Roselia 〜屹立の青薔薇〜 (山本イツキ)
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第一曲 序章

唐突に始まりました、山本イツキ第三作目です。
毎度のごとく、好評なら続編、不評なら別の物語を執筆する予定です。

序盤は暗いですが、徐々に元のストーリーへと戻る予定です。 
では、スタートです。


 人は何を持って幸せと呼べるのだろうか?

 

 

 唐突にこんな疑問を嘆くオレもどうかしてるが、少し聞いて欲しい。

 

 まず幸せとは、裕福な家庭に生まれ育ったり物事がうまくいったり人に褒められたり………基準は人それぞれあるだろう。

 幸せとは明るい意味の言葉。基準は違えど感じるものは皆同じだ。

 

 幸福感を差し置いて他にない。

 

 一点、オレは世間からしたら不幸な運命を強いられた。

 生まれて直後に施設へ預けられ、親はオレを置き去りにし姿を晦ましたんだ。

 

 生みの親を知らない。

 自分の名前を知らない。

 ここがどこかもわからない。

 

 生まれたての赤子は、ただ泣き叫ぶことしかできなかった。

 

 施設で過ごしてしばらく経つとオレはある親の元へと引き取られた。

 その人物は、人気ロックミュージシャンの肩書をもつ男だ。

 彼、もとい今の親父にはオレと同い年の一人娘である友希那がいたが、それと同等に可愛がってくれた。

 

 そしてオレたちが思春期を迎える頃には親父はミュージシャンを辞め、友希那とはどこか疎遠な関係になってしまった。

 家で顔を合わせても会話することなんて決してない。

 それも、父がある理由で音楽業界から姿を消したことに起因しているんだろう。

 友希那は今、音楽を自分の価値を証明する為の手段としか考えていない。

 昔はオレと幼馴染と親父で満面の笑みを浮かべながら、何度も何度もセッションをしたと言うのに……………。

 友希那の笑顔はもう随分と見ていない。

 親父たちも理由が理由なだけに、ヤツには何も言えずにいる。

 家族内がギクシャクし、幼馴染を含む友人関係も今は最悪の状況だといっても過言ではない。

 

 そしてオレは高校を入学を機に、ある決意をした。

 

 

 赤子の時に拾い育て上げてくれた義理の両親に。

 そして、ずっと共に育ってきた友希那への感謝の印として、オレの出来る限りのことを尽くそうと。

 

 オレがこの家にいて良かったと思ってもらえる為に。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 「さて、啖呵を切ったのはいいものの、どうしたものか…………」

 

 

 時間はあっという間に過ぎていき、オレたちは17歳を迎え、高校2年になった。

 この一年、友希那は一人孤独に音楽のスキルを高めている。

 反面オレは、何をしていたわけでもなくただ呆然と日々を過ごしていた。

 一つのことに熱中し努力し続けられる友希那とは全くの対極。

 オレは大抵のことはこなせる自信があるが、音楽に関しては違う。

 

 出来るはずのレベルまでいかず、そのハードルの高さに絶句し投げ出してしまった。

 アレはそう易しいものじゃない。

 いくら練習しようが上達する気配が全くなかったのだ。

 しかし、そう感じたのはオレだけではなかった。

 子供の頃から一緒にセッションしてきた幼馴染もまた同じ壁にぶち当たってしまったのだ。

 

 

 「雄ー樹夜♪おっはよー☆」

 

 「あぁ。おはよう、リサ」

 

 

 オレの肩を軽く叩いて挨拶したのがその幼馴染、今井リサだ。

 栗色の艶やかな長い髪と両耳に付けている兎のピアスが特徴的で、見た目は完全に高校生デビューを果たしたギャル。

 しかし味の好みが渋かったり、面倒見が良かったりと色々な面でギャップのある少し変わったヤツだ。

 

 

 「今日から2年生だね〜」

 

 「そうだな」

 

 「クラス替えとかどうなるのかなぁ?去年は3人とも離れ離れになっちゃったから、今年は一緒がいいな〜」

 

 「そうだな」

 

 「そういえば、一個下の子にすごくカッコいい子が入学してきたって噂聞いたことある?」

 

 「そうか。初耳だ」

 

 「…………ねぇ、雄樹夜」

 

 「なんだ?」

 

 「もうちょっと楽しく話そうよ〜。せっかく一緒に登校してるんだからさ〜」

 

 「すまん」

 

 

 口数の少ないオレにとって、誰かと会話をするのはかなりハードなことだ。

 その反面、リサは社交的で愛想もいいから誰とでも仲良く出来る。

 

 その能力が実に羨ましい。

 

 

 「でもまっ、アタシだけが雄樹夜のことをよく知ってるっていうのも悪くないかなぁ。あははっ」

 

 「相変わらず、リサは冗談が上手い」

 

 「冗談じゃないんだけどなー」

 

 「その不機嫌に頬を膨らました顔も、あざとさが際立っていいと思うぞ。他の男なら(ハート)を撃ち抜かれること間違いなしだ」

 

 「雄樹夜も、冗談を言うようになったじゃん?」

 

 「冗談じゃない。本心だ」

 

 「て、照れるからやめてよー!」

 

 「正直なやつめ」

 

 

 リサは笑いながらそう言うと、オレの背中をバンバンと強く叩く。

 友希那もこれぐらい分かりやすい性格ならよかったのに。

 アイツは感情をオレ並みに表に出さないからどう接していいか本当にわからない。

 

 まあ、オレが言えることではないけどな。

 

 

 すると、さっきまで笑っていたリサの表情が一変し重い口を開いた。

 

 

 「あの、さ………今日も友希那とは、一緒じゃないの………?」

 

 

 その内容というものは、いるはずだった義理の妹に関することだった。

 隠す必要もない。オレは正直に答える。

 

 

 「さあな。オレが家を出る頃にはいなかったよ」

 

 「そっか………最近、ますます疎遠になっちゃったね」

 

 「そう落胆することじゃない。今のアイツは自分の音楽に囚われていて、周りを見る余裕がないだけだ。それに、喧嘩をしているわけでもないからリサは話しかけても無視されることなんてないだろ?」

 

 「それはそうだけどさ…………」

 

 「友希那にとやかく言う資格は今のオレにはない。何せ、()()()()()()()()()()()

 

 「………………」

 

 

 オレの言葉にリサは口を閉ざす。

 

 捨ててしまった、というのは音楽に対する情熱のことだ。

 アレだけ親父を超えるミュージシャンになると豪語したものの、こうして何もせずただ日常を送っている。

 中途半端で辞めてしまったオレに友希那は失望したに違いない。

 リサもそのことを察して、何も言わなくなった。

 オレは決して場の空気を重くしようと発言したわけじゃないんだが、申し訳なく思う。

 自分の語彙力のなさに、心底呆れる。

 

 

 「すまんな。決してリサを苦しめようとは考えていなことは理解してほしい」

 

 「も、もちろんだよ!雄樹夜は悪い人じゃないしね☆」

 

 

 リサの明るい性格には本当に感謝している。

 オレも少しは見習わないといけないな。

 

 

 「そんなことよりほらっ!早く学校に行こ!」

 

 

 駆け足で向かうリサの背中を追い、学校まで残り数十メートルの道を一気に駆け抜ける。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 「ふぅー、とうちゃ〜く!」

 

 「おいっ、リサ………別に走る意味は、なかったんじゃないか?」

 

 

 突如走り出すリサの後を追うのが精一杯で、追い抜くなんてことは叶わなかった。

 見た目で誤解されがちだが、リサは結構運動ができる方だ。

 運動部に所属してる上にコンビニでバイトもしているから、体力面ではオレも友希那も到底敵わない。

 

 おまけに料理や裁縫もお手の物。

 社交的な性格も含めて、まるで隙がない。

 

 

 「だって、早くクラス分けの掲示板が見たいじゃん♪」

 

 「はぁ、はぁ…………だとしても、急に走り出すのはないと思うんだが?」

 

 「雄樹夜、だらしないぞ〜。この距離で息切れするなんて運動してない証拠だよ?」

 

 「ダンス部とテニス部をかけもちしてる人間に、帰宅部のオレの気持ちがわかってたまるか」

 

 「2年生になったし、いい機会だから何か部活に入部してみたら?いい体つきしてるんだからさ〜」

 

 「女子だらけのこの学園にオレの入れる部活動はない。体験入部程度で十分だ」

 

 

 オレたちが通う羽丘学園は何年か前まで女子校だったためか、男子生徒が極端に少ない。

 学校のイメージというものはそう簡単に拭い切れるものじゃないと痛感させられる。

 

 オレがここを受験したきっかけだって、友希那とリサがここを受けると言ったからという不純な動機によるものだ。

 入学したこと自体に悔いはない。

 だが、女だらけの学校生活というのも肩身が狭くて過ごしづらいのも確かだ。

 

 

 「そんなこと言わずにさ、体験入部でもいいじゃん?」

 

 「時間ができれば、な」

 

 「あぁ〜!そうやってまたはぐらかす〜」

 

 「そんなことよりも、自分のクラスがどこになったか、早く知りたいんじゃなかったか?」

 

 「わわっ!そうだった!」

 

 「ほらっ、行くぞ」 

 

 「な〜んだ、雄樹夜も気になってるじゃ〜ん♪」

 

 「自分のクラスが分からないと教室に入れないだろ」

 

 「冷たーい………」

 

 

 拗ねた様子を見せるリサを置いて、1人先にクラス分けの表を目にする。

 

 オレのクラスは──────A組か。

 友希那はB組で……おぉ、リサも同じA組か。

 …………げっ、あの変人たちとも同じクラスかよ。

 

 これはまた、濃いメンバーが勢揃いで。

 

 

 「やったじゃん!アタシたち同じクラスだね☆」

 

 「あぁ、中学以来だな」

 

 「友希那とも隣のクラスだし、いつでも会いに行けるね〜♪」

 

 「そうだな」

 

 

 オレたちは校庭を後にし、新しい教室へと足を踏み入れる。

 そこにいたのはまだ顔の知らないやつが大多数で、記憶にあるのが極一部だけだ。

 

 その一部に数えられるヤツがオレの座るはずの机に屯していた。

 

 

 「あっ、リサちーとユッキー!おはよー!」

 

 「おっはよー、ヒナ〜♪」

 

 「…………おい、日菜。その呼び方はやめてくれ。オレには似合わない」

 

 「ええー、この方が親しみやすくていいと思うんだけどなー」

 

 

 オレの机に腰掛け頬を膨らますのは、この学園の才女とも名高い氷川日菜だ。

 定期テストはいつも満点。天才という言葉は彼女の為にあるといっても過言はない程の逸材だが、その反面感性が他の人とまるで違う。

 ヤツがただ1人入部している天文部は『変人の住処』と呼ばれていて、その異様な人間性を物語っている。

 

 ちなみにオレは日菜のことが嫌いではない。むしろ人として関心すらしている。

 ただ、アイツのハイテンションさが苦手なだけだ。

 

 

 「オレはそんなファンシーなニックネームを命名されるほど、周りに好かれてないぞ」

 

 「そんなこと関係ないけどなー。でも、あたしたちがちゃんとユッキーを理解してればそれで十分!」

 

 「ヒナー、いいこと言うね〜♪」

 

 「えへへ、リサちーありがと!」

 

 「…………何か違うくないか?」

 

 

 リサは日菜の頭を、よしよしと優しく撫でた。

 

 

 「おや、何の話をしているんだい?よかったら私も混ぜてくれ」

 

 「…………またややこしいのがきた」

 

 

 オレたちの会話に混ざってきたのは羽丘学園が誇る名役者、瀬田薫だ。

 バレンタインでもらったチョコは数知れず。

 その中世的な顔たちは女子の心を鷲掴みにし、学校外にもその名を轟かせる超有名人だ。

 

 しかし、これは関わってわかることなんだが、普段は何を言ってるか分からない発言が多く困惑させることが多々ある。

 薫も日菜同様、変人に値するには十分な人間性の持ち主だ。

 

 オレが掲示板を見た際に言った "変人たち" というのはこの2人を指している。

 

 「おや?雄樹夜じゃないか。今日もいつもと変わらないスマートな顔をしているね。はぁ、儚い…………」

 

 「リサ、通訳頼む」

 

 「ええっ!?そ、そうだなー…………褒めているのは間違いないと思うよ?」

 

 「薫、正解は」

 

 「そんなもの存在しないさ。人によって受け取り方はそれぞれ違う。それもまた儚い…………」

 

 「そうか。なら、褒め言葉として受け取ろう」

 

 「ふふっ、雄樹夜は今日もクールだね」

 

 「薫と似たようなもんだろ」

 

 

 友達付き合いが苦手なオレがこうやって人と話すことができているのは、誰であろうリサのおかげだ。

 話す人間が個性の塊なのは見ての通りだが、決して悪い奴等ではないのは確かだ。

 

 少し………いや、普通とはかなりズレているのも間違いないんだけどな。

 

 

 「──────あっ、チャイムが鳴ったね」

 

 「そろそろ席につこっかー」

 

 「また会おう、子猫ちゃんたち」

 

 「やっと静かになった…………」

 

 

 そこから先は、新しい担任の先生の紹介があったり、始業式をやったりでバタバタとスケジュールをこなし、気がつけば下校の時間を迎えていた。

 

 

 「雄樹夜〜、この後どうする?」

 

 「今日は予定があるんだ。すまんが、今日は先に帰らせてもらう」

 

 「うんっ、また明日ねー☆」

 

 

 リサにそう告げ、足早に教室を出る。

 既に下校してるであろう奴を探しに。

 




いかがだったでしょうか?

ご安心ください。ここから盛り上げて見せますので…………


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第二曲 仲間

お気に入り登録ありがとうございます。

しばらくは連載してみようかと思います。


今は元のイベントストーリーに沿ってオリキャラを組み込んでいますが、ボチボチオリジナルストーリーも展開できたらと思います。


 (そこにいたか、友希那)

 

 

 坂道を下る最中、独り歩く義妹を見つけるが決して声をかけることはない。

 いや、声をかけることすらできないといつまた方が正しいか。

 今更奴に何を話したらいいのかもわからないし、これからライブを行う一人の歌い手の邪魔にだけはなりたくなかった。

 

 それほどオレは友希那に罪悪感を感じているのだ。

 

 結局ライブハウスに入るまでオレたちは近くにいながらも会話することなく散り散りになる。

 友希那はこの1年間ずっと、色んなライブハウスでソロ活動を続けていた。

 それは、個人のレベルアップを測るとともに今年開催される『FUTURE WORLD FES.』に向けてのメンバーを見つけ出すためでもあるからだ。

 しかし友希那の求めるレベルは尋常でなく高い。

 オレも度々足を運んでいるのだが、友希那ほど真剣に取り組んでいる奴はほんの一握りだろう。

 昔はオレたち3人でバンドを組むことを夢見ていたのだが、それはもう過去の話。

 今の友希那にそんなこと、口が裂けても言えるはずがなかった。

 

 

 「友希那は4組目、一番最後(トリ)か」

 

 

 義妹が登場するまで他の演奏を聴く。

 ──────まるで文化祭で仲の良い友達とやるようなクオリティで、音は合わさっていないしリズムもバラバラ。

 素人目からしても全く噛み合っていないように見えた。

 

 その中でも一人、名前は知らないがオレたちと同い同士ぐらいのギターを弾く薄青髪の女は、かなりの高クオリティだと感じる。

 音はしっかりと出てるし、リズムも一定。

 地道にコツコツと練習を積み重ねてきた成果なのだと実感させられる。

 演奏が終わり、颯爽とステージを後にしたその女はどこか不満げな顔をしていた。

 

 確かにうまかった、だが……………。

 

 

 「独りよがりな寂しい音、だったな」

 

 

 今の友希那とどことなく似た、そんな印象を持った。

 

 

 

………………………

 

 

……………

 

 

 

 2組目の演奏も終わり、いよいよ友希那の登場まで間近となっていた。

 それまでオレは一番後ろの壁にもたれ掛かり演奏を聴いていたが、偶然、1組目のギター女が近くを通り過ぎる。

 オレは思わず声をかけた。

 

 

 「なぁアンタ」

 

 

 オレの問いかけに目を合わせたこの女は、鋭い目つきではあったがどこか見覚えのある顔つきをしていた。

 

 「そう、アンタだ。名前、なんて言うんだ?」

 

 「…………氷川紗夜です」

 

 

 氷川────なるほど、そういうことか。

 

 

 「勘違いだったら申し訳ないが、氷川 日菜の姉妹か?」

 

 「……………えぇ。姉にあたります」

 

 「やはりそうか。オレはアイツのクラスメイトの湊 雄樹夜だ」

 

 「湊?もしかしてあの方のご家族か何か?」

 

 

 どうやら友希那とは既に顔見知りらしい。

 奴もあの演奏には一目置いたようだ。

 

 

 「ああ。これから歌う湊 友希那はオレの妹だ。()()だけどな」

 

 「義理?」

 

 「そんなことより、氷川 紗夜。さっきはいい演奏だった。何度かこのライブハウスは来たことがあったんだが、あれほどいい音を奏でるやつは見たことない」

 

 「お褒めに預かり光栄です。先程、あなたの妹さんにも同じことを言われましたが、正直、()()が私の全力だと思われるのは心外ですね」

 

 「そうか?ミスらしいミスはなかったと思うが」

 

 「他のメンバーの演奏もご覧になりましたよね?」

 

 「ああ。アンタとは比べ物にならないものだったな」

 

 「あの人たちに合わせてやってきましたが、先ほどのライブの後に脱退させられました。まあ、あんな演奏をするグループは私自身居たくありませんのでちょうどよかったです」

 

 

 やはり、この女は友希那と同じ考えの持ち主らしい。

 生真面目でストイック。

 この女なら友希那とだって釣り合うのかもしれない。

 

 

 「なあ。もしよかったら義妹とバンドを組んでやってくれないか?」

 

 「先程、あなたと同じ提案をされました。しかし一度聴いたところで何もわかりませんし、所詮口先だけだったという可能性もあります。私はもう、お遊びで演奏しているようなグループに所属する気はありません」

 

 

 この女の言ってることはもっともだ。

 真剣に音楽に取り組んでいるのであればそう考えるのは必然。

 だが、奴の言葉には引っかかる部分があった。

 

 

 「口先だけかどうかは、一度聴いたらわかる。アイツは──────そんなタマじゃない」

 

 「そんなこと言ったって───────」

 

 

 わあああああああ!!

 

 

 友希那の登場と共に会場が一斉に湧き上がり、薄紫のサイリウムが光り輝く。

 会場の空気すら塗り替える圧倒的な存在感。

 それを、隣で呆然見ている氷川紗夜も感じ取っていることだろう。

 

 

 「〜〜〜♪」

 

 

 やはり歌の上手さは言うまでもない。

 それにただ突っ立ってるわけでもなく、体の動きで抑揚もつけ、サビではグッと勢いを増して音を乗せている。

 もはやその技術は高校生の域を超えている。

 

 

 「どうだ?アイツの歌声は」

 

 

 驚きっぱなしの氷川 紗夜に声をかけてみる。

 

 

 「……………正直驚きました。あれだけ豪語できる理由がよくわかりました」

 

 「そうか。なら、これからよろしく頼む」

 

 

 氷川 紗夜にそう言い残し、会場を後にする。

 そう、オレがここへきたのは友希那の歌声を聴きに来ただけではない。

 すぐに受付へと向かい、名を名乗る。

 

 

 「今日バイトの面接を受けにきた湊 雄樹夜です。月島 まりなさんはいらっしゃいますか?」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 オレはこの一年、ただのんびり過ごしていたわけではない。

 こう見えて、友希那のライブは毎回観に行ってるし、それぞれのライブハウスの良し悪しもチェックしてあった。

 その中でも特にいい印象を受けたこのライブハウス『CIRCLE』で友希那のライブのサポートをしたい。

 そんな不純な動機でここに来たのだ。

 

 受付の人に話を通し、面接官が待つスタッフルームへと案内される。

 

 

 「あっ!いらっしゃい、待ってたよ!」

 

 

 朗らかな雰囲気をかもちだす女性が小さく手を振り、オレを迎え入れてくれた。

 

 

 「面接に来ました。湊雄樹夜です」

 

 「湊くんね。私は月島まりなです!あっ、適当に座ってくれて構わないよ」

 

 

 月島さんの言葉に従い、近くにあった白椅子に腰掛ける。

 

 

 「えーっと、湊雄樹夜くん。高校2年生、演奏経験はありで………………えっ!もしかして友希那ちゃんのお兄さん!?」

 

 「ええ、まあ」

 

 「やっぱり!でも、どうしてスタッフのバイトをやろうと思ったの?友希那ちゃんのお兄さんなら、ステージに上がって演奏とかするんだと勝手に想像しちゃうんだけど」

 

 

 月島さんの考えはもっともだ。

 アレほどの歌声を持つ義妹が家族にいるのだから歌ったり、楽器を奏でたりするのが普通だろう。

 だが、オレにはそれをする()()()()()

 オレは、音楽を捨てたんだ。

 

 

 「すみません、あまり詳しく話すと長くなってしまうのですが…………」

 

 「ああ、話したくないなら大丈夫だよ!」

 

 「助かります」

 

 「正直、男性スタッフがいなかったから私としてもいてくれたらすごくありがたいの。セッティングとかもできるだろうし、よかったらここでバイトしてみる気はないかな?」

 

 「え?面接とかは…………」

 

 「そんなもの型式だけだよ。オーナーからも既に採用していいって言われてるから!」

 

 

 なんて緩い職場なんだ。

 事前に送った書類審査だけで通るなんて、大丈夫なのだろうか。

 そんな不安に駆られる。

 

 

 「それで、月島さん」

 

 「まりなでいいよ♪」

 

 「じゃあまりなさん。オレの方こそ、宜しくお願いします」

 

 「うんっ!よろしく!」

 

 

 なんの苦労もなくオレは『CiRCLE』のバイトとして働くことになった。

 人付き合いが苦手な身としてはコミュニケーションが最大の難関だろうが、そこはリサにでも教わろう。

 バイトをすること自体まだ誰にも話していないわけだしな。

 

 

 「シフトの調整があるから、空いてる日があったら教えてね」

 

 「わかりました」

 

 「とりあえず今日は終わり!これから宜しくね!」

 

 「はい。失礼します」

 

 

 まりなさんに頭を下げスタッフルームを後にする。

 ロビーに出ると、ライブが終わった影響かすごい人だかりができていた。

 その会話に聞き耳を立てると、どれも友希那の歌声に関する話ばかりだ。

 凄かっただとか、あんなふうになりたいだとか。

 これだけ褒め称えられると、オレも誇らしく思う。

 しかし、オレがあの歌姫の義兄だと知ったらここにいる人たちはどんな反応をするのだろうか。

 第一、誰も信じようとすらしないと思うがな。

 

 

 (この流れに乗じて友希那にバレないように帰るか)

 

 

 そう心で呟いた瞬間だった。

 

 

 「あれ?雄樹夜じゃん!」

 

 

 背後から嬉しそうに声をかけてきたリサは、どうやら友希那のライブを観に来ていたらしい。

 

 

 「よお。奇遇だな」

 

 「用事ってまさかこのことだったの〜?もう、それだったら一緒に観たかったのになぁ」

 

 「それもあるが、もう一つあったんだ」

 

 「もう一つって?」

 

 「ここのバイトの面接だ。とりあえず合格することはできた」

 

 「やったじゃん!おめでとう!」

 

 

 まるで自分のことのように喜ぶリサ。

 本当にこの幼馴染は人が良すぎるな。

 

 

 「この後予定はあるのか?」

 

 「ん?特にないけど」

 

 「せっかくだしどこか食べに行かないか?もちろんオレが奢る」

 

 「えっ!いいの!?」

 

 「ああ。そのかわり、接客についていろいろ聞かせてくれ」

 

 「そんなのお安い御用だよ〜☆」

 

 

 オレたちはCiRCLEを出てファミレスへと向かう。

 辺りはすっかり暗くなっていて、先ほどの観客たちと距離を取れば人の話し声すら聞こえない静かな道になりそこを二人で歩く。

 この辺りは冬だとイルミネーションで飾り付けされ綺麗なのだが、今は暖かさが戻った春。

 満開の桜も日の光がなければその美しさは影に潜む。

 しかし、この暗闇の中だからこそリサの明るさが際立って見えるのはオレだけなのだろうか。

 

 

 「それにしても、雄樹夜と同じクラスなのは驚いたな〜」

 

 「そうだな。仲のいい生徒同士って案外同じクラスになりにくいっていうジンクスがあるからな」

 

 「そうそう!その証拠に、友希那と雄樹夜って同じクラスになったことってなかったよね?」

 

 「友達、ではないが "兄妹" ってのは絶対同じクラスにならないらしいな。幼稚園から高校まで、2クラスしかなかった時だって一緒になることはなかった。だからオレはクラスでのアイツの様子を知らない」

 

 「ははーん、さては寂しいのかな?」

 

 「バカ言え」

 

 

 悪戯に笑うリサの額にデコピンする。

 照れ隠し、なんて気持ちではない。

 少し調子に乗っていたからお灸を据えるためにやったまでだ。

 

 

 「もぉ〜、乙女に対して乱暴するなんてひど〜い!」

 

 「"暴力" じゃない "制裁" だ。あまり人を揶揄うんじゃない」

 

 「だって、雄樹夜っていつも表情を変えないからさ〜」

 

 「そんなことないぞ。小指をタンスの角にぶつければ痛がるし、欠伸をすれば顔も崩れる」

 

 「その瞬間に立ち会えないから悲しいんだよねぇ」

 

 「そのうち見れるだろ、多分」

 

 

 オレたちは隣の家に住む幼馴染。

 部屋の窓越しからなら、互いの部屋の様子がわかるからそう言ったのだが、カーテンを閉めればわかるはずもない。

 それに万がいち─────いや、あまり変な想像をするのはよそう。

 

 あまりそういうのには興味がないが、相手は女子高生。

 不快な思いをさせるわけにはいかん。

 

 そうこう話していると、すぐにファミレスへと辿り着いた。

 夕食時ということもあって、席はかなり埋まっている。

 家族連れに会社帰りのサラリーマン。

 さすがはファミリーレストランだな、いろんな客層を抑えてある。

 

 店員に案内された席へと座りメニューを開く。

 

 

 「リサ、遠慮する必要はないから好きなものを注文するといい」

 

 「えぇ〜?そんなこと言われたら余計迷うじゃん〜」

 

 

 悩みに悩み抜いた末に、リサは一番人気の『ハンバーグプレート&デザート付き』なるものを、オレは『パンケーキ&ブラックコーヒー』を注文した。

 

 

 「雄樹夜って見かけによらず甘いもの好きだよねぇ。しかも少食だし」

 

 「ああ。コーヒーも砂糖とミルクがなければ飲めないからな。それに、たいして体を動かしてるわけでもないから腹も空かん」

 

 「ホントっ、クールなとこといい、食べ物の好みといい、二人ってほんと似てるよね〜」

 

 「血はつながってないのに、不思議なものだ」

 

 

 自虐として言っているが、この事についてオレも友希那も全くと言っていいほど気にしてなんかいない。

 

 

 「知ってる?雄樹夜って女子から結構人気あるんだよ?『カッコいい!』って」

 

 「そうか、それは初耳だな。ちなみにだが、リサも男子の間ではかなり人気があるんだぞ」

 

 「ええっ!?なんでなんで?」

 

 「社交的な性格に加えて運動も勉強もできる。嫌いになる男の方がどうかしてる」

 

 「や、やだなー。そんなに褒めないでよ〜」

 

 「…………まあ、変な男に騙されない事だ」

 

 

 照れるリサに釘を刺す。

 

 

 「でも、もしもの時は雄樹夜が守ってよね♪」

 

 「言っておくがオレは非力だぞ?」

 

 「もう、こういう時は『命に変えても守ってやる』とか言わないとー!」

 

 「……………そうなのか。善処はするが」

 

 

 これが今の高校生の普通なのだろうか。

 そんな臭いセリフ、よく言えたものだ。

 

 しばらくするとオレたちが注文したメニューが全て届き、手を合わせそれを食べる。

 

 

 「んん!美味し〜♪」

 

 

 満面の笑みで頬に手を当て、美味そうにハンバーグを頬張るリサ。

 ここまで喜んで食ってくれるなら店員も本望だろう。

 

 

 「そう言えば、友希那が一人バンドメンバーに誘ったらしいぞ」

 

 「えっ!誰誰!?」

 

 「氷川紗夜。日菜の姉だ」

 

 「ああー!いつもヒナの話に出てくる子だよね?」

 

 「演奏を聴いたが、友希那が声をかけるだけのことはある。アレなら友希那とだってやっていけるだろう」

 

 「そっかー、ついに友希那にも仲間ができたんだ〜」

 

 「感慨深い思いだな」

 

 「友希那、大丈夫かな?アタシたちとしか話してるとこ見ないから、ちゃんとコミュニケーション取れるのかな?」

 

 「"音楽" という共通の話題があるから大丈夫だと思うぞ。それに、そんなに気になるならメンバーに入れてもらったらどうだ?」

 

 「…………………」

 

 

 オレのその提案にリサはコロッと表情を変え、重苦しいものとなった。

 いくらなんでも、突拍子もなさすぎたか。

 

 

 「すまん。忘れてくれ」

 

 「ううん。そうじゃなくてね……………」

 

 

 何が言いたそうに口をモゴモゴとするリサ。

 

 

 「その…………雄樹夜は、最近友希那と話してるのかなって思って」

 

 「さあな。オレも友希那も自分から話に行くようなタイプではないからな」

 

 「アタシは二人と話すからわかることなんだけどさ、二人とも、アタシに対してはお互いのことをよく話すんだよ?」

 

 「そうなのか」

 

 

 あの友希那がオレのことを…………?

 一体何を話すというのか。

 

 

 「雄樹夜は耳がいいから音の違いに気づいてくれるとか、才能があるのに勿体無いとか…………友希那は雄樹夜の事をずっと褒めるんだよ」

 

 「アイツがそんなことを……………」

 

 「なのになんで互いに話したりしないのかなって思って。喧嘩をしてるわけでもないのにさ………………」

 

 「まあ、機会があれば話してみる。今はアイツの音楽活動を陰ながら応援するつもりだ」

 

 「そっか。雄樹夜がそうするならもうアタシから言えることはないかな☆」

 

 「ああ。リサも友希那のことを支えてやってくれ」

 

 「うん!もちろんだよ!」

 

 

 友希那との会話。

 今のオレには少しハードルが高すぎる課題だな。




近いほど距離を遠く感じる。

雄樹夜さんは今まさにそんな感じなのでしょうか。


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第三曲 誤解

連日の投稿となります。


今回は雄樹夜さんと友希那さんの話になります。

雄樹夜さんが、少しキャラ変します。


 リサを家に送り届け、自宅へと戻ると時計の針はすでに21時を指していた。

 

 

 「ただいま」

 

 

 真っ暗な玄関に灯りをつけそう告げるも、誰も返事を返すことはない。 

 友希那も義父(とう)さんも部屋にいるはずだし、義母(かあ)さんはリビングでテレビを見ている頃だろう。

 義母さんには事前に晩御飯は済ませてくると通達済みだ。

 少し遅くはなったが叱られることはないだろう。

 

 洗面所にいくと、風呂から上がったばかりであろう友希那と顔を合わせる。

 服を着ていてくれたことが不幸中の幸いだ。

 せめて鍵でもかけてくれれば入ることはないんだが。

 

 

 「…………………」

 

 「…………………」

 

 

 目を合わせるだけで二人に沈黙の時間が流れる。

 ファミレスでリサは、友希那がオレのことをよく話すと言っていたが、今の眉間に皺がよったこの表情からは想像もつかない。

 明らかに嫌悪されてると言っていいだろう。

 

 

 「………………遅いじゃない」

 

 

 沈黙を破ったのは友希那だった。

 

 

 「リサと晩飯食べに行ってたんだ。本人に聞いたらわかる」

 

 

 オレはありのままの事実を話す。

 

 

 「別に疑ってなんかいないわ。二人が同じクラスになったことは知っているのだから」

 

 「一緒になれなくて残念だったな」

 

 「毎年(いつも)のことよ」

 

 「どうかな。以外にも来年は同じクラスになってるのかもしれないぞ」

 

 「まだ先の話よ。今日は疲れたからもう寝るわ」

 

 「ああ。おやすみ」

 

 

 友希那が部屋から出たことを確認し、服を脱ぎ、そのまま風呂へと入る。

 互いに話すこと自体久しぶりだが、それ以上に話しかけられた事に驚いた。

 新しい仲間と出会えて奴も気分が高揚しているんだろう。

 それは義理の兄妹として嬉しく思う。

 

 

 「そう言えば、氷川 紗夜にはオレが()()()()()と言ってしまったんだよな」

 

 

 CiRCLEでの会話を思い出しながら湯船に浸かる。

 オレと友希那はキョウダイであっても、実のところどっちが上でどっちが下かはハッキリしていない。

 オレが施設に預けられた時は、名前や血液型、生年月日など不明確なことが多く、両親が誰なのかすら判明していないのだ。

 "雄樹夜" と名付けたのは友希那の父でありオレの義父で、オレが施設に預けられてすぐに引き取ったという。

 親父がどうして施設に来たのか、また、どうしてオレを引き取ろうと思ったのか気にはなるが、聞かないようにはしている。

 いずれ義父から語られる時が来るその日までは──────。

 

 

 「まあ、実際どっちが上でどっちが下かなんてお互い気にしてないんだけどな」

 

 

 オレも友希那もあまり物事に興味を持つ方じゃないし、形式はどうであろうと構わない。

 ただ、リサ曰く『雄樹夜の方がお兄ちゃんっぽい』という理由からオレが兄と名乗っているだけというのが現状である。

 あまりにミステリアス。

 それが湊 雄樹夜という男の本性だ。

 

 

 「これをクラスメイトたちが知ったらどうなるだろうな」

 

 

 このことを知っているのは友希那とリサだけで、特に口止めしたわけではないが、二人は特に何も話していないらしい。

 湊雄樹夜は湊友希那のキョウダイ。

 その事実だけで十分と判断したんだろう。

 

 その気遣いに乗じてオレからも口外することは決してない。

 

 

 「さて。のぼせる前に、体を洗うか」

 

 

 独白も済んだところで、体を清める。

 シャンプーやトリートメントにこだわりも無いから義母に適当に買ってきてもらったやつを使っている。

 リサからは毎度しつこく、『いい匂いで気になるから、どこのメーカーか教えてくれ』と言われるが、このことを話すと必ず疑われてしまう。

 オシャレに気を使う女子高生は大変だと思い知らされるな。

 

 

 数十分後に風呂から上がり、携帯を起動させると同じ家にいるはずの友希那からメッセージが届いていた。

 

 

 『お風呂から出たら私の部屋に来て』

 

 

 眠いと言っていたはずなのにどうして…………。

 そんな不思議な気持ちを抱えそそくさと体を乾かし服を着る。

 

 

 

……………………

 

 

……………

 

 

 

 家の2階にある二つの部屋はオレと友希那で別れて使っている。

 昔はどちらか一方の部屋で遊んでは寝ていたりすることもあったが、今はもう互いの部屋の内装すら知らない。

 友希那の部屋に入るなんて、いつ以来なのかもわからないほどだ。

 

 一度深呼吸して、数回扉をノックする。

 

 

 「友希那。オレだ」

 

 

 そう扉越しに告げると、ガチャっとゆっくり扉が開く。

 

 

 「入って」

 

 

 友希那の言葉通りに部屋へと入る。

 やはりというべきか、あの頃と部屋の中身はまるで違っていた。

 数多くの音楽雑誌に有名バンドのポスター。

 紫を基調とした色合いは友希那らしさを物語っていた。

 

 

 「適当に座ってもらって構わないわ」

 

 「そうか。なら遠慮なく」

 

 

 オレは椅子に腰掛け、友希那はベッドに座る。

 机の上にはオリジナルの歌詞やそれぞれの楽器のコードが無造作に散らばっていた。

 夜な夜な物音が聞こえることはあったのだが、ここまで考えているとは。

 フェスの期限も近づき、友希那も本気なんだろう。

 

 

 「それで、話ってなんだ」

 

 

 世間話もなしに直球で質問する。

 

 

 「単刀直入に言うわ。あなたにも私のバンドに入ってほしい」

 

 「……………はっ?」

 

 

 あまりに唐突な発言にあっけらかんとしていると、友希那は更に言葉を続けた。

 

 

 「あなたの演奏力の高さは私が一番よく知っているわ。なのに何故音楽から離れているのか、私にはわからない。それを直接聞きたくて呼んだの」

 

 

 真剣な眼差しでそう問いかける友希那。

 友希那がこんなことを思っていてくれていたなんて嬉しくて仕方ないのだが、オレの考えはもう決まっている。

 

 

 「親父の無念を晴らす。そう臨んで演奏してきたが、オレにはその「覚悟」がなかった。楽器ひとつマスターするのに努力するのはもちろん、才能だって必要だ。オレには、どちらともなかったんだ」

 

 「どうしてそんなことが言えるの?そんなこと、わかるとは限らな──────」

 

 「わかるんだよ!!」

 

 「……………っ!」

 

 

 久々に出した大声に友希那は怯む。

 

 

 「音楽は嫌いではない。だが、義父さんのバンドを越えようだとか、頂点を目指すだとか、そんな大層な夢を抱けるほどオレは理想的な思考を持ち合わせていない。そんな奴は、オマエのバンドには不要だろ?」

 

 

 友希那は音楽に対して一切妥協しない。

 だからこそあれほどの歌声を "努力" で手に入れることができたんだろう。

 氷川 紗夜だってそうだ。

 一度しか演奏を聴いていないが、その音は "努力の結晶" と呼ぶべき音色だった。

 いずれ集うであろう他のメンバーだって同等の事をやって退けるだろう。

 

 だが、オレはどうだ?

 途中で投げ出して、友希那とだってまともに話すことすらできない。

 今まで罪悪感だとか言ってきたが、今話してそれは全くの別物だと言うことがよくわかった。

 奴に抱いていた感情。

 

 それは──────嫉妬。

 

 

 あの歌声に、あの情熱に、あの才能に、とてつもなく嫉妬していたんだ。

 今だからわかる。

 オレは人としてあまりにも最低だ。

 友希那にも義父さんにも頭が上がらない。

 

 何が恩返しだ。

 何が仇をとるだ。

 

 

 そんな言葉、恥ずかしくてとても言えたもんじゃない。

 

 

 友希那だってさぞ失望していることだろう。

 

 

 「…………………」

 

 

 ふと顔を上げると突如、友希那は無言で立ち上がり部屋を飛び出す。

 オレも急いで後を追うと、友希那が行き着いた先はオレの部屋だった。

 

 

 「じゃあ───────これは、何?」

 

 

 オレの部屋にあるのは、ギターやベース、ドラム、シンセサイザーと言った数々の楽器たち。

 棚にはコードや楽器の弾き方などの紙がまとまったファイルがびっしりと詰め込んでいて、友希那は何故かこのことを知っているかのようだった。

 

 

 「これが、努力していないと言ってる人の部屋かしら?」

 

 「それは…………昔の名残だ。もう、何年も触ってない」

 

 「嘘をつかないで」

 

 

 取り繕った言葉を並べるも、義妹はすぐに嘘だと見抜く。

 友希那はおもむろにギターを手に取るとコードをアンプへと差し、爪弾いた。

 

 

 「埃なんて一切かぶってないし、チューニングもしっかりしてる。キチンと手入れが行き届いている証拠よ。これでもあなたは音楽に対して情熱がないと言えるの?」

 

 「……………全く、友希那には敵わないな」

 

 「だからこそわからないわ。ここまでしているのに、どうして音楽を辞めてしまったの?」

 

 「立ち話もなんだ。今度はここで話さないか?」

 

 

 オレの提案に友希那は無言で頷いた。

 先ほどとは逆で友希那が椅子に、オレはベッドに腰掛ける。

 

 

 「こう見えて、友希那にバンドを誘われた時は本当に嬉しかった。それこそ、飛び跳ねそうになるほどな」

 

 「でも、入ってくれないんでしょう」

 

 「ああ。オレなんかよりもよっぽど適任な奴らがいるはずだ」

 

 「まるでそれが誰なのかわかっているような口ぶりね。それはずっと、ライブハウスに通い続けて探っていたとでも言うつもりかしら?」

 

 「なんだ、知っていたのか?」

 

 「当然よ。言葉を返すようだけど、私も嬉しかったのよ。アナタに私の歌声を聴いてもらえて」

 

 「そうか、驚いたな」

 

 「お互い様よ」

 

 

 久しぶりに話した本心と本心。

 互いの知らなかったことが次々と明かされる。

 

 

 「なら、今日CiRCLEに行ったことも知ってるんだな」

 

 「ええ。紗夜と何か話していたみたいだったけれど」

 

 「その通りだ。本人からも聴いたが、バンドを組むそうだな。奴なら友希那とだって吊り合うだろう」

 

 「だからこそアナタを誘ったのだけれど」

 

 「勘弁してくれ。オレには荷が重すぎる」

 

 「頑固ね」

 

 「当然だ」

 

 「今日CiRCLEに来たのは他にも目的があったからだと思うのだけれど?例えば、バイトの面接を受けに来たとか」

 

 「その通りだ。全く、情報源は一体誰なんだろうな」

 

 

 適当に言葉を濁すが思い当たる人物が一人しかいない。

 間違いなく、幼馴染(リサ)だろう。

 

 

 「何故あそこでバイトする事にしたの?」

 

 「色々なライブハウスにいったが、設備も立地も一番良かったのが理由の一つだ」

 

 「ふふっ、もう一つの理由は私のサポートをしたいって聞いたけど?」

 

 

 もう全ての情報が筒抜けらしい。

 別に口止めしてるわけでもなかったし、オレが怒ることは決してない。

 

 

 「まあ、些細な罪滅ぼしだとでも思ってくれ」

 

 「そんなこと思わないわ。でも、嬉しい」

 

 「そうか。なんだか、久しぶりの会話だとはとても思えないな」

 

 「アナタが一方的に遠ざけていただけでしょう。私は何も気にしていなかったのに」

 

 「他人の心なんてわからん。だが、こうしてオレの気持ちは伝えることができたんだ。今はその喜びを噛み締めるよ」

 

 「私も同じ気持ちよ。これからもよろしく」

 

 「ああ」

 

 

 オレの勘違いから始まった仲違いはこれで終戦を迎えた。

 時計を見ると跡少しで日付が変わろうとしていた。

 流石にここまで夜更かししていると明日の学校の授業に影響が出かねない。

 

 新学期早々に遅刻なんて目も当てられないからな。

 

 

 「それじゃあそろそろ寝るか」

 

 「ええ。そうしましょう」

 

 

 友希那は立ち上がり、自分の部屋へと歩みを進める。

 

 

 「雄樹夜」

 

 

 久しぶりに呼ばれたオレの名前。

 背を向けたまま小さくこう告げた。

 

 

 「明日は、リサと3人で一緒に登校しましょう」

 

 

 友希那からの提案にオレは断る理由はなかった。

 

 

 「そうだな。久しぶりに、3人で」

 

 

 そう約束を取り付け、友希那は小さく笑った。

 オレも言葉ではなく表情で返し、友希那は部屋へと戻る。

 

 

 (それにしても、今日は色々あった)

 

 

 誰もいなくなった部屋で一人心の中で呟く。

 携帯の電源を入れ、友希那にあれこれ入れ知恵をした張本人にメッセージを送る。

 

 

 『お陰様で友希那と和解できた。感謝している』

 

 

 口下手なオレから送る感謝の言葉。

 同じ時をずっと過ごした幼馴染にもきっと届いていることだろう。




本人にとって重要なことでも相手にとっては対して思っていないことなんてよくあることです。

だからこそ、人付き合いは難しい。


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第四曲 忠誠

連日連夜の投稿になります。

お気に入り登録、本当にありがとうございます。


あと2..3話は原作に沿って話が進むと思いますが、主人公の絡みで少々改変してるので読んでいただけると光栄です。


 迎えた次の日の朝。

 前日の夜ふかしの影響かいつもより体が重く感じる。

 このままでは今日の授業はずっと夢の中だ。

 

 

 「おはよう」

 

 

 そんな冗談を心の中で呟きながら、リビングへと降りそう告げる。

 テーブルの上には既に机の上に並べられていた。

 

 

 「おはよう。遅かったじゃない」

 

 

 友希那はもう制服に着替えていて、朝食も食べ終えていた。

 まだ登校まで時間はあると言うのに、どこか気合の入ったその姿勢に思わず笑ってしまう。

 

 

 「どうしたの?」

 

 「いや、なんでもない。気にしないでくれ」

 

 「そう。じゃあ、部屋で待ってるから」

 

 

 友希那はそう言い残し、食器を下げ部屋へと戻る。

 オレは誰もいなくなったテーブルに一人席につき、手を合わせ朝食を取る。

 テレビをつければ、朝のニュースが流れていてとあるバンドのインタビューが放送されていた。

 それは、今最も勢いのあるロックバンドで当然オレも友希那もこのグループの曲は何度も聴いたことがある。

 なんでも、当初は仲が悪く解散寸前まで追い込まれたことがあったらしい。 

 そこから互いの意見を尊重し、曲のイメージを融合することでここまで来れたとボーカルの人は語った。

 

 どのバンドにもそれ相応の生い立ちがある。

 友希那が組むバンドもそういった紆余曲折を乗り越えて成長していくことだろう。

 オレはそう確信している。

 

 

 朝食を食べ終え、身なりを整えてから友希那を呼び、玄関を出るとすでにリサは外で待っていた。

 

 

 「あっ、二人ともおはよう〜!」

 

 「おはよう、リサ」

 

 「待たせたな」

 

 「ううん、そんなことないよ。アタシも今来たところだしね☆」

 

 

 嬉しそうに話すリサ。

 3人で登校なんて小学生ぶりだからか、テンションが上がっているんだろう。

 

 

 「ここで体力使うと、学校まで持たないぞ」

 

 「だいじょーぶ!アタシ、結構スタミナには自信あるからね〜♪」

 

 「耳が痛い話だ。なあ、友希那」

 

 「必要最低限あればそれで十分よ」

 

 「もう、友希那はドライだな〜」

 

 「雄樹夜だってそうでしょう?」

 

 「……………まあそうだが」

 

 「あははっ!二人とも似すぎだって!」

 

 

 いつもに増してテンションが高いリサ。

 その笑顔を見てオレも友希那も小さく笑みを浮かべる。

 

 登校中、リサの口は閉ざされることなく話しあっという間に学校まで辿り着く。

 同じ制服の生徒たちがいる中、一人だけ少し違った制服を着た女の子が校門に立っていた。

 オレたちと目が合うや否や、颯爽と近づいてきた。

 

 

 「あのっ、友希那さん!お願いします!!」

 

 「またあなたなの」

 

 

 声をかけてきたのは身長150センチにも満たない小さな女の子で、その制服はオレたちが昔着ていた羽丘の中等部のものだ。

 制服を着ているから当初はわからなかったが、この顔に見覚えがあった。

 

 

 「あれ?あこじゃん」

 

 「知り合いなのか?」

 

 「うんっ。部活の後輩だよ」

 

 「お願いって言われているが、友希那。一体この子に何をお願いされているんだ?」

 

 「…………バンドに入れて欲しい、と」

 

 「なるほど」

 

 

 友希那が断り続けるわけだ。

 目を見ればわかるが、『誰にも負けない!』『一緒に演奏したい!』と言う思いがひしひしと伝わってくる。

 だが、そんな抽象的な感情だけで友希那は到底動かない。

 この子の為にもなんとか擁護してやりたいんだが……………。

 

 

 「あこ、ちょっとごめんね」

 

 「えっ?」

 

 

 リサはその子の鞄に手をかけ、数枚のドラムのスコアを取り出す。

 恐らく、相当練習してきたんだろう。

 もうボロボロだ。

 ただの言葉だけでなく、ちゃんと行動で示したこの小さな女の子に一度もチャンスを与えないなんてあまりにも酷い。

 その思い、しかと受け取ったぞ。

 

 

 「ねぇ友希那。あこは同じ部活だから知ってるけど、やる時はちゃんとやる子だよ?」

 

 「リサ姉……………」

 

 「オレからも頼む。きっと、この子は無駄にしないと思うぞ」

 

 「リサ、雄樹夜まで……………」

 

 「お願いします!一回だけ、一回だけでいいから演奏させてください!!」

 

 

 女の子はそう言い深々と頭を下げる。

 周囲を見ると、この一連の出来事は生徒たちの注目を大きく集めることとなったらしい。

 オレとしても、早く決断してもらいたいんだが。

 

 

 「はあ……………わかったわ。今日の放課後に一度だけ、セッションをする。それでダメだったら諦めてちょうだい」

 

 「は、はい!!」

 

 

 友希那が根負けする形でその提案を受け入れた。

 

 

 「オマエ、友希那のライブに何度も来てた子だろ?」

 

 「えっ?なんでそのことを?」

 

 「熱狂的なファンだということは、さっきの話を聞けばわかる。友希那と一緒に演奏したいと言うその願い、叶うといいな」

 

 「は、はい!頑張ります!」

 

 「意気込むのはいいが、もうすぐで時間だぞ?」

 

 

 オレが校舎の時計を指差すと、針はすでに8時25分を指していた。

 

 

 「……………あぁあ!!遅刻する〜!じゃあ、また後で!!」

 

 

 女の子はそう言い残し颯爽と去る。

 なんとも、慌ただしい子だ。

 友希那や氷川紗夜と対極と言える存在だろう。

 

 

 「なんか、唐突に決まったね」

 

 「ああ。だが、これでいい」

 

 

 あれほどの熱意があればきっと友希那も認めるはず。

 オレはそう確信している。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 そして迎えた放課後。

 眠い目を擦りながら受けた授業はとても辛かった。

 やはりこれからは平日は夜更かしせずに22時までに寝る事にしよう。

 高校生は8〜10時間は睡眠時間が必要と言われているらしいからな。

 

 校門でリサ、友希那、そしてあの女の子と合流し、CiRCLEへと向かう。

 道中、緊張しているのか女の子は話そうとせずリサはそれを宥めていた。

 オレも友希那も自らは口を開かずただ道を歩く。

 

 CiRCLEへとたどり着くと、制服姿の氷川紗夜がギターケースを抱え待っていた。

 オレたちを見ると、かなり驚いた表情を見せた。

 

 

 「あなたたちは………?」

 

 「初めまして!アタシは今井 リサ。友希那と雄樹夜の幼馴染で、今日は見学に来ました♪」

 

 「宇田川 あこです!今日はドラムのオーディションを受けに来ました!」

 

 「…………オーディション?」

 

 

 氷川紗夜の反応を察するに、今日の予定は全く聞かされていないようだ。

 

 

 「よお。また会ったな」

 

 「アナタもですか」

 

 「残念ながら、オレはただのバイトだ」

 

 「バイト?ここで働いているんですか?」

 

 「昨日からな。16時から予約の二名様、案内しよう」

 

 

 オレは四人を連れ、スタジオの一つを貸し出す。

 清掃もしっかりと行き届いており、四人で使うには十分すぎるほどのスペースがあるこの部屋で、いまからオーディションが行われる。

 宇田川あこは緊張のせいか、少し身震いさせていた。

 

 

 「二人で予約を取ったのに、勝手にこんなことしていいんですか?」

 

 

 氷川はオレに視線を送り、生真面目なセリフを吐く。

 

 

 「そのぐらいの融通は効くから安心して使ってくれ」

 

 「それならいいのですが」

 

 「一通りの準備は済ませてくれている。いつでも初めてくれて構わないぞ。じゃあ、健闘を祈る」

 

 

 仕事をしに戻ろうとするが、友希那がオレの腕を掴みそれを阻む。

 

 

 「アナタにも聴いてほしいの」

 

 「何故だ?このバンドのリーダーは友希那、オマエだろう?」

 

 「第三者として客観的に見てほしい。理由はそれだけよ」

 

 「……………わかった。一曲だけと言っていたしな」

 

 

 友希那からの提案を呑み、近くに置いてあった椅子に腰を下ろす。

 オレの合否によって、宇田川あこのこれからが決まるわけだ。

 責任重大だな。

 

 

 「3人で演奏するのですか?」

 

 「仕方ないことだわ。このまま──────」

 

 「あ、あのさっ!」

 

 

 リサが突如大きな声を出す。

 

 

 「アタシが、ベース弾いちゃダメかな?」

 

 

 リサの言葉に周囲全員が驚く。

 オレ自身、リサがこのようなことを言うとは思わず目を丸くする。

 確かに昔弾いてはいたが、もう何年も触っていないはずだ。

 練習を積み重ねている宇田川あことは違い、リサはぶっつけの本番。

 当然、この提案は受け入れられないだろう。

 

 

 「リサ、これは遊びじゃないのよ?」

 

 「わかってるけど……………でも、あこがテストするのにギターと歌声だけじゃあ採点しづらいんじゃないのかな?ねっ、雄樹夜?」

 

 

 リサはそう言うと、懇願するような熱視線をオレに送る。

 私情に流されるわけではないが、オレは事実を口にする。

 

 

 「確かにそうだな。ベースの音があれば、リズム隊として総合的な評価ができる。それに、リサだって全くの初心者じゃないんだ。譜面通りには弾けるんじゃないか?」

 

 「…………そうね。わかったわ。リサ、お願いしていいかしら?」

 

 「う、うん!ベース借りてくるねっ!」

 

 

 リサは駆け足でスタジオを後にし、すぐさま帰還する。

 

 

 「ただいま!いつでもいけるよ☆」

 

 

 準備万端、といった感じでVサインをするリサ。

 その様子に氷川紗夜はどこか表情を曇らせる。

 

 

 「湊さん、本当にいいんですか?」

 

 「構わないわ。決してリサのテストではないのだから」

 

 「しかし……………」

 

 

 友希那の言葉にもまだ納得しない様子。

 

 

 「安心しろ。リサの実力ならオレが保証する」

 

 「…………こんなことを言ってはなんですが、アナタに一体何がわかると言うのですか?この前のライブの時といい、私にはよくわからないのですが」

 

 「確かに、もっともな意見だな」

 

 

 これ以上オレからは口にくることはできない。

 そう考え友希那に視線を送ったが、奴もそれを察知したようだ。

 

 

 「雄樹夜は、()()()()()()()()()なの」

 

 「特別な、聴覚?」

 

 「そう。彼は "絶対音感" を持っている」

 

 「ねえねえ、リサ姉。絶対音感って?」

 

 「簡単に言うと、その音を聴いた時にそれがなんの音なのかわかる能力だよ。例えば──────」

 

 

 リサが鍵盤に手をやると同時に、オレは後ろを向きキーボードから視界を逸らす。

 鍵盤の音が鳴ると同時に、オレはその音を即座に解答する。

 

 

 「"レ" だな」

 

 「正解!じゃあ次は…………」

 

 

 難易度を上げようと、リサは複数の音を奏でる。

 

 

 「"ファ"、"ソ♯" 、それに "ラ♯" だな」

 

 「すごい!全問正解!」

 

 「紗夜、アナタには今のがわかったかしら?」

 

 「最初なら…………これは認めざるを得ないですね」

 

 「音階までは解らずとも、“音が違う" と感じれることは誰にだってできることだ。氷川紗夜、オマエはいい耳を持っている」

 

 「フルネームはやめてください。紗夜で構いませんので」

 

 「あこもあこでいいですよ!雄樹夜さん!」

 

 「そうか。なら、そう呼ばせてもらおう」

 

 

 オーディションの前に随分と和やかな雰囲気になった。

 これで本来の力を出せるのなら本望だが。

 

 

 「気を取り直して、いくわよ」

 

 

 友希那の掛け声と共に演奏が始まる。

 即興バンドにしては上々すぎる出来栄えで、演奏をしている四人とも "何か" を感じているのだろう。

 挙動に、表情に、そして音に。

 久方ぶりであろうセッションを今、この四人は楽しんでいるのだ。

 

 5分もすればその時間は終わりを迎え、皆息を切らしていた。

 

 

 「……………………」

 

 「……………………」

 

 

 突如無言になる友希那と紗夜。

 その様子をオーディションの合否を待つあこがそっと覗く。

 

 

 「あの…………あこってバンドに入れないんですか?」

 

 「そ、そうだったわね。雄樹夜、アナタの意見を聞かせてちょうだい」

 

 「言うまでもない。合格だろう」

 

 「いやったぁーーーっ!!」

 

 

 憧れのバンドに入ることができてあこは腕を大きく上げながら飛び跳ね、喜びを爆発させている。

 オレの予想は的中したようだ。

 リサも役目を終えたからか、フゥッと息を吐き呼吸を整える。

 

 

 「おつかれ」

 

 「ありがと〜!いやー、緊張したー」

 

 「密かに練習してたような演奏だったな、リサ」

 

 「ええっ!?ほ、ほんとうに何もしてないんだよ?」

 

 「なあ友希那。オレから提案がある」

 

 「何かしら?」

 

 「あこもリサも実力的に申し分なかった。二人をオマエたちのバンドに加えるのはどうだ?」

 

 「そ、それは…………」

 

 「ちょちょっ!ちょっと待ってよ!!いきなりすぎてアタシ、何がなんだか…………」

 

 「下手に違うベーシストを探すよりオレはこっちの方がよっぽどしっくりくると思うぞ。それほどリサはこのグループの音に合っていた」

 

 「確かに、今の曲に限ればそうだったかもしれないわね」

 

 「湊さん?」

 

 「ただ、足りないところもある。それは雄樹夜もわかっていることでしょう?」

 

 「当然。それを踏まえてあことリサはこれからもっと成長すると予測する。入れるか入れないかはリーダーであるオマエが決めればいい」

 

 

 最終的な判断は友希那に任せる。

 オレとしては温情のある采配を期待したいんだが、今の友希那が情に流されるかどうか五分五分といったところだろう。

 

 

 「…………二人とも、技術が足りないと思ったら抜けてもらうから覚悟しなさい」

 

 「う、うんっ!」

 

 「わかりました!!」

 

 「決まりだな」

 

 

 結末を見るや否や、オレはスタジオを後にし仕事へと戻る。

 今日は友希那たち以外にも数多くのバンドがここを利用しにやってくる手筈だ。

 セッティングに妥協はしない。

 

 

 

………………………

 

 

……………

 

 

 

 「すみません。喉が渇いたので飲み物を買ってきます」

 

 「いってらっしゃーい♪」

 

 

 これまで多くの人とセッションしてきたけれど、これほど手応えを感じたことは一度たりともない。

 圧倒的な湊さんの歌声、未熟ながらも一定の音を奏でる宇田川さんと今井さん。

 二人がもっとレベルアップすれば『FUTURE WORLD FES.』に出ることだって夢じゃない。

 

 あとはキーボードさえいれば──────。

 

 

 「………………?あれは………………」

 

 

 自動販売機で飲み物を買った直後、別のスタジオの扉が開いていることが気になり覗いてみると、そこには楽器をセッティングする湊くんの姿が見えた。

 さっきの絶対音感といい、あの口ぶりといい、独特な雰囲気を持つ彼に私は興味を抱いていた。

 

 

 「あれは、キーボード?」

 

 

 キーボードの前に仁王立ちになる彼。

 何やら小声でボソボソと言っていて、それを聞き取る為に耳を傾ける。

 

 

 「紗夜(ギター)リサ(ベース)あこ(ドラム)が揃った。あとは、キーボード(コイツ)か」

 

 「何をしようとしてるのかしら?」

 

 「コイツを完璧に弾ける奴が現れれば、あのバンドは完璧になる」

 

 

 指を鍵盤に置き、さっきまで私たちが演奏していた曲をいとも簡単に弾いてみせる。

 

 

 「こ、これは……………!?」

 

 

 抑揚やリズムを体全体で調節し、音を遥か彼方まで飛ばすように乗せる。

 まるで超一流のピアニストがコンサートで演奏しているような、それほどの迫力を彼から感じた。

 一通り引き終わると、額の汗を拭い衝撃の一言を呟いた。

 

 

 「………………所詮、この程度か」

 

 (あれだけの演奏をして、満足できないとでもいうの!?)

 

 

 湊くんの目指すものは頂点────いや、その先をいく前人未到の領域か。

 やはり彼も湊さんのキョウダイなだけのことはある。

 底知れぬ能力。

 素晴らしいセンス。

 積み重ねてきた努力。

 このバンドに欠けていたピースが今当てはまった。

 しかし───────

 

 

 「やはり、オレには "()()" ()()()

 

 

 彼は何事もなかったかのようにその場から離れ清掃へと取り掛かる。

 湊さんと同等の意識の高さ。

 完璧なんて超越してしまうほどの可能性に私は驚愕してしまったけれど、ひとつ気がかりなことがあった。

 

 

 (才能がないって、どう言う意味…………?)

 

 

 また本人にでも訊いてみれば良い。

 そう自分に言い聞かせて練習へと戻る。




いかがだったでしょうか?

近々、雄樹夜さんのスペック等々を紹介できたらと思います。


最後になりますが、評価、感想、お気に入り登録よろしくお願いします


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第五曲 臆病

以前話した通り、雄樹夜さんのプロフィールを載せておきます。

湊 雄樹夜
CV 諏訪部順一さん(黒◯スの青峰みたいな?)
身長 179cm
体重 67kg
誕生日 No Date(仮日で7月11日)
星座 No Date (仮日で蟹座)
好きな食べ物 ビーフシチュー
苦手な食べ物 グレープフルーツ
趣味 バイト、読書


 あことリサがバンドのメンバーに加入したその日の夜。

 今日はリサの両親が共に仕事で帰るのが遅いそうで、急遽リサの家で晩ごはんをご馳走してもらうことになった。

 リサはああみえて家事スキルが異様に高く、彼女が手がけるお菓子は絶品という言葉しか思い浮かばない。

 もちろん、お菓子作りだけでなく極普通の料理もプロ並みだ。

 

 対して、"孤高の歌姫" との呼び声も高い友希那だが、こういったことはリサの足元にも及ばない。

 オレも人のことを言える立場ではないが、最低限卵焼きは作れる。

 友希那はそれすら自分でできないとだけ言っておこう。

 

 

 「二人とも〜、お待たせ〜」

 

 

 エプロン姿のリサがキッチンから姿を見せ、料理を運んでくる。

 リクエストに応えると言われ、友希那はなんでも良いと言った為オレはビーフシチューを選択した。

 トロトロに煮込まれた野菜と牛肉に加え、酸味が強いデミグラスソースが食欲をそそる至極の一品。

 これは、オレの最も好きなメニューでもありリサも当然熟知している。

 サラダも添えられ、食卓に夕食が全て並んだ。

 

 

 「作ってくれてありがとう。リサ」

 

 「どういたしまして♪」

 

 「とても美味しいわ」

 

 

 バンドの練習直後だというのに、これほどの料理を作れるとはさすがという一言に尽きる。

 これほど料理の上手い娘がいて、リサの両親もさぞ鼻が高いことだろう。

 

 

 「おかわりもあるからジャンジャン食べてね〜」

 

 「そうさせてもらう」

 

 

 普段運動しないから腹八分目程度に治めるように心がけているのだが、リサの料理の前だとつい食べすぎてしまう。

 それほど絶品ということだな。

 

 

 「それにしても、メンバーがとうとう4人も集まったんだな」

 

 「ええ。あとは一人」

 

 「キーボードかぁ。アタシの友達に弾けるのいたかなぁ?」

 

 

 楽しい会話の中心はやはり音楽。

 これから本格始動する為にも、キーボードを弾ける人材は早めに見つけ出したいところだな。

 

 

 「雄樹夜はいろんなライブハウスで演奏を観てきたのよね?」

 

 「ああ」

 

 「誰か良さそうな子はいなかったの?」

 

 

 そう訊かれると思い、オレの脳内でこのグループに見合う人を探ってみたが、どれも当てはまらなかった。

 求める条件としては、オレたちと歳が近く、あまり自己主張をしないのが望ましい。

 あまり我が強いと、友希那や紗夜と衝突しかねないからな。

 

 

 「残念だが居そうにない。手当たり次第に声をかけてみるしかないだろう」

 

 「そっかー。やっぱりそう簡単に見つかるわけないよね〜」

 

 「せっかくまりなさんからイベントに誘われたんだから、妥協はしたくないわ」

 

 

 これは数時間前の出来事である。

 四人の練習が終わり、次回の予約を取っているとまりなさんから依頼を受けた。

 それが、とあるイベントのライブ出演だ。

 この地区では登竜門と呼ばれているそのイベントは、メジャーのスカウトも来るという噂まである。

 そんな大事なライブに招待されたのは偏に友希那の存在があってこそだろう。

 

 断る理由もなく承諾したものの、キーボードを弾ける人探しが急務となってしまったのだ。

 加えて、ライブまで残り日数が少ない中、演奏の練習もしなくてはならない。

 ハッキリ言って、友希那たち四人は手が離せない状況にある。

 

 

 「オレもまりなさんに心当たりがあるか訊いてはみるが、あてにはしないでくれ」

 

 

 一応オレの頭の中にはいくつか探す手段は思いついている。

 一つはネット上にある、いわゆる『弾いてみた』動画だ。

 今では素人でも手軽に、自分の実力を世に知らしめることができるのだが、相手は匿名な上にどこに住んでる誰かすらわからない。

 本人に訊くことも可能だが、それが真実とも限らないのがネットの怖いところの一つと言える。

 これはあまり現実的とは言えない。

 もう一つが、既にバンドに所属している人を引き抜くことなんだが、これも不可能に近い。

 結局、人伝で探すしかないのだが完全に "運頼み" だ。

 課金をすることで無限に挑戦できるソーシャルゲームとでは効率という面で雲泥の差があるのは明白だろう。

 

 

 (さて、どうしたものか…………)

 

 

 3人で腕を組み打開策を考えていると、オレの携帯に着信が入る。

 相手はあこからだった。

 

 

 「もしもし」

 

 『ああー雄樹夜さん!!キーボード弾ける人、見つかりました!!』

 

 「ほんとうか」

 

 

 あこの発言に驚き、思わず席を立つ。

 

 

 『はい!りんり……………じゃなくて、本人の言質も取れてます!』

 

 「でかしたぞ、あこ。それでその相手の名前は?」

 

 

 過去にCiRCLEで利用した客ならば、どれほどの実力があるのかまりなさんに聞けばすぐわかる。

 そう思って訪ねてみたのだが、オレの予想とはまた違った人物の名が上がった。

 

 

 『えっと、白金 燐子です!りんりんって呼んであげてください!』

 

 「白金……………燐子……………?」

 

 

 どこか聞き覚えのあるその名前に違和感を覚える。

 しかし、そいつはCiRCLEとは全くの無関係と断言できる。

 

 

 「とりあえず友希那に確認する。その子の返事はまた後で連絡するから待っててくれ」

 

 『わかりました!』

 

 

 あこにそう言い残し電話を切る。

 それと同時に "白金 燐子" という名前をネットで検索してみる。

 ……………どうやら、かなりの有名人だったそうだ。

 

 

 「雄樹夜?」

 

 「あこからキーボードを弾ける奴が見つかったと連絡が入った。友希那、最終的な判断はオマエに任せるが、コイツ、かなりやるぞ」

 

 

 オレは携帯の画面を友希那とリサに見せる。

 それは、ネットに上がっていた10年ほど前の映像。

 その音色は子供が奏でるにはあまりに繊細で、心地よさすら感じるものだった。

 白金 燐子という名前に聞き覚えがあったのは、オレもかつて同じピアノのコンクールに出たことがあったからだ。

 当時はまだオレも幼く音も拙かったが、コイツの演奏レベルは同世代の中では群を抜いていたと記憶している。

 

 私情ではあるが、今のコイツの音を聴いてみたい。

 きっと、友希那も気に入るはずだ。

 

 

 「どうだ?」

 

 「そうね……………あまりにも前だから判断はできかねないけど、試してみる価値はあると思うわ」

 

 「なら決まりだ。すぐにあこに伝えよう」

 

 

 友希那の許可もとれ、一度オーディションをするということと課題曲となるコードを共に送信する。

 

 

 「雄樹夜、随分と嬉しそうね」

 

 「そうか?」

 

 「うんうんっ。なんか、いつもより活気で溢れてるみたいだよ」

 

 「そうなのか」

 

 

 他人から見ればそう見えるのか。

 しかし、まるでオレが普段から沈滞しているような口ぶりなのは気のせいなのだろうか。

 

 

 「でもまあ、見つかってよかったじゃん!」

 

 「けれど、こんな短期間で人が集まるなんて異常よ。いくら雄樹夜の勧めでも、そう簡単にメンバーに入れるつもりはないわ」

 

 「オマエはそれでいい。白金 燐子は必ずやってくれるはずだ」

 

 

 かつての天才にそんな期待を寄せる。

 願わくば、これでメンバーが決まって欲しいものだな。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 そして迎えたオーディションの日。

 四人は更なる練習を積み重ね、各々の技術は間違いなく上がっている。

 果たして白金 燐子はそのレベルに到達しているのか、見ものだな。

 

 いつも通りCiRCLEで紗夜と待ち合わせていると、そばにはもう一人、見かけない女生徒の姿があった。

 

 

 「あっ、いたいた!りんり〜ん!」

 

 

 あこが笑顔で手を振る先に、奴はいた。

 

 

 「は、はじめまして…………………白金……………燐子、です……………」

 

 

 白金 燐子途切れ途切れに自己紹介し深々と頭を下げるその姿は、オレの求める条件にピッタリだ。

 

 

 「へぇ〜、紗夜と同じ高校だったんだね☆」

 

 「ええ。クラスメイトです。話したことはありませんが」

 

 「……………それ、クラスメイトと言えるのか?」

 

 「そんなことはどうだっていいわ。燐子さん。課題曲はあなたに合ってたかしら?」

 

 「わ、わたし………………たくさん、練習……………しました」

 

 「そう。期待に応えてくれることを祈ってるわ」

 

 

 一度話してみただけでは判断できないだろうが、友希那は不安がっているのは確かだ。

 四人はスタジオへと向かい、白金 燐子が一人になるや否やオレは声をかけてみる。

 

 

 「白金 燐子」

 

 「は、はい……………!」

 

 「そんなに怯えなくていい。オレは湊 雄樹夜。友希那のキョウダイだ」

 

 「そ…………そうだったん、ですね……………」

 

 「オマエの演奏は過去の動画で何度も聴かせてもらった。素晴らしいと言う他ないクオリティだ」

 

 「あ、ありがとう………………ございます……………」

 

 「いつも通りの演奏さえできればきっと友希那は認めるはずだ。まあ、頑張ってくれ」

 

 「は……………はいっ……………!あと…………燐子で……………いい、ですよ……………?」

 

 「わかった。オレのことも雄樹夜と気軽に呼んでくれ」

 

 

 四人に遅れてオレたちもスタジオへと入る。

 あこの時と同様、オーディションは一曲のみ。

 オレと友希那の判断で合否が確定する。

 

 

 「燐子さん、準備はいいかしら?」

 

 「は……………はい…………」

 

 

 白金 燐子の伴奏で曲が始まる。

 すると今までになかった新たな音、それもかなりハイレベルな音が加わり曲の印象もガラリと変えてしまった。

 この演奏で心が昂らない奴はいない。

 他の四人はあの時と同じ "何か" を感じていることだろう。

 

 演奏が終わり、全員がオレの方へ顔を向ける。

 そんな

 

 

 「ブラボー。ライブ本番なら、スタンディングオベーション間違いなしだろう」

 

 

 演奏者たちに拍手という形で讃えた。

 オレから送る心からの賛辞。

 これで友希那のバンドは完成したと言ってもいいだろう。

 

 

 「技術も表現力も完璧だったわ。燐子、ぜひ加入して」

 

 「は………………はい……………!」

 

 「やったーー!おめでとう!りんりん!!」

 

 

 どうやら友希那もその実力を高く評価したらしい。

 友達の合格にあこも大喜びなようだ。

 しかしその一方で不満のある人もいるようで───────。

 

 

 「白金さん、確かにあなたの演奏は素晴らしかったわ」

 

 「あ、ありがとう……………ございます…………」

 

 「けれど─────あなたより優れた演奏をする人を、私は知っているわ」

 

 「えっ………………?」

 

 

 白金 燐子だけじゃない。発言者の紗夜以外の全員が驚く。

 一体その人物とは誰なのか。

 それは、紗夜の目線の先にいた。

 

 

 「湊くん」

 

 「なんだ」

 

 「今の曲を演奏することはできますか?」

 

 「可能だが、何故オレなんだ。理由(わけ)も言わずに演奏させようなんて思ってないだろうな?」

 

 

 恐らくだが、オレが別室のキーボードをセッティングしている時に偶然それを耳にしてしまったんだろう。

 紗夜を責めるつもりはない。

 全てはオレが原因だからな。

 

 

 「白金さんは確かにすごかった。けれど、あなたの音の方がもっと重厚感があったというか…………単体で聴くにはもったいないと思ってしまったんです」

 

 「なるほどな。だが、貴重な練習時間を割いてまですることか?他のメンバーは白金 燐子の演奏で満足していたように見えたが」

 

 「構わないわ」

 

 

 ここで友希那が割って入る。

 

 

 「もう一度やりましょう。今度は雄樹夜、あなたがキーボードを弾きなさい」

 

 「いいだろう」

 

 

 こんな展開になるとは思っていなかったがオレの意志は決まっている。

 

 オレは─────バンドに入る気なんて一切ない。

 

 もう一度同じ曲を弾いてみるも、オレは一定の音程を保つだけでそれ以上のことは何もしなかった。

 白金 燐子の方が優れていると証明するために。

 先ほどの演奏をより際立たせるように。

 

 演奏を終えると、オレは真っ先にキーボードから離れパイプ椅子へと腰を下ろした。

 他のメンバーの表情を見ると明らかで、燐子の時とは雲泥の差があった。

 

 

 「これでわかっただろ。オレにはこのバンドのキーボードに任命なれるほどの実力はない」

 

 「そのようね」

 

 「雄樹夜…………」

 

 「雄樹夜さん……………」

 

 「……………わ、私は納得できません!あなた、()()()下手な演奏をしましたよね!?」

 

 

 強い口調でそういいながら、眼前まで距離を詰めてきた。

 その真剣な眼差しは、紛れもない、オレへの怒りに満ちていた。

 

 

 「残念だが、全てはオマエの買い被りだ。このバンドには燐子の方が合っている。これが現実だ」

 

 

 手を抜いたのは事実だし、嘘もついた。

 このことについてはちゃんと謝らなければならないのだが、状況が状況だ。

 ここでこちらも引き下がるわけにはいかない。

 

 

 「…………以前あなたはこう言いました。『自分には才能がない』と。先ほどの演奏と、この言葉には何か関係があるんですか?」

 

 「っ!」

 

 

 どうやらあの時の一部始終を見ていたらしい。

 全てはオレの不注意から始まったことなんだが、あの時のオレはどうかしていた。

 

 四人の演奏を聴いて、オレも一緒になって弾いてみたいと思ってしまったなんて─────。

 

 

 だが、このバンドには既に白金 燐子という素晴らしいキーボードの演奏者が現れた。

 もうオレの出る幕はない。

 湊 雄樹夜はただのスタジオスタッフなのだから。

 

 

 「………………オレにだって譲れないものがある」

 

 「しかし……………!!」

 

 「紗夜。もう諦めてちょうだい。私のバンドに、やる気のない人はいらないの」

 

 「………………わかりました。もうこのような愚行は二度としません。白金さん、私の勝手でこのようなことになってしまいすみません」

 

 「い………………いえ、私も……………頑張る、ので………………」

 

 

 友希那のおかげでなんとか収拾がついた。

 

 

 「湊くん」

 

 

 しかし、紗夜はオレを睨みつけるのをやめない。

 

 

 「あなたには──────失望しました」

 

 

 怒りの表情を浮かべると共に、その鋭い瞳からは、つぅっと涙が溢れた。

 オレは何も言わず立ち上がるとスタジオを飛び出し、ライブハウスからも離れ姿をくらました。

 

 これが、オレのやりたかったことなのだろうか。

 

 

 

 今となっては、もう後悔しかない。




人は必ず後悔をする。

ああすればよかった、こうすればよかったと過去を掘り返す。


そんな中でも、未来を見据えることを忘れてはならない。

これまでの失敗を踏まえこれからを考えることこそ、とても大切なことである。



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第六曲 雨女

そろそろオリジナルも組み込んでいきます。

それまでどうかお付き合いください


 友希那のバンドもとうとう5人が揃った。

 音楽以外には無頓着な奴だと思ったが、意外にもメンバーとの関係は良好らしい。

 それはキョウダイとして非常に喜ばしい事なんだが、オレには一つ問題があって…………。

 

 

 「お疲れ、紗夜」

 

 「…………………」

 

 

 友希那のギタリストにとてつもなく嫌われてしまったということだ。

 オレがバイトの最中、さりげなく声をかけるも、あの日以来一度たりとも返事を返してくれたことがない。 

 

 まあ、悪いのは全てオレなんだが。

 

 

 「雄樹夜ー、完全に嫌われちゃったね〜」

 

 「らしいな」

 

 

 幼馴染のリサはオレを励ますように肩をポンポンと優しく叩く。

 

 

 「雄樹夜さん、落ち込んでないですか?あこのお菓子、食べます?

 

 「あの………………お話し、聞き……………ますよ?」

 

 

 あこも燐子もどうやら察してくれたらしい。

 オレとしては友希那のバンドがうまくいきさえすればそれでいいんだが、友希那がそれを許そうとしない。

 

 

 「雄樹夜。いい加減仲直りしたらどうなの?」

 

 「その方法がわからないから困ってるんだ。謝って済む問題じゃないからな」

 

 

 どうしていいかわからず後頭部をかく。

 紗夜が怒っているのはきっと、オレが妥協した音を奏でてしまったからだ。

 自らを陥れるような演奏をして、それが紗夜の逆鱗に触れてしまったんだろう。

 

 もちろん、オレがこんな愚行をしたことにはちゃんと理由がある。

 それを話そうと考えているのだが、紗夜がそれを受け付けようとしてくれない。

 この状況はさながら、A○フィールドをいく層にも展開されてしまったと言っても過言じゃない。

 

 もう完全に手詰まりだ。

 

 

 「今日のバイトは何時に終わるの?」

 

 「19時だ」

 

 

 今の時刻は18時半。

 あと少しすれば上がれる時間だ。

 

 

 「もう少しね。もう練習は終わったからここで待っているわ。3人とも、帰っていいわよ」

 

 「はいっ!お疲れ様でしたー!」

 

 「おつかれさま……………です」

 

 「アタシもこのあと時間があるし、残っていいかな?」

 

 「ごめんなさい。今日は二人で話がしたいの」

 

 「そっか……………わかった!あまり遅くならないようにね」

 

 「ええ」

 

 

 3人はCiRCLEを後にし、友希那だけが残り、カバンから紙とペンを取り出した。

 どうやらオレのバイトが終わるまでの間、新しい曲の作詞をしているらしい。

 

 

 「友希那は帰らないのか?」

 

 「そうよ」

 

 「話すなら家でもいいだろ。何故わざわざオレを待つ必要がある?」

 

 「あなたと二人で帰りたいという理由の他に何かあると思う?」

 

 「…………………そうか」

 

 

 なんとも雑な理由だが、オレは特に気にすることもなく仕事を続ける。

 

 

 

…………………

 

 

…………

 

 

 

 「待たせたな」

 

 「行きましょう」

 

 

 CiRCLEを出る頃には辺りはすっかり暗くなっていた。

 昔はお化けが出るとか言って怖がっていた友希那だが、今はその面影すらない。

 リサも同類が、今でも怪談話は苦手なそうだ。

 

 

 「バイトの方は順調かしら?」

 

 「ああ。なんとか覚えてやれている」

 

 「そう」

 

 「そっちはどうなんだ?」

 

 「あこもリサもどんどん上手くなっているわ。燐子も元が良いから申し分ない。ただ…………」

 

 

 唯一名前が上がらなかった紗夜に関しては何か思い当たる節があるみたいな口振りだ。

 

 

 「紗夜は、確かにリズムもテンポも正確よ。ここにいる誰よりも。だけど、「彼女らしい音」はまだ聴いたことがない」

 

 「紗夜らしい音?」

 

 「人には特有のリズムがある。それを音に乗せることで曲自体に抑揚がついたり、演奏者の個性が現れる」

 

 「けどそれがあいつにはないのか」

 

 「そう。まるでロボットが演奏しているような。そんな印象を受けるの」

 

 

 本来、奏でる音が一定ならばボーカルとしてこれほど頼りになることはないだろう。

 しかし、友希那の求めるレベルはそれを遥かに凌駕する。

 安定した音を出すことは最低限。

 友希那の歌声に合わせて、自分らしい音を奏でる事こそがこのバンドに必要なのだ。

 

 

 「まさか紗夜がこんなところで躓くとは思わなかった」

 

 「長年染み付いたクセはなかなか取れない。けれど、彼女ならなんとかするはずよ」

 

 

 酷く具体性から外れてはいるが、それほど信頼しているんだろう。

 紗夜の奏でる音に影響しないように、オレもどうにかして関係を修復する必要がありそうだ。

 

 

 「話は変わるけれど、バンド名が決まったわ」 

 

 「そうか。遂にだな」

 

 「まだ誰にも話してないのだけれど」

 

 「なら、先にメンバーに──────」

 

 「あなたに、最初に伝えたかったの」

 

 

 どうやら友希那の目的はこれだったらしい。

 真剣な眼差しがそう告げている。

 

 

 「わかった。聞こう。名前はなんだ?」

 

 「バンド名は────────Roselia」

 

 「Roselia?何かの言葉の組み合わせか?」

 

 「薔薇の "Rose" と椿の "Camellia" からとったわ。特に、青い薔薇…………そんなイメージだから……………」

 

 

 青い薔薇、花言葉は『不可能を成し遂げる』。

 なるほど、友希那たちのバンドにふさわしい名前だと言えるな」

 

 

 「いいんじゃないか?覚えやすいし、何よりオマエたちに合っている」

 

 「ありがとう」

 

 

 友希那は小さく微笑みながら言う。

 "Roselia" という名前がこれから世に知れ渡ることになるのは、まだ先の話。

 今はまだ小さな蕾でも、いずれきっと絢爛な花を咲かせることになるだろう。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 あれからしばらく経つがオレたちの関係はずっと停滞したまま。

 スタジオスタッフとそれを利用する客という以上に発展することは決してなかった。

 まるで、窓に映る曇り空のように心は(かげ)り、半ば諦めてすらいる自分がいる。

 

 

 「ユッキーユッキー」

 

 

 頭を抱えるオレの狭い視界に、ひょこっと日菜の顔が映る。

 

 

 「何か用か?」

 

 「ユッキーって、おねーちゃんとバンドを組んでるってホント〜?」

 

 「断じて違う。オレはあくまでスタジオスタッフだ。組んでいるのは、リサや友希那だ」

 

 「でもでも、おねーちゃんのことは知ってるんだよね?」

 

 「まあな。それがどうかしたのか?」

 

 

 何か知りたげな様子の日菜。

 恐らく紗夜関連だろうが、奴のことを訊きたいのは逆にこっちだ。

 

 

 「最近ね "ピタッ" としてて、 "んー" ってなってる事が多いんだぁ」

 

 「待て待て、もっとわかりやすく説明してくれ」

 

 「それで、ユッキーなら何か知ってるのかなーって思って」

 

 「……………オレの話は聞こえてないのか?」

 

 

 独特な言い回しに思考が追いつかない。

 要するに、いつもの紗夜とは違う、と言いたいのだろうか?

 いつもテストで一位を取ってる才女のくせに、こういった日常会話はてんでダメだ。

 

 

 「さあな。そういうことはリサに訊いた方がいいんじゃないか?」

 

 「でも、リサちーからはユッキーに訊いた方がいいって」

 

  

 日菜のその言葉に、リサの方を向く。

 オレの視線を察知したのか、目が合うと両手を合わせ『ゴメンっ!』と言わんばかりのポーズをとる。

 どうやらリサ自身も紗夜のことはわかっていない様子だ。

小さくため息をつき、手を握り親指を立てグッドのサインをリサに送りこの無言の会話を集結させる。

 

 

 「おそらくだが、オレが関与してる可能性はある」

 

 「なになにっ!?教えて教えて!!」

 

 「わかった。わかったから落ち着け」

 

 

 机に乗り出し、オレの顔日菜の顔がゼロ距離付近にまで近づくと肩を掴み引き離す。

 日菜は空席であるオレの前の椅子に腰を下ろし、目をキラキラとさせながら話を訊く姿勢をとる。

 

 

 「そうだな、まずは────────」

 

 

 オレは以前の出来事を語る。

 日菜は怒ることも、悲しむこともなくただオレの話を真剣に聞いていた。

 全て話し終えるといつもの調子で口を開いた。

 

 

 「完っ璧にユッキーが悪い!」

 

 「だろうな」

 

 

 分かりきっていたことだが、日菜にさえこうもハッキリ言われるとは。

 ここまでくると、例え日本全国民に同じ質問をしてもオレを擁護する声は一切ないとすら思える。

 

 

 「でも、そこまで怒るほどのことなのかなー?」

 

 「どういう意味だ?」

 

 「確かにユッキーが悪いけど、それだけでおねーちゃんは本気で怒らないと思うなーって」

 

 

 姉妹ならではの勘、というやつか。

 だが、肝心の理由がわからなければ意味がない。

 

 

 「なあ、家ではどんな感じなんだ?」

 

 「あたしもおねーちゃんとはあんまり話さないからな〜………………でも、この前は『ギターを弾きたくない』って言って部屋を追い出されたよ」

 

 「あの紗夜がそんなことを…………」

 

 

 恐らく紗夜は全体の練習以外でも家でも相当個人練習を積んでいるんだろう。

 あの音を聴けば、容易に想像がつく。

 そんな練習の鬼がギターを投げ出し、挙句の果てに妹にまで当たるとは。

 

 ここで、日菜から聞いたエピソードとこの間の夜に友希那と話したことを照らし合わせてみる。

 それぞれの単語を関連付け、繋いでは解き別の言葉に置き換える。

 頭の中でそれが繰り返し行われ、一つの結論に至った。

 これが正解かはわからないが、今まで全くわからなかった状況とは天と地の差がある。

 友希那、そして日菜の協力がなかったらここまで辿り着けなかっただろう。

 

 

 「話を聞いてくれて助かった。ありがとう、日菜」

 

 

 感謝の意を込め日菜の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

 

 

 「………………ユッキーって時々何を考えてるのかわからない時があるんだよね〜」

 

 「オマエがいうか?」

 

 「じゃあ、相談に乗ってあげた代わりに今日の放課後に部室の掃除、手伝ってね♪」

 

 「……………はぁ?」

 

 「部室で待ってるから〜☆」

 

 「今日はバイトが──────って、おいっ!日菜!」

 

 

 日菜は笑顔でそう言い残し逃げるように去った。

 何を考えているのかわからない。

 本当に、アイツにだけは言われたくないセリフだな。

 

 

 

………………………

 

 

……………

 

 

 

 この学園にはいくつもの部活が存在するが、日菜の属する『天文部』は明らかに異常だ。

 部員が奴一人な上に、様々な奇行で先生や生徒会に迷惑をかけてるようでその噂はオレのような日陰者にまで届いている。

 相談に乗った礼として、部室の片付けを強制させられたわけなのだが。

 

 

 「汚ったない部屋だな」

 

 

 物は散らかり放題で、何に使うかさっぱり分からないガラクタまで床一面に転がっていた。

 当の本人はというと、これから撮影があるからこれないのだという。

 なんでも、今日中に片付けないと部室を使用禁止にするだとか。

 こんなギリギリになって掃除しようと思うな、というか、人に押し付けるな。

 そんな空虚のツッコミをしつつもオレは作業に取り掛かる。

 

 日菜からはメールで必要な物は既に回収してあるからあとの物は捨てていいらしい。

 

 ……………いやそのついでに片付けておけよ。

 

 またしても無意味なツッコミが飛び出す。

 本来はバイトなんだが、まりなさんには遅れると連絡はしてある。

 こんな無賃労働(タダばたらき)はさっさと終わらせて、本業(スタジオスタッフ)の方へ向かおう。

 

 

 オレは最大速度で片付けに励み、あっという間に部室の掃除を終わらせた。

 ついでに窓を拭いたり床を掃いたりしたのはついでだ。

 借りた恩は倍にして返す。

 それがオレの流儀でもあるからな。

 

 

 本来なら、1時間半遅刻。

 休んでいる暇はない。

 オレは濃い鼠色の空の下、走ってスタジオへと向かう。

 遠くの方ではゴロゴロと雷のような音も聞こえ、雲は本格的に降り出すのは今か今かと待ち侘びている様子だった。

 そして雨がパラパラと降り始めたと同時にスタジオへとたどり着いた。

 

 

 「ギリギリセーフだったな」

 

 

 しかし、本格的に降り出すのはここから。

 バイト終わりには止んでいてもらうとありがたいんだが。

 スタッフルームへと向かっていたその時だった。

 

 

 「………………………!!」

 

 

 スタジオから勢いよく飛び出してきた人物がオレを横切った。

 目に涙を浮かべながらCIRCLEを出て行ったのは間違いなく紗夜だ。

 

 

 「なんなんだ……………」

 

 

 数秒遅れでRoseliaの面々もスタジオから姿を現す。

 

 

 「あれっ、雄樹夜!?」

 

 

 先陣を切っていたリサがオレと目が合うと、立ち止まり大きく目を見開いた。

 

 

 「リサ。一体何があったのか教えてくれないか」

 

 「う、うん。わかった。実は──────」

 

 

 あらすじをまとめるとこうだ。

 正確なテンポがウリの紗夜なのだが、今日はどうやら調子が悪かったらしく何度も練習を止めてしまったらしい。

 流石の友希那も看過できず帰らせたという。

 自分の不甲斐なさか、気概のなさか。

 自ら失望しスタジオを飛び出して行ったそうだ。

 

 

 「いくらなんでも、言い方ってものがあるんじゃないか?友希那」

 

 

 あこと燐子の影に隠れている張本人に問いかける。

 

 

 「……………ここ最近の話ではないわ」

 

 「なに?」

 

 「紗夜はあなたと喧嘩した日からずっと集中できていなかった。全てはあなたが引き起こしたことなのよ?」

 

 

 何も言い返せなかった。

 紗夜が独りで悩み苦しむ原因を作ってしまったのは誰であろうこのオレだ。

 オレは、紗夜を救う絶対的な義務がある。

 友希那に言われて、今再認識した。

 

 

 「………………すまんな」

 

 「謝罪はいいから、早く紗夜と仲直りしときなさい。それまで私たちはここで待っているから」

 

 「わかった。すぐ連れ戻す」

 

 

 土砂降りの雨が降り注ぐ中、スタジオの傘を借り紗夜の後を追う。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ここのところ、悪い出来事が続いている。

 演奏も調子が上がらず、修復しかけていた日菜との関係もまた元通りになってしまった。

 全ての元凶はわかっている。

 あの日、あの音を聴いてからだ。

 

 

 「もう、辞めようかしら…………」

 

 

 今の自分の心の中はそんなネガティヴな言葉しか浮かんでこない。

 その気持ちと重なってか、一面の曇り空から大粒の雨が降り出した。

 傘なんて持ってきてないから、その雨を直に受け体を濡らす。

 辺りには雨宿りする場所はない。

 けれど、そんなことはどうだって良い。

 投げやりな気持ちなまま、暗く濁ったこの心の中を洗い流してくれと願うように、私は雨に打たれ続ける。

 

 呆然と立ち尽くす私に近づく足音を耳にする。

 きっとただの通行人だ。私には関係ない。

 

 

 「紗夜」

 

 

 慣れ親しんだように私の名前を呼ぶ声。

 水が滴り霞む視界に映ったのは湊 雄樹夜だった。

 きっとRoseliaのみんなから話を聞いて後を追ってきたんだろう。

 

 

 「………………なんですか」

 

 

 覇気もなく、目を逸らしながら言う。

 そんな私に彼は傘を差し優しく告げる。

 

 

 「ここじゃ体も冷える。移動するぞ」

 

 「…………………はい」

 

 

 湊くんの傘の中に入り、並んで歩く。

 彼の服を濡らさないように少し間を置くが、逆に彼が距離を詰めてくる。

 

 

 「遠慮することはない」

 

 「しかし……………」

 

 「オレが良いと言ってるんだ。甘えれば良い」

 

 「………………わかり、ました」

 

 

 雨音にかき消されるような小さな声で返事を返す。

 しばらく歩くと、公園にたどり着いた。

 彼はこの辺りの場所を熟知しているんだろう、屋根があり雨宿りできる場所へと向かうとベンチに腰を下ろした。

 私も、冷える身体をさすりながら彼の横に腰掛ける。

 

 

 「冷えるだろ。使ってくれ」

 

 

 湊くんはそう告げ、カバンから大きいタオルを二つ取り出し、片方を渡す。

 

 

 「ありがとう、ございます」

 

 

 またしてもその言葉は雨音にかき消される。

 タオルで髪を乾かしていると、湊くんは降り注ぐ大雨を見ながら呟いた。

 

 

 「オマエと、ずっと話がしたかった」

 

 「えっ……………?」

 

 

 その言葉に、私は彼の方へ顔を向ける。

 

 

 「ずっと、謝りたかったんだ」

 

 

 その言葉に、彼の声と拳が震えた。

 彼が謝るようなことは何もない。

 だって。

 

 

 「あの時、紗夜を侮辱するようなことをしてすまなかった」

 

 「い、いえ……………私の方こそ、すみませんでした」

 

 「今は二人だけだ。よかったら、あの時の事を弁明させてくれないか?」

 

 「……………はい。私も、全てをお話しします」

 

 

 降り続ける雨は屋根が遮り、私たちは落ち着いた雰囲気で話を始める。

 




本日は花の金曜日です。

どうか無事に、学校、仕事、頑張ってください。


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第七曲 結実

ここ最近荒れに荒れてますね……………。
平穏な生活を取り戻したいです。


 公園のベンチで腰を下ろす私と湊くん。

 雨で濡れた身体をタオルで拭いながら、久方ぶりの会話をする。

 

 

 「私は、あの時影で聴いたあなたの音に感動したんです。この音があればRoseliaはもっとよくなると」

 

 「ああ。オレもあの時はRoseliaに入るのも悪くないと思った。だが、それは()()()()()()()()()

 

 「……………どうしてそこまで自分を過小評価するんですか?あなたはもっと胸を張っても、いえ、自慢しても良い実力があるはずです」

 

 

 あれほどの音を奏でられるのであれば、今からでもトップレベルのバンドに加入する事が可能はなずだ。

 けれど、彼は楽器を演奏することすら拒んでいる。

 普通に考えて異常だと言える。

 

 

 「………………オレの義父(とう)さんが昔バンドマンだったのは知っているな?」

 

 「ええ。なんでも、メジャーデビューも果たした有名なギターボーカルだったとか」

 

 「義父さんはオレと友希那の全てだった。常に完璧を追い求め、血の滲むような努力をしてライブに臨む。カッコいいと思ったよ」

 

 

 懐かしむように話す彼だが、突如拳が震える。

 

 

 「そんな義父さんたちですら、頂点へは辿り着けなかった。オレたちに求められたのは()()()()()()()()()()だ」

 

 「けれど、湊さんはそのクオリティを目指し日々鍛錬しています。何故、あなたは…………」

 

 

 一番知りたいのはまさにそこだ。

 湊くんが演奏しなくなった根本的な原因。

 

 そして彼の重い口がゆっくりと開き、ずっと気になっていた事が今、明かされる。

 

 

 「……………オレの理想は "聴くもの全てを屈服させられるほどの圧倒的な演奏力" だ」

 

 

 彼は震える拳を押さえ込むようにして話を続ける。

 

 

 「義父さんは自分達の音を事務所に否定され、解散させられた。なら、ソイツらはおろか音楽に興味すら抱いていない人間にもわかるほどの音を奏でなければならない。頂点なんて生ぬるい。前人未到の領域(せかい)。それがオレの目指す場所だ」

 

 「前人、未到の…………………」

 

 「それを追い求めていたら、いつのまにか自分の音に満足することは無くなった。絶対音感のこの耳がオレの全てを否定するんだ」

 

 

 微細な音の変化にも気づくことのできる聴覚があれば、演奏者として倍の推進力を手に入れたに等しい。

 本来音楽に携わる人間からすれば、その能力があるだけでも羨ましがるだろう。

 だが、彼の口ぶりから察するにそういい事づくめでもないそうだ。

 

 

 「難儀なものですね」

 

 「ああ。音楽に関しては、他人が認めてもオレは一切納得しない」

 

 

 全ての謎が解けた。

 湊くんを縛るものはそのあまりに高すぎる理想。

 彼は決して才能がないわけではない。

 むしろ天才といえる実力の持ち主だ。

 だが、彼は自分を無能だと言い切る。

 "天才故の苦悩" 。

 凡人の私にはそう聞こえてしまう。

 

 

 「あなたが演奏したがらない理由がよくわかりました。

 

 「気にするな」

 

 「ですが、あの時ちゃんと話してくれればよかったと思うのですが?」

 

 「そこまで頭が回らなかった」

 

 「…………やはりあなたと湊さんは似ています」

 

 「お互いベラベラ話すタイプじゃないからな」

 

 「そう意味じゃないのですが」

 

 

 表情を一切変える事なく淡々と話す湊くん。

 真面目なところがありながらもどこか天然な彼は、やはり人とは違う何かを感じる。

 

 

 「オレのことは話した。次は紗夜の番だ」

 

 

 仕切り直すかのように咳払いし、私に話を振る。

 一度深呼吸をして心を落ち着かせてから、ゆっくりと話す。

 

 

 「本気を出さず、手を抜いて演奏していたことに腹を立てたのは確かにあります」

 

 「やはりそうか」

 

 「実力があるのにも関わらず、わざと下手な演奏をしたことも…………ですがそれ以上に、あなたの音と私の音が重なって聴こえたからです」

 

 

 湊くんなにを言っているのかわからない、と言いたげに首を傾げる。

 私は補足するように言葉を足す。

 

 

 「リズムも音も一定。だけど、それ以上でもそれ以下でも無かった。あの時、私はそのことでとても悩んでいました」

 

 

 Roseliaはまだまだ発展途上のグループ。

 その中でも宇田川さんと今井さんはその傾向が顕著に出ている。

 しかし、彼女たちは固有の"リズム" を持っている。

 リズムが変われば音が変わり、音が変われば曲の印象も変わる。

 それがいい方にも悪い方にも作用するはずなのだが、今は前者に転ぶことの方が圧倒的に多い。

 湊さんも注意しながらも、その新しい音を取り入れ曲の完成度をより上げているのだ。

 

 対して私はどうか。

 

 譜面通りの音だけを出し、工夫(アレンジ)を加えようだなんて考えたこともなかった。

 一つの曲としては完成してるけど、どこか綺麗にまとまっただけのつまらない音。

 それが氷川 紗夜の奏でるメロディだ。

 それがわかっていた最中、湊くんはあの時、私と同じことをした。

 側から聴いて、なんの印象を感じることもなければ欠伸が出そうなほどつまらなく感じたのだ。

 それが私の音と重なり、これほど酷いものなのかと深く失望した。

 私はこの程度なのかと。

 だから尚更、わざとこんな音を出した彼のことが許せなかった。

 

 それからは私だけの音を奏でようと必死に練習してきたけれど、なにも会得する事ができなかった。

 湊さんにもそのことを指摘され自暴自棄になった。

 今だからこそハッキリと分かる。

 私は、音楽をやめた方がいいのだと。

 

 

 「私は…………Roseliaを抜けます。私がいたところで、他の皆さんに迷惑ばかりかけてしまいますから」

 

 

 これはもう決めていたこと。

 日菜と比べられるのが嫌で始めたギターだけど、今はあの子もアイドルバンドとしてギターを弾いている。

 私に、もう続ける理由なんて─────。

 

 

 「そんなこと………………言わないでよ」

 

 「………………えっ?」

 

 

 湊くんとは違う声に驚く。

 声のする方を向くと、彼は携帯の画面を見せた。

 そこに映るのは、CIRCLEに残った四人のメンバーの姿。

 真ん中に映る今井さんは目に涙を浮かべていた。

 

 

 「紗夜、ごめんね。気づいて、あげられなくて………………」

 

 「紗夜さあぁぁぁん!!」

 

 「とても……………辛かったん、ですね……………」

 

 

 三人は口々に思いを告げる。

 

 

 「紗夜」

 

 「湊さん……………」

 

 「あなたに抜けられると、Roseliaの曲は完成しない。あなたの正確無比な音が必要なの」

 

 

 取り繕うこともないまっすぐな言葉。

 これほど私の心に刺さるものはない。

 

 思わず、涙を流してしまう。

 

 

 「オレからも頼む。紗夜、辞めるだなんて、もう言わないでくれ」

 

 「私……………私………………」

 

 

 止めどなく溢れ出す涙は止まることを知らない。

 顔をタオルで覆い、その涙を拭う。

 雨音は強まる一方だけれど、私の泣声はその音でかき消されることはない。

 

 私は恥を偲んで、わんわんと泣いた。

 人の目も憚らず、ただひたすらに涙した。

 

 そんな私に彼は、そっと頭に手を置きこう呟く。

 

 

 「今日はもう、抱えていたこと全て吐き出せ。オレが全てを受け止めてやる」

 

 

 優しい彼の言葉。

 彼の胸の胸に縋り、弱りきった私は胸の内を全て明かした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 あの後、紗夜を家まで送り届けていたらバイトの時間はゆうに過ぎてしまっていた。

 雇われて早々、サボってしまい解雇されることも覚悟したが、後日振替で出るということで話がついた。

 明日あったら誠心誠意謝るしかない。

 

 家に着いてからすぐに風呂へと入り、テレビで天気の確認をしていたら、友希那が帰ってきた。

 

 

 「ただいま」

 

 「おかえり。風呂なら既に温めてあるぞ」

 

 「そう。ありがとう」

 

 

 淡々と話した後、友希那は風呂場へと向かう。

 窓の外を見ると、先ほどまでは無かった強風が木々を揺らし、遠くの方では雷も鳴っている。

 まるで、台風の最中にいるみたいだ。

 テレビの方へ顔を向けると、ここら一帯は大雨・洪水警報が発令されたという報道がされていた。

 

 それと同時にオレの携帯の着信音が鳴る。

 

 

 『ヤッホー雄樹夜☆』

 

 

 軽い口調で言葉をかけたのはリサだった。

 電話をかけてきた理由は、なんとなくだがわかった。

 

 

 「そっちは大丈夫か?」

 

 「んー、お母さんもお父さんもいないからちょっと寂しいかな〜」

 

 「やはりそうか」

 

 

 リサは学校生活だと必ずと言っていいほど周りに人がいる。

 一人になる事がほとんどないのだ。

 それはリサの高いコミュニケーション能力が起因しているのだが、彼女自身寂しがり屋な一面がある。

 校外だと、オレや友希那と共にする事が多いのはこのためだろう。

 

 

 「そんなに寂しいならうち来るか?」

 

 『ううん、大丈夫!でも、電話に付き合ってくれると嬉しいなぁ』

 

 「オレなんかより、クラスメイトたちと話したらどうだ?」

 

 『雄樹夜は……………アタシと話すの、嫌い?』

 

 

 まさか。そんなこと思ったこともないがリサは違った解釈を受けたそうだ。

 実際、オレは話のネタなんてものは持ち合わせていないし、リサと共通する話題も限られている。

 こういう時は仲の良い友達とワイワイ話すのが良いと思ったのだが、人の考えていることはわからない。

 

 

 「そんなことない」

 

 『ホントに?』

 

 「ああ。オレでよかったら、とことん付き合うぞ」

 

 『ありがと♪もし、話すの嫌いなんて言ってたらヘコんでたなぁ』

 

 「オレがそんな極悪非道に見えるか?」

 

 『あっはは!そんなわけないじゃん☆』

 

 「それはよかった」

 

 

 オレは事前に淹れていた砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを口に含む。

 

 

 「風呂には入ったか?」

 

 『今沸かしてるとこだよー。なになに〜?もしかして一緒に入りたいのかな〜?』

 

 「バカ言え。オレは子供じゃない」

 

 『そう言う意味じゃないんだけどなあー』

 

 「じゃあどういう意味なんだ?」

 

 『い、言えるわけないじゃん!バカ!!』

 

 

 本当にわからなかったから聞いただけなんだが、リサは別のことを想像していたらしい。

 人の考えている事がわかるようになる秘密道具があれば良いなとどれほど思った事か。

 だが、ここにはそんな道具を出してくれる青狸はいない。

 

 

 「紗夜から聞いたんだが、今度CIRCLEでライブやるらしいな』

 

 『そうだよ〜。私たち5人の初ライブ!雄樹夜もきてくれるよね?』

 

 「ああ。もちろんだ」

 

 『楽しみだけど、緊張するな〜……………』

 

 「いつも通り演奏すれば問題ない。リサなら大丈夫だ」

 

 「ああ。もちろ──────」

 

 

 その瞬間、外が光ったと思いきや雷の落ちる音がドンッと響き、家の照明が落ちる。

 

 

 「今のは大きかったな。リサ、そっちは大丈夫か?」

 

 

 リサにそう問いかけるも返事はない。

 携帯の画面を見ると、どうやらリサとの通話が切れてしまっていたようだ。

 

 

 「まあ、後で掛け直せば良いか。確か、ブレーカーは洗面所にあったはず…………」

 

 

 おもむろに立ち上がり洗面所へと向かう。

 携帯のライトをつけ、その扉を開けると真っ暗な空間が広がっていた。

 風呂場からは物音がしない。

 カバンは洗面台に置いているし、間違いなく友希那はそこにいるはずだ。

 

 

 「友希那」

 

 

 そう声をかけるが返答はない。

 まさか、この停電で風呂場で転んで頭を打ったか…………?

 

 そんなことも頭をよぎったが、まずは復電だ。

 すぐさまブレーカーを上げて灯りをつけ、再度友希那に声をかける。

 

 

 「友希那。大丈夫か?」

 

 「…………………」

 

 

 またしても返事はない。

 

 

 「………………入るぞ」

 

 

 断りを入れ、風呂の扉を開ける。

 するとそこには、浴槽で丸くなっている友希那の姿が目に入った。

 

 

 「何故返事を返さない」

 

 「……………少し、怖かっただけよ」

 

 

 弱々しく話す友希那の体は、小刻みに震えていた。

 どうやら本気らしい。

 

 

 「悪かったな。勝手に扉を開けて」

 

 「構わないわ。もう上がるから、出てもらって良いかしら?」

 

 「わかった」

 

 

 オレは扉を閉め、リビングへと戻る。

 そこで冷めてしまったコーヒーを飲み携帯を開くと、Roseliaのグループメッセージが来ていた。

 どうやらそれぞれの家でも停電が起きたらしい。

 メンバーに返事を返していると、扉のガチャっと開く音が耳に入る。

 

 

 「ちょっといいかしら」

 

 「一体どうし……………た…………?」

 

 

 振り返ると、友希那はバスタオルを巻いただけの姿で風呂場から出てきていた。

 

 

 「なんて格好してるんだよ」

 

 

 その格好を一瞬目にし、すぐさま視線を逸らす。

 

 

 「別に減るものではないと思うのだけれど」

 

 「というか、服はどうした?」

 

 「持ってきてなかったわ」

 

 「オマエがどう思おうが勝手だが、オレも義父さんも男だ。気を遣ってもらわなくては困る」

 

 「家族だからみられたってなんとも思わないわ。それに、あなただってさっき私の裸を見たでしょう?」

 

  

 いくら音楽以外に興味がないからと言っても、少しばかりの恥じらいは持って欲しいものだ。

 

 

 「背中だけだ」

 

 「そう」

 

 「とりあえず服を着てくれ。湯冷めして風邪をひいたらダメだろ?」

 

 「そのままでいいから私の話を聞いてほしいの」

 

 

 これは一体どういうシチュエーションなのか。

 義両親が、この光景を見たら変な誤解を生んでしまうだろうが二人は当分帰ることはない。

 オレはそれ以上何も言わず友希那の話を聞く。

 

 

 「それで、話ってなんだ?」

 

 「……………雄樹夜。あなたについてよ」

 

 「オレ?」

 

 「ええ。あなたに、Roseliaの "アドバイザー" になって欲しいの」

 

 「アドバイザーだと?」

 

 「そう。私の作曲やメンバーそれぞれの調律、思うところがあればどんどん指摘してほしいの」

 

 「なるほどな」

 

 

 確かにオレはRoseliaのメンバーになることを断った。

 だが、あくまで "サポート" としてなら承諾すると踏んだんだろう。

 友希那はどこまでもオレの実力を買ってくれているらしい。

 だが、気になるところはある。

 

 

 「引き受けてもいいが、一切妥協はしないぞ」

 

 「当然よ」

 

 「友希那が作り上げた音を全否定することだってある。それでもいいと言うんだな?」

 

 

 オレが懸念していた点はこれだ。

 友希那も素晴らしい才能を持っているが、間違えることだってある。

 メンバーは友希那の意見に意義を唱えることは滅多にないが、オレは違う。

 絶対音感であるこの耳が、友希那を追い詰めるかもしれない。

 果たしてその覚悟はあるのだろうか。

 

 

 「脅しているつもりかしら」

 

 「そんなところだ」

 

 

 どこか余裕のある口調。

 友希那には一切の恐れはない。

 

 

 「私たちがより良い演奏ができるのであれば、本望よ。いくらでも否定してくれて構わないわ」

 

 

 迷いなど決してない。

 どんな苦難だろうと、友希那は平然と乗り越えられるだろう。

 

 

 「……………潰れても知らないぞ」

 

 「大丈夫。私たち「Roselia」なら」

 

 

 オレは断る理由もなく、承諾する。

 

 そして迎えた次の日。

 雨はすっかりと上がり一面に広がった青空の下─────ではなく、Roseliaは変わらずスタジオで練習を積み重ねている。

 

 

 「あこ、走りすぎだ。もっと抑えろ。リサ、フレーズが違う。やり直し」

 

 「雄樹夜さん厳しいすぎー!」

 

 「あはは〜、友希那よりスパルタかも」

 

 「妥協するなと言われてるからな。できるようになるまで練習してもらうから、安易に帰れるなんて思うなよ?」

 

 「「お、鬼〜〜!!」」

 

 

 根を上げる二人の様子を見て、友希那たちは微笑む。

 

 

 「言っておくが、三人も完璧とは程遠いからな。特に紗夜、アレンジを加えるのは良いが、この曲とは合っていない」

 

 「そうですか…………なら、手本を見せていただいても?」

 

 

 紗夜はまるで挑戦状でも叩きつけるようにギターを手渡してきた。

 

 

 「いいだろう」

 

 

 その挑戦状を受け取り、弦に指をかける。

 今度のライブで披露する "BLACK SHOUT"。

 テンポが幾度となく変わり、音の強弱がハッキリとする曲だ。

 あるパートでソロで演奏するところがあるから、アレンジするとしたらまずはここだろう。

 他のメンバーに合わせてもらい、その箇所を弾く。

 どうやら紗夜も違いに気づいたらしく、ポケットに入れてあったメモ帳を取り出し何かを書き込んだ。

 

 

 「わかったか?」

 

 「ええ。とても参考になりました」

 

 「紗夜。良い傾向にあるが、めげるんじゃないぞ」

 

 「当然です。負けられませんから」

 

 

 紗夜の目にも闘志が漲っている。

 更なるレベルアップが期待できそうだ。

 

 

 「ライブまで残り日数もない。突き詰めれるところはとことんやるぞ」

 

 

 初ライブでどんな演奏をするのか、とても楽しみだ。




主人公の心情の変化が著しすぎて分かりづらいかと思いますが、ご了承ください。
前までは友希那の罪滅ぼしのためにスタジオスタッフをしていますが、今は音楽が好きだからという理由で働いているのです。
音楽自体も前は好んで弾こうとはしていませんでしたが、今はRoseliaの成長のために弾いているのです。

ですが、彼自身はもう演奏者として戻ることは決してないと思います。
それほど、トラウマというものは大きいのです。


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第八曲 宿敵

Afterglow初登場。

初めて執筆した時のオリキャラも登場します。


 メンバーとの苦難を乗り越え本格指導を始めたRoselia。

 CIRCLEの初ライブを大成功に収めた奴らは今飛ぶ鳥を落とす勢いにある。

 一度ステージに上がれば歓声が湧き上がり、友希那や紗夜の元々の知名度も相まってかすぐにその名が世に知れ渡った。

 

 そして今日。

 Roseliaはライブを行なっている。

 "SPACE" というこの街の学生バンドの発祥地と言えるライブハウスで、厳格と有名なオーナーから誘われる形で出演していた。

 かくいうオレも臨時のスタジオスタッフとしてライブに参加していた。

 なんでも、深刻な人手不足のようでCIRCLEから何人か借り出される形となったのだ。

 

 

 「ありがとう」

 

 

 友希那の挨拶と共にライブは終演を迎え、非常に素晴らしい盛り上がりを見せた。

 ステージ裏へと向かうRoseliaのメンバーを拍手で迎え入れる。

 

 

 「おつかれ。よかったぞ」

 

 「今日の演奏はどうだったかしら」

 

 

 友希那はオレの前で立ち止まり真剣な眼差しで問う。

 

 

 「そうだな…………強いていうなら、少し音が走りすぎていた気がするな。ライブでテンションが上がるのは仕方ないが、もう少し落ち着くことだな」

 

 「やっぱり雄樹夜は厳しいな〜」

 

 「当然だ。だが、あれを見てみろ」

 

 

 そういい、ステージを後にする観客たちの反応をこっそり見せる。

 全員同じとは言えないが、一つ言えることはみんなが嬉しそうに、大いに満足した様子だった。

 

 

 「オマエたちの演奏は観客の心を掴んだ。そこは誇ってもいいと思うぞ」

 

 

 オレからの最大限の賛辞。

 まだまだ頂点には程遠いが、決して僻む必要はない。

 観客たちの反応が全てを物語っているのだ。

 

 

 「でも、やっぱり嬉しいね♪」

 

 「うんうん!あこ、これからももっと頑張ります!」

 

 「わ……………私も………………!」

 

 「次のライブまでにもっと練習を積み重ねる必要がありそうですね」

 

 「ええ。この後は──────」

 

 「あの〜。あこから少しいいですか?」

 

 

 恐る恐る、と言った感じであこかま小さな手を上げる。

 

 

 「なにかしら?」

 

 「今日この後、おねーちゃんたちにRoseliaを紹介したいんですけど、いいですか?」

 

 

 あこからの突然の提案に友希那は首を傾げる。

 そんな中、あこは言葉を続ける。

 

 

 「あこたちがすごく仲が良くてカッコいいバンドなんだっておねーちゃんに知ってもらいたくて……………も、もちろん、反省会も受けるので!少しの間でいいのでお願いします!」

 

 「あこ……………」

 

 

 深々と頭を下げるあこ。

 懇願するようなその表情を黙って見過ごすオレではない。

 

 

 「別に、いいんじゃないか?」

 

 「湊くん…………」

 

 「あこの姉もバンドをやってるらしいし、ここで関わりを持っておくのは悪くない話だと思うが?」

 

 

 もしかしたらRoseliaと肩を並べる実力があるかもしれない。

 好敵手を持つことはバンドの意識向上にも直結する。

 

 

 「……………わかったわ。その代わり、先に反省会を行うわよ」

 

 「は、はい!おねーちゃんに連絡します!」

 

 

 あこは嬉しそうにそう話、楽屋へと一目散に走る。

 

 

 「それじゃあ、オレは片付けを手伝ってくるから」

 

 「ええ。後であなたの意見も詳しく聞かせてちょうだい」

 

 「わかった」

 

 

 友希那たちに別れを告げ、清掃作業に入る。

 Roseliaはここ数週間でかなりの知名度を誇るようになった。

 まりなさんから聞いた話だと、獲得に乗り出している事務所もあるのだとか。

 それは大いに喜ばしいことなのだが、オレと友希那はその限りではない。

 昔、義父さんのバンドはその事務所の身勝手によって解散させられたのだ。

 もう二度とあの悲劇は繰り返させない。

 

 

 (……………調べておくか)

 

 

 オレは陰ながらできることをやる。

 変な虫が寄ってこないためにも手を施す必要がありそうだ。

 

 

 

………………………

 

 

…………

 

 

 

 全ての片付けを済ませ、着替えを終えたところでSPACEを後にする。

 季節も夏に差し掛かり、梅雨の時期特有のジメジメとした蒸し暑さが残る。

 入り口を出たところで、大きな人だかりができていた。

 

 

 「待たせたな」

 

 

 Roseliaの面々にそう告げると、全員が一斉にオレを見た。

 見知らぬ姿が六人。

 全員、羽丘の生徒らしい。

 

 

 「この人があこの言っていた "超超カッコいい人" か?」

 

 「うん!そうだよ!」

 

 

 この中でも1番長身の女生徒に歩み寄られる。

 あこと親しげに話していたから、恐らく姉だろう。

 

 

 「はじめまして。あこの姉の巴です。あこがいつもお世話になってます」

 

 「ああ」

 

 

 なんとも礼儀正しいやつだ。

 流石は姉というべきか。

 

 

 「あこから話は聞いている。なんでも、幼馴染でバンドを組んだんだとか」

 

 「はい。Afterglowって言います」

 

 

 今度は髪に赤いメッシュを入れた女生徒が前に出る。

 その側には似たような顔をした男子生徒がいて、入学して少し噂になっていたやつだとすぐにわかった。

 

 

 「オレはCIRCLEでバイトしてるからいつでも利用してくれ。最大限もてなそう」

 

 「ありがとうございます!」

 

 「そうだ、雄樹夜。この後みんなでファミレスに行くんだけど一緒にどう?」

 

 「ああ。別に構わないぞ」

 

 「なら決定☆それじゃあ行こっかー」

 

 

 総勢12名がゾロゾロと歩き出す。

 

 

 「あの、湊 雄樹夜さんですよね?」

 

 

 その道中で、赤メッシュと同じ顔をした男子生徒に声をかけられた。

 

 

 「そうだ。オマエは確か…………」

 

 「羽丘学園1年の美竹 葵(みたけ あおい)です。お会いできて光栄です」

 

 

 和やかに話すこの優男。

 入学式の時からその甘いルックスに魅了された生徒が続出したという噂がある奴だ。

 数少ない男子生徒の中でも、コイツの存在感は群を抜いている。

 

 

 「学園の有名人がまさかバンドをしていたとは驚きだ」

 

 「有名人だなんてそんな…………でも、蘭や巴ちゃんたちと違ってボクはボーカル専念ですけどね」

 

 「何も恥じることはない。ライブで観られることを楽しみにしておこう」

 

 「こちらこそ。よろしくお願いします」

 

 「葵くん!早く早く〜!」

 

 「雄樹夜も置いてくよ〜!」

 

 「あっ、はーい!」

 

 「すぐに行く」

 

 

 静かな夜道とは対照的に、賑やかな雰囲気でファミレスへと向かう。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ファミレスに着き、それぞれ自己紹介を終えると各々が話を始める。

 趣味同士が合うもの同士、興味があって話がしてみたいもの同士グループとなっていた。

 そんな中、オレは美竹姉弟と友希那とテーブルを囲っている。

 

 

 「やはり二人は似ているな」

 

 「そうですか?」

 

 「ああ。仲も相当いいんじゃないか?」

 

 

 オレのその言葉に二人は視線をずらす。

 

 

 「えーっと、何というか………………」

 

 「良くないです」

 

 「そんなハッキリ言う!?」

 

 

 言葉を濁す弟に対し、姉はストレートに言う。

 いくら血のつながった姉弟といえど性格まで似ることはないようだ。

 

 

 「だって葵は優柔不断だし、頼み事は絶対断らないし、優しすぎるし……………とにかく、性格さえ良くなったら良いのにどれほど思ったことか」

 

 「……………後半部分は褒めているようにしか聞こえないんだが?」

 

 「ち、違います!」

 

 「蘭はもう少し人付き合いができるようになったらいいのに」

 

 「うるさい」

 

 「なんかボクにだけ当たり強くない…………?」

 

 

 二人は貶しあいとも取れる会話を続けているのだが、心の底から罵倒しているわけではないのはわかる。

 これが本来のキョウダイ像なのだろうか。

 

 

 「Afterglowは、ライブはやらないのかしら?」

 

 「今はまだ、オーディションを受けている段階です」

 

 「SPACEのオーナーにはまだ認めてもらえてませんが、いつか必ず」

 

 「「ステージに上がって見せますよ!」」

 

 

 寸分の狂いもなく美竹姉弟は同じ言葉を口にした。

 性格は似ていないが考えていることは同じなようだ。

 

 

 「そう」

 「そうか」

 

 

 どうやらオレたちは、そっけないところは似ているらしい。

 

 

 「あの、お二人は本当のキョウダイじゃないんですよね?」

 

 「よく知ってるな。誰から聞いた?」

 

 「私よ」

 

 「なんだ、面識あったのか」

 

 「彼女たちの入学式の時に偶然、公園で」

 

 「確かあの時、猫を抱き抱えて──────」

 

 「見間違いよ」

 

 「えっ?でも、あのまま学校に─────」

 

 「そんなことした記憶はないわ」

 

 

 美竹弟の言葉を友希那は遮る。

 本人は気づいていないだろうが、友希那が猫好きという事はオレや幼馴染のリサはとうの昔に知っている。

 昔、猫を飼っていたこともあったし友希那は家族の中で誰よりも可愛がっていた。

 携帯の待ち受けも猫の写真だしな。

 

 

 「最近学校に野良猫が大量発生してるのは、オマエが原因だったか」

 

 「私じゃないわ」

 

 「だが、現に餌やりを──────」

 

 「それ以上言えば怒るわよ」

 

 

 脅しとも取れる鋭い視線が、オレの口を噤ませる。

 そこまでしてバレたくないものなのか。

 オレにはその気持ちがわからない。

 

 

 「代わりと言ってはなんだがオレの秘密とやらもバラして構わないぞ」

 

 

 友希那にそう告げ、この場を収めようとする。

 義妹は考えるようなそぶりを見せるが、一向に出てくる気配はない。

 まあ無理はないだろう。

 オレに秘密なんてものは存在しないからな。

 

 

 「リサ、ちょっといいかしら」

 

 「んー?なになにー?」

 

 「実は──────」

 

 

 そこまでして秘密を知りたいのか、友希那は切り札(リサ)を呼び寄せた。

 リサがオレのことをどれほど知ってるかはわからないが、何かしらの情報を握られていても不思議ではない。

 一体何を話してくれることやら。

 

 

 「雄樹夜の秘密か〜…………」

 

 「何か思い当たる節はないかしら?」

 

 「んーーー…………」

 

 

 必死に思い出しているようだが、やはり何も出ない。

 

 

 「……………あっ、でも秘密というよりは "事実" みたいなものなんだけど」

 

 「何ですか?」

 

 「雄樹夜の部屋には、()()()()()()()()()()()()()が一つもないの」

 

 「………………はっ?」

 

 

 リサの言ってることがわからず腑抜けた声を出す。

 

 

 「その…………ほらっ、ね?」

 

 「いや、わかるわけないだろ」

 

 

 無理矢理にでもわからせようとするリサだが、オレを含め友希那も理解できていない。

 困った顔を浮かべていると、美竹弟が口を開く。

 

 

 「つまり、如何わしい本が一切ないと?」

 

 「そうそれ!!」

 

 「あるわけないだろ。そんなもの」

 

 「ちなみに何ですけど、葵の部屋にもないですよ」

 

 「ちょっ!調べたの!?」

 

 「だって、気にはなるし……………」

 

 「わかるわかる〜!やっぱり布団の下とか覗いちゃうよね〜」

 

 

 顔を赤らめる美竹姉に、リサは共感する。

 

 

 「それが普通なのかしら?」

 

 「いや、奴らは特殊だ。間違っても感化されるなよ」

 

 

 友希那はこう言ったことには疎い。

 オレも人のことを言えるほどじゃないが。

 

 

 「雄樹夜と葵はそういったことは興味ないのかな〜?」

 

 

 悪戯な笑みを浮かべるリサ。

 

 

 「ま、まあ人並みには………………」

 

 「オレは興味ないな」

 

 「えっ、雄樹夜ってまさか…………()()()!?」

 

 

 否定したことによりあらぬ誤解を生んでしまった。

 だが、そういったことは一切興味がないのは事実だしどう返答したらいいか悩ましいところだ。

 

 

 「雄樹夜って本当に男子高校生なのかしら」

 

 「当たり前だろ」

 

 「葵も、思春期ってきてないわけ?」

 

 「これって、ボクたちが悪いんですかね………?」

 

 「いや、オレたちに一切非はない。悪いのは、一方的な概念を押し付けているコイツらだ」

 

 

 人と話すことにより自分にとっての普通が覆る。

 共感して欲しいわけではないが、オレの考えも理解して欲しい。

 

 人付き合いというのは難しいものだな。

 




これからもAfterglowとは絡んでいくかも…………?

そっちの方も過去に執筆しているので読んでいただければ幸いです。
とってもとっても拙い文にはなっていますが


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第九曲 野営

10話経っても未だ初夏。


 6月というのは、嫌われてる月ランキングで3位に位置すると言う。

 その理由というのが、梅雨でジメジメした暑さがあるということと、祝日が一切ないかららしい。

 偏頭痛持ちのオレからしても、雨の日の前日はよく体調を崩すから苦手ではある。

 体育祭や修学旅行も最近では5月に行う学校も増えてきていて、6月というのはやはりつまらないと感じざるを得ない時期でもある。

 

 しかし、羽丘学園は違う。

 

 

 「リサちー、ライターって持ってる?」

 

 「日菜、私が持っているよ」

 

 「ありがとう薫くん!」

 

 「よーし、そろそろ下拵え始めるよー」

 

 

 オレたちは今、校外学習として林間合宿を行なっていた。

 こんな季節にやるなんて無謀だと思っていたが、今日は雲ひとつない見事な快晴。

 奇跡と言っても過言ではない。

 

 

 「ユッキー。手伝わないとお肉食べられないよ?」

 

 「ああ。すまん」

 

 

 今はスケジュールの一つでもあるバーベキューの準備をしている。

 メンバーはオレとリサ、そして日菜と薫(へんじんたち)の四人組だ。

 同じクラスでグループを作る必要があり、しかもメンバー定数は四人。

 オレはリサに誘われる形でこのグループに入ることとなった。

 

 本来は男同士で組むものなのだが、この学園は以前まで女子校だったためか男子生徒が極端に少ない。

 オレが入学した理由も友希那やリサが受験すると言ったからという不純な動悸だからな。

 

 

 「バーベキューって、正直串に食材をブッ刺して焼いたらいいと思っていたんだが」

 

 「ちっちっちー、それが違うんだな〜」

 

 

 リサはそう言い得意げな顔をする。

 

 

 「野菜は切り方ひとつでだいぶ変わってくるし、お肉だって下味をつけて焼いた方が断然美味しくなるの☆」

 

 「そうなのか」

 

 

 料理がからっきしなオレにとっては、その一手間すら思いつくことはない。

 将来一人暮らしする時のためにも、学んでおく必要がありそうだ。

 

 

 「ほんと、リサちーがいてくれてよかったね〜」

 

 「ああ、感謝しているよ」

 

 「ふふーん♪ありがと」

 

 「ところで日菜、そこに転がってるカラフルなキノコたちは何だ?」

 

 「え?拾ってきたやつだけど」

 

 

 キョトンとした表情で答える日菜。

 ハイキングしてる途中、何やらゴソゴソとしているとは思っていたのだがまさかそんなことをしていたとは。

 だが、料理に関してど素人なオレでもハッキリとわかる。

 明らかに、毒キノコだ。

 

 

 「食べられる保証はあるのか?」

 

 「毒見すれば良くない?ユッキーが」

 

 「……………薫、その役目、オマエに譲ろう」

 

 「ふふっ、私は遠慮しておくよ。儚く散るにはまだ早いからね」

 

 

 言葉を濁してはいるが、薫も相当嫌がっているそうだ。

 

 

 「じゃあユッキー。ほらっ、あーん!」

 

 「やめろ、バカ」

 

 

 日菜は強引にでもオレに食べさせようとしているらしい。

 見た目とは裏腹に結構力がある。

 腕を掴み静止させるので手一杯だ。

 

 

 「これが食べられるって証明できれば美味しいきのこ料理をリサちーが作ってくれるじゃん!だから、ユッキー!あたしたちの尊い犠牲になってよー!」

 

 「さりげなくオレを殺すな…………!」

 

 

 オレも必死になって抵抗する。

 二人で揉み合っていると、薫は地面に転がっていたキノコをひとつ手に取り、調理中のリサの元へ持っていく。

 

 

 「リサ。少しいいかな」

 

 「どうしたの」

 

 「これが毒キノコかどうか知りたいんだが、何かわかるかい?」

 

 「えー、アタシも別にそこまで詳しくないんだけど……………でも、見た目からして明らかにヤバいよね」

 

 「私もそう思うんだが、日菜はどうしても雄樹夜に食べさせたがっているようでね」

 

 

 薫はオレたちを指差し、その光景を見たリサは驚きのあまり握っていた包丁を落とす。

 

 

 「ちょっ!?何やってるの!?」

 

 「美味しいキノコ料理を食べるためにも、ユッキーの鉄の胃袋が必要なの!」

 

 「オレは毒を分解できるほどの鉄人じゃない……………!」

 

 「毒キノコ……………そうだなぁ」

 

 「………………リサ?」

 

 

 突如としてリサは考えるそぶりを見せる。

 

 

 「定番は鍋に入れてシチューだよね。でも、それじゃあありきたりだからバレないように出汁だけとって味噌汁に。もういっそのこと、そのまま焼いて──────」

 

 

 パッチリとした目からはハイライトが消え、ブツブツと何やら怖いことを呟いている。

 

 

 「おいっ、日菜。どうしてくれるんだ。リサが壊れたぞ」

 

 「り、リサちー……………?」

 

 

 恐る恐ると言った感じでリサを見る。

 

 

 「──────なーんて嘘うそ☆冗談に決まってるじゃん!」

 

 「よ、よかったぁ」

 

 

 いつもの調子に戻るリサと安堵する日菜。

 

 

 「リサは演技も上手なんだね。よかったら今度、演劇部に来てみないかい?」

 

 「薫に褒められると照れるな〜」

 

 

 圧倒的な演技力を持つ薫からのお墨付きだ。

 だが、アレが素の姿なのだとしたら、オレが今まで見てきたリサは嘘になる。

 疑いたくはないが、用心するに越したことはない。

 

 

 「でもね、ヒナ」

 

 「なあに?」

 

 「あんまり雄樹夜を困らせたら──────ダメだよ」

 

 

 落ちた包丁を手に取り、先ほどと同じ暗い目をしたリサが日菜を睨む。

 それはもう、『次に下手なことをしたらバーベキューの食材にしてしまうぞ』と言わんばかりの迫力だった。

 

 

 「ご、ごめんなさい……………」

 

 「日菜。悪いことは言わん。さっさとそのキノコを捨ててこい」

 

 「はーい」

 

 

 日菜は渋々と言った感じでキノコを捨てに行く。

 

 これは後の話になるのだが、あのキノコたちは本当に毒を持っていたらしく、食べていれば腹痛や嘔吐を伴い苦しむことになるだろうと先生が言っていたのだ。

 ある意味、日菜は犯罪者になっていただろうし、これを調理し食べさせようとしたリサもまた捕まっていただろう。

 あの時抵抗してよかったと心底思う。

 

 "誤って毒キノコを食べ死亡" なんて笑えない話だからな。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 林間合宿ということだけあって、バーベキューだけが全てではない。

 テントを自分たちで立て、そこで一泊し、自然の中でどう過ごすかが目的とされているのだが、うちには天才がいる。

 

 

 「はいっ!かんせーい!」

 

 

 説明書も見ずにあっという間にテントを二つ完成させる。

 見た目も中身も完璧。

 先ほどのような奇行さえなければ日菜は最高の逸材だと言えるのに。

 

 

 「ありがと〜、ヒナ!」

 

 「えっへへ〜♪」

 

 「なあ、薫」

 

 「どうしたんだい?」

 

 「オレたちは何もやってないんだが、どう思う?」

 

 「ふふっ、人には適材適所がある。私たちは今回、とても役に立てなそうだね」

 

 「自分で言ってて悲しくならないか?」

 

 「ああ、儚い…………」

 

 

 やはり意味不明だ。

 早くコイツの翻訳機をよこしてくれ、ドラ○もん。

 

 

 「日も暮れそうだし、中に入ろうよ」

 

 「そうだね!」

 

 「ああ。今夜は語り明かそうじゃないか」

 

 「じゃあ、オレも一人に」

 

 

 三人と別れようとしたその時、日菜に腕を掴まれる。

 

 

 「ユッキーも一緒に決まってるじゃん!」

 

 「いや、しかし…………オレは女子の会話についていける気がしないんだが」

 

 「大丈夫大丈夫♪ほらっ、入るよ」

 

 

 半ば強引に女子のテントへ連れ込まれる。

 

 

 「ああ、ユッキーの荷物は全部こっちにあるからね。もちろん寝袋も!」

 

 「おい待て、流石にそれはまずいだろ。第一、何のためにあのテントを立てたんだ?」

 

 「カモフラージュに決まってるじゃん♪」

 

 

 予め、男子と女子ではテントが別になっている。

 モラルとして当然のことなのだが、天才(ひな)に関してその限りではないようだ。

 

 

 「オマエが良くても他の二人は…………」

 

 「えっ?アタシはOKだよ」

 

 「私もさ」

 

 「まともな奴はこの中にいないのか…………」

 

 「それじゃあ、女子&その他会、開催ー!」

 

 

 日菜の号令のもと、謎の会はスタートする。

 それと同時に、日菜はカバンの中から大量のお菓子を出し全ての封を開ける。

 どうやら日菜は学校の目的と全く違う目的を持ってこの林間合宿に参加していたようだ。

 

 

 「ねえねえ、普段おねーちゃんってどんな感じなの?」

 

 

 キラキラと来た瞳で毎度同じことを訊く。

 

 

 「前にも説明しただろ」

 

 「あれからひと月も経ったじゃん!」

 

 「あっはは!ヒナは本当に紗夜のこと好きなんだね〜」

 

 「そこまでいくと依存症とも捉えかねないんだが」

 

 「いいことじゃないか。紗夜が羨ましいよ」

 

 「当の本人はそのことで困り果てているんだけどな」

 

 

 実際、オレは日菜のことで紗夜から相談を受けることがある。

 姉妹仲が改善してきたは言え、やはりまだ苦手意識があるようだ。

 一歩ずつ歩み寄ってはいるようだが、日菜のことだからそんなもの飛び越えているに違いない。

 美竹姉弟とも、オレたちキョウダイとも違う特殊なパターンだといえる。

 

 

 「薫くんも千聖ちゃんのこと大好きだもんね♪」

 

 「ああ。千聖は素直じゃないから私の気持ちに正直になれていないんだけどね」

 

 「幼馴染だったか。確か」

 

 「あたしにそういう人はいないなー」

 

 「アタシは友希那と雄樹夜と幼馴染だもんね〜♪」

 

 「そうだな」

 

 「えぇー?リサちーとユッキーって付き合ってないの?」

 

 「つ、つきっ!?」

 

 

 日菜の爆弾発言にリサは固まる。

 

 

 「生憎だが、オレたちはそんな関係じゃない」

 

 「お似合いだと思うんだけどなぁ」

 

 

 冷静に返答するオレだが、日菜は止まるところを知らない。

 リサは赤面したままフリーズしている。

 

 

 「ちなみに、今後付き合う予定は──────」

 

 「日菜。そこまでにしろ」

 

 

 ベラベラと話すその口を無理やり押さえ込む。

 見た目に反してリサはこういった話題には滅法弱い。

 相手の恋愛事情を聞くのは好きなんだが、自分が聞かれるのは苦手だと言う。

 リサ自身そのような経験がないからだろうが、純粋にも程がある。

 友希那なら適当に流せるだろうに。

 

 

 「でも、あたしはユッキーのこと、好きだよ?」

 

 「うそっ!?!?」

 

 「おやっ」

 

 

 日菜の唐突の告白に三者三様の反応を見せる。

 

 

 「……………そうか」

 

 「ユッキーさー、そういう時はもっと嬉しそうにしなよ〜」

 

 

 やはりというべきか、日菜はからかっていただけのようだった。

 

 

 「本気で受け取っていないからな。それに今は誰とも付き合う気はない」

 

 「なんで〜?高校生活はあっという間なんだよ?」

 

 「恋愛は幾つになってもできる」

 

 「つまんないの〜」

 

 

 頬を膨らませ不満げな表情を見せる日菜。

 事実、オレは恋愛に興味はないし、経験すら毛頭ない。

 学園生活でいろんな人と接してはいるが、どうにもそういったことへの感情が湧いてこないのだ。

 リサに少女漫画を借りたこともあったが、『これが今の高校生の普通なのか』と感じるぐらいで、同じようなことをしたいとは思わなかった。

 

 オレにはやはり音楽しかないのだろうか。

 

 外の空気を吸うべく、女子3人組の会話から外れテントを出た。

 

 

 

………………………

 

 

…………

 

 

 

 テントから離れ、少し山を登ると少し開けた場所にたどり着いた。

 少し進めば崖があり、落ちると間違いなく死ぬだろう。

 そこにあった平岩に腰を下ろし、夜空を見上げる。

 オレの目に映るのは都会の空からでは決して見ることのできない満天の星空。

 東京にもこのような場所があったのかと、感心させられる。

 

 

 「綺麗だな」

 

 

 思わずそうポツリと呟く。

 しばらく黄昏ていると、遠くの方から足音が聞こえ徐々にこちらへと近づいてくるのがわかった。

 あの3人の中の誰かか、それとも───────。

 

 

 「……………雄樹夜?」

 

 

 誰が来たかは振り返らずともわかる。

 

 

 「ここに何しに来た?友希那」

 

 

 星空を見ながら義妹に問う。

 

 

 「話についていけなくなったから、ここへ来ただけよ」

 

 「そうか」

 

 「隣、いいかしら?」

 

 「ああ」

 

 

 平岩の中心に座っていた身体を端に寄せ、友希那はオレの隣に腰を下ろした。

 

 

 「………………綺麗ね」

 

 

 オレと同様に夜空を見上げ、感想を述べる。

 

 

 「そうだろ。オレも驚いていたところだ」

 

 「ぜひ写真に収めたいところだけど、携帯はテントの中なのよね……………」

 

 「安心しろ。さっきオレが撮影しておいた。後でRoseliaのグループにも送る予定だ」

 

 「そう。ありがとう」

 

 「ああ」

 

 

 梅雨特有の暖かな風が木々を揺らす。

 昔からこういった風の音を耳にすると、ローテンポの曲を思い浮かべる。

 余計な音は一切出さず、ギターだけだとか、ピアノだけだとか。

 一見シンプルに聴こえるが、それだからこその奥ゆかしさがあると言える。

 

 

 「今度ライブで披露する曲はもう決まっているのか?」

 

 「まだ考えているところよ」

 

 「そうか。なら、バラードを挟んでみるといい」

 

 「バラード?」

 

 「ああ。Roseliaは友希那の歌声とそれに劣らない迫力ある演奏が魅力だ。だが、何度も同じテンポの曲を続けてしまったらメリハリが無くなり、その良さが霞んでしまう」

 

 「つまり、バラードは曲と曲の間に休息を挟むようなものと捉えていいのかしら?」

 

 「そうだ。何も、ずっと全力でやる必要はない。今のままだと、あこが先に倒れてしまいかねないからな」

 

 「メンバーの今の実力を加味してのことだったのね…………ありがとう、参考にさせてもらうわ」

 

 「また新しい曲を作らないとだな」

 

 「問題ないわ」

 

 

 自信満々にそう口にする友希那。

 さすが、と言わざるを得ないな。

 

 ここでオレは話題を大きく変える。

 

 

 「テントでは何を話していたんだ?」

 

 「………………」

 

 

 先程まで饒舌だった友希那の口は固く閉ざされる。

 

 

 「友希那?」

 

 「……………恋愛話を、していたわ」 

 

 

 友希那は俯きながら答える。

 友希那がここへきた理由がよくわかった。

 確かに、その手の話題は間違いなくついていけないだろうからな。

 

 

 「女子は本当にそういう話が好きなんだな」

 

 「あまりにもしつこく聞いてきたものだから……………つい、逃げてきたの」

 

 「気になるんだろ」

 

 「好意を向けられるのは苦手なの。音楽に集中したいから」

 

 「そうなのか」

 

 「雄樹夜はどうなの?」

 

 「どう、と言われてもな…………」

 

 「あなたには好きな人はいないのかしら?」

 

 

 義妹から突きつけられた直球の問い。

 こういった話を友希那とは全くしないからその新鮮さに浸りながら、ありのままの気持ちを伝える。

 

 

 「いない。少なくとも、今はな」

 

 「意味深なセリフね」

 

 「だが、これだけは言える。友希那、オマエに恋心を抱くことは絶対にない」

 

 「当然よ。私たちはキョウダイなのよ?」

 

 

 理由はそれだけではない。

 オレからすれば、義両親にどう顔向けしたらいいかわからなくなるというのが一番の理由だ。

 

 

 「友希那も間違ってもオレに惚れるなよ」

 

 「そんな心配不要よ」

 

 「それは失礼した」

 

 

 だが、将来は誰であれ友希那が嫁に出ることになるだろう。

 それは大変喜ばしいことなんだが、今のままでは音楽しか取り柄のないダメな女になってしまいかねない。

 オレともども、リサや義母さんに家事を教わる必要がありそうだ。

 

 

 「戻らなくていいのか?」

 

 「大丈夫。そういうあなたは?」

 

 「もう少し、ゆっくりしていきたい。騒がしいのは嫌いじゃないが、落ち着く時間も欲しい」

 

 「そう。なら、付き合わせてもらうわ」

 

 「好きにしろ」

 

 

 ここから互いが口を開くことはなく、ただ夜空を見上げ共にこの静かな時間を過ごした。

 決して多くは語らない。

 それが湊キョウダイだ。




毒キノコ、食べたらダメ、絶対!

山本イツキは過去に、鶏肉で食中毒になった経験があるんですけど、トイレから出られないんですよね、コレが。


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第十曲 邂逅

久々の投稿です。

大変お待たせしました。


 季節はすっかりと夏へと移行し、ギラギラと眩しい太陽が照り輝いている。

 商店街に出ると、すでに辺りはアイスやらジュースやら、暑い夏にぴったりな品々を提供し始めていた。

 オレは今日、新しい本を買いに本屋へ来たんだが、目新しいものは何もなく無駄足だったとトボトボ家へ帰ってるところだ。

 道中、ふとある光景が目に入る。

 

 

 「あれは………?」

 

 

 そばにあった電気屋で何やらゲームを物色している人影が見えた。

 その人物のことはあまり知らない分、似つかない場所にいたものだから少々驚いた。

 ゆっくりと近づき声をかける。

 

 

 「燐子」

 

 「きゃっ………………ゆ、雄樹夜………………さん……………!」

 

 

 ビックリした、と言わんばかりの表情を見せる燐子。

 手には数本のゲームソフトを抱え、今から買いに行こうとしていたみたいだ。

 

 

 「急に声をかけてすまない。つい、目に止まったものでな」

 

 「い、いえ………………」

 

 「ゲーム、するのか?」

 

 「は………………はい………………」

 

 

 頬を染め、俯き抜きながら答える。

 それにしても、やはり意外だ。

 燐子がゲーマーだったとは、この夏1番の驚きだな。

 

 

 「その………………あこちゃん、と……………一緒に………………」

 

 「あこ?あいつもゲームをするのか」

 

 「はい…………………あこちゃんと、知り合ったのも………………ゲームが…………きっかけ、でした……………」

 

 

 全くタイプの違う二人がどうやってあそこまで仲良くなったのか疑問だったが、それが要因だったとは。

 人は見かけによらないとはよく言ったものだ。

 

 

 「ゆ、雄樹夜さんは………………どうして……………」

 

 「オレは本を買いに来た。残念ながら、面白そうなものは何もなかったんだけどな」

 

 「その、どんな本を………………読むん、ですか……………?」

 

 「ジャンルは基本問わない。だが、非日常に溢れた世界線の作品は好きだな」

 

 「とても……………わかり、ます……………」

 

 「燐子は前、ギリシャ神話の本を読んでいたのを見かけたんだが、面白いのか?」

 

 「はい………………!とっても………………」

 

 「そうか。今度読んでみるとしよう」

 

 

 あこが意味不明なセリフを言うとき、燐子に助けを求めるのはそう言った知識が豊富だからなのだろうか。

 

 

 「邪魔して悪かったな」

 

 「い、いえ……………また、練習……………で」

 

 「ああ」

 

 

 燐子に別れを告げオレは再び商店街を歩く。

 街行く人々は汗を流し、この猛暑の中仕事をしている。

 オレも将来ああなるのかと思うともう少し学生気分に浸りたいと感じる。

 およそ残り1年半の学生生活。

 大学に行くか就職するかまだ決めてないが、義両親の迷惑だけはかけないようにしたい。

 

 

 「このまま家に帰るのもなんだ、アイスコーヒーでも飲んで帰るか」

 

 

 たまたま目に止まった喫茶店に足を運んでみる。

 汗ばみ、太陽に灼かれた体が店の冷房で一気に涼む。

 カランカラン、とベルが鳴り店員が近づいてきた。

 

 

 「いらっしゃいませ♪」

 

 

 茶色の短い髪を揺らしながらきたこの少女にオレは見覚えがあった。

 

 

 「確かAfterglowの……………」

 

 「羽沢つぐみです!湊 雄樹夜さんですよね?」

 

 

 どうやら向こうも面識があったようだ。

 

 

 「よく覚えていたな」

 

 「これでもお店の従業員ですから。お好きなお席へどうぞ」

 

 

 和やかな表情でそう告げカウンター席へと向かう。

 

 

 「………………あっ」

 

 「………………おぉ」

 

 

 そして、この店の中にもう一人見知った顔がいた。

 

 

 「よかったら隣、どうぞ」

 

 「悪いな」

 

 

 Roseliaのギタリスト、紗夜だ。

 普段は制服姿でしか見ることはないが、私服はなんだか新鮮さがあるというか。

 不思議な気分だ。

 

 

 「よく来るのか?」

 

 「そんなことないですよ。今日はたまたまです」

 

 「そうか」

 

 「あなたの方こそ、どうなんですか?」

 

 「今日が初だ。Afterglowの人間がここで働いてるなんて知らなかったぐらいだからな」

 

 「羽沢さんですね。とても人当たりの良い人ですよね」

 

 「ああ。オレも見習わないといけないな」

 

 

 淡白、だとは思うが会話にはなっていると思う。

 リサがいなくても、もう大丈夫そうだ。

 

 

 「ご注文お決まりですか?」

 

 「お任せする。この店のおすすめを持ってきてくれ」

 

 「かしこまりました♪」

 

 

 オレの適当な注文に、羽沢つぐみは表情ひとつ変えることなく注文を受けた。

 こういった面倒な客への対応も慣れているのだろう。

 紗夜の言う人当たりの良さもそういった経験から身につけたものなんだと理解できた。

 

 

 「今日は何してたんだ?」

 

 「ずっと家にいるのもよくないと思ったので外に出ただけです。あなたは?」

 

 「目新しい本を探しに本屋に行ったが、収穫はなかった。ここへきたのは本当にたまたまだ」

 

 「今井さんとは一緒じゃないんですね」

 

 「幼馴染と言えど、特別仲がいいわけじゃない。お互い趣味も違うしな」

 

 

 その代表的なものの一つが衣服だ。

 オレはリサと違いオシャレというものに執着はない。

 今も、家にあった黒のTシャツに短パンと非常にラフな格好である。

 

 

 「どうせなら友希那やリサでも呼ぶか?電話でもすればすぐにでも来るはずだが」

 

 「いえ、大丈夫です」

 

 

 紗夜はキッパリと断る。

 

 

 「せっかくなので二人で話しませんか?」

 

 「ああ。構わない」

 

 

 そう話していると羽沢つぐみはオリジナルブレンドとチーズケーキを運び、差し出す。

 

 

 「ごゆっくりどうぞ♪」

 

 

 和かな笑顔でそう告げ、次の客の元へトコトコとかける。

 こんな休みの日にも働くんだから相当な頑張り屋だ。

 無理して体を壊さなければいいんだが。

 

 試しにコーヒーを一口啜る。

 オレ自身舌が肥えてるわけではないが、美味いと感じる。

 甘さを調整できるように添えられたミルクと砂糖を入れ再度啜る。

 

 うん、美味い。

 全身がほぐされていくような、落ち着く味だ。

 

 

 「いいな、これ」

 

 「気に入りましたか?」

 

 「ああ。これは通うことになりそうだ」

 

 

 チーズケーキもまた絶品。

 コーヒーとの相性も抜群だ。

 メニュー表を見てもこの二つでワンコインなんだから金のない学生にも優しい店だ。

 羽沢つぐみという女を育てた親だから、その人柄も窺える。

 

 この世に生まれてくれてありがとう。

 珈琲店を営んでくれてありがとう。

 

 

 「花咲川も、もうすぐ夏休みか」

 

 「ええ」

 

 「この長期休暇でメンバーの演奏レベルがさらに向上すればいいんだけどな」

 

 「可能であればもっと実践経験も積みたいですね」

 

 「この期間、ライブできる回数は何度でもある。友希那の許可が降りればいつでも手配するぞ」

 

 「助かります」

 

 「オレにできるのはそれだけだからな」

 

 

 Roseliaが成長できるのであればオレはどんなことでもしよう。

 それがどれだけ裏方だろうが構わない。

 それが唯一友希那にできる罪滅ぼしだから。

 しばらく話していると一件の着信が入る。

 バイトの先輩、まりなさんからだ。

 

 

 「もしもし……………はい……………本当ですか。ぜひお願いします。はい、失礼します」

 

 

 電話を切り、横目で見つめる紗夜にまりなさんからの言伝を伝える。

 

 

 「紗夜。今週の土日は暇か?」

 

 「え、ええ。予定はありませんが」

 

 「合宿、しないか?」

 

 「は、はあ?」

 

 

 訳がわからないと言った様子で首を傾げる紗夜。

 こういう時、リサがいつも補足してくれるのだが今日はそばにいない。

 やはりオレにはリサが必要だ。

 

 

 「あるバンドが海の近くのコテージを借りたんだが、流行病にかかって行けなくなったらしい。その代わりを探しているところを、まりなさんが真っ先にRoseliaに声をかけてくれた」

 

 「なんとも、絶妙なタイミングですね」

 

 

 全くもってその通りである。

 神がもたらした好機というべきか。

 オレたちはついてる。

 

 

 「返事は決まってます。もちろんいきます」

 

 「よしきた。他のメンバーにも声をかけるか」

 

 

 グループにメッセージを送信し皆の返事を待つ。

 

 

 「事がうまくいき過ぎて怖いぐらいだな」

 

 「皆さんと予定が空いていればいいですね」

 

 「人が集まらなくてもオレでよければマンツーマンで付き合うぞ?」

 

 

 オレのその言葉に、紗夜は口をつぐむ。

 

 

 「……………その時は、また考えましょう」

 

 「そうか」

 

 

 まあそんな事はありえないだろう。

 何せ、友希那は一日中家にいる事がほとんどだから呼べば間違いなく来る。

 近頃は引きこもりっぱなしだから砂浜にでも出して走らせるか。

 リサ曰く、衣装のサイズを変更したと耳にした。

 もちろん、サイズアップの方で。

 

 余計なお世話だろうが、みっともない姿でステージに立たせるわけにはいかない。

 そのためには、オレも鬼になろう。

 

 

 「もう時期陽も落ちる。そろそろお暇するか」

 

 「そうですね」

 

 

 代金を支払い、紗夜に別れを告げ羽沢珈琲店を後にする。

 陽も落ち少し涼しくなった商店街を抜け帰路につく。

 

 

 

***

 

 

 

 家に帰る頃には全員から返信が届き、行けないと答えたのは一人もいなかった。

 これで全員参加だ。

 次のライブに向けより一層練習ができる。

 このまたとない機会を無駄にはできない。

 

 

 「ただいま」

 

 

 家の扉を開きそう呟く。

 

 

 「おや、おかえり」

 

 「義父さん……………」

 

 

 普段は自室にいる義父さんがそこにはいた。

 食事も時間がズレる事が多いからあまり顔を合わせる事がないのだが、どこかやつれている様子だった。

 

 

 「今日はどこに行ってたんだい?」

 

 「商店街の喫茶店に。友希那のバンドメンバーとたまたま会って」

 

 「楽しかったかい?」

 

 「もちろん」

 

 

 オレはそう答え、義父さんは嬉しそうに小さく笑った。

 

 

 「聞いたよ。また、音楽に関わるようになったって」

 

 「…………………」

 

 

 義父のその言葉に言葉が詰まる。

 かつてオレは幼心だったとは言え、友希那とリサと共に音楽で頂点を目指すと言った身。

 自分の才能に限界を感じ、友希那からも逃げ、音楽から逃げ、そして自分からも逃げた愚か者だ。

 とても顔を合わせることなんてできない。

 

 

 「雄樹夜?」

 

 「……………正直、オレに今その資格はないかもしれない。けど────」

 

 「どんな形であれ、また雄樹夜が音楽と向き合ってくれて嬉しいよ」

 

 「おこら、ないの?」

 

 「当然だよ。二人とも、僕の大切な家族だ。自分の思うままに過ごしなさい」

 

 

 友希那だけでなく、血のつながりもないオレのことまで。

 なんだか、自然と涙が溢れてくる。

 どこまでも優しい義父に心から感謝する。

 

 

 「Roseliaは必ず、オレが導いてみせる。だから…………見ていてほしい」

 

 「これからも、楽しみにしてるよ」

 

 

 義父さんはそう返し、自室へと戻る。

 

 

 「さて、練習メニューを考えなくちゃな」

 

 

 決意を新たに、オレはまた歩き出す。




テレビをつければ侍ジャパンの練習試合。

世界のしょーへいまじバケモン
優勝目指して頑張ってください。応援してます。


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第十一曲 合宿〜前編〜

二部作になります。

夏はやっぱイベントごとが多くて執筆しやすいよねっ!
現実だと春が一番嫌い
何故って?花粉症だからさ!


 太陽がギラギラと輝く晴天の空。

 光に照らされる満開の青い海。

 そう、まさにここは南国と呼ぶに値する素晴らしい場所だが─────

 

 

 「「暑い………………」」

 

 

 インドアなオレたち湊キョウダイからしたらそんなこと関係なかった。

 

 

 「わ、私も……………限、界……………」

 

 

 どうやら燐子も同じだったようだ。

 

 

 「りんりん大丈夫!?」

 

 「あはは〜。三人とも、体力無さすぎ〜」

 

 

 あことリサに関してはいつも以上にハイテンションに見える。

 アウトドアな二人だからこそだな。

 

 

 「全く、遊びに来たんじゃないんですよ?」

 

 

 他とは対照的に普段と変わらぬ冷静さを見せる紗夜。

 日常から逸脱した場所に来てもなお、反応がさまざまなのがRoseliaだ。

 

 

 「早くコテージに行こう。このままだと体が溶けそうだ」

 

 「ええ。そうしましょう」

 

 「はい………………」

 

 

 インドア組はそそくさとコテージへと向かい、その後ろを他の三人がついてくる。

 海辺から少し離れた場所にある二階建てのコテージは、防音設備はもちろん、キッチンやお風呂、各個室も備えられた完璧なものだった。

 1泊2日過ごすこの場所に文句の一つも出てきやしない、最高の環境だ。

 

 中に入り、早速冷房をつける。

 

 

 「もう汗だくだ。やはり夏は好かん」

 

 「ええ、私も」

 

 

 ここぞとばかりに意見が合うオレたちキョウダイ。

 

 

 「そんなことないよ!夏は楽しいイベントが盛りだくさんだよ!!」

 

 「例えば?」

 

 「夏祭りにプールに、花火大会!今もほらっ!海に来てるんだから泳ぐことだって!」

 

 「どれも疲れるものばかりだな」

 

 「ちょっと〜!もっとテンション上げてこーよー!」

 

 

 オレの肩を揺らしそう訴えかけるリサ。

 彼女に誘われなければオレたちは間違いなく家から出ることもなく、冬眠ならぬ "夏眠" をしていただろう。

 熱いのは良いが、暑いのは嫌いだ。

 夏季休暇という制度を作ってくれた人に感謝の意を表したい。

 

 

 「そんなことよりも、早く始めましょう。1秒たりとも無駄にはできません」

 

 

 誰よりも真面目な紗夜はそそくさとギターを出し演奏の準備をする。

 音楽以外興味のないインドアかと思いきや、彼女は弓道部にも所属するバリバリのスポーツウーマン。

 家からここにくるまでにバテたオレたちとは違いスタミナは有り余ってる様子だ。

 

 

 「さすがだな」

 

 「あなた方が貧弱なだけです」

 

 「何も言い返せん」

 

 「雄樹夜も運動始めたら?陽の上らない早朝にランニングするだけでも十分だと思うんだけど」

 

 「…………友希那、一緒にどうだ?」

 

 「遠慮するわ」

 

 「これが答えだ。リサ」

 

 「もぉ〜!!二人のバカー!!」

 

 

 リサの可愛らしい怒号が飛び交う。

 彼女には悪いが、嫌なものは嫌なんだ。

 まず第一に、万が一オレが倒れたとして誰が助けてくれる?

 早朝だから人なんていないし、そばに友希那もリサもいない。

 誰にも迷惑をかけたくないからそんなことできるはずがない。

 

 ─────と、最もらしい理由を並べてはいるが、結局のところ運動したくないだけである。

 

 

 それぞれが準備を済ませ、手始めに『LOUDER』を弾く。

 先ほどまでバテていた様子だった燐子はその面影すら残さない演奏。

 他もいつにも増して良い音を奏でていた。

 

 

 「どうだったかしら?」

 

 「ああ、良いんじゃないか」

 

 

 指摘事項もみつからない演奏に心から賛辞を送る。

 

 

 「この曲は完全にマスターしたと言ってもいい。音にブレもないし、一定だ」

 

 

 元はこの曲は義父さんが作詞作曲したものだ。

 Roseliaがカバーする形で受け継いだ大切な曲だが、オリジナルに負けないほど完璧に演奏できるようになってオレも素直に嬉しい。

 

 

 「えっへへ、雄樹夜さんに褒められると嬉しいなぁ♪」

 

 「うんうん!そうだね!」

 

 「これからも………頑張ります…………!」

 

 「この合宿でさらにレベルアップできるようにしましょう」

 

 「ただ─────」

 

 

 盛り上がるメンバーたちを差し置き、オレは一人を見る。

 

 

 「オマエを除いてだ。友希那」

 

 「………………」

 

 

 そう言うと、全員の視線が友希那に集まる。

 奴は俯き視線を逸らすがオレは続けて話す。

 

 

 「いつもより声が出ていない。疲れ…………いや、何か思い悩んでいることでもあるのか?」

 

 

 誰よりも共に長い時間を過ごしてきたキョウダイだからこそわかる。

 

 友希那は今、壁に当たっている。

 

 ライブに向けて順調に練習を積み重ね、個々の技術はかなり向上した。

 それにより求められるのは、今のメンバーに相応しい "新曲" 。

 

 今の友希那にはそのアイデアがないに等しい。

 焦り、動揺という感情は音にも現れるものだからな。

 

 

 「…………聴いてほしい曲があるの」

 

 

 友希那はパソコンを開きデモ音源を流す。

 仮でつけられた曲名は『熱』。

 おそらくは夏をイメージしたハイテンポの曲なんだろうが、どこか迷走しているように聴こえる。

 音の抑揚も点でバラバラだ。

 正直、何をどうアドバイスすればいいかもわからない状態というのが現状だ。

 

 

 「私はいい感じだと思うけどなぁ」

 

 「個人的にではダメなの。Roseliaは、最高の音楽を演奏しなければならないの…………」

 

 「その気持ちは最もだが、まだ当分かかりそうだな」

 

 「この合宿中には仕上げるわ」

 

 「それじゃあ、残りの四人はオレが見る。友希那は新曲作りに専念してくれ」

 

 「わかった。お願い」

 

 

 やることも決まり、本格的な合宿が始まった。

 

 

 

***

 

 

 

 それからRoseliaは練習を続け、度々友希那の元へ赴くが状況は芳しくない。

 ぶち当たった壁は相当厚く見える。

 

 

 「そろそろ休憩したらどうだ?」

 

 

 そう声をかけるも友希那はパソコンと終始見つめ合ったまま。

 集中している人間の邪魔はできないと引き下がった。

 

 

 「友希那は、どう?」

 

 

 リサが心配そうな目で遠巻きに見る。

 

 

 「しばらく手が離せなさそうだ」

 

 「そう、ですか…………」

 

 「あこにできそうなことはないかな?」

 

 「見守ることも大切だよ、あこ」

 

 「しかし困りましたね。このままだと、湊さんと連携が取りづらくなります」

 

 「早く仕上がることを祈るしかないな」

 

 

 事実オレたちが友希那にしてやれることは何もない。

 困り果てたその時、リサが一つ提案を持ちかけてきた。

 

 

 「ねぇ、雄樹夜」

 

 「なんだ?」

 

 「もしよかったらなんだけどさ、友希那の代わりに─────」

 

 「断る」

 

 

 リサの言葉を遮るように断固として拒否する。

 

 

 「なんで!?」

 

 「オレと友希那では歌う音程が違う。音程が違えば演奏が狂う。演奏が狂えば頂点なんてとても目指せない。わかるか?オレがここで歌うことは悪循環でしかないんだ」

 

 

 少しキツくなってしまったがこれもRoseliaのため。

 地道に積み上げてきた演奏力をオレがぶち壊すわけにはいかない。

 例えリサに嫌われようとも、オレは歌うことに関して協力はしない。

 断じてな。

 

 

 「そっか。なら、仕方ないね」

 

 「雄樹夜さんの歌、聴きたかったです…………」

 

 「私も、です……………」

 

 

 残念がるリサ、あこ、燐子とは違い、紗夜はオレの眼前まで詰め寄った。

 

 

 「なんだ?」

 

 「体のいいことを言って、また『自分には才能がない』とか心の中で思ってるんじゃないですか?」

 

 「そんなことはない。オレは…………」

 

 「では、歌ってください」

 

 

 いつも以上に食い下がる紗夜。

 何か目的でもあるのだろうか?

 

 

 「そこまでおれにこしつする理由を教えてくれ」

 

 「あなたは言いました。音程が違えば演奏が狂う、と。いついかなる時も完璧な演奏をするために、そういったことも練習しておく必要があるのではないですか?」

 

 「一理はある。だがな……………」

 

 「では決まりです。みなさん、準備しましょう」

 

 

 強引を通り越して強制的にスタンドマイクの前に連れてかれる。

 他の三人も顔を合わせて小さく笑い、配置につく。

 

 

 「どうなっても知らないからな」

 

 「構いません。私たちの成長のためならば!」

 

 

 はあ、と大きくため息をつき合図を送る。

 今から演奏するのは『陽だまりロードナイト』。

 今現在、Roseliaにおける曲の中で最もバラードに近い曲だ。

 比較的テンポもゆっくりかつ一定だから難易度で言うと優しめの曲だが、友希那とオレでは音程が全く違う。

 男と女であるのは当然として、友希那ほど迫力のある歌声はオレでは出せない。

 

 やることは一つ。

 オレらしく歌うことだ。

 

 

 「…………どうだ?」

 

 

 一曲歌い終え、後ろを向く。

 

 

 「雄樹夜、やっぱり上手いね♪」

 

 「流石です!!」

 

 「びっくり……………しました……………!」

 

 

 驚くような様子を見せる三人。

 肝心の紗代はというと、腕を組み真剣な眼差しでオレを見る。

 

 

 「どうだ、はこっちのセリフです。今の私たちの演奏で何がいけなかったのか教えてください」

 

 

 オレが歌えることはすでに知っていたかのような口ぶりだ。

 まったく、オレだって万能じゃないんだぞ。

 もちろん歌いながらみんなの演奏はチェックしていたが普段通りにできていた。

 何がいけなかったのか?そんなものあろうはずがない。

 

 

 「ふっ、素晴らしい演奏だった」

 

 

 手放しにそう称賛する。

 歌っている側からすれば、違和感のかけらもない見事な演奏だった。

 これならどんな歌い手だろうと合わせられるだろう。

 

 肝心のRoseliaの核は、未だ踠き続けているんだけどな。

 

 

…………………

 

 

…………

 

 

 陽が完全に落ち夜を迎えた。

 夕食はリサの手料理を味わい、各々個人練習を積むということで今日のプログラムは終了した。

 

 

 「なあ。リサ」

 

 「なあに?」

 

 

 夕食の片付けを手伝ってる最中、友希那がいないのを見計らってリサに声をかける。

 

 

 「オレにしてやれることは、なんだと思う」

 

 「ええっ!?な、何、突然」

 

 「友希那がこのまま曲を完成させられず、オレと同じ過ちを犯してしまうんじゃないかと、その…………危惧してるんだ」

 

 

 余計なお世話かもしれない。

 だが、このまま放っておくことなんてオレにはできない。

 友希那は誰よりも直向きに努力しているし、才能だって持ち合わせている。

 オレが音楽から離れている間も、独りで、ざっと、ずっと。

 

 そんなキョウダイにどんな言葉を掛ければいいのか、本気でわからないんだ。

 

 

 「オレは、人の気持ちを考えることが苦手だ」

 

 「うん、知ってる。テストもいつも国語だけ点数低いもんね」

 

 「テストは今は関係ない」

 

 

 咳払いし、話を戻す。

 

 

 「リサ。オマエならこういう時、どうするんだ?」

 

 

 その問いかけに、リサはうーんっ、と考えるそぶりを見は答える。

 

 

 「そっとしておくのが一番だと思うよ」

 

 「そっと、か」

 

 「うん。例えば、今友希那に音楽以外の話をするとしたらどんな反応をすると思う?」

 

 「そうだな………オレなら、軽くスルーするかな」

 

 「そう。友希那もきっとそうする。だって、二人はよく似てるから♪」

 

 「そうなのか」

 

 「こっちから余計なことはしちゃダメ。でも、向こうから助けを求めてくれた時は必ず応えること。OK?」

 

 「あ、ああ」

 

 「それでも、今の雄樹夜は友希那を放っておかないんだよね。それなら………」

 

 

 リサはポッドでお湯を沸かし、棚に収納してあった紅茶葉とはちみつを取り出し、沸騰したお湯とその材料を混ぜ合わせる。

 友希那の好物、はちみつティーの完成だ。

 

 

 「これ、友希那に持っていってあげて。きっと喜ぶから☆」

 

 「いつもすまない。今度このレシピ教えてくれ」

 

 「あははっ、教えるもなにもないよ。ほらっ、冷める前に行って!」

 

 「ああ」

 

 

 こぼさないよう、そっと持ち友希那の部屋へと向かう。

 2階にある個室にはテーブル、椅子、ベッドと簡素的な作りになっているものの数日間だけの生活においてまったく困ることはない。

 

 

 「友希那。入るぞ」

 

 

 扉をノックし部屋に入る。

 友希那はまるで天に祈るかのようにベッドの上で横になり腹の上に手を置いている。

 返事がなかったが、どうやらヘッドホンをしてオレの声が聞こえなかっただけらしい。

 

 未だ目が合うことはなく、オレの存在に気づいていない。

 テーブルにリサ特製のはちみつティーをおこうとしたが、何十枚もの紙が散乱していた。

 書いては消し、書いては消しを繰り返したその様子から、まだ悩んでいる最中なんだろう。

 邪魔しないようにそっと部屋を出ようとすると、ヘッドホンをとった友希那がオレを呼び止める。

 

 

 「なに?」

 

 「リサからはちみつティーの差し入れだ。飲まずとも、手を温めるだけで気持ちが前向きになるらしい。試してみたらどうだ?」

 

 「そう。ありがとう」

 

 

 たまたま身につけた豆知識が役に立つことになろうとは。

 知識は多いに越したことはないのを実感した瞬間だった。

 

 

 「じゃあ、オレは部屋に戻る」

 

 「ええ。おやすみなさい」

 

 

 特に話すこともなく部屋を出る。

 今はこれでいい。

 友希那なら必ず答えを導き出すはずだから。




WBCが開幕しました。
みなさんはご覧になられているのでしょうか?

優勝目指して共に応援しましょう!
村上選手は調子がイマイチですが、これから上がってくることを期待して後書きとさせていただきます。

感想、評価お待ちしてます


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第十ニ曲 合宿〜後編〜

バンドリメンバーがとうとう進級、そして卒業へ……………

成長を実感して涙する一方、嬉しくも感じるというか。
今更ながらとはなりますが、みなさん。ご卒業おめでとうございます!

これからもよろしくお願いします!


 「はあ…………はあ…………」

 

 

 まだ陽が上り切っていない早朝。

 この時間は普段ならまだ夢の中にいるオレだが、今は外へ出て砂浜を走っている。

 もちろんRoseliaのメンバーも一緒だ。

 

 

 「どうして…………こんなことに……………」

 

 

 肩から息をしながら、嘆くようにそう呟く。

 

 

 話は昨晩にまで遡る。

 リサに演奏を見てアドバイスをしてほしいということで二人で練習していた時だった。

 

 

 「ねえ雄樹夜。今って体重何キロ?」

 

 「65だな。ここ最近、食欲がわかないから少し落ちた」

 

 「へ、へぇ」

 

 

 不意にリサは目を背ける。

 

 

 「ちなみにリサは…………」

 

 「もう!女の子に体重の話を訊かないの!!」

 

 「そうなのか」

 

 

 リサから出した話題なのに、なかなか理不尽だ。

 まあ本気で怒ってるわけじゃないだろうからそこまで気にすることもないが。

 

 

 「それで急にオレの体重を訊いてどうしたんだ?」

 

 「雄樹夜も友希那も、ここ最近家に引きこもってばかりだったでしょ」

 

 「失礼な。オレは違う。ちなみに友希那は全く外に出ていなかったようだが」

 

 「二人とも普通の人より外に出ることが少ないのは変わりないからね?」

 

 「なっ」

 

 

 まるでオレたちが "普通" とはかけ離れているとでも言いたそうな口ぶりだな。

 当てはまってる部分もあるだろうが、友希那と同レベルで扱われるのは心外だ。

 これでも意欲的には外出してるんだが。

 

 

 「と、いうことで!明日の朝、ランニングしよう!!」

 

 「……………は?」

 

 

 オレの口からそんな間の抜けた言葉が飛ぶ。

 そんなオレに構わずリサは話を続ける。

 

 

 「だってほらっ!いい気分転換になるかもだよ!?」

 

 「そうかもしれないな」

 

 「それに……………運動しておかないと衣装のサイズが合わなくなるかもだし」

 

 「リサは問題ないだろ。部活をしてるんだから」

 

 「それだけじゃ足りないの!!」

 

 「そうなのか」

 

 

 女というのはつくづく大変な生き物だ。

 

 

 「もちろん、他のメンバーも誘うつもりだよ」

 

 「そうか。なら、頑張って─────」

 

 「なに言ってるの」

 

 

 そう言い切るより前にリサはオレとの顔の距離を近づける。

 

 

 「雄樹夜も走るんだよ!」

 

 「断る」

 

 

 有無を言わせず断固として拒否する。

 

 

 「Roseliaが体を動かすことはわかる。目的があるからな。だが、オレにはそれがない。する意味がない」

 

 

 ここまで必死になる理由は一つ。

 オレは運動が好きじゃない。

 特別運動神経が悪いわけではないが昔から筋肉痛で動けなくなったり、足が攣ったりするのが非常に多かったからだ。

 特に、太腿の裏側が攣った日には涙を流したものだ。

 あれは経験しなければわからないだろう。

 死ぬほど痛いぞ?ホント。

 

 まあ結局のところ、足や腕に急激な負荷をかけたくないだけである。

 だから普段の生活ですらオレは走ることは決してない。

 無駄なことをして自らの体を痛めるのは馬鹿馬鹿しいからな。

 

 

 「大丈夫。ジャージなら用意してるから」

 

 「そういう意味じゃない」

 

 「私が美味しいスイーツ作ってあげるから」

 

 「いや、だから……………」

 

 「雄樹夜」

 

 

 リサの真っ直ぐな視線がオレを覗く。

 

 

 「オレに、逃げ道はないのか」

 

 「これも友希那のためだよ」

 

 「なら、仕方ない」

 

 

 オレが折れる形で早朝のランニングが決まった。

 

 

 そして現在。

 コテージの近くにある砂浜でオレたちは今走り込みを行っている。

 

 先頭はリサ。

 ダンス部とテニス部を兼部してるだけあって流石のスタミナだ。

 口角をあげ、どこか楽しそうに走り続けている。

 

 次点は紗夜。

 こちらは表情を一切変えることなく一定のペースで走っている。

 息に乱れもない。

 まさに理想的な走り方だろう。

 

 驚いたのはあこだ。

 なんとリサと紗夜について行っている。

 燐子とよくゲームをする仲だというからインドアかと思っていたが、実はリサと同じダンス部所属のバリバリ動けるタイプだった。

 若い、と言ってもオレたちの二つ年下の中学生だから年齢で差別するにはまだ時期が早い。

 

 

 「三人とも〜!遅れてるぞ〜!」

 

 

 先頭に立つリサがオレたちにはっぱをかける。

 

 

 「これでも、全力疾走、なんだが……………」

 

 「もう、疲れたわ……………」

 

 「コテージに……………帰りたい………………」

 

 

 並走しているインドア三人組はすでに限界だ。

 2キロほど走った現在オレの足は棒と化し、体は鉛のように重い。

 このあと念入りにストレッチしておかないと間違いなく後日に響く。

 足が攣ることだけはなんとか避けなくてはいけないな。

 

 

 「だらしないですよ。特に湊くん」

 

 「そうですよ〜。男の子なんだからもっと頑張ってくださいよ〜!」

 

 「性別で、差別するのは、やめろ」

 

 

 息を切らしながら反論する。

 男が誰でも運動できると思わない方がいい。

 ここにその典型がいるのだから。

 

 

 「友希那も、あんまり引きこもってばかりだと、衣装着れなくなるよ〜!」

 

 「そんなヘマは、しないわ…………!」

 

 「りんりんも〜!もう少し頑張って〜!」

 

 「あ、あこ……………ちゃん……………」

 

 

 そばにいるインドア二人組も目を回し、精一杯腕を振る。

 目標だった3キロを走り終える頃には、オレたちは地に体を預け座り込むほど消耗していた。

 リサ、紗夜、あこは未だ余裕そうな表情を浮かべている。

 

 

 「もう、今日は、寝る」

 

 「コラコラ〜。なんのためにコテージ借りたの〜?」

 

 

 冗談を言うオレの腕を掴み、強引にコテージへと引っ張る。

 陽が昇りオレたちの体が溶けきる前になんとか中へと入ることができクーラーがよく効いた場所へと移動し風にあたる。

 

 

 「ふぅ、生き返る」

 

 「運動不足はほどほどにね〜」

 

 「オレはまだマシだ。あの二人を見ろ」

 

 

 オレが指を差す方。

 燐子は床に座り込む様に動かず、友希那に至っては神に祈るかの様に腹に手を当て、背を床に預けている。

 よほど今日の早朝ランニングがこたえたんだろう。

 

 

 「これじゃあライブでもすぐスタミナ切れでバテるだろうな」

 

 「そんなこと、ないわ」

 

 

 むくり、と顔だけを起き上がらせる友希那だが未だ顔は青ざめたまま。

 その言葉に説得力のかけらもない。

 

 

 「三人とも、休んでる暇はありません。すぐに朝食を済ませて練習しますよ」

 

 「殊勝な心掛けだな、紗夜。そのストイックさは尊敬するが無理は良くない。昨日も夜遅くまで弾き続けいただろ」

 

 「私にとってこれは普通です。しかし、アナタの意見には賛同します」

 

 「何がだ」

 

 「ライブでのスタミナ切れについてです。練習では問題なくてもライブ本番ではいつも以上に体力を消耗する。今のままでは完璧な演奏をし続けることは不可能です」

 

 「そうだな、その通りだ。それじゃあ練習メニューにもスタミナ強化の項目を設けておく」

 

 「もちろん、アナタも参加していただいたますよ?」

 

 「何を言う。オレは…………」

 

 「ゆーきや〜?これも、Roseliaのためだからね?」

 

 「……………………」

 

 

 後ろでニコリと笑うリサにオレは恐怖を覚える。

 いわばこれは脅しだ。

 Roseliaのためという事を良いことに、オレの苦手も克服しようとしている。

 それに、どこか他のメンバーの視線もいつもより鋭く感じる。

 このグループにおいて男尊女卑という言葉は存在しない、むしろ逆転していると言っても良い。

 

 

 「…………ほどほどに組み込もう」

 

 「決まりですね」

 

 

 まるで勝ったかの様に小さく笑う紗夜。

 勉学、スポーツにおいて隙がないのは、こうも恐ろしいものなんだな。

 

 

 「それじゃあ、これからスタミナ強化も兼ねて海に行こう〜☆」

 

 「賛成〜!」

 

 「行きません」

 

 「嫌よ」

 

 「お断り……………します……………」

 

 「却下だ」

 

 「えぇ〜〜!?」

 

 

 リサからの提案だったが、意見が分かれた。

 まずは、賛成意見から。

 

 

 「なんでなんで〜!?せっかくの海ですよ?遊ばなくちゃもったいないですよ〜!!」

 

 「そうそう!あこのいうとおりだよっ!!」

 

 

 賛成したのはリサとあこ。

 まあ予想通りといったところか。

 確かに二人から水着を持ってくるように執拗に忠告されはしたが使うことになるとは想像していなかった。

 何せこの二台巨塔を説得できるほどの材料(ことば)がないと考えたからだ。

 

 

 「私たちに遊んでいる暇なんてありません」

 

 「その通りよ。ライブまでもう時間はない。何のために合宿しにきたのか忘れたのかしら?」

 

 

 考えていた通りの回答だ。

 さて、この展開をどう覆すのか。

 

 

 「りんりんは何で嫌なの?」

 

 「え、えっと……………私は……………」

 

 

 どうやらあこは燐子を味方に引き入れようとしているらしい。

 良い判断だ。

 

 

 「海…………コワイ………………ムリ…………」

 

 

 何を想像したのか、急に青ざめていく燐子。

 まあ仕方ない。燐子も元はインドア組。

 あことは違う人種なのだから。

 

 

 「むむむ〜…………じゃあ雄樹夜は!?」

 

 

 燐子は諦めリサはオレに決定権を委ねる。

 まあオレが拒否したのは友希那と紗夜が許可しないと考えたからで、オレ自身海で遊びたくないわけじゃない。

 暑いのは好みではないが、海の冷たい水で涼みたいとも思う。

 それに昨日は一日中練習していたんだ。

 息抜きだって必要だとも考える。

 二人には悪いがオレの考えは決まった。

 

 

 「良いんじゃないか?海に行っても」

 

 「ほんとっ!?」

 

 「嘘っ!!マジで!?」

 

 

 予想外、と言いたそうに二人は驚いた様子を見せる。

 それは他の三人も同様だった。

 

 

 「本気で言ってるの?」

 

 「少し信じられませんね」

 

 「なん、で……………?」

 

 「次のライブに向けてセットリストにある曲は完璧に演奏できている。あとは友希那次第だが…………まあ焦る必要はないだろう」

 

 「海で遊べば、曲が浮かんでくるとでも言いたいのかしら?」

 

 「そうだ。オマエは気負いすぎだ。それに、部屋に引きこもってばかりだと思い浮かぶものも思い浮かばない。息抜きも必要だと思うが?」

 

 「そう……………」

 

 「それに、これまで練習を積み重ねてきたリサとあこが可哀想だろ。この日のために新しい水着を買ったらしいからな」

 

 「ちょっ!それなんで知ってるの!?」

 

 「おばさんが教えてくれた。リサに似てお喋り好きだからな」

 

 「もお〜〜!でも嬉しい!」

 

 

 オレが伝えたいことは全て伝えた。

 あとは他のメンバーに判断を委ねるつもりだが、友希那(リーダー)の顔を見てその答えはすぐにわかった。

 

 

 「行きましょう」

 

 

 こうしてオレたちは今日1日海で遊ぶことが決まった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 コテージを離れ海へと向かい歩き出すオレたちRoselia。

 その最中、一人離れて歩く友希那に声をかける。

 

 

 「本当に良かったのか?承諾して」

 

 「今更何を言ってるのかしら」

 

 

 呆れた、と言わんばかりにそう返す。

 

 

 「みんながずっと練習していたことは知ってた。息抜きが必要なことぐらいわかっているつもりよ」

 

 「そうか」

 

 「実際、気が滅入っていたからちょうどいいわ」

 

 「仮曲 『熱』。夏をイメージしたことはわかったが、曲調はどこか暗く感じだが」

 

 「静かに燃え上がる炎。それが私たちに合ってると思ったの」

 

 「抽象的で、それ故に難しいな。轟々と燃え盛る炎ならイメージしやすいが、静かに燃える炎、か……………」

 

 

 最も簡単に想像がつく炎といえば太陽だ。

 銀河という大規模な範囲で惑星を照らす広大な陽。

 それを曲に落とし込むとするのであれば、ハイテンポで体の内側から熱く燃えたぎるような曲に仕上げればいい。

 だが、友希那曰くその曲はRoseliaには不相応だと言う。

 バラードとはまた違ったRoseliaらしい熱のある曲。

 なるほど、これは確かに難航するわけだ。

 

 

 「オレにできることがあったらなんでも言ってくれ」

 

 「ええ。そうさせてもらうわ」

 

 

 小さく笑いそう答える友希那。

 しばらく歩くと、太陽に照らされ光り輝く海が見えてきた。

 普段の生活では見ることのできない、目を奪われるような景色に自ずと気分が高揚する。

 

 

 「みんな!早く早く!」

 

 「置いてっちゃいますよ〜!!」

 

 

 アウトドア組は嬉しそうに熱されたアスファルトの道を駆ける。

 階段を降り砂浜へ出ると、シーズン真っ只中にも関わらず人はそこまで多くなく、遊べるスペースも十分にあった。

 全く、オレたちはつくづくついている。

 

 ビーチパラソルと二つのローチェアがある場所を借り、女性陣は水着に着替えに更衣室へと向かう。

 

 

 「さて、と」

 

 

 オレは服を脱ぎ、あらかじめ下に着ていた水着姿になる。

 オレの体は貧相というほどではないと思うが、周りを見れば皆オレ以上に立派な体格をしていた。

 

 

 「……………」

 

 

 それにしても太陽が眩しい。

 こんなことならサングラスでも持ってくれば良かった。

 

 

 「雄樹夜〜!おまたせ〜☆」

 

 

 声のする方を向くと、それぞれ違った表情で姿を現した。

 

 

 「どうどう?似合ってる?」

 

 

 先陣はリサ。

 ニヤニヤと笑いながらポーズをとっているようだが、感想を求める相手を間違えている。

 

 

 「ああ。いいんじゃないか?」

 

 

 そんなありきたりな言葉しか返せない。

 もっと事細かく褒めるべきなんだろうが、オレにそんな語彙力はない。

 

 

 「ねえねえ雄樹夜。友希那のはどう?」

 

 「ちょっと。押さないで、リサ…………」

 

 

 友希那の肩をだき少し強引に前へと押し出す。

 

 

 「……………まあ、いいんじゃないか?」

 

 「私が選んだんだよー?可愛いでしょ〜♪」

 

 「そうだな」

 

 「もうっ、雄樹夜ー?もっとちゃんとみて褒めないと、ホラっ!」

 

 

 再度全員の姿を見るがこれと言った感想は出てこない。

 水着に対してオレは布地が少ない服、という認識しかしていないのだ。

 

 

 「すまんな。碌な感想が言えなくて」

 

 「まあ、これが雄樹夜らしいってことかー」

 

 「そういうことにしといてくれ」

 

 「あっ、サングラス持ってきてるけど使う?」

 

 「ありがたく使わせてもらおう」

 

 

 リサがカバンの中から取り出したサングラスを受け取りかける。

 辺りを見渡すが余計な光は全て遮られ、先ほどまで鬱陶しく感じていた眩しさも無くなった。

 リサの用意の良さには毎度感心させられる。

 再度Roseliaの方を向くと皆が驚いた様子でオレを見ていた。

 

 

 「なんだ?」

 

 「その…………なんと、いいましょうか…………」

 

 

 言葉に詰まる紗夜。

 

 

 「ええっと、キラキラというか…………ねぇっ!りんりん!」

 

 「う、うん…………そう、だね…………」

 

 

 もはや言語化すること自体諦めたあことそれを察した燐子。

 

 

 「渡した私がいうのもなんだけどさー…………」

 

 

 他のメンバー同様、言葉を濁すリサだったが─────

 

 

 「フフッ、似合ってるわよ」

 

 「そうか」

 

 『……………ッ!?』

 

 

 小さく笑いそう評する友希那。

 どうやら他のメンバーは違う気持ちを抱いているようだが、向こうが話したくなさそうだから問い詰めるのはよそう。

 

 

 それからオレたちは今、ビーチバレーをして遊んでいる。

 

 

 「友希那〜。いくよー」

 

 

 リサの掛け声と共にボールが宙に放たれる。

 その球をレシーブしようと体を動かすが見事にからぶる。

 タイミングも位置もよくない。

 これでは友希那のところでボールが止まるのは想像にかたくない。

 

 

 「はぁ、はぁ…………水の中だからか、動きが鈍く感じるわね」

 

 「苦戦してるな」

 

 

 オレはさりげなく声をかける。

 

 

 「何かコツでもあるのかしら?」

 

 「簡単だ。落ちてくるボールに対して正しい位置で、正しいタイミングでかまえてれば良い」

 

 「タイミング、位置…………」

 

 「()()()()()()()()。リズムを合わせるあの感じを」

 

 「やってみるわ」

 

 「リサ。ボールをあげてくれ」

 

 「OK!いくよー!」

 

 

 高々とリサからボールが放たれ、落ちてくる場所を考慮しポジションをとる。

 球はオレの思っていた通りに落下し、完全に勢いを殺すと、フワッと友希那の頭上で宙に舞う。

 

 

 「位置……………タイミング……………リズム…………!」

 

 

 ブツブツと独り言を呟く友希那に声をかけた。

 

 

 「いけっ」

 

 「……………それっ!」

 

 

 ボールは高々と舞い上がりようやく他のメンバーにラリーが繋がった。

 そしてそのボールはあこへと向かう。

 

 

 「友希那さんが上げたこのボール!絶対落とさないよ!!」

 

 「あ、あこちゃん……………ファイトッ………!」

 

 「闇の力をくらうがいい!聖堕天使あこ姫の必殺魔球─────」

 

 「おいっ、ラリーを続けるつもりはないのかアイツは」

 

 「究極の!!ダーク…………ええっと、スペシャルアタック!!!」

 

 

 派手な掛け声と共にフルスイングされた右腕は豪快に空を切り、勢いそのままにあこは海へ沈む。

 

 

 「あれが、リズム……………」

 

 「いや、あれはただのイタイやつだ」

 

 

 困惑する友希那にそう釘を刺した。

 

 

 

……………………

 

 

…………

 

 

 

 バンドのことはすっかりと忘れ、遊び、そして海を満喫し尽くした時には、すでに夕方を迎えていた。

 コテージへと引き返そうとしたその時、屋台で店じまいをしていたおじさんに呼び止められ、『よかったら使ってくれ』とたくさんの花火をいただいた。

 そして今、夕陽に照らされた海を前にオレたちは花火を楽しんでいる。

 

 

 「綺麗だね〜」

 

 「そうですね」

 

 

 静かに燃える線香花火をみて感慨深い想いになるリサと紗夜。

 

 

 「あこ、打ち上げ花火やってみたいです!」

 

 「宇田川さん。危険なのでやめましょうね」

 

 「はーい」

 

 「こういうのも、たまには良いもんだな」

 

 「ええ」

 

 

 久方ぶりにやる花火はいいものだ。

 昔はリサの家と一緒にやっていたもんだが、今はもう昔の話。

 だが、心も身体も成長した今でも楽しめているのは、まるでオレたちが童心にでもかえっているかのようだ。

 

 

 「ねぇ、雄樹夜」

 

 「なんだ」

 

 「アナタの言っていたことは、正しかったわ」

 

 

 突然の言葉に首を傾げる。

 

 

 「何に対してだ?」

 

 「部屋に引きこもってばかりではアイデアは思い浮かばない、ということよ」

 

 「何か思いついたのか」

 

 「私のイメージにあった『静かに燃え上がる炎』。それは、儚くともその美しさに魅了される線香花火そのものだと思ったの」

 

 「なるほど、そうきたか」

 

 

 メラメラと、轟々とした炎ではなく、焚き火や蝋燭のような炎でもない。

 線香花火。その可憐な炎はまさにRoseliaのイメージに近いものを感じる。

 どうやら、壁を今乗り越えたようだ。

 

 

 「これは、新曲が楽しみだな」

 

 「ええ。期待しててちょうだい」

 

 

 のちにこの時に閃いた曲が完成し、 "熱色スターマイン" になるのはまだ先の話。




一昨日はエイプリルフールということで何か嘘を考えていたのですが、この日についた嘘は一年間は実現しないという話を聞き、騙される側に徹しました(笑)


最後になりますが、評価、感想お待ちしています。
何卒なにとぞ〜


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第十三曲 怪談

みなさんは怪奇現象に巻き込まれたことはありますか?

誰もいないはずなのに、勝手に扉が開いたり、冷蔵庫から大事に取っていたプリンが消えていたり…………まあ後者は食い意地の張った獣の仕業だったわけですが笑

笑えるものもあれば笑えない本気で怖いものも存在します。
今回は一体何が起きるのやら。


 夜の学校。

 それは恐怖の対象として扱われることが多く、過去に死んだ生徒の幽霊だとか、学校に恨みを持つ生徒の怨念が漂っているとかありもしなさそうな話が飛び交っている。

 もちろんオレはそんなもの信じちゃいない。

 幽霊なんてこの世に居ないと思ってるし、人の恨みや呪いが顕現するなんてそれはもうアニメや漫画の世界だ。

 ここは現実。

 そんなこと起こり得ない。

 

 

 ……………ん?

 なぜ今、オレがこんな話をしたかって?

 

 

 それはこの状況を見て考えてもらおうか。

 

 

 「ねぇ、雄樹夜……………」

 

 「なんだ」

 

 「ちゃんと、そばにいる、よね?」

 

 「何を言ってる。今、おまえに腕を掴まれて歩いてる最中だろ」

 

 

 見えもしないナニカに怯えながらリサは体を震わす。

 

 

 「それにしても更衣室に忘れ物をして帰るなんて、らしくない」

 

 「だ、だってぇーーー!!」

 

 

 話は数時間前に遡る。

 夕食、そして入浴を済ませ部屋でくつろいでいた時だった。

 オレの携帯に着信が入ったのだ。

 その相手が今隣で縮こまっている女、リサ。

 なんでも今日の部活終わりに着替えてる最中、携帯をロッカーの中に忘れたらしい。

 明日から学校も盆休みに入り完全に閉まることになり、次に開くのが1週間後らしくそのまま携帯を放置できないということでオレに助けを求めてきた。

 全く、携帯が一週間使えないだけでそこまで焦る必要があるのか?

 

 …………いや、彼女のことだ。

 

 オレの数十、数百倍交友関係のある彼女からすれば、一週間連絡が途絶えるとなるとそれ相応に周囲から心配の目が向けられるはず。

 友達が多いというのも辛いものだな。

 決して羨ましくはないが。

 

 

 「それじゃあオレはここで待ってるから。早く─────」

 

 「えっ、ちょっと!?なんでそうなるの!?」

 

 

 女子更衣室の前に着き、ドアの前で静止するとリサはグッと腕を掴む力を強める。

 

 

 「当然だろ。ここは女子専用だ。そんなところに男のオレが入るわけにはいかない」

 

 「今は誰もいないから大丈夫だよっ!!」

 

 「しかしだな…………ほらっ、誰かいるかもしれないだろ?」

 

 「もしここに誰かいるとしたら絶対幽霊じゃん!!」

 

 

 なるほど。その可能性は考慮してなかった。

 万が一そんなのと遭遇でもしたらリサは恐怖のあまり気絶することは免れない。

 幼馴染のためにも、オレ自身覚悟を決める必要がありそうだ。

 

 

 「仕方ない。誰かに見つかった時は弁明頼んだぞ」

 

 「そんなことお安いご用だよ☆」

 

 

 オレは先陣を切り女子更衣室の明かりを灯す。

 ロッカーがずらっと並んでいるのとところどころにパイプ椅子が並ぶだけでなんの変哲もないところだった。

 学校の男友達たちはここを "女の園" と称しているが呆気ないもんだ。

 体育で使用する男子更衣室と決して大差はない。むしろ同じと言える。

 この光景を見たら絶望するのだろうか。

 

 

 「それで、携帯はあったのか?」

 

 「ちょっと待ってね〜」

 

 

 オレは壁に体を預け、ロッカーを漁るリサを見る。

 

 

 「………………ねぇ」

 

 「なんだ?」

 

 「あんまジロジロ見ないでよ………ロッカーの中、結構汚いんだから」

 

 

 頬を膨らませ、頬を染めながらそう話すリサ。

 別にそんなこと気にしないんだけどな。

 

 

 「そうか。なら部屋を出るから─────」

 

 「わかった!!見てていいから!!お願い更衣室(ここ)を出ないで!!」

 

 

 一体オレはどうしたらいいんだ。

 リサの考えが読めない言動に小さくため息をつく。

 

 

 「もう少し整理したらどうだ?」

 

 「雄樹夜にだけは言われたくないな〜」

 

 「むっ」

 

 「私、ダンス部とテニス部兼任してるから物が多くてさ〜」

 

 「筋肉痛にならないのか?」

 

 「別に?だって運動好きだし♪」

 

 「オレには今後一切理解できない感情だ」

 

 

 幼馴染といえど分かり合えない。

 嫌いなことはどう足掻いても嫌いなのだから。

 

 

 「…………あっ!あったー!」

 

 

 探し物を天に掲げ、パァッと笑顔になるリサ。

 

 

 

 「やれやれ。次からは気をつけるんだぞ」

 

 「ホントごめんね〜。明日喫茶店で何か奢るからさ?許して?」

 

 「その前に新曲の練習だ。ライブも近いからしばらくは遊んでいられないからな」

 

 「雄樹夜も厳しい〜」

 

 「用が済んだのなら早く帰るぞ。学校にも迷惑をかけるわけにもいかないからな」

 

 「そうだね!こんな怖いとこから早くおさらばしよう!」

 

 

 威勢良く飛び出したはいいものの、またしてもリサはオレの腕にしがみつき、足を振るわせながら校舎を歩く。

 全く、見えないものの何が怖いんだか。

 学校に存在すると言われている七不思議も、かつて在籍していた生徒たちが考えたもので間違いないだろう。

 知らぬ間に階段の段数が増えているだとか、体育館からバスケットボールのドリブル音が聞こえたりだとか、どれも突拍子もない。

 

 しばらくすると、入ってきた前面ガラス張りの扉までたどり着くとそれを開けようとする。

 

 

 「………………ん?」

 

 

 しかし、押し扉のはずがどれだけ力を込めようともびくともしない。

 試しに引いてみるもののやはり1ミリも動くことはなかった。

 

 

 「どう、したの?」

 

 

 恐る恐る、リサはオレの背中から覗く。

 

 

 「開かない」

 

 「なんで……………?」

 

 「警備員が締めてしまったか、はたまた怪奇現象か」

 

 「後半はない!絶対ない!」

 

 「そうだな」

 

 

 我ながらあり得ない話をしまったな。

 だが、この考えに至った訳がある。

 

 

 「リサ。学校の七不思議って知ってるか?」

 

 「な、なに!突然!?」

 

 「以前Afterglowのメンバーから訊いた話なんだが……………」

 

 「こんな時にそんな話題出すなんて何考えてるの!?鬼畜なの!?」

 

 

 もはやキャラ崩壊と言ってもいいほど汚い言葉遣いになるリサ。

 どうしてもそう言った考えにはなりたくないようだ。

 あくまで可能性の話なんだが、そこまで怖いものなのか。

 

 

 「すまんすまん。忘れてくれ」

 

 「もぉ、雄樹夜嫌い…………」

 

 「悪かったって。ほらっ、行くぞ」

 

 「行くって、どこに……………?」

 

 「体育館の非常口だ。以前、Afterglowたちが同じ現象に巻き込まれた時、そこから脱出したらしいからな」

 

 「なら早く行こう!もうこんなとこ早く出よう!」

 

 「あぁ」

 

 

 オレたちは足早に体育館へと向かう。

 正面玄関から体育館まではかなりの距離があり、その道中、勝手ながら噂に聞く七不思議を解明していこうと考えた。

 リサにこれを言ったら間違いなく叱責されるだろうから、何食わぬ顔で、ごく自然と、そのルートを辿る。

 

 まずは、気がつけば段数が増えていると言われる階段。

 ここの段数は12段。

 まず数え間違えることなんてないだろう。

 

 心の中でその段数を数えていく。

 

 

 (10…………11………………12)

 

 

 階段の踊り場まで辿り着き、数を数え終えたがやはりその数字に狂いはない。

 やはりデマだったか。

 

 

 『13』

 

 

 突如として放たれたその一言。

 オレの声でもなければ、後ろで震えるリサのものでもない。

 オレの耳元で囁く聞き覚えのない女性の声。

 幻聴が聞こえただけだ、と考えたいところだがオレの耳は完全にその音を拾ってしまった。

 

 

 「………………」

 

 

 思わず立ち止まり黙り込む。

 それを見かねてリサが心配そうに背後から顔を出す。

 

 

 「雄樹夜…………?」

 

 「すまん。なんでもない」

 

 

 学校の七不思議。

 本当に実在するのかもしれないな。

 

 

 

***

 

 

 

 階段を登ると今度は音楽室に通づる廊下へと出る。

 曰く、無人であるはずのその部屋でピアノの音が聞こえてくるらしい。

 俄かに信じがたいが、先程の現象を経験してしまってはあり得なくもないと言う考えに至るのは無理もないだろう。

 オレはリサに勘付かれないようにポーカーフェイスを続けている。

 

 

 「そんなに怯えてしまっては何かあった時対処できないぞ?」

 

 「何かあった時は雄樹夜が守ってよお…………」

 

 

 いつにも増して弱気なリサを見てどこか新鮮さを感じる。

 普段はオレや友希那の世話をしてくれる言わば姉のような存在のはずが、今はその逆。

 

 夜にトイレへ行きたくなった時とかどうしてるんだろうか。

 まあ、さして興味はないが。

 

 

 「あっ、コラっ!そこのキミたち」

 

 「………………っ!!」

 

 「ひゃああ!!」

 

 

 突如としてオレたちの目の前に、学校に駐在している警備員の姿が映る。

 リサの声に当てられ、オレも驚いてしまった。

 

 

 「いったいそこで何してるんだ?」

 

 「忘れ物をとりに来ただけです。今から帰ります」

 

 「そうかそうか。気をつけて帰るんだよ」

 

 

 警備員は和かに答える。

 

 

 「近頃、変な噂が飛び交っていてね…………」

 

 「変な噂?」

 

 「なんでも、この学校に幽霊が出るとかなんとか」

 

 「ひっ……………!」

 

 「はははっ。そう怖がることはないよ。学校に幽霊が出るなんてよく耳にする話じゃないか」

 

 「そ、そうですよねぇ〜」

 

 「詳しいんですね」

 

 「生徒さんたちがよく話してくれるんだよ。ほらっ、私ってあそこら辺をよくうろつくから」

 

 

 警備員が指差す方向は、ここと対面にある無人の教室が並ぶエリア。

 あんなところ巡回する必要もないだろうに、その言葉が妙に引っかかる。

 

 

 「ところで、そこのキミ」

 

 

 そう考えていると警備員の視線がオレに向く。

 

 

 「なんでしょう」

 

 「首に吉川線が出てるけど…………私の見間違いだよね」

 

 「ッ!?」

 

 

 警備員から視界を外し携帯のカメラを開き首元を見る。

 吉川線というのは、縊死や絞殺等により抵抗してできる引っ掻き傷のことでもちろんオレはそんな場面に遭遇したことはない。

 100%、警備員の見間違いだろう。

 そう思いつつカメラを覗くもオレの首元は一切の傷もなく体にも違和感なんてものはなかった。

 

 

 「やはり、見間違いだったようで──────」

 

 

 再度視線を警備員に戻すも、さっきまで目の前にいたその男は忽然と姿を消した。

 耳を澄ますも、足音も聞こえてこない。

 警備員はこの場にパッと現れ瞬時に姿を消したのだ。

 

 

 「ちょっと……………ねぇ……………」

 

 

 さいほどより震えが大きくなるリサ。

 

 

 「冗談だろ、おいっ……………」

 

 

 その恐怖は伝染する。

 

 見間違いであって欲しかった。

 だが現実として警備員はもういない。

 いや、元から存在していたのかすら危うい。

 

 巡回していたというのも、もしかしたら………………。

 

 

 「─────いやぁあああああ!!!」

 

 「リサ!」

 

 

 奇声を発しながら、リサはどこかへ走り去る。

 大声で呼び止めようとするものの、この状況への恐怖が勝り極限状態へと追い込んだのだ。

 

 その状態に陥ってるのはリサだけじゃない。

 

 

 「は、はははッ」

 

 

 オレもまた恐怖のどん底へと叩き落とされてしまった。

 今はもう、この不可思議な状況をただ笑うことしかできないのだ。

 

 半ば放心状態のオレの携帯に着信が入る。

 

 

 『もしもし?雄樹夜』

 

 

 発信主は友希那。

 奴にしてはなかなかにナイスタイミングだ。

 

 

 「友希那……………幽霊って、実在するんだな……………」

 

 『なに?突然』

 

 「いいや、なんでもない。また帰ったら詳しく話す」

 

 『それはいいけれど、忘れ物をとりに行くだけですごく時間がかかっているのね。どこか寄り道でもしているのかしら?』

 

 「寄り道はしていない。遠回りはさせられているが」

 

 『……………さっきから言ってる意味が全然わからないわ』

 

 「これを正確に伝えられるほどオレは落ち着いてない」

 

 

 現にオレの心臓は今、バクバクと爆発的に動きすぐにでも破裂してしまいそうな勢いだ。

 男としては情けないが、そんなことがどうでもいいほど今はとにかく独りになりたくない。

 

 

 「急で悪いんだが、今から羽丘高校(こっち)に来てくれないか?」

 

 『それは構わないけれど…………』

 

 「あとできればこのまま電話は繋いだままでいてくれ。頼む」

 

 『わかったわ。すぐに向かうわね』

 

 「助かる」

 

 

 その後、一目散に逃げ出したリサを2-A組の教室前で確保し、そのまま体育館から外に出て友希那と合流し帰路についた。

 

 オレは誓う。

 もう二度と、夜に一人で学校には行かないと。

 そして、幽霊が存在しないなどと発言しないことを。

 

 

…………………

 

 

…………

 

 

 「本当にそんなことがあったとでも言うのかしら?」

 

 「あったんだよ!本当に!!」

 

 「オレたちが嘘を言ってるとでも思っているのか?」

 

 

 学校から帰宅し、家に誰もいないことを理由に今日はリサの家に泊まることになった。

 すぐさま今日経験した話を全く信用しない友希那に、リサと二人であれやこれやと説明しているが、奴は眉間に皺を寄せるだけ。

 今日に限っては友希那の反応に怒りを覚える。

 あんな現象に巻き込まれれば誰だって冷静じゃいられなくなるし、嘘だと思われたのであれば心外でならない。

 

 

 「別に疑っているわけではないわ。二人の顔を見ればわかるもの」

 

 「もう今年は絶対、ホラー番組は見ないからな」

 

 「私もだよお…………」

 

 「よほど怖かったのね」

 

 

 もう思い出しただけでも気が滅入る。

 これから学校に行くことが億劫になりそうだ。

 

 

 「何かテレビでもつけるか?このまま無音の空間にいるのは落ち着かん」

 

 「そうだね!何か面白い番組はないかな〜」

 

 

 リサはテレビのリモコンを押し、電源を起動させる。

 最新の大きなテレビには、今オレたちが最もみたくない番組が映し出される。

 

 

 『ご覧いただけたでしょうか?戸棚の後ろに映る白い影を」

 

 「いやあぁぁぁぁ!!」

 

 「……………………」

 

 

 この世に神がいるのであれば訴えさせてくれ。アンタ、悪趣味にも程があるよ。




幽霊怖い、マジむり、もう恐ろしい、ほんとやだ………。

夏場にやる幽霊を題材にしたバラエティ番組は絶対見ないようにしてます。

何故って?怖くてトイレに行けないからさ!!


評価、お気に入り登録お待ちしてます。


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第十四曲 姉妹

沢山のお気に入り登録ありがとうございます。
いつも励みになってます。

今回は氷川姉妹に焦点を当てて執筆しました。
氷川姉妹推しは必見です(自分で言うんかーい)


 ジリジリと照らす太陽の光が差し込み、夏の暑さが未だ残る今日この頃。

 オレたちは二学期を迎えた。

 二ヶ月も間が開けばクラスメイトたちの変わりようにも目がいく。

 部活三昧で肌が黒く焼けた人。

 体型が著しく変わった人。

 まあ人それぞれだ。

 

 

 「ユッキーおひさー!」

 

 

 だが、羽丘の誇る才女はなんの変化もないようだが。

 

 

 「久しぶりだな。しかし、ユッキー呼びはいいかげんよしてくれないか?俺には似合わない」

 

 

 そう返すと日菜はオレの顔を覗き込むようにジッと見る。

 

 

 「あれれ〜?ユッキーちょっとカッコよくなった?」

 

 「そうなのか」

 

 「わかんないの?」

 

 「当たり前だ。毎日同じ顔を見てると自分の変化に気づかないものだぞ」

 

 「あたしはそんなことないけどな〜」

 

 「わかるのか?」

 

 「他人のことならね〜♪」

 

 

 自信満々に胸を張る日菜だが、オレの訊いたのはそういうことじゃない。

 天才と馬鹿は紙一重、なんでよく言うが日菜にはピタリと当てはまる。

 

 

 「そんなことより!おねーちゃんはどんな感じなの!?」

 

 

 話を急にぶった斬り、目をキラキラと輝かせ食い入るようにそう訊いてくる日菜。

 

 

 「どんな感じって、日菜の方がよく知ってるんじゃないのか?」

 

 「おねーちゃんは自分のこと話してくれないからさあ…………」

 

 「……そうか」

 

 

 日菜と紗夜の姉妹仲が良くないのは知っていたが、未だ改善されていないのは驚きだ。

 紗夜の性格ならすぐにでも解決しようとするだろうに、数年続いた不仲な関係はそう易々と元には戻らないと言うのか。

 

 

 (今日の帰りにでも訊いてみるかな)

 

 

 始業のチャイムが鳴り、日菜は自分の席に戻るのを確認したのと同時に紗夜にメッセージを送る。

 すぐに返信も届き、会う約束が成立した。

 

 余計なお世話だと思うが放っておくことなどできない。

 紗夜のこれからのためにも、な。

 

 

 そして迎えた放課後。

 オレはすぐに教室を飛び出し花咲川高校へと向かう。

 校門前で待っていると、そこから帰宅しようとする女生徒たちから視線を感じたが気にするそぶりを見せず約束した人物を待つ。

 数分もすれば、長い青髪を揺らしながら駆け寄ってきた。

 

 

 「すみません。お待たせしました」

 

 「すまないな。唐突に呼び出して」

 

 「構いませんよ。今日は部活もバンドの練習も休みでしたし。湊くんは大丈夫なんですか?」

 

 「安心しろ。バイトとバンドの練習以外は暇だ」

 

 「そ、そうなんですね」

 

 

 自虐、のつもりだったんだがウケはイマイチだったようだ。

 リサからは『自虐ネタを披露することもコミュニケーションの一つだよ☆』と教わったんだが、やはり難しい。

 

 

 「それで、用ってなんなんですか?」

 

 「行けばわかる。とだけ伝えておく」

 

 「わかりました。では、とりあえずついていきますね」

 

 

 オレは目的地に向かって歩み始める。

 

 

 

***

 

 

 

 少し歩いて私たちがやってきたのは商店街。

 学校帰りの生徒や買い物をしにきた主婦たちで賑わっている。

 ここでお茶でもしようというのかしら?

 

 

 「あの、湊くん…………」

 

 

 つい口が先走り彼に問いかける。

 

 

 「つい昨日ヘッドホンが故障してな。もう長く使ってるものだったんだが、そろそろ買い替えようと思って。紗夜にオススメのものが聞きたかったんだ」

 

 「なるほど、そうだったんですか」

 

 

 もちろん断る理由もない。

 私は二つ返事で家電量販店は人店する。

 広さはそこそこだけど品揃えの良さがウリらしく豊富な品々が店頭、店内に並ぶ。

 ヘッドホンひとつとっても何十種類と存在する。

 

 安くてお手軽なもの。

 少し高価だけれど高品質なもの。

 プロが使うような圧倒的性能を誇るもの。

 

 人それぞれ考えがあるけれど、私は好んで高品質な密閉型のモノを購入する。

 Roseliaとして活動し始めてからはより高価でより高品質なものを手にとるようになった。

 それは些細な音の違いも聞き漏らさないため。

 湊キョウダイはその僅かな音の違いを聴き分け改善しようとするから、より良いものを手に取る必要があるからだ。

 

 

 「湊くんは普段どんなヘッドホンを買うんですか?」

 

 「そうだな…………家の中でしか使わないから密閉型がほとんどだな」

 

 「なるほど。それから、上限はいくらまでですか?」

 

 「いくらでも構わない。バイトで稼いだ金があるからな」

 

 「わかりました。では、これなんてどうですか?」

 

 

 棚に並ぶ商品のうち、最も目に留まる場所に置かれた商品を渡す。

 試聴したこともある商品だが、値段も品質も半々といったところ。

 湊くんは一曲聴き終えたところでヘッドホンを取る。

 

 

 「まずまずといったところか」

 

 

 その表情に変化はない。

 まさに彼の言葉通りの反応だ。

 

 

 「では、これなんてどうでしょう」

 

 

 次に私が今使ってるモノと全く同じモデルのヘッドホンを渡す。

 カラーリングも豊富で品質も良い。

 気がかりなのは高校生にしてはかなり高価にはなるが、買うだけの価値は十二分にある。

 

 

 「いいな。第一候補をこれにする」

 

 「それはよかったです」

 

 「…………なにがよかったんだ?」

 

 

 うっすらと笑みをこぼした私にすかさず湊くんは疑問をぶつける。

 私としたことが、なんだか自分の勧めるモノを褒められて浮かれてしまったのでしょうか。

 

 

 「き、気にしないでください」

 

 

 咳払いし本題に戻す。

 

 

 「これなんてどうでしょう。製造会社もオススメするほどの商品ですよ」

 

 

 それからも様々なヘッドホンを紹介してきたが、結局第一候補といったあのヘッドホン以外しっくりくるモノがなかったようで、それを購入することになった。

 カラーリングは黒。

 私は青だけれど…………まあ、これは関係ないことね。

 

 

 「付き合わせてすまなかったな」

 

 「いえ。湊くんの気に入るものが見つかってよかったです」

 

 「早速家で使わせてもらおう。フッ、楽しみだ」

 

 「……………!」

 

 

 期待感からか、ワクワクといった様子で笑う湊くん。

 湊さん同様、表情の変化に乏しい彼にしては珍しい反応に思わず驚かされた。

 

 

 「それじゃあレジに行ってくる。少し待っててくれ」

 

 「わかりました」

 

 

 彼がレジで精算している間に、テレビの置かれているエリアへと足を運ぶ。

 決して必要とするわけではないが、今放送されている夕方のバラエティ番組を観るためだ。

 

 

 「これは……………」

 

 『それでね〜!この前私のおねーちゃんが〜──────』

 

 

 その映像に映っていたのは私の双子の妹。

 どうやら番組内で司会者から質問されたそうでそれに答えているところだった。

 

 

 『日菜ちゃん。少しお喋りしすぎよ?』

 

 『だってだって!おねーちゃんのこと、もっと知って欲しいんだもん!』

 

 『なるほどォ。日菜ちゃんとお姉さんはとっても仲良しなんだねェ』

 

 『………………』

 

 

 司会者の言葉に、日菜は口を閉ざす。

 

 

 『そんなことないよ!あたしとおねーちゃんは一心同体だからね♪』

 

 『仲睦まじいねェ』

 

 

 一瞬暗い顔をしたが、すぐいつもの表情に戻り答える日菜。

 これが嘘だとわかるから、より心に刺さるものがある。

 

 妹は基本的に物事を深く考えることはない。

 全てが思いつきで破天荒だけれど、それらを凌駕する才能に恵まれて──────姉の私が霞んでしまうほどの存在だ。

 

 

 「日菜……………」

 

 

 そんな彼女を困らせてしまっている現状。

 問題は、私にあるとわかっているけれど…………やはりどうしても拭いきれない何かがある。

 

 

 「待たせたな」

 

 「………………」

 

 「っ?紗夜?」

 

 「あっ、いえ。失礼しました」

 

 「ほお。日菜の出ている番組か」

 

 「そういえば二人はクラスメイトでしたよね」

 

 「まあな。奴の天真爛漫さには毎度驚かされてばかりだ」

 

 「仲、いいんですか?」

 

 「リサのおかげで仲は良好だ。おまえの話をしたら奴は目を輝かせながら聞いてくるからな」

 

 「そう、ですか」

 

 最近は自分の中でも姉妹の仲は改善されつつあると思うけれど、日菜から直接私に話しかけることは少ない。

 いや、むしろ以前より減ってしまったとすら感じる。

 湊くんや今井さんに私の話を訊きに行っているのがいい証拠だ。

 

 

 「紗夜、おまえに話がある」

 

 「な、なんでしょうか」

 

 

 突如向かい合い、真剣な眼差しを向ける湊くん。

 

 

 「()()()()()()()()()()()。この意味がわからなほどおまえはバカじゃないはずだ」

 

 

 彼の言いたいことはすぐにわかった。

 私は自白するように無言で頷く。

 

 

 「全く、紗夜らしくもない。いつものおまえならこれほど問題を先延ばしにしないはずだ」

 

 「確かに、その通り、ですね…………」

 

 「ここで話すのもなんだ。どこか喫茶店にでも入るか。全てを話し切るまで帰らせるつもりはないから覚悟しろ」

 

 

 彼はそう強く告げ喫茶店へと足を進める。

 その最中、私の脳裏をよぎった仮説をぶつけてみる。

 

 

 「あの、今日ここへきたのは、ひょっとして─────」

 

 「たまたまだ。日菜が出演する番組の時間帯だとか、俺たちがここへきたタイミングだとか、そんなものを操る能力は持ち合わせていない」

 

 「なるほど。偶然って、怖いですね」

 

 「ああ。全くだ」

 

 

 彼がそういうのだから、きっとそうなのだろう。

 余計な詮索は無駄な行為だ。

 

 

 

……………………

 

 

…………

 

 

 

 家電量販店から歩いて少ししたところにある喫茶店。

 ここ、羽沢珈琲店は静かな雰囲気とほんのりと香るコーヒーとスイーツの匂いが非常に心地いい場所だ。

 おかし教室以降私はここによく通っていて店員の羽沢さんとは見知った仲以上の関係を築いている。

 

 

 「いらっしゃいませ!」

 

 

 今日も笑顔で出迎えてくれる羽沢さん。

 

 

 「雄樹夜先輩!紗夜さん!()()()()()()()()()

 

 「…………えっ?」

 

 

 羽沢さんのその言葉に首を傾げる。

 

 

 「唐突にすまないな」

 

 「いえいえ。この時間はピークも過ぎてお客さんもほとんどいないので大丈夫ですよ」

 

 「そうか。なら、アイスコーヒーを二つ頼む。紗夜はブラック。オレは砂糖とミルク付きで」

 

 「かしこまりました!」

 

 

 まるで示し合わせていたかのように会話が進む二人。

 私は完全に置いていかれている状態だ。

 

 

 「あの、これは一体…………」

 

 「まずは腰を下ろせ。話はそれからだ」

 

 

 彼にそう促され近くのテーブル席に腰を下ろす。

 しばらく無言の時間が続き、羽沢さんがコーヒーを持ってきてくれたタイミングで彼が口を開いた。

 

 

 「あの珍獣、日菜のことは嫌いか?」

 

 「い、いえ。そんなことは……………」

 

 

 コーヒーを口に含んで問われたその言葉。

 そうではない、と否定しつつ目を逸らす。

 

 

 「日菜がどれだけおまえのことを大切に思っているのかわかっていることだろ。どうしてそこまで頑ななんだ?」

 

 「………………」

 

 

 言葉が喉に引っかかって出てこない。

 私だって、昔のように話せたらなとどれだけ考えたことか。

 七夕の日に短冊に込めて書いた願い。

 アレを実現させようと私も努力してきたけれど、長年続いたあの冷め切った関係性を突如劇的に変えることなんて出来はしない。

 

 日菜に対する私自身の感情。

 それがいつも邪魔をする。

 

 

 「…………日菜には、申し訳なく思っています」

 

 「ここ最近の紗夜は以前よりずっと良くなった。演奏の仕方もそうだが、何よりおまえ自身の "音" を感じられたからだ。だが、その中にも迷いがあると感じる。それがなんなのか、半年と短い期間ではあるがオレは理解してるつもりだ」

 

 「その原因が、日菜であると」

 

 「ああ。奴の言動が全て正しいとは言わないが、紗夜。おまえにだって問題はある」

 

 「……………知ったような口を」

 

 

 沸々と込み上げてきた自分自身への怒り。

 彼の話すこと全てが正論で何も言い返すことのできない憤怒の感情がついに爆発する。

 

 

 「あなたにいったい何がわかるというんですか!?」

 

 

 テーブルをドンっ!と強く叩き前のめりになり彼を鋭い眼光で睨む。

 息を切らす私を、彼は一瞥しコーヒーを啜るといつもの落ち着いた口調で言葉を発する。

 

 

 「わかるさ。なんたってオレは大切な義妹(ゆきな)から勝手に距離を置いた卑怯者だからな」

 

 「………………っ!」

 

 

 カップをそっと置き彼は続けて話す。

 

 

 「本当に勝手なことをしたと思っている。自身の感情囚われ、友希那を遠ざけ、あまつさえ義父と交わした約束も蔑ろにしてしまった。今となっては過去は悔やんでも悔やみきれない」

 

 

 表情を変えることなく淡々と語る湊くん。

 私と形は違えど湊くんもまたキョウダイを持つ身。

 彼はもう気持ちを切り替え前を向いている。

 そんな彼だからこそ、湊さんも以前と変わらず接することができたんだろう。

 

 

 「………八つ当たりをして、すみませんでした」

 

 「ああ」

 

 

 気にするな、と軽く手を振り再度コーヒーを口に含む。

 表情筋がまるでないから彼の感情を理解するのには本当に苦労する。

 けれど、嘘をつくこともないのでその言葉通りなのだろうと勝手に結論づけているのが現状だ。

 

 

 「難しく考える必要はない。今からでも遅くないはずだ」

 

 「しかし、唐突には…………」

 

 「アレがそこまで難しく物事を考える生き物に見えるか?」

 

 「それはそうですが………」

 

 

 どうしても尻込みしてしまう。

 意志の弱い自分が情けなくてたまらない。

 

 

 「おまえにとって日菜はなんだ」

 

 「……………大切な、妹…………」

 

 「その大切な妹に今言いたいことは?」

 

 「………ちゃんと向き合って『ごめんなさい』と、伝えたい、です…………」

 

 

 胸の内にあった素直な言葉。

 瞳から溢れる涙と共に放ったその言葉が私の本心なのだと感じることができた。

 

 今までそっけない態度をとってしまったこと。

 あの子の才能に嫉妬し遠ざけてしまったこと。

 口では仲直りしたとはいったけれど何も改善できていなかったこと。

 

 これまでの謝罪が次々と脳裏に浮かぶ。

 今、ここに日菜がいるのならば、素直に謝りたい。

 そして、これからはもうそんなことは絶対にしないと誓いたい。

 

 

 「それがおまえの答えなんだな」

 

 

 ハンカチで涙を拭い、無言で頷く。

 

 

 「─────だ、そうだぞ。日菜」

 

 「えっ……………?」

 

 

 彼が向く方向を見ると、そこには目を潤ませながらこちらを見つめる日菜の姿があった。

 その姿が目に映り立ち上がる。

 

 

 「おねーちゃん!!」

 

 

 ダッと駆け出し、今までためこんでいたであろう涙を流しながら私の胸元に飛び込む日菜。

 

 

 「日菜…………ごめんなさい…………こんな、不出来な私で……………」

 

 「そんなことないよ……………あたしは、どんなおねーちゃんも、大好きだから…………!」

 

 

 周りのことなど気にせず二人して泣き続けた。

 この時だけは理性なんて抑えられなかったのだ。

 この場を設けてくれた湊くんと羽沢さんには心から感謝したい。

 そして、日菜にも。

 こんな私を大切に思ってくれて本当にありがとう。

 私も、あなたと同じ気持ちに変わりはない。

 これからはもっと素直になるから。

 どうか私を許して。

 

 

 ひとしきり泣き終わると、日菜は傍で見守る湊くんに顔を向ける。

 

 

 「それにしてもユッキーって最低だよね!あたしのことを "アレ" だとか "珍獣" だとか!」

 

 「間違ってるとでもいうのか?」

 

 「ム〜ッ、最低だけど、今日は良いよ!ありがとう!!」

 

 「こら、日菜。言いすぎよ」

 

 「構わない。それに、感謝するなら羽沢つぐみにだ。今日のためにわざわざ貸切にしてくれたんだからな」

 

 「そうだったんですか…………すみません、羽沢さん……………」

 

 「いえいえ!私までなんだか貰い泣きしてしまって」

 

 

 ポロっと流れた涙を指でそっと拭う羽沢さん。

 

 

 「今日はすまなかったな。色々付き合わせてしまって」

 

 「こちらこそありがとうございました。感謝しても仕切れない思いです」

 

 「ユッキーありがと!」

 

 「ユッキーはやめろ。だがしかし、いい姉妹だ」

 

 

 彼はそう言い小さく笑う。

 やはり笑った顔を見るのは新鮮だ。

 

 

 「ねえ、おねーちゃん」

 

 「なに?」

 

 「ユッキー、カッコいいって思わない?」

 

 「えっ!?」

 

 

 耳打ちするような声で告げられたその言葉に思わず動揺する。

 

 

 「フリーだって聞いてるし取るなら今のうちだよ♪」

 

 「こ、この大事な時期にそんなうつつを抜かしている暇はないわ」

 

 「あたし、カッコイイか訊いただけだよ?」

 

 「〜〜〜!!バカッ!!」

 

 

 そんなこと本人の前で言えるはずないじゃない。

 私が彼に好意を寄せているなんてことを。




いかがだったでしょうか?
内容はありきたりだったかな?

自分としては紗夜の気持ちはちゃんと示したかった!
まあまさかこのような形になるとは思わなかったけど…………これからどうなっていくのやら。


最後になりますが、お気に入り登録、感想、評価お待ちしてます。


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第十五曲 遊戯

お気に入り登録、100人突破しました!

ご愛読本当にありがとうございます。
ランキングにも度々名を連らせていただき感謝しかありません。

これからもよろしくお願いいたします。


 人には未だ経験したことのない未知の世界が存在する。

 それが人にとってはごく自然なことであっても理解し難いものだってある。

 オレにとっては、あこと燐子が好きなげーむがいい例だ。

 

 

 「あー、あー…………メッセージ届いてるか?」

 

 『バッチリです!』

 

 『初めまして、ですね』

 

 

 ネットカフェにある一室にてオレたちRoseliaは今ネットゲームの世界にいる。

 こうなった経緯を話すと、あこ曰くこのゲームのとあるキャンペーンで手に入るアイテムが欲しいらしくオレたちゲーム初心者の力がいるらしい。

 初めは友希那も紗夜も拒否していたのだが、『これもバンドのため』だとか、『チームワークを深めるため』だとか言葉を並べてみたらあっさりと承諾した。

 

 どうやら、長引かせたところで無駄だとわかったらしい。

 それにここ最近は練習漬けでまともに休めてなかっただろうからいい機会だ。

 オレ自身ゲームは全くやったことないから楽しみではある。

 

 

 『なるほど。ようやくわかってきました』

 

 『あっはは〜☆結構リアルな世界だね!』

 

 『なんというか、よくわからないわ』

 

 

 初心者のオレたちの職業はというと、リサはヒーラー、紗夜はタンク、友希那が吟遊詩人。

 

 そして、オレはというと─────

 

 

 『わわっ!雄樹夜さん!そんな危ない大剣ふりまわさないでください!!』

 

 「すまん。操作方法がいまいちわからなくてな」

 

 『うっかりアタシたちまで巻き込まないでよ〜』

 

 「善処する」

 

 『ええっと、バーサーカー?でしたっけ』

 

 『そうです。防御力が低い代わりに凄まじい攻撃力を持つ職業です』

 

 

 職業の選択で迷ってきた時、あこから勧められたのがコレだ。

 なんでも、カッコいいから、だとか。

 アイツのかっこいいは当てにならないから心配ではあるが、オレとしては結構気に入っている。

 大剣をぶん回すという、現実のオレにはできない豪快な動作が持ち味だからな。

 

 

 「それで、クエストの内容ってなんだ?」

 

 『今回は"フォースバード" の討伐です』

 

 『フォースバード?』

 

 『陸、海、空、全てに適応し多数で行動することが多いため、別名ファミリーバードとも呼ばれています』

 

 「強いのか?」

 

 『数は多いけど、全然大したことないよ!雄樹夜さんの剣なら一撃で倒せるかも!』

 

 『そっか!なら、安心だね☆』

 

 『早く移動して討伐しましょう。依頼主を待たせるわけにはいきません』

 

 『よーしっ!それじゃあ…………しゅっぱ〜〜つ!!』

 

 

 あこの号令の元オレたちは鉱山へと足を踏み入れた。

 

 そこはランタンが灯るだけの薄暗い細道で、万が一敵にでも出会したら戦闘は避けられないところをオレを先頭に歩く。

 

 

 「そのフォースバードとやらはどこで遭遇できるんだ?」

 

 『ダンジョンの奥に行けばいるはずです。体毛は黄色なのですぐに見つけられると思いますよ!』

 

 

 オレの質問に燐子はすぐ答えてくれる。

 普段もこれぐらい話してくれるならコミュニケーションも楽だろうに。

 だがそれ以前に燐子がここまで話すことが意外だ。

 バンドと全く関係ないと思ったことでもこうしてメンバーの知らない一面を観れるのは中々に良いことだ。

 

 あこはまあ、"聖堕天使あこ姫" という奇抜すぎる名前からしていつも通りなのだが。

 

 

 すると突然ゴォっという音と共に多数のコウモリが姿を現した。

 

 

 『わわわっ!なんかいっぱいきた!』

 

 『白金さん!これは!?』

 

 『ティミッドバット。弱いモンスターです』

 

 『mata syaberenai』

 

 「ボケをかましてる場合か、友希那」

 

 

 無数のコウモリたちがオレたちを攻撃する。

 

 

 「面倒だな。全員、ガードするなり避けるなりしてくれ」

 

 

 メンバーたちにそう告げオレは大剣をブンブンと振り回した。

 するとコウモリたちは次々と倒れ道がひらけた。

 

 

 「ふぅ。片付いたか」

 

 

 大剣を地面に突き刺し後方のメンバーたちを見る。

 

 

 「おいっ。大丈夫……………か?」

 

 

 オレの視界に映った光景。

 盾で防御する紗夜とその後ろに隠れるリサ。

 道の端でなんとか攻撃を回避していた燐子とあこだったがど真ん中で、派手に血を流しながら横たわる吟遊詩人の姿を見た。

 

 

 「………………」

 

 

 あまりの無惨さに考え込む。

 

 

 「よしっ、自首する」

 

 『いや誰に〜〜!?』

 

 

 そうそうあこからツッコミが入り、ヒーラーのリサがなんとか回復しことなきを得た。

 

 

 

 それからオレたちはさらに奥へと突き進み広い空間へと出ることができた。

 しかしあたりはより薄暗くなり敵がどこにいるかよくわからない状況に立たされたのだ。

 

 

 『湊くん。また味方を攻撃してはダメですよ』

 

 「ああ。今度は気をつける」

 

 『いきなり斬りかかってくるなんて、酷いじゃない』

 

 「悪かったって」

 

 

 あそこで立ち尽くす友希那もどうかと思うのだが、まあ置いておこう。

 ゆっくり慎重に進む中、突如友希那は前方に駆け出してしまった。

 

 

 『友希那さん!?どこいくんですか!!』

 

 『なんだか、勝手に進んでしまうの』

 

 『オートランを押してしまったんですね』

 

 『そんな機能もあるんだ〜。便利ー♪』

 

 『あのっ、みなさん』

 

 

 談笑の最中、紗夜は何かを視界に捉えた。

 

 

 『あれは、なんですか』

 

 

 友希那の進む前方。

 そこには鎧を携え、口や目から血を流しオレの大剣に匹敵するほどの剣を構えた敵が待ち構えていた。

 

 

 『りり燐子!!何アレ!?』

 

 『サムライゾンビ!危険なモンスターです!』

 

 

 ゲーム経験者燐子からの赤信号。

 ビギナーのオレたちが相手にしては行けない敵だというのは明らかだった。

 そうだというのに友希那は何食わぬ顔でその敵の眼前まで勇敢に、いや、無防備に特攻する。

 

 

 『友希那さ〜ん!戻ってきてくださ〜い!」

 

 『そんなこと言われても無理よ。どうすればいいかわからないもの』

 

 『ああ〜!剣振りかぶってるって!友希那〜!逃げて〜!!』

 

 

 この状況に慌てふためくリサとあこ。

 紗夜も燐子もうつてなしといった様子で見ていた。

 

 

 「やれやれ。仕方ないな」

 

 

 そう呟きダッシュで二人に向かって走り出す。

 敵は友希那を視界に捉え、攻撃を開始する。

 振り下ろされた剣をギリギリのところで受け止め友希那を守ることに成功した。

 

 

 「全く。自殺なら他所でやれ」

 

 『失礼ね。でも、助かったわ。ありがとう』

 

 

 友希那はそう小さく笑い、尚突き進もうとするので強引に抱き抱え敵から距離を取りそのまま逃走した。

 ゲーム内においても連携や器用さというのは本当に重要なことなんだと改めて思い知ることとなった。

 

 

 「大変なんだな。ゲームって」

 

 『その通りね』

 

 『湊さんは単に不器用なだけでは?』

 

 『まあまあ、みんなが無事で何よりじゃん?』

 

 『ここからは慎重に動きましょう』

 

 『友希那さん!あこの後ろをついてきてください!』

 

 『わかったわ』

 

 『それじゃあ私も友希那さんの後ろにつきます。他の3人はそのまま進んで行ってください。危険な敵がいればその都度チャットを入れます』

 

 

 これが連携というものだ。

 バンドなら友希那が手綱を引くのだが、このバーチャル空間においては燐子が一番頼りになりそうだな。

 そして3人で前方を歩いていると、突如紗夜の姿が見えなくなった。

 また友希那と同じ誤動作でもしたのか…………。

 

 辺りを見渡し見つけた時には、小さな敵と対峙していたようだった。

 

 

 「紗夜?」

 

 

 覗き込むように問いかけると、犬型のモンスターが紗夜を攻撃していたのだ。

 すぐさま確認をとる。

 

 

 「燐子。紗夜を攻撃しているこれは何だ?」

 

 『それは番犬 マロン。この鉱山を守護しているモンスターです』

 

 「ヘェ。要は童謡の "いぬのおま○りさん" みたいなもんか」

 

 『……………まあ、そんなところです』

 

 

 それはそうと、紗夜の様子がどうもおかしい。

 体調60センチほどぐらいのサイズしかない敵に対し、両膝をつきうっとりとした様子でモンスターを見つめる様子は明らかにおかしい。

 

 

 「なにしてるんだ?」

 

 『……………はっ!』

 

 

 まるでベッド飛び起きるかのようにスイッチが入る紗夜。

 

 

 『ど、どうしましたか?』

 

 「それはこっちのセリフだ。ずっと攻撃されてるようだが、何してるんだ」

 

 『いえ。少し、ほんの少し、このモンスターが愛らしく見えてしまって』

 

 

 オレが想像してるよりくだらない理由だったようだ。

 

 

 「早く倒してしまえ。何ならオレがやるぞ?」

 

 『いけません!このモンスターを倒しては!!』

 

 

 凄まじい熱量で語る紗夜。

 オレは全く理解ができず首を傾げる。

 

 

 「いや、そうしないと先に進めないだろ」

 

 『こんな可愛らしい(どうぶつ)を倒してしまうなんて、あなたには人の心がないんですか!?』

 

 「犬好きもここまで来ると病気だな」

 

 

 ゲームはここまで人を変えてしまうのか。

 あの冷静な紗夜がここまで取り乱すなんて驚きだ。

 もうこのまま放っておいてもいいだろう。

 たとえそれでゲームオーバーになったとしても紗夜としては本望だろう。

 

 場面を変えると、またしても友希那の姿がどこにも見当たらなかった。

 はあ、とため息混じりに探すと紗夜と同様、両膝をついて目を輝かせながらモンスターの攻撃を受け続けていたのだ。

 

 

 『にゃーん…………ふふっ♪毛並みも整って、かわいいね』

 

 「オマエはまた何をしてるんだ」

 

 

 低ダメージで収まるよう、矛先で友希那の頭を小突くとムッとした表情で振り向いた。

 

 

 『痛いじゃない』

 

 「自分のHPを見ろ。もう残りわずかだろ」

 

 

 友希那のステータス画面を覗くと、HPゲージが残り4分の1ほどにまで減少していた。

 ここでゲームオーバになればオレたち全員が街に強制送還され、経験値などがペナルティとして奪われる。

 オレたちはまだしも、このゲームに時間を費やしている燐子とあこの気持ちを考えてるのだろうか。

 

 

 『問題ないわ。リサが何とかしてくれるだろうから』

 

 「他力本願はよせ。こんなところで死んだら元も子もないぞ」

 

 『こんなかわいい子猫にやられるなら本望よ!』

 

 「そんな人生悔いしか残らんわ」

 

 

 友希那の腕をつかみ上げようとしたその時、オレの服の裾を引っ張る小さな影が映った。

 敵名は、旅猫 モコ。

 今、友希那に攻撃を続けているモンスターと同種のモンスターが現れたのだ。

 つぶらな瞳で上目遣いをしながらポコポコと攻撃する。

 

 

 「……………友希那。すまなかった」

 

 『わかればいいのよ』

 

 

 それ以上の言葉は必要ない。

 この愛くるしい子猫たちの攻撃なんていくらでも─────

 

 

 「ちょっ!?二人とも何やってるんですか!?」

 

 

 唐突にあこが駆け寄り旅猫 モコはどこかへ逃げ出してしまった。

 名残惜しそうにする友希那。

 しかしいいタイミングだ。あと少しで完全にHPがゼロになっていたのだからな。

 あこと共に駆けつけたリサが友希那のHPを全回復する。

 

 

 「全くー。何やってるのー」

 

 「すまん。不可抗力なんだ」

 

 『あのようなモンスターまでいるなんて、残酷なゲームなのね』

 

 『紗夜さんもですよ!』

 

 『ご迷惑おかけしました…………』

 

 『何だかいつもより楽しいです♪』

 

 

 ようやく全員が集合したところでまたオレたちの行手を阻むモンスターが、それも大量に現れた。

 サイズ的にまた犬や猫が来たのかと思ったら、現れたのは完全武装したペンギンの集団。

 敵意むき出しで、猛然と突っ込んでくる。

 

 

 『アレは軍隊ペンギンです。先頭に立つ隊長ペンギンにさえ気をつければ問題ない敵です』

 

 「なんだ。猫じゃないのか」

 

 『ええ。残念ね』

 

 『全くです』

 

 「友希那、紗夜。蹴散らすぞ」

 

 『分かったわ』

 『了解しました』

 

 

 可愛らしさのかけらもないモンスターに興味はない。

 今度は味方の位置を気にしつつ大剣を振るい敵を一掃する。

 その姿はまさしくバーサーカー。

 画面にはペンギンたちが血を吹きながら横たわる、なかなかグロテスクな映像が映し出される。

 

 

 『三人とも…………容赦ない、ね』

 

 

 その光景にさすがのリサもドン引きだったようだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ゲーム開始から1時間。

 オレたちは鉱山の更に奥まで足を踏み入れてた。

 突如出現する敵は全て切り捨て、猫や犬といったモンスターはスルーし、また敵が現れれば連携して倒す。

 しばらくすれば操作も慣れレベルも上がっていた。

 

 

 「しかし、こうしてみると随分楽しいもんだな」

 

 『そうでしょそうでしょっ!?』

 

 『雄樹夜さんも気に入っていただけて何よりです♪』

 

 

 その発言にゲーマーたちは食いついた。

 オレをそっち側に引き入れようとしてるんだろうがそうはいかんぞ。

 

 

 『そんなことより、フォースバードはまだ出てこないんですか?』

 

 『もうすぐですよ』

 

 

 もうすぐか、と少し油断した時だった。

 遠方から謎の光線が放たれオレの身体の横ギリギリをかする。

 僅かに触れていたのかオレのHPゲージは半分以上が吹き飛んだ。

 

 

 「くっ…………!」

 

 『雄樹夜!!大丈夫!?』

 

 「ああ。問題、ない」

 

 

 すぐさまリサが駆けつけヒールを行う。

 光線の飛んできた方角を向くが敵の姿は確認できない。

 しかし、この鉱山を揺らすほどの足音はドスンッ、ドスンッ、とこちらに近づいてきてるのは分かった。

 暗闇から、その光線を放った怪物が姿を現した。

 

 

 『あ、あれは………………』

 

 『最悪、です…………』

 

 

 この中で誰よりも詳しいはずの二人が震え上がっている。

 全身鉄で覆われた皮膚に赤い瞳。

 全長10数メートルは下らない大きさに鋭い牙を生え揃えたこのモンスターは威圧するようにオレたちを見下ろす。

 明らかに戦ってはいけない敵だ。

 

 

 「燐子。アレはなんだ」

 

 『アータフィシャルドラゴン…………人工で作られたロボットのドラゴン、です』

 

 『強いのかしら?』

 

 『これまで遭遇したサムライゾンビや軍隊ペンギンの比じゃありません。噛みつかれたら最後、絶命は免れません』

 

 『何それ何それ!?超ヤバいやつじゃん!!』

 

 『気をつけてください!このモンスターは────』

 

 

 燐子が話終わる前にドラゴンはスウっと息を吸い、勢いよく吐き出した炎を自らを中心に半径5メートルほどの大きさで円を描いた。

 メラメラと燃え上がる炎の壁。

 その熱はじわじわとHPを削っていく。

 

 

 『もう…………勝ち目は……………』

 

 

 絶望に打ちひしがれるあこ。

 

 

 『そんなにまずいんですか?』

 

 『この状況に陥れば逃げ出すことはできません。もう、アータフィシャルドラゴンを倒すか私たち全員が倒される以外に道はありません』

 

 「絶体絶命、というやつか」

 

 

 ドラゴンは今にもオレたちを攻撃しようと距離を詰めてきてる。

 このままだと無抵抗のままなぶり殺されるのが目に見えている。

 

 

 「燐子。あいつの特徴を教えてくれ」

 

 『えっ?』

 

 「早く。もうすぐそこまで来てるぞ」

 

 『ええっと…………アータフィシャルドラゴンの攻撃手段は、噛みつき、尻尾での薙ぎ払い、突進、そして雄樹夜さんに放ったあの光線です』

 

 

 どれも破壊力満点。

 貧相な武器しか携えていないオレたちとは雲泥の差がある。

 だが、冷静に我に帰るオレの脳内は一つの目的を弾き出す。

 

 

 「友希那。このゲームを始めるきっかけは何だった?」

 

 『〜?連携を通じてバンド活動にも活かす、だったかしら?』

 

 「燐子。あのドラゴンはこれまで倒されたことはないのか?」

 

 『上級プレイヤーでもかなりの苦戦は強いられますが、絶対に倒せないなんてことはありません!』

 

 

 燐子の言葉でオレの考えは確信に変わる。

 この戦い、()()()()()と。

 

 

 「全員武器を取れ」

 

 『…………えっ?』

 

 「今こそオレたち、Roseliaの連携を見せる時だ。"ありえないなんてことはありえない" そうだろ?あこ」

 

 『だけど、相手はすごく強くて…………』

 

 「じゃあオマエはドラムにおいても、相手が上手いからといって逃げ出すのか?Roseliaに全てをかける、と誓ったあの言葉は嘘だったのか?」

 

 『ち、違います!!』

 

 「燐子。ここではオマエが友希那の代わりだ。皆を導いてくれ」

 

 『わかりました!』

 

 「紗夜、リサ。防御と回復は任せたぞ」

 

 『もちろんです』

 『頑張るね!!』

 

 「友希那、オマエは……………」

 

 『っ?』

 

 「…………歌でオレたちを後押ししてくれ」

 

 『分かったわ』

 

 

 全員の意思が一つになり、迫り来るドラゴンと向き合う。

 

 

 「よしっ、いくぞ!」

 

 

 無謀とも言えるドラゴンとの戦闘が始まった。

 初手で、紗夜に向かって突進するドラゴンだが、盾でそれを防ぎ側面からオレ、あこ、燐子が攻撃する。

 微々たる数字ではあるが着実にダメージを付与していく。

 盾で防いだとはいえその威力はあまりにも高く紗夜のHPゲージを吹き飛ばしかねないものだった。

 リサはすぐに全回復し、再び盾を構える紗夜。

 

 ドラゴンはそこから怒涛の連続攻撃を繰り出す。

 尻尾の薙ぎ払い、光線、また尻尾の薙ぎ払いから、噛みつき。

 それらを燐子の指示の元かわしていく。

 時間はかかったがドラゴンのHPも残り3分の1まで減らす事ができた。

 このままいけばヤツを倒す事ができる。

 そう、淡い期待を抱いた瞬間だった。

 

 

 ドラゴンは突如背中から翼を生やし、上空へ飛んだと思いきやそれをバサバサと羽ばたかせ突風を起こした。

 その突風は竜巻となりオレやあこ、そして燐子を巻き込み身構える紗夜やリサ、友希那までもを飲み込んでしまったのだ。

 オレたちはその竜巻に抗うことはできずHPゲージをゼロにされてしまった。

 

 "Game Over"。

 

 その言葉が画面に表示され俺たちの敗北が決定する。

 

 

 「ダメだったか」

 

 『もう少しで倒せそうだったのに…………』

 

 『アータフィシャルドラゴンが変形するなんて、初めて知りました…………』

 

 『悔しい、ですね』

 

 『あとちょっとだったのに〜!』

 

 『仕方ないわ。切り替えましょう』

 

 

 戦う前とはいっぺんし、悔しさもありながらあそこまでの強敵を追い詰めたことの達成感も込み上げてくる。

 どうやら今日、バンド活動においても非常に意味のあることを経験する事ができた。

 

 

 「早速リベンジ、と言いたいところだが。もう時間がない。依頼をさっさとこなしてお開きとしよう」

 

 『わかりました。では、極力敵の出てこない道を通っていきますね』

 

 

 そしてオレたちは難なくフォースバードを発見、撃破し依頼を達成する事ができた。

 

 




いかがだったでしょうか?

今回は珍しく友希那さんがギャグキャラの位置にいてなんだか新鮮な気持ちになりました笑


最後になりますが、お気に入り登録、感想、評価お待ちしてます。


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幕間 籠絡

今回は間話、ということで『新日常はパステルカラーの病みと共に(Rev.)』等の作品で知られる咲野 皐月さんとのコラボ企画になります。

個人的に懇意にしていただいてる方で、今回はありがたい事に一緒に執筆しようということで出させていただきました。
本当にありがとうございます。

それでは、咲野 皐月さんのお言葉になります。

皆様、おはこんばんにちは。今回コラボさせて頂きます、咲野 皐月でございます。初めましての方は、是非ともこの機会に名前だけでも覚えて貰えると幸いです。

 今回……このお話にてオリジナルキャラクターである「盛谷 颯樹」くんと、Pastel*Palettesから彩と千聖の合計三名がゲストとして参加しております。

 最後に。後書きの方にて僕の主に書いている作品リンクを掲載致しますので、お時間がありましたらで構いませんので読んで頂けるととても嬉しいです。

 それでは……幕間 籠絡、どうぞお楽しみくださいませ。



 ライブスタジオでバイトをしていると、なかなか珍しい客と遭遇することがある。

 三人は私服で一人はピンクのジャージを着た少女のグループや、諸葛孔明のコスプレをした男がマネージャーを務める金髪歌手など様々だ。

 

 そんな最中、Roseliaにツーマンライブの誘いが来た。

 その相手というのが今絶賛売れ出し中のアイドルPastel*Palette。

 ふわふわピンク担当と自称するボーカル、丸山彩を筆頭に、元子役の白鷺千聖。

 ハーフモデルの若宮イヴ。

 紗夜の双子の妹の氷川日菜。

 元スタジオミュージシャンの大和麻弥と個性の塊のようなグループである。

 

 

 「さて、ライブ目前なわけだが、意気込みは?」

 

 

 そっと目を閉じ集中する友希那に問う。

 

 

 「問題ないわ。練習の成果をそのまま出せばそれでいい」

 

 「リサ。オマエはどうだ?」

 

 「アタシも同じ!最高の演奏をしてくるね♪」

 

 「紗夜。相手がオマエの妹だとしても、一切動じるな」

 

 「当然です。日菜との過去はもう乗り越えましたから」

 

 「あこも頑張ります!」

 

 「わ、私も…………!」

 

 

 皆の思いは一つに。

 これなら何の心配も要らなそうだ。

 

 

 「いつも通りやれば何の問題もない。胸を張っていってこい!」

 

 

 全員の背中を押しオレは舞台袖から会場の後方へ移動する。

 出入り口から一番近く、前のめりになる客から離れ壁にもたれかかることのできるとっておきの場所。

 ここがいつもRoseliaの演奏を聴くオレの特等席だ。

 

 

 「〜♪」

 

 

 出だしは順調。いい滑り出しだ。

 このまま演奏を続けていれば何の問題もないだろう。

 

 

 「いい演奏ですよね」

 

 

 突如、オレの隣で同じように壁にもたれかかる同世代ほどの男が声をかけてきた。

 一瞬だけ視線を男に向け、その姿を確認しすぐ友希那たちに戻す。

 

 

 「ああ」

 

 「ライブハウス "CIRCLE" の店員兼、Roseliaのアドバイザー。そしてRoseliaのボーカル湊 友希那のごキョウダイ。そう、あなたが湊 雄樹夜さんですよね?」

 

 

 まるで何もかも知っているかのような口ぶりだ。

 友希那たちに向けていた視線をオレより小柄なこの男へと威圧するように向ける。

 

 

 「誰だ」

 

 「初めまして。白鷺千聖、丸山彩のマネージャーをさせていただいております 盛谷(もりや)颯樹(さつき) と申します。お会いできて光栄です」

 

 

 盛谷 颯樹と名乗る男はオレに握手を求め片手を差し出す。

 実に礼儀正しいこの男に乗じてオレはそれに応じる。

 

 

 「さっき言ってた通り、オレが湊 雄樹夜だ。よろしく頼む」

 

 「こちらこそ!」

 

 

 満面の笑みを浮かべるこの男。

 オレの脳内にある記憶を探るが羽丘では一切見たことのない顔だ。他校出身か?

 今度日菜にでも訊いてみるか。

 

 

 「あっ、僕のことは気軽に "颯樹" とそうお呼びください!同級生なので」

 

 「ならオレも雄樹夜でいい。ところで颯樹。何故オレのことをそこまで詳しく知っていた?正直、初対面でそこまで言われて引いたぞ」

 

 「そ、それはすみませんでした…………。マネージャー柄、情報収集を得意としててつい、いつもの癖が」

 

 「よく集めたものだ。CIRCLEの店員はまだしも、友希那とキョウダイの事やRoseliaのアドバイザーなのは口外していないからな」

 

 「顔が広いんです。僕」

 

 「そうか?むしろ小さい方だと思うんだが」

 

 「誰が自分の顔が大きいと!?FUJI◯ARAのフ◯モンですか!?」

 

 「そこまでは言ってない」

 

 

 ………おっと、どうやら最初の印象とは大きく異なる人物だったらしい。

 礼儀正しいあの言葉遣いはどこへいったのやら。

 オレの周りにはいない珍しいタイプだ。

 

 

 「話は変わるが、Pastel*Paletteもなかなかの演奏だった。特にボーカルは表情の変化と身体の使い方が上手い。友希那にはない素晴らしい技術だ」

 

 「まだまだですよ。本人たちも発展途上であることを自覚して日々練習に取り組んでいますから」

 

 「それは良いことだ」

 

 「遅くなりましたが、この度はツーマンライブを組んでいただき本当にありがとうございました」

 

 

 深々と頭を下げる颯樹。

 元子役である白鷺千聖のマネージャーであって、Pastel*Paletteとは無関係だろうにこの男のよく出来た内面が窺える。

 人当たりの良さ。

 それが彼の1番の長所なのだろう。

 先ほどの奇想天外なツッコミもきっと長所………のはず。

 

 

 「気にするな。こちらこそ感謝している」

 

 「次はRoseliaさんと肩を並べられるような演奏になるよう頑張りますので」

 

 「ふっ。頑張るのは颯樹じゃなくてPastel*Paletteだろ?」

 

 「そ、そうなんですけど…………あははっ」

 

 

 後頭部をかき照れながら笑う颯樹は、突如何かを思いついたように目を見開いた。

 

 

 「そうだ!この後ウチでライブの打ち上げをする予定なんですけど、Roseliaさんも良ければどうですか?」

 

 「面白そうな提案だが、最大12人になる。そんなに人は入らないだろ?それに親御さんに迷惑はかけられない」

 

 「心配いりません。ボク、親元を離れて一人暮らしですから」

 

 「なに?」

 

 「それに一軒家に住んでるので広さも問題ないはずです。………あぁ、なんだか自慢してる風に聞こえちゃいますよね、ごめんなさい」

 

 

 同じ高校生で一人暮らしの一軒家に住んでるって、一体どこの資産家の子供なんだ。

 それともアイドルのマネージャーというのはそれほど儲かるものなのだろうか。

 見かけによらずこの男、底の知れない人間性の持ち主らしい。

 

 

 「歓迎してくれるなら喜んでその話を受けさせてもらう。だが、メンバーにもそれぞれ予定はある。話をしてからまた連絡する」

 

 「わかりました。お待ちしてます」

 

 

 二人で話してるうちにRoseliaのライブは終わり舞台袖に歩いて行く。

 オレもこの場を離れ、待合室へと向かった。

 

 

 小規模な反省会の後、颯樹の待つロビーへと向かう。

 交換した連絡先にメッセージを飛ばし、オレと友希那、そしてリサの三人が参加することを伝えた。

 どうやら向こうもボーカル、ベース担当のやつが来るらしく互いに同パートの人間が参加する。

 偶然とは実に面白い。

 

 

 「待たせたな」

 

 

 手を軽く上げると、椅子に腰を下ろしていた颯樹とその他2名も立ち上がり頭を下げた。

 

 

 「今日は本当にありがとうございました!」

 

 「ああ、こちらこそ」

 

 

 元気よく礼を言うボーカル、丸山彩はどこか颯樹と似た印象を受ける。

 

 

 「迫力のある素晴らしい演奏でした。拙い演奏をしてしまい申し訳ございませんでした」

 

 

 丁寧な口調のベーシスト、白鷺千聖もどこか颯樹と似た印象を受ける。

 二人に影響されたのか、はたまた影響させたのか定かではないが悪い奴らではないことは確かだ。

 

 

 「オレたちは対等な関係、気にすることはない。どちらが上とか下とか、そんな事のために2マンライブを受け入れたわけじゃないからな」

 

 「恐縮です」

 

 「それに、これから打ち上げなんだろ?暗い雰囲気のままだと場がしらける」

 

 「そうですね!ライブのことは一旦忘れて今日は楽しみましょう!」

 

 「ああ。そのいきだ」

 

 

 勢いづく颯樹たちの後を追い、打ち上げ会場へと向かう。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 「なあ。颯樹」

 

 「なんでしょう」

 

 「本当にここで一人暮らしをしているのか?」

 

 「ええ。そうですよ?」

 

 

 キョトンとした表情を浮かべる颯樹。

 スーパーで買い出しを済ませオレたちがたどり着いた一軒場所というのが、大きなガレージを完備した洋風デザインの一軒家だった。

 この事実になんの違和感すら感じないPastel*Paletteの三人はどう考えてもおかしい。

 一般常識から外れすぎだろ。

 芸能人だからか?奴らが、芸能人だからか………?

 

 

 「ささっ、中に入りましょう。外も冷えてきましたし」

 

 

 颯樹に招かれ家へ入り、大理石の埋め込まれた玄関に靴を並べリビングへと足を進める。

 高校生6人がいてもなんら狭さを感じない広々としたリビングはシステムキッチンや最新家電を搭載した作りになっていた。

 しかも、部屋には一切の埃もなくピカピカ。

 一部屋だけならまだしも家全体を清潔に保つなんてすごいことだ。

 

 

 「適当にくつろいでいてください。何か適当に作りますから」

 

 「あっ、じゃあアタシも手伝うよ〜☆こう見えて、結構腕に自信あるんだ〜」

 

 「なら、お願いします!」

 

 

 リサと颯樹はキッチンへ向かい、残りの四人はソファに腰を下ろした。

 

 

 「颯樹は二人のマネージャーなんだよな?」

 

 「うん!そうだよ!」

 

 「いつも彼にはお世話になってるわ」

 

 「普段もこうやって飯を作ったりするのか?」

 

 「たまにだけど、颯樹くんのご飯は全部美味しいよ♪」

 

 「それは期待大だな。うちのリサも負けちゃいないはずだ」

 

 

 キッチンの方へ顔を向けると何やら楽しそうな様子で調理談話に花を咲かせていた。

 

 

 「颯樹くんは何が得意?」

 

 「そうだなぁ………よく作るのは油そうめんかな」

 

 「えっ、なにそれ?」

 

 「奄美郡島の郷土料理だよ。煮干しで出汁をとった汁にそうめんと野菜を絡めて焼く。簡単でしょ?」

 

 「へぇ知らなかった!他には他には!?」

 

 「あとは鶏飯とかも美味しいよ。これも奄美の郷土料理だね」

 

 「颯樹ってもしかして九州出身?」

 

 「うん。生まれは東京だけど、育ちは長崎なんだ。奄美の料理を知ってるのはお母さんがよく作ってくれたからなの」

 

 「へぇ〜、いいなあ☆なんか地元の味っていうの?そういうのアタシにはないからさぁ」

 

 「あはは。でも、地方人からすれば東京の方が憧れるよ。華やかだし、何より住みやすい」

 

 「そっかそっかー!じゃあ颯樹はそれを作るとしてアタシは─────」

 

 「随分楽しそうだな」

 

 「わっ!びっくりした〜」

 

 

 カウンターに肘を置き、二人の会話に入る。

 

 

 「あの二人はどうですか?」

 

 「ガールズトークというやつが始まって、オレには関係ないから抜け出した」

 

 

 オレに限らずその手の話は友希那も苦手だろうが、これも奴のため。

 語彙力という点において我がキョウダイはRoselia内でもトップ争いをするほどボキャブラリーがない。

 猫のことになれば話は別だが、ライブのMCを務めることもある。

 もっと話せるようになってもらわないとこの先間違いなく苦労するからな。

 

 

 「そうだ。雄樹夜は何が食べたい?颯樹は地元の料理を作ってくれるらしいんだけど」

 

 「そうだな…………食材は何がある?」

 

 「なんでもあるから好きなものなんでも言って!」

 

 

 こうも選択肢が広いと逆に困る。

 リサはどんな料理でも美味いから外れはないし、時間のかかる凝ったものでなければいいということか。

 

 少し悩み、率直に今食べたいものを口にする。

 

 

 「筑前煮」

 

 「えっ?」

 

 「リサの筑前煮が食べたい」

 

 「あははっ。結構渋いの選びましたね」

 

 「い、いいけど…………逆にいいの?」

 

 「ああ。肉や魚をガッツリ食べたいという気分じゃないからな」

 

 「オーケー♪少し待っててねー」

 

 

 袖を捲り調理に取り掛かるリサ。

 二人の息ぴったりな姿を見て夕食までの時間を潰した。

 

 

 

……………………

 

 

……………

 

 

 

 「ふぅ〜、ご馳走様〜!」

 

 「美味かったな」

 

 「お粗末様でした」

 

 

 食べた事のない料理の数々。

 そしてオレの好きなリサ特製の筑前煮が味わえて満足だ。

 

 

 「デザートもあるんでよかったらいかがですか?」

 

 「食べる食べる〜!」

 

 「はーい!私もー!」

 

 「彩ちゃん。貴女は少し食べすぎよ?少しは自重しなさい」

 

 「え〜!だって〜!!」

 

 

 どうやらアイドルというのはオレが想像していたよりも大変な仕事らしい。

 むしろ痩せすぎているとすら感じる二人の体型だが、これを維持、もしくはさらに痩せることなんてオレには到底できやしない。

 これもまた才能。尊敬に値する。

 

 

 「まあまあ、今日くらいは多めに見てあげなよ。明日以降のレッスンでどうにでもなるんだし」

 

 「…………それもそうね」

 

 「じゃあ────」

 

 「彩ちゃんは明日私たちの5倍のレッスンを受ける事。そうでなければどんどん脂肪が蓄積して醜い姿をテレビに晒すことになるのよ」

 

 「お、鬼〜!」

 

 「うふふふふふ♡」

 

 

 今、アイドルたちの闇が垣間見えた。

 オレは知らぬふりをして、テーブルに置かれたチョコレートを食べる。

 

 

 「………ん。これ、美味いな」

 

 

 そう呟きもう一つ口に運ぶ。

 大人の味というか、独特の風味がクセになる美味しさだ。

 

 

 「気に入りましたか?」

 

 「ああ」

 

 

 普段、チョコレートは甘いものしか食べないからこういう少しリッチなものもいいかもしれないな。

 

 

 「それで彩ちゃん。覚悟の方はできたのかしら?」

 

 「…………う、うん。私、やるよ!」

 

 「そう、決心したのね。それじゃあ、この書類にサインしてもらえるかしら?」

 

 

 白鷺は笑顔で一枚の紙とペン、そして朱肉をどこからか持ち出して机に添える。

 その紙の見出しに書かれていたのは誓約書。

 もし今の体重〇〇キロ(丸山のために数字は伏せる)をオーバー、もしくは衣装のサイズが合わないようなことが起これば私は二度と白鷺千聖の命令には逆らわず、下僕として生きることをここに誓います。

 

 …………はっ?何これ、怖っ。

 微笑みの仮面の下で今、白鷺千聖はどんな顔をしてるのか全く想像できない。

 この状況で笑顔でい続けるなんて、とんでもないメンタルだ。

 底なしの闇を肌で感じてしまった。

 

 

 「こ、こんなの誓えないよ!?」

 

 「ならチョコレートは諦めることね」

 

 「うわーん!颯樹くーーん!!」

 

 

 丸山は颯樹に泣きながら胸に飛び込む。

 

 

 「よしよし。でも、これも全部彩のためなんだよ?」

 

 「うぅ………でもぉ…………」

 

 「あまり甘やしてはいけないわよ。ただでさえ彩ちゃんは痩せにくい体質なんだから」

 

 「一つぐらいなら大丈夫だよ。ほらっ、彩。口開けて」

 

 

 颯樹はチョコレートを一つ取り、泣き喚く丸山の口に放り込む。

 美味しい、と泣き止んで丸山は上機嫌になる。

 

 

 「仕方ないわね…………」

 

 「ほらっ、千聖も」

 

 「ええ。ありがと」

 

 

 なんとも仲睦まじい光景だ。

 3人はアイドルとそのマネージャーという関係以上にもっと深い仲にあるのだろうな。

 

 

 「ねぇ、雄樹夜〜」

 

 

 もじもじ、と腰をくねらせるリサは上目遣いでオレを見る。

 

 

 「アタシにも食べさせてほしいな〜、なんて」

 

 「何言ってるんだ。自分で食べれるだろ」

 

 「そうじゃなくて〜!もぉ〜!!」

 

 

 リサは頬を膨らませジッとオレを見つめる。

 彼女の目的がなんなのか知らないが、このまま放ったらかしにしたら今後リサはオレに対して嫌悪感を抱くことになる。

 

 それだけは絶対避けなくては。

 

 仕方なく、チョコレートをとりリサの口に運んだ。

 ん〜♪とどうやら一連の行動に満足したようだ。

 

 

 「友希那。オマエもやめとけ」

 

 「どうしてかしら?」

 

 「燐子から聞いてるぞ。最近、また衣装が────」

 

 「それ以上言ったら怒るわよ」

 

 

 友希那の鋭い目つきがオレの体を刺すように見えた。

 そこまで言われたくないなら、食べなければいいのに。

 人間の三大欲求は抑えられないということか。

 

 

 「……………ん?」

 

 

 突如オレの体は平衡感覚が鈍り、そっと机に手をついた。

 今までに感じた事のない感覚だ。

 一体何が……………

 

 

 「…………あぁ!!」

 

 

 そしてその症状が現れたと同時に颯樹の大きな声がリビング中に響いた。

 

 

 「これ、ただのチョコレートじゃない…………ウィスキーボンボンだ!」

 

 

 聞きなれない名前に首を傾げる。

 

 

 「ウィスキーボンボン?ウィスキーって酒のアレか」

 

 「そうです。一応僕たち未成年でも食べられるんですが、あまり食べすぎると酔いが…………」

 

 

 あまりに遅すぎる忠告だ。

 箱の中のチョコレートは半分以上がオレたちの胃の中にあり、時すでに遅し。

 颯樹は食べてないから大丈夫だろうが他のメンバーは─────。

 

 

 「ねぇ、ダーリン?」

 

 

 聞き覚えのない妖艶な声の主は、颯樹を後ろから抱きしめ、指で頬をグリグリと小突く。

 

 

 「あぁ、どうして貴方はいつもいつもそうなのー?可愛くて、優しくて、とっても素敵な私だけのダーリン…………」

 

 「ダーリン?」

 

 「わあ〜!!ストップ!ストップ!!」

 

 「ああ〜!ずる〜い!!」

 

 「っ痛!ちょっと、彩!?」

 

 「颯樹くんのお嫁さんになるのは私だよ〜」

 

 「やめて…………やめてって二人とも!!」

 

 

 どうやらこのチョコレートのせいで、和んでいたこの空気が修羅場へと変貌を遂げてしまったようだ。

 それにしても、この三人がアイドルとマネージャー以上の関係だった、というオレの考察は当たっていたらしい。

 

 もっとドロドロとした、昼ドラのような関係だそうだ。

 

 

 「さて、この状況をどう打破するつもりだ?()()()()

 

 「か、揶揄ってないで助けてくださいよ!!」

 

 「オレも酔ってるから無理だ。安心しろ、もしもの時は助けてやるよう努力するから」

 

 「それまでは泳がせるって事ですよね!?」

 

 「オレに構ってる場合か?()()()()

 

 「その呼び方はやめて……………ってちょっと!?何脱がせようとしてるの二人とも!!」

 

 「だって、こんなに部屋が暑いんだもの」

 

 「颯樹くんもそう思うでしょ?」

 

 「二人が酔っ払ってるからだよ!!」

 

 

 それにしても急に騒がしくなってきた。

 酔いを覚ますためにオレは外へ出ようと廊下に向かう。

 そこで突如オレの前に立ち塞がり、背中に腕を回し引き止める人間が一人。

 

 

 「何をしてる、リサ」

 

 「…………えぇ〜?」

 

 

 頬を紅潮させたその顔を見るだけで全てを察した。

 急いでこの場を離れなければオレも颯樹のような目に遭うのだと。

 

 

 「離せ、まずはそこからだ」

 

 「や〜だ〜!離れたくないの〜!」

 

 「うっ…………」

 

 

 リサはその場でへたり込むように腰を下ろし、顔がオレの股間付近にまだ接近する。

 まずい、この状況はあまりにもまずい。

 

 

 「おい、友希那………!早くリサを─────」

 

 

 ソファに腰を下ろす友希那を見ると、リサ同様の顔つきでボーッと天を仰いでいた。

 

 

 「にゃーんちゃんが1匹…………にゃーんちゃんが2匹…………にゃーんちゃんが………」

 

 

 不思議と、友希那の頭上を猫がぐるぐる駆け回る様子が幻覚として現れた。

 どうやらオレも相当酔っているらしい。

 正常な思考を保てている今のうちにこの場から離れたいんだが、依然としてリサはオレに抱きついたまま。

 女子なのに、意外と力があって非常に困った。

 

 無駄だろうが、颯樹の方へ視線を移すが………ああ、もう手遅れだったようだ。

 これがテレビだと全部モザイクでなければ放送禁止として扱われるほどにまで状況は悪化し、アイドルたちは1匹のメスになっていた。

 

 

 「Good Luck」

 

 

 そう呟き、まるでゾンビ映画で友人を置いていくノリで見捨てる。

 

 

 「雄樹夜〜。アタシも、雄樹夜のこと『ダーリン』って呼んでもいい〜?」

 

 「ダメに決まってるだろ。他のメンバーや親になんで説明すればいいんだ」

 

 「だってぇ〜!」

 

 「だってじゃない」

 

 「ム〜!」

 

 「ダメだ」

 

 「もう!バカ〜!雄樹夜嫌い!」

 

 

 これほど不機嫌なリサは初めて見る。

 子供の頃は泣きじゃくる様子はよく目の当たりにしてきたが、中学高校と大人に近づくにつれそんな姿は見なくなった。

 どこか新鮮。だが、やはり面倒だ。

 打開策はないか必死に思考を巡らせる。

 

 

 「…………はぁ、分かった。今日一日だけ許してやる」

 

 「ほんと〜?やったー♡」

 

 

 満面の笑みを浮かべるリサは膝立ちになり、オレの服をギュッと掴み目を潤ませながら口を開いた。

 

 

 「ダーリン!ダーリン?ダーリン☆ダーリン♡」

 

 「やめろ…………」

 

 

 なんだかいけないことをさせてるみたいで罪悪感に苛まれる。

 コイツ、わざとじゃないだろうな。

 

 

 「ねぇねぇ、ダーリンもアタシのこと "ハニー" って呼んでいいんだよ〜?」

 

 「…………ハニー」

 

 「えっ!?」

 

 「ハニーは今、酔ってて正常じゃない。これはダーリンのお願いだ。オレはトイレに行きたいから少し待っててくれ」

 

 「…………わかった」

 

 

 スッと力が抜け、この場を脱出する。

 全員の視界から外れ、ふぅと息を吐く。

 

 未成年ということもあるだろうが、やはり酒は人をおかしくする。

 好んで摂取するものではないようだな。

 

 

 オレは大人になっても、酒は絶対飲まん。

 誓約書には書かないが、ここに誓おう。




いかがだったでしょうか?

『新日常はパステルカラーの病みと共に(Rev.)』に登場するキャラたちと変わらなかったでしょうか?
個人的にかなり良い作品に纏まったと思っているのですが、気に入っていただけたら何よりです。

そしてコラボさせていただいた咲野 皐月さん。
今回はこのような形でコラボしていただき本当にありがとうございました。執筆していてとても楽しいキャラクターたち、そして添削等のご協力をしていただいてとても有意義な時間を過ごすことができました。

最後になりますが、高評価、感想お待ちしております。

それでは、咲野 皐月さんの言葉で締めくくらせていただきます。

本話を最後までご覧頂きまして、誠にありがとうございました。如何でしたでしょうか?

 このコラボを糧にして、これからも邁進して行く所存ですので、何卒これからもよろしくお願いします。

それでは最後に……今回、快くコラボの提案をお受け頂きました山本イツキさんを始め、そしてこのお話を読んで下さった皆様に感謝の意を伝えまして、結びとさせていただきます。


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第十六曲 病床

およそ一年。ずっと逃げてました。

本当にごめんなさい………


病み病みの実〜モデル 社畜〜のメンタルお豆腐人間は
今日から再び執筆活動を再開し
誠心誠意頑張っていく所存であります



 「ダメだ。完全に、やらかした………)

 

 

 季節の変わり目というのは誰しもが体調を崩しやすいものだ。急激な気温の変化に加え、各ウイルスが活発になり人の体を蝕む。

 夏が終わり、紅葉が見られる秋を迎えたのだが、オレは今ベッドの上。昨日から37.8℃の熱を出していたのだが、今朝測ったところさらに上がり、38.3℃を計測。

 体調管理には特に気をつけていたのだが、やはり季節の変わり目には敵わないようだ。

 

 

 「何か欲しいものはあるかしら?」

 

 

 ベッドに横たわるオレの隣で友希那はそう声をかける。

 

 

 「ない。今日は、このまま寝るつもりだ……」

 

 「そうした方がいいわね」

 

 「Roseliaの練習、いけなくてすまんな」

 

 「気にしなくていいわ。今はゆっくり体を休めてちょうだい」

 

 「ああ……」

 

 

 友希那はそう言い残し家を後にする。

 本来なら今日はCIRCIEでバイトをしつつ、空き時間でRoseliaの練習を手伝う予定だったのだが、全てが丸潰れだ。

 義両親もいないし、このまま静かな家の中で一人眠りにつくとするか ────

 

 

 

 夢の中。

 何だかいつもよりふわふわしてる感じだ。普段夢を見ることなく目覚めることが多かったから不思議な気分だな。

 ここは………どこだ?

 辺りを見渡そうとするが、顔が動かない。目を動かすので精一杯だ。真っ白な天井と質素な部屋作り。なるほど、病院か。

 だが、何でオレが病院にいるんだ?入院………いや、そこまで酷い風邪じゃなかっただろ。

 

 

 『失礼します』

 

 

 コンコン、と扉をノックされ医者が部屋に入る。

 

 

 (紗夜?)

 

 

 白衣を纏った紗夜がオレの目に映る。なるほど、確かに紗夜なら頭もいいし医者になるかも………って、おいおい。まだ先の話だろ。

 これはなんだ、コスプレ大会か?

 そんなことより、普段無口なオレなのにツッコミがすぎるぞ。連載が1年近く開いたことによるキャラ崩壊か?なあ、何を考えてるんだ執筆者。

 

 

 『全く、身体が弱いんですから無茶をしないでください』

 

 

 身体が弱いだと?確かに運動は嫌いだが、心配されるほどやわじゃないぞ。

 

 

 『今はゆっくりお休みください。すぐに看護師さんが来ますので、何かあればその方に伝えるようお願いしますね』

 

 

 そう言い残し医者のコスプレをした紗夜が部屋を後にする。それと入れ違いに、見知った顔がまたしてもナース服を着てオレのそばに歩み寄る。

 

 

 『雄樹夜………さん…………』

 

 

 おいっ、何の真似だ。燐子。

 お前はそんなキャラじゃなかっただろう。

 

 

 『眠れ………ません、でしたか………?』

 

 

 眠るどころかお前たちのせいで目も脳も冴えたぞ。

 

 

 『いつも………お世話に、なってるので………』

 

 

 そう話しながらオレの布団に潜り込もうとする燐子。

 だからやめろって。夢の中だからって何でもしていいわけじゃないんだぞ。オレたちは高校生。それに、こんなところを他のメンバーに見られたら………おいっ、オレの体に触れるな脱がそうとするんじゃない。

 

 冗談は夢の中……ってここは夢の中か。

 

 違う、そうじゃない。

 頼むからやめてくれ。これ以上は───────

 

 

 

 「…………ッ!!」

 

 

 思わずベットから起き上がる。

 先ほどまで映っていた光景を思い出し、きらした息を急いで整える。

 

 

 「わああ!?び、ビックリしたあ!!」

 

 

 隣を見ると、おぼんを手にしていたリサがこちらを見て驚いた様子を見せていた。

 いつの間にリサがこの家に?というか練習はどうした?

 そんな疑問や驚きの前に先ほどの夢のインパクトが強すぎて、こっちの心理状態は正常なんかじゃない。

 

 

 「………きてたのか、リサ」

 

 「そうだよー?もお、ビックリさせないでよね〜」

 

 「悪い」

 

 「お粥、食べれる?」

 

 「ああ………」

 

 

 さすが気が利く。こういう家庭的なところを友希那にも見習って欲しいものだな。

 頭痛がジンジンと響く体を起き上がらせると

リサは蓮華でお粥を掬い、笑顔でオレに差し出す。

 

 

 「ほらっ、あーん♪」

 

 「やめろ。オレは、子供じゃ、ない」

 

 「そんな辛そうにしてるのに一人で食べられるの?」

 

 「問題、ない」

 

 「もー、フラフラじゃん。お粥を溢して布団汚しちゃったら元も子もないでしょ?だから、ほらっ!」

 

 

 こうなったらリサはテコでも考えを変えない。仕方ない、と言った様子でお粥が掬われた蓮華を口に運ぶ。

 

 

 「味は?どう?」

 

 「………熱い」

 

 「ええ!そっち!?」

 

 

 ここまで尽くしてもらっている人間が言うセリフではないが、もう少し冷ました状態で持ってきて欲しかった。

 

 

 「それじゃあ次は〜………ふぅー、ふぅー」

 

 

 再度お粥を掬い、息を吹きかけ冷まそうとするリサ。ここまでくると要介護者か赤ん坊と同類だろう。

 

 

 「いや、それぐらいは自分でできる」

 

 「ダーメ!アタシがやるの!」

 

 「はあ、わかった」

 

 

 一体なぜそこまでしてオレの看病を買って出るのか理解できん。しかし、ここまできたら最後までとことん尽くしてもらおう。

 オレはリサの吐息で冷ましたお粥を食べ進めそのまま完食する。味は文句のつけようがないレベルのおいしさだった。

 

 

 「薬とお水もちゃんと飲むようにねー」

 

 「ああ───おっと」

 

 

 リサから手渡された錠剤と水の入ったグラスを滑らせ掛け布団の上にこぼしてしまう。

 

 

 「もぉ〜、気をつけてよねー」

 

 「すまん」

 

 

 仕方ない、といった様子でリサは机の上からティッシュを数枚引き抜き濡れた掛け布団にそれをあてがう。

 

 

 「………んん?」

 

 

 不意に首を傾げるリサ。

 

 

 「ポケットに………なにか入ってる………?」

 

 

 疑問に思いつつも硬い感触のする部分を触れ続ける。

 

 

 「リサ」

 

 「なに?」

 

 「尽くしてもらってなんだが、その………手を離してくれないか」

 

 「えっ?」

 

 「あまり触られると、反応に困る………」

 

 

 リサはオレの顔から手が触れている部分へと視線を移す。そこはちょうど()()()()()()

 頭痛のせいで全く気が付かなかったがあの変な夢のせいだろう。思春期真っ只中なオレの身体が反応して、一部分を硬直させていた。

 他人よりそういった欲は薄いと思っていたのだが、やはりオレも高校男児。ちゃんと欲はあったようだ。

 

 だが、その羞恥の姿を見せる相手が悪すぎた。恥ずかしさのあまり顔を逸らし、そう告げるのが精一杯であった。

 

 

 「…………うわああっ!!」

 

 

 飛び上がるようにパッと手を離し後退するリサ。ハァ、ハァ、と呼吸が荒くなり、放心したような様子だ。

 

 

 「本当っ、すまん」

 

 「し、仕方ないよ。だって、生理現象、なんだもん………」

 

 

 そう告げるリサだが、未だこの状況下で冷静になることができず愕然としている。とことん尽くしてもらうとは言ったが、もちろんオレにそんなつもりはない。断じてない。神に誓って言おう。

 

 

 「なんて詫びたらいいのか……」

 

 

 怖い思いをさせて本当に申し訳ないと感じる。

 

 

 「い、いいって!気にしないで!」

 

 「しかし………」

 

 「大丈夫!寧ろ、雄樹夜がちゃんと男の子してて安心したっていうか………」

 

 「それ以上はやめてくれ」

 

 「あはは!照れなくてもいいじゃん☆」

 

 

 リサの笑顔が眩しくて直視できない。それに、今は自分でもわかるぐらい顔が熱い。

 風邪によるものではないことは鈍い友希那にだってわかるほどに。

 

 

 「話は変わるが、今日の練習はどうした?」

 

 「雄樹夜がいないと締まらないってなって結局自主練になったんだ〜。それで、友希那に頼まれてアタシがきたって感じ!」

 

 「看病しにきてくれたのは助かるが、オレ抜きでも練習できないと話にならないだろ」

 

 「友希那も頑張ろうとはしてたけど、イマイチ気持ちが乗れてなかったというか………全然練習に身が入らなかったというか………」

 

 

 おおかた、他のメンバーの注意をしようにも自分も同じような状態だったから何も言えず解散したといったところだろう。

 ライブまで日はあるが、友希那(リーダー)がちゃんとしないと周りはついていかない。

 家に帰ったら説教が必要だな。

 

 

 「今度、友希那に家事全般教えてやってくれ」

 

 「もちろんOKだけど、雄樹夜にも教えないとね♪」

 

 「オレもか?最低限、洗濯と掃除はできるんだが」

 

 「万が一友希那が風邪を引いちゃったら面倒見るのは雄樹夜になるからね。今日みたいなことが起きたら」

 

 「………善処する」

 

 「そこはちゃんと『わかった』って言わないと!」

 

 

 全く似てないオレの声真似をしながら励ますリサ。体調管理をキチンとできていなかったオレの責任ではあるが、今日一日練習できなかったからには明日は倍、いや、3倍の練習をこなしてもらう必要がある。

 

 Roseliaに妥協は一切しない。

 

 

 オレも付きっきりで面倒を見続けられるわけじゃないからな。




実はというと、執筆者は今出張で千葉にいるんです。

すごくのどかでいいところですね(場所は詳しくは言えませんが)


やっぱり一人は落ち着くなあ………


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第十七曲 楽園

あこ&燐子、紗夜、リサ姉ときて今回は我らがRoseliaのリーダー友希那さん!

今回は猫好きなキョウダイにとって、最高の物語となります。



 いつもと何ら変わらない日常。オレたちRoseliaは頂点を目指し日々練習に励んでいる。

 "頂点" と抽象的に口にしているが決して目的もなく演奏をしているわけではない。

 音楽を愛する人たちにも、そうでない人たちにもRoseliaの音楽が最高だと思ってもらえるようなそんな圧倒的な存在でいて欲しい。少なくともオレはそう考えている。

 

 

 「おはよう」

 

 

 練習がオフの日である今日。いつもより遅い時間に目覚めた友希那は目を擦りながら居間へと姿を現した。

 

 

 「()()()()()

 

 「………?」

 

 

 ソファでテレビを見ながらキョウダイに挨拶を交わす。不思議そうに首を傾げる友希那に時計を指差すと時刻はすでに10時を回っていた。

 この世の中10時を越えればお昼だろう、というオレ独自の勝手な認識があるのだが友希那には関係のないことだったな。

 

 

 「また徹夜か?」

 

 「0時には寝たわ」

 

 「ならいい」

 

 

 ここのところライブ続きだったからキチンと体を休めてほしいのだが、そうも言っていられないのだろう。

 

 

 

 「まりなさん伝で対バンの申し込みが殺到しているようだ。リストアップしといたから目を通しておいてくれ」

 

 「わかったわ」

 

 「スケジュールが確定したら場所と時間も抑えておくから、決まったら連絡してくれると助かる」

 

 「いつもありがとう」

 

 「気にするな。Roselia(オマエたち)は頂点を目指して頑張ればいい」

 

 

 休日「オフ」だろうとオレたちの頭にあるのは音楽のことばかり。まあ好きでやってるから苦痛だと感じたことは決してないんだけどな。

 友希那は冷蔵庫の中にしまわれていた朝食を取り出し一人黙々と食べ始める。それと同時に視聴していたテレビ番組が次のコーナーへと移行する。

 

 

 『───はいっ!私は今、地元で有名な猫カフェに来ております!見てくださいこの可愛い子猫ちゃんたちを!!」

 

 

 猫カフェ、猫カフェか………。

 猫好きなオレや友希那からすればまさに楽園と言えるべき場所だな。一挙手一投足全てが可愛らしく見え思わず笑みが溢れる。

 実際に行ったことはないが前々から興味はあった。生憎、近辺に猫カフェがなく、一番近くでも電車で20分ほどはかかる。

 それにこういった動物を擁するカフェというのはメインターゲット層は若い女性。男一人で行くにはどうにも周囲の目が気になるところだ。

 リサは部活で忙しいし、あこや燐子はゲームをすると言っていたし、紗夜は犬派だと言うし、誘う相手がいなければ行く気にはなれないな。

 オレの交友関係の狭さのせいでもあるが、親しくもなく、話すことがない人といるだけで息苦しく感じてしまうからな。

 

 

 「友希那。言い忘れてたんだが………」

 

 

 パッと後ろを振り返ると友希那は箸で掴んでいたレタスをポトリと皿に落とし、頬をほんのりと紅く染め、何かに魅了されるような表情でテレビに釘付けになっていた。

 

 

 「友希那?」

 

 

 オレがそう問いかけると、現実に引き戻されるかのようにいつもの小難しい顔に戻りこちらへ視線が向く。

 

 

 「な、何かしら?」

 

 「いや、すまん。忘れてくれ」

 

 「そう」

 

 

 あんな破顔した友希那を久しぶりに見たことにより、何を伝えるのか忘れてしまった。奴がそうなった原因はテレビに映る猫たちによるものなのは言うまでもない。

 義妹はオレ以上の猫好き。過去に、野良猫を拾ってきては家で飼うと泣きじゃくったことがあるほどだ。

 …………待てよ。ちょうどそこにうってつけの人物がいるじゃないか。

 猫好きで、オレと親しくて、一緒にいても息苦しくならない人。

 

 

 「友希那」

 

 「なに?」

 

 「今日暇だろ」

 

 「ええ、まあ」

 

 「よかったらでいいんだが、一緒に────」

 

 「行くわ」

 

 

 機先を制するように放たれた友希那の言葉。

 その力強さと真剣な眼差しから、断る理由もないといった感じだ。

 

 

 「それじゃあ10時に家を出るからその予定で」

 

 「わかったわ」

 

 

 音楽以外にはさして興味を抱くことのない友希那だが、こと猫において話は別だ。

 オレ自身、ここまで過敏になるとは思いもしなかったがこちらとしては好都合。

 ライブのMCもリサやあこたちに任せきりだから、もう少し見聞を広めてほしいというのは義兄の勝手な願いではあるが………一つでも話題を持てるのはいいことだろう。

 

 口数が少なくもう少し会話をした方がいいと注意されてるのはオレも同じだからな。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 猫カフェに行く道中、オレたちの間に特に会話はないが、これが湊キョウダイの普通であって決して仲が悪いわけではない。

 買い物だって二人で行くし、食事中も会話はする。ただ、両者共に口数が極端に少ないだけである。

 しかし、店に入れば関係ない。

 

 

 「友希那みろ!あそこに、あんなところにも………!」

 

 「なんて………!可愛らしいの………!」

 

 

 入店してすぐに見える光景。

 無数の猫たちがごく普通に過ごしているだけだというのにオレたちの目には全ての行動が愛おしく感じられる。全く末恐ろしい。

 普段の生活では5割がバンド、4割がバイトで残りの1割というのがオレの脳内を占めているのだが、この店に来てからは10割、100%が猫で埋め尽くされてしまった。

 友希那もまた同様に、普段のクールな表情からは想像がつかないほど惚気ている様子だ。

 手を洗い、清潔にしてからいよいよ猫たちと対面する。

 

 

 「さて、どれから堪能してやるかな」

 

 

 周囲を見渡しオレ好みの猫を探す。

 基本的には猫全般が好きなのだが、個人的にはマンチカンのような小さい猫が好みである。

 

 

 「………おっ?」

 

 

 キャットタワーの頂点に居座る小さい毛玉。

 しかもこちらをジッと見つめており、どこか『こっちへ来い』と言わんばかりの迫力を感じゆっくりと歩み寄る。

 

 

 「……………」

 

 「……………」

 

 

 互いに見つめ合うが会話はない。まあ当然か。正直、こういった場所は不慣れだからどうしていいかわからないのが本音だ。

 困った困った………。

 

 

 「お客様!」

 

 

 そんなオレに女神の救済かのように店員さんが話しかけてくれた。

 

 

 「この子は "メイちゃん" って言ってすごく人懐っこい女の子なんですよお〜!」

 

 「なるほど。人懐っこい、か」

 

 

 再度目を合わせてみる。

 しかし、あちらからこっちにアクションを仕掛けることはなく、再び互いの視線がぶつかり合い膠着状態へと陥る。

 人との付き合いにおいてもオレから話しかけることは決してないのだが、猫に対しても同じだったようだ。

 このまま抱きかかえるのも手段の一つだろうが、それが気に食わず逃げられでもしたらオレはきっと立ち直れない。傷つくのがとにかく怖い。万が一そんな状況にでもなれば二度とこの楽園に近づくことはないだろう。

 

 オレとメイちゃんの様子を見て店員さんはポケットからおやつを取り出しオレに手渡した。

 

 

 「メイちゃんが大好きなおやつです。よかったらお使いください!」

 

 「すみません。何から何まで」

 

 「いえいえ!これが仕事ですから」

 

 

 今はただこの人に感謝しかない。

 ジッとオレを見つめるメイちゃんにおやつをそっと口元へ運ぶと、視線をそれに映しニオイを確認するとぱくぱくと食べ始めた。

 もうその様子を見ているだけで満足、眼福だ。口をペロリと舐め取り、メイちゃんはスッと立ち上がるとオレに飛び掛かるように大ジャンプしそれを受け止めた。

 

 

 「おっとと」

 

 

 話には聞いていたがここまでの跳躍を見せるとは驚きだ。しなやかで力強い。

 全身がバネという言葉を体現しているようだった。

 

 

 「あらいいですね〜♪」

 

 「結構あったかいんですね」

 

 「猫の体温はだいたい38℃と言われてますので」

 

 「なるほど。通りで」

 

 

 メイちゃんから伝わるほのかな温もりは冬場だと重宝しそうだな。最も、カイロや毛布とは違って生きているから拒まれる可能性もあるのが難点か。

 好きなもの(ネコ)から拒絶されればオレは人間不信、いや、猫不信に陥るのは間違いない。

 嫌われられず、かつ適度な触れ合いを。

 それができれば十分満足だ。

 

 

 「そういえば、猫カフェって抱っこをするのはNGだって聞いたことがあるんですが………」

 

 「メイちゃんから抱っこをせがんできたようなので大丈夫です♪」

 

 

 店員さんがOKと言うのであれば問題ないか。他の客には悪いがオレはこのモフモフを存分に味わうとしよう。

 

 

 「そういえば、友希那はどうしてるんだ………?」

 

 

 辺りを見渡してみるが義妹の姿は見当たらない。今オレの目に映っているのは、猫と戯れる他の客とブラッシングをしたりして手入れをしている店員、そして────大の字で横たわる何者かに群がる猫の光景だった。

 

 

 「おい」

 

 

 その人物に声をかける。

 

 

 「何かしら?」

 

 「ズルイぞ。一体どんな魔法を使った?」

 

 

 羨ましい気持ちと妬む気持ちが入り混じる。そして我ながら魔法とは、非現実的な言葉だ。

 だが、そう考えない限り仏頂面の友希那の元へは猫たちは集わない。

 普段から登下校の時に猫と戯れているから扱いに慣れているからか?

 

 

 「魔法なんて使ってないわ」

 

 「じゃあ何をしたっていうんだ」

 

 「簡単なことよ。コレを使ったの」

 

 

 奴の手に握られていたのは、猫じゃらしに猫用のおやつ。なるほど、通りで猫たちが寄ってくるわけだ。

 

 

 「お前、()()()()()?」

 

 

 猫カフェでは金を払うことによって多数のサービスが受けられる。友希那が手にしているものたちがいい例だ。猫が中々近寄ってくれない客たちのために販売してる、言わばドーピング剤。『ライブブースト』ならぬ『キャットブースト』といったところか。

 そこまでして猫たちに好かれたいとは、友希那。超本気なんだな。

 

 

 「言いがかりはよして頂戴。これは可愛らしいこの子達への、ほんのささやかな()()よ!」

 

 「何が奉仕だ。誠実な振る舞いみたいな感じで言うんじゃねえ」

 

 「猫に好かれるためなら、私はどんなことだってするわ」

 

 「犯罪者かお前は」

 

 「………あら?その子も可愛らしいわね」

 

 「メイちゃんは誰にも渡さんぞ……!」

 

 「今にみてなさい。この魔法のアイテム(ねこじゃらし)で誘惑してみせるわ」

 

 「や、やめろ………!」

 

 

 悪戯な笑みを浮かべメイちゃんを惑わす友希那。それを見させまいと体を反転したが、もう手遅れ。それを見た瞬間、メイちゃんはオレの腕の中から飛び出し友希那の元へ駆け寄った。

 新しい遊び相手を見つけたメイちゃんは他に群がる猫たち同様、奴のキャットブーストにより洗脳されてしまったのだ。

 

 友希那………いや、猫を拐かす魔女め………!

 

 

 許さん………この恨み、晴らさずして帰れるものか………!!

 

 

 「店員さん」

 

 

 オレはすぐさまメイちゃんとの仲を取り持ってくれた店員さんを呼ぶ。

 

 

 「はい、なんでしょうか?」

 

 「この店で一番高い猫用ご飯をください。そして願わくば………あの義妹よりたくさん猫が寄ってくるようなものも用意していただければ助かります」

 

 「わ、わかりました!至急用意します!」

 

 

 店員さんは慌てるようにオレの注文したものを取りに裏口へと向かう。

 課金する相手に対し、こちらが無課金で挑む必要はない。そっちがその気なら、こちらだって手段を選ぶ必要はない。

 それに軍資金はバイトをしているこちらの方が上。奴の財政などたかが知れてる。

 

 残念だったな友希那。

 お前はオレを怒らせた。

 

 奪われたメイちゃんのためならば、オレは鬼にでも悪魔にでもなってやろう。

 やるならば徹底的に。それがオレの流儀だからな。

 

 

 「ふふっ。あなたも堕ちたものね」

 

 「なんとでも言え。絶対吠え面かかせてやる!」

 

 「望むところよ!」

 

 

 病的猫愛者たちの、なんともみっともない視線がぶつかり合う。

 その後、課金アイテムを手にしたオレは友希那との壮絶な猫たちへのラブコールを行い続けたが、『他のお客様のご迷惑になるので………』という店員さんからの一言によって終戦を迎えた。

 




猫カフェ、行ってみたいんだけど、行ってくれそうな友達やキョウダイが私にはいないの………

はあ…………


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第十九曲 青春

ゴールデンウィーク間近を迎え、皆さんはどうお過ごしでしょうか?

私は先日、友人の結婚式に参加させていただき、『ああ、羨ましいなぁ………』と嘆いていました笑


趣味は睡眠。家事育児全くできない男が私でございます!!


 「我々は、スポーツマンシップに乗っ取り!正々堂々戦うことを誓います!」

 

 

 ごくごく普通の選手宣誓を告げ、羽丘学園の体育祭が開催された。空は生憎の晴天で、これから中止になることは決してないと感じるほどの快晴だ。できることなら雨で中止になってもらってもよかったんだが………

 

 

 「頑張ろうね、雄樹夜!」

 

 

 クラスメイトであり、Roseliaのベーシストであるリサが気合十分といった表情でこちらを覗く。

 

 

 「あまり気乗りしないんだが……」

 

 「まあ雄樹夜って身体能力は高いのに運動神経はあまりないからね〜」

 

 「この身体が運動を拒むんもんでな」

 

 

 実際オレは1学期初めに行う体力測定においては、全国の高校生に比べ平均数値を上回っている。ただ、リサの言った通り運動神経は皆無に等しい。

 バスケではシュートが一向に入らないし、野球でも空振り三振をすることがほとんどだ。典型的な運動音痴、といったところか。それに加え体も脆い。少しでも体を動かせば足や腕が攣ることが多く、夜はその痛みでベッドにうずくまっている。

 

 

 「雄樹夜ってなんの種目に出るんだっけ?」

 

 「100メートル走だ」

 

 「あはは〜、そうだったそうだった☆」

 

 

 幸い、今回は体に負担のかからない種目に出場することが決まっていた。昨年は運動できる奴がほとんどいなくてオレがリレー種目に出ていたりもしたが、今年は熱血系が集まったおかげか注目が集まることは決してなかった。

 まあそれでも走ることに変わりはないのだが、文句ばかり言ってられない。

 

 

 「盛り上がっているところ、ごめんなさい」

 

 

 オレとリサで話していると、後ろから友希那に声をかけられた。クラス対抗のため、友希那とは今だけ敵対関係にある。

 

 

 「おお。友希那」

 

 「一緒に頑張ろうね〜!」

 

 「ええ」

 

 「友希那は確か、借り物競走だったか?リサと同じだな」

 

 「運動はあまり得意ではないもの。私にピッタリだと思うわ」

 

 「違いない」

 

 

 体育祭の競技は文字通り体を動かすものがほとんどだ。短距離走、リレー、騎馬戦といったハードなものもある。

 唯一楽な競技である借り物競走は友希那にうってつけと言える。

 

 

 「そういえばなんでリサは借り物競走に出ることにしたんだ?」

 

 「だって面白そうじゃん♪」

 

 「そうなのか」

 

 

 元々女子校だったこの学校は共学になって日が浅い。だからなのかは分からないが学校内恋愛について疎いところがある。一部では恋愛禁止なんて校則もあると聞くが、羽丘にそのような項目はない。基本自由だ。

 実際、他のクラスメイト同士で付き合ってるやつがいる。そいつは去年の体育祭で友希那たちと同じ借り物競争に出て『好きな人』というお題を引き、連れてきた女子生徒と愛でたく恋人関係になったのだ。

 なんともロマンチックではあるがそれで玉砕してしまっては卒業まで笑い物になるのが目に見えている。よほど神経が図太くなければ無理だ。少なくとも、オレにそんな度胸はない。

 

 

 「結構人気があるんだよ?借り物競走って」

 

 「まあ、楽だからな」

 

 「そうじゃなくて〜………」

 

 

 困ったような表情で頬を描くリサ。

 

 

 「お題とか、『〇〇な人』とかが多くて、色んな人との絡みがあるから、実行委員の子も張り切って考えたっていってたからね〜」

 

 

 なるほど、人見知りなオレには向かない競技なのは確かなようだ。

 

 

 「雄樹夜こそ大丈夫なのかしら?100mも走れるの?」

 

 「バカにするな。流石にその距離はいける」

 

 「また足が攣って動けなくなっても知らないわよ」

 

 「薄情な奴だな。少しは労ってくれよ」

 

 「その競技に出たあなたが悪いわ」

 

 「酷いな、おいっ」

 

 

 敵になるだけでここまで変わってしまうものなのか。キョウダイとして少し悲しくなる。

 

 

 「リサ。クラスを代表して友希那に必ず勝ってくれ。頼んだぞ」

 

 

 グッと拳を握りリサにエールを送る。

 

 

 「といってもアタシとは別の組みだから直接戦うことはないんだよね〜。あははっ………」

 

 「勝ち負けにこだわりはないのだけれど、お互い怪我のないように頑張りましょう」

 

 

 友希那はそう言い残しこの場を後にする。

 

 

 「ところで、リサはなんで借り物競争に出ようとしたんだ?」

 

 「別にそれだけじゃないでしょ?リレーにも出るし、長距離走にも出るし」

 

 

 運動部を掛け持ちしてるリサはさすがというべきか、他のクラスメイトとは比較にならないほどの運動能力を有している。熱血系男子が集ううちのクラスでは引っ張りだこの存在だ。

 多くの種目に出場する代わりにと交換条件として、借り物競走に立候補するあたり交渉も上手い。そこまでして出たい理由を聞いてみたが、本人からは『秘密♪』とだけ伝えられている。

 

 

 「再三言うが、ケガにだけは気をつけてくれ」

 

 「雄樹夜もね〜♪」

 

 

 『100m走に出場する選手は入場門に集まってください』という放送が入りオレはそこへ向かう。ただ走るだけというのであればオレの運動音痴はマイナス要素になり得ない。

 足手纏いになるのも嫌だから本気で走るとするか。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 私が借り物競走に参加した理由はただ一つ。

 走らなくていいから。それだけよ。

 近頃は雄樹夜の勧めでジョギング程度はするようになったけれど、それも新しい曲へのインスピレーションを得るためだけのもの。

 

 

 「それにしても………」

 

 

 周りの生徒たちを見るとどこかクラスの中でも中心に位置する人たちばかり。その理由はおおよそ見当がつく。

 私がこの競技に出場できたのは幸運だったのかもしれないわね。

 

 

 「あれー?湊さんじゃないですか〜」

 

 

 どこかのんびりとした口調でAfterglowの青葉さんが声をかけてきた。

 

 

 「あなたもこの競技に?」

 

 「そうですよ〜。ちなみに、蘭とひーちゃんも参加しまーす」

 

 「お互い頑張りましょう」

 

 「そうですねー。それはさておき、さっきのおにーさんの走り、すごかったですね〜!」

 

 「ええ。私も驚いたわ」

 

 

 運動が苦手だったはずの雄樹夜だったけれど、驚くほどの速さで一位でゴール。今後のために必ず本気で走らないと思っていたからこそ余計に驚いた。

 

 

 「それを言うなら彼だって………」

 

 「あーくんもなかなかでしょ〜♪」

 

 

 どこか自分のことのように笑みを浮かべる青葉さん。彼女が "あーくん" とあだ名する美竹 葵君は私でも知っている有名人。

 Afterglowのギターボーカル、美竹さんの双子の弟さんで学年問わずの人気者であり、人当たりも良い印象がある。

 裏表のない真っ直ぐな人柄は、人見知りな雄樹夜にも見習って欲しいところね。

 

 二人でそう話しているうちに私の出番が訪れた。青葉さんは笑顔でヒラヒラと手を振り別れを告げると、私はスタートラインに立つ。

 

 

 「位置について。よ〜〜い───」

 

 

 パンッ!

 

 スターターピストルの音が響き渡り、私はお題の紙が書かれた机まで直走る。足の遅さはこの競技に関しては問題ない。あとは楽なお題を引いていち早くゴールすることが大切ね。

 一緒にスタートした5人の中で一番遅くにそこへ辿り着き、紙を開いて実行委員の人に渡す。

 他の四人のお題は

・美人だと思う人

・男装したらイケメンそうな人

・怒ったら怖そうな人

・メガネが似合う人

と、難しそうなものとそうでないものが入り混じった感じだった。私は一体どうなるのかしら………。

 

 

 「第5着、湊さんのお題は………『()()()()()()』です!これはなかなか難しいかな〜?では、探してきてください!」

 

 

 元気よくそうアナウンスされ送り出される。

 尊敬、尊敬してる人ね………すぐ頭に思い浮かんだのは、お父さん。私に音楽の素晴らしさや楽しさを教えてくれた大切な存在。けれど、今ここにはいないから連れてくることは不可能。

 そう考えると、実行委員の人の言ったとおり難しいお題ね。

 

 

 (誰か、他に………)

 

 

 辺りを見渡すも交友関係の薄さからかお題に該当する人が見つからない。先にお題を手にした人たちは次々とゴールし、実行委員の人のインタビューを受けていく。

 このままだと不戦敗?

 それだとクラスメイトに申し訳ないけれど、致し方がない。

 

 

 (………あっ)

 

 (…………?)

 

 

 ふっと目が合った私と関わりの深い人物。

 絶対音感を持ち、圧倒的な才能をその身に宿したRoseliaの指導係。

 尊敬。確かに、雄樹夜はその言葉に該当するはず。私は一目散にきょうだいの元へ駆け寄った。雄樹夜は驚いた様子を見せるも、すぐさまこの状況を理解したような顔をする。

 

 

 「まさかと思うが、オレだと言うのか?」

 

 「ええ。そうよ」

 

 「わかった。なら、連れて行かれようか」

 

 

 本来なら敵同士である私たち。けれどそれ以前に、ずっと苦楽を共にした大切な家族である。雄樹夜の手を引きそのままゴールした。

 

 

 「湊さん、4着でゴールです!それではお聞きしますが、彼のどこを尊敬しているのですか?」 

 

 

 乱れた息を整えその問いに答える。

 

 

 

 「音楽に対して一切妥協せず真摯に向き合う姿勢。そして、己の実力をひけらかさずダメなところはダメとハッキリ口にしてくれる。そういうところはすごく尊敬しているわ」

 

 「友希那………」

 

 「Roseliaを陰から支えてくれ本当に感謝しているわ。この場を借りて言わせてもらうけれど、いつもありがとう。これからもよろしく頼むわね」

 

 

 本来なら決して口にしないであろう感謝の言葉。どうやら私もこの体育祭の熱に当てられてしまって毎上がっているようね。

 残る競技はあとわずか。もう私の出番はないけれど、勝つのは私たちよ。

 

 

 

……………

 

 

………

 

 

 

 100メートル走に200メートルリレー、部活対抗リレーと立て続けに出場して、いよいよ迎えたアタシにとって最後の出場種目。

 正直、体は重いし蓄積された疲労は限界に近いけどクラスメイトや部員たちから頼られるのはすごく嬉しい。なんだか、アタシを必要としてくれてる感じがするから。

 今のところ、どの競技でも一位を取れてるから借り物競走も一位を目指したいところだね☆

 

 

 「リサ〜!頑張って〜!」

 

 「おーっ!」

 

 

 クラスの女の子たちからエールを受け取り腕を大きく突き上げて応える。

 

 (よーし、頑張るぞ〜♪)

 

 鉢巻を締め直し、気合いを入れ直す。

 今思えば雄樹夜や友希那、クラスメイトたちにもアタシがこの競技に立候補した理由を言ったことはなかった。誰にも伝えたことはなかったその理由。

 

 それは────

 

 

 「それでは次の参加者は位置についてください!」

 

 

 ………いけないいけない。競技に集中しなくちゃ。

 クラスのみんなが期待の眼差しでアタシを見ている。不思議と緊張はない。

 これで勝てばクラスの優勝は確実なものになる。クラスメイトたちの願い、そしてアタシの目的、両方を背負いスタートラインに立つ。

 

 

 

 「位置について!よ〜〜い………」

 

 

 パンッ!

 スターターピストルの音が響き、駆け出した。幸いなことに、この競技に参加したのは帰宅部や文化部といった子達ばかりでアタシは独創状態に入り、すぐさまお題の紙が置かれた場所へと辿り着き、その一枚を手に取り中身を確認する。

 

 (…………っ♪)

 

 心の中で小さくガッツポーズし、お題を実行委員の人に渡す。

 

 

 「ぶっちぎりの一位で到着した今井さん!そのお題は、『()()()()』です!それでは、探してきてくださーい!」

 

 

 そうアナウンスされた言葉に観客たちはざわめき出す。

 特別……すなわち、他と比べて信頼や想いを寄せるという意味。同じ性別の子であればそれが "親友" という言葉に変わり、異性の子であれば "恋慕" という言葉になる。

 アタシの行動一つでどちらかになるのは明らか。そのまさかを期待し、観客たちは盛り上がりを見せる。

ついさっきAfterglowのひまりが出した『好きな人』というお題。それに続くとも取れるお題に男子たちは自分のことかと胸が高まっている様子だ。

 

 キミたちには申し訳ないけど、アタシには初めから心に決めた人がいる。

 自分には関係ないだろう、とどこか上の空な様子のその人物元へアタシは一目散に駆け寄った。

 

 

 「雄樹夜」

 

 

 クラスメイト、そして全校生徒からの視線を一点に受けるアタシと雄樹夜。驚いた様子も、嫌そうな様子も見せず、ただいつも通り、クールな表情で疑問を投げかける。

 

 

 「特別な人、だったか。何故俺がそれに該当するか教えてくれるか?」

 

 

 雄樹夜自身、アタシの想いを理解していないのだろう。でも、アタシは知っている。彼が、恋愛関連に疎いということを。

 アタシ自身、雄樹夜には表立って好意を寄せるような事を言った覚えはないし、手を繋いだことも、休日に二人だけで出かけたこともない。

 家が近所の幼馴染。今井 リサ「アタシ」をその程度にしか思っていなかったんだろう。

 

 間違ってはいない。けれどそれは、雄樹夜の考え。アタシは違う。

 カッコよくて、優しくて、落ち着きがあって、献身的で、ちょっとだらしがないところがあって、音楽が大好きな人。挙げればキリがない程の想いを彼に寄せている。

 アタシは、雄樹夜に対して芽生えてる気持ちの名前を知っている。

 

 

 それは────恋愛感情。

 

 

 アタシは、雄樹夜のことが────

 

 

 「ねえ、雄樹夜」

 

 「なんだ」

 

 「目、瞑ってくれる?」

 

 

 アタシのお願いにコクリと頷いて返しそっと瞼を閉じる雄樹夜。そんな彼の頬に手を添え、アタシはそっと互いの唇を合わせた。

 数秒、十数秒と沈黙の時間が流れ、ここがアタシたちだけの空間となる。

 

 

 「………これでわかった?」

 

 

 小さく笑みを浮かべそう問いかける。

 

 

 「………ああ」

 

 

 口下手な雄樹夜らしい答えを受け取り、同じく笑みを溢す彼の手を引きゴールまで走る。

 この行事を利用したみたいでみんなには申し訳ない、けれど、こうでもしないとアタシの気持ちは伝わらないと思ったから。

 これからは学校のみんながアタシたちカップルの証人。

 

 気軽に手を出そうとしたら、許さないからねっ☆

 




いかがだったでしょうか?


この想いの伝え方、リサさんらしい真っ直ぐさがあっていいなあと執筆しながら考えてました笑

まだまだ最終回には程遠いからね!?
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