそこそと嗅ぎ回らせていたのは」

 

『誰だ』

 

「キミはAFユーザーだな?」

 

高嶺先輩の質問に沈黙が訪れる。

 

「沈黙は肯定と受け取ろう。ユーザーであるのならば、資格がある。神社に来い。白蛇九十九神社だ。そこで話そう」

 

『妹に代われ』

 

「傷つけるつもりは無い。直ぐに会えるさ。では、神社で待っている」

 

『おい待っーー』

 

用は済んだのか会話途中で通話を切る。

 

「ありがとう、これは返すよ」

 

スマホを返す高峰から恐る恐る天ちゃんが受け取る。

 

「さて、彼が来るまで待っていようか?何、さっきも言った様に危害を加えるつもりは無い。こっちだ」

 

私の腕を掴み境内へと引っ張る。

 

「天ちゃん、大丈夫?」

 

私の後を申し訳なさそうに着いてくる天ちゃんに声をかける。

 

「舞夜ちゃん……ごめんね?巻き込んじゃって……」

 

「あはは、気にしないで?逆に天ちゃん一人でこんな目に合わなくて良かったって思ってるよ?」

 

「っ!……ほんとごめんね」

 

「だから気にしないでって~。あ、不安なら手でもつなごっか?これなら安心だよ?」

 

半分泣きそうな天ちゃんの手を無理やり掴む。ああー、柔らかいです。女の子の手って感じ……!……もう少し握っても許されるかな?

 

「それに先輩もすぐに来てくれるんでしょ?大丈夫だって、この人も危害加えないって言ってるしね?」

 

「そうだな。大人しくしてくれるのであれば保証しよう」

 

「ほら、こう言ってるし」

 

「……うん、分かった」

 

しょんぼり顔の天ちゃんも可愛いですなぁ……。不謹慎極まりないけど。

 

境内に入ると、さっき居たゴーストさんと香坂先輩が居た。

 

「そちらが先ほどゴーストさんが仰っていた……」

 

「ああ、今、お仲間を呼んで貰った。じき此処に来るだろう」

 

「そう……」

 

香坂先輩が私の方を見てきた。取りあえず笑顔を返しておく。

 

「あの~先輩?出来れば腕を掴んでいる手を放して頂けると助かるのですが……」

 

「ん?別に構わないが……」

 

「大丈夫です。逃げるとかそんなこと考えていませんから。そもそも逃げれるとも思っていません」

 

「なら良いだろう。ここで大人しく待つことだな」

 

取りあえず腕を解放してもらった。

 

「ありがとうございます」

 

先輩方から天ちゃんが一番遠くになるように位置取り、間に立つ。

 

「どう?落ち着いた?」

 

「う、うん……少しは……」

 

「なら良かった」

 

「舞夜ちゃん、ほんとにごめんね?」

 

「もう……それ二度目だよ?ほんとにわたしは気にして無いからね?変に罪悪感感じなくて良いからさ」

 

「でも……巻き込んじゃったのは本当だし……」

 

「ううん。天ちゃんはそう思ってるかもしれないけど……私は巻き込まれたとか全然思ってないよ?」

 

「……?」

 

「これも新海先輩と九條先輩が言ってた石化事件関連でしょ?それなら協力している身だから無関係じゃないよー?」

 

「確かににぃにから聞いているけど……そうじゃなくて……」

 

「おい、ぺちゃくちゃ喋ってんじゃねーよ」

 

天ちゃんと喋っていると、気に障ったのかゴーストさんが口を挟む。

 

「っ!」

 

天ちゃんが怯えた様に顔を伏せる。……このアマ、折角の時間を邪魔しやがって……コロスぞ。

 

「なんだよ、なんか言いたいんなら言えよ」

 

「……いえ、何でもありません」

 

危ない危ない。先輩らが来るまで大人しくしておかないと……。

 

「最初からそうしてれば良いんだよ、ったく」

 

「ゴースト、彼女らを怖がらせる様な事はよしたまえ」

 

「誰がてめぇの言う事聞くかよ。お前も黙ってろ」

 

うざったそうに背を向けるゴーストに高峰先輩が小さくため息を付く。

 

「すまないね、怖がらせてしまって」

 

「いえ、私は大丈夫です。私は……ですが」

 

「ほう?強がっている様には見えないな」

 

「この位でしたら、特に何とも思わないのでお気になさらず」

 

「ふむ、興味深い……君の名前を聞いても?」

 

「九重です」

 

「九重……もしかしてあの九重かな?」

 

「どの九重のか知りませんが、この街で護身術を開いてる家ならばそれです」

 

「なるほど、キミは九重流護身術を嗜んでいると見て良いのかな?」

 

「……そうですね。その認識で問題無いです」

 

「納得した。それなら多少の火の粉は振り払えるだろうな。因みになのだが、そこの護身術ではどの様な事を?」

 

「おい、何呑気に会話始めてんだよ?しかもてめえからよ」

 

「彼女の事が気になったのだ、未知を知りたいと思うのは当然であろう?」

 

「心底興味湧かないな。くだらねぇ」

 

「キミはそうかもしれないな。私はこれでもそれなりに嗜んでいてね、自分以外の人がどの様な事をしているのか興味があるのだよ」

 

「そうかい……勝手にしろ」

 

機嫌悪そうな態度で元の位置に戻る。カルシウムが足りない?いや、高峰先輩と話してるからかな?

 

「それで、先ほどの続きなのだが……」

 

先輩らが来るまでどうしようかと考えていたが、高峰先輩からの質問ラッシュで、意外と時間を潰せたのであった……。

 





遂に登場、高峰連夜!

EpisodeⅠでは名前と死体はご登場していたのですが、生身ではここが初めてかと……。

次は……多分、中二病バトルが……きっと来るかと。



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第5話:この二人って、ほんと奇跡的巡り合わせだよね……


例の人達の対決する場面が……遂に……。




 

「おいっ、来たぞっ!どこだ!」

 

日が落ち、周囲が暗くなり空に星が見え始めた辺りに境内に大声が響き渡る。

 

「お兄ちゃんっ!」

 

その声が新海先輩と分かった天ちゃんがすぐさま返事をする。

 

それに反応するように先輩らがゆっくりと近づいてくる。

 

「やぁ。思ったよりも遅かったな」

 

遂に新海先輩と高峰先輩らが対面となる。

 

「怖がらせてすまなかったね。もう行っていい」

 

用済みとばかりに私達を解放する。放されたことに戸惑いながらも天ちゃんが新海先輩の元へと駆け寄る。

 

「無事か?」

 

「怪我はない?」

 

「うん。私も舞夜ちゃんも大丈夫……」

 

「やあやあ、お二人方。こんばんわですっ」

 

「九重……?」

 

「舞夜ちゃんも一緒にいたの……?」

 

「丁度いいタイミングで天ちゃんと運命的な出会いをしてしまいまして……お供していましたーあはは」

 

「そうか。二人共無事で良かった」

 

私達の安全を確保出来た所で、先輩が正面に出る。

 

「妹と後輩が世話になったみたいだな」

 

「コソコソと嗅ぎ回っていた所を、彼女が見つけてくれてね」

 

ちらりとゴーストへと視線を向けていたが、興味無さそうにガムを噛んでた。

 

「キミたちの目的は分かっている。きっと、我らと同じで、仲間探し……だろう?」

 

その質問に先輩は無言で睨んでいた。隣でその様子を不安そうに見ている天ちゃんの手を取りあえず役得として握っておく。

 

「まずは自己紹介をしておこう」

 

と、返事を待たずに更に会話を続ける。

 

「横の彼女は『エンプレス』、フードの彼女は『ゴースト』」

 

……耐えろ、我慢だ我慢……今ここで笑ってしまえばシリアスな場面が台無しになってしまう。

 

「そして私は、『司令官』。『リグ・ヴェーダ』の長だ」

 

「っく……!」

 

耐えられずに口元を抑えて顔を伏せる。

 

「舞夜ちゃん?どうかしたの?もしかして、どこか怪我を……?」

 

「……い、いえ。大丈夫です。すみません」

 

急に顔を伏せた私を心配するように九條先輩が声を掛けてくる。

 

「リグ・ヴェーダだって……?」

 

「そう。我らはリグ・ヴェーダ。AFユーザーによって構成された、AFユーザーの為の組織だ」

 

うわぁ……。生で聞くと更にエグさが増すなぁ……。

 

こっち側の三人も困惑した表情をしていた。

 

「呼び出したのは他でもない。用件はたった一つ……リグ・ヴェーダに加わりたまえ。我らの同胞として、キミらを迎え入れよう」

 

自信に満ち溢れた声を表情で、仰々しく両腕を広げた。

 

新海先輩がどう返事をしようかと迷っている中、九條先輩が律儀に手を上げて質問の許可を求めた。

 

「どうぞ。なんでも聞いてくれたまえ」

 

「あなたたちの目標は何でしょうか?それを聞いてから、判断したいです」

 

「ふむ……そうだな」

 

高峰先輩が長考するように顎に手を添える。

 

「我らの目的……それは、AFユーザーの理想郷を作る事だ」

 

「理想郷……」

 

「そうだ。AFユーザは、超常の力を持っている。いずれ必ず、迫害されるであろう……そうなる前に、我らが支配する」

 

「支配って……何をするつもりなんですか?」

 

「力を示す。そうすれば。自然と恐れ敬うだろう……新人類たる。我らAFユーザーを……!」

 

「ぶっ……!っ!」

 

「舞夜ちゃん!?やっぱりどこか痛いの?」

 

心配してくれる天ちゃんに手を出して制止する。

 

「モーマンタイ」

 

質問をした九条先輩は絶句の表情をしていた。そして隣の新海先輩も同じ表情である。

 

「力を示す、って言ったな?」

 

「ああ」

 

「石化事件についてどう思う?あれが、ユーザーが力を示した結果だぞ」

 

「素晴らしいね」

 

「……あ?」

 

「力は存分に振るうべきだ。その為に与えられたのだからな」

 

「人殺しの力だぞ?」

 

「それがどうした」

 

さも当然と言わんばかりに返した高峰先輩の返事を聞き、諦め気味の顔で振り返る。

 

「……皆、帰るぞ」

 

「え、あ……」

 

「……うん」

 

「まだ返事を聞いていないが?」

 

「本気で言ってんのか……?」

 

踵を返した先輩が怒りの表情を見せ睨みつける。

 

「……ふざけんなよ。人殺しを容認するような連中と組めるかよ。それが、俺の答えだ……!」

 

「ふむ……そうか。ならばーーー」

 

「キミたちは、敵だな」

 

交渉決裂と決まり、高峰先輩の顔にスティグマが青く光る。

 

「……っ!三人は逃げろっ!」

 

「え、え、でもっ……!」

 

「戦略的撤退だ。成瀬先生んちに駆け込め。情けないが……分が悪い。大人に頼ろう」

 

「だったら、みんなで逃げれば……!」

 

「私も残る。先生の家には、天ちゃんと舞夜ちゃん、二人でお願い」

 

「なんで……っ!」

 

三人でがやがやと言い争っている。完全に私は蚊帳の外扱いである……。それを愉快そうに待っている高峰先輩と目が合った……。取りあえずお辞儀しておこ。

 

「まだかかりそうか?」

 

「一人でも、四人でも構わないぞ?二人が動かないのは、私一人で十分だからだ」

 

自信たっぷりに宣言する。うーん。正論。私が居なければ、だけど……。

 

「逃げるのなら、追いはしない。臆病者は脅威足り得ない。見逃してやろう。だが……向かって来るのであれば、徹底的に排除する。我々の邪魔はさせない。全ては……理想郷を築くために」

 

……よし、今回は耐えれたぞ。ふぅ……。中二病発言にそれなりに耐性が付き始めて来たみたい。

 

「新海くん……」

 

「分が悪すぎる……。逃げるべきだ、が……」

 

「この人達を……このままにしておいちゃ、駄目だと思う……!」

 

「おにいちゃん、あたしも……逃げないからねっ!」

 

「いや、天は九重を連れて逃げてくれ」

 

「え、ここで仲間外れは流石に傷付くんですが……あの?」

 

「危険だ。二人だけでも逃げてくれ」

 

「ここで私と天ちゃんが逃げたら圧倒的に不利ですよ。それに小競り合い程度なら、私も力として加われます」

 

「護身術とかそういった話じゃないんだっ」

 

「どうした?どうやら揉めているようだが……逃げないのかな?」

 

「……こいつは巻き込んでしまっただけだからな。帰ってほしいと説得しているだけだ」

 

「構わん。力なき部外者を巻き込む訳にもいかないからな」

 

うーーん。どうしても私にご帰宅願おうとしていますね……それもそうか。

 

「はぁ……」

 

バラしたくなかったけど……四の五の言っている訳にも行かないか……。

 

先頭に立っている先輩の横に立つ。

 

「おいっ!」

 

「来るか、良いだろう。キミたちを我らの敵と認識する」

 

「舞夜ちゃんっ!?」

 

「……先輩達や、天ちゃんは、私が部外者だと思っているみたいですが、実はそうじゃないんですよね」

 

「は?それはどういう……」

 

「私も、皆さんと同じーーー()()()()()()()()()()()()ってことですよ」

 

能力を発動させる。

 

「九重……お前、その肩の光……!」

 

「え、スティグマ……?」

 

「舞夜ちゃんも……ユーザー?」

 

「こんなに早く明かすつもりは無かったんですけどねぇ……。さて、これで私も権利を得た。という事で良いですか、司令官さん?」

 

「なるほど……キミもAFユーザーと言うわけか。それなら異論は無いな」

 

「ありがとうございます。これで戦力が一人増えましたね?先輩」

 

「っ、くそ!やるしかねぇか……!!」

 

「さぁ、来い。我らが理想の為に、キミたちを徹底的にーーー」

 

「与せぬ者には、暴力で排除する。野蛮な思考。それで新人類とは……呆れるわね」

 

……っ!!来た来た来た!待ってましたーーー。背後からの気配を感じてましたが、ようやくお出ましですね!

 

「……なに?」

 

「……は?」

 

突然の声に場が静まり返る。声の方角に新海先輩が振り返る。

 

「助けるつもりはなかったけれど……。むざむざ死なせるのも、後味が悪い」

 

「え……誰?」

 

「うちの……常連さんの……」

 

「パフェクイーン……?」

 

「……そんな名前で呼ばれているのね。別にいいけれど。後は私に任せなさい」

 

結城先輩じゃ……。遂に結城先輩が降臨された……。

 

「任せろって……」

 

「……話は聞いていたわ。私もあなたたちと同じ。聖遺物に選ばれた能力者」

 

「は?」

 

「さぁ、行きなさい。ここは私一人で事足りる」

 

「突然現れて……大した自信だな。何者だ?」

 

突然の乱入者に顔のスティグマを消して質問を飛ばして来る。

 

「悪党に名乗る名などない」

 

これを結城先輩がバッサリと切り捨てる。

 

「悪党……。フッ。我らを悪と断ずるか。どうやら……キミも愚かなユーザーのひとりのようだ」

 

「愚者で構わない。貴方たちの様な……王様気取りの悪を断罪出来るのならば」

 

「我らを裁くか。キミは神にでもなったつもりか?」

 

「いいえ、そこまでうぬぼれててはいない。私は一人の人間。正義を愛する……ちっぽけな人間。そして、あなたたちに立ち向かおうとした……彼らもまた」

 

ちらりと此方を見た結城先輩の左目には、スティグマが浮かび上がっていた。

 

「覚えておきなさい。リグ・ヴェーダ。貴方たちが自らの理想郷のために……人々を傷つけようとするのならば……人々の平穏を……、己の欲望の為に踏みにじらんとするならばっ!」

 

びしっ!!っと人差し指を突きつける。

 

「その野望は、私達『ヴァルハラ・ソサイエティ』が打ち砕く!」

 

「えっと……」

 

「バ、バル……?」

 

「くっ……!あはっ!」

 

だ、だめ……この空気……耐えられない!

 

「ヴァルハラ・ソサイエティ……そうか、貴様らがあの……。まさか実在していたとはな」

 

「いや、あのって……えっ、なに?え?」

 

「あはは!あはっ、っく!くく……!」

 

「………、それはこっちのセリフ。リグ・ヴェーダ。あなたたちも目覚めていたとはね……」

 

「めざ……、え?有名なの……?」

 

「わ、わからない……」

 

隣の天ちゃんと九條先輩も困惑していた。

 

「ラグナロクを止める事が私達の使命。覚悟しなさい」

 

「フッ、ラグナロクか。見当違いも甚だしいな」

 

「何ですって……?」

 

「我らの目的はヒュージアポカリプスによる、世界の再構築だ。ラグナロクの比ではない」

 

「あははは!む、無理っ……これは流石に……くっ!」

 

本当にこれ即興のやり取りなの!?台本とか絶対あるでしょ?しかも……高峰先輩が最初に乗って来た時の結城先輩の『あ、乗って来た。という事は……イケる?』みたいな瞬時の判断が可愛すぎる。

 

お互いがお互いの語録を使ってるのに何となく成立してるのがまた……。なんでこんな場面で出会ったのかなぁ?

 

「やってみるといい。漆黒の渦……ケイオスタイドの大いなるうねりに、貴様ごときがーー」

 

「おい、これ以上くだらねぇ話を続けるなら、オレは帰るぞ」

 

痺れを切らしたゴーストが二人の会話を中断させる。

 

「ユーザーをこの場で五人も発見できた。もう十分だろ。やり合うのは無駄だ、効率がわりぃ」

 

「わたくしも暴力が嫌いですの。喧嘩をしたいのでしたら、わたくしがいないところでお願いしますわ」

 

「……ふむ、今宵はここまでとしよう。楽しかったよ」

 

多分、半分位結城先輩との会話だろうなぁ……。

 

「……逃げるの?」

 

「フッ……見逃してやろうというのだ。精々、抗うと良い。神の小間使いたちよ。フハハハハハッ!」

 

敵ボスの様な笑い方でこの場を去ろうとする。

 

「……徒歩かよ」

 

「っぶ!」

 

天ちゃんの発言に吹き出す。

 

「夜道には気を付けろよ、お兄ちゃん?」

 

すれ違いざま、ゴーストが新海先輩に呟く。

 

「……!」

 

にやりと笑みを浮かべ、そのまま去って行った。

 

「新海くん……」

 

「……ああ」

 

これで先輩はゴーストがこちらに害をもたらす者だと理解しただろう。

 

「あの……お兄ちゃん」

 

「……。怪我は無いか?」

 

「う、うん、大丈夫……。私も舞夜ちゃんも、ひどい事は、されてない」

 

「私も特に問題ありませんよ?五体満足です」

 

ひらひらと手を上げて問題無いアピールをする。

 

「……。一件落着……とはいかなかったけれど。犠牲が出なくて良かった」

 

「ありがとうございました。助けて下さって……」

 

九條先輩が結城先輩にお礼を言う。

 

「……礼など必要ない。あなたたちが立ち向かう姿勢を見せなかったら、助けるつもりは無かった。あなたたちの正義の心に……私の心が共鳴しただけのこと。……それじゃあ」

 

「いや、待った。ちょっと待ってくれ」

 

「……?」

 

 

 

 

「結城希亜よ」

 

「改めまして、九重舞夜ですっ」

 

場所は変わり、夜のナインボールへ。

 

素性を明かすつもりはないと頑なな態度の結城先輩だったが、フルーツパフェを奢るとあっさりと明かす。現在はパフェを美味しそうに食べてくれていた。前回できなかったからね。挽回出来ちゃいました!

 

「結城も九重も、ユーザーなんだよな?」

 

「……ユーザー。あなたたちは、そう呼んでいる様ね」

 

「その通りです。ユーザーです」

 

「じゃあ、アーティファクトを……」

 

「……聖遺物のことね。持っている」

 

お互い別単語なのに脳内変換早すぎでは……?

 

先輩達は最初に結城先輩の事を知りたがっている様なので、私は話を聞きながらパフェを食べている結城先輩を見ることにした。

 

「どうして、俺たちを助けてくれたんだ?」

 

「……認識を改めたから」

 

「認識……?」

 

不思議そうにそう聞く九條先輩はちらりと新海先輩の方を見る。

 

「あなたたちは私をただの常連だと思っている様だけど、私は貴方たちが能力者である事を既に知っていた」

 

「え……」

 

「……店内であんなに大声で話していれば……いやでも聞こえる」

 

呆れたように小さくため息を吐く。

 

「この子が能力者なのは知らなかったけど、それ以来、あなたたちの事を警戒していた」

 

チラッと私を見る。まぁ……あまり先輩らと関わっていませんでしたし……。

 

「……警戒?」

 

「そう。力に溺れ、罪を犯すようであれば……私が裁くつもりでいた」

 

「いえ、私たちはそんなーー」

 

「わかっている」

 

すまし顔で食べていたスプーンを置き、口元を拭く。………なんかエロく感じるのは私だけでしょうか?

 

更に紅茶に口をつけ、一息つくとまた再開した。………なんかエ(ry

 

「あなたたちは……リグ・ヴェーダの思想に対し、怒りを抱いていた」

 

「です、ね……。人が死んでいるのに、素晴らしい……なんて」

 

………。

 

「信用……まではいかないけれど、少なくとも悪人ではないと思ったの。それが……助けた理由」

 

「そうか。理由は……分かった。ありがとう。分が悪い状況だったから、ほんとに助かった」

 

結城先輩にお礼を終え、今度は私に視線を向ける。

 

「お、今度は私の番でしょうか?」

 

「ああ、九重もユーザー、だったんだな」

 

「はい。黙っていた事には素直に謝ります。あまり知られたくなかったので……」

 

「いや、そこは良いんだ。確かに結城が言っていた様に俺たちの危機感が無かっただけで九重の方が正しい」

 

「でも、結局明かしちゃったんだよね?」

 

「ですね……。あそこで黙って皆さんを見捨てて自分だけが助かる。って考えを持つほど冷たい人間では無いので……。それに……」

 

「それに?」

 

「天ちゃんに怖い思いをさせた司令官とゴーストを一発ぶん殴りたい気持ちもありましたのでっ」

 

満面の笑みを二人に返す。

 

「ぶん殴りたいって……おい」

 

「そ、そのくらい怒っていたってこと……だよね」

 

「ま、結局は結城先輩の乱入からのヴァルハラ・ソサイエティ発言で無事乗り越えたから、機会は得られませんでしたけどね~」

 

「それについては巻き込んだことは謝るわ。責任も取る。リグ・ヴェーダとの決着は、私一人でつける」

 

「え、一人でって……」

 

「パフェと紅茶。ごちそうさま」

 

「あ、待った待った」

 

立ち去ろうとする結城先輩を、新海先輩が引き留める。

 

「……何?」

 

「連絡先を教えてくれ」

 

ストレートに先輩が連絡先を聞き出す。

 

「……言ったでしょう?決着は私一人で付けるって……」

 

駄目ですよ先輩。普通の言い方ではこの方は靡きません。

 

新海先輩の肩に手を置き、前に出る。

 

「九重?」

 

「結城先輩。一人で決着をつける言いましたが……そういった責任の取りかたは中途半端かと思われますよ?」

 

「……どういう意味?」

 

「神社で先輩が仰った組織……ヴァルハラ・ソサイエティと発言した時点で、向こうの敵組織、リグ・ヴェーダとは敵対してしまいました。そして先輩は、私『たち』と言いましたよね?」

 

「そうね。咄嗟に、ここだ。と思って勢いで言ったのは軽率だったと反省している」

 

「そうなると、向こうは私達全員がヴァルハラ・ソサイエティの一員と認識している筈です。そうなると勿論狙われるでしょう……。その際、全員で連絡先を交換していればいち早く情報のやり取りが出来るとは思いませんか?」

 

「確かにそうね……」

 

「向こうは組織です。ならばこちらも組織として立ち向かう必要があると私は考えます。なのでそのリーダーである結城先輩にリグ・ヴェーダの情報が集められるようにLINGの連絡先を交換しましょ?そこまでして、ようやく巻き込んだ責任を取るというのが妥当だと思います」

 

まぁ……どっちかと言うと、元は結城先輩が首を突っ込んできたと思うのだけれども……。

 

「………」

 

何処か嬉しそうな表情が滲み出ている。すまし顔装っているが、隠しきれていないぞっ。このこの。

 

「……良いでしょう。交換しましょう」

 

「交渉成立ですね。これ、私のIDです」

 

スマホを取り出しお互いに交換する。交換後、結城先輩から、よろしく!と、やたらくそ可愛いクマのスタンプが送られてきた。

 

「ぐはっ……」

 

「……?」

 

「……他の方にも教えても大丈夫でしょうか?」

 

「ええ、構わないわ。……それじゃあ」

 

そう言ってクールに去って行く。それをクマのスタンプと交互に見る。

 

「それじゃあ、後ほど皆さんにも送っておきますね!」

 

「ああ、頼むわ」

 

「うん。お願いね?」

 

返事する二人と、終始無言で落ち込んでいる天ちゃん。……しょんぼりしてますなぁ。

 

「それでは、もう夜も遅い事ですし、九條先輩、そろそろ帰りましょうか?」

 

「……そうだね。時間も遅いしね」

 

「ああ、二人共お疲れ」

 

「うん、お疲れ様。天ちゃん、また明日ね」

 

「あ、また……」

 

「また明日~バイバイ!」

 

最後に先輩の方へ目線を向ける。それに頷くように『任せろ』と返して来きたので、『了解』と笑みを返して伝票を取ってレジへ向かう。

 

「舞夜ちゃん、私出すよ?」

 

「いえいえーお気になさらず。ここは私の顔を立ててくださいな」

 

会計を済ませ、店を出る。

 

「九條先輩、今日は自転車ですか?」

 

「うん。そうだよ?」

 

「……まぁ走行だし問題無いよね。夜道に気を付けて帰ってくださいね?なんなら送迎出しましょうか?」

 

「え、ううん。大丈夫だよ?ありがとね」

 

「流石に早速襲って来るとは思いませんが」

 

「うん、舞夜ちゃんもね?」

 

「了解です。それではまた明日です!」

 

「うん。また明日ね」

 

手を振りながら九條先輩を送る。

 

「さーてと、天ちゃんは先輩に任せて問題ないから……私も帰ろうかな」

 

取りあえず一段落したので、帰路に就くことにした。

 

 





ヴァルハラ・ソサイエティ
リグ・ヴェーダ
ラグナロク
ヒュージアポカリプス
ケイオスタイド

普段聞きなれない単語を書くの辛過ぎでは……?変換候補に出ないでしょ……。



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第6話:香坂先輩みたいな人とも話せるようになる修行をすべきでしたか……?


神社での一悶着後、その次の日ですね。




 

 

「そろそろ大丈夫かな?」

 

あの後、帰宅し、高峰先輩、香坂先輩が家へ着いたことを確認し終え、先輩に結城先輩の連絡先を送るついでに天ちゃんの様子を確認する。

 

『天ちゃん大丈夫そうですか?』

 

送信してから数分後に返信が来る。

 

『さっきまでは落ち込んでいたけど、今は大丈夫そうだ。ありがとな』

 

『元気そうになって安心しました。流石は天ちゃんのお兄さんですね』

 

『長年兄をやってるだけはあるからな。それと、俺たちが来るまで天を励ましてくれたって聞いた。色々ありがとう』

 

『気にしないで下さい。成り行きとはいえ、大事な友達を守れたので私としても嬉しいです』

 

『あまり私と話してても天ちゃんがかわいそうなので、今日はこの辺りで失礼します。また明日にでも今後の事をお話しましょう。おやすみなさいです』

 

『ああ。助かる。おやすみ』

 

やり取りを終え、スマホをテーブルに置き、ベットに寝転がる。

 

……能力明かす気は無かったんだけどなぁ。ちゃんと考えればあそこで私が前に出る必要は無かったし、結城先輩が来るまで普通に待つのが一番簡単だった。

 

でも、天ちゃんが高峰先輩達に怯えていたのを見て、ムカついたのも事実だし……。ううん、あそこでユーザーとバレることで能力者の数が増えた。つまりはヘイトの分散が出来たと考えれば悪くは無いと思う……。いや、流石に言い訳にもならないか。

 

「やっぱり……単純にムカついたんだよねぇ……」

 

先輩に任せるのが一番良いとは分かってるけど、私だって何かしたかったんだろう。それがあの結果だったというわけだ……。

 

「……寝よ、こういう時は寝てリセットするのに限る」

 

まだ天ちゃんのか香坂先輩のかすら決まっていなかったのに、軽率だったと反省をしながら寝る支度を始めた。

 

 

 

次の日、いつもより早めに登校し、学校の空き部屋へ侵入していた。

 

教室には既に何人かの生徒が居たし、廊下で会話するわけにも行かなかったので前々から目星を付けていた場所でやり取りを行う。

 

「こちら舞夜です。新海兄妹はどうですか?」

 

『少し前にコンビニで昼飯を買って、現在仲良く登校していますねー。まだ舞夜さんが言ってた三年とは出くわしてないですね』

 

「そう……出会って先輩から手紙を受け取った時にまた連絡して。その後は繋ぎっぱでお願い」

 

『はいはいよ。自分も登校のついでなので良いんですが……なんで自分でしないんすか?』

 

「事情があるの。私の仕事……と言えば納得してくれる?」

 

『うへぇ……、それなら聞かないことにしてきます』

 

「うんうん、知らずに働いてた方が楽だからね。それじゃあよろしく」

 

連絡を一旦切り、他の人から連絡が来ていないか確認する。

 

「……おじいちゃんの方は、少しずつ進んでいるみたいだね」

 

例の女社長の件は時間が勿体ないという事でこちらから商談を持ち掛け、炙り出そうとしている様だ……私の事があるとはいえ強引だなぁ。

 

あれから二か所とやり取りをし、全て有利に進んでいて、活動範囲を広げているみたいだけど……それが目に余るといろんな場所から言われている……が、何故かいざこざが起きない。と……これはほぼ確定かな?

 

後で詳しく聞きに行こうと考えていると、連絡が飛んでくる。

 

『対象が手紙を受け取りました』

 

「了解、会話が聞こえる距離まで近づいて」

 

「聞き取りたい内容は、手紙に書かれているLINGのやり取りをどっちが行うか……それだけは聞き逃さないでね」

 

トン。と声では無く振動で返事を返してくる。

 

「男なら一回、女なら二回」

 

緊張の時間が流れる。暫くすると、向こうからトン、トン、と二回叩く音が返ってくる。

 

「二回……天ちゃんね。ありがとう、もう離れていいよ」

 

『もう大丈夫っすか?』

 

「うん、途中で先輩が変わるとかそんな事言わずに終わったんだよね?」

 

『ですね、そのまま妹さんの方で話は終わったみたいですよ?』

 

「了解。確認ありがとね」

 

『これくらい問題ないっすよ。では切りますね』

 

連絡を終え、すぐさまおじいちゃんにメッセージを飛ばす。

 

『この世界は二本目』

 

『了解した。また後で話し合おう』

 

「さてと……私も教室に戻ろかな?」

 

天ちゃんがやり取りを行うのならこの枝は決まった感じだね。後で直接確認もしておこう。最悪今日一日でどちらかの枝かはわかるしね。

 

空き部屋から出て教室に向かい、席にて天ちゃんを待つ。

 

「舞夜ちゃんおはよ」

 

「あ、天ちゃんおはよっ。昨日は大変だったねー」

 

「あ、うん。昨日はありがとね?」

 

「あはは、お互いさまってことでいいよ。それより、昨日から何か変わった事あった?」

 

「んーー、一応あったかな?」

 

「お、なになに?」

 

「あとでにぃにから連絡するとは言ってたんだけど、昨日の神社に居た三人の内の1人と連絡とることになった……」

 

「え、なにその急展開?え、何があったの?」

 

「えっと、あのエンプレスって呼ばれていた人居たじゃん?あの人」

 

「あ、ああ~、お嬢様口調の人だね」

 

「そうそう。ほい、これが朝に貰った手紙の内容」

 

手紙を受け取り、内容を読んでみる。

 

「……これは、謝罪文?あとこっちと話がしたいと……?」

 

「そう言うこと、だから取りあえず連絡取ってみようかなって」

 

「なるほどー……ほんとに急展開だねぇ」

 

「私もそう思う」

 

「あくまでLINGでの話し合いだし……危険は無さそうだね。何かあったら私にも教えてね?」

 

「うん。ありがとね」

 

その後、お昼休みに一度、『これ、どういう意図だと思う……?』と言われてメッセージ内容を見せて貰ったが、そこにはぎこちない会話……というか香坂先輩からのマシンガン……いや、一回一回をめっちゃ書いてくるなこの人……。

 

「……うーーん。単純に会話をしたいって思えるんだけど……この感じなら」

 

「やっぱりそうなんかなぁ?勧誘に見えないよね?」

 

「これで勧誘してるつもりなら、逆に巧妙に見えるね」

 

「だよね……」

 

その後もちょくちょくやり取りしている場面を見かけながら気が付くと放課後になっていた。

 

「天ちゃん、帰ろ?」

 

「あ、うん。ちょっと待ってね」

 

席を立ち校門へと向かう。

 

「あれからどうだったー?」

 

「なんか好みの話とか色々あったけど、直接謝りたいから今日会わないかって言われた」

 

「ほほぅ……。動き出した感じだね」

 

「取りあえずにぃにとみゃーこ先輩にも相談して決めてみようかなって」

 

「それが良いね。どこかで待ち合わせしてたり?」

 

「放課後に校門で待ち合わせだね」

 

「そっか、了解」

 

そういえばお昼に誘って貰ったグループで話していたような……?

 

 校門に着き、暫く待つと、新海先輩の姿が見えた。

 

「おっ、にぃに~!」

 

隣の天ちゃんが嬉しそうにブンブンと手を振っている。

 

「二人ともはやいな」

 

「おつかれさまでーす」

 

「おう、おつかれ」

 

「みゃーこ先輩は?」

 

「まだ。友達と話してたし、もう少しかかるかもな」

 

「そっか。ぁ、来たよ。みゃーこ先輩来た」

 

校門内を見ると、駐輪所に行くとジェスチャーをする九條先輩が視界に入った。……駆け足姿も可愛い……。

 

少しして自転車と共に戻って来る。

 

「ごめんなさい。お待たせしました」

 

「ぜんぜんぜんぜん。今来たとこ~」

 

「揃った事だし、端に寄るか。ここだと邪魔だし」

 

「あ、そうだね」

 

端に寄り先輩の自転車のスタンドを下ろした所で本題を話し始めた。

 

 

 

「メッセージも送ったとこだし、早速ナインボールへ行きまっしょい」

 

「九條、九重、天を頼むな」

 

「任せて下さい!私は同席なので天ちゃんには指一本触れさせませんよ?」

 

「うん。新海くんは?近くまで一緒に行く?」

 

「いや、俺はもうちょい学校に残って司令官を探してみる。活用できるか分かんねぇけど、名前ぐらいは知っておきたいよな」

 

「じゃあ、ここで解散だね」

 

「呼んだらちゃんと来てよね!絶対だよ!」

 

「分かってるって。適当に調べたら近くまで行く」

 

「絶対だかんね!よしっ、それじゃいこっ!」

 

「新海くん、また後でね」

 

「ああ、気を付けて」

 

「先輩、先輩」

 

「ん?どうかしたのか」

 

歩き出した二人に続かず、先輩に話しかける。

 

「単独行動は危険です。くれぐれも人気の無い場所に行かない様にお願いしますね?」

 

「ああ、分かってる」

 

「もし、危険と思ったら大声で助けを呼んでください。それから……昨日の三人の素性、私の方でも探ってみます」

 

「おう、ありがとな」

 

「ではっ、また後程~!」

 

「あとでな」

 

先輩に手を振りながら天ちゃん達と合流する。大丈夫だとは思うけど念のためにね。

 

お店に着き、待つ事十分程度。扉が開いたのを見ると、香坂先輩が入って来た。

 

「お、来たみたいだね」

 

「だね。先輩、こっちです」

 

席を立ち、手を上げて場所をアピールする。顔を伏せていた先輩がこちらに気づき、コソコソとやって来た。

 

「どうぞ、席へ。あ、何か飲まれますか?」

 

席を引き座ったのを確認し、戻る。

 

「ぁ……いえ、ぁの、だ、だ、大丈夫です」

 

「そうですか。分かりました。あ、天ちゃんは?おかわりとか」

 

「ううん、私も平気だよ」

 

「おっけー」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

無言で天ちゃんがこちらを見る。私も苦笑いで返す。……しかたないなぁ。

 

「えっと、まず自己紹介でもしましょうか?私は九重舞夜、一年です。こちらが新海天ちゃん。同じ一年です」

 

「あ、……ぇ、えっと、……こ、こ、こ……こう……」

 

「先輩、大丈夫です。ゆっくり落ち着いてからで平気です。全然待ちますから」

 

「ぁ……はい。……こ、こう、さか、は、……はるか、です……」

 

「香坂先輩ですね。その様子だと三年の方みたいですね」

 

「は、はい……」

 

「今回、直接会いたいと聞いたのですが……」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

無言で天ちゃんを見る。不思議そうな顔が返って来た。

 

これは……言い辛いのかな?うーん。

 

「内容は恐らく………昨日の事、で合っていると考えています。直接謝りたい。と……」

 

「そ、その……。き、きき、昨日は、ごめんなさい……」

 

「……天ちゃん」

 

「ぅえっ?あ、ああ……私は全然気にしてないですよ?大丈夫です」

 

「私も大丈夫です。寧ろ司令官さんとわいわい話せたので楽しかったですよ~?」

 

「いや、なんで舞夜ちゃん楽しんでるのさ……」

 

「………」

 

「………」

 

うーむ。静まってしまわれましたか。どうしたものか。

 

取りあえず、飲み物を飲みながら場を濁す。

 

だが結局、その後は会話は続かず、「後でまた連絡します。」と言って帰ってしまった。

 

「……帰っちゃったね」

 

「そうだね、分かったのは学年と名前だけ。後は謝罪くらいだね」

 

「取りあえずにぃにに連絡送るね」

 

「うん、お願い」

 

想像以上にコミュ障だった香坂先輩。人格入れ替えれば楽だったのだが、あれはあれで厄介そうに思えなくもない。

 

「用件も済んだし、私は帰ろうかな?」

 

「え、舞夜ちゃん帰るの?」

 

「うん、この後家族に会う予定があってね。早めに済ましておこうかなって」

 

「そうなんだ。ごめんね?付き合わせちゃって……」

 

「天ちゃん一人でいかせる訳にはいかないからね。結果的に1人でも大丈夫だったけど……」

 

「確かに……あんなんじゃこっちが悪側だよ」

 

「あはは、ほんとにね~」

 

天ちゃんと別れて店を出る。少し離れた場所にお家の車が止まっていたので後部座席に乗り込む。

 

「すみません、お待たせしました」

 

「お時間は問題ありません。それでは向かいますね?」

 

「うん、お願いします」

 

車が走りだした所で、これからの事を考える。

 

これからは天ちゃんが香坂先輩をお昼に誘ったり、家に招待したり……兄妹仲を深めたりして、いつだっけ?少なくともGW前にゴーストとひと悶着……その為には先輩が深沢与一に高峰先輩の事を聞く必要がある。

 

うーん、逆に言えば深沢与一に聞かなければ、あの日ゴーストとひと悶着は無くなる……?いや、それだと香坂先輩とも会わなくなるし……でも先輩に危険が及ぶ可能性が……。

 

……槍の一発、避けてたし、もし当たっても問題無いかな?

 

一応動向は常に探っておかないと……ここは原作の様に決まったストーリーと油断するのは良くないと思う。

 

「取り敢えずは明日次第……?確かお昼だっけ?」

 

お昼なら絶対会話のついでに聞きそうだし、無くすのは無理そうかな。……私がお昼に誘う?いや、天ちゃんと食べるし駄目。

 

「……まぁ、何とかなるでしょ」

 

そのために、今動いているんだし。

 

 




~その後、後部座席にて~

「新海先輩と結城先輩の方のやり取りも見たかったな……」



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第7話:校舎の屋上でお昼って、物語の中だけだと思っていました


お昼ご飯を食べるお話ですね。




 

「……確か、先輩のクラスはこっちだったよね?」

 

時間はお昼休み。いつもは教室で天ちゃんと友人含めた数人で食べているが、今日は天ちゃんが香坂先輩と九條先輩と食べる予定である。残された私はこの際と思い、新海先輩と共にしようと考えた。

 

結局昨日は深沢与一に高峰先輩の事を聞いていたらしい。そして天ちゃんは香坂先輩を昼食時に観察、ボッチ飯を見かねて今日誘うという流れは変化なしだった。

 

「ここ、だよね?どれどれ……」

 

中を覗くと、丁度昼飯の支度を始めていた。一応メッセージをついさっき送っているので大丈夫だとは思うけど……。

 

「来たか。すまん、今行く」

 

教室を覗く私に気づき、コンビニの袋を持って席を離れる。

 

「え、なにその子?翔の知り合い?」

 

「妹の友達だ」

 

「まさか……お昼一緒に食べる気じゃないよね?嘘だよね?」

 

「さっき言ったろ?今日は別の人と食べるって……」

 

「女の子だとは思わないじゃん!しかも後輩だなんて!?いつ?いつ知り合ったの?僕にも紹介してよっ!」

 

「あの~、新海先輩?」

 

「ああ、すまん。今行く」

 

こっちに向かって来る先輩の横をニコニコした笑顔をしながら同伴している人が一名。

 

「初めまして~、翔の友達の深沢与一って言いますー」

 

「新海先輩のご友人の方ですか?初めましてっ、九重舞夜と言います。先輩の妹の友達です~」

 

「舞夜ちゃんはこれから翔とお昼食べるの?」

 

「そうですよー。いつも先輩の妹さんと食べてるんですけど、今日は1人なので先輩に頼みに来ちゃいました」

 

「なるほど、そう言う事だったのか……。舞夜ちゃんが良ければ、僕も一緒にとかどうかな?」

 

「おい、与一」

 

「翔は黙ってて、僕は舞夜ちゃんに聞いてるんだからさ」

 

「ごめんなさい。無理です」

 

即座に断ると、目の前の深沢先輩の表情が固まる。

 

「初対面で名前呼びする先輩とはちょっと……。それと、今日新海先輩とお話……相談したい事があるので」

 

「なにそれ!?ピンポイント過ぎない!?」

 

「与一」

 

隣の新海先輩が肩に手を置く。

 

「盛大に振られたな。今回は大人しく諦めろ」

 

「くそぉ……なんで翔の周りだけ可愛い子が集まるのさ……」

 

「それでは先輩、行きましょう?」

 

「だな。んじゃな」

 

悔しそうにこちらを見る深沢先輩を置いて廊下を歩いて行く。

 

「……で、どこに向かってるんだ?」

 

「折角ですし、人気の無い場所を目指しています!」

 

「さっき言ってた相談か?ていうか、九條と天と一緒に香坂先輩を誘ったんじゃなかったのか?」

 

「あー、それですか。香坂先輩って人見知りですし、三人も居たら恐縮するかもしれなかったので二人にお任せしました」

 

「可能性としてあるかもな……」

 

「余った私は、同じく余りもの同士で親睦を深めるべく先輩を誘いました!どうですか?後輩からのご飯のお誘いは?嬉しいですかっ?」

 

「余りものって……」

 

「ほら、今のヴァルハラ・ソサイエティのメンバーって男は先輩一人じゃないですか。今日みたいな女子だけのイベントがあった時に先輩がハブられた気持ちを味わってしまうのは私としては……心が痛むので……うぅ……」

 

「俺が可哀そうな奴みたいになってるけど、別にハブられたとか考えたりしてないからな?」

 

「ふふ、冗談です。私が先輩と一緒にご飯が食べたかったのでお誘いしましたっ」

 

満面の笑みで見上げる。

 

「そ、そうか?」

 

「どうですか?今、ドキッてしましたか?可愛い後輩が自分に笑顔を向けて来たのに対してグラッって来ちゃいましたか!?」

 

「いや、全く、そんなんはないな」

 

「またまた~。顔見れば判りますよ?目、逸らしましたよね?それが証拠ですよ~?」

 

ニヤニヤしている口に手を当てながら揶揄う。

 

「そうだな。今しがた怒気ってしたかもしれん」

 

「ん?今何だかニュアンス?イントネーションがおかしくなかったですか?」

 

「いいや、俺は正しく発音しているぞ」

 

「うーん。何だか嫌な予感がしますので……この話はお終いにしましょうか!」

 

「はぁ、それで?一体どこに向かってるんだ?さっきから階段を上ってるけど」

 

「ふっふっふ……。それは着いてからのお楽しみってやつですよ?」

 

「屋上にでも向かおうとしてるのか?」

 

「………」

 

先輩の発言に動きを止める。

 

「……もしかして、当たってたのか?」

 

「先輩……」

 

「なんだ?」

 

「こういう時は、嘘でも楽しみに待つものですよ……」

 

「……なんかすまん」

 

 

 

「いやー!快晴ですねーー!風が心地よいですっ!」

 

「本当に屋上に来やがった……」

 

「落ちたら危ないので、柵から乗り出さないで下さいね?」

 

「しねーよ。てか、うちの学校って屋上出入り駄目だと思うんだが……?」

 

「まぁまぁまぁ。そこは深くは考えたら駄目ですよ?」

 

「いや、入口のカギまで持ってたし、よく許可が下りたな」

 

「まぁ……バレなければ問題無いので……えへっ」

 

「あーあー俺は何も見てないし、何も聞いてない」

 

「冗談ですよ~。少しの間お借りしただけですって。きちんと把握していますよ」

 

「そりゃ安心した」

 

屋上を見渡し、中庭が見える位置へと向かう。

 

「先輩、こっちです。ここからなら中庭の様子が見えますよ?」

 

手招きしながら中庭を覗く。

 

「天と九條は上手くやってそうか?」

 

「見た感じ、楽しそうにお話していますよ?」

 

「そうか、天の奴が何かやらかさなければいいんだがな……」

 

中庭が見える位置に二人で座ろうとする。

 

「あ、少々お待ちください。下に敷くのがあるので……」

 

鞄からシートを出し地面に敷く。

 

「ありがとな」

 

「いえいえ、どうぞ座って下さい」

 

「九重は昼は弁当か?」

 

「今日は弁当ですね。昨日実家に居て、朝はそこから通学したので弁当になりました。いつもは買うのが多いですね。たまに作ったりもしますが」

 

「実家の方に帰ってたのか。そういえば昨日も早く帰ってたな」

 

「家庭の事情?的な奴ですねぇ」

 

鞄から弁当を取り出し蓋を開ける。

 

「随分と気合が入った弁当だな」

 

「凄いですよね。三段ですよ。ご飯におかずが二段です」

 

「しかも色もちゃんとしてるし」

 

「天ちゃんの弁当もいつも気合が入ってて可愛いですよねー」

 

「らしいな。おかんがハマってるって言ってた」

 

「今日のも美味しそうですもんね」

 

「え、ここからでも見えんの?」

 

「はい、私それなりに目が良いので」

 

「まじか。色までは何とか分かるが内容まではよくわからんな」

 

「九條先輩のも美味しそうでいいなぁ……」

 

きっと美味しいんだろうなぁ……。

 

「ところで、気になったんだが、相談ってなんだ?さっき言ってたが」

 

「あ、それですね?一応あるのですが、大したことじゃないですよ?半分は口実みたいなものでした」

 

「半分はほんと、と……」

 

「はい。結局神社のあの日から先輩ときちんとお話出来てなかったので、この機会に設けさせてもらいました」

 

「あー……確かにそうだな。あの後結局天の事優先したから九重がユーザーだったってことしか分かって無いし、九重も状況をちゃんと聞いてないよな?」

 

「ですねぇ……、一応天ちゃんからザックリとは聞きましたよ?石化事件がユーザーの仕業。学校でのもそう。今は石化事件の犯人を三人で探して居たって所までは」

 

「大体は聞いてるんだな。ソフィーについては?」

 

「ソフィー?いえ。他にもお仲間が居るんですね」

 

「仲間と言うよりかは、協力者って感じだな。信じられないかもしれないが異世界人だ」

 

「異世界人……。もしかしてアーティファクト側の住人ってことですか?」

 

「呑み込みが早くて助かる。聞いたかもしれないけど、ソフィーが居る向こう側の世界からアーティファクトがこっちに流れて来たのを回収するのがソフィーの目的らしい。こっちではまともに動けないから俺たちにその手伝いをさせているって関係だ」

 

「なるほどなるほどです。一度この目で見てみたいですねっ。異世界人と言う者を……」

 

「と、言っても、ぬいぐるみが宙に浮いてるだけだからなぁ……」

 

「なるほど、アニメでよくあるパターンですね。ぬいぐるみや小動物的な何かが協力を求めてこちらの世界にって展開」

 

「まぁ、大体そんな認識で大丈夫だ」

 

「今度先輩の部屋で会う時にでも呼んでくださいね?」

 

「ああ、その時が来たらな」

 

話が一段落する。

 

「アーティファクトについてなんだが、九重はどんな能力なんだ?」

 

「んー……そうですねぇ、分かりやすく言えばですけど、指定した対象の動きを止める……?って感じの能力ですかね?」

 

「動きを止める感じ……なのか?」

 

「今分かってる範囲、ではありますが、例えばですけど、私が今持っているこの箸あるじゃないですか?」

 

「ああ」

 

「これを……こうです」

 

手に持っている箸に力を使い、手を放す。

 

「なるほど、物の動きとかを固定する感じか」

 

「ま、そんな感じですかね?」

 

力を解き、自由落下してくる箸を受け止め、正しい持ち方に直す。

 

「それって人とかにも使えるのか?」

 

「試してみましたけど可能でした。まだ検証段階ですが、距離や力加減で能力の効きやすさが変わる感じがします」

 

「へぇ……」

 

「実際に先輩に試してみますか?」

 

「どういうのか気になるし、お願いしてもいいか?」

 

「分かりました!では、行きますよ……?」

 

手に持っている箸を先輩の方へ指し、能力を使う。

 

「っうお!?体が動かない……!」

 

「咄嗟には動けませんが、意識すれば体を動かす事も出来ると思いますよ?」

 

「意識して……?……おっ、ほんとだ。少しだけど動かせるな」

 

物凄くゆっくりと指を動かす。

 

「ですが……」

 

箸と弁当を置き、先輩の背後に回り背中に触れる。

 

「あれ?動かない……?」

 

「直接触れれば完全に止める程度には出来ますね。勿論その分能力も使いますが……」

 

「いや、それでも凄いだろこれ。相手の行動止めれるんだろ?」

 

「簡単に言えばそうですね」

 

「まぁ、確かに有効的に使うのなら相手に近づかないといけないのは弱点かもな……」

 

「まぁ、そこは大した問題ではありませんが……」

 

体を動かせない先輩の背中を見てイタズラ心が湧き出てくる。

 

「もしかすると石化した子も……っうおっい!?」

 

人差し指で肩甲骨の中心から背中に向けて指でなぞる。

 

「おい、九重、何してるんだ?」

 

「いえ、動けない先輩の背中を見てると、こう……なんだかイタズラしたくなりまして……分かりません?」

 

「何を言ってるか意味わからねぇよ……。はやく能力を解いてくれ」

 

「………、………どうしよっかなぁ~?このままお昼食べちゃおうかなー?」

 

「え、おい、九重さん?それだと、俺が昼飯食べられないんだけど……?」

 

「大丈夫ですよ先輩。私が"あーん"して食べさせてあげますから、ね?」

 

コンビニの袋から惣菜パンを取り出して差し向ける。

 

「いやいや、大丈夫じゃないから。問題しかないから」

 

「女の子にあーんをしてもらえるんですよ?嬉しくないですか?」

 

「無理やり拘束されているこんな状況じゃなかったら嬉しかったかもな……」

 

「それにあれです。もしもの時の為ですよ」

 

「もしもの?」

 

「はいっ、仮に先輩が石化の被害者になっても今回の経験が役に立ちますよ!」

 

「いや、それ手遅れじゃん……俺犠牲者になっちゃってるから」

 

「それもそうですね。すみません、今解きますね?」

 

指を鳴らして能力を解除する。

 

「おぉ……身体が自由に動くっていいな……」

 

「普段のありがたみを感じてますねぇ……」

 

「……九重のは相手を指定したり、触れたりだけど……、魔眼の発動条件って何だろうな?」

 

「……そうですね。魔眼って言っている位ですし……目を、合わせるとかじゃないでしょうか……?」

 

「ほんとにまんまメドゥーサだな」

 

「あはは、ですね!そうだとしたら人見知りとかには効かなそうですねっ」

 

「でも、意外とそんなもんかもしれないな」

 

「見ただけで相手を石にしてしまう時点で、相当やばいのには違いありませんですけど!」

 

「今度ソフィーにでも聞いてみるか」

 

「そうですね。でもその前に神社の人の特定が先ですね」

 

「ああ、一応二人までは既に割れているからな。あと一人も探してくれているし時間の問題だろ」

 

「一番手っ取り早いのはまた接触する事ですが……そうもいかないですもんね」

 

「ああ、あいつは俺たちに忠告して来たからな。次会ったら間違いなく戦いになりそうだ」

 

「ですねぇ……。何かあったらすぐに私を呼んでくださいね?戦力になりますよ?」

 

「九條から聞いたんだが、実家が道場?やってるんだっけ?」

 

「はい、えっと、九重流護身術ってやつですね!」

 

「大の大人三人相手に勝ったって聞いたけどマジか?」

 

「九條先輩から聞いたのですか?」

 

「ああ、別に疑うわけじゃないんだが、普段の九重からじゃ想像付かないからな」

 

「まぁ、行けますよ?その位でしたら」

 

「マジかよ……」

 

「残念ながら、マジです」

 

弁当のおかずを1つ食べながら返事をする。

 

「まぁ、先輩が言いたい事は分かりますよ。見た目は自分より小さくて、こんなに可愛くて明るくて、先輩想いな健気な後輩ちゃんが、実は実力者でした。とか目を疑いますよね?その可愛さに」

 

「いや、それ自分で言っちゃうのはどうなの?しかも最後関係無い方を強調したな?」

 

「あ、先生だ」

 

「ぇっ!?」

 

私が背後に視線を向けたのに釣られて急いで振り返る。

 

しゅばばっ!

 

「……って居ねーじゃん。驚かせたかっただけかよ……」

 

「さて、それはどうでしょうか?」

 

「ん?何かしたのか……?って、何このおかず……九重か?」

 

「これが私の実力ですよ?どうです先輩、恐れ入りましたか?」

 

謎めいた顔で自分の手にあるサンドイッチを見ている。

 

「なんで、さっきまで食べていたサンドイッチに唐揚げやら卵が入ってるんだ……?」

 

「先輩に手っ取り早く私の実力と、先輩想いな健気で可愛い後輩を見せるためにはこうするのが一番だと判断しましたので!」

 

「なるほど。それで弁当のおかずをお裾分けしたという事か……」

 

「はいっ!いつもコンビニ飯の先輩を想うその気遣い!しかも男の人が好きそうな唐揚げをチョイスしました!更にそれらを本人には気づかれない様に遂行可能な手際っ!無駄がない!」

 

「なるほどなぁ、……あほなの?」

 

「ひどいっ!!!」

 

 





~その後、新海兄妹~

「なぁ、天」

「ん?どしたの?」

「類は友を呼ぶって、本当だったんだな……」

「え、何言ってるの?急に……こわい」

「今日九重とご飯一緒に食べてそう思っただけだ。他意はない」

「どゆこと?」



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第8話:名前……確か小山君、いや小林君だったっけ?


香坂先輩をお家にご招待!……が終わった後からですね。



 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「いやぁ……面白い人でしたねぇ……香坂先輩」

 

「こ、濃かったなぁ……キャラ」

 

「う、うん……。普段の先輩と違って……自信たっぷりだったね」

 

時刻は夜、お昼を新海先輩と共にしたあと香坂先輩も交えて皆で夕食を一緒にすることになったが、食べ終えてからアーティファクト関連の話を新海先輩が持ち出し、天ちゃんを助けたお礼を言ったところで香坂先輩のキャパを越えて人格が入れ替わった。そこからはもう香坂先輩の独壇場であった。

 

「うん……。そしてにぃにださい……。アプローチされて照れるにぃにクソださい……」

 

「うるせーよ。いきなりの事で対応できなかっただけだ」

 

香坂先輩が帰ったので新海先輩がベットから降りて天ちゃんの隣に座る。

 

「人格の交代は一瞬で済むんだな……」

 

「にぃにが追い込んだせいだよねー」

 

「え、追い込む?俺が?」

 

「優しい言葉かけたから、テンパっちゃったんでしょ?それでコロッといっちゃったんでしょ?ちょろいわ~、先輩ちょろいわ~……」

 

「いや、そんなことで……」

 

「でも……男性って、香坂先輩にとって怖い存在のはずだから……新海くんが優しくて、ビックリしたんじゃないかな?それでいっぱいいっぱいになっちゃって……」

 

「確かにそれはありますねぇ……人格変わったの先輩が優しい言葉かけて照れてからでしたし」

 

「交代したのはおれのせいかぁ……」

 

「そうだよ。にいやんの……いやっ、翔様のせいだよ」

 

「やめろ、言い直すな、やめろ」

 

「初めてですわ、こんな気持ち。翔様には、隷属してもよいと……そう思っています」

 

「は?れ、れいぞく……?」

 

「やめろっ!二人して再現するのっ!やめてくれ」

 

「それか、にぃにも朝の行列に加わっちゃう?」

 

「うわぁ……そんな先輩みたくないなぁ……うわぁ」

 

「加わんねーよ、あほか。九重もわざとらしく引くな」

 

「でも、朝のあれを見た感じ、力を躊躇いなく使ってるよね?もう一人の春風先輩は……」

 

「敵対するつもりはないっていっていたけれど……」

 

「信用したい所だが……。リグ・ヴェーダにも、あまり興味無さそうだったな」

 

「でも、あれだよね。悪人では無さそうだな~って思った。悪女っぽかったけど」

 

「私も天ちゃんに同意かなぁ?こちらに敵意はありませんでしたし、間違いなくこちら寄りの人でした」

 

「どうだろうなぁ……。いつもの先輩は素直に悪い人じゃないって思えたんだが」

 

「はぐらかしてたけど中立っぽいし、うまく情報流してくれないかな。あっちの」

 

「普段の先輩なら……聞けば教えてくれそうだね」

 

「それであいつらの計画や能力をしれたら万々歳だな。取りあえず……一歩進んだと考えるべきか」

 

「そうだね。別人格はともかく……香坂先輩とはいい関係を築けると思う」

 

「取り敢えず、にぃには出来る限り接触禁止だね」

 

「そうした方が良いかもな」

 

「別人格に代わったら尚更接触禁止ですねっ!」

 

「先輩のペースに飲まれるからなぁ……」

 

 

 

 

 

次の日、今日も香坂先輩と一緒にご飯を食べるという事で今回は私も同伴して昼食を食べた。途中、天ちゃんの弁当がおかずオンリーだった事件もあったので先輩が来るまで食べない様にと伝えたが、我慢できずに半分以上食べていた。絶望した先輩には、私と九條先輩がおかずを一品だけお裾分けしておいた。

 

その後、放課後に話したい事があるという事で、皆でナインボールに集合となった。が、九條先輩はバイトなので後で天ちゃんが纏めて伝えることにしました。

 

「そう……。あなたの友人が、フードの女と接触する……」

 

結城先輩が、チョコソースかかった生クリームを食べながら呟く。

 

「能力者に嘘を付いてしまったのなら……バレた時が心配ね」

 

「でも幼馴染なんでしょ?あたしらみたいにいきなり襲おうとしたりはしないんじゃないかな?」

 

「そうだと思いたいがなぁ……。高峰の事も、フードの女のことも俺たちは知らなすぎる」

 

「そうね……。そうに違いないと決めつけるのは、あまりにも軽率ね」

 

「近くで大丈夫か見守りたいところでもあるんだが……天の能力が通用しないとなると、やっぱりソフィに任せるのが一番なんだろうなぁ」

 

「ソフィ……?」

 

「あ~……信じがたいかもしれないが、異世界の住人だ」

 

「……い、異世界ですって?」

 

結城先輩が好きそうなワードが飛び出し、当然のように反応する。

 

「アーティファクト……ああ、結城的には聖遺物だっけか。ソフィの世界の道具らしい。あっちからこっちに流出した」

 

「んで、あたしらが回収を手伝っているってわけです」

 

「………」

 

それを聞いて、結城先輩が驚きの表情をしていた……が、すぐにご満悦な顔になる。

 

「……あなたたちと手を組んだのは、正解だったわね」

 

「へっ?」

 

「まさか……、エルフヘイムの妖精と契約していたなんて……」

 

「エル……、ん、んん?」

 

興奮気味に結城先輩が横文字を並べる。

 

「頭に疑問が思い浮かんでいるお二人の為に私が軽く補足しておきますね?北欧神話などで出てくる妖精が住む国の事を指します。アルフヘイムとか呼ばれていたかと思います」

 

「え、なんで舞夜ちゃんは当然のように知ってるの?」

 

「たまたま知る機会が訪れた感じかなぁ……?」

 

「そのソフィに任せれば、フードの女の素性もわかるのね?」

 

「そのはず。高峰のこともあっさりと調べてくれたし、取っ掛かり次第で直ぐに特定してくれるはずだ」

 

「了解。では……任せるとしましょう」

 

「あっさり信じたっすね……」

 

「この柔軟さは見習うべきかもしれないですねぇ……」

 

「そんなつまらない嘘で私を騙すメリットが……あなたたちには存在しない。違う?」

 

「確かに……そうっすね、はい」

 

「天たちの方は?なんかあるんだろ?」

 

「そうでした、ありますあります」

 

ガサゴソとスマホを鞄から取り出して弄り始める。その間にパフェを食べ終えた結城先輩が手を上げて九條先輩を呼ぶ。

 

「はい」

 

「ダージリンのホット」

 

「かしこまりました。他の皆は……」

 

「ああ、どうしよ。じゃあ、ジンジャーエール」

 

「あたしまだ残ってるから大丈夫~」

 

「私はコーラおかわりでお願いしまーす」

 

「かしこまりました、少々お待ちくださいませ」

 

頭を下げ、空になったグラスとパフェをトレイに乗せ、持っていく。

 

「あ、あったあった」

 

「えっとね、この前言ってたアガスティアの葉の掲示板あるじゃん?春風先輩が結局そこに書き込んじゃったみたいでさ~……」

 

「ああ……。他のユーザーを釣るってやつか」

 

「そそ。本物にしか分からないこととか混ぜてね。にぃにが前に敵対よりそのままが良いって言ったんだけど、怖いから書いちゃったって……。先輩、ごめんなさいって謝ってた」

 

「いや、謝る必要はない。それでいいと思うって伝えておいてくれ」

 

「うん、あたしもそう思ったから、もう言っておいた」

 

「リアクションは?」

 

「ん~まだかなぁ?なんか集まったらオフ会をするつもりとか言ってるみたい」

 

「オフ会ぃ?いつだ?」

 

「ゴールデンウイークあたりじゃないかなーって」

 

「来週か……。もうすぐだな」

 

「今日が4/29ですし……目の前ですね」

 

「集まる目処は既に立っている……と考えるべきね」

 

「とまぁ、あたしらからは以上っすね」

 

「ひとまずは……明日ね。ゴールデンウィークまでに、彼らが石化事件の犯人であると、その確証を得たい」

 

「明日先輩のご友人が無事だと良いですねぇ……」

 

「心配だけど、あいつならなんとか乗り切りそうなんだよなぁ」

 

「もう話すことが無いのなら……今日の会議は終わりね」

 

「ああ、そうだな」

 

「にぃに、ここで食べてく?」

 

「いや、まだ早いし。後で別のところで食べる」

 

「そっか。じゃああたしはうちで食べよ」

 

「今の内に弁当箱返しておくよ」

 

「ああ、はいはい。あ、軽い。完食したの?」

 

「ふりかけと貰ったおかずで何とかなった」

 

「あたしお腹空いちゃってさ~。やっぱり炭水化物少ないと駄目だね。おかずだけじゃ駄目だ」

 

「お前……よく俺にそんなこと言えるな?」

 

「お米美味しかった?ん?美味しかった?」

 

文句を言いたげな先輩にからかう様な声で天ちゃんが尋ねる。

 

「そろそろ本当にぶん殴るぞお前」

 

「あ、コーラなくなっちゃった。ジンジャーエールちょっと頂戴」

 

「あ~もうお前イライラする。お前すんげぇイライラするっ」

 

二人の仲の良いやり取りを見て心が温まる……。良いなぁ、こういう距離感。

 

その様子を結城先輩は、興味無さそうな顔で紅茶を飲んでいる。

 

「あ、そういえば、聞いてよ。今日さ、舞夜ちゃんがクラスメイトの男子に呼び止められてさ~」

 

「ん?何かあったのか?」

 

「天ちゃん……?」

 

「いやぁ、あたしは、あれは多分告白する気じゃなかったかと思ってるんだけどねっ!」

 

「またその話ぃ?違うと思うって来るときも言ったじゃん」

 

「いやっ!あれは絶対そうだってっ!顔!顔見れば一発だよっ」

 

「まてまて、何の話だ?」

 

「えっとね、今日放課後にさ。二人で教室を出た辺りで男子が声をかけてきたんよ?舞夜ちゃんに用があるって……」

 

「うむうむ」

 

「その男子の様子が恥ずかしそうに舞夜ちゃんをチラチラと見ながら緊張している感じだったのよ」

 

「なるほどなぁ、それは確かにそう思えるな」

 

「けどねっ!この子ったら、『この後、天ちゃんと用事があるからまた時間ある時にお願い』って用件も聞かずに立ち去ったの!」

 

「用事って今日の"これ"の事だよな?」

 

「そう、ですね。いち早くナインボールに集まる事が最優先事項でしたので……」

 

「それで、そのクラスメイトは……?」

 

「さ、さぁ……?あたしも舞夜ちゃんを追いかけてその場を離れたからよくわかんないけど」

 

「九重……お前ってやつは……」

 

「誤解ですっ!放課後の帰ろうとしているタイミングで話しかけて来たのに煩わしく思ったのは認めます!ですが、先輩達との用事以上に優先する事では無いだろうと思って……そう!別の日にして貰っただけです!それに、告白だと決まったわけではありませんし……ね?」

 

「いーや、あれは絶対告白だね。あたしの目に狂いはない」

 

「それは天ちゃんがこっちの方が面白そうだとか思ってるだけじゃないかなぁ?」

 

「勿論、それもあるけどねっ」

 

「やっぱりかー。まぁ、それについては先輩らには関係無いので気にしないで下さい」

 

「進展あったら教えてね!」

 

「もし告白だとしても振って終わりだけどねー」

 

「付き合うつもりはないと?」

 

「そうですね。現時点では誰ともありえないですね」

 

「舞夜ちゃん、学校始まってから何人目?二人?」

 

「えっと……確か三人目だったかな?」

 

「モテモテだねぇ……いいなって思った人とかいないの?」

 

「付き合う条件として、私より強い人じゃないと付き合わないって決めているからね?」

 

「なにその武人的思考……って舞夜ちゃん家はそうだった」

 

「九重って護身術してんだろ?一般の高校生じゃ誰も付き合えないんじゃないか?」

 

「いえ、何も強さを力だけに限定しているとかでは無いですよ?何でも良いんです。賢さだったり精神力であったり……何か一つ私が憧れる様な魅力があれば問題ありません」

 

「へぇ……そういうもんか」

 

「にぃにには無理そうな話だね」

 

「うっせぇ、お前も同じだろうが」

 

「はぁぁ?少なくとも、にぃによりは上ですけどぉ?」

 

「っは!」

 

「おい、今鼻で笑ったか?おい」

 

「先輩、天ちゃんが私に勝っている箇所なんて幾らでもありますよ?」

 

「舞夜ちゃんありがとぉ~。ほぉら見たか?」

 

「天……良い友達を持ったな……」

 

「何その優しそうな顔っ、まるで気を遣われているみたいな顔をするなぁ!」

 

「安心してください。勿論先輩にもあります。新海先輩だけでは無くて九條先輩や結城先輩にもです」

 

「え、あんの?にぃににもあるの?」

 

「そりゃああるよ?天ちゃんだって見たでしょ?学校の放火事件でのこと。普通なら火の中に飛び込まないよ?」

 

「……ま、まぁ、確かにそれは、あるかも……?」

 

「お、おぅ……」

 

「あ、でもだからと言ってお付き合いとかの可能性はありませんので、ちょっと嬉しそうにしなくても大丈夫ですよ?新海先輩?」

 

「………」

 

「あ、撃沈した」

 

嬉しそうにしている先輩を見るのも良かったが、ここははっきりと言っておかないとね。

 

「んん~?もしかして期待してたのぉ~?妹の友達にぃ?残念だったねぇ……?」

 

「期待してねぇよ、しね」

 

「っと、八つ当たりかなぁ?」

 

「うるせぇ、黙れ」

 

そんなこんなで、天ちゃんと先輩のやり取りを見てから解散となった。

 

「さてと、また九重のお家に行かないとね……それにしてもさぁ……」

 

確かにあのクラスメイトの態度は告白やそれに近い事をしてくるだろうな。と簡単に予想出来る物であった。

 

正直、今は他の人に時間を割いている余裕は無いし……面倒だったので適当にあしらったけど、そのせいで天ちゃんや先輩達に迷惑や影響が出ないか少し心配でもある。流石にそんな大きなうねりになるとは思えないけど……。

 

「……後で調べておこ」

 

邪魔になったりした時の為に、念の為に知っておこうと考えるのであった。

 

 

 





のほほん回でした。そろそろ事態が動き始める頃かと。



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第9話:ヤサイマシマシカラメマシアブラスクナメニンニク……?


九重のお家から、夜の駅前のお話です。




 

次の日、私は九重のお家に来ていた。この枝の話の事もあるがそれは以前にある程度説明し終えているので大して話す内容は無いが、もう一つ、以前に知ったユーザーの件だ。

 

「あれから進展あったかなぁ……?」

 

予想としては恐らくゴールデンウイーク内に決着をつけるはず。でないと私が困ってしまう。

 

広間の入口に着き、襖を開ける。

 

「来たか」

 

一番奥におじいちゃんが座っており、その手前に壮六さん……そして、私のお姉ちゃん的存在、(みお)姉が座ってた。

 

「おかえり、舞夜。一週間ぶりかしら?」

 

「澪姉っ?帰って来てたんだねっ」

 

「手持ちのが思ったより早く片付いたってのもあるけど、舞夜の方で動きがあったって聞いたから飛んできちゃった」

 

九重 澪。因みに名前の本当の呼び方は"みお"ではなく"れい"と呼ぶ。小さい頃に私が間違えて呼んでいたのがそのまま定着している。

 

「自分も混ぜろと言わんばかりに乱入してきおって……全く」

 

「いいじゃない。どうせ私はゴールデンウイークが明けるまではお休みなんだし、なんだか面白そうな事が起きそうだもの」

 

「若い頃の宗一郎様と似た様な事仰っていますね……」

 

「ちゃんと血を継いでいるって証拠ね」

 

「要らんとこだけ似おって……」

 

「そりゃあ、壮六さんからおじいさまのお話は沢山聞いてるから……ねぇ?」

 

私の目の前で祖父と孫の雑談が繰り広げられる。何を隠そう、澪姉はおじいちゃんの孫になる……つまりは一番九重家の血を引き継いでいる人なのだ。恐らくこのまま行けば次期当主は澪姉になるだろう。

 

(れい)よ。貴様は三十手前だぞ。そろそろ落ち着こうとは思わんか」

 

「嫌よ。落ち着くのは舞夜の事が全部終わってからって決めているもの。そっちこそ、そろそろ隠居したらどうかしら?」

 

「断る。まだやるべきことが済んでいないからのぅ」

 

「結局、同じ理由じゃない。私と同じで舞夜の件に首を突っ込みたいのでしょ」

 

「じゃが、ワシら含めて直接的な関わりはせん。これは決まりじゃ」

 

「分かっているわよ。だからこそ、今回の件に参加したいと考えているのよ。イレギュラーなんでしょ?舞夜」

 

「うん。澪姉が言う通り、今回のユーザーは私が知っている範囲では把握していない能力者なの。恐らく洗脳や魅了、思考誘導とかの能力かと予想しているだけど……その辺り何か分かったりは?」

 

「私が説明しましょう」

 

壮六さんが手元の紙を読む。

 

「例の女社長ですが、前回の会談以降確実に勢力を広げています。私達の方で調べてみましたが、取引を行った相手は皆彼女に友好的な感情を抱いているのは間違いありません」

 

「壮六さん、取引時の状況とかって分かりますか?直接本人に会ったりとかしてたりしてる?」

 

「大体がそうですが……中には電話やビデオ通話などの通信での人もおりますね」

 

「電話でも……それって直接彼女の顔を見ていないし、体に触れたりもしていないって事だよね?」

 

「そうなりますね。少なくとも、電話は音声のみの筈です」

 

「となると……直接的な肉体の接触は必要なくて、更に相手の目なども見ていないのかぁ……」

 

すぐに思いついたのは身体の接触。これは原作にも似た人が居たから分かりやすい。他は魔眼と同じ様に目を合わせることで発動するタイプ。

 

「電話でもって事は……声だけで相手を洗脳するってことかしら?」

 

「うーん……どうだろう。それならもっと勢力図がおかしくなっていそうなんだよね。それにわざわざ対面してる取引があるのも謎だし……」

 

「舞夜が知っていない方法での発動条件と言うわけか」

 

「多分そうかも……。ってことは私の知識は役に立たないと思う……ごめんね」

 

「気にせんで良い。事前に能力者って分かっただけでもこちらが有利なのは違いない」

 

「そうよ。舞夜が居なければ相手との会談前に対策も立てれる事なく終わっているもの」

 

「……うん。ありがと」

 

「そうなると、防ぐ手段が確立できませんね」

 

「いっそのこと、その相手を殺しましょうか?私が出るわよ?」

 

「確かに気づかれる前に始末するのは簡単だけどねぇ……」

 

「そうなると事後処理が大変なんですよ。厄介なことに……」

 

「勢力図、変わって来ちゃってるもんね」

 

「一部、私達のも影響を受けていますし、市場を乱しかねません」

 

困った様に肩を上げる澪姉。多分私が早く本命に集中出来るように一番手っ取り早いやり方を言ったんだろう。

 

「因みになんだけどね?その友好的になった人たちはどこまでその人に従うの?」

 

「どこまで、ですか……確認した印象になりますが、しもべ……とまではいかないですが、大抵の要件や取引を受け入れるそうです」

 

「……うーん。漫画やアニメでよくある奴隷や、洗脳系ぐらいのレベルだったら厄介かもしれないなぁ」

 

「意志に関係なく言葉に従う……とかですか?」

 

「うん。そうなると全面戦争レベルかなって思ってね」

 

やりあえば勝つのは間違いなくこちらである。だが、その後の周囲との信頼関係に影響が出るだろう。

 

「やっぱり本人だけ殺した方が早いじゃない。持ち主が死ねば能力は解けるのでしょ?」

 

「そうなるはず。そのあとアーティファクトがどっかいかない内に回収しないといけないんだけど……先輩達にどう説明しようとかも考えないといけないし……」

 

なんだか、考えるのが億劫になって来た。

 

「……おじいちゃん的には、穏便に済ませた方が良い?」

 

「ワシはどの様に転ぼうが構わん。舞夜がしたい様にしてよい」

 

「壮六さんは?」

 

「……終わった時のことを考えれば、穏便にしたい……と思う気持ちもありますが、一番は舞夜様により良い結果をもたらす方法が良いでしょう」

 

「そうね。あのイーリスと決着をつける世界はここじゃない事だし、今後の事を考えれば舞夜にとって一番得なやり方が良いんじゃない?」

 

「そっかぁ……。正直、今後忙しくなるから時間あるのは多分ゴールデンウイークぐらいだから……手っ取り早く済ましたいってのが正直なとこかなぁ?えへ」

 

「なら決まりじゃな」

 

「そうね」

 

「それなら仕方ありませんね。その様に進めましょうか」

 

「ごめんね。一番は穏便に済ませたらそれが良いってのは分かっているんだけど……」

 

「それでよい。下手に舞夜の方に影響が出る位なら、さっさと始末した方が気が楽じゃわい」

 

「そうね。時間の無駄だもの」

 

「自分の力を抵抗なく使っている人ですし、こちらが被害を受ける前に消すのが一番でしょう」

 

「……ありがとう。アーティファクトについては私の方でどうするか考えておくね。多分能力で捕らえ続けれそうだとは思うんだけど……」

 

「っ!そういえば、舞夜!あなたも能力者だったわね?どんな能力なのかしら」

 

「対象の動きを止める……って感じかな?他にも出来そうな感じだけどね」

 

「へぇ……とても便利ね。私に試しにしてもらってもいい?」

 

「別に良いよ?じゃ、かけるね」

 

分かりやすいように右手を出して拳を閉じる。

 

「……あら?ほんとに動けな……いえ、動きづらい感じかしら?」

 

「射程距離があるの。直接触れば一番発揮するよ」

 

そう言って澪姉の肩に手を置く。

 

「あらまぁ……完全に動けなくなっちゃったわね」

 

「平常時の澪姉では無理なんだ……」

 

「そうね。じゃあ、どこまで耐えられるか試してみましょうか……?」

 

その瞬間、澪姉が纏う空気が変わる。

 

「どうかな?力使ったら外れそう?」

 

「……厳しそうね。本気で行けば可能かもしれないけど」

 

「おやめください。家屋が持ちません」

 

「流石にしないわよ。……でも、異世界のアーティファクトに、千年近く練り上げた人間の力がどこまで通用するか。試したい気持ちはあるわね」

 

「そのお気持ちは分かりますが……って宗一郎様、"次は自分"みたいな表情はおやめください」

 

「ワシだって試したいわ」

 

「お二人とも……」

 

「澪姉が抵抗出来なさそうなら、大抵の人間には有効的だね。一応新海先輩にも同じようにしてみたら抵抗出来なかったのは確認済みではあるよ」

 

「ああ、例のオーバーロードの子ね」

 

「正確には世界の眼だけどね。オーバーロードは遠い世界の同一存在が持ってるアーティファクト」

 

「彼はそれなりに抵抗力があるはずなので、それに有効ならユーザーでも防ぐのは難しいという事でしょう」

 

「うん、多分そうだと思います」

 

「始末後のアーティファクトについては舞夜の方に一任しておく。例のぬいぐるみの異世界人に渡さなければならないのだろう」

 

「……ソフィに会う為には一度先輩を経由する必要があるから……、まぁ、そこは何とかうまい事しておくね」

 

「それじゃあ、早速その女社長との段取りを進めましょう?終わったら久々に舞夜とご飯でも食べようかしら?」

 

「ほんと?じゃあ私の方も用事が終わったら連絡するねっ」

 

「今日は、確かフードの女と彼らが駅前で……」

 

「うん。偶然……とは言い難いけどバッタリ会う時、挨拶がわりに能力使って一触即発って感じかな?」

 

深沢先輩が高峰先輩達と居て、新海兄妹が出くわして……ゴーストが挑発してって流れだったから。

 

「その後、先輩達が家に帰ってソフィと会うから、その時に接触しておくつもり」

 

……先輩に干渉してその後の夕食を共にするって流れが自然かな?

 

「まぁそこら辺は舞夜に任せよう」

 

話し合いが一段落つき、女社長の方を話し合うという事で私は離脱した。

 

 

 

 

「舞夜、元気そうで良かったわ」

 

「あやつは何時でも元気だろう」

 

「前よりずっと元気そうじゃない。いざ始まって安心したのかしら?」

 

「おそらく、まだ二番目の枝だからじゃろう……」

 

「……そうね。まだ辛い決断を強いる時じゃないものね……はぁ」

 

「歯がゆいか?」

 

「そりゃあもちろんよ。私だって九重の人間で、自分で言うのもなんだけど実力も上だと自負しているし、そうなるために様々な事をしてきたつもり。それなのに見ているだけだなんて……」

 

「澪様、一応釘を刺しておきますが……」

 

「大丈夫。ちゃんと分かってるわ、あの子のに手出しはしないって。舞夜から何度も言われているもの……手を出して嫌われたくないわ」

 

「その為に九重のを教え、可能な限りサポートも付けておる。あとは舞夜が進めてくれるはずじゃ」

 

「……そうね。今言っても仕方無いものね」

 

「………」

 

「……そう、ですね」

 

澪の言葉に全員が口を閉じる。

 

「あの子、変えてはいけない未来があるって言ってたから、きっとそうするのでしょうね」

 

「新海翔……彼の力が目覚める為にどうしても避けてはいけない結末があると仰っていましたし、変える気は無いのでしょう」

 

「はぁ~……。その子がさっさと目覚めれば良いといつも思うわ。そうすればあの子がこんな決断せずに済むのに」

 

「これもイーリスを倒すために必要な事。あの子の願い……それに我らの悲願の為」

 

「……ご飯の時にうんと可愛がってあげときましょう。今はこれ位しかあの子に出来ないわ」

 

「そうしてください。澪様が帰って来たのを見て、嬉しそうにしてましたから」

 

「ほんとね、ふふ。あんな環境で生きて来たのに、ほんとにいい子に育ったわ」

 

 

 

 

時間は夜。今日は天ちゃんと新海先輩がラーメンを食べる日、そしてゴーストとひと悶着の時。

 

「そちらはどうでしょうか?」

 

『現在、九十九神社から四人で駅方面に向かっている模様』

 

「了解です。こちらは二人とも予定通り家から出ています」

 

リグ・ヴェーダも無事行動し始めたみたい。先輩と天ちゃんも晩飯の話をしながら駅方面に向かっている。時折周囲に視線や意識を向けているので多分深沢先輩と会えないかと期待しているのだろう。大丈夫です、ちゃんと会えますよ。

 

時刻は20時30分前、二人が駅前に着きラーメンの話をしている。

 

『対象四人がそちらとまもなく接触します』

 

「こちらでも対象の姿を捉えました。また連絡しますのでそれまでは監視を止めて下さい」

 

『分かりました。それでは後ほど』

 

通話を切り、先輩らに近づく。

 

「あれ?天ちゃんと新海先輩じゃないですか?二人でお出掛け?」

 

「ん?あっ、舞夜ちゃん。こんちゃ~」

 

「九重か。天と飯を買いにな、そっちは一人で何してんだ?」

 

「私もご飯巡りに出掛けていました。あとは運よく例の人達に遭遇出来たりしないかなっと思いまして……」

 

「そっちも同じ考えみたいだな。ついでだし一緒にーー」

 

「あっ、翔じゃ~ん」

 

先輩と話していると、奥から呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「え?」

 

「お?」

 

「ん?」

 

二人が体の向きを変えて、声のする方を見る。

 

「やっほ~。何してんの?デート?」

 

そこを見ると、案の定例の四人が居た。

 

「違う、妹とその友達だ。メシを食いに来たんだ」

 

「あ、そうなんだ。こんばんわ~、翔君の大親友の友達の与一です~って、一人は舞夜ちゃんじゃんか!」

 

「どうも、こんばんわです。深沢先輩」

 

「あ、はい。こんばんは。天です」

 

挨拶をする深沢先輩に若干人見知りを発動させて返事をする天ちゃん。

 

「奇遇ですね。翔様」

 

「ああ……どもっす」

 

こちらに近づき話しかけてくる香坂先輩……人格は入れ替わっているみたい。

 

「……様?知り合いとかの以前に……様?なに?どういう関係?」

 

「いや、べつに……」

 

「将来を誓い合った仲ですの」

 

「んんっ!?」

 

「いや、違う。そうじゃない。あの、先輩、ややこしくなるので……」

 

香坂先輩の発言に場が混乱している。それを見て涼しげに笑っている。

 

その後ろでゴーストが不機嫌そうにガムを噛みながら視線だけをこちらに向け、高嶺先輩は仏頂面でこちらを見ていた。

 

「与一。彼らとの立ち話はまたにしてくれ。今後の事を話し合いたい」

 

「へ?ああ、はいはい、今後ね、今後」

 

新海先輩に向けて苦笑を浮かべる与一先輩。

 

「じゃあな」

 

「うん、じゃね~」

 

別れを告げ、踵を返すが、ゴーストだけはやはりこちらを向いて動く気配は無かった。

 

「蓮夜」

 

「……。本名で呼ばないでくれと、何度も言っているだろう」

 

「オレはいい。おまえらだけで行け。どうせ外れだ、お前らに任せる。オレは、本物にしか興味がない」

 

フードから覗く赤い目がこちらを捉える。

 

……何だか安っぽい寸劇を見せられている気分ですね。

 

「……。そうか、では、我々だけで行くとしよう」

 

「え、なんで?あの子来ないの?」

 

「そのようだ。いくぞ」

 

「え~……仕方ないか~……。はーいぃ」

 

「………」

 

「どうした、エンプレス」

 

「わたくしも遠慮致しますわ」

 

「へっ?ちょ、え?じゃあ……蓮夜と、二人きり……?」

 

「……勝手にしろ。行くぞ、与一」

 

「ええええ!?男二人って……いやいやいや、ええええ!?今日の趣旨が……えぇー……」

 

愕然としながら高嶺先輩に付いていく深沢先輩に鼻で笑う様に手を振り送り出した。

 

二人が居なくなったことで新海先輩と天ちゃんに緊張が走る。

 

「……大丈夫、天ちゃんなら私が守ってあげるからね?」

 

「舞夜ちゃん……ごめんなんだか、また巻き込んじゃった」

 

「つくづく九重もタイミングが悪いな」

 

「いえ、むしろ好都合です」

 

「それは頼もしい限りだ。すまんが、天を頼む……」

 

「それはもう任せてください」

 

先輩がゴーストを警戒していると、飄々とした態度で香坂先輩がゴーストから離れ、先輩の隣に立つ。

 

「チッ。テメェ、どういうつもりだ」

 

「どうもこうも、あの方とお喋りするより、翔様とご一緒した方が楽しそうだったので。ただそれだけですわ」

 

そう言って新海先輩の腕を取り絡みつく。……羨ましい。うん。

 

「場所を移しませんか?翔様」

 

「そう、っすね……。じゃあ、行きますか」

 

「フッ、ククッ。情けねぇな。女に守られて」

 

「安い挑発には乗らねぇぞ」

 

「ハッ、だせぇな。少しは男らしいとこ見せろよ。あの青髪のチビ使って俺たちを探るつもりだったんだろ?正面から来いよ、みみっちぃ野郎だ」

 

「……ふっ」

 

危ない、少し笑いそうだった。

 

「なんとでも言え、お前らみたいに好戦的じゃないんだよ、こっちは」

 

「ハハッ、そうかい。まぁ、そう警戒すんなよ。と言っても信用しちゃくれないよなぁ?」

 

ポケットに突っ込んでいる手を出すのを見て、隣の先輩の裾を引っ張る。

 

「新海先輩、来ますよ。彼女、能力を使って来ます」

 

「……っ!やっぱりか」

 

ゆっくりとした動作で胸の前まで持ち上げた手の甲がわずかに青く光る。

 

それに合わせてこちらも能力を発動させる。対象は、ゴーストから放たれる槍。

 

スティグマが浮かんだのを見て先輩が回避行動を取る。と同時に槍が動くが、その速度は速いが視認出来る程度だった。

 

「ん?」

 

発射された槍の速度に違和感を覚えているが、すぐさま気にするのを止めてこちらを見る。

 

「挨拶代わりだ。精々、気を付けるんだな」

 

ニヤリと笑いながら、ポケットに手を入れる。

 

「人の忠告は聞くもんだぜ?お兄ちゃん」

 

新海先輩をお兄ちゃん呼びしたゴーストは、フードを深く被り直し、どこかへ行った。

 

これで一応、一件落着かな?

 

「翔様、大事はありませんか?」

 

「え?あ、ああ、大丈夫です」

 

心配されたのが恥ずかしかったのか前髪を弄りながら俯き、腕をほどく。

 

「あら、つれませんわね」

 

「いや……すみません、助かりました」

 

先輩らが話をしている内に、監視の人に念のためにメッセージを入れておく。

 

『無事完了しましたので、この後は大丈夫です』

 

送信したのを確認して再度向き直る。

 

「情報、ありがとうございます」

 

「ただの世間話ですわ。ふふ、では」

 

スカートを広げ、優雅にお辞儀をして去って行く香坂先輩。どうやらお話は終わったみたい。

 

「香坂先輩、行きましたね」

 

「そうだな。九重もありがとな、助けてくれたんだろ?」

 

「ふっふっふ、気づいていましたか?」

 

「何となくな。ゴーストも違和感を感じてたし」

 

「見た感じだと、槍……みたいでしたね。多分学校の炎みたいな力だと思います」

 

「少なくとも攻撃的な力って訳か……それはともかく、メシ、喰うか」

 

「へ?わたし?」

 

少し落ち込んだ様子の天ちゃんが驚いて先輩を見る。

 

「当たり前だろ。ラーメンだよな」

 

「う、うん、こってりっ!」

 

「あっさりだろ」

 

「気が変わった!」

 

「そうだ、九重も一緒にどうだ?メシ、探していたんだろ?」

 

「ラーメンですかぁ……良いですね!それならご一緒します!」

 

予想通り先輩の方からお誘いが来たので乗っかる。

 

「んじゃ、駅裏じゃなくて駅前だな。行くぞ」

 

「う、うん」

 

「はーい」

 

「………」

 

先輩の横を少し申し訳なさそうな顔をして歩く天ちゃんを後ろから眺める。

 

「あの、にぃに」

 

「ん~?」

 

「次は頑張るからさ、あたしっ」

 

「ほどほどに頑張ろうぜ、お互い。と言っても俺は力無いから頼りっぱなしだけどさ」

 

「う、うんっ」

 

「そこはフォローしろよ」

 

「事実だから」

 

「それもそうか」

 

何か言おうかと思ったけど、何だかこの空気に割り込むことが出来ず、お店に着くまで二人の様子を見ていた。

 

 





駅までのゴーストが与一に対しての言及は、一人二役みたいなもんなんですよね、あれ……。

次回はゴールデンウイーク入る感じですかね。


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第10話:連休が来ると、逆に何しようか分からなくなってしまうんだよね……。いつもは休みが来たらやりたい事考えているのに


明けましておめでとうございます。※既に10日過ぎているが。

新年一発目は特に進展なしの回でございます。プリンを食べる回……?




 

「んん~食後に食べる甘いものは別格ですね~」

 

「うまーい、あまーい。糖質すごーい。絶対後悔する~」

 

夕食を食べ終え、帰りにコンビニで食後のデザートを買い、先輩の部屋で天ちゃんと一緒にプリンを食べている。

 

「舞夜ちゃんのは普通の?」

 

「だね、カスタード強しって感じの王道だよ。そっちはクリームのやつだよね」

 

「そそ、とろーりの上が白いプリン」

 

「めちゃくちゃ甘い奴だよねっ」

 

「これは絶対後悔する……でもおいしい。そういえば、駅中にもプリン売ってるお店無かった?電車乗る時に見かけるんだけど……」

 

「あるよ、えっと……確か"糖尿病の素プリン"だったような……?」

 

「なんだその血糖値やばくなりそうな名前のプリンは……」

 

「先輩は見たことありません?」

 

「俺は天を送る時に改札までは行くときあるけど……あったかなぁ」

 

「あ、あった。舞夜ちゃんので当たってた」

 

スマホで調べた天ちゃんが画面を見せてくる。

 

「あ、そうそう。これこれ」

 

「へぇー、案外普通の見た目なんだな。もっとえげつないかと思ってた」

 

「逆に言えば、この見た目の中に濃縮されているってことですよね……」

 

「そうとも言えるな」

 

見た目が普通なのが逆に怖く見える。謎のオーラを漂わせている気がするよこれ……。

 

ヤバいプリンを恐ろしい目で見ていると、テーブルの上に謎の違和感を感じて目を向ける。

 

「ん?ああ、ソフィが来る合図だ」

 

謎の空間からへんてこなぬいぐるみが現れる。なるほど、これがソフィー人形かぁ。

 

「一触即発だったじゃない。不用心ね」

 

人形の口が開くと、そこから説教が飛んでくる。

 

「……悪かったよ。確かに、不用心だった」

 

「あら、素直ね。ま、いいわ。無事だったんだし」

 

「なにかわかりましたか?」

 

「ええ、貴方たちに、暫くお休みをあげるわ」

 

「ん?」

 

「お、おやすみ?」

 

「そ。フードのあの子に、接近しないように。アーティファクト探しも、しばらくいいわ」

 

「え~と……戦力外通告?」

 

「ええ、そうね」

 

ソフィからの通告を受け、ショックを受けた表情のお二人。プリン美味しい……。

 

「反論しないところを見ると、客観的に自分の力量を測れているようね」

 

「あいつ……少なくとも攻撃的な力を持っているだろ。俺たちには無いし、防御も出来ない」

 

「そうね。それにあの子、アーティファクトを複数持っているわ」

 

「え、一人一個じゃないの?」

 

「いいえ、そんな制限はないわ」

 

「じゃあ……まだあいつが魔眼のユーザーである可能性は、残っているのか」

 

「そうね。というか……限りなくあの子でしょうね。魔眼を持っているのは」

 

「名前とかは?分かったんですか?」

 

「いいえ」

 

「手こずっているのか?」

 

「認めたくないけれど、そうね。道理でソラの能力が効かないはずだわ。あの子幾重にも能力を重ねている」

 

「エンチャント。防御が堅い?」

 

「そういうこと。どうやら……想定していた中でも、最悪の相手みたいね」

 

「……まじかよ、そこまでかよ」

 

「アーティファクトの数も、知識も、あなたたちはあの子の足元にも及ばない。ミヤコと……ノアだったかしら。二人にも伝えておきなさい」

 

「……ああ、わかった」

 

「よろしい。話はこんなとこかしら。あなたたちをこのまま放っておいたりはしないから、安心しなさい。色々わかったら、教えに来てあげるわ」

 

ソフィの話が終わったのを見計らって、声をかける。

 

「あの、最後に時間、良いですか?」

 

「あら、何かしら」

 

「質問というか、実際にあったのは初めてなので、一応ご挨拶をしておこうかと。私、九重舞夜と申します」

 

「ご丁寧にどうも。よろしく。私の事はソフィで構わないわ」

 

「分かりました。これからもよろしくお願いします……そちらの世界ではこちらの握手的手段って何かあったりするんでしょうか?」

 

こちらでは一般的には握手だが、国ごとで流れは変わる。となれば世界が変われば別の手段が……?

 

「こっちの世界のでかまわないわよ」

 

「あ、はい」

 

差し出した手に人形の手がちょんと触れる。……うーん、流石に温かくはないか。

 

「じゃあね。ちゃんとおとなしくしていなさいよ」

 

先輩の「ああ」と同時にまた謎の空間に入っていった。

 

「………」

 

「……さてと」

 

「うわぁ、にぃやんが超シリアス顔!それに対して舞夜ちゃんは何事もなくプリン食べるのを再開してるぅ」

 

「ん?あぁ……いや。お前をどうするべきか考えてた」

 

「へ?なに?どうするべきかって」

 

「あんまりここにはこないほうが良いかもな」

 

「え~っ!なにそれ!なにそれ!」

 

「今日はいいけど、明日は家に帰れ。あいつの活動圏内にいない方がいい」

 

「なんだよぅ!そうやってみゃーこ先輩と二人っきりになるつもりだなっ!」

 

「真面目に言ってんだ」

 

「おぉぅ……。なんだよぅ……怖い顔して……」

 

真剣な表情を察したのか茶化すのを止めてしんなりし始める。

 

「天」

 

あ、今の耳元の囁きボイスでありそう。天ちゃんなら言い値で買いそう。

 

「……ぅう……わかったぁ」

 

「うちに寄るくらいは良いが、これからは明るいうちに帰ること。いいな?」

 

「……わかった」

 

「先輩、もしご心配でしたら私が駅まで天ちゃんを送り届けましょうか?」

 

「九重が?いや、それだとそっちが帰る時がまた危ないだろ」

 

「私なら多少問題無いです。能力を発現出来ていない新海先輩よりユーザーと接敵した時は有利かと」

 

「おい、妹の友達にまで舐められてんぞ」

 

「言い返せないのが何ともなぁ……それに、九重が俺より強いってのは火事の時ので知ってるし」

 

「え、何かあったの?」

 

「暴走してたユーザーを蹴り飛ばしてた」

 

「あ、ちょっと……」

 

「え、マジ?」

 

「ああ、マジだぞ。背後から蹴って、その後のボールみたいに何度も」

 

「うわぁ……勇気あるなぁ」

 

「せ、せんぱい?天ちゃんが引いてるから……」

 

「しかも更にヤバかったのが、暴れるユーザーを大人しくさせるために、踵をーー」

 

「っ!せいっ!」

 

「ぅっぐ!!?」

 

これ以上はイメージに関わると思い、背後からヘッドロックを決める。

 

「これより先は、先輩の命と引き換えです……」

 

「何今の……動きめちゃ早かった」

 

「ま、まて……冗談、冗談だ」

 

「本当ですか?そう言って離したら続きを言うつもりではありませんか?」

 

「いや、ほんとほんと。だからギb……いや、何でもない」

 

「……?そのまま締め上げて良いのですか?」

 

「舞夜ちゃん、そのまま息の根止めちゃってっ。このクソ兄貴、後頭部の胸の感触を味わってやがる!」

 

「ッ!?」

 

「なるほどです。つまり先輩現在、天国と地獄を味わっている。と言うわけですか。これですかっ?この感触が良いんですかぁ?」

 

「っ!っく!」

 

後頭部に胸を押し当てるたびに自然と首への負荷が強まる。

 

「ああ、もうっ!今度は舞夜ちゃんが遊ばない!ほら、離れて離れてっ」

 

「はーい」

 

「ぷはっ!死ぬかと思った……」

 

「そのまま逝けば良かったのに……」

 

「先輩が余計な事を話そうとするからです」

 

「嫌がることなのか?かっこよかったと思うぞ?」

 

「いや~、あの場面は普通はドン引きじゃないですか?」

 

「少なくとも俺が助かったのは事実だしな」

 

「それは、まぁ……そのつもりでしたので……はい」

 

個人的にはちょっとなんとも言えない気持ちである。

 

気持ちを落ち着かせる為に目の前のプリンを食べる。うん、甘い。

 

「ま、でも実際、舞夜ちゃんも気を付けないといけないし。お互いに早く帰るのが無難ちゃ無難だよね」

 

「これからゴールデンウイークですし、その間だけでもお互いに気を付けましょうってことで」

 

「だな。明日二人にも話しておこう」

 

 

 

「ゴールデンウイークどうしようかなぁ」

 

部屋に戻り、ベットでゴロゴロしながら連休の予定を考えていた。

 

「5月4日は仕事があるとして……うーん、天ちゃんと一緒に出掛けようかな?最近、近くに新しいスウィーツ系のお店が出来たって言っていたし、それを食べてから隣のモールをぶらついたりしようかな」

 

善は急げと早速メッセージを送っておく。

 

「明けた6日は夜にゴーストとの遭遇だし、それまでは一応暇になる……私も実家で過ごそうかな。澪姉とどこか出かけるのもありだね」

 

おじいちゃんに連休は家に何日か帰る連絡と、澪姉にも似た連絡を送る。

 

「こんなもんかな。今日はソフィーとも顔合わせ出来たから心置きなくアーティファクトの回収が出来る出来る」

 

今日まで確実に勢力を広げている女社長。多分ゴールデンウイークでも勢いに乗って拡大していくのだろう。

 

だが、残念ながらその人の勢いはここまでだろう。私がアーティファクトを回収してお終いになる。それが無くても九重が動くと決まった今では私関係無しに叩きのめされると思う。

 

「どんな能力か気になるなぁ……楽しみ」

 

原作の知識には無いアーティファクトと出会うと思うと、少しワクワクしている自分が居た。

 

 

 

 

「天、お前は帰んないの?」

 

「ん~どうしよっかな」

 

「いや、さっさと帰れよ」

 

「それよりさ、にぃにはゴールデンウイーク家に帰るの?」

 

「一応そのつもりだ。ここよりは安全だと思うからな」

 

「そっか。いつ帰るの?」

 

「多分明日か明後日には帰るつもりだ」

 

「それならにぃにが帰るまで泊まろうかな。実家に帰る時に一緒に帰る。どう?良いんじゃない?」

 

「いや、何がどうだよ。早く帰ってくれ」

 

「でも、にぃにを一人にしたらみゃーこ先輩とか春風先輩連れ込むからなぁ……」

 

「アホか。そんなことするか」

 

「腕組まれてデレデレしてたじゃん!」

 

「全然振りほどかなかったじゃんっ。さっきだって舞夜ちゃんに首絞められてた時に胸の感触楽しんでたし!」

 

「いやだって、なぁ?あれだよ、あれ」

 

「いや、どれだよ」

 

「それが男ってもんだよ」

 

「うわぁ、また開き直りやがった。最低のクソ野郎だ、妹の友達にセクハラしてたって広めてやる」

 

「おまっ、やって良い事と悪い事があるだろっ!それに、あれは九重からしてきたからセクハラじゃねぇ!」

 

「結局、にいやんは何を言おうとしてたの?舞夜ちゃんが止めてたけど……?」

 

「ん?ああ、さっきの奴か」

 

「うん。廊下であの火事の時のユーザーがどうって」

 

「なにさらりと聞き出そうとしてんだよ、友達が知られたくないって口止めしてんのに」

 

「だって~、気になっちゃったんだもん~。聞いたって言わないから、教えて?」

 

「別に面白い事でも何でもないぞ」

 

「大丈夫」

 

「火事の時、俺が暴走したユーザーのアーティファクトを奪おうとして、どこにあるか押さえつけて探してたんだよ」

 

「ふむふむ」

 

「そしたら、そいつが暴れ出してさ、俺が抑えようとした時に九重がそいつの顔面に踵落としを食らわせたんだよ」

 

「え、まじで」

 

「しかもこれが結構な威力でさ。地面と九重の足の間をバウンドするみたいに跳ねて大人しくなった。そして九重が俺に笑顔を向けて……」

 

「ゴ、ゴクリ……」

 

「"これで……大人しくなりましたね?"って言ったんだ。爽やかな笑顔だったのを今でも覚えてる」

 

「なにそれ、こわ」

 

「その後は暴走した炎を一人で捌ききったりとか凄い事をしていたらしい。これはソフィから聞いただけで見てないけどな」

 

「それでにぃにより強いって言ってたのか……」

 

「九條も"護身術していて強いよ"って言ってたから本当なんだろうな」

 

「あ~……、火事が起きた時も一人だけ冷静だったし、犯人見に廊下に出て行ってたしね」

 

「何はともあれ、心強い味方って事だ」

 

「それは確かに、何にも能力が無い兄貴とは大違いですな」

 

「ほんとになぁ……。俺も何か使えれば良いんだけど、未だにさっぱりだからなぁ」

 

「まぁ、がんばりなよ。特異点さんっ!」

 

「ぼちぼち頑張るとするかぁ……」

 

 





ソフィと顔を合わせた事によって心置きなく女社長からアーティファクトを奪い取って納品することが可能になりました。

次回からはゴールデンウイークでのイベントを2つ位書いて、連休を明けようかと考えております。


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第11話:そっちがその気ならば、さっさとご退場させます


オレオオーバーロードって本当にあった商品とは……。




 

「そろそろ集合時間だね」

 

スマホで時間を確認しながら改札前で人を待つ。

 

「それにしても、大型ショッピングモールがあるからなのか、休日だからなのか、人が溢れているなぁ」

 

今はゴールデンウイーク真っ最中。連休という事で旅行や家族でお出掛けをしている団体を結構見かける。デカいキャリーケースなどを持っている人があちこちですれ違った。

 

「ごめん、おまたせ」

 

周囲を観察していると、改札から目的の人物が来る。

 

「あ、天ちゃん。時間ピッタリだし大丈夫だよ」

 

「いや~、連休だから人が多くてさー、掻き分けてくるのが大変大変」

 

「ゴールデンウイークだもんねぇ、旅行の人を沢山見かけたよ」

 

「旅行かぁ……いいな、いつか観光地とか行ってみたいかも」

 

「いいよねっ、テレビとかで見る観光地とか行ってみたいよね。あと雪とか!」

 

「それそれ!積もってる雪とか見てみたいよね~」

 

旅行や観光地、名所の話で盛り上がりながら目的地に向かう。

 

「場所までどのくらいかかりそう?」

 

「大体10分以内?徒歩で行ける距離だし適当に歩いてればその内着くよ」

 

「舞夜ちゃんが分かってるなら大丈夫そうだね」

 

「わざわざ行動範囲から外れた場所を選んだからね」

 

今日はいつも住んでいる範囲から少し離れた場所までやってきている。理由はゴーストに接触しない為である。

 

「それにしてもにぃにも心配症だよねぇ、わざわざここまでしなくても良いのに」

 

「出来る限り可能性を下げたいって考えは理解できるから何とも言えないんだけどねー」

 

天ちゃんを遊びに誘った時に、新海先輩から出た条件が、『ゴーストと接触しない為にいつもの範囲から離れた場所で遊ぶこと』だった。他にも人の少ない場所を歩かないとか、暗くなる前に帰ってくるとか細かいのはあったけど、要は用心しろってことになる。

 

「私的にはこういう新しい場所に来るのはそれはそれで楽しいからありだよ」

 

「まぁ、確かにそうだけどね」

 

「先輩も誘ったけど流石に来なかったね」

 

「昨日の夜に『いや、女子の買い物に俺も?行かないから楽しんで来い』って言ってた」

 

「そんな難しく考える必要無いのにね」

 

「ねー。変な気を遣っちゃって」

 

駅から歩いていると、一際目立つ建物が見えてくる。

 

「あ、あれが目的の場所だよ」

 

「おお~でっか」

 

「服とかご飯、上には確か映画も見れるって書いてあったね」

 

「映画かー、今何かやってるっけ?」

 

「幾つかやってたよ。深海を探索している最中に化け物に襲われるやつとか、スパイ映画……あと極道、任侠ものだね」

 

「へーそうなんだ」

 

「アニメとかのもやってるみたい。最近人気のが映画化とかだね。ザ・ムービーって感じで」

 

「あ、それ聞いた事ある。超能力バトル物だよね?」

 

「そうそう、とある街で地震が起きてしまったせいで神器が……」

 

建物に着き、中に入る。

 

「うひゃぁー、やっぱり人が多いなぁ……」

 

「仕方ないね、そんじゃ、そこら辺ブラつきますか」

 

「服とかは二階だって。一階は化粧品系だね」

 

「化粧品は今は必要ないかなー。では、二階にレッツゴー!」

 

 

 

 

 

買い物を終え、二人で建物から出る。

 

「いやー、色々あったねー」

 

「服が夏に向けてのが多かったね」

 

「可愛いのあったからつい買ってしまった……」

 

「お手頃値段だったし、店員さんの話術にまんまと乗せられちゃったねー」

 

「舞夜ちゃんは何か買った?」

 

「私?小物を少々……って感じかな?」

 

「何買ったの?」

 

「髪留めとか?あと小道具とかとか」

 

「へぇーそゆの好きなの?」

 

「なのかなぁ。目についたらついつい手に取ってしまうんだよねぇ」

 

「それわかる」

 

雑談を交わしながら歩いていると、先の通路にカラフルな車を見つける。

 

「ん?どしたの……なるほど、クレープ屋か」

 

「滅茶苦茶目立つ車だなって思ったら移動販売のお店だった」

 

「せっかくだし、何か食べる?」

 

「そうだね!折角だし食べよう!」

 

天ちゃんからの提案をすぐに受け入れる。

 

「どれにしよっか?色々あるけど……」

 

「チョコ、キャラメル、イチゴたっぷり、モンブラン、ティラミス……中にご飯が入っているのとかもあるんだ」

 

果たしてクレープの生地と合うのだろうか?興味が湧くが、今回は甘いものを食べることにする。

 

「私はこの"オレオオーバーロード"ってのにしよっかな。天ちゃんは?」

 

「んー……イチゴのを食べようかな」

 

「おっけー。すみませーん、注文良いですかー?」

 

商品を受け取り、食べる場所を求めて近くの公園へ向かう。

 

「あ、あそこ良いんじゃない?」

 

「お、丁度座れるじゃん~」

 

二人で木のベンチに向かう。うん、座る場所は汚く無さそうだね。

 

「そんじゃ、いただくとしますか」

 

「いただきま~す」

 

オレオの塊や、黒い粒がこれでもかと敷き詰められているクレープを食べる。……割と触感が面白いかも。

 

「オレオを食いやがれ!って言いたい位のオレオ推しのクレープだね、これ」

 

「商品名そのまんまってことか。見た目やばいもんね」

 

「天ちゃんのは?」

 

「王道!って感じ。外れる事の無い正義だね。あ、でもクリームが特に美味しく感じる」

 

「イチゴの効果なのかなぁ?」

 

「分かんない。美味いからよし」

 

買ったクレープの感想言い合いながら食べ進める。食べるのも終盤に差し掛かって来た辺りに、こちらに意識を向けて近寄ってくる二人組が視界に入る。私達が食べている途中からチラチラと見ていたけど……。

 

「こんにちは」

 

近寄って来た男の内、左の爽やか系……イケメンなんだろう。が、声を掛けてくる。

 

「はい、こんにちは。どうかされたのですか?」

 

急に声をかけられたので天ちゃんが驚いて食べる手を止める。

 

「この後時間とかってあるかな?良ければ僕たちと一緒に遊ばないか?」

 

……ナンパだった。まさかのナンパだった。これは予想外。

 

「お誘いしてもらってありがたいのですが、この後も予定があるので……」

 

一応申し訳なさそうに頭を下げて断りを入れる。

 

「そっか、それならしょうがないね」

 

意外と聞き分けの良い人だった、右側の人はそうでも無さそうに見えるけどね。

 

「ちょっとだけで良いからさ、そこの店で一緒にお喋りでもしようっ、な?」

 

と、思ったが矢先、早速声を掛けて来た。

 

「先ほども言いましたが、予定があるので……」

 

「隣の君はっ?この後俺たちと遊ばないか?」

 

「えっ、いえ、いいです……」

 

この男……、人見知りな天ちゃんをわざと狙ったな?コロスゾ。神社での事思い出したらどうしてくれるんですか。

 

「良いからさー、そんなに時間取らないからよ?」

 

イケると思ってるのか、こちらに一歩近づく。隣のお連れさんは困った感じで止めるがそれを無視して前に出てきた。

 

「止まって下さい。それ以上近寄るのなら人を呼びますよ?」

 

「まてまて、別に遊びに誘ってるだけだろ?変なことしている訳じゃねぇよ」

 

その行動自体が……って言っても聞いてくれ無さそうだなぁ……。

 

「最後に通告しておきます。お断りしますので大人しく帰って下さい」

 

クレープの最後の一口を食べ終わる。

 

「大人しく帰るさ、一緒に遊んでくれるなら……な?クレープも食べ終わった事だし丁度良いタイミングだし」

 

何を思ったのか、こちらに向けて手を伸ばして来る。しかも行き先は私じゃなくて天ちゃんだった。

 

自分に向かってきたと気づいた天ちゃんが、強張りながらこちらに体を寄せて来た。ああ……可愛い。

 

男の腕を掴み、これ以上の進行を阻止する。

 

「忠告はしました」

 

こちらを向き、何を言おうとした男の顎を左手で撃ち抜く。

 

「ぉご」

 

膝から崩れ落ちるように倒れる男の手を離し、地面に寝かせる。

 

「え……」

 

「だ、大丈夫かっ!?おい!」

 

「大丈夫です、意識が無いだけなのでご安心ください。ちゃんと生きています」

 

「なっ、なにがあったんだ!なんで急に倒れたんだよ!?」

 

「お連れの方を連れて大人しく帰って頂けますか?ここに置いておくのは邪魔になりますので」

 

「うっ、うわぁぁあ!」

 

もう一人の男の人が、大声を出して逃げていく……あの、これ、持って帰って頂きたいのですが……?

 

「ええ……なんて薄情な」

 

地面に倒れている男を一瞥し、天ちゃんの方を向く。

 

「大丈夫?怖かったよね?」

 

「あ、えっと、いや大丈夫。寧ろ、その人大丈夫なの……?」

 

「平気だよ。その内目を覚ますでしょ。……でもこのまま放置しておくのもなぁ……天ちゃん、これいる?」

 

冗談で下を指差す。

 

「いやいや、いらないんだけど……」

 

「あはは、そうだよね。それじゃあどこかに運んでもらおっか」

 

「運んで……誰に?」

 

「頼れる街の人達に……かな?」

 

手を上げてサインを送る。少し離れた場所から黒い服を着た人がこちらに来る。

 

「うぉ、今度は何!?」

 

「すみません、この人ここに放置するのは可哀そうなのでどこか適当な場所に運んでもらえませんか?」

 

「了解です」

 

「普通に解放するだけで良いので……」

 

「では、その様に……」

 

地面に落ちている男を担ぎ、連れ去っていく。

 

「……あれ、大丈夫なの?」

 

「へーきへーき。この街の警備の人だから」

 

「そうなんだ……いや、知り合いなの?」

 

「うちの家関連でね。警備会社とかもしてるんだ」

 

「へぇー……すご、漫画みたいな設定」

 

「どやぁ……」

 

腰に手を当て、どや顔を決める。

 

「実は舞夜ちゃんの家って、みゃーこ先輩みたいに凄かったりする……?」

 

「私が凄いわけじゃないから気にしない方が良いと思うよ?」

 

「否定はしないんだ……」

 

「世間的に見ればそうだしねぇ……あはは」

 

 

 

 

その後、さっきみたいなことがあったので、早めに帰ることにして帰路に就く。一応新海先輩にも連絡を入れてから天ちゃんを実家にまで送り届けた。私の帰りを心配していたので、申し訳ないが迎えに来て貰った。……一応この後家に向かうつもりだったし有難いんだけどね。

 

家に向かう途中で壮六さんから連絡が入る。

 

「もしもし、舞夜です」

 

『今、こちらに向かって来ている途中ですか?』

 

「そうですね。何かありましたか?」

 

『先ほどの倒れた男、それともう一人の男について話があります』

 

「……分かりました。向かいますね」

 

何やら大事な話っぽいが……何かあったのだろうか?あのナンパ男に。

 

電話を切り、家に着くまでに用件を考えたが、確証が無いので放棄した。

 

 

 

 

「つまり……さっきの男の人達は、能力にかかっていた可能性があるの?」

 

家に着き、部屋まで通されると、そこには先日と同じメンツが居た。

 

「恐らくは……。舞夜様とお連れの方に接触する前に、例の女社長と接触していたのが判明しております」

 

証拠をと言わんばかりにご丁寧に写真まであった。

 

「……えっと、それって私に何かする為にわざわざ操ったって事だよね?そのためのナンパ……?」

 

「推測になりますが、様子見だったかと。連れ出せれば良しと……」

 

「ああ、そういうことかぁ……」

 

私を人質にとってから、こちらを引っ張りだして交渉しようとか?おじいちゃんの孫って事で通ってるし、おじいちゃんを直接場に呼びたかったのかなこれは。

 

「因みに、その二人は……?」

 

「意識が戻られた後は特に問題はなく普通でした。能力にかかったままかどうかの判断は出来ませんでしたが」

 

「そこはしょうがないですね。その女社長の話とか出せばわかるかもしれませんが……」

 

つまりは、向こうから喧嘩を吹っ掛けて来たって感じ。

 

「へぇ……いい度胸しているわね」

 

「回りくどいやり方だの」

 

おじいちゃんと澪姉はいい獲物を見つけたと言わんばかりに目がギラつく。

 

「………」

 

今回、私が目的の筈なのに天ちゃんにまで手を出そうとしていた。能力の融通が利かないのか雑な指示だったのかは不明だけど、今後は私と一緒に居た天ちゃんも狙われる可能性が……あるかもしれない。向こうは今日みたいな手段を取れば足は付かないと考えているみたいだし。

 

「滅ぼさなきゃ……いけないね」

 

「舞夜?」

 

私の声を聞いて澪姉が不思議そうにこちらを見る。

 

「壮六さん、相手との話し合いって4日だよね?」

 

「4日の夜になります」

 

「まだ時間があるのかぁ……」

 

「どうかしたのか?」

 

「おじいちゃん、あのね……その日を待たずに今からその人を消しに行くってのは……駄目かな?」

 

取りあえずダメもとで聞いてみる。

 

「……危険と判断したのか?」

 

「うん、私だけなら問題無いんだけど、向こうが今日みたいな方法をしてくるのなら、天ちゃんが心配……」

 

さっきの男たちは見た感じだと洗脳などを受けた変な違和感は無かった。こちらに気づかれることなく接触が可能ってことになる。

 

「なるほど、それなら……仕方なかろう。壮六、位置は把握しておるな?」

 

「はい、常に場所の特定は出来ております」

 

「それなら人の用意をしよう」

 

「あ、それなんだけどね、ここに居るメンバーだけが良いかな?もしかすると知らない内に家の人達も能力かけられている可能性があるから……疑いたくはないけど」

 

「それなら私が出るわっ、名案ね!」

 

「確かに安全を考えるなら少数の方が良いでしょう。戦力も問題無いですし」

 

九重のトップ層が四人も居るのだから寧ろ過剰に思える。

 

「なら儂も体を動かすとしようかの」

 

「久しぶりの一緒にお仕事ね、楽しみだわ」

 

「念のため、会合の予定はそのままにしておきます」

 

「そうじゃな。動きを悟られる前に仕留めに行くとしよう」

 

澪姉とおじいちゃんがウキウキで立ち上がる。

 

「では、また夜に集合じゃな!」

 

勢いよく襖を開けて出て行く。

 

「……はぁ、舞夜様も夜までには準備の方をお願いします。」

 

「あはは、何だか申し訳ないです」

 

「あれはいつもの事なので……」

 

そういう壮六さんの表情には過去の苦労が滲み出ていた。

 

 

 





死期が早まりましたとさ。



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第12話:自由落下。ちょっとしたアトラクションを体験した気分


「夜の建物の屋上から街を見下ろす私……カッコイイのでは……!?」

ちょっと暴力シーンあるので苦手の人は慎重にお読みください。ぶっちゃけ飛ばしても二章には言う程影響ないと思うので……。




 

「こちら舞夜。予定の配置に着きました」

 

ビル街の建物の屋上で、夜風に煽られながら報告をする。

 

『私も配置に着いたわ』

 

『わしも問題なしだ』

 

『時間です。皆さん、実行に移りましょう』

 

他二人からも連絡を受け、壮六さんからスタートの合図が出る。

 

「ここの六階辺りに居るのかぁ」

 

髪をなびかせながら正面にあるビルを見る。

 

今回の作戦……と呼べるか怪しいが、内容は至ってシンプル。最速でターゲットまで辿り着き、仕留めたら即退散。タイムアタックである。

 

「一応相手は能力者だから気を付けてね?周囲に警備やら護衛的存在も居ると思うから……」

 

必要のない心配だが、念のため言っておく。それより自分の事を心配するのが先ではあるが……。

 

『こちら澪、中にすんなり入れたわよ。意外ね、思ってたより警備がザルなのかしら?』

 

「中に人はまだ居たりする?」

 

『それが気配がしないのよ。ハズレかしら?人もあまり見かけないわ』

 

『おかしいですね。掴んでいる情報ではこちらに居るはずなのですが……』

 

『わしの方も簡単じゃったわ。変じゃな』

 

侵入した二人は、人の居なさに違和感を感じている様子。

 

『ここに入ってからは出た形跡は無いので、少なくとも建物内に居る事は確実です』

 

「……うーん、不思議。もしかして罠とか?」

 

『それはそれで面白そうねぇ……どんなのが来るのかしら?』

 

『既にこちらの情報が洩れているとなると、舞夜様が言っていた通り、こちら側に既に仕込まれていたかもしれませんね』

 

『その程度でどうこうなる時はとっくに過ぎておる。貴様は逃走されんように警戒だけしておれば良い』

 

『……それもそうですね。目標の場所を見つけ次第、舞夜様を投入させますので連絡をお願いします』

 

受話器越しから了解の言葉が二人分聞こえる。

 

「罠だとしたら、どう来るのかな……?」

 

お決まりのパターンは洗脳した人たちでアタックを仕掛けて来ることだ。中には手練れとかが居て戦いが起きたり……。

 

「でもまぁ、大抵は有象無象なんだけどね」

 

あの二人が苦戦する相手とか想像出来ない。それはそれで喜びそうでもあるけど。

 

『目的の階まで上がったのだけど、これは待ち構えられているわね……』

 

『人数はどの程度ですか?』

 

『そうねぇ……廊下に二人。部屋前に一人ね。多分だけど中にも何人かいると思うわ』

 

『つまりはこちらの動きが向こうに伝わっていたというわけじゃな。壮六、この情報をどの程度まで流した?』

 

『私達以外では、この街の情報統括の方に事情を軽くですね』

 

『茂の方か……まぁ、それでも今日動くとしか言っておらんのだろう。それならさして問題無さそうじゃな』

 

『澪様、目標がいると思われる部屋はどこですか?』

 

『一番の奥ね』

 

『了解です。では、舞夜様。用意は良いですか?』

 

「勿論ですっ!いつでも突撃可能ですよ?」

 

軽くストレッチをしながら返事をする。

 

『私は適当に外の人達でも相手にしておくわ。何かあったら呼んで頂戴』

 

「はーい」

 

『わしもそちらに向かうとしよう。人数は多い方が良かろう』

 

「うん、お願いね?」

 

建物の屋上の端に立つ。

 

「1……2、3……あそこが6階、一番奥はあの部屋だね」

 

電気が点いているので、中には少なくとも人が居るのだろ。

 

「よーし!それでは、九重舞夜っ、任務を開始します!!」

 

助走を付けるため少し距離を空け、全力で屋上を走り出す。

 

「いやっっほーーーい!」

 

目的の部屋目掛けて屋上から飛び出す。

 

「お邪魔しまーーす!!」

 

窓のガラスを突き破り、受け身を取りながら中に侵入する。

 

「なっ!?」

 

中の状況を確認すると、パッと見た感じでは護衛と思われる男が二人確認出来た。想定外の侵入方法に驚いた様子で私を見てくる。

 

「侵入者っ!……貴様、九重の人間か!!」

 

「ありゃりゃ、やっぱりバレているか」

 

「その目を見れば直ぐに分かるに決まっているっ!化け物どもめ!」

 

「酷いなぁ、強さの結晶って言って欲しいんだけど……まぁいいや。取りあえずお二人しか居なさそうだし、これは逃げられているのかな?」

 

この部屋には目の前の二人しか居なさそうだし、サクッと次に行こう。

 

「こちらの罠にまんまと嵌っているんだよ、残念だったな!」

 

片方はナイフ、もう片方は警棒のようなものを取り出しこちらに向ける。

 

「あっそ。それじゃあさようなら」

 

二人に能力を掛け、ナイフの男に接近し腹部に足蹴りを食らわせそのまま膝蹴りを顔面にお見舞いする。

 

「ごがっ!?ぐっ!」

 

体勢を崩した体からナイフを奪い、そのままもう一人の方へ押しだす。

 

「このっ!邪魔だっ!」

 

自分の方へ来た相方を警棒で薙ぎ払う。その陰から身を乗り出し、首に目掛けてナイフを振るう。

 

「っ!!?」

 

咄嗟に避けようと体を捻るが、何故かまた自分の身体が言う事を聞かないことに驚いている。そのままナイフが首に吸い込まれ血飛沫が上がる。

 

「っ……!っぅ!!」

 

驚愕と苦痛の表情を浮かべながら崩れ落ちる。

 

「そいやっ!!」

 

転倒から立ち直り、こちらを向いた生き残りにナイフを飛ばす。

 

「がぁああっ!?」

 

投げたナイフが右目付近に刺さり、声をあげながら仰け反る。

 

「トドメ……ですっ!」

 

懐に飛び込み、勢いに任せて腹部に掌底を打ち込む。

 

「がはっ!」

 

衝撃と共に後ろの壁に叩きつけられ、地面に落ちる。

 

「よしっと。一応息の根は止めておこっか」

 

意識を取り戻されても面倒なので、顔に刺さっているナイフを蹴り、柄が肌に触れる程度まで押し込む。

 

「こちら舞夜。部屋はダミーでした。逃走していると思います」

 

『ワシの方には見えないが……いや、下で音がしている。車で逃げる気じゃな』

 

『逃走経路を塞ぎます。目標の始末をお願いします』

 

『私の方も終わったわ。手ごたえ無くて一般人かと思っちゃったわ。この人ら、以前に敵対してた組織の人達ね』

 

どうやら車で逃げる気みたい。

 

「場所は……地下一階だね。おじいちゃんが一番近いみたい」

 

『ほほぅ、これは運が良い。舞夜が来るまで足止めしておこう』

 

地下までの移動を考えていると、部屋に澪姉が入ってくる。

 

「舞夜、エレベーターなら廊下の突き当たりにあるわ」

 

「うーん。でも最速最短で行こうかと思うの」

 

「最短で……?どうする気なの」

 

「能力でパパっとね。着地寸前で能力を使えば落下の衝撃消せると思う」

 

「ああ、なるほどねぇ……私も連れて行って貰えるかしら?」

 

「澪姉は自力で平気じゃんっ。まぁいいけどね!」

 

割れた窓の縁に立つ。

 

「それじゃあ、行くね!」

 

「ええ、いつでも」

 

建物の六階から外へ飛び降りる。夜の風と風切り音を肌と耳に感じながら自由落下を受ける。

 

「ーーはっ!!」

 

地面が目の前に来た段階で能力を掛けて落下を消す。

 

「それじゃあ、解除するね?」

 

能力を解き、一階の入り口に降り立つ。

 

「中々スリリングな体験だったわぁ。また次もお願いね?」

 

「次はあって欲しくないんだけどねっ!」

 

二人でふざけ合いながら地下駐車場へ入る。中では男と女の怒号が飛び交い、更に金属が何かにぶつかる音が反響していた。

 

「ん?二人とも。随分と早い到着じゃの」

 

「ちょっとインチキ使って来たの」

 

「クソっ!更に新手か!上に居た連中は何をしているんだ!」

 

「そんなのとっくにくたばっているに決まってるでしょ。ねー舞夜?」

 

「大人しくその後ろで怯えている女を差し出すのであればそちらは見逃しても良いのですが、どうでしょうか?」

 

「っ!?ふざけないで!早くそいつらを消して!ここから私を逃がしなさいっ!」

 

喚き散らしている女社長を見ると、腕にスティグマと思われる青い光が出ている。

 

「……割と広がっているね」

 

多分あの感じ二の腕まで浸食しているのだろう。そりゃあれだけバンバン勢力広げる為に使えばそうもなるか。

 

「ところでおじいちゃん。この人たちが乗ろうとしていた車は?」

 

「面倒だったので阻止しといた。奥でガラクタと化しておる」

 

「それじゃあ終わりだね」

 

「それで、この者たちはどうする?」

 

「二人とも殺すよ。男の人は外しても良いけど……そこの女だけは何があっても絶対に逃がさない」

 

詰め寄ると、男が覚悟を決めた様に懐から拳銃を取り出す。

 

「死にやがれっ!」

 

一番近くに居るおじいちゃんに銃口を向けて撃つ。

 

「その様なおもちゃが当たる訳なかろう……」

 

発砲音が鳴り響く中、その弾丸を身軽に避けて距離を詰めていく。

 

「ほれ、これで終いじゃな」

 

射程内に入り、片手で男を天井まで投げ飛ばす。天井に叩きつけられ、降って来た男に足技を決め絶命させた。

 

「これで……残るはそこの女だけじゃな?」

 

「ちょっとー、私の見せ場が無いじゃない」

 

「おぬしは上で楽しんだだろうがっ。儂にも少しは見せ場を作らせろ!」

 

ぶーぶーといがみ合う二人を見ながら、端っこで怯えている女社長に近づく。

 

「来ないでっ!来ないでよ!っ!くるなぁぁあ!」

 

こちらを威嚇するように声を荒げる。と、その時、腕のスティグマが光る。

 

「どうして私を殺すのよ!誰の差し金!?言いなさいよ!」

 

能力を発動させている状態なら下手に会話や応答するのは危険だと感じ、無言で近づく

 

「答えなさいっ!最後くらい聞かせても良いでしょ!?このままじゃ死にきれないわっ!」

 

目の前に立ち、無言で手を上にあげる。

 

「ひっ!何よ!無言で近寄って……!そこのお二人は!?どうして私を狙うのよ!それに……何なのよ……あなたたちのその目は……!?」

 

私が喋らないと知ったからか、後ろの二人に声を掛けるが、二人は口を開かずに見ているだけである。

 

「どうして……どうして一言も喋らないのよ!せめて私の質問に答えるくらいーーー」

 

冥土の土産として、肩の服をズラして能力を発動させる。

 

「そ……その光……私のと同じ……っ!?」

 

自分の腕に触れ、驚きの顔を見せる。それを見て満足したので振り上げた手を振り下ろし、首元に手刀を当てる。

 

「ぎぃっ!?」

 

意識を失い、項垂れるように体から力が抜け落ちる。

 

「……それじゃ、アーティファクトを探そうかな?」

 

着ている服とか体を弄り、アクセサリーと思われる物を探し漁る。

 

「……あ、みーつけた。これだ」

 

胸の裏ポケットに入っていたネックレス、いや、ドックタグかな?

 

「見つけたのかしら?」

 

「うん。多分これだと思う」

 

「へぇー……綺麗な意匠ね。それに舞夜が持っていたのと何だか似ているわ」

 

「元が同じだからね」

 

アーティファクトに対して強めに能力を掛けてそそくさとポケットに仕舞う。

 

「それじゃあ、これで一応やる事は終わったね!」

 

「そうじゃな。後の始末はこちらでしておこう。舞夜はそのペンダントを持っていくが良い」

 

「うん。後始末の方ありがとうね。あ、壮六さんもありがとうございました!」

 

『私は大した事していないので。皆さんもお疲れ様でした』

 

「そこの女はいつにするの?」

 

「私が家に着いた辺りでも大丈夫かな?その後アーティファクトがどこかに行かないか確認出来たらソフィに渡そうかと思う」

 

「了解よ。それまではこっちで確保しておくわ」

 

「それじゃあ……撤収しよっか」

 

ゲームを見てた感じ、持ち主から離れれば元に戻ろうとするし。死ねば別の場所に飛ぼうとする。

 

そんな事を考えながら一階に戻ろうとすると、フロアの隅にデカい鉄屑が転がっている。……これは、車の部品?

 

「……うわぁ、これはまた派手に壊したねぇ……」

 

ちゃんと見てみると、車であった物がそこにはあった。ボンネット部分は大きくへこみ、運転席のドアはねじ切られるように剥がされ、後ろのトランクの場所は木端微塵だった。

 

「変に逃げようとしたからの、軽く捻ってやっただけじゃい」

 

「これが軽くかぁ……」

 

最終的にひっくり返されたであろう横倒しになっている車に手を合わせながら外に出た。

 

お高そうな車だったなぁ……。南無。

 

 

 

 

「私に用事って何かしら?」

 

その後、部屋に帰り、新海先輩にソフィと用事があると連絡してから来るのを待った。

 

「ソフィってアーティファクトの回収をしているんだよね?」

 

「ええそうね」

 

「それじゃあ、はい。これ、アーティファクト」

 

ポケットに入れてあるドックタグをテーブルの上に置く。

 

「あら、本物ね。これを何処で?」

 

「ちょっと野暮用で見つけたので回収しておきました」

 

「これ、あなたのじゃないのよね?」

 

「そうですね。"元"持ち主が居ました」

 

「わざわざそう言うって事は、その人は死んでるのね」

 

「そうなります」

 

「あなたが?」

 

「簡単に言ったらそんな感じです。能力を乱用して世間を狂わせようとしていたので勝手ながらこちらで対処させていただきました」

 

「対処ねぇ……因みにだけれども、どの様な能力だったのかしら」

 

「正確には分かってはいませんが、恐らく精神操作や洗脳に近いアーティファクトだと思います。これを使っていたのはとある会社の社長なのですが、自分の都合の良い様に人を引き込んで勢力を広げていたので……」

 

「それはまた面倒な力ね」

 

「私の家もそこそこ世間に影響力を持っているのですが、怪しく思えたので確認してみたらビンゴでした」

 

「それはお手柄ね。でも、一人で突っ走る前に私に一言言いなさい」

 

「こちらの事情もあったので……でも次からはそうしますね」

 

「まぁいいわ。取りあえずこれは貰っておくわね」

 

テーブルに降り立ち、あぐっとアーティファクトを飲み込む。

 

「それにしても、よくどこかに行かなかったわね」

 

「あ、多分それは私の力を使っているからだと思いますよ」

 

「あなたの?」

 

「はい。私の能力が、選んだ対象の動きや現象を止めれるみたいなので、これをアーティファクトにかけてみたら上手い事いけました」

 

「ああ、なるほど。それであなたの手元にあったのね。ミヤコの真似かしら」

 

「そうなりますね。九條先輩のを聞いて私にも似たようなことが出来るかと思ったので」

 

「何はともあれ。一つ回収出来たから結果オーライね。この調子で他のもお願いね」

 

「分かりました。無理しない範囲で頑張ります」

 

ソフィ人形が宙に浮き、空間の裂け目へと消えていった。

 

「……これで一件落着かな?」

 

少し緊張したが、無事アーティファクトを渡すことが出来た。これで余計な邪魔が入ることなく物語は進むはず。

 

「ふぃーー……あ、終わったって連絡入れないと」

 

スマホを取り出し、皆に終了のメッセージを送る。

 

「これでよしっと。さてさて、そんじゃあ寝る準備でもしましょうかっ!」

 

やる事を無事に終えたので、確かな満足感を覚えながら立ち上がり洗面台へと向かった。

 

 

 





これでおまけ的なイベントはお終いとして元の物語に戻ります。

結局のこの章では能力は明らかになることなく回収されましたとさ。



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第13話:この力でそれが可能なら、私は嬉々として実行するに決まっています


GWが明け、遭遇戦ですね……。




 

連休が終え、今日からまた学校が始まってしまった。連休中は先輩と天ちゃんは大人しく実家で過ごしていたみたい。私はと言うと、アーティファクトを回収後は澪姉とご飯食べに行ったり実家でなんやかんやと過ごしていた。

 

休みの中で行われたメビウスのオフ会はほんとにただのオフ会になっていたらしい。参加者に高峰先輩と香坂先輩は居たと報告を受けたのでゲームと違いは無さそうだ。念のために参加させた九重家の人には申し訳ないと思う……ほんとに。

 

「それじゃあ、連絡事項は終わりです」

 

先生からの終わりの合図が出たので、日直の人が起立、礼、の号令を出し解散となった。

 

「ん~、さてと、帰ろうかな」

 

背伸びをして体を伸ばしてから席を立つ。

 

「天ちゃん。一緒に帰ろ?」

 

「いいよ~、一緒に帰ろ~。あ、でもわたしにぃにの家に寄って行かないといけないや」

 

「先輩の部屋に?」

 

「うん。ほら、危ないじゃん?だから親が仕事終わるまで時間潰さないといけないんだよね」

 

「あ、そういう……。それなら途中まで一緒に帰ろっか!」

 

「りょうかい~、それではいきますか」

 

天ちゃんと話しながら学校を出る。

 

「天ちゃんは連休は実家で過ごしていたの?」

 

「だねー、にぃにも帰って来ていたしダラダラと。そっちは?」

 

「私もほとんどは実家に戻ってたよー。知り合いとかお姉ちゃんと一緒にご飯とか遊んだりしてたかな?」

 

「舞夜ちゃん、お姉ちゃん居るのっ?」

 

「それが実は……居るのです!三十手前の綺麗なお姉様が……!!」

 

「あ、結構歳は離れているんだね」

 

「そだねー、私の事をよく可愛がってくれるよ?ペットみたいに」

 

「ペットみたいにって……」

 

「よくご飯食べに連れて行ってくれたり?買い物とか何かとプレゼントしてくれるんだよね」

 

「あれだね。歳離れた妹が居るからつい色々あげちゃうやつ」

 

「あはは、みたいな感じかな?学校での話とかすると嬉しそうに聞いていたね」

 

「学校での?」

 

「うん、天ちゃんの事とか先輩達の話とか。あ、勿論アーティファクト関連は無しでね」

 

「へぇー……知らぬ間に私の事を知られているとか、なんかハズい」

 

「今度会ってみたいとか言ってたよ?」

 

「マジですか……でも遠慮させていただきます」

 

「りょうかいだよ。知らない人と話すの大変だもんね~」

 

「しかも年上とか、何話していいのかわかんなくない?」

 

「共通の話を適当に話せば良いんじゃないかな?」

 

「共通の……話題」

 

「まぁ、知らないけどねっ!」

 

「いや、知らないんかい」

 

雑談をしながら部屋へと帰る。

 

「ていうか、舞夜ちゃん大丈夫なの?にいやんの場所まで来ちゃったけど」

 

「無問題!帰る場所は一緒だからねっ!」

 

「ん?どゆこと?」

 

私の言葉に天ちゃんが意味不明な顔をしていた。多分これ、新海先輩から私の部屋の場所聞いてない……?

 

「あー……なるほどね。これは新海先輩が悪いパターンかぁ」

 

「んん?どしたの」

 

「ま、いいやっ!取りあえず上に行こ?」

 

「まぁいいけどさ。舞夜ちゃんもにぃにの部屋に来るの?」

 

「んーいやー。私は自分の部屋に帰るよー?実はね、私の部屋……先輩の三つ隣なんだよね」

 

「部屋が……?えっ、舞夜ちゃんの部屋が!?」

 

「そそ。ほんとに聞いていなかったみたいだねぇ、ふふ」

 

「いや、私何も聞いていないんですが……」

 

「てっきり先輩から既に聞いていると思ってたけど……」

 

「そんな話一言も……えーそうだったんだ」

 

「あ、着いた。そこが先輩の部屋で、私はここだよー」

 

鍵を部屋に差し込み鍵を開ける。

 

「覗いてく?と言っても平凡な部屋だけどね!」

 

「行く行く~」

 

靴を脱ぎ、部屋に招く。

 

「へぇー、間取りは同じだね。あと思っていたより物とか置かないタイプ?」

 

「まだ引っ越してきたばっかりだしね。これからだよこれから」

 

「いいなぁーー、私も一人暮らしとかしてみたい」

 

「自分で家事をするのは結構面倒だけどね。自由な時間を確保出来るのはお得だよ」

 

「私は一応自分の部屋があるからなぁ……割とそこらへんは確保出来てるかも」

 

「ま、暇な時とかに事前に連絡くれたらいつでも遊びに来て良いからね?先輩の部屋へのアクセスも簡単だし」

 

「良いの?迷惑にならない?」

 

「まさか。天ちゃんならいつでも大歓迎、お泊まりとか今度してみない?楽しそうだし」

 

「あっ、それいいね!してみたい!」

 

「今の騒動が片付いたらしよっか?」

 

「だね!楽しみだな~」

 

わいわいと今後の予定を話し合う。

 

「そういえば先輩の部屋に行くんじゃなかったっけ?」

 

「あ、そゆえば忘れてた。そろそろ行こうかな」

 

「それじゃあ、また明日ね~」

 

「うんまた明日。お邪魔しました~」

 

手を振りながら天ちゃんを見送る。そしてすぐに近くの扉が開き、閉まる音が聞こえてくる。多分先輩の部屋に突撃しに行ったのだろう。

 

「焼肉かぁ……」

 

五千円以内で駅近くの場所だっけ?その後先輩が公園で……。

 

「ごめんね」

 

出て行った扉に向けてポツリと呟く。この後起こる事を考えれば、天ちゃんを駅から確実に家へ送り、先輩を公園に向かわせない方向を取るのが安全なんだろうと理解はできる。

 

「……はぁぁーー」

 

いや、正しい枝を通る必要がある。最終的に天ちゃんが先輩とハッピーエンドを迎える為には先輩の石化と天ちゃんの存在が希薄になるのは起きなければいけない。その為には天ちゃんのアーティファクトの暴走を起こさせる必要が……。

 

「分かっているし、いたんだけどなぁ……」

 

いざ皆と知り合い、仲良くなればゲーム脳で考えていた時とは違って本人が目の前に居るのだ。躊躇いもしてしまう。

 

「可能性があるとすれば……」

 

ポケットに隠し仕舞っているイヤリングを服の上から触る。以前に考えていた時と今の異なる点を考えるなら、このアーティファクトである。もし違う結末を導き出せるなら……これの力で……。

 

「……結果は変えない。天ちゃんが能力を暴走させる、先輩が石化させられる、この二つは必然。変えられるならその後の過程……?」

 

外が夕方に染まっていく中、天ちゃんが出て行った扉を見つめながら、そのことだけを考えていた。

 

 

 

 

 

時刻は20時が過ぎ、日が落ちすっかりと夜になった公園で一人物陰に身を潜め気配を消していた。

 

「……そろそろかな?」

 

受けた連絡からは、少し前に天ちゃんが先輩に駅まで送って貰ったとの事らしい。その後、先輩はこっち方面に、天ちゃんはそれを尾行しているらしい……これに関しては途中で見失ったから憶測らしいけど。

 

ここ周辺には既に九重家の人達を配置している。とはいっても石化した先輩を家まで連れて行く際に一般人が来ない様にと配慮するためである。

 

「あ……来た」

 

少し離れた場所。一人目の石化の犠牲者が座って居たベンチまで来て腰を下ろす新海先輩が視界に入る。考え事をしているからか、周囲への警戒を疎かにしているように見える。いや実際しているけどね。

 

身を潜め続けていると、周囲から不自然なまでに人気が消える。先輩も帰ろうと立ち上がった時、正面に白いフードを被った金髪の少女が立っていた。

 

ゴーストが来た。となれば先輩は石化させられる。これのどこかで割り込むとしよう、良いのはソフィが割り込むより一足先位?

 

ゴーストが先輩にガムを差し出したり困惑している先輩に話しかけたりと、少し雑談を交えた後、背を向ける。

 

その直後"待った"と手を上げて、再び先輩へ視線を向ける。そして、顔に青いスティグマが浮かび上がる。怪しい笑みを浮かべながらあざ笑うように笑っている。それを抵抗出来ずに只々先輩は聞いていた。

 

……今のタイミングだよね。もう行こう。

 

気配を消したまま、足音を立てずに二人の近くまで寄って、ゴーストの背後に立つ。私の存在に気が付いた先輩は驚いた顔を……多分している。

 

「だーれだっ♪」

 

そのまま両手でゴーストの目を覆う。

 

「っ!?」

 

当然視界を覆われたゴーストが驚いて体を強張らせた。そのまま頭を掴み身体ごと後ろに引っ張り投げる。

 

「がぁっ?!……てめぇは……!!」

 

地面に転がり、私を見て状況を把握する。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

 

後ろを見ると、立ち竦み、苦しそうな表情をした先輩が目に映る。

 

「こ、九重か……!なんとか……」

 

「うわぁ、体の四肢の半分が石化しちゃってますね……下手に動かない方が良いと思います」

 

先輩の身体の状況を確認する。うん、しっかり石化しているね。

 

「逃げ、ろ……!アイツが魔眼のユーザーだ……!」

 

「状況を見れば嫌と言う程分かりますよ……。でも、ここで先輩を放って一人逃げる選択肢はありませんし……あ、因みに逃げられたりは……?」

 

「すまんが……出来そうに無い」

 

「ですよねー」

 

先輩の前に立ち、先輩の目を手で覆う。

 

「恐らく、石化のトリガーは視線を合わせる事です。目を閉じていた方がまだ安全だと思います」

 

「はっ!よく観察してんじゃねぇかっ!だけどよぉ、オレのアーティファクトはそれだけじゃないぜ?」

 

ゴーストの手の甲が光り、スティグマが浮かび上がる。

 

「ここっ、のえ……!」

 

「……大丈夫です」

 

先輩の前に立ち、射線上に立ち塞がる。

 

「おお?なんだ?そいつを守るって言うのか?」

 

「……当たり前じゃないですか」

 

「ハハッ、カッコイイなおい!また女に守られてんのか!だっせぇな、相変わらずよ。いいぜ、どこまで耐えられるか見せてくれよ!」

 

クナイの様な形をしたのが高速で飛来する。それを右手で受け止める。

 

「っ……」

 

流石にそれなりの痛みがあるが、耐えられない程ではない。今までの修行に比べれば大したことは無い。

 

「九重っ!」

 

「安心してください。大した攻撃ではありませんので……」

 

「そうかそうか!大したことねぇのか!それならもっといかせてもらうぜ!」

 

ゴーストの周囲に数本同じような物が浮かび上がる。

 

「これも耐えて見せてくれよなぁ!」

 

連続として飛んでくる飛来物を後ろの先輩へ行かせないために拳と体で受けきる。

 

「……ふぅ、この程度ですか?」

 

「おいおいマジかよ。今の全部受けるのか?守りに強いアーティファクトでも持ってんのか?」

 

「さぁ?どうでしょう。ご想像にお任せします」

 

「その余裕がいつまで持つか楽しみだなぁ……なぁ?おにいちゃん」

 

「や、やめろ……っ!」

 

……何も問題は無い。私はこのまま耐え続ければ良いだけの話。それまで先輩にはかすり傷一つ付けさせませんのでご安心を。

 

「と、思ったが……なんだ?お前も参加するんか?」

 

私達の後ろに声を掛け視線を向ける。

 

「天ちゃん?」

 

後ろを向くと、歯を食いしばり、拳を握りながら今にも泣き出しそうな目でゴーストを睨みつけている天ちゃんが居た。

 

「どう、して……っ、帰ったはず……」

 

「ハッ、お兄ちゃんとお友達を助けに来たのか?健気だな。泣けるぜ」

 

「おにいちゃんを……っ!舞夜ちゃんをいじめるなっ!」

 

「はっ?……クッ、ハハッ、いじめるなって……ハハハッ!そうかい、悪かったよ、違うんだ。オレはいじめているつもりはねぇんだよ」

 

「ーーー殺す気なんだよ」

 

「ぅ……っ」

 

殺すと宣言され、気圧された天ちゃんは一歩後ずさる。けど、動けない新海先輩を見て踏みとどまる。

 

「ゆ、許さない……!お兄ちゃんは……二人は殺させない……!」

 

「お~、お~、かっこいいいじゃねぇか。さっきのこいつと言い、威勢のいい女ばっかりだな。で、どうするつもりだ?ん?」

 

「……っ」

 

「天!もういい!九重と一緒に逃げろっ!」

 

この場から逃げる訳にも行かないので、受けた攻撃が痛むように胸や体を手で押さえ、若干苦しそうにする。

 

「やだっ!逃げないっ!」

 

意地張るように逃げないと宣言する。それを脅す様にゴーストが語り掛ける。

 

「そいつと目を合わせるな!逃げろ!」

 

「ぅ、……っ、逃げない!逃げないっ、逃げないっ!!あたしがっ……こいつをっ!」

 

「オレを?」

 

「消してやる……っ!」

 

大声でそう叫び、左手の人差し指をゴーストに向けた。その瞬間、全身が光り出し腕や首と全身にスティグマが広がる。

 

「へぇ……」

 

「な、んだ……?」

 

二人が驚くような表情を見せる。

 

「……っ、天ちゃん……」

 

力の出力を強制的に上げた代償に、肌の見える部分全てにスティグマが光り線を引いている。

 

「やめろっ!天!力を使うなっ!」

 

「お前なんか、お前なんかぁあああ!!」

 

「天っ!!」

 

「お前なんかーーー消えちゃえっ!!」

 

先輩の制止を無視し、力を解放する。全身のスティグマが眩しいほどに青く輝き、天ちゃんを中心に渦巻く。その力の奔流が指先に集まりゴーストに放たれる。

 

「ハッ、マジかよ」

 

放たれた光がゴーストを飲み込む。

 

「余裕ぶっこいた結果がこれか。ザマァねぇな」

 

自分の透けた手を見ながら呆れた声で笑う。

 

「なるほど……ね。透明とかそんな生易しいものじゃねぇみてぇだな」

 

「そのまま……、消えちゃえ!」

 

「悔しいが、そうなっちまうみたいだな」

 

諦めた様子のゴーストが辛うじて残っている左手を先輩に向ける。

 

「お前は、必ず殺す」

 

笑ったまま、殺気を込めた目で先輩を睨み……消えていった。

 

「消え、た……?」

 

「お兄ちゃん!舞夜ちゃん!大丈夫!?」

 

「あ、ああ……」

 

倒れて動けない先輩に、天ちゃんが駆け寄る。そして石化した片腕と片足を見てぎょっと驚き、オロオロし始める。

 

「大丈夫じゃないじゃん!ど、どど、どうしよう……!どうしたらいいの?」

 

どうしたら良いのか分からずあたふたとしている天ちゃんを見て、取りあえず一段落したことに一息吐く。ソフィがそろそろ来てくれるはず……。

 

「落ち着きなさい。時間はかかるでしょうけど、ちゃんと治るわよ」

 

あ、来た来た。これで一安心。後は先輩を家まで送り届けるだけだね。

 

 

 






焼肉……今度食べに行こうかな……。


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第14話:石化の解除……復活剤とか?羽を探さないといけなくなるね


人類で初めて石化している人間を担いだ少女。




 

 

「お邪魔しま~す。先輩、ご到着です」

 

「ああ、ありがとな」

 

「道中人と出会わなくて良かったね。見られたらにぃにが社会的に死んでたかも」

 

「それに関してはほんとにな。すまんな重かっただろ」

 

「いえ、鍛えていますのでお気になさらずっ」

 

天ちゃんがゴーストを消し終えた後、先輩を部屋まで運ぶ作業を私が受け持った。肩を貸して歩くのもありだったが、時間がかかると判断したため担ぐことにした。勿論遠慮してきたが、問答無用に無理やり持ち上げ歩き出した。途中二人が心配してくれたが最後まで問題無しと返しておいた。

 

「それじゃあ、一旦ベットまで運びますね?」

 

靴を脱ぎ、部屋へ入る。

 

「下ろしますね。石化した部分に気を付けてゆっくり下ろしますよー?」

 

石化した腕と足に気を遣いながらベットに先輩を座らせる。

 

「ではそのまま横になって下さい。その方が楽だと思いますよ」

 

「にぃに、靴は私が脱がしてあげる」

 

「ああ、二人共すまん」

 

「取り敢えずは帰って来れたけど……これからどうします?」

 

「あたし、今日泊まるって連絡入れておくね」

 

「そうだね。先輩だけにするのは心配だし……勿論、私も近いので何かあれば駆けつけることは可能だけど、天ちゃんが一緒に居た方が安心だね」

 

スマホを取り出し、親御さんに連絡をする。

 

「って訳で、泊まっていきま~す」

 

「ああ、わかったよ」

 

「あれ?怒んないの?いつもなら嫌な顔するのに」

 

「このザマで帰れなんて言えないだろ。ありがと、助かるよ」

 

「うっわ……素直。戸惑う……」

 

「でもお前、なんであそこにいたんだ?帰ったはずだろ」

 

「なんでってそりゃ……ねぇ?心配だったから?」

 

「帰ったふりか」

 

「だって、だって……にぃにだって危ないじゃん、一人で帰るの。だから……。てか私もだけど、舞夜ちゃんもどうしてあそこに居たの?」

 

「ん?私?」

 

「確かにな、あの時ゴーストの後ろに居ただろ?」

 

「あー……、まぁ色々ですかね?先輩を見つけたのは偶然でしたけど……」

 

「なんだよ色々って……」

 

「乙女の秘密とだけ言っておきますね」

 

「卑怯な言い訳だなぁ……まぁでも、そのお陰で助かったんだし、結果オーライか」

 

「てかてか、舞夜ちゃんは身体平気?何回も攻撃受けてたよねっ!?」

 

「全然平気だよー?これでも護身術してるからねっ。痛みにはそれなりに耐性あるんだ」

 

「何それ、護身術すげぇな」

 

「私より先輩の方が危険な状況だし、そっちの話をしよ?」

 

変に心配されたくないので、話を元に戻そうとする。その時、寝ている先輩の真上にソフィが出現する。

 

「ハァイ、おまたせ」

 

ナイスタイミングで現れてくれた。

 

「ちょっと調べ物をしていたの。急に居なくなって悪かったわね」

 

「ああ、いや。調べ物って?」

 

「あの子の目的。あなた、運が良かったわね。別の枝では、ついさっき三人目の犠牲者が出ているわね。しかもユーザーの」

 

ソフィの発言にドキリと鼓動が跳ねる。

 

「な……、だ、誰だ」

 

「それは知らなくていい。あの子、あなたに言っていたわよね?力を寄越せって」

 

知る必要は無いときっぱり言う……という事は犠牲者は、間違いなく九條先輩なんだね。どうやら最初の枝の私は、先輩達の離別を止められなかったみたい。でも、天ちゃんの枝が存在している以上、止めてハッピーエンドを迎えた枝もあるのは事実のはず……。

 

ソフィの話を聞いて行くと間違いなく九條先輩と確信が持てた。アーティファクトを回収することなく立ち去った。ソフィが来たことでする時間が無かった。しかも石化後に破壊したとなれば……。

 

「ところで、あいつはどうなったんだ?」

 

「そうね……。はっきりとしたことは言えないけど……」

 

「あ、あの……あたし、勢いで消しちゃったけど……、し、死んで、無いよね?あの人……」

 

「死んでいない。存在が限りなく希薄になっている……って所でしょうね。ソラの力……って存在感の操作……とでも言えば良いのかしら。存在感を操作された結果、この世界に存在することが出来なくなったって説明で伝わるかしら?」

 

「それって、本当に死んで無いの?」

 

「死んでいないわよ。ソラが本気であの子を消したのなら、あなたたちの記憶からも消えていたはず。けれど、きえていない。辛うじてまだこの世界に存在している。ま、完全に消そうとしてもあの子なら自力でどうにかしちゃうでしょうね」

 

「完全に消しても戻ってくるって……何者なんだあいつは」

 

「とにかく、生きているんだよね……?よかったぁ……」

 

不安そうにしていた天ちゃんがホッと安心して笑顔を見せる。

 

「ソフィ」

 

「なぁに?」

 

「そこまでわかっているって事は……一部始終見ていたんだよな?」

 

一つの話が終わり、もう一つの心配事へと話は移る。

 

「そうね。あなたの心配もわかっているわ。ソラ」

 

「あ、はい」

 

「体調に変化は?」

 

「え、別に……」

 

「そう。なら暫くは様子見ね」

 

「えと、……な、なに?何が?」

 

「気づいていなかったのか?」

 

「へ?」

 

「お前の全身に、スティグマが浮かんでいた」

 

「ぇっ、そ、そなの!?」

 

驚いた顔でこちらに聞いてくる。

 

「うん。指とかあちこちに広がっている様に見えたよ?」

 

「力を無理やり引き出した結果……でしょうね。急激なスティグマの浸食。魂に相当な負荷がかかったはずよ」

 

「あ~……そう言われるとすごく疲れているけど……」

 

「浸食って……、あまり良い表現じゃないな」

 

「ええ、良い事では無いのよ。本当に目立った変化はないのよね?」

 

「それならいいわ。暫くは能力の使用は控えなさい。学校での子と同じになりたくないならね」

 

「わ、わかりました……」

 

「まだ聞きたい事があるでしょうけど、今日は三人とも休みなさい。また明日話してあげる」

 

「ああ。色々とありがと、ソフィ」

 

「どういたしまして。それじゃあね」

 

人形の小さな手を振り、空間の歪みへ消えていく。

 

ソフィが居なくなったことで部屋に沈黙が訪れる。

 

「さてと、それじゃあ私も部屋に戻りますね?」

 

「分かった。今日は助けてくれてありがとな、九重もゆっくりと休んでくれ」

 

「心配ありがとうございますっ。でもご自身と……天ちゃんのことを気にかけてくださいね?天ちゃんもお休み~」

 

「う、うん。おやすみー」

 

手を振りながら先輩の部屋を出て、自分の部屋へと戻る。

 

「あら、おかえりなさい」

 

中に入ると、ベットに寝転がりながら寛いでいる澪姉が居た。

 

「ただいまー、ってどうしてここに?」

 

「あなたの様子を見に来たのよ。あとは今日の報告かしら?」

 

見ていたスマホを仕舞いこちらを見る。

 

「身体の調子はどうかしら?と言っても正確には魂の方かしら」

 

「うーん、特にこれと言って変わりないかな?直撃時は相応の痛みはあるけど……」

 

「言っていた通り大したことじゃない無いみたいね。良かったわ」

 

「まぁ、これは私が抵抗力が強いとかあるのかもしれないけどね」

 

「魂の削り合い……だったわね。肉体には損傷は無く、魂……心の強さね、確かにそれなら舞夜が強いだけな可能性は十分にあるわね」

 

「そう?分かる物かな?」

 

「勿論よ。小さい頃からあなたを見て来たもの、それくらい分かるわ」

 

「澪姉のお墨付きなら安心だねっ」

 

お互いに微笑みながら話題は次に移る。

 

「それじゃあ、次ね。あなたが言っている目標の人物二人に関しては今も監視をしているわ。どちらも目立った動きは無いみたいね」

 

「深沢与一も?」

 

「そうね。幻体を消された時も特に動きは無かったわ」

 

「ふぅん……そうなんだ」

 

存在が消えたわけでゴースト自体が消滅していないで良いのかな?情報の共有が出来ていないと考えるなら生きている事だし。

 

「ところで気になったのだけど、舞夜……あなた、学校休むのかしら?」

 

「あ、うん。多分5/10から……かな?今の所考えているのはだけど。予定次第では多少前後しちゃうかも?」

 

「5/10ね。今日が6日だから平日からになるわね。一体何をするの?」

 

「……天ちゃんを救う為に足掻こうかなって思って」

 

「彼の妹さんね。あの子が力の暴走で消える……って話だったわね。それをどうにかするつもりなのかしら?」

 

「可能なら……なんだけどね。一応おじいちゃんからは許可も貰っているから問題無いけど、その間、迷惑かけちゃうかも」

 

「そんなこと気にしてないわよ。私が気にしているのは貴方自身の事よ。急に言い出したのだから、どうせアーティファクト関連くらいは予想付くけど」

 

「大丈夫、危険な事はしないつもりだから。心配してくれてありがとね?」

 

「……全く、まぁいいわ。何かあったらすぐに連絡しなさい、直ぐに駆けつけてあげる」

 

私の顔を見て呆れたようにため息を吐く。

 

「あはは……澪姉を専属指名で依頼するとか流石に貯金がもたないなぁ」

 

「馬鹿な事言ってないで、必ずしなさいよ?」

 

「……うん、わかった」

 

「今日はちゃんと寝なさい。知らない内に疲れが蓄積されているわよ。舞夜はそういう所、鈍いのだから」

 

「了解です。今日は大人しく寝ることに致しますっ!」

 

ビシッと敬礼を決めて澪姉を送り出す。

 

「……あまり溜め込み過ぎないようにね。あなたは正しい事をしているのだから、自分を責め過ぎないように気を付けなさい。それじゃあお休み」

 

「うん、おやすみなさい……」

 

扉が閉まる直前にそう言って澪姉は出ていった。

 

「心配、させちゃったなぁ……」

 

部屋に戻り、ベットに寝転がる。さっきまで澪姉が寝ていたからか、いつもとは違う香水の匂いが付いていた。

 

「自分を責め過ぎないようにか……はぁ」

 

多分澪姉は私が何をしようとしているのかおおよそ見当が付いているのだろう。

 

「でも、それでも私は……」

 

試す価値はある。それで天ちゃんが生き延びれる可能性が高くなるなら躊躇う必要は無い。覚悟はとっくに決めている。

 

「……それを贖罪と考えている事自体がおこがましいよね。はは」

 

今頃二人は何を話しているのだろ。先輩に謝っている頃かな?まだ部屋の扉が開いた音は聞こえないからご飯の調達に出掛けてはいないはず。

 

「数日……数日持たせるだけなら、行けるよね?」

 

これから始まる浸食の過程を考えながら、一人目を瞑った。

 

 





帰宅後の会話だけになってしまいました。

次は土日の話を入れて月曜日まで持っていければ……いいな。



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第15話:両方この土地の歴史ある名家ですから、交流もそれなりにありますよね


第二章も終盤に差し掛かりました。




 

「ん……んあ?あ、朝か……ふあぁ」

 

カーテンから差し込む朝日を浴びながら目を覚ます。

 

「今日は土曜日ですと……確か結城先輩と九條先輩が見舞いに来るんだっけ?」

 

来るのは昼頃なので時間的にはまだまだ余裕がある。

 

「……取りあえず、起きて朝ごはんでも食べよっと」

 

寝ぐせで反抗期の髪を手で梳きながら台所に向かう。

 

「GW中は外食か作ってもらっていたし、あまりストックないねぇ……」

 

日持ちしない物は事前に処理しておいたので朝食としてもレパートリーが少ない。

 

「……カリカリのベーコンが食べたいな。先輩達は昨日の内に買っていたパンとかだったっけ?」

 

悩みながら顔を洗い終え、水を飲む。

 

「ご飯は炊いてあるけど……適当におにぎりとか作ろう。そして先輩達に差し入れに行っちゃおう……いや、お昼に九條先輩が作ってくれるからその時のおにぎりと被ってしまうのでは……?具の中身なんだっけ?昆布?おかか?」

 

差し入れを口実に行こうかと考えたが、手作りが被ってしまうのはいただけない。九條先輩のありがたみを薄める行為は避けないと……。

 

「……普通にお見舞いとして行けばいっか」

 

その前に適当に食べ物とかお菓子を買って行けば大丈夫だろう。

 

「そうと決まればまずはこの空腹を収めないとね!」

 

 

 

 

 

ピンポーン

 

時刻は午前10時頃、買い物袋を持ち三つ隣の部屋のチャイムを押す。

 

「は~い」

 

中から天ちゃんの声と、こちらに向かって来る足音が聞こえる。

 

「お、舞夜ちゃん。どうぞどうぞ~」

 

「お邪魔しまーす」

 

部屋に招かれると、テーブルの前に座った先輩と目が合う。

 

「九重か、おはよう」

 

「おはようございます。石化の様子はどうですか?体調とかは……」

 

「昨日よりだいぶましになったな。肘と膝が曲がる程度には戻って来てるぞ」

 

「それは安心しました!この調子で直ぐに治ると良いですね~。あ、これ差し入れです。既に朝食は済まされたみたいですが」

 

コンビニで適当に買った総菜パンやゼリー系が入った袋をテーブルに置く。

 

「買って来たのか?すまんなわざわざ」

 

「いえいえ、念のために買って来ただけなので、一応お菓子とかも買ってきているので良かったら二人で食べてくださいね」

 

「舞夜ちゃんありがと~」

 

「こっちでお金払うよ。レシートとか貰ったりした?」

 

「お気になさらず。勝手な好意の押し付けなので先輩は変に気を遣わずに早くその手足を直して下さい」

 

「あ~……九重がそう言うなら、今回は甘えさせてもらうよ」

 

「そうしてください。ごめん天ちゃん、冷蔵庫に入れる物とか入れてもらっても良いかな?」

 

「おっけー、任せて」

 

天ちゃんに袋を渡し、先輩の横に膝を付く。

 

「石化した足とか、触っても良いですか?」

 

「ん?ああ、別に構わんが……」

 

差し出された足を試しに触る。……うん、石だね。でも昨日より解除が進んでいるのは確かだし、元通りになるのは問題無いみたい。

 

「……ありがとうございました」

 

「九重の方は身体とか平気か?」

 

「はい、大丈夫ですよ?」

 

「ほんとか?俺たちに気を遣って無理とかしてないか?」

 

私が強がって平気そうに振る舞っている心配をして、少し不安そうな顔でこちらを見る。……私のより自分の方が大変なのに、これだから先輩は……。

 

「ほんとですよ?あ、何なら確認してみます?」

 

「は?確認って……」

 

「先輩に心配を掛けたくないので実際に攻撃を受けた箇所を見て貰った方が早いのかなって……思いまして。確か昨日受けた場所は手の平と、腕、それから右胸部分と……太ももとかでした。は、恥ずかしいですが、それで先輩の安心が買えるのでしたら……!頑張りますっ!」

 

「おい!?別に脱いで見せる必要はないからなっ!まてまて服とズボンに手を掛けるな!脱ごうとするなっ!」

 

「で、でもっ!先輩に私が健康って証明するには……これしかっ!!」

 

「お二人は……何をされているのですか?」

 

おふざけで先輩を揶揄っていると、全部を冷蔵庫に入れ終えた天ちゃんが後ろから困惑した声で話しかける。

 

「あっ!天ちゃんっ!今先輩が昨日の怪我を心配してたから大丈夫って証明を……!」

 

「いやいや、それでなんでわざわざ脱ごうとしてるのさっ」

 

「だって、言葉より証拠を見せた方が安心できるかなって」

 

「いやそこからおかしいよ!それにあの攻撃って体に傷とか負わないんじゃないのっ!?」

 

「そうだ!だから九重が今からしようとしているのは意味が無いぞ!」

 

「……落ち込んでいる先輩が元気になるかなって、色々と?」

 

「いらん気遣いだ!」

 

「ほんとに要りませんか?心の底から意味は無いと言い切れますか……?男として」

 

「………」

 

「にいやんっ!?そこで何黙ってんのさ!欲望に忠実過ぎるでしょ!」

 

「すまない天。男として嘘は付けないんだ……!」

 

「いや、全然かっこよく無いからね!クソださいからっ!?」

 

「とまぁ、冗談はこの位にしておきますね」

 

服に掛けていた手を離し服装を整える。若干残念そうにこちらをチラ見した先輩の事は言わないであげよう。

 

「でも、私に関しては問題無いので大丈夫です。ご心配ありがとうございますね」

 

「そっか、それならよかった」

 

「それじゃあ、私は一旦離脱しますね?この後少し用事が入っているので~」

 

「もう行くのか?昼から九條と結城も来るけど」

 

「名残惜しいですが、お二人の顔を見れたので満足しておきます。あ、でも、何かあったらすぐに連絡下さいね?何を差し置いても最優先で駆けつけますので~。それではっ!」

 

「またね~」

 

天ちゃんに見送られながら部屋を出る。最近九條先輩と結城先輩に会えてなかったから会いたかったけど……仕方ないかぁ。多分次会えるなら夜の神社とかかな?香坂先輩には月曜日に会おうと思えば会えるもんね。

 

部屋に戻り、これからの為の準備を始める。休みが終われば後は駆け足になるので、動ける内に備えておこう。

 

「まずはおじいちゃんに詳細を話しておかないと……怒られはしないだろうけど、心配させちゃうだろうなぁ」

 

申し訳ない気持ちもあるが全ては先輩と天ちゃんのためにと通話のボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

休みが終わり、いよいよ重要局面に入ろうとしていた。

 

「……ふぅー、よっしっ!今日も元気に頑張ろうっ」

 

気合を入れて部屋を出る。今日は天ちゃんが先輩の部屋から通学と聞いているので折角だし一緒に行こうと誘っておいた。

 

「天ちゃ~ん。迎えに来たよー」

 

玄関のピンポンを鳴らしながらいつもの二割増し位のやる気を出す。

 

「は~い、今行くー」

 

玄関が開き、制服姿の天ちゃんが出てくる。

 

「おは~、準備大丈夫そう?」

 

「おはよー、うんバッチリ」

 

「それじゃあ、行こっか」

 

「了解、んじゃ、あたし行くね~。一人だけど気を付けてね」

 

「おう、気を付けて行けよ」

 

玄関から出て来たので、一緒に学校へ向かう。

 

「先輩の体調、どうだった?」

 

「ん~、徐々に治って来ているのは確かだねっ。今週あれば完治出来ると思うよ」

 

「なら大丈夫そうだね。欠席の連絡とかもうしてるの?」

 

「あ、やべっ。そういえば言って無かった。流石ににぃにが言うとは思うけど……、一応しておいてって連絡は入れておくか……」

 

スマホを取り出しメッセージを送る。

 

「これで大丈夫っしょ。おまたせ、いこ」

 

「お供させていただきますともー」

 

通学途中に、アーティファクトの話や、土日の話をしながら学校に着く。

 

廊下を歩き、1のDクラスの前に立つ。天ちゃんより前に立ち先に扉を開けて中に入る。

 

「おはよー」

 

中に入ると、既に席に座ったり、友達はお喋りしているクラスメイトがこちらを向き返事をする。

 

「おはよ~」

 

続けて天ちゃんも挨拶をする……が、一瞬天ちゃんを見て一部の人間が不審な顔をした。

 

後ろの天ちゃんは特に気にした様子は無く一緒に席へ向かう。

 

まずは、ゲーム通りだった。次はお昼休みだろう。

 

気を抜けないまま授業が進み、あっという間に昼を迎えた。

 

「舞夜ちゃん、お昼たべよ~」

 

席を立ち、こちらを向いた天ちゃんが弁当の入れ物を持って声を掛けてくる。

 

「うんっ、食べよっか!」

 

席をこちらに向けて互いに向き合う。その時、横に居た生徒が不思議そうな顔で天ちゃんを見ている。

 

「……?どうしたの?」

 

じっとこっちを見ているクラスメイトを不思議そうに思って声を掛けたが、よそよそしく返事を返され去って行く。

 

「……んー?どしたんだろ」

 

「……さぁー?それよりお昼食べよ?」

 

「だね」

 

着実に浸食は進んでいる。今も外野からチラチラと天ちゃんを見ている視線を感じる。

 

「舞夜ちゃんは今日は惣菜パン?」

 

「あーうん。作るのめんどくさくて適当な余りを持って来たの」

 

「たまに食べるコンビニのパンとかめっちゃ美味しいよね~」

 

「同じ物ばっかりだと飽きが来ちゃうしねー。刺激は必要なのは確か」

 

「うんうん、わかる」

 

他愛もない会話をしながら昼食を終え、午後へと入る。周囲を注意深く観察しているが、午前と変わり時間が進むごとに明らかに天ちゃんへの認識が減ってきているのが分かる。プリントなどを渡すとき、授業の担任が入って来た時の一瞬の不思議そうな表情。

 

当の本人も何となくおかしく感じ始めてきている。

 

「なんか今日よく皆に見られる気がするけど……どこかおかしかったりする?」

 

度々自分に視線が集まるのを感じ、身なりがおかしくないかあちこちを触っていた。

 

「ふふ、大丈夫。今日も天ちゃんは可愛いから」

 

「いやいや、ほんとに変じゃない?内心ビクビクなんですが」

 

「うん、今日もいつもと変わりないよ。でも、確かに良く見られるねぇ……」

 

「何かしたかなぁ……?」

 

放課後になり、ホームルームが終わる。

 

「……天ちゃん、帰ろっか?」

 

「う、うん。わかった」

 

この辺りになると明らかにクラスメイトメイトからの態度の違いに流石の天ちゃんもおかしく感じている。

 

席を立ち、鞄を持つと、クラスメイトの視線が一斉に天ちゃんに集中する。

 

「え……なになに?どしたの?」

 

急に皆が変な目で見ていることに困惑気味で聞く。

 

「天ちゃん、早くいこ?」

 

立ったままの手を引きながら教室を出て行く。その間も皆は知らない人を見る様な顔でこちらを……天ちゃんを見ていた。

 

室内を出て、取りあえず校舎のベンチに一緒に座る。

 

「……ねぇ舞夜ちゃん。これってもしかして、さ……」

 

さっきの異常が何だったのかを震える様な声を絞り出しながら言い始めた。

 

「これって……、あたしの力が……」

 

「多分、暴走し始めているんだと思う……」

 

「や、やっぱりそう、おもう……?」

 

恐怖する様な声と瞳でこちらを見る。

 

「……うん、前に話していた能力の暴走……それが進行して来たって……ことだと……」

 

「今日一日、皆から変に見られていたのは、そういう……ことだったんだ……」

 

謎が分かり顔を伏せる。

 

「天ちゃん」

 

安心させるように手の甲に手を重ねる。

 

励ます資格があるのか分からないけど、目の前のこの子に声をかけないと言う選択肢はあり得なかった。

 

「確かにクラスメイトは忘れていた。でも私は天ちゃんの事を忘れていない。多分だけど、ユーザーとかアーティファクトに対する抵抗力があったりすれば問題無いと思うの」

 

「そ、そうかなぁ……」

 

「現に私は天ちゃんの事をちゃんと認識出来ているよ?私が問題無いなら新海先輩や九條先輩、結城先輩に香坂先輩も覚えていると思う……」

 

「お兄ちゃんも、あたしの事忘れてたりしていたらどうしよ……」

 

「天ちゃんのお兄ちゃんならちゃんと覚えているに決まってるよ。……取りあえず、帰ろっか?実際に確かめに行こ?私が付いているから……ね?」

 

「……うん、ここに居ても仕方ないよね……」

 

スマホとかで確認をした方が良いかもしれないが、面と向かって会った方が安心感が出る……と思う。

 

天ちゃんの手を引きながら学校から出る。暗い雰囲気を何とかしようと可能な限り会話を続けた。

 

「今日って放課後、何かする予定とかあったりする?」

 

「……家に着替えを取りに戻ろうかなって……それと、にぃにのご飯も買って行かないと……」

 

「……そうなんだ。じゃあ、早く先輩の部屋に行かないとね」

 

マンションが近づくにつれて天ちゃんが不安そうな表情を浮かべる。安心させるように手を強く握りながら歩き続ける。

 

マンションに入り、先輩の部屋まで辿り着く。

 

「天ちゃん。鍵持ってる?」

 

「うん、これ……」

 

「良かった、それじゃあ開けるね?」

 

「あっ……」

 

心の準備をしていない天ちゃんを見ながら扉を開ける。

 

「お邪魔しまーす!先輩の可愛い妹と可愛い後輩が来ましたよーっ」

 

靴を脱ぎ、天ちゃんを引っ張りながら奥へと入る。

 

「先輩!身体の進捗はどうですかっ!」

 

「九重か、天と一緒に帰って来たのか?」

 

「そうなんですよー。先輩の様子が心配で即座に参りました!ね?天ちゃん?」

 

いつもと変わらない様子の先輩を確認出来たので、後ろに居る天ちゃんに声を掛ける。

 

「ぁ、う、うん!」

 

「それは心配かけたな。見ての通り療養中だよ」

 

「何か食べたい物とかありますか?不便な点やお困りの事など!今なら大サービスでお助け致しますよっ」

 

「動きにくい位だなぁ。あと日中暇だわぁ~……」

 

「おやおや、そんなこと言って……ほんとは色々考え込んでいるくせにぃ~」

 

「そう言うのは気づいても指摘しないもんじゃなかったのか?」

 

「そうでした。失礼」

 

「そうだ。すまん天、後で晩御飯適当に買ってきてくれないか?」

 

「え、あ、うんっ。任せてっ!」

 

「……大丈夫だったね?」

 

「うん」

 

安心して嬉しそうに頷いた天ちゃんに小声で話しかける。

 

「二人してこそこそと話してどうしたんだ?」

 

「えーっと、実は色々ありまして……」

 

学校での事を話し始めようとすると、不意にインターホンが鳴り響く。

 

そのせいで全員が無言になる。

 

「……にぃに、何か頼んだ?」

 

「いや、特には……たまに来るセールスとかじゃないか?」

 

……成瀬先生と香坂先輩のご登場だね、これは……。

 

「……私が見てきますね?念のため」

 

部屋を出て玄関を開ける。

 

「お~い、いるのはーーって……あれ?新海君……じゃない。部屋間違えた……?」

 

家主では無い事に驚きながらも横に居る香坂先輩に確認する。

 

「いえいえ、新海先輩の部屋で間違いないですよー?どうかされましたか?」

 

「えっと、君は……どこかで見た事あるような……」

 

「九重舞夜です。多分そちらの成瀬家とのパーティーとかで見た事があると思いますよ?」

 

「あーー!君かぁ……、あれでしょ?前に家のおじいちゃんの話を長時間聞きに来たって子でしょ?」

 

「それですそれです」

 

「あれ?沙月ちゃん?」

 

「お、天ちゃんも居たのかー。二人して翔くんのお見舞い?」

 

「あ、そんな感じ~。にぃに、結構重症でね~」

 

「へぇーそんなに風邪拗らせるんだ。大変だねぇ」

 

「あと数日もあればケロって治ると思うよ?沙月ちゃんと香坂先輩はお見舞いに?」

 

「マンションの前でウロウロしている所を連れて来た。翔くんに用事だろうなって思ってさー。で、良かったんだよね?」

 

「え、ぁ、は、はい……」

 

「だよね~、良かった。あ、一応これ、今日の配布物。渡しておくね?」

 

「うん、ありがとね、にいやんに渡しておく」

 

「翔くんにお大事にって伝えといて、それじゃあ私は帰るね~」

 

「お見舞いありがとねー」

 

目的を果たした成瀬先生はさっさと帰って行った。

 

「……香坂先輩は、上がりますか?」

 

「ぁ、えっと……そ、その……」

 

「多分新海先輩の様子を見に来たんですよね?」

 

「そ、それも……ありますが、み、なさんに……謝りたくて……」

 

「ん?あたしたちに……?」

 

「私が……リグ・ヴェーダに、入って、な、なか、ったら……こんなことに……。ご、ごめん、なさい……」

 

「あー!そんなこと気にしなくて大丈夫ですよっ!?寧ろ春風先輩はこの前の夜ににぃにを助けてくれたじゃないですかっ」

 

「そうですよ。ゴーストから助けようとこちら側に来てくれたじゃないですか。先輩のせいじゃありませんですって~」

 

「ぁ、……ぅ、そ、それは、もう一人の、あの……私が……」

 

「二人ともー、先生は帰ったのかー?」

 

私達が玄関で立ち話をしているのを聞いて、新海先輩がこちらに顔を覗かせる。

 

「ぁ……」

 

「先輩も来ていたんですね」

 

「ぇ、ぁ、あの……そ、その……」

 

突然の会話にあからさまに動揺していた。

 

「きょ、今日は……か、か、帰り、ます」

 

顔を俯かせながら小さく呟いた。

 

「あー……了解ですぅ~。またです」

 

くるりと踵を返して帰っていく。

 

「……俺、またやらかしたよな?」

 

「また翔様のせいで帰っちゃったじゃんっ!」

 

「香坂先輩、翔様のお声がけに耐えられなかったみたいだね……」

 

「だからそれやめろっ!」

 

 

 

 





一応この時点では成瀬先生も天ちゃんのこと覚えてはいるんだよな……。それがいつまでなのか気になる、成瀬家の巫女抵抗力高そう。



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第16話:次に見る時は、笑えている顔が嬉しいんだけどね


ち、力の暴走が……っ!?右目が……!疼く!


途中、新海 翔 視点になりまーす。


 

 

「天……今の話、本当なんだな?」

 

「……うん、ほんと。嘘じゃない」

 

「そうか、つまり……力の暴走は始まっていたって事なのか」

 

「うん、舞夜ちゃんが普通に接していたから放課後になってようやくって感じかな……?」

 

「やたら視線を感じているとは思っていましたが……すみません。もっと早く気が付くべきでした」

 

「いや、寧ろ天の傍に居てくれて助かったよ。一人だったら大変だった」

 

「いえ……それくらいしか出来ませんでした」

 

「わたし、これから……どうなっちゃうんだろ……皆から忘れられちゃうのかな……?」

 

「大丈夫だ、ソフィに既に確認しているが、アーティファクトの契約を解除出来る薬を作ってる途中らしい。あと数日もあれば作成出来る。それがあれば天の力も解除可能なんだ」

 

「数日……?何日位?」

 

「今週中には確実にだ。早ければ二、三日位だと、思う」

 

「……それまでに天ちゃんが大丈夫だったら良いんですよね?」

 

「ああ、ソフィが言ってたが、本人の気の持ちようらしい。だから天、気を強く持て。俺も傍に居るからな?」

 

「……うん、ありがとね」

 

「ソフィにも詳しく聞いておく。今は休んだ方が良い、ひどい顔してるぞ」

 

「でも、寝て起きたら二人が私の事忘れていたりしない……?」

 

「するわけ無いだろ。な?」

 

「ふふん、当然です。大事な友達を私が忘れるわけないじゃないですかっ!あ、これフラグとかじゃないですよ?笑えない奴なのでっ」

 

「寧ろそれを言った事で立った気がするなぁ……」

 

「ちょ、ちょっと先輩っ!ひどくないですか!?」

 

少しでも元気付ける為に、先輩とコントをする。

 

「天、大丈夫だ。起きたらちゃんとおはようって言ってやる。安心して寝て良いからな」

 

「うん、わかった。少し休むね……」

 

横になった後も少し話していたが、心に安心が出来たからか、静かに寝息を立てはじめた。

 

「……天ちゃん、寝ちゃいましたね。ふふ」

 

「起きていたら不安が溜まる一方だからな。寝てスッキリさせた方がずっと良いだろ」

 

「ですね。その方が心にもダメージ少ないと思いますよ」

 

天ちゃんの寝顔を見ながら、お互いに無言の時間が流れる。

 

「なぁ、九重。お前から見て天はどのくらい持つと思う?」

 

声に少し不安が出ている。

 

「そうですね……専門家では無いのでハッキリとは言えませんが、最近の人の寿命は80年位は生きれるので天ちゃんもその位は生きると思いますよ?」

 

「いや、寿命の話じゃなくてーーー」

 

「消える訳無いじゃないですか。天ちゃんはこれからも生きて私と楽しく学校生活を謳歌するのですから」

 

「……そうだな。すまん、少し弱気になって変な事を言った」

 

「左から右へと聞き流しておきますのでお気になさらず~。先輩も辛いのは分かります。でも、これから天ちゃんの心の支えは間違いなく先輩になります。その先輩が弱気では天ちゃんも不安になってしまいますよ」

 

「俺だけって……九重だってそうだろ?」

 

「多少はそうなれると嬉しいです。でも、心からのはどう足掻いても先輩には勝てませんから。なんせ、天ちゃんのお兄ちゃんですしね?先輩も、ほんとは分かっているのでしょう?それがそういう意味かを……?」

 

「……それは」

 

「っと、今この話をしても意味は無いですねっ。もっと建設的な話をしましょう!」

 

「……そうだな」

 

「恐らく、これから更に事態は悪化の一途を辿ると思います。……言いたくは無いですが、周囲の人間は天ちゃんの事を次第に忘れて行くと思います」

 

「やっぱり、その可能性が……高いよな」

 

「今のままだと今週中には大抵の人は認識出来なくなるかと思っています。なので、先輩には天ちゃんの傍に居て支えになって下さい。これまでがそうであったように」

 

「俺には、それしか出来ないのか……」

 

「寧ろ先輩にしか出来ない事なんです……なので、お願いしますね?」

 

「……ああ、任せろ」

 

「カケル」

 

背後から声を掛けられ振り向くと、ふわふわと浮かんでいるソフィ人形が居た。

 

「ソフィか、丁度良いタイミングに来てくれた」

 

そのままリビング方面へ飛んでいく。

 

「すまん、九重。天を頼む」

 

「はい、寝顔を堪能させてもらいますね」

 

私の返事に苦笑しながら部屋を出て行く。

 

多分、後数日で霊薬が出来上がる話とかだろうね。

 

「天ちゃん……」

 

静かに寝ている天ちゃんの髪を撫でる。

 

……先輩もソフィも今はリビングで話しており、この場に居るのは私だけ。

 

「大丈夫。安心して……大丈夫だから」

 

「……どんな結果になるとしても、必ず、私が助けてあげるからね……?」

 

日が落ち、照明が点いていない暗い部屋で、小さく光る青い明かりがあった。

 

 

 

「それでは先輩、私はそろそろ部屋に戻りますね?」

 

「ああ、ありがとな。天の事見てくれて」

 

先輩がソフィとの話し合いが終わった後、今後の事を話し合った。

 

取りあえずは、私が天ちゃんの事を覚えている事の証明の為に私から定期的に連絡をすることにした。それが途絶えたのなら、私が二人を忘れたという事になると。

 

「……天ちゃーん、またねー」

 

寝ている天ちゃんに小声で手を振り部屋を出る。そのまま自分の部屋へ戻り、荷物を置いてから着替える。

 

「……ここから、約三日程度……だったっけ?」

 

ご飯は作り置きしているし買ったやつもあるので、三日程度籠るなら持つはず。

 

「さてっ!気合を入れて行きますか!」

 

自分への活として両手で頬を叩いた。

 

 

 

 

もうすぐ一日が終わろうとしていた。

 

天は起きてからいつも通りに振る舞おうとしていたが、やはり元気は無く、ぼーっとしている時間が多かった。食欲もあまりないみたいで夜はほとんどとっていない。

 

そんな天に何が出来ないかと考えて、九條や結城にも来てもらって、ちゃんと天を覚えている人がいると励ませないかと思ったが……やめた。

 

一応二人には事情は話した。天の事をとても心配してくれた……が、これからの保証は無い。これまで自分に仲良く接してくれていた人が突然他人の様に対応される苦しみを二度も直面させたくはない。

 

もし、話している最中に天の事を忘れたなどと言う最悪の事態が起きれば、天の心が折れるかもしれない……支えきれなくなってしまうかもしれない。

 

九重が言っていた様に、これから周りの人から天の記憶は薄れていくのだろう。それを考えれば、どんなリスクも……今は冒せない。慎重に行動をしなくては……。

 

「お兄ちゃん」

 

「ん?」

 

後ろのベットから呼ばれて、モニターから視線を外し振り返る。

 

「もう動画、終わっているよ?」

 

「へ……?あ、ああ」

 

モニターを見ると、いつの間にかエンドロールも終わり、次のおすすめの動画がでかでかと表示されていた。

 

「おもしろかった?」

 

「あー……ああ、まぁまぁ」

 

「嘘。見てなかったでしょ」

 

「はは、バレたか」

 

「考え事?」

 

「まぁな」

 

「当てようか。あたしの事でしょ?」

 

「正解」

 

「んふふ~」

 

何故か機嫌よさげに笑い、寝転がっている体をこちらに寝返りを打って俺の傍に移動する。

 

「うれしい」

 

「なにが?」

 

「お兄ちゃんがあたしのことを考えてくれて」

 

「そりゃ考えるだろ。非常事態だし」

 

「頭の中が、あたしでいっぱいになっているのがうれしい」

 

「………」

 

「ドキッとした?」

 

「すーー」

 

するか。と言おうとして口を噤む。今日のソフィとの会話を思い出してしまい、迷いが距離感を狂わせる。やりづらい……。

 

そんな俺の考えを天は見透かしていて、クスっと笑いながら俺の頭をペチペチと叩く。

 

「いつも通りにしてよね~。調子狂っちゃう。心配してもらえるのは嬉しいけどねっ」

 

「今は優しいお兄ちゃんキャンペーン中なんだよ。今の内に甘えとけ」

 

「どこまで甘えて良いの?」

 

「常識の範囲内で」

 

「じゃ~あ……」

 

更に近づき、ベットに持たれる俺の首に両腕を回し、顎を肩に乗せてくる。

 

「あのね~?」

 

「ああ、なんだ?」

 

「ーーキスして?」

 

「は?」

 

耳元で、小さくそう言った。

 

……今、キスって言った、よな?

 

「………」

 

何も言わずにただ黙っている天。小さな吐息が耳元でゆらめく。

 

「お、おい、天?」

 

いつもと違う雰囲気に流石に焦ってしまう。

 

「………」

 

声を掛けるが、無言のまま顔が頬に近づいてくる。

 

「天」

 

「…………」

 

天の体温が間近に感じ、唇が、頬に触れようとした、その寸前。

 

「へへっ」

 

イタズラっぽく笑いながら、すっと俺から離れる。

 

「お兄ちゃん、こういうのは上手く返せないんだねっ」

 

……どうやら、揶揄われていたらしい。少し本気にしてしまった馬鹿馬鹿しさと恥ずかしさで、顔が熱くなる。

 

「だっせぇ~、さすが童貞」

 

「ぅ、うるせーよ。お前だって処女だろっ?」

 

「そうですよ~?お兄ちゃんの為にとってあるの」

 

「お前なぁ……」

 

「超だっせぇ~、動揺してるでしょ」

 

「してね~よ。アホか」

 

「してるじゃん。ドキドキしてるでしょ?」

 

「してねーって」

 

「あたしはしてるよ?」

 

「っ………」

 

「うわ~、まじか。こんなに効くとは……」

 

「うるせーっ、もう寝ろ」

 

「舞夜ちゃんから連絡来てる?」

 

「ん?待てよ……ああ、来てるな」

 

「あたしの事、何か言ってる?」

 

「ああ、これでもかっ!って位にな」

 

「舞夜ちゃんらしいなぁ~」

 

「『今度、前に言ってたお泊まりしようね!』だってさ。そんな約束してたのか?」

 

「言ってたね~。この前、舞夜ちゃんの家に初めて行ったときに話したんだっけ?」

 

「向こうはちゃんと覚えてくれているみたいだな」

 

「うん、そうだね……」

 

不安そうな声を漏らしながら、また後ろから抱き着き、後頭部に額を押し付けてくる。

 

「大丈夫だ。例え皆が忘れても、俺が付いてるからな?」

 

「………お兄ちゃん大好き」

 

「アホな事言って無いで、もう寝るぞ。早く歯を磨いてこい」

 

「ちぇー」

 

名残惜しそうに俺から離れ、洗面台へ向かう。

 

……お兄ちゃんか。

 

俺の事をお兄ちゃんとしか呼ばなくなったのは紛れもなく危険信号だ。

 

守ってやらなくては……兄として、天を支えなくては……。

 

決意を胸に、思い出す。天との思い出を。

 

……大丈夫だ、ちゃんと覚えている。忘れていない。忘れるわけがない。忘れるものか。

 

俺は、天の兄であることを、決して忘れない。

 

 

 





久々に原作主人公らの視点に………。この章初では?



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第17話:忘れない為に忘れること


 前回に続けてまた新海翔視点です。暫くはこれが続くかも……?



 

「今日はお前も学校休んだ方が良いかもしれないな」

 

「やっぱり、そうした方が良いのかなー……」

 

一日が経ち、少なくとも昨日より力の範囲と効力は悪化しているのは確かだろう。それに……昨日天は俺の部屋で泊まった。そのことを実家の方に連絡をしていない……。それなのに、二人からは天の事について連絡は一切無かった。つまりは、そういう事なのだろう。

 

「家には俺から連絡しておくよ」

 

「うん、おねがい」

 

スマホを取り出し、昨日と同じ様に連絡を入れようとする。

 

「っと、メッセージ?ああ、九重か……」

 

多分、朝の定時連絡のだろう。

 

スマホの画面をスライドさせ表示させる。

 

『おはようございまーす!先輩は今日も休みですか?体の調子はどうでしょうか?あ、それと、今日は天ちゃんもお休みしていた方が良いと思います。学校に行っても辛いだけだと思いますので……先輩と一緒に居た方が元気出るかと愚考致しますっ!』

 

会話の中に天の名前を見て安心する。九重はまだ覚えているらしい。

 

「……だれ?舞夜ちゃん?」

 

「ああ、九重から朝の連絡だな。あいつも今日は休んだ方が良いってさ」

 

「舞夜ちゃんは学校に行くのかな?」

 

「行くんじゃねぇの。流石に休む訳にはいかないだろ?」

 

「それもそっか」

 

取りあえず、"石化は残り靴だけだから明日には良くなると思う"、"天も今日は学校休ませる"この二点を書きメッセージを返す。

 

「俺はおかんに連絡入れとくから、早くご飯食べてくれ」

 

「ん……」

 

のそのそとベットから這い出て朝食を食べ始める。良かった、一応食欲はあるらしい。

 

それを見て、部屋から出て電話帳を呼び出し、自宅に電話をかける。

 

「もしもし、新海です」

 

「ああ、母さん。翔です」

 

「ちょっと、なんで名前を言うのよ。人のネタ潰さないでよね」

 

「母さんのネタしつこいんだよ。悪いけど今日も学校に電話しといてくれるかな?」

 

「あんたまだ具合悪いの?沙月ちゃんから話は聞いているけど結構ひどいらしいじゃない」

 

「あ~……多分、今日で治ると思う」

 

「早く治しなさいよ?もし大変ならそっちに様子見に行くから」

 

「いやっ、それは大丈夫。そこまで心配するほどじゃないから」

 

「あらそう?それなら良いのだけど……」

 

「とにかく、連絡の方お願い」

 

「はいはい、わかりましたよ」

 

「それじゃあ、また……」

 

通話を終え、スマホを耳から下げる。

 

……母さんからは天の話は出てこなかった。昨日家に帰って無いはずなのにそれを聞いたり心配する素振りすら無かった。

 

「っ!……くそっ」

 

間違いない、天の事を忘れてしまっている。……どうする、天にこのことを伝えるか?いや、今下手に不安がらせて刺激するのは良くない。

 

「連絡終わった?」

 

どうするべきかと考えていると、部屋から天が顔を覗かせる。

 

「あ、ああ。今日も休むって連絡しておいたぞ」

 

「あたしのこと、何か言ってた?」

 

「あ、ま、まぁな……」

 

咄嗟に返事をしたが、表情に出てしまった。

 

「あー……やっぱり、忘れているのかぁ。……そうだよね」

 

「……もしかして、気づいていたのか?」

 

「そりゃあね。昨日は連絡も無しに家にも帰らず泊まっているのに私に連絡も無いもん。いつもなら、にぃにの部屋に居るのかとか聞いてくるのが無かったら……嫌でも気づくでしょ?」

 

「………」

 

考えてみれば当然のことだった。父さんが天に連絡をしないわけが無い。

 

「お兄ちゃんも何となく察してたでしょ?わざわざ聞こえない様に電話してたし……」

 

「……なんだ、お見通しだったってことか」

 

「普通に分かりますとも。私が何年お兄ちゃんの妹をしてきたと思いますか」

 

笑いながら自慢げにこちらを見てくる。

 

「隠すだけ無駄だったみたいだな」

 

「わたしに気を遣ってくれたのは嬉しいけどね」

 

スマホをポケットに仕舞って部屋へ戻る。

 

「なんだ、まだ食べ切って無かったのか?」

 

「うん、もういいかなって……、食べる?食べかけだけど」

 

「勿体ないし、食べるよ。そんなに残って無いしな」

 

正直そこまでお腹に余裕がある訳では無いが……。

 

テーブル前に座り、天から皿を受け取って残りを食べていく。

 

「……どうかしたのか?」

 

正面を見ると、何故か楽しそうな顔をして、俺が食べている様子を見ていた。

 

「ううん、なんでもないよ?」

 

「そのわりには俺の顔を見ている様に見えるけどな」

 

「間接キスだなって、ただ思っただけ」

 

「……お前は小学生か」

 

「思っただけだしー、そっちが無理やり聞き出してきたじゃんっ」

 

「まさかそんな事を言って来るとは思っても無かったからな」

 

食べている朝食を一気に食べ切る。

 

「よし、それじゃ俺は洗いもんしてくるからな」

 

「いやいや、私が洗いますとも。まだ足が治って無いんだからさ」

 

「別にこのくらい平気だって」

 

「じゃあさっ、一緒に洗お?」

 

「一緒にか?」

 

「うん!それならあたしとお兄ちゃんの言い分が叶うでしょ?」

 

「まぁ、別に良いが……狭いぞ?」

 

「そこは役割分担すれば平気でしょ!」

 

一緒に洗い物をするだけなのに、ご機嫌になった天が食器を持ってキッチンに向かう。その後を追いながら一緒に皿などを洗っていく。

 

「~~♪」

 

狭いキッチンで肩を並べながら洗い物をしていく。隣では嬉しそうに鼻歌を歌っている。時折こちらに洗い終わった食器を渡してくる際に肩をぶつけて来たり、体を当てて来たりしていた。

 

「割れ物持ってんだから気を付けろよ?」

 

「流石にこの位平気だって~、寧ろお兄ちゃんの方が気を付けないといけないんじゃない?」

 

そんなこんなで洗い物を終えた。

 

「さてと、今日は何すっかなー」

 

「いつもはどう過ごしてたの?」

 

「あー……ダラダラとしてたり映画とかアニメ見てたり?後はアーティファクト関連について考えてたりとかしていたな」

 

「随分と良い暮らしをしているな~……」

 

「おいおい、今日からお前もこちら側になるんだぞ?」

 

「そういえば、そうだった……」

 

「俺がサボりの先輩として一日の過ごし方を伝授してやろう」

 

「うっわ、この野郎。罪悪感の欠片も無いのか」

 

「ここまで来れば寧ろ清々しい気分だな」

 

「でもなんか、学校休んだ日って、ちょっとわくわくするね。しかもお兄ちゃんと一緒に。悪い事してる気分」

 

「そんじゃ、適当に映画でも漁るか」

 

「おおぉ~いいねー」

 

「更に、ここには先日九重が大量に買って来たお菓子がまだ残っているからな!」

 

前の休みに買って来てくれたが、結局あまり食べることなく持て余していた。いい機会だろう。

 

「あ、そういえば気になってたやつがあるんだけど、それから見ても良い?」

 

「おおいいとも。時間はたっぷりとあるからな、取りあえず昼まで映画でもみるか」

 

「おっけ~」

 

PCの前に座り、早く早くとテーブルを叩いて急かして来る。起きた時は少し元気が無かったが……とにかく、喜んでくれているようで良かった。

 

「それじゃあ、折角だし電気とカーテンも閉めておくか。雰囲気作り程度にはなるだろ」

 

「隙間から日光全然入ってくるけどねっ」

 

今は辛い事を忘れて、楽しむことにしよう。

 

 

 

 

「んんーー!終わったー」

 

「なんか腑に落ちない終わり方だったなぁ……」

 

「だねぇ、中盤で出てた伏線とか設定って結局明かされないままだったし」

 

「勢いは面白かったんだけどな」

 

「確かに、怒涛の展開だった」

 

昼から2人でアニメを見始め、気が付けば日が落ちた頃になっていた。

 

「腹減ったな~……なんか頼むかぁ、食べたいのとかあるか?」

 

「出前取るの?」

 

「出掛けるのも面倒だしな」

 

「う~ん……お兄ちゃんは何か食べたいのとか無いの?」

 

「特に思いつかないな。天の食いたいもんで良いぞ」

 

「じゃあ……、お寿司とか?なんかお高い物とかどうかな?」

 

「お、寿司か。それで言うならうな重とかも美味しそうだよな」

 

「いやいや、流石にそれは高すぎでしょ。お小遣いじゃ届きませんってば」

 

「高望みし過ぎか、何か無いか調べてみるか……」

 

ポケットに仕舞っていたスマホを取り出して、あることに気づく。

 

「あ、忘れてた……」

 

「なに?どしたの」

 

「いや、九重からの連絡を返すのをすっかり忘れていた」

 

「あー……アニメ見てたもんね」

 

「取り合えず返事するか……」

 

LINGを開き、九重の個人のやり取りをタップする。通知が数件来ていた。

 

『少し遅れましたが、お昼です!お二人は何を食べられたのでしょうか?家に籠っているのでしたら出前とかおススメですよ、こういう日くらい多少贅沢しても文句は言われないかと思いますっ。ではまた夜に連絡しますね!』

 

『夜の連絡です、先輩……一つご相談なのですが、もう夜ご飯は食べた後でしょうか?もしまだでしたら返事をお願いします』

 

「……ん?」

 

相談事?それに連絡が来たのは15分ほど前か。

 

「舞夜ちゃん何か言ってたり、する……?」

 

「ああ、すまん。大丈夫だ、ちゃんと覚えてるから安心してくれ。なんか俺に相談事があるらしい」

 

取りあえず、まだ食べていないと返事だけ返しておく。すると、すぐに既読が付き、メッセージが返ってくる。

 

『それは良かったですっ!実はですね、知り合いのお店のディナー無料券的な物を手に入れまして、三人分ありますので、もし宜しければご一緒にどうでしょうか?勿論、天ちゃんと一緒に』

 

「招待券……?」

 

『こちらとしては嬉しい誘いだけど、良いのか?俺たちに使ってしまって?』

 

『期限が今日までなの忘れていたのですよ!一人で行くのは流石に勿体ないので……私を助けると思ってお願いできませんか!?』

 

「なぁ、天」

 

「んー?何?」

 

「九重からディナーのお誘いが来ているのだけど、行かないか?」

 

「え、どゆこと?」

 

 

 

 

「ささ、お二人とも、こちらですっ」

 

九重からの誘いに乗り、マンションの出口で待ち合わせをすることになった。正直、天に会わせるのはリスクがあったが、九重と話している限りではその様な傾向は出ていなかったので直ぐに忘れることは無いと判断した。それより友達と会った方が天が元気になってくれることの方が期待として勝った。

 

出口で合流すると、俺たちの前に黒い高級車が現れ、後部座席のドアが開く。勧められるがままに車に乗ると直ぐに発進した。

 

「な、何だか……あれみたいな車だよね……」

 

少しすると、声を小さくした天が、俺に耳打ちをする。

 

「俺も同じこと思った……」

 

前を見ると俺たち2人の反応を見て楽しそうに笑っている九重が居た。

 

「いや~……二人のその反応が見れただけで頑張って用意した甲斐があったってもんですねぇ、借りて来た子猫みたいにガチガチですねっ!壮六さん、作戦成功ですよ」

 

「喜んでいただけた様で何よりです。ですが、あまりご友人らを揶揄うのはおやめになさった方がよろしいのでは?」

 

「その分、この後楽しんでもらう予定なので、チャラってことでどうでしょうか?」

 

「それをお決めになるのは、そちらのご兄妹ですので、私からは何とも……」

 

「先輩と天ちゃんなら優しいから大丈夫かなっ」

 

どうやら、九重が俺たちを驚かせるためにわざわざ用意したらしい……。どうやって準備したのか良く分からんが……。

 

「どうかな?天ちゃん、驚いた?」

 

「そりゃ、ちょーおどろいた。どこか連れて行かれるのかと思ったよ」

 

「あはは、実際に連行するんだけどねー」

 

一通り満足したのか、こちらを向くのを止め座り直す。

 

「なぁ、九重。これからどこに行くんだ?」

 

「そうですねぇ……あと5分もかからない場所におじいちゃんのお知り合いに和食のお店を経営してる人が居まして、本日の夕食はそちらになりまーす」

 

パチパチと拍手をしながら行き先を言う。和食だったのか。

 

「私も以前に食べに行った事がある場所なのですが、味は保証します。超超超絶美味しかったのでっ!もう脳が溶けるくらいには!」

 

「今更なんだが、ほんとに良かったのか?車で送って貰ったりまでして……」

 

「はいっ!ちゃんとおじいちゃんから許可は頂いているので問題無いです。ですよね?」

 

「そうですね。車での送迎はご本人からのご提案ですので、新海さん達はお気になさらずにどうぞ楽しんで来て下さい」

 

「あ、はい、ありがとうございます」

 

「ありがとう、ございます……」

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

……まて。車のインパクトに意識が持っていかれていたが、運転手さんって、天の事認識出来てないか!?

 

隣の天を見ると、同じ様に気づいたらしく驚いた顔で俺を見ていた。

 

「天……今のってさ」

 

「う、うん。してた……よね?」

 

俺たちの驚いた様子に気が付いた九重がこちらを向き、深い笑みを浮かべて人差し指を口の前に持ってきた。

 

……このことについて聞くなって事なのか?九重が天を認識出来ているのは理解できるが、隣の人まで認識出来ているのは何故だ?昨日の時点で一般の人は天の事を認識出来なくなっている筈……。この人も俺みたいに抵抗力が高いのか……?

 

それとも、同じユーザー?いや、それならわざわざ九重が口止めする理由が分からない。

 

すると、スマホに通知が入る。内容を見ると助手席の九重からの様だ。

 

『後で説明しますね』

 

事情があるみたいなので、『了解』とだけ返事をする。

 

「あ、お店が見えてきましたよー」

 

九重からの言葉に釣られるように前に顔をあげながら、スマホをポケットに仕舞った。

 

 





和食のお店にご招待。以前に女社長の会談を傍受する為に赴いたお店ですね。



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第18話:束の間の憩い


美味しい物は全てに勝る。多分……。




 

「いやー、美味しかったですね!お腹一杯です」

 

九重に連れられてきたのは人生で一度も行った事の無いような煌びやかなお店であった。

 

夜というのも相まってか、ライトアップから中庭が見える廊下を通り、個室へ通された。食事の内容は既に決まっていたらしく、準備が出来次第運ばれてきた。食べるたびにテーブルに並べられていく料理は表現しづらいが食べた事の無い美味しさであった。

 

「どうでした?おススメするだけの美味しさはあったと思いますが」

 

「いや、正直かなり美味かった……今まで食べて来た中で一番驚いたかもしれない」

 

「ちょー美味かったっ!あのメインで出て来たお肉とかやばかったよねー」

 

「ほんとにな。この前食べた焼き肉が霞んで見える程度にはインパクトあったわ」

 

「ふふ、楽しんで頂けて良かったです~。やっぱり美味しい物を食べると元気出ますもんね!」

 

俺たちの反応を……いや、特に天の反応を見て嬉しそうにしている。やっぱり今日の場は天の為に用意してくれたのではないだろうか……?

 

気になって聞こうかと考えたが、以前お昼休みに九重に言われたことを思い出して口に出すのを止める。

 

「天ちゃん、あのデザート凄くなかった?」

 

「あ、わかるぅ。見た目もそうだけど味も美味しかったよねっ」

 

二人で楽しそうにワイワイと感想を話し合っているのにわざわざ水を差すのは良くないだろう。

 

「あ、私ちょっとお手洗い行ってくるね~」

 

「は~い。出て右を真っ直ぐ行ったら分かると思うよー」

 

「りょうかーい」

 

天がトイレにと席を立つ。これは……いい機会かもしれない。

 

「なぁ、九重。車での事、今聞いても良いか?」

 

味わうようにお茶を飲んでいた九重が、ゆっくりと湯飲みを置いてこちらを向く。

 

「良いですよー。何が聞きたいですか?答えられることなら何なりとお答えしましょう!」

 

「まずは……お店に来る前の運転手さんだけど、天の事認識出来ていたよな?」

 

「はい、そうですよ」

 

「どうしてなんだ?今の天は普通の人にはもう感知できないと思っていたんだが……」

 

「さぁ?思ったより天ちゃんの進行が遅かったとかでは無いでしょうか?それか偶々、って言ったら信じてくれますか?」

 

笑みを浮かべながら首を傾けてこちらを見つめてくる。

 

「って言う事は偶然じゃないんだな?」

 

「まぁ、そうなりますね。……先輩、私の能力って覚えていますか?」

 

「……確か、選んだ対象の動きとかを止める、だったか?」

 

「そうそう、そんな感じです。その力なのですが、止めれるのは目に見える動きだけって訳では無いのですよ」

 

「そうなのか?」

 

「はい、例えばですよ?人の記憶を対象に能力を使えば、記憶の保持が可能だったりします。今回の答え合わせはそれですね」

 

「……なるほど、つまり、天に対しての記憶や認識を九重の力で維持していたって感じで良いのか?」

 

「概ねそんな感じです。一応ですが、この力は私自身にも使用しています。先輩みたいに抵抗力があるかはっきりと分かっていませんし、保険をしていた方が良いと考えていましてーー」

 

「っ!?それがあれば、天の事を忘れずに済むのか!」

 

驚きの言葉に、つい身を乗り出す。

 

「……個人差によりますね。維持していると言っても完全ではありません。徐々に天ちゃんの暴走の力を受けていると思います。ですので、元々抵抗力が無い人ですとそこまで意味がありませんでした……」

 

残念そうに目を伏せる。

 

「既に試していたんだな……」

 

「はい、私達の中で一番最初に影響が出ていた九條先輩に試したのですが……次の日には元通りになっていました」

 

「……っ、そうか」

 

九重の言う通り、一番初めに天の事を忘れかけていたのは九條だろう。つまりもう天の事を……。

 

「なので、恐らくですが、元々アーティファクトに対して耐性がある人には効果はあるのかもしれないです。これについては試した数が少ないのではっきりとは言えませんが……」

 

「いや、それが分かっただけでも心強い。ありがとな」

 

「……ですが、正直気休めにもならないと考えています。一番重要なのは、天ちゃん自身が意思を強く持つ事だと思いますので……」

 

「そうだな、ソフィも同じことを言っていた。天の心が折れれば一気に崩れる。その逆もってな」

 

「今日ので少しは楽しんで頂けたのなら良いのですが……」

 

「心配すんなって、さっきのあいつの顔、満足そうだったろ?」

 

「美味しそうに食べていましたね~」

 

先程までの光景を思い出したのか、少し頬を上げて笑う。

 

「あと数日の辛抱だ。絶対に天を助けて見せる」

 

「私も出来る限り頑張りますので、天ちゃんの事を頼みます」

 

「ああ、すまんが宜しく頼む」

 

一段落着いたところで気になってたことを聞いてみる。

 

「ところで、どうして長袖長ズボンで来たんだ?暑くないのか?」

 

「いやー咄嗟に着る服が用意できなかったので、適当な物を着ちゃいました♪」

 

 

 

 

その後は食事を終え、再び九重と一緒に送迎をして貰った。

 

「壮六さん、今日はありがとうございました!」

 

「いえ、この程度でしたら幾らでも言って下さい。それでは」

 

ドアを閉じると、車が走り出し来た道を戻っていく。

 

「それじゃあ!部屋へ帰りましょうか」

 

「舞夜ちゃ~ん、今日はありがとね?めっちゃ美味しかった!」

 

「運よく三人分あったからね~、喜んでもらえてよかったぁー」

 

「今日はありがとな、また今度お礼させてくれ」

 

「ふふ、そうですねぇ……今度ナインボールのパフェでもご馳走してくださいね?」

 

「対価に見合うとは思えないが……それで良いのなら」

 

「それを天ちゃんと一緒に食べますので!二つ分でお願いしますっ」

 

「うぇ!?わたしも?」

 

「一人で食べるのは気が引けるし一緒に食べた方が美味しさ共有できて良いと思ってね~、先輩っ、良いでしょうか!」

 

「その位なら全然余裕だな」

 

「やったーっ!」

 

くるくると回りながら喜びを表現している九重を見ながら部屋の前に辿り着く。

 

「あ、もう着いちゃいましたね」

 

「ああ、それじゃ九重、またな」

 

「はーい、天ちゃんもおやすみー」

 

「う、うん。おやすみー」

 

先ほどまでは楽しかったが、いざ別れとなればいつ忘れられるのか分からない不安が襲って来たのだろう。少し遠慮がちに返事をしていた。

 

それを見て察したのか、九重が天と距離を詰めていきなり抱き着いた。

 

「えいっ!」

 

「わっぷ!?」

 

抱き着いた九重が天の頭を撫で回す。

 

「大丈夫だよ、天ちゃんの事ちゃんと覚えてる。明日でも明後日でも……。もし何かあっても必ず助け出すから安心してね?」

 

ゆっくりと、優しく語りかけるように微笑みながら伝える。

 

「それに!天ちゃんには心強いお兄ちゃんが居るから何にも心配も問題もナッシング!」

 

天の身体から離れ、グットサインを突きだす。

 

「そう言う事なのでっ、おやすみなさい!また明日です」

 

こちらに手を振りながら部屋へと帰っていく九重に手を振り返す。玄関の扉が閉まり、場が静まる。

 

「……俺たちも部屋に戻るか」

 

「……うん、うんっ」

 

少し涙声の天に気づかない振りをしながら部屋へと戻った。

 

「それにしてもほんとに美味かったな、あのお店」

 

「ねー、値段って幾らくらいなんだろ」

 

「調べたら後悔しそうだな」

 

「でも気にならない?あの美味しさがどの位お高いのかって……」

 

「確かにそれはある。外観とか内装からして高級感出まくっていたよな」

 

「ほんとそれ、廊下歩いてた時に見た中庭とかやばくなかった?」

 

「テレビでしか見た事なかったわ、あんなの……」

 

ベットに座って一息着くと、天がスマホを弄り始めた。

 

「……っ!?」

 

が、何故か何度も画面をタップし続けていた。

 

「なんだ?どうかしたのか、そんなに強く叩いて」

 

「え、あ、ああ~……ううん、何でもない」

 

スマホを置き、何かを隠す様に取り繕う。

 

「良いのか?店について調べようとしてただろ」

 

「いや~やっぱり値段を見るのが怖くなってさ、やめといた」

 

「妥当な判断だな」

 

「パソコン使っていい?見たい物があるんだけど……」

 

「自分のがあるだろ?」

 

「スマホだと見づらくてさ~、こっちの方が良いんだよね」

 

「ま、別良いぞ。好きに使ってくれ」

 

「あざ~っす」

 

パソコンを弄っている天を横目で見ながらスマホを取り出し、九重に改めて今日のお礼を送る。直ぐに既読が付き、『私も楽しめたのでお互い様です!また機会があれば今度は九條先輩や結城先輩、香坂先輩も誘って行きましょう!』と返信があった。

 

『その時はもっと一般向けのお店でな』とメッセージを送った。

 

その後、気になって今日行った店の値段を調べたが、やっぱり調べた事を後悔してしまう羽目になった。

 

 

 

 

 

「~~♪」

 

鼻歌を歌いながら風呂を出る。今日は天ちゃんと先輩を連れてご飯を食べに行った。少し強引だったけど喜んでもらえたようで安心安心。

 

体を拭きながら、洗面台の鏡に映った自分を見る。

 

「あちゃー、思っていたより広がっちゃってるなぁ……」

 

肩から腕へ、腹部まで広がっているのが光っているスティグマで確認できる。

 

「身体隠せる服を着て正解だったね」

 

広がっている模様を指でなぞりながら微笑む。

 

「さてさて、後、二日。もしかしたら三日になるかもしれないけど、それまでは何とか持ちそうかな?」

 

頭の中でラストスパートを考えながらベットに腰を下ろす。明日は二人でカラオケと映画のコンボを決めに行くはずだ。その時には既に電子機器も使えず認識もしなくなってしまうはず。

 

「少しはましだと良いんだけどね……」

 

その次の日には先輩も同じ事態に陥る。可能ならその事態を避けたいけど……あの場面があるから結果的に天ちゃんは自分の気持ちを言えて、先輩もその気持ちに応えることにした。もしそれを無くしてしまえば私の知っている結末へといかない可能性がある。

 

「それだけは避けないとね……」

 

後は新海先輩に託すことしか出来ないのだ。私に出来ることは、明後日の夜中までの時間をなるべく安定させることと、その後の神社での戦いでの手助けくらい。

 

「うーん、直接的に解決出来ないのはやっぱりもどかしいなぁ……」

 

行き場のない葛藤に憤りを感じながら、スマホを手に取った。





あっと、二日!あっと、二日!



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第19話:薄れゆくものと変わらないこと


学校サボった時の少しの罪悪感と特別感……そして、時計を見るたびに思う『今頃〇〇している頃かなー』というやつ。それからゲーム。



 

「それじゃあ、連絡、お願いね」

 

「はいはい、お大事にね」

 

学校を休む連絡をお願いし、朝一の業務を完了する。

 

これで……三日欠席か。宿題が怖いが……仕方ない。今はそれより優先しなくてはいけない。

 

「石化、治って良かったね」

 

「ん?ああ、だな。ようやくって感じだ」

 

右手を握り、開く。右足首をぐるりと回す。何だか久しく感じる。これで完全に石化が解除された。

 

石化の治りが早くなったのは、もしかしたら、天を守ろうという強い気持ちが解除を早める一因になってるのかもしれない。アーティファクトは魂の力、そういった事が起きても不思議じゃないだろう。

 

正直、今日から学校に行こうと思えば行けるのだが、天を一人にして行けるわけが無い。天が解放されるその時までもうしばらく欠席だ。

 

「今日はどうする?」

 

「どうするって……?」

 

キョトンと首を傾げてこちらを見る。

 

「せっかく石化が解除されたんだ。俺は出かけたい」

 

「出かけるって……大丈夫なの?」

 

「身体は問題ない」

 

「そうじゃなくて、平日の日中に歩き回ったら、あたしはともかく、お兄ちゃんはまずいでしょ」

 

「大丈夫だろ。制服でもない限り。どっか行こうぜ」

 

昨日は九重が天を元気づけようと頑張ってくれた。俺も兄として天の為に何かしてやりたい。

 

「どこでもいいの?」

 

「近場ならな」

 

「ん~……近場かぁ……。あ、カラオケ!」

 

「いいな、行くか」

 

「やた!お兄ちゃんとカラオケ行くの初めてじゃない?」

 

「何度もあるだろ?」

 

「二人きりは初めてだよ!あっ、映画も見ようよ!映画!」

 

「お、映画か。今なにやってるっけ?」

 

「わかんないけどっ、なんかっ、適当なよさげなやつ!」

 

「じゃあ、カラオケと映画のコンボを決めるか」

 

「やた~!お兄ちゃんとデート~!」

 

「デートて。映画の時間とか、調べておいてくれ。顔洗って来る」

 

「分かった!」

 

そう言ってベットの上に置いてあるスマホを取ろうとして、手を止めた。

 

「昨日みたいにパソコン使っていい?」

 

「ん?別に良いぞ」

 

PCを起動し、操作している天を見てリビングを出る。洗面台の蛇口をひねり水を出す。

 

試しに聞いてみたが、思っていたより喜んでくれたみたいだ。今日はこの調子で兄妹水入らずで楽しもう。

 

「それにしても、デート、ねぇ……」

 

テンションが上がって面白半分で言ったのか、それとも……。

 

 

 

 

 

『新海翔が、マンションから出ました』

 

「人数は、二人ですか?」

 

『いえ、一人で外出していますね』

 

「……了解です。恐らくカラオケとラウンドツーに行くと思うので、また何かあったら連絡お願いします」

 

『了解です』

 

「……一人、か。二人居るんだけどね。こればかりは仕方ないのかな」

 

 

 

 

 

授業が始まり学生の姿が無くなった頃合いを見計らって出かけ、駅前のアミューズメント施設へ向かう。遅刻している生徒とか、見回りの先生とかが居たりするんだろうかと若干ソワソワしている俺に対して、天は違う事を気にしている。俺の足とかをチラチラと窺っていた。

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「足、大丈夫なの?我慢してない?」

 

「してない。綺麗さっぱり治った。元通り」

 

「ほんとよかったね、副作用とか後遺症が無くて」

 

「ほんとにな。あと欠けたり折れたりしなくてほんと良かった。ぶつけない様にとかめっちゃ神経使ったわ」

 

「手も痛くない?」

 

「全然。ほら」

 

開いた右手を天の前に出す。その手をしげしげと眺め、自分の手の平と重ねてからぎゅっと、指を絡めて握った。所謂恋人繋ぎというやつだ。

 

「へっへ~」

 

俺を見てご機嫌な笑顔を浮かべる。

 

いつもなら『なにしてんだ』とか言って振りほどくんだが……、今日くらいは良いか。とそのまま手を繋いで歩く。

 

ぶっちゃけ、サボっていることより、妹と手を繋いでいるところを見られる方がダメージあるかもしれない……。だが、今は耐えろ。天のしたい事をさせてやろう。

 

「ふっふ~、お兄ちゃんが優しい。いつもこんなだったらいいのにな~」

 

「キャンペーン中限定だ」

 

「なんなの、そのキャンペーンってさ」

 

「看病と家事をしてくれたお礼キャンペーン。期限が過ぎれば元の俺に戻ります」

 

「キャンペーンはあたしが治るまで?」

 

「んー……、だな。たぶん」

 

「じゃあ治んなくてもいいかな~」

 

「冗談でもよせよ、そういうのは」

 

「だって、他の人に忘れられても、お兄ちゃんが覚えててくれればそれでいいし」

 

楽しそうに笑いながら、握った手を前後に大きく振る。

 

今の言葉、冗談……には聞こえなかった。望んでいるのが現状維持なら、悪化の引き金にはならないと思う。いい精神状態とは言えないが……最悪ではないって感じだな。

 

 

 

 

 

「少し前にあの二人が帰って来たみたいね。夕食も食べて、たっぷりと遊んできたみたい」

 

「ふふ、それは良かった」

 

「それに対して、あなたは家から一歩も出てないなんてね……」

 

「出る訳にはいかないから仕方ないじゃんー」

 

「それ、ほんとに舞夜がしなくてはいけないことなの……?」

 

「んー……そう言われると、正直どうだろうって考えも確かにあるにはあるの……かも?」

 

「一応、頭ではちゃんと分かっているみたいね。それで、身体の状態はどうかしら?」

 

「特に変わりなくって感じかな?」

 

「山場は、明日ね」

 

「……うん。明日、明日さえ越えれれば平気だから」

 

「また明日、様子を見に来るわ」

 

「はーい。連絡、わざわざありがとねっ!」

 

「したくてしているから気にしなくていいわ。それじゃあね」

 

 

 

 

「一緒にお風呂入る?」

 

「一人でゆっくり浸かって来い」

 

「ちぇ~残念」

 

残念そうに笑いながら支度をして天が風呂場へ向かう。

 

既に人だけではなく、機械からも存在を認識出来なくなってしまっていた。少しずつ、だけど確実に暴走した天の力が周囲への影響を強めてきている。

 

今はまだ大丈夫だが、もし俺にも他の人と同じように症状が出始めたら?そしてそれを天が気づいてしまったら……?その時、きっと天は折れてしまう。

 

もし俺に何かあっても、天が助かるように、手を打たなければ……。

 

「……ソフィ」

 

静かに、呼びかける。

 

いつかの言葉通り、直ぐに姿を見せてくれたソフィにうなだれたまま、独り言のように小さく呟く。

 

「……時間がない」

 

「あと二日待って」

 

「二日も……」

 

「何とかもたせて、こっちもギリギリなのよ」

 

「……一つだけ、頼みがあるんだ」

 

「ええ」

 

「もし俺が……天の事を忘れてしまったら、ソフィが薬を天に飲ませてやってくれないか」

 

「残念だけど、約束はできない」

 

「どうして……っ」

 

「確かに私の記憶はソラの力でも消えない。けれど……ソラ自身が消えてしまったら、どうにもならないわ」

 

「……そう、なのか」

 

「そう言うってことは、あなたにも症状が出たのかしら」

 

「いや、()()()()()()()……時間の問題だと思う。力の影響が、確実に進んできている」

 

「既に人以外にも認識されなくなってしまっているのよね?」

 

「ああ、昨日の時点からそうだったらしい」

 

「そうなの、私の見立てより浸食が遅いみたいね」

 

「そうなのか?」

 

「ええ、あなたの頑張りと、ソラのお友達のおかげかしら」

 

「九重か。っ!そういえば……!」

 

大事な事を思い出し、急いでスマホを開く。

 

「良かった。メッセージが来てる……」

 

画面を開くと、そこには九重からのメッセージが数件来ていた。

 

「それは?」

 

「ああ、九重が定期的に送って来てるんだ。天の事を忘れていないって証明の為に」

 

「あの子も未だに覚えているのね。あなたと同じで対抗力が高いみたいね」

 

「どうだか分からないが、自分の力を自分に使っているらしい」

 

「ああ、そういうこと。記憶を維持しているってわけ」

 

「それで天の事を覚えられるって言っていた。九條とかには試したが駄目だったらしい」

 

「確かに、ミヤコは低いと思うわ。ところで……彼女、平気だった?」

 

「ん?何がだ」

 

「スティグマよ。常時使っているのなら、普通より広がるのが早いはずよ」

 

「いや、見たり聞いたりして無いから何とも……。でも、問題無さそうだったが」

 

「そう、それならいいわ」

 

用件が済み、ソフィが浮かび上がる。

 

「とにかく、あと二日間なんとかもたせなさい」

 

「ああ、そうだな。俺が頑張ればそれで済む話だったな。任せろ、やってみせる」

 

「その意気よ」

 

どこか優しくも見える笑みを浮かべて、ソフィが消えた。

 

……あと二日。二日踏ん張れば、天は助かる。

 

リミットは……あとどれくらいだろうか。俺の……そして天の……。

 

いや、考えるな。リミットなんて関係ない。

 

「お兄ちゃ~ん!大変だぁ~!シャンプーがな~い!」

 

天の声にハッとなり、立ち上がる。

 

「待ってろ」

 

洗面台の下から予備を取り出し、浴槽の前に置く。

 

「ここ、置いたぞー」

 

「ありがっと~」

 

天から返事が来る。問題無い、天はここに居る。あと二日、昨日や今日みたいに同じように過ごす。

 

たったそれだけだ。何も問題ない。

 

 





少し短いのですが、切りが良いので一旦投稿。

次回は5/12ですね。



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第20話:それぞれの戦い


主人公→新海翔→主人公と、視点が変わり変わりです。




 

 

「ん?もう朝……?」

 

日の光がカーテンから差し込み、スマホから鳴るアラームの音で閉じていた目を開ける。

 

「今日は5/12、大丈夫。コンディションはいける。多少の眠気はあるけど……」

 

座ってた体を伸ばして一度リラックスする。

 

「んんんーっ、お腹も丁度空いたし何か食べますかっ!」

 

テーブルの上に置いてあるコンビニの袋から適当に朝食を取り出して封を開け、食べる。

 

「しゃけおにぎりだね、アタリだ」

 

食べながら、差し込んで来る日光で自分の身体を確認する。

 

「ありゃま、昨日より少し進んでるなー」

 

肌が出ている部分を軽く見たが、しっかりとスティグマが広がっていた。

 

「ま、今日さえ持てばいい事だし、いっか!」

 

一つ目を食べ切り、続けて二つ目を取り出し食べる。

 

「あーナインボールのご飯が恋しいなぁー……それか九條先輩の手料理をたべたいぃー。天ちゃんと遊びたいし結城先輩や香坂先輩とも会ってないよー……」

 

浸食が進んでいるが、それがあろうがなかろうが欲望に忠実である。

 

「こうもジッとしていると、色々溜め込んじゃうし、全部終わったらぱーっと遊ばないとね!」

 

二つ目を食べ終え、ゴミを袋へ入れる。

 

「っよし!今からが正念場!気合を入れる!」

 

お腹を満たした事で出てくる眠気を飛ばす様に気合を入れた。

 

 

 

 

朝食を終え、元の姿勢に戻ってから少し時間が経ち、休む連絡を入れるならそろそろ電話しているかなと思っていると、急に能力に対して反発するような力が来る。

 

「っ……!き、たぁ……!」

 

ここ数日、ちょくちょく感じてはいたが、これまでとは比にならないレベルの力を感じる。

 

「って……事、はっ!せんぱい、が……!」

 

押し返されない様に全力で能力を使う。視界に見えるスティグマが急速に浸食しているのが分かる。

 

「思って、いた、よりっ……つよいなぁ……これっ」

 

アーティファクトの暴走なのだから、人が扱うより遥かに強力な力が働くだろうとは想定していたけど……!

 

「確かに、これを制御しろって無理な、話だね……!」

 

こちらもより強い力で押し返す様に心に強く想う。それに答えるように輝くスティグマと、広がる模様。

 

「……っ!くぅ……、はっ!はぁ、はぁ……!」

 

暫くすると、反発するような力は消え、次第に落ち着きを取り戻す。

 

「ふぅ……。これは、天ちゃんが安定したの……かな?」

 

疲労と汗を消す様に近くに置いてあるタオルで顔を拭く。

 

「とりあえずは、一旦はこれで一安心だね」

 

ついでに体も拭きながら浸食したスティグマを見る。

 

「うわぁ……今のでかなり出たなぁ」

 

身体を見渡すと、体表面の殆どに広がっていた。

 

「やっぱり相当な力だったのかな?」

 

ゲームではそれを何とか瀬戸際で繋ぎ止めていたが、凄いことだったのかもしれない。

 

「愛、なのかなぁ……?」

 

思い耽りながら朝の定時連絡をしようとスマホを触る。

 

「ありゃ?おりょ?」

 

だが、触った画面はうんともすんとも言わない。

 

「これは……あはは、なるほど、なるほどねぇ……そういう感じね、うんうん」

 

反応しないスマホを見て理解する。どうやら、力の影響が私にまで来ているらしい。

 

「てっきり近くに居る先輩にだけかと思っていたけど……って一応私も近くっちゃ近くなのかな?それとも……」

 

さっきの攻防のせいなのか定かでは無いけど、結果だけ見れば影響を受けてしまった。

 

「これじゃあメッセージ送れない……でも、直接顔合わせるのは論外だしなぁ……」

 

このまま連絡せずにおいておく?いや、確か先輩も影響を受けて同じになっていたはず……。

 

「って事は、どの道向こうも触れないじゃんっ!意味なっ!」

 

真実に気づき天井を仰ぎ見る。

 

「あー……うん。問題ない、天ちゃんの事は普通に覚えているし、先輩の事も知ってる」

 

多分、今の先輩に近い状態だと思う。

 

「それなら大丈夫。違いがあるとすれば精々体にスティグマがある程度だし……」

 

こめかみに指を当てながら現状をまとめる。

 

「大丈夫。多少の想定外はあったけど、やる事は変わらない」

 

今日一日、たった一日乗り切れば良いだけなのだから……。

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

昼飯のカップ麺を食べ終えたのを片付け、一息つくようにベットに背中を預けるように座る。

 

後ろを見ると、寝不足だったのか、食べ終えては直ぐに寝てしまった天が一定のリズムで寝息をたてていた。

 

「無理もないよな」

 

力を常時発動しているみたいなもんだ。体力の消耗もだが、俺を巻き込んでしまったというショックもあるのだろう。

 

だが、間違いなく持ち直した。さっきも覇気は無かったが、自棄になってはいなかったし俺ともちゃんと会話が出来ていた。

 

「この調子でいけば……」

 

希望が出て来たことを喜んでいると、テーブルの上の空間が歪む。ソフィか。

 

「ハァイ、調子はどうかしら」

 

「今朝はかなりやばかったが、何とか持ち直している」

 

「それは僥倖。こちらもアンブロシアの精製を急いでいるわ。この調子だと今日の夜中には完成しそうね」

 

「本当かっ!?」

 

「ええ、だから、それまでしっかりと持たせて頂戴」

 

「ああ……!そっちも頼んだ」

 

「それじゃあ、また夜に来るわ」

 

浮かび上がったソフィが消える。

 

「今日の夜中……」

 

今の感じで行けば間違いなく持つ。大丈夫。大丈夫だ。

 

「……そういえば」

 

最早反応しないスマホの電源ボタンを押して画面を点ける。試しに触ってみたが、やはり反応は無かった。

 

「今日一日、九重からの連絡はまだ無かったよな……」

 

昨日まではあったが、今日の朝から来ていない。返信は出来ないが通知が鳴るから来ているかどうかぐらいは分かる。

 

「画面にも通知が来ていないって事は……」

 

流石に、今朝の悪化で九重も忘れてしまったのだろう。

 

……朝の母さんみたいに、俺の事も忘れたのだろうか?だが、能力を使っている九重が忘れるのか……?天に対しては使っているが、俺には対策していないとかか。

 

「………」

 

少し前から気になっていたことがあった。

 

今朝、天の力が暴走してしまった時、天は相当ショックを受けたはずだ。自分がお兄ちゃんさえいればいいって願ってしまったから、そのせいで俺まで天の影響を受けてしまったと……実際、消えようとしていたし、最後の願いをとかを言い出していた。

 

本人の心が折れてしまった様な発言をしていた。少なくとも俺にはそう見えたし、天もそれを受け入れようとしていた。

 

「……だが」

 

その後、俺が天と同じ様に機械に認識されなくなってしまう程、悪化してしまった。が……天を忘れる様な傾向は見えなかった。

 

今になって考えれば、俺がかなり悪化してしまったのだから天も同じように……もしくはそれ以上にアーティファクトの影響を受けていてもおかしくない。それこそ、天を認識出来なくなってしまう傾向とかが更に進んでしまうとか。

 

しかし、天は今朝から変わっていない様に見える。測れないので実際はどうか分からないが、少なくとも、俺は天の事を観測できている。

 

「天への影響が……少なくなっている……?」

 

楽観的過ぎる考えかもしれない。希望的考えを持ちたいのかもしれない。けど、そうは思えずにいられなかった。そう思ってしまうのは……。

 

「もしかして……九重か……?」

 

先日、九重に連れて行かれた店で、能力について話した。"使用できる対象は記憶などにも有効"だと。

 

「……っ!?ま、まさか……?」

 

最悪な事が頭に思い浮かび、体を起こす。

 

アーティファクトは人やその記憶すらも対象に出来る。天や九條の力も目に見えないものに対して発揮できることが可能だ。ならば九重も当然……。

 

「天に……使っているのか……?」

 

仮に、仮にだ。九重の能力が記憶だけではなく、天の存在感の操作と同じ様に、()()()()()()()()()()対象に出来てしまうのなら……?

 

あのお店から帰った日の部屋の前での九重の言葉を思い出す。

 

『もし何かあっても必ず助け出すから安心してね』

 

優しく笑顔で天に語り掛けるその顔は何かを守る為の表情だった。それに、あいつなら間違いなく能力を使うだろう。実家が護身術をしている事もあり勇猛心溢れる目をいつもしている。俺と同じで天を守りたいと強く想っているはずだ。

 

「これが本当なら……!まずいっ」

 

もし天や俺の事を忘れておらず、能力を使ってしまっていたのなら……!今朝の暴走の影響をもろに受けた筈だ。

 

「……ソフィッ!」

 

天を起こさない様にキッチンへ向かいソフィを呼ぶ。

 

「切羽詰まった顔ね、何かあったの?」

 

「今、九重がどこに居るか調べることは可能か?」

 

「あの子を?」

 

「ああ、もしかしたら……まずい状況かもしれない。部屋に居たりしないかっ」

 

「理由を聞かせて」

 

「あいつの能力は知ってるな、その力を天の暴走を止める為に使っている可能性が高いんだ」

 

「確か……対象の動きを止める、だったわね」

 

「ああ、動きだけじゃなくて記憶とかにも有効らしい」

 

「そう言う事ね。分かったわ、少し待っていなさい」

 

少しの言葉で状況を把握したソフィは直ぐに姿を消し、少ししてまた現れた。

 

「見つけたわ。自分の部屋に居るわね……あなたの悪い勘が的中したわよ」

 

「部屋にっ!?どんな状況だ」

 

「見た所、体中にスティグマが広がっているわね。ベットの上で瞑想している様に見えるわ」

 

「スティグマが……!クソっ」

 

嫌な予感が当たってしまった。間違いない、天の暴走を止める為に能力を使っている。

 

「ソフィ、すまないが天の様子を見ててくれないか。九重に止めるように言って来る」

 

「そう言うと思ったわ。しょうがないわね、全く。……玄関のカギは開けて置いたから、さっさといってらっしゃい」

 

「ああ!助かる」

 

靴を履き、三つ隣の部屋の玄関をノックせずに開けて入る。

 

「九重っ!」

 

真っ暗なキッチンを抜け、部屋の扉を開けて中に入る。すると、首元に冷たい何かが触れる。

 

「動かないで下さい、……って、新海先輩……?」

 

俺の首元から当てていた物が離れ、驚いた様子の声が暗い部屋の中で響く。

 

「ど、どうかしたのですかぁ~……?こんな時に女の子の部屋に突撃するなんて……天ちゃんと一緒じゃなくて良いんですかぁ?」

 

声の場所を見ると、部屋着か分からないが、全身が隠れるような服を着ている……が、首元から顔にかけて青く伸びる模様が見える。

 

「九重……お前、その姿……」

 

俺に気づかれたのか、恥ずかしそうに顔を伏せる。

 

「あー……いえ、これは、その、……調子乗って能力を使い過ぎてしまって……あはは」

 

「天に、力を使っているんだな……?」

 

言い訳が出来ないように直球で質問する。言い当てられたのか、体をびくりと跳ねて黙る。

 

「反論しないって事は、そうなんだな……」

 

「ど、どうしてわかったの……ですか?」

 

こちらを窺うように上目遣いで見つめてくる。

 

「今朝、天の力が暴走した時違和感があった。俺は天の影響を受けて悪化したのに、本人にその傾向がそこまで見られなかった。そこで九重の能力が思い浮かんで、ソフィに確認してもらったよ」

 

「そう言う事でしたか……」

 

言い逃れが出来ないと観念したようにベットに腰を下ろす。

 

「天ちゃん、様子どうですか?」

 

「今は何とか安定して、眠ってるよ」

 

「そうですか……つまり、先輩が天ちゃんを正しく導いたって事ですね……ふふ、よかったぁ……」

 

心の底から安心しているかの様に笑う。

 

「九重も、助けてくれていたんだろ?」

 

「いえいえ、私なんて大したことじゃありません。精々、天ちゃんの暴走を軽くする程度でした」

 

「ずっと、部屋に籠って維持していたのか」

 

部屋の中を見渡す。部屋から出ていないと分かるようにテーブルにはコンビニの袋とそのゴミが置いてあった。

 

「いやですねぇ、女の子の部屋をじろじろと見ないで下さいよ~」

 

揶揄う様に手をひらひらと動かす。

 

「先輩が仰っていた霊薬、あとどのくらいで完成出来そうですか?」

 

「ソフィが言うには、今日の夜中らしい」

 

「夜中……そうですか、なら……問題無さそうですね」

 

「だから、九重が無理する必要は無いんだ。早く力を解除してくれ」

 

「残念ですが、お断りさせていただきます」

 

きっぱりと、強い意志でこちらを見る

 

「駄目だっ、自分の状況が分かってるのか!?」

 

「これ以上無いって位には把握しています」

 

「それなら……!このままだと、お前も天みたいに能力が暴走するんだぞ!?」

 

「そうかもしれませんし、その前に霊薬が間に合うかもしれません。もし後者なら、私も一緒に力の契約を解除しちゃえば解決ですね!」

 

「危険すぎるぞ」

 

「天ちゃんが契約を破棄したのを確認出来れば、私も能力を解く。こればかりは先輩のお願いでも譲る気はありません」

 

「九重……」

 

予想はしていたが、下がる気は無いらしい。

 

「……本当は、やめさせるのが一番なんだろうな」

 

「普通ならそうかもしれませんねっ。……因みにですが、兄として、家族として、天ちゃんを助けられる可能性を少しでも上げたいと思う気持ちは、何も間違っていません。どうぞ、遠慮なく私を使って下さいね?ふふ」

 

こちらの考えを見透かすように微笑みかける。

 

「……すまん」

 

「謝る必要はありません。先輩が天ちゃんを助けたいと想うように、私も同じ気持ちです。先輩は天ちゃんの傍で助けて、私はここから能力で助ける……」

 

ベットから立ち上がり、こちらを見上げる。

 

「一緒に、天ちゃんを助けましょう。そうですよね?」

 

決意を表す様に俺に手を差し出す。

 

「……ありがとな。心強いよ」

 

「それはそれは……嬉しい言葉です!」

 

負けない様にと、嬉しそうに喜ぶ九重の手を強く握った。

 

 

 

 

突如押しかけて来た先輩が、話を終えて部屋へと戻っていく。

 

「まさか気づかれちゃったとは……やっぱり、変なところで勘が良いんですね……」

 

ゲームでソフィが言っていた台詞を思い出しながら、再び座り直す。

 

「あと、半日程度……造作も無いですよ」

 

目を閉じて、そこには居ない人間に語り掛ける。

 

「それまで、私が……維持できれば……っ」

 

閉じた目を強く瞑り、再度気持ちを強く固めた。

 

部屋は暗く、明かりとしてはカーテンから僅かに差し込む光と、部屋を照らす青い光。

 

その青い光が、輝きが……、赤く……。

 

ーーー()()()()()()変わっていたことを、誰も知ることは無かった。

 

 





さらっと正しい選択肢を選び終えていました。やったね。



おや?主人公の様子が……?



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第21話:幻体は殺人にカウントされるのでしょうか?殺した側の受け取り方次第ですね


最終シーンへ突入っと……。




 

 

「おにいちゃ~ん。今何時~?」

 

夜も深まり、『眠たいから顔洗ってくる!』と言って洗面台へ向かった天が戻って来た。

 

「ん~今は夜中の一時ぐらいだな」

 

「もうそんな時間になったんだねー」

 

「ソフィからの連絡は無いけど、あと一、二時間には完成出来ると思う」

 

「は~い。で、なんの話してたっけ?」

 

「お前がこの前、おとん達三人で焼肉に行ったって話を自慢していたところだな」

 

「あ~……お兄ちゃんのコレクションが全部捨てられてた話だったね」

 

「おい、やめろ。嫌な記憶を呼び起こそうとするんじゃねぇ!」

 

天のせいで忘れようとしていた記憶が……!くっ、ストライクディスティニー……、ブラックセブンソード……。

 

「あ、また精神崩壊しちゃった?」

 

「してねぇよ。人の嫌な記憶を呼び起こそうとすんな」

 

「いやぁ、ついつい……」

 

「少しお高い店に行きやがって……今度はちゃんと俺も誘えよな?」

 

「分かってる分かってる。でも、この前舞夜ちゃんに連れて行って貰った店と比べちゃうと……ねぇ?」

 

「舌が肥えたのか」

 

「肥えたって程じゃないけど……上を知ってしまった故の悲しみというか」

 

「まぁ、確かにあのレベルの味を知っちまったからには思ってしまうよな……」

 

「結局、私はスマホ触れなくて調べられなかったんだけど、幾らぐらいだったのかな?」

 

「……知りたいか?」

 

「調べてたの?」

 

「ああ、好奇心が抑えきれなくて、つい……な」

 

「幾らぐらい?やっぱり結構お高かった?」

 

興味あり気な天がこちらを見る。

 

「………」

 

「いや、なに神妙な顔してるんだこいつ」

 

「……4万だ」

 

「はい?」

 

「4万。俺たちが食べたコースの値段だ」

 

「は?よ、よんまん……?え、三人の合計が……?」

 

想像通りの反応を見せる天に静かに首を振る。

 

「え……マジ?一人当たり……?」

 

「ああ、一人4万。更に正確に言えば、42400円だ」

 

「……Wow」

 

「後悔しただろ?」

 

「これから、何か食べるたびに思い出して比較してしまう程には……はい」

 

そして、俺と天はお互いに顔を合わせ、無言で九重の部屋へ向けて手を合わせた。

 

 

 

時間は午前二時……を少し過ぎたくらい。明かりの無い部屋で、静かにその時が来るのを待った。

 

「舞夜、調子はどうかしら?」

 

「んー……絶好調、かな?」

 

「身体の方は?」

 

「どうなんだろう。確かに馴染んだって感覚?みたいのはあるけど……よくわかんないや」

 

「無事なら良いわ。それにしても、綺麗な色ね」

 

「えへへ、そうかな~?似合う?」

 

「そうねぇ、力を使った時と似たような色だし……映えるんじゃないかしら?」

 

「あ、確かにっ!相まって見栄え良さそうだもんねー」

 

「魂の、色ねぇ……。あなたが言っていた覚醒者……最初に見るのが言っていた本人だなんて驚きだわ」

 

「それについては、私が一番驚いてるねっ」

 

「現実は予言通りにいかないって訳かしら」

 

「その原因がここに居ますよー」

 

「向こうが終わるのはいつかしら」

 

「んと、もうそろそろじゃないかな?夜中の二時は過ぎてるし、流石に霊薬は完成したと思うよ」

 

「なら、もう少しかしら……あら、噂をすればーー」

 

玄関の方を見る澪姉に釣られて顔を上げると、チャイムの音が部屋に響く。

 

「来たみたいね。私は下がっているわ」

 

窓を開けて、ベランダから出て行く澪姉を見ながら能力を解除する。ベットから立ち上がり先輩へ声を掛ける。

 

「はーい、今行きまーす」

 

部屋から出て玄関の扉を開けると、驚きながらも安心した先輩の顔が目に入る。

 

「九重!無事だったか!?」

 

「しっかりと生きてますよ~。先輩が来たって事は……」

 

「ああ、間に合ったんだっ!さっきソフィから薬を受け取って天の契約を解除したんだっ」

 

「そうですか……無事に契約を破棄できたのですね……」

 

「今は霊薬のせいで寝ているが、問題無い。ちゃんと無事だ!」

 

「ほんと良かったです。先輩も、お疲れさまでした……」

 

無事に乗り切れるとは分かっていたけど、ちゃんと本人から安否を聞けたのは実感が大きい。

 

「これ、ソフィから貰った霊薬のもう一本だ。これは九重が使ってくれ」

 

「私がですか……?」

 

「天の無事が分かったんだ。そっちも契約を破棄した方が良いだろ?」

 

「あー……それもそうですね」

 

先輩が手に持っているもう一本のアンブロシアは、本来神社で高峰先輩に対して使う物。ここで私に使うのは……。

 

「注射器みたいなやつで、針を体に刺して押せば契約を解除出来るらしい」

 

「ふむふむ、見た目はまんまお注射ですねぇ」

 

「刺しても体じゃなくて魂に直接刺さるから肉体に傷は付かないから安心してくれ」

 

そう言って私に渡して来たので仕方なく受け取る。

 

「刺すときはベットで横になってからすると良い。意識が無くなるから立ったままだと危険だからな」

 

「は、はぁ……ありがとうございます~……」

 

私が受け取ったのを確認し、先輩は自分の部屋へ戻っていった。

 

「……どうしよ、これ……?」

 

私が使えば高峰先輩の能力が破棄できずに脅威と……なる?勘違いしたままだったし……それに、私は能力が暴走する可能性は無くなっちゃったし。

 

「どうせこの後の戦いに付いていくつもりだったし、ゴーストとの戦いが終わった後にサクッと勝手に刺しちゃえば大丈夫だよね?」

 

本来ならその役は天ちゃんだけど……いや、勝手に部屋に置いていくか?うーん……。それだと天ちゃんが私の分って聞いたら使わなさそうだしなぁ。

 

私が覚醒しているって教える?でもわざわざソフィの前で能力使ってごちゃごちゃ話すのは時間が足り無さそうだし……。

 

「よし、勝手に刺しちゃお。それで万事解決!その後ゆっくり説明すれば大丈夫だよね」

 

アンブロシアを一旦テーブルの上に置き、着替えを始める。戦闘前提の服装を引き出しから出して着ていく。

 

「ん~……先輩はまだ部屋にいるし、ソフィからゴースト復活の知らせを聞いた辺りかな?」

 

最後に手袋を着け、問題無いか鏡で確認する。

 

「よ~し、完璧」

 

今回は武器などの装備は要らないので拳一つである。

 

「あとはー迎えの車をお願いして……」

 

スマホで神社に向かうと連絡を入れる。

 

「これで後は先輩が来るまで部屋前で待機しておくだけ」

 

静かな真夜中、目的の部屋からは人の話し声が聞こえ、声が次第に近づいてくる。

 

「お、来た来た」

 

中から『ソフィのヒーローマスク』の話が聞こえ、ゴーストとの決着をつけると気合いを入れて玄関のドアを開ける。

 

「っ!?……九重?どうしたんだ俺の部屋の前で……?」

 

「やぁやぁ、さっき振りですね。新海先輩」

 

部屋から出て来た先輩を笑いながら出迎えた。

 

 

 

 

 

「やぁやぁ、さっき振りですね。新海先輩」

 

部屋を出ると、玄関横の壁にもたれ掛かっている九重が俺に声を掛けて来た。

 

「ああ、そうだけど……もしかして俺に何か用か?てか、どうしたんだその恰好」

 

よくよく見ると、さっきまで着ていた恰好では無く、上下黒の服を着ていた。何かの仕事着にも見えるが……。

 

「先輩に用があると言えば当たってますが……正確には神社に居るゴーストに……大事な用があるって感じですかね?」

 

「っ!?」

 

九重の言葉に驚いてしまう。

 

「……部屋の会話を聞いていたのか?」

 

何処で知ったのか。普通に考えればついさっきソフィから聞いた時に聞き耳を立ててたとかになるが……。

 

「え?あ、ああ……いえいえ違いますよ?そんな変態みたいな行為を私がする訳無いじゃないですか~、あはは」

 

一瞬、キョトンとした顔になると、何かを誤魔化すように顔の前で大きく手を振って否定する。

 

「違うのか?」

 

「はい、色々事情を説明する時間が無いので省きますが、私の実家……九重家はこの街の警備会社的なのもしておりまして、ゴーストの情報をここ最近ずっと集めていたのですよ。勿論内容は伏せてますよ?」

 

「九重の実家が……?」

 

「はい。おじいちゃんが『可愛い孫娘を危険な目に合わせようとするやつがこの街に居る』とか何とか言って張り切っちゃてて~。ついさっき神社で目撃情報が私に入りました」

 

「そ、そうなのか……」

 

どうやら彼女の実家は、俺が想像していたよりもずっと凄い家らしい。ソフィより早かったって事だよな?やばくないか?

 

「先輩の方もどうやらソフィの方で知ってたみたいですね」

 

「もしかして、一緒に行くつもりか?」

 

「あはは、何を当然なことを言っているのですかー」

 

「相手は人を殺そうとしている奴だぞ?それに、身体の方は大丈夫なのか?」

 

「それは前回で身をもって知っていますから……、身体の方も大丈夫です」

 

目の前で心配ない様に手をグーパーして俺に見せてくる。しかし……俺が今からしようとしている事は……。

 

「その子なら平気よ」

 

どう断ろうかと考えていると、俺の肩にソフィが出てくる。

 

「いや、身体とかの問題ではーー」

 

「それ込みで言っているわ。あなたが言うミヤコやノアみたいに障害になる可能性は低いから、連れて行っても問題ないわ」

 

「本気か……?」

 

「ええ」

 

ソフィからの言葉を聞いて疑うように九重を見る。俺と目が合うと、にっこりと人懐っこい笑顔を返して来る。

 

「先輩が考えている事、分かりますよ~?これからゴーストを倒しに……いえ、濁すのは良くないですね、()()()行くんですよね?」

 

「……ああ、そのつもりだ」

 

「それを私は否定しませんよ、何なら大賛成です」

 

「……その理由は?」

 

「あちらはアーティファクトを狙っていますから、今後も天ちゃんや先輩、他の先輩方を狙うと考えています……」

 

「ああ、俺もそうなると思っている」

 

「ですよねっ。なので、やられる前にやっちゃおうって感じですね!大切な友達や先輩方の脅威になるというのなら消えていただこうかと」

 

おちゃらけて笑いながら俺の問いに答えているが、目が笑っていなかった。

 

「あの人が生きている限り、天ちゃんはその存在にいつまでも怯えているままです。先輩はそれを許容出来ますか?」

 

「………」

 

どうやら、九重は俺の考えと同じみたいだな。

 

「カケル、あなたは嫌かもしれないけど、その子は戦力になるわ」

 

「本当に良いのか?死ぬかもしれないんだぞ」

 

「ふふ、心配ご無用です。その為の護身術ですからっ!」

 

自信満々に右手の拳を握る。その顔に恐怖は見えない。

 

「……分かった。でも、ゴーストとは俺が戦う。九重はサポートを頼む」

 

「……先輩、()()()()()()()()()()()()()、持っていないですよね?」

 

「いや、実はさっきソフィから借りたんだ。だから戦える」

 

「そうなんですね!それなら一安心です」

 

俺が戦闘出来ると分かると、嬉しそうに歩き出す。

 

「ささ、行きましょうっ。実は下に迎えの車を呼んでいるのですよ」

 

「車を……?」

 

九重に誘われるままにマンションを出ると、黒い高級車が一台止まっていた。

 

「お一人様、ご招待でーす」

 

後部座席のドアを開けて俺を中へ催促する。色々聞きたい事があるが、時間が無いため言われるがままに乗り込む。

 

「あれ、運転手は澪姉なの?壮六さんは?」

 

「気にしなくて良いわよ。私が勝手に出て来ただけ」

 

「あー……まぁいっか。それじゃあ、神社までおねがい」

 

九重が目的地を告げると何事もなく車が動き出す。

 

「……この前の男の人じゃ、ないのか」

 

「ちょーっとこちらで手違いがぁ……ま、気にしないで下さい!」

 

「それじゃあ、しっかりと掴まっていなさい。急ぐわ」

 

そう言うと、急に車が加速し始める。

 

「っうぉ!?」

 

その反動で背中のシートに体をぶつける。

 

「澪姉?大丈夫?法定速度超えてるけど」

 

「安心しなさい。今夜に限れば見つかる事は無いのよ」

 

「まー確かにそうだけどさぁ……」

 

明らかに普通の速度では出ない轟音が車から聞こえる。一体何キロで走っているんだ!?

 

交差点を勢いよく曲がった時の遠心力で体が扉側に引っ張られる。ぶつかると思ったが、直前で止まる。

 

「ちょっとちょっと、後ろの先輩が危ないから安全運転してもらえると助かるなー!」

 

「あら、仕方ないわね」

 

九重の言葉を聞き入れ、次第に速度を落としていく。あぶなかった……。さっきのは多分、ぶつかる寸前で九重が力で動きを止めてくれたんだろう。

 

「ありがとな、色々……」

 

「ん?いえいえ~」

 

特に気にすることじゃない様にこちらに手を振って応える。

 

その後は特に何事もなく神社へ到着する。

 

「はい、着いたわよ」

 

「ありがとねっ、それじゃあ行ってきます!」

 

「えっと、送っていただきありがとうございました」

 

「気を付けて行ってらっしゃい」

 

ドアを閉めると、静かに車が走り去って行った。

 

「さぁ先輩、ここからは引き返すことが出来ませんが……それでも行きますか?」

 

少し前を歩いていた九重が振り返り、問う。

 

「当たり前だ。寧ろそっちこそ、引き返すなら今の内だぞ」

 

「兵士に撤退という二文字はありませんので!」

 

「奴の目を見ない様に気を付けろよ?」

 

「大丈夫です、先輩だけを見ておりますので!」

 

冗談が言えるくらいには問題無さそうに見える。

 

「今、ドキッてしました?妹の友達に自分だけを見ているって言われて不覚にもドキッてしちゃいましたか!?」

 

「おまえなぁ……」

 

「冗談ですって~、そんな事言ったら天ちゃんに怒られますしね!ふふ」

 

揶揄うように笑って並びながら境内へ向かう。天に怒られるって……もしかして。

 

「お前、天の事……知っていたのか?」

 

「ん?天ちゃんが先輩の事を好きって事ですか?見てれば分かりますよ」

 

これは驚いた。

 

「あいつ……バレない様に隠してるとか豪語してたくせに、あっさりバレてんじゃねーか」

 

「いえいえ、他にはバレていないと思いますよ?実は私、それなりに人を見る目がありますので~」

 

自分の目を指差しながらどや顔で語る。なんか、色々とスペック高くないか……?

 

「あ、着きましたね」

 

境内までの道のりは終わり、目的の場所まで辿り着く。

 

「よぉ、早かったじゃねぇか。まさか本当に来るとはな」

 

真夜中の境内に一人立っていたゴーストが、こちらを見て楽しそうに笑った。

 

 





遂に決戦の地へご到着。これから始まる壮絶なバトルが……バトルが……!起きたり、起きなかったり……。



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第22話:目には目を、能力には能力でお返ししますので覚悟しておいてください


デュエル、スタ~ト!パチパチ

( ˙-˙ )



 

 

「期待に応えてくれて嬉しいぜ、お兄ーー」

 

喋り途中のゴーストが言葉を止めて、目を丸くして先輩を見る。うん、やっぱり突っ込むよね。

 

「おいおい……ハハ!何だよそのマスク!アメコミのヒーローみてぇ……ハッハッハッ!なぁ、見せてくれよ、アレ。スーパーヒーロー着地!出来んだろ?ヒヒッ、アッハッハッ!」

 

ソフィマスクを見て、お腹を押さえながら笑い転がるゴーストを、先輩は無言で見つめていた。

 

「俺が前に出る」

 

笑っているゴーストと少しずつ距離を詰めるが、その分だけゴーストは後ろに下がっていく。

 

「あ~……ハハッ、笑った笑った。すげぇな、おい、どこで売ってんだよ、それ」

 

笑い終えたゴーストがこちらを見たのに合わせて一応目を閉じる。見えないが、多分先輩の方はソフィが阻止してくれているはず。

 

「しっかりと対策済みってわけだ。ま、だよな。ギャグでそんなもんつけてこねぇよな。石になったらどうしようかと思ったぜ」

 

大丈夫だと分かりゆっくりと目を開く。

 

「準備もバッチリで来たって事はそうなんだよな?てめぇらは、そういうつもりで来たって事で、いいんだよな?」

 

「お前を止めに来た」

 

「はっ、だよな。いいね、そそるぜ。話し合いに来たとか言われたら興ざめだ。やっとやる気になってくれて嬉しいぜ、お兄ちゃん?」

 

挑発するようにニヤリと、邪悪な笑みを浮かべる。そして、だらりと下げている手の甲がわずかに光る。

 

「先輩っ!来ます!」

 

「ーーっ!」

 

と、同時に槍の形をした力が襲い掛かってくる……が、それを右腕を勢いよく薙ぎ払い炎でかき消す。

 

街灯の明かりでしか照らされなかった暗闇に火の飛沫が舞う。先輩の拳から幾つもの炎がゆらゆらと立ち昇る。

 

夜に煌めく赤い灯……カッコイイ!

 

「今回はあっさりだしたな。ファイアスターターか。かっけーな、羨ましいぜ。そっちのお前は来ないのか?」

 

 先輩一人だけが前に出ているのが気になってこちらに呼びかける。答えるのも面倒なので取り敢えずその場で拾った小石をこれ見よがしに投げつける。

 

 

「なるほど、サポートって訳ね。ハッ」

 

余裕たっぷりな態度でこちらを見ている。それを主張するように両手をポケットに入れる。

 

……さてさて、ここはどう動くのが良いのだろうか。先輩が魂を焼くアーティファクトをここで使うのは後々の経験に生きる可能性がある。私が出て一気に片を付けるのは予定調和的によろしくないかもしれない。

 

いつでも助けに行ける距離を保ちながら二人の動向を見守る。

 

「さぁ……始めようぜ、お兄ちゃん」

 

機嫌良さそうに笑っていたゴーストの目が先輩を捉えると、背後から空間を貫くように槍が大量に出現する。……ゲート・オブ……いや、ふざけるのは良くないね。

 

「な……っ!?」

 

先輩は想定を超える数に驚愕していた。いいな。あの能力欲しい。私も真似したい。『宝物庫の鍵を~……』とか。

 

「なにぼーっとしてやがる。来いよ。殺し合おうぜ、お兄ちゃん。それとも……ビビッて動けねぇのか?ぁあ?」

 

慎重に槍の軌道を見極めようとしていた先輩に挑発が飛んでくる。

 

「相変わらず……!ペラペラうるせぇよ!」

 

腕を大きく払い、解き放った火柱がゴーストを飲み込まんと駆け巡る。それを意にも介さずそのまま槍を射出する。放った槍はそのまま炎を突き破り飛来する。

 

「っ!」

 

それを見て横に大きく飛び回避をする。先輩の着地地点に飛んできていた槍を前方に展開した炎の盾で防ぎきる。

 

「いいねぇ、ハッハッ!どんどん行くぜぇ!」

 

こうして私の目の前で超能力による。SFじみた戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

戦いが始まって少し時間が経った。容赦のない攻撃を何とか避け、時には食らいながらも反撃をしていた。周囲に展開されている炎が眩しいぐらい揺らめく。

 

先輩の頭の中ではゴーストの逃げ道を塞いだと考えているが、分かっている側としてはただの明かりにしかならない。退路が無いと焦るように演出するゴーストに先輩が突っ込む。

 

「ゴーストォ!!」

 

「て、めぇ……っ!」

 

苦しまぎれの反撃を躱して、全力でゴーストに突撃した。

 

「やっべぇ……!ーーなんてな」

 

「……えいっ」

 

胸倉を掴もうとした瞬間、ゴーストの姿が消え、空を切った攻撃の勢いを殺せず、先輩が転倒する。

 

「まさか、今のが奥の手ってわけじゃーー」

 

「えいっ」

 

先輩の背後に出現したゴーストに向かって石を投げつける。

 

「ねぇ……っ!?」

 

自分に飛来する石を咄嗟に体を倒して回避する。

 

「先輩っ、立って下さい!」

 

「っと、あぶねーな。大したこと出来ねぇかと思ってたら、ナイスカバーするじゃん。いいねぇ」

 

嬉しそうにこちらを見ているゴーストに向かって取りあえずもう一個投げつける。

 

「んなもん当たるかよ」

 

小さく真上に飛び、私の正面まで移動する。

 

「次はお前が相手してくれんのか?」

 

ゴーストの背後で無数の槍が出現したが、こちらに射出させる直前に横から炎が割り込んで来る。

 

「ハハ、こわいこわい。もう少し頑張れそうで安心したぜ、お兄ちゃん?」

 

「九重!大丈夫か?」

 

「先輩も大丈夫そうですね」

 

「ああ、間抜けにも転んじまった。援護助かった」

 

「どうやら、瞬間移動みたいですね」

 

「みたいだな。くそ!厄介な能力だ……」

 

「恐らく、発動条件があります。先ほどと合わせて観察していた感じですと、移動の直前に軽く飛んでいます。……多分、地に足が着いてると発動出来ない能力なのかもしれません」

 

「っ!?……言われてみれば、確かに飛んでいたな」

 

「そういった能力の発動条件に……打開する隙があるのかもしれません」

 

「ああ!やってみるっ!」

 

私の助言を聞き入れ、再びゴーストに向かって走り出す。……少し展開を早めてしまったかもしれない。けど、先輩が傷つくのはあまり気持ちの良い物ではない。

 

「お、作戦会議は終わりか?じゃあ、第二ラウンド始めようぜ!」

 

背後に現れた槍が先輩に向き飛び出すと思いきや、私を指し、矛先が変わる。

 

「っ!?九重っ!」

 

「止まらないで下さいっ!」

 

こちらを向いて足を止め、引き返そうとする先輩を制止する。

 

「自分を犠牲にとはかっこいいなぁ!おい!」

 

そのままこちらを目掛けて射出される槍。数は11。

 

一番先頭の槍が目の前まで迫り、直撃する寸前でそれを回避する。続けて飛来してくる槍を最小の動きで安全に回避する。

 

「……これで、終わりですか?」

 

回避し終え、髪を整えながら二人を見ると、どっちもポカンと口を開いて私を見ていた。

 

「おいおい……、マジかよ。今の避け切るとか、すっげぇな!そういえば、護身術だったか?カッコイイ、おい!」

 

「そりゃどうも。新海先輩、私の事は気にしないで下さい。先輩はゴーストだけに集中していただいて結構です」

 

「……ああ!頼もしいよ!」

 

再びゴーストへ向き走り出す。

 

「いいね、いいねぇ!思っていた以上に楽しめそうだぜ」

 

槍を再び出現させるゴーストに向かって炎が迫る。それを避けるように槍と共に姿を消す。

 

「まだ第二ラウンドだ。もっと楽しもうぜ」

 

私と先輩を視界に確保できる位置に現れると、挑発するように笑う。そして背後に槍を出現させる。……罠その2だね。

 

「……っ!?」

 

先輩が、何かを思いついたかのように目を開く。

 

「お、何か閃いたみてぇだな、マスクマン。じゃあ、その策で楽しませてくれよ?」

 

背後の槍が一斉に先輩へ矛先が向くと同時に駆けだす。

 

「おいおい、またそれかよ。何かして見せろよ!」

 

自分に向く槍を無視して更に距離を詰める。槍が放たれる瞬間に右手で火柱を生成し、左手から火の玉をゴースト目掛けて放つ。タイミングは完璧ではある、普通なら避けるしか選択肢はない。

 

「ーーーやっぱ、馬鹿はお前だぜ」

 

片方ずつしか能力を扱えなかったのが前提だったのなら、ですけど。

 

「なっ……!?」

 

呆れた表情で姿を消すゴースト。勿論槍は消えないまま先輩へ突き刺さる。

 

「く、っそ……!っ!……がっ!?」

 

咄嗟に頭部を守ったがアーティファクトの槍はそんなことは無関係に貫いていく。無数の攻撃をもろに受けた先輩は耐えきれずその場に膝を付く。

 

「浅ぇんだよなぁ……考えることがよ。こっちのトラップにことごとく引っかかりやがる。馬鹿丸出しだ」

 

顔を上げて負けじとゴーストを睨み返しているが、特に効果は無い。

 

「あ~あ、マスク脱げちまった。ヒーロー敗北の瞬間だな」

 

ゴーストの背後に無数の槍が創造される。

 

「石にはしねぇ。のたうちまわりながら死ね」

 

幾つもの槍が創造しては合成され、次第に禍々しい剣が一本現れる。

 

「安心しな。てめぇ殺したら次はそこの女だ。それから妹も殺す。すぐにそっちに行くから寂しくないぜ」

 

……もう動いて大丈夫。先輩はゴーストに負けた。その事実が出来上がってるから……助けよう。

 

「ゴーストォオオ……!!」

 

「ハハッ!」

 

手を広げ、大きく上に振りかぶる。口元を邪悪に歪めて笑う。

 

「じゃあな、お兄ちゃん」

 

手を振り下ろそうとした瞬間に合わせて、能力を解放する。

 

「ーーっ!?ーー!」

 

振り下ろそうとした腕が動かなくなり、何が起きているのか理解が追いついていないゴーストを無視して先輩に歩み寄る。

 

「っ!?……?と、止まってる……?」

 

動かないゴーストを見て不思議に見ていたが、私の能力と気づきすぐさまこちらを見る。

 

「っ!!九重!……は?」

 

私を見て更に驚きの表情を見せる。正確には私のスティグマの色、だと思うけどね。

 

「こ、九重……お前、どうしたんだ……そのスティグマの色は……?」

 

「先輩……申し訳ありません。助けに入るのが遅くなりました」

 

驚きながらもこちらを見る先輩に少し罪悪感をおぼえながらも、ゆっくりと微笑み返した。

 

 

 





はい、ボロクソに負けてしまった新海翔と選手交代のお知らせです。

どの程度持つか楽しみですね。()



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第23話:覚醒した力の奔流


遂にこの戦いも終わりを迎えます。

長くなりそうだったので、前と今回の二つに分けました。




 

 

「先輩……申し訳ありません。助けに入るのが遅くなりました」

 

俺とゴーストの間に立ちふさがった九重が、申し訳なさそうな顔でこちらを見る。ゴーストの動きが止まっている状況を見れば、能力を使っている事が安易に分かる。分かるのだが……九重の身体に広がるスティグマの色がいつもとは違って、赤色だった。

 

「どうしたんだ……?そのスティグマの色は……?」

 

「あはは、これですか?……少し、気持ち悪いかもしれませんね。問題はありません」

 

少し寂しそうに自分の身体を見せてくる。

 

「いや、そういう意味じゃなくて……っ、これ以上使ったら……!」

 

「落ち着きなさい。その子のスティグマは安全よ」

 

消えていたソフィが再び人形の姿で出てくる。

 

「安全って……色が赤いんだぞ!?」

 

「だから落ち着きなさい。今はゆっくりと説明する時間がないわ。マヤ、ソラみたいに異常は感じるかしら?」

 

「大丈夫です。寧ろ、()()()()()()()()()()()身体に馴染んだ気がします」

 

「そう感じているのなら取りあえずは、問題無さそうね」

 

「ありがとうございます。それでは先輩はゆっくり休んでいて下さいね?後は……私が片付けておきますので」

 

労うように語り掛けて来た九重だが、振り返りながら最後に呟いた言葉には、確かな怒りがこもっていた。

 

「……っ!!っ!!」

 

身動き一つ出来ないゴーストを見つめたーーーと思った瞬間、ゴーストが大きく後ろに吹き飛ぶ。

 

「っがぁ!?」

 

数メートル先に転がり、倒れる。何が起きたのかと九重を見ると、上げていた片足をゆっくりと下ろし始めていた。

 

……ゴーストを蹴った?

 

「さぁ、ゴーストさん。今ならお得意のお喋りが出来ますよ?」

 

「……っ!て、……めぇっ!」

 

腹部を手で押さえながらゆっくりと起き上がる。

 

「……し、ねっ!」

 

背後に出現した槍が一斉に九重に襲い掛かる。難なく避けれるが、背後に俺が居るため、避ける素振りを見せずに手を前に翳す。

 

「とまれ」

 

冷たくそう言い放つと、正面の槍が動きを止める。

 

「先輩、今の内に安全圏へ移動をお願いします」

 

くるりと回り、こちらに笑顔を浮かべる。

 

「あ、ああ……わかった」

 

状況がイマイチ理解できないが、今の俺が足手まといになっているのはわかったので、その場を離れる。

 

「それでは、ゴーストさん。第三ラウンド……と、行きましょうか」

 

能力を解除し、向かって来る槍を全て難なく避け切る。

 

「すげぇな……」

 

さっきのもそうだが、運動神経が良いとかそんなレベルの話では無かった。

 

「ちょこまかと避けやがってっ……!」

 

複数の槍が出現し、射出する。それを避けようとした九重が、何かを察知してその場から大きく横に飛ぶ。

 

「なっ!?」

 

その瞬間、さっきまで居た足元から槍が突き出てくる。あんな事まで出来るのかよ……!

 

「残念、視線の動きでバレバレです」

 

動揺したゴーストに高速で詰め寄る。

 

「……っ!?ちっ!」

 

槍が間に合わないと分かりその場から能力を使って距離を取ろうとしたゴーストだが、足がその場から離れず、そのまま接近を許してしまう。

 

「残念、力は使えませんよ?」

 

能力を発動させた九重が、ゴーストの頭部を撃ち抜く。しかし足が離れない為その場から動く事の出来ないゴーストに続けて追撃をする。

 

「頭部、右太もも、左肩、次は、右腕、右太もも、腹部……ですね?」

 

何かを呟きながらゴーストの身体に指を突き刺している。……何かの武術なのだろうか?

 

「ぐっ!……っ!ごちゃごちゃと、うっせぇんだよっ!」

 

大きく手を振るって上空から槍を降らせるが、直前にそれを察知して後ろに下がる。

 

「くそがっ……ちまちまと攻撃しやがって……っ!」

 

「安心してください。まだ殺しません。あなたには同じ分だけの痛みと……破壊を尽くすつもりですので」

 

ここからでは何を言っているのか分からないが、九重がゴーストを圧倒している。これだけは分かる。

 

「これは……楽に勝てそうかしら」

 

「ソフィ、聞かせてくれ。あの赤い色のスティグマは何なんだ?大丈夫って言っていたが……」

 

「そうね……こちらの世界の人間で前例が無いから不確かだけど、アーティファクトを完全に掌握出来た証、みたいなものよ」

 

「アーティファクトを、掌握……?」

 

「ええ、そうね。アーティファクトを完全に理解し、それを十二分に扱える領域に至った……って所かしら?」

 

「つまり、覚醒したって事なのか?」

 

「その認識で構わないわ」

 

「そうか……それなら良かった」

 

「あれを見る限り、能力も必要なさそうに見えるわね」

 

「……確かにな」

 

二人の戦いを見ていると、ゴーストの攻撃を九重が躱し、常に動きを把握させまいと動き回っては攻撃を仕掛ける。隙を作ろうと俺に攻撃を仕掛けようとすると、能力を使ってそれを阻止。一方的な戦いに見える。

 

「どうして、最初からあれをしなかったんだろう」

 

これ程強いのなら、もっと楽に勝てたんだが……。

 

「知らないわよ。でも、そうね……何か制約があるんじゃないかしら?普通の動きじゃないわよ。あれ」

 

「制約……」

 

俺が前に出るなと言ったから引っ込んでいたのかと考えていたが……確かに。普通、あんなに動けるものなのか?

 

「その証拠に、ほら、彼女の目、見えるかしら?」

 

「目……?」

 

動きが早すぎて追うのを諦めていたが、目を凝らしてよく見ると、確かに九重の目……所謂結膜の白い部分が赤黒い色になっていた。

 

「九重っ!その目……!」

 

俺の言葉にピタリと動きを止め、ゴーストから距離を取ってから、ゆっくりとこちらを向く。

 

「……後で事情は説明します。取りあえずは大丈夫ですので」

 

見られたくないみたいに再度ゴーストの方を向く。

 

「もう少し、お返しをしたかったのですが、これ以上は先輩に心配をおかけさせてしまうので………終わりにしましょうか」

 

「ふざけってんじゃ………ねぇ!コケにしやがってっ!」

 

ゴーストの顔にスティグマが浮かび上がる。まずいっ、石化だ!

 

「九重っ!」

 

「ハハッ!油断してたな!馬鹿がっ!」

 

すぐに視界を遮ろうと立ち上がったが、前を見ると、何事もなくゴーストへ向かって歩き続ける。

 

「残念ですが、今の私には石化の能力は効きません」

 

「っ!?一体なんの力なんだっ!てめぇは!」

 

苦し紛れに、九重を囲うように全方位から槍が出現する。

 

それを見上げるように確認した九重が静かに手を前に出す。

 

「ーーー動くな」

 

その瞬間、この場の時が止まった様な感覚に襲われる。

 

「……こ、これは!?」

 

周囲を見渡すと、目に映るもの全ての動きが止まっていた。ゴーストの槍、街灯に群がる虫の一匹一匹、風、それに吹かれる木々の葉っぱ一枚一枚まで。

 

「凄まじい力ね……」

 

隣のソフィも驚くような声を出していた。

 

そのままゆっくりとゴーストの目前まで迫る。

 

「どうですか?これで石にされた人達の気持ちが少しは理解出来ましたか?」

 

耳元で何かゴーストに囁き、右手で首を掴む。

 

「これで終わりです。今から、あなたを殺します」

 

「こ、九重……!」

 

それは、させない!それをするのは………俺の役目だ。

 

「まてっ!それは………っ!」

 

俺の言葉に振り返ると、こちらの意図を察したかのようにほほ笑み、前を向く。

 

そのまま、首を掴んだ腕でゴーストを持ち上げる。すると、ゴーストの身体が灰色に染まり始める。あれは、石化……?

 

「自分の力が返ってくる。……因果応報ですね」

 

急速にゴーストの身体を蝕んでいく。しかし、お構いなしにと手に力を込め、首を絞め始める。凄まじい力が加わっているのか、肌が裂け、血が出始める。

 

「まてっ!九重っ!お前が殺しちゃダメだっ!」

 

急いで近寄るが、突然身体が動かなくなる。……これは、クソっ!

 

もがこうと身体を動かすが、指先一つまともに動かすことが出来なかった。

 

視界に映るのは、身体の殆どが石へと変わり果てたゴーストとそれを持ち上げ、首を握る九重の後ろ姿。

 

「ーーっ!……っ!!」

 

やめろっ!能力を解いてくれ、このままじゃ!お前が、ゴーストを……!

 

必死に声を出そうとしたが、喉からは何も出ない。

 

「……先輩、大丈夫ですから……ね?」

 

正面を向いたままこちらに言葉をかけた九重は、全身が石になったゴーストの首を握り……破壊した。

 

落ちたゴーストの首が地面に落下し、砕ける。離れた身体は自由落下で地面に衝突し、砕け散る。

 

ゆっくりと手を下ろし、無言で自分の手を見つめた九重が、くるりと振り返る。

 

「お疲れ様ですっ、これで一件落着ですね!」

 

いつもと変わらない笑顔を浮かべた九重が、そこには居た。

 

 

 





これで第二章の大体は終わりましたね。後は、高峰先輩が出て来るけど……まぁ、彼は即退場になると思います。

後、一、二話で本編は終わりそうですが、後日談とか書きたいのを書いてから終わろうかと思います。



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第24話:これぞ、涅槃寂静……!オシャレに言えばにニルヴァーナですかね


戦いが終わり、残るは日常のみ。ん?高峰、連夜……?



 

 

ゴーストが石化し、消えたのを確認して新海先輩の方へ駆け寄る。

 

「先輩、お体……では無いですね。体調の方は大丈夫ですか?」

 

 ゴーストからの攻撃を結構食らっていたのだ。多少なり魂にダメージは残っているだろう。

 

「あ、ああ……。俺の方は大丈夫だ、九重の方は無事か……?無理、したんじゃないのか?」

 

「ふふ、ご心配ありがとうございます。私の方は大丈夫ですよ。見ての通り一回も攻撃を受けておりませんので」

 

その場でくるりと回りながら問題無いとアピールする。

 

「それもそうなんだが……目の方は、大丈夫なのか?後で話すって言っていたが……」

 

「そのお話ですね。そうですね……先輩だけには話していた方が都合が良いのかもしれませんね」

 

私に気を遣ってか、慎重に言葉を選んでいる先輩に向かい、開いている目に向かって指を指す。

 

「取り敢えず、今は問題ありません。ね?元通りでしょう?」

 

「ほんとだな。さっきは赤く充血してなかったか?」

 

「そうですね。先輩が見た通りの状態になっていました」

 

「何か、理由があるのか……?」

 

「話すと、とっっても長くなってしまうので、簡単に話しますね?」

 

「ああ、九重さえ良ければ聞かせてほしい」

 

その場に座りながらこちらを見る先輩の周りを歩きながら話始める。

 

「とある街に、昔からその土地に根付いている一族が居ました」

 

「その一族にはずっと昔からの目標……悲願がありました。それは、とある人物に勝つこと」

 

「ですが、当時ではどうあがいても勝つことが出来ず、敗れてしまいました」

 

「どうすれば勝てるのか?その時の人はこう考えました。『今は勝てなくても、また再び相まみえた時に備えて、強くなろう』と……」

 

「その一族は強くなるためにありとあらゆる手段を試しました。強い人間同士での交配、肉体の強化、改造」

 

「長い年月をかけて、少しずつ……、少しずつ肉体を変え、技を、心を鍛え、強くなっていきました」

 

「全ては、来るべき戦い……次の勝利の為に」

 

歩くのを止め、新海先輩の正面に立つ。

 

「先輩がさきほど見たものは、その力の一端です」

 

「つまり……九重はその力を持っているって事なの……か?」

 

「正解です。古来より引き継がれる人を越える力。その力を、私は受け継いでいます。先輩も何となくおかしいと気づいていたのではないでしょうか?私の様な可憐で、か弱い乙女にはあり得ない動きをしていると」

 

「……そうだな。護身術とか言われてたが、それで説明できる範疇を越えていたとは思う」

 

「私みたいな存在でも、人ならざる力を行使することを可能にする。これが……」

 

目を合わせる。

 

「ーーー九重一族の力です」

 

枷を解き、力を使う。

 

「………」

 

私を見て先輩が驚きの表情を見せる。

 

「と、まぁ……そんな感じですね~。どうですか?かっこよく演出したと思うのですがー……」

 

目を閉じ、使うのを止める。

 

「でも、そうですね……普通の感性では気持ち悪いですもんね。すみません、御見苦しい物をお見せしちゃいました、あはは」

 

誤魔化すために、少し髪を弄る。

 

「あ、いや、驚いたのは確かなんだが……それより、それを使って体は大丈夫なのか?」

 

「え?ああ、ええ、はい。大丈夫ですよ?」

 

「本当か?無理して使って後遺症とか、何かしら残るとかは無いんだよなっ?」

 

「まぁ、はい。一応完全に制御出来ているから使っているので……」

 

「そっか。それなら安心した」

 

私に問題無いと分かって、安心するように力を抜いて座り込む。……うーむ。

 

「怖くないですか?普通の人とは違う存在や、異端の力を持つ存在が目の前に居るのですよ?それこそ、『化け物がっ!』って罵られても仕方ないと思うのですが……?」

 

「そう言われてもな、そんな存在にならここ最近、嫌な程出会っているからな。異世界人だろ?超能力にそれを使ってる殺人鬼に……」

 

自分の指を折りながら数えだす。

 

「だから、九重がそういった力を持っていても、別に怖がったり忌み嫌ったりしないぞ?見た目はちょっと怖いかもしれないが……その力に助けてもらったからな。寧ろ感謝しかない」

 

先輩の目を見るが、心の底からそうと思っている様にしか見えない。

 

「そ、そうですか……」

 

「ああ、そうだな。だから……前の公園の時、今日の事。後は天の事とかも色々含めてありがとな?凄く助かった」

 

少し疲労が見える顔で精一杯こちらに感謝を伝えてくる。

 

「……こちらこそ、ありがとうございます。頑張りが報われた様な気がします」

 

正面から真っ直ぐな感謝を向けられたので、恥ずかしくなり背を向ける。

 

「も、もし、いつか……私の力が必要になったその時は、遠慮なく頼って下さいねっ!そのための力なのですから!」

 

「はは!そうだな。女子に頼りっきりにならない様に俺も頑張るさ」

 

「先輩は頑張り過ぎなのです。少しは他の人を頼るって事を覚えた方が良いですよ?頼もしいヴァルハラ・ソサイエティの皆が居ますからね」

 

「俺以外皆女子だから頼るのはちょっと……な?」

 

「あはは、男の矜持がってやつですねっ!それなら仕方ないですね」

 

自分の事を打ち明けるのは、少し不安ではあったけど……流石は新海先輩ですね。これはヒロインが惚れるのも無理は無いですよ。

 

心地良い感情が湧き出る。今日はいい夢が見れそうな気がする。

 

「それでは先輩、そろそろ帰りましょうか?天ちゃんが心配していますよ?」

 

「ああ、そうだな」

 

手を出して、先輩を立たせる。ふふ、早く帰らないとね……。

 

振り返り、凱旋と洒落込もうとした時、背後から人の気配がして振り返る。

 

「なんということだ……」

 

声が聞こえたと思うと、暗闇からゆらりと現れる。

 

「な……っ!?」

 

「あーー……」

 

そういえば忘れていました。まだこの人が残っていましたね。

 

砕けたゴーストの石像を愕然と見つめている。

 

「高峰……蓮夜……っ」

 

「キミたち……、なんてことを……。なにをしたのか……わかっているのか!」

 

大声でこちらに向かって叫ぶ高峰先輩。前に出ようとした先輩を制止させ、代わりに出る。

 

「降りかかる火の粉を振り払っただけです。自分の力に溺れ、最後はその力によって自滅する……。お似合いの結末だと思いますが、高峰先輩はどう思われますか?」

 

「どう……、どう思うかだと……!?」

 

顔を歪ませ、怒りを露わにする。

 

「彼女は、私の希望だった。私の、光だった……!いいや、全てのユーザーの母となる人だったっ!」

 

「それを、貴様らは……!」

 

これは、戦闘開始って事で良いですよね?

 

やる事をやり切って、いざ帰ろうとしたところに追加で来る。これ程、めんどくさい事は無い。

 

「くっ……!戦うしかないのかっ」

 

隣で戦闘の覚悟を決める先輩の声を聞きながら、力を解放する。

 

「ーーーはぁっ!!」

 

高峰先輩の顔にスティグマが浮かんだと同時に、全力で距離を詰める。踏み込んだ石の足場が砕ける。

 

「っ!?」

 

一呼吸する間もなく背後へと回り込み、ポケットに仕舞っておいたアンブロシアを取り出す。

 

「真夜中ですので、お静かにお願いしますね?」

 

そのまま横腹に注射器の先端を刺し、流し込む。

 

「ぐっ!?あっ、ぁああ!!」

 

「ですから、お静かにと」

 

膝裏を蹴り、姿勢を崩させて、手刀で首元を振り抜く。

 

「がぁっ……!」

 

「っよっと……おやすみなさいです」

 

糸が切れたように膝から倒れる高峰先輩を支えながら、ゆっくりと地面に寝かせる。

 

よし、これでゲーム通りに再現できたね!

 

本来の使用方法で消費出来た事に確かな満足感を覚えて、頷く。

 

「は……?た、倒したのか……?」

 

「はい、うるさかったので眠ってもらいました」

 

「今さっきまで、俺の横を歩いていなかったか……?」

 

「歩いていましたよー?」

 

「こ、これも、九重が持っている力……で、良いんだよな?」

 

「その通りです。今のは少し面倒だったのでサクッと終わらせました」

 

先輩を見ると、さっきまで私が立っていた位置と、高峰先輩が倒れている位置を何度も交互に見ていた。

 

「足元のブロックが……とんでもねぇな」

 

「ささ、邪魔者は消えたので、今度こそ帰りましょう!!」

 

「いや、大丈夫なのか?あれ。あのまま放置するのは」

 

「問題ありません。後ほど九重の人達が回収して、安全な場所で介抱しますのでご心配なく」

 

「それなら良いんだが……」

 

本当に大丈夫なのか少し不安を感じつつも振り返る先輩と一緒に境内を出る。

 

「無事、終わったようね」

 

歩いていると先輩の横の空間が乱れ、ソフィが出現した。

 

「ああ、無事終わった。どこ行ってたんだ?」

 

「あなたの妹を宥めていたのよ。ほんと、騒がしい子ね」

 

「天が起きたのか!?」

 

「ええ、あなたを探しに行くって騒いでいたから無事終わったって知らせておいたわ。今は大人しく家で待っているところよ」

 

「そうだったのか、すまん。ありがとう」

 

「疲れちゃったわ、全く。成果も出なかったし……、私は戻るから何かあればまた呼んでちょうだい」

 

「分かった」

 

疲れた様な声で消えていくソフィ人形。お疲れ様です……。

 

「天ちゃん、無事契約を破棄できたのですね」

 

「だな。これでようやく安心できる」

 

ふと、頭の中に思いついたことがあり、スマホを取り出す。

 

「……お、うわっぁ……」

 

「どうしたんだ?」

 

「私に天ちゃんからのラブコールが大量に来ていますね。見ます?」

 

スマホの画面を差し出す。

 

「あー……俺がスマホを置いて行ったからかぁ」

 

「それで私の方に……、心配させちゃってるし、電話、してやって下さい」

 

「そうだな、悪い少し借りる」

 

電話をする先輩の受話器から、こっちにまで届いて来た声を聞いて、無事に終わったと実感を得るのであった。

 

 

 

 

 

「さて、本日のサボりは私達三人ですねっ!」

 

夜が無事明け、二人は大事を取って学校を休むことになった……ので私もサボった。神社の後、事後処理の人達への指示や、おじいちゃんやしげさんとのやり取りをしていたら外が明るくなっていたので、行くのを諦めた。

 

朝に先輩の部屋を訪ね、天ちゃんの無事をその目で確認が出来た。

 

「それにしても、天ちゃんが無事解除出来てほんとに良かったねー!今日はお祝いしちゃいましょう!お祝いっ」

 

「お祝いって……、でも、なんか……、やっと落ち着けるな」

 

「だね、ず~~~っと大変だったもんね。石になったり、あたしがおかしくなったり」

 

「このまま解決だと良いんだがなぁ」

 

「そだねぇ~」

 

パソコンの画面を見ながら、覇気の無い返事を出す。その横でコップに入れたお茶を飲む先輩。うん、平和だね。

 

「昨日の事、何か記事になっているか?」

 

画面の内容が気になったのか、天ちゃんの後ろから覗き込む。それに釣られるように私も一緒に後ろから覗き込む。

 

「う~ん……特に、なさそう……」

 

「そうか……」

 

昨日の出来事が何一つ情報として発信されていない事を聞いて、先輩が私の方を見て目が合う。

 

「……っふふ」

 

天ちゃんに気づかれない様に人差し指を立て、口元に持ってくる。ついでに笑顔も添えて置く。

 

私の返事に苦笑しながらも再び正面の画面へ目を向ける。

 

「てかさ、ほんとに風邪だったら寝てれば良いんだけどさ、健康体だと何して良いのかわっかんないね」

 

「まぁな、今日は完全なずる休みだし……そういえばっ!九重お前、アンブロシア、高峰に使ったよな……?」

 

「ん?はい、使いましたよ?」

 

「……ソフィは問題無いって言ってたが、ほんとに身体に異常とか無いんだよな?」

 

「心配し過ぎですって~、念のため、後でソフィから追加でアンブロシアを貰っておきますので、何かあればすぐに破棄しますよ」

 

「え、なんの話?舞夜ちゃんにも何かあったのっ?」

 

「あ、いや、大丈夫だ。九重の方は問題無いらしいからな」

 

「舞夜ちゃんの方は……?」

 

「ふふーん、天ちゃんに実際に見せた方がいいですかね?」

 

「え、何々?」

 

「驚いちゃうと思うから先に説明しておくとね、私のアーティファクトが進化したんだ」

 

「進化?そんなのあるの?」

 

「らしい。ソフィが言うには、持ち主の魂がアーティファクトを完全に制御できる状態に至るとそうなるみたいだな」

 

「へ~なにそれ、すごいじゃんっ」

 

「その段階に至ると、スティグマの色が変化するんだって。こんな風に……」

 

能力を適当に使い、スティグマを出す。

 

「ほんとだ……赤色……?違うな、紅色に見える」

 

「やっぱり、その色に見えるよねー」

 

「でもさでもさ、スティグマ……全身に広がっちゃてるけど……これ」

 

「俺もそこが心配なんだが……取りあえずは問題ないらしい」

 

「そうなんだ……。でも凄いね!完全にアーティファクトを使いこなせるようになったんでしょ?」

 

「そう言う事~、どう、凄いでしょ!!」

 

腰に手を当ててどや顔を決める。

 

「どんなことが出来るの?」

 

「色々出来るようになったよ?え~っと……そうだなぁ……あ、見ててね?」

 

立ち上がって、二人から離れる。

 

「それでは!今から私のアーティファクトの真の力をお見せしちゃいまーす」

 

「おお~パチパチ」

 

「よいしょっ!」

 

その場を軽く飛び上がり、空中で素早く座禅を組み、足場を能力で固定し、印相を手で作る。

 

「秘技っ、仏様っ!!」

 

堂々の振る舞いを二人に見せつける。

 

「九重……お前なぁ……」

 

「アーティファクトを完全に御することが出来れば、神と同じことが可能なのですっ!どうですか!完璧でしょうっ」

 

「いや、まぁ……凄いのは認めるが……くっだらねぇ使い方だなって思ってさ」

 

「酷いっ!?でも、隣の天ちゃんにはウケはいいみたいですよ」

 

先程から、テーブルを叩きながら私を指差して笑っていた。

 

「こいつはあほだしな」

 

「大切な私の友達に酷い言いぐさですね。それに……」

 

能力を解除し、床に降り立つ。

 

「超能力なんて持たざる力、この位くだらない使い方が丁度良いですよ。そっちの方が楽しいと思いませんか?」

 

「……そうだな。そっちの方が、平和だな」

 

「そうですよ~、他者を恐怖に陥れる力で、人を笑顔に出来るのです」

 

未だに笑っている天ちゃんを見てると、そう思わずにはいられなかった。

 





「お前。神社ではあんなに凄い感じで使っていたのになぁ……」

「他にも出来ますよ。見てて下さい。ほっ、と」

「わかりますか!寝仏さん……!」

「いや、仏像から離れろよっ!?」



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第25話:目的の為なら、過程などどうでも良いね!by新海天


今夜は……赤飯かな?




 

昼が過ぎ、日が落ち始め、外が夕焼け色に染まった時間帯になると、学校から帰って来た九條先輩達が新海先輩の部屋に集まる。

 

「すまない。皆を信用していなかった」

 

集まるや否や、第一声が先輩の謝罪から始まった。

 

「ううん、私こそ……ごめんなさい。とても頼ってもらえるような状況じゃなかったから……」

 

「そうね……。記憶が抜け落ちていた実感がある。あなたや天の事を、私は気にも留めてなかった。……責められる立場にないわね」

 

そのことを忘れていたから責めるつもりは無いと返ってくる。

 

「下手したら、起きなかったかもしれないしね、あたし。力も解除されなかったかもしれないし……。まぁ、無茶しに行くなよとは思ったけどさ」

 

「……そうだな。確かにあの時は俺が何とかしなくてはって思い込んで躍起になっていた……」

 

「新海くんのことを忘れちゃうなんて……本当に、ごめんなさい」

 

「でも、舞夜ちゃんと春風先輩は覚えてたんですよね?」

 

「え……?あ、は、はい……。忘れては……いなかった、です……」

 

「しっかりと、海馬に刻み込まれていましたとも~」

 

「なおさら……私たちの失態が痛いわね。都から事情を聞いて、気にかけていたのにもかかわらず……」

 

「私なんて……何度か舞夜ちゃんに聞かれたのに……」

 

「いや、うん。ある意味元凶のあたしが言うのもなんだけどさ、皆無事でよかったよね!!」

 

天ちゃんがこちらに体を向けて姿勢を正す。

 

「舞夜ちゃん。にぃにを助けてくれて、ほっっとにありがとうございました!」

 

「うん、しっかりとお礼を受け取りました」

 

因みに香坂先輩は神社へ来ていなかった。その理由は……勿論こちらへ来ないように事前に根回しをして止めてもらっていた。天ちゃんからのグループ連絡を聞いて、神社での出来事を知ったみたい。……あれ?ちゃっかりとグループに参加していたのか。

 

「彼女……ゴーストは、二人で倒したのよね?」

 

「……いやーー」

 

「そうなんですよっ!私と先輩の熱い共闘!ソフィからの手厚いサポートがあって何とか勝てることが出来ました」

 

余計な事を言いそうな先輩を遮るように口を挟む。

 

「まぁ……勝てたというよりは、最後の最後で、自分の能力に見限られて自滅……自分が石になって終わったんですけど……ね?新海先輩」

 

「あ、ああ……そうだな」

 

私の考えを感じ取り、話に乗っかってくる。

 

「それにしても、魔眼、魂へ攻撃する槍、そして瞬間移動……確認出来た限りでは三つのアーティファクトを所持していたのですが、どこで手に入れたのですかね~?結局素性も謎のままでしたし……」

 

「三つも……よく勝てたわね、あなたたち」

 

「先輩がソフィからアーティファクトを1つ頂戴していたのですよ。ほら、学校であった炎の能力のやつです」

 

私の言葉に、天ちゃんと九條先輩が納得するかのような声を出す。

 

「なるほど、エルフヘイムの妖精から……」

 

「ソフィなら何か知ってるのかもな」

 

新海先輩の発言に反応をするように、空間からソフィが現れる。

 

「おそらくは、眷属化でしょうね」

 

「眷属……?」

 

厨二病の結城先輩が即座に目を光らせ反応する。ああ、お可愛い。

 

「とある手段を踏むことで、自分の持つアーティファクトの力を他者に分け与える事が出来るの」

 

「そんなことが……」

 

「聖遺物は語らなかった……。まだまだ、私すら知らない未知の力を秘めているようね……」

 

「語らなくて当然。アーティファクトが本来持っている力じゃなくて、人が生み出した技術なんだから。当然、私からは語るつもりもない……。けれど、ペラペラと話したお馬鹿さんがいたみたいね」

 

んーー、自虐ネタかな?

 

「そっか……、アーティファクトが教えてくれないなら、知っている人に聞くしかない。ってことはさ……」

 

「ソフィさんと同じ異世界の住人が……魔眼のユーザーに、その技術を教えた……ってことですよね」

 

「ハルカ、だったかしら」

 

「ぇ、は、は、は、はいぃ」

 

「あなた、何か聞かなかった?フードのあの子から」

 

「……、いえ……特に……何も……な、ないです。……はい」

 

「そう……、あの子やレンヤって子のアーティファクトを見た事は?」

 

「……、ぃぇ……。それも……な、ないです……」

 

「そういえば、回収出来たのか?魔眼のアーティファクトは」

 

「いいえ、出来てないわ」

 

「え、だ、大丈夫なの?それ……」

 

「考えられる可能性は二つ。既に新たな適合者の元へ移動した。もう一つは……あの子たちはユーザーでは無かった……かしら?」

 

「異世界人が……ゴーストと高峰に力を分け与えた」

 

「え、じゃあ……、ラスボスが、まだ居るってこと?」

 

「どうやら……そのようね」

 

「そんな……、やっと解決出来たと思っていたのに……」

 

天ちゃんのラスボス健在発言に、結城先輩と九條先輩から重苦しい雰囲気が漂う。

 

「そんなに悲観するようなことはないわよ。フードのあの子……仮に眷属だとしたら、とんでもない才能だわ。あそこまで力を引き出すだなんて」

 

「どういう意味だ」

 

「本来、眷属として分け与えられた力は、通常はかなり弱体化するの。あそこまで使える子は、滅多に居ない。性格面でもそうね。力をばら撒いてこの世界を混乱させようとしていても、あの子以上どころか、並ぶような子も簡単には見つからないでしょう」

 

「仮に見つけられたとしても、その子が居るから心配する必要は無いわよ」

 

そう言って私の方を見る。

 

「彼女がいれば……?」

 

「舞夜ちゃんが……?」

 

「どゆこと?」

 

「あーあ……」

 

中々に余計な事をぉ……。

 

「なに、言っていなかったの?まぁいいわ。どの道当面の平和が続くってこと。素直に喜びなさい」

 

「もし、次の魔眼のユーザーが見つかっていたら?」

 

先輩が強引に話を変える。

 

「実際のところ、そっちが面倒ね。ま、どっちにしても今回以上に厄介なことにはならないでしょうけど。とにかく、みんなよく頑張ったわね。第一部完ってところかしら?協力に感謝するわ」

 

第一部……、正確には第二部?いや、この枝の私にとっては第一部になるのかな。

 

「何かあれば、また来るわ。それまでゆっくりと休みなさい。じゃあね」

 

「あ、は、はい。ありがとうございました!」

 

九條先輩のお礼を最後まで聞かない内に消えていく。……言いたい事だけ言って帰って行ったね。

 

「みんな、お疲れ様。ありがとう、本当に」

 

話が終わり、新海先輩が改めて皆にお礼を伝える。

 

「う、ううんっ、元々私がお願いしたことだし……こちらこそ、ありがとうございました」

 

「リグ・ヴェーダの野望は潰えた……。ヴァルハラ・ソサイエティも……眠りにつくときね。再び必要になる、その時まで……」

 

「あ……その設定忘れてた……。それなら、春風先輩も、仲間ですよね!仲間っ!」

 

「あ、ぅ……、よ、よろしく……、お願い、します……」

 

一段落した苦労を皆で労わり、新しい仲間の歓迎。

 

「ところで……エルフヘイムの妖精が言っていたこと、あれ、どういう意味なのかしら?」

 

「あ、私も気になっていた。新海くんは何か知ってるみたいだったけど……」

 

「あー……それはだなぁ?」

 

返答に困り、ちらりと私を見る。

 

「もしかして、今日見せてくれたアーティファクトが覚醒した事と関係してんの?」

 

「覚醒……!?」

 

またもや結城先輩の目が輝く。

 

「そうですね、折角ですし、皆さんにも話しておきますね?」

 

その後、ソフィが言っていたことはアーティファクトの覚醒のお話だったということにしておいた。

 

それでも色々突っ込まれたので誤魔化すのは大変だった、けどね……。

 

 

 

「それじゃあ、お邪魔しました」

 

「私も一緒に出るね~。晩御飯買って来る」

 

「後で買いに行けば良いだろ」

 

「いや、にいやん自覚無いかもだけど、顔色悪いから。大人しく休んでなさい」

 

「あ、私は先輩にお話があるので少し残りますね?気を付けて行ってきてね~」

 

「了解、それじゃ、行きまっしょ~」

 

「またね、新海くん。舞夜ちゃんも」

 

「……さようなら」

 

「ぉ、ぉ、お邪魔、しま……したぁ……」

 

「ああ、また」

 

「はーい、また明日ですっ」

 

玄関で皆を見送り、扉が閉まると外側から鍵がかかる。それを確認してリビングへと戻る。

 

「ふぅー……、それで?話ってのは?」

 

「大したことじゃないので畏まらなくて大丈夫ですよ?ただ、先輩が色々とお疲れに見えましたので、そのカウンセリングを少々……と」

 

「確かに少し疲れてるかもな。アーティファクトを使うと、こんなにも疲れるんだな。それについては、そっちも同じだろ?」

 

「ふふん、鍛え方が違いますのでっ!と、そっちの方では無くてですね……」

 

「そっちのほうじゃない?」

 

「ゴーストのことですよ。私の勘違いではなければ……変な責任を感じているかと予想しているのですが……」

 

「っ……」

 

「その反応だと、アタリみたいですね……」

 

「お見通しってわけか……」

 

「いえいえ、全部って訳ではありません、何となくです。先輩の様な人なら私があの時、ゴーストを殺したことを悔いているのではないかと。例えば……殺させてしまった……とか?」

 

「……そう、だな」

 

「先輩の口から直接聞いても……大丈夫でしょうか?本当は問いただすか迷ったのですが……」

 

ゲームでなら、ゴーストを殺した罪悪感に天ちゃんが救うって流れだったけど、肝心のゴーストは私が始末した。そうなると、先輩なら自分では無く、私に殺させたことに罪悪感を抱くかと予想したけど……まさかのビンゴ。それなら、私と話した方が良いだろう。

 

「ゴーストは……、九重では無くて、俺の手で殺すべきだったと……そう考えてしまうんだ」

 

「それは、私がゴーストを殺した罪を背負ってしまうとお考えで?」

 

「ああ、元々は天を助けたいからと、俺が勝手に動いた事だ。それに……結局勝てずに負けて、何も出来ないまま、ゴーストとお前の戦いを見ているだけだった」

 

顔を伏せて、膝前で手を組み、懺悔するようにゆっくりと話していく。

 

「結局俺は……九重が居たから勝てただけで、その責任すら……背負う事が出来なかった」

 

「まぁ、あの時先輩が私を止めようと動いたのは分かっていたので……なので能力で動けなくさせました」

 

「……俺に、ゴーストを殺させない為に、だろ?」

 

「ですね。あの場で彼女を殺さない選択肢はありえません。……それに、あのような存在の為に先輩の手を汚させて、罪を背負わすだなんて……もっとありえません」

 

「九重は、辛くはないのか?俺が言うのは、間違っているのは分かっているんだが……」

 

「……そうですね。今回ばかりは一切ありません」

 

そもそも、人じゃなくて幻体だしね。

 

「……っ!そうか……」

 

「先輩が気にすることなんかありません。先輩が手を汚してまで背負う必要なんてありません。先輩は何も変わらずに、今まで通りの楽しい日常を謳歌して、皆と笑って過ごし、平凡な日々を過ごすだけで良いんですよ」

 

「九重に、その罪を押し付けてか……?」

 

「ふふ、強情ですねぇ……。それに、先輩は前提を勘違いしていますよ?」

 

「……どういうことだ?」

 

「先輩がお考えになっているより、私の手は綺麗じゃありません。既に血で染まりきって薄汚れた手をしている……と、言うことです」

 

「……それって、つまり……」

 

「想像にお任せします。私は結城先輩の様に正しい正義感はありませんし、九條先輩の様に気高き精神を持ち合わせてもいません」

 

「先輩は、天ちゃんや九條先輩や皆の為に、危険でも誰かがやらなくてはいけないと決心して行動を起こした。確かに結果は惨敗でしたが、その勇気を、私は称えます」

 

「なので、先輩が気に病む所なんて、何一つありません」

 

諭すように優しく語りかける。

 

「……すまない」

 

「ぶっぶー、こういう場面の時は、ありがとう。です!はい、やり直しを求めまーす」

 

「……そうだったな。ありがとな、助かったよ」

 

「いえいえ~、お気になさらず。……あとは天ちゃんにお願いしておこうかな」

 

「ん?なんて?」

 

「いえっ!こちらの話なので気にしないで下さい」

 

「いや、何かいう事があるのならーーー」

 

「たっだいまー!」

 

玄関の鍵が開き、天ちゃんが帰ってくる。

 

「あ、帰ってきましたね!それでは、お話はここまでという事で~。天ちゃんお帰りー」

 

「私が居ない間に、にぃにに変な事されなかった?」

 

「お前は俺を何だと思ってんだ」

 

「それをわたくしめの口から言わせるおつもりで……?」

 

「と、特に……何も、な、なかったよ……うん、……うん」

 

目を伏せて、自分の身体を守るように抱く。

 

「え、何その反応。絶対あったやつじゃん」

 

「いや、何もしてねぇって。九重の悪ふざけだっ」

 

「あ、……うん。そ、そうだよ?私の……いつもの……っ!」

 

「うわぁ……にいやんって、そうやって黙らせるんだ。さいてー」

 

「せ、先輩は悪くないよっ!私が……私がっ……!」

 

「九重も、いい加減ふざけるのは止めてくれ!」

 

「はーい」

 

「まったく……」

 

「それでは、天ちゃんが戻って来たので私は帰りますね」

 

「ああ、そっちもゆっくり休んでくれ」

 

「ではでは~。お二人とも、また明日ですっ」

 

「うん、また明日ね~」

 

天ちゃんに見送られながら、玄関を出て部屋へ戻る。

 

「ふぃー……。これで天ちゃんサイドは問題無しかな?」

 

後は天ちゃんが上手く先輩を誘惑して、晴れて結ばれればオッケーって感じ。……後で、どうなったか本人から聞いておこっと。

 

どうしようかと考えながら背筋を伸ばすと、お腹が鳴る。

 

「……お腹すいた」

 

お昼は適当に済ましちゃったし、ここはパーッと盛大にしたいところだけど……ナインボールに行こうかな?

 

「失礼するわよ」

 

夕食の事を考えていると、テーブルの上にソフィが現れる。

 

「いえいえ、どうかしたのですか?」

 

私の部屋に来るなんて、何か用があったのかな?

 

「一応確認をしておくわ。あれからスティグマや体調に変化は?」

 

「うーん、全くないですね。すこぶる絶好調?」

 

「あらそう。なら良かったわ。……その様子なら問題無さそうね」

 

「あはは、ご心配ありがとうございますね」

 

「折角の貴重なサンプルだもの。しっかりとしたデータを取りたくもなるわ」

 

「お、お手柔らかにお願いします」

 

「何かあったら呼んでちょうだい。あなたはこの世界で唯一の到達者なのだから、色々知っておきたいのよ」

 

「分かりました。その時は宜しくお願いします」

 

「それだけよ、じゃあね」

 

用が済んだと言わんばかりに帰っていく。……新しいサンプルは次の枝かな?

 

「あー、晩御飯……適当にご飯炊いて食べよっと。それから、しげさんに連絡と、おじいちゃんにも貸し出しの確認をしておかないと」

 

やる事は終わったが、仕上げはまだである。

 

「ふふ……月曜日が楽しみだなぁ。天ちゃんの慌てふためく顔が見れるといいな」

 

兄と一線を越えた事を知られた時、どの様な顔をするのだろうか。楽しみで仕方がないね!

 

キッチンで米を洗いながら、どう揶揄おうかと楽しんでいた。

 

 





「KO!YOU WIN!」
「へへっ、燃えたろ?」
「うわ~!やった!やっちゃったよ!ノリノリじゃねぇか!」
「実はずっとやりたかった」
「舞夜ちゃんのこと、馬鹿に出来なくなったね!」
「それな」



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第26話:それは、綺麗な放物線を描き、私を目掛けて発射された……


原作の最後ぐらい?まぁ、後日談はまだ続きますがっ!



 

 

休日の二日間が過ぎ、一週間振りくらいの学校がやって来た。この二日間はゆっくりと休み、英気を養った。九重の人達にも山場は越えたと連絡が行き渡っているので、これ以上大きな動きは……多分無いと良いんだけどね。

 

「いやー、久々の学校だったけど、特に代わり映えなかったねー」

 

「そうだねー。朝は大変だったけどね」

 

午前中が終わり、お昼となった。いつも通り教室で食べようかと思ったが、周囲に思ったより人が集まりそうなので人気の無い場所へ移動することにした。

 

「おおー!凄い、こんな場所入れたんだー!」

 

「本当は入っちゃダメだけどねー!内緒だよ?」

 

扉を開けて屋上に出る。屋上を吹き抜ける風に乱れる髪を抑える。

 

「ささ、私たち二人きりだよー」

 

適当な良い感じの場所にシートを敷いて二人で座る。

 

「色々あったけど、学校に行けたことで日常が戻って来たって実感するね」

 

「うんうん、天ちゃんが無事に治ってほんと良かった。休みは実家で過ごしたりしたの?」

 

「にぃにも一緒に帰ったよ。いつもは何とも思わなかったけど、ありがたみを実感できた二日間だったよ~」

 

わいわいと休日の話をしながら食事を進めて行く。

 

「あ、そういえば天ちゃんに聞きたい事があったの」

 

食事を中断し、問いかける。

 

「んー?どしたの?」

 

「もう既に新海先輩とセックスしたの?」

 

「っぶぶ!!?」

 

私の質問に盛大にお昼ご飯を吐き出す。こちらに向かって飛び散ってくる食べ物を能力で止める。

 

「あははっ、盛大にぶち撒けたね!」

 

バックに入っているハンカチを取り出して宙で浮いている吐瀉物を除去する。

 

「ごほっ!ごほごほっ!い、いきなり何を……」

 

「んー?天ちゃんの大好きな先輩と、無事結ばれたのかなって気になっちゃってね、ふふ」

 

「……な、なんのことかな?」

 

「隠さなくたって大丈夫だよ?天ちゃんが、新海先輩のこと好きなのは前から知っていたから」

 

「……マジで?」

 

「うん、マジマジ」

 

「……い、いつから……?」

 

「うーん、知り合って少し経ってからかなぁ?」

 

「え、えっと、にいやんから何か聞いてたりする?」

 

「ううんっ、聞いて無いから直接天ちゃんから聞こうかなって!で、どうなの?受け入れてもらえた?」

 

「あ、あー……う、うん……」

 

「そうなんだっ!ふふ、良かったね!既にシたの?致したの?」

 

「め、めちゃくちゃグイグイ来ますね」

 

「そりゃ!もう!気になるってもんよ!」

 

「えー……何この子……えー……」

 

「そうなるとー……、休みは実家だし、可能性があるなら、一昨日の私が帰った後って事になるよね?」

 

「は、恥ずかしいから推測しないでもらえると……。てかさ、その……変に思ったりしないの?きょ、兄妹でだよ……?」

 

「ん?あー、別に良いんじゃないかな?兄妹かどうかだなんて些細な事だよ。重要なのは愛だよ!愛!」

 

「えー……ほんと何なのこの子……」

 

「確かに世間一般ではそう思われるかもしれないけど?大した問題じゃないよね!」

 

意気揚々とガッツポーズを決める。

 

「……なんか、もっと変な目で見られるかと考えていたんだけど、拍子抜けというか何というか……」

 

「あ、今度お泊まり会しようよ!その時に色々お話しよ!ねっ!」

 

「そういえばそう言う約束してたね~」

 

「そうそう!場所は私の部屋で!良いよね?拒否権は無いんだけど!」

 

「わ、分かった。分かったからちょっと落ち着いて落ち着いて」

 

「やったー!言質は取ったからね」

 

「うん、約束だったもんね」

 

「今度の土日ね!予定空けといて!あ、でもその前に皆で集まってお祝いもしたいね!パーってさ」

 

「それ私もしたいって思ってたところ~。やっぱりした方が良いよね?」

 

「当然だよ!親睦を深めるためにも絶対外せないイベントだよ!この機に先輩達と仲良くなりたいしっ」

 

「それじゃあ、グループの方で皆に聞いてみるね」

 

「お願いしま~す!」

 

今後の話をしながら楽しく昼食を食べ終えて、午後の授業へ向かった。

 

 

 

 

「それじゃ、また明日ね!」

 

「さいなら~、またあした~」

 

学校が終わり、当然のように新海先輩の部屋へ戻っていく天ちゃんを見送りつつ自分の部屋へ戻る。

 

「ただいまーっと」

 

鞄を所定の位置へ置き、ベットに腰を下ろす。

 

「いやー、お昼の天ちゃんの顔、中々傑作だったなぁ」

 

口の中に含んでいたお昼を全て噴射して驚愕の表情を浮かべていた。その後の動揺も何もかも可愛かった。

 

「あ、ハンカチ洗わないと……」

 

鞄から一部の業界に需要がありそうなハンカチを取り出し、台所へシュートする。

 

「流石の私でも、人ので喜ぶ性癖は持って無いしね」

 

スマホを見ると、グループから何件か通知が入っていた。内容を見ると、集まってお祝いをするのに賛成の返事をしていた。まぁ、集まる口実が欲しいだけかもしれないけどね。

 

「おお~、ご飯は九條先輩が作ってくれるんだ」

 

場所は新海先輩の部屋で集まり、集まる時間は昼から夕方の間なら自由みたい。

 

「楽しみだな~。頑張ったご褒美みたいなもんだよね!」

 

スマホを置こうとすると、メッセージが来る。相手はしげさん、ということは例の件かな?

 

画面を操作し、内容を確認する。

 

『依頼のあった物件のリストアップをしておいた。話で聞いたのと似た建物は計7か所だ。後で詳しい情報を送る』

 

「7つか……意外と絞れたみたいだね」

 

取りあえずしげさんに感謝の言葉と可愛スタンプを添えて返事をしておく。

 

「んーー。それじゃあ、備えておきますか!」

 

ベットから立ち上がり手を組んで背を伸ばす。

 

「まずはー、実家に帰って話し合いからー」

 

制服から外に出る服に着替え、部屋を出る。

 

「もう日が落ち始めているな~……ん?」

 

通路を歩き、先輩の部屋の前を通り過ぎる。

 

「………なるほど、なるほどねぇ……」

 

玄関の扉で遮られてはいるが、わずかに中から漏れている声が聞こえる。

 

「そういえば、2度目のシーンがあったね……」

 

天ちゃんの『あたしにする?あたしにする?それとも、あ・た・し?』作戦だ。

 

「お盛んだねぇ……羨ましい限りだよ」

 

苦笑いをしながらその場を立ち去って、実家へ向かった。

 

 

 

 

『ターゲットを確認』

 

夜風に煽られてながら、無線から聞こえる壮六さんの声が耳に入る。

 

「了解です、間違っても撃ち殺さないようにお願いしますね」

 

『うっかり指が滑るかもしれませんが、その場合はお許し下さい』

 

「うーん、うっかりなら仕方ないけどー、壮六さんなら問題無さそうなので」

 

『冗談です、少し歯がゆい気持ちはありますが、監視だけにしておきますよ』

 

「うん、お願いします」

 

手に持っている機械の画面を見る。そこには、少し画質は荒いが、屋上で一人立っている青髪の青年と、その横で宙に浮かんでいる人形が映っていた。

 

「深沢、与一……。良かった、ゲーム通りに動いているね」

 

「音の方は拾えますか?」

 

『少し風の音が入りますが、設置には問題ありません。いつでも繋いでください』

 

もう一つの機械を弄り、ボタンを押す。外だからか、風の音や車などの雑音が混じるが、話し声がはっきりと聞こえてくる。

 

『想像以上に手ひどくやられたみたいね』

 

『予定通りだよ。あの幻体には、魔眼のユーザーとして死んでもらう必要があった』

 

『あらそう。これからどうするの?クジョウミヤコはさっさと消した方がいいと思うけど』

 

『分かっている。記憶を盗まれる前に、彼女は消す。それと、もう一人も……』

 

『ココノエマヤね。勝てるの?別の枝でもだけど、完敗してたわよ?』

 

『やり方は幾らでもある』

 

『そうね、この枝で未だあなたに接触していないって事は、まだ正体を掴めていないみたいね』

 

『バレない様に接触を避けて来た。お前が言う別の枝での僕は迂闊すぎた。今度は慎重にやる。慎重に、確実に……。まずは九條さんからだ……』

 

「………」

 

『舞夜様、怒りを抑えてください』

 

「……うん、平気です」

 

ゴーストを私が殺したりとゲームとは違う流れを作ってしまったから心配していたけど、大した変化はなかったみたい。まぁ、その程度で変わるのなら彼が今立っている場所で、あのような結末に辿り着かないよね。筋金入りだもん。

 

「言質は取れました。今日はもう帰りましょう」

 

『よろしいのですか?』

 

「はい、これ以上は耳に入れたくありませんので……」

 

『……そうですね、それでは撤退します』

 

「うん、お疲れさまでした」

 

通話を切り、手に持っている機械をゆっくりと、落ち着いて置く。

 

落ち着こう。まずは情報の整理。大体は予想通りの会話だった。気になる点は九條先輩だけでは無くて私も対象に含まれる点だ。

 

「それに、イーリスの発言……」

 

この枝だけでは無くて、"別の枝でも"完敗……?どういう事だろうか?九條先輩の枝では、戦いのシナリオは無かったが……。

 

「もしかして、戦闘になる何かが起きたのかな……?」

 

最初の枝の私は、一体何をやらかしたのだろうか?確かにやろうと思えば今の深沢与一程度、あしらうのは容易いけど。

 

「まぁ、多分私が看破して、それを告げたんだろうね……」

 

九條先輩が対象に入るのは、自分の正体がバレる危険性があるからだ。私もその対象なら、理由は想像可能だ。イーリスの台詞的にも大きく外れては無いと思う。

 

「……やっぱり、結果は変わらなさそうだね」

 

正直、神社での戦いを見て、手を引いてくれたら……と淡い可能性を考えていたけど。

 

「慎重に、確実に……ねぇ」

 

どの様な作戦を考えているのか分からないけど、やる事は決まっている。

 

大切な人達に害を成す存在は……排除するのみ。

 

 

 





言質は取った!後は実行するのみ!どちらもね。

少し短いですが、サクッと書きました。

あとは書きたいのを何話か書くので、三章までもう少しお付き合い下さい。



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第27話:ある日の九重家


適当なおまけを一個目。

九重家での出来事を。


 

 

「舞夜姉、今暇だったり……する?」

 

九重の実家に帰り、おじいちゃん達との話し合いが終わり帰ろうと廊下を歩いていると、向こうから来た二葉ちゃんの一言がきっかけだった。

 

通されたのは談話室。異世界風に言えばサロンって言うのが当たりだろうか。

 

「私とお喋りがしたい……で良いのかな?」

 

「うん、出来れば白泉の事とかも知りたいなって……」

 

「二葉ちゃんは来年白泉に通うの?」

 

「舞夜姉と同じ場所に通いたいなって……ダメ?」

 

「私は全然平気だよっ、寧ろ可愛い後輩が来てくれるなら大歓迎!」

 

「ほんと……っ!?えへ、嬉しい……」

 

今話しているのは、久賀 二葉ちゃん。私の一個下の可愛い妹分である。物静かだけど、仲が良い人とは結構お喋りをしたりする。私もその一人である。一時期稽古やらで相手したり教えて行く内に仲良くなったのだ。

 

「でも、三花は確か玖方女学院だよね?お姉ちゃんと同じ場所にはいかないの?」

 

「ううん、あっちより舞夜姉が居る、白泉に行きたい」

 

「……それ、三花が聞いたら落ち込むよ?」

 

「その前に舞夜姉に、怒ると思うの」

 

「あはは……それもそうだねぇ」

 

私が二葉ちゃんと話していると、何かと割り込んで来る。自分の可愛い妹を取られまいと邪魔をしてくるのだ。そのせいで少し二葉ちゃんに言われたりする。毎度の展開である。

 

「それで?そのお姉ちゃんは今日は一緒じゃないの?」

 

「……確か、今は舞夜姉が一段落したって連絡が来たから、その報告に……」

 

「ははーん、なるほどね。その間私とお喋りしようと……?」

 

「ううん、こっちがメイン。舞夜姉、いつも忙しいから中々捕まらない。今日は運が良かった」

 

私はレアモンスターか何かかな?

 

「それじゃ、学校の話でも聞かせようかな」

 

「うんっ、お願いします」

 

学校での話や、最近起きた出来事、近くにあるおススメのお店などの話をしていく。

 

それから少し時間が経つと、部屋の扉が開く。

 

「二葉~、あんたこんな場所にーー」

 

部屋に入って来たのは、二葉の姉、久賀三花(くが みつか)であった。

 

「と、余計なのが居るのね」

 

「やぁやぁ、おひさー」

 

「そうね、二ヶ月振りくらいかしら」

 

「元気そうでなによりだよー」

 

「そっちも図太く生きている様ね」

 

「おかげさまで、元気に生きさせて貰ってますよー」

 

ズカズカと部屋へ入り、当然のように二葉ちゃんの隣へ腰を下ろす。

 

「お姉ちゃん、報告終わったの?」

 

「ええ、特に変わりの無いことだもの、直ぐに終わるわ」

 

「……残念、もう少し二人きりだと思ってたのに」

 

「ほんとに残念そうにしないでくれる……?結構心に来たんですけど……」

 

「舞夜姉に、学校の事もっと聞きたかった」

 

「二葉、あんたまだ白泉に行きたいとか言ってるの?駄目よ、あんたは私と同じ場所に入学するのよ!」

 

「……どこに入るかは私の自由。それに別々の高校に居た方が、色々便利。違う?」

 

「そんなの他に幾らでも居るわよ。私とあなたに限っては、同じ場所に居た方が動きやすいじゃない」

 

「そろそろ、妹離れをする時が来たって事で……」

 

「そんなんじゃないわよ、姉妹なら一緒に居る。当然でしょっ」

 

「私は、舞夜姉と一緒にいたいの」

 

「やっぱり根底はそこなのね……!」

 

親の仇みたいな目でこちらを睨む。

 

「い、いや~そんなに見つめられると照れちゃうな……あはは」

 

「舞夜!あなたからも言いなさい。この子は間違った選択をしようとしているってね!」

 

「たかが、学校選びにそこまで言わなくても……ね?」

 

「舞夜姉と同じ学校なら、今よりもっと沢山会える時間が増やせる……だから行くの」

 

「全く、ほんと優しい子なんだから……はぁ」

 

「お姉ちゃんに小言言われる時間も減るしね?」

 

「ぐはっ!……こ、小言……」

 

胸を押さえ、苦しそうに声を絞り出す。今のはダメージ入ったっぽいね。

 

姉妹の言い合いを横で楽しそうに見ていると、声に誘われてか、新しい客が来る。

 

「おや、何か声がするかと思えば……皆さんでしたか」

 

入口に居たのは、四栁(よつやなぎ)  (つかさ)

 

「司君、そっちこそ珍しいね。この前振り?」

 

「電話越しではありますけどねー」

 

「四栁じゃない、何か用かしら?」

 

「いえ、特にあって来たわけではありませんよ?ただ、知り合いの声が聞こえたので顔を覗かせただけですよ」

 

「こんにちは、です」

 

「はい、こんにちわです」

 

少しよそよそしく挨拶をしながら隣の服を掴む二葉ちゃん。それをご満悦な表情を浮かべている三花。

 

「いい機会だし、司君もどう?まだ席空いてるよ?」

 

「うーん、嬉しいお誘いなのですが……ここに来ているのは自分だけでは無いので……」

 

若干残念そうにため息を吐く。もう一人……?

 

「おうおう、こんな場所で集まってどんな悪だくみを企んでんだぁ?」

 

司君の後ろから続くように入って来た人物。

 

「ありゃ、燈も居たんだ」

 

堂々と立っている人物が八倉 燈(やくら あかり)

 

「おう、久しぶりだな。舞夜」

 

「舞夜……?約束、覚えている?」

 

「舞夜……姉ぇ……」

 

「うむ、よろしい」

 

「で、だ。なにしてんだ?こんな場所で?」

 

「見てわかんない?女子会だよ。いや、お茶会かな?二人も一緒にお喋りする?」

 

「くっだらねぇ。んな事より俺と戦えよ、な?そっちの方が有意義だろ」

 

「まーたすぐにそういうこと言ってー」

 

「全くよね、たまにはこうやってのんびりするのも必要なのよ」

 

「俺が、あんたの下に付くのはそういう条件だ」

 

「まぁ、それを言われると、ねぇ……」

 

「舞夜姉は、今は私の相手を……」

 

「ぁあ?お前には聞いていねぇよ」

 

「燈?」

 

「……ちっ」

 

「あんた、私の可愛い妹を脅してんじゃないわよ」

 

「なんだ、やんのか?この際そっちでもいいぜ?」

 

「上等じゃない、やってやるわよ」

 

怒りを露わにしながら席を立つ三花。……まんまと乗せられちゃって、まぁ。

 

「ははっ、んじゃ行こうぜ!」

 

「……はぁ、ごめんね?二葉ちゃん」

 

「う、ううん。いつもの事だから……」

 

「舞夜さん、すみません」

 

移動する為に席を立つと、一緒に歩いている司君が頭を下げる。

 

「私じゃなくて、二葉ちゃんにね?」

 

「そうですね。二葉さん、ご迷惑をおかけしました」

 

「い、いえ……そんなことは……」

 

部屋を出て向かう先は修練場、手合わせとかをするための場所である。

 

「そんじゃ、やるとするぜ」

 

拳を合わせ、にやっと笑う。

 

「いつでもいいわよ」

 

上着を脱ぎ、髪を払う。

 

「えーと、成り行きで私が見るね?いくよー?よーい、どん!」

 

手を振り下ろすと同時に両者が力を使う。

 

「いっくぜっ!」

 

「とっちめてやるわよ!」

 

 

 

 

「お姉ちゃん、お疲れさま。はいこれ」

 

「ありがとね、助かるわ」

 

「俺の勝ちだな!次は舞夜姉の番だぜ!」

 

三花対燈の戦いは、燈の勝利で幕を閉じた。最初は接戦していたが、次第に押されそのまま押し切られ終了。

 

「ふふ、いいよー。そういう契約だもんねっ」

 

「舞夜姉の、戦うところ、見れる……!」

 

「よっし、そう来なくっちゃな!」

 

「四栁君、合図、お願いね?」

 

「ええ、喜んでさせていただきますよ」

 

燈と距離を取って向かい合う。

 

「そういえば、最近貰ったって言ってた能力は使うんか?」

 

「ん?あははっ、まさか。使わないよ?それじゃ試合が成立しないからね!」

 

「その余裕をなくしてやるぜぇ!」

 

四栁君からの合図が出され、私に向かって一直線に向かって来る。

 

「おっらぁ!」

 

最初は顔面目掛けての拳、それをぎりぎりまで引き寄せてから避け、逆側からの組手を腕で弾くと、後ろに下がられない様に足が割り込んで来る。

 

「なるほど、いいよ。その距離に付き合ってあげるねっ」

 

逆に逃げられない様に右肩で当て身をする。

 

「っ!?上等だ!!」

 

負けじと肘で反撃、反対の手で視界外から腹部へ掌底。

 

「ぐっ……!早ぇな!」

 

咄嗟に体勢を崩しながらも衝撃を逃す。当て身をした右手をそのまま薙ぎ払う……が、頭を下げしゃがむことで躱される。

 

「こっちから……っ!?」

 

それを読んで膝蹴りをする。

 

「ちぃぃ!!」

 

腕をクロスさせ、これを防ぎつつ後ろに飛び退く。

 

「やっぱり舞夜とやるのは楽しいな!」

 

「今の蹴りを避けられるのは、流石としか言いようがないね。そっちが避ける動作に合わせたつもりだったんだけどー」

 

「決めに来ない攻撃だったからな。誘ってると予想して正解だったぜ」

 

「その割には余裕なかったねぇ?」

 

「分かっても避けれるかは別だからな!」

 

「そりゃそうだね!……あと、舞夜じゃなくて舞夜姉って呼び忘れてる……よっ!」

 

さっきは向こうが攻めたから、今度はこちらから攻める。

 

「これに勝ったら続けてやるよ!」

 

私も先ほど燈がした動きと同じ様にパンチを繰り出す。

 

「あめぇっ!」

 

その攻撃を避け、反撃とばかりにアッパーカットを繰り出してくる。

 

「ざんねーん」

 

「うおっ!?」

 

先程の避けられた手で相手の首元の服を掴み、そのまま投げ飛ばす。

 

「自分と同じ攻撃だと油断したなぁ~?そいやっ!」

 

空中に投げだされ、咄嗟にガードを構えるが、ガードの上から蹴り技で叩き落とす。

 

「ぐっ……!おぉぉおっら!」

 

私の好きにさせまいと強引に身体を捻って手を地面に付け、蹴りを返して来る。カポエラに近いのかな。

 

その蹴りをすり抜け、お腹に前蹴りをお見舞いする。

 

「がっ……くっ!」

 

攻撃が直撃し、後ろに倒れ込む。

 

「どう?今のは技ありかな?」

 

「そうですね。一本ですね」

 

「あーー!くそくそっ!負けたぁ!」

 

「油断したね、わざと燈と同じ様に仕掛けたらまんまとかかっちゃって~、このこの!」

 

倒れ込んで悔しがってるほっぺをつつく。

 

「あれはやられちまったよ、くそっ!」

 

「燈相手だと、視界内の大抵の攻撃は反応されちゃうからね、外を狙わせていただきました」

 

「再戦だっ!今度は油断しねぇ!」

 

名案とばかりに元気よく立ち上がる。

 

「えー、ちょっと休もうよ?」

 

試合が終わったので、一旦壁近くまで戻る。

 

「舞夜姉、お疲れ様です」

 

「二葉ちゃん、ありがとー。楽しんで貰えた?」

 

タオルを受け取って、感想を聞く。

 

「はい、とても……!凄くかっこよかったです」

 

「相変わらず、ふざけた速さね」

 

「あはは、誉め言葉として受け取るよ。まぁ、それに反応する燈も大概だけど」

 

「あいつは生まれ持っての目の良さがあるから良いのよ。それより、さっき話してた能力って、どんなのかしら?」

 

「ん?ああ。何?見てみたいの?」

 

「多少なりと興味はあるわ。あいつ相手に戦いにならないっていうくらいだし……」

 

「うーん、正確には燈含めての四人相手でも勝負にならないんだけどね」

 

「冗談でしょ?」

 

「ふふーん、どうかなぁ?」

 

「それは、是非とも見てみたいですね」

 

「司君も?」

 

「ええ、話には聞いていますが、人には持たざる力……この身で体験してみたいという好奇心はあります」

 

「舞夜姉……私も、気になるなぁ」

 

「うーん、良いけど、多分理不尽って怒るよ?特に三花が」

 

「怒らないわよ、あんた以上の理不尽なんて、そうそう居ないもの」

 

「俺も興味あるな。つえぇ舞夜姉が、更に強くなるんだろ?」

 

「……それじゃあ、ちょこっとだけね?」

 

小休憩を終え、私を囲むように四人が周囲に立つ。

 

「そんじゃあ、行くぜ?」

 

「いつでも、どこからでもどうぞ」

 

「二葉、合わせなさい」

 

「うん、任せて」

 

特に合図は無かったが、燈が動き出した事で全員が動きだす。

 

「っらぁあああ!」

 

恐らく全力で最速最短での攻撃、だが……。

 

「お終い」

 

能力を発動させ、全員の動きを止める。

 

「っ!?」

 

私の目の前で拳を振りかざしたままで止まる燈、右からは三花と、二葉ちゃんが同時にこちらに走り出し、司君は私の死角に入り込んでいた。

 

「どうかな?これで勝負ありなんだけど……」

 

 

 

「何よアレ!!理不尽でしょ!反則よ!」

 

案の定、三花が騒ぎたてる。

 

「これが、舞夜さんが言ってたアーティファクトの力……」

 

「すごい……」

 

「確かにあんなもん使われたら一方的に殴られて終わりだな」

 

「だよねぇ……、流石に使うのは忍ばれるってものだよ」

 

一応九重の人間にも余裕で効果ありなのが分かった。まぁ、流石に覚醒しているので当然と言えば当然かな?

 

「ほほう、鍛錬とは精がでるのぅ」

 

入口から声を掛けられ、皆がそちらを見る。

 

「あ、おじいちゃん」

 

九重家当主のご登場に、燈を除いた三名が頭を下げる。

 

「よい、ちと実験に来ただけじゃ」

 

「実験……ですか?」

 

「そうじゃ、舞夜に用があってな」

 

「私?もしかして能力のこと?」

 

「うむ、折角だしわしも味わっておきたくて……な?」

 

「なるほどなるほどー……、うん、私は大丈夫だよ?」

 

「すまんな、四人とも。邪魔してしまって」

 

「いえ、とんでもございません」

 

「当主様の戦い、見れるなら嬉しい」

 

「久々じゃないのか?人前で戦うのはよぉ」

 

やっぱりなんやかんやで皆バトルジャンキー寄りだよね。ワクワクした顔してるもん。

 

「それじゃあ!早速実験と行こっか!」

 

おじいちゃんと場内に入り、皆は端で大人しくしてもらった。

 

「どうしよっか?私が能力かけて、それに対して対処可能かとかにする?」

 

「そうしようかの。やり方は舞夜に任せよう」

 

「おっけー、ではでは、いくね!」

 

手を前に出して、能力を発動させる。全身に紅色のスティグマが顕現する。

 

「……綺麗」

 

二葉ちゃんの見惚れるような声が零れる。

 

「最初から全力で行くからっ!」

 

スティグマが輝き、アーティファクトの力を行使する。

 

「……ほほう、なるほどのぅ……これは動けないわい」

 

「一応首から下を対象にしているから、目とか口は動かせるよ」

 

「通常の状態ではかなわんと……では、次に移ろうか」

 

正面のおじいちゃんの纏う空気が変わり、目が赤くなる。

 

「どう、かな?結構な抵抗を……感じてるのだけど……!」

 

「これで無理じゃったか……仕方あるまい、舞夜、次じゃ……行くぞ?」

 

「うんっ!本気で来ちゃってっ!」

 

「……はあぁぁ……!」

 

おじいちゃんが、ゆっくりと息を吸い、力を込めるように声を出す。次第に体中の血管が浮かび上がり、目の色が赤から黒へと変色する。

 

「ちょ、ちょちょっ!」

 

「ゆくぞっ!」

 

抑え込もうと全力を出すが、それを更に超える力によって弾けるように能力が解除される。

 

「……ふむ、これなら可能じゃな」

 

「流石にそれはきつかったかー、あはは」

 

「それだけ分かれば十分かの……。ほれ、折角じゃ。少し手合わせといこうか」

 

私に向けて『かかってこい』と手招きする。

 

「もー……おじいちゃんが戦いたいだけでしょー?でも、いいよ。私も色々試してみたかったし!」

 

両者戦闘モードに入る。

 

「先手は、舞夜に譲ってやろう」

 

「それはっ!ありがたい……ね!」

 

 

 

 

 

「なによあれ、人間辞めちゃってるじゃないの」

 

九重宗一郎と九重舞夜の手合わせが始まり、三花が呆れたように呟く。

 

「流石は、ご当主様の愛弟子……ですね」

 

「舞夜姉……凄い」

 

「はっ、あのくらいじゃねぇと倒し甲斐がねぇってもんよっ」

 

二人の戦いは、速さは勿論であるが、技の洗練さと力の使い方が桁違いであった。

 

「どうじゃ!舞夜っ、そろそろ体が温まって来たんじゃないか!」

 

「だねっ!そんじゃ!能力も解禁してっ、本気で行くよ!」

 

相手に向かって正面から突っ込む舞夜。衝突すると思った瞬間、ありえない動きでその場に留まる。

 

「せいやぁっ!」

 

想定していたタイミングとほんの一瞬タイミングがズレたことで、九重宗一郎の動きに隙が出来る。

 

「ほっ!甘いわっ!!」

 

それを無理やりに身体を動かし、伸ばして来た腕を掴み、後ろに投げ飛ばす。

 

「残念っ!」

 

宙に投げ出された舞夜の身体が空中で動きを止め、何もない空間を"蹴って"頭上から襲い掛かる。

 

「やりおるわいっ!」

 

その攻撃をスレスレで躱して、反撃を行う。

 

「っ!」

 

咄嗟に衝撃の軸をずらして難を逃れる。

 

「……今のは驚いた、一瞬だが本気で反撃したが……その様子だと問題なさそうじゃな」

 

「結構効いたよぉ……でも、ここからがお楽しみだから、ねっ!」

 

「おい、今、空中を蹴っていたよな……?」

 

「ええ、そうね。どう見ても物理を無視した動きだったわ」

 

「それに反応して、反撃まで与えたご当主様もおかしいですが……」

 

「二人とも……かっこいい……っ!」

 

さっきと同じ様に突っ込む舞夜。だが、今回は直前でその場を飛び、頭上に回る。

 

「効かんぞ!」

 

蹴り技かと思ったが、飛んだ先で直角に横に飛び出す。更に空中で何度も跳ねるように何もない空間を蹴り、九重宗一郎の周囲を動き回る。

 

「あれ、アニメとかで見た事あるわ……私」

 

「奇遇だな。俺も漫画とかで見たことあるぜ」

 

「なるほど、さっきの応用じゃな。しかし……」

 

舞夜が背後に降り立ち、攻撃を仕掛ける。

 

「その瞬間が分かれば、対処は容易いっ!」

 

即座に振り返り、その遠心力のまま裏拳を出す。

 

「ぐっ……!」

 

直撃した。確かに直撃したが、まるでその攻撃に意も介さない様に、動きは止まらなかった。

 

「無理やりじゃと……?」

 

「もらったぁぁあっ!」

 

「させんっ!」

 

反対の手で自分の腕に攻撃して衝撃を加え、強引に舞夜の身体を横に押し出す。そのせいで背中への攻撃が掠めるだけで留まる。

 

「ちぇ~、今のはいけるとおもったんだけどなぁ……」

 

「……今回はここまでじゃな。これ以上は加減が出来そうにない」

 

「うーん、確かにそうだね。私も充分能力試せたし、満足満足っ」

 

「さっきの宙を動き回るのは、中々に新鮮な体験じゃった!」

 

「でしょ~?楽しんでもらえるかなって思ってね!試した甲斐があったよー」

 

心の底から楽しそうに話し合う二人。

 

「どうかしら、二葉。参考になった?」

 

「……モチベーションアップには、繋がった……かな?」

 

「参考にはならなかったってことね」

 

「動きを追うので、精一杯……」

 

「あれを見て参考にしようと思える人など、ほんの一握りですよ」

 

「そうね、今の私たちには到底無理そうね」

 

その中で、一人だけ口を大きく開け、目を輝かしている青年が居た。

 

「……次は、次は俺の番だっ!」

 

衝動が抑えきれず、二人の元へと走り出して行った。

 

「ま、良い物が見れたって事で納得しておきましょ」

 

レベルの違う戦いを見て、他二人も同意した。

 

 




名簿

四栁 司(よつやなぎ つかさ)

主人公の一つ上の優男で白泉の二年生。主に隠密や諜報など探偵に近い仕事を多く受け持つ。
会話から人の心情や考えを読み取る技能が長けており、横暴な八倉燈と一緒にされることが多々ある。彼から主人公への印象は、歳相応の少女と、歳不相応な人間が合わさっているようなチグハグな人、という印象を持っている。


八倉 燈(やくら あかり)

主人公の一つ下で久賀二葉と同じ歳。野生児みたいなやんちゃ坊主。自分より弱い奴には従いたくないという理念を持っているので、何かしらで勝つことが出来れば認めるという分かり易い性格をしている。才能は同期の中でもぶっちぎっているが、才能すらない主人公が自分より強い秘訣を探すために下に付く。

過去に九重澪に喧嘩を売ってボコボコにされたことがあり、少しトラウマになっている。



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第28話:初めてお泊まりするのって、大人の階段を一段登った様な気分


お泊まりする回です。その後は色々と。


 

 

「おっとまり、おっとまり、らんらんるー♪おっとまり、おっとまり、らんらんるー♪」

 

「すげぇテンションだな、おい」

 

「そりゃ!当然ですともっ!待ちに待った!天ちゃんとのお泊まり会だからねっ!!」

 

テンションが跳ね上がりその場で回り出す。

 

「ちょいちょい、スカート!スカートだから!見えちゃうっ!」

 

「おっと、淑女の私としたことが、なんてはしたないことを……御見苦しいものをお見せしてしまいましたわ」

 

「テンションが上がり過ぎてキャラがおかしくなってきてんなぁ……」

 

「何時ぐらいに私の部屋に来るー?」

 

「んーーそうだねぇ……、20時過ぎぐらいかな?」

 

「おっけー。晩御飯は食べてくる?それとも一緒に食べる?」

 

「どしよっかな」

 

「天ちゃんが良ければ一緒に食べない?出前とか取ってさ!ぜいたくしちゃおうよっ!」

 

「おおー、いいねそれっ。でもそんなにぜいたくは出来ないかなぁ?今月わりと出費が激しくてさ。ほら、にいやんの面倒を見るために色々と……」

 

「お金なんて気にしなくて良いよ!全部私が用意してあげるから!」

 

「いやいやいや、流石にそれは申し訳ない」

 

「主催者だからねっ!天ちゃんは大人しくおもてなしを受けるが良い!」

 

「舞夜ちゃんって、悪い人に騙されそうだよね……大丈夫?」

 

「天ちゃんに騙されるのなら喜んで受け入れるよっ!」

 

「いや、駄目じゃん……ん?今、遠回しに私貶された?」

 

「冗談だよ、冗談っ、それじゃあ!また後でねー!」

 

「ういー、また連絡するねー」

 

途中で天ちゃんと別れ、マンションへ帰る。

 

「そうだ、先輩にも自慢しとこ」

 

部屋の階に上がり、自分の玄関ではなく、三つ隣の玄関のピンポンを押す。

 

「はーい、って九重か。天と一緒じゃなかったのか?」

 

「ふふふ、先輩に自慢しに来ましたっ!」

 

「自慢……?」

 

不思議な表情を浮かべながらも私を中にあげる。

 

「なんと本日っ!天ちゃんと私の部屋でお泊まりなんですよ!!」

 

両手を腰に当てて、堂々と宣言する。

 

「いや、知ってるよ。んな大声で言わんくても」

 

「どうですか?羨ましいですか?大切な妹君を私が独占するのですよ?恋人兼兄としてどう思いますか?」

 

「どうって……、あいつと仲良くしてくれる友達が居て良かったなくらい?」

 

「恋人としては……?」

 

「何が言いたいんだよ」

 

「いやー出来立てほやほやのカップル。付き合ったばっかの頃に一日お借りすることに、すこーしだけ罪悪感がありまして……」

 

「その割にはわざわざ自慢してきてんじゃねーか。その嬉しそうに勝ち誇った顔が全て物語っているぞ」

 

「おっと、私としたことが……素人に表情を読み取られてしまうなんて……プロ失格ですね」

 

「なんのプロだよ……」

 

「と、まぁ、天ちゃんと今日はお泊まりするので一日お借りしますという報告をしておこうかと思いまして」

 

「知ってるからいちいち言いに来なくても大丈夫だぞ」

 

「念のためですよ。一応、完全に事件が解決したって訳ではありませんので」

 

「……あれから、何かわかった事は?」

 

「今の所、音沙汰無しですね。上手く身を潜めている様です」

 

「そうか。街から離れたって可能性はないのか?」

 

「……ありえない事はないですが、真犯人の目的は数多くのアーティファクトを手に入れることだって結論に、この前なったじゃないですか」

 

「そうだとしたら、未だに潜伏している……ということだよな?」

 

「はい、でもご安心を。我が家の方でも人を割いて危険人物が居ないかパトロールとかしていますので、動きづらいと思いますよ~」

 

「大丈夫なのか?相手はユーザーだぞ?」

 

「恐らく心配ご無用かと。ここでもし一般人に手を出してそれが露見されれば、折角身を隠しているのが全部パーになりますから。かなり慎重に動くと思いますよ?」

 

「その抑止力としてのパトロール、か」

 

「ですです」

 

「なら今しばらくは安心ってことだな」

 

「と、私は予想しております。よほど犯人が馬鹿じゃない限りは」

 

「すまんな、また何か分かったら教えてほしい」

 

「了解しました~。では、暗い話はこの辺でお終いとしましょう!」

 

ぱん!と両手を叩いて話を締める。

 

「ところで話は変わりますが……新海先輩は今夜の晩御飯のメニューをお決まりで?」

 

「ん?いや、特に決まっていないけど?」

 

「それは良かったです!もし良ければ、一緒に食べませんか?」

 

 

 

 

 

「それでは、いただきます!」

 

「いただきます」

 

「いただきまーす」

 

晩御飯が先輩の部屋に届き、皆で食べ始める。

 

「こ、これが……うな重……!」

 

「でっか、しかも二つも入ってるし匂いもヤバい、うまそ」

 

「ささ、お二人も食べて下さいな!」

 

「いや、ここまで来て食べないって選択肢は無いけどさ……九重、これ、幾らしたんだ?」

 

「ふい?ふぉふん、ほほえへん?」

 

「……口の中を片付けてからで大丈夫だ」

 

「……ん。一番上のメニューをお願いしただけなので、分からないです」

 

「まじかよ……きっちり重箱に入ってるし、回収もするんだろ?」

 

「ですね、知り合いのお店の方に頼みましたのでご安心をー……はむ、うひゃぁ美味い!」

 

「にぃに、にぃに、やばいこれ。めちゃうまい」

 

「だろうな。それじゃ、有難くいただくよ」

 

「どうぞどうぞ!すっごく美味しいですよ」

 

「……うま。なんだこの柔らかさ、タレもしっかりと身に沁み込んでで……口の中で風味が……確かにこれはやばいな」

 

「お口に合って何よりです」

 

「ほんとに良かったのか?今日は天とお泊まりって言ってたのにさ」

 

「それはそうですが、先輩をほったらかしにして、二人で美味しい物を食べるのはあまりにも可哀そうです。不憫です。哀れです」

 

「お気遣いどーも」

 

「それに一人ではなく、皆で食べるのが美味しい物を更に美味しく感じるためのコツですよ?ねー?天ちゃん」

 

「うむ、めちゃ美味い!!こんな美味しいのを食べられて、幸せだよ……」

 

「その返事だけで私も幸せですなぁー」

 

「すっげぇ、奉仕精神を見た……」

 

「先輩、可愛い女の子が美味しそうに食べる姿を見れる……何よりの喜びではありませんか。そうでしょう?」

 

胸に手を当て、語るように手を振るう。

 

「………」

 

「無言は肯定と取ります」

 

「否定は、しない……」

 

「そうでしょう、そうでしょう!ここに平和が……楽園があるのですよ!人類はもっとこの価値を知るべきです!争いや奪い合いなどしている場合じゃありませんよ!」

 

「急にスケールがデカくなったな」

 

「まぁ、私はこの姿を拝めるのなら、平気でその他大勢を排除するのですけど」

 

「めちゃくちゃ過激派だった。寧ろ、奪う側じゃねーか」

 

「勿論です。天ちゃんの笑顔の為なら全て排除致しますので!」

 

拳を握り、ガッツポーズをする。

 

「良かったな、天。お前に厄介なファンが出来たぞ」

 

「しかも、アイドルの為にって言って、勝手に暴走するタイプの迷惑ファンだよね」

 

「二人とも辛辣だなぁ……」

 

 

 

 

食事も終わり、最後にデザートを食べて先輩とおさらばを決める。

 

「さぁ、お待ちかねのお泊まりの時間だっ!!」

 

自分の部屋で立ち上がり、両手を大きく広げ高らかに宣言する。

 

「おーぱちぱち~」

 

「飲み物もお菓子も何でもあるからね!今日は語って騒いで楽しもう!あ、お腹空いたりしたら言ってね?夜食のおにぎりとか作ってあげる!」

 

「ほんと至れり尽くせりだなぁ、お姫様になった気分だよ」

 

「天ちゃんは最近大変だったからね~、個人的に労わるって目的もあるよー?あとは、おめでとう的な会、かな?」

 

「おめでとうの会?」

 

「そうそう、天ちゃんに恋人が出来たからね!それについても色々とお話を聞きたかったのですっ!」

 

「うわぁ、やっぱりその目的もあんのかー……」

 

「至極個人的に物凄く知りたい!」

 

ゲームでは語られない先のお話とか!今後の予定とか!諸々ね!

 

「いや、と言っても何も面白い事とかないよ?いつも通りだし……」

 

テーブルのお菓子を摘まみながら困った顔をする。

 

「……先輩とは何回くらいシたの?」

 

「っぶ!ごほっ、けほけほ、またその話!?」

 

「ほら、あれから何日か経ったじゃん?屋上の様子だと既に一回は確実だし……、もう一回くらいは経験済みなのかなぁってね。で、実際はどうかな?」

 

「めっちゃ目を輝かせてんな……あー……まぁ、うん。してます、はい」

 

「へぇーー!やっぱりそうだよね!ぶっちゃけ、この前玄関前通った時に声が漏れてたし、シているのは分かっていたんだけど!」

 

「……は、い?」

 

手に持っていたお菓子をポロリと落とす。

 

「ふふ、外に声が漏れていましたっ!」

 

「まま、まじで……!?」

 

「うん、マジだよ」

 

耳と顔を真っ赤にして両手で顔を覆う。うは、照れてる照れてる!超可愛いんですけど!

 

「いやー、お盛んですなぁ……」

 

「くそ恥ずかしい……友達に聞かれてたとか、今すぐにでも死にたい……!」

 

「どこかデートとか遊びに出掛けたりとかした?」

 

「……いや、特にしとらん」

 

「兄妹だし、今更改まる必要とかないのかな」

 

「どうだろね、にいやんはまだアーティファクト関連を気にしている感じだし、少し遠慮してるところもあるのかも……?」

 

「今度、誘ってみたらどうかな?デートしよって。そして少しずつ先輩を天ちゃんの沼に引きずり込む作戦とか良いと思うよ」

 

「私の沼って……。でも、定期的にこっちから仕掛けないと、あっちは何もしてこないからなぁ」

 

「先輩の中で、何か行動を起こすときは天ちゃんからってイメージが根付いてて、受け身なのかもね」

 

「それはある」

 

「それなら天ちゃんからアプローチを仕掛けて行かないとね!」

 

「アプローチて……。てかさてかさ、舞夜ちゃんはどうなの?」

 

「うん?何が?」

 

「恋人かとさっ、好きな人とか居ないの?」

 

「私っ!?えー……好きな人?」

 

「そそ、好きなタイプとか!どんな人と付き合いたいとかっ」

 

「あー……そうだなぁ……好きなタイプか、……私より強い人、とか?」

 

「舞夜ちゃんより強い人……?」

 

「うんうん、私と付き合うなら、私より優れた人じゃなきゃ話にならない!……とか?」

 

「舞夜ちゃんってかなり強いんだよね?腕っぷし的な意味で」

 

「まぁ、それなりに……?」

 

「同年代で御眼鏡に適う人いないんじゃ……」

 

「それは……そうかも。でもっ!別に力だけってわけじゃないよ?頭脳だったり、知恵だったり、精神面とか色々あるよ!」

 

「ほほう、なるほど、ね。そういえばこの前さ、舞夜ちゃんに告白しようとしていたクラスメイト居たじゃん?」

 

「小林君だよね?」

 

「いや、大山く……あれ、小山君だっけ?その人はどうなの?」

 

「………」

 

「ですよねー、名前すら記憶に無いって事は眼中にすら無いってことだよね!」

 

「大丈夫!今、薄らと記憶の中で思い出しているからっ!」

 

「もうだめじゃん」

 

「今は余計なことに現を抜かす暇はありません。学生の本分は勉学です」

 

「都合のいい言い訳だよね、それ。ろくに授業聞いてないくせにー」

 

「ありゃ、バレてましたか」

 

「余裕ですな」

 

お互いに笑いながらテーブルの上のお菓子を食べる。

 

「……今だから、ぶっちゃけ言うけどさ……」

 

「んー?なになに?」

 

少し言いにくそうに目を伏せた天ちゃんに、極細チョコスティックを咥えながら返事をする。

 

「舞夜ちゃんって、にぃにの事、好きなのかとずっと思ってたんだよね……」

 

「んー……んんっ!?」

 

食べかけのお菓子が途中で折れる。

 

「私が、新海先輩の事を……お好きであられると?」

 

「そうなのかなって」

 

「……因みに、どういった観点からそう思ったの?」

 

「どういった観点から……。えっと、クラスメイトの男子とかに向ける態度と、にぃにと話している時の態度が全然違うとか?」

 

「……まぁ、確かにそうですね」

 

「わざと?」

 

「天ちゃんのお兄さんだし、仲良くしておきたいじゃん?」

 

「そうは見えなかったような気が……あと他には、よくにぃにのこと見てたり、気にかけてたりしてたし……前に晩御飯を振る舞ったって聞いたから……」

 

……なるほどぉ。

 

「内心、少し焦りとかモヤモヤしてたり……?」

 

「……正直、少しあった……」

 

か、かか、可愛い……!なんだこの天使みたいな生物はっ!?

 

「でも、もし……さ、付き合うとかあったら、舞夜ちゃんだし、いいかなって……」

 

「……私なら、良いの?」

 

「良くはない……けど、まだ任せられるというか……、安心というか、ね?」

 

「天ちゃんっ!」

 

「うっぐ!?」

 

我慢しきれず抱きつく。

 

「なんて良い子なんだ……!可愛い過ぎる……犯罪だよぉ、このこのっ」

 

取りあえず頭に頬を擦りつける。

 

「ちょ、急にどしたの!?痛い!力強すぎっ!?」

 

「ああ!?ごめんごめん。つい衝動が抑えきれなくて……」

 

落ち着きを取り戻し、元に戻る。

 

「そっかぁ……天ちゃんがそんなことを思っていたとは……これは予想外?」

 

「でも、今は私のこと応援してくれて……その、変な目とかで見ないで普通に接しているしさ、それが凄く嬉しい……」

 

「あはは、そのくらいで友達を嫌うわけないよ」

 

「ぶっちゃけさ、本当のところは……どうだったの?」

 

「先輩のこと好きだったかって?」

 

「そうそう」

 

「そりゃあ、好きだよ?」

 

天ちゃんが驚いた様に目を開く。

 

「新海先輩のことは好きだし、それと同じくらいに天ちゃんのことも好きだし、九條先輩や香坂先輩や結城先輩のことも好きだよ?」

 

「友情的な、好きってこと?」

 

「うーん、親愛的な?男として見ろって言うのなら……、凄く、魅力的な人だと思うよ」

 

「でも、にいやんに勝てるところあるように見えないんだけど……」

 

「ううん、そんなことないよ?先輩凄い人だよ?それこそ、大切な妹の為なら、たとえ火の中、槍の中ってね!あ、石の中……?」

 

「全部、実体験ってところが笑えない……」

 

「そういった、誰かのために動こうとする精神や心は凄く尊敬出来るポイントだねぇ」

 

「………」

 

「……ん?どしたの、浮かない顔して」

 

少し困った様な、苦笑いの様な表情をしている。

 

「いやー、それを舞夜ちゃんが言うのですか……って思ってさ」

 

「……私が?どゆこと?」

 

「えと、実はね。私が……その、アーティファクトのせいでおかしくなっていた時の話を、ソフィとにぃにから聞いたんだよね……」

 

「……え」

 

「聞かされていた内容が何だか歯抜けというか、色々濁しているのは何となく分かっていたから、全容が知りたくて……つい」

 

「えっと、二人からどのあたりまで聞いているの……?」

 

「多分、大体は。舞夜ちゃんが私やにいやんを助ける為に色々してくれたこととか、その、神社での戦い、とか?」

 

「あ、はい、そうなんだ……へぇー……」

 

「にぃにからは本人は言うなって言われていたんだけど……、流石に気にしないで過ごすのはどうかなと思いまして……」

 

申し訳なさそうに頬を掻いている。

 

「その節は、ほっんとにお世話になりましたっ!もの、すっごくっ、助かった!ほんとうにありがとうございました」

 

私に向けて深々とお礼をしてくる。

 

「……私がしたくてしたことだから、気にしないで?……うん、どういたしまして」

 

こちらに頭を下げている天ちゃんの頭を撫で回す。

 

「ちょちょ、髪が崩れるっ!?」

 

「これは正当な報酬なのです、大人しく撫でられて下さいなっ」

 

「そう言われると、払い除けなくなる……」

 

「それで、天ちゃんの気がかりはお終い?」

 

「え、あー……かなぁ?舞夜ちゃんの気持ち?的なのは知りたかった感じ」

 

「もし、私が『実は好きだったのっ!天ちゃんにも渡したくないくらいに!』って言ったらどうしてたの?」

 

「それは……、舞夜ちゃんに……いや、譲ったり渡したりはしたくないしする気もないけどさー……。それだと報われないし、一回くらいにぃにを貸しても良いかなって考える……?」

 

「おおー、それは随分と太っ腹な案を出して来たね~。正直驚いちゃった」

 

「にぃにを使って借りを返す?みたいなことするのは気が引けるけど……」

 

「う~ん……」

 

「どしたの?」

 

「あ、ううん。純粋に天ちゃんの好意だろうなって感じてるんだけど……。裏の考えとかあったらどうしようって思っただけ。ごめんね?」

 

「う、うらの……?」

 

「ごめんごめん、私が少し汚い考えをしちゃっただけだね。私が変な事を思いついてただけだから」

 

「どんなこと考えてたの?」

 

「聞く?聞いちゃう?それを聞くと後悔するかもしれないし、私を軽蔑するかもしれないよ~?」

 

「前置きが怖ぇなぁ……、だが、あえて聞こうっ!」

 

「ふふ、それじゃあ、私から一つ話があるんだけど……」

 

 

 

 

 

「と、いうわけでどうでしょうか?今の提案は!」

 

天ちゃんとのお泊まりも夜が明け、日が昇り朝ごはんを食べ終えた後に、再び新海先輩の部屋へ二人で押し掛けた。

 

「いや、いやいやいや、黙って聞いてたけど……頭おかしいんじゃないか?」

 

「そうでしょうか?個人的にはアリだと思うのですが……」

 

「ありも何も、その提案を持ちかけてくるのがどうかしてると思うんだが……正直、頭の整理が追いつかん」

 

「では、先輩が理解できるようにもう一度丁寧にご説明致しますね!」

 

人差し指を立て、身振り手振りで説明を始める。

 

「今、お二人はお付き合いされていますよね?これは現状、私しか知らないと考えています」

 

「ああ、そうだな……」

 

「しかし、二人は兄妹。これが血の繋がって無いとか新たな設定があれば問題はなかったのですが、実の兄妹であられます」

 

まぁ、これはこれで良い味が出ているのですが……!

 

「世間一般では中々変な目で見られることでしょう。現に周囲に打ち明けられていないところを見るに気にしている点かと……」

 

「あたしは別に……」

 

「別に、今までとそこまで変わらんだろ?」

 

「先輩は分かっていませんねぇ。親しい人ならその内気づきますよ。天ちゃんと先輩の距離感やスキンシップ、視線やその熱量がこれまでと違っていますから」

 

「そ、そうなのか……?」

 

「……どう、だろ?」

 

困惑気味の先輩と、どこか心当たりがあるのか、少し恥ずかしそうにする天ちゃん。

 

「まずヴァルハラ・ソサイエティのメンバーにバレますね。まぁ、皆さんならなんやかんやで秘密にしてくれるとは思います。お優しい人達ですし……」

 

「しかし、それ以外には隠してても隠せなくなるのは時間の問題だと私は思ってます」

 

「そうか?天は今までバレない様に隠してきているんだぞ?」

 

「それは、自分の好意を知られたくないからですよー。知られて、それを受け入れて貰えたのなら、隠す必要などどこにもありません。これからどんどん前面に出てきますよ?」

 

「言われてみれば……この前、通学の時にそう言ってたな」

 

「天ちゃんも隠す気はないよね?隠したくないよね?」

 

「にいやんに迷惑がかかるなら……我慢するけどさ」

 

「ぅうーん!健気っ!」

 

「なので、私はもしものことを考慮して、ある提案をします!」

 

「それが、さっき言ってた……?」

 

「はいっ!なので形だけ、私と付き合ったことにしましょう!」

 

「やっぱり聞き間違いじゃなかったのか……」

 

「先輩と天ちゃんがイチャイチャする。それは大いに結構です。私もそれをすごーく推奨します」

 

「そして、周囲に不審がられることもあるかもしれません。『あの兄妹……あやしくね?』的な欺瞞の目が……!」

 

「そこで私をカモフラージュに使うのですよ!身代わり?隠れ蓑?」

 

「九重が言いたい事はよく分かった。俺と天の事を気にかけてくれてんのもな」

 

「おおっ!今度は理解していただけましたか!」

 

「んで、だ。天、君はこれを聞いてどう思った?大切な友達が体のいい身代わりになるって目を輝かせて言ってきたことに関しては」

 

「いや、ね?あたしも最初は言ったし思ったよ?頭おかしい提案だなって……。普通自分で言ってくるのかなってさ。でも、でもさ、聞いてく内に思ったのよ」

 

「何をだよ」

 

「あれ、意外と悪くない話では……?と」

 

「おまえ、ほっんとクズだな」

 

「クズっていうな、クズって」

 

「そもそも、今の話に九重のメリットが無いだろ。損するだけだぞ」

 

「ちっちっち、甘い、甘いですよ、新海翔」

 

「急にフルネームで何なんだ……」

 

「明確なメリットならあります。何ならほとんどメリットしかありません!」

 

両手を大きく広げる。

 

「二人が仲良く、これからも楽しく過ごしていける。それだけで十分なお釣りが来ちゃいます。流石に白昼堂々とイチャつけることは難しくても多少は誤魔化せるでしょう」

 

「私はただ見たいのです。二人がこれからどのような人生を歩んでいくのか、どの様な日々を過ごしていくのか……それを知りたい。それが物凄く楽しみなんですよ」

 

「そんなことの為にか……?」

 

「はい、先輩達にとっては大したことじゃないかもしれませんが、私には大切な事なので……」

 

「言ってしまえば、二人の物語の続きをすぐそばで見ていたいだけなのです。存分にイチャイチャして欲しいってことですね!」

 

「……天、お前の友達、頭大丈夫か?」

 

頭を抱えながら小さく呟く。

 

「正直、かなりイッちゃってると思います。はい」

 

それを真顔で天ちゃんが返す。

 

「二人とも酷いなぁ……自分の欲望の為に動いているのは認めるけどね」

 

「それと、もしこの件で誰かが変な噂をしたり、天ちゃんに直接危害を加えようする輩が居たら、私の方でお守りするのでご心配なくっ」

 

「……因みに、どの様な対応を……?」

 

半笑いした顔で先輩がこちらを見て来たので、笑顔を浮かべ、右手の親指を立ててそれを首前に上げ、勢い良く横に引いた。

 

「この世から追放するだけで許しますので、ご安心を」

 

「完全に殺してるよな!それ!」

 

「やべぇーよ、殺意高すぎでしょ……」

 

「噓ですよ、流石に命は取りませんから……ふふ」

 

「命はって……。しかも意味深な笑みだよ……」

 

「それで、どうでしょうか?お返事をお願いします!」

 

「んなの、却下に決まっているだろ?」

 

呆れた表情で言葉を返される。

 

「ふふ、ですよねー。先輩ならそういう風に言うと思っていました」

 

「分かっていたならどうしてわざわざ……」

 

「いえ、実際に行動に移す前に、一応確認と返事を貰っていた方が先輩の方も納得しやすいのかと思いまして……」

 

「は?それは、どういう意味で……?」

 

「あはは、既に決定事項ってだけですので!」

 

 

 





彼の意思は最早無意味だったのだ……。()


一応、これで一区切りとしておきます。

後は、お泊まりの後日の……お話を書いたら、第二章も終わりですかね?

その後は第三章に行ったり行かなかったり。



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第29話:面倒ごとは消え去った!後は楽しむだけだよね?


第二章の最終話です。

あとは三章に行ったり、書きたい話が出れば追加で書いたりします……かも?




 

「すみません、お待たせしましたっ」

 

「いや、そこまで待ってないから気にしないでくれ」

 

学校が終わり、校門前で待ち合わせしていた新海先輩と合流する。

 

「あれ、みゃーこ先輩は一緒じゃないの?」

 

「九條はバイトだってさ、さっき自転車に乗って向かったよ」

 

「そりゃ残念、一緒に帰りたかったな~」

 

「石化の件でシフト減らしていたから、最近は気持ち多めに入れているみたいですね」

 

「そうなのか」

 

「らしいですよ。先週お店で会った時に聞きましたので」

 

「最近は平和で良いよね~」

 

「普段は実感しない台詞だよな」

 

「身に以て体験しているからしみじみと感じるよ~……あれから何かアーティファクトのことで動きとかあったん?」

 

「いーや、ありがたいことに平穏そのものだな。ソフィからも暫くは大丈夫だろうと言われているし、このまま何事もなく過ぎてくれるとこちらとしてはありがたいんだけどなぁ」

 

遠い目で空を見上げる先輩が、一瞬こちらをチラ見する。

 

「大丈夫ですよ、問題ありません」

 

「ん?どしたの。二人とも一瞬目が合ってたけど、実は何かあるの?」

 

「天ちゃんの事が心配で心配で仕方のない先輩を安心させただけだよ?」

 

「なんだよ~、私の事が心配なだけかよ~」

 

「余計な事は言わなくて良いから、調子にのるからな」

 

「私のこと好きすぎるだろぉ~このこのっ」

 

「いえ、全く。これっぽっちも」

 

「冗談と分かってても、真顔で言われるとダメージ来るな……これ」

 

「しょうがないですね、先輩の分まで私が愛情を注ぎましょう!」

 

「良かったなぁ、天。沢山注いでもらえ」

 

「私はにぃにからのが欲しいの……!」

 

「そんな……!私は遊びだというのね……っ!?でも、そんなところも……ポッ///」

 

「寧ろ喜んでるじゃねーか」

 

「無敵かよ……」

 

「ひどいっ!傷ついているのを必死に隠しているだけなのに……!こうなったら、新海先輩!慰めて下さい……!」

 

「あーー!ダメ!そういうのは卑怯!離れて離れてっ」

 

「じゃあ、代わりに天ちゃんが慰めてくれる?」

 

「いや、慰めてもらう前提なのね……」

 

「あ、二人一緒に慰めてくれても良いんですよ?そしたら皆ハッピーです」

 

「ハッピーなのはお前の頭の中だ」

 

「中々切れ味ありますね……軽い致命傷です」

 

「軽いの……?致命傷なの……?」

 

 

 

「それでは、また明日ですっ!」

 

「おう、またな」

 

「ばいばーい、また明日ね~」

 

先輩の部屋へ入って行く二人を見送りながら自分の部屋へと入る。

 

「ふぃ~……今日も終わりっと」

 

鞄を所定の位置に置き、ベットに座りながらスマホの通知を確認する。

 

「うーん、今日も異常なしかぁ……」

 

画面を消してテーブルに置いてから寝転がる。

 

神社の件から時間が過ぎ、ゲーム内の物語は終わりを迎えている。この枝の天ちゃんは消えずに無事に新海先輩とも結ばれ平凡な日々を謳歌している。

 

「……終わりかな」

 

これ以上この枝での私の役割は……まだあるが、このまま動きが無ければ終わりなのかもしれない。

 

「そしたら次の……」

 

天ちゃんの枝を終えて、次は第三章……香坂先輩の枝へ行くはず。本格的に物語が動き始めるのはそこからである。

 

次の枝ではイーリスとの直接戦闘、依り代で弱体化されているとはいえ、強敵だろう。それに……

 

「目覚めさせる必要が……あるもんね」

 

次の枝で、オーバーロードの目覚めをもたらす必要がある。その為には……。

 

「まっ、今の私には関係ないよね!」

 

身体を起こして、背伸びする。そんなことは次の私に任せれば良いだけなのだから!

 

この枝の私は、エンドコンテンツを楽しませてもらうとしましょう!そのくらいの褒美はあっても許される……といいなぁ。

 

「さーてと、晩御飯何食べようかなー?」

 

立ち上がり、キッチンへ向かおうと足を運ぶと、テーブルのスマホから着信が鳴りだす。

 

「この着信は……もしや?」

 

画面を開き、内容を確認すると『動きあり』とだけメッセージが来ていた。

 

……うーん、変な余韻に浸ってたからフラグでも建っちゃったのかな?

 

『了解、こちらも備えます』とメッセージを返す。

 

「晩御飯は、お預けかなぁ?」

 

支度を始め、向かう途中のコンビニで何か適当な物でも食べようと考えながら、制服を着替え始めた。

 

 

 

 

「……んぐ、張り込みと、追跡には……あんパンと牛乳ってやっぱり定番なのかな……美味しいけど」

 

『恐らく、ドラマの刑事たちがその様にしていたのが事の始まりかと思いますよ』

 

「壮六さんの時代はどうでした?」

 

『私は今回の様なことは少なかったですから詳しくは無いですね、主に事後処理や後片付け、あとは隠蔽工作などサポートが大体でしたね』

 

「誰の……とは言わなくても分かってしまうあたりが何とも……」

 

『放っておくと、後々面倒ごとになりますから……えぇ』

 

「なんだか、壮六さんの話は苦労させられた内容がほとんどだね……」

 

『否定は……出来ませんね。つまらない話ばっかりになりそうです』

 

「いえいえ、そういった話も好きなので大丈夫です」

 

『お気遣いありがとうございます。……と話している間に、動きがありますね』

 

「みたいですね。時間は……多分、目的の人のバイトが終わったからだと思います」

 

『なるほど、夜も遅いですし、頃合いというわけですね』

 

家を出てから準備や、位置取りや張り込みでなんやかんや4時間が経っていた。ようやく動き始めた。

 

「うーん、これは待ち伏せする感じなのかな?」

 

町中をウロウロしては途中休んでを繰り返していたが、目的が出来たかのように動き始める。

 

「九條先輩の方は……今お店を出て……自転車だし、多分この辺りで出くわすと思います」

 

『では、そちらの方へ移動しておきましょうか』

 

「私も近くまで寄っておきますね」

 

 

 

「どう?九條さんは向かって来てる?」

 

「ええ、問題無く。その内ここに来るはずよ」

 

「最近の帰宅する道を把握しておいたからね。あとは待つのみか……」

 

「あら、これは……」

 

「どうした」

 

「もう一つ、こっちに近づいてくる反応があるわ」

 

「何?こんなタイミングで……」

 

「……こんなタイミング、だからかもしれないわね」

 

「僕の動きが読まれていたのか……?」

 

「視られていた、と考えた方が良いわね。いくら何でも良すぎるわ」

 

「翔達か?何人だ」

 

「反応はひとつよ。物凄い速度で近づいて来て……と、お喋りしている間にご到着ね」

 

「もう来たのか?どうしてもっと早く言わなかった」

 

「言ったわよ。予想以上に来るのが早かっただけ」

 

それだけを伝えると、空間から消えるようにぬいぐるみが姿を消す。

 

「ちっ、使えないぬいぐるみだ」

 

「おやおや~?そこに居るのは、もしかして……深沢与一先輩ではありませんかぁ~?」

 

街灯が少ない裏路地、月明かりも少なくビルなどの建物に光が遮られている通路に、声が響き渡る。

 

「その声は……」

 

暗闇から突如現れたかと錯覚するくらいに気配も音もなく、一人の少女が現れる。

 

 

 

 

 

「こんばんはで~す。こんなところで奇遇ですねっ!散歩ですか?」

 

「キミは……確か翔の妹の友達の子だよね、舞夜ちゃん、だよね?」

 

「これはこれは、覚えててくれたのですね!」

 

「そりゃ勿論っ!自慢じゃないけど、可愛い子の事はしっかりと覚えている派なんだよね。それで、そっちはどうしたの?もしかして僕と同じく夜の散歩かな?」

 

「そうですねぇ……最近物騒な事が続けて起きていますので、怪しい事が無いかパトロールしていたところなんですよぉ」

 

「そうなんだっ!でも、危なくないっ!?女の子一人で夜道を歩くなんて……危険な目に合っちゃうよ?」

 

「いえいえ~ご心配なく~。これでも私、結構腕に自信がありまして……そのことについては、深沢先輩もよ~く知っているかと思いますよ?」

 

「え、僕が?」

 

「はい、体験……とまでは行きませんが、記憶としては知っているはずですよ?それに……最近の事件での諸悪の根源が目の前に居ますので」

 

「諸悪の根源?ちょっと、ちょっと待って、話が見えないんだけど……?」

 

「ふふ、下手な取り繕いですね。別に隠さなくて良いんですよ?」

 

「……あー、やっぱりバレてる?」

 

「残念ながら。因みにですが、ここに九條先輩は来ませんよ?」

 

「なんだ、そこまで知られちゃっていたのか。やっぱりそのアーティファクトは厄介だなぁ……」

 

「………」

 

「知っているのはそっち側だけじゃないってこと。キミのその"特定の条件で相手の能力を知る"アーティファクトのことさ」

 

「……一応、どこでその情報を手に入れたのか、聞いても?」

 

「さぁね、想像にお任せするよ」

 

「そうですか、こちら側と同じ様に、そちらにも異世界人の協力者がいるのですね」

 

「……やっぱり、君のアーティファクトの一つは、貰い物ということか」

 

「どういう意味ですか?」

 

「とぼけなくて良いよ?少なくとも二つは所持しているのは知っているからね。もう一つは……"相手の動きを止めることが出来る"とかかな?」

 

「素晴らしい観察眼、とだけ褒めておきます」

 

「そりゃあどうも!嬉しいね」

 

「では、さようなら」

 

胸元から小型の銃を取り出し、躊躇いなく脳天に打ち込む。避けられない様に能力をかけておく。

 

「え……」

 

確実に殺すために心臓部位に一発撃つ。小さな発破音が響く。

 

「……ぁ、うそ」

 

何が起きたのか理解できない表情で、そのまま倒れ込む。穴が開いた体から赤い液体が少しずつ広がり、臭いが漂い始める。

 

「………」

 

無言で隣まで近づき、保険として背中に一発撃ちこむ。

 

「……うん、死んでるね。確実に」

 

ピクリとも動かなくなった温かな体の衣服をまさぐる。

 

「んー、うーん……あ、あった」

 

上着のポケットに入ってあったアクセサリーを取り出す。

 

「それ、もらうわね?」

 

手に取ったアーティファクトを横取りしようと、空間から人形が出てくる。

 

「残念」

 

来るのは予想通りだったので、速攻能力で動きを封じる。

 

「あら?動けないわね」

 

「いきなり横取りだなんて、酷いとは思いませんか?」

 

「あら、ごめんなさい。でも、一刻も早くそのアーティファクトを回収しておきたかったのよ」

 

「まぁ、そのお気持ちは分かりますが……」

 

「だから、そのアクセサリーを渡してもらえるかしら?」

 

「……うーん、同一人物と言っても、声やそこから発せられる雰囲気が全く違うんだね。これは収穫かな?」

 

「どうかしたのかしら?」

 

「ソフィーティアの真似をしても無駄だよ、()()()()()()?60点ってところかな?」

 

反対の手で人形を地面に叩きつけ、そのまま足で踏み抜く。

 

「……手ごたえ、無いんだね」

 

足を上げると、そこには元から何も無かったかの様に跡形もなく消えていた。

 

「……こちら舞夜です。一通り終わりましたので、回収班の手配をお願いします」

 

通話越しから『もうすぐ着く』とだけ返事を貰い、その場を離れる。周囲の封鎖は済んでいたし、問題は無いだろう。

 

「このアーティファクト、どうしよう……?」

 

能力でこの場に留めているアクセサリーを眺めながらポツリと呟く。

 

「お疲れ様、意外と長かったわね」

 

声がする方を見ると、塀の上に座ってる澪姉がいた。

 

「回収したのは良いんだけど、このアーティファクトの処理に困ってて……」

 

「そのまま前みたいに渡せばいいんじゃないの?」

 

「んーー、それが一番なんだけどねぇ……そうだ、澪姉が貰う?あげるよ?」

 

「要らないわよ、そんな物騒な物。素直に返しておきなさい」

 

「だよねぇ……ソフィにどう言い訳しておこうかなぁ……?」

 

「色々予定が狂ってて困りものね」

 

「ほんとそうだよねー……いや、原因は私なんだけどさ」

 

「結局、あなたが望んだ通りになったのかしら?」

 

「うーん、どうだろね。最善……と言われると違う気がするけど」

 

「もっと、より良い終わり方を迎えられるってことかしら」

 

「わかんない。物語に影響を及ぼしているのは確実だし、先輩達にとってハッピーエンドなのかすら分かんない……けど」

 

「けど?」

 

「……私にとっては最高かな?」

 

「そう、なら良いじゃない。あなたにとっての良い結末なら、ね?」

 

「うん、そう思っておくことにする!」

 

優しく微笑む澪姉に、満面の笑みで、そう言った。

 

 

 

 

 

「これは……警戒をしておく必要が、あるわね……」

 

一時間前には血まみれの死体が転がっていたのに、まるで最初から無かったかのように、そこにはただの道があった。

 

「別の枝では協力者として……、けど、この枝では敵対。躊躇いなく人を殺す行動力、そして後ろには大きな組織が居るみたいね……。いいわぁ」

 

「ひとまずは様子見としておきましょう。あの子を失ったのは痛手だったけど、また別のを見つければ良いだけなのだから……」

 

誰も居ない暗い夜道で、一人で浮かぶ人形から、怪しい声が木霊していた……。

 

 

 





はい、青髪の少年は消え去りました。チャンチャン♪

これでepisode.Ⅱ『そらいろそらうたそらのおと』新海天編は一応完結です。

仕方ないのですが、前編の倍以上の内容でした……。

次は、第三章香坂春風編ですね!いつ聞いてもオープニングのイントロが惚れるくらいかっこいい……!



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Episode.Ⅲ Haruka Kousaka
第1話:4/26



第三章の始まり始まりです。

原作『はるいろはるこいはるのかぜ』の最初の日からですね。

既に説明済みの話を幾つか出したりしているので、サクッと進めて行きます。




 

 

神社での一悶着から一日が経ち、その日の朝は重要な枝分かれするタイミングという事もあり、二人の様子を後ろから見守っていた。

 

「香坂先輩とはまだ会ってないみたいだね」

 

少し前にコンビニから出て、学校に向かって歩いている姿が後ろから確認できる。

 

「どうかな?二人の会話は聞き取れる?」

 

『問題ないですね、兄妹仲良く通学していますよ。というより、ご自身で確認していいのでは……?』

 

「こっちにも色々事情があるんですー、下手に接触して行動変えたくないからね」

 

『まぁ、自分も通学のついでなので全然楽なんですが……』

 

「後は三年の先輩が接触して来たら会話の内容が聞ける距離を維持してね?」

 

『了解ですよ』

 

前方に見える二人にバレない様にかなり距離を置いている。その少し後ろで一人の男子学生がスマホを触りながら一定の距離を維持して歩いている。多分、あれが四栁君なんだろう。

 

「あ、香坂先輩……」

 

二人の前の歩道の端にポツリと立つ香坂先輩が見えた。二人もそれに気づき、一瞬立ち止まり再び歩き始める。

 

そのまますれ違うと香坂先輩が二人を追い抜き、また立ち止まる。それをまた無視してすれ違うと更に追い抜く。

 

「めちゃくちゃ話しかけてオーラ出てるなぁ……」

 

流石に無視できないとみて、新海先輩が声をかけている。それを猛烈にキョドりまくって天ちゃんに手紙を押し付け逃げ去って行く。

 

『手紙を受け取りましたね』

 

「その手紙に連絡先が書いてあるんだけど、その連絡のやり取りをどっちがするか教えて?男の方かどうかが重要なの」

 

『新海さんですね。了解です』

 

手紙を手に持って立ち止まっている二人を後ろから暫く見ていると、四栁君から返事がくる。

 

『どうやら、やり取りは新海さんの方でするみたいです』

 

「……確定?」

 

『聞いている限りでは』

 

すると、香坂先輩から受け取った手紙を、新海先輩がポケットの中にしまう。

 

「こっちでも見れた。もう終わって良いよ?ありがとね」

 

『わかりました。それでは終わりますね?』

 

「うん」

 

通話を切り、顔を一回仰ぐ。

 

「ふぅー……」

 

スマホを取り出して、おじいちゃんにメッセージを送る。

 

『この世界は三本目』

 

内容を送ると、すぐに返事が来る。

 

『了解した。今日にでも話し合おう』

 

「さてと、私も学校に行かないとね……」

 

スマホをポケットに入れ、学校に向かう途中でこの先の流れを頭の中で再確認していた。

 

 

 

 

「香坂先輩を……」

 

「仲間に誘おう、と」

 

時間は放課後、あれから新海先輩が香坂先輩とメッセージのやり取りを行い、その内容の話し合いの為に皆でナインボールへとやって来た。

 

「あ、飲み物ありがとうございまーす」

 

注文した飲み物を九條先輩から受け取る。

 

「ああ、俺はいけると思っている」

 

「そうだね、不安に思っているのなら、私たちとーーぁ、は~い!ごめんね?またあとで」

 

「あとであたしのほうから連絡するんで、先輩はお仕事に集中してくだせぇ」

 

「うん、お願いします」

 

他の席の客に呼ばれ、テーブルから離れて行く。

 

……やっぱり、いつ見てもあの服装の九條先輩も超可愛いなぁ。眼鏡姿も最高です。

 

「でも、意外だなぁ、今朝あんだけ怒ってたのに仲間に誘おうだなんて」

 

「まだ完全に信用したわけじゃないからな。噓じゃなければ、だ」

 

「ほほぅ。で、どんくらいメッセージをやりとりしたの?」

 

「朝にちょっとだけだな。お前にごめんなさいって伝えてくれって言ってたぞ」

 

「他には?」

 

「いや、そんだけ」

 

「うわぁ~……なんか……うわぁ……それなら、あたしがしていた方が良かったんじゃ……」

 

「まぁ……うん。文面からも申し訳ないというか、俺への怯えみたいなのが……感じましたね。はい」

 

「私が昨日見ていた感じでは堂々としていたのですが、男性が苦手なのですか?」

 

一応、知らない設定で聞いておく。

 

「そうらしい。そもそも人と話すのが苦手みたいな感じかもな」

 

「なるほどなるほど~」

 

納得するように飲み物を一口飲む。

 

「それで?にぃに的にはどうしようと考えているの?」

 

「時期を見てこちら側に誘おうかと考えてはいるが……別の提案もありだなって」

 

「別?」

 

「俺が仲間になる」

 

「ん?」

 

「仲間に……ですか?」

 

「ああ、俺がリグ・ヴェーダに潜り込む」

 

「おぉぅ?」

 

「ほほー……」

 

「まってにぃに、それは、何の為に?」

 

「考えてみたんだよ。先輩がもし俺たちの仲間になったら、あの連中は、どうすると思う?」

 

「どうするって、……あ~」

 

「敵と、見なすかもしれないですね……」

 

「だろ?仲間入りを断った途端にじゃあ敵だなって襲いかかろうとしてきたやつだ。裏切り者を許すはずがない」

 

「だから、香坂先輩を裏切らせるんじゃなくて、にぃに自ら敵地へ飛び込む、と」

 

「その方が安全な気がするんだよなぁ。先輩の人となりを見極める、って意味でもさ」

 

「う~ん……、納得は出来なくもないけどさ……。その、あたしらの目的ってさ」

 

「ああ」

 

「石化事件の犯人を見つける事、でしょ?」

 

「だな」

 

「その、なに?魔眼のユーザー?をさ、向こうは肯定?擁護?したけどさ、あの中に居るとは限らないじゃん?ただのイキった厨二集団かもしれないし、無視するのもありなんじゃない?ってあたしは思うんだけど……。犯人が居るって分かっているのなら良いと思うけどさ、わかんないのに、にぃやんがああいうのと絡むのはどうかなぁ……ってあたしは思うわけよ」

 

天ちゃんが心配そうに新海先輩を見る。さて……。

 

「……いや、魔眼のユーザーはあの中に居る」

 

唐突に、しかし確信を持った声で先輩の口から言葉が出る。

 

「え、そうなの?」

 

「いる。確信がある」

 

……ゲーム通り、オーバーロードの兆しが表に出始めているね。

 

「どんな?」

 

「どんな?」

 

「ん?」

 

「うん?」

 

「いやだから、確信があるんでしょ?証拠とか、根拠とか見つけたの?」

 

「………、いや別に?」

 

目の前で二人の面白いやり取りが繰り広げられる。

 

「えっ、何言ってんの?大丈夫?にぃに大丈夫?」

 

割とガチめに天ちゃんが心配をしている。

 

「なんでだろうなぁ……説明はできないけど……不思議と確信がある」

 

「先輩、因みになのですが……どなたが犯人だと思うのですか?」

 

「誰……いや」

 

「ーーーゴーストだ」

 

少し考える素振りをして、迷いなく言い切る。

 

「うわ、言い切った」

 

「なんか……変だな、俺。確かに証拠は無い。けど……あいつだ。間違いない」

 

「もしかして、ようやく目覚めたとか?力に」

 

「目覚めた……」

 

不思議そうに自分の手の平を見つめ、開いたり握ったりしている。

 

「なんか感じるの?こう、なに?ふつふつと湧き出てくる力、的なのが」

 

「いや、ない」

 

「ないのかよ」

 

気が抜ける返事に天ちゃんが呆れた表情を浮かべる。

 

「ない……、だが……」

 

「新海先輩」

 

「ん?」

 

「その直感、大事にした方が良いと思います。今までとは明らかに変な違和感を先輩自ら感じ取っているのでしたら、それはアーティファクトの力だと思います。少なくとも、私はそれを信じても良いと考えます」

 

「……これが、そうなのか?俺の中で……無意識に、確信が眠っている、というか」

 

自分の身に起きている事を、実感が湧かないような顔で手を見つめている。

 

「ほ~、なるほど。にぃやんはそういうタイプか。星に蓄積された膨大な記憶から必要な情報を引き出すとか、そんなやつだ」

 

「かんっぜんに裏方じゃねぇか……。まぁ、役に立つなら良いけど、一応ソフィにも聞いた方がいいな……」

 

「困った時の異世界人ですな!」

 

「ソフィ……?異世界人?」

 

「ああ、九重にはまだ言って無かったな。俺たちの協力者で信じられないと思うが……異世界人だ」

 

「……アーティファクト関連の人って事ですか?」

 

「ああ、そうだな。向こうの世界から流れて来たアーティファクトを回収する為にこちらの世界に来たらしい、こっちではまともに動けないから俺たちにその手伝いをさせている、偉そうな人形だな」

 

「人形のお姿を……?」

 

「どうやら、世界を越えるのに色々不都合があるみたいだな」

 

「あ~、何となく分かりましたっ、人の姿では移動できないから無機物とかで代役を~みたいな展開ですね!」

 

「九條もそうだったけど、呑み込みが早いな……」

 

「アニメとか漫画ではあるあるのパターンですから~」

 

「確かにな」

 

「では、どこかの機会に私も自己紹介させてくださいね!」

 

「ああ。……しかし、飛び込まないことには、進展しないしなぁ……」

 

「それはそうだけど……そもそも、どう飛び込むの?喧嘩売ってるじゃん。昨日の時点でさ」

 

「香坂先輩の力、魅了だよな」

 

「へ?多分そうじゃ……あぁ。操られていくってこと?」

 

「そう。かけられたふりでも良いし、なんなら本当に魅了してもらっても良い。それで仲間になる」

 

「それなら……いける……のか?」

 

「ま、夜辺りにでも先輩に相談してみるよ」

 

「うちのリーダーには?」

 

「リーダー?」

 

「結城先輩ですよ」

 

ヴァルハラ・ソサイエティの設定をすっかり忘れている模様。

 

「流石に勝手に決めちゃまずいっしょ」

 

「あ~……、な~んか、止められそうな気がするんだよなぁ」

 

「こういった事、嫌いそうではありますもんね」

 

「確かに。正義のヒーローって雰囲気だもん」

 

「ま、話がまとまった時点で話すか。出来るかすらわかんねぇし」

 

「それもそっか」

 

話がまとまり、各々自分の飲み物を飲み始めた。そんな中、新海先輩は未だに自分の力の目覚めに実感がない表情をしていた。

 

 

 

 

晩御飯を食べ終え、夜も良い感じの時間帯になった頃を見計らい、三つ隣の新海先輩の部屋のチャイムを押す。

 

「はーい、って九重か。何か用事か?」

 

「はい、そういう感じなのですが……今、お時間大丈夫でしょうか?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

玄関から中へ招かれる。ゲームでは何回も見た事はあるけど、実際に入るとなると謎の緊張感と期待が出てくる。

 

「お邪魔しまーす……」

 

「なにもないとこだが、適当に座ってくれ。何か飲むか?」

 

「日本一お高いお茶を頂けますか?」

 

「はいはい、今ペットボトルから出すから待っててくれ」

 

「なんと、私如き100円ちょっとのお茶で充分というわけですね…!」

 

「いや、先にこのネタしたのは九重だぞ?」

 

「それもそうでしたねっ」

 

コップにお茶を入れてもらい、テーブルの上に置かれる。

 

「ありがとうございます。先輩は、私が来るまで何かしていましたか?」

 

「ん?ああ、先輩と連絡を取ろうとしていただけ。ナインボールで話してたやつ」

 

「協力関係の構築ってやつですね」

 

「向こうは俺に警戒心……とまではいかないけど、少し怯えているからどう切り出そうかと……」

 

「う~ん、そうですね……下手に駆け引きとかするよりは素直に聞いた方が良いと思いますよ?」

 

「やっぱりそうだよなぁ」

 

「何事も簡潔に分かりやすくです!」

 

「だな。じゃあ、そう送るか」

 

スマホをポチポチといじり、香坂先輩へメッセージを送る。

 

「送った。取りあえず返事を待つか」

 

「恐らくですが、すぐに返事は来ると思いますよ?」

 

「確かに。最初に送った時もそうだった」

 

スマホのバイブが鳴り、画面を見ると、『大丈夫です。』と返事が来ていた。

 

「思ったより早かったな」

 

「そうでーー」

 

『そうですね』と返事をするより前に、テーブルの上の空間が歪み、そこから人形が現れる。

 

「ソフィか」

 

「彼女が、ソフィさん……」

 

「話し中に失礼するわ」

 

「何か用か?」

 

「用がなかったら来ないわよ」

 

ため息をつき、気だるそうに返事を返して来る。

 

「……で?なんだよ」

 

「質問があるの」

 

「質問?」

 

「何か変わったことは?」

 

「アーティファクトでの変わった事ばっかりだけど……」

 

「その中でも特に変わった事よ。あえて聞いているのだからそれくらい分かるでしょ?察しが悪いわね」

 

「……特に変わったことなんて、別に……あぁ、いや、ある。俺も聞こうと思ってたんだ」

 

「聞かせて」

 

「俺がおかしい」

 

「それのどこが変わったことなのよ」

 

「んっっ……くっ!」

 

ソフィからの辛口に、笑わない様に堪える。

 

「おまっ……九重も、笑うなっ!」

 

「す、すみません……。急に来たので、つい……」

 

「もっと具体的に」

 

「知らないことを知っている、というか……」

 

「例えば?」

 

「ゴーストが魔眼のユーザーであることを、なぜか確信している。根拠もまるでないのに……」

 

「根拠のない確信……ねぇ」

 

ソフィが口を閉じ、真面目な雰囲気を醸し出す。

 

「普段なら……あなたの勘違い、思い込みでしょって、そう済ませるところだけれど……」

 

「けど?」

 

「あなたの行動には、不可解な点が多いのよ」

 

「だからもう少し観測させてちょうだい。なにか分かったら教えてあげる」

 

「なんか、こう、アーティファクトに目覚めた痕跡とか無いのか?」

 

「わかったら、教えてあげる」

 

「……はい」

 

「急ぐ気持ちは分からないでもないけど、ちゃんと調べてあげるから安心しなさい」

 

「ありがとう。頼むよ」

 

「ま……あなたが所持しているアーティファクトに、心当たりがないわけではないのよね」

 

「え、そうなのか?」

 

「ええ。だけど、それだと説明がつかないのよねぇ……とにかく、分かったら教えてあげるから、それまでいい子にして待ってなさい」

 

「いい子にって……わかった。お願いします」

 

話が終わったのを見計らって、手を上げてソフィに声をかける。

 

「あの、お話終わりましたか?」

 

「ああ、すまんな。今終わったところだ。ソフィ、紹介しておく。新しい仲間だ」

 

「初めまして、九重舞夜と言います」

 

「私はソフィーティア。ソフィで構わないわ」

 

「分かりました。これからよろしくお願いします」

 

「ええ、がんばってちょうだい。用も済んだし私は戻るわ。じゃあね」

 

人形の手をピコピコと可愛らしく振りながら、空間へと消えて行く。

 

「……あれが、異世界人。中々辛辣な方でしたね」

 

「結構、上から目線だからなぁ……」

 

「それよりっ!先輩も遂に力に目覚めたのですね!異世界人のお墨付きですよ?」

 

「実感ないからよく分からないんだが……」

 

困った様に首を傾げる。

 

「……あっ、やべっ」

 

スマホを取り出し、香坂先輩とのトークを開く。

 

「返事してなかった……!」

 

「タイミングが悪かったですねぇ……」

 

慌てながらも、返事をしている。

 

「……では、今日の所は私は帰りますね?」

 

「ん?帰るのか?用事があるって……」

 

「また今後の機会にしておきますっ。新海先輩は香坂先輩の相手に集中してください」

 

「ごめんな、折角来たのにスマホばっかり見てて」

 

「いえいえ、ソフィにも会えましたし収穫は充分です。部屋近いですし、お暇なタイミングでまた話しましょう?」

 

「……そうだな。すまん、また今度ってことで」

 

「お気になさらず、それでは、おやすみなさい!」

 

ビシッと手を上げて、玄関から出て行く。

 

そのまま自分の部屋へと帰り、ベットに座る。

 

「ひとまずは、接触は出来たし……あとはおじいちゃんからの連絡次第かな?」

 

今日の夜に九重のお家で話す予定になっているので、皆が集まるに合わせて私も向かうことになっている。今の所は連絡は来ていないのでまだなのだろう……。

 

「この枝まで、辿り着けたんだね……」

 

この枝に来たって事は、九條先輩と天ちゃんの枝を無事に乗り越えて来たという事。私がどのように物語に関わり、どの様な結末を迎えたのかは知る手段は無いけど、ゲームに近い終わり方で進めて来たのだと信じたい。

 

「……頑張らないとね」

 

これまでとは違って、この枝では色々と重要な場面が多く存在する。本当の魔眼のユーザーの特定、オーバーロードの目覚め、イーリスとの直接対決。しかもその期間は短いので休んでいる暇が無い。

 

「……余計な案件は早めに終わらせた方が良いよね?」

 

件の女社長、私の勘が正しければ……ユーザーで間違いない。ゲームでは存在しなかったが、スポットライトが当たっていなかっただけなんだと思った方が良い。流石に物語に直接的な危害は無いとは思いたいけど……不安要素は消しておきたい。

 

「おじいちゃんの方に、急いでもらうようにお願いしておかないと……いけないかなぁ?」

 

まだ数日の猶予はあるが、逆に言えばそれだけしか無く、深沢与一と公園での戦闘後はほとんど時間は作れないと思う。いや、四月末の土日は確か香坂先輩と新海先輩が温泉のイベントがあったし、可能ならその辺りかな?

 

この章で出てくる河本の野郎の監視も一応しておかないといけないし……休みが明ければオーバーロードの分岐地点だし……。

 

「……くそ忙しいのでは?」

 

分かってはいたが、いざ纏めると空き時間が無い。ちくしょう……原作制作陣めぇ……。

 

行き場の無い憤りを間違った方向へと向けながら、話す内容を整理していった。

 

 





次は、学校での話と……九重家の話をちょっと出して次へいこうかと思います。



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第2話:かっこいい技名や詠唱を決めたい気持ちは理解できますが……ほっんとにノリのいい二人だなぁ……


リグ・ヴェーダ潜入のお話、半分は極大魔法のお話ですね……。



奥義ーー「ファイナリティ・ブラスト!」




 

「お、香坂先輩も来たね」

 

次の日の放課後、新海先輩と香坂先輩が中庭で待ち合わせをする予定と聞いて、遠くからそれを見守る。九條先輩と天ちゃんは危ないと心配をし、結城先輩は最後まで反対意見であった。

 

「まぁ、気持ちは分かるけどねぇ……」

 

先日いざこざがあったのに、その敵の組織に入ろうとするのだ。普通ならリンチ喰らってバイバイだと思う。

 

「今、無事に香坂先輩と合流しましたーっと……」

 

二人を観察出来ない九條先輩と天ちゃんの代わりに随時連絡を入れておく。

 

「うーん何話してるか分からないけど、新海先輩がかなり気を遣っているのは分かるね!」

 

小さく縮こまりながらオドオドしている香坂先輩をなるべく怖がらせない様に慎重に話しているのがこちらからでも見て取れる。

 

「あ、動き出した」

 

少し立ち話をしてから、神社に向かい始めたのでそれもグループで報告しておく。

 

「さてさて、先輩の恥ずかしい赤裸々な告白は聞けるのでしょうか……?」

 

敵地へ乗り込むために、プライドを捨てた告白。出来れば聞いておきたい……。

 

「私もバレない様に後を追いますか」

 

二人に見つからない様に距離を取りながら、慎重に後姿を追いかける。

 

そのまま気づかれることなく神社まで付いてくことに成功し、その経過を余すことなくグループに上げた。何なら二人が話している後姿を遠くから盗撮し、あげておいたが、結城先輩に怒られたので、直ぐに消しておいた。……あとで個人的に使うとしよう。

 

神社の入口で立ち止まり、何かを話し始める。境内での打ち合わせかな?

 

そして、歩き出す二人に続くように付いていき、境内までやって来たので一時離脱を図る。

 

「んー……確か奥の見通しの良くない場所に居るとかだったよね……」

 

なるべく人目に付かない様にコソコソと物陰を移動していく。

 

「……ん?あれは……?」

 

良いポジションを探していると、少し離れた場所に新海先輩らを見ている結城先輩が居た。

 

「既に張り込んでいたんだ……」

 

なんだか舞台裏を見たような気分になる。

 

「バレない内に離れよっと……」

 

こっちはこっちで見張るために気づかれない場所で待機しておく。

 

「先輩らは……お、今丁度話し合っているね」

 

四人を確認した瞬間、香坂先輩が新海先輩の腕を取り、ぎゅっと抱きつく。

 

あーー!これはアウトッ!ダメです、犯罪です!報告しなきゃ!

 

スマホを取りだし、新海先輩の腕に胸を押し当てている現場を連写する。

 

パシャシャシャシャシャッ!!

 

……うん、この位あれば大丈夫かな?

 

満足気に頷いてスマホをポケットにしまう。

 

「俺は、先輩に惚れたんだ!」

 

「っ!?」

 

新海先輩の大声が聞こえたので、その方向へ顔を向ける。

 

場の空気が凍り付き、そのことを新海先輩が焦るように弁解している。ふむふむ。

 

「ふふ、いいねいいね、ゲーム通りの道化っぷり……」

 

すると、それをアシストするように再度香坂先輩が新海先輩の腕に抱き着く。

 

パシャシャシャシャシャッ!……パシャ。

 

無言でスマホを取り出して盗撮を繰り返す。……よし。

 

「胸がデカいッ!」

 

「っ!?」

 

また新海先輩の大声に顔を上げる。で、出た……!クソ野郎発言!

 

「先輩の方がでけぇんだよ!!」

 

「っ!??」

 

更なる最低なクズ野郎発言が響きわたる。……これ、結城先輩も聞いているんだよね……?大丈夫?軽蔑の眼差しが……いや、ゲームでは特に追求してなかったし、案外スルーしてくれていたのかも?九條先輩と天ちゃんには言えないなぁ流石に。

 

「俺は、一番胸のでかい女の傍に居たい!そういう男だ!!」

 

「俺はっ!先輩の胸の為に!九條や妹を裏切る!!」

 

う~ん……最高ですね!ここまで言い切れるのは清々しいほどに腹を括っていますね!ブラボー。

 

「躊躇いや後悔などっ、微塵も無い!!」

 

新海先輩のペースに飲み込まれ、高峰先輩とゴーストは唖然としていた。そりゃそうだよね。

 

「確かにここまでされたら逆に本当っぽく思えるねぇ……恥もプライドも捨ててるもん」

 

その成果あって、無事高峰先輩と握手を交わす。しかし、発言した本人は若干困惑気味である。

 

そろそろ、結城先輩が動き始めるかな~?

 

ここからでは姿は見えないが、現れるならあの四人の背後なので、出現位置を大体で絞って……と考えている内に、結城先輩が姿を現す。

 

来たっ、来ました結城希亜パイセン!

 

「全て見ていた。問答無用。……ジ・オーダー、アクティブ」

 

お決まりの決め台詞と共に、左目が青く輝いている。

 

「待て、俺の話をーー!」

 

「パニッシュメント」

 

能力が行使され、新海先輩が拘束されたように身動き一つ出来なくなっている。

 

凄いなぁ……あれ。不可視の拘束技。しかも射程とか無視だし、対抗力とかも素通りしているよね?

 

発動条件が重たいのを除けば、最強技って言うのも頷ける。まぁ、別世界の相手を狙って殺すことが出来ているし自由度高い技なのは確かだよねぇ……。

 

それに比べて私のは……。元々無い想定だったから良いんだけどさー。いや、実はもっとイメージ次第では能力拡張の余地はあるのかな?九條先輩がそうだったように、今度色々試してみようかな?

 

自分の能力の可能性を模索している内に、結城先輩から極大魔法の詠唱が始まっていた。

 

「汝、その諷意なる封印の中で安息を得るだろう、永遠に儚く」

 

んー、10HITぐらいする光が降り注ぎそうな詠唱だなぁ……。

 

「我は命ず、汝、悠久の時、妖教の惨禍を混濁たる瞳で見続けよ!」

 

ん~、骸骨さんが臭い息とか吐きそうな詠唱だな……。

 

「あなたの顔も見飽きたわ。奥義ーー」

 

「みんなっ!逃げろ!」

 

「ファイナリティーー!」

 

「くだらねぇ」

 

結城先輩と高峰先輩のヴァルキリーごっこはゴーストの牽制によって中断される。残念……。

 

ゴーストが、三人より前に出て戦闘態勢をとる。

 

でもここは戦闘は起きず、結城先輩が力を使って離脱していくはず。

 

「ククク……、ヴァルキリアよ。教えてやろう。魔王からは逃げられーー」

 

未だに設定が続いている高峰先輩の言葉を遮るように結城先輩が能力を発動する。

 

「パニッシュメント」

 

すると、ゴーストを含め、四人がその場で立ち呆け始める。

 

「……へぇー、あんな感じだったんだ」

 

能力にかかったのを確認した結城先輩が、その場を立ち去る。

 

「んー……、見たい物も見れたことだし、私も帰ろっかな?」

 

新海先輩がリグ・ヴェーダに入ったのも確認できたし、ここはもう大丈夫だよね。

 

境内の隅っこでボーっと立っている四人をチラ見して、神社を後にした。

 

 

 

 

「さてさて、この中の状況はどうなっているやら……」

 

時刻は20時前、私の予想が正しければ、新海先輩の部屋で香坂先輩が彼シャツ一枚で寝ており、その姿やそれまでの出来事で悶々と煩悩まみれの状態になっているはず。

 

玄関前に立ち、インターホンを押す。

 

「新海せんぱーい、今おられますかー?」

 

わざとらしく声を出すと、中から焦るように玄関の扉が開かれる。

 

「こ、九重……!?ど、どど、どうしたんだ?」

 

「いえ~、無事に潜入が済んだのか確認しておこうかと思いまして……」

 

「ああ、潜入ねっ、大丈夫だ。問題ない、無事に潜り込めた」

 

「それは良かったですっ!あ、それと~、昨日言っていたお話、今可能でしょうか……?」

 

「えっ!?い、今か?」

 

驚愕の顔をしているね……。

 

「あ、勿論先輩のご都合が良ければ……ですが」

 

「あ~……可能なら明日以降にして頂けると、非常に助かるのですが……」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ?……あーなるほど~、お部屋にどなたかおられるのですね……ん?うちの学校の靴ですね?しかも女子生徒の……」

 

不思議そうな表情を作り、新海先輩を見る。

 

「あっ!?いや、それは……だなっ!」

 

これでもかと焦るように目を泳がして、言い訳を探しているご様子で。

 

「……まぁ、深くは追及致しませんのでご安心をっ、私、これでも口は堅い方なのですから!」

 

「いや、別にやましい事をしている訳では……ないからな?」

 

「ほほぅ、そうなのですか?私はてっきり香坂先輩でも連れ込んで、いかがわしい蛮行をしてしまうのかと心配しちゃいました……流石にそんなことありえませんよねーーあはは」

 

「な、何を言ってるんだ……当たり前だろ?ははは……」

 

乾いた笑い声と引きつった表情で目を逸らす。

 

「ですよね!神社であんなに大声で香坂先輩に熱烈な告白したとしてもそれとこれとは別ですもんねっ!すみません、勘違いをしていましたっ!」

 

「は……?神社で……っ!?」

 

「先輩が、いくら巨乳好きでもするわけありませんでした」

 

「こ……九重、お前……まさか……?」

 

「どうかしましたか~?」

 

スマホを取り出して、今日の取った写真を無言で見せる。

 

「っ!?これ……今日の……!!」

 

「良く撮れていると思いませんか?」

 

「……な、何が望みだ……?」

 

「あ、すみません。別に脅そうとか、そんなのではないので……勘違いさせてしまったのなら申し訳ありません」

 

戦慄の表情でこちらを見てくる先輩に頭を下げる。

 

「違うのか……?てっきり、これを脅しに何か要求を言ってくるのかとばかり……」

 

「違います違います、私は単純に新海先輩のリアクションを楽しみたかっただけですのでっ」

 

「うわぁ……性格歪んでんなぁ……」

 

「誉め言葉として受け取っておきますね~ふふ」

 

充分満足出来たので、そろそろ部屋に戻ろうかな?

 

「ん?部屋に戻るのか?」

 

「はい、先輩の百面相を見ることが出来たので満足しておきますっ」

 

「百面相って……」

 

「それとも、私の部屋で……続き、しますか?」

 

「……勘弁してくれ。今日はもういっぱいいっぱいだ……」

 

「ふふ、ですよねー。耐性の無い先輩には香坂先輩一人でも大変ですもんね!」

 

「……気づいてたのか?」

 

「顔を見れば直ぐに分かりますよー。何となく、何があったとかまでは……。大丈夫です!秘密にしておきますよ?」

 

「すまん、バレたら天あたりがうるさそうだからな……」

 

「香坂先輩がにぃにの部屋で泊まっただとぉ!?とかいいそうですねぇ……まぁ、私は先輩ならそこら辺の心配は無いと思うので気にしませんが」

 

「信頼してもらって何よりだよ……」

 

「ではではっ、私は戻りますね~」

 

「ああ、おやすみ」

 

「おやすみなさいです。あ、もしも香坂先輩の事が気になって、眠れない夜をお過ごしになりそうでしたら、私の部屋に来ても良いですよ?」

 

口元に手を当てて、揶揄うように笑う。

 

「はいはい、考えておくよ……」

 

疲れた様にため息をしては、苦笑している先輩に手を振りながら自分の部屋へと戻る。

 

「あ~、面白かったぁ」

 

ベットに倒れるように体を預け、スマホを見る。

 

「あ、おじいちゃんから連絡来てる……」

 

画面を開き、折り返しのお電話をかける。

 

「もしもし?おじいちゃん?ごめんね、電話出れなくて……。何かあったの?」

 

『おお、舞夜か。大丈夫じゃよ。それより、明後日と今週の休日の二日間の事で話をしておきたくてのぅ……』

 

「うん、わかった。今から行った方が良いかな?」

 

『そうしたくてな、既にそっちに迎えは送っているから、下で待っててくれ』

 

「そうなんだ、ありがとうね。それじゃあ下にいっておくね」

 

『そちらの方は順調か?』

 

「んー……、今の所はって感じかな?この調子で行けば明後日は予定通りだよ」

 

『それは僥倖。それじゃ、また後での』

 

「はーい、また後でねー!」

 

通話を切り、立ち上がる。

 

「今の感じだと、明日にはファミレスで交流会を……」

 

あの形容し難い五種類のミックスジュースとポテトフライ、そしてベトレイヤー……。

 

高峰先輩の面白い一面を垣間見える場面でもある。

 

「明日の夜にはもっかい先輩の部屋に行く必要がありそうだし……ちゃちゃっと話し合い終わらせないとね」

 

スマホをポケットに入れ、出掛ける用に準備をしてからマンションを出た。

 

 





~極大魔法を詠唱してた人~

「あんな嘘を付くのは人として最低だけど、犯人を捕まえたいという彼の気持ちは本物……。あの発言は黙っておいた方が良さそうね」

「……やっぱり、男の人は、胸が大きい人が好きなのかしら?」



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第3話:わ、私たちも立ち位置と決めポーズを決めた方が良いのでしょうか……?


遂に魔眼のユーザーとの邂逅……!

戦闘は次の話ですね。




 

 

「ふぁ~……」

 

部屋から出て朝の日差しと風に当たりながらあくびをする。昨日はそこそこ夜遅くまで詳細を決めていたから寝るのが少し遅くなってしまった。

 

「……学校で寝ようかなぁ?」

 

授業中に先生にバレない様に寝る……。気配を消せば……いや、まてよ?天ちゃんに協力してもらえば簡単に可能では……?一般の人には普通に効果あるしね。

 

眠気のせいでくだらない事を考えながら歩いていると、前方に仲良く手を繋いで登校している二人組を発見する。

 

「おやおやおや~……朝からお熱いですねぇ」

 

恋人繋ぎをしながら登校している二人。新海先輩と香坂先輩である。多分お互いに無言で通学路を歩いているのだろう。

 

接触すると裏切ったことが疑われるので声はかけられないが、その様子を盗撮しておく。

 

「……後で天ちゃんに見せよっと」

 

その後は特に代わり映えも無く学校に到着し、校舎へ入って行く。

 

「あれは確かに周りの視線が辛そうだよね」

 

恋人(仮)と登校している姿を他の学生に見られるのだ。それが狙いだと分かっていても中々耐えられるものではない。

 

「これもまた、青春だねぇ~……」

 

恥ずかしそうに少しお堅い距離を取っている二人を見ながら、自分のクラスへと足を向けた。

 

 

 

「よーし、お昼だっ」

 

午前の終了を知らせる鐘が鳴り、昼食タイムへと移る。

 

「舞夜ちゃん、授業中ほとんど寝てなかった?」

 

前の席の天ちゃんが、少し不思議そうな顔で後ろを向いてくる。

 

「んー……ちょっと遅くまで起きちゃっててさー、天ちゃんのお陰で凄く助かったよー」

 

「先生がこっちを見た時だけ能力を掛けてほしいとか……まぁ、楽しかったから良いんだけどね」

 

「悪いことしているみたいでワクワクした?」

 

「そこそこ?」

 

「ふふ、そっかそっか~」

 

「それじゃあ、お昼としましょい」

 

「だね!」

 

お互いの机をくっつけてお昼タイムへと移行する。

 

「グループの方から何か来ていたりする?」

 

「ん~、にぃにから来ているかな?今日噂になってるみゃーこ先輩と香坂先輩との二股疑惑のやつ」

 

「あー……あれだね、凄い速さで学校中に広まったねっ」

 

「一日でここまで広まるとは……みゃーこ先輩の影響力凄すぎ」

 

「この街は九條家の……コロナグループの影響が大きいからね、その令嬢の話ともあれば一瞬で。しかも内容が内容だし」

 

「にぃには今頃肩身狭い思いだろうなぁ……」

 

「一部天ちゃんのせいでもあるけどねぇ……」

 

「兄の悪行を広めただけじゃん、本人も噂を利用しようって言ってたしさ」

 

「それは確かにそうだけど……すこーし先輩が可哀そうだなって」

 

想定していたより、新海先輩の風当たりは強かった。それはもう……まだ午前が終わっただけなのに、これがまだ半分あるのだ。

 

一応、せめてもの情けとして、こちらで情報があまり広がらない様にコントロールをしているが……少なくとも学校中には広がるだろう。あとはコロナグループとかでその噂が広まらない様に、向こうの人に話は通しておかないと……。

 

「舞夜ちゃんは優しいねぇ……この位当然の報いだとあたしは思うわけですよ」

 

「確かに傍から見ればそうみられても仕方ないんだけどさー……」

 

地震の後からちょくちょく九條先輩と仲良く話してたり通学路を歩く姿(天ちゃんも含めて)が目撃され、『狙っているのか……!?』と噂が立ち始めた矢先に突如現れた三年の先輩と仲良く手を繋いで登校……。うーん、弁論出来ないなぁ……。

 

「まぁ、今暫くの辛抱だよね」

 

「もし解決して恋人の振りしなくて大丈夫になったらさ、またみゃーこ先輩とも仲良くするんでしょ?それ、最低野郎にしか見えないよね?」

 

「……だね。寧ろどっちとも仲良くしているし、本当に二股のクソ野郎になっちゃう」

 

「どうすんだろ」

 

「神のみぞ知るままに……ってね」

 

その心配はしなくても大丈夫だけど……そっか、事件が解決したら九條先輩とも普通に元通りだもんね。ゲームではそこら辺特になかったから気にしていなかったけど。

 

……終わった後に少し別の噂を出しておく必要があるのかもしれないなぁ。

 

場面外での出来事に少し頭を悩ませた。

 

 

 

 

「時間は22:00、そろそろ行ってみようかな?」

 

日が落ちて、そろそろ眠りにつく人が出始めているであろう時間帯に部屋を出る。

 

放課後、中庭で待ち合わせをしていた新海先輩らを九條先輩と天ちゃんと遠くから見ていた。天ちゃんが言っていた様に、ちょっとだけ九條先輩がいつもより暗めであった。無意識に嫉妬……とまでは行かなくても、もやっとしていたのかもしれないね。

 

「思えば、ここ連日訪ねているよね……?」

 

日中は話すら出来ないので仕方ないけど、こうも毎日部屋に来るのは、流石に迷惑にならないか少し心配である。

 

「はーい、って九重か。……もしかして話か?」

 

「はい、すみません。毎日訪ねてしまって……」

 

「いや、気にしなくていい。タイミングが悪かったし仕方ない」

 

特に気にしていない様にそのまま部屋へと通される。

 

「何か飲むか?九重の好きな日本一高いお茶位しか出せないけど」

 

「では、それでお願いしまーす」

 

飲み物を出す度にしているやり取りをして、テーブル越しに座り合う。すると、テーブル上にソフィが出現する。

 

「あら、訪ねて来たのはあなただったのね」

 

「こんばんわです。もしかして話している最中でしたか?」

 

「ちょっと、色々とな。後でグループの方でも連絡はするけど、九重にも協力してほしい」

 

「……私にですか?良いですよ、何なりと言って下さいっ」

 

「内容も聞かないで即決かよ……」

 

「では、内容も聞いておきます」

 

「そうだな……まずは、魔眼のユーザーの可能性が高い人物を発見したんだ」

 

「……ゴーストって人じゃないって事ですか?」

 

「ああ、あいつは幻体……ソフィみたいにアーティファクトの能力で仮の身体を作って動いている存在みたいなもんだと俺は思っている」

 

「またナインボールでの時みたいに、気づいたのですか?」

 

「そうだな。それで、可能性が高い奴なんだが……与一って覚えているか?一人目の犠牲者が出た日に、ナインボールであった男」

 

「覚えてますよ?あの陽キャみたいなナンパキャラの先輩ですよね?」

 

「まぁ……そうだな……」

 

私の口の悪い評価に苦笑いをする。

 

「大体流れは分かりました。その人に疑いがあるから確認しようって事ですね?」

 

「そうなる。まだ確定では無いが……」

 

「でも、先輩の中では不思議と確信と納得がある訳ですよね?……犯人は事件の現場に戻ると言いますが、本当なのかもしれませんね」

 

「……言われてみれば、確かに誘って来たのは与一からだったな……」

 

「憶測ですが、能力を使った後の事が心配になったとかでは無いでしょうか?様子を見たくて新海先輩を誘って……とか」

 

「かも、しれない……あくまで可能性だけど」

 

「最初に力を使った時だと考えられますが……どうなんでしょうか?」

 

宙をぷかぷかと浮いているソフィにも聞いてみる。

 

「そうね、私が知りうる限りでは、あの日が一人目の犠牲者。そういう認識で良いと思うわよ」

 

「ありがとうございます。それで、作戦というのは……?」

 

「明日、ソフィに手伝って貰って与一がユーザーかどうか確かめてみる」

 

「ソフィに……?ああ、確か一般の方には見えないのでしたか」

 

「ああ、理由は適当に作って連れ出すよ」

 

「もしユーザーと決まれば、どうするのですか?先輩のご友人でも、向こうは石化事件の犯人ですよ?」

 

「……一度、一対一で話したい。事情を聞きたいんだ」

 

「カケル、魔眼のユーザーに一対一は止めといたほうがいいわ」

 

「いや、あくまで話すときはそうしたいだけだ。皆にもその場には来てもらうよ」

 

「となると、その先輩をどこかに呼び出す必要がありますね。……公園とかどうでしょうか?夜ですし人気は少ないかと」

 

「そうだな。潜める場所も多少はあるし、大丈夫だと思う」

 

「話し合いが決裂すれば、戦う事になるのですが……大丈夫ですか?友達ですよね」

 

「ああ。その時は、あいつを止めて見せる」

 

「……分かりました」

 

「あなたたちでは勝てないわよ」

 

「どうしてだ」

 

「向こうはあなたたちと違って攻撃することに躊躇いがない、それに持っているアーティファクトはひとつだけじゃないわ。勝てる見込みの方が少ないわよ」

 

「……いや、大丈夫だ」

 

「その根拠は?」

 

「こっちには九重がいる」

 

……ん?私……が?

 

「先輩……?そりゃ私も参加しますが、何故にその様な過度の期待を……?」

 

「九重が滅茶苦茶強いって知ってるからだな」

 

「いえ、確かに……っ!?もしかして……また何か来たのですか?」

 

「ああ」

 

「詳しく聞かせなさい」

 

先輩の肯定にソフィが内容を急かす。

 

……これは、オーバーロード?ゲームには無かったけど、別の枝の記憶を今の先輩に送ったって事は……どこかの枝で私が先輩に力を見せたって事だよね?

 

「俺も最初は戦いになったらこっちがかなり不利だろうと予想していた。どうしたら止めれるか考えていたけどソフィに勝てないって言われた時に変な違和感があったんだ」

 

「い、違和感、ですか……?」

 

「ああ、何故か九重を見て、勝てるって確信があった。理由は分からないが、九重ならゴーストたちに勝てるって確信が……」

 

「別の枝でフードのあの子と戦って、勝った未来があるのかもしれないわね」

 

「私が、ゴーストと……」

 

可能性があるのなら、天ちゃんの枝での最後の戦い。真夜中の神社での戦闘だと考えられる。

 

「九重が強いって事を不思議に思わない。寧ろストンと違和感が無くなった」

 

「彼女、戦い向きのアーティファクトじゃないわよ?」

 

「そうなのか?そういえば九重の能力ってまだ聞いてなかったな」

 

「あ、はい。攻撃的な能力では無いですね。言ってしまえば、『選んだ対象の動きを止める』とかの力でしょうか?」

 

「そうなのか……」

 

「それでも、この子が勝てるってことなのね」

 

「……そうだな。アーティファクトは関係ない……。実際、どうなんだ?九重としては……」

 

「私ですか……?あー……これは想定外と言いますかぁ……その~……」

 

先輩の質問にソフィと二人でじっとこちらを見る。

 

「……そうですね。正直に言いますと、アーティファクト関係無しに勝てると思います」

 

「本当かっ!?」

 

「この際ですし、先輩とソフィには軽く説明しておきますが……まぁ、私、それなりに武を嗜んでいるので、一般人と比べると多少は……いえ、かなり強いと言っておきますね」

 

「実家の道場だっけか?」

 

「う~ん……少し違いますがそんな感じです。色々と事情があって詳しくは秘密という事でお願いします」

 

まだ情報を全部開示する時じゃないし……でも、少しは話しておいた方が今後に役に立つのかも……。

 

「戦える。ってことでいいのかしら?」

 

「はい、あまり見せたくはありませんが……いざという時は頼りにしてもらっても大丈夫です」

 

「そういえばそうだったな。配慮が足りなかった」

 

「あら、知っていたのね」

 

「ん?いや……聞いていないが……ん?」

 

目の前の新海先輩が、自分の発言に変な違和感を覚えている。

 

「ん~……?おかしいな。またなのか?何故か九重がそのことを秘密にしたいって……どこかで聞いたような……?」

 

「多分、どこかの枝で、私から聞いたのでは……?」

 

「かもしれないなぁ」

 

「まぁ何はともあれ、対抗出来るって分かったのだからよしとしておきなさい」

 

「そうだな。心強い助っ人だな」

 

「そこまで言われると、責任感がぁ……」

 

 

 

 

「新海くんは、ここに……来るんだよね?」

 

「みたいですね。向こうのベンチで話し合うって内容でしたし」

 

「う、うまく……いけるの、でしょうか……」

 

「そこは彼のお手並み次第ね」

 

「新海先輩なら大丈夫ですよ。香坂先輩のスマホから聞こえる会話からは特に違和感なくコンビニ巡りしていましたし」

 

限定のチョコミントアイスが無く、あちこちのコンビニを見に行っている間にすっかりと暗くなっていた。

 

「あ……、こ、こうえんに、きました……」

 

香坂先輩の言葉に皆が顔を向ける。そこにはコンビニの袋を持った人、深沢与一と新海先輩が居た。

 

その様子を確認して、スマホから周囲の監視の人にメッセージを飛ばす。

 

『二人が公園へ入りました。周囲の包囲と見張りをお願いします』

 

『承知いたしました。高峰蓮夜も確認出来たので開始します』

 

壮六さんとしげさんに連絡を送ってポケットにしまう。

 

「あの人が……魔眼のユーザーかもしれない人」

 

「深沢くんが……ほんとうに……?」

 

「まだ可能性の段階。ユーザーなのは確定したけど疑いがあるだけ」

 

「でも、先輩は確信をした目をしてました。なので……対峙する覚悟をしておいた方が良いと思います」

 

四人を見ると、やっぱり九條先輩は未だに状況を飲み込めておらず、天ちゃんも疑問に思っている程度であった。

 

「そうね、最悪の展開を考えて行動しておいた方がいいわ」

 

「そうですわね、その可能性が一番高そうではありますが……」

 

横を見ると、いつの間にか人格を入れ替えた香坂先輩が居た。

 

先輩達の会話を見ていると、ベンチから立った深沢与一の顔にスティグマが浮かぶのを見て、皆が息をのむ。

 

「だったらーーー止めるさ」

 

新海先輩がこちらに視線を向ける。……出番だね。

 

各々隠れていた場所から身を出して先輩の傍へ歩いて行く。

 

「だよねぇ……。やっぱり喧嘩なんて嘘だよねぇ……」

 

特に代わり映えも無く笑みを浮かべている。

 

「胸に惚れた、とかさ、嘘でも翔は言いそうにないから、ちょっと信じちゃったんだよね。それくらい必死なのかな~って」

 

「……必死ではあったさ」

 

「やるね。翔をしっているからこそ、ちょっと迷った。僕には効果的だったね」

 

流石にあの最低発言は、誰にでも効きそうな気がしますが……。

 

スマホからの振動に画面を確認すると、包囲の完了を知らせる連絡が来たので既読だけつけておく。その間にも会話は進んでいく。

 

「はじめて力を使ったからさ、証拠残しちゃったかもって、不安だったんだよね」

 

「だから、あえて戻って……。石像に触れた」

 

「そうそう。一人で行くのが怖いから、翔についてきてもらったんだ。九條さんまで来たのはびっくりしたけど。こんな答えで大丈夫?」

 

「ぁ、え、っと……」

 

「九重の想定通りって事か……」

 

「へぇー、予想出来てたんだ。凄いね!」

 

「実に小物らしい行動原理で読みやすかった。とだけ言っておきますね?」

 

「酷いなぁ、そりゃ自分でそう言ったけどさ、人に言われると心にきちゃう」

 

私の返事に残念そうな表情を浮かべている。

 

「さてと、そろそろ僕の方も仲間を呼んでおこうかな?面倒ごとは嫌いだし」

 

指を鳴らすと、すぐ横にゴーストが出現する。出て来たゴーストが正体がバレた事に文句を言っている。

 

「お話し中失礼ですが……六体二。数的有利は、まだこちらにありますわよ」

 

「翔と妹ちゃんは戦闘向きの能力じゃないでしょ?後輩の子は後ろにいるから同じかな?九條さんもこの後に及んでおろおろしているし……玖方の子は厄介そうだけど、いけるっしょ」

 

「ああ、問題ねぇ。オレ一人でーーー」

 

「いや、私もいる」

 

声がした方を見ると、木陰から高峰先輩が現れる。

 

「その登場の仕方、流行ってんのかよ」

 

「ワンパターンだが、仕方あるまい。他に隠れる場所がないからな」

 

「っていうか、なんでここにいるのさ」

 

「その男を尾けていた……。何を驚いている。信頼されていると思っていたのか、"ベトレイヤー"?」

 

……その割にはファミレスは心底楽しそうにしている様だったが……それとこれとは別なのだろうか?

 

高峰先輩が深沢与一の横に立つ。

 

「我らが真なるリグ・ヴェーダ……、ーーーリグ・ヴェーダ・アスラなり」

 

決めポーズを取り、堂々と言い放った。

 

 

 

 






「イモテンダー……?イモテンダァ?まぁ、確かに芋だけど……外が紫で中が白……どこの品種なんだろう?」



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第4話:甘く見積もって二割……それじゃあ、私も二割程度で行きますね



遂にリグ・ヴェーダ・アスラとの直接対決が……。



 

 

「与一、キミがリーダーだ。キミに従おう」

 

「そんなものに担ぎ上げられても困るけど」

 

心底めんどくさそうな表情をして頭を搔いている。……うん、確かに嫌かもしれない。

 

「そっち側でいいのか……与一」

 

先頭の新海先輩が、怒りを我慢して絞り出すように問いかける。

 

「え、何が?」

 

「そっちにいて良いのかよっ!お前は!!」

 

「……翔ってさ、性善説とか信じてるタイプ?」

 

「……は?」

 

「人を石にするなんて、理由があったはずだ。人を殺すなんてどうにもならない事情があったはずだ。なければならない。そんなこと考えてたりする?」

 

「理由があったとしても許されることじゃない……。でも、人を殺したんだ。何か事情がーーー」

 

「ねぇよ」

 

先輩の言葉を無感情に切り捨てる。それを見て新海先輩から恐れる様な雰囲気が出ている。

 

「力があるから使った。それだけだよ」

 

「人を殺す力をか……っ!」

 

「結果的にそうなっただけ。九條さんと何が違うっていうのさ」

 

「学校が火の海になって、九條さん、使ったよね?力を使って、ユーザーの暴走を止めた」

 

「そっちの先輩も、玖方の子も、妹ちゃんとその友達だって。好きに力を使ってる。翔だってそうでしょ?どうして僕だけ責めるのさ」

 

「なに、言ってんだ……お前。全然違うだろ……っ」

 

……確かに言っている事を理解できない……とは捨てきれないのが嫌な所ですよね。九條先輩だって、本来なら火事のユーザーを結果的には殺している訳ですし……。でもまぁ、殺すことを知っていて実行するのとは違いが……ってこれについては私が言える立場では無いですね。

 

「問答は無駄。あの男はーーー」

 

一人で考え事をしていると、結城先輩が新海先輩より一歩前に出る。

 

「悪そのものよっ」

 

「ハハッ、ハハハッ、かもね。そうなるかもっ」

 

「で?どうすんだ?その悪そのものってヤツを前にしてよぉ?」

 

「言ったでしょ?裁くと……」

 

「……ずっと、力を正しく使いたいって思っていた。きっと今が、その時……っ!」

 

「あたし、何も出来ないけど、でもっ!あの人を放っておいちゃダメな気がする……!」

 

「同感ですわね……。翔様、ご学友と戦う覚悟はありまして?」

 

「……出来ています。あいつがまた犠牲者を出そうとしているのなら、俺が、俺たちが……お前を止めるっ!」

 

皆が先輩の横に並びながら覚悟を決める。

 

「新海先輩、……頑張って下さいね?」

 

「ああ、けど……もしもの時は、頼んでいいか?」

 

「ふふ、他でもない先輩の頼みなら喜んで引き受けましょう。それまでは能力だけに留めておきますね」

 

小声で、昨日の夜に交わした決まりを確認して()()()()()立つ。

 

「あぁ……めんどくさい展開になってきた。熱血だねぇ……はぁ」

 

「ハッ、いいじゃねぇか。オレは好きだぜ、こういう展開」

 

「ここは私に任せてもらおう」

 

「ア?なんでだよ」

 

「キミたちが出る幕でも無いだろう?火の粉は私が払う。任せてくれ」

 

「お好きにど~ぞ」

 

「チッ……オレがやっちまった方がはやいのに」

 

「フッ……だろうな」

 

最初の先鋒が決まり、高峰先輩が前に出てくる。

 

「最初に宣言しておこう。私はゴーストの……いや、与一の完全なる下位互換だ。つまり、私は弱い。甘く見積もっても、与一の二割といったところだろう」

 

「だが、そんな私でもーーー」

 

その瞬間、新海先輩の目の前に瞬間移動し、みぞうちに向かって拳を出す。そのタイミングに合わせて、先輩の服を後ろから引っ張り衝撃を減らす。

 

「っぐ……!?」

 

みぞうちに意表の一撃をもらい、膝をつく。

 

「……む?」

 

インパクトの瞬間に違和感を感じ、高峰先輩が自分の拳を見る。

 

「お兄ちゃん!?」

 

「騒ぐな。覚悟の上だろう」

 

次に私の反対側に居る天ちゃんの背後に回って投げ飛ばすのを確認し、地面に衝突する寸前で地面との間に腕を差し込み受け止める。

 

「ーーーぃっ!?」

 

「ほぅ、素晴らしい反応速度だ」

 

「っ!ジ・オーダー!アクティブ!」

 

「射程圏内、だけど……っ!」

 

「遅いっ!」

 

「ぐーーっ!」

 

「きゃっ!?」

 

天ちゃんを受け止めている間に、結城先輩と九條先輩が攻勢に出るが、高峰先輩の拳から出た槍のアーティファクトによって阻止され、ダウンする。

 

「さて、次はエンプレス……キミかな?」

 

「空間跳躍に、なんらかの遠距離攻撃……。外傷は無さそうですから、物理的な攻撃ではないようですわね」

 

「フッ……。冷静に分析、か。存外、キミはクレバーだな」

 

「いいえ、怒りに煮えたぎっていますわ。ですが、私の仕事は確実な"勝利の未来"を掴むこと。とはいえ……残念ながら、今はそのときではないようです」

 

「ほぅ……。ではどうする?」

 

「お好きにどうぞ。煮るなり焼くなり」

 

「フッ、潔いな。……では、望み通りにしてやろう」

 

宣言通り、高峰先輩から放たれた複数の槍が香坂先輩の身体を貫き、両膝をつき倒れ込む。

 

「……っく、手も足も出ないのか……!」

 

ゲームと同じ様に惨敗を喫するヴァルハラ・ソサイエティの面々。

 

「……先輩、私が出ましょう」

 

抱きかかえている天ちゃんを先輩に渡してそう呟く。

 

「勝てるのか……?」

 

「うーん、まぁ任せて下さいな」

 

笑顔でグッドポーズを決める。

 

「舞夜ちゃん……?危ないよっ、一人でなんて……!」

 

「ふふ、大丈夫だよ?これでも私、結構強いから。まぁ、見てて」

 

「無様な……。我らの敵ではないな、ヴァルハラ・ソサイエティ」

 

背後から侮辱を込めた声でこちらを煽る。その言葉を聞いて立ち上がり、振り向く。

 

「ほぅ……まだ無傷だが、最後はキミが戦うのかな?」

 

「……ですね。多少はその退屈そうな態度が変わる事を期待しといて下さい」

 

「なんでもいいけどさー、早く終わらせてくれない?あまり時間があるわけじゃないし」

 

「そうだな。……実は少し期待しているのだよ。新海翔、その妹への攻撃に対して反応が出来ていたからね……」

 

「褒めても拳しか出ませんよ?足でも良いですが……?ご希望はどちらにしましょうか?」

 

「フッ、やはり面白いーーー!」

 

先程の先輩と同じように瞬間移動して私の目の前に現れる。小手調べなのかな?

 

勢いを乗せた体勢から拳を繰り出される。が、半身を横にずらし、出された腕を片手で掴み空中に投げ飛ばす。

 

「ーーッ!?っく!」

 

宙で体勢を立て直しながら能力で元のいた位置へ瞬間移動する。

 

「……やるな、まさか私を投げるとは」

 

「この程度の大芸道なら幾らでもお見せしますよ?」

 

挑発するようにひょいひょいと手で煽る。

 

「ククク……心が躍る……。良いだろう、ならば見せてもらうぞっ!」

 

今いる位置から姿が消え、私の背後に一瞬で気配が移る。

 

「はぁっ!!」

 

背後からの攻撃を即座に振り返り、繰り出された攻撃を躱してもう一度腕を掴んで元居た位置へ投げ飛ばす。

 

「これも反応するとはな……っ!!」

 

心底楽しそうにこちらに笑みを浮かべる高峰先輩。

 

「おいおいおい、だっせぇなっ!おもちゃみたいに捨てられてんぞこいつ!」

 

「蓮夜って強かったよね。つまりあの子もそれなりにやるってことか……これは時間かかりそうだなぁ」

 

「オレも出る。そうすりゃすぐに終わるさ」

 

「む、女子に二対一は……いや、私だけでは確かに厳しそうだな。手を貸してもらえると助かる」

 

「ハッ、最初からそう言ってればいいんだよ!」

 

「私はどちらでも構いませんよ?お好きにどーぞどーぞ」

 

「……虚勢ってわけでもねぇようだな。なおのこと楽しみだ」

 

「九重っ!」

 

背後から新海先輩の心配する声が聞こえたので、そちらを振り返って問題無いと笑顔で返す。

 

「よそ見とは随分と余裕じゃねぇかっ!」

 

瞬間移動を使って二人が私の両サイドに現れる。同時……と言っても少しだけゴーストの方が早い。先にゴーストのフードを掴み、強引に高峰先輩の方へ引き込み、ぶつける。

 

「っぐ……!?」

 

「クソっ!」

 

自分の方へゴーストが突っ込んできたので一旦攻撃を中断した高峰先輩へ足を上げ、こちらに背中を向けて無防備なゴーストの背中ごと、そのままぶち抜く威力で蹴りを出す。

 

「ーーーがはっ!?」

 

ゴーストの身体でこちらが視認出来ていなかったこともあり、もろに蹴りを食らい吹き飛ぶ。体を貫かれたゴーストは維持が出来ず霧のように消える。

 

「がっ、ぐ……!」

 

何回か転がりながらも受け身を取って立ち上がる高峰先輩。けど、今の一発で結構足に来ている。

 

「高峰先輩、ここらで止めていた方が良いですよ。耐えれるのは精々後一発くらいでしょ?」

 

「まさか……ここまでとは……フフ……」

 

「おいおい……まじか……やられちゃったよ」

 

「深沢先輩も、ここらで撤退としませんか?お互いの為にも……」

 

「うーん、確かにそうだねっ。でもさ、やっぱりやられっぱって嫌じゃん?」

 

私の提案に笑顔で返し、ゴーストを召喚する。

 

「クソ……油断したぜ……!」

 

「私もまだ……戦えるのを忘れてもらっては困るな……!」

 

「んー……やっぱりそう言うよね。それじゃあ、とっておきを出しちゃおうかな?」

 

ポケットに手を突っ込み、()()()握って手を出す。

 

「フッ……とっておきとは、楽しませてくれるようだな」

 

「ボロクソにやられたやつが言ってんじゃねぇよ……」

 

「それで、何をするの?」

 

「そちらの制限時間を強制的にゼロにします」

 

手を開き、向こうに見せる。

 

「これを……こうすれば……!」

 

手に持っているアイテムのピンを抜き、投げつける。すると、夜の公園にけたたましくブザーの電子音が響き渡る。

 

「……なるほど、防犯ブザーか。確かにそうだね」

 

「安心して下さい、沢山ありますよっ!」

 

ポケットにある防犯ブザーをもう一個取り出してピンを抜き、足元に落とす。

 

「トドメは……」

 

息を精一杯吸い込んで、大声で叫ぶ。

 

「火事だっーーーー!!!」

 

取りあえず人が一番反応する言葉を叫ぶ。

 

「ふぅ、……さて、どうしますか?」

 

「……これは、大人しく言う事を聞いた方が安全かな?」

 

「……不本意だが、与一に従おう」

 

「チッ、つまんねぇ幕引きだな」

 

ゴーストが怒りをぶつけるように足元の防犯ブザーを踏み砕く。

 

「でも、その前に……」

 

深沢与一の周囲に大量の槍が出現し、新海先輩達に向かって放たれる。

 

「ーーー残念ですが、無駄です」

 

槍が先輩達に到達するよりも早く前に立ち、能力を使ってその動きを止める。

 

「わぁお、まさか今のを防ぐなんて驚きだよ。最後に嫌がらせでもして去ろうかなって思ったけど、完敗だね!」

 

意味が無いと分かり、出していた槍を消す。

 

「それじゃあ、はやいとこ去ろうかな。あ、そうだ、学校は休むからさ、先生には適当に言っておいてくれない?じゃあねーーってまた会う事になるだろうし、またね。が正しいかな」

 

「またねーーー翔」

 

笑顔で新海先輩へ別れを告げ、憎しみを込めた顔でこちらを見る。

 

「次は殺す」

 

そう言って立ち去ろうとする、深沢与一を呼び止める。

 

「まだ何かある?」

 

「その袋の、先輩の分のアイスを置いて行って下さい」

 

手を出して、渡せと要求する。

 

「ん?ああ……、ははっ、嫌だねっ!」

 

こちらに一矢報いるように笑いながら拒否し去って行く。

 

「あ~……先輩のアイスぅ~」

 

その様子を警戒しながら見守り、消えたのを確認してから皆の方へ向かう。

 

「九重!与一は……」

 

「申し訳ございません。先輩のアイスは戻って来なかったです……。彼が持ち去って行きました……」

 

「いや、アイスなんかどうでもいい……くそ……っ!」

 

私のボケに返す余裕がないご様子。自分の情けなさに拳を地面に叩きつける。

 

「なにも出来なかった、なにも……っ!」

 

「そうですね。それは事実です」

 

「すまない……全部九重に……」

 

「ぅ……っ」

 

『気にしないでください』と返事をしようとすると、先輩の隣で倒れていた香坂先輩が我に返る。

 

「ぁ……先輩」

 

「……今は介抱を優先しましょう」

 

香坂先輩の介抱は新海先輩に任せて、天ちゃんを見るが、驚愕の呆けた顔で私を見ていた。……ふふ、可愛い。

 

取りあえず、倒れている結城先輩と九條先輩に近づき、意識の覚醒を促す。

 

「ぅ……」

 

「……、ぅ、……ぁ」

 

軽く揺さぶると、目を覚ます。

 

「目が覚めました?体、起こせそうですか?」

 

目をさましたことでゆっくりと体を起こす。

 

「悔しいけど……完敗ね」

 

「………。抵抗することも出来なかったなんて……」

 

「約束通り、最後まで手出しはしてあげなかったけど、私の予想通りね」

 

空間が歪み、ソフィが現れる。

 

「……っ、そう、だな。九重以外は手も足も出なかった……」

 

「それについては私も想定外よ。まさか凌ぎ切るなんてね」

 

「いえいえ~それほどでも~……あはは」

 

「凌ぎ切った……?」

 

さっきの状況を知らない結城先輩が不思議そうにこちらを見る。

 

「全員起きた事ですし、取りあえず場所を移しませんか?」

 

 

 

 

 

 

「まずは、状況の整理をしましょう」

 

場所はナインボール。アーティファクトの攻撃を受けてはいるが、このまま帰ることは出来ないと今日の反省会が開かれ、全員分の飲み物と、私が頼んだパフェがテーブルに置かれると、話が始まった。

 

「まずは……あの男、司令官の能力」

 

「瞬間移動、槍を飛ばす遠距離攻撃……」

 

「下位互換って言ってたけど、魔眼の弱いバージョンも持ってるのかな?」

 

「そう考えた方がいいのかもね……」

 

「そうね。逆に言えば、司令官が所持している力は、他の二人も使用できる」

 

「っていうかさ、にぃにだけ思いっ切り殴られてなかった?」

 

「ああ。けど、九重が直前で後ろに引いてくれたからそこまで酷くはないな。それなりに痛むくらいだ。ありがとな」

 

「いえいえ~、お礼を言われるほどのことじゃありませんよー……あむ」

 

晩御飯を食べてないのに食べるデザートは格別だねぇ……。

 

「それが無かったら多分一発で沈んでたと思う……。我ながら情けない」

 

「私も同じ、一瞬で距離を詰められたことに動揺して、反応が遅れてしまった……」

 

「私も……。覚悟していたつもりだったのに、全然足りなかった。……ごめんなさい」

 

「いや、そんな、謝ることじゃ……」

 

「あたしも後ろから投げられたけど、舞夜ちゃんがギリギリで受け止めてくれたからダメージとか特に……その節は感謝しやす」

 

「たまたま近かったからね~、高峰先輩なら危険な落とし方はしなかったとは思うけどね」

 

「あー……なんかすっごい綺麗に投げられたな……にぃにも格ゲーみたいな殴られ方だった」

 

「あの男の体捌き、見覚えがある。何か武術を嗜んでいるのかもしれない」

 

「真神流古武術……」

 

「まさか……魔人都市?」

 

香坂先輩のつぶやきに一瞬で結城先輩が反応する。

 

「あ、は、はい。そうです。三日月慎也のーーー」

 

「えーっと……何か知っている感じなんすかね……?」

 

「あ、ぇと……魔人都市っていうアニメの作品で……」

 

「真神流古武術は、その作品の登場人物、三日月慎也が用いる武術……いえ、暗殺術よ」

 

「アニメの武術を会得している……ってことですか?」

 

「そうね。様々な武術がベースになっているそうよ」

 

「そう、ですね……多分ナイフは使わないと、思うのですが……」

 

「作中でナイフを使ったのは、たったの二回。わざわざ言及するなんて……あなた、詳しいのね」

 

「あ、はい。私も、好きなので」

 

「今度、ゆっくりと語らいましょう」

 

「は、はいっ」

 

「……妙なきっかけで友情が芽生えたな」

 

「……っていうか、そのアニメの武術を習得している司令官に負けず劣らずの存在がここにも居ますが……?」

 

天ちゃんの言葉に全員の視線が私に向けられる。

 

「……ん?私ですか?……はむ」

 

「呑気にパフェを食っていやがりますが、超凄かったですよ」

 

「私たちは意識が無かったから分からないけど、彼女が一人で撃退した……という認識で間違いない?」

 

「ああ、そうだな。俺と天はただそれを見ている事しか出来なかったよ」

 

「……すごい。舞夜ちゃん一人で」

 

「それほど強力なアーティファクトを所持していたのね」

 

「あー……それはだな」

 

私の事を話しても良いのか迷い、こちらを見る。

 

「アーティファクトも使いましたが、基本的に体術で戦いましたよ?」

 

「体術で……?」

 

真実なのかと目撃者の天ちゃんを見る結城先輩。

 

「ですね、ゴーストと司令官って人相手に漫画みたいな戦いをしていましたね、はい」

 

「それで、怪我とかは……大丈夫?」

 

「あたしが見た感じ特に攻撃はもらって無かったように見えましたが……どなの?」

 

「ご安心を、傷一つない綺麗な肌ですよ?……ぱく」

 

「呑気にパフェ食べている姿からは想像出来ないわね……」

 

「舞夜ちゃんが強いってのは、おじいさまから聞いた事あったけど……」

 

美味しそうにパフェを食べる私を見て、懐疑的な視線を送ってくる。

 

「こ、九重さんも、何か、武術を……?」

 

「はい、実家の流派をそれなりに修めていますね」

 

「実家のっていうと、前に言ってた九重流護身術か?」

 

「ふふふ、あれはあくまで一般人向けの体験版ですよ。っとこれ以上は禁則事項なので話せませんねっ!」

 

「禁則事項て……」

 

「お家の事情ってやつだね。長い歴史の一家だから、それなりに色々って感じだよ~?」

 

「ま、大事なのは九重が向こうに対抗できる程強いってとこだな」

 

私の話題から逸らすために新海先輩が話をまとめてくれる。

 

「そうね、問題は私達のほう」

 

「私の能力って向こうに効かないし、にぃにのは戦闘向きじゃないし……もしかして、新海兄妹役立たずでは……?」

 

「……言うな。今それを言うな」

 

使いこなせれば天ちゃんの力も凶悪なんだけどねっ、先輩のは言わずとも最強だけど。

 

「ソラはともかく、カケルの力が鍵になりそうよ」

 

空間を割き、普段より小さいソフィ人形が現れた。

 

 

 





戦闘はあまり派手さはなくサクッと終わりました。まぁ、その後のボス戦があるので……。



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第5話:あんな輝かしい時代が私にも……って、今がその青春時代か


駅にて解散。

その後、視点が変わります。



 

 

ナインボールを出て、駅に着いたので今日は皆解散となった。

 

「気をつけて帰れよ」

 

「わかってるってば。お父さんが迎えに来てくれるから大丈夫」

 

「結城さんも電車ですか?」

 

「いえ、私は徒歩」

 

「うち近いんですね。香坂先輩とあたしは同じ方面ですよね、電車」

 

「ぁ、えと、はい。たぶん」

 

「舞夜ちゃんは徒歩だよね?」

 

「そだよー」

 

「にぃに、結城先輩と舞夜ちゃん送ってあげたら?徒歩なの三人でしょ?」

 

「あ~、そうだな。結城は家どっちだ?」

 

「……、あっち」

 

「俺たちとは真逆だな。まいっか」

 

「わざわざ送ってもらう必要はない。そもそも相手は転移が可能、警戒しようがない」

 

「けど、九重が居れば対処は可能、違うか?」

 

「まぁ、私の手の届く範囲にいてもらえるのでしたら、そのくらい対処可能ですね」

 

「予備動作なしの転移をそのくらいて……」

 

「ですが、少なくとも今日は襲ってこないと思いますよ?向こうは警察に通報とかを警戒するはずですし……」

 

「私のことはいい。彼女を送ってあげて」

 

「お兄ちゃんも、うちに帰ってきたら?一人暮らしよりはマシでしょ」

 

「そうだな……。考えとくよ」

 

「じゃあ……今日はお疲れ様。また後日、集まりましょう」

 

「ああ、また」

 

「お疲れ様でした。結城さん、途中まで一緒に。同じ方向なので」

 

「ええ」

 

「にぃに、寄り道すんなよ。気を付けて帰れよ」

 

「わかってるって。先輩も、また」

 

「はい、おやすみ、なさい……」

 

「あ、香坂先輩っ、この後お時間良いですか?話があって……」

 

「ぇ、ぁ、はい、大丈夫、です……」

 

「ありがとうございます。ごめんね天ちゃん」

 

「んにゃ、平気平気、そんじゃね~」

 

皆が解散し、天ちゃんが駅内に消えて行くのを確認して香坂先輩へ向く。

 

「あ、あの、話というのは……?」

 

「すみません、急に呼び止めてしまって……実は新海先輩の事でして」

 

「新海さんの……?」

 

「今日の事、かなり落ち込んでいる様に見えたので、可能でしたら先輩に元気付けて欲しいなって思いまして……」

 

「……私にでしょうか?」

 

「香坂先輩も何となく気づいているかと思います。先輩、結構人のことを見ているので」

 

「私に、出来るのでしょうか……」

 

「寧ろ先輩にしか出来ませんよ。新海先輩、男一人なので私たちに弱い所を見せたくないって内心思っているはずです。そこでっ!一番年上の香坂先輩の出番ですよっ!優しく包容力がある所見せれば新海先輩もコロッといきますって!」

 

「……元気になって、下さるのでしょうか?」

 

「香坂先輩なら大丈夫です。自信もって下さい。ほら、今走れば追いつくと思いますよっ、行ってください!」

 

急かす様に背中を押す。

 

「わ、わ、分かりましたっ」

 

後ろから押され、慌てるように動き出す。

 

「あ、あの……」

 

走り始めた香坂先輩が止まり、こちらを見る。

 

「どうかされましたか?」

 

「あ、ありがとう、ございます……」

 

「お気になさらず!」

 

オドオドしながらもお礼を言ってくれる先輩に笑顔でグッドポーズを見せて送りだす。もう一度前を向いて新海先輩を追いかける為に走り出していく。

 

「……青春、だねぇ」

 

好きな男を励ますためにその後ろを追いかける。まごうことなき青春の一ページである。……そりゃ恋愛シミュレーションゲームだし当たり前か。

 

「舞夜様」

 

当然のことに笑っていると、横をすれ違って行く通行人に紛れて声をかけられ、意識を向ける。

 

「車の準備が出来ております」

 

「うん、ありがとうございます。お待たせしました」

 

「いえ、お仲間との大事な一時ですので、こちらの事はお気になさらず」

 

「あれ、今日はハットリさんなんだね」

 

「宗一郎さんからのご指示でしたので、『たまにはワシから離れてくれ』と……」

 

「あはは、護衛だもん、仕方ないよね~」

 

この声の人はハットリさん。本名は知らないし顔も姿も見たことがない。なので忍者みたいと昔から私が勝手にそう呼んでいる。

 

「自分より舞夜様の方が重要度が高いとの判断でしょう」

 

「この枝からはそうなるかもねぇ……。ま、一番重要なのは先輩だけど」

 

「順調ですかな?」

 

「さぁ……?としか言えないね。でも大丈夫。例えこの枝で達成できなくても、どこかの枝の先輩が必ず目覚めるはずだからね」

 

「ご自身の命を犠牲に……ですか」

 

「ふふ、この枝の私の命で目覚めてくれるなら安いもんだよ」

 

車に向かって歩いてる私のすぐ後ろに歩いているであろうハットリさんの言葉が詰まる。

 

「冗談だって、勿論簡単に投げ出すつもりは無いよ?」

 

「必要とあらば……?」

 

「喜んで」

 

「そうですか、それなら私からはこれ以上言いません」

 

「ありがとね。心配してくれて」

 

「小さい頃から見て来たのです。このくらい当たり前ですよ」

 

「私的には一方的に見られてて、ハットリさんを見た事無いんだけどなぁ……?」

 

「はて、仰っている意味が良く分かりませんな」

 

「実はハットリさん、姿を消すアーティファクトとか持って無い?ほら、天ちゃんみたいなやつ」

 

「ふふ、訓練の賜物ですよ」

 

「ぜぇーったい、おかしいって……。今の私ですら姿を視認出来てないしさー」

 

「まだまだ鍛錬が足りませんな」

 

「そりゃ、おじいちゃんクラスの人だし実力がかけ離れているのは理解出来てるけどぉ……。せめて顔だけっ!ね?お願いしますっ!」

 

「舞夜様ご自身のお力で暴いて下さい」

 

「むむむ……私のアーティファクトで縛り付けてやろうかな……」

 

「おや、その様な力に頼ってしまうとは……おじいさまが聞かれたらなんて言うか……およよ」

 

「多分、よくやった!って頭撫でて来ると思うよ?」

 

「それもそうでしたね」

 

「でも、いつかその姿暴いて見せるからねっ。勿論アーティファクトは使わないで!」

 

「その意気です。上昇志向があるのは良い事です」

 

駐車場に着き、車で待機していたもう一人の人が出て来て、後部座席のドアを開ける。

 

「すみません、お待たせしました」

 

「それでは、私はここで」

 

「ん?ハットリさんは行かないの?」

 

「ええ、舞夜様の目的の人達を監視する役目がありますので……」

 

「なるほど、確かに適任過ぎるね」

 

「では、またその内」

 

「はーい、また家でね!」

 

ドアが閉まり、車が走り出す。

 

「イーリスの目から逃れるとなれば、その位必要かもね」

 

この後、新海先輩達は成瀬先生に憑依したイーリスと会い、話を持ち掛けられる。その内容をなるべく把握しておきたいので誰かがそれを聞く必要がある。

 

始めは私が直接行こうかと考えたが、おじいちゃんが受けると言ったので任せたけど、まさかハットリさんまで出して来るとは……。

 

傍受とかでも良かったけど、万が一妨害とかされてたら面倒なので人を配置する。こっちはそれで問題無い。後は深沢与一の方は親の物件を絞ってもらい、それぞれに監視を付けている。攪乱させているアーティファクトで追手が撒かれても大丈夫のはず……。

 

「あとは、最近出て来た未確認のユーザーの人かぁ……」

 

壮六さんから何度か話を聞いている感じだと、間違いなくアーティファクトユーザーである。

 

「この二日間はヴァルハラ・ソサイエティでの活動は中止だし、丁度良いタイミングだよね」

 

物語的には先輩達が温泉に行って、身体を休め……ああ、あと河本の監視もだね。こっちは適当に人を割り振っておこう。

 

車中の窓から、通り過ぎて行く夜の街を眺めながら小さく笑った。

 

 

 

今日は4/30、昨日はおじいちゃんと一部の九重の人達と公園での出来事、その後の経過、監視対象の現状、今後の配備などを話し合いその日は取りあえず解散となった。

 

本日は例の女社長の件で引き続き話し合う……というか大体方針は決まっているので問題はそれをいつ決行するか。判断はほぼ私に委ねられている状態である。

 

「んー……、明後日は無理だし……明日は明日で夜に先輩の部屋に行って話をしておきたいしなぁ」

 

となれば、一番早くて今日の夜である。

 

「あら、舞夜じゃない。難しそうな顔して何か考えごとかしら?」

 

予定を考えていると、後ろから声をかけられ振り返る。

 

「澪姉!?帰って来てたんだねっ」

 

「ええ、大事な時だもの。サクッと終わらせて来たわ。これから話し合いでしょ?」

 

「うん、澪姉も参加する?」

 

「ええ、丁度暇になったことだしね」

 

「それじゃあ、いこ。おじいちゃんと壮六さんが中にいるはずだよ」

 

襖を開けて中に入る。

 

「来たか……ってお前もか」

 

「ええ、楽しそうな事になりそうだもの」

 

「全く……まぁよい。では始めるとしよう」

 

私と澪姉が座った事で話し合いが始まる。ここ最近の出来事を壮六さんから説明と共に紙を渡されるので目を通す。

 

「直接的な会話無しで影響を受けていると……」

 

顎に指を当てながら詳細を読んでいく。

 

「確認出来ている限りでは、電話は音声のみですね」

 

「そう、ですか……うーん」

 

「舞夜も知らない能力ってことで良いのかしら?」

 

「うん、そうだね。私が知ってるのは視線を合わせたり肉体的接触とかが主かなぁ……?一応対象を認識していれば発動可能なのはあるのはあるけど……」

 

「これだけなら声だけでも可能と言うことじゃな」

 

「何がトリガーなんだろうね……相手に音を聞かせればオッケーとかかな……でも、それならもっと被害出てそうな物だけど……」

 

 単純に慎重にしているのか……結城先輩みたいに踏むべき段階があるのか……。

 

「そこは取りあえずよい。問題はこれからどうするかじゃ」

 

「こんなの即座に始末すべきだわ。私が今から行って消してきてもいいわよ?」

 

「舞夜はどうするつもりじゃ?」

 

「……可能ならすぐに終わらせたい、かな……?明日も明後日も予定を入れてるから、今日くらいしかまともに動けないかも……」

 

「なら決定ねっ!さっさと滅んでもらいましょ」

 

「でも、それだと後が色々大変じゃないですか?」

 

急に動くことになれば、その分の用意や後始末が大変である。

 

「いえ、ご心配なく。そうなっても大丈夫な様に準備は整えております」

 

「え、そうなんですか……?」

 

「はい、こういった事態は慣れていますので」

 

チラッとおじいちゃんを見て私を見る。

 

「なんじゃ、それがお主の役割じゃろうが」

 

「昔からの経験が活きたってわけね」

 

「あはは……」

 

何だか壮六さんから哀愁が漂っている様な……。

 

「では、決行は今夜としよう。壮六、問題は何かあるか?」

 

「いえ、ありませんね。それでしたら……こちらの時間帯に行うのがやりやすいかと」

 

一枚の紙が出され、丸く印が付く。

 

「本日の予定ですと、この時間はここを通るはずですので、少し外れたこちらに誘導すれば人目に付く事は少ないでしょう」

 

内容に目を通すと、ターゲットの行動を可能な限り細かく書かれていた。……すごいなぁ、行動予測とかも書いてるし。

 

「なら、適当に道を交通止めにして逸れてもらいましょ」

 

「じゃな、後は煮るなり焼くなり殺すなり好きに出来る」

 

「壮六さん、車の中にはターゲット以外に人は?」

 

「恐らく運転手と……居たとしても護衛が一人程度でしょう」

 

「そっか。ならその運転手さんは可哀そうだし、こっちですり替えるとか可能ですか?」

 

「そうですね……問題無いかと思います。顔を寄せればバレることは無いでしょう」

 

「それなら、誘導もスムーズに行けそうね。流石舞夜っ」

 

「方針は決まったな。決行は夜、各々準備しておけ」

 

好戦的な笑みを浮かべて、おじいちゃんが立ち上がり部屋を出て行く。

 

「……もしかして、おじいちゃんも参加するの?」

 

「そのつもりみたいよ?必要なのかしら」

 

「いえ、過剰戦力ですね」

 

三人で顔を合わせ、苦笑いをする。言って止まるとは思えないからである。

 

「まぁ良いんじゃない?適当に遊ばせておけば問題無いでしょ」

 

「対象の乗っている車の安全は保障出来ないのですが……後処理が……」

 

「わ、私が可能な限り穏便に済ませられるように……努力はしますので……!」

 

「……お気遣い感謝します」

 

無駄な努力と分かっているからなのか、妙に優しい声で返事が戻って来た。

 

 

 

 

 

「ふぅ、今回も難なく終われたわね」

 

本日の予定の会談を終え、無事に今日を乗り切れたことに安堵しながら車の窓から夜の街並みに目を向ける。

 

何の前触れなく、突如私の前に現れた不思議なアクセサリー。手に取ると頭の中に直接何かが送り込まれ、それが特別な力と自覚するまでにはそう時間はかからなかった。

 

何故かその力の使い方を頭が理解しており、出来心で取引先の相手に試してみると……望んだ通りの結果になった。相手が私の言う事を聞いてくれるようになり、会談は楽に終わる事が出来た。その時、私は理解した。特別な力を得た……選ばれたんだと。

 

それから何度か検証として繰り返したが、結果は同じだった。今までの頑張りは何だったのかと思うくらい交渉は楽に進み、こちらが有利な取引で終わる。相手側の都合や、折り合い、妥協点を探す必要など無い。私が望めばその通りに事が進む……これ程素晴らしい力を、私は得たのだと歓喜した。

 

「ふふ……もっと、これからよ……」

 

選ばれた証である腕に触れ、笑いが零れる。輝かしい未来を想像するだけで体が高揚する。

 

「あー……なんだかこの先、工事している様ですね。申し訳ないですが……少し遠回りをして向かいます」

 

「あら、そう。分かったわ」

 

こういう時に限って悪い事があるのよね……ほんと、昔からそうだったわ。けれど、その位些細な事だと思える程度には今の私には余裕がある。たかが少し帰るのが遅れるなんて大した問題じゃないわ。

 

悦に浸りながら外を見ていると、車が停止する。

 

「……何かあったのかしら?」

 

街道から外れ、薄暗い道で停止したので運転手に声をかける。

 

「目的地に着いたので、止まっただけですよ」

 

正面を向いたまま返事が返ってくる。

 

「何を言っているの。私の家はまだ先よ。早く車を走らせて」

 

「いえ、確かにここで合っていますよ。あなたの人生の終着点ですので……」

 

低く暗い声でそう言った運転手がゆっくりとこちらに振り返る。

 

「冗談はいいからーーひっ!?」

 

文句を言おうとしたが、振り返った運転手の顔を見て悲鳴が上がる。

 

「あ、あんた……何なの……?その目、は……」

 

目の前に居る男の目が……真っ赤に充血していた。

 

「これですか?……ふふ、ふふふふふ……!」

 

自分の目に手を当てながら気味悪く笑い始める。すると、地震にでもあったのかと錯覚するみたいに車が激しく揺れ始める。

 

「きゃぁっ!?なんなのっ!何が起きているのよっ!!」

 

中に居るのは危険だと判断して、咄嗟にドアを開けて外に飛び出す。

 

「っく、く……車が……」

 

転がるように車から離れて振り返ると、信じられない光景が目に入る。

 

「人が、持ち上げている……?」

 

暗くはっきりと見えないが、一人の人間が後ろから車を持ち上げている様に見える。

 

「は、離れないと……!」

 

何が起きているのか分からないが、この場に居るのは危険だと本能が言っている。すぐに立ち上がり、来た道を戻ろうとする。

 

「……っ!?」

 

前を見ると、暗闇から大勢の人がこちらに向かって歩いて来ているのが見える。咄嗟に反対側に逃げようと振り返るが、逆も同じように道を塞ぐように人が沢山居た。

 

「な、何なの……?貴方たちは……」

 

私を逃がすまいと、周囲を囲うように人が立っている。どこかに逃げられないかと見渡すが、建物の上、塀の上など、見る場所全てに人が立っており、こっちを見ていた。

 

「誰よっ!私に何するつもりっ!?」

 

強がるように腕を強く握る。大丈夫、何が起きているのか分からないけど……私にはこの力がある……!選ばれたこの力があれば、この場を切り抜けられる!!

 

「……さっきの運転手の……お仲間って訳ね」

 

注意深く観察をすると、周囲に立っている人全員の目が、赤く充血していた。

 

「……まるで、化け物ね……」

 

どうしてか分からないが、こちらをじっと監視しているだけで口を開かない。

 

「誰かっ!助けて!」

 

大声で叫び助けを呼ぶ。

 

「ーーー残念ですが、助けは来ませんよ?」

 

背後から女の子の声が聞こえ咄嗟に振り返る。

 

が、振り返った瞬間、頭に味わった事のない衝撃が走る。

 

「ーーぇっ……?」

 

体に力が入らず、その場に崩れ落ちる。

 

き、急に体が……どうした……の?

 

何が起きたか理解できずに意識が薄れて行く。

 

そして、最後に視界に入ったのは、こちらを無機質な目で見下ろしている、女の姿だった。

 

 

 





~その後~

宗一郎「わしの出番はこれだけか……」

澪「はいはい、はやくその車を降ろしましょーね?中の人出てこれないでしょ?」

宗一郎「舞夜が早々に終わらせるから……」

舞夜「だって……長引かせると壮六さんが可哀そうだし……絶対車無事じゃ無かったよね?」

宗一郎「何を言う。まだ無事じゃ」

舞夜「既にトランク部分が半壊しているんだけどねー……」



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第6話:ハンバーグと生姜焼き……どっちが良いか……どっちにしよう


日曜日と月曜日のお話。前話の時点でさらっとOPを過ぎていたし、イーリスとも遭遇し終えているという……。


 

 

「~♪~~♪」

 

昨日の強襲を終え、今日はゆっくりと家でゴロゴロしていた。日中は河本の野郎の監視の報告や、リグ・ヴェーダ・アスラ面々の報告がちょこちょこ上がってくるだけでゲームと同じ様に大きな動きは特に無かった。

 

鼻歌を歌いながら夕食に向けて準備を進める。昨日そこそこ働いたので今日は肉系でガッツリ食べたい気分だった。

 

「さてさて~ご飯は炊けたし、おかずもオッケイっと……」

 

余った材料やおかずをラップやタッパで包装し、冷蔵庫に入れておく。少しつまみ食いをしたけど満足の出来だったので夜食が楽しみである。

 

ピンポーン

 

「……?誰だろ」

 

玄関のチャイムが鳴り動きを止める。壁の向こう側には人の気配がしているので一般人なのは間違いない。こちら側の人間の独特な気配はしないので問題は無いと分かったのでドアを開ける。

 

「はーい……って新海先輩じゃないですか。どうしたのですか?」

 

日も落ちて周囲はすっかり暗くなっており、街に光が灯っていた。

 

「すまん、今大丈夫か?」

 

「大丈夫ですよー。……取りあえず、あがります?」

 

玄関で話すのも申し訳ないので一旦部屋へ招く。

 

「急に訪れて何かあったのですか?」

 

席に座ってもらい、お茶を出す。

 

「いや、一応前もってメッセージは送っているぞ?既読が付かなかったから家に居るか確認してみたんだが……」

 

「ありゃ?マジですかい……」

 

スマホを確認すると、確かに新海先輩からのメッセージが来ていた。他の人のと被って見逃してしまっていたみたい。

 

「すみません、来てました。他のと被って見逃していました」

 

「なんだ、そう言う事だったのか」

 

「それでそれで?私に何用でしょうか?」

 

正面に座って一口お茶を飲む。

 

「……相談、と言えば良いのか、俺の考えを聞いて欲しいと言うのか分からないが……」

 

頭を掻きながら、なんて話を切り出そうか悩んでいる。

 

「先輩の友達についてですね?」

 

「……ああ、一昨日はあんなことがあったが、俺は今でもあいつを止めたいとまだ考えているんだ」

 

「高校で唯一仲良くしてくれた友人だからでしょうか?」

 

「そうだな……。与一は……殺人を犯している。人を殺すなんてたとえ理由があっても許される事じゃない……それは分かっているんだが……っ」

 

「……良いんじゃないのですか?」

 

私の言葉に顔を上げて目を向ける。

 

「先輩が止めたいと思うのなら、その友人に殺人を犯してでもしたかった何かがあったのかもしれない……と、どうしてもその希望が捨てきれないのでしたら、自分のエゴを押し通せば良いと思いますよ?」

 

「……だが」

 

「それをする為には自分では力不足だ~って分かっていて、私に協力を求めるのは何も間違いではありませんよ」

 

「それは俺の我儘で、九重にお願いするのはおかしいってのはわかっては、いる……」

 

「何を今更言っているんですか~。決戦の前日に既に巻き込まれまくっていますのでほんとに今更な問題です」

 

呆れた声を出しながらやれやれと首を振って見せる。

 

「良いですか?使える物は何でも使う。その位の気持ちで友達を止めたいと思うのでしたら、私を思う存分に利用すれば良いんですよ。同じヴァルハラ・ソサイエティの一員なのですからね!その過程で仲が修復できなくて行きつく結果が最悪でも、私は新海先輩を恨んだりしませんよ?」

 

「良いのか……?」

 

「もちの、ろんです!先輩は偉そうに後ろで指示でも飛ばしながら私をこき使えば良いんですよ。その為の私なのですから!なーに、安心してくださいっ。あれでもまだ実力の半分もお見せしていませんのでっ!」

 

ファイティングポーズを取って、拳を前に突き出す。

 

「それ、後輩の女子にさせる事じゃないだろ……。でも確かに……まだ全然本気じゃなかったな」

 

「おっ?もしかして先輩、分かるのですか?良い目してますねぇ~」

 

意外にも先輩の目線でも私が本気を出して無いのは分かるみたい。まぁ、オーバーロードの記憶の感覚がそう思わせているのかもしれないね。

 

「良い目ってわけじゃないけど……ん?目……?」

 

不思議そうな表情をして私を見る。

 

「……?そんなに私を見つめてどうしたんですか?」

 

「いや……なんか、変な言い方ですまんが……九重の顔に違和感を感じて……」

 

「そう言われると、流石の私でも傷つくのですが……あの?」

 

「いやっ、ほんとごめん!悪気があるとかそういうのじゃ無くてだな……っ!そう、目だ。目に違和感を感じたんだ!」

 

「……私の、目にですか?」

 

「そうだ、目だ……。こう……なんて言うか、もっと赤かった……?ん?」

 

自分で自分の発言に疑問を持っている先輩を見て、既視感を覚える。

 

「……もしかして、ですが……また記憶が……?」

 

「そうなのかもしれない……。九重が本気じゃないって分かってて、その違いが目にあるって何故かピンときた。色が違うって……」

 

「……あは、マジですかぁ」

 

ほんとに凄いと笑えて来る。今の発言で先輩が何を受け取ったのか把握出来た。

 

「いや、変なこと言った。忘れてくれ」

 

「先輩、先輩」

 

「ん?なんだなんだ?」

 

「先輩が言っている、その目って……」

 

顔を伏せ目を閉じ、力を使う。そのまま目を閉じて顔を上げる。

 

「ーーー()()()の事でしょうか?」

 

ゆっくりと目を開けて先輩を見る。

 

「うぉおっ!?」

 

私と目が合った先輩が驚きのあまり体を仰け反る。

 

「あはは、想定通りの反応ですけど、ちょーっと心にダメージが来ますねぇ……」

 

「いや、すまん。けどっ、驚かせるみたいにしたそっちが悪いと思うんだが……?」

 

「それについては……イタズラ心が沸々と……出て来まして……えへっ」

 

「いや、可愛い子ぶっても遅いからな?」

 

「ぶっていませんっ!実際に可愛いのです!」

 

悪ふざけが出来たので、一度目を閉じて力を解く。

 

「お、戻った……大丈夫なのか?それ」

 

「はい、身体とかに問題はありませんのでご心配なく」

 

「その、その目の事について、聞いても良いか……?」

 

「企業秘密ですと答えたらどうしますか?」

 

「そう言われると俺からはなんともなぁ……九重が秘密にしたいって言うのなら黙っておくさ」

 

「そうやって、優しくすれば簡単に靡く女じゃありませんからっ!少しコロッといきそうになっただけですからっ!」

 

「何をわけのわからない事を……」

 

「まぁ、先輩には特別に、簡単に伝えておきますね」

 

「良いのか?結構デリケートな部分じゃ……」

 

「いえいえ、それに……その方が後々便利になりそうですし……ね?」

 

一度綺麗に座り直してから、説明を始める。

 

「先ほどの目ですが……ゲームで言えばバフみたいなもんですよ」

 

「身体強化的な奴か?」

 

「ご明察。面倒なので細かいのは端折りますが、身体能力を上げていて、その表れとして目が赤く染まる……と言えば良いんですかね?充血に近いかと思います」

 

「それは……なんだ、つまり、更に強くなるってことなのか?」

 

「そうですね。なので公園でのは、軽くあしらう程度の力しか見せておりません」

 

「……チートキャラだな」

 

「ふっふっふ、それが味方ですよ。どうですか、心強いですか?」

 

「めっちゃ心強い、すげぇありがてぇ」

 

「もっと褒め称え、そして崇めたまえ~」

 

「ここだけの話、公園で本気出してたら与一に勝てていたのか?」

 

「……ほんとここだけの話ですよ?」

 

雰囲気を作るためにコソコソと話し始める。

 

「……魔眼の対策が完璧でしたら楽勝です」

 

「……やっぱり問題はそれだよな」

 

「複数人で挑めば問題無いと思います。一対一だと少し面倒ですね」

 

本当は一対一でも対策は考えてはいるんだけど……。

 

「面倒で済ませる程度かよ……末恐ろしいな」

 

「なので、もし再戦となれば私に前衛を任せて下さい。塵芥にして差し上げますので……!」

 

「いや、殺しちゃダメだろ」

 

「冗談ですっ」

 

「俺からも一つ良いか……?」

 

「どうぞどうぞ」

 

「明日、ナインボールで皆には話そうかと思っているんだが……もう一人ユーザーを見つけたんだ」

 

「ほうほう……」

 

「それで……、だな。色々口止めされていて話せない事とかもあるんだが……協力者?になる可能性の人物と出会ったんだ……」

 

「……なるほど、です」

 

ハットリさんからの報告と合致しているし、問題は無さそうだね。

 

「どう話して良いのか、どこまで話せば良いのかまだ判断がつかなくて、詳細は伏せたい」

 

「なるほどなるほどです。分かりました、それでは無理に話さなくて大丈夫ですので、先輩が話したいと決めた時に言って下さい」

 

「……すまん。さっき協力してくれるって言って貰ったばかりなのに……」

 

「お気になさらず、口止めされているのにも関わらずやんわりと伝えて下さったのは、先輩からの信頼の証として受け取ったので!」

 

「ほんとすまん、分かるまで少し時間をくれ」

 

「了解ですっ、何かあれば相談にも乗るので何時でも言って下さいね?」

 

「ああ、助かる」

 

種まきはこの程度で大丈夫そうかな?後は芽吹くのを期待して待ってよっと。

 

 

 

 

 

 

「まじで?沙月ちゃんが?」

 

次の日、学校が終わりナインボールに集合し、新海先輩から成瀬先生について話があった。それを聞いて、水を飲もうとした天ちゃんが目を丸くして手を止めた。

 

「もしかして、ホームルームのあとに話してたのって……」

 

「そう、その話。この前、分かったんだ。さっきはあまり話せずに終わったから、その内改めて話そうって」

 

九條先輩の疑問に新海先輩が答える。

 

「たぶん、……、あ~……先生のアーティファクトは、神器だ。たぶんソフィと同じ様に。世界の、観測?ができるはず」

 

「つまり……魔眼の能力者を探す上で、力になってもらえるかもしれない、ということかしら」

 

「そんな力があれば、だが。近い内に、確認しに行こうと思う」

 

「先輩と?」

 

「ぁ、ぇと、私も、先生が、ユーザーだったって、わかったときに、い、一緒にいて……」

 

「そういえば先週、駅で舞夜ちゃんと話しがあったとかなんとか」

 

「は、はい……その、あとに、……ちょっと気になることが、あった、ので、お話を……と思って」

 

先週の事を思い出しながらチラッと私を見て、内容を濁す。

 

「ほほぅ……ふ~ん、そっかそっかぁ……にぃにと一緒にいたのね」

 

「そんなわけで、先生のことは俺と先輩に任せてほしい。詳しく話を聞いてみて、協力してもらえそうなら頼んでみる」

 

「うん、お願いします」

 

「沙月ちゃんち行くの?」

 

「ぁ~、いや、どうだろ。違うかもしれんけど」

 

「今日?」

 

「先生の都合が良ければ、今日かな?」

 

「何時ぐらい?沙月ちゃん、仕事終わるのいつだろ。帰って着替える時間あるかな?」

 

「……」

 

付いていくことが当たり前と話しを進めている天ちゃんに新海先輩が『なんだこいつ』みたいな目で見る。

 

「ん?なんだい、その目は」

 

「お前、来るつもり?」

 

「うん」

 

「来んなよ」

 

「は?」

 

「任せてくれっつったんだろうがよ。来んなよ」

 

「は~?なんでだよ、は~?」

 

その会話を聞いて、九條先輩がキョトンと目を丸くして眺めている。

 

「むしろなんで来たいんだよ……」

 

「いや、みんなで行けばいいじゃん。沙月ちゃんも仲間なんでしょ?皆で話に行こうよ」

 

「その必要あります?」

 

「うわなにこいつ、仲間意識なさすぎでは?」

 

「どこで会うにしても、この人数で囲んじゃうのは、ちょっと……迷惑になるかも?」

 

「いやいけるいける。沙月ちゃんフレンドリーだから。賑やかなの大好きだからっ」

 

「いや嫌いだろ。神社で祭りやるとき、うるさいって出かける人だぞ。賑やかなの大嫌いだろ」

 

「迷惑はともかく……面識のない私も同行すれば、前置きが長くなる。効率を考えれば全員で行く必要はない」

 

「うわ~、まじか。結城先輩はともかく、いいんすか。みゃーこ先輩は本当にいいんすか?」

 

「ぇ、私も新海君にお任せするのが、いいのかなぁ~って思ってるんだけど……?」

 

「うわ、わかってねぇなこの人」

 

天ちゃんの意図を理解出来ずに、素で返事をしてる九條先輩に呆れているご様子で。

 

「あれでしょ?香坂先輩も行くんでしょ?」

 

天ちゃんの問いかけに自分が話しかけられているとは思わずレモンティーを飲み続けている香坂先輩。

 

「いや先輩、ストローちゅーちゅーしないで。レモンティー美味いみたいな顔しないで、マイペースか」

 

「ぇっあ、はいっ一緒に、はいっ、行ければな……と、お、思っていますっ」

 

「ほらぁ!良いんですかっ、みゃーこ先輩!」

 

「ぇ、ぇっ、え?」

 

「あ、駄目だ。鈍感系ヒロインだこの人。ピュアかよ」

 

未だに意図が分からずあたふたしている九條先輩と呆れて諦めの天ちゃんを見て苦笑いする。

 

「…何に腹立ててんだよ。お前は」

 

「あ、あの……私、一緒に行かない方が……?」

 

「いっす。もういっす」

 

「……。禁止にはしないけど、デリケートな問題をヴァルハラ・ソサイエティに持ち込まないで欲しい」

 

「ぁ、……意外と結城先輩察しが良い……。は~い、かき回すのやめまーす」

 

諦めが付いた天ちゃんが少し拗ねたような声で飲み物を飲む。

 

「ドンマイ天ちゃん」

 

「私が悪い感じになりそうだしここらへんで引いとくのが利口かな」

 

「だからなんなんだお前は……」

 

「いや、いいから。まぁ単純に?なんで香坂先輩と二人きりなのかは疑問だけど?」

 

「あ~、それは、だな……」

 

「実は、話していない事がある。先生に関して……」

 

「お、なんだぁ?秘密かぁ?」

 

「なぜ隠すの?聞かせてもらいましょうか」

 

「口止めされている」

 

「口止めを……誰に?」

 

「誰にかは……今は言えないんだ。というか言いたいんだが、話して良いのか迷ってる」

 

「……わかった。話さなくて良い」

 

「うっわ、引き下がるのはやっ!?」

 

「悪い。少し時間をくれ」

 

「え~、気になるんだけどぉ」

 

「話すことで、事態がどう転がるか分からない。そういうことなんでしょ?」

 

「ああ、そうなるな」

 

「そ、か……それじゃあ、迂闊に話すことは出来ないもんね」

 

「ほんと悪い」

 

皆に悪いと思ってか、テーブルに手をついて頭を下げる。

 

「気にしなくていい」

 

この話はここまでと打ち切った結城先輩。天ちゃん九條先輩はまだ気になるのと、心配している様に見える。

 

ここら辺も私の記憶にあるゲームと同じ流れで大丈夫そうだね。となると今夜九十九神社でイーリスと会うと……。

 

スマホを取り出して、おじいちゃんにメッセージを送る。

 

先輩二人は神社で話し合いだから、後二日かぁ……。次の枝の為に何か残せる事とか無いかな?新海先輩の信用はそこそこ得ていると考えて良さそうだし……。他の人の能力向上とか手伝った方がイーリス戦有利になったり……?

 

明日猫探しに二手に分かれるし、人数的に三対三……私は天ちゃんと九條先輩側かな?それなら好都合なんだけど。

 

テーブルに置かれている飲み物を取って飲みながら今回の枝の行く末を考える。足搔くか、無抵抗に終わるか。

 

皆がリグ・ヴェーダ・アスラを探すための作戦を話し合っているのを見て、考えるのを一旦止める。

 

うん。分かっていても、目の前の光景を楽しまないという選択肢は私に無いね!

 

飲み物をテーブルに置いて、話の輪に加わった。

 

 





明日からいよいよGWですね。楽しい連休の始まりになるかと……。



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第7話:デザートはプリンを所望する。お祝いなので


投稿に少し間が……バイオRE:4を少々やり込んでしまいました。落ち着いたので続きを書こうかと。




 

「………」

 

 スマホの画面を睨みつつ、時間が経つのをただ待つ。

 

「うむむ、ハットリさんからの報告で、神社に着いたって言ってたし……」

 

今日の夜に新海先輩と香坂先輩が二人で成瀬先生……イーリスに会いに行く。そこで色々と話を聞かされアンブロシア(毒)が渡される。

 

「あ~……私もその場で話とか聞きたかったなぁ……」

 

イーリスの話に色々突っ込んで嫌がらせしてみたかった……面白そうだし。

 

「ちょくちょくメッセージは来てるからハットリさんも大丈夫そうだね」

 

今日の夜、イーリスとの話が終わり新海先輩が自分の部屋に戻り、ソフィと会った瞬間が分岐地点である。その瞬間この世界がBAD ENDの次なのか分かる。

 

「ん~……、今の私にも残せる事無いかなぁ……?」

 

既にすることは決まっているが、もっと何かあるのでは?と欲を出してしまう。

 

「やっぱり、観測できる人に託すのが一番だよね……よし!」

 

気合を入れて姿勢を正す。

 

「……ソフィー?もし先輩じゃなくて私を見ていたりしたら話がありまーす」

 

何もない空間に向かって呼びかける。

 

「……あるぇ?」

 

少し待ったが何も起きない。おかしいな、一応先輩にソフィに相談があるから今夜呼ぶかもって話はしているんだけど……伝え忘れかな?

 

「ソフィさーん?忙しそうでしたら大丈夫な時にお願いしまーす。それまではここで待っているのでー……」

 

自分の部屋で宙に向かって一人で話続けるのは虚しく感じるのでここらで止めておく。向こうも新海先輩達に夢中かもしれないしね。

 

引き続きスマホと睨めっこしながらデジタル時計が動くのを眺める。

 

それから暫く待っていると、正面の空間が歪む。

 

「ハァイ、待ったかしら?」

 

「あ、ようやくですね。こんばんわです」

 

「こんばんわ。それで私に話があるみたいね」

 

「ですです」

 

宙を浮いていたソフィ人形がテーブルに着地する。

 

「えーっと、相談もそうですが色々質問?話がありまして……」

 

「手短に。あまり暇じゃないのよ」

 

「了解です。では先に用件を……」

 

そう言って、ポケットからドックタグをテーブルに置く。

 

「あら、アーティファクトじゃないの。あなたの?」

 

「いえ、私のはイヤリング型なので別の人のです」

 

「これを何処で?」

 

「この街で能力を悪用している人を、たまたま見つけたのでこちらで勝手に対処させてもらいました」

 

「対処ねぇ……殺して奪ったってことでしょ?」

 

「そうですね」

 

「……まぁ、方法については口を出さないであげる。それで?どんな能力だったのかしら?」

 

「特定していませんが……多分人を洗脳とか魅了みたいな精神を操る感じの力かと思います。元持ち主ですが、ある会社の社長で取引相手とか他の同業者に力を使ってやりたい放題していました」

 

「それはまた面倒な事を……」

 

「私の実家がこの街で色々としており、影響を受けたのが発覚の始まりです」

 

「大体の経緯は分かったわ。私に渡す……で良いのよね?」

 

「はい。これは、私個人としてはイーリスではなく、ソフィーティアを信用しているという証明です」

 

「……あなた、カケルたちの事を知っているの?話していた様には見えなかったけど」

 

「私の実家は、この街で色々としているのですよ。目となり耳となりそれは色々と……」

 

「カケルを監視していたというわけね」

 

「ふふ、ご想像にお任せします」

 

「いいの?あの子らはこちらでは無くて向こうを信じ始めているわよ?」

 

「そうなるかもしれませんし、そうならないかもしれません。どっちに転んでも良い様に私はソフィ側に付こうかと」

 

「私が裏切ったら?」

 

「その時は私の見る目が無かったという事で……」

 

「てきとうねぇ……」

 

「まま、この話はこの辺りにして……もう一つお聞きしたい事がありまして」

 

「何かしら」

 

「新海先輩の能力。オーバーロードについて詳しく知りたくて……確か過去、現在、未来の記憶をここではない別の枝の自分に継承させることが出来るとかなんとか……」

 

「大体その認識で間違いないわ。私たちが今いるこの枝や別の枝での出来事を……それも未来の記憶すらも知ることが出来るわ」

 

「他の枝……。因みになのですが、ナインボールで仰っていた魔眼のユーザーはこの枝でしか現時点で特定出来ていないのですか?」

 

「そうね。他ではまだ疑っている程度だわ」

 

「……なるほど。つまりこの枝の先輩は本当に未来の記憶を継承して魔眼のユーザーを特定したという事なのですね……」

 

「これがオーバーロードの強みね。例え失敗してもその記憶を引き継いで次へ行ける。何度でも過去の自分へ戻り再挑戦が可能ね」

 

「強くてニューゲームってことかぁ……この枝でソフィが先輩達を静観しているのはそれが理由?」

 

「……その通りよ」

 

「誤魔化さないのですね」

 

「あら?誤魔化されてくれたのかしら?」

 

「あはは、確かに。まぁ、仮に先輩達が向こうに付いて失敗しても次の枝では確実にいい方向に活かせるもんね」

 

「あなた、怒らないの?」

 

「ん?どうしてですか」

 

「今の私の発言は、この世界のあなたたちを見捨てるって言っているのよ?防げるかもしれない間違いをそのままにしてよ」

 

「あー……そゆことかぁ……でも」

 

「でも?」

 

「もし、もしも。仮の。ifのお話だけど……失敗しても次の糧になるってことだよね?先輩のオーバーロードがあれば」

 

「……理屈上はそうね」

 

「そっかそっかぁ……もしその時が来たら頑張って先輩に何か託しておかないとね……ふふ」

 

「あなた、頭おかしいのかしら」

 

「うわぁ、急に辛辣ぅ……」

 

「ま、好きにしなさい」

 

「はーい、好きにさせてもらいまーす。それに、先輩だけじゃなくて世界の眼を持っているソフィもいるしね!何かあったら先輩をよろしくお願いしまーす」

 

テーブルに手をついて頭を下げておく。

 

「期待されても困るわよ。けど、一応聞いておくわ」

 

「うん、ありがとうございます」

 

「話は以上かしら」

 

「あっ、あともう一つだけ!」

 

「なに」

 

「アーティファクトをうまく使いこなせる方法的なのって……あったり?」

 

「前にも話したけど、アーティファクトは魂の力。心を強く持てばアーティファクトはそれに応えるわ。肉体より精神が重要」

 

「強く想う気持ち……心の……分かりました。ありがとうございます」

 

「それじゃ、私は行くわ。カケルの方にも用があるから」

 

「了解です。()()()()()()また会いましょー」

 

ふわふわと浮かび上がり、空間の裂け目へと消えていくのを手を振りながら見送る。

 

さて、次は直ぐなのかそれとも……。

 

ソフィの口から直接確認しておきたかったことも聞けたし、持て余していたアーティファクトも渡せた。

 

スマホを見ると、ハットリさんから新海先輩達が神社を後にしたと連絡が来ていたので返事をしておく。

 

「明日は猫かぁ……」

 

手に持っているスマホを宙に投げ、くるくると回るスマホに能力を使って動きを止める。

 

「……いやまてよ。明日新海先輩側に行かないと結城先輩の可愛らしいお姿が……っ!?」

 

衝撃の事実に気づいたことで、能力が解けスマホが落下してくる。

 

「っと、どうしよっ。香坂先輩のお姿も……!」

 

九條先輩と天ちゃん側に付けばそれは見れないということ……!でも、そっちはそっちで気になるし!!

 

「………そうだ」

 

BAD ENDの枝は九條先輩と天ちゃん、オーバーロードに目覚めた枝は新海先輩達側。どうこれ、名案じゃないかなっ!?

 

「よーし、それでいこ。それなら問題無いよね?」

 

誰も居ない部屋で一人盛り上がる。

 

「俄然楽しみになって来たかも」

 

 

 

 

 

ゴールデンウイーク初日の午後。新海先輩から話があるとメッセージが来たので皆で集まることになった。

 

皆は飲み物を頼み、お昼をまだ食べていなかった私は追加でナポリタンを頼んだ。鉄板なので楽しみである。

 

新海先輩からイーリスの事、そして受けとっているアンブロシア(毒)のことを皆に話す。私は途中に届いたナポリタンを食べながらその話を聞いていた。

 

「飲ませるか、注射するか……」

 

九條先輩がアンブロシアを手に持ちながら呟く。

 

イーリスを信じるかどうかはさておき、預かったアンブロシアをどうやってリグ・ヴェーダ・アスラに使うかの話へ移っている。ナポリタンうまい。

 

「だな。ま、問題は……」

 

「どうやって実行すんだよ。と……?」

 

「そう。それ。まじでそれ」

 

「居場所がわからないことには、詳細な計画もたてられない」

 

「でもさ、それを言っちゃ始まらないしさ。簡単にシミュレートしてみようよ。まずは、飲ませる場合、どうしましょ」

 

天ちゃんが主導で作戦を進めて行く。

 

「飲み物に、混ぜる……」

 

「です、ね。問題は、どうやって混ぜるか……ですね」

 

「お茶会に誘ったら来ないかな?やっほーってさ」

 

「アホかよ。……って言いたいけど、あいつの性格だとありえそうで怖いんだよなぁ……」

 

「彼は、私たちを脅威と認識していない。そういう性格ならば……ないとも言えないわね」

 

「正確には舞夜ちゃん以外……ですな。にぃに、連絡先知っているよね?」

 

「ああ。あのあと送ってみたけど、まぁ返事はないわな」

 

「連絡は出来る状態ではあると?」

 

「一応はな」

 

「じゃあさじゃあさ、ちとシミュレートしてみようよ。にぃにがナインボールに来い、と送る」

 

「ああ」

 

「んで、いいよオッケーって返事がきます。ナインボールで会います。ここでみゃーこ先輩っ!」

 

「あ、うん?」

 

「アルバイトの立場を利用して、飲み物に薬を混ぜます。テーブルに届けます。届いた飲み物を疑いもせずに飲むっ」

 

「ぅっ!?ぐわぁ~!力が、抜けてくぅ~!やったぜ作戦大成功!!」

 

「どうっすかね?完ぺきでは?」

 

作戦内容を話し終え、どや顔で締めくくる天ちゃん。皆の反応は無言である。

 

「あ、は~い。返事しなくて大丈夫でーす。ってか前提条件がおかしいんだよ。舞夜ちゃんが居るのにホイホイと誘いに乗るかよにぃにアホかよ」

 

「いや、お前が言い出したんだろふざけんな」

 

「てかあれだね。毒殺を目論んでる人の会話だよね。ヒーローサイドの会話じゃないよね」

 

「それは……うん。確かにな」

 

「どうにか私の力であの人の行動を操れれば、良いのですが……」

 

「それは難しそうなんですよね?」

 

「はい……」

 

「司令官の方は?」

 

「ぁ、そちらは、可能かも……」

 

「でも、にぃにの友達の方はどうすんの?」

 

「そうだな……」

 

言葉を止め、新海先輩がちらりと此方を見て来たので、食べる手を一旦止め、問題無いと頷き返す。

 

「そっちに関しては大丈夫。九重が何とか出来るってさ」

 

「舞夜ちゃんいけるの?」

 

「もぐもぐ……。うん、魔眼さえ対処出来れば肉弾戦で負けることは無いって断言しておくね。転移も多分私の能力で止めれると思うよ」

 

「あなたの能力は確か……対象の動きを止める、だったかしら?」

 

「ですね。色んなものが対象可能と検証済みですので、問題無いかと」

 

「そう、なら戦いとなった時は前衛は任せるわ」

 

「承りました。精一杯務めさせていただきます」

 

胸に手を当てて頭を下げる。執事っぽいかな?

 

「………」

 

頭を上げると、天ちゃんが悪い事を思いついたかのような表情をしていた。

 

「……お前、なんだよ。なにあからさまに悪そうな顔してんだよ」

 

「いやね、思いついちゃいまして……ね?」

 

「法を犯すならば却下」

 

「聞くだけ。聞くだけ聞いて下さい。聞くだけっ」

 

「どんなこと?」

 

「ぁ……みゃーこ先輩優しい。そんなみゃーこ先輩に関するお話です」

 

「? うん」

 

「みゃーこ先輩の能力って、他人のものを奪えるんですよね?」

 

「そう、だね。うん」

 

『奪える』という言葉に少し後ろめたい気持ちの九條先輩。

 

「奪ったものって、ワープするんでしょ?」

 

「うん、する」

 

「心臓って奪えるの?」

 

「え?しん……え?」

 

「出会い頭に心臓を奪うんですよ。相手即死ですよ。どう?」

 

困惑顔の九條先輩に生き生きと話し続ける天ちゃん。

 

「どう?じゃねぇよ。なんつーエグいこと思いつくんだよお前……」

 

「いや、普通思いつくでしょ!お父様ならもっとうまく盗むけど……みたいなっ!」

 

「ぁ、イエーガー×イエーガーのルリアのセリフ……」

 

「そうですそうですっ。あんな感じで!みゃーこ先輩、どうっすか?」

 

「ぇ、う~ん……。出来るかもしれないけど……」

 

「なしだろ。そんなの」

 

「当然、無し」

 

「はい、すみません。わかってて言いました。すみません」

 

「ご、ごめんね?なんとかしたいって気持ちはあるけれど、そこまでの覚悟は無くて……」

 

「そんな覚悟は必要ない。私たちがすべきことは、彼らに法の裁きを受けさせること。命を絶つことじゃない」

 

「だな。そもそも九重が居ればそんなこと必要ないしな」

 

「はーい、すみません」

 

心臓をかぁ……。たぶん本気で行けば可能だと思うけど……漫画みたいに綺麗には出来なさそうだよねぇ。心臓ごと相手の体吹き飛ぶと思うし……あ、能力で固定したらワンチャン……?

 

「でも……そっか。心臓なんて、思いつきもしなかったけれど……私の能力、もっと応用利くのかな……?」

 

「記憶を奪ったりできるよな」

 

「え?」

 

「視力も奪える」

 

「記憶や視力……そんなことが……」

 

「本人も知らないことを、したり顔で言ってやがりますが」

 

「いいや、出来る。よく分からないけど確信がある」

 

「あー、またか。にぃやんの能力」

 

「ああ、来た。天啓が舞い降りた」

 

「アホかよ」

 

「うっせーな。とにかく、できるはずだ」

 

ナポリタンを食べ終え、口元を綺麗にふき取る。うんうん、無事九條先輩の事も伝えれたみたいだね。お祝いに何かデザートでも食べようかな?

 

「試して、みますか?」

 

「試してみたいですけど……」

 

「あたしに!あたしにやってみてください!あたしに!」

 

体験してみたいと我先に天ちゃんが手を上げる。

 

「いいの?」

 

「どうぞ!ぁ……奪われたあと、戻ってきますよね……?」

 

「どうだろ……やったことないから……」

 

「ぇ怖い。じゃあやだ怖い……」

 

「大丈夫。戻せる。奪った物はどんなものでも、元々あった場所に戻せる」

 

「じゃあどうぞ!やっちゃってくださいどうぞ!」

 

「う、うん、新海くんを信じて、やってみる……!」

 

九條先輩が、天ちゃんに向けて手をかざし、甲にスティグマが浮かんだ。

 

 

 

 





ここらで一区切りを。

次は猫探索編ですかね。着々と近づいてきてますね……。




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第8話:茜色に染まる公園、ベンチに寄りそう二人。完璧な一枚絵だねっ!


5/4 最後の日ですねぇ……。

視点がちょこちょこ変わります。




 

 

「そんじゃ、あたしらもいきますか!」

 

新海先輩、香坂先輩、結城先輩の三人と分かれ、天ちゃんと九條先輩と一緒に行動を始める。

 

組分け時の『グッパ』で二人がグーを、新海先輩らがパーを出す動きを目で追いながらグーを出した。

 

「二人とも、よろしくね」

 

「こちらこそお願いしまーす」

 

「向こうは神社方面に向かっているみたいですけど、私たちは取りあえず逆方面に歩きましょうか?」

 

「うん、そうしよっか」

 

「舞夜ちゃんの案にさんせーい」

 

「この街で猫はあまり見かけないので、効果があればすぐにわかると思いますし……」

 

三人で並びながら雑談をして歩くこと数分、早速効果が表れ始める。

 

「うっわぁ……まじだよ……」

 

「すごいね……野良猫が沢山……」

 

「既に六匹を目撃してますよ。あ、七匹目ですね」

 

「にぃに達に連絡しとこっと。こっちは出逢っているよって」

 

「向こうも私達みたいに会えているのかな……?」

 

「多分こっちが会えているのなら向こうはもっとすごいかもしれませんよ?香坂先輩本人が居るわけですし」

 

「確かに、それもそうだね」

 

「うっし、メッセージ送ったよー。それにしてもすごいねー、香坂先輩の能力の範囲!」

 

「だよねー、本人が望むことなら距離関係無しだもんね」

 

「それに比べて私のとか、ユーザーには効きにくいし、認識されてたら無意味だし……」

 

「天ちゃんの力も、九條先輩みたいに実はもっと拡張性があったりするかもしれないよ?まだ気づけていないだけで」

 

「そうかなぁ?だと良いんだけどー……例えばどんなのがあんのかね」

 

「存在感の操作、だよね?」

 

「そうそう、みゃーこ先輩の言う通り。人の気配を薄くしたりできる」

 

「……うーん、人だけじゃなくて、物とかにもかけられたり?」

 

「あーなるほど、確かにそうですね。物とかもいけますね」

 

「私の能力も人や物、現象とか目に見えないことに効果発揮できるし、天ちゃんのも可能じゃないかな?九條先輩の力も可能だしね」

 

「ふむふむ」

 

「後、他にはー……存在感を無くせるなら存在自体を無くせたり……?」

 

「ん?それはどゆこと」

 

「極論かもしれないけど、天ちゃんの力を可能な限り強力にしたら対象の存在を消せたり……とか?」

 

「それはつまり、相手をこの世から消すってことかな?」

 

「言ってしまえばそうですね」

 

「あたしが言えたことじゃないけど、舞夜ちゃんもエグいこと思いつくなぁ……」

 

「別に人に限らずだよっ!例えば物とかに!そう、能力とかにも有効じゃないかなって……」

 

「あ、そゆことか。相手からの攻撃とかを私の能力で消すってことか」

 

「そうそう!出来たらかっこよくない?」

 

「……ありだね。それ採用っ」

 

「降り注ぐ槍の雨を指ひとつ動かさずに目前で消える……。そして一言、『今、何かしたか?』」

 

「いいねいいね!最高にイケてる!」

 

「それが出来たら、天ちゃんも戦えちゃうね」

 

私たちが盛り上がってるのを、横で困った様に笑っている九條先輩が目に入る。

 

「もし天ちゃんに可能なら、九條先輩も出来るんじゃありませんか?」

 

「え、わ、わたしも?」

 

「はい、九條先輩の能力が対象を押収し自分の力にする系なので、相手が使った能力の一部も対象に出来たり……とか?」

 

「あ……」

 

「なるほどぉ~、私が消すならみゃーこ先輩は相手の力を自分のものにしちゃうのかぁ~……」

 

「で、出来るのかな……?」

 

「多分、可能じゃないかと……学校の火事でアーティファクト自体を対象に出来たのならその能力も可能かと思いますよ?」

 

「にぃにに聞いてみよっか?また何かさらっと言ってくるかもしれませんよ?」

 

「それアリだね、ついでにソフィにも聞けたら聞いておこっか」

 

「もしそれが出来たら、私もみゃーこ先輩もかなり戦力アップだよね!」

 

「うん、そうだね。ありがとね舞夜ちゃん」

 

「いえいえ~、あくまで私の妄想なので。漫画とかでよくあるパターンを当てはめてるだけですし……」

 

「ううん、それでも十分凄いよ」

 

「まぁ、私も自分の能力が人だけだと最初は思っていましたので……」

 

「実体験済みと……」

 

「そんな感じだね」

 

能力のことについて三人で話していると、それぞれのスマホに通知音が鳴る。グループのかな?

 

天ちゃんがメッセージを見る。

 

「まじか……、香坂先輩が能力の使い過ぎでやばいから公園に集合だって」

 

「え、大丈夫なの……?」

 

「一応は大丈夫みたいです」

 

「かなりの範囲で能力を行使してたので、やっぱり消費も半端じゃないみたいですね」

 

「ん?結城先輩から、やっぱり今日はこのまま解散だってさ」

 

「解散……?」

 

天ちゃんの言葉に疑問を持ち、九條先輩も自分のスマホを確認する。

 

「香坂先輩が、これ以上厳しそう……」

 

「との事です。なので私たちはこのまま現地解散となりそうですね」

 

「向こうには新海先輩と結城先輩が居るから問題は無さそうだし……こっちは終わりにする?」

 

「ん~……だね。先輩の事は心配だけど、大丈夫ってことだし」

 

「九條先輩もそれで大丈夫ですか?」

 

「うん、私は問題ないよ」

 

猫の痕跡集めは、香坂先輩が燃料切れという事で解散となった。一旦ナインボールまで戻り二人とは分かれた。

 

「……では、公園に行きますか」

 

香坂先輩が目を覚ますのは確か夕暮れ時。今から行けば普通に間に合うだろう。

 

スマホを取り出して新海先輩にメッセージを送って現地に急いだ。

 

 

 

 

公園に着くと、少し離れたベンチで新海先輩に寄りかかりながら寝ている香坂先輩と、その寝顔を見ている新海先輩を見つける。

 

先輩を起こさない様に、新海先輩の視界に入るように近づき無言で手を上げる。向こうも意図に気づき手を振る。

 

「お疲れ様です」

 

真横まで近づいて小声で声をかける。

 

「ああ、今は疲れて寝ている」

 

「了解です。では私は二人の邪魔をしない様に遠くに離れていますね?」

 

「すまん、ありがとな。護衛なんかをさせて……」

 

「気にしないで下さい。今の二人があちら側と出会ったらまずいのは分かりますので、先輩は香坂先輩の事だけを気に掛けて下さい」

 

空が夕暮れに染まり始めているので、その内目を覚ますだろう。

 

「……では、何かあったらいつでも呼んでくださいね」

 

気配と音を消して傍を離れる。あとは高峰先輩とのエンカウントまでのんびりしておこっと。

 

スマホで九重家の人達で連絡を取りつつ経過を見守っていた。無事高峰先輩とも会え、その心情も聞けたことだろう。流石に会話の内容まではこの距離からは聞けなかったけどね。

 

新海先輩がベンチから立ちあがり、私の名前を呼ぶ。

 

「九重っ」

 

「ここに」

 

先輩達が向いている方向と逆側から迫り、背後に出現する。後ろから声をかけられたので二人共ビクッと体を強張らせていた。

 

「うぉっ!?そっち側だったのか……」

 

「高峰先輩の後を追いますか?」

 

「ああ、多分高峰がそれを望んでいる」

 

「分かりました。私も一緒に……と言いたい所なのですが、すみませんがお二人だけでお願いします」

 

「九重は来ないのか?」

 

「ちょっと別件で……、まぁさっきのを見た感じですと、戦闘にはならないと思いますので大丈夫だと思います」

 

「そっか、それじゃあ俺と先輩だけで後を追うよ」

 

「すみませんがお願いします。また何かあれば気軽に呼んでくださいね?」

 

「ああ。それじゃあ先輩、行きましょう」

 

「はいっ」

 

高峰先輩の行った場所に向かってく二人。それを姿を見えなくなるまで手を振って見送る。

 

「………」

 

ここで付いていけば、そのまま屋上で制圧戦が始まる可能性があるので一緒に行くのは少しばかりまずいかもしれない。この枝では失敗してもらう必要があるのだから……。

 

「舞夜」

 

背後から澪姉に声をかけられ振り返る。

 

「澪姉……」

 

「もう、全く……そんな顔するくらいなら今からでもぶっ壊しに行けばいいじゃない」

 

「……ううん。それはしちゃいけないし、私は平気だよ?」

 

「ならもっとまともな顔にしておきなさい」

 

「まともなって、酷いなぁ」

 

自分の頬をぐにぐにと触りながら苦笑いをする。

 

「……最後の晩餐は何が食べたいかしら?好きなの言いなさい」

 

「最後の晩餐って……。んー……やっぱり九重に戻って皆と食べることにする」

 

「そう。それじゃ帰りましょうか」

 

「うん」

 

澪姉と並びながら公園を後にする。この枝は明日で終わり。そのことは既におじいちゃんを始め関係者には通達済みではある。一応前々からこの枝の事は話しているし、それに対しても必要な事と完結はしている……が、いざ目の前に迫るとそれなりに想ってしまうのは仕方が無いのだろう。私も同じだしね。

 

「澪姉」

 

「何かしら?」

 

「先輩を恨まないでね?」

 

「……馬鹿ね。既に手遅れよ」

 

「えぇー……、手遅れなのぉ?」

 

「当然ね、あなたの話が真実と分かった時からずっとよ。()()もっとうまくすればこんなことにはならなかったでしょ」

 

「それは先輩に対して?それとも……」

 

「両方に決まってるじゃない」

 

「あはは。まぁ、私がもっと最善の方法とか思い付ければよかったんだけどねー」

 

「勿論、舞夜にも怒ってるわよ?少しだけど」

 

「……うん、ありがとね」

 

「まぁいいわ。暗い話はこの位にして、さっさと帰りましょう」

 

「そうだね、明日は忙しくなりそうだし!」

 

公園を出て、少し離れた場所に待機させていた家の車に一緒に乗り、九重家へと向かった。

 

 

 

 

「な~んか、あっさり見つけちゃったね」

 

「高層マンションの屋上……。よく潜り込めたわね」

 

「断片的だが、話は聞けた。与一の親の物件らしい。だから鍵とかも簡単に手に入ったのかも」

 

「そうじゃなくて、あなたたちが」

 

「へ?……ああ、そういうことか」

 

「あ、そういうマンションだと、エントランスはオートロックなのかな」

 

「高峰くんが、開けてくれたんです」

 

「え?親切に、どうぞ~、って?」

 

「いやそうじゃなくて、エントランスのドアが閉まらない様に細工してあった感じ。だから簡単に入れた」

 

「屋上へも、普通は行けないみたいなんですが、鍵が開いてて……」

 

「司令官が……魔眼の能力者の元へと、あなたたちを導いた……?」

 

「そうとしか考えられない。高峰はこう言ったんだ。与一が孤独になるから、そばに居ると」

 

「与一の人殺しに、共感しているわけではないみたいなんだ。幼馴染だから、見捨てられないって感じだった」

 

「高峰くんは、止めて欲しいんだと思います、私たちに……。だから、居場所を教えてくれた」

 

「じゃあ、私たちと……?」

 

「いや、表立って協力は多分無理だ。絶対裏切らないって、そう言っていたから」

 

「……あくまでも表向きはそういうスタンスを取る。ということね」

 

「ああ。だから共闘は出来ない……が、利用は出来る」

 

「……ヒーロー側のセリフじゃねぇな」

 

「天くん、ちょっと黙りなさい」

 

「はい」

 

「詳しく」

 

「私の力で、昨日の公園の時みたいに、出来ればなぁ……と考えていて」

 

「昨日高峰と出会ったのは、偶然では無くて先輩の力みたいだから、またそれをするってことですよね」

 

「は、はいっ、そうです!私の力の支配下にある人は、なんとなく、その、わかるのです……。高峰くんには、その感覚があったんです」

 

「ユーザーには効きにくいんじゃって、そう思っていたんですけど……多分、魔眼のあの人が特別なんです。たぶんですけど、ほとんどの人は、私の力で、私の望む結果へと、誘導することが……できる、と思います」

 

「ソフィが先輩と俺は対抗力が高いって言ってたけど、俺にも先輩の力、バッチリ効いてましたもんね」

 

「ん?なに、にぃに、なんかあったの?」

 

「……いや」

 

言わなくていい下手な墓穴を掘ったと反省する。

 

「おい、なんだその反応は。なんでちょっと照れてるんだ、お前は」

 

「うるせーよ。とにかく、高峰なら先輩の力で操れるってことだ」

 

「……なるほど。司令官を操り……霊薬を飲ませる」

 

「そういうこと。昨日、コンビニで弁当と飲み物を買っていた。そいつに混ぜる」

 

「混ぜるって簡単に言いますけど、どうやって?」

 

「そりゃあ、きみ。九條さんの出番ですよ」

 

「私?……ぁ、飲み物を盗んで」

 

「そう、高峰と接触出来たら時間稼ぎをするから、その間に九條の力で飲み物を盗む」

 

「霊薬に入れて、元に戻す……」

 

「ああ、イーリスの話だと、少量でもいいらしい。だから二人分のペットボトルに薬を入れて、与一がどっちを選んでも良い様にする」

 

「もし飲まなかった時は?」

 

「その時は直接対決だろうなぁ……」

 

「その要のお方はこの場に居ませんけどね」

 

「外せない用件で遅れるってさ。夕方の作戦には必ず間に合わせるからって返事はあったから大丈夫だとは思う。霊薬を飲み物に入れる方法も先輩が見つけてくれたから問題はないはず」

 

「は、はいっ!これならバレずに混入は、可能だと思います……」

 

「一応流れを確認しておこう。まずは高峰と接触して九條が飲み物に霊薬を入れて戻す」

 

「うん」

 

「そのあと、マンションまで行って、二人が飲むのを待つ」

 

「薬が効いて能力が使えなくなったら、突入。っと」

 

「もし霊薬が効く前に、やむを得ず戦闘になったら……」

 

「前衛を舞夜に任せて、私たちはそのサポートをする」

 

「ああ。九重が言うには、魔眼さえどうにか出来れば三人相手でも勝てると豪語していた。相当の自信だったから大丈夫だろう」

 

「改めて聞くと、あの三人相手に勝てるって言い切れる舞夜ちゃんヤバいな……」

 

「ほんとな。それに関しては九條の力で対処は可能だし、最悪視線を遮りさえ出来れば解除は可能だ」

 

「ちょーっと、作戦がガバガバすぎな気もしますが?」

 

「………」

 

「あ、やっぱりみんなも同じだったんだ。勢いで進めようとしてたでしょ?」

 

「いや、それは……まぁ」

 

「仮に公園で成功してもその後は?いつ飲むかも分かんないし、私たちが居ない場所で飲まれたら終わりじゃんっ」

 

「契約が破棄されたアーティファクトも、すぐに回収しないと……だよね?時間が空くと、また契約しちゃう」

 

「そう!他にも色々と問題はあるわけですよ。それに関しては、にぃにはどうお考えで……?」

 

「……一応、ある」

 

「ほう、聞こうか」

 

「武力で押し通す」

 

「……えーと、つまりは、舞夜ちゃんにぶん投げると?」

 

「そうなるな」

 

「いや、クズかよ」

 

「九重がそれで良いって言質は取ってんだよ!ガバガバなのは百も承知だっ。もし作戦が失敗しても、無理やり飲ませれればこっちの勝ちだ」

 

「舞夜ちゃんの負担デカすぎでしょ……」

 

「それは俺もそう思う。けど、力の無い俺らには九重を頼るのが一番確実なんだよ」

 

「可能性を上げる為に別プランを用意しておくのは当然。全部終わったら彼女にお礼を言っておきましょう」

 

「……それと、穴だらけの作戦でもすぐに実行しておきたい理由が、他にもある」

 

隣の先輩を見る。俺が言わんとしている事を察して、小さく頷く。

 

……これを皆に話さないわけには先に進めないからな。

 

 

 

 

 

「よーし、特に準備することは無いけど、準備完了っ!」

 

九重の家で出掛ける支度を済ませ、家を出ようと玄関へ向かう。

 

「それにしても、先輩も不器用と言うかなんて言うか……」

 

昨日の夜、新海先輩から連絡があった。深沢与一を見つけたから霊薬を飲ませる為に作戦を練りたいと……。

 

てっきり私をその場に送り込んでお終い!って流れかと思っていたが、安全策として先に飲み物に仕込んで飲ませる案が出て来た。それが失敗した時に私に頼みたいと。

 

あくまで安全にことを終わらせたいと言っていたが、友達と戦いたくはないって気持ちもあるのだろうね。こちらとしては言い訳をする手間が省けたので助かったのだけど。

 

「舞夜」

 

玄関に着き、靴を履こうとしていると、後ろからおじいちゃんに呼ばれた。

 

「ん?どしたの?」

 

振り返ると、おじいちゃんだけではなく、澪姉も居た。

 

「なに、最後に顔でも見ておこうと思っての」

 

「最後って……まるで死地に向かう人みたいな言い方」

 

「何も間違ってはないと思うのだが?」

 

「あー……そこは認識の違いと言いますか、その……」

 

「まぁよい。舞夜、しっかりと務めを果たしてこい」

 

「……うん!任せてっ。しっかりと先輩に絶望を味わわせて見せるから!」

 

そう言って踵を返して戻っていく。

 

「澪姉も、行ってくるね?」

 

「ええ、行ってらっしゃい。次会うのはいつになりそうかしら?」

 

「そだねぇ、上手く行けば二日前じゃないかなぁ?」

 

「ほんっとうに……あんたは」

 

出発しようとした私を後ろから抱きしめてくる。

 

「………」

 

なんて返そうか考えたが、喉まで出た言葉が詰まり、無言になる。

 

「このままにしたら、マンションには行けないわよね?」

 

「それは流石に困るかなぁ?私じゃ澪姉に勝てないし」

 

「今まで頑張って来たのに、こんな終わり方をしなきゃいけないなんて、私は納得してないわよ」

 

「終わり方……かぁ」

 

「そりゃあ、あなたにとっては違うかもしれないわよ?けど、こうしてあなたを見送った私たちが居るってことは事実よ。そこははき違えない様に」

 

「うん、大丈夫だよ。この枝が消える世界って分かってても、忘れないし、いつか絶対に思い出すから……ね?」

 

「分かっているのならいいわ。ほら、遅れないように行きなさい」

 

抱きしめていた手を解き、背中を軽く押す。

 

「それじゃあ、行ってくるね!」

 

「ええ、一族の責務を果たしてきなさい」

 

最後に手を振って玄関の扉を閉める。

 

「……最後。最後かぁ……」

 

私にとっては、ようやく終わりに向けた始まりの一歩を踏み出せた。これはオーバーロードを目覚めさせるには絶対に必要。能力の覚醒には強い意志が重要。ゆっくりとそれを促すには時間が足りないし、結局何度も世界をやり直す必要が出てくると思う。

 

「っと、暗い気持じゃ駄目だよね。最後まで明るくしておかないと……」

 

昨日も澪姉に注意されたのだ。皆に変に思われない為にもいつも通りにしておかないと。

 

公園の時と同じように、頬を触りながら新海先輩の部屋へと向かった。

 

 

 

 

「舞夜は行ったか」

 

「ええ、笑顔で行ってきますって言ってね」

 

「そうか」

 

「本当に、昔からどうしようもない子なんだから……」

 

「あやつが決めたことじゃ。撤回することが無いのは良く分かっておるじゃろ」

 

「嫌という程ね。背中を押したこっちの身にもなって欲しいものだわ」

 

「それについては同意じゃな」

 

「小さい頃から鈍いとは分かっていたけど、必要とあれば死にも飛び込む様な生き方は直して欲しい所ね」

 

「あのような場所で幼少期を過ごして生き延びていたのじゃ。当然と言えば当然と言える」

 

「一族にとっては悪くないからスルーしていたけど、もっと言っておくべきだったかしら」

 

「その程度で揺らぐ精神は持ち合わせておらんよ、あの子は」

 

「ふふ、それもそうね」

 

「この世界の舞夜の死も無駄ではない。次へ繋ぐための必要な犠牲と割り切れ」

 

「そう言って、自分こそ納得出来ていないくせに」

 

「ふん、何を当然なことを」

 

「……うまく、いくといいわね」

 

「既にワシらにはどうにも出来ん領域じゃ。歯がゆいが後は任せるとしよう」

 

「ええ」

 

 

 





次のお話でこの枝は終わりですねー……。




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第9話:絶望への一手


今回は新海翔視点オンリーです。




 

「……またキミたちか」

 

昨日とさほど変わらない時間。高峰は、同じ方向から、同じコンビニの袋を下げ、現れた。弁当にペットボトルが二つ。

 

「全く……金がないのか知らないが、毎日公園でデートとはな」

 

「ほっとけよ。俺たちの勝手だろ」

 

「キミたちにはがっかりだ。我らを血眼になって追うかと思えば……色恋に夢中とは。失望したよ」

 

「そっちこそ、呑気にコンビニで弁当買ってるだろうが。人のこと言えるのかよ」

 

「フッ……確かにな。食わねば生きていけないのが、辛いところだ」

 

わざとらしく、やれやれとため息を吐く。

 

「だが、我らの逃亡生活もじきに終わりを告げるだろう。与一はゲーム感覚で逃げた様だが……。キミたちはもう、すっかり諦めてしまっている。これじゃ警戒していたこっちが道化だ」

 

「遊びは終わりだ。間もなく、狩りが始まる。獲物は勿論、目の前に居るキミたちだ」

 

「そうか。精々狩りを楽しむといいさ」

 

「ほう、随分と余裕そうじゃないか。虚勢にしては自信があるように見える」

 

「お前らから見たらそう見えるかもな」

 

「違うのか?エンプレス……いや、もうこの名では呼ぶまい。香坂くんはキミの影に隠れて私の顔も見たくない様だが」

 

「………」

 

先輩が俯き、俺のシャツの裾を握る。勿論、怯えている訳じゃない。万が一高峰が立ち去ってしまわない様に集中しているんだ。射程圏内に身を潜めている九條達に気が向かない様に……。

 

袋に視線を落とすと、中身のペットボトルが消えている。

 

ならば、後少し時間を稼がないとな。内容は適当でも良い。高峰が食いつけばそれでいい。

 

「フッ……まったく、本当に残念だよ。同じクラスに同好の士がいた幸運には感謝したが……裏切られるとはな。どうやら私は、人を見る目がない様だ。次は、慎重に選ばねばな」

 

「ところで……」

 

高峰が話を終わらせたと思ったが、そのまま話を続ける。

 

「彼女……九重舞夜はどうしているのかな?」

 

「九重がどうかしたのか?」

 

「いや、私たちが警戒すべき脅威は彼女だったからな。気にするのは当然だろう」

 

「……さぁな。今この瞬間もそっちを狙ってるかもな」

 

「それはそれは、まだ楽しみが残っている様で安心したよ。キミたちの牙が折れていても、彼女が居れば退屈はしなさそうだ」

 

「ゴーストと二人で負けたのにか?」

 

「フッ……あの夜のか。それは認めよう。だが、まだ全力ではなかったとだけ言っておこう。それに、こちらにはまだ与一が控えているのだからな」

 

「そうか。なら精々楽しんでくれ」

 

袋にペットボトルが戻っているのを確認し、話を切る。

 

「そうするとしよう。キミたちは怯えながら日々を謳歌するといい。与一と再び相まみえる、その時まで」

 

「フハハハハッ!」

 

高笑いを響かせ、高峰は去って行く。……大人しく行ってくれたみたいだな。

 

「……うまく、行きましたね」

 

「はい、何とか第一段階は成功ですね」

 

「無事、成功したみたいね」

 

後ろから結城の声が聞こえ、皆が出てくる。

 

「九條、うまくいったか?」

 

「うん、蓋は開けてないし、色の変化も無かったから、見た目では多分バレて無いと思う」

 

「司令官の人、行っちゃうよ。はやく追いかけないと」

 

「あ、マンションの場所は、わかっているから……」

 

「ああ。それに、念のために九重に尾行をお願いしてある。何かあれば連絡が来るはずだ」

 

「一人で大丈夫って言ってたが、大丈夫なのかねー。ここでバレたらお終いよ?」

 

「だな、早く追いかけよう。天、念のため頼む」

 

「オッケィ、任せておきなさい。ーーースタンドアローンコンプレックス、起動!!」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「……ん?これもう、能力かかってんの?」

 

「………」

 

「おい、どうした」

 

「いや、あの……、技名、叫ぶの……思った以上に恥ずかしかった」

 

「いずれ慣れる」

 

「はい……。でも、これっきりにしておこうと思います……」

 

予想より恥ずかしかったのだろう。

 

「で、能力かかってんの?今」

 

「ぁ、はい、かかってますかかってます。でも気休め程度に思ってくだせぇ。みんなにかけると効果めっちゃ弱くなってるっぽい」

 

「了解。……では行きましょう」

 

結城に続き、高峰を追う。あとはすんなり飲んでくれることを祈るだけだ。頼むから、うまくいってくれよ……!

 

 

 

 

屋上に着き、与一たちにバレない様に慎重に様子を窺う。

 

「またここか」

 

「いいじゃん別に。お気に入りなんだ」

 

「弁当を買って来た。飲み物もだ。好きな方を取るといい」

 

「お前も健気だねぇ……。毎日毎日パシらされてさぁ」

 

「ゴーストも居たのか」

 

風に声が乗ってなのか、運よくここまで話し声がはっきりと聞こえてくる。

 

「一人じゃ寂しいんだとさ」

 

「お喋りなんで、僕は。何買って来たの?」

 

「唐揚げ弁当とハンバーグ弁当だ」

 

「飲み物は?」

 

「紅茶と麦茶。紅茶は無糖だ」

 

「紅茶ちょうだい。喉乾いた」

 

「ああ」

 

「さんきゅー」

 

「……、……?なんかいつもと味が違う気がする」

 

「改良でもしたんじゃないか?」

 

「改悪でしょ、これ。蓮夜も飲んでみなよ」

 

「もらおう」

 

「……、……確かに、紅茶とは異なる妙な苦みがあるな」

 

よし、タイミング良く二人同時に飲んでくれたっ!後は時を待って……。

 

「でしょ?エグさが増したって言うか、前の方がーーー」

 

「……っ」

 

「ん?どうした」

 

「な、……っ、んだ……っ?」

 

「与一?……っ!?な、なん、だ?胸が……?」

 

「チッ、やられたな」

 

「な、にが……っ!」

 

「契約終了だ。じゃあな」

 

「待っ……、……っ!?ガハッ……!ゴホッ!!」

 

「与一……ッ!?グッ、……ァッ」

 

「おいっ!!」

 

与一と高峰が血を吐きうずくまるのを見て、慌てて屋上へと躍り出た。どうなってる、なんで、こんなことに……っ!

 

「……ッ!グッ、ァ……」

 

「ゥ……!ァア……クッ」

 

「与一ッ!高峰ッ!」

 

苦しみ悶える二人に駆け寄る!

 

「……ッ!」

 

しゃがみ込んだ俺のシャツを、与一が強く掴み、ごとりと頭から地面に崩れ落ちる。

 

そしてそのまま、動かなくなった。ぴくりとも、しなくなった。

 

高峰も、もう苦しんではいなかった……。苦悶に固まった顔を、ただただ空に向けて……。

 

二人共、もう動かなかった。

 

呆然としている俺に九重が傍まで近寄り、二人の脈を測り始める。

 

「……二人とも、死んでいます。脈がありません」

 

「脈が……ない?」

 

「……死ん、だ?」

 

「……嘘」

 

「そ、そんな……どうして……」

 

「霊薬は、殺さずに……契約を破棄するはずじゃ……」

 

「そのはずだ、魂を仮死状態にするって……」

 

「あら、私そんなこと言ったかしら」

 

屋上に声が響き、全員が一斉に振り返る。出入り口に、先生が立っていた。額に、スティグマを浮かべて……。

 

「イーリス……」

 

「ご苦労様。上手くやってくれたわね。ありがとう」

 

微笑みながら悠然と、近づいてくる。それを見て九重が俺の手を引いて距離を離す。

 

うまく……?この状況が、うまく……だって?

 

「あ、あの……、あのっ!!」

 

「なぁに?」

 

「死体って……。薬でこうなっているだけで……すぐに、息を……吹き返すん、です、よね?」

 

「馬鹿ねぇ……。死んだ人間が生き返るはずないじゃない」

 

「……ぁ、ぁ……」

 

「そんな、私、たちが……。殺し、……、ころ……っ!」

 

「嘘だ……だって、そんなこと、あたしたち、そんなつもりじゃ……!!」

 

「子供はこれだからいやなのよねぇ……。この程度でうろたえて」

 

「この程度……?人が、二人も死んだのに……、この程度っ?」

 

「死んだ?殺した、じゃなくて?」

 

「……っ!」

 

「……、……騙したのか」

 

「騙したなんて、酷いわねぇ……。傷付いちゃう」

 

「俺たちをッ!騙したのかッ!」

 

「あなたたちが勝手に勘違いしただけ。私は一言も、死なないなんていっていない。でしょう?」

 

「イーリス……ッ!!」

 

「あぁ、待って。文句ならあとでいくらでも聞いてあげる。今は……」

 

倒れている与一の体を蹴り飛ばし、血だまりの中から何かを拾い上げる。

 

「あった」

 

拾い上げたそれは、銀のイヤリング。与一の、アーティファクト……。

 

「ようやく、ようやくだわぁ。私の右眼……。ようやく会えた」

 

そう言うと、手に持っていたイヤリングが空間の歪みへと消える。

 

「右眼……?」

 

「先輩、警戒してください。……来ます」

 

横に立っている九重から、重苦しそうな声で呼びかけられる。……来る?

 

「眼なんだから、二つあって当然よね?」

 

イーリスが自分の両の瞳を順番に指し、赤いスティグマが、不吉に輝く。

 

ーーー魔眼ッ!?そう言う事かッ!!

 

「皆ッ!目を閉じろ!!」

 

咄嗟に目を逸らし、イーリスに背を向けて警戒を飛ばした。

 

警戒を……警戒を。

 

「……ぁ、ぁあ……」

 

後ろに広がる光景を、すぐには理解できなかった。

 

理解したくなかった。

 

俺の後ろに居た皆は……石に……なってーーー。

 

「新海先輩ッ!!」

 

突如、後ろから名前を呼ばれ、ハッとなる。この声は……。

 

「あら?あなたは回避出来たみたいね」

 

「生憎、想定していましたのでねっ!!」

 

「九重……!」

 

俺の声に反応するようにこちらを振り返り、更に後ろの皆に視線を向ける。

 

「……っ」

 

逸らす様に目を閉じる……が、深呼吸をして再び開き、俺を見る。

 

「……時間を、稼ぎます」

 

それだけ言うと、目が赤く染まる。

 

「そろそろ良いかしら?」

 

「……後少しだけ二人きりのお時間を堪能したいので、ご退場していただきますね……!」

 

「生憎と、そこまでーーーッ!?」

 

前を向いた九重がその場から消え、次の瞬間、イーリスの背後に回り、首を掴みそのまま屋上から投げ飛ばす。

 

「ーーーこのッ!」

 

屋上から飛ばされたイーリスはそのまま隣のマンションへガラスを突き破って入って行く。

 

「……これで、お話くらいは出来そうかな」

 

「九重……何を……」

 

「新海先輩。これからいう事をよく聞いて下さい」

 

「これから、言うこと……?」

 

「はい、残念ですが……この枝はもう終わりです」

 

「終わり……?」

 

「ええ、私たちは負けました。イーリスの罠にかかり……皆を死なせてしまいました」

 

「……ッ!」

 

後ろを見ると、石になった四人が目に入る。

 

「イーリスは目的と思われる魔眼を手に入れ、思うがままに殺戮を繰り返すでしょう」

 

「そ、そうだッ、と、止めないと……!こ、九重なら……勝てるよなっ?」

 

縋るように問いかける俺に、両手を肩に置いて静かに首を振る。

 

「……勝てても最早意味がありません。天ちゃんが、九條先輩が、結城先輩が、そして、香坂先輩が居ないのですから……」

 

「ぁ……ぁあ……っ!」

 

「なので、私は次の枝の先輩に託すことにします」

 

「次の……俺に?」

 

「はい、ソフィが言うには、これまでもそうやって先輩は少しずつ……より良い結果を掴み取って来たと聞きました。ですから、この枝の失敗を……次の先輩へ託します」

 

「俺の……オーバーロードの力に……か?け、けど……!」

 

「能力を使いこなせていない、ですよね?けど大丈夫です。私は先輩を信じてます。いつか……別の枝で、先輩が、能力を使いこなして、この結末を塗り替えてくれるって」

 

顔を上げて、九重の顔を見ると、俺を信じているかのように白に戻った目で真っすぐと見ていた。

 

「それじゃあ、後の事はお願いね?ソフィ」

 

そう告げた九重が肩から手を離して立ち上がり、振り返る。

 

「お話は済んだのかしら」

 

そこには、さっき九重に投げ飛ばされたはずのイーリスが立っていた。

 

「お別れを言うまで待ってくれるだなんて、意外と優しいんですね」

 

「ふふ、そのくらいは許してあげてもいい程度には、今は気分がいいのよ」

 

「目的の魔眼を手に入れたから?」

 

「ええそうね。千年、千年もこの時を待ち望んだわ……フフフ」

 

「想像出来ないほど途方もない時間ですねぇ……」

 

「……あら、てっきり抵抗するかと思ったのだけど、諦めたのかしら?」

 

「……もはや私たちに勝ちはありません。無駄な抵抗よりも楽に死ねた方が幾分かましなので……」

 

「あらそう。それならこっちもすごく助かるわぁ。あなた、殺すのに苦労しそうだもの」

 

安心するようにイーリスがため息を吐く。

 

「褒美……というのはおかしいけど、死に方を選ばすくらいの優しさはあげないとね。ご希望はあるかしら?」

 

「………フッ」

 

イーリスの言葉に鼻で笑うように返し、首元をトントンと叩く。

 

「意外ね。もっと楽な死に方を選ぶかと思ったわ」

 

「この国では、古来より武士は死に際に首を切り落とされるのが習いですから」

 

「あっそ。それじゃあお望み通り……」

 

「九重っ!」

 

咄嗟に叫ぶと、くるりと回って俺の方へと振り返る。

 

「あ、このままだと汚れちゃいますね」

 

何かに気が付いたように、上から羽織っているのを脱いで、俺に被せて来た。

 

「……最後の瞬間くらいは、見ない方がありがたいかもしれませんね」

 

「最後って!」

 

被されたものを手で払おうとすると、高速で何かが通り過ぎる音がした。背筋が凍るような嫌な予感がしたかと思うと、何か液体と思われる物が周囲にベチャベチャと音を立てて撒き散っている。

 

「いやねぇ……。汚れるじゃない」

 

そのまま何かが地面に倒れる音が聞こえ、ゆっくりと九重の上着をどける。

 

「こ、ここのえ……?」

 

そこには、あるべき場所にあるはずの首が無く、すぐ横に離れて落ちていた。周囲には大量の血が広がっており、それは九重からのだとすぐに理解出来た。

 

「ぁっ……、ぁぁ……っ!」

 

「この子も残酷ね……、残されたあなたにこんなのを見せつけるなんて」

 

「ぁあ…………」

 

「フフ、良い表情ね。そうだわ、あなたを殺すのは最後にしてあげる。とっても役に立ってくれたから、石にするのは一番最後」

 

「さてと、これから、残りのアーティファクトを集めに行くわ。誰が持っているか分からないから、手あたり次第石にしようかと思うの。どうかしら?名案でしょ?」

 

満足気にほほ笑みながら、指を鳴らすと、石になった皆の体が崩れ落ちる。それを見てイーリスがみんなだったものの中から、アーティファクトを拾い上げて俺に見せつける。

 

「どうかしら、簡単でしょ?」

 

「…………」

 

何も言い返せずに、ただただみんなだったものを見ていた。

 

「それじゃあ、世界の全てが石になるまで。ここで良い子にして待っていなさいね?フフフ……」

 

そう言ってイーリスの姿が、かき消える。

 

「……っ、っ、……っ!」

 

屋上の風に飛ばされない様に、必死になってみんなだったものをかき集めようとする。這いつくばって目を凝らし、小さな破片も見逃さない様に……!!

 

けど、けど、けどっ!。

 

もう、皆は帰ってこない。

 

「……っ」

 

石にされた四人。

 

俺が殺した二人。

 

そして、次へと自ら命を差し出した一人。

 

俺だけが……俺だけが生き残って……っ!

 

身体から汗が噴き出す。

 

なんでッ!なんでなんで!

 

なんで……こんなことにッ!!

 

「選択を間違えたわね、カケル」

 

「ソ、フィ……?」

 

「もうこの枝は終わりね。取り返しがつかない」

 

「……見ていたのか、ずっと……?」

 

「ええ、ずっと」

 

「どうして……」

 

「言わなかったのか?だって、あなたたちは信じないでしょ?あんな状況じゃあ」

 

「与一と、話していたから……、俺は……」

 

「一応、誤解は解いておくけれど、私の協力者は、あなたたちだけよ」

 

「……つまり、あれはソフィじゃ……なかった?」

 

「そうね。あなたが見たっていう私は、私じゃない」

 

「……まんまと、俺は、踊らされて……それで、みんなを……っ」

 

「……クソッ!」

 

「クソッ、クソッ、クソッ!」

 

「クソッォオオオォォオオォオオオオ!!!」

 

拳を地面に叩きつける。何度も何度も。痛みはなかった。ただ、ただただ怒りだけが……。

 

激しい怒りと後悔だけが、全身を、焦がしていた。

 

「なぜ、言わなかったのか。もう一つ理由があるわ」

 

「マヤにも言ったけど……、あなたは、失敗を糧に出来る」

 

「この枝では失敗してしまっても、別の枝のあなたが、成功を掴み取る。実感はないかもしれないけれど、あなたはそうやって少しずつ、前進してきたのよ」

 

「この枝のあの子は、あなたのそれに賭けたみたいだけど……?」

 

「さぁ、どうするの?もう諦める?それともーーー」

 

「決まっているだろ……!」

 

どっちの血か分からない拳を握りしめて、立ち上がる。

 

「ここで……諦めて、たまるかよ……っ!」

 

俺の力が、運命を統べると言うのなら……。

 

こんな運命、否定してやる……!

 

「もう、制御できねぇなんて、許さねぇぞ……!」

 

結末を塗り替えるのは、いつかじゃない……!

 

「目覚めろ、オーバーロード」

 

いつかの枝じゃない、今、この瞬間だ。

 

「目覚めろぉおおおおおっ!!!」

 

 

 

『過去に遡りイーリスを倒す』

 

 






はいっ、オーバーロード発動です!5/2まで遡ります。

次から反撃の狼煙ですね!



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Over load
第7話:反撃への一手



オーバーロードによって、二日前の話に戻りました。

ですので、ややこしいのですが7話と表記します。


 

ハットリさんから、新海先輩が家に帰宅したと報告を受けてから、そわそわと落ち着きがなかった。

 

「どっちだろ、どっちだろ~……」

 

少し前に近くの玄関の扉が閉まる音を確認したので、間違いなく帰って来てはいる。たぶん今はソフィが来訪してお話中のはず。

 

「どっちかによっておじいちゃん達への連絡もガラリと変わるしー、何だか私がドキドキしちゃうなー……」

 

気持ちを落ち着かせる為に、取りあえずスマホの時間を眺めながら時が過ぎるのを待つ。

 

ピンポーン。

 

暫く待っていると、玄関のチャイムが鳴る。スマホには特に誰かからの連絡は来てはいない。

 

「……これって、もしかして……?」

 

「九重っ、いるかっ!」

 

急ぐように焦る声が混じった声で、再びインターホンが鳴る。

 

「は、はーーいっ」

 

期待と、緊張する感情が混じりながらも返事をして玄関を開けると、そこには私を見て一瞬驚きと安堵の表情を浮かべた新海先輩が居た。

 

「ど、どうかされたのですか?随分と凄い顔をされていますが……?」

 

「っ、今から時間大丈夫か?大事な話があるんだ……!」

 

「っ!?……告白ですか?と、ふざけられる雰囲気じゃないみたいですね」

 

「ああ、俺の部屋まで来て欲しい。ソフィも居る」

 

「……分かりました。行きましょう」

 

先輩の後ろに付いて行きながら、部屋に入る。部屋には、テーブルの上に居るソフィ人形が目に入った。

 

「さっき振りね」

 

「……そうみたいですね。二人が一緒に居るってことは……」

 

「ええ、そう言う事よ」

 

「つまり、また先輩の力が働いたってことですね?」

 

「話が早くて助かるわ」

 

「そのことについて、九重にも協力して欲しい」

 

「話を詳しく聞かせてください」

 

ソフィを挟んで二人でテーブル越しに座ると、先輩の口から説明が始まった。

 

 

 

 

 

「纏めますと、先輩達はやはり騙されていて、毒を掴まされていたと……そして殺した後にアーティファクトを手に入れる。それが狙い」

 

「ああ」

 

「そして、先輩のその枝の記憶を未来の自分から引き継ぎ、今に至る」

 

「そうなるな」

 

「そして、この枝ではそれを阻止する為に、イーリスをどうにか打倒する必要があり、方法としては世界の眼からの接続を切る、もしくは世界の眼の継続的な破壊。後者は向こうも理解しているため可能性は困難と……」

 

「あとは、与一が魔眼を奪われない様にする、だな」

 

「そして、最終手段は……」

 

「イーリスの魂を弱らせて、サツキの体から引き剝がすね」

 

「なるほど、正面からのガチンコ勝負ってわけですね」

 

「こちらの勝利条件は、イーリスに魔眼を取らせない、成瀬先生との同調の乖離……ですね」

 

「正面からは、まず不可能でしょうね。イーリスは、何百……最悪、何千ものアーティファクトを取り込んでいる、文字通り化け物よ」

 

「ああ、あくまで選択肢の一つとして入れておく……が、九重はもしそうなった場合、勝てる見込みってあるのか?」

 

「……先輩からの枝の話を聞くだけではまだ何とも言えません」

 

前の枝の私はどうやら力を見せずに次へ託すことを最終的に選んだみたいだね。

 

「……そうか」

 

「……ですが、本気で、全力を出せば、勝てる見込みはあるかと思います」

 

「本当かっ!」

 

「あなた、本気で言っているの?」

 

「はい。実際に戦ってみないことには分かりませんが、遅れをとることはまずありえません」

 

「そうか……それならまだ可能性はあるなっ」

 

「どうやら、何か手段があるみたいね」

 

「一応、奥の手的な物もありますので……最悪何とかなるかと」

 

「そう。けど、くれぐれも突っ走らない様に。慎重に事を進めるのよ?」

 

「ああ、分かった。皆にも相談するし、迂闊な行動はしない」

 

「それでいいわ。こちらもアンブロシアの製造を急ぐ。完成したらすぐに知らせるわ」

 

「頼む。こっちも何かあったらすぐに報告する」

 

「ええ、じゃあね。くどいけれども、二人とも突っ走らない様に」

 

「わかったって、絶対無茶はしない」

 

「ご安心を~」

 

私たちの返事と同時に、ソフィが帰っていく。

 

「ふぅ……」

 

一息つくように先輩が短く息を吐く。

 

「新海先輩、大丈夫ですか?」

 

顔を見ると気分が悪そうな感じである。それもそうだよね。

 

「……ああ、すまん、大丈夫だ」

 

前の枝の光景を思い出してしまったのだろう。顔を歪ませながら口元を抑える。

 

「……一つお聞きしたい事がありまして」

 

今聞くのは気が引けるが、自分がどの様な結末を迎えたかが、気になってしまう。

 

「どうした」

 

「私の最後は……イーリスに石にされたのでしょうか?」

 

「……いや、石にされたのは九重以外の皆だ。九重は事前に察していて、俺に注意を出していたくらいだ」

 

「と、なると……」

 

「お前は……次の枝の……、今のこの枝の俺に託すって言って、自分からイーリスに殺されたよ」

 

その時を思い出したのか、口元を抑えながら目を閉じる。

 

「ごめんなさい、嫌な記憶を……その、思い出させてしまって……」

 

「いや、気になるのも当然だ。簡単にやられるとは思ってないからこその疑問だろ?」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

さっきから先輩の視線がやたら私の顔……首元に注がれる。多分、死因が関係しているんだよね?となると、首ちょんぱとかだろうか?

 

流石にその状況までは聞けないので、話を変える。

 

「はいっ!暗い過去のお話はここまでにしましょうっ。ここからは勝利のための明るいお話です!」

 

「……そうだな。絶対イーリスの目的を達成させてはいけない。もう、誰も死なせたくない……あんな未来は、二度とごめんだ」

 

顔を上げ、立ち上がり、決意を灯した目で私を見つめる。

 

「その為には、九重の力が必要だ。……手を、貸してくれ」

 

私に向けて手を差し出す。

 

真っ直ぐと、怒りや後悔、悲しみを含んだ目をしているが、イーリスを倒すという覚悟の目をしている……それならば、私もそれに応えないと名が廃るってものだよね。

 

「……その使命、九重家序列六位、九重舞夜が確かに引き受けました。私の力の全てを振るい、その願い、その望みを叶えると誓いましょう」

 

同じように立ち上がり、強く先輩の手を握る。

 

「……それは、何かの決め台詞とかか?」

 

「いえ、先輩に対する最大級の信頼の証ですよ。一族の決意証明的な物です」

 

「まじもんのだったのか……ってことは、九重より上が、後5人も居るってことだよ、な?」

 

「はい。これ、かなりの秘密事項なので、他言は避けていただくと助かります」

 

「言っても信じてもらえないだろうな……はは」

 

「表向きは普通の道場ですしねー、あはは」

 

「今更ながら、九重が味方になっていることに感謝しないとな」

 

「……急にどうしたのですか」

 

「いや、本当ならこうやって知ることなく、天の友達って認識のまま関わるだけだったんだろうなって思ってさ……」

 

「……ああっ、そう言う事ですね!確かにアーティファクトが無ければ、知られることはありませんもんねっ!」

 

「だよな」

 

一瞬、先輩の発言を理解出来なかったが、言われてみれば先輩視点だとそう思いますもんね。

 

「ではでは、作戦会議といきましょう!ふふ……今夜は寝かせませんよぉ?」

 

手をワキワキと動かしながら先輩に迫る。

 

「そっちが言うセリフじゃないよな……それ」

 

それに対して苦笑いをして返して来る。

 

「それじゃあ、先輩が私に言いますか?『生涯女性に言ってみたい台詞ランキング』上位に食い込む奴ですよ?今なら言いたい放題ですよ?」

 

プリーズと手をクイクイと動かす。

 

「いや、何そのランキング……」

 

「ほらっ、カモンですっ!」

 

「全く……んんっ、……今夜は、寝かせねぇぜ?」

 

「きゃーーっ!……さて、録音しましたし、グループで送りますか」

 

スマホを取り出して、操作する動作をとる。

 

「うぉいっ!?なにしてくれてんのっ!!」

 

「冗談ですよ~。良い声だったのでついつい……」

 

「いや、心臓に悪すぎだろ……」

 

「では、緊張もほぐれたことですし、始めましょうか」

 

「なに綺麗にまとめた、みたいな勢いで進めてんの?」

 

「嫌ですね~、緊張していた先輩を気遣った、可愛い後輩の優しいコントじゃないですか~、あははー」

 

「……そう言う事にしておくよ」

 

「はい。そういうことにしてくださいな」

 

変な空気は払拭出来たので、グダグダな作戦会議が始まったのであった。

 

 

 

 

 

今日は予定を変更し、俺の部屋に集まってもらうつもりだったーーーが、昨日九重と話している内に、今日は香坂先輩にとって大事な出来事が二つあった。

 

先輩の能力は、他人にも効力があること。

 

そして、結城と親しくなれたこと。

 

高峰との遭遇は、どうでもいい。その二つだけは、なかったことにしてはいけない。そんな気がした。

 

それに……俺の行動を、イーリスも監視しているはずだ。

 

もうバレているかもしれないが、もしバレていないとしたら……。俺はあまり、行動を変えない方がいい。九重には気休め程度もないと言われたが、しないよりはましだろう。

 

だからあえて、出来る限りの出来事をトレースしていく。

 

「綺麗に二人と三人で分かれたね」

 

「じゃあ、これで。二手に分かれて猫探しするか」

 

「へ?猫?痕跡捜しでしょ?」

 

「あ~、いや。あくまで実験だろ?間違っても与一に会いたくねぇし」

 

「痕跡の代わりに、猫を探すんだね?」

 

「そうそう、それなら出会う可能性ないし」

 

まぁ、出会うことはあり得ないんだけどな。

 

「いいと、思いますっ、猫っ」

 

「異議なし」

 

「それじゃあ、早速ーーー」

 

「行きましょう」

 

我先へと店を出ようとする結城。

 

多少怪しい場面はあったが、無事猫探しに行くことになり……。

 

「あっちの二人も、野良猫とすれ違いまくってるみたいです」

 

「よかった……。じゃあ、他の人にも、妄想のおすそわけ……ぁ、この表現違う……っ。その、はい、き、効きますね……っ!」

 

無事、実験も成功。

 

「かわゆいね~、二人は兄弟~?どっちもかわゆいね~。ん~、そっか~、そうなの~。にゃにゃ~。にゃ~にゃ~」

 

「………」

 

「………」

 

結城の恥ずかしい場面も目撃し。

 

「私たちっ、似てますねっ!趣味もそうだし、猫好きだしっ!うちも飼えないんですっ!」

 

「そ、そうなの……」

 

「そうなんですっ。今度一緒に猫カフェ行きましょう!結城さん!」

 

「猫、カフェ……」

 

「……希亜で、いい」

 

結城とも友情が芽生えーー。

 

「春風と呼んでも?」

 

「へ……?」

 

「確かに……気は合いそう」

 

「ぁ……、は、はいっ、よろしく、希亜ちゃーーー」

 

「っと」

 

能力の使いすぎでふらついた先輩を、抱きしめる。

 

ここまでは予定通り。

 

与一たちの居場所は既に割れている。高峰と遭遇する必要はない。そっちは九重に任せている。

 

そしてここからは、行動を変える……作戦開始だ。

 

「す、すみません。あれ……な、なんだろう、貧血……かな?」

 

「恐らく、能力の使い過ぎだと思います。一旦俺の部屋に行きましょう。横になって休んでください」

 

「すみません……」

 

「結城、天と九條に連絡をお願いしても良いか?グループの方で。俺の部屋に来てくれって」

 

「ええ、わかったわ」

 

「先輩、行きましょう」

 

「は、はい……」

 

「掴まって、肩くらい貸すわ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「変な遠慮は不要」

 

先輩を支えながら、マンションへと向かう。あの話を、皆にするのは気が重いが……。とにかく、今日の本番は、これからだ。

 

 

 

 

「たっだいま~」

 

「お邪魔します」

 

俺たちが戻ってすぐ、天たちも部屋へやって来た。

 

話は先輩が起きてから、と、取りあえず寛いでもらう。

 

「先輩ダウンしちゃったなら、今日は解散の方が良かったんじゃない?そんなに大事な話?」

 

「ああ、めちゃくちゃ」

 

「だったら最初にすれば良かったのに」

 

「出来る限り、俺の今日の予定を変えたくなかったんだよ」

 

「なんで?」

 

「それも含めて、あとで話す」

 

「もしかして、また力が……?」

 

「ああ。これから先に何が起こるかが分かった」

 

「なるほど、様子がおかしいと思っていたけれど、そういうことだったのね」

 

「やっぱり気づくよな」

 

「当たり前でしょうが。お店に来るや否や、舞夜ちゃんに霊薬?渡したと思えば本人はどっか行っちゃうし……」

 

「きっと、良い報せではないのでしょうね」

 

「……まぁ、な。先輩が起きたら、全部話すから」

 

「あ、あの……」

 

ベットで横になっていた先輩が、ゆっくりと体を起こす。俺が行動を変えた影響だろうか?目覚めるのが随分と早い。

 

「私、もう……大丈夫ですので……」

 

「あの、無理せず、もう少し休んでいた方が……」

 

「彼の様子を見る限り……その余裕もあまりなさそう。大丈夫なのよね?春風」

 

「は、はい。大丈夫……っ」

 

まだ少し顔色は悪かったが、先輩は力強く頷いて、ベットから降りてテーブルについた。

 

全員が揃った事で、壁際に座っていた俺に、視線が集まる。

 

スマホから、九重に一言目メッセージを入れて、皆を見る。

 

「じゃあ……。ナインボールで話したことは、一回、忘れてくれ」

 

「ん?」

 

天が首を傾げ、他の皆も困惑していた。

 

まだ、心の準備ができてなくて、まとまりのない、たどたどしい伝え方ではあったけど。

 

全部、皆に話した。前の枝の……出来事を。

 

 

 

 

 

 

「おっ、新海先輩サイドは皆へ話を始めたみたいだねぇ~」

 

風に揺られる髪を抑えながら、スマホの画面を眺める。

 

「でしたら、こちらも行動を移しますかっ」

 

幾つかのプランを立てて、同時に実行しているが、どれか一つでも成功すればラッキー。全部失敗なら本来の作戦通りみたいな適当な感じで進めている。

 

「まぁ、一つに期待しちゃだめだしね」

 

「ねー?話はまだかなー?」

 

画面を見ていると、後ろから声をかけられ振り返る。

 

「もう少々待って下さい。高峰先輩がもう少しで買い物から帰ってくるはずなので、お二人が揃ってからにしたいです」

 

「なら僕とのおしゃべりに付き合ってよ。一人だと寂しくてさ」

 

「いいですよ。と言っても、共通の話題が分からなくて何を話そうか迷っちゃいますが……?」

 

「あ、それなら僕から質問良い?色々聞きたい事があるんだよねー」

 

「了解です、何から知りたいですか?」

 

「舞夜ちゃんの好みの男とかっ?」

 

「なんとも深沢先輩らしい質問を……、そうですねぇ、強い人。とかでしょうか?」

 

「強い人?」

 

「はい。力だったり、頭脳だったり、心だったり……、何でも良いですが、あ、因みになんですが、青髪で、一つ上の先輩で……、女子にナンパするようなチャラい男の人は駄目ですねっ」

 

「それ僕じゃんっ!!ピンポイント過ぎないっ!遠回しにっ、もっとオブラートに包んでよ!?」

 

「いえいえ~、誰も深沢先輩とは~」

 

「いや絶対僕でしょっ!僕を見ながら言ってるよね!」

 

「何やら騒がしいと思えば……これは予想外の組み合わせだな」

 

深沢先輩を揶揄っていると、目的の人物が到着する。

 

「お、蓮夜来たね」

 

「ん?どうやら私に用があるようだな」

 

「正確にはお二人に……ですけどね!」

 

「それで?わざわざ一人で来たってことは、何か話があるってこと?」

 

「降伏宣言なら聞くが?」

 

「ん~降伏では無いですね。言うならば……リグ・ヴェーダ・アスラと、ヴァルハラ・ソサイエティの同盟の提案、でしょうかっ」

 

「同盟の……」

 

「提案……?」

 

懐からアンブロシア(毒)を取り出す。さて、プレゼンを始めるとしますか!!

 

「実はですね……」

 

これでイーリスの視線をこちらに向けれれば儲けものですけど……どうなるやら。

 

 

 






九重舞夜による、アンブロシアのプレゼンテーションの始まり始まりです。


「This is Poison」

~完~


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第8話:蹶起


やってきましたイーリスとの対決!


蹶起(けっき)

昔の使い方なだけで決起と意味は同じなのでお気になさらず……。



 

 

「お邪魔しまーす。九重舞夜、ただいま帰還しましたー」

 

ピンポンも特に鳴らさずにそのまま玄関を開けて新海先輩の部屋へと入る。外はすっかりと暗くなっており、部屋には皆が集まっておりパーティーをしていた。

 

「あ、舞夜ちゃん!おかえり~。遅かったねー」

 

部屋に入ると天ちゃんがお出迎えをしてくれて、私の席を空ける。

 

「いやー色々とありましてー」

 

「単独で動いていたのかしら」

 

「そうですね。正確にはソフィも居ましたが」

 

「どうだった?与一たちは……」

 

「んー……取りあえずは話を聞いていただけました。連絡先もしっかりと交換しましたし……あ、決行の時間は念のためメールでのやり取りで行いました。聞かれたくなかったので」

 

「あー……なるほどな。それ良いかもしれないな」

 

「そんで、結局にぃには舞夜ちゃんになにさせてたの?」

 

「与一たちに協力しないかって打診をな……。メッセージだと聞かなさそうだし、九重なら直接出向いても問題無かったからそうしてもらった」

 

「ぇっ、一人で敵陣に行ったの?危険すぎでしょ!」

 

「いや、例え戦闘になっても返り討ちに出来るくらいの力は持っている。だろ?」

 

「ま、そうですねぇ。面倒なので逃げるとは思いますが」

 

「他は、うまく行けそうか?」

 

「どうでしょう……一応私の方から適任者にお願いしましたが、期待せずに待ちましょう」

 

「分かった。っと、すまん。一応九重の分は残してあるから、好きなだけ食べてくれ」

 

私の分とピザやらサラダやら色々出して来る。

 

「おおー、ありがとうございます!」

 

「いや、作ったのはみゃーこ先輩だし、なんでにぃにが偉そうに言うのさ」

 

「あ、温かい方がいいよね?レンジでチンする?」

 

「いえいえ、お気遣いなくっ、九條先輩のでしたら冷めてても美味しいので!」

 

「ふふ、ありがとね」

 

「舞夜ちゃん、なんか飲む?ジュースはコーラとかならあるけど……?」

 

「麦茶で!」

 

「は~い」

 

何もしなくて食べ物や飲み物が出てくる。天国かな?

 

「ここにあるのは全部九條先輩の手作りですか?」

 

「うん、そうだよ。パパッと簡単な物しかないけどね」

 

「……これだけで頑張った甲斐があった……生きてて良かったぁ」

 

「そ、そんな大げさなことじゃ……」

 

「わかる。わかるよ、みゃーこ先輩のご飯美味しいもんね」

 

「今なら神だろうが倒せそうな気分です」

 

「九條の飯が相当なバフになってるな」

 

「あ、それで~、先輩達の方はどうなっているのですか?」

 

「俺たちの方は本来の作戦通り動くことにしている。九重の方がダメな時の保険だな」

 

「一応、ここにいるみんなで行く予定」

 

先程まで香坂先輩とアニメの話で盛り上がっていた結城先輩が話に入ってくる。

 

「なるほどー……、香坂先輩も、行くで大丈夫ですか?倒れかけたので体調が心配なのですが……」

 

「は、はいっ、一緒に、行きます……」

 

「分かりました。では当初の予定通りここにいる6人ですね」

 

ふむふむ、どうやらしっかりと自分の能力に怯えているみたいだね……。目に恐怖が見えますし……うーん。でもそれが本来のシナリオだしなぁ。

 

「念のために、ここからはメッセージでやり取りをしよう」

 

新海先輩の指示に皆が頷き、各々スマホで書き込んでいく。

 

「……なーんか、あれっすね。折角わいわいとパーティーしてるのに一斉に無言になるって……」

 

「いや、普通に喋って良いからな?必要ならこっちで話すってだけで」

 

「そなの?うっしそんじゃあ、舞夜ちゃんも合流した事だし、改めて乾杯からしましょ!」

 

天ちゃんからの提案を皆が頷き、グラスを持ってパーティーを再開した。

 

 

 

 

 

時刻は0時過ぎ。日付が変わり作戦実行までの時間が近づいていた。

 

「成瀬家の明かりは、まだ点いているで大丈夫ですよね」

 

『はい、対象を確認しましたが、まだ起きておられますね』

 

「それじゃあ、あとはお願いね」

 

『お任せを。失敗しても怒らないでくださいね』

 

「まさかー。ハットリさんでも無理なら素直に諦めがつくから気軽にいっちゃって」

 

『では、遂行後指定の地点まで向かいますので』

 

「は~い」

 

通話を切り、ポケットにスマホを入れる。

 

「うまく行けそうかしら?」

 

「どだろね。私が知りうる限りの最強の手札だから、これで駄目なら向こうが一枚上手だったって諦めるよ」

 

隣でふわふわと浮くソフィにゆるーく返事をする。

 

「そうね、うまく行けたら御の字くらいに考えとくわ」

 

「うんうん。先輩たちはどうしてる?」

 

「カケルの部屋でみんな横になってるわ」

 

「了解、深沢先輩達の方は……一応二人共一緒にいるみたいだね」

 

「いつごろから行動する気?」

 

「これが上手く行けばすぐにでも。駄目だったら従来通り」

 

「カケルたちが貴方と合流するまでかなり時間が空くと思うけど……?」

 

「実家から人数分の車はマンション前で待機させてるから大丈夫。すぐに合流できるよ」

 

「用意周到ね」

 

「まぁね。……ソフィって四字熟語使いこなせるんだ……」

 

「今、馬鹿にされたのかしら?」

 

「あ、いやいや、異世界人だし、こっちの世界の言葉使ってるのに驚いちゃって……」

 

「この程度、こっちに来てすぐに取り込んだわよ」

 

「へ~……知識に貪欲」

 

「分からないままが嫌なだけよ」

 

 

 

 

午前一時三十分前。

 

俺たちは、九重からの連絡を受けて、神社方面へと向かっていた。

 

「にぃに、舞夜ちゃん大丈夫そう?」

 

「ああ、無事成功したらしい」

 

「ほんとっ!?え、すごくね」

 

「確か、九十九神社の神器を……」

 

「イーリスに阻止される前に、先にこちらが奪うのよね」

 

「既にソフィに渡してあるみたいだし、これで心配事の一つが消えたな」

 

「後は、成瀬先生の体の安全を確保しなきゃだね」

 

「そうだな。ソフィからは危険だと注意を受けている。油断は出来ない」

 

「んで、勝てる見込みはあるの?」

 

「正直、分からない。与一たちにも協力を仰いではいるが……それでも可能性は低いってのがソフィの答えだ」

 

「それなら尚更急ごうよ。舞夜ちゃん一人でしょ?」

 

「ああ、本人は大丈夫とは言っていたが、急いだほうがいいかもしれないな」

 

神社に入り、境内までの道のりを歩いていると、正面に人影が見える。

 

「あ、みなさんっ。ようやく来ましたね!」

 

こちらを見て駆け寄ってくる。声からして九重で間違いないだろう。

 

「舞夜ちゃんっ」

 

「はい、舞夜ですよ~。無事任務を遂行致しましたっ!」

 

ビジッと敬礼を決めてこちらに笑顔を向ける。

 

「問題は無さそうか?」

 

「どうでしょう?今頃イーリスはカンカンに怒っているかもしれませんね~あはは」

 

指で鬼の角を真似ながら、それを頭に付けて怒りのポーズをしている。……余裕そうだなぁ。

 

「それなら私たちも行きましょう。決戦の時ね」

 

「ああ。みんな、準備は良いか?」

 

「うん、問題ないよ」

 

「あたしはいつでも。足手まといにならない様にだけ気を付けとく」

 

「……は、はい……っ」

 

「………」

 

新海先輩を先頭にみんなが境内へ向かう。

 

「香坂先輩」

 

一人不安そうな表情を浮かべて一番後ろを歩く香坂先輩に声をかける。

 

「は、はい。何でしょう……?」

 

「不安になる気持ちは分かります。でも、大丈夫です。何かあっても新海先輩がどうにかしてくれますからっ!気軽に行きましょう」

 

「俺の責任重大だなぁ……まぁいいけど」

 

「気軽に……」

 

「はい。先輩の力は自分の精神の影響を大きく受けやすいみたいですし……なので気軽にです。ですよね?」

 

前を歩いてるみんなに向けて声をかける。

 

「ええ。神に抗う……もとより、無茶な作戦。例え失敗しても、春風のせいになるわけがない」

 

「そうです、先輩がいるおかげで心強いです」

 

「そうそう。先輩の力があるから安心して行けるんですから。というか、真っ先にやらかすの、多分あたしですし。そんで次ににぃに」

 

「なんでだよ……と言いたいとこだが、ぶっちゃけそうだよな。いつもフォローしてくれる先輩がいなくなったら、俺、絶対やらかしてますよ」

 

「ってことで、先輩はドンとそばで構えててください」

 

「……失礼しました。プレッシャーを感じているのは、みなさまも同じ」

 

「もう、揺れません」

 

人格を交代し、もう一人の方の目に強い意志が宿る。

 

「行きましょう」

 

「はい」

 

「………」

 

香坂先輩の決意を受け取り、再び境内へと歩みを進める。

 

そんな中、結城先輩がその後ろ姿に疑惑の視線を向けていた。

 

 

 

 

 

「ソフィ」

 

境内の目の前まで近づき、ソフィを呼び、すぐに現れる。

 

「状況は?」

 

「向こうは出迎える準備が出来ているみたいね」

 

「中に居るってことか?」

 

「ええ。あなたたちが来るのを待っているみたいね」

 

「そうか。ならコソコソしていく必要は無いみたいだな」

 

慎重に進むのを止め、みんなでかたまって境内へと入る。

 

「あら、随分と遅かったわね。待ちくたびれちゃったわ」

 

正面に人影が現れ、だるそうな声を出す。

 

「……イーリス」

 

ゆっくりと近づき、ようやく姿を確認する。

 

「正直やられたわ。まさか世界の眼が取られちゃうなんてね……」

 

「これで座標を失った。お前の負けだ」

 

「フフフ、強がっちゃって……馬鹿ねぇ。まだこの身体があるじゃない」

 

「そっちこそ。強がっていられるのは今の内だ。すぐにその身体から引き剥がしてやるよ」

 

「やれるものならやってみなさい。あなたたちに、それができるのかしら?」

 

「……っ!行くぞ、みんな!」

 

「っ、うん!」

 

「ジ・オーダー・アクティブ!」

 

俺の声を聞いて、九條の左手と結城の右目にスティグマが浮かぶ。

 

「せっかちね……」

 

二人の能力が発動しようとした瞬間、イーリスが呆れたような声を出し、指をパチンと鳴らす。

 

「……ッ!?」

 

唐突に脱力感に襲われ、ガクンと膝をつく。

 

「ぅ……ッ」

 

何とか地面に倒れるのを止める。隣の先輩も何とか耐えていた。

 

「はぁ……?」

 

踏みとどまり前を見ると、イーリスがありえない物を見たような表情を浮かべていた。

 

「おかしいわね。私の予想では、耐えられるのは三人だけのはず……」

 

釣られるように後ろを見ると、意識は朦朧としているが、確かに意識を保っている三人と、九條と天を支えている九重が居た。

 

「っ……ぅ~」

 

「……う……」

 

「っ、なんとか……耐えれたみたいね……」

 

「二人共、大丈夫ですか?」

 

どうやら、皆無事の様だ。……だが、三人は対抗力が低いって聞いていたが……。

 

「直ぐに体勢を立て直しなさいっ」

 

ソフィからの指示が飛ぶ。

 

「んなこと言われても……!クソっ、九重っ!二人を頼む!」

 

「分かりましたっ!一旦引きます」

 

二人を抱えて運び出す九重の肩が光っている。何かしら力を使っているみたいだな。

 

「………っ、ジ・オーダー、アクティブッ!」

 

何とか立ち上がった結城の瞳に、再びスティグマが浮かぶ。

 

「世界に闇をもたらす悪神よ。己が罪と罰、その身に刻みなさいっ!!」

 

スティグマからあふれだす光が、突きだした結城の右手へと収束し、放たれる。

 

「パニッシュメント!」

 

轟音、閃光。

 

まるで落雷が落ちたかのような荒れ狂う力の奔流がイーリスに向かう。流石のイーリスもこれを喰らえばひとたまりもーーー。

 

結城の一撃が直撃する瞬間、俺の目に映ったのは、涼しげに笑うイーリスの顔だった。

 

舞い上がる砂埃の中、出て来たのは……。

 

「ふぅん……。私の魂へ狙いを澄ました一撃。器用ね、あなた。一回死んじゃったわ」

 

「なっ……」

 

さっきと変わらずに、平然と立っているイーリスだった。

 

「まるでダメージが、ないだと……?」

 

「完全に……、決まったはず……っ!」

 

「決まったわよ。けれど、届かなかった」

 

「……っ!結界……!?」

 

結城の言葉に気づく。なるほど、だから気にも留めてなかったのか……。

 

「……そう。幾重にも張り巡らせているようね。その一枚を、破っただけ」

 

「フフ」

 

不敵に笑うイーリスの顔が……、見知った顔のはずなのにどうしようもなく恐ろしく見える。

 

「落胆しなくてもいいわよ。一撃で破られるなんて思ってもみなかったわ。驚いたわ。ほんのちょっとだけ……だから、ご褒美をあげるわ」

 

「ふざけないで……っ!」

 

「フフ、お返しするわね?」

 

「ッ!?伏せなさいっ!」

 

ソフィから焦るような声と同時に、結城を庇うように動く。

 

「……、ぁ……」

 

飛び出し、身を挺して結城を守ったソフィの体が、はじけ飛ぶ。

 

「……妖精、が……」

 

「大丈夫よ、ただの幻体だから。すぐに戻ってくるわ。まったく……どいつもこいつも邪魔ばっかり……っ」

 

「イーリス……ッ!」

 

「フフ、怖い顔しちゃって……お次は?もう終わり?」

 

「……っ」

 

「ああ、そうだわ。あなたたちに確認しておきたいことがあるの」

 

こちらを挑発するように笑みを浮かべていたイーリスから質問が飛ぶ。

 

「あなたたちが私から奪った世界の眼、誰が考えたのかしら?」

 

「……そんなことを聞いてどうするつもりだ」

 

「いやねぇ、ただ気になるだけよ。仮にも私からアーティファクトを奪い取ったのだもの、その手段を聞いておきたいだけ」

 

今更聞いて何になるんだ?一体何を考えてーーー。

 

「それはですねー、この私の手腕によるものですよっ!!」

 

「九重っ!?」

 

後ろから大声で宣言をするように現れる。

 

「……やっぱり、あなただったのかしら?」

 

「その通りですっ。ごめんなさい、手癖が悪くって~?適当に置かれていたので貰って良いのかなって思いましたっ」

 

イーリスを挑発するようにぶりっ子を演じる九重。

 

「ふぅん、一応褒めてあげるわ」

 

「あはは、クソほど要らない称賛ですが、ありがとうございます……と一応返しておきますね」

 

「酷いわねぇ、褒めてあげているのに」

 

「一ミリも価値の無いことを偉そうに言われても滑稽ですよ。まぁ……依り代が無いとまともに行動が出来ない以上それもそうですねぇ」

 

「フフ、確かにそうね……まだ全力の二割から三割程度ってところかしら……。けど、あなたたちと遊ぶにはこの程度で十分と思うわ」

 

「は……?」

 

「二割……?これで……?」

 

「ふふ、負けた時の良い言い訳になりますね!私も今度使ってみますっ」

 

半分の力すら発揮していないというイーリスに対して、相変わらず態度を変えない。

 

「残念だけど、それは無理ね。だって、あなたたちはここで死ぬもの。ねぇ?」

 

「……っく」

 

どこまでも、こっちをおちょくりやがって……!

 

「……先輩、立てますか?」

 

「な、なんとか……」

 

九重が時間を稼いでいる内に、動ける程度には回復出来た。

 

「後ろで、天と九條を、お願いします」

 

「はい。しかし、翔様……」

 

「もうやるしかない。結城、行けるか?」

 

「当然……まだいける。あなたも下がっていて」

 

「冗談言うなよ」

 

拳にスティグマが浮かび上がり、炎が燃え盛る。

 

「………。隠していたの?」

 

結城が驚くようにこちらを見上げる。

 

「いいや、昨日使えるようになったばかりだ」

 

校舎を燃やした、炎のアーティファクト。

 

ソフィに頼み込んでようやく借り受けた。

 

もしイーリスと戦うってなった時に、結城と九重に任せるじゃ話にならない。

 

こいつがあれば、俺も戦える……!

 

「……彼女と同じ様に、前衛頼めるかしら」

 

「任せろ」

 

「ええ……。幾重にも張り巡らされた結界。すべて打ち破るっ!」

 

「ああ!」

 

「春風はバックアップをお願い!」

 

「はい!必ずや、勝利を!」

 

「フフ、どうやら、そちらの準備は終わったみたいね」

 

「そうみたいですね~。それでは私もポジションに付きますか」

 

俺たちの態勢が整ったのを確認してこちらに戻ってくる。

 

「時間稼ぎ、ありがとな。それと天と九條のことも」

 

「お気になさらず、感謝はこれが終わってから好きなだけ言って下さい」

 

「そうだな。必ず勝つぞ」

 

「フフ、勝利ね……。後ろの子たちが立て直せるまで、待って良いのよ?四人で大丈夫?」

 

あくまでこちらの心を完全に折ろうとしているのか、それともーーー。

 

「いいや、まだいるぞ」

 

「あら?」

 

「受けよっ。紫電一閃!」

 

「……くっ、届かんか」

 

暗闇から突如出て来た高峰が、挨拶代わりに攻撃を仕掛けるが、イーリスの結界によって阻まれる。

 

「意外な子が出て来たわね……。あなた一人加わったくらいで、なにも変わらないと思うんだけれども」

 

「フッ……、私一人、などと言った覚えはないが……?」

 

ニヒルな笑みを浮かべる高峰。するとイーリスの背後から先ほどと同じ様に攻撃が飛んでくる。

 

「あぁ……もうっ」

 

「レディに後ろから襲いかかるなんて、随分なご挨拶じゃない」

 

「……あのさぁ、蓮夜。折角不意打ちをしようとしているのに、僕がいることをバラしてどうすんの。アホなの?」

 

「む……、すまん……」

 

与一……!来てくれたのかっ。

 

「あ、お二人も来てくれたのですね」

 

「やっほ、舞夜ちゃん」

 

「残念ね……。あなたとは、仲良くやっていけると思っていたのに」

 

「冗談。僕を殺そうとしたくせに」

 

「あら、誤解よ?仲直りしましょ。ほら、握手」

 

「やだね」

 

「せっかちねぇ……。折角来たのだから、おしゃべりしましょう?」

 

「黙れよ。僕はお前を殺しに来たんだ」

 

「あなたの恩師も死ぬわよ?」

 

「脅しのつもりかよ。僕には関係ない」

 

降り注ぐ槍の雨が不可視の結界とぶつかり、白く眩い火花を散らす。

 

思わぬ形でだが、イーリスとの戦闘の火蓋が切って落とされた。

 

 





実際のバトルは次になりそうです。


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第9話:共線


今こそ明かそう!我が真名を!

イーリス戦その一ですね。


 

 

「無事か?」

 

動揺している俺たちのそばに、転移した高峰が現れる。

 

「ああ、来ないかと思ってたよ」

 

「彼女からの話を聞いて半信半疑だったが、例のものを渡されてな……、それで確証に至った与一が、利用されていたのが気にくわない、とな」

 

チラリと九重を見る。

 

「私のプレゼンが上手く行ったってことですねっ」

 

「なんにせよ……、あなたたちには借りができたわね」

 

「借りなど、助けたつもりはない……が、私が望むのは理想郷だ。破壊ではない」

 

「共通の敵ができた」

 

「そういうことだ。あとは私たちに任せたまえ」

 

「これ以上、借りを増やすつもりはない」

 

「そうか。では、好きにするがいい」

 

俺たちにそう告げると、高峰の姿が消え、イーリスの背後に現れる。

 

「討たせてもらうぞ!禍津神よ!」

 

「依代をつかっているとはいえ……自信無くすわね。あなたごときが、私の領域の中で意識を保っていられるなんて」

 

「フッ、その驕りが命取りになるのだ。ハァァァッ!」

 

「態度も声も無駄に大きいわね……。あなた、えぇと……名前、なんだったかしら」

 

「よくぞ聞いた。今こそ明かそう。我が真名を。我はヴィルヘルム。ヴィルヘルム・アーデンハイドなり!!」

 

「は?」

 

高峰の唐突な発言にイーリスが眉をひそめ、素っ頓狂な声を出した。

 

高峰……お前こんな場面で……。

 

「ぷっ、あはははっ」

 

隣を見ると、口元を抑えながら笑いを堪えようとしている九重がいた。

 

「我が真名はヴィルヘーーー」

 

「黙れよ蓮夜。気が散る」

 

与一と高峰が、イーリスの死角へ転移を繰り返しながら、アーティファクトの槍を放ち続ける。

 

魔眼を警戒しているのだろう。決して一か所に長く留まることなく。消えては現れ、現れては消え。

 

絶え間なく、攻め続ける。

 

「それじゃあ、新海先輩。私も行ってきますね?先輩達は攻撃可能と判断したら攻めてください」

 

こちらを一度向いて確認を取った九重の姿が、その場から消え、次の瞬間にはイーリスの背後を取っていた。

 

「素手で効果があるか……。まずは試させていただきますね」

 

構えを取ったかと思うと、何かが弾かれる音が鳴る。

 

「……なるほど、こんな感じなのですね」

 

「何をしたいのか分からないけど、無駄よ?その程度の攻撃じゃ」

 

「そうですか」

 

九重を見ようとイーリスが振り返るが、その時には既に背後を取っており、今度は複数回弾かれる様な音が鳴り響く。

 

「うーん、今はそこそこ真面目に殴ったのですが……やっぱりこれじゃ駄目みたいですねぇ……」

 

イーリスの正面に立たない様に、与一たちと同じように常に動き回りながら検証をしているように見える。

 

「……格ゲーのキャラみたいな動きをするな。あいつら」

 

「硬直なしの移動技に遠距離攻撃……ですか。実際にあんなキャラがいたら、即使用禁止ですわね……」

 

「つうか、九重はあれは素でしてんだよな?アーティファクト関係無しに……」

 

「舞夜ちゃん、流石に素手は無理でしょ。脳筋すぎない?」

 

「黙って攻撃し続けてください、こっちはまだ確認中ですっ」

 

「フッ、何か考えがあるのだな」

 

「それは、見てのお楽しみってことで……!」

 

与一たちの動きに合わせるように移動をし続けている。……いや、まじで素の身体能力だよな?

 

「羨むのはあとにして。私たちは、私たちの手札で勝負するしかない」

 

「だな。今度こそ、俺たちも行くか」

 

先生の体を殴る訳にはいかないからな。懐に入って、掴んで燃やす。あいつらみたいにかっこよくは出来ない。

 

俺は、泥臭くーーー行くぜ!

 

「おぉぉぉ!」

 

拳を握りしめ、地面を力強く蹴り、駆ける。

 

その瞬間、俺の周囲に槍が出現する……が、その槍は俺の目の前で動きを止める。

 

「深沢先輩~?新海先輩に当たるところですよっ!」

 

「ちぇー、止められちゃった」

 

「おまっ、味方を撃つんじゃねぇよ!」

 

「味方?なに勘違いしてんのさ」

 

「ッ、クッソ……!オ、ラァーー!」

 

九重が止めてくれた槍の雨をかいくぐり、炎を纏った拳をイーリスめがけ突きだす。

 

「ーーーッ!」

 

拳はイーリスには届かず、見えない壁に阻まれる。

 

なるほどな、これが結界ってやつか……!

 

イーリスが俺をちらりとも見ないのが気に食わず、力尽くでぶちやぶってやりたがった、が。

 

「ーーーっと」

 

飛来する槍を後ろに飛び退き、回避して一旦距離を取る。

 

気合で突っ込んだのはいいが……、さぁどうするか。

 

「先輩、破れそうですか?」

 

俺の隣に九重が移動してくる。……まじで瞬間移動じゃん。

 

「まだだな、そっちは何か策とかあったりすんのか?」

 

「まぁ、一応は。大体の硬度は把握出来ましたので、攻め時に少し本気を出します」

 

小声で俺に伝える。その目は未だにいつもと変わらない色をしていた。

 

「ま、それより先にあの二人に攻めさせてもらっていますが……」

 

今も絶え間なく攻撃を続ける与一たちを見る。

 

「酷いわねぇ……。レディを囲んで袋叩きなんて……」

 

「その軽口、すぐに叩けない様にしてやろう」

 

「本当に?さっきから騒がしいだけで、退屈なのよね」

 

イーリスがわざとらしくあくびをする。

 

与一が、そして高峰が放った槍は、まだ一度もイーリスの結界を貫いてはいない。まだ一度も……。

 

「いつになったら、私を楽しませてくれるのかしら?」

 

「……はぁ」

 

イーリスの挑発的な笑みに与一がため息を吐く。

 

そして、だるそうに空を指差し、イーリスめがけ振り下ろす。

 

ガラスが砕けたような、けたたましい音が響く。

 

結界を砕いたのか……!?与一の槍が、ついに!

 

「力加減。大体分かったよ。結界はあといくつ?」

 

「パニッシュメント!」

 

その隙を見逃さず、間髪入れずに結城からの一撃が、さらにイーリスの結界を破る。

 

「もう一枚。少しはその余裕も、剥がれたかしら」

 

「……では、私も紛れこませてもらいますか」

 

隣でボソッと呟いた声が聞こえたかと思うと、九重の姿がブレる。

 

すると、更に追加で結界が破れる音が鳴り響く。

 

「ふむふむ、この位ですね。なるほどです」

 

声がした。と思うと、さっきと同じ場所で拳を開いたり閉じたりと確認をして立っていた。

 

「今……何かしたのか?」

 

結界が破れた音がした。それは確かだが……、今の一瞬で?

 

「……ふふ、内密に」

 

こちらを見上げ、人差し指を口元に持ってきて笑みを浮かべてウィンクをしてくる。

 

何が起きたかは分からないが、これでさらにイーリスを追い込んだはずだ。

 

「あぁ……また死んだ。しかも三回も……」

 

イーリスは、不気味に笑う。

 

不敵な笑みを、張り付かせている。

 

「強力なアーティファクトを持っているその子はともかく、槍を飛ばすだけの凡庸なアーティファクトを、よくここまで使いこなせるものね。感心するわ」

 

「褒めたって手は抜かないよ」

 

与一から放たれた槍が、結界を砕く。

 

「本当はね、この体じゃなくて、あなたの体が欲しかったの」

 

「けれど、さすがの私も……ね。同一存在でもない人間の体は、奪えない」

 

イーリスの言葉など無視し、与一は淡々と槍を撃ち続ける。

 

「でもね。諦めきれなくて。それに、カケルたちが使い物にならなかったら、自分で何とかしなくちゃいけないでしょう?」

 

「……だから、実験してみたの。気がついてた?」

 

「は?」

 

「フフ」

 

「……っ!」

 

イーリスが指を鳴らした途端、与一が顔を歪めた。

 

「……く、……っ」

 

「死ぬほどではないけれど、今すぐ横になりたいくらいには気分が悪い。ってところかしら?」

 

「……っ!僕に、なにを……!」

 

「駄目よ?人から貰ったアーティファクトを、疑いもなく飲み込んじゃったら」

 

「く、そ……」

 

「それじゃあーーお返しするわね?」

 

イーリスが、掌を与一に向ける。

 

まずい……!!

 

不穏な気配を察した俺と高峰が、同時に飛び出すーーが、遅すぎる。

 

間に合わない。そう思った瞬間、俺の横を何かが高速で横切り、与一の体をそのまま吹き飛ばす様に移動させる。

 

「がっ!?……いったぁ……。もう、少し……優しくしてくれても」

 

「これでも丁寧に扱ってますよ?はい、高峰先輩。これ渡しますね」

 

「あ、ああっ。すまない助かった!」

 

イーリスの攻撃を間一髪で回避する。ナイス!

 

「あぁもう。ほんっとうに……。むかつくわねぇ、あなたは」

 

「余裕の笑みを剥がせたのでしたら頑張った甲斐はあったみたいですね」

 

最初の時と同じように俺たちの前に立ってイーリスと対峙している。それなら今の内に与一を……!

 

高峰に介抱されている与一が苦悶の表情をしている。

 

「与一、体調はどうだ」

 

「死にそうだよ……。好奇心で動いた自分を、ぶん殴りたい、くらいには……」

 

「元気で安心した。すまない、与一を退かせてくれ」

 

「わかった。すまないが、一時撤退させてもらう。立てるか、与一」

 

「立てるけどぉ……ちょっと、待った」

 

高峰に肩を貸されながら立ち上がる与一がポケットから何かを取り出す。

 

「翔。これ、あげるよ」

 

「……これは」

 

試験管のような容器が二つ。中には、銀色の液体。

 

「アーティファクト……」

 

「ああ、知ってたんだ」

 

「これは……、どうやって……」

 

「霊薬ってやつを、使って契約を、ね?」

 

「破棄したのか?いや、でも、まだ完成していないはずじゃ……」

 

「止められたけど……、僕なら大丈夫だと思ってね?そしたら思った通り、大丈夫だったよ」

 

「まさか……、改良したやつじゃなくて、昔のを……!」

 

ニッと笑い、俺に容器を押し付けてくる。

 

「あげる。今日は……、それを渡しに来たんだ。気に入っているのは再契約したけど、それはもう、いらない。それを持っていると、何時まで経っても翔においかけられるからね……」

 

「魔眼……」

 

「もう一つは、おまけ……」

 

「おまけ?」

 

「うん、僕がいつも裏で糸を引いてるって思われたくないし……まぁ、飲めばわかるよ」

 

受け取った容器を見る。

 

イーリスと戦うためには、炎のアーティファクトだけじゃ駄目だ。それだけじゃ足りない。

 

なら、悩む余地は……ないっ!

 

「……んぐ」

 

容器の蓋を開けて、即座にそれを飲み干す。

 

新たな力が体内を駆け巡り、俺の中に溶けてく。

 

「あぁ、そういうことか」

 

手に入れたのは、魔眼と……こいつか。だから、"ゴースト"がいなかったのか。

 

「与一……、使わせてもらうぞ」

 

「ご自由に」

 

「来い、ゴースト!」

 

俺の声に応え、脳内で象ったイメージが、形を造る。それを見て、与一が呆れたように笑う。

 

「へッ、ようやく出番か」

 

「よりにもよって……そいつかよ」

 

「俺にとっては幻体と言ったら、こいつかソフィしかいないんだ。真似たのは大目に見てくれ」

 

「……いいよ。それはもう、翔のだ」

 

用件が済んだからか、与一が目を閉じて、小さく深呼吸をする。

 

「与一っ!」

 

「耳元でうるさいなぁ……」

 

「あとは任せてくれ」

 

「ああ。行くぞ、与一」

 

「分かったから、揺らさないで優しく、して……めちゃくちゃ吐きそうなんだから……」

 

高峰が与一を抱えて、戦線を離脱する。

 

笑みを浮かべながら九重と対峙してこちらのやり取りを眺めていたイーリスを一瞥し、俺もみんなのもとへ戻る。

 

………。イーリスは未だに仕掛けてこない。

 

ただ、笑いながらこちらを見ている。

 

ずっと、気になっていたことがあった。

 

多分、俺の予想は……当たっている。

 

確かめる必要が、あるな。

 

 

 

 

 

「……深沢先輩は撤退ですか。意外と根性が無いみたいですね」

 

高峰先輩に運ばれながら下がっていく様子を見送りながらポツリと呟く。……もしかして私が荒く扱い過ぎたのかな?あはは、まさかね。

 

新海先輩らが再度戦闘体勢を立て直したのを見てイーリスと距離を空ける。

 

「すまない、また助けられた」

 

「いえいえ~これが私の役目なので。深沢先輩は大丈夫そうでしたか?」

 

「ああ。死にそうな顔をしてたが命に関わるほどじゃないはずだ」

 

「それは安心しました」

 

新海先輩の隣で立っているゴーストさんと目が合う。

 

「オレのことは気にすんな。ただの助っ人だ」

 

「アーティファクトを譲り受けた。今は、俺の幻体だ」

 

「ふふ、了解です。頼りにしてますよ」

 

「どうされますか?希亜さんの力で結界を破ることは出来ますが……、決定打がこちらには……」

 

「全部破ればいいだけ。もっとも……こうしている間にも、再生してしまっているかもしれないけど」

 

「それでは、きりがありません。後ろのお二人も未だ動けないようですし……一度体勢を立て直すべきでは?」

 

「立て直したところで、事態が好転するとは思えない」

 

「それは、そうですが……」

 

「……やっぱり変だな」

 

香坂先輩と結城先輩の作戦会議を聞いていると、新海先輩が不思議そうに呟く。

 

「ちょっと試したい事がある。先輩、天と九條のことを頼みます」

 

「は、はい……」

 

「結城も今は温存しておいてくれ」

 

「まだ戦える」

 

「違う。チャンスがくるまで力を溜めておいてくれ。俺が試してみる」

 

「……分かった。任せるわ」

 

「ゴースト、九重、行くぞ」

 

「あいよ、大将」

 

「策があるみたいですね。サポートはお任せを」

 

どうやら、先輩が気づいたみたいだね。さて、何回の死に戻りで打破が出来るか……。

 

先輩とゴーストが同時に駆ける。距離にして十メートル程。

 

「おぉぉぉっ!!」

 

「行くぜぇっ!」

 

右手を握り振りかぶった先輩と、高く跳躍して仕掛けたゴーストの蹴りが、同時に結界へと叩きこまれる。

 

その成果もあって、イーリスの結界を一枚破る。

 

「ハッハァッ!ちょろいぜ!」

 

「このまま全部ぶち抜くぞ!」

 

「その前に、私からのお祝い、受け取ってちょうだい?」

 

イーリスがゆらりと腕を持ち上げて、人差し指を新海先輩へと向ける。

 

その光景を見ながら、先輩の表情に注視する。

 

「……っ!ゴーーー」

 

来たっ!このタイミング……!!

 

即座に走り出し、攻撃姿勢の先輩の体を強引にこちらへと引き寄せる。

 

「ぅお!?」

 

その直後、目の前で斬撃の様な何かが音を立てて通り過ぎる。

 

「こ、九重か……。助かった」

 

「間に合って何よりです」

 

「あら……外した?いえ、これは……どういうこと?」

 

イーリスが今の現状を見て困惑を見せる。どうやら一度目の死を見た様だね。

 

「ゴーストさんっ、先輩のことは任せて攻撃に集中してください!」

 

「やるじゃねぇか!こっちは任せな!」

 

「先輩、次行きますよ!」

 

「ああ!」

 

体勢を立て直し、即座に二撃目を放ち、結界を打ち抜く。

 

「じゃあ……これどう?」

 

「……クッ!」

 

イーリスから放たれた光線の様な攻撃が飛び出すが、先輩はこれをギリギリで回避する。通り過ぎた光線は地面を貫き穴を開ける。

 

「また外した……?あなた……」

 

「クソ……!服が破れた!」

 

「くだんねぇこと気にしてんなよ!明日ママに買ってもらいな!」

 

「やけに派手なの買いやがるから勘弁だ、なっ!!」

 

「ッラァ!」

 

続けるように三撃目を仕掛け、そのまま結界を割る。

 

「気に入らないわね……」

 

イーリスを見ると、スッ……と指を持ち上げ、横にスライドさせる。

 

「ーーーッ!」

 

「させませんよ!」

 

懐からナイフを取り出し、先輩めがけ向かって来る攻撃を弾く。

 

咄嗟に腕でガードをした先輩がこちらを見る。

 

「すまん!助かった!」

 

「気にしないで下さい!それより、もしかして何回か死にましたかっ?」

 

「ああ、おかげさまで三回は軽くなっ!」

 

「ほんとですかっ!?私より先輩ですねっ!」

 

「こんな時に冗談言っている場合かっ」

 

ここまでは想定通り。問題はこの先の……。

 

「やっぱり……。貴女、未来を視ている……?」

 

「いえ、違うわね。一度死んでから、戻って来ている?」

 

一瞬私をチラリと見て、再度先輩へと視線を向ける。

 

「何度でも殺してみろ。何度でも、結果を変えてやる」

 

「まさか……」

 

ここで初めて、イーリスの表情に歪みが生じる。ふふ、いい気味だね!

 

「オーバーロード……!?」

 

「やっと焦りを見せたな、イーリス!」

 

「ざまぁねぇぜ!ッラァ!」

 

「おぉぉ!」

 

そのまま追撃……と攻撃に出たが、イーリスがその場から移動したことで空振りとなる。

 

「どいつもこいつも、格ゲーみたいな技を使いやがって」

 

「だが、退かせたぜ。神様をよ」

 

「まさか……ここに来てまた想定外と出くわすなんてね。流石に本気を出さなきゃまずいかしら」

 

「ハッハッ、本気だってよ、大将」

 

「まるで、今まで手を抜いていたみたいな言い方だな」

 

「あら……急に強気になったわね」

 

「だってお前、何もできないだろ?」

 

先輩の言葉に眉を動かす。

 

「気になってたんだよなぁ……。なんでお前は、攻撃してこないんだ」

 

「九重が時間稼ぎをしている間、与一が倒れて俺たちが動揺しているときも、無防備に相談しているときも、そして今も……お前は、どうして何もしてこない?」

 

「余裕ぶっこぎやがってって、思ったんだが……。違うな、違う。そうじゃない。なにもしなかったんじゃない。なにもできなかった」

 

「だろ?」

 

堂々と名推理を語る先輩の言葉をイーリスは否定せず、黙って聞いていた。

 

「なるほどです!この結界は、相手の力を受け止めそれを利用して反撃をするもの。いわばカウンタ―的な役割を果たしていた。だから私が対峙している時もただ見ているだけだったと!」

 

「ああ、おまけに距離が開けば開くほど威力も弱まる様だな」

 

「それはそれは、相手の力を借りるかつ、接近をしなければ殺せないと……?あんだけ自信たっぷりな態度の強者でしたが……タネが割れるとこんなものでしたか」

 

「結界で自分の身を守ってんだ、オレたちにビビってる証拠だわな」

 

「けれど、イーリスはどうあがいても今の先輩には勝てないときたもんだ……ふふ」

 

「そうだな。例えお前に俺が殺せても、絶対に殺せない。何度でも俺は戻ってくるぞ」

 

先輩の拳から炎が吹き荒れる。

 

「この炎がお前を焼くまで、何度でも何度でも……」

 

「さぁ、結界はあと何枚だ。イーリス」

 

「鬱陶しいわね……あなた」

 

イーリスのスティグマが、瞳が、妖しく光る。しかし……。

 

「……魔眼の力は、打ち消し合うみたいだな」

 

「みてぇだな。しっかし……焦って魔眼たぁ、だせぇなおい」

 

「魔眼でも俺は殺せない。手詰まりだな。イーリス」

 

「まぁ、もとより勝ち目のない戦いではありますけどねー」

 

「調子に乗るんじゃないわよ……。ガキが……!」

 

おっ、来ました。激おこモードですね。

 

抑えきれない激情が、声に漏れたと同時に、イーリスのスティグマが赤く変色する。

 

ついに来た。第二ラウンド。

 

……確かに、中々の威圧感……?かもしれない。

 

「……マジで本気を出していなかったみたいだな」

 

「散々イキっといて情けねぇ声出すなよ……。だっせぇな」

 

「うるせーな。仕方ないだろ。死ぬほど痛いんだぞ、殺されるの」

 

「もし怖いなら私が代わりに戦いましょうか?先輩」

 

「……いや、まだいける。九重は引き続きサポートを頼みたい」

 

「……分かりました。先輩がそう仰るのでしたら、引き受けましょう」

 

私と新海先輩が話している最中、飛来する攻撃をナイフで受ける。

 

「おやおや、正攻法が通じないと見るや否や、不意打ちですか?神の名が泣きますよ」

 

「はぁ。全く、本当に……邪魔をしてくる子ね。いらつくわ」

 

「悔しかったら殺してくださいな。勿論、可能ならのお話ですが?」

 

「フフ、いいわ。楽には殺さないであげる。ジワジワと……ゆっくり痛めつけてから殺してあげるわ」

 

「……行くぞ、ゴースト、九重」

 

「ああ」

 

「了解です、先輩は好きに動いてください。合わせます」

 

「捕まえてごらんなさい。できるならね」

 

赤いオーラを纏い、陽炎のように揺らめくイーリスに向かって攻撃を始める。

 

では、第二ラウンドと行きますか!!

 

 

 






続けて第二ラウンドと行きましょう。


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第10話:神と鬼


イーリス戦その二ですね。




 

 

「クソッ!ちょこまかと動きやがってっ!」

 

「先輩、来ますよ!」

 

私たちから距離を取るように移動しながら、ときおり斬撃の様な攻撃を飛ばして来る。先ほどより威力が跳ね上がっており、このままでは手元の武器だけでは心許無くなってきている。

 

「あ~、これももうダメですね。先輩、残念ながら手持ちの在庫が切れました」

 

「マジかよッ、けど助かった!」

 

「非常に申し訳無いのですが、一旦離脱しても良いですか?とっておきを持ってきますので!」

 

「それはっ……!頼もしいな。ゴースト!行けるか」

 

「当たり前だ!こっちは任せな!」

 

「直ぐに戻りますっ」

 

イーリスを先輩に任せて一時離脱し、四人の元へと移動する。

 

「ええっと、確かここに……」

 

今日の為に持ち出したバックの中身を漁り始める。

 

「舞夜、戦況はどうかしら」

 

私に駆け寄るように結城先輩と香坂先輩が来る。

 

「イマイチですね……。どっちも決定打が無くてちまちまと攻め合っている感じです」

 

「そう。なら私も参戦するわ」

 

「いえ、結城先輩のはまだ、ここぞという時の一撃にとっておいてほしいのです。そこまでは私と先輩で何とかして見せましょう」

 

「勝算はあるの?」

 

「ふふん、当たり前ですよ。ですが、少しでもその可能性を上げておきたいのです」

 

顔を上げて、香坂先輩を見つめる。

 

「香坂先輩。先輩の力が必要です」

 

「……ふがいないですわ。わたくしの勝利のイメージが、全く実を結ばなくて……それが唯一の役割ですのに」

 

「いいえ、違います。結城先輩は既にお気づきだとは思いますが、先輩はまだ……全力ではありません」

 

「え、そ、そんなことは……」

 

「私もそう思うわ。だって、あなたはまだ人格を変えるための余力を残している。違うかしら?」

 

「ぁ、……そ、それは……」

 

「先輩、別にそれを責めようとか考えていません。……ですが、この局面、出せる力は出すべきだと私は思います。そして、香坂春風になら、それが可能だと、私には分かります」

 

真っ直ぐに揺れる瞳を見つめる。

 

「こ、九重さん……」

 

「怖くて何かに頼りたくなる気持ちも分かります。自分に自信がない所も……。なので、先輩に少しでも勝利への希望を……勇気を掴み取れるというイメージを、私が創りましょう」

 

バックから目的の道具を取り出して、腕に装着する。

 

「あなた……それは」

 

「ふふ、我が家のとっておきのアイテムですよ」

 

具合を確かめる為に軽くお互いに小突く。金属の音が響く。

 

「では……言い出しっぺの私から先に、本気というものをお見せします」

 

「九重さん……」

 

「結城先輩、後の激励はお任せします。そろそろ新海先輩の方が心配なので」

 

「ええ、あなたの実力、確かめさせてもらうわ」

 

二人に背を向けて、急いで新海先輩の元へ戻る。

 

「お待たせしました!どうですか?生きてますかっ」

 

「おかげさまで何とかな!って、また物騒なものを腕に付けて来たな!」

 

「かっこいいでしょう!性能も折り紙つきですよ!」

 

「ははっ!それは心強いっ」

 

そう言って高らかに笑った先輩の頬や腕には切り傷が出来ていた。

 

「さぁ、反撃と行きますよ!」

 

拳と拳を合わせて、戦闘態勢を取る。

 

 

 

 

 

「せい、やぁっ!」

 

逃げ回るイーリスへ九重が一瞬で距離を詰め、そこで殴打を決める。

 

「……んー、駄目みたいですね……おっと危ない」

 

結界を殴るが効果が無い。そこへ飛んできたイーリスからの攻撃を軽々と避けて戻ってくる。

 

「やっぱりだめか?」

 

「ですね。やはり本気で行かないと駄目みたいです」

 

「恐ろしい子ね。まさかそのまま素手で殴りつけてくるだなんて……やっぱりサルなのかしら?」

 

「ですが、攻撃に回ると先輩達へのフォローに穴が出来る可能性が出て来るので……」

 

「俺らの事なら気にすんな」

 

「いえ、それもですが後ろの皆さんのことです。いつイーリスがみんなを標的にするか分かりません」

 

「無駄よ。……ほんと疲れるわねぇ。誰かさんが反則みたいなアーティファクトを持っているせいで、ちまちまと攻撃しないといけないだなんて……不本意だわ、本当に」

 

「言われてますよ?誰かさん」

 

「だとよ。痛い思いしてんの自分のせいだぜ」

 

「その苦労も無駄じゃない。例え失敗しても、そいつを糧にして乗り越えてやる」

 

「そうなのよねぇ……。あなたたちをいたぶったところで、結局徒労に終わると思っちゃうと……やる気がなくなっちゃうのよねぇ……」

 

逃げ回っていたイーリスが、唐突に動きを止める。

 

「あぁ……そうだわ。私ったら、うっかりしていたわ」

 

「あなたは殺せない。つまり……この枝で魔眼は手に入らない、ということよね?」

 

「ああ、絶対に渡したりしない」

 

「あ……っそ。じゃあーーー」

 

「無くなったわ、この体を大事にする理由」

 

「……っ!」

 

ぞわりと、背筋に走る悪寒。

 

なにか、まずい予感がする……!

 

「本気、見たがっていたわよね」

 

イーリスの額のスティグマが、広がっていく。先生の体を浸食していく。

 

「私じゃなくて、あなたたちのやる気を削げばいいのよ。簡単な話だった」

 

イーリスの発する声が冷気となって、周囲を凍てつかせる。凶悪で凶暴な力が、膨れ上がっていくのを感じる。

 

「いくら運命を書き換えても無駄だと思えるほどの絶望を、与えてあげる。フフフ……」

 

「おいおい……ふざけんなよ……」

 

「……っ」

 

身体が重い。全身から脂汗が吹きだす。

 

気を抜くと、意識を手放してしまいそうだった。くそ、イーリスの領域ってやつが、強化されたのか……っ!

 

「これは、不味いかもな……っ!」

 

弱音を吐くべきではない。だが、本能がそれを恐れ、怯えていた。

 

目の前の、化け物を……!

 

「無理してでも立ち上がって下さいっ!来ますよ!」

 

顔を上げると、真剣な表情でイーリスを見ている九重が目に入る。

 

「よく、立っていられる、な……!」

 

「お生憎様、鍛え方が違いますので……ね!」

 

「フフフ、ほんと素晴らしい資質ね。でも、魔眼を逃した憂さ晴らしと、世界の眼へのお返しは……させてもらうわよ」

 

こちらに手を向けイーリスが笑う。

 

「--っ!」

 

すると、隣の九重が俺を抱えてその場を飛び退く。

 

「なっ……!」

 

さっきまで居た場所に赤い烈風が吹き荒び、ゴーストを消し飛ばした。

 

「あら、逃げられちゃったわね。けど、いつまでそれが持つのかしら?」

 

「先輩、一人で立てますか?」

 

「ああ、すまない。助かった……」

 

手を借りて起き上がると、目が赤く染まっている九重が居た。

 

「選手交代です。先輩とゴーストは皆を守って下さい」

 

「一人で戦うのか……?」

 

「そうですね。出来れば……あまり見せたくない物ですが……贅沢は言えません。それに、一人の方が戦いやすい性質なんですよ」

 

「……そうか。すまない。足を引っ張った」

 

俺たちを守るために周囲に気を張り巡らせていたんだろう。そのせいで戦いに集中が出来てなかったと。

 

「違います。それも私の役割なんですよ。そしてここからは攻めに移るだけです。その間、皆の事をよろしくお願いします」

 

「……ああ、分かった!前は任せる。後ろの事は気にせずに、存分に暴れてこいっ!来いっゴースト!」

 

「選手交代かよ、しゃーねぇな!」

 

「後ろは任せます!」

 

そう言ってイーリスの方へと向き直す。

 

「作戦会議は終わったかしら?」

 

「ええ、まさか待っててくれるとは思っていませんでしたが……」

 

「フフ、あなたたちの心を完全に折るためですもの」

 

「そうですか。目論見が外れる計画ですね」

 

「この状態でも強がれるだなんて、健気なこと」

 

よし、今の内に後ろに下がろう。

 

「翔様っ!ご無事でっ」

 

「ああ、俺は大丈夫です」

 

「それより、あなたが下がって来て、あの子は一人で大丈夫なの?」

 

「ああ」

 

「にぃに、舞夜ちゃん一人で良いのっ!?」

 

後ろをみると、回復した天と九條も居た。

 

「心配ない。九重なら戦える。なんなら俺が要らなかったくらいだ」

 

「その根拠は?」

 

「俺の記憶がそれを知っている。別の枝での九重をな。あいつはまだ、本気を出していない」

 

「さっきもご自身でそう仰っていましたが……あのイーリス相手では……」

 

「何かあれば俺が即座に助けに入りますよ」

 

「私たちではここより先へ踏み込めない……」

 

「まぁ、見ていてください。本人が戦うと宣言したのです」

 

イーリスの攻撃がこっちへ向かないか警戒しつつ、両者の戦いを見守る。

 

と、思った瞬間、九重が姿勢を低く落とした……と思った時には姿が消えており、金属が激しくぶつかり合う様な音が何度も境内に響き渡る。

 

「結界を、破れていないみたいね……」

 

「そう、みたいだな……」

 

イーリスからの幾重にもなる攻撃を躱しながら攻防を続ける。その流れ弾がこっちへ飛んでくる。

 

「っ!……ほんとにお構いなしだな!」

 

炎でそれを払う。

 

「驚くほどの身体能力ね。貴女、本当に人間?」

 

「一応、人間をさせてもらってます……よ!!」

 

「無駄よ。割れるわけないじゃない」

 

「……はぁ、そうみたいですねぇ……」

 

一度、イーリスから距離を取って対峙する。

 

「んー……威力は申し分ないと思うんだけどなぁ……やっぱり素手じゃ厳しいかぁ」

 

「当たり前じゃない。アーティファクトなしで結界を破壊しようだなんて……ほんとおサルさん」

 

「……あはは!その通りかもね!でも……」

 

イーリスと向き合っていた九重が、構えを解き、だらりと手を降ろす。

 

「そう言われると……その表情を歪ませたくなるんですよねぇ……?」

 

九重の声がいつもとは違い、重く、冷たい声へと変わる。

 

「良いでしょう。折角ですし、私も本気の全力でお相手します。光栄に思ってくださいね?」

 

「あら、虚勢かしら?楽しみにしてもいいの?」

 

「ええ、勿論です」

 

九重が右手で拳を握り胸の高さまで持ち上げる。そしてそれをそのまま自分の心臓へと打ち付ける。

 

「っ……!ぁあ……!」

 

次の瞬間、体が跳ねるように、ドクン。と鼓動が響く。

 

更にドクン。と鳴り、次第にその感覚が短くなってくる。

 

「ぁ……アアァアア!……フゥゥゥウッ!」

 

すると、九重の肌に赤く血管が浮かび上がり、肌を赤く染め上げ始める。

 

「か、彼女は……一体何をしているの……?」

 

横に居る結城から、怯える様な声が上がる。

 

「はッはッ……さ、てと……行きますよっ!!」

 

「あなた……本当に、人間?まるで化け物じゃない……」

 

正面でそれを見ていたイーリスが眉を潜めるように呟く。

 

「どうでしょう……ね。でも神を討ち破るためなら、鬼とでも化け物とでも好きに呼ぶと良い!」

 

九重が低く、更に低く姿勢を落として構えを取る。まるで四足歩行で動くかのように……。

 

「ーーーッラァア!!!」

 

……動き出す!そう思ったと同時に、結界が割れる音が響き渡る。

 

「はぁ!?」

 

これにはさすがのイーリスも驚きの表情を見せる。

 

マジかよ……。能力関係無しにあのイーリスの結界をぶち破りやがった……!!

 

「に、枚目……!!」

 

続けて結界が割れる音が鳴る。

 

「……ッ!」

 

不味いと察したのか、イーリスがその場から距離を取る。

 

「逃がしません!!」

 

移動したと思った時には、目の前に九重が現れ、結界を割る。

 

「くっ、……調子に……乗るんじゃないわよっ!」

 

姿を捉えられないと分かったイーリスが、全方位に赤い烈風を飛ばす。

 

「そんなそよ風、効きません……うっらぁっ!!」

 

早すぎて分からないが、九重がその場で裏拳を出し金属がぶつかり合う音がけたたましく鳴り響いた。

 

「あの攻撃を……防いだ?」

 

結果だけを見ると、イーリスからの攻撃を九重が防いだことになるが……。

 

「……圧倒的ね、彼女。これが貴方が言っていた自信の理由?」

 

「いや……あんなの俺も知らなかった。俺が視たのは、もっとスマートな感じで、あんなに荒れ狂う姿じゃない」

 

「ねぇ、お兄ちゃん!あれ、大丈夫なの?舞夜ちゃん平気なの!?」

 

「九重さんからは想像もできない程の力と速さ……普通じゃありえません」

 

「それなら、かなりの負担をかけていることになるわね」

 

「新海くん、私たち、このまま見ていることしか出来ないのかな?」

 

「……いや、そうじゃない。幾ら九重がイーリスに勝てても、先生の身体からは引き剥がせない。その役目は俺たちがしなくちゃいけない」

 

「急ぎましょう。彼女がいつまで持つかわからない」

 

「ああ!」

 

 

 

 

 

「このっ……!」

 

イーリスからの攻撃を搔い潜り、更に一枚結界を破壊する。

 

身体中が熱い。脳が焼けるような痛みを能力で無理やり押さえつけて攻撃を続ける。

 

「残りはあと、何枚です、かっ!!」

 

先輩達へ意識が向かない様に攻めの手を休めない。このまま私がイーリスを圧倒出来ても、倒しきれないのは新海先輩も分かっている。この空間を攻略するためには、香坂先輩の力が必ず必要になる!

 

私はその時間稼ぎに徹すれば良いだけ……!

 

「なんなの……あなたは……。これ程までの力……まさかアーティファクトの力かしら」

 

「第一人者の貴方でも分からないみたいですね……。ま、ご想像にお任せしますよ!」

 

「……っ、死になさい!」

 

イーリスから放たれた無数の真空刃。それを目視で確認しながらすべて避けきる。

 

「余裕、無くなって来たみたいですねぇ……?あはははっ!」

 

「この!化け物がッ!」

 

腕を大きく振い、攻撃を飛ばす。それを腕の手甲で威力を逃しながら上へと弾く。

 

先輩達を見ると、心配そうに私を見る天ちゃんと、お互いに話し合っている四人が目に入る。

 

「よそ見とは、随分と余裕ね……!」

 

「今の差が全てを表していますよ。白蛇様?ふふ、あはははぁ!」

 

あっ、やばい、変な笑い方したせいで……。

 

口の中に鉄分豊富な味が広がる。

 

「………」

 

どうやら、幾らアーティファクトの力で抑え込んでも、代償は軽くはない……ということらしい。

 

「あら、急に黙ってどうしてのかしら?もしかして、限界がきたのかしら?」

 

「いえ、限界はありませんよ」

 

「そうは見えないけれど?」

 

「正確には、限界が来ても関係ない。が正しいですね……。私を止めたければ心臓の根を止めてみてください」

 

「……あなた、頭がおかしいのかしら?」

 

「いえいえ、正常です」

 

「狂っている様にしか思えないわ。自分が死ぬというのに、恐れすら感じないなんて……」

 

「覚悟の差が違うのです。私は……私たちは今日、神を倒しに来たのですからっ!!」

 

「誰かが死ぬ未来を視たくないと先輩は言った!みんなを守りたいと……!笑って明日を迎えたいと!ならば、私はその願いを全力で叶えるまでです!その未来のために、イーリス!あなたという存在が邪魔なのです!」

 

「九重っ!!」

 

背後から私を通り抜けて行く炎と一緒に、新海先輩が隣に立つ。

 

「先輩!?そっちは大丈夫なのですか?」

 

「ああ、このままイーリスを倒す。力を貸してくれ!」

 

咄嗟に後ろを見るが、香坂先輩が覚醒した様子は見られない。

 

「っ!?作戦はっ!」

 

「結界を全部ぶち破れるかっ?そのあとはこっちでとどめを刺す」

 

香坂先輩の覚醒イベントは……!?え、……いや、確かにそれでも行けますが……。

 

「あはっ、そういう手も、アリかもしれませんね……。分かりました!すべてこの舞夜にお任せをっ!」

 

「頼りっきりですまんが、任せる!」

 

「いえ!私にも責任がありますので……!」

 

これは後で色々とフォローが必要そうだなぁ……。まぁ、終わってから考えよ!

 

「行きます……出遅れないで下さいね!」

 

最後の攻撃と、全力で仕掛ける。

 

「ーーーハァァアッ!!!」

 

結界へと真っ直ぐ。突っ込み、まずは一枚。そのまま逆の手でもう一枚。更に蹴りを繰り出して三枚目っ!!

 

「ッ!?」

 

四枚目!ーーーと行こうとすると、手ごたえが消え拳が空ぶった。……無くなった?

 

「フフ、油断したわね」

 

「っ!?」

 

その正体に気づき、咄嗟に体を強引に捻る。

 

「遅いわよ」

 

周囲に幾つもの刃が仕掛けられていた。……罠かっ!

 

「っ……うらァ!」

 

イーリスからの攻撃に能力をかけ、無理やり飛び退いてその場から離脱する。その結果、受け身も取れずに地面に落ちる。

 

「大丈夫か!?」

 

「ええ、ギリギリでしたが……やられました」

 

「嘘でしょ。あのタイミングで避けられるだなんて……けど、無傷とは行かなかったみたいね?」

 

右横腹に激痛が走っている。確認すると、出てはいけない中身が覗いていた。

 

「九重……!お前、その怪我っ!」

 

「軽傷です。気にしないで下さい……っ」

 

「馬鹿言うな!死ぬぞ!下がれ!」

 

っうぅ……いったぁ……。ちょっとこれは流石にまずいなぁ。

 

「……っ!!くぅぅっ!!」

 

傷口を触り、出てきている中身を中に押し返す。一応臓器は無事みたいっ……!

 

そのまま能力で固定し、腹部を抑える。

 

「すみません、少しの間、引きます……すぐに戻ってくるので……!」

 

「無理すんな!休め!」

 

先輩に任せて一旦離脱する。力も一時解除して後ろに下がる。

 

「おい、大丈夫なのかよっ!」

 

「舞夜ちゃんっ!?その傷……!」

 

「ま、まって……あとでね?今は忙しいから……」

 

傍へ駆け寄る皆を制止してバックを漁る。確かこの辺りに……!

 

「あ、った」

 

鞄から包帯とガムテープを取り出す。傷口の服を上げて、包帯を上から被せ、ガムテープでぐるぐると巻く。

 

「よし、これで完了っと……。戻らないと……!」

 

「あなた、どこ行くつもり?」

 

立ち上がると、結城先輩に声をかけられる。

 

「どこって……新海先輩の所ですよ?」

 

「馬鹿言わないで、あなたのそのお腹の傷、血の量からして決して軽くはないわ」

 

「死ななければ全ては軽傷です」

 

「大人しく安静にして。あなたは充分に頑張った。後は私たちが何とかする」

 

「結城先輩こそ、馬鹿言わないで下さい。この程度まだ戦えます。それに、どうやって勝つつもりですか?今も新海先輩は私たちの為に時間を稼いでいます。イーリスからの攻撃を必死に耐えながら……」

 

「そんな先輩一人に任せて座ってろと?冗談じゃないです。そのくらいなら戦って死んだ方がましです」

 

私の言葉に結城先輩の言葉が詰まる。……普段言わない口調だし驚かせたかな?

 

「皆さんはそこで大人しく見ていて下さい。新海先輩は皆を守ろうと、死なせない様にと必死に抗っています。なら、私はその先輩を救いたい。守りたいのです。私にはその力があります」

 

皆を……香坂先輩を見るように語る。

 

「その力があるのなら、守られるままの存在を受け入れるなど、私のプライドが許しません。後悔など……したくはないのです」

 

「しかしっ、その傷じゃ……あなたが死ぬわよっ」

 

「どの道、ここで勝たなければ皆殺されますよ?なら生きて勝つしかないのです」

 

伝えたい事は伝えたことだし……戻らないと。

 

皆のもとを離れて新海先輩の場所まで移動する。

 

「九重っ!?お前、安静にしてろって……!」

 

「大丈夫です。応急処置はしております」

 

服をまくり上げて怪我の位置を見せる。

 

「能力で固定もしておりますので、暫くは持ちます。それに、勝てなければ一緒ですから……ね?」

 

「クソっ、その言葉、信じるからな!」

 

「先輩こそ、男の勲章がまた増えましたね。休まれては?」

 

「そっちに比べたら全部軽傷だよ!気にすんな!」

 

お互いを励ます様に笑い合う。よし、第三ラウンドと行きますか!

 

「死にぞこないが、戻って来たみたいね。お腹、大丈夫かしら?」

 

「殺し損ねた人が心配とは、余裕そうですね!」

 

再度イーリスと対峙する。

 

すると、赤く、暗いオーラが吹き荒れていた境内全体に、温かく、眩い光が広がる。

 

「な、んだ……!」

 

これは……。この光は……!?

 

咄嗟に後ろを向く。そこには眩しいほどの光を放ちながら立っている香坂先輩が居た。

 

「……っ!~~っ!!」

 

その姿に、謎の感動を覚える。遂に、遂に来ました!これで確実に勝てる……!

 

「先輩……ッ!」

 

隣の新海先輩もその姿を見て驚きの声を上げる。

 

「才能豊かな子ばっかり……。ムカつくわね」

 

「新海さんっ!九重さんっ!」

 

「ごめんなさい、ずっと、うじうじと……!けど、もう死なせはしません!傷つけさせません!好きに動いて下さい!二人がしたい事は、全部私が叶えます!」

 

「了解!」

 

「したいこと……できること……」

 

もし香坂先輩の力で可能ならば……!

 

拳を握り、一つの事を頭の中で思い浮かべる。

 

それは腕を纏う様な形の……()()。新海先輩が先の枝でしていた幻体の応用。……大丈夫。条件は揃っている。私の身体には先輩の血を既に取り入れている。

 

それならば、出来ない道理は……ない!

 

目を開き腕を見る。すると、腕の手甲に纏うような半透明な何かが、そこにあった。

 

「あはは……すごいや。ほんとに出来ちゃった……」

 

これはイーリスが嫉妬するのも頷ける。

 

「よし、これなら……!」

 

イーリスの結界を簡単に破れるっ!!

 

「新海先輩!結城先輩!合わせてください!結界を全部ぶち抜きます!」

 

「ああっ!」

 

天ちゃんに任せるのも手だけど……このまま負けで引き下がるほど、安いプライドじゃないんでね!

 

 





次でイーリス戦もおわりですね。


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第11話:このカレーの奇跡的な配合と味を出したデスカレー先輩……尊敬します



イーリス戦の最後です。



 

「無駄なことを……今のあなたじゃ……」

 

呆れるようなイーリスの言葉を無視して強引に結界を殴る。

 

「は……?」

 

激しく割れる音と共に、驚愕の表情を浮かべる。

 

「ありえない、幾らあの子の能力で強化されているとはいえ……」

 

「勝手な決めつけが、命取りです、ね!」

 

そのまま畳みかけるように全ての結界を破る。

 

「チッ……。これは流石に不味いわね……ッ!?」

 

この場から逃げようとするイーリスを、能力を使って固定する。

 

「結城先輩!」

 

「ええ!パニッシュメント!!」

 

その場で動けないイーリスに無数の鎖が絡みつく。

 

「トドメです!新海先輩っ!」

 

「ああっ!これでーーー」

 

「ーーー終わりじゃないわよ?」

 

拘束された状態のイーリスが笑みを浮かべ、攻撃が繰り出される。攻撃可能なの!?しかも標的は後ろの皆だし!

 

「ーーーなっ!?」

 

「任せて下さい!!」

 

こちらに向かって来る新海先輩とすれ違いざまに一瞬だけ目を合わせ、力を解放する。

 

「いか、せるかぁぁあああ!!」

 

イーリスの攻撃が届くより前に先回りをして正面の位置を取る。

 

「消え、されっ!!!」

 

向かってくる烈風を迎え撃つ。後ろには通さないと全力で振り払う。

 

「舞夜ちゃん!!」

 

そのまま消しきり、先輩を見る。

 

「今度こそ!終わりだ!」

 

そのまま、イーリスまで拳が届く。

 

「………こんな子供に……この私が、ね」

 

「じゃあな……イーリス」

 

「別の枝で、また会いましょう。フフフ」

 

額からスティグマが消え、全身を纏っていた赤いオーラが消える。

 

力が抜けたように倒れる成瀬先生を新海先輩が支え、そっと、その場に横たわらせる。

 

一息をつき後ろを見ると、保険とばかりにゴーストが炎を出していた。

 

「要らなかったみてぇだな」

 

「なんとか……ですね」

 

取りあえず……これで終わり、かな?

 

「~~~ッ!」

 

「勝ったな!大将」

 

「ああっ!誰一人死ぬことなくーーって九重は無事か!?」

 

喜びもつかの間、私を心配するようにこちらに駆け寄ってくる。

 

「無事、勝ちましたね……」

 

「それより、体の傷は……!?」

 

「心配ありません……と言いたい所ですが、色々張り切っちゃったので……流石に限界が近いかもしれません」

 

気を抜かない様にと、慎重にその場に座り込む。

 

「急いで救急車を……!」

 

「大丈夫です。それには及びません……」

 

ポケットから笛を出して吹き、立ち上がる。

 

「今すぐ皆さんと勝利の喜びを分かち合いたいところなんですが……先に退場させていただきますね?」

 

「まて!その傷でどこに行く気だ!?」

 

「迎えを呼んでいるので……あ、来ました」

 

境内の入口を見ると、澪姉が立っていた。

 

「あの人は……九重が呼んだのか?」

 

「はい、なのでご安心を……すみません、それではお先に……」

 

心配そうにこちらを見ている皆に手を振りながら、澪姉と合流する。

 

「良いの?」

 

「うん。あとは平気だよ」

 

「そう。それなら急ぎましょう」

 

隣で歩く私を持ち上げ、お姫様抱っこで走りだす。

 

「凄い熱ね……体の調子はどう?」

 

「んー……死なないくらいには平気かな?」

 

「まだ大丈夫みたいね。取りあえず……これを打っておきなさい」

 

胸から一本の注射器を取り出す。

 

「注射きら~い」

 

「馬鹿言ってないで、はい」

 

「はーい」

 

受け取った注射を適当な腕に射す。

 

「直ぐに効果が表れるわ。楽にしていいわよ」

 

「うん」

 

「周囲への警戒も解きなさい。お腹の傷だけに集中しておいて」

 

「……うん、それじゃあお願いね」

 

「ええ、任せておきなさい」

 

澪姉に全てを任せて身体の力を抜く。

 

「よく頑張ったわね。お疲れ様。あとはゆっくりと休みなさい」

 

「うん、結構頑張ったと……思う。色々検証も出来たし……した甲斐があったよ」

 

「ええ、ちゃんと見ていたわ。あなたの頑張りをね……」

 

 

 

 

 

「改めて、ご苦労様。体調はどうかしら?」

 

あの後、先生を自室のベットまで送り届け、俺たちも俺の部屋へと戻った。

 

ソフィに傷の治療をしてもらい、九重の容態を聞いたが、一応問題はないとの返事が来た。

 

安心したということもあり、一気に来た疲労と眠気に身を任せてみんな眠りに落ちた。

 

ドロのように眠りこけ、ようやく起きたのは昼過ぎ。顔を洗い、メシを食い、ようやく落ち着いた所でソフィがやって来た。

 

「俺の方は大丈夫だな。傷はソフィに治してもらったし……」

 

「そのようね。ミヤコとソラは問題無さそうね……。ノアは?」

 

「まだ疲労が残っているけど……今日一日休めば、恐らく全快する」

 

「そう。ハルカは?」

 

「はい。わたしも、大丈夫です」

 

「本当に?」

 

「ぇ……?えぇと、はい……」

 

「何か気がかりでも?」

 

「ハルカは気づいていたかしら。全身にスティグマが浮かんでいたのを」

 

「ぇ?全身……?」

 

「顔と腕……手までに広がっているのは、確認した」

 

「ぇっ、そう……なんですか?」

 

「自覚がないのが、少し心配ではあるけれど……」

 

「聖遺物の力を最大限引き出した結果……と、解釈したけれど、違うの?」

 

「あっている。けれど、引き出したのではなく、引き出してしまった、ということもある」

 

「……負担が大きい、ということね。イーリスが依代の命を無視して、全力を出したように」

 

「そう。そのまま力が暴走したあげく……なんてこともありうるわね」

 

「暴、走……」

 

「だ、大丈夫、なの?それ」

 

「もしそうでしたら、先輩も契約を破棄した方が……」

 

「……でも、あんまり、そういう気はしないんです。むしろ……やっと馴染んだ、というか……」

 

「その感覚があるなら、心配ないかもしれないわね」

 

「本当、ですか?」

 

「断言はできないけれど。でもこれも気が付いてはいないでしょうね。スティグマの色が変化していたことに……」

 

「確かに、変わっていた」

 

「そうなんだ……」

 

「あれは、あなたの心の色。アーティファクトが、あなたの心に染まった証……なのだけど、こちらの世界の人間が、その境地に至った前例がないのよねぇ。だから、多分大丈夫としか言えないのよ」

 

「そう、ですか……。私の……」

 

「ソフィ、九重の様子は?」

 

「一応、あなたと同じ様に怪我の治療はしておいたわ。少なくとも命に別状はないから、その内連絡が来るんじゃない?」

 

「そうか……」

 

「向こうは医者や知り合いがちゃんと見ているから心配は無いって言っていたし、本人も話せていたし大丈夫よ」

 

「結局、舞夜ちゃんのあれ、何だったんだろうね……」

 

「本気のイーリスを、圧倒できる程の力……新海さんは何か聞いて、いたりは……?」

 

「いえ、あそこまでとは、俺も聞いていませんでした。……本人から知られたくないと色々口止めをされてはいましたが」

 

「つまり、奥の手だった……」

 

「かも、な……」

 

「けれど、その代償は決して安くはなかったみたいね」

 

「ソフィは何か聞いてたりしてないのか?」

 

「いいえ、何も。寧ろ貴方の方が詳しいのじゃないかしら」

 

「こう言ったら変だけど、あれだね、ゲームで言う暴走モードみたいだったね」

 

「暴走……」

 

天の言葉で、皆が同じことを連想する。

 

「確かに、そう見えたな」

 

「普段の彼女では想像が出来ない姿だった」

 

「ソフィ、九重が居る場所、分かるか?」

 

「ええ、分かるけれど。お見舞いにでも行く気?」

 

「ああ、ついでに気になる事を聞いておきたい」

 

「……あの子の言う通りになったわね」

 

「ん?どういうことだ」

 

「いいえ、本人からの伝言よ。『もし、お見舞いに来るのでしたら新海先輩一人のみでお願いします』とのことよ」

 

「俺だけで、か?」

 

「ええそうね。だから、あなた一人で行きなさい」

 

「えぇ、私も行きたいのだけど……」

 

「なにか、事情があるのかな……?」

 

「わざわざ、彼一人と言ったのだから、そうでしょうね」

 

「私たちには、話しづらい、ことでしょうか……」

 

「知らないわよ。行けば分かるわ」

 

「だな、連絡取ってみるよ」

 

他にも色々と問題は残ってはいるけど、まずは無事全員で乗り越えれた事を喜ばないとな。

 

 

 

 

次の日の昼、俺は九重が案内として出して貰った車に乗って、九重家……あいつの実家に来ていた。

 

昨日のあの後に行こうかと思ったが、何故か今日の昼にと指定され、そしてなぜか昼ご飯を所望された。

 

俺の家にあるのは、昨日先輩が作ってくれた……カレー、の様な、なにかだった。

 

しかし、九重はむしろそれを食べたいと言わんばかりにカレーを求めた。……いや、こういってはなんだが、もっとまともな物を……。

 

しかも迎えに来てくれた人は、わざわざ俺の部屋まで来て、例のカレーを大事そうに運び始めたのだ。

 

「……こう見ると、実は九重って九條みたいな金持ちのお嬢様だったりすんのか?」

 

全くそうは見えない。九條には普段の振る舞いなどで上品さが垣間見える……が、九重にはそういった場面が一切ない。

 

「けど、これを見せられたら、なぁ……」

 

黒い服を着た執事の様な人に案内されながら、廊下を歩く。テレビとかでしか見た事が無いような場所だった。庭とかあるし。

 

「着きました。舞夜様は、この先におられます」

 

前を歩いている案内の人が横の部屋を指す。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「舞夜様、新海様です」

 

「おお、来ました?入っても大丈夫ですよー」

 

中からいつもの元気な声が聞こえたのを聞いて安心する。

 

「それではごゆっくり……。お帰りの際はまた呼んでください」

 

部屋へ招かれ、中に入る。

 

「やあやあ新海先輩、昨日ぶりですね!」

 

中には、ベットで座っているが、元気そうにこちらに手を振る九重が居た。

 

「体調はどうだ?」

 

「良い感じです。この調子でしたら、明日か明後日には元通りかと思います」

 

「そうか……よかった」

 

「いやー、ご心配おかけして申し訳ないです」

 

「気にしないでくれ。一応ソフィから様子は聞いてはいたけど皆心配してたからな。念のために見ておきたかった」

 

「私もそちらの様子はソフィから聞いておりますので、大体の内容は知っていますよ」

 

「そうなのか。なら話す手間がなくなっちまったな」

 

「それより~……例の物は!?カレーは?」

 

「あれか?案内の人が受け取って持って行ったが……?」

 

「ありゃ、そうなんですか?それなら……」

 

ベットの横のテーブルに置いてある受話器を取って電話をかける。

 

「へい大将、カレー一丁!」

 

そのまま電話を切り、キラキラした目で俺を見る。

 

「先輩は既に食べたんですよね!?どうでした、どうでしたかっ?デスカレーは!?」

 

「落ち着けっ、体に障るぞ。ってかデスカレーってなんだよ……」

 

「いえ、相当な爆弾と聞いているので……」

 

「それは、まぁ……食べてみればわかるよ」

 

「そうですか!えへへ、楽しみだなぁ……」

 

わくわくした様子が隠せない九重。怖い物知らずだな……。

 

すると、部屋の扉がノックされる。

 

「例の品をお持ちしました」

 

「ありがとうございます!」

 

運ばれたのは、俺が渡したカレーと、白米。

 

「ふむふむ、見た目は普通のカレーですね。匂いは……カレーと言えばカレーですね」

 

スプーンを持ち、カレーを掬う。

 

「では、味の方は……!」

 

何のためらいも無くそれを口へ運ぶ。

 

「……うーむ。これは……なんというか、確かに、不味い……としか言いようがありませんね」

 

同じような感想を言って、二口目を食べる。

 

「口の中で広がる匂いのエグみもそうですが……味がカレーを殺しにかかっていると言いますか……」

 

スプーンを置き。こちらに満面の笑みで答える。

 

「うん!まずいっ!くそ不味いです!最高ですっ。期待通りの味でした!」

 

「先輩が聞いたらショックで泣きそうだなぁ……」

 

「でも、初めてがこの味でしたら、あとは美味しくなるしかないんじゃないですか?底辺を知ったのですから」

 

「底辺って……もっとオブラートに言えよな」

 

「おっと、これは失礼。今後の香坂先輩の上達の指標が食べれて良かったですね!」

 

不味いと言いながらも、そのままパクパクとカレーを食べきる。

 

「ふぅ、ごちそうさまでした。とても満足の出来でした。後でシェフの人に三ツ星をあげなきゃいけませんね」

 

「これ以上、死体蹴りは止めとけ。流石に先輩が可哀そうだ」

 

「では、揶揄うのはこの辺りにしておきましょう」

 

九重が指をパチン、と鳴らすと、外から先ほどの人が入って来て、食器を回収して出て行く。

 

……何、今の。

 

鳴らした本人がドヤ顔でこちらを見ていた。

 

「今の私、かっこよくなかったですか?」

 

「ドヤ顔で決めて無ければなぁ……」

 

「なるほど。では次は、澄ました顔でやるとします」

 

九重の食事が終わり、一息を付く。

 

「では、本題に入りましょうか……。まずは、先輩からで良いですよ」

 

「……色々と聞きたい事はあるんだが、まずは、ありがとな。九重が頑張ってくれたおかげで、皆で無事に勝てることが出来た」

 

「ふふ、頑張った甲斐がありました。先輩も、お疲れ様でした」

 

「他にも沢山助けてもらったり、手伝って貰えた。実家の人達も駆り出して貰ったり……それについて疑問もあるが、これについては九重が言いたくないのなら聞かないでおく」

 

九重の実家が俺たちの手助けをしてくれていることについて……それと、俺たちのことを表沙汰にせず黙ってくれている事も謎だ。何か手回しをしている様にも感じた。

 

「それについては……そうですね、私の発言力が強い……とだけ言っておきますね」

 

「これだけの家でか?」

 

「はい、これでもいろんな方面で顔が利きますし、発言も通せます。それを可能とするだけの実力も備えていますよ?」

 

「それは……すごいな」

 

目の前でさっきまで楽しそうにカレーを食べていた姿からは想像もできない。

 

「これでも立場が上ですので!」

 

ふんす。と腰に手を当てて偉そうにする。……いや、実際に偉いのか。

 

「それから……イーリスとの戦いで見せた、あれについてなんだが……これは聞いても大丈夫なのか?」

 

「あはは、やっぱりそれ、気になりますよねぇ……」

 

少し困った様な顔で頬を掻く。

 

「いや、言いたくなければ、言わなくても……」

 

「いえ、先輩には……先輩にだけは話しておきます。今後の為にも」

 

「今後のため?」

 

「それについては、あとで私の話で言いますね?」

 

「んー……分かりやすく言いますとぉ……まぁ、奥の手。必殺技みたいな物でしょうか」

 

「人間のエンジン的役割……心臓に負荷をかけることで、体の身体能力を一時的に引き上げる手段?的なやつです」

 

「自分の身体を……?」

 

「ですね。勿論あまり使い続けるのは良くないので短期戦しか出来ませんし、終わった後の身体への影響が色々と……」

 

「あ、安心してください。勿論無いですよ?本当はあるのですが、私の能力でそれらを止めてから使ったので、体への後遺症などはゼロです!」

 

「本当か?気を遣って無理しているとか……」

 

「いえいえ、直後はオーバーヒートしたみたい体が熱を持って肌が赤くなりますが、今は元通りですし。ほら、綺麗な肌でしょう?」

 

袖を巻くって腕を見せるが、境内で見たような色では無く、いつも通りの肌だった。

 

「横腹の傷は無事か?」

 

「はい、そちらも問題無く……おやぁ?もしかして、腕と同じ様にお腹の傷も見たいと……?乙女の肌を見るチャンスですもんねぇ」

 

「いや、誰も言ってないからなっ。それに神社で自分から見せてきただろ!」

 

「あ、それもそうでしたね」

 

「とにかく、体の方は大丈夫なんだな?無理してたり嘘じゃなくて」

 

「はい、ご心配おかけしました」

 

「全く……。一応、俺が聞いておきたい事はそれだけだ」

 

「では、私のターンですね!」

 

待ってましたというように手を合わせる。

 

「私が考えているのは、今後の事です」

 

「さっきもそう言っていたな」

 

「はい、ソフィから聞いた様に、無事イーリスを退けることは出来ましたが、倒し……いえ、殺しきれていません」

 

「そうだな。あくまで世界の眼と魔眼を手に入れるのを阻止しただけだ」

 

「この枝では先輩に勝つことは不可能です。オーバーロードがある限り、幾らでもやり直しが利くのですから」

 

「ですが、こちらもまた、イーリスを殺すことが出来ません」

 

「なので、もしもの時……ここでは無い別の枝でその手段が見つかった時のことを考えて、先輩と色々話しておきたいのです」

 

「それはつまり、別の枝の俺を頼るってことなのか?」

 

「はい。私なりに色々と考えました。先輩の力でしたら、別の枝での自分にも今の記憶を持っていける……ですが、その枝の私たちはそれを知らない。先輩だけが知っていることになってしまいます」

 

「まぁ、そうなるな」

 

「この枝で起きた事を、別の枝では事前に防ぐことも可能……かもしれません。例えば、石化事件などを」

 

「っ……なるほど、そういうことか!」

 

俺の力なら、これまでの事件を未然に防ぐことが出来る。

 

「分かったみたいですね。一人目の犠牲者の発見が……4/19」

 

九重が、ベット横から取り出した紙に書き込む。

 

「恐らくですが、私たちがアーティファクトを手に入れるのは地震があったフェスの日……こちらが4/17。一番早く先輩が記憶を引き継げるのがこの日だとするならば、阻止までの猶予は一日程度です。可能でしたら先輩だけではなく、協力できる人……今の私たちの様なヴァルハラ・ソサイティのメンバーをいち早く集めたいと考えると思います」

 

「確かに……けど」

 

「はい、事情も何も知らない私たちに協力を仰いでも信頼を得られるか分からない……ですよね?」

 

「ああ、確かその日に九條は既に持っていたから、九條に事情を説明して協力ってことは可能かもしれないが……あとは次の日に会っている九重か。あの時点で既にアーティファクトは持っているんだよな?」

 

「ですね。なので私も可能だと思います」

 

「それなら心強い」

 

「ありがとうございます。ですが、今の私と先輩の様な関係は築けてはいないのですよね……。この時点では色々と秘密にしておりますし」

 

「そっか、九重本人から聞いたって説明が必要になるのか」

 

「なので、一つだけ私の秘密を教えておきます」

 

「九重の秘密をか?」

 

「はい。たぶんですが、これを話せば、その枝の私も先輩とどの程度親密になっているかすぐにわかると思います」

 

「本人にしか知らない事を話すってことか」

 

「ですです。普段の私なら話さないと思いますので、効果は期待できると思いますよ?なので、このことは墓場まで持って行ってくださいね?」

 

「……分かった。九重からの信頼を裏切らない様にするよ」

 

「では……、実はですね。私は九重と名乗っていますが、九重家の血を引いてはいません」

 

「……ん?」

 

「俗に言う捨て子というやつです。おじいちゃん……九重家の当主、九重宗一郎によってある場所で拾われました」

 

「ちょ、ちょっと待ったっ!」

 

「あ、重すぎましたか?」

 

「重いっ!超ヘビーな内容で理解が追いつかなかった!俺はてっきり、恥ずかしい秘密、とかだと思っていた!」

 

「その位新海先輩を信頼してるってことでここはひとつ……」

 

「いや、想定外で驚いただけだ……続けてくれ」

 

「いえ、これですべてなのですが……」

 

「あ、終わりか?これ以上重くならない?」

 

「終わりですっ」

 

「良かった……これ以上重たい事を言われたらどんな反応をすればいいのか悩むとこだった……」

 

「それはそれは……その先輩もみたい気もしますね」

 

「勘弁してくれ……、つまり、もし九重の信用を勝ち取るのにはその話をするのが手っ取り早いってことか?」

 

「そうですね、もし、それでも信じていないようでしたら……」

 

「ようなら……?」

 

ごくりと唾を飲む。

 

「九里……とだけ伝えて下さい」

 

「くり……?」

 

「はい、九に里と書いて、九里です」

 

「……これを言えば、良いのか?」

 

「そうですそうです。まぁ、必要は無いと思いますが……」

 

「分かった。覚えておくよ」

 

「違う枝での私の事をよろしくお願いしますね?どの枝でも私は先輩の味方ですから!」

 

「ありがとな……と言っても、今の所はちゃんと使いこなせていないんだけどなぁ……」

 

「ですので、これからです!備えていて損はありませんっ」

 

「そうだな。もしその時が来たら頼らせてもらうよ」

 

「お任せくださいっ」

 

それから少しだけ雑談をしたが、長居は良くないと考え、部屋を後にした。

 

「……これからの、ねぇ」

 

九重の話を聞いて、正直驚いた。

 

俺たちがイーリスに勝ったことを喜んでいる間に、既に今後のことやイーリスを倒すための策を考えていた。

 

しかも、オーバーロードの可能性も含めての備えも……。

 

「俺も、頑張らないとな」

 

帰りの送迎の車内で、そう決意した。

 

 

 





~隠し味~

・チョコレート
・コーヒー
・ヨーグルト
・ハチミツ

Full Bet!!


カレー無事死亡。


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第12話:ようやく忙しくもなくなったので、多少ダラけても許されるよね……?


イーリス戦後のお話。後日談に近いかも……。




 

 

「ふぁ~……」

 

GWも終わり、学校の日がやって来た。

 

「……今日も休めば良かったかな」

 

今日出れば再び明日は休みである。それなら今日一日も休みとかの方がありがたいと思うのは私だけでは無いはず……。

 

実家から早めに送ってもらい、始業までスマホを見ながら時間を潰す。イーリス戦後は安静にしていたため体が少しダルい。

 

「おはよ~、おはよー……って、舞夜ちゃんっ?」

 

教室に入りながら席に向かって来る天ちゃんが、私の存在に気づいて驚く。

 

「あ、天ちゃん、おはよー」

 

「あ、おはよーっていやいや、大丈夫なの?色々……」

 

流石に教室で話せる内容では無いため誤魔化しながら聞いてくる。

 

「うん、一応日常生活ができるくらいには回復したよ~」

 

「マジ?無理してない?」

 

「大丈夫だって、心配してくれてありがとね」

 

「そりゃしますよ~、にぃにからは軽くは聞いていたから大丈夫だろうなとは思ってたけどさー」

 

「そっちはそっちで何か問題とか起きたりした?」

 

「んにや、平和そのものだったよ」

 

「ようやく平和が来たって感じだねぇ……」

 

「だねぇ……あ、それでいうなら面白い話が一つ……」

 

にやりと何かを思い出したかのようにこちらに顔を寄せてくる。イイ匂い……誘っているのかな?

 

「香坂先輩と、にぃにが色々と面白い事になっているのですよ」

 

「……もしかして、告白でもしたの?」

 

「お、正解。よくわかったねっ」

 

「香坂先輩が新海先輩に好意を抱いているのはまるわかりだからね。しかもあんな戦いの後だもん。そりゃ盛り上がるでしょ~」

 

「あ~確かに……先輩男苦手って言ってたけど、にぃには大丈夫って言ってたし」

 

「好きにならない方がおかしいよね……」

 

「先輩チョロそうだもんなぁ……」

 

お互いに腕を組んで頷く。

 

「それでそれで、返事はしたの?」

 

「いーや、一旦保留って。告白したタイミングが最悪だのなんの……問題ありまくりでゴーストにボロクソ言われたみたい」

 

「新海先輩は、その場でオッケーしなかったんだね」

 

「先輩からもう一度チャンスが欲しいって懇願したみたい。改めてしたいって」

 

「なるほど~……、流石は香坂先輩ですなぁ」

 

「普通に考えたら脈アリって分かると思うんだけどなぁ」

 

「自分に自信を持ててないからねー、香坂先輩……」

 

「ま、あとは若い者同士なんとかするっしょ」

 

「香坂先輩のことだから色々暴走しそうだねっ」

 

「分かる、めっちゃ想像できるわ」

 

 

 

 

 

 

放課後になり、校門前で皆と集まり、新海先輩から深沢先輩の事を聞いた。

 

「そうだったんだ……、深沢くんが……」

 

「どうして、いなくなったりしたんでしょう」

 

「どうしてでしょうね……わかりません」

 

「にしても、司令官も変な人だね~。にぃにとご飯食べるとか」

 

「その場面見たかったなぁ……超シュールだっただろうなー」

 

そのまま話し合い、流れでナインボールで集まろうかと話していたが、結城先輩が今週いっぱいは休みにしようとの返事が来たので帰る流れとなった。

 

「ところで、九重はほんとに大丈夫なのか?普通に歩いているけど」

 

「私ですか?はい、どこかおかしいですか?」

 

「いや、あんなに重傷だったのに普通にしてるから逆に不安でさ」

 

「だよねだよねっ、あたしも学校で何度も聞いちゃったよ」

 

「ほんとに平気?」

 

「服とかに、かなりの血が付いてましたし……、すぐに治るとは考えにくいのですが……」

 

「んー……まぁ、確かに傷はまだ癒えてませんけど……傷口は塞いでますし、激しく動き回らなければ支障はありませんのでご心配なく~」

 

心配そうに私を見る皆に大丈夫と手を振る。

 

「腹がぱっくり開いていたと思うんだけどなぁ……」

 

「あくまで表面の皮膚部分でしたし、中の臓器は無事だったので。そこも切られてたら流石に危なかったですけど……」

 

皆でイーリス戦の事を談笑しながら駅方面へと向かっていく。

 

「そうだ。あたし本屋に行きたいんだった」

 

話の途中に唐突に天ちゃんがぶっこんでくる。

 

「あ、同じ方向だね。一緒に行こっか」

 

それに賛成するように九條先輩が誘う。

 

「行く行く~。舞夜ちゃんは?どうする~?」

 

「んー……皆に心配かけたくないし、今日はこのまま帰ろうかな?だから途中までお供させていただきます」

 

「おっけー。そんじゃ、にぃやん、春風先輩、またね~」

 

これは二人きりにする作戦みたいだね。

 

別れ際に新海先輩に近づき、笑みを浮かべる。

 

「頑張ってくださいね」

 

それだけを伝えて天ちゃんと九條先輩の後を追う。

 

「……露骨すぎたかね?」

 

「ふふ、かもしれないね」

 

「このくらい分かりやすい方が、お二人が察しやすいと思いますよ」

 

「だよね、あたしったら気が利くぅ!二人が察して助かりやした」

 

「急にだったから、天ちゃんが何か考えているんだなってすぐに気づけたよ?」

 

「まぁ、唐突に本屋行くって言いだしたから、ん?って思うしね~」

 

「いや~咄嗟に考えついたのがあれだったんで……」

 

「成功したんだし、結果オーライ」

 

「そうだね」

 

新海先輩と香坂先輩の動向は既にお願いしているし、河本の野郎の動きもこっちで把握済み。ここ最近友達とラウンドツーに行く頻度が増えているとのこと……、ほんとに全く……。

 

 

 

 

 

その後、天ちゃんと九條先輩とナインボールで別れ、少し離れている場所に止まっている車に乗り込む。

 

「すみません、お待たせしました」

 

「いえ、大丈夫ですよ。すぐに出ますか?」

 

「お願いします」

 

私が乗った事で車が動き出す。

 

「壮六さん、河本の動きって何かありましたか?」

 

前の席で運転をしている壮六さんに声をかける。

 

「お話された通りの動きですよ。舞夜様のご友人二人も先ほどラウンドツーに到着したみたいですね」

 

「了解です」

 

記憶通りの流れで良かった。いや、良くないな……河本野郎が先輩達が撮ったプリクラを台無しに……。

 

「舞夜様、何をお考えかは知りませんが、殺気を出さないでください。あと顔が怖いですよ」

 

「ああっ、すみません!」

 

いかんいかん、ついむかついてしまった。うーん、あのシーンがあるから香坂先輩が立ち向かう……変われるんだって自信持てるし、一緒に夜の公園で休み、良い感じの雰囲気で告白って流れにもなる。

 

必要な要素が多すぎなのは理解できるんだけどなぁ……。やっぱりどうしてもむかついてしまう。思い出せば思い出すほど。

 

「今度はしかめっ面ですが、何かお悩み事でも?」

 

「あー……いえ、個人的な感情のコントロールに困っていただけです」

 

「発散されては?」

 

「そしたら監視対象が一人消えちゃうので……」

 

「なるほど、そういうことでしたか……」

 

私の言いたい事を察して無言になる。こればかりは仕方ないよね。

 

お家に到着し、中に入る。

 

「おや、おかえりなさいませ」

 

突然気配も無く背後から話しかけられ一瞬ビクッと体がはねる。

 

「っ、って、はっとりさんかぁ~……驚かせないでよ」

 

「そんなつもりは無かったのですが、ところで、お腹の調子はいかがですか?」

 

「ハットリさんが驚かせたせいで傷口が開きました」

 

「それは大変、今すぐ治療致しましょう」

 

「あと、慰謝料も請求しときますね」

 

「金に目が眩んでしまうような子になってしまわれましたか……」

 

驚かされた腹いせが満足できたので話に入る。

 

「ハットリさんもありがとね?今回のこと」

 

「いえいえ、久々にスリルがあるお仕事でしたのでこちらも楽しめましたよ」

 

「したのは窃盗だったけどね~」

 

「きちんと成瀬さんにも事情は説明済みですので問題にはなりませんね」

 

「どんな反応してた?」

 

「『ついに白蛇様が降臨されたのかっ!?』って興奮していたそうです」

 

「あはは、実際はお孫さんの身体を乗っ取った悪神だったけどねー」

 

「その神を討ち破り、彼女を救ったとなれば悪い事にはならないでしょうな」

 

「事情聴取で長時間拘束されないと良いけどなぁ……」

 

ハットリさんと話しながら、おじいちゃん達が居る部屋に辿り着き、中に入る。

 

「来たか」

 

既に壮六さんと澪姉がいた。

 

私が座ると、おじいちゃんからの話が始まる。

 

「さて、舞夜。よくぞ神を退けた。改めて感謝と労いを送ろう」

 

いつもと違って真面目な表情をしたおじいちゃんが私に頭を下げる。

 

「うん、ありがとね。けど、畏まらずにいつもどおりが……」

 

「そうか?それならそうしよう」

 

途端に姿勢を崩していつも通りに戻る。それを見て壮六さんが額に手を当てる。

 

「舞夜様がそう希望されるのでしたら……まぁ、良いでしょう」

 

「威厳らしさ10秒と持たなかったわね」

 

「あれ、余計なことした?」

 

「よいよい、儂も堅苦しいのは嫌だしなっ」

 

……なるほど、当主としての威厳を。一応神に勝つという宿願を達成したわけだし……。

 

「舞夜よっ!此度の勝利は見事だった!良くやった!」

 

「私も勝てて安心したよ……。いや、私でも勝てたって所に……かな?」

 

「変に卑下する必要はない。おぬしだから勝ったのじゃ、あの神に。そこは誇るべきだ」

 

「……ありがとね。私としては、殺せてないのでまだ達成したとは思えないのがなんとも……」

 

「そうだとしても、この世界の神を倒したのは事実。勝ちは勝ちじゃ」

 

上機嫌そうに自分の膝を叩くおじいちゃん。他の皆も嬉しそうに見える。

 

「そうね、これはお祝いしなきゃね!ごちそうを用意しましょう」

 

「既に手配は済んでいます。盛大に致しましょう」

 

……どうやら既に祝うことは決定みたい。

 

「……境内ので内容は聞いておるが、戦った本人からも聞いておきたい。()()まで使って戦った感想は……?」

 

興味津々そうにこちらを見る。

 

「んー……そうだなぁ。ぶっちゃけ攻撃よりのアーティファクトがあれば、私じゃなくても余裕で結界は割れるし、無しでも私で破壊可能だったから、ここにいるみんなだったら可能だよ」

 

「……ほほぅ。それは良い事を聞いた。そうかそうか……ククク」

 

私の言葉を聞いて嬉しそうに笑う。自分の力が正しかったと言われればそりゃ嬉しいよね。

 

「詳細は既に報告としてあげているから感想としては……そんなもんかな」

 

「それで、その後の体調は?」

 

「うーん問題無さそうかな?あ、お腹の傷はその内治ると思うからノーカンで」

 

「一応、現時点のバイタルも問題無さそうですし、安全圏内かと」

 

「舞夜の能力のおかげね」

 

「まさに運命的な巡り合わせじゃな。唯一の課題点を克服できるとはな」

 

「思い付きではあったけど成功する自信はあったからねー」

 

私の能力なら可能では?と検証して成功した時は嬉しかったね!

 

「最後の確認事項じゃが……この後の予定は?」

 

「明日、公園での一悶着があった後は……正確な日付は分からないけど、数週間後にとある場所でパーティーがあって、そこでユーザーが現れるの」

 

「こちらでもそれに関しては目を光らせていますので、情報を掴み次第連絡します」

 

「お願いしますね」

 

「面倒な話も終わりとしよう。今夜は宴じゃ!」

 

愉快そうに立ち上がり、宣言する。

 

「それじゃあ、壮六さん。準備の方お願いね?私は舞夜と遊んでおくわ」

 

「そうしてください。段取りはこちらでしておきますので……」

 

パーティーかぁ。どんな美味しい物が出て来るか楽しみだなぁ。

 

 

 

 

 

「……眠い」

 

昨日、夕食は宴と言わんばかりに色々な人が集まり皆で飲んだり騒いだりと盛り上がった。

 

普段見かけない人もちらほらと見かけたり、話掛けられたりもした。いつもは実家の人としか話さないけど、分家的な人からも祝いの言葉をもらった。まぁ、中には妬んだ目を向けたり皮肉っぽい言い方をする人もいた。

 

それよりも、その後に燈や他の人から腕試しを頼まれたり、話を聞かせてくれとせがまれたりして結局朝まで起きてしまった。みんな寝かせてくれないし……。

 

結局逃げるようにマンションの部屋まで移動して寝た。起きたのは昼ごはんも過ぎた辺りだった。

 

「あー……まぁ、先輩達は今頃イチャイチャしてたり一旦解散しているぐらいだし……大丈夫かぁ……」

 

お腹も空いたし……冷蔵庫のやつを適当に食べてから準備しようかな。

 

ベットから起き上がり、顔を洗ったりなどの支度をしていると、スマホにメッセージが飛んでくる。

 

「ん……?誰だろ」

 

歯磨きをしながら画面を開く。

 

「んー……にいひせんはいからか」

 

三つ隣の住人からの通知。内容は……ふむふむ、香坂先輩のストーカーモドキねぇ。

 

「となるほ、いまはいへにかえっているのね」

 

香坂先輩が家に戻っており、その周辺をうろちょろしているらしい。まぁ、それはこっちでも把握済みだけどね。

 

一応私にも気に掛けて欲しいのか、ただの連絡なのか……それとも解決策を模索してるのか。支度を整え返事を送る。

 

「わたしとしては、逆に介入しやすくなって助かるんだけどね!」

 

取りあえず空腹を満たして着替えを始める。

 

「おお~、改めて見ると、結構スティグマ広がっているね」

 

鏡を見て確認すると、肩から腕まで、胸と首辺りまで広がっていた。

 

「ま、あんだけ使えば当然か」

 

どうせこの後は特に使う予定はないと分かっているので、気にせず着替えを進めた。それに、ちょっとカッコイイ感じがするしね。

 

 

 

 

 

「うわぁ、エグイことしてんなぁ……」

 

時間は進み、深夜。

 

夕食はナインボールへ行き、九條先輩の姿で目の保養をしながらたまにお喋りをしつつ時間を潰し、せっかくなので途中まで一緒に帰った。

 

見送った後は、適当にそこら辺をぶらつきながら歩いたが、接触など特に何も起こらなかったので公園へ向かった。

 

その後は河本の動向を監視しながら待っていると、案の定イーリスからの実験のおもちゃとして使われていた。

 

「ゥゥウウウッ!」

 

どう見ても獣としか思えない様な呻き声を上げながら、歩き始める。その時、丁度先輩達が公園に入ってくるのを確認する。

 

あーなるほど、このタイミングだったんだ。

 

今日一日の河本の野郎は香坂先輩を探している様な行動を繰り返す様に行動範囲をウロチョロしていたが、あれはもしかしたら操られていたとかあったりするのだろうか……?

 

「まぁ、関係無いか」

 

ベンチ近くで腕を組みながらイチャイチャしている二人を見つけたからか、河本がそちらを向く。

 

「はいはーい、あなたの相手はこっちですよ~?」

 

先輩達のところに向かう前に接近する。

 

「ガ、ゥウ……ガァアアァッ!!」

 

「うるさ、二人に気づかれるでしょうがっ!」

 

前蹴りで膝を砕き、体勢を崩した頭に蹴りを食らす。

 

「ガァッ!」

 

殺さない程度の威力で手加減したが、それでも、意識を保っており、倒れながらもこちらに襲い掛かろうと動く。

 

「意外と頑丈だね」

 

つま先で喉を蹴り上げると、苦しむように喉を抑えて転がる。

 

「痛みと反応は、しますと……」

 

そのまま手足の骨を折ってから、首根っこを掴んでその場から離れる。

 

少し離れた場所で投げ捨て、先輩達を見ると、私がさっきまで居た場所まで来ていた。

 

「今、この辺りから声がしましたよね……?」

 

「は、はい。人の叫び声と言いますか……呻き声と言いますか……確かに聞こえました」

 

「……か、帰りましょうかっ」

 

「そそ、そうですねっ!」

 

深夜ということもあり、心霊的な仕業と思ったのか、そそくさと帰って行った。ふふ好都合。

 

「さてと……」

 

足元で転がっているこのゴミをどうしようか……。

 

「あれ、舞夜ちゃん?」

 

人の気配がするなと思ってそこを見ると、やっぱり来たかぁ……と何となく想定内の人物が立っていた。

 

「おや、深沢先輩じゃないですか。こんな深夜にお散歩ですか?」

 

「ま、そんなとこ。そしたら面白そうなものを見つけてさ」

 

一緒に足元を見る。

 

「なにこれ、ユーザー?」

 

「どうなんでしょう、暴走している様にも見えますが……暴れるので取りあえず黙らせました」

 

「いやいや……、手足折っといて取りあえずって……まぁいいや」

 

「もらいます?処分に困っていまして」

 

「僕もいらないかな。あ、アーティファクトだけ貰ってもいい?」

 

「……ご自由にどうぞ」

 

持っていないから意味なんだけどね。てか、この状態の人間はどうにかして元に戻せるのだろうか?

 

実家に持って帰って調べようかとも考えたが、楽にした方がずっとましだと決めて放置する。

 

「ありがとね、それじゃあ……」

 

深沢先輩の周囲に槍が出現し、そのまま転がっている河本を貫く。

 

「ガッ……ゥッ、ガ……!」

 

呻き声を上げならも全部の槍を食らい、そのまま動かなくなる。

 

「終わり?……あっけな」

 

つま先で体をつつきながら生死を確認する。

 

「死んでますよ、既に」

 

「あ、ほんと?」

 

その場でしゃがんで体を漁り始める。

 

「てか、この人誰?知り合いとかだったりする?」

 

「いえ、新海先輩と香坂先輩の知り合いみたいですね。最近香坂先輩のストーカーしていたみたいです」

 

「あ、なるほど、翔達の知り合いか」

 

「知り合い……というか一方的に突っかかれていて迷惑していた相手と言いますか」

 

「そなの?じゃあいっか……、あれ?ないな……」

 

「アーティファクト、見つからないのですか?」

 

「うん、おっかしいなぁ……」

 

「暴走して見限られたとかじゃないですか?」

 

「なのかなぁ……ちぇー残念」

 

無かったのを知って用済みと立ち上がる。

 

「そう言えば気になっていたんだけど」

 

「何でしょうか」

 

「舞夜ちゃんは翔たちとは違って、うるさく言わないんだね」

 

「どの道この人は助かりませんでしたし、こちらに被害が無ければ死のうが関係ありません」

 

「へぇー……やっぱり翔たちとは違うなぁ」

 

「先輩達は、こういうのは嫌いますし、何より……今の先輩達には殺す覚悟がありませんから」

 

「だから自分が引き受けるって?」

 

「そこまでは言いませんが……まぁ、今はそうなりますね」

 

私の回答を聞いて満足気に笑う。

 

「ねぇ、僕とも手を組まない?」

 

「深沢先輩と……ですか?」

 

「そ、僕は舞夜ちゃんみたいな仲間がほしい。舞夜ちゃんは僕が悪さをしない様に監視する。そしたら翔たちも安心でしょ?どうかなっ」

 

「なるほど……新海先輩達を安心させることが出来ますし、一応アーティファクト回収も出来ますね」

 

「でしょ!舞夜ちゃんとなら仲良く出来そうと思うんだよね」

 

「ですが、どうやって探すのですか?ユーザーを見つけるのは手間ですよ?」

 

「それなら、私が手助けしてあげるわよ?」

 

来るかと予想していたけど、いざ来たら嫌な気持ちになる人物一位が空間を歪まして出てくる。

 

「……イーリスか」

 

「この前ぶりね」

 

「よく平然と僕の前に出てこられるね。殺そうとしたくせに」

 

「あら、その子のおかげで無事だったじゃない」

 

「結果的に、だろ。こいつのアーティファクトも渡す気はないからな」

 

「その子、持ってないわよ」

 

「はぁ?」

 

「実験の産物。スペアボディが欲しくて試したんだけど……どうやら失敗みたいね」

 

「耐久はそこそこありましたが、結局は獣程度の知能ですね」

 

「まだ諦めていなかったのか」

 

「もちろん、あなたの身体もね。それよりも……」

 

湿度の高そうな声でこちらを見る。

 

「貴女のにもすごく興味があるわ」

 

「気色悪い視線を向けないでください。消しますよ」

 

「フフフ……」

 

「実験にしても、こんな雑魚を使うなんて、随分と余裕がなさそうだね」

 

「違うわよ。この子、カケルたちと関わりがあるみたいだったから」

 

「……嫌がらせか」

 

「もっとも、その前に死んじゃったけどね。残念だわ……」

 

「性格わっる」

 

「歳をとってもこうはなりたくないですね……」

 

「それで、どうかしら?さっきの提案は。二人だけだと苦労するわよ」

 

「……うっざ、邪魔しないでよ」

 

「もちろんよ、フフフ……。それで、そっちはどうかしら?」

 

「そうですねぇ……」

 

顎に手を当てて、考える素振りをして能力をかける。

 

「……っ?」

 

私からスティグマが浮かんだのを見て深沢先輩が警戒する。

 

「……あら?」

 

「残念ですが、あなたと組む気はこれぽっちも湧きませんので、失せてくださいね?」

 

笑顔を向けながら人形を鷲掴みする。

 

「残念だわぁ、交渉決裂かしら」

 

そのまま地面に叩きつけ踏みつぶす。

 

「……相当嫌ってるね」

 

「生理的に受け付けませんので!……それじゃあ、私は帰りますね」

 

「えぇ……さっきの話の返事は聞いてないけど?」

 

「今回は、ご縁が無かったという事で~」

 

手を振りながら帰る。深沢先輩のみだったらアリ……かもしれないけどね。

 

 

 

 

「………」

 

舞夜ちゃんが去って行き、真夜中の公園に静寂が訪れる。

 

「……はぁ。フラれちゃったか」

 

少し寂しそうに笑う。

 

「イケると思ったんだけどなぁ……」

 

舞夜ちゃんがさっき踏みつぶした床を見る。

 

「ほんとにうざったいなぁ……イーリス」

 

邪魔されたムカつきを、踏みつぶして消してくれたことで多少解消しながら帰路についた。

 

 

 





後、数話程度の第三章も終わりになりそうですね。他は間幕とかおまけとか……。



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第13話:今日はパーティー!ならば私も、多少はっちゃけても良いですよね?……スチャ。


後日談の例のパーティーです。女学生社長のやつですね。




 

 

イーリスとの戦いから、数週間が過ぎた。

 

アンブロシアは無事完成し、先生は世界の眼から解放され、晴れて自由の身となった。

 

イーリスの脅威は、ほぼ去ったと思う……が、油断はできない。

 

九重からは、『脅威は去りましたが、一応私の方で警戒だけはしておきますので、皆さんはいつも通りアーティファクト集めに集中しておいてください』とのこと。何かあれば即座に俺に連絡が来るようにはしている。

 

あとの懸念は……与一だ。

 

あの日から姿を現さず、どこに居るのかも分からない。ユーザーの事件が起きていないのを見るに大人しくしているとは思うのだが……。

 

もし潜伏をしているのだったら、また戦うことになるのかもしれない……けど、少なくとも今は大丈夫だろう。仮に戦うってことになってもこっちにはみんながいる。

 

「ば、場違い感がすごいです……」

 

豪華な衣装を身に纏った春風が呟くように言う。

 

「……俺もです。こういう場不慣れなんで……。緊張しますね」

 

俺も先輩のように白を中心とした紳士服を着ていた。

 

二人でソワソワしながら会場内を見渡す。

 

九條と九重のツテを活用してもらい、なんとか今日のパーティーに潜り込んだ。

 

それは勿論、セレブ気分を味わいたいからではなく……。

 

『……ターゲットが現れた』

 

九重から全員分と支給された小型のヘッドセットから、結城の声が聞こえる。

 

その声につられるように出入口付近へ目を向ける。

 

ーーーいた。

 

「ターゲット、確認しました」

 

『こちらも確認できました』

 

春風と九條も見つけたとのこと。

 

『へへ~、いいね。スパイみたいな雰囲気出て来たね~。後で舞夜ちゃんにお礼言っとこ』

 

『天、集中して』

 

『はい、すいません』

 

『あ……見失っちゃう……』

 

「大丈夫だ九條。こっちで見えてる」

 

パーティーを楽しむ振りをしながらターゲットを視界におさめ続ける。

 

九重から情報としてもらった、最近急に話題になった……女学生社長。話によれば、アーティファクトの力を悪用し、会社を大きくしている疑いがあった。

 

「……春風」

 

「はい、見ました」

 

中年男性と握手したその手に、スティグマが浮かんだ。

 

「今力を使ったのを確認した。間違いなくユーザーだ」

 

『了解。そのまま監視を続けて』

 

「了解」

 

見る感じ、横にボディガードと思われる様な男が一人。一歩後ろに秘書と思われる女性が一人居るのがここから確認できる。

 

「話のわかる人ならいいんですけど……」

 

「ですね……。ただ、力を使うことに躊躇いがなさそうなのが……」

 

「握手をした人に使ったってことは……精神操作系とか、でしょうか……?」

 

「かもですね。相手を操って、取引を有利に進める……とか」

 

「ある種、私の下位互換でしょうか。能力で優位に立てるなら、交渉もしやすそうです」

 

「強引に霊薬を注射するのは、避けたいですね。絶対あとで揉めますし」

 

「そうですねぇ……。穏便に終わらせたいです」

 

「力を使って利益を得ているんだから……揉める予感しかしませんが……。九條の能力で視界を封じて、その間に……って感じになりそうですね」

 

っと、無駄話をしている間にターゲットが動き始めた。

 

「ターゲットが会場を出た」

 

「周囲の護衛らしき人も一緒ですね……追いますか?」

 

『あ、既に尾行していま~す』

 

『私も一緒にいます。あ……護衛の人達が離れていったよ』

 

『好機ね。では……ミッション開始』

 

「了解」

 

「了解です」

 

ヘッドセットに指を当てて、返事をする。

 

「行こう、春風」

 

「はいっ!」

 

手を取り、一緒に歩き始める。

 

『んー……トイレか何かなのかな?どんどん奥に行くね』

 

『そうだね……でも、奥にトイレあったかなぁ』

 

尾行している天と九條が不思議そうに声を出す。

 

『私たちにとっては好都合ね。人目が少ないもの』

 

『ですね~。手荒なことしたくないなぁ。舞夜ちゃんがいれば安心なのに……』

 

「贅沢言うな。俺たちに参加できない代わりにこうやって色々渡してくれただろ」

 

『はーい』

 

結城と合流し、二人と合流する為に後を追う。

 

『お、角を右に曲がったね、そろそろ良いんじゃない?』

 

「俺たちももうすぐ追いつく、時間を稼いでいてくれ」

 

『おっけー、そんじゃーーぅおっ!?』

 

ヘッドセット越しから天の驚いた声が飛び出る。

 

「っ、どうした!」

 

『え、誰……?この人たち……?』

 

『さ、さっきまで……居なかった……よね?』

 

状況が分からないが、天と九條が誰かと遭遇したみたいだ。

 

「二人ともっ、急ぐぞ!」

 

「ええ!」

 

「はいっ!」

 

通路を走り、目的地と思われる角を曲がる。

 

「天っ、九條っ」

 

「お兄ちゃんっ」

 

「新海くん……」

 

曲がった先には、行く手を阻むように黒い服を着た屈強な男が数人と、その真ん中に小柄の白いスーツを着ており、場所に似合わない狐の仮面をつけている人が立っていた。

 

「くっ……!」

 

まかさ天の尾行がバレていたとは……。相手はユーザーだ、もっと慎重にするべきだった。

 

天と九條がこちらと合流するが、前の男たちは動かない。

 

「どうする?ここは一度引いた方が……」

 

「かもな……」

 

結城の提案を飲んだ方が良いかもしれない。一般人に危害を加える訳には……。

 

「それじゃあ、みなさんは引き続き護衛をしておいてください。ここは私一人で十分なので……」

 

指示を飛ばす様に呼びかけると、後ろに控えていた男たちが立ち去っていく。

 

「去って……くれたのかな」

 

九條から期待するような声が出る。

 

「………」

 

俺と結城は逆に警戒心を高めた。

 

「先輩、いつでも動けるようにしておいてください」

 

「は、はい……わかりました」

 

俺の緊張を感じて、天と九條も気を引き締める。

 

「すみませんが、そこを通して欲しいのですが……」

 

通行人としてとぼけるように聞いてみる。

 

「……あはは、残念ですが、護衛を守るのがお仕事なので、はいそうですか。と道を譲るわけにはいかないのですよねー」

 

仮面越しなのでぐぐもった声ではあるが、声の高さと身長的に女性と思われる。

 

「別に危害を加える訳ではないので……出来れば俺たちの話を聞いて貰えると……」

 

「……彼女の力を奪うおつもりなのでしょう?」

 

「ーーーっ!?」

 

ハッキリと、確信を持った声が耳に届く。……どうやら、事情を知っているみたいだ。

 

「バレたって顔に書いていますね。もう少しポーカーフェイスをされた方が今後の役に立ちますよ?」

 

「……ご親切に、ありがとうございます」

 

「いえいえ~、分かり易過ぎてつい親切心が……敵なのに、これは失態」

 

ひらひらと手を振りながら反対の手を口元に当てる。

 

「………」

 

敵。俺たちの事をそう認識している……で良いのだろう。

 

「いえ、敵ではありません。なので話を聞いてほしいのですっ」

 

「その間に私を捕えようと……?」

 

「違います」

 

「ま、聞いても結果は変わりませんよ?どの道敵対する予定ですし……」

 

口元に当てていた手を降ろして構える。

 

「ま、待ってくださいっ!」

 

「いえ、問答無用です」

 

「取り敢えず、無力化しましょう」

 

「くっ、すまないが頼めるか……?」

 

「ええ」

 

向こうに交渉の余地が無いと分かったので、結城に頼む。

 

「少しの間、大人しくーーー」

 

「遅いですよ」

 

結城の目にスティグマが浮かんだ……と思った瞬間、正面の女が既に俺たちの背後に回っていた。

 

「なっ!?」

 

瞬間移動……!?もしかして、この人もユーザー!?

 

「まずは二人ですね」

 

次の瞬間、後ろに居た九條と天が宙を舞う。

 

「きゃぁっ!」

 

「うおっ!?」

 

そのまま地面に落ちるかと思ったが、ぐるりと一回転してゆっくりと地面へ下ろしていた。

 

「続けてっ」

 

二人が無事と分かった時には隣の結城の姿が消えていた。

 

「っ!」

 

前を見ると、二人と同じ様に結城も地面に座らされていた。

 

「結城っ!早くっ!」

 

「なぜ……能力が、発動しない……!?」

 

驚愕の表情を浮かべている左目にスティグマが出ていなかった。

 

何が起きているんだ……。どうして結城の能力が発動しない……!

 

「ぼーっと突っ立っていると、死にますよ?」

 

正面の狐の仮面を被っている人物の姿がブレる。

 

「っ!?春風っ!」

 

気づいたときは、春風もみんなと同じように地面に座られされていた。

 

「くっ……!」

 

見た感じだと、みんな怪我はしていない。驚いた顔はしているが……どうやら俺たちに怪我をさせない様に扱ってると見て良いだろう。

 

それは、そのくらい実力が離れているということだ。

 

「……クソッ」

 

九重が居なければ、高峰でも連れてくるべきだったか……!

 

「……さて、男一人残ってしまったあなたは、どうするおつもりで?」

 

手を広げ堂々としてこちらを見る。俺より小さいのに、そこから出ている圧は遥かに高い。

 

「……ここで引けば、見逃してくれるのか?」

 

「……勿論。それも視野に入れていますとも。ですが……ここで諦めて退かれるのですか?」

 

「……どういう意味だ」

 

「オーバーロードでやり直さないのですか、と聞いているのです」

 

「っ!?」

 

相手の言葉に俺だけでは無くみんなも驚く。なぜ、そのことを……。

 

「やっぱり、あなたもユーザーか……」

 

「初めから分かっていることでしょう?」

 

そりゃそうか。天と九條が見つかった時点でそれ以外ありえない。

 

「どこでそのことを……誰から聞いたのですか……?」

 

「んー……そうですねぇ……。青髪の青年と、ふわふわと浮いている人形さん。と言ったらどうします?」

 

「っ!……イーリスと、与一か……」

 

「おや、やっぱりお知り合いみたいですね」

 

「貴女は、あいつらの仲間なのですか?」

 

「仲間……?ああ、そうですね。良い取引をさせていただきましたよ……?試験管とかを……ね」

 

「……あいつらから手を引く気は?」

 

「あなたたちとこうして対峙している時点で察してください」

 

「……そうですか」

 

つまり、目の前にいるこの人は、俺たちの敵ってことになる。与一とイーリス側の……。

 

どうする?ここは一旦退くべきか?しかし、相手の能力もはっきりとしていない。相手の能力を封じると思われるのと、イーリスや与一と同じ瞬間移動系のアーティファクトはあると見た方が良いだろう。

 

「………」

 

いや、相手は俺にオーバーロードを使わないかと聞いていた。恐らく原理も聞いていることだろう。それなのにわざわざそうさせるのはなんでだ?

 

……確認する必要があるかもしれないな。少しでも情報を得た方が今後の役に立つ。

 

「おや、諦めますか?」

 

「いいや、もう少し粘らせてもらうぞ」

 

仮面を被っているから分からないが、俺に対して少し笑った気がした。

 

 

 

『やり直す』

 

 

 

「いえ、問答無用です」

 

「取り敢えず、無力化しましょう」

 

「くっ、すまないが頼めるか……?」

 

「ええ」

 

向こうに交渉の余地が無いと分かったので、結城に頼む。

 

「少しの間、大人しくーーー」

 

 

『記憶をインストールする』

 

 

「……ッ、ゴースト!」

 

「呼び出すのがおせぇんだよっ!」

 

向こうが出る前に、ゴーストを出す。

 

「ォラアッ!」

 

そのまま腹部へ蹴りを繰り出す。

 

「ッ、そう来ましたか」

 

突然現れたゴーストに一瞬だが動きが止まる。

 

「結城っ!アイツに近づかれる前に拘束しろっ!」

 

「ええ!」

 

「それは駄目です」

 

ゴーストの蹴りを軽くいなし、瞬きをする間もなく結城の正面まで移動する。

 

「なっ!?」

 

一瞬で自分の目の前に移動してきたことに結城が驚く。

 

「読めてんだ、よっ!!」

 

結城の名前を出せば、すぐに止めて来ると読んでいた!

 

能力を発動させ、全力で右手を払う。

 

その勢いに乗って、炎のアーティファクトが吹き荒れる。

 

「ふふ、良い顔をしてきましたね」

 

ポン。と結城の肩に手を置きながら、こっちを向く。

 

「……は?」

 

吹き荒れた炎が、狐仮面の目前で動きを止める。

 

「彼女にも当たるかもしれませんよ」

 

結城の肩においてある手で軽く押して、後ろに下げる。

 

「覚悟が如何ほどか……味わってみるのも……良いかもしれないですねぇ」

 

嬉しそうにそう呟くと、止まっていた炎が再び動き出し、そのまま正面の女を包む。

 

「っく……これは、確かに効きますねぇ……はははッ」

 

自分の身体を抱きしめるように動き、笑う。

 

こいつ……正気かっ!今、自分からわざと……!

 

「でも、耐えられない程でも無さそうですね」

 

消えた炎の中から出て来た人物は、自分の服の乱れを整える仕草をしていた。

 

「……終わりですか?」

 

「………」

 

こっちを見ている相手に、魔眼を使う。

 

「……ん?もしかして石化ですか」

 

「……やっぱりだめか」

 

わざわざ変な仮面を付けて来ているんだ。対策済みってわけか……。

 

「当然。一番警戒しなくてはいけない力ですからねぇ……」

 

「ーーーオラッ!!」

 

俺と向き合っている背中から、ゴーストが不意打ちをしかける。

 

「おっと」

 

しかし、難なくそれを避ける。

 

「はぁっ!?なんだよこいつ!背中に目でもついてんのかっ!」

 

どこから攻撃が来るのか、完全に見切って避けていた。

 

「残念ですが、その程度の不意打ちは通じませんよ?」

 

ゴーストの方を向く。

 

結城を見たが、左目にはスティグマが宿っていない。そのことに困惑していた。

 

「……っ、今なら!」

 

九條の手の甲にスティグマが浮かぶ。

 

「……視界が……?」

 

「貴女の視力。いただきます!」

 

「ナイスッ!九條!」

 

「でかした!オッラァ!!」

 

一瞬の隙を突いて九條の能力で視界を奪う。

 

「……いやー残念ですが」

 

困った様な声を出しながら、ゴーストからの蹴りを受け止める。

 

「はぁっ!?」

 

「ほいっと」

 

そのまま掴んだ足を振り回し、地面に叩きつけて、手を離す。

 

「がぁっ、っくそ!見えてないんじゃねぇのかよ!」

 

「いえ、見えてないですよ?」

 

「どうして……?確かに奪っているのに……」

 

九條を見ると、驚きと困惑した顔で正面を見る。

 

「ゴーストッ!」

 

「任せろッ!」

 

拳に炎を纏い、お互いに挟むように位置を取って同時に攻撃を仕掛ける。

 

「同時攻撃、ナイスです」

 

飄々とした声で、俺とゴーストの腕を掴む。

 

「ぉおおおらぁっ!!」

 

掴まれた手からが炎を出し、相手を燃やす。

 

「中々の根性ですね」

 

俺の手を離したかと思うと、ゴーストを掴んでいた反対側の手を強引に引っ張り、ゴーストを盾にする。

 

「ーーーッ!?」

 

咄嗟に消して、自滅を逃れる。

 

「……はぁ、はぁ」

 

九條の能力が効いているのは確かだ。間違いなく目は見えないはず……。だが、どういう理屈なのか分からないが、こちらの攻撃がわかるらしい。

 

「クソっ」

 

「なんでっ、みゃーこ先輩ので奪ってるのに!」

 

天が驚くにも無理はない。

 

「翔さんっ!」

 

春風の声が聞こえると同時に、周囲に光が広がる。

 

「ああっ!」

 

春風の力……!これなら通じるっ!

 

「……どう影響を及ぼすか、気になりますね」

 

一瞬、俺では無く春風の方へ行くかと思ったが、チラリと見ただけでこちらへ向き直り、構えをとる。

 

「行きますよ?」

 

「……ッッ!」

 

どこから来るかどうせ見えない。ならば……と、俺を覆うように全方位へ展開する。

 

「火力が増しましたね!」

 

「オレも、いるんだよッ!」

 

追加と言わんばかりに、ゴーストが俺ごと周囲を炎で包む。

 

「あちちっ!あっち!」

 

それから逃げるようにと距離を取る。

 

「いや~……流石にそれを使われると、勝てませんねぇ……それに、距離空けちゃいましたし……」

 

困るように話すその視線は後ろの結城に注がれていた。

 

「ありがとう春風、これで……ようやく使える」

 

そういった結城の左目には、スティグマが浮かんでいた。

 

「う~ん。これは、負けかな」

 

「ジ・オーダー・アクティブ!」

 

降参するように両手を上げる。

 

「………。パニッシュメント」

 

相手が降参したのを見た結城が、一回動きを止めたが、拘束する為に能力を使う。

 

「……ぉ、おおっ?鎖が……!」

 

地面から伸びた鎖が、手足を縛っていく。

 

「なるほど、こういったプレイがお好みで……ふむふむ」

 

何かを納得するように頷く。

 

「これであんたの負けだ」

 

「残念ですが、そうみたいですね」

 

「あなたからは色々と聞きたい事がある」

 

「そうなりますよねぇ~……でも、時間切れみたいです」

 

残念そうに呟いたかと思うと、俺たちを囲うように通路の両側に黒服の男たちが複数立っていた。

 

「あ、終わりましたー?」

 

後ろに呼びかけるように話すと、一人の男が近寄ってくる。

 

「言われた通り、彼女は部屋で寝かせております」

 

「うんうん、ありがとうございます」

 

結城に拘束されているのにも関わらず、それを気にも留めずに会話を続ける。

 

「それで、この場は如何なさいますか……?」

 

チラリと俺たちを見る。くそっ、この数は流石に……。

 

「収穫はあったし、撤収で」

 

「分かりました。こちら、部屋のカードキーです」

 

「少々お待ちを……ふんっ!!」

 

「なっ!?」

 

力を込めたかと思うと、縛られている鎖を引きちぎった。

 

「っ!……鎖が……っ」

 

「これで自由と……ほい、ありがとね」

 

何事も無かったかの様にカードキーを受け取る。

 

「それじゃあ、これ。あげますね」

 

受け取ったばかりのカードキーを俺に渡して来る。

 

「……は?これは……?」

 

突然の行動に思わず聞き返す。

 

「あなたたちが今日捕えようとしていた、女学生社長の部屋のカードキー」

 

「はぁ……?」

 

あのユーザーの?さっき寝かせているとか言っていたが……。仲間じゃなかったのか?

 

「……何が目的だ」

 

「今日の報酬みたいなもの。好きにするといいよ。ではこれで……」

 

何かを手から出したと思うと、視界が真っ白に染まる。

 

「っく……!」

 

咄嗟に腕で前を覆う。フラッシュ……!?

 

次に目を開けると、さっきまでいた集団は跡形も無く居なくなっていた……。

 

「……一体」

 

状況が飲み込めない。あの仮面の人は、例のユーザーを護衛する為に俺たちを阻止していたはず……。だが、言葉を信じるなら、このカードキーの部屋に眠らせて放置している……。まるで俺たちに明け渡すかのように……。

 

「お兄ちゃんっ!大丈夫っ?」

 

状況を整理していると、後ろに居たみんなが心配した顔で来ていた。

 

「あ、ああ……だが……」

 

「あの仮面の女の行動が理解できない……ということね」

 

「そう、だな。どうしてわざわざこれを……?」

 

「私たちに、捕まる前に……何かをしたかった……とかでしょうか?」

 

「時間を稼いでいた様にも見えたね」

 

「確かに……俺たちに手加減していたようだし」

 

「だよねぇ……誰一人怪我すらしてないもん」

 

「うん、何かを試している感じだったね……」

 

「私たちの力量を確かめていた……?」

 

「わざと俺の攻撃を食らっていたくらいだし……可能性は高そうだよな」

 

「えぇ……。何者なの?」

 

「分からん。与一たちと手を組んでるって言っていたが……」

 

「翔さんの能力を、確かめていたように見えました」

 

「ああ。こっちの能力にもかなり詳しかった。それに春風の力を知りながらもそれを見逃していた」

 

「やっぱり、力を見ていた……?」

 

「かもな……」

 

渡されたカードキーに視線を落とす。

 

「どうしますか?そのカードキー」

 

「罠の可能性が充分にあり得るわね」

 

「だが、わざわざ渡して来たのは違和感がある」

 

俺たちを罠に嵌めるなら、ここまでする必要は無い。それに……あいつは、こんな手間をかけなくても、俺たちを倒せたはずだ。それなのにこれを渡して来たってことは……。

 

「……一度、行ってみようと思う」

 

「マジか」

 

「罠だとしたら?」

 

「その時は、俺のオーバーロードでやり直すさ。向こうもそれが分かってるはずだ」

 

「……それもそうね」

 

動かないことには分からないので、取りあえず書かれている部屋へと向かう。

 

「あの仮面の人……めちゃ強かったよねぇ……マジ何者」

 

「私たちと同じくらいの身長の……女の人、だったね……」

 

「なのにあんな動きとか……、いや、知り合いにもちょうど存在してたわ。今日は居ないけど」

 

「確かになぁ……九重って実例を知っているから納得させられるわ」

 

「つまり、世の中にはあんな連中が居ると……」

 

「だろうな……九重からもそういった存在は居るって話を聞いているし、今日対峙したのがそれだったんだろうな」

 

「ある意味幸運だったのかしら……」

 

「見逃された……みたいなものですし」

 

「舞夜ちゃんがいれば対抗出来てたのかなー」

 

「さぁな。厄介なアーティファクトを持っているみたいだし」

 

「そうね。瞬間移動のアーティファクトと、力を封じると思われるアーティファクト……」

 

「ああ、春風の力で無効化出来たから良かったけど、脅威だった」

 

「私は普通に能力が使えたから、何か条件があるのかな?」

 

「恐らく接触かなんかだと思う。距離が空くと効果が薄れるはずだ」

 

「……そうね。確かに肩を触られた」

 

最初の計画から大きく外れ、思わぬ敵と出会った。

 

あの仮面の人物を辿れば、与一に辿り着くかもしれない。

 

……そういえば、九重の家は今日のパーティーに関わっているって言っていたし、何か知っていたり……?護衛の仕事をとか言っていたし、もしかしたら……九重と同じ業界の人間かもしれない。

 

今日が無事に終われば、相談してみるか……。

 

その後、目的の部屋で寝ている女学生社長を見つけ、話し合いをしようとしたが、何かに怯えた様にすんなりと、契約解除の話を進めることが出来た。

 

 

 





狐仮面……一体何者なんだ。



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第14話:〇番目のあなたへ


最後のエピローグ的な何か。

一応これで三章も終わりです。


 

「ああ、やっと繋がった」

 

「どう?私の声がそこまで届いているかしら……?」

 

「……やっぱり、意思疎通は難しいみたいね。そもそも、私の姿も見えてる?……かなり怪しいわね」

 

「あなたの姿も私から見えないし……、存在を感じる、といった程度。繋がれたと言ってもかろうじて……といった状態ね」

 

「まぁいいわ。声は届いているみたいだし、勝手に喋らせてもらうわよ」

 

「もう分かっているとは思うけれど、一応自己紹介しておくわね。あなたと直接話すのは初めてだし」

 

「私はソフィーティア。そう、あのソフィーティア。幻体じゃなくて本体の、ね」

 

「苦労したわぁ。あなたを見つけるの。思った以上に遠い世界にいるんだもの」

 

「ま……そんな話はいいわね。本題に入りましょう。話すことは沢山あるのだけど……そうね、まずはイーリスのことから……。カケルには、話していないことがあるの。けれど、あなたにはしっかりと話しておくわ」

 

 

 

 

 

「と、まぁこんな感じね。まさか別世界のもう一人の自分と交わることになるなんてね」

 

「けれど、これでようやく、私の過ちを……正すチャンスを得たわ」

 

「あなたに、お願いがあるの……。イーリスを、あの魔女を、滅して欲しい」

 

「できれば自分でやりたいのだけど……理由は、さっき話した通り。私はただの研究者で、アーティファクトも最低限しか所持していない」

 

「あの魔女のように、強大な力を持っているわけじゃないの。つまりは弱い。私では……魔女を滅ぼせない」

 

「だから、あなたに頼るしかない」

 

「どう滅するか。その方法は……悪いけれど、まだ見つけれていない。でもきっと、あなたなら打ち勝てる」

 

「鍵は、九人のユーザーたち……」

 

「カケル、ミヤコ、ソラ、ハルカ、ノア、サツキ、ヨイチ、レンヤ、そしてーーー」

 

「あなた」

 

「言いたい事は分かるわ。一人足りていない、そう言いたいのでしょう?あの子……マヤは、そうね、私が思うにもっと別のなにかね。一応ユーザーではあるけれど……」

 

「あぁ……朧気に伝わってくるわ、あなたの感情が……。これは、戸惑いや困惑ね」

 

「やっぱり……ちゃんと力を理解していなかったのね。安心して、ちゃんと説明するわ」

 

「カケルには可哀そうなことをしちゃったけれど……オーバーロードのユーザーは、あの子じゃ無かった。カケルのアーティファクトは、世界の眼のその断片。怪我した時に体内に取り込んでいた。それが正解だったみたい」

 

「断片故に、枝の観測が出来る程の力はなかった。けれど、別の力が発現していた……それが、異世界への扉を開く力」

 

「そう。カケルは、独自のゲートを持っていたの。そのゲートを通して、あなたと繋がった」

 

「あなたは……別の世界のカケル。カケルと魂を同じくする、同一存在。ゲートを通し、あなたはカケルと繋がった。そして、カケルの内側から、時には俯瞰的に世界を観測し、干渉をしてきた」

 

「つまり、オーバーロードの所持者は、あなたよ」

 

「オーバーロードはカケルのゲートを通り、あなたにもたらされた」

 

「どういった形であなたの手に渡ったかは分からない。けれどあなたは、オーバーロードの力を用いカケルと同調し、運命を変えて来た。より良い結末へと、運命を導いてきた。ならばきっと、魔女を滅する運命も、あなたならば掴めるはず……」

 

「世界の支配者たる、あなたになら」

 

「……反応が薄いから、どこまで伝わっているか不安ね……。とにかく、あなたが頼りってこと。分かってくれたかしら?」

 

「以上。あなたが私の期待に応えてくれることを、願っているわ」

 

「……あぁ、そうね、最後にもう一つ。いつまでもあなたとか、九番目、なんて呼ぶのは味気ないわね。名前をつけてもいいかしら?安易な思いつきだし、あなたの世界の言葉でどう聞こえるかはわからないけれど、ダサくても文句は受け付けないわよ」

 

「それじゃ、今度こそ話は以上。頼んだわよーーー」

 

「ナイン」

 

 

 





うーん、ナイン。



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Episode.Ⅳ Noa Yuki
第1話:世界の狭間で



第四章、『ゆきいろゆきはなゆきのあと』の始まりです。

オーバーロードを使いこなす為にあれこれします。




 

「ハァイ、こんにちは。それともこんばんわかしら」

 

「カケルの世界の眼が不完全なせいでしょうね……。あなたを見つけるの、本当に大変なのよ。無事繋がって良かったわ」

 

「さっきーーーあなたにとってはさっきじゃないかもしれないけれどーーー別にどうでもいいわね、そんな細かい話は」

 

「以上、と言ったけれど、あなたが本格的に運命に介入を始める前に、確認させて欲しいことがあるの」

 

「簡潔に聞くわ。あなた、オーバーロードを使いこなせていないでしょう?」

 

「………。相変わらず反応が薄いわね……。朧気に戸惑いが伝わって来るけれど……」

 

「まぁ……確認するまでもないわね。オーバーロードを完全に掌握していたのなら、私の接触に戸惑うはずがないし」

 

「あなたの今までの干渉の仕方から、無数の枝を自由に観測することも出来ないんじゃないかしら。違う?」

 

「………質問しても無意味ね。意志疎通が困難な時点で、使いこなせていないのは明白。オーバーロードは言い伝え通りのスペックならば、世界の眼の完全な上位互換なのよ」

 

「つまり、私に出来ることはあなたにも出来るはず。いえ、出来なくちゃいけないのよ。なにせ、あなたは世界の支配者なんだから……」

 

「オーバーロードの使い手が情けないままじゃ、がっかりなのよね。私としては」

 

「というわけで、練度を上げるわよ。私が手伝ってあげる」

 

「意志疎通が出来ないことは、まぁいいわ。さして重要じゃない。問題なのは、自由に観測、干渉が出来ていないこと」

 

「私がどうやって他の枝を認識しているのか、そのイメージをあなたに伝えるわ」

 

「集中して、いくわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、おかえりなさい。流石オーバーロード。時間の概念なんて関係ないわね。数秒で戻って来るんだから」

 

「大丈夫、疑って無いわよ。あなたがしっかりやり遂げてくれたって、ちゃんと分かっているから」

 

「四月十七日の私と接触したことで現れた変化についてーーー話す前に……」

 

「もしかして……私の姿、見えてるんじゃない?」

 

「ああ、やっぱり。さっきより強く繋がっているみたいね……。あなたの戸惑いと驚きが手に取るように分かるわ」

 

「私からは相変わらずあなたの姿が見えないのは……残念だけど、多分これはこっちの問題ね」

 

「あなたの方は、オーバーロードの扱いに早速慣れてきたようね。それとも、あなたが私を探して繋げてくれたからかしら?だから、繋がりが強くなった……」

 

「まぁ、なんでもいいわね。無駄話はこれくらいにしておきましょう」

 

「四月十七日の私と接触したことで、目論見通り『私が最初からカケルに協力的な枝』が生まれたわ。ただ残念ながら……期待通りとは行かなかったわね。たいして大きな変化は生まれなかった」

 

「観測しか出来ないワタシの力では、運命に与える影響なんてその程度……ということね」

 

「けれど、観測できる範囲が増えたわ。カケルを監視しなくなったおかげでね」

 

「それじゃあ、整理しましょう。情報の共有も兼ねてーーー」

 

 

 

 

 

「まずは……これ。カケルがミヤコと親しくなる枝ね。おそらく、あなたが最初に観測した枝じゃないかしら?干渉の仕方が、明らかに他の枝とは違うのよね。どこかたどたどしいと言うか……」

 

「そのせいか、結果も一番芳しくない。魔眼の入手どころか、魔眼のユーザーの正体も分からないまま……。極めつけは、本来仲間のはずの彼女と敵対してしまっている……」

 

「次はこの枝。おそらく、これが二番目に観測した枝ね。ソラが暴走しかけた枝」

 

「あなたが明確に運命に干渉し始めたのが、この枝からなのよ。私も不審がっていたわね。この枝で、カケルは魔眼と対峙することになる。もっともユーザー本人じゃなくて、幻体だったけれど……」

 

「そして、三番目。この枝から、あなたはカケルへの干渉を強めている。魔眼のユーザーの正体を、必死に伝えようとしているわね。そして運命を操り、カケルの死の運命を否定し続けた。その成果もあって、皆と一緒にイーリスを退け、魔眼を入手することが出来た」

 

「さっき話した新たに生まれた枝だけれど、結局この枝に統合されたわ。何が起こるかカケルが知っていたおかげで、マヤが重傷を負わなくなったくらいかしら?変化と呼べるのは……。でも、そのおかげで、分かったことがあるの。いえ……、見逃していたことに気づいた、と言うのが正しいわね」

 

「覚えてるかしら?イーリスの言葉を。ノアがアーティファクトの力を発動させたときよ。あの女は、こう言ったの」

 

「ーーー私の魂へ狙いを澄ました一撃、と」

 

「引っかかってはいたけれど、余裕が無くてそのまま忘れてしまっていたのよね。迂闊だわ。けれど、さっきの枝のおかげでじっくりと観察出来た」

 

「ヨイチとカケル達がイーリスの結界を破った瞬間、わずかにサツキとイーリスの魂が揺らめいていたの。つまり、ほんの僅かにではあるけれど、二人の力はサツキとイーリスに届いていた、というわけ」

 

「もう一人、ノアも結界を破って見せたわね。けれど、他とは明らかに違った……。揺らめいていたのは、イーリスの魂だけ」

 

「分かるかしら?あの女の言葉通りよ。まさに、狙い澄ました一撃。ノアはサツキの魂を素通りして、同調したイーリスの魂だけを狙ってみせたの」

 

「結界さえ無ければ、おそらくノアならーーー」

 

「早速で悪いけれど、あの枝に跳んでくれるかしら?もしかしたら、これであっさりと終わっちゃうかもしれないわね」

 

「頼んだわよ、ナイン」

 

 

 

 

 

 

 

 

「新海さんっ!九重さんっ!」

 

「ごめんなさい、ずっと、うじうじと……!けど、もう死なせはしません!傷つけさせません!好きに動いて下さい!二人がしたい事は、全部私が叶えます!」

 

香坂先輩の温かい光を受け、全身の痛みが消えていく。

 

「新海先輩!結城先輩!合わせてください!結界を全部ぶち抜きます!」

 

隣を見ると、勝利を確信した様な眼差しの九重が高らかに叫ぶ。

 

「ああーーー」

 

 

『記憶をインストールする』

 

 

「ーーーっ!?」

 

「待てっ、九重!」

 

走り出そうとする九重を制止する。

 

「っ、何かあったのですか!?」

 

こちらに背を向けながら俺に問いかける。

 

「結界を破壊してイーリスの動きを止めることは可能かっ?」

 

「手間ですがやれます!」

 

迷うことなく即答してくるのに頼もしさを感じる。

 

「そしたら、結城にトドメをしてもらう!それまで時間を稼いでくれ!」

 

「っ!?……分かりました。先輩の指示を信じます」

 

「頼んだ!」

 

俺の言葉と同時に九重の姿が消えた、と認識した時には既にイーリスの正面で拳を構えていた。

 

「無駄なことを……今のあなたじゃ……」

 

イーリスが呆れるような声を出す。その言葉を無視して結界を殴りつける。

 

「は……?」

 

激しく割れる結界と共に、驚愕の表情を浮かべる。

 

「ありえない、幾らあの子の能力で強化されているとはいえ……」

 

「勝手な決めつけが、命取りです、ね!」

 

そのまま畳みかけるように九重が結界を破る。

 

「チッ……。これは流石に不味いわね……ッ!?」

 

この場から逃げようとするイーリスに手を翳し、能力を使って固定させた。

 

「結城先輩っ!」

 

「ええ!パニッシューーー」

 

「待て!結城っ!」

 

能力を発動させようとする結城を止める。

 

今、結城がすべきことはーーー!

 

「直接狙え!イーリスを!!」

 

「……っ」

 

動きを止められているイーリスから焦りが現れる。

 

「今ならやれる!いけっ!」

 

「イーリスを倒せ!」

 

「倒す、イーリスを……」

 

「……了解した」

 

軽く頷くと、結城の瞳が燦然と輝く。

 

ーーーいける!

 

イーリスの方を見ると、能力で動きを止めている九重が悲痛な表情を浮かべていた。

 

「九重っ!?」

 

「持たせます!だから早くっ!」

 

そう言い放つ九重の肌には急速に広がるスティグマが見える。

 

「ーーーッ!な、んて対抗力……!?この私がーーー!?」

 

「ジ・オーダー……アクティブ」

 

結城から力が迸る。

 

無防備なイーリスに裁きの雷がーーー。

 

「パニッシューーーッ!?」

 

その瞬間、ぴたりと結城の動きが止まった。瞳が小刻みに揺れ、額には脂汗が浮かぶ。

 

様子が……おかしい。

 

「……っ、は、はぁ……、はっ……」

 

「結城さん……?」

 

「まさか、攻撃を……」

 

「っ、くそ!」

 

違う、限界が来てるんだ。

 

イーリスの領域の中で意識を保ちながら力を使おうとしている。本来気絶してもおかしくないプレッシャーを受けているはずだ。

 

「頼むっ!結城!踏ん張ってくれ!」

 

「…………ッ、ハァッ……ハッ、ハァ……ッ!」

 

「おいっ、急げ!舞夜が止めてるが長くは持たねぇぞ!さっさと仕留めろ!」

 

「仕留める……、仕留め……、私が……っ、わた、しが……!」

 

小さく呟く結城の表情が、さっきより酷く歪む。

 

「……ッ!先輩!」

 

九重の声に振り向くと、イーリスの人差し指がこちらに曲がる。

 

その瞬間、荒れ狂う様な力の奔流がこちらを目掛けて飛んでくる。

 

「ゴーストッ!」

 

「大将も合わせろっ!」

 

同時に正面に飛び出し、全力で相殺を狙う。

 

「うおぉぉぉお!!」

 

炎をぶつけたが、完全に消すことは出来ずに余波で後ろに吹き飛ぶ。

 

「っがぁ!?」

 

背中を地面に叩きつけられながらもなんとか立ち上がる。

 

「く、そ……!」

 

周囲を確認すると、後ろの皆は余波の風圧で転んでたりはしていたが、無事の様だ。

 

「九重っ!」

 

正面を見た瞬間、イーリスが今度は人差し指を九重に向けて曲げる。

 

「っ!」

 

危険だと判断した九重が拘束を諦めて距離を取る。

 

「はぁ、はぁ……、やはり、()()()()()()()()()()()()……」

 

その姿には明らかに疲労が見える。広がっていたスティグマが、少なくとも見える肌を覆っていた。

 

「そう落ち込まなくて良いのよ?寧ろ褒めてあげたいくらいだわ。ここまで抵抗されるなんてね」

 

見下ろす様に九重を見つめるイーリスが嬉しそうに言う。

 

「そのせいで、この体が完全に使い物にならなくなっちゃったわ」

 

先生の身体を確かめるように動かす。

 

「……もってあと数十分ってとこね」

 

「それはそれは、ご愁傷様なことで……!」

 

「でも……、それだけあれば充分だわ」

 

怪しく微笑んだ瞬間、イーリスの姿が視界からかき消える。

 

「ッ!?」

 

「くそ……ッ!」

 

しまった……!

 

「それじゃあーーー」

 

声が聞こえた場所を振り返ると、結城の目の前にイーリスが立っていた。

 

「くっ……!」

 

まずい。そう思ったと同時に、イーリスの体がその場から吹き飛んだ。

 

「ーーーッ!?」

 

「先輩、ごめんなさい」

 

さっきまでイーリスが立っていた場所に九重が居た。そして、こちらを寂しそうな、申し訳なさそうな表情を浮かべて謝る。

 

「この枝は……ここまでです」

 

九重の口から静かに発せられた言葉を聞いた時には、その姿が宙を舞っているイーリスと同時に消えた。

 

そして数秒後、横の林の中から姿を現す。

 

「こ、九重……?」

 

「……先輩、今の結城先輩ではイーリスは倒せないんです。覚悟が……足りません」

 

「ど、どういう意味だ……?」

 

戸惑いながらも問いかける俺へ、九重は只々辛そうな目を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさい。見ていたわ。狙いはよかったけれど……失敗ね」

 

「あの様子と……マヤの言葉通りなら、結果は変わりそうにないわね。残念だけれど、あの枝ではイーリス本体を倒せない」

 

「けれど……解せないわね。イーリスの動きはマヤが止めていたのに……。ノアになにがあったのかしら?対抗力の低いミヤコとソラがダウンしている中、気合で力を行使した子よ?多少マヤのアーティファクトで初撃を耐えたとはいえ、例え限界だとしても渾身の一撃を放つわよ、あの子なら」

 

「他に可能性があるとすれば……殺すことを躊躇った?」

 

「ミヤコの様に道徳心が高すぎればありうるけれど……覚悟が足りなかった?」

 

「最後にマヤがカケルに言った言葉をそのまま受け取るとすれば、ノアにイーリスを殺す覚悟が無かったという事になるわね」

 

「あの子に限って覚悟を決めて無かったとは思えないけれど……」

 

「考えても仕方ないわね。あの子、自分の能力を決して明かさなかった。おそらく、誰にも心を許していなかった。あの独特な言動も含めて、他者と自己の間に明確な境界線を引いているともとれるし……」

 

「確実に言えることは、イーリスを倒す鍵は、間違いなくノアが握っているわ」

 

「どうやら……知る必要がありそうね。心の内に隠した、あの子の素顔を。マヤは何か知っている様な口ぶりだったけど」

 

「問題は……その方法よねぇ。あの子、かなり気難しそうだし……。まぁ、やり方は任せるわ。あなたならきっと、何とかしてくれる」

 

「……なによ。不満そうね。別に投げっぱなしにするつもりはないわよ。そうね……、アドバイスしてあげる」

 

「決してーーー選択を躊躇わないこと」

 

「ソラが消えた枝、ハルカ達が石化した枝、悲劇的な結末を迎えた枝を、あなたは剪定してきた」

 

「わかる?カケルを導くことで、望まぬ運命をあなたは否定してきたのよ。ソラが消えたことも、カケルを残して全滅したことも、カケルが何度も死んだことも、全部無かったことになっている。オーバーロードの力で……」

 

「世界の眼を持つ私は観測出来るけれど、悲劇的な運命のその先は存在しない。ただ残滓が存在するだけ。あなたは運命を固定化することで、その残滓へと分岐する可能性をゼロに出来る……というわけ」

 

「もう一度言うわよ。望まぬ運命を、あなたは無かったことにできるの。だから、失敗を恐れないこと。誰かを死なせたら後味が悪いでしょうけど、それは飲み込みなさい」

 

「あとは……そうね。カケルに干渉する際、特定の相手への感情と記憶は与えない方が良いわね」

 

「まっさらな状態が好ましい。判断を鈍らせるかもしれないから」

 

「ま、くどくど話しちゃったけれど、結局、今まで通りのやり方で問題はないってことね。……少し喋り過ぎて疲れたわ」

 

「頼んだわよ、ナイン。ここで、吉報を待っているわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻ったわね、おかえりなさい」

 

「新しい枝のおかげで、情報を正確に共有出来て助かるわ。常に監視している、なんてカケルには言っていたけれど、実際はかなり甘かったのよね……。手抜きしていたわけじゃないわよ?あの子が悪人じゃないことは、早々に分かっていたから。四六時中張り付く必要はないって、そう判断したの」

 

「でも、今は抜かりないわよ?ちゃんと、あの子の行動は全て記録している。つまり、あなたがどんな干渉を行ったかもしっかり把握出来ている、というわけ。意志疎通が難しい以上、こちらで出来るフォローは可能な限りさせてもらうわ」

 

「………、反応が薄い相手に得意気に語っても虚しいだけね……。そもそも、本当に私の声聞こえてる?実は聞こえていなくて一人で喋っていたなんてオチだと、さすがの私も涙目になるわよ」

 

「ま……いいわ。色々と試していたようだけど、ノアの問題を解決するには至らなかったみたいね。最低限の干渉でイーリス打倒の運命に導けるのが一番ではあるけれど……手間を惜しんでいる場合じゃないわね」

 

「じっくりと時間をかけて、ノアと向き合うしかなさそう。あるいは、イーリスを倒す別の手段を見つけ出すか……」

 

「それと、ついでにもう一つ話があるわ。マヤのことについてよ」

 

「どうやらあの子、以前に私の勘違いでカケルに対して話していたけれど、相当流れに干渉出来るみたいね」

 

「そうね、特異点の話よ」

 

「私が見ている限りでも、あの子……カケルが動くのに影響されてるからか、大きく行動が変わっているのよねぇ……」

 

「見る時見る時、枝ごとでしている事や位置が全然違ってたりするのよ」

 

「ま、マヤに限っては、自力でイーリスに対抗出来る程の信じられない力を持っているみたいだし、動ける範囲が他より広いのかもしれないわね。あの子の背後にも大きな組織がありそうだし……」

 

「必ずあの子は味方に引き込みなさい。大抵のことはマヤが居れば対処可能なはずよ。接触するのもなるべく早めがおすすめね」

 

「……あの子にも、色々と秘密がありそうだけれども、それは今関係なさそうだし、ノアのことに集中した方が賢明ね」

 

「私から提案出来るのは、それくらいね。例の如く、やり方は任せるわ」

 

「以上。引き続き、よろしくね。ナイン」

 

 





次から結城希亜の枝を始めて行きます。





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第2話:4/17


オーバーロードで初日へ戻ります。

新海翔と主人公の視点を行き来することになります。




 

 

「翔の兄貴~、持ってきやしたぜ~」

 

「ほい、絆創膏」

 

「さんーーー」

 

 

『記憶をインストールする』

 

 

「ーーーい、って……!」

 

「うわ、だいじょうぶ?そんなに深く切った?」

 

「あー……いや、大丈夫」

 

「大丈夫じゃないじゃん。めっちゃ血出てるじゃん。ほら使いなよ、絆創膏」

 

「ああ、ありがとな」

 

「その前に、消毒液使ったら~?もってきてあげたよ」

 

「ありがとうございます」

 

傷口に消毒液をぶっかけ、絆創膏を貼る。

 

……少し混乱は残っているものの、さすがに慣れて来たな。突然未来の記憶をぶち込まれるの。

 

いや、この俺にとっては初体験なんだけどさ。……オーバーロードを使いすぎていつか本来の自分を見失う、とか漫画とかでありがちな副作用はないだろうな?

 

わからんねぇけど、濫用はしない方がいいかもな。スティグマ浸食の件もあるし……。

 

「……にぃに、ほんとにだいじょうぶ?」

 

「ちょっと顔色悪い?家で休んでく?」

 

「や、大丈夫です。思ったより血が出てビビっただけです」

 

「よっわ」

 

「うっせーな。それより、神器、どうですか?直せそうですか?」

 

「どーだろ?完全に壊れちゃったし。駄目だったら、紙粘土とかで適当にレプリカ作っておけば良いんじゃない?」

 

「まじっすか……いいんすか、それで」

 

「さぁ?」

 

「フェスは、流石に中止ですかね」

 

「知らないけど、二人はもう帰っていいよ。また地震が来たら危ないし」

 

「ほーい。じゃあにいやん、帰ろっか」

 

「そうだな」

 

立ち上がり、チラリと目を向けたその先には……。

 

「あ、あの、ごめんなさい。今は写真をご遠慮していただけると……。まだ地震があるかもしれないので避難を……!」

 

帰る前に、フォローしておくか。

 

「天、先に行ってろ」

 

「ん?うん。なんで?」

 

「最後にひと仕事してく。先生、お疲れさまでした」

 

「は~い、お疲れ様~」

 

「申し訳ありません、写真はご遠慮ください。今は避難をーーー」

 

「すみませ~ん。非常時なので避難誘導に従ってくださ~い」

 

指示に従ってくれなくて困っている九條に助け舟を出す。

 

「え、新海くん……?」

 

「ご協力ありがとうございま~す。あちらにお集まりくださ~い」

 

俺に邪魔されて、九條に群がっていた連中が露骨に不機嫌そうな顔をしながら散っていく。

 

「それじゃあ、俺は先にあがるから。お疲れ様」

 

「……うん。お疲れ様。ありがとう」

 

周囲の人が一通り居なくなったことを確認して天の方へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「これは……少なくともラストスパートじゃ無さそうかなぁ……」

 

『どうじゃ?そろそろ判断が付きそうか?』

 

電話越しから年老いた男の声が話しかけてくる。

 

「あー、もう少し様子見するけど、多分何もないで終わると思う」

 

『分かった、他の者にはまだ警戒するようにと伝えておく』

 

「うん、ありがとね」

 

『なに、可愛い弟子のお願いじゃからな、儂にかかれば余裕よ』

 

電話越しから頼もしい声が返ってくる。その声を聞きながらも視線はずっと対象の人物に向けている。

 

暫く見ていたが、三人で会話をした後に、()()()()()()()()()()、新海先輩は九條と一緒に避難誘導をしていた。それを見て電話相手へ声を掛ける。

 

「ごめん、おじいちゃん、無しでお願い出来る?」

 

『了解じゃ、他のを解散させよう』

 

「うん、ごめんね?無駄足になっちゃって……」

 

『気にするな、必要な事だったのだろう?』

 

「うん……そう。あくまで今回は必要としなかっただけで、どこかで必ず必要になる」

 

『なら大丈夫。余計な気遣いは無用だ』

 

「ありがとね……。でも、最後の枝まで来たのは確認出来たから」

 

『四番目の世界、という事か……。間違いないのか?』

 

「うん、先輩の行動と表情を見れば分かる。九條先輩への接し方に遠慮と恥じらいが見られないし、堂々としてる。それと天ちゃんを待たせずに先に向かわせたのも……」

 

『そうか。ならこちらもそれに合わせて備えよう』

 

「お願い、私は念のために結城先輩と接触するかまでは確認しておくね」

 

『ナインボールへ行くのか?』

 

「うん。あ、そうだ。折角だしおじいちゃんも一緒にどう?そっちで忙しいなら別の日にするけど……?」

 

『気にするな。可愛い弟子との食事との方が大事じゃ』

 

「ありがとね」

 

『早速車を向かわせる。あやつらより先に居た方が自然だろう』

 

「そうかも。それじゃあ表に出るね」

 

通話を切り、急いで合流地点へ向かう。

 

指定の場所に着くと、既に車が止まっていたのでそのまま乗り込む。

 

「おまたせしましたー」

 

後部座席へ座ると、前の席におじいちゃんと壮六さんが居た。

 

「舞夜様も来ましたので早速向かいましょうか」

 

「お願いします」

 

壮六さんの運転の元、ナインボールへ発進する。

 

「それで舞夜よ、今後の予定で何か話しておきたい事はあるか?」

 

「……うーん、今の段階だと何とも?話している通りなら予定は変わらないと思うし……まぁ、多少何かがあっても先輩が対応出来ると思うから」

 

「なら九重としては……一先ずは白泉の後始末程度か」

 

「かなぁ……?後は、野良ユーザーの位置の特定、とか?」

 

「神社の件じゃな?」

 

「だね、街で幾つか目撃証言があるみたいだし大丈夫だと思うけどね」

 

「段取りと配置は私の方で進めておきます」

 

「お願いします。私の方は先輩とコンタクト取れる様に動きます」

 

ここが結城先輩の枝なら結構な速さで事件が動くからなるべく早く先輩と知り合っておきたい。

 

それと、可能ならこれまでの枝の詳細を聞いておきたい。私の知っている結末で進んで来たのか、それとも……。

 

「………」

 

先輩との関係や私の立ち位置がどの程度なのかも知っておかないと。

 

「今はそのまま動いて……何かあればまた連絡、という事で」

 

「わかった」

 

「畏まりました」

 

まだ情報が少ないので、取りあえずはそのままと言う事で。

 

 

 

 

 

カラン、という音が背後から聞こえ、お店のドアが開く。

 

「来たようじゃな」

 

正面でお茶を飲んでいるおじいちゃんが小さく口を動かす。

 

「ん」

 

それを聞いてデザートのシフォンケーキを一口食べる。

 

お店に入って来た先輩へ意識を向けながら経緯を見守る。

 

「コーラだのぅ」

 

いつも通りだね。確か毎回コーラ飲んでるはずだし。

 

スマホの黒画面の反射で先輩を見てみるが、チラチラと結城を見ている。うーん、ストーカーかな?

 

コーラに頻りに口を付けながら覚悟を決めた表情を見せ、グラスと伝票を持って席を立つ。

 

……っ!来たっ!来た来た!ショータイムだ!

 

ワクワクしながら意識を向け続ける。正面のおじいちゃんが若干呆れたような表情を浮かべているが今はスルーする。

 

結城先輩の横に立ち、数秒見下ろしてから堂々と正面の席に腰を下ろす。

 

「……相席なら、遠慮して欲しい」

 

興味無さそうな声で拒絶を示す結城先輩。

 

「結城希亜だな?」

 

「……どこかで会った?」

 

「いいや、まだだ」

 

「……まだ?」

 

「ああ」

 

良い感じの滑り出しを見て、満足感と共にケーキを食べる。

 

「この世界線では、な。だが……別の世界線では、もう会っている」

 

うわぁー……言っちゃったよ。切り出したよ。

 

「………」

 

だけど結城先輩のリアクションは薄め。恥ずかしいだろうなぁ……あはは。

 

「俺は、ヴァルハラ・ソサイエティの一員だ」

 

「……!」

 

「あなた、いったい……」

 

「聖遺物は手に入れたか?」

 

「ぇ……?」

 

「……まだみたいだな」

 

出た、結城先輩直伝の『もったいぶった方がかっこいい作戦』だねっ!

 

「紙とペンは持っているか?」

 

「ええ……、持っているけど……」

 

「貸してくれ」

 

先輩の言葉に従うように鞄を開けてペンと紙を取り出す。それを見てケーキを食べ切る。

 

「おじいちゃん、そろそろ出るから合わせてね?」

 

「ああ、好きなタイミングで行って構わんぞ」

 

「聖遺物を入手したら、連絡してくれ」

 

「え?ええ、と……」

 

「怪しいよな、わかるよ。でも、すぐにわかる。俺がなぜ、こんな話をしたのか……」

 

テーブルの上を軽く片付け、伝票を持ってレジへ向かう。

 

「脅威が迫ってる。結城の力が必要なんだ。連絡待ってる。じゃあ」

 

レジへ着くと、後ろから立ち上がる気配を感じつつ支払いを進める。

 

「えっと、少し待ってください……おじいちゃん、細かいの持って無い?10円とか」

 

「……残念じゃが、細かいのは持ってないの」

 

「はーい。すみません、五千円からでお願いします」

 

後ろで立っている先輩に意識や視線を向けない様におじいちゃんと話しながら支払いを済ませて店を出る。

 

店を出てすぐに立ち去らず、出口のすぐ横でおじいちゃんと雑談を始める。

 

「いや~お腹一杯、美味しかったね!」

 

「じゃな、変わらずの出来じゃったな」

 

「デザートのケーキも美味しかったし、大満足って感じだねぇ~」

 

和気藹々と話していると、新海先輩が会計を済ませてお店から出て来た。

 

「っ、………」

 

一瞬私を見て目を見開くが、すぐに何事も無かったかのように反対側を見て歩き出す。

 

それを見送ってから車に戻る。

 

「おかえりなさいませ。ご食事はどうでしたか?」

 

「凄く美味しかったですっ。流石九條先輩のおじいちゃんですね」

 

「満足された様で何よりです。首尾の方は如何でしたか?」

 

「概ね予想通りですね。初手の感触としては悪くないと思います。既に私の事は知っている様でした」

 

「となれば、過去で既にそれなりに関わっているという事ですね」

 

「ワシの方には特に意識は向いて無かったがな」

 

「おじいちゃんとは、面識無かったのかな?」

 

となると……九重家とはそこまで深く関わってはいなさそう?

 

「んー……まぁ、今考えてもしょうがないし、早めに先輩と顔合わせ出来たので一先ずは完了という事で」

 

「夜はどうする?また行くか?」

 

「それだよねぇ……昼も夜もナインボール行くってどうなんだろ?」

 

「そこまでおかしいとは感じませんが……」

 

「九條の孫の件を確認しに行かぬのか?」

 

「……現段階である程度状況は把握出来たと思うから、夜はお家に行こうかな?そっちの方が話し合いが進みそうだし」

 

「了解じゃ。では屋敷へ向かおう」

 

「分かりました。それでは向かいますね」

 

九重の実家へ向けて車が動き出す。

 

……どう接触しようかな?当初の予定では明日の九條先輩の帰り道でバッタリ出くわす計画だったけど……。

 

「やっぱり自然にだと明日の放課後かなぁ」

 

その夜に公園での件を阻止するからタイミングとしては悪くはない。うん、それじゃあ当初の予定通りのタイミングで行こうかな?

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ~」

 

日が落ちた道を歩きながら、再び俺はナインボールにやって来ていた。

 

九條と仲良くなるきっかけは、しっかりと再現しておいた方がいいだろう。

 

昼間の結城の件の時に九重が居た事に驚きはしたが、考えてみれば居てもおかしくはなかった。俺と同じぐらいナインボールに通っているって言ってたしな……。

 

「ビーフカツレツのセットを、ライスで」

 

「はい、ビーフカツレツのセットを、ライスで。以上でよろしいでしょうか?」

 

「はい」

 

「かしこまりました」

 

手早く注文を済ませる。

 

「ごめんなさい、新海くん。少しだけいい?」

 

「うん、どした?」

 

「これ、見覚えないかな?」

 

「アクセ?」

 

ちょっと罪悪感を抱きつつ、アーティファクトの話は適当に惚けて見せてーーー。

 

「フェスの後にバイトなんて、大変だな。お疲れ様」

 

「新海くんもお疲れ様。いつもありがとう」

 

「いつも?」

 

「お店に来てくれて」

 

にこっと笑い、九條が厨房の方へと歩いて行って会話終了。

 

「………」

 

会話の内容までは覚えてなかったから、最後のに……ドキッとしてしまった。

 

チョロいな、俺……。

 

と、とにかく、きっかけ作りは完了。

 

……ただ。

 

このまま記憶通りに進めていいんだろうか?

 

明後日に起こるはずの火事をきっかけに、九條は俺にアーティファクトの事を打ち明ける。

 

でも記憶通りに進めれば……火事を起こしたあのユーザーと対峙する時に九重が参戦してくる。

 

それに……そもそもの発端である人体石化事件。多分、明日の夜に犠牲者が出る。

 

与一がーーー人を殺す。

 

俺は……俺だけはそれを知っている。

 

「………」

 

変えるべきだ。その為の未来の記憶だろう。

 

炎のユーザーの件も、与一の事も、きっと未然に防げる。そうすることで未来の記憶は一切役に立たなくなるだろうが、誰かが死ぬよりマシだろう。

 

「お待たせしました。ビーフカツレツのセットです」

 

「あ、コーラとプリン……」

 

「今日のお礼。嫌いだったら残しても良いから。ごゆっくりどうぞ」

 

トレイを抱えて、ぺこっと頭を下げて立ち去る。

 

……おまけしてもらえるの忘れていた。ありがたくいただこう。

 

「いただきます」

 

手を合わせて箸を取る。……誰も死なせずに、最良の結末へと辿り着く。

 

そうなるように、努力しよう。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました~」

 

食事を済ませ、店を出る。

 

「……ていうか、九重が見当たらなかったが……?」

 

確か、記憶では俺と同じ様に家族と夕食を食べに来ていた……はずだ。

 

「昼に来ていたし、夜は控えたのか……?」

 

ソフィの話では、九重は俺に話していたみたいに運命の流れに干渉出来るらしい。だからこれまでの枝では行動がバラバラだとか……。

 

「まさか、夜に来るか昼に来るかの二択があったのか?」

 

どういった気持ちの変化があって昼に変わったのか分からないが、思ったより自由過ぎる。

 

「……んまぁ、九重らしいって言ったらそこまでだが」

 

問題は明日の放課後に九條を送る時にどう出るかだ。

 

「確か、俺達……学校方面に向かってたよな?」

 

何か忘れ物でもあったのだろうか?でも九條の話を聞いて同行してくれたし……。

 

「んー……っと」

 

不思議に思っていると、ポケットの中のスマホが震えた。

 

 スマホを取り出して確認するが、知らない番号。

 

「……来たか」

 

恐らく、結城からの着信だろう。

 

「もしもし」

 

画面をタップし、俺はすぐさま電話に出ることにした。

 

 

 






「聖遺物から授かった力に……私はとある名をつけた。答えられる?」

「ジ・オーダー」

「………」

「私は、あなたを信じる」


このシーン個人的にめっちゃ好き。



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第3話:動き出す運命


日が明け、4/18ですね。石化事件が起こる日です。




 

 

「あ~……眠たい」

 

朝、目が覚める。と言うかあんまり眠れなかった。それも仕方がない……、まさか私自身もユーザーになるだなんて誰が予想出来たのだろうか。

 

「……取りあえず、準備しよっと」

 

重たい目を擦りながら軽くシャワーを浴びてから朝食の準備を進める。

 

「てか、私がユーザーって事は……」

 

当然、新海先輩もそれを知っている可能性が高いわけで、今の枝では初期の段階から仲間集めをしている。そうなると向こうから私の方にコンタクトを取って来る可能性が非常に高い。

 

「むしろそっちの可能性が高いよね……?」

 

今日は放課後に九條先輩と結城先輩とナインボールで公園の石化事件を阻止する為に作戦会議をするはず。もし先輩が私の力を知っているのなら絶対戦力に加えたいと考える。

 

「……どっちみち、流れは変わんないか」

 

アーティファクトでも私の力でも九重家の力でも何でも良いや。大して違いは無い。

 

「くぅぅ~……良い匂いがしてきたなぁ……」

 

それよりも、今はこの空腹を満たすことが最優先だしね!

 

結局の所、今日会って話せば全て解る事だと結論を出して、朝食へ意識を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

「悪い、お待たせ。掃除が長引いた」

 

掃除を終え校門へ向かうと、出てすぐのところに九條が待っていた。

 

「ううん、大丈夫。あの、話って……」

 

「歩きながら話そう」

 

「あ、そ、そうね。よかったら鞄、カゴの中に入れてね」

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 

自転車のカゴに鞄を入れさせてもらい、歩き出す。

 

「……で、話なんだけど」

 

「うん」

 

「実は俺も、九條と同じ状況だ」

 

どう切り出そうかと思ったが、率直に話すことに決めた。

 

「え……?」

 

「超能力が使えるようになった、だろ?」

 

「………」

 

ポカンとした顔を浮かべ、足を止める。

 

その表情は、『突然なにを言っているんだこいつ』と呆気をとられているわけではなく……、夢か気の迷いか、朧気だった事象が途端に現実味を帯び始めた。そんな戸惑いの顔だ。

 

「新海くんも……?」

 

「ああ」

 

恐る恐る確認するように問う九條に対して、確かに頷く。

 

それを見て、驚きつつもどこかホッとした様な表情をする。

 

「急に不思議な事が起こって、私、変になっちゃったのかなって、そう思ってて……」

 

「さっきはごめんな。先生もいたし、アーティファクトがーって言えなくてさ」

 

「アーティファクト……」

 

「そう名前をつけたろ?」

 

「う、うん。びっくりした……。そっか、そうだよね。新海くんもフェスに居たし、アニメ知ってるものね。私と同じように名前を付けてもーーー」

 

「いや、違うんだ。九條から聞いた」

 

「……へ?」

 

やっぱりその反応をするよな。

 

「歩きながら詳しく話すよ」

 

「ぁ、そ、そうね」

 

止めていた足を再び前へ。大丈夫だとは思うが、九重とこの道で遭遇しておきたいので同じ様に動いておく。

 

 

 

 

 

「ああそうだ。今から会う人も俺たちと同じユーザーだ。俺が知っていることを話す約束をしている。だから、九條も同席して欲しい」

 

「できれば話を聞かせてもらいたいけれど……ごめんなさい、私これからーーー」

 

「バイトなら無いぞ」

 

「え?」

 

「今日は、九條のシフトは入ってない」

 

「入ってない……。ぇ?ぁれ?」

 

「……あれぇ?」

 

俺の言葉を聞いてポカンとした表情をする。

 

「それと、実はもう一人、約束はしていないけど、この道でこの後出会う人が居る」

 

「えっと……その人も、ユーザー?」

 

「ああ、俺たちの仲間だ。九條もよく知っている子だ」

 

「私もよく知ってる……?」

 

九重の名前を出そうとした時、丁度正面からこちらに向かって歩いている九重の姿を見つける。

 

「っと、噂をすればなんとやら……だな」

 

「あれ?九條先輩じゃないですか」

 

九條を見つけ、驚くように声を掛けてくる。よし、上手く行ったな。

 

「舞夜ちゃん?」

 

九條が不思議そうな表情を浮かべて名前を呼ぶ。

 

「お隣の男性は……もしかして放課後デートの最中でしたか?」

 

記憶の中と変わらず、楽しそうな表情で九條を揶揄い始める。

 

「新海くん……もしかして……?」

 

「ああ、さっきの話は九重の事だ」

 

「舞夜ちゃんも……」

 

「ん?どこかでお会いした事ありますか?私の名前を知っている様ですが……」

 

自分の名前を出され、不思議そうに首を傾げながらも俺を見る。

 

「一方的にな。俺は九條と同じクラスの新海翔だ。ちょっと事情があって九條と一緒に帰っている」

 

「あ、ご親切にありがとうございます。九重舞夜って言います。既に知っているみたいですが、一応自己紹介しておきますね」

 

「九重、突然ですまないが、これから時間あるか?」

 

「え、今からですか?……一応、平気ですが……」

 

「それは良かった。俺と九條は、これからナインボールであることについては話し合いをするつもりだ。九重もそれに参加して欲しい」

 

「ある、話……?」

 

「超能力、と言ったら伝わるか?」

 

「……どうしてそれを私に?」

 

さっきまで笑顔だった九重の表情が切り替わる。

 

「九重が一番よくわかるはずだ。昨日の夜、部屋でアクセサリーの様なものを拾わなかったか?」

 

「……どうやら、同じ人達と言うことですね」

 

俺が言いたい事を理解したのか、静かに目を閉じる。

 

「そうなる。ここにいる九條もそうだ。それと、もう一人ナインボールで待っている」

 

「良いでしょう。喜んでご同行させていただきます」

 

まだ警戒心があるのか、堅い口調で返事をする。……ま、今は付いて来て貰えることに喜ぼう。

 

「九重の了承も得た事だし、向かうか」

 

再びナインボールへ向けて歩き出す。

 

「舞夜ちゃんも、その、ユーザーなの?」

 

「ユーザー……?そう呼んでるのでしたらそうですね。九條先輩とお仲間ってことですよ?」

 

「本当なんだ……」

 

「突然言われた時は驚きましたが、九條先輩が心配なのでご一緒します!」

 

「私が、心配……?」

 

「もしかしたら悪い男に騙されているかもしれません、超能力とか言いつつ怪しい壺などを売りつけてくる悪い集団かもしれませんよ?」

 

「んなもん誰が売るか」

 

「か弱い乙女の仲間として、見過ごすわけには行きませんっ。安心してください、これでも護身術を嗜んでるのでそこら辺のチンピラでしたらちょちょいのちょいです」

 

「か弱い、ねぇ……」

 

訂正、九重は九重だわ。

 

こいつの実力を知っているけど、何も知らずに見れば九條と同じ様にどこにでも居るような高校生に見える。ふざけた様な態度も絶対的な自信から来ているのかもしれないな。

 

……いや、素の性格かもしれん。

 

「あ、あのー……新海先輩?先ほどから私に視線を向けている様ですが……はっ!もしや、私も標的に……!?」

 

「あほか」

 

「あ、あほ……。初対面の女の子になんて言いぐさ……傷つきました。九條先輩ぃ……慰めて下さい」

 

「え、えっと、よしよし?」

 

「あぁ~……満たされます」

 

若干困惑している九條に撫でられ、ご満悦な笑みを浮かべる。

 

……ほんと、見えねぇなぁ。

 

記憶の俺と、今の俺との認識を擦り合わせながらナインボールへ向かった。

 

 

 

 

 

 

「私は結城希亜。見ての通り、玖方女学院の生徒。学年は新海くんと同じ」

 

「よろしくお願いします、九條都です」

 

「白泉の一年、九重舞夜ですっ、どうぞお見知りおきをー」

 

学校からナインボールまでの道中で無事新海先輩達と出会えた。そして、そのままナインボールへ連行されてしまった。

 

「その、結城さんも……ユーザーだと……」

 

「そうね、昨日聖遺物……彼の言う、アーティファクトを手に入れた」

 

「私もなんです。急に不思議な力が使えるようになってしまって……」

 

結城先輩と九條先輩の会話を横で聞きながら到着した飲み物のストローに口を付ける。

 

んー……どうやら、新海先輩は私の力も多少なりに知っていると思われるね。か弱いって言葉に反応していたし……。

 

呑気にストローで吸っていると、新海先輩がこちらを見る。

 

「良いのか?会話に参加しなくて?」

 

「んまぁ……いきなり連れて来られた訳ですし、自分なりに情報を纏めているところです」

 

「そうか」

 

と言うのは嘘で、話している最中にボロが出ない様になるべく口を慎んでいる。さっきも何も知らない振りをしながら会話していたが、オーバーロードを持っている先輩に変に感づかれたくはない。少なくともこれまでの枝の詳細を聞き出すまでは静かにしておきたい。

 

「お互いに自己紹介も終わった事だし、ひとまず俺の話を聞いてくれるか?」

 

「ええ」

 

「了解です」

 

「よし、順番に話していく。まずはーーー」

 

そして、先輩の口から、アーティファクト、異世界、ソフィ、イーリス、魔眼のことらについて話が出てくる。

 

「魔眼がイーリスという悪神の手に渡れば、世界は破滅する。私達の使命は……世界を守ること」

 

一通り説明が終わり、結城先輩が確認で聞く。

 

「ざっくり表現すれば、そうなるな。いきなりこんな壮大な話されても困るだろうけど……」

 

「……いえ、問題は無い。心の準備は、既にできている」

 

「ジ・オーダーを手にした瞬間から……いえ。あなたと出会った瞬間から、私はこうなることを予測していた」

 

「私の力が世界を救う一助となるのなら、喜んで手を貸す」

 

迷いなく、ハッキリとそう宣言する。

 

「頼りにしてる。九條はどうだ?ついてこれてるか?」

 

「大丈夫。少し戸惑っているけれど、私も……うん。役に立てるのなら、頑張りたい。そうしなきゃ、いけないんだと思う」

 

「ありがとう。九重の方はどうだ?理解は出来ているか?」

 

「はい、流れは一応把握出来ました。他の世界で色々とあった様で……」

 

「それと、新海先輩に一つ確認なのですが……良いですか?」

 

「ああ、何でも聞いてくれ」

 

「先輩は、私の事をーーーどこまで知っているんですか?」

 

「……どこまで、か。九重から聞いている所までしか知らないな……、それについては後で2人きりで話したい」

 

「……それもそうですね。分かりました」

 

うーん、これは……どうだろ?イーリスを撃退しているってことは、私もそれなりに頑張ったってことなんだろうし……。

 

『後で話したい』かぁ……。もしかすると、前回の枝で私から何か伝言とか受け取っているかもしれないね。その内容次第ではおじいちゃん達と色々話さないといけないかもだし、うーん。

 

一人で考え事をしていると、話は既に魔眼のユーザーの所まで来ていた。

 

「犯行の場所は?何時ごろなの?」

 

「場所は公園だ。時間は……詳しいのは分からない。確か……被害者は塾帰りだったはずだ」

 

「塾……。被害者も、私達と同年代?」

 

「だな。玖方の生徒」

 

「玖方の……」

 

「心当たりとかあったりするか?玖方の人が通っている塾」

 

「……いえ」

 

「学生の多い街だから塾も多いし、心当たりがないなら、特定は難しそう……」

 

「だなぁ……。ってことは、公園に張り込むしかないな」

 

「了解。それじゃあ……十九時。一度帰宅して着替えてから、集合しましょう」

 

「そうですね」

 

「分かりました」

 

結城先輩の決定に返事をする。

 

「三人も来てくれるのか?」

 

「むしろ、あなたを一人で行かせる、という選択肢が存在しない」

 

「うん。話を聞いてしまった以上、私も出来る事をしたい」

 

「ですね、殺人現場予定地に皆さんだけで向かわせる訳にはいきませんよ」

 

「……ありがとう」

 

「礼は不要。もう私達は仲間なんだから」

 

「うん、そうだね、仲間」

 

おっと、やっぱりこの枝の結城先輩はデレるのが超絶早い。

 

「なんていうか……ホッとしてる。俺の話を信じてくれて」

 

「ふふ、アーティファクトを拾ってなかったら、少しは疑っちゃってたかも」

 

そこで、"少し"しか疑いを持たない九條先輩の人の良さが逆に心配です。

 

「私は……出会い方が意味深過ぎたから。信じるしかない」

 

「どんな出会い方だったんですか?」

 

好奇心のまま九條先輩が聞く。

 

「ここで突然声をかけられた」

 

「突然?」

 

「ええ、突然。不審者かと思って警戒した」

 

「そりゃそうだわな……」

 

だろうねぇ……。

 

「けれど……ヴァルハラ・ソサイエティの名前を出されたら、信じないわけにはいかない。ヴァルハラ・ソサイエティの事を知っているのは、私以外に一人だけ。妹だけだから……」

 

「妹さんがいらっしゃるんですね」

 

あちゃ。でも……この会話は今後重要になるからねぇ。

 

「………、そうね。正確には、いた」

 

「ぁ……、ご、ごめんなさい、私……」

 

「気にしなくていい。安易に話題を出した私が悪い」

 

「結城先輩はここでなんですねっ、私なんてついさっきその辺で連行されたんですよ!」

 

「連行……?」

 

「はい!九條先輩を見かけたので声を掛けたら、急に『これからナインボールであることについては話し合いをするつもりだ。九重もそれに参加して欲しい』と言われて……」

 

「私としては……とても恐くて、逆らえずにそのままずるずると……」

 

「あー……九重の妄言は置いといて、大体話終えたが、何か聞きたい事とかあるか?」

 

「あ、スルーされた」

 

なーんか、私の扱いが若干雑な感じだねぇ……。過去の私は何をしでかしたんだか。

 

「知りうる限りの、聖遺物の契約者が起こした事件を教えて」

 

「大きな事件はさっき話したやつ、人体石化事件。少なくとも……犠牲者は二人」

 

「連続殺人事件……というわけね」

 

「ああ。だからこそ止めたい」

 

「他には?」

 

「うちの学校の火事がある」

 

「え……学校の?」

 

「ああ。ただこれは……事件っていうか、事故に近い。力が暴走したんだ」

 

「暴走……」

 

「力を使う時、紋章が出るだろ?人によって違いはあるんだが、力を使い過ぎるとそいつが全身に広がる。しっかりと制御出来れば、紋章ーーー俺はスティグマて呼んでるんだが、そいつが自分の魂の色に変わる」

 

「制御出来なければ暴走する……ということね」

 

「そういうことだな。俺が知る限り、三人がすぐにその状態になることはないんだけど……力の使い過ぎには気を付けてくれ。暴走すると、精神もやられちまうらしい」

 

「……うん、わかった」

 

「火事はいつ?」

 

「明後日の昼休みのはず」

 

「昼休み……急いで学校を出ても、私がついた頃には片付いていそうね」

 

「火事の方はこっちで何とかする。事前に防げるのなら、そうするつもりだ」

 

「だが、もしもの為に九重にお願いがある」

 

「ん?なんでしょうか?」

 

「暴走するユーザーは、実は九重のクラスで起こる」

 

「それはまた……なんともピンポイントなことで」

 

「その時、出来る限りで良いから火事の被害を抑えて欲しい」

 

「舞夜ちゃん一人に……?危険じゃないかな?」

 

「私一人に出来ることは限られていますが……安全第一で良いのでしたら」

 

「……ああ。それと、近くに天が居ると思うから出来るだけ安心させてやってくれ」

 

「天ちゃん……?新海先輩、もしかして、天ちゃんのお兄さんですか?」

 

「だな、妹がいつもお世話になってる」

 

「あ、ああ、いえいえ、こちらこそいつも仲良くさせてもらってます」

 

腰の低そうにペコペコとお辞儀をする。

 

「なるほど……それでしたら後ほど詳細を聞かせて下さい。出来る限り安全を確保しますので」

 

「それで頼む」

 

「大丈夫なの?彼女にそんな事をさせて」

 

「あー……、まぁ?」

 

どう話そうかと迷っていながらこちらに視線を向ける。

 

「ふふふ、九條先輩は知ってはいますが、実家が武術の道場を開いていますので、私自身もそれなりに嗜んでいるのです、えっへん。ま、護身術ですが」

 

得意気に胸を張る。

 

「……彼が大丈夫と言うならそうなのでしょうね。分かったわ。他には?」

 

「取りあえずは……こんなもんだな」

 

「意外と……って言い方は不謹慎だけど、少ないね」

 

「明らかにユーザーの犯行って分かるのがその二つってだけかもな」

 

「能力を隠した犯罪は、他にも発生しているかもしれない」

 

「って考える方が自然かもな。誰もが正義感の強い人間ばかりじゃないしな」

 

 

 

 

 

 

 

話も一段落付き、一旦解散となる。

 

「……九重、この後良いか?」

 

「ですね。私も先輩に色々と聞いておきたい事があります」

 

案の定、九重も俺に用があるとの事だ。

 

「帰りながら話そうか」

 

「そうですね。あ、先輩の家はどちらですか?駅までですか?」

 

「……そうだったな。驚け、九重と同じマンションだ」

 

「……そうなのですか?」

 

「ああ、極めつけは同じ階で三つ隣の部屋だ」

 

「何かの因果を感じてしまいますね……」

 

「な、偶然って恐ろしいよなぁ」

 

「そうですねー。それなら歩きながら少し話しましょう」

 

「だな」

 

お互いに目的地まで歩き始める。

 

「それで?俺に聞きたい事って?」

 

「そうですね……何から聞けば良いやら……」

 

真剣に考えるように目を閉じて首を傾げる。

 

「私についてはどの辺まで知っていますか?」

 

「そうだなぁ……九重自身の力とか、目のこと、とかか?」

 

「九重の事については?」

 

「そっちはあんまりだな。九重がそれなりに発言力を持っている立場って言うのと、バックアップしてくれているってことくらいか?」

 

「なるほどなるほど。概ね予想通りですね」

 

「さっきも思ってたんだが、あまり驚かないんだな」

 

「ん?そうですか?」

 

「結城や九條は結構驚いていたけど、九重はそうでもない様に見えた」

 

「あー……何となく予想が出来ていたので」

 

「まじか、すげぇな」

 

「別の世界線とか未来から来たとかは流石に驚きましたよ?ですが、同じ仲間を集めているってことは、敵対する……倒すべき何かが居るってことですから。初対面の私を引き込んだり今日顔合わせをさせたのも、その危機がすぐ目の前まで来ているから急いで行動を起こしているって考えれば理解出来ますし。まぁ、スケールが世界の危機とは予想外でしたが……」

 

「………」

 

普段はふざけた様な感じだけど、しっかりと考えてるんだよなぁ意外と。前の枝でもオーバーロードが使えるようになった時の為にとあれこれ言ってたし、実際にそれが現実となったわけだから馬鹿に出来ない。

 

「それと、お願いなのですが……今日明日辺りにでも、時間を作ってこれまでの枝の出来事を詳しく聞きたいです」

 

「それは別に良いが……どうした?」

 

「私の力がどの程度通用していたのかと……その他諸々と」

 

「分かった。今日の件が片付き次第話そう」

 

「はいっ、お願いします」

 

正直、九重が来てくれるのはかなり心強い。

 

俺一人では与一には敵わないが、九重が居れば話は別だ。

 

勝負は……今夜だ。与一を止めれば、確実に別の枝が生まれる。

 

絶対に、止めて見せる。

 

 

 





「張り込みにはあんパンと牛乳が定番って結城先輩が言ってたっけ?」
「でも、九條先輩お手製弁当をちゃんと食べたいし、飲み物だけにしておこっと」
「多分、お願いしたら実家の方からも重箱が出て来そうだなぁ……」

とまぁ、夜の公園でピクニックは次になりそうです。



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第4話:残りを全部食べ切ったと言った時の、結城先輩の安堵した表情を私は見逃しませんでした


……あんぱんと牛乳は持ったか?




 

「すみません、遅れましたっ!」

 

私以外が到着したのを確認してから数分後に先輩らと合流する。

 

「いや、俺もついさっき来たばっかりだ」

 

「どのみち、長時間待つことになるから」

 

「そんじゃ、全員揃った事だし移動するか」

 

目的の場所が見えつつ、周囲から目に付きにくい場所を見つける。

 

「この辺で待つか。メシ食いながら」

 

「そうしましょう」

 

「あ、私、念のためと思って、これどうぞ」

 

九條先輩が持っている大きめの鞄からレジャーシートが出てくる。

 

「直に座るより、いいかなーって」

 

「流石は九條先輩っ、気の遣い方が神ですね!」

 

「広げるの手伝うよ」

 

「ごめんね、ありがとう」

 

「あっ、私もやります!」

 

草地の上にシートを広げて、その上にそれぞれ荷物を置き、中央に九條先輩手作りの弁当箱を置く。

 

「……これ、完全にピクニックだよな」

 

「そう、だね……。場違いな物ばっかり持って来ちゃったね……。ごめんなさい……」

 

「張り詰めているより余程良い。……いただきます」

 

「俺もいただきますっと」

 

「私も頂いて良いですか?」

 

「うん、気にせず食べて?良かったらお手拭きもどうぞ」

 

鞄から人数分のお手拭きを渡して来る。

 

「ありがとう。至れり尽くせりだなぁ……」

 

「ナインボール出張版ね」

 

「ふふ、どうぞ召し上がれ。ぁ、紙皿と割りばしも持ってきたよ」

 

「あざっす。いただきます」

 

「ありがとう。使わせてもらうわ」

 

「ありがとうございます!もらいます!」

 

皆で手を合わせて俵型のおにぎりをそれぞれ取る。

 

確かこの時の新海先輩、天ちゃんとモック行ってるから実はそこまでお腹空いてなかったんだよね……。

 

ま、私が全部食べ切れるから大丈夫なんだけど!

 

楽しみであった九條先輩のおにぎりを食べる。

 

「滅茶苦茶美味しいですねっ!このおにぎり!」

 

「だな、めっちゃ美味いな」

 

「……、おいしい。全部……九條さんが作ったの?」

 

「はい、あまり手の込んだの作れなくて申し訳ないんですが……」

 

「……敬語、やめて」

 

「え?」

 

「仲間なんだから、必要ない」

 

「ぁ、はい……じゃなかった。うん、わかった」

 

うんうん、良いですなぁ。友情が深まって行くのって。

 

「結構手間がかかってそうだけどなー……。すげぇご馳走に見える」

 

「先輩、見えるんじゃなくて実際にご馳走なんですよ」

 

「ふふ、誤魔化すのが上手なだけかも。色鮮やかな野菜入れると、華やかに見えるから……。ほら、プチトマトとか」

 

「………」

 

プチトマトと言う単語を聞いて、結城先輩が困った様な顔をする。

 

「ぁ……苦手?」

 

「……少し」

 

「じゃあ俺が食べるよ」

 

新海先輩が気を利かせる。

 

「……いえ、私も食べる」

 

だが、それを拒否する。

 

「? 嫌いなんだろ?」

 

「……何年も食べてないから、今ならいけるかもしれない」

 

「ああ、確かに成長すると、食べれなかったものが食べれるようになってるとかありますしね!」

 

まぁ……結果はお察しなんですが。

 

渋りまくった表情でプチトマトを箸で持ち上げ、自分の皿へ乗せる。

 

皿の上のプチトマトをじーーーっと見つめ、口に運ぼうと持ち上げて……。

 

「………ぅ」

 

再び皿へ戻す。

 

「………」

 

嫌いな食べ物を見ながら嫌な表情を浮かべてる結城先輩が可愛い過ぎて鼻血出そうです。

 

「ものすんげぇ渋い顔をしてるぞ?」

 

「無理して食べなくても大丈夫だよ?」

 

「ぅ………」

 

「……いただきます」

 

意を決したように声を出してプチトマトを口へ入れる。

 

「ぁ」

 

「………」

 

「………、ん……っ!?」

 

その瞬間、結城先輩が固まる。

 

「うぇぇぇぇ………っ」

 

今にも吐きそうな表情で情けない声を上げる。

 

「ぁ、ぁ……っ」

 

それを見て、慌てだす九條先輩。

 

「駄目だったかー」

 

「こ、ここに……、私の皿に吐き出して……っ!」

 

「……そういう、わけには、ぃ、いかない……っ!」

 

死にそうな声でプチトマトを食べ続ける。

 

「結城先輩。どうぞ、飲み物です」

 

目を閉じて必死に食べ切ろうとしている結城先輩に、袋から取り出したペットボトルの蓋を開けて手渡す。

 

「っ!……ん…、………ぅん、ん………」

 

無言でそれを受け取り、勢いよく飲み始める。

 

「ぷはぁ……、ふぅ……」

 

「大丈夫……?」

 

「もう、大丈夫……」

 

全然大丈夫そうに見えない表情で返事をする。

 

「そう言えば他の枝では、なんだっけ?プラ……プラ何とかが濁るって言って食べなかったな」

 

「……プラーナ」

 

「そう、それ」

 

「……かなり濁った。私はもう戦えないかもしれない……」

 

疲弊しまくった表情をして、頼りない声で呟く。

 

「そんなにかよ……。そんなに嫌いか」

 

「好きな物、お口直しにどうぞ」

 

「……いただきます」

 

気を取り直しておかずを食べる。

 

「あの、話変わっちゃうけど、他の枝って並行世界ってことだよね?」

 

「ん?ああ、そうだな」

 

気になってるご様子の九條先輩が質問する。

 

「他の枝でも、こんな風に四人で食事してたんだね」

 

「もっといた。俺の妹と、あともう一人。三年生の先輩も」

 

天ちゃんと香坂先輩だね。

 

「それが、ヴァルハラ・ソサイエティのメンバー?」

 

「だな。あとソフィも加えるなら、全部で七人か」

 

「一番上手く行った枝で、そのメンバー。最初の枝では、結城に警戒されてたな」

 

「なぜ?」

 

「まだ俺の能力が分からなかったし、アーティファクトも見せられなかったからな」

 

「見せなかった……ではなくて、見せられなかった?」

 

「体の中にあるんだ。傷口から、中に入っちまった」

 

「そんな事もあるんだ……」

 

「それは災難でしたね……」

 

「普通はないけどな。そういう特殊な状況だったから、俺が石化事件の犯人かもって、警戒されてたんだ」

 

「結城との関係が微妙だったのは、その枝だけだな。他の枝では、ピンチの時に助けてくれたり……、いつもタイミング良く来てくれるんだ。正義のヒーローみたいにさ」

 

「正義の、ヒーロー……」

 

新海先輩の言葉を聞いて、驚くように言葉を繰り返す。

 

「ぁー……女子に使う例えじゃなかったかもな。悪い」

 

「いえ……、私にはその記憶は無いけれど、そう振る舞えていたのなら……誇らしい」

 

「結城はどんな状況でも、正しい行いを貫いてきた。まさに、ヒーローだよ」

 

「………ぅう」

 

真っ直ぐな感情を当てられ、恥ずかしそうに唸る。

 

「い、今も、聖遺物は体内にあるの?」

 

それを誤魔化す様に話題を次へ変える。

 

「ん?ああ、そのはず」

 

「……そう。なら、見せたくても見せられないわね」

 

「そうなるな。スティグマも出ないっぽいから……俺がユーザーであるって、実は証明出来ないんだ」

 

「今更、疑うつもりはないけれど……?」

 

「一応、私のアーティファクト、三人に見せておいた方がいいかな?」

 

「……そうね、そうしましょう」

 

「いや、見せなくてもいい。知ってしまう事が弱味になるかもしれないし……」

 

「ぁ……そっか、私みたいに、見たものを奪えたりしたら……」

 

「だからこそ、見せる。信頼の証に」

 

そう言って先陣切った結城先輩が、鞄からアーティファクトを取り出し皆に見せる。

 

「好みではないから……身に付けたりはしないけれど」

 

「リング……。私のと、全然違います。これなんですけど……」

 

続いて今度は九條先輩がアーティファクトをポケットから取り出す。

 

「髪飾り……意匠はどことなく似ている気がするけど……」

 

「元々は水銀みたいな液状っていうか、液体っていうか。ユーザーごとに形が変わるんだよな」

 

「そうなんだ……。不思議……」

 

「……次は私の番ですね」

 

「無理に見せなくて良いんだぞ?」

 

「いえいえ、知られても大した事では無いので。寧ろここで私だけ見せないのは、空気読めない人になっちゃいますからね!」

 

当初の計画ではアーティファクトだなんて計算に入れてないから例え無くなっても支障は無いしねっ。

 

取りあえず三人に見えるように右側の髪を掻き上げて耳を見せる。

 

「じゃーん。私のはイヤリング型です!」

 

「付けて来てたのか……」

 

「折角ですし、オシャレしてみようかと思いましてっ。どうです?似合いますか?」

 

「うん、凄く可愛い」

 

「ありがとうございまーすっ」

 

「皆それぞれ違う様ね……。見た目はただのアクセサリーだから、忘れてしまいそうになるけれど……これは、異世界の物質……」

 

「興味深い。オリハルコンやミスリルに類するような……特殊な金属なのでしょうね」

 

「ある意味、伝説の武器みたいなもんだよな。手に入れただけで特殊能力が使えるようになるんだからさ」

 

「ゲームだと、ラスト辺りに手に入るアイテムですよねぇ……」

 

「そういえば……契約の解除って、どうすれば良いのかな?」

 

「薬がある。ソフィがもう手配しているはず。来月には出来るんじゃなかったっけな」

 

「ソフィという人物にも……会ってみたいわね」

 

「あー、連れて来ればよかった。ここに来る直前、話していたんだ。それで、九條に相談があるんだ」

 

「なぁに?」

 

「火事の話。喫茶店でしたよな?」

 

「うん、そうだね」

 

「事前に九條の力で、アーティファクトを奪ってくれないか?そうすれば、火事を未然に防げる」

 

「奪うだけで、大丈夫?」

 

「大丈夫。奪った後に破壊する。そのあと、力は解除してもらっていい」

 

「わかった、やってみる」

 

「……火事は、明後日ね」

 

「ああ。明日の放課後までに奪いたいな。……って、俺がやるんじゃないけどな」

 

「頑張ってみる。舞夜ちゃんと同じクラスの人なんだよね?」

 

「だな。クラスの男子だ」

 

「やるなら……放課後が良いかもな。時間に余裕があって、自由に動ける。もし奪ったらすぐソフィに渡して、確実に破壊してもらって、九條は能力を解除」

 

「渡して……解除。見えていないと奪えないし、十メートルくらいまで近づかないと駄目だけど……大丈夫かな?」

 

「見えていなくても大丈夫。そこにあるって分かっていれば、奪えるはずだ」

 

「ぁ、そうなんだね。昨日色々と試してみたんだけど……。そっか、見えないと駄目って思い込んでた」

 

「ついでに言うと、形が無い物も奪える。記憶とか視力とか」

 

「き、記憶に視力……?」

 

「九條さんの力……かなり強力なようね」

 

「みたい、だね……。使い方、気をつけないと……。とても怖い力……」

 

「新海くんは、ヴァルハラ・ソサイエティのメンバー全員の力を把握しているの?」

 

「実は、結城の力だけはよく理解できてない」

 

「なぜ?」

 

「自分の中の基準がブレると危ない力だから、出来れば明かしたくない、ってさ」

 

「力を使う場面は、何度も見ているんだけどな」

 

「……そう。私が、そんなことを……」

 

「だから、無理に話さなくてもいい。頼りになるってことだけは、分かってるから」

 

「………、了解」

 

「先輩、先輩。私はどうでした?どんな感じでしたか?」

 

「九重は……枝によってバラバラだったなぁ。いや、それ以前の問題だけどさ。でも使いこなしてはいたぞ?人や物、現象とかにも干渉してた」

 

思い出す様に視線を上へ向けながら話す。

 

「……なるほどです。思ったより自由度高いのかもしれないですねっ!」

 

「割と考え方次第かもしれないな」

 

過去の枝の私は、結構アーティファクトの力を使っているみたいだね。

 

「明日、授業が終わったら私も白泉に向かう。着いた頃には済んでるかもしれないけど……」

 

「助かる。もう、俺の記憶は役に立たないだろうからなぁ……。何が起こるか分からないから、来てくれると安心出来る」

 

「アーティファクト、身に付けてたりするのかな?分かりやすい場所なら助かるね」

 

「多分、首にぶら下げるはず。十字架のネックレス」

 

「十字架……、うん。そこまで分かっているなら、スムーズに進みそうだね。さっき新海くんが教えてくれたこと、家に帰ったら確かめて練習しておくね」

 

「抵抗した時の制圧はこの九重舞夜にお任せをっ!」

 

おかずを口に運んだ手でそのままビシッ!っと決める。

 

「もしそうなった時は、よろしくな」

 

「はい、喜んで!」

 

「その為に、まずは今日を無事に乗り越えないとな……」

 

「しっかり食べておきましょう。魔眼の契約者に後れを取らない様に」

 

「私もいただきます。嫌いなものは、手をつけなくていいからね?」

 

「……そうする」

 

「あ、ご安心をっ。プチトマトは全部私が食べちゃってしまいましたので!」

 

「………、そう」

 

ああもう、可愛いなぁ!このこのっ。

 

「新海くんも、嫌いな物とか大丈夫?」

 

「俺は特に。全部ありがたくいただきます」

 

「舞夜ちゃんは?」

 

「見ての通り平気です!何でも食べれる体なので!」

 

「……私だけ、子供みたいでかっこ悪い……」

 

「別に、そんなこと思わないけどな」

 

「結城先輩の中では、許せない一線かもしれないですねぇ……」

 

けど残念!全部私が食べました!

 

 

 

 

 

 

九條先輩のご馳走でお腹を満たし、雑談で花を咲かせていた時。

 

「先輩方、人が来ましたよ」

 

夜の公園へ、スマホをいじりながら一人の女子生徒がやって来る。

 

「ぁ……玖方の制服」

 

女子生徒はスマホに目を向けたまま、ベンチに座る。

 

「……彼女が?」

 

「……ああ。魔眼の最初の犠牲者だ。このまま放っておけばな」

 

「結城さん、あの子を知ってたりは?」

 

「いえ……」

 

「このまま様子を見よう。与一が現れるまで」

 

先輩の言葉に全員が無言で頷く。場には中々の緊張感が漂い始める。

 

そのまま十分程様子を見ていると、ふらりと深沢与一が姿を現す。

 

「深沢くん……」

 

「彼が……魔眼の契約者」

 

特に目的の無いような足取りで公園内を歩き、女子生徒を見つける。

 

獲物を見つけたかのようにベンチに座って居る女生徒に近づくと、相手も近寄って来るのに気付く。

 

それに対して深沢与一が手を振ると、相手が微笑んでいた。

 

「……二人は、知り合い?」

 

「……そう見えるわね」

 

「………」

 

女子生徒にどんどん近づいて行くのを見て、新海先輩が緊迫した表情を浮かべた。

 

……願っていた願望に対して、現実を知ってしまったが故、なんだろうね。

 

「先輩」

 

「……ああ」

 

「……新海くん?」

 

「……三人は、ここに居てくれ」

 

「……一人で行くつもり?」

 

「……あいつと、話させてくれ。頼む」

 

それでも、可能性を捨てきれずに話し合いを希望する。

 

「……様子がおかしくなったら、すぐに飛び出すから」

 

「……わかった。それと、九重。もしもの時は……頼んだ」

 

「了解です」

 

ゆっくりと立ち上がった先輩が、一歩ずつ……談笑している2人へ静かに距離を詰めていく。

 

楽しそうに話している女子生徒に、深沢与一がおもむろにしゃがんで視線を合わせる。

 

見つめ合うように、正面から目を合わせた。

 

「よせ、与一」

 

そして、それを先輩が止めに入る。

 

「……ん?」

 

声を掛けられ、後ろを振り向いたその顔には、スティグマが浮かんでおり、それを見た隣の二人が小さく声を上げた。

 

「……翔?」

 

相手が知り合いと分かり、すぐに能力の発動を止める。

 

「それ以上はよせ、与一」

 

「一線を越えたら、もう戻れなくなる。だから、よせ」

 

静かに、諭す様に、でも寂しそうな声で話しかける。

 

「………。誤魔化そうとしても、無駄みたいだね」

 

数秒の沈黙が流れ、全てを察してから、諦めるような表情で返事をする。

 

その後、不審に思っている女子生徒を追い出して、再び先輩を見る。

 

「そんな怖い顔しないでよ。僕、なんか悪いことした?」

 

「本気で言ってんのか?」

 

「あぁ……やっぱり知ってるのか。最悪だなぁ……」

 

「いっぱい疑問があるんだけど……、こう聞くのが早いかな?なんで分かったの?僕がしようとしてたこと」

 

「そういう力を、貰った」

 

「あー……だよねぇ。誰にも話してないし」

 

疑問が解け、納得出来たのか楽しそうに笑っている。その光景を見て『そんな……』と隣の九條先輩が驚いている。結城先輩の方は眉を顰めていた。

 

「これ以上は、見てられない。行きましょう」

 

「……うん」

 

押し殺す様に呟くと、立ち上がって二人の方に歩いていく。

 

その背後を、隠れるように付いて行く。

 

「その子達と一緒に?」

 

すぐ後ろまで来た私達を見て、新海先輩に問いかける。

 

「………」

 

「深沢くん……」

 

「あれ?九條さんじゃん。いつの間に仲良くなったの?」

 

「そんな話、どうでもいいだろ」

 

「良くないでしょ。ずっと女っ気なかった翔にいきなり三人もだなんて。興味津々だよ」

 

「私達も同じ聖遺物の契約者。ただ彼に同行しただけ」

 

「あなたを止めるため。あるいは……裁くために」

 

「裁くって……まるで悪者だなぁ、僕」

 

「白々しい。違うとでも言うの?」

 

「実際、何もしてないし」

 

「………」

 

「ああ……、言葉よりも、九條さんの方が一番効くね」

 

「え……?」

 

「憐れまれてる感じ。なにか理由があるはずだって、そんな目」

 

「だって、深沢くんは、明るい人で……」

 

「いいよそういうの、めんどくさい。翔は全部知ってるみたいだし、今更取り繕って言い訳しても無駄だし」

 

「それよりさ、どういう力?心が読めるとか?」

 

「違う。知っているだけだ。このままお前を放っておくと、何人も殺してしまうって」

 

「予知みたいな?凄いねっ。そっちの力が欲しかったかも」

 

相変わらず悪意の無さそうな表情で答える。いや、初対面だった。

 

「………」

 

「また怖い顔してー。分かってるって、もうしないよ」

 

「……口だけなら、どうとでも言える」

 

「手口がバレてるのに好き勝手やるほど馬鹿じゃない。折角手に入れた力だから使ってみようと思ったんだけどね~……。ま、仕方ないかぁ。それで?まだある?お説教とかは勘弁して欲しいんだけど」

 

「話したいことはある。聞きたいことも」

 

「明日で良い?そっちの子、翔より怖い顔してるんだもん。居心地悪くてたまんないよ」

 

「っ……」

 

「ほら、めっちゃ睨んでくる」

 

「ひとつだけいいか?」

 

「なに?」

 

「ぬいぐるみみたいなやつと、接触したか?」

 

「ぬいぐるみ?なに言ってんの?」

 

「してないなら、いい」

 

「分かるように言ってよ。なんの話?」

 

「お前のアーティファクト……力を欲しがっているやつが居る。じきにお前の前に現れるかもしれない」

 

「そいつに、気を許さないでくれ。危険なやつだ」

 

「ふぅん……よくわかんないけど、アーティファクト、ね。あのアニメから取ったのかな?確かに似てるね」

 

不思議そうに聞きながらも、納得して頷く。

 

「憶えとくよ。それじゃあね、翔。また明日!」

 

元気そうに笑いながら手を振ってそのまま去って行く。しかも去り際に、先輩だけではなく私達にも笑顔を振りまいていた。

 

「……なんなの、あの人」

 

静寂が訪れた時、不気味に感じた結城先輩の声が発せられた。

 

「ごめんなさい、私……やっぱり、実感が……。あの深沢くんが、人を殺そうとしていたなんて……。最後までいつも通りだった……」

 

「……だからこそ私は、気味の悪さを感じた。スティグマが浮かんでいた。力を使おうとしていたのは明白。自白と取れる発言もあった」

 

「それなのに……普通過ぎる。悪意も、罪悪感も、恐怖も、何も感じなかった。息をするように平然と……人を害する事ができる。私は、あの人と……決して相容れることはない」

 

「強く、そう感じた」

 

「平然と、人を……」

 

「サイコパスってやつなんですねー……」

 

「……ねぇ、新海くん。本当に、仲間にするつもり?」

 

「……大事なダチ、なんだけどな。こんなこと、言いたくはないけど……仮に手を組めたとしても、俺はあいつを、もう信頼出来ないと思う」

 

「……だから、仲間にするのは無理だ」

 

「……でしょうね」

 

「でも、敵対する理由もない。あいつが、人を殺さない限りは」

 

「なんにせよ、監視は必要ね。野放しには出来ない」

 

「もうしないって、言ってくれたけれど……」

 

「信じられる?」

 

「……ごめんなさい、わからない。でも……信じたいなって、そう思う」

 

「九條さんは、それでいいのかもしれないわね。疑り深い人間だけでは……バランスが悪い」

 

「私……人の悪意とか、そういうものに……鈍感なのかもしれない。ごめんなさい」

 

「癖?」

 

「え?」

 

「あなたは謝り過ぎる。もっと自分に自信を持った方が良い」

 

「ぁ、ごめんなさーーーぁぁ、き、気をつけますぅ……」

 

「そういった所も含めて九條先輩の魅力なんですよ!安心してくださいっ」

 

「……今日の所は、解散するか。取りあえずの目的は達成出来た」

 

「そうね、お疲れ様」

 

「ああ、そっちもお疲れ。九條もありがとな。弁当美味かった」

 

「う、うん、お疲れ様でした」

 

「駅まで送る……あ、九條は自転車?」

 

「うん。あっちに止めてあるよ」

 

「送ってもらう必要はない。一人で帰れる。それよりもこの子を送ってあげて」

 

「そうだね、舞夜ちゃんも一人だし……」

 

「あ、ご心配なく。どのみち先輩と帰り道一緒なので」

 

「そうなの?」

 

「ああ、驚くことに同じマンションに住んでたんだよ」

 

「それは……都合が良いわね」

 

「近くに居るって分かってると安心だもんね」

 

「そうですねぇ……」

 

「となると……ここで解散にするかぁ。九條、後で連絡するよ。明日のことを話そう」

 

「火事のことだね、分かりました」

 

「それじゃあ、お疲れ」

 

「さようなら」

 

「また明日」

 

「お二人とも、気を付けて帰ってくださいねー!」

 

帰路につく二人を先輩と一緒に途中まで見送る。

 

「んじゃ、俺らも帰るか」

 

「了解です。お供します」

 

夜道を歩いて帰る。

 

「……っと、その前に」

 

隣を歩く先輩が思い出す様に声を出す。

 

「ソフィ、いるか」

 

「ええ」

 

女性の声が聞こえたかと思った瞬間、何もない空間が歪み、人形が出て来た。

 

うおぉ……、これがソフィ人形かぁ……。

 

「頼みがある」

 

「魔眼の子なら、ちゃんと見てるわよ」

 

「そ、か……。ありがとう。もし、何かやらかしそうなら……」

 

「伝えるわよ、当然。私では止められないから」

 

「頼む」

 

「それだけ?」

 

「ああ」

 

先輩が頷くと、用が済んだとばかりにその場から消える。

 

凄いなぁ……。ほんと空間移動だ。

 

「先輩、今のが……」

 

「ああ、さっき言ってたソフィだ」

 

「なんか、すいぶんとファンタジーなお姿でしたね」

 

「ああ見えて、結構あたりが強いから気を付けた方がいい」

 

「あはは……、覚えておきます」

 

そして、何か思い詰めるような表情で黙ってしまう。

 

……まぁ、唯一の友達がイカレ野郎って知ったら誰だってそうなるかなぁ。例え他の枝で知ってると言ってもダメージはデカいだろうしね。

 

「新海先輩」

 

「ん?どうした?」

 

「辛気臭い表情ではこの先やって行けませんよ?もっと笑いましょ?笑顔は大事ですよ?」

 

元気付ける為に笑顔を浮かべて話しかける。

 

「……すまん」

 

「今の先輩の心を読みましょうか?あれです、あの人が悪い事をしないか疑って、道を外れない様に監視をしている自分に嫌気が差してるって辺りでしょうか?」

 

「……凄いな。まんまその通りだ」

 

「やっぱりビンゴでしたか。まぁ、気持ちはわかーーーいえ、安易に共感出来るとは言えませんが、理解は出来ます」

 

「ですので、私から一つだけ提案をします」

 

「提案?」

 

「困ったり悩んだ時は、一人で抱え込まずに周りに相談し、頼って下さい。厳しい言い方になると思いますが、全部一人で解決出来るだなんておこがましいです。どんなに凄い力を持っていたとしても、人一人に出来ることなんてたかが知れてるんですから……」

 

「先輩が言ってた通り、明日からはもう未知なのですから。皆で解決して行きましょう」

 

「……そうだな。ありがとな、心配させた」

 

「何も知らない後輩が生意気言っただけなのでお気になさらず」

 

「そんなことはない。気が楽になった」

 

「なら良かったです!」

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて……さっそく相談があるんだが、この後いいか?」

 

「はい、是非とも。私も聞きたい事が山ほどありますので!」

 

うんうん、少しは目に活力が戻って来たみたいだね。そうじゃなくちゃ困ります。

 

 





次回は先輩の部屋でこれまでの枝の説明と、火事に向けての作戦会議ですね。

この枝では既にこの段階で九條先輩の手作りを食べているとか……くっ!



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第5話:丁度良い感じの弾力と共に炎の中へと消えていくのでした……完


火事の事件のお話です。

※今回、サッカーはしません。




 

 

「お、お邪魔しま~す……」

 

結城たちと別れた後、約束通り九重と話をする為に俺の部屋に来ていた。

 

「適当に座ってくれ。今お茶淹れる」

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

いつもは怖いもの無さそうな態度の九重が緊張しているかのように俺の部屋をきょろきょろと見渡している。

 

……いや、当然か。なんせ知り合ったその日の夜遅くに男の部屋で二人きりだもんな。幾ら強いと言ってもそれなりに緊張するか。

 

「……これが、先輩の部屋ですかぁ……へぇ……」

 

自分以外の部屋を見るのが初めてなのか、興味深そうに部屋を見ている。

 

「大したものは無いぞ?はい、お茶」

 

「ありがとうございます。他の住人の部屋って見た事無かったので、ついつい……」

 

「ああ、確かに見たこと無いな。それより、結構時間遅いけどほんとに大丈夫か?」

 

「あ、そちらは大丈夫です。知っての通り一人で住んでますので」

 

「了解。それじゃあ、早速話を始めるか」

 

「よろしくお願いします」

 

俺が座ると、真剣な表情を浮かべて姿勢を正す。

 

「何から聞きたい?」

 

「これまで起きた全てです。先輩が他の枝で得た経験と記憶を覚えている限り時系列で」

 

「本気か?滅茶苦茶長くなるぞ?」

 

「構いません。その時の私の行動なども知っている範囲で教えてもらえると助かります」

 

冗談で言っている様には見えないな。少しでも情報を得たいのかもしれないな。

 

「……分かった。それじゃあ話していく。まずはーーー」

 

そうして俺は、最初の枝で起こった出来事から、今に至るまでの枝を覚えている限り詳細に伝えた。

 

「ーーーそして、この枝に来たって訳だ」

 

「……なるほどです。色々と、あったのですね」

 

考えるように目を伏せる。自分の中で状況をまとめているのだろう。

 

「私は、本気を出したイーリス……と渡り合えていたのですね」

 

「ああ、俺も詳しくは聞いてはいないが、九重の切り札を使って追い詰めていた」

 

「切り札……」

 

「こう、自分の心臓を拳で打って……」

 

「大丈夫です。そこは理解できてます。ですが……ああ、能力で無理やり行使していたのかもしれないですね」

 

「そう言えば、終わった後お見舞いに行った時にそんな事も言ってたな。アーティファクトの力で影響を止めてるから後遺症が無いとか……」

 

「やっぱりですか……ありがとうございます。かなり有益な情報を得られました」

 

「それなら良かった」

 

「それと、私がアーティファクトを完全に使いこなせていた枝もあったと……」

 

「ああ。ナインボールでも話したが、スティグマの色が変わっていた。ソフィからのお墨付きもあったから間違い無いはずだ」

 

「そう、ですか。二つ目の枝で……」

 

「その時は凄かったぞ?周囲の景色が切り取られたみたいに止まってたからな」

 

「あはは、それは是非とも見てみたいですね」

 

「他に気になる事はあるか?」

 

「……いえ、知りたかった事は大体知れたので今は大丈夫です。また何かあればその都度相談させてください」

 

「了解。それじゃあ、今度はこっちの番だな」

 

「ですね」

 

「明日、例のユーザーを暴走する前に何とかしたい。ソフィからはかなり手遅れでギリギリと聞いている」

 

「既に兆候が見え始めている……ということですか」

 

「ああ。だから俺の予想では、大人しくアーティファクトを渡してくるとは考えにくい」

 

「九條先輩の力で黙って取れば良いんじゃないですか?」

 

「それが一番なんだけどな。抵抗される可能性がある」

 

「……ああ、その時はってやつですか?」

 

「なるべく安全に終わらせたいんだが……いけるか?」

 

「任せて下さい。認識されるより前に意識を刈り取れる自信しかありません」

 

何てこと無いような声で答える。

 

「あまり力を他の先輩らに見せたくはありませんが……どのみち遠くない内に知られることですし」

 

「ありがとう」

 

「いえ、これが私の役目ですから。他の枝みたいに能力をばら撒かれても嫌ですし、駄目だと思ったら言って下さい」

 

「分かった」

 

話が一段落し、お茶を飲む。

 

前の枝の九重が、『信じていなかったら~』って秘密を聞いたけど、その必要はあまりなかったな。

 

「一応、明日は一日中警戒はしておきます。最低でも……天ちゃんと一緒に行動を共にするので万が一はないと思います」

 

「明後日までは大丈夫だとは思うけど、天のことをよろしく頼む」

 

「天ちゃんにはいつ頃話すのですか?」

 

「あー……それなんだよなぁ」

 

「可愛い妹さんを巻き込みたくないって気持ちは分かりますが……恐らく、どのみち巻き込まれるのは時間の問題だと思います。突き放すよりも、一緒に居てくれた方が私としても守りやすいのですが……」

 

「……そうだな。火事の件が落ち着いたら話してみるよ。どうするかは本人次第だけどな」

 

「はい、そうしましょう。それから、三年の香坂先輩ですね」

 

「そっちはどうしようか目下考え中。接点があまり無いからなぁ……」

 

「先ほど話に出ていた、ファンサイト?とかはどうでしょうか?」

 

「まぁ、それもありかもしれないな。候補として入れておくか」

 

「選択肢は多い方が良いですからね。あっ、それからですね……」

 

何かを思い出したかのように声を上げる。

 

「どうした?何か思いついたのか?」

 

「ああ、いえ……。さっき、先輩の友達をソフィに見てもらうって言ってたじゃないですか?」

 

「言ってたな」

 

「その件、私の方でも見てきます」

 

「九重の方でも……?」

 

「はい、正確には九重家の人に協力を依頼する形を取りますが……」

 

「えっと、いいのか……?そんなことさせて」

 

「大丈夫です。そういうのが得意な人もおりますので私からお願いすれば通るかと」

 

「いや、ユーザーでも無い人を巻き込むのは……」

 

「安心して下さい。当然万が一を考慮して、私より強い人をお出ししますので!」

 

「……確か、九重より上に五人も居るんだっけ?」

 

「そこまで詳細に聞いてるんですねぇ……。そうです、更に言えば上から二番目の人を派遣しますので、ご安心を」

 

「上から二番目……九重の時点で規格外なのに、その上って言われても想像が付かないな……」

 

「そうですね……私が逆立ちしても勝てないですね。全力で挑んでダメージは負わせることは可能ですが……あっ、アーティファクトを使えば三割程度には持ち込めるかもしれないです!」

 

「いや、それでも勝率三割はおかしいって……」

 

どんな化け物だよ……。しかもまだ上に一人居るとか最早意味わからん。

 

「その位強い人を当てるので、大丈夫ってことです。隠密が特に得意な人なのでバレる事はまずありえないと思います」

 

「なんだ?実家で暗殺稼業でも営んでるのか?」

 

「あははっ、ゲームや漫画の見過ぎですよ!」

 

「いや、ありそうな設定だったからさ」

 

「なるほど、アリですね。それっ」

 

良い事を聞いたと言いたそうに目を輝かせる。

 

あれ?でも以前にそんな感じに近いことを言ってたような……?ま、いっか。

 

「何かあった時は、私からも連絡を入れますので」

 

「ああ、色々と頼んで悪いけど……」

 

「人の命がかかってますからね。協力は惜しみませんよ」

 

「なので、結城先輩の方も頑張ってくださいね?期待していますっ」

 

楽しそうに笑う九重の顔を見て、少し気が楽になった気がした。

 

 

 

 

 

「ただいまーっと」

 

部屋の電気を点け、荷物を置く。

 

「………」

 

先輩の部屋でこれまでの枝の情報を共有する事が出来た。出来たのは良いけど……あくまで先輩視点での話だった。いや、それでも充分過ぎるんだけどね。

 

問題は、その時その時で私が取った行動の考えが情報としてあまり得られなかった。まぁ、何となく予想は出来るけど……。

 

「それと、裏でも色々と動いてるはずだよね……」

 

先輩からは特に聞かなかったが、当初の計画通りなら……裏で色々と動いてたはず。皆の動きの把握や進行度の確認を九重の人らを使って集めていたのは間違い無いはず。

 

「ただ、まぁ……」

 

私が想像していたよりも新海先輩へ話してる事が多かった。

 

「それだけ、信頼しているぞって言いたいのかな?」

 

今の枝の私に向けてのメッセージとしてなんだろうか?どの程度信頼しているのかの目安として……。

 

「一応、おじいちゃん達にも共有しておこっと」

 

スマホを取り出す。画面には数件、既に着信があった。

 

「ありゃ、既に向こうから連絡してきてる」

 

おじいちゃん側から来ていることに驚きながらも、すぐに折り返しで電話をかけた。

 

 

 

 

 

「んんーっ、やっと終わったぁ」

 

ホームルームの終わりを知らせるチャイムが鳴り、先生が教室から出て行き、前の席の天ちゃんが腕を伸ばす。

 

「天ちゃん、今日は用事ある?」

 

「んにゃ、今日は特にはないよ」

 

「良かった。それなら途中まで一緒に帰らない?」

 

「おっけーおっけー」

 

「やったっ。面白い話があるから、帰りながら話すよ」

 

「おぉ?なんだいその思わせぶりな言い方は……」

 

天ちゃんと楽しく話しながら、教室に居る男子全員の動向に意識を向ける。

 

席を立つ人、友達と話し始める人、ぼけぇーっと前を向いている人。

 

その中で、明らかに余裕が無さそうな男子が居る。何かを耐えるような表情を浮かべては焦った様子。

 

うん、多分この人がユーザーで確定っぽいね。見るからに異常だもん。

 

周りの人は帰ることに意識を向けている為、その男子の様子に気づかない。

 

「ん?舞夜ちゃん?帰らないの?」

 

「あ、ごめんね。もう少しまーーー」

 

『もう少し待ってほしい』と言おうとした時。

 

「ぁぁああああっ!」

 

耐えきれなくなったのか、突如大声を出して立ち上がる。

 

それを見て周囲の人達が一斉にそっちを見る。

 

「力がっ……!俺の力がぁぁああ……っ!!」

 

自分の体を掻きむしるように両手で抱き、もがき始める。

 

「ぇ、え?なんなの?こわっ」

 

突然の大声に天ちゃんが戸惑う。

 

心配した後ろの男子が声を掛ける。

 

「俺に……!近づくなぁあああ!」

 

その手を大きく払い、暴れるように教室から出ていく。

 

「な、なに?喧嘩でもしたの……?」

 

「……どうだろね」

 

知らない振りをしながら様子を見ようとすると、次の瞬間には廊下一面が火の海へと変わった。それを見て異常事態だと察した生徒たちから悲鳴が上がり、数秒も無い内に教室はパニック状態に陥った。

 

「か、火事ッ!?や、やばいでしょ!!」

 

隣の天ちゃんが怖がるように私に寄って来る。……ああ、可愛いなぁ。へへ。

 

火災報知器が鳴り響き、更に教室内は阿鼻叫喚へ変化する。炎から離れようと皆が窓際まで遠ざかる。

 

「どど、どうしよう!?」

 

「天ちゃん、まずは落ち着こう?助けを呼ぼ?天ちゃんのお兄さんとか!」

 

「ぅ、うんっ!」

 

慌てるようにスマホを取り出して新海先輩へ電話をする。その間に状況を確認する。どうやら教室内までは侵入せずに廊下のみが赤く燃え上がっている。外からは雄たけびの様な声が時折聞こえ、クラスメイトがそれを聞いて肩を寄せ合うように怯えていた。

 

「えっと、舞夜ちゃん?」

 

「どうだった?」

 

「今から行くから待ってろって……。それと、おにいちゃんが、舞夜ちゃんに代われって……」

 

「なるほど」

 

天ちゃんのスマホを受け取る。

 

「お電話代わりました。九重です」

 

「状況はっ!?」

 

「廊下が火の海ですね。教室内は今の所安全です。煙なども無いので一酸化炭素中毒の心配も無いかと……」

 

「犯人はどこにいる!」

 

「廊下に飛び出してからは分かりません。……ですが、声は聞こえるのでまだ近くにはいるはずです」

 

「直ぐにそっちに行くから、それまで天を守ってくれ!」

 

「ふふ、喜んで」

 

スマホを離したのか少し遠くで話声が聞こえる。雑音が酷いが恐らく九條先輩だろう。

 

「おにいちゃん、なんて言ってた?」

 

「直ぐに助けに行くから安心しろって天ちゃんに」

 

「……うん」

 

不安そうに頷きながらも教室の外を見る。

 

「……それじゃあ、そろそろ行ってこようかな?」

 

「え、行くって……どこに?」

 

「廊下の様子を見に」

 

「いやっ!危ないよ!?」

 

「ここに居ても状況は変わらないし、もしかしたら脱出が可能かもしれないからね。少し外の様子を確認するだけだから……ね?」

 

「それで外に犯人が居たらどうするの……」

 

「声的にすぐ外には居なさそうだし平気平気。それに天ちゃんのお兄ちゃんがちゃんと来れるようにしないとね」

 

安心させるように天ちゃんをその場に留め、スマホを借りたまま教室の外に出る。

 

「うわぁお、一面真っ赤っか……」

 

もはや足の踏む場所すらないぐらいに廊下には炎が燃え盛っていた。

 

「熱くは……無いね」

 

熱的な温度は感じられない……が、明らかにダメージが感じられる。

 

「これが、魂を焼く炎……」

 

荒れ狂う炎を能力で止めつつ、声のする方へ進むと、炎で姿は視認できないが、発狂するような声がすぐそこから聞こえる。

 

「居た……思ったよりすぐそこだね」

 

天ちゃんから借りたスマホに耳を当て、先輩へ声をかける。

 

「もしもし!新海先輩っ!元凶の生徒をこちらで確認しました!」

 

けど、向こうからはノイズの様な音しか聞こえない。

 

「うーん……この状況、どうした物か……」

 

体力の様な何かが削れているのが分かる。そこまで手痛いのではないけど、不快なのは間違いない。

 

様子を見ていると、正面から炎の壁をぶち破ってゴースト……じゃなかった。レナと先輩が飛び出して来た。

 

「先輩っ!」

 

「っ!?九重か!」

 

無事先輩の姿を確認出来たので、暴走したユーザーを飛び越えるように三角跳びの要領で壁を蹴って合流する。

 

「既にヤバそうな状況ですが……どう対処します?」

 

「……ぶん殴って気絶させるくらいしか手段が無い!」

 

「いいのか?気絶した瞬間、たぶんアイツ死ぬだろ。自分の炎に焼かれて」

 

隣に立っているレナが問いかける。

 

「……もう、手遅れだ。誰かが止めないといけない……」

 

「先輩、それなら私が……」

 

「いや、俺がやる。九重にさせるわけにはいかない」

 

「いいや、オレだ。オレがやる。オレはお前だけど、所詮は幻体だ。少しは罪の意識も軽くなんだろ」

 

「……お前は俺だ。二人で行くぞ」

 

「真面目すぎなんだよなぁ……。ま、いいけどよ」

 

ほんと、背負い込むタイプなんですから……。

 

「突っ込むぞ、合わせろ!」

 

「あいよっ」

 

正面でもがき苦しむユーザーとの距離は約十メートルほど。

 

「やめろっやめろぉぉぉおおっ!!俺にーーー近づくなぁぁあああ!!」

 

両手で顔を覆い、叫ぶように体を曲げる。すると周囲の炎が牙を向く。

 

「っ!?」

 

前へ走り出そうとした新海先輩がそれを食らい、その場で膝を付く。

 

「ぐ……、ぁ……ッ」

 

次の行動に移せなさそうなのを見て即座にフォローに入る。

 

「先輩、大丈夫ですかっ?」

 

第二陣と言わんばかりに暴れ出す炎の中でこちらへ向かって来るのだけを能力で止める。

 

「く、っそ……っ!」

 

想定外の威力を見て、顔を歪める。

 

「何故って……クソッ!」

 

原因に気づいた先輩が怒りを露わにする。

 

「フフフ……」

 

そして、どこからともなく不気味な笑い声が聞こえる。

 

周囲を見渡すと、何もない空間が歪み、そこに現れる。

 

「イーリス……ッ!」

 

「やっぱり、私のことを知っているのね」

 

「……ッ。どうして、お前が……!」

 

「どうして?そうねぇ……。私もあなたに、どうして?って聞きたいところだけれど……。ま、いいわ。どういう訳か、あなたは私を知っていて、私の邪魔をしようとしている」

 

「だから、この枝では、趣向を変えてみることにしたの」

 

「何をするつもりだ……!」

 

「なにをって、フフ、見ての通り……折角久しぶりにこちらの世界にきたんだもの、楽しませてもらうわ」

 

「千年前と同じ…人々が殺し合う、あのこんーーー」

 

話の途中だったが、聞くに堪えなかったのでプカプカ生意気に浮いているイーリスを燃え盛ってる炎に向けて殴り飛ばす。

 

「ーーーッ!?」

 

そのまま声も発さずに消滅する。

 

「……こ、九重?」

 

「先輩、あんな三下の話は聞くだけ無駄です。今はこの状況を収めることだけを考えて下さい」

 

さて、どうしよう。邪魔者を消したのはいいが、すぐさま目の前のユーザーを気絶させるか、結城先輩の到着を待つか……。

 

「っ!そうだな……!」

 

「それで、止めますか?」

 

「……っ!」

 

まだどうするべきか迷いが出ている。

 

「ぅぁぁああああああぁぁあああああっ!」

 

その間にも正面の生徒は叫ぶ。

 

「……私が、止めましょうか?」

 

「……最初の枝の時のようにか?」

 

「そう、なりますかね?出来る保証はしませんが……」

 

「いや、俺もーーー」

 

「ーーー急いできた甲斐があった」

 

「え……?」

 

「ジ・オーダー……アクティブ!」

 

……どうやら、結城先輩の方が早かったみたいですね。

 

「結城っ!?」

 

「哀れね……。力に振り回されて。少しだけ、大人しくしていなさい。……パニッシュメントッ!」

 

「がっ、ぁ、……、ぁっぅぅぅう……っ!」

 

暴れるように動いていたユーザーが、全身を痙攣するように震え、その場で膝を突く。

 

あれが、結城先輩の力かぁ……。不可視で回避出来ない一撃。確かに発動さえ出来れば最強と言っても過言ではないね。

 

「初めての発動……。思い描いた通りの効果……試運転には十分ね。問題無く、制御も出来ている」

 

その感触を確かめるように右手を握っては開く。

 

「待たせてごめんなさい。立てる?」

 

「ああ……。結城、お前どうやってここに……?」

 

「走って来た」

 

「いや、そうじゃなくて……!」

 

「この子、とんでもないわね……」

 

と、今度はソフィが現れる。

 

「この子の対抗力じゃ、炎に触れただけで気絶してもおかしくないのに……まさか、気合で突破しちゃうとはね……。流石の私も唖然としたわ」

 

「気合か……。そっか、そうだな。結城なら、そうだよな」

 

流石は結城先輩。覚悟が違いますね。

 

「九條さんも来たがっていたけれど、流石に止めた。九條さんまで倒れたら、誰もあなたたちを助けられないから」

 

「助かる……。九重、手は必要か?」

 

「……可能でしたら、彼の意識を断って欲しいです。気絶や眠らせるだけで良いので。可能ですか?」

 

「ええ、可能ね。けれど、その後はどうする気?」

 

「私が全て捌き切ります」

 

「出来るの?」

 

「はい、任せて下さい。ただ……保険として新海先輩もサポートに入って頂けると助かります」

 

「ああ!大して役に立てるかは分からないけどなっ」

 

「さっきの幻体を盾にして頂けるだけでも十分です」

 

「それなら人一人分ぐらいはカバー出来るかもな」

 

「それについてだけれど、私から案があるわ」

 

「案?」

 

「ええ、どうやらあなた、かなりの練度で幻体を扱えている様ね」

 

「え?そうか?自分ではよく分からないが……」

 

「幻体って、別に人の形である必要は無いのよ?それこそ、マヤが言ってたように盾の様に守ることも可能ね」

 

「……っ!そう言う事か!」

 

おっ、ゲーム通りの流れになったね!これなら一安心かも。

 

「何かするなら早く!あと十秒ほどで切れる」

 

「了解、……行くぞ!」

 

「好きに動いて下さい、合わせますっ」

 

一気に距離を詰めようと駆けだす先輩の後を追う。

 

「く、るなぁ……っ!俺、にっ!ちか、づく、なぁぁあ……っ!」

 

苦しむような腕を振るって炎をこちらに向けるが、先輩の前に出てそれら全てを能力を使って止める。

 

そのままユーザーの正面の道を作りつつ目の前に立ち、足払いで体勢を崩し地面へ転がす。

 

「大人しく、してろ……っ!」

 

倒れた男子生徒に新海先輩が圧し掛かる様に上から組み伏せると、自分たちを守る様に周囲に半透明な結界が出来る。

 

「……よしっ!結城っ!」

 

「ええ!ジ・オーダー、アクティブ」

 

「パニッシュメントッ!」

 

「ぅ、ぁ……っ」

 

床で暴れていた男子生徒の体の力が抜ける。意識を奪い、アーティファクトの制御を失わせた。

 

「先輩っ、来ますよ!」

 

周囲で暴れていた炎の全てが、持ち主を食い殺さんとばかりに牙を向いて襲い掛かって来る。

 

「結城先輩は伏せて下さいっ!」

 

「っ!」

 

私の言葉に咄嗟に体を伏せる。

 

さて、ここが正念場ですね!

 

迫りくる炎の動きを確認し、こちらに近く、尚且つ最も大きい順番の炎に能力を使い、拳と蹴りで消し去っていく。

 

「ぐっ……!」

 

全てを防ぐと此方を見ている可能性があるイーリスに情報を与えてしまうので、幾つか小規模な炎はわざと見逃す。

 

「はぁぁっ!」

 

大振りかつ必死そうに体を振るい、全ての炎を消し去る。

 

「くっ……はぁ、終わったか……?」

 

「ふぅ……そうみたいですね」

 

足元を見ると、少し苦しそうな表情を浮かべた先輩が顔を上げる。

 

「……っ、無事……?」

 

能力を解除した結城先輩が駆け寄る。

 

「……ああ、この男も無事だ」

 

体を起こし、男子生徒の脈を確認する。

 

「上手く、行ったようですね」

 

「……だな」

 

「新海くん!」

 

「生きてる~?」

 

廊下の火が消え、九條先輩と深沢与一が駆け寄って来る。

 

と、同時に教室から他の生徒たちがわらわらと出てくる。

 

「お兄ちゃんっ!」

 

人込みからほぼタックルの勢いで天ちゃんが先輩にダイブする。

 

「ぅおッ!?」

 

その勢いを身体で受けた先輩が倒れない様に傾く身体を止める。

 

「もう大丈夫だ」

 

天ちゃんの頭を撫でている先輩の代わりにアーティファクトを外す。

 

「九條、念のために奪っておいてくれ」

 

「うん、わかった」

 

「……お疲れ様。無事済んでよかった」

 

一息つくように結城先輩から労いの言葉が出る。

 

「なんで玖方の子が居るのかよくわかんないけど……あっ、昨日一緒に居たメンバーかぁ。ちゃんと紹介してくれる?」

 

「後でな」

 

「翔に抱き着いているもう一人の子も」

 

「わかったって。取りあえず、さっさとここを去ろう。結城もいるし……先生に捕まると面倒だ」

 

「そうね、そうしましょう」

 

無事火事の件が片付いたことに皆が安堵しながら、教室から抜け出して行く生徒に紛れつつ学校から抜け出した。

 

 





(ここが先輩の部屋……。聖地巡礼ってレベルじゃ無いですね……!)

(ここでヒロインたちと……ふむふむ)

とまぁ、部屋に訪れた主人公は、きっとこんなことを考えてた可能性が高いですねっ。



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第6話:戦う理由


この話の時のファミレスって、どこだったんだろう?勝手にジョナスンだと思ってたけど……。




 

 

天を駅まで送った後、俺たちはファミレスに来ていた。

 

俺も結城も、疲労が激しい。すぐに帰って休むべきなんだろうけど……そういうわけには行かなかった。

 

皆に、伝えなくちゃいけない事がある。

 

「火事が早く起きたのは……」

 

「……イーリスの仕業、ということね?」

 

「ああ」

 

ストローに口を付け、乾いた喉をコーラで潤して続ける。

 

「多分あいつは……意図的にユーザーを暴走させるつもりだ」

 

「なんのために……」

 

「混乱を呼ぶためよ。あの女、そういうの大好きだから」

 

俺の代わりにソフィが答える。結城とは知らない間に顔を合わせていたみたいだが。九條と与一はまだみたいで戸惑いを見せていた。

 

けど、ソフィの紹介は後回しだ。

 

「本人もそんな感じで言っていた。そして、予定よりかなり早くイーリスが動き出してしまった。だから俺達も、準備を整えないといけない」

 

「可能な限り、早く」

 

「あ、すみません。この季節のおススメセットを一つ。それと、食後にこっちのパフェをお願いします」

 

真面目な空気で話している横で、九重が店員さんへ注文をしていた。その姿に疲れた様子は見られない。

 

「じ、準備っていうと……?」

 

九重の正面に座って居る九條が仕切り直す様に聞いてくる。

 

「まずは、仲間だ」

 

「あー……やっぱり僕帰っていい?頭数に入れられたくない」

 

「別に抜けてもいいけど、その前に」

 

「条件があるとか言わないでよ?」

 

「高峰に連絡を取って欲しい」

 

「たか……え?高峰?蓮夜のこと?」

 

「そう、三年の高峰蓮夜」

 

「は?なんで?」

 

「メビウスのファンサイトを運営してるだろ?高峰」

 

「いや、知らんけど」

 

「そこのなりきり掲示板に本物のユーザーがいる。少なくとも一人。その人が、高峰と連絡をとっているはずなんだ。あるいは、これからとるはず……」

 

「あー、なるほどね。蓮夜経由で紹介して欲しい、ってこと?」

 

「ああ。自然に知り合うのを待っていられなくなった。それと、高峰自身も戦力として欲しい」

 

「へ?あいつもユーザーなの!?」

 

「違う」

 

「……違うのに、戦力になるの?」

 

純粋に疑問に思った結城が聞いてくる。

 

「シンプルに強い。普通に喧嘩したら、()()勝てない」

 

「あー、はいはい。確か空手やってたっけなー、蓮夜。まぁ強いね、うん」

 

九重が居るけど、戦力はあるだけその分助かるはずだ。

 

「紹介して欲しい人っていうのは、どんな人なの?」

 

「香坂春風さんっていう、三年生の先輩。かなり強力な能力を持ってる」

 

「正直、あの人無しの俺達だけでイーリスとやり合うのは避けたい」

 

「能力者を暴走させるなんて、やり方が随分とせこいけれど……。イーリス自身は、どれ程の力を持ってるの?」

 

「本気を出していない二、三割の状態で、俺たちを瞬殺出来る位には強い」

 

一人を除いて……な。

 

その言葉を聞いて全員が絶句する。いや、一人だけ興味無さそうに今しがた届いたご飯に夢中になっている。

 

「くらいにはって……。僕そんなのごめんだよ。ほんとに人数に含めないで欲しい。僕のこと」

 

「……戦意なき者は必要ない。あなたを頼ることはないから、安心して」

 

「あ、ほんとに?よかった」

 

ニカッと笑い、与一が席を立つ。

 

「蓮夜には連絡しといてあげるよ。僕の協力はそこまで。約束通り何もしないから、巻き込まないで。僕は穏やかに暮らしたいんだ」

 

「……分かった。高峰には俺のIDを教えておいてくれ」

 

「はーい、じゃねー」

 

「待て」

 

そのまま立ち去ろうとしてる与一を呼び止める。

 

「まだなんかあんの?」

 

「金払え」

 

「………」

 

「自分の分は払え」

 

「くっそぉ……、細かいなー……。何?いくら?」

 

メニューを開いて金額を確認し、財布から小銭を出してテーブルに置く。

 

「はい払った。それじゃあね、また明日」

 

「あっ、深沢先輩帰られるのですか?お疲れ様でしたー」

 

ひらひらと手を振って店を出ようとする与一に、食事中の九重が見送る。

 

その様子を一瞥し、紅茶のカップに口をつけながら、結城が呟く。

 

「……随分と、薄情な友人ね」

 

「わだかまりがあるのは事実だけど……それ抜きにしても、かなり特殊な状況だ。巻き込まれたくないって思っても、とても責められない」

 

「そうだね……。私もどこかで、夢を見ているみたいだったけれど……。さっきの火事で、やっと実感出来た気がする。私達の力は、人の命を奪える力……」

 

「そんな力に振り回されてしまったり、悪用しようとしている人がいる……」

 

現実味を帯びて来たからか、不安そうに九條が溢す。

 

「……手を引いてもいい。人には、向き不向きがある。九條さん、あなたは……優しすぎる」

 

「……そう、だね。私……たぶん、向いてない。結城さんみたいに、炎の中に飛び込んで行けなかった……」

 

「でも、頑張りたい。この力を授かったのは、きっと意味があるから。次は、皆と一緒に炎に飛び込めるようになりたい。だから、やり遂げたい」

 

「ならば……戦いましょう。共に」

 

「うんっ」

 

結城と九條が、共に戦う約束を交わし強く決意する。

 

一方で九重は、その様子を見て嬉しそうに笑い、再び食事を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

その後、高峰や香坂先輩の話や猫の話で盛り上がった辺りで、九重がデザートを食べ終えたので会計を済ませファミレスを出て、駅で九條と別れる。

 

「結城の家、確かあっちだったよな?」

 

「そうね」

 

「じゃあ、俺と九重は逆方向だから」

 

「……少しだけ、いい?」

 

「ん?」

 

解散……とはならず結城に呼び止められる。

 

「聞きたい事がある」

 

「ああ、なに?」

 

「あなたはなぜ、戦うの?」

 

「……なぜ?」

 

質問の意図が分からず、首を傾げて質問を返す。

 

「他意はない。ただの個人的な興味」

 

「私は……不謹慎と思うかもしれないけれど、こういう運命を望んでいた人間。いつも思い描いていた妄想がいつか現実になればいいと、そう願っていた人間」

 

「力を貰った。運命的な出会いがあった……。戦う理由は、それだけで十分。私は、そういう人間」

 

「九條さんからは、気高い精神を感じる。いわゆる……ノブレス・オブリージュ。持つ者である自分は、持たざる者のために戦わなくてはいけない……そんな気高い精神を、生来持っている人の様に思える」

 

「だから、命を賭けてでも頑張りたいという彼女の気持ちを、理解できる」

 

「あなたは?どんな理由で戦っているの?」

 

真っ直ぐな瞳で俺を見つめてくる。

 

「………、失望させるかもしれないけど」

 

そう前置きして、話す。

 

正直な、俺の気持ちを……。

 

「きっかけは、九條に誘われたことだ。別の……最初の枝で」

 

「この枝では防いだけど……人体石化事件、二人で追わないか、ってさ。可愛い子に頼まれたら、悪い気はしないだろ?この街を守ろうなんて使命感はないけど、九條と仲良くなりたいって下心はあった」

 

「きっかけは、本当にそれだけだったんだ……」

 

我ながら不純さに苦笑する。

 

そんな俺を、結城は笑いもせず、真剣に見つめていた。

 

「………。けど、色々と経験してさ。九條が死に、妹が消えて、皆が石にされて……そんな中、俺に望みを託して死んでいって……」

 

顔を上げて九重を見ると、俺達から数歩距離を置き、こっちを見て微笑んでいた。

 

「大事な人の死を、何度も経験した。……いや、その記憶を、別の枝の俺が、今の俺の中にぶち込んで来た」

 

「いい迷惑だ。……おかげで」

 

「………、あんなの二度とごめんだって、そう思うようになった。誰かが死ぬところを、もう見たくない」

 

「俺が戦う理由は、それだけだ」

 

「たった、それだけ……」

 

「………」

 

「十分か?これで」

 

「……ええ。ありがとう、答えてくれて。舞夜、あなたは?」

 

「……私ですか?」

 

俺の回答に納得出来たのか、九重に移った。

 

「ええ、良ければ、聞かせて貰える?」

 

「あはは、そんな大層な理由なんかありませんよ?」

 

困った様に笑いながらこちらを見る。

 

「そうですね……。困っている人が居たら、手を差し伸べたい……そう思ったからでしょうか?」

 

何かを懐かしむように目を細めて話す。

 

「私も小さい頃に、それで助けてもらった事がありまして……今度は自分の番だと思いまして」

 

自分の手を静かに見つめる。

 

「私には、それを成せるだけの力を持っています。いえ、持てました……」

 

「なのでただ、先輩達を……皆さんを助けたいと思っただけですよ?」

 

顔を上げたその表情はいつもの様に楽しそうに笑っていた。

 

「……そう、聞けて良かった。ありがとう」

 

「いえいえ、この程度礼を言われるほどでも無いですから~」

 

「今日は色々とあったけれど……、二人ともゆっくりと休んで」

 

「ああ、結城もな」

 

そう言って、こちらに背中を向けて歩いて行く結城を見送る。

 

「……新海先輩、私達も帰りましょうか?」

 

「……そうだな」

 

日も暮れ始め、オレンジ色に染まっている空を見ながら歩き出す。

 

「そういえばさ、気になったんだけど」

 

「ん?なんでしょうか?」

 

「九重がその、力を身に付けたのって、実家の事情?が絡んでるって少し聞いたんだが……なんかすべきことがあるって」

 

「あー……その、悲願……とかでしょうか?」

 

「それだ」

 

「まぁ、始めた理由はそれが大きいのは事実ですよ?ですが、先輩達に手を貸すのはまた別のお話です」

 

「単純な人助け?」

 

「んー……結城先輩にはああ言いましたけど、ただ……」

 

「ただ?」

 

「……皆さんに平凡な日々を過ごしてほしい。そう願っているだけです」

 

「平凡な日々を……?」

 

さっきの話と結びつかず問いかける。

 

「はい。アーティファクトとか言う非日常など無く、今の様に敵の事など考えずに、平和な日常を謳歌して欲しい……そんなささやかな願いです」

 

静かな声で呟くその言葉には、妙な真剣さがあった。

 

「……そうか、優しいんだな。九重は」

 

「へ?優しい……?」

 

俺の返事に不思議そうにこっちを見返す。

 

「おかしいことは言って無いと思うが……?他の枝でそうだったけど、天のことを命がけで助けてくれたり、俺たちを守るためにイーリスに一人で立ち向かってるからな」

 

「他の枝の記憶を見ていると、俺らが危ない目に合わない様に動いている……そんな風に感じた」

 

事あるごとに現れては、困っている俺たちに手を貸してくれていた。それも、九重の根にある信条的な何かに基づいているのだろう。

 

「……他の枝の私は、先輩からしたらそう見えていたのですか?」

 

「だな。なのに普段はそんな事を思わせないくらいに明るく笑っていたからな。今思えば素直に凄いと思ってる」

 

「……先輩、もしかして、私のことを口説こうとしていますか?」

 

「……はぁ?」

 

どう考えたらそうなるんだ。

 

「シリアスな場面でっ、夕日が良い感じの雰囲気を醸し出してるのは理解できますよ?これから巨大な敵に立ち向かうって時で気持ちが昂るとかもあるかもしれませんね!」

 

「いやいや、いやいやいや……」

 

急に何言っちゃってんの?こいつは……。

 

「ですが、先輩は私より先に結城先輩を口説かないといけませんよ?」

 

「無理矢理話を戻そうとしてんな……」

 

「あ、バレましたか?それに、私が優しいだなんて……先輩はまだまだ私への理解度が足りていません」

 

「そうなのか?」

 

「そりゃそうです。問題解決の為にすぐに拳で解決しようとする女ですよ?どこが優しいのですか?」

 

「いや、それはそうなんだが……」

 

そもそも、アーティファクトとかいう超能力に対して拳で解決出来るのもおかしいな……?

 

「もう少し女の子というものを知ってから出直してきてください」

 

呆れるように手をひらひらと振ってこちらに背を向けて歩き出す。

 

「それはまた、手厳しいな……」

 

「あっ、それより、この後先輩の部屋にお邪魔しても良いですか?」

 

思い出したかのように勢い良く振り返った時には、いつもの表情に戻っていた。

 

「ん?別に良いが……なにかあるのか?」

 

「あー……ちょっと確認しておきたいのがありましてー……」

 

「分かった。その前に途中コンビニ寄っても良いか?晩飯買いたくてさ」

 

「はいっ、喜んでお供しますとも!」

 

コンビニで弁当を買ったが、九重も何か食べ物やお菓子を買っていた。……さっきファミレスで食べてたよな?

 

その後、先に腹ごしらえをしていると、高峰からの電話が来たので九重にも聞こえるようにスピーカーで話したが、終始高峰とのやり取りに爆笑していた。

 

しかも、飯を食べ終えた後は、特に話し合いなどはせずに少し雑談をして帰っていた。

 

……わっかんねぇなぁ。何をしに来てたんだ?

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまっと……」

 

部屋の電気を点けてベットに腰を下ろす。

 

「あーあ、ちょっとミスったかなぁ……?」

 

ファミレスの帰り、結城先輩と新海先輩の会話を少し離れて聞いていたが、完全に二人きりにすべきだったかも。

 

「んーー……結城先輩が去り際に言うセリフが無かったしなぁ……」

 

あれが無かったからとしても進行に影響を及ぼす可能性は低いと思う。最初から結城先輩は惚れてるし。

 

「……重要なシーンは、やっぱり神社でのシーンだよね?」

 

ユーザー捜しでイーリスと会ったが、何もできずに幽霊にも怖がっていたのを後悔して新海先輩の部屋で克服する流れでもある。

 

そうなると明日の結城先輩の独白と猫の件も必要な事で……メッキを剥がさないといけないと。

 

「やる事は沢山だなぁ……」

 

そのままベット寝転がり力を抜く。

 

「………」

 

先ほどの駅前での先輩との会話を思い出す。

 

「私が……ねぇ」

 

先輩から言われた言葉を思い返して苦笑する。

 

「一番かけ離れた言葉なのに……ね。あはは」

 

優しいとか、んなわけないのに……。

 

オーバーロードを使って、救える人の全てを救おうなどと必死になって、傷付いてもそれでも諦めずに……。

 

それに対して、知っていて、救えるものをわざと見捨てて、放置している私。

 

「あはは、真逆だなぁ……」

 

誰も居ない部屋で、一人寂しそうにつぶやいた。

 

 





次回、一気に人が増えます。遂にヴァルハラ・ソサイエティのメンバーが集いますね。

※リグ・ヴェーダは始動しません。



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第7話:息ぴったりなコントだなぁ……ほんとにこの二人は


与一、蓮夜、春風班と一足先に合流する為に教室から直行でジョナスンへ向かう主人公。

翔、都班は天と合流し、希亜を拾ってジョナスンへ。




 

 

「お待たせしましたっ!」

 

「おっ、舞夜ちゃん~、来たね!」

 

「キミが、新海翔から連絡があった……」

 

「はい、同じ白泉の一年、九重舞夜と言います。九重でも舞夜でも好きに呼んで下さいっ。お二人の事は新海先輩から聞いています」

 

次の日、新海先輩から高峰先輩経由で香坂先輩とコンタクトが取れたという事で、ファミレスで集まることになった。

 

事情を知っている人間が一人居た方が良いのと、女子を香坂先輩一人だと可愛そうなので私だけ先にこちらに合流した。

 

「ふむ、では自己紹介は不要だな」

 

「ですね。後から来る先輩らとすることになりますし……、あ、隣失礼しますね?」

 

流れるように香坂先輩の隣を座る。

 

「翔達はいつ頃来そう?」

 

「もう少しかかるかと。妹さんと合流して駅前で結城先輩とも待ち合わせしていたので」

 

「フ、そうか」

 

正面に座って居る高峰先輩がニヒルに笑う。

 

「ですので、それまでの間に聞きたい事があれば私が答えます。知っている範囲になりますが……」

 

三人を見ながらそう伝える。香坂先輩の方は既に人格が入れ替わっており、こちらを確かめるような視線を一瞬向けたが、すぐに正面を向いた。

 

「ほんとっ?それじゃあさ、舞夜ちゃんって付き合ってる人とか居るの?」

 

何を聞いてくるかと思えば、アーティファクトと関係無い事を聞いてくる。

 

「えっと……関係無いですが、まぁ、いいです。残念ですが、お付き合いしている男性は居ませんね」

 

「与一よ、我々がここに集った理由と関係ないと思うが」

 

「いいじゃん別に。そもそも僕は蓮夜に無理やり連れて来られたようなものだし、巻き込まれたくないからね」

 

「あー、私は別に構いませんよ?交流や親睦を深めるのも大切だと思いますので、気になる事があればどうぞです」

 

「む?そうか?……なら私から一つ聞いても良いか?」

 

「ちょっと?今僕の質問タイムなんだけど……?」

 

「まぁ、良いではないか。多くはない。すぐに終わるさ」

 

「はぁ……」

 

静かにため息を付いて譲る。最早反論すらめんどくさいのかもしれないね。

 

「九重という苗字だとなれば、もしかして……実家は道場を開いているのかい?」

 

「そうですね。多分先輩の考えてるそれで合ってると思いますよ?」

 

「なるほど、九重流を……つまり、君もそれなりに嗜んでいる、という認識で良いのかな?」

 

「ですねぇ……。ま、見ての通り、か弱い乙女なんですけどね!」

 

「フフフ……歩き方や体の軸を見れば分かる。こちらもそれなりに嗜んでいるからな」

 

「新海先輩から聞いていますよ。色んな武術をしていると……、"真神流古武術"、ですね?」

 

「ほう?君も知っているのかね?」

 

「それなりに、とだけ言っておきます」

 

真神流古武術という単語を聞いて隣に座って居る香坂先輩が反応していた……が、すぐさま立て直す。

 

「フフフ、新海翔には感謝せねば。まさか、こんな所で同志を見つけるとはな……」

 

「ちょっとちょっとっ!何二人で盛り上がってんの!?僕の番が全然来ないじゃんっ」

 

「おっと、すまない。偶然の出会いについ盛り上がってしまった。九重君、またの機会があれば語ろうではないか」

 

「残念ですが、喜ぶのはまだ早いですよ?語り合える同志は私だけではありませんので」

 

「む?それは一体どういうーーー」

 

「ーーーああ、いたいた」

 

後ろから私達を見つける声が聞こえる。

 

「すまん、遅れた」

 

「フ……来たか」

 

「おっそーい」

 

後ろを見ると、新海先輩ら四人が居た。

 

「あ、席替わりますね!深沢先輩と高峰先輩は隣の方へどうぞ」

 

「え……?舞夜ちゃん?」

 

話しやすい様に席替えを行う中、私の事を聞いていなかった天ちゃんが驚くようにこちらを見る。

 

「イエス、舞夜ちゃんですっ!あ、天ちゃんは新海先輩の隣に。結城先輩は香坂先輩の隣へどうぞ~」

 

片方に新海先輩と天ちゃんと九條先輩、香坂先輩と結城先輩で座ってもらい、もう片方に深沢先輩と高峰先輩、私の組み合わせにして貰った。

 

重要な会話をしている間は男2人の相手は私が引き受けようではないか……!

 

「ではでは、ごゆっくり~」

 

皆が席に着き、自己紹介を始めていく。

 

「顔合わせも終わったし、僕は帰ろうかな?」

 

「ええ、深沢先輩帰るんですか?もっと話しましょうよ?そのためにこうやって席を分けたんですから……」

 

「フフ、あからさまな分け方は、与一に気を遣ってと言うことか……」

 

「アーティファクトや戦うのに巻き込まれたくないって言っていましたし、これでしたら話に参加する必要はありませんよ?」

 

「舞夜ちゃんは向こうに混ざらなくて良いの?」

 

「大丈夫です。メインは新海先輩と結城先輩で動いていますので、私が居なくて平気です」

 

「与一よ、後輩の女子がこう言っているのだ。男として無下にするのは良くない、せめて一杯くらい飲んでいけ」

 

「……しょうがないなぁ。可愛い後輩にここまで言われたら断るわけにはいかないしね」

 

高峰先輩の一押しに折れて椅子に深く座る。

 

「隣の会話に耳を傾けつつ雑談でもしておきましょう!まずはドリンクですね、何飲みます?あ、食べ物とかも頼みますか?先輩方も飲み物何か頼まれますか?」

 

「そうだな、話をする前に注文を済ませるか」

 

新海先輩の言葉に皆がメニュー表を見始める。

 

そして、人数分のドリンクバーと、高峰先輩のポテトフライ。私からはピザと唐揚げを頼んでおいた。

 

注文した品が全て届いたのを確認して、新海先輩が本題に入ったのを横で聞いておく。

 

「ほう……、ピザに唐揚げとは、キミは中々分かっているみたいだな」

 

私が頼んだ品を見て、面白そうにこちらを見る。

 

「ポテトフライを頼む高峰先輩もファミレスの何たるかを知っているみたいですね……」

 

これを頼めば高峰先輩との友好度が上がるって分かっているからねぇ……。チョロすぎでは?

 

「あ、皆さんも自由に食べて下さいね?深沢先輩もどうぞ。勿論私の奢りですので」

 

「え、ほんと?それじゃあ、一つ食べようかな?」

 

深沢先輩がピザを一つ取る。

 

よし、これで食べている間はここに縛り付けておけるね。

 

隣では新海先輩が香坂先輩へ状況の説明をしていた。

 

「ふむ、九重君。一つ確認してもいいか?」

 

「ん?はい、どうぞ」

 

「ここに居るのは皆AFユーザーなのだろう?私を含めて話を進めているが、良いのか?」

 

「はい、高峰先輩が能力無くても強いと知っているので、アーティファクト関係無しで協力を求めていますよ?」

 

「フッ、そうか。承知した」

 

「ということは、蓮夜以外は皆ユーザーってことだよね?」

 

「そうなりますね。昨日火事の時に見た新海先輩の妹で私と同じクラスの天ちゃんもそうなります」

 

「これで全員なの?」

 

「仲間……という括りでは全員ですね。野良、って言い方は変ですが、私達の他にもこの街にユーザーは何人か居るとは言っていましたね」

 

「昨日みたいなやつが?」

 

「昨日みたいに暴走するのは……無いと言っていましたね。少なくとも表に出ている範囲では居ないと聞いています」

 

「ふーん、意外に大人しいんだね」 

 

「深沢先輩だって、バレないように慎重にしていたじゃないですか」

 

「そりゃあね」

 

「まぁ、先輩の能力の場合は、使った痕跡が石化として残ってしまうので目撃者が居ない様に動くのは当たり前ですが……、もしかすると、痕跡が残らない能力の人が居て、好き勝手に使っている……という可能性もあり得ますね」

 

「何それ、羨ましいんだけど」

 

「精々、魔眼に選ばれた自分を恨んで下さい」

 

「どうして僕にはこんな使い勝手の悪いのが来ちゃったんだろ……。しかも命まで狙われてるしさぁ」

 

「それは確かに興味深い。AFユーザーが選ばれるのには何か一定の基準の様なもの存在したりは?」

 

「んー……どうなんでしょうね?超常的存在ですし……漫画やアニメでよくある設定では、持ち主の性格や心の奥に潜む願望などで選んでいたりしますが……」

 

「そうなると、僕は人を石にしたいって願望を持ってることになるんだけど……?」

 

「あー……性格が反映された……とかでは無いでしょうか?魔眼を使うことに躊躇いの無い人を選んだ……とか?」

 

「あ、なるほど、それなら納得だね」

 

「すんなりと納得しましたね」

 

「まぁね!そっちはどんな能力なの?」

 

「私ですか?そうですねぇ……動きを止める、能力でしょうか?」

 

「動きを?」

 

「はい。物や人の動きを止める事が出来ます。落下する物体に使えばその場で止まったり、人に使えば身動きが出来なくなる感じです」

 

「なんか僕のやつと似てるね」

 

「石にはなりませんし、殺傷能力はありませんよ?一応、目も合わせる必要もありませんが……」

 

「使い勝手がいい感じやつだね!僕のと組み合わせれば強そうっ」

 

「確殺コンボが出来上がりますね……っと、流石に不謹慎なので止めましょうか」

 

「……それが良いだろう。あまり気分の良い話ではないからな」

 

「隣も、良い感じに進んでいますしね」

 

隣を見ると、香坂先輩が元の人格に戻り、一緒にイーリス打倒を手伝うことを承諾してくれていた。

 

「ありがとうございますっ」

 

オッケーをもらい、新海先輩が嬉しそうにお礼を言う。

 

……となると、ここから結城先輩が、、、。

 

「………。今期のアニメ、見てる?」

 

隣の香坂先輩へ突然問いかける。

 

「へ?」

 

香坂先輩が目を丸くし、周りの皆もポカンとしている。

 

「見てる?」

 

「ぁ、は、はい。録画して、まだ見てないのも、あるんですけど……」

 

「あなたのおすすめは?」

 

「断然四部ですっ!ぁ、四部っていうのはーーー」

 

「大丈夫、わかる」

 

「ぁ、見てます、か?」

 

「ええ。あなたとは気が合うと新海くんが言っていたけれど……、確かに……そのようね」

 

「あのシリーズ、私も好きなの。これからよろしく」

 

「は、はいっ、よろしく、お願いしますっ!」

 

嬉しそうに微笑む結城先輩を見て、さっきまで硬かった香坂先輩の表情が和らぎ、明るくなる。

 

「……っふぅ……んっ……!」

 

案の定、目の前の高峰先輩が話の輪に加わりたそうにソワソワし始める。

 

「フッ、二人ともいい趣味だ。原作は読んでいるか?」

 

「当然」

 

「れ、連載中の八部も、読んでますっ」

 

「さすがだな……。私もキミたちとは上手くやっていけそうだ」

 

うわぁ……原作の方は追ってないなぁ。趣味の話を合わせれる為にアニメには目を通していたけど……。

 

「さぁ!乾杯といこうじゃないか!我々、リグ・ヴェーダの結成を祝って!」

 

趣味の合う仲間を見つけテンションが上がった高峰先輩が、グラスを持ち宣言する。

 

「……は?」

 

けれどっ!当然の如く、結城先輩が反応する。

 

「どうした?」

 

「リグ・ヴェーダ……?」

 

自分が付けた組織の名を上書きされたことに対して、明らかに声のトーンが下がり始めた。

 

「そうだ。リグ・ヴェーダだ。不服か?」

 

「………」

 

当たり前の様に言われ、今度は眼差しが鋭くなる。

 

和やかだった場の空気が張り詰め始める。……2人の間だけ、だけどね。

 

「………」

 

周囲に座ってる天ちゃんと九條先輩が空気について行けず、新海先輩の方を見る。

 

それに対してゆっくりと首を横に振る。

 

「勝手に名前をつけないで。既にヴァルハラ・ソサイエティと言う名を、私たちは背負っている」

 

さぁ、始まりましたっ!組織名を賭けた戦いの幕が切って下ろされました!解説はこの、九重舞夜が行いますっ!

 

「ヴァルハラ・ソサイエティだと……?」

 

「ええ、そう」

 

「フッ……、戦士の館か。つまり、我らはオーディンの飼い犬、ということか?」

 

ここで高峰選手から名の由来を問われるぅ!さも当然の様に知っている口ぶりだぁ!

 

「……随分な言いがかりね。あなたこそ、古代インドに思い入れがあるの?」

 

「ほぅ……、由来を知っているか」

 

それに対して結城選手からのカウンターが入る!こちらも常識と言わんばかりのセリフだっ!

 

「舐めないで。当然でしょう?」

 

「………」

 

「………」

 

両者、一歩も引かない!牽制し合う様なにらみ合いが続くぅ!一触即発の空気が場を包んでゆくぅ!

 

さてさて、それではここで一度、観客の反応を見て行きましょうか?

 

「………」

 

三人が新海先輩を見ていますねぇ……。これはさっさと止めに入れと言わんばかりの眼差しですね。

 

「……いいわ、はっきりさせましょう。リグ・ヴェーダ、なせそんな名前をつけたか。当ててあげましょうか」

 

おっと、ここで結城選手が先手に出る!

 

「フッ……ならばこちらも、言ってやろうじゃないか。ヴァルハラ・ソサイエティ。なぜその名をつけたのか……」

 

しかし、高峰選手も負けじと反撃に出る!

 

「……っふ」

 

「……フ、フフフ……ンフフッフ……」

 

さぁ、この戦い……どうなるのかーーー!

 

 

「「特に意味はない」」

 

 

両者、全く同じ言葉を放ったぁーーー!

 

「ふっ」

 

「……フッ」

 

お互いに同じ結果になったことに、認め合うように2人がニヒルに笑う。

 

うんうん、友情っていいですなぁ……。

 

「……ここは引こう。イーリスとやらの戦いを始めたのはキミたちだ。私はただ、従うとしよう」

 

「そうしてもらえると助かる。香坂さんも、良いかしら?」

 

「ぇ?ぁ……は、はいっ。よろしく、お願いします」

 

「天は?」

 

「……ん?な、なんすか、急に」

 

「イーリスと戦う覚悟はある?」

 

あ、これは確かシリアスな話になるやつだ。落差で風邪引きそう。

 

「ぁ、あー……、その話ですか」

 

「ぶっちゃけついていけていないと思うから、今答えを出さなくても……」

 

「いいよ、やりまーす」

 

「かるっ」

 

「……本当にいいの?」

 

安易に答えていないかと、結城先輩が確認する。

 

「いやちゃんと考えてますよ。真面目な話、にぃにって割と過保護なんですよ」

 

「……なんだよ急に」

 

「いいから聞きなさい。あたしのこと雑に扱ってるように見えて……いや基本雑だけど、どっちかというと過保護なんですよ」

 

「んなことないだろ」

 

「妹ちゃんの電話一本で火の中飛び込むんだから、妹想いではあるでしょ!」

 

「おまっ……、ずっと黙ってたのにこんなときだけ……!」

 

飽きてスマホをいじっていた深沢先輩がここぞとばかりに揶揄いに来る。

 

「なんですか、そんな怖い顔して。ほんとのことでしょー?」

 

「ふふ、新海くんはとってもいいお兄ちゃんだね」

 

「……九條まで」

 

「照れる必要はあるまい。美しい兄妹愛じゃないか。なぁ?香坂君」

 

「へ?ぁ、は、はいっ、素敵だと、思いますっ」

 

「っ……」

 

皆からの集中砲火で逃げ場のない先輩が照れておられますねぇ!ふははっ、お可愛いこと!

 

「なんか照れ隠しで不機嫌な顔しておりますけど。わりかし過保護なんですよ、この人」

 

「あたしに危ないことさせないんですよね、基本的に。で……なんすか?イーリス?よくわかんないけど、やべー奴なんですよね?」

 

「たぶん呼ばれてないですよ、あたし。この場に。普通だったら……。でも呼んだってことは、あたしの力も必要なわけでしょ?じゃあやるしかないじゃないですか」

 

「シスコンの兄を持つ妹としては」

 

天ちゃんが場を和ませようと冗談を言う。

 

「シスコンじゃねーよぶっ飛ばすぞ」

 

即座に新海先輩からの否定が入る。うん、ここまでをセットと予想しての冗談だろうねぇ。

 

「おい、違うだろ。ここは、『天……ありがとう』とか、感極まるところだろうがよぁ!」

 

「……天の考えはよく分かった。改めて、新海くんにも聞いておく」

 

その茶番に呆れるようなため息を吐きつつ、結城先輩が話を続ける。

 

「……いいの?大事な妹を、戦いに巻き込んで」

 

「……結城まで揶揄うなよ」

 

「揶揄ってない。真面目に聞いている」

 

「………」

 

一ミリも冗談を含んでない眼差しに、新海先輩がたじろぐ。結城先輩、そういう冗談言わなさそうだしねぇ……。

 

いや待てよ……。確か【ゆきいろうぇぶこみっく】の最後で天ちゃんへ雑にオチを丸投げしていた気が……?

 

「まぁ……うん。普段だったら、天をこの場には呼んでいない。遠ざけてる。……けど、天の力も必要になる可能性が高い。それに、遠ざけるより、事情を説明して傍にいて貰った方が、もしもの時に守りやすいって判断だ」

 

「……そう。わかった」

 

「白泉学園の火事……。能力者によってもたらされる惨劇の一端を、私たちは垣間見た。イーリスが……異世界の神が、更なる厄災をもたらすというのなら……」

 

「戦いましょう。私たちの世界を、守るために」

 

結城先輩の言葉で、浮ついていた皆の表情が引き締まった。

 

今のでかなりの仲間意識……結束が生まれたと思う。

 

「えっと、話すべきことはもう話したんだが……。最後に、言っておきたいことがある」

 

「能力の練習とかしたいだろうけど、極力控えてくれ。短期間に力を使い過ぎると……最悪、あいつみたいになる」

 

「……火事の人、だよね?」

 

「ああ、力を使い過ぎるとあんな風に暴走しかねない。一応、力の使い方なら俺が教えられる。色々試す前に、俺に聞いてくれ」

 

「はーい、わかりました」

 

因みに、私は既に確認済みである。もしも何かあればオーバーロードで戻って、教えてもらえることになっているので特に心配はない。

 

「………」

 

「なにかあるなら、聞いたら?香坂さん」

 

「え?ぁ……私の場合……、使い方、というよりも……制御に難あり、なので……」

 

「うむ。ならば、まずは力の制御を学ばねばならんな」

 

「制御の仕方なら……そうだな。人じゃなくて、動物に効果が出るようにーーー」

 

「……ッ!?」

 

新海先輩からの動物というワードを聞いて、結城先輩が過剰な反応を見せる。

 

「猫」

 

「ああ……そう、猫。人じゃなくて、猫が寄って来るように力を使えば、平和に練習できますよ」

 

「そっか、人じゃなくて……猫……。思いつかなかった……。あ、ありがとう、ございます。そのうち、や、やって、みますっ」

 

「試すときは、是非私を呼んで欲しい」

 

「へ?」

 

「約束して。絶対に、私を、呼んでっ」

 

驚く香坂先輩に、ぐいっと身を乗り出す。

 

「ぁ、は、はい……」

 

その勢いに押されて返事をする。

 

「ありがとう」

 

「……楽しみね、猫。……ふふ、猫」

 

オッケーを貰い、猫に触れあえる事を想像しているのか、今までで一番恍惚とした表情を浮かべた。

 

……あぴゃー、可愛すぎでしょ。いやね?知っていますが……知っていましたがっ!普段とのギャップがこれほどまでに無く刺さりますね!いやー……良い笑顔。幸せそう。

 

クールキャラのガワなど捨て去ってるように見える。

 

「さて、話はまとまったかな?」

 

「ああ、まぁ、話したいことはひとまず話せた。聞きたい事があったらまた連絡してくれ」

 

「うむ、承知した」

 

「は、はい。……ぁ、えっと……」

 

「……?あっ、そっか。連絡先教えて無かったですねっ。LINGってやってます?」

 

「ぁ、は、はい、やって、ます……」

 

「じゃあ、ID交換しましょう」

 

「は、はい……!」

 

「こいつ、スムーズに女子の連絡先を……。いやらしいっ」

 

「アホかお前。くたばれ」

 

「それはちょっと言い過ぎでは?」

 

「香坂先輩っ、私とも連絡先を交換しておきましょ!」

 

「は、はいっ、お願い、します」

 

よしよし、これで必要な人との連絡先は交換出来たね!

 

「………」

 

達成感に喜んでいると、深沢先輩がこちらを見ていた。

 

「ん?どうかされましたか?」

 

「……舞夜ちゃん、僕とも連絡先を交換しない?」

 

「あ、すみません……。家の教えで、初対面で名前呼びをしてくる青髪の軟派な先輩との連絡先を交換するのは御法度でして……」

 

「なにそれッ!?教えがピンポイントすぎない!?絶対僕のことを言ってるじゃんっ!!」

 

 

 

 

 

そして、飽きたのか途中で深沢先輩が退場し、皆でささやかな一時を楽しんでから解散となり、駅まで天ちゃんと香坂先輩を見送り、九條先輩は自転車で帰宅し高峰先輩は買う物があると雑踏の中へ消えて行ったので、私も残った二人に用事があると一言伝えてからその場を離れた。

 

この後の大事な話は、二人きりが良いからねっ。

 

遠回りしながら歩いていると、スマホに電話の着信が入る。

 

「もしもし。舞夜です」

 

電話相手は壮六さんだった。

 

「舞夜様、今よろしいですか?」

 

「大丈夫です。もしかして……幽霊の件ですか?」

 

「その件です。既に身元の特定までは済ませておりますが……」

 

「ありがとうございます。それでは当初のままでお願いします」

 

「わかりました。監視の方は継続させておきますので、何かあればいつでも連絡をして下さい」

 

「よろしくお願いします。明日の夜には決着すると思いますので」

 

用件を済ませて、電話を切る。

 

「覚悟を決めさせるためには……必要だよね?」

 





次回は、猫の回と……幽霊の件ですかね?



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第8話:ぁ゛ぁ゛ぁ゛~……(尊氏)


猫の回……になってしまった。




 

「二人は、もう知っているか?」

 

今日も高峰が来て三人で昼食を食べていると、いきなり話し始めた。

 

「なに急に。知らないよ」

 

与一の返事に高峰が顎で、近くの女子のグループを指す。

 

耳を向けてみると、変質者が現れたと。すごい勢いで走ってくる。飛び掛かって来たかと思ったら消えた。あれは幽霊だ。

 

そんな話で盛り上がっているようだ。

 

「朝から盛り上がってるね。幽霊話。部活の先輩から聞いたって、誰かが言ってたけど」

 

「噂の発信源は、うちのクラスの女子かもしれんな。学校帰りに襲われたそうだ。件の幽霊に」

 

「幽霊……ね」

 

確かにいきなり話題になってる気がするな。

 

「きな臭いとは思わんか?」

 

「ユーザーとは限らないでしょ?」

 

「だが、そう考えるのが妥当だろう。もっとも……イーリスとやらに操られているかどうかは分からんがな」

 

「どうでも良いけどね、僕には」

 

巻き込まれたくないからか、興味無さそうに返す。

 

「もし暴走したユーザーならば……どうする?新海翔」

 

「アーティファクトを奪って、破壊して、無力化。……ってしたいけどな。もっと詳しいことが分からないと、調べようがない」

 

「では、耳をそばだてておこう。何か新しい話が飛び出すかもしれん」

 

「いや直接聞いたら?クラスの人に」

 

「与一よ……。こういうのは、人知れず動くものだ」

 

「だからなにかっこつけてんの……。声をかける勇気無いだけでしょ……」

 

「高峰って、物怖じしないタイプに見えるけどな」

 

「このキャラが通用する相手にはな」

 

「いつまで厨二病引きずってんだが……」

 

「いつからこのキャラなん?」

 

「中学くらいでしょ、確か」

 

「もっと前だ。『コード・ゲッシュ 反逆のハルーシュ』に出会ったことで、私は生まれ変わった!」

 

「あー……そのアニメ、確か結城も好きって言ってたな」

 

公園のベンチで話していたな。

 

「むっ、そうか。では次に会った時は、コード・ゲッシュ談議に花を咲かせるとしよう」

 

「盛り上がるだろうな、多分」

 

結城もハルーシュが好きって言ってたしな。

 

「幽霊の件は、後で他の皆にも聞いておく。女子の間で噂になっているなら、少なくとも俺達よりは知っているだろうし」

 

「今たぶん、ちょうどその話してるだろうしね」

 

パンを食べながら九條の席に目を向ける。

 

ただ、視線を向けただけで、視界に入ってくる情報は意識の外にあった。

 

幽霊の出現。別の枝ではこんな噂は無かった。

 

だから、ユーザー絡みである可能性は高い。……飛び掛かって来たと思ったら、消えた……。

 

すぐに思いつくのは、短距離転移のアーティファクト?

 

別の枝で起きなかったのは、与一が狩っていたからだろうか?それじゃあこの枝では、与一が狩っていたアーティファクト絡みの事件が発生する?

 

……そう考えてしまうのは短絡的だろうか?

 

まぁ、なんにせよ、イーリスがユーザーを感知出来るアーティファクトを持っているのは間違い無いはずだ。

 

当然、ソフィにはその力は無いだろうな。

 

考えれば考えるほどに、こっちの不利が浮き彫りになるな……。

 

「ふむ、ソーセージロールも中々いける……」

 

「駅前のパン屋だっけ?今度僕も買ってみようかなー」

 

「結構混んでるんだよなぁ、あの店」

 

……ともかく、だ。

 

今は、出来る事を積み重ねていこう。

 

 

 

 

 

その日の放課後、昨日話していた猫の……いや、能力の制御の件で公園に来ていた。

 

一緒に……はちょっと会話に困りそうだったので、現地集合にして貰った。

 

先に結城が来ており、俺が到着した直後に香坂先輩と共に、なぜか九重がやってきた。

 

「あれ?九重?どうしてここに?」

 

「こんにちわですっ。さっき天ちゃんを駅まで送って帰っていたら香坂先輩を見かけまして……。面白そうなことをしようとしているみたいだったのでついて来ちゃいました!」

 

「あ、あの、九重さんも、一緒に来たいと、言われて……」

 

「ああ、いえ、別に大丈夫ですので気にしないで下さい。結城もいいよな?」

 

「ええ、私も構わない」

 

「ありがとうございます!私はそこのベンチで見ているだけなのでどうかお気になさらず進めて下さいっ」

 

観客気分なのか、滅茶苦茶楽しそうな表情でベンチに座る。

 

「それじゃあ、早速始めましょうか」

 

「ぁ、ぁの、私はどうすれば……」

 

「まず、先輩の力を理解するところから始めましょうか」

 

「理解……は、はい」

 

「ぶっちゃけ先輩、今困ってますよね?少女漫画のヒロインになりたいって考えちゃって」

 

「ふぇっ?ぁ、ぇ、ぅ、ぁっ……」

 

「……新海くんは並行世界の私たちを知っているから、隠しごとは出来ないと思った方がいい」

 

「ぁ、そういう、力、ぁぅ、ぁあ……」

 

「……それと、新海くんはもう少し伝え方を考えて。ストレート過ぎる」

 

「ぁ、はい……、すみませんでした……」

 

またやっちまった……。ほんと気を付けないとな。

 

やらかしたことに気付き、反省する。結城と先輩の後ろのベンチで座っている九重からも『デリカシーがなっていないぞー!プライバシーの侵害だぁー!』とかヤジが飛んできている。

 

「い、いえ、ぁの、……、そ、その通りなので……ぅぅ、恥ずかしい……」

 

先輩が顔を赤くして恥ずかしそうに目を閉じて顔を伏せる。申し訳ない事をしたと思うと同時に、後ろでニヤニヤとこっちを見ている九重に対して非常に腹が立つ。

 

「ぁ、ぁの……、軽率に、変な妄想を……、し、してしまったせいで……、毎朝、大変なことに……」

 

「です、よね。で、えーっと、先輩、能力にネガティブなイメージ持ってませんか?」

 

「……持て余して、しまっているので……、そう、ですね……。ネガティブ、かも……」

 

「でも、先輩の力って、超ポジティブなんですよ」

 

「猫」

 

「待て結城落ち着け。物事には順序がある」

 

「ご、ごめんなさい。気持ちが逸ってしまった……」

 

昨日から若干暴走気味だな……。それを見て九重が『うはッ!?』とか言って悶えてんだが……?

 

「あ、昨日話していた、あの、猫を呼ぶ……」

 

「そうです。そういうポジティブな使い方もあります。そういうのも含めて、先輩の力の本質は……、あ~……、なんて言えばいいんだ?ちょっと大袈裟な言い方ですけど……、本質は、戦場のコントロールにあります」

 

「戦場の……?」

 

「はい。例えば……そうだな。発想が貧困なんで、ゲームの例えになっちゃいますけど」

 

「だ、大丈夫です。その方が、わ、わかりやすいかも……」

 

「例えば……敵の攻撃の命中率が100%で、こっちが30%だとして。先輩が、敵の攻撃外れろ、こっちの攻撃当たれって願ったらーーー」

 

「敵の命中率が0%になり、こちらが100%になる」

 

「そういうこと。しかも、こっちの攻撃がクリティカルになれって願ったら、実際にそうなる感じ」

 

「先輩の力は敵を弱体化しつつ、味方を強化出来るんです」

 

「弱体化と、強化……。あぁそっか……、私の力は、味方全体にかかる精神コマンド……」

 

「味方全体に必中ひらめき熱血を同時にかけると考えると……、ゲームバランス壊れるくらいには強力ね……」

 

「またピンポイントな例え出して来たな……。二人ともロボゲーもやってるんだな」

 

「好きなアニメが登場する作品だけね」

 

「ぁ、わ、私もそうです。だから、にわか……です」

 

「俺も詳しいわけじゃないけどーーーいや、それはよくて」

 

あぶない、話が脱線するところだった。

 

「とにかく、先輩の力は味方にも作用するわけです。先輩なら、自由に奇跡を起こせる」

 

「味方全体に奇跡をかける……。強力すぎる……」

 

「一旦そのゲームから離れろ。いや大体合ってるけど。……まとめると、先輩の力を使うだけで、俺たちが強化されます」

 

「だから、どうしても先輩を仲間に加えたかった。イーリスと戦うためには、先輩の力が絶対必要なんです」

 

俺の言葉に、後方彼氏面の九重がうんうんと腕を組んで頷いている。

 

「ぁ、ぅ……、……、ぉぇっ」

 

「ぅぉっ、えっ?」

 

「気分が悪いの?」

 

「す、すみません、……ぅっ、だ、誰かに必要って、言ってもらえたこと、なかったので……ま、舞い上がって、は、吐き気が……」

 

「あぁ……。彼……ああいう言葉を平然と言うから、今の内に慣れたほうがいい」

 

「は、はひ……」

 

「え……?ああいう、ってなに……?」

 

「私たち陰の者が狼狽えるような言葉よ」

 

「えぇ……?」

 

二人が……?何か駄目だったのか?

 

「す、すみません、もう……だ、大丈夫です」

 

「じゃあ……はい。練習、してみますか」

 

「は、はい、猫を、呼ぶ……んですよね?」

 

「ですね。先輩も、猫好きですよね?」

 

「で、です、はい」

 

「苦手な男子じゃなくて好きな猫に囲まれて、能力へのネガティブなイメージを払拭しましょう」

 

「ぁ……、は、はい」

 

「……釈然としない様子ね」

 

「へ?ぁ、ち、違います。男子が、苦手なことも……、し、知ってるんだな、って」

 

「あー、はい。すみません、デリカシーのないことを言いましたね」

 

「い、いえっ、私の、その、えーっと、私のことを、理解してくれて、いるんだな、って……。単純に、そ、そう思っただけなので、だ、大丈夫です」

 

「……新海くんのことは、平気そうね」

 

「ぁ……、はい。以前、親切に、あの、声をかけて、もらいましたし……あんまり、なんていうか……えぇと……、圧が、ないので……」

 

「俺、割と怖いって言われるんだけどなぁ……。目つきとか」

 

「背も高いし、多少の威圧感はあるけれど……言動が落ち着いているから、怖いとは思わない」

 

「は、はい、そんな、感じです」

 

「んー、そっか。あぁいや、俺の事はどうでも良くて……」

 

「そう、猫」

 

「は、はい、猫……っ」

 

「練習、始めましょうか」

 

「がんばり、ます……っ。えと、猫が、寄って来るイメージ、ですよね?」

 

「はい。で、先輩だけじゃなくて、結城にも寄って来るイメージをお願いします」

 

「そうね。そこ大事」

 

「わ、わかりました。………、私だけじゃなくて、結城さんにも、猫……」

 

集中するように目を閉じて言葉を繰り返す。

 

「……ぁ」

 

すると、早速近くの茂みから猫が顔を出した。

 

ニャーと鳴いて、こちらへ近づいてくる。しかも一匹だけじゃなくて、二匹、三匹とどんどん増えていく。

 

「わ、わわ、猫ちゃん……!ほんとに来た……!」

 

「か、かなり……驚いている。ここまで分かりやすく、効果が出るなんて……」

 

「自分でも、び、びっくりしてます……!そっか、こういう風に使えばよかったんだ……」

 

「それじゃあ、もう一歩。進んでみましょうか」

 

「も、もう一歩……?」

 

「寄ってくるだけじゃなく、懐く」

 

「な、懐く……っ!?」

 

「そうです。いつも素っ気ない野良猫が、懐く」

 

「そ、そんな……っ、そんな贅沢なことを……っ、ね、願ってしまってもいいんですか……!」

 

「いいんです。やっちゃってください」

 

「ぁ、わ、猫ちゃんを、強制的に……っ、懐かせるなんて……ぁゎゎ……っ」

 

「……っ……!」

 

「期待し過ぎてバグった動きをしている人が居るんで、サクッとやってあげてください」

 

結城がバグった動きをしている中、ベンチに座っている九重が両手で顔を覆いながら小さく震えていた。

 

「は、はひ、な、懐く、懐く……」

 

念じるように呟くと、周囲の猫たちが二人の足にスリスリと体をこすり始めた。

 

「ぁ、ぁぁ……」

 

「ふわわわ……っ!」

 

それを見た二人が変な声を出しながら全身を硬直させる。

 

「こ、これは、現実なの……?猫が……、猫様が……私如きに……!」

 

「す、すごい……。これが、エデンの本当の力……っ!猫は世界を救う……!」

 

完全に様子がおかしくなっているが、突っ込むのは野暮なので俺は静かに見守ることにする。

 

……ちょっと、いや、かなり羨ましいな、あれ。

 

「な、撫でたら……に、逃げちゃう、でしょうか……!」

 

「わ、わからない……」

 

「や、やってみます……!」

 

「ゆ、勇者ね、あなた……」

 

完全に固まっている結城に対して、先輩が動く。変なとこで思い切りが良い様に見える。いや、他の枝でイーリスから貰った注射器の時もそうだったか。

 

「ね、猫ちゃーん……」

 

猫を驚かせないよう、ゆっくりとしゃがみ……恐る恐る手を伸ばして撫でる。

 

「……っ!?ふわ、わわ、わわわ……っ!」

 

抵抗せず受け入れた猫を見て驚愕の表情を浮かべる。

 

「こ、こうも容易く……っ」

 

「撫でられましたーーー!ふぁぁぁぁああーー!!」

 

「ふへぇっ!?」

 

先輩の突然の奇声に驚き、結城が正気に戻る。

 

「ふぁぁぁぁあっ、すごい、モフッ、モフモフ……ッ!猫ちゃん、モフモフですねぇ……!」

 

「こ、香坂さん……?」

 

「わーっ、かわ、かわい、かわわわ……っ!ドゥフフッ、かわいいですねぇ!グフフフッ」

 

「こっ、香坂さんが、猫様の魔力に当てられて……お、おかしく、なってしまった……!?」

 

「おかしくなったんじゃない。よく見るんだ、結城。これが欲望を解放した人間の姿だ」

 

「はわーーっ、こんな、こんな幸せな事が……っ!デュフッ、鼻血、鼻血出そう……っ!ふぁぁああああ!!」

 

「こ、ここまで自分をさらけ出せるなんて……。すごい……、私には、とても……」

 

「まぁ……真面目な話あそこまでさらけ出さなくてもいいけど。折角、猫が懐いてくれたんだ。こっちの目なんか気にせず、思う存分撫でればいいじゃん。気取らずにさ」

 

「………」

 

「はーっ、天使……!天使に囲まれて、も、もう、死ぬ……!ぁ、ここは天国……!もう私死んでる……!」

 

荒ぶりまくる先輩を、じっと見つめて……。

 

「……っ」

 

意を決したように、結城もその場にしゃがみ込んで猫を撫で始めた。

 

「……ぁっ」

 

この前は逃げられてしまったが、今回は無事に伸ばした手が猫の頭に触れる。

 

「ぁ……ぁあ……」

 

感動に酔いしれている結城を見て、その場を離れて九重と一緒にベンチに座る。

 

「ぁぁぁあ……猫に触れて感動してる二人がぁ……はぁ……尊いぃ……」

 

こっちはこっちでよく分からんが、悶えていた。

 

「ぁぁああ……、あっ、先輩、お疲れ様です。無事上手く行きましたねっ!」

 

「ああ、おかげさまでな……」

 

嬉しそうに猫を撫でる二人を見る。……先輩は若干危ない目をしているように見えるが……まぁ大丈夫だろう。

 

「可愛いねぇ~……。三毛だから……女の子?ふふ、美人さんだねぇ~」

 

「あ、こっちの子は靴下はいてるねー。可愛いね~、ふふ」

 

「ぁ゛あ゙あ゙ぁ゛ぁ゛~~~……」

 

結城が優しく猫に語りかけるのを見ていると、突如隣で死んだような声を出して空を見上げ、ぐったりしている九重が居た。

 

「ど、どうした……!?」

 

「……結城先輩が可愛い過ぎて即死しただけですので、お気になさらずぅ……」

 

口をポカンと開け、だらんと両手を垂らしている。……大丈夫に見えないが?

 

「そ、そうか……」

 

触れない方が良いと思って再び前を見る。

 

……確かに、九重が言うように、今までの結城では想像出来ないくらいには声も表情も違う。

 

たぶん、素に近いんだろう。仮面をつけていない、鎧を纏っていない自分。人に見せちゃいけない姿。

 

だからこそ、別の枝では俺たちに見られない様に、隠れて猫を撫でていた。

 

自分を出せないんじゃなく、人目を必要以上に気にし過ぎているのかもしれない。

 

理由は……亡くした妹さんに誇れる自分でありたいから。

 

そんな結城の想いを、否定することは出来ない。偉そうに『肩の力を抜け』なんて言ってしまったことも、少し後悔している。

 

けれどーーー。

 

「ぇ、ぇ、なに……、ぇ?抱っこ……させてくれるの?」

 

「ぇ、ゎ、ちょ、ちょっと……っ。……す、すごいことに……、ど、ど、どうしよう……っ」

 

腕の中、膝の上、肩……。猫たちによじ登られ、困惑している。

 

でも、楽しそうだ。

 

澄ました顔より、気取った態度より……俺は、こっちの結城の方が魅力的だと思えた。

 

イーリスのこととか、トラウマのこととか……今は、忘れて、猫の天国を楽しんでもらおう。

 

……俺も混ざりたいところではあるが。

 

「なんだか自分も混ざりたいような顔をされてますねぇ?」

 

「……まぁな。正直羨ましいと思う」

 

「それは、結城先輩らに対してですか?それとも、猫に対してですかぁ?」

 

揶揄うように口元を隠しながら俺を見る。

 

「アホか。ってか、九重の方は良いのか?混ざらなくて」

 

「ふふ、私も充分に堪能させてもらっているので……はい、このままで満足ですよ?」

 

だらしなく口元を緩ませながら、猫と戯れている二人を見ている。

 

「そっちの目的は……猫じゃないみたいだな」

 

「猫も可愛いとは思いますが……それ以上の可愛さを見つけているので……ふふふ」

 

「……まぁ、確かに……否定はしない」

 

「先輩も、猫が駄目ならせめてこの光景だけでも楽しんだ方がいいですよ?」

 

「……そうだな」

 

幸せそうに先輩と話している結城を見られただけでも、今日の練習の意味はあっただろう。

 

「ぁ、ちょっと……動いちゃ駄目、くすぐったい……ふふっ」

 

「………」

 

結城が無邪気に笑う。

 

不覚にも……ちょっとドキリとしてしまった。

 

不意打ちと言うか……、ああ、こんな顔もできるのか、と。

 

「ふふ、駄目だってば、あはっ、ふふふっ」

 

「いやぁ~……良い笑顔ですねぇ。結城先輩」

 

「普段ではまず見れないな」

 

「ギャップが凄すぎて貧血起こしそうです……はぁ……」

 

それを、頬に手を当てて惚けるような表情で見ている。重症だな。

 

……無意味な、仮定だけど。

 

もし、痛ましい事故が無ければ……いつも、こんな風に明るく笑っていられたんだろうか。

 

……過去は変えられない。俺では、届かない。

 

だから、せめてーーー。

 

これからは、たまにでいい、時々でいい。

 

結城がこんな風に、無邪気に笑える一時があればいいと……心から、思う。

 

「ふふっ、みんな元気だね~、ふふふっ」

 

「ほ、ほんとかわいい……。デュフッ、ドゥフフフッ」

 

ただちょっと……先輩の方はあかんな?女子があんまり見せちゃいけない顔だな?……あとで絶対恥ずかしがるから、先輩は出来るだけ視界から外しておこう……。

 

「ふふ、なぁに?だっこ?待って待って、順番ね~。皆可愛いねぇ~。モフモフだね~、ふふふっ」

 

「ーーッ!ーーーーゥ!ーーァァッ!!!」

 

笑っている結城を見ていると、隣の九重が両手で顔を抑えながら頭を上下に振り、足をばたつかせてその場で暴れはじめる。

 

「フゥーーゥ、………ワたシも、ならんダら、ダッコして……なでてもらえルのでしょうか……?」

 

こっちがビビるくらいの眼差しを指の隙間から覗かせてボソボソと呟く。

 

「……いや、何言ってんの?」

 

訂正しよう。見せちゃいけない顔をしているのは……二人だった。

 

 





幽霊まで行きたかったけど一旦区切ります!

猫回のギャップが……鼻血出そう。



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第9話:サッカーしましょう!ボールはお前なっ!


神社の幽霊事件のお話。

イーリスの再登場です。




 

「あ、ありがとう、ございました。また、明日」

 

「お疲れ様でした」

 

「気を付けて」

 

「しっかりと休んでくださいねー!」

 

猫をモフっていた先輩らと一緒に香坂先輩を駅まで送る。着いた頃にはすっかりと日が暮れて暗くなっていた。

 

「今日はありがとう」

 

香坂先輩の姿が見えなくなった辺りで結城先輩が新海先輩を見る。

 

「こんなことでって、呆れるかもしれないけれど……少し、心が軽くなった気がする。それもあなたのおかげ。本当にありがとう」

 

「俺は俺の都合で動いてるからな……。そうやってお礼を言われるのは、罪悪感があるから気にしなくていい。……まぁ、()()の気持ちが軽くなったのならした甲斐があったよ」

 

「……そう。わかった」

 

「それに、……これから、めんどくさいことを頼むしな」

 

……これは、間違いなく幽霊の件だね。一応私からも両学校で噂を流していたけど、無事耳に入っていたみたい。

 

それを聞いて、結城先輩の目が、ス……と細くなる。

 

「……ジ・オーダーの力が、必要?」

 

「必要になるかもしれない。玖方の方にも広まってるか?幽霊の噂」

 

「……あちこちで目撃しているって話の?」

 

「そうそれ。多分、ユーザー絡みの噂だ。すごい勢いで走って来て、飛びかかってきて消えるってさ」

 

「飛び掛かって来て……消える……」

 

「そう。空中に居ることを条件にワープ出来るアーティファクトがある。たぶんそれだ」

 

「被害や目撃場所は?」

 

「聞いてる限りでは、通行人を驚かせるくらい?襲われたとかの話は聞いていないな。場所は……線路沿いや公園の近く、駅裏とか見事にバラバラだ」

 

「……街中を飛び回ってる?」

 

「そうなるのかな……?九重、他に何か知ってたりするか?」

 

「目撃場所が一致しない……くらいでしょうか?それと一瞬で姿を消すとか。あ、まだ被害は出ていないですね」

 

「らしい。力を使って遊んでいるだけならまだいいんだが、暴走して制御出来なくなっているかもしれない」

 

「後者なら……止める必要がある。時間帯は?分かる?」

 

「目撃時間は特に決まってはいませんが……今の時間帯から二時間後ぐらいまでが多いと思います。あとは……人の目が少ない……とかですね……」

 

「ということは、今この瞬間も出会う可能性がある」

 

「だな。ただ……全く騒ぎになってないんだよなぁ」

 

「流石に人目が多い駅前ではしないと思いますよ?」

 

「だな。人の居ない時間帯と場所を選んで力を試している、って考えるのが普通か」

 

「飛び掛かってきた、ということは……人を脅かしている、ということ?でも、どちらにせよ捨てて置けない」

 

「見つけましょう。その能力者を」

 

「ああ。その辺をブラブラしてみよう」

 

そう言って駅前から離れて歩き出す。

 

……これって、デートでは?いや、夜の散歩かな?何だか私が邪魔に思えて来た……今からでも帰ろうかな?

 

どうせなら、件のユーザーの位置を掴んで、先輩達を誘導したかったけど、壮六さんから能力を発動した兆しも無く消えたって言ってたから、教えることも出来ないし……。

 

まぁ、ユーザーじゃない人からはもう見えなくなったからだと思う。

 

 

 

 

 

そのまま駅前を歩き、次に人気の少ない場所を巡ることになったので裏路地を通って歩いていると、自然と神社に進んでいた。

 

「人が居ないってなると、やっぱり自然が多い方へ足を運んでしまいますよねー」

 

「だな。必然的というか……」

 

「……?」

 

神社を通り過ぎようとした時に、結城先輩が足を止める。

 

「何か見つけたか?」

 

「気のせいかもしれないけれど、今、一瞬……」

 

……夜目が利くって本当かもしれない。今の見えたんだ。

 

不思議そうに首を傾げている結城先輩を見て素直にそう思う。暗闇だし、見えたのは割と一瞬だった。

 

新海先輩が周囲をきょろきょろと見渡す。

 

「舞夜は?」

 

「なんか、一瞬だけ男性の姿が見えたと思います」

 

「それなら、私の気のせいじゃないかもしれない。()、あそこに人の姿が見えたんだけれど……」

 

「……確かに、気のせいじゃないな。俺も見た。すぐに消えちまったけど」

 

私たちとは別の方角を見つめながら返事をする。

 

「三人とも見た、ということは……」

 

「幽霊じゃなければ、ユーザーで確定だ」

 

「……ちょうど人の流れが途絶えた。タイミングとしては……おあつらえ向きね」

 

うん、何故かタイミング良く人が居なくなったね。不思議。

 

「多少は無茶もできる……が」

 

「そうね……。すぐに姿を消されては、無茶もしようがない」

 

「九重、お前の力で動きは止めれるか?」

 

「……それなりに距離が近いのでしたら、可能かと思います」

 

「もし行けそうなら動きを止めてくれ。……それと、レナ」

 

「おぅ」

 

「一緒に警戒を頼む」

 

「ああ、任せとけ。と言っても、俺の必要があんのかわかんねぇけどな」

 

こちらを見てニヤリと笑うレナ。取りあえず笑顔で返しておく。

 

「見つけた。三時の方向」

 

結城先輩の声にそちらを向く。新海先輩は方角が分からず結城先輩に体ごと引っ張られていた。

 

「いたな……」

 

生気のない顔で只々こちらを見ている男性。薄っすらと透けており、首元にはスティグマが浮かんでいる。

 

「ぁ……」

 

出て来たかと思うと、すぐにその姿を消す。

 

「……周囲にはいない」

 

「見当たらないですねぇー。境内まで行ってみますか?」

 

「ああ、行ってみよう」

 

短い階段を上がって境内に入ると、少し前にさっきのユーザーが立っていた。

 

「……なんだあいつ、気持ちわりぃな」

 

「少なくとも、敵意は無さそうだが……」

 

襲ってくるわけでもなく立ち尽くしている男を不審そうな目で見ている。

 

「……目的がわからねぇ。ただただ気味がわりぃな」

 

「飛び掛かってくるって話だったけれど……そんな気配もないよな?」

 

「………、気が付いたのだけど」

 

「ああ」

 

「彼……、体、透けてない?」

 

「え……?」

 

遂に結城先輩が真実に気づいてしまったぁ!

 

「透けてますね」

 

「……確かに、透けてる、な」

 

「マジか。ユーザーじゃなくてガチモンの幽霊?」

 

「……うそでしょ?」

 

幽霊の可能性があると知り、なんとも情けない声で言う結城先輩。あぁ……守りたくなる。

 

「ぁ、また消えやがった」

 

姿を消して、また別の場所に出てくる。

 

「ひっ!」

 

悲鳴を上げた結城先輩が新海先輩の腕にしがみつく。

 

「ど、どこ……?いなくなった……?消えた……?」

 

「いやあっち。お前のこと見てんぞ」

 

「ひぃっ!?」

 

「……なにお前。オカルト駄目なタイプ?」

 

「むりむりむりむりむりっ、絶対むりっ!」

 

うんうん、むりむりむりむりカタツムリだねぇ……。

 

「……マジかよ。キャラ維持すんの忘れるレベルで駄目なのかよ……」

 

「だ、駄目なんじゃなくて、き、嫌いな、だけっ!」

 

「ガチビビりじゃねぇか……」

 

「こういうの平気そうだと思ってたから、意外だな……」

 

「こいつの素を出すの……猫モフらせるよりホラー映画見せた方が早いだろ」

 

「……やってみるか?」

 

「やるわけないでしょっ!ひっ……、また消えた……っ!」

 

「……そんなにビビらんでも」

 

「ビビってない!少し怖いだけっ!」

 

慌てふためく結城先輩が私を見る。

 

「ま、舞夜っ、早くあのユーザーの動きをーーーひゃぁっ!?、また消えたっ!」

 

「あー……いえ、すみません。なんせ動きが早くてぇ……目で追えないものでぇー、しかも早くて追いつけないしぃー」

 

結城先輩の可愛らしいお姿をもう少し見ておきたいのでとぼける。それを見た新海先輩とレナが呆れた表情で私を見ている。

 

「おめぇは怖くないのか?」

 

「私ですか?まぁ……なんとも?本当に怖いのは生きている人間ですし……」

 

「怖さのベクトルが違わねぇか?それ……」

 

「……はぁ、ソフィ、いるか」

 

「ええ」

 

「ひぃっ!」

 

テンパり過ぎてソフィにすら驚く始末。

 

「珍しく狼狽えてるわね……。ま、その子はどうでも良いのよ。問題はーーー」

 

「ユーザー、だよな?」

 

「ええ、そうね。分かりにくいけど、首辺りをよく見て」

 

「……スティグマ」

 

「ほぼ全身に広がっていると見て、間違いなさそうね」

 

「暴走したユーザーで確定ってわけだ」

 

「……人間?」

 

希望を持ったように声を上げる。

 

「そうよ、ただの人間よ」

 

「………」

 

ソフィから太鼓判をいただき、スッ……っと新海先輩の腕から離れる。

 

「ただの人間と分かれば……恐れることなど何も無い」

 

「……今更かっこつけられてもな」

 

「……不意打ちだったからちょっと混乱しただけ。別に怖いとか、そういうわけじゃないから」

 

「いやさっき怖いって言ってたけどな」

 

「……っ……」

 

指摘され少したじろぐ。今日だけで私のキャパシティーががががっ。

 

「のんきねぇ……。じゃれ合うのは後にしなさい。あの子、逃げないわね。襲ってくる様子もない」

 

「静かな暴走……ってのもおかしいが、発狂じゃなくて無気力になるパターンもあるのか?」

 

「ある。そのまま死んじゃうこともね」

 

「……どうすればいい?」

 

「もう無理ね……。あの子、ズレちゃってる」

 

「ズレる……?」

 

「座標……とでも言えばいいのかしら?転移を繰り返した結果、世界の狭間に囚われた……」

 

「こっちに戻って来れなくなってしまったのよ。今目にしているのは、あの子の魂だけ」

 

「魂、だけ……?」

 

「じゃああれ、ガチでマジの幽霊ってことか?」

 

「っ……、………」

 

ススス……っと、無言で新海先輩にくっつく。いやぁ、わかりやすいですねぇ!このこのっ!

 

「幽霊に近い存在、ってところね。おそらく目撃情報のあった昨日の時点では……ちゃんと戻って来れたんでしょうね」

 

「けれど今は、私にも分からないどこか別の場所から、抜け出せなくなってしまっている。おそらく……もう普通の人間には、あの子の姿は見えない。アーティファクトを持つ者だけが、認識できる」

 

「いずれこちらの世界との繋がりも完全に断たれて……、誰からも認識されなくなるでしょうね」

 

「……どうすれば助けられる」

 

「あの子はもう、炎に焼かれているのよ。あなたが守ってあげるには、遅すぎる……。あとはもう、死を待つだけ。手遅れよ、どうにも出来ない」

 

「……っ」

 

「強いて、出来ることがあるとすれば……」

 

「教えてくれ」

 

「楽にしてあげること。それだけよ」

 

「楽に……」

 

ソフィから言葉を聞いて、口をきつく結ぶ。

 

「……わかった、俺がやる」

 

「翔……」

 

「救いたいさ。出来れば。けれどソフィが言うなら、本当にないんだろう。方法は。だったら、俺がやる。あいつの命は……俺が背負う」

 

「綺麗事だけじゃ、前に進めないのなら……俺も、覚悟を決める」

 

新海先輩が覚悟を決めた目をする。

 

「……、わかった。見届ける」

 

「はいはーい、その話、少しお待ちをーっ」

 

「九重?」

 

「今回のお相手ですが、私に任せてもらいませんか?」

 

「お前が……?いや、けれど……」

 

「また逃げられるかもしれないですし、現れてからトドメを刺すまでに距離を詰めれる可能性が一番高いのはわたしですよ?」

 

「それは、そうかもしれないが……だがっ」

 

「何も新海先輩一人に責を負わせるつもりはありませんし、結城先輩に私の実力を見てもらう良い機会だと思いますよ?ね?」

 

「自分でやるって意味が……分かってるのか?」

 

「当然です。ああ、でも……私の能力ではトドメを刺すことは出来ませんので、出来れば幻体で何か武器とか作ってもらえるとありがたいのですが……」

 

要求するようにレナを見る。

 

「……いいんか?わざわざ自分から言い出して」

 

「これが一番効率的だと思いますよ?」

 

「だとさ、大将」

 

「あっ、小型でも良いのでナイフとかだと助かります」

 

「……っ、頼んだ……」

 

レナの右手の一部が形を変えて小さなナイフへと姿を変える。

 

「ほらよ、これで足りるか?」

 

「はい、充分です。ありがとうございます」

 

受け取ったナイフの感触を確かめる。

 

うーん、重さが一切ないとは……。すごいなぁ。

 

「ではでは、次に動いた時に終わらせますね?」

 

「……ああ」

 

……私に負わせたって感じの表情ですね……、そもそも、放置した私がその責任を取るのは当たり前なのですが……ってこれは言えないのでしょうがないですね。

 

「ほんとに、気にしなくても大丈夫ですのに……」

 

そう呟いた直後に、男性の姿が消える。

 

「………」

 

少し場所を変えて姿を現したので、その瞬間に飛び出し、そのままナイフで心臓ごと体を貫く。

 

「………」

 

体を貫かれた男性は、無表情のまま私と目が合い、そのまま消えてった。

 

「……ふぅ」

 

さてと、問題はこれからで……。

 

消えた男性の足元にアーティファクトを見つける。

 

拾おうとする仕草を取ろうとするとーーー。

 

「それは私がもらうわね」

 

ーーー来たっ!

 

視界の隅から横切ろうとする影に全力で能力をかけ、すぐにアーティファクトを拾う。

 

「ーーーあらぁ?」

 

自分に何が起きているのか分かっていない様な声を上げたイーリスをそのまま先輩達の方へ蹴り飛ばす。

 

何度かバウンドしながらも浮かび上がる。

 

「……いきなり酷いじゃない、蹴り飛ばすだなんて」

 

「いやぁすみません。ちょうど蹴りやすい盗人が居たのでつい……」

 

手に取ったアーティファクトに能力を掛けて念のため固定する。

 

「イーリス……ッ!」

 

「ハァイ、こんばんわ」

 

さっきの蹴られたのが無かったかのように新海先輩を見る。

 

「なんの用だ……っ」

 

「先ほどの方のアーティファクトを掠め取ろうとしていたので蹴りました」

 

「酷いと思わない?いきなり蹴り飛ばすのよ?この子。野蛮よねぇ……」

 

「その野蛮な女の子に簡単に阻止されてやんの、やーい、ざぁこ、ざぁーこ」

 

「……まさか、あなたと直接話をする日が来るなんてね」

 

おちょくろうとしたが、ソフィがシリアスな声で話し始めたので大人しく黙る。

 

「そうねぇ、別に話したくもなかったけれど。同じ私でも良い子ちゃんのあなたとは気が合わないでしょうし」

 

「ソフィと同じ姿……。どういうこと……?」

 

「……あとで説明するわ。性格の悪いあなたらしいわね。この子らに殺させるなんて」

 

「仕方ないじゃない。私、こっちの世界じゃ弱いんだもの。とってもね」

 

「私の代わりに片付けてくれて助かったわ。ギリギリで止められちゃったけれど」

 

「やーい。ざーこ、ざーこ。澄まして言ってるけど蹴られて失敗したクソダサ推定1000歳」

 

「あいつを暴走させたのも、またお前か……っ!」

 

今度は新海先輩が激おこなので口を閉じる。

 

「想像にお任せするわ。ただ……がっかりね。もっと暴れて欲しかったんだけど……あっちこっちに跳び回るだけ」

 

「期待外れ……。ほんとにがっかりだわ」

 

「お前……ッ、どこまで、人を馬鹿にして……!」

 

「……よく分かった。確かに……邪悪。許せない……っ!」

 

取りあえず、少し離れた新海先輩らと合流する。

 

「ソフィ。これ、アーティファクト、あげる」

 

「よくやったわ」

 

「いえいえ、このくらい簡単に読めていたので。あの程度の捻くれた性格だとこのタイミングで来るだろうと警戒していました」

 

ソフィにアーティファクトを渡しながらイーリスを見る。

 

「流石は研究者?賢い考えで驚きましたぁ……!」

 

精一杯の笑顔で皮肉を込める。

 

「……あら怖い。また蹴られる前に退散するわ」

 

「……ッ!」

 

んー……若干のムカつきが声に出てる気がする。先輩らはまだまだ激おこだねぇ。

 

「抑えなさい。幻体なんて殴るだけ無駄よ」

 

「フフ、殴りたいなら、気が済むまで殴らせてあげてもいいわよ?」

 

「さっさと失せろっ!」

 

「フフフ、もう用はないしそうするわ」

 

標的を私から新海先輩に変えて生き生きとしている。

 

「ああ……そうだ。大事なことを忘れていたわ。あなたに聞きたい事があったの」

 

「……んだよッ!」

 

「あなたのアーティファクトって、もしかしてオーバーロード?」

 

「……、知らねぇな、そんなのっ」

 

「ありがと、よくわかった。知らないふりしたいなら、動揺しちゃ駄目よ?フフフ……」

 

「……ッ」

 

「さて……参ったわねぇ……。半分冗談のつもりではあったんだけれど……」

 

「本物なら……欲しいわね。でも殺して奪うのはーーー」

 

「えいっ」

 

得意気にぺらぺらと話しているイーリスに手元のナイフを投げつける。

 

直撃したナイフがイーリスに刺さり、人形が霧散して消え去る。

 

「……は?」

 

何が起きたか見えていなかった結城先輩が声を上げる。

 

「……消したのか?」

 

幻体で感覚が共有出来ている先輩は、何となく起きた事を把握していた。

 

「下手に情報を与えかねなかったので……」

 

オーバーロードの存在を認識してもらったのでこれ以上は時間は無駄だしねー。

 

「クソッ……!すまんっ、俺のせいで……!」

 

「上手く誤魔化せていても、どうせいつかはバレていたわよ。問題は……打てる手があまりにも少ないことね」

 

「イーリスが、裏で糸を引いていた……。彼のアーティファクトを、手に入れるために?」

 

「でしょうね……」

 

「たったそれだけのために……暴走させたというの?」

 

「そう。たったそれだけのために、多くの犠牲を出した女よ。今更一人二人、気にもとめないわよ」

 

「あまりにも……邪悪すぎる……っ」

 

「……まだ終わらない。あいつはこれからも、犠牲を出し続ける。ユーザー探しは……あいつの方が長けている。俺たちは、絶対に出遅れる」

 

「火事のときみたいに事前にしっていない限り、救えない」

 

「次も、その次も……きっと、救えない」

 

「……こんな言い方をしたら、あなたたちは怒るでしょうけど」

 

「良かったのよ。これで。全員を救う、そんな綺麗事、どうせいつかは破綻するのだから……。割り切りなさい。すべては、救えない」

 

「理想を追い求めて、時を遡り何度もやり直し続けたら、いずれ必ず、壊れるわよ」

 

「あなたを失うわけにはいかない。だから、割り切りなさい」

 

「オーバーロードをもってしても、あなたは万能じゃない」

 

「マヤがあなたの代わりにしたのは、そう言う事よ」

 

「いえ、そんな大層なことではー……」

 

「……よかったとは、とても言えない。……けど、覚悟は、決まった」

 

「……イーリスは、必ず倒す」

 

「命をおもちゃにするあいつだけは、必ず……っ!」

 

「覚悟……」

 

強く決意した新海先輩を見て、ポツリと結城先輩が呟く。

 

額には、びっしりと脂汗を浮かばせていた。

 

「とっくに決めたつもりだったのに……今、はっきりとわかった。私にはまだ……出来ていなかったっ」

 

震える声で続ける。

 

「……震えてる。人の死を、また目の当たりにして……、ただ見ていただけなのに、怯えている。過去に囚われて、私は……」

 

「イーリス……、せっかく相まみえたのに、せっかく、チャンスを得たのに。私は……一歩も踏み出せなかった」

 

「……動けなかった。ジ・オーダーを……発動出来なかった」

 

「正しい判断よ。中途半端に仕掛けたら、警戒されるだけ」

 

「……判断なんてしてない。思考停止していただけ。もう……無様な姿は見せられない。私も、覚悟を決める。次にイーリスと対峙した、その時は……っ!」

 

「必ず、仕留めるっ」

 

「次も幻体で現れてくれれば楽だけれど……サツキとの同調は、どこまで進んでいるのかしらね」

 

「……与一は?」

 

「接触した気配はない。私が知り得た限りでは、だけれど」

 

「二人が組んだら、いよいよ最悪だ。そうなる前に……なんとかしないと」

 

「そうね。今回は、イーリスにアーティファクトが渡らなかっただけ良しとしましょう」

 

「えっへん」

 

腰に手を当てて、どや顔で体を逸らす。

 

「ノア、マヤ」

 

「……ええ」

 

「はい?」

 

「時間はある?」

 

「なくても作る。このまま帰れない」

 

「こちらも平気ですっ」

 

「そう。じゃあ、話してあげる」

 

「私のことを、ね……」

 

「了解ですっ!それでは、新海先輩の部屋へ帰りましょう!」

 

ところで、奪い取ったアーティファクトって、誰かの手に渡ったりするんだろうか……?

 

 





「ざぁこ♪ざぁーこ♪アーティファクトの一つも奪い取れないなんて、ほんと無能なざぁーこっ♪」

百分の一以下の小娘から言われてると考えると……。


余談ですが、公園での名前呼びの件は、主人公は後輩だからと言って断りました。



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第10話:雪上加霜



4/22の新海翔視点
    ↓
4/22の主人公視点

に移って書いて行きます。




 

「それじゃあね、おやすみなさい」

 

「おやすみなさい」

 

希亜が返事をすると同時に、ソフィは空間の歪みに消えて行った。

 

神社での件からそのまま俺の部屋に来て、希亜と一緒にソフィのことについて詳しく聞いた。九重は"やっぱり明日改めて俺達から聞く"と言って部屋へ戻っていった。

 

「無事、ジ・オーダーでソフィの魂を捉えることが出来たわね」

 

「だな。……というか、考えてみれば確かにそうだよな。同一人物なら大丈夫かどうか簡単に試せたな」

 

「同じ存在のソフィの魂に通じるなら、イーリスの魂もジ・オーダーならば……討てる」

 

これまでは、"多分"とかで曖昧だったが、希亜ならイーリスを倒せる事が確定した。

 

「それに、興味深い話も聞けたし、有意義な時間だった。……千年前の因縁。断ち切るのが、私たちの使命ね」

 

「そうだな……。ソフィはソフィなりに、悩んでいるみたいだ。あんな殊勝な態度、初めて見たかもしれない」

 

「知り合って日が浅いから、彼女の人となりは私には分からないけど……。誰しも……抱えている。後悔や、罪の意識……」

 

「私だけ……殻に閉じこもってはいられない。あとは、私の覚悟と決意だけ」

 

「あまり無理すんなよ……って水を差すのは、空気読めてなさ過ぎるな」

 

「私よりも、あなたや舞夜の方が心配」

 

「……そうだな。特に九重の方が心配だ」

 

「直前で帰ってしまったけど……」

 

「ああ、本人は平気そうに明るく振る舞っていたけど、平気なわけが無いはずだ」

 

「……当然よね。自分で言い出したとはいえ、人を……」

 

「別の枝でも似たような事があってさ……その時も、いつもと同じ様に俺に笑いかけていた」

 

「別の枝でも?」

 

「レナ……当時のゴーストが魔眼のユーザーだと考えていた枝があったんだ。実際には幻体だったけど。その時は敵対していて、向こうは俺たちを殺そうとしていたんだ。俺は天や皆を守るために九重と一緒に正面から勝負を挑んだ。向こうが仕掛けてくる前に、先に……殺す気で……戦った。だが、ゴーストの罠に俺がまんまと引っかかってボロ負けしたんだ」

 

「……そこで彼女が?」

 

「ああ。負けた俺を庇うように前に出て、それで……ゴーストを一方的に倒した」

 

「……当時のゴーストはどの位強かったのかしら?」

 

「攻撃向けの槍を飛ばすアーティファクトに魔眼、さっきの短距離転移を持っていた」

 

「三つも……よく勝てたわね」

 

「九重から口止めされてるから詳細は省くが、倒すことが出来た。それまでは良かったんだ」

 

「………」

 

俺の話に結城は黙って耳を傾けている。

 

「本来なら、俺がやるべきだった……その覚悟もしていたつもりだ。だが、それをあいつは俺がその罪を背負わない様にと能力で俺の動きを止めて……ゴーストを」

 

「いや、最後の最後にゴーストは石化の力が自分に返ってきて体が石になっていた。だから……トドメは刺してない。自滅したんだ」

 

「今となっては幻体だと分かってる。だが、その時は違ったんだ。人を、殺すと思っていた」

 

「だけど、終わった後の九重は、いつもと変わらない様に俺に笑顔で話しかけてきたんだ」

 

「あなたを、気遣って……」

 

「……だな、その後も俺が変に背負っていないかと何かと気に掛けてたりしていたよ。今回の様にな」

 

「……私は付き合いが短いから彼女の性格を詳しく分からないけど、目には揺るがない何かを持っている様に感じてる」

 

「……そうだな。強い信念的な物と、それを押し通せるだけの実力を持ってる」

 

「………、随分と彼女を信頼しているのね」

 

「かもな。……一番最初の枝では俺と九條の勘違いで色々とあったけど、それ以外の枝では大分助けて貰ってる」

 

「そう。普段の彼女からは想像がつかないわね。……いえ、今日のあれを見れば少しは納得が出来る」

 

「あれか」

 

「私は瞬きをしていなかった。けれど、次の瞬間にはユーザーの心臓を貫いていた」

 

「最初見たら驚くよな……わかる」

 

「……聖遺物の力なの?」

 

「……いや、違う。あれは素の身体能力らしい」

 

「……えっ?彼女自身の力というの?」

 

「信じられないよな。その気持ちよーく分かる。けど、他の枝で本人から聞いてる、間違いない」

 

「……あなたがあの子を戦力に加えた理由が分かった気がする」

 

ただ、俺には分かる。九重はまだ……力をセーブして動いていた。

 

「九重がいれば、大抵の事には対処出来る……が、あくまで物理的な話だけだ」

 

「そうね。幾ら力があっても、イーリスを倒す事は出来ない……。だから私を」

 

「ああ、希亜の力が必要なんだ。俺に出来ることがあれば、何でも言ってくれ」

 

「……明日、時間をもらえる?試してみたいことがある」

 

「わかった。みんなを呼ぶか?」

 

「あなただけでいい。まだ……他の人に見せるには、躊躇いがある」

 

首を振って、遠慮するように呟く。

 

「見せるって、なにを?」

 

「まだ秘密」

 

そう言うと、鞄を抱えて立ち上がる。

 

「帰る。今日はお疲れ様」

 

「そっちもお疲れさん」

 

「………、彼女もそうだけど、あなたも……あまり、気に病まないで。彼を楽にする選択は正しかったと思う」

 

「……そうだな」

 

「もし気分が落ち込むようなことがあれば、連絡して。真夜中でも構わないから」

 

「ああ、ありがと。どうしても寝られなかったらそうするよ」

 

「子守歌くらいなら、歌ってあげる」

 

クスッと笑い、玄関へ向かう。

 

「念のため、あの子のことを気に掛けてあげて。私の方でもそうするから」

 

「ああ、分かってる」

 

「それじゃあ」

 

「家まで送っていこうか?」

 

「必要ない。人の多い道を選ぶ」

 

「そ、か。わかった、気を付けてな」

 

「お邪魔しました。おやすみなさい」

 

「おやすみ。希亜も……無理すんなよ。何かあったときは、一人で何とかしようとせずに皆を頼ってくれ」

 

「……ん、ありがと。それじゃあ、また明日」

 

廊下まで出て見送ってから、扉を閉める。

 

「……気に病まないで、か」

 

自分の手を見る。僅かにだが震えているのが分かる。

 

「……いや、俺よりも」

 

直接手を下したわけじゃない。九重に比べれば大したことじゃない。

 

スマホを取り出して、九重に心配のメッセージを送る。

 

あいつは気にするなと言っていたが……無理な話だ。

 

一人に背負わせるつもりは最初から考えていない。

 

この罪悪感も、責任も、俺が背負わなければいけない。

 

その覚悟を抱えて、進むしかないんだ。

 

 

 

 

 

「はーい、以上でーす。起立礼は省略ねー」

 

ホームルームが終わり、教室がざわめき始める。

 

昨日の件は、既に皆に伝えてある。

 

高峰が話したがっていたが、希亜との約束があるので後日にしてもらった。

 

一応、本人が秘密と言っていたので、今日は用事があるとてきとうな理由を作っておいた。

 

まぁ、明日明後日が休みだし、どちらかに集まると思う。

 

鞄を肩にかけて席を立つ。

 

「翔ー、またねー」

 

「ああ、またな」

 

与一に挨拶を返し、教室を出る途中ですれ違った九條にも挨拶をして廊下に出る。

 

最近、与一は一緒に帰ろうと言わなくなった。たぶん、これ以上厄介ごとに関わるのが本気で嫌なんだろう。

 

……このまま、アーティファクトやユーザーから遠ざかっていてくれればいいんだが。

 

そう思っているのは、そうならないと理解しているからだろうか?

 

校門を出た辺りでスマホを取り出して時間を確認する。……希亜は一回家に帰ってから俺んちに来るって言ってたから、別に急がなくても良さそうだな。

 

スマホの画面に天からのメッセージが何件かきていた。

 

昨日、九重にメッセージを送ったが、『ご心配おかけしましたっ!ちょっと家の用事がありまして先に帰っただけなので!』と言っていたが、念のため天にも学校での様子を聞いていた。

 

結果としては、天から見てもいつも通りとのことだった。『美味しそうにお昼食べてるよ?』とか『今日のおかんの弁当を見よ』とか『舞夜ちゃんになんかしたの?』とか『今日集まらないってグループで言ってたけど、今日暇なん?』とか。

 

半分は知りたい情報では無かったが……ってか直前にもメッセージきてるな。

 

『これから舞夜ちゃんの部屋に行くぞ。ってかにぃに、なんで部屋が近いって教えてくれなかったのっ!?』

 

「あー……言われてみれば、言ってなかったっけ?」

 

天のメッセージにてきとうに返信をして、保険として九重に『天が俺の部屋に来ない様に誘導してくれ』と連絡をする。

 

すぐに既読が付き、特に理由も聞かずに『お任せをっ!』と猫のスタンプと共にメッセージが返ってくる。

 

……このスタンプ、希亜使ってたのと同じやつだな。

 

そんなことを考えながらゆっくりと帰路につく。

 

家へ帰り、部屋着に着替えてPCで動画を見ながら希亜が来るまで時間を潰す。

 

試したいことの内容を、まだ聞いていない。

 

この狭い部屋の中で出来ることなのは間違いないけど……、何だろうな?予想がつかない。

 

海外ドラマの一話を見終わったところで、スマホが震える。

 

『もうすぐ着く』と、希亜からスタンプ付きでメッセージが来る。……やっぱり一緒のスタンプだな。

 

それに、相変わらずメッセージでは気取ってないんだよなぁ。無意識に素を出していることに気が付いているんだろうか?

 

……思い返してみれば、香坂先輩とは違うベクトルの天然なのかもしれない。

 

この枝が一番仲良くなれている気がするけど……まだまだ俺は、希亜のことを理解出来てないな。

 

と、考えているうちにインターホンが鳴ったので、動画を止めて玄関へ向かう。

 

「おす」

 

「お邪魔します」

 

玄関を開けて希亜を出迎える。その姿には、背中にリュックを背負い、両手には買い物袋を下げていた。

 

「持とうか?」

 

「平気」

 

そのまま部屋まで運んでいく。

 

「置いても良い?」

 

「いいよ、どこでも」

 

「ありがとう」

 

床の上に荷物を置く。……中身は、スナック菓子?

 

「また随分と買ったな」

 

「久しぶりに散財した。でも、必要だから」

 

「菓子が?なにするんだ?」

 

「説明する」

 

希亜がクッションの上に腰を下ろし、俺もてきとうに床の上に座る。

 

「考えたの、どうすればいいのか」

 

「どう覚悟を決めるか?」

 

「というよりも……私をどう矯正するか」

 

「矯正……。あんましピンとこないけど……」

 

「なぜ別の枝で私がしくじったのか。それは、失敗を極度に恐れているから。かっこ悪い姿を、誰にも見せたくないの。常にかっこいい私でいなくてはいけないと、ずっとそう考えて生きて来たから」

 

「イーリスを滅しようとしたその時、別の枝の私は、妹の死がちらついて恐怖した。イーリスを滅すれば……いえ、違う」

 

「イーリスを殺せば、あの運転手と同じになる、妹を殺した、あの酔っ払いと……。強く、嫌悪したんだと思う。恐怖と嫌悪が、したつもりの陳腐な覚悟を……上回った」

 

「逃げ出したいと思ったかもしれない。けれど、あなた達に無様な姿は見せられない、強くあらねばいけない。相反する気持ちがぶつかった結果、私はフリーズしてしまった……」

 

「それが、しくじった理由……だと思う。たぶんだけれど」

 

いつもと違い、頼りなく瞳が揺れる。

 

きっと、今の話をするだけでも……かなりの勇気が必要なはずだ。

 

自分の弱さを、曝け出そうとしている。

 

「もし素直に弱音を吐けていたら、皆のフォロー……例えば、春風の力で鼓舞してもらったりして、うまくいったかもしれない。……でも、私には出来なかった。弱い私を見せることなんて……」

 

「まずは……その頑なさをなんとかしたい。仲間に弱音を吐けるようになったとき、私は……別の私になれる気がする……!」

 

「……と、思ったの」

 

自分なりに今の状況を打破する為に精一杯考えて来たんだろう。今の姿からその意気込みが十分に伝わってきた。

 

「なるほどな……。確かに希亜が弱音を吐いているところは……」

 

「……ん?昨日見た気がするな」

 

「ぅ……」

 

「ああっ悪い、茶化すつもりはなかった」

 

「……別に良い。今日の目的の理由は……それもあるから」

 

「付き合って。私はもっと、無様になる。弱い自分を、乗り越えるためにっ」

 

「わかった。俺は何をすればいい?」

 

「ひとまず、着替えさせてほしい」

 

「着替え?それじゃあ、俺はあっちにいるよ」

 

「ありがとう。終わったら呼ぶ」

 

「ああ、りょうかい」

 

部屋を出て、キッチン側へ移動した。

 

……取りあえず了解とは言ったが、何をする気だ?

 

もっと無様になるって言ってたが……、ラフな格好にでも着替えるのか?普段はゴスロリっぽいから……。

 

あ、学校のジャージとかか?確かにそれなら……って、希亜ならそれとなく着こなしそうな気もするな。

 

「……ん?」

 

何に着替えているのか予想していると、扉がノックされる。

 

「入るぞ~」

 

一応確認をし、少しワクワクしながら扉を開けた。

 

「……ん」

 

「ぅぉ……っ」

 

……これはまた、予想外と言うか、想像以上と言うか……。

 

そこには、白いTシャツ一枚で立っている希亜がいた。

 

……念のため、九重に天を止めてもらったのは正解だったかもしれない。

 

目の前の光景を見て、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「天ちゃん、天ちゃん、帰りましょうっ!」

 

「ちと、待っておくれ……」

 

「誰かに連絡?」

 

「にぃにへちょっとね」

 

何となく自分のスマホを確認する。すると、先輩からのメッセージが来ていた。

 

……なるほどね。天ちゃんを阻止せよと。

 

理由はお察しなので、特に聞かずに返信をしてポケットへ入れる。

 

「お待たせ、今終わった」

 

「了解。それじゃあ、わが家へレッツゴー」

 

鞄を手に取って教室を出る。

 

新海先輩への連絡は……たぶん私の様子を見てくれ~とかそんな感じだろう。昨日メッセージがあったし、今日はやたら天ちゃんからの視線を感じたからね!

 

「家に向かう途中に何か買う?一応部屋にお茶くらいはあるけど……」

 

「んー……お菓子とか?」

 

「おっ、いいね!パーティーしよう、パーティー!」

 

「いや、どんだけ買うつもりだよ」

 

「一夜明かしても足りるくらい?」

 

「やべぇ量だなおい……」

 

「一応明日休みだけど……お泊まりとかしてみる?」

 

「えっ、いいのっ?」

 

「天ちゃんなら何時でも大歓迎だよ?」

 

「うわぁー……したいっ!けど用意とか何もしてないし……また次の機会にしようかな」

 

「了解了解っ。今は色々とあるけど、時間作って実行しようね~」

 

「だねぇ……にぃにからも可能な限り舞夜ちゃんと一緒にいろよ~って言われてるしさー」

 

「なにそれ役得。この際一緒に住む?」

 

「いきなりぶっ飛んでない?」

 

「あ、そうだね。まずはご両親への挨拶からだったねっ」

 

「いや、工程の話じゃないから。頭のお話ですよ?舞夜様?」

 

「あ~、そっちだったかぁ……あははっ」

 

天ちゃんと雑談を繰り広げていると、昇降口でやたらこちらに視線を向けている男子生徒が居た。

 

「……?どしたの?」

 

「ううん、なんかこっちを見てる人が居たから何だろうなぁって思っただけ」

 

「え、どこどこ?」

 

「ほら、あそこで立ってる男子」

 

少し離れた場所で友達と話しているが、視線がちょくちょくこちらに向いている。

 

「ん~……ってクラスメイトの男子でしょ。あれ」

 

「ありゃ、同じクラスでしたか……」

 

「確か……小林君?いや、小山君だったかな?」

 

「同じクラスの人なら気のせいだったかもねー」

 

「どだろ?前の人みたいに舞夜ちゃんに告白とかじゃない?」

 

「流石にそれはあり得ないと思うよぉ……?」

 

「いやいや、チラチラと見ているってことは気になっているってことでしょ?」

 

「そこまで自分に自信家じゃないからねぇ……」

 

「いーや、舞夜ちゃんならありえるねっ!私が保証しよう!」

 

「お褒めの言葉、ありがとうございます。殿」

 

「うむ、苦しゅうない」

 

天ちゃんと小芝居を繰り広げながらもそのまま校門を出る。

 

「少し前に告白して来た隣のクラスの人はどうなったの?」

 

「ん?普通にお断りしたよ?」

 

「結構カッコイイって人気なかったっけ?」

 

「あー……どうだろ?興味無いかなぁ?」

 

「枯れてんなぁ、華も恥じらう乙女がよぉ」

 

「そういう天ちゃんだって興味無さそうじゃん?」

 

「私は人並みにありますぅー、話についていける位には知ってますぅ」

 

「なん、だと……?」

 

知っているけど、興味は無いって感じだよね?お兄ちゃん大好き人間がっ、このこの!

 

「舞夜ちゃんって割と誰とでも話せるしさ、愛想も良いから簡単にいけると思うんだよね~」

 

「んー……そう?」

 

「そう!綺麗な黒髪ショートだしっ、あたしが男ならまず放っておかないね!」

 

「天ちゃんに褒めて貰えるのならそうかもしれないね……!」

 

「伸ばしたりはしないの?」

 

「予定は無いかなぁ……?あっても邪魔になるし」

 

「えぇ、勿体ない……折角良い髪をお持ちなのに」

 

「もう少し余裕が出来たら考えようかな?」

 

今は動くのに邪魔だしね。全部が終わったら澪姉ぐらいまで伸ばすのも面白そうかも?手入れが面倒だけど……。

 

そんなこんなで何事もなく部屋へ到着。

 

「お邪魔しま~す」

 

「どうぞどうぞ」

 

天ちゃんを部屋へ招く。

 

「にぃにの部屋と同じ感じなんだね」

 

「同じ構造だしね~、角部屋だったらまた違うかもしれないけど。あ、荷物は適当に置いていいよ、今飲み物淹れるから座って座って」

 

「あざ~す」

 

飲み物を淹れて戻る。

 

「はい、日本一高いお茶だよ~」

 

「ありがと~」

 

私からコップを受け取って一口飲む。

 

「これはこれは、結構なお手前で……」

 

「いえいえ、スーパーで仕入れたお茶を使用しているので当然ですとも……」

 

「分相応のお味ですわ」

 

「ありがとう存じます」

 

そんな感じで天ちゃんを部屋に招きお喋りをしつつ、ユーザーやアーティファクト、昨日の話を挟みつつ至福の一時を過ごした。

 

 

 

 

 

「もうすぐ日も沈みそうだし、今日はお開きにしよっか?」

 

「もうそんなに経ったのかぁ」

 

「外に用事があるし、ついでに駅まで送るよ~」

 

「あんがとさん。ついでににぃにの部屋にも顔出しておこうかな」

 

「あっ、それはストップ」

 

「ん?どして」

 

それは駄目です。今は特に駄目です駄目です。Tシャツ一枚の結城先輩が部屋に居るはずです。

 

「今日用事があるって言ってたでしょ?実はアーティファクトの件で色々と立て込んでて忙しいんだよね、先輩達」

 

「それ、尚更参加した方が良いじゃね?」

 

「ううん、情報が錯綜としてて、精査してる途中みたい。私も詳しくはないけど、明日までには纏めるって言ってたよ」

 

「ふ~ん……まぁ、二件続けてだもんね」

 

「うん、今回のは知らなかったって言ってたからね。だから今日は大人しくしてた方が良いと思う。明日には聞けるし……ね?」

 

「ま、それなら今日は大人しく帰ってあげようじゃないか」

 

「うんうん、暗くなる前に帰らないとね」

 

支度を済ませて部屋を出る。先輩の部屋に行かない様に注意を払いつつ、無事マンションを出て駅まで送り届ける。

 

「それじゃあ、また明日ね~」

 

「またねー」

 

改札を抜けて姿が見えなくなるまで手を振りながら見送って踵を返す。

 

「よしっ、無事ミッションコンプリートっ」

 

謎の満足感を得ながらも来た道を戻る。

 

「いいな~……ホラー映画の上映会」

 

きっと結城先輩が言葉にならない悲鳴を上げて泣きじゃくってメッキの欠片も無くなってる姿を……見たいっ!物凄くっ!

 

絶対可愛い。それはもうその場で跳び回ってしまうくらいには可愛いに違いない。

 

……おじいちゃんに頼んだらいけないかな?流石に駄目って言われるかも。うーん、頼み込めばワンチャン……?

 

いや、確かカーテン閉めていたし、外からは無理だ……。

 

くだらないことに頭を悩ませていると、スマホに着信が入る。

 

「ん?……はい、舞夜です」

 

相手は壮六さん。

 

「突然の連絡、失礼します。今大丈夫ですか?」

 

「いえいえ、大丈夫です。家へ帰る途中なので……何か、ありましたか?」

 

前連絡無しでの電話……多分良くない事があったんだと容易に想像できる。

 

「少し妙な情報を掴みましたので、一度舞夜様にご相談を……と宗一郎様から」

 

電話から聞こえてくる声には、明らかに嫌な予感が漂っていた。

 

 




名簿

九重 舞夜(ここのえ まや)
白泉学園一年生。新海天と同じクラスで席は一つ後ろ。
この街にある由緒正しい白蛇九十九神社と同等の歴史を持つと言われている九重家の娘。
現在は新海翔のと同じマンションの同じ階の更に三つ隣の部屋に一人で住んでいる。

アーティファクトユーザーであり、イヤリング型のアーティファクト。
能力は『対象の動きを停止させる』能力。

身長153cm程度(天より3cmほど低い)
血液型???
誕生日???



一応、主人公の適当なプロフィールです。ショートですが、髪の形は……艦これの浜風に近い形を想像しています。前髪は目の上くらい?

※余談ですが、一章と二章に出て来てた久賀二葉も主人公と同じ髪型です。憧れて同じ髪型にしているとのこと。それを知った時の姉の嫉妬心は如何ほどに……。



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第11話:働きたくないってTシャツ、私も欲しい


イベント発生……?




 

「では、はじめようか。作戦会議を!」

 

次の日、一昨日のユーザーの件についての報告会&今後の作戦会議をした。

 

内容としては記憶で知っている内容と大きく変わらなかった。私がいることで少し会話の追加があった程度?だと思う。

 

やはり今後も新たにユーザーが出現するかもしれないから気を付けろって感じでまとまり、後は普通にワイワイ楽しんだ。

 

「……うーむ」

 

テーブルのポテトフライを齧りながら唸る。

 

新たなユーザー……。

 

壮六さんから聞いた情報を先輩の耳にも入れておくべきか否か、若干迷う。

 

とある業界で急激に勢力を伸ばしている会社があるとのこと。しかもかなり乱暴というか、強引な進め方みたい。普通ではまずありえないスピードと方法って聞いている。

 

そこで、もしかするとユーザーが絡んでいるのでは?と私に話が回って来た。……けど、聞いた範囲では記憶に無い。というかゲームでも聞いた事ない。

 

今の状況を考えると、イーリスが何か手を加えている可能性があると思う。でも、ゲームでは出てこなかったとなると私が影響しているとか?

 

もしユーザーだとすれば、確実に対処しなくてはいけない。今回は恐らく九重家として相手することになるだろう。そうすると先輩らを巻き込んでいいのかと迷う。

 

新海先輩に話せば確実についてくるだろうし、セットで結城先輩も絶対来る。そしたら中々厄介だ。良い子に見せられない可能性が出てくるし……。

 

「………」

 

他の枝では起きてなかったのだろうか?オーバーロードの話では聞いてなかったということは少なくとも先輩達には知られてない?居なかったのか、私が裏で処理したのか……。

 

どうしたものか。普通に考えればこっちで内密に片付ければ大丈夫だけど……アーティファクトを必ずソフィに渡す必要が出てくる。そしたら遅かれ早かれ露見する可能性が高いと思う。

 

……いっそ先輩にも来てもらう?オーバーロードあるしその方が後々いい方向に働くかもしれないし。

 

「どしたん?さっきからポテト齧りながら唸って……不味いの?」

 

「ん?ううん、そういうわけじゃないよ?ちゃんと美味しい」

 

「なんか悩み事か?」

 

天ちゃんの声を聞いて新海先輩が問いかけてくる。

 

「いえいえ、ちょっと考え事をしていまして……あっ、そんな意味深な感じではないので気にしないで下さい。個人的な事なので」

 

胸の前で両手を振りながら大丈夫と返す。

 

「そうか?なら良いんだが……」

 

そういって、元の会話に戻る。

 

……うん、やっぱりこっちで秘密裏に片付けよう。新海先輩には結城先輩の事に集中して欲しいし、余計なことで時間を取ってほしくないしね。

 

この後にも、先輩の部屋で結城先輩と二人でレヴナント・アーマーの撮影会が待ってるだろうし。

 

 

 

 

 

 

次の日の日曜日、九條先輩のバイトが珍しくお休みという話を昨日聞き、天ちゃんと九條先輩と私で遊びに出掛けた。

 

ショッピングモールを見て回ったり、スウィーツのお店に入って食べたりした。

 

お互いに知り合ってから初めてのお出掛けだったが、天ちゃんも九條先輩も楽しそうにしていたので安心して遊ぶことが出来た。

 

「いやぁ~、あのお店のケーキ美味しかった~」

 

「舞夜ちゃんのケーキ美味しそうだったよねぇ、あたしもそっちにすればよかったかも」

 

「あれはナインボールとタメを張れるねっ!お値段は少しお高いけど」

 

「ふふ、ありがとう。お店の雰囲気も落ち着いて良い感じだったね」

 

「ですよね!また機会があれば行きましょ!」

 

「そうだね。今度は他の人も誘ったりして」

 

「私は大いに賛成です。他の人にも味わって欲しいです」

 

「今度と言えば、みゃーこ先輩」

 

「ん?どうしたの?」

 

「日程はなどはまだ決まっておりませんが、舞夜ちゃんの部屋でお泊まりを考えておりまして、ご一緒にどうですか?」

 

「え?お泊まり?」

 

「そうですそうです!天ちゃんとそういう話をしていて、九條先輩も都合が良ければどうですか?」

 

「うん、ありがとう。私は大丈夫だよ」

 

「やったー、参加者が増えた!この際結城先輩や香坂先輩も誘う?」

 

「いいねっ!って、舞夜ちゃんは良いの?」

 

「問題ナッシング!もし狭ければ実家の方にでも行く?離れとかあるしお泊まり気分は味わえると思う」

 

「急に話が大きくなったな~……」

 

「ま、今のが落ち着いたらってことで」

 

「そうだね。アーティファクトの件が落ち着いたら、結城さんや香坂先輩にも聞いてみよっか」

 

「先の楽しみが増えましたなぁ~」

 

ふふふ、お泊まり……。新海先輩や高峰先輩には悪いけど、楽しませてもらうとしよう。

 

このままで行けば、五月の頭から二十日までは空白があるから行けると思う。うん。

 

「……ん」

 

頭の中で予定を組み立てていると、私達が歩いている歩道の少し先に、コンクリートの壁にもたれ掛かりながら何かを待つような人が居た。

 

「………」

 

普通なら、誰かを待っているとか思ってスルーするけど、待っているのではなく、人を探している様に周囲を観察していた。

 

意識を向けつつ二人の会話に参加していると、私たちが視界に入るや否や、こっちに向かって歩き始める。

 

これは……警戒した方が良いのかな?

 

道を聞きたい……は流石に無いよね。となると、ナンパ?

 

そうこうしている内に男は正面まで来て、声をかけてくる。

 

「すみません、ちょっと良いですか?」

 

話しかけられた為、足を止める。

 

「はい、どうかされましたか?」

 

男の声に九條先輩が返事をする。

 

年齢からして20代前半ぐらいの普通の人だ。割と清潔感があって好印象を感じやすい見た目。

 

「ちょっと、お店を探していまして……こういう店名なのですが……」

 

ポケットから一枚の紙きれを取り出し、こちらに見せる。

 

差し出す様に見せてくるので、九條先輩と天ちゃんがそれを覗き込む形で紙を見る。

 

「みゃーこ先輩?知ってる?」

 

「うん。えっと、ここからすぐ近くの場所ですね」

 

「あっ、ほんとですか?」

 

お店の場所を知れてうれしそうに笑みを浮かべる男性。

 

「はい、ここの裏路地を通って少し先の所になります」

 

「流石はみゃーこ先輩、出来る女っ」

 

「そんなことないよ、たまたま知っていただけだから」

 

天ちゃんの持ち上げに笑顔で返す九條先輩。

 

「………」

 

「あのー……もし良ければ、お店まで案内してもらえると嬉しいのですが……」

 

申し訳なさそうに案内をお願いしてくる。

 

「あ、えっと……」

 

私達が居るため即答せずにこちらを見る。

 

「あたしは全然平気。舞夜ちゃんも大丈夫?」

 

「うんっ、喜んでお供させていただきます!」

 

「ありがとうございます……。実は、今日来たばかりで地理に疎くて……」

 

お礼を述べて、九條先輩の案内に従って付いて行く。

 

すぐそこの裏路地に入り、道を進む。次を右に曲がると、一気に人通りが消える。

 

……これはぁ、確定かなぁ?

 

人通りは無い……けど、それぞれの道の曲がり角に人が立っている。しかも、少し先には車が止められている。

 

誘拐……で良いのだろうか?

 

道を聞いてくる男がそもそも胡散臭いし、あからさまに見張りを立てている様な人の配置だし……なんて言うんだろう、この場所だけ空気が違う。

 

スマホを開き、連絡を入れておく。

 

「あ、そう言えば……」

 

男が突然立ち止まり、こちらを向く。

 

「このお店の場所なども知っていませんか?」

 

またポケットからメモの紙を取り出して見せてくる。

 

「みゃーこ先輩、知ってる?」

 

「うーん、私も見たことないかなぁ?」

 

「スマホで調べてみましょう」

 

天ちゃんがスマホを取り出し、九條先輩もそれを覗くようにスマホに意識を向ける。

 

私も一応、一歩引いてそれを見ていると、後ろから足音を消しながら近づく複数の人の気配がした。

 

正面の男をチラ見すると、二人に意識を向けつつも、私たちの後ろに視線を投げていた。

 

確定……だね。

 

私達の真後ろまで近づくと、一番後ろの私の口を目を覆うように手を伸ばしてきた。

 

が、その手を躱して、背後の人の腹部に肘を打ち込む。

 

「ごっぉ!?」

 

最初の一人がいきなり倒れたのを見て、他の動きが止まる。

 

……他の男が、五人と。

 

倒れた男の声に二人が顔を上げて振り返る。

 

「え?なになにっ!」

 

「え……っ」

 

「お二人かた!誘拐ですっ、暴漢ですっ、変態ですっ」

 

二人の手を取って、距離を取ろうとする。

 

「クソッ!バレてんじゃねーかよっ」

 

道案内をお願いしてきた男が怒鳴る様に後ろの男たちに文句を飛ばす。

 

「バレようが関係ねーよ。この人数だし楽勝だろうが」

 

「なに、この人達……」

 

「この人の、知り合い……?」

 

「どうやら、人目の少ない場所に呼びだして、破廉恥なことを計画していたみたいですよ?ですよねっ、そこのお兄さん?」

 

「はっ、さぁな。答えはこの後に知ることだろうな」

 

余裕たっぷりに答える。まぁ、普通に考えれば六人も居れば女三人とか余裕だもんね。

 

現状に困惑し、怖がっている二人の前に出る。

 

「……一応、言っておきます。このまま大人しく下がるのでしたら、私からは手は出しません。どうしますか?」

 

「……はぁ?お前馬鹿か?手を出さない?出せねぇの間違いだろ?」

 

周囲の男たちも馬鹿にするように笑っている。

 

「……まぁ、ですよね」

 

取りあえず形として聞いてみたが、当然従うことは無かった。

 

「虚勢張っても虚しいだけだぜっ!」

 

勝ち誇った様な表情でこちらに向かって来た男含めて全員に能力をかける。

 

「ッ……!?」

 

「えっ、え?何が起きてんの?」

 

「……もしかして、舞夜ちゃんの?」

 

「私ので動きを止めました。二人とも、今の内に逃げましょうっ」

 

未だに混乱している二人の手を引っ張ってその場を離れ、裏路地を抜ける。

 

さてと、ここからどうしようか。

 

後処理は頼んであるので心配は無い。問題は二人をどう説得して落ち着かせるかだ。

 

「九條先輩、天ちゃん。ひとまずは安全を確保しましょう」

 

「う、うんっ」

 

「そ、そうだね」

 

ここから一番近いのは……、んー……新海先輩の部屋だなぁ。

 

「にぃにの部屋!ここからだとが一番近いっ」

 

やっぱりそうなりますよねー。

 

「先に警察に連絡した方がいいのかな?」

 

「身の安全を最優先にしましょう。私の部屋でも良いので!」

 

移動しながら新海先輩へ連絡を送る。

 

結城先輩が居るかどうか……確認しておかないとね。

 

 

 

 

「と言うことがありました」

 

現在、新海先輩の部屋でさっきあった出来事を話していた。

 

予想通り、結城先輩が来ていたが、今はいつも通りの格好と佇まいで座っていた。

 

まぁ、部屋の隅っこには大きめの荷物が置かれているので、片付けたのだろうと思われる。

 

「警察には連絡はしてあるの?」

 

「いえ、二人の安全を第一にしたのでまだです。それと……」

 

「それと?まだ何かあるのか?」

 

「考えすぎかもしれませんが……ユーザー、いえ、イーリスの仕業を考慮して止めています」

 

「……イーリスが裏で動いているかもしれないって言いたいのか?」

 

「あくまで、私の予想では……になりますが」

 

「どうしてそう思ったのか、聞かせてもらえるかしら?」

 

「えっと、第一にタイミング的に怪しいかなと。道を歩いている私達三人をわざわざ標的にして襲うとなると……」

 

「こっちを狙った犯行……それかユーザーを狙ったって言いたいのか?」

 

新海先輩の言葉に頷く。

 

「ありえなくはないが……襲って来たのは一般人だったで良いのか?」

 

「見た範囲だと、ユーザーらしき人は確認出来なかったです」

 

「……そうか」

 

「取りあえず、今日の所は九條先輩と天ちゃんは私の方で家まで送ります。実家の方に連絡して車を手配しています」

 

「……そうだな。ありがとな、九條と天を守ってくれて」

 

「当然のことをしたまでなので気にしないで下さい」

 

それに、まだ新海先輩には話しておきたい事がある。

 

「という事で、すみませんが今日はこのまま解散ということにしましょうっ。お二人の送迎する車は既に下で待機済みなので!」

 

少し落ち着きを持ち戻した二人を宥めつつ、マンションの入り口まで付いて行き、車に乗り込んだところまでしっかりと確認してから先輩の部屋に戻る。

 

「さてと、九條先輩と天ちゃんがお帰りになりましたので、本題に入りましょうか」

 

両手を合わせて仕切り直す。

 

「やっぱりまだ何かあったのか……」

 

「おや、やっぱりお気づきになっていたんですね」

 

「何となくな」

 

「明らかに情報を伏せている感じがした。二人の前では話せないこと?」

 

新海先輩だけではなく、結城先輩も気づいていたご様子。ま、あからさま過ぎたかもしれない。

 

「まぁ……そうですね。本当は先輩達にも話そうか迷ったのですが……」

 

「聞かせて。聖遺物……イーリスが関わっているのでしょう」

 

「そう、ですね。確定では無いですが、ほぼほぼ」

 

「何か知っているのか?」

 

「話します。私が持っている範囲で、ですが」

 

黙っておきたかったけど、天ちゃんや九條先輩が狙われた時点で新海先輩にも話しておかないと、万が一が起きた時に対処が遅れてしまう。それだけは避けたい。

 

適当に床に座り、説明を始める。

 

「実は、私の実家……九重家で最近ある話が上がっていたんです」

 

「一部の業界で、異様なまでのスピードで市場を手中に収め、勢力を拡大しつつある会社がいると」

 

「それが……ユーザーの可能性があるって言いたいのか?」

 

「予想で、ですが」

 

「その根拠は?」

 

「私もそう言った業界に詳しく無いので分からないのですが、担当している人から聞いた限りでは、ありえないとの事です。ライバル組織や、今まで手を出していなかった場所にまで伸ばしているみたいで、その速度が普通では無理だと」

 

「単純に、手腕が凄いとかはないのか?」

 

「それも考えたのですが、その人……女の人が社長なのですが、これまで目立った功績も無く、いきなり動いているって聞きました。その時期がここ最近です」

 

「聖遺物を手に入れて、それを悪用している……?」

 

「その可能性が非常に高いです。ぶっちゃけ市場が被っていてお互いに潰し合うみたいな関係の会社をすぐに取り込んだと聞いて、かなり怪しいかと……」

 

「私は、仮にアーティファクトを持っていると考えて、多分、精神操作などの相手を操るような能力を手に入れたのではないかと思っています」

 

「人を操る……」

 

「新海先輩の記憶の中で、その様なアーティファクトを所持している人はいましたか?」

 

「……一人、似たようなアーティファクトを持っている人は居た。学生だったが」

 

「年齢が合いませんね」

 

「ああ、その学生の女社長は、手を握る……身体に触れることをトリガーに発動していた」

 

「……なるほど。そうなると、別のアーティファクトとなりますね。私が聞いたのでは、対面せずに取り込まれている人も居たので」

 

やっぱり出てくるのは香坂先輩の枝の人だよね。つまり先輩も知らないユーザーと……。

 

「えっと、実はここからが重要ポイントなのですが……」

 

「その聖遺物を持った人をどうするか……という話?」

 

「あー……結果的にそうなります。私の方で相手の情報は大体掴んでいます。それで、まだ洗っている途中ですが、さっき襲って来た人達が関わっているかも調査中です」

 

既に捕縛して接触があるか調べている。多分黒だと思うけど。

 

「言ってしまえば、今回の件は大人の世界……九重家の方で対処する方向で進んでいます」

 

「もしユーザーだとなると、危険じゃないのか?」

 

「ですね。なので私もその一件に首を突っ込んでいます。能力がその通りなら返り討ちにあうかもしれないので」

 

「その前に、私たちの方で終わらせる必要がありそうね」

 

「それが一番なのですが、もしさっきの人達が関わっているとなれば、誘拐や暴漢を助長していることになりますので、私の実家の方で営んでいる警備会社からも一部人を出すことになると思います」

 

「ガサ入れ……とかでは無いのですが、調査に入る的な感じで考えて貰って大丈夫です。まぁ、犯罪を犯しているので当然ですよね」

 

「もしかして、その一部に参加するって言うのか?」

 

「そうですそうです」

 

「可能なの……?」

 

「大丈夫です、強引に捻じ込みます」

 

「そこで確認なのですがぁ……お二人はどうなさいます、か?」

 

我ながら、無駄な確認だと思う。

 

「……九重が俺達にそれを話しているってことは、俺と希亜も入り込めるって思っても良いのか?」

 

「まぁ、そうなります。お二人だけに話したのは、二人ならギリギリ何とか出来そうと考えたからです」

 

「そこまで考えているのなら、当然答えはイエス」

 

「だな。ユーザー関連だし寧ろ俺たちが何とかしなくちゃいけない」

 

ですよねー。

 

「ですよね。お二人ならそう仰ると思ってました」

 

「それで、いつ頃動きそうなんだ?」

 

「……そうですね、多分早くて明日には動くと思います。明日の夜か、明後日の夜には。まぁ、先ほどの調査が黒ならば……ですけど」

 

「……ほんとは、殆ど証拠を掴んでいたりしないのか?そんなに早く動けるってことは」

 

「あははっ、実はその通りです。既に幾つかそれっぽい証拠は掴んでいます。今回のは決定的なので、事実なら即座に踏み切ると思います」

 

「なので、こちらで情報を掴み次第お二人にも連絡しますので、心の準備だけはしておいてください。時間帯は夜になると思います」

 

「ええ、わかったわ」

 

「俺も」

 

「……ところで、おひとつ聞いても良いですか?」

 

「ん?どうした?」

 

「私達が部屋に来た時、既に結城先輩が居たのですが……それに、そこの大きめの荷物、お泊まりでもしていたのですか?」

 

「あ、あ~……それはだなぁ……」

 

「私が翔にお願いして置かせてもらっている。内容については……そうね、イーリスを倒すために必要な事……とでも言っておくわ」

 

「ああっ、そんな感じだっ。決して泊まったりはしていない」

 

「なるほど、何か手を打とうとしているのですね!了解です。何か手伝えることがあればいつでも言って下さい」

 

「ええ、もし手を借りたいときはお願いするわ」

 

「ぜひぜひ~。と、それじゃあ私もそろそろお暇させてもらいますっ。忙しくなりそうなので!」

 

「ああ、今日はほんとにありがとな」

 

「いえ!私が居た時で良かったと思います。ではでは、先輩らも頑張って下さいね!」

 

2人に挨拶をして部屋を出る。マンションを降りて迎えに来て貰っている車に乗って九重家へ向かう。

 

スマホが震える。

 

「……黒、ねぇ」

 

さっきの人達は、どうやら接触があったみたい。

 

と、なると私を狙ったのか、私達ユーザーを狙ったのか。イーリスが関わっているなら後者になるけど。

 

「まぁ、どのみち結果は変わらないけどね……」

 

先輩達にはやんわりと話したけど、既に色んな場所を荒らし始めている。九重家が関わっている組織にも手を出していると壮六さんから聞いている。

 

つまり、九重家が動くのは確実。しかも、力での即対処の方向で。

 

私もそれに賛成しているので、明日辺りには相手側の本拠地に乗り込む手筈になっている。

 

「あ~あ……」

 

もう少し、もうちょっと遅ければ……いや、今日三人で遊びに出掛けなければ……って考えても仕方ないけどさぁ。

 

うん、プラスに考えよう。先輩達に話した事で、ソフィにアーティファクトを渡すのが楽になるし、イーリスが関わっているのなら、いい経験……結城先輩の決意と覚悟がいい方向に働くかもしれないっ!そう、そういう方向で考えよう。

 

「おじいちゃん達になんて説明しようかなぁ……」

 

先輩達を加えるなら、私を含めた三人で別として動いた方が良いだろう。絶対そうだ。

 

特に結城先輩には見せられない事が多々起きそうだし……。あと、壮六さんとも口裏を合わせておかないと。

 

少し厄介なことになりそうと思いながらも、今後の計画に支障が出ない様に頭を回した。

 

 





次回は新海先輩と結城先輩を九重家にご招待の回になりそうですね。

don't wont to work...。



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第12話:履霜堅氷


九重家へ訪問を、新海翔視点でいきまーす。最後にチラッと九重家の視点ですね。




 

「さささ、どうぞこちらですっ」

 

九條と天の件があってから二日後、昼休みに九重から俺と希亜に連絡が来た。

 

『今日の放課後、お時間良いでしょうか?』

 

という感じのメッセージが送られてきたので了解と返して合流したのは良いが……。

 

「か、かなり趣がある家ね……」

 

隣を歩いている希亜が借りて来た猫の様に大人しい。

 

……まぁ、それもそうか。

 

他の枝で俺は既に体験済みだが、いつ見ても屋敷と言ってもおかしくない広さだ。実家が道場をしているとか歴史があるとか聞いているが、やっぱりかなりの金持ちなのだろう。

 

「来る前に言っただろ?ビビるってさ」

 

「心構えはしていたつもり。想定よりも上だった」

 

「着きました、一先ずここのお部屋です!」

 

廊下を歩き、部屋へ案内される。

 

「ぉお……」

 

ザ・和風だ。旅館みたいなイメージで作ったのだろうか?中心に円状のテーブル、クッションが乗ってある木製の座椅子、障子が窓側にありテレビなども設置されていた。

 

「すみませんが、ちょっとここでくつろいで貰ってても良いですか?実家の人と話をしてきますので」

 

「あ、ああ……、全然大丈夫」

 

「ありがとうございますっ、もし、何かあればこのベルを鳴らせば人が来ますので、遠慮なく使って下さい!あとトイレはこちらの突き当りを右手に見えますので~」

 

「あっ、飲み物は冷蔵庫にありますので……はい、どうぞ!」

 

冷蔵庫を開け、ペットボトルのお茶をベルと一緒にテーブルに置いて行く。

 

「それでは、ごゆっくり~」

 

「お、おう」

 

こちらに手を振りながら素早く去って行く。

 

「……取りあえず、座るか」

 

「……ええ、そうね」

 

俺も希亜も若干どうすれば良いのか分からないが、待っていてくれと言っていたので遠慮なく寛ぐことにする。

 

「私達は、ここで待っていれば良いのよね?」

 

「だな。そっちと合流する前に軽く聞いたが、これから九重を含めて作戦会議をするらしい。しかも決行は今夜との事だ」

 

「なるほど、だから私に夜まで時間を空けていて欲しいって連絡を送ってきたのね」

 

「そっちにもちゃんと連絡していたのか」

 

「ええ、たぶん同じ内容じゃないかしら」

 

「となると、希亜も晩飯誘われたのか?」

 

「そうね。彼女の家でってお誘いが来てたから、折角だし食べることにした」

 

「どんなのが出て来るんだろうな。旅館みたいな感じのが出てくるんかな?」

 

「他の枝ではここに来たことはないの?」

 

「怪我したお見舞いではあるけど……そのくらいだな。一緒に九重の奢りで外食とか出前で食べた事はあるが」

 

「二人で?」

 

「ん?いや、その時は天と一緒の三人でだったな。いやぁ……出て来た料理がめっちゃ美味しかったけど、後で値段見て一気に青ざめた記憶だったわぁ……」

 

「高かったの?」

 

「……ああ、一人4万ちょっとだった」

 

希亜の方を見ると、目を見開き小さく呟く。

 

「……これだけの実家、相応と言うべきかもしれない」

 

「かもな」

 

他の枝のは、ディナーの無料券があるからって言ってたが……たぶん俺達が遠慮しない様に作った口実だったはず。あの時の俺は天が元気になればとしか考えていなかったが、冷静に考えればタイミングが良すぎている。九重が天の為にと動いてくれたんだろうな。

 

「……今回の件、イーリスが関わっていると思う?」

 

思い耽っていると、真剣な表情の希亜が聞いてくる。

 

「……可能性は十分にあり得る。九重の話を聞く限りでは、かなりの規模で暴れているみたいだ。イーリスが好きそうなやり方だ」

 

「大勢の人を巻き込んで混乱を起こす……」

 

「あいつは混沌や人同士が争うを作ろうとしている。今度もそう仕向けているはずだ」

 

「……もどかしいわね。ここで待っている時間というのは」

 

「今は耐えるしかない。今回のは個人ではなくて会社や組織を巻き込んだ大規模な事件だ。俺達だけじゃユーザーに辿り着けるかすら怪しい」

 

「……そうね。むしろここまで近づけた事を彼女に感謝しましょう」

 

自分を納得させるように目を閉じる。

 

「そういえば……」

 

すると、何かを思い出す様に顔を上げて俺を見る。

 

「仮にユーザーだった場合、九條さんの力が必要じゃない?」

 

「ああ、そのことか。もしユーザーだった時は気絶させて九條の所まで連れて行くそうだ」

 

「可能なの?」

 

「らしい。九條の方は九條のおじいさんとも交流が深いって言ってたから、大丈夫って九重から聞いた」

 

「そっちじゃなくて、事件となれば犯人の身柄を確保する必要があると思う」

 

「……言われてみればそうだな。何か考えでもあるのか」

 

「確認してみましょう。流石に無策とは思えないけれど……」

 

「最悪、幻体で一時的に交換するとか?」

 

「そうなる前に九條さんを連れてきた方が楽そうね」

 

それから待つこと15分ほど、小走りの足跡が聞こえて来たと思うと九重が戻って来た。

 

「すみません、お待たせしましたっ」

 

「おう、おかえり」

 

「あ、はい。ただいまです。一応、必要な人が揃ってこれから始めようとしているのですが……」

 

少し困った様な表情でこちらを見る。

 

「お二人も、会議の場に……参加、されますか?」

 

 

 

 

 

 

「それでは、次にーーー」

 

九重の提案に、希亜が乗っかるような形で参加したのは良いが……。

 

「……滅茶苦茶場違いだよなぁ」

 

和室の広間……とでも言うのだろうか。幾つかの部屋の襖を開けて繋げたような長方形の部屋の一番端っこの椅子で、話をひっそりと聞いている。

 

俺の左には本当の端に座る希亜と、右には手元の紙を捲っている九重が居る。その他にも、関係者であろう人達が離れて座っているが、未成年なのは俺達だけだろうな。

 

幸運なのは、俺達が座って居る近くには誰も居ないことだろうか。

 

「先輩先輩」

 

小声で話しかけながら、今回の資料と思われる紙をこちらにスライドさせ見せてくる。

 

「こちらが対象人物のプロフィールです」

 

「ありがとう。……ソフィ」

 

ありがたいことに顔写真まで付いている。これなら楽に見つけて貰えるだろう。

 

呼びだすと、すぐに正面に現れた。

 

「ええ、先にこちらで見ておくわ」

 

「頼む」

 

資料をチラ見してすぐに消える。

 

「私達三人は別で動けますので、他の人達を気にする必要は無さそうです」

 

「そうなのか?」

 

「はい、周囲の警戒……ま、ぶっちゃけ居ても居なくても変わらない場所に配置してもらったので、好きに動けますよ」

 

「それは好都合ね」

 

「ああ」

 

「ただ、ひとつ懸念点がありまして……」

 

「懸念点?」

 

「こちらの会社、裏の悪い人たちとも手を組んでいまして、ちょっと激しめのドンパチをするかもしれないです」

 

「抵抗されるってことか?」

 

「そんな感じです。反社会的勢力な人達なので、銃刀法違反を犯している可能性が……」

 

「……マジかよ」

 

「一応、それも想定してこちらも動くつもりではありますので、ご心配なく。ですので、私達三人はユーザーのみに絞って最短距離で攻めましょう」

 

「そうね、ユーザーが操っているとなれば、それが最も早い解決になるはず」

 

「ですです。多分……いえ、確実にユーザーの方にボディーガードが居るとは思います。そちらに関しては私で対処させてもらうか、最悪結城先輩の能力で眠ってもらいましょう」

 

「詳しい場所はソフィに調べて貰っている。俺たちはそこだけを目指そう」

 

「ええ、これ以上一般人を巻き込まないために」

 

「そうですね。あの女の好きにさせない様にしましょう」

 

流れを決め、目の前の資料に目を落とす。

 

……会社の社長さんか。アーティファクトを悪用して事業の拡大を図ってるのだろう。となればやっぱり人の精神に作用する能力と見ていいかもしれない。

 

一気に広げているなら、それ相応に能力を濫用していることになると……暴走の危険がある。

 

今度も救えないかもしれないと考えると、自然と拳を握ってしまう。

 

「翔」

 

「……分かってる。分かってるさ」

 

「……そう。でも、一人で抱え込まないで」

 

「ああ、ありがとうな」

 

それでも、やるしかない。

 

 

 

 

 

会議が終わり、三人でさっきの部屋へ戻ってきた。

 

「九重、これからどうするんだ?」

 

部屋に着き次第気になって聞いている。

 

「えっと、そうですね……夜までは待機になりそうです。ちょーっと確認すべき事がありまして……それに時間を割いている最中です」

 

「確認?」

 

「はい、内容は確認が終わり次第お話しますので今は内緒ですっ。あ、それよりも、お腹空いてたりしませんか?」

 

「まぁ、多少は?」

 

「少しは」

 

「ただ待つのもあれですし、ご飯にしましょう!」

 

名案の様に語る。……確認か、なるべく早く動きたいが、こればかりはどうしようもないのだろう。

 

「ここに来る前にも言ってたが、九重の家で食べるのか?」

 

「はいっ、勿論ここに運んでもらいますのでご安心を!流石に家の人達と一緒は楽しめないと思いますし」

 

「まぁ、それはそうだな」

 

「今ちょうど準備をしていますので、整い次第運んで貰えるようにしますね!」

 

「なんかすまんな、わざわざ俺たちの為に」

 

「お気になさらず!客人を精一杯もてなす様にしなければ、我が家の格に関わりますので~」

 

「……それなら、お言葉に甘えようかな」

 

「感謝するわ」

 

「いえいえっ、それと、苦手な物とかありますか?好きな物でも良いですよ」

 

「俺は特に大丈夫」

 

「……私も」

 

俺と同じ様な返事をする希亜を見る……が、目を逸らされた。

 

「……トマトは出ないので安心して下さい」

 

察した九重も苦笑いしながらも答える。

 

「……ありがと」

 

少し恥ずかしそうに返事をする。

 

公園で食べたせいで更に苦手意識がついたかもな。

 

「では、伝えてきますので少々お待ちをっ」

 

今度は足音も立てずにその場から去って行く。

 

やることも無いので外の景色でも見ようと障子を開ける。

 

「……ん?」

 

屋敷の景色は見えたが、少し外の景色に違和感を感じた。

 

「……窓ガラスか?これ?」

 

触ってみると、普通のより分厚い感じがする。

 

「どうしたの?」

 

「いや、景色でも見ようとしたんだが、なんか窓ガラスが厚い気がして……」

 

「……確かに分厚いわね」

 

「だよな」

 

「強化ガラス……では無さそうだけど」

 

「過去に割れた事があって、対策しているとかかもな」

 

そう思って障子を閉めて、椅子に座り九重が戻ってくるのを待つ。

 

「お待たせしましたっ!」

 

走って来る足音が聞こえ、すぐに姿を現す。

 

「おかえり、早かったわね」

 

「厨房の人に伝えるだけですからねっ。あとはのんびり待ちましょう。30分ほどで届くと思います!」

 

九重も戻り、三人で雑談……とはいかず、やはり話題に出てくるのはアーティファクト関連の話だった。

 

イーリスの話や、今回のユーザーの対処方法。それと、自分たちの能力の拡張性など、特に話題に関しては好きに話していた。

 

「……先輩方、一旦ストップで。人が来ます」

 

九重の言葉に話すのを止める。

 

まだ15分程しか経ってはいないが、もう準備が終わったのか?

 

そう思っていると、部屋の襖が開き、一人の女性が顔を覗かせる。40代ぐらいだろうか?

 

「……誰ですか?」

 

返事をする九重の声には明らかに不機嫌と言うか、不信感を持っていた。

 

「突然申し訳ありません。こちらに来たので、どうしても挨拶をしておきたくて……」

 

腰の低そうな態度で頭を下げている。それを見てさらに不機嫌な表情を浮かべる。

 

「許可なく開けないでください。それと、邪魔なので出て行って下さい」

 

九重がテーブルのベルを躊躇いなく鳴らす。すると、すぐに他の人が来て女性の人を捕えるように肩を掴む。

 

「あぁ……、ーーーさま」

 

悲しそうに九重を見たまま、連れて行かれる。当の本人は既に興味を無くしたようにこっちを見ている。

 

「すみません。変な邪魔が入りました」

 

申し訳なさそうに頭を下げてくる。

 

「あ、ああ……別に大丈夫だが、何だったんだ?」

 

「えっと……なんて言いますかぁ、私の実家にも色んな派閥的なのがありまして……」

 

答えにくそうに言葉を選びながら話す。

 

「その中でも私が嫌いな人達が居まして……」

 

「それが、さっきの人って訳か?」

 

「……はい。それと、今は今夜の作戦の為に各自他との接触を断っている最中でして……」

 

「接触を断っている……?」

 

「はい。詳細は話せませんが、こちら側に裏切っている人がいる可能性がありまして……現在その確認途中になっていて」

 

「……だから私達はこの部屋で待機をしている……と言うわけね」

 

「はい。各々待機を言い渡されています」

 

「……なるほどな。なのに、訪ねて来られると困るって訳か」

 

「……そうなりますね。ものすっごーっく困ります!」

 

だから、滅茶苦茶不機嫌な態度を取っていた感じか。

 

「あなたを訪ねて来ていたみたいだけど、何か用だったのかしら」

 

「どうでしょう。今回のでこちらに来たので、そのついでに顔を見せに来たとかだと思います」

 

「……九重にか?」

 

「さっきを見た感じになりますが」

 

「……翔から軽くは聞いていたけれど、それなりの立ち位置にいるみたいね」

 

「あはは、私の師匠……おじいちゃんが当主なので、それが大きいかもしれないですねぇ……。家の人から姪っ子みたいに可愛がってもらってますし」

 

「祖父ってことね。……さっきの時に一番上座に居た人かしら?」

 

「そうですそうです。もう結構なお歳の人です」

 

「結構な雰囲気あったよな。武術の達人みたいなオーラが」

 

当主ってことは、やっぱり強いのかね。

 

「確かに纏う空気が凄かったわね。周囲の人達も含めて」

 

「皆さん雰囲気ありますしねー」

 

そう言う九重は、何事もなく面白そうに話す。……慣れてるって感じか。

 

それと、さっき気になったが……、連れて行かれた女性の人が最後に九重に向かって言った言葉。

 

俺の聞き間違えじゃなければ、『巫女様』って呼んでたと思う。

 

すぐに思いついたのは九十九神社の巫女ーーー先生のことだが……。

 

九重も、そう言ったことに関わっていたことがあったのかもな。

 

 

 

 

 

 

「……さて、壮六よ。炙り出しは終わっておるか?」

 

「大体の絞り込みは済んでおります」

 

「相手の出方はどうじゃ」

 

「監視からの報告では、迎え撃つ形で人を固めていると」

 

「ほう、それは寧ろ好都合じゃな。自ら一か所に集まってくれるとはな」

 

「現在、包囲網を整えている最中です」

 

「虫一匹逃がすなよ?徹底的に潰すつもりでゆけ」

 

「裏切っている者たちは当初の通り、生け捕りにという事で」

 

「舞夜から生かして欲しいと来ているからのぅ……。聞いてやらねばならん」

 

「舞夜様も、ご友人が巻き込まれたので今回の件はかなりご立腹かと」

 

「当然じゃな。そこら辺の一般人まで使って来ておる。あの子としても犯人を生かしたくは無いだろう」

 

「……彼らの為に、でしょうね」

 

「ああ、救える可能性があるのなら、救っておきたい……とな。あやつらに見せる為に、わざわざそれ用の資料と会議までして、表向きはまともにさせておる」

 

はぁ、とため息を吐く。

 

「まぁ良い。此度は舞夜達が終わらせるまでの間、儂らは派手に動けばよいだけだ。最悪、あの小僧が何とでもするじゃろ」

 

「それもそうですね」

 

「全く、馴れ馴れしくあの子の隣に座りおってからに……。何があっても舞夜はやらんからの!」

 

「ありえない未来を語らないで下さい。対象は反対側の人です」

 

「分かっておる。じゃが、もし、万が一奴が舞夜の魅力に気づいて……!」

 

「……私は引き続き進めておきますので、時間になったら人を送ります」

 

相手にするのが面倒になり、壮六はそそくさとその場を去って行った。

 

 

 





次は襲撃回ですね。多分I can fly!します。



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第13話:絶叫系体験で一儲け出来そうな予感


作戦実行です。

空を駆けますね。




 

「……開始時間まで、残り数分ですね」

 

「そうなんだが……」

 

屋上の風に靡かれながら、右に立っている新海先輩が困った様に口を開く。

 

「本当に、抜け出して良かったのか?」

 

「はい!それについてはしっかりと問題無い箇所の配置でお願いしましたのでご心配なくっ!」

 

「それよりも……私達が目指す建物は正面のビルじゃないのかしら」

 

「そうですね。目の前に見える廃れた無人のビルになります」

 

夕食も終わり、炙り出しも完了したのでようやく動くことになった。今回の流れとしては、まずは陽動組が一階から虱潰しで制圧を行い、下に意識が向いている間に私達三人がビルの屋上から侵入し、ターゲットを確保。そのままとんずらしようとする作戦である。

 

「んで、だ。ここからどうやって隣の建物まで行く気だ?」

 

「ふっふっふー、そこは任せて下さいよ~。私に最善な案がありますので!」

 

「……その様子だと、かなりの自信があるようね」

 

「はいっ!最速かつ安全に屋上へお届けしますので!」

 

「なら良いんだが……」

 

スマホを見ると、残り一分を切っていた。

 

「残り一分を切りましたので、そろそろ準備しますね」

 

耳に当ててある無線に連絡をする。

 

「こちら舞夜、予定通り定位置で待機しています」

 

『了解です。こちらも予定通り開始致しますので、ご友人共々御武運を』

 

「何かあれば連絡しますので」

 

無線を切り、両隣に立つ二人に話しかける。

 

「では、私達も行きましょうかっ!」

 

「行くって……どうやって?」

 

「簡単です。私の力を使って隣のビルまでひとっ飛びです!」

 

「……は?」

 

「え……?」

 

予想通りの反応ありがとうございますっ。

 

「私でしたらお二人を連れたまま屋上まで行くのも楽勝なので!」

 

「いや、いやいやいや、何言っちゃってんの?」

 

「向こうの建物まで、少なくとも20メートル以上は離れている」

 

「そうですね!ですがモーマンタイッ!」

 

二人の体を掴むように腰に手を回す。

 

「心の準備は出来ましたか?」

 

「九重?じょ、冗談だよな……?」

 

「し、下までどれだけの高さがあるとーーー」

 

「ではではっ!二名様をお空の旅へご案内ですっ!」

 

九重家の力を使い、二人を持ち上げる。念のためアーティファクトの能力で固定し、全力で駆けだす。

 

「ま、……待て待て待てぇぇええええっ!!!???」

 

「えっ、ちょっと……!?きゃぁぁあああ!!!?」

 

屋上の端に足を出しそのまま踏み込んで飛ぶ。

 

「落ちるっ!?落ちるぅぅぅううう!!!!??」

 

「ッ!??……ッ!!!」

 

目を見開き悲鳴を上げる新海先輩に対して、結城先輩は目を閉じて現実を見ない様に縮こまった。

 

10メートル程度宙を飛び、速度が落ちる寸前に空中に足場を作る様に能力を使い、それを踏んで更に跳躍する。

 

「ぅうおっ!??!!はぁ?!」

 

「ほいっ!ほっ!」

 

タイミング良く飛び、ビルの屋上の目前まで辿り着く。

 

「着地しますので、衝撃に備えてくださーいっ」

 

最後の足場を越え、無事屋上へ降り立つ。

 

「よっ……っと。お疲れ様です、こちらがお隣のビルになります」

 

能力と力を解除して二人を下ろす。

 

「し、死んだと思った……」

 

「……つ、着いたの……?」

 

その場に尻もちを付く新海先輩と、ゆっくりと目を開ける結城先輩。

 

「はい、何事もなく辿り着けましたっ!パチパチパチ~」

 

私としても怯えた猫みたいな結城先輩を見られて大満足ですなぁ。

 

「ど、どうやって……ここまで飛んだの……?」

 

「私の聖遺物の力で空中を固定化することで、足場として使ったんですよ」

 

「そ、そんな使い方が……」

 

状況が飲み込めず若干素が出ておられますね。ふふ。

 

「せめてやる前に一言説明しても良かっただろ……」

 

「いやぁ~、お二人を驚かせたくてぇ~……。大成功のようですね」

 

「ぜってぇ寿命縮んだわ……」

 

「私も……かなり削られたかも……」

 

「あはは、だいぶお疲れみたいですし、ちょっと休んで行かれまーーー」

 

『休んで行かれますか?』と聞こうとしたが、下側から聞こえた破壊音で口に出すのを止める。

 

「ーーーと、言うわけにも行かないですよねー……」

 

「そうね。私達の役目は少しでも早くこの事態を収拾させること」

 

「ああ、ここで休んでる場合じゃないな」

 

気力を持ち直して立ち上がる。

 

「了解ですっ。それでは、私が先頭を歩くのでお二人は後を付いて来て下さい」

 

「ええ、よろしく」

 

「一応、俺も後ろの警戒をしつつ付いてくよ」

 

「ふふ、頼りにしていますよ。新海先輩?」

 

 

 

 

 

 

 

「まずは、屋上を出て下の階へ行きます」

 

九重の言葉に俺と希亜が頷く。……と、その前に。

 

「ソフィ」

 

念の為、ユーザーの場所を再確認する。

 

「心配しなくても大丈夫。場所は変わらないわ」

 

「何かあればすぐに知らせてくれ」

 

「ええ」

 

返事と共に姿を消す。

 

「なるべく物音や足音を立てずに進みたいので、お二人もお静かにお願いしますね」

 

いつもより真剣な声でこちらへ伝えてくる。

 

「……鍵は、掛かってはいないみたいですね」

 

屋上のドアノブをゆっくりと回してドアを開ける。一人分が通れそうな隙間を作ると、するりとその隙間を抜けて向こう側へと消える。

 

数秒後、静かに扉が開く。

 

「直ぐそこには居ないみたいです。行きましょう」

 

ゆっくりと安全を確保しながら階段を下りていく。

 

「………」

 

階段を降り、1つ下の階の廊下の角に立った九重が、こちらに待てと合図を送る。

 

「……っ」

 

それを見て、俺と希亜がその場で待機する。

 

壁に背を当てた九重が、胸元のポケットから何か道具を取り出す。

 

「………」

 

それを少しだけ角からはみ出させている。

 

……あれは、鏡?……なるほど、向こう側の確認をしているのか。

 

今回、九重は他の枝で見たような作業着……では無いけど、仕事着の様な黒の服装をしていた。

 

「………」

 

安全と分かったからなのか、静かに身体をこちらから出して向こう側を確認する。

 

その間、俺と希亜はなるべく息を潜めながら待つ。

 

「……大丈夫です。少なくとも見える範囲には居ませんね」

 

安全だと知り、安堵のため息が出る。

 

「さてと、ソフィが言うには……この階の一番奥に居るようですが……」

 

九重に続くように俺と希亜も動く。ビルの建物と言っても、一本道の廊下の両端に部屋があるとか簡単な構造ではないらしい。

 

「……まぁ、とりあえず進みますか」

 

特に周囲を警戒せずにスタスタと歩き始める。……人が居ないと分かっているのだろうか?

 

と、思っていると、下の方からガラスが割れるような音や、何かが壊れるような激しい音がここまで聞こえてくる。

 

「あちゃー、始まりましたね」

 

次に、連続で発砲音が響く。

 

「……ッ!?」

 

その音を聞いて、俺と希亜が驚く。

 

「け、拳銃……?」

 

「ですねぇ……ドンパチですから」

 

「し、下は、大丈夫なのか?」

 

「まぁ……問題は無いと思いますよ。部屋でも言いましたが、今回は相手側が銃刀法違反をしている前提で動いていますので」

 

そういえば、言っていたな……。

 

「……少し、急ぎましょうか」

 

先頭を歩く九重の歩くスピードが少し早まる。

 

それに付いて行き、廊下の角を曲がって先に進むとーーー。

 

「止まって」

 

小さく、呟く声に足を止める。

 

「……この先に部屋の前に、人が居ますね」

 

「ソフィ」

 

歩いている感じではこの先が一番奥になると思うが……。

 

「その部屋で間違いないわ。入口に一人、中に三人ね」

 

「ユーザー除いて三人か……」

 

たぶん、ボディーガードとして身を守っているのだろう。

 

「まずは入口の一人からですね……」

 

「……行けるのか?」

 

「ま、私にかかればちょちょいのちょいですよ」

 

「大丈夫なの?」

 

「はい、勿論です。お二人はちょっとここで待ってて下さい。その間、結城先輩をお願いしますね?」

 

俺の方を向いて、希亜を任せたと伝える。

 

「……ああ。任せてくれ。と、その前に」

 

九重が離れるのならと、レナを出しておく。

 

「これでこっちは大丈夫だ」

 

俺の返事に対してにっこりと笑い、部屋の方を向く。

 

「では、行って来ますね」

 

次の瞬間には姿が消えたと思ったら、部屋の前で立っている男の体が崩れる。その体を受け止めゆっくりと地面へ寝かせる。

 

無言で俺達に手招きをし、『こっちへ』と合図を送る。

 

「行こう」

 

「ええ」

 

「相変わらずやべぇ速度だな……」

 

足音を立てない様に静かに部屋の前まで辿り着く。

 

「ここからは、私一人で突入しますので、私が部屋から戻ってくるまでここで待っててください」

 

「大丈夫か?」

 

「この人が銃を持っているので、確実に中の人も所持しているはずです」

 

地面で倒れている男の胸元から黒い拳銃を取り出す。

 

「……マジかよ、これ本物か?」

 

「貰います?」

 

「捕まるだろ、それ……」

 

「ですねっ」

 

こちらに差し出して来た拳銃をそのまま右手で持ち、構える。

 

「あなたそれ、使えるの……?」

 

「まぁ、護身術をしていますので……」

 

「ぜってぇ関係ねぇだろ……」

 

「ま、威嚇ぐらいにはなると思いますよ」

 

すっ……っと立ち上がり、扉の前に立つ。一度俺たちを見て『行って来ます』とウィンクをしてきたので頷いておく。

 

左手をドアの前まで上げて、そのまま扉をノックした。

 

 

 

 

 

コンコン。

 

中の人間に警戒されにくいようにと扉をノックする。すると、すぐに中に人の気配に動きが出た。

 

……よし、これで先制は貰えたかな?

 

九重家の力を使うと、加減が少しばかり難しくなるので今回は無しで行く。

 

扉から一歩下がり、挟んで向こう側の人間がドアノブに手をかけたのを確認して思いっ切り扉ごと蹴り飛ばす。

 

「ッ!?」

 

扉が圧し折れ、男の人を巻き込んで部屋の中に吹き飛んでいく。

 

素早く部屋の中を確認すると、異常に反応したもう一人が胸元の服へ手を伸ばし始めていた。

 

させまいと手に持っている銃を全力投球する。咄嗟に反応出来ずに顔面に直撃し、顔が仰け反った。

 

今回は殺しは無しだから、気を付けないと……!

 

その隙を見逃さずに男との距離を詰め、先に右腕と右手の関節を破壊する。

 

「ぐっ……!?」

 

男の胸元にある銃を抜き取り、扉と一緒に倒れている男の方へとぶん投げる。

 

「がぁはっ!」

 

悶絶している男に更に追加で人間が圧し掛かる。そのままトドメを刺そうと向かった瞬間、投げ飛ばされた男が咄嗟に左手でナイフを取り出し私に向かって振るう。

 

「おっと」

 

ナイフの軌道を読み、持っている銃で受け止める。

 

嫌な金属音が部屋に鳴り響く。

 

「はっ!」

 

そのままナイフを掠め取り、今度は左腕の関節を外し、男の首を絞めて意識を落としにかかる。

 

「このっ!どきやがれっ!!」

 

下敷きの人が抜け出そうと暴れるが、上から力を掛けている為抜け出せずにいる。

 

「っ……!死ね!」

 

腕をこっちに伸ばして来たかと思うと、銃を手に持っていた。

 

射線上から外れるように体を下げる。すぐ横で発砲音が鳴り、顔横数センチを掠める。

 

上の男を絞めつつ、下の男の手から銃を足で蹴り飛ばす。

 

「大人しく、してて……下さいねっ!」

 

更に上から力をかけ、足で下の男の腕を抑える。

 

数秒過ぎ、一人目の意識を奪ったのを確認してもう一人の男も同じように制圧する。

 

「ふぅ……これでよしっと……」

 

両腕と手の関節を破壊して結束バンドとロープでぐるぐる巻きにして更に目隠しを行う。これで先輩達にもおかしく見えないはず!

 

一応これ以上武器を持っていないことも念入りに確認してから視線を外す。

 

「さて、と……」

 

部屋の一番奥を見る。会議室みたいな部屋で、窓などは無い。

 

「……逃げないね」

 

こちらに背を向けたまま、奥の椅子に座っている。逃げるどころか、声の一つも上げていなかった。

 

「……ソフィ」

 

嫌な予感がプンプンしているので、念のため呼びだす。

 

「終わったかしら?」

 

すぐに真横に現れる。

 

「……生きてる?」

 

「生きているわよ、確実に。……ただ、反応が無いのよね」

 

「そっか。暴走してるとか?」

 

「いいえ、まだギリギリしていないわ」

 

それは僥倖。まだ救える可能性があるならありがたい。

 

警戒しつつ、椅子に座っている女性に近づく。

 

「………」

 

目の前まで来ると、懐かしいと言うのか、妙な甘い匂いが漂って来た。

 

「ーーー、ーーー」

 

よく耳を傾けると、何やら小さく呟いていた。

 

椅子の背もたれを回して体をこちらに向ける。

 

「……これは」

 

虚ろな目で何もない場所を見つめながらブツブツとうわ言を口にしている。

 

「………」

 

口元まで耳を近づけると、『私は選ばれている……、悪くない……、もっと上を……、特別な力を……』とかなんとか。

 

そして、更に甘いような変な匂いが強くなる。

 

……この人は、どうやら壊れているご様子。

 

「どうかしら?」

 

「……ダメだね」

 

「精神がアーティファクトに耐えられなかったのかしら?」

 

「それもあるかもしれないけど……」

 

それよりも、もっと科学的な……人間の汚い部分で駄目になったと思う。

 

「これは、先輩達には見せられないかなぁ……?」

 

女の体を漁ると、内側のポケットからドックタグが出てくる。

 

「これだと思う?」

 

「ええ、それよ」

 

「そう言えば、ソフィが破壊し続ければ良いんだっけ?」

 

「そうなるわね」

 

「それって、物理的?」

 

「それがどうかしたのかしら?」

 

「……それなら」

 

ドックタグ型のアーティファクトを握り、力を込める。

 

「……お、出来た出来た」

 

手を開くと、粉々になったアーティファクトがあった。

 

「強引ねぇ……」

 

「いやぁ、神社の世界の眼が壊れるのならいけるかなーって思ってね。あ、はいこれ」

 

「わざわざありがと。手間が省けるわ」

 

あぐ、っと私の手を咥える。ぉお……!なんか変な感覚ぅ……!?

 

口が離れた時にはアーティファクトは消えていた。

 

「それじゃあ、先輩達に終わったって言わないとね」

 

「そこの子はどうするつもり?」

 

「なーんも。後は下の人に任せて私たちは退散するだけ」

 

「……そう、それじゃあ私は戻るわね」

 

「了解、また何かあったら連絡するね」

 

ソフィが消えたのを見て、入口へ向かう。

 

「すみませんっ、お待たせしました」

 

「お、終わったのか……?」

 

恐る恐る心配そうに私を見る。

 

「はい、滞りなく」

 

「怪我は……してないかしら?」

 

「この通りピンピンですよ!」

 

むんす、と力こぶを作る。

 

「アーティファクトの方も先ほどソフィに回収してもらったので、無事解決ですね」

 

「持ってた人は、無事か?」

 

「まぁ、ちゃんと生きているので大丈夫ですよ。命に別状はありませんから」

 

精神状態については考慮していませんが。

 

「中でやべぇ音は鳴るわ、拳銃の音が聞こえるわでこいつら滅茶苦茶心配してたぜ」

 

「いやぁ、少し荒っぽくしちゃったので……」

 

新海先輩が、そろーりと片付いた部屋を覗こうとしたので阻止する。

 

「先輩?見ないことをおすすめします」

 

肩に手を置き、口元に人差し指を当てて優しく伝える。それを聞いて無言で何度も頷いていた。

 

「……では、さっさと退散しましょうかっ。見られたらマズいですしね!」

 

「……そうね。ここはまだ戦場、気は抜けない」

 

「帰るまでが遠足ですしね」

 

「随分とあぶねぇ遠足だけどな」

 

「帰り道も同じように私が先頭を行きますので、付いて来て下さいね?」

 

殿をレナに任せて、下の方から未だに戦闘音が聞こえる中、来た道を戻った。

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、興味深いわね……」

 

先程まで戦闘があった荒れた部屋で、椅子に座り項垂れている女のすぐ横に静かに声が響く。

 

「魔眼のあの子を……と考えていたけれど、どうにか手に入れられないかしら……」

 

「それにしても、私の話も聞かずに勝手に使い物にならなくなっちゃうなんて……ほんと低能なおサルさん」

 

椅子に座っている女を一瞥する。

 

面白そうな能力だと思って近づいたが、一切こちらの話に聞く耳を持たず、好き勝手に動いていた。多少は誘導はしたけれど……。

 

「まさか、変な物に手を出しておかしくなっちゃうなんてね。少し想定外だったわ」

 

「……ま、収穫もあったことだし良しとしておきましょう」

 

「次はどうしようかしら……フフフ」

 

 

 

 

 

アーティファクトの回収が無事に終わり、やることが終わったので結城先輩を送る為に三人で夜道を歩いていた。

 

「なぁ、九重……持ち場を離れて来ても良かったのか?」

 

「大丈夫ですよ?担当の人には遅いので帰りますって連絡は入れてますし、そもそも要らない配置でしたからっ!」

 

「まだ向こうの作戦は実行中じゃなかったの?」

 

「大体の制圧は済んでいますし、それに、未成年の私達が相手側と出くわしちゃったら面倒ですから居ない方がありがたいんですよ」

 

アーティファクトを回収するためだけに組んで貰った作戦だしね。用が済めば帰って良いと既に確認済み。

 

「なら良いんだが……」

 

その後も暫く街中を歩いていると、結城先輩の足が止まる。

 

「……ここまでで大丈夫。すぐそこだから」

 

「そうか?」

 

「ええ、それに、あまり親には見られたくないから」

 

「あー……そりゃそうか。遅くに男と居るのはなぁ……」

 

「そういうこと」

 

「それでは、ここで解散ですねっ!」

 

「……その前に、少し良いかしら?」

 

結城先輩が私を見る。

 

「私ですか?何か話が……?」

 

「……ええ、そうね……」

 

「俺、外した方が良いか?」

 

空気を察して新海先輩が提案する。

 

「……そうしてもらえるとありがたい」

 

「おっけ。向こうのコンビニで待ってるから、終わったら言ってくれ」

 

「乙女同士の秘密のお話なので男は退散ですねっ!」

 

「はいはい」

 

こちらの声が聞こえない程度に離れるのを見て、私の方へ振り向く。

 

「それで、お話と言うのは……?」

 

まぁ、十中八九今日の事だろうけど……。

 

「まずは……今日はお疲れさま。ほとんどあなたに任せるような形になってしまったけど」

 

「いえいえ、適材適所ですから!」

 

「適材適所……、あなたは、今回の様な事に慣れているのかしら?」

 

私のことを疑問に思う様な、確認するような目を向けてくる。

 

「結城先輩から見て、そういう風に見えた……ってことですか?」

 

「……ええ、そうね。少なくとも、場慣れしているように見えた。私や翔と違って落ち着いていた」

 

「……そう見えるのでしたら、つまりはそういうことですよ?」

 

「隠さないのね」

 

「誤魔化したり隠せる時は過ぎましたからねー……」

 

「あなたのそれは……実家が関係しているの?」

 

「ふふ、それは秘密ですっ。ま、何となく分かると思いますが!」

 

「……そう。彼はこのことを知っているのかしら?」

 

「何となく察していると思いますよ?他の枝の私から少しは聞いているみたいですし……」

 

「そうなのね」

 

「結城先輩の考えからすれば、あまり理解は出来ないことだとは理解しています」

 

むしろ、私はどちらかと言えば深沢先輩寄りですし。

 

「……素直に言えば、そうなるわね。部屋に入る前のあなたと出てくる時の姿や表情に特に変化は無かった。相当な修羅場を経験しているか、それが当たり前な環境で育った……そんな風に私は感じた」

 

「拳銃を見て、当然の様にそれを手に取ったあなたを見て、正直……訝しんだ。私達とは違う価値観で生きているのでは?……と」

 

「正常な反応だと思いますよ?気味悪いですもんねぇ……あはは」

 

正義感の強い結城先輩には受け入れがたい世界ですしね。

 

「……人は自分の理解出来ない物を排他しようと考える生き物……そういうことをよく聞くわ」

 

「ですね」

 

「……だからこそ、私はそれを知りたいと強く思う。あなたにはあなたなりの信念がある様に見える。共に戦う仲間として、理解したい」

 

真っ直ぐな、力強い目で私を見る。

 

……あぁー……、流石って感じだなぁ……。ちょっと眩しすぎると言うか、なんて言うか……。

 

「……以前にも軽く話しましたけど、困っている人に手を差し伸べたいって言ったと思います」

 

「ええ、聞いたわ」

 

「私の場合……その目的と手段が、皆さんとはちょっと違っているって事です。特に結城先輩が目指す正義とは、相容れない物です」

 

「………」

 

「ですが、私にも私なりの正義……とは綺麗事は言いませんが、信条を持っている。とだけ知ってもらえたら嬉しいです」

 

「私とは、違う……」

 

「はい。ですので、私のことを信じられなくても大丈夫です。代わりに、新海先輩の事を信じ、信頼して下さいね?」

 

「……あなたは、それで良いのかしら」

 

「まぁ……こうなるかなっと予想は出来ていましたし、致し方ないかと」

 

「……そう。分かった」

 

「他に聞きたい事はありますか?」

 

「いいえ、もう大丈夫」

 

「は~い」

 

「……今回のこと。そちらからすれば、私に一番知られたく無かった内容だと想像出来る。それでも、話したってことは……あなたなりに私を信じたと受け取っても?」

 

「ふふ、ご自由にどうぞ。私としてもプラスに受け取ってもらった方が嬉しいので」

 

他の枝の結城先輩だったら、まず関わらせないのは確かだけどね。

 

「それなら……好きに受け取っておく」

 

「了解ですっ」

 

「それじゃあ、私は帰るわ。そっちも気を付けて」

 

「はいっ!お疲れ様でした!」

 

「ええ、彼にもそう伝えておいて」

 

「お任せをっ」

 

ビシッと敬礼を決める。それを見てフッ……と笑い、背を向けて歩いて行く。

 

角を曲がり、姿が見えなくなったのを確認してくるりと反対側を向く。

 

……思ったより、好感触に受け取っていたね。やっぱり徐々に変化してきているんだろうなぁ。

 

四月も残り一週間を切っている。新海先輩の部屋で結城先輩が泊まるのが4/30だから、四日後になるね。

 

5/1の昼には天ちゃんが乱入するし……どうしよう、私も一緒に突撃しようかな?

 

そこからかなり期間は空くし……何か考えておかないとね。

 

 

 

 

 

 

 

ビルの件の次の日、学校終わりに実家に戻って来ていた。

 

「それでは、昨晩の報告をさせて頂きます」

 

和室の一室に、私とおじいちゃんと壮六さんで座り、情報の共有を行った。

 

「まずは、今回の件、一先ず終息へ向かっています。残党がまだ散らばっていますが、こちらも時間の問題でしょう」

 

「能力の影響を受けていた人達はどうなりましたか?」

 

「それなのですが、その時の記憶は保持しており、『それが普通だと思っていた』とのことです」

 

「……うーん、となるとやっぱり思考を誘導している感じだね」

 

「ですが、一部はそれ関係なく裏切っている組織もありましたね」

 

「他の連中の口車にまんまと乗せられたか、良い機会だと考えたか……そんなところじゃろ」

 

「まぁ、快く従っていない人もいますしねぇ……。損害や犠牲者は?」

 

「損害の方は、しばらくすれば落ち着くかと。被害の方は、こちらからは重傷者が二名と、それ以外の負傷者が十六名ですね」

 

「舞夜の方はどうじゃった?」

 

「私の方は……相手にしたのは三人だけ。手慣れている人達だったけど、それだけだったかな?プロでは無かった感じ」

 

「ターゲットの方は、私が来た時には既にあんな状態だったからねぇ……目的だけ済ませて放置しただけ」

 

「その方ですが、やはり薬物でした」

 

「やっぱりかぁ……誰かが使ってるのを見て、手を出しちゃったのかなぁ?」

 

「ストレスや責任から一時的に逃れる為に使った……と護衛をしていた男から聞いています」

 

「なるほどなぁ」

 

そこにアーティファクトの浸食のコンボでああなっちゃたとか?

 

「その女についてはどうするつもりじゃ?」

 

「現在はこちらで確保しておりますが……」

 

「……そうだね、消しておいた方が都合が良いかも」

 

当初は消えてもらう予定だったし。

 

「では、抗争に巻き込まれて……という形にしておきます」

 

「お願いします」

 

「では、この件はこれで終了じゃな!舞夜、今夜の飯はどうするつもりじゃ?」

 

「んー……特に考えていないかな?面倒なら帰りにナインボールで食べようかなとか」

 

「折角じゃ、ここで食べようではないか。最近機会が少なくなって来ているからの」

 

「昨日も食べた気がするけど……?」

 

「昨日はあやつらとじゃったろうが。ワシらとじゃ」

 

「それはそうかも……あれ?少し前に普通に食べたような……?」

 

「ワシとしては毎日でも構わんが、舞夜の都合もあるからの」

 

「あはは……、それはごめんなさいとしか言えないなぁ」

 

「今日は良い魚が入っていると聞いておるから、楽しみにしておれ」

 

「おぉ~……それは楽しみっ」

 

 





帰り道も当然、来た時と同じなのでもう一度絶叫体験を味わった二人であった……。

女社長は割と指図されるのが嫌なお方なので、イーリスの話を聞くことはありませんでしたとさ……。



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第14話:突撃っ! 隣の新海家っ!


5/1まで進みます。

つまりは……。




 

ビルの騒動から日が過ぎ、とうとう5/1日までやって来た。

 

あれから特に騒ぎは起きず、予定通りの日々を過ごして居た。新海先輩から皆に『タイムリミットまで備えてくれ』と話はあったが、何をして良いのか分からない九條先輩や天ちゃんは少し困りながらも普通の生活を送っていた。

 

ピンポーン

 

部屋のチャイムが鳴る。時間は昼前、天ちゃんだろう。

 

「はーいっ」

 

昨日、メッセージのやり取りで新海先輩の部屋へ行って確認しようという話が出たので、快く承諾した。

 

「天ちゃん、おはよー」

 

「おはよーって、もう昼前だけどねー」

 

「それもそうだね!先輩は既読付いた?」

 

「んにゃ、全く。昨日の夜から見ていない感じ」

 

「忙しいのかなー」

 

「忙しいって……私達を放置してまで何をしてんだよぉ……」

 

ん-……ナニを?

 

「訪ねる前に電話する?」

 

「いいや、直接行った方が早いでしょ。いこっ?」

 

「はーいよっ」

 

さーてさてさて、情事に突入と行きましょうかっ!公開処刑じゃっ!

 

部屋を出て三つ隣の部屋へ。案の定天ちゃんはインターホンも鳴らさず玄関のドアを開けて中へ入る。

 

「おーう、きたぞー、兄貴ー!」

 

元気一杯の笑顔で突入していく。

 

「んぁあ!?!?!?!?」

 

奥の部屋から二人分の驚くような声が聞こえる。

 

「まだ寝てんのー?入るよー?」

 

靴を脱ぎ、台所の廊下を進む。私もその後ろをついて行く。

 

何やらガサゴソと慌ただしい音が扉の向こうから聞こえてきた。

 

「ちょっ、待っ……!」

 

「なんだ、起きてんじゃーーー」

 

扉を横にスライドさせ部屋へ入る……が、言葉途中で固まる。

 

「ーーーん」

 

「………」

 

「………」

 

「お、おす……」

 

「こ、こんにち、は……」

 

「………、……Wow」

 

 固まる天ちゃんの後ろから声を掛ける。

 

「天ちゃん?どうかした……ん?」

 

部屋の中を見ると、やっぱり新海先輩と結城先輩が居た。生まれた時の姿、肌色100%である。

 

「……あ~……ええっと、天ちゃん。ちょっと外の空気でも吸ってこようか?」

 

手を前に突き出した状態で固まる天ちゃんの目を覆う。

 

「準備が出来たら連絡下さいね?」

 

「……お、おう」

 

「……ええ」

 

そのままズルズルと天ちゃんを連れ出して一息つく。

 

……うん、年頃の妹からすれば中々刺激がお強い場面だもんね。気まずさMaxだよきっと。

 

 

 

 

 

 

それから五分程で連絡が来たので再び先輩の部屋にお邪魔する。

 

中に入ると、二人ともフローリングの上に正座をしており、かなーり気まずそうな表情で私達を待ち構えていた。

 

それを見て天ちゃんも流れで向き合って正座をする。それを私は後ろで立って見ることにした。

 

「……あ、あの~……」

 

どう切り出して良いのか迷っている雰囲気がひしひしと伝わってくる。

 

「あのー、ね?いつもなら、あのー……、からかったり逆ギレとかね?それがあのー、あたしのキャラでございますけれど……」

 

探り探りの様子で口を開いて話を始める。

 

「まず、あのー……状況をね?確認しないことにはと、そう思いましてぇ……。あの、質問、あのー、いいです?」

 

斬り込んで良いのか分からず、声もだんだん小さくなっている。

 

「……はい」

 

「お二人は、その、えー、そういう、あのー、ご関係で?」

 

「……はい」

 

「……そうです」

 

おぉっ!状況証拠ありまくりだけど、本人たちの口から聞くとまたこれ嬉しいのがありますね……!

 

「ぁ、です、よねー、うん。だよねー……」

 

「……ぇ?ぃゃ、ぇ?いつから?いつ頃から……?」

 

困惑しながらも気になって聞いている天ちゃん。

 

「……昨日、告白しました」

 

それに対しての回答を、結城先輩が恥ずかしそうに小さく呟く。ちょこん、って座ってる結城先輩可愛いですなぁ……うはぁー……。

 

この部屋に漂う謎の空気感に思わず口がにやける。

 

「きの……ぇっ、昨日っ?」

 

「……はい」

 

「……あ、あのー、結城先輩、裸でございましたけれども……。あと、あのー、言いにくいんですけど、若干……匂い、あの変な匂いがね?あるので、勘違いかもしれないですけど……」

 

「お二人は……その、営みを。あの、恋人の営みを……されてました?よね?」

 

うんうん、やっぱり気になっちゃうよねー。窓を開けて換気してもあまり時間無かったし、普通に分かっちゃうよね!

 

「……それ言わなきゃ駄目か?」

 

「いやもうそれ答えですけれども」

 

「してました」

 

「ぁ、言うんだ……そっかぁ……うん、してた、うん……」

 

「昨日の夜と合わせて二回」

 

「ぁ、そこまではいいです。あの、はい、いいです」

 

「くっ……!」

 

正直に話す結城先輩に天ちゃんが突っ込む。危ない危ない、笑ってしまうとこだった……!ふふ。

 

何か言いたそうな目で新海先輩が私を見るが、笑顔で返すと目を逸らした。ふふん、罪悪感に塗れるがよい!

 

「ぁー……そう、二回……。告白して即、二回……。へー……」

 

驚くような関心する様な声で噛みしめるように繰り返すが、最後は明らかにテンションが下がった声だった。

 

「……なんか文句あっかよ」

 

「……なにキレてんだよっ。こちとらリアクションに困ってんだよ!兄の情事を目撃しちまってよぉ!」

 

「お前が事前に連絡しねぇからこんなことになったんだろうがよぉ!」

 

「したっつーの!しましたよ!メッセージ送ったっつーの!行きますよーって!」

 

「え、マジで?」

 

驚くように後ろの私に視線を向ける。

 

「……はい、残念ながら、しています」

 

「既読つかねーから寝てんなって思って来たのっ!」

 

「いや既読つくまで待てよ!」

 

「来た方が早いでしょっ!」

 

「だとしてもインターホンならせ!」

 

「なんで自分ちのインターホン鳴らさなきゃならんの!」

 

「お前んちじゃねぇ!俺んちだ!もう帰れ!」

 

「いやですぅ!帰りません~!絶対帰りません~!」

 

あぁ……仲いいなぁ。それに、例えインターホンを鳴らしたとしても、数秒稼げたかどうかってレベルじゃないかな?どのみち、天ちゃんなら鳴らして直ぐ入っただろうし……。

 

「じゃあ……私、帰るね?ごめんね、天……」

 

仲むちゅまじい兄弟喧嘩を目の当たりにして、結城先輩がしおらしく謝る。

 

「ああいやいやいやっ!そんな深刻そうな感じで謝らなくても……!別に責めたりしているわけじゃないんで……!」

 

「っていうか、あの、さっきから気になってたんだけど……先輩、なんかキャラ変わってません……?」

 

「気まずくていつもみたいに偉そうに振る舞えない……」

 

顔を伏せ、恥ずかしそうにもじもじと話す。……これだよこれ!ああもう!めっちゃ可愛いんですがっ!飼いたいっ!一家に一人結城先輩を飼いたいっ!

 

「あー……。まぁ、そうですよね。っていうか可愛いな。ちょっと気弱な感じの先輩可愛いな」

 

「………」

 

天ちゃんに指摘され、更に体を小さくする。

 

「あれぇ!?照れてる!?ぇ、ちょ……あたしが焦るわ……。キャラが違いすぎる……」

 

「……ちょっと待って」

 

「ぇ?ぁ、はい……」

 

「………っ」

 

静かに目を閉じて、集中を始める。

 

「もう大丈夫。ごめんなさい、取り乱して」

 

「……ふっ……っ!」

 

キリッ!っとした佇まいといつも通りの口調に切り替えた。

 

「ス……って戻ったな……。切り替えはえーな……」

 

それを見た天ちゃんが逆に戸惑って呆れている。

 

「私は真剣に、翔を愛している。兄の恋人なんて疎ましいかもしれないけれど、応援してくれると嬉しい」

 

「ぁ、はい……。切り替えが極端すぎる……。反応に困る……」

 

いやいや、こういう時は可愛いって言えば良いんですよっ!

 

「んで、二人は何しに来たの?」

 

「あまりにも放置されてるから聞きに来たんすよ」

 

「イーリスのこと?」

 

「はい。それ」

 

「五月三日に決行って決めただろ?」

 

「そうだけど、一週間放置じゃん。そろそろ準備しなくていいんですかーって聞きに来たの」

 

新海先輩と結城先輩はこの前の件で内密にユーザーと対峙したけど、他の人からすればそうなっちゃうしねー……。

 

「準備って言われてもなぁ……」

 

返事に困る様に返す。

 

まぁ、先輩としては皆に実戦……というか、脅威を知ってもらって真剣な感じになって欲しいんだろうけど。

 

「本番まで待つしかないな」

 

「ぶっつけ本番かよ……。不安すぎるんですけど……」

 

「それは分かるけど、心の準備をしといてくれとしか言えないんだよなぁ……。集まった所で、建設的な話も出来ないし……」

 

「集まるだけでも意味はあると思うけどなー。みゃーこ先輩も香坂先輩も、あと……、ん?ぁー……あれ?ド忘れした」

 

「高峰先輩だよー」

 

「そう!その人!みんな不安だとおもうけどなー?」

 

「そうなのか?」

 

「ん-……まぁ、特に連絡も無いまま日数だけが過ぎるって言うのは、焦りと言うか……不安感は出てきますよ?」

 

「まぁにぃには?恋人とイチャコライチャコラチュッコラチュッコラしてますので?毎日が楽しいでしょうけど?」

 

「嫌らしいいじり方してくるな、お前……」

 

「そうだよ天ちゃん。それに……恋人になったのは昨日からなんだから、毎日がイチャコラデイズになるのは今日からだよ?」

 

「いや、そういう問題じゃねーよ……しかもなんだよ、イチャコラデイズって……」

 

「……天の言うとおりね。私は翔のおかげで平気だけど、他の皆の心のケアはすべきかもしれない。……近いうちに、最悪でも前日に、一度集まる?」

 

「うん。集まりたいっす。建設的ななんとかはどうでも良いんで、ただ集まりたいっす」

 

「私も賛成しまーす。みんなでファミレスで楽しくおじゃべりをしたいですっ」

 

「じゃあ……うん。予定聞いておくわ。で……そうだな。改めて三日の作戦会議でもーーー」

 

「その計画、中止しなさい」

 

新海先輩の言葉を遮るように空間を割き、ソフィが出てくる。良かった、無事世界の眼は無くなってくれたみたい。

 

「何かあったのか?」

 

「世界の眼が消えた」

 

「は?消えた?」

 

「サツキの家、大騒ぎよ。ジンギ?が盗まれたって」

 

ソフィのイントネーションが"ザンギ"と似た感じに聞こえた。……鶏肉かぁ。アリだねっ。

 

「……イーリスの仕業?」

 

「でしょうね。悪用するつもりなのかただ隠したのかは、分からないけれど……」

 

「隠す……?」

 

「単純な疑問なんだけど、世界の眼って一応、沙月ちゃんのなんでしょ?隠しても沙月ちゃんの所に戻って来るんじゃないの?アーティファクトって、そうなんでしょ?」

 

「世界の眼は、他のアーティファクトとは違うのよ。契約者の傍へ転移する性質は持っていない」

 

「あの空間にあることが大事なの。あっちこっちへ転移されたら扉の封印が出来ない。つまり、契約者ではなく特定の場所に転移する。もっとも……今はその性質も機能していないでしょうけど……」

 

「破損の影響か……。持ち出し放題ってわけだな」

 

「悪用するとしたら、どんな事態が想定されるの?」

 

「悪いけど、思いつかない。わざわざこちらの世界の眼を盗む理由がない。イーリスは対の眼を持っているんだから」

 

「じゃあ隠したってこと?」

 

「そっちの可能性が高いわね」

 

「……しっくりこないな。他の枝では敢えて放置して、破壊しに来た俺たちの目の前で飲み込んだんだ。そういう趣味の悪い嫌がらせをしてくるやつなんだ。イーリスってのは……」

 

「今回だって、俺たちが世界の眼を狙ってることはもうわかっているはず。なのに……隠す?あいつらしくない」

 

……向こうとこちらの世界を閉じさせない為、って感じだろうねー。数百年後に再び戻ってくるために……とか。

 

「時間稼ぎ……かしらね。嫌がらせ以上の目的を、達するための」

 

「いったいなにを……」

 

「さぁ?分からない。ただ……いい予感はしないわね」

 

「……だよな」

 

「えっと、その目的ってのがヤバいことなら、止めないとまずいんじゃ……」

 

「世界の眼を使って、イーリスを誘い出す計画だった。でも、実行に移す前に失敗。つまり……、阻止する手立てが無い」

 

「マジですか……、滅茶苦茶やばくない?」

 

「他の方法を考える必要がありそうですね……」

 

「翔の力でやりなおせば、別だけど……」

 

「………」

 

結城先輩の言葉に新海先輩が考え込む。この枝の思い出を無くすのに抵抗がありますよね……。

 

「……そうだな。過去に戻って軌道修正するのがーーー」

 

「短絡的ね……。もっとうまく力を使いなさい」

 

「他に何か手があるのか?」

 

「やりなおすのはいい。けど、今じゃない」

 

「イーリスが何をする気なのか、それを見届けてからよ。その方が効率的」

 

「……効率、か」

 

「前にも言ったけれど、割り切りなさい。"もし"や"かも"で力を濫用したら、どんな反動が来るか分からないわよ」

 

「……ああ、わかってる。そう、だな……。力を使うのは、今じゃない」

 

「じゃあ……なにか事件が起こるのを待つってこと?」

 

「……そうなるな」

 

「………」

 

新海先輩の返事に納得のいかないご様子。

 

「抵抗がある天の気持ちは分かる。……けど、一番辛いのは、翔だから。翔がやりなおせば、私達の記憶は消える。でも、翔は消えない」

 

「罪のない人々が、あるいは……私達の誰かが死んだら、その悲しみを、翔だけが背負い続ける」

 

「翔はもう……深く傷ついてる。だから、そんな険しい顔……しないであげて」

 

「………、ごめんなさい」

 

「……いえ、私も。偉そうにごめんなさい」

 

「因みにですが、私はその案に賛成の票を入れます。可能性の段階で枝を別れさせるのは、イーリス側に情報を与えてしまうと思います。決定的な証拠を手にしてから戻るのが一番良いと思います」

 

「舞夜ちゃん……」

 

「多分、これが一番先輩の負担も少ないと思うの。傷ついたり背負うにしても回数は可能な限り減らしたいからね」

 

「……ああ、そうだな」

 

「しんみりした空気は気が滅入るわね……。とにかく、伝えたわよ?どうするかは、あなた達に任せる。私もイーリスの動向に注意しておくわ」

 

「頼む」

 

新海先輩のお願いと同時に消えていく。

 

「………、相当厄介なことになってきたな……」

 

「何が起こると思う?」

 

「ありそうなのは……ユーザーが一斉に暴走……とかだな」

 

「街中大混乱ってこと?」

 

「街中で済めばいいけどな……」

 

「え……世界規模……?」

 

「そうはならないと思うけれど……。世界中に聖遺物が散らばっているのなら、もう混乱が起こっているはず」

 

「そうなっていないのは、限られた範囲に聖遺物が散らばっているからだと思う。白巳津川全域か……もっと広いかは分からないけれど。どちらにせよ、そこまで大きな規模にはならない」

 

「……と思いたい」

 

「私も同じ考えですね。知っている限りではこの街とその周辺以外でユーザーの可能性がある事件や出来事は起きている感じはしませんね」

 

「……見届けたとしてさ。それ、にぃにの手に負えるの?」

 

「いいや、もう持て余してる」

 

「いやまぁ……うん、そうでしょうけど……」

 

「俺一人じゃ無理だ。だから、仲間を集めた。みんなとなら、やり遂げられると思う……が」

 

「引き返してもいいなんて、言わないで。私はあなたと共歩む。どこまでも、果ての果てまで」

 

「うわかっけー……あたしも言ってみてー……」

 

結城先輩だから様になる言葉だよねー。少女の夢ーーーその果てに。ってね。

 

夕日をバックに優雅な椅子に座る結城先輩の構図……ぅうん!最高っ。

 

「天。敢えてもう一度聞く。力を貸してくれるか?」

 

「え?ぁー……、一回持ち帰らせていただいてもいいですか?」

 

「えぇ……?」

 

「嘘でしょ……」

 

「……流石っ!」

 

「いやそのリアクションおかしいでしょ!OK前提で聞きましたみたいな態度おかしいでしょ!」

 

「だってお前……」

 

「この空気で……」

 

「だって予想以上に規模がでっけーだもん!下手したら世界規模なんだもん!」

 

「背負えませんって!あたしには荷が重いですって!世界なんて救えないって!だってあたし、ただのグラビアアイドルだよ?」

 

「……は?」

 

「っふふ」

 

天ちゃんの写真集か……幾ら積めば手に入るんだろ?億かな?

 

「ァ?なんだその目。やんのかコラ」

 

「テンパってんのか場を和ませようとしてんのか、どっちだよお前」

 

「両方だよぉ!」

 

ふふ、スベッたみたいになっちゃてさー。

 

取りあえず、天ちゃんの頭を撫でておく。

 

「うお?いきなりどうしたんさ?」

 

「うーん、何となく?」

 

「怖いと思うのは当たり前。無理する必要はない。ここで抜けても、誰も責めない」

 

「すみません、やりますやります。世界規模の大事件なら、どうせ巻き込まれるし」

 

「確かに……そうね。逃げ場なんて、どこにもないかもしれない」

 

「なら、一番安全そうなにぃにのそばにいますよ」

 

「いっちばんあぶねーと思うけどなぁ……」

 

「よくわかんないけど、過去を変えるにしても近くに居た方がいいでしょ?めっちゃ遠くにいたら、どうあっても間に合わねー!とか結城先輩とどっちかしか助けられねー!とかあるかもしれないじゃん?」

 

「言われてみれば……そうだな」

 

「ご安心をっ!そういう時の為に私が居ますので!天ちゃんの安全は私が守りましょうっ!勿論皆さんもですが!」

 

「その時は……頼む。俺だと助けられない場面もあるかもしれないからな」

 

「承りましたっ」

 

「これからは、出来る限り皆一緒に居た方が良さそうね……」

 

「だな。いつ何が起きるか分からないし……その方が臨機応変に対応出来るしな」

 

「だってさ、天ちゃん。やっぱり一緒に住もっか?」

 

「いや、何がだってなのさ……」

 

「それじゃあ、ゴールデンウイーク中は出来る限りみんな一緒に」

 

「"みんな"、でいいんですか?」

 

「どういうこと?」

 

「にいやんと二人きり、じゃなくていいんですか?」

 

出来立てカップルを早速揶揄い始める天ちゃん。

 

「っ、……ぅ」

 

「うわ、すぐ赤くなる!あまり動じない人だと思ってたのにこの人チョロいぞ!」

 

「色恋については……あまりいじらないで。耐性が無いから、反応に困る……」

 

「モジモジしてるー!かわいー!いい彼女捕まえたなー?おいー!」

 

うんうん。私としてもどっちも可愛いとおもいます。

 

「お前、ほんとシリアス維持できないな」

 

「それが取り柄なんで。んじゃ、方針が決まったところでお暇しましょうかね?ね、舞夜ちゃん?」

 

「だねー……」

 

「……も、もう?」

 

「はい。彼氏にしか見せない油断した姿している人が居て、ソワソワしちゃうので」

 

「っっ……!」

 

「またモジモジしてるー!かわいー!」

 

ナイス攻撃っ!いやほんと可愛いな結城先輩。更にいじめたくなるねこれは!

 

「だから揶揄うなよ……。もう帰れよ……」

 

「はいはい帰りますぅ。お邪魔虫は消えますぅー。いこっ、舞夜ちゃん!」

 

「あー……うん、って言いたい所なんですがぁ……実は私から提案がありましてぇー……」

 

解散の空気に水を差すのは申し訳ないけど……。

 

「提案……?」

 

「はい。ヴァルハラ・ソサイエティのメンバー全員にです」

 

「何かあるのか?」

 

「えっと、イーリスとの戦いに備えて対策……とまでは行かなくても、戦う事に慣れる……と言えば良いんでしょうか?皆さん戦闘については素人なので、少しでも経験があった方が良いとは思いませんか?」

 

「まぁ……それはそうなんだが」

 

「そこで、メンバー全員でなるべく集まるついでですし、私の実家ーーー」

 

「ーーー九重家で、その体験をしてみませんか?」

 

 





次回へ続く、、、。



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第15話:こういう時の為に用意していて正解だったね……!


主人公→翔視点へ変わります。

九重家へ向かいます。




 

「九重の家で……」

 

「経験を……?」

 

「……どゆこと?」

 

三者三様の反応を示す。

 

「はいっ。ご存じの通り、私の実家は武術の道場を開いていますし、練習にうってつけなんですよ!」

 

「えっと、因みになんだが、何を練習するんだ……?」

 

「それはまぁ、何でも?でしょうか?アーティファクトの練習でも良いですし、私や実家の人にお願いして鍛錬をしても良いですし……あ、アーティファクトやユーザーに関しては大丈夫です。離れを使うので人目に付きにくいですから知られたくない事をするには持って来いですよ?」

 

「舞夜ちゃんの家、離れあんの?」

 

「あるよー?他にも別荘的な感じで!秘密の特訓とか一人で頑張りたい時とかに使う人用であちこちに」

 

「うえぇー……金持ちじゃん」

 

「持ってるのは私じゃないけどねっ」

 

「俺達としては助かるが……家の人が良いって言うのか?それ……」

 

「既におじいちゃんや必要な人には了承は取ってますのでご心配なく」

 

「九重のじいさんって言ったら……確か一番偉い人だっけ?」

 

「はい、九重宗一郎って名前の人です。実質おじいちゃんがオッケーって言えば誰も逆らえないので」

 

「……フェスの日の昼に一緒にナインボールに来てた人だよな?」

 

「イエスッ」

 

私の実家に来た時のも見ているが、それを話すと天ちゃんに怪しまれるので別のタイミングのを出して来ましたね。

 

「まずはゴールデンウイーク中にお試しで来てみませんか?皆さんで集まる良い口実になると思うのですが?」

 

「……イーリスは何か企む為に策を張り巡らせている可能性があるのなら、それを打破出来るだけの力を私達も身に付けなければいけない……そういうことかしら?」

 

「ぶっちゃけ、心構え的な物ですけど。何もしないよりはした方が絶対役に立ちますよ。特に新海先輩は」

 

「俺がか?」

 

「そうですよ、仮にゴールデンウイーク中に先輩が私の実家で特訓して何かしら覚えたとしましょう。もし何かが起きてオーバーロードを使って過去に戻ったとしても、その知識と技術は消えませんよ?」

 

「……翔の強化になるってことね」

 

「記憶を持ち越せる先輩への効果が、一番大きいと思います」

 

「ほぉ~、確かににぃには時間を戻してやりなおせるもんね」

 

「と言っても、経験なしの素人の俺が出来るとは思えないけどなぁ……」

 

「経験するとしないとでは天と地の差がありますので!」

 

「そうね、私達はともかく、翔の強化としては悪くないと思う」

 

「にいやんだけ強くてニューゲームが出来るってことでしょっ。やっておいた方がいいんじゃね?」

 

「……まぁそれはそうなんだが」

 

どうしようか迷いながら後頭部を搔いている。

 

「本当に邪魔しても良いのか?実家の人に迷惑になるだろ?」

 

「先輩たちなので大丈夫です!もし文句を言って来る人が居ても私が黙らせますっ!」

 

「舞夜ちゃんが?どうやって……?」

 

「……拳で?」

 

「蛮族かよ」

 

「うそうそ。ちゃんと説得済みだから安心して」

 

「ぁー……まぁ、九重が大丈夫って言うのなら……」

 

「それに、私の実家でしたら有事の際は守りやすいってのもありますし。ですので!行きましょうっ!そして皆さんで合宿とかお泊まりをしましょう!」

 

「……もしかして、それをしたいだけじゃないだろうな?」

 

「……八割くらい?」

 

「ほぼじゃん」

 

「嘘です、十割です」

 

「なおのこと悪いわ」

 

だって、お泊まりしてわいわいしたいじゃん?

 

「取りあえず!今日ヴァルハラ・ソサイエティの皆で集まりましょう!ついでにお昼とか食べましょう!」

 

「分かった分かった」

 

「連絡は私と天ちゃんからしておくので、お二人は外出の身支度を整えてから来て下さいね!場所は……駅前のジョナスンにします」

 

「ああ、おねがい」

 

「よろしく」

 

「ではっ!後ほど!いこ?天ちゃん」

 

「りょー」

 

天ちゃんを連れて玄関へ向かう。

 

「んじゃね!やらしいことすんなよっ!」

 

靴を履き、玄関を開ける前の最後にもう一度揶揄う天ちゃん。

 

「うっせ。気を付けていけよ」

 

「はいよ。ぁ、そうだ。にぃにに彼女出来たって、お母さんに言っとくね?」

 

「や、やめろっ、面白がるから言うなっ!」

 

「うひゃひゃっ、じゃねー!先輩もまたねー!」

 

「お邪魔しましたー!」

 

「ええ、また後でね」

 

玄関が閉まり、マンションの入り口に向かって進む。

 

「それにしても、なんか大変な感じになっちゃったねー……」

 

「だねー……世界の眼は消えちゃうし、先輩らの情事を見ちゃうし……」

 

「いや、二つ目は……いや、大変だったわ……」

 

「取りあえず、グループで連絡しよっか」

 

「だね。みゃーこ先輩来れるかなぁ?」

 

「どだろね?もしかすると自転車飛ばして一番乗りっ!とかあるかもねー」

 

スマホでグループにメッセージを送ってポケットにしまう。

 

「なんかファミレスのこと考えたらお腹空いてきたなー……」

 

「もうお昼近いしね。先に行って席でも取っとく?」

 

「そうしましょ」

 

 

 

 

 

 

「む……、私が最後か。すまん、待たせたな」

 

ファミレスで集合となり、制服姿の高峰先輩が最後に到着する。

 

「いえいえ、急な連絡だったので仕方ないですよ。注文は各自好きにしているので先輩もどうぞ」

 

席に着いた高峰先輩にメニュー表を渡す。既に飲み物や食べ物を適当に注文しているので、割とフリーダムだ。

 

高峰先輩が頼んだ注文が届いたのを確認して、私から話を切り出す。

 

「えっと、グループでも軽く説明したと思うのですが、世界の眼が消えた事でイーリスが何をしてくるかわからなくなりました」

 

「ひとまずは、可能な限りみんなで行動を共にした方が安全だろうという話が出たと同時に私からの提案があります」

 

「舞夜ちゃんのご実家にお邪魔する……でいいのかな?」

 

「九條先輩正解ですっ。舞夜ちゃんポイントを贈呈致しますっ」

 

指ではなまるを描く。

 

「ふふ、もらっちゃった」

 

こちらのボケに優しく笑う。女神かよ……。

 

女神だったわ……。

 

「九重君の実家となると、道場……ということか」

 

「いえ、実家に離れがありますので、そちらを使います。当然使用するのは私達だけなので、色々としやすいと思います」

 

「ほぅ……離れが」

 

「既に実家の許可は頂いていて、好き勝手に使えるのでご心配なく。泊まり込みも出来ますよ?」

 

「一応、気になることは事前に俺から聞いてはいるが、特に問題はないらしい」

 

「フ、人目に付かずに動く場所に適しているわけか……」

 

「ですです。高峰先輩も中々良い経験が出来ると思いますよ?」

 

「と、言うと?」

 

「自分の鍛えた武を試す機会って、欲しくないですか?」

 

挑発するようにニヤリと笑う。

 

「……なるほど。そういうことか」

 

「はい。そういうことです」

 

私に合わせてニヒルに笑う。

 

「九條はどうだ?」

 

「えっと、舞夜ちゃんが大丈夫なら……お邪魔、しちゃおうかな?」

 

「ぜひぜひ!おじいちゃんも九條先輩と会えるのを楽しみにしていますよっ」

 

「そ、そうなの?」

 

「はい、なにやら『同年代の同性の知り合いが居るから安心出来る。それが九條の孫だしな』とか何とか……」

 

「愛されてんなぁ~……」

 

「ふふ、舞夜ちゃんが可愛くて仕方ないんだね」

 

「ふっふー、私の魅力で虜にしちゃいました!」

 

「香坂先輩は?」

 

「わ、わたし、ですか……?え、えっと、は、はいっ、さ、参加……し、したいです」

 

「ほんとですかっ、ありがとうございます!」

 

「み、みんなで、一緒の、ことに取り、組んだり、頑張るのって……憧れが、あ、あったので」

 

あ~……。

 

「あ、あと、っ、お泊まりとか、合宿って……縁が無かったので、た、楽しみ、です」

 

うんうん、ですよね~分かります。

 

「と、言うことです。新海先輩」

 

「後は……与一にも一応連絡は入れておくかぁ……」

 

「彼、来るのかしら?」

 

「来ないだろうな。最近は巻き込まれない様にあからさまに避けてるし」

 

「女の子と一緒にお泊まり出来るかも?って書いたら釣れませんかね?」

 

「……否定は出来ないな」

 

「あはは、まぁ、来たら儲けくらいで考えておきましょう」

 

「そうしとく」

 

「皆さんから賛成も頂いた事ですし、今日から早速行ってみます?あ、勿論用事が無い人だけで大丈夫ですので!」

 

周囲を見るが、特に誰も言ってこない。

 

「九條先輩、バイトは平気ですか?」

 

「うん、今日はお休みもらってるから平気だよ」

 

ゴールデンウイークで日曜に休みとは……。

 

「では!そうですね……食事が終わっていないので、今から一時間後に出ましょうか」

 

「この後体を動かす事になるやもしれん。八分目に抑えておこう」

 

「詳細は実際に着いてから話し合いましょう」

 

「は~い、そんじゃ再開しますか」

 

「だな……っと、飲み物取って来る」

 

「私も行く」

 

わくわくドキドキの強化合宿……になれば良いんだけど。ま、5/20まで皆で集まる口実をファミレス以外にも作る位の考えで大丈夫だよね。

 

 

 

 

 

それから一時間後、昼食を食べ終えてから店を出て、近くまで来て貰っていた迎えに全員乗ってもらった。

 

実家に着いたが、表からではなく裏口で降りてから中へ入る。石で敷かれた道を進み、蔵より更に離れた場所に辿り着く。

 

「ごとうちゃ~く。こちらになりますっ」

 

二階建ての一軒家に近い建物。家の傍にはなんかデカい木が植えられている。名前は知らないけど。

 

「……いや、家の敷地内に家が建ってんじゃん」

 

「ドラマとかで、見た、様な……風景……」

 

「これ程広い屋敷とはな……中々お目にかかれんだろうな」

 

「まぁまぁ、取りあえず中に入りましょう!」

 

入口の鍵を開けて中に入る。一応ここを使うことになったので掃除や手入れはしているので古臭くはないね。

 

「うぉお……内装は旅館みたいだな」

 

「なんか、こだわりがあるみたいで結構凝っているとかなんとか……」

 

靴を脱いで家に上がる。

 

「えっと……基本的に部屋などは自由に使って貰って大丈夫です。勿論二階の部屋も。それと……トイレはここで、お風呂はそこの奥です」

 

「テレビは………置いていないのでご自身のスマホでどうぞ。キッチンは隣にあるので料理とかも可能ですよ~」

 

「……なんか、想像以上にしっかりした場所に来たな」

 

「ええ……殆ど家みたいね」

 

「ここへはさっきの裏口から入れば問題なく来れると思います。あっ、特に許可とかは必要無いのでそのまま来ちゃってください」

 

「良いのか?実家の人に言わなくて……?」

 

「元々、人に見られたくない事などに使う用なので……寧ろ声をかけるのがおかしいって感じです」

 

「なんでそんな場所が用意されてんだか……」

 

困った様な声で天ちゃんが呟く。そりゃ……イケないことにだよ!

 

「何かあった時は、私に言ってもらえれば対応しますので遠慮せず頼っちゃってくださいね!」

 

ひとまず、皆をここに連れて来れたことだし……今日の目標は達成かな?

 

「そこの畳の部屋で適当に寛ぎながら、今後の話でもしましょうか?」

 

後は、如何に皆をここに通わせれるか……だねっ!

 

 

 

 

 

九重に圧されるがままに着いた場所は……なんて言えば良いのか。想像以上に家だった……。

 

玄関を上がってすぐ右の部屋には和式の部屋があり、中央に長めのテーブルが置かれており、それを囲うように座椅子が置かれてた。今はそこに皆で座っている。

 

俺達が座ったのを確認して、席を立って部屋を出ていくと、人数分のお茶を持ってきた。

 

「は~い、お茶でも飲んで下さいな」

 

流れるようにテーブルにお茶を置いて満足そうに頷く。

 

「それでは!お泊まりはいつにしましょうかっ」

 

両手を合わせ、本題に入った……っと思ったが違った。

 

「待て待て、今後についての話じゃないのか?」

 

「おっと、そうでした。先に欲を出してしまいました」

 

おどけるように笑う。場を和ませる為に言ったのか、本心だったのか……後者な気がする。

 

「まぁ、短期間で鍛えるってのは高峰先輩除いて難しいってのが現実です。特に私達女性陣は無理でしょう」

 

さらっと自分も含めてんなぁ……。

 

「だよねー。にぃにはともかく、私達は何かやれんの?」

 

「一応、案はあるよ?」

 

「おっ、マジで?」

 

「聞かせてくれる?」

 

「はい。今後イーリスが何をしてくるか分かりません。それこそ、街を巻き込んで来たり、一般の人を使って悪さを仕掛けてくるかもしれないです」

 

「そういう有事の際に自衛が出来る程度の手段を私が教えます」

 

「自衛を……」

 

「えっと、ちょっと待って下さいね……」

 

後ろを向き、飾られている掛け軸を捲る……すると、裏になにやら掛けられていた。

 

「うおっ、なにそれっ!」

 

「まるでカラクリ屋敷の様だな」

 

九重の行動を見て、皆が驚く。

 

「んー……取りあえずこれでいっか」

 

30センチほどの筒状の棒を手に取ってこちらを向く。

 

「まずはこちらです」

 

棒を持ち、何やら留め具を外すと、縦に伸びる。

 

「これを、こうして……」

 

手慣れた様子で触っていく。

 

「最後に……」

 

棒の先端を引っ張ると、先端の両端からUの字で更に伸びる。

 

「じゃーん!さすまたですっ」

 

そこにあったのは、避難訓練などのテレビで暴漢を取り押さえる為によく見るさすまただった。

 

「これで相手を押せば自衛が出来ます。更に複数人で行えば相手を取り押さえる事も可能ですよ?」

 

両手に持って突き出す動作をする。

 

「なるほどね、これなら私達でも自衛は可能ということね」

 

「ユーザーに対しては効果薄ですが、無いよりかはましかと思います」

 

「へぇー、なんかかっこいぃー」

 

「他にも相手の動きを止める為にネットを射出するのとかありますよー?」

 

掛け軸の裏から色々と取り出す。

 

「と、まぁ、道具を使って対処するって感じですね」

 

「まぁ、妥当っちゃ妥当か」

 

「そうだね、私も運動神経良く無いからそっちの方がまだ出来るかも……」

 

「男性陣は……高峰先輩のお相手は私がしましょうか?」

 

「ほう?彼女らの助けをしなくてもいいのかな?」

 

「勿論、そっちも両立しますよ。その位でしたら可能ですので」

 

「そうか、喜んで受けようではないか」

 

「新海先輩は……ぶっちゃけ何からしようか迷っている感はあります」

 

困った様に首を傾げる。

 

「何をしようと思ってるんだ?」

 

「一つは先輩の幻体を使っての訓練ですかね?確か、幻体の経験って持ち主にフィードバックされるんですよね?」

 

「ああ、そうだな」

 

「なので幻体と先輩本人を別々で行う事が出来ちゃうので、どうしようかなっと」

 

「え、なにそれ。にぃにだけ経験値が二倍ってこと?」

 

「言ってしまえばそうだな」

 

「うっわ、ずるっ!インチキじゃん」

 

「その代わり、経験したダメージや辛さも倍だけどな」

 

「あ、ご愁傷様です……」

 

「一応、幻体の方にして貰うのは大体決まっているのですが、本人には何が良いのかなぁっと」

 

「……なるべく、簡単ので頼む」

 

レナの方もあるのに俺もキツイのは勘弁したい。

 

「うーん、まぁ、考えておきますねっ」

 

「ああ、マジで頼んだ」

 

「ここまでが一般的な話でして、次はアーティファクトについてです」

 

むしろ、これが本題だろうな。

 

「イーリスに対抗する為に、私達もアーティファクトの熟練度をもっと上げるべきだと思います。当然、無闇に使う事はせずに、あくまで使い方の幅を広げる為に使う……って感じで行きたいと考えています」

 

「例えば、私の能力は当初、『対象の動きを止める』と認識していました。ですが、その対象の幅は結構広く、人、物、現象とか目に見えない物に対しても可能でした」

 

確かに、この前空中に使って空を駆けていたしな……あれは死ぬかと思った。

 

「九條先輩の能力も様々な物が対象に出来ると知ったと思いますので、もしかすると、他の人のも見つけていない使い方があるかもしれないので、そこを皆で話し合って試してみる。というのはどうでしょうか?」

 

「ふむ……、新たな可能性を模索するのだな?」

 

「ですね。高頻度で使わなければ暴走の可能性は低いと思うので……」

 

……九重の案には一理ある。このまま使わずにいるのは咄嗟の時に後れを取るかもしれないし、皆で話し合えば新しい方法が見つかるかもしれない。

 

「……翔はどう思う?」

 

「……九重の案に賛成だな。このままイーリスが何かをしてくるまで待っているだけじゃ駄目だ。俺達自身が備えなければいけない」

 

それに、もし何かがあっても俺がやりなおせば大丈夫だ。たぶん、そこも考慮しての提案だろうしな。

 

「わかった。それならみんなで備えましょう。来たる戦いに向けて」

 

希亜の言葉に全員が頷く。

 

「一段落したという事で……いつお泊まりしましょうかっ!」

 

「お前、どんだけしたいんだよ……」

 

「だってお泊まりですよっ!?したいよね?天ちゃん?」

 

「うぇっ!?あたし!?……まぁ、したいけどさー」

 

「香坂先輩もしたいですよね?憧れますよねっ!」

 

「えっ、ぁ……ぇ、えっと……は、はい、憧れ、ます」

 

「高峰先輩も滾りますよねっ!?強化合宿とかテンション上がりますよね?」

 

「フ、そうだな。心躍るものがあるな……」

 

こ、こいつ……言葉巧みに味方を増やしてやがる。

 

「ふっ、これで賛成四票ですね。民主主義の日本において多数決は絶対です……!!」

 

くっくっく……っと怪しい笑みを浮かべている。

 

「九條先輩はどうですか?お泊まり……楽しいとは思いませんか?パジャマパーティーとかしたくないですか?」

 

「うん、そうだね。みんなでお泊まりとかしてみたいね」

 

「ですよねっ!」

 

遂に九條まで味方につける。

 

「静かにしていますが、結城先輩も実は密かに楽しみにしていたりしませんか?ヴァルハラ・ソサイエティの親睦を深める良い機会ですよ?」

 

「……そうね。否定はしない。メンバーの交流を深める良い機会なのは確かね」

 

「……にいみせんぱいはぁ、どう思いますかぁあ?」

 

……なんだ、この茶番は?

 

「別にしたくないとは言って無いだろ。俺も賛成だ。気を張り続けるのも良くないしな」

 

「そう、適度に息抜きは大事」

 

「やった、全員のオッケーが貰えました!後でグループのノートにカレンダーを作っておきますので、大丈夫な日を教えて下さいっ」

 

嬉しそうにガッツポーズを取る。もしかして、こっちの方が本気でメインだったりしないだろうな……?いや、流石にないよな?

 





「さすまたと……捕獲ネットと……スタンガンと……テーザーガンと……」


-ご連絡-
最近、何故か投稿前に誤字を修正していても修正されておらず、そのまま投稿してしまっている現象があることに気付きました。
多機能フォームの方で修正しても、元の投稿ページに反映されていない?感じなのかと考えています……。(普通に見逃しもあります。いつもありがとうございます!)

読んで下さっている人の気分を遮らない様に気を付けます……!
※前話の第14話や他の修正で反映されていなかった誤字に酷いのがありましたので……。



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第16話:私はナイフも使える口なんですよ?


特訓開始です。

女性陣には軽く道具の説明をして、高峰蓮夜と家の裏手に来ています。




 

「それでは高峰先輩、どこからでも好きに仕掛けて来て下さい」

 

「ふむ、相当な自信があると見える……それならこちらから行くとしよう」

 

和室である程度方針を決めた後、一番手軽な高峰の手合わせからしておこうという話になり、家の裏手にあるちょっとしたスペースに来ていた。

 

「ねぇ、みゃーこ先輩。大丈夫なの?舞夜ちゃん……?」

 

「ちょっと、心配……だよね。怪我しない様に二人とも気を付けているとは思うけど」

 

「大丈夫よ。彼女なら」

 

「だな。寧ろ高峰が怪我しないかの方が俺としては心配なくらいだ」

 

高峰は強い。俺の実力じゃどうあがいても勝てない位には……が、九重は更に別次元だ。他の枝でゴーストと二人相手に余裕で勝っていた。

 

「まずは、お手並み拝見と行こうか……!」

 

九重と対峙している高峰が動く。お互いに数メートルの距離があるが、その距離がすぐに埋まる。

 

「ハァッ!」

 

正面に拳を突きだす。

 

「ほいっ」

 

正拳突きに見える攻撃を片手でいなす。

 

「女の子相手だから寸止めしようとするお気持ちは分かりますが……」

 

「いや、すまんな。それについては謝罪しよう」

 

伸ばした腕を戻し、高峰が謝る。

 

……今の、寸止めするつもりだったのか。

 

普通に殴る気かと思っていた。

 

「改めて、今度は本気で行かせてもらう」

 

「ふふ、楽しませて下さいね?」

 

九重が不敵な笑みを浮かべる。完全に悪役ポジションだ。

 

「シィッ!」

 

さっきよりも素早い動きで九重との距離を詰める。

 

「ハァァッ!」

 

ーーー攻撃を仕掛ける。

 

高峰の動きを見てそう感じた瞬間、九重が流れるように高峰の体に自分の体を入れる。

 

「せいやっ」

 

繰り出そうとした高峰の腕を掴む。綺麗に投げ飛ばす。

 

「ーーーッ!くっ……」

 

空中を一回転してその場に落ちる。

 

「おっ、綺麗な受け身を取りますねっ!」

 

地面に倒れ、体勢がまだ立て直していない高峰に追撃で踏みつけようと足を振り下ろす。

 

「なんの……っ!」

 

それをギリギリで避ける……いや、多分避けれる速さで振り下ろしたな、あれ……。

 

その場を転がりながら距離を取って起き上がる。

 

「流れるような無駄のない投げ技。素晴らしい」

 

「あはは、ありがとうございます。では、今度は私から仕掛けますよ?」

 

宣言をしてから姿勢を少しだけ下げる。それを見て迎え撃つように高峰が構える。

 

「よーい、ドンッ!」

 

スタートと同時にその姿が高峰の目の前に現れる。

 

「なっーーー!?」

 

一瞬のことに驚愕の表情を浮かべる。

 

「隙ありっ、です!」

 

右手を前に出し、デコピンを繰り出す。

 

「っ!」

 

それを寸前で顔を逸らして避け、反撃とばかりにその腕を掴もうと手を伸ばす。

 

「なにっ!?」

 

その手が空を切ったかと思うと、九重が高峰の背後に回っていた。

 

そして、がしっ。っと高峰の体を掴む。

 

「く……っ!?動けん!」

 

「行きますよー?真神流ーーー裏流転(うらるてん)っ!」

 

九重が技名を言ったと同時に、高峰の体が宙を舞う。

 

「ーーーッ!」

 

受け身も取れずに地面に落下する寸前で、その体が停止する。

 

「大丈夫ですか?」

 

一瞬停止し、ゆっくりと地面へ落ちる。

 

「あ、ああ……止めてくれて感謝する」

 

心配するように九重が手を差し出し、それを掴んで立ち上がる。

 

「いえ、試しに使って見たのですが、ちょっと危なかったですね。すみません」

 

「今の技は……もしや?」

 

「ふふん、高峰先輩もよく知っている技ですよ?どうでしょうか?頑張って練習して覚えたのですが……?」

 

「やはりか……素晴らしい完成度だ」

 

「ありがとうございます~」

 

「ただ、相手を掴む左手の位置が少し違ったな」

 

「ありゃ、それは申し訳ないです」

 

なんだかよく分からない談笑会へ切り替わっていた。しかも、横で見ている香坂先輩と希亜の目が輝いている気がするが……。

 

「えぇー……何今の戦い……えー……」

 

「す、すごかったね……」

 

「すす、すごい、です……!今の、真神流古武術……っ!」

 

「ええ、そうみたいね。まさか魔人都市の彼の技を再現している人が居るなんてね」

 

「三日月慎也の、真神流裏流転……!その完全再現……!」

 

こっちはこっちで盛り上がっている感じだ。先輩に関しては若干早口になっている。

 

「この試合、完全に私の負けだな。まさかこれ程実力に差があるとは……」

 

「これでも護身術を嗜んでいるのでっ!」

 

ドヤ顔で胸を張る。そろそろ護身術で誤魔化せる範疇を越えてると思うんだが……?

 

こう言っちゃなんだが、あくまで高峰の強さは、一般人がかなり鍛えた程の強さと言っても良い。

 

となると……やっぱり九重の強さが異常って事になるんだよなぁ……。しかもそれと同じか、もっと強いのがまだ控えてるとか、インフレし過ぎだろ。

 

「こんな感じで何時でもお相手しますので!あ、もし私以外が良いのでしたら言って下さいね?他の人もそれなりに動けるので」

 

「フフフ……乗り越えるべき壁が大きければ大きいほど……滾る、滾るぞ……!」

 

「それで、次は幻体……レナのお相手を見繕いましょう」

 

高峰の相手が済み、俺を見る。

 

「了解」

 

「おう、俺の番か?」

 

「ですです。レナだけ一緒に来て貰って良いですか?」

 

「だとよ、大将。ちょっくら行ってくるわ」

 

「おう、失礼のない様にな」

 

レナを連れて九重が席を外す。

 

「へい兄貴」

 

「ん?どした」

 

「舞夜ちゃん、めっちゃ強くない?」

 

「まぁな。驚くよな」

 

「ん?そういう割には驚いてなくね?」

 

「あ、新海くんは他の枝で既に知っているとか?」

 

「そんな感じ。一応、希亜も少し前から知っているぞ」

 

「なるなる。まさか、つえぇーって言ってた先輩が負けって言う程だったとは……護身術ってすげぇー……」

 

ほへぇ……と呆けた顔で関心をしている。アホな妹で助かるよ。

 

 

 

 

 

新海先輩からレナをお借りして実家の中を歩く。

 

「そう言えば、レナって先輩と記憶を共有してるで良いんだよね?」

 

「ん?まぁそうだな。大将の記憶を俺も持っているし、オレが体験したことも戻れば大将に共有されるぜ」

 

「なるへそ。ならレナに言っておくね」

 

「何かあんのか?」

 

「先輩も何となく察してるかと思うけど、私の実家の一部の人にはユーザーやアーティファクトとかの事情を説明して味方につけてるんだよね」

 

「ま、そうだよな。じゃなきゃこうも手伝ってくれるわけねぇもんな……」

 

「だからこれから会う人達もこっちの事情をある程度知っていて、他に漏らす心配がないの」

 

「なるほどな。オレの存在も知っているでいいのか?」

 

「うん、知ってるよ」

 

「なら、めんどくせぇ気遣いは要らねぇってことだな」

 

「その通りっ!なので存分に無茶しまくって下さいなっ!」

 

これでレナが人間離れした動きを好き勝手に出来るね!

 

廊下を歩き、一つの部屋に辿り着く。

 

「お邪魔しまーす。お待たせっ!」

 

部屋の中に入る。

 

「ようやく来たわね!待ちくたびれたわ」

 

入ったのは談話室。中には久賀三花と妹の二葉、それと司君。今日の為に呼んでいた。それと、呼んではいないけど澪姉が居た。

 

「舞夜姉、来た……」

 

「そちらの用事は済まれたのですか?」

 

「一旦はね。こっちも待たせているから先にしておかないと」

 

「お邪魔しているわよ」

 

「澪姉は呼んではいなかったけど……もしかして何か用だった?」

 

「ないわよ?暇だったから遊びに来ただけ」

 

「なるほどね~……。んー……流石に澪姉は無いかなぁ?」

 

「安心しなさい。若い子らのを横取りする気はないから」

 

「よかった。なら安心」

 

澪姉に渡したら流石に新海先輩が可哀そうになる。

 

……毒物や化学の力を味わいたく無しだろうしね。

 

「あ、紹介するね?新海先輩の分身のレナさんです。パチパチパチ~」

 

「へぇー……あんたが例の?」

 

二葉ちゃんの隣に座って居る三花が興味深そうに見つめる。

 

「んで、舞夜。紹介してもらったが、オレは何をすんだ?」

 

「ここに居る人と好きに手合わせしてもらいます。それで色んな経験をしたら強くなれるかなって」

 

「はーん、そういうことね」

 

「少なくとも皆さんレナより強いので精々ボコボコにして貰って下さいな!」

 

「俺は構わないけどよ。後で大将が泣くぜ?」

 

「耐性付いて良いかと?」

 

「スパルタだねぇ。良いんだけどよ」

 

はぁ……とため息を吐く。

 

「それじゃあ、最初は誰にしてもらおっーーー」

 

『してもらおっか?』と口に出そうとした時、入口の扉が勢いよく開き、二葉ちゃんがビクッと驚く。

 

「ちょっと待ちなっ!」

 

バンッ!と登場したのは……。

 

「燈じゃん。どしたの?」

 

「その話、俺も混ぜさせてもらうぜ?」

 

ニヤリと笑って私を見る。

 

「あれ?確か依頼受けていなかったっけ?」

 

「んなもんとっくに片付けたに決まってんだろ?」

 

それでこれを聞きつけてやってきたと……。

 

「えー……でもなぁ」

 

「ちょっと、私達が先にお願いされてるのよ?割り込むのはおかしいでしょ」

 

「んなのそこに俺が居なかったからだろうがよっ」

 

「だって、燈って人に教えるの下手じゃん。いや、無理でしょ?」

 

見た目通り感覚派だからね。前に一回聞いた時は全部効果音と身振りで説明してた。それを見てからこの子には無理だと悟った。

 

「体で覚えさせりゃ良いんだよ!幾ら殴っても死なないんだろ?」

 

「それ時間の無駄じゃん。説明出来るようになってから出直して?」

 

「そうよ。単細胞のあんたには荷が重い仕事よ」

 

「三花さん?単細胞は言い過ぎですって……」

 

馬鹿にする三花と、それを宥める司君。二葉ちゃんは静かに飲み物を飲んでいる。

 

「ぁあ?俺より弱い奴が指図してんじゃねぇよ」

 

「はぁ?注意と指図の区別も分からないの?」

 

黙って見ていると、二人がヒートアップしていく。

 

うーん、めんどくさ。

 

「はいはい、その理屈なら燈は私の言うことを聞くってことで良いのかな?」

 

「……それならまだ納得出来るな」

 

「ん、ありがと。それじゃ……退場ってことで!さよならっ」

 

笑顔でバイバイと手を振る。

 

「はぁああっ!?嘘だろ?おいっ!」

 

「驚き過ぎだって。燈には不向きなの。だからまた今度ね?」

 

「っ……んなら、俺と勝負しろ」

 

「え、なんで?」

 

「俺が勝てば聞く必要が無いってことだろ?」

 

あぁ……そう来たかぁ。

 

「えぇ……ここでそれを提案するぅ?」

 

「強い奴がえれぇ!そうだろっ?」

 

「澪姉ぇぇ~……助けてぇーー。燈が反抗期でめんどくさいぃぃー」

 

必殺!強者に泣きつくっ!

 

「あら?可哀そうに……よしよし」

 

ソファに座って居る澪姉の足元に縋りつくと、楽しそうに私の頭を撫でる。

 

「ちょっ!?それは反則だろっ!!」

 

「ふっふーん。これが私の手段なのじゃ!」

 

「舞夜が可哀そうだし……私が代わって相手してあげようかしら?」

 

「ぉおう……べ、別に構わないぜ……?」

 

明らかに目線を泳がしている。やっぱりこれが効くね。

 

「……はぁ」

 

放置気味のレナが呆れたようにため息を吐く。

 

「ま、冗談はこの辺りにしといて!レナを待たせるのもあれだし……いいよ。一戦相手してあげる」

 

「おっ!本気か?言ってみるもんだな!」

 

私とか他の誰かと戦えるかもって思って割り込んで来ただろうしね。たまにはそれを吐き出させないと後々爆発しても困るからねぇ。

 

「すみません、という事で場所を変えましょうか?」

 

「んまぁ……別に何でも良いけどさぁ」

 

「適当に観戦でもしていてください。すぐに終わらせますから」

 

「……はいはい」

 

ぞろぞろとお供を連れて修練場へ向かう。

 

「まぁ、どのみちここに来ることになっていたから良いんだけどねー」

 

「へっ。そんじゃ早速始めようぜ?」

 

私と少しだけ距離を置いてから、こちらに振り返った燈の目が赤く染まっていく。

 

「せっかちだなーもう。いいよ、始めよっか」

 

割と本気で来るっぽいね。それなら私も頑張らないとね!

 

相手に合わせるように私も力を使う。

 

修練場の中央で向き合う。

 

「司君ー、合図おねがーい」

 

「分かりました。では、行きますよ?」

 

司君が手を上げる。それを見て燈が前衛姿勢を構える。

 

「……はじめっ!」

 

「うぉおらっ!!!」

 

開始と同時に動き出した燈の拳が眼前に迫る。

 

それを首を動かして避けて、突きだされた腕を掴む。

 

こっちが反撃に出ようとした時には、既に反対側の腕がナナメ下から私に向かって来ていた。

 

「ふっ!」

 

その攻撃を手の平で受け止める。

 

こちらに反撃させまいと今度は膝蹴りを仕掛ける。

 

片足が浮いて重心が動いたので見て、掴んでいた両手を上へ放り投げる。

 

「くおッ!?」

 

膝蹴りが目の前でかすり、燈が宙に浮く。咄嗟に体を捻り、今度は反対の足で足技を繰り出す。

 

「もらったっ!!」

 

お祈り蹴り技をいなして足首を取り、そのまま手加減なしで後ろの地面に叩きつける。

 

「がッ!?」

 

反射で腕を突きだし顔面から落ちるのを防いでいる。

 

「ほら、ほらっ!」

 

もう一度持ち上げて逆側に叩きつける。

 

「ぐッ!」

 

駄目押しでもう一回叩きつけようと持ち上げて振り下ろそうとした時に、反撃で私の頭に踵落としを振り下ろす。

 

「甘い甘いッ!」

 

手持無沙汰の手で足を受け止める。

 

「とりゃ!」

 

振り回している燈を上空へ投げ捨てる。

 

落ちてくる燈に掌底を放つ構えを取って腕を捻じる。それを突き出すと同時に回転を加えてぶつける。

 

「真神流っ!螺旋掌!」

 

咄嗟に腕でガードするが、そのガードごと貫き、衝撃が走る。

 

「がはッ!?」

 

受け止めた勢いに押され後ろに吹き飛んで転がる。

 

「くそ、がぁ!」

 

やられっぱなしに怒ったのか、怒りに身を任せ突っ込んで来る。

 

それを流れるようにいなして後ろに投げる。

 

「ちっ!」

 

受け身を取って転がりながらもすぐに立ち上がる。

 

「まだやる?」

 

「当たり前だっ!まだ負けてねぇ!」

 

「仕方ないなぁ。更に追加で本気を見せてあげようじゃないか」

 

今度は私から攻撃を仕掛けようと迫る。

 

「っ!」

 

攻撃の射程圏内に入る直前に、その場で宙返りするように跳躍して燈の頭上を飛び越える。

 

それに反応するように燈がすぐさま後ろへ振り向く。

 

私が地面に着地する直前に合わせて攻撃をしてくる姿勢を取り始めたので、能力を使って空中に足場を作る。

 

「せいやっ!」

 

作った足場を蹴って、燈に向かって跳ぶ。

 

「はぁ!??」

 

物理を無視した動きに反応出来ず、硬直した隙を縫って後頭部目掛けて蹴りをお見舞いする。

 

「が、ぁ……」

 

防御も間に合わず直撃し、そのまま昏倒するように崩れ落ちる。

 

「……よし、これで静かになったね!」

 

「そ、そうですね……」

 

「舞夜、ちょっとあんた!何よ今の動きっ!」

 

「舞夜姉、空中を蹴った……」

 

「へへー、これが私の能力なのさっ」

 

気絶している燈を司君に任せ、観客席へ戻る。

 

「おいおい……あいつ大丈夫なのかよ?思いっきし蹴りを食らってんぞ?生きてんよな?」

 

「ん?あー平気平気。あのくらいじゃ死なないから」

 

「いや、普通に死んでもおかしくない威力だったろ……」

 

「大丈夫だってー。ここの人間があの程度で死んだら笑いもんだよ」

 

まず体の作りが一般人と違うもん。遺伝子レベルで人間としての構造がおかしいからね。

 

「結構頑丈だからね。あの程度じゃすぐに起き上がるから」

 

「なら良いんだが……」

 

「なんだが愉快な使い方をしているわね」

 

さっきの動きを見て澪姉が面白そうな表情をしてる。

 

「能力をちょっと応用してみたんだー。どう?驚いた?」

 

「ええ、初見なら大抵の人に通じそうね」

 

「あいつが反応出来ていなかったから……そうなるわね」

 

「まぁ、流石の燈でも想定外の攻撃には止まっちゃうって事だねぇ……」

 

いくら目が良くても体の反応が追いつかなくちゃ意味無いしね。

 

「さてと、これで本題に入れますが……」

 

未だに苦笑しているレナを見る。

 

「……一つ聞いてもいいか?」

 

「はい、何でもどうぞ~?」

 

「ここにいる連中は、全員がこんな感じで戦えるのか?」

 

「それはぁー……まぁ?」

 

「私達をそいつと一緒にしないでもらえるかしら?」

 

私が微妙な返事をしていると、三花が割り込んで来る。

 

「違うのか?」

 

「そりゃそれなりに出来るわよ?けど、舞夜と同じレベルを期待してるのなら残念ね」

 

「んまぁ……それもそうか。上から数えた方が早いって言ってたもんな」

 

レナが納得していると、澪姉が話に加わる。

 

「そうねぇ。舞夜はかなり強い部類に入るわよ?」

 

「いや、澪姉はその私より強いでしょー?」

 

「アーティファクトを使った舞夜とはどうか分からないわよ?」

 

「純粋な力だけならねっ。澪姉の土俵なら流石に無理無理っ」

 

私は九重の血を持って無いから耐性とか無いし!

 

「と、言う事で。レナのお相手はこちらの三人になりまーす」

 

「えっと、こっちのツンツンしているちょっと薄い赤髪の人が三花ちゃんですっ!私と同じ年」

 

「よろしく……って誰がツンツンよ」

 

ふん、と髪を払う。テンプレである。

 

「そして、その横に居る黒髪の子が、妹の二葉ちゃん。歳は一個下だよー」

 

「……はい」

 

「んでんで、さっき審判してくれた爽やかそうなイケメンが四栁司君」

 

「爽やかそうなって……。っと、よろしくお願いしますね」

 

「あっちで転がってるのが、八倉燈。脳筋に見えるけど、戦う為なら割と面倒な手段を使って来るから気を付けてね」

 

「そして、こちらにおられるのが我らが澪姉でございます。あ、本当は澪って呼ぶんだけどね!」

 

澪姉って呼ぶのは私だけである。たまに釣られて他の皆も呼ぶ時があるけど。

 

「紹介はこんな感じで良いかな?皆も幻体だからある程度までは無茶が利くけど、加減はしてね?」

 

「どの程度なら良いのよ?」

 

「……四肢を捥ぐとか?」

 

「おいおい、大将が発狂すんぞ……」

 

「だって。でもあくまで痛みじゃなくてダメージが先輩に還るからその辺は臨機応変でっ!」

 

「てきとうね……まぁいいわ。その都度確認取ってあげるわ。あなたもそれで良いでしょ?」

 

「ああ、それで構わねぇよ」

 

「レナはここに任せて、私はみんなの所に戻るね?」

 

「ええ、たーっぷりとしごいてあげるわ。結果を楽しみにしておくことね」

 

「ほほー?それは良い事を聞いたね。それじゃまた!澪姉もまたねっ」

 

「ええ、程々に頑張りなさい」

 

レナを九重の皆に任せて、修練場を後にする。

 

これでレナのパワーアップはある程度見込めるとして……問題は新海先輩だよね。

 

 




名簿

九重 澪(ここのえ れい)

現当主、九重宗一郎の孫。九重の血を濃く継いでおり、その実力もトップクラス。
三十路に片足を突っ込んでいる20代後半。腰辺りまで伸ばしてる長い黒髪が特徴的。
血を濃く継いだ影響なの分からないが、元々目が若干赤く染まっている。
祖父と似たように割と血の気が多い場面もちらほらと……。
主人公のことを昔から家族兼妹の様に可愛がっており、自分が高身長の為着られない可愛い服などを着せ替え人形の如く着せて楽しんでいる。

オーバーロードのせいで主人公が死ぬ未来が確定していることや犠牲者を出すこと、それが正しいと肯定している主人公を見て、翔やナインに対して思う所があったり……。

武器は、毒物や薬を使った暗殺、暗器などを専門としている。※ハニートラップとかも?
ただ、武器なしで普通に主人公に勝てる実力もある。

-余談-
まだ学生の時に、宗一郎の毒物などに対する耐性が高く、どうにかそれを突破出来ないかと色々試している内に上達していった裏話がある。



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第17話:な、なんて卑劣で私の弱点を突いてくる作戦を……ぐふっ!


九重家でのお戯れが続きます~。




 

 

レナを三花達に任せて新海先輩達の場所に戻る。

 

「すみません、お待たせしました!」

 

「おう、おかえり。向こうは大丈夫なのか?」

 

「はい、ちょっとしたアクシデントはありましたが、凡そ問題は無かったです」

 

「アクシデント……?」

 

「大したことじゃありませんから。レナを任せようとした時に実家の人が『俺も混ぜろ~』って乱入して来たので、少しお話をしていただけです!」

 

「なるほど」

 

「レナの方も終わったことですし……新海先輩の方へ移りましょうか?」

 

「……ごくり」

 

「と言っても戦闘はレナにして貰いますし、経験は向こうで十分かと思います。なので、先輩はアーティファクト関連でやってみませんか?」

 

「アーティファクト関連?」

 

「アーティファクトを実際に使っての戦闘って言えば良いんですかね?」

 

アーティファクトという言葉を聞いて、先輩含めて皆がこっちを見る。

 

「え、なになに?にぃには何やんの?」

 

「新海先輩、だけでは無くて天ちゃんや九條先輩達も含めてですね」

 

「私も?」

 

「はいっ、この場に居る五人ですね!」

 

「ん?五人?一人足りなくないか?」

 

「それはですねぇ……」

 

不思議そうに私を見る全員を見ながら笑顔を浮かべる。

 

「実践形式なのでお相手が必要かと思います。ので、私対皆さん……という形でやるつもりです」

 

「えぇ?舞夜ちゃん一人なの?」

 

「そだよー?多少は経験値として足しになるかなってね!」

 

「……本気?」

 

私のことを天ちゃん達よりは知っている結城先輩が問いかける。

 

「もちのろんです。当然皆さんはアーティファクトを使って貰っても大丈夫です。私はそれを頑張って対処致しますので」

 

「九重が相手って事だよな……?」

 

「ご不満でしたか?」

 

「い、いや……むしろ俺達側の戦力が足りるか怪しいと思ってな」

 

「あ~……流石に本気で倒しに行きませんよ?精々イタズラ程度で済ませます。怪我とか論外ですです」

 

他の枝の記憶を持っている新海先輩は若干引いている。そこまで引かなくても良いですのにねぇ。

 

「それは、私も参加しても大丈夫かな?」

 

ユーザーでは無いので自分も加わって良いのかと高峰先輩が確認してくる。

 

「大丈夫ですよ~?寧ろ高峰先輩が前衛をしてくれないと直ぐに崩壊すると思いますし……」

 

「フフフ、ならば私が前衛を努めようではないか」

 

「ね、ねぇにぃに。本気で良いの?六対一だよ?」

 

「ん?……ああ、九重なら問題ないから安心して良いぞ?どっちかというと、俺たちの方がなぁ……」

 

「彼女に対抗出来る程の戦力が無い、ということ?」

 

「だな。高峰もいるけど……」

 

「とりあえず一回やってみませんか?」

 

「……ちょっと作戦会議してからでもいいか?」

 

「む?はい、勿論大丈夫ですよ?」

 

作戦会議をしてからですか。何か策でもあるのかな?

 

「では、私は向こうで待っていますので、終わったら言って下さい」

 

皆の輪から離れ、縁側に座って待つ。どんな感じで来るんだろ?私を防ぐなら……九條先輩と結城先輩なら可能だけど、その姿を捉えるのが問題だし……。

 

高峰先輩を前衛に出して時間を稼いでる間にアーティファクトで畳みかける……とか?んー……新海先輩なら高峰先輩じゃ無理だと知っているし……。

 

香坂先輩と天ちゃんをどう使って来るかが楽しみだけど……まぁ、最初は戸惑いながらだと思うからぐだぐだになる可能性が高いよね。

 

少しワクワクしながら待つ事数分。

 

「すまん、待たせたな」

 

作戦会議が終わり新海先輩が声をかけてきた。

 

「いえいえ、全然大丈夫ですよ?」

 

立ち上がり、皆を見る。想像通り結城先輩と高峰先輩以外の目にまだ戸惑いや疑いが映っている。『ほんとにやるの?』って目だね。

 

「ふっふっふ……では、今回はわたくし九重舞夜が敵としてヴァルハラ・ソサイエティと対峙しますので、どうぞ遠慮なく倒しに来てくださいね?仮に何かあっても先輩のオーバーロードがありますし」

 

「ああ、精々足掻いてみるさ」

 

私だけ皆と少し離れて向き合う。……なんか、こういったシチュエーションも良いかも。

 

「では始めますね。……スタートッ」

 

まずは向こうの初手を見ることにする。

 

「行くぞッ!」

 

新海先輩の合図と同時に結城先輩の左目が輝く。

 

「ジ・オーダー、アクティブッ」

 

む、結城先輩で来ましたか。

 

その横には九條先輩も手の甲をこちらに向けて能力を使っている様に見える。

 

……これは、どっちも使っている姿を見せて釣っているのかな?

 

どちらかと言うと結城先輩に使われるのが厄介なので、即座の止めに動く。

 

「ーーーッ!」

 

約10メートル程の距離が瞬きする間もなく消え、結城先輩の正面に辿り着く。

 

「ばぁ!」

 

結城先輩の顔の正面で猫だましをするように両手を叩く。音と衝撃に驚いて目を閉じてしまう。

 

「ええっ!?もう!?」

 

天ちゃんの驚く声が聞こえる。

 

これで思考に邪魔が入ったから能力の行使は止まると……。

 

そうこう考えていると、背後に人の気配がする。

 

振り向くと、高峰先輩が既にこちらへ構えていた。

 

「読み通りだな……!!」

 

私を捕まえようと関節を取りに来る。が、するりと避けて逆に組み伏せる。

 

「くッ……今だ!」

 

地面に伏せながらも逆に私を離さまいと抵抗をする。

 

「ああもう!ごめん!」

 

後ろから天ちゃんの声がしたので何をしてくるのかと視線を向ける。

 

「とりゃぁーーー!」

 

あろうことか、私に抱き着いて来た。

 

「みゃーこ先輩っ!」

 

「う、うん!」

 

えっ、なにこの状況……?超良い匂い……え?柔らかいんだけど?

 

「ごめんね?舞夜ちゃん!」

 

「あ、えっと……そんなことないです。はい……」

 

むしろご褒美と言うか……もうこの状態で過ごしても良いくらい……。

 

「舞夜ちゃんの視界……借りるねっ!」

 

思考を停止させていると、九條先輩の声と同時に視界が真っ暗になる。

 

「おっ?」

 

これは、九條先輩ので視界が取られたね。

 

が、そのおかげで現実に帰って来れた。

 

「ナイスだっ!九條!」

 

「確かに真っ暗ですねぇ……」

 

目を閉じて周囲の気配を探ると、新海先輩が結城先輩の方へ向かっているのが分かる。と、なると……。

 

「天ちゃん、ちょっとごめんね?」

 

「え?」

 

組み伏せている高峰先輩から手を放して天ちゃんを優しく掴む。

 

「えいやーー」

 

「うおぉッ!?」

 

抱き着いている天ちゃんを背負い投げの要領で回して地面に座らせる。……物凄く名残惜しいけど、すっごく。

 

「ーーーもらったっ!」

 

背後で高峰先輩がこちらに仕掛けて来ている……が、それを無視して新海先輩の方へ向かう。

 

「はぁっ!?」

 

結城先輩と合流しようとしている新海先輩の正面に立つ。

 

「どもども、九重舞夜ちゃんで~す」

 

視界が奪われているにも関わらず来た私に驚いて立ち止まる。

 

「何を目論んでるのか分かりませんが、阻止させてもらいますねー?」

 

「こ、九重?目、見えてないんだよな……?」

 

「さぁ?九條先輩に聞いてみてください」

 

先輩の足を払って怪我のない様に地面に座らせる。

 

「翔っ!」

 

「かまうなっ!いけっ」

 

「っ……!ジ・オーダー、アクティブッ!」

 

「さぁて、残るは結城先輩のみですか?」

 

後ろを振り返り、結城先輩の方を向く。

 

「私を忘れては困るなっ!」

 

背後まで高峰先輩迫っているが、意に介せず結城先輩の後ろに回る。

 

「消えたーーー!?」

 

「結城君っ、後ろだ!」

 

高峰先輩の声に反応する前に両手で結城先輩の両目を覆う。

 

「だーれだ?」

 

「なっ!?」

 

「……えっと、こんなもんでしょうか?香坂先輩もまだ何かあったりします?」

 

「……ここまでだな。結城君を抑えられた時点で私達の負けだ」

 

「……そうだな。九條、能力解いてもらるか?」

 

「あ、う、うん……今返すね?」

 

「あ、戻りました戻りました」

 

「ってことは、本気で見えてなかったのかよ……」

 

「舞夜ちゃんの視界が私に来ていたから、発動していたのは確かだよ……?」

 

「今回は私の勝ちってことですねっ!」

 

「完敗だよ……ったく、色々と考えてみたんだがなぁ……」

 

呆れるように首を振って降参する新海先輩。

 

「因みにですが、今回はどの様な計画で?」

 

「ああ……まず九重を止めるには希亜の力が必要だったが、その前に機動力を削ぎたいと思ってさ……」

 

「なるほど、それで二人のスティグマを見せつけるようにして来たと」

 

「九重なら真っ先に希亜を止めに来ると思ったから、逆に希亜を囮に使った。それを読んで高峰に一瞬だけでも足止めして貰ってる間に天を向かわせた」

 

「なるほどなるほど。私なら天ちゃんを手荒に出来ませんから時間が稼げると……?」

 

「悪いが、そうさせてもらった」

 

「いえいえ、見事に成功だと思いますよ?その通りですし」

 

中々に狡い方法ですが……いえ、感謝しないといけないですね!

 

「九條が狙われない様にして、視界を奪ってから希亜の力で動きを止める……そういう作戦だった」

 

「ふむふむ、概ね成功したというわけでしたか……」

 

ただ誤算だったのは……。

 

「一応、先輩の能力も使って成功するようにしたんだが……。まさか視界が奪われても変わらないとはなぁ……はぁ」

 

「え、みゃーこ先輩、ちゃんと視界奪ったんですよね?」

 

「う、うん。舞夜ちゃんは見えてなかったはずだよ?」

 

「ふむ……となると、目が見えていなくとも行動の制限にはならなかった……ということか」

 

「そこが私達の敗因ね。大丈夫という前提で動いてしまっていた……」

 

「いや、普通はうごけませんって……、香坂先輩もそう思いますよねっ?」

 

「え、えっと……、そ、そうです、ね……」

 

「ですが、私が想像していたよりもいい作戦だと思いますよ?特に私が結城先輩を狙いに行くと読んでいた辺りとか」

 

「こっちでの一撃必殺の切り札だからな。九重ならそう考えると思っただけさ。それに……」

 

「それに……?」

 

「……いや、他の枝の経験が活きただけって話だ」

 

「なるほどです」

 

話も一段落し、皆で縁側に座って落ち着く。

 

「そ、それにして、も……新海さんが言って、いた、意味が……り、理解できた、気がします……」

 

「ほんとだよねー……にぃにが舞夜ちゃんめっちゃ強いって言ってけど、正直半信半疑だったしさー」

 

「すごかったね、気が付いたら結城さんの目の前に居て驚いちゃった……」

 

「既に知っている私ですら一瞬反応が遅れた」

 

「ねぇ!ねぇ!あれどうやってんの?なんか……縮地っ!みたいに一瞬で動いていたじゃん?」

 

天ちゃんがワクワクした目で私を見てくる。くぁわわいいなぁ……!

 

「んー……どうやって……どうやって……うーん」

 

「ありゃ?もしかして言えないことだった?秘伝の~的な」

 

「あ、ううん。そんなことは無いよ?単純に説明することが無いな~って思ってね」

 

「説明することがない?」

 

「うん、単純結城先輩目掛けて早く走っているだけだから……天ちゃんが期待してるような武術的な技じゃないなぁって……」

 

「……まじで?」

 

「ごめんね?期待させちゃって……!」

 

ここで瞬歩とか縮地とかきちんとした技法を使ったのだったらカッコよく言えたんだけどなぁ……。

 

「つまり、ただただ走っただけ……ということなの?」

 

「そうなりますね」

 

「逆にそっちの方が驚きだわ……」

 

「単純な身体能力であれを……なんたる身のこなし」

 

「一応、実家にもきちんとした技やその他流派もありますが、私はそれらを殆ど学んでいないんですよね~」

 

「そだったのか?」

 

「はい、おじいちゃん達から教えてもらったもので、極々一部だけが使える程度です」

 

「へぇ~……なんか意外だな。実家でも強いって言ってたから、色んなのが出来るんかと思ってたわ」

 

「いやぁ……正直なことを言いますと、技とかを覚えるセンスがあまり無かったので……」

 

長年続いている九重家にはそれ相応にある。けど、私が使えるのはその1%にも満たない。そもそも体が小さいので出来る範囲も少ないし更に才能が無かった。

 

そのせいで外野から色々と言われた事もあったけどねー。未だにグチグチ言ってくる人も一定数存在している。

 

やれ『相応しくない』とか『血が穢れる』とか『どこぞの馬の骨が……』などなど。

 

まぁ、うん。正しい反応だと思うけどね。その度澪姉が殺気を向けるまでがテンプレだった。

 

「少し意外ね……割と卒なくこなしているイメージがある」

 

「私がですか?いや、全然ですよ?割とその場の勢いで生きていますし……他の人達の才能と比べるとポンコツと言っても過言ではないので」

 

やはり遺伝的な才能なんだろうか?九重家の人達って殆どが向いているし……。だからこそ出来ない人が浮いて見えるんだろうなぁ……。

 

「まぁ、私の場合は環境が恵まれていたのですくすくと育つことが出来た感じでしょうか……?」

 

おじいちゃんを始め、壮六さんや澪姉、ハットリさんなど九重家でも上澄みの人達から直々教えてもらっている。それで鍛えられない方がおかしいレベル。

 

「ほぉー……そんな感じだったのか」

 

「そんな感じでしたねー。ところで、そろそろ夕方ですが、今日はこの辺りにしておきますか?」

 

「あー……そんな時間か」

 

「あたしはまだ平気かなー?」

 

「私も遅くなければ平気だよ」

 

「わ、私も、遅くなければ……大丈夫です。むしろ、泊まっても喜ばれると、思います」

 

「私も連絡すれば融通は利くと思うから気にしないで」

 

「高峰は?」

 

「私も……と言いたいところだが、日が暮れ始めたら帰るとしよう。することがあるのでな」

 

「おっけ。長いするのも悪いし、今日は日が暮れてきたら解散しておくか」

 

「残りたい人で居るのでしたら私としては全然大丈夫ですので、何時でも言って下さい!あっ、泊まっていただいても……ですよ?」

 

「やけに推すな、それ」

 

「その位歓迎しているので気になさらずに、ってことですよ。ま、帰りたいときに言って下さいね?送迎出しますので」

 

「いや、行きも帰りもは申し訳ないだろ」

 

「いえいえ、街から少し離れていますし……九重家としても客人を徒歩で帰らせる訳にはいきませんから」

 

「なので、皆さんはこちらの都合に付き合っていただいているだけなので遠慮しないでもらえると助かります」

 

「なんだかややこいね。お金持ちの家ってさ」

 

「客人を送りもしないのか……!?って周りから見られると、家の格が疑われたりするからねー……。例え無くても私としては送るけど」

 

「みゃーこ先輩もそんな感じのってあるの?」

 

「んー……そうだね。そういったことをおじいさまや親戚の集まりで聞いた事はあるね」

 

「あるあるだった……」

 

それから部屋に戻り、皆でアーティファクトの使い方や役割などの話し合いをしていると、高峰先輩が帰ることになったのでとりあえず解散となった。

 

 

 

 

 

次の日も似た感じでレナは修練場へ行き、皆でアーティファクトでの対決をした。

 

二回目という事もあり、皆積極的な感じで攻めて来たのは良いんだけど……今回作戦を立案したのが天ちゃんだった。

 

その内容が……昨日で私があまり手荒に攻められないという点を突いて九條先輩と香坂先輩と天ちゃんで物理的に私の動きを止めにかかるという素晴らしいごほうb……いや、卑劣な手段を用いて来た。

 

しかも言葉でお願いまでしてきたのだ……!そんなことされたら……聞くに決まっているじゃないですかっ!?甘えた感じで『お願い?』とか言われて思わず『あ、はい……』って返しちゃったよっ!

 

それを見て新海先輩が呆れすぎて攻めの手を止めてしまったのは余談としておこう。

 

私に取り付いた天ちゃんが九條先輩に『今だ!みゃーこ先輩っ!なでなでしてしまえっ!』と言って九條先輩が私の頭を撫でて来た時は負けを確信しちゃったよ、全く……。

 

極めつけは抱えるように胸に顔を沈めさせて『ごめんね?大人しくしてくれると……嬉しいな』って真横で申し訳なさそうに言われたので、落ちましたとも。ええ。

 

とまぁ、アーティファクトも使わずに無様に負けてしまった。後悔は無いけどねっ!

 

だけど、結城先輩と新海先輩からはアーティファクトと関係がないから経験にならないだろうとご指摘があったのでノーカンになってしまった。高峰先輩は終始それを楽しそうに見ていた。

 

そんなこんなの出来事もあって部屋に戻り、皆で楽しく作戦会議兼雑談をしていると、家の前に人の気配がした。

 

ピンポーン。

 

「ん?チャイムか?」

 

「……誰か来たみたいですね。ちょっと、私が出てきますので皆さんはそのまま寛いでいて下さい」

 

誰かが訪ねてくる予定も無いし聞いてもいない。

 

「誰だろ……」

 

ここには先輩達が居るので実家の人が訪ねてくる可能性は低い……けど、気配や足音は九重家の人と思われる。

 

「はーい、今開けます」

 

ちょっと警戒心を出しつつも玄関の扉を開ける。

 

「……や」

 

そこには、気だるそうな声と目をして立っている女性が居た。

 

「え?璃玖(りく)さん!?えっと……久しぶり?」

 

「ん、久しぶり……これ、差し入れ」

 

手に持っている袋を渡して来る。

 

「これは……?」

 

「多分、ケーキとお菓子。九重のおじい様が、舞夜ちゃんにって」

 

「おじいちゃんの差し入れ?」

 

袋を受け取り、中身を見る。ケーキの細長い箱と、有名店のお菓子のロゴが入っている箱があった。

 

「わざわざありがとございます。それで……どうして璃玖さんが?」

 

「あー……私なら、安全だってさ。めんどいけど、久々にまやまやの顔も見たかったし」

 

相変わらず覇気の無い声で単調に告げる。

 

「まぁ……それはそうかもだけど……」

 

「それと、家の人達の思惑も……あると思うから」

 

一ノ瀬(いちのせ)家……か」

 

「大事な時にごめん。元気にしてた?」

 

「ううん、璃玖さん個人は関係ないからね。あ、超元気してるよ?」

 

「なら、よかった。それじゃあ私は帰ろうかな」

 

「ありゃ?もう帰る?」

 

「うん。長居すると、まやまやに迷惑だし……手伝わされるのもダルいから」

 

「あはは……それなら修練場へ顔出すのは止めといた方が良いかも」

 

「気配がしたから近寄ってない。実家に長居すると、運動に巻き込まれるから早く逃げる」

 

「流石ブレないなー……。もし実家来て面倒だったら、ここに来ても大丈夫だから」

 

「……いいの?」

 

「うん。璃玖さんが大丈夫って分かってるから。二階の部屋とかでてきとうに時間潰して」

 

「……ありがと。流石まやまや、私のことを分かってる」

 

「ふふ、それを含めて璃玖さんのこと許可したからね~」

 

「それじゃ、何かあった時はお邪魔する」

 

「了解ですです。あ、これ届けてくれありがとです」

 

「このくらいは動かないとね~」

 

やる気無さそうに手を私に振って帰っていく。

 

「ん~……まさか璃玖さんが実家に来ているとは……」

 

玄関を閉めてふと思う。普段自分の部屋や家から出たがらない人なのに……。

 

「多分、無理やり連れだしたのかなぁ?」

 

実家に居ても居心地悪いだろし、おじいちゃん達が気を利かせてこれを渡したんだろう。そうすることで私と縁を繋いでいるってアピールも出来るから、一ノ瀬家も連れて来た意味があったと思ってくれる思惑が動いてそう。

 

「……ううん、今は関係ないね」

 

今の優先順位はアーティファクト関連だ。実家のしがらみは私には関係ない。その為におじいちゃん達に整えて貰ってるのだから。

 

「みなさーん!ケーキとお菓子の差し入れが来ましたー!」

 

思考を切り替えて和室の部屋でくつろいでいる皆の場所に戻る。

 

「おおっ!差し入れ?やったーー!」

 

「人数分のケーキと……良い所のお菓子ですね!食器とお茶を出しますのでおやつにしましょう!」

 

「あ、私手伝うよ?」

 

「では、お願いします!少々お待ち下さいね~」

 

「ありがとな」

 

「ありがたく頂くわ」

 

「フ、私も食器を出すのを手伝おう」

 

「け、け、けーき……!皆で……っ、あ、ありがとう、ございます……!」

 

「いえいえ、是非とも楽しんでください!」

 

 

 





次回辺りでお泊まり会をする予定です。

名簿

一ノ瀬 璃玖(いちのせ りく)

大学二年
一ノ瀬家の長女。生来の性格で無気力で割と引きこもりがちなダウナー系女子。
九重の一族の中でもトップレベルの天賦の才があるが、本人の性格のせいで半分も活かせてないしやる気の波が激しい。
戦闘中の勘が異常に鋭く、殺気や気配を掴むのが化け物染みており、これだけでも一族の中でもぶっちぎって一位。
生まれつき結膜以外の部分が黒く、小さい頃に揶揄われたことがあって若干気にしている。

実は、彼女自身が九重家の歴史における遺伝子の特異点に当たる……が、本人が全くやる気のない性格なので埋もれている。
幼い頃からその才能を開花させるために厳しく育てられていたが、主人公の存在が露わになってからその動きが緩和されたことで、割と主人公に感謝している。
一ノ瀬家と九重家のしがらみを疎ましく思っているので九重家に訪れるのを極力避けている。



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第18話:お泊まり会ぃぃいいいいっ!!!


お泊まり会の前話とかです。

最後辺りで翔視点へ変わります。




 

「遂にやってきました!第一回お泊まり会with九重家っ!!!」

 

全員が揃って和室で座っている中、両手を広げて堂々と宣言する。

 

「イエ~イ!」

 

「パチパチパチ~」

 

「遂に来たか……この日が……!」

 

ここを使ってから数日が経ち、ゴールデンウイークも中日が来た今日、全員の予定が合ったのでお泊まりを決行した。

 

「今日はただただ楽しみましょう!夜には皆で夕食を作りましょう!」

 

「おおっ、いいね!因みに何作んの~?」

 

「ふっふー、本日のメニューはカレーです!誰でも食べれると思って九條先輩と決めましたっ!」

 

「ほぅ……カレーか……素晴らしい……」

 

「無難で悪くないチョイスだな」

 

「舞夜ちゃんと一緒に買い出しもしてきているよ」

 

「イエスッ!お買い物デートをしてきましたっ」

 

「既に準備済みってか……」

 

「すみません、ちょっと楽しみ過ぎて先走りしていました」

 

「舞夜ちゃんすっごく楽しみにしながら買い物してたんだよ?ふふ」

 

「まぁ、グルチャでめっちゃ伝わってきてたもんねー……」

 

時刻は夕方前なので、夜までまだ時間はある。基本的にそれまでは自由に過ごしてどうぞって感じにはなっている。

 

「一応、トランプとかのカードゲームや将棋やチェスとかのボードゲームもありますよー?」

 

近くの引き出しから新品のゲーム達を取り出して置く。この日の為に買って来ていた。

 

「チェス……フフフ」

 

「……チェス」

 

高峰先輩と結城先輩はチェスに反応を示す。似た者同士だなぁ……。

 

取り敢えずチェスを高峰先輩に渡す。

 

「やりたそうなのでどうぞこれを。結城先輩なら嗜んでいると思いますよ?」

 

「有難く受け取ろう。……して、結城君?」

 

「当然の嗜みね」

 

「流石だ。ルールは?」

 

「普通ので行きましょう」

 

「よかろう。九重君、トスを頼む」

 

「え、あ、はい。行きますねー?」

 

コインを打ち上げて手の甲で受け止める。結果としては高峰先輩が先行だった。

 

「こちらが先行だ。色の選択権はそちらに譲ろうじゃないか」

 

「当然、黒ね」

 

「フフフ……なら私は白で行かせてもらおう」

 

チェスはちょっとしかルールは分からないが、何だか真剣そうな空気なのでそのまま置いておく。

 

「えっと、あたし達はトランプでもしときますか?」

 

「……だな、俺は何でも大丈夫だから、もし他にやりたいのあればそれを」

 

「ううん、私は大丈夫だよ」

 

「わ、私も、それで……大丈夫です」

 

大丈夫だと言った香坂先輩だが、少しチェスの対戦にも意識が向いている。……二人が落ち着いたタイミングで交代出来ないか聞いてみようかな?

 

そんな感じで各々楽しむことになった。

 

 

 

 

 

 

「~~~」

 

「あったっ!!」

 

天ちゃんが、畳に並べられているカードの中の一枚に素早く手を置く。

 

「これでやっと四枚目っ」

 

嬉しそうにガッツポーズをとる。

 

トランプで一通り遊び、他に無いかと漁っていると、かるたが出て来た。しかもことわざかるた。皆で懐かしいと話していた流れでそのままやることになった。

 

今は天ちゃん対九條先輩である。戦績は天ちゃんが四枚、九條先輩が七枚である。十枚先取にしているのであと三枚で九條先輩の勝ちになる。

 

「それじゃあ、次行くね?」

 

読み上げは私がさせてもらっている。

 

「~~~」

 

「あっ」

 

九條先輩が上の句を読み上げた時点でカードを取る。今回は天ちゃん側に正解があったが取られてしまう。

 

「うわぁ~近かったのにぃ~……しかもあと二枚じゃん!」

 

「おい天、もうちょっと頑張れよな」

 

「うるさいやい、私とみゃーこ先輩じゃ頭の出来が違うんですー」

 

「そ、そんなことないと思うよ……?」

 

「自分でそれを言うのか……」

 

ま、確かに知っているかどうかの差は大きいと思う。けど、なるべく公平にするために、開始前に全ての組み合わせの説明と解説はしてある。

 

「くっそー……逆転しないとぉ……」

 

「あー……次行くね?」

 

これは九條先輩の勝ちかな?と思いながら次のを読み上げる。

 

「~~~」

 

「あっ!」

 

上の句を読み終えるより前に天ちゃんが声を上げる。

 

「えっ!?」

 

その速さに九條先輩が慌てるように反応する。

 

天ちゃんの手が素早く伸びる……が、カードに手が付く直前に動きを止めて再び探し始める。

 

「……え?……あれ?」

 

それを見て九條先輩が困惑している。

 

「もらいっ!」

 

その隙に正解のカードを勝ち取る。

 

「やったー大成功!」

 

「こっすい事してんなぁ……」

 

「なんだよぉ、作戦勝ちでしょうが!」

 

「作戦……?」

 

未だに首を傾げている九條先輩。

 

「えっと、読み上げ役として私が解説しますと……、九條先輩が見つけるよりもかなり早い段階で天ちゃんが声を上げたじゃないですか?」

 

「うん、すぐに見つけられたと思って焦っちゃった」

 

「それが、天ちゃんの作戦なのですよ。声を上げることで先に見つけられたという考えを与えて慌てさせる……すると、余裕が無くなるので正解のカードを探す思考が鈍る。そんな感じです」

 

「わが妹ながら情けなくてすまん」

 

「いいじゃん!思いついたから試してみただけ!」

 

「あ、ううん。天ちゃんのも立派な作戦ってことだよね?それならインチキじゃないから私は気にしないよ?」

 

「ほら~!みゃーこ先輩もこう言ってるよ?」

 

「人の善意につけ込むとは……ま、九條がそう言うならいいさ」

 

「次、行きますね?」

 

それからも攻防が進み、天ちゃんが六枚、九條先輩が九枚まで来た。あと一枚で負けとなる天ちゃんは若干焦っているが、全体の枚数も減って来ているのでまだ可能性はある。

 

……と、思っていたが、結果としてはこれがラストとなった。

 

「あ~ちくしょー……負けたぁ……」

 

「ふふ、天ちゃんの作戦を真似させてもらいました」

 

「因果応報だな」

 

「自業自得ですねぇ……」

 

最後の一戦、焦っている天ちゃんを見ていた九條先輩が、天ちゃんと同じ様に読み上げている最中に小さく『……あっ』と声をあげて手を伸ばした。

 

それに釣られて視線を一か所に固めてしまった天ちゃん……だが、正解は九條先輩側にあった。

 

しかも、中々性格が悪い戦法だと思うのが、最後の方は天ちゃん側の枚数が少なく、九條先輩側が多かった。九條先輩は天ちゃん側の下の句を全部記憶しており、無いと分かりながらもそちらに手を伸ばし、天ちゃんの思考と視線を手元に留めた。

 

「……純粋だったみゃーこ先輩が悪に手を染めてしまった……」

 

「え、ダメだった……かな?」

 

「んなこと無いから」

 

「いい作戦だったと思います」

 

「えっと、うん、ありがとね」

 

「策士、策に溺れる……がくっ」

 

ちょーっと違う様な気もするけど、可愛いからよしっ!

 

敗者の天ちゃんを慰めながらも九條先輩の勝利で終わる。

 

「次、どうします?新海先輩と香坂先輩いきますか?」

 

「俺は構わないけど……先輩、大丈夫です?」

 

「あ、え……えっと、ごめんなさい。こういった記憶するの、あまり得意じゃなくて……譲ります」

 

「それじゃあ、残った私がやりますか」

 

「九重かー……なんかこういうの得意そうだな」

 

「変な偏見ですねぇ……因みにですが、天ちゃんと同じくらいですよ?あまり興味無いので教養レベルでしか覚えてません」

 

「それなら……まだ勝ち目はあるって感じか」

 

「ではでは、香坂先輩、読み上げるのをお願いしても良いですか?」

 

「わ、わたしが……でしょうか?」

 

「はいっ、あ、もしやりにくいのでしたらもう一人の先輩に変わって読んで貰っても良いですよ?あちらの先輩も結構好きなので!」

 

「もう一人の、私で……?」

 

「あの口調と声で読んで貰えるって、結構良い感じな気がしますのでっ」

 

女王様トーンで読み上げて欲しい……!

 

「おい、九重、若干趣味に走ってないか?」

 

「まっさか~、気のせいですよ?」

 

「あ、いえ、私は大丈夫なので……ちょっと待ってください」

 

一度目を閉じる。

 

「お待たせしました」

 

「あの~先輩?無理して応えなくていいんすよ?無視しても大丈夫なので……」

 

「いえ、こちらのわたくしにも好きと言ってもらえて嬉しいですわ。なので、お気になさらず」

 

「あ、そすか」

 

「おぉ……じゃあ、香坂先輩っ、お願いします!」

 

私からカードの束を受け取り、軽くシャッフルを始める。

 

少し慣れない手付きでシャッフルを……あっ、落とした。

 

何事もなかったかのように拾ってシャッフルを続けた……。

 

「それでは、いきます」

 

準備が整ったので新海先輩と向き合う。

 

「良薬はーーー」

 

おお……やっぱり私の想像通り良い声だなぁ……。

 

「もらったっ!」

 

私が香坂先輩の美声に酔いしれていると、一枚を取られる。

 

「あ、取られましたね」

 

「二枚目、行きますね?」

 

「どうぞどうぞ~」

 

出来れば上の句が長いのをお願いしますっ!

 

「塵も積もればーーー」

 

ーーー山となる。ふむ、ヒロインで一番大きい山だしね。先輩、幾つあるんだっけ……?確実に80台は越えてるし……あれ?90丁度だったっけ?

 

「これっ!」

 

私が香坂先輩の胸部に夢中になっている間に二枚目も取られる。

 

「ありゃ、お早い」

 

「九重……今、よそ見してなかったか?」

 

「えっ?勝負中にそんなことするわけないじゃないですか~……あはは」

 

「いや、全然動かなかったからさ」

 

「ただただ見つけられていないだけですよ?」

 

「ほんとに得意じゃないのか」

 

「得意ではありませんね」

 

まぁ、それどころじゃないんですが。

 

「次、行きます」

 

「は~いっ」

 

そんな感じで勝負は続き、戦績が私二枚、先輩が九枚まで来た。

 

「いやぁ~……ここまで来ちゃいましたねぇ」

 

因みにだが、私の二枚は先輩がお手付きで自爆したのでゆっくりと取れた二枚である。

 

「これはにぃにの勝ちだねー」

 

「ここから逆転は、厳しいね……」

 

「それなら、ここから華麗なる逆転劇をお見せいたしましょうっ!」

 

「……やっと真面目にやる気になったか?」

 

「まるで私がてきとうに相手していたかのような言い方ですね」

 

「ここまで来ても全く焦って無いからな。端から勝つ気が無いのか、この状態を待っていたかのどっちかだろ?」

 

「……ふふふ、さぁ?どっちでしょう?」

 

「次、読み上げますね」

 

「はーい」

 

「………」

 

最後の勝負と言わんばかりに、新海先輩が今まで以上に集中する。

 

「雨降ってーーー」

 

「っ!!」

 

答えが分かった先輩が素早く手を伸ばすーーーが、カードに触れる前に正解のカードを掠め取る。

 

「なっーーー!?」

 

直前までそこにあったはずの場所に手を付ける。しかし、既にカードは無くなっていた。

 

「……先輩が求めているカードはぁ、これですか……?」

 

正解のカードを見せびらかす様にヒラヒラと動かす。

 

「くっ……!勝ったと思ったのにっ」

 

「人間、自分が勝ったと思った瞬間こそ、一番隙が生まれる生き物なのです……これ、テストに出ますよ?」

 

「……ありがたく聞いておくさ」

 

「次ですね」

 

「火中のーーー」

 

「ほいっ」

 

新海先輩が動き出すよりも先にカードを抑える。

 

「……っ」

 

「四枚目、ですね?」

 

これで四枚目。

 

「人の振りみーーー」

 

「よっ」

 

確実にこれと分かる所まで聞いてから五枚目を取る。

 

「……まじかよ」

 

「人から始まるのって何枚かあるので迷ってしまいました……えへへ」

 

「先輩、次……行きましょうか?」

 

その後、新海先輩に一枚も取らせることなく無事に十枚を取って終わる。

 

「……八連続って、にぃに完全に遊ばれてたんじゃ……?」

 

「うっせ、わかってたよ……はぁ」

 

「中々……接戦でしたね……!先輩っ!」

 

「どこがだっ!勝とうと思えば何時でも勝てたのに遊びやがって」

 

「いえ、これにはちゃんと理由があるのですよ」

 

「理由?」

 

「はい、可能な限り……一番長く香坂先輩の読み上げをする声を聞きたかったという大事な訳が……!」

 

「あら?わたくしの声を?」

 

「はいっ!そのためにお願いしましたのでっ!」

 

「あら、あらあらあら」

 

嬉しそうにニコニコしている。どうやら嬉しくてあらあらbotになってしまわれた様だ。

 

「私の勝利ということで、九條先輩とですか?それとも天ちゃん?」

 

「いや、あんなのに勝てないっしょ。いや待てよ、みゃーこ先輩ので視界を奪えばいけるか……?」

 

「それは流石に、舞夜ちゃんがかわいそうじゃないかな……?」

 

 

 

 

 

 

それから他のゲームや人を変えたりして遊び、日も暮れたので夕食を作る事になった。

 

ここは女子陣だけで楽しむ為に、先輩達二人には部屋でおとなしく待機を言い渡した。

 

「九條さん、野菜の方は切り終えたわ」

 

「わ、私の方も、終わりました」

 

「ありがとうございます。こちらでもらいますね」

 

「炊飯器のスイッチもオッケー」

 

「それじゃあ肉と一緒に炒めますか」

 

「そうだね、この調子だと少し時間が余りそうだし……んー、明日のお味噌汁も先に作っちゃおっか」

 

「イエッサー。喜んで手伝いますっ」

 

空いている方のコンロに水を淹れた鍋を置き、冷蔵庫から豆腐や味噌などの材料を取り出す。

 

「材料適当に切っておきますねー?」

 

「うん、お願い」

 

カレーの面倒を見ている九條先輩の許可を貰って始める。

 

「天ちゃん天ちゃん」

 

「んー?どしたの」

 

「今から曲芸するから見てて見てて」

 

「おっ?何をすんだい?」

 

豆腐をパックから取り出して手の平に乗せる。

 

「今からこれを一瞬で切ってしんぜよ」

 

包丁を右手を持つ。

 

「って、危なくない?」

 

「大丈夫大丈夫。いくよー?はいっ!」

 

自分の手を切らない様に気を付けながら高速で豆腐を良い感じの四角に切り分ける。

 

「これが……」

 

手を斜めに傾け、鍋へ投入する。切られた豆腐がボトボトと中へ落ちていく。

 

「うおぉ……かっけぇー……めっちゃはえぇ……」

 

「どやぁ……」

 

包丁を持ったまま腰に手を当ててどや顔を決める。

 

「危ないから変な真似は控えて」

 

「はーい」

 

結城先輩に注意され大人しく作業を進める。

 

「天ちゃん、味噌入れて貰っていいー?」

 

「おうおう、任せなされ」

 

突っ込んだ具材に火が通ったので、火を弱めてから味噌を入れ始める。

 

「これってさ、どんぐらい入れれば良いの?」

 

「どうだろ?私は良い感じの味になったら入れるの止めてたけど……ここは分量通りでいこっか」

 

「りょーかい」

 

「あとで九條先輩の味見で評価してもらおう」

 

「だね」

 

取り敢えず味噌汁の方は適当に完成しそうなのでカレーの方を見てみる。

 

こちらもルウを入れ終え、残りは煮込む程度だった。

 

「おぉー……そちらも終わりそうですね」

 

「そうだね、あと五分くらいで完成かな?」

 

「何か仕上げに隠し味とか入れたりは……?」

 

「んー、特に考えてなかったなぁ」

 

「ほら、チョコレートとかコーヒーとかヨーグルトとかハチミツとかとか」

 

「そ、そんなに沢山は難しいかなぁ?」

 

「隠し味が隠せなくなっている」

 

「だね、全部入れちゃ主張が激しすぎるってもんよ」

 

「そ、そう、そうですね……」

 

「えー、全部カレーと良い感じに入れたら調和とかしたりしないですかぁ?ほらっ!九條先輩の腕でなんとかっ」

 

「わ、私の……。そこまでやったことないから出来そうにない、かな?ごめんね?」

 

「あ、いえいえ冗談ですのでお気になさらず~」

 

うん、やっぱりそうだよね。全部……しかも全力投入は異常だよね。

 

チラッと香坂先輩を見るが、『へぇ~……』と言った感じの表情をしていた。

 

それから特に事件は起きずにカレーは完成し、適当にサラダを追加で作った。

 

「あっ、カレーに目玉焼き乗せたい人とかいますか?私今から焼こうかと考えていますが……?」

 

「まじか、ついでにあたしのも頼んだっ!」

 

「なら俺も」

 

「私のも目玉焼きを頼む」

 

「了解ですです」

 

ついでに言った人数分の卵を取り出して作る。明日の朝食分の卵の分はあるし問題は無さそう。

 

「んじゃ、皆揃ったし……いただきますっ」

 

全員で食への感謝として手を合わせ、夕食へ移った。

 

 

 

 

 

 

「ぷはぁー。風呂上りの一杯は最高ですなぁ!」

 

「ですなぁー……」

 

「二人とも、行儀が悪い……」

 

「でも、ついつい言いたくなる気持ちは分かっちゃうな~」

 

女性陣最後の私の風呂が終わり、次は男性陣へ開け渡した。

 

「最後の新海先輩が上がったら部屋へ案内しますね~」

 

「寝る所はベット?」

 

「ベットがある部屋と和室に布団敷いてある部屋の両方あるから好きな部屋選んで大丈夫だよ?」

 

「至れり尽くせりだなぁ……」

 

「お客様のニーズにお応え出来るよう誠心誠意を込めてますからっ!どっちも二部屋ずつあるから男女分ける事も可能です」

 

「おいおい最高かよ……」

 

「ベットの部屋は一部屋にセミダブルが二つなので、まぁ大丈夫でしょう」

 

「充分過ぎる」

 

「こんな、旅館みたいな家で……二階には、ホテルみたいな部屋が……っ」

 

外泊する機会があまり無かったからだろうか、九條先輩除いて皆少しワクワクしているご様子。特に香坂先輩。

 

「九重君、私と新海翔は一緒の部屋で寝た方が良いかな?」

 

女子とお泊まり……とまでは行かないが、お風呂上がりで少しラフな格好をしている女性陣が居るので若干距離を置いている高峰先輩が声をかけてくる。

 

「いえ、自由に選んで貰って大丈夫ですよ?例え和室とベットで一人ずつでも大丈夫ですので」

 

「フ、そうか。私は和室を希望したいが……彼次第だな」

 

「先輩はベットを選びそうですが……その時はその時で好みで寝ちゃってください」

 

「もてなし感謝する」

 

「このくらい大したことじゃないですので~。じゃあ、高峰先輩は和室ですね?この後案内します」

 

「ああ、よろしく頼むよ」

 

高峰先輩は和室っと……多分新海先輩はベットを選びそうだなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではではっ、ごゆっくりお楽しみ下さいね!」

 

「こんな良い部屋を一人で使ってすまん」

 

「いえっ!数は足りているので遠慮せずお使いください!」

 

申し訳なく謝る俺に、特に気にしていない様に九重が返事をする。

 

「一応、高峰先輩が正面の和室で、奥の先輩側の洋式に天ちゃんと九條先輩。反対の和式に結城先輩と香坂先輩が居ますので、用があれば訪ねて下さいね?」

 

「九重はどっちで寝るんだ?」

 

「ふふふ、私はどっちにもお邪魔します!……ま、最終的には洋式に行きますが」

 

「了解。何かあったらお邪魔させてもらうよ」

 

「は~い。あっ、先輩先輩」

 

何かを思い出したかの様に顔を近づけてくる。

 

「ん?どうした」

 

内緒話かと耳を近づける。

 

「……一応、どの部屋も防音設備は万全なので、多少の音は外に漏れませんよ?」

 

「っ!?」

 

九重の意図に気付き、顔を離す。言った本人は揶揄うように笑っている。

 

「お、お前……」

 

「寝不足にならない様にだけ気を付けて下さいねっ?」

 

面白い物が見れて満足したのか、速足で去って行く。

 

「……はぁ」

 

揶揄われていたのは分かる。顔が熱い……。

 

「家主側が催促してどうすんだよ……全く」

 

顔の火照りを誤魔化す様にベットに寝転がる。一人で寝るには充分過ぎる大きさだ。

 

「なんか……すげぇ贅沢してる気分だ……」

 

九重の厚意で使わせて貰っているが……普通に泊まるなら一泊幾らぐらいなんだろう?家を丸ごと借りている様なもんだしな。

 

設備も充実していて、皆で集まるには持ってこいなのは分かる。なんなら住めるレベルだ。

 

「九重の、実家の力……か」

 

実家でもかなり発言出来る立場とかは聞いてはいるけど……それだけなんだろうか?当主のおじいさんが師匠で、許可は貰っているのは知っているが……。

 

「一部、アーティファクトの事を教えていて、協力もして貰っているしなぁ」

 

毎日レナの練習にも色んな人達が協力してくれている。情報を共有はしているが……全員が人間を辞めている様な動きだった。

 

「ほんと、至れり尽くせりで申し訳ねぇ……」

 

イーリスと戦う時の為にこうやって鍛えてはいるが、それが何時になるかさっぱり分からない。完全に受け身の姿勢になっている。

 

「どっかのタイミングで……ソフィとも、はなしておかないと、なぁ……」

 

ベットに横になっていたせいで睡魔が襲って来る。

 

一気にきたなぁ……と思っている内に、どんどん意識が遠ざかって行った。

 

 

 

コンコン。

 

「ーーーっんぁ?」

 

部屋をノックされる音に目を覚ます。

 

「やべぇ、少し落ちてたわ……。はーい」

 

ベットから起き上がり、スマホを見る。どうやら30分近く寝ていたらしい。

 

立ち上がって部屋のドアを開ける。

 

「……希亜?」

 

「……入っても、良い?」

 

そこには、寝間着姿の恋人が顔を上げて、こちらを見つめていた。

 

 

 





お泊まり会、夜遅く、一人で寝る彼氏の部屋へ訪れる彼女……何も起きないはずもなく……。

次回っ、夜の密会っ!



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第19話:こうして、第一回お泊まり会は無事に幕を閉じたのであった……


後編です。




 

「……入っても、良い?」

 

夜も深まって来た中、希亜が部屋に訪ねて来た。

 

「あ、ああ……大丈夫だが」

 

このまま立っているのもおかしいので、取り敢えず部屋へ招く。

 

「どうかしたのか……?」

 

「特に用事があって来たわけじゃない……ないけど」

 

「ないけど?」

 

「何となく一緒に居たかっただけ」

 

「そ、そっか……」

 

その一言にドキリと心臓が跳ねる。座る場所がベットしか無いので隣り合わせでお互いに腰を下ろす。すると、ぎしりと音が鳴る。

 

「……もしかして、さっきまで寝てた?」

 

「ん?ああ、ちょっと寝落ちしていたらしい」

 

「ごめん、寝ていたのに起こして」

 

「いや、寝るつもりが無かったのに寝てたから助かった」

 

「ならよかった」

 

「むこうは大丈夫なのか?ほら、先輩とか皆は……?」

 

「春風ならもう寝てる。天と九條さんと舞夜は部屋でまだ起きていると思うけど」

 

「そ、そうか……高峰は?」

 

「……さぁ?部屋の電気は点いている感じだったけど」

 

恋人と同じ空間で二人きりという状況に緊張する。

 

何を話せば良いのか考えている内に、沈黙が訪れる。

 

「……和室もそうだけど、こっちも良い部屋」

 

「一人で使うには贅沢だよな……そっちはどんなだったんだ?」

 

「こっちも似たような感じだった。部屋の端に小さなテーブルと、掛け軸があった」

 

「掛け軸……」

 

「捲ってみたら、一階の和室の部屋と似たような物があった」

 

「マジかよ……全部の掛け軸の裏にあるんじゃないだろうな……」

 

「舞夜に聞いてみたけど、他にも色々とあるみたい」

 

「カラクリ屋敷かよ……」

 

「春風がそれを聞いてあちこち触っていたわ」

 

「危なくないか?何か飛び出してきたりしそうもんだが」

 

「面白そうだから私も一緒に探してみていたら、脱出口らしき道なら発見出来た」

 

嬉しそうに報告してくる希亜。脱出口って……何を想定しているんだが。

 

「それ、九重に怒られないか?」

 

「おめでとうって拍手していたけど?」

 

「あ~……なんか想像出来るわぁ」

 

逆に見つけれる物なら見つけて見ろって言いそうだわ。

 

「あとは、テーブル裏に何か仕込みそうな窪みと、タンスの中から屋根裏を伝って移動するような道があった」

 

「忍者かよ……」

 

あいつは一体何を目指してるんだ……。

 

「その後はしゃぎすぎて疲れた春風が横になったと思ったら……」

 

「すぐに寝たって訳か」

 

「そう。だからここに来た」

 

「九條や天の方には行かなかったのか?」

 

「そうしようかとも思ったのだけれど、舞夜が部屋から出る際に……」

 

「出る際に?」

 

「……天や九條さんが翔の部屋を訪ねない様に引き留めるって言うのと、その、二階の部屋は全部屋防音だから、多少騒いでも音の心配は、無いって……」

 

恥ずかしいのか、徐々に声が小さくなっている。いや、俺も滅茶苦茶はずいんだが。

 

「……なる、ほどなぁ」

 

つまり、希亜にも俺と同じ様な事を言っていたってわけか。

 

「実はな、俺も九重に同じことを言われた……」

 

「翔も?」

 

「ああ、防音はしっかりしているってさ」

 

「……と、いうことは、つまり……」

 

「誘導されたって事だな」

 

「気を遣った……でいいのかな?」

 

「変な気を、な……」

 

このままだと、まんまと九重の思惑に嵌まってしまいそうだ。

 

「そ、そういえば……さっ」

 

「な、なに……?」

 

「前に、三人でアーティファクトを回収する為にビルに行った時があるだろ?」

 

謎の空気が漂いそうなので咄嗟に思いついた事を聞いてみる。

 

「……ええ、あの時ね」

 

「あの帰りに、二人で何か話していたみたいだけど……どんなことを話していたんだ?」

 

「……そうね、翔はどう思っていたか分からないけど、あの日の彼女の姿を見て、私は疑っていたの」

 

「疑っていた……?」

 

「私達からすればありえない、非日常的な出来事……色々と驚いたし、恐怖も感じた。けれど、彼女にそんな表情は一切見えなかった」

 

「……確かにな」

 

「相手は大人、それに、武器も持っていた。それを何事も無かったかのように制圧し、普段と変わらない声で私達の所へ戻って来た」

 

「その後も、普段通りに歩いている姿を見て、あなたの友人と同じものを感じた」

 

「彼女は一体何者なのか……。聞かずにはいられなかった」

 

「……それで、どうだったんだ?」

 

今もこうして……変わらず仲間として過ごしている時点で、答えは分かっているけどな。

 

「詳しくは分からなかったわ。けれど、彼女も彼女なりの正義を持って生きている……そういう風に見えた」

 

「……翔は、これを知っていたのでしょ?」

 

確信を持った瞳で俺を見る。

 

「……なんとなく、だけどな。流石に拳銃とかも平気で扱えるとは思って無かったけど」

 

「それでも、翔があの子に対する態度は変わらなかった」

 

「まぁ、そうだな。他の枝で沢山助けられてきたからな……」

 

「その話、詳しく聞いてもいい……?」

 

「九重のをか?」

 

「うん、翔が知っている様に、私も知っておきたい」

 

「……分かった」

 

真剣な表情をしている希亜に、他の枝での出来事を簡単に話す。天を助けてくれたこと、与一と戦う為に手を貸してくれたこと、イーリスとの戦いで誰よりも戦ったことを。

 

「他にも細かいとこ色々とあるけど……鮮明に覚えてるのはこれくらいだな」

 

「……話してくれてありがと」

 

俺の話が終わると、考えるように目を閉じる。

 

「翔は、彼女のことを信じているのね」

 

「ああ。希亜は違うのか?」

 

「そうね。昔の私ならそうだったかもしれない……けれど、今は同じヴァルハラ・ソサイエティの仲間として彼女のことを信じている。翔の話を聞いて、それが確固たる物に変わっただけ」

 

「なら……大丈夫だな」

 

「"自分のことは信じられなくても、翔のことを信じて、信頼して下さい"……ね」

 

希亜が小さく呟き、フッ……と笑う。

 

「ん?なに?」

 

「いえ、彼女のお願いを、聞き入れることは出来そうにも無いと思っただけ」

 

「そうか?」

 

何やら二人の間で交わされたのがあるみたいだが、希亜の表情を見れば問題は無さそうだ。

 

「そう、だから気にしないで」

 

「了解」

 

真面目な話が一段落し、またも沈黙が訪れる。

 

「……翔は、この後はもう寝る?」

 

「へ?あ、ああっ、そのつもりだが……まだ話したいんだったら別に大丈夫だ」

 

「……それなら、私も一緒に、寝ようかな?」

 

「へっ!?!」

 

突然の言葉に隣に座っている恋人を見る。

 

「の、希亜さ、ん……?」

 

その目は、何かの返事を期待している目だった。

 

「……ダメ?」

 

「こ、ここ、人の家だけど……」

 

「うん、それはちゃんと分かってる。泊まらせて貰ってるのにって。だけど、本人が大丈夫って許可は出していた」

 

「そ、それはそうかもしれないが……」

 

確かに九重はこうなっても大丈夫って言っていたが……。

 

「私も、翔の部屋に来る前に悩んだ……」

 

「悩んだ結果が、これ……ですと?」

 

「……うん」

 

「……なるほどなぁ」

 

つまり、検討したが来たと……。

 

「わざわざ私達二人に防音と伝えて、他の人が部屋を訪ねて来ない様に動いている……これは据え膳」

 

「そ、そうかぁ?」

 

「翔は、したくない?」

 

「っ!?」

 

潤んだような目で俺を見てくる。

 

「……正直、ギリギリではある」

 

「ふふ、同じだね」

 

嬉しそうに微笑み、俺の腕に抱き着いてくる。

 

「あ、あの」

 

「ん?どうしたの?」

 

「これ以上進むと、止められない気がするんですが……」

 

「……えいっ」

 

今度は腕じゃなくて体に抱き着く。

 

「……これでも?」

 

俺の反応を見るように顔を上げる。

 

「因みに、部屋の鍵は……?」

 

「入った時にすぐ閉めた」

 

「あ、はい……」

 

最初からそのつもりだったと……。

 

「ここまでしても、ダメ……?」

 

「……駄目じゃ、ないです……」

 

そして俺は、自分の理性が本能に負けたと理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ~……んぅ?」

 

目が覚める。

 

「……あぁー……そっか」

 

寝ぼけた脳の状態で起き上がる。隣に天ちゃんが寝ていたので一瞬天国かまだ夢かと勘違いしたが、現実だった。

 

時間は朝六時前。皆が起きるのはまだ先だろう。

 

喉が渇いたので、起こさない様にベットから抜け出す。

 

「……ふへへ、なんともまぁ無警戒な表情で……ふふ」

 

まだ夢の中にいる天ちゃんの頬を優しくつつく。

 

「ん……むにゃ……んぅ……」

 

うひゃーーーっ!可愛いっ!頬っぺた柔らかっ!

 

歓喜の雄たけびを上げたい欲を我慢して深呼吸をする。

 

「……よし、起きてないね」

 

隣のベットで寝ている九條先輩を見る。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

綺麗なリズムで寝息を立てながら寝ている。

 

あぁ……何時間でも見れそうだよぉ……。安眠用のBGMとして売って欲しい。

 

少しの間楽しみ、二人を起こさないよう細心の注意を払って部屋を後にする。

 

そう言えば、昨日は結城先輩を唆したけど……新海先輩の部屋に行ったんだろうか?

 

事の顛末が気になり、隣の和室の部屋を静かに覗く。

 

「……まじか」

 

そこには二人分に寝床が敷かれているが、香坂先輩しか寝ていなかった。

 

「いやいや、まさか……ねぇ?」

 

部屋に入り、誰も寝ていないと思われる布団を捲る。

 

「ですよねー……」

 

当然、結城先輩はいなかった。

 

急いで部屋中の気配を探る……が、感じるのは香坂先輩の寝息のみ。

 

……無防備な格好で寝ている。息をするたびに大きく動く胸部……うん、良きかな良きかな?

 

これがお泊まりの醍醐味の一つだよねっ!誰よりも先に起きて寝顔を見る!いやぁー……上流階級の特権ですなぁ!うははっ!

 

いやいや、待て、落ち着け。それよりも結城先輩の所在だ。

 

気配を消しつつ和室を出る。

 

「……ここ、だよね?」

 

新海先輩が寝ている部屋の前に立つ。

 

「……ん、やっぱり鍵が掛かってる」

 

ゆっくりと部屋のドアノブを回すが、開かない。

 

「……流石に放置はまずいよねぇ?」

 

今度は天ちゃんだけに収まらないし、その後が絶対気まずい。

 

「先輩方ー……?」

 

試しに何度かノックをしてみる。

 

「……うーん動く気配しないなぁ」

 

激しい運動をしてたのなら、眠りも深いだろうし……。

 

あと一時間もせずに九條先輩辺りが起きそうだしなぁ……。

 

「はぁ、仕方ないか」

 

先程の和室に戻る。

 

「ここから……」

 

タンスの中から屋根裏へ入る。

 

「先輩の部屋は……」

 

音を立てない様に気を付けながら部屋の真上まで移動する。

 

「ほいっと」

 

天井の板を一か所外し、部屋の隅っこから中へ侵入する。

 

「一応、元に戻して……」

 

天井の板を戻し、ベットを見る。

 

「ははぁん……やっぱりでしたか」

 

そこには結城先輩が幸せそうに寄り添って寝ているお姿があった。

 

「……二度目かぁ」

 

少しはだけている布団をちゃんと被せて、新海先輩の肩を優しく叩く。

 

「先輩先輩」

 

起きないので軽く肩を揺する。

 

「ん……?んぁ……?」

 

眉を顰めながらも目を開ける。

 

「……あ?ん?九重……?」

 

「おはようございます。この後の展開が予想できますので、大声を出さずに落ち着いてもらえるとありがたいです」

 

「は……?大声……?何がーーー」

 

自分の今の状況をようやく理解出来たのか、目を大きく開けて体を起こそうとする。

 

「おっと、ストップですっ。ご自分の今の恰好を思い出して下さい」

 

肩を押さえつけて布団が下がらない様に掴む。

 

「あ……こ、これは……だなっ?その……だな?」

 

「大丈夫ですので落ち着いて下さいって。あと大声も。結城先輩が起きてしまいますよ?」

 

「す、すまん……」

 

「今は朝の六時ですので、まだ皆さんは起きていません。ですので、今の内にお二人ともシャワーでも浴びてさっぱりしておいて下さい」

 

「あ、ああ……助かる」

 

「では、私はこれにて……」

 

今度はちゃんと部屋の入口から出ていく。

 

……シャワーの準備と、他の皆が部屋に入らない様にしておかないとね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ~……おはよー」

 

「おはよう」

 

「二人ともおはよー」

 

あれから一時間程経って今は七時が過ぎた辺り。天ちゃんと九條先輩が起きて一階の和室へ降りて来た。

 

「あれ?にぃにもう起きてたの?」

 

「あ、ああ……」

 

「あれぇ?部屋に鍵が掛かっていたからまだ寝てるかと思ってたのに……」

 

「あ、それはだな……間違って内鍵をしてしまったんだよ……」

 

「内鍵ぃ?なんでまたそんなのが……」

 

「なんか変なタイミングで閉まっちゃったみたいで……ま、私の方で適当に開けておくから気にしないでっ」

 

気まずそうな雰囲気を漂わせている先輩のフォローをする。

 

「それより、香坂先輩と高峰先輩は……?」

 

「香坂先輩はまだ寝てたよ?もう片方は部屋に鍵が掛かってたからわかんね。寝てるんじゃないかな?」

 

「りょうかーい。あと30分経っても来なかったら起こしに行こうかな」

 

「それじゃあ、それまでに朝ごはんの準備しよっかな?」

 

九條先輩が朝食の準備に取り掛かろうとする。

 

「みゃーこ先輩、あたしも手伝いますよ」

 

「うん、ありがと。それじゃあ、一緒に作ろっか」

 

二人がキッチンの部屋へ行くのをお茶を飲みながら見送る。

 

「……乗り切りましたね」

 

「……すまん、助かった」

 

「ほんとうにごめんなさい」

 

「あはは、元凶は私なので謝る必要はありませんよ?」

 

「へ、部屋も後でちゃんと掃除する……」

 

「あー……それじゃあ、お願いしましょうか」

 

別に後で私が片付けようかと思っていたけど、本人たちからすれば恥ずかしいだろうし、そのくらいの罪滅ぼしはあった方がいいか。

 

「ええ、任せて。しっかりと罪は償うわ……」

 

「罪て……そんな大げさな」

 

最悪感から申し訳なさそうにしている二人に、苦笑で返した。

 

それから間もなくして高峰先輩が降りて来た。

 

「あっ、おはようございま~す」

 

「すまない。少し遅くなってしまった」

 

「いえ、全然大丈夫ですよ?時間とか決めていないので~」

 

「む……朝食の準備をしているのか?」

 

「え?はい。今九條先輩と天ちゃんが作ってくれてますよ?」

 

匂いで判断したのかな?

 

「……なるほど。私も何か手伝えることはないか?」

 

……なんか目がキラキラしている様な気が……。

 

「それでしたらぁ……食器などの準備をお願いしても良いですか?」

 

「承知した、任せてくれたまえ」

 

朝から若干ウキウキした様子で和室を後にする。

 

「……そろそろ、香坂先輩を起こしに行こっかな」

 

あと少しで朝食の準備も終盤に入るだろうし……。

 

階段を上がり、和室の部屋へ入る。

 

「……すぅ、……すぅ……」

 

まだ気持ちよさそうに寝ている先輩がおられる。

 

「香坂せんぱーい、朝ですよぉー?」

 

ほっぺをぺちぺちと触る。

 

「起きないと胸を揉みしだきますよー?」

 

「……すぅ……んっ、ん?」

 

あ、起きてしまった……ちぇ。

 

「あ、あれ……あ、朝ですか……?」

 

「おはようございます。良い夢見れましたか?」

 

「えっと……はい……。あれ?なんの夢見てたっけ……」

 

「もう少しで朝食の支度が終わりますので、下で待ってますね?」

 

「朝食の……支度……?」

 

「はい」

 

「え……あれ?みんな、もう起きてる……?」

 

「ですね。香坂先輩が最後ですよ?」

 

「………、……はっ!?」

 

今の状況を把握出来たのか、声を上げる。

 

「あっ、あ、あの……わ、私……そ、その……ごめんなさいいぃぃ」

 

恥ずかしさのあまり顔が真っ赤である。

 

「いえいえ~。あ、朝食はご飯とパンどっちもあるのでお好きなの選べますよー」

 

「あ、ありがとうご、ざいますぅ……」

 

ご飯の話が出たからか、先輩からお腹の音が鳴る。

 

「あっ……」

 

「………」

 

テンプレだなぁ……。

 

「九條先輩に、楽しみにしてるって言っておきますね?」

 

「いえっ、あのっ、こ、ここ、これは……っ」

 

「全然、気にしていないので安心してください。それじゃあ、下で待ってますね?」

 

「あっ……、あ、はい……」

 

これ以上ここに居ると、先輩が更なる墓穴を掘ってしまいそうなので早々に立ち去った。

 

いやぁー……役得役得。朝だけでこんなに良い事があるだなんて。定期的にお泊まり会を開くべきだねこれは!

 

うんうんと一人で腕を組んで頷きながら、階段を下りて行った。

 

その後、朝食の準備を終え、それぞれが好きな方を選んで皆で朝食を食べた。九條先輩と天ちゃんの手料理と思えば美味しさは100倍である。

 

朝食を終え、暫くのんびり過ごしてから一旦解散する流れとなった。

 

「それじゃあ、お邪魔しましたっ!」

 

一番最後に玄関から出る天ちゃんが挨拶をする。

 

「今日もまた来るんだったら連絡してね?」

 

「はーい。お泊まりありがとね!楽しかったっ」

 

「こちらこそっ。皆さんもお疲れ様~」

 

新海先輩と結城先輩を残して全員が一旦帰って行った。

 

玄関の扉を閉める。

 

「……それじゃあ、やりますか?」

 

後ろを振り返って二人を見る。

 

「……ああ、そうするよ」

 

「……ええ」

 

「洗濯が必要な物があれば、洗濯機に突っ込んで適当に回して貰って大丈夫ですので。もし分からない事があれば都度聞いて下さい。あ、部屋の鍵は既に開けてます……それではごゆっくりと」

 

何とも言えない空気の二人に任せて、和室へ移動した。

 

すぐに階段を上っていく足音を聞きながら、ゆっくりとお茶を飲み始める。

 

これはこれで、お泊まりの醍醐味の一つ……は無理があるかな?ふふ。

 

 





気まずっ……!二度も後輩に情事後の現場を見られて……っ!これも若さ故の……。
無事お泊まり回も終わりましたので、話を進めて行きます。
この辺りから日にちがちょくちょく飛ぶかも……?



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第20話この状況で九重家の人どのくらい耐えれた人がいるんだろう……?


一気に5/20までスキップです!
空白期間にも数話挟もうかと考えましたが、それは別のタイミングに変更しました。




 

「ここの店に来て日は経つが、メニュー制覇もそろそろ見えて来たな……」

 

ジョナスンのテーブルを皆で囲いながら雑談をしていると、高峰先輩が感傷深く呟く。

 

「そですねー、制覇したらソイゼリア行きます?ちょっと遠いですけど」

 

「そうしよう。実はソイゼリアには行ったことなくてね。フフ……楽しみだ」

 

「……趣旨が変わってる」

 

高峰先輩の発言に結城先輩がツッコむ。

 

「常に気を張っていても仕方ないだろう。力を抜くべきときは抜くべきだ」

 

「……力を抜き過ぎて不意を突かれなければいいけれど」

 

「フ……鍛えた今の私なら大抵のことくらいには反応出来るさ。それに……このまま何も起きない可能性は十分にあると、私は思っているがね」

 

お泊まりから、早くも二週間以上が経過していた。

 

あれから適当に何度か実家の方にも行っていたけど、当日はこのお店からスタートなので良い感じにジョナスンにも訪れるように調整はした。

 

予定通りなら今日が最後の日になるので、皆を誘ってここに集まっている。最近は比率的に8:2でジョナスンの方が多い。まぁ、人によって差はあるけど……。

 

「このまま、諦めてくれてたりしないかな……?」

 

「そう願いたいけれど……。そう言えば九條さん、アルバイトは大丈夫?」

 

「え?ぁ、うん。今日は大丈夫。シフト入れてない日」

 

「そう……よかった。時間に融通が利く私たちはともかく……、毎日集まるのは九條さんの負担が大きすぎる」

 

「大丈夫だよ。私も多少の融通は利くから」

 

「でも、何かあるまでずっとこのままーってのも、普通にきついでしょ。あたしたちも用事入れられないし」

 

「そうだな……。心配ではあるけど現実的に厳しいし、頻度を減らした方がいいかもな」

 

「っ……!?」

 

新海先輩の発言を聞いて、香坂先輩と高峰先輩の表情が変わる。

 

「悲しそうにしている人が約二名いますけれども」

 

「皆と集うのが……唯一の楽しみだったからな」

 

「す、すみません……。私も……普通に、た、楽しんじゃっていました……」

 

「あくまでヴァルハラ・ソサイエティの活動頻度を減らす、というだけ。友人として集まるのは、自由にすればいい」

 

「フッ……友人として、か。では、これからカラオケでもどうだ?」

 

「新海翔よっ!!」

 

「なんで俺だけなんだよ。皆で行こうぜ、どうせなら」

 

「女子に歌声を聞かれるのは恥ずかしいじゃないか」

 

「……もっと恥ずかしい振る舞いいつもしてんだろお前」

 

呆れながらも和気あいあいと会話を楽しんでいる最中、店の外……少し離れた場所で人の声が飛び交っているのが微かに聞こえた。

 

飲んでいるドリンクを置いて、スマホを見る。

 

「………」

 

……どうやら、始まったみたい。

 

「……今日はもう終わりにしましょう。お疲れ様。あとは自由にーーーん?」

 

解散を告げようとした結城先輩が何かに気付く。

 

「どうした?」

 

「……外、騒がしくない?」

 

「え……?」

 

その言葉を聞いて全員が店の外を見る。

 

「……なんだろ?全力疾走している人いたね」

 

「なにかあったみたいだね……」

 

天ちゃんと九條先輩が不思議そうに呟く。

 

「なんか……すげぇ嫌な予感がーーー」

 

不穏な空気を感じ取った新海先輩が嫌々言った瞬間、外で女性の悲鳴が響く。

 

「ッ!?」

 

その声に全員が立ち上がる。

 

「え、なに今の!なになになに?」

 

「も、もしかして……」

 

「神が動いたか……それとも、別の事件か……」

 

「……様子を見てくる」

 

「私も行く」

 

「……わかった。九重、ここで皆を頼む」

 

「了解です。気をつけてください」

 

「き、気を付けてね……」

 

新海先輩と結城先輩がファミレスから出ていく。

 

その様子を見ながら待機する。場には結構な緊張感が漂い始める。

 

「にぃにと結城先輩、大丈夫かな……」

 

「大丈夫だよ、むしろ新海先輩なら何とでも出来るからね」

 

オーバーロードがあるのだから、例え何があってもやり直しが幾らでも利く。

 

静かに待機していると、店内の客全員が一斉に苦しそうにうめき声を上げる。

 

「こ、こんどはなんなのさっ!?」

 

「お店の人達が……」

 

「私たち以外全員ではないか……」

 

「だ、大丈夫なのでしょうか……?」

 

皆が心配そうにその様子を見ていると、隣の席の客の全身にいきなりスティグマが浮かび始める。

 

「え……?これって……」

 

「スティグマ……!?」

 

「ぁぁあ、うがぁぁあああっ!!!」

 

と、思った矢先に獣の様な体勢でこちらに飛び掛かって来る。

 

「えーーー?」

 

「危ない」

 

心配そうに近づこうとした九條先輩の手を引いてこちらに引き寄せ、飛び掛かって来た人の顔面を蹴り上げる。

 

顔面から打ちあがるように体が反り、その場に落ちる。

 

「がぁぁあ!うがっぁぁぁあああ」

 

「ありゃ、やっぱりしぶといか」

 

普通の人なら身動きが取れなくてもおかしくない一撃だと思ったが、そのダメージを無視するかのようにこちらに向かう。

 

九條先輩を後ろに下げて、今度は左足で顔の側面を蹴り、そのままの勢いで回転して右足で回り蹴りを胴体にお見舞いする。

 

後ろに吹き飛んでテーブルなどのお店の備品を巻き込んで盛大に吹っ飛んでいく。

 

「……うん、このくらいね」

 

そのまま静かに動かなくなったのを見て、構えていた足を下ろす。

 

「今の人って……ユーザーだったの……?」

 

「まさか、こんな身近に居たとはな……」

 

すると今度は、店内の数人が暴れるように苦しみ始める。

 

「……取り敢えず、二人と合流しましょう。お店の中では人が多すぎるので」

 

「……だな。私が先頭を務めよう。九重君は皆を守ってくれ」

 

「はい、お願いします」

 

他の人が暴れないか注意しつつ、急いで店の外へ飛び出す。

 

「新海くん!」

 

外に出ると、案の定そこら辺で似たような光景が広がっていた。

 

「嘘……、外でも……」

 

「店の中もかっ?」

 

「は、はい。店の中にいた、ひ、人たちが、急に苦しみ出して……」

 

「そうっ!それを心配したみゃーこ先輩が近づこうとした人の体にスティグマが浮かんできていきなり襲い掛かってきたのよ!!」

 

「大丈夫だったか?」

 

「う、うん。舞夜ちゃんが咄嗟に手を引いて庇ってくれたから大丈夫だったよ。ありがとね?」

 

「いえいえ、ご無事で何よりですとも~」

 

「出て来たのはいいんだけど……ど、どういう状況なの?これ……」

 

「……おそらく、これがイーリスの企みだ。暴走だ。大勢のユーザーが、一斉に……!」

 

「大勢のユーザー……。解せんな。眼前で苦しんでいる者たち。店内の客。遠方で暴れている何者か……」

 

「十人は軽く超えるぞ。これほどのユーザーが、息を潜めていたというのか?善行も、悪行も、行うことなく……」

 

「……考えるのはあとにしましょう」

 

そうこうしている内に周囲で苦しんでいた人たちが動き始めている。……うーんゾンビかな?まんまパニックホラーだよ。

 

「一度撤退した方がいい。あの人たちがまだ、こちらに向かってこない内に」

 

「希亜の力で、動き出す前に無力化できないか?」

 

「……無理。まだ苦しんでいるだけ。罪のない人間を、私は裁けない」

 

「暴れ出してからじゃないと無理か……」

 

「で、ど、どうすんの?」

 

「早く決断した方がいい。逃げる事も出来なくなるぞ」

 

「……だな。まずはこの混乱から抜け出して、安全な場所に行こう。そこで、ソフィの話を聞こう。何が起こっているのか、調べてくれてるはずだ。まずは事態の把握をしないと……」

 

「了解」

 

「陣形は……」

 

「無論、私が先陣を切っていきます」

 

新海先輩の言葉に被せる。

 

「……頼めるか?」

 

「お任せを。私は好き勝手に動くので、先輩達は固まって動いて下さい」

 

「じゃあ、俺が先頭で、高峰が一番後ろ。良いか?」

 

「殿だな。いいだろう。任せたまえ」

 

「レナ」

 

「おう」

 

「周囲の警戒をしてくれ。襲われたら容赦なしだ」

 

「あいよ。……ま、多分俺の出番は無さそうだけどな」

 

「他の皆も固まって動いてくれっ。能力も各自の判断で使っても構わない」

 

「ひとまずは……逃げている人達の流れに沿って動きましょう」

 

その方がヘイトが分散されるしね。

 

「ああ。よし、行くぞ!」

 

逃げゆく人の波に合わせて駆けだしていく。

 

「ガァアアアアアアッ!!」

 

少し進むと、進行方向で暴走している人達を見つける。

 

「くっそ……もうか!」

 

「そのまま進んで下さい。私が先に行きます」

 

先輩達を置いて疾走し、暴れている男性を電柱へ叩きつける。

 

「ガァッ」

 

ひるんだ隙に懐から細いロープを取り出して電柱へグルグル巻きで縛る。

 

「ガアアアアアッ!!!」

 

「無駄ですって。我が家特製の縄ですので」

 

電柱と男性がぶつかる衝撃音を聞いて、近くに居た人達が一斉に私を見る。

 

「もしかして、これがモテ期って奴ですかね?」

 

地面を這うように襲い掛かって来る老婆を押さえつけて縛り、近くの手すりに縫い付ける。

 

「二人目っと」

 

すぐ後ろまで迫って来ていた青年に肘鉄を当て、下がった顔面をそのまま掴んで地面へ叩きつける。

 

「ゥ……ガァ……」

 

脳への衝撃で動かなくなったのでそのまま縛って放置する。

 

「……ひとまず通行の妨げはこんなもんかな?」

 

今日の為に色々と体に仕込んだり装備してきてはいるけど……あまり要らなさそうな気がしてきた。

 

「大丈夫かっ!?」

 

私が片付けたタイミングで皆が辿り着く。ナイスタイミングです。

 

「進行方向の人達だけですが……これで先には進めます」

 

「被害が……どんどん拡大してる」

 

周囲の様子を見て、結城先輩が嘆く。

 

阿鼻叫喚ってやつですね。

 

「……くっ、取り敢えずは移動するしかない」

 

「しかし、どうする。この様子だと、安全な場所はどこにも無いぞ」

 

「公園とか……。あぁでも、この状況じゃ……」

 

「にぃにの部屋は?絶対安全でしょ?それか舞夜ちゃんの部屋か実家とかっ!」

 

「俺の部屋はちょっと遠いな……」

 

「私の実家もここからそれなりに距離がありますねぇ……」

 

「でも、確実ではある。翔の部屋へーーー」

 

皆で話している所へ次の人が襲い掛かって来たので、膝を蹴り体勢を崩した所へアッパーをお見舞いする。

 

その衝撃で数メートル程後ろに飛び、動かなくなる。

 

「うわぁ……エグイ音鳴ったぞ今の……」

 

「皆さんは話し合いを続けて下さい。周囲のお掃除は私がしておきます」

 

立ち止まっていると、次々と襲い掛かって来るので先に片付けに向かう。可能な限り無力化で済ましたいけど、耐えられず死んでしまったらそれまでと割り切ろう。

 

一人一人に掛ける時間を最小限にしつつ、先輩達の安全へ気を配りながら動き回る。

 

……んー、なんか倒せば倒すほどこっちに意識が向いて来てる気がするなぁ。

 

もしかすると、積極的に倒すのはよろしくないのかもしれない。

 

「……戻ろ。それに、あまり消耗したくないし」

 

適当な所で切り上げて元の場所へ戻る。

 

「九重っ!」

 

「はい、どうなりましたか?」

 

「ひとまずは神社を目指す!少なくとも、ここよりかは人が居ないはずだ」

 

「神社ですね。了解です」

 

うんうん、順調だね。……それにしても、仮にも知り合いの神社、しかも名所に当たる場所を人が居ないと断言してる辺り……成瀬家のおじいちゃんが悲しみそう。

 

方向が決まったので、真っ直ぐ神社へ向かう。

 

道中に人は居たが、全員無視して無事辿り着く。

 

「香坂君の読み通りだな」

 

「よ、よかった、です。でも、ここもそのうち……ですよね」

 

「今のうちに先生んちに入れてもらおう」

 

「……成瀬のお爺ちゃんたちも変になっていたらどうする?」

 

「……考えたくねぇな」

 

周囲を警戒しつつ目的の場所に辿り着く。

 

「ここも大丈夫そうだね。誰もいないみたい」

 

「警戒し過ぎかもしれないけれど……静かすぎて、むしろ不気味ね……」

 

「ある意味、敵の本拠地かもしれませんしね」

 

「どうでもいいから、さっさと中入ろうぜ」

 

「そうだな。暫く匿ってもらおう」

 

「いや、待て。幸い既に安全は確保出来た。相談ならここですればいい。匿ってもらえればより安全ではあるかもしれんが、大人が絡めば事態はややこしくなる。余計な時間を取られるぞ?」

 

「まー……事情の説明とかは、しなくちゃですもんね。外危ないから避難させてーって」

 

「まともな大人なら、その状況で外出の許可など出さんだろう。最悪、身動きが取れなくなる」

 

「あぁ……そういうことか。確かに、ソフィの話はここで聞いた方が良いな……」

 

中へ入ろうとした先輩が足を止める。良かった、ちゃんと高峰先輩が止めてくれた。

 

一応、成瀬家のお爺ちゃんへの根回しはこっちで済ませているから囚われることはないけど……それでもここで聞くのが正解だもんね。

 

「聞く準備が整ったのなら、話してあげる」

 

ちょうどその時にソフィが現れる。

 

念のため、全員で人目の付きにくい場所へ移動する。

 

「聖遺物の契約者を一斉に暴走させたのは、イーリスなの?」

 

「十中八九そうね。でも、暴れているのはユーザーじゃないわよ」

 

「じゃあどうしてスティグマが……?」

 

「あくまでも推測になってしまうし、説明も長くなってしまうけれど……」

 

「あなたたちにどこまで理解出来るかわからないから、うまく翻訳されない言葉があっても流してちょうだい」

 

「私の世界の人間は、魔術を用いる。構築した術式に魂の力を流すことで、魔術は発動する。術式の構築は誰にでも出来る。けれど、力を流すには才能が必要。才能が無い者には魔術は使えない」

 

「だから、魔術を誰にでも扱えるようにする研究が、盛んに行われていた……その答えの一つが、アーティファクト。あらかじめ術式が刻まれ、発動までの処理を自動で行ってくれる道具」

 

「一つという事は、他にも研究は行われていたのね」

 

「数えきれないほど沢山ね。けれど、アーティファクトの研究と、同じ位盛んだったのは、もう一つだけ。術式と力を流す回路を、人間に直接刻むこと。つまり、わかりやすく言えば、人間をアーティファクトにする」

 

「今、その話をしたってことは……」

 

イーリスがそれを使っているってことになる。……ソフィの世界で盛んだった二大研究は、イーリスの世界でも同じだったんだろうか?沢山の研究の中で、辿り着けたのは同じだったのか、それともお互いの世界を観測している中で見つけたのか……世界の強制力なのか。

 

この辺の裏事情ちょっと気になる。

 

「イーリスさえ倒せれば、落ち着くかもしれないわね。保証は全く出来ないけれど」

 

一人で考えていると、話はどんどん進んでいた。

 

「少しでも可能性があるのなら、賭けてみるしかないな。……イーリスを探し出し、倒す」

 

「どうやって探すの?」

 

「……まぁ、それだよな」

 

「アーティファクト化した人たちを、異世界から操っていたら……探しようがないよね」

 

「その可能性はないとして動くしかない……。幸い、こちらには春風がいる」

 

「ぁ……はいっ。イーリスさんを、見つけるイメージ、してみます……!」

 

「手始めに、始まりの場所……駅前に行くのはどうだろうか?最初に混乱が発生した場所だ」

 

「……そうだな。先輩の力に頼るしかないけど。いや、正直……あいつから挑発しに来るのも十分にありえる気がーーー」

 

「ぁ、新海くーん」

 

「え?」

 

新海先輩の呼ぶ声が聞こえる。どうやらご登場ってことらしい。

 

その声に全員が振り向く。

 

「よかったー、会えて。心配してーーー」

 

「レナ!」

 

「オラァ!」

 

正体に気付いている先輩がレナに指示を出し、攻撃を仕掛ける……が、当然結界によって塞がれる。

 

「イーリス……ッ!」

 

「酷いじゃない。期待に応えてあげたのに。私に会いたかったんでしょう?」

 

楽しそうにクスクスと怪しい笑みを浮かべる。

 

「そんな……。成瀬先生も操られて……」

 

「この場合、乗っ取られた……が正しいだろうな」

 

「じゃあ、先生は……」

 

「私たちの敵」

 

「フフフ」

 

堂々と姿を現しているけど、逃走する手段を持っているってことで良いのだろうか?転移のアーティファクトはこっちで持ってるし……まぁ、代用品くらい幾らでも持ってそうだけど……。

 

「サツキのフリして揶揄うつもりだったのに……あっさりバレちゃうなんてがっかりね。そっちの子は、私を殺せるみたいだし……残念だけど、退散しようかしら?」

 

不敵に笑いながら結城先輩を見る。

 

「逃がさないっ!パニッシュメント!」

 

結城先輩が伸ばしてた右手に雷が集約し、放たれる。

 

「あら、怖い」

 

が、結界で塞がれる。

 

「馬鹿ね。当然それの対策はしてるわよ」

 

こちらをあざ笑うように見ている。

 

「みんな行くぞ!打合せ通りだ!ここで仕留める!」

 

「うんっ」

 

「お、おけー!」

 

「が、がんばりますっ」

 

「神殺しか……。フッ、滾って来たぞ」

 

「"悪"神ですしね」

 

「行くぜぇっ」

 

皆が各々戦闘体勢に入る。……うーん、どのタイミングで仕掛けに行くのか若干迷ってしまう。

 

「暑苦しいわね……。そういうの嫌いなのよ。まぁ、いいわ。それじゃあね、一緒に混沌を楽しみましょう?」

 

お決まりの台詞を吐いたかと思うと、その姿が霧のように消えて行った。

 

「ッ!消えた!?」

 

……幻体、だったのかな?安全っちゃ安全か。

 

「なにいまのっ!ずっる!」

 

「くそっ!おちょくりやがって……!」

 

「これではイーリスを捕まえられない……。それに、こうしている間にも被害は広がっている。他に手が無いのなら、とにかく行動しないと」

 

「手ならあるわよ」

 

結城先輩の言葉に応えるようにソフィが言う。

 

「ちょっと手間取ったけど、イーリスの位置がわかるわよ。それなりに正確に」

 

「マジっすか、やった!」

 

「なぜ今になって、わかるようになったの?」

 

「大勢の人を暴走させるために、力を垂れ流しにしてる。さすがにここまでされたら分かるわよ。そこら中イーリスの気配だらけだけど、一際大きな力を感じる……きっとそこに、イーリスはいる」

 

「それなら香坂先輩は、皆の能力強化に専念してください」

 

「はい、はい。わかり、ました!」

 

「九重、準備は良いか?」

 

「何時でも大丈夫ですよ。結城先輩までの大役は任せて下さい」

 

「希亜も行けるか?」

 

「ええ、今度こそ、出来ている」

 

「ソフィ、ナビを頼む」

 

「ええ、任せて」

 

「みんな、行くぞっ!」

 

新海先輩の掛け声と共に気合を入れ直し、ソフィの案内の元、神社を出た。

 

……良かった。ちゃんと指定の場所で対峙して倒さないとね。

 

 





街の大混乱ですね。

サクサクっと進んでいきましょうか。



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第21話:偽詐術策


イーリスを見つける為に駅前へ向かいます。

視点は新海翔視点ですね。




 

神社から出て、再び混乱の中へと入って行く。

 

身を潜めつつ、建物の影から様子を窺う。

 

「うわぁ……こっわ……。外国の暴動みたいになってる……」

 

天が怖がるように呟く。

 

ほんとその通り……状況は最悪だ。

 

歩道では暴走した人同士が取っ組み合いで殴り合っていたり、馬乗りで一方的に殴っていたりと悲惨な現場になっている。

 

更に、それを止めようとせずに動画を撮っている制服姿の男子生徒までいる。道路にも似たような光景が広がっており、地獄絵図……と言うのが相応しい有り様だ。

 

「暴動って言うか、ゾンビ映画じゃん……。クソ怖いんだけど……」

 

「サイレンの音が聞こえるが……警察の姿は見えないな」

 

「いいえ、いる」

 

希亜が指を差した方向を見ると、確かに警察官が居る。顔にはスティグマが広がっており、明らかに正常な状態じゃない。

 

「あちゃー、あのおまわりさん、拳銃所持していますね……」

 

呆れるような声で九重が言う。

 

「分かるのか?」

 

「一応。目は良いので」

 

「顔にスティグマ……警察まで操られている……?」

 

「術式……と言うのが……、か、感染しているんでしょうか……?襲われたら、みんなああなっちゃうとか……」

 

「感染……。ありえるわね。眷属化の応用かしら。アーティファクト化した人間の体液を媒体に、術式を拡散している……」

 

「嚙みつかれたりするのは、避けた方が良さそうね」

 

「まじでゾンビ映画じゃないっすか……。ヤバすぎる……」

 

「ふむ……ゾンビか。ならば彼らを、感染者と呼ぶことにしよう。混乱を避けるためにも、名称の統一は必要だ」

 

「やだなー……。感染しない様に気をつけよ……」

 

「体液による感染よりも……領域を展開してる可能性の方が高いかしらね。対抗力の低い人間から、アーティファクト化している……。だとすれば、ぼんやりしているとあなたたちもいずれああなるわよ」

 

「俺達まで感染したら、止められる人間が居なくなる……。被害を出来る限り抑えるためにも、急ごう。ソフィ、どっちに行けばいい」

 

「このまま真っ直ぐ」

 

「まっすぐ、ねぇ……」

 

顔をしかめて言うレナの気持ちも分かる。この地獄を突っ切らなければならない。

 

「……九重、行けるか?」

 

「この程度でしたらまだ余裕ですので、ソフィの言う通り突き進みましょう」

 

顔を上げてこちらを見る。その目には絶対の自信が見える。

 

「……安全の為に、私が先に出てあのおまわりさんを制圧します。終わり次第皆さんも動いて下さい」

 

すっ……と立ち上がって物影から身を出す。少し姿勢を下げた時にはその姿は消えていた。

 

視線を警察官の方へ向けると、既にその背後を取っており、一瞬の内に警察官を制圧し終える。

 

「……相変わらず、やっべー速度だな……」

 

「レナでも追えないのか?」

 

「集中すれば残像ぐらいは追えるけどな、それだけだ」

 

目を瞑ってため息を吐く。……俺からすれば、それだけでも充分凄いと思うけど。

 

「よし、俺達も動くぞっ」

 

安全を確認しながら物陰から飛び出す。俺たちが動き始めたのを確認して、そのまま周囲の人達も制圧に動く。

 

「……これ、舞夜ちゃん一人で無双してない?」

 

「す、すごいです……気が付けば次々と暴走している人が倒れて行きます……っ」

 

走って九重と合流する頃には、進行上近くの人は皆は倒れていた。最初の警察官の傍には、バラバラに破壊された黒い金属の塊が散らばっていた。

 

「取り敢えず、この場は安全です。ソフィ、このまま進めば良いですか?」

 

「ええ、まっすぐで構わないわ。イーリスが移動したら、その都度伝える」

 

「了解です。ではこのまま行きますね」

 

「一人で無理しない様に。イーリスと対峙する時まで力は温存出来るように疲れてきたら他の人に代わって」

 

「この程度楽勝ですのでご安心を!結城先輩こそ切り札なのですから能力のご使用は程々にお願いしますね?」

 

一人で全て処理している九重を心配して希亜が声を掛けるが、疲れた様子は見えず通常運転だ。

 

「私やレナ君も居るのだ。キミばかり負担をかけさせるつもりは無いぞ。交代が必要ならいつでも言ってくれたまえ」

 

「いえ、お二人は私以外をお願いします。漏れや見逃しがあるかもしれませんので」

 

「あるとは思えねぇが……ま、任せな」

 

「おぉ~それは心強いです。私も安心して後ろを任せられそうですね!」

 

楽しそうに驚く反応をしている。こんな状況になっても相変わらずだ。……だが、それがこっちとしてはかなり心強い。

 

「ではでは、ここからは急ぐという事で、私ももう少しペースを上げていきます。皆さんも頑張って走って下さいね?」

 

そう言って再び暴動の中へ身を投じていく。

 

「……俺達も行こう。少しでも早くイーリスの元へ辿り着くために!」

 

「ええ。皆固まって、はぐれない様に!」

 

「は、はいっ!」

 

「手っ、手繋ぎましょ!手っ!」

 

「うんっ、一緒に行こう!」

 

九重が作ってくれる道を、全力で駆け抜けていく。

 

なるべく死角が出来ないように物影や建物の角には近づかない様に走る。周囲には人の怒号と悲鳴、発砲音などが聞こてくる。

 

「高峰先輩っ、レナっ!後ろから四人ほど近づいて来ています!そちらはお任せします!」

 

「っ!承知した!」

 

「こっちは任せな!」

 

後ろを見ると、ちょうど俺たちが過ぎた建物から人が出てくる。

 

「私は反対側に居る厄介なおまわりさんを相手しますので!」

 

高峰達に指示を出してからその場を跳躍し、宙を何度か蹴って高度を取る。そのまま足場を蹴り、反対側の歩道まで弾丸のように飛んでいく。

 

「さてと、こっちもやってやるか」

 

「フッ、私達も負けてはいられないな!」

 

一度立ち止まってから周囲を警戒する。後ろは二人に任せて俺は他の皆を守らないと。

 

「グガァアァアアアッ!!」

 

「先に私が出よう」

 

「ーーーなら、残りは俺が貰うぜ」

 

最初の一人目を高峰が対峙したのを見て、後ろから続く三人に向かってレナが駆けだした。

 

「真神流ーーー天槍!」

 

「オラッ!くたばりなっ!」

 

高峰が一人を倒して終えた時には、残りの三人をレナが流れるように倒していた。

 

「もう終わったのか」

 

「てめぇが、いちいち技名とか言ってるから遅ぇだよ」

 

「フ……叫ぶと技の切れが増すのだよ」

 

「んなわけあるかよ……」

 

軽口を言い合いながら戻って来る。

 

「大将、こっちは片付いたから進むぞ」

 

「すまん、助かった」

 

「何、これが私たちの役目だ。任せたまえ。それより、九重君の方は……」

 

「大丈夫だ。向こうも終わってる」

 

既に反対側の警察官を倒してからこっちに来ている。

 

「そんじゃ、さっさと先を急ごうぜ」

 

「ああ、行こう!」

 

その後も俺たちは走り続け、最初の駅前まで無事に辿り着く。

 

「気を付けて、近いわよ」

 

周囲の安全を確保し、九重が戻って来てから身を潜める。視界に入る限りでは、既に俺達以外に正常な人は居ない。全員が虚ろな目をして、口を半開きにして彷徨っている。

 

「………」

 

その光景を見て、希亜が酷く顔を歪ませる。当然だ、見えている中には倒れて動かない人も含まれている。

 

九重が倒した以外の人……つまり、あの人たちはもう……。

 

「……希亜」

 

心配になり声をかける。

 

「……ありがとう、平気」

 

「怒りが……恐怖を塗りつぶしていく。だから……大丈夫。私はやれる」

 

「………。分かった。もう何も言わない」

 

今更の事だった。もうここまで来たらやるしかない。

 

「もはや……抗う者もいないか。警官も残らず感染者に成り果てているようだ」

 

「……見る限り、無傷の感染者も居る。領域に踏み入った者に術式を刻む……。その推測の方が、正しかったみたいね」

 

「……みんなは大丈夫か?気分は?」

 

全員を見渡しながら体調を確認する。

 

「ぜんぜんよゆー。ユーザーは耐性があったりするんかな?」

 

「確か……対抗力?個人差があるんだよね?私はあまり強くはないみたいだけど……。今のところは平気、かな?」

 

「私も問題ない。耐えるまでもなく、なんの負荷も感じない」

 

「わ、私も、平気です」

 

「私もいたって普通ですね」

 

「無論、私も問題ない」

 

「大将たちはともかく……なんでお前は平気なんだよ。ユーザーじゃねぇだろ?」

 

「鍛えているからな。有象無象と一緒にしないでくれたまえ」

 

「マジでわけわかんねーやつだな、こいつ……」

 

「翔は?平気?」

 

「俺も大丈夫。でもソフィの言う通り、いつかああなるかもしれない」

 

「……ええ。迅速にイーリスを仕留めないと」

 

「ソフィ、今も場所は分かってるのだよな?」

 

「ええ、変わらず」

 

「よし、それなら作戦通りで行こう。その為にまずは二手に分かれるぞ」

 

「おっ、にぃにと舞夜ちゃんが言ってたやつだね?」

 

「ああ。レナ、天を任せた」

 

「おう、ならさっさと早く変えろって」

 

「待ってくれ」

 

頭の中でイメージをする。

 

「……よし」

 

目を開けると、そこには九條の姿をした人が二人いた。

 

「おかしいところも……ないよな?」

 

「大丈夫じゃねぇか?あとは俺が喋んなければよ」

 

「ふふ、変な感じだね……」

 

自分と同じ姿をしたレナを見て九條が笑う。

 

「なんか……にぃに、前より完成度増してない?ここまでみゃーこ先輩に似てるって考えると……なんかキモイ」

 

「なんでだようるせーよ」

 

「どうせなら外見だけじゃなく中身もコピーすれば完璧なのによぉ……」

 

「仕方ないだろっ、そこまでは無理だったんだ。だから間違っても戦闘はすんなよ?」

 

「わかってるって。つーか、この体じゃ無理だろうが……」

 

呆れるように文句を言って、いきなり自分の胸を揉み始める。

 

「なっ!?おっ、おい!」

 

「っ!?」

 

それを見て慌てる。九條が恥ずかしそうに顔を赤くするので更に慌てる。

 

「だっ!大事な話をしているんだ!ふざけるのはやめろっ」

 

「……これって、にぃにがレナに揉ませてるんでしょ?クソキモイんだが」

 

「うわぁ……恋人の前で別の女性の胸を揉ませるとか……ちと業が深すぎではありませんか?」

 

「………」

 

天と九重が俺を貶す。更に隣から痛いほどの視線が送られてきている。

 

「断じて違うっ。だから希亜もそんな目で俺を見るな!」

 

「結城先輩っ!彼氏さんを裁いてやっちゃってください!重罪ですよこれは……!」

 

「待て九重!希亜を煽るんじゃないっ」

 

「……緊張感ないわね、この子たち。ま、それでちょうど良いのかもしれないけれど」

 

俺達のやり取りを見て、ソフィが呆れるように呟く。

 

「そろそろ動きなさい。イーリスがいつまでも待ってくれるか分からないわよ」

 

「だ、だな。よし、それじゃあ二手に別れる。天と九條は、しばらくここで待機。それ以外で、イーリスを探そう」

 

「見つけ次第、二人にメッセージを送る。気づかれない様に近づいてくれ。で、俺たちは出来る限りイーリスの注意を引こう。天たちが十分近づいたら、一気に畳みかけるぞ」

 

作戦の概要を話して九重を見る。

 

「行けるか?」

 

「一番槍と気を引く役目は任せて下さい」

 

「頼む。それと一応、イーリスが領域を展開していたら、体調には気を付けてくれ。異変を感じたらそれ以上近づかない様に」

 

「うん、わかった」

 

「気合いが足らなくて気絶しちゃったら?」

 

「そうならない様に九重に能力をかけてもらうが……万が一駄目だった時は俺が時間を巻き戻してやり直すしかないな」

 

「私の能力はあくまで意識を繋ぎとめる程度なので、普通に倒れると思うから気を付けてね?」

 

「そっか……うっす、了解っ」

 

「ひとまずは……こんくらいか。みんな、問題は無いよな?」

 

全員が一斉に頷く。

 

「よし!なら作戦開始だっ」

 

天と九條をその場に残して残りでイーリスの方へと歩みを進める。

 

「……かなり近づいて来ているわ。正面の大きな建物。あの辺りから強い力を感じるわね」

 

正面には商業施設がある。ここにイーリスが居るらしい。

 

「……道路を渡らなければ駄目だな」

 

「隠れられる場所は、ない……ですよね」

 

「強行突破するしかなさそうだが……、あの建物を守るように大勢が立ち塞がっているぞ?」

 

高峰の言う通り、目の前の建物を守るように多くの人が徘徊している。道路を渡ろうとするだけでも20人以上を相手にしなければいけない。

 

「レナ君は実質的に戦線を離脱している。一斉に来られたら流石に守れる自信は私には無いぞ」

 

外にあれだけの人が居るのなら、中には同じぐらいの人が居てもおかしくはない。

 

「……九重はどうだ?」

 

先頭に居る九重に問う。

 

この場で一番の戦闘能力を持ってる九重が無理なら何か手を考えないといけないが……。

 

「そうですね……、()()()()()()少し先輩達を守るのに不安が生まれそうです」

 

"今のままなら"とわざわざ前置きをするという事は……。

 

「もしかして、行けるのか?」

 

「やろうと思えば全員を無力化するのは可能ですよ?」

 

「……マジか」

 

何となく可能かもしれないと期待はしていたけど、こうもあっさりと言われるとは。

 

「因みに、どうする気だ?」

 

「能力と力を使って強引に行きます」

 

アーティファクトと九重の力を……ね。

 

「大丈夫なのか?」

 

「ここで他の方を消耗させるよりも、私一人でやった方が効率は良いと思います」

 

「私達に何か出来ることはある?」

 

「……それなら、香坂先輩の力を少し私に使ってくれると助かります」

 

「わ、私のですか?」

 

「はい、可能なら私自身を強化する方向でお願いします」

 

「わ、分かりましたっ……」

 

「それじゃあ、行って来ますね?」

 

「ええ、気を付けて」

 

「怪我すんなよ?」

 

「私よりも相手の心配をした方が……良いかもしれませんね?」

 

後ろを振り返りニヤリと笑って、前を向く。肩からはスティグマの光が淡く漏れ出している。

 

「……よし、すぐに戻ってきますのでっ!」

 

地面が陥没するような音と同時にその姿がブレる。

 

そう見えた時には既に数人が崩れるように倒れていた。続くようにバタバタと続けて人が倒れていく。

 

その姿は見えないが、倒れていく人の軌跡を見ることで九重がどの様な動きをしているのか何となく想像が出来る。

 

僅か十秒もしない内に、反対の道路に九重が立っており、こちらに手招きをしていた。

 

「……お、終わったみたいだな」

 

「彼女が居れば、この程度相手にもならない……ということね。頼もしい限りだわ」

 

「倒れてゆく人の流れを見ることでしか、その軌道を確認することが出来ないとはな……」

 

「無双ゲームのワンシーン、みたいでした……」

 

立ち上がり急いで道路を渡る。

 

「怪我は無いか?」

 

「あると思いますか?この私にっ!」

 

ドヤ顔で腰に手を当てて胸を張る。……どうやら要らん心配だったらしい。

 

「それよりも急ぎましょう。また人が集まって来そうです」

 

「分かった、先へ急ごう!」

 

正面の建物へ突入する。入口付近に人が居ない事を確認し、そのまま急いで階段を駆け上がる。

 

「ここら辺でしたら不意打ちは無いでしょう」

 

階段を半分ほど上がり立ち止まる。確かに、ここなら前か後ろしか人は来ないから発見は簡単だろう。

 

「舞夜、平気?」

 

「大丈夫ですよ。少なくともこのままイーリス戦へ突入しても全然問題無いくらいには」

 

「そう、ならよかった」

 

「ソフィ」

 

安全が確保出来たのでソフィへ声をかける。

 

「一つ上の階ね。その奥に気配を感じるわ」

 

「ショッピングモールの二階か」

 

「ならこのまま進みましょう」

 

「ああ、手筈通りに頼んだぞ」

 

「了解です。見つけ次第仕掛けます」

 

ソフィの案内の元、慎重に階段を進んで二階へ上がる。

 

「……そこの曲がり角に何人か居ますので、先に行きます」

 

歩いている九重がこちらに"待て"と合図を送り、角を曲がっていく。

 

「終わりました。行きましょう」

 

何度か打撃音の様な音が聞こえ、すぐに戻って来た。

 

角を曲がると、こちらを待ち伏せしていたかのように数人が地面に倒れていた。

 

「……気づかずに曲がっていたら、危なかったかもな」

 

安堵しつつも通路を渡っていく。

 

「む、この通路には誰も居ない様だな」

 

高峰に言われて気づく。

 

「確かに……ここでは暴走していなかったのか?」

 

嫌な静けさの中、九重を先頭に通路を渡って行く。

 

何度か軽いカーブを歩き、奥へと進む。

 

「この先に居るわよ」

 

ソフィの声に通路の奥を見ると、人が一人立っていた。

 

「……イーリスッ」

 

「……このまま近づきますね?」

 

こちらに背を向け、手すりにもたれ掛かりながら外の風景を見ている。

 

「……やっと来たみたいね。遅かったから退屈していたところよ?」

 

イーリスとの距離がすぐそこまでと迫った時、ゆっくりと振り返る。

 

「イーリス……!」

 

「怖い顔。私のことを必死に探して走り回っていたのでしょう?もっと喜んでもらえる方が待っていた身としても嬉しいわ」

 

「九重」

 

「はい」

 

九重の名前を呼ぶ。それに応えるように返事をし、イーリス目掛けてその場を飛び出し攻撃を仕掛ける。

 

が、その攻撃はイーリスには届かなかった。

 

「あら?会ってすぐに殺しに来るだなんて、野蛮ね……でも、残念。当然対策はしているわよ?」

 

「結界、ですね?」

 

「そうよ?悔しかったら壊してみたら?」

 

一度その場を飛び退いて、再び攻撃を仕掛け続ける。

 

「ふふ、まだ一枚も割れてないけど、それで全力かしら?」

 

九重を煽るように問いかける。

 

「やっぱり厄介ですね、それ」

 

大きく後ろに飛んでこちらと合流する。まずは第一段階だな。

 

「この場であなたたちと遊んでも良いけど、もっと苦しむ様子を見たいから後に取っておくわ」

 

「逃げるのか?」

 

「いいえ、余興の続きを楽しみましょうってことよ?」

 

パチン、とイーリスが指を鳴らす。すると、イーリスとの間に防火シャッターが下りてくる。

 

「ッ!?」

 

激しい音を立てて閉まる。

 

「私を楽しませてね?フフフ」

 

反対側からこちらをあざ笑うかのようにイーリスの声が聞こえる。

 

「これは、面倒な感じですねぇ……」

 

シャッターでは無く、来た道を見て九重が呟く。

 

「大量の人がここを目指して向かって来ています。ざっと50人はいると思います」

 

「ごっ!?」

 

50人!?

 

「誘い込まれていたようだな」

 

「た、沢山の足音が、聞こえてきます……!」

 

くそっ!何かあるとは思っていたが……!

 

「……はぁ、これ位で足止めになると思われているのでしたら、なんかムカつきますね」

 

隣に立っている九重が、防火シャッターの前に立って、手を置く。

 

「九重……?」

 

「全員、数歩後ろに下がっていて下さい。すぐに道を作ります」

 

「み、道をって……」

 

「すぅー…………、ハッ!!」

 

静かに息を吸う音が聞こえたかと思うと、バゴンッ!と大きな音と共に目の前のシャッターに大きなへこみが出来る。

 

「後は蹴れば何とかなりそうですね」

 

当てていた手をブラブラと振りながら何ともないかのように独り言を言う。

 

続けてシャッターを何度も蹴り始める。一回蹴る度にシャッターの形が激しく歪む。

 

「トドメ……ですっ!」

 

一際大きな音が鳴り響いたかと思うと、さっきまであったシャッターの一部が吹き飛び、人が通れるほどの幅の穴が出来ていた。

 

「これでよしっと」

 

確認するように自分のつま先で床を数回叩き、こちらを見る。

 

「行きましょうっ」

 

「あ、ああ……そうだな」

 

「……もはや何も言わないわ」

 

「フ、彼女にとってはこの程度障害にすらならない、という事か……」

 

「う、後ろから来ています……い、急ぎましょうっ」

 

後ろから迫って来る集団に捕まる前にその場を離脱する。

 

「こっちよ。そのまま走って」

 

ソフィが示す方向へ全員が向かう。

 

「って、また外に来ちまったが……っ」

 

別の出口から外に出ると、少し離れた場所にこちらを見ているイーリスが居た。

 

「希亜、二人は……」

 

「既にこちらに向かって来ている」

 

「了解。それなら……」

 

時間を稼ぐようにゆっくりと距離を詰めていく。イーリスの制御下にいるからか、周囲の人達はこちらに意識が向いていない。

 

「待たせたな。イーリス……」

 

「安心していいわよ、予想よりも早くて驚いているくらい。あんな強引な手段で越えて来るなんて、ね。フフフ……」

 

「もう鬼ごっこは終わりか?」

 

天と九條が来るまでの時間を、稼がないとな。

 

 





遂に対峙……っ!ここまで来ましたね!
となると、次でイーリスを撃破……となるのかどうか、って感じですかね?

次は主人公視点で書こうかと思います。



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第22話:ここで終わらせれるのならどれだけ楽だったか……と考えなくもない、かな?


イーリス戦の決着に入ります。




 

「もう鬼ごっこは終わりか?」

 

イーリスの注意をこちらへ向けるように新海先輩が挑発する。

 

「このまま遊んであげても良いけれど、その子がいる限り大して役にも立たないから止めてあげるわ」

 

私を見ながらつまらなさそうに吐き捨てる。

 

「それに、あなたが持っているオーバーロードのせいで全部無かったことにされるでしょう?ほんと……忌々しいアーティファクトね……」

 

「殺しても殺しても、巻き戻って来る……別の枝で観測しただけでうんざりしたわ。私、無駄なことってしたくないのよ」

 

憎たらしそうに顔を歪めて先輩を睨む。神社での戦いはやっぱり観測済みってことになるよね。

 

「あなたたちは、殺せない。だから一緒にこの混沌を楽しみましょうってパーティーにお誘いしたの。どう?楽しんでくれたかしら?」

 

「心底、下らないお誘いだったけどな」

 

「……ええ、絵に描いたような趣味の悪さ」

 

「フフ、確かにそうね。数が居ればそれなりになるかと思っていたけれど、私も全然楽しめなかったわ」

 

すたすたと歩き、倒れている人の目の前に立つ。

 

「その子に倒された、コレ、みたいに」

 

地面に倒れている人を蹴り飛ばす。

 

ごろりと転がった人はまだ私たちと同じぐらいの未成年の女の人だった。

 

「……ッ、……、ッ」

 

それを見て結城先輩が怒りを必死に抑え込む。

 

「あら、ごめんなさい。もしかして、怒ったかしら?」

 

「……ッ、必ず……っ!あなたは、必ず……っ」

 

「殺す?フフフ、それもよく言われるけれど……みんな口だけなのよねぇ……」

 

「あなたはどう?私をちゃんと殺せるのかしら?」

 

結城先輩の事を知っているからか、やたら挑発をしている。

 

「……ッ」

 

「怒りはしまっておいた方がいいわよ。強い感情は、アーティファクトの力を引き出し過ぎてしまうから」

 

「力を引き出せるのなら、私は怒りに身を委ねる」

 

「あなたがあなたでいたいのなら、しっかりと制御しなさいということよ」

 

「ッ……、………」

 

ソフィの言葉を聞いて、幾分か怒りを鎮める。

 

「随分と偉そうねぇ……。あなたのせいで、その子たちは苦労しているのに」

 

「馬鹿な選択をしたのは、あなたであって私じゃない。千年も経てば、もう別人よ。あまりにも違い過ぎて、自分を重ねたくても重ねられない。元々ひねくれ者ではあるけれど……よくもまぁ、そこまで捻じくれたものね」

 

「ひどいじゃない。唯一の理解者だと思っていたのに」

 

「理解し合えないから、道を違えたまま千年も経ってしまったのよ」

 

「……つまらないわね。あなたと同じ道を選ばなくて良かったわ」

 

ソフィとの話をつまらなさそうに終わらせた。

 

ここからは戦闘が始まる。私達に殺されることが目的のイーリスからすれば、こちら側の作戦を程よく看破した振りをしながら騙されて不意を突かれて……みたいな感じで進める思う。だから天ちゃん達が迫って来ているのも気が付いているはず。

 

「さて……と」

 

そして、わざとらしくため息を吐き、髪を払う。

 

「もう少しお喋りに付き合ってあげてもいいのだけど……飽きてきちゃったわ」

 

「どう?そろそろ準備はできた?」

 

得意気にこちらを見て微笑む。

 

「……は?」

 

「本命は、あっちの二人でしょう?」

 

イーリスが背後を向く。その先には……物陰に隠れる二人が居る。

 

「あら?同じ子が二人……。どっちが本物かしら?……なんてね、騙したいのなら中身までしっかり作らなきゃ」

 

「クソッ!」

 

「知ってる?私、誰かが必死に練り上げ積み上げたことを台無しにすることが大好きなの」

 

それは随分と性格が歪んでいる事で……。

 

「天!九條!逃げろっ!」

 

新海先輩が手を伸ばして必死に叫ぶ。

 

「馬鹿ね、そんなこと言うからーーー」

 

イーリスが九條先輩に向かって攻撃を仕掛ける。先輩が二人に向かって駆けだす。

 

……完全にこちらに背を向けて、意識は向いていない。

 

仕掛けるのなら、ここだと判断する。

 

「ーーーッ!?」

 

もろに攻撃を食らった九條先輩がその場に倒れる。

 

「みゃーこ先輩っ!」

 

「意地悪したくなっちゃうじゃない」

 

私は準備態勢に入ったので見えないが、多分肩からお腹まで切られただろう。

 

「フフフ……」

 

醜悪な笑みを浮かべて、倒れた九條先輩を見る。

 

「何かしようと企んでいたみたいだけど、これで作戦は終わりかしら?」

 

馬鹿にするように笑いながら新海先輩を見る。

 

その瞬間、イーリスを囲うように炎の壁が作られる。

 

「行きますよっ!結城先輩!!」

 

「ええっ!」

 

結城先輩に合図を送り、力を使ってイーリス目掛けて突っ込む。

 

炎の壁を無視するように駆け抜ける。

 

「何をするかと思えば、今のあなたじゃーーー」

 

私を見て馬鹿にするように笑う。

 

「それが、命とりですね!」

 

イーリスとの距離が数メートルに迫った瞬間、()()()()()()()()()()全力で結界をぶん殴る。

 

ガラスが割れるような音がけたたましく鳴り響く。

 

一度ではなく、数回ほどその音は聞こえてイーリスの目の前まで辿り着く。

 

「ーーーはっ?」

 

流石にこれは予想外だったのか、一瞬呆けた顔をする。

 

無論、その隙を見逃す私では無い。

 

即座に両手の人差し指と中指を鍼の様に伸ばし、人体の経穴を寸分の狂いもなく打ち抜く。

 

「っ!?」

 

操っている体に力が入らずその場に崩れ落ちる。

 

「やっぱり、そうなりますよね」

 

そのまま逃げられない様に能力でその場に固定し、ロープで体を縛り付ける。

 

「な、なんなの、これは……!?」

 

素で驚いているのか分からないが、あちらの世界にはこのような技は無いかもしれない。

 

「どうなるかと思ったが、始まってしまえばすんなりと終わったな」

 

決着が着いたのを見て、新海先輩が近寄る。既に炎の壁も消してある。

 

「終わる……?一体何を……」

 

「お前は、俺たちの策にまんまと引っかかったってことだよ」

 

策……と呼べるほど高度な物でも無いのですけどねぇ、イーリスが殺して貰うことが目的なのですんなりと行けただけ。

 

「私が?あなた達の策に……?何をふざけたことを……!それにまだ、終わったわけじゃないわよ?」

 

「いいえ、終わるのよ。私達が……終わらせる」

 

事が済んだので全員がすぐ近くまで駆け寄る。その中で、最後の仕上げに結城先輩が前に出る。

 

……私の役割はここまでだろう。

 

「希亜、頼む」

 

「ええ」

 

新海先輩の言葉に頷いて、もう一歩前へ進む。

 

体の自由を奪われ、動けないイーリスを見下ろす。

 

「……何か、最後に言い残すことはある?」

 

「随分と……上からものを言うのね」

 

「……ないなら、いい」

 

冷たく言い放った結城先輩の目にスティグマが浮かび上がる。

 

「瞳の奥に恐怖が見えるわよ。あのときも、そして今も」

 

「そうね……。怖いわ。死という概念を、私はずっと恐れて来た……妹を失った、あのときから」

 

「そして、それと同じくらい……憎んできた。秩序を軽視する者を。あなたのように……人の命を軽んじる者を」

 

静かに、だけど確かな怒りがこもった言葉でイーリスに答える。

 

「恐怖も過去も、乗り越えた。未来へ進むために……私は」

 

「ーーーあなたを討つ!」

 

「ジ・オーダー……アクティブ!」

 

結城先輩の瞳が輝き、身体にスティグマが広がる。香坂先輩の能力で更に力が増している。

 

「さよなら、イーリス。哀れな神よ」

 

「哀れ……?私が、哀れですって……!」

 

「愛を知らず、傷つけることしか知らないあなたは、哀れでしかない。たった一人でも、あなたを大事に思ってくれる人がいれば……その力、正しく使えたでしょうに」

 

「………」

 

「哀れね。……本当に、哀れ」

 

「小娘がぁッ……!」

 

結城先輩の哀れみがイーリスに刺さる。割と本気で効いてそう。

 

「……小娘じゃない。結城希亜。あなたを殺す者の名……覚えておきなさい!」

 

「パニッシュメント!」

 

最後の言葉を吐き、解き放たれた稲妻がイーリスを貫く。

 

「ぁ……っ」

 

苦しむように声を漏らす。

 

「っ、く……っ、か……っ……わ、私が、こんな、小娘に……ッ」

 

「こんな、終わり方……っ、私はみとめーーー」

 

最後まで言えず途切れ、その場でがくりと力が抜ける。

 

……うん、しっかりとイーリスが離れて、成瀬先生へ戻ったみたい。

 

「先生……!」

 

「沙月ちゃん、大丈夫なの!?これっ」

 

心配した九條先輩と天ちゃんが駆け寄る。

 

「大丈夫だよ、まぁ、もう少しは動けないと思うけどね」

 

縛っていたロープを解く。

 

「……ちゃんと息もしているし、脈も正常。気絶しているだけ」

 

体の確認をし、無事を確認する。

 

「それならよかったぁー……」

 

「び、病院へ、連れて行った方が……」

 

「そうね。でも……」

 

結城先輩が周囲を見渡す。それを倣うように私も周囲を見渡すが……どうやら、石化した人はいないみたい。

 

まだここでは無いと分かり、警戒心を解く。

 

「どこのベットも……満員でしょうね」

 

そりゃそうだ。

 

「……終わったか」

 

「……ええ、手応えはあった」

 

感触を確かめるように自分の手のひらを見つめる。

 

「災厄をもたらした悪神は……討たれた。やっと……裁くことが出来た」

 

安堵するようにため息を出す。

 

「あ、あの、お疲れ、さまでした……希亜ちゃん」

 

「春風もお疲れ様。ありがとう、あなたの力のおかげでイーリスが討てた」

 

「い、いえ、私なんて……」

 

少し困った様に私を見る。なので取り敢えず、ピースサインを送った。ブイブイ。

 

「舞夜もありがとう。あなたの力が無ければ、ここまで力を温存できなかった」

 

「イーリスが油断していたのと、天ちゃん達へ意識が向いていたのが大きかったですねー」

 

「そうね。けど、あなたがその一瞬を見極めて攻めたという点は確か」

 

「あはは、ありがとうございます」

 

「翔も……お疲れ様。……翔?」

 

「………」

 

「翔?」

 

結城先輩の声に反応せず、難しい顔をしていた。

 

……やっぱり、他の枝を知っている先輩からすれば、違和感が拭えないのでしょうね。あっさり終わり過ぎている……いや、あっさり終わるように動いたのですが。

 

あまりにも綺麗に決まり過ぎたのが逆に不安……とか?

 

「翔」

 

結城先輩が強めに名前を呼び、腕を触る。

 

「ぇ?あ、ああ」

 

「気がかりでも?」

 

「……まぁな。あっさり終わり過ぎて、本当に終わりなのか……って」

 

「イーリスの慢心を、あなたたちがうまくついた。それで良いじゃない。千年生きても……終わりはあっけなく訪れる。きっと、そんなものなのよ」

 

「確かに、そういうものなのかもしれない」

 

「まぁ……かもな。予想以上にうまくいったから、拍子抜けしちまったのかもな」

 

「拍子抜け、か。フッ……街を救っただけでは、満足できんか」

 

「そういうわけじゃないが……いや、なんでもない。心配性なだけだ」

 

「パトカーとか救急車の音が近づいているし、面倒なことになる前に、消えた方がいいな」

 

既に、遠くからサイレンなどの音がここまで聞こえてきている。

 

「そうね。ひとまず……離脱しましょう」

 

「先生は、ご自宅に送った方がいいかな?病院の方が安心だけど、すごく混むだろうから……」

 

「お家の方が良いと思います。安静出来る場所があれば私が診ますので」

 

九條先輩の疑問に答える。

 

「じゃあ……ひとまず、神社に……」

 

「私が背負おう。手伝ってくれ」

 

「了解です」

 

成瀬先生を高峰先輩にお願いし、背負ってもらう。

 

「では、神社へ急ぎましょう。ちらほらと人の気配が感じますのでそれらを避けていきますので」

 

「分かった。急ごう」

 

「何かあったら呼んで。念のためイーリスをちゃんと倒せたかこちらで調べておく」

 

「頼む」

 

準備が出来たので、可能な限り大通りを避けて神社へ向かう。道中で警察や救急の人達を見かけたが、面倒事になりそうなので全てスルーして進んだ。

 

皆終わった安堵からの疲れが来たのか、あまり誰も言葉を発せずに黙々と先を急いでいた。

 

特に何事も起きずに、成瀬先生を家まで送り届ける。

 

成瀬家のおじいちゃんには私から適当に事情を話し、先生を任せて後にする。

 

「みんなお疲れ」

 

境内に戻り、全員がそれぞれ両親や知り合いに無事を伝え、一息つく。

 

「お疲れ様。みんなのおかげで、誰一人欠けることなく勝利を収めることが出来た」

 

「なんだか、あの、あんまり実感がなくて……。私、ちゃんと……できていましたか?」

 

「安心して、春風はちゃんと出来ていた。しっかりと伝わってきてた」

 

「よ、よかった、です……。私も、お役に立てて……」

 

「いやぁー……あたしなんてただの囮だよ?まぁ、安全だったわけですが」

 

「傍にレナも居たし、逃げる手段もあったけどな。結局使わなかったけど」

 

「ほんと。練習したけど本番で使わなくて安心ですわ」

 

「天ちゃんや先輩達の演技のおかげで私から意識が逸れたから、超助かっていたよ?」

 

「まじー?ならよかった」

 

「一度目で九重に攻撃する手段が無いって見せれたのも良かったな」

 

「ですね。それで多少は油断したかもしれませんね」

 

「なんか……終わったけど、まだその実感を感じないな」

 

「実は、私も……。なんだか、現実感がなくて、フワフワしちゃってて」

 

「割と真面目に街の危機って感じだったしねー……。あたしもまだドキドキしてるかも」

 

「私も……少し、落ち着かないです……」

 

「皆に同じく。未だ、気が昂っている」

 

「そうね。ほんとうは、帰宅してすぐに、身体を休めるべきなんでしょうけど……」

 

最後に結城先輩が、チラリと新海先輩を見る。

 

「……だな。街を救ったのに、このまま解散ってのはな」

 

うんうん、やっぱり勝った後の祝勝会って大事だよね……!

 

 

 

 

 

「ってわけでーーー」

 

新海先輩の声に全員がコップを手に持つ。

 

「かんぱーいっ!」

 

みんなで祝勝会を開催する。勿論、新海先輩の部屋で。

 

お店やコンビニでは味気ないという事で私が色々と手配した。定番は外せないのでピザやチキン、ポテトやサラダとかを部屋まで配達してもらった。……え?誰にって?実家に戻って来ている九重家の人にだよっ。

 

「よーし、食べるかー。腹減ったー」

 

「ほっっっっと腹減った!力使った後めっちゃお腹空くよね~」

 

「分かります、私もペコペーーーぁ、は、恥ずかしい、お腹鳴っちゃった……」

 

「ふふ、私もさっき鳴っちゃいました。ぁ、そう言えばトマトソースが入ってあるのもあるけど……結城さん、大丈夫だった?」

 

「ピザは平気。ケチャップも大丈夫」

 

皆で囲ってワイワイと騒ぐ。あぁ……これだけで心は満たされるよ……お腹は空いてるけどね。

 

「そのものがなきゃ大丈夫なんだよな?」

 

「生が苦手なだけで、熱が入ってればなんとか食べれる」

 

一応そこ辺りも考慮して、サラダもシーザーサラダやチョレギサラダをチョイスしておいた。

 

「……あ、あの、なんか、無視できなくなってきたんですけど、高峰先輩、なんでさっきからヘブン状態みたいな顔してるの……?」

 

新海先輩の横では、高峰先輩が恍惚そうな表情で広がっているピザたちを見ていた。

 

「友の自宅でピッツァ……。また夢が一つ叶った……」

 

「あぁ~……、そ、っすか……。ピザの言い方ウザいな……」

 

高峰先輩の言葉に天ちゃんがボソッと毒を吐いたのを聞いて笑ってしまう。

 

雑談で盛り上がっていたのも最初だけで、お腹を満たす為に食事に重きを置いている感じで祝勝会は進んでいた。

 

買って来た食べ物も残り半分を切った辺りで再び会話を始める。

 

「勝利の余韻に浸りながら、友とピッツァパーティー……。素晴らしい夜だ。与一も来ればよかったものを……」

 

「あの人、マジで手伝ってくれなかったね」

 

「仕方ないだろ。敵にならなかっただけでも、俺はホッとしてるよ」

 

敵になるんですけどねー……。このチョレギサラダ美味い。

 

味付けが良い感じのサラダを少し取り分けて食べる。

 

「深沢くん、あの場に居たのかな?巻き込まれてないといいけれど……」

 

「さっきメッセージを送ったぞ。『おつかれ』とだけ返事が来た」

 

「ぁ、よかった。無事なんですね」

 

「下校時間直撃だったもんなー……。制服着てた人、結構居たし」

 

「そうだね……。私も沢山連絡来てて。友達はみんな無事だったみたいだけど……」

 

「ぁ、あたしもです。友達からバンバンメッセージ来てました」

 

「ぇ……?」

 

天ちゃんの言葉に新海先輩が声を上げる。

 

「え?なに?」

 

「お前、友達居たの……か?」

 

「いやっ、いるっつーの!居なかったら私の隣に座って居るこの子はどういう関係だよ!つか、ボッチなのはそっちじゃんっ!さっき神社で誰からもメッセージなかったんでしょ?この状況で来てないの相当だぞっ!」

 

私の肩を叩きながら反論をする。あぁ……それは地雷だよ?天ちゃん。

 

「っ……!……つぅ……っ」

 

「……お前、俺を含めて約四名の心をえぐったぞ?」

 

「あの……なんかすみません」

 

「……平気。私には春風がいる」

 

「の、希亜ちゃん……!」

 

結城先輩と香坂先輩はお互いに助け合った。

 

「フ……」

 

それを見て、高峰先輩も新海先輩の肩に手を置いてニヒルな笑みを浮かべる。

 

「……なんだよ。肩に手を置くなよ」

 

が、こっちは成立しませんでした、と……。む、この四種のチーズのピザイケる……。ポテトと合わせても美味しいのでは?

 

「ふふ、天ちゃんの友達も大丈夫だった?」

 

「あ、はい、大丈夫だったみたいです。でもあんまり……喜べないですよね」

 

「そうね……。死者が出てしまった。全員を救うことは、出来なかった」

 

「私たちの役目は十分に果たせた。あの程度の被害で抑えられたと、胸を張るべきだろう」

 

「で、ですよねっ!すみません、しんみりさせちゃって。食べましょ食べましょ」

 

「このチキンうまいな。どこのやつ?」

 

「白い紳士のおじいさんが立っているチキン屋さんですよ」

 

「ああ、あそこか。割と俺は好きな味かも」

 

「それは良かったですっ。好みが分かれるので少し心配してました」

 

「あたしはこのテリヤキのピザ好きかも」

 

全員が食べれるように一つのピザに四種類の味に分ける事が出来るメニューを頼んだから、好き嫌いがあっても大丈夫だと思う。

 

このバジルが乗ったイタリアンな感じのも意外とイケる……。

 

その後も食べては雑談を繰り返し、注文した食べ物を全て食べ尽くした。最後辺りはお腹一杯で手を伸ばさなくなった物を私がしっかりと処分した。得である。

 

「……そろそろお開きにするか。あんまり遅くなるのもアレだし」

 

ゴミを片付け、飲み物を飲んで一息ついた辺りでお開きとなる。

 

「それじゃー帰りますかー。食べたらめっちゃ眠くなって来た」

 

「今日……十二時間くらい、寝ちゃいそうです……」

 

「明日が土曜なのは幸いだったな。各々、しっかりと身体を休めよう」

 

仮に明日が登校日でも絶対休校になるだろうけど。

 

「……今度こそ、解散ね。みんな、本当にお疲れ様」

 

「最後に少しだけいいかしら」

 

結城先輩が解散の締めをしようとした時、ソフィが現れる。

 

「ちょっとした報告。世界の眼を使って、イーリスの気配を追ってみた。今まで朧気に感じていた繋がりが、消えているの。ほぼほぼ間違いなく、イーリスは死んだと考えていいでしょうね」

 

「ほぼほぼ……」

 

「断言できないのは、勘弁してちょうだい。別の世界のことだし、死んだ証拠なんて中々出せないもの」

 

「そもそも……他の枝では、まだ生きてるよな?」

 

「そうね。イーリスを倒せたのは、今のところこの枝だけ。私としてはそれで十分。大きく枝分かれして並行世界化してしまう可能性はあるけれど、大した弊害はないでしょうし」

 

「それに、今は生きているというだけで、別のあなたたちがなんとかしてくれるかもしれないし。ひとまず、様子を見るわ。オーバーロードを使って別の枝でも、とは言わないから、安心なさい」

 

「必要ならやるぞ」

 

「言ったでしょう?もう十分よくやってくれた。みんなお疲れ様。それと、ありがとう」

 

「千年前の私の過ちを、正してくれて」

 

こちらにお礼を告げたソフィを見て、皆が面を食らった顔をしつつも笑う。

 

「以上よ。まだ話したいことはあるけれど、後日にするわ」

 

「今日はしっかりと休みなさい。それじゃあね」

 

そう言って向こうへ帰っていく。ようやく終わったという実感が湧いて来たのか、全員が暫く無言でいた。

 

「じゃあ……」

 

結城先輩が、その沈黙を破る。

 

「最後に、翔から一言」

 

「はっ?な、なんで?」

 

「全て、翔から始まった。翔がいたから、みんなはここにいて、街を救えた。実質的なリーダーは、あなた。だから最後に締めるのも、あなたであるべき」

 

「あー……」

 

納得した新海先輩に全員が視線を送る。それを見て若干緊張を浮かべる。

 

「……なんつーか、全然考え纏まらないけど、あー……、割とみんな、強引に仲間になってもらったというか……」

 

「やばいやつがいるから協力してくれとか、結構、突拍子も無かったと思う。でも……手を貸してくれてありがとう」

 

「イーリスを倒せたのは、皆のおかげだ。本当に、ありがとう」

 

深く頭を下げる。

 

「で、あー……、お、お疲れ様でした!」

 

言うことが思い浮かばなかったので強引に終わらせた。

 

「……無理矢理締めた。グダグダすぎる……」

 

「仕方ないだろ……っ、こういうの慣れてないんだから……!」

 

「ふふ、お疲れ様でした。……新海くんの、みんなの力になれて、街を救えて、私もとっても、嬉しかったです」

 

「あ、あの、私、……はい、えと、ぁ、ぁ、あの……」

 

九條先輩に続いて気持ちを言おうとした香坂先輩だったか、耐えきれず人格を入れ替える。

 

「仲間に加えてくださったこと、感謝しておりますわ。翔様、それとみなさん。誠に、ありがとうございます」

 

「うぉ……、久々に変わった……」

 

「緊張しすぎて気絶しそうだったもので。ふふふ」

 

「私からも、礼を言う。キミのおかげで、街を救うために戦う事が出来た。何も知らなければ、ただの傍観者で終わっていた。私をヴァルハラ・ソサイエティの一員としてくれたこと、心から感謝する」

 

「これ……みんな一言言ってく流れだ……。えーと、ぁー……、あっ、そう!……ん?なんだ?………。ありがとうございましたーっ!!」

 

何も思いつかず無理矢理締める。

 

「……お前もグダグダじゃねぇか」

 

「あたしだってこういうの慣れてないからっ!」

 

いやいや、そう言うのが可愛いんですって……!

 

「……ん?私の番ですか?」

 

天ちゃんが終わり、次に私に皆の視線が集まる。

 

「えーっと、そうですねぇ……まぁ、最初から奇妙な始まりでしたが、終わってみれば色々とあったなと感傷に浸れる一か月だったかと思います」

 

「皆でファミレスでご飯食べたり、実家でお泊まりして一緒にご飯作ったりパジャマで寝たり……」

 

思い出す様に指を折っていく。

 

「最初の時は四人で公園の一角でピクニックもしましたし……あっ、香坂先輩の能力の練習で猫と戯れたりもありましたねっ!」

 

「……今後もここにいる全員でこうやって楽しく集まりましょう!どこかに旅行とかお出掛けも良いかもしれないですね!」

 

「待て待て、遊ぶ計画に変わってるぞ」

 

「あ、そうでした。んー……それじゃあ、()()()()()()()()感謝します?って感じで締めます」

 

「フッ……数奇な運命か。確かにそうかもしれないな」

 

こんな感じで私の番は終わり。

 

「……なんで俺を出した」

 

次に結城先輩……とは行かず、レナを召喚する。

 

「いや、お前も仲間だし、なんか一言」

 

「はぁ?俺はお前の幻体だぞ。ただの疑似人格だ。なんの感想もねーよ」

 

「ドライだなぁ……」

 

「この子なりの照れ隠しです」

 

「ふざけんなぶっ殺すぞ」

 

「じゃあ、最後の最後に希亜さんからどうぞ」

 

「……もう、散々言ったから手短に」

 

「お疲れ様、ありがとう。全て、みんなのおかげ。ここにいるみんなと一緒に戦えて、よかった」

 

嬉しそうに微笑む結城先輩に釣られてみんなも笑う。

 

「よしっ、じゃあ解散ってことで!」

 

「おつかれっしたー!」

 

次々と立ち上がり、玄関へ向かう。

 

「特に必要ないだろうけど、送ってく」

 

「は?何言ってんだ」

 

「え?」

 

「翔も確実に疲労が溜まっているはず。気を遣わなくて良いから、ゆっくり休んで」

 

「そうですよ。大人しく休んだ方がいいです」

 

「私も居る。安心しろ」

 

「そうなんだろうけど、せめて……レナ」

 

「へいへい。送ってくよ」

 

「お疲れ様でした。状況が落ち着きましたら、ぜひまた集まりましょう」

 

「ええ、そうね。またいずれ」

 

「それじゃあね。新海くん」

 

「ああ、また。お疲れ」

 

「まったにー!」

 

「しっかり体を休めてくださいねー?ではではっ、お疲れです!」

 

「九重もな。お疲れ」

 

先輩へ別れを告げて皆で外へ出る。

 

「舞夜ちゃんも今日は帰るん?」

 

「ベットで寝るっ!って言いたい所だけど、実家の方で色々とあるからこれから向かう感じかなー?」

 

「平気なの?あなたは今日一番疲れているはず」

 

「いえいえ、ご心配なくっ。報告とか話し合いが少しあるだけなので大丈夫ですよ?」

 

「……そう。あまり無理はしないように」

 

「体調には気を付けてね?」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

マンション下まで皆と歩き、すぐそこまで迎えに来てくれていた車に乗り込む。

 

「お疲れ様でした」

 

席に座り車が動き出すと、運転手の壮六さんが労ってくれた。

 

「ありがとうございます。と、言っても消える世界ではありますが……」

 

「必要な工程を踏んだ……ということでしょう」

 

「そういうことですね」

 

「ご友人たちとのパーティーは楽しめましたか?」

 

「それはもうっ!あ、配達ありがとうございました!そのおかげで楽しく出来ました」

 

「喜んでもらえた様で何よりです」

 

「……この世界もいつ終わるかは分かりませんが、その時までは楽しませてもらいます」

 

ゲームでは、二日後の日曜に先輩が成瀬先生のお見舞いに行った後に終わるけど……現実はどうだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の土曜は、後処理やらで動き回っていたのでそのまま実家で寝泊まりをし、日曜を迎えた。

 

警察や報道機関などにどんな情報が出回っているかなどの手回しや確認を行い、余計な騒動が起きない様にと九重家の方から監視をしたり、その最終確認で私があちこちに呼ばれたりと想像以上忙しかった。

 

「あぁ~……やっと終わったぁぁ……」

 

昨日動き回ったおかげで今日はなんとかゆっくりと出来そうではある。

 

「ん~……、たまには畳でゴロゴロして寝るのも悪くないねぇ……」

 

鼻をくすぐるよな畳の匂いを嗅ぎながら全力でダラける。

 

「あら、そんな無防備な格好で寝ているだなんて、襲われても知らないわよ?」

 

「およ?澪姉ではありませんか~……」

 

「随分と力の無い声ね。ま、昨日があんなじゃ無理もないかしら?」

 

「今日は全力で休むと決めているからね!そっちは?」

 

「私の方は明日にはここを発つわ。次の依頼よ」

 

「ありゃ、それはまた急な……」

 

「街もそれなりに落ち着きを取り戻してるし、大丈夫って判断が下りたのよ」

 

「明日かぁ~また暫く会えないとか寂しくなるねぇ……」

 

「そんな寝た姿で言われてもねぇ……。それよりも、舞夜。あなたは今後どうするつもりなの?」

 

さっきまで呆れるような声だったのに、急に真面目な声に変わる。

 

「今後……今後、ねぇ……どうしよっか?」

 

「私に聞かれても困るわよ。こっちが聞いてるのだから」

 

「そうだね……どうしよっかぁ」

 

この世界の私が出来る事や、やることは全部終えた。今後のために何か……とも考えたが、イーリスがオーバーロードを使えば全て無に還る。ナインだけが覚えているから先輩にも引き継げないし……。

 

「ん~……」

 

「全く……。何かしたい事とか無いの?」

 

「したいこと?」

 

「そう、舞夜がしたいことよ」

 

私がしたいことかぁ……。

 

「……う~ん、でもなぁ……まだ全部終わってないしぃ……」

 

「どうせこの世界で出来ることは無いのでしょ?それなら好きにすればいいじゃない」

 

「まぁ、確かにそうだけどね」

 

「……消えるから無駄って考えてるの?」

 

「……かもね」

 

澪姉の言う通り、中々やる気が起きない。昨日の疲れもあるのはあるが、皆とのグループでの会話とかで今後の予定などの話が出ると……こう、もやっとする。いや、最初に言い出したのは私なんだけどね。

 

「………、はあぁぁー……」

 

すると、澪姉がいきなり盛大にため息を吐く。

 

「可愛い妹を見て、ため息とは失礼な……」

 

「そりゃため息の一つや二つもしたくなるわよ。……念のため様子を見に来て正解だったわ」

 

目を閉じて額に手を当てて更にため息を吐く。

 

「舞夜、ここまで来たのだからもう後戻りは出来ないのよ?」

 

「……うん、知っているよ?」

 

「だったら、そんな情けない顔をしても仕方ないじゃない」

 

「情けないとはひどいなぁ。私だってセンチな気持ちになるんですぅー」

 

「なら最後まで駆け抜けなさい。舞夜自身が決めたんでしょう?」

 

「……分かってるって。ちゃんと最後までやるつもりだよ?」

 

ま、やるのはここにいる私じゃないけどね。

 

仰向けになり、大の字になって天井を見る。

 

「……後悔、してる?」

 

「後悔は、して……無いかなぁ?」

 

「別にそこで強がらなくてもいいわよ」

 

「あはは、まぁ、もしかしたらどこかでしてるかもね。でも概ね同じ感じで進んできているから、きっと大丈夫だよ」

 

「最後の最後に勝利を掴むのはこっちだって分かってるからね」

 

 





書きたいとこまで書いたら文字数がいつもより増えました……。仕方ない仕方ない。

次回は、5/20に戻ります。そう言う事ですね。



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第23話:雪中松柏


5/20

イーリス戦の決着シーンへ巻き戻りですね。




 

「ジ・オーダー……アクティブ!」

 

スティグマが広がる。希亜の身体に術式が刻まれ、ジ・オーダーの力が増す。

 

「さよなら、イーリス。哀れな神よ」

 

「哀れ……?私が、哀れですって……!」

 

「愛を知らず、傷つけることしか知らないあなたは、哀れでしかない。たった一人でも、あなたを大事に思ってくれる人がいれば……その力、正しく使えたでしょうに」

 

「………」

 

「哀れね。……本当に、哀れ」

 

「小娘がぁッ……!」

 

「……小娘じゃない。結城希亜。あなたを殺す者の名……覚えておきなさい!」

 

「パニッシュメント!」

 

稲妻が、イーリスを貫く。

 

「ぁ……っ」

 

世界を越え、希亜の魂の光が、イーリスの魂を焼き尽くす。

 

「っ、く……っ、か……っ……わ、私が、こんな、小娘に……ッ」

 

「こんな、終わり方……っ、私はみとめーーー」

 

言葉は、そこで途切れた。瞳は虚ろに揺れ、力を失った頭ががくりと垂れる。

 

先生の身体から……イーリスが、離れた。

 

「先生……!」

 

「沙月ちゃん、大丈夫なの!?これっ」

 

「大丈夫だよ、まぁ、もう少しは動けないと思うけどね」

 

「……ちゃんと息もしているし、脈も正常。気絶しているだけ」

 

「それならよかったぁー……」

 

「び、病院へ、連れて行った方が……」

 

「そうね。でも……」

 

希亜が、周囲に視線を向ける。

 

感染者たちが、その場に崩れ落ちてーーー。

 

「え……?」

 

異変に、気が付いた。

 

ほとんどの感染者は、イーリスの支配が解かれ、倒れている……だが、一部の感染者だけ、立ち尽くしたままだった。

 

いや、正確には……石になって。

 

「どういうこと……?」

 

希亜が困惑した声を上げる。そして、更に気がつく。

 

石となっているのは、特定の方角を向いている感染者だけ。

 

俺達を……いや、俺達の背後を向いている。

 

「いいね、すごくいい」

 

その場に似つかわしくない、明るい声。聞き覚えがある声。

 

……どこか、予感があったのかもしれない。

 

みんなが動揺している……。けど、俺は。

 

「石になるまでの時間、じれったくてイライラしてたけど、楽でいいね。()()()()()()

 

「……与一」

 

こうなるだろうと、きっと……予感していた。

 

「ただ、こっちを見ている人じゃないと石に出来ないのは不便だなぁ……。どうにかならないの?これ」

 

「ならないわよ。魔眼はそういうものだから」

 

与一の傍らに現れた、異質なぬいぐるみ。当然、ソフィじゃない。

 

「イーリス……」

 

「ハァイ、お久しぶり。あぁ……あなたたちにしてみれば、さっきぶりかしら」

 

「……嘘でしょ?」

 

「そんな……」

 

「どう、して……」

 

「確かに、手応えはあった……!間違いなく死んだはず……!」

 

「………」

 

「フフフ……」

 

ゾッとするような不気味な笑み。動揺する俺達を、イーリスは嘲笑う。

 

「少し、お喋りさせてもらってもいいかしら?」

 

「どーぞ、お好きに」

 

「あなたたちにしてみれば、せっかく殺したのにすぐに復活したように見えるでしょうけど、私にとっては数百年ぶりなのよ?」

 

「時間が欲しかったから、死んだふりをしてみたの。どう?うまくできていたかしら?」

 

「死んだふり……?じゃあ、私が倒したのは……っ」

 

「ごめんなさいね?ぬか喜びさせちゃった?」

 

「……しくじった?そんな……」

 

「あなたたちの力を知っているのに、対策しないはずがないじゃない、馬鹿ね。信じられないなら、試してみる?私の魂、捉えられるかしら?」

 

「……うまく隠れているわね。まんまと騙されたわ」

 

「そうでしょう?頑張ったのよ。本当に死んじゃいたくないから。フフフ」

 

「……っ」

 

希亜が悔しそうに、拳を握る。

 

イーリスを、殺せなかった。

 

その事実は、すんなりと受け止められた。うまく行き過ぎたことに、違和感を抱いていたから。

 

俺が動揺しているのは、イーリスが生きていることじゃなくて……。

 

「……数百年ぶり、ということは、そちらも持っているのですね?」

 

俺の横に立つ九重が確かめる。

 

そう、数百年ぶり。そう言った。つまりーーー。

 

「フフ、さすがに察したかしら?そうよ、その通り。お礼を言うわ。ありがとう、カケル」

 

「オーバーロードの存在を教えてくれて」

 

「運命を操る魔術なんて御伽噺だと思っていたの。荒唐無稽で研究する気にもなれなかったけれど、実在するのなら話は別」

 

「アーティファクトは、人が創り出した物。オーバーロードも、例外じゃない。だったら、私にも創れるはずでしょう?」

 

「……っ」

 

唇を強く噛み、血の味がする。

 

しくじったのは、俺だ。

 

俺が、オーバーロードが実在すると、イーリスに教えてしまった。他の枝よりもかなり早い段階で。そのせいで、対策する時間を与えてしまった。

 

死を偽装し、俺達を安心させ、オーバーロードを自ら生み出す時間を……!

 

「……解せないわね。なぜ戻って来たの?今更カケルたちに拘る理由なんてないでしょう?」

 

「あるわよ、大あり。私たちって不老でしょう?憎たらしい子がいても、勝手に死んでく」

 

「そう、勝手に死んじゃうのよ。死なれたら、憂さ晴らしもできないじゃない。引きずるのよねぇ……そういうの。気持ちよく生きる為に、きっちりやっておかないと……」

 

「死んだふりなんて屈辱的な真似をさせられた、そのお返しを……フフフ」

 

「ふざけんなよ……っ、こんな大勢の人を巻き込んで……!死なせて……!」

 

「演出よ、それなりに達成感があった方が、あなたたちも嬉しいでしょ?私なりに気を遣ってあげたのだけど……お気に召さなかった?」

 

「て、め……っ!」

 

「あら怖い、怒った?」

 

「……話長いよ。もういいだろ」

 

「ふふ、ごめんなさい。私って元々研究者でしょう?好きなのよ、誰かに解説するの。自分が苦労した話なんて、特に熱が入っちゃう。つい喋り過ぎちゃうのよね。……あなたなら、わかってくれるんじゃない?」

 

「ま……、僕もお喋りだけどさ」

 

「……与一、邪神に与するのか?」

 

イーリスと話している与一を見て、高峰が問う。

 

「そういうことになるんじゃない?知らないけど」

 

「……いいんだな?それで」

 

「良いも悪いも、僕は好きなことをしてるだけだよ」

 

「そうか……」

 

「……すまない、みんな。裏切る」

 

一度こちらを向いて、謝る。やはり、こうなってしまったか。

 

高峰が俺達から離れ、与一の方へ向かう。

 

「ーーーっが!?」

 

しかし、その途中でいきなりその場に崩れ落ちる。

 

「……裏切る、ということでしたら、私達の敵ですよね?」

 

隣を見ると、右手をプラプラと振っている九重が立っていた。

 

「……も、もしかして、倒したのか?」

 

「はい。わざわざ敵対宣言してくれたので分かり易かったです」

 

「うわぁ……蓮夜かわいそ。相変わらず容赦ないね、舞夜ちゃんは」

 

「深沢先輩が敵対した時に、こうなると予想出来ていましたからね。当然の結果です」

 

倒れている高峰を持ち上げ、近くの茂みに投げ込む。

 

敵となった瞬間から容赦がない……が、こうなると予想出来ていたなら納得は出来る。

 

「……それで?私達と戦う、で良いのですね?」

 

「ははっ、そうだね。その通りだ。そっちが分かり易くて助かるよ」

 

隣にいる九重の雰囲気が変わる。その目は初めて見るような殺意の籠った目だった。

 

「それじゃあ、始めようか。人目に付きたくないし、さっさと終わらせないと」

 

「……何をする気?」

 

与一の言葉に希亜が警戒心を露わにする。

 

「決まってるでしょ?」

 

「ーーー全員殺す」

 

言葉と同時に、与一の顔にスティグマが浮かび上がる。

 

ーーーマズイッ!

 

そう思った瞬間、俺達と与一の間に赤い炎の柱が燃え上がる。これは……っ!?

 

「やっぱり、初手は魔眼ですよね……」

 

能力を持っている九重が呆れるように呟いていた。

 

「……すまん、助かった」

 

「いえ、まだ最初を回避しただけです。次が来ますよ」

 

炎の向こう側に居る与一の手が上がる。

 

「っ!?マズイ!避けろっ!」

 

その手は、天の方を向いている。

 

「天ちゃんっ、こっちへ跳んで!」

 

「ぇっ、っ……!」

 

九重の声を聞いて、天が咄嗟にその場を跳んで、俺の後ろに()()()()

 

炎の柱を切り裂き、さっきまで天が居た場所を刃が通り過ぎる。

 

「うぇ!?何今のっ!やっべぇ……!」

 

「……ふーん、避けられちゃったか。今のがやりなおし、なのかな?やっぱり面倒だね」

 

「その子の反応も早かったわね……。殺すのは大変かしら?」

 

「ま、いーや。じゃ、次はそっちの番ね。僕のこと、お好きにどーぞ」

 

「……何を言ってる」

 

「そのまんまだよ。抵抗しないし、石にもしない。僕を殺していいよ。どーぞ」

 

「………」

 

「あー、そっか……。翔はそういうタイプだったっけ……?それなら……」

 

与一の視線が俺から外れる。

 

「舞夜ちゃん、お願いしていい?君なら簡単でしょ?」

 

「……オーバーロードの性能テストをするってことですね?」

 

「そういうこと。翔は殺すのNGみたいだし、殺せる人に頼もうかなって」

 

「……はぁ、嫌なことを言いますね」

 

ため息を吐いて、与一へ近づく。

 

「こ、九重……っ!?」

 

こちらの呼びかけに応えず、与一の目の前に立つ。

 

「あ、出来れば痛くない殺し方だとありがたいな。一瞬で死ぬやつ」

 

「……ありますよ」

 

静かに言った九重の手をブレる。……と、同時に与一の首が身体から離れ、地面へ落ちる。

 

噴水の様な夥しい程の血が辺りに飛び散る。

 

「……イーリス、さっさと戻して下さい」

 

「フフフ、やっぱり、あなたは良いわ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、出来れば痛くない殺し方だとありがたいな。一瞬で死ぬやつ」

 

「……ありますよ」

 

「……っ、頭いったぁ……。あ、ストップ、もういいよ」

 

「……巻き戻したのですね?」

 

「そ。僕のお願い聞いてくれてありがとねっ。おかげで痛い思いしなかったよ。なるほどねぇ……こんな感じなのか」

 

納得する様子の与一を一瞥してこちらへ戻って来る。

 

……今の言葉通りなら、九重が与一を殺して巻き戻したのか。

 

「いやー、初めてだからどうなるか心配だったけど。案外あっさりしてるんだね」

 

「心配しなくても平気よ。たとえ死んでも私が巻き戻してあげる。安心して好きにやりなさい」

 

「安心ねぇ……。失敗を無かったことに出来るのはいいけど、一度死んで痛い思いするでしょ?微妙だなぁ……」

 

「あと記憶の復元?頭痛するのもなんとかしてよ」

 

「それは私にもどうにもならないわよ。自分で何とかなさいな」

 

「……はいはい。じゃあ、死なない様に頑張るしかないね」

 

「それなら、徹底的にやらないとね」

 

与一が手を前に出すと、赤い烈風が俺達へ放たれる。

 

「ふっ!」

 

しかし、九重が出した炎がそれを相殺する。

 

「……だよね、やっぱりこうなるよね。それに……」

 

自分の手を見つめる。

 

「……駄目だな、これ。派手なだけだ。やれることが多すぎて迷うな……。相手が居るんだし、色々試してみないと」

 

今のは……イーリスが使っていた能力っ!

 

「残念ですが、そちらのお遊びに付き合うつもりはありませんよ」

 

冷たい言い放った九重が懐から何かを取り出し、頭上へ掲げる。

 

パンッ!と音が鳴り、俺たちの上空で赤い煙が広がる。

 

「……発煙弾?」

 

「赤色の物です。緊急時にこれがあったら、見た人達はどうするでしょうね?」

 

「なるほど。公園の時もそうだったけどこちらが嫌がることを平気でしてくるね」

 

「既に警察や緊急の人も街へ来ています。人が寄って来るかもですね?」

 

「……ほんとね。こちらへ向かって来てる気配を感じるわ。急いだ方がよさそうよ」

 

「それならさっさとーーー」

 

結界が割れる音が鳴る。

 

「ーーーがっ……ぁ……っごは!?」

 

少し呆れるように、与一が目を閉じた。その一瞬で九重が炎のアーティファクトを腕に纏い、結界ごと破壊して与一の心臓を貫いていた。

 

俺が見えたのは、終わった後の結果だけだった。

 

「だから、一瞬が命取りですよ?深沢先輩……」

 

「っは、……やる、……ねっ」

 

貫いた手を抜き、与一が崩れ落ちる。

 

「イーリス、次ですよ?」

 

与一を殺したことに対して何の感情も抱いていない様な声で、イーリスへ話す。

 

「……これは、苦労しそうねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほんとね。こちらへ向かって来てる気配を感じるわ。急いだ方がよさそうよ」

 

「っ……、なるほど、結界を破壊して心臓を、かぁ……」

 

「……二度目の死ですね?」

 

「その通り。けど、人間の心臓を貫いて殺すだなんて、人間技じゃないね。目も赤くなっていたしさ」

 

隣をみると、その目は既に赤く染まっていた。

 

九重が与一と対峙している。与一の目には既に俺たちは眼中に入っていない。あくまで、脅威となるのは九重一人ってことだろう。

 

「……こういうのはどう?」

 

与一の周辺に、無数の浮遊物が生成される。

 

槍に、剣に、回転する刃、球体ーーー。

 

「全部、防ぎ切れるかなっ!」

 

全ての攻撃が俺達に向かって飛んでくる。到底一人では処理出来る数には見えない。

 

それに対して九重は、構えを取って前に出した右足を持ち上げる。

 

「ハァッッ!!ーーー『震脚』ッ!!」

 

「うぉっ!!?」

 

地面に打ち付けた足を中心に地面が割れ、重く激しい振動が地面を伝って周囲へ広がる。

 

衝撃でめくれ上がった地面が伝播するように次々と前方のタイル巻き上げていく。

 

与一が放った攻撃が、周囲へ飛び散ったタイルに当たり、消える。

 

周りに広がった揺れに耐えきれず、その場に居た全員が尻もちを付く。

 

「……っう……。やっぱり、私の身体じゃ九重の技は耐えられませんかぁ……はぁ」

 

その原因を作った本人だけがその場に立ち、地面に打ち付けた足を持ち上げ確認していた。

 

「な、なに今の……じ、地震?」

 

「ま、舞夜ちゃんが、やったの……?」

 

俺を含めて皆がその様子に驚いていた。

 

「おいおい……、え、まじかよ……今の人間技じゃないでしょ……」

 

九重が放った衝撃で後ろに倒れ込んだ与一が驚愕の表情を浮かべていた。

 

「人を止めているわね……あの子」

 

「それで?深沢先輩……まだやりますか?」

 

「えぇ……まじで?流石にこれは想定外」

 

「巻き戻してもらっても大丈夫ですよ?殺し合いのイタチごっこを所望するのであれば、ですが……」

 

「しかもめっちゃやる気満々じゃん……、よっと」

 

与一が立ち上がる。

 

「面白くなってきた……って言いたいところだけど、そろそろ時間切れかな?サイレンの音も近いし……」

 

そう言って周囲を見渡してこちらを見る。

 

「……悔しいけど、一旦退こうかな?流石に今はこれに勝てる気がしないし」

 

「そうね、人が集まり始めてる。また機会を改めた方がいいわよ」

 

「もう少し、アーティファクトの能力を理解してからまた来るよ」

 

「……続ける、でいいのですね?」

 

「だね。負けっぱなしは悔しいし」

 

「……この場を去るのでしたら追いません。どうぞご自由に」

 

与一の言葉を聞いて構えを解き、去るようにと手を動かす。

 

「イーリスの言う通り、一番の障害になりそうだね。……でも、必ず殺す」

 

こちらを……正確には九重を睨み、その場から消える。

 

「……ふぅー……、一先ず、この場は凌げましたね」

 

安堵するようにため息を吐いて皆を見る。

 

「怪我などはしてませんか?かなりの衝撃だったと思いますが……」

 

心配するように振り返り、俺達に声をかける。

 

「あ、ああ……俺は大丈夫だが……」

 

「あ、あたしも平気」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

「特に、怪我は、していませんが……」

 

「……私も問題無い」

 

「良かったですっ、安心しましたー……」

 

「九重のほうーーーって、血がっ!?」

 

九重の右足を見ると、靴が赤く染まっており、地面に血が広がっていた。

 

「えっ!?めっちゃ血が出てんじゃん!!」

 

「あー……大丈夫です。大したことありません、今は血を止めていますので」

 

「大したことないって……そんなわけないでしょう」

 

「もしかして……さっきの、攻撃で……」

 

血を流してる足はさっき地面に叩きつけた右足だ。

 

「さっきので……そうなったのか?」

 

「んー……まぁ、そうですね。九重家の技を使ったですが、やっぱり負荷が強かったみたいです」

 

けろりと答える。その表情に痛みを感じている様には見えない。

 

「アーティファクトの力で出血も止めているので今は大丈夫ですのでご心配なく。それよりも、優先して話す事がありますよ」

 

「……ああ、そうだな」

 

さっきの技や、怪我も気になるが、それよりも話さないといけない事がある。

 

「話を始めても、いいかしら?」

 

「はい、大丈夫ですよ~」

 

「こんな状況になっても、変わらないのね」

 

「しんみりした空気は気が滅入るので、明るくしてみましたっ」

 

「そ、まぁいいわ。取り敢えず、状況の整理ね」

 

「身をもって知ったと思うけれど……相当厄介な状況になってしまったわ。イーリスがオーバーロードを自らの手で作り出してしまった。さっきはマヤがなんとか退けてくれたけど、このままじゃ本当にイタチごっこになるわ」

 

「お互いに殺しても巻き戻して無かったことにし合う。いつまで経っても終わらない血みどろの戦いが……」

 

「……っ、どうすればいい?」

 

「まず、イーリスはダミーを介してサツキを操っていた。自分の魂は厳重に隠匿してね」

 

「それをどうにかして、ダミーでは無く本体を討つ必要がある。それが出来れば、イーリスがオーバーロードを作った枝を剪定出来る、はずよ……」

 

いつもと違い、ハッキリとしない声で言う。

 

「まだハッキリと私からこれといった案が思い浮かんだわけじゃない。けど、少なくとも……もっと前の日に戻る必要があるのは確か」

 

「っ!?それは……つまり」

 

「ええ、そうよ。あなたには辛い選択を強いることになるでしょうけど、ここはもう手遅れ。イーリスとヨイチが手を組んでしまってる」

 

「……それは、そうだが」

 

「考える時間を作るために……そうね、フェスの日、4/17に戻るのが一番よ」

 

「4/17……」

 

そうなると、ここまで来た皆との……。

 

「……私も、それに賛成です」

 

皆が目を伏せて黙っていた中、九重が賛成する。

 

「イーリスとの接触の可能性が低くなる最初の日が一番阻止できるはずです。……新海先輩には、嫌なことをさせてしまいますが……」

 

「っ……!」

 

二人の言うことは正しい。それが最も確率の高い方法だ。

 

だけど、皆との……希亜との思い出を消してーーー。

 

「翔」

 

決断を迷っている俺の名前を呼ぶ。

 

「希亜……」

 

顔を上げると、真っ直ぐな目で俺を見つめる。

 

「……ソフィと舞夜の言う通り、この枝はもう厳しい」

 

「あ、ああ……」

 

「だから、オーバーロードを使って」

 

「……希亜」

 

迷っている俺を断ち切るように伝える。

 

「今のイーリス達に対抗できるのは、あなたしかいない……。世界を救えるのは、翔しかいない」

 

「私達のことで迷わないで、行って。翔」

 

「……はは、希亜は強いな」

 

「強がってるだけ。それに、強くなれたのは、翔のおかげ」

 

「……っ」

 

"俺のおかげ"、そう言われてこれまでの思い出が頭をよぎる。

 

「もう……そんな顔してないで」

 

俺の正面に近寄り、伸ばした手で頬に触れる。

 

「私達の想い出は、無くなって……また最初からになっちゃうけど、大丈夫」

 

「例え記憶が消えてしまっても、翔が翔でいる限り、私は……」

 

「何度でもあなたを好きになる」

 

「希亜っ……」

 

「だから、迷わないで」

 

優しく俺を見て、両手で顔を包む。

 

「前に踏み出す勇気が必要ならーーー」

 

両手で俺の頬をゆっくりと引き寄せ、そのまま唇を合わせる。

 

「ぅおお……やるぅ……」

 

それを見ていた九重が感心する様な声を上げる。

 

「んっ……っ……はぁ……」

 

数秒、お互いにキスをして顔を離す。

 

「……これで、少しは出た?」

 

少し恥ずかしがるように口を押えながら目を逸らす。

 

「……ああ。出たよ」

 

ここまでされて、出ないとは言えない。

 

「それなら、よかった……」

 

今も若干頬を赤らめている最愛の恋人を見る。

 

「……分かった。行ってくるよ」

 

「……うん。それと、約束」

 

小指を差し出して来る。

 

「また、私のことを……迎えに来てね?」

 

「……ああっ、約束する」

 

互いに小指で契りを結ぶ。

 

「ずっと待ってるから」

 

「必ず迎えに行くよ」

 

希亜との約束を交わし、指を離す。

 

「……みんなも、行ってくるよ」

 

「うん、気を付けてね……?」

 

「い、いってらっしゃいっ!!」

 

「か、翔様の健闘を、祈っています……!」

 

三人からそれぞれ応援をもらい、俺を見ている九重の方を見る。

 

「……気を付けて下さい。きっと、辛い戦い待ってます」

 

「かもな。けど、勝ってみせるよ」

 

自分に言い聞かせるように宣言すると、その俺を見て寂しそうに目を細め、フッと笑う。

 

「もし……どうしようも無くなった時は、私を頼って下さいね?」

 

「ああ、これまでも助けて貰ってるけどな」

 

「それもそうでしたね、あはは」

 

別れを告げ、最後に希亜をもう一度見る。

 

「行ってくる」

 

「ええ、あなたの勝利を願っているわ」

 

決意を込めた目を見送られ、後ろを振り返る。

 

ここから先は、もう……振り向かない。

 

ゆっくりとその場を離れる。

 

「………、跳べ」

 

再び、会いに行く為に……。

 

 






「結城先輩、ありがとうございます。先輩を、送り出してくれて……」

「……別に、当然のことをしたまで。それに……」

「それに?」

「揺るがないあなたに負けたくなかった、それだけ」

「ありゃま、それはそれは……」


そして、忘れられている高峰……。



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第24話:絶望の中に射し込む者



一気に飛びます。ループとか諸々。

視点が何度か変わります。




 

白巳津川(しろみつがわ)という街がある。

 

俗に言う学生の街であり、比較的飲食店などが駅前に多くみられ、学生たちの憩いの場となっている。街を代表する観光産業は特に無い。

 

しいて言うならばコーラなどで有名なコロナ飲料の本社がある位だ。それだけでも十分だと思うのだが、偉い人達はそれだけでは満足できず、観光地として有名になろうと、町興しをする。

 

輪廻転生のメビウスリングというアニメがあった。

 

さっき話した白巳津川に昔から残る伝承をモチーフにし構成されたアニメなのだが、設定や物語が難解過ぎる内容であるためアニメとして失敗。しかし一部のアニメファンからは高く評価されるという謎のアニメである。

 

そして去年、この白巳津川で地域振興という目的でメビウスフェスが開かれた。が、地元住民から圧倒的不支持であったからか、春に合わせて無理矢理作られたからか定かでは無いが、結果は散々だった。地域振興としては完全に失敗として幕を閉じる。

 

アニメ放送から早二年、去年大敗したはずのメビウスフェスが再度開催となった。去年行っていないから比べられないが、そこまでの盛り上がりは見られないと思われる。一部のコアなファンだと思われる人はあちこちで確認できるがそれでも成功とは程遠かった。

 

それに追い打ちを掛けるかのように地震が起き、フェスが中止となる。余震の可能性があるため当然避難しなくてはいけない。つまり、今年は去年以上に失敗が決まったのである。

 

「ま。私には関係の無い事だけどね」

 

地震後、周りの人が会場地から去って行く中、携帯を耳に当てながら、とある人物を観察していた。対象の人物は、この街に1000年程歴史があると言われている白蛇九十九神社にある神器が破損した事で指を切ってしまったらしい。丁度妹である新海天、天ちゃんが絆創膏を持ってきたみたい。これなら無事にこの世界とむこう側のゲートは繋がり、アーティファクトがこちら側に流れたとみて良さそうだ。

 

「先輩も無事に世界の眼を取り込んだみたい」

 

少し離れた位置からその様子を観察し続ける。消毒液を塗り絆創膏を貼った後、この神社の巫女さんでもある成瀬沙月、成瀬先生と話し込んでいる。

 

「これは……少なくともラストスパートじゃ無さそうかなぁ……」

 

『どうじゃ?そろそろ判断が付きそうか?』

 

電話越しから年老いた男の声が話しかけてくる。

 

「あー、もう少し様子見するけど、多分何もないで終わると思う」

 

『分かった、他の者にはまだ警戒するようにと伝えておく』

 

「うん、ありがとね」

 

『なに、可愛い弟子のお願いじゃからな、儂にかかれば余裕よ』

 

電話越しから頼もしい声が返ってくる。その声を聞きながらも視線はずっと対象の人物に向けている。

 

暫く見ていたが、三人で会話をした後にお互いに背を向けて離れていく。解散したようだ。

 

けど、その目には焦りと怒りなどが混じった濁った眼をしていた。

 

「………、ごめん、おじいちゃん。対象の見張りと連絡をお願いしても良いかな?」

 

『なるほど、了解じゃ。つまり、そこまで来ておる……という事でいいのだな?』

 

「うん、多分だけど……もう終わりが近いかも」

 

新海先輩に見つからない様に人混みに紛れながらもその様子を観察する。去り際にスマホを取り出して何を打ち込む。

 

……これは確定かな?多分、深沢与一と連絡を取っているはず。

 

「私も身を隠すから、後のことはお願いしてもいい?」

 

『ああ、監視と報告はこちらで随時送ろう』

 

おじいちゃん達に任せ、近くまで迎えに来て貰った車に乗り込み、実家へ向かう。

 

「……イーリスは同調で手が離せないから今はまだ大丈夫だよね」

 

もし、ここまでが私の記憶にある通りの物語なら、まだ猶予はありそう。……と、言っても私が新海先輩達と協力してイーリスと敵対したという前提の話だけど。

 

「そうなれば私を含めて皆を殺しに来ると思うし……」

 

自分で口に出しておいて、嫌な気分になる。

 

「……ううん、まだ早いから。助けるのは、先輩が自覚してからじゃないと……」

 

オーバーロードの本当の持ち主と、世界の眼を正しく認識してもらわないといけない。そうじゃないと完全にイーリスは殺せないだろうし……。

 

「……はぁ、もっといい方法があればよかったんだけどなぁ」

 

けど、どの様な流れでかは分からないけど、ここまで来ている。これまでの枝での努力を無駄にはしたくない。

 

「その為には、生き残らないとね……」

 

今日だけで何度目かのため息を吐きながら、外の景色を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れる。

 

外はすっかり空にオレンジ色になっていた。届いたコーラは全く減っておらず、溶けた氷でむしろ増えていた。

 

走り回って喉は枯れているのに、飲む気になれない。

 

頭の中は色んなことで回っていたが、身体は動かず無為な時間を過ごしていた。

 

「………」

 

結局、コーラには一口もつけないまま、席を立って店を出た。

 

目的も定まらない疲れた足で、駅前へ向かう。

 

希亜も、香坂先輩も、九條も、九重も居ない。

 

天から連絡先を聞いて、電話をしてみたが一向に九重が出る気配は無かった。

 

みんなを探したけど、どこにも居ない。

 

天は大丈夫だろうか。ちゃんと家にいるだろうか。

 

スマホを再び取り出すが……確認を取る勇気が出なかった。

 

……もし、返事が来なかったら。

 

それが、怖かった。

 

ふらふらと、歩く。ただただ歩き続ける。

 

みんなを探して、俺は何をするつもりなのか。

 

俺一人じゃ……何も出来ない。

 

結局、守ってもらって、なんの力にもなっていなかった。

 

みんなと一緒に居るタイミングでは、九重が居たから守る事は出来た。けど、それでは与一とイーリスの同調を防ぐことは出来ない。また同じ結果になってしまう。

 

……時間を、戻すべきだろうか?

 

戻して、どうすれば良いんだろうか。

 

向こうは一方的に俺たちの場所を把握している。皆を守るには、時間が圧倒的に足りていない。

 

纏まらない考えのまま、歩いていると、すっかり日が沈んでいた。

 

それでも、歩く。目的もないまま、歩き続ける。

 

分かっていた……。俺たちが与一とイーリスに対抗出来ていたのは、九重が居たからだった。あいつの力のおかげで皆で戦えていた。

 

それが無くなれば、イーリスにとっては俺たちは遊んでも勝てる程度の相手だったんだろう。

 

それに……与一は躊躇わず、迷わない。純粋な殺意を俺達に向けて来ていた。

 

本気で……殺しに来ている。

 

勝てるわけが無かったんだ。為す術がない。抵抗すら出来ずに、殺されて終わりだろう。所詮はただの一般人だ。

 

例え与一をどうにか殺せたとしても、オーバーロードで振り出しに戻る。

 

「………」

 

……多分もう、みんなは。

 

死んでる。

 

「……っ」

 

足が止まってしまった。

 

全部、無駄に思えてしまった。俺がしたこと……これからすること、全部。

 

何もかも……無駄に……。

 

結局、俺一人では無力だった。何もできやしない。

 

……少し、疲れた。

 

歩き出した足は、自分のマンションへと向かっていた。

 

生産性の無い思考のまま、帰って来た。

 

全て忘れて、眠りたい。

 

失敗続きで、気持ちが折れかけている。一度眠って、リセットしたい。

 

弱気は……ここまでだ。眠って、疲れを癒して。

 

また、跳ぶ。

 

跳んだ所で、俺に何が出来るか分からない。でも、跳ぶ。

 

がむしゃらに、目指すしかない。

 

最良の結果を……。

 

自分の部屋の階に着き、部屋に戻る前に最後の望みをかけて三つ隣の部屋のインターホンを鳴らす。

 

「………、だよな」

 

少し待ったが、中から人が出てくる気配は感じれず。諦めてそのまま部屋に入る。

 

靴を脱いで、明かりを点ける。

 

「……?」

 

玄関を上がって進もうとした瞬間に、ふと違和感を覚えた。

 

俺の部屋なのに……俺の部屋じゃない。そんなよく分からない、異質な違和感。

 

「……なんだ?」

 

とにかく、猛烈に嫌な予感がした。

 

足音を殺して、進む。

 

リビングへの扉に手をかける。

 

「………」

 

息を殺し、音を立てずにゆっくりと、扉を開ける。

 

……誰かいる。

 

窓際に、人影が見える。

 

窓にもたれ、足を投げ出し、座ってる。

 

小柄なシルエット。

 

暗闇で目が慣れなくて、顔は良く見えない。

 

それでも、分かった。……分かってしまった。

 

誰なのか、俺には。

 

「ぁ、……、ぁ、ぁ……」

 

「………」

 

「………、……っ、……、っ」

 

名前を呼んだ。

 

けど、声にならなかった。

 

ずっと探していた、俺の大事な恋人は。

 

……ここにいた。

 

痛々しい姿で、力なく座って。

 

ここに、こんな、ところに……っ。

 

「や、おかえり」

 

視界の端で、影が動く。

 

テーブルのそばに移動し、腰を下ろす。

 

「死体って重いね。運ぶの結構苦労したよ。まぁ、イーリスに跳ばしてもらっただけだけどさ」

 

「………」

 

「まだあるよ、お土産」

 

テーブルの上に並べれていたのは、みんなのアーティファクト。

 

髪飾り、バングル、ネックレス。

 

そして、()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

360度、一秒たりとも隙のない監視の中、私はただ時間が過ぎるのを待っていた。

 

時間は昼を過ぎた辺り。おやつの時間だ。

 

そんな考えをしている時に、ポケットに違和感を感じた。

 

「……ん?」

 

特に意識せずにそのポケットを触る。

 

「……っ!?」

 

中の物を触った瞬間、頭の中に情報が流れこんでくる。

 

「これって……っ!」

 

急いでそれを取り出す。

 

「……アーティファクト」

 

見た所、ゲームで見た意匠とどことなく似ている。しかも使い方を知った。

 

「……!?まずっ!」

 

私の手にアーティファクトがあるということは、イーリスにここの位置がバレてしまう……。

 

「ああもうっ!やっちゃったよ!というかこれは流石に想定外!!」

 

急いで立ち上がり、部屋の外に連絡を送る。

 

「すみません!緊急事態です!想定外の事が起きてしまいました!」

 

焦るように外部と連絡を取って外に出る。

 

「こうなると……場所は特定されるから、どうにかして諦めてもらうしか……!」

 

移動しながら別の作戦を考える。

 

「……私は知らないってことだし、なんとか魔眼対策をして、アーティファクトを渡せば……」

 

「いや、それだとアンブロシア打たないといけない?気絶するよね?それか……逆に手を組む?」

 

「向こうが私をどんな感じで認識しているからわかんないし……」

 

……先輩の血を取って、ナインに記憶をインストールしてもらえたら楽なのになぁ。

 

そんな現実逃避をしながら、()()()戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

ピンポーン

 

「………」

 

ピンポーン

 

「………」

 

「勝手に入っちゃうよー?」

 

玄関が開き、声の主が上がり込む。

 

「あれ……?電気点いて無いけど……いるんだよね?……なんか変な匂いするなぁ。ゴミ屋敷とかになってない……?」

 

「おーい。翔ー。大丈夫かー、生きてるかー?」

 

「………」

 

返事をせずに黙っていたが、そのまま部屋まで進み、扉を開けた。

 

「あ、やっぱいるじゃん。電気も点けずに何してんのー?寝てる?」

 

「起きろー。電気点けるよー?」

 

そのまま部屋の電気を点け、現状が露わになる。

 

「ずっと学校休んでるけど、体調でも―――」

 

「ちょ、っと……嘘でしょ……」

 

明かりを点け、それを見てしまい絶句する。

 

怯えた目で、俺達を見る。

 

「なんなの、これ……」

 

「……そういう反応されると思って、居留守を使うつもりだったんですけどね」

 

「翔くん……、なに、してんのよ……」

 

「何って……一緒にいるだけですよ、恋人と」

 

「っ……」

 

「鍵、かかってたはずですけど………。どうやって入りました?」

 

「私が中から開けた」

 

「ソフィか……。この枝では、初めましてだな」

 

「ええ、はじめまして。どの枝よりも絶望的で、異常な状況ね」

 

「……そうかもな。なんで二人が一緒にいるんだ」

 

「この枝では、イーリスがサツキに興味を示してないみたいなの。だから、私から接触した。いざとなったら、同調させてもらおうと思って」

 

「……同調しても、大したこと出来ないだろ」

 

「そうね。衰えに衰えた私では、深く同調することも難しいし。ま……気休めね」

 

「ちょ、っと……。そんな話、どうでもいいから、警察に……」

 

「呼んでもいいですけど、無駄ですよ」

 

「無駄って……」

 

「存在を消してますから。希亜のことも、俺のことも、みんなのことも」

 

「そういうこと……。ソラのアーティファクトね」

 

「ああ。だから、騒ぎになってない。俺たちのことが分かるのは、ソフィと、先生と……あいつらだけです。多分ね」

 

「いやぜんっぜんわかんないんだけど……」

 

「警察が来ても、俺たちのことは認識出来ないってことです。そういう風にしています」

 

「ど、どうして?」

 

「……静かに過ごしたいんですよ。今は、静かに」

 

「………」

 

「……なにか用ですか?」

 

「用はないけど……様子を見に来たの。心配で……。学校来ないし、それと……ソフィから、色々聞いたし……」

 

「色々?」

 

「私が観測できた範囲のことは、伝えてある。ヨイチって子に、徹底的にやられたことも」

 

「そっか……。悪いな……ソフィ。負けた」

 

「……謝るのは私の方ね。元々は……私が蒔いた種だから」

 

「……別にいいよ、そんなの。途中から……完全に私怨で動いてた。……もっと、うまくやりたかったよ。希亜を、みんなを……こんな目に遭わせることなく」

 

「………、先生、見ての通りです。ちゃんと生きてるんで、心配しないで下さい」

 

「無理でしょ……。相当異常な状況だよ、これ」

 

「……かもしれませんね。与一に言われましたよ。壊れて来てるって……」

 

「まぁ……あいつにだけは、言われたくないですけど」

 

「………、これ、本当に……深沢くんがやったの?」

 

「……はい、みんな、殺されました。……あいつと、イーリスに」

 

「……な、なんて言ったら、いいか……。ソフィ、なんだか大変みたいって、軽く言うから……。私、こんなことに……」

 

「軽く言ったつもりはないわよ」

 

「でも、………、ぁー……」

 

「大体のことは、聞いてる。白蛇様は二人いて、悪い方の白蛇様……イーリスが、良くない事をしようとしてる、って……」

 

「よくわかんないけど、翔くんがとんでもないことに巻き込まれてるなら、取り敢えず……相談だけでも乗ってあげられればって……」

 

「……なにか、ある?私にできること……」

 

「ないです。……俺と関われば、みんな死ぬ」

 

「ただ……そっとしておいて欲しいんですよ。今は……ただ」

 

「でも……」

 

「………。サツキ、行きましょう」

 

「あ、……う、うち来ない?久しぶりに一緒にご飯でも―――」

 

「サツキ」

 

「………、本当になにも、ないの?できること……」

 

「ありません」

 

「そ、か……」

 

「行きましょう」

 

「……っ、わかった……」

 

「………」

 

「ああ、そう。最後に私からも、いいかしら?」

 

「ああ」

 

「あなた、本当に……折れてしまったの?」

 

「………」

 

「……そう。わかった。行きましょう。サツキ」

 

「また来るね。せめて……ご飯はちゃんと食べなね?」

 

「……心配してくれて、ありがとう。沙月ちゃん」

 

「……うん、それじゃ……」

 

心配そうに俺を見つめ、帰って行った。

 

「………」

 

静かになった部屋で目を瞑る。

 

「……もう少しだ」

 

「もう少し……、もう少し……」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれからかなりの時間が過ぎた。

 

部屋でじっとしている俺を心配してか、ポストに軽い食べ物が毎日届けられていた。律儀に毎回内容を変えて三食。

 

たまにデザートとかも入っており、久しぶり口にしたが、あまり味はしなかった。……けど、その気遣いはありがたかった。

 

身支度を整え、部屋の電気を消す。

 

「………」

 

一度だけ部屋を見渡して、最愛の人を見る。

 

「………、行ってくるよ、希亜」

 

最後に一言、別れを告げて、部屋を出る。

 

玄関で靴を履いて、家を出る。

 

与一は恐らく、あのマンションに―――。

 

行き先を考えて玄関のドアを閉めると、隣から人の声が聞こえた。

 

「おや、遂にこの日が来てしまいましたか……」

 

「―――は?」

 

その声を聞いて、今日まで感情が希薄になっていると自覚があった俺でも驚いてしまった。

 

「お、おまえ……どうして、ここに……」

 

「あはは、かなり間抜けな表情をされてますよ、()()()()?」

 

俺を見て静かに笑うその表情は、いつもより寂しそうにしていた。

 

「なんで……っ!?」

 

理解が出来ず、言葉が詰まる。

 

「なんでって……そんなの、決まってるじゃないですか」

 

「―――この、クソみたいな運命を変えるために、ですよ」

 

この場に居るはずのない人物。

 

死んだと思っていた。

 

そこには、俺の記憶の中と変わらない不敵な笑みを浮かべて笑う―――九重が居た。

 

 

 






はい、ここで一旦CMです。



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第25話:もう一度、ここから……


生きてましたっ!




 

 

「お邪魔しますね」

 

思考が纏まらないまま、九重に押されて部屋へと戻る。

 

「……結城先輩」

 

部屋の壁にもたれかかっている希亜を見て、悲しそうな瞳を浮かべ、頬を指で優しく撫でる。

 

「………、元気にしていましたか?」

 

こちらを向いて、俺に問いかける。

 

「あ、ああ……。そ、それよりも……、い、生きてたのか……?」

 

「ふふ、死んでいた……と思ってましたか?」

 

「ああ……アーティファクトもここにあったから、そうだとばかり……」

 

「ま、実際にそう見えるようにしたんですけどね……」

 

「与一から逃げ切れたのか……?」

 

「まぁ……そんな感じです。色々と手を打って生き延びました」

 

「今のことは……ソフィから、聞いてるのか?」

 

「現状は何となく知ってますよ。みんな、殺されたってことは」

 

「……そうか」

 

「すみません、すぐに来たかったのですが、イーリスの目を欺く為に時間がかかってしまいました」

 

「いや、九重だけでも……生きていて安心した」

 

「……私だけに、なってしまいましたが……」

 

「………。それで、どうしてここに?俺を待っていたみたいだったが……」

 

それに、さっきの言葉……。

 

「はい、新海先輩を待ってました。この戦いを終わらせる為に動き出す……その時を」

 

「……俺が、何をしようとしてるのか、分かってるのか?」

 

「……ですね」

 

「九重は、俺と一緒に来るつもりなのか……?」

 

一緒に来てくれるなら心強い……が、これ以上巻き込みたくも無い。

 

それに……何となくだが、違う気がした。

 

「あはは……、先輩と一緒に行って、全てを終わらせる。そんな結末もあるかもしれませんね……」

 

悲しそうに笑うその顔は、俺を見ていたが、俺ではない何かを見ているかの様だった。

 

「ですが……残念ながら、違います」

 

……やっぱり、か。

 

「私はここに、お話を……新海先輩に提案をしに、来ました……」

 

「提案……?」

 

俺に……?なにを……?

 

「はい。ご提案です。内容だけでも、聞いて貰えませんか?」

 

「……ああ、聞くよ」

 

「ありがとうございます」

 

いつもと違い、少しよそよそしい動きで頭を深く下げる。

 

「……色々と、流れとか、どう説得しようかと考えていたのですが……単刀直入に言いますね?」

 

「最後に、もう一度だけ……あの日に戻ってくれませんか?」

 

俺の目を見て、ゆっくりと言う。

 

―――あの日。

 

いうまでも無い。最初の4/17のことだろう。

 

「……どうしてだ」

 

単純な疑問を聞く。

 

「……みんなを、救うためです」

 

「みんなを……救う?」

 

「はい、イーリスから……みんなを」

 

「無理だ」

 

反射的に言ってしまった。

 

「……そう、でしょうか」

 

「ああ、無理だ」

 

「理由を、聞いても良いですか?」

 

「4/17のあの時、神器が壊れて世界が繋がってから、イーリスと与一の同調が済むまでの時間はどれだけ残されてると思う?」

 

「……五分、ですよね?」

 

「……知って、いたのか」

 

どこでそれを……。

 

「はい。そして、新海先輩がどれだけ頑張って、深沢先輩を探しても、それを止める事が出来ないことも……」

 

「知ってるなら分かるだろ?みんなを助けるには、その同調を阻止しないといけない。けど、それ自体が無理な話なんだよ……」

 

「そうですね。不可能な話……だと思います」

 

「なら―――」

 

『戻る意味がないだろ』

 

そう言い捨てようとしたが、言葉が止まる。

 

……そんなこと、九重も承知のはず。それなのに、敢えてそれを俺に提案してくるってことは……。

 

半信半疑で九重を見る。その表情は、俺が気づいたことに対して静かに笑っていた。

 

「……もしかして、あるのか?何か……手が……?」

 

「ふふふ、頭は働いている様で安心しました」

 

「確かに、五分という時間は短いです。先輩一人では到底無理でしょう。ええ、()()()()

 

「ですが、私なら……それを覆せます」

 

「……聞かせてくれ」

 

「私の実家のことは聞いていますか?」

 

「……ああ。多少は、程度だけどな」

 

「実は、フェスのあの日は、警備の為に街中に実家の人が散らばっているんですよ」

 

「九重の家の人が?」

 

「はい、割と高密度、広範囲で……。ですので、深沢先輩一人を探す程度、簡単だと思います」

 

「……けど、仮にそうだとしてもどうやって九重に協力をお願いすればいい。まだ顔すら知って無いだろ?」

 

「そうかもしれませんね。……それでしたら、私が嫌でも協力してしまう魔法の言葉を先輩に教えましょう」

 

「魔法の言葉?」

 

「これを私が聞けば、必ず……協力します。お約束しましょう」

 

「……それって、九重の秘密か?」

 

「ん?はい、そうですね。あれ?もしかして他の枝で既に……?」

 

「一応、聞いてはいる……九重が、その、本当は実家とは血が繋がっていないってことと……」

 

「ことと?」

 

「それでも、信じないなら……九里、と言ってくれと……」

 

「……っ、なるほどです。どうやら他の枝の私は、かなり新海先輩を信用していたみたいですね……」

 

「そうなのか?」

 

「ええ、ですが……今回は違います。別の事を教えます」

 

「別の……?」

 

「はい。先ほどのも悪くはないのですが、多分、警戒されてもおかしくはないので、もっと分かり易いのでいきます」

 

懐から紙とペンを取り出して、何かを書く。

 

「……これは?」

 

そこには、人の名前だろうか……漢字が書かれていた。

 

「……私の、大事な人の名前です。これを知っているのは、この世界で私以外居ません。なので間違いなく、先輩のことを信用できると思います」

 

「これを……か」

 

ナインボールで希亜に言った、ヴァルハラ・ソサイエティと同じやり方だろうか。

 

「……この名前を言えば、良いのか?」

 

「はい。フェスの地震が起きた直後、実は私、おじいちゃんと電話中に新海先輩と天ちゃんと成瀬先生の三人が話している場面を見ていたんですよね」

 

「……それは、幸運だな」

 

「その時は何気なくスルーしていたんですけどね……。境内入口、先輩から見れば右後ろの奥に私が居ると思います」

 

それなら、九重を探す必要は無いってことか……。それにしても、あんだけ探したのに、一番近くに居たとは……。

 

「もっと早く知りたかった……な」

 

「……ごめんなさい」

 

「いや、謝らないでくれ。今知れただけでもありがたい」

 

「……その時の私は、地震が起きたことでおじいちゃんに事故などが起きてないかの確認をしてると思いますが、無視してすぐに話しかけて下さい」

 

「それは……良いのか?」

 

「一分一秒が惜しいですから。と言うか、戻ったその瞬間に、私に向かって名前を叫んで下さい。それくらいの勢いでいいと思います」

 

「完全に不審者だな……それだと」

 

「あはは……、みんなの命を助けるためですから、安いものでしょう?」

 

違いない。

 

「それに続けて、皆の保護も必要ですね。天ちゃんと九條先輩は傍にいるから良いとして、問題は結城先輩と香坂先輩ですが……まぁ、なんとかなるでしょう」

 

「そんな簡単に言ってるけど、本当にいけるのか?」

 

「最初のスタートダッシュさえ良ければ、多分、大丈夫です」

 

目を閉じて、静かに頷いている。

 

「……ですので一度、私に賭けてくれませんか?新海先輩」

 

「………」

 

「私には、他の枝の記憶はありません。みんなとどの様に過ごして絆を深めて行ったのか知る術は無いのです。ですから、先輩が決めて下さい。これまでの私が、先輩にとって……それに足り得る価値のある人間だと思うのでしたら」

 

「この手を、掴んでくれませんか?」

 

そう言って、俺へ手を差し伸べて来た。

 

「……先輩の目を見れば何となく分かります。イーリスを倒す為に、何度もやり直し、皆の死を見て……それでもどうにかしようと足掻いて……それで、一度は諦めた。ですが、折れてはいなかった」

 

「その絶望も辛さも私には知ることは出来ません。ここまで来た先輩にもう一度戻れと言うのは最低な発言だと理解は出来ています」

 

「それでも……、この手を掴んで貰えるのでしたら、私の全てを使って、必ず皆が……笑っていられる結末へ連れて行きます……」

 

「九重……」

 

この声は、これまで聞いたどんな声よりも悲痛で、強い想いが籠っていた。

 

「……俺は、一人でこの戦いを終わらせようとしていた」

 

「はい」

 

「その手段も、術も、知っている……いや、理解出来た」

 

「……はい」

 

「全部、俺一人で……終わらせるべきだと、そう思っていた」

 

「けど……」

 

もう一度、戻ってみてもいい。

 

そう思ってしまう。

 

何とか出来るんじゃないか……そんな風に思ってしまう。

 

「もう、無理だと……そう思っていた……けど」

 

九重なら……と。

 

伸ばされた手を、掴む。

 

「頼っても……いいか?」

 

「みんなを助ける為に、協力……してくれるか?」

 

「―――っ!はい……、必ず……っ!絶対に……!」

 

俺が握ったを見て、驚いた様な顔をして、笑った。

 

「ありがとうございます。私を、信じてくれて……」

 

「これまで、沢山助けてもらったからな……あとは」

 

『もし……どうしようも無くなった時は、私を頼って下さいね?』

 

以前の枝の最後で、九重に言われたことを思い出していた。

 

「九重本人から、頼ってくれって言われたのを……思い出した」

 

「……他の枝の私に、感謝しないといけないですね」

 

冗談半分に微笑んでから、俺を見る。

 

「絶対、後悔はさせません。これ以上、辛い思いはさせません」

 

「ありがとな。また、頼っちまうことになるんだが……」

 

「この枝の私には初めてなので、何のことだかさっぱりですので」

 

そう言っておどけて見せる。

 

「最優先は、深沢先輩の身柄の確保……次に、先輩達の身の安全、ですね。まずはこの二つを私に伝えて下さい」

 

「わかった。……確認なんだが、本当に言えば協力してくれるのか?」

 

「間違いなく。あの日の私は、あの場で全体の指揮を執っていたので……分かり易くざっくり言えば、警察みたいな感じです」

 

「……ほんと、色々とやってるんだな」

 

「まぁ、これでもそれなりの立場の人間なので……」

 

前にも何回か、同じことを聞いたな……。

 

「……それじゃあ、そろそろ行きますか?」

 

「……だな」

 

「最初に戻ったら、すぐに呼んで下さいね?」

 

「分かってるって」

 

「この私は、ここまでしかお供を出来ませんが……先輩の勝利の報告を待っています」

 

「と言っても、やり直したら消えるかもしれないけどな」

 

「それもそうでした。……それでは、ご健闘を」

 

「ああ。もう少しだけ、足掻いてみるよ」

 

「はい、いってらっしゃいませ」

 

「……二回目になっちまったが、行ってくるよ。希亜」

 

そして、九重に見送られながら、理解した()()()()()相手に伝える。

 

「もう一度、俺をあの日に跳ばしてくれ。相棒」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「翔の兄貴~、持ってきやしたぜ~」

 

「ほい、絆創膏」

 

「さんーーー」

 

 

『記憶をインストールする』

 

 

「―――っ!?」

 

「うわ、だいじょうぶ?そんなに深く切った?」

 

「あー……いや、大丈夫だ」

 

―――戻って来た。そう理解した瞬間、振り返る。

 

会場には、それなりに人は居たが、不思議と目的の人物が目に映る。彼女は、スマホを耳に当て通話をしながら、俺の方を見ていた。

 

「―――!?」

 

いきなり後ろを見た俺に驚いたのか、大きく目を開けていた。

 

そして、お互いがお互いを認識したと分かり、九重から教えてもらった言葉を、九重に向けて呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ!?おじいちゃん!始めてっ!」

 

『承知した……!』

 

この瞬間の為に予め決めていた言葉……その名前を新海先輩が私に向けて呼んだ。それを聞いて、状況を理解する。

 

即座に電話越しのおじいちゃんに指示を飛ばす。ここからは時間との勝負になる。

 

「九重っ!」

 

天ちゃんと成瀬先生をその場に置いて、私の傍まで走って来る。

 

「手を……!手を貸してくれっ!」

 

「……新海、翔ですね?分かりました。まずは何からすれば良いですか?」

 

私の言葉に驚きながらも、すぐに切り替える。

 

「俺と同じ白泉学園二年の、深沢与一って男を探してくれ!青い髪の男だ!可能ならすぐに捕まえてくれっ!」

 

「深沢与一……分かりました。至急捜査します」

 

「それとっ、三年生の香坂春風って女の先輩と、玖方女学院二年の結城希亜って女の子だ……っ!この二人の安全もだ!」

 

「そちらも承知しました。優先順位は最初の男性で良いですか?」

 

「あ、ああ……っ!まずはそっちを頼むっ!」

 

「それで、何かの事件ですか?事故ですか?」

 

「説明すれば、長くなるんだが……っ」

 

「……分かりました。緊急性があるのでしたら、落ち着いてからでいいので。まずはして欲しいことを言って下さい」

 

「……俺たちの、安全を確保したい……」

 

「……そう言う事ですか。任せて下さい」

 

切羽詰まった様子の先輩だが、何となく流れは読めた。

 

どうやら、これまでの私は上手くやってくれたらしい。

 

「まず私の方では、新海先輩とその関係者の身の安全を確保しましょう」

 

スマホが震え、メッセージが入る。

 

『深沢与一を確保。作戦通り、こちらで預かる』と。

 

よし、ちゃんと捕まえられたみたい。

 

「……香坂春風、結城希亜、二人の現在地を確認しました」

 

「もうかっ!?」

 

本当は今日一日ずっと監視を付けていたんだけど。

 

当然、深沢与一の所在も知ってる。なので、イーリスの五分などこっちからすれば十分過ぎる。

 

「ちょっと、にぃに?いきなり走り出してなんなのさー……って、舞夜ちゃん?」

 

「おっ?天ちゃん~?こんな場所で奇遇だねぇー」

 

新海先輩を追いかけて来た天ちゃんとご対面。

 

「え?えっ……?なんでにぃにと舞夜ちゃんが……?え?知り合いだったの!?」

 

「えっと、そうなんだぁ~。この街あるナインボールってお店で、たまたま知り合って……ですよね?先輩?」

 

「あ、ああ……そうだな」

 

私の話に乗ってくれた。ありがたい。

 

「ふ~ん、まぁいいや。それよりもっ、怪我っ!まだ絆創膏貼って無いでしょ?はいこれ。それと消毒液も」

 

「ああ、さんきゅ」

 

「先輩、他に誰が狙われているのですか?」

 

「……あそこにいる、九條だ」

 

「九條先輩ですか……分かりました」

 

またスマホが震え、中身を見る。

 

『予定通り』

 

うん、まだ異常は起きてないね。

 

深沢与一を担当している人達には、念のために数分ごとに連絡を取り合っている。

 

「……えっと、深沢与一の身柄をこちらで確保済みですが……」

 

「ほんとかっ!?」

 

「ええ、ちょっと手荒な手段ではありますが、下手な真似は出来ないかと……」

 

ま、既に気絶させて身動き一つ取れない状態にはなってるけどね。

 

「場所はどこだっ!」

 

「あ、いえ……捕らえて今は搬送中です」

 

「搬送……中……?」

 

「危険な人物、なのでしょう?もしもがあれば困るので意識を奪って身柄を確保しています」

 

「そ、そうか……」

 

「ちょっとすいませんがお二方?さっきからなにやら物騒な単語が飛び交っていますが……?」

 

「後で話すから、今は黙っててくれ」

 

「あ、はい……。なんかマジの声だな……

 

「それよりも、傷の手当ては良いのですか?血、出ていますが……」

 

「あ?ああ……すまん忘れてた」

 

「片手じゃやりにくいでしょう。私が貼ってあげますよ」

 

新海先輩から絆創膏を奪い取る。

 

「いや、別にそこまで大したことじゃ……」

 

「怪我してるのですから、大人しくして下さい」

 

封を開け、先輩の傷口を一度消毒液で軽く触る。

 

「我慢してくださいねー」

 

絆創膏を貼る動作を取りつつ、先輩の指に付着している血を指で拭き取る。

 

「これでよしっと」

 

「すまん、ありがと」

 

「いえ、これ程度何でもありませんから」

 

口元を抑えるフリをしながら、唇でその血を舐める。

 

 

『記憶をインストールする』

 

 

「―――っ」

 

一瞬の頭痛に、顔をしかめる。そこで、これまでの記憶が頭の中に入り込んで来た。

 

「九重……?」

 

「………、あー……新海先輩」

 

「なんだ?」

 

「なんか、私も記憶を……その、引き継いだのですが……?」

 

「……はっ?」

 

「えっと……これは何が……?」

 

わざとらしく両手を見つめるように手を広げる。

 

「まさか……っ、さっきの怪我で、血が……っ!?」

 

私の手を取る。

 

「っ、やっぱりかっ!」

 

「もしかして、眷属化ってやつでしょうか?」

 

「……本気で、九重も引き継いだんだな」

 

「えっと、まぁ……、そうですね」

 

「説明する手間が省けたと受け取るべきか……」

 

「あ、いえ……、それよりもっ、みんなの安全を確保が最優先ですね」

 

「……ああ。そうだなっ、頼めるか?」

 

「勿論です!お任せ下さいっ!」

 

当初の計画とは多少違った部分もあるけど、問題無くここまで来れたことに安堵する。

 

……それと、これからの計画に変更の必要がありそうと、いうことも……。

 

 





ここからがラストスパートですね。最終局面へ向かいます。



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第26話:この時の為に備えて来ましたから……!


血を欲する。




 

「それで、これからどうするつもりだ?」

 

「現在、深沢先輩の身柄は私の家の方で管理しています。意識を断ち切り、身体の自由を奪えば、多少の時間稼ぎ程度にはなるはずですので、その間に私達の方も体制を整えますっ」

 

流石のイーリスでも、意識が無くて指一本すら動かせない人間を操るのには苦労するはず。

 

「ここにいる、天ちゃんと、九條先輩を仲間に引き入れ、その後に香坂先輩と結城先輩も引き込みましょう!」

 

「それは良いんだが……どうやってそれをするんだ?」

 

「ふふ、任せて下さい。手っ取り早い方法があるのでっ!」

 

「なーんか、嫌な予感しかしないのだが……?」

 

私の発言に先輩が苦虫を噛んだような表情を浮かべる。

 

「別に、あのビルの時みたいなことはしませんよ?」

 

「ほんとか?いきなり無茶なことはしないでくれよ?」

 

「大丈夫です、しっかりと先輩の許可を取ってやりますので!」

 

「なら、いいが……」

 

「あのさあのさ、そろそろあたしを混ぜてもらえないでしょうか?流石に黙っているのも限界なんですが……?」

 

話についていけてない天ちゃんが我慢できずに話しかけてくる。

 

「あ、ごめんね?えっと、なんて言うんだろう?色々とあって……」

 

どうしようか、説明するよりも私みたいに記憶を引き継いだ方が手っ取り早いけど……いきなり人の血を飲めって頭おかしいよね?

 

「……いや、もしかして」

 

ふと、あることが頭に思い浮かぶ。

 

天ちゃんは新海先輩と兄妹だ。これまで一緒に過ごして来た人生で、先輩の血液や体液くらい摂取しててもおかしくないのでは……?

 

それに、天ちゃんは昔から生粋で重度のお兄ちゃん大好きっ子だ。兄に隠れてあんなことやこんなことをしてても驚かない。

 

「……先輩、天ちゃんも私みたいに記憶を引き継いでくれませんか?」

 

「天をか?」

 

「はい、兄妹ですし、意識せずに摂取してるとかありませんか?」

 

「あー……もしかすると、ありえなくもないが……」

 

顎に手を当てて、考え込む。

 

「まぁ、物は試しだし、頼んでみるか。……相棒、いけるか?」

 

先輩が何もない空間へ話しかける。

 

すると―――。

 

「―――ぃった、ぅぉ、ぇ、なに……っ?これ……?」

 

天ちゃんが一瞬の頭痛に顔を顰める。

 

「まさか……」

 

「……みたいですね」

 

「えー……、なんか、ぇー……?そういうこと?理解は出来たけど……」

 

頭に疑問符を沢山浮かべてそうな表情で私と新海先輩を見ていた。

 

「あー、天ちゃん?理解、出来た?」

 

「舞夜ちゃん?ぁ、えっと……はい、なんのことだか、出来ましたね、はい」

 

「これ、ラクチンで良いですね……」

 

「……かもな」

 

「と、いうことで!天ちゃんも無事引き込めたので、次は九條先輩に行ってみましょう!」

 

視線を移すと、未だ避難誘導を勤しんでいた。

 

「……まず、助けないとな」

 

「ですねぇ……。私が助けてきます」

 

「……よくよく見ても、みゃーこ先輩のあの恰好やべぇなおい」

 

分かる。頼み込んだ人に努力賞を与えたいです。

 

うんうんと天ちゃんに同意しながら九條先輩の所へ向かう。

 

「申し訳ありません、写真はご遠慮ください。今は避難を―――」

 

「はーい、すみませんが、非常事態なので係員の指示に従っていただけますかー?今日はもう終わりなので避難のご協力をお願いします」

 

避難誘導に従わず、写真を撮っている人に困っている九條先輩との間に割り込んで呼びかける。

 

「え、舞夜ちゃん……?」

 

私の存在に気づいた九條先輩がこっちを見て驚く。しかし、来たのが女性だからか、まだ帰らない人が居る。私を見て余裕そうな顔で変わらずカメラを向けようとする。

 

「……っち」

 

面倒なので、近くで待機している九重の人に合図を送る。

 

私の指示を受け取り、周囲から複数の男性が集まってくる。

 

「指示に従って下さい。まだ余震の危険がございますので」

 

来たのが男だったこともあり、カメラを向けていた男性は驚いたのちそそくさと去っていた。

 

「ありがとうございます」

 

「いえ、ここは私達で持ちますので、九條様とご一緒に避難してください」

 

「ぇ?え……?」

 

突然の出来事に困った様に首を傾げている。可愛い。

 

「九條先輩、大丈夫でしたか?」

 

「あ、うん……ありがとね?」

 

「いえいえっ、それよりも、先輩も着替えて早く避難しましょ?」

 

「ぇ、だけど……」

 

「安心してください。後の避難誘導はこちらでしておきますので」

 

「ほら、大人の人もこう言っている事ですし、ね?ね?」

 

「ぅ、うん……すみませんが、よろしくお願いします」

 

半ば強引に更衣室へ連行し、着替えさせ、二人の元へ向かう。

 

「舞夜ちゃんも今日のに来てたんだね」

 

「ですねー、まさか地震で中止になるとは思いもしませんでしたが……」

 

「ほんとうね、事故とか起きてないといいんだけど……」

 

世間話をしながら新海先輩と天ちゃんの場所へとたどり着く。

 

「よっ、九條」

 

「え、新海くん……?」

 

「ああ、フェスの仕事お疲れ」

 

「ぁ、うん。ありがとう。新海くんも来てたんだね」

 

「まぁな、神社の手伝いでさ……って、それは置いといて」

 

どう切り出そうか悩む先輩が私を見る。

 

「さきほど、私が、同じクラスメイトの天ちゃん……九條先輩と同じクラスの新海先輩の妹さんと偶々出会いまして」

 

「ぁ、そうなんだ。だから一緒に……」

 

「ああ、そうなんだ。九重が九條と知り合いって聞いて、意外な繋がりがあるなって思ってさ」

 

「ですですっ、良い機会なので九條先輩にも声をかけさせてもらいました!偶然の出会いに交流を深められれば良いと思いまして!」

 

「えーっと、初めまして……?翔の妹の、天です。舞夜ちゃんとは同じクラスです」

 

「はじめまして。新海くんと同じクラスの九條都です」

 

天ちゃんからすれば謎の自己紹介を交わす。

 

「ここに居ても避難の邪魔ですし、行きましょう!」

 

「……そうだな」

 

「ぁ、そうだね。私達も避難しないとね」

 

「……どういう状況だ、これ?」

 

取り敢えずその場から動き、四人で歩き出す。

 

「……九重」

 

新海先輩が私にだけ聞こえるように小声で話しかける。

 

「この後どうするつもりだ?」

 

「えっと、九條先輩にどうにかして血を飲ませます」

 

「言ってること大分やばいぞ」

 

「緊急事態ですので、速度が大事です。それに、記憶を引き継げばこっちのもんですから。多少強引でも許してくれますって」

 

「大丈夫なのか?」

 

「まぁまぁ、任せて下さいよ。それよりも……先輩の血を頂いても?」

 

「ん?あ、ああ……別に構わないが」

 

「ちょっと痛いですが我慢してくださいね?」

 

新海先輩の手を借りる。

 

髪留めを外し、中から仕込みナイフを出して、可能な限り軽傷で先輩の指を切る。

 

「……っ、いって」

 

「失礼します」

 

傷口から出て来た血を指で拭う。

 

「やるならやるって言えよな……」

 

「こっちの方が気が楽かと思いまして」

 

「まぁ、それはそうかもしれんけど」

 

先輩が自分で傷口に絆創膏を貼る。

 

「では……」

 

天ちゃんが九條先輩の話し相手になっている間に準備を済ませ、九條先輩を呼ぶ。

 

「九條先輩九條先輩、ちょっといいですか?」

 

「ん?どうしたの?」

 

「ちょっと口を開けて貰ってもいいですか?」

 

「ぇ、口を……?」

 

「はい、お願いします」

 

「えっと、分かった。……はい」

 

何も疑わずに素直に聞いてくれた。……なんて純粋なお人や。

 

「は?え?舞夜ちゃん?何する気なん……?」

 

「すみません……えい」

 

こちらに『あー……』と口を開けてくれた九條先輩の舌の上に、先ほど拭った先輩の血をつけた。

 

「おっ、まっ!九重っ!?」

 

「へっ!?どうかし―――ぃ、った……っ!?」

 

「九條先輩……どうですか?」

 

既に指は口から引き抜き、呆然とした表情を浮かべていた。

 

「く、九條……?」

 

「ぁ、ぇっと……か、()()()……?それに、この……記憶……」

 

あっ、名前呼びだ。え?九條先輩の枝から引っ張って来たの?

 

「……よしよし、これで九條先輩も成功したみたいですねっ!」

 

「いやいや、あなた……限度というものがあるでしょうが……」

 

「いやぁ……これが一番早いと思って」

 

「えっと……うん。大丈夫だよ。少し混乱しちゃったけど……うん、もう平気」

 

「あー……なんかすまん。強引なやり方を取ってしまって……」

 

「ぁ、ううん。別に嫌とかじゃないから気にしないで。それに、この方法が一番早いってのは理解出来るから……」

 

「すまん、助かる」

 

「みゃーこ先輩、平気?いきなりにぃにの血とかだけど……」

 

「大丈夫だよ?あっ、天ちゃんも既に終わってたんだね」

 

「そうですよ。何も知らないみゃーこ先輩との距離感を測るのに苦労しやした」

 

「ふふ、ありがとうね」

 

「これで三人目として……後は香坂先輩と希亜だな」

 

「ではではっ!次に行きましょうっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結城先輩は既に中で座ってるみたいですので、私が話をつけてきますね?」

 

そう言って九重はナインボールの中へ入って行く。

 

「……にぃに、指大丈夫?」

 

さっき九重に血を取られた俺の指を、天が心配そうに見ていた

 

「ああ、特に問題はない」

 

血が必要なのは分かるが……こう、自分の血を人に飲ませてるって考えると……なんとも言えない罪悪感が……。

 

「騙すみたいで申し訳ないよね……あとで結城さんには謝らないと」

 

「それは九條にも言えることだろ?あとでちゃんと九重には頭を下げさせるから」

 

「ぁ、私は平気だから気にしないで?……それに、翔くんのだし……」

 

「ん?」

 

「あ、ううん、何でもないから気にしないでっ」

 

何かを呟いた九條だが、慌てるように両手を振る。

 

「……みゃーこ先輩、ちょーっと良いですかい?」

 

「うん?いいよ?」

 

天が九條を引っ張って俺から距離を置く。……何か聞かれたくないことなのかもしれないな。

 

聞かない様に意識を店の中へ移す。

 

「……みゃーこ先輩は、その、自分の枝?の記憶を持ってる感じなの?さっきにぃにのこと名前で呼んでる感じだったし

 

ぁ、うん。多分他の枝の記憶も……ある感じだよ?天ちゃんも?

 

うっす、似たような感じ。はぁーんそう言う感じねぇ……

 

そう言えば、気になったが……九條は俺のことを名前で呼んでいたが……他の枝でそんなに仲良くなっていたのか……?

 

……いや、まさか、付き合っていた枝が……?いやいや、まさかな。多分希亜みたいに名前で呼び合う仲になってる感じだろう。

 

……それなら、俺も名前で呼ぶべきだろうか?いや無理だな。恥ずかしいわ普通に。

 

関係の無い事で頭を悩ましていると、店から九重が出て来た。その後には希亜も居た。

 

「……希亜」

 

「翔」

 

俺を見る恋人の姿に、どうしようもない感情が溢れてくる。

 

生きてる……。ちゃんと、生きてる……。

 

その事実に言葉が詰まる。

 

「……はいっ!すみませんがっ!そういうのは他所でお願いします!今は忙しいので!」

 

「っ!」

 

「……っ、ええ、そうね」

 

九重の声にお互い我に返る。危なかった……っ、そのまま抱きしめようとしていた。

 

「次は香坂先輩です。……今は……どうやら本屋に居るみたいですね」

 

「春風で最後ね」

 

「はい。香坂先輩も引き込めたら改めて今の現状を説明しますので、もう暫く……いえ、移動途中にでも新海先輩から説明してもらいましょうか」

 

「それで構わない。急ぎましょう」

 

九重を先頭に、駅近くの本屋へ向かう。

 

「……希亜は、九重からどこまで聞いてるんだ?」

 

「翔と舞夜が、イーリスを倒す為に戻ってきたことと、この枝ではあなたの友人の動きを抑えているからイーリスとの同調までの時間稼ぎが出来ている……こんなところね」

 

「だな。おおよそはそんな感じだ」

 

「……色々と、あったみたいね」

 

「……ああ、色々とあったよ」

 

「……一応、ある程度何があったのか把握は出来てる。翔が、私達を助けようと必死に抗っていたことも」

 

「……そうか」

 

「こんなことを言って良いのか分からないけれど……、今度こそ勝ちましょう。私達で」

 

希亜の声を聞いて、どこか燻っていたような心が落ち着く。再び身体が熱を帯びたような感覚になる。

 

「ああ、勝とう……っ」

 

今度こそ、無駄にはしない……。

 

九重が繋いでくれたこの枝で必ず、イーリスを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本屋から香坂先輩を連れだして、九條先輩と同じ感じで血を飲ませてから全員を九重家の離れに連行した。

 

「どうぞ、着きました」

 

車から降りて、そのまま離れの家へ入る。

 

「……さて、と。ようやく一息つけそうですね」

 

みんなが和室の椅子に腰を下ろしたのを見て、一先ず落ち着く。

 

「あ、お茶出しますので、少々お待ちをっ」

 

冷蔵庫から人数分のペットボトルを取り出して渡す。

 

「早速ですみませんが、本題に入りましょうか」

 

「うん、お願いします」

 

「軽くは聞いているけど、よく分かんないまま連れ回されていたからね~……」

 

「何となく、状況は……飲み込めてはきてはいるのですが……」

 

「詳細を、聞かせてもらえる?」

 

「お任せを。ちょっと辛い話も出るかもしれませんが……そこはスルーしてくださいね」

 

念の為に前置きをして経緯を話す。

 

「以前の枝……イーリスがオーバーロードを手に入れた枝から過去に戻った、そこまでは皆さん知っているかと思います」

 

「その後、新海先輩は始まりの今日の日からもう一度やり直そうと試みたのですが、イーリスも既に行動を始めており、深沢先輩との同調を開始しておりました」

 

「その同調が完了するのが、新海先輩が記憶を引き継いでからたったの五分しか猶予が無く、何度やり直してもそれを阻止することは叶いませんでした」

 

「……けど、この枝ではそれが成功している」

 

「ですね。まぁ……フェスの今日、偶々私が会場で街の警備をしていたので、それがうまくハマりました」

 

「九重の実家の人が、街の治安維持の為に警備で白巳津川全体に散らばっていたんだ。それで与一とみんなを簡単に見つけることが出来た」

 

「ま、この私の功績ってことですねっ!」

 

堂々と胸を張る。

 

「まず最初に深沢先輩の身柄を私の方で確保しました。取り敢えず意識を奪って身動きが出来ないようにして厳重に見張ってます」

 

「そうだっ、その与一はどこに居るんだ?」

 

「最もな質問ですね」

 

新海先輩の問いに、人差し指を下に向ける。

 

「実は、この実家の地下に居ます。何重の警備と24時間一秒たりとも隙の無い監視の元、身体中を拘束して、常に意識が戻らない様にしています。流石のイーリスでも手が出せないかと……」

 

バイタルチェックもして、意識が覚醒しそうなら薬でそれを阻止している。まず起きないだろう。

 

「は……?え、ここの、地下に?」

 

「そうです。どうしてそんな場所があるかは……聞かない方が身のためですのでスルーしてもらえると助かります」

 

「ぉ、おう……」

 

新海先輩を含め、全員がドン引きしている。うーん、当然か。

 

「何も無ければ、これで深沢先輩は無力化出来ます。多少の時間稼ぎにはなるでしょう」

 

「……思っていたよりやべぇやり方だったわ」

 

「ま、結局のところ……イーリスを倒さないと意味が無いので、どうにかしてそれを成さないといけないのですが……」

 

「そうね、私は一度しくじった。どうにかして本物のイーリスを捕えなければ手の打ちようがない……」

 

「………」

 

「……新海先輩、何か思いつく方法とか、あったりしませんか?」

 

「……今のイーリスを殺しても、恐らくは意味がない。殺すなら、オーバーロードを持っている未来のイーリスをどうにかしなければ結局は同じだ」

 

「ふむふむ、確かにそうですね。所持しているのが未来のイーリスなら、そうなりますよねぇ……」

 

意味深な口調で先輩を見る。私の視線に気づき、見つめ返す。ふふ、何か確信をしている目ですね。

 

「……ま、方法は追々考えましょうか。今はこの場に全員が無事集まれたことを喜びましょう」

 

「んな、てきとうな……」

 

「時間は幾らでもあります。イーリスも今は深沢先輩のことで手一杯ですし……それに、私の予想では向こうからコンタクトを取って来ると思いますよ?」

 

「その根拠は?」

 

「勘?と言えたらかっこいいですが、まぁ……イーリスの性格上、どうしてこうなったのか気になると思いますし、答え合わせしにやってくるはずです」

 

「……それまでに、倒す方法を思いつけば、いいのですが……」

 

「どうでしょうね。相手もそれを分かってて接触しにくるのですから、可能性は低そうです」

 

イーリスの人形を頭に思い浮かべていると、あることを思い出す。

 

「あ、そう言えば……ソフィは今頃どこにいるんでしょうか?」

 

「どうだろう。最初に会ったのが、今日の夜に神社だったしな。恐らく最速でそれだと思う」

 

「そうですか、まぁ放って置いても向こうから接触してきますし大丈夫でしょう。どっちが先に接触してくるか楽しみですね」

 

「楽しみって……」

 

「場を和ませる冗談ですよ。今はイーリスが接触してくるまで、ここで作戦でも立てましょう。深沢先輩の方に何かあれば、すぐに私の方へ連絡が入るようにしてますので大丈夫です」

 

「取り敢えずは大丈夫ってことだな」

 

「はい。ご安心を」

 

それよりも気になってることがある。個人的に超マストな疑問だ。

 

みんなでテーブルを囲い話し合いを始める。

 

私には分かる。最後の香坂先輩も、恐らく自分の枝の記憶を持っている。新海先輩へ向ける視線の動きや熱が違う。

 

だが、それは九條先輩もだ。まず『翔くん』って呼んでいる。香坂先輩も『翔さん』だった。

 

当然、結城先輩も『翔』呼びで、恋人の記憶もある。

 

天ちゃんもそうだろう。天ちゃん自身この事態に気付いているからそこはかとなく一歩下がってる感じだ。

 

……いや、九條先輩と香坂先輩も同じだろう。新海先輩の態度で、結城先輩との枝の記憶しか引き継いでないと何となく察してる気がする。

 

なんでぇ……?そこまで来たら先輩も他の記憶引き継げば良いのに……。あくまで結城先輩の恋人オンリー?

 

イーリス打倒の為に意見を交わしているが、ぶっちゃけどうでもいいぐらい。てか、既にイーリスを殺す手筈は整っているし、今のこれは頑張って何とかしようと足掻いてる、って風に見せる為の時間だ。

 

新海先輩も似たような感じで、核心に迫るような意見は出してはいない。

 

けど、他の皆は思いついた案を新海先輩へ聞いている。

 

「―――とかどうかな?」

 

「こ、こういうのはど、どうでしょうか……?」

 

「未来のイーリスを倒すのにも、ダミーをどうにかしないといけない……」

 

「ダメだ、ぜっんぜん思い浮かばねぇ……」

 

それはまだいい。

 

「どう思う?()()()

 

「か、可能でしょうか?()()()

 

()は、何か思いつく?」

 

「あー……やっべ、それどころじゃねぇわこれ……。なんだこの状況は……

 

そう、皆名前で呼んでる。それについて結城先輩は察してはいるけど触れずにスルーしてる様に見える。天ちゃんもこの状況に頭を抱えている。

 

……修羅場かな?泥沼かな?

 

けど、当の本人はそれに触れずに話を進めている。

 

なんか……、いや、今は無視しよう。優先すべきはイーリスのことだ。

 

困ったので、問題を先送りにした。

 

 





色んな枝の記憶を引き継がせてるので、書きながらごちゃごちゃしてきて……w

名前呼びとか名称に気を付けないと……。



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第27話:こちら側の科学を理解するのに時間がかかったのでしょうか……?


続きです。

少しだけ日常が流れます。




 

「……日、暮れて来たね」

 

「未だ、イーリスは現れないわね……」

 

「舞夜ちゃんの予想外れた感じ?」

 

「ま、まだ何かをされてるの、でしょうか……」

 

「どうする?ずっとここにいるわけにも……」

 

「んー……仕方ありませんね。今日は大人しく解散しておきましょうか」

 

今の今までイーリスはその姿を見せず、こちらはただ和室の部屋で待機しているだけだった。

 

「もし何かあれば各自連絡する、ということで今日はもう送ります」

 

「与一の方はどうなっているんだ?」

 

「変わらず……ですね。意識は戻ってませんよ」

 

「……そうか」

 

「気絶したまま同調が可能なら、既にイーリスに乗っ取られて逃げられてると思いますし……大丈夫でしょう」

 

流石に明日の学校があるので、ここで寝泊まりし続けることは難しい。

 

「解散して、大丈夫なのかしら……」

 

「そうだよね、前は私達が一人の時に狙われていたから……」

 

「にぃに、どする?帰って大丈夫なの?」

 

「俺もそれが怖いんだよな……」

 

「んー……不安でしたら、私の方から護衛を出しましょうか?」

 

「護衛?」

 

「はい。仮に深沢先輩がどこかで脱走して皆さんの方へ向かわれても撃退出来る位の実力を持っている人達を付けますが……」

 

「護衛って……いや、命狙われてるから当たり前か……」

 

「……イーリスに対抗出来るの?」

 

「まぁ、結城先輩の疑問はもっともですね。魔眼の事を伝えれば、可能ですよ。簡単に言えば私よりも強い人たちが護衛に行きます」

 

「こ、九重さんよりも、強い人達が……?」

 

「ですです。中には私が逆立ちしても『むりむり勝てない!』ってくらいには強い人もいます」

 

「舞夜ちゃんが、勝てない……」

 

「常に死ぬ可能性を背負って日常を過ごしたくは無いでしょうし、安心を得る為に付けるのもありだと思いますが……どうでしょう?」

 

一応、これは元々計画していた事でもある。深沢先輩がここから逃げ出したらみんなを守る必要があるし、あとでこっそり付けておこうかと思っていたけど、今の状態なら説明して納得してもらってから付けても大丈夫だろう。

 

「人選は私の方で決めます。あ、当然ですがプライベートは守りますよ?一定の距離も保ちますし、家などにも緊急時以外は接触はしませんので変に気を遣う必要もありません。こちらもプロですので」

 

「……それで、皆の安全は確保出来るのか?」

 

「100%、と言いたいですが、精々90~95%でしょうか?勿論、可能な限りは守りますが」

 

「いや、イーリス相手にそれだけでも充分過ぎるだろ」

 

「相手は1000年生きた化け物ですからねぇ……どんなアーティファクトを使って来るか予想が出来ないので確証は出来ません……が、何かあった時に先輩のオーバーロードでそれを私に伝える事が出来れば100に近づくと思います」

 

「そういうことか……。俺は賛成したいが、皆はどうだ」

 

「あ、あたしは当然賛成っ!死にたくないしっ」

 

最初に天ちゃんが賛同する。

 

「わ、私も、お願いしたい、です……怯えて過ごしたくはないので……」

 

「私も賛成。けど、舞夜ちゃんのご実家への迷惑は大丈夫……?」

 

「大丈夫です。人の命がかかっているので何とでもなります。ご安心を」

 

「希亜も、いいか?」

 

「ええ、お願いするわ。私達だけでは、イーリス相手に対抗が出来ないから」

 

「では、全員が賛成という事で」

 

無事、全員が納得してくれた。

 

「それじゃあ、今日は解散しましょうっ!この後すぐに人を付けますので、皆さんは気にせず普通に過ごして下さいね!」

 

スマホを取り出し、壮六さんへメッセージを送る。

 

「ああ、ありがとな」

 

「いえ、イーリスを倒す為ならこれくらいお安い御用です」

 

その後、それぞれ車に乗ってもらい、運転手へ家までの送迎をお願いした。

 

「結城先輩、ちょっと良いですか?」

 

最後に結城先輩を送迎しようとした時に呼び止める。

 

「どうしたのかしら」

 

「……とても、無粋な確認だとは思いますが、一つだけ……」

 

聞いても返ってくる答えは決まっている。それでも、違う可能性があるなら聞いておきたい。

 

「結城先輩はまだ、聖遺物との契約はされていませんよね?」

 

「そうだけど、それが―――ああ、そういうことね」

 

私が何を聞こうとしているか察し、呆れるような表情を浮かべる。

 

「……あなたが聞きたいことを理解したわ。そうね……本当に無粋な確認ね」

 

「すみません」

 

「はっきりと言うわ。聖遺物……ジ・オーダーは、私を契約者として選んだ。そして私は役目を他に譲るつもりは無い」

 

「それに、これ以上翔やあなただけに罪を背負わせるつもりも無いわ」

 

「………」

 

「前に翔にも似たような事を持ち掛けられた。けど、私は断った。今回もそれは変わらない」

 

「安心して、しっかりと役目は果たすわ。今度は確実に」

 

「ふふ、分かりました。最後の役目は、結城先輩にお任せします」

 

私の言葉を聞いて、こちらに背を向ける。

 

「今のは、私を気遣ったあなたの優しさに免じて忘れてあげる」

 

「ありがとうございます」

 

「それじゃあ」

 

「はい、また明日です」

 

車に乗り込んだ結城先輩を見送る。

 

「……馬鹿だなぁ、はぁ」

 

イーリスを追い詰める手段は整えている。その最後のトドメだけがどうしてもジ・オーダーに頼ってしまう。それなら私が……と思って聞いたが、結果的に結城先輩の決意に泥を塗りかねない言葉だったと反省する。

 

その役目を結城先輩がすることで今後の自分にも繋がると言うのに……ちょっと感情的になってしまったのかもしれない。

 

「もっと、冷静にならないと……ね」

 

他の枝の記憶を覗いてしまったが故に変な気を起こしてしまった。ほんと反省しないと……。

 

気持ちを落ち着かせてから、屋敷方面へと振り返る。

 

「舞夜」

 

「……おじいちゃん」

 

タイミングを見計らってか、私に話しかける。

 

「……そっちはどんな感じ?」

 

「今の所は問題は無い。言われた通り人も送っておる」

 

「うん、ありがと」

 

何事も無ければ、結城先輩にハットリさん、九條先輩に壮六さん、香坂先輩に澪姉が、天ちゃんに璃玖さんが付く手筈だ。

 

一応、白泉学園と玖方女学院にもそれぞれ人を配置している。平日の学校で室内までは行けないしね。

 

「街での人の配置も完了済みじゃ。抜かりはない」

 

「さっすが。おじいちゃんが言えば楽に動かせるね」

 

「当然じゃな。その為にここまで来たからの」

 

「それじゃあ、()()()()()()私に連絡をお願いね?」

 

「ああ、()()()()()()……な」

 

そう言って屋敷へ戻っていく。

 

「………」

 

さて、私一人になったわけだけど……イーリスが接触してくるなら今だと思うけど、どうだろう?

 

屋敷に戻らず、離れの方へ向かって歩き出す。散歩をするようにゆっくりと。

 

すると、正面の空間が歪む。

 

「……来たね」

 

「こんばんわ」

 

「はいはいこんばんわ。私の予想よりかなり遅かったですね」

 

「私としては別に会いに行く必要は無かったのだけれど、そっちが会いたがってるみたいだったから来てあげたわ」

 

余裕な態度で私に話しかける。

 

「確かにそうですね。会いたくなかった……と言えば嘘になりますし」

 

「あら、随分と素直ねぇ。フフフ」

 

「その様子ですと、未だに同調は出来てないと見て良さそうですね」

 

「ええ、正解よ。まさか私が接触するよりも前にあの子を捕まえるなんてね。ちょっと驚いちゃったわ。運が良かったわね」

 

「そうですね。偶々私があのような立場に居たおかげですね。新海先輩一人では不可能だったでしょう」

 

「私からも一つ気になったことがあるのだけれど、聞いていいかしら」

 

「どうぞ」

 

深沢先輩が抑えられているのにその態度は変わらない。オーバーロードがあるからか、深沢先輩が死んでも成瀬先生の身体があるからなのか……。

 

「あなた、カケルがヨイチに負けた枝で、確かに死んでいたわよね?」

 

「………」

 

イーリスが言ってるのは、前回の枝の事だろう。それ以外無いし。

 

「けれど、あなたは生きた状態でカケルの部屋へ訪れた……どういう手品を使ったのかしら?」

 

「さぁ?そっちの勘違いじゃないですか?」

 

「フフ、それはありえないわ。一度契約していたアーティファクトとあなたの契約が切れていたもの。それに、あなたの心臓が止まって死ぬ瞬間も念入りに確認したわ」

 

「そうですか。まぁ……私から言えることがあるのでしたら、そうですね……死んだふりが出来るのはそっちだけではない、くらいですね」

 

「へぇ……、アンブロシアと似たように仮死状態にしたってことかしら?」

 

「ご想像にお任せします」

 

「……まぁ、いいわ。すっかり騙されちゃったわ。一応褒めてあげる」

 

「クソほど嬉しくない称賛をどーも、ありがとうございます」

 

「あら、そう言えば他の枝でも同じことを言ってたわね。ごめんなさいね」

 

「それで?用はそれだけですか?」

 

「あなたとはもっとお喋りを続けても良いのだけれど、私も暇じゃないから失礼するわ」

 

「ならさっさと消えて下さい。こっちもあなたを殺す為に忙しいのですから」

 

「あらぁ……出来るのかしら?あなた達に」

 

「精々余裕ぶりながら笑って見ているといいですよ」

 

「それなら楽しみにしてるわ。あなた達が足掻いてる姿を、ね。フフフ……」

 

薄気味悪い笑いを残しながら消える。

 

「……はぁ」

 

会うたびにこっちのテンションを下げてくる能力はピカイチだね、あれは。

 

「一応、皆に連絡入れておくか……」

 

自分の興味心とこちらを笑う為に一々出ているとは、やっぱり捻じれた性格をしてるみたい。

 

……けど、それで足元を掬われる。

 

その傲慢で驕った態度。

 

オーバーロードを手にした自分が負けるとは考えていない自信。

 

それが命取りになったと気づけるのは、彼女が死ぬ瞬間だろう。

 

それに……。

 

私のこの身体に興味を持っているのも、ありがたいことこの上ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっし、舞夜ちゃん、かえろっ?」

 

「あーい、お供しまーす」

 

天ちゃんの帰る支度が済んだので、私も鞄を持って席を立つ。

 

フェスの日から数日が過ぎ、平日の学校が終わった。明日からまた休みである。

 

あれから特にイーリスからの接触はなく、何か事件なども起きてない。深沢先輩も変わらず収容している。

 

学校側では休み……世間的には行方不明扱いになっている。けど、本人の親から捜索願や警察への連絡は特に来ていない。

 

確か放任主義とか言っていたけど、学校側から連絡が行っているはずなのに動きが無い。

 

こちらとしては一手間無くて助かるが、少し同情も……いや無いね。

 

「それにしてもさ、この一週間何も起きてないねー……」

 

「だねぇ……」

 

勿論、石化事件も起きていないし、学校での火事も起きていない。

 

火事が起きていない理由は、そのユーザーを速攻で仕留めたからだ。他の枝でその顔を覚えていたので簡単だった。

 

他には転移のユーザーや、九重家に喧嘩を売っていた女社長も既にこちらで処理済み。あ、殺してはいないよ?流石に。

 

「てかさ、舞夜ちゃんから護衛がついてるーって言ってたけど、ほんとに居るの?あたし含めて全然そんな気がしないって言ってるけど」

 

「あはは、気づかれる程度の人達じゃないからねー。ちゃんと仕事はしてるから安心して良いよ」

 

「なんか映画みたいな体験かも……とか考えてたけど全然実感ないしさー……」

 

多分、天ちゃんが想像してるのって大統領とかのSPかもしれない。

 

「無い方が気が楽じゃん?」

 

「それはそうだけど、これはとは話が別じゃん?」

 

いつも通り雑談を繰り広げながら廊下を歩く。

 

「ほかの皆は終わったのかなー」

 

「どだろ?いちお、終わったら校門で集合ってさ」

 

「それから結城先輩を回収って流れね、了解」

 

「全員集合かぁ……」

 

天ちゃんが、皆が集まることに若干困った表情を浮かべる。

 

「おや、また何とも言えない表情なことで」

 

「舞夜ちゃんも分かってんでしょ、その理由がっ」

 

「まーねー。ハーレム……いや、修羅場一歩前の牽制タイム?」

 

「いやそこまで険悪ムードじゃないから……」

 

「うそうそ」

 

「しかも肝心の兄貴は知っていないとか……」

 

「ほんとね」

 

その内ナインが教えるだろうと気楽に考えていたけど、未だにその様子は見えない。

 

「先輩らがにぃにを取り合う姿とか見たくねぇ……」

 

「天ちゃんは参戦しないの?」

 

「うぇっ、あたし!?」

 

「うん、私は応援するよ?」

 

「それは舞夜ちゃんだからでしょーが……」

 

「えー……大丈夫だと思うけどなぁ」

 

「他人事だからと、んな簡単に……」

 

「ヴァルハラ・ソサイエティの人達ならなんやかんやでシェアし合いそうじゃない?」

 

「シェア言うな。一応あれでも私の兄上ですぞ」

 

「ごめんごめん、共有財産だったね」

 

「違う、そういう問題じゃない」

 

「んー……一応、海外では一夫多妻が認められてる国もあるから良いとして、問題は兄妹婚だよねぇ……」

 

「お待ち。真剣な表情で何馬鹿な事を言っておられるのですかあなたは」

 

「私が知ってる限りだと正式な兄妹での結婚が可能な国って無さそうだし、まぁ、戸籍を誤魔化す程度なら簡単だけどね」

 

「うん?今、さらっとヤバイ発言が聞こえた気が……?」

 

「近頃、あちこちで多様性が求められる声が上がって来てるし、その内兄妹での結婚も認められる……は流石に厳しいか」

 

遺伝子的問題をどうにかしないと国が首を縦に振らないだろうしね。

 

「おーい、舞夜ちゃーん。戻って来て、お願いだからカムバック」

 

「あぁ、ごめんね。今はこの状況をなんとかするのが先だよね」

 

「いや、まぁ……間違ってないけど」

 

「ふっふっふ、任せて。私が何とかして見せよう」

 

「おっ、ほんと?可能なん?」

 

「試したいこともあるしね。あまり期待せずに待ってて」

 

「因みにだけど、何をされるおつもりで?」

 

「んー……?秘密♪」

 

「……にぃにご愁傷様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩に問おうっ!!!」

 

「なんだよ」

 

現在、私九重舞夜は新海先輩の部屋に来ていた。

 

「先輩も薄々変に思っているはずですっ!!」

 

「いやだからなんだよ……」

 

「あ、それ聞きます?聞いたら戻れませんよ?」

 

「じゃあ、いいや」

 

「ストップ、そこで引かないで下さい」

 

「それで?何が聞きたいんだ?」

 

「……皆さん、新海先輩を呼ぶとき、名前で呼んでますよね?」

 

「……ああ、確かにそうだな」

 

「どうしてだと思います?」

 

「他の枝でも、公園の時の希亜みたいに名前で呼び合う仲になったと思ってるが?」

 

「それ、自分に言い聞かせてませんか」

 

「………」

 

「本当は気づいてるのでしょう?皆が先輩へ向ける視線が、友達のそれじゃないってことくらい」

 

私の言葉に口を閉じる。

 

「結城先輩は分かります。新海先輩の大事な恋人ですから。なら……他は?」

 

「……希亜と同じ、そう言いたいのか?」

 

「因みにですが、私には他の皆さんの枝の記憶もあります」

 

「……知ってるってことか」

 

「はい。まぁ、ここで明言はしません。先輩も分かっていたようですし」

 

「……はぁ、流石の俺でもなんとなく察してるよ」

 

「けど、先輩にはその記憶は無いのですね?」

 

「ああ、無いな。皆には申し訳ないけど」

 

「更に因みになのですが、先輩以外全員、他の枝の記憶を共有してます」

 

「え……?マジで?」

 

「まじです」

 

「うそだろ……個人のだけだと思ってた……。なんで俺だけ……」

 

「凄いですよね。よくこれで修羅場に発展しないのですから」

 

それよりもやるべきことがある、これが大きいのかも。あとは結城先輩へ気を遣ってるとか。

 

「どうすんだよ……この状況……」

 

「……今は皆さん、イーリスを倒すと言う大義があるので落ち着いてるとは思いますが、事が済んだらちゃんと向き合って下さいね?」

 

「あ、ああ……って、既に勝った気でいるんだな」

 

「当然です。じゃなきゃやってられませんから」

 

「それは、なんかすまん」

 

「いえいえ、先輩の相棒さんがどういう考えで敢えてそうしてるのか分かりませんが……まぁ良いでしょう」

 

先輩だけが知っていない。これがある種のブレーキになってるかもしれませんし……。

 

「私の方で女性陣は上手くやっておきますので、今はイーリスを倒すことに集中しましょうか」

 

「すまんが……頼む」

 

「任せて下さい。先輩は精々皆さんとの距離感にあたふたしていてくださいね?」

 

「……ちょっと怒ってる?」

 

「いえ、割と楽しんでます」

 

「歪んでんなぁ……」

 

「そのくらいの報酬は貰いませんと」

 

さてと、先輩の言質も取った事だし、これで状況は面白い方向になりそうな予感。

 

それから他の皆さんとも話して……ふふふ。

 

あとはナインが良い感じのタイミングで記憶を引き継げば完璧ですね。任せましたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の土曜日。今日は全員で実家の離れに集まっていた。

 

時刻は夕方も過ぎ、そろそろ暗くなって来たくらいの時間帯だった。

 

「あれから一週間……特にこれと言って事件が起きることなく日々を過ごしてるわけだが……」

 

「そうね、イーリスも姿を現さない」

 

「なーんか、以前にも似たような状況があった様な……?」

 

「そうだね、皆でファミレスに集まっていた時みたいだね……」

 

「ま、また、何かを起こそうとしている、のでしょうか……」

 

皆……そう言えば高峰先輩のことを放置してしまってる。……ま、いっか。

 

「こちらも多少の時間が必要なので好都合って言えばそうなのですがねぇ……」

 

ソフィと成瀬先生の同調までまだ少し時間がかかりそうではある。

 

新海先輩とソフィには軽くだけ作戦……というか提案はしておいた。

 

イーリスを殺すなら、この枝では無く、全ての枝のイーリスを殺す必要がある、とだけ。ソフィならこれだけの説明で何をすべきか理解してくれるし、先輩も元々似たような動きの予定だったから簡単で済む。

 

「いつイーリスが動いても大丈夫なように、こっちも固まってはいるが……」

 

「このまま何事も無く過ぎるといいんだけどなー……」

 

困った様に天ちゃんが溢す。

 

―――と、次の瞬間、部屋の電気が落ちる。

 

「っ!?電気が……?」

 

「落ちた……?」

 

「あー……天ちゃんがフラグみたいなことを言うから~……」

 

「えぇっ?私のせいっ!?」

 

立ち上がり、家の中を確認する。

 

「んー……全部落ちてます、というよりか恐らく実家全ての電気が落ちてますねこれ」

 

「イーリスが、動いた……?」

 

突然のハプニングに結城先輩がイーリスの名を上げる。

 

「その可能性が高いですね。中々痛いとこを突かれた感じですよ」

 

「痛いとこ?」

 

「電気が落ちてるのなら、深沢先輩を眠らせておく装置も同時に停止します」

 

「つ、つまり……目覚める……と、いうことでしょうか?」

 

「ですね。っと、早速担当の方から連絡が来ました」

 

そこには、『供給元を一時的に断たれた。彼が目を覚まします』とだけ書かれていた。

 

「……どうする?」

 

「取り敢えず、外に出ましょうか」

 

どこでイーリスが現れるか分からないので、一先ず家を出て実家方面へ向かう。

 

「っ、皆さんストップです」

 

先頭を歩いていると、正面の空間が歪む。それを確認して後ろの皆を止める。

 

「ハァイ、こんばんわ」

 

私達の正面に、目的の人形が姿を現した。

 

……意外と、時間がかかったみたいだね。

 

 





そしてまた、忘れられている高峰……。



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第28話:月に叢雲、花に風


イーリスとご対面。

騒がしくなっていきます。




「イーリス……っ!」

 

その姿を見て、結城先輩が怒りを露わにする。

 

「……この一帯の電気を止めたのは、あなたですね?」

 

「ええ、そうよ。あの子が起きる為に邪魔だったもの、止めさせてもらったわ」

 

「つまり、深沢先輩は起きてるのですね?」

 

「正解。せっかくここまで頑張って来たのに、ごめんなさいねぇ……フフ」

 

「その本人が見えないようですが?」

 

「起きたばかりで上手く身体が動かせないみたいなの、一週間もあんな状態で眠らされていたんだもの。ひどいと思わない?」

 

「……逃げる、ということですか?」

 

「違うわよ、そろそろ来るんじゃないかしら?」

 

イーリスの言葉と同時に、薄暗くなった道からその隣に姿を現す。

 

「……はは、久しぶり、で良いのかな?それとも、ここでは初めまして、がいい?」

 

「与一……」

 

「まったく、残酷なことをしてくれるね……まさかこんな目に遭うなんて流石に想定外だったよ……」

 

「深沢先輩、少し痩せました?元気無さそうな声ですが?」

 

「あはっ、僕をこんな状態にした本人が、それを聞く?」

 

目覚めたばかりで立つのも少し覚束ない姿勢で、こちらを睨む。

 

「自業自得かと」

 

「ほんとあっさりしてるなぁ……。僕が言うのもおかしいけど、人を見る目じゃないよ、その目……」

 

「生まれつきです」

 

「はっ、……まぁいいや。今回は、せっかく起きたんだから、挨拶くらいはしておきたかっただけだし……。殺すのは、また今度にさせてもらうよ」

 

「そんな状態で、まだ諦めないのですね」

 

「当然さ、仕返しくらいしたいじゃないか」

 

「仕返し……ですか」

 

「楽しみにしとくといいよ、また翔の心を……折ってあげるから、さ」

 

「……っ!」

 

「希亜」

 

「……ええ、分かってる。安心して」

 

「用が済んだのでしたら消えてくれませんか?これから私達、ここでお泊まりをする予定ですので」

 

「は?お泊まり……?……随分と余裕じゃないか。いいの?そんなことをしちゃってて」

 

「はい、予定を変更するほどの相手ではありませんので、どうぞご勝手に」

 

「……ムカつくなぁ。その目と態度……。まるで僕を見ていない」

 

「ええ、見ていませんよ。所詮、イーリスの口車に乗せられた哀れな人形ですし」

 

「っ……、殺す……!」

 

殺意の籠った目で私を睨み、その場から消える。……転移のアーティファクトの親戚とかかな?

 

「フフフ、それじゃあまた楽しみましょう……」

 

深沢先輩が消えたのを見て、イーリスも消えていく。二人が居なくなったと同時に電気が戻る。

 

「……行きましたね」

 

「いやぁー……焦ったぁ……超緊張したわ……」

 

「深沢くんとイーリスが……とうとう……」

 

「だな、出て来てしまったな」

 

「ん?その割には、にぃに焦ってなくね?」

 

「まぁ、計画通りって感じだからな……、だよな?」

 

事前に私から内容を聞いている新海先輩が確かめるように見てくる。

 

「ですね、思ったより遅かったみたいですが、無事出てくれたみたいです」

 

「な、何か、作戦を立てていた……という事でしょうか?」

 

「結城さんも慌ててはいないってことは、もしかして……翔くんから聞いていたり?」

 

「ええ、皆に黙っていたのは謝るわ。こちらの反応で向こうに悟られたくなかったの」

 

「だから焦らなくて平気だ。この後もちゃんと考えてる。……だよな?」

 

「全部舞夜ちゃんに任せてんじゃん……」

 

「しょうがねぇだろ。出来ることの多さが違うんだから」

 

「まぁまぁ、皆さんにも見せておきますね。えっと……これを見て下さい」

 

懐からある機械を取り出す。

 

「なにこれ?」

 

「画面に、赤いマークがあるね」

 

「何かの、位置情報……とかでしょうか……?」

 

「香坂先輩正解ですっ。舞夜ちゃんポイントを贈呈します!」

 

「え?あ、あの……あ、ありがとう、ございます……?」

 

「この画面に映っている赤いポイントは、ある人の現在地を示してます」

 

「ある人って……」

 

「与一のことだ」

 

「あー、私がカッコよく言いたかったのに……ブーブー!ネタバレッ!ダメッ!絶対っ!」

 

「あーはいはい、分かったから続きを説明してやってくれ」

 

「雑に扱って……まぁ良いでしょう。先ほど転移らしきアーティファクトでこの場から去って行った深沢先輩ですが、私が持っているこの機械で何時でも場所の特定が可能です。ですので、別に逃げられてもノーダメージなんですよ」

 

「発信機でも付けてるってこと?」

 

「その通りっ!天ちゃんにもポイント贈呈っ!」

 

「お、おう……あんがと……」

 

「これがあるので、向こうに動きがあってもすぐに対応出来ますし、なんでしたらこちらからも攻撃を仕掛ける事が可能です」

 

「今思ったんだが……それって、イーリスに察知されて逃げられないか?」

 

「いえ、私達がやる訳では無いですし、気が付かれる前にやれますよ?試しに一度やってみましょうか?」

 

「……何をする気だ?」

 

「彼にも、死が隣り合わせという現実を味わってもらうだけですよ?」

 

ポケットから通信機を取り出し、深沢先輩が居る場所から一番近い人と連絡を取る。

 

「もしもし、こちら舞夜です。そちらからターゲットは確認出来ますか?」

 

『ええ、この瞬間も照準を合わせています』

 

「撃って下さい」

 

『了解』

 

狙撃の指示を送ると、遠くから発砲音がこちらまで小さく聞こえた。

 

『標的の死亡を確認』

 

「お疲れ様でした」

 

用が済んだので通話を切る。

 

「……っ、い、今の……。まさか……!?」

 

新海先輩には、こちらからも攻撃可能とは伝えてはいるが、その手段は言ってはいない。

 

「今の……銃の音?舞夜……あなた、何をしたの?」

 

「こちらからも何時でも殺せる、と警告を送っただけですよ」

 

深沢先輩が死んだことで、どうせやり直しになりますけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポケットから通信機を取り出し、深沢先輩が居る場所から一番近い人と連絡を取る。

 

「もしもしこちら舞夜です。そちらからターゲットは確認出来ますか?」

 

『ええ、この瞬間も照準を合わせていますが……?』

 

「撃って下さい」

 

『了解』

 

狙撃の指示を送ると、遠くから発砲音がこちらまで小さく聞こえた。

 

『ターゲットの生存を確認。何かに弾かれたようです、撤収します』

 

こちらの返事を待たずにすぐに狙撃ポイントを変え始める。

 

「結界で防がれたということは、一度やり直してますね……これ」

 

「……まさか、与一を……?」

 

「殺しました。ですが、イーリスがオーバーロードを使用したと思われます」

 

「何をしたんだ」

 

「ふふ、秘密です。それより……ソフィ」

 

呼びかけると、すぐにその姿を現す。

 

「大丈夫よ。変わらず順調よ」

 

「これで多分イーリスは成瀬先生のことは放置すると思う。あとどのくらいかかりそう?」

 

「そうね……次の土曜、一週間ってことかしら」

 

「なるほどね」

 

前の枝と似た感じのタイミングかな。

 

「そちらは耐えれそうかしら?」

 

「ま、大丈夫でしょ」

 

「てきとうねぇ……。けど、そっちは任せたわよ」

 

「了解、出来次第教えて」

 

「ええ、こちらも可能な限り急ぐわ」

 

話が終わり、すぐに戻っていく。

 

「ソフィも順調みたいだな」

 

「それよりも翔、あと一週間って……」

 

「……ああ、イーリスとの決着までの時間だ」

 

「え、なに?一週間後には戦うのっ?」

 

「そうなるな」

 

「だ、大丈夫なのでしょうか……」

 

「一応、策は用意してはいる。あとはソフィ次第だが……」

 

「深沢くんとイーリスを倒す作戦が、あるってこと?」

 

「あるにはある。確実ではないがいける可能性が高い」

 

「それまで、向こうの奇襲を凌ぎ切らなければならない……ということね」

 

「そこはご安心を。当初の予定通り私の方でお守り致しますのでっ!」

 

「……改めて確認させてもらうけれど、可能なの?相手は聖遺物を持っている。それも大量に」

 

「私一人で深沢先輩に勝てる時点で、可能です」

 

結城先輩……皆を安心させる為にはっきりと宣言する。

 

「……わかった。これまでのあなたを信じるわ」

 

「ありがとうございます」

 

「他のみんなもそれでいい?」

 

結城先輩が振り返り、他の全員へ確認を取る。

 

「……うん。私も、舞夜ちゃんを信じる」

 

「ここまで来たらそうするしかないけどさー……不安だしにぃにの部屋に泊まろうかなぁ……」

 

「わ、私も、九重さんを信じますっ。神社での戦いを見ていますので……っ!」

 

「仮に何かあっても、俺がオーバーロードを使ってやり直す。怖がるな……って言うのは無理はあるが、変に気を張り過ぎない様にな」

 

「既にこの街の至る所に監視や警備の人を配置しています。もし街の中で何か起きてもすぐ動くように指示は出しているので安心してください」

 

「いよいよ一大事になってきてるなぁ……」

 

「実際そうだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ、はぁ……、まさか歩くのに一苦労する日が来るなんてね……」

 

思うように力が入らない身体を無理矢理動かす。

 

「今すぐにでも翔達を殺しに行きたいとこだけど……まずは体調を整えないと、ね……」

 

「そうねぇ、まずはその弱った体を何とかする方が先かしら」

 

一週間。僕が意識を失っていた時間だ。イーリスに聞けば、薬を打って起きない様に管理していたらしい。しかも動けない様に拘束まで施して。

 

「僕を実験動物のような扱いをして……っ」

 

舞夜ちゃんがしていたあの目……視線は僕に向けていたが、その目には一切僕を映していなかった。

 

「……クソッ」

 

憐れんでも無い。怒ってすらいない……無関心だ。僕と言う存在にまるで興味がない。そんな目だった。

 

『所詮、イーリスの口車に乗せられた哀れな人形ですし』

 

「ムカつく……」

 

僕より上だという絶対の自信を持っている。あの目を……っ。

 

「その為にまずは休める場所を―――っ、っ!?」

 

またあのビルにでも行こうか。そんなことを考え始めていると、唐突な頭痛と共に記憶が流れ込んでくる。

 

「は……?なにこの記憶」

 

未来から来た記憶には、歩いている僕に何か強い衝撃が襲ってきた様な感覚だけが……。

 

「結界、張ったほうがいいわよ」

 

「―――っ!?」

 

イーリスの言葉に、反射で結界を出す。

 

それと同時に、何か硬い物が擦れた様な甲高い音が鳴った。

 

「なんだっ!?」

 

「あなた、さっき一回死んだわ」

 

「何が起きた……?」

 

「さぁ?よく分からないけれど、何かがあなたの頭に当たった様に見えたわ。それで死んだ」

 

結果だけを淡々と告げてくる。

 

「……今の音のが原因か。一体何が……」

 

周囲を見ると、近くの壁に何かが刺さった様な穴とヒビがあった。

 

「……これは」

 

その穴をアーティファクトで崩し、中身を見る。

 

「銃弾……?」

 

「それが原因で良さそうね」

 

「どうしてこれが―――!?」

 

銃で撃たれる。そんな事態に巻き込まれる事なんてまず無いだろう。

 

「どうやら、あの子が関係しているで間違いなさそうね」

 

「九重、舞夜……」

 

他の枝の記憶を思い出す。九條さんを狙って待っていた時に、舞夜ちゃんに撃たれて殺された枝を……。

 

「相変わらず、容赦がないわね。あの子」

 

「僕を、殺せるって言いたいのか……」

 

オーバーロードがある限り、殺しても無駄になる。それでも僕を殺した。

 

「イーリス、撃ってきた場所はどこだ?」

 

「残念、既に逃げられてる。誰も居ないわ」

 

「ちっ、使えないな……」

 

翔達から離れてすぐに殺しに来るとは……向こうも徹底的にやる気らしい。

 

「ははっ、楽しめそうだ……こっちが一度死んだんだから、やり返さないとね……」

 

「あら、何する気」

 

「翔達たちへ引き返す」

 

「さっきとは言ってることが逆ね」

 

「やられっぱなしは嫌だからね」

 

「……好きにしなさい。どうせ死んでもやり直すだけなのだから」

 

僕の言葉に呆れるような声で返し、消える。

 

「ふん、好きにさせてもらうさ」

 

身体の方はまだ全然戻ってないけど、奇襲を仕掛けるだけなら簡単だ。転移で跳ぶだけだから。

 

後ろを振り返り、アーティファクトを使って来た道を戻る。

 

「……よし、次ぐらいで着けそうかな……っ、―――っ!?」

 

もう一度跳ぼうとした時、再び頭痛が襲う。

 

「……は?死んだ……?」

 

流れ込んで来た記憶は、さっきと同じ様に身体に何か強い衝撃が襲って来た記憶だった。

 

「転移した直後に……?」

 

しかも、跳んで直ぐに殺されている。

 

「どういうことだ……?たまたま場所が悪かったのか……?」

 

運悪く跳んだ先に居た……?

 

「今度は別の場所に―――いったっ……はぁ!?」

 

しかし、再び流れて来た記憶には、またも同じように死んでいた。

 

「全然違う場所だぞ……!?どうなってる……」

 

何かがおかしい……。跳んだ先で殺されている……。

 

「警戒網を張ってる……?それとも……」

 

自分の居場所が、バレている……。

 

「……っち、面倒だけど、何度か試して行かないと分かんないか……」

 

今度は撃たれない様に、身体を壁などの遮蔽物に隠しながら転移で近づく。

 

「……狙撃は、無しか」

 

結界は張りつつ、翔たちが居るであろう敷地へ足を踏み入れる。

 

人の気配は感じない。このまま翔たちがいる場所へ―――。

 

進もうとした時、何かに引っかかる。

 

「……ん?なんだ」

 

「あら、お客さんが来たみたいね」

 

女の声。そう認識した時には、結界が破壊される音が耳まで届いた。

 

「……はっ?……っ!、ごほっ!?」

 

体に力が入らず、その場に倒れる。

 

「な、にが……っ!?」

 

目線を自分の身体に向けると、足や腕などが切断されており、お腹からは大量の血が噴き出していた。

 

「かっ、っ!?……っ!」

 

喉に血が溜まり、息が止まる。

 

そして最後に感じたのは、喉に糸の様な細い何かが触れた感触だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ!?かはぁ!はぁ……っ、はぁ……」

 

敷地へ跳ぶ前に戻って来た……で良いのだろう。

 

「結界が、破壊された……?」

 

女の声が聞こえた……そう思った時にはもう壊されていた。一瞬の出来事だった。

 

「……っ、イーリスッ」

 

「どうしたのかしら?」

 

「どうしたじゃない、何があったっ!」

 

「私も詳しく知らないわ。確かなのは、何者かによって結界が破壊され、あなたは殺された……これだけよ」

 

「直前に、女の声がした……」

 

「私にも聞こえた。けれど姿は見えなかったわ」

 

「どうなってる……何が起きたんだっ!クソッ!」

 

訳も分からず死んだ。それだけしか分からない。

 

「……日を改めた方が賢明ね。向こうはかなり守りを固めてるみたいね」

 

しかも、結界を破壊したのは翔たちじゃなくて別の人間だった。

 

「そんなのありえ……いや、ありえなくはないか……。舞夜ちゃんが居るんだから、似たような人が実家に居ても……」

 

そうなると、敵の本拠地に攻めていることになる。恐らく、僕が殺しに来ても返せるだけの人を用意しているはずだ。それはあの余裕な態度が証明している。

 

「今は少し、分が悪い……か」

 

落ち着け。別に今日じゃなくてもいい。チャンスは幾らでもやって来る。

 

「……仕返し出来ないのは癪だけど、我慢しよう」

 

「あら、意外とすんなり納得したわね」

 

「無駄なことはしたくはないからね。今日に拘らなければ機会はある」

 

「そ」

 

今日はゆっくりと身体を休める……それからでも遅くない。

 

方針を決め、その場を去った。

 

 





久しぶりの与一視点……?

次回も出てきますね。もう少しで最終決戦へ行きそうです。



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第29話:囚われし者、進む者


ちゃちゃっと一週間が過ぎていきます。

ちょっと与一を苦しませ……?




 

 

「ああ、もうっ……クソッ!一体どうなってるんだよっ!!」

 

目覚めてから二日が過ぎ、体もある程度癒えたのを確認してから、早速翔以外を殺しに向かった。

 

「誰一人殺せず……いや、そもそも近づく事すら出来ないなんて……」

 

最初に一番やり易かった翔の妹を狙ったが、ある一定の距離まで詰めると必ず攻撃が飛んできた。それはまだいい。それ以降は僕が認識出来ない何かで毎回殺された。

 

試しに九條さんや他の人に変えても似たような結果だった。違ったのは精々殺され方くらいだ。

 

タイミングが悪いのかと一日置いた今日、再び仕掛けてみたけど、結果は全くの同じ。

 

何度やり直しても近づく前に殺される……。

 

一回、目覚めた日からやり直してみたけど、どうやっても翔達のもとに辿り着く前に殺されていた。

 

「一日中見張りを付けている……?それに、僕の位置を常に把握している。これ以外ありえない……」

 

日や時間なんて何一つ関係がない。どんなにこっちのタイミングで殺しに行っても殺せない。

 

「フェスの日に戻っても無駄になる……一番早くてやっぱりあの日しかない……」

 

僕がどう動こうが、結果は変わらない。まるで手の平で遊ばれている様な感覚だ。

 

「何があったらこんな芸当が可能に……」

 

間違いなく、九重舞夜……実家の九重が関係している。殺される瞬間に見えた服装も似たような人が何人か居た。

 

「先にこっちを撃ってくる人を始末してから動こうとしても意味がない……」

 

何度か先に狙撃の場所に向かってみたが、こちらが向かっているのを察した瞬間お構いなしで逃走を図られた。ご丁寧に人混みや建物などの邪魔が多い場所を通って……。

 

それに、追いついてもかなり抵抗された。こちらの攻撃は避けるし、狙った人によってはこれだけで数回は殺されている。

 

最悪な事に、そいつを殺しても、すぐに別の場所からの狙撃が飛んできたことだ。殺しても殺しても終わった時には人が配置されている。

 

そしてそれを繰り返していると、時間切れと言わんばかりに殺された。

 

「一人は前の女の声……これは間違いない。だが、それ以外に少なくとも数人は僕を殺せる奴がいる……」

 

ただの一般人じゃない。明らかに戦い慣れをしている動きだった。躊躇いなくナイフや銃を使って来るのを見るに、舞夜ちゃんと同じだろう。

 

「……やはり、裏の人間ってことか」

 

いや、そんなこと今はどうでもいい。問題なのは、僕が何も出来ずに一方的に殺されているってことだ。

 

「魔眼対策もされている。結界も破壊され、攻撃を避けて来る……」

 

最初はイーリスにも相談を持ち掛けていたが、役に立たなかったので途中から呼ぶのを止めた。

 

「ちっ、ほんと使えない人形だ」

 

身動きの取れない様なイラつきに舌打ちが出る。

 

「落ち着け、目的の場所を囲うように人が居る。それから一定の距離に近づくと、直接僕を殺しにくる奴がいる……」

 

おそらく、その人間が守りの本命だ。明らかに周囲で僕を狙っている人間とは違うレベルに感じる。

 

「他に狙えるタイミングなら……学校か」

 

学校なら多少はましかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、学校の校門の前で立っていた。

 

校内へ入らず……いや、入れずにいた。

 

「……ここまで手が伸びているとか、ほんっと用意周到だな……はは」

 

呆れた笑いが出る。

 

十回近くの死を経験して戻って来た。

 

まず、ここより一歩先に進む。校内へ足を踏み込んだその瞬間に狙撃された。周囲に生徒などが普通に歩いてるなんてお構いなしだ。僕を殺せればやり直すと知っているからだろう。

 

そして、この場を転移や結界で乗り切っても結果は変わらなかった。

 

ある時は、すれ違う生徒が僕を殺した。ある時は、僕に話しかけて来た教師に殺された。

 

翔の元に辿り着いた時もあったが、数秒経てば結界が破壊され死ぬ。

 

そう、数秒だ。たった数秒で誰かが僕を殺しにやってくる。多分、これは舞夜ちゃんだろう。

 

「……少し、やり方を考えないといけないか。闇雲に攻撃をしてもまた同じことだ」

 

何か別の手段を考えないと、殺される可能性が高い。

 

「いっそのこと、全部捨てて逃げるか……?いや、それはなんだか悔しいな……」

 

ずっとやられっぱなしだ。せめて一矢くらいは報いたい。

 

 

 

 

 

 

「もう一週間も中日が過ぎますねー……」

 

深沢先輩が脱出してから数日が過ぎ、今日は平日の水曜である。

 

「んだねー。あれからあの人って見てないけど、どっかで何かあったりする?」

 

隣で歩く天ちゃんが聞いてくる。

 

「んー……まぁほどほどかなぁ?予想では何回も試してはやり直してると思うよ?」

 

「うひゃ……まじですか。それってつまりは、あっちを撃退してるってことだよね?」

 

「だね。やり直してるってことはそういうことだと思うよー」

 

「あたしは何度狙われてんだろ……うひー……嫌だなぁ……」

 

狙われたことを想像し、嫌な顔を浮かべる。

 

「にぃにはどこまで知ってるんだろね」

 

「どうだろ。向こうがやり直してるから知らないと思うよ」

 

「そうなんかね……っと、噂をすれば本人が……おーいっ、兄貴ーっ!」

 

正面の校門の人混みに新海先輩を見つけ、大きな声で呼びかける。あの人混みの中で良く見つけたなぁ……。

 

天ちゃんの声に反応し、こちらに手を上げる。

 

「お疲れ様でーす」

 

「おう、そっちも終わったか」

 

「ですです。あれ?九條先輩と香坂先輩は?」

 

「九條は今さっき自転車を取りに。先輩はそろそろ来るってさ」

 

「なるほど。ケッタマシーンを取りに……」

 

「あ、それあたしが言ったやつじゃん」

 

「なーんか、薄っすらとそんなことをここで聞いたような気が……」

 

「おまたせ~」

 

ケッタケッタ言ってると、九條先輩が自転車と並びながらこちらへ来る。

 

「おっ、ケッタの人が来た」

 

「ケッタ……?」

 

「確かどっかの方言で自転車のはず」

 

「あ、そういうこと……。私が自転車だから」

 

「九條先輩お疲れ様ですっ」

 

「舞夜ちゃんもお疲れ様」

 

「後は春風先輩だけですね」

 

「結城先輩の方はどうなっていますか?」

 

「先に向かってるってさ」

 

「らじゃ」

 

少し雑談を挟んでいると、最後の香坂先輩が到着する。

 

「す、すみません……遅れました……っ」

 

「いえ、全然待ってないので気にしないでください。よし、それじゃあ全員揃ったことだし行くか」

 

「だね、向かいまっしょい」

 

「鞄、自転車のカゴの中にどうぞー」

 

「あざっす、あざっす」

 

「そんじゃお言葉に甘えて」

 

その後はナインボールに集まり、天ちゃんや結城先輩とフルーツパフェなどを食べた。いや、最高でした。ほんと。

 

 

 

 

 

「………」

 

時間は同日の深夜を過ぎた辺り。ビルの屋上で風に揺れる髪を押さえながら立っていた。

 

「……よし、そろそろ良いかな」

 

深沢先輩が例のビルに入ってから時間が経ったが、動く気配は無さそうだ。

 

「もしもし、日付も変わったことですし……そろそろ次の作戦を始めましょうか」

 

『そんじゃ、こっちも指示を送るぞ』

 

電話相手の茂さんに開始の合図を出す。

 

「うん、お願いしますね」

 

通話を切って遠く離れたビルを眺める。

 

暫くすると、次々へと九重家の人達が建物の中へと侵入していく。

 

「……どのくらい持つのかな」

 

その様子を静かに見ていると、通信が入る。

 

『ターゲットの死亡を確認』

 

「まずは、一回目だね。何回繰り返すか楽しみだね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どのくらい持つのかな」

 

その様子を静かに見ていると、通信が入る。

 

『ターゲット生存。撤退します』

 

「了解です」

 

最初の奇襲が失敗に終わったことで全員がその場から離れる。

 

「次は二時間後ですね。準備しておいてください」

 

『了解』

 

通信を切る。多分一回死んだね、これ。

 

「これで向こうもそれなりに焦るだろうね、ふふ」

 

深沢先輩が脱出してから前半の数日は、こちらはあくまで守りの体勢……来たら殺す程度の対応を取っていた。

 

けど、後半の残り三日はこっちからも仕掛ける。それも単発的に。

 

最初の攻撃を失敗した時点で即撤収。仕掛ける前に相手に少しでも動きがあれば中止して時間を変える。これを一日中繰り返す。

 

「常時命の危険に晒されるって、普通の人間では到底耐えられませんから……ね」

 

まず精神が持たない。二日も経てばまともな思考など残らないだろう。いや、二日は持つ方かな?

 

それに、向こうはオーバーロードでやり直す。それをすることでこちらから仕掛けるタイミングが分かる。分かってしまう。

 

そのために動きを見せれば来るはずの攻撃は来ない。来ると思っているためいつまでも警戒を続ける。

 

「食べ物に毒を混ぜたりするのも悪くないかも?それか部屋一帯を毒で……」

 

食べ物は近くで買うか、配達で補っているから忍ばせるのは簡単だろうし。

 

「あと、三日……精々楽しみましょうね」

 

イーリスを殺す為に……。

 

 

 

 

 

 

 

「サツキとの同調が完了したわ」

 

金曜の夜、お馴染みの九重の実家の離れで集まっていると、ソフィから嬉しい報せが入る。

 

「……つまり、いよいよってわけか」

 

「遂に決着をつける日が来たのね……」

 

「あ、あたしら、なんの準備もしてないけど、大丈夫なん?このままでさっ」

 

「大丈夫だ」

 

天の不安を落ち着かせるように言う。

 

「自分の身を最優先に動いてくれ。それと一応、先輩は能力で俺と九重の強化をお願いします」

 

「は、はいっ。頑張ります……っ」

 

「希亜の力は、最後まで取っていてくれ。必ずチャンスを作る」

 

「分かったわ。二人を信じて力を溜めておく……その瞬間が訪れるまで」

 

「九重、いけるか?」

 

「何時でも行けますよ。あとはやる事をやるだけですし」

 

ここまで俺たちは何事もなく来ている。与一からの攻撃を一度も経験していない。それはつまり、九重の方で完璧に対処しているということだ。

 

「あ、それと最後に……この後に新海先輩と二人きりで話したいことがあるので、時間少しもらっても大丈夫ですか?」

 

「ん?ああ……別に良いが」

 

俺だけ?何か大事なことでもあるのか?

 

「少し、確認しておきたいことがあるので」

 

皆に聞こえるように告げる九重の表情が、いつもよりも硬い様に見えた。

 

「……それじゃあ、明日に備えて今日は解散しましょう」

 

それを察してか、希亜が帰る支度を始める。

 

「だねー、多分緊張して寝るの遅くなりそうだし。あ、みゃーこ先輩にも明日って連絡入れとこっと」

 

「そ、そうですね。多分私はいつも通りの時間まで起きそうですけど……」

 

希亜に続いて皆も帰る準備を始めた。

 

「それじゃ、二人も遅くならない様に。おやすみなさい」

 

「ああ、また明日」

 

「んじゃねー!」

 

「おう、気を付けて帰れよ」

 

「そ、それではおやすみなさい」

 

「はい、先輩も」

 

続けて帰っていく皆を見送り、部屋に残ったのは俺と九重だけになった。

 

「……それで、話ってのはなんだ?」

 

座っている九重と向き合う。

 

「そうですね……っと言っても内容は決まっているんですが」

 

「何か、起きたのか……?」

 

明日に迫ったこの時に話すことだ。良くない事かもしれない。

 

「違います違います。問題は起きてませんし、順調ですよ」

 

「なら、俺個人にか」

 

「ですね。……明日のことですが、深沢先輩とやり合うのは、私一人に任せてくれませんか?」

 

「九重一人にって、……全部か?」

 

「はい。最後まで、です」

 

「……何か、考えがあるのか?」

 

当初の計画通り、与一やイーリスと戦うことになった時は九重に戦闘を任せ、俺はそのサポートをするつもりだったが……。

 

「……新海先輩は、救える命があるのなら救いたいですよね?」

 

「そりゃ、そうだが……」

 

当然のことを聞かれ、普通に返す。

 

「望むなら、誰も死ぬことのない未来を……作りたいですよね?」

 

「どうしてそれを今―――ま、まさか……九重お前……」

 

その言葉を、このタイミングでわざわざ確認してくる……その意味は。

 

「救うつもりなのか……?与一を……?」

 

「……出来るかもしれない、その程度の望みではありますが」

 

驚いた顔で聞く俺に、静かに笑う。

 

与一を殺す。これは今回の作戦の内の一つだ。与一を殺すことでイーリスを表に引っ張って来る。

 

つまり、イーリスを殺す為には与一の死は避けられない。前提条件と言っても良い。それを……。

 

「……いや、予定通りでいく」

 

それで全てが駄目になっては遅い。それに……。

 

「先輩は、深沢先輩を……友達を止めたいんですよね?」

 

「……他の枝で俺が言ったことか」

 

他の枝の公園で与一が魔眼の持ち主だと知った。それでも、どうにかしてあいつを止めたい。そんなことを考えて九重に相談した。

 

「その考えは、今もどこかで思っているのではないですか?もし、可能なら……と」

 

「既に手遅れなとこまで来ている。あいつをどうにかするには……もう」

 

殺すしかない。イーリスを倒す為には、必要なことなんだと……。全部を救うなんて、贅沢が過ぎる。

 

「……そうやって自分に言い聞かせては納得しているんですね。気持ちは……わかります」

 

「もっと良いやり方があったんじゃないか?自分にもっと出来ることがあれば今よりもましな未来があったんじゃないか……?けど、皆を助ける為には、このやり方が最善……そんな風に自分に言い聞かせて、納得させた」

 

「……九重?」

 

「その為に、必要な犠牲だと沢山割り切り、目を逸らして、先へ進む。ですが、手に入れた未来で残るのは、その捨てて来た過去の罪悪感」

 

「皆が笑っている。生きている。その喜びを味わう……分かち合える。でも、心のどこかでしこりが残ってしまう。捨ててしまったあの時の選択を悔いてしまう……」

 

「先輩には、そんな未来を送って欲しくありません」

 

まるで俺の心の中を見透かす様に、ゆっくりと話す。その表情は、まるで自分のことのように寂しそうな笑みをしていた。

 

「新海先輩にも、皆と同じ様に……笑って平穏な日々を過ごして欲しい。深沢先輩の死を気にする様な未来を歩んでほしくはないのです」

 

「俺の……俺たちの為に、九重がこれ以上無理する必要は……ない。これまでので、もう十分だ」

 

「……いえ、これは先輩達の為じゃないです。私の……私が望んでいるのです」

 

「九重自身が……?」

 

「誰かの死の上で成り立つ未来を……否定したい、犠牲なくイーリスを消し去る。そんなのは無理だと諦めていた……ですが、わずかな可能性があるのでしたら、それを掴み取りたい……そんな感じです」

 

「自分の中の私が、それを望んでいるのです」

 

目を閉じ、自分の胸に手を当てる。

 

「それなら、私はそれを叶えたい。可能なのだと証明したいのです」

 

目を開き、真っ直ぐな瞳で俺を見つめる。

 

「協力を、してくれませんか?私が望んだ未来の為に」

 

九重の願いを聞き、小さくため息を吐く。

 

「……そんな言われたら、嫌とは言えるわけないだろ」

 

別の枝で、希望を捨てきれなかった俺のエゴを、九重は快く引き受けてくれた。

 

なら、俺の答えは―――。

 

あの時の言葉を、そのまま返してやった。

 

 





一区切りをつけたら少し短くなりました。

次で与一戦からイーリスへ続きます。



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第30話:終着点


遂に決戦……!……決戦?

ボコるのでオーバーロードの使用頻度も高めです。




 

「……今日、与一はここに来るんだよな?」

 

「向こうがこちらの招待状を受ければ、ですが」

 

隣に立つ九重があっさりとした声で返す。

 

ソフィの報告を受けてから次の日の夜……とは行かず、俺と九重の準備の為に三日程時間を伸ばした。

 

そして今、俺たちは九重の案内で実家から少し離れた場所に来ていた。

 

街から離れ、自然が近く人気の無い場所。俺たちを中心にそこだけ草木の無く円状に地面が広がり、ここを照らす様に電灯が射している。

 

……何かの、試合をする場の様にも見える。

 

「乗ってくるのかしら……彼は」

 

「来ると思いますよ。来なければずっとこのままですから」

 

何やら来ることに確信を持った様な口振りだ。

 

「そ、それよりさっ、あたしら本当に何も出来ないけど良いの?」

 

「何度も大丈夫だって言ったろ?安心しろ」

 

「……天の不安なのは理解できる。実際戦うための聖遺物を持ってはいないから」

 

「あたしだけほんっとうに役に立てないよっ?みゃーこ先輩と春風先輩はまだやりようはあるけどさ」

 

「それでいいんだよ。別に全員が戦う必要はもう無いんだから」

 

「ソフィに言って何か聖遺物を借りる事が出来れば話は別なのでしょうけど……」

 

「まぁ、無理だろうなぁ。規則が厳しいって言ってたし」

 

それに、多分使うこともないしな。

 

「別に持っていなくても、使える可能性はあるんじゃないですか?」

 

九重が不思議そうに言う。

 

「どういう事だ?」

 

「だってほら、ここにいる全員が新海先輩の血で眷属化しているんですよ?高峰先輩の様に使える事もあるかもしれないですし……」

 

「……言われてみれば確かに」

 

「けど、今の翔が契約しているのは世界の眼の断片だけ」

 

「俺自体は、他の枝のアーティファクトを使うのは可能なんだけどな」

 

手のひらを広げ、炎のアーティファクトを出す。

 

「他には?」

 

「幻体だろ……あと魔眼もそうだし、希亜以外の皆のも使える」

 

「なにそれチートじゃん……」

 

「その分、消耗も激しそうだと思うな……」

 

「で、ですね……使えるのが多い分……」

 

「んんー……でもさ、なんかこう……使えそうな感覚?ビビッて来ないんだよねぇ……」

 

「私は他の枝で翔が、幻体のアーティファクトと契約していた時はそれが少しは使う事が出来たけど……」

 

希亜が手を広げ、うんうんと唸る。

 

「……ダメね、やっぱり他は使えないみたい」

 

「俺が使えるのはあくまで門を通じてからだしな」

 

この枝の俺が契約しているわけではないから出来ない、そんな感じだろう。

 

「……んー、となれば……先輩の様に世界の眼を感じれることが出来れば、私達も門を通して他の枝の力を得ることが出来るかもしれませんね」

 

「それはそうかもしれないが……」

 

「あ、それよりも神社の神器を壊して取り入れた方が早いかもしれないですね、あはは」

 

「沙月ちゃんのお爺ちゃんが泣きそう……」

 

「その時は皆で土下座だね……!」

 

これから与一と戦うと言うのに、緊張感の欠片もない笑い声が俺達を包む。

 

「……あ、来ますよ」

 

さっきまで楽しそう笑っていた九重の顔が一瞬で切り替わり、暗闇の先を見る。

 

音の無い静かな夜に、土を踏みこちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。

 

「与一……?」

 

「……やぁ、翔。一週間振り……で良いのかな?ははっ」

 

姿を現した与一は、最後に見た時の状態よりも、酷く疲れたような表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……僕を逃がすつもりは無いってことか」

 

ビルの部屋の一室で、頭を抱えるように呟く。

 

翔たちを殺そうと動いていたが、今度は向こうが僕を殺そうと動き出して来た。

 

始めは定期的にここの建物に襲撃を仕掛けてくる。それも数時間ごとにだ。寝る時間も碌に取れない。

 

オーバーロードでやり直して迎え撃とうとすればそれを察知してか取りやめる。

 

襲撃も最初の攻撃が失敗した時点で即座に逃げに回るという徹底的ぶり。それを追いかけ回そうと動けば別のやつが僕を殺しにくる。

 

「逃げようにも、どこまでも追いかけてくる……」

 

何度か、面倒だと放置して街から離れようとしたが、どれだけ街を離れ場所を変えようと人が追って来る。街を歩けばわざとらしく監視の目をこちらに向ける。

 

「なんだよ……僕より最悪なことしてんじゃん……ははは」

 

自由になってから大体一週間程しか経っていない。だけど僕の中の感覚はもう一か月以上を優に超えている。

 

「僕が何を嫌がるかちゃんと分かってやってるね……これ」

 

下手な身動きを取らせない。選択肢を狭めその場に縛り付ける。不自由さを感じてしまう。

 

そのせいで怒りが込み上げる。そして更に思考を狭くさせる。

 

「ゆっくり……じっくりと壊すつもりか……クソッ」

 

正直、甘く見ていた。オーバーロードを持ってるなら何とでもなると思っていたが、逆に使い過ぎでおかしくなりそうだ。

 

「その前に……どうにか……」

 

考えるように下を向いていると、部屋の中の机に置いてあるペットボトルが倒れる。

 

「―――ッ!?なんだっ!!」

 

また来たのかと直ぐに結界を張って周囲を警戒する。

 

「………、違った?偶々か……?」

 

倒れたペットボトルを戻そうと机に近づくと、そこには見覚えの無い手紙が置かれていた。

 

「……手紙?」

 

確実にさっきまで無かった物だ。それに、いままで部屋にこんな物があったことは無い。

 

「………」

 

罠と警戒しながらも、その手紙を手に取って差出人を探す。

 

「……九重、舞夜……っ!?」

 

手紙の裏には、可愛らしい文字で名前が書かれており、最後にはこちらを挑発するかのようなハートマークがあった。

 

「っ……」

 

無意識に歯を食いしばりながらも封を開けて中身を見る。

 

「……は?果たし状……?」

 

中に入っていた紙には、最初にでかでかと筆で『果たし状』と書かれていた。

 

「……夜に、指定の場所で……」

 

『この不毛な戦いを終わりにしましょう。深沢先輩も、それを望んでいるはずですよ?』

 

その下には、時間と場所……が書いており、ご丁寧に案内の地図や手書きのパンフレットが一緒に入っていた。

 

「どこまでも……っ!」

 

衝動のままにこの場で破り捨てたい……が、これはチャンスだ。わざわざ向こうから対面してくれる。

 

「罠か……?いや、それだと一々会う必要なんてない」

 

向こうは僕が壊れるまでこれを繰り返すだけで良いのだ。僕が翔にしたように……。

 

「終わりに……。決着をつけたい、ということか……」

 

あまりにも好都合な誘いだが、変化が欲しかったのは事実。

 

「それにどうせ」

 

やられてもオーバーロードでやり直せる。向こうもそれを分かっているはずだ。

 

「良いさ……その自信をぐちゃぐちゃにしてやる……」

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそこんな場所まで遥々と。歓迎しますよ、深沢先輩」

 

無事ここまで来てくれた深沢先輩に、一歩前に出て華麗なお辞儀を披露する。

 

「……ああ、女の子に招待されたのなら、それに応えるのは当然さ」

 

「なるほど、それはとてもあなたらしいですね」

 

こちらの軽口に敢えて乗って来る。が、その目は私を殺したいと言っている様にしか見えない。

 

「道中、罠とかがあるかとも思ったけど……それは流石に無かったね」

 

「そんな無粋な真似はしませんよ。今宵この場は私達しか居ませんのでご安心下さい」

 

「……それで、何のために?ここで僕と殺し合うでいいのかな?」

 

「そうですね。こちらの準備も整ったので……この無意味な戦いに終止符を打とうかと……」

 

「無意味……ああそうさ。ほんと無意味さ。何度僕を殺そうと無駄さっ!」

 

この一週間で大分堪えたのか、目を見開き怒りを露わにしている。

 

「そう言う割には、かなり精神的に来ている様で……これで新海先輩の気持ちが分かりましたか?」

 

「……ははっ、やっぱりそのためか……。僕以上に醜悪な方法だよ……全く。可愛い顔してやることがエグい」

 

「ありがとうございます。その為に準備してきた甲斐があったってもんですよ。後で他の皆さんにお礼を言わないといけませんね」

 

「……御託はもういい。さっさと殺し合おう」

 

「……せっかちですね。まぁ良いでしょう。こちらもそのつもりで来ましたから」

 

着ている上着を深沢先輩に向かって放り投げる。投げた上着が一メートルほど前で落ちる。

 

「皆さんは下がっていて下さい。決して、私より前に出ない様にお願いします」

 

「……ああ、分かった」

 

「……援護は必要?」

 

「いえ、要りません。寧ろ巻き込まれない様に注意だけして下さい」

 

「わかったわ。あなたに任せる」

 

新海先輩と結城先輩が、私を心配するように見ている他の皆を連れて後ろに下がる。

 

「さて、と……それじゃあ始めましょうか」

 

「……ふぅん、翔たちはあくまで観客なのか」

 

「周りでウロチョロされる方が面倒ですから。それに、一人で十分です」

 

「……ちっ、来い」

 

深沢先輩が呼びかけると、その隣にゴーストが召喚される。

 

「やっぱりそれを出してきますよね」

 

「僕の方が不利だからね。これくらい丁度いいハンデだろ?」

 

「……ま、どのみち数は変わらないのですが。出て下さい」

 

アーティファクトの力を使って同じように幻体を呼びだす。

 

「ん?早速出番?」

 

私と同じ姿をした幻体が、霧のように出現する。

 

「……なんだ、そっちも持っているのか」

 

「向こうのカス札の相手は任せたから」

 

「おうとも、と言っても……多分相手にならねぇと思うけどね」

 

一応自分をイメージして作ったけど、微妙に言葉が荒い。先輩の幻体に引っ張られてるね、これ。

 

「それじゃあ、深沢先輩。前哨戦と行きましょうか」

 

「……行け」

 

「ぶっ殺してやるよっ!!」

 

「公園の時みたいに身体に穴を増やしてあげますよ!あははっ!」

 

お互いの幻体がぶつかり合う。

 

「……力は互角か?これは意外だな」

 

そのまま戦闘を始める……が、相手はアーティファクトを使ってるけど、こちらはのあくまで殴り合いに興じている。

 

「基本スペックはアーティファクト依存みたいですね」

 

「なるほどね。これならこちらにもまだ勝ち目はあるみたいで安心したよ」

 

少し勝ちが見えたのか、あざ笑うように私を見る。

 

「これ、楽でいいね。死んでもやり直す僕らが幾ら戦っても無駄じゃん?これで勝った方が勝ちとかどうかな?」

 

「良いんですか?それなら深沢先輩の負けになりますよ?」

 

「それはどういう意味―――はっ?」

 

お喋りを続けていると、いきなりゴーストの身体が消し飛ぶ。

 

「なるほどね……!身体が弱くても、技はなんとか行けるようだなっ!あはははっ!」

 

こちらの幻体が、両腕の先から消えている自分の身体を見ながら嬉しそうに高笑いを上げる。

 

「ちょっと、ダメージは私に還って来るんです、加減してください」

 

「良いでしょ!本来なら体が持たない技が好き放題使えるって……最っ高!!」

 

「……くそっ、来い!」

 

直ぐにゴーストを再度出す。

 

「死なないサンドバック付きとは……あはは、あはははっ!」

 

自分の腕を再生させながら再びゴーストに向かって突撃する。

 

……あーあ、喜びは分かるけどさぁ……。

 

今までは制限付きで抑えていた九重の技が使えるんだから、その喜びは私が一番分かる。威力は低いけども。

 

……でも、さぁ。

 

嬉しそうに笑いながらゴーストをボコっている自分の姿が……こう、なんていうか……。

 

恐る恐る後ろの皆を見る。私が見たことで目を合わせたが、サッと逸らされた。

 

「―――っ!?ちゅ、中止っ!!」

 

楽しそうに攻撃をしている自分の幻体を消して真横に呼びだす。

 

「ちょ、ちょっとっ!ようやく温まって来たのに……!なんでっ!?」

 

「これ以上は私の印象が悪くなるからダメ」

 

主に後ろの皆さんに。

 

「……今更でしょ」

 

「なんか言った?」

 

「何でもなーい。はぁ、それじゃ私はここまでかな」

 

「……なに、幻体同士の戦いは終わり?」

 

「ですねー……ちょーっと諸事情で止めます。それに、余りにも一方的すぎて深沢先輩がかわいそうなので」

 

「……はっ、随分と優しいこと言う」

 

「観客が居るんですから、それなりに戦いを見せてあげないと帰ってしまいます。私、エンターテイナーですから」

 

挑発を込めてウィンクを飛ばす。

 

「……っ!殺すっ……」

 

「……では、次のラウンドに移りましょうか」

 

隣に立っている幻体を触る。

 

「おっ、次?お好きにどうぞ」

 

幻体のイメージを変える。……そうだなぁ。最初は慣れているナイフでいっか。

 

形を変え……手に一本、腰に数本のナイフが装備される。

 

「……武器か、また面倒そうだ。おいっ」

 

「わかってるよ!うっせぇなっ!」

 

私に向かってアーティファクトを発動する。イーリスが見せた赤い烈風が吹き荒れる。

 

一度後ろを見て、新海先輩と目が合う。私の意図に『大丈夫だ』と頷いたので、攻撃を消さずに避ける。

 

「ははっ!避けて良いのかなっ!」

 

私が避けたら後ろに向かう。そんな感じの攻撃だとは思っていたけど……。

 

新海先輩が手を前に出す。

 

「九條、力を借りるぞっ!」

 

先輩達へ向かった荒れ狂う風が消え、場に静寂が訪れる。

 

「……は?何が……?」

 

「無駄だ、与一」

 

今度は先輩の手から、深沢先輩に向かって先ほどと同じ攻撃が出る。

 

「ちっ!そういうことかっ!」

 

移動系のアーティファクトでそれを回避する。

 

「なるほど……翔が契約し直したのかな?他の人のアーティファクトを破棄して」

 

「さぁな。好きに想像しろ」

 

「そうなると……普通の攻撃は無駄になるね。なら……っ―――っ」

 

深沢先輩が動こうとした瞬間、何かをインストールした。

 

「……魔眼も持っている?なんでだ……?両方とも僕が持っているはず……」

 

「どうやら、一度やり直したみたいですねっ」

 

困惑した表情を浮かべている深沢先輩に攻撃を仕掛ける。

 

ナイフで軽く結界を斬ってみたが、やっぱりこの程度では届かない。

 

「はっ!やらせねぇよ!」

 

「邪魔です」

 

立ち止まった私の足止めをしに来たゴーストを切り刻む。結界もこの程度ならありがたいのに……。

 

「武器を変えてみましょうか」

 

一度距離を取って、今度はナイフを槍の形態へ変える。香坂先輩の枝で深沢先輩がイーリスの結界を割った時の槍を想像した。

 

「……うん、やっぱり重さは無いね」

 

動作確認で軽く振り回すが、抵抗を一切感じない。

 

「……かなり様になってるけど、それも護身術か何かで覚えたの?」

 

「いいえ、人を殺す為の技術ですよ」

 

「やっぱり君はこっち側の人間だよね。安心した」

 

「それは良かったです」

 

九重の力を使い、駆ける。結界の目の前で跳躍し、真上を取る。相手はまだ私の動きに目が追えていないので前を見たままだ。

 

「せいっ!!」

 

真上から全力で槍を投擲する。結界に当たりガラスの様に砕け散る。

 

勢いは衰えず、そのまま地面に突き刺さる。……威力すっごっ。

 

「―――がっ!?」

 

深沢先輩がその衝撃で後ろに倒れる。

 

「さようなら」

 

槍の傍に着地し、能力でその場に固定し懐から取り出したナイフで喉を切り裂き、頭を掴んで心臓を貫く。

 

「っ―――あっ―――がぁ……っ!?」

 

「次ですよ」

 

目を見開く深沢先輩の耳元で、冷たく告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九重の力を使い、飛び出す。結界の目の前で跳躍し、真上を取る。相手はまだ私の動きに目が追えていないので前を見たままだ。

 

「―――っ!?」

 

と思った時、深沢先輩が何かに気付きその場を飛び退く。

 

「せいっ!!」

 

そのまま真上から全力で槍を投擲する。結界がガラスの様に砕け散る。

 

勢いは衰えず、そのまま地面に突き刺さる。……威力すっごっ。

 

「―――くっ!」

 

その衝撃によろめきながらも体勢を立て直している。

 

オーバーロードを使ったと判断し、その場でくるりと回る様に頭を地面へ向ける。

 

空中に足場を固定させ、それを蹴って槍に向かって飛びだす。

 

「っ!?クソがッ!」

 

何かを視たのか、全力で槍から飛び退く。

 

着地する直前で槍を掴み、その場で無理矢理軌道を変えて深沢先輩の方へ跳ぶ。

 

「―――っは!?」

 

想定外の動きに反応出来ず、そのまますれ違い様に首を斬り飛ばす。

 

「……ふぅ、これで何度目ですか?」

 

血の付いたナイフを服で拭き取る。周囲には血が飛び、私の服にも少しかかる。

 

明らかにこちらの動きを避けようとする動きだったね。ま、死んだんだからまたやり直したけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……かなり様になってるけど、それも護身術か何かで覚えたの?」

 

「いいえ、人を殺す為の技術ですよ」

 

「やっぱり君はそっち側の人間だよね。安心した」

 

「それは良かったです」

 

「っ……それで、その技術で僕を殺す……ね。懐のナイフを使ってさ」

 

深沢先輩の言葉に動きを止める。

 

「……何度目ですか?」

 

「五回は死んじゃったよ。でも、対策は済んだ」

 

私を見るその目にハッタリや冗談は見えない……。どうやら、幻体を使った攻撃は対策されたみたい。

 

「なーんだ。残念です」

 

槍に変えていた幻体を人型に戻す。

 

「もう終わり?意外と少なかったねぇ……」

 

「思ったより考えてるみたい」

 

自分の幻体と話すってこれ、一人二役と同じでは……?

 

「それで?他に僕を殺す方法はあるのかな?」

 

忌々しそうな視線を向けてくる。

 

「んー……まぁ、殺すだけなら幾らでもありますよ?」

 

体へのダメージが大きいから、あまり使いたくないけど……アーティファクトの能力でそれは抑えれるし……いっか。

 

「次はなにを―――」

 

九重の力を使って背後へ回り、素手で結界を撫でるように両手で触り、構えを取る。

 

「―――後ろかっ!」

 

「遅いっ!―――『鎧通し』ッ!!」

 

力の流れで地面が沈む。その力を両手を通して衝撃として打ち出す。

 

「がッ!ごはっ!?」

 

結界を無視して攻撃が深沢先輩に届く。

 

「……ったぁ……。やっぱりダメージはあるなぁ……」

 

両手を見ると、無傷とは行かずに皮膚が裂け血が出ていた。腕も幾らかダメージが入り同じように血が流れる。割と無視できない怪我だけど……。

 

「思ったよりも……ダメージ無かったね……」

 

腕や体を確認する。少なくとも手根骨辺りはダメになると思ってたけど……。

 

「アーティファクトのおかげ……かな?」

 

納得しながら正面へ視線を向けると、口から大量の血を吐き出し、目や鼻、耳などからも血が溢れ出す。

 

「……っ、……っ……っ!」

 

「食らった側は当然、こうなりますよね」

 

地面へ倒れ、痙攣するように動き……死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、深沢先輩。前哨戦と行きましょうか」

 

「―――っ、はぁ……、はぁ、はぁ……くっ!」

 

取り敢えず幻体同士で戦わせようとした時、記憶をインストールしたと思われる深沢先輩が自分の心臓を抑えて、苦しそうにその場でよろめく。

 

よほどの事だったのか、碌に幻体も維持できずに消えてしまう。

 

「……どうやって、死にましたか?」

 

何となく想像が付いていたので、投げ捨てた上着を見ながら訪ねる。

 

「ほんと……ほんっとうにエグイ殺し方をしてくれるねっ!!!」

 

怒り狂った目で叫ぶ。普通に生きていたらまずお目にかかれない顔だ。

 

「どうして僕に向かって上着を投げたと不思議に思ってたけど……!まさか毒とか……!!どうかしてるよ……全く!」

 

やっぱり。

 

「特製の毒ですよ。可能な限り死なず、尚且つゆっくりと人体を破壊してから死に至る……痛みも相当な物ですよ?」

 

「その説明もさっき聞いたよ……っ!僕に聞こえるように耳元でねっ!」

 

「……そうですか」

 

「おいっ!それを僕に近づけるな!」

 

「分かってる。一々声がでけぇんだよ……」

 

捨てられた上着をゴーストがこの場から排除する。

 

「これでも僕は自分がまともな人間じゃないって自覚はあったけど……君と比べたら霞みそうだよ……!」

 

「深沢先輩が望んだことでは……?」

 

「……は、ははっ!その目っ!僕を殺したと聞いても何一つ変わらない。変化がないっ!顔に一切の変化が見えない!」

 

「首を斬り飛ばし、心臓を刺したり、体中がバラバラになった様な痛みとか!僕が苦しむように四肢のあちこちを刺して出血で殺したり……挙句の果ては毒でッ!」

 

「……どう?僕を殺して?少しは楽しめたりした?」

 

「………」

 

「舞夜ちゃん……さぁ!答えてくれよ!最初から計画していたんだろっ!」

 

「そうですね、深沢先輩の動きに合わせて、ある程度殺し方は決めて来ています」

 

「……だよね、じゃなきゃあんなに迷いなく動けないだろうし」

 

「敢えてあなたの質問に答えるなら……そうですね、特に何も……でしょうか?」

 

「……は?何も?」

 

「はい、あなたを殺すのにわざわざ感情は揺らぎません。作業ですので。あなたを苦しめるのが目的で、殺すのはただの手段です」

 

私の言葉に、一瞬呆けた顔をする。

 

「……はは、あははっ!なんか納得できたよ……そりゃ、あんな目を僕に向けるわけだ……はは」

 

「納得出来て何よりです。このまま戦いを続けますか?」

 

どのくらい死んでるのか分からないが、最初のここに戻って来たのはこれより先では勝てないと踏んでの事だろう。

 

「勿論。()()()()()()僕の負けだからね……!」

 

このままじゃ……ね。そろそろイーリスに同調深度を上げさせる頃合いになるのかな?

 

 

 





後半へ続く……。

死因リスト
・背後から心臓を一刺し
・首切りからの心臓刺し
・脳天へナイフグサー。
・首ちょんぱ
・四肢をメッタ刺し
・幻体による絞殺
・鎧通しで内部ぐちゃぐちゃ
・二度目の鎧通しで地面のシミに
・毒殺



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第31話:到達点


勢いのまま続きを……。

どうも、強化のお時間です。




 

「イーリスッ!」

 

正面の深沢先輩が叫ぶ。

 

「どうせ見てるんだろっ!使える幻体を作ってやる!手を貸せっ!」

 

イーリスへ呼びかける……が、当然現れない。

 

「……ッ、いつまで姿を晦ましてんだあいつは……!僕を手伝う気が無いのなら―――」

 

「もっと力を寄越せ!イーリスッ!」

 

「―――同調深度を上げろっ!!」

 

来た。次のフェイズに無事移れた。

 

「グ……ッ、ォォオオオッ!」

 

苦しむ様な声を響かせる。

 

「……っ、与一っ!」

 

「スティグマが……広がってく……」

 

深沢先輩の身体の肌をなぞる様に、赤い線が広がっていく。

 

「グッ……ッ!ハァ……、……ハハハッ!!」

 

準備が済み、こちらを見て笑う。

 

「第二ラウンドと行こうか……っ!」

 

「良いですよ。飽きるまでお相手します」

 

どのくらい強化されたのか分からないので、試しに幻体を槍に変え、側面に回って投げつける。

 

「ハハッ!無駄だよっ!」

 

けど、強化された結界は破壊出来なかった。

 

「まだですよっ!」

 

今度は幻体を腕に纏わせ、結界を殴りつける。

 

「……こちらの想定より固めですね」

 

全力……とまではいかないがかなり力を込めて攻撃したが破壊は出来なかった。

 

「どうやら結界は壊せないみたいだね……!なるほど、最初からこうしてれば良かった……なっ!」

 

私に向かって攻撃が飛んできたのを距離を取って避ける。

 

「それでは、そちらもパワーアップしたので私も一段階上げときましょうか」

 

目を閉じ、アーティファクトの能力を強める、暴走じゃない。力を掌握する……。天ちゃんの枝の様に……!

 

「九重……お前……それって……っ!?」

 

後ろから新海先輩の驚くような声が聞こえる。

 

目を開けると、望んだ通りにスティグマが紅く光り、体に広がる。

 

「ここからは私も本気を出しましょう」

 

「……ちっ。分かってたさ、そっちがまだ本気じゃないってことぐらい」

 

私に対して、心底嫌そうな表情を浮かべ、言葉を吐き捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

九重の身体を覆うようにスティグマが広がってくと同時に、その青い色が紅く輝き、スティグマを染め上げる。

 

「あれって……舞夜ちゃんの……」

 

「アーティファクトを、掌握した……?この一瞬で……?」

 

「に、にぃに、大丈夫なのっ?あんなに勢い良く広がってさっ!」

 

「……ああ、大丈夫だ。それも含めて九重の作戦通り進めている」

 

一応事前に軽く聞いてはいたが、本当に一発で覚醒するとか……。

 

「彼女なら、可能だったのでしょうね」

 

「他の枝で確認済みだったが……ほんとにやっちまうとはな……」

 

少し心配ではあるが……。

 

「安心しなさい。あの子なら問題無いわ」

 

俺達の不安を読み取ったのか、ソフィが姿を現す。

 

「アーティファクトが暴走した時特有の魂の揺らぎも、消耗も見られないわ」

 

「つまりは……」

 

「ええ、完全にアーティファクトを自分の物にしてるのよ。あの一瞬で……相変わらず、とんでもない子ね」

 

呆れるような声のソフィが正面を向く。それに続いて俺達も与一と九重を見る。

 

「なんでだ……っ!なんで勝てないんだっ!まだ足りないってことかよ……っ!!」

 

「これで何度目でしょうかっ!深沢先輩っ!」

 

目で追えない速度で縦横無尽に動き回る。

 

「次、行きますよっ!!」

 

与一から少し距離を取る様に離れ、今度は幻体を日本刀みたいな刀に変える。

 

「居合・―――『閃』ッ!!」

 

結界が割れる音が響くと同時に、九重が持っている幻体の伸びるような軌跡だけが後に残る。

 

「抜刀術……」

 

後ろに立つ先輩が呟く。確かにそんな風に見える。

 

一瞬静寂が訪れたと思うと、与一の身体がズレ……その場に崩れ落ちる。

 

「滅茶苦茶な幻体の使い方ねぇ……何でもありじゃない」

 

「……イーリス、さっさと次へ行って下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで何度目でしょうかっ!深沢先輩っ!」

 

目で追えない速度で縦横無尽に動き回る。

 

「次、行きますよっ!!」

 

与一から少し距離を取る様に離れ、今度は幻体を日本刀みたいな刀に変える。

 

「―――クソがぁっ!!!」

 

九重が構えを取った瞬間、与一がその場から転移する。

 

「……はぁ、……はぁ……っ、どうやら、今までみたいに僕の移動を封じれない様だね……!!」

 

「いいえ、その必要が無くなった……それだけです」

 

「は?」

 

与一が転移した先を見ていると、先ほどまで刀を構えていた九重が与一の背後を取っており、既に刀は抜かれていた。

 

「……は?」

 

体を動かそうとした与一の胴体が二つに分かれ、地面へ落ちる。

 

「……次です。こんなのさっさと消して下さい」

 

今の一瞬で、何が起きたんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呆れるような声のソフィが正面を向く。それに続いて俺達も与一と九重を見る。

 

「クソッ!!クソッ!なんだよ……!なんなんだよ!クソがぁぁぁああああ!!」

 

対峙している与一が叫ぶ。抑え切れない怒りを声にして吐き出す。

 

「随分と荒れてますねっ!何か嫌な事でもありました……かっ!」

 

「―――ッ!」

 

与一が九重から距離を置く。

 

「はぁ……っ、はぁ……。これでもまだ、足りないのかよ……化け物め……ッ!」

 

「可愛いって言ってくれたのに酷い気の変わりようですね。私、まだ何もしてませんよ?」

 

「何もしてない……っ!ほんとムカつくよ……!その余裕な態度がっ!!」

 

怒りに任せてこちらに攻撃を仕掛ける。吹き荒れる烈風が九重を襲う。

 

「あははっ!……無駄、ですよっ!!」

 

それに対して幻体を自分の身長よりも大きな斧へ形を変形させる。

 

「どっおおせっいっ!!」

 

斧を振り回しながら与一の攻撃を消し飛ばす。その余波が風となってこちらまで届く。

 

「トドメ……ですっ!!」

 

手に持っている斧を次は槍に変え、その場で与一に向かって投げつける。

 

「ふざ、けるなぁぁァあああ!!」

 

結界にぶつかり、割れる。それでも止まらない槍が与一へ向かうが、それをギリギリで避ける。

 

「……やり直しましたね?」

 

さっきは割れなかった結界が今度はあんなに簡単に破壊された。

 

「好き放題にやってるわねぇ……あの子」

 

「なんか、今までで一番生き生きしてる様に見えるよ……」

 

これまでの枝では見た事ない攻撃が多い。他の枝では主に素手で制圧していたが……いや、それで充分だったが。

 

「一体、どれだけの修行を積めば、あんなになれるのかしら?この世界に来て一番の謎だわ」

 

「同感だ……」

 

イーリスの力で強化された与一が手も足も出ない。攻撃をする隙も碌に与えずに一方的に攻めている。

 

……何度か、殺さない様に加減しているのは、イーリスを引きずり出す為なんだろう。与一が力を求める為に……。

 

二人の戦いを見ていると、ふと九重が立ち止まる。

 

そして不思議そうに自分の手を開いては閉じる。今度は身体を確かめるように触る。

 

すると、与一を無視してこちらを向き、一瞬で戻って来た。

 

「ちょっと確かめたいことがあって戻りました」

 

「確かめたいこと……?」

 

離れた与一を見ると、息もするのも辛そうにその場で立っている。

 

「新海先輩……いえ、その相棒さんにですね」

 

「相棒に……?」

 

何が……。

 

「相棒さん。……違いますね、敢えて()()()と呼びます。聞こえているのでしたら私の願いを聞き入れて下さい」

 

俺ではなく、宙に向かって声を出す。

 

「先輩と同じ様に、私にも教えてない記憶があるのではないでしょうか!先ほどから戦っていて違和感を感じてますっ」

 

「違和感……?何かあったのか?」

 

「……自分が想定しているより、技や力の出力が大きいのですよ。それにアーティファクト関係無しに体の使い方が妙に分かるんですよね」

 

自分の手を広げて見つめる。

 

「もしもっ、あるのでしたらそれを下さいっ!責任は自分で負います!とてもやりにくいんです!加減を間違えそうです!」

 

「加減を……ってそれもそうか」

 

それじゃあ、これまでのは気を遣って戦っていたのか……?それなら……。

 

 

『分かった』

 

 

「……っ」

 

その時、相棒の返事が確かに届いた。

 

「……ありがとうございます」

 

九重にもその声が届いたのか、微笑みながら返事をする。

 

「……っ、………、………」

 

一瞬反射的に顔を顰めた九重だが、次の瞬間には驚愕の表情を浮かべていた。

 

「……こ、九重?」

 

俺の声にゆっくりと顔を向ける。

 

「に、新海、先輩……?」

 

俺を見て驚くような顔をする。

 

「な、何かあったのか……?まさか、変な記憶をっ……!?」

 

「あ、あ……っいえ!大丈夫!大丈夫です!ちょっと驚いただけです!」

 

こちらを心配させない様に手をブンブンと振る。

 

「それにしても……」

 

周囲を見渡し、最後に俺たちを見る。

 

「ああ……また、皆さんに会える日が来るなんて……ふふふ……あはは……」

 

「ま、舞夜ちゃん……?どしたん?」

 

「ううん、何でもないよ天ちゃん……」

 

涙を拭う様な仕草を取る。

 

「舞夜……あなた、泣いているの?」

 

「ど、どこか……怪我でもされたんじゃ……っ」

 

「ううん、平気。ちょっと感動しちゃっただけ。すっごい記憶が流れてきたもんだから……」

 

「記憶が……」

 

「おっと、それよりも今は、深沢与一の相手が先だったわね……」

 

くるりと優雅に振り返る。

 

「え、ほんと大丈夫なの?口調も若干おかしくね……?」

 

天の言う通りだ。なんて言うか、かなり大人びた雰囲気を纏っている様に見える。

 

「九重……?本当に平気か?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。むしろやる気に満ち溢れているくらいには……っ!!」

 

九重のスティグマが一層輝く。

 

「お喋りは終わりで良いかなッ!翔ぅ!!」

 

体勢を整え終えた与一が無数の浮遊物を作り出し、こちらに向けて放つ。

 

「くそッ!」

 

あれは以前に俺達へ向けて使った技だ。前回は九重が止めたが、足に怪我を負っていた。

 

「……大丈夫です。安心してください」

 

こちらもあやす様な静かな声で一歩前に出る。

 

「来て」

 

幻体が現れたかと思うと、九重が手に纏わる。

 

「案外簡単ね」

 

腕を大きく振るうと、手に纏わせていた幻体が無数の細い糸の様に伸びる。

 

腕と指を高速で動かし、迫って来る攻撃を全て捌き切る。

 

「こんなもんだよね。所詮」

 

何ともない様に呟く。

 

糸状に伸びた幻体が手に戻り、ナイフが一本生成される。

 

「はッ、この場に及んでナイフ……?どこまで僕を馬鹿にして……っ!!」

 

「それはどうでしょう」

 

直立の体勢でナイフを持ち、腕を振りナイフを投げる……いや、投げたんだと思う。

 

その動きは見えなかったが、与一の結界が割れた音が響き渡った事で結果として理解出来た。

 

「―――は?なんで……?」

 

「良いんですか?そのままボーっとしていると首……貰っちゃいますよ?」

 

「ッ!くそっ!」

 

すぐにその場から跳び、別の場所に現れる。

 

「なんでだよ……さっきまで壊せなかっただろ……なんでいきなり……っ!!」

 

「手加減、って言葉……分かりますか?深沢先輩?」

 

「手加減……?それじゃあ、今まで何時でも殺せたのに敢えて……?」

 

「怒り過ぎてまともな思考回路までやられちゃってるみたいね……ああ、イーリスから力を借りている程度の脳みそじゃそれもそうか……ふふ」

 

わざとらしいねっとりしたような声で与一を挑発する。

 

「もっとイーリスにお願いすればいいんじゃないですか?『勝てないから僕に力をください~』って。憐れなお人形さん?」

 

「―――ッ!ァ――ァアッ!!!」

 

与一から声にもならない叫びが聞こえる。

 

「これは、勝負あったわね」

 

「……与一の負け、か」

 

「ええ、最初から分かってはいたことだけれども……。あの子の魂は揺らいでいる。もうまともにアーティファクトも使えないわ」

 

……そのせいで九重の攻撃で簡単に結界が壊せたのか。

 

「けど、それよりも……」

 

ソフィが神妙な声で九重を見る。

 

「……いえ、今は関係ないわね」

 

「何か、あったのか?」

 

「気にしないで。大したことじゃないから」

 

こちらに聞かれたくないのか、話を切り上げる。

 

「殺す……っ!殺す殺す!殺すっ……!!」

 

与一が殺意だけを込めた言葉を吐く、その目は酷く濁っている。

 

「イーリスッッ!!!、力を……っ!!もっと、寄越せっ!!」

 

「こんなんじゃ全然足りないんだよ!もっと寄越せっ!こいつを殺せる力を……っ!!」

 

イーリスに力を求め、与一のスティグマ輝き始める。それに合わせて九重のスティグマも強く輝く。

 

「……っ、与一……」

 

大丈夫だ。落ち着け。まだイーリスは出て来ていない。

 

「……っ、中々やりますね、これ」

 

「九重、大丈夫か?」

 

「ええ、まだまだいけますよ。先輩はソフィと結城先輩と合わせて下さい。……来ますよ、イーリスが」

 

「寄越せっ!!力を―――ッ!!クッ!?」

 

突然、苦しむように胸を抑える。

 

「ハッ―――、ハァッ―――」

 

与一の身体を、スティグマが急速に浸食し始める

 

不穏な気配がその場を支配する。

 

「―――ッ、ハァッ……ハァ……!」

 

スティグマに染まった与一の姿が、変貌する。

 

「……なんなの、あの姿」

 

「人体アーティファクト化の……その極致、といったところかしら?」

 

「遂に、ここまで来たのか……」

 

「ええ、人を捨ててしまったわね。あの子」

 

「アァアアアアッ!!」

 

獣の様な雄叫びを上げ、腕を振るう。

 

今まで比じゃない赤い烈風が、俺達へ襲い掛かる。

 

「甘いですよ」

 

しかし、正面に出た九重が幻体の形を変えて前へ出る。

 

あれは……鞭……?

 

「―――『空乱』ッ」

 

それを目に見えない速度で振るい、迫った暴風を打ち消す。

 

「アーティファクトと言っても所詮、風の衝撃ですし……こんなもんですか。でも、ダメージが還って来るのやっぱりいただけませんね……」

 

困った様に肩をトントンと叩く。その表情には焦りは見えない。

 

「それで?こんなそよ風で何をしたかったのですか?あ、もしかして、スカート捲りでもする気でしたかぁ?深沢先輩?」

 

「はハハっッ!その余裕ガッ!どこマで続くかなッ!」

 

続けてさっきと同じ様に攻撃を仕掛けてくる。

 

烈風、飛来する真空刃、無数の飛来物。

 

それら全てを正面から受け、全てを消し去る。

 

「もうやめませんか?これ以上は無駄ですよ?」

 

「ナニ、自分には勝てない。そウ言いたいの……?」

 

「いいえ、まるでおもちゃを手に入れた子供みたいに力を使って……力の制御も、理性の自制すら出来て無いじゃないですか。死にますよ?このままじゃ……」

 

「ハッ!構わないさっ!力が使えれば……!」

 

「分別も出来ない()()、ですね……ふふ」

 

あざ笑うかのように与一を挑発する。

 

「ああ……そうだよ!その通りさ!僕もイーリスと同じさ。持っている力を振るいたいだけさ。その為に手を組んでいるっ」

 

「僕達にあるのは"我"だよ。ガキのままを貫きたい、ただそれだけさ!どこまでも……ね」

 

「抑圧なんてクソくらえだ……ッ、どこの誰かが作ったルールなんてどうでもいいね……!」

 

「君ならわかるんじゃないかな……?似たようなことを感じたことがあるんじゃないか?」

 

その言葉は、俺たちの前に立っている九重に向けられていた。

 

「……言いたい事は分かりますよ。生まれが、育ちが……スタートラインがそもそも違う。自分は他人とは相容れない生き物。自分だけが異常と気づきながらも、その衝動を抑えきれない。生き方を止めることが出来ない……。ま、そんな感じでしょう」

 

「なんだ……やっぱり君も同じ―――」

 

「ですがっ」

 

与一の言葉を遮る様に声を張る。

 

「私はあなたとは違います。救ってくれた人がいた。育ててくれた人がいた。私には、私を人として生きれる道を示した人達がいた……。その恩を返すまでは、私は決して道を誤らない。いえ、誤ることなくここまで来れました」

 

「なので、深沢与一。私はあなたとは違う人間です」

 

ハッキリと与一に言い放つ。

 

「……残念だよ、ほんとに……。正直、ちょっと期待していた。僕の気持ちを理解してくれるかもって……」

 

「でも、君も結局はそっち側で生きることを選ぶのか……。そっか……。僕と同じなのはイーリスだけか。……もういい、じゃあ死んでくれよ」

 

「良いですよ。殺せるものなら……ですが」

 

「ッ!殺す……ッ!今度こそ、僕たちの力でっ!キミがしたように!徹底的にッ!心を折って―――」

 

『悪いけど、別に私はあなたと同じじゃないわよ?』

 

「……ッ!?」

 

与一の動きが止まる。

 

―――声がした。

 

与一の内側から、低く、冷たく、響く声が……。

 

「な、にを……ッ!」

 

『力を貸してあげた。その見返りをもらうだけよ』

 

「ぅ、ァ……っ、……ッ!?」

 

『その子にフラれたからって私に縋るなんて……、結局あなたも誰かと繋がりが欲しかったのね。でも、興味ないのよ。ごめんなさいね?あなたの気持ち、わかってあげられなくて』

 

イーリスの声が場を包む。

 

『せめてものお詫びに、あなたのこと、沢山使ってあげるわ』

 

「……ッ!イー、リス……ッ」

 

『フフフ……』

 

苦しむ声を出していた与一の身体が……ピタリと止まる。

 

「……ハァ……」

 

喜びを表現するようにため息を吐き、体を動かし始める。

 

「……イーリス」

 

「感謝するわ。舞夜」

 

「この子強情で、中々渡してくれなかったの。けれど、あなたのおかげで……ようやく、私のものになったわぁ」

 

「遂に来ましたか……」

 

「今まで出てこなかったのは……、彼がイーリスの力を強く求めるのを……待っていた……」

 

「……先生の時みたいに。深沢くんの体を……」

 

「乗っ取りなんて生易しいものじゃないわ。あの身体は……完全にイーリスのものになった」

 

「……じゃ、じゃあ、もう、もとには……」

 

「戻らないわよ?」

 

事も無げに言い放つ。顔に刻まれたスティグマが、まるで笑っているかのように不気味に歪む。

 

「本当は、その子が欲しかったのだけれど……あら?まだ私の中に残っているわね……意外としぶといのかしら?まぁいいわ」

 

イーリスが不思議そうに自分の身体を見る。

 

……その反応をするってことは。

 

「この体は男の子だけど……言葉遣い、気を付けた方がいいかしら?もっと性別に合わせた方が良い?どう思う?フフ……」

 

「……どうでしょうね。ギャップ萌えとかあるかもしれませんよ?」

 

「ギャップ萌え……?私の知らない言葉ね。どういう意味かしら」

 

「え……素?これは予想外……かな」

 

イーリスの質問に九重が困った様に小声で呟く。

 

「……そうですね、内面と外面の違いによる意外性で、好感を抱く……。そんな感じの意味ですよ」

 

「へぇ……わざわざ答えてくれてありがとう。それじゃあ、そのお礼をしなくちゃいけないかしら」

 

イーリスの纏う気配が膨れ上がる。

 

「あの子との絆なんて無いけど、せめて私の中で自由に力を使うのを味わわせてあげないとね……フフ」

 

「新海先輩、来ますよ」

 

「ああ……必要か?」

 

「結城先輩同様、自分の役目を果たして下さい」

 

「……了解」

 

ここまで来ても自分一人で十分だと言い切る九重に任せて、後ろに下がる。

 

「……翔」

 

「大丈夫だ。九重ならやってくれる」

 

俺達は……俺達にしか出来ない役目を果たさないとな。

 

 





与一、完ッ!!

次回は主人公視点で色々行きます。次でイーリス戦も終わりかな……?



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第32話:ラストダンス


やってまいりました、イーリス戦!

と言ってもあまり長くは無いんですが……w




 

「さて……」

 

皆を守る為にイーリスと対峙するように前へ出る。

 

「あらぁ?あなた一人でいいのかしら?」

 

「お礼が必要なのは、私ではありませんか?イーリスさん」

 

「フフ……そうね、まずはあなたにこれまでのも含めて返さないといけないわね」

 

妖しく笑うイーリスの気配が増す。

 

ああ……とうとうここまで来れたのか、いや帰って来れたと言うべきだろうか。

 

ナインから記憶を引き継いだが、まさかあんな先の未来まであったなんてね。流石に予想外だよ全く……。けど、そのおかげでこの戦いに余裕が出来た。

 

自分のアーティファクトの力を確認する。

 

……よし、大丈夫そうね。最後と言うのに結局アーティファクトの力でイーリスと戦わないというのは少し粋が欠けるけど……でも。

 

「ふふふ、今の私の身体でどこまで耐えられるか……実験に付き合って下さいね?」

 

最後に信頼できるのは努力して身に付けた武に違いない。それは全てこの時の為。

 

「いいわよぁ、私もこの子の体の使い心地を試したいもの」

 

イーリスが手を振るう。すると、目には見えない透明な何かが迫って来るのを空気の揺らぎで感知する。

 

手の様なものが私の首まで伸び、そのまま掴んで持ち上げる。

 

「………」

 

「九重ッ!!」

 

「舞夜……っ!」

 

心配そうに声を上げる二人へ手を出して制止させる。

 

「安心していいわよ。殺しはしないわ。じっくりと苦しめてあげるだけ……」

 

……なるほど、これが初手で新海先輩が食らっていた見えざる手、だね……。

 

どんなものかと思ったけど、正直期待外れだった。

 

「……ふっ」

 

透明な何かを掴み、引きちぎる。

 

「あら……もう外しちゃったの」

 

「お礼ですから。しっかりと受けさせてもらいましたよ」

 

「どういたしまして。喜んでもらえたかしら?」

 

「ええ、とても」

 

「それじゃあ、これはどうかしら?」

 

手を前に出し、私へ向けて烈風を飛ばす。

 

「意外とワンパターンね……楽しみが無さそう」

 

「―――『絶』」

 

右足を一歩前へ踏み込み、荒れ狂う風の一部へ向けて衝撃破を叩きつける。

 

勢いを失った風が霧散する様に周囲へ散る。

 

「これだけですか?」

 

「ほんと、素晴らしい身体ね……」

 

「そりゃ、ここまで鍛えたもので」

 

保険として幻体を出して先輩達の傍に付ける。

 

「では、私からも行きます……よっ!」

 

地面が沈み、今の私が想定していたより遥かに速く、無駄が削がれた動きでイーリスの目の前に現れる。

 

「期待、通りね」

 

私が来るのを想定し、予め正面へ布石の罠を仕掛けていた。

 

「これだけじゃないわよ?」

 

周囲にも大量の飛来物を向けてくる。

 

なので、敢えてそれらを正面から全て叩き潰した。

 

「あらすごい」

 

指をこちらに向け、レーザーの様な光を放つ。

 

「――ふんっ」

 

髪飾りのナイフを外し、真っ直ぐ向かって来るそれを角度を付けて弾く。

 

「やるじゃない」

 

手元のナイフを見ると、少し刃が欠けていた。ちぇ、お気に入りだったのに……。

 

「次はこっちの番ですよ」

 

結界へ手を添える。

 

「すぅ―――『鎧崩し』ッ!!」

 

右手から結界へ衝撃が伝播する。込めた力に比例して足元の地面が沈み割れる。

 

対象の結界はあっけなく砕け散る。

 

「まさか……これでも破壊されるなんて……ね」

 

転移で私と距離を取るように離れる。

 

「褒めてあげるわ。全力とは行かないまでにしても、私のを壊しちゃうなんてね」

 

「私も全力とは程遠いのでお互い様ですよ」

 

今の身体だとこれ位が限界だし。

 

「まぁ……技の冴えはそこそこは行けるわよ?イーリス?」

 

イーリスの背後へ回る。

 

「―――っ!?」

 

一瞬の反応に遅れたイーリスへ手を向ける。

 

「この―――!」

 

こちらを向いたイーリスの体へ向けて衝撃を放つ。

 

「っ!?」

 

仰け反る様に一歩下がり、口から血を吐く。その血が私まで飛ぶ。

 

「い、一回の攻撃で……これだけの……フフフ……」

 

更に口から血を吐き出す。

 

「……汚い血、ですね」

 

顔に掛かったが口へと入って行く。

 

「……フフフ、この子の血を……飲んだわね?」

 

私が深沢先輩の血を摂取したのを見て、嬉しそうに笑う。

 

「……それが、どうかしたのですか?」

 

「馬鹿ねぇ……もっと用心深くしないと……こうなっちゃうわよ?」

 

次の瞬間、私の身体の中から何かが浸食するように湧き出てくる。

 

「―――ッ!?こ、これは……!!」

 

「人体アーティファクト化、その方法は一つだけじゃないのよ……?フフフ……」

 

不気味に笑うイーリスの気配が私の中で膨れ上がって来る。

 

「あなたの身体、もらうわね?」

 

次の瞬間、深沢先輩の身体からイーリスの気配が完全に消える。

 

「なる、ほ……ど。今度は、私の……体を……っ」

 

「前々からずっと狙っていたのよぉ……あなたのこの体」

 

宿主を失った深沢先輩の肉体が地面に崩れ落ちる。

 

「ふふ、ふふふ……」

 

それを見て思わず笑みが零れる。

 

「あら?どうかしたのかしら……?それにしても、やっぱり抵抗が激しいわね。まぁ、分かっていたことだけれども」

 

イーリスが完全に私の身体に移った事で()()()()()使()()()()()()()()全て自分へ回す。

 

「あは、あははッ!あはははっ!!」

 

「そんなに笑っちゃって……何がそんなに嬉しいのかしら……?」

 

「ただでは、死なない……ということですよ……ッ!!」

 

イーリスへ乗っ取られかけている身体の支配を無理矢理一部奪い返す。

 

「……まさか、あなた……」

 

自分の腕を振り上げ、加減無しで心臓を貫く。

 

「―――ぐッふ……ああ……これで、この体は使い物になりません、ね……?ふふふ、あははっ!」

 

ああ……最高ね。こんなにもあっさり……と。

 

「あなた……相当狂っている様ね。その自己犠牲……けど、無意味よ」

 

分かってるよ。オーバーロードを使う……そうでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!来……た、ァあああっ!!!」

 

イーリスが完全に私の身体に移った。そのおかげで私とイーリスの間に僅かな繋がりが出来ている。未来のイーリスがオーバーロードを使った瞬間を認識出来た。

 

「……っ、まさか……!?」

 

ソフィと成瀬先生、ナインの思惑に気付いた様だけど、もう遅い!

 

一瞬繋がったパスを私の能力を使って全力で繋ぎ合わせる。

 

「あははッ!この時を……っ!待っていたんですよ!!イーリス!!」

 

自由が利かない身体の視線だけを先輩達へ向ける。

 

「今ですっ!」

 

「……ああっ!ようやく、繋がった!―――希亜っ!」

 

「……ええ、この瞬間を、待っていたっ!!」

 

結城先輩が一歩前に出る。

 

「……はぁ、本当にむかつくわね」

 

呆れた声でイーリスが吐き捨てる。

 

「……不本意ではあるけれど、退かせてもらおうかしら―――ッ!?」

 

「ふふふ、無駄ですよぉ……!逃がすわけないでしょうが!」

 

自分の身体と周囲の空間全てを固定させる。

 

「な……っ」

 

「当然……!肉体ともしっかり繋がっているので、そちらの身体にも返しませんよ……っ!!」

 

「ッ!ほんと……!どこまでも私の邪魔を……っ!!」

 

イーリスが全力で私の身体の主導権を奪いに来る。

 

「体の制御が奪えない……、なんなの……この抵抗力は……!!」

 

「さぁ、私と最後まで踊りましょうよ……イーリス?あはははっ!」

 

「ッ!?」

 

「ジ・オーダー……フルアクティブ!」

 

結城先輩の身体を纏うようにアーティファクトの力が広がる。

 

「この……ッ!私が……!たかがこんな子供に……恐怖を……っ!?」

 

一瞬勢いが弱まった主導権を逆に奪いにかかる。

 

「ありえない……千年以上も生きている私が……!こんな小娘に……圧されてる……!?」

 

「あははッ!あなたが相手しているのは千年の武、その頂きですよ……!」

 

「このままじゃ……ッ!!」

 

悪あがきで結城先輩の方へ攻撃を放とうと手を向けるが、私の幻体が即座にその手を叩き折る。

 

「フッ……無駄ですよ、魔女さま?」

 

あざ笑うように私を見下す。

 

「ガキが……ッ!!」

 

「舞夜っ!」

 

「大丈夫ですっ!やってください!!」

 

「希亜!九重なら大丈夫だ!イーリスを討て!」

 

「―――ええ!―――パニッシュメントッ!」

 

集約した力の奔流が、私の身体を通してイーリスへと直撃した。

 

「………ぁあ……」

 

「千年……生きた……この私が、まさか……あんな子供如きに……ね」

 

「悔しいけれど、潮時ね……」

 

「さようなら。地獄でまた会いましょう……フフフ」

 

最後まで嫌な笑い声を響かせながら、イーリスの存在が消滅したのを感じた。

 

「―――ッ!ハァ……っ、ハァ……」

 

体の制御が戻った事で体勢を整える。

 

「……やっ、た……?イーリスを……っ」

 

「……ああ、終わった。今度こそ……倒した」

 

新海先輩の勝利宣言を聞いて、結城先輩が安堵する。

 

「ついに……イーリスを……」

 

二人の会話を聞いている内にある程度体が落ち着いたので、折れた手を元に戻して先輩達を見る。

 

「……どうやら、私達の勝ちの様ですね」

 

「ああ、勝てた……勝てたんだな……っ、そうだ、与一は……!?」

 

「安心してください。ちゃんと生きてますよ。ちょっと臓器へダメージはありますが……」

 

「それ、大丈夫って言えるのか……?」

 

「死ぬよりましでしょう。一応、私の能力でこれ以上の悪化は止めていますよ」

 

「そっか……与一も生きたんだな……」

 

「ええ、私達の作戦勝ちってやつですね」

 

「はは、ほとんど九重一人で終わらせていたけどな……」

 

「最後のだけはどうしても私ではいけませんから。それまでの道を整えた、それだけです」

 

……ああ、終わったんだ。この戦いが。

 

「舞夜ちゃん……!」

 

新海先輩と話していると、他の皆も駆け寄って来た。

 

「イ、イーリスは……」

 

「大丈夫です。今度こそ倒しました」

 

「深沢くんは……無事そう……かな?」

 

「ええ、命に別状はありません。少し入院は必要かもしれませんが」

 

「いやいやっ!そっちの人より……!舞夜ちゃん平気なのっ!?体乗っ取られていたじゃん!!」

 

「ふっふっふ……これでも護身術をかなり嗜んでるからね!あの程度へっちゃらってものよ!」

 

「お前はいつまで護身術でゴリ押しする気だ……」

 

「天ちゃんが騙されるまで……でしょうか?」

 

「いやぁ、流石の私でもあんな護身術ないって分かるから……」

 

「ありゃま、心が穢れてしまった……新海先輩のせいですね……およよ」

 

「勝手に人のせいにすんな」

 

戦闘後の場に笑いが零れる。

 

「いいかしら」

 

ソフィがぷかぷかと浮かびながら近寄る。

 

「一先ず、お疲れさま」

 

「いえいえ、ソフィもありがとうございます。ちゃんとタイミングを合わせてくれて」

 

「私の方は大したことじゃないわよ。簡単だったわ。それに……一番頑張ったのはあなたよ」

 

「ふふ、どうも」

 

この歳でも褒められるのは素直に嬉しいもの……ってまだ若い若い。

 

「皆さんも、お疲れ様でした」

 

みんなを見回して笑う。

 

「なーんもしてない私達が言われても……ねぇ?みゃーこ先輩……?」

 

「う、うん……ほんとうに、見ているだけだったから……」

 

「わ、私も……能力を使ってはいたけど……あまり実感が……」

 

「それを言うなら私もね。最後の最後に一撃だけなのだから」

 

「希亜のは仕方ないだろ?他の人に出来ないんだから」

 

「まぁまぁ、皆さん。取りあえずそこで転がっている深沢先輩を連れて行かないといけませんし、移動しませんか?」

 

「……だな。喜びを分かち合うのはそれが終わってからだな」

 

「そうですそうです。なので、行きましょうか」

 

地面で倒れている深沢先輩を担ぎ上げる。

 

「……んー……あばら骨にヒビかな?臓器にもちょっとダメージ入ってそうだね」

 

通信機を取り出して、救急搬送の手配を送る。

 

「よーし、それでは!勝利の凱旋と洒落込みましょう!!」

 

拳を握り、高々と上へ掲げた。

 

 

 

 

 

 

イーリスを無事殺してから、数日が過ぎた。

 

僭越ながら、この九重舞夜がこれまでの経緯を軽く話しておきましょう。

 

まず、軽く重傷を負っている深沢先輩を医務班へ放り投げ、おじいちゃん達へ一言連絡を送った。

 

勝利した祝勝会を泊まり込みでやりたい……私を含めてみんな同じ気持ちだったが、こちらの都合で後日にして貰った。後処理で忙殺確定だったからね……はぁ。

 

皆を無事送ったあと、すぐにおじいちゃん達を集めて報告をした。

 

千年の悲願、その役目が終わったことを……。イーリスを滅したと。

 

その場で宴が始まりそうな空気だったが、流石に止めといた。

 

そこから二日間は報告と処理に追われた。……ゴールデンウイーク中でほんと良かった……はぁ。

 

取りあえず落ち着け始めたのを感じ、実家を出て住んでいるマンションの部屋へ帰った。

 

……不思議な気分。自分が住んでいた部屋なのに、そうじゃなくなった記憶もある。そんな変な感じ。

 

グループで皆とはちゃんとメッセージのやり取りをしていたけど、祝勝会は私が落ち着いてからしようと日にちは決まっていない。ありがたいことですよ……ほんと。

 

「……さてと」

 

けど、まだこの枝ではやることが残っている。……いや、私が言わなくてもいつかは行くとは思うけどね。

 

部屋を出て、三つ隣の部屋のインターホンを押す。実家には帰っていないって言ってたし、大丈夫よね。

 

「はーい、って九重か」

 

「お久しぶり……で良いんでしょうか?」

 

「数日振り、だな。取りあえず上がるか?」

 

「お邪魔しまーす」

 

そのまま案内されて部屋へ招かれる。

 

「そっちはもう落ち着いたのか?」

 

「ですね、ある程度は……。あとは私がいなくても大丈夫だと思います」

 

「そっか、改めてほんと色々とありがとな。実家の人の手を借りさせてもらって」

 

「ふふ、いえいえ。これが私の役目ですので……と、それより」

 

「ん?なんだ」

 

「新海先輩は、他の枝の自分に勝利宣言はされていますか?」

 

「他の枝の俺に……って、ああ……そういうことか。確かに、必要だったな」

 

「他の枝だと、存在しないイーリスを倒すぞー!って動いてるかもしれませんよ?」

 

「そうだった。なんかこの枝で倒せたことで忘れていたよ。サンキュ」

 

「どういたしまして。会いに行ってあげて下さい。それぞれの枝の、皆に……」

 

「……そうだな。そうしないといけないよな」

 

「はいっ、この枝の皆さんはそりゃもう先輩のせいで色々と厄介ですから……ね?」

 

「あー……それを今言うかぁ……?」

 

「ですので、せめて自分の枝だけでも先輩と喜びを分かち合ってもらいましょう」

 

「……ああ、そうするよ。相棒、頼めるか?」

 

「新海先輩と、そのお相手にも……ですよ?」

 

 

『分かった』

 

 

「……大丈夫みたいだな」

 

「みたい、ですね」

 

これで、無事結城先輩に会いに行ってくれるでしょう。この枝はちょっと複雑過ぎるしね。

 

「では、行ってらっしゃいませ。皆さんとお幸せに」

 

「ありがとな……」

 

「向こうの私にもよろしくお願いしますね?ちょっとうるさいかもしれませんが……」

 

「自分でそれを言っちゃうのか……」

 

「自分だからこそ分かるんですよっ」

 

長年付き合って来た性格だからね!

 

「それじゃあ、跳んでくれ。相棒」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天と九重が部屋を出て行ってすぐに、グループの方でメッセージが入る。

 

今は希亜がシャワーを浴びているので、適当に返事をして動画を見て待つ。

 

……暫く経ち、ちらりとディスプレイ端の時間を見る。

 

結構時間かかってるな。

 

店に入って席を取っておくとは言っていたが、一応遅れるって連絡はいれておくか。

 

「……よし」

 

スマホの画面を閉じ、動画を再生する。

 

―――と、隣で人が動く物音がした。

 

希亜がシャワーを浴び終えたみたいだ。

 

「……お待たせ」

 

いつも通りの服に着替えている希亜が出てくる。

 

「ああ。それじゃあ―――」

 

 

 

『記憶をインストールする』

 

 

 

「っ……」

 

駆け巡る記憶……。それを実感し、無性に、胸が熱くなった。

 

「………」

 

俺の変化に気付いたのだろう。優しく微笑んで俺を見る。

 

「おかえり、翔」

 

「あ、ああ、ただいま」

 

戻って来た喜びのままに、希亜を抱きしめる。

 

「ぁ……」

 

「終わったんだな……全部……」

 

「ええ、全部……」

 

その実感を確かめるように、希亜を強く抱きしめる。

 

「他の皆にも、伝えないとな……」

 

「そうね。あと、天と舞夜を待たせてしまってるから……ね?」

 

暫くこのままで居たかったが、そうもいかない。

 

「翔は、シャワー浴びる?」

 

「体拭いたからいい。出かける準備、もういいか?」

 

「うん、平気」

 

「じゃあ……あー……、九重に、さっきの件無しにしてくれって言わないといけないな」

 

「そうだった」

 

「取りあえず出るか」

 

「うんっ」

 

マンションを出て、歩きながらグループと九重にメッセージを送る。

 

すぐに既読が付き、『承知っ!』とスタンプ付きで返って来た。

 

 

 

 

 

「おっ、にぃにー、こっちこっちーっ」

 

入口のドアが開きベルが鳴る。来客を確認すると、新海先輩と結城先輩だった。

 

「ごめんなさい、待たせて」

 

「気にしないでください―――って言うところですけど、ちょー待った。お腹ぺっこぺっこですよ」

 

「飲み物は先に頼んでますけどねー」

 

「悪いけど、もうちょっと待ってくれ」

 

「はーー?なんでさ、お腹減り過ぎて割とイラついていますよ、あたし」

 

「全員が揃ってしたいんだよ」

 

「私の件も無しにした……ということはそれなりに大事な用件の様ですね」

 

「ああ。かなりな」

 

新海先輩と結城先輩の表情を見る感じ、別の枝でイーリスを討伐したと思われる。

 

「正直ファミレスとかじゃなくてもっといいとこ行って贅沢したい気持ちだが……」

 

「……なに?付き合ってまーすって発表する気?」

 

「……違う。みんなにとってもいいこと」

 

少し、拗ねるように返事をする。うひー……可愛らしい反応なことで。

 

「みんなに?なんだろ」

 

「みんな来てからのお楽しみってことで」

 

「めでたい事でしたら、どこかで外食とか良いかもしれませんねっ!」

 

「だなー……焼き肉とか行きたいが……予算的に今はちょっとなぁ……」

 

「私も……持ち合わせが心許ないかも」

 

「あたしなんて今財布持ってねぇしなっ!」

 

「嘘つけ、ぜってー奢んねぇぞ」

 

「チッ、くそ」

 

飲み物を飲んで雑談をしていると、すぐに九條先輩が到着した。

 

「お待たせしましたー」

 

「おっ、みゃーこ先輩が一番乗り」

 

「ふふ、自転車飛ばしてきちゃった」

 

九條先輩の発言に天ちゃんが私を見る。

 

「……ぁ、春風、こっち」

 

「す、すみません、電車のタイミング、合わなくて……。ぉ、遅くなりました」

 

「こっちこそすみません。急に誘っちゃって」

 

少し後に香坂先輩がやって来て……。

 

「む……。私が最後か。すまん、待たせたな」

 

最後に制服姿の高峰先輩が到着したことで全員が揃う。

 

取りあえず全員分の食べ物とかの注文を済ませ、料理が届いてから新海先輩が話し始めた。

 

内容は勿論、『イーリスを倒した』と……。

 

「……まじで?終わっちゃったの?」

 

「そっか、他の枝で……」

 

「イーリス……倒せたん、ですね……」

 

皆が驚くような反応を見せる。

 

「なるほど、だから先ほどの提案が白紙になったってわけですねっ」

 

「そう言う事だな」

 

「全ての世界線のイーリスを消し去った、か。つまり、今私たちがいるこの世界線の脅威も去った……ということか」

 

「そのようね」

 

高峰先輩の言葉に応えるようにソフィが姿を現す。あ、ミニサイズ……。

 

「途中までしか観測出来ないから、イーリスと本当に決着がついたのかどうかわからないけれど……確かに、その気配が消えているの。いつも朧気に感じていたもう一人の自分の存在が、綺麗さっぱり消えている」

 

「別の枝のあなた達が、うまくやってくれたみたいね」

 

そう言ってちらりと私を見る。……ん?これは……もしや?色々と最後の戦いの話を私から聞いているパターンかな?

 

取りあえず誤魔化す様に首を傾げならソフィを見返す。

 

「……と、言われても……って感じなんだけど。実は生きてましたー、とか、ないよね?」

 

「大丈夫。……と言いたいんだが」

 

「うわっ、急に弱気になった」

 

「一回騙されてるからな……。でも、今回は大丈夫なはず」

 

……ふむふむ、しっかり死んだふりも味わったと。

 

「もしまだイーリスが生きているのなら……二十日に事件が起こる。何事もなく過ぎれば、私たちは成し遂げた……ということになる」

 

「……報告するの、ちょっと早すぎたか?」

 

「……かも」

 

二人が困った様に顔を合わせる。

 

「でも……確信はある。イーリスは、滅びた。私はそう、信じてる」

 

「ふむ……。ひとまずは二十日まで様子を見る。ということでいいか?」

 

「ええ」

 

「念のため、俺達も備えはしておくか」

 

「私も調べておくわ。念入りにね。それじゃあ、私の話は済んだから行くわ。またね」

 

用件が済んだとばかりに忙しそうに元の世界へ戻っていく。

 

「むー……最終決戦だーって緊張してたから、拍子抜けだなー……」

 

「でも……お、終わったのなら、嬉しいです。実は、私……少し、怖くて……っ」

 

「分かります。私も不安でいっぱいだったので……」

 

「分かります。強大な相手に私も怖かったです……っ」

 

取りあえず皆の言葉にのって隣の九條先輩に縋る。その様子を新海先輩と結城先輩が呆れた表情で見ている。

 

「もう、解決できたのなら……素直に喜びたいね」

 

「心配無用だ。そこで九條になよなよと縋りついてる九重が全部蹂躙してくれるさ……なぁ?」

 

「ちょっと先輩?こんなにも恐怖で怯えているか弱い乙女になんて物騒なことを仰るのですか、ギルティですよ!」

 

「……私と翔は、前回の件も含めて他の枝であなたの実力をこの目で見ている」

 

ですよねー……。

 

「いやいや、結城先輩?それとこれとはまた話が別なんですよ」

 

「九重の話は置いといて……まぁ、まだ確実な安心とは言えないけど、それでも大丈夫だ」

 

ありゃ……またスルーですかい。

 

「ふむ、慎重な結城君が断言したのだ。油断は出来んが……構えすぎる必要は無いかもしれんな」

 

「だな。……ぁ、そうだ。高峰に聞きたいことがあったんだ」

 

「む?なんだ」

 

「アーティファクト、持ってるよな?」

 

あ、言及された。

 

「っ……ぅ」

 

「ぁ……そういえば高峰先輩……。ソフィさんのこと見えてましたよね?今」

 

「質問の意図がわからんな」

 

「ソフィは、ユーザーにしか見えないんだよ」

 

「む……、そうだったのか……」

 

「え、先輩もユーザーなの?」

 

「……言い逃れは出来んな。その通りだ」

 

「……なぜ黙っていたの?」

 

「誤解しないで欲しいが、キミたちを信頼していなかったわけではない。仲間に加わったころは、アーティファクトなど持っていなかった、本当だ。入手したのは……つい最近なんだ」

 

「ぁ、言いそびれちゃった、とか……?」

 

「違う。……わけでもないが、隠しておくことで、有利に働くかもしれん、と考えてな……」

 

「……いや、すまん。嘘はやめよう。ここぞという場面で披露し、驚かせたかったんだ」

 

「っ……ふふっ……」

 

高峰先輩の言い訳に思わず笑ってしまいそうになる。

 

「……ぇ、そんな理由ぅ……」

 

「なんだその言い訳……とか、他のやつだったら言ってるけど……高峰だと妙に納得できるな」

 

「窮地に陥り……力に覚醒。ありきたりだが、燃える展開だ。憧れたんだ、分かってくれるだろうっ?」

 

いやー流石っす。ブレない意志最高っ!……問題はその場面がどこかであったのかどうかだけど。

 

「ぇ?ぁ……、えと、は、はいっ」

 

「いいんですよ、みゃーこ先輩。無理に合わせなくても良いんですよ」

 

「……その気持ち、分かります」

 

「……ええ、分かる。すごく」

 

「ぁ、いたよ。理解者いたよ」

 

「しかし……終わったのならば、ドラマティックに披露する機会も失った、というわけか」

 

「ちなみに、どんな力なんです?」

 

「フ……」

 

「ぁ、言わない気だなこの人」

 

「高峰先輩らしいですねぇ……」

 

「まぁいいじゃないか。力など、使う機会が無いのが一番だ」

 

それは同意。

 

「そうね……。伝えるのが早かったかもしれないし、実感も乏しいとは思うけれど―――」

 

「ああ、取りあえずお祝い、ってことで」

 

「二十日には確定するわけでしょ?じゃあそのあとちゃんと打ち上げしようよ。焼き肉行こっ、焼き肉!」

 

「や、やきにく……っ!?」

 

「あれ?お肉嫌いです?」

 

「い、いえ、あの、みんなで、焼き肉なんて……、わ、私なんかが、い、いいんですか……っ!?」

 

香坂先輩がキラキラした目で恐る恐る聞いてくる……愛くるしいぃー……ぁああ。

 

「ちょっと意味わかんないですけど……。いいでしょ、全然」

 

「家族以外と、い、行ったことなくて……、あ、あの、すみません、取り乱してます……っ」

 

動揺してか若干あわあわしている。

 

「私も、友達とは行ったことないかも……?」

 

「当然、私もない」

 

「無論、私もだ」

 

「まぁ行かないですよね、焼き肉とか。大人いないと」

 

「そもそも、家族以外と、外食とか、あまり……」

 

「私も」

 

「私もだ」

 

「………」

 

「みゃーこ先輩が裏切った」

 

「ぇっ!?ぁ、えと、わ、私も、そんなには、行かないので……」

 

「私も、外食で行ったことないですねー……」

 

仕事や任務ではあちこち行っているけどね。

 

「天だって友達と外食なんていかねーだろうが」

 

「にぃにもそうでしょうが」

 

「ああそうだよ悪いかよ」

 

兄妹間での不毛な争いが勃発する。

 

「ぜひ、みんなで焼き肉に行きましょう。いい思い出になりそう」

 

「やったー!焼き肉!」

 

「ふふ、楽しみだね」

 

「あ、私に幹事させて下さいっ!良い場所知ってるんですっ!」

 

勢い良く手を上げる。折角だし皆に良い物を食べて欲しいしね!

 

「おおーいいね!積極的っ!」

 

「こ、九重が……か?」

 

「え、何にぃに?そんな不安そうな顔して」

 

「……いや、そうだな。一般的な店でな?お値段が一般的なやつで」

 

「……?どうしたんですか、そんな念押しに言って」

 

「その、だな……いや、他の枝でちょっとな……」

 

「……ああ」

 

新海先輩の言葉に、結城先輩が納得するように頷く。

 

「舞夜」

 

「ん?はい?」

 

結城先輩が私の名前を呼ぶ。

 

「私たちは学生、それを忘れないで」

 

「………」

 

あ、これ。他の枝の私やらかしてるな……?絶対今回みたいに高い場所に連れて行ったやつだ。

 

聞こえなかった振りで顔を逸らす。

 

「おい、九重。俺は他の枝でお前がしているのを知ってるんだからな?わざわざ進んで幹事に名乗り上げたんだ。その気だったろ?」

 

「……えと、この枝の私には、何のことだか……さっぱりですので……あはは」

 

「……お店の予約、私がやるわ」

 

「ああっ、嘘です嘘ですっ!ちゃんと常識的範疇でのお店にしますからっ!許して下さい!」

 

「言わなければやる気だったのかよ……」

 

「……てへっ?」

 

取りあえずお茶を濁す。

 

「何か心配になって来たわぁ……」

 

「大丈夫ですっ!しっかり皆さんと予算を話し合ってから選びますので!先ほどまでのはほんの可愛い冗談ですってばっ!」

 

「……なんの話をしてんだろうね?」

 

「金銭感覚の……共有、かな?」

 

「九重さんも、お金持ち……ということなのでしょうか?」

 

「……まぁいいわ。ひとまずは……今日の前祝いをしましょう」

 

「そうだな。取りあえずお疲れ様ってことで」

 

新海先輩がコップを手に取る。

 

「もう飲んじゃってるけど、みなさまグラスをお持ちください」

 

その言葉に皆が自分のコップを持つ。

 

「俺と希亜以外、実感はないとは思うけど、みんなに助けられて―――あ、これ。二十日に言った方がいいか……」

 

「グダグダだなおい」

 

「うるせーよ。とにかく、あー……。お疲れ様でした!乾杯っ!」

 

「かんぱーい!!」

 

乾杯の台詞に合わせて皆でコップを合わせた。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ。急に呼んだのに、来てくれてありがとな」

 

「ううん、とっても楽しかった。誘ってくれてありがとう」

 

「次は二十日以降だな。フフ……今から楽しみだ」

 

「んじゃ、解散ってことで。香坂先輩、一緒に帰りましょー」

 

「は、はい。おつかれ、様でした……」

 

「ええ、また」

 

ファミレスの一時を終えて、皆が各々帰って行くのを見送る。

 

「皆さん、帰りましたねー」

 

振り返り、新海先輩と結城先輩を見る。

 

「すまんな、折角九重が色々と準備してくれていたのにさ」

 

「いえいえ、気にしないでください。ちょーっと、残念な気持ちはありますが……」

 

「お泊まり……だろ?」

 

「……お二人が知っている枝では、みんなとお泊まりはされていたのでしょうか?」

 

「ちゃんとしていたぞ。実家の離れでな」

 

「ええ、一緒に夕食も作っていたわ」

 

「うわぁ……何それ超羨ましいです……いいなぁ……」

 

くそ、他の枝の私め、良い思いをしやがって……っ!

 

「別に、アーティファクト関係無しに普通に集まって泊まれば良いんじゃないか?」

 

「……あっ、それもそうですねっ!天才ですかっ!!」

 

「いや、普通に考えて分かるだろ……」

 

こちとらそのために用意していた家って考えだったので……!そっか、普通に誘って泊まればいいや。

 

「そうと決まれば……焼き肉の件も合わせて早速動かないと……っ!」

 

「ほどほどにお願いね」

 

「加減はしますのでご安心を」

 

私の言葉に苦笑いをして見ている。

 

「あ、そうだ……お二人はイーリスと戦った最後の記憶をお持ちしている……で良いのですか?」

 

「ああ、持っているぞ」

 

「私も。恐らく翔と同じくらいには」

 

「ほうほう……、最後にイーリスと戦った時の私って、お役に立てていましたか?」

 

どうしても気になってしまう。どの様な結末を迎えたのか。

 

「役に立ったかって……なぁ?」

 

「ええ、ほんとにね」

 

何を知っているのか、呆れるように笑う。

 

「あ、あのー……?」

 

「やりたい放題してたぞ。与一とイーリスに対して」

 

「やりたい、放題……ですか?」

 

「そうね、最後には魔眼の彼も救ってね」

 

……っ?深沢先輩を……?それは一体どういう意味で……。

 

「んー……なんか、色々とあったようですね」

 

「また後で話すさ。九重がどうだったのかって」

 

「じっくりと話すことになりそうね」

 

「そういうのでしたら……また今度機会を作っておきます」

 

なんか長くなりそうなので後にしよう。おじいちゃん達への報告の為に聞いておきたかったけど、それも含めて二十日に回させてもらおっと。

 

「それでは、私も一度実家に戻りますね!」

 

「ああ、気を付けてな」

 

「お疲れさま」

 

「はいっ!お二人も、お疲れ様でした!」

 

ま、二人はこれからお疲れになるんでしょうが……!

 

私を見送る二人に手を振りながらその場を去る。

 

「………」

 

暫く歩いて迎えに来てる車に乗り込む。

 

「お疲れ様です」

 

「壮六さんでしたか、お疲れ様です」

 

「先ほど連絡をもらった通り、今後の予定はキャンセル……でよろしかったですか?」

 

「それでお願いいたします。一応二十日までは警戒しますが……多分大丈夫だと思います」

 

「つまりは……」

 

「神は討たれた。そういうことです」

 

「……そうですか。宗一郎様が詳しく聞きたがりそうですね」

 

壮六さんの声にも、若干喜びが混じる。

 

「私もまだ詳しくは聞けてないから、話せないんだけどなぁ……あはは」

 

「あっ、でも、離れの方でのお泊まりはどこかのタイミングでしようと考えてます。アーティファクト関係無く」

 

「普通にご友人とのお泊まり、ということですね?」

 

「ですです。大丈夫ですか?」

 

「それは喜ばしい事ですので、お好きに使って下さい」

 

「ありがとうございます。あ、それから二十日以降に全員で祝勝会を予定しているのでそのお店のリストアップを……」

 

 

 





あと数話で第四章も終わりそうですね……。後日談とかおまけとかを……書きたい。

いやーここまで長かった……気がしますw



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第33話:バレなければ良いんですよ、バレなければ……ね?


焼き肉回……!

お高いコースを食べてみたい、、、。




 

 

すっかり日は落ち、時刻は夜。

 

部屋が暗い中明かりも点けずにお互いベットで寄り添いながら座り、ただぼーっとしていた。

 

特に言葉を交わすことなく、ぼんやりと……。

 

別に希亜と話をしたくないとかそんなわけじゃないし、会話をしようと思えば話題なんていくらでも出てくる。

 

けど、俺の隣で座ってる希亜の体温を感じている。それだけで満足している。心が満たされている。そんな気分……。

 

頭の中で考えてしまうのは……やっぱり他の枝での出来事。与一との戦いに敗れてしまい、皆を失った枝……。

 

「………」

 

イーリスを倒し、与一も救えた。全てが上手く行ったあの枝が無ければ、こうやって希亜と居ることは出来なかった。

 

そう考えると、自然と隣にいる希亜の肩を強く抱き寄せてしまった。

 

「……どうしたの?」

 

俺の行動に、不思議そうに見上げてくる。

 

「……いや、もしもあの枝でイーリスを倒せて無かったら、こうやって希亜と過ごせなかった……そう考えたら体が勝手に……」

 

「……ふふ」

 

嬉しそうに、はにかむ。

 

その笑顔を見て俺も自然と笑みが零れる……が、すぐに真顔になった。

 

「そう言えば……翔に聞きたいことがあった」

 

「ん?」

 

「別に、怒ってるわけじゃないんだけど……」

 

「ぇ……俺、なんかした?」

 

「イーリスを倒した枝で、私も含めてみんな自分の枝から記憶を引き継いでいたでしょ?」

 

「……あ、あー……」

 

分かった、希亜が今から何を言い出すのか理解出来た。

 

「翔……他のみんなにも、手を出してた……」

 

「………」

 

「九條さんとも、春風とも付き合ってた……あとそ……ううん」

 

「ちょーっとその言い方だと語弊があると言うか……」

 

「翔のこと、名前で呼んでた……。本人からも確認は取れてる」

 

「あー……はい、そう、でしたか……」

 

九重からさらりと聞いてはいたが……恋人から言われると、こう……心に来るもんがあると言うか……。

 

「何となく予想はしていたけど……ちょっと、ショック……」

 

「でもあの枝の時もそうだけど、他のみんなと付き合っていたって記憶……俺には無いんだよなぁ……」

 

「それは気づいていた。他の人からの翔に対する目線と翔からのに温度差があったから」

 

「そ、そっかぁ……」

 

「みんな距離を少し掴みかねていた……けど、イーリスを倒すことを優先して先送りにした」

 

「確か、九重からかなんかあったんだっけ?」

 

「そう、舞夜がみんなを集めて一度話し合った。他のみんなは私に気を遣って遠慮していた……けど」

 

「けど?」

 

「舞夜からある提案があったから、一先ずそれで納得してもらった」

 

「提案……?」

 

「それは……言えない」

 

「逆にめっちゃ気になるんだが……」

 

「あれはあの枝だからこその……、この枝の翔には関係ないから……気にしないで」

 

少し、しどろもどろに話す。一体何を言ってみんなを納得させたんだ……。

 

「……ぅぅぅ~っ」

 

「ど、どうしたっ?」

 

突然、希亜が俺に抱き着き、頭をぐりぐりと押し付ける。

 

「浮気したら、死ぬからぁ~……っ!」

 

「しないしないっ、絶対にしない。絶対っ」

 

「しないって、信じてるけど……その内私に飽きてふらっと他の人のところに行っちゃうとか……」

 

「ないない!ありえないってっ。むしろ俺が飽きられないか心配だ」

 

「それこそありえないけど」

 

「……ごめん。別の枝のこと。責めるべきじゃないってわかってるんだけど……、何か一つ違えば他の結末になっていたって考えると……うぅ……」

 

「なんか……すまん」

 

「翔は悪くないから謝らないで。これは……そう、心の整理みたいなものだから」

 

別に浮気をしたわけでもないのに、変な汗をかきそうになる。

 

「……この枝では、私を選んでくれた。そう思って深く考えないでおく」

 

「あ、はい……」

 

「他の枝のみんなも、今の私みたいに少し嫉妬しながらも幸せになってる。そう思えば気はまぎれそう……かな?」

 

「折り合いをつけて頂きありがとうございます……」

 

あの枝の俺……死ぬなよ……。

 

「ねぇ、翔」

 

「ん?」

 

「この枝で、私を見つけてくれて……ありがとね」

 

「どしたんだ。急に……」

 

「この枝で翔と出会って、私は救われた……ううん、変われた。それはきっと他の枝じゃ出来なかったと思う」

 

「あー……どうだろうな……」

 

「翔にとって最初はイーリスを倒せなかった私の原因を知るためだったかもしれない……けど、こうして今は恋人して一緒にいられる。それが嬉しい」

 

「……ああ、俺もだよ」

 

確かに始めはイーリスを倒すために希亜のことを知ろうとした。だけど、次第に希亜自身が気になっていたのも事実。

 

「……イーリスを倒し街を救ったことで、私たちの戦いは終わった……」

 

「だな。一応まだ確証とは言えないし、他のアーティファクトも集めないといけないけどさ」

 

「うん……、それと、これは私の個人的なお願い……みたいなものなのだけど……聞いてもらっても、いい?」

 

「何でも言ってくれ」

 

個人的なお願い……?まぁ、好きな人のお願いともあらば何でも叶えたいけどさ。

 

「ここではない……どこかの枝で、私だけじゃなくて……舞夜のことも助けてあげて」

 

「九重を……?」

 

助けるって……何をだ?

 

「うん、あの子も……きっと誰にも言えない物を、心の奥に閉まってると思うから」

 

「………」

 

……希亜が言いたい事は何となく理解は出来る。これまでの与一やイーリスとの戦いを見ていれば……。

 

「希亜には、それが何か想像出来てるのか?」

 

「何かまでは……分からないけど、私達に話していない事があって、どこか距離を置いている」

 

「俺達と……距離をぉ……?」

 

あの九重が……?天以上にグイグイ来てるぞ。

 

「普段の彼女からは想像出来ないのは私も一緒。けど……私がそうだったから、何となく」

 

「……感じるものが、あるってことか」

 

「……うん。他の枝の記憶がある今だから分かる。彼女も今までの私みたいに何かに囚われている……そんな感覚」

 

俺には良く分からなかったが、希亜自身がそうだったからこそ共通点があったのかもしれない。

 

「もしどこか他の枝で機会があったら、お願いね」

 

「……わかった。って言えれば良いんだけどなぁ……俺が九重の相手に務まるとは到底思えん」

 

「翔は凄い。もっと自信持って良い」

 

「いやいや、庶民の俺とは違ってめっちゃでかい実家とか離れまで持ってて、家の中でもかなり高い地位だぞ?」

 

「……九條さんも似た感じじゃない?」

 

「……あー……ですね……」

 

あれ?言われてみれば確かに……九條もお嬢様だったな。

 

「……この話、止めませんか?希亜さん」

 

「……そうする。私もちょっともやもやする」

 

困った様に声を上げる希亜を優しく抱きしめる。

 

「ん~……」

 

抱きしめた俺にもっとくっつこうと体をすりすりと動かす。

 

「翔は、どんな女の子が好き?」

 

「どんなって、希亜が好きだけど」

 

「そうじゃなくて、服とか。翔の好みが知りたい」

 

「だから、希亜だよ」

 

「そうじゃなくてー」

 

少し拗ねるように俺を覗き見る。

 

「希亜の好きにして欲しいんだよ。俺が言ったら、意味ないだろ」

 

「好きな人の好みに合わせたいって思うのは、普通だと思う」

 

「じゃあ、希亜の好みを教えて」

 

「翔」

 

即答である。

 

「だから、好み好み。服とか」

 

「そのままでいい」

 

「じゃあ俺も」

 

「じゃあって……」

 

「そうとしか答えられないだろ」

 

「……デートしたとき、可愛いって言って欲しいんだもん」

 

「希亜が可愛いって思う服着てくれよ。それが一番似合うし、絶対可愛い」

 

「ぅー……、わかった……」

 

「そうか、デートか……。どこか行きたい?」

 

「遊園地とか、動物園とか、夜景の綺麗な場所とか。定番なところ」

 

「うん、いいな、行こう」

 

恋人とのデートを想像し、胸が躍る。

 

「でも……二十日までは、駄目だね」

 

「……だな。ちゃんと確認出来るまでは、我慢だな」

 

「それまでに……どこ行きたいか、考えておく」

 

「俺も考えておく」

 

これからの特別な日常を一緒に考える……それだけで幸せな気分だ。

 

「翔」

 

「ん?」

 

「これからも、よろしくね」

 

「こちらこそよろしく」

 

「私を、絶対に離さないでね」

 

「ああ、絶対に離さない」

 

そう言って強く抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五月二十日を越え、無事を確認した私達ヴァルハラ・ソサイエティは本日……!念願の焼き肉にやって来ていたっ!!

 

「うぉー!焼き肉だー!食うぞー!」

 

天ちゃんの気合の入った声を聞いて皆が楽しそうに笑う。

 

「私、朝ご飯抜いて来ちゃった。ふふ」

 

「じ、実は私も……。食べ放題なんて、初めてで……。ぁ、お腹なっちゃった……」

 

「では!急いでお店へ向かいましょうか!」

 

皆の先頭を歩き、予約を入れたお店へ向かう。

 

「九重が言うには、ちょっといいお店を選んだらしい。食べ放題でもそこそこ美味い肉って聞いてる。で、良いんだよな?」

 

「はいっ!めっちゃお得な場所ですよ!一人大体……3000円ですが、値段以上に満足して頂けるかと……!」

 

「それは楽しみね。折角の打ち上げなんだから値段は気にしないでとは言っていたけど……予想よりも安い」

 

「お店探し超頑張りましたから!ふふふ……!」

 

と、言うのは嘘です。予め候補は決めていました。

 

今日は皆を連れて行くのは……当然九重の人達の焼き肉のお店。本当は高級なやつに連れて行きたかったのだけど、流石にバレるのである程度の値段に落とした。

 

まぁ……それでも単品で頼めば一人5000円~8000円は行くし、食べ放題じゃなくてコース系しかない。

 

今回はなんとか工作して食べ放題っぽく装うように変えた。人が来ない奥の部屋を借りて、メニュー表からは全部値段を消したバージョンに変え、最初のページに食べ放題コースと書いてある物を用意した。

 

事前に皆さんからはお金を徴収済みなのでバレずに食べてくれるだろう……ふふふ。

 

「最初は何から食べるか……。無難にタン……いや、がっつりカルビも捨てがたい……」

 

「あたし、焼き肉やさんのスープ無性に好きなんですよねー」

 

「あー、わかる。おいしいよね。私も大好き」

 

「私、あの、ビ、ビビンバ?食べたことなくて、今日、チャレンジ、してみたいなぁ……と!」

 

「じゃあシェアしましょうよ。一人で食べたらすぐお腹一杯なっちゃいますよ」

 

「ハッ……!そうか……!ライス大盛りでいくつもりだったが、確かに炭水化物で腹を満たすのは勿体ないな……!」

 

「いやでもライスは大事だろ。タレが染み込んだライスが最高」

 

「わかる。ご飯が届くまでお肉食べるの我慢する」

 

「ふふ、ご飯が中々届かない時は、ソワソワしちゃうよね」

 

「うわやっべめっちゃ腹減って来た!舞夜ちゃん、早く早くっ」

 

「りょうかーい」

 

楽しみで仕方がない天ちゃんに催促される。

 

後ろで楽しそうにワイワイと皆でお喋りしているのを聞くだけで私としても満足ですわ……いやほんと。

 

駅前から少し歩き、裏路地に入って道を何度か曲がり、とある建物のエレベーターに入り昇っていく。

 

五階に着き、そのまま通路の一番奥まで案内する。

 

「お待たせしました。今日の焼き肉屋さんでーす。早速入りましょうか!」

 

「へぇー……こんな場所にお店とかあったんだな」

 

「かなり入り組んだ場所ね」

 

「でも店の雰囲気めっちゃ良さそう……」

 

木造で作られた敷居やテーブル。個室は障子で隔たれている。

 

「すみません、予約していた九重です」

 

「七名様でご予約の方ですね。どうぞこちらに」

 

店員さんの案内で一番奥の部屋へ案内される。

 

向かう道中、他の個室や席にもお客さんがいたけど……うーん、ほぼ全員が身内でしょあれ……。

 

いや、今日の為に用意してくれてるのは分かるけど……。

 

「うわぁ……すごく良い雰囲気のお店だね」

 

「照明の明るさと、店の暗さの程よいバランスが店内に落ち着きをもたらしている様に見える……素晴らしい」

 

「ささ、適当に座って下さいな。……まずはドリンク頼みます?」

 

円卓テーブルに全員が座ったのを見て一番入口に近い場所を陣取る。

 

立て掛けられているメニュー表を取り出してテーブルに広げる。

 

「どれにしよっかなー……って、値段とか書いてない感じなんだね」

 

「食べ放題の中に飲み物も含まれてるのかこれ?」

 

「ですねー……正確には食べ飲み放題らしいですよ」

 

「なるなる。それで書かれてない感じなのかー」

 

「お店ごとの拘りとかがあるからねー。食べ放題だから値段は要らん!みたいな」

 

「でもさ、ちょっと気にならない?食べ放題で食べてるのが単品で幾らしてんだろってさ」

 

「ふふ、その気持ち分かっちゃうかも」

 

「ですよねー!そういった面に対してなのかね?」

 

「んなこと良いから、早く飲み物選べって」

 

「あーい」

 

「あ、注文はデンモクで私が纏めて送るので、飲み物や食べ物があったら私に言って下さいっ」

 

「各自で勝手に頼めばいいんじゃねぇかそれ」

 

「いえっ!本日の幹事は私なので!こういうのやってみたかったんですっ」

 

「気合入ってんなー……」

 

先に飲み物を注文し、食べ物を皆で見る。

 

「よっし、食うぞー!超食うぞー!」

 

「取りあえず、カルビは人数分頼むとして……。あとはみんなが食べたいの適当に頼むかー」

 

「あたしタン!タン塩!」

 

「タン塩ねー。了解」

 

デンモクの注文から適当に二人前を頼む。

 

「思ったよりメニューが豊富ね……。私、ハラミ食べたい。春風は?」

 

「私、あの……、ど、どうしよう。つ、次までに決めておくので、ほ、保留で……!」

 

「私はホルモンを頼んでおきたい。焼くのに時間がかかるからな」

 

「ハラミとホルモンですねー」

 

ホルモンは網にくっつきそうだし替えの網も後で必要になりそうかなー。

 

「あと、サラダも。ぁ……これ、大きさどれくらいだろう……?」

 

「写真的には二人前に見えますねー。なので二つ三つ頼んでおきますね」

 

「うん、お願い」

 

「ご飯食べる人ー、何人いる?」

 

「はいっ!!」

 

新海先輩の確認に高峰先輩が元気よく手を上げる。

 

「テンションたけぇ……。あたしもー」

 

「私も。春風は?」

 

「た、食べます!」

 

「私もお願いしまーす」

 

「俺もだ。九重は?」

 

「私も食べるので全員ですね!」

 

全員分の注文を入れ、ワイワイと騒ぎつつも最初の注文を終える。

 

先に飲み物が届き、私が幹事ということで新海先輩から一言貰って乾杯をしている間に本命の肉が届いた。

 

「やったー!肉が届いたぞー!」

 

「やっと食える。腹減ったー」

 

「え、と……。どんどん焼いちゃおっか。焼けたのから好きに取っていってね」

 

「あたしも焼く、焼きたい!にぃに!そっちのトング取って!」

 

「ほらよ」

 

「サンキュ!」

 

「ん~……」

 

「食べたいのは決まった?」

 

「ぁ、えと、……怒られそう、ですけど……。この極厚、ベーコン……、気になって……」

 

「いや怒んないですよ。にぃやんもソーセージとか大好きですし」

 

「次頼むつもりだった。ベーコンも次行きますか」

 

「は、はいっ、ベーコン!」

 

ふふ、やっぱりそれを頼みますか。メニューに追加しといて良かった……。

 

「じゃあ、私も変わり種いきたい。ハーブチキン」

 

「ぁ、私もそれ気になってた。おいしそうだよね」

 

「ベーコン、ソーセージ、ハーブチキンですねー。次のタイミングで頼んでおきますので、取りあえずは今のを食べましょうか」

 

「九重君の言う通りだ。まずは目の前の肉に集中しようではないか!」

 

……目を輝かせている。滅茶苦茶楽しみだったんだろう。うんうんその気持ちすっごく分かりますよ。

 

「友と肉を囲む……。フフフ、私も昂ぶる気持ちを抑えられん……フフフ」

 

「今ふと思ったんですけど、高峰先輩ってなんで友達いないんですか?」

 

「っ、………」

 

天ちゃんの素朴な質問に高峰先輩の動きが止まる。

 

「おい……天。なんだよ急に……」

 

「へ?」

 

「なんで急に煽ったんだよお前……。高峰、真顔になっちゃっただろ……」

 

「ぁ、別に煽ったんじゃなくて!純粋に疑問だったの!」

 

自分の発言に気付き慌てて弁解をし始める。

 

「若干会話かみ合わないけど、喋るのが苦手ってわけじゃなさそうだし、クラスに同じ趣味の人、一人や二人はいそうだしっ」

 

「いわゆるオタクという人種であれば、何名か心当たりはあるな」

 

「そういう人たちと仲良くしないんですか?」

 

「しない。人見知りだからな。私は」

 

「ぇ……どこが?」

 

「キミたちと普通に話せているのは、司令官という人格を演じているからだ」

 

「いゃ普通……。ぁ、うん、はい」

 

普通と言う定義に疑問を持ったが、大人のスルーをする。

 

「素の私……いや、僕は、全く喋らんぞ。出来る限り目立たないようにもしているしな」

 

司令官のロールプレイを止め、ぼそぼそと話す。……あーあ……。

 

「ほ~……。なんか二名程めっちゃ頷いていますけど」

 

「私も学校では全く話さない」

 

「私も……。そもそも、もう一人の私に頼らないと……みなさんとの会話も、危うかったので……」

 

「コミュ障拗らせてるなぁー……。三人とも普通に友達いそうなのになー」

 

「お前だって人のこと言えねーだろうが」

 

「いやまぁ、人見知りではありますけど。舞夜ちゃん以外にもいるよ。一応」

 

「どうせ猫被ってだろ」

 

「そりゃ被りますよ。清楚気取ってますよ。にぃやんだってクール気取ってるでしょ」

 

「気取ってるわけじゃねーようるせーな」

 

「私が聞いた感じでは、クラスや他の女生徒からは目が怖いって話を聞いたことがありますね」

 

「え、まじで……?」

 

「まぁ……はい。たぶん身長が高いことも相まってだとは思いますが」

 

「確かによく知らない人からするとにぃに威圧的に見えるもんねー」

 

「そんな気全くないんだが……。それ、どこ情報……?」

 

「どこ……?そこら辺の女生徒、でしょうか?」

 

「そこら辺のって……」

 

「舞夜ちゃん、割と誰とでも気軽に話すからなぁ……。普通に男子ともお喋りしてるよ」

 

「対人スキルたけぇな……」

 

「ふふん、護身術してますからね!」

 

「そっちの対人スキルじゃねーよ。今のは流石に無理があるだろ」

 

「違います違います。護身術の関係で年齢性別関係なく色んな人と話すので自然と平気なんですよ」

 

「あ、なるほどねー」

 

「確かに……実家でも色んな人と話してたもんな」

 

「ま、クラスメイトとお喋りしてるのは暇つぶしに丁度良いからってのもありますが……」

 

「舞夜ちゃんよく授業中に寝てるもんね」

 

「先生にバレない様に頑張ってます」

 

「いや、真面目に聞けよな」

 

「はーい、焼けて来たよー。どんどん食べてー」

 

「ありがとう。九條さんは、誰が相手でも態度を変えない気がする」

 

「え?うーん……どうだろう。私も人によって変えたりはするけど……」

 

「ぁ、これ焦げちゃいそう。どうぞどうぞー」

 

「ぁ、ありがとう、ございます。いただきます」

 

「俺も食べよ。いただきまーす」

 

「ホルモンは……。流石にまだ早いか。いつ食べごろなのか、いまいち分からん」

 

「一旦網が空いたら最後に焼きましょう。ついでに網の交換もしておきたいので」

 

「そうだな、そうしよう」

 

「……私からも、聞きたいことがある」

 

「ホルモンを頼んだのは私だが、好きに食べてくれて構わない」

 

「そうじゃない。彼……深沢与一のこと」

 

「ふむ……」

 

高峰先輩が目を細め、箸を置く。それを見て新海先輩が身構える。それに気づかない振りをしつつ焼き肉を楽しむ。ぁ、このタン美味しぃ……。

 

「何を知りたい」

 

「別の枝で、私たちはおそらく彼に―――」

 

「……いえ、私たちは、深沢与一と戦った」

 

「……なるほど。そういう運命もあり得るだろうとは思っていたが……」

 

「………。キミが知りたいのは、動機か。与一が我々の敵に回った」

 

「いいえ、違う。それはもういい」

 

二人の真剣な声に他の人も注目し始める。

 

「知りたいのは、なぜあなたが彼の味方をするのか」

 

「ふむ……。裏切ったのか、私は」

 

「ええ」

 

「え、じゃあ、先輩とも……戦ったの?」

 

「正確に言えば、矛は交えてはいない。その前に……舞夜が彼の意識を断った」

 

チラリと私を見る。

 

「わーお……」

 

驚く天ちゃんからトングを貰い、九條先輩と一緒に焼けた肉を取り分ける。

 

「ぁ、そっちの少し小さいね」

 

「別に良いと思いますよ。肉は幾らでも来ますし」

 

「ここのお肉、すっごく美味しいね。良いの使ってるのかな……?」

 

「……ドウデショウネー。あ、追加で頼みましょうか」

 

ふむ、九條先輩には何となく違和感を感じるのかもしれない。

 

「あなたは、正義感の強いタイプに思える。普段の言動から、そう感じる」

 

「だから、解せない。あなたが彼に共感する理由が、わからない」

 

「共感、か……。フ……」

 

結城先輩の疑問に静かに笑う。

 

「食べながら話しても?」

 

「ええ、私も食べる」

 

取り分けた肉を食べつつも、高峰先輩がぽつぽつと語り始める。

 

「私たちは幼馴染でな。今の言動からは考えられんだろうが、幼い頃の与一は、内向的だったんだ……。友人も私くらいしかいなかった。もっとも……共に遊んでいたのは小学生の低学年くらいまでだがな」

 

「いつも一緒にいたよ。あの頃は与一も―――いや、既に兆候はあったのかもしれない」

 

「虫の足や羽をちぎったり、アリの巣に水を流し込んだり、そういう遊びをよくしていた。とはいえ、当時は何も思わなかった。似たようなことをしている者は、他にもいたしな」

 

「女子には理解しがたいかもしれないが、新海翔なら分かってくれるだろう」

 

「あー……、まぁ、いたな。そういうことするやつ」

 

「そうだろう。あの頃は、特別ではなかった。与一は、普通の範疇にいた。まだ、な……。他とは決定的に違うと感じたのは……ある出来事がきっかけだ」

 

「車に轢かれた猫を見つけてな。あまりの惨さに私は直視出来ず、近づくことも出来なかった。しかし、与一は迷わず抱き上げたよ」

 

「弔ってやるのかと思った。与一はなんて優しい男なのかと、感動もした。だが、違った……。与一は、猫の死体を公園に運び、ベンチの上に寝かせると……観察をし始めたんだ」

 

「観察……?」

 

「ね、猫の死体を……?」

 

高峰先輩の言葉に、戸惑う。

 

「そうだ。潰れた腹、飛び出した内臓、折れた四肢。血に濡れることも厭わず、全てを、つぶさに」

 

小学生の記憶なのに鮮明に覚えているってことは、やっぱり高峰先輩の中では相当な思い出ってことですね。

 

「どうして、そんなことを……」

 

「好奇心だろうな。どうしようもなく、惹かれるのだろう。死という概念に……。だから触れたいし、殺したいのさ。自ら手で」

 

「死を忌む私には……理解できない」

 

「私もだ。理解など出来ないし、共感もしていない。……あの時、与一は私に何か話しかけていた。唖然としていた私の耳には、全く届かなかったが」

 

「……鮮明に覚えているのは。実に嬉しそうな笑顔と……、私が恐怖に竦んでいると気づいた瞬間の、あの冷たい目」

 

「理解したのだろうな……。自分が常識の外にいるのだと。あのとき、初めて……」

 

「それからだ。外向的になり、キミたちが知る与一になったのは。常識の内にいる自分を、演じ始めた」

 

「………。彼は、心の奥底では、他者との繋がりを求めているように感じた」

 

「……かもしれないな。人と接すれば接するほど、与一は他者との違いに苦しみ、孤独を感じてしまうことだろう」

 

「……その孤独を、初めて与えたのは―――僕だ」

 

「全て僕のせいなどと、自惚れたことは言わん。僕がいなくとも、与一はいつか孤独の苦しみを味わうことになっただろう」

 

「でも、僕なんだ。最初に与一を孤独にしてしまったのは、紛れもなく、僕なんだ……。だから―――」

 

「……一人くらい、あいつの全てを受け止めてやる友がいなくては……やるせないじゃないか……」

 

「僕が与一の味方をするのは、それだけだ」

 

「………」

 

「理解など、到底出来ないかもしれんがな」

 

「……いえ。ありがとう、話してくれて。そして、ごめんなさい。無遠慮に踏み込んでしまった」

 

「気にしないでくれ。誰かに話したかったのかもしれないな。すっきりしたよ」

 

少し、楽になったのか、高峰先輩が笑う。

 

「それと、私からも謝罪を。今しがた、とても大事なことに気がついたのだが……、話は、食べ終わってからにすべきだったかな?」

 

「………」

 

高峰先輩の言葉に、結城先輩が眉を顰め、九條先輩が苦笑いをしていた。ま、普通にグロなシーンでしたしね。

 

「………、………」

 

しかし天ちゃんと香坂先輩は特に気にした様子もなく分けられた肉をご飯と一緒に食べていた。

 

「……へ?あ、すみません。あたしと先輩、気にせずバクバク食べてて……」

 

「え……?あ、ちゃ、ちゃんと、話は聞いてました……!」

 

「いやズレてんなこの人……。聞いてたからこそでしょ、ほら、ね?内容的に……」

 

「……ぁ……っ、す、すみません……。グロシーン見ながらでも、ご飯食べれるタイプで……。……すみません」

 

「まぁ、食べるの強いられてましたからね。お肉とかサラダとかガンガン取り分けていた人達がいましたから」

 

「ですって、九條先輩」

 

「ぅ、す、すみません……。焦がしちゃいけないと思って……」

 

「一旦全部焼いたし、高峰のホルモン焼くか」

 

「お前もマイペースだな!」

 

「暗い雰囲気引きずってもしょうがないだろ。今日は打ち上げだぞ、打ち上げ」

 

「そうね、ごめんなさい。私が質問したのがよくなかった。そろそろ、お肉と向き合いましょうか」

 

「追加で頼むか。希亜と九條がハーブチキンで、先輩はベーコンでしたっけ」

 

「あとビビンバも」

 

「ぁ、はい、お願い、しますっ」

 

「舞夜ちゃんっ、あたしこのスープ飲みたい!」

 

「お任せを―」

 

「ぁ、ごめんなさい。あとサンチュも」

 

「はーい」

 

デンモクをポチポチとタッチして追加注文をしていく。

 

「男性のお二人は何か頼みますか?」

 

「俺は……この特選ステーキってのが気になってるんだが……」

 

「これですか?頼みます?」

 

「実は私も気になっていた。この際食べてみたい」

 

「了解です。ではステーキですし一人前で頼んでおきますねー」

 

自分用でロースを適当に頼むとして、他には……。

 

「この牛肉の握りを頼もうと思いますが、他に食べたい人はいますかー?」

 

「握りっ?寿司じゃなくて?」

 

「そそ、お肉で握ってるの」

 

「なにそれ!食べるっ!」

 

「俺も気になるわそれ」

 

天ちゃんに続き、皆も気になったようだ。

 

「では、全員分ということで……」

 

一人当たり二貫なので一個余るけど……まぁ戦争でいっか。

 

他にもサラダや肉に巻く葉っぱを頼んでおく。

 

「注文完了ですっ」

 

空になった皿などを入口近くに纏めて置き、次の為にスペースを空けてく。

 

ホルモンを眺めながら待っている間、この場の全員が共通している話題など知れているので、自然と話はアーティファクト関係に収まる。

 

「ひとまずの脅威は去ったとして……まだ行方知れずのアーティファクトは存在するのだろう?」

 

「そうね、全て回収しなければ……また事件が起こるかもしれない」

 

「でも……どうやって見つければ……」

 

「問題はそれですよねぇ……。騒ぎでも起こしてくれないと―――ぃ、ってぇ……」

 

新海先輩が痛むように頭を抑える反応をし、思わず手に持っている箸を止めて見てしまう。

 

「お、どした?大丈夫?」

 

「ぁー……大丈夫。その問題解決したわ」

 

「……今の、オーバーロード?」

 

「ああ、別の枝の記憶をもらった。俺、アーティファクト探せるようになったわ」

 

「……?どういうこと?」

 

「別の枝の俺が、探知のアーティファクトと契約した。そいつを使えば、探せる」

 

……ということは、九條先輩の神社での一件を終えた……という事ですね。

 

「??……使えばって、別の枝でしょ?使えないじゃん」

 

「翔は、別の枝で契約した聖遺物を、あらゆる枝で使用できる」

 

「は?まじかよ、チートじゃん」

 

「探知だけじゃなくて他にも色々と貰ってるから、今の俺強いぞ?……って言いたいところだけど」

 

「だけど?」

 

「そのアーティファクトたちをいとも簡単に蹴散らす人間が……ここにいるから、なぁ……」

 

苦笑いをして肉を食べている私を見る。

 

「そうね、深沢与一のアーティファクトも物ともせず倒せるもの」

 

「え?えぇ……?舞夜ちゃんが……?なにそれ気になる」

 

……いやまぁ、あの枝での話は一応二人から詳しく聞いていますが、身に覚えがないことを言われるのは……。

 

「お二方、NGです。事務所を通して下さいな」

 

口の前で×マークを作る。

 

「ははっ、だってさ天。諦めろ」

 

「え~……。教えてよっ、ね?お願い!」

 

駄目と言われ、本人の私に直で頼んで来る。

 

「必要な時が来たらね?その時に見せてあげるから」

 

多分その機会は来ないかもだけど……。

 

「……そうね。けど、可能なら使う機会は訪れない方が一番ね」

 

「そう思いたいけれど……」

 

「シリアスな雰囲気をだしつつも、肉を焼き続けるみゃーこ先輩である」

 

「え?ぁ、ごめんなさい。無意識にしてた……」

 

「構わない。ホルモンもそろそろ良いだろう。皆も食べたまえ」

 

話の腰を折ってしまったが、ちょうど良いタイミングで注文の肉たちが届いたので、再びそっちへ集中する。

 

その後にもう一度追加で注文をして、皆で楽しく打ち上げを続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「ではな。今日は楽しめた、感謝する」

 

「おつかれっしたー!」

 

「さ、さようならっ」

 

「またね」

 

「ではではっ!また集まりましょうねー」

 

焼き肉会も終え、外に出るとすっかり夜になっていたので、解散となった。

 

駅前で天ちゃんと香坂先輩が電車に乗るので、その場で皆解散する。

 

新海先輩は結城先輩を家まで送る……イチャコラするので、手を振りながら自分のマンションへと一人で向かう。

 

「探知系のアーティファクト、ねぇ……」

 

焼き肉を食べていたあの時に探知のアーティファクトの記憶を新海先輩に渡したって言うことは、石化した九條先輩の枝を無事救えたってことだと思う。……けど、どんな感じだったんだろ?

 

ゲームと同じ流れで九條先輩が止めに入ったんだろうか……?まぁ、解決したから探知のアーティファクトを手に入れてるわけだし、九條先輩がアーティファクトを掌握したんだろうなぁ……。

 

となると、剪定されてなかった唯一の枝も無事救えた……となる。

 

「……いよいよ、全部終わりになって来たね」

 

イーリスを倒し、後はそれぞれの枝での後日談……新章のお話をして……って、今日のもそれの一つだったね。

 

他には……全部のアーティファクトを回収してから、最初の日に戻ってアーティファクトが無い日常の為に門を閉じた枝を作る必要がある程度かな?

 

それもこの枝の私がする必要はないけど……。

 

しんみりした気持ちで夜道を歩く。

 

「……うん」

 

すべきことは全て終えた。後は……どうしよっかな。のんびりと日常を過ごしておく……でいいのかな?

 

んー……でもなぁ。このまま皆と関わったままでいると、色々と面倒な人達が茶々入れて来そうだし……。

 

「まずは、そっちを片付けないといけないかもね」

 

イーリスを倒したことで今度は一ノ瀬家や他の一部の人達に動きが見られる。そう遠くない内に何か大きな動きが起こりそうだし、その時に皆に迷惑が掛からない様にしっかりと阻止しておかないと。

 

「……はぁ、結局のんびりできそうには無いかもねぇ」

 

これから起こるであろう騒動を考え、思わずため息を吐いた。

 

 





これで第四章、『ゆきいろゆきはなゆきのあと』の本編も終わりになります!

次のエピローグを書いて……この枝も終わりですねぇ。

多分エピローグは超短くなりそうw



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第34話:新たな枝の始まりを求めて


エピローグですです。




 

「おかえりなさい」

 

「ミヤコの枝の改変も無事終えて、他の子達の結果も見届けた……。これであなたがこれまでに作った枝でのやるべきことは終わりね」

 

「……そう、あなたが作った枝、のね。……私が言いたいこと、何となく察したかしら?」

 

「翔がこれまでに関わったことで別れた枝は大きく分けて四つ。ミヤコ、ソラ、ハルカ、ノア。あなたはカケルを通してそれらの枝を上手く導いたわ」

 

「けれど、まだ明かされていない事があるの……。あなたもとっくに気が付いているはずよ」

 

「ココノエマヤ。あの子だけ、どの枝でもカケルとは他の子の様に親密な関係に至っていない。たまたまなのか、それとも……」

 

「以前、ノアの枝に行く前に少し話したけれど、あの子が運命にかなり干渉出来るって言ったじゃない?あのことだけれど……どうやら、そう言った特異的な体質とは全く無関係の様ね」

 

「どうやらあの子は、以前からカケルのことを知っている節があるのよねぇ……いいえ、カケルだけじゃないわ。あの子たちの……えっと、ヴァルハラ・ソサイエティって言うのかしら?そのメンバー全員ね」

 

「これまでの枝でのあの子の行動を見てみたけれど、これから何が起こるのか知っているとしか思えない動きが幾つも確認出来たわ。一番の極めつけは、カケルがヨイチって子に負けた枝での行動ね」

 

「神器が壊れたあの日、あの子は既にこちらの世界からアーティファクトが流れることを知っていた。更にイーリスの事もね」

 

「あなたもおかしいと思ったでしょう?どうしてマヤが最初のあの日にイーリスの目から逃れられたのか」

 

「イーリスやヨイチの発言からして、アーティファクトと契約したのは確実ね。そして、それを破棄しているわ。どうやら、一度死んでいるらしいけど……一体どうやったのかしら……」

 

「いいえ、問題はそこじゃないわね。大事なのは、あの子がアーティファクトとの契約を破棄する方法を知っていたってことよ」

 

「こちらとの扉が繋がったあの日、カケルたちの世界でアーティファクトとの契約を破棄する方法を知る人物なんて存在しない……千年以上前の話よ。伝承すら全然違ったもの、残っているはずがないわ」

 

「けど、あの子は何故かその方法を知っていて、実際にイーリスの目を欺いた」

 

「気になっているのは他にもあるのよ?イーリスを倒した枝で、カケルたちを迅速に守り、ヨイチを確保してからの流れも異常ね。そしてあらゆる枝のイーリスを滅する方法もそれとなく私に伝えていたわ」

 

「今思えば、これまでの枝でもあの子の行動の変化は、カケルの動きに合わせて変化しているのよね……」

 

「あなたがオーバーロードで伝えた可能性は無いとして……あの世界にアーティファクトが残っていた?いえ、それこそありえないわね。確実に全て回収したのは確か」

 

「そうなると……あの子自身に何か理由があることになるのだけれども……。分からないわね」

 

「カケルたちの裏でひっそりと色々と動いていたみたいだし、あの子の実家……その人たちもアーティファクトの事を知っていて、彼女に協力をしていたとなると、やっぱりマヤという存在に何か鍵があると見て良さそうね」

 

「彼女、ノア以上に何か大きなものを抱えてそうね。力の源も未だに解けてないし……」

 

「というわけで、追加のお願いよ」

 

「あなたも気になるでしょ?どうして4/17以前から全てを知っていたのか……」

 

「今回も、その方法はあなたに任せるわ」

 

「けど、気を付けて。くれぐれも敵対するドジは踏まない様に。負けはなくても勝てないわよ。絶対」

 

「……これで、向こうの世界にもこちらみたいに魔術が存在していた、なんてオチなら笑えないわね。……冗談よ」

 

「一番可能性があるのは……、未来が視える……とかかしら?そうね、超能力よ。あら?こちらに魔術があるのよ?あちらに一人くらい居ても特に驚きはしないわ。たまにイレギュラーで生まれたりするものよ」

 

「まぁいいわ。まずはマヤが話してくれるように信頼を勝ち取るところから始めてはどうかしら。あなたとカケルにならきっと可能よ」

 

「私は変わらず、ここで吉報を待ってるわ」

 

「それじゃあ……いってらっしゃい、ナイン」

 

 





と、言うことで次の章に移ります!第五章ですねっ。

攻略対象は……まぁ、お察しの通りです。

うーん、ナイン。



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Episode.Ⅴ Maya Kokonoe
第1話:5/6



やってきました第五章!九重 舞夜編です。(他みたいにタイトルなどは特に考えてなかった……。)

枝としてはイーリスを滅した枝からのスタートになります。

まずは主人公視点で九重関係を多めに話していきます。




 

新海先輩を結城先輩の枝へ送り出してから次の日、この枝が終わる……なんてこともなく普通に時間は流れていた。

 

「まぁ……あくまで観測している視点が移っただけでこの枝の先輩も普通に生きているから当たり前か」

 

この枝でやる事は特に無いので戻って来るメリットの方が少ない。それぞれの枝に帰った方が安全だし。

 

「舞夜ー?って、ここに居たのね」

 

「ん?どうしたの?」

 

実家の部屋から出た縁側で座ってのんびりしていると、後ろから澪姉が来る。

 

「今日の催し、参加するわよね?」

 

「勿論するよ。私がしないと色々と面倒そうだし……」

 

一族の目標であった神は滅びた。それならば記念にパーティーとなるのは当然である、が……。

 

「それはそうだけど……大丈夫そうかしら?」

 

澪姉が言っている心配は、私と言う存在自体の事だろう。

 

当主九重宗一郎の弟子がその宿願を果たした……と言えば聞こえは良いけれど、血も引き継いでいない部外者の小娘に横取りされた様な気分の人も居るし、素直に喜べない人もいるだろう……、その想いが長く続けば続いた程……。ま、理解は出来るけどね。

 

「平気平気、勝手に吠えさせとけばいいからね」

 

「あら、遂に気を遣わなくなったのかしら?」

 

「私みたいな小娘に文句や態度が隠せてない時点で実力もお察しって思っておくからね」

 

「小娘……確かに見た目は、ね。実際は私よりも年上じゃない。お年寄りよ?」

 

「あ、こんな若々しい女性に失礼な」

 

既におじいちゃんやその周辺の人達には、私がナインから記憶のインストールによって他の枝の記憶を持っていることは説明済み。

 

「舞夜おばばとでも呼んだ方が良いかしら?」

 

「おばばじゃありませんー。永遠の15歳ですぅー」

 

本当はもっと上だけど。

 

「最初会った時は一瞬別人かと疑っちゃったわ。ひどい変わりようだもの」

 

「あの時はイーリスを倒した直後だったし、私もちゃんと出来てなかったから……。今は大体元通りでしょ?」

 

戻った当時は見た目と中身があべこべだったけど、今ではある程度までは元通りだ。

 

「おおよそね。……流石に今のあなたの実力全てを隠しきるのは無理でしょうけど」

 

「違和感ある?」

 

「姿勢や動きは騙せても、纏う気配はバレるはずよ。それが逆に不気味に映るわ」

 

「あちゃ、強者オーラが出ちゃってましたかぁ……」

 

「それに近しい者なら舞夜の変化は目を見ればすぐに気づくわ」

 

「ん~……目、かぁ……やっぱり違う?」

 

「普段通りにしてれば少しは誤魔化せるでしょうけど……。あとは、そうね……所作の違いもあるかしら?」

 

「そこもか……」

 

「全体的に年齢と見合わないわ」

 

「あーい、気を付けまーす」

 

「そうそう、そんな感じね」

 

「意識して直していかないとねぇ……」

 

「そもそも、戻す必要性は何なのかしら?」

 

「そりゃ、向こうの皆と関わる時に不便と言うか、以前のままじゃないと駄目だから……ね」

 

「ふーん、そういうものなのね」

 

「ま、先輩達にはそんな簡単にバレることは……ってこれフラグだね。向こうにはオーバーロード使いと千年生きているソフィがいるからちょっと怪しいし」

 

わざわざそれの為に干渉してこないだろうし……大丈夫か。

 

「まずは目先の祝勝会を乗り切らないとねー。私はどうしておけばいい?」

 

「舞夜は席に座って、来る人の相手をしていれば大丈夫よ。向こうから出向いてくるわ」

 

なるほど、そういうパターンか……。

 

「それはまた……なんともめんどくさそうなやり方で」

 

「あなたは千年の悲願に終止符を打った立役者よ、これくらい当然でしょ?」

 

「あー……あはは。厄介事が起きなければ良いんだけどね」

 

でも、私があっちこっちウロチョロするよりかは、こっちの方が色んな人と話せる機会が増えそうだし……いっか。

 

「あと、ちゃんと言えてなかったから良い機会だし言っておくわ。……お疲れ様、舞夜」

 

「っ、……ん、ありがと。そう言ってくれると頑張った甲斐があったよ」

 

優しく言ってくれた澪姉に思わずジーンと来てしまった。……歳かな?

 

 

 

 

 

 

 

夜になり、ホテルの会場を貸し切っての九重一族によるパーティーが開かれた。

 

立食形式のパーティーではあるけど、一番の奥には主役の私や偉い方の座る席が置かれていた。他にもお年寄り用の席もあるけど……。

 

そこへ順番でそれぞれの人達が挨拶に来る……みたいな感じだね。

 

半分以上覚えてない人達からの祝いの言葉を聞き流しては、後ろの護衛兼お世話役の人に運んでもらったご飯を食べていた。

 

「舞夜、来てやったわよ」

 

「舞夜姉、こんばんわ」

 

視線を向けると、パーティー用のドレスを身に纏った久賀姉妹が居た。久賀家から……と言うよりかは、私の協力者としての挨拶かな?

 

「やあやあ、今しがたようやく落ち着き始めた所だねぇ……立ち話もなんだし、座る?」

 

「冗談でしょ?周囲の目を考えなさいよね」

 

「絶対、良くおもわれない……よ?」

 

「だよねー」

 

同じ場に座ったら二人へのヘイトがヤバさそうだし、流石に駄目か。

 

「二人もお疲れ様。色々とありがとね?凄く助かったよ」

 

「助かったって……私たちは何もしてないわよ?あんたの記憶にはあるかもしれないけど」

 

「そうだけど、他の世界で三花にも二葉ちゃんにも協力してもらったからね」

 

「お姉ちゃんと私、役に立った?」

 

「そりゃ勿論っ、幻体を強化する為に手を貸してもらったし、ご両親のお店を取引で使わせて貰ったりもしたし……後は監視とかもね?」

 

「ふーん、ちゃんと働けていたのならいいわ。精々感謝しなさいよ」

 

「お姉ちゃん、今日の主役にその言い方は良くない」

 

「良いって良いって。こちらからお願いして協力してもらったんだから。後でお礼させてね」

 

「別に要らないわよ。……いえ、この子を白泉に行かせない様にしてよ」

 

「あー……それかぁ」

 

「ちょっとそれ酷い」

 

「酷くないわ。二葉の為よ」

 

「私の為って……自分の為でしょ?それなら私からは白泉学園に行かせてってお願いするから別にいいよ」

 

「それはずるでしょっ!?」

 

「先に仕掛けて来たのはお姉ちゃんだし……」

 

「あー……お二人さん?姉妹喧嘩は他所でして貰っても?」

 

「……そうね。私たち以外にも居るし、また後で来るわ」

 

「舞夜姉が好きそうなものあったら持ってくるね?」

 

「おお、ありがと~。そんじゃまたねー」

 

手を振って二人を見送る。

 

「お疲れ様です。舞夜さん」

 

爽やかそうな雰囲気をまき散らしながら次に来たのは、司君だった。

 

「おお~……スーツ似合ってるねぇ、流石」

 

「ありがとうございます。そちらのドレスも似合ってますよ」

 

「ふふ、ありがと。と言っても少し派手だと思うけどね」

 

「そんなこと無いかと。……少なくとも私が見た限りでは着こなしている様に見えます」

 

「ふむふむ、司君が言うのなら安全だね」

 

「これが取り柄ですから」

 

お互いに挨拶を交わす。

 

「燈は一緒じゃないんだね?」

 

「この後来ますよ。流石に各家からの挨拶と言う形式をとっていますし……まぁ、私も同席はしますが」

 

「お世話役だねぇ……」

 

「信用されていると認識しておきましょうか」

 

燈の世話役としてこの後の八倉家のにも同伴するって……仲良しなことで。

 

基本的に協力関係にあってもそれぞれの領分を犯すのは良い気持ちはしないはず。だけど、司君に限っては八倉家から相当な信頼を得てる。……それを見せつける目的もあるかもしれないけどね。

 

「それよりも……一つ私の方から聞いてもいいですか?」

 

「ん?どうしたの」

 

「勝手な感想ですが、かなり雰囲気が変わられた様に見えるので……」

 

「あ、やっぱり分かる?隠しているつもりではあるんだけどさー」

 

「注意深く見ていないと気づかない程度ですよ」

 

「ま、女の成長は早いってことで」

 

ふふん、とドヤ顔をしておく。

 

「……女性は少し見ない間に見違える生き物ですからね」

 

私の意思を察してそれ以上聞かずに下がる。うむ、賢い。

 

変に追及すると他の人から変な勘繰りがあるからねー……めんど。

 

「では、私の番は終わりですので、燈さんを呼びますね」

 

後ろに下がり、会場で何かを食べている燈を呼ぶと、すぐに飛んできた。

 

「俺の番だなっ」

 

「や、こんばんわ。満喫しているみたいだね」

 

「そっちは窮屈そうに座ってるな。つまらなさそうだしよ」

 

周囲に大人がいるのも関係無しにぶっこんで来る。

 

「座ってるのは仕方ないね、今日の役割だしさ」

 

「なんか食いもんでも取って来てやろうか?さっき良い肉あったぞ」

 

「ほんと?なら後で食べようかな?」

 

「俺のおすすめは魚料理の……あーなんて言ったっけ?煮付けみたいな茶色いやつ。味濃くて最高だった」

 

「へーそんなのあるんだ。それも食べる候補に入れておこっかな」

 

「デザートもあるぜ。女どもに人気だからすぐに無くなりそうだし、食うなら早く確保しておいた方が良いな」

 

「デザートッ、何があったの?」

 

「何が……こんくらいのちっこいケーキとか和菓子系だな」

 

「ほうほう、和菓子かぁ……残ってたら食べよっと」

 

「お二人とも、さっきから食べ物の話しかしてませんよ」

 

「おっと、そうだったね。お喋りはこの辺にしといて……燈は何か聞きたい事はある?三花は自分の活躍を聞いて来たけど」

 

「他の俺の活躍とか興味無いな。この世界の俺がやったわけじゃねぇしさ」

 

おお、なんとも男らしい……ん?でも燈って割と勝負吹っ掛けて来たイメージしか……。

 

「私は気になりますね。別の自分がどんな働きをしたのかを」

 

「司君は……二年で護衛と監視とかして私と連絡取り合ってたよ。三花と同じで幻体の修行にも手を貸してくれたし」

 

「前者は予定通りとして……アーティファクトとの修行を、ですか」

 

「そそ、凄く助かりました。ありがとね」

 

「いえいえ、お役に立てて良かったです」

 

お互いにいえいえと頭を下げる。

 

「それでは、そろそろ戻ります。この後も楽しんで下さい」

 

「あはは、頑張るよ」

 

「んじゃな、美味いもんがあったら持ってきてやるよ」

 

「期待してるー」

 

さて、これで四名が終わったと……。

 

アーティファクトの為に私の協力者として下に付いてくれた人達……壮六さんは除くとして後二人か。

 

ちらっと周囲を見て次が来なさそうなので、後ろに立っている護衛へ声を掛ける。

 

「西さん、さっき燈が言ってた食べ物が食べたいので、まだありそうなら持って来て欲しいですっ」

 

「了解です。肉と魚と……デザートの方はどうしますか?」

 

「んー……あれば適当にどれか一個だけ欲しいかな?」

 

「分かりました。では行って来ます」

 

「食べ物は無ければ他の適当なのでお願いー」

 

ブンブンと手を振りながら見送る。

 

今回私の護衛……と言うよりかは世話役になった協力者の一人、西五辻 蒼士(にしいつつじ あおい)さん。身長は多分190cm以上ある巨漢な男性だ。

 

だけど、見た目とは裏腹に超温厚な人である。この一族では争いごとが苦手で更に暴力も嫌いとのこと。

 

護衛などを多く輩出している西五辻家の中で攻めの技を身に付けず、守りや後の技だけしか覚えていないというちょっと特殊なお人だ。けど、その分練度はすっごく高い。簡単に言えばめっちゃ守りが堅い人って感じ。私も倒すなら持久戦必須になるからあまり戦いたくないタイプだ。

 

今日の護衛で誰を出すかと揉めていたので、私が勝手に指名させてもらった。他の人からは既に下に付いてるのにと文句を言われたが、私本人からの名指しという事で静かになってもらった。

 

いや、向こうの意見も理解は出来るよ?箔やポイント稼ぎの為に今日の護衛は悪くない。おじいちゃんやその他にも覚えて貰えるかもしれない。けど、私としては余計な風を入れたくなかった。

 

「お待たせしました。魚の方は既に切れていたので、他のを持ってきましたよ」

 

「ありがとございますっ!」

 

私の前に幾つかの皿を並べ、再び定位置へと戻る。

 

正直、アーティファクトやイーリスの件で西さんには何も頼みごとをしていない。正確に言えば街の警備や、監視はお願いしてはいたけど、直接的な関わり無しである。

 

「っん、このお肉イケる……っ。やるな……燈」

 

きっとお高い肉を贅沢に使っているんだろうとか考えつつ食べていると、こちらに近づく気配を感じて手を止めて顔を上げる。

 

「食事中に失礼するよ」

 

前を見ると、厳格な表情をした男性が立っていた。

 

「いえ、丁度終わったところですので大丈夫です」

 

遂に来たか、一ノ瀬家のお方が。

 

正面に立っている初老手前の人は一ノ瀬家の現当主。今代の一ノ瀬家は自分一人だけではなく、弟を補助として副に付けての二人体制を執っている。

 

他の家ではあまり見ない……と言うか無い。意見や派閥が分かれたり内部分裂とか面倒事しかない為普通は一人だけど上手く行っている。それは目の前のこの人のカリスマ……と言ったら安っぽいけど、優れた統率力が効いている。代々力だけではなく他の能力も高水準な人が当主になっているし、数世代前には九重家ではなくて一ノ瀬家がトップに立っていた時期もあったらしい。

 

一応、璃玖さんのお父さんでもある。

 

「此度の戦い、そして一族の宿願の成就。感謝します」

 

「ありがとうございます。無事達成することが出来て私としても一安心です」

 

お互いに様式を言い合っているだけではあるが、周囲が気を張っているのが何となく分かる。なので、取りあえず当たり障りのない会話を続けて場を落ち着かせつつ終わりの方向へ持っていく。……どうやら、璃玖さんは来ていないみたい。そりゃそっか、賑わっている場所嫌いそうだし。

 

「……最後に、私から貴女に一つ聞いても?」

 

「はい、答えられる範囲であれば何でも大丈夫ですよ」

 

会話も終わりが近づき、次へと思っていると真面目そうな表情で私を見る。……何だろう。

 

「神との戦いは、娘でも対処は可能だったか、と……」

 

これはまた、場の空気が下がる問いを……。

 

「……なるほど」

 

それは当主としての確認なのか、父として聞いておきたい言葉なのか……子供以前に家族が居ない私にはよく分からないけど……。

 

「……正直に答えますね」

 

こういった祝いの場で敢えて聞くのだから、本気なのだろう。だったらこちらも相応の誠意をみせておかないとね。

 

「武力面……力のみでしたら璃玖さんでも問題無く可能でしょう。むしろ、私よりも上手くやれたと思います」

 

才能は誰よりもピカイチな人だ。璃玖さん本人がやる気になれば余裕だっただろう。……問題はそのやる気だけど。

 

「ですが、知っての通り、イーリスとの戦いは力だけでは解決は不可能です」

 

大抵のアーティファクトなら無理矢理ねじ伏せれるけど、世界の眼やオーバーロード類には無力だし、別世界の相手とかも殺せない。

 

「説明すると色々とややこしいのですが……そうですね、イーリスと言う理不尽な存在に対して、私と言う更なる理不尽を押し付けて無理矢理倒した……と言う感じです」

 

「貴女だから、勝てたと?」

 

「そうですね。……いえ、違います。私は救っただけで、勝ったのは彼らです。私はその手助けをしたに過ぎません。私がしたのは……あのメンバーが平穏に暮らせるようにサポートしただけです」

 

勝てたのはあくまで新海先輩と結城先輩の力が大きい。それに、勝つだけなら私と言う存在が無くとも達成は出来る。深沢先輩を殺し新海先輩の犠牲の元に成り立てる。

 

けど、私はそれが嫌だった。あれだけもがき、苦しんだ一人の人間の結末があのような終わり方だなんて……それをどうにか変えたかった。私はそれを叶えたかった。()()()()()()()()()

 

「やはり、あの子では駄目だったのか……」

 

少し残念そうに呟いた言葉が私の耳まで届いた。

 

「違います。それは間違いです」

 

スルーして終わらせておけば良かったけど、その言葉は聞き捨てならない。

 

「間違い……と?」

 

私の否定に目を細め、聞き返す。

 

「璃玖さんが駄目だったのではありません。あなた達一ノ瀬家が、一ノ瀬璃玖と言う人間を扱い切れなかった。それだけです」

 

鋭く見るその目を、正面から曲げずに見返した。

 

「……そうですか」

 

私の表情で何を察したのか、特に続けずにそのまま会話は終わせて引き下がって行った。

 

というか、娘さんの心配より、弟さんの動きを心配した方がいいですよー?

 

何事もなく済んだと安心しながら食事を再開しようかと考えていると、続けて数人がやって来た。

 

「もしかして、私が最後になりますでしょうか?」

 

和服の女性が優しく、落ち着いた声で私に話しかけてくる。

 

「……そうだね、一応七瀬さんで最後ですよ」

 

最後にやって来たのは、浮島 七瀬(うきしま ななせ)、見た目は超穏やかで日本のお嬢様……和をイメージした二個上の女性だ。

 

……だけど。

 

「挨拶が遅れまして申し訳ございません。舞夜様」

 

「全然遅くないですよ。むしろ無い方が私としては安心出来ました」

 

「そんなつれない事を……。祝いですもの、せめて挨拶はさせてもらいたかったので……」

 

申し訳なさそうに眉を下げて視線を逸らす。頭が少しズレたその後ろには、彼女の後ろに続くように何人かの人が立っている。その中には結城先輩の枝で無断で部屋に乗り込んで来た女性の人も居た。

 

……そう、例の女だ。裏切り者を炙り出す為に部屋で待機していた最中を狙って私に接触してきた人。

 

私が七瀬さんでは無く後ろの自分を見た事で認識されたと気づいた女性は、笑顔を浮かべて前に出る。

 

「お久しぶりでございます。この度の一族のお勤めとその成就、おめでとうございます……!」

 

「……どうも」

 

「神が再び現れると予言され、そしてそれを見事打ち取った巫女様には―――」

 

感極まった様な悦の表情で語り始める。

 

……ここで一つ、私の……というよりか、九重一族のお話をしようと思う。

 

今目の前でお気持ちを一人ペラペラと喋っている女性が発した言葉、『巫女』という名称は流れで分かる通り私を指している。

 

理由は単純、私がイーリスの再来をおじいちゃん達に話したからだ。

 

一応機密ではあったけど、流石にある程度周知させる必要はあったし、防ぐのも難しい。それはまぁ良い。

 

問題は、それがとある一部の人達にぶっ刺さったことだ。

 

その一部とは……簡単に言えば、一族の中で才能が乏しく落ちこぼれた下の人達だ。

 

人を越えた九重一族だが、それはあくまで一般の人を基準にしてだ。九重という括りで考えるとどうしても才能の差というのが出てくる。

 

その中でもその芽が出なかった人達、俗に言う底辺の実力者。

 

才能と力を大きく見られる一族でそれらが無いのは人権が無い……とまでは言わないが、やっぱり低くみられてしまう。

 

周囲からの視線や重圧に身と精神を削り、擦り切れていたその人たちの前に現れたのが私……らしい。これは聞いただけだから良く知らないけど。

 

九重の血も持たず、完全よそ者私の噂を聞き、頭角を現して今の地位に至るまでの話を聞いて興味を持った所でイーリスが再び現れるという予言を出した。

 

当時の人らには、私が救いに見えた……とのこと。

 

きっと、心が壊れる前に何か縋りたかったのだろう。生きるための拠り所が欲しかったのかもしれない。

 

そして瞬く間に人を集め、一つの派閥を作りあげた。

 

それが浮島 七瀬さんの母である。

 

私はそれらを『巫女』派閥と呼んでいる。

 

……勘の良い人は何となく疑問に思って察したかもしれない。そう、派閥だから一つではないのだ。

 

他にも、『予言の子』や『終焉者』と言う派閥もあるけど……今はいいや。

 

「あー……申し訳ないけど、あまり多く時間使うわけにもいかないから、この辺りで……」

 

さっさと去れと七瀬さんを見る。

 

「……そうですね。あまりお話できなくて残念ですが、この場はこの辺りで下がります」

 

「……だね、もし何か話したい事があったらこれが終わった後で部屋まで来てくれたら時間作るから」

 

「本当ですかっ?ありがとうございます!」

 

手を合わせて嬉しそうに微笑む。

 

九割方後方のお連れが独り言を喋っていたので、このくらいのバランスは取っておかないとね。

 

「それでは、失礼しますね」

 

ぺこりと頭を下げ、連れの人と一緒に去って行く。

 

「………」

 

「甘い物、食べますか?」

 

テンションが下がった私に気を遣ってか、後ろの西さんが声を掛けて来た。

 

「……お願いします」

 

静かに動き、テーブルの方へと向かって行った。

 

……はぁ。でも、想定していたしこんなもんか。

 

 

 

 

 

 

パーティーも無事終わり、今は実家の自分の部屋でゆったりしていた。

 

「まやまや、パーティーどうだった?」

 

ゆったりと言っても、私だけではなく璃玖さんもご一緒だ。パーティーが終わって部屋に戻ると既にいた。

 

「大体想像通りだったかな?あ、璃玖さんのお父さんの方が挨拶には来ていたよ」

 

「……何か言ってた?」

 

「うーん、特にこれと言っては無いかな?個人的な質問はされたけど……。そえば、多分この後七瀬さんがここに来るけど、大丈夫?」

 

「平気」

 

「了解。こうやって夜に私たち三人会ったら変に思われるかな?」

 

「多分、問題はない。私と七瀬が九重家に好感度稼ぎに来ていると見られるはずだから」

 

「やっぱりそっち方面が強いかー」

 

「そう見えるようにしてきたから」

 

「なら安心かな」

 

璃玖さんと話してると、部屋の外で人の気配がする。

 

「七瀬です。入ってもよろしいでしょうか?」

 

「お、来たね。どぞー」

 

入口を開け、七瀬さんが中へ入って来る。

 

「あら?一ノ瀬さんもご一緒でしたか」

 

「だね、女子会」

 

「七瀬さんはここには一人で?」

 

「はい。私だけです」

 

部屋の入口を閉め、私を見る。

 

「……因みにですが、ここは安全なのでしょうか?」

 

「盗聴の可能性は無いけど……念のため、対策はしておくね」

 

アーティファクトを発動させ、部屋の外側へ音が出ない様に部屋の空間を固定化させる。

 

「……これで外に声は絶対に漏れないし、傍受も出来ないはずだよ」

 

私がアーティファクトを使ったことで体にスティグマが浮かぶ。それを見て二人が少し驚いた表情をする。

 

「……それが、言っていたアーティファクト」

 

「紅く……幻想的な光ですね……」

 

「ふふ、ありがと。安全だから素で良いよ」

 

七瀬さんに向かって告げる。私の言葉を聞いて、深くため息を吐いて体の力を抜く。

 

「あー……これでようやく楽に出来ますね。ありがと、舞夜」

 

さっきまでの凛としたお嬢様ではなく、ダルそうにその場に座り込んだ。

 

「パーティーではお連れ様も一緒だったもんねー……」

 

「ほんとうにね。さっさと帰ろうとしたのに勝手に一人で喋り始めたから引っ叩いてやろうかと思ったわ」

 

「七瀬お疲れ」

 

「ありがと。璃玖は来なかったみたいだけど、正解ね。時間の無駄よ、あんな催し」

 

「あ、あんな催しって……主役の私がいる目の前でそんな堂々と……」

 

「舞夜だって退屈だったでしょ」

 

「そりゃまぁ?協力してくれたみんなと話す以外はそうだけどね」

 

「行かなくて正解だった」

 

「そんなことはどうでも良いわ。それよりも、さほど時間も無いからさっさと始めましょう」

 

「だねー、それじゃあ、始めましょうか。璃玖さんも良い?」

 

「いつでも」

 

「ではでは、第……三回?定例会議を始めましょうかっ」

 

 

 





これで主人公に関わる登場人物はある程度出たかな……?


名簿

西五辻 蒼士(にしいつつじ あおい)

歳は24。見た目はガタイが良く、壁の様な大きさ。
性格はかなり温厚な人間で、戦闘があまり得意では無いというか暴力や争いを好まない。
九重一族の技の中で、守り方面の技のみを習得済みでかなり方向性には偏りがある。
舞夜からのお誘い(イーリスを倒す)で協力者として下に付く。
付いた際に戦闘系には関わらないという約束交わしたのであまり出番はないが、街の警備や護衛で活躍したり……。

少し中性的な名前の呼びを内心気にしている。小動物とかが好き。家ではウサギを飼っているらしい。



浮島 七瀬(うきしま ななせ)

主人公の二個上の年齢。彼女の母親が巫女派閥のトップとして娘である彼女を送り出している。親からの言いつけで巫女派として主人公に接触しているが、本音ではイーリスにも主人公にも興味が無い。寧ろ親の派閥が邪魔とさえ思っている。
表向きにはお人やかな女性を取り繕っているが、性格は愛より金の現金主義寄りの考えを持っている。
一ノ瀬璃玖とはお互いに親の思惑が割り込んできている面で気が合い割と仲良くしており、主人公とは巫女派閥を疎ましく思っているのを見て協力している。
どこかへ移動するにも常に連れ添いが数人付きまとうため日頃から大和撫子を装うのに結構なストレスを感じている。



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『登場人物まとめ』


おまけ……では無く登場人物説明ページです。
設定とか内容を軽く書いていますのでお時間あればどうぞお読みください。

大体の主要人物とその他、名称や設定とか……?

-追記-
・主人公含めた上位六名を記載。


 

-登場人物-

 

 

・九重 舞夜

白泉学園一年生

黒髪ショートの本作主人公。この世界(ゲーム)の記憶を持つ少女。幼い頃に九重宗一郎に拾われ、九重家へとやって来た。

厳しい修行を乗り越えて九重家の第六位までへと昇りつめている。肉体の構造はあくまで普通の人間の為、使える技が1%にも満たない。(一応使えるが身体への反動が大きいため)

普段は新海天と似たように元気に振る舞っているが、ちょくちょく生まれ育った価値観が表に出てきている。

新海翔と同じマンション、同じ階の三つ隣の部屋に住み、新海天と同じクラスで席は一つ後ろ。

あと、割とよく食べる。

 

イヤリング型のアーティファクト。

能力は『対象の動きを停止させる』

 

身長153cm程度

血液型???

誕生日???

 

好きなもの:肉、年配の人

嫌いなもの:空腹

 

 

・九重 宗一郎

九重家第114代目当主。先代の武の極みと思われていた頂きを越え、頂点へと昇りつめた超人。その圧倒的な力で現当主へとなったが、それだけでは飽き足らず更なる強化へと様々な分野へと手を伸ばし、全てを吸収していった。

実験の一環と、一族に代々伝わる言い伝えの為にとある街へやってきた所、主人公を見つけ連れ帰る。

基本的に雑務は壮六やその他へ任せ、自分は一族の発展へ注力している。

根っからの戦闘狂で、何か争いごとがある度に自ら一番にと首を突っ込もうとしてその度止められている。拾って来た舞夜を弟子として育てていたが、気が付くと溺愛するただのお爺ちゃんへと成り下がってしまっていた……。よく武者袴を着てたりする。

 

好きなもの:魚、戦い

苦手なもの:肉、横文字

主人公との関係:師弟、恩人

 

 

・ハットリさん

九重宗一郎の護衛を務める謎の人。

その姿は誰も見た事が無いと言われるほどのステルス能力が極まっている。

主人公が幼い頃から、時間が余れば手ほどきをしていたので割と気さくな関係を築いている。推測からかなり高齢のはずなのに、何故か耳へ届く声は壮年の男の声である。一族に七不思議があるのなら半分はこの人関連が占めると思われる……。

医学方面にも精通しており、宗一郎の健康面のケアも受け持ってたりする。最近の趣味は子供たちの成長を見守ること……らしい。

 

好きなもの:???

嫌いなもの:???

主人公との関係:師匠、話相手

 

 

・九重 澪

現当主、九重宗一郎の孫。九重家の血を濃く引き継いでいる後継者筆頭の一人。三十路に片足突っ込んでいる20代後半で腰まで伸ばしている長い黒髪と赤い瞳が特徴。

血をしっかりと継いでおり祖父と似たように割と戦闘狂寄りの性格。

主人公が九重家へ来た時の教育兼世話係として初めて関わったのが馴れ初め。昔から可愛いものが好きで自分が高身長で可愛い服が着れないので、その欲求を主人公へ向けよく着せ替え人形してたり……。

今ではすっかり妹が大好きなお姉ちゃんへとなり、主人公の様子を見る為に任務の終わりや合間に戻って来たりする。

 

好きなもの:可愛いもの、調合

嫌いなもの:可愛く無いもの

主人公との関係:姉、共謀者

 

 

・一ノ瀬 璃玖

一ノ瀬家長女。無気力系……引きこもりがちなダウナー系女子。大学二年で年齢は19才

生まれながら一族が始まって以来の天賦の才を持っているが、本人の性格のせいで半分も活かしていないし、やる気の波も激しい。

幼い頃から才能を開花させる為に厳しく育てられたが、それが逆効果となってしまった。ある時、主人公の存在が露わとなってからその動きが緩和され、興味や期待が外れていったことで割と主人公に感謝している。それ以来主人公に興味を持ち、接触していく。

一ノ瀬家と九重家の間にあるしがらみにうんざりしており、荒波を立てない様にひっそりと交流を続けている。

 

好きなもの:睡眠、ポップカルチャー

嫌いなもの:強制や押し付け

主人公との関係:協力者、同盟

 

 

・久我 二葉

静かで大人しめの中学三年の少女。人見知りだが、懐いた人間にはそこそこ話せるため主人公には懐いている。

初接触は主人公と練習相手になった日に他の人達にちょっかいをかけられていた時に助けて貰ったことが切っ掛けで懐き始める。姉の三花ともその時同時に知り合った。

主人公と同じ白泉学園へ通いたいため色々と手を回そうと奔走しているが、姉の三花に阻止されることもしばしば……。その度姉へ毒を吐いたりしているが、基本的に仲は良い。ただ憧れには勝てなかった……。

 

好きなもの:舞夜姉、お姉ちゃん、お喋り

嫌いなもの:態度や声の大きな人、グイグイ来る人

主人公との関係:協力者、可愛い妹分

 

 

・久我 三花

気が強く、口調も少しきつめの少女。主人公と同じ年齢で、玖方女学院へ通っている。昔に主人公の事を一方的にライバル視していた過去があり。

本人の性格は、妹が大人しく声も小さいのを見て周囲から見下されていた場面を見て、それを守るために前に出ている内に……って経緯。

妹大好きな人間だが、その妹が主人公への強い憧れを抱いているのを見て別の意味でもライバル視している。

玖方女学院での結城希亜の監視兼護衛として通ってるが、主人公と別の高校へ通いたかったというのもある。

最近の悩みは妹が自分より色々と育ちが良くなっているのでいつ越えられてしまうかと若干の焦りを感じている。

 

好きなもの:妹と妹に関わる物

嫌いなもの:理不尽

主人公との関係:協力者、友達

 

 

・四栁 司

白泉学園に通う二年生の爽やかイケメン。主に隠密や諜報など探偵に近い仕事を多く受け持つ。

会話から人の心情や考えを読み取る能力が長けており、横暴な八倉燈と一緒にされることが多い。よく燈が他の人へ突っかかるのを仲裁したり、謝ったりとお世話係をしている場面を見かける。

主人公への印象が歳相応な少女と、歳不相応な人間が混ざった様なチグハグの内面を見て興味を持ち、協力する。

 

好きなもの:活字、交渉

嫌いなもの:話を聞かない人間

主人公との関係:協力者

 

 

・西五辻 蒼士

巨漢の24歳。デカい見た目とは裏腹にかなり温厚な人間で戦闘や暴力・争いを好まない。一族の中で守りや後の技のみを取得している。打たれ強さは勿論、薬物などに対する耐性もかなり強い。相手からの攻撃の外し方や分散させる技術も高く、交戦維持能力が優れている。

小動物が好きで、家でウサギを飼っている。去年の秋に買ったので名前はカエデ。

自分の名前の呼びが男性寄りでは無いため若干気にしている。主人公には西五辻と呼びにくいため西さんと呼ばれている。それと体格に対して動物が好きなのを見てほっこりされたりしている。

 

好きなもの:小動物、甘い物

嫌いなもの:争い、暴力

主人公との関係:協力者、和み

 

 

・不破 壮六

もうすぐ50代を迎える人。九重家に関わる出来事は最終的にこの人に集約するし、仕事に関しては完璧にこなす超有能人。九重宗一郎とは昔からの上下関係が続いているため、しょっちゅう無理難題や後片付けを押し付けられ振り回されている苦労人タイプでもある。実際は、才能はあったが更に振り回されていく中で嫌でも優秀にならざる得なかった……。

本来主人公の部下に付くことは無かったが、心配性な宗一郎から主人公の護衛……では無く送迎役を受け持っている。小さい頃から知っているため、娘の様に気にかけているが、年頃の女の子の気の機微が把握出来ず少し距離を作ってしまっている。主人公からは自分より強い人間が部下として下に付くことに対して不甲斐なさを感じ遠慮が出来てしまっている。なのでお互いに少しお堅い場面が時折見られる……。

主人公の教育係を澪から引き継いで教えている過去がある。

 

好きなもの:平常

嫌いなもの:胃痛

主人公との関係:協力者、先生

 

 

・浮島 七瀬

主人公より二個上の高校三年。彼女の母親が巫女派閥のトップであり、主人公へ取り入るために自分の娘を送り込んでいるが、本人には一切の興味が無い。

人前では大和撫子的女性を演じているが本来の性格は自分大事で愛より金を大事にする主義。境遇が似ている一ノ瀬璃玖には一番心を開いている場面が見られる。

主人公とは、お互いの利の為に協力している。

 

好きなもの:一人の時間、お金

嫌いなもの:束縛、窮屈さ

主人公との関係:協力者、同盟

 

 

・八倉 燈

主人公の一つ下で久我二葉と同じ年齢。口と態度が悪く野生児みたいなやんちゃ小僧。基本的に自分より弱い人間のいう事に従いたくないという考えを持っているが、逆に何か一つでも上だと認められると素直に聞くという分かり易い性格をしている。同期の中でも一番の才能を持っており順調に成長中。

一族の血や才能が無い主人公が自分よりも強者である秘訣を探るという目的で協力している。

事あるごとに理由を付けては手合わせを吹っ掛けてくる上、受けるまで粘るので最近ではさっさと終わらせた方が時間を取らないと周りに認識されている。

過去に九重澪に喧嘩を売ってボコボコにされているので本人にとってはトラウマになっている。

 

好きなもの:戦い、飯

嫌いなもの:弱者、九重澪

主人公との関係:協力者、弟分

 

 

 

-その他-

 

 

・九重 茂

主人公たちが住む白巳川一帯の情報統制を任されているナイスガイ。戦闘面での才能が伸びなかった代わりに諜報面でのスキルツリーが他よりかなり高い才能を持っている。

自分と同じく才能が無いと言われ続けた主人公が今の地位まで上り詰めたことに対してかなりの好印象を持っていると同時に多少なりと嫉妬心もある。

(個人的に当初の想定より文面での出番があまり無かった人……)

 

 

・女社長

とある会社の女社長。アーティファクトを手に入れたばっかりに死へのカウントダウンが始まったある意味被害者の一人。

大人しく急速な拡大を目論まなければ順調に会社を成長することが可能だったが、彼女自身の性格もあり楽な方へと行きましたと……。

何度か出番はあったけどどれも可哀そうな結末を迎えることになった人ですね。未だにアーティファクトの発動条件は出てきていませんが、今後明かされます。

 

ドックタグ型のアーティファクト。

能力は『―――することで対象の意思を操れる』

 

 

・小山……?いや小林君か

主人公と新海天と同じクラスメイト。入学時に主人公に一目ぼれしたタダのモブ……だけど、一応まだ出番があるという。彼の活躍にこうご期待。

 

 

 

-設定-

 

 

・九重一族

千年前、この街でアーティファクトの騒動が起きた際にユーザー相手にドンパチやってた一族。元は主従制度の家来にあたる存在で主が持っている領土へユーザーが厄介を仕掛けて来たのが事の始まり。

多くの犠牲を払いながらもなんとか凌いでいたが、アーティファクトを回収しに来たソフィまでも敵と判断し攻撃をしたがあっけなく負けた。

残された者たちで次は勝てるようにと千年の時を鍛え続けた。最初は純粋な鍛錬や人体の理解だったが、時代が進むにつれ人体実験、優秀な遺伝子同士の交配、薬物など様々な分野に手を伸ばし続けた。

今出ている家の者以外にも多岐に別れた分家がおり、日本中に点在している。

代々一族のトップである当主とその側近には千年前から引き継がれる言い伝えがあり。

 

・九重家:現トップ、始まりの一家という事もあり様々な家の者が入り混じる坩堝的印象。

・一ノ瀬家:実は一番実力者を様々な分野に排出している有能家。規模が一番デカい。

・久我家:後方サポートや物資の運搬などお金方面に強い。

・四栁家:交渉や諜報面を担当が多い。戦闘面で他より少し劣り気味。

・西五辻家:護衛などの守りに定評がある。

・不破家:これといって特徴無し。壮六さんがずば抜け過ぎている。

・浮島家:人集めが上手い。パトロン集めとか金を引っ張って来る系。

・八倉家:近年で成り上がって来た一家。その中でも燈が特に才能あり。

 

 

主人公より強い上位五名

第一位 九重 宗一郎

第二位 ハットリさん

第三位 不破 壮六

第四位 九重 澪

第五位 一ノ瀬 隆造 (五章一話のパーティーであいさつに来ていた現当主の人)※またあとで登場する予定……多分。

第六位 九重 舞夜

 

三位と四位は、盤面と条件次第では勝敗が変わったりもする。

 

 

 

 

 

・『巫女』派閥

主人公がイーリス再来の予言をしたことで神の遣いや生まれわりなどとか宗教染みたことを言っている派閥。心酔して前のめりの為、主人公のためならば何でもしようとしちゃう狂信者寄りの方々。面倒なことに勢力も大きく金銭面でかなりの金額を納めているので下手に切り捨てられなくなってしまっているのがネック。

 

・『終焉者』派閥

才能が無かった者達の中でも最も下に位置する人達の多くで形成された派閥。自分らの境遇から一族の教えや習わしに恨みを持つタイプで、同じ考えを持つ人を積極的に集めている。才能が無かった人でも活躍出来るようにと各々が助け合っており、一族から抜けていくのが一番多いのもこの辺。

主人公がイーリスに終わりが来ると言ったことで彼女こそが一族の役目と言う苦痛に終止符を打つ人物だと願っている。

 

・『予言の子』派閥

その他穏健な派閥。上二つ以外の人を指すことが多い。その分主人公に対する態度もピンキリ。

 

 





取りあえずこんなもん……かな?
他にも抜けていたり記載して欲しいのがあれば気軽に言って下さい。追加します。

書いてて、作ったキャラ多すぎなのでは……?と自分で自分を引いていました……w
まぁ、一族まるっと追加したらこんなもんか……こんなもんか?

次回からは通常に戻ります。



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第2話:引き継がれる記憶


第五章のタイトル?を決めました!
『まいよりまいちるまいのすず』(舞依り舞散る舞の鈴)で行こうかと思います。

コメントでもあったのですが、九は被るし重は少し使いずらかったので候補としては舞と夜の二つになりましたが、今回は『舞』にしました。

『夜』の方は、ここでは無い別の所で使う機会があるのでそちらに回しましたw

つまり、そういうことです……!


-追記-

2024/3/5
五章のイメージ画像?をAIイラストで作成してみました。
内容については……彼女の心象風景の具現化程度だと思って下さいw

今回は『pixai.art』さんの方を利用させて頂きました。


【挿絵表示】







 

「それで?急に集まりたいって言い出した内容は何?」

 

用件を早く済ませておきたいのか、七瀬さんが問いかけてくる。

 

「それは確かに気になる。まやまやから顔を合わせて話したいって言うのは少ないしね」

 

事前に七瀬さんには璃玖さん経由で話がしたいと連絡は送ってあった。今日のパーティーが近くで一番都合が良かったので使わせてもらった。

 

「えーっと、何から話そうか……」

 

他の枝での記憶……、今よりずっと先の記憶を持っているからこそ、これから起こるであろう出来事を言えるんだけど……。

 

「先に、そうだね……七瀬さんの方で動きってあったりする?」

 

「今のところ大きな動きは無いわ。けれど、舞夜が神を殺した事で確実に何かしらの動きはあるでしょうね」

 

「だよね、璃玖さんは?」

 

「私の方はいつも通り。気になると言えば、物の動きが少しだけ活発になってる気がする」

 

「なるほどなるほど」

 

二人とも凡そな予感はしているのだろうね。イーリスが消えたことで一族にも変化が起こるだろう、と。

 

「あなたの方からは何かあるのかしら」

 

「あるよ、今日はその話をしたかったから」

 

こちらを見る二人を見て、璃玖さんの方へ視線を向ける。

 

「まずは璃玖さんの方の一ノ瀬家……正確には当主の弟さんだね」

 

「叔父が……?」

 

「そ。その叔父さんだけど、裏で色々と集め始めているよ。仕入れルートも隠して」

 

「何を、始めるつもり?」

 

「ん-……簡単に言うと下剋上?は変か……。返り咲こうとしている感じかな?」

 

「……なるほど、馬鹿な真似を」

 

何をしでかそうとしているのか察した璃玖さんが呆れた目をする。

 

「寧ろここまでよく耐えたと思うよ?」

 

「そうね、舞夜と言う存在と神を倒すという一族の目的があったから大事は起こさない様にして来たのだろうけど……」

 

「その神が滅びたことで枷は無くなり、まやまやという存在意義も薄れている」

 

「そういうこと。当主様も知っていて見逃している節があるから、このままだと一ノ瀬家と九重家がぶつかり合うね」

 

「……一族の歴史上にも様々な家同士であったとは聞いてはいるけれど、現代でそれをする気かしら」

 

「流石にこの街でドンパチはしない……と思いたいけどねぇ。武器の流通経路と集合している地点が少し、ね……」

 

「まやまやは既に掴んでいる?」

 

「まぁね。掴んでいる……というよりかは知っているって言うのが正しいかな?」

 

「……それは、例の予言かしら?」

 

少し冗談っぽく七瀬さんがこちらを見る。

 

「ふふ、未来視だね。ま、他の世界を知っているだけだよ」

 

「オーバーロード」

 

「そ、璃玖さんが言うそれだよ。記憶を引き継いでいるだけだけど、この世界の私はかなり先の未来を知ってる」

 

「……どのくらい?」

 

「どのくらい、かぁ……。そうだね、携帯機器にスマホが使われなくなって、交通手段に空を取り入れたより先の未来かな?」

 

「へぇー……そんな時代が」

 

「わざわざスマホなんて使わずにピッてするとモニターが目の前に浮かんで便利だったよ」

 

「SF?」

 

「あはは、そうだね。SFみたいな感じ。って話が逸れたね」

 

「そうだった。その話は終わったら聞かせて?」

 

「そうね、私も少し気になるわ」

 

「私もそこまで詳しく無いから触り程度でね」

 

脱線した話を元に戻す。

 

「えっとそれで、その地点なんだけど……どうやら、私の生まれ故郷みたいなんだよね」

 

「まやまやの……」

 

「あなたの生まれ故郷?どこ方面?」

 

璃玖さんはどうやら知っているらしく、眉を顰めたが、七瀬さんは不思議そうにこちらを見る。

 

「七瀬さんが知らないのも無理はないと思うよ。璃玖さんが知っているのにむしろ驚いたくらい」

 

未来の枝でも思ったけど、璃玖さんは私のことを相当調べているみたい。ファンかな?

 

「まやまやと接触する前に一通りは調べている」

 

「ふーん。それで、勿体ぶってるみたいだけど……」

 

「七瀬さんは、実家や学校とかで聞いたことある?()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「当然あるわよ。政府が管理しているあの場所よね?確か過去の大戦で化学薬品か何かの実験の跡地だって」

 

「そそ、そこだね」

 

「けど、あそこは工場が爆破されたことで中にあった薬品が今でも一帯に残っているって……」

 

「……そういう風に、国民に触れている」

 

「……どういうこと?いえ、舞夜の故郷ってことは……まさかあの場所に……?」

 

「そう、名称の付いている街があり、人達が住んでいる。有毒ガスが漂っているなんて嘘」

 

私の代わりに璃玖さんが言葉を繋げる。

 

「まぁ……なんて言うか、国が見捨てた放棄地帯、退廃地区。分かり易く言えばスラム街みたいな物かな?」

 

「日本にもそんな場所があるのね……って、舞夜はそこ出身なの?」

 

「うん、小さい頃におじいちゃん……九重家の現当主がやって来た時に拾われてここに来たよ」

 

「あなたの過去の出生は意図的に隠されていた節があったけど、それなら納得だわ」

 

「極一部の人なら知っているし、あの街を知っている人間なら何となくピンと来るんじゃないかな?過去に日本のどこにも記録が残っていない子供が突然現れたとなれば……ね」

 

「ま、聞かなかったことにするわ。面倒事に巻き込まれそうだもの」

 

「そうだね、知らない振りした方が良いかもね」

 

「舞夜が言うその街に物が集まって来ている……で良いのかしら?」

 

「そんな認識で良いよ」

 

「璃玖の叔父は何を起こす気なの?」

 

「ふふ、ここまで来たら分かり易いんじゃないかなぁ……?」

 

璃玖さんも七瀬さんもそんな無法地帯に武器が集まってきている理由なんて簡単に想像出来るはずだ。

 

「……璃玖の言う通り、本当に馬鹿な真似ね」

 

「使い勝手が良いんだろうね。仮に死んだり消えても元々居ない人扱いだし、あの街、そういう人が沢山いるから」

 

絵に描いたような世紀末の世界だろうね。暴力!酒!女!……今は薬も出回っているだろうし。

 

「そんな連中が外に解き放たれるって考えると……最悪ね」

 

「一応、現状は街を壁で覆って、常に外に出ない様に監視しているけど」

 

「閉鎖しているわけね」

 

「あそこなら違法品を集めるのに持ってこいってね」

 

「……でも、それは国は勿論、一族の間でも禁止されているはず」

 

「うん、璃玖さんの言う通り。あの中で怪しい動きをしていないか、定期的に一族からも人を送って巡回はしているから本来は安全なはずだったんだけど……」

 

「その巡回を担当しているのは、現在一ノ瀬家だから」

 

「なるほどね。本来監視する側が不正に回っていると……」

 

どうやら、璃玖さんは現時点でもそこまで調べ上げていたらしい。

 

他の枝では、もう少し先に私に話を持って来ていたけど……。

 

「とまぁ、簡単にまとめると、怪しい動きをしている一ノ瀬家の叔父さんを止めようってこと」

 

「まや、リミットは……?」

 

「多分、八月の終わりかな?早くて中旬頃には動くよ」

 

「あと三か月後ね……」

 

「ということで、私が動いてその企みを阻止します。二人にはそれでちょっと協力して欲しいけど良いかな?」

 

「私は、まやまやの頼みなら多少は聞く」

 

「見返りは?」

 

「そうだねぇ……二つ目の七瀬さんの話でも出すけど、『巫女』派閥の瓦解と、七瀬さんの自由……でどうかな?」

 

「……そういうことね。分かったわ。一応、最後まで聞いてから返事をするわ」

 

「はーい。そこで璃玖さんには悪いけど、最低でも副当主、そしてそれに関わった人間全て死んでもらう事になるけど……大丈夫かな?」

 

「平気。そうなると思ってたから」

 

「了解、詳細な流れは別の機会で話すから」

 

一つ目の話が終わり、次に七瀬さんを見る。

 

「次は七瀬さん……って、何となく想像出来ちゃったと思うけどね」

 

「家の母が加担した……でいいのかしら?」

 

「正解」

 

「動機は……そうね、九重家を組み伏せれたら一ノ瀬家から舞夜を浮島家に渡す、とかそんなところ?」

 

「ふふ、冴えてるね。大体そんな感じだよ」

 

「この状況を考えれば誰でも思いつくことよ」

 

「かもね。真実はどうかまでは知れなかったけど、副当主が七瀬ママ……『巫女』派閥が手を組んだ。前者からは私を報酬に。後者からは人手をって感じで」

 

「……随分と、ナメた交渉ね。舞夜が報酬だなんて成功するかどうかすら定かじゃないのに」

 

「どうやら、私を手に入れた後は、一族に混乱をもたらしたって一ノ瀬家を糾弾して引きずり下ろす計画だったみたい」

 

「あー……そういうこと。自分たちは舞夜を悪から救助した正義側とでも語るつもりだったのね。取引したのに……」

 

「そ。多分だけど、私を旗頭にでもして人を集めて数で押し潰す気だったと思うよ」

 

「……舞夜を?どうやって……?」

 

「さぁ?多分薬でも何でも使って操る気だったんじゃないかな?」

 

それか、真心からの説得で私が靡くとでも本気で考えていたか……可能性があるってだけであちら側の思考回路が恐ろしい。

 

うーん、一ノ瀬家に潰された九重家を取り戻すとか、敵討ちとかそれっぽい事を言って取り入れようとしていたのかな?馬鹿な事だけど。

 

「そんな感じで、実は裏で二人は繋がっているよ」

 

「そこで私に手伝えと」

 

「そうだね。元々依頼していたことだけど……本格的に、ね?」

 

「私の方は、どこまで消す気かしら?」

 

「……どこまで関わっているか不明だけど、七瀬さんのお母さんは確実だよ」

 

「そう。父は?」

 

「大丈夫。調べた限りでは関わっていなかったし、他の世界でも生きているよ」

 

「ふぅん……。なら良いわ。腐りに腐った膿を吐き出すチャンスね」

 

「……いいの?」

 

「舞夜にこの話を持ち掛けた時点で私の中では決定事項だった。それだけよ」

 

「そっか」

 

以前の私の中では追放……せめて幽閉くらいを想定していたけど、本人は違ったみたい。

 

「取り敢えずの話はこれで終わり。近い内にまた機会を作るから詳細はその時詰めよっか」

 

「ん、分かった」

 

「了解よ」

 

「私の方は……多分現世に散ってるアーティファクトの回収が残ってるから、向こうの皆とそれで動く……とかかな?」

 

「夏までには終わらせておきなさいよ?」

 

「夏……」

 

「何?璃玖も何か予定があるの?」

 

「……大したことじゃない。コミケが、あるってだけ」

 

「どうせ外に出ないんだから関係ないでしょ」

 

「まやまやと二葉にお願いするか、あれば通販とか使ってる」

 

「あー、今年もあるね。折角だし璃玖さんも外出てみる?」

 

「………、遠慮しておく」

 

「人には暑い中遠征させといて、随分と偉い身分ね」

 

「私は気にしてないけどね。その分色々手伝って貰ってるし」

 

「そう、Win-Winの関係」

 

「ふーん、聞いたことはあるけど……楽しいの?」

 

「どうだろうね?熱気は凄いよ?人混みとか色々と」

 

「ま、私には関わる事の無いイベントね」

 

「この件が終わって自由になったら、冬のに行ってみる?」

 

「……そうね、私が自由になれたら、そういった機会にも参加してみようかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

俺は今、自分が置かれている現状に頭を抱えていた。

 

「どうすれば良いんだ……一体……」

 

この枝に来て、早くも一週間が過ぎた。

 

イーリスを倒し、全てが終わった。俺の記憶の中にある皆との枝の出来事……。都と一緒に祭りに行き、熱を出して天に看病され、春風と水着で海へ行って、希亜とコスプレをしてゴミ拾いのイベントに行った。

 

それぞれの枝の記憶全てが俺の中にある。それはまぁ良い。

 

問題はソフィと相棒が俺をこの枝に連れて来たって事だ。

 

「九重を……ねぇ……」

 

ソフィの言葉を信じるなら、九重はフェスのあの日……地震が起きてアーティファクトがこの世界に流れてくることを知っている、との事だ。

 

「……でもなぁ」

 

それを俺に解明しろって言われてもなぁ……。正直、それどころじゃないのが正直な話だ。

 

最初は九重に直接その話をする前に他の皆にも一応相談をしようとした。それが駄目だったかもしれない。

 

最初は天に何か知っていないかとそれとなく聞こうとしたが、理由聞かれた。最初は濁したが、結局はゲロった。

 

流れとしてどうしても俺が他の枝の……皆との枝の記憶を持っていることを話さなくてはいけない。

 

仕方なく天にそのことを話し、秘密裏に動きたいからと秘密にして貰った。

 

それを聞いた本人は『にぃにとあたしだけのひ・み・つ♪』とかふざけたことを言っていたがスルーした。

 

問題はその後だ。次の日の学校の帰りに都から昔の九重の話を聞こうとしたときに、うっかり名前で呼んでしまった。

 

「なぁ、都。少し相談があるんだが良いか?」

 

「うん、大丈夫だよ?……ん?ぁれ……?ぇっ、名前……?」

 

「あっ」

 

とまぁ、こんな感じでいきなりバレた。いや、俺が悪いんだけどさ。

 

頭の中でどう切り出そうかと考えている内に無意識で呼んでいた。

 

そこからは観念し、四人を集めて他の枝の記憶があることを話した。秘密と言って次の日にバレたことに対して天が呆れていたがスルーした。

 

軽蔑されるかと思っていたが、意外にも皆は安堵……というか嬉しそうにしていた。

 

前に九重にもこの枝の皆とちゃんと向き合えと言われてはいたから放置する気は無かったけど……正直気が気じゃ無かった。

 

「話は分かったわ。それで、翔はどうする?」

 

話が終わり、希亜が問いかけてくる。

 

「俺……?」

 

「翔には、他の枝での……ここにいる皆との記憶がある」

 

「そう、だな……」

 

「私達の中で誰か一人を選ぶ?それとも……」

 

希亜が言いたい事は分かる。

 

「……多分、いや、確実に最低なことを言うと思うけど……、俺としては……皆の中から誰か一人とだけ付き合う、ってのは考えていない。こういうのは男としてクズな発言だと重々承知だが……皆のことが好きな気持ちが同時にあるんだ」

 

我ながら人生で一番のクズ発言だとは思う。

 

「つまり、誰か一人を選ぶ気はないということね?」

 

「ああ」

 

「そう……わかったわ。あなたの覚悟を確かに受け取った」

 

俺の気持ちを察したのか。希亜が目を閉じて頷く。

 

……この枝の皆には悪いけど、皆とは―――。

 

()()()()()()()、ということね」

 

「へっ?」

 

想定外の言葉に顔を上げる。

 

「か、翔さんなら、大丈夫ですっ!わ、私も手伝いますからっ」

 

手伝うって……何をぉ?

 

「ふふ、舞夜ちゃんのいう通りになっちゃったね」

 

こ、九重の……言う通り……?

 

「ヘタレなにぃにに出来るのかねぇ……」

 

「きっとこれが最善だったのでしょうね。むしろ誰か一人でも除け者にする気なら一言言うところだった」

 

「いや、えっ、ちょっと待ってくれっ。皆は、その……それでいいのか?」

 

「私はヴァルハラ・ソサイエティの仲間なら構わない。皆なら信頼出来る」

 

「わ、私も平気ですっ!む、むしろこういったシチュエーションもそそると言いますか……っ!」

 

「いや春風先輩、やばい事をサラッと言わないでください」

 

「あっ、いえ!大丈夫と言いたいだけで……っ!」

 

「私も、賛成かな。仲間外れは哀しいから」

 

「え、えぇ……」

 

なんか、皆の中で既に解決済みみたいな雰囲気がある。……えぇ。

 

拍子抜け……想定外と言う感じで話はまとまり、解散となった。そしてその日の夜に天から聞かされた話では、皆で話し合って俺との恋人を上手く付き合っていくとのこと。

 

そんなこんなでこの一週間、四人……いや、正確には三人からのアプローチがあり、恋人として接してきている。天は他の三人に気を遣ってかなり抑えめだ。

 

………。なんか、うまく事が進み過ぎな気がする……。

 

「……いや、これも九重の手腕か」

 

他の枝でも会話や、この枝でも言葉を思い出せば自然と行きつく。正直、めっちゃ助かったのは事実だ。

 

それと、この一週間でそれとなく九重の行動を見ていたが、何やら忙しいみたいだ。実家に帰ったりする頻度が多いらしい。イーリスの件のごたごたが未だに残ってるのかもしれないな。

 

「明日明後日は休みだし、相談ついでに話でもしてみるか……」

 

そろそろこの枝でも残りのアーティファクトを集め始めた方が良いだろう。ソフィには急いでいないから好きにしていいとは言われているが……。

 

スマホを取り出し、目的の人物へ予定確認のメッセージを送った。

 

 





~軽く人物補足~

・新海翔
最初は誰とも付き合わないのが誰も傷付かないと考えていたが、想定外の事態に驚きつつも乗っかり、この枝では四人と付き合う事に……。日やタイミング毎に相手が変わる為、少し戸惑いと疲れが出ている。これを機に主人公にそれについても相談をするつもり。

・九條都
翔が他の子と付き合っていることに多少の嫉妬はあれど、それは皆も同じと自分を納得させた。反対して翔と付き合えない位なら皆で共有する方へと舵を切った。
天のことは何となく察しているが敢えて触れずに置いてある。

・新海天
現状に翔の次に困惑している妹。まさか本当に主人公が言った通りに共有することになって驚いている。他の皆にバレない様にとひっそりと翔に迫っていたりする。

・香坂春風
この現状に一番テンションが上がっている人物。薄い本や空想の展開が起こるかもしれないと密かに期待している。(複数人でヤるとか)
天ことは既に気づいており、兄妹丼?も悪くない……いやありっ!と思い、そういう系統の薄い本を漁った。

・結城希亜
今回の件で率先して皆をまとめた。ヴァルハラ・ソサイエティのメンバーで共有するなら気には……するけど、許容範囲と決めた。
翔が何か目的があってこの枝へ来たと考えており、目的の弊害にならない様に気を配っている……が、つい甘えては自分を律している。


-余談-
とある枝での一ノ瀬家と九重家の騒動ですが、事前にそれを知っていた一ノ瀬璃玖が九重家に情報をリークしており、直前でそれを阻止しようと動いた結果、副当主が暴走しそれに続くように巫女派閥も大体的に動いたせいで大事になってしまった事件。

一ノ瀬璃玖としては九重家との衝突を止め、一ノ瀬家を没落、最低でも格を下げるつもりでいた。流石に計画を止められれば事件を起こさないと読んでいたが甘かった。

結果、一族を巻き込んで大勢の死傷者が出た後に一ノ瀬家と巫女派閥を潰し、浮島家の半数が入れ替わることで何とか収拾した。
告発者の一ノ瀬璃玖は死こそ逃れられたが、次の火種にならない様にと離れた地で幽閉される。巫女派閥の引き金になった九重舞夜も、今回の一件の責任を持ち、九重家から自ら出て一ノ瀬璃玖へ付いて行く。


-上記の騒動内において名簿欄での死者-
久我二葉
久我三花
九重茂



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第3話:私の知っている世界なら嫉妬で私刑される相談ですね?


次の日の土曜、午前中ですね。翔視点からで行きます。


全く関係の無い内容ですが、『陰の実力者になりたくて!』のアニメ2期が遂に終わってしまったなぁーって感じです。
劇場版の『残響編』も楽しみですが、個人的に3期にあたる内容が好きなので今から待ち遠しいですね……w




 

「そろそろって言ってたな……」

 

テーブルに置いてあるパソコンから今の時間を見て、画面から意識を逸らす。

 

ピンポーン。

 

「お、ピッタリだな。……はーいっ」

 

立ち上がって玄関まで向かい、扉を開ける。

 

「おはようございますっ。ただいま参りました」

 

「おう、おはよう」

 

土曜の午前中にも関わらず元気そうに笑顔をこちらに向けて挨拶をしてくる。

 

「そんじゃ上がってくれ」

 

「お邪魔しますね」

 

靴を脱ぎ、俺の後ろに続きながら部屋まで向かう。

 

「適当に座ってくれ。飲み物は……お茶でいいか?」

 

「はい、日本一高いお茶でお願いしますね?」

 

「はいはい」

 

毎度同じやり取りをしているな……、と思いながらもコップにお茶を淹れてテーブルに置く。

 

「ほいよ、味わって飲んでくれ」

 

「ほう……。この私の舌を満足させることは出来るかな?」

 

挑発的な笑みを向けてコップを持ち、飲む。

 

「……な、なな、なんて美味しいお茶なんだ……!?まるで万人に満足してもらえるように調整された完璧なバランス……!こ、こんな物を毎日飲んでいるだなんて……っ!?」

 

左手で口元を抑えながらも目を見開いて、大袈裟にリアクションをとる。

 

「そう聞くと高級品を飲んでるみたいに聞こえるな」

 

「それは何よりです」

 

軽い茶番を交わしつつも、気になった事を聞いてみる。

 

「さっきからやたら左腕だけ使ってるけど、怪我でもしてるのか?」

 

コップを持った時とリアクションをとった時も左手だった。確か利き腕は右のはず。

 

「あー……実は右側はちょっと怪我してて」

 

「何かあったのか?」

 

「あっ、いえ、単純に昨日おじいちゃんと手合わせをした時に無理をして指と腕を軽く……です」

 

「そうなのか……。やっぱり稽古や練習でも怪我は付き物なのか?」

 

「まぁ……そうですね。稽古相手が格上とかでしたら、こちらが怪我しない様に加減はしてくれるので大丈夫な時が多いのですが、同格相手とかでしたら骨折までは視野に入れてたりしますね……」

 

顎に指を当て、思い出す様に話す。

 

「まじかよ……骨折って……」

 

「一応、医療の人が控えてますし、大抵は大丈夫ですのでご安心を」

 

「ってなると、今回の九重は結構な無茶をしたってことか」

 

「いやー……そうですね、お恥ずかしい話……自分の今の実力を披露したくて張り切っちゃいました」

 

少し恥ずかしそうに笑って下を向く。

 

「確か……その祖父と師弟なんだっけ」

 

「そうです。以前に見て貰って、今でも確認のために時間が合えば手合わせをしたりしますよ」

 

「なんかかっこいいな……武術家って感じで、って本物だったな」

 

「いえいえ、私なんてどこにでもいる、か弱い乙女……いえ、小娘ですよ?」

 

「それはない。か弱い乙女は大人数……それも大人を相手に難なく制圧とか無理だろうが」

 

「それもそうですねぇ……ってそろそろ相談の本題に入ります?」

 

雑談を交えながら九重の情報を聞いて行こうと考えていたが……仕方ない。

 

「だな」

 

「とは言っても、内容は大体予想出来ていますが」

 

少し困った様に笑って俺を見る。

 

「一つ目はアーティファクト集め……こちらは他の枝の記憶があるので楽勝だと思いますし大丈夫でしょう。問題は二個目、ですよね?」

 

「……ああ」

 

「まぁ……こちらについてはなんと言いますか……。頑張れ、としか言いようが無いと言うか……」

 

「何か良い考えとかないのか?」

 

「そうですねぇ……。念のため、今の新海先輩は四人と恋人関係……そこには勿論全員と肉体関係も持っている、という認識で良いですよね?」

 

「っ……あ、ああ」

 

相変わらずぶっこんで来るな。

 

「先輩はどうしたいのですか?距離を置きたいのですか?それともあくまで頻度を落としたいのですか?」

 

「いや、距離を取りたい訳ではない。こういうのはあれだけど、皆のことはちゃんと好きなんだ」

 

「ほんとあれですねぇ……」

 

「分かってる……っ。俺も最低な発言って分かってるから……!」

 

「まぁ、それで?」

 

「なんて言えば良いのか分からないが……四人に対して俺一人だろ?」

 

「……体が持たないと?」

 

「それもある。それと、一日の中で、一人だけじゃなく時間を置いて二人目とかになった時に……その、あれだよ……っ、こう……チラつくんだっ。他が……っ!」

 

「あ、はい。……えっと?例えば、午前中にバイト前の九條先輩とイチャコラした後に、午後は香坂先輩と結城先輩がお出かけの帰りに先輩の家に遊びに来て、夜にはそのまま香坂先輩がお泊まりして行った日が……とかですか?」

 

「っ!?……ぇ?な、なんでそれを……?」

 

具体的過ぎる……!と思ったが既に誰かから聞いていたのか……。

 

「良いですよねぇ、猫カフェ。私も香坂先輩と結城先輩を愛でたいです」

 

「……誰から聞いた?」

 

「……さぁ?って言うのが、一番先輩にとって恐ろしいですよね?ふふ」

 

くそ……なんてやつだ!知っててその態度だったのか……。

 

「……ま、香坂先輩に聞けば嬉しそうに話してくれましたよ?聞いていない情事まで」

 

「お、おう……」

 

その場面がありありと想像できる。

 

「先輩には言ってませんが、私も皆さんに可能な限り協力はしてはいるんですよー」

 

「協力……?」

 

「可能な限りブッキングしない様にスケジュール的な物を……ね。ま、これは天ちゃんからの要望があったのでしているのですが」

 

「……どうりで誰も居ないタイミングに天が部屋に来ていた訳だ」

 

あいつ自身も自分や誰かが居るタイミングに鉢合いたくないだろうし……。

 

「ですが先輩の気持ちも察することは出来ます。こんな相談、私以外に話せませんし」

 

「すまん」

 

「いえ、皆さんが潤滑に過ごせるためですから喜んでお手伝いはしますし、可能な限り助けるつもりです」

 

「……助けるって、どのくらい?」

 

「んー……そうですね。先輩含めて五人が過ごせる様な家と環境をご用意するくらいは……」

 

「やりすぎだろ……てか、幾らなんでもそれは難しいだろ」

 

「さぁ?どうでしょう……ふふふ」

 

意味深な笑みを浮かべてこちらを見る。

 

「っと、まずは目先の問題ですね。……そうですね、暫定的な対処になるとは思いますが、聞きます?」

 

「ああ、聞かせてくれ」

 

「私から見ても、今の先輩は精神的……はまだ平気ですが、肉体的に疲れが出て来ていますね」

 

「……だよな」

 

筋肉痛とか、気力が抜けた様なダルさは感じる。

 

「体を鍛えるのが一番なんでそこは長期的に見るとして……元気が出るお薬を都度飲むとかどうでしょう?」

 

「元気が出る、薬……?」

 

「はい。栄養剤を想像してもらえれば分かり易いかと思います」

 

「えっと、そういうのって実際効果あるのか?」

 

「市販のはどうなのか分かりません。私が勧めてるのは市販では無いので……」

 

「それって、つまり……」

 

嫌な予感がする。

 

「はい、私の……九重の方で制作している特別製のを、です」

 

「九重の実家で……か?」

 

「正確には一族で、ですが……。効果は私が保証します。過去に服用したことがありますので」

 

「大丈夫なのか、それ……。その、副作用とか……?」

 

「んー……そうですね、連続使用しなければ大丈夫だと思いますよ?飲み過ぎた時の副作用と言っても、元気過ぎて効果が切れた時に電池が切れたみたいにぶっ倒れる程度ですし」

 

「ぜってぇやばい薬だろそれっ!?」

 

「ご安心を。少量ずつ摂取する分には平気ですので」

 

「……元気って具体的には?」

 

「……恋人との営みの際に連戦が可能、とか?なのに次の日には疲れが残らない……とか?」

 

「やっべ、俺今怪しい商法の勧誘を受けてる気分だ……」

 

「失礼な……壺なんて先輩に売りませんよ。それに、今の先輩に必要な物かと愚考致しますが?」

 

「………」

 

……九重の言葉も一理ある。実際にそう言った日もあったし、俺が危惧していた事でもある。……が。

 

「……でもなぁ」

 

「まぁまぁ、先輩ならお若いですし気合で乗り越えられるかもしれませんが、お試しとして使う程度の気持ちで良いと思いますよ?万が一の保険にもなりますし」

 

「……保険か。……正直、気になるってのもあるし、お願いしても平気か?」

 

「はいっ、それでは遅くても明日には持ってきますねっ!渡す際に説明もしますので安心してくださいね」

 

「すまんが頼んだ」

 

「いえいえ~」

 

さてと、俺側の事情はこれで終わりとして……。少し探りを入れてみないとな。

 

大丈夫だと思うが、聞かれたくない事かもしれない。言葉は慎重に選んで行くか。

 

 

 

 

 

 

 

本日は休日の土曜、午前中の早い段階から新海先輩の部屋へとお邪魔しにやって来た。

 

昨日の内に相談したい事があるというメッセージが前もって来ていたので、その内容は大体予想は出来た。

 

部屋に着いて最初に、昨日おじいちゃんと手合わせした時に負傷した怪我を心配されたけど、気にされない様に軽く流させた。

 

今の私の恰好は春向けに薄くはあるけど上から長袖の物を羽織っているし、下はショートパンツにタイツでデニールも濃いめだ。澪姉がコーディネートをしてくれました。

 

ぶっちゃけ今の右腕と右手は使い物にならない。まともに使えるのに一ヶ月はかかりそう……って考えると、本当にその場の勢いで無茶をしてしまった……。

 

と、私の話は置いといて……。

 

まず一つは、残りのアーティファクトの回収。こちらは他の枝で既に回収済みの実績があるのでそこまで心配はしていない。ソフィもこちらに任せると言ってた。

 

先輩が相談したいのは二つ目だろう。

 

まぁ、そちらについても既に先輩以外の四人とはある程度情報の共有と話し合いは済ませてある。天ちゃんから個人的なお願いもあったけど、それについても私がそれぞれに監視を付けることで解決済みだ。護衛って意味も兼ねているけどね。

 

先輩自身の問題についても……まぁ、後で渡す九重一族特製のお薬をキメれば元気になるでしょう!

 

なんせ、小瓶一本飲めば二日は動ける。二本飲めば無敵って寸法。ま……その後ぶっ倒れるけどね。少量のみなら疲労軽減と睡眠の質を上げる効果は期待出来る。今回は弱いのだし大丈夫大丈夫。

 

これも今後新海先輩が四人の相手をすることで大変になるって最初に心配していた結城先輩からの相談があったから準備していたんだけど……。

 

そんなこんなで現時点ではそこまで問題視はしてない。それよりも、私として気になっているのは……。

 

新海先輩が、この枝に戻ってきた事だ。それも他の皆の枝の終わりを迎えた後になって、わざわざである。

 

私の記憶の中では、イーリスを倒した後は四人それぞれとその後を過ごしてから、最後に最初のあの日……神器が壊れた直後にこちら側の門を閉じて何もない枝を迎えて終わり……ってなるはずだ。

 

しかし、聞いている限りでは最後の枝は作っておらず、その前にこちらに戻って来てる。

 

まだ何かやり残した事があって、この枝に来た……って考えるのが普通だろうね。ゲームとは違って私と言う存在がいるのだから。

 

だけど、先輩はその内容を意図的に隠している感じだ。見ている限りだと、私に関わるのは間違いない。

 

となると……やっぱり私の事について……だろうか?実家の事についてだろうか……?

 

後者なら、他の枝の為にも色々と話しておかないといけない問題がある。

 

もし、前者だった時は……。いや、ソフィとナインならこっちの可能性の方が高そうな気がする。何となくだけど……。

 

その時は……私はどうしよう。他の枝じゃなくて、この枝の私だからこそ出来ることが山ほどある。

 

それを、託すべきだろうか……。それとも……。

 

「九重?」

 

「えっ、あ、すみませんっ!考え事をしていました……」

 

用件は終わり、先輩と雑談をしている……様に見えるが、先輩が先輩なりに慎重に私へ探りを入れているのは既に気づいている。さり気なく私関連の話を深掘りしている。

 

決定的な話に行かない様に気を付けながら会話を続けていると、スマホに通知が入る。

 

「っと、すみません……。先輩、スマホに天ちゃんから通知って来てますか?」

 

内容を見ると、天ちゃんがこちらに向かって来ていると、九重の人から連絡があった。

 

「ん?ちょっと待ってよ……ああ、確かに天から連絡来ているな。『今からそっちに遊びにいく』って」

 

「なるなる、やっぱりでしたか」

 

「そっちにも来てたのか?」

 

「そんな感じです」

 

一応天ちゃんには今日の昼過ぎまでは誰も居ないって言ってるし、それでかな?

 

「ということで、私はここらで退散しますね?」

 

「別にあいつも九重なら大丈夫だと思うけど……」

 

「二人きりの時間を邪魔するほど、気の利かない後輩ではありませんのでっ」

 

「あー……なんかすまん」

 

「お気になさらず~。さっきの件は用意が出来次第持ってきますので」

 

「よろしく頼む」

 

「了解です。では、頑張ってくださいね?ふふ」

 

最後に、この後来る天ちゃんとのお楽しみを思い浮かべ、先輩を揶揄って部屋を出る。

 

「さーてと、先輩からの確認も取れたことだし、早速受け取りに行かないとね」

 

既に薬の使用に関しては申請済みだ。後は壮六さん辺りから受け取るだけでいい。

 

「あとは、アーティファクトの回収をしつつ、例の件を潰していかないとなぁ……」

 

まずは片付けなければならない問題が先だ。私についてはその後にゆっくりでも大丈夫でしょう。

 

 





……媚薬かな?()

次はちょっとした小話?になります。
主人公視点で、昨日の金曜に実家での内容を軽く書こうかと思います。
多分短い。



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第4話:極致


おまけ話?として書いていたはずなのに……っ!どうして……!

主人公視点を書いて、別視点で書きます。




 

 

平日の一週間が早くも過ぎ、明日から土曜日だ。

 

そんな事を頭の片隅で考えながらこの日の夕方、私はおじいちゃん達へ報告と相談をする為に実家へ戻って来てた。

 

「と、言う感じであの街に物資が流れてると思うよ」

 

以前に璃玖さんと七瀬さんに話した内容をより詳しくこの場にいるおじいちゃんと壮六さん、澪姉、多分居るだろうハットリさんへ向けて説明した。

 

「なるほど、隆造の弟のぅ……確か龍誠(りゅうせい)じゃったか」

 

「そうですね。あちらは兄と弟の二人体制のやり方ですから」

 

「その弟の手綱を握れてないだなんて、ね……」

 

「んー……どだろ?何となく感づいてるけど見逃している気がするなー」

 

「壮六」

 

「わかっています。先ほどの舞夜様が仰った裏を取っておきます」

 

「それで、舞夜はこの事をどこで知ったのかしら」

 

答えが分かっているけど、敢えて聞いてくる。

 

「……他の枝の未来だよ」

 

「……そう。なら起こるのは確定ということね」

 

「止めないとね」

 

「舞夜の意見を聞こう。どう動く予定じゃ」

 

「私としては、現時点での証拠だけだと少し弱いと思うから、後少し泳がせてからにしたい……かな?」

 

「ふむ、儂は十分だと思うが?」

 

「首謀者だけならね。蔓延ったのを全て消し去るには証拠を集めて確実にしておきたいなぁって」

 

「末端まで潰す気と言うわけじゃな」

 

「そういうことだよ。平穏な日々を過ごすためには、不安要素は一切合切無くさないと……安心して夜も眠れないから」

 

「最終期限は夏の終わり……時間的には余裕ね」

 

「徹底的ということなら儂からも出そう」

 

目を閉じたおじいちゃんが背後に意識を向ける。

 

「護衛は要らん。こちらを手伝え」

 

「……しょうがないですね。分かりました、従いましょう」

 

「えっと、おじいちゃん?なんもそこまでしなくても……」

 

「よい。やるなら遠慮はせず、使えるもんは全て使え」

 

「……ありがと。それじゃあ、ハットリさん……お願いね」

 

「畏まりました」

 

部屋の中から気配が一つ消える。

 

「それで、他に何か話しておきたいことはあるか?」

 

「今の所は……このくらいかな?」

 

「そうか。また何かあれば戻ってくるといい。勿論、何もなくとも何時でも帰って来て良いからな」

 

「ん、分かった。……あ、そう言えば壮六さんに聞きたい事が」

 

「私ですか?なんでしょう」

 

「えっと、前に私が飲んで倒れた薬……あれ?なんて言ったっけ。あれの劣化版の申請を出したのだけれども……どうでしょうか?」

 

「ああ、あれですね。心配無いですよ。後で許可は出しておきますので」

 

「ありがとうございます」

 

大丈夫だと思っていたけど、難なく許可が下りて安心する。

 

「舞夜が飲んで倒れた薬と言えば……あれか」

 

「私が舞夜用に改良したやつのを使うの?」

 

「ううん、それを更にランクダウンさせたのあるじゃん?あれだよ」

 

「ああ、あれね。下げる為に調合したのになんでか面白い感じに出来たのよねぇ……」

 

私用の心肺機能や血流促進を高める薬を弱くするために作ったのに何故か強壮剤?精力剤?みたいな効果が出てた。

 

「調べた感じだと、男性機能を元気にするそうよ」

 

「ほ?舞夜がそんなものを……申請、したじゃと……?」

 

「不全の人とかに売ったら一儲け出来そうだよねー」

 

「な、なな……何を……っ!?」

 

男じゃ無いから詳しく無いけど、そう言う薬もあるんだっけ?バイアグラっていうやつ。

 

「壮六さん、ありがとね。先輩の確認が取れたら受け取りに来るから」

 

「せ……先輩、じゃと……?ま、まさか……」

 

「分かりました。それまでにご用意しておきます」

 

「お願いします。それじゃあ私はそろそろ戻るね」

 

「ま、舞夜よ……!」

 

「ん?どうしたの?そんな驚いた様な顔して……」

 

「そ、そそっ、その先輩という者は……誰のことを指している……?」

 

「誰って……勿論新海先輩だけど……?」

 

「―――っ!???!?」

 

まるで電撃を浴びたような表情をして固まる。

 

「……?大丈夫?何かあったの?」

 

顔を覗いて声をかけるが、反応が返ってこない。

 

「えっと、それじゃあ帰るね?」

 

不思議に思いつつも部屋から出て通路を歩いて行く。

 

少し進むと、先ほどまでいた部屋から溢れんばかりの気配を感じた。

 

「えっ―――」

 

咄嗟に振り向くと、部屋の障子や扉が纏めて外へ向かって吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

「宗一郎様っ!?」

 

「ちょ、ちょっと?いきなりどうしたのよ!?」

 

「ワシはそんなもんは認めんぞっ!断固として認めん……!!」

 

部屋から私の目の前まですっ飛んでくる。

 

「お、おじいちゃん……?」

 

そこには、怒りのままに力を解放しているおじいちゃんが立っていた。

 

「もしそんなものを使うのならば……ワシを越えてみせよ!!」

 

「え、えっと……?な、何が起きてるの……?」

 

鬼の形相をしているおじいちゃんの後ろに来た二人に視線を向ける。

 

「私が聞きたいくらいよ。急にこうなったの……」

 

「かなりお怒りのご様子ですが……一体どうして……」

 

どうやら、二人も知らない様だ。

 

「あ、あの……おじいちゃん?どうしたの?」

 

「どうしたもこうしたもあるかっ!あんな小僧に舞夜を渡す気などこれっっぽっちも無いわ!!」

 

……私を、渡す?それに、小僧って誰?

 

いや、落ち着け。何か原因があるはず。直前までの会話の流れを思い出そう。

 

「………、……あっ、もしかして」

 

「あのような男に身体を許す様な子に育てた覚えは無いぞ……!舞夜……っ!」

 

やっぱり。

 

「おじいちゃんっ!ストップッ!ステイ!私の話を聞いて、多分それ誤解してるから!」

 

「言い訳とは見苦しいぞ!問答無用!」

 

構えを取り、こちらに攻撃の意志を見せる。

 

―――やばっ!!?

 

冷や汗を掻くようなぶわっとした気配が身体中を通り過ぎる。それを感じて反射的に力を解放し、こちらも応戦する。

 

次の瞬間には目の前へ迫り、私の腹部に手のひらがあった。

 

「―――ッ!!」

 

咄嗟に重心をズラして体勢を変えつつ、その腕を払って力を分散させる。

 

「なにっ!?」

 

ギリギリでその手から放たれた衝撃から逃れる。

 

私の背後にある木造の一部が消し飛び、周囲には風圧が吹き荒れる。

 

「ひぃー……なんとか逸らせたかなぁ……」

 

咄嗟の行動だったので反撃とまでは動けなかったけど、なんとかノーダメージで逃れられた。

 

「今のを逸らした、か……」

 

さっきまで怒りに任せていたおじいちゃんが冷静に呟く。

 

「どうやら、一筋縄では行かないようじゃな」

 

「いやいや、だからおじいちゃんの勘違いだってっ!ね!壮六さん!澪姉っ!あの薬は確かに先輩に渡すけど私は無関係だからっ!」

 

「そうですよ!仮にそうであるならば一言相談しますし、却下しますよっ」

 

「そうよ、私がそんなの許可するわけないでしょ?渡すなら毒でも渡すわ」

 

……いや、おじいちゃんを説得させるためと言っても、それは流石にどうかな?

 

「……一から説明せい」

 

「えっとね―――」

 

 

 

 

 

 

「って、わけで!渡すけど私には関係ないっ。分かってくれた?」

 

「なんじゃ、それなら先に言えば良かったのに……」

 

「おじいちゃんが暴走しちゃったから……ねぇ?」

 

「まぁ……そうですね」

 

「被害は……ま、軽微ね」

 

「後で私の方でやっておきますので……はぁ」

 

慣れたように言いつつも、ため息を吐いている。

 

「それよりも、舞夜よ」

 

「なーに?」

 

聞き返すけど、おじいちゃんの表情を見れば言うことは分かる。

 

「どうじゃ、この後……一つ手合わせをせぬか?」

 

「ふふ、言うと思った」

 

「さっきの動きを見てな、今の舞夜の実力を確かめたくなったのじゃ。それに……折角力を使ったのだから、な?」

 

「今の私って言っても……身体は変わらないままだよ?良いの?」

 

「よいよい。見たいのはそこじゃないからのぅ」

 

「んー……なら良いよ。私もおじいちゃんにお披露目しておきたいし」

 

おじいちゃんと澪姉を連れて、修練所まで移動する。壮六さんは……うん、後処理で戻って行きました。

 

「えっと、距離はいつも通りで良いよね」

 

「そちらに任せる」

 

「舞夜ー、期待してるわよ?その老いぼれをボコボコにしてやりなさい」

 

「高齢者虐待はちょっとなぁ……あはは」

 

「ほほう、言うではないか。ますます期待が高まるのぉ……!」

 

「頑張って期待に応えてあげるから……ねっ!」

 

お互いに再び力を解放する。

 

「ふふ、私はおじいちゃんっ子だから、先手は譲ってあげる……っ」

 

「なら、遠慮くなく行かせてもらおうっ!」

 

正面のおじいちゃん―――いや、現当主、九重宗一郎が踏み込む。

 

ただの踏み込み、それだけで地面が沈み、割れる。それを見ただけで今回はかなり本気だと肌で感じる。

 

脳がそう考えた時には、既に私の目の前に立ち、攻撃を仕掛けていた。

 

「―――ははっ!」

 

それを見て自然と笑ってしまう。

 

なんの小細工も無い、真正面からの正拳突き。ただそれだけ。

 

けど、その一撃には圧倒的なまでの力が込められていた。

 

「ふっ!」

 

その一撃を、流れるように避け、反撃に出る。

 

「はっ―――やりよるわいっ!」

 

片手と片足を使い、足の攻撃を悟られない様に重心を固定させる……が、難なく防いでくる。

 

防いで来た足を使って、今度は私に膝蹴りをお見舞いする。が、それを肘で阻止し、動きを止める。

 

「隙、ありっ!」

 

地面に付いたままの残りの足を払うと同時に、腕を首元に当て、その勢いのままなぎ倒す様に腕を振るった。

 

けど、首に当てた私の腕を掴み、その場で逆上がりでもするかのように回り、地面へ足を着けた。

 

「それっ!!」

 

掴んだ私の腕を引っ張り、背負い投げでもする様な強引さで引っ張る。

 

「っ!?」

 

その力に勝てないと判断し、自ら力の流れに飛び込み、その勢いを使って無理矢理後頭部へと攻撃を当てる。

 

「っ!」

 

一瞬の衝撃に掴んでいた手を放す。そのまま前方へと転がりながらも体勢を立て直す。

 

「っ……」

 

強引な力の込めた反撃のせいで、肩が外れていた。

 

「只では転ばぬその気迫……相変わらずじゃな」

 

「ふふ、ありがと」

 

外れた肩を掴んで、元に戻す。

 

「技は見事じゃ。かなり鍛錬を積み重ねた様じゃな」

 

「まぁね。璃玖さんに沢山協力してもらったから」

 

「ほう……一ノ瀬家の神童か。じゃが、あれが自ら武に協力するとは思えんがな」

 

「そうだね。でも、そうなった世界があったってだけだよ」

 

「……なるほどな。じゃが、やはり技だけでは届かんな」

 

「それは仕方ないよ……この身体は普通の人間なんだから」

 

「璃玖と言ったか……あの子もそうじゃが、あと一つ、あと一つだけ足りれば儂を越えれる器になり得ただろうに……」

 

『あの子も』……それはつまり、私も()()()()()()()()おじいちゃんに届きうる一人ってことかな?

 

少し寂しそうな目をして私を見た……が、すぐにその目が変わる。

 

「じゃが、これだけじゃなかろう?舞夜には、それを補える力があるからの……!」

 

「……あは、そうだね……!」

 

アーティファクトの能力を起動する。身体の表面を走る様に紅い模様が広がる。

 

「軽く済ませるつもりだったんだけど……ここまで来たらおじいちゃんが満足するまで相手してあげるから……覚悟してねっ!」

 

「それは随分と嬉しい親孝行じゃな……!」

 

 

 

 

 

「……楽しそうね」

 

正面で己の力を存分に振るい、笑い合う二人が視界に映る。

 

「拮抗してるのなら、私としても楽しめたのだけれど……」

 

見ただけなら、互角に見えなくもない。けど、それはこの時だけだ。技は舞夜の方がさっきまで良い感じだったけど、今は力に振っている。アーティファクトの力で消耗と自壊は抑えてるのでしょうけど、あくまで遅らせているだけ。

 

「……もって数分かしら?」

 

元々、舞夜は私達とは肉体の構造が違う。どこにでもいる一般人。そんなひ弱な体で一族の技を使おうものならその反動に身体が耐えられない。過去に試してみたけど、案の定……手と腕がズタズタになった。

 

「……ほんと、楽しそうね」

 

それでも、一時的にとはいえ自分の師に教えてもらった技の数々を披露する機会が訪れたのだ。そのチャンスを全力で楽しもうとしている。

 

「終わった後の事なんて、まるで考えてないわね……全く」

 

けど、こうやって楽しそうに笑うあの子を見て、アーティファクトの力でこの時を少しでも長引かせて欲しいと願わずにいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「あは……はぁ、あはは……っ」

 

息継ぎをする為に呼吸をするが、その横から笑いが零れる。

 

修練所の地面は既にまともな足場が残されておらず、あちこちが隆起している。転ばない様にしゃがみながら体勢を保つ。

 

アーティファクトを使っても……それでもまだ届かないなんて……ほんと凄い……!

 

「ふははっ!まさか……これほどとはな……!想像以上じゃ!!」

 

嬉しそうに笑う。その目は赤では無く黒く染まり、老人とは思えない程の筋肉と、浮き出る血管、心臓の音が鳴り響く。

 

「儂のこの力を使ってなおっ!一切引かず恐れない……っ!流石は見込んだ子じゃ!」

 

「伊達に、弟子を……名乗って無いからねっ!」

 

普通なら気絶してもおかしくない圧だろう。けど、肌を刺すようなその気配が、生きている実感を私にもたらす。

 

「でも、このまま続けると、流石に私のガス欠で負けになると思う」

 

「ほう?」

 

「だから、最後に……私なりのおじいちゃんへ……ううん、弟子としての恩を返そうと思うの」

 

「やはり……まだ奥の手を隠していたのじゃな」

 

「奥の手を使う時は、相手を確実に倒す時って決めてるからね。それに、これを使った時点で私が続行不可能になるから……」

 

もっと長く続けたかったけど……最後を飾るには丁度良いよね……?

 

「……良かろう。師として、その全てを受け止めようではないか」

 

「えへ、ありがとう」

 

一度身体の力を抜き、集中する。

 

「出来ても一度だけだから……覚悟して……ね」

 

意識を集中させ、九重の力を使う。

 

が、それだけでは足りない。更に深く……おじいちゃんと同じ高みへ向かう。

 

「―――ッ、くっ」

 

脳が焼けるような痛みが走るが、それを無理矢理アーティファクトの能力を抑える。

 

「……まさか、舞夜……おぬし……!?」

 

私が何をしようと気づいたのか、目を見開く。

 

「ぁああぁ、ああああっ―――」

 

やり方は未来で嫌と言う程味わった。後は私の身体を持たせるだけ……!

 

「―――はぁ、あぁ……」

 

少し、ぼんやりとした意識と一緒に、手ごたえを感じた。

 

「あ、は……どうかな……っ?」

 

成功したのか自分で確認出来ないが、前に立って私を見るおじいちゃんの反応を見て結果を知る。

 

「ま、舞夜……っ!?あなたそれを……!?」

 

「その歳で……そしてその体でここまで来るとは……なんて子じゃ……」

 

「あははっ、もう一つおまけも、あるから……ねっ!」

 

正直、これだけでもかなりキャパオーバーになる。けど、それを耐えれるだけの身体能力を引き出さないと意味が無い。

 

いつかのイーリス戦の時と同じように拳を握り、自分の心臓へ打ち込む。

 

「かはッ―――はぁっ!はぁっはぁっ!!ふぅぅ……っ!」

 

正真正銘、これが今出せる最高出力になる。

 

「た、ぶん……一撃だけだけど……いくよ……っ!」

 

「構わんっ!全力で来い……っ!」

 

おじいちゃんの声を聞いて、加減無しの全力で力を込めて、只々真っ直ぐ殴りに行った。

 

―――もし死んでも、先輩に戻して貰えば平気か……。

 

ぼんやりとそんなことを考えながら、その拳を叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

「舞夜っ!」

 

これまでと比べ物にならない一撃を叩きつけた。その結果、受けた側は壁まで吹き飛び、叩きつけられる。その衝撃に耐えきれなかった壁がその体を巻き込んで崩れる。

 

その爆心地とも言える場所にはそれを引き起こした本人が倒れていた。

 

「……っ、脈はあるわね……息もある……怪我は……外傷で分かる範囲なら手と腕が滅茶苦茶ね……」

 

アーティファクトでも耐えきれなかったのだろう。いや、むしろ腕と手だけに収まったと言える。

 

「っ……、舞夜は無事かの……」

 

瓦礫の中から、その攻撃を真正面から受け止めた本人が出てくる。

 

「今のところ死にはしないわ。けど、急いだほうがいいわね」

 

「それは良かったわい」

 

「そっちは……無事みたいね」

 

「これが無事に見えるか?全力で守りに入ったのに片腕が完全に死に、あばらと胸骨にヒビと……その他も重症じゃ。まさしく老人虐待じゃな。くかかっ」

 

口から血を吐き捨て、だらんと垂れている片腕を上げて見せる。

 

「……この子、私を越えたんじゃないかしら?」

 

「貴様がさっきのを食らっておれば、確実に死んでおったの」

 

「見ていたから分かるわ……って、急がないとね」

 

「そうじゃな。儂も壮六やあやつに連絡しておかんとな……」

 

九重澪が、倒れた舞夜を抱えてこの場を離れる。

 

「……それにしても」

 

一人残り、紛争地帯と見間違える程に荒れた修練所と、自分の身体を見る。

 

「儂に届きうる実力を身に付けて来おって……くく」

 

「じゃが、だからこそ惜しく思ってしまうのぅ……その血を、一族に残せないことが」

 

残された一人の老人が、愉快に空を見上げ笑っていた。

 

 





書いてる内に普通の長さになってしまった……。もっと短めにするつもりだったのに……!

そして、修練所の惨事を見て再び頭を抱えることになる壮六さん……。



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第5話:五体満足のありがたみってこういう時に実感しますよね……


明けましておめでとうございます!(既に半月が過ぎていますが……)

今年もよろしくお願いします。……と、言うことで、年末から年始にかけて色々とあり、少し落ち着いたので続きをちょろちょろと書いて行きます。今年中に完結出来るように頑張っていきますので、長い目で見守って頂けると嬉しいです。


主人公視点を書いてから、すこーしだけ敵サイドの視点も入れてみようかと……。




 

 

「こちら舞夜、指定エリアに着いたよ」

 

夜も深まって来た時間帯。通話越しの璃玖さんへ声をかける。

 

『ん、時間ピッタリ』

 

「この建物が取引場所……で良いの?」

 

『情報通りなら、多分』

 

新海先輩に例のお薬を渡してから更に一週間ほどの時間が過ぎた。璃玖さんが経路から調べた結果、目の前にある建物が取引や保管に使われているとのことらしい。

 

「了解、とりあえず見てみるね」

 

『そっちの記憶には、無い情報?』

 

「だね。あくまで私が知ってるのは、向こうが事を起こした後の情報だからね」

 

少なくとも、この建物が関係していたとは聞いていない。

 

『もしかすると、ハズレかも……その時はごめん』

 

「平気平気、少しでも向こうを荒らせれば儲けだからね。それよりも……周囲の監視は任せます」

 

『ラジャ、任せて』

 

通話を切って、正面の二階建ての建物を見る。

 

街中に普通に建っているそれは、他の建物と比べてもおかしい箇所は見られないけど……。

 

「ま、だからこそ使えるのかもね」

 

今回の件、数時間前に璃玖さんが掴んだ情報なのでぶっちゃけ当たりじゃなくても構わない。目的は敵サイドに余計な情報を掴ませたいだけ。

 

「始めましょうか」

 

気配を消し、建物のカメラの目が通って無い場所を探す。

 

「……なるほど、普通の建物にしちゃ多いね」

 

入口だけでも各場所にカメラが存在している。

 

「二階はー……っと」

 

二階の窓へ飛び移り、左手で外に出ている窓のサッシ部分を掴み、映らない様に中を覗き込む。

 

「あちゃー、ちゃんとこっち向いてるね」

 

部屋の中には入口のドア方面では無く、窓のこちらを見るようにカメラが設置されていた。念のため他の入れそうな場所も調べてみたけど似たような感じだった。

 

「厳重な事で……」

 

一旦建物から離れ、再度璃玖さんへ連絡を取る。

 

『何かあった?』

 

「一通り外から見てみたけど、至る所にカメラがあった感じだったよ」

 

『アタリ……?』

 

「可能性はあるかも?璃玖さん、建物のカメラをハッキングとか出来たりする?」

 

『流石に無理。少し興味はあるけど……』

 

「ですよねー」

 

『厳しそう?』

 

「余裕」

 

『良かった』

 

「それじゃ、また何かあったら」

 

『ん、お願い』

 

会話を終え、スマホをポケットへしまう。

 

「潜入は専門じゃないけど、いっちょやりますか」

 

顔が見えない様に隠してから再び建物へ向かい、二階の窓へと飛び移る。

 

こちらを向いているカメラへ能力をかけ、状態を固定する。これで解くまでは同じ景色が映ってることになる。

 

そのまま窓を掴み、強引に外す。音が周囲に漏れない様にちゃんと能力を使っておく。

 

「よいしょっと」

 

中へ入り、窓を元の位置へ戻してから部屋の中を見渡す。

 

「………」

 

見た感じ、ただの小部屋に見えるけど……。目的の場所は他かな?

 

普通なら潜入する建物の間取りやカメラの位置などの情報を事前に頭に入れてから始めるのだけど、今回は仕方ない。

 

手探り感が否めないが、アーティファクトの能力で何とかなるだろうと考え部屋の外の気配を探る。

 

「……大丈夫かな」

 

部屋の外へ出る前に中に設置されているカメラを調べる。

 

「んー……暗闇でも割としっかり映すタイプっぽいなぁ」

 

遠隔で24時間見れるパターンだろうし……骨が折れそう。人の動きで警報が鳴るやつだったらどうしよ。

 

確認の為に、ドアノブに糸を巻き付けてから扉を開けて軽く押す。静かに音を立てながら開いて行くが、特に何も起こらない。糸を引っ張り扉を閉める。

 

「……んーむ。問題無さそう」

 

すぐにどうこうなる感じじゃなさそう?大丈夫かな。

 

「考えても仕方ないし、進みますか」

 

顔さえ見られなければ良いんだし。

 

そう割り切り、扉を開けて外を覗く。

 

「カメラは……なしっと」

 

部屋から出て二階通路を歩く。

 

「他に部屋は無さそうだし……後は一階かな」

 

階段を見つける。ちゃっかりとカメラもあり、下の階層を見ている。

 

「では、一階を見ていきますか……」

 

能力でカメラを固定し、そのまま一階へ下りる。

 

一階に着くと、玄関フロアに行きつく。当然のように入口方面にはカメラが設置されている。

 

それらをスルーして一階の通路へと進む。

 

通路には両側に扉があり、通路奥にも扉がある。

 

右手の方の部屋へ入ると、部屋の角にカメラがあったのでそれを固定して中を確認するが、段ボール箱や棚が色々と置かれている。

 

適当に見ていると、食料系が多くある。

 

「見た感じだと、運ばれた日もそう遠くないね」

 

どれも日持ちしやすそうな食べ物が多い。それに比較的に火などの調理の手間が少ない物だ。

 

次に左側の部屋へ入る。右の部屋と同じ様にカメラがあったので能力をかける。

 

こっちは……服?

 

軽く調べると、こっちは衣類系だと思われる。靴や下着まである。

 

「性別は……男寄りだね」

 

恐らく、倉庫的役割の部屋と思われる。

 

「どっちの部屋にもカメラは有り……と」

 

部屋を出て、一番奥の部屋に入る。

 

「最後は……会議室?」

 

最後の部屋にカメラが無いことを見てから部屋を見渡すが……そこには、会議室などでよく見かける茶色の長テーブルが幾つか並べられていた。部屋の端には裏口へ出ると思われるドアがあった。

 

「……これでお終い?」

 

思ったよりもあっけない。

 

「んー……地下がある様には見えなかったし、外見と合わせても他に部屋は無さそうだし……」

 

まぁ、人の出入りがある形跡は残ってるけど……。

 

「思ったより控えめだねぇ……これはハズレを引かされた感じかな?」

 

何となく予想はしていたけど、ここは本命では無かったらしい。

 

「それでも物資は置いてるから、保管庫的役割はしているはずだし……妨害はしておこっかな」

 

アーティファクトの能力を使って、建物からの音が外へ漏れない様に覆う。

 

「さてと、最後に身体でも動かしますか」

 

左手を握り、行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

「璃玖さん。終わったよ」

 

用件が済んだので、建物から出て璃玖さんと連絡を取る。

 

『お疲れ様。どうだった?』

 

「ハズレかなー?それっぽい物は無くて、服と食料しか置いてなかったからただの倉庫だと思うよ」

 

『外した……。ごめん』

 

「無問題。もしかすると、敵を釣るための餌だったかもしれないから私としては好都合」

 

『何かしてきた?』

 

「まぁ、ちょっとした嫌がらせ?向こうで何か動きがあると嬉しいなーって位のを、ね」

 

『……探っておく』

 

「頼みますとも。ではでは、また何かあれば」

 

『ん。また』

 

一仕事終え、軽く腕を伸ばす。

 

「んっ……っと、その内しげさんには話しておかないといけないね」

 

白巳津川での騒ぎが起きた事になるので、明日には情報が耳に入ることだろう。けど、もう暫くは知らないままで犯人捜しを続けてもらう事にしよう。その方がしげさんも怪しまれないだろうし。

 

「何か甘い物食べたい気分だけど、冷蔵庫何かあったっけなぁ……。コンビニ寄ろっかな」

 

夜道を歩きながら湧いてきた食欲を解消するために考える。

 

……そう言えば、先輩に薬を渡したけど、本人から感想聞くのを忘れていた。女性陣から……特に香坂先輩からはちょくちょく聞かされてるけど。

 

「……アフターケアは大事だよね」

 

何となく結果が予想出来てしまったので、苦笑いをしてしまう。

 

「さてと、()()()()()()()()()連絡を送りましょうか」

 

璃玖さんと連絡を取っていたスマホとは別のを取り出し、メッセージを送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍誠様、ご報告がございます」

 

「何が起きた?」

 

予定に無いタイミングの報告に問題が起きたと察する。

 

「昨日、ダミーとして用意していた一カ所が何者かによる襲撃を受けました」

 

「情報を流してから、どの程度で襲われた」

 

「恐らく、五時間後かと」

 

「早いな……。九重家の仕業か?」

 

「現状はまだ判明しておりません。少なくとも、九重家の人間に目立った動きはありませんでした。浮島家も同様です」

 

「九重舞夜はどうだった」

 

「同刻、部屋に居たことは確認済みです。……一つ申し上げるとすれば、その日の夜に近くのコンビニへ出掛けていることかと」

 

「コンビニに?」

 

「はい。デザートを二つ程買っています。こちらはコンビニで捨てられていたレシートから確認済みです。その後は真っ直ぐ部屋へ帰宅しております」

 

「何が気になっている」

 

「コンビニへ出掛けた時間帯が、襲撃が起きた時間と近いこと……でしょうか。大きく見積もっても誤差は起きた一時間以内になります」

 

「……偶然か?」

 

「分かりません。監視していた者から送られてきた報告と映像を見る限りでは、ただコンビニへ立ち寄っただけでしたが……」

 

「なるほど……」

 

「一応、現場へ人を送って調べさせましたが、かなり荒らされており、物資を盗まれた形跡があった様です。裏口のカメラと部屋のカメラが破壊されておりましたので、裏口から入り込んだかと思われますが、部屋のカメラの記録には、ドアが開き、人影と思われるのが映った瞬間に破壊されております」

 

「カメラの破壊痕は」

 

「なにか大きな物で叩き潰したように粉々になっていたようです。散らばっている破片から見ても恐らく一回で」

 

「カメラの位置を把握していたという事か」

 

「それなりの手練れで、構造を知っている者となると……」

 

「浮島家か、あの街の人間の可能性が高くなりますが、雑な破壊の痕跡と物資が盗まれているのも考慮すると、後者の可能性が上がるかと」

 

「あのゴミ共なら、何をしてもおかしくは無いからな」

 

「当然、それらの一部の暴走か、他の勢力が工作した可能性も十分に考えられますので、充分に調べておきます」

 

「何か分かれば知らせろ」

 

「はい」

 

頭を下げ、報告をした男が去って行く。

 

「……あと数人、監視する対象を増やしておくべきか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いう感じの会話のやり取りがありましたね」

 

「やっぱりあれはハズレだったかー……」

 

後日、事前に一ノ瀬龍誠の場所に侵入してもらっていたハットリさんから、その後のやり取りを私の部屋で聞く。監視に怪しまれない様にベットでゴロゴロしながらスマホをいじっている。

 

「ですね。協力者のあの子はそれを掴んだようでしたね」

 

「まぁ、私としてはどっちでも良かったから特に裏は取らなかったんだけどねー。他には何か言ってた?」

 

「そうですねぇ……。その後、浮島家と少し電話でやり取りをされていたと思われる会話を聞いた程度でしょうか?」

 

「なるほどなるほどー……」

 

「お好みの内容が聞けましたか?」

 

「んー……予想通りってのが分かったから満足しているくらいかな」

 

「では、今後も今回と同じやり方という事で」

 

「うん、お願い。その内街に余計な賊が入ってきたりもすると思うからそっちも排除しつつ……もし人が配備されている場所を見つけたら教えて」

 

「畏まりました。何か入り次第また来ますよ」

 

「あ、おじいちゃん達にも連絡をお願いしまーす」

 

「はいはい、任せて下さい」

 

ベットから立ち上がり、夜風に当たるために窓を開けると、部屋の中から気配が消える。

 

「さてと、今の時間帯は……新海先輩の部屋には誰も居ない予定だし、ちょっと様子でも見ておこうかなぁ」

 

その内私も忙しくなるだろうし、今の内の出来ることはしておかないとね。

 

部屋に戻り、上から一枚羽織ってから玄関へ向かった。

 

 





ちょっと短め。

次は新海翔とのお話を書いて……一度アーティファクトでも集めようか……それとも……。



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第6話:一夜十起


夜遅く、先輩の部屋へ……。

今回は主人公視点と、新海翔視点をお届けいたします。




 

 

「お邪魔しますね」

 

夜も遅くなって来た時間帯、そろそろ寝る準備を始めようとしていた新海先輩のお部屋へと入る。

 

「それで、こんな時間に何かあったのか?」

 

いつも通りテーブルに向かい合い座ると、向こうから尋ねてくる。

 

「私がお渡しした例のやつ、使い心地はどうなのかなぁ……っと気になりまして」

 

「ああ……あれか」

 

私の質問に少し困った様に苦笑いをする。

 

「何かご不便でも?ご希望があれば可能な限り応えますが……?」

 

「いや、そういうわけじゃない。そういうわけじゃないんだが……」

 

「ないんだが……?」

 

「その……な、逆に元気が出過ぎて……色々と、な……?」

 

渡した張本人ではあるが、後輩の女子に自分の情事を話すのは流石に躊躇われるのか、濁す様に顔が引きつっている。

 

「ハッスルし過ぎてしまっていると?」

 

「端的に言えば……そうなるな」

 

「一回戦では治まらず、二回戦目に突入してしまうと?」

 

「くっ、そ、その通りだ……」

 

「自分の息子が元気過ぎて逆にお困りだと……!?」

 

「俺がオブラートに包んでいるのにグイグイ来るのやめてもらえません……?」

 

「おっと、これは失礼。つい好奇心が勝って……いえ、盛ってしまいました」

 

「それは俺への当てつけか?」

 

「いえいえ、そんなことありませんよ。私の好奇心如きが先輩の愛情に勝てるとはとてもとても……ふふ」

 

「今笑ったよな?故意犯だろ」

 

「ところで、今のを聞く限りではプラスしか無いと思いますが?何にお困りなのですか?」

 

「さらっと流したなおい……」

 

「まぁまぁ、それは置いといて。良ければ聞かせてもらえませんか?」

 

「……あー……、その、なんだ……」

 

言いにくそうに頭を掻く。

 

「えっと……な、俺が元気になった分、皆もそれに応えるように……なってしまって……」

 

耳を赤くしながら気まずそうに話す。いやー……ご馳走様です。可愛い反応ですなぁ……。

 

「……先輩、私が渡した薬、他の皆さんにも飲ませたのでしょう?」

 

「ああ……って、もしかして知ってたのか?」

 

「まぁ……飲んだ本人から直接ご感想は……」

 

「マジかよ……」

 

九條先輩以外の三人は既に一度服用済みだ。そのおかげで新海先輩との行為がいつも以上に良かったと……。

 

「私に合わせて作ってた物なので、もしかすると女性の方が相性合うのかもしれませんね……。詳しくは知りませんが」

 

天ちゃんからは『意識飛んだ。多分途中からラリッてたと思う』的な感想が。

 

香坂先輩からは『最ッッッ高の夜でしたっ!!次は翔さんと(ry』と長文の感想がつらつらと。

 

結城先輩からは『あなたのおかげで漫画と同じ体験が出来た。感謝するわ』と……。なんの漫画なのかは聞かないでおいた。

 

いやぁ~、お若いことで。

 

「なんか、すまん」

 

「気にしてないので大丈夫ですよ。寧ろ嬉々として聞いているのでご安心をっ!」

 

「変態かよ」

 

「そうですよ?」

 

「噓だろこいつ……堂々と開き直りやがった……」

 

「先輩。他の枝の私を思い返してみて下さい」

 

「流石にそんなことは……いや、思い返せば割とそうだったかもしれん……」

 

「そこは否定して欲しかったのですがっ!?」

 

「考えてみれば、割と天の枝ではそういう奴だと思っちまった」

 

「あー……それは確かに」

 

「せめて自分は否定しろよな」

 

「あれもそれも、今となっては良い思い出ですねぇ……」

 

「無理やり美化しようとすんな」

 

いえ、ほんとに懐かしい思い出ですよ?

 

「っと、話を戻しましょうか。先輩に合わせて皆さんもヒートアップしてしまっていると……?」

 

「……だな。九重から貰った薬のおかげで助かってるのだが、効果が出ている時と切れてる時の体の調子の落差が凄くてさ……」

 

「精神的に中々来ると……?」

 

「……ああ。多分通常に戻っているだけだとは思うんだが」

 

「なるほど……」

 

うーん、やっぱり精神面に影響が出始めてしまいましたか。使い始めはこの上がり下がりの幅に身体が驚いてしまってる感じでしょうね。

 

「折角持って来てもらったのにごめんな」

 

「いえ、体よりも心の方が大事なので当然です。私も予想はしていたのですが大丈夫だろうと軽視してました。こちらこそすみません」

 

「九重は悪くないだろ。俺が良い案がないかって相談したんだから」

 

「そうなると……服用は止めといた方が良いかもしれませんね」

 

「……やっぱりそうなるよな」

 

「いざという時に使うとかでしたら、燃え上がったりするので悪くないと思いますが……」

 

ぴく、と先輩が反応する。

 

「………」

 

「いつも以上に心に解放感を感じて、通常なら聞いて貰えないお願いを聞いて貰えるかもしれませんね」

 

「………」

 

「そうですねぇ……例えば、香坂先輩と結城先輩が猫のコスプレをして三人でプレイを―――」

 

「ストーーップ!!待て!いや待てっ!?それを誰から聞いたっ!!?」

 

「えっ?こうさk……さぁ、誰でしょう?」

 

「あー……いや、もう分かったわ。犯人は先輩か」

 

「おっ、名探偵ですねっ!」

 

「答え漏らしてたからなっ!つか、先輩!赤裸々に話し過ぎだろっ!?」

 

「良いじゃないですかぁ~、如何にも香坂先輩って感じで」

 

「まぁ……そうかもしれんが。今度注意しておかないと……」

 

因みに、新海先輩にこの話をしても良いと本人から了承済みだ。それを口実に次の時に新海先輩から攻めてもらえたら……ぐへへぇ。って感じである。中々の玄人だ。

 

「って、また話が脱線してしまいましたね。戻しましょう」

 

「俺としては、九重が皆から聞いてることを知りたい気持ちの方が強くなったわ……」

 

「あはは、それは後ほど時間でも作りましょうか!それで、服用を止めるとなると、回数を減らすなどになると思いますが……?」

 

「妥当な案だとそれが一番だよなぁ……」

 

「曜日か日を決めて、先輩の先輩を貯蓄する日にしましょうかっ」

 

「貯蓄とか言うんじゃない」

 

「では充電日?」

 

「同じだろ」

 

「それではセーブ日?チャージ日?横文字にすると普通に聞こえてしまいますね?あら不思議」

 

「不思議でも何でもないからな。てか、名前とか何でもいいだろ」

 

「ですね。それについては……私の方から話を付けましょうか?」

 

「流石に俺から皆に話すよ。全部九重にお願いするのも違うしな」

 

「了解です」

 

「ありがとな。気持ちだけ貰っとくよ」

 

「提案した本人としては責任ありますからねぇ……。ま、近況を聞けただけでも成果有りでしたが」

 

今度澪姉に会った時に話そっと。

 

「なら俺としても良かった。そっちは最近どうだ?天から忙しそうとは聞いているが……」

 

「私ですか?んー……まぁ、今後色々と忙しくなってきそうだなぁ……って感じですね」

 

「実家関連としか聞いてはいないけど、俺に手伝えることがあれば遠慮なく言ってくれ。協力する。力になれるか分からんけど……」

 

「ふふ、ありがとうございます。そんな卑下しなくても大丈夫です。寧ろ先輩が居ればイージーゲームになるレベルですよ?」

 

「オーバーロードか?」

 

「はい。イーリスが居ない今、先輩に敵う人なんてこの世界には存在しませんから」

 

「そう言われれば……そうかもしれんが……」

 

そうなんだよねぇ……先輩の力があればどんなことでも過去に戻ってやり直せる。……けど、あまり多用はして欲しくない。出来ればこのまま平穏な生活を謳歌してもらいたい。

 

「……ですが、一応注意するとすれば……」

 

「すれば?」

 

「近い内に、この街にあまり良くない輩が入って来るかもしれません。なので、不審な人を見かけたらあまり近づかない様にして下さいね?」

 

「良くない輩……?白巳津川にか?」

 

「もしかすると、ですので、頭の片隅に留めておく程度で大丈夫です」

 

先輩、正義感強いのでそう言った厄介事に首を突っ込みそうですし。

 

「……とりあえず分かった。もし見かけたら近づかない様にすれば良いのか?」

 

「それか、私まで連絡してください。すぐに対処しますので」

 

「なんか、中々面倒事が起きてるんだな……大丈夫か?」

 

何となく怪しい雰囲気を察したのか、心配そうに尋ねる。

 

「ほら、そうやって首を突っ込もうと……。安心してください。少なくとも先輩達の生活を脅かすような事は起こしませんから」

 

「そ……っか。九重がそう言うなら止めとく。でも、助けが必要なら何時でも言ってくれ」

 

あーもう。言った傍から……。でも、私が求めれば必ず助けようとするんでしょうね。先輩らしいと言ったらそこまでですが。

 

「ありがとうございます。もしその時が来たらお願いするかもしれません」

 

話が一段落着き、会話が途切れる。

 

「……そういえば、右腕の方の調子はどうだ?少しは治ったのか?」

 

「まだちょーっと時間がかかりそうですね。今少しずつ修復していってる段階です」

 

「利き腕がまともに使えないのって私生活の方は大丈夫か?一人暮らしだろ」

 

「左も問題無く使えるのでそこまで支障は無いですね。学校とかでは必要なら天ちゃんにお願いしたりしてますし」

 

「あいつなら好きなだけ扱き使ってくれ」

 

「では、お嫁に……」

 

「それは違う」

 

バッと立ち上がり、先輩に向けて土下座のポーズを取る。

 

「お兄さんっ!妹さんを嫁に下さいっ!!」

 

「……ならんっ。お前の様な奴に妹はやれん!」

 

おっ、乗って来た。

 

「では……!私が嫁に行きますので……っ!」

 

「執着がすげぇなおい」

 

「なら、九條先輩を……!」

 

「さりげなくグレードアップして来たなこいつ……」

 

「香坂先輩や結城先輩は……!?出来れば四人全員が……!」

 

「欲望出し過ぎだろ。少しは包み隠せ」

 

「こういう時、勢いが大事かなと思いまして」

 

「勢いでどうにか出来る範疇を越えてるからな?」

 

「ダメでしたか……次はもっと頑張らないと」

 

「次ってなんだよ。次って」

 

「とまぁ、こんな感じで問題無く過ごしてますよ」

 

「何が、とまぁなのか分からないが、問題無さそうなら安心した」

 

「お気遣いありがとうございます」

 

「別に大したことじゃないさ。それに、九重には色々と助けて貰ったからな。少しくらいは返しておかないとな」

 

「……さいですか」

 

助けて貰った恩返し……ですか。まぁ、先輩達からすればそうなりますもんね。

 

「さっきも言ったけど、それとは別に手を貸して欲しかったら気軽に言ってくれ。こっちなら俺も役に立てると思うし」

 

「ふふ、既に助かってますよ?私としてはこうやって先輩や皆さんと楽しくお喋りが出来てるだけで十分癒しになってますからっ」

 

「今の会話のどこにそんな要素が……?」

 

困惑したような表情の先輩が私を見る。

 

「全部ですかね?明日には忘れてしまう様な何気ない一時の日常が何よりも充実した日々だと。先輩が一番理解してると思いますよ?」

 

「そりゃ……そうだが。あまり重く考え過ぎな気もするが……」

 

「それもそうですね。そうでした。色々とあったので感傷的になっていたのかもしれませんね」

 

んんー……やっぱり少し引っ張られてるなぁ。気を付けないと……。

 

「ところで、先輩は先ほどのお話を皆さんにいつ話します?」

 

「ん?ああ……、遅くても明日の夜までにはタイミング見て切り出そうかと考えてはいる」

 

「直接会って?」

 

「いや、メッセージでそれぞれ個人に送ろうかと思ってるけど、何か気になることであるのか?」

 

「ああいえ、ただ確認したかっただけですのでお気になさらず。もし決まったら、良ければ私にも教えて下さいね」

 

「そのくらいなら別に。……まぁ、俺が言わなくても連絡は行きそうだけど」

 

「あはは、それもそうですね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なら俺としても良かった。そっちは最近どうだ?天から忙しそうとは聞いているが……」

 

俺の相談事が終わり、今度は九重の近況を聞いてみる。

 

「私ですか?んー……まぁ、今後色々と忙しくなってきそうだなぁ……って感じですね」

 

"色々"と、かなりふんわりした言い方をしているが、実家の方で何かあるのだろうか?

 

「実家関連としか聞いてはいないけど、俺に手伝えることがあれば遠慮なく言ってくれ。協力する。力になれるか分からんけど……」

 

九重の実力を考えれば、不要だとは思うけど。

 

「ふふ、ありがとうございます。そんな卑下しなくても大丈夫です。寧ろ先輩が居ればイージーゲームになるレベルですよ?」

 

そんなことを考えている俺に、優しく微笑みながら答える。

 

「オーバーロードか?」

 

「はい。イーリスが居ない今、先輩に敵う人なんてこの世界には存在しませんから」

 

「そう言われれば……そうかもしれんが……」

 

「……ですが、一応注意するとすれば……」

 

さっきまでの声とは違い、少し真面目そうに話し始める。

 

「すれば?」

 

「近い内に、この街にあまり良くない輩が入って来るかもしれません。なので、不審な人を見かけたらあまり近づかない様にして下さいね?」

 

「良くない輩……?白巳津川にか?」

 

九重から注意して欲しいと言う程の人が街へ……?さっきの実家の事が関係している……とかか?

 

「もしかすると、ですので、頭の片隅に留めておく程度で大丈夫です」

 

こちらに変な不安をさせたくない為か、あくまで軽く言っているが……。

 

「……とりあえず分かった。もし見かけたら近づかない様にすれば良いのか?」

 

「それか、私まで連絡してください。すぐに対処しますので」

 

対処って……。やっぱり厄介な人物、それも恐らく……九重やその実家の様な人なのだろう。

 

「なんか、中々面倒事が起きてるんだな……大丈夫か?」

 

余計な事かもしれないが、心配せずにはいられなかった。

 

「ほら、そうやって首を突っ込もうと……。安心してください。少なくとも先輩達の生活を脅かすような事は起こしませんから」

 

案の定、九重が困った様に注意をする。それに、俺達が巻き込まれない様にしているのだ。あまり強く出るのは良く無いのだろう。

 

「そ……っか。九重がそう言うなら止めとく。でも、助けが必要なら何時でも言ってくれ」

 

「ありがとうございます。もしその時が来たらお願いするかもしれません」

 

突き放す……とまでは行かなくても、社交辞令と取れるようにお礼を言う。

 

間違いなく、一般人の俺らには危ない事件。他の枝で希亜と三人で乗り込んだビルの件に近いか、それ以上かもしれない。

 

「……そういえば、右腕の方の調子はどうだ?少しは治ったのか?」

 

そんな時に利き腕を怪我している状態はまずいのでは……?

 

「まだちょーっと時間がかかりそうですね。今少しずつ修復していってる段階です」

 

気になって聞いて見たが、特に気にしてない様に話す。

 

「利き腕がまともに使えないのって私生活の方は大丈夫か?一人暮らしだろ」

 

「左も問題無く使えるのでそこまで支障は無いですね。学校とかでは必要なら天ちゃんにお願いしたりしてますし」

 

ま、確かに天からも手伝ってるって話は度々聞いている。

 

「あいつなら好きなだけ扱き使ってくれ」

 

「では、お嫁に……」

 

「それは違う」

 

急に何を言い出したかと思うと、素早く立ち上がり、真剣な表情で俺に土下座をしてきた。

 

「お兄さんっ!妹さんを嫁に下さいっ!!」

 

あー……なるほどね。いつもの悪ふざけか。

 

「……ならんっ。お前の様な奴に妹はやれん!」

 

取りあえず、そのボケに乗っておく。

 

「では……!私が嫁に行きますので……っ!」

 

「執着がすげぇなおい」

 

「なら、九條先輩を……!」

 

「さりげなくグレードアップして来たなこいつ……」

 

「香坂先輩や結城先輩は……!?出来れば四人全員が……!」

 

「欲望出し過ぎだろ。少しは包み隠せ」

 

「こういう時、勢いが大事かなと思いまして」

 

「勢いでどうにか出来る範疇を越えてるからな?」

 

「ダメでしたか……次はもっと頑張らないと」

 

「次ってなんだよ。次って」

 

「とまぁ、こんな感じで問題無く過ごしてますよ」

 

「何が、とまぁなのか分からないが、問題無さそうなら安心した」

 

若干、話を遠ざけられた気がしなくも無いが……。

 

「お気遣いありがとうございます」

 

「別に大したことじゃないさ。それに、九重には色々と助けて貰ったからな。少しくらいは返しておかないとな」

 

「……さいですか」

 

俺の言葉に、何とも言えない顔で返事をする。

 

「さっきも言ったけど、それとは別に手を貸して欲しかったら気軽に言ってくれ。こっちなら俺も役に立てると思うし」

 

「ふふ、既に助かってますよ?私としてはこうやって先輩や皆さんと楽しくお喋りが出来てるだけで十分癒しになってますからっ」

 

「今の会話のどこにそんな要素が……?」

 

「全部ですかね?明日には忘れてしまう様な何気ない一時の日常が何よりも充実した日々だと。先輩が一番理解してると思いますよ?」

 

笑いながらこちらを見ているその表情には、少なくとも冗談を含んでいる様には見えない。

 

「そりゃ……そうだが。あまり重く考え過ぎな気もするが……」

 

当然、俺も理解している。イーリスを無事倒したから……こうやって普通の毎日が過ごせている。

 

けど、九重が言うその言葉は……もっとなんて言うか、違う重みが含まれている様に聞こえる。

 

「それもそうですね。そうでした。色々とあったので感傷的になっていたのかもしれませんね」

 

納得するように、小さく頷く。

 

「ところで、先輩は先ほどのお話を皆さんにいつ話します?」

 

「ん?ああ……、遅くても明日の夜までにはタイミング見て切り出そうかと考えてはいる」

 

「直接会って?」

 

「いや、メッセージでそれぞれ個人に送ろうかと思ってるけど、何か気になることであるのか?」

 

「ああいえ、ただ確認したかっただけですのでお気になさらず。もし決まったら、良ければ私にも教えて下さいね」

 

「そのくらいなら別に。……まぁ、俺が言わなくても連絡は行きそうだけど」

 

何なら先輩が真っ先に言っても何らおかしくない。

 

「あはは、それもそうですね……」

 

九重も同じことが頭に浮かんだのか、苦笑していた。

 

それに、この機会に……皆に話したいことがあるしな。

 

 

 





次のお話は、翔とヒロイン達の話か……、主人公サイドの話のどちらかを先に書いて行こうかと思います。



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第7話:枝の記憶


ヒロインたちとのやり取りからどうぞ。




 

 

「今日は集まってくれてありがとう」

 

部屋の中でそれぞれ座っている皆を見て話を切り出す。

 

学校が終わり、外がオレンジ色に染まり始めていた頃、今後の事で一度皆で話がしたいと言って部屋まで来て貰った。

 

「みんなって言ってたけどさ、舞夜ちゃんが居ないから全員じゃなくね?」

 

俺のベットを陣取っている天が不思議そうに聞いてくる。

 

「いや、これで全員だ」

 

「彼女をここに呼んでいないのは、四人だけの問題?」

 

持参の漫画を読んでいる希亜が視線だけを向けて確認する。その隣で先輩が漫画を覗いていた。

 

「あー……それも関係はしているのはしている。今から詳しく話すよ」

 

「また、何かあったのかな」

 

希亜が持って来ている漫画の一巻を試し読みしていた都が、読んでいた漫画を閉じて姿勢を正しこちらを向く。それにつられ二人も漫画を閉じて俺へ体を向ける。

 

「まずは……そうだな。以前にも軽く言ってたけど、もう一度最初から話しておくよ」

 

自分の情報整理も含めて最初から話し始める。

 

「今の俺は、他の枝の記憶……それもイーリスを倒した後の枝の記憶を持っているのは話してると思う」

 

「ええ」

 

「あたしたちが持っている記憶より後のやつだよね?」

 

「そうなるな。ソフィからお願いで俺たちのその後を見届ける為に引き続き枝の観測をしていたらしい」

 

「その全部が、終わった後に……こちらの枝に来ているってことですよね?」

 

「はい、俺が作りだした枝の観測は全て完了したそうです」

 

「だけど、まだやり残したことがある……そういうこと?」

 

「ああ」

 

俺の返事に、それぞれが九重がここに居ない理由を察する。

 

「え、何?最後は舞夜ちゃん関連なの?」

 

「気になると言われれば……確かに気になりますよね。九重さん、凄く強いですし……」

 

「それ分かりますっ、あの体のどこにあんな動きが出来てるのは不思議ですよね~」

 

「それもあるっちゃある……が、それだけじゃない」

 

「……わざわざこの世界線に飛んできた理由があるようね」

 

「こっからは念のためメッセージでやり取りしよう。ちょっと待ってくれ……」

 

スマホを開き、グループを作って四人を誘う。

 

「グループで?普通に話せばいいじゃん」

 

「あまり、聞かれたくないからな。念には念を入れたい」

 

流石に無いとは思うが、九重がこの部屋の会話を聞いている可能性も考慮しておきたい。

 

「なんだか……イーリスと戦う前日、みたいですね」

 

「そんなこともありましたねぇ……あの時のみゃーこ先輩の手料理美味かったなぁ」

 

「ふふ、ありがと。また機会があったら作ろっか?」

 

「おなしゃすっ!」

 

天と都のやり取りを聞きながら画面に視線を落とす。

 

『皆入ったな?』

 

『はいりやした~』

 

『入ったよー』

 

『入りました』

 

三人は返事をし、希亜がスタンプで返信をする。

 

『多分、色々と驚くかもしれんが、取りあえず最後まで聞いて欲しい』

 

顔を上げて確認すると、皆が頷き返す。

 

それを見て、この枝の俺に記憶が引き継がれた理由を話した。

 

 

 

 

 

『それじゃあ何さ、舞夜ちゃんはフェスの日からアーティファクトや私たちの事を知っていたって言いたいの?』

 

『本当かはまだ分からん。けど、俺もその可能性は充分にあるって……感じている』

 

『詳しく聞かせて』

 

『その前に、都と天に聞いておきたいんだが、どんな経緯で九重と知り合ったんだ?』

 

『確か、何かのパーティーで初めて顔合わせをしたはずだよ。近い歳の知り合いを作るためにって聞いてたけど……。それから、そういった機会にはよくお喋りしてたくらいかな?』

 

『ナインボールには?』

 

『私がバイトを始めて少し経ってから見かけるようになった……かも?』

 

『天はどうだ?』

 

『あたしはー……教室で向こうから話しかけられたのが最初だね。席が一個後ろだったからさ』

 

『私と春風はフェスの後ね』

 

『そうですね。ナインボールや神社が主でしょうか……?』

 

『ナインボール?』

 

『もう一人の私が翔さんを誘惑した時です』

 

『……ああ、あの時。確かに九重が後ろから声を掛けて来ましたね』

 

……言われてみれば、あの時は九重に両肩を叩かれたおかげで気を持ち直したな……。

 

『思い返してみれば、九重が俺の肩を叩いて声を掛けてくれたおかげで持ち直せた気がしますね……』

 

『偶然かしら?』

 

偶然……にしてはタイミングが良すぎる。その後もすんなりと引き下がっていたし……。

 

「……あっ」

 

考えていると、天が何かを思い出したかのように声を上げる。

 

『何か分かったのか?』

 

『いや、春風先輩が神社って言ってたので思い出したのですが、あたしってあの日、ユーザーを探す為にアーティファクトを使って探りを入れてたと思いますが……』

 

ゴーストにバレた時のやつか。合流した時に既に九重も居たのは居たな。

 

『あたし、神社に行くって話したのにぃにとみゃーこ先輩しかいないはずだったのに、舞夜ちゃんも神社に来てたんだよね。しかも能力使っていたのにあっさり見つかったしさー』

 

『その後、ゴーストに見つかったんだよな?』

 

『だね。さっきの話を聞いて考えると、なんであの場所に来たんだろって思ってさ』

 

言われてみれば、あの場に九重が居た理由を聞きそびれていたな。希亜も含めて同時に複数のユーザーを見つけた事でそっちに考えが回っていた。

 

『天ちゃんの場所を知ってたってことかな?』

 

『ええー……何故に?』

 

それについては、九重が天に監視を付けていたとか何とでも言えるな。実際、九重ならそれが可能だ。

 

ま、そうなるとどうして天に監視を付けていたのかが不明になるけど。

 

『因みに、翔は舞夜と最初に会ったのはいつ頃?』

 

『確か、フェスの次の日に都をナインボールまで送る道中だったな。反対側から九重が歩いて来たのにバッタリって感じだ』

 

『反対側から?なんで?』

 

『分からん。普通に考えるなら学校に忘れ物したとかだと思うけど』

 

『けど、どの枝でも私たちと一緒にナインボール行ってるね』

 

都の枝ではアーティファクトを九重に見せたから参考人としてついでに連れて行った。希亜の枝では半ば強引だったけど……。

 

『ぶっちゃけた話、直接舞夜ちゃんに聞くのはNGなん?』

 

それが一番手っ取り早いのは分かる。

 

『彼女がそれらを話さないって事は、私達に秘密にしたいということ』

 

「ですよねー。なんか……こうやってコソコソしてるのって罪悪感が湧いてくる……」

 

『それは全員同じ。けど、それでもこうしてるのは翔なりに考えがあるのだと思うから』

 

『んで、そのにぃにの根拠はなんなのさ?』

 

『さっきの説明でも言ったが、地震があったフェスの日。あの時点で既にアーティファクトとの契約を解除する方法を知っていたってのがある』

 

『ソフィが知らない別の方法があって、たまたまできたんじゃない?』

 

『いや、この枝でイーリスがそのことを九重に言及してた場面をソフィが聞いている。アーティファクトとの契約が一度解除されたのは確実らしい』

 

『それに、九重がアンブロシアで仮死状態にして契約を解除することを知っている様な会話があったみたいだ』

 

『ソフィが気になっているのは、どうしてそれらを知っていたか……。そう言うこと?』

 

『みたいだな。……正直、そのことについてどう動こうか迷ってる。調べるべきか、このままでいるか……』

 

『皆は、どう思う?』

 

 

 

 

 

 

 

「ハットリさんが手に入れた情報では、あの建物だね」

 

白巳津川と隣の市の境、それも街中ではなく田舎寄りの人目に付きにくい場所にその建物はあった。

 

潜入しているハットリさんから送られてきた情報によると、今この瞬間、取引が行われているらしい。

 

「……ここからじゃしっかりとは見えないなぁ」

 

車が複数止まり、建物の電気も点いている。見張りと思われる人が入口で立っているのは確認出来た。

 

「只の倉庫ってなっているみたいだけど……ま、嘘だよね」

 

建物に近づいてざっと周囲から中を観察してみたけど、中に居ても10人程度だと思われる。

 

「退路は二ヶ所……そこを塞いでおかないと」

 

今回持って来ている銃を手に持ち、動き始めることにした。

 

まずは正面に立っている二人に気づかれない位置まで近づき、一気に距離を詰め、二人に能力をかける。

 

「―――ッ!?」

 

こちらに一切気づかないまま能力にかかったので、発砲音が聞こえない様に建物への音を遮断してから銃で顔面を数発撃ち抜く。

 

能力を解除し、その場に崩れ落ちる。弾を入れ替えてから建物を見る。

 

「次は中だね」

 

向こうに気付かれない様に中の様子を窺う。

 

「……いるねいるね」

 

倉庫内では、沢山の物資と思われる物が積まれており、何も置かれていない空けた場所で何やら話しているのが見える。

 

「今回はアタリっぽいね。良きかな良きかな」

 

入口に戻り、そのままドアを開けて中へ入る。

 

ドアが開いた音を聞いて、数人がこちらを向く。

 

「誰だっ!!」

 

仲間では無いと知り、即座に数人が銃を構える。

 

「どうも、一族の者です」

 

私の姿を見て、奥側に居た一人が目を見開く。うわ、関係者が居る感じかぁ……。多分一ノ瀬家の人かもね。

 

「どこの人間か知らんが、ここを知られたからには死んでもらうしかないな」

 

関係者と取引相手をしていたリーダー格っぽい男がこちらに銃を向ける。が、奥側の人はその場から撤退を始め、裏口のドアから逃げようとする。

 

「っ!?開かない……っ!?」

 

既に建物は能力を使っているので、ちっとやそっとじゃ開きませんよ。

 

「殺せ」

 

取引相手の逃げる様に異変を感じたのか、命令を下す。

 

何人かが銃を撃つが、発射された銃弾は届かず、目の前で静止する。

 

「……は?」

 

何が起きているのか理解出来ず、声を出す。

 

「このくらい撃たせれば、大丈夫かな?」

 

銃弾の正面から横に逸れてから能力を解き、今度は私の方から正面の人達に向けて全弾打ち尽くす。

 

「―――くっ!」

 

数人が咄嗟に横に避けたが、それ以外はその場に倒れ、血の海を作り始める。

 

「くそっ!!殺せっ!」

 

遮蔽物に隠れた数人がこちらに向けて撃ってくるが、それらを避けたり能力で止めたりして生きている残りを処理する。

 

「……ふぅ、さてと」

 

一番奥で恐れるような目で私を睨む男を見る。

 

「な、なんで……この場所が……っ」

 

「抵抗せず知っている情報を差し出してくれるのなら、楽に殺してあげますが……どうしますか?」

 

無駄だと分かっているけど、一応聞いてみる。

 

「くそっ……!!くそがぁっ!!」

 

自棄になったのか、力を使って私に攻撃を仕掛けてくる。その一撃を避け、その場で固定する。

 

「―――ッ!?―――!!」

 

「……この際、貴方には防御創が無い状態で死んでもらった方が信憑性が増しそうですね」

 

男の頭に一発だけ撃ちこみ、入口近くまで運んでから落とす。

 

「んー……こんなもんかな?」

 

倉庫内を見渡してから一息吐く。

 

「明日も学校があるし、さっさと帰らないとね」

 

新海先輩の方は皆とちゃんと話せたのだろうか?上手く纏まっていると良いけどねぇ。

 

能力を解き、周囲に人の気配が無いことを確認してからその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたもんかね……」

 

皆と話した結果、やっぱりと言うか、予想はしていたけど全員が無理に暴くのに対して反対という結論になった。特に天からは強い意志を感じた。

 

「まぁ……当然か」

 

九重が天にしたことを考えれば、知っているからなんだって話だもんな。

 

そこでその話は終わりになり、続けて次の話へと移った。

 

そっちの方は皆も賛成という事で、少し頻度を落とすことになった。

 

「………」

 

反対されると思って、皆には伏せていたが……ソフィが言っていた可能性。

 

『未来が視える……とかかしら?』

 

俗に言う超能力。未来視とかいうやつだろう。

 

人が聞けば馬鹿馬鹿しいと鼻で笑って聞き流すだろう。アーティファクトを知っている俺でも普通はそう思う。

 

「けどなぁ……」

 

少し、引っかかる言葉を思い出す。

 

「巫女……ねぇ」

 

希亜と一緒に九重の実家に行った時に女性の人が呟いた台詞。聞いた時は沙月ちゃんみたいな神社の巫女を想像していたけど、もしかすると……。

 

試しにネットで調べてみる。

 

「……まんまだな」

 

想像通りの情報を見つけ、そのまま読み進めていく。

 

「へぇ……昔は今より凄かったのか」

 

・巫女とは、古来は神に仕える女性を指し、神子(みこ)と呼ばれていた。

 

・日本舞踊の起源とも言われている神に奉納する歌舞、神楽舞を踊る人。

 

「神ねぇ」

 

俺達で言うソフィなのだろうか?

 

・神意をうかがい、神託を告げる者。神凪ともいわれる。

 

「……神託」

 

お告げってことだろう。

 

「巫女……神託……未来視……」

 

流石に考え過ぎか……。

 

「……けど」

 

俺が与一に負け、皆を失ったあの枝で、どうして九重は生きていた?

 

全部を終わらせる為に俺が動き出したあのタイミングであの場に居た?

 

その時に聞いた言葉も気になる。

 

『おや、遂にこの日が来てしまいましたか』

 

この日……これが何を指しているのか。

 

それだけじゃない。

 

『この、クソみたいな運命を変えるために、ですよ』

 

クソみたいな運命。それはこの先俺が何をしようとしていたのか知っている口ぶりだった。

 

他の枝での行動や言動も、察しが良いと思っていたが……。

 

「……はぁ、ドツボに嵌まりそうだなぁ」

 

考えれば考える程、そうとしか思えなくなる。この枝の行動も最初から疑問ではあった。

 

神社での異様な行動の速さ、その後の対応。九重の実家の協力もそうだ。

 

「やっぱり、そういうことなのか……?」

 

……一度、ソフィに相談してみるか?

 

「いや、止めとくか」

 

今回の件は別のソフィからの依頼とは言え、アーティファクト関係無いしな。

 

「……てか、そっちの方もそろそろ始めておかないと」

 

アーティファクトの回収も進めて行きたいし、今度予定でも立てとくか。

 

 





取引相手側の仲間割れで襲撃……に見えるといいなぁ。

-豆知識-
主人公はエイム力はそこまで高くは無い。しかも左手なので乱射。



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第8話:昔の方が美味しく感じたのは……これが思い出補正というやつなのでしょうか……?


アーティファクトの回収と、お昼ご飯を……ええ。




 

 

「んじゃ、そろそろ行くか」

 

「了解です。サクッと終わらせてしまいましょう!」

 

昼も近づいて来た頃、先輩と二人でマンションから出る。

 

休日の今日、私は新海先輩と出掛けていた。

 

 

 

 

「アーティファクトの回収を……私と、ですか?」

 

明後日の休日に、アーティファクトの回収をしたいと新海先輩からお願いが来た。

 

「そうなるが……時間、空いてそうか?」

 

「その時間帯でしたら問題はありませんが……他の皆さんは?」

 

「なんか、タイミング悪く四人とも合わないらしい」

 

「それはまた何とも……」

 

「別の日にしようとも考えたけど、九重が来てくれるなら安全と思ってな」

 

四人とも予定が合わないとは……これまた珍しいですね。他の枝ではこのようなことは無かったけど、やっぱり特殊な枝ということなんでしょうか?

 

「先輩としても、さっさと終わらせておきたい事ですしね」

 

「ああ。急ぐ必要は無いが、放って置くのも違うしな。俺の事情も少し落ち着いたからここらで進めておきたい」

 

「アーティファクトの場所は分かっているのですか?」

 

「それについては大丈夫だ。探知のアーティファクトを他の枝の俺が手に入れているから大体の場所は把握しているし、既に実績もある」

 

ふむふむ、既に探知のアーティファクトによる正しい認識はしているはずですし、他の枝で回収した記憶があるのでしたら問題は無さそうですね。一応、保険として私を同行させたい……くらいなのでしょう。

 

「それでしたら大丈夫ですね。万が一、他の枝と違って何か起きても私と先輩が居れば大抵の事は解決出来ると思いますし……」

 

「頼めるか?」

 

「それはもう、喜んでお供させてもらいますともっ」

 

「ありがとな」

 

「同じ仲間ですから当然のことです。あ、因みになのですが……帰るのは何時頃になりそうですか?可能なら、夜……21時までには家に戻っておきたくて……」

 

その日の夜は街はずれで色々とお掃除あるのであまり遅くまでとはならないと良いけど……。

 

「流石にそこまでには戻って来てるから安心してくれ。遅くとも夕方には帰ってるはずだ。……けど、一応早めに出掛けておくか?」

 

「んー……ですね。昼前に出発とかどうでしょう?」

 

「俺は全然平気。そっちに合わせる」

 

「では、昼前……11時過ぎにはメッセージを送りますので、準備をしててくださいね?」

 

 

 

とまぁ、こんな感じでアーティファクトの回収に来ている。

 

「まずはどちらに向かいますか?」

 

隣を歩いている先輩を見上げながら聞いてみる。

 

「取り敢えずは、電車で三駅隣の場所に向かうつもりだ」

 

「なるなる。今回のお相手は?」

 

「他の枝と同じなら……俺と同じ歳の女子だな」

 

「ほう、女性ですか」

 

「危険な物って説明したら嫌そうな顔をしつつもしぶしぶ手放してくれたし、割かし簡単な方だった」

 

「一応、破棄したのですね」

 

私が知っているのは九條先輩の枝の後日談に出て来た女性と、香坂先輩の枝のパーティーの女性程度ですが、話に出なかっただけで他にもあったという事なのでしょう。

 

「因みに、アンブロシアはお持ちで?」

 

「ちゃんと持って来ているから安心してくれ」

 

「交渉の方は……新海先輩がしますか?」

 

「まぁ……そうなるな。他では大体都に任せていたけど……何とかなるだろ」

 

「……私がしましょうか?初対面の男性とのお話はどうしても身構えてしまいますし、同性の私が交渉した方が警戒心は下がると思いますし」

 

「確かにそれはあるが……」

 

「楽に事を進めることが出来るのでしたら、そっちにした方が良いですし私は全然構いませんよ?」

 

「……任せても良いか?」

 

「はい、お任せください。となると、先輩が知っている範囲で良いので、他の枝の時の状況やその人の印象や性格とか教えてもらっても良いですか?先輩と同じ年齢の人ですよね?」

 

「ああ……と言っても大した情報はないぞ?」

 

「それで大丈夫です。傾向を知れるだけで充分ですので」

 

「交渉時に役に立つと……?」

 

「どうでしょう?話を進める際に使えれば良いなーって感じです」

 

口の端を持ち上げ、ニヤリと笑う。

 

「ま、気休め程度に考えていてくださいな、ふふ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、結構すんなりと行けましたね!」

 

無事何事もなくアンブロシアを飲んだのを確認し、俺たちは家から出た。

 

目的の家から出て、九重は座っていた体をほぐす様に腕を伸ばす。

 

「少し相手が可哀想な気がしなくも無いけどなぁ……」

 

「向こうから望んで破棄すると言ってくれたので何も問題はありませんって」

 

後ろを振り返り、さっきまでの出来事を思い返す。

 

話し合いは想像以上にスムーズに進んだ。まず九重は相手の母親の警戒心を解いた。

 

始めに道中で買った手土産の袋を渡し、今まで見た事無いような対応……近いのは、都みたいな上品な動きと言えば良いのかもしれない。

 

振る舞いや話し方一つ一つが風格……良い所のお嬢様って感じだった。

 

その後、母親を除いて目的の相手との交渉に移ったが、こちらも問題無く終えた。説明時に若干誇張した話で脅し気味ではあったが……。

 

「それにしても、九重ってあんな感じにも話せるんだな」

 

「あんな感じにと言いますと……?」

 

「さっきの母親との対応」

 

「それですか。一応、これでも実家は良いとこですし多少は修めてますよ?」

 

「そう言われると確かにそうなんだが、少し意外だったと思ってさ」

 

「ま、今の私にでしたらこのくらい朝飯前ですよ。どうですか?私の印象変わりましたか?尊敬の念が湧きましたか?」

 

ふふん、とドヤ顔で俺を見てくる。

 

「今の顔で湧かなくなったわ」

 

「ひどいっ!?こんな可愛らしい乙女の顔を見て……!」

 

驚いた表情と共に、よよよ……と泣いた振りをしている。

 

「はいはい、わかったわかった」

 

「うわー……そんな適当な対応をしていると、彼女さん達に嫌われますよ?」

 

「他にはしてないから安心し……いや、天にはしてるな」

 

「まぁ、天ちゃんとはそれがデフォルト運転ですし」

 

「それもそうだな」

 

「ですが、毎回同じ様にあしらってると、愛想を尽かされるかもしれませんよぉ~?」

 

口に手を当て、ニヤニヤと揶揄うように笑う。

 

「あいつが変なことを言わなければ俺としても普通に接する。つまり俺は悪くない」

 

「ありゃま。ま、天ちゃんなりのコミュニケーションですし、嫌がらず付き合って下さいね」

 

「向こう次第としか言えないな」

 

「と、言いつつも、なんやかんやで相手をする新海先輩なのであった……完」

 

しんみりとした表情を浮かべながら話す。

 

「勝手にナレーションを付け足すな」

 

「いやー!愛されてますなぁ!良きお兄ちゃんですねっ」

 

「んなことねーよ」

 

「では、愛しておられないと……?」

 

「………」

 

厄介な問いかけに口を閉じる。

 

「ふふふ、冗談です。今のは意地悪な質問でしたね。ツンデレな先輩には」

 

「誰がツンデレだ」

 

「さぁ?誰でしょうね……ふふ」

 

俺を揶揄いながらも楽しそうに笑う。

 

「それよりっ、この後どうする?」

 

九重の余裕のある態度に、少し調子が狂う感じがしたので話題を変える。

 

「んー……そうですねぇ。このまま解散は寂しいですし……、先輩が良ければ昼食とかどうですか?昼は少し過ぎてますけど」

 

「乗った」

 

九重の提案に快く乗る。丁度腹も減って来たしな。

 

「おっ、勢い良いですね。何か食べたい物とかありますか?和食とか洋食とか中華とか」

 

「これを食いたいってのは特には無いが……そっちは?」

 

「私ですか?んー特には無いですが……あ、いえ、あるっちゃありますね」

 

「何が食べたいんだ?」

 

「一応、中華になりますねっ。昔一度連れて行って貰った事があって……」

 

「中華か……普段あまりお店とか行かないしありだな。どこら辺?」

 

「帰る途中の駅で降りて……大体徒歩10分内のお店です」

 

「場所も近いし、それで決まりだな」

 

「了解です、では、案内しますね?」

 

「頼んだ。事前に予約とかしておいた方が良いのか?」

 

「あー……どうでしょう?多分大丈夫だとは思いますが、一応私の方で確認はしてみます」

 

そう言って駅へ向かいつつ、スマホを触る。

 

中華か……定番と言えば麻婆豆腐とチャーハンとかか?後は春巻きとか餃子、杏仁豆腐。

 

パッと思いついた食べ物を並べていく。

 

……考えていると、中華を食べる口になって来たな。

 

「先輩、お店の方は大丈夫でした」

 

何を食べようかと考えていると、九重が大丈夫だったと伝えて来た。

 

「サンキュー、これで安心だな。因みにそのお店ってどんなのがあるんだ?」

 

「えっと……大抵の料理でしたらあると思いますよ?前回私が食べたのは麻婆豆腐と肉と野菜の炒め物でしたが、ちょっと待って下さいね」

 

再びスマホを取り出す。

 

「他にもピータン?とか、ふかひれもありますね。あ、焼きそばとかもあるみたいです」

 

「料理名を聞いてると、腹減って来るな……」

 

「激しく同意です」

 

スマホをポケットに入れながらうんうんと頷く。

 

「私もお腹空いて来たので、急ぎましょう!」

 

楽しみにした顔で俺の前を歩く。

 

今日は俺に付き合ってもらったし、昼飯くらいなら奢っておこうかな……。

 

そんな事を考えつつ、九重の後を歩いた。

 

 

 

 

「先輩は何食べます?」

 

店員に案内され奥のソファー席に座ると、先に飲み物を注文し、テーブルに置かれていたメニュー表を俺に向けて広げてくる。

 

「あ、ああ……何にするか……」

 

九重の質問に、詰まるように返事をする。

 

今の俺は、来る前に奢ろうとか軽く考えていた自分を殴りたい気分だった……。

 

昼飯だしとあまり深く考えていなかったが、よくよく考えれば九重が勧めて来た店だった。

 

店内の装飾や雰囲気からして、決して安っぽいお店では無いと容易に想像が出来る。

 

今までの事を考えればもっと簡単に思いついたのに……俺は馬鹿か。

 

「新海先輩?」

 

一人で後悔していると、不思議そうに首を傾げて俺を見ていた。

 

「あ、いや……思ってたより高そうな店だと思ってさ、心配になった。財布的に……さ」

 

「心配ご無用です。食べ放題ですし、支払いの方は既に私が済ませております」

 

「食べ放題……なのか?」

 

「すみません、言ってなかったですね。なので料理の値段を気にする必要はありませんよ?」

 

「幾らだったんだ?出すよ」

 

「いえいえ、それには及びません。誘ったのは私ですし」

 

「そう言うわけには行かないだろ」

 

「いえっ!私の個人的な都合で出させて欲しいんです!」

 

「個人的な都合……?」

 

俺に奢る事が……か?

 

「まぁ……なんと言いますか、自分の成長的な物の確認と言いますか、自己肯定と言いますか……」

 

言葉が見つからないのか、恥ずかしそうに目を逸らしながら自分の髪の毛をくるくると弄る。

 

「自分の成長……?」

 

「さ、先に頼んでからで良いですか?食べながら話しましょうっ」

 

聞かれるのが恥ずかしいのか、若干あたふたした動きでメニュー表を見せてくる。

 

「ささっ、新海先輩は何を食べますかっ!」

 

若干誤魔化されているけど……聞くのは後でも大丈夫か。お金の方も……足りなかったら最悪何回かに分けて何とかしよう。少しダサいけど。

 

「そうだなぁ……折角だし色々と食べたい気持ちはあるけど、定番は外せないな」

 

ここまで来たら楽しまないと損だし、値段の事は一旦忘れよう。

 

「麻婆豆腐とか行きます?他にも小籠包とか春巻きもありますし……あ、この炒め物すっごく美味しかったですよ?」

 

「そっちは何頼むんだ?」

 

「私は……今回はこのXO醬?ってのにします。なんて読むんでしょう……?」

 

九重が指したのは前回食べたオイスターの方では無くその隣だった。

 

「じゃあ折角だし俺は九重の一押しを食べるか。あと餃子も」

 

「了解ですです、餃子は……水餃子と羽根つきとかですね」

 

「取り敢えず普通ので」

 

「はーい、私は小籠包でも食べてみましょうか。あ、あと麻婆豆腐ですね」

 

「そんなに頼んで平気か?」

 

「まぁ、大丈夫でしょう。先輩もいる事ですし!」

 

「自分の食べれる範囲でな?」

 

飲み物が届き、そのついでに注文を済ませる。

 

「では、無事回収も済んだことに、乾杯しましょう。お疲れ様ですっ」

 

「おう、そっちもお疲れ」

 

軽くグラスを鳴らし、一口飲む。

 

「働いた後の一杯は格別ですねぇ~。このために生きているって感じがします!」

 

「おっさんか」

 

「少なくとも体はうら若き乙女です」

 

「そこは心もって言うとこだろ……」

 

「女の精神年齢は高いので!」

 

正解なのかよく分からん返事を聞きながら、本題へ話を戻す。

 

「んで、さっきの続きだけど……聞いても良いか?」

 

「あー……やっぱり気になりますぅ?」

 

「そりゃな」

 

「そんな大した話じゃないですよ?それでも聞きますか……?」

 

「九重が良ければな」

 

「あくまで選択権を私に渡すとか……中々卑怯なやり方ですね。まぁいいですが」

 

少し困った様な表情を浮かべてこちらを見る。

 

「先輩は私の姉の事は覚えていますか?」

 

「九重のお姉さん……?」

 

「はい、澪姉って呼んでいますが」

 

「確か……他の枝で神社まで送ってくれた人か?黒髪の」

 

「イエス、その人です。以前……子供の頃にその澪姉とこのお店に一緒に来たことがあるんです」

 

「そうだったのか」

 

車を暴走族みたいに飛ばしてたあの人だよな……?

 

「その時は、澪姉がここを奢ってくれたんです。当時の私は人から奢られるとかご馳走になるとか考えていなかったので……その、結構衝撃的だったと言いますか……まぁ、ちょっとした尊敬と言いますか憧れと言いますか……」

 

「あーなるほど、同じことをしたかったというわけか」

 

「はい……そんな感じです。自分も誰かに奢れるくらいの人間になれたってのを実感したかっただけです。ただの自己満足ですが……」

 

何となく理解出来る。子供の時ってそういうカッコイイ姿に憧れたりする。

 

「……もしかして、他の枝でもよく奢ろうとするのって……?」

 

「あーいえ、確かにそう言ったのが無いとは言いませんが、皆さんに喜んで貰いたいのが第一です」

 

「なるほどねぇ……」

 

「後は思い出の食べ物を久しぶりに食べたいって感じですね。それを誰かと共有したかったってのもあります」

 

「その相手が俺が良かったのか?お姉さんと一緒に来た方が良かったんじゃ……?」

 

「いえいえ、他の人にも教えたかったので。澪姉とはまた別の日に来ますから大丈夫です。という事で!先輩は大人しく私に奢られて下さいな?」

 

「……はぁ、今の話を聞いて嫌とは言いにくいな」

 

「なら話した甲斐がありました。なので、ここは私が持ちますのでどうかお気になさらず楽しんでもらえると嬉しいです」

 

「分かった、お言葉に甘えて楽しませてもらうよ」

 

ここまで話されて流石に払うとか空気の読めない事は出来ないだろ……。

 

「男の俺としては若干微妙な気持ちだけどな……」

 

「と、言いますと?」

 

「ほら、一応年上だし世間一般的に言えば後輩には奢ってあげたいと言うか……」

 

「気持ちは分かりますが……それは男の方が稼いでいる、年上の方が経済的に優位と言う古い考えを世間が押し付けて来ているだけですよ。今は女性の方が稼いでいても変じゃありませんし……」

 

頭では分かってるんだけどなぁ……個人的な意地と言うか。

 

「それに先輩は学生ですし、まだ親御さんの庇護下に居ますからしょうがないですよ」

 

「それを言うなら九重も条件は一緒だろ?」

 

「……言われればそれもそうですね」

 

俺の言葉に納得するような顔をする。

 

「まぁ、私は別に気にしませんし、その分をお付き合いしている皆さんに使えば良いのでは?それに、年上と言うのであれば、精神限定で言えば私の方が先輩より上ですので!」

 

慰めてるのかよく分からない持論を持ち出されたが、妙に自信満々だった……。

 

 

 

 

 

 

「……流石に昼に食い過ぎたな」

 

昼に食べた中華だが、想像以上に美味しく、食べ放題ということもあってかつい調子に乗って頼み過ぎてしまった。

 

そのせいで既に夜だが、まだ腹の中に残っている感覚がするし、食欲も特に湧かない。

 

「九重に釣られて行けると思ったのが駄目だったか」

 

一緒に食べていた九重がまだいけると追加で幾つか頼んだのを見て、どうせなら俺も……と。

 

「今日の夕飯は無しでいっか……」

 

既に時刻は22時。今からだと腹が減ったとして夜中になるだろう。

 

「……あるとすれば、甘いものが食べたい気分だな」

 

食後のデザート。お店では限界だったから残念ながら食べれなかったが、今なら多少は入る。

 

「近くのコンビニに歩きがてら動けば消化もされるしな」

 

それに、食べれなかったデザートへの後悔が残っている。

 

「行くか」

 

出掛ける用に着替え、上から羽織り財布を持って外に出る。

 

「何買おうかね……」

 

そう言えば、デザートが食べれなかったことを店を出て嘆いている俺に、コンビニのスウィーツを勧めていたな。

 

『この前気になって買ってみたんですが、見た目よりくどく無く結構おいしかったのでお勧めですっ。確か期間限定だったのでその内無くなりますが、機会があれば買ってみてください』

 

「確か……フルーツ系だったか?」

 

今の状態にも悪くないし、買ってみるのも良いかもな。

 

買う物を決めつつ、一番近くのコンビニの入口を通った。

 

 

 

 

「……あほみたいに時間を使ってしまった」

 

手に持っているコンビニ袋を軽く持ち上げ、苦笑いをした。

 

九重が言っていたやつを買おうとコンビニに入ったが、お目当ての商品は品切れだった。

 

折角だしと次に近いコンビニを目指して歩きだした。良い運動にはなるだろう位の気持ちで……。

 

だが、人気の食べ物だったのか二店舗目にもその商品は無かった。

 

どうしようかと考えたが、運動ついでだしと次のコンビニへ向かった……が、またしても売り切れ。ここまで来ると、どんだけ美味しいのかと気になってしまう。ここらで諦めて後日にすればよかったのだが、ここで引き返したら負けた気がするので意地でも買おうと決めた。

 

なんやかんやで、なんとか五店舗目でお目当ての商品を手に入れることに成功したが、謎の達成感と疲労感が残った……。

 

「帰るか……」

 

コンビニ探している内に、いつもの生活圏から少し離れた場所まで来てしまっていた。一応帰り道は覚えているから問題は無いが……。

 

「にしても、暗いな……。街の中心から離れるとやっぱり街灯とか人気も減るもんだな」

 

少ししんみりした気分を味わいながら夜道を歩いて行く。

 

「―――ッ」

 

「……ん?」

 

静かな夜道の中に、わずかに人の声の様なものが聞こえた気がした。

 

立ち止まり、周囲を一度見渡したが人影すら見当たらない。

 

「気のせいか……」

 

そう思い歩き出す。

 

「――ッ!―――」

 

今度は少し離れた場所から走っている足音が微かに聞こえてくる。

 

「……?」

 

夜のランニングかと考えたが、徐々に近づいてくる足音を聞くと……慌てるようにドタドタと音が大きくなってきている。

 

「………」

 

少し嫌な予感がして身構える。

 

「――ソがッ!なんな―――!」

 

少しずつ男の焦る声が耳まで届いてくる。

 

聞こえてくる路地裏を警戒しつつ、街灯下まで下がるように距離を取る。

 

次第に走る音は俺が見ている正面の道に来る。

 

「くッはぁ……はぁ……っ!」

 

転がるように道端の資材らしき置物にぶつかりながらも暗闇から出て来た。

 

ぶつかった事で大きな音が鳴り響く。

 

目の前に出て来た男は、何かに恐れるように息を切らしながら顔を上げる。

 

「かっ、はぁ……っ、はぁ―――くそ、人に見られちまったか……いや、今はそれよりも……」

 

一度俺を見て直ぐに視線を外す。

 

「まだ俺を探しているはずだ、さっさと撒かねぇと―――」

 

誰かに追われている様な口振りで歩き出そうとした次の瞬間、男の動きが止まり、背後の暗闇から何かが光るように反射した。

 

暗闇から出て来た糸のように細いそれは、一瞬で男の体に巻き付く。

 

「―――ッ!?――ッ!!ッ!!」

 

自分の体に巻き付いた糸を解こうと掴むが、叶わず後ろから引っ張られるようにその場に倒れ込む。

 

「―――ッ!――――――」

 

地面に引きずられながらも、それから逃れるようにこちらに手を伸ばすが、そのまま裏路地へと引きずり込まれて行った。

 

「ッ……」

 

マズイことになったかもしれない。間違いなく事件の匂いがする。それも滅茶苦茶ヤバいパターンだ。

 

どうする……?逃げ出すか?それとも……。

 

逃げるにしても周囲には人気が無い。走って逃げれるか……?

 

どうするべきか考えていると、暗闇から人影が出て来た。               

 

「―――こんな所で夜のお散歩ですか?新海先輩?」

 





闇に飲まれて行く男に出くわす新海翔……恐怖しかない。

次は主人公視点からで行きます。


中華の料理名とか読み方とか確認しつつ書いてたらお腹空いて来た……。

真夜中ってのもたちが悪い……っ!



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第9話:始まりを告げる一歩


主人公視点から。新海翔と別れ、夜の用事を丁度済ませた所からどうぞ。

襲撃シーンは数十秒で終わったのでスキップしておきました。




 

「今回は……食後の運動にしては悪くは無かったかな?」

 

地面で倒れている複数の人間を見下ろしながら、日中に食べたご飯を思い出す。

 

先輩と食べた中華は美味しかったなぁ。久しぶりに食べたからか美味しさより懐かしさを強く感じたけど。

 

味は……多分美化されていたのかもしれない。

 

「こちら舞夜、殲滅し終えたよ」

 

耳に付けている無線で終了を告げる。

 

『ん、お疲れ様』

 

「それじゃあ、帰ろうかな」

 

部屋から出ようと踵を返した瞬間、さっきまで男たちが飲んでいたと思われるテーブルが視界に入った。

 

「……あれ?」

 

視界に映った光景に違和感を感じて立ち止まる。

 

「……五つ?」

 

部屋のテーブルに置かれている飲み物……アルコールだろう。コップの数は五つ。

 

「けど、四人しか居ない……」

 

しかし、地面で倒れている人数は四人。

 

「マジかー……ゴメン璃玖さん、一人足りない。逃げてるかも」

 

すぐさま無線相手へ連絡を入れる。

 

『了解、探してみるから渡したやつ、外で出してくれる?』

 

「ちょっと待ってね」

 

急いで外に出て屋根へ移り、渡されていたドローンをバックから取り出して置く。

 

「何時でもお願い」

 

『一分も掛かって無いからまだ近くに居るはずだし、直ぐに見つかると思う』

 

小さな音を立て、動き出したドローンがあっという間に夜の空へと消えていく。

 

「んー……多分、逃げるならこの方角だと思うけど……」

 

念の為、周囲の音と気配を探るが……すぐそばでは潜んではいない。

 

『見つけた』

 

「どこっ?」

 

自分でも探そうかと考えていると、璃玖さんから発見の連絡が入る。

 

『まやまやが見ている方角を進んだ先で走ってる。多分20代ぐらいの男』

 

「ありがとっ!」

 

言われた方角へ向かって取りあえず駆けだす。今なら直ぐに追いつける。

 

『あ、急いだ方が良いかも……逃げてる先の表通りを人が歩いてる。見られることは無いと思うけど』

 

「あちゃ、まじか。了解」

 

万が一も考えて能力も併用して夜の路地裏を駆け抜けていく。

 

『そこ、右に曲がって。そのまま真っ直ぐにいる』

 

言われるまま通路の角を右に曲がる。

 

『あー……不味いかも』

 

「どうしたの?」

 

璃玖さんが困った様な声を上げる。

 

『通行人が……何かに気付いて立ち止まった。しかも……その人、まやまやの知り合い』

 

「へっ!?ほんと!?誰っ!男?女?」

 

『男。新海翔』

 

「選りにも選って新海先輩かいっ!!?」

 

ある意味一番面倒な相手かも……いや、一番安全な相手でもあるけどさぁ……!なんでぇ……。

 

「っ……見えたっ」

 

路地を真っ直ぐ行ったところで男の背中を確認した。と同時にその奥の街灯下で立っている先輩の姿も確認出来た。

 

男は既に先輩へ姿を見せているが、口封じとかで襲う気配は無い。

 

そのまま能力で音を消しながら、新海先輩に見られない様に男の少し後ろで立ち止まる。

 

「くそ、人に見られちまったか……いや、今はそれよりも……、まだ俺を探しているはずだ、さっさと撒かねぇと―――」

 

口封じより逃走を優先するような言葉を聞きながら、背後から男を巻き上げて一先ずこちら側へ引きずり込む。

 

「―――ッ!?――ッ!!ッ!!」

 

声が聞こえない様に先輩とこちら側で音を遮断しつつそのまま裏路地へ連れて行き、男の首をへし折り息の根を止める。

 

「……さて、どうしたものかなぁ……?」

 

掴んでいた頭を離し、男の体が地面へ落ちる。

 

『どうする?』

 

「申し訳ないけど……後処理お願いしても大丈夫かな?」

 

『任せて。私の方で回収と片付けの連絡はしておくから』

 

「お願いします。私は先輩の対応で難しそうだから……」

 

『何かあれば連絡を送るから大丈夫』

 

「うん、それじゃあ」

 

璃玖さんとの連絡を切り、未だ街灯下でこちら側を警戒している先輩を見る。

 

……はぁ、なんでこんな時間にこんな場所で……。しかもタイミングの悪さ……。

 

新海先輩って、やっぱりそういう運命力的な物をお持ちなのかもしれないですね。流石は主人公と呼べる存在と称賛を送れば良いのだろうか?

 

「っと、いつまでも待たせる訳にはいかないよね」

 

ちょっとした現実逃避から戻り、姿を見せる前に身なりを確認しておく。

 

……うん、恰好は何回か見せてるから良いとして、血とか変なのは付いて無い。おっけ、問題無し!

 

見られても大丈夫と判断し、能力を解除して先輩の前に姿を現す。

 

「こんな所で夜のお散歩ですか?新海先輩?」

 

普段通りの冗談を少し交えながら、警戒している先輩へ声を掛けた。

 

「こ、九重……?」

 

「はい、その通りです。驚きましたか?」

 

出て来た相手が私だと知り、警戒から驚きへ表情を変える。

 

「な、なんで九重が……?」

 

「それは寧ろ、私が先輩に尋ねたいくらいですよ。どうしてこんな時間にここに居るのですか?普段ならこんな場所に足を運ぶことは無いと思いますが……」

 

「あ、いや……コンビニで買い物をしてて、な……」

 

そう言って手に持っているビニール袋をこちらに見せる。

 

「コンビニ……?それにわざわざ……?」

 

「甘いものが食べたい気分になってさ、今日九重が勧めてくれたやつがあっただろ?あれを買おうとして出掛けたんだが、近くのコンビニに売ってなくてな。色々と巡ってる内に……こんな場所まで来ちまっていた」

 

「私が勧めた……あのデザートの事ですか?」

 

「そうなる。フルーツ系のやつ」

 

「あ……ああ。そ、そう言う事でしたか……」

 

なるほど、それを探し求めてコンビニを転々と……。あれ?つまり……私のせい?

 

「わ、私が言ったせいで、先輩がコンビニ巡りをする羽目に……?」

 

「いや、別に九重のせいじゃないぞ。俺が途中で買おうと意地になってただけだ」

 

「ですが、私が変に勧めたせいであって……」

 

そのせいで先輩とここで出くわしてしまった結果になっている訳で……。

 

「だから違うって。それよりも、九重はなんでこんな時間に……?それに、その恰好……」

 

私の服装を見て、先輩の言葉が止まる。まぁ、私が何をしていたのか何となく察してるのだろう。

 

「あー……まぁ、街のお掃除的な事を少々……ですかねぇ?」

 

うん、もう少しまともな言い訳を言うべきだね。

 

「ま、街の掃除……そ、そうか……」

 

「新海先輩なら、私の事情を多少なりとも知っていると思いますので、察してもらえると助かります」

 

「つまりは、そう言う事なのか……?」

 

「そういうことです。なので、ここで見た事は他言無用でお願いしますね?」

 

「わ、分かった」

 

「ありがとうございます。取りあえず、ここで話してるのもなんですし、解散しましょうか?」

 

あまり長居は出来ないし。

 

「……そうだな。そうするよ」

 

何か聞きたそうな顔をしているが、ここに留まっているのは良くないと察して頷く。

 

「九重」

 

帰ろうと歩き出した先輩が、立ち止まってこちらを見る。

 

「どうかしましたか?」

 

「……もし、九重さえ良ければ……さっきの事、後で聞かせて貰っても良いか?」

 

先輩の発言に、嫌な予感がした。

 

「………」

 

少しの不安と、心配を混ぜたような表情で私を見ている。

 

「……いや、やっぱり忘れてくれ。何でもない」

 

私が無言で黙っているのを見て、先ほどの言葉を取り消す。

 

「いえ、待って下さい。このまま話さないのも良くないですし……少し、考えさせてください」

 

一旦、回答を濁す。

 

「良いのか……?」

 

予想外だったのか、驚きながらも聞き返す。

 

「……はい。後日、時間を作りますので……その時には答えを出しておきます。それでは、気を付けて帰って下さい」

 

「ああ、九重もな……」

 

新海先輩へ頭を下げ、裏路地へと去る。

 

先ほど殺した男を持ち上げ、璃玖さんへ通信を繋げる。

 

『終わったの?』

 

「取り敢えずは……かな?そっちはどうかな?」

 

『今、回収しに建物へ向かってるはず』

 

「了解、逃げた一人は私がそっちに持っていくから大丈夫って連絡入れて貰ってもいい?」

 

『ん、入れておく』

 

「あと、可能ならドローンで先輩が無事帰宅するのを見て欲しいんだけど……いけそう?」

 

『んー……街中で追うのは難しいけど、部屋に帰ったかくらいなら平気』

 

「よろしくお願いします」

 

『承った』

 

「ではでは、また後で」

 

通信を切り、静かにため息を吐く。

 

やっちゃったなぁ……ほんと。

 

先輩を巻き込まないとか言っておきながら……はぁ。どうしよ……。

 

あの表情……。絶対気になっているよね?これまでは気になってはいるけど、私が言った手前深入りは出来ない。そんな距離感だった。

 

けど、さっきの言葉でこちら側へ一歩踏み込んで来ていた。先輩側から私へ歩み寄って来た。

 

これはもう……、手遅れかもしれない。

 

ここで変に突き放すような真似をすれば、更に変な心配を掛けてしまう。そうなれば先輩は確実に動き出す。

 

オーバーロードを持っている先輩が一度知りたいと決めたら……誰にもそれを阻止することは出来ない。いつか必ず知られてしまう。

 

問題は、その事情を知る過程で何度も繰り返すかもしれないという点。

 

私が頑なに明かさない態度を取れば、先輩に苦労をさせる……無駄な手間を取らせてしまうだろう。

 

「なら……先に話した方が、スムーズに進む……よね?」

 

未だに迷いはある。話した方が今度の利点が多いのも事実だが……巻き込んでしまうのも事実。

 

「……この枝の私じゃなくて、他の枝なら……どうするのかな」

 

仰ぐように夜空を見上げ、もう一度ため息を吐いて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほい、お茶」

 

「どうもです」

 

テーブル越しに座って居る九重に飲み物を渡す。

 

先日の夜、運悪く遭遇してしまった事について話がしたいと、俺宛にメッセージが来ていた。

 

「よいしょ……。じゃあ、前の件……聞いても良いか?」

 

正面に腰を下ろし、申し訳なさそうな顔をしている九重に尋ねる。

 

「……はい。その前に、一つ謝らせて下さい」

 

「謝る……?」

 

「前に、先輩達を巻き込まないって言っておきながら……あのような失態を犯してしまったので。……本当にすみません」

 

そう言って俺に向かって頭を下げる。その表情は髪で隠れて見えないが、声から察するに九重からすればかなりのことらしい。

 

「いや、あれについてはそっちは悪くないだろ?俺が勝手に歩き回ってたんだから」

 

「いえ、私が一人取り逃がしていなければ先輩に遭遇することにならなかったわけですし……、変にデザートを勧めてしまった事がそもそも―――」

 

「待て待て、別に俺自体に何か遭ったわけではないし、問題は無かっただろ?」

 

「まぁ……それはそうですが……、先輩に見つかった事が大きな問題ってものありますが……」

 

「俺が見つけた事が何か問題なのか?」

 

「……まぁ、それなりに」

 

「まずはそれを聞かせてくれ。今日はそのつもりでここにいると思っている」

 

「……聞いたら後戻り出来ませんよ?」

 

「何となくそうだろうと覚悟はしているつもりだ」

 

「オーバーロードを使って戻るなら今の内ですよ?」

 

「使う気は無いから安心して良いぞ」

 

「……巻き込みたくないんですよ。折角の平穏を乱したくはないのです」

 

「……そっちがどうしてもって言うなら、考えるけど」

 

そこまでってことなら、こっちも迷惑になりたくはないが……。

 

「……いえ、多分無駄だと思いますので、大人しく話します」

 

諦めたようにため息を吐き、静かに話し始めた。

 

今、この街で起きている事。九重の実家が派閥争い……でいいのか?漫画とかでよく聞くいざこざが起きており、九重の故郷の人がそれに参加しているせいでその始末に追われているとのこと。

 

「そんな感じで、白巳津川周辺に私の故郷から嫌な人達が来てしまっているんです。そのせいで違法な物とかの流通も増えてしまい、その対処に忙しいって感じです」

 

「この前の男もってことか」

 

「はい。私の実家の争おうとしている一家に協力している組織の下っ端だと思います」

 

「なるほどな……」

 

だから俺に気を付けろって言っていた訳か。まぁ……今回のはどうしようも無かったんだけど。

 

「何となく、状況は分かった気がする。話してくれてありがとな」

 

「……いえ、どの道いつかは知られると思いますので。ところで……」

 

逸らしていた目を合わせてくる。

 

「先輩が知りたがっているのは、そういうことでは……無いですよね?」

 

寂しそうな目で俺を見る。

 

「……どういう意味だ」

 

「本当に知りたいのは、私の取り巻く現状ではなく……九重舞夜という人間について知りたい……違いますか?」

 

自嘲気味にほほ笑むその顔は、何か観念したような雰囲気を感じる。

 

「………」

 

その通りだ。

 

皆には反対されたが……あの日から、考えない様にしても気になってはいた。

 

今回のも、何か知ることが出来れば……程度の気持ちだったが。

 

「無言は肯定と受け取る……で良いんでしょうか?」

 

「……ああ、九重の言う通りだ」

 

素直に答える。簡単に気づかれるくらいには態度に出ていたのかもしれないな。

 

「……聞かせて貰っても良いですか?先輩が、何を知りたがっているのかを……」

 

「……分かった」

 

多分、九重にとってあまり聞かれたくない内容になるはずだ。今の声を聞いてるだけで分かる……が、ここまで来て今更聞かずにはいられない。

 

正直に話した。ソフィと相棒が話していた内容を。俺がこの枝に来た理由を……。

 

俺が話している間、九重は目を閉じてそれを静かに聞いていた。

 

「と、まぁ……そう言う理由でソフィに頼まれてまたこの枝に来たわけだが……」

 

「私の行動理由と……その正体を明かすってことですね」

 

「そんな感じだ」

 

「新海先輩は、どう考えているのですか?」

 

「どうって……」

 

「仮にソフィの推察が正しく、私が未来を視ることの出来た人だとしたら……どう思いますか?」

 

「マジかよ……って驚きはする。超能力が実在したのかって……いや、アーティファクトが実在しているからありえなくはないけど……」

 

「そうではないです。それを前提に考えた時……これまでの戦い、枝での出来事に関してです」

 

「……っ」

 

九重の言葉を聞いて、俺に何を言いたいのか理解した。

 

これまでの枝での出来事……。

 

「……解ったみたいですね。そうだとしたら、私はここに来るまで多くの可能性を捨てて来たことになりますよ?九條先輩を見捨て、天ちゃんを助けず、皆さんの石化を止めず、この街の悲劇を見過ごしたことになりますよ?」

 

「……あ、ああ」

 

この枝に来るまで……ゴーストや与一、イーリスを倒す為に犠牲になった枝の数々。何度もやり直した枝……。

 

「すまん……そうだな。そうだった」

 

九重の言葉に気付かされ、謝る。

 

「―――そんな人間だとしたら、どうしますか?」

 

俺に問われた言葉で顔を上げる。目の前にいる九重は……ただ小さく笑っている。

 

「……違うって、そうじゃないって……否定、しないのか?」

 

一言、その一言だけでこの話は終わりになる。けど、九重からその言葉は出てこない。

 

「……私にも、つきたくない嘘がありますので。それに、先輩ならその内辿り着いていましたから」

 

「本当……なのか?」

 

「……本当ですよ。事実は少し違いますが、方向性は当たっています」

 

全てが真実ではないが、間違ってもいない。そう認めた。

 

「そ、そうなのか……」

 

なんて返せば良いのか思いつかず、言葉に詰まる。

 

「さて、私の隠していた乙女の秘密が知られてしまいましたが……先輩はそれを知ってどうしますか?」

 

「ど、どうって……」

 

「私をどうするつもりなのか……と、思いまして」

 

「急に言われてもな……。別にそれを知ったからと言って九重に何かするつもりは無いぞ?……ただ、そうだな……」

 

「ただ?」

 

「何か困っていたり、抱えている九重の助けになりたい……今はそれくらいしか考えていないな」

 

今の自分の気持ちを正直に伝える。

 

「九重がそれを隠すのも当然だ。誰かに知られると危険だしな」

 

それでも、俺達にバレるかもしれないリスクを冒してまで助けてくれたはずだ。

 

「でも、俺達を助ける為に色々と裏で動いていてくれたんだろ?フェスの日より前から……」

 

「一応……はい」

 

「因みになんだが……いつからそうだったんだ?」

 

「……小さい頃からです。多分、五、六歳くらいかと……あまり鮮明には覚えていませんが」

 

「……そんなに前から」

 

ということは、その時から……。

 

「実家の方にはいつ頃に行ったんだ……?」

 

「えっと……自覚してから大体一年が過ぎた辺りだと思います。まぁ……実家に拾われてから暫くは忙しくてそのことを忘れていたんですけどね……あはは」

 

頬を掻くように苦笑する。

 

「それから数年……年齢的に小学校低学年程度でしょうか?その頃に自分が住んでいる白巳津川の事を知って思い出したって感じです」

 

「持って無いから分からないんだが……未来が視えるってそういうもんなのか?」

 

ふとした時に見える……そんなタイプなのだろうか?

 

「んー……まず前提が違いますが……まぁ、それは置いときましょう」

 

「分かった。……つまり、九重はその歳くらいから動いていた……で、良いのか?」

 

「そう言う事になるんでしょうかね?」

 

「因みに……俺の中での答え合わせをしたいんだが……幾つか質問しても良いか?」

 

「はい。答えられる範囲でしたら」

 

「前に都に聞いたんだが……九重と知り合ったのがなんかのパーティーで……って聞いてるんだが、それは狙ってだったのか?」

 

「……ああ、あの時の。そうですね、確かこの街のコロナグループとのパイプを持つために開かれたパーティーだったと思います。可愛かったですよ?九條先輩」

 

懐かしむように口元を緩ませる。

 

「それじゃあ……これまでの枝で、あちこちで俺達と会ってたりしたのも……」

 

「あー……それについては予定通りのもあれば、想定外や急遽変更したのもありまして……」

 

「想定外……?」

 

「はい……実は私もユーザーになるとは考えもしてなかったので……」

 

「へ?知らなかったってことなのか?」

 

「その通りです。ですので当初の予定よりかなり動きは変わってしまいました……」

 

「そ、そうだったのか……」

 

自分がユーザーになることは知らなかった……?あまり精度が良くないとかか?それとも自分のことは分からないとか?

 

「じゃあ最後に……、どこからどこまでを知っていたんだ?」

 

「………、全てですよ。先輩がこれまで歩んできた枝、全てです」

 

一瞬口を閉じたが……俺の質問に答えてくれた。

 

だけど、その声からは強い寂寥感が漂っていた。

 

「……ありがとな、答えてくれて」

 

「いえ、答えられる範囲での質問でしたので」

 

その言い方だと、答えられないのもあるって事だが……今で大丈夫な範囲だったのか。

 

九重が今までの枝を知っていたってことなら、気になっていた行動にも納得がいく。

 

それと同時に……当然の考えが頭を過ぎる。

 

九重……お前は、今までどんな思いで俺達と接していたんだ……?

 

オーバーロードを持っている俺だから分かる……いや、それ以上の辛さのはずだ。

 

俺は知らずに起きてしまった事を無かったことにしてやり直せる……が、起きるまではそれを知ることはない。

 

逆に目の前に居る九重は起きることが分かっている。けど、知ることは出来るが俺のようにやり直せることは出来ない。

 

俺がオーバーロードを使えるようになるとも分かっていたのなら……それまで何も出来ないもどかしさ、それこそ身を焦がすような気持ちだったはずだ。

 

「……ずっと、心の内に閉まっていたんだな」

 

「バレると厄介ですから。色々と」

 

「今はもう話して良かったのか?」

 

「はい。イーリスを倒した事で戦いは幕を下ろし、私の役目は終わりましたから」

 

少し目を細め、視線を落とす。

 

「私が知っている未来は、イーリスを倒し先輩が皆の枝へ帰って行ってからの後日談的な日々を送る……そこまでです」

 

まるで何かの物語を語るような口調で話す。

 

「そこから先は……」

 

俺の問いに静かに首を振る。

 

「本音を言いますと、先輩がいるこの枝すら私が知らない枝……いえ、私が変えてしまった枝になります」

 

「九重が変えた、枝……」

 

この枝で九重が変えた事となると―――。

 

「……もしかして、与一か?」

 

「ふふ、お見事です」

 

イーリスを倒す為にどうしても与一を殺し、確認する必要があった。当然犠牲にする事も視野に入れていた。

 

だが、直前で九重から助けれる可能性があると言って来た。

 

「ということは、やっぱり与一はあの戦いで死んでいたってことになるのか」

 

「そうですね、イーリスに乗っ取られた身体が耐えれずにそのまま……」

 

「……はっ?ってことは、九重の身体に移したのって、滅茶苦茶危険な行為だったのか?知っていて提案してきてたのか!?」

 

「あー……まぁ、上手いこと行きましたし、ここは一つ結果オーライという事で」

 

「確信は無かったってことだろ?」

 

()()()なら可能だと確信していました……よ?」

 

誤魔化す様に言葉を濁しつつ、目を逸らす。

 

……ま、実際成功していたんだから正解だったってことになるんだが。

 

「それと私が持ち込んでしまった実家関連、ですね。本来なら先輩達には関係のない事でしたが……」

 

「九重のせいじゃないんだろ?」

 

「放置していた面も確かにあったので、責任の一端は一応あるんですよ」

 

「だから、自分でそれを片付けると……?」

 

「はい、なので関係のない先輩を出来れば巻き込みたくは無かったんです」

 

……が、先日の件で知られてしまった、と。

 

「私のことも少し話しましたし、この際先輩に色々とお願い……託すのも悪くないのかなと思いまして」

 

「……託す?」

 

「他の枝でも起きる可能性は充分あるので、それらを阻止してもらうか……私に教えるかのどちらかをしてもらえれば良いな……と」

 

「なるほど、そういうことか」

 

「ですので、私から一つお誘い……ご提案があるのですが、聞いて貰えませんか?」

 

「ああ、聞かせてくれ」

 

少し意味深な言い方だが……。

 

「夏になり、長期の休みが来る頃に……私は少しの間里帰りをする為にこの街を離れようか考えています」

 

「夏休みにか?」

 

「ええ。場所は私の生まれ故郷になります」

 

「故郷って……何か用事でもあるのか?」

 

今の言葉をそのままの意味なら実家などの家族に顔を見せる……とかだろうが、九重は独り身のはず。それに、さっきの話を含めて考えると……。

 

「ちょっと、片付けておきたい用事がちらほらとありまして。先ほどの話の件です」

 

……やっぱりか。

 

「そこで、新海先輩も一緒にどうでしょうか?」

 

「へっ?俺も……?」

 

「はい」

 

「九重の……故郷に、か?」

 

「先輩に私のことを知ってもらうには、これが一番手っ取り早いかと考えまして」

 

「え、えっと……良いのか?俺が一緒でも……?」

 

俺に関わって欲しく無いから、てっきり……。

 

「目が届かない場所で動かれるよりも、傍で見ている方が安心出来ますから」

 

冗談を含んだ言葉で笑う。

 

「まるで小さい子供みたいな例えだな……」

 

「私の中で唯一、想定外になり得る存在は新海先輩一人ですから」

 

「そりゃどーも」

 

「ですので、この際手伝ってもらった方が気を回す必要がなくなるので。どうでしょうか?」

 

「どうでしょうかって、急にそんなこと言われてもなぁ……」

 

「大丈夫です。まだ一ヶ月程の猶予はありますので、じっくり考えてみてください」

 

「……だな。皆にも聞いてみないとな」

 

「あ、一応さっきまでの話は秘密でお願いしますね?必要なら私自身説明しますので」

 

「勿論分かってるから安心してくれ。多分、九重に話してもらうことになるとは思うけど……少し考えてみるよ」

 

「了解です。何かあればまた連絡をください」

 

 

 





なんか、ごちゃごちゃと書いてしまった感が……w

この辺りからようやく話が進んで行きます。


逃げていた一人はたまたま席を外していたので運良く……いや、運悪く、か……?



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第10話:こういう新しい気付きって、ボス戦前や修行編に出てくるもんなのでは……?


色んな視点が錯綜しちゃいます。10話目だから丁度良いかなぁっと。

それと先月の末辺りに急にアクセス数が伸びた日があって驚愕と困惑で疑心暗鬼になっておりますw

え、いや、え?って感じで、何かありました……?状態です。いえ、嬉しいのですが恐怖が勝ると言いますか……。

とまぁそんな感じです。




 

春も過ぎ、教室の窓に当たる雨粒の音の中、季節は梅雨へと移り変わっていた。

 

「よいしょ、これで教室の掃除は終わりかな」

 

ほうきで掃いたゴミをちり取りへ入れ、ゴミ箱の蓋を開ける。

 

「うへ、ゴミ箱一杯じゃん……」

 

開けたが……既に中身が満杯であり、このままちり取りのゴミを入れると零れ落ちそうだ。

 

「……しゃーないね、ついでに捨てますか」

 

一応、教室内なので担当の範疇と割り切って箱から袋を取り出して縛る。

 

「何、ゴミ捨て行くん?」

 

袋を縛って新しい袋を探していると、天ちゃんが声を掛けて来た。

 

「ん、だねー……新品のゴミ袋ってどこか分かる?」

 

「えっと、確かあそこの棚の下側に入ってると思うけど……」

 

教室の端側に設置されている白いキャビネットを指差す。

 

「んー……お、あったあった。ありがとー」

 

「どいたまー。袋の方は私がしておくから、舞夜ちゃんは捨てて来ておくれ」

 

「良いの?」

 

「いいっていいって、そんなに手間じゃないしね。と言っても外がこんなじゃ捨てに行くのも一苦労しそうだけど……」

 

二人で教室の外を見る。

 

「ま、私ならなんとかなるよ」

 

「何とかってきみ……もしかしてあれか?降り注ぐ雨を全て避けるとかっ?」

 

ワクワクと期待するような目をこちらに向ける。

 

「いやいや、流石にそんな人間離れした動きは出来ないよ。そもそもこの降り様じゃどう動いても体に当たっちゃうからね?」

 

「いやね?舞夜ちゃんなら実は……、みたいな展開があってもあたしゃ驚かないね」

 

「雨粒の数次第なら出来なくもないけど……んー……」

 

ぽつぽつ程度なら何とか行けなくも無いかな……?降ってくる雨を常に意識して動かないといけないから結構集中力使いそうだけど。

 

「いや行けるんかいっ!?」

 

「うそうそ。それじゃサクッと行って来るねー」

 

「傘持ってかないの?」

 

「多分大丈夫」

 

「了解、んじゃ気を付けて行きんしゃい」

 

袋を手に持って教室を出る。

 

「と言っても、収集場所は外だしなぁ……」

 

一度は外に出なければならないので結局は雨に晒される。梅雨の時期だから今日じゃなくても……って考えは通用しない。

 

そんな事を考えながら一番近い出入口から外に出る。

 

「……んんー……」

 

当然、外は雨模様。このまま出れば制服が濡れるけど……。

 

周囲を見渡し、人が居ない事を確認する。

 

「姿無し、気配無し……」

 

校舎の裏側なので基本人は見当たらない。雨だし外にも出ていないので、人目も気にしなくて良いだろう。

 

「よーし」

 

アーティファクトを使って雨に濡れるのを防げるか試してみる。イメージとしては雨粒が当たっても服が濡れない感じで。

 

降ってくる雨粒を止めるのも一瞬考えたが、範囲が広いし結局自分で避けないといけないのでこちらで行くことにした。

 

「……おおっ、やっぱり行けた行けた」

 

屋根の無い場所へ踏み出したが、降ってくる雨が身体や制服に当たっても変化が見られない。

 

「便利だなぁ……ってさっさと捨てよっと」

 

いそいそと急いで収集場所へゴミ袋を投げ込み元の場所へ戻る。

 

「うん、濡れてはないね」

 

能力を解除して服を触るが、若干湿っぽさはあっても濡れては無かった。

 

「アーティファクト様様だね」

 

と思っていたが、靴はそのままだったので中に戻る前に綺麗に汚れを落としてから入る。

 

さっきのやつ……別に雨粒本体にじゃなくてバリアみたいに一定の距離に能力を掛けるとか違った方法があったかも。

 

「そうなると、範囲外になった瞬間止まっていた雨が一気に降るのかな?」

 

というか、どうして服が濡れないんだろ……?別に雨を止めている訳じゃないし、粒自体は身体や服には当たってはいたし……。

 

今更冷静に考えてみるとちょっと変かも。私の能力って対象の『停止』のはず。服の停止ってなんだ……?雨が当たることによる濡れを停止……?うーん。

 

「あれ?そもそも止まってなくない……?」

 

アーティファクトの能力に掛けても解除したら直前のまま動くし、銃弾もそうだったし……。

 

「一時的な固定……?いや、変化を止めてる……?」

 

ちょっと待って、ここに来て自分のアーティファクトに疑念が生まれて来たぞ……?

 

「えぇ……」

 

これは後で検証してみる価値はあるかもしれない。

 

いやでも……まさかアーティファクトを掌握しているのに自分の能力を正確に把握していないとかありえる?無意識に使っていただけ?ポンコツ過ぎない?

 

「もしそうだとしたら今更感が……」

 

イーリスとの戦いは既に終わったので、仮に新しい使い方が出て来ても……って感じではある。

 

「……ま、いっか」

 

 

 

 

 

 

「ただいまっと」

 

「お邪魔します」

 

「雨、大丈夫だったか?」

 

「私は平気、少し肩が濡れた程度だから。翔こそ大丈夫?」

 

「あー……途中で水たまり踏み抜いたせいで右の靴の中がなぁ……」

 

「勢い良く突っ込んだもんね、早めに洗濯に出しておかないと」

 

「だな、先に脱いでおくわ」

 

靴を脱ぎ、濡れた靴下が床に付かない様に片足を上げて脱衣所まで歩いて行く。

 

「靴も乾かしておかないとな」

 

「先にそっち終わらせる?」

 

「いや、後でドライヤーとかでなんとかする。今は……新聞紙は無いから適当に紙でもいれておくよ」

 

「ん、分かった。一緒に乾燥剤とか入れると良いって聞いたことある」

 

「あのお菓子に入ってたりするやつか」

 

「そう、ホームセンターや100円ショップに売ってるから今後の為に買っておくのも手だと思う」

 

「なるほど。梅雨だしちょっと買っておくかぁ」

 

靴下を洗濯機へ放り込み、希亜にハンドタオルを渡す。

 

「ほい、必要なら使ってくれ」

 

「うん、ありがと」

 

自分も濡れた箇所を適当に拭きながら玄関の靴へ向かう。

 

「洗濯乾燥機があれば一番良いんだけど……」

 

「残念ながら家には置いて無いからなー。便利って聞くけど」

 

「凄く便利。かなり時間短縮になる。今の時期に必需品と言っても過言ではない」

 

「そんなにか。確かに部屋とかで干すと湿気とか臭いがって言うもんな」

 

「翔は浴室で?」

 

「今の時期はそうしてるな。換気扇がんがんに回してる」

 

あまり多くは干せないが、一人暮らしなのでそこまで不便には感じない。

 

「除湿機を部屋に置ければ室内でも簡単に出来るかもしれないけどなー……」

 

「除湿機も大事だけど、空気を循環させるのも重要ってネットで見た」

 

「あれか?風を送るやつか?」

 

「そう。サーキュレーター」

 

「良く知らないけど、ぶっちゃけ扇風機と何が違うんだ?」

 

「私も詳しくは分からないけど……部屋の空気を移動させるために直線的な風を送る……とか?あと、電気代も安かったと思う」

 

「扇風機は人に風を送るのが役目で、そっちは空気の循環が目的みたいな感じか」

 

「多分そんな感じ」

 

「ちょっと憧れるな、オシャレな感じで」

 

「凄く分かる。ワンランク上の人って感じがする」

 

新聞紙の代わりが見当たらなかったので、久しく使ってなかったキッチンペーパーを幾つか靴の中へ突っ込む。

 

「これで良しっと。それじゃ部屋に行くか」

 

「うん、お疲れ様」

 

立ち上がって歩き出すと、部屋までの短い距離ではあるが希亜が俺にくっついて後に続く。

 

「体冷えてないか?」

 

「大丈夫。今翔で暖を取ってるから」

 

「暖の温度は如何ですか?」

 

「んー……もうちょっと高い方が良いかも」

 

まさかのダメ出しである。

 

「んじゃ布団で暖まるか」

 

「賛成」

 

部屋に入り、ベットに座って布団を肩に掛ける。

 

希亜は俺がベットに座ると股の間に収まるように体を預けてくる。それを後ろから抱きしめるように手を回す。

 

「少し、冷えてるな……」

 

「その分翔の熱を感じれるからプラマイゼロ」

 

「ならもっと暖めないとな」

 

希亜が暖まるように更に体を密着させる。

 

「あ、そう言えば……」

 

「ん?」

 

「何か話があるんじゃ……?」

 

「あ、ああ……」

 

「雰囲気壊してごめんね?でもこのままだと、イチャイチャして切り出しづらくなりそうだったから……」

 

「いや、確かにそうなりそうだった。助かる」

 

「それで?私に相談?」

 

さっきとは違い、少し真面目な声で後ろの俺に顔を向ける。が、体勢を変えるつもりは無いらしい。

 

「相談と言うか……話と言うか……」

 

どう切り出そうか少し迷うな。

 

「……舞夜のこと?」

 

何から話そうか考えていると、希亜の方から切り出して来た。

 

「まぁ、そうなるな……ってか、よく分かったな」

 

「ここ最近、翔の様子が気になっていた。どこか考え事をしているというか……悩んでいる。候補に浮かび上がるのはそれくらいだから。……なにか彼女と進展があったの?」

 

「進展かどうかわからないが……あったって言えばあった。すまん、無しって話を皆で決めていたのに」

 

「それについては特に責めるつもりはないから安心して」

 

「それと、九重と話した内容についても詳しくは話せない……ごめん」

 

「気にしないで。翔が話せる範囲で良いから聞かせて?」

 

少し心配そうに俺を見つめる。

 

「少し前に、あいつの……九重の秘密を、聞いた」

 

「彼女の……秘密」

 

「ああ、内容については……皆と話したのと近い内容だ」

 

「なるほどね……」

 

俺の話を聞き、考えるように目を閉じる。

 

「……それで、翔はどうしたいの?」

 

「俺が……か?」

 

「どうにかしたい……助けたい、違う?」

 

「かも、しれないな」

 

「翔がそう決めたなら、私は反対はしない」

 

「良いのか……?」

 

「そもそも、翔がこの枝に再び戻って来た理由は、今の件をどうにかする為になのでしょ?何もおかしい事はない」

 

見上げていた顔を正面に向け、俺に体重を預けるように体の力を抜いて話始める。

 

「二人の間でどんな話があったかは分からない……けど、話せないって事は彼女にとって重要なことくらいは容易に想像出来る。だから私はそれを強く言及する気は無い。舞夜も、翔だからこそ正直に話したんだと思う」

 

「………」

 

「翔は、どうする気?」

 

もう一度、問いかけられる。

 

「……それについてなんだが、実は九重から提案があるんだ」

 

「提案?」

 

「自分の生まれた故郷に、来て欲しいって言われる」

 

「彼女の……故郷に。翔を?」

 

「ああ、どうしてかは俺にもよく分からない。けど、何かを俺に知って欲しい……そんな気がする」

 

「……いつ頃行くの?」

 

「日程はハッキリとは決まってはいないが、多分夏休み中だとは思う」

 

「その故郷の場所は聞いてる?」

 

「いや、実はまだ詳しく聞いてないんだ。ただ、九重が言うには結構危険な場所だとか……」

 

「危険な場所?もしかして海外とか?」

 

「それは無いと思う。口ぶりからして日本のはずだ」

 

「……彼女自身の背景を考えれば、あまり良い所じゃないのかも」

 

「だろうな、俺もそう考えてる」

 

「それでも、そう言うって事は……翔の言う通り、翔に何かを伝えたいはず。なら、私達も一緒に行くのは流石に無粋ね」

 

「すまん……。正直、全くと言っていい位に説明も出来てない。そんな中納得してくれって言うのはかなり苦しいとは思うんだが……」

 

「今の話、話したのは私だけ?」

 

「ん?ああ……そうだな。最初に希亜に話すのが良いかと思ってさ」

 

「……なるほど、他の皆への説得に協力してほしいのね」

 

「ぅぐ、ま、まぁ……そういう思惑が無かったとは言わないけどさ。一番希亜の説得が上手く行くと思ったんだ」

 

「別にそれで怒ったりしない。寧ろ嬉しいくらい」

 

「そ、そっか」

 

「私としては問題無い。翔が向こうに集中出来る様にこっちはなんとかしておくから、翔は翔の思うままに動いて」

 

力の籠った、頼もしい返事が来る。

 

「ありがとう、助かる」

 

「……一応、言っておくけど」

 

「ん?」

 

「五人までだから。これ以上は増やさないでほしい」

 

少し拗ねるような、恥ずかしがるような声で呟く。

 

「ふや……?い、いやっ!そんなつもりは無いからなっ!?」

 

言葉の意味を理解し、慌てて否定する。

 

突然何言ってんの希亜さんっ!?

 

「舞夜なら、私は受け入れても良いと思うけど?」

 

「いやいやいやっ!倫理観バグって来てないか!?」

 

「今更翔がそれを言う?」

 

「ぐっ……」

 

いや、それを言われたら何も言い返せないんだが……!

 

「か、仮に、希亜が良くても他の皆が駄目って言うだろっ?」

 

「舞夜なら同じヴァルハラ・ソサイエティのメンバーでイーリスと戦った仲間だし、反対はしないと思うけど?」

 

「そ、そうかぁ……?」

 

普通に反対してもおかしく……いや、天は反対しないと思う。春風もなんやかんやで嬉しそうに受け入れそうだし……くそっ!まともな感性は都しかいねぇっ!

 

「後は翔次第だと思う」

 

「い、いやぁ……って、今はそう言う話じゃなくてだな?」

 

なんだか良くない方向に行きそうなので、話を戻す。

 

「……そうね。他に話しておきたいことはある?」

 

「さっきの九重の故郷に行くって話、多分何日かはここを離れることになると思う」

 

「帰省……みたいなものだと考えとくとして……取り敢えずは分かった。詳しく決まったらまた聞かせて?」

 

「了解。一応九重からも説明する機会はあると思うし、何かあれば連絡する」

 

「ん。……それじゃあ、話は終わったのだけど……この後、時間空いてる?」

 

話し合いが終わり、期待する目で見上げてくる。

 

「ああ、空いてるよ」

 

そう言うと、甘えるように体を密着させる。

 

「……雨で少し冷えてるから、翔と二人で暖まりたいかなって」

 

くるりと振り向き、正面からくっ付いてくる。

 

「翔も、どう……?」

 

明らかに誘う様な上目遣いで俺を見つめて来た。分かってる、これは俺の理性を崩壊させる為に手段だってことは。

 

しかし、その誘惑に抗わずに希亜の身体を抱きしめる。

 

「わぷっ……ふふ、嬉しい」

 

俺が乗ってきたことに微笑みながらも抵抗せずに両手を背中に回した。

 

これからの期待と緊張で毎度毎度心臓の音が高鳴るが、部屋の窓に当たる雨音がそれを消してくれると信じて本能に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

一ノ瀬家のとある建物。その中で執務室とも呼べる個室に一人の男が報告を聞いていた。

 

「現在、複数回起きている襲撃と衝突によって想定外の出費と販路の遅れが生じております。更に、向こう側の人間を招集するにあたっての選定に時間が掛かり、こちらにも遅れが」

 

「他の動きはどうなっている」

 

「九重家の方は一部動きが見られますが、街へ規制を強化している程度です。九重舞夜に関しても未だそれらしい動きは見せておりません」

 

「裏切り者の件は」

 

「そちらについては、未だ尻尾すら掴めておらず……」

 

「目を送っていただろう?」

 

「はい、人やカメラなどでの監視をしておりましたが、犯行が起きたと予測される時間になると連絡が途絶え、機械の方も通信が切れておりました」

 

「前者はまだしも、カメラまで……?乗っ取りか?」

 

「分かりません。ですが、一定の範囲での機器全てが一斉に同じ状態になっていることを考えると、通信の妨害工作にあった可能性が高いかと……」

 

「ふん、そう上手く尻尾は掴ませないようだな」

 

「申し訳ございません。引き続き捜査は続けております」

 

「計画への影響は」

 

「販路の遅れで物資の数にズレがありますが、予定までには何とか遅れを取り戻すよう調整をしております」

 

「最悪、多少のズレは目を瞑ってでも良いから開始は予定通りで進めろ。それと浮島家からも人を引っ張り出せと伝えておけ。向こうも計画に影響が出るのは嫌がるはずだ」

 

「畏まりました。ではその様にお伝えしておきます」

 

報告を終え、室内を出ていく。

 

「何、今更気づいたとしても、もはや手遅れと言うものだ」

 

座っている椅子の背もたれに身体を預け、静かに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「報告いたします」

 

九重家にある和室の一室で、不破壮六による報告が上がる。

 

「待て、一人足りておらんじゃろ」

 

始めようとした矢先、九重宗一郎が未だに空の座布団を見る。

 

「澪様は、その……現在出掛けられていると先ほど連絡が……」

 

「なんじゃと!?あの小娘め!勝手に抜け出しよって!それでっ!なんと言っておった?」

 

「それが……『舞夜とお出掛けするから、私抜きで進めておいて』との……」

 

「戯けがっ!!何勝手に抜け駆けしておるんじゃ!」

 

怒りのあまりに立ち上がり、部屋を出ようとする。

 

「どこに行くつもりですか!?」

 

「決まっておる!あの馬鹿垂れを連れ戻しにじゃ!」

 

「いけません、今は過度な接触は向こうに疑われてしまいます」

 

「澪も同じじゃろうが」

 

「いえ、澪様と定期的に舞夜様と出掛けていますので、不自然には見えないかと。しかし、今宗一郎様が行かれると……」

 

「……あやつめ、こうなると分かっていてすっぽかしたな」

 

大きく舌打ちをし、納得出来ない様子で元居た位置に座り直す。

 

「状況は?」

 

「現状、舞夜様が単独で動かれた結果、相手側の一部に乱れが発生しております」

 

「確か偽装工作も行っておったな」

 

「はい、そのおかげで一ノ瀬家でも内通者や裏切りの可能性を探っている様です。ですが、そのため自分の周辺を手駒だけでかなり固めているようです」

 

「ふん、精々疑心暗鬼に陥ってるといいわい」

 

「それと、こちらからも街への境界線や搬送経路に人を置いたことで多少の行動は制限出来ているかと」

 

「決して阻止はせずに、生かさず殺さずの状態を保っておれ」

 

「心得ています。舞夜様が動かれる夏までは泳がしておきます」

 

「刈り取りのタイミングを間違えるなよ」

 

「人員と配置は既に確保出来ていますので、後は時間を待つのみになりますのでご安心を」

 

「うむ。後は舞夜が動くのを待つのみか……」

 

「そうですね、ご自身であの街へ赴くと仰っていましたから。それも同伴付きで」

 

「新海翔か」

 

「正直に言えば、彼を連れて行くとは思いませんでした」

 

「だろうな。本来なら一番選択肢から排除すべき人間のはずじゃ」

 

「ですが、敢えて今回彼を供にするという事は……」

 

「……かもしれんな。あの子も前に進む決心がついたのか、それとも全てを終わらせるつもりか」

 

「他の世界へこの事を伝える為……と話しておりましたが」

 

「それだけのために連れて行くわけが無かろうが。それならやり方は幾らでもある」

 

「……ですね」

 

「今回の選択は、今のあの子だからこそだと思うが……。ワシとしては、未来を望んでほしいものじゃな」

 

「そうなりますと、彼を認めることになりますよ?」

 

「ふん、認める気など毛頭ないわっ。舞夜の隣に立つと言うなら少なくとも守れるだけの力を持ってないと論外じゃ」

 

「今の舞夜様に勝るなど……世界に何人いるやら」

 

「何、別にワシはあの小僧に力など期待しておらん」

 

「と、言いますと?」

 

「ワシが強者と認める何かがあれば良いのじゃ。一つでもな」

 

くくっ、と獰猛な表情で笑う。

 

「それはなんとも……厳しいことで」

 

「可愛い弟子を任せるにはこのくらいが丁度よい」

 

無理難題を言う宗一郎の言葉に対して、壮六が捻りだしたのは苦笑いだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「案外、アーティファクトって想像と発想次第なのかも……」

 

学校から帰り、一人部屋の中でポツリと呟いた。

 

ゴミ捨て時の件を家に帰って検証してみたけど、このアーティファクトの能力……『対象の停止』で間違っては無かった。ただ、使う幅が増えたと言えば良いのだろうか?

 

停止だから動きを止める……そんな風に認識していたけど、『今の状態を維持するための停止』とでも言えば良いのだろうか?深く考えずに使っていたけど、『変化を停止させる』そういう感じでも使用可能と知れた。

 

いや、普通にやってたけどさ。もうちょっと応用が利くようになった感じ?便利になったと言っておく。

 

例えば、物が動いた際に『初速』から始まり『最高速』に達して後は徐々に『減速』して動きを止める。その一連の流れに干渉が出来る。

 

初速の時点で能力を使えば、速度が変わらず初速のままだし、最高速で能力を掛ければ最高速のままだった。

 

まぁ、だから何だって言う話なんだけどね。新しい発見をして自己満足しただけって感じ。

 

結局停止させることには変わりないんだけど。

 

「ということは、やっぱり私のアーティファクトの能力は『停止』と……」

 

正直な所、ちょーっとだけ期待してしまった。実は違うのでは……?と。

 

ソフィが言うにはアーティファクトは素質がある人間を選ぶ。能力に見合った人間の元に移動する性質を持つと。

 

結城先輩や九條先輩の例が顕著だろう。

 

つまり、私の元にこの能力が来たって事は……つまり、そういうことだろうね。

 

「ふふ、確かにその通りかも」

 

記憶の中にあるゲームでの日常、その時間がずっと続けば良いと願う気持ちや、フェスの日……アーティファクトでの事件が始まって欲しく無いと言う我が儘。

 

「結局、私はあの時から変われていない。そう言いたいのかもね」

 

おじいちゃんに拾われてから、沢山知り、幾分か体も成長した。

 

「ま、人間そう簡単に変わらないって偉い人も言っていたし、その通りなんだけど」

 

でも逆に、少しの切っ掛けで変われることも知っている。

 

「私を知って……何か変わるのかしらね」

 

きっと、新海翔という一人の人間に……僅かな何かを期待してしまっている。そう思ってしまう位には彼を見て来たから。

 

煤けた記憶。灰色のあの街を見て、知って……先輩は何を成すのか。私を―――。

 

「ふふ、それこそ、神のみぞ知るってことなのかな?」

 

小さく呟いたその声は、雨音に吸い込まれて消えていった。

 

 

 





どうでも良い余談ですが、主人公の好きなタイプ(面倒事を避けるための口実)はおじいちゃんの言葉を参考にしていたりいなかったり……。

アーティファクトの能力については書いたけど大して変化はありません。無くても強いですし……はい。



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第11話:夏の始まり


主人公と浮島七瀬の密会からどうぞ。

遂に夏が到来します。




 

 

「璃玖さんが居ないけど、始めても大丈夫?」

 

時計の短針が真上を指している夜遅く、電気の点いていない一室で声が静かに響く。

 

「あなたが大丈夫と判断したら始めて」

 

「それじゃあ、第五回……いや正確には六回かな?会議を始めまーす」

 

今日、浮島家の用事で九重家まで来ていた七瀬さんが、一泊まるために取っていた部屋に忍び込み、最後の状況確認を行う事にした。

 

「まずは私の方から言っておくわ」

 

和室に置かれている円状のテーブルを囲うように座り、その上にめんどくさそうに頬杖をついて話し出す。

 

「今の所、まずまずって感じ。一ノ瀬家に多少連れて行かれたけど、全員無関係な人間を出してやったわ」

 

「へぇー、よく捌けたね」

 

「簡単よ、母に『大切な戦力をみすみす死地へ向かわせるのではなく、楯突く人らを送りましょう』って感じで話したら返事二つで頷いたわ」

 

「流石。傀儡のやり方を心得てるね」

 

「こんなの誘導にも入らないわよ。二十年近くあの人の生態を見せられて来てるだけ」

 

母親の話が出て心底嫌そうな表情を浮かべる。

 

「んで、後は時間が来たら舞夜が向かった場所に全員送り込むだけ。それと、喜びなさい。その引率は私が受け持ったわ」

 

今度はさっきとは真逆で得意気な笑みを浮かべた。

 

「おっ、凄い……。てっきりトップが来るもんだと思ってたけど?」

 

「元々はそうね。けど、警戒される可能性を下げる為に私自身が行くって言っておいたわ。ほら、私って舞夜と協力関係でしょ?」

 

「なるほどね。確かに七瀬さんが接触してきた方が油断する可能性はあるし」

 

「一応、『いずれ私がお母様の後を継いだ時の為の予行をしたい』って言ったら涙を流して喜んでいたわよ?」

 

手をひらひらと揺らして、はっ、と鼻で笑った。

 

「うーん、これは重症だねぇ。お薬出しておく?」

 

「あれに利く薬があれば私が飲ませてるわよ。いえ……既に舞夜という劇薬を摂取した後だったわね」

 

「七瀬さんとしてはどの薬がおススメ?」

 

念のため、最後の最後に確認しておく。

 

「別に。私の答えは前回と一緒よ」

 

「りょーかい」

 

憎悪を含んだ濁った瞳で私へ返事をする。

 

「それじゃあ、話した通り全員殺し尽くすから。安心して」

 

「最悪あの人だけでも良いわよ?」

 

「ううん、連鎖の火種は全部ここで断ち切っておかないと。またいつ燻り出すか分かんないから」

 

「……そうね、嫌な役をやらせることになるけど、よろしく」

 

「いえいえ、これは私自身の選択だから気にしなくて平気」

 

「璃玖の方はどうなってるの?」

 

「んー……あっちは相変わらずかなぁ?基本的に璃玖さんは動く必要は無いから、巻き込まれない様に避け続けている感じ?」

 

「璃玖もあんたの所に連れて行ってあげたら?」

 

「あはは、家から出たがらない人が何日も出掛けると思う?」

 

「……それもそうね。無駄な質問だったわ」

 

重そうなため息を吐き、顔を上げる。

 

「ま、私の方は問題無しってこと。なんかあっても適当に理由をでっち上げて連れて行くわ」

 

「ん、お願いします」

 

「そっちは?」

 

「私の方はー……まぁ、ぼちぼち?予定通りに出発はするけど、一人同伴者が居るって感じだよ」

 

「同伴者?」

 

「そ、新海先輩。知ってるでしょ?」

 

「ええ、勿論。何、そいつを連れて行くの?」

 

「そう言う事になりました」

 

「……確実に事を成すなら、彼を連れて行くのは正解と言えば正解ね」

 

「先輩が居れば何かあっても修正可能だからね」

 

「過剰な気がしなくもないけど……。そっちがそう判断したなら私からは特に無いわ。精々足を引っ張られない様にね」

 

「あはは、分かってるよ」

 

 

 

 

 

 

 

「と、言うのが昨晩九重舞夜と話した会話内容になります」

 

次の日、浮島家へ帰還した浮島七瀬が派閥のトップである母親に報告をしていた。

 

「教えてくれてありがとう。前回と変わらず、あの子は一ノ瀬家の計画を止める為に例の街へ行くのね?」

 

「はい、ここ最近はその妨害を行う為に一ノ瀬璃玖やその他と秘密裏に動いていたようです」

 

「彼女自身が……?けど、報告では動きは無いって聞いているけれど?」

 

「神からの聖遺物……アーティファクトによって自身の現身を作り出し、偽装していると本人から確認済みです」

 

「ふふ、一ノ瀬家も見事に騙されているわね」

 

「私が提案した当初の計画通り、九重舞夜が街へ潜入した後に私達も街へ入ります。本人から活動拠点や計画内容を聞いていますので、容易かと……」

 

「ええ、分かっているわ。あの偉そうな一家を出し抜いて、私たちで迎え入れましょう」

 

「準備は私の方で既に整えています。後は私自身が先頭に立って進めますので、浮島家の後継者としての働きを見ていて下さい」

 

「私は幸せ者ね……。以前にあの子の懐に入り込む為に私を裏切ると提案してきた時は驚いたけど、立派に果たしたのね……」

 

心の底から嬉しそうに微笑み、娘の頭を撫でる。

 

「ありがとうございます。お母様のお役に立てて私も嬉しいです」

 

「さぁ、私達の希望の光を迎えに行きましょう」

 

感極まった表情で娘を抱きしめる。その表情はどこまでも優しく、温かみを帯びた顔だった。

 

「―――はい、お任せ下さい。お母様」

 

だが、抱きしめられ、嬉しそうに力の籠った声で返事をした娘の表情は、母とは真逆の顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梅雨が明け、夏がやって来た。というか夏休みがやって来た。

 

計画も最終段階の調整が無事終了し、後は私が街へ乗り込むだけ……という所まで来ている。

 

夏休みが来るまでは、大体治って来ていた手のリハビリをしたり、皆と一緒に可能な限りアーティファクトの回収に勤しんでいた。

 

その中でも一件、学生の女社長……香坂先輩の枝で出て来ていたあの件である。

 

どうせ回収出来るだろうしと軽く考えていたが、新海先輩からかなり深刻そうな表情で相談を持ち掛けられた。

 

内容は、『パーティー中に、かなり手練れの相手が出て来る可能性がある』とのこと。

 

聞いてみると、香坂先輩の枝で深沢与一と協力しているユーザーがいたらしい。女性で狐の仮面を被っており、転移のアーティファクトと接触時にアーティファクトの能力を封じると思われるアーティファクトを持っていたらしい。

 

この枝ではイーリスも居ないし、深沢与一は監視付きで放逐しているので心配は無いけど一応注意してほしい……と、ありがたい情報の共有をしてくれた。

 

……うん、私の事だね。

 

この枝では高峰先輩と全くと言っていいほど接点を持っていないので、可能なら一緒に来てほしいとのお願いも来た。

 

……取りあえず、喜んで承諾はした。ええ、させてもらいましたとも。

 

私以外存在しない仮想敵を警戒しながら無事アーティファクトの回収を終えたが、なんだか申し訳なさが一杯であった。

 

ただの出来心で先輩達と対峙したが、種明かしをせずに放置してしまった。あの狐の仮面だって、なんかの祭りで手に入れた二葉ちゃんから貰った物だし……。

 

……あの時の三花の表情と来たら、般若の仮面みたいな顔だったなぁ。

 

それと、今回の件を皆に説明しようとしたが、どうやら新海先輩と結城先輩が根回しをしていたらしく、詳しい事は聞かれなかった。

 

一先ず、今回の件が他の枝で起きた時の為の保険として同行をお願いした……と話しておいた。

 

とまぁ、そんなあれこれがあったが、何事もなく過ごしていた。

 

そえば、高峰先輩とは関わりを持って無いが大丈夫なのだろうか?一応ヴァルハラ・ソサイエティのメンバー?にはなっていた枝もあるし、仲間と呼べると思う。

 

けど、新海先輩から接触する動きは見えない。忘れている……とは思えないけど敢えてだろうか。

 

『闇鴉』を入手すると考えれば、いつかは関わる必要が出てくると思うんだけどなぁ。ま、いっか。

 

そんな事を考えつつ、本日の予定である新海宅……三つお隣の部屋のインターホンを押す。

 

室内でチャイムの音が鳴ると、玄関へ向かって歩いてくる足音が聞こえて来た。

 

「はーい。来たな、入ってくれ」

 

ドアが開き、中から新海先輩が出てくる。

 

「お邪魔しまーす」

 

部屋主からの了承を得たので上がり込む。

 

「何か飲むか?」

 

「んー、いえ、そこまで長居しないので大丈夫です。それに、洗い物を出させるのも気が引けますしね」

 

「了解」

 

キッチンを抜け、冷房の効いた部屋に座り込む。

 

「準備の方は万全ですか?」

 

「準備つってもなぁ、用意して貰ったこのデカいキャリーケース一つで本当に良いのか?」

 

ベットの横に置かれているキャリーケースを見る。

 

「それだけで大丈夫ですよ。物の準備はこちらで全て終えていますので」

 

「着替えの一つも要らないのか?」

 

「ですね、先輩には現地で着てほしいのがありますので大丈夫ですよ?」

 

「一体どこに行くつもりなんだ……」

 

「詳細は移動中にお話しますので、今は危険な場所くらいの認識でお願いします」

 

「……分かった。後でちゃんと話してくれよ?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

先輩から一緒に行くと返事を貰った時に、少しだけ行き先の説明はしている。まぁ……結城先輩の枝で起きたビルの事件よりかなり危険な場所程度しか言っていないのですが。

 

そこに向かうまでの方法も話している。取りあえず最初は私の動きや居場所を誤認させる為に、この後幻体を使って自分の部屋に戻り普通に過ごしてもらう。本体の私は目の前にあるキャリーケースの中に隠れて先輩に運んでもらう。

 

一人で行くならもう少し違う方法を考えたけど、先輩と一緒ならこういった方法も悪くない……いや、やってみたいという興味本位の気持ちもあると言えばある。うん、否定はしない。

 

「それで、これからの予定は?」

 

「えっと、まず私が幻体を使って偽装行動してもらいます。といっても部屋に戻って適当に過ごしてもらうだけなので大したことはしません。その間に私がそこのケースの中に入りますので、新海先輩にはそれを運んでほしいのです」

 

「いつもの冗談じゃなかったか……」

 

「はい~、残念ながらそうなんですよぉ……」

 

「九重が必要って言うならあまり突っ込まないが……いけるのか?」

 

苦笑いをしながら再びベットの横に置いてあるキャリーケースを見る。

 

「このくらいの大きさなら問題無いと思いますよ。そこそこ小柄ですし」

 

結城先輩程小さくは無いが、充分小人族に入るだろう。それに、過去の仕事で一度試したことあるし……。

 

「念のため確認しておきましょうか」

 

先輩の不安を拭う為に立ち上がる。

 

「お、おう……」

 

ケースのファスナーを開け、床に倒す。

 

「えっと、取りあえず……」

 

適当にケースの中に足を乗せ、座る。そこから体全体を丸めるように曲げてケース内に収まる様に位置を調整する。

 

「……っと、どうでしょうっ!完璧ではありませんか!!」

 

身体は動かせないので視線だけを向ける。

 

「うわぁ……マジで綺麗に収まってやがる」

 

「実際に閉めてみてくれませんか?」

 

「あ、ああ……ちょっと待ってな……」

 

若干引きながらもケースの反対側を持つ。

 

「なんか、物凄く犯罪の匂いがする絵面だなこれ……」

 

「まぁ、実際にこういうのに死体を詰めて運ぶ事例もありますしねー」

 

「まさか自分がする羽目になるとはなぁ……」

 

「良い経験を積めましたねっ!」

 

「どこで使うんだよ、その経験……。それじゃあ、ほんとに閉じるぞ?苦しかったり何かあったらすぐに言ってくれ」

 

「サー」

 

ケースのボディ部分が被さり、視界が一気に暗くなる。次にファスナーの閉める音が聞こえるが、私に気を遣って慎重に閉める。

 

「閉めたが、平気か?」

 

真っ暗の中、外から先輩が確認を取る。

 

「ご心配なくー。あっ、一度立てて運ぶのを試して貰っていいですかー?」

 

「……了解、やってみる」

 

少し困った感じの声が返って来た。すると、ハンドル部分の動く音が聞こえる。

 

「くっぉお……重っ……」

 

女性に向かって重いとは失礼な。と言っても人一人って意外と重いですもんね。

 

「ハンドル部分では無く、ボディ本体で立てないと難しいと思いますよー?」

 

「だな、持ち手が折れそうだ……」

 

そうして待っていると、ゆっくりと持ち上がる感覚を味わう。

 

「……一応、立てたがどうだ?」

 

「問題無さそうですね。動いてみてください」

 

「おっけー」

 

すると、姿勢が少しナナメになり、動き始める。

 

キャスターがフローリングにを滑り、音と振動を立てる。

 

……うーん、やっぱりこればかりはどうにもならないね。結構揺れが伝わってきててttt。

 

「取りあえず一周してみたが……どんな感じだ?」

 

「あ、はい。大丈夫そうです。ありがとうございます」

 

「んじゃ、開けるぞ」

 

ケースを倒し、ファスナーを開ける。

 

「ぷはぁ……自由だぁ……」

 

暗闇の中に徐々に光が射し込んで来るさまと、閉鎖感が無くなったのも相まって解放された気分になる。

 

「どうだった?居心地の方は?」

 

「思ったより暑かったですねぇ……部屋は冷房があるので平気ですが」

 

これならもう少し薄着で来た方が良かったかもしれない。

 

「あと、一応ファスナーは全部閉めずに、空気が入れる程度の隙間を開けて貰えると助かります」

 

「それもそうだな。閉め切ったら危険か」

 

「思いつくのは……それくらいですかね?後は中にスマホと……念のため飲み物も入れておきましょうか。それらと一緒に入っておくので、先輩へはスマホから随時メッセージを飛ばしておきます」

 

「頼む。行き先と言っても新幹線が通ってる場所まで移動としか聞いて無いからな」

 

「そこまで行ったら一度人気の無い……ま、多目的トイレでもどこでも良いですので入ってもらえれば私も外に出ます」

 

「了解、一先ずはそこまで移動だな」

 

「はい。あ、それと追加で私の荷物も持って貰っても良いですか?」

 

持って来ているリュックサックを差し出す。

 

「中身は着替えとかしか入ってないので軽いとは思います」

 

「その位ならお安い御用だな」

 

「ありがとうございますっ。ではでは、早速行動に移しましょうか?」

 

さてと、長い長い旅を始めましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休みという事もあり、駅のホームでは多くの家族連れやカップル、友達と楽しそうに話している人達が行き交っていた。

 

見た感じ、皆旅行用のキャリーケースを引っ張っているので、この夏にどこか旅行へ行くのだろう。端から見れば俺もその数多くの一人に見える……はずだ。

 

きっと、この中でケースに人を入れて運んでいるのなんて俺くらいしか居ないだろう……。そう考えると、バレないかと不安になる。

 

家から出て駅に向かうまでの道中で警察とすれ違った時は、正直気が気じゃなかった。

 

『今電車を降りたが、平気か?』

 

そんな緊張を紛らわせるために、中の九重に状況報告をする。

 

『全然余裕です。寧ろ少し眠くなってきたくらいです♪』

 

冗談か本気か分からない返事に苦笑いをしていると、続けてメッセージを投稿してきた。

 

『そういえば、直近の天気に雨は無いみたいです。もう梅雨は終わったかもしれませんねー』

 

『もうすっかり夏になってきたしな。暑くないか?』

 

『さっきまで電車内でしたのでそこまでは』

 

『外に出てるし、早いこと向かうよ』

 

『お願いしますね~』

 

返事と一緒に、鳥の様な丸っこい生き物が高速で移動しているスタンプも送られる。『縮地っ!!』って書いてるし、急いだ方が良いかもな……。

 

ホームを上がり、案内掲示板を見る。

 

……えっと、ここから右に真っ直ぐ行けばトイレだな。

 

栄えている場所の駅という事もあり、しっかりと目的のトイレも設置されている様だ。

 

ごった返している人混みの中を掻い潜りつつ、トイレの中へ入りしっかりと鍵を掛ける。

 

『着いたが……開けるぞ?』

 

『お願いしまーす』

 

九重からの返事を確認してキャリーケースのファスナーを開ける。

 

「ぷはぁーー……、無事辿り着きましたね!お疲れ様ですっ」

 

「そっちこそお疲れ。きつかったろ」

 

「先輩こそ中々スリリングな体験が出来たのでは?」

 

「かなりな。駅に向かう途中で警察とすれ違って滅茶苦茶焦った……」

 

「あははっ、職質されなくて良かったですね!」

 

されたら笑い事じゃ済まなかっただろうなぁ……いやほんと。

 

「あと、思ったより暑かったですねー……」

 

「そりゃそうだろうな……」

 

ケースからゆっくりと立ち上がり、パタパタと胸元の襟を引っ張って空気を入れ始める。

 

無防備極まりないその行動に、咄嗟に視線を外す。

 

いや、な?俺と九重の身長差を考えると……普通に上から見えてしまうんだよ。服の中が。

 

というか、一瞬下着が見えたし……。

 

「あ、着替えるついでに汗とかも拭いておきたいので、荷物貰っても良いですか?」

 

「ん?あ、ああ……ほら」

 

「ありがとうございます」

 

俺からバックを受け取り、おもむろに中身を漁り服を取り出す。

 

「俺は外に出とくから、終わったら出て来てくれ」

 

着替えると言うので、外で待機しておこうと出口を向く。

 

「あ、いえ、別に背中を向けてもらえれば大丈夫ですので、わざわざ外に出る必要はないですよ?」

 

と……思ったが、まさかの回答が返って来た。

 

「いや、色々と気にするだろ……?」

 

「私の事なら平気です。それより着替えてる途中に何かあった方が問題です」

 

「何かって……?」

 

「例えば襲撃にあったり、先輩が攫われたり、分断されたり……?」

 

「随分と物騒な世の中だな……」

 

こんな場所で起こるとは思えないんだが……。

 

「ですので、先輩は中に居て下さい。私としてもそれが一番安心ですので」

 

冗談か?と思い振り向くが、その表情は至って普通だった。

 

「あー……分かったっ。早く着替えてくれよ?」

 

九重に背を向けて、目を閉じて両手で耳を塞ぐ。

 

よし、これで何も情報は入って来ないはずだ。………、……なんか、こっちはこっちで今後ろでどんな状況になっているか余計に考えてしまうな……。

 

よくある場面だと、背中越しに着替える時の服の音とかが聞こえて……とかだが、公衆の場所でしかもトイレとかなんとも奇妙なシチュエーションだなぁ……。

 

そんなくだらない事で意識を逸らしていると、背中を突かれる。

 

「……着替えたか?」

 

直ぐに動かず、確認を取る。

 

すると、俺の言葉の返事なのか、背中に"はい"と指で素早くなぞる。

 

そのくすぐったさに仰け反りながらも振り返る。

 

「おー……」

 

そこには、如何にも『これから夏の旅行に行きますよ』といった服装の九重が立っていた。

 

「どうですか?似合いますか?」

 

ふふん、と腕を組んでドヤ顔の表情。

 

「ああ、かなりな」

 

「これなら森の中に紛れる事も可能かと思いましてっ」

 

「確かに今の時期なら沢山居そうだな」

 

「ちょっと若すぎな気もしますが……ま、大丈夫でしょう!」

 

「若すぎって、どこ目線だよ……」

 

「まぁまぁ……、ではいきましょうか!あ、新幹線乗る前にここでトイレ済ませておきます?私、背中向けておくので大丈夫ですよ?」

 

思いついたような表情を浮かべたかと思えば、今度は俺を揶揄う様な顔で見てくる。

 

「生憎様、まだしたくないから問題無いぞ」

 

「それは残念です。それなら出ましょうか」

 

何が残念だ、全く……。

 

呆れながらもトイレを後にする。

 

「先輩、昼食用に駅弁買っても良いですか?」

 

「別に良いが……新幹線の時間は平気か?」

 

目的地までの切符や宿泊先の手配は全部九重に任せているので詳細までは分からないが……。

 

「ご安心を、駅弁買う程度の余裕は確保しておりますので!先輩も一緒に買いません?長旅ですよ?」

 

「折角だし買ってみるかぁ」

 

「旅行の雰囲気には持ってこいですよ?新幹線の中で外の風景を見ながら食べる駅弁……中々趣がありますね」

 

楽しそうに語る九重の後についていく。

 

「そっちは気になるもんとかあったりするか?」

 

「んー……そうですねぇ。無難そうなのり弁やそぼろ弁当も美味しそうですが、海鮮系や肉の弁当もよさげなんですよねぇ……うーむ」

 

「色々あるんだな……」

 

中身の種類は勿論、容器やデザインに凝ってる物も沢山ある。

 

「先輩はどれにします?この、焼肉ステーキ弁当とか迫力ありませんか?」

 

指を差した先を見ると、そこには弁当一面に切られた肉が並んでいるサンプルがあった。

 

「結構ガッツリ系だな。味も含めて」

 

「ではこちらの牛めし弁当は?割とスタンダードな物ですが」

 

「ふむ……」

 

「あ、肉寿司弁当とかもありますよっ、面白そうですねこれ」

 

「そんなのもあるのか……って、なんか肉ものばっか勧めてくるな」

 

「あれ?肉料理がお好きでは?」

 

「いやまぁ、確かにその通りなんだが……なんで知ってるんだ?」

 

どこかで話したっけ?別の枝で焼肉行った時か?

 

「ふふふ、秘密です」

 

俺の問いに応えるように、妖しげな笑みを浮かべてこっちを見る。あー……何となく察したわ。

 

「何となく理由は分かったわ……。他に何か知ってたりするのか?」

 

「ん?えー……そうですね、趣味がプラモデル作りとか?確か……ストライクディスティニーとブラックセブンソード……でしたっけ?」

 

「おい待て、どうしてわざわざその二つを例に出した」

 

「今は無き思い出の品……だからでしょうか?ふふ」

 

「あー嫌な事思い出したわぁ……」

 

「幾らやり直してもあの二つは戻って来ませんねぇ?あはは」

 

「やめろやめろ。色々と落ち込む」

 

くそっ!余計な事を聞いてしまった……!そうだよな、どんなに遡ってもあの二つは……。

 

「大丈夫です?精神崩壊しそうですか?」

 

「しねぇよ。ったく余計な記憶を呼び覚まさせやがって……」

 

「それはなんともまぁ……ふっ」

 

おい今、鼻で笑ったか?

 

「そんな傷心状態の先輩には、是非とも美味しい物を食べて元気になって欲しい物ですね。ええ」

 

「はいはい、それならさっさと選んで買うぞ」

 

「はーい」

 

嫌な記憶を忘れ……封印する為に、再び駅弁選びに意識を戻した。

 

 





第五章のイメージ画像?的なのをAIイラストで作成してみました。この後『第2話:引き継がれる記憶』に差し込むので、興味があれば是非覗いてみて下さい。

次は……新幹線に乗った辺りからにしようかと思います。


どこかで、一ノ瀬璃玖や浮島七瀬の過去?独白?深堀り?のおまけでも入れてみようかなと考えています。まぁ、タイミングをあまり考えて無いので結構後になりそうですが……w



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第12話:長途多難


旅って良いですよねぇ……。

タイトルは適当にくっつけただけなのでお気になさらずw"旅にハプニングはつきもの"をそれっぽい感じで繋げただけです。




 

 

「お、動き出したな」

 

「いよいよ出発ですねー」

 

駅構内での買い物を済ませて、早い内に乗った新幹線がアナウンスの後ようやく動き出す。

 

正直、いままであまり乗る機会が無かった新幹線に対して少し戸惑ったが、横に座って居る九重は特に気にすることなくスイスイと進んでいた。

 

案内されるままに指定席の車両に乗り込み、席に座る。窓際に俺が座り、通路側に九重が座った。持ってきたキャリーケースは専用の場所に置いて来た。

 

……つか、あのキャリーケース、何も入って無かったのにやたら重さがあったな。

 

そんな事を考えている内に新幹線は速度を上げていく。

 

「因みにだが、どれくらいで着くんだ?」

 

買い物の袋を楽しそうに漁り始めた九重に聞く。

 

「え?あー……大体三時間程度でしょうか?ちょっと待って下さいねー」

 

財布を取り出し、購入した切符を確認する。

 

「えー、今からですとー……二時間と四十分ですかね?」

 

「それなりに掛かるんだな」

 

「ですねぇ……。ま、取りあえずご飯食べましょうっ、ご飯」

 

「そうするかー」

 

まだまだ先がながそうなので、九重の提案に賛成する。

 

「はい、先輩の分です。あとこれお茶ですよ」

 

「サンキュー、もらうわ」

 

前方に取り付けられているテーブルを開き、受け取った弁当や飲み物を置いてく。

 

「では、いただきます」

 

「いただきまーす」

 

封を切って蓋を開け、駅弁を食べ始める。

 

「いやー、雰囲気味わえますねー……」

 

「こういうのって滅多に食べないからな。新幹線とかも修学旅行の時以来かもしれん」

 

「おぉ、修学旅行ですか?どこ行ったんですか?」

 

「清水の舞台から飛び降りる場所だ」

 

「なるほど、和の都ですか……定番ですねっ。どこ回ったんですか?」

 

「どこって言われてもなぁ……寺とか神社しか記憶に無いが……いや、滅茶苦茶長い市場にも行ったな」

 

「あぁー……あの細い道の?」

 

「そうそれ。両側で色んなお店がやってて賑わってたのを覚えてるわ」

 

あの活気には少し驚いたな……。

 

「そっちはどこ行ったんだ?」

 

「え?私ですか……?」

 

「いや、九重以外居ないだろ」

 

「あ、あー……えっと……そうですねぇ……」

 

特に気にせず流れで聞いてみたが、言葉を濁す様に喋る。

 

「えっと、私……修学旅行に行って無いんですよね……」

 

「マジで?」

 

「マジです。ちょっと色々と事情がありまして……あはは」

 

「……聞かない方が良かったか?」

 

「ああ、いえいえっ、そんなことは全くありません。単純な理由なので……はいっ」

 

「単純な理由?」

 

「まぁ、ざっくり言いますと……中学を通って無かったのでぇ……はい」

 

「……は?まじで?」

 

恥ずかしそうに話す九重の言葉に驚き、食べる箸を止める。

 

「いやぁ……マジです。家庭の事情的な物でして」

 

「……義務教育だろ?大丈夫なのかそれ」

 

「そこは大丈夫です。勉学も実家の方でしっかりと行っていましたから。ま、元々それなりに知能はあったので問題はありませんでしたが」

 

「白泉入る時問題にならなかったのか?」

 

「ん?……まぁ、経歴を偽装しているので無問題ですよ?」

 

俺の疑問に、けろっと答えて食事を再開する。いや偽装って……犯罪じゃないかそれ?

 

「……どうして行かなかったんだ?」

 

「勉学に励むよりやるべきことがあったからって感じですよ。そうっ!力を求めていたんです!」

 

箸を持った手とは逆の手の拳を握って俺を見る。力て……。

 

「という事は、ずっと実家で修行?をしていたのか?」

 

「そんな感じの認識で大丈夫ですよ。ま、容易に想像は出来ると思いますが。……それより、箸が止まってますよ?食べないんですか?」

 

「……いや、食べるよ」

 

指摘され俺も食べるのを再開する。

 

「……その、なんだ?学校には行きたいとは思わなかったのか……?」

 

「んー……どうでしょう?優先順位としては低かったので、そうは思わなかったですね。あっ、なので学友と言う意味では天ちゃんが一番最初の友達ですねっ!」

 

大して気にした様子もなく首を傾げたかと思うと、今度は嬉しそうな明るい笑顔でこちらを向く。

 

「学友以外だと……?」

 

「残念ながら……!二番目になりますっ……くっ!私の初めてが三花だったとは……!!」

 

今度は悔やまれるように目を閉じて拳を握る。

 

「寂しいとかは思わなかったのか?」

 

「いえ、特に?それに、先輩も言うほど友達いないのと聞いておりますが……?寂しかったのですか?」

 

「ぐっ……いや確かに少なかったさっ!ああっ。けど俺と九重だと条件が違うだろ?」

 

別に学校で誰とも話さなかったわけじゃない。遊ぶことが無かっただけだ!それに、その分天が絡んで来たしな。

 

「んー……先輩は何やら悲観的に捉えてますが、私は別にそうは思っていませんよ?」

 

「いやでも……違うな、確かに俺の勝手な考えだったな、すまん」

 

「いえいえ、個人でどう思うかは勝手ですので大丈夫ですよ。それに先輩が私の事を心配して言っているのは理解していますので。ありがとうございます」

 

謝る俺に、優しく微笑みながらも感謝を口にする。

 

「……一つ、聞いてもいいか?」

 

「なんなりと。答えられる範囲であれば」

 

「他の枝で、結城にどうして戦うか聞かれた時の事を覚えてるか?」

 

「ええ、あの夕暮れの時ですよね?勿論覚えてますよ」

 

「結城が帰った後に俺が九重に「どうして力を身に付けたのか?」って聞いた時、実家の悲願と俺達を助ける為って言ってたよな?」

 

確か、俺たちが平和な日常を送ってほしいって言ってたはずだ。アーティファクトなど無い平和な日常を。

 

「ふふ、よくそんな事まで覚えていますね。女心が分かって無いって言われたの実は気にしてました?」

 

「違うからな?印象に残ってただけだからな?」

 

そうやってまたすぐ俺をおちょくろうとしてさぁ……。

 

「まぁ?今の先輩は?恋人が四人もおられるので?女心の一つや二つ……はたまた四つは理解出来てると思いますが?」

 

「こっちが真面目に聞いているのに……はぁぁー……」

 

なんか、こう……気が抜けてドッと疲れが来る。

 

「折角の旅での食事なのに暗い空気じゃ楽しめないと思いましてっ。先輩は重く考え過ぎです。もっと楽に考えていきましょう。ね?」

 

……はぁ、やっぱりわざとそうしてたのか。

 

「……分かった分かった。それじゃあそうするよ」

 

本人がそう言ってるんだ。俺が変に構えても気を遣わせるだけだな。

 

「んじゃ、九重はどうして俺達を助けようって思ったんだ?」

 

「助けたいと思ったから……?」

 

「その理由だ。動機はなんだったんだ?やっぱり知ってたからなのか?」

 

「まぁ、それが一番大きいのは確かですねぇ。それと後は、先輩が犠牲になる枝の終わりを変えたかったからでしょうか?」

 

「……ん?俺が……?」

 

何それ、聞いて無いんだが。

 

「だって、深沢与一を倒す為に一人になっても行こうとしていたじゃないですか?あの枝で」

 

「まぁ、そうだな……」

 

確かに全部終わらせるつもりだったが……。

 

「あの枝の先輩は、イーリスを倒す為にアーティファクトを滅茶苦茶使って最後に限界を迎えていたんですよ?」

 

「お、おう……そうだったのか。……因みにその、どんな流れだったんだ?」

 

「んー……まぁ、もう話しても大丈夫ですし良いでしょう。宿敵と対面した先輩は世界の眼を通して皆さんの幻体を呼びました。そしてイーリスを引っ張り出す為に何度も殺した。ここまでは計画通りですよね?」

 

「まぁ、一応、だな」

 

「んで、深沢与一がイーリスとの同調を深めたことで強化されてしまいました。ですがソフィが超強力なアーティファクトを沢山持ち出して先輩に与え、先輩はそれ以上にパワーアップしちゃいましたね」

 

ソフィがアーティファクトを……?セフィロトの規制が厳しいって言ってたと思うが……。

 

「よくソフィがそんなもん持ち出せたな」

 

「最終決戦ですしね。たぶん結構無茶をしたと思いますよ?第一世代の危険なアーティファクトって言ってましたし」

 

……ソフィなりに俺の力になろうとしてくれていたんだな。

 

「そこからは一方的な殺戮ショーでしたよ。何度も負けた深沢与一は更にイーリスから力を求めて……ま、体を乗っ取られました」

 

……なんか、既視感がある流れだな。

 

「そして無事イーリスを表舞台に引っ張り出して……なんやかんやでぶちのめしましたと。お終い」

 

「おい、最後投げやりじゃねーか」

 

「まぁまぁ、いいじゃないですか。悲しい結末は無かったのですから。明るいハッピーエンドを迎えれてますし?」

 

そう言って九重は弁当の最後のおかずを食べ切る。

 

「今の話は、この枝で九重が代わりにしたって事だよな?」

 

「はい、そうですね」

 

「最初からそうするつもりだったのか?」

 

「いえいえ、前に話したと思いますが、アーティファクトを手に入れなければもう少し違う方法で進めてました」

 

「そういえば言ってたな。自分もユーザーになったのは予想外だったって」

 

「そうですよー、いやまぁ?そのおかげで大分楽出来たので感謝してますけど」

 

「当初はどんな予定だったんだ?」

 

「え、それを聞きます?聞いちゃいます?」

 

「もしかして、なんかまずいのか?」

 

「んー……先輩がまだ食事中なのでグロいお話は止めといた方が良いのかなっと思いまして」

 

「どんなエグイ方法をする気だったんだよ……」

 

「あ、失敬な。先輩程ではありませんよ。先輩こそ中々でしたよ?それこそ深沢与一に『やることがいちいちエグいんだよなぁ……』って悪態を吐かれてましたよ?」

 

「まじか……」

 

「ええ、マジです」

 

どんな方法で与一と戦ってたんだ俺は……。

 

無くなった可能性に苦笑いをしつつも、俺も弁当を食べ切る。

 

「ごちそーさん」

 

「お粗末様です。容器もらいますよー」

 

「サンキュー」

 

俺が食べ終わったのを見計らって空の容器を袋の中へ入れていく。

 

「さて、次はデザートと行きましょうかっ」

 

「デザートまで買ってたのかよ」

 

「当然ですっ、こんな暑い日に食べるアイスは最高ですよ?」

 

「溶けてないかそれ?幾ら冷房があるからって……」

 

「ふふーん、私の能力があればそんなの関係ありませんよっ」

 

誇らしげな表情を浮かべ、別の袋からカップのアイスを取り出して俺のテーブルに置く。

 

「一応まだ冷たい……なるほどなぁ」

 

確かに九重のアーティファクトなら溶ける心配は無いな。

 

「はい、スプーンです」

 

「あんがと」

 

「それじゃあ頂きましょう!」

 

楽しそうな顔でカップの蓋を開け、食べ始める。それを見て俺も食べようとする。

 

「……ん?……あれ?」

 

蓋を開けようとするが、固く中々取れない。

 

「なんだこれ、引っ付いてんのか……?」

 

「大丈夫ですか?」

 

「いや、なんか全然取れなくて、だな……」

 

くっ……全然ビクともしないぞこれ……!

 

「それはそれはぁ……大変ですねぇ……もっと鍛えた方が良いかもしれませんよぉ?」

 

俺が蓋を取れないのを見てニヤニヤと笑っている。

 

「……おいまて。まさかだとは思うが、能力使ってんのか?」

 

アイスを取り出した後にスティグマが浮かんでいるのを見て、まさかと思い聞いてみる。

 

「あ、流石に気づきました?」

 

俺が答えに辿り着いたのを知って、嬉しそうに笑みを深める。

 

「やっぱりかっ!どーりで取れないわけだよ!俺に恨みでもあるのかっ」

 

「ちょっとした悪戯ですよ。困惑する姿が見たかったという可愛い物です」

 

「クッソくだらないことに使いやがって……全く。はやく解いてくれ」

 

「りょうかいです」

 

スティグマが消え、今度は簡単に取ることに成功する。こんなことにアーティファクト使うとか……。

 

食後の口直しのデザートを食べ終え、一息つく。

 

「ふぅ……思ったより腹一杯だな」

 

「満足しましたか?」

 

「かなりな」

 

「それは良かったですっ」

 

両手を合わせ、自分の事の様に嬉しそうに笑う。そこにさっきまでの様な挑発的な笑みは見えない。

 

「あー……、新幹線降りたらその後はどうするんだ?」

 

その姿から視線を逸らしつつ、気になっていたことを確認する。

 

「降りた駅のコインロッカーに預けている荷物を回収して、今晩泊まる場所に向かいますね。今日はそこに行けば終わりです」

 

「明日は?」

 

「明日からの予定は、ホテルに着いたら教えますので少々お待ちを」

 

……時間が余ってる今じゃないってことは、人がいる場所で話したくない内容なんだろうな。

 

「了解、一先ずは駅に着くまで暇で良いんだな」

 

「ですね。もし何か食べたいのでしたらチョコとかお菓子もあるので好きに食べて下さいね?」

 

そう言いつつ袋から色々と出して来る。

 

「結構買ったな……」

 

「折角の旅ですし、醍醐味かなと思いまして。食べます?」

 

「いや、今はいいよ。欲しくなったらまた言う」

 

「はーい」

 

俺が断ったのを聞くと、手前にあったチョコの箱を開けて摘まみ始める。……まだ食えるのか。

 

「まだいけるのか……」

 

「チッチッチ。これは別腹ですよ、別腹」

 

そういう問題かぁ?いや、中華の時とかも結構食ってたしそんなもんか?

 

自分よりも小さい九重のどこにそんな容量があるのか謎に思いつつも、外の景色を眺める。

 

……そえば、九重の話が中途半端だったが……まぁ、いいか。後でまた聞けば……急ぐ必要も無いしな。

 

どのみちこの後知れるだろうと思い、景色を眺めている俺の後ろから覗き込むように一緒に外の景色を眺めては話しかけてくる九重との雑談に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、意外とあっという間に到着した新幹線を降りて、駅内にあったコインロッカーまで迷うことなく進み、その一カ所からさぞ当然の様に荷物を取り出した九重を見ていた。

 

……なんでこんなところに荷物があるんだ?

 

そこそこ大きめのキャリーケースとアタッシュケースを取り出して扉を閉める。

 

「すみませんが、このアタッシュケースを持って貰っても良いですか?代わりにキャリーケースは私が持ちますので」

 

黒いアタッシュケースを受け取り、九重はキャリーケース二つを両手で牽いて行く。

 

……中身とか、聞かない方が無難だよな?

 

これまでの経験則から、なんかよろしく無さそうな物が入ってそうな気がする。

 

明らかにこれだけ異質に見えるのは、俺も理解度が増したと喜んで良いのだろうか……?

 

微妙な気持ちになりつつも、徒歩数分場所にあるホテルに入る。

 

「……まじかよ」

 

中に入ると、煌びやかな装飾だけど、どこか落ち着きのある和をモチーフにした明らかに高級感を醸し出しているエントランスが目に入る。

 

いや……まぁ、外から見た時も何階建てだよと突っ込みたくなったが……。やっぱりそういう場所だよな。

 

「エレベーターで上へ行くのでこっちです」

 

受付から鍵を受け取った九重が振り返ってエレベーターの方へ進む。その足取りにはいつも通りだ。

 

遅れない様後に続き、エレベーターに乗り込む。内部の側面には、幾つもの階層のボタンが並べられており、上から数えた方が早い階を押していた。

 

「………」

 

こういった場所って、階が高ければ高いほど高級ってイメージだが……本当なんだろうか?

 

現実逃避するように内装を眺めていると、目的の階へ着き扉が開く。

 

「これはまた……」

 

視界に飛び込んで来た情報に足を止める。

 

「先輩?ゴールは目の前ですよ?」

 

「お、おう……」

 

場違い感に包まれた俺を不思議そうな表情で手招きして呼ぶ姿を見て、もはや諦めたように苦笑いをして付いて行く。

 

静かな廊下を歩き、目的の部屋だろう場所に着き中へ入る。

 

「とうちゃーくっ。いやー……長旅お疲れでしたぁ」

 

「あ、ああ。そっちもな……」

 

部屋の内装も当然和をイメージとしていた。まず畳の床が目に入り、入口で靴を脱いで進んだ部屋の左側にはベッドが二つ並べられている。その逆側には憩いの場の様に円状のテーブルと木製の椅子が置かれている。

 

奥を見ると、障子で閉じてはいるが恐らく外の景色が一望出来そうな空間が広がっていた。

 

「荷物はそこら辺とか好きに置いて貰って大丈夫ですので」

 

「おう、ありがと……」

 

室内の照明は少し薄暗く、全体的に落ち着きのある雰囲気を作り出していた。

 

「ベッドは二つあるので片方は先輩のです。あとは……冷蔵庫とか必要な設備はある程度揃っているので多分不便は無いと思います」

 

「なんて言うか……至れり尽くせりだな。……ん?」

 

圧倒的高級感のせいで止まっていた思考に、ある言葉が引っかかった。

 

「……同じ部屋で、泊まる……のか?」

 

「え?はい、そうですが……?」

 

ギギギ……と首を動かす俺に、キョトンとした顔で九重が返事をした。

 

 





高級ホテルの部屋って、デフォルトで雰囲気がエロ……もとい大人の感じがしますよねー。

想定より進まなかったのでもう一話に分けて書きます。次こそ目的地直前までは……!



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第13話:こういう時の定番と言いますか、お決まりってありますよねー?


ホテルでの主人公視点です。

若い男女が同じ部屋で一夜を共に……何も起きる……はずもなくぅ……!




 

 

「……同じ部屋で、泊まる……のか?」

 

私の言葉に、ロボットの様な動きで振り返る。

 

「え?はい、そうですが……?」

 

先程も何やら立ち止まっていたりしていましたが……ああ、なるほど……。

 

「先輩は私と一緒の部屋だと何か不都合でしたか?」

 

「不都合ってわけじゃないが……」

 

「ただ同じ部屋のベッドで一夜を共に明かすだけですよ?」

 

「誤解しそうな言い方は置いといて……まぁ、そう言われるとそうなんだが」

 

「それとも、寝ている私に夜這いでもする気があるのですか?」

 

「いやいや、それは無いから安心してくれ」

 

「なら良いじゃないですか。気にし過ぎです」

 

他の皆にゾッコンなのに私に手を出すとかありえませんしねぇ……。

 

「……九重は良いのか?」

 

「全然平気ですよ?先輩がそういう人では無いと信頼していますので」

 

「そ、そうか……」

 

……うーん、そんなに緊張する必要は無いと思いますが……。あれですかね?異性が同じ空間に居るだけでも意識しちゃうってやつですかね?思春期男子あるあるの。

 

「……もしかして、私も警戒していた方が良いですかぁ?先輩を」

 

試しに薄っすらと笑い、流し目を向ける。

 

「……っ、大丈夫だ。そういう気は一切無いからなっ」

 

「ほんとですか?例えばTシャツ一枚で自分に対して無防備な格好をしている女の子が同じ部屋に居たら……我慢できるのですかぁ?」

 

「お……お前……なんでそれを……っ!?」

 

私の言葉の意味に気付き、驚愕の表情を浮かべる。

 

「いえ、先輩は我慢していましたね。これは失敬。私が間違ってました」

 

「おいまて、なんでそれを九重が知ってるんだっ?」

 

「……さぁ?どうしてでしょうねぇ……ふふふ」

 

さて、先輩の面白いリアクションも見れた事ですし、この辺にしておきましょうか。

 

「取りあえずこの後は夕食まで時間が空いてますが……どうします?」

 

「………、どうするって……自由なのか?」

 

私が次の話へ移ったのを見て、蒸し返さずに進める。

 

「一応は。と言っても出来ればこのホテルからは出ないで頂けると助かります」

 

「あー……なら部屋でのんびりしておくよ」

 

「下の階には温泉があるのでそちらに入るとかも良いですし、この階を奥に行ったフロアにはゆったり出来るお茶の間がありますので暇つぶしには丁度良いかと」

 

「へぇーそんなのもあるんだな」

 

「これがパンフレットですよー」

 

壁沿いのテレビの横に置いてある紙を先輩に向かって飛ばす。

 

「あんがと。……すげぇな、間食とか軽食も持って来てくれるのか」

 

「確か……お茶漬けだった気がします。あとは和菓子がちょくちょく?」

 

「九重は何度か来たことがあるのか?」

 

「系列店とかに、年に数回程は……お仕事の都合で」

 

九重系列で経営しているお店なので、こういった遠出は大抵自陣の場所を宛がわれる。

 

「リッチな暮らしだなぁ……羨ましい限りだ」

 

「あはは、一人で泊まっても大して楽しめませんでしたけどね」

 

それに、そのまま依頼をするので安全に寝泊まりが出来る場所程度の認識しかなかったって感じだしねー。

 

「九重がたまに言ってる仕事ってどんなのなんだ?やっぱり、危険なやつなのか?」

 

「危険……まぁ、そうですね。準備次第で危険かどうかは変わりますが……一般的には危険と言っても良いと思いますよ?」

 

事前にどれだけの準備を済ませて臨むか。それの大きさで割と生存率が変わるし……。

 

「今までどんなことをしてきたんだ?」

 

「んー……そうですねぇ……うーん」

 

どんなの?色々とあったけど……。

 

「あ、いや、無理なら言わなくても大丈夫だ。あくまで可能な範囲で大丈夫」

 

「いえ、色々とあったのでどれが良いかと悩みまして……なるべく軽度な物が良いかなと」

 

「け、軽度……」

 

「主にしていたのは敵陣地への突入とかでしたね。後は潜入と捕縛がちょろちょろと?」

 

「敵陣地に……」

 

「分かり易いのは……怪しい取引とか、裏社会同士の抗争とかでしょうか?」

 

「何となく、イメージは出来たが……」

 

「ほら、私って如何にも特攻しそうじゃないですか?小柄で素早いですし。一番槍って感じでっ」

 

「それはよく分からんが……実際映画みたいなことってあるんだな」

 

「異世界巻き込んでの超能力バトルを繰り広げていた人達が何を今更……」

 

「いや、それを言われるとその通りとしか言えなくなるんだがなぁ……」

 

「普通に表で生きている人達が知らないだけで、映画の様な出来事は割とどこにでも起きているものですよ。裏でひっそりと」

 

「現実は小説より奇なりってやつか」

 

「空想でも何でもないのですが……ま、そう言う事です」

 

「それじゃあ、九重はそういった危ない奴らを秘密裏に捕まえていたってことで良いのか?」

 

「捕まえて、ですか……。場合によってはその様な方法も取りますね」

 

この辺でハッキリと言っておいた方が良いかもしれませんね。出ないと明日以降大変になりそうですし。

 

「ぶっちゃけますと、捕まえる方が少ないですね」

 

「……と、言うと?」

 

私が今から何を言うのか何となく察した先輩が、息を飲む。

 

「大抵は、殺していましたから」

 

「―――っ、そうか……」

 

一瞬驚きつつも、直ぐに元の表情に戻る。

 

「……あまり、驚きませんでしたね」

 

「いや、驚いたのは驚いたさ。けど、そうだろうなってのは予想が出来ていた」

 

「まぁ、深沢与一を沢山殺していましたしねー」

 

オーバーロードで無くなってはいるが、相当な回数殺していたはずですし。

 

「……それもそうだな。あと、こう言って良いのか分からんが、……人を殺す事に対して躊躇いが無かったから、だな」

 

「そうですね。躊躇ったらこちらが死ぬ……そういった環境で生きて来ましたから。深沢与一なんて可愛いレベルの数を。今更躊躇いとかありませんよ」

 

「生きて来た環境……?」

 

「明日。それをお見せしますよ。先輩にはちょっとショッキングな場所かもしれませんが」

 

「……分かった」

 

「……一応、今ならまだ引き返せますよ?先輩が無理して知る必要はありませんし」

 

「……いや、九重がここまで話してくれたんだから、最後まで一緒に行くつもりだ」

 

ですよねー……。

 

「でしたら私からは何も言いません。ですが……先輩が想像している何十倍も辛い経験をされるかもしれません。これまでの価値観では到底理解できない場所だと思います」

 

「今まで聞かせてもらえなかったが……どんな場所なんだ?」

 

「ほんとにここが日本なのかと疑う様な血と暴力と死が充満し切った世界ですよ。スラム……いえ、スラム街に失礼ですね。行き場のない人間や、どうしようもない犯罪者達が蔓延る地域ですよ」

 

「日本にそんな場所が……?」

 

「はい。ずっと日本と言う国そのものが、政府が隠してきていますから」

 

「どうしてそんなのがあるんだ……?」

 

「私も起源は知りませんが……治安維持の為に一ヶ所に押し込んだのかもしれませんね。出られない様に壁を作って」

 

「……九重は、そこで生まれ育ってのか」

 

「はい、私が生まれた場所ですよ?」

 

「………」

 

突然の情報に整理が追いついていない様子ですね。当然ですが……。

 

「……九重は、どうしてそこに俺を?」

 

最初に聞く疑問としては至極当然ですね。

 

「先輩に私の事を知ってもらいたかった……からでしょうか」

 

「俺に……」

 

「九重舞夜と言う人間を知って、先輩がどの様な選択をするのか……それを知りたいだけです。勿論、他の枝で今回の件を阻止するための保険って意味も大きいですが」

 

「俺が……」

 

「ま、そこまで重く捉えなくて大丈夫ですよ。先輩がこの枝に来たのは私の事を知りたがっていたからでしょう?、私はそれに対して真摯に応えている。その程度で十分です」

 

「………」

 

んんー……やっぱり暗い話はすべきでは無かったかなぁ……?でも今の内に話しておかないと明日以降が大変だしなぁ。

 

生きて来た価値観や世界が違うから先輩としては理解が追いつかなかったり嫌悪感を感じてしまうだろうし……ほんと悩ましい所だよ。

 

「まっ、実際は明日現地へ行ってからですね!それよりも、甘い物でも食べませんか?ここのお菓子美味しいらしいですよ?先輩も一緒に食べましょ?」

 

折角の旅だ。明日から碌な生活を送れない事は確定しているのだから今の内楽しんでおかないとね。

 

「……だな、こんな場所一生に一度来れるか分からないしな」

 

私の気遣いを察してか、ふっ、と笑って顔を上げる。

 

「そうと決まれば早速電話しますので、少々お待ちを」

 

備え付けの電話を取り、フロントへの番号を調べる。

 

「九重」

 

「ん?はい?」

 

書いてあった番号に電話をしようとすると、後ろから声を掛けられる。

 

「ありがとな。話してくれて」

 

「……ふふ、大したことじゃありませんから」

 

少し寂しそうな顔の先輩を見て、思わず笑ってしまう。

 

「そうでもないだろ、多分……今までの九重なら話してくれなかったはずだ」

 

「言う訳ないじゃないですかー。何を当たり前な事を」

 

「それって、イーリスとの戦いが終わったからってのも大きいのか?」

 

「ですね」

 

「なら、終わらせてくれた九重に感謝しておかないとな」

 

そう言って、私に向けて小さく笑う。

 

「それを言うなら、無事この枝まで来てくれた先輩にこそ感謝しませんとねっ」

 

ほんと、先輩も含めて全員に感謝していますよ……全く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー中々美味しかったですねー」

 

「初めてあんな構造したの食べたわ」

 

夕食までの間、先輩と適当に施設を楽しみ、いい時間帯になったのでホテルの人に一言だけ言って部屋に戻った。

 

戻って10分もしない内に夕食が部屋に届けられ、それを2人で美味しく頂いた。

 

「あれなんて言うんですかね?重箱って感じでしたけど」

 

「木製で作られたやつだったなー」

 

届けられた夕食は、重箱の様に三段重ねでそれぞれにご飯物とおかずが入っていた。

 

「魚料理のやつ美味しかったなぁ……」

 

「煮付けや煮物とかも細々と入ってましたが、どれも美味しかったですね」

 

「最後のデザートも最高だったわぁ……」

 

美味しい物を食べて脳の許容量が限界を超えたのか、少し溶け始めたような声だった。

 

「お風呂の方はどうしますか?先に入りますか?」

 

「あー……そっちの好きでいいぞ」

 

「なるほど、では一緒に入りましょうか?」

 

適当に返事を返す先輩に、取りあえず冗談を仕掛ける。

 

「おー……、……はっあ?」

 

遅れて脳が理解したのか、変な声を上げる。

 

「お、先輩も賛成ですかっ。ではでは、二人で仲良く背中でも流し合いましょう!」

 

「いやいや、いやいやいやっ、ちょっと待ちなさい」

 

「はい、幾らでも待ちましょう」

 

「何言ってんの?君は?」

 

「え?先輩が好きにして良いって言いましたので、私の好き勝手にしてしまおうかと」

 

「やりたい放題かよっ!俺が言ったのはそう言う意味じゃないからなっ?」

 

「冗談ですって、ちゃんと分かってますよ」

 

「全く……心臓に悪い冗談だ」

 

やれやれとため息をつく。

 

「先輩が先に入って、後で私が背中を流す為に乱入する。こういったシチュエーションがお好きですよね?」

 

「ちげぇよ!アホか!」

 

「えー……お好きじゃないんですか?王道だと思うのですが……?」

 

「いや、確かによくあるパターンなのは認めよう。好きか嫌いかで言えば前者と言うのもな」

 

「ふむふむ、悪くはないと。因みに彼女さんらにはされたことは?」

 

「………、どうしてそれを言わなきゃいけないんだよ……」

 

「ふむふむ、既に香坂先輩が実践済みと……」

 

「っ……!?なっ……おまっ……!」

 

いやー……良い反応を返してきますなぁ。

 

「どうして知っているかと?そりゃ、先輩に勧めたのは私ですから」

 

以前、梅雨の時期に香坂先輩から何か迫れるようなシチュエーションは無いかと聞かれたので、適当に言っておいた。わざとふたりで雨に濡れて、そのままお風呂へ作戦だ。

 

後日香坂先輩から成功したという旨と、風呂場では声が響くのと、水滴の音があって中々興奮したとか何とか感想文が投下された。

 

水の溜まった風呂桶での行為は動くたびに一緒に水の音も反響するからなんとかかんとか……。

 

「それに、確か半身石化した時、天ちゃんに流して貰っていたはずですし」

 

「はっ!?……それも知ってるのかっ!?」

 

「フフフ、私を誰だと思っているのですか」

 

私の言葉に毎度驚いたり赤面したりと、忙しそうな顔ですな。それがまた面白いのですが……。

 

「あーーっ、くそっ!先に入ってくるからな!」

 

居心地が悪くなったのか、その場から退散するように風呂場へ向かう。

 

「ごゆっくりー。浴衣や下着類の男性物が入口にありますので、そちらを着るようにお願いしますねー?」

 

「ご丁寧にどうもっ」

 

そのまま風呂場へと行き、鍵を掛ける。余程恥ずかしかったみたいですねぇ……。まぁ、風呂から出て来た時には元に戻るでしょう。

 

お茶を飲みつつ20分程適当に待っていると、中から風呂上がり姿の先輩が出てくる。

 

「おぉー……これはまた」

 

風呂上がりの浴衣姿と言うのは、確かに人を魅力的に見せるものですね。

 

「上がったから九重も―――って、何してんだ?」

 

先輩の風呂上がり姿の写真をスマホで撮っていると、変な目を向けて来た。

 

「いえ、折角ですし先輩のお姿を納めておこうかと」

 

「納めるって……良いもんでもないだろ」

 

「いえいえいえ、彼女さんらには絶品ですよこれは」

 

撮った写真を取りあえず四人のグループへ投稿しておく。

 

「あ、ベッドに座った写真とかも良いですか?それと、この椅子に座ってのんびりしている姿とかも……」

 

「駄目に決まってるだろうが。それよりそっちも早く入ってこいって」

 

私の言動に呆れつつも、お風呂を催促してくる。

 

「なるほど、『シャワー浴びて来いよ』ってわけですね?」

 

「どう解釈したらそう捉えれるんだよ……」

 

「冗談ですよ。それじゃあ私も行かせてもらいますね。あ、これお茶です」

 

椅子から立ち上がり、先輩へ冷蔵庫から取り出したお茶を渡しておく。

 

「おう、ありがとな」

 

「ではではー」

 

脱衣所に入り、来ていた服を全部脱ぎ、カゴの中へ放り込む。

 

「替えの服は……」

 

風呂に入る前に自分が着る服を確認すると、棚の中に女性用と思われる着替えが置かれている。

 

「そんじゃ入りますかっ」

 

入口を開け、浴場へ入る。

 

いつも住んでいるマンションのとは違い、倍以上の広さの浴場と風呂桶が広がっていた。

 

「おぉ……すご」

 

床には木の板が敷かれており、桶も木造の物だった。風呂場内に広がる木製の匂いがとんでもない。

 

「こういうの……檜風呂って言うのかな?」

 

湯気もそうだが、浴室内を満たす檜の重厚な匂い。これが鼻に来る。

 

一通り見渡してから風呂椅子に座り、お湯を頭から流していく。

 

明日からは毎日風呂に入れる保証も無いし、今の内にしっかり堪能しておかないとねー。

 

洗っている間に、風呂桶に水を貯めておく。

 

髪と体を洗い終え、貯まった浴槽の中へ入る。

 

「くはぁ~~……身体に染み込むぅ……」

 

首までしっかりと浸かり、体の力を抜く。

 

「うおっぷ」

 

自分の身体より大きい浴槽の為、力を抜くと普通に水の中に沈んで行く。

 

「潜水できそうだねぇ……」

 

沈まない様にアーティファクトを使って固定しておく。

 

……昔から、お風呂の時が一番危険って聞くけど、確かに裸だし気を抜いてしまうなぁ。水浴び一つとっても浴びる時に目を瞑るしね。

 

武士が風呂の入る回数が少ないのは、やっぱり風呂の時は刀が無いから危ないとかなんだろうか……?

 

ぷかぷかと浴槽内に浮かびながらも、一時の風呂を満喫してから風呂を上がる。

 

「いやぁー……いい湯でしたぁ」

 

ドライヤーで乾かし切れてない髪をタオルで拭きながら、部屋へ戻る。

 

「おー、おかえり」

 

「はい、ただいま戻りました」

 

先程と変わらず椅子に座っている先輩の隣に座り、お茶を飲む。

 

「スマホ、めっちゃ通知来て震えてたぞ」

 

お茶を飲んでいると、テーブルに置いていたスマホを指差す。

 

「通知ですか?」

 

何だろうと見てみると、さっき送った先輩の写真に対してのメッセージがバンバン飛んで来ていた。

 

「あ~……把握しました」

 

「誰からだったんだ?」

 

「さっき撮った先輩の写真を皆に送っただけですよ」

 

「ん?いや待て。今のどこが"だけ"なんだ?"だけ"じゃないだろお前。何してくれてるんだ」

 

「私だけだと不公平かと思いまして」

 

「いやいや、何に対してだよ……」

 

困惑する先輩を横目にメッセージを見ていく。……なるほど、もっと写真が欲しいと。

 

グループ内は非常に盛り上がっており、追加の催促が来ていた。

 

「……えいっ」

 

取りあえず、横に座ってテレビを見ている姿を素早く撮影する。

 

「おわっ!?何勝手に撮ってんだっ!」

 

「恋人さん達からのリクエストがあったので……つい」

 

「つい……じゃないだろっ。送る前に早く消せっ!」

 

「すみません……既に送ってしまいましたので……てへ」

 

撮った写真を速攻でグループへ投稿する。

 

「てへ、じゃねーよ」

 

「先輩先輩、ついでにそこのベッドで座って貰っても良いですか?」

 

「普通に嫌だが?」

 

「こう……右足は少し立てて、右手を右足の膝に乗せて、左手はベッドに置く感じで。こちらに流し目で視線を貰えれば文句無いので」

 

「随分具体的な注文だなおい!やらねーよっ」

 

「良いじゃないですか。減るもんじゃありませんし。寧ろ恋人が喜びますよ?」

 

「普通に恥ずかしいわ」

 

「結城先輩とはコスプレで撮影会したのに?」

 

「なっ!?」

 

「きっとその時の結城先輩は喜んでいたんだろうなぁ……変身した先輩の"ナイトブレイダー"に」

 

横の先輩を見ると、お茶を持ってわなわなとしている。

 

「別に私は変身をさせるつもりはありませんし……。ただ皆さんに先輩のかっこいいお姿を見せたかっただけなんだけどなぁー?」

 

チラチラと、視線を送る。

 

「この……っ!」

 

「先輩が彼女さん達の喜ぶことをしないなんて解釈違いだしなぁ……チラチラ?」

 

「ああもうっ、うざったい!良いよ!やるよ!やれば良いんだろっ!?」

 

遂にやけくそ気味に立ち上がる。

 

「流石見込んだ先輩です!最高に輝いています!」

 

「はー……もうなんか疲れた」

 

「大丈夫ですか?明日は少し朝方に出るので、今日は早めに寝ておきましょうか」

 

「誰のせいだと思ってるんだ……」

 

頭を抱えるように愚痴を零し、ベッドに座る。

 

「それで?何をすればいいんだ?」

 

「ちょっと待ってくださいね?えっと……足はこうで、手はこれで……」

 

座って居る先輩の身体を掴み、イメージ通りに動かす。

 

「……よし、完璧!撮りますので、視線お願いしまーす」

 

「はぁ……これで良いか?」

 

疲れたような表情でこちらを見た瞬間を見逃さず撮影をする。

 

「うおぉ……最高です!今の表情やりますね!決まってましたよ!」

 

少しダレている様な顔……!

 

「贅沢を言えば、少し着崩してたらエロっぽかったかもしれませんね……」

 

「誰がするかっ、んなこと」

 

「まぁ良いでしょう。次っ、次行きましょう!」

 

いい機会なので、色々と撮って皆に送っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……先輩?手はこっちに……、上に伸ばす感じでー……」

 

撮影会はヒートアップし、次々と撮っていた。

 

今はベッドに寝転がっている先輩が天井に向けて片手を広げ突きだすようなポーズを要求していた。

 

それを私が先輩の頭上に跳び、能力で空中に滞空したまま見下ろすような形でスマホを向けていた。

 

「あー良いですね。最高ですよぉー……はい、チーズ」

 

無事撮り終え、先輩を踏まない様に回りながらベッドへ落下する。

 

「これも送って……よし、次は……」

 

「いや……、何回撮んの?もう満足しただろ……」

 

「え?」

 

「"え?"じゃない!数枚かと思ったら何十枚も撮りやがって……」

 

「いやぁ……皆さんが喜んでるのを見たらどんどんやる気が出て来まして……。ほら、大絶賛ですよ?」

 

寝ている先輩にスマホを見せる。

 

先輩に見せたグループでは、送った写真の評論会が開かれていた。それなら普通に撮るだけだと味気ないので色んな角度から撮ってみたけど、これがまた高い評価を頂けたわけで……。

 

「どんどんエスカレートしていくと思ったらそう言う事だったのか……宙ぶらりにまでなって」

 

「普通だと撮れない高さですしね!流石アーティファクトって感じですっ」

 

「また変な使い方を発見してるし……」

 

「前みたいに仏様をしてあげましょうか?天ちゃんにウケが良かったやつを」

 

「いらんからせんでいい」

 

「それは残念です」

 

疲れたようにため息を吐き、体の力を抜く。

 

「撮影に付き合って貰ってありがとうございます。お陰で楽しめました」

 

「そりゃどーも」

 

私の感謝に対して適当に手を振って返事をする。が、なんやかんやで先輩も楽しんでいたことは追及しないでおこう。

 

「無理して付き合ってもらったわけですし、お礼……ではないですが、私も先輩に何かしましょうか?」

 

「ん?別にそんな大したことじゃないから気にすんなって」

 

「いえいえ、こういう時のお礼としての対価は大事ですから……例えば、先輩の身体を……癒してあげましょうか?」

 

ススス……と、近寄り甘い声で問いかける。

 

「は?急にどうした……?」

 

「いえ、長旅でお疲れでしょうし、私が気持ちよくさせてみようかと」

 

「気持ちよくって……お前何を……っ!?」

 

迫って来た私から遠ざかろうとする先輩に能力を掛け、逃がさないよう固定する。

 

「先輩はただ私に身を委ねるだけで大丈夫ですから。実はこういうの私、得意なんですよ……?」

 

つつ……と浴衣の上から二の腕をなぞる。

 

「おまっ!?やって良い冗談の限度って物が……!」

 

「そうですねぇ……まずは、"足"から行きましょうか……?」

 

先輩から一旦離れ、足元へ移動する。

 

「ま、まて九重っ!一体何を……!!」

 

「何をって……そんなの決まっているじゃないですか―――」

 

ゆっくりと先輩の足裏を触り、状態を確認してから……"ツボ"を押す。

 

「―――マッサージ、ですよ」

 

足裏を痛くない程度の力加減で、ぎゅむぎゅむと押す。

 

「……は?」

 

私の言葉に、キョトンとする。

 

「痛くないですか?ここのツボって、結構痛がるらしいですけど……って先輩?どうかしましたか?」

 

「……あ、ああ。なるほどねっ。マッサージを……」

 

「はい、そうですよ?長距離移動で疲れてるでしょうし、明日から忙しくなると思うので少しでも癒せればなぁ……っと」

 

「はぁ~……なるほど。俺を労わってくれると……」

 

「もしかして、エロい事でも考えましたか?いやぁ~……恋人が四人も居る人にそんなことなんてっ!おいそれとは出来ませんよっ!畏れ多い……っ、たはっ!」

 

あ、我慢できず笑ってしまった。

 

「ぜってぇわざとだったよな!?おいっ!故意的だろ!」

 

「はて?純真無垢な私にはさっぱりですねぇ……?」

 

「くっそ……!能力のせいで身動き出来ねぇ……!」

 

「まぁまぁまぁ、先輩は大人しく私のマッサージを受け入れてくんなまし」

 

「あー……あとで絶対一発殴ってやる……」

 

「か弱い乙女を殴るとは……それでも新海翔ですかっ」

 

「知るかあほ。この沸々と湧き上がってくる怒りを鎮めるには殴らなきゃ気がすまん」

 

「まぁ、バイオレンスな先輩も素敵だと思いますが……ポッ」

 

「こいつ無敵かよ……」

 

その後、しっかりと堪能してもらった先輩にデコピンを一発貰い、『キズ物になりました……お嫁に行けません』と言ったらチョップも食らった。

 

 

 

次の朝、運んできたキャリーケースから着る服を先輩にも渡し、要らない荷物諸々をホテル側に預けて出る。外で待機して貰っていた車に乗り込んで目的地へ向かった。

 

さて……遂にここまで来たけど、昨日までの日常との落差に、先輩が風邪とか引いて頭おかしくならないと良いのですが……。

 

 





翔に他の枝の事を色々と知っているとバラしたので、それを使って揶揄い始める主人公……。そのため多少なりと気が楽になった事でしょう。きっと、多分。


最後辺りの翔へお礼をするボケとして最初は、

「今度は私を撮っても良いんですよ?チラリ」

と、浴衣を……とか考えていたのですが、破廉恥過ぎたので止めときました。



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第14話:灰の街


街へ潜入当日、当然ビザもパスポートも非ず。

新海翔視点で行きます。




 

 

「乗り心地は如何ですかー?どうぞ、コーラです」

 

「もはや文句一つねぇよ……」

 

車の中とは思えない広さと設備の中、隣のソファーの様な座席に座ってる九重が飲み物を渡して来た。

 

ホテルの次は車かよ……。

 

 

 

 

 

 

昨日の夜、俺をおちょくった九重に制裁を食らわして一息ついてると、明日の話があると、真剣な表情でこちらを向いた。

 

わざわざアーティファクトまで使って防音する徹底ぶりに多少の緊張はあったが、要するに……滅茶苦茶危険な場所だから自分から離れないでほしいって感じの内容だった。

 

ホテルの部屋に来た時にも少しだけ聞けたが、やっぱり九重の実家がしている家業……とでも言えば良いのか、それは普段俺たちが映画などで見るような危険な内容らしい。

 

それこそ、常に死と隣り合わせと言っても誇張でも何でもない様な世界で生きてきた。そう俺に話していた。

 

本来なら、九重単独で行くはずだったが、俺が付いていく事になってしまった。正直、九重からすればお荷物も良い所だろう……。聞かされた注意も、俺を守る為に事細かく言っていた……が、まるで子供に言う様な注意事項なのは些かどうかとは思ってしまった。

 

追加の詳細は現地の拠点に着いてから改めて話すという事で話は終了した。

 

アーティファクトの能力を解き、いつも通りに戻った表情で『明日も早いので、今日は寝ましょうかっ!』と言って来たのは、俺に気を遣っているのだろうと容易に分かった。

 

寝る準備をしてお互いベッドに入ると、少し明るい声で九重が俺の名前を呼んでいるので、何事かと顔を上げると―――。

 

『見て下さいっ!トランポリンみたいに跳ねますよっ!』

 

と、ベッドの上を何回も飛び跳ねていた。

 

……小学生か、お前は。

 

自分でも呆れた顔になっているだろうなと思いつつもそれを見ていると、次第に前宙や逆に後方宙返りをし始めた。終いには『トリプルアクセルッ!!』とか言って空中で明らかに三回以上の回転をしてベッドに落下した。

 

満足気な顔で俺に何点かと聞いて来るので、適当に0点と言うと『雑ッ!?』と体を起こして驚いていた。

 

さっきまで激しめに回っていたからだろう。髪や浴衣が若干崩れてる……が、当の本人はそれを全く気にした様子は無く『ちゃんとトリプルじゃ無いからかー……』とかよく分からん反省をしていた。

 

このままだとまた寝るのが遅れると思い強制的に電気を消し、布団を被って寝た。

 

次の日、俺より先に起きて既に着替えを済ませていた九重に起こされ、顔などを洗って朝食を食べると、九重から今日着る服らしいそれを渡された。

 

作業着……と言えば良いのだろうか?以前九重が着ていた黒い服の男版だった。九重も同じ物を着ているが、俺のより少し装飾が多かった。

 

初めて着るそれを手伝って貰いつつも何とか着ることが出来た。この後必要になる荷物以外の部屋にある着替えやケースなどは全てホテル側に預かってもらえるらしく、九重に渡されたアタッシュケース一つと、バックを持ってホテルを出た。

 

出た先に既に黒塗りの高級車が止まっており、九重から外で待っていた運転手であろう大人の人と少し話してそのまま後部座席に乗り込んだ。

 

乗り込むと、そこは車とは思えない位の広さがあり座席と座席の間には小さなテーブルまで付いていた。

 

その内装に唖然としつつも取り敢えず座り、周囲を見る。

 

ここは本当に車の中なのか……?

 

ドアについている窓は、こちらから外の景色が見えない様に加工された窓が取り付けられており、正面の運転席側とも壁があり遮断されている。

 

俺が口を開け驚いている間に、車は静かに動き出した……。

 

 

 

 

 

 

―――と、今に至る。

 

「こういうの、カスタム車って言うやつか……?」

 

九重から飲み物を受け取り聞いてみる。……てか、このコーラどっから取り出した?

 

「そんな感じですよ。特別仕様に大改造しちゃってます。驚きました?」

 

「あ、ああ……滅茶苦茶な」

 

「それはやった甲斐がありましたねっ。空調は完璧、外の景色も見えないので情報は遮断されていますし、小型の冷蔵庫まで設置されている。まさに"住める車"です。あ、お風呂とトイレはありませんが」

 

冷蔵庫……飲み物の正体はそれか。

 

「幾ら位したんだ……?この車……」

 

聞くのが怖いが、怖いもの見たさもある。

 

「んー……まぁ、貯金の半分くらい飛びましたね。中々の散財でした」

 

「は、半分ね……」

 

詳細の値段は言ってくれなかったが、こんな車が安いわけが無い。つまり?……もう一台造れる程度にはお金を持っていると?

 

「数百は掛かってるよな……これ」

 

なんだか急に座ってるのが申し訳なく感じて来たわ……。汚れてたりしないよな?大丈夫だよな?

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。ここには私しか居ませんので」

 

俺の様子を見て察したのか、くすくすと笑いながらこっちを見ている。

 

「こんな高級なのに乗ってるとなぁ……俺が汚したり傷つけないか不安なんだよ……」

 

こちとら庶民だからな……!

 

「そこまで変に気を遣わなくて良いですよ。仮にコーラを零してしまっても請求とかしませんって。ここから二時間近い移動なんですから、気を張ってると疲れてしまいますよ?」

 

二時間か……また長距離移動ってことか。

 

現在時刻を確認しようとスマホを取り出す。

 

「……?圏外?」

 

画面を見ると、電波が一本も立っておらず、『圏外』と表示されていた。

 

「あ、そうですね。この車の中では電波類を切っています。なのでスマホも……ほら、私のも圏外ですよ?」

 

そう言って見せて来た九重のスマホの画面にも『圏外』と表示されていた。

 

「……そうする理由を、聞いても良いか?」

 

「移動中の位置の特定を誤魔化す為……でしょうか」

 

……つまり、今から俺たちが行くであろう場所は、その位秘密にしておきたいってことなのか……。いや、日本政府が関わってるって言ってたもんな。

 

「……なるほどね」

 

「なので、一応車から降りる時にスマホの電源は切っておきましょう。まぁ……多分圏外には変わりないと思いますが」

 

「分かった。その時にまた言ってくれ」

 

「了解です。今は最後の高水準生活を楽しんでおきましょうっ。街へ入れば……地獄ですよ?」

 

俺に向かっておちゃらけた様な口調で話す九重の表情に一瞬、影が差した様な気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから到着までの時間を九重と雑談やアーティファクトの話をしていたが、朝早くに起きたという事もあって睡魔に負けて30分以上寝たりもしてしまっていた。

 

「お、着いたみたいですね」

 

車が停止する感覚を味わう。どうやら漸くご到着らしい……。

 

すると、両側のドアが開く。

 

「降りましょうか。あ、スマホは切りましたか?」

 

「……ああ、大丈夫だ」

 

開いたドアから流れて来たのは、木や土などの自然の匂いだった。

 

「ありがとうございます」

 

ドアを開けてくれた黒服の人にお礼を言って降りる。

 

「ここは……森……か?」

 

「目的地の少し前ですね。行きましょうか」

 

隣まで歩いてきた九重が、これから進むであろう道を見て言う。

 

俺達が歩き出すと、乗せて来てくれた車が動き出して去って行く。

 

「……で、ここからのご予定は?」

 

「一キロ程歩きます」

 

「おーう……」

 

こんな森の中を一キロもか……。まぁ、獣道じゃなくてそれなりの道があるだけましか……。

 

「ピクニックみたいですねっ!」

 

「弁当も何も持って無いけどな」

 

「九條先輩に頼んでナインボール出張版を依頼するしかないですねー」

 

「どんだけ距離があると思ってんだ……」

 

お互いに軽口を言いつつも見知らぬ道を歩いて行く。

 

「あ、先輩。念のために天ちゃんの能力で二人分の気配操作してもらっても良いですか?」

 

「別に良いが……必要なのか?」

 

「保険ですよ。保険」

 

にひっと人差し指を口元に当てる。いちいちあざとい仕草をしてくるなぁ……。

 

「……ほれ、しといたぞ」

 

「ありがとうございまーすっ」

 

そうして少しの間歩いて行くと、森などの自然的な匂いとは別の臭いがし始める。

 

「そろそろですねぇ……っと、この辺で良いかな?」

 

くるりとこちらを向き、立ち止まる。

 

「もう少し歩くと目的地に着きますので、ここから森の中を迂回して別の場所から入ります」

 

「分かったが……え、森の中を……か?」

 

どう見ても人の手が加わっていない自然そのものである。

 

「安心してください。私が運びますので」

 

「え?運ぶ……?」

 

『何を?』と聞くより早く、九重が俺の懐に頭を入れて持ち上げる。

 

「のわぁあっ!?ま、待て待て何を……!?」

 

「気を楽にして下さいねー?直ぐに着きますのでー……」

 

俺の言葉を聞かずに、そのまま森の中へ突っ込んで行く。

 

「うおっ!?危なっ!……っ!」

 

俺を担いだまま高速で森の中を走り抜けていく。……あー……景色が過ぎ去っていくぅー……。

 

揺られつつも呑気な事を考えながら、手に持っているアタッシュケースだけは離さないでおこうと諦めて大人しくしていると、正面に数メートルはある壁が見えて来た。

 

「はーい、跳びますよー?」

 

「は?跳ぶ……?」

 

嫌な予感がして九重を見ると、壁より少し前で壁に向かって垂直に飛び出した。

 

「おぉおおっ!!?」

 

人一人を担いでいるとは思えないジャンプ力を見せたかと思うと、更に空中で加速し始める。

 

……あれか、別の枝で見た宙を蹴って跳んでるのか。

 

ここまで来ると逆に冷静になってしまう。かなり高くまで上がっているが、不思議と恐怖感は出てこなかった。

 

先程まで居た森がどんどん遠ざかっていく様を見ていると、次第に高度が下がっていく。

 

そろそろ降りるのかと思って下に視線を向けると、かなり劣化しているであろう建物が見えた。そこに着地する為に徐々に近づいて行く。

 

「とうちゃーく。先輩、着きましたよ。ここが、私が生まれた地ですよ?」

 

屋上と思われる場所に着き、九重から下ろして貰い立ち上がる。

 

顔を上げると……そこには―――灰色の世界が広がっていた。

 

現代より少し昔の建物や木造の建造物が乱立しているが、それらの建物の一部は崩壊しており、周囲には瓦礫が散らばっている。

 

道路と思われる土の道には、ゴミが散乱しており、その道端には人と思われる大きさの何かがうずくまるように座って居た。

 

まるでフィクションの様な光景だが、それら全部が現実と俺に教えるように、酷い腐敗臭や薬品だろうか……。鼻を刺すような刺激臭、様々な匂いをぐちゃぐちゃに混ぜた様な臭いを全て纏めて風と一緒に俺へと運んできた。

 

「ここが……九重の……」

 

ここから見える景色だけでも、自分が別の世界に迷い込んでしまったような気分だった……。

 

「ふふ、中々ショッキングでしょう?驚いちゃいましたか?」

 

風に吹かれる髪を押さえながら俺を見上げるその顔は、どこか寂しそうな表情をしている。

 

「確かにこれは……九重が言った通りの……ま、街だな……、かなり驚いた……」

 

そうとしか言葉が出てこない。

 

「匂いとか景色に慣れるまで大変だと思いますが……いえ、出来れば慣れないでほしいですが……、取り敢えず拠点まで移動しましょう。すぐそこなので」

 

「あ、ああ……分かった」

 

「ホテルで私が言ったここでの決まり事、守って下さいね?特に手の届く範囲からは絶対に離れてないで下さいね?」

 

「大丈夫だ。ちゃんと守るさ……」

 

九重の横を並んで歩いて行く。……俺の想像の何十倍も、ね……。本当にその通りだと実感させられるよ。

 

まるで崩壊した世界を歩いている様な気分だ……。

 

「先輩、周囲をキョロキョロと見ちゃ駄目ですよ。正面だけを見ていて下さい」

 

建物から出て狭い道を歩いていると、注意を受ける。

 

「すまん、気を付ける」

 

「まぁ、しょうがないとは思いますがねー……。でも、おのぼりさんって周りに見られると、襲われますよ?……ん?この場合は逆おのぼりさん……?いえ、下り者……?都落ち……?」

 

緊張する俺とは逆に、隣で歩く九重はいつも通りの様子だった。寧ろどうでも良い事に頭を悩ませている。

 

「ま、アーティファクトのおかげで大丈夫だとは思いますが、何事も慎重に考え過ぎて損は無いでしょう」

 

「……そっちは相変わらず平気そうだな」

 

「あはは、そうですね。いつも通り平常運転ですよ?このくらいでは何も変わりませんって」

 

楽しそうに笑うその姿は、本当に今から学校にでも登校するような足取りだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ここがこれから私と先輩が潜むことになる場所ですっ!パチパチパチ~」

 

人気の無い道を歩き、狭い地下に入って進むと、厳重そうなデカい扉が正面に見えた。

 

九重がそのロックを解くと、重厚そうな扉を開き中へ入った。

 

電気が点いたそれは……シェルターだろうか、そこには生活可能な空間が広がっていた。

 

「取り敢えず案内するので入って下さいな」

 

俺が建物内に入ると、入口を閉めなおす。

 

「えっと、まずはここが台所です。火は使えませんが、ギリギリ電気は行けるのでレンジでチンは出来ます。あと水は出ないのでそこの箱から好きに使ってくださいな。あ、食事は結構貧相なので期待しないで下さいね?」

 

部屋の角に段ボールの箱が積まれている。……あれは食料や水だろうか?

 

「次は……こちらがトイレとお風呂ですっ。当然水は出ないのですが、入口にあるこの入れ物に予め水を淹れて置けばシャワーとして使えます。トイレも横のやつに水を淹れれば似た感じで使えますのでご安心を。臭いなどの空調も完璧です」

 

次々と指で差しながら説明を続けていく。

 

「寝る場所は、奥の部屋ですね。ベッドを置いてますので、昨日のホテル程ではありませんがー……寝れはしますよ。一先ずはこんなもんですかね?」

 

「ここも……九重が用意したのか?」

 

「ん?あー……いえ、この場所はおじいちゃんにお願いして作って貰いました。簡易で良いって言ったんですが、まさかここまで上等な物が出来上がってしまうとは……。でも、今としては結果オーライですね」

 

それは恐らく、九重の事を大事に思っているからだろうな……ここの作りを見ればよく分かる。

 

「疲れとか大丈夫ですか?朝から移動していましたが……?」

 

「いや、森の中を歩いた程度だしそこまで疲労はないな」

 

「了解です。少しでも疲れや体調に変化があったら言って下さい。ほんの少しでもですよ?」

 

「了解、気を付けとくよ」

 

「環境による病気が怖いですからね。薬はある程度常備してますが……」

 

「ところで、拠点に着いたわけだが、この後はどう動くんだ?」

 

「そうでした。では話し合いましょうか。奥の寝室に行きましょう」

 

ベッドのある寝室に向かい、荷物を置く。

 

「えっと……この後は、まず状況の説明をしてから、準備をして一度出掛ける予定です。あ、先輩はベッドに座って貰って大丈夫ですよ」

 

どこからかホワイトボードをガラガラと引っ張り出し、折り畳み式のテーブルを立てる。

 

「先にこの街の構造からですね……」

 

ホワイトボードに大きく円を描き、少し内側の一カ所に×印を付ける。

 

「ざっくりですが、この街の形です。円状に広がっていてそれらを囲う様に壁があります。入る時に見たと思いますがあれです。そして、私たちがいる地点が大体この辺りです」

 

壁からそれなりに歩いたと思っていたが、大して距離が離れている様には見えないって事は、結構大きい街なのだろう。

 

「んでんで、街には大きく分けて三つの生活基準に分かれています。……階級的な物ですね」

 

続いて円の内側に〇を描き、更にその内側に〇を描く。

 

「かなり適当にですが、外から内に行くほどに生活は豊かになります。あー……先輩にも分かりやすく言えば、最近流行ってる異世界物あるじゃないですか?」

 

「あるな」

 

現代で死んだ主人公が異世界に転生して……ってやつだな。近頃アニメとかでもよく目にする。

 

「その異世界の中世レベルの……貴族、平民、貧民、この三つに分かれてる感じです」

 

「なるほど」

 

確かにイメージはしやすい。

 

「私たちがいる場所は一番外側なので、クソオブクソな場所です、ここに法なんてありません。ありとあらゆる犯罪が起こる可能性があります。当然強盗や殺人なんて日常茶飯事です」

 

「つ、捕まらないのか……?」

 

「こんな場所におまわりさんなんていませんよ。居ても殺されて身ぐるみと拳銃全部持ってかれ、死体は売り飛ばされますね」

 

つまり……本当に法律もくそも無いってことなのか……。

 

「次は中間の平民地帯ですね。ここはまだ少しましで、文化な生活を可能にしようと日々様々な事をしています。食料や衣類など生活に必要な物を何とか自分たちで造ろうと努力している感じですね」

 

「一気に現実的な話になったな……」

 

「ま、ここは私達一族がひっそりと手助けしたりもしているので。人として生きれるような最低限度の生活基盤を確立することを目指してはいます」

 

「支援団体みたいなものか……?」

 

「ですね。なので外側よりは幾分か民度はましです。あくまで程度がましなだけで当然犯罪は起きますよ?ですが、この辺りから法律に近いルールは作られています。それと、外側との隔てがありませんので、外側の人間が強奪したりと騒ぎが絶えません。ここの人間は如何に内側に住めるかで安全度が変わります」

 

ホワイトボードに"VS"と書き、バチバチにやり合っているイラスト書いて行く。

 

「最後に一番内側の区画です。こちらは基本的に安全です。中間層との間には関門が引かれているので、出入りがそこそこ厳しいです。あと、境界線近くには見張りが常に居るので、疑わしいのが近づくと問答無用で殺してきます」

 

「……問答無用で?」

 

「はい、即銃殺ですね。まぁこれはこの街を囲っている壁に配置されている警備も同じなのですが……」

 

「と、言うと……?」

 

「中の人間が街の外に出ようと壁に近づくと、撃たれますね。壁から100m近くは空白地帯で何もありませんし、センサーやカメラも設置されてるので、人が近付けば直ぐに気づかれます」

 

「外から入ろうとした時はそうは見えなかったが……」

 

「ああ……外から中には結構簡単ですよ。中から外に出さない為の壁なので」

 

だから簡単に入れたわけか……いや、かなり強引に行ってた様な気もするが……。

 

「内側の人らはそれなりに良い生活をしていますね。下手したら日本での高水準な生活をしている人達にも引けを取らない人も居るでしょう」

 

「可能なのか……?それって」

 

「仕組みとしては簡単です。中間層の人達に『今いる場所より内側に来たければ、見ヶ〆料を寄越しな』って感じです。それとは別に街の外との物資の取引もしているので、それをチラつかせたりして悪どーい暮らしをしていますねぇ……」

 

「外と取引をしてるのか?」

 

「はい。内側の人達はそこそこの武力……戦力を持っているんですよね。それこそ血と暴力に長けた人達を自分たちで。そんな人達を街の外に出さないためにも、その欲を解消させる為に物資を送っています。まぁ、一種の治安維持的な物でしょう。後は裏社会的な人達からも……」

 

「それも……九重の実家がか?」

 

「いえ、こちらは政府側ですよ。私たちはその抑止力的な存在です。定期的に街へパトロールする役目ですね」

 

そう言って一番内側の円の中にパトカーの絵を描く。

 

「そして、もし街の中の人間が外に出てしまった場合、これらを捕縛、または処理する必要が出てきます。外の人間に危害を加える前に」

 

「……それが、役目って訳か……」

 

「正解ですっ。はなまるを贈呈しまーす」

 

赤いペンではなまるを一つ描く。

 

「その……なんだ?外に出る人間全員が、犯罪とかをした人……なのか?」

 

仮にただ街で生まれただけの人が居たりも……。

 

「ふふ、お優しい考えですね。……確かに、先輩の言う通り善人寄りの人間も居るかもしれません。その場合は捕縛して色々と調査します。結果次第では、人として生活が出来るようにと、政府と私達一族の主導の元、支援をしたりもします」

 

「なんだ、ちゃんとそう言う場合もあるんだな……」

 

「―――ま、そんな事これまでに一度も起きていませんが」

 

「……は?一回も……無いのか?」

 

九重の言葉に思わず聞き返す。

 

「残念ですが。……先輩、この街を出ようとするためには、壁へ近づく必要があるのか分かりますね?」

 

「あ、ああ……」

 

「そして近づく人間は強制的に殺されます。これを覆す為には、それらを退けれるだけの何かしらの力が必要です。そして、そんなものを持っている人間のほとんどが一番内側の人間です」

 

「そして、その人間たちは大抵が外で普通の人間として生きて行けない犯罪者か、人間性が欠如した異常者です」

 

「つまり……外に出ていく人は全員が……」

 

「はい。外の人間に害を及ぼすと判断される様な人ですよ。まぁ……一部例外も居るでしょうが。そんな感じでどうしようもない街ってことですよ。ここは」

 

九重からの説明を受けて、改めて自分が来た場所が如何に危険かを感じる……。

 

「んでー、今回私たちが相手にするのが、この内側の区画の一角を牛耳っている組織です。一応この後実際に情報の精査をしておきますが……」

 

一番内側の円の一部を赤のペンで塗っていく。

 

「私達一族の一つ……一ノ瀬家って言うのですが、この人たちがこの組織の人達とやってはいけない取引をしているんですよね。まぁ……加担している一族は他にも居るのですが、こちらは些細な問題です」

 

「それらを止める為に……ここに来たってことか?」

 

「大体そんな感じです。ぶっちゃけ一族の掟やルールを破っているので、悪・即・斬っ!って感じです」

 

『びしっ!』と口で言いながら持っているペンで切り裂く動きをする。

 

「流れとしてはー……情報を集めて、内側の組織のどこかしらかに潜入します。まぁ、戦力を求めているので何とかなるでしょう。内側から情報を集めつつ、悪い人たちを全て成敗すれば無事任務完了って所です」

 

「敵側に……潜入をするのか?」

 

「ですね。先輩も情報を得る為にリグ・ヴェーダに潜入していたでしょ?あれと同じですよ」

 

「いや、規模が全然違うだろ……」

 

確かに潜入だけを見るなら一緒だが……。危険度は段違いのはずだ。

 

「そうですか?先輩の場合は自分陣営より脅威で相手側の情報が碌に分からず、どんなアーティファクトを持っているかすらハッキリとしない中での潜入でしたよ?しかも自身に戦闘力は無く、頼みの綱は香坂先輩だけだったかと……」

 

「まぁ、それはそうなんだが……」

 

「それに比べて私は、相手側の情報と大まかな規模と戦力を知っていて、それらを蹴散らせるだけの戦闘力があり、更に更にオーバーロードと言うルール無視と言える最強無敵の反則技まであるんですから。ほら、簡単に思えるでしょ?」

 

「そう……なのかぁ……?」

 

そう聞くと、何だか有利に思えてしまうが……言いくるめられてるのだろうか?

 

「そうですよっ!仮に何かあっても「はい、オーバーロード」って手札を切れば相手は何も出来なくなりますから!普通にインチキですよ!卑怯ですっ!相手が可哀想です!」

 

「なんでちょっと愚痴ってんだよ……」

 

「相手に同情してしまう程ってことですよ」

 





長くなりそうなので、一旦ここで区切って続きを書きます。

次も新海 翔視点になりますので、少々お待ちを……。



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第15話:帰省ですねぇ。と言っても、ただいまを言う相手が居ませんが……


続きですです。




 

 

「取り敢えず今日は、少し外を出歩いて情報を集めたら終わりです。帰りにちょっと寄っておきたい場所もありますしね」

 

「敵の情報を集めるのか?」

 

「ですね、それと相手側にこちらの存在をちょっとばかしアピールしておくのが目的ですねー」

 

ホワイトボードから離れ、持ってきたバッグを漁り始める。

 

「出掛ける前に少しおめかしをしますので少々お時間を下さいなー。あ、先輩も追加で着替えて貰いますよー」

 

そう言って中から布やらマスクを取り出しては渡して来る。

 

「……これは?」

 

「菌の予防でマスクと、更に上からそのバンダナで口元を隠しましょう。首の後ろで結ぶ感じで」

 

フェイスマスクだろうか?言われるがままに渡された物で顔を覆っていく。

 

「後はこの外套を首からすっぽりと被ってくだせぇな」

 

最後に渡されたのは、全身を隠す様な……マント?ダルママントって言うやつか?

 

「出る時はフードを被って顔を隠しておいて下さいねー?」

 

取り敢えず着てから心地を確認していると、隣の九重が頭からカツラを被っていた。

 

「本格的な変装でもするのか?」

 

「ん?ええそうですよ?私そこそこ有名なので顔が割れてるんですよ。なのでちょっとでもバレない……ようにっと。よし……」

 

黒い長髪の髪を被り、整えるように手で確認している。

 

続けて目元を隠すためのサングラスを付け、俺と同じ様にマスクなどで顔を覆って最後に外套を被った。

 

「ジャーン。どうです?黒髪ロング美少女の誕生ですよ。似合ってます?」

 

俺に見せつけるように、その場でくるくると回る。

 

「あ、あー……残念ながら、着ているやつでのせいでよく分からんな」

 

「それもそうですね。印象はどうです?変化を感じますか?」

 

「まぁ感じるな。少し年上っぽく見えなくもない」

 

「ありがとうございます。出来れば身長も誤魔化したいのですが……そこは諦めざる得ません、後は……胸とかも盛った方が印象って変わるんでしょう?先輩はどう思います?」

 

うーん、と首を傾げながら自分の胸を触る。

 

「いや、俺に聞かれてもな……」

 

あと目に毒だから。視線のやりどころに困る。

 

「ですが、男性って女性の胸をよく見ているじゃないですか?それってつまり第一印象は胸ってことじゃないんですか?」

 

「あー……えっと、それは、なぁ……?」

 

心当たりがあり過ぎてノーとは言えない。

 

「ま、動く時にズレたりしたら邪魔なのでやりませんが」

 

自己解決した様子で今度は俺が持って来ていたアタッシュケースを開ける。

 

「……なぁ、九重……それって」

 

「ふふ、護身用ですよ」

 

そこには明らかな銃刀法違反が揃っていた。

 

「使う機会は無いと思いますが、念のためです」

 

慣れた手つきで、それらを自分の服に付いているホルダー内に収めていく。

 

「先輩も使います?」

 

ホルダーに収める前の拳銃を手のひらでくるくると回しながら冗談交じりでこちらを見る。

 

「いやいや、無理だろ。使った事すら無いぞ」

 

「逆にあったら驚きですねっ。っと、それでは出かけましょうか!」

 

準備を終え、勢い良く立ち上がる。

 

「出る前に注意事項を言っておきますね?」

 

「ああ」

 

「外で倒れている人が居ても絶対に近寄らないで下さい。例え死にそうな見た目でこちらに助けを求めていてもです。どうしてもって言うのでしたら行動する前に必ず私に言う事。これ絶対です」

 

「それと、自分に近づく人間は全員敵だと思っていて下さい。道で歩いている怪しい人とか特にです。あと、子供の場合こちらの物を盗もうとしてくる可能性大ですので、これも要注意です。自分より子供だと油断していると、あっと言う間に死体にされますので」

 

「……分かった」

 

「路地裏とか最も危険です。壁沿いを歩いていると速攻で引きずり込まれるので道の中央を歩くように」

 

「それと……無いとは思いますが、仮に一人になってしまった場合は、なるべく隠れていた方が安全です。それかレナを出して表の道だけを歩くこと。後は一番内側には近づかないこと……取り敢えずこんなもんですかね?」

 

「要約すると……離れるな、何かする前に一言相談しろって感じで良いのか?」

 

「そんなとこですね!出来れば私から二メートル……いえ、三メートル以内に居て下さるとありがたいです。その範囲でしたら例え銃弾の嵐が飛んでこようと守り切って見せますので」

 

「それは何とも頼もしい台詞だなぁ……」

 

「では、出ましょうか」

 

「ああ、頑張って付いてくよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんと……凄い場所なんだな……」

 

私の横を歩く先輩がボソッと呟く。……まぁ、人がそこら辺に転がっていたら当然ですよね。一応これでもかなり改善してきているのですが……。

 

私が以前に来た時なんてバラされて用なしの死体が転がり、それを回収していく人があちこちに居たもんだ。

 

「もう少しの辛抱ですよ。この先から中間層なので多少は見た目が良くなりますので」

 

周囲を警戒しつつ進むと、正面にちょっとしたバリケードの様な金網が置かれており、そこの入口には武器を持った人が二人組が立っていた。

 

……ほうほう、ここも内側を真似て防波堤を作ったのか。

 

人ほどの高さなので大きな効果は望め無さそうだが、境界線として意識させるには悪くない。

 

「九重……人が居るが?」

 

「私の方で相手しますので、先輩は喋らないで下さい」

 

「分かった」

 

立ち止まらず、そのまま堂々と進んで行く。

 

「まて、止まれっ」

 

あれは……銃槍?いや、古い銃の先端にナイフを付けている感じかな?

 

相手との距離が五メートル程の位置で止まる。

 

「奥へ行きたいだけだ。悪さはせんよ」

 

いつもより低めの声で目的を告げる。

 

「奥に……?」

 

一人がこちらに対応し、もう一人は武器を向けたままで警戒を続けている。

 

「ああ、戦争をすると聞いてな。知り合いの伝手でここに来ている。君らも噂は聞いているだろう?」

 

「チッ、またかよ……。ここを通り過ぎるだけなんだな?」

 

「悪さをしないと約束しよう。あと、通りがてらに情報を集めておきたいだけさ」

 

「……分かった。中央の道を右に行きな。突き当りにの建物に知っている奴が居る」

 

「感謝する」

 

「さっさと行ってくれ」

 

「分かった。ああ……それと」

 

拠点から持ってきたバッグを漁る。……うーん、チョコとかでいっか。

 

「これは……?」

 

「何、手間を取らせた詫びみたいな物だよ。二人で食べてほしい。それでは、お勤め頑張ってくれ」

 

私の声が女性だからだろうか、先ほどまでの警戒心を少し下げている。

 

「では、行きましょうか」

 

後ろの先輩に振り向くと、無言で頷いて付いてくる。

 

……そのまま振り向かずに進む。後ろからは未だにこちらを警戒して見ている人が居るが、無視しておく。

 

「意外とすんなり行けるんだな」

 

「まぁ、私達の恰好が明らかに一定水準以上でしたからね。内側の関係者と思われたのでしょう。後は渡したお菓子が外から持ち込まれているって一目見れば分かりますから」

 

「なるほど」

 

「あと、私達監視されていますので」

 

「……か、監視?」

 

「気にしなくて大丈夫ですよ。別に襲ってくるわけでは無いので」

 

「わ、分かった……」

 

バリケードを越えてから、こちらを見ている視線がビシビシと感じる。……好都合なんだけどね。

 

「一応、ここでは私の苗字と名前は伏せてもらえますか?特に苗字は一発でバレますので」

 

九重なんて聞かれた日には直ぐに連絡が飛ぶだろうなぁ……。

 

「……なんて呼べば良い?」

 

「あー……間違わなくて呼びやすいのなら何でも良いですが……あ、ルナちゃんって呼びます?」

 

「やめろ、そのネタを引っ張り出すな」

 

「はーい」

 

先輩も呼ぶたびに妹を脳裏にチラつかせたくないのでしょうね、きっと。

 

「ま、追々考えておきましょう。今日は別に喋らなくて大丈夫ですので」

 

「あー……だな。そうするよ」

 

道を右に曲がり、そのまま真っ直ぐに進む。

 

「ここは……さっきと違って生活感があるな……」

 

「ですね、活気的とまではいきませんが、人間としての息吹が感じれると思います」

 

バリケード一つ越えれば、道端に人が転がっているのも見ない。……路地裏だと普通に居るとは思いますが。それに、人と人が会話をしている声も聞こえるし、何度か人ともすれ違う。

 

「そうだな……人の営み、って言うのか?それを感じるよ」

 

「内側に行けば行くほど実感しますよ」

 

そのまま暫く歩いていると、正面に少し上等な建物が見える。とは言ってもトタンやコンクリートを継ぎ接ぎした感じだけど。

 

「あれが、か?」

 

「ですね、そのまま中に入りますよ」

 

錆びれた金属の扉を開ける。ギギギ……と重い音を上げながら開いて行く。

 

「……籠った様な臭いが凄いな……」

 

「ですね。中々臭いです」

 

中から外へ吐き出されるように吹く風の臭いが中々キツイ。

 

「さてと……」

 

建物に入り扉を閉める。中は薄暗く外から差し込む光でなんとか構造が見えると言った所かな。

 

「……誰だ?」

 

入口より奥からザラついた男の声がした。

 

「お客さんだよ。特上の……ね」

 

窓口の様な受付に一人の男がこちらを見ていた。

 

「ぁあ?客だぁ?」

 

「入口の彼からここがおすすめと聞いてね。お邪魔させてもらったよ」

 

ずかずかと歩き、正面の椅子に座る。……席は一つしか無いから、申し訳ないが先輩には立っていて貰おう。

 

「ここ最近は千客万来じゃないのかい?上の方で大きな仕事があると聞いたよ」

 

「てめぇらは……余所者か」

 

「まぁね、噂を聞きつけて来たのだが……もしかして、招待状が必要だったりするのかい?」

 

「ハッ、そんな豪華なものかよ……だが、情報が欲しけりゃ土産の一つ位用意してもらわねぇとな。俺の口は軽くならねぇぞ」

 

「それは良かった。前払いに口の軽くなる物でもあげよう」

 

持ってきたバッグからアルコールの瓶を取り出してカウンターに置く。

 

「取り敢えず一本。これでどうだい?外でもそれなりに値段が張る物だ。悪くは無いだろう……?」

 

「……お前、どこの人間だ?」

 

置かれた酒を一度見てから警戒した目で私を見る。

 

「何、こういう場所は慣れているだけさ。経験則だよ。それより……受け取らないのかい?」

 

「……チッ、何が聞きたい」

 

「上の組織に入りたいのだが……おすすめはあるかな?」

 

「……何が出来る」

 

「大抵の事なら。強盗、殺し……ああ、潜入とかも得意だよ」

 

「………」

 

私の言葉を疑ってか、ジロジロと観察してくる。

 

「女性の身体を舐めますように見るのはよしたまえ。なんなら履歴書に纏めてから出直そうか?」

 

「……いいさ。嘘なら死ぬだけだからな」

 

「ふふ、その通りだ。因みにだけど……ここに来るまでに聞いた話だと、デカい二つの組織の内一つが戦争でもする勢いで動いているとか……」

 

「だろうな、過剰なまでに戦力を掻き集めている」

 

「……なるほど、相手は外か」

 

「……何故そう思う?」

 

「対抗馬が競って戦力を集めて無いからさ。組織間での戦争ならもっと緊張感があってもおかしくない」

 

「……知ってんならわざわざ聞く素振りを見せるな。うざってぇ女だ……」

 

「いやいや、真実を確かめたかっただけさ。それじゃあ、その戦争を仕掛けようとしている組織とは別のに行くとしようかな」

 

「……戦争に参加するのが目的じゃねぇのか?」

 

「そのつもりだったさ。けど、国に喧嘩を吹っ掛けるとまでは分からなかった。流石に外の番犬には勝てないよ」

 

「……鬼の一族、か?」

 

「そう、あの一族が出しゃばって来るなら話は別さ。……いや、だが上もそれが分かっているはずだね。つまりは、それ込みで勝算が……?」

 

意味深な言葉を呟く。

 

「……どういう事だ?」

 

「いや、もしかすると……あの一族に対抗できるだけの戦力を手に入れた……のかもと思ってね。ふふ、気にしないでくれ」

 

「―――っ!?」

 

いやいや、そんな『こいつ……何故それを!?』みたいな顔せんでも……。もっとポーカーフェイスしましょうよ……。

 

「聞きたい事も聞けたことだし、そろそろお暇するよ」

 

「……ああ、用が済んだら帰ってくれ」

 

「そうさせてもらおうよ。……ああ、それと……」

 

バッグから追加で酒とたばこを出す。

 

「これ、追加での報酬。明日の午前中には向かうから、上に"よろしく"と伝えてもらえると嬉しい」

 

「なっ―――!?」

 

「では、私は帰るよ。用があったらまた会えるかもね」

 

席を立ち、先輩へ帰ると目で合図を送って入口へ向かう。

 

またもや後ろから警戒するような視線を浴びながら建物を出る。

 

「……はぁ、もう喋っても大丈夫ですよ?」

 

少し離れた辺りで声を掛ける。

 

「なんて言うか……取り敢えずお疲れ」

 

「ふふ、ありがとうございます。楽しんで貰えましたか?」

 

「緊張で胃がどうにかなりそうだったわ……はぁぁーー……。んで、知りたい事は知れたのか?」

 

「んまぁ、大体は……?」

 

と言うよりかは、相手にこちらを認識してもらう事が目的だったので……。でも、二大組織内部の全てが参加している訳でも無さそうだ。

 

「なら良かったが……次は、どっか寄りたいんだっけ?」

 

「ええまぁ……ですが、最後のあちら側に私の事を見て貰ってからでも良いでしょう」

 

「ん?どういう意味だ?」

 

「先輩にも、この街が如何に危険か知ってもらう実験ですよ」

 

「実験……?」

 

不思議そうに見ている先輩を横目に被っているフードを取り、外套内の髪を全て外へ出す。

 

「これで私はどこから見ても女って分かりますよね?」

 

「そ、そりゃ……そうだが……?」

 

「これで数分外を出歩きます」

 

「お、おう……」

 

困惑する先輩と一緒に、呑気に外側に近い場所をブラブラと歩き回る。……あ、もう引っかかった。

 

「輩が釣れたので、そこの路地裏に入ります」

 

「輩?って、路地裏って危険なんだろっ?」

 

「はい。危険ですよ?まぁ、一緒に来て下さい。面白い物が見れますよ?」

 

ニヤリと笑って先輩を連れて行く。

 

表通りよりも暗く、臭いも酷い物だ……。って、普通に来てるなぁ……。

 

「先輩、後ろを見て下さいな」

 

「後ろ……っ!?……な、なぁ……これって?」

 

「はい、人攫いです」

 

振り返ると、男三人が道を塞ぐようにニヤニヤと気色悪い笑みでこちらを見ている。

 

「お、おいっ、逃げた方が―――っ!?」

 

後ろの男たちから逃げようと前を向くが、残念……既に前方にも居ますよ。

 

後ろに三、前に三の人達が距離を詰めるようにこちらに向かって来る。

 

「ほら、危険でしょう?」

 

「……どうする?」

 

おお、もう冷静に次の事をお考えに……。伊達に世界の命運を掛けた戦いを乗り切っていませんねっ!

 

「夕飯の献立でも考えててください。その間に私が片付けておきますので」

 

出ていた髪を外套に戻し、フードを被り直してからそう先輩に告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――なんなんだ、あの女は……。

 

女と男の二人組が帰った後、情報屋の男は頭を悩ませていた。

 

……男の方は良い。あれは多分素人に近い。こちらを警戒する様な素振りをしていたが、緊張で身体が固まっていたし俺と女の会話に終始黙って聞いていた。

 

だが、女の方が比べ物にならないくらいの気配を感じた。

 

「……おい」

 

建物に潜ませている俺の護衛を呼ぶ。

 

「……あれを殺せるか?」

 

出て来た二人に投げかける。

 

「いや、あれは無理だな。多分俺達の事も気づかれていた」

 

「だな……何時でもこちらに対応出来るだけの余裕がありありと伝わって来てたぜ」

 

「……俺には普通に座ってる様に見えたが」

 

「それほど自然体って事だ。どんな状態からでも対処出来るだけの自信があっただろうな」

 

「……そうか、分かった。下がっても良いぞ」

 

「あとでそれ、こっちにも少しは分けてくれよな?」

 

「わぁーてるよ。ちゃんと残しておく」

 

護衛の二人が定位置へと戻っていく。

 

……外から来たと言っていたな。この街を聞きつけ、わざわざ入ってくるような奴だ。外で何かしらの事件を起こしているのだろう。いや……もしかすると別の国からか?

 

男の方とはどういう関係だ……。実力の開きがあると考えれば、護衛か?それか……夜の相手でもさせる男ってか?

 

こちらの事情にも相当詳しい上に、多少なりと頭が回るみてぇだな……。危険か……?

 

だが、こちらも戦力を蓄えておきたいのは事実だ。それを分かっていて俺に伝言を頼んでいるのだろう。

 

……くそっ、どの道俺が取れる選択肢は端から決まっている様なもんだ。

 

まぁいい、精々上の駒になって俺の場所まで面倒事が来ないように働いてくれる事を願っているさ。

 

やることを纏め終えて一息ついた男の元に、路地裏の情報が入り込んでくるのは、この後すぐの事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー……案外直ぐに来ちゃいましたねぇー」

 

襲って来た男たちを半殺しにしてそのまま放置し、先輩と共に来た道を帰っていた。

 

「あのままで良かったのか……?気絶していたろ?」

 

「良いんですって。向こう側にも良いデモンストレーションになったと思いますし」

 

「デモンストレーション……?」

 

「先程まで私達を見ている人達に対して、『この程度の実力はありますよ~?』って感じで実演したのです」

 

「……あぁ、後は勝手に向こうが知らせに行くように仕向けたわけか」

 

「そそ、その通りです。そのおかげで監視の目は全部無くなりました」

 

たった一回で終わりだとは……一人くらいは残ると思ったんですが、ちょっかいであちらにも殺気を飛ばしたのが悪かったんですかねぇ……。

 

「んじゃ、最後に拠点へ戻る前に私の我儘で寄り道をしましょうっ」

 

「おっけー、どんな用事なんだ?」

 

「んー……墓参り、ですかね?」

 

 





次回、墓参り……とちょっと昔話を挟みます。

※情報屋の男に渡したお酒はそんなにお高い物ではありません。あっても数千円程度です。



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第16話:墓参り


主人公の過去をちょい出しー……。


※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・地名・設定などとは一切関係ありません。
※この作品の登場人物は全て18……20歳以上です。

よ、よし……これで飲酒しても平気やろ……。




 

「着きました、ここです」

 

九重に連れていかれ着いた場所は、距離と方角からして多分拠点からそう離れてはいないであろう場所だった。

 

人気の無い道を何度も曲がり、崩壊した建物を潜って狭い通路を進んだそこは、少し開けた場所だった……。

 

周囲を見ると、かなり風化して寂れた雰囲気だが、過去に誰かが居たと思われる名残があった。そして、その一番奥には大きさの異なる石が幾つか縦に積まれていた。

 

……墓、なんだろうな。

 

「……ここは」

 

「私……いえ、私ともう一人の人とで暮らしていた家ですよ」

 

家と言っても屋根は無く、崩れかけている建物や、その隙間を埋めるように布や板で天井を作っているだけであり、一般的に呼ばれる家とは程遠かった。

 

「九重と、……もう一人?」

 

「はい、まぁ、もう居ませんが」

 

そう言って奥へと進み、積まれている()()()墓と思われる石の前に立った。

 

「久しぶり。……って言っても、この世界の私だと数年振りになるのかな?」

 

墓前に立ち、静かに語り掛けている。俺はそれは黙って見ていた。

 

「ほんとはもっとちゃんとした時に来たかったんだけどねー、ま、今回はついでだけど許してね?」

 

背負っているバッグを下ろし、中から瓶の酒と小さなコップを二つ取り出して中身を注ぐ。その片方を墓の前に置き、もう一つを自分で持つ。

 

「んー……お酒が好きなのかよくわかんないけど、これは良い物らしいから大丈夫ってことで……乾杯」

 

ゆっくりとその場に座り、手に持っていたコップを呷る。

 

「おい、未成年……」

 

流石にこれは口を出さざる得ない。

 

「良いじゃないですかー、こんな場所で禁止法とかありませんって……。それに、久々のお参りなので大目に見て下さいな。あと、これでも精神年齢は余裕で二十歳を越えてますからっ!なんなら枯れ果てる寸前ですよ!」

 

「精神は関係無いだろ……」

 

「それより、先輩も少しだけ付き合ってくれませんか?流石に1人だけだと寂しいのでー……」

 

「いやいや、それは……」

 

「お願いします。一口だけでも良いので……」

 

「………、はぁぁっーー……分かったよ。ちょっとだけな?」

 

「流石ですっ!ささ、私の隣へどうぞどうぞ!」

 

自分の隣を勧めつつバッグからもう一つコップを取り出して注ぐ。……最初からそのつもりだったのかよ……。

 

だけど、さっきの俺を見る寂しそうな表情を知ったら、断るって選択肢が無くなるんだよなぁ……。

 

「先輩はイケる口なのですか?」

 

「いや、飲んだ事無いし」

 

「唇に触れる程度で試してみた方が良いかもしれませんね」

 

恐る恐るコップを唇に当てて傾ける。

 

「……うぇっ、まず……」

 

「ですよねー、分かります」

 

「そっちは平気なのか……?」

 

舌と唾液で気持ち悪さを払拭しながら隣を見る。

 

「全然クソまずですよ」

 

「いや同じかよっ!」

 

「でも、こういうシチュエーションってお酒が定番って感じじゃないですか?なので飲んでるだけですよ」

 

テキトーな感じで笑いながら持っているコップを呷る。

 

「……ここに眠っている人って、九重にとってどんな人だったんだ?」

 

さっきからずっと気になっている事を聞いている。

 

「んー……一言で言えば命の恩人、ですかね?」

 

「……恩人」

 

「私がここで生まれて育ったのは知ってるとは思いますが、昔……小さかった頃のここはもっと酷い世界でした。そんな場所で私みたいな人間が一人で生きて行けるなんて絶対に不可能です」

 

「一人で……、その……両親とかは、居なかったのか?」

 

「生まれているので居たはずだと思いますが……少なくとも記憶に残ってる限りでは名前や顔すら知らないですね。まぁ……何となく途中で売られた様な気がしますが」

 

「親に、売られたのか?」

 

「真実がどうか分かりませんので推測ですが……最初は育てていたと思いますよ?ですが、途中で無理だと分かったのでしょう。それでこのまま死ぬくらいならどこかに売って……的な感じです。それが自分が生きる為だったのか、私を生かす為だったのかは定かではありませんが……」

 

「昔は今ほど街に境界線など無く……あっても、ほんの一部の裕福な内側とその他程度でしたね。外側の人間は内の人間が捨てる廃棄とかを見つけて食いつなげれば御の字な生活を送ってました」

 

ってことは、ここ十年内でこの街は改善していった感じか。そしてそれをしているのは……。

 

「まぁ、そんな感じで生きていたんですが、ある日他の人から狙われましてね。逃げている途中に足場が崩れて落下した衝撃で気を失ってしまいまして。普通ならその場でそのまま死ぬか、捕まっていたんでしょうね」

 

「それを助けてくれたのが……?」

 

「はい、この人です。ま、最後まで名前すら聞けなかったんですけどねー」

 

空になったコップに追加で注ぎ、それを更に飲む。……ペース早くないか?

 

「おい、飲み過ぎじゃないか?」

 

「こんな話、素面じゃ話せませんって本当はもっと馬鹿になって話したい気分ですよっ」

 

「だからと言って酒の力を借りるなよ……」

 

「今日だけなので平気ですよ。えっと……それでですね、運よく落ちて来た場所にこの方は居たらしく、倒れていた私をそのまま看病してくれました。因みにその落ちて来た場所がここですよ」

 

そう言って上を見上げ、地面を指差す。

 

「……ん?それは、住んでいた場所に落下したってことか?」

 

「ですです。我ながら強運でしたよ。んで、そのまま一緒に暮らすことになってー……、一年が過ぎた頃に私を残して死んじゃいましたね。と言っても、いきなり姿を消したので死体は見ていませんが」

 

「……まだ生きている可能性は、無いのか?」

 

姿を消しただけなら、まだ……。

 

「うーん、多分無いですね。自分が持っていた道具や衣類とか諸々をここに置いていたので。そんな中生き残れるほどここは甘くありませんし……何よりもう結構な歳でした」

 

「……そうか」

 

「それから……多分一年ぐらいですかね?その日は食べ物を探して出歩いていたんですが、やたら身なりの良い人達を見かけたんです」

 

「街の人じゃない人ってことか」

 

「ええ、これは何か手に入れれるチャンスだと思ってひっそりと後ろを追いかけてましたが、あっさりとバレてしまい捕まってしまいました。いやー……あの時は死ぬんだろうなって思いましたよ」

 

「どうなったんだ?」

 

「幾つか話して、外へ連れて行かれました。街の外へ」

 

「……え、それって?九重の……」

 

「はい、私を外へ連れて行ったのが、おじいちゃん……九重家現当主、九重宗一郎です」

 

これで今まで聞いた話に繋がる訳か……。

 

「そこからは先輩には多少話した通りです。色々と頑張って今に至るって感じです」

 

最後に話を締めくくり、手に持ったコップを飲む。

 

「確かに……九重の命の恩人だったな……」

 

「命の恩人で……一年程しか一緒には居ませんでしたが……家族、と呼べるような人だったのかもしれませんね」

 

「―――っ」

 

そう小さく呟いた表情は、どこまでも穏やかで優しかった。その顔を直視出来ずに咄嗟に視線を墓へと移してしまう。

 

「……ふ、二つあるけど、もう一人は誰なんだ?」

 

胸の締め付けられるような感情を誤魔化す為に別に話題を出す。

 

「ん……?ああ、この人ですか?んんー……さぁ?誰なんでしょうねっ!あははっ」

 

「はい……?えっ?……一緒にあるって事は、同じぐらい大切な人なんじゃないのか?」

 

酔っているのか分からないが、呆れた様な顔で笑う。

 

「そりゃあもう。世界で一番ですよ?……いえ、同列一位と言うべきですね」

 

いや、それは好きに悩んで貰ってもいいが……。

 

「ですが……誰なんでしょうね?私が一番聞き出してやりたかったくらいですよ。このこのっ」

 

そう言って手に持っている酒を墓に向かって少し溢す。

 

「待て待て、失礼だろ……」

 

止めようと腰を上げると、積まれていた石の一つに何か文字が刻まれていた。

 

「……ん?」

 

何だろうと目を向けると、一度だけ見覚えのある文字がそこには書かれていた。

 

「―――鈴音(すずね)……?」

 

確かこの名前って、俺が神社で九重に向かって呼んだ……。

 

「なぁ、九重……、この人ってさ……」

 

「んー?ってああ、気づきました?そうですよ、私が先輩にあの枝で教えた名前です」

 

―――『私の、大事な人の名前です。』

 

あの時の……俺に信頼してもらう為に教えた……九重しか知っていない名前……。

 

「どういう、関係だったんだ……?」

 

「えーっと、そうですねぇー……いえ、ここから先は秘密という事でっ」

 

そのまま話すと思いきや、思い出したかのように中断する。

 

「おいおい、ここまで来て秘密かよ……」

 

「ふふ、先輩にはまだ私との好感度が足りてませんからねっ!」

 

「好感度って……ゲームかよ」

 

「そうですよー?先輩は今、まさに私のルートを攻略中です!」

 

「んで、そのルートのヒロイン様は何時になったら好感度が上がるんだ?」

 

取り敢えず、いつもの冗談に付き合っておく。

 

「このヒロインは全ルートが終わらせると解放されるエクストラステージなので手強いですよ?まだルートは始まったばかりですし!ですが……そうですね、今の騒動が決着付き次第、その続きを話すと約束しましょう」

 

「言ったな?絶対だぞ?」

 

「ええ、九重舞夜の名に誓って約束すると宣言しましょう。その全てを」

 

自分の名前を宣言に使うのがどれほどの重みなのかは俺には分からないが、真っ直ぐと俺を見る九重の目を見れば、自然とその重要さを感じる事が出来た。

 

「……それじゃあ、そろそろ帰りましょうかっ!日が暮れると危険なので」

 

話すことは終わったと言わんばかりに立ち上がる。

 

「良いのか?もう少しだけ居ても……」

 

「ううん、言いたい事は言えたので大満足ですよ」

 

「それなら良いが……」

 

出していたコップなどを片付け始める。

 

「……お酒、余っちゃいましたね。んー……あっ」

 

半分程度余った瓶をちゃぷちゃぷと揺らしながら何かを思い出す。

 

「残りはあの世で飲んでねー?」

 

何をするかと思ったら、瓶をひっくり返して残りの中身を全部墓へかける。

 

「墓に酒をかけるのは良くないって聞くぞ?」

 

「先輩もします?意外とスッキリしますよ?」

 

いやだから、そういう問題では……いや、まぁ良いか。

 

「これでよしっと。それじゃあ帰りましょうか」

 

最後の一滴までしっかりと中身を出し切ってから瓶をバッグへ入れ、こちらへ振り返る。

 

「了解。気は済んだのか?」

 

「何となく?」

 

「なんとも曖昧な回答だなぁ……」

 

「あはは、そんなもんですよ?お墓参りって」

 

俺の苦笑いに楽しそうに笑い出す。けど、その顔は来る前より少しだけ明るい様な……気がした。

 

その後は何事もなく拠点へと戻ったが、その日の夕食はレンチンするパックのご飯と、レトルトのカレーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰ってきた事ですし、先にお風呂に入って下さいなー。夕食はその後にしましょう」

 

墓参りが終わり、拠点に戻るや否や手洗いとうがいを済ませて早速先輩をお風呂へ連れて行く。

 

「脱いだ服はこの箱の中へ。寝る時の服はこちらで……タオルはこれを使って下さい」

 

「あんがと」

 

「水は私が淹れるので足り無さそうなら言って下さい、継ぎ足しますので。特に露出していた首から上の顔や頭は念入りに洗う様に。後は手ですね。指や爪の間はちゃんと汚れを落としておいた方が良いです」

 

「……なんか、おかんに言われてる気分だな」

 

「失礼な。子供を持ったことなどありませんよ。まぁ?先輩が幼児プレイをしたいと言うのであれば望みを叶えるのもやぶさかではありませんが……」

 

「誰の望みだ。一回も思ったことねぇよ」

 

「ん……?私の記憶が正しければ確かエデンの女王と……いえ、人の情事を軽々しく口に出すのは止めておきましょうか」

 

これ以上は先輩の沽券に抵触する可能性が……って手遅れか。

 

「………」

 

先輩もピンと来たのは、無言になる。

 

「……お風呂、入りましょうか?」

 

「……ああ、後で覚えてろ」

 

何だか恨みの籠った様な呪言を吐かれた。

 

「……あ、先輩、温かい水の方が良いとかありますかー?」

 

ドア越しに確認する。

 

「んー?いや別に平温で問題無いぞ」

 

「了解です。必要なら言って下さいねー」

 

ペットボトルから水を取り出して中へ注いでいく。

 

「ご飯って何があったっけ……」

 

前回ここに来た時はなんかよく分からない缶詰ばっかり食べてたし……。味は悪く無かったけど。

 

ある程度淹れ終えてから段ボールを覗く。

 

「ふむ、白米はあると……。カレーにインスタントラーメン……栄養食品もあるのか、でもこれ口の中ぱさぱさするからなぁ~」

 

想定以上に種類が豊富だった。当然缶詰も沢山ある。

 

「……私以外に使ってるってことかな」

 

私がお願いして作って貰ったけど、この量を見れば他の人達がここを使っていてもおかしくない位の豊富さだし……。

 

「今日はカレーでいっかな。明日の朝は朝っぽい食べ物と味噌汁を食べれば大丈夫でしょうっ」

 

風呂に入ってから用意をしようと先輩が出て来るまで風呂場の入口で立って待っておく。

 

「……汚いし、上は全部脱いどくか」

 

既に外套やマスクは外しているが、上から来ている服を全部脱いで既に脱いだ物と一緒にカゴの中へシュートする。外の汚れは可能な限り一か所に固めておきたい。

 

「いや、これだと流石に痴女か……」

 

現在は肌着と下着のみである。もしかすると純朴な青少年には刺激が……いや、止めておこう。

 

大人しくバスタオルを一枚体に巻く。……うむ、体が小さめだと大体隠れるから便利だね。

 

明日からの予定を考えていると、風呂場のドアが開く音がして先輩が出てくる。

 

「すまん、今あがった―――って、なんだその恰好は……?なんでタオル一枚なんだよっ」

 

「大丈夫です、ちゃんと下は着てますので。上を脱いだだけです」

 

「どうして脱いだのさぁー……」

 

「だって外に出た服をいつまでも着たくなかったので」

 

「ああ……なるほど。分かった、どうか早く入ってくれ……」

 

「あーい。あ、今日の夕飯はカレーになりそうですよ?」

 

「分かった分かったって」

 

しっしっと手を振る先輩を見ながら風呂場へ入る。

 

着ている服を全部脱ぎ捨て浴室へ向かう。

 

蛇口を捻りシャワーが流れ出す。

 

「血とか付着してないからそこまで汚れては無いけど……」

 

手を念入りに洗い、髪から体にかけて洗っていく。

 

一度全部洗い終わってから再度髪を洗い、最後に手を洗う。

 

「………」

 

何となく気持ち的な問題でもう一度手を念入りに洗ってから風呂を出る。

 

風呂から出ると、段ボールを覗いて居た先輩が目に入る。

 

「何かお気に召すような物がありましたか?」

 

「あ、いや……色んなのがあるなって思ってさ」

 

「ですよねー、食べたい物とかあります?」

 

「食べたいと言うか……ここにある缶詰とかって食べたこと無かったと思ったくらいだな」

 

「なるなる。小腹が空いたか、明日以降にでも実際に食べてみましょうか。少なくとも不味くは無かったですよ」

 

「不安になる食レポだな……」

 

私が風呂を上がってから夕食を食べ終え、食後の甘いものとしてチョコレートを齧る。んー……甘い。

 

寝る前に歯を磨き、明日の準備をしてから寝床へ向かう。

 

「……そういえば、ベッド一つしかないが……?」

 

「ん?先輩が寝れば良いじゃないですか」

 

「いや……ここは九重が寝るべきじゃないのか?」

 

「先輩こそ寝るべきですよ。慣れない環境で無意識に疲れが溜まってるはずですし、少しでも休息は取るべきです」

 

「そう言われると頷くしかないんだが……」

 

「それに、私は慣れてますし。仕事の時は雑魚寝か、寝袋があれば最高って感じですし」

 

「過酷だなぁ……」

 

「それとも、一つのベッドで一緒に寝ますか?」

 

「あー……いやでも、九重に床で寝てもらう位なら同じベッドで寝た方が良いかもな……」

 

あー……ちょっと想定外の返事。もうちっと慌てふためいて下さいよ。

 

「言っといてなんですが、止めときましょう。彼女さんらに不義理な気分になってしまいますので」

 

「なんだ不義理って」

 

「罪悪感がこう……ふつふつと……?」

 

「いや、俺の方が罪悪感強いわ。それに皆なら床で寝かせたって事実の方に怒りそうだと思うが……?」

 

「……ごもっともで」

 

うん、確かにそっちの方が怒りそう。

 

「けど、二人だとベッドが狭いかもしれんな……」

 

「あー多分大丈夫でしょう。セミダブルなので……」

 

私が大の字になっても普通に寝れるベッドって分かってるので……はい。

 

「……ま、いっか。それなら寝ましょうか」

 

頭の中で割り切って寝る事にした。難しい事は考えないでおこう、うんうん。

 

「お、おう……?そっちが大丈夫ならそれで良いが……」

 

「では、先輩が壁側でお願いしますね?」

 

「おっけ」

 

先にベッドに入って貰い、余剰分に入り込む。……よし、大丈夫そうだ。

 

一度ベッドから出る。

 

「電気消しますねー?」

 

「おーう」

 

電気を落として再びベッドの中に入り込む。……隙間は空けとかないと。

 

「……なんだか、お泊まりしている気分ですね」

 

「場所が場所だけどなー……」

 

壁側を向きながらも私の言葉に返事をする。

 

「修学旅行って、こんな気分なんですかね?」

 

「少なくとも女子とは一緒に寝てないな」

 

「どんな事をしてたんですか?」

 

「あー……何してたっけ?枕投げとか?」

 

「ほー……枕投げ。しますか?」

 

「俺が死ぬから止めとく」

 

「死んでもオーバーロードでやり直せますよ?」

 

「まず殺さない努力をしてくれ」

 

「アーティファクト使い放題で枕投げしたら面白そうですね」

 

「覚醒した都が全部取り上げて終わりになりそうだけどな」

 

「あー……確かに」

 

力で訴えられたい……、可愛らしく『危ないから、めっ!』とか言ってくれそう……されたい。

 

「じゃあ枕投げの他には?」

 

「そうだなぁ……恋バナとかか?」

 

「定番ですねー……。先輩はどんな子がタイプなんですか?」

 

あるあるが出て来たので取り敢えずお決まりで返す。

 

「その質問に俺はなんて答えるのが正解か分かんねーわ……」

 

「選り取り見取りですもんねー……」

 

「そう聞くと自分がクズ人間に思えて来たわ……」

 

「今更ですねー……」

 

「そっちはどうなんだ?」

 

「私ですか?」

 

「そ、気になるタイプとか……って、確か自分より何か強い人、だっけか?」

 

「あー……そんな事も言ってましたねー」

 

「気になる男子とかクラスに居ないのか?まぁ……そんな余裕無かったかもしれないけどさ」

 

「ですねぇ……一族の人達除けば先輩しか知り合い居ませんよー?……あっ、一応深沢与一も入るか」

 

「一族って言うと……別の枝でレナの特訓に協力してもらった人らか?」

 

「ですです。レナの特訓に付き合った人達ですよー」

 

「全員俺達と歳が近かったよな」

 

「はいー、歳が近くて、安全な人を集めましたからー」

 

「安全?」

 

「ほら、私ってこの街出身じゃないですか?そんな人間が九重家当主の弟子なもんで、あちこちに敵が多かったんですよー……」

 

「疎まれていたのか……」

 

「それに加えて色々と面倒な派閥もありましてー、なるべく影響が及ばない人達を選別したんですよー」

 

「選別……。九重の……部下みたいなもんか?」

 

「部下と言うよりかは協力者?私の権限で動かせる仲間って感じですねー」

 

「へぇ……どんぐらい居るんだ?」

 

「私合わせて九人程ですよー。一応部隊として作ったので九人衆とか大層な命名をしましたがー……」

 

九重九人衆ってね。ちょくちょく澪姉が参加して来たので裏で番外とか呼ばれてたっけ?

 

「それは……あれか?アーティファクトの為にか?」

 

「ですねー……何か必要な時に私の指示で動いてくれたので助かりましたよー」

 

「ってことは、他の枝で色々と裏方からしていたってわけか」

 

「そんな感じです」

 

「暗躍しまくってんなぁ……」

 

「それほどでも無いですよ?」

 

「別に褒めてないぞ」

 

「えー……」

 

話題が途切れ、お互いに無言になる。

 

「……寝るか」

 

「ですね、おやすみなさいませ」

 

「おやすみ」

 

就寝前の修学旅行タイムが終わり、目を閉じる。

 

が、明日からの街での予定と、街の外で動いているであろうおじいちゃんや七瀬さんとの計画を調整させるためにどう動こうかと考え始める。

 

敵内部次第では予定を早める必要もあるし、もし酌量の余地有なら……いや、無いか。

 

そんな事を考えている内に、多分30分程時間が流れたと思う。

 

……先輩、まだ寝れてないね。

 

隣から聞こえる息遣いは、寝ている人の物ではない。それにちょくちょく動いている。

 

「……寝れませんか?」

 

取り敢えず聞くだけ聞いておこう。

 

「だな」

 

「環境が違いますしねー」

 

平和で安全な日本と言う暮らしの中で生きて来ているのだ。そんな人が急にこんな場所に来たら何もかも違って頭がバグっても仕方がない。

 

「ベッドや枕が変わると眠れないタイプですか?」

 

違うと分かりつつも冗談を飛ばす。寝袋で寝れる人ですし。

 

「……かもな。あと色々と体験したからだと思う」

 

「まぁ……そうですね」

 

眠れないのも当然だよね。

 

「難しそうでしたら、私が楽に寝る方法を伝授しますよ」

 

布団を捲り、体を起こす。

 

「寝る方法?」

 

「はい、先輩も体を起こしてくれませんか?」

 

「まぁ……いいけど」

 

同じように体を起こす。

 

「んで、何をするんだ?」

 

「んー……端的に言うと、一種のリラックス的な物です。心を落ち着かせる」

 

「へぇー……そんなの知ってるのか」

 

「ふふ、意外と良いですよ?新兵とかに使ってたってよく聞かされたりしました」

 

「新兵……?」

 

「先輩は特に何もせず、リラックスしてもらえますか?えっと、姿勢は普通に座る感じで両手の力は抜いて下さい」

 

「……こうか?」

 

「そうそう、お上手です。次に下を向く感じで首の力を抜いて頭を下に……そうですそうですっ」

 

「なるべく上半身を脱力して目を閉じてください。後はゆっくりと落ち着くように呼吸を繰り返して……」

 

私の言葉に従いながら体から力を抜く。

 

「後はなんとなーく水面から沈んでいくようなイメージで徐々に力を抜いて行ってー……」

 

警戒心を無くす為に子供をあやすようにゆっくりと首から背中にかけて撫でていく。

 

「徐々に徐々に……完璧ですね」

 

……うん、このくらいまで来れば問題無い。

 

「その調子ですねー……―――せいっ」

 

こちらへの警戒心ゼロで脱力している先輩の首元に向かって手刀を振り抜いた。

 

「―――っ!?」

 

一瞬ビクッと体を跳ね、全身の力が抜け落ちる。

 

それを倒れないように受け止め、ゆっくりとベッドへ寝かせて布団をかぶせる。

 

……よし、バイタルにも異常なしと。脈も息も正常。明日の朝、怒られるだろうか?いや、何が起きたかすら認識出来てないと思うし平気かな?適当に誤魔化せば押し切れるだろうし……。

 

今度は一定のリズムで寝息を立てている先輩の寝顔を見る。

 

……うーむ、天ちゃんにコレクションの贈呈をしたいけど、生憎様スマホは電源切ってるしなぁ……。

 

「……ま、旅の特権という事で。おやすみなさい」

 

考えている内に眠気が出て来たので、思考を放棄して寝なおした。

 

 





・新海翔
主人公が墓参りをして少し傷心的になってるだろうと思っていた時に修学旅行の話が出された。気を遣うのと同時にまだ寝れそうにも無かったので寝る前の話に付き合ったが、最後は手刀でおねんねさせられた。
因みに朝起きた時には何が起きたのか分からないが、主人公が何かした位の認識はある。


次はー……敵組織へ潜入ですかね?



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第17話:まさか、ネタをネタで返されるとは……驚きです


いざ敵組織へ―――。

当初から入れたかったネタを入れれたので少し満足……。




 

 

「この建物の中ですか……」

 

次の日、新海先輩を連れて内側の組織へ向かった。

 

境界線に立っていた門番に一言話すと、直ぐに奥へ案内された。うん、ちゃんと話が通っていて安心した。

 

そのまま倉庫の様なコンクリートの建物の入り口まで案内されると、『入れ』と言って門番は帰って行った。

 

「中に入れって事は、誰か居るってことなんでしょうね」

 

「多分そうだろうな……」

 

「では、私が先に入るので付いて来て下さいねー」

 

「ああ、頼む」

 

錆びた金属のドアノブを回してドアを開ける。

 

「……おー?ようやくお出ましか?」

 

物資と思われる物が乱雑に置かれた内部の奥から声が聞こえる。……中に居るのは二人かな?

 

「門番の方にここへ案内されたのですが……」

 

「おう、俺たちがそれを引き継ぐってことらしいな」

 

壁から離れてこちらに手を上げて向かって来る男性……歳は40?いや、髭があるからそう見えるけど、30後半かな?

 

肩まで伸びた黒い髪と、少し萎びれた恰好。腰に日本刀と思われる刀を差しているから浮浪者と言うよりかは流浪の侍ってことかな?

 

イメージとしては茂さんに一番近い雰囲気を感じる。

 

「上からお前さんらの事は聞いている。ここに入りたいらしいな」

 

「そうですね。その為に来ましたから」

 

「そんなら、俺たちの班に入る事になっている」

 

「貴方たちの班ですが?」

 

「ああ、なんせ俺たちが一番新入りだからな」

 

「なるほど、では私たちが一番下っ端という事ですね。これからよろしくお願いします」

 

「任せな、ここでのルールを教えてやるから先輩の言う事は素直に聞いてくれよ?そっちにおまえさんもな」

 

私の後ろで静かにしている新海先輩へ視線を向ける。

 

「あ、ああ……よろしくお願いします」

 

「それで……もう一人の方は?」

 

「ん?ああ、あいつはちょっと気難しい奴でな。恥ずかしがり屋さんなんだよ」

 

「………」

 

未だ奥の壁に背中を預けている男……いや、男の子かな?上下共黒の服を着ており、パーカーのフードを頭から被っているため正確には分からないけど……多分私と同じか下くらいの歳だと思う。

 

「よろしくお願いしますね」

 

取り敢えず挨拶をする。

 

「……ふん」

 

が、そっぽを向かれた。

 

蒼い目で……髪色は……あれはシルバー?いや白色かな?となると……黒が抜けたのかな?

 

「……ま、あんな感じだ。取っつきにくいとは思うがよろしくな」

 

「特に気にしてないので平気ですよ」

 

興味無さそうに目を閉じてじっとしている。なるほど、分かりやすいタイプだ。

 

「それで、私たちはこれからどうすれば?」

 

「まずはお前さんらの部屋へ案内しておく。二人同じで良いだろ?」

 

「はい、そっちの方がありがたいですね」

 

「こっちだ」

 

顎で奥の扉を指す。この侍……そえば名前聞いて無かった。ここは流浪人と呼んでおこう。

 

流浪人の後に続き、扉へ向かう。

 

扉を開け、倉庫内から出る時にパーカーの子へ視線を向けたが、こちらを怪しむ様な不審な目を向けていた。

 

「そういや、お前さんらはなんでこの街に来たんだ?」

 

「面白い事が起きるって噂を聞きまして。そちらは?」

 

「俺か?俺は稼ぐ為にだな。力を買ってくれるって聞いたから入っただけだ」

 

なるほどね、よくあるパターンと……。

 

「生きる為には何かとお金が必要ですからねぇ……」

 

「食い扶持の為に働かないといけないのが辛いとこだよなぁ……」

 

「先ほどのあの子は?」

 

「さぁな。俺はあいつより後にここに来ているからよくわからねぇよ」

 

「話すタイプには見えませんもんね」

 

「いちいち聞く気もねぇけどな」

 

……ふむ、多分目の前に居るこの人は外から来た人だね。そしてさっきの男の子はこの街で生まれ育った感じだと思う。

 

あの年の子が……となると、内側で生まれている事になるけど……まぁ今はどうでも良いか。

 

「着いたぞ。ここが割り当てられてる場所だ」

 

入口の錆びついたドアよりは幾分かマシなドアを開けて中へ入る。

 

「……これはまた中々の」

 

ベッドが二つ、軍用ロッカーが一つ。それだけの部屋だった。……刑務所かな?

 

「可愛い子ちゃんをこんな部屋で寝泊まりさせるのは、紳士の俺からすると心苦しいが……ま、我慢してくれ」

 

「いえいえ、ベッドがあるだけ良心的ですよ」

 

「はっ、気まで遣わせちまったな!と、面倒だしそのまま次の話をするぞ?」

 

「どうぞ」

 

「知ってるとは思うが、ここのデケェ組織の一つが何やら面白い事を仕出かそうとしているらしい。ご丁寧に人や物まで集めているとの事だ」

 

「みたいですね」

 

「俺達の役目は……と、その前に嬢ちゃん、腕に自信はあるか?」

 

「私ですか?んー……そこそこでしょうか?」

 

「そこのあんちゃんは?」

 

「彼は私の付き人なので……強くは無いですね」

 

「ほぉー……ま、試した方が早いか」

 

ニヤリと笑って、自分の刀に腕を乗せる。

 

「どうだ?手合わせをしないか?」

 

「……私は良いですがー……」

 

確認する様に後ろの新海先輩を見る。

 

「……!っ……!」

 

うん、全力で首を横に振ってるね。

 

「……とのことなので、私がお相手しますよ」

 

「んまぁ……そっちだけでも良いか。んじゃ、さっきの倉庫に行こうか」

 

来た道を戻って倉庫に入ると、先ほどの少年が全く同じ姿勢で目を瞑って立っていた。

 

「おーう、坊主、今からこの嬢ちゃんと手合わせするが、お前もどうだ?」

 

手を上げながら気さくな感じの雰囲気を出して声を掛ける。

 

「やんねぇよ……勝手にしてろ」

 

「なら観客だな。審判してくれよなー?」

 

案の定、参加はしないと……。

 

倉庫の中でも広い場所へ向かう。

 

「あー……言っといてなんだが、俺は()()()使うが平気か?」

 

「良いですよ。武器を使うという条件で私も使いますから」

 

外套の内側からナイフを抜き取る。

 

「ま、前情報通りなら死なねぇだろうし……もし死んだら運が無かったと思ってくれ」

 

「ええ、なんなら誓約書でも書きましょうか?」

 

「ははっ、大した自信だな。……んじゃ、行くぜ?」

 

「了解です」

 

左足を後ろに下げ、刀の柄を右手で握って姿勢を落とす。……うん、居合かな?

 

多分一撃で判断するかどうか……そんな感じだろうね。

 

「では、行きますね?」

 

ナイフを持ったまま前へ進む。

 

「……ここかな」

 

刀を抜き去った時の間合いを測って直前で立ち止まる。

 

「……ふはっ、ククッ……なるほどな。読み切られてるってことか。これは一本取られたなっ!」

 

これで少なくとも私の力量が分かったと思うけど……。

 

「やっぱり見た目の割には強者だなっ!」

 

構えを解き、嬉しそうに笑う。

 

「それで、まだやります?」

 

「折角だ。一太刀くらいは交えようぜ?」

 

あー……だよねぇ。こういう求道者タイプには逆効果だよねー……。

 

「しょうがないですね。一回だけですよ?早く構えて下さい」

 

「ああ、やらせてもらおう」

 

一度深呼吸をして再び居合の構えに入る。

 

「では行きますねー」

 

今度は立ち止まらずそのまま領域内へ足を一歩踏む込む。

 

「―――ハァッ!!」

 

私が踏み入れたのを見て鞘から刀を引き抜く。無駄の無い洗礼された一連の動作。その全てが神速の刃となってこちらへ向かって来る。

 

―――その刃が届かないギリギリまで体を傾け、過ぎ去った瞬間に合わせて元の位置に体を戻す。

 

「―――ッ!?」

 

自分の攻撃が最小の動きで避けられた事に目を見開く。多分、端から見たら刀がすり抜けた様に見えると思う。

 

これで、一撃は避けたから後は適当に寸止めすれば大丈夫かな?

 

そう思って更に一歩踏み出した。

 

その瞬間、相手は振り抜いた勢いをそのまま体に乗せた状態で左足を軸に体を回転させる。

 

「うぇっ!?」

 

想定外の動きに驚いていると、体より先に首を回して私の位置を捉える。更に回転力を増したまま一回転して二度目の攻撃を仕掛けて来た。

 

「―――うぉらぁ!!」

 

どういう攻撃だよーーっ!!

 

心の中でツッコミを入れつつも手に持っているナイフでそれを弾いて逸らす。

 

甲高い金属同士の音と火花が飛び散る。

 

「………」

 

「………」

 

お互いに残心の構えで動きを止める。

 

「……まさか、これを避けられるとはなぁ」

 

刀を下ろし、姿勢を戻して呆れるように溢す。

 

「いやぁー、中々トリッキーな攻撃でビックリしましたよ……」

 

いやほんと……。しかも付け焼き刃じゃないのがまた驚き。結構強いだろうとは思ってたけど。

 

ナイフをホルダーに戻して周囲を見ると、新海先輩が驚いてたのは勿論、壁に居た少年も目を見開いて食い入るようにこちらを見ていた。

 

「嬢ちゃんほどの強さなら俺も楽が出来そうだな!」

 

嬉しそうに笑って刀を鞘に戻す。

 

「まさかだと思うが……そこの兄ちゃんもこれくらい出来るのか?」

 

「いやいや……」

 

流浪人さんの言葉に困った様に首を振る。

 

「彼は私とはまた違った強さを持っているので」

 

「……お前、強いのか……!?」

 

三人で会話していると、少年が驚くように私に声を掛けてきた。

 

「ん?私?さぁ……?どうだろ?」

 

どういう意図なのか分からず流浪人を見上げる。

 

「さぁな?お互い本気では無いってことぐらいだな。な?」

 

「まぁ……そうですね。あくまで手合わせだったので」

 

少年がどの程度強いのか分からないが、多分剣筋も見えてなかったんだろうね。

 

「疑問に思うなら、試してみる?」

 

こちらを驚愕と疑心の眼差しで睨みつけている少年へ挑発するように笑う。

 

「……っ!この……!」

 

予想通り怒りを表に出して来た。

 

「おいおい、可愛い子からのダンスのお誘いを断る気かぁ?坊主も嬢ちゃんと一回やれば分かるさ」

 

感情を露わにしたのを見て面白そうに援護射撃をする。

 

「まぁ……ダンスを踊れる程の実力があるか分かりませんが」

 

「っ!!……誰がっ!」

 

私の言葉を決め手にこちらへ向かって来る。うーん、やり易くて助かります。

 

こういう少年には肉体言語が一番手っ取り早いって、澪姉も言ってたからねっ。

 

「……良いのか?」

 

私のやり方を見て後ろの新海先輩が心配する。

 

「大丈夫ですよ」

 

一応同じ班になるのだ。実力を知ってもらっていた方がある程度舐められないはず……だ。

 

「両者、位置に着いたなー?」

 

数メートルほど距離を置いて向き合う。

 

「んじゃあ、はじめ」

 

「………」

 

開始と同時に攻めずに、私との距離と動きを窺っている。……この子、正面からやり合うタイプじゃないな。

 

多分不意打ちとか背後から奇襲して殺すやり方だね。自分がそうだったからよく分かるよ。

 

そりゃ子供が自分より体も実力も上の相手をどう殺すかと言えば、正面から相手をしないのが一番だ。

 

今は素手ってことは、一応私に合わせてくれているのかな?

 

少年の動きを目で追いながらも、少しだけ距離を詰め始める……が、同じ分だけ下がる。

 

「来ないならこっちから行くよ?」

 

声を掛けるが、返事をせず警戒をし続けている。

 

予備動作無しで走り出し、目の前で立ち止まる。少年がどう動くのかも見ておきたいので一先ずは攻撃はしない。

 

「―――っ!!?」

 

一瞬で目の前に来た事に驚きながらも咄嗟に後ろに下がる。

 

「ほいっ」

 

下がり切った地点まで距離を詰める。

 

「っ!?」

 

またもや目の前に現れたのを見て横へ転がるように回避する。

 

「……っ!?」

 

体勢を立て直し顔を上げたが、既に私が先回りで正面に立っていた。

 

「このっ……!」

 

逃げられないと判断して張り手をする様に顔面に腕を伸ばして来る。それをひょいと避けて伸ばし切った腕を掴む。

 

「くっ!」

 

腕を掴まれたまま今度は前蹴りを繰り出す。……靴底が結構厚いブーツで前蹴りとか、殺意アリアリですなぁ……。

 

腕を離して一歩下がる。私が下がったのを見て、今度は向こうから距離を詰め始める。

 

「―――死ねっ!」

 

死ねって……ド直球な……。

 

殴りかかって来た腕をするりと避けて相手の背後に回る。

 

「なッ!?っ!……くそっ!」

 

少年の身体を掴み、身動きが取れない様に固定する。

 

「投げ飛ばすから、ちゃんと受け身取ってね?」

 

「……はっ!?」

 

「真神流―――裏流転ッ!」

 

いつかの高峰先輩にした技と同じ様に少年を宙へ投げ飛ばす。

 

「―――ッ!?」

 

ぐるりと体が舞いながら地面へ落ちていく。

 

「……ほっ、と」

 

投げられた勢いを殺せないまま地面へ落ちそうだったので、ぶつかりそうな頭部と地面の間に足を差し込んで衝撃を緩和する。

 

「ぐッ……!」

 

背中からお尻はそのまま強打したけど……まぁ、そんなに衝撃強く無いし大丈夫でしょう。

 

少し苦しむように震えたが、何とか体を起こす。

 

「大丈夫です?」

 

思ったより辛そうだったので、手を差し出す。

 

「……っ!」

 

だが、ぺしっと払って立ち上がる。

 

「……っ、くそ……」

 

痛そうに背中を抑えたまま、壁まで移動して座り込む。

 

……ちょっと悪い事したかも。

 

もう少し別の技の方が良かったかと考えていると、審判をしていた流浪人が興味深そうにこちらを見ていた。

 

「まじん流……聞いた事も無い流派だな」

 

「ぶッ……!」

 

至極真面目に呟いたその声に新海先輩が吹きだす。

 

「真神流古武術って言うのですが……聞いた事無いですか?」

 

「いや、初耳だな。どういった流派なんだ?」

 

「あ、あー……えっと、よくある武術……いえ、暗殺術ですね……はい」

 

「……ッ、……っ!」

 

「暗殺術か……道理でナイフ捌きが上手かったわけだ。本職は殺し屋とかか?」

 

「んまぁ……似たような者です」

 

何とも言えない間抜けなやり取りに後ろの新海先輩が震えているし、堪えきれずに顔を逸らした。

 

「そちらの剣術はどういった物なのですか?さっきの技も見たこと無かったのですが……」

 

「ん?さっきのか?あれは前に読んだ漫画の剣術を真似てみたんだよ」

 

「漫画の……剣術を?」

 

「ああ。抜刀って一度抜いたらそれで終わりだろ?さっきみたいに避けられたら隙だらけだ。だがさっきみたいに抜き身の速度を殺さないまま次の二撃目に繋げるってのを見てな……これだっ!って感じよ」

 

「は、はぁ……」

 

それって……。

 

「流石に漫画みてぇに左足で始めたり真空の空間を作り出すのは無理だったがな……ま、色々と参考になった剣術があったってわけだ」

 

「………」

 

「………」

 

その流派に心当たりしかない。後ろの新海先輩なんか特にだろう。自分と天ちゃんの命名に深く関わっているんだから……。

 

なんか……どちらもフィクションの流派を真似ているって……なんか……うん。

 

「なんて名前だったか……確か、飛天m―――」

 

「あーーっ、了解ですっ!もう大丈夫ですからっ!」

 

「お、おう?そうか……?」

 

「はい。お強いってのは充分に理解出来ましたから……!」

 

これ以上は色んな事柄に抵触してしまいそうだ。

 

……技名とか叫ばないよね?この人と戦うのは控えた方が良いのかもしれない……うん。

 

「あーそれで、腕試しが終わったら仕事の内容を教えるとか……?」

 

「おっと、そうだった。楽しくてすっかり忘れていた」

 

よし、これで本来の流れに戻れるはずだ。

 

意外な所から意外な危機を感じたせいか、いつも以上に精神が消費された気がした……。

 

 





と、一旦区切って次に回します。


―――『隙の生じぬ二段構え!!!』

とまぁ、これがやりたかっただけの回でした……はい。

『二重の極み』の方も考えていたんですが、日本人しか用意出来なかったので……w

「フタエノキワミ、アッー!」が再現不可という事で今回は見送りに……。

いや……新選組のあのお方の技もまだあったな……?

あっ、そえば敵組織の下っ端二人、流浪人さんと少年のイメージ画像を貼っておきます。あまり出来は良くないですが……お許しを。
前回と同じくAIに作って貰いました。

流浪人

【挿絵表示】

少年

【挿絵表示】




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第18話:第二回絶叫系体験……?


主人公の姿をAIのイラストで作りたいこの頃……、理想を作るのは難しい……。




 

 

「そんじゃあ、説明するからよく聞けよ?」

 

私の実力を確かめる為の手合わせが終わり、さっき言いかけていた続きへと移った。

 

「お前たち二人含めて俺らの班に来る仕事は、簡単に言えば破壊工作だな」

 

「はぁ……破壊工作」

 

「大抵は上からの指示でもう一つの組織の内部に入って武器や食料を盗む、または破壊だな」

 

「……敵対しているのですか?」

 

これは、あれかな?あっちが準備してるのを拝借してるパターンかな?

 

「知らん。けど、一番面倒で危険な役割が回って来ているのは間違いねぇな」

 

「まぁ……バレたら切り捨てられそうですもんね」

 

「間違いなくな。表立って争わず、あちらさんが戦争の準備をして意識を向けている間に美味しい思いをしたいだけかもな」

 

「んー……けど破壊もですか?」

 

「ああ、バレずに取れればよし。バレたら目撃者は可能な限り消す。その為に必要なら好きにしなって感じだ」

 

相手の力を減らしたいのかな?私としてはとても好都合だけど……。

 

「そうなると、時間は夜ですか?」

 

「だな。基本的に夜までは好きにしな。たまに昼に警備の見回りに回される時もあるが……ま、日が落ちた頃にまたここに来てくれ」

 

「了解です。では夜まで自由時間として好き勝手に動きます」

 

「一応言っておくが、ここの連中と揉めるなよ?特に内側の奴らと」

 

「忠告ありがとうございます。何かあったら部屋に置手紙でもお願いします」

 

タイミング良ければ読めるでしょう……多分。

 

新海先輩に視線を向けて一緒に建物から出ていく。

 

「……この辺まで来れば大丈夫でしょう。どうでしたか?緊張しました?」

 

後ろを振り返って静かに付いて来てくれた先輩へ声を掛ける。

 

「……もう良いのか?」

 

「はい、長時間お疲れ様でした」

 

「……はぁぁー……」

 

溜めに溜めた疲れを丸ごと吐き出すかのようなため息が吐かれる。

 

「クソデカですねぇ……」

 

「めっちゃ緊張したわっ!いやなんだよあの侍は!?生きてる時代間違えてないかっ!」

 

「結構お強い人でしたねぇ……あの人がもう片方へ行って無くて少し安心していますよ」

 

「九重が言う位には強いってことなのか……勝てるのか?あっちは日本刀持ってるが……?」

 

「ん?ええまぁ……余裕かと思いますよ?近接武器持ってようが変わらないですし」

 

それに心配なのは私じゃなくて、あの人が白巳津川とかへ向かった時かなぁ……?おじいちゃんとか澪姉なら普通に勝てるけど、それ以外なら実力次第で普通に真っ二つにされそうだし。

 

……どうしようか、先に始末しといた方が得かな?でも私の記憶ではあの人見てないしなぁ……。

 

「九重?」

 

「ん?ああ、すみません。ちょっと考え事していました」

 

「何かあるのか?」

 

「んー……っと、それは一旦置いておきましょう。ここだと誰かに聞かれるかもしれませんしね」

 

「そうだったな。また後で聞かせてくれ」

 

「はいはーい」

 

建物から離れ、内側から中層へ向かう。

 

「それにしても、さっきの手合わせ後の会話傑作でしたねっ」

 

「ほんとな……なんだよ真神流って……高峰かよ」

 

「誤魔化すのにちょうど良いかと閃きまして……それをあんな真面目な顔で聞かれて我慢するの大変でしたよ」

 

「俺なんて笑っちまったしな。無理だろ、あんなの」

 

「そしたらまさかの向こうも同じ様に真似た技だとは流石に予想できませんでしたよ……」

 

「ああ……あれかぁ……。おとんとおかんに文句言いたくなってきたわ。無性に」

 

「兄妹で、ですもんねぇ……。そうなると、先輩と天ちゃんに子供が出来たら、名前は龍ですか?それとも閃ですか?」

 

「やめろやめろ。自分の子供にそんなキラキラネームを名付けたくないっ」

 

「龍はまだ普通ですが……閃は……ちょっとあれですもんねぇ」

 

まんまキラキラしてそうだもん。

 

「それよりも、夜まで暇って言ってたが……何か予定はあるのか?」

 

「んー……そうですね、取り敢えずは一旦帰りましょうか。良い感じに休めたら夜までに一度前日行った情報屋さんを訪ねようかと思います」

 

「……了解。じゃあ、帰るか」

 

「はいっ!……と言ってもちょっと距離ありますもんね」

 

「あー……まぁ確かにそうだよなぁ」

 

中層に来るまですらなんやかんやで30分以上はかかっている。しかもそれなりに速足でだ。

 

「……面倒ですし、私が運びましょうか?」

 

「……はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、サクッと着けましたねっ!お疲れ様です!」

 

何事もなく拠点へと戻り、少しグッタリしている先輩を労う。

 

「死ぬかと思った……」

 

「アトラクションとして楽しんでいただけましたか?」

 

「あんなの即閉園物だわっ!訴訟するぞ!」

 

「おぉ……元気なツッコミ」

 

先輩が何故こうも声を荒げているかと言うと……、まぁ、私が先輩を担いで拠点までの最短距離を一気に駆け抜けたのが原因でしょう。間違いなく。

 

人に見つからない様に先輩にアーティファクトを掛けてもらい、折角なので私もアーティファクトの能力と九重の力をフル活用して全力移動をしてみた。

 

ちゃんと先輩へ被害が出ない様に能力で保護していましたし、危険なルートは避けました。ええ当然ですとも。

 

ただ、走り出した先輩の驚く悲鳴にちょっと……加虐心と言いますか、イタズラ心と言いますか……こう、悪魔が私に囁きましてね?……つい。

 

高速で崩れた建物を縦横無尽に駆け抜けてギリギリを攻めたり、ジェットコースターみたいに上から下へ、下から上へと緩急を付けて急上昇したりと……乗った事ありませんが。

 

そんな感じで阿鼻叫喚の先輩を楽しませてもらった事が……原因ですね。

 

「個人的には錐揉み状にグルグルと回りながら進んだのが、結構高得点だったのですが……」

 

「得点もくそもあるか……ゼロ点だちくしょう……」

 

「そんなー」

 

「……うえ、思い出したら気分悪くなりそうだ」

 

「飲み物用意しますのでベッドで……いえ、まずは上の服全部交換しておきましょう。衛生面的に」

 

「あ、ああ……」

 

力なく、ぐだぁ……っと服を脱ぎ捨てて行く。それらを拾ってカゴへシュートしておく。

 

「すまん、ありがと」

 

「いえいえ、原因は私ですしおすし……」

 

「それはほんとにな……っ」

 

私も上から着ている物を交換する。

 

「はーい、おじいちゃん。ベッドはこちらですよー?」

 

「誰が年寄りだ……」

 

ベッドへ向かって行く先輩を見ながら水を淹れて渡す。

 

「はい、こちら北アルプスの地下数百メートルより汲みあげた厳選に厳選を重ねた至高の一品でございます。源泉だけに」

 

「……サンキュ」

 

「………」

 

「………」

 

私のボケに特にツッコまずにゴクゴクと水を飲んでおられますね。

 

「……あ、あの?スルーは流石に……心が、痛むと言いますか、お礼は嬉しいのですが……どちらかと言えばリアクションが……」

 

「ああすまん。あまりにもくだらなさ過ぎて脳がスルーしてたわ」

 

「辛辣ぅ……!」

 

でもなんやかんやで反応をしてくれるので助かります!

 

「北アルプスのお水はお気に召しましたか?」

 

「いやー疲れたわー、今の俺には滅茶苦茶美味しく感じたわー。これが厳選された水の力ってやつかー」

 

わざとらしくリアクションしてますが……私にチクチクと攻撃してるのがまるわかりですよ?

 

「それは良かったです。次は……そうですねぇ、水素水とか飲みますか?」

 

「水素水……?なんだそれ」

 

「私も詳しく無いのでよく分かりませんが……健康に良いとかなんとか……」

 

「へぇー……そんなのあるのか」

 

「らしいです」

 

あれは……なんだったっけ?なんか水のペットボトルに白い棒か何かを入れてたような……違った様な……。

 

「ま、機会があればですねっ!あるか分かりませんが……あと一時間もしたらお昼ですが、何か食べます?」

 

「もうちょっと落ち着いたら食べたいかなぁ」

 

「では、それまでは適当にくつろいでいて下さい。あ、チョコレートとか甘い物でも食べますか?」

 

「んー……じゃあ、もらおうかな」

 

「お任せをっ。新しい飲み物もついでに持って来ますねー」

 

寝室から出て、チョコなどの間食を幾つかと飲み物を取って部屋へ戻る。

 

「はい、どぞどぞ」

 

「さんきゅ」

 

お互いにお菓子の封を開けてちまちまと食べる。

 

「そういやさっき後で話すって言ってたの何だったんだ?」

 

「あれですか?少し作戦と言いますか、予定の変更を入れる価値があるのかもしれないなー、と思いまして」

 

「変更?」

 

「今入っている組織を利用するのも悪く無いかなっと」

 

「元々はどんな予定だったんだ?」

 

「んー……どちらもぶっ潰そうかと」

 

「物騒だなぁ……」

 

「ですが、もし使えそうなら利用するのもありかと今考えています。ま、これは今日辺りから調べてみますがー……」

 

「そうなのか……。調べるってのは具体的に何をするんだ?」

 

「今の組織の物や人の出入りを調べて……何をしているかとかですね。可能ならトップにも会ってみたいですが……これは今後次第ですね」

 

「何をしているかを調べるのか……?」

 

「はい、こんな街ですよ?非合法なんてしたい放題です。昨日は人攫いに遭いましたしー?」

 

「調べて……もし何かしらしていたら?」

 

「その流通のルートを特定出来れば良いんですけどね。街の中で完結しているならまぁ……100歩譲って良しとしても、外へ流すとかあれば即潰します」

 

と言うか、武器とかその他一部は既に流れてるしね……。

 

「よくいるんですよ?ちょっとだけ試しにして見て大丈夫だったら、次はもうちょっと別のを増やして……ってどんどん規模も物も大きくなっていって、気が付くと人も経路も出来上がっているってのが」

 

「まぁ確かに……ここの外でそんな事があったら危険だな」

 

「ですよ。今回は大体予想が出来ているんでそこまで大変ではないと思いますが……一応先輩も付いてくる……で良いんですよね?」

 

「そう言いたいが……俺が一緒に行っても良いのか?」

 

「問題などはありませんよ。ただ……先輩自身の覚悟の問題だけですね」

 

「俺の覚悟……?」

 

「きっと……いえ、確実に胸糞悪い物がそこにはあるはずです。先輩からすれば断じて許せない悪とも呼べる存在があちらこちらに。私はそこに行くつもりです。その場面を見た時の先輩が大丈夫か……って一点が心配かなぁっと」

 

「……ち、因みにだが……どんなのがあるんだ?」

 

「……人攫いとか、人身売買……いえ、もはや奴隷……もっと言うなら家畜に近いかと」

 

「家畜……?人をってことか……?」

 

「包み隠さず言うならばそうですね。多分食肉加工所の現場へ見学に行くみたいな物です」

 

「ひ、人を……か?」

 

目を見開き、怯える様な表情で私を見る。

 

「はい。人だって食べれますし。立派なお肉ですよ?」

 

「ま、まて九重……。いつもの冗談って訳じゃないんだろ?」

 

「流石にこんなことを冗談で言う程、性格は捻くれてはいませんが……?」

 

「つまり……その、なんだ……?この街では人を食べるのが……罷り通ってるのか?」

 

「そうですね、街の循環の一部ですよ?ああ、内側の人らは流石に食べてないと思いますが、私達が今いる外側は勿論の事、真ん中の人らも食べてると思いますよ?」

 

「ま……まじか」

 

「ですので、もし中層で食べ物が売ってたりしても絶対に食べないで下さいね?十中八九……いえ、100%の確率で動物の肉じゃありませんから……うん?一応人も動物でしたね」

 

「そういう話じゃ……いや、でも分かった」

 

「と、先輩を脅しましたが……実際にそういった場所には行かない様にしますのでご安心を。今回は人身売買の方面で考えていますので」

 

「お、脅しだったのか……?」

 

「さぁ?どうでしょう?」

 

意味深な笑みを先輩へ向けて、次の話へ移す。

 

「昨日実際に人攫いに遭いましたしね。あれが売り飛ばす気だったのは確定なのでどこかに取引する場所があると思われます。しかも女性を狙ったパターンのですね」

 

「どうして確定って分かるんだ?」

 

「大人数で捕獲しようとしていたじゃないですか。生きてないと意味が無いって事はそういう事ですよ」

 

殺して肉に変えるならその場で殺して運べば良いだけですし……まぁ?鮮度が命とか言うグルメが居るなら話は別ですが。

 

「な、なるほど……?」

 

「今は街の中だけかもしれませんが、どうせ調子に乗ってどんどん規模を増やしていくと思います。そして街の中だけでは飽き足らず外へ求めて……ってなるのは目に見えているので、先立ってそれを片付けておこうかと」

 

一ノ瀬家との騒動に乗じて雲隠れされたらいやだしねー……はぁ。

 

「なんとなくだが、することは分かった。その……人身売買?の奴らを止める為に今日から動くって感じだな?」

 

「大体そんな感じで大丈夫です」

 

「俺がすることは何かあるか……?」

 

「ふふ、先輩は私に付いて来て見ているだけで大丈夫ですよ。それだけで充分なので」

 

「……そうか?」

 

「はい、元々私のことを知ってもらう為に来てもらったのですから……どうです?九重舞夜と言う人間が少しでも理解出来ましたか?」

 

揶揄う様な表情を作って先輩を見る。

 

「いや……まだ全然って感じだな……。ぶっちゃけ、壮絶な人生を送ってきている……って位しか分かってない」

 

「そうですかそうですか。まぁ、まだそこら辺をぶらぶらしてただけですもんね。本番は今日の夜からなので、楽しみにしててください」

 

「楽しめれば良いんだけどなぁ……」

 





一旦区切って次へ回します。



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第19話:紅の宵蛍


続きです。




 

 

拠点で昼食を摂り、夜に向けて一眠りしてからもう一度外へ出る。目的地は例の情報屋さんだ。

 

「そういや、中層の入口から出入りしていないが大丈夫なのか?出入りの確認とか……」

 

「別に大丈夫ですよ。一応印象付ける為にわざわざ出入りを使ってるだけで、やろうと思えばそこら辺から適当に行けますから」

 

お菓子も渡してるし、情報屋の事もあるので内側にも私たちの情報が通りやすくしただけでご丁寧に通る必要はない。必要にならない限りは接触する必要は無いだろうしね。

 

情報屋が居る建物に近い場所から適当に入って中層を出歩く。……ま、当然監視は無いか。

 

路地から表通りを通って、昨日来たばかりの建物を見つける。

 

「では行きますね?」

 

「ああ、俺は静かに後ろに立っておくよ」

 

入る前に確認してから中へ入る。錆びれた金属の音と、籠った様な臭いが漂う。そして薄暗い。

 

「たのもー」

 

「ぁあ……?」

 

薄暗い奥から少し掠れた声が聞こえる。良かった、ちゃんといるみたい。

 

「やぁやぁ、昨日ぶり。また来たよ」

 

昨日と同じ様な喋り方と振る舞い方で男の方へ近づく。

 

「っ!?……今日はなんの用だ?」

 

私を見て一瞬目を見開くが、直ぐに通常に戻す。

 

「少し聞きたい事があってね。今良いかい?」

 

返事は聞かずにそのまま椅子に座る。

 

「今日は君のおかげで無事に組織に入る事が出来たよ。と言っても一番下っ端だけどね」

 

「そりゃめでたい事だな。精々死なない様に気を付けてくれよ」

 

「ああ、私なりに頑張ってみるさ。それで、今日聞きたい事なのだが……」

 

バックからお酒と摘まみになりそうな間食を取り出してカウンターのテーブルに置く。

 

「これはほんの気持ちだよ。めでたい事があったからね」

 

「ハッ、そいつはありがてぇな」

 

「それは良かった。嬉しくて口が軽くなる事でも期待しておくよ」

 

「で?何を知りたいんだ?」

 

「私たちが今日入った組織で同じ仕事仲間……班として行動を共にする事になった男二人が居るんだけど、その二人について知りたい」

 

「……特徴は」

 

「一人は刀を持った中年の男、一番新入りと聞いているよ。肩まで伸びた黒い髪が特徴かな?」

 

特徴を話すと、『ああ、あいつか』と知っている反応を示す。

 

「もう一人は……中学生くらいの男の子かな?全体的に黒の服装で多分常にパーカーのフードを被っている。銀寄りの白髪の子だ」

 

「その二人の何を知りたい?」

 

「なんでも良いさ。酒の席の雑談程度の情報だって構わないよ」

 

「……中年の男についてはまだ良く分かっていねぇ、ここ最近に入ってきたばかりだ。本人は金の為にここに来たらしい」

 

「ふむふむ」

 

「それと、相当出来るって話だ。組織に入る前に腕試しで何人か殺して入ったって聞いている」

 

「ほぉー……そうなんだ」

 

「確実な情報では無いが、俺みたいに酒や食いもんを渡せば良くして貰えるかもしれねぇな」

 

「なるほどなるほど」

 

確かに稼ぐためにって言ってたもんね。強さについては知ってる通りかな?

 

「ガキの方に関しては少しは知っている。ここで生まれている奴だからな」

 

「こういう言い方はあれだけど、よく生きてたね」

 

「上の連中が駒として育てる為に拾ったからな。運が良かったのさ」

 

「……ということは、そこそこ勤めてるってこと?」

 

「じゃねぇのか」

 

「ふーん」

 

それにしては一番下に居るけど……子供で駒だから?それともわざと下に置いている?

 

「それと、よくこの辺で見かける事があるな」

 

「ここで?組織に居るのに?」

 

「さぁな。よく食いもんを持ってるのを見たって話が来る程度だ」

 

「食べ物を……。まぁ育ち盛りだしね、しょうがないさ」

 

「ふん、どうだか。何か知ったら俺の所に持ってきな。等価交換してやるよ」

 

「へぇ……それはどんな情報でも良いの?」

 

「出来るかは情報次第だ。無意味なのは要らねぇぞ?」

 

「それはしっかりと心得てるさ。情報はここに持って来れば良いの?」

 

「ああ、それか入口に見張りが居れば紙に書いて渡しな」

 

「分かったよ。一先ず知りたい事は聞けたし、今日は帰るよ。この後お仕事が入ってるのでね」

 

「ああ……、用が済んだら帰ってくれ」

 

ここでの用は済んだので席を立つ。

 

「……最後に一つ忠告しておくぞ」

 

建物を出ようと後ろを向くと、男が私に向かって告げる。

 

「あのガキは信用しないのがおすすめだ。ま、この街で信用もクソもねぇけどな」

 

「……良いのかな?終わったのに情報を渡しても」

 

「なに、少しでもあんたに恩を売っておきたいだけだ。次の物も期待してる」

 

言うだけ言って、食べ物らを持って奥へと下がって行く。

 

「……それは良かった」

 

そのまま建物を出ていく。

 

……少年を信用するな、ねぇ……。ということは裏切るタイプなのかな?よくあるのは……人の情報を上に売ってその対価に食料を手に入れてるとかかな?それなら情報屋として恨みの一つや二つあってもおかしくは……ないかも?

 

それにしてもわざわざ食べ物を持ち出してここまで出てくるのは……普通に考えれば自殺行為で襲って下さいと言っている様なもんだけど……。内側の人間として認知されてるから大丈夫かもしれないけどなんで外に?

 

私達みたいに与えられた部屋があるはず。と、なると―――。

 

「……これは使えそうかなぁ?」

 

後で個別に調べてみても良いかも。

 

「……なぁ」

 

「はい?」

 

おっと、新海先輩を放置したままだった。

 

「そろそろ向かった方が良いんじゃないか?日も落ち始めるぞ」

 

「ですね、お仕事に向かいましょうか」

 

一先ず、先輩の言葉に同意して行き先を集合場所の倉庫へと変更した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「夜は夜で結構暗いんだな……」

 

日も落ち、夜も深くなってきた時間帯に、私と先輩は組織内部の建物の高所を陣取っていた。

 

「その割には、多少人の動きはありますね」

 

夜に来いと言われたので日が沈んだ辺りに倉庫へと入ると、二人が中に居た。けど、告げられたのは『今日は特にやること無いから帰って良いぞ』という何とも拍子抜けな言葉だった。

 

一瞬、帰ろうかと迷ったが折角ここまで来たので調査をすることにした。

 

「ずっとここで下を眺めているが、何か分かりそうなのか?」

 

「何となく?ですが情報は得られますよ?」

 

「例えば?」

 

「この時間でも明かりが点いている建物がチラホラとあるじゃないですか」

 

「あるな」

 

「場所によって明かりの種類に違いがあるのには気づけますか?」

 

「言われてみれば……照明っぽい明るいのと、ぼんやりとしたオレンジ色のがあるな」

 

「はい、更に言えば電気を使用していると思われる照明は中央寄りに多いですよね?」

 

「そう見えるな……ってことはあそこが一番裕福な場所で良いのか?」

 

「恐らくはそうですね。この時間帯になっても明るさを保ててるのですしそれなりの場所かとは思いますよ」

 

私達が居る場所からでもポツポツと光っているのがよく分かる。

 

あれは富の象徴みたいな物かもしれないね。あそこより外の人間はあれに憧れて内を目指す。まるで虫をおびき寄せる電灯みたい……電撃殺虫器だっけ?

 

「あの場所まで近づくのか?」

 

「いえ、今日は止めておきましょう。警備もそれなりに厳重なので」

 

「は……?ここから見えるのか?人が居るのが……」

 

「ちゃんとは見えませんが……なんか居るなぁ程度なら分かりますよ。配置的に警備の可能性が高いと思います」

 

「そ、そうか……俺には全く見えんが……」

 

「夜ですもんねー」

 

これが私じゃなくてちゃんとした九重の人ならもっと正確に見えたんだろうけど……。

 

それにしても、予想以上に警備が手厚い。仮に一人二人不意打ちでやられても発見できるような配置箇所で常に誰かの視界に入るようなやり方だ。警戒心が半端じゃないと思うけど……この街だとそのくらいしておかないと安心できないか。

 

普通の人ならあれらにバレずに内部を進むのは無理だろうね。

 

「いや、それは九重も同じだと思うが……修行次第で変わるもんなのか?」

 

「どうなんでしょう?夜目に強いかどうかって個人差にありそうですが……」

 

生まれ持っての個人差もありそうだし……目の先天、後天的な物もあるだろうし……一概に何とも言えないなぁ。

 

「他は分かりませんが、私の場合は実家の方で急激に良くなりましたが……」

 

「へぇー……そういった技術?鍛え方があるってことなのか」

 

「んー、まぁ……そんな感じです」

 

鍛え方……と言えば鍛え方だし、一族の技術と言えばそうとも言えるね。まぁ……実験体の成功例が一人しか居ないから確立性の乏しいやり方だけどー……。

 

昔の事を思い出しながら少し感傷に浸っていると、内側の方から外へ向かって荷車……リヤカーを押している人を見つける。

 

「………」

 

荷台には外からでは中が見えない様に布が被されている……けど、それなりの重量に思える。それに、他の人目を避けるかのような動きと道を辿っている。

 

「九重……?どうかしたのか?」

 

私が急に黙ったのを見て、隣の新海先輩が不思議そうに顔を覗かせる。

 

「ちょっと気になる物を見かけまして……あそこを歩いてる荷車って見えますか?」

 

方向を示す為に指を差して教える。

 

「あー……全くもって何にも見えねぇ……。それがどうかしたのか?」

 

「乗せている物が見えない様に隠しているのと、人目に付かない様にコソコソと移動をしているんですよね」

 

「九重的には怪しい予感がすると……?」

 

「ですね。センサーびんびんです」

 

「後を付けるのか?」

 

「とりあえず近くまで寄りましょう。後は状況次第です」

 

「了解……って、ここからだと見失わないか?距離がありそうだが……」

 

「大丈夫です。空を駆けますので見失う事はありませんよ?」

 

チラッと先輩を見ると、その移動手段を察してか嫌な顔をする。

 

「もしかして……またあれをする気か?」

 

「今回はしませんって、普通に移動するだけですのでっ」

 

「それ暗に日中のは普通じゃないって事だろうが」

 

「はっ!?何たる誘導尋問……!やりますねっ」

 

「勝手に自爆しただけだろ……はぁ、安全に移動してくれよ?」

 

「快適な空の旅を満喫させますよ」

 

こんな場所じゃ快適とは程遠いですが……。

 

諦めて大人しく従ってくれた先輩の体を持って夜の空を跳んでいく。

 

「どうですかー?良い景色とかご覧になられてますかー?」

 

「んな余裕あるわけ無いだろ……暗いからよく見えないにしてもめっちゃ怖いわ」

 

「大丈夫ですって。仮に私が先輩を落としてしまってもアーティファクトで落下は防げますので」

 

「なんつー恐ろしい仮定を……。絶対落とさないでくれ」

 

「……それって、フリですか?」

 

「違うからなっ!?」

 

「そうでした。そういったフリは三回言わないといけない流れでしたね!」

 

「言わないからなっ?いや、言っても落とすなよ!?」

 

「あー……なんだか、持つ腕が疲れて来ちゃいました……あー……」

 

「おいっ!変な冗談はよせっ!早まるなっ!」

 

「冗談ですって。それにしてもなんだか……先輩の生殺与奪を握っているみたいでドキドキしますね!」

 

「こっちは別のドキドキがさっきから止まんないからなっ!」

 

こちらのボケに乗れる位の余裕はある様に見える。

 

「ほいっと、着きましたよー」

 

移動している荷台が見える近くの建物に降りる。

 

「やっと着いたか……」

 

「と言っても、直ぐに移動しそうですが……」

 

「何か分かったのか?」

 

「あの人、外側に向かって移動しているんですよねー……」

 

「外側?」

 

「はい。中層のエリアに向かってですが……」

 

てっきり、内側の別の建物に行くもんだと思ってたけど……他の場所を仲介するのかな?

 

「外側の人らに何かを届ける気なのか……?」

 

「どうでしょうねー。ま、後を付けて見ましょうか。……と、いうことで」

 

「……分かった。頼んだ」

 

最早何も言い返さずにされるがままにこちらに体を預ける。

 

「ちょっと高めに行きますよー」

 

周囲の建物よりも高めの上空へ昇っていく。

 

「この辺りなら大丈夫かな……」

 

アーティファクトの能力で存在感を消してはいるが、念を入れておく。これ大事。

 

「ここから暫くは追いましょうか」

 

「くおぉ……こわッ……!たっか……っ」

 

「……大丈夫ですか?」

 

横の先輩から掠れ出る様な声が聞こえる。

 

「大丈夫に見えるのか……?これが……」

 

「あー……なんかすみません」

 

一応私が放しても大丈夫な様に安全策は取っているけど……。

 

「……先輩も私みたいに立って見ます?」

 

「唐突に何を言い出すんだ君は。これ以上俺をイジメて楽しいのか……!?」

 

あまりの状況に変な口調に……。

 

「違いますってば。先輩が自分の意思で立って無いから恐怖感が出ているのかと思いまして……。実際に私の能力を肌で感じれれば多少なりと緩和出来るかと」

 

「……それはあるかもしれん。宙ぶらり状態は心臓に悪い」

 

「命綱が私の腕と手だけですもんね。やってみますか?」

 

「いけるのか?てかそもそも大丈夫か?」

 

「大丈夫です。普通に地面に立つ感覚と一緒ですよ。床が透明な五十階程度のマンションだと思って下さい」

 

高度にして大体150メートル。ドローンだったら規制高度だね。

 

「ほ、ほんとか……?まじで落ちないよな……?」

 

「落ちても拾いますからご安心を」

 

「全然安心出来ねぇ……!」

 

能力で自分の足場だけではなく新海先輩の周囲も固定する。……これ、意外と集中力要るね。

 

そこにゆっくりと先輩の体を下ろす。

 

「……おぉ……まじで見えない床がある……」

 

自分の体を支える何かを肌で感じて安心した声を出す。

 

「後はゆっくりで良いので立ってみて下さい」

 

「ぉ、おう……」

 

生まれたての小鹿の如く、プルプルと……確実に立ち上がる。あっ、因みに先輩の方の空の風は遮断しています。風に煽られて姿勢を崩したりしたら元も子もないので。

 

「す、すげぇ……。立ってる……」

 

「ね?意外と簡単でしょう?」

 

「全然簡単じゃないが……これ、どこまで大丈夫なんだ?」

 

「大体半径二メートル程度は安全ですよ。正確には床と言うよりも箱みたいなイメージで作っているので壁もあります」

 

「そうなのか……」

 

恐る恐る一歩前に動き、手を伸ばす。限界範囲の壁に手が触れるのを感じて動きを止める。

 

「ここまでが安全ってことか」

 

「ですです」

 

「九重は移動する度にこんだけの事をしていたのか……?」

 

「え?いえ……私の場合は足幅程度しか作っていませんよ?」

 

「……はぁ?あ、足幅だけ……!?」

 

驚愕した顔で私の足元を見る。

 

「はい。なので一歩前に進んだら落ちますね」

 

「……よ、よくそんな事出来るな……。しかも平然とした顔で」

 

「大丈夫だと分かってますから」

 

「かなり自信があるってことなんだな……てか、よく見たらそっちには風が吹いてるけど平気か……?」

 

「平気ですよ。今は風の影響を受けても大丈夫なようにしてますから。まぁ……靡く髪が煩わしいのはありますが」

 

「あー……いや、それもあるんだが、寒さとか大丈夫かって意味もあるんだが……」

 

「へ?……あ、ああ……こんだけ着ていれば大丈夫ですって」

 

「それもそうだな」

 

なるほど、私の体の心配をと……うーん、さっきまで小鹿だったとは思えない。それだけ余裕が出て来たって事かな。

 

先輩から視線を外して移動している荷台を見る。

 

「やっぱり、外側へ向かってますね」

 

「……そうなのか。今はどの辺りなんだ?」

 

「あの崩れた建物見えますか?あれより二棟ほど向こう側です」

 

近くの目印になる建物を指差す。

 

「崩れた……ああ、あれか。何となく見えるな。あれの奥側か」

 

「……大体方角に目星が付いたので私達も移動しましょうか」

 

「もう分かったのか?」

 

「方角だけですけどね。ささっ、こちらへどうぞ」

 

再び先輩を持って跳んでいく。

 

「よっと、この辺りで良いでしょう」

 

今度は空ではなく荷台より先回りした建物の屋上に降りる。中層との境界線近くで丁度見張りも居ない……確定かな?

 

「じ、地面だ……」

 

「地面ですよー、ふふ」

 

人本来の足場へ戻って来たことを感動している先輩を見て思わず笑ってしまう。

 

「さてと……後はここで静かに待っていましょうか」

 

「ここを通るで良いのか?」

 

「私の予想が当たってれば通りますよ。ここが一番人目がありませんから」

 

「……確かに、他と比べると明かり無くて建物も多いな」

 

「ああいった輩は、ここみたいな暗くて狭い入り組んだ道を好む傾向がありますから」

 

「嫌な表現だなぁ……」

 

「事実ですよ……実際にほら、あれを見て下さい」

 

狭い道の奥の方から先ほどの荷車を押す人が見る。

 

「どれ……って、すまんが見えん」

 

「奥の方にさっきの人が来ました」

 

「予想が当たったってことか……」

 

「ふふん、褒めてくれても良いんですよ?」

 

「変に言わなくても、普通に凄いと思うぞ?」

 

「あ、それはどうも……ありがとうございます」

 

そこは褒めないのが流れってもんかと思うのですが……?思うんですがーっ。

 

外側を見ると、境界線地点の一ヶ所だけ土嚢やバリケードなどの防壁が少ない場所があり、そこに人影が見える。

 

「引き継ぎかなぁ……」

 

あの荷車の行方も知りたいし、今運んでいる人間が内側のどこから出て来たのかも確認しておきたい。

 

「んー……先輩、ちょっと良いですか?」

 

「どうした?」

 

「これからここを通る……荷物の行き先を辿る為に荷車本体に発信機……GPS的な物を取り付けて来ます。直ぐに戻って来るのでここで待ってて貰っても良いですか?」

 

「……ああ、分かった」

 

「それと、私に掛けている能力を一旦全部自分に回して下さい」

 

「大丈夫なのか?解いたら見つかる可能性が上がるぞ?」

 

「先輩の安全性の方が重要ですので。それに、私なら気配すら感づかれる心配はありませんから」

 

「……九重がそう言うなら従うよ。気を付けてくれ」

 

「はい、直ぐに戻ってきますので少々お待ちを」

 

アーティファクトの能力を解いて気配を消してから建物を降りる。

 

進行ルートの背後を取るように近づき、外套の内側のポケットから端末機を取り出して距離を詰めて一気に近づく。

 

バレなさそうな位置に設置してその場を去り、新海先輩の場所へと戻る。

 

「ただいま戻りました」

 

「おう、おかえり……って、もう終わったのか?」

 

「はい、後はこれを見れば……」

 

先程の端末の親機を取り出して画面を映す。

 

「それって……与一に付けていたやつと一緒のか?」

 

「似たようなものですね。これはあれよりちょっと格下ですが……」

 

今回のはあくまで追跡用としての機械なので、移動ルートと現時点からの距離が分かる物。それに正確でリアルタイムな物でも無いから緻密に状況を知りたいのにはあまり向いていない。しかも親機と子機の対で一組しか追跡出来ないので……それでも超便利なのですが。

 

「これであの荷車の動きは大体追えますので、私達は内側へ帰って行く人を追いましょう」

 

「なんか……スパイとか潜入捜査してる感じが物凄く出て来たな」

 

「ワクワクしてきましたか?」

 

「……正直ちょっとある。いや、不謹慎だったな」

 

「別に良いと思いますけどね。こんなことしてるので楽しんだ方が気が楽ですよ?」

 

「楽しめる程の余裕が無いからなぁ……」

 

「ですよねー……」

 

そんなこんなで雑談のしていると、荷車を持った男が境界線地点に居る人……多分二人組かな?に荷車を渡してきた道を戻り始める。

 

「発信機はちゃんと機能しているね……うん、向こうは問題無さそうです」

 

「後は待つだけか」

 

「ええ、先ほど別の人に渡してこちらに向かって来ています」

 

「ん?誰かに運んでいたのを渡したのか?」

 

「さっき二人組の人に引き継いでいました」

 

「暗くて何も見えないから状況が全く分からん……けど了解」

 

「さてさて……どこへ帰るのやら」

 

「……可能なら、俺が能力を使って記憶を読もうか?10メートル以内に近づく必要はあるけど」

 

「いえいえ、そこまでする必要は無いですよ」

 

「そうか?そっちの方が楽に情報を得られるんじゃないか?」

 

「それはあるかもしれませんが……先輩への負担が大きいかと思いまして」

 

「俺への……?アーティファクトのなら問題無いが……?」

 

「そちらでは無くて、読み取った記憶の方に問題がある可能性が高いので」

 

「記憶の方に?」

 

「もし読み取った記憶が……そうですね、あの布で被せられた荷物の結末を知っているとしたら……?違法な物でその用途を知っていたら?他にもあの男が下賤な事を考えていたら?とかですかね?そんな事で先輩の脳と心を汚したくないって事ですよ。もしかすると、私が昼前に話した様な悪逆非道な世界を知ることになるかもしれませんよ?」

 

「そう言われると確かに……すまん、軽率な考えだったな」

 

「謝らなくて大丈夫です。提案としては良い考えだと思いますよ?ただ今回は、相手が駄目なだけですので気にしないで下さい。それよりも動きましょうか」

 

歩いて帰っている男の姿を捉え続けれる様に、また空へ移動する。

 

実際に、九條先輩の能力は今回の様な調査には無敵に近い。10メートルという制限があったとしても相手に考えさせるだけでこちらの知りたい情報を取得可能なのだから……チートかな?

 

更に覚醒した能力だと……私でも油断したら負ける可能性が……ワンチャン無いとは言い切れない。

 

改めて考えると、アーティファクトってズルだなぁって思う。結城先輩なんて遠距離から問答無用で確殺可能だし、香坂先輩は運命操作だし……、天ちゃんも気配消せるし、やろうと思えばアーティファクトと人間の存在を消せるって……。

 

使う人や使い方にもよるけど、この中で一番勝ちやすいのが香坂先輩って考えると、エグいなぁっと思います。はい。

 

私のも……いや大概か。私の能力が人体の内部に対しても可能ってのは実証済み。試したこと無いけど、血流とか酸素の動きを止めれればその内死ぬし、そんな事しなくても呼吸が出来ない様に口と鼻周辺の空気の動きを止めれば息すら吸えない状態を作れそうだし。

 

今の能力なら体の老化を完全に停止するのも出来そう。……不老かな?

 

「先輩、永遠の命とかに興味ありませんか……?」

 

先ほどと同じ様に足場を作って立っている先輩へ話しかける。

 

「……急にどうした?変な電波でも受信したか?」

 

ボケようかと思ったら、初手からすっごい刃が飛んできた。

 

「誰が電波系美少女ですかっ」

 

「うわぁ……自分で美少女って付け足すのかよ……」

 

「事実ですから。容姿に問題無い程度には自信がありますよ?姉のお墨付きですし」

 

「だとしても自分で言うかぁ……?」

 

「そこは……ほら、不思議っ子系とか?」

 

「どちらかと言えばぶりっ子系だろ?それとどんどん属性を足すな。どこまで肥大する気だ」

 

「人の欲には際限が無いですからねぇ……」

 

「そりゃ永遠の命も求めるわけだ……」

 

「実際の所、ソフィって千年以上も生きていて老化を止めているって言ってましたよね」

 

「らしいな……確かそう言うアーティファクトとかなんとか」

 

「千年ですか……気が狂いそうですね。短命な私達からすれば」

 

「向こうの寿命がどうなのか分からないが、今の俺達の100倍だからな……想像もつかないな」

 

「ですねぇ……そう思えば短命で良かったかもしれませんね」

 

「さっきまで不死がどうこうとか言ってた人とは思えないな」

 

「誰しも一度は夢見る物かと思いまして……権力者とか」

 

「あるあるだな」

 

まぁ……本音を言えばもう満足している部分が大きいのですが。長生きし過ぎるのも問題ですし……。

 

そうなると、この私はこれからまた何十年も生き続けると?長いなぁ……、ほぼ人生二周目だよ。本当に強くてニューゲームだよ。

 

でも、現実は先輩がオーバーロードで他の枝に跳べばこの枝の時間の観測は止まる訳だし……ま、大丈夫でしょ!

 

暫くの間お喋りで時間を潰しつつも後を追っていると、男が建物の中へと消えていく。

 

「入って行ったな……」

 

「ですね」

 

建物の近くに明かりがあったため、今度は先輩もしっかりと目視で確認が出来た。

 

「建物の中に行くか?」

 

「……いえ、もう帰りましょうか。今日はこのくらいで充分です。続きは後日に回しましょう」

 

人が居ると思われる部屋も大体掴めたし、明日からでも問題無いだろう。

 

「了解、それなら帰るか」

 

「はい、拠点の方へ帰りましょう」

 

「そっちで良いのか?あっちの方じゃなくて……」

 

「別にあそこで寝なければいけないルールはありませんし、多分使うとしても明日からでしょう。それに……あんな場所で寝たいですか?」

 

「それは無いな」

 

「ですよねっ!拠点の方が衛生的にも良いですし、あんな場所で変な菌でも貰ったら大変ですっ」

 

「それは確かに怖いな……。それじゃあ、移動は頼む」

 

「はい!お任せをっ」

 

自ら移動の為に私へ……!これが慣れってやつですね。恐ろしい……。

 

その後は拠点へ戻り、いつも通り綺麗にしてからご飯を食べて寝室へ向かった。

 

一応、寝る前に発信機の調子を見たが、問題無く動いているのを確認出来たのでそのまま寝ることにした。

 

 





夜の上空で宙に浮きながら何かを監視する構図……男の子なら憧れちゃうねっ!
実際は高さにビビりまくる自信しか無いですが。

次回は組織へ潜入しての二日目をお届けします。



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第20話:黒髪の人は髪色が違いましたが血は繋がっているのでしょうか……?


また新しいキャラが……くっ。




 

 

次の日の朝、昨日と同じ様に支度を整えてから先輩を連れて組織へ向かう。

 

午前中なので当然倉庫には誰も居なかったので、与えられている部屋へ一度顔を覗かせたが特に置手紙などは無かった。

 

「誰とも会いませんね」

 

「昨日の二人も見当たらないな」

 

私としては好都合だけど、昼間はあまり人が居ないものなのかもしれないね。

 

昨日の夜にした調査の続きで組織内を適当に歩き回ってみる。

 

外側から徐々に内側へ探る様に動いてみたけど、やっぱり私達が集合しているあの倉庫は物置程度の場所と思われる。中央へ向かって行ってみたが、一定の場所から警備や見張りをしている人らがチラホラと見えて来たので引き返した。

 

他にも所々の建物の入り口や中に人が配置されていたので、多分そっちも何かしら重要な物でも置かれている建物に思える。

 

少し外寄りで歩いていると、私と先輩の部屋と似たような作りの建物を幾つか見つけたので部屋前の廊下を歩いてみる。中から人の気配を感じれたのでこちらにも別の人達がいるらしい。……なんか、私達の場所より小綺麗だしランクが一つ上って感じがする。分かっていたけどあの建物の部屋は一番下なんだろうね。

 

外周の部分の構造が何となく把握出来たので、次に更に内側へ一歩近づく。

 

「……少し近づくだけで、やっぱり雰囲気変わるなぁ」

 

まず、外を歩いている人を見かける様になる。服装も他と比べると普通の物を使っているし、清潔感が出ている。中には軍用の服や作業服の様な畏まった服装の人も居る。

 

建物も木造やプレハブ小屋の様な張りぼて建築からそこそこまともな建物へ変貌を遂げている。が、相変わらず道端にはゴミが見受けられる。

 

……昨日の夜の時点で察してはいたけど、以前に私がここに来た時よりかなり暮らしが良くなっているみたい。生活水準が全体的に上がって来ているって感じ。

 

歩いていると、道路の中心を走っていく二台の車とすれ違う。

 

……なるほど、車も普通に走る時代なのか。道路の整備具合からしてまだまだ普及には程遠いんだろうけど、コンクリートの道じゃ無くても大丈夫な車みたいだし。……オフロード車って言うんだっけ?

 

車が通り過ぎた後の砂煙を避けながらそんな事を考える。

 

「……ん?」

 

街並みを確認しながら周囲を観察していると、路地の方で見覚えのある姿を見かけた。

 

「あれは……」

 

黒のフードを被った子供……倉庫で何度か顔を合わせている少年だった。

 

布で包まれた何かを両手で隠しながら持ち運んでいる。

 

「どうかしたのか?立ち止まってるが……」

 

走り去って行く少年の後姿を見ていると、横を歩いている先輩が声を掛けて来た。

 

「いえ、昨日見た少年を見かけまして……あれです」

 

「少年……?ああ、あの黒い服装のか」

 

「見た感じ、中央側から走ってきた様に見えましたが……」

 

何か用事があったのだろうか。にしても、あの手に持っている物からして多分食べ物に見えたけど……。

 

昨日の夜に私達を尾行しようとしていたけど……何か情報でも掴んだんだろうか?

 

昨晩に先輩と一緒に調査に出た直後、私達の後をコソコソと付ける様に追って来ていたので、天ちゃんの能力で適当に撒いておいたから見失ったと思うんだけどねー。

 

「……良いタイミングですし、今度はこちらがストーカーして見ましょうか」

 

「昨日の俺達の後ろをつけていたんだよな?」

 

「ですね。まぁ、私達を警戒してなのか、誰かから言われてなのか分かりませんが……」

 

多分前者で、何か分かれば儲けもんって感じだろうけど……。

 

「路地に入ったら能力で気配を消してから移動しましょう」

 

「……了解。ちょっと罪悪感があるけど、先に向こうがして来たしな」

 

「まぁ、相手は子供ですもんねー……」

 

想定の年齢よりも身長が低いしね。当然こんな環境だしまともな発育が出来ているとは到底思えない。

 

表通りから路地へ入り先輩に能力を掛けて貰って動き出す。

 

「……って、もう姿見えないぞ」

 

さっき少年が曲がった道へ入るが、既にその姿は見えない。

 

「大丈夫です。地面に走り跡が残ってますのでこのまま追います」

 

砂の地面に付いてある足跡を見ながら先へ進む。

 

「……どうやら、外へ向かっている様に見えますね」

 

足跡を暫く追って行くと、内側の建物などを避けて外側へ向かっていた。

 

「昨日の夜みたいな感じで何か運んでいたのか?」

 

「どうでしょう……、食料を持っている様に見えましたが……」

 

地面に残る跡から見てそこまで重い物では無いし、走っていた速度からしても問題無い程度の物だとは予想は付く。

 

「食べ物を……か。自分の場所に帰る途中だったのかもな」

 

「……だと簡単なのですが」

 

手に持っていた物が食べ物以外なら放置で良かったけど、食べ物だとすれば少し気になる。

 

さっきの姿から見るに……何処かへそれを届けようとしていた感じだった。自分では食べずに運んでいるとなれば、渡す相手が居るという事。そして考えられるのは……。

 

「……なんか、大体予想出来た気がします」

 

「分かったのか……?」

 

「んまぁ……よくある話かなっと思いまして……」

 

情報屋の人がそれなりの頻度で持ち歩く姿を見かけているって言ってたし、向かっている先は間違いなく中層だと思う。目的地はそこの何処かにいると思われる人……しかも少年より弱者の人間だと思う。

 

「多分ですが……家族か誰かが居るんだと思います」

 

「家族……?あ、だから食べ物を……」

 

「自分が稼ぎに出て、養っている……は変な言い方ですが、食料を分けているかと」

 

「……なるほど」

 

「それか、身の安全の為に献上しているかのどちらかですね」

 

「安全の為に?」

 

「まだ子供ですし、危険な大人から身を守る為に食料の代わりに何かしらの対価を貰っているとか?」

 

まぁ、自分で言っといてなんだけど、こっちは無いと思う。既にデッカイ組織の駒だし。

 

「ですが、可能性としては前者でしょうね」

 

「家族が居るって話だな」

 

「はい。中層に身内が居て、その人物に届けている……こちらの方が自然ですね」

 

「自然……ね」

 

自分より年下の子が、誰かを養う為に懸命に生きているって面に何かしら感じたのか、少し神妙な声を出している。

 

「……っと、話ながらだと追いつけなさそうなので、ここからは少し急ぎましょうか」

 

「……ああ、了解」

 

「方法は……昨晩と一緒でよろしいですか?」

 

「……好きにしてくれ」

 

既に観念した様子の先輩を持って建物を飛び越えていく。

 

「……お、居ましたよ」

 

建物が途切れたので立ち止まると、丁度内側のエリアから出ようとしている姿を視界に捉える。

 

「やっぱり外へ用があったみたいですね」

 

境界線付近に見張りが見えるので、一応視界に映らない様に空から外へ出ていく。

 

「……どこまで行くんでしょう」

 

中層の内側よりから離れ、少し外れの場所へ向かっている様に見える。

 

人たちが住んでいると思われる密集した住宅を通り過ぎ、少しまばらになった家の一軒へ姿が吸い込まれて行った。

 

「建物に入って行きましたね。住処に見えますが……」

 

「やっぱり、家族が居るってことだったんじゃないのか?」

 

私に担がれている状態の先輩から返事が聞こえる。

 

「そうなるとかなり有益な情報になりますね」

 

わざわざ分け与える程の存在だし、それなりに大切な存在だろう。

 

「情報って……もしかして売る気か?」

 

「まさか、情報は握ってこその物ですよ。売るなんて勿体ない」

 

「あくどいなぁ……」

 

「人より優位に立つには相手の弱味を握る。基本的な戦術です」

 

「言いたい事は分かるんだが……」

 

そんなことを話していると、件の少年が建物から出てくる。

 

「お、出てきましたね」

 

「もうか?結構早いな」

 

「手には何も持っていませんし……持ってたのを渡すだけだったのかもしれませんね」

 

「……どうする?目的は分かったわけだが……戻るか?」

 

「いえ、一応中も見ておきましょう。家族構成を知っておきたいです」

 

「そこまで必要なのか?」

 

「何かと有利に働くかもしれませんよ……?ふふ」

 

その人が多ければ多いほど楽ですからね。

 

少年が去って行くのを確認してから家のすぐ横に降りる。

 

「この街では普通の家ですね」

 

チグハグでボロボロな建物……。家としての最低限の機能は果たせてはいる程度の家屋。

 

「では、入りましょうか」

 

入口には玄関など無く、当然ドアも見当たらない。

 

「これって不法侵入だよな……」

 

「バレなければセーフですよ」

 

中にはここで人が生活していると分かるくらいの衣類や物が置かれている。

 

「……っと、左右に人が居ますね」

 

ざっと見渡すと、入って目の前に六畳程度の空間と左右に別の部屋があると思われる。その中で右手に人の気配と……反対側の左にも人の気配がするね。

 

左の方は特に動いている気配は感じず、気配も小さい。逆に右手の方は何か金属製の物を使っている様子。

 

後ろの先輩に『右から先に』と指で合図を送ってから一緒に隣の部屋を覗く。

 

「………」

 

そこには、20代過ぎた辺りだろうか?女性がこれから料理でもしようと準備をしていた。

 

……なるほど、さっきの食材を受け取ったのはこの人か。

 

短い黒髪をポニーテールの様に纏めている。正確には分からないが、雰囲気と表情から活発的な人の印象を受ける。女性が布を解いて行くと、そこには肉と芋が入っていた。

 

物は予想通りとして……量的に反対側の人と二人分かな?

 

肉と芋を調理する為に鍋や刃物を揃えている姿を確認してこれからご飯を作るのだと分かったので後ろに下がる。

 

先輩に今度は反対側の部屋を指差してから進む。

 

さっきと同じ様に部屋の中を覗くと、寝床だと思われるそこに……少女が一人座って居た。

 

……妹?

 

こちらに背中を向けている姿からは、背中まで伸びた銀色の髪としか情報は無いけど、何となくそう思った。

 

……そうなると、家族構成はこの二人ってことかな。

 

思っていた以上に想像通りだった。

 

「……どなたか、居るのですか?」

 

「―――っ!??」

 

取りあえず知りたい事は知れたので、一旦外に出ようかと先輩の方へ視線を向けようとすると、部屋に居る少女がこちらを向いた。

 

「………」

 

落ち着け、さっきの女性はまだ食事の準備で動いていない……。それに、明らかにこちらに向かって言葉を発していたと思う。

 

隣の先輩も驚くような顔で私を見ていた。

 

「……知らない人、ですね?」

 

「っ、………」

 

こちらを向いた少女は、目を閉じたままで顔だけを私達に向けていた。多分、目を開けていたらお互いに目が合っていたであろう高さでだ。

 

一先ず、部屋の中へ先輩を連れて入る。そこでこの部屋を包むようにアーティファクトの能力で音を遮断する。

 

「……どうやら、バレているみたいですね。これは驚きです」

 

「マジか?能力使ってるんだぞ……?」

 

「女の人と、男の人……?お客さんですか……?」

 

私達の声を聞いて立ち上がる。変わらず目は閉じたまま……ということは見えないのだろう。

 

「えっと、それならわたしじゃなくてあっちに……」

 

「いえ、お気になさらず。用があったのは貴女ですから」

 

立ち上がろうとした少女を止め、こちらから話しかける。

 

「……わたし?ですか?」

 

「はい、貴女と同じ髪の色をした男の子と知り合いでして……」

 

「ああ……、にいさんと知り合いだったの……」

 

やっぱり妹でしたか……。

 

「初めまして。昨日からお兄さんと同じお仕事をすることになった者です」

 

「仕事……?お友達なのですか?」

 

「えっと……そんな感じです」

 

うーん、これは少年が何をしているのか知っていないのか、教養としてまだ至って無いのか判断が難しいね……。

 

見た目は……小学生かなぁ?いや、中学生に届いていないはずだし……でもこの街だとなぁ。

 

「それで……何かわたしに?」

 

「彼が何か急いだ様子でここを立ち去っていくのを見かけたので、何かあったのかと気になって中を覗かせてもらいました」

 

「それは家にご飯を届けに来てくれたのだと思います」

 

「なるほど……家族はお兄さん合わせて三人家族ですか?」

 

「そうですが……?」

 

「なるほどなるほど……ありがとうございます。話してくれたお礼に、これをあげます」

 

少し困惑するように首を傾げる少女に内ポケットからお菓子を取り出して手の平に渡す。

 

「……これは?」

 

「甘いお菓子です。今度お兄さんが来た時に一緒に食べて下さい。"あなたの部下の強いおねえさんがくれた"って言えば伝わりますから」

 

「部下……?」

 

「お友達って事ですよ」

 

「……分かりました。にいさんのお友達さんがくれたと伝えておきます。ありがとうございます」

 

「いえいえ、それじゃあ私達は帰りますね。機会があればまた会いましょう」

 

「えと……はい。さよならです」

 

こちらへ頭を下げた少女を見てから家を出る。

 

「………、……はぁぁーーー」

 

少し離れた場所で盛大にため息を吐く。

 

「何なのですかっ?あの女の子!アーティファクトの能力を突破してきましたよっ!?」

 

「いや、俺もめっちゃ驚いたんだが……?しかもさっきの子……目、見えてなかったよな?」

 

「ですね。目が見えていないのに……いえ、見えていなかったからこその知覚力だったかもしれません」

 

失った五感の一つを補う為に、他の器官が鋭くなるって話はよく聞くし……もしかしたらそういった類なのかもしれない。

 

「まぁ、それにしてもまさかアーティファクトの気配操作すら超えるとは予想していませんでしたが……」

 

「……ユーザーって線は無いのか?」

 

「探知のアーティファクトに引っかかります?」

 

「待ってくれ……いや、無いな」

 

「ということは、そう言う事です」

 

「ただただ素の力ってことか……」

 

「もしかすると、人の気配では無くて部屋の入口を通る空気の揺らぎなどの違和感を感じ取っていたのかもしれないですね」

 

「……可能なのか?」

 

「可能です。実際私もそれなりに出来ますから。だとすればアーティファクトを使っていたのにも関わらずバレたのも……納得は出来ます」

 

「まぁ、確かにあくまで存在感の操作だもんな……」

 

けど、こちらを見て知らない人って言ってたし……いや、匂いとかで?うーん、それもありえるかぁ?

 

「バレてしまいましたが、結果としては悪くは無いでしょう。どのみち話しかけるつもりでしたし」

 

「そうだったのか?」

 

「もうちょっと順序は踏む予定でしたが……これはこれで予定が早めれたと考えればプラスです」

 

「なんか、頑張って軌道修正しようとしてるなぁ……」

 

「ハプニングが起きても大丈夫なプランの形成が、より良い人生を作るってテレビでやってましたから!」

 

それに、少年より幼い……庇護すべき存在が居るのは予想していたので問題無い。妹という大事な存在だったので更にやりやすくなっただけだろう。

 

「因みに?当初の予定では……?」

 

「最初ですか?そうですね……もう少し家庭の内情を探ってから接触するつもりでした。そしてタイミングを見計らって少年に声を掛けておどs……交渉の材料にしようかなと」

 

「ん?今、脅すとか物騒なこと言いかけていなかったか?」

 

「いやいやいや、そんなまさかですよ。私の様な真人間が無垢な少年少女にそんな事をするわけ無いじゃないですか~」

 

「んで?あの少年を脅して何を聞き出す気だったんだ?」

 

おっと、脅すのが確定ですか。

 

「どうやら組織内部の遣いの様ですし、何か有益な話が聞ければなぁ……っと。それか虚偽の情報を流させるのも悪くないですね。もう一つの組織の足を引っ張る様な事を」

 

「必要と言うなら仕方ないと思うが……やり過ぎない様にな?」

 

「ふふ、しっかりと大丈夫なラインは見極めていますよ」

 

相手を……と言うよりかは私の心配を、かな?

 

「ではでは、用事も済んだ事ですし元の場所へ戻りましょうか」

 

「もう良いのか?」

 

「はいっ、必要な情報は大体揃いましたから」

 

後は少年の反応に期待しておくだけだね。

 

その後は元の場所へ戻って探索を続け、太陽が真上に昇って昼の時間帯になってきたので、一度倉庫の方へと戻った。

 

 





銀髪で全盲の少女……!儚げさMaxかよ……っ!

次回は……二日目の夜まで終わらせようかと思います。ちょっと話の進行度が遅い気が……?

それが終われば別視点を入れていきます。



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第21話:これぞ夏の風物詩ってやつですね


二日目終了まで進めます。




 

 

倉庫に一旦戻った時、何かのタイミングが重なったのか中で同じ班の二人が話していた。

 

私達が来たのに気づいて「今日の夜は空けておけ、仕事が入っている」と一言伝えてそのまま片方は出て行った。残された少年の方はこちらに興味無さそうな表情を作りつつも観察するような目を向けて壁にもたれ掛かっていた。

 

切っ掛け作りの為に私から話しかけてみるが……無視された。なので無視出来ない話を持ち掛けた。

 

「昨日の夜はそっちから私達の後ろを追って来ていたのに……今日はつれないね」と。

 

そうすると案の定煩わしそうな顔で睨んで来た。凄く分かり易くて助かる。

 

更に踏み込む為に、今度はさっきコソコソと走っていた事を聞いてみたが、「お前には関係の無いことだ」と一蹴された。

 

けど、明らかに聞かれたくない内容なのは分かる。表情に出ているので……。

 

これ以上は反感を買いそうなので、話題を変えて「夜まで暇だけど何かすることは無い?」と会話を試みたが、「自分で考えろ」と冷たい反応しか返って来なかった。

 

うん、やっぱり想像通りの性格でした。

 

これ以上話しかけられるのが嫌なのか、その場を去って行った。

 

このままここに居ても収穫は無さそうなので、先輩と一緒に拠点へと帰ることにした。

 

夜までの時間を潰す為に、別組織の拠点と思われる場所を先輩にも共有したり明日以降の替えの服などを洗濯、または用意したりして午後はダラダラと過ごした。

 

仕事を持ってきたって事は、何かしら向こうにも動きがあったと見て良いのだろうか?計画の日時までまだ日にちはある。その前にある程度情報は得るつもりだけど、まずは新海先輩にここの環境にある程度耐性を持ってもらうのが先だし……今日の結果次第では明日から手軽なやつから進めても良いかもしれない……多分。

 

仮に何かあってもオーバーロードで何とでも出来ると分かっているので、気楽に進める位が丁度良い。そっちが先輩への負担も軽減されるはず。

 

今は夜に向けて軽く仮眠をして貰っている。今日の仕事が終わった後はこの拠点ではなく、向こうの部屋で一夜を明かすつもりだ。その方が自然だしね。

 

そんなこんなで私も二時間ほどの仮眠をとってから夜に起きて、二人で倉庫へと再び向かう。

 

「……あれ、居ませんね」

 

中に入るが、そこには私達以外誰も居なかった。

 

「まだ来てないのか?」

 

「前はこのくらいの時間に居ましたが……待ちましょうか」

 

外の電気も点いていない建物を中を待つ。20分程経つと、人の気配を感じたと思っている内にドアが開く。

 

「おー……って、ちゃんと居るな。よしよし」

 

外から差し込むちょっとした光しかないが、普通に私達を見つけて向かって来る。その手には何やら袋を持っている

 

「あれ、もう一人の方は一緒じゃないんですか?」

 

「んあ?ああ、あいつは単独で動くってさ。既に向かってるよ」

 

「若いのに仕事熱心な事で……その手に持ってるのは?」

 

「これか?今日の報酬だ。さっき思い出してな。取りに戻ってたら遅れた」

 

だから少し遅かったのかー……って、報酬?

 

「前払いとは気前が良いですね」

 

「なに、腹が減っては何とやらだしな。それに嬢ちゃんたちも育ち盛りだろ?食っとけ食っとけ」

 

そう言って袋を渡して来る。

 

「ありがとうございます……中身は、食べ物ですか?」

 

言葉から察するに食糧系なのだろう。袋を開けて中身を覗く……これは……なんだろ?肉……かな?他にも入ってるけど。

 

「初めての仕事だろ?奮発しといたからその分働いてくれよな?」

 

「なるほど……分かりました。これに見合うだけの成果を出せるように頑張ります」

 

「おう、俺を楽させてくれよな」

 

「それで、内容の方は……」

 

「んじゃ話すぞ?」

 

一応仕事なので、形だけでも真面目に耳を向ける。

 

「こことは別の組織の方で物と人が急激に増えてるって話は何となく聞いてるとは思うが、どうやら上はそれらがこっちに牙を向かないか心配で夜も眠れないそうだ」

 

「……意外と小心者なんですね」

 

「だな、今回の依頼者は随分と怖がりさんみてぇだ」

 

今回ってことは幾つか依頼元が居るのかな?

 

「それで……私達にどうしろと?」

 

「向こうの動きが分かる情報でもありゃ良いが……最悪妨害でも大丈夫だろ。要は安心材料が欲しいって感じだったな」

 

「んー……なるほどぉ」

 

「そこでだ。嬢ちゃんらはコソコソと動き回るのと、陽動として派手に動き回るの……どっちが良い?」

 

試すような顔で笑ってこちらを見る。

 

「んまぁ……どっちでも良いですが……既に前者は一人居ますし……」

 

少年の方は確実にコソコソ派だろう。

 

「そちらは……ドンパチ派ですか?」

 

「だな、隠れ回るのは性に合わねぇ……と言いたいが、相手は拳銃と使って来るだろうし、可能な限り安全に動くつもりだ」

 

「……腰の得物で銃弾を切ったりすれば大丈夫ですよ?」

 

「ははッ!漫画みたいなことをしろってか?直ぐに囲まれて蜂の巣だろうなっ」

 

私の冗談に対して楽しそうに笑う。……うん、だよね。普通はそんな返事だよね。やっぱり一族が異常だよね。

 

「それでしたら、私達の方で陽動を受け持ちましょう」

 

「行けんのか?そっちも苦手じゃねぇのか?」

 

「敵さんを混乱させる程度でしたら出来ますよ。……そうですね、少し派手な花火でも撃ち上げましょう」

 

「花火?」

 

「盛大な音でも響かせようかと思いまして。季節的にも丁度良いかと」

 

「つまり……なんだ?期待しても良いのか?」

 

「頂いた食べ物分の仕事はするって約束しましょう」

 

「あー……それなら嬢ちゃんのを合図に俺も動くとするかぁ」

 

「精々夜の街を賑やかにさせてみますので、期待しててくださいな」

 

「場所の目星は付いてるのか?」

 

「今日の午前に散歩したので、ある程度の範囲には絞りこんでますよ?」

 

「ほぅ……?勤勉な事で助かる。一応、ここから二キロ程向こうへ行けば目的の組織の縄張りだからな?」

 

「ご丁寧にありがとうございます」

 

「今から……そうだな、二時間後までには始めてくれ。そんじゃ、死なない様に気を付けてくれよな?」

 

話す内容が済んだのか、去り際にヒラヒラとこちらに手を振って建物を出ていく。

 

「……これ、どうしましょうか」

 

貰った袋を新海先輩に見せる。

 

「何が入ってるんだ?」

 

「多分……ご飯だと思いますが……」

 

「食べる……で良いのか?」

 

「んー……取りあえず中身を見てから決めましょうか」

 

袋を漁って中身を取り出す。

 

「……何に見えます?」

 

夜の明かりに照らしつつ先輩へ見せる。

 

「……肉、か?」

 

「ですよね……お肉ですよね。これ」

 

加工済みの焼かれた食肉……だろう。

 

「なぁ……九重。これってさ……」

 

「口に出さない方が良いですよ?これはパンドラの箱です」

 

取り出した肉を袋に仕舞う。

 

「これはきっと野生のお肉……そう、イノシシのお肉ですよきっと」

 

他にもよくわかんないペットボトルの飲み物と、イモ類の食べ物がブロック状に切り分けられており、透明なパックに入っていた。

 

「……食べるのか?」

 

「まさか。先輩は食べたいのですか?」

 

「いや……流石にそれは……」

 

「カニバリズム的な興味心があるのでしたら止めはしませんが……オススメはしませんので」

 

袋を縛って封をする。

 

「これは私の方で処分しておきます……そうですね、誰かに差し入れとして渡しちゃいましょうか」

 

「……ああ、そうしてくれ」

 

かなりショッキングな実物を見て、気分が悪い顔をしている。

 

「大丈夫ですか?胃液とか逆流してきてませんか?」

 

「ぶっちゃけ滅茶苦茶気分悪い物を見た……けど、思ったよりは大丈夫だ」

 

「それなら良かったです」

 

他の枝で既に人の死を見て来ている先輩だとしても、人を食するという禁忌と感じる物を見ればかなり精神的なダメージを受けると予想は付くけど……想像よりも平気に見える。

 

「それよりも、さっきの話で敵の注意を引く役目をするって言ってたけど、作戦はどうするんだ?」

 

「えっとですね、適当な敵の拠点……出来れば武器庫とかを襲撃して爆破しようかなと」

 

「武器庫を襲撃?」

 

「きっと沢山の火薬があると思いますので、派手な感じになると思いますよ?」

 

「ああ……だから花火って言ってたのか。なるほどなぁ……」

 

「これから起こす祭り……というよりかは運動会ですかね?その開幕の余興としましょ」

 

「運動会ねぇ……随分と物騒なイベントだな」

 

「実際のがどんなのかは知りませんが。……因みに、先輩は運動会ではどんな競技に出ていたんですか?」

 

「何に出たって……余りで100走に一回出たことは覚えてるが……そんなに記憶に残ってないな」

 

「騎馬戦とか……そうだ、組体操って実際にやりましたか?ほら、ピラミッドとか」

 

「あ~……小学校の時にしたわ。下の方だったからクッソきつかった思い出だわ」

 

「先輩身長高いですし……小学校の時からそれなりにありm……そうですもんね。今は180ですか?」

 

危ない危ない……。

 

「多分そんくらいあったはずだ」

 

私が150ちょっとしか無いので……30近く差がある。正直に言えば、近距離で先輩の表情を見る時に首が痛くなりそうである。見上げるので……。結城先輩なんて特にヤバそうだ。

 

「っと、すみません。話が逸れてました」

 

学校行事のイベントに少し興味があったが、話を戻す。

 

「流れとしては簡単です。武器庫と思われる場所へ侵入、これを爆破してとんずらします」

 

「まんまだな」

 

「可能なら周囲でボヤ騒ぎも起こしてしまいましょう。放火ですよ、放火」

 

「その言葉を聞くと、学校での一件を思い出すな……」

 

「ああ、あの一件ですか。この枝では完全に防げましたけどね」

 

「それを使うのか?」

 

「見栄えを良くするためにちょっとばかり使ってみますか?足止めとか脅しとして」

 

火が回るまでの繋ぎとして使うのはありですね。

 

「実際に火を点けるんだろ?」

 

「一応計画的に放火するつもりですよ?」

 

「計画的放火って……おっそろしい響きだな」

 

「爆破よりはマシでしょう、多分」

 

「どっちも犯罪なんだよなぁ……」

 

「まぁまぁ、死人が出ない程度に気を付けて頑張りましょう」

 

「それはほんとにな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たーまやー。かーぎやー」

 

「うおぉ……めっちゃ燃えてるな……」

 

現在、私と先輩は燃え上がる敵組織の倉庫を離れた場所から見下ろしていた。

 

「人が沢山行き交っていますね。早く逃げた方が賢明だと思うのですが……」

 

爆発し燃え上がる倉庫の一角。それを消化しようとしているのか、数名の人間が走り回っている。

 

「まぁ……直ぐに水を用意出来るとは思えませんが」

 

現代社会の様にそこら辺に容易に水が手に入る訳では無い。供給場所まで行かないとまず水は手に入らないだろう。消火器などがあれば話は別だけど。

 

「それでもアーティファクトの炎は消せませんけどねー」

 

今見えている倉庫は私が侵入して爆破させた炎とは別で、建物のあちこちに燃え上がる炎が見える。こちらは先輩が能力で偽装した炎なので実際には燃えてはいない。入口など出入りを止めるための妨害だ。

 

「おっ、誘爆しましたね」

 

暫く見ていると、別の火薬に火が点いたのか更なる爆発音と炎が燃え上がる。それを見て流石に無理だと察した人らが炎から離れていく。

 

「周囲の人らは無事逃げてくれたのかね……」

 

「見える範囲で死人や怪我人は見えませんね」

 

「それなら良いけどさ……」

 

元々建物内部で見張りをしていた人達は、先輩からの頼みという事で気絶して貰って別の場所で放置している。

 

敵側としては、どうして中に居た人が気を失って外で寝転んでいるのか疑問が残るから、私としてはそのまま巻き込まれてもらった方が都合が良かったけど……そこまで問題では無いと考えて受け入れた。それに……先輩からのお願いなので。

 

「さてと、このまま戻っても良いと思いますが……どうしましょうか。もう少しだけ妨害工作していた方が良いんですかね?」

 

この爆発音なら周囲の人らは一斉にそれに対して注目するから、警戒がある程度疎かになるだろうし……。

 

「結構騒がしくなってるとは思うんだけど、まだ足りないのか?」

 

「さぁ?他の二人がどの程度出来る人らか分かりませんので、何とも言えないんですよね」

 

これが澪姉とかなら……って、それなら陽動も要らないか。

 

「帰りつつ、何ヶ所かで軽くボヤ騒ぎでも起こしておきましょうか」

 

「俺のでか?」

 

「いえ、私の方で小規模に放火しますよ。ちゃんと他に燃え移らない範囲で調整しますのでご安心を」

 

「分かった。それなら移動しないとな」

 

まだまだ元気に燃え上がっている倉庫を一瞥して、その場を離れていく。

 

適当にそこら辺を歩きながら、人気が無いけど何かあれば気づけそうな場所を数ヶ所見つけては火を放った。もし想定以上に燃えても建物丸ごとを燃やすような火種が無いので大丈夫だと思う。

 

途中、遠くから『ここも燃えてるぞっ!クソッ!』と焦るような声が聞こえたので、無事効果は出た。

 

仕事も終えた事なのでそのまま拠点に……は帰らず、自陣の倉庫へと帰還する。

 

「流石に誰も居ませんか」

 

まだ向こうで頑張っているのだろう。

 

「どうする?ここで待つか?」

 

「帰りが何時か分かりませんし、部屋に戻りましょうか」

 

「了解」

 

誰もいない倉庫を後にして、分け与えられたボロい部屋へと入る。

 

「今日はここで寝泊まりですね。残念ですが」

 

「あの場所と比べるとかなり……あれだよな。荒れてるっていうかさ……」

 

「ゴミ部屋ですね。一応、少しでも綺麗にしておきましょうか」

 

寝床のベッドを整え、足場のゴミを纏めて一ヶ所に退ける。

 

「ベッドの方はこれを敷いて寝て下さい。そのまま寝るよりはかなりマシでしょう」

 

懐からシーツを取り出して先輩へ渡す。夜はこれを持っていたので外套の中がかなり嵩張った。

 

「ありがてぇ……あるとないとでは全然違うからな」

 

「枕は流石に無いので我慢してくださいな」

 

新品のシーツを綺麗に敷き、外套を脱いでそこへ座る。念のために部屋全体と扉にはアーティファクトの能力でロックしておく。

 

「お腹とか空いてませんか?一応水と軽食は持参していますが……」

 

水のペットボトルと食べ物を取り出す。

 

「水を貰っても良いか?そっちは来る前に食べたしまだ大丈夫だ。ありがとな」

 

「了解です」

 

先輩の分の水を渡し、自分の分の水を飲みつつご飯……ブロック状の栄養食品を食べる。

 

「後はもう寝るだけか?」

 

「ですね。拠点に戻りたいのですが……多分部屋を訪ねて来そうなので今日はここでお泊まりです」

 

「あっちはいつ帰ってくるんだろうな」

 

「あと一、二時間で戻って来るとは思いたいのですが……別に待たずに寝ても大丈夫ですよ、私が起きていますので」

 

「……部屋の中見られたら不味くないか?」

 

「部屋の中は見られない様にしますので大丈夫ですよ」

 

「俺もまだ眠たくないし、起きてるよ」

 

「んー……了解です。眠気が来たら遠慮せずに言って下さいね」

 

先輩と雑談しつつ時間を潰していると、二時間経たない辺りで部屋をノックされたので私が外へ出た。

 

部屋の外には自分の仕事を終わらせたであろう流浪人が立っていた。

 

「おっ、ちゃんと生きて帰って来てたか」

 

「五体満足でしっかりと。そちらも特に問題無さそうですね」

 

「まぁな、そちらさんが派手に動いてくれたおかげでやり易かったぜ。あんがとな」

 

「それなら良かったです。そちらの目的は達せましたか?」

 

「ボチボチって感じだ。ま、大丈夫だろ」

 

「ならこちらとしても安心出来ます。……それで、何かご用でしたか?」

 

「いいや、一応そっちが無事か見に来ただけだ。邪魔したな」

 

「そうでしたか。ありがとうございます」

 

「んじゃ、ゆっくりと休んでくれ」

 

「明日の夜は必要ですか?」

 

「多分ねぇと思うが……一度顔を出してくれ」

 

「分かりました。それでは、おやすみなさい」

 

背を向けて去って行くのを見ながら部屋のドアを閉める。

 

「やることも済みましたし、寝ましょうか」

 

「だなー……明日はどんな感じになりそうだ?」

 

「一旦拠点へ帰って……特に何も無ければ再び街の調査ですね」

 

発信機の方での場所の特定もある程度済んでいる事だし、そろそろ動いても問題無いだろう。

 

その日は先輩が寝たのを確認してから私の方で朝まで安全を確保しつつ起き、日が昇り始めた時間帯にここを出た。

 

拠点へ戻り、服や体を綺麗にしてから朝食を済ませてベッドへダイブして一度睡眠をとった。昼頃に一度起き、ご飯を食べてから先輩とダラダラしつつ夜まで過ごした。

 

 





謎の肉……イラン豚かな()

実物は主人公が他所へあげました。

2024/4/1に活動報告の方に今後の予定?を書き込みました。興味があればぜひ覗いて見て下さい。



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第22話:禁忌の箱庭


21話時点で平均文字数が6666文字とかすっごく不吉な……。

今回、ちょっとグロや嫌な描写を挟みますのでご注意を。




 

「本日のお仕事は休みになっちゃいましたかー」

 

拠点で時間を潰し、夜になったのでいつもの集合場所へ集まった。今回はちゃんと二人とも建物内にいたが、少年の方がこちらへ殺意を向けるような眼差しで睨んでいたので、一旦スルーしてもう一人に話を聞いた。

 

結果、昨日の件で情報を精査する為に一日お休みらしい。

 

そうなると、時間も作れたことだしこの後発信機の件で動いても良いかもしれないね。

 

そう考えて先輩の方を見ると、視界の端で壁にもたれ掛かっていた少年がこちらへ向かって来ていた。

 

「おい」

 

「ん?どうしたの?」

 

相手の態度と雰囲気から私へ聞きたい内容は大体予想出来てるけど……。

 

「これ、お前のか?」

 

そう言って、ポケットから妹へ渡していたお菓子の包装紙を取り出してこちらへ見せる。

 

「おや、ちゃんと召し上がって貰えたようで。美味しかったですか?」

 

「やっぱりか……!どういうつもりだ?」

 

持っている包装紙を握りつぶす。

 

「別に変な意味はありませんよ?ただ、偶然見かけたので……。可愛らしい妹さんですね?ふふ」

 

「っ……!」

 

こちらが意味深な笑みを浮かべると、怒りを露わにして胸倉を掴みかかって来る。

 

「お、おいっ!?」

 

それを見た先輩が止めようと動くが、手で制止する。

 

「それほど感情を前に出すって事は、余程大切な家族なんだね?」

 

「このっ……何が目的だっ!」

 

「まぁまぁ、声を荒げず落ち着いて。そうだ、甘い物食べる?」

 

懐から昨日妹の方に渡した物と同じお菓子を取り出す。あれ?イライラしている時に甘い物って逆効果だっけ……?ほんとはカルシウム?ま、いいか。

 

「馬鹿にしてんのかっ!!」

 

やっぱり逆効果だった……!

 

「だから落ち着いてって、そう怒ってると話も出来ないよ?それと、この手も放してくれない?」

 

私の胸倉を掴んでいる手を指差す。

 

「お前が話せばな……!」

 

んー……どうしてこんな強気なんだろ。普通に考えればこっちが妹の命を握ってると思うんだけどなー。勢いのままなのかな?

 

「もう少し女の子には優しくした方が良いと思うけどなぁ」

 

女の子って年齢でも無いけどね。

 

このままだと先に進めなさそうなので、掴んでいる少年の手と腕に私の腕を組み、関節技で軽くその体勢を崩す。

 

「っ!?」

 

痛みから逃れる様に姿勢と重心が動き、勝手に掴んでいた手が離れた。

 

「てめぇ……っ!」

 

私から離れるように数歩後ろに下がってから睨む。

 

「さて、これでお話が出来る状態になったね。それで、何が聞きたかったんだっけ?」

 

「お前の目的だっ!俺の後ろを追ってあの家まで付いて来やがってっ!俺を脅す気だろ!」

 

「だから別にそう言った目的じゃないって。単純に隠れるように何処かへ向かって行ったのを偶々見かけただけだって。あの場所の近くを歩いててね」

 

「嘘を言うなっ!俺は知ってるんだからな?お前らがコソコソと何か探しているみたいに歩き回ってるのをっ!」

 

「コソコソしてたのはそっちじゃないの?私達を見張るように後ろを付いて来てたし」

 

「そんな怪しい見た目の奴らを変に思わない方がおかしいだろ……!」

 

ごもっともで。

 

「何か変なことでもしたら、直ぐに殺してやるからな……!」

 

……ふーむ、殺意の籠った目ですね。それに虚勢には見えない。この子じゃどう頑張っても私を殺す事は不可能だと思うんだけどなぁ……?やっぱり、背後にここの組織の人間が居るってことなんだろう。

 

「君じゃ殺すのは無理だと思うけど、どうやって私を殺してみせるの?」

 

「自分が居る場所が何処だか考えれば分かるだろっ!」

 

「この場所……?ああ、組織ってこと?凄いね、組織の人間を動かせるんだ」

 

「俺がその気になればお前みたいな女、直ぐに殺せるんだからな……!」

 

「なるほどなるほど……組織の上の人間、しかもそれなりの地位の人とのパイプをお持ちと……」

 

けどそれって……今この瞬間は無力って事だよね?

 

「流石にこの街で組織を敵に回したくないし……降参かなぁ?」

 

敗北の意思を証明するように両手を上げる。

 

「相手は大人数だしね。それに対してこっちはたったの二人、死ぬようなもんだよ」

 

「……ふん、最初からそうしておけばいい」

 

私の態度に安心したのか、怒りを鎮める。

 

「さっきのは誰にも言わないし秘密にしておくからね?だから殺そうとしないでね?」

 

「お前ら次第だ。少しでも変と思ったら遠慮なく殺すからな」

 

「それじゃあ、少しでも好感度を上げておこうかなー?」

 

先ほど取り出したお菓子を少年のパーカーのポケットへ入れる。

 

「っ!?なにして……!」

 

「友好の証にですよ。これでさっきのは許して下さいね?では、私達は帰りますのでまた明日です。行きましょうか?」

 

「あ、ああ……」

 

先輩を連れてその場から去る。背中に刺さるような視線があるけど無視無視。

 

「良かったのか?あんな感じで終わって……」

 

建物から離れた位置で私へ声を掛ける。

 

「大丈夫ですよ。最初はこっちが攻めようかと思ったんですが、さっきの方が都合が良さそうだったので勝手に路線変更しました、すみません」

 

「いや、それは全然良いんだけどな。どうしてそうしたんだ?」

 

「そうですねぇ……脅して従えさせるのも楽なのでそっちでも良かったんですが、なるべくこちらへ牙を向かない様にした方が穏便に済むのかなぁ……と思いまして」

 

「まぁ、それはそうかもしれないな」

 

「さっきの感じですと、相当妹さんが大切みたいですし……下手に脅すと暴走しかねないなと」

 

「そりゃあんな言い方すれば、なぁ?」

 

「ちょっとしたジャブのつもりだったんですけどね」

 

「どこがだ。どう聞いても向こうが言う事聞かなければ妹の方を人質に取るみたいな言い方だったろ」

 

「勿論そんな気はこれっぽちもありませんよ?」

 

「そこについてはちゃんと分かってる」

 

「それは良かったです。ま、必要ならしますが……」

 

「いや、すんのかいっ!」

 

「あくまで最終手段ですってば。そんな面倒な事しなくてもどうにでもなりますから」

 

先輩としても妹が人質とか気分悪いもんですしね。

 

「それよりもっ、この後暇になりましたし、この前付けた発信機の件の続きをしませんか?」

 

歩きながら隣の先輩を見上げる。

 

「前のアレか。場所は大丈夫なのか?」

 

「はい、記録はしっかりと残ってるので大体の特定は可能です。ちょっと歩きますが……」

 

「歩いて向かうのか?」

 

「一応通ったルートをなぞって行った方が正確なので」

 

「おっけい、今から始めるか?」

 

「そうですね、遅くなっても困りますし行きましょうか」

 

「了解、そんじゃ案内頼んだ」

 

「はーい、任せて下さいな。念の為存在操作の方お願いします」

 

「ああ、しておくよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この先で一旦止まってから引き返してるようですね……」

 

発信機のルートを辿りながら歩いて行くと、少し進んだ先に建物があった。

 

中層に出て遠回りするように進んで再び内側のエリアへ戻って内側へ進んで行った。しかも今潜入している組織ではなく、私が敵として見ている組織側の縄張りに向かっていた。

 

「あの建物へ運ばれたのか……?」

 

「恐らくはそうですね。それなりに裕福な暮らしをしてそうですが……」

 

この街の中でも中々の暮らしをしていそうな建物だ。外装は多少劣化していても建物内には明かりが灯っている。しかも家電の光である。

 

「少なくとも、この街でも上の暮らしをしている建物なのは間違いないですよ」

 

場所も結構内側の方だし……。

 

「どうする?入口の前に見張りがいるが……」

 

「一先ず外周を見て見ましょうか。入れそうな場所があればそこから中へ行きましょう」

 

「了解だ」

 

「どこか開いてる場所があればお得なんですけどねー」

 

建物の入り口と思われる扉の前に一人の男が見張りとして立っている。けど、扉自体は人が通る程の幅しかないので、他に荷物を搬入している場所があるはずだ。

 

堂々と見張りの男の前を横切りながら建物を観察していく。

 

三階の備え付けられている窓が開いてるから、最悪そこから入ってしまおう。四階の二部屋に電気が点いているので人がいるはず。それとチラホラと中からも人の気配を感じるね。

 

半周程建物を歩いていると、裏側に閉じられたシャッターを見つける。

 

「もしかして、荷物ってここに運ばれたんじゃ……?」

 

「多分そうだと思います。念の為残りも見て回りましょう」

 

残り半周も見て回るが、それらしき扉は無かったのでシャッター前へ戻る。

 

「戻って来たのは良いけれど……」

 

軽く見るが、シャッターを上げる為にボタンの場所は開閉式の窓があり、鍵が掛かっていた。

 

「鍵が無いと開かないタイプなのか」

 

「意外とちゃんとしてるんですね、もっと杜撰かと思ってましたが……」

 

近場の壁や置物に鍵が隠されてないか調べてみる。

 

「……んー……、おっ、やっぱりありましたね」

 

コンクリートブロックの穴の一つの側面に隠されていた鍵を見つける。

 

「先輩先輩、多分これですよ」

 

「おお、よく見つけたな」

 

「今回みたいな管理者が分からない場合にはよくあるパターンですから」

 

鍵を差し込んで開ける。

 

「それではシャッターを開けたら先に私が入って中を確認してきますので、少しここで待ってて下さい」

 

「分かった、気を付けてくれ」

 

シャッターの開閉の音が周囲に漏れない様にアーティファクトを使ってから上げるボタンを押す。

 

人一人が通れる程度の隙間に入り込んで中の様子を確認する。

 

……人は居ないと。当然カメラとかの機器も無し。中身は……車が二台と、物資と思われる箱がちらほら積まれてるね。

 

どこにでもある裏手の搬入口に見える。

 

危険は無さそうなので先輩を中へ連れてシャッターを下ろす。

 

「なんか……こう言ったらあれなんだが……割と普通だな」

 

どんな想像をしていたのか、不思議そうに中を見渡す。

 

「ここに九重が怪しいって言ってたのがあるのか?」

 

「どうでしょうね、無さそうな気がしますが……」

 

「その心は?」

 

「人目を避けて運んでいる物をこんな場所に放置しないかなと」

 

「確かに、それもそうだな」

 

「ま、物色はしますけど」

 

積まれている箱の一部を漁る。段ボールやペール缶などがあり、他にも工具や刃物もそこそこ置かれている。

 

「中身は……おや、調味料ですね」

 

基本的な調味料だけど、塩が多めかな?それと香料が色々と……。

 

「……他も似たような物ですね」

 

どうやら、ここには単純な物資しかなさそうだ。

 

「残念ですが、ここには目的の物は無さそうですね」

 

「建物内を探すか?」

 

倉庫から中へ続くドアを見る。

 

「そうしましょう。一応見つからない様に警戒しつつ進みましょうか」

 

倉庫を後にして中へ入る。

 

ドアの先は、一本の通路……廊下が続いており、すぐ横に階段があった。

 

「階段があるな……しかも下に行けるみたいだぞ」

 

「ですね、まさか地下付きの物件だったとは……」

 

こんな街で地下付きだなんて、建築基準法は大丈夫だろうか?

 

「どっちから行く?」

 

「………、まずは一階から順序で探りましょう。地下に行くのは最後という感じでお願いします」

 

「了解」

 

正直、一人なら地下を先に行っていたけど……後に回した方が良いかもしれない。

 

先輩は感じ取っているのか分からないけど、地下に続く階段の方から漂って来る血の臭いに……死の気配がプンプンする。それもかなりの濃さだ。

 

離れるように一階を探索していく。

 

「空き部屋や物置部屋がほとんどですね」

 

一階の探索が終わり、続いて二階へ上がる。

 

「ここは……住居、ですかね?」

 

一番人の気配が多いフロアだし、小部屋も多い。生活感があるスペースも見られる。

 

「三階の方は……」

 

三階の方を見ていると、奥から何かを調理している様な食べ物の匂いが鼻に届く。

 

「……ん?なんか料理の匂いがするな」

 

先輩も感じたのか、鼻でスンスンと嗅ぐ。

 

「厨房でもあるかもしれませんね」

 

他の部屋をスルーして一番奥の部屋へ向かう。

 

「……中に人が居ますね」

 

少なくとも二人。話し声が聞こえてくる。

 

「男の声だな」

 

内容を聞き取る為に耳を澄ますと、どうやら献立の話と……何かの愚痴を言っている感じかな?

 

「……っ、先輩、離れましょう」

 

その内容を聞いて、先輩の耳に入る前に手を引いてその場から立ち去る。

 

「何か聞けたのか?」

 

「えっと、上の階に居るトップの愚痴について……ですかね?偉いさんは四階にいるみたいです」

 

「一番上の階か……」

 

「ここにはもう用は無いので、先を急ぎましょう」

 

四階を目指すためにスタスタと歩きながら厨房の会話を振り返る。

 

さっきの男二人の会話……最初はどこの部位の在庫が減って来ているなどの困った様な会話が聞こえたが、口振りからして肉の部位だとは簡単に想像できる。

 

肉の元についても直ぐに理解出来たし、先輩にも既に軽くは話している。その後の片方の男から『新しいのを下で保存しているから明後日以降も平気だ』と伝えていた。

 

安心した様子の男から、『注文が細かくて調達するにも一苦労だよなぁ……若くて肉付きのある女とかよぁ……』とため息を吐きながら愚痴を零していた。『昨日はタンと指とかで、今日は脂身の多い部分だろ?んで、明日は骨付き部位とか作るこっちの身にもなってほしい位だぜ全く……』とかなんとか。

 

前に先輩に冗談で「グルメが~」とか話していたけど、まさか本気で引き当てるとは……。いや、少なくとも人の売買している場所だとは思っていたけど、食する方だとは……。

 

と、なると地下から漂っていた血の匂いは確実に解体現場だろう。ここに運んでバラす……夜に運ばれていたのは女性の体。生死は不明だが、若い女性だったのだろうね。

 

つまりこの建物の上に住んでいる偉いさんは、好んで肉を食べている事なのだろう。わざわざ解体所とそれを調理する場所まで揃えているのだからかなり拘りがある人間だ。

 

……まぁ、こんな街で生きているのだからそういった趣向の人が存在していてもなんら驚きは無いけどね。九重の一族にも同じ趣向の人が過去に生きてたし。

 

人の生死に直接関わる場所に居ると、稀に存在するらしい。人によって始まりは差異はあるけど、倒した相手を食らうとか、死ぬ直前の極限時に食べた肉の味が忘れられないとか、単純に美味しそうだったとか、理由は色々だった。

 

だけど、その様な人は人間という種として生きるための枷が何処か外れているのが大体だった。だから危険視される。

 

下手に実力とコネが存在している為確保出来てしまう。

 

しかし、一族はそんな事の為に存在しているわけじゃ無いので、その人は消される。

 

これまでに、二人ほどその対象の殺害をしたこともある。

 

今思えば、私に対する注意喚起も込めていたのかもしれないなって考えもある。まぁ、可能性はあったかもしれないしねー。

 

何が言いたいのかというと、上の人には死んでもらいましょうって感じだね。どうせ後で纏めて消えてもらうつもりだからそれが早いか遅いかの違いだし問題は無し。

 

四階へ上がると、一つの部屋の前に待機するように扉の前で立っている一人の男が目に留まった。

 

あそこかなぁ……?

 

目的と思われる部屋を一度スルーして、ドアの開いている他の部屋を覗く。

 

その中の一部屋に、書類と思われる紙などが机の上に置かれていたので中へ入って内容を見てみる。

 

「何が書かれてるんだ……?」

 

後ろから覗くように先輩が見てくる。

 

「字が汚くて読みづらいですが……帳簿、に近い何かですね」

 

軽く流し見をしているが、何かの記録に見える。

 

「多分ですが、物資とかの数を纏めているかと思いますよ」

 

何のためにしているのかは不明だが、仕入れ状況との照らし合わせとかだろうか?

 

他にも漁ってみると、他と比べて綺麗な用紙が見つかる。

 

「これは……」

 

紙に書かれていたのは、物資の名称と数の一覧が載っていた。

 

「調味料やら食料……後は武器、ですか」

 

他のとは字が違うため、別の人が書いている紙なのだろう。

 

内容をある程度覚えてから元に戻す。それよりも……。

 

さっきから本命の部屋から聞こえてきているであろう音が気になってしまう。

 

ドタバタと動くような音と、ドンドンと響くような音がこの部屋にまで届いている。

 

「なんか、騒がしいな……」

 

「ですね。模様替えでもしてるんですかね?」

 

うーん、けどなぁ……この音は、あまり良くない感じがするんだよねぇ……。

 

何かを殴る様な打撃音にも聞こえるんだよねぇ……これ。

 

「新海先輩、ちょっと良いですか?」

 

「どうした?」

 

「この後、私一人で目的の部屋に赴こうかと思いますので、先輩はこの部屋で待っててもらっても良いですか?」

 

「ここでか?別に良いけど……何かあったのか?」

 

「ちょーっと、危険な香りを感じ取ってしまったので、一緒だと危ういかなと」

 

「……分かった。俺はここで待ってれば良いんだな?」

 

「なるべく直ぐに戻りますので、少しの間お願いします」

 

「気を付けてな、危ない真似は控えてくれよ?」

 

「あはは、善処致しまーす」

 

少し心配そうな先輩を見ながら外へ出る。ドアを閉め、開かない様に能力で固定する。

 

目的の部屋の前に立っている男に近づき、膝裏を蹴って崩れた所で頭を掴み、そのままへし折る。

 

ドアを開け、中の様子を見ると、中から異様なキツイ匂いと共に、奥の方から興奮するような男の声が聞こえてきた。

 

こちらがドアを開けたのにも気づいた様子もなく、何かにご執着と思われる。

 

殺した男を部屋の中へ引きづって捨ててからドアを閉め、部屋の様子を確認する。

 

この街にしてはかなり綺麗な状態の生活感と、調度品がチラホラと置かれており、電気を使った家電がある。

 

……なんともまぁ、贅沢な暮らしを。

 

そのまま声のする方へ足を進める。部屋の奥には大きなキングサイズのベッドが置かれており、そこから一際異臭が鼻まで届く。

 

そのベッドの上で、部屋の主であろう太めの男が興奮した様子で声を上げながら何かを殴るような動作を取っていた。

 

その様子を後ろから覗いて見ると、全裸の女性に全裸で馬乗りになり、暴行……まぁ、暴行だね。性的も含めて。

 

真後ろまで来ているのに未だに私に気が付いた様子は無い。目の前の玩具に夢中のご様子。

 

女性の方は既に悲鳴や抵抗する元気もなく、小さく声を上げている。

 

……予想はしていたけど、やっぱりそれなりに感じる物があると言えばある。見慣れていた光景なのにね。

 

サッと部屋の全貌を見るが、気になる物も見当たらないので、死に体の女性に暴行を加えている男の脳天目掛けてベッド横に置いてある照明をフルスイングする。

 

衝撃でベッドから吹き飛び、転げ落ちる。当たった照明は見事にへし折れて砕け散る。

 

当の本人は痙攣するように体を震わせて、口からよだれや泡を吹き始めて唸っていた。

 

放って置いてもその内死ぬと思ってベッドの上の女性を見る。

 

まだ少し意識があるね。……もう手遅れだけど。

 

右腕が折れており、指も滅茶苦茶に曲がっている。腹部は異様に凹んでいるので臓器や骨が駄目だろう。血も吐いてるし内出血も酷い。

 

正直、ギリギリ生きているだけと呼べる状態だった。

 

掠れるような息が口から漏れているのを見て、楽にしてあげようと手を伸ばすと、その女性と目が合った。

 

「………」

 

伸ばした手が止まり、その目を見ていると、微かに口が動く。

 

「ぁ……ぁ、の 、こを―――」

 

「あの子……?」

 

子供……?母親なのだろうか?

 

伸ばした手を引いて、部屋を見渡す。すると、壁際にそれらしきものを見つけた。

 

子供程の大きさの……生きていれば人だったんだろうなと思えるほどの損傷の体がそこに落ちていた。

 

場を見る限り、最後は壁にかなりの力で叩きつけられたんだろうと思える血痕が残っていた。

 

近づいて様子を確認するが、当然生きておらず、似たような暴行の痕があちこちにあった。

 

その事を伝えようとベッドに戻ったが、既に母親と思われる女性は息絶えていた。

 

「………」

 

それを見て、一瞬感情がざわついたが直ぐに元に戻す。

 

「今まで嫌と言う程見て来ているのに今更だね」

 

壁際の子供をベッドに居る母親と寄り添うように置いて手を合わせる。

 

数秒の黙祷をしてから気持ちを切り替えて再び部屋の中を見る。

 

「……匂いの原因は、これかな?」

 

ベッドの頭部の方の棚に置かれていた瓶を手に取る。部屋の中を覆う様な酷い匂い……あまり良くない物なのは確実だろう。

 

「これは……興奮剤?いや、少し違うね」

 

過去に似たような匂いを澪姉との実験で嗅いだことがある気がする。

 

「結構キツイ物だとは思うけど、私でも大丈夫なものとなると……」

 

そこまで多くの耐性は持って無いので、人体に被害は無いのだろう。多分興奮剤とか精力剤に近い何かのはず。

 

寝室のベッドで裸で居たのだから、興奮するパターンだと思って捨てる。

 

「……最後は地下のか」

 

個人的な趣向の為に確保している場所だ。消し去ってしまっても問題は無いだろう。

 

燃やしてしまおうと決め、先輩が居る部屋へ一度戻る。

 

「ただいま戻りましたー」

 

「おかえり、大丈夫だったか?」

 

「はい、何事もなく。まぁ、部屋の主は厄介な人でしたが」

 

「厄介な……っう、九重……なんか変な匂いがするぞ?お前……」

 

私の服の匂いがしたのか、先輩が顔を顰める。

 

「ありゃ、ちょっと移っちゃいましたか……あまり嗅がない方がいいですよ」

 

距離を置くように数歩下がる。

 

「それで、もうやる事終わったのか?」

 

「んー……最後の仕上げが残っていますが、一回ここを出ましょう」

 

「最後の仕上げ?」

 

「ここも昨日と同じ様に燃やします。危険な物が沢山ありましたので残しておくと面倒ごとになりそうです」

 

「こ、ここもか……?」

 

「はい、昨日より徹底的に燃やす必要が出てきました。ですので、先輩にはお外で待っていて貰いたいです」

 

「……それも、必要なこと、で良いんだよな?」

 

「そうですね、一切の痕跡も残したくない位には必要かと」

 

「……分かった。九重が必要と思うのなら従うよ」

 

「受け入れてくれてありがとうございます」

 

「それじゃあ、まずはここを出ないとな」

 

「お連れしますので帰りも付いて来て下さいね?」

 

 





文字数が多くなりそうなので、ここらで一区切りと……。



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