デート・ア・ヴァルヴレイヴ (とりマヨつくね)
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十香デットエンド
プロローグ


初投稿です。

出来るだけ寄せているつもりですが、所々でキャラ崩壊を起こすかもしれません。
それでも良いなら、お楽しみぐださい。
それではーーーーどうぞ!


(エルエルフ)

(なんだ?)

(君はもう、僕に隠していることはあるか?)

(……ある)

(僕もだ)

(時縞ハルト……改めて俺と契約だ。世界を暴くための)

(違うよ、エルエルフ。これは契約じゃない。××って言うんだ)

 

 

              

                      ◇

 

 

 ピピピピピピピッーーーーーー

 

 電子アラームの音が部屋中に鳴り響き、時縞ハルトは目を覚ました。体を起こして周囲を見渡してみると、慣れ親しんだ自分の部屋だった。

 ハルトは、ベットから起き上がって窓の前へと立った。

 カーテンをバッと開けて、日の光と共に映し出される景色を眺める。

 此れと言って変わったものはないが、ここから見える空の景色が好きだった。

 一通り空を眺め終えたハルトは、制服に着替えるためにベットの隣に設置されたクローゼットを開けた。そこから制服を取り出してそれを着替えた。

 

「ん?」 

 

 しばらく眺めていると、隣の部屋からドスンドスンと鈍いながらもリズミカルな音が聞こえた。 

 ハルトは声の正体を確かめるため、自室を出て隣の部屋の様子を確認する。

 そこにはベットの中で苦しそうにする少年と、その少年の上でタップダンスを行う少女の姿だった。

 

「あー、琴里。俺の可愛い妹よ」

 

 少年は低く唸るような声で少女に言う。

 

「おお!?」

 

 そこで琴里と呼ばれた少女は、兄の五河士道が目を覚ましていることに気づいたのだろう。

 中学の制服を翻しながら、どんぐりみたいな丸っこい双眸が士道を捉えた。

 

「なんだ!? 私の可愛いおにいちゃんよ」

 

「いや、下りろよ。重いよ」

 

 士道が言うと、琴里は大仰に頷く。そして士道の腹にボディーブローのような衝撃を残して飛び降りた。

 

「ぐふッ!」

 

「あははは、グフだって。陸戦用だー! あはははは!」

 

 その様子を見たハルトは、心の中でうわー……と思ってしまった。

 

「……」

 

 士道は無言で布団を被り直した。 

 

「ああー! コラー! なんでまた寝るんだー!」

 

「あと十分……」

 

「だーめー! ちゃんと起きるのー!」

 

 体を揺する琴里に対して、士道は苦しそうに口を開けた。

 

「え?」

 

「……実は俺は『とりあえずあと十分寝ていないと妹をくすぐり地獄の刑に処してしまうウィルス』、略してT-ウィルスに感染しているんだ」

 

 ……なんて雑な言い訳だ。

 琴里だって中学生なのだ。この程度の嘘ぐらい分かるはずだろう。

 そんな風に考えていたハルトの予想は外れ、琴里は何か宇宙人のメッセージを知ったように囁く。

 

「な、なんだってー!」

「逃げろ……俺の意識があるうちに……」

「でもおにーちゃんはどーなるんだ!?」

「俺のことはいい……お前さえ助かってくれれば……」

「そんな! おにーちゃん」

「がっー!?」

「ギャーーーーーーっ!」

 

 士道が布団を飛ばして、両手をわきわきさせながら出てくると、それに驚いた琴里が上げてハルトの股をすり抜けつつ逃げていった。

 なんとも鮮やかな動きに感心していると、ハルトは士道の部屋に入る。

 

「おはよう、士道。今日も災難だったね」

「ったく、まだ六時前だぞ。なんでこんなに早く起こしてんだ」

「あれ? 士道が琴里に起こしてもらうように頼んでいなかったけ?」

「あー……」

 

 士道は思い出したような声を出しながら、後頭部をかいた。

 昨日から琴里と士道、そしてハルトの両親は仕事の関係で出張に行ってしまっている。

 そのため台所は士道が取り仕切っているのだが、寝起きの悪い士道は琴里に起こしてもらえるように頼んでいたのだ。

 

「それじゃあ、悪いことをしちまったな。それにしても、あんなことを本当に信じるとは思わなかったよ」

「実を言うと、正直僕もびっくりしたよ。本当に信じているみたいだから、早く着替えて行った方がいいよ」

「そうだな」

 

 談話を終えたハルトは、階段を降りる。

 ドアを開けてリビングに入ると、いつもと微妙に違う景色に眉をひそめた。

 リビングの中心には、木製のテーブルがまるでバリケードのように倒されており、その奥で琴里が今にも消えそうな声で何かを言いながら身を震わせていた。

 

「…………」

 

 ハルトは足音を殺しながら接近する。

 

「がっー」

「ギャーギャー!」

 

 ハルトが肩を掴むと、琴里から何とも女の子らしからぬ悲鳴が聞こえる。

 

「あははは、ごめんごめん。僕だよ」

「ぎゃー、ぎゃー……ってハルトおにいちゃん?」

「うん。ちなみに士道も大丈夫だよ」

「本当に?」

「ああ、本当だよ。琴里トモダーチ」

「お、おー」

 

 後ろから士道が顔を出した。

 そこで安心したのか、琴里から怯えた表情はなくなり元の明るい様子を取り戻した。

 まるで心を開いた小動物みたいだな、とハルトと士道は思ったのであった。

 




……と言う訳で、後書きです。
どうだったでしょうか? デート・ア・ヴァルブレイブ。
本作を作った主な理由としては、最近VVVを見直して思ったことがきっかけです。

ーーーーやっぱり、ハルト君に幸せになってほしい!

そんな思いで作られた百パー趣味の作品です。
こんな作品でも応援してくれると幸いです。


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日常

無事投稿。
後半は、オリジナルの展開が多めになってしまっているかもしれません。
それでも良いって人はお楽しみください。
それではどうぞ!


 十数分後。

 テーブルやら何やらを元に戻し、士道は台所で朝食を、ハルトと琴里はニュースを見ていた。

 

『ーー今日未明、天宮市近郊のーーーー』

「ん?」

 

 BGMぐらいに聞いていた士道から、疑問符を浮かべるような声が聞こえた。

 ハルトは、その理由はすぐに分かった。

 何故なら、アナウンサーの明瞭な声の中に自分達が住んでいる街の名前が出たからであろう。

 

「ここから近いな。何かあったのか?」

 

 画面には、めちゃくちゃに破壊された街の映像が広がっていた。

 まるで隕石が落ちたかのような、大きなクレーターが出来上がっていた。

 

「ああ、空間震か」

 

 士道はうんざりするような声で言う。

 空間震。空間の地震と呼ばれる、広域空間振動現象。

 発生原因、発生時期共に不明で、被害規模不確定の振動、爆発、消失、その他諸々の現象の総称。

 この現象が初めて確認されたのは、三十年前のユーラシア大空災である。

 その当時の被害は酷いもので、死傷者、行方不明者合わせて一億五千万人以上で今でも歴史の教科書に載るぐらいだ。

 

「でも、一時期は動かなかったんだよね? なんでまた増え始めているだろうね?」

「どうしてだろうねー」

 

 ハルトが聞くと、琴里は曖昧な返答をする。

 そう。空間震は一時期はその鳴りを潜めていたが、五年前に再開発された天宮市で発生したのを皮切りに、また発生し始めたのだ。

 

「なんか、ここら辺って妙に多くないか? 特に去年から……ハルトが家に来たぐらいから」

「おにーちゃん!」

 

 ハルトの顔が少し暗くなったことを察知し、琴里は士道に注意する。

 

「ああ、すまない」

「別に大丈夫だよ。気にしてない」

 

 ハルトには名前以外の記憶がない。去年の冬辺りに道端に寝ていたのを、現在の両親に拾われ、養子として迎えられた。

 最初は不安だったが、士道や琴里、現在の両親が良くしてくれた。

 勉強はある程度できるため、猛勉強して今年の春から転校生として入ることになったのだ。

 

 けれどやっぱり記憶がない事は、とても不安でーーーー

 

 そこまで思考したところで、琴里に頬を触れる。

 

「ほらほら、ハルトおにーちゃんも辛気臭い顔しないの」

「うん……ありがとう」

「それにしても少し早すぎる気はするわね」

「どうかしたの?」

「んん〜あんでもなあ〜い」

 

 ハルトは首を傾げた。

 

「あっ! 琴里! またご飯の前にアメを!」

「んー! んー!」

 

 いつの間にか口に咥えたチュッパチャプスを取ろうとするが、琴里は口をすぼめて抵抗する。

 

「はあ〜ちゃんとご飯も食べるんだよ……」

「おお、愛してるぞ。ハルトおにーちゃん」

「ハルト、お前またそうやって琴里を甘やかして……と今日は中学も始業式だよな?」

「そうだよー」

「じゃあ、午前に終わるってことだよな……リクエスト何かあるか」

 

 琴里は思案するように二つの髪を揺らすと、姿勢を正した。

 

「デラックスキッズプレート!」

「それって、ファミレスのメニューじゃん。当店ではご用意できません」

 

 士道の言葉に、琴里は「ええー」と不満の声を漏らす。

 

「別に今日ぐらいはいいんじゃない?」

「んーまあいいか」

「おおー! 本当かー!」

「おう。学校が終わったら、いつものファミレスな」

 

 士道がそう言うと、琴里は興奮した様子で手を振った。

 

「絶対だぞ! 絶対約束だぞ! ファミレスがテロリストに占拠されてもだぞ」

「「テロリストに占拠されたら店に入れないだろ(よ)」」

 

 ハルトと士道の同時ツッコミを気にせず、琴里はいう。

 

「絶対だぞー。空間震があってもだぞー」

「はいはい」

 

 琴里を見送り終えると、二人は高校のある方向に向いた。

 

「僕たちも行こっか」

「そうだな」

 

 

 士道達が学校に着いたのは、午前八時十五分だった。

 廊下に張り出されたクラス表を見る。

 

「二年四組か」

「僕も。同じクラスになれて嬉しいよ」

「ああ、僕もだよ」

「五河士道」

 

 二人が話しているところに不意にそんな声が聞こえた。

 後ろに振り向くと、そこには人形のような少女が立っていた。

 

「えっと…君は?」

「覚えていないの?」

「……う」

「そう」

 

 短く言って、その場を離れてしまった。

 

「士道、知り合い?」

「いいや、わからないけど」

 

 士道は頬をかき、眉をひそめた。

 何やら士道を知っているようだが、士道は彼女のことを全く覚えていない。

 

「とウッ!」

「ゲフッ」

 

 士道が悩ましていると、見事な平手打ちが士道の背中にクリーンヒットした。

 士道には、犯人はすぐに分かった。

 

「ってぇ、何しやがる殿町」

「おう、元気そうだな。セクシャルビースト五河」

「せく……なんだって?」

「セクシャルビーストだ。この淫獣め。少し見ない間に色づきやがって。いつの間に鳶一と仲良くなったんだ」

「お前、アイツのこと知ってるのか」

「ああ、成績は常に学年主席、運動神経抜群の才色兼備だぞ。彼女にしたいランキングで三位を下回ったことなんてないぞ」

「そんなに凄い人がここに居るんですか」

 

 ハルトが割って入ると、殿町は眉根をあげる。

 

「ん? お前は誰だ」

「ああ、殿町は知らなかったな。コイツは時縞ハルト。一応、俺の義理の弟だ」

「なっ……まさかコイツが琴里ちゃんの婚約したってのか。よくシスコンのお前が認めたってのか」

「んなわけあるか! ハルトは親父達が連れてきたんだよ」

「何だ、そう言うことか。全く焦せらせるなよ。と言うわけでお義兄さん、妹さんをください!」

「やるか!」

 

 そこで殿町は納得したように手をポンと叩く。士道と殿町の談話に、ハルトは思わず綻ばせてしまう。

 

「とにかくよろしくな、時縞」

 

「こちらこそ、よろしく」 

 

 差し出された手に、一瞬戸惑ってしまったがその手をぎゅっと強く握った。

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーー

 

 教室の窓ガラスを揺らしながら、不快な警報が教室中に鳴り響いたのであった。

  

 

 

 

 

 




あとがきの時間です。
まずは謝罪を。本当なら十香を出せるはずでしたが、思ったより文章が長くなってしまいました。
次回は、次回こそは必ず本格的に精霊を出せるようにします。
それではここら辺で、また次回会いましょう。


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邂逅

投稿しました。
今回はあまりハルトが活躍できなくてすいません。
だけど楽しめるようには頑張りました。
それではどうぞ。


 

「な、なんだ!?」

 

 さっきまで賑やかだった教室が一気に静まり返る。

 サイレンに次いで、機械的な音声が聞こえた。

 

「これは訓練では、ありません。これは訓練では、ありません。前震が、観測されました。空間震の、発生が、予想されますーーーー」

 

 瞬間、静かだった生徒たちが一斉に息を呑んだ。

 ーーーー空間震警報。

 皆の予感が確信に変わる。

 

「空間震!? 皆、急いでーーーーーー?」

「おいおい、マジかよ」

「え〜だる〜」

 

 ハルトが急いで避難を促そうとすると、皆の落ち着いて避難していく様子に思わず困惑してしまう。

 

「ね、ねえ、士道……」

「ん? どうかしたのか」

「ごめん、僕の認識が間違っていなければ、空間震っていつ起こるかどうかわからない危ない災害だよね」

「そうだな」

「普通、慌てたりしないの?」

「ああ、記憶のないお前は知らなくても仕方がないか。俺たちは小学生の頃から空間震のお訓練をやってきたから、冷静でいられるんだよ。それにちゃんと指示通りにシェルターに避難すれば何も問題ないよ」

「そ、そっか。何だか心配して損をした」

 

 と言っても、ハルトも内心では凄く安心していた。

 

「そんなことよりも、お前、琴里の場所分かるか? 俺のスマホは少し調子が悪くて、GPSが上手くいかないんだ」

 

 士道は、サイレンが鳴ってからずっと懸念していたことをハルトに告げる。

 

 ーーーー絶対だぞー。空間震があってもだぞー。

 

 そこでハルトは琴里との約束を思い出し、急いでスマホを取り出してGPSのアプリを起動させる。

 いくら琴里であっても、こんな非常事態に約束を律儀に待っているとは思っていない。

 だが、もし、もしもの事を考えて確認せざる得なかった。

  

「……! 士道、琴里が!」

 

 ハルトの言葉を聞いて、士道の顔が青く染まった。

 

「あのバカ……!」

 

 そう小さく呟くと、急いでシェルターと反対の方向へと走り出し、ハルトもその後を追った。

 

「おい! 五河、時縞、どこに行くんだよ」

「悪い、忘れ物を取りに行ってくる! 先に行ってくれ」

「士道、急ごう!」

「わかっている」

 

 士道とハルトは、速やかに靴を履き替えると、転びそうなくらいの速度で外へ駆けていった。

 校門を抜けて、学校前の坂道を転がるように走る。

 

「……っ、普通だったら避難するだろうが」

 

 二人は、足を最高速で動かしながら不気味なくらい静かな街を走った。

 改めてスマホを確認すると、琴里を示すアイコンがファミレスから一ミリも動いていない。

 

「どうして避難してねーーーー?」

 

 目の端に映ったものに思わず言葉を止め、眉を顰める。

 上空で複数の人影らしき物が見えたためだ。だが、そんなものを気にしていられなく鳴った。

 

「うわっ……!」

 

 耳をつんざく爆音と、凄まじい衝撃波が彼らの体を数メートルほど吹き飛ばした。

 

「ってえ、ハルト、大丈夫か!」

「僕は大丈夫だよ。それにしても一体何が起こったんだ。」

 

 まだチカチカする目を擦りながら、二人はそうぼやいた。

 

「分からない。だけどただ事じゃーーーーは?」

 

 士道は、自分の目に映っているものが信じられなかった。だって、今の今まであった街が跡形も無くなっていたのだからだ。

 

「何だよ……これは!」 

 

 隣にいたハルトは堪え切れなくなったのか、呆然と呟いた。

 まるで、周囲一帯が削り取られたかのような光景を見渡していると、士道は金属の塊らしきものを発見した。

 

「何だ?」

 

 距離があるせいか、正確なフォルムまでは分からなかったが、それはまるで王様が座るような玉座のような形をしていた。

 だがそこは重要ではない。

 その玉座に足をかけるようにして、奇妙なドレスを纏った少女が立っていた。

 

「何であんな所に女の子が……」

「待って、士道。あの子、何か少し変だ」

「は、はあ? お前は何をいっているんだよ? 確かに変な服を着ているけどさ」

 

 そんな会話していると、少女が気怠そうな顔をこちらに向ける。

 士道達に気づいた……のだろうか。少女は玉座の背もたれに生えた柄を握り引き抜いた。

 そこから現れたのは、何とも言えない幻想的な輝きを放つ大剣だった。

 少女が剣を振りかぶると、ブンと振り下ろした。

 

「士道、危ない!」

 

 危機を感じたハルトは咄嗟に体を突き飛ばした次の瞬間ーーーーーー。

 士道が元にいた居場所に、光の斬撃が通り過ぎていった。

 急いでこの場を離れようと、士道とハルトは走り出そうとする。

 

「ーーお前も……か」

「「!?」」

 

 不意にそんな声が聞こえ、心臓が飛び上がりそうになる。

 一拍遅れて、視界が思考に追いつき、一瞬までいなかった少女が目の前に現れた。

 先ほどまでクレーターの中心にいた少女だ。

 

「あーーーー」

 

 士道からそんな声が漏れた。

 理由は単純、その少女が美しかったからだ。

 水晶のような不思議な輝き放つ双眸、夜のように暗い黒髪、愛らしさと美しさを兼ね備えた顔立ち、状況やその特異性も相待って、どこを取っても士道の目を惹きつけるのには十分過ぎた。 

 

「お前も……私を殺しにきたのか」

 

 少女は悲しそうな目で言った。

 その目を見て、士道の奥で何かがドクンと鳴った。

 まるでその感覚に身に覚えがあるかのようにーーーーーー。 

 

「っーーーー! そんな訳ないだろ!」

「何?」

 

 士道の言葉に少女は眉を顰める。だが士道から視線を外して、空に顔を向ける。

 つられるように士道達も視線を向けると、そこには複数の奇妙な服を纏った人間達だった。

 

「なんだ? あの人達?」

 

 そんなハルトの言葉を聞いていないかのように、手に持っていた火器をこちらに向ける。

 そして引き金を引くと、火器から無数のミサイルが発射され、こちらに向かってきていた。

 少女は大剣を持っていない手を掲げ、ミサイル群を静止させる。

 

「こんなもの無駄だと、何故学習しない」

 

 少女が言うと、掲げた手をギュッと握る。するとミサイルがひしゃげ、爆発を起こした。

 その様子を見た人間達は狼狽を露わにするが、その内の一人がすぐに次の行動を起こす。

 持っていた武器を捨て、剣状の武器を手にして接近し、少女に向かって振るう。

 少女も大剣で迎え撃つ。

 

「ウワッ!」

 

 その衝撃波は凄まじく、あたりの壁だの何だのを吹き飛ばしていく。 

 

「なんだよ! 次から次へと」

「士道、ここは危ない! とりあえず逃げるぞ」

「あ、ああ」

 

 ハルトの提案に士道が賛同しようとすると、後方に何者かが舞い降りた。

 

「あなたは……鳶一折紙さん!? いや、それよりもその格好は?」

  

 ハルトの驚いた声を上げる。

 

「時縞ハルト……それと五河士道」

 

 そして返答するように、士道とハルトの名を呼ぶ。

 すぐに視線を少女に戻して剣を構え直し、少女と折紙の視線が交差する。

 まさに一触即発の状況だったが、そこで士道のスマホが着信音が鳴り響いた。

 それを皮切りに、少女と折紙が同時に地を蹴った。

 そして二人は衝突し、その風圧に二人は転がり、塀にぶつかって気を失った。

 

 

 

 




あとがきです。
デート・ア・ライブⅣの最終回を見ました。
正直言って、素晴らしかったです。特に最後の5期決定のアレはマジで興奮しました。
その調子でエンゲージキスを見て、とてもテレビや雑誌で見せられない顔になっていました。
次回からは士道とハルトのコント……もとい訓練が始まりますので楽しみにしてください。


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断片

なんとか投稿できました。
プロローグの大幅改変などで、もしかしたら読者の皆様を混乱させてすいませんでした!
二度とこんなことが起きないように注意しますので、これからも応援よろしくおねがします。
そのお詫びと戒め込めて、第四話どうぞ。


「状況は?」

 

 赤い軍服をシャツの上に肩がけし少女は、艦橋に入るなりそう言った。

 

「司令」

 

 艦長席の隣に控えていた男が、典型的な敬礼をした。

 司令と呼ばれた少女はそれだけを一瞥して、男の脛を思いっきり蹴った。

 

「おうっ!」

「私は状況に聞いたのだけれど? 挨拶は良いから状況を説明をしなさい」

 

 苦悶……というか恍惚とした表情を浮かべる男に言いながら、艦長席に腰掛ける。

 胸ポケットからチュッパチャップスを取り出し、慣れた手つきで包装を剥がして口に咥える。

 

「神無月は、どうやら喋れないようだから他の誰か説明をお願い」

 

 どう考えても自業自得な話だが、それを指摘をする人間はいなかった。

 数秒間の沈黙の後、誰かが言った。

 

「<プリンセス>はASTとの戦闘後、消失(ロスト)。その隙をついて、二人は回収しておいた。恐らく、今は医務室で村雨解析官に診察してもらうように頼んでおいた」

 

 少女が声のした方へと視線を向けると、銀髪の少年が自分のコンソールを動かしながら簡潔に説明する。

 

「へ〜、そんな所まで気が効くなんて、私は優秀な部下を持てた事を神に感謝しなきゃね。それにしても、あなたは親友の所に行かなくても大丈夫なの?」

「……問題ない。それよりも先に準備を整える方が重要だ」

「そう……正直じゃないんだから」 

 

                ◇

 

 

 ーーーーハルト。

 

 声が聞こえる。ハルトの名前を呼ぶ少女の声が。

 

 ーーーーハルト。

 

 明るく元気で、聞いたものを幸せにするようなーーーーそんな声だった。

 そして同時に違和感も感じた。

 少女の声を聞いたのは、初めてであるはずなのにどこか懐かしさを感じた。

 

 ーーーーハルト。

 

 そこでハルトを呼ぶ声が途切れた。

 

                 ◇

               

「……はっ!」

 

 ハルトは目を覚ます。

 体を起こして周囲を見渡すと、簡素なパイプベットの上に寝かせられていた。

 そしてその周りを囲むように白いカーテンが取り囲み、学校の保健室のようであった。

 異なる点を挙げるとすれば、天井が無骨な配管やら配線などが見えている事だろうか。

 

「ッ……ここは?」

 

 隣から聞き慣れた声が聞こえた。

 

「士道! 大丈夫だった!」

「ああ、なんとかな。それよりここは?」

「いや、僕も今さっき起きたばかりだからよく……」

「ん? 起きていたのか」

 

 士道とハルトが問答していると、生気をあまり感じられない声が聞こえ、二人はそちらへ視線を向ける。

 妙に眠たげな表情を浮かべる女は、その顔に違わぬぼうっとした声でそう言った。

 

「あなたは?」

「私はここで解析官をやっている、村雨令音だ。免許こそ持っていないが、簡単な看護ぐらいはできる」

 

 まるで安心できない。

 明らかに、ハルトよりもこの令音の方が圧倒的に不健康そうに見える。

 

「それよりもここはどこですか?」

「ここは<フラクシナス>の医務室だ。気絶していたので勝手に運ばせてもらったよ」

「<フラクシナス>? それに気絶って、あーーーー」

 

 そこで気を失う前の記憶を思い出した。

 そう。士道とハルトは、謎の少女と折紙達の戦闘に巻き込まれて気を失ったのだ。

 

「あのすいません。僕たち、色々とありすぎて状況が飲み込めていないんですけど……」

「俺も同感です」

 

 士道は頭を掻きながら聞くと、令音は黙って背を向けた。

 

「あ、ちょっと」

「ついてきたまえ。会わせたい人がいる。色々ききたいことがあるだろうけど、どうも私は説明が下手でね。詳しい話はその人に聞いてくれ」

 

 令音は部屋の出入り口と思しき方向へ、ふらふらと歩みを進めた。

 が、すぐに足をもつれさせると、ガン! と頭を壁に激突させた。

 

「大丈夫ですか!」

「ああ、すまない。最近寝不足なんだ」

「どのくらい寝ていないんですか?」

 

 士道が聞くと、令音は指を三本立てる。

 

「三日……それは眠いに決まってますよ」

「いや、三十年かな」

「桁がチゲェ!」

「逆にどうして生きているんだろう……」

 

 士道はツッコミ、ハルトはその桁外れの月日にドン引きしていた。

 

「どうも不眠症気味でね」

 

 と、懐から錠剤の入ったピルケースを取り出す。

 ピルケースを開け、ラッパ飲みの要領で錠剤を一気に放り込んだ。

 

「っておい!」

 

 おびただしい量の錠剤をバリバリと噛み砕く様子に、再びツッコミを入れてしまう。

 

「なんだね、騒々しい」

「いや、死ぬ! 流石に洒落にならない!」

「本当に……なんで生きているんだろう」

「まあ甘くて美味しいからいいんだけど」

「それラムネだろ!?」

「それはそれで問題な気が……」

 

 ひときしり叫んだ後、士道は大きなため息を吐いた。

 

「とにかく、こっちだ。ついて来てくれ」

 

 令音はピルケースを懐にしまうと、またも危なっかしい足取りで医務室の扉を開けた。

 士道とハルトはお互いの目線を合わせて頷くと、あとを追って部屋の外に出た。

 

「なんだこりゃ……!」

 

 部屋の外は狭い廊下のようになっていた。

 淡色で構成された機械的な壁は、まるでスペースオペラの戦艦の内部を彷彿とさせる。

 

「? ハルトは意外と驚かないんだな。空間震は普通に驚いていたよな」

「え? ああ〜どこかで似たような場所に、いたことがあったような気がするんだ」

「どういうことだ?」

「いや、やっぱり気にしないで。絶対に僕の気のせいだから」

「さ、何をしているんだ? 行くよ」

 

 士道達は訳がわからないまま、頼りない令音についていった。

 それからどのくらいの時間が経っただろうか。

 通路の突き当たりで、横に電子パネルが付いた扉の前で止まった。

 

「さあ、着いたよ」

 

 令音が言うと、電子パネルが軽快な音を鳴らし、滑らかに扉がスライドする。

 令音が入り、士道、ハルトと続いていく。

 

「連れて来たよ」

「ご苦労様です」

 

 艦長席の横に立っていた長い金髪の男性が丁寧に挨拶する。

 

「初めまして。私はここの副司令、神無月恭平です。以後お見知り置きを」

「はあ」

「どうも」

 

 士道とハルト、どちらも曖昧な反応を返す。

 二人は一瞬、この男に言ったのかと思ったが、それは違った。

 

「司令。村雨解析官が戻りました」

 

 神無月が声かけると、こちらに背を向けていた艦長席がゆっくり回転した。

 

「歓迎するわ。ようこそ、<ラタトスク>に」

 

 司令なんて呼ばれる割には、あまりにも可愛らしい声を響かせながら、真紅の軍服に肩がけにした少女の姿が顕にはにした。

 

「「琴里?」」

 

 二人はほぼ同時に言った。

 

                 

 

 

 

 

 




なんとか投稿できた……!
と言うか訓練のくの文字もできていないじゃないか!
次は絶対やらないと。
と言うか眠すぎるので、今日はここまでグッパイ


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ラタトスクのやり方

第5話、投稿。
今回も楽しんでください。
一体、どこにアンダーテイカーがあるんだ?



 

「ーーーーでこれが精霊って呼ばれる怪物で、こっちがASTでーーーー」

 

「ちょ、ちょっと待った!」

 

 ペラペラと説明を始めた琴里を制するように、士道は声をあげた。

 

「何、どうしたの。せっかく司令直々に説明してあげているってのに。もっと光栄に咽び泣いてみせなさい。今なら特別に、足の裏を舐めさせてあげるわよ」

 

「ほっ、本当ですか!」

 

 喜び勇んで声を上げたのは、琴里の横に立った神無月だった。

 その様子に琴里は即座に、「あんたじゃない」と強烈な肘鉄が神無月の鳩尾に突き刺さる。

 

「ぎゃっホォう!」

 

 そんなやりとりを眺めながら、士道は呆然と呟いた。

 

「本当に琴里なのか?」

「あら、妹の顔すらも忘れたの、()()、それに()()()。物覚えが悪いとは思っていたけど、まさかここまでとは思わなかったわ。今のうちに老人ホームを予約していた方がいいかしら」

 

 士道とハルトは頬に汗をひとすじ垂らした。

 士道に至っては、自らの頬をつねって痛覚があるかどうか確認している始末だった。

 ちなみに結果は、きっちり痛かったので夢ではないらしい。

 

「もう訳がわからなくて、頭がごちゃごちゃだ。お前、何をしているんだ? ここはどこだ? この人達は誰だ? それにーー」

「落ち着きなさい。まずこっちが理解してもらわないと、説明がしようがないのよ」

 

 言って琴里は、艦橋の大モニタに指を差す。

 そこには、士道達が遭遇した黒髪の少女と、機械の鎧に身を包んだ集団が映し出されていた。

 

「えっと、精霊っていたっけ?」

「そ。彼女が出現するだけで、己の意志とは関係なく、あたり一帯吹き飛ばしちゃうの」

 

 琴里は両手を使って、爆発を表現する。

 士道は、額に手をあてて渋面を作った。

 

「……悪い。ちょっと話が壮大すぎてよくわかんね」

「うん。まだ、アニメの話だと思う方が信じられるよ」

 

 まだ状況を飲み込めていない二人に対して、琴里は肩をすくめながら吐息した。

 

「つまり、空間震って言うのは彼女が出現する時に発生する余波なのよ」

「「なーー」」

 

 思わず眉根を寄せた。

 世界を蝕む未曾有の災害の原因が、あの少女だというのかーーーー?

 しつこいようだが、まだ信じられない。

 

「ま……規模はまちまちだけどね。それにしても、二人ともバカなの? 警報中に外にいるなんて」

 

「いや、だってお前これ」

 

 士道はスマホを取り出すと、琴里の位置情報を表示させる。

 やはり、アイコンはファミレス前で固定されていた。試しにハルトのGPSも確認してみると、同じ結果だった。

 

「ん? ああ、それね。盲点だったわ。だってここ、ファミレスの前だから」

「は……?」

「ちょうどいいわ。フィルターを切って」

 

 琴里が言うと、薄暗かった環境が一気に明るくなった。

 照明がつけられた訳ではなく、天井に掛けられていた暗幕が取り払われ、あたりには青空が広がっていた。

 

「わっ!?」

「なんだ、これ!」

 

 いきなり事で、士道、ハルト共に驚愕する。

 

「ここは上空一万五千メートル。位置的には待ち合わせのファミレスの前に当たるわね」

 

 琴里はそう言いながら指を二本立てると、神無月が代わりの飴を取り出し、手渡した。

 

「それと、こっちがASTね。精霊専門の特殊部隊で精霊を処理するのよ」

「処理って、具体的に何をするんですか?」

 

 ハルトの質問に、琴里は当たり前のように眉を上げた。

 

「要するにぶっ殺すってこと」

「なっ……!」

 

 琴里の言葉をまったく予想していたことではなかった。

 しかしーー士道は心臓が引き絞られるかのような感覚に襲われた。

 

 ーーーーお前も私を殺しにきたのだろう。

 

 不意に、あの少女の今にも泣き出してしまいそうな表情を思い出す。

 少女があんなことを言った意味が、ようやく理解できた。

 

「何もおかしいことはないわね。この世界に現れるだけで破壊をもたらす災害よ」

「だけど、お前言ったじゃねえか。空間震を起こすのは、アイツの意思ではないんだろ!」

「そんなの、AST達にとっては関係ないのよ。あるのは悪を滅しようとする正義の気持ちだけよ」

「違ぇよ。もっと他に方法はないのかよ」

「じゃあ訊くけど、どんな方法があると思うの?」

「それはーーーー」

 

 琴里の発言で、士道は黙り込んでしまった。

 その様子を耐えかねたのか、ハルトは思わず叫んでしまう。

 

「琴里! 本当に他に方法はないのか! みんなが笑顔になれるような、そんな夢のような方法はないのか」

「方法……ね」

 

 ハルトの言葉に、琴里は待っていましたと言わんばかりに口角を上げた。

 

「そう、なら手伝ってあげる」

「は……?」

 

 士道が口をポカンと開けていると、琴里は両手をバッと広げる。

 

「私たちが手伝ってあげるのよ。<ラタトスク>の総力をもって、士道をサポートしてあげる」

「なんだよ。どう意味だよ」

 

 士道の言葉を遮るように、琴里が声を上げる。

 

「いい? 対処法は二つよ」

「二つ……?」

 

 士道が問うと、琴里は大仰に頷き、人差し指を立てる。

 

「まずは一つ目、ASTのやり方。武力を持ってこれを殲滅をする。ただし前述の通り、精霊は高い戦闘力を持つため非常に困難だわ」

 

 次いで、中指を立てる。

 

「そして二つ目。それには士道、あなたの力が必要よ」

「「えっ、俺(士道)?」」

 

 士道とハルトはお互いの顔を見る。

 

「んで、その方法ってのはなんだよ」

 

 言うと、琴里は小さく笑みを浮かべた。

 

「それはねーーーー精霊に恋をさせるの」

「「......はい?」」

 

   




うへーなんとか出せた。
今回はあんまりハルトが絡ませられなかった。
おまけに前回ちょろっと出たアイツもしばらく出番がない。
もう少し待ってくれ……あと数話でヴァルヴレイヴ出せるから……!


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訓練

投稿。
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と言っても、最新話を投稿したのを伝えるだけですが。
おっと、これ以上身の上のことはどうでもいいですね。
それでは第六話、どうぞ。


 次の日。

 来禅高校、士道たちのクラス二年四組にて。

 

「ふぁ~。眠い」

 

 士道は一つを大きなあくびをした。

 それはそうだろう。士道は琴里に早く寝るようにとは言われたが、結局あのあと一睡も出来なかったのである。

 士道たちが精霊という存在と〈ラタトスク〉という組織のことを知り、その精霊との平和的解決が自分に掛かっているとなれば眠る暇さえなかった。

 士道は気怠い感覚がのしかかる中で学校にいた。

 

「えっと、新学期二日目ですけども、今日からこのクラスに副担任の方が付いて来ることになりました」

 

 士道たちの担任である岡峰珠恵先生、こと通称タマちゃん先生がいつもの間引きしたような声で言ってきた。

 

「珍しいね。こう言うのはもうちょっと先に紹介されると思ってた」

 

 隣の席に座っているハルトが小さな声で、士道に言う。

 

「ああ、普通ならそうなんだが……」

 

 そう、士道は頬をかきながら返答すると、タマちゃんがドアに向けて呼びかける。

 

「先生、入ってきて下さーい」

 

 その言葉に合わせて、クラスのドアが開き、一人の女性が入ってきた。

 

「....村雨令音です。担当教科は「物理」よろしく....」

「「ぶっ!」」

 

 二人は思わず吹いた。

 

 

その後、令音に呼び出されて、物理準備室に呼び出されていた。

 

「何をやってるんですか? 村雨解析官」

 

 士道は開口一番に聞いた。

 何故なら、つい先日出会った女性が、次の日に物理の担当の先生として入ってきたためだからだ。

 これ一つだけで、ラブコメ一つが出来そうな内容である。

 

「令音で構わないよ。しんたろう、はるのすけ」

 

「カスリもしてしねぇ!」

「ああ、すまない。シン、ハルト」

「なんでハルトだけ!?」

 

 士道はたまらず叫ぶが、令音は聞いていない様子だった。

  

「なんで僕たち、呼び出されんたんですか? 訓練するってのは聞いていましたけど」

 

「その説明は私がするわ」

 

 ハルトの質問に対して、どこからか聞き慣れた声が聞こえると、スライド式の扉が開いた。

 そこから入ってきたのは、士道とハルトの妹である五河琴里がチュッパチャップスを加えながら立っていた。

 リボン色と喋り方からして、今は司令官モードのようだ。 

 

「琴里!? お前、学校はどうしたんだよ」

「失礼ね。ちゃんと許可はとったわ」

 

 よく見ると、来賓用のスリッパを履き、中学の制服の胸には入校証をつけていた。きちんとした手続きを踏んで学校に入ってきたようだ。

 

「それで? 訓練って具体的に何をやるんだよ」

「ああ、その説明なら彼に任せることにしましょう。入ってきなさい」

 

 琴里が呼ぶと、一人の人物が入ってきた。

 銀色の髪に、紫紺色の瞳、そして知性的かつ整った顔が特徴の少年だった。

 士道はどこか折紙に似ているな、と思った。

 

「彼の名前は、エルエルフ。昨日はいなかったけど、彼も<フラクシナス>のクルーでいつもは戦術予報士をしているわ」

 

 琴里は、チュッパチャプスをピコピコ動かしながら、少年のことを説明する。

 琴里の時にも思ったが、いくら優秀だからって<ラタトスク>は人員不足かつブラックなのだろうか?

 

「すまないが、五河士道。俺は望んでここに入ったから、

「君は……僕と一度あったりしていないか。君とは初めてあった気がしないんだ」

 

 エルエルフの元へ一歩、歩みよるとそんなことを聞いた。

 普通ならどこかで見かけたのかな、程度で済むだろうが、それがハルトとなると話は変わってくる。

 彼は記憶喪失をしている。だが、もし、ハルトがエルエルフと親しい関係であったとすれば、無理矢理ではあるが説明がつく。

 ハルトの言葉に、エルエルフは少し驚いた気がした。

 

「いや、()()では初めてだ」

「それはどう言うーーーー」

 

 エルエルフの歯に挟まったような言い方に、ハルトは再度聞こうとした時。

 ハルトの弁慶の泣き所目掛けて、全力の蹴りをお見舞いをする。

 

「がああああ〜〜〜〜〜〜!」

 

 あまりの激痛に、ハルトは地べたを転げ回る。

 

「何をチンタラしているのよ。私たちには時間がないのよ。エルエルフ、例の物は持ってきたでしょうね」

 

「問題ない。この通り」

 

 エルエルフはバックを開けて、CDを令音に差し出す。

 CDを受け取った令音は、CDをデッキに入れてパソコンの電源をつける。

 画面には、可愛らしくデザインされた<ラタトスク>の文字が映し出される。

 次いで、ポップな音楽とともに、色取り取りの髪の少女たちが表示され、『恋してマイ・リトル・シドー』のタイトルロゴが出現した。

 

「これは……」

 

「ああ、いわゆる恋愛シュミレーションゲームと呼ばれるゲームだ。つまり……」

 

「ギャルゲーかよ!」

 

 士道は悲鳴じみた声を上げる。

 

「では、シン。一つ聞くが、君はいきなり現実の女の子と話せるのかい?」

「っ……、やっ、そ、それは……」

 

 言い淀むが……なんとか咳払いをして心拍を治める。

 

「お、俺はこんなんで本当に訓練になるのかなって思っただけで」

「それは僕も気がかりなんですけど……」

「……」

「……」

「……」

 

 数秒が経過する。

 

「さあ、始めたまえ」

「「スルーかよ(ですか)!!」」

 

 二人は同時に叫んだ。

 

 

 一つだけ言いたい、薄暗い自室で士道はそう思った。

 何故なら、この訓練は地獄に他ならないからだ。

 現在、士道が寝る間も惜しんでプレイしている、マイ・リトル・シドーはとにかく難易度が鬼畜なのだ。

 大体のギャルゲーは三択の中から選択するのだが、その全てが不正解の選択で時間経過で正しい答えが出る引っ掛けをしたり、引っ掛けがあると思ったら何もなかったりと色々と難易度が限界突破している。

 さらにおまけでーーーー。

 

「選択ミスったら、黒歴史をバラされるのは違うだろーー!」

 

 そう、これだ。

 ゲームを始める前に発生したルールで、選択を間違える度に士道の黒歴史が世に放たれるのである。

 ちなみに、中学校の時に書いた詩やキャラクターなどが作者を匿名にして、ネット投稿サイトに投稿されている。

 それを見たハルトの哀れみの目を向けなれた時は、本当に死んでしまおうかと思ったほどだ。

 

「だけどこれで終わりだーーーー!」

 

 ポチっと選択する。そしてその選択は正解だったようで、対象(ヒロイン)との幸せのキス後、ハッピーエンドの文字が起きる。

 

「シャーーーー!!!」

 

 あまりにも長き戦いの終幕に、士道は雄叫びをあげて喜んだ。

 十数秒ほど経った頃、士道はあることに気づいた。

 時刻は早朝、普通ならまだ眠っている人間の方が多い時間帯に、こんな雄叫びをあげてしまっては近所迷惑もクソもない。

 案の定、隣の部屋から走る音が聞こえ、勢いよく自室の扉が開かれ、ハルトが入ってきた。

  

「どうしたの、士道!? いきなり大きな声を上げて」

 

 いきなり雄叫びが聞こえ、駆けつけたハルトが心配するように聞く。

 

「ああ、すまない。起こしちまったか」

「いや、別に大丈夫だけど。一体、何が……って、ああ、訓練が終わったんだ」

 

 ハルトはすぐに納得したように言う。

 

「で? 効果は出た感じはあるの? 僕も横から見ていたけど、とても役立っているように思えなかったんだけど」

「効果はともかく、今は少し眠らせてくれ」

「わかった。今日は僕が朝食を作るよ」

「ああ、ありがとう」

 

 そこで士道はベットに倒れ、意識を暗闇の中に落とした。

 

 

「よし、とりあえず及第点ね。これなら次のステップに行けるわね」

 

 数日前に集まった時と同じ、物理準備室で琴里は言った。

 

「次って言ったって何をやるんだよ」

「そんなもの決まっているだろう。実際に女子と話すのだ。手始めにコイツと話してもらう」

 

 琴里の隣にいたエルエルフは、胸ポケットから一枚の写真を見せる。

 よく見ると、そこにはクラスメイトの鳶一折紙が写っていたのである。

 

「鳶一?」

「ああ、そうだ。お前は、彼女とは大なり小なり話しているだろう。口説くにはまずは接点が重要になる。だがいきなりは難しいと思っため、コイツをターゲットにした。異論はあるか?」

「理屈はわかるけど……」

「タラタラ言い訳をするんじゃないわよ、どん亀。彼は、士道が一週間かけたゲームを全イベント一発合格で、二日で終わらせたのよ」

「な、なんだって!?」

 

 これには思わず士道も尊敬してしまう。

 大真面目に反応する士道に対して、ハルトは「多分、エルエルフが異常だからじゃないかな」と言う。

 

「あと、これを渡しておくわ。このインカムから私たちの指示を受けられるわ」

「ああ、わかった。それじゃあ、口説いてくる」

 

 士道はインカムを付けると、物理準備室を出た。

 

「それとハルト、あなたにも渡さなければいけないものがあるから、後でフラクシナスの格納庫に来なさい」

「え? うん、分かった」

「さて、そろそろ接触する頃合いでしょうし、助けてあげようかしら。令音」

「分かった」

 

 令音が頷くと、士道がいる監視カメラの区画がパソコンの画面が移り変わる。

 そこにはM字開脚してパンツをもろ見せに折紙に、それに戸惑う士道が映し出されていた。

 

「なに……これ?」

「これは恐らく、シンとぶつかって尻餅をついた結果だろう」

「いや、尻餅をついたとか、そこらへんの次元を軽く超えているんですけど……」

「いや、これは好都合だ」

 

 エルエルフが言うと、マイク機能をオンにする。

 

 

 気まずい。

 士道は予定通り折紙を探していた所、曲がり角でその本人とぶつかった。

 ここまでならまだいい。まあ、よくはないのだがまだこんなに気まずいとは思わない。

 その理由はいたってシンプル。

 目の前の少女、折紙が純白の下着をもろに見てしまった。

 折紙と士道が交差し、体感で途方もない時間が経った頃、インカムが軽く振動すると声が聞こえる。

 

『五河士道、聞こえているか?』

「あ、ああ、聞こえているよ」

 

 パソコンのスピーカーから士道が戸惑った声が聞こえた。

 まあ、当たり前のことではあるのだが。

 

『今から俺たちがバックアップする。とりあえず、彼女と話してみろ』

「わ、分かった。なあ、鳶一」

「なに」

「その服、可愛いな」

「制服」

「なんで制服をチョイスするのよ。このウスバカゲロウ」

 

 ただ虫の名前を言っているのに、すごい罵倒に聞こえる。

 その合間合間にもエルエルフと令音から指示を出し、その指示通りに言う。

 

「実は……前々から鳶一のこと知ってたんだ」

「私も」

「……」

「……」

 

 ダメだ。間が持たない。

 いくら二次元で百戦錬磨でも、やはりリアルとは大違いすぎる。

 今でもサポートがなかったら、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 

 ウゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーー!

 

「空間震警報!」

 

 その音とほぼ同時に走り出す。

 

『士道、空間震よ』

「まさか精霊が……?」

『ええ、そうよ。場所はここよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  




はいは〜い。後書きですがな。
と言ってもあまり話すことがないんですよね。やっぱり、ここら辺は書いていて楽しいですね。
まあ、そろそろ波乱な展開にシフトしていかないと、クダクダになりそうなので頑張りたいと思います。
それでは次回、『肯定』(仮)で会いましょう


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記憶

僕じゃな〜い、僕じゃない、僕じゃな〜〜い。
ともう前書きのネタがなくなったので歌いました。
あっ、今回と次回はハルト君があまり出ません。
そしてこれからは尺の都合上、アニメの流れを使う場合があります。
それでは無理矢理ですが、第8話どうぞ



 夕暮れ。

 士道は避難する生徒の目をかいくぐり、上空の<フラクシナス>で回収された。

 士道が艦橋に入ると、ある違和感に気がついた。

 

「あれ? ハルトはどこに行ったんだ? それにエルエルフもいないみたいだし」

「とある事情で、彼らは少し席を外している」

「そ、そうですか」

「それにしても士道、あなた運が良いわね」

「どうしてだ?」

 

 士道が聞くと、琴里の代わりに令音が説明する。

 

「どうやら精霊は出現後、半壊した校舎に入り込んだようだ。CR-ユニットは屋内での戦闘には作られていない」

「つまりASTは迂闊に手を出せないってことよ。こんなこと滅多にないんだから」

「あ、ああ。だからって……」

 

 士道の言葉を遮るように琴里は言う。

 

「士道にしかできないことよ。あなたは色々文句は言っていたけど、訓練からは逃げようとしなかった。ーーーー助けたいんでしょう? 精霊を」

 

 士道は小さく頷く。

 そうだ。もうこれ以上、あの少女にあんな顔はさせたくない。させちゃいけないんだ。

 士道は心の中で、もう一度覚悟を決め直した。

 

「ーーーー琴里、俺になら出来るんだな」

「ええ、自信を持ちなさい。殲滅とは違う、精霊とのもう一つの対処法。すなわち」

「精霊と話をして、デートして、デレさせる」

「士道、安心しなさい。<フラクシナス>のクルーは優秀よ」

「そ、そうなのか」

 

 士道は疑わしげな顔をしながら聞くと、琴里が上着をバサッと翻した。

 

「たとえば」

 

 艦橋下段のクルーの一人を指差す。

 

「五度の結婚を経験した恋愛マスター、<早すぎた倦怠期>(バットマリッジ)川越!」

「それって離婚を四回しているってことだよな!?」

「夜のお店のフィリピーナに絶大な人気を誇る、<社長>(シャチョサン)幹本!」

「それ完全に金の魅力だよな」

「恋のライバルに次々と不幸が、<藁人形>(ネイルノッカー)椎崎!」

「絶対呪いかけてるだろ!」

「百人の嫁を持つ男、<次元を超える者>(ディメンション・ブレイカー)中津川」

「ちゃんとZ軸あるんだろうな」

「その愛の深さ故、今や法律で愛する彼の半径五百メートルに近づけなくなった女、<保護観察処分>(ディープラブ)箕輪!」

「どうしてそんな奴らしかいなんだよ!」

「皆んな、クルーとしては優秀なんだ」

 

 艦橋下段で、令音が小さい声が聞こえた。

 

「心配しなくても大丈夫よ。士道なら一回死んでもニューゲームできるわ」

「ざっけんな。どこの配管工だ」

「そんなことはどうでもいいのよ。とにかく時間がないのよ。早く行きなさい」

「わかったよ」

 

 士道はため息混じりに環境を出ようと一歩前を踏みしめる。

 

「グットラック」

「おう」

 

 士道は短く答えると、転送装置へと足を運んだ。

 

          ◇

 

 <フラクシナス>の格納庫にて、ハルトとエルエルフは歩いていた。

 

「ねえ、エルエルフ。こんなところに何があるんだよ?」

「お前の失われた記憶だ」

「ーーーーっ!?」

 

 エルエルフから発せられた予想外の言葉に、ハルトは驚きを隠せなかった。

 

「時縞ハルト。前に俺と初めて会った気がしないと言ったな」

「そうだね。そして君はそれを否定した」

「ああ、だがそれは語弊があった。正確には記憶を失う前のお前のことは知っている」

「なら最初からそう言ってくれればーーーー」

「それはこれを見せてからだ」

 

 エルエルフが足を止め、近くにあったレバーを下げる。すると周囲が点灯し、そこにはあるものがあった。

 それは鎧。まるで炎のように真っ赤な機械の鎧だった。

 

「これはーーーーASTのスーツ?」

「いや、これの名はヴァルヴレイヴ。と言っても俺の知っているものとは、大きさがだいぶ違うが」

「これが僕の記憶にどう関わるって言うんだよ?」

「それは、このヴァルヴレイヴを身につければ、記憶を全て取り戻せるからだ」

「……! それは本当なのか!」

 

「だが、それには代償がいる。それはお前自身が、人間を辞めることを決意しなければならないことだ。過去のお前が嫌った呪いを被るんだ。それでも良いというのなら、これを身につけろ」

 

 エルエルフはハルトに対して、最後の確認を取る。だがハルトの考えは、最初から決まっていた。 

 

「確かに、記憶を失う前の僕はこれを恨んでいたのかもしれない。それでも、それでも、僕は僕を知りたい」  

 

 とエルエルフに告げると、ヴァルヴレイヴへと近づく。

 ハルトが近づいたことを察知したのか、各部の装甲が展開する。

 装備可能の状態になったヴァルヴレイヴに身を預けると、展開した装甲が元に戻り、首元に取り付けられた装置から注射器が彼の首刺さる。

 その瞬間、自分の存在が書き換えられるような感覚に包まれると同時に、脳内に何かが流れていく。 

 それは記憶。ジオールのモジュール77の咲森学園での平穏な毎日、ドルシア軍の襲撃とヴァルヴレイヴとの出会い、そこから始まるドルシアとの戦争。

 ……そしてそれらを裏で操るマギウス達への革命。

 

「全部……思い出した」

 

 

 




やっとだ。やっと、話が本格的に進められる。
さあ、次回は士道君の初の精霊とのコンタクトとハルト君無双ですよ。
次回もお楽しみに。


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ファーストコンタクト

すんません。
前回、ヴァルヴレイヴ無双させるって言いましたけど、尺の都合上前編後編に分ける事にしました。
だから、あと、あともう少しだけ待ってください。
それでは第9話をどうぞ。


 

 

 数秒後、転送機が機械の駆動音と共に輝きを放った。そして次の瞬間、景色が学校の裏手へと一瞬で変わった。

 一応何回か使っていたが、やはりイマイチ慣れない。

 

「士道、大丈夫?」

 

 ()()()()()()()が士道のことを心配する。

 なぜこの場にハルトがいるかというと、遡ること数分前のことである。

 士道は琴里達と別れた後、<フラクシナス>下部にある転送機に向かうと、ハルトとエルエルフが待っていた。

 話をによると、ハルトに武器を持たせて、護衛として同伴することになったらしい。

 最初は士道も反論をしたが、あくまで精霊の攻撃から守るための処置であること、ハルトも了承していることを告げられ、なんとか納得した。

 

「ああ、これぐらい何ともないよ」

 

 ハルトに返答すると、首を動かして周囲の状況を確認してみる。

 あの日の街と同じように学校が見るも無残な姿になっていた。

 

『士道、ハルト、聞こえているわね。今から精霊のいるところまでナビをするから、指示に従いなさい』

 

 右耳につけたインカムから琴里の声が聞こえる。

 

「わ、わかった」

「わかった」

 

 士道とハルト、それぞれが反応を返し、構内へと入ってくる。

 そして二人は、琴里から送られてくる指示に従って、瓦礫で埋もれかけた近くの階段を駆け上る。

 そして数分とかからず、指定された教室まで到着する。

 扉が閉じているため、中の様子は窺えなかったが、この中に精霊が言うと思うと鼓動が早くなった。

 士道は深呼吸する。

 

「てーーーーここ、俺のクラスじゃないか」

『あら、そうなの。好都合じゃない。地の利とまでは言わないけど、まったく知らない場所よりはよかったでしょ』

 

 と琴里が言うが、士道が進級してからまだ日がそんなに経っていないため、そこまで知っているわけではない。

 しかしそんな事を考えている場合ではない。精霊が気まぐれを起こす前に接触しなければならない。

 

『それじゃ、ハルトはそこで待機。士道は今すぐにでも精霊と接触して頂戴』

 

 士道は意を決して教室の扉を開ける。

 

「ーーーー」

 

 士道は小さく声が漏れた。

 そこには赤く染まった教室の中心で、一人夕日を眺める少女の姿があった。

 不思議なドレスに身を包み、黒髪をたなびかせた少女が、片膝を立てるようして座っていた。

 頭の中で考えていた薄ぺっらな言葉なんて、一瞬で吹き飛んでしまった。

 

「ーーぬ?」

 

 少女は士道の存在に気づき、目を完全に開いてこちらに視線を向けた。

 そして士道は慌てて少女に言葉をかけようとした瞬間。

 

 ーーーーヒュン、と。

 

 少女が無造作に手を振るったかと思うと、士道の横を黒い光線が通り過ぎる。

 視線をギギギっと横に向けると、まるで巨大怪獣の爪に引っ掻かれたような跡が出来ていた。

 

「ーー止まれ」

 

 少女の鋭く凛とした声に、士道は思わず硬直させる。

 

「お前は何者だ」

「俺はーーーー」

『士道、待ちなさい』

 

 士道が素直に答えようとしたところで、インカムから琴里の制止の声が聞こえてくる。

 

 

 

 <フラクシナス>の艦橋では光のドレスを纏った精霊の少女が映されており、その周りには『好感度』をはじめとした配置されていた。

 令音が¦顕現装置《リアライザ》で解析・数値化した各種パラメーターが画面下部に表示されている。

 画面中央にウィンドウが表示される。

 それはまるでギャルゲーの選択画面のようだった。

 

 ①『俺は五河士道。君を救いに来た!』

 

 

 ②『通りすがりの一般人です辞めて殺さないで』

 

 

 ③『人に名を訊ねるときは自分から名乗れ!』

 

 

「総員、選択。五秒以内」

 

 クルー達は一斉にコンソールを動かす。その結果が琴里の元へと送られる。

 

「ーーみんな、同じ意見のようね」

「おいおい、一体なんだって言うんだよ」

 

 琴里に制止された士道は、何とも気まずい空気に押しつぶされそうになった。

 

「.....もう一度聞く。お前は、何者だ」

 

 少女が苛立しげに、目をさらに目を尖らせる。

 その時ようやく琴里からの声が届いた。

 

「士道、私の指示に従いなさい」

「お、おう」

『人に名を訊ねるときはーーーー』

「自分から名乗れーーーー!」

 

 少女は不機嫌そうに顔を歪め、黒い球体を投げつけられる。

 着弾したそれは、床に人がすっぽり入りそうな穴を作った。

 

『あれ、おかしいな』

「おかしいなじゃねぇ……ッ、殺す気か……っ」

「ーーーーれが最後だ。答える気が無いなら、敵と判断する」

 

士道の机の上から少女が言ってくる。

 

「お、俺は五河士道! ここの生徒だ! 敵対する意思はない!」

 

 少女がゆっくりとした足取りで士道たちの方に寄ってくる。 

 そこで少女は「ぬ?」と眉を上げた。

 

「お前、前にどこかであったことがあるか?」

「あ、ああ、今月の十日に」

 

 そこで合点がいったのか、少女はポンと叩く。

 

「思い出しぞ。確か変なことを言っていたやつか」

「変なこと……?」

 

 士道はそう言って頭をかく。

 

「それで、貴様、私を殺すつもりがないといったな? ならおまえは一体何をしに現れたのだ?」

「……っ」

 

 士道は、小さく眉を寄せ、奥歯をぎりと噛んだ。

 少女への恐怖とか、そんなものより先に。

 少女が士道たちの『殺さない』という言葉を、微塵も信じることができないのが胸を締め付けられる気持ちになった。

 

「ーー人間、は……ッ」

 

 士道は張り裂けそうなほど喉を震わせた。

 

「お前を殺そうとする奴らばかりじゃ.....ないんだッ.....!」

「ーー嘘だ。私の会った人間は皆、私が死なねばならないと言っていたぞ」

「そんなわけ……ないだろッ!」

「……では聞くが。私を殺すつもりがないのなら、貴様らは一体何をしに来たのだ」

「き、君に会うためだ」

「私に?一体何のために」

「そ、それはーーーええと」

 

 

 士道が口ごもると、琴里の声が右耳に響いてきた。〈フラクシナス〉の画面の中央にまたも選択肢が表示された。

 

①『君に興味があるんだ』

 

②『君と、愛し合うために』

 

③『君に訊きたいことがある』

 

 

 

「んー……どうしたもんかしらねぇ」

 

 

 

 選ばれた選択肢に思わず琴里はあごをさすった。

 

「ーーき、君と……愛し合うために」

「……」

 

 少女は手を抜き手にし、横薙ぎに振り抜く。

 そして士道の頭上を風の刃が通り抜け____教室の壁を切り裂いて外へと抜けていった。

 

「ぬわっ.……」

「……冗談はいらない」

  

 ひどく憂鬱そうな顔をして、少女が呟く。その様子に士道は思わず、唇をかむ。

 ああ、この顔だ。士道の大嫌いな表情だ。

 

「俺は……ッ、お前と話をするためにここに来た」

「…………」

 

 少女は黙る。

 

「内容は何だっていい。気に入らない内容だったら、無視したっていい。けど一つだけ分かってほしい。俺はーーーーッ」

『士道、落ち着きーーーー』

『『五河琴里(琴里)、今は』』

 

 琴里が士道を止めようとしたが、エルエルフとハルトによって逆に止められてしまう。

 ブレーキがなくなった士道は、少女に今までの思いをぶつけた。

 

お前を否定しない

「ーーーー!」

 

 士道の言葉に少女は驚いたような顔をした。そしてしばしの間黙った後、士道に聞いた。

 

「シドーといったな」

「ああーー」

「本当に私を否定しないのか」

「ああ。それにそう思っているのは俺だけじゃない」

「ぬ?」

「そうだろ。ハルト」

「うん。当たり前だよ」

 

 すると隣の教室に待機していたハルトが教室に入ってくる。

 さっきから琴里がうるさいが、今はそんなことはどうでもいい。

 

「本当か?」

「本当だ」

「本当に本当か?」

「本当に本当だ」

「本当に本当に本当か?」

「本当に本当に本当だ」

 

 士道が間髪入れずに答えると、少女は髪をクシャクシャとかき、鼻をすするような音を立てると、士道達に視線を戻した。

 

「ふ、ふん。そんなこと誰が信じるか。ばーかばーか」

「だ、だから、俺たちはーー」

 

 士道はしつこく説得しようとした所で、少女は複雑そうな表情で口を開いた。

 

「……だがまあ、あれだ。どんな腹があるかどうかは知らんが、まともに話せる人間達は初めてだからな。……この世界の情報を得るために利用してやる」

「は、はあ?」

「べ、別に貴様らからこの情報を得るためだ。大事。情報超大事」

「士道、これって……」

「ああ、どうやら上手くいったみたいだな」

 

 精霊とのファーストコンタクトに成功した事に、二人はほっと息を吐いたのだった。

 

 

  精霊とのファーストコンタクトに成功した士道とハルトは、安堵したのも束の間、少女が聞いてきた。

 

「シドー」

 

 少女は、士道の名を呼んだ。

 

「な、なんだ?」

「早速聞くが、ここは一体どこだ? 初めて見る場所だ」

「え……ああ学校ーー教室、まあ、俺やハルトと同じくらいの奴らが勉強する場所だよ」

「なんと」

 

 少女は驚いたように目を丸くした。

 

「これに全ての人間が収まるのか? 四十近くはあるぞ」

「いや、本当だよ」

 

 士道は頰をかく。

 そして即座にハルトが近くにあった椅子に座って、例を見せる。

 

「こんな風に座って、皆んな勉強に励んでいるんだよ」

「ほうほう」

 

 少女は興味津々な表情で頷く。

 今まで見たことがない表情を見せる少女に、士道は思わず口を緩めてしまう。

 だが、それも仕方がないだろう。

 少女は今まであった人間は大体、彼女を殺そうとするASTのような人間しかいなかったのだから、自然と厳しい表情になってしまうのだろう。

 

「なあーー」

 

 そこである事に気づいた。

 

「ぬ?」

 

 士道の様子に気づいたのだろう、少女は眉を寄せる。

 しかし、すぐに納得したように顎に手を置く。

 

「そうか、会話を交わすなら名前がいるのか……」

 

 そう頷くと、

 

「シドー、それとハルト。私に名前をつけてくれないか?」

「「え?」」

 

 二人から変な声が漏れた。

 

((お、重い……)) 

 

 少々……いやかなり……いいや物凄く難しいオーダーに二人は頭を抱える。

 

「これは中々にヘビーなの来たわね」

「ふむ。どうしたものかね」

「士道、ハルト、焦って変な名前をつけるんじゃないわよ」

 

 取り敢えず現場にいる士道達に言うと、流れるようにクルー達に指示を出す。

 

「総員、今すぐ彼女の名前を決めなさい。そして私の端末に送りなさい」

 

 そしてほぼ同時に、クルーはディスプレイに視線を落とす。

 すでに何人かの案が送られて来ていた。

 

「ちょっと、川越! 美佐子ってあなたの奥さんの名前でしょ」

「す、すいません。思いつかなかったもので」

「……ったく、他は……幹元、これなんて読むの?」

麗鐘(くららべる)です」

「却下よ。それとあなたは金輪際、子供を持つことを禁止するわ」

「全く……もう少しまともなないの? 例えば……トメ!」

「トメ! 君の名前はトメだ!」

「士道、いくらなんでもそれは!」

 

 ハルトが止めに入ろうとした瞬間、大量の光球がまるでマシンガンのように士道の周りを焦がした。

 一歩でも動いたら、文字通り蜂の巣になっていただろう。

 インカムから琴里が『あれ?』と聞こえた。なんとも無責任な話だ。

 

「何故だろうか。バカにされたら、無性に腹が立った」

「す、すまん」

「ふん。それでハルトは決まったのか?」

「う、う〜ん。思いつきはするんだけど、どれもありきたりすぎる」

「そ、そうか」

 

 数秒の静寂の後、士道の口から(こぼ)れた。

 

「十香?」

「ぬ?」

「ん?」

「ど、どうかな」

「…………」

 

 少女がしばらく考え込むんだ後、

 

「まあ、トメよりはマシだな」

 

 士道は見るからに余裕のない笑顔を浮かべながら後頭部をかいた。

 

 ◇

 

 

(四月十日にあったらから、十香とは安直だな)

 

 艦橋下段に座るエルエルフはそんな事を考えていた。

 だが結果的に精霊の好感度は上がっているので、なんとも言えなかった。

 

(それにしても……)

 

 エルエルフは自らのディスプレイへと視線を落とす。

 そこにはカタカナでトメと書かれていた。

 

(何故、この案が上手くいかなかったのだろうか? それだけはわからない)

 

 エルエルフは、心の中でその事を疑問に思い続けた。

 

 ◇

 

「それでーートーカとはどう書くのか?」

「ああ、それはーーーー」

 

 士道は黒板の方へと歩き、チョークを手にとって十香の字を書いた。

 

「ふむ」

 

 少女は短く唸ると、士道の真似るように黒板をなぞろうとする。

 士道はチョークがないと書けないと指摘しようとしたが、それよりも先に黒板に十香の文字が削られていた。

 

「なんだ?」

「い、いや……なんでもない」

 

 士道が返答すると、少女は十香の文字をジッと眺める。

 

「シドー、ハルト」

「な、なんだ?(なに?)」 

「十香」

「「?」」

「私の名前だ……良い名だろう」

「あ、ああ……」

「そうだね……」

 

 士道とハルトが笑顔で頷くと、十香は満足げな表情を浮かべた。

 すると、十香は士道の方へと向けて、

 

「シドー」

 

 と笑顔を士道の名を呼んだ。

 その初めて見た十香の笑顔に、心臓がドクンと跳ね上がった。

 

「十香……」

 

 夕焼けを背景に二人は良い雰囲気になりかけた次の瞬間。

 

「二人共! 伏せろ」

 

 ハルトの声と共に、けたたましい轟音と共に弾丸が降り注いだ。

 

「なんだこりゃッ」

『チッ、ASTが攻撃を始めたわ! 士道は今すぐに回収をーー」

「ま、待ってくれ!」

『なによ。そんなに早く死にたいの? そういう願望は後でーーーー」

「もう少し、もう少しなんだ! だから俺に時間をくれ」

『はあ? だから何度もーーーー』

『五河琴里、ここは五河士道の案を採用すべきだ。このまま逃げてはただのヘタレだと思われてしまう。それでは本末転倒だ』

『だけれどーーーー』

 

 インカム内で何かを話してあっているようであるが、今はそれどころではない。

 現在、十香がバリアを張っているようであるが、それがどこまで保つか分からない。

 

「士道とハルトは逃げろ……同胞に殺されるぞ」

 

 十香は先ほどの笑顔はなくなり、今にも泣いてしまいそうな顔で告げた。

 

「「ーーーー」」

 

 その瞬間、二人の中で闘志のような何かが湧き上がった。

 

「なあ……琴里、話し合いは終わったか?」

『ええーーもう少しだけなら待って良いわよ。ただし、精霊に引っ付いていなさい。それとハルトは人目のつかないところで武装を装備しなさい』

「ああ、わかった。士道、十香のことは任せたよ」

 

 そう言い残して、十香に気づかれないように教室を出た。

 

「勿論だ。お前もなるべく早く来いよ」

 

 ハルトはハルトのやるべきことを、士道は士道のやるべきことを。

 

「何をしている? 早くーーーー」

「知ったことか……! 今は俺とお前の時間だ。あんな奴らほっとけ!」

 

 そう言うと、十香の足元に座り込んだ。

 

「……!」

 

 十香は驚いた顔をした後、士道の向かいへ座った。

 

 

 ◇

 

 時々やってくる流れ弾をかわしながら、ASTからも士道達にも見えないところまで離れたところで、ハルトは自分の胸に手を置いた。

 

(イメージしろ。僕がアレに纏うんじゃなくて、僕がアレになるイメージだ)

 

 するとハルトの体に粒子が纏わりつき、その姿を変貌させてゆく。

 光がなくなる頃には、そこには一体の赤き化身が立っていた。

 その名はヴァルヴレイヴ、かつて人間ではない者の技術によって作られ、人である事を辞める代償に莫大な力を得られる超兵器。

 その中でも特殊な存在であったヴァルヴレイヴ一号機<火人>。

 元の大きさより何倍も小さいが、その溢れ出てくる力は人目見ただけでわかった。

 

「急ごう、士道達が待っている」

 

 ハルトはそう呟くと、軽くしゃがんだ後力任せに跳躍した。

 そして赤い残光を伴って、ASTの部隊へと突進する。

 

「アンノウン出現! こちらに向かって来ます!」

「何よ、アレ!? 総員、目標変更! 先にアンノウンを倒すわよ」

 

 隊長が指示を出すと、手に持っていたマシンガンをハルトへと向けられ、そして発砲する。

 隙間なく迫ってくる弾丸。だが、その弾丸がハルトに届くことはなかった。

 右腕を振るうと、その線になぞるように残光が出現し、全ての弾を弾いた。

 ヴァルヴレイヴ、最大の特徴とも言える兵装、硬質残光である。

 

「「「「「なっーー!?」」」」」

 

 その様子にAST隊員全員が狼狽し、一瞬隊形が崩れてしまう。

 ハルトはその隙を逃さず、一人の隊員に接近する。

 

「え、はやーーーー」

 

 隊員がプロテクト随意結界(テリトリー)を展開するよりも先に、ハルトはフライトユニットを切り裂いた。

 安定翼を破壊された隊員は、真っ逆さまに墜落していった。

 

(よし、まずは一人……! まだ少し慣れないけどーーーー)

 

 続いて、<ノーペイン>を持って接近する隊員に対して、硬質残光による斬撃で迎え撃ち、押し返す。

 体制が崩れたところに、即座に後ろに回り込んで、先ほどと同じように翼を切り裂く。 

 

(このまま出来る限りの時間稼ぎはさせてもらう……!)

 

 そう思考すると、彼は更なる撹乱のため攻撃を仕掛けた。

 

ハルトがAST達を惹きつけている頃、士道と十香は向き合いながら話していた。

 十香の力だろうか、時々やってくる流れ弾は二人を避けるように校舎を貫通している。

 

『ーーーー数値が安定してきたわ。可能だったら、彼女について色々質問してちょうだい』

 

 少し考えてから、士道は口を開いた。

 

「十香」

「なんだ?」

「十香はどこから来たんだ?」

 

 士道の質問に、十香に眉をひそめた。

 

「知らん」

「知らないのか?」

「ああーーーーどのくらい前だったか、私はそこに芽生えた。それだけだ。記憶は歪で曖昧。私自身、私がどういう存在かわからないのだ」

「そ、そういうんもんか」

 

 士道はそう言うと、十香はフンと息を吐いて腕を組んだ。

 

「そう言うものだ。突然、この世に生まれ、その瞬間にはあのメカメカ団が空を舞っていた」

「メカメカ団?」

「あのビュンビュンうるさい奴らだ」

「ああ、アイツらか」

 

 士道はASTのことを指しているのだろうと思いながら言う。

 と、次いでインカムからクイズに正解したかのような軽快な音が鳴った。

 

『精霊の機嫌メーター七十を超えたわ。踏み込むならあと一歩よ』

「踏み込むって何をすればいいんだ?」

『デートに誘ったら?』

「ぶっ!?」

 

 思わず吹いてしまう。

 

「ん、どうした士道」

「いや、なんでもない」

「さっきから何をブツブツと……やはり私を殺す算段をーー」

「違う! 断じて違う!」

 

 慌てて、弁明する。

 

「なら言え。今なんといった」

「ぐ、ぐぬ……」

 

 士道が小さくうめくと、インカムから琴里含めたクルー達による、熱い『デ・エ・ト』コールが聞こえた。

 

「あーもうわかったよ!」

 

 士道は観念して叫びを上げた。

 実際、琴里の言っていることはわからないわけではないのは分かるが、やはり少々恥ずかしくなる。

 

「なあ、十香」

「ん、なんだ」

「で、デートしないか?」

 

 ◇

 

「これで六人目……!」

 

 また一人、戦闘継続不可能な状態にしたハルトはつぶやいた。

 先ほどからハルトは、アサルトライフルの弾丸を避けたり、硬質残光で防いだりしているが、久々かつ慣れない纏うタイプヴァルヴレイヴの戦闘に体力を奪われる。

 だが、ハルトの奮闘もあってか、士道達は上手くいっている。

 

(このまま……全員を無力化を……!?)

 

 そこでハルトの思考は途切れる。

 なぜなら、見慣れた銀髪の少女が光の刃を形成する剣を持って接近してきたためだ。

 

(鳶一さん……!)

 

 <火人>がハルトだと知らない折紙は、容赦無く剣を振るう。

 その斬撃をハルトは残光で防ぎ、すぐに距離を離した。

 流石に硬質残光だけでは彼女を倒すことは不可能だと思い、ハルトは展開式の小鎌、<フォルド・シックス>を引き抜き、彼女と切り結ぶ。

 数度の交差、それは凄まじい衝撃波を発生させ、あちこちの瓦礫を吹き飛ばした。

 そこでハルトは気づいた。ハルトと折紙の角度から、士道達が見えてしまっていることに。

 

「なにあれ? 精霊に襲われている?」

 

 隊長らしき女性が言うと、折紙は目を大きく見開く。

 そして即座にハルトを蹴り飛ばし、士道いる方へとスラスターを吹かす。

 

(しまった!)

 

 ハルトは折紙の考えを読み取り、急いで追いかけようとするが、残った隊員達が行く手を阻んだ。

 

 

「デェトとはなんだ?」

「え、え〜と、それは〜」

 

 士道が言葉を選んでいると、突如琴里が慌てた様子で話しかけてきた。

 

『士道、ハルトが一人取り逃がしたわ!!』

「は……!?」

 

 思わず声を上げた瞬間、折紙が現れる。

 それから一拍もおかずに、光の刃を出現させた<ノーペイン>で斬りかかる。

 

鏖殺公(サンダルフォン)!」

 

 十香が声を上げると、それに応えるように地面から例の大剣が出現させ、<ノーペイン>と打ち合う。

 それからは前と同じように、壮絶な攻防が行われていた。

 下手に動けば確実に死ぬ、士道はそれだけはすぐに理解した。

 

「っ……」

 

 その様子を呆然と眺めていると、 

 

『士道、時間切れよ。<フラクシナス>で回収するわ。ハルト! 消失(ロスト)するまで十香を守りなさい!』

 

 と琴里が叫んだと同時に開放感のある教室から真紅の鎧武者が赤い残光を伴って入ってきた。

 

「ハルト……なのか?」

「ああ、士道にコレを見せたのは初めてだったね。事情は後だ。とりあえず……ごめん!」

 

 急に謝罪したかと思うと、ハルトは十香と折紙の元へ割って入る。

 硬質残光で二人の攻撃を受け止めると、凄まじい光を放った。

 その際の衝撃波が士道を襲うが、それを利用して校舎の外へと飛び降りる。

 

『ナイス!』

 

 琴里の声が響くと同時に、士道の体に妙な浮遊感に包まれ、<フラクシナス>に回収されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。
はい、尺が大変な事になりました。
いや〜疲れた。
昨日といい、今日といい、ここら辺は折りが難しいですね。
まあ、一番は皆様に楽しんでもらうことですからいいんですけどね!
そして始まりましたね、ヴァルヴレイヴ無双。
これだよ、これがやりたかったんだよ!
そして少しお茶目を出すエルエルフ可愛い(^-^)ー
それではまた次回〜


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抜き打ちデート

UA2000を突破! 
これはいつも見てくださっている皆様のおかげです。
ありがとうございます。
これからも一生懸命、投稿を頑張っていこうと思います。
あと、これからは二日に一話出す感じになります。


 <フラクシナス>にて、ハルト、エルエルフ、琴里、令音が艦長室に座っていた。

 この四人が集まっている理由は、ハルトとエルエルフ、そしてヴァルヴレイヴのことである。

 

「さて……どこから聞いたものかね……」

 

 令音はタブレットを操作しながら呟く。

 

「そうね……まずハルトとエルエルフが転生者であるってのは間違いないのね?」

「ああ、それで間違いないよ」

「とても信じられない話だわ」

 

 琴里は額に手を当てて、理解に苦しむようにいう。

 

「その気持ちはわかる。だけどーーーー」

「大丈夫よ。信じるしかないもの。現に<ラタトスク>でも一割も解析できなかったヴァルヴレイヴを空気を吸うように操作しちゃうんだもん」

「ありがとう、琴里。確かに

「ん〜、じゃあ次はヴァルヴレイヴのことを教えてちょうだい。なぜ貴方だけが使えるの?」

「それは……」

 

 ハルトが言葉に迷っていると、隣にいたエルエルフが代わりに口を開く。

 

「俺達の世界とはサイズは違うが、本質的な部分は変わらない。元々、人が扱える代物ではない」

「どういうこと?」

「ヴァルヴレイヴに乗れる存在は二つ。一つ、マギウスと呼ばれる人ならず者。そしてーーーー」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 

 理解が追いつかなくなったのか、琴里は慌ててエルエルフは話を遮る。

 

「余計にわからないわ。それじゃ、ハルトが人じゃないみたいじゃないの……!」

「何も間違いではない。何故なら時縞ハルトはあちらの世界で人間であることを辞めたのだから」

「っ……!」

 

 エルエルフの言葉に琴里は息を詰まらせる。

 そしてハルトの方へと視線を向けると、恐る恐る聞いた。 

 

「本当……なの?」

「うん……僕はあの日、僕の意思でこの神憑きになったんだ」

「神憑き?」

「ああ、マギウス化した人間を我々は呼んでいた」

「そう……話を戻すけど、つまりその神憑きになれば、誰でもヴァルヴレイヴを装着できるの?」

「ーーダメだ! アレは、アレだけは僕以外の人間に使わせないでくれ。アレは呪いの道具だ」

 

 ハルトはガタリと立ち上がり、琴里に必死に訴える。

 彼はよく知っている、あのヴァルヴレイヴに選ばれ、その力を使用し続けた者の末路を。

 いきなり大きな声を出したためか、耳を塞いでいた琴里はため息をついた後、ハルトに言う。

 

「安心してちょうだい。<ラタトスク>は訳の分からないものに変に首を突っ込まないのよ」

「そう……ならいいんだけど……」

 

 琴里の言葉にハルトは胸をなでおろした。

 そして不意に時計が視界に入った。時刻は七時三十分を過ぎていた。

 

「あ! 僕、そろそろ学校だから行ってくるよ」

「時縞ハルト、今日は学校は休みだぞ」

「え?」

 

 エルエルフからそんなことを伝えられて、ハルトは足を止めた。

 

「スマホを見ろ。学校から連絡が来ている」

「え? そうだったけ?」

「これを見ろ」

 

 するとエルエルフはポケットからスマホを取り出し、ハルトに見せる。

 エルエルフの言う通り、学校から休校のメールが送られていた。

 

「あ、本当だ。でも僕の方には送られていないけど……士道、大丈夫かな」

 

 ◇

 

「そりゃ、そうだよな」

 

 士道が精霊に十香と名付けた次の日、学校に登校して自分のアホさに息を吐いた。

 少し考えればわかるだろうに。

 

 <フラクシナス>に回収された後、十香との会話ビデオを見ながら、反省会を行なったりして、疲れていたのだろう。

 

「仕方がない。買い物をするか」

 

 ため息をひとつこぼし、家の帰路とは違う道に足を向ける。

 確か、卵か牛乳かが切れていたはずだったし、このまま帰ってしまうのも何だった。

 

「ーーっと、通行止めか」

 

 だが数分後、士道は足を止めた。立ち入り禁止の看板が立っていたためだ。

 そして士道は気づく。 

 

「ああーーここは?」

 

 この場所は、初めて十香と会った空間震現場の一角であった。

 そこで再び十香のあの悲しそうな顔がフラッシュバックする。

 

「……ドー」

 

 士道は、もう一度覚悟を決めるように拳を強く握った。

 そうだ、士道は士道のできるやり方で精霊と向き合うと決めたんだ。 

 化け物と呼ばれる存在が、絶対にあんな顔をするはずがない。

 

「……い、……ドー」

 

 だから次こそ、次こそは絶対にてきた彼女を救ってみせる。

 

「おい、シドー。無視をするな」

 

「ーーえ?」

 

 視界の奥、立ち入り禁止エリアの向こう側からそんな声が響いてきて、士道は傾げた。

 凛とした、とても美しい声。今、聞こえるはずのない少女の声。

 

「十香!?」

 

 視線の先にある、瓦礫の山の上に、明らかに街並みに似つかわしくないドレスを纏った少女が立っていた。

 間違いなく、昨日士道が出会った精霊ーーーー十香だった。

 

「ようやく気づいたか、バーカバーカ」

「何でお前がーーーー空間震警報は?」

「ぬ? お前から誘ったのだろう? デートとやらに」

「なっ……」

 

 こともなげに言い放った十香の言葉に、士道は肩を震わせた。

 

「覚えていたのか?」

「ぬ? 私を馬鹿にしているのか?」

「や、そう言うわけじゃないんだが」

「まあ、良い。早く行くぞ。デェトデェトデェトデェト」

「わ、わかった。とりあえず、その姿だと目立つ。着替えてくれ」

「貴様、私にここで脱げと言うのか」

「違う! ええと、あーー例えばだな」

 

 そこで士道はアレの存在を思い出し、胸ポケットを探る。

 士道が取り出したのは折紙の制服姿の写真であり、それを十香に見せた。

 訓練の時にエルエルフにもらった写真が、こんな時に役立つとは思わなかった。

 

「この服でいいのか? それにしてもこんな写真をどこでーー」

「訳は聞くな」

「……わかった」

 

 十香はそう言いながら写真を二つにちぎった。

 それを空に掲げると同時に、写真は光の粒子となり、十香のドレスにも変化が起きる。

 十香は堅牢な鎧のようなドレスが光ったかと思うと、次の瞬間来禅高校の制服を着ていた。

 

「では行くぞ。デェトに」

 

 

 十香と思わぬ再会を果たした士道は、デートをすることになった。

 路地裏を抜け、様々な店が軒を連ねる大通りに出たところで、十香が眉をひそめてキョロキョロとあたりの様子を窺い始める。

 

「……っ、な、なんだこの人間の数は。総力戦か!?」

 

 先ほどまでとは桁違いの人と車の量に驚いたらしい。

十香が全方位に注意を払いながら忌々しげな声を上げる。

 ついでに指先合計十本に小さな光球が出現する。

そんな十香に士道は慌てた顔でいう。

 

「いや、だから違うって! 誰もお前の命を奪おうとしていないから」

「……本当か?」

「本当だ」

 

 士道に説得されて、十香はまだ少し警戒した様子で光球を消した。

 とーー不意に、警戒に染まっていた十香の顔から力が抜けた。

 

「ん? おいシドー。この香りはなんだ?」

「香り?」

 

 目を閉じてあたりの匂いを嗅いでみると、確かに十香の言う通りに近くに香ばしい香りがした。

 

「ああ、多分アレだ」

 

 匂いのあとを辿ると、右手にあったパン屋をさした。

 

「ほほう」

 

 十香は短く言うと、ジッとその方向を見ていた。

 

「……十香?」

「ぬ、なんだ?」

「入るか?」

「…………」

 

 士道が問うと、十香はうずうずとしつつも、口をへの字に曲げた。ついでに絶妙なタイミングで十香のお腹が鳴る。

 

「シドーが入りたいなら、入ってやってもいい」

「入りたい……ちょー入りたい」

「そうか……では行くぞ」

 

 そう言うと、十香はウキウキでパン屋に入った。

 その様子を見ている者がいると知らずに……

 

 

「あ、令音ー。それ要らないならちょーだい」

「ん……構わんよ」

 

 琴里がフォークを伸ばして、令音の皿に乗っていたブルベリーを突き刺して口に運んだ。

 その横では、ハルトはコーヒーを飲んでいた。

 ヴァルヴレイヴの話をした後、特にやることもなかったため現在近くのカフェで一服していた。

 エルエルフは別の仕事があるらしく、一緒には来なかった。

 

「んー、おーいし。なんで令音はこれが苦手なんだろうね」

「だって……酸っぱいじゃないか」

 

 言って、令音は砂糖たっぷり入ったアップルティーを飲む。

 

「……そうだ、ちょうどいい機会だから聞いておこう」

 

 令音は思い出したかのように口を開いた。

 

「なーに?」

「……初歩的なことですまないが、琴里、なぜ彼が精霊との交渉役に選ばれたんだんだ?」

「あ、それ、僕もずっと気になっていたんだ。ただデレさせるだけなら、エルエルフや僕だって十分務まるはずだろ?」

 

 二杯目のコーヒーを注文し終えたハルトも、令音に続くように聞く。

 

「んー」

 

 令音とハルトの問いに、琴里は眉根を寄せる。

 

「誰にも言わない?」

「もちろん」

「……約束しよう」

 

 ハルトは明るく、令音は低い声のまま返事をする。

 琴里はそれを確認し、首肯し返した。

 令音は口にしたことは守る女である……ハルトはどうかはわからないが。

 

「実は私とおにーちゃんって、血が繋がってないって言う超ギャルゲー設定なの」

「え、そうだったの。てっきり本物の兄妹かと……」

「ほう……」

 

 ハルトは普通に驚き、令音は小さく首を傾げた。

 ただ速やかに琴里の言葉を理解して「それと今の話に何の関連が?」と訪ねてくるかのような調子だった。

 

「だから私は令音のこと好きなんだよねー」

「……?」

 

 令音が、不思議そうな顔を作る。

 

「気にしなーい。……で、続きだけど。何歳の頃って言ったかな、それこそ私がよく覚えてないくらいの時に、おにーちゃん、本当のお母さんに捨てられてうちに引きとられたらしいんだ。私は物心つく前だったからあまり覚えてないけどさ、その時のおにーちゃん、相当参ってたみたいでさ。それこそ自殺でもするんじゃないかってくらいに。まあーー一年ぐらいでその状態は治ったみたいだけど」

「……」

 

 なぜだろうか、令音がピクリと眉を動かした。

 

「どしたの?」

「……いや、続けてくれ」

 

 令音はそう言っているが、無理はないだろう。

 ハルトに至っては、聞いてはいけないことを聞いてしまったと言わんばかりに、完全に顔色を曇らせていた。

 だが、琴里は話を続ける。

 

「んでね、それからなのかなー。おにーちゃん、人の絶望に対して微妙に敏感なんだよね」

「絶望に……?」

 

 そこで顔を伏せていたハルトが反応を示す。

 

「んー。自分の存在が全部否定されるようなーー自分はぜーったい誰からも愛されていないと思っているような。まあ、昔の自分みたいなさ。そう言う人を見ると、まったく知らない人でも絡んじゃうんだよね」

 

 だからと目を伏せる。

 

「もしかしたら……って思ったんだ」

 

 ハルトは「なるほど」と頷く。だが令音は納得していないようだった。

 

「だが……私は聞きたいのはそう言うことではない」

「……」

 

 令音の言葉に、琴里はぴくりと眉を上げた。

 

「って言うと?」

「……とぼけてもらっては困る。君が知らないとは思えない。ーーーー彼は一体"何者"だね」

 

 令音は〈ラタトスク〉最高の解析官である。特注の顕現装置を用い、物質の組成は当然として、体温の分布や脳波を計測して、人の感情の機微さえもおおよそ見取ってしまう。

 

 ーーーーその人間に隠された能力や特性すら。

 琴里はふうと息を吐く。

 

「ま、令音におにーちゃんを預けた時点でこうなるのは大体わかってたけどねー」

「……ああ、悪いが、少し解析させてもらったよ。それで気になる事があったのでね」

「気になること?」

「ああ、それはーー」

「ぶっ!」

 

 令音が何かを言おうとしたところで、ハルトはいきなり咳き込んだ。

 

「なにかあったの?」

「あ……あれ!」

 

 琴里は残っていたブルーベリージュースを吸い込みつつ、ハルトの指差した方向へ視線を向ける。

 とーーーー

 

「ぶフゥゥゥぅーーーー!?」

 

 今店に入ったカップルと思しき男女が視界に入ると、口の中に入っていたジュースを吹いてしまう。

 

「……」

 

 どうやらカップルには気づかれなかったようだが、琴里の目の前にいた令音はその被害をモロに受けていた。

 要はびしょ濡れである。

 

「ごめっ、令音……」

 

 声をひそめて琴里が謝ると、令音は何事もなかったかのように、ポケットから出したハンカチで顔を拭っていた。

 

「……なにかあったのかね。琴里、それにハルト」

「え、ええ、とても非現実的なものを見た気がして」

「令音、あれを見れば納得するよ」

「なんだね……」

 

 令音の問いにハルトと琴里は令音の後ろを指をさした。

 令音は首を回し、ピタリと動きを止めた。

 そして数秒あと、ゆっくりと首をもとの位置に戻し、アップルティーを口に含んだ。

 それから二人に紅茶を吹き出す。なんとも器用なことである。

 

「……なまらびっくり」

 

 なぜか方言だった。令音なりに動揺しているのかもしれない。

 それはそうだろう。何しろ彼女の後ろから二つ程離れた席には、琴里の兄・五河士道が女の子を連れて座っているのだから。

 しかもこれだけではなかった。

 その女の子は───琴里たち災厄と、精霊と呼ぶ、あの少女だったからだ。

 

「えええ・・・なにこれぇ」

 

 琴里は激しく動揺した声を発する。

 

「こ、琴里。とりあえず<フラクシナス>に移動しよう」

 

 隣のハルトの提案に賛同したのか、黒いリボンを取り出して司令官モードになった。

 

「そうね。そのためにまず、士道達にバレないでお会計を済ませましょうか……」

 

 

「……」

 

 士道は手にした伝票の数字と、財布の中身を交互にふうと息を吐いた。ほとんど残らないが、辛うじて払いきれる金額であった。

 

「ほら、行くぞ十香」

 

「ん、もうか?」

 

 十香は目を丸くしながら言う。士道は急かすように立ち上がった。

 士道がレジを歩いていくと、十香もそれについてきた。

 

「お会計お願いします」

 

 士道はレビに立っている店員をかけーー

 

「ーー!?」

 

 盛大に眉をひそめて、一歩後ずさった。

 なぜならそこに立っていた店員が、

 

「……はい、お預かりします」

 

 見覚えのある、分厚い隈を拵えた、やたら眠そうな女性がだったのだから。

 

「ん? どうかしたのかシドー。敵か!?」

 

「い、いやいや違う」

 

 力なく十香の言葉を否定する。

 

「……こちら、お釣りとレシートです」

 

 士道が驚いている間に、会計を済ませた令音が紙面を、紙面をトントンと叩きながら渡してきた。

 そのレシートの下のほうに、『サポートする。自然にデートを続けたまえ』と言う文字が記載されていた。

 

「い、いや、なんでもない」

 

 士道は十香に言って、レシートをポケットにねじ込んだ。

 すると令音は、レジ下引き出しからカラフルな紙を一枚取り出して、士道に手渡した。

 

「……こちら、商店街の福引券です。店から出て、右手道路沿いに行った場所に福引き所があります。()()()()()()()()()()()()()

 

 場所を詳しく説明した上、後半をやけにはっきり言ってきたので、これは絶対に使えの意思表示だろう。

 とはいえ、そんなに念を押されなくても良かったかもしれない。

 

「ん? シドー、なんだそれは」

 

 なぜなら十香が、福引券に興味を示していたからだ。

 

「行ってみるか?」

 

「シドーは行きたいのか?」

 

「……おう、行きたくてたまらねー」

 

「では、行くか」

 

 十香は大股で店を出て、士道は令音を軽く頭を下げると、十香のあとを追いかけた。

 

 

「ーーご苦労様、令音」

 

 レジの陰に隠れていた琴里は、二人が出たのを確認して立ち上がった。

 

「慣れないね、どうも」

 

 令音が制服の裾を持ち上げ、抑揚のない調子でいう。

 琴里はウンウンと頷くと、キッチンの方へと視線を向ける。

 

「貴方達も出てきていいわよ」

 

 琴里の発した言葉を皮切りに、キッチンの方から二つの人影が現れる。

 ハルトとエルエルフだ。ノロノロと現れてくる様子はまるでゾンビのようであった。

 

「はあ〜、やっと終わった〜。もう当分、皿洗いはしたくない」

 

「今回ばかりは俺も同感だ……あの女、どれだけ食べるんだ」

 

 二人はお互いに体を預け、その場にへたり込んだ。

 十香の食事した量を考えれば、二人の労力は想像を絶するものだろう。

 琴里は、そんな二人の様子に微笑を浮かべると、すぐに携帯電話を開いて電話をかけた。

 

「私よ。ええーー二人が店を出たわ。さっさと準備をしなさい。失敗したら、皮剥ぐわよ」

 

 琴里は最後に脅しを残すと電話を切る。

 

「作戦は第二フェイズに移ったわ、私達も次の準備に取り掛かるわよ」

 

「……わかった」 

 

 そして三人の方へと体を回すと、

 

「さあ、私達の戦争(デート)を始めましょう」

 

 

                ◇ 

 

 夕日に染まった高台の公園には今、士道と十香が以外誰もいなかった。

 時折、自動車の走行音やカラスの鳴き声が聞こえる程度の、静かな空間だった。

 

「おお、絶景だな!」

 

 十香は先ほどから、落下防止用の柵を身を乗り出しながら、黄昏色の天宮市を眺めている。

 

「シドー、あれはどう変形するのだ!?」

「残念ながら電車は変形しない」

「なに、合体タイプか」

「まあ、連結くらいはするか」

「おお」

 

 十香ら妙に納得した調子でうなずくと、くるりと身体を回転させ、手すりに体重を預けながら士道に向き直った。

 夕焼けを背景に佇む十香は、それは綺麗でまるで一枚の絵みたいだった。

 

「───それにしても」

 

 十香が話題を変えるように、んー、と伸びをした。

 そして屈託のない笑みを浮かべてくる。

 

「いいものだな、デェトというのは。実にその、なんだ、楽しい」

 

「っーーーー」

 

 不意を突かれた。自分の顔は見えないが、きっとトマトのように真っ赤になっているだろう。

 

「どうしたーーーー顔が赤いぞ」

「い、いや、なんでもない」

 

 士道は額に滲んだ汗を袖で拭いながら、チラッと十香の顔を一瞥した。

 十日前、そして昨日、十香の顔に浮かんでいた鬱々とした表情は、随分と薄れていた。

 

「ーーどうだ? お前を殺す奴なんて誰もいないだろ?」

「……ん、皆優しかった。正直にいえば、まだ信じられないくらい」

「あ……?」

 

 士道が首を捻ると、十香は自嘲気味に言った。

 

「あんなにも多くの人間が、私を拒絶しないなんて。私を否定しないなんて。世界がこんなに優しいだなんて、こんなに楽しいだなんて、こんなに綺麗だなんて.......思いもしなかった。メカメカ団......ええとなんといったか。エイ......?」

「ASTのことか?」

「そう、それだ。ASTとやらの考えも分かったしな。だから奴らが私を狙う理由も分かった。私はこの世界に現れる度にこんな美しいものを壊していた」

 

 そう言う十香の表情はとても悲痛なものに戻っていた。

 その表情を見た士道は、呼吸が上手くできなくて胸が締め付けられる。

 

「シドー、やはり私はいない方がいいなーー」

 

 言ってーー十香が笑う。

 まるで死期を悟った病人のような、そうでなければ解脱者のような穏やかな笑顔だった。

 だが士道はそんなことを認めない、認められるはずがない。

 

「そんな……こと……ない」

 

 だから士道は叫ぶ。

 

「だって……今日は空間震が起きなかったじゃないか! きっといつもと何か違いがあるはずだろ!」

 

 しかし十香は首を横に振った。

 

「例え、その方法が分かっても、不定期に存在がこちらに固着するのは止められない。限界の回数は減らないだろう」

「なら……戻らなきゃいいだろう!」

 

 士道が叫ぶと十香は目を見開いた。

 

「そんなことーーーー可能のはず……」

「試したのか!? 一度でも!」

「で、でもあれだぞ。私は知らないことが多いぞ」

「そんなもん、俺が教えてやる。それだけじゃない。ハルトみたいな奴だってたくさんいるんだ」

「寝床や食べるものだって必要になる」

「それも……どうにかする!」

「予想外のこともあるかもしれない」

「そんなもん、起きた時に考えろ!」

 

 十香はしばらく黙り込むと、小さく唇を開いた。

 

「……本当に、私は生きていいのか?」

「ああ、もちろんだーー!」

 

 叫んで、十香に向かってバッと手を伸ばす。十香の肩が小さく震える。

 

「ーーーー握れ! 今はそれだけでいい……!」

 

 十香は顔を俯かせ、数瞬の間思案するように沈黙したあと、ゆっくりと顔を上げ、そろそろと手を伸ばしてきた。

 

「シドー……!」

 

 と士道と十香の手と手が触れ合おうとした瞬間。

 

「ーーーー」

 

 士道は、ピクリと指先を動かした。突然とてつもない寒気を感じた。ざらざらの舌で全身を舐められるような、嫌な感触。

 

「十香!」

 

 無意識のうちに十香の名を呼び、咄嗟に突き飛ばした。

 

「あーーーー」

 

 士道の胸と腹の間に凄まじい衝撃が襲ってきた。

 

「な、何をする」

 

 十香の非難の声をあげるが、士道の耳には届かなかった。

 

          

 

 




うへぇ、疲れた。
前書きにも書きましたが、体調の都合でこれからは二日に一話投稿になると思います。
せっかく皆様に楽しんでもらっているのに、こんな自分で申し訳ない。
話はここまでです。
それでは次回、また会いましょう


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暴虐の王……そして

今回特に言うこなし


 

「シドー?」

 

 名を呼ぶが返事はない。

 それもそうだ。士道の胸には、巨大な風穴が空いていたのだ。

 

「シー、ドー」

 

 十香は膝を折り、士道の頰をつつくが反応がない。

 

「ぅ、ぁ、あ、あーーーー」

 

 数秒の後、理解が追いつく。

 この焦げ臭い匂いには覚えがあった。いつも十香を殺そうとしてきたASTのものだ。

 

「ーーーーやはりダメだった」

 

 十香は、この世界で生きられるかもしれないと思った。

 もしかしたら士道が居てくれれば、とても難しいかもしれないが、なんとかなるかもしれない。

 そう思っていた。

 だがーーーーやはりダメだった。

 世界はーーーー十香を否定した。それも最も最悪な方法で。

 

<神威霊装・十番>(アドナイ・メレク)!」

 

 瞬間。世界が悲鳴をあげた。

 世界が歪み、十香の体に絡みつき、荘厳なる鎧の形となる。

 

「ああ」

 

 喉を震わせる。

 

「ああああああああーー!」

 

 十香は叫んだ。天が響くように、地を轟かせるように。

 

「よくも……よくもよくも、よくもよくもよくもよくもよくもよくも!!」

 

 瞬きほどの間もおかず、十香は今しがた見ていた高台を移動していた。

 目前には無味な表情をした少女ーーーー折紙がいる。

 その顔を見ると、できるだけ抑えていた感情を溢れ出し、吠えた。

 

<鏖殺公>(サンダルフォン)ーー最後の剣(ハルヴァンへレヴ)!」

 

 それは巨大な剣だった。十メートルを軽く超えている巨大な剣だった。

 

「ーー嗚呼、嗚呼。貴様だな、我が友を、我が親友を、シドーを殺したのはお前だな」

 

 十香は淀んだ瞳で少女を見下ろしながら、()()に狂う。

 

「殺して(ころ)して(ころ)し尽くす……! 死んで()んで()に尽くせ」

 

 

                ◇

 

「司令……ッ!」

 

「分かってるわよ。ハルト、出番よーー」

 

「ね、ねえ、琴里」

 

「何かしら」

 

 琴里は呆然とした様子で、視線をハルトに向ける。

 モニタには胸がポッカリと風穴が空いた士道と、激怒した十香が暴れまわっていた。

 

「今……士道は……撃たれたんだよね?」

 

「そうね。ま、ちょっと優雅さが足りないけど、騎士(ナイト)としては及第点かしらね。今のでお姫様がやられてたら目も当てられなかったわ」

 

 

 琴里のさほど深刻でない調子の言葉にハルトは怒りを露わにする。

 

「なにを……なにを言っているんだよ!?」

 

 ハルトは琴里の元へと歩み寄り、抗議する。

 

「何が優雅さがないだよ。何が騎士(ナイト)としては及第点なんだよ。義理とはいえ、大切な家族だろう!?」

 

「ハルトくんッ!」

 

 神無月は声を上げて、ハルトを制止する。

 

「司令だって、士道くんを失って悲しくないわけーーーーオッフ!」

 

 神無月は擁護している途中で、その本人に弁慶の泣き所を蹴られた。

 そして今の今まで黙っていた琴里は、ハルトを制するように言う。

 

「落ち着きなさい。あんたの言い分もわかるけど、士道はこれで終わりなわけがないでしょう」

「え?」

「しッ、司令!あれは.......!」

 

 と、艦橋下段の部下が、画面左側にあるーーーー公園が映っているものをみながら、驚愕に満ちた声を発してきた。

 

「ーー来たわね」

「なっ……!?」 

 

 画面に映っているものに、ハルトは驚愕を露わにする。

 先ほどまで、なんともなかった士道の体から炎が発生し、胸の風穴を埋めてゆく。

 数秒のうちに炎が消滅し、士道の人差し指がピクリと動いた。

 

『ぶぁっちっ!? ってあれ?』

 

 と画面の士道がガバッと跳ね起き、少しだけ残った炎を慌てて払い消した。

 

「一体……どう言うことだ?」

「言ったでしょ。士道は一回ぐらい死んだって、すぐにニューゲームできるって……事情は今度説明してあげるから、あなたはお姫様を少しの間、エスコートしてきなさい」

「わ、わかった」

 

 まだ半分も状況を理解できていない様子だったが、急いで艦橋を出る。

  

「急いで士道を回収しなさい。彼女を止められるのはーーーー士道だけよ」

 

 

「死ねぇ! 死ねぇ! 死ねぇ死ねぇ死ねぇ!」

 

 十香は折紙に向けて斬撃を放ち、その度に凄まじい爆音と衝撃波を撒き散らしていた。

 

「よくもよくもよくもよくもーーーー!」

 

 彼女は目にいっぱいの涙をため、目の前にいる怨敵(折紙)をだけを殺すためにがむしゃらに振るった。

 折紙は随意領域(テリトリー)を展開していたが、十香にとっては些細なことだ。

 十香の一薙ぎでついに随意領域は破壊され、折紙の体は大きく吹き飛ばされた。

 そして十香はゆっくりと剣を振り上げ、 

 

「ーーーー終われ」

 

 冷たく言うと大剣を振るった。

 だが、その渾身の一撃は折紙に当たることはなかった。

 なぜなら二人の間に割って入った存在ーーーー紅蓮の鎧が右手から赤い残光発生させ、十香の一撃を弾いたからだ。

 

「ッーーお前は誰だ!」

「……僕だよ、十香」

 

 十香の問いかけに答えた紅蓮の鎧から発せられたのは、聞いたことある声だったからだ。

 

「その声……ハルト……ハルトなのか!?」

「ああ、そうだよ。十香、こんなことはやめてくれ。士道だってこんなこと求めてない」

「そうかもしれない……だけど、だけどだ。その女はシドーを……このまま私の前に立つなら、お前であっても容赦はーーーー」

「本当にそう思っているのか!」

 

 十香の言葉を遮り、ハルトは言う。

 

「どういうことだ?」

「どんなに非力だったとしても、一生懸命、君を救おうとした男があんな簡単に死ぬもんか!」

 

 十香には意味が分からなかった。

 十香はあの時、確かに士道が死んだことを見た。

 なのにハルトは、()()()()()()()()()()()ようなことを言っているのだろう。

 

「だが現に士道は……」

「アイツはまだーーーー諦めていない」

 

 その時。

 

「十ぉぉぉぉぉぉぉ香ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「シードー……?」

 

 十香はあまりの出来事に、理解できていない様子で答えた。

 そして空に立つ十香の助力を得るような格好で、その場にとどまる。

 

「よ、よう……十香」

「シドー……ほ、本物なのか」

「ああ、多分」

 

 士道が言うと、十香は唇を震わせた。

 

「シドー、シドー、シドー……ッ」

 

 感動の再会。

 その様子を少し下で見ていたハルトだったが、すぐに異変に気付いた。

 十香の振りかぶったままの大剣が、まばゆい光を放ち始めたのだ。

 

「なーーなんだこりゃ……!」

 

 やっと異変に気付いた士道は言う。

 

「……しまった! 最後の剣(ハルヴァンへレヴ)の制御を誤った。どこかに放出するしかない……!」

「どこって、どこに……!」

 

 士道の問いに、十香は黙って下を見た。

 

「十香、それだけはダメだ」

「で、ではどうしろと言うのだ。もう臨界状態なのだぞ」

「……っ、それは……」

 

 士道が代案を考えていると、上昇してきたハルトが話しかける。

 

「士道、琴里から教えられた方法をやるんだ!」

「……ッ!」

「士道、時間がないんだ。やり方はわからないけど、急がないとまずいことになる」

 

 ハルトが急かされ、士道は腹を決めた。

 

「十香! 俺と……キスをしよう!」

「何ーー!?」

「い、いいや、忘れてくれ。他の方法をーーーー」

「キスとはなんだ!?」

「は……!?」

「早く教えろ!」

「そ、それは……唇と唇を合わせーーーー」

 

 と、士道の言葉の途中で。

 十香が何の躊躇いもなく、桜色の唇を、士道の唇に押し付けてきた。

 

「ーーーーーーーーー!?」

 

 力一杯に目を見開き、声にならない声を上げる。だって十香の唇が、柔らかくてしっとりとしてて十香が昼間に食べていたパフェの味がした。

 すると、十香が纏っていたドレスのインナーやスカートを構成する光の膜が、弾けるように消失した。

 そして緩やかに落ちていった。

 

「ぷは……!」

 

 息継ぎをするように、十香との唇を離した。慌てて胸元を起こす。

 

「ち、ちちちち違うんだ十香、俺はーーーー」

「み、見るな、馬鹿者ーーーー!」

「す、すまん……!」

 

 裸になった十香がぴたりと、身体を触れあわせている。

 

「……これで見えまい」

「っ、あ、ああ……」

 

 本当にこれでいいのだろうか、と思ったが、身動きを取れず、そのまま固まる。

 

「……シドー」

 

 十香は消え入りそうな声を発してきた。

 

「また、デェトに誘ってくれるか……?」

「そんなもん、いつだって連れていってやる」

 

 士道は強く首肯した。

 そして少し離れた所でハルトは、静かにヴァルヴレイヴを解除しその場を去った。

 

 

 

 

  

 

 

 



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デートのあとしまつ

「ーーーー以上です」

 

 司令たる琴里しか立ち入ることの許されない〈フラクシナス〉特別通信室。

 その薄暗い部屋の中心に設けられた円卓につきながら、琴里はそう言って報告を締めくくった。

 円卓には、琴里を含めて五人分の息づかいが感じられた。

 だが───実際に〈フラクシナス〉にいるのは琴里のみである。後のメンバーは、円卓の上に設けられたスピーカーを通してこの会議に参加していた。

 

『・・・彼の力は本物だったというわけか』

 

 少しくぐもった声を発したのは、琴里の右手に座ったブサイクな猫のぬいぐるみだった。

 正しくはぬいぐるみのすぐ前にあるスピーカーから声が発せられているのだが、琴里から見ればブサイクな猫が喋っているようにしか見えない。

 

「だから言ったでしょう。士道とハルトなら出来ると」

 

『ーーーー君の説明だけでは、信憑性が足りなかったのだよ。何しろ自己蘇生能力に精霊の力を吸収する能力、そして我々<ラタトスク>が顕現装置(リアライザ)を利用しても、解析すら受けつかなかったヴァルヴレイヴを操る少年……にわかに信じられん』

 

 琴里は肩をすくめた。

 まあ、仕方のないことだろう。様々な観測装置を使って、士道の特異性を確かめるに要した時間はーーーーおよそ五年。

 そしてハルトがヴァルヴレイヴを操れる理由だって、最近知ったのだから。

 

『それで、精霊の状態は?』

 

 続いて声を発したのは、ブサ猫の隣に座った、間抜け極まるデザインのブルドッグだった。

 

 「〈フラクシナス〉に収容後、経過を見ていますが───非常に安定しています。空間震や軋みも観測されてません。どの程度力が残っているかは調べてみないとわかりませんが、少なくとも、『いるだけで世界を殺す』とは言い難いレベルかと」

 

 琴里はそう言うと、円卓の四体のぬいぐるみの内、三体が一斉に息を詰まらせる。

 

『では、少なくとも現段階では、精霊がこの世界に存在していても問題ないと?』

 

 明らかに色めき立った様子で、ブサ猫が声を上げる。

 琴里は視線に嫌悪感を滲ませながらも口調は穏やかに「ええ」と答えた。

 

「それどころか、自力では隣界にロストすることすら困難でしょう」

 

『───では、彼の様態はどうなんだね。それほどまでに精霊の力を吸収したのだ。何か異常は起こっていないのかな?』

 

 今度はネズミが問うてくる。

 

「現段階では異常は見られません。()()()()()()()()()

『なんと。世界を殺す災厄だぞ? その力を身に封じて、何も異常が起こらないというのか』

 

 犬のぬいぐるみはそう言ってくる。

 

『問題が起こらないと踏んだから、彼の使用を承認したのでしょう?」

『五河士道といい、時縞ハルトといい、彼らは一体何者なのだ? これではまるで精霊ではないか』

 

 ぬいぐるみの顔だけでなく、本当に、馬鹿だ。琴里は内心で嘆息しながらも律儀に口を開いた。

 

「ーーーー蘇生能力については、以前に説明した通りです。吸収能力や、ヴァルヴレイヴについては現在調査中です』

 

 琴里がそう言うと、しばしぬいぐるみたちは黙った。

 そして数秒のあと、今まで一言も喋っていなかった、クルミを抱えたリスのぬいぐるみが、静かに声を発した。

 

『ーーーーとにかく、ご苦労だったね、五河司令。素晴らしい成果だ。ヴァルヴレイヴについて調べてみるよ。これからも期待しているよ』

「はっ」

 

 琴里は初めて姿勢を正し、手を胸に置いた。

 

                    ◇

 

「…………ふはあ」

 

 あの一件から土日を挟み、月曜日。

 復興部隊の手によって完璧に復元された校舎には、もう相当の数の生徒が集まっている。

 士道はぼうっと天井を眺めていた。

 ーーーーあの日。

 あれからすぐに気を失った士道が目を覚ますと、またも<フラクシナス>の医務室に担ぎ込まれていた。

 施設で入念なメディカルチェックを受けさせられたのだがーーーーそれ以降十香の姿を見ていない。

 

「十香のことを考えていたの?」

 

 不意に考えていることを当てられた士道は、ビクッと体を震わせた。

 

「なんで分かったんだ?」

「だって、そんな顔をしてたんだもん。……それにあんなことがあったら、誰だって君と同じことを考えるよ」

「……そうか」

 

 と、そこで教室のスライド式のドアがガラガラと鳴った。

 ーーーーそして一瞬教室がざわついた。

 なぜなら鳶一折紙が額やら手足やら包帯を巻いて登校してきたからである。

 その様子にハルトと士道は息を詰まらせた。

 

「…………」

 

 折紙はクラスの注目を一身に受けながら、士道の元へ歩み寄る。

 

「お、おう、鳶一。無事で何よりーー」

 

 気まずげに言った瞬間、彼女は士道に深々と頭を下げていることに気づいた。

 

「と、鳶一……!?」

「ーーごめんなさい。謝って済む問題ではないけれど」

 

 のちに聞いた話によると、士道を貫いたあの一撃は鳶一が放ったものらしい。

 

「な……五河、お前鳶一に何かをしたのか……?」

「しとらんわ! してたら俺が謝るだろうが! それと鳶一、とりあえず頭を上げてくれ」

 

 士道が言うと、折紙は素直に姿勢を戻した。

 そして次の瞬間、士道のネクタイが根元から引っ張られる。

 

『ぃーーーーっ!?」

 

 折紙は相変わらず無表情で、顔を近づけていた。

 

「だけど、浮気はダメ」

「……は?」

 

 士道をはじめ、折紙のの挙動に注目していたクラスの面々の目が点になる。

 それに合わせるように、ホームルームのチャイムが鳴り、同時に救いの女神が現れる。

 

「はーい、皆さーん。ホームルーム始めますよー」

 

 扉を開け、タマちゃん教諭が入ってきたのである。

 

「……鳶一さん、何をしているんですかかぁ?」

「…………」

 

 折紙は無言のまま、握っていたネクタイに手を離し、自分の席に戻っていた。

 とはいえ、そこは隣の席だった。安堵の息も吐けない。

 

「は、はい、皆さん席に着きましたね?」

 

 教室の不穏の空気を感じとってか、珠恵がやたら元気な声で言う。

 次いでに思い出したかのように手を打ち、うんうんと頷いた。

 

「そうそう、今日は出席を取る前にサプラーイズがあるの! ーー入ってきて!」

 

「ん」

 

 と応えるようにして教室に入った。

 

「な……」

「え……」

「ーーーー」

 

 士道、ハルト、折紙の驚愕とともに。

 

「ーーーー今日から厄介になる、夜刀神十香だ。皆、よろしく頼む」

 

 高校の制服を着た十香が、とてもいい笑顔をしながら自己紹介にしたのだった。




やっと……十香デットエンドが完結しました!
途中、ぐだったりしましたけど、無事に完結できて良かったです。
次回からの四乃パペット編も頑張っていきたいと思います。
それではまた次回〜


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四乃パペット
新しい日常


 

「シドー! クッキィというのを焼いたぞ」

 

 十香は食い気味に手にした容器を、ずいっと士道に差し出してくる。

 その様子に気圧されるように、士道は身を反らしながら言った。

 

「十香……」

 

「うむ、なんだ!?」

 

「い、いや……なんでもない」

 

 本当は何か言おうとしたが、十香の笑顔によって何も言えなくなってしまった。

 その様子に右斜め前に座るハルトが、今まで見たこともないニヤニヤとした表情で見ていた。

 見ている暇があるなら、手助けしてほしい。 

 

「そんなことよりも、シドー。これを見てくれ!」

 

「これは……」

 

 そこには形が歪であったり、焦げていたりしているものの、クッキーと呼べる代物であった。

 

「うむ、みんなに教えてもらいながら、私がこねたのだ。食べてみてくれ」

 

「…………」

 

 士道は言い知れぬ悪寒が背筋を通った。

 十香のクッキーがどうこうではない。

 ハルトを除いたクラスの男子達の怨嗟の目線が注がれたのである。

 

「? どうしたシドー、食べないのか?」

 

「え、いや、その……」

 

「むう……そうか、シドーの方が料理が上手いからな」

 

「! そういうわけではなくって。いただくよ」

 

 士道は胃を決すると、容器からクッキーの一枚を取った。

 そしてそれを口に運ーー

 

「!?」

 

 廊下から飛んできた銀色の弾丸のようなものが、クッキーを粉々に砕く。

 

「な、なんだ!?」

 

 それに視線を向け正体を確かめると、フォークが壁に突き刺さっていた。

 

「ぬ、誰だ! 危ないではないか」

 

 十香は叫ぶと、廊下に視線を向ける。

 士道もそれにつられるように視線を向けると、右手をまっすぐ伸ばした折紙が立っていた。

 

「と、鳶一?」

 

「ぬ」

 

 士道は額に汗を浮かべ、十香は眉を寄せていた。

 

「夜刀神十香のそれを口に必要はない。食べるならこれを」

 

 そこには、工場のラインで製造されたかのごとく、完璧に規格の統一されたクッキーが綺麗に並んでいた。

 

「え、ええと」

 

「邪魔をするな!シドーは私のクッキィを食べるのだ!」

 

 士道がどう反応すればいいか分からず、十香がぷんすか!といった調子で声を上げた。

 しかし折紙は微塵も怯まず、それどころか表情をぴくりとも動かさず、のどを震わせる。

 

「邪魔なのはあなた。すぐに立ち去るべき」

 

「何を言うか!あとから来ておいて偉そうに!」

 

「順番は関係ない。あなたのクッキーを彼に摂取させるわけにはいかない」

 

「な、なんだと!?」

 

「あなたは手洗いが不十分だった。加えて調理中、舞い上がった小麦粉にむせ、くしゃみを三度もしている。これは非常に不衛生」

 

「な……っ」

 

 虚を突かれたように、十香が目を丸くする。

 士道は二人の争いを止める訳でもなく、周りを見渡すと、先程の折紙の言葉で周囲の男子生徒たちが、騒ぎ始める。

 しかし十香はそんなことに気付く様子もなく、ぐぬぬ・・・と拳を握りしめる。

 

「し、シドーは強いからそれくらい大丈夫なのだ!」

 

「因果関係が不明瞭。───それに、あなたは材料の分量を間違えていた。レシピ通りの仕上がりになっているとは思えない」

 

「……っ!?」

 

 折紙が言うと、十香は眉をひそめ、自分と折紙のクッキーを交互に見た。

 

「う、うるさいっ!貴様のクッキィなぞ、美味いはずがあるかっ!」

 

 十香はそう叫び、目にもとまらぬスピードで、折紙の容器からクッキーを一枚かすめ取ると、自分の口に放り込んだ。

 そしてサクサクと咀嚼しーー

 

 

 

「ふぁ……」

 

 頬を桜色に染め、恍惚とした表情を作った。どうやら、旨かったらしい。

 しかし十香はすぐにハッとした様子で首を横にブンブンと振った。

 

 

「ふ、ふん、大したことはないな! これなら私の方が美味いぞ!」

 

「そんなことはあり得ない。潔く負けを認めるべき」

 

「お、落ち着けよ。二人とも」

 

「そ、そうだよ。どっちもきっと美味しいよ」

 

 不穏な空気を感じてか、ハルトも割って入る。

 だがそんなものを寄せ付けぬかのように、折紙と十香はクッキーの容器を差し出した。

 

「シドー、どっちのクッキィを食べたいのだ?」

 

「え?」

 

 士道は間の抜けた声を出す。

 

「さあ、シドー」

 

「…………」

 

 十香と折紙の刺すような眼光に、士道は顔中にぶわっと汗を滲ませる。

 どうしたものか、頭を悩ませていると。

 

「五河士道」

 

 不意に士道を呼ぶ声が聞こえ、三人は一斉に視線を向ける。

 そこには銀髪の少年が、一枚のプリント手にし立っていた。

 

「よ、よう、エルエルフ。どうかしたか」

 

「なに、このプリントを珠恵先生に渡してきてくれ」

 

 士道は一瞬疑問符を浮かべるが、すぐにエルエルフの意図を察した。

 

「あ、ああ……わかった。というわけだから、二人ともごめん。後でちゃんと食べるから」

 

「むう、わかった。気を付けてな」

 

「……」

 

 二人の反応を見た士道は廊下に出て、珠恵先生がいるだろう職員室に早歩きで向かった。

 

 

 

 

 その様子を見る二人の少年がいた。

 片方は士道より一歳年上ぐらいであり、若干大人びていた。

 そしてもう片方は、オレンジがかった髪と目つきが悪いのが特徴的だった。

 その風貌は今時、珍しいヤンキーを思わせるものであった。

 

「アイツがハルトの()()()()での友達か。いい奴そうだな」

 

「ああ? ただのヒョロガリじゃねえか。本当にあの爺さんが言ったみたいに、アイツが精霊っていう化け物を惚れさせたのか? 信じられねえな」

 

「まあ、いいじゃないか。俺たちは來るときまで待とうぜ。問題行動だけは起こすなよ」

 

「わ、分かってるよ」

 

「そうか……じゃあ、とりあえず購買で何か買って行こうぜ」

 

「おう! 俺、あのドリアンパンってやつが気になってたんだよ!」

 

 そんな談話をしながら、二人もその場を去った。

 

 

 

 

 

 




ああ、ハルト君が普通の日常をしている……涙が出てくる。
でもニヤニヤの表現はダメだったかな。僕のイメージ的には微笑ぐらいなんすけどね。
それとエルエルフ君、ナイスタイミング。
最後に出てきた二人の少年は誰なんだろうか。
とにかく、今回から四乃編です。
ここからヴァルヴレイヴの要素もマシマシにしますよ。
今後に期待を持っててください。



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雨と兎とパペット

やっふー作者だよーん。
今回も頑張ったよ。
楽しんでねー!!

※コーヒーで決まっているだけなので、心配しないください


「……はあー……」

 

 士道は大きなため息をつきながら、おじいちゃんのような足取りで進んでいく。

 顔には疲労に染まり、目にかかるぐらいの髪にもこころなしか艶がない。

 

「……はぁ」

 

 溜息をもう一つ。

 

「最近、溜息が多いね。アイスでも奢ろうか」

 

「いや、いいよ……気にするな」

 

 そこで隣のハルトが、士道のことを心配する。

 だがそれは無理もないだろう。

 十香と折紙はあの後も喧嘩をし、それを見つけた士道が止めに入るというのを何度もしていたのである。

 しかも、そんなバトルは今日に始まった話ではない。

 先月十香が、士道の通う学校に転入してきてからというもの、毎日のように二人の小競り合いは続いていたのだ。

 ーーだが、それがただの口喧嘩であれば、士道は止めやしないだろう。

 

「……」

 

 士道は先月目にした十香と折紙の姿を思い起こす。

 片や、世界を殺す災厄と呼ばれる『精霊』。

 片や、陸上自衛隊・対精霊部隊の魔術師とかいうわからない集団。

 そんな二人の間に、一々割って入る自分の気にもなって欲しい所だ。

 

「……ったく、あの二人、もう少し仲良くできねえのかよ」

 

 言ってから、士道は後頭部をかいた。

 だが……流石にこれが続くようでは士道の体力が保たない。

 士道は今まで一番大きな溜息を吐こうとしーー。

 

「ん?」

 

 不意に顔を上げた。

 突然、ポツン、と首筋に冷たいものが垂れてきたのような気がしたのだ。

 

「うわ……雨かよ。おいおい、天気予報では晴れって言ってたじゃねえか」

 

「本当にね。とにかく急ごう」

 

 二人は、最近的中率の低い気象予報に恨み言を呟く。

 慌てて、小走りで家へと急ぐ。

 しかし、雨はみるみるうちに激しさを増していった。

 

「おいおい、マジか……」

 

 士道にとっては、服が貼りついて気持ち悪いとか、風を引いたら嫌だなという思考より先に制服が明日まで乾くかという思考のほうが先に来た。

 できるだけ濡れぬように、無駄な努力をしながら、自宅への道を走る。

 だが、丁字路を右に曲がったところで。 

 

「あ……?」「え……?」

 

 ふと、前方より気になるものが現れた。

 

「女ーーの子……?」

 

 士道の唇は、そんな言葉を紡いでいた。

 そう、それは少女だった。

 目の前に現れたのは可愛らしい意匠の施された外套に身を包んだ、小柄な影。

 顔は窺えない。というのも、ウサギの耳のような飾りのついた大きなフードが、顔をすっぽりと覆い隠していたからだ。

 そしてもっとも特徴的なのは、その左手だ。

 いやにコミカルなウサギ形のパペットが装着されていた。

 そんな少女が、楽しげにぴょんぴょんと飛び跳ね回っていた。

 

「…………」

 

 士道は眉をひそめて、その少女を凝視した。

 頭の中を、疑問符が通り抜ける。

 なぜ傘をささずに、雨の中を跳ねているのかとか、ちゃちなものではない。

 それよりも自分はなぜーーーーあの女の子に目を奪われるのだろうか。

 不思議な感覚。前にも、しかもつい最近どこかで感じたことがある気がしてならない。

 

 

「ねえ、士道」

 

「なんだ……?」

 

 ハルトは逡巡の迷いの後、恐る恐る言った。

 

「あの娘……僕には普通の女の子には見えないんだけど……こう、雰囲気が十香に似ているというか……」

 

「……!?」

 

 ハルトの言葉に士道は息を詰まらせ、改めて少女に視線を向ける。

 確かに……この感覚はハルトの言う通り十香ーーーーつまり精霊に似ている。

 だが精霊の力は士道が封印したはずーーーー。

 もう雨の冷たさも、濡れた衣服のことも気にならなくなっていた。

 ただ、冷たい雨垂れのカーテンの中、軽やかに踊る少女に目を釘付けにされーーーー。

 

 ーーーーずるべったぁぁぁぁぁぁぁんッ!

 

「「……は?」」

 

 一瞬、何が起きたかわからなかった。

 だが脳が徐々に理解をした。

 ……盛大にこけた。

 

「……お、おい!」

 

 士道は慌てて駆け寄ると、その小さな身体を抱き抱えるように仰向けにしてやった。

 

「だ、大丈夫か、おいーー」

 

 そこで初めて少女の貌かおを見取ることができた。年の頃は士道たちの妹・琴里と同じくらいだろうか。ふわふわの髪は海のような青。柔らかそうな唇は桜色。まるでフランス人形のように綺麗な少女だった。

 と、そこで少女が蒼玉サファイアのような瞳を見開く。

 

「あぁ……よかった。ーー怪我はないか?」

 

 士道が少女に問うと、彼女は顔を真っ青に染めて目の焦点をぐらぐら揺らし、士道の手から逃れるようにぴょんと跳び上がった。そして距離を取ると、全身を小刻みに震わせ、士道を怖がるような視線を送ってくる。

 

「……ええと、そ、そのだな。俺はーーーー」

 

「……! こ、ない、で、……ください……っ」

 

「え?」

 

「いたく、しないで……ください……」

 

 少女は怯えた様子で言ってくる。士道が自分に危害を加えるように見えるのだろうか、その様は、まるで震える小動物のようだった。

 

「ええと……」

 

 士道は対応に困っていると、視界の端に何かの影が映る。

 瞳を動かすと、ハルトがパペットを持っていた。

 先程、少女の手から抜け落ちてしまったのだろう。

 

「これ、君のでしょ」

 

 ハルトは優しく話しかけながら、パペットを少女に差し出す。

 

「……!」

 

 少女は目を大きく見開き、少し近づくのを躊躇うが、士道に近づき、パペットを奪い取り、それを左手に装着する。

 すると突如、少女はパペットの口をパクパクと動かした。

 

『やっはー、悪いねおにーさん達。たーすかったよ』

 

 腹話術だろうか、ウサギは妙に甲高い声を発していく。

 そしてハルトの方へと向けると、ウサギのパペットが言葉を続ける。

 

『ーーんで、そっち茶髪のおにーさんさ、起こしたときに、よしのんのいろんなトコ触ってくれちゃったみたいだけど、どーだったん? 正直、どーだったん?』

 

「えぇ……?」

 

 パペットの言っている意味が分からずハルトはそう呟くが、そのパペットは笑いを表現するかのようにカラカラと身体を揺らした。

 

『またまたぁー、とぼけちゃってこのラッキースケベぇ。……まぁ、一応は助け起こしてくれたわけだし、特別にサービスしといてア・ゲ・ルんっ』

 

「は、はあ……」

 

「あ、ああ、そう」

 

 ハルトは苦笑しながら、パペットが言ってくるのに返す。

 

『ぅんじゃねえ。名前も知らないお二人さん』

 

「あーーおい」

 

 士道は声をかけるも、少女は反応を示さず、そのまま曲がり角を曲がり姿が見えなくなってしまった。

 

「なんだったんだ……アイツ」

 

「ねえ……士道。アレってセクハラに入るのかな?」

 

「……違うんじゃないかな」

 

 




はい。第二話です。
少しグダリましたね。すいません。
でも精霊との出会いはしっかり書きたいんですよね〜。
だから次回からは、もう少しサクサク進められればいいですね〜。



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一つ屋根の下

投稿。


 

 雨に当たりながら数分、二人はなんとか自宅に辿り着いた。 

 

「「ただいま」」

 

 返答はない。

 ただしテレビの音が聞こえるため、おそらく琴里はリビングにいるだろう。

 

「風呂、先に使っていいよ」

 

「ああ、そうさせてもらうよ」 

 

 雨でぐっしょりとした靴と靴下を脱ぎ、ペタペタと音を立てながら廊下を歩く。

 そして脱衣場の扉を慣れた調子で開ける。

 

「ーーーーッ!?」

 

 瞬間、士道は身を凍らせた。

 ーー脱衣所に、ここにいるはずがない少女がいたからである。

 

「と、十香……?」

 

 呆然と呟く。

 そこでようやく、十香が肩をビクッと震わせ、顔をこちらを向ける。

 

「なッ……し、シドー……!」

 

「! あ、ち、違うんだ……これはーーーー」

 

「いっ、いいから出て行け!」

 

「ぐぇふぅ!」

 

 見事なストレートを叩き込まれ、後方によろめき倒れる。

 間髪入れずに、ぴしゃんと脱衣所の扉を閉める。

 

「けほっ、けほっ、あんにゃろ、本気で殴りやがって……」

 

「あの士道? 十香が本気で殴ったら、それどころじゃないと思うよ」

 

 はたからその様子を見ていたハルトが、半眼を士道に向けながら言う。

 確かに言われてみれば、いくら力を封印されているとはいえ、精霊の十香が本気で殴ったら今士道は上下が着脱式になっているだろう。

 と、脱衣所の扉が少し開かれ、頰を真っ赤にした十香が顔を覗かせていた。

 

「……見たのか、シドー」

 

 ジトーと見てくる十香に対して、士道はブンブンと首を横に振る。

 一応はそれで納得したのか、十香は「むう」と唸りながら扉を開ける。

 流石に服は着ていた。

 

「なんで十香がいるの?」

 

「そ、そうだよ。<フラクシナス>にいるんじゃ」

 

 ハルトと士道の反応に、十香は眉を顰める。

 

「なに? 妹から聞いていないのか? なにやら訓練だとかで、しばらくここに厄介に慣れと言われたのだ」

 

「「ーーーー!?」」

 

 二人は驚き、急いでリビングの方に向かう。

 

「琴里ィ!」

 

「これは一体どういうこと!?」

 

 まるで打ち合わせたかのように、二人は叫ぶ。

 

「おー? おにーちゃん、おかえりー」

 

「おう、ただいまじゃなくて! なんで十香がいるんだよ」

 

 思わず普通に返答してしまうが、士道は首を横に往復をする。

 

「お前が十香に連れてきたのか……!?」

 

「落ち着け、五河士道。コーヒーでも飲め」

 

「お、おう、ありがとう……もう少し砂糖を入れてくれないかーーーーってエルエルフ!? それに令音さんも……」

 

 そこにはコーヒーを差し出すエルエルフと大量の砂糖を入れる令音

 

「……すまない。砂糖を使いすぎたかね……」

 

「ああ、大丈夫ですよ。まだ棚にスペアがあったと思うので、後で僕は詰めときます」

 

「いや、そうじゃなくて!」

 

 たまらず叫んだ。

 

 

                 ◇

 

「で? 一体どういうことった?」

 

 部屋着に着替えた士道は、テーブルの向かいに座る令音、琴里、エルエルフに視線を向ける。

 今四人が居るのは、琴里の部屋だ。

 ちなみに十香は今、アニメの再放送に夢中になっている。その際にハルトを生贄に捧げたのでしばらくは大丈夫だろう。

 

「んーとね。今日からしばらくの間、十香がうちに住むことになったのだ」

 

「だから、なんでそうなったんだって聞いているんだあぁぁぁぁぁ!」

 

「落ち着け、五河士道。ちゃんと説明する。だから落ち着け……わかったか」

 

「お、おお」

 

 エルエルフのなんともいえない威圧感に気圧されてしまう。

 エルエルフが目配せをすると、令音が頷き口を開いた。

 

「理由は大きく二つある。……一つは十香のアフターケアのためだ」

 

「アフターケア?」

 

「彼女は君との口づけによって精霊としての力は封印された。……今、シンと十香の間には、目に見えない経路つまりパスのようなものが通っている状態なんだ」

 

「パス?」

 

「……簡単に言うと、十香の精神状態が不安定になると、君の身体に封印してある力が、逆流してしまう恐れがあるということさ」

 

「なッ……」

 

 封印された十香の力が逆流した場合それはつまりあの強大なる力をまた彼女が有してしまうということだろう。

 

「……つまり夜刀神十香はお前といるときが最も数値が安定している」

 

「は、はあ……」

 

「……と、いうわけで、精霊用の特殊住宅ができるまでの間、十香をこの家に住まわせることになったんだ」

 

「二つ目の理由だけど、これはあんたたち二人の訓練でもあるわ」

 

 リボンを白から黒に変えた琴里が発する。

 

「待ってくれ、訓練ってまだやんのか? 十香の力は士道が封印して……」

 

「精霊が一人だと、誰が言った」

 

 エルエルフの言葉に士道は思考が一瞬固まる。

 

「……エルエルフの言う通り。空間震を起こす特殊災害指定生物ーー通称・精霊は、十香だけではない。十香の他に数種が確認されている」 

 

「なっーー!?」

 

 士道は心臓が引き絞られるのを感じた。

 

「……シン、君には今後も精霊との会話役を任せたい」

 

「……っ、そんなの嫌に決まっているだろ」

 

「ふうん? 嫌なの?ハルトは戦うみたいだけどね」

 

「は? それはどう言うーー」

 

「実はね、ハルトにこの事を話しているのよ。それで快く了承したわ。『僕に手伝わせてくれ』ってね。もし士道が嫌だと言うのなら止めないわ。だけどその場合、空間震によって世界がボロボロになっていくのを黙って眺めるかーーそれとも、精霊がASTに殺されるのを待つか。はたまたハルトにずっと頼り切るか。どれになるでしょうかね」

 

「……ッ!」

 

 別に失念したわけではない。

 だが改めてその事実を言われると、心が痛む。

 士道だって中身は普通の高校生だ。もうあんな思いはしたくない。

 だけれどその心の中には、精霊を救いたいと思っている自分もいることも気づいている。

 

「ーー琴里。もう少しだけ時間をくれないか」

 

「ま、今はそれでいいわ。それじゃ令音、一応訓練は進めてーーーー」

 

 琴里が令音に指示を出そうとした時、

 

 ーーブーブー! 

 

 とサイレンのような音が、士道以外の全員のスマホから一斉に鳴る。

 

「なっ、なにがーーーー」

 

 士道が言い切る前にエルエルフは、部屋を出てリビングに向かう。

 士道達もエルエルフの後に続くように、リビングに入ろうとした時、

 

「おい! ハルト、どうかしたのか! どこか痛いのか……返事をしろ!」

 

 と十香の声が聞こえ、士道はリビングに入る。

 

「グッ……」

 

 そこには苦しそうに呻くハルトの姿があった。

 

「し、シドー。ハルトが急に苦しそうにしてーー」

 

 士道の存在に気づいた十香が助けを求めるが、士道にも何が起こっているのかわからず立ち尽くしかなかった。

 

「夜刀神十香。今すぐに離れろ……!」

 

 珍しくエルエルフが焦りを見せた瞬間。

 

「ぐああああああああ!!」

 

 一際、苦しそうな声をあげ、顔面に赤黒いX印が出現する。

 

「な……どうしたのだ。ーーーーハルト?」

 

 十香が恐る恐る話しかけると、ハルトは荒い息をあげながら視線を向ける。

 

「ああ……ああああああああーーーーーーーーガッ!」

 

 まるで獣ような雄叫びをあげて十香に襲おうとするが、先に回り込んだエルエルフのみぞおちに鉄拳をお見舞いする。

 かなりの衝撃だったのか、そこでハルトは意識を失った。

 

「一体……どういうことだ……?」

 

 

 

 




ハルト君……ついに起きちまったか……。
十香ちゃん、怖い思いをさせてすまない。
そして真実を知ることになる士道は、何を思い、何を為すのか……。
次回もお楽しみに!


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決意

遅くなってしまってすいませんでした。
その理由はまた後書きで、それでは本編へ


 <フラクシナス>の医務室前の廊下にて、士道と十香は近くのベンチに座っていた。

 会話はない。ただ静寂だけが辺りの空気を支配していた。

 

「な、なあ……シドー……ハルトは大丈夫なのか?」

 

 あまりの静寂に耐えられなくなったのか、十香は士道に問う。

 

「……わからない」

 

 本当は大丈夫だと言ってやりたい。

 けれどハルトの異様な様子と、一日半経っても目が覚めていない。

 専門家ではない自分でははっきりと言えない。

 

「む、むう、無事であれば良いのだが……」

 

 十香は眉を寄せながら小さく呟くと、プシュッとスライド式の自動ドアが開き、医務室からエルエルフが出てきた。

 その姿を見た十香はいの一番に立ち上がる。 

 

「え、エルエルフ! ハルト……ハルトはどうなったのだ!?」

「安心しろ、夜刀神十香。『処置』はした。今は眠って安静にしている」

「そ、そうか……」

 

 エルエルフの説明に、十香は安心したように険しい表情からいつも通りの明るい表情に戻る。

 だが、はいそれで終わりとはならない。

 

「エルエルフ、教えてくれ。あれは……ハルトに一体何が起きたんだ」

「……わかった。ただし、一度しか言わない。しっかりと聞け」

 

 それからエルエルフは話し出す。

 

「まず、俺と時縞ハルトは、いわゆる転生者だ。と言っても時縞ハルトは、ヴァルヴレイヴに乗る前まで記憶を保有していなかったようだがな」

 

「は? それはどういうーーー」

「話は終わっていない」

 

 それからヴァルヴレイヴ、マギウス、RUNEのことを説明される(十香は話が難しすぎるため、眠っている)。

 精霊なんてものにあっているとはいえ、どれも信じられない話だった。

 

「そしてRUNEが不足すると、さっきのような発作が起き、RUNEを使い切れば最後に記憶と言う情報を消費して死ぬ」

「なっ! なんでそんなものにハルトを乗せているんだよ!」

「時縞ハルトが決めたことだ」

「だ、だからって……!」

「少なくとも、今のお前を精霊と会わせるよりは確実に上手くいく」

「っーーお前!!」

 

 怒りが頂点に達し、拳を振るう。

 しかしそれはまるで未来を予知していたかのように躱され、襟と裾を掴まれ背負い投げを行う。

 

「ぐはっ……!」

「動きが単調すぎる。迷いがある証拠だ」

「て、テメェーー!?」

 

 士道は睨もうとした時、首元に何か冷たい感触を感じた。

 どこから出したのか、エルエルフの右手には折りたたみ式のナイフ握り、士道の首すれすれまで突きつけていた。

 

「いくら異常な再生力があったとしても、首を切り落とせば死ぬだろう」

「な、何を……」

「覚悟がない奴に、アイツの覚悟をとやかく言われる筋合いはない」

 

 再び静寂と微かに感じるエルエルフの怒気がその場を支配する。

 そして次の瞬間。

 

 ウゥゥゥゥゥゥーーーーーー!

 

 <フラクシナス>艦内中に警鐘が響いた。

 

 

 「ーー来たわね二人とも。もうすぐ精霊が出現するわ」

 

 士道とエルエルフが<フラクシナス>の艦橋に着くなり、艦長席に座っている琴里からそんな言葉をかけてきた。

 

「了解」

 

 エルエルフが小さく頷き、艦橋下段のコンソールに腰を下ろした。

 

「ーーさて」

 

 と、士道が無言でいると、琴里が首を傾げるようにしながら問うてきた。

 

「あまり時間をかけられなくて悪いけど、腹は決まったかしら?」

「……っ」

 

 息を詰まらせる。が、そこで突然、再び、けたたましいサイレンの音が艦橋に鳴り響く。 

 そして男性クルーの叫び声を発せられる。 

 

「非常に強力の霊波を確認。空間震発生まで、三、二、一、来ます!」

 

 次の瞬間、モニターの映像の中心がぐわんと歪む。

 

「え……?」

 

 一瞬、映像を映し出している画面の方に問題があるのではないかと思ったがーー違う。

 空間に。何もないはずの空間に、水面に石を投げたような波紋が出来ていた。

 

「な、なんだこりゃ……!」

「あら? あなたは初めて見るんだっけ?」

 

 琴里がそう言うのとほぼ同時に、空間の歪みはどんどん大きくなっていく。

 画面に小さな光が生まれたかと思えば、爆音とともに画面が白く染められた。

 

「ーーっ!」

 

 数秒の後、画面には今までとは全く違う光景されていた。

 そこには大きなクレーターが出来上がっていた。

 規模は少々小さいように見えるが、十香と初めて会ったことを思い出す。

 そして士道は気づく。

 クレーターの中心に人影のようなものが映っていることに。

 

「あの子は……?」

「これは行幸ーーと言いたいところだけど<ハーミット>なら妥当ね。規模が小さいわ」

 

 琴里は丁寧に説明しているが、そんなことどうでもいい。

 士道はモニターに映っている少女に釘つけになっていた。

 兎耳のついたコートと右手に装着した、やけにコミカルなパペットがが特徴的な少女だった。

 

「士道ーーどうかしたの?」

「俺ーーあの子にあったことがある」

「なんですって? 一体いつの話よ」

「つい昨日だよ……学校から帰る途中、急に雨が降ってきてーーーー」

 

 記憶を探りながら、昨日の出来事を簡潔に話した。

 すると士道の話を聞いた神無月が手にした端末に視線を落とす。

 

「当該時刻に主だった霊波数値の乱れは認められません」

「恐らく、夜刀神十香と同じだろう」

「……士道、なんで言わなかったの?」

「む、無茶言うなよ。会ったときは精霊だなんて思わなかったんだ」

 

 と、士道が叫ぶのとほぼ同時に、フラクシナス艦橋に設えられていたスピーカーから、けたたましい音が轟いてきた。

 

「……!? どうした……!?」

「五河士道。精霊が現れたと言うことは、動くのは俺たちだけじゃない」

「ASTか……」

 

 画面に目をやると、今し方少女ーー〈ハーミット〉と呼ばれる精霊がいた場所にミサイルを撃ち込まれ、煙が渦巻いていた。

 その周囲には、物々しい機械の鎧を着込んだ人間ーー対精霊部隊(アンチ・スピリット・チーム)のASTだった。

 ASTがそれに反応すると一斉に〈ハーミット〉を追跡する。そして身体中に装着していた部装から、夥しい量の弾薬を発射する。

 

「あいつら……あんな女の子に……!」

「今更何を言っているのよ、士道。十香の時に学習しなかったの? ASTにとって精霊がどんな姿形をしているかなんて関係ない。彼らにあるのは世界を守る使命感と、人類にとって危険である存在を排斥しようという、生物としての至極まっとうな生存本能だけ」

「だ、だからってーーーー!」

 

 士道が口を開いた瞬間、煙の中から再び少女が空に躍る。

 だがーー<ハーミット>は反撃しようとせず、ただ逃げ回るだけだった。

 

「ええ、いつものことよ。<ハーミット>は精霊にしては大人しい部類だからね」

「……っ、ならーー」

「ASTに情けを求めるなら無駄よ。彼女が精霊である限り」

 

 士道は唇を噛んだ。

 いやーー言葉を重ねるまでもなく、自分でも分かっていた。

 彼女の気象や、性格など、ASTにはなんの例外なく殲滅対象なのだ。

 分かっているはずだったーーなのに。

 士道は血が出るのではないかと思うほど拳を強く握り、静かに喉を震わせた。

 

「琴里、精霊の力さえなくなれば、空間震も、あの子が襲われることもなくなるんだよな」

「ええーーその通りよ」

「ーー俺にはそれが出来るんだよな」

「十香の現状を見て信じられないのでは、疑ってくれて構わないわ」

「……」

 

 士道はクシャクシャとかきむしってから、両手で頬を張った。

 そして、伏せた瞼をゆっくりと上げて、決意を発する。

 

「ーー手伝ってくれ、琴里。俺はあの子を、助けたい……!」

「ーーふふ」

 

 琴里は、どこか嬉しそうに、キャンディの棒をピンと立てた。

 

「それでこそ私のおにーちゃんたちよ。総員、第一級攻略準備!」

『はッ!』

 

 琴里の言葉と共にクルーたちがコンソールを操作する。

 士道が転送装置琴里が小さく「あ」と、小さく呟く。

 

「どうした?」

「ハルトは動かせないけど、代わりに<ラタトスク>の母体……つまりアスガルド社から派遣された工作員がASTを抑えてくれるみたいだから、あなたは心置きなく精霊をデレさせてやりなさい」

「お、おう、分かった」 

 

 謎に自信満々な様子に、士道は曖昧に返し艦橋を出た。

 

 

 




あとがきです。
えーと……まず、なんで遅くなったかと言うと、現在作成中のインフィニット・ストラトスの作成と、家の用事が忙しすぎて、キリの良いところまで書くには時間が足らない……だから少し短くせざる得ませんでした。
今日、出せなかった分は明日出します。だから許して……!
それではまた次回〜


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第二の精霊、青と黄の騎士

投稿。
インフィニット・ストラトス〜十の秋、黒の弾丸〜是非みて、お気に入り登録お願いします。
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「ふうぅ……ここでいいのか」

『ええ。精霊も建物内に入ったわ。ファーストコンタクトは間違わないようにね』

「……了解」

 

 士道は頰に汗を垂らしながらそう言うと、インカムから手を離した。

 そして軽く息を整えると、周囲を見渡した。

 士道は今、商店街先に聳えるショッピングモールの中にいた。 

 

「…………」

 

 先月。このインカムをつけて<ラタトスク>の指示を仰ぎながら、十香と会話したときのことを思い出す。

 まさか、それからひと月経たないうちに、再び戦場に舞い戻ってくることになるとは思ってもみなかったがーー仕方があるまい。

 

『ーー士道。<ハーミット>の反応がフロア内に入ったわ』

「……!」

 

 不意に響いた琴里の声に、士道は身体を緊張させた。

 と、その瞬間。

 

「君もよしのんをいじめに来たのかなァ?」

 

 急に頭上から声が聞こえたのであった。

 そして精霊との対話が始まった。

 

                ◇

 士道が精霊との対話している頃。

 ショッピングモールの外、そこで複数のCR-ユニットをまとった人間が浮遊していた。

 対精霊部隊……ASTである。

 

「<ハーミット>がショッピングモールに立てこもったわ。そこのあなた、一応本部に建物の破壊許可を聞いてみて」

「了解」

 

 部隊の隊長である燎子が一人の隊員に命令を出すと、腹に力の入った声で返す。

 それと同時に別の隊員が、燎子によってきた。

 

「折紙、どうかしたの?」

「今回、ヴァルヴレイヴが現れていないから少し違和感を感じる」

「ああ、そういえば出ていないわね」

 

 今、この話に出ているヴァルヴレイヴとは、先月の<プリンセス>の時に折紙達の作戦行動を邪魔した赤い騎士のことである。

 なんでも顕現装置を作っているDEM社が極秘開発していた、CR-ユニットに変わる対精霊用の兵器らしい。

 だが今から二ヶ月ほど前に、強奪をされたと聞いていたが……まさか敵になるとは思いもしなかった

 その高い戦闘力から、後に脅威になると予想され最優先目標として指定されいる。

 

「もしかしたらヴァルヴレイヴの出現には、何かの条件があるのかもしれなーーーー」

「隊長! 許可が降りました!」

 

 燎子が言葉を終える前に、通るとは思っていなかった破壊の許可が降りたことを知らせる。

 これも顕現装置ですぐに元どおりにできる、復興部隊がいることで初めてなせる技である。

 

「折紙、この話はまた後で」

「了解」

 

 折紙が頷くと、燎子は部隊の全員に呼びかける。

 

「各員、照準を合わせなさい!」

 

 燎子の命令を受けて、折紙を含めた部隊の全員がその手に握っているアサルトライフルをショッピングモールへと向ける。

 そしてそのアサルトライフルの引き金を引こうとしようとした時だった。

 どこからともなく、緑色の光線が飛んできた。

 

「ッーーーー!」

 

 その射撃は、アサルトライフルの銃身のみだけを融解させた。

 よく見たら燎子だけでなく、幾人かアサルトライフル溶かされるか、随意領域(テリトリー)を展開して守っていた。

 

「一体、何がーーーー」

 

 折紙はビームが飛んできた方向へと視線を向ける。

 

「ーーあれはヴァルヴレイヴ?」

 

 噂をすればなんとやら。そこには例のヴァルヴレイヴがいた。

 しかし前に出会った時と少し形が違った。

 まず前に出現した時は、赤を基調としていたものが青を主体としており、その両肩には巨大な盾を備え付けていた。

 ヴァルヴレイヴ五号機<火打羽>。かつて()()()()()()で失われたはずの機体である。

 

「きゃあああ!」

 

 まだ理解が追いつかない折紙が唖然としていると、どこからか悲鳴が聞こえた。

 振り返るとそこに移っていた光景に、折紙の顔は驚愕に包まれる。

 何故ならそこにもう一体の()()()()()()()がいたのだから。

 ヴァルヴレイヴ三号機<火神鳴>。こちらも<火打羽>同様、苛烈な戦いの果てに失われた機体である。

 

「もう一体……!?」

 

 だがそんなことを知らない折紙は急いで後方に飛ぼうとしたが、その一瞬の隙を見逃さず一気に距離を詰めてくる。

 

「折紙、危ない!」

 

 危険と感じたのか、近くにいた燎子は折紙を突き飛ばし、即座に防御用の随意領域を展開する。

 <火神鳴>の特徴である巨大なアームによるパンチが放たれ、その攻撃を受けた隊員がバットに当たった野球ボールが如く吹き飛ばされる。

 

「ッ! 覚悟!」

 

 折紙は近接武装<ノーペイン>を抜き取り肉薄する。

 一撃一撃なら、強力である<火神鳴>であるが、流石にこの攻撃は避けられまいと折紙は考えていた。

 しかしその読みは外れ、<火打羽>が割って入り、肩部の盾で防がれる。

 

「なっ……!?」

 

 攻撃は直撃すると、幻視していた折紙は目を丸くする。

 ASTの最新武装である<ノーペイン>を防ぐほどの防御力、そして即座に離れた距離を詰めれるほどの機動力。

 先月でその強さは十分体験したはずなのに、油断していた。

 そこで後ろに控えていた<火神鳴>が飛び出し、再び豪腕による連撃を叩き込んでくる。

 直撃ギリギリで随意領域を展開できたが、二桁も行かないところで砕け散り、折紙の腹に拳が突き刺さろうとした時だった。

 

「「「ーーーーーー!?」」」

 

 突如、ショッピングモールで巨大な爆発が起き、その場に居た者たちの視線が一点集中する。

 崩れかけたショッピングモールの中から、巨大な怪獣の影を出しながら。

 

 

あまりの非常事態に士道は焦っていた。 

 この場にいないはずの少女ーー十香がうさぎのパペットの首元を掴み上げ、

 

「おい、何か言ったらどうなのだ!」

 

 と言いながらぐらぐらと揺らす。

 そんな様子に、<ハーミット>こと『よしのん』が声にならない悲鳴を上げていた。

 体をチワワのようにプルプルと震わせながら、パペットを取り返そうと必死に十香の服を引っ張っていた。

 どうしてこんなことになったかというと、今から数分前。

 『よしのん』と接触した士道は、デパートを回りながら会話に花を咲かせていた。

 その最中、子供用のジャングルジムに登って遊んでいると、不意に体勢を崩した。

 士道はそれを受け止め、その際に士道と『よしのん』の唇が重なった。

 その一部始終を十香に見られたというわけだ。

 しかしフラクシナスにいたはずの十香が、なぜここにいるのだろうか。

 それに確実に『よしのん』とキスをした。

 それなのに、何故精霊の力封印できていないのだ。

 <フラクシナス>の解析でも好感度は、封印レベルまでいっていたのにーーーー。

 

「……! ……!」

「ぬ? な、なんだ? 邪魔をするな。今私はこいつと話しているのだ」

「ーーかえ、して……っ、くださ……っ」

 

 十香の手で高々と吊り上げたパペットを取ろうとしてか、『よしのん』がぴょんぴょんと飛び跳ねていた。

 

『ーー何しているの士道。よしのんの精神状態が揺らぎまくりよ。早く止めなさい!』 

 

 と、右耳に琴里の声が響く。

 士道は頰をかきながら、恐る恐る喉を震わせた。

 

「な、なあ、十香。その……それ、返してやってくれないか?」

「シドー、やはりこの娘の方が……」

「は? 何を言っているんだよ。そんなわけ……」

 

 ないだろ、士道はそう言って、次に十香を説得しようとした時だった。

 

「……っ、<氷結傀儡(ザドキエル)>……っ!」

 

 『よしのん』は、バッと上げたかと思うと、それを真下に振り下ろした。

 瞬間ーー床を突き破るようにして、その場に巨大な人形が出現する。

 

「なっ……」

 

 全長三メートルはあろうかという、ずんぐりとしたぬいぐるみのようなフォルムの人形である。

 体表は金属のような滑らかで、所々白い文様が刻まれていた。

 そしてその頭部と思しき箇所には、長いうさぎのような耳が見受けられていた。

 

「人形……」

「ーーなっ、これはーー!?」

 

 士道と十香が同時に声を発する。

 『よしのん』はその背後によじ登ると、そこに設けられた二つの穴に差し込んだ。

 人形の目が赤く輝き、その鈍重そうな体躯を震わせながら、天井に向かって咆哮を上げた。

 それに合わせて、人形の全身から白い冷気が放った。

 

「冷たっ!?」

 

 思わず足を引っ込めてしまった。

 その煙は、まるで液体窒素から発せられているもののように、非常に低温であったのだ。

 

『ーーこのタイミングで天使の顕現……!? 士道、逃げなさい!』

「は、はあっ……!? て、天使ってなんだよ!」

 

 突然右耳に響いた琴里の叫びに、士道は思わず大声を上げてしまう。

 

『目の前に現れたでしょう! 精霊を護る絶対の盾・霊装と対を成す最強の矛! 精霊を精霊たらしめる「形をもった奇跡」よ! 十香の鏖殺公(サンダルフォン)を忘れたの!?』

 

 『よしのん』が小さく手を引いたかと思うと、氷結傀儡ザドキエルが低い咆哮とともに身を反らした。

 次の瞬間、デパート側面部窓ガラスが次々と割れ、フロア内部に凄まじい勢いの雨が入ってくる。

 しかし、それは窓が割れて入ってきたというよりも雨粒が窓ガラスを叩き割ったかのような感じだった。

 

「いぃ…….っ!?」

 

 士道は驚愕に目を見開くと、足を震わせながら、前方に聳える氷結傀儡(ザドキエル)を見る。

 ーー十香の方へと視線を向ける人形を。

 氷結傀儡(ザドキエル)が再び吠えると、充満した冷気からつららが生成され、重力を無視して十香に向かっていく。

 

「……ッ! 十香!」

 

 士道は考えるよりも先に、十香を守るように自分の背を氷結傀儡(ザドキエル)に向ける。

 

「なっ……シドー!?」

 

 十香の声が、鼓膜を震わせる。

 つららが士道の目と鼻先まで接近した時、空の中心がキラリと輝いた。

 光はまるで弓矢の矢のように、つららを貫き打ち砕いた。

 

「これは……一体?」

 

 士道は状況を飲み込めないかのように呆然としていると、一つの影が彼の元へと舞い降りた。

 

「ヴァルヴレイヴ……!? でも、十香の時とは形が……」

 

 そこにいたのは、ハルトが身に纏っていたヴァルヴレイヴと呼ばれる機械の鎧だった。

 しかし……その姿はかなり違っていて、肩に固定した巨大な盾と青い配色が特徴だった。

 

『お前が五河士道だな?』

 

 青いヴァルヴレイヴから放たれた声は、ハルトのものではなかった。

 ヴァルヴレイヴを操る事を出来るのは……ハルトだけではーーーー。

 そんな思考を遮るように、青いヴァルヴレイヴは話を続ける。

 

『残念ながら時間切れだ。この場は俺と山田がなんとかするから、お前はその子と一緒に<フラクシナス>で回収されてくれ』

「ちょ、ちょっと、それはどういうーーーー」

『聞きたいことは山ほどあるだろうが話はあとにしてくれ』

 

 それだけ言うと、青いヴァルヴレイヴは光り輝く残光を発生させながら飛んで行った。

 それと同時にふわりとした感覚に包まれ、視界に映っていた光景が変わる。

 そこは<フラクシナス>の内部だった。

 

「助かった……のか? 十香、大丈夫ーーーー」

「いいから早く離さんかーー!」

「のわっ……!?」

 

 十香によって顔を掴まれ、士道はその場に転がされる。

 

「と、十香……? どうしたんだってんだよ!?」

「うるさいっ! 話しかけるな! わ、私よりあの娘の方が大事なのだろう……!」

「は、はあ……? 何を言ってーー」

「うるさい! シドーのバーーーーーカ!」

 

 十香のそう言い残して、どこかへ走り去ってしまった。

  

 

 

 

 

 




あとがきです。
やっとだ。やっとやりたいことが出来た。もう皆さんも、期待もワクワクも止まらないですよね。
でもすいません。次は多分インフィニット・ストラトスの方出すと思うので、待っていてください。
それではまた次回。


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それは非道く歪な慈悲で

投稿


 

「……ッ、ここは?」

 

 意識が覚醒したハルトは周囲を見渡してみると、自分が<フラクシナス>の医務室のベットで寝ていることに気づいた。

 そこで気を失う前の記憶を思い出していく。

 

「そうだ……僕、また……」

 

 ヴァルヴレイヴに乗ると、大量にRUNEを消費する。

 そのため補充をするために、自我を失い、まるで獣のように誰かを襲う。

 前世にいた時は、エルエルフを『餌』としてRUNEを補充していたのだが。 

  

「十香を、やっぱり……怖いなーーーー」

 

 ハルトは震える手を必死に抑えながら、誰もいない医務室で何かを堪えるように小さな声で言った。

 

「まったくなんて声を出してんだろ」

 

 プシュっとスライド式の自動ドアが開く音とともに、懐かしい声が聞こえ、ハルトは目を見開いた。

 だってその声はここにも、()()()にもいるはずもない爽やかな声だった。

 

「キューマ……先輩?」

 

 声の方へと視線を向け、ハルトはその名を口にした。

 そこにいたのは、マギウスの戦いでハルト達を庇って死んでしまった犬塚キューマだった。

 

「おう。久しぶりだな」

 

「っ……あ、ああーー!」

 

 その時、頰に何かが暑いものを感じた。

 さっきまで必死に堪えていたものが、涙が溢れ出てきた。

 そばに寄ろうとして、ベットから降りようとしたが足に上手く力が入らず、こけてしまいそうになる。

 

「おっとと、おいおい、危ないじゃないか」

 

 

 キューマはハルトをうまく受け止めると、素直に心配する。

 だが今はそんなことはどうでもいい。

 

「ごめんなさい……あの時、僕が……僕がもっと強ければ……!」

 

 ハルトはキューマのワイシャツの強く掴みながら、嗚咽まじりに叫ぶように謝罪を繰り返す。

 その様子にキューマは、ふっと息を吐く。

 

「もう、もういいんだ。アレは俺がやらなかったら、連坊小路も、二宮も、指南も、みんな助けられなかった。それに……仇は取ってくれたんだろ? なら、もういいよ」

 

「先輩……」

 

「俺もいるぜェー!」

 

「え?」

 

 開けっ放しの扉から、明らかに不良みたいな少年が入ってきた。

 山田ライゾウ、キューマやハルトと同じあちらの世界で一緒に戦った神憑きの一人だ。

 

「山田……」

 

「サンダーだ!」

 

 ハルトがその名を呼ぶと、山田は急いで訂正を入れる。

 ライゾウはなぜだか本名で呼ぶと、いつもこんな感じで訂正を加える。

 

「君もこちらの世界にいるということは、あっちの世界で……」

 

 再び顔を曇らせそうになったハルトに、ライゾウはゲンコツをぶつける。

 

「いいか! 俺はお前のそういうところが嫌いなんだよ! あと、もう俺らは別の人生を歩んでんだ。グチグチ言っている暇があるなら、今を目一杯楽しく生きろ」

 

 ライゾウの言葉にハルトはハッとし、急いで涙を拭いた。

 

「うん……そうだね。ありがとう」

 

「へッ、わかればいいんだよ」

 

「サンダーの言う通りだ。そんなことよりもどっか上手い飯を食いに行こうぜ。あの黒髪の女の子も、それで機嫌を直してくればいいんだけど」

 

「黒髪の女の子……ってもしかして十香に何かあったの!?」

 

「ああ、実はなーー」

 

 それからキューマは事の顛末を話した。

 精霊が出現し士道がコンタクトを取りに行ったこと、十香のいつの間にか転送装置を使って士道が精霊と一緒にいることを見られた。

 対話は失敗し、おまけに十香が拗ねてしまったというわけだ。

 

「僕が寝ている間に、そんなことが……」

 

「俺たちも努力はしたんだがな。まさかあの娘があの場にいるとは、誰も思わなかっただろうな」

 

「それで今は十香はどんな状態?」

 

「部屋に立てこもっている」

 

                   ◇

 

「おーい、十香ぁ〜……」

 

 困惑に染まった声を発しながら、指導はコンコン、と扉をノックした。

 しかし……反応はない。

 

「十香……頼むよ。話を聞いてくれ……」

 

 もう一度、そう言いながら扉を叩く。

 だが来たのは返事ではなく、ドンッ! と凄まじい音がして、家全体がビリビリと震えた。

 

「……ふん、構うな。……とっととあっちへ行ってしまえばーかばーか」

 

 そしてそれきり、また何も反応がなくなる。完全に、拗ねてしまった。

 

「はあ……どうしろってんだよもう……」

 

 士道は途方に暮れ、額に手をあてながら陰鬱な調子で溜息を吐き出した。

 士道がいるのは、五河家二階の一番奥ーー下手くそな字で『十香』と書かれた紙が張っている扉の前だった。

 『よしのん』が消失(ロスト)してからおよそ五時間。

 <フラクシナス>回収してもらい、家に帰ってこられたのはいいのだが……家に入るなり、十香が部屋に籠って出てこなくなってしまったのである。

 

「五河士道、どんな感じだ」

 

 リビングで待機していたエルエルフが、二階に上がってきた矢先にそう聞いてきた。

 

「どうもこうも……さっきから呼びかけているんだが、全然ダメだ。話すら聞いてくれない」

 

「なるほど。数値を見るに、一時的に顕在化した力が経路(パス)を通して再封印されたようだがーー早めに機嫌を直してもらわないと困る」

 

「機嫌をって……どうやって」

 

「……仕方ない。ここは俺が受けよう」

 

「い、いいのか?」

 

「ああ、任せろ。潜入任務でこう行ったことに慣れている」

 

「そ、そうか」

 

 それは心強い。

 エルエルフが十香の部屋の前に立つと、先ほど同様、扉をノックをする。 

 

「誰だ?」

 

 警戒心を剥き出しな口調で、十香が問う。

 

「エルエルフだ。すまないが、少し話をーー」

 

「ハムエルフと話すことなんてない!」

 

「は、ハム……?」

 

 十香から発せられた単語に、エルエルフは軽く動揺する。

 しかしめげずに十香に話しかけようとしたところで、

 

『……シン、エルエルフ。もしよければ、その件は私に任せてくれないかな?』

 

 突如、右耳のインカムから令音の声が聞こえる。

 

「え……? それは構いませんけど、なんでまた」

 

「……こういうのは、当事者(シン)がいない方がいいのさ。女心の機微だ。覚えておきたまえ」

 

「は、はあ……」

 

「了解」

 

 士道は困惑気味に頰をかき、エルエルフは首を縦に振った




ああああーー! やばい自分で作っておいて泣けそう。
そして山田、お前そんな知能指数高かったけ、いや冷静に考えたらASTとの戦闘の時、殴ってばっかだったか。
そう考えると、山田は山田なりに殺さないように努力してるんだな〜偉いぞ!
あとやっと出せたハムエルフWW
さて、次回から物語が大分動きます。
期待してください。


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雨の日で

今回は短めですいません。
それとしばらく投稿ペースが落ちると思います。
すいません。
長々とした話ですいません。それでは本編へ。


「と、いうわけで、十香。買い物に行こうと思うが、ご同行を願えるかな?」

 

 翌日、五月十三日(土)。午前十時。

 昨日宣言した通り、令音は十香の部屋の扉の前でそう言った。

 しかし十香は昨日と同じように、扉の奥から苛立たしげな声を響かせた。

 

『うるさいっ、私ことなど放っておけ……!』

「ふむ……十香」

『構うなと言っているだろう……! 私はーー』

「……買い物ついでに外で食事でもと思っているのだが、どうかな?」

 

 令音が言うと、不意に十香は黙り込んだ。

 そして数十秒後。

 ギィ、と部屋の扉が開かれ、中から不機嫌そうな十香が現れた。

 

「早く行くぞ!」

「ん……そうしよう。今日も朝から雨が降っている。傘を忘れないようにしてくれ」

 

 言いながら令音は歩き始め、十香はそれについていた。

 その様子を影で見ている者が居た。

 士道だ。

 

「令音さん……頼みましたよ」

 

 士道は、二人を見送ることしか出来なかった。

 そのまま数分、呆然とそこに立ち尽くす。

 しかし、すぐに時間の無駄だと言うことに気づき、軽く頰を張って気を取り直し、階段を降りてゆく。

 

「学校も休みだし、俺も午前中に買い物に行ってくるか」

 

 士道は手早く着替えをすませると、傘に手に取って家を出た。

 

「鍵は……一応かけておくか。琴里も寝ているし」

 

 言って鍵をかけてから、士道は雨の道に足音を響かせていった。

 そしてどれくらい歩いただろうか。

 

「…………ッ!?」

 

 商店街に向かう道の途中。見覚えのある後ろ姿を認めて、士道は足を止めた。

 その、ウサギのような耳がついた緑のフードを見つけて。

 

「よ……よしのん……!? 警報は……鳴ってないな。十香の時と同じパターンか」

 

 そういえばよしのんと初めて会った時も、警報は鳴っていなかった。

 もしかしたら、頻繁にこちらに来ているのかもしれない。

 

「……しかし、どうすればいいんだ?」

 

 見つけてしまった以上、放っておくことはできない。だからと言って連絡をしようにも、今、琴里は眠っていて電話は繋がらないだろうし、令音は十香の説得で忙しい。

 

「あ」

 

 そこであること思い出しーー携帯電話のボタンをプッシュした。

 しばらく呼び出し音が聞こえた後、低めの声が聞こえた。

 

『なんだ? 何かあったのか』

「エルエルフ、緊急事態だ。よしのんを見つけた」

『…………詳しい事情を話せ』

「お、おう」

 

 そんな少し気圧されながらも、士道は今の状況を説明する。

 

「なるほど。五河士道、インカムは持っているか』

「え? ああ、一応はーー」

「よし。それを着けて、精霊を見失わないように待機していろ』

「え? ちょーー」

 

 ーーぶつっ。つー、つー、つー。切られた。

 

「た、待機って……」

 

 あまりにぞんざいな指示に、眉を顰める。

 だが他に出来ることもないため、大人しくインカムを耳に装着し、『よしのん』の様子を窺う。

 

『士道ーー聞こえる?』

 

 と、それから五分と経たず、インカムから妹様の声が響いた。

 奥から欠伸をする音が聞こえたため、どうやらこの短時間でエルエルフに起こされ、支度を済ませて<フラクシナス>へと移動したらしい。

 

「……おう、聞こえるよ」

『このまま彼女を放っておくこともできないわ。とりあえずコンタクトを取ってみましょ』

「……了解」

 

 士道は深呼吸してから、そろそろと『よしのん』の方に歩いて行った。

 『よしのん』は未だに気づく様子もなく、必死に地面に視線を送っている。

 

「……じゃあ、声を掛けるぞ」

 

 

「むう……」

 

 十香は、嘶く腹をさすりながら、令音のあとについて雨が降る街を歩いていた。

 昨日の昼から何も食べていないせいか、あまり寝付けなく、何とも気分が悪い。

 だが、それは空腹感や睡眠不足だけではないということは、十香も何となくわかっていた。 

 昨日、士道と右手にうさぎのパペットを付けた少女がキスをした時、あの場面を思い出そうとするだけで、また腹の底から苛立ちが溢れそうになる。 

 

「……」

 

 すると前を歩いていた令音が不意に足を止め、十香はその背にぶつかる寸前で足を止めた。

 

「……何かあったのか?」

「いや、粗方買い物が終わったのでね。あそこのファミレスで昼食でもどうかな」

 

 そう言って令音が指差した先には、カラフルな看板のついた建物があった。

 確かファミレスとかいう、金銭を払えば食事を提供してくれる店舗だ。

 

「そうしてもらえると助かる。腹が空いて今にも死にそうだ」

 

 十香は深く頷きながら言うと、令音も同じように頷き返す。

 

「……では入ろうか」

 

 二人は傘を畳んで店に入ると、店内は家族連れや学生達で賑やかだった。

 店員の案内に従って、禁煙席の一番奥に腰を落ち着けた。

 すぐにメニューに目を通して、料理を粗方注文する。

 そして料理が来るまでの繋ぎとして、店員がテーブルに置いていった水を一気に飲み干す。ーーと。

 

「……十香」

 

 そこで令音が、分厚い隈に飾られた双眸を十香に向ける。

 

「なんだ?」

「料理が運ばれてくるまでの間、少し話をしたいのだが……いいかな?」

「ぬ……まあ、構わんが……一体、何を話すのだ?」

 

 十香は、少し警戒するように身体を離しながら頷いた。

 この村雨令音という女、いつも何考えているかわからなくて、そのくせこちらの考えは見透かされている気がして、少々気味が悪かったのである。

 

「……まあ、私は話があまり得意ではないから、単刀直入で言わせてもらおう。十香、君が苛立っていたーーーーいや、今まさに苛立ちを覚えている、その理由と原因を教えてくれないかな」

「ーーっ」

 

 十香は息を詰まらせてしまう。

 令音は恐らく全部わかってる。全部わかっていて、十香に聞いているのだろう。

 

「っ、私は、別にーーーー」

「……やはり、シンが別の女の子と会っていたのが許せないかい?」

 

 シン。それは令音が士道を呼ぶ際の名前だ。

 

「な、なぜ、そこでシドーの名前が出てくるのだ」

「おや、関係なかったかな」

「……」

 

 しばらく悩み悩んだ末、観念したように頭をくしゃくしゃとやった。

 そしてゆっくりと、絞り出すように口を開いた。

 

「わからないのだ……」

「わからない?」

 

 令音が首を傾げながら聞き返してくる。十香は俯けた顔をさらに前に倒した。

 

「うむ……自分でもどうしてこんな気持ちになっているか、わからないのだ……」

 

 頭を抱えながら言葉を続ける。

 

「昨日、シドーが私を学校に置いてーーその女の子と、キスとやらしていたのだ」

 

 キス。その単語を聞くだけで、あの場面を思い出して胸がズキズキと痛む。

 

「ああ……そのようだね」

「別に……何がいけないわけではない。シドーがどこで誰とキスをしようが、私が咎められるはずがない。だけど、それを見た瞬間、もう、なんというか、とてもーーそう、とても嫌な感じがしたのだ」

「……ふむ」

「気づいた時には……声を荒げていたのだ。それに……そのあとあのウサギが、シドーは私よりあの娘の方が大事だと言うのを聞いて……もう、どうしようもないくらい、悲しくて、怖くて、何がなんだかわからなくなってしまったのだ。……自分でも意味がわからない……こんなことは初めてだ。シドーに救われる前も、ハルトの様子がおかしくなった時でも、こんなに胸が苦しい気持ちになったことがない」

 

 再び大きな溜息をつく。

 

「やはり……どこかおかしいのだろうか」

「……ハルトのことはともかく、今君が感じていることは何もおかしくなどないさ。むしろ、それは非常に健康的な感情だ」

「そ、そうなのか?」

 

 十香は戸惑い気味に聞くと、令音は小さく頷く。

 

 

「……ああ。心配することはない。だがーーーー誤解は解いておいた方がよさそうだね」

「誤解……?」

「……ああ。あのキスに関しては完全な事故だし……シンが十香、君よりもあの女の子のことを大事に思っているとか、そんなことは決してない」

 

 令音が機械の方を一瞥してから言ってくる。十香はバッと顔を上げた。

 

「っ、ほ、本当か……?」

「……本当だとも」

「だ、だがシドーは……仕事の邪魔だと言って……」

「……君のことを大切に思っていなければ、自らの命を危険に晒してまで君を助けはしないと思うがね」

「ーーーーあ……」

 

 言われてーーーー十香は言葉を失くす。

 胸に、腹に渦巻くわけのわからない感情に気を取られ、完全に失念してしまっていた。

 ーーーー昨日、士道は、先月と同じように、十香を守るように動いてくれたではないか。

 また、凶弾に倒れる可能性があったにも拘わらず。

 十香は、胸元のあたりを手で押さえながら、ごくんと唾液を飲み込んだ。

 

「……っ、私は───」

 

 なんて、馬鹿なことを。

 十香はうめくようにのどを震わせると、再び頭をくしゃくしゃとかきむしった。

 そして、バッとその場から立ち上がる。

 

「……十香?」

「すまん、今日の買い物、後日にまわしてもらうことはできないか?」

 

 十香は、唇を噛みしめてから再び声を発した。

 

「……シドーに、謝らねばならん」

 

 令音はあごに手をあててから、小さくうなずいた。

 

「……行きたまえ」

「感謝する」

 

 十香は短く言うと、ファミレスの扉を抜けて傘を手に取り、雨の街を走っていった。

 

「……ふむ。まぁ、一件落着……かな?」

 

 一人残された令音は、小型端末の画面に表示されたグラフと数値に目をやりながら、誰にともなく呟いた。

 十香の精神状態を歪めている要素には、なんとなく予想がついていたのだ。

 駄々っ子のような拗ね方をしていたものの……十香は、士道を悪く思っているわけでもなければ、士道が会っていた少女を嫌っているわけでもない。

 どちらかといえば、苛立ちが収まらない自分自身に、得体の知れない恐怖や焦燥を覚えていた……というのが近いのだろうか。

 だから、機嫌を直すところまではいかずとも、十香の意識を変えること自体は、そう難しいことではなかった。

 そうーーーーただ、気づかせてやればいい。

 自分が、士道に守られていたのだということを。それが何を意味するのかを。そしてそれを知ったとき、自分が何を思うのかを。

 

「……まぁ、ジェラシーも、立派に恋のうちさ」

 

 呟きながら、端末を閉じる。

 

「……ただ、気をつけたまえよ。ソレはきっと、世界を殺す感情だ」

 

 と。

 

「お待たせしました!こちらダブルチーズハンバーグセットのライス大盛りに若鶏の唐揚げ、牡蠣フライセット、ミックスグリル、マルゲリータ、スパゲティ・ボロネーゼでございます。鉄板が熱くなっておりますのでお気をつけください」

「……ん?」

 

 突然現れた店員が、テーブルに十香が注文した料理を次々と並べていく。

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

 そして慣れた調子で身体を倒すと、その場から去っていってしまった。

 

「ーーーーふむ」

 

 残された令音は、その夥しい数の料理を前にして頬をかく。

 

「……これは……困ったな」

 

 一人そう呟いてその料理を見つめた。

 

 

 

 

  

 

 

 




はいはーい、あとがきです。
うーん、中々オリジナル展開は難しいですね。
もうちょっと話が進めばできるのですが。
まあ、その時になるまで少し待ってください。
それではまた次回


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家へのお誘い

短めですが投稿。
多分、あと三話すればヴァルヴレイヴとか出せるので楽しみにしてください。
それでは本編へ。


「ーーーーどう? パペットは見つかった?」

「いえ、まだですね。見当たりません」

 

 琴里が問いかけると、艦橋下段からクルーの返答が聞こえてきた。

 時刻は十二時三十分。士道が四糸乃とともに捜索を開始してから、およそ二時間が経過している。この雨の中の作業となれば、身体も冷えてしまっているだろうし、疲労も溜まっているだろう。

 〈ラタトスク〉の機関員を捜索に回してもよいのだがーーーー急に大人数を投入して四糸乃を怖がらせてしまっては元も子もないし、仮に怖がらなかったとしても、士道に向けられるべき感謝や好印象が、多方向に分散してしまう可能性がある。

 

「映像の方は?」

 

 琴里が右手側に目を向けると、コンソールをいじっていたクルーが、視線は寄越さぬまま、声だけを投げてきた。

 

「解像度は粗いですが……なんとか」

「モニターに出してちょうだい」

 

 琴里が言うと、〈フラクシナス〉艦橋のモニターの一部に、昨日、四糸乃とASTが交戦した時の映像が映し出される。

 攻撃の余波に巻き込まれぬよう、カメラも距離を取って撮影していたため、平時に比べて多少画質が悪かった。

 

「精霊が消失する瞬間の映像ではーーーーもう既にパペットをもっていません」

 

 一時停止ののち、画面が拡大されて、落ち行く四糸乃の姿がアップされる。

 

「ーーーー反して、ASTの攻撃が着弾する前の映像では、天使の口元にパペットを確認することができます。この攻撃によって紛失したと考えるのが妥当だと」

「で、肝心のパペットは?」

「煙が非常に濃いため、確実ではありませんが……落下している影が確認できますので、攻撃の際に燃えてしまっているという最悪のパターンにはなっていないと思われます」

「四糸乃が消失したあとの、この近辺の映像は? 残っていないの?」

「それについては既に探索を済ませている。……が、残念ながらパペットを見つけることができなかった。その他のポイントを調べてみたが、確かな情報を手に入られない状態だ。どうする、五河琴里」

「……ふむ」

 

 エルエルフの返答に、琴里はあごに手を当てる。

 そうして暫しの静寂の後、そこでスピーカーから、きゅるるるる、という間の抜けた音が聞こえてきた。

 

「……四糸乃?」

「……!」

 

 パペットの捜索を始めてから、およそ二時間。

 士道は雨に濡れた髪をかき上げながら、隣でパペットを探す四糸乃の方を向いた。

 四糸乃はまたも怯えるように肩を震わせたが───少しは士道の声に慣れたのか、顔を此方へ向けてきた。

 

「……腹減ったのか?」

 

 士道がそう聞くと、四糸乃は顔を真っ赤にしてブンブンと首を横に振った。

 しかし、そのタイミングで、またもお腹の音が鳴る。

 

「…………っ!」

 

 四糸乃はその場にうずくまると、フードを引っ張って顔を完全に隠してしまった。

 精霊といえど、腹は空くようだ。

 精霊は、そういった生命維持に必要な事柄を全て霊力で賄うと聞いたはずだが、そういえば十香も、封印前からかなりの健啖家だったな……。

 

「どうしたもんかね……」

 

 四糸乃がどれくらい前からパペットを探しているかはわからないが、もう昼は過ぎているし、空腹になってもおかしくない。士道も小腹が空きだしたところだ。

 士道は指示を仰ぐように、インカムを数度小突くと、大方の内容を察しているらしい琴里から声を届いてきた。

 

『ーーーーそうね。一度休憩も兼ねて食事してきたらどう? ハルトはこちらで回収しておくから、安心して四糸乃をエスコートしてあげなさい』

「ん……そうだな」

 

 士道は前かがみになっていた姿勢を戻すと、軽く伸びしてから四糸乃に話しかけた。

 

「四糸乃、少し休憩しよう」

 

 士道の言葉に、四糸乃は首を横に振るが、そこでまたもお腹がなる。

 

「……!」

 

「ほら、無理すんなって。四糸乃が倒れたらパペット探せないでしょ?」

 

 四糸乃は少しの間考えを巡らせるように唸ってから、躊躇いがちに首肯した。

 

「よし。じゃあ……」

 

 言ってから、あることに思い出した。

 一応財布を持っているが、こんなびしょ濡れでは店に迷惑をかけてしまうだろう。

 士道はあごに手を当ててから、インカムを小突いた。

 

「……なあ、琴里。休憩する場所なんだが、うちでも大丈夫か?」

『……ま、他に場所はないでしょうしね。いいわ、特別に許可するわ』

「おう」

 

 短く返答すると、士道は四糸乃に話しかけた。

 

「じゃあ……いくか」

 

 四糸乃は無言のまま、小さく頷いた。

 

 

「えっと……卵と、鶏肉があるのか。飯もまだ残ってるし……あ、玉ねぎもあるな。よし、親子丼にでもするか」

 

 冷蔵庫の中を見回してすぐにメニューを決め、必要な材料を取り出すと、キッチンへと並べる。

 そしてフライパンをコンロに置き、火をつけた後、リビングの方をちらりと視線を向ける。

 そこには、ソファに座りながら、物珍しそうに辺りを見回す四糸乃の姿があった。

 士道は、家に帰ってからすぐに私服に着替えたのだが、四糸乃の装いは先ほどと同じウサギのコートだった。

 琴里に聞いた通り、あれだけ雨を浴びていたにもかかわらず、少しも濡れていない。十香の光のドレスと同じように、霊装というやつの影響なのだろうか。

 

「ちょっと待ってくれ。すぐに出来るから」

「……?」

 

 士道が皮を剥いた玉ねぎを刻みながら言うと、四糸乃は不思議そうに首を傾げた。

 

「よし……やるか!」

 

 士道は軽く息を吐くと、調理を開始する。

 水で割っためんつゆを熱し、そこに切り終えた玉ねぎと鶏肉を投入。火がある程度通った頃で溶き卵を流し入れる。

 そしてご飯を盛ったどんぶりにそれを流し入れ、最後にみつばを散らして、完成。

 もう慣れた作業である。十分もかからずに調理を終える。

 

「ほい、できた。しっかり腹ごしらえして、早いとこよしのんをみつけような」

 

 言いながら、両手にどんぶりを持ってリビングへ。

 四糸乃の目の前に一つ、その向かいの席に自分のものを置き、再度台所に足を運び、箸と、念のためにスプーンを持ってリビングに戻る。

 

「さて……んじゃ、いただきます」

 

 士道が手を合わせて言うと、四糸乃もその仕草を真似るようにペコリと頭を下げた。

 そしてスプーンを手に取り、親子丼を一口、口に運ぶ。

 

「……!」

 

 すると四糸乃は目をカッと見開いて、テーブルをペシペシと叩いた。

 

「ははは、そんなに美味しかったか」

 

 士道がそう言うと、四糸乃はこくこくと首を縦に振る。

 どうやら気に入ってもらえたようだった。

 よほど腹が減っていたのだろう。四糸乃は小さな口を目一杯開けて、食べ始める。

 そして数分ほど経ち、四糸乃の食事が終わるのを見計らうようにして、エルエルフが喋りかけてくる。

 

『五河士道、まだ休憩するのだろう? 出来るだけ情報が欲しい。ちょうどいい機会だから、いくつかターゲットに質問をしてくれないか』

「質問?」

 

 士道が小さな声音で問いかえすと、コンソールを操作する音ともにエルエルフが質問事項を提示してきた。

 それを全て目を通し、「なるほど……」と小さく言った。

 そして士道は、どんぶりを空にして満足そうに腹をさすっている四糸乃に目を向けた。

 

「なあ……四糸乃。ちょっと聞きたいことがあるんだがーーいいか?」

 

 四糸乃が、不思議そうに小首をかしげる。

 

「その……随分大事にしているみたいだけど、あのパペットって、どんな存在なんだ」

 

 士道がそう聞くと、四糸乃は恐る恐るといった調子で、たどたどしく唇を開く。

 

「よしのん、は……友だち……です。そして……ヒーロー、です」

「ヒーロー?」

 

 士道は聞き返すと、四糸乃は頷く。

 

「よしのんは……わたしの、理想……憧れの、自分……です。わたし、みたいに……弱くなくて、わたし……みたいに、うじうじしない……強くて、格好いい……」

「理想の自分……ねぇ」

 

 士道は頰をかいて、デパートの中で四糸乃と会った時のことを思い出す。

 確かにパペット越しで話していた四糸乃と、今の四糸乃では、口調から態度までまるで別人だ。でもーーーーーー

 

「俺は……今の四糸乃の方が好きだけどなぁ……」

 

 十香が現れたときのパペットがのたまった冗談の数々を思い出し、苦笑する。

 あの時の四糸乃は陽気で話しやすかったが、もうアレは自勘弁だった。

 だが士道がそう言った瞬間、四糸乃は顔をボンっ! と真っ赤に染めてフードを引っ張って顔を隠す。

 

「四糸乃……? どうしたか……?」

 

 士道が顔を覗き込むようにしながら声をかけると、四糸乃がフードを握っていた手を離し、ゆっくりと顔を上げる。 

 

「……そ、んなこと、言われた……初め……った、から……」

「そうなのか?」

 

 四糸乃が、深く首肯する。

 

『士道、今の……計算?』 

 

 琴里が心底感心しているように、士道に問う。

 

「は? 計算? 何を言ってんだ……?」

『……いえ、違うなら大丈夫だわ』

「は、はあ……?」

 

 よくわからない妹である、自分はただ思ったことを言葉にしただけなのに。

 

『気にしないで。それよりも四糸乃の好感度も順調に上がってるわ。あと一歩よ、頑張りなさい』

「なあ、四糸乃ーー」

 

 と、士道が四糸乃に声をかけた時。

 

「シドー……! すまなかった、私はーーーー」

 

 突然扉が開かれたかと思うと、朝方家を出たはずの十香が、肩で息をしながら、リビングに入ってくる。

 そして、向かい合う士道と四糸乃の姿を見るなり、ぴき、と身体を固まらせた。

 

「あ」

 

 一瞬。それで士道は理解した。

 

「……ひ…………っ」

 

 四糸乃も異常を感じたのだろう、後ろを振り返り、小さな声を漏らす。

 しかし、それも仕方ない事だろう。四糸乃にとって十香は、パペットを取り上げた怖い相手であるはずだしーーーーそして何より、リビングの入り口に佇む十香からは、士道に向けて凄まじいプレッシャーが向けられていたのだから。

 

「……」

 

 十香は無言のまま、いやに穏やかぁーな笑みを作ると、そのままゆっくりとした足取りでリビングに入ってくる。

 ビクッ、という感触が手に伝わる。どうやら四糸乃が身を震わせたらしかった。

 

「と、十香。ち、ちちち違うんだ。これには訳が」

 

 なんだか浮気現場に踏み込まれた男のような心境になって、士道があたふたと手を動かした。

 しかし十香は、そんな二人に十香は二人の脇を通り過ぎると、リビングを抜けてキッチンに向かい、冷蔵庫や棚からありったけの食料と飲み物を持ち出し、そのまま廊下へ出ていってしまった。

 扉の先から、ダダダダダダっ、という足音が聞こえーーーーそれが二階に到達したかと思うと、今度はバァン! と、乱雑に扉を閉めたような音が聞こえてくる。

 どうやら、また部屋に閉じこもってしまったようだ。

 今度は、十分に食料を蓄えての籠城だ。

 

『……厄介なことになったわね』

 

 右耳に、若干ため息交じりの声が聞こえる。

 

「ど、どうすればいいんだ?」

 

 士道は困惑気味に言うと、エルエルフが冷静に答える。

 

『とりあえず、今は放って置くしかないだろう。今、五河士道が声をかけても、多分逆効果にしかならない』

「そ、そうか……ってあれ?」

 

 四糸乃の姿もどこにもない。

 

『どうやら、十香がよっぽどトラウマになっているようで、ロストしてしまったらしい』

「な、なるほど」

 

 ふぅ、と息を吐き、士道はある違和感に気づき、眉をひそめた。

 士道は口元に手を当て、少しの間考える。

 そして唇を動かした。

 

「なあ、琴里。一つ気になる事があるから調べてもらっていいか?」

『何?』

 

 士道は簡潔に、頭に浮かんだ疑問を伝える。

 

『……ふーん。分かったわ。令音が戻ってきたら調べてもらいましょ』

「じゃ、よろしく」

 

 士道が言うと、琴里が何かを思い出したかのように話を続けてきた。

 

『……ああ、そうそう。十香の乱入で言いそびれたけど、一つ朗報があるわ』

「あ?」

『映像を洗ってみたところ、パペットの所在が判明したの』

「本当か!? それはいったいどこに!」

『それはねーーーーーー』

 

 琴里が発した言葉に、士道は頰を痙攣させた。

 

 

 

 

    




次回『注文の多い鳶一家』


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注文の多い鳶一家

はい、投稿。
今話は長くなりそうだったので二話に分けて投稿します。
それでは早速、本編へ……どうぞ


「ここ……で、合ってるよな……?」

 

 左手に菓子折りの入った紙袋、右手に地図のかかれたメモ用紙を持った士道は、目の前に聳えるマンションを見上げる。

 しかし、それにしても。

 

「なんでまた、こんな泥棒猫みたいなことしてるんだろうな……」

『仕方ないでしょ。鳶一宅に招き入れられるのなんて、士道くらいしかいないんだし』

 

 ぼやく士道に、右耳に装着したインカムから、琴里の声が聞こえてきた。

 そうーーーー今士道は、鳶一折紙の自宅であるマンションを訪れていた。

 四糸乃が消失した際の映像を解析してみたところーーーーーー基地に帰投する折紙が、パペットを拾い上げ、持ち去ったことが分かった。

 それをどうにか入手する為に、わざわざ折紙に家に行っても良いか聞いて、家に招いてもらうことになったのだ。

 

「……というか、そもそも俺が行く必要無いんじゃないか? パペット一つ取るくらい簡単にーーーーーー」

『……やったわよ、とっくに』

「は?」 

 

 溜息混じりに発せられた言葉に、士道が首を傾げ、それに答えるようにエルエルフが言う。

 

「数日前から三度にわたって侵入を試みたが、その全てが失敗に終わった。ーーーー部屋中に赤外線が張り巡らせ、催涙ガスは噴射されている。さらには要所にセントリー・ガンまで設置されて……優秀な<ラタトスク>の機関員六人が全員病院送り……一体何と戦ってるのだ、彼女は?』

「は、はあ……」

『数に物を言わせて強引に押入れば奪取は可能でしょうけど───向こうからお誘いいただけるなら、それに越したことはないじゃない? それにいざという時には、ヴァルヴレイヴ組を派遣するから安心しなさい』

「「「任せて(ろ)」」」

 

 インカム越しから、ヴァルヴレイヴ組の声が聞こえる。

 ちなみにキューマとライゾウとは昼食を共にして、すぐに打ち解けた。

 

「……了解」

 

 基本的に小心者である士道からすれば、同じクラスの女子に行くと言うのは、大変気が済まない。

 しかし、あの不安そうな四糸乃を顔を見てしまっては、そうも言ってられない。

 それにーーーーーー士道自身、一度折紙と話をしておきたいこともあった。

 と、もう一つ気になることがあって、士道は琴里に問いかけた。

 

「十香の様子はどう?」

『相変わらずよ。部屋に籠もってるわ』

「……そうか」

 

 士道は困ったように頰をかいた。

 先日、十香に四糸乃を家に招いていたことを見られてしまったことで、戻りかけていた機嫌をまた損ねてしまった。

 そしてそれからというもの、学校には来ているが避けられているような状況に陥っているのである。

 本当なら今すぐにでも誤解を解きたいが、今はこちらが先決だ。

 

「ーーーーよし」

 

 士道は覚悟を決めて自動ドアをくぐり、エントランスに設えている機械に、折紙の部屋番号を入力する。 

 と、すぐに折紙の声が聞こえてきた。

 

『だれ』

 

 やけに素っ気ない声だった。

 

「俺だ。五河士道だ」  

『入って』

 

 短く応えた士道に、折紙はすぐにそう言葉を返して、エントランス内側の自動ドアが開く。

 士道は、促されるままにマンションに入ると、そのままエレベーターに乗って六階まで上がり、指定された部屋番号の前に到着する。

 

「なんか……すんなり行けちまったんだが……」

「ええ……何事もなかったわね』

「…………」

 

 士道は琴里にそう言うと、琴里もその事に驚いて困惑する声が聞こえてくる。

 エルエルフは何も言ってこなかったが、心底驚いているのはなんとなくわかった。

 

「じゃあ、サポートをよろしく頼むぜ」

『ええ、任せてちょうだい』

 

 言うと、琴里がそう返してくる。

 そして士道は呼び鈴を鳴らす。

 するとすぐさまーーーー折紙が玄関で待ち構えていたかのようなタイミングで、扉が開けられた。

 

「お、おう鳶一。悪いな、今日は無理を言っちゃっーーーーーー」 

 

 士道は軽く挨拶しようとし、思わず右手に持っていた菓子折りを落としてしまった。

 その理由は単純にして、明快。目の前の折紙の格好が明らかに普通のそれとは逸脱していたからだ。

 一言で言えばメイド服。だが、ただのメイド服ではなかった。

 そのメイド服は可愛い系のメイド服よりも更に短い、もはや水着といっても差し支えないほど露出が激しいものだった。

 

「と、と、鳶一!? なんでそんな格好をしてるんだよ!!」

「変?」

「変だよ!」

 

 士道は堪らず叫んでしまう。

 対する折紙は、「そう……」と小さく相槌を打つだけだった。

 

「入って」

「お、おう」

 

 折紙は今の一連の流れをなんらきにするそぶりも見せず、士道を部屋の中へ招き入れた。

 

「お、お邪魔します……」

 

 士道は地面に落としてしまった菓子折りを拾うと、靴を脱いで部屋に上がった。

 そこで右耳のインカムにノイズが聞こえる。

 

『ーーーーーどう……、くっ……まさか、ジャミングーーシド……、お……しs」

 

 ぷつん、とそこで通信が途切れてしまった。

 唯一まともに聞こえたのは、ジャミングの部分。

 つまりは現在、<フラクシナス>のサポートを受けることができないことだけは士道にもわかった。

 

「……? どうしたの」

 

「い、いや……」

 

 士道はさっき以上に強い覚悟を持って、足を進めた。

 

 

「……? なんだ、この匂い?」

 

 部屋に入った士道は、鼻腔をくすぐる匂いに足を止めた。

 食べ物の匂いといった感じではない。どちらかと言えば、香水やそれに近い。

  

「どうしたの?」

 

 再び振り向いた彼女に、士道は言った。

 

「鳶一、お香でも焚いてるのか?」

「そう」

「へ、へぇ……」

 

 勝手なイメージだが、士道の中の折紙はこういった嗜好品はあまり興味ないと思っていたから、少し意外だなと思った。

 それにしても……この匂いを嗅いでいると、頭がぼーっとするのはリラックス効果によるものだろうか。

 

「座って」

「あ、ああ……」

 

 言われて、リビングの中央に置かれていた背の低いテーブルの前に座る。

 

「…………」

 

 そして、士道が座ったのを見届けてから、折紙も腰を降ろした。

 士道の、すぐ隣の椅子に。

 

「……何で隣に座るだ?」

 

 士道は頰をひくつかせながら折紙に言うが、彼女からの返答が返ってくる。

 

「ここは、私の家。だから何処に座ろうと自由」

 

 確かにそうであるが、女子が隣に座っている(ほぼ水着のようなメイド服で)この現状が、思春期男子である士道にとっては大変よろしくないのである。

 とりあえず、何かはさなければいけないだろう。 

 士道は必死に思考してーーーー閃く。

 

「な、なあ、鳶一」

「ダメ」

「あ?」

「夜刀神十香のことは名前で呼んでいるのに、私のことは苗字で呼んでいる。これはとても不平等。直ちに修正を求める」

「は、はあ?」

 

 なんとも回りくどいが、要するは自分も名前で呼んで欲しいということなのだろう。

 少し気恥ずかしいが、まあ……その程度なら問題ないだろう。

 

「じゃ、じゃあ、折紙……」 

「なに」

 

 呼びかけると、折紙は息がかかるほどの距離まで顔を近づけ、思わずドキッとしてしまう。

 士道は心を落ち着かせるためにわざとらしく咳をし、折紙とは反対の方向へ顔を反らしながら口を開く。

 

「なんで折紙はASTに入ろうと思ったんだ?」

 

 士道が聞くと、折紙の目がいつもより真面目なものになった。

 

「あなたは、五年前の天宮市の南甲町の大火災のことを覚えている?」

「え……」

 

 士道は眉をひそめた。士道も昔、そこに住んでいたことがあったためだ。

 確かに五年前の火災で家が燃えてしまい、今住んでいる家に引っ越して来たためだ。

 だが……それと精霊がどう関わってくるのだろうか。

 

「公式には伏せられているけれど、あの火災はーーーー精霊が起こしたもの」

「なっ……!」

 

 士道は驚愕で目を見開いた。

 

「その身に、真っ赤な炎を纏った精霊。私はーーーーその精霊に全てを奪われた。家も、大切にしていたぬいぐるみも、両親すらも。私は、精霊を絶対に許さない。精霊は全て、私が倒す。もう、私と同じ思いをする人は、作らせない」

 

 静かな、しかし強固な意志を思わせる声でそう言い、折紙は拳を握る。

 

「そして、無論それはーーーー夜刀神十香も例外ではない」

「なっ……」

 

 不意に十香の名前を出され、士道は目を丸くした。

 

「彼女は今、精霊とは認められていない。だけど私は彼女の存在を容認できない」

「……っ、で、でも、今の十香は天使の力もなければ、空間震だって起こせない。ただの普通の女の子じゃないか。折紙、この一ヶ月でそれは十分理解できるだろう」

 

 士道がそういうと、折紙は首を傾げた。

 

「なぜ、あなたにそんなことがわかるの?」

「そ、それは」

 

 余計なことを言いすぎた。士道はお茶を濁す言葉を考えて目を泳がす。

 しかしそれは折紙にはお見通しのようで、間髪入れずに抑揚のない声で続ける。

 

「ちょうどいい機会。私もあなたに訊きたいことがある」

「な、なんだ……?」

「四月二一日。私は作戦遂行中に、あなたがヴァルヴレイヴと一緒にいたのを見た」

「……っ!? その名前を一体、どこで」

 

 その日付と単語に士道は背を凍らせ、折紙の言葉を遮って言った。

 なぜならその日は、十香がこちらの世界に静粛現界してデートした日……そして十香の精霊の力を封印した日である。

 

「あなたは、一体何者?」

 

 静かな瞳でジッと士道を見据えながら、折紙が言う。

 

「や、その……それは」

 

 <ラタトスク>のことを漏らす訳にはいかない。士道はしどろもどろになりーーーー

 

「……」

 

 士道は、下唇を噛んで心を落ち着かせる。

 ここまで来たら、恐らく折紙に隠し事はできないだろう。

 ならば……。

 

「折紙……信じてもらえないかもしれないけどーーーー少し、俺の話を聞いてくれないか」

 折紙は、微塵の逡巡もなく首を前に倒した。

「ん……その、だな。自分でもよくわからないだけど……どうやら俺には精霊の力を封印する力があるらしいんだ。それで、ヴァルヴレイヴの正体はハルトだ」

「精霊の力を……それに時縞ハルトが……」

 

 折紙は顔の表情を変えていなかったが、心底驚いているのは分かった。

 当たり前といば、当たり前だろう。だが士道は気にせず、言葉を続ける。

 

「それで封印をするために、俺とハルトはある所の協力してもらっているんだ」

「非常に危険。やめるべき」

 

 折紙は表情を変えてないが、抑揚のない声で注意してくるが、士道は、首を横に振った。

 

「ーーー鳶一。お前は、一度でも四糸乃と話したことがあるか……?

「四糸乃?」

「ああーーー〈ハーミット〉って呼ばれている精霊の事だ」

「ない」

「ーーーだろうな。名前だって知らなかったんだから」

 

 身体ごと折紙に向き直り、続ける。

 

「頼む。少しだけ、少しだけでいい。今度四糸乃が現界したら、アイツと、話をしてやってくれ。ーーーお前が言うように、悪い精霊だっているのかもしれない。でも、十香や四糸乃はーーー、何て言えば良いのかよく分かんねえけど……、すげえ、良い奴なんだよ……! 人間にだってそうはいないくらい、滅茶苦茶、優しく奴らなんだよ……っ!」

「……」

 

 折紙は何も言わずに、至極落ち着いた様子で士道を見つめてくるだけ。静かに、しかし不思議と冷たさは感じない、不思議な色の眼差し。

 

「そうかーー俺……」 

 

 士道は、改めて折紙に目を向けた。

 

「俺は……四糸乃をどうにかして助けてやりたいし、十香の事を認めてやって欲しいとも思っている。でも、それと同じくらい。鳶一、お前にーーーそう、お前に、あんな良い奴らを、殺して欲しくないんだ……っ!」

「……」

 

 折紙は沈黙を貫く。

 

「お前だって、すげえ良い奴なんだ・・・・! 俺のように、偶然や運の良さで力を得たんじゃない。目の前の人で手一杯の半端者でもない。まだ高校生だってのに、世界を守るために戦っているんだぜ? そうそうできる事じゃねえよ。マジで尊敬する」

 

 そう。折紙は間違っているだなんて、士道には言う資格がない。

 五年前に精霊によって両親を亡くしーーーもう、自分と同じ人間は作りたくないと、人を守るために武器を取った気高い少女。

 その決意は、精霊を救いたいと思っている士道と同じ、安く薄っぺらな言葉で汚していい筈がない。

 でも、それでもーーー

 

「なんで……なんでこんなことになっちまってるんだろうな……。誰も、誰も悪い奴なんていねえんだ。十香も、四糸乃も、鳶一、お前だって、皆、優しい奴らなのに」

「それはーーー」

 

 言いかけて、折紙は喉を小さくコクンと鳴らしてから続けた。

 

「それは、仕方ないこと」

「……っ」

「仮に、貴方の言う事が本当で、〈ハーミット〉がこちらとの闘争を望んでいないとする。ーーーしかし、彼女が精霊である以上、空間震発生の危険性は、必ず残る。彼女達の為に、何人もの、何十人もの人間の命を危険に晒すことは、私達にはできない」

 

 あまりにも、そして残酷なほど現実的で、合理的かつ理論的な至極当然とした主張。琴理やエルエルフも、同じような事を言っていた。

 きっと、いや恐らく、間違っているとしたら士道の方なのだろう。

 士道は額についていた手を目元に滑らせ、表情を隠すようにしながら奥歯をギリと噛み締めた。

 頭では、折紙の言っている事が理解できる。だがどうしても、納得できなかった。

 

「ーーー最後に1つ、確認させてくれ」

 

 折紙は、不思議そうに首を傾げた。

 

「十香みたいに、精霊の力が確認できなくなったらーーーもうその精霊に、攻撃することはないんだな?」

「……」

 

 折紙は、しばしの間黙ってから返してきた。

 

「私としては本意ではない。反応が消えてからと言って、精霊を放置するのは危険過ぎる」

「……っ、そんなーーー」

「ーーーしかし。上層部の方針として、精霊の反応が確認できない限り、それは人間と認めざるを得ない。私の独断で攻撃をすることはできない」

「つ、つまり?」

「その質問には、肯定を示す」

 

折紙が、落ち着き払った様子のまま言い、士道は無意識のうちに、唾液を飲み込み、拳をぐっと握っていた。

 

「ーーーありがとうよ。今は、それが聞ければ十分だ」

「そうーーー今日うち来たいと言ったのは、それが目的?」

 

 折紙は短く言って、少しだけ、ほんの少しだけ瞼を落とし、そんな事を言ってきた。

 抑揚のない声に変わりないのに、なぜかそこはかとなく不機嫌そうな雰囲気だった。

 

「っ、や……そ、そんな事はないぞ。今日来たのは、鳶一と話をするためで……」

 

 さすがによしのんの事は言えないが、嘘は吐いていない。

 

「…………」

 

 折紙は、士道の言葉を聞くなり、少し刺々しくなっていた雰囲気を一瞬で霧散させた。

 そして、再度士道ににじり寄ろうとするが、そこで。

 

ウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーー

 

 と、外から空間震警報が鳴り響いた。

 

「く、空間震警報・・・・?」

「…………」

 

 折紙は数瞬の間黙りこくると、小さく息を吐いてその場を立ち上がった。

 

「折紙……?」

「ーーー出動。貴方は早くシェルターへ。それとーーーー」

「?」

「今日のことは私の心の内にしまっておく。これは私がASTに所属していることを黙っていてくれる礼だと思ってほしい。だからーーー」

 

 そこまで言ったところで言葉を遮り、折紙は廊下を出ていった。

 

「そうだ、よしのんを……!」

 

 残された士道は、折紙が家を出ていった事を確認すると、本来の目的であるよしのんを探し始めた。

 

 

  

  

 

 

 




今回は少し長めのあとがきを。
いや〜、折紙さん久しぶりに登場回と言うわけで、楽しんでいただけたでしょうか?
……原作でも変態じみてた折紙はさらなるΩカルマを貯めてやがる……。
本当に本当にあと二話ぐらいでハルトをまともな登場ができるので、少々お待ちを。
それはそうと、う〜ん、今回の話は賛否でそうだなと感じましたがどうでしょうか?
改善点をやさ〜しく教えてくれると嬉しいです。
あと、補足というか今回に合わせて、二十二話を修正させました。
またチャラチャラ〜と呼んでくれると嬉しいです。 
それでは次回『氷塊をも溶かす光』で会いましょう



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切り開く光、溶かす心①

7000UA突破しました。
いつも応援ありがとうございます。
あと、今回の内容に合わせて三十二話の内容を少し変えましたので、先にそちらを見た方がいいかもしれません。
それでは本編へ



「あった……!」

 

 士道はよしのんを見つけると、それを手に取る。

 とりあえず本来の目的は達成した。だが、安堵している暇はない。

 きっと今も四糸乃はASTに殺されそうになり、そうはさせないとハルト達が食い止めてくれているはずだ。

 士道は急いで折紙の自室を出ると、さっきまで小さなノイズしか拾わなかったインカムから琴里の声が聞こえた。

 

『何をやっていたの! このすかぽんたん! ハルト達が血反吐吐きながら必死に働いているのにあなたは……! それに〈ラタトスク〉の機密情報もほいほいーーーー』

「あとで、説教でもペナルティーでもなんでも聞いてやるから、四糸乃がどこにいるかだけ教えてくれ!」

 

 士道が声を上げると、琴里は驚いたように数秒の沈黙のあとーーーー

 

『へえ〜、やっと覚悟が決まったのね?』

「ーーーー」

 

 琴里の問いに、今度は士道が沈黙を通す。

 

『まあ、なんでもいいわ。令音、士道を回収してちょうだい。エルエルフは、ハルト達に士道の降下ポイントまで四糸乃を誘導するように連絡」

『了解(した)』

『それと神無月、あなたは何をしているの……かしら!』

『ああ〜ありがとうございます!!』

 

 ゴスッ! と鋭く鈍い音と共に神無月の恍惚そうな声が聞こえる。

 その後、何事もなかったかのように琴里が言葉を続ける。

 

『……今話した通りだけど、わかったかしら?』

「……お、おう」

 

 本当なら色々聞きたいことがあったが、その気持ちをグッと抑えて曖昧に返答する。

 それと同時に、士道は妙な浮遊感に包まれる。

 転送される合図だ。

 

「みんな……無事出会ってくれよ」

 

 士道は、遥か遠くで聞こえる爆発音の先の場所に目を向け、小さく呟き仲間達の安否を心配した。

   

 

 赤い残光が通り過ぎた瞬間、四糸乃に放たれた無数のマイクロミサイルが全て無力化される。

 続いて、青と黄の残光がお返しと言わんばかりにビームを放つ。

 そのビームはAST隊員が持つミサイルガンのみを貫く。

 折紙もその例には漏れず、すぐに貫かれたミサイルガンを手を放し、距離を取る。

 そして誘爆によって爆風を防御随意領域で、多少の吹き飛ばれる程度まで衝撃を減らす。

 

「くっ……なら……」

 

 折紙は体勢を立て直し、背部のバックパックからガトリングを握る。

 そして照準を残光を放つ存在……ヴァルヴレイヴ、そしてその奥で怯えている<ハーミット>に向ける。

 だがすぐに殺気を感じたのだろうか、ヴァルヴレイヴ<火人>が刀のような武器を手に、接近してきた。

 折紙にはその行動が予測できていたため、すぐにガトリングから近接用の<ノーペイン>に持ち替えて相対する。

 二つの剣がぶつかり合い、折紙と<火人>は目が交差する。

 数秒の鍔迫り合いの後、折紙が問う。

 

「一つ、聞かせてほしい。あなたは時縞ハルトなの」

「……! どうしてそれを」

 

 <火人>……いや、クラスメイトの時縞ハルトは驚いた様子で言う。

 そんなハルトの反応を気にせず、折紙は問いかける。

 

「どうしてあなた達は私たちを邪魔するの。精霊は世界を滅ぼす、それは分かっているはず」

「……」

「あなた達にどのような意図があるかは知らない。だけど、彼を……士道を巻き込むのはーーーーーー」

 

 やめてほしい、そう、ハルトに告げようとした時。

 

「それは違う!」

 

 と、ハルトが否定する。

 

「確かに、最初は巻き込まれただけかもしれない。だけど今の士道は、たった一人の女の子を救うために世界を敵に回す覚悟がある。昔、僕が()()がそうしたように……! だから僕はそんなどうしようなく甘い幻想を持った僕の友達のために戦うんだ」

「……!」

 

 その時、折紙は不思議な感覚に覚えた。

 いつもなら否定から入るはずなのに、今のハルトの言葉を聞いた途端、なにも言い返せなくなってしまった。

 折紙は珍しく動揺していると、周囲の冷気が増したことに気づいた。

 それにはハルトも気づいたようで、二人は冷気の根源へと視線を向ける。

 その視線の先には<ハーミット>の天使である、巨大なパペットが姿を現していた。

 折紙は先ほどまで感じていた迷いを振り払い、その場を立ち上がった。

 そして本来の目的である<ハーミット>を突撃しようとしたところで、<ハーミット>の天使に異変が起きる。

 

「これは……!」

 

 折紙は、完全に冷気が天使を覆う前にガトリングを連射するが、それは<火打羽>が両肩の盾で防がれる。

 そして<ハーミット>を乗せた天使が、凄まじいスピードで氷の上を逃げてしまった。

 

「くっ……追いかけるわよ!」

 

「「「「了解」」」」

 

 折紙達は脳内に指令を発すると、背中のスラスターユニットを稼働させた。

 その後を三つの光が追跡するのだった。

 

 

「……ッ!?」

 

 五河家二階奥の部屋で眠っていた十香は、不意に鳴り響いた爆発音にハッと顔を上げた。

 

「なーーーーーなんだっ……!?」

 

 急なことに驚いて身を起こし、ガラガラッ、と音を立てて窓を開ける。

 そこで、十香は思わず身を震わせた。

 何かに途方もない恐怖を感じたというよりは、窓から入り込んできた風の、予想外の冷たさに身体が震えたのである。

 異常なほどに、気温が下がっている。十香は怪訝そうに眉をひそめながら外を見渡した。

 

「こ、これは……」

 

 視界一面に雨が降り注ぎ、しかも、地面に触れた雨粒が、一瞬のうちに凍りついている。

 

「一体、何が起こっているというのだ……」

 

 と、そこで、ふと先程のことを思い出す。

 昼寝をしていた際、何やら警報のような音が鳴っていた気がする。

 夢か何かかと思っていたが、あれは……

 

「警報……というやつだったのか……!? ならばこれが……空間震?」

 

 タマちゃん教諭に聞いていた爆発云々とは随分イメージが異なっていたが、見るからに異常な事態である。早くシェルターとやらに避難せねばなるまい。

 とーーーーー十香が部屋から出ようとしたその時。

 

「……っ!?」

 

 窓の外を奇妙なモノが凄まじいスピードで通り過ぎていった。

 ずんぐりしたフォルムの、全長三メートルはあろうかという人形である。しかもその背に、緑色のコートを着た少女を乗せていた。

 

「あれは……あのときの」

 

 そう、あれは、士道と会っていた少女だった。

 それを認識すると同時、十香は、心臓がどくんと震えるのを感じた。何の根拠もない。だけれど、なぜだろうかーーーあの少女のもとに、士道がいる気がしてならなかった。

 

「……っ」

 

 十香は唇を噛むと、部屋の外に飛び出していった。

 

◇ 

 

「なんだ……こりゃ……!?」

 

 <フラクシナス>から再転送された士道は、外は五月とは思えない一面の銀世界となっていた。

 それも雪が積もったと言うわけでなく、ただ単純に凍りついているのである。

 

「士道!」

 

 声が聞こえて振り向くと、ヴァルヴレイヴを身に纏ったハルトが降下していた。

 

「ハルト、無事だったのか!」

「問題はないよ。でも状況は見ての通り、あまりいいとは言えない。今、四糸乃が暴走して辺り一帯を凍らせてる。このままじゃ、本来なら排水されるべき雨水まで取り込んで凍結しているから、このままの状態が続けば、地盤や地下シェルターの方にも深刻な影響が出る可能性がある。あまり悠長にしてられない」

『ーー四糸乃を止められるのはあなたと、そのパペットだけよ。行ってくれるかしら?』

「さっきも言っただろう。四糸乃も、街も、あのままにしておくわけにはいかない」

『シン、私の方からも、一ついいかな?』

 

 と、インカムから令音の眠たげな声が聞こえた。

 

『……色々と調べてみたんだがーーどうやら、君の疑問があながち間違っていなかったようだよ』

 

 疑問ーーというと、先日四糸乃が家に来た時、士道が言ったことだろうか。

 そう言えば琴里が、令音に調べてもらうと言っていた気がする。

 

「まずは結論から言おう。君の予想は概ね合っていたよ。四糸乃はーー」

 

 令音が、簡潔に事態を説明してくる。

 それを聞くと同時に、心臓がぎゅうと締め付けられる感覚が、士道の身体を通り抜けた。

 だがーー不思議と驚きはない。

 あるのは、ああ、四糸乃ならば、という納得とーーやはり彼女を救わなければいけないという、確信だった。

 

「琴里……」

『ーーよろしい。それじゃあハルト、士道のタクシーよろしくね』

「あぁ、任せて」

 

 ハルトは言葉を返すと、士道の事を担ぐ。

 

「うおぉ……!」 

「士道、舌を噛まないようにね」

「あ、ちょ、ちょっと待て、まだ気持ちがあああああああああ!」

 

 士道の絶叫のと共に、四糸乃の進行方向に飛び上がった。

 

 

 

 四糸乃の進行方向に先回りしたハルトは、とりあえず士道の事を置いて一度離れる。

 

『ーーー来るわよ』

 

 琴里の言葉から程なく、遠くに、巨大なシルエットが見えてくる。無機質なフォルム、そして頭部にはウサギのような長い耳。間違いなく四糸乃の氷結傀儡だ。それを確認した士道は、喉を潰さんばかりに声を張り上げる。

 

「ーー四糸乃ぉぉぉぉぉッ!」

「……!」

 

 士道の声を聞いた四糸乃が、ピクリと反応を示す。存在に気づいたらしい氷結傀儡は士道の前で停止する。

 

「お、おう、四糸乃。久しぶりだな」

「……士道さ、ん……!」

 

 氷結傀儡に張り付いていた四糸乃は身をおこし、うんうんと首を縦に振る。

 

「四糸乃、おまえに渡したいものがあるんだ」

「……?」

 

 四糸乃の顔はぐしゃぐしゃになっていたが涙を袖で拭い、問うよう首を傾げる。

 

「あぁ、これをーー」

『「士道!」』

 

 パペットを取り出そうとした士道の耳に、琴里とハルトの声が聞こえてくる。

 その直後、士道の後方から四糸乃めがけて、光線のようなものが放たれる。

 ハルトは硬質残光によって防ごうとするが、それは四糸乃の肩口とほほのあたりをかすめ、後ろへ抜けていく。

 

「な……っ」

 

 士道が振り向くと、そこには仰々しい装備に身を包み、巨大な砲門を掲げながら浮遊している折紙がいた。

 

「おーー折紙……ッ」

『ーーそこの少年。危険です。その少女から離れなさい』

「AST、余計な事をっ!」

 

 四糸乃の視界に入らないよう待機していたハルトは、急いで邪魔なASTを排除しようとする。

 

「ぅーーぁ、ぁ、ぁ、ぁ……ッ」

 

 しかし、士道の目の前にいる四糸乃の様子が可笑しいことにも気づいてすぐ、凄まじい冷気をまき散らしながら氷結傀儡は後方へと滑っていった。

 

「エルエルフ! どうする!」

『時縞ハルトは、犬塚キューマと山田ライゾウと一緒に四糸乃を追跡、護衛を続行だ』

「わかっーーいや、待ってくれ」

 

 辺りの冷気を氷結傀儡が吸収しているのに気づいたハルトは、次に行われる攻撃が不味いものだと薄々察し、士道の元に行こうとした瞬間。氷結傀儡が凄まじい冷気の奔流を放ってきた。

 

「なーー」

 

 放たれた奔流は士道のに直撃する思ったが、奔流と士道の間に現れた巨大な玉座が、壁になっていた。

 

「さ、鏖殺公……?」

 

 士道は小さくその名を呼んだ。

 それは十香の天使であり、力を封印した今ではここにあるはずのないものだった。

 

「な、なんでこれがーーー」

『ーー簡単よ』

「琴里……? どういうことだ? 十香の力は、封印されてるんじゃなかったのか?」

『言ったでしょ。十香の精神状態が不安定になれば、士道から十香に、封印されているはずの力が逆流する可能性があるって。ーーフルパワーには程遠いけれど、まさか天使まで顕現させちゃうなんてね。……愛されてるじゃない、士道』

『そのようだな、現に五河士道の体内の霊力反応が弱まっている』

「だ、だからなんで十香の……って、そうだ。俺達も四糸乃を追わねぇとーー」

「シドー!」

 

 そこまで言ったところで上空から十香が下りてきたのだが……彼女の服は制服と霊装が合体したような奇妙なものに変化していた

 

「十香、それは……?」

「ぬ?」

 

 士道に言われて十香も初めて自分の変化に気づいたらしく、驚きの声を上げる

 

「おぉ!? なんだこれは! 霊装か!?」

 

 指摘されて、十香は初めて自分の様子に気づいたらしい。十香は驚きの声を上げる。

 しばしの間、ペタペタと霊装部分を触った後、士道の方に視線を戻した。

 

「そんなことよりーーシドー、無事か? 怪我はないか?」

「あ……あぁ。おかげさまで」

 

 士道は目の前に聳える玉座をを見上げながら答えると、十香はバツが悪そうに目を泳がせ、少し震えた声で言葉を続けた。

 

「その……なんだ、わ、悪かった……いろいろと」

「え……?」

「だから……! 私が、よくわからないことで苛ついてしまって……その、シドーに礼も言えず……迷惑をかけた、からーーずっと、謝りたかったのだ……」

「や……あれは、俺が悪いんだし」

 

 本当は丁寧に否定をしたかった士道だが、今は時間はない。

 

「ーー十香、頼みがある」

「ぬ……? なんだ、改まって」

 

 不思議そうに首をひねっている十香に対して、士道はためらうことなく深々と頭を下げた。

 

「し、シドー?」

「ーー頼む、俺に力を貸してくれ。こんなこと、おまえに頼むのは筋違いだってのはわかってる。でも、俺はーーあいつを、四糸乃を救ってやらなきゃならないんだ……っ!」

 

 士道の言葉をきいた十香は、少しの沈黙の後、小さな声で言葉を紡ぐ。

 

「四糸乃というのはーーあの娘のことか?」

「あぁ」

「……っ」

 

 一瞬息を詰まらせてから、十香は少し悲しそうな顔で言葉を続ける。

 

「……そうか。やはり、あの娘が大事なのだな。ーー私、より」

「……っ、誰がそんなこと言ったよ」

「え……?」

 

 士道は顔を上げて十香の事を真っすぐ見た。

 

「違ぇよ、そういうことじゃーーねぇんだ」

『士道。危険よ。十香に余計なーー』

『いや、今はアイツのやりたいようにやらしてやった方が良い』

 

 エルエルフが琴里の言葉を遮るが、士道はそれを無視して話を続ける。

 

「あいつはーー十香、おまえと同じなんだ」

「同じ……?」

「あぁ、四糸乃は、お前と同じーー精霊なんだ」

「……っ!? あの娘が?」

 

 士道の言葉を聞いた十香は、怪訝そうな声を発した。

 

「ーーそれだけじゃない。あいつも、おまえと同じように、自分の意思じゃどうにもならねぇ力を持っちまってるばかりに、ずっと苦しい思いをしてきたんだ……!」

「…………」

「俺はーーあいつを救ってやりたいんだ。あの、どうしようもなく優しいあの子を。でも、俺だけの力じゃ、あいつを追う事すらできない……ッ」

 

 そして士道は深々と頭を下げる。

 

「頼む、十香。力を……貸してくれッ!」

 

 少しだけ沈黙が流れるが、すぐに深呼吸のような音が聞こえてきた。

 

「……っ、はは……あぁ、そうか。そうだったな。なぜ忘れていたんだろう。──私を救ってくれたのは、こういう男だった」

「十香……?」

「ーーあの娘を、追えばいいのだな?」

 

 雨のせいで十香が何て言ったのか聞き取れなかった士道だが、十香は何も答えず。バッと身を翻した。

 

「……ッ、十香!」

「それ以上は言うな。時間が惜しい」

 

 十香は数歩移動してから、鏖殺公をガンッ! と蹴った。

 蹴られた玉座は前方に倒れながら、その形を微妙に変化させていった。

 

「こ、これはーー」

「乗れ。急ぐのだろう?」

「あ、あぁ……」

 

 士道は戸惑いながらも倒れた鏖殺公に乗った。

 その言葉と同時に、鏖殺公はすさまじい加速で凍った地面を滑り始めようとした時、

 

「待って!」

 

 と、ハルトが制止の言葉をかける。

 

「どうしたのだ、ハルト」

「今、エルエルフから連絡があったんだけど……厄介なことになった」

 




次回『切り開く光、溶かす心②』


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切り開く光、溶かす心②

今回で終わらせるつもりだったのに……長くし過ぎた。
あと、期末考査が眼前に見えてきたので今話で、一旦休憩させてもらいます。
それでは本編へ。


 ーーーー十五分前。

 

『ーーB分隊、先行しなさい。<ハーミット>を追い込むわよ。C分隊とD分隊はヴァルヴレイヴを抑えなさい』

『了解!』

 

 通信機から、燎子と、それに応じるAST隊員たちの声が聞こえる。

 折紙は、AST隊員二名とともに、微妙に進行方向を変えて、〈ハーミット〉を追う本隊から離脱した。

 目標地点は、およそ一キロメートル先の交差点。

 通常であれば目を開けてすらいられないような風圧や、意識が朦朧としてしまうほどのGをテリトリーで中和しながら、目標地点に到達する。

 

「……っ」

 

 そして空を蹴るような感覚でブレーキをかけ、方向転換し、視界には、こちらに進んでくる〈ハーミット〉と人形の姿が見て取れた。B分隊三名はそれを確認すると同時に左右に展開、脳内に指示を出し、スラスターの脇に装備された二本のアンカーユニットを、地面に向かって射出した。

 合計六本のアンカーユニットから光の糸が伸び、互いに絡みあって広大な網の形作る。

 

「レイザーウェブ展開完了、β機、γ機と結合を確認」

『よし、追い込むわよ!』

 

 折紙が言うと、〈ハーミット〉を追っていた燎子の叫び声が通信機越しに響いた。

 

「……っ!?」

 

 そこにきてようやく〈ハーミット〉が待ち伏せに気づいたらしい。

 だがーーーーもう遅い。

 前方、そして左右には網の目状に編まれた魔力の光が。

 後方には燎子たちA分隊の追撃が。

 そして上方には、レイザーウェブを張り終えた折紙たちB分隊が浮遊している。

 

「ぁーーーあ、あ、ぁぁ……ッーーーー」

 

 人形の背に張り付いた〈ハーミット〉が、目を見開き絶望に染まった声をだす。

 

『総員ーーーー攻撃!』

 

 しかし、ASTに精霊に対する同情や慈悲などはなかった。

 号令とともに、AST隊員全員が、標準装備である近接専用レイザーブレードを抜き、〈ハーミット〉に襲いかかった。

 ーーだが。 

 

「ぅ……ぁ、ぁ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーッ」

 

 <ハーミット>が叫ぶと同時、その周囲に、凄まじい風が巻き起こった。

 あたりに降り注いでいた雨粒が雹のように凍りつき、<ハーミット>を覆うように渦を巻いて、吹雪のドームを形作った。

 

 

 

 ーーーー現在。

 

「ーーあれはなんだ、シドー!?」

 

 凍った地面をスノーボートのように滑る鏖殺公の上に、十香に支えられながら辛うじて乗っていた士道は、十香のそんな言葉に顔を上げた。

 

「なっ……」

 

 なんとも奇妙な光景だった。

 地面に吹雪が渦巻き、綺麗な半球形を作っておりーーその周囲にASTが仰々しい武器を構えていた。

 その様子に驚いていると、進行方向に二つの影が視界に入った。

 

「十香、止まってくれ」

 

「う、うむ」

 

 十香が返事をすると、鏖殺公は徐々にスピードを落とし、最終的に影の前で止まった。

 そしてその姿を見て、士道と十香は目を丸くした。 

 そこには四糸乃と初めて会話を交わした時に現れた、青と黄のヴァルヴレイヴが並んでいた。

 

「お前達は……あの時の……!」

「よ、二日ぶりだな、色男。待ってたぜ」

「ったく……遅すぎだってんだよ」

 

 青いヴァルヴイレヴが軽く茶化まじりに、黄色いヴァルヴレイヴが少し苛立った様子で言う。

 

「先輩、山田、無事でよかった……!」

「サンダーだ!」

 

 ハルトが二人の身が案じた言葉を掛けると、黄色のヴァルヴレイヴこと、山田が修正を入れる。

 そこでインカムから琴里の声が聞こえる。

 

『どうやら全員が揃ったみたいね。十香は思わぬ戦力だけど、今は都合は良いわ。令音、説明お願い』

『……分かった。解析の結果、あの氷の結界は霊力や魔力を探知すると、その防性を強化され、一瞬で凍結されてしまう。仮に凍結されなかったとしても、吹雪の中で生成された氷柱

が散弾銃のように降り注ぐ。ふむ……良く出来ている』

『困ったことになったわね。あれじゃあ誰も四糸乃に近づけないわ』

「……近づくにしても、士道じゃないと意味ないし、どうするか」

「そうとも限らないかもしれない」

 

 打つ手なしかと思っていたが、エルエルフが小さく言葉を発する。

 

『なんですって?』

「何か思いついたのか?」

『ああ……作戦……と大袈裟のものではないが方法はある。無論、博打が過ぎるがな」

 

 それを聞いた士道は十香に目を向ける。

 

「十香……ごめん。お前にまた辛い思いをさせるかもしれない」

 

 そう士道が言った瞬間、傍らに立っていた十香が言葉を発する。

 

「シドーは、四糸乃とやらをなんとかする方法に心辺りがあるのだな?」

「……っ、や、その……可能かどうかはーー」

『可能だ』

 

 そこまで言った士道だったが、エルエルフがはっきりと言い切る。

 それを聞いた士道は、決意の表情を浮かべて言葉を紡ぐ。

 

「いや、ある。絶対に……なんとかしてみせる」

「そうか」

 

 そう言った十香は唇の端を上げる。

 

「十香……?」

「そちらはシドーに任せる。ASTとやらの方は私に任せろ。絶対に、シドーの邪魔はさせん……それと、その土台は士道の意思で自由に動かせるようになっている。自由に使ってくれ」

 

 十香はそう言うと、静止している鏖殺公の先端から一振りの剣を取り出す。

 

「安心しろ、五河士道。この作戦で必要なのは、お前と時縞ハルトだけだ。そのため夜刀神十香の護衛に犬塚キューマと山田ライゾウをつかせる」

「……わかった。十香、お前だけだと何かあった時に心配だから、この二人も連れて行ってやってくれ。きっと力になってくれる」

「……わかった。そことそこの貴様、私が先陣を切るから援護を頼む」

「はいはい、人使いが荒いお姫様で……あと、俺の名前はキューマだ。んで、そこの黄色の奴が山田だ……覚えておいてくれ」

「サンダーだ! おい、そこの女! 間違えるんじゃねぇぞ」

「うむ! ではキューマ、山田、行くぞ!」

「人の話を聞きやがれ!」

 

 十香が背もたれを蹴って折紙の方まで飛翔し、キューマと山田がその後を追って飛んで行った。

 

「なっーーあいつ……ッ!」

「士道、今は四糸乃の事に集中しよう」

「……あぁ、わかってる」

 

 しかし士道の中には本当にこれで良かったのだろうか、という不安がぬぐいきれられなかった。

 

「心配しないでよ。エルエルフの予測が外れたことなんて一度もない。だから、士道は士道のやるべきことを全力でやればいい」

 

 その心の中を察知されたのか、ハルトが言う。

 

「……信用しているんだな。エルエルフのこと」

「そう言う契約だからね」

「そうか」

 

 士道は軽く息を吐いて緊張がほぐすと、作戦の通りに行動を開始した。

 

 

 

 

 

 




次回・『切り開く光、溶かす心③』


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切り開く光、溶かす心③

どうも、皆様。お久しぶりです。
リアルの方がだいぶ落ち着いたため投稿しました。
遅れたお詫びとして、今回は長めにしました。
ぜひ楽しんでください。


 あちこちで爆発音が聞こえる中、ハルトはエルエルフに指示されたポイントである株式会社ビルの屋上で待機していた。

 

『ハルト、準備はいいか』

「令音さん? エルエルフはどうしたんですか」

 

 インカム聞こえた眠たげな声にハルトは眉をひそめた。

 

『……なんでも急な用事ができたと言って艦橋を離れてしまった。だが作戦内容は、データとして私に届いているので作戦に支障はない。それに彼のことは……彼の次に一番分かっているのではないかな?』

「……そうですね」

 

 令音の言葉に短く答えると、右手に握っていたボルク・アームを氷の結界へと向け狙いを定める。

 揺れるレティクルが重なり引き金を引こうとした時、突如背後から殺気を感じて咄嗟にジー・エッジを引き抜く。そして殺気の元凶に向けて振るう。

 ガキンッ! と金属同士がぶつかり合う音と共にハルトはそれを目視した。

 そこには細く長い手足と、剣の刃のように鋭く尖った翼と爪を備えた人型だった。その独特な見た目から連想されたのは、ゲームなどで出てくるガーゴイルのようであった。

 辛うじて人型ではあるが、モスグリーンの一つ目には生気を感じることはできない。

 

「この感じ……無人機か。でも、なんで今まで───」

 

 様々な憶測を立てようとしたところで、別の方向から無数のビームの雨が降り注いでいた。

 ハルトは、硬質残光とストライク・ブレイズの二重の防御で防ぐ。ビームの放たれた方向へと目を向けると、二つの影が手の平をこちらに向けていた。 

 

「グッ、もう二体もいたのか……!」

 

 空を飛んでいた二体が、一体目の近くに着陸する。

 これで合計三体。数で言うなら圧倒的に不利である。

 

「令音さん。応答してください、令音さん!」

 

 必死に呼びかけるが、インカムから返答はない。恐らく、あの無人機が通信を妨害しているんだろう。

 今、十香達の救援を見込めない状態で勝てるのだろうか……いや。

 ハルトは目を閉じ、小さく息を吐いた。

 

 ─────譲れないなら戦うしかない

 

 それはかつてエルエルフに送られ、ハルトが戦うことを決意させるきっかけとなった言葉。 

 

「そうだ。譲れないなら……戦え!」

 

 ハルトはカッと目を見開き、ボルク・アームを連射しながら無人機に向かって突撃する。

 無人機はそれぞれが散開して銃撃を回避するが、それをよんでいたハルトは孤立した無人機に接近してジー・エッジを振るう。

 対する無人機も爪で受け止め、残った二機が両手の掌からビーム弾を放つ。

 ハルトは鍔迫り合いをしていた無人機を蹴り飛ばし、その場を離れてビーム弾を躱す。そしてそのまま近くのビル群に逃げ込み体勢を立て直す。

 反撃のため、ボルク・アームのトリガーを引こうとした時だった。

 突如けたたましい警告音が聞こえたと同時に、急に重石が乗っかったように重くなった。

 

「っ!?」

 

 ハルトは急いで視界の端にあるものへと向けると、107/666と書かれたゲージがそこに写っていた。

 この数字が意味すること……それはヴァルヴイレヴの活動限界である。

 ダメージを受けたり、過度な行動を起こしたりすることで数字が上昇していき、それが100を超えた瞬間に冷却のためヴァルヴイレヴは活動を停止してしまう。

 急に動かなくなったハルトを見て、勝利を確信したのか接近戦をしていた無人機が一歩、また一歩と近く。

 そしてゆっくりと、力を誇示するように爪を振り上げる。

 ハルトは爪が貫くと幻視し、ぎゅうときつく目を閉じた。だけれどいつまで経っても、衝撃も鋭い痛みも来ないことに不信感を覚えた。

 

「何をボサッとしている」

 

 聞き慣れた、とても無愛想な少年の声。

 ハルトが慌てて目を向けると、そこに立っていたのは漆黒の装甲に身を包んだエルエルフが右手のレイザーエッジで無人機の攻撃を受け止めていた。

 そのデザインはASTが装備しているCR-ユニットとどこか似ていた。

 

「エル……エルフ。その姿は」

「ヴァナルガンド……アスガルド・エレクトロニクスのCR-ユニットだ。ふむ……援護は不可能か。まあ良い、お前は必要最低限の自己防衛をしていろ」

「わ、わかった」

 

 ハルトが首肯したのを確認すると、無人機の方へと向き直る。

 

「こうなる事も見越して円卓から無理無理引っ張ってきたが……ここまで予想通りに事が運ぶと、自分の才能が怖くなるな。なあ──お前もそう思うだろう」

 

 エルエルフは珍しく自画自賛しつつ、無人機に向けてまるで挑発するように言葉を掛けた。すると今の今まで無機質だった無人機の瞳が怒りの炎が宿る。

 無人機がエルエルフを上空へと弾き飛ばすと、後ろで控えていた無人機も射撃を行う。

 対するエルエルフは背中のスラスターを器用に操作して綺麗に躱す。そして左手掌を後方の二機向け、握り潰すような仕草をする。

 それと同時に翼、足と腕、胴、顔といった順序に潰れていき、小さい爆発とともに力なく倒れた。

 その後、間髪入れずに急降下してレイザーエッジを残りの一機の右腕を叩き斬る。 

 

「……外したか。だが」

 

 小さく呟くと、スラスターを噴射して光の刃を首元へと突き刺す。

 血のように火花が吹き出し、中途半端に締められた魚ように痙攣を起こす無人機────どこからどう見ても勝敗は明らかだった。

 しかし無人機は一矢報いるように、ぎこちない動きで砲門をどこかへと向ける。 

 

「────まさか」

 

 エルエルフは無人機の意図を読み取り、砲門の向いている先へと目を向ける。

 無人機の狙い……それはハルトだった。

 

「逃げろ、ハルト!」

 

 エネルギーが臨界点ギリギリなったところで、咄嗟にエルエルフは叫ぶと同時に蹴りを入れて方向を変える。

 発射されるビーム。だがその方角はスレスレのところを通り過ぎ、代わりに近くに駐車されていた車に直撃して爆発した。

 

「……大丈夫か。時縞ハルト」

「な、なんとかね。エルエルフの方こそ大丈夫?」

「問題ない。コイツはもう動かない」

 

 エルエルフはそう言って、動かなくなった無人機からレイザーエッジを引っこ抜いた。

 

「そうか……でも……」

 

 ハルトは右手のボルク・アームに目を向ける。

 先ほどの砲撃が掠ったのか、銃身の塗装が一部禿げて、小さなスパークを発生させていた。これでは仮に撃てたとしてもまともな威力を出せるはずがない。

 

「これじゃ、作戦が……」

「いや、方法はある。限りなく最悪に近い状態だが仕方あるまい。今からプランBへ移行する。時縞ハルト、ゲージの数字は今いくつだ」

「今は……214/666から緩やかだけど上がって……まさか!?」

「ああ、()()を使う。随意結界で無理矢理、機体の温度を上昇させる。出来るな?」

「……もちろんだ。やってくれ」

「了解した」

 

 ハルトの了承を得たエルエルフは両手を地面につけ、周りを覆うように見えない壁が展開される。

 少し間が経つと、結界内の氷は溶け温度を上昇させてゆく。

 

「グッ……」

「ぬうっ……」

 

 433……492……507……551……とゲージが増えてゆく中、結界内の温度も上昇してゆく。

 現在の温度は推定でも100度を優に超えている。ヴァルヴレイヴとワイアリングスーツの生命維持装置がなければ、今頃蒸し焼きになっているだろう。

 

「602……あと少し、あと少しなんだ」

 

 636、生命維持装置の限界を知らせる無数の警告音が鳴り響く。

 意識が遠のいて行く中、ゲージの数字が666/666に達した時、突如<火人>の装甲が金色に燃え盛る。

 

「あとは……任せたぞ」

 

 エルエルフはそれだけ言い残して倒れてしまう。

 

「エルエルフ!」

 

 倒れたエルエルフに手を差し伸べようとして……辞めた。

 いや、止まるな。ここで止まれば、今までの全てを無駄にしてしまう。

 胸部装甲と背部装甲が展開する。その中から球体状の動力炉が露出させ、それをジー・エッジで肉体ごと自らの手で突き刺した。

 これこそヴァルヴレイヴ一号機である<火人>にのみ許された最強の兵装、《ハラキリブレード》。

 動力炉から発生した黄金の炎を纏って、ゆっくりと刀を引き抜いて掲げる。

 衝突する炎の奔流と氷の結界、凍結と融解を繰り返す。

 少女を守るための盾、少女を救うための剣がそれぞれの信念を通すためにせめぎ合う。

 

「い、いけええええええええ!」

 

 ハルトの咆哮と共に炎はより一層燃え盛り、氷の結界を大爆発を起こした。

 霧が辺りを埋め尽くす中、ハルトは立つことすらままならず片膝をつく。

 晴れていく霧、そこから姿を現したのは一回りも、ふた回りも小さく氷の結界だった。

 もう何もできない。だが、これで結界は無力化できた。

 

 ────そう思っていた。

 

 先ほどまで弱っていた結界が再び冷気を纏って、元の大きさに戻ろうとする。

  

「そ、そんな……ここまでしたのに……それでも届かないのか」

「いや、まだだ!」

 

 ハルトの言葉を否定する声が聞こえたかと思えば、彼の横を高速で何かが通り過ぎる。

 それは自分と同じ砂糖より甘くて、自分よりも誰かを助けにはいられないもう一人の相棒の姿だった。

 

 

 ◇

 

 鏖殺公は士道を乗せて走り出した。目指すは、もうすでに再構成を開始している冷気に向かって突撃する。

 

『何をしているの、士道!?』

 

 インカムから聞こえてくる妹の声。

 

「何って、四糸乃のところに行くんだよ! それ以外にあるかよ」

『───っ、無茶よ。もう再生は始まっているのよ』

「──琴里。確かめておきたいことがある」

『なに?』

「あまりにも気になることが多すぎるもんだから、一つ……訊き忘れてたんだ。俺、十香の力を封印した日──折紙に撃たれたよな」

 

  確かに士道はあの日、折紙によって脇腹を撃ち抜かれた。けれど今は生きている……それがずっと士道の中で引っかかっていたのだ

 

『えぇ──事実よ』

「あれは……一体何なんだ? あれも、原因不明で備わっている俺の能力ってやつなのか?」

『……半分正解、半分ハズレ、かしら』

「って言うと?」

 

 士道の問いに対して、琴里は悩むようにうなってから言葉を続けた

 

『士道に備わっている能力って言うのはその通りよ。体に致命的なダメージを受けた際に、焔が体を焼き、再生させる。アンデッドモンスター顔負けのチート能力よ。──ただ、こっちは、原因不明ってわけじゃないわ』

「今は、その原因は効かないでおく。ただ一つ答えてくれ。俺は、致命的な怪我を負っても、回復することができる。それに間違いはないか?」

『──えぇ。肯定するわ』

 

 琴里のその言葉を聞いた士道は、ふぅっと息を吐く

 

「……よかった。あれが俺の幻覚なら、今から死ににいかなきゃならないところだった」

『……っ、士道、あなたまさか……生身で結界に入るつもり? 回復力頼りで? 無謀すぎるわ、止めなさい』

「おいおい……俺が撃たれたときは、おまえ全然動揺しなかったって聞いたぞ?」

『あの時とは状況が違うわ。吹雪が吹き荒れる領域は、結界内の外周およそ五メートル地点まで。五メートルよ? その距離を、散弾銃撃たれながら進むようなものよ? しかも、その範囲内で霊力を感知されたら、鏖殺公は凍りつかされて使い物にならない。』

 

 

 琴里が静止の言葉を放つが、それでも士道は足を止めようとしない。

 

『言ってる意味わかる? 結界外縁部にいる間は、傷が治らないって言ってるのよ。一発きりの銃弾とは違うわ。途中で力尽きたら、間違いなく死ぬわよ!?』

 

 まくしたてるように、琴里は続ける。

 

「……霊力──か。俺の回復能力ってのは、精霊の力なのか」

 

『──ッ!』

 

「士道──! 士道! 止まりなさい!』

 

 琴里が必死に呼びかけるが、士道は足を止めない。

 

『──止まって……ッ、おにーちゃんッ!』

 

 その言葉を最後に、インカムは琴里の声を発しなくなった。

 超高速で突き進む鏖殺公、しかしそれよりも早く再生を行う。

 ハルトが、十香が、琴里が、キューマが、山田が、エルエルフが、ラタトスクのみんなが必死に作ってくれたチャンスを無駄にしたくなかった。

 だから士道は止まらない。あの、どうしようもないほど優しい少女を、助けなければいけない少女のために。

 士道の思いに呼応するかのように、鏖殺公の速度は文字通り風を切るように速くなる。

 徐々に縮んでゆく距離。だがそれでもあと一歩、もう一歩足りない。

 

「……」

 

 士道は意を決して足に目一杯の力を込めて、鏖殺公を蹴って士道は結界の中に消えていった。

  

 

 結界の中心で四糸乃は、氷結傀儡の背に跨った状態で静かに泣いていた。

 吹き荒れる氷弾の中とは思えないほどに、静かな空間である。ただただ、四糸乃の嗚咽と鼻をすする音だけが、いやに大きく反響した。

 とても怖くて、外には出られない。でも、ここは───一人しかいない。

 よしのんとならこの孤独の世界は耐えられた。だけれど、だけれど─────

 

「ぅ、ぇ……っ、うぇ……よ、し、のん……」

 

 四糸乃は友達の名前を呼んだ。無論、それを答える声のなどあるはずがない。

 ───そう思っていた。

 

「は・あ・い」

 

 四糸乃はビクッと肩を震わせると、バッと顔を上げてあたりを見回した。

 そして涙を一杯に溜めながら、目を見開いた。

 だが──

 

「……ひっ……!」

 

 バタン!と、よしのんの後ろから誰かが倒れ込んできて、四糸乃は思わず足を止めてしまった。

 正確には、今倒れ込んできた人が、よしのんを手に着けているようだった。

 その人物は、全身が血塗れ傷だらけになっていた。きっと四糸乃の結界を無理矢理通ってきたのだろう。

 もはやこれは人というより死体だった。それは四糸乃の目にも明らかだった。

 その男の人が倒れ込んだ場所からは夥しい量の血が流れていた。しかしすぐに、四糸乃はその認識を改めねばいけなくなった。

 なぜなら突然、半死人の身体に無数にあった傷が燃え上がる。

 その様子に唖然としていると、その人物の容貌がわかる程度に全身の傷が治る。

 

「……っ!? 士道さ……っ」

 

 四糸乃は共学に染まった声を発した。

 そう、ボロボロにだった人間は、あの五河士道だったのだ。

 士道はゴロン、とその場に仰向けになると、ふぅぅぅぅと深い溜息を吐いた。

 

「し、死ぬかと思った……約束通りよしのん、持ってきたぞ」

「う、え、ぇえぇぇ……」

 

 すると四糸乃は目に涙を溜めて、遂には泣き出してしまった。

 

「わわわ、な、泣くなって。俺、な、何かいけないことしたか?」

「違…………ます、来て、くれ…………嬉し…………て…………っ」

 

 そう言って、再び「うぇぇぇぇ……」と泣き出してしまう。そんな様子に苦笑しながら、右手で四糸乃の頭を優しく撫でた。

 しばらく四糸乃が泣き止むまで待った後、士道は口を開いた。 

 

「なあ、四糸乃。お前さえ良ければ、俺と友達にならないか?」

「ひ、ひぐっ……と、も、だち?」

「ああ、俺がお前のもう一人のヒーローになってやる。約束だ」

 

 士道は、そう言って右手の小指を四糸乃の前に差し出す。四糸乃も恐る恐る小指を絡ませ、上下させる。

 そして、左手にパペットを装着して、ピコピコと動かしてみる。

 

『やっはー、お久しぶりだね。元気だったかい?』

 

 などと、口をもごもご言わせながら、見よう見真似で腹話術をする。

 拙すぎる芸だったけれど、四糸乃は嬉しそうに首を何度も前に倒した。

 あくまで『よしのん』は、四糸乃の腹話術で動く人形のはずなのである。

 士道は、先程の令音から伝えられた言葉を思い返した。

 

 

『…………調査の結果、こちらがモニタリングしていた精神グラフの後ろに、もう一つ非常に小さな反応が隠れていることが分かった』

「え……?それってつまり…………」

『……要するに、パペットを着けているときにだけ、四糸乃の中にもう一つ、並列しているということさ』

「なっ……そのことをあいつ自身は気づいているんですか?」

『……どうだろうね。ただ一つ確かなのは、デパートで君たちと会話していたのは、四糸乃ではなくパペットを介して発言していた別人格だったということさ。四糸乃自身はそのとき、全ての対応をよしのんに任せ、意図的に心を閉じ込めていた状態に近い。それともう一つ。よしのんの発生原因について、興味深いことがある』

「興味深いこと?」

『…………ああ。己以外の人格を自分の中に生み出してしまう理由はいくつかあるが───ポピュラーなのは、虐待などの強い苦痛やストレスから逃れるため、といったところだろう。要は、辛い思いをしているのは自分ではなく別の誰か、と思い込むために、もう一つの人格を作り出してしまうのさ』

「それって、ASTに命を狙われてたからですか……?」

『……いいや。なんとも信じがたいことに、この少女は、自分ではなく、他者を傷つけないために、自分の力を抑えてくれる人格を生み出した可能性がある』

「───っ」

『…………シン。きっと、彼女を救ってやってくれ。こんなにも優しい少女が救われないのは…………嘘だろう』

 

◇ 

 

「ありが、とう……ござ、ます」

 

 と、不意に四糸乃が頭を下げてきた。

 

「え?」

「……よしのんを、助けて、くれて」

 

 士道は一瞬頬を書くと、小さく笑って「ああ」と頷いた。

 

「次は──四糸乃。今度は、お前を救う番だ」

 

「え……?」

 

 四糸乃が不思議そうに返してくる。士道は四糸乃と目線を合わせるように、その場に膝を突いた。

 インカムからは、何も聞こえてこない。きっと結界を通る際に壊れてしまったのだろう。

 四糸乃の精神状態を知りたかったが、こうなっては仕方がない。

 しかし、いざキスをするとなると緊張してしまう。

 十香の時と違い、こうして幼気な少女とキスをするというのはいささか罪悪感というか、恥ずかしさを感じられずにはいられなかった。

 だがどちらにしろ、腹を括るしかないのだ。

 パペットを失った四糸乃との触れ合いと、今この会話と。

 それだけの時間で、四糸乃に最低限の信頼を得ていると信じて。

 

「あー、えーとだな、四糸乃。お前を助けるためには、その、一つやらなきゃいけないことがあるんだよ」

「なん………ですか?」

 

 四糸乃がきょとんとした様子で首を傾げる。士道は乾くのどに唾液を流し込んでから、言葉を続けた。

 

「……キスって知ってるか?唇と唇を近づけることなんだけど……」

 

 と、士道がキスの説明を始めた途端──

 

「────へ?」

 

 四糸乃は、士道の唇に軽く口づけてきた。

 瞬間、身体の中に何やら暖かいものが流れ込んでくる感覚が士道に全身を駆け巡った。

 以前、士道が感じたことがある。

 

「……なっ!? よ、よ、四糸乃……ッ!? お前……?」

「違い……ました、か……?」

「あっ、へっ、い、いや……違わない……はずだけど」

 

 しどろもどろな調子でそう言う。

 突然のキスに驚いて、最後の方は声が小さくなっていた。

 士道の言葉を聞くと、四糸乃はこくりと首肯した。

 

「士道、さんの……言う事なら、信じます」

 

 と、その瞬間──四糸乃の後方に佇んでいた氷結傀儡や、彼女の纏っていたインナーが、光の粒になって溶けていく。

 そして士道と四糸乃を囲っていた吹雪の結界もまた、急激に勢いをなくして掻き消えていった。

 

「…………っ、お、士道さ…………、これ───」

 

 四糸乃は何が何だか分からないといった様子で、目をぐるぐると回した。そして半裸状態の身体を隠すように、身を屈める。

 

「へ……? ……いや、その…………すまん」

 

 そんな反応をされると、士道も改めておかしくなってきてしまった。

 恥ずかしくなってしまって、士道の方も頬を赤らめてしまう。

 そんな自分の顔を見せたくなくて、手で顔を隠して四糸乃から少し目を反らした。

 あんなカッコつけたこと言っておいて、恥ずかしそうにしているのは、少し決まりが悪い気がした。

 と、そこで。

 

「ん…………」

 

 四糸乃が眩しそうに目を細めた。雲の切れ間から太陽の光が、注いできていた。

 

「暖か──い……」

 

 まるで初めて太陽を目にしたかのように、四糸乃が小さな驚嘆を発する。

 彼女がこちらに現界した際は、いつも雨が降っていた。

 きっと四糸乃は、今まで太陽を見たことが無かったのかもしれない。

 

「き、れい……」

「太陽を見るのは──初めてか?」

 

 ぼうっと、小さく四糸乃に士道は声を掛ける。

 

「は、い……」

「───空って綺麗だろ?」

 

 士道が訊くと、四糸乃は小さく首肯する。

 

「はい…………き、れい……………です」

 

 四糸乃は天を見上げて言う。士道も、それにつられて顔を上にやった。

 そして、すぐに四糸乃が見つめていたものを見つける。

 灰色の雨雲が掻き消えた空には───見事な虹が架かっていた。

 七色の橋に喜ぶ四糸乃の様子を見て、頑張った甲斐があったなと思った。

 




次回『転校生は精霊』


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狂三キラー
転校生は精霊


投稿、最近蒼穹ファフナーの漫画版を全巻買いました。
最終巻を見たとき、ふうーと息をついた後の空虚さよ……BEYONDと同等レベルだぞ
はい、ちょっとプライベート入れてしまってすいません。
それでは本編へ……どうぞ



 イギリスにあるビル群、その中でも一線を画す高さを誇る建物。デウス・エクス・マキナ・インダストリー、通称DEM社はイギリス……いや世界でも一、二を争うほどの巨大企業だ。

 幅広い事業を展開しているが、中でも顕現装置においてはシェアの大半を占めており、自衛隊を初めとした各国の軍部にも提供している(無論、このことは表向きにはなっていないことであるが)。

 会社のビルの最上階にある社長室にて、一人の男が社長椅子に深々と座っていた。

 その男は漆黒のスーツに身を包み、くすんだアッシュブロンドとナイフの切り込みを入れたように鋭い双眸。歳は三十代前半に見えるが、彼が纏う雰囲気はどこか老練さを感じさせる不思議な男だった。

 彼の名はアイザック・レイ・ペラム・ウェストコット、DEM社の代表取締役である。そんな彼の光のない瞳はプロジェクターに映っていた映像に注視していた。

 モニターの中では金色の輝きを纏い、巨大な同色の刀を振るう極東のサムライ。人では扱えない『呪いの棺桶』───ヴァルヴレイヴ。

 

「ほう……RUNEの光も使用したか。これは間近で目にしたかったものだな……そう思わないかい? エレン」

 

 映像を見たアイザックは口角を三日月状に曲げながら、右斜めに立っている女性に語りかける。

 その女性はアイザックとは異なり、艶のあるノルディックブロンドの長髪が特徴的な女性。

 彼女の名前はエレン・ミラ・メイザース、アイザックの懐刀である第二執行部部長兼秘書である。またの名を『悠久のメイザース』。

 エレンは手元のリモコンで映像を停止させると、アイザックの方へと向いて答えた。

 

「……冗談を言わないでください。それよりも映像はここで途切れていますが、開発部がデータを元に()()()()()()()()の改良を行っています」

「そうか、それでエルエルフの様子はどうだったかな?」

 

 アイザックが言うと、エレンは眉を寄せる。

 

「……アイク、その名を言わないでください。虫唾が走ります」

「あはははは、相変わらず君はエルエルフとは仲が悪いみたいだね。懐かしいな……君とエルエルフが口喧嘩しているとエリオットが────」

「アイク!」

 

 アイザックの言葉を途中で止めるエレン。その表情は怒りで染まっていた。

 少しして、ある程度まで冷静さを取り戻したエレンは話を戻す。

 

「ところでアイク、次の手ですが────」

「ああ、もう聞いているよ。心配することはないよ──彼女なら、ね」

 

 

 唇を舐めると、汗の味がした。

 身体の周囲に展開されたテリトリーは、重力を初めとして、温度や湿度もおもいのままにコントロールする事が出来る。

 ゆえに、わずかとはいえ発汗が認められるということは、そんな外的条件以外の原因が考えられるということだった。

 

「……」

 

 鳶一折紙は呼吸を整えるように唾液を飲み込むと、手にした高出力レイザーブレード〈ノーペイン〉の柄をぐっと握り直した。

 今折紙の華奢な肢体を包むのは、着慣れた高校の制服ではなく、ワイヤリングスーツと顕現装置搭載ユニットだった。

 これを身に纏い、テリトリーを展開させた魔術師は、まさに超人といってもいい。

 だが─────今。超人であるはずの折紙は、完全に追いつめられていた。

 

「────さ、あと一人です。どこからでもかかって来やがってください」

 

 彼女は、足元には倒れたAST隊員を一瞥もせず、そう言ってきた。

 

 ─────祟宮真那。

 

 年の頃は十四、五といったところだろう。左目下の泣き黒子に飾られた利発そうな顔には、まだどこかあどけなさが見て取れる。

 だがその小さな体躯を包むのは、少女にはまるで似つかわしくない機械の鎧────CRーユニットだった。

 ここからは見えないが、周囲に広がった障害物の影には、無力化された八人のAST隊員が倒れているはずである。

 あまりに、圧倒的。まるで精霊を相手取って戦っているかのようですらあった。

 ───彼女がこの天宮駐屯地に配属されてきたのは、先月末のこと。

 曰く、陸自のトップエースである。

 曰く、顕現装置の扱いは世界でも五指に入る。

 曰く─────精霊を、単独で“殺した“ことがある。

 確かに話だけを聞けば、規格外の怪物だ。

 だが、出会いざまに「この中に一人でも、私に勝てる人がいるのか」だなんて言われたなら、精鋭を自負するAST隊員達が黙っていられるはずもなかった。

 ゆえに、真那の力を確かめるという名目で、一対十の特別演習が行われたのだ。

 折紙としては、正直あまり興味なかったのだが……

 

「……」

 

 無言で。折紙は、先日真那と交わした会話を思い起こした。

 真那がこの天宮駐屯地に配属になった日、ちょうど折紙たちは先日と、〈プリンセス〉の戦闘映像を見ていたところだった。

 そして真那が、映像に映っていた少年────五河士道を見て、言ったのだ。

 ───『兄様』、と。

 士道にこんな妹がいるだなんて聞いたことがない。のちに折紙がそのことを問うと、真那は驚いたような仕草を見せてから口を開いた。

 

(! 鳶一一曹は兄様とお知り合いなのですか!? ふむ・・・ええ、いいですよ、詳しく話しても。───ただし、今度の演習、あなたも参加しやがってください。それが条件です)

 

 そう言われては、選択の余地がなかった。

 結局、折紙も演習に参加することになったのだが───結果は、見ての通りである。

 九名が既に無力化され、折紙もまた、近接用レイザーブレード以外の装備を失っていた。

 反して真那は、未だ傷一つ負っていない。

 

「……さあ、このままでは時間切れになってしまいやがりますよ?」

 

 真那がふうと息を吐きながら、敬語になりきっていない敬語で言ってくる。

 このまま隠れていても仕方がない。折紙は身体を浮遊させ、真那の前に姿を現した。

 

「────お。ようやく腹が決まりやがりましたか?」

「……」

 

 折紙は脳内で司令を発し、背中のスラスターを駆動させる。

 もとより折紙の手に残った武器は〈ノーペイン〉一つのみである。接近戦を仕掛ける以外に道は残されていない。身体を前傾させ、凄まじいスピードで空を駆ける。

 

「潔し。嫌いじゃねーです、そういうの」

 

 真那は唇の端を上げて、折紙を迎撃した。

 ─────勝負は一瞬にして決まった。

 

 

「あ・ん・た・ら、ねぇ・・・・・」

 

 ピクピクと額に浮き出た血管を蠢かせながら、ビッ! と演習場から回収された鉄塊───真っ二つに断ち分かたれたスラスターユニットを指さす。

 

「模擬戦って言ったでしょうが! 何貴重な装備潰してくれてんの!」

 

 二人はしばしの間、燎子の指の先を眺めてから口を開く。

 

「生半可な方法では、祟宮三尉に隙を作ることは出来なかった」

「やはり模擬戦とはいえ本気でやらねーと、正確なデータはとれねーと判断し───」

 

 そこで、二人の頭が叩かれる。

 

「ご高説は、顕現装置搭載したユニットのお値段をちゃんと調べてから吐きなさい。ウチだって、予算が無尽蔵にあるわけじゃないのよ」

「了解」

「善処するです」

「ったく……」

 

 彼女は「以後気を付けるように」と残し、肩をいからせながら歩いていった。

 その背中が見えなくなってから、真那が不満げにぶー、と唇を突きだす。

 

「まったく、隊長殿にも困ったものですね。そんなみみっちいことだから、精霊にいいようにされちまいやがるんですよ」

「同感」

 

 折紙がうなずくと、真那は嬉しそうに唇の端を上げた。

 

「あなたとは気が合いそうです、鳶一一曹。こちとら、精霊なんて化け物を相手取ってるんです。金に糸目なんて付けやがったら、勝てるものも勝てなくなっちまいやがります」

 

 言って、大仰に肩をすくめた。

 折紙は無言で、真那の顔を改めて見直した。

 やはり……目鼻立ちというか、容姿が士道に似ている。

 だが、士道に妹は一人しかいなかったはずだ。

 会話を交わしたことはなかったが、何度か見たことがある。五河琴里。言わずもがな、真那とは別人である。

 だが────折紙データベースによると、確かに士道は養子だったはずだ。彼女が本当に士道の妹である可能性も、完全に否定出来なかった。

 

「祟宮三尉」

 

 折紙は、自然と口を開いていた。

 

「約束。あなたと士道の関係を教えて」

「士道・・・・? 誰ですか、それは」

 

 真那が首を傾げる。・・・おかしい。折紙は訝しげに続けた。

 

「先日見ていた〈ハーミット〉戦の映像、〈プリンセス〉戦の時に出てきた少年の名前。貴方が、兄様と呼んだ人。演習に参加したら、教えてくれるという約束」

「……っ、兄───様……?」

 

 と、真那が小さく眉をひそめた。

 

「どうしたの」

「いえ、少し、頭痛が・・・」

 

 言って、側頭部を手で押さえる。

 折紙はそんな真那の様子に見覚えがあった。───先月、映像で士道を見たときと同じだ。

 

「……っ、失敬失敬。もう大丈夫です。ええと、兄様のことでしたね」

 

 真那は、頭痛を放逐するように軽く頭を振ってから、ワイヤリングスーツの胸元をまさぐると、銀色の小さなロケットを取り出した。

 そして、それを開いてみせる。中には、小さな男の子と女の子の写真が入っていた。

 

「────士道」

 

 小さく呟く。そう、それは間違いなく、幼い頃の五河士道である。そして隣に写っている、泣き黒子が特徴的な女の子は───どう見ても、真那だった。

 

「これは?」

「昔の写真です。────生き別れた兄様の、唯一の手がかりです」

「詳しく、教えて」

 

 折紙が言うと、真那は困ったように頭をかく。

 

「すまねーのですが、あんまり覚えてねーのです」

「……? どういうこと?」

「いえ……実は私、昔の記憶がねーのですよ」

「……もしかして、記憶喪失?」

「平たく言えばそうなりやがります。───でも、あの映像を見た瞬間、思い出したのです。私は、あの方を兄様と呼んでいたことかある、と」

「ならばなぜ、あんな条件を」

 

 折紙が怪訝そうに問うと、真那はすまなそうに頭を下げた。

 

「いやー……鳶一一曹の実力を見ておきたかったのです。この部隊の中で一番やりそうなのがあなただったもので。────実際、期待以上でした」

 

「……」

 

 折紙は無言で真那の顔を見つめ返す。あそこまで圧倒的な差を見せつけられてから『期待以上』だなんて言われても、少し複雑である。

 と、真那が、上目遣いになりながら言葉を続けてきた。

 

「それで……鳶一一曹。ごめんなさいついでにもう一つお願いがあるのですが」

「なに」

「虫の良い話だと思うのですが、その……兄様のこと、知っていやがるのですよね?わかる範囲でいいので、教えてくれねーですか?」

「……」

 

 なんだか立場があべこべになっている気がするが……折紙は少しの間思案を巡らせてから、小さく首肯した。

 

「────名前は、五河士道。年齢十六歳」

「はい」

「家族構成は父、母、妹。現在両親は海外出張で家を開けている。家事全般が得意。趣味はトレーニングや野菜などの栽培」

「ふむ……」

「血液型はAO型のRh+。身長百七十センチ」

「……はい?」

「体重五十八・五キロ。座高九十・ニセンチ。視力は右ニ・○、左一・八」

「す、ストップストップ!そこまで聞いてねーです!」

「そう」

 

 焦るように叫ぶ真那に、折紙は小さくうなずき返した。

 

「ていうか、え、なんですかその詳細なデータ。冗談ですか?」

「冗談ではない。全て正確な数値」

「…………」

 

 折紙が真顔で返すと、真那は頬に汗を浮かべて顔を引き攣らせた。

 

「……失礼、鳶一一曹と兄様は一体、どのようなご関係でいやがるのでしょうか?」

 

 真那の問いに、折紙は間髪入れず、何の迷いも躊躇いも逡巡もなく唇を開いた。

 

「恋人」

 

 

 

「ふわ〜、ねみぃ」

 

 六月五日、月曜日。

 気温が暖かいから暑いに変わる境目の初夏、士道は大きな欠伸をかきながらそんなことをぼやく。

 

「……まったく、昨日にUMA特集なんて見るからだよ」

「なんだよ、文句があるかよ。ワクワクするだろ、チュパカプラとか雪男とかいたら」

「やっぱりお前もそう思うか!」

 

 士道とハルトが会話をしていると、キューマが明るい口調で割って入ってくる。

 

「キューマ先輩!?」

 

 いつの間に後ろにいたのだろうか、ハルトは少し驚いた様子でその名を呼んだ。

 

「おう、少し遅れそうになったから、<フラクシナス>で転送させてもらった。いや〜、本当に便利だな。あれさえあれば一儲けできそうじゃないか」

「……昔から思ってましたけど、先輩ってそういうことに関しては一級ですよね」

「あったりまえだろ。俺の将来の夢、忘れたわけじゃないだろ」

「それはそうですけど……ところで山田は?」

「ああ、アイツなら今日は学校をサボって海辺の町までバイクでツーリングとか────」

 

 ハルトとキューマの姿を見て、士道はなんとも言えない表情を浮かべるのであった。

 

 

 歩いて数分後、キューマと別れた士道は教室に入るとすぐにクラスの異変に気付いた。

 全体的にクラスがざわついているのだ。これに似た空気を二ヶ月ほど前にも感じたことがある。

 確か……ああ、そうだ。十香が転校してきた時に似ているのだ。

 士道がそんなことを思っていると、先に登校していた十香が小走りで歩み寄ってきた。

 

「シドー、聞いてくれ! どうやら今日、うちのクラスにテンコーセイというのが来るらしいぞ!」

「転校生?」

 

 士道が疑問形で返すと、十香がうんうんと興奮した様子で首を縦に振る。

 

「珍しいね、この時期に転校生なんて」

 

 全くもってハルトの言う通りで、十香はともかくとして二年生の、それも一学期ももう少しで終わりそうなこの時期に転入なんてことまずない。

 だから何かしら特殊な事情があるのだろう。

 まあ、事情がどうであれ、やはり転校生が来るというのは学生にとっては一大イベントであることは変わりないだろう。 

 少し耳をすませば、あちこちでその話題で持ちきりだった。

 しかしその盛り上がりは、ホームルームを知らせるチャイムの音で一瞬でガタガタと席に着く音にすり替わる。

 士道も座ろうとすると、隣の席に本を読んでいた折紙がぺこりと無言で挨拶する。

 少し戸惑いながら同じように返すと、折紙は本の方へと視線を戻した。

 ほどなくして、教室の扉が開き、眼鏡をかけた癖毛の小柄な女性が入ってきた。

 どうみても生徒にしか見えないが、これでも歴とした社会科教師・岡峰珠恵(通称・タマちゃん)である。

 ……それとあまり大きな声で言えないが、今年で二十九歳───ん? 今凄い殺気を感じた気がしたが……まあ、気のせいだろう。

 タマちゃんは「はい、みなさんおはよぉございます!」といつもの調子で挨拶を終えると、出席簿を開こうとし──その手を止めた。

 

「あ、いけない。今日はみなさんに嬉しい知らせがあるんでした」

 

 タマちゃんがそういうと、再びざわつくクラス。タマちゃんは「み、みなさん、静かにしてください。話が進みません!」と慌てた様子で皆を鎮める。

 気を取り直すようにこほん、と咳を一回挟むと話を続ける。

 

「ふふ、なんとですねぇ……このクラスに転校生が来るのです! 早速、お呼びしたいと思います。入ってきてー」 

 

 タマちゃんが扉に向けてどことなく間延びした声で呼びかけると、ガラガラと音を立てて転校生が入ってきた。

 その瞬間、まだ少しだけ残っていたざわめき声すらも風に消えてなくなった。

 入ってきたのは少女だった。この暑い中、冬服のブレザーをきっちり着込み、足には黒タイツを履いている。

 影のような、という表現がぴったりの漆黒の長髪。長い前髪は顔の左半分を覆い隠しており、右目しか見とることはできない。

 だが、それでも、その少女は十香に───人外の美貌を持つ精霊に──勝るとも劣らない妖しい魅力を持っていることは容易に見て取れた。

 

「さ、じゃあ、自己紹介お願いしますね」

「ええ」

 

 タマちゃんに促され、少女は優美な仕草でうなずいて、チョークを手に取った。

 そして黒板に、美しい字で『時崎狂三』と書いた。書き終わった狂三はみんなの方へと振り向く。

 

「時崎狂三ですわ」

 

 そして、そのよく響く声で、少女──狂三がこう続けた。

 

「わたくし、精霊ですのよ」

「!?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、士道の頭上に雷が落ちたような衝撃が降り注いだ。

 

 

 

 




次回『妹とは』


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もう一人の妹

投稿。
祝! アーマード・コア6発売! 
いや〜楽しみすぎますね。予約開始したら、速攻ポチりますよ。
この熱狂のまま〜本編へ 


 黒板の上に設えられた時計は、もう三時を回っている。

 士道の視界の中では、見慣れた帰りのホームルームが展開されていた。チャイムに入ってきたタマちゃん教諭が教卓に出席簿を開き、連絡事項を伝えている。

 何の変哲もない光景。だが士道の心の中はひじょーーーーーーーうに、穏やかではなかった。

 士道は今からおよそ六時間と二十分ほど前のことを思い出す。

 

 ────わたくし、精霊ですのよ

 

 時崎狂三はそう言った時、無論クラスは文字通り三者三様だった。

 まず一つ目、主に殿町などフルオープンな男子生徒達。これはとてもシンプルでキャラのスパイスとして許容する。 

 二つ目、なんとも言えない気まずさを顔に出す。

 いや、まあ、狂三の美貌とミステリアス雰囲気なら、まだ()()()()()()()()()()()()()()()()で済んでいただろう。

 そして三つ目、士道を含めたその言葉のもう一つの意味を知る者。

 精霊。隣界と呼ばれる異界に存在する特殊災害生命体。

 一般的に空間震と呼ばれる特殊災害の発生させ、辺りに甚大な被害をもたらす存在。また、天使と呼ばれる異能の力を行使することが可能であり、その戦闘能力も強大。

 これを脅威とみなした各国政府は、科学的に魔術を再現させる顕現装置を用いて、これに対抗した。しかし、今でも討伐は叶っていないんだそう。

 しかしこの事実を知るのは一部の者だけで、一般には知られてはいない。

 つまりこれが指す意味は────

 そこまで思考した所で、右斜め前に座る狂三が手を振っていることに気づいた。

 突き刺さる嫉妬の弓矢、その中には十香と折紙のものもあった。

 士道はハルトに救援を求めるが、苦笑するのみだった……ちくしょう!

 さんざん脳内でフルに使った結果、士道は油の切れたロボットのようにギクシャクとした動きで手を振る。

 返事を返された狂三は上品ながら嬉しそうにすると、黒板の方へと視線を戻した。

 ……本当に生きた心地がしない。本当に勘弁してほしいものである。 

 

「連絡事項はこんなところですかね。────あ、それと、最近この近辺で、失踪事件が頻発しているそうです。皆さん、できるだけ複数人で、暗くなる前におうちに帰るようにしてください」

 

 まるで、小学生に言い聞かせるように言うタマちゃん。それと同時に教室内に響くチャイムの音。日直が「きりーつ、きをつけー、れーい」とどう見てもやる気がない挨拶を行うと、ガタガタと席を立って談笑する声が聞こえる。

 下校時刻、いつもなら士道も帰っている頃。けれど今日はほんの少しまだ仕事が残っている。

 士道はポケットからインカムを右耳に装着した後、合図をするように軽く小突く。

 

『そろそろ時間ね。用意はいい? 士道』

 

 幼い、しかし高圧的な高音。司令官モードの琴里だ。

 

『まさか、本当に精霊だったとはね。最初、聞いた時は士道の妄言かと思ったわ』

「おいおい……」

 

 鼻で笑うかのような琴里の言葉に、士道は思わず半眼を作る。

 だがそれも無理な話かもしれない。現に当の本人である士道自身も、未だ信じられないのだ。精霊が転校生として現れるなんて。

 ホームルームが終わった後、すぐに琴里に依頼した狂三の観測結果は、昼休みのうちに士道の携帯に送られた。

 結論から言うと──本当に精霊だったのである。

 

『──まあ、でも好都合よ。ASTも状況は知っているかもしれないけど、警報が鳴ってない状況じゃ、迂闊に手を出すことはできないでしょ。今のうちに好感度あげて、キスしちゃいなさい』

「……ん、そうだな」

『なによ、その腑抜けた返事は。しゃんとしなさい、前回の戦闘でヴァルヴレイヴが修理中で使えないんだから』

「わ、わかっているよ。だけれどな────」

「士道さん?」

「うおぉ!?」

 

 突然のことに士道は驚き、思わず声を出してしまう。

 

「ごめんなさい、驚かせてしまいましたか?」

 

 そこに立っていた少女───狂三が、申し訳なさそうに言ってくる。

 

「と、時崎……」

「うふふふ、狂三で構いませんわ」

「あ、ああ……じゃあ、狂三」

 

 士道が言うと、狂三は嬉しそうに微笑んでから言葉を続けた。

 

「さ! 早く参りましょう。ふふ、楽しみですわ」

「あ……お、おいっ!」

 

 足取りも軽やかに廊下を歩いて行ってしまう狂三を、士道は早歩きで追いかける。

 

 

 天宮市上空一五〇〇メートル。

 そこには秘密組織<ラタトスク>が誇る技術の粋を集めた空中戦艦・<フラクシナス>が浮遊していた。

 その医務室にて、先に転送装置で回収されていたハルトとキューマが採血が行われていた。

 

「エルエルフ、呑気にこんなことをしていていいのかよ」

「そうだぜ。今、士道は精霊とコンタクトしている最中なんだろ? なにかしらの協力は必要なんじゃないか」

「なら尚更、お前達は邪魔だ。下手に干渉して、時崎狂三の興味が二人のどちらかに向けられても余計な手間が掛かるだけだ。お前達は大人しくここで検査を受けろ」

 

 二人の血のサンプルを検査機に入れながら、エルエルフがキッパリと言い切る。

 

「グッ、だけど──」

「それにこれは今後のためになる」

「え?」

「この世界には顕現装置という俺たちの世界でもなかった機器がある。このスーパーコンピューター何百基分の解析能力があれば、もしかしたらRUNEを生成できるかもしれない」

「っ!? それは本当なのか!」

 

 ガタリッ! と音をたてながら椅子から立ち上がると、エルエルフに問い詰める。

 だが、それも無理もない。だってそれを指す意味は───もう言わずもがなだろう。

 ハルトにとって、これほどまで嬉しいことはない。 

 一方のエルエルフは何かを言いたそうだが、体を揺さぶられて言えない状況だった。

 

「落ち着けよ、ハルト。あくまで可能性の話だろう。まだそうだとは決まったわけじゃないんだから、そんなに興奮することじゃないだろう?」

 

 エルエルフの代わりにキューマが言うと、ハルトも「そ、そうだね」と我に返り、掴んでいた手を離した。

 少ししてから復帰したエルエルフが立ち上がると、気を取り直すように会話を再開する。 

 

「──というわけだ。今後の精霊攻略にも確実にヴァルヴレイヴの力が必要になる。お前達には一分一秒も長く戦ってもらわなければ困る。よって今日はお前達の体を徹底的に検査する。」

「……本当に苦いやつ」

「なんとでも言え。次はレントゲンを撮るから、隣の更衣室で病衣に着替えろ」

「わかった」

「りょーかい」

 

 

「うふふ、楽しかったですわ」

 

 士道と別れて、一人夕日の道を歩きながら、狂三はそんな声を発する。

 声のトーンからして、心の底からのものであることは察せられる。

 と────その瞬間。

 

「……あら?」

 

 狂三は、不意に全身を襲った感覚に、眉をぴくりと動かした。

 全身を無遠慮に撫で回されるかのような感触。この感覚は初めてではなかった。

 現代の魔術師が顕現装置とかいう機械を使って作り出した結界・テリトリー。

 その中でも特別なもの。そう、間違いなく────あの女。

 

「やっと見つけましたよ〈ナイトメア〉」

 

 狂三の思考を裏付けるように、狂三の目の前に、一人の少女が姿を現した。

 髪を一つに括った、中学生くらいの女の子である。

 装いはパステルカラーのパーカーにキュロットスカートというラフなものだったが、その身に纏う空気は、獲物を見つけた猛禽さながらに剣呑だった。

 

「あらあら、あなたは……祟宮真那さん、でしたかしら?」

 

 狂三が小さく首を傾げながら言うと、真那はフンと不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「私の名を覚えてやがったことは褒めてやりますが、気安く呼ばれるのは反吐が出やがります」

「あら、これは失礼しましたわ」

 

 狂三はペコリと頭を下げ、素直に謝った。

 

「でも、“お名前”は大事でしてよ。わたくしも〈ナイトメア〉なんて呼ばれるのは悲しいですわ。時崎狂三と呼んでくださいませんこと?」

 

 狂三が言うと、真那は一層気分悪そうに眉を歪めた。

 

「大事だから、貴様には呼んで欲しくねーんです。大事だから、貴様は呼んでやんねーんです」

「難しいお方」

「黙れよ、精霊」

 

 真那が視線を鋭くすると、臨戦態勢に入る。

 もうなにを言おうとも意味はない、と察した狂三は小さく嘆息する。

 

「仕方ありませんわね。こうなっては実力行使ですわ」

 

 狂三がそういうと、足元の影が彼女を這うように覆い始め────

 

「カハッ────」

 

 吐血した。腹部から赤い染みが広がっていき、糸が切れた操り人形のように力なく倒れた。

 

「安心するです。今、楽にしてやりますから」

 

 真那は冷たい声で言うと、肩部のユニット下部のパーツを腕部に接続する。

 接続されたパーツの先が展開、そこから<ノーペイン>同様の青白いレーザーブレイドを形成する。

 そして狂三の首元に光刃を────

 

 

 

 狂三と別れたあと、士道は十香と一緒に、近所のスーパーに夕食の材料を買いにいっていた。

 ずしりと重いビニール袋を右手に引っ提げ、もうだいぶ暗くなってしまった道を歩く。

 

「いやー、今日は良いタイミングで入れたな」

 

 思わず自然な笑みを零してしまう。

 やはり精霊とのコンタクトは神経を集中させるのもあるが、さらに今回の<フラクシナス>副司令の暴走も相まって余計に精神に負荷をかけてしまう。

 おのれ神無月恭平、今日のことは絶対に許さん。

 

 

「シドー! 今日の夕飯はなんだ? ハンバーグか?」

 

 と、十香が今日の夕飯について聞いてくる。

 十香もここ数週間で、材料からメニューを推し量るのに慣れたらしい。興奮気味に口を開いてくる。

 

「あ、私もそれに一票」

 

 と、隣で琴里もそう言ってくる。

 

「あー、どうすっかなー、蓮根のはさみ揚げに三色そぼろ丼ってもあるけど───ん?

 

 前方から、ざっ、と、スニーカーの底でアスファルトの道を擦るような音が聞こえてきて、士道はふと顔をそちらに向ける。

 そこには、ポニーテールに泣き黒子が特徴的な、琴里と同年代くらいの女の子が、驚愕に目を見開きながら立っていた。

 パーカーにキュロットスカートというラフな格好。いて間もないと思われる赤い汚れが目立っていた。まるで血痕のような────

 

「……?」

 

 見知らぬ顔……の筈だが、士道は小さく首を傾げる。 

 なぜだろうか、妙に“今の自分“と姿が似ている気がする。

 そこで、少女が士道達のいる方向をジッと見つめて驚いているのに気づく。

 士道は後ろを振り向くが、何か少女のことを驚かせるようなものはない。

 士道は訝しんでいると、少女は彼の前まで歩み寄ってきた。 

 

「に」

 

 少女が、震える唇を動かす。

 

『「「に?」」』

 

 士道、十香、琴里が首を傾げるような声を発する。

 少女はバッとその場から駆け出すと、士道の胸に飛び込んできた。

 

「は?」

『なっ!?』

 

 士道と琴里は少女のその行動にそう呟いて、自分に向けて飛び込んできた少女に視線を向ける。

 自分の身体に手を回し、感極まったようにぎゅうぅ、と抱きついてくる。

 まだ頭が整理しようとしない時、少女が士道の胸に顔を埋めながら、言った。

 

「────兄様……!!」

「は? はあっ!?」

 

 訳が分からないと言わんばかりの驚愕の叫びが路上に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回・『真実はいつも影の中』


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妹VS妹(シスターズ・ウォー)

はいはーい、投稿ですよ〜。
ささっと本編行きますよ〜。




「おお、ここが兄様の今の家でいやがりますかっ!」

 

 五河家の前にたどり着くなり、少女が髪をブンブンと振り回しながら、敬語になっているのかよくわからない言葉を弾ませた。

 その様子はどこか大型犬を思わせる。

 自称・士道の妹。名前は崇宮真那というらしい。

 なんとも胡散臭いことこの上ない少女であったが……路上で突然士道に抱きついたあと、その場にへたり込み、目に涙を浮かべながら、自分がどれだけ士道に会いたかったかを切々と語りだしたため、仕方なくここに連れてきたのである。

 無論、琴里にも許可はとってある。というか───真那を五河家に連れてこいと言ったのは、他ならぬ琴里なのだ。

 

「む、しかし驚いたぞ。シドーにもう一人妹がいるとは……」

 

 と、十香が、真那をまじまじと見つめながら言ってくる。

 

「いや……そんな記憶はないのはずだけど……」

「そうなのか? シドーによく似ていると思うのだが……」

「当然です! 妹でいやがりますから」

 

 十香が言うのに、真那が自信満々といった様子で腕組みする。

 だが真那はすぐにハッとした顔を作ると、複雑そうな表情で十香と士道を見てくる。

 

「……しかし兄様。真那はあまり感心しねーです」

「は? 何がだ……?」

「決まっていやがります! 鳶一───じゃなくて、ええと、ね、義姉様というものがありながら、他の女性とも関係を持つなどと……」

 

 真那がこほんと咳を入れながら、頰を染めながら言った。

 

「は───はあ!?」

 

 士道は目を向いて叫びをあげた。

 

「? どうかしやがりましたか」

 

 真那の言葉に士道は言った。

 

「つっこみどころが多すぎるわ! まず何だって? お前、折紙と知り合いなのか?」

「ええ……ひょんなことから……」

 

 誤魔化すように目を泳がせる真那。まあ、どこで知り合ったかは非常に気になるところではあるが、今はもっと気に留めなければいけないことがあった。

 

「色々と聞きたい事はあるんだけど、その義姉様ってのは何?」

「いや、私もその呼び方に抵抗がなくはねーのですが、将来的にそうなるからと……」

「そんな予定はないぞ!?」

「そ、そうなんですか」

 

 若干、困惑気味に真那が言う。

 折紙……一体、何を吹き込んだのか、考えるのも怖いが少し気になる。

 

「しかし、そうだとしても兄様の二股疑惑は……」

「ふたまた。なんだそれは?」

 

 十香が首を傾げる。また、面倒な言葉に食いついてくれたものだ。

 しかし士道が言う前に、真那が十香に向かって声を発した。

 

「単刀直入に聞きます。十香さんでしたね。貴方は兄様とお付き合いしていやがられるのですか?」

「な…………っ!」

「な、何を言っているんだよ!」

  

 士道は顔を赤くして二人の間に割って入るが、真那は完全に無視して十香に質問する。

 

「……十香さん? 兄様とデートなどしやがったことは?」

「おお、あるぞ!」

 

 十香の何の悪気もない爆弾発言に、士道は頭を抱える。

 

「…………」

 

 そんな士道の様子に、真那はじーっと睨んでくる。

 

「い、いや、そのだな……」

 

 嘘でない分、否定しずらい。士道は顔中に脂汗を浮かべて後ずさった。

 と、真那が頰を染めながら、恐る恐ると言った調子で十香に再度質問する。

 

「十香さん。もしかして、そ、その、き、キスも───」

「おお、したぞ」

「──っ!」

 

 十香があっけらかんと答えると、真那が目がくわっと見開いた。

 

「ふ、不潔ですっ! まさか兄様がこんなジゴロになっていようとは……! 真那は悲しいです。矯正です! 矯正が必要です!」

「お、落ち着けって……」

「シドー、ジゴロとはなんだ」

「十香は、これ以上話をややこしくしないでくれ」

 

 最早、話が収拾がつかなくなりかけ、涙が出てきそうになる頃。

 ガチャリ、とリビングの扉が開く音がし、その場にいた全員がその一局に集中する。

 そこに立っていたのは、もう一人の家族にして親友のハルトだった。 

 

「ただいま〜ってあれ? お客さん? あれ、じゃあ、お茶とお菓子を買っておいたほうが良かった。ちょっと待てて、近くのコンビニで買い出しに行ってくる。せっかくだから四糸乃ちゃんも呼んでくるね」

「ちょ、ちょっと待てくれ! お菓子もお茶もあるからわざわざ買ってくる必要はないぞ。それに今、帰ってきたところだろ? 四糸乃は琴里が連れてきてくれるみたいだしさ、ゆっくりしてけよ」

 

 現在、我が家が修羅場になっていることを知らないだろう。いつものように気の利くことをしよとするハルトを士道は懇願するように引き止める。

 ここでハルトを引き止めなかったら、一体何されるか分かったものではないからだ。

 そんな士道の気迫に押されたのか、ハルトは「そ、そう?」と言って引き返す。

 これで首の皮一枚つながったと思い、士道は胸をなで下ろす。

 

「兄様、このお方は……」

「ああ、コイツの名前は時縞ハルト。うちの同居人」

「まさか……兄様、そっちのほうにも────」

「んなわけあるか! 俺は至って普通な男子高校生だ!」

 

 士道の抗議に対して、真那は未だ懐疑的だ。

 

「えっ……と、一体何の話をしてるのかな……?」

 

 ハルトは戸惑いながら、聞いた。

 

 

「はい、こんなものしか出せないけど……」

 

 ハルトは真那に麦茶を差し出すと、真那が「ありがとうございます」と言ってお茶に口をつける。

 どうやら、何とかほとぼりを冷ましてもらったようだ。だが、次なる問題が発生した。

 士道は視線を右にスライドさせる。

 そこではつい先ほど合流した琴里が、真那を睨んでいるのだ。

 いや、それが普通なのだ。その場に流されそうになるが、今分かっている真那の情報は自称妹を脱却していない。だから怪しむのも仕方がないだろう。

 何かしなければ、いつまで経っても現状は変わらない。

 士道は覚悟を決め、真那の方へと向く。

 

「なあ……ちょっと質問してもいいか?」

 

「はい! 何でしょう、兄様」

 

 士道が声をかけると、真那は心底嬉しそうに、跳び上がらんばかりの勢いで答えた。琴里はなぜか不機嫌そうに、フンと鼻を鳴らす。

 

「その……すまん、俺は君のことを覚えてないんだが……」

「無理もねーです」

 

 真那は腕組みをし、うんうんとうなずく。

 

「一つ、訊きたいんだが……君のお母さんって……今は」

 

 そう。

 もし本当に、この目の前の少女が士道の実の妹なら───それを知っているはずである。

 士道を捨てた、本当の母────その居場所。

 士道はそう聞くと、予想外の言葉が返ってきた。

 

「さあ?」

 

 真那は首を傾げると、あっけからんとした調子でそう言った。

 

「え……?」  

 

 士道は眉根を寄せる。────まさか、真那も自分と同じように捨てられたと言うのだろうか。

 そんな士道の思考を読み取ったのか、真那が士道に首を振った。

 

「あ、ちげーますちげーます。そういうことじゃなく───」

 

 真那は恥ずかしそうに苦笑すると、手元に置かれた紅茶を一口飲んでから言葉を続けた。

 

「私───実は昔の記憶がすぱっとねーんです」

「なっ……!」

「……なんですって?」

 

 その言葉に、隣に座っていたハルトが驚き、不審そうな色を濃くしたのは琴里である。軽く姿勢を直して真那に向かい、再び唇を開く。 

 

「昔のって、一体どれくらい?」

「そうですね、ここニ、三年のことは覚えてやがるんですが、それ以前はちょっと」

「二、三年って……じゃあなんで士道が自分の兄だなんてわかるのよ」

 

 琴里が問うと、真那が胸元から銀色のロケットを取り出し、中に収められていた、やたらと色あせた写真を見せてくる。士道達は覗き込むように見ると、そこには、幼い士道と真那の姿があった。

 

「これ……俺か?」

 

 士道は少しだけ驚くような声をあげる。しかし────琴里は怪訝そうな顔を作った。

 

「ちょっと待ってよ。これ、士道十歳くらいじゃない? その頃にはもう、うちに来てたはずでしょ?」

「そうだったか?」

 

 士道はそう言って写真を見直すが、この写真の人物が今の自分にしか見えないのもまた、事実だった。

 

「そうなのですか? 不思議なこともあるものですねぇ」

 

 士道と真那はこういった細かい事を気にしない所が似ている…………気がしないでもないが、琴里は真那に言った。

 

「不思議って……他人の空似なんじゃないの? 確かに……かなり似てはいるけども」

「いえ、間違いねーです。兄様は兄様です」

「……なんでそう言い切れるのよ」

 

 琴里が問うと、真那は自信満々に胸をドンと叩いた。

 

「そこはそれ、兄妹の絆で!」

「「「……」」」

「……そうなのか?」

 

 

 琴里は話にならないといった調子で肩をすくめ、はふぅと吐息した。……少しだけ、安堵しているようにも見える。

 ハルトは、なんとも反応に困っている様子。十香に関しては士道と真那に首を振りながらそう呟く。

 そんな四人に真那は、感慨深げに目を伏せて言葉を続けた。

 

「いや、自分でも驚いていやがるのです。本当にびっくりしました。兄様を見たとき、こう、ビビッときたのです」

「何それ。安い一目惚れじゃあるまいし」

「はっ、これは一目惚れでしたか。───琴里さん、お兄さんを私にください」

「やるかッ!」

 

 琴里は反射的に叫んだあと、ハッとした様子でわざとらしく咳払いをする。

 

「とにかく、よ。そんな薄弱な理由で妹だなんて言われても困るわ。第一、士道はもううちの家族なの。それを今さら連れていこうだなんて────」

「そんなつもりはねーですよ?」

「え?」

 

 あっけらかんと答えた真那に、琴里が目を丸くする。

 

「兄様が家族として受け入れてくれやがったこの家の方々には、感謝の言葉しかねーです。兄様が幸せに暮らしているのなら、それだけで真那は満足です」

 

 言って、真那がテーブルを越えて、再び琴里の手を取る。

 

「む……」

 

 琴里が、ばつが悪そうに口をへの字に結ぶ。

 

「ふん……何よ、一応分かってはいるみたいじゃない」

 

「ええ。───ぼんやりとした記憶ではありますが、兄様がどこかへ行ってしまったことだけは覚えています。確かに寂しかったですが、それ以上に、兄様がちゃんと元気でいるかどうかが不安でした。───だから、今兄様がきちんと生活できていることがわかってとても嬉しいです。こんなに可愛らしい義妹さんもいやがるようですし」

 

 言って、真那がにっと笑う。琴里は頬を染め、居心地が悪そうに目を逸らした。

 士道は琴里達をもう大丈夫だと判断した矢先。

 

「まあ、もちろん。“実の妹には敵わねーですけども“」

 

 

 瞬間。ぴきッ、と、空気にヒビが入るような音が聞こえた気がした。

 士道はこれから発生するであろう。

 大戦に巻き込まれるように台所へ向かおうとするが、先にハルトに取られていた。

 無言の空間の中、琴里はピクピクとやたら引きつった笑みを浮かべている。

 

「へぇ……そうかしら?」

「いや、そりゃそーでしょう。血に勝る縁はねーですから」

「でも、士道が言ったように遠い親戚より近くの他人とも言うわよね」

 

 琴里が言った瞬間、今度は終始にこやかだった真那のこめかみがぴくりと動いた。 

 そして一拍おいたあと、真那が琴里の手を放し、テーブルに手を突く。

 

「いやっはっはっは……でもまあほら? やっぱり最後は、血を分けた妹に落ち着きやがるというか。三つ子の魂百までって言いやがりますし」

「……ぐ。ふ、ふん。でもあれよね、義理であろうと、なんだかんだで一緒の時間を過ごしているのって大きいわよね」

「いやいや、でも結局他人は他人ですし。その点実妹は血縁ですからね。血を分けてますからね! まず妹指数の基準が段違いですからね!」

 

 真那が高らかに叫ぶ。妹指数。聞いたことのない単語だった。しかし、琴里は差し挟むふうもなく言葉を返す。

 

「血縁血縁って、他に言うことないの? 義理だろうが何だろうが、こっちは十年以上妹やってんのよ!」

「笑止! 幼い頃に引き裂かれた兄妹が、時を超えて再会する! 感動的じゃねーですか!」

「うっさい!」

 

 琴里はそう言って、近くにあったクッションを真那に投げつけるが、真那はそれを咄嗟の瞬間で躱す。

 しかしクッションは突き進んで行き、空中で止まった。

 ───────まるで何かに当たったように。

 数秒後。クッションは床に落ち、そこから現れたのは銀髪の髪に、紫紺の瞳が特徴的な少年──────エルエルフが立っていた。

 

「「あ」」

 

 琴里と真那はそう呟いて動きを止める。

 表情は変わらない。いつものような仏頂面。でも分かる。真紅に燃え盛る憤怒のオーラを。

 それをキャッチした十香はソファに隠れ、先ほどまで喧嘩していた琴里と真那が手を繋いでガクガクと震えていた。

 エルエルフは床に落ちたクッションを拾うと、二人に向けて言った。

 

「何があったかは知らないが、とにかくそこの二名は正座をしろ。今、すぐにだ」

「「は、はい」」

  

 

 

 

 




次回『謎』


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投稿。
すいません、あとがきで少し話すことがあるので早く本編へ行かせてもらいます。


 翌日。キーンコーンカーンコーン、と、聞き慣れたチャイムが鼓膜を震わせる。

 時計の針は八時三十分を示していた。朝のホームルームの開始時刻である。辺りで談笑していたクラスメートたちがわらわらと席に着き始めていく。

 そんな中、士道は昨日の件でエルエルフが琴里と真那に説教した後、どこで暮らしているか聞いてみたが、はぐらかすような真那の行動に士道は違和感を覚えていた。

 だが、士道は考えていた所で仕方がないことだろう。真那については思うこともあったらしく、エルエルフが調べてくれるらしい。

 

「今は……待つしかないか……ん?」

 

 誰にも聞こえない声で呟こうとして、早めに席に着いていた士道は小さく首を傾げる。

 チャイムが鳴ったというのに、狂三の姿が教室になかったのである。

 十香も同じことを思ったのだろう、キョロキョロと辺りを見回している。

 

「むう、狂三のやつ、転校二日目で遅刻とは」

 

 と、十香がそう言うと、

 

「───来ない」

 

 士道の左隣から、そんな静かな声が響いてくる。

 折紙が、視線だけを十香に向けて唇を開いている。

 

「ぬ? どういう意味だ?」

「そのままの意味。時崎狂三は、もう、学校には来ない」

「鳶一さん……君はもしかして────」

 

 何かを察したのだろうか、ハルトは目を見開きながら何かを折紙を問おうとしたが、ガラッ、と教室の扉が開き、出席簿を両手で抱えるように持ったタマちゃんが入ってきた。すぐさま学級委員が、起立と礼の号令をかける。

 

「おっと……」

 

 

 折紙が言っていたことも、それに対するハルトの反応も気になったが、挨拶をしないわけにはいかなかった。士道は皆と一緒に礼をしてから席に座りなおした。

 

「はい、皆さんおはよぉございます。じゃあ出席取りますね」

 

 言ってタマちゃんが出席簿を開き、生徒の名前を順に読み上げていく。

 

「時崎さーん」

 

 そしてタマちゃんが、狂三の苗字を呼んだ。だが、返事はない。

 

「あれ、時崎さんお休みですか?もうっ、欠席するときにはちゃんと連絡を入れてくださいって言っておいたのに」

 

 タマちゃんが、頬を膨らませながら、出席簿にペンを走らせようとする。

 と、その瞬間。

 

「────はい」

 

 教室の後方から、よく通る声が響いた。

 

「狂三?」

 

 後ろを向き、士道は視線を向ける。

 そして教室後部の扉を静かに開き、そこに立っていたのは、穏やかな笑みを浮かべながら小さく手を挙げた狂三だった。

 

「もう、時崎さん。遅刻ですよ」

「申し訳ありませんわ。登校中に少し気分が悪くなってしまいましたの」

「え? だ、大丈夫ですか? 保健室行きます・・・?」

「いえ、今はもう大丈夫ですわ。ご心配おかけしてすみません」

 

 狂三はペコリと頭を下げると、軽やかな足取りで自分の席に歩いていった。

 

「なんだ。普通に来たじゃないか」

 

 士道はそう言って、不穏なことを言っていた折紙の方へ視線を向ける。

 

「…………ん?」

 

 士道は訝しげにしながら折紙を見る。

 折紙は微かに眉根を寄せ、狂三のことを凝視していたのである。

 表情こそあまり変わらないように努めているようだが、その目は確かに訴えかけていた。まるでここにいるはずのいない人間を見るかのように。

 一方のハルトはというと、先ほどまでの思い詰めていた顔が嘘のように安堵した表情を浮かべていた。

 それからつつがなく進行していき、無事に終わった。

 

「────はい、じゃあ連絡事項は以上です」

 

 ほどなくして、タマちゃんがホームルームを終えて教室を出ていく。

 そして、士道は琴里に電話をしようとした時────ポケットに入れていた携帯電話が着信音を響かせ始める。

 画面を見ると、そこには五河琴里の名が表示されていた。

 

「もしもし? 琴里?」

『────ええ、士道』

「琴里? 何かあったのか?」

「ええ。・・・困ったことになったわね。まさかこんなことが現実に起こり得るだなんて』

 

 琴里らしくない苦々しい語調に、士道は眉をひそめた。

 もったいぶる言い方に、士道は更に疑問を浮かべる。

 

「おい、どうしたんだよ。何があったっていうんだよ……!」

『少し待って、こっちも情報を整理している最中よ。士道、昼休みになったら、ハルトと一緒に物理準備室へ向かって。見せたいものがあるわ』

「え? は? なんで……?」

『いいから、絶対に来なさい』

 

 そこまで言うと、琴里は士道の返答も聞かずに電話を切った。

 

「……まあ、とりあえず昼休みに行けば分かるか」

 

 士道はそう呟いて、携帯電話をポケットにしまい、授業の準備に入った。

 

 

 

 昼休み。ハルトと士道は真っ先に物理準備室へと向かった。

 

「────遅い」

 

 中学校の制服を着た琴里が、不満をさえずるように唇を突き出しながら顔を出す。

 

「ごめん。さっきまで十香に捕まってた」

「そう。十香に不安させてないでしょうね?」

「一応……気を配ったつもりだけど……」

「うん、僕の目から見ても問題はないように見えたけど……」

 

 士道とハルトの言葉に、琴里は「はあ」とため息をつくと、咥えていたチュッパチャプスを手に持って唇を再び開く。

 

「まあ、いいわ。早く入りなさい。時間が惜しいわ」

 

 琴里はそう言うと、あごをしゃくり、士道を部屋の中へ誘い入れた。

 と、そこで琴里の胸にいつもの来賓許可証がないことに気づき、士道は言った。

 

「というか、今日は黙って学校に来たのか?」

「そりゃあね。放課後ならまだしも、こんな時間に中学生が高校にいちゃいけないでしょ」

「それもそうか」

 

 士道は理由を聞いて興味を無くすと、物理準備室の奥へと顔を向けた。

 部屋の最奥にある回転椅子には、既に令音が座っていた。

 

「……ん、来たね、シン」

「令音さん……どうも」

 

 いつものように名前と何ら関わりないあだ名で呼ぶ令音に、士道はそう言って近くの椅子に座り、その隣にハルトが座る。

 ギシリとパイプ椅子の軋む音を聞きながら士道は二人に聞いた。

 次いで琴里が、士道を挟むように隣に腰を落ち着ける。……二ヶ月前のギャルゲー訓練と同じ立ち位置で、なんか嫌な記憶を思い出させる。

 

「そ、それで……俺に見せたいものがあるって聞いたけど、一体何なんだ?」

 

 士道がそう言うと、琴里が目配せして令音が頷いて机の上に置かれたディスプレイを起動させた。

 画面に目を向けると、映し出された映像を見る。

 そこに映っていたのは────『恋してマイ・リトル・シドー2〜愛、恐れていますか〜』の可愛らしいタイトルロゴと色とりどりのアイドル系アニメ美少女だった。

 

「続編!?」

「……ああ、間違えた。こっちだ」

 

 士道が戦慄に身を震わせると、令音が再びマウスを操作し出し、パッと画面が暗転する。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!? 何か今、すごく嫌なものを見た気がしたんですけど……!?」

「煩いわねぇ……今はどうでも良いでしょ。あんまり気にしてると将来、ハゲるわよ」

 

 いや、良くない。全く良くない。もう、あんな選択肢を間違える度に黒歴史を世界中に暴露されるのだけは勘弁してほしい。

 前作の鬼畜度を知っている(実際にプレイしたことはないが)ハルトも半眼を作りながら、「なんだろう、このサブタイトルからして……マク○スだよね」と呟いていた。

 うん、それは俺も思った。

 と、そこで思考を止めた。暗転していたディスプレイが、別の映像を流し始めていた。

 ────狭い路地裏に、なぜか狂三と、ポニーテールの女の子が向かい立っている。

 

「これは真那と……狂三?」

「……」

 士道は映像に映っている真那を見てそう呟き、ハルトは映像を真剣な表情で見つめる。

 そう、その映像に映っている少女は、狂三と真那だった。

 

「ええ、昨日の映像よ。───周りをよく見て」

「なっ……」

 

 士道は琴里に言われた通り周りを見ると、変哲もない住宅街の一角に、機械の鎧を纏ったASTの隊員の姿があるのを見て、半ば呆然と喉を絞る。

 

「AST……なんで……」

「十中八九、精霊である狂三の殲滅だろうね……昨日のホームルームには鳶一さんも居たし、観測装置もあるだろうからいつ襲撃は起きてもおかしくなかった。それに……」

 

 そこからは声が小さくて聞き取ることはできなかった。士道は再び映像に目を向けた。

 映像の真那の全身に白い機械の鎧が出現する。ASTものとはデザインが明らかに違うが、エルエルフが身に纏っていたヴァナルガンドのような特殊なものだろうか。

 映像を見続けると、それに応ずるように狂三が両手を広げた。

 足下の影が狂三の身体を這い上がり、ドレスを形成していく。しかしもう少しでドレスが完成する一歩手前で、狂三が真那の装備しているCR-ユニットの肩パーツからレーザーによって撃ち抜かれた。

 路地に真っ赤な血が撒かれ、狂三は力なく地面の上に仰向けで横たわる。

 完全に動かなくなった狂三の首に、真那が光の刃を突き立てる。

 

「おい、辞めろ……辞めてくれ。真那……!」

 

 無意識のうちにそんな声を発した。だが、そんなものが映像の真那の耳に届くはずもなく、真那は狂三の命を容赦なく摘み取った。

 その様子にハルトは思わず目を背け、士道は込み上げてくる嘔吐感に耐えていた。

 歯の根がガチガチと鳴って、寒くもないのに身体が震える。

 狂三の身体を解体仕切ったところで、その身に纏っていたCR-ユニットを解除して元のラフな私服に戻っていた。

 その表情は無表情……いや、少し違うか。自分のしたことに何の感慨も覚えていないようだった。

 焦燥感も、罪悪感も、絶望感も、それどころか──達成感すらもなく酷く作業的だった。

 そう、まるで慣れているかのように。それくらい、真那は狂三の死に無関心であった。

 映像が停止して数秒後、鉛のように重たくなった空気を断ち切るように、ようやくハルトが口を開いた。

 

「なるほど……琴里達が驚いてた理由って狂三が死んだ筈なのに、普通に学校に登校していたからって事なんだね」

「そう、我々もそこが分からないんだ」

「考えられることは……真っ先に思いつくのは天使の力だね。例えば士道の『炎』みたいに再生する能力とか、でもそれだと色々辻褄が……」

「狂三の能力に関しては、現在エルエルフが色々調べている最中よ。でも、また映像みたいに復活するかはわからないわ。事態は一刻も争うわ。士道、あなた狂三をデートを誘いなさい」

「……っ……ああ、わかった」

 

 なんとか思考を落ちかせた士道は、先ほどまで打って変わって真剣なものになっていた。

 

 

 折紙は士道が教室を出るのを横目で確認してから、ゆっくりと立ち上がった。

 士道が昼食も摂らずに、しかも夜刀神十香まで放って向かった場所も気になったが────今はそれより先にやらねばならないことがある。

 しょんぼりと肩を落とす十香の脇を通り抜け、目的の人物の席まで歩いていく。

 

「────少し話がある」

 

 そして、その席の主───時崎狂三に、冷たい視線を投げながらそう言った。

 狂三は大仰に首を傾げると、右目をまん丸に見開いてきた。

 

「折紙さん・・・でしたわよね。わたくしに何か?」

「きて」

 

 折紙は短く答えると、そのまま教室の外に歩いていった。

 狂三は数秒の間、逡巡するようにあごに指を当てていたが、折紙が廊下に出てしまうというところで、慌てた様子で席を立った。

 

「ま、待ってくださいまし。一体どうしたんですの?」

「……」

 

 ちらと後方を一瞥する。

 

 触れれば折れそうな華奢な手足を振りながら、必死に折紙に付いてくる狂三の姿が目に映る。なるほど、どこか庇護欲を掻き立てられる姿だ。

 だが────今折紙にはその姿に、得体の知れない気味悪さしか感じなかった。

 そのまま歩調を緩めることもなく、すたすたと屋上前の扉に歩いていく。

 以前、士道を連れてきたこともある場所である。平時であればまず人が訪れない、耳を気にせねばならない話をするときには便利な空間だった。

 

「はぁ……はぁ……っ」

 

 階段を一気に上がったからだろうか、狂三が肩で息をしながら手すりにもたれかかる。

 それから数十秒。呼吸が落ち着くのを待って、狂三は唇を動かした。

 

「ええと……何かご用ですの?わたくし、まだお昼を食べていないのですけれど……」

 

 少し不安そうに眉を八の字にしながら、狂三が言ってくる。

 折紙はそんな狂三の様子に表情をぴくりとも動かすことなく応じた。

 

「あなたはなぜ生きているの」

「え……?」

「────あなたは、昨日死んだはず」

 

 そう。折紙は昨日、確かに見た。

 狂三が真那によって四肢を断たれ頭を潰され、完全に絶絶命させられたのを。

 真那としては不服そうだったそうだが、燎子の命令で招集された折紙たちAST隊員は、万が一真那餓精霊を仕留め損なったときのために、周囲を固めていたのである。

 

「…………」

 

 狂三が、ぴくりと眉の端を動かした。  

 その後数秒間、外気に晒されている右目で、折紙の顔を睨め回してくる。

 そして────。

 

「────ああ、ああ。あなた。あなた。昨日真那さんと一緒にいらっしゃった方ですの」

「……」 

 

 狂三がそう言った瞬間、折紙はその場から飛び退いた。

 根拠はない。ただ脳が得体の知れない違和感を覚え、折紙に逃げろと警告したのだ。

 

「まあ! まあ! 素晴らしい反応ですわ。素敵ですわ。素敵ですわ。でぇもォ」

「────っ!」

 

 折紙は息を詰まらせた。後方に飛び退いた先で、何者かに足首を掴まれたのである。

 見やると、いつの間にか折紙の足下にまで狂三の影が伸び────そこから、白く細い手が二本、生えていた。

 しかも影はじわじわとその面積を増すと、壁をも這い上がっていった。

 そしてそこからも無数の手が生え、後方から折紙の腕や首をがっちりと拘束してくる。

 

「く────」

 

 もがくも、細い指は折紙の身体から離れようとはしなかった。それどころかさらに力を増し、折紙を壁に磔にしてくる。

 

「きひひ、ひひ、駄ァ目ですわよぅ。そんなことをしても無駄ですわ」

 

 狂三が、笑う。

 数刻前の狂三からは想像も付かない歪んだ笑みを顔に貼り付け、聞いているだけで腹の底に冷たいものが広がっていくかのような声を発しながら。

 

「昨日はお世話になりましたわね。きちんと片付けしてくださいまして? わたくしのカ・ラ・ダ」

 

 狂三が、髪をかき上げながら折紙の方に近づいてくる。一瞬、前髪に隠されていた左目が見えた気がした。無機質な金色。

 およそ生物の器官とは思えない形状をした瞳に見えるのは、十二の文字と二本の針。そう────それは、まるで時計のように見えた。

 

「わたくしのことを知りながら、一人で接触を図るだなんて、少々迂闊なのではごさいませんこと?しかもわざわざ、人目につかない場所まで用意してくださるだなんて」

「……っ」

 

 確かにその通りだった。昨日のあまりにもあっけない幕切れを見て勘違いしていたのか────それとも、学校での狂三の姿から錯覚していたのか。いずれにせよ、折紙のミスだった。

 精霊を脅威と言っていながら、心のどこかに油断があったのだ。

 ワイヤリングスーツを展開しようにも、警報が出ていない状態で戦闘行為をするわけにはいかない。

 折紙は、この状況をどうにかして打開するために脳をフル回転させるが、白い手は首を絞める力を増していく。

 

「ぐっ……」 

 

 意識がどんどん揺らいでいき、折紙も掴んでいた手も弱くなっていった────その時だった。

 

「そこまでだ」

 

 と、どこからか少年の声が聞こえた。

 

「あらァ……どなたですの?」

「別に、そんなお嬢様言葉を使わなくても構わないぞ。お前とはそんな仲ではないだろう、時崎狂三」

 

 カツ、カツ、と音をたてて階段を登っていき、銀髪の少年がネクタイを緩めながら現れた。

 その姿を見た狂三は眉をピクリと動かすと、折紙を掴んでいた手を解放する。

 

「コホッゴホッ、あなた……は────」

 

 折紙は咳き込みながら問うと、少年は「名乗るものではないさ」と言ってあしらった。

 

「きひ、きひひ……これはこれはァ、エルエルフさん。ご機嫌麗しゅう。こうして面と向かって会うのは何年ぶりでしょうか」

「ざっと……三年と二ヶ月と五日、二時間三十二分四十三秒ぶりだな」

「あら、数えてましたの?」

「冗談に決まっているだろう。いくら俺でも限界がある」

「どうだか……」

 

 側から見れば、昔の知り合いに会って話す内容である。だが、少年と狂三の間には火花が散っているように見えた。

 

「一つ問おう。お前は──何が目的だ」

 

 エルエルフが袖の内から出したバタフライナイフを突きつけると、狂三はにぃぃ、と唇の端を上げた。

 

「うふふ、一度学校というものに通ってみたかった、というのも嘘ではございませんのよ?でも、そうですわね、一番となるとやはり────」

 

 そこで一拍おいてから、とても愉悦に浸るかのように答えた。

 

「────士道さん、ですわね」

「────ッ!!」

 

 士道の名前を出されて、折紙は声を詰まらせた。

 そんな反応を見てか、狂三がいたく楽しそうに笑みを濃くする。

 

「彼は素敵ですわ。彼は最高ですわ。彼は本当に────“美味しそう“ですわ。ああ、ああ、焦がれますわ。焦がれますわ。わたくしは彼が欲しい。“彼の力が欲しい“。彼を手に入れるために、彼と一つになるために、この学校に来たのですわ。一度手を出そうと触れたのですけれど、あの“怪物“のせいで阻まれてしまいましたけど」

 

 ────戦慄。折紙は背中がじっとりと湿るのを感じた。まさか、精霊が一個人を────しかもよりにもよって士道を狙って現れるだなんて、予想だにしなかった。

 しかし。そこで折紙には疑問が生まれた。

 今し方狂三が発した言葉。『彼の力』とは士道のあの想像を絶するあの力なのだろうか。

 

「そういえばもう一人、美味しそうな方が居ましたけれど……もしかして───あなたがお話になっていた『お友達』でして?」

「さあ……? だが、お前が一般人に手を出すと言うのなら、お前を殺さない程度で痛めつけさせないといけないわ」

「一般人……そうですか。まあ、そう言うことにさせてもらいますわ。それでは私に気をつけるよう、ハルトさんにお伝えしてくださいまし」

 

 そう言うと、狂三はくるりと踵を返し、階段を下りていった。

 少ししてからエルエルフも、折紙を一瞥すると狂三のあとを追うように階段を降りた。

 

「ま、待って」

 

 折紙はエルエルフに礼と正体について聞こうと追いかけるが、そこにはもう少年の姿はなかった。

 

「士、道────」

 

 なぜかは分からないが、狂三は、士道を狙っている。

 早く本部にそのことを伝えなくてはならない。否、たとえそうしたとしても、精霊が個人を狙っているなんて話を信じてもらえるかどうかは分からなかった。

 ────もしその時は、私が士道を守らなくては。

 折紙は奥歯を噛みしめ、くっと拳を握った。

      

 

 




はい、あとがきです。
楽しんで頂いたのならありがたいです。
でも今回で僕はこのデアヴを少し休載することにしました。
理由は主に二つ。
まず一つ目、デアヴに対する情熱がなくなってきて、皆様に面白い話を提供できないと思ってしまったから。
そして二つ目、これは一つ目の免罪符的に作成している、インフィニット・ストラトスで新作に気を取られているためです。
二千二十三年一月一日二十四時、『ダーリン・イン・ザ・ストラトス』で検索!
それではまた次回か、次回作で〜


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ユウグレドキノ

「……むぅ」

 

 十香は椅子に座ったまま顔を上げ、黒板の上にある時計を見やった。そろそろ昼休みが終わってしまう時間である。

 お腹がコロコロと鳴る。朝ごはん以来食べ物を口にしていないものだから、健啖家の十香はもう目眩がするくらいお腹がペコペコだった。

 でも、弁当はまだ開けていない。士道は先に食べていろと言ったが……士道と一緒に食べるご飯のおいしさを知ってしまった十香は、どうもそういう気になれなかったのである。

 おまけにハルトも一緒にいなくなってしまっことにより、そのことを相談しようにもできないので余計に心の中がモヤモヤする。

 

「……シドー」

 

 もう教室には、外に遊びに行っていた生徒がちらほらと戻り始めていた。気の早い者などは、もう次の授業の準備を始めている。

 だが、まだ士道の姿は見えなかった。

 

「う……う……」 

 

 なぜだろうか、目がじんわりと熱くなって、鼻で呼吸をするのが苦しくなってくる。

 ずずっと鼻をすすって、目元を拭う。服の袖が少し濡れていた。────と、そこに。

 

「────あれ?どしたの十香ちゃん」

「何、まだご飯食べていないの?」

「もう授業始まっちゃうよー」

 

 外で昼食を摂っていたらしい女子三人組が、教室に入るなり、十香に声をかけてきた。

 よく十香を構ってくれる女子たちである。確か名前は、右から亜衣、麻衣、美衣。似たような名前が縁で仲良くなったのだという。

 

「ってうわ!どーしたのよ十香ちゃん!泣いてんじゃん!」

「なになに、誰かに何かされたの!?」

「おいコラ誰だよ出てこいやぁッ!!」

 

 見事なコンビネーションで十香を囲い込み、三人が口々に言う。

 教室の男子たちがビクッと肩を震わせた。

 

「ち、違うぞ!別に何もされていないぞ!」

 

 十香は慌てて手を振ると、三人に訴えかけた。

 

「ええ? そうなの?」

「じゃあ何、どうしたの?」

「花粉症? 花粉症なの?」

 

 十香はブンブンと首を振ると、手元の弁当箱に視線を落とした。

 

「シドーがな、まだ戻ってこないのだ。……それで、今日は、あまりシドーと話せていないなあと思ってしまって、そうしたら、なぜか、こう……」

 

 それを口に出すと、目からポロポロと大粒の涙がこぼれた。

 

「あぁっ! 十香ちゃん! いいのよ辛いならそれ以上言わなくて!」

「ていうか五河君あり得ないんですけど! こんなかわいい子を泣かせるとか! 時縞君も時縞君よ。なに、親友の不始末を見逃しているのさ!!」

「首を落として豚の餌にしてくれるッ!」

 

 三人がやたらテンション高く叫ぶ。十香は再びアワアワと制止した。

 

「し、シドーもハルトは悪くないのだ! ただ、私が……」

 

 十香は乏しい語彙の中から言葉を拾い集め、士道に非がないこと、十香がちょっと士道がいることに慣れてしまっていたことが原因なのだと説明をした。

 それを聞いて、亜衣、麻衣、美衣がふぅむとうなる。

 

「十香ちゃん的には、五河君とお話できて、ご飯とか食べちゃって、あまつさえ遊んだりできたらスーパーハッピーなわけね?」

 

 亜衣が言ってくる。十香はこくこくと頷いた。

 

「くぅッ、なんて純真なの。もうこれ五河君百叩きじゃ済まないでしょ」

 

 次いで、麻衣が芝居がかった調子で涙を拭く真似をする。十香は目を丸くした。

 そんな十香の様子を見ていた三人は「よし!」と膝を叩いた。

 

「十香ちゃんのためなら人肌脱ぐよ私は!」

 

 と亜衣が言うと、自分の鞄から紙切れを二枚持ってきた。

 

「あ、亜衣、あんたそれは……!」

「そう、天宮クインテットの水族館のチケットよ……ッ! 確か明日開校記念日で休みでしょ? 十香ちゃん! これあげるから、明日五河君と行ってらっしゃい!」

「亜衣! それはあんたが────」

 

 麻衣が言いかけるのを、亜衣が手で制する。

 

「それ以上言うんじゃあねぇ! 十香ちゃんが遠慮しちまうだろぃ……」

 

 亜衣が言うと、麻衣と美衣は涙を堪えるような仕草をして、十香の肩をそれぞれ掴んだ。

 

「十香ちゃん……! 黙って受け取ってちょうだい……!」

「亜衣を! 亜衣を女にしてやってくんなせぇ……!」

「ぬ、ぬぅ…………?」

 

 十香はなんとなくこの場の雰囲気を壊してしまうことが躊躇われて、大人しく亜衣からチケットを受け取った。

 

「って、いやいや」

 

 急に冷静になった亜衣が、十香に言う。

 

「つまりね十香ちゃん。これ持って五河くんにお誘いかけてみなさいって」

「お、おさそい……?」

「そ。明日デートしていらっしゃいって言ってんの」

「……!」

 

 言われて、十香は目を見開いた。デート。確か、男女が一緒に遊びに行くことだ。

 

 ────嗚呼、それはとてもいい。

 

 思えばここ最近ずっと、士道とデートに行っていない気がする。久しぶりにデート。それは、とっても素敵なことに思われた。

 

 だが────一つ問題があった。

 

「わ、私が誘う……のか」

 

 十香は緊張に汗を垂らしながら言った。

 

「ええ。たまには女子から誘うのもいいモンよ。時縞君は私達に任せて!」

「だ、だが……もし断られたら……」

 

 十香は不安げにそう言うと、三人は肩をすくめ、「はふぅ」と息を吐いた。

 

「おっけおっけ。まず断られはしないと思うけど、というか断ったりなんかしたら五河くん、しばき倒すけど、私達がとっておきの秘策を授けてあげるわ」

「ひ、秘策……?」

「そう。結局男なんてエロで動いてるモンなのよ。十香ちゃんがこの誘い方をすれば、一国を制圧できるレベルの兵力が集まるわよ」

「い、いや、そんなにはいらんのだが……」

「いーからいーから。まずはね……」

 

 十香は、こくこくとうなずきながら亜衣の秘策を聞いた。

 

 

 そして時間が経ち、帰りのホームルームが終わると、士道は直ぐ様席を立つ。

 その際、右側の十香がなんだかモジモジした視線を、左側からは折紙の絶対零度の魔眼を浴びた気がしたが、どうにか無視して狂三のもとへと赴いた。

 

「狂三、ちょっといいか」

 

 言ってから、廊下の方を指で示し、歩きだし、ひと気のない場所まで歩いてから、大人しく後をついてきた狂三に向き直る。

 

「士道さん。いかがいたしましたの?」

「あ、ああ。突然で悪いんだが……狂三、明日暇か?」

「?  ……ええ、大丈夫ですけれど」

「その、もしよかったら、この辺を案内しようか……?」

「え?  それって……」

「ま、まあ……平たく言うと……デート、かな」

 

 その瞬間、狂三がパァッと顔を明るくした。

 

「本当ですの!?」

「あ、ああ……どうかな?」

「もちろん。光栄ですわ」

「そっか、じゃあ……明日10時半に、天宮駅の改札前で待ち合わせな」

「ええ、楽しみにしておりますわ!」

「じゃあ、また明日」

 

 狂三が満面の笑みで言い、士道は軽く手を上げると教室に戻っていった。

 

「(良し。後は狂三とのデートを成功させるだけだな)」

 

 と、なんとも短絡的なことを考えていると。

 

「───彼女と何を話していたの」

 

 静かで抑揚のない声を響き、士道は心臓が飛び出そうになる。

 慌てて後ろを振り向くと、そこに折紙が立っていた。

 その後ろには十香の姿もあった。

 

「……い……っ!?」

「────彼女と何を話していたの」

 

 怜悧な瞳で士道を見つめ、静かで抑揚のない声を響かせる。

 

「い、いや、何でもないよ」

「答えて。これは非常に───」

「わ、悪りぃ。急ぐからまたな折紙!  十香!  帰るぞ!」

「ぬ? う、うむ!」

 

 折紙の脇をすり抜けて自分の席まで走り鞄を手にとって逃げる。十香も何とか反応し士道の後をついてきた。

 一人取り残された折紙は、無表情ながらもどこか寂しそうな雰囲気を醸し出していた。

 そんな彼女の事情を知らないのか、不意にポケットの中が震える。

 折紙はスマホを取り出し差出人を確認すると、そこには日下部燎子の名前が記されていた。

 

「どうかしたの?」

『ええ……もうあなたも知っているだろうけど、<ナイトメア>が復活しているわ。だから───』

「それ以上は不要。すぐにそちらに向かう」

 

 そう言って、電話を切る折紙。

 その瞳にはたった一つの炎が燃え盛っていた。

 

 

「時縞君、そこの荷物をそこに置いてね〜」

「ほら、さっさと運ぶ!」

「まじ引くわー」

「ちょ、ちょっと待て!? 僕だけなんか仕事の量がおかしくない!?」

 

 ハルトは大きめの段ボールを運びながら、亜衣麻衣美衣の三人に抗議する。

 放課後。係の仕事を手伝って欲しいと三人に呼び出され快く了承した。

 そこまではいい。だがその内容が教室の掃除や張り紙の交換だけでなく、体育祭の準備やら修学旅行の出し物の準備やら文化祭の準備やらetc……とどう考えてもどうでもいい業務までやらされている。

 ちなみに今は、去年行われたらしいクリスマスパーティーの小道具を物置小屋に運んでいる最中である。

 

「まあまあ、これで最後だから(それにそろそろ十香ちゃんの方もいい頃合いだろうしね)」

「(それもそうね)」

「(まじひくわー)」

「ん? 何か言った?」

「なんでもな〜い」

「ほら、気にせず進め! 終わったらジュースぐらい奢ってやるじゃけえ!」

「まじひくわー! ファイトー!!」 

「ああ、もう! わかったよ! やればいいんだろやれば!」

 

 そうやってヤケクソ気味に荷物を運んで、はや十数分。

 最後の荷物を置き終えると、ハルトは大きく体を伸ばした。

 

「それじゃ、僕はこの辺で」

 

 ハルトがカバンを背負ってその場を立ち去ろうとすると、亜衣が慌てて引き止める。

 

「ああ〜待って! ジュースをまだ奢っていない!」

「ごめん……流石にこれ以上時間が掛かったら士道達に迷惑をかけちゃうから」

「そ、そうか〜じゃあ、また今度ね〜」

「もう少し足止め──ゲフンゲフンお話ししたかったけど、それじゃ仕方ないよね〜」

「じゃあ、また明日。まじひくわー」

 

 亜衣麻衣美衣に見送られ、ハルトは急いで学校を出た。

 辺りは夕日で赤く照らされ、ほんの少し幻想的に映った。  

 そんなことを考えている時、妙な浮遊感を感じた。

 数秒のしないうちにハルトの視界には夕焼け景色ではなく、浮遊艦<フラクシナス>の内部であった。

 

「これは……!?」

「いきなりですまないが、緊急事態だったため手荒な真似になったのは許せ」

「エルエルフ!? 一体、何が……」

「<ナイトメア>がASTの襲撃を受けている。中には崇宮真那の姿も確認されている。現在、犬塚も山田も呼び戻しているが待っていたら間に合わない。お前はヴァルヴレイヴで救援に向かってくれ」

「……わかった。エルエルフは通信で支援してくれ」

「無論だ」

 

 ハルトはことの重要さに気づき、すぐにその場に立ってヴァルヴレイヴが保管されている格納庫に向かおうとエルエルフの横に通り過ぎると同時。

 

「死ぬなよ、ハルト」

 

 出会って以来初めて名前だけで呼ばれたハルトは、目を見開くがすぐに冷静になり、今度は口元を緩ませて言った。

 

「僕は死なないよ」

 

 

『B4! <ナイトメア>にライフルを掃射。 A1はポイント3にて随意領域を再展開!』

 

 住宅街離れた森でAST隊長日下部燎子の怒号が通信越しから聞き、真那は半分呆れ気味に指示通りのポイントで待機していた。

 はっきり言って、ASTのやり方はDEMと違ってあまりにもやり方が甘すぎる。

 別に民間人の安全を軽視しているわけではないが、<ナイトメア>の脅威を知っている彼女からしたらあまりにも悠長に感じる。

 現に今日も二人の犠牲者を生み出している。

 

「……ったく、甘ったれの集団というのも嫌になりやがりますね」

 

 真那が思考の海から現実世界へと浮かび上がると、彼女は目の前に現れた存在と対峙する。

 世界を殺す災厄『精霊』、その中でも最悪に位置付けられる正真正銘の化け物。

 <ナイトメア>……悪夢のコードネームを与えられた少女、時崎狂三がそこにいた。

 

「あら? わたくし、逃げていたはずですけどまんまと誘い出されたようですわね。昨日ぶりですわね、真那ぁさん」

「うるせえですね。私の名前を気安く呼ぶんじゃねえと言ったはずです。虫酸走ります」

「連れないですわね〜。ま、良いのですけど」

 

 そう言って、足元の影から古式銃の姿をした天使を出現させて真那に向ける。

 真那もほうも、自らのCR-ユニット<ムラクモ>の肩部パーツを近接用のソードモードに切り替える。

 分離したパーツのグリップを握ると、一部が展開し光の刃を形成する。

 二振りの剣を構え、じっくりと相手の間合いを図る。

 もう何千回と繰り返してきた慣れた作業だが、ここ最近は抵抗するよりも先に仕留めていたからこういった場面は久々ではある(と言っても四ヶ月ほど前だが)。

 古式銃から弾丸を放つが、真那はそれを切り裂くと即座に駆け出し距離を縮める。

 そして右手に握られた剣を大きく振りかぶり、そのまま力一杯に振り下ろす。

 その一閃を狂三に防ぐ術はなく、その真珠のような肌を切り裂く。

 

「かはっ……」

 

 彼女は血を吐くと力なく倒れた。これも何百回と見てきた光景だ。

 そして真那は、いつものように狂三の胸に刃を突き刺してトドメを刺した。

 

「ふぅ……作戦終了」

 

 誰にも聞こえない声で呟くと、剣を引き抜いて剣をパーツに戻そうとした時。

 突如、信じられないほどの殺意が真那の身体を突き刺した。

 真那は振り返ると、そこにいた存在に思わず目を見開いた。

 そこには黒と赤に彩られた機械の武者だった。

 

 

  




お久しぶりでございます皆様、ちょっと他作品やらリアルの用事で投稿が遅れました。
さて、ここで次回の告知といきますか。
次回はハルトと真那が戦いがメインになります。
本当ならキューマさんやら山田を出したかったのですが、多分出せないと思います(出せるには出せるが活躍できないが正しい)。
その他にもエルエルフの予測や、琴里のイケメンや、神無月の……はないですね。
それでは次回『壊れかけの心』


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触れ合う剣

「ヴァルヴレイヴ……!?」

 

 誰かが、いや、もしかしたら自分が気づかないうちに口にしていたのかもしれない。

 突如上空から飛来してきた存在に驚愕せざるを得なかった。

 そこには黒と赤を基調とした機械の甲冑……ヴァルヴレイヴ。

 ヴァルヴレイヴ。自分が所属するDEM社が長年研究し、そしてある人物に持ち出された対精霊の最終兵器となるはずだった兵器。

 真那自身、データの中でしか見たことがなく、先日の戦闘映像を見るまでは存在していることすら疑っていたのだが。 

 まさか、この土壇場で現れるとは……。

 

「このっ……!」

 

 その姿を見たAST隊員の一人がライフルを構えるが、再び上空からビームが放たれる。

 

「なにが……!?」

 

 上を見上げると、青色を基調としたカラーリングと肩に接続された盾が特徴的なヴァルヴレイヴが、両前腕部装備されたボウガンのような武器を向けていた。

 

(もう一機……!)

 

 情報は聞いていたが、正直これは予想外である。

 どうしたものかと考えていると、青色のヴァルヴレイヴに爆発が起きる。それと同時にAST隊隊長の燎子から連絡が入る。

 

『私達は、五号機をやるわ。真那は一号機と<ナイトメア>を!』

 

 そこで通信は切れ、燎子を含めたAST隊員達は五号機に突撃していった。  

 

「仕方がないでやがりますね……!」

 

 真那は小さく息をつくと、即座に駆け出し距離を縮める。

 そして右手に握られた剣を大きく振りかぶり、そのまま力一杯に振り下ろす。

 対してヴァルヴレイヴは腰に懸下した刀状の武器、ジー・エッジを鞘から引き抜き、紅い光を帯びさせながら相対する。

 交差する光と光。その衝撃は凄まじく、二人を中心に地面がひび割れ、隆起する。

 このままでは押し負けると判断した真那は、距離を取る。しかしヴァルヴレイヴはそんなことを許すまいと、間髪入れずにもう一本の刀を抜いて接近する。

 その速度は予想を遥かに超え、赤い軌跡を描く。

 

「……っ!」

 

 あまりの速度に真那は息を詰まらせるが、すぐに冷静さを取り戻して剣を投擲する。

 真那の突然に行動に、ヴァルヴレイヴは咄嗟に投擲された剣を弾く。 

 それをチャンスだと判断した真那は、地面を強く踏みしめて前に出る。

 この距離では回避することはできないだろう。 

 真那は勝利を確信し、もう一本の剣を横薙ぎに振るった瞬間、彼女の中から違和感が湧いてきた。

 それは達人クラスまで経験を積んだ人間が極限状態に達した際に起きる、所謂『ゾーン』と呼ばれるものだ。

 視界がスローモーションになり、全てが見える。

 久しく感じていなかった感覚だが、一体なぜ─────────────────

 そんな思考をしていると、ヴァルヴレイヴがアクションを起こす。

 ジー・エッジを手放し、なぞるように腕を交差させる。

 その動きに追随するかのように腕から光が発生させながら、頭の上に振り下ろされた剣を両手の平で合わせるように挟んで受け止める。

 

「真剣白刃取り!? そんな馬鹿な!」

 

 格殺だったはずのエネルギーブレードの一撃を防がれた直後、硬化していた光が砕け散り体勢が崩れる。すると今度は、ヴァルヴレイヴが即胸部に収納されていた小鎌状のフォルド・シックスを展開する。

 

「しまった!」

 

 懐に入られて回避不可能だと理解した真那は、随意結界を一極集中させようとするが、それよりもヴァルヴレイヴの攻撃が微かに速い。

 フォルド・シックスの切っ先が随意結界を切り裂き、彼女のワイヤリングスーツに接触する直前。

 

「きひひ、ダメですわよ。私を無視しては」

 

 そんな、気色の悪い笑い声と共に銃声が鳴り響いた。

 ヴァルヴレイヴが攻撃の手を止め、即座にその場を離れて後方に飛ぶ。

 

「……なんの真似ですか」

 

 弾丸を放った人物……狂三に真那が問う。対する狂三は表情をピクリとも変えず、飄々とした口調で言う。

 

「いえ……知り合い同士の殺し合いを見せられるのが、とても耐えられなかっただけですわ」

「それにしては胸のど真ん中に、弾丸をねじ込んだようでやがりますが……」

「この程度でこの方が死なないのは、知人から聞いているので問題ありませんわ」

「……? それはどういう──────」

「あなたが知る必要はありませわ」

 

 そういって狂三は指をパチンッ! と鳴らすと、彼女とヴァルヴレイヴの足元に影が広がり、飲み込んでいく。

 

「!?」

 

 自分を襲う感覚に、ヴァルヴレイヴは困惑するような反応を見せる。

 

「それではわたくし達は、ここでお暇させていただきますわ」

「……っ! 待て!」

「きひひ、それではまたお会いできることを」

 

 その言葉を最後にヴァルヴブレイヴと狂三の姿は、影の中に沈み込んで消えた。

 一人残された真那が呆然と立ち尽くしていると、もう一機のヴァルヴレイヴと戦闘していた燎子から連絡を入れてきた。

 

『さっき、五号機が撤退していったわ。そっちの状況は?』

 

「……<ナイトメア>は一号機と共に消失……帰投します」

 




<おまけ>
作者「……」
琴里「……」
作者「……あの、なんでそんな怖い顔をしているのでしょうか」
琴里「あら、投稿間隔が空けて、なんとか書いたのはいいものの、展開に納得がいかなくて勝手にスランプになって、挙げ句の果てにいつもの半分の量しか書けなかったブタに何か言うことがあるとでも?」
作者「ハイ、スイマセン」
琴里「全くよ、前回の次回予告で色々期待させておいて結局がこれなんだから世話ないわ」
作者「ハイ、モウシワケゴザイマセン。イゴ、キヲツケマス」
琴里「さて、誰得な容の茶番はここまでにして、早く次回予告しなさい」
作者「へい、合点承知の助! 次回はあの無理難題デートの回です。早く投稿できるように努力します」


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トリプル……いやフォースデート?

ちょっと書いていたら長くなりすぎたので、整理の時間も欲しいのでここで投稿させてもらいました。
明日も投稿するつもりです。


 狂三とデートを取り付けてから少し経った週末、士道は胸に鉛の塊が入っているかのように重たい気持ちで待ち合わせ場所に立っていた。

 いや、狂三とデートすることには多少の緊張はあれど、十香、四糸乃の時ほどではない。 

 ……そう、デート相手が狂三だけならば。

 昨日帰宅した後、十香に直接、折紙に電話でデートに誘われた。そしてそれを断ることができず、トリプルキングデートを強行するはめになってしまったのだ。

 本来なら狂三に専念すべきなのだろうが、十香の精神状態を乱すわけにもいかず、乱入のことも考えて折紙も無視できない。

 ちなみにスケジュールであるが、午前十時に狂三と落ち合う。その後、何かしらの理由をつけて離脱、<フラクシナス>を経由して午前十時三十分に十香との待ち合わせ場所に移動。十一時には広間に戻って折紙と合流。あとはなるべく間隔を狭めづつ、不信感を与えないように順繰りに回していく。

 ……ヤバイ。考えるだけで吐きそう。

 大体いくら自業自得とはいえ、この過密スケジュールを馬鹿正直に敢行しようとしていること自体間違っている。

 まあ、こんなこと言ったてなにも変わりはしないのだが。

 

「はあー……」

 

 思わずため息を吐くと、右耳につけたインカムから琴里の声が聞こえてくる。

 

『ちょっと士道、しゃんとしなさいよ。ハルトが心配なのはわかるけど、全てはあなたに掛かっているんだから」

「……分かってる」

 

 士道は、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべながら答える。

 琴里の言った通り、狂三とデートを取り付けた日を皮切りにハルトと連絡が取れなくなってしまったのだ。

 現在、エルエルフやキューマ、山田(どこからかサンダーだ! と聞こえた気がしたが気にしない)らが協力して捜索しているらしいが、未だ足取りすら掴められていないらしい。

 心配する方が無理だと言うものだろう。

 

「────なあ、琴里。俺、なんだか凄く嫌な ……」

 

 士道は何かを言いかけようとした時、改札口から私服姿の狂三を目視で確認して口を噤んだ。

 狂三の方もこちらの存在に気づいたようで、少し早足気味にこっちへと来た。

 

「遅れてすいません。お待たせしまったでしょうか?」

「いや、俺も今来たところだから大丈夫だ」

 

 そんな何番煎じかもわからないテンプレを言うと、そこで会話は途切れてしまい、少し気まずい雰囲気になってしまった。

 何かを話さなければいけないのに、まったく思い浮かばない。

 士道が必死に考えていると、狂三が口を開いた。

 

「今日はお誘いいただきありがとうございます。とても嬉しいですわ。──それで、まずはどちらに行かれますの?」

「ん……そうだな」

『待ちなさい』

 

 士道の言葉は琴里からストップが入り、フラクシナスに選択肢が表示される

 

 ①ショッピングモールでラブラブデート

 

 ②二人で甘い恋愛映画を

 

 ③ランジェリーショップで彼女の試着を鑑賞

 

 なんとも碌でもない選択肢が入っているようだが……まあ、そこは<フラクシナス>クオリティ。その碌でもない選択肢である三番が選ばれてしまった。

 

『士道、③よ。駅ビルのランジェリーショップに向かいなさい』

「おう、了解……はあ!?」

 

 過去一精神的負荷が大きそうな命令に、思わず声を漏らしてしまう。

 同時に本当にデートが成功するのか、心底不安になってしまった。

 

 

「ああ、わかった。また連絡する」

 

 そう言ってキューマは電話を切って、街中を歩き出した。

 目的は決まっている、行方不明になったハルトの捜索だ。と言っても、満足に足取りすら掴めていない始末なのだが。

 SNSなども活用しても、目撃情報などが一向に上がってこないのだ。 

 アキラがこの場にいないことが、こんなにも歯痒いものなのか。

 

「すぐに見つけてやるからな、ハルト」

 

 犬塚キューマが『あの世界』のことを思い出したのは、今から四ヶ月前……二月に入ってからすぐのことだった。 

 最初は変な夢を見た程度で済ませていたが、日を増していく度にそれは気がかりに変わり、そしてそれが確信に変わったのは四月に空間震が発生した時。

 こっそりシェルターを抜け出したキューマは、信じられない光景を目にした。

 妙な格好で重火器を操る女性達、バケモノのような力を振るう少女────────そして赤い光の軌跡を伴って戦う武者の姿を。

 その姿を見た時、途端に封じ込まれていたた記憶が呼び起こされた。

 それと同時にある確信を得た。

 あのヴァルヴレイヴを操っているのは、ハルトだと。自分同様、何らかの理由でこの世界に転生したのだろう。確証はなかった、だがなんとなくそんな気がした。

 それからしばらくしてから、ある老人にある誘いを受けた。

 

 ──────────君はハルト君と共に戦いかね?

 

 それから様々なことを聞いた。ASTのこと、精霊のこと、空間震の真実、そんな精霊のことを助けようとする少年のこと、その少年をハルトが手助けしていることを。

 老人から話を終える頃には、彼の中で激しい自己嫌悪に苛まれた。

 かつての仲間が世界の命運を賭けて戦っているのに、そんなことも知らず自分はのうのうと日常を送っていたことに怒りさえ覚える。

 だから少年(おれ)は、もう一度神憑きになることを決めたんだ。

 

 

 

「とにかく、手当たり次第に探すしか────ん?」

 

 気を取り直し聞き取り調査をしようとして、ある人物が視界に入った。

 若干青みがかった黒髪を一本に結び、涙ボクロが特徴的な少女が電柱の陰に隠れていた。

 キューマはその少女に見覚えがあった。先日の戦闘の時に見た少女だ。

 

(名前は確か……崇宮真那だったか。一体何をして──────!?)

 

 彼女が視線の先、デート中の士道と狂三がいることにキューマは思わず息を詰まらせてしまう。

 作戦の都合上、彼女が一人になった所を狙われた不味い。 

 しかし自分はエルエルフのように軍人ではない。

 とてもではないが、彼女に気づかれないように尾行することなど到底できない。

 しばらく考えて、考えて、考えて……思いつかなかった。

 

「だあー! クソッ! やるしかないか」

 

 こういう時に回らない堅い自分の頭を恨むように悪態をついた後、ズカズカと向かって少女に声を掛けた。

 

「すいません」

 

 いきなりのことで驚いたのか、キューマの声に反応して少し体をビクッ肩を震わせるとゆっくりとこちらに振り向いた。

 

「あの、なんでやがりますか。ナンパなら結構ですけど」

「あ、ああ、悪い。俺、こういう奴なんだ」

 

 不信感を払拭するため、キューマは胸ポケットにしまっていた生徒手帳を見せる。

 

「兄様と同じ学校……」

「そ、俺は友人に頼まれてな。あそこにいる君のお兄さんのデートを手助けすることを言われているんだよ」

「は、はあ……」

 

 真那はなんとも言えない表情を浮かべるが、とりあえず警戒心は解いてくれたようだ。

 咄嗟に出た言葉だが、案外うまくいって自分でも驚いている。

 

「で、一体何の用でやがりますか。私、こう見えても忙しいんですけど」

「いや、側から見たらすごい不審者に見えたからさ。絶対に職質されるぞ」

「ぐっ……それは確かに」

 

 キューマの発言に、真那は思わず言葉を詰まらせてしまう。 

 

「そこで提案なんだが、一緒に尾行するのなんてどうだ」

「……はい?」

 

 いきなりの提案に、真那は頭に特大の疑問符を浮かべる。

  

「いやなに。目的はどうであれ、俺たちがやろうとしていることは変わりないんだ。あとは……説明しなくてもいいだろ?」

 

 目を閉じてしばし考え、決心した真那はゆっくりと目を開いて答えた。

 

「わかりやがりました。その提案、乗りました」

「交渉成立だな」

 

 こうして世にも奇妙な協力関係が誕生したのだった。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 




次回『悪夢の真実』


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悪夢の真実

無事、投稿できました。
え?一時間遅れているって?
何を言っているかがわかr ……
【文章はここで途切れている】


「大丈夫か、シドー……どこか具合でも悪いのか」

「ぜぇ……ぜぇ……いや、大丈夫だ」

 

 十香の心配する声に、士道は乱れた息を整えながら答える。

 ちなみに三週目である。もう泣きたい気持ちで一杯だ。 

 だって単純に一人の女の子とデートすることだって、童貞チキン野郎の士道にはかなりのプレッシャーである。

 おまけに三人(それもかなり癖のある少女達)同時かつ、それがバレないようにするというのは罪悪感も合間ってかなりの疲弊が伴う。

 

「ほら、デートを続けようぜ。えっと確か次は……」

 

 インカムを小突いて琴里に次の指示を貰おうとする。

 それと同時。

 

 ───────────きゅるるるるるるるる……

 

 と、なんとも可愛らしい音が聞こえてきた。

 士道は隣へと目を向けると、案の定十香が顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていた。

 

「先に飯にするか。ここチケットの半券あれば再入館できるみたいだし」

「……うむ! それはとてもいいと思うぞ!」

「じゃあ、どうする? 十香は何か食べたいものとかあるか?」

「ん、シドーは何が食べたいのだ?」

「え……俺か? 俺は……」

 

 先ほど折紙と一緒にいた時にレストランの料理を食べたためお腹は空いていなかった。

 

「いや、俺は……今はいいや、十香が好きなものでいいぞ」

「シドー……ま、まだお腹が痛いのか? やはり琴里に連絡した方が……」

「う……」

 

 再び不安そうな表情をする十香を見た士道は、もう一食食べる覚悟を決めた。

 

 

「遅いですね……兄様」

「ま、まあ、士道だって決して遊び人って訳じゃないんだからもう少ししたら戻ってくるだろう」

「どうでしょうね。兄様、ああ見えてかなりの女性をはべらしているらしいですし」

 

 真那とキューマは、ショッピングモール内にあるアイスクリーム屋でアイスを食しながら談話を繰り広げていた。

 あまりにも平和的で日常的な光景に、『実はこの二人、少し前に殺し合いをしていたんだよ!』と言っても信じられないだろう。

 

「お、嫉妬か?」

「そんなんじゃねえです」

 

 キューマが茶化すように言うと、真那は即座にそれを否定した。

 

「私は確かに兄様の妹でやがりますが、実際はお互いに記憶がなくて事実上初対面みたいなもんだったんです。正直、不安でした。私の中にいる兄様は、全部自分が作り出した幻想ででも少し前に兄様と会って、私の心の中にある優しい兄様のままで嬉しかったんです。だから、私はただ兄様が幸せになって欲しいだけなんです。例え、その幸せの一部に私が居なくても……」

 

 なんだか切なそうにする少女の横顔に、キューマはなんと言えばいいかわからなかった。

 二人の間に重い空気が流れた。数秒しか流れていないはずなのに、とても長く感じられるほどに。

 

「お前はどうしたいんだ」

「え?」

 

 キューマは空になったアイスのカップをテーブルを置くと、話を続けた。

 

「例え記憶がなくても、お前と士道はちゃんとした血の繋がった兄妹なんだろ? なら、妹が兄と一緒にいたいなんて当たり前なんだから別に無理をする必要はないだろう。人はそばにいても、ふとした時に突然いなくなっちまうんだ。その時にあの時こうしとけばよかった、ああしとけばよかったって後悔している暇があるんだったら今を楽しんだ方がいいだろ」

 

 そう語る彼の瞳はどこか懐かしそうで、同時に哀愁を感じさせるもだった。

 

「なるほど、そういう考えもあるのでやがりますね……」

 

 キューマの話を聞き終えた真那は、ただ一言だけ言葉を返した。

 否定はしない、いや否定ができなかった。

 

「お、お前のお兄さんが戻ってきたみたいだぞ」

「なんか……凄くやつれてねえですか?」

「き、気のせいだろ。さ、早く行くぞ」

 

 食べ終えたカップをプラスチック専用のゴミ箱に入れると、二人はカップルを追いかけるのであった。

 

 

「す、すまん、待たせたな……」

 

 十香との食事を終え、折紙の度の超えたスキンシップを乗り越えた士道は狂三の元に戻る。

 

「いえ。それより、大丈夫ですの?」

 

 士道の事を心配するように言ってくる狂三の手には、ランジェリーショップの紙袋が握られていた。

 

「あぁ……なんとか。──て、もしかして、あの下着買ったのか……?」

「えぇ。──士道さんが、似合うと仰ってくれましたので」

「……っ」

 

 士道は気恥ずかしくなって頬をかくと、話題を逸らすようにように辺りを見回す。

 

「……そ、そういえば、あの三人組は……?」

「士道さんがお手洗いに行ったあと、お帰りになられましたわ」

「そ、そうか……」

 

 その言葉を聞いた士道はほっと息を吐いてすぐ、狂三は何かを思い出したかのように士道に告げる

 

「そういえば、伝言を言付かっていますわ。えぇと──『五河君、あとで、泣かす』」

「…………」

 

 首の皮一枚つながった思っていた士道だったが、明日もどうやら大変な一日になることが確定したようだ。

 

 ハルト……タスケテ。

 

 そんなことを考えていた士道の顔を覗き込むようにしながら、狂三は口を開く。

 

「ところで、士道さん」

「ん‥……? なんだ?」

「そろそろ、お腹が空きませんこと?」

 

 五河士道、戦線離脱。

 これ以上はダメだ。腹が張り裂けてしまう。

 考えただけで吐いてしまう。

 よし決めた。これまでのストレスと共にトイレに流してしまおう。

 

「ふぅ……士道さんたら。せっかくのデートですのに、今日は随分と忙しないですわね」

 

 公園のベンチに腰掛けながら、狂三は小さく息を吐きだした

 

「──まぁ、でも、いいですわ」

 

 デートを始めてから五時間ほど経っているのに、士道といた時間は三分の一ほど、それが少し釈然としなかった狂三だが、手の平にあごを置いて、微笑む

 

「どうせ最後は──わたくしのものになるんですもの」

 

 目を閉じ、士道の事を顔を浮かべながら、自分の抱いている感情が、もしかしたら人間でいう所の恋なのではないかと夢想する

 

「──ふふ」

 

 狂三はさらに笑みを濃くすると、その場方立ち上がると、小さく伸びをする。頭の中で妄想をしていると、身体が熱くなってしまった狂三は、自動販売機に向かうために公園を横切る

 

「……?」

 

 しかしその途中、不快な声と音を拾った狂三は、不愉快そうに眉を顰めると、無言のまま足を動かして森の奥に向かっていく

 

「……あらあら。何をしておりますの?」

 

 狂三が声をかけた先にいたのは、四人の男。その男たちはいずれもモデルガンを手にし、一か所に向けていた

 その場所にいたのは足を引きずりながら弱々しく鳴いている子猫、そして持っていたモデルガンの意味を考えると、この男たちが何をしていたのかは想像に容易い

 

「あー……悪いんだが、ちょっとここは使用中だ。向こういってくれるかな」

 

「あらあら、そんなことおっしゃらないでくださいまし。これでも銃の扱いには一家言ありますのよ? わたくしもお仲間に入れてくださいな」

 

 そう言った狂三の瞳には、どす黒い感情が渦巻いていた。

 

 

「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ」

 

 一方で、全身を蝕む疲労感の中、どうにか狂三と別れた公園のベンチに戻ってきた士道は小さく眉をひそめた。

 

「あ、れ……?」

『どうしたの、士道』

「や……狂三がいないんだが」

『え? ちょっとカメラ班、狂三の動きはどうなってるの?』

『え、映像が途絶えています。カメラに何かあったのかと……』

『──なんですって?』

 

 琴里がそう言った瞬間、インカムの向こうから別のクルーと思わしき男性の声が聞こえてくる。

 

『指令! 微弱ですが、付近に霊波反応が……!』

『どこ?』

『公園東出口付近の森の中です! この反応は──間違いありません、時崎狂三です!』

「……っ!?」

 

 その言葉を聞いた士道は肩を揺らして、公園の東出口の方を見る。

 

『……士道、急いで狂三の場所に向かって』

『あ、あぁ……!』

 

 不穏な何かを感じた士道はフラクシナスの誘導に従って、東出口付近の森の中を進んでいく。

 

「──は?」

 

 そして、目的の場所に広がっていた光景を見て、士道は呆然と立ち尽くした。

 視界を埋め尽くす赤色、周りにある筈の木々はすべて暗褐色に染まり、所々には歪な形をした肉の塊が転がっていた。目の前に広がる光景を士道は理解できなかった。

 一瞬、数瞬、そして数秒を超え、推測が固まったとしても、その光景がどういったものなのか、理解することを士道の脳が拒否する。

 いつもと変わらない風景、変わらない日常、その中で──人が、死んでいるだなんて。

 

「う──わぁぁぁぁッ!?」

「士道ッ!?」

『士道! 落ち着きなさい、士道!』

 

 辺りに漂う血生臭い匂いが、士道に途方もない王都間を覚えさせる。今まで食べたものすべてが胃からせり上がってくる感覚に、どうにか抗う為士道は手で口元を覆う。

 

「……っ、う……っ、うォえ……っ」

 

 士道は耐えることができず、腹の奥に残っていたものを全てぶちまけてしまった。

 

「──あら?」

 

 時崎狂三は、視線を上げる。赤い海の中心で、赤と黒の霊装を纏った少女が、士道の方を振り返る。

 とても妖艶な笑みを浮かべながら。

 

「士道さん。もう来てしまいましたの?」

 

 細緻な装飾の施された古式の短銃を持った狂三の奥に、別の誰かがいることに士道は気付く。その男の腹部には血で的当ての的のような模様が書かれている

 

「だ……ッ、助け……く、れ……ッ! なん……、こいつ……、化物……ッ!」

「あらあら」

 

 狂三は男の方に顔を戻し、手に握っていた銃を向ける。

 

「狂三……っ、おま、何を──」

 

 呆然としていた士道が何とか声を発すると、狂三はくすくすと笑う。しかしその声はいつものようなものではなく、聞いているだけで背筋が凍り付くほどに不気味な声だった。

 

「何かを殺そうというのに、自分は殺される覚悟がないだなんて、おかしいと思いませんこと? 命に銃口を向けるというのは、こういう事ですのよ?」

 

 士道の傍らでいつでも斬撃を放てるようにしていたファルシオンは、その言葉を聞いた瞬間僅かに動きを鈍らせる。

 斬撃の飛ぶ音と銃声、二つが音が流れてすぐ。的の模様が描かれていた男の腹に風穴が空き、そのままピクリとも動かなくなる。

 

「百点、ですわね」

 

 短く息を吐いた狂三が手に持っていた銃を手から落とすと、影の中に消えていく。

 

「お待たせしましたわ、士道さん。恥ずかしいところを見られてしまいましたわね。でも、もう隠す必要もありませんわね」

 

 狂三が恍惚とした表情を浮かべると、影から這い出た腕に足首を掴まれていた。

 

「ふふ、捕まえましたわ」

「……っ」

 

 士道に覆いかぶさるよう身を寄せた時崎狂三に対して、士道は初めて精霊に対する恐怖を覚えていた。

 

「──あぁ、あぁ、失敗しましたわ。失敗しましたわ。もっと早くに片付けておくべきでしたわ。──もう少し、士道さんとのデートを楽しみたかったのですけれど」

「……っ、……」

 

 逃げようとする士道に対して、時崎狂三がゆっくりと顔を近づけてくる。しかしそれはキスではなく、首筋に噛みつこうとしているようだった。二人の距離があと少しと言ったところで、彼女の身体は軽々と後方へ吹き飛んだ。

 

「な──」

「──無事ですか、兄様」

「真、那……?」

 

 絞り出すような声と共に顔を上げた士道の目に映ったのは、機械的な鎧──ワイヤリングスーツを身に纏った少女、祟宮真那。

 

「はい、間一髪でした。大事はねーですか?」

「あ、あぁ……」

「あらあら、余所見はいけませんわよ」

 

 『食事』の邪魔された狂三は影から再び古式短銃を手に取り、真那に向けて引き金を引いた。

 しかしその弾丸は、割って入ってきた蒼の盾によって防がれる。 

 

「ボーッとするな!」

 

 ヴァルヴレイヴ五号機<火打羽>を纏ったキューマが、狂三に警戒しながら真那に忠告する。

 

「騙していた、あなたには言われたくないですよ」

「そんなことを言っている場合か! 絶対に士道から目を離すなよ!!」

 

 キューマと話していた真那だが、士道の方を見ると少し気まずそうに後頭部をかいた。

 

「あぁ……そりゃ驚きやがりますよね。なんというか、ちょっとワケありでして……まぁ、話しはあとです」

「あらあら……わたくしと士道さんの逢瀬を邪魔するだなんて、エルエルフさんといいマナーがなってない人が多いですわね」

「うるせーです。エルエルフが誰かは知りませんが、人の兄様を狙いやがるなんて、どんな了見ですか」 

 

 真那の言葉を聞いた、狂三は驚いたように目を見開く。

 

「真那さんと士道さんはご兄弟でいらっしゃいますの?」

「……ふん、貴様には関係ねーです。また共闘です、力を貸しやがってください、ヴァルヴレイヴ」

「わかった、タイミングはそっちに任せる」

 

 真那はそう言うと、小さく首を回す。その動作に合わせて肩に装備されていたパーツが可変し、先端部が手のように五つにわかれろ。そして左右合計十の先端部から、青白い光が現れる。

 

「ま、待ってくれよ。俺たちは狂三と────────」

「士道、悪いがこれはエルエルフの指示なんだ。どんなに平和的に解決しようとしても、時には戦わないといけないんだ」

 

 キューマは両腕のボルド・ファランクスを展開し、狂三に向ける。

 

「あぁ……怖いですわ恐ろしいですわ。そうですわね、そこの青い方には助けてもらった恩もありますし……この方を()()()させて頂きますわ」

 

 狂三は広げた影に手を入れ、士道達の前に何かを投げた。

 

「「「ッ!?」」」

 

 それを見た三人は心臓が止まりそうになる程の衝撃に身を震わせた。

 そこにいたのは全身を血で染めたハルトだった。 

 

「ハルト……ハルト!!」

 

 考えるよりも先に士道は、彼の元へ駆け寄り何度も名を呼んだ。

 反応はない。だが微弱ながら呼吸があった。

 

「良かった……」

 

 生きている事に安堵の息を漏らす。

 

「きひひ、それではこれで失礼しますわ。士道さん、また明日」

「待て、狂三!」

 

 士道の制止を待たず、狂三は影に沈んでいた。

 

「ふぅ……」

 

 真那が軽く右手を振るうと、手に装着されていたパーツは肩に戻っていく

 

「なん……で」

 

 士道から焦燥の声が漏れる。

 

「知った顔に裏切られるのは少しショックかもしれませんが、あまり気落ちしないでください」

「……」

「悪いことは言わねーですから、今日のことは悪い夢でも見たと思って、早めに忘れやがってください」

 

 真那の言葉を聞いた士道は、思わず拳を握る。

 そんな士道の心を知ってか、知らずか、隣にいたキューマに頼みを告げる。

 

「もうじき増援が来ます。あなた個人の人柄を見込んで頼みます。後始末は私がしますから兄様とハルトさんをお願いします」

「……わかった」

 

 真那の頼みを聞き入れたキューマは、無理矢理士道とハルトを抱えると円球状の光に包まれた。

 

「また、会いましょう。今度は、もっと時間に余裕を持って」

「……! 待──」

 

  その言葉を最後に、士道、キューマ、ハルトの姿はその場から消え、あたりは思い出したかのように鬱陶しく鳴くセミ達の声が聞こえるばかりであった。




次回『揺らぎ、それを乗り越えた先』


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揺らぎ、それを乗り越えた先

皆さーん、お久しぶりございます。
GWはどのようにお過ごしになったでしょうか?
え、作者は一体何をしていたのかって?
ふふ、それはヒ・ミ・ツって、え、えええ、エルエルフ!?
ちょ、ちょっと待て! は、話せばわかる。だから、その銀色に輝くナイフをってうわあああああ!


「あー」

 

 

 士道達を見送った真那は、くしゃくしゃと掻きむしった。

 本当なら士道を拘束し、忘却処理をしなければならないはずだ。

 それなのに自分はまだ出会っても間もない人間、それも敵であるはずのヴァルヴイレヴの適合者に預けてしまった。 

 

 

「これじゃ、鳶一一曹のこと言えないですね……おや?」

 

 

 自分の愚かな行動に呆れていると、木陰から猫が「みゃー」と可愛らしい鳴き声を出しながら現れた。

 

「うふふ、こんなところで何をしているんですか。もしかして迷子に……ん?」

 

 そこで猫が何かを咥えていることに気づいた。

 手を差し出すと、猫はものを素直に渡してくれた。

 

「インカム?」

 

 何やら誰かの声が聞こえる。

 恐る恐る耳へ近づけると、真那は目を限界まで見開いた。

 

「なるほど……そう言うことでやがりますか」

 

 

 

 

「どうして、どうしてなんだ……狂三」

 

 士道は自室のベットに糸が切れたマリオネットのように寝転びながら、気力なく呟いた。

 今、彼には迷いがあった。

 自分が何のために、何が正しいと思っていたのか、それが自分でもわからなくなってしまった。

 自分の意思に関係なく空間震を起こしてしまう存在が、理不尽に襲われることに耐えられなくて<ラタトスク>に協力していた。

 なのに……

 

 

 ─────ダァン!

 

 

 何も躊躇もなく人を殺し、親友のハルトをいたずらに傷つけた狂三。

 

 

 ─────私の両親は精霊に殺された

 

 

 精霊に目の前で両親を殺されてしまった折紙。

 

 

 ─────また、会いましょう。今度は、もっと時間に余裕を持って

 

 

 無限に狂三を殺し続けることを定められた真那。

 

 

「こんなんじゃ、誰も救えないじゃないか……」

 

 割れるのではないかと思わせるほどの力で歯を食いしばって、渇きに渇きまくった喉で絞り出すように言った。

 無論、答えは出ている。士道が狂三をデレさせて、キスをして、霊力を封印する。

 そうすれば、全て解決される。

 狂三が人を殺すこともないし、真那も狂三を殺す必要もなくなる。

 だけれど。

 

「俺は……」

 

 と─────そこで扉をコンコンとノックする音が聞こえた。

 

「その……入っていいか?」

「十香? お、おう……入っていいぞ」

 

 扉が開き、十香がおずおずと顔を出した。

 そして士道の姿を捉えると、リビングに入り士道の方に走り寄る。

 

「シドー。……身体に触っても大丈夫か?」

「あ……ああ、大丈夫だよ」

  

 士道が答えると、十香は士道の隣に腰を下ろした。

 

 

「何してんだ?」

「……いいからじっとしていろ」

 

 

 十香はそう言って、士道の身体に手を回し、後方からぎゅうー、と抱きしめてきた。

 背中に柔らかい感触を覚えて、士道は困惑するしかなかった。 

 

 

「と、十香? い、一体何を……」

「ん。寂しい時や怖い時は、こうするのがいいとテレビで言っていた。……『おかあさまといっしょ』……という番組だったかな」

「…………」

 

 

 比類なきまでに幼児番組だった。思わず苦笑する。

 だけど、その言は正しいようだ。確かに、少し落ち着いた気がする。

 

「令音にな、話を聞いた」

「話って?」

「狂三と……真那についてだ。シドーの様子がおかしいと訊いたら────話してくれた」

「……っ、そ、うか……」

 

 士道は唾液をゴクリと飲み下し、その言葉を吐いた。

 令音、いや<ラタトスク>関係者はあまり十香に精霊やASTについて教えたがらないが、今回は教えないと十香自身の精神が乱れると踏んだのだろう。

 

 

「シドー。私がこの家に厄介になっていたとき言った事を覚えているか?」

「え……?」

 

 

 思わず訊き返すが、十香は続ける。

 

 

「【私と同じような精霊が現れたら……きっと救ってやって欲しい】」

「ああ……」

 

 

 士道は小さく頷く。その言葉は良く覚えている。士道のその言葉に応えた。その気持ちに嘘はないし、その決意も変わらない。

 

「でも狂三は」

「変わらない。私と」

「え?」

 

 十香は士道の背中に顔を押し付け、十香の腕に力が入る。

 

「……私には、シドーがいてくれた。シドーだけじゃない、ハルトもいた。琴里も、エルエルフも、令音やキューマ、山田達がいた。苦しくて辛い時にはみんなが側に居てくれた。だから私は世界を、人に絶望しなくて済んだ。だからきっと狂三もきっと同じだ。だから……シドー、もう一度狂三のことを見てやってくれ。そして狂三にもう人殺しをさせないであげてくれ。これ以上、心を擦り減らさせないでくれ……」

「……っ!」

 

 

 ようやく理解できた。士道は狂三が人を殺すのが堪らなく嫌だった。

 真那が狂三を殺すのが絶対に嫌だった。

 この輪廻を終わらせる為に、“狂三を止める事”だと決意したが、重要なピースが欠けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう……十香」

「む? 何故だ?  私は礼を言われるような事は何もしていないぞ?」

「いや、お前のお陰だ」

 

 そう。狂三にキスをして力を封印せればならないのに、考えていたのは“狂三に殺される人”や、“真那の事”ばかりだった。

 狂三を救う、あまりに許容から逸脱したものを見たから、頭から抜け落ちていた当たり前の事。

 何人もの人間を殺してきた精霊。どんなに償っても許されない事をしてきた。

 しかし、十香の力を封印する時、士道は十香を救いたいと心から思った。

 理不尽に殺意を向けられる少女を助けたいと願った。

 四糸乃の力を封印する時、士道は四糸乃を救いたいと心から思った。

 敵意を向けられてなお相手を慮る少女が、報われないのは嘘だと思った。

 だからAST達から精霊を守った。

 確かに士道には人智を超えた回復力と、精霊の力を封印する力が存在する。

 狂三を、救う。そして、真那も。

 殺しの連鎖と輪廻に囚われた少女を、救う。

 自分の妹だと言うあの少女にも、もう狂三は殺させない。あれ以上、自分と同じ魔法の力で、心を摩滅させたりしない。

 妄想でも空想でもいい。それができると信じなければ、士道が手を伸ばす事など不可能だ。

 

「────十香。もう、大丈夫だ」

「もう、寂しくないか?」

「ああ」

「もう、怖くないか?」

「……それはちょっとまあ、怖いけども、……でも、大丈夫だ」

「ん……そうか」

「なあ……十香、少し出かけてくる」

「どこに行くのだ?」

 

 

 ベットから立ち上がった士道を、十香は心配そうに見上げる。

 それを見て、士道は微笑んで十香の頭の上に手を乗せて優しく撫でながら言った。

 

 

「大丈夫、少しハルトの様子を見に行ってくるだけだ。すぐに戻ってくる。家に帰ってきたら、うまい飯を作ってやるからさ」

「そうか……うむ、そうだな! それがいい! なんだったら、ハルトも呼んでくるといい!!」

「それはどうかわからないけど……まあ、聞いてみるよ。行ってきます」

「おお、行ってらっしゃいなのだ!」

 

 

 十香に見送られて士道は家を出て、ポケットにしまっていた電話を取り出し琴里に電話をかけるのであった。

 




エ「ボコボコした」
ハ「ほどほどにしろよ……」
作(魂)「あははは! 水星が見える……!」


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誤解

は〜い、前回エルエルフちゃんに殺されかけた作者で〜す。
とにかく楽しんでいただけたら幸いです。
では本編へどうぞ


 <フラクシナス>の艦橋にて、琴里はディスプレイに集中していた。

 その隣には令音とエルエルフが左右に立っていた。

 そこに映されていたのは、エルエルフが独自に調べ上げた真那の戦闘記録の映像だった。

 そして真那が幾度目かの首切りを行なった後、エルエルフは映像を停止させた。

 

 

「以上がこれまでの戦闘データだ。残念ながらCRーユニットのデータまでは手に入らなかった」

「十分よ。それにしても改めて見ると、やはりあの子は異常ね。あなたどう思───令音?」

 

 令音の名を呼ぶが、返事が無いのを不審に思って令音の手元を覗いて首を傾げた。

 令音も集中していたようで、いつになく難しい顔をしていた。

 

「令音?  真那がどうかしたの?」

「......! ああ、すまない。少し考え事をしていた」

 

 

 そこでようやく琴里の存在に気づいたのか、令音が隈まみれの目を向ける。普段から冷静沈着な令音にしては珍しい事だった。

 

 

「ところで、シンとハルトは大丈夫なのかい」

 

 

 そう言って、令音は慣れた手つきでコンソールを操作し、真那が映った画面をズームアウトさせた。

 

 

「ええ……ハルトはバイタルが安定したみたい。士道の方は十香と話して吹っ切れたみたい。さっき連絡があったわ。ハルトと面会したいようだから、後で<フラクシナス>に転送ね」

「ん、了解した」

「ところで村雨解析官、解析は済んでいたのか」

「……ああ、そうだ。頼まれていた解析が済んだよ」 

 

 令音の言葉に、琴里はピクリと眉を動かした。

 先日入手した真那の毛髪と唾液を渡し、令音にDNA鑑定を依頼していたのである。 真那が、本当に士道の妹であるかどうかを。

 

「で……どうだったの?」

「……ん、真那は、シンの実の妹と見て間違いない」

「───っ、そ、そう……」

 

 琴理はゴクンと唾液を飲む。予想していなかったわけではないのだが・・・・やはり、少し胸がざわついてしまい、胸の辺りに手をやった。

 エルエルフも送られたデータを見ながら顎に手を当てる。

 

 

「本当の妹……か。どうしてそんな人間が、どうしてASTに入った上に、あんなに魔法の力を得た?」

「いや、厳密には違う」

「どういうこと?」

「彼女はもともと自衛隊員ではなく、『DEMインダストリー』からの出向社員だ」

「───っ! なるほどそういうことね……」

 

 

 DEMインダストリー社。

 イギリスに本社を構える世界屈指の大企業であり、〈ラタトスク〉母体のアスガルド社を除けば、世界で唯一顕現装置を製造できる会社である。自衛隊ASTのみならず、世界中の軍や警察に秘密裏に配備されている顕現装置は、全てこのDEM社製と考えていい。

 さらにはアスガルド社でも開発が不可能であった、ヴァルヴレイヴの開発したのも、このDEM社である。

 精霊を狩ることにも非常に積極的であり、精霊保護の〈ラタトスク〉とは商売敵と言っても差し支えない。

 無論、同社にはCR-ユニットを扱う魔術師も在籍しているのだがーーーその練度は、各国の特殊部隊員を上回るとさえ言われている。

 

「ちょっと待ってよ。余計意味が分からなくなってきたわ。士道の妹が、なぜDEMなんかで魔術師なんかをやっているのよ!」

 

 

「それはまだ分からない。だが……」

 

 令音は言葉を切ると、ギリと奥歯を噛み、怒りに震えるように拳を握った。

 琴里は眉をひそめた。長い付き合いだが、このような表情を浮かべる令音は初めて見たからだ。

 

 

「一体何があったの?」

「……これを見てくれ」

 

 

 令音がコンソールを操作する。

 画面に真那の写真と士道を路地裏から離す際に顕現装置を使用した時の計測された細かな数値が表示されていた。

 

「……っ、これは!」

 

 

 そのデータを見た時、琴里は思わず咥えていたキャンディーを噛み砕いた。

 

 

「……ああ、全身に特殊な魔力処置が施されている。……だが代償も大きい。恐らく。あと十年ほどしか生きられないだろう」

「何よ、それ……!」

「DEMなら……まあ、やりかねないだろうな」

「エルエルフ、あなた何を平然としてるのよ!!」

 

 

 一切表情を変えないエルエルフに琴里は激昂するが、当の本人であるエルエルフは平然と答える。

 

 

「琴里司令、確かにお前が言う通り、これは人道的には許されない。だが、あちらにも大義名分は存在する」

「大義名分!? 一体、どこにあると言うのよ!!」

 

 

 琴里はついに堪忍袋の緒が切れ、エルエルフの襟を掴む。

 

「冷静に考えろ。我々、<ラタトスク>以外で精霊を認知している人間たちは、精霊のことを世界を滅ぼす怪物だと認識しているだろう。だから───」

「だから、少女一人が死のうと関係ないと言うの!」

「その通りだ。奴らに常識を説いたところで意味がないのはわかっているはずだろう」

「……ええ、そうだったわ。ごめんなさい、おかげで冷静になったわ」

「問題ない、それにこの件に関してはある程度目星はついている。だからお前たちは五河士道が時崎狂三を安全に堕とす方法を考えろ。俺は時縞ハルトの様子を見てくる」

「「了解した(わかったわ)」」

 

 

 琴里と令音は頷くのを見たエルエルフは、背中を向けて艦橋を出た。

 取り残された二人は、気を引き締め直し次なる策を考えることにした。  

 

 

 

 

 

 それはひどく懐かしい夢だった。

 彼の取り巻く全てが変わった日。多くを守り、多くを失うきっかけになった力を手に入れたあの日。

 後悔がなかったと言えば嘘になる。あの日の選択を何度も恨んだことはあった。

 だから、だからこそ、あの選択を間違えていたとは思わない──────────

───────────────

 

 

 そしてハルトは目を覚まし、視界に写っていたのは見慣れた天井だった。

 辺りを見渡してみると、やはり<フラクシナス>の医務室である。

 

「僕も……しっかり常連だな」

「そんな冗談が言えるなら、問題はなさそうだな」

 

 

 ハルトは小さく呟くと、それを聞いていたエルエルフがコンソールの操作を続けながら返した。

 そしてしばらく静寂が訪れた。

 どれだけの時間が経ったのだろうか、やがてハルトから切り出した。

  

「……エルエルフ、お前時崎さんと知り合いだったんだな」

「時崎狂三から聞いたのか」

「ああ……『喰わせる』ことを条件として」

「そうか……悪かったな、黙っていて」

 

 

 エルエルフの表情は、ハルトの方からでは見えなかった。

 だけどその背中が、どうしようもなく小さく見えたのはきっと気のせいではないはずだ。

 

 

「もし……お前が罪悪感を感じているのなら気にしなくていい。どのみち僕がもう一度、神憑きになったのは避けられないんだ。それに今は、この力のおかげで士道たちを……精霊たちを助けられる」

「その精霊が多くを命を奪い、あまつさえお前をも殺そうとした奴をか? 正気の沙汰ではないな」

「確かに、そうかもしれない。だけど『喰われている』時も時崎さん、とても悲しそうな目をしてたんだ。確かにあの人がやったことは許されないことだ。だからって永遠に殺されるのは間違ってる」

 

 

 拳を握りしめ、改めて覚悟を決めるハルトを見てエルエルフは嘆息した。

 

 

「相変わらず、甘いな」

「わかってることだろ」

 

 

 互いに笑みを浮かべ、拳と拳をぶつけ合う二人。

 それはかつての二人の関係を知っている者にとっては、驚くことだろう。

 だからこそ、今、この時から、彼らは本当の意味で『友達』になったのだ。

 

 

「それよりも、『喰われた』せいでRUNEを大量に消費している」

「ああ、頼む」

 

 

 ハルトの頷くと、エルエルフは襟元を緩めて近づけた。

 ハルトも口を開け、彼の首筋へと噛み付こうとしたその時、医務室の扉が開く音がした。

 目を向けると、士道が顔を真っ青にして突っ立っていた。

 その原因はすぐに理解できた。

 現在、二人の体制を第三者視点から解説すると、エルエルフがハルトにほぼ馬乗り状態のような体勢になっており、ハルトはエルエルフの首筋に噛み付こうとしているのである。

 もう……あとは説明しなくてもいいだろう。

 

 

「お前ら……ただの友達の関係だとは思っていたけど、まさか、そんな関係だったのか……!?」

 

 

 ポク、ポク、ポク、チーン……。

 完全に誤解されていた。

 これにはエルエルフもハルトも固まるしかなかった。

 

 

「わ、悪いな。二人の逢瀬を邪魔したいみたいで。ハルトも元気そうだから、か。帰るわ」

  

 そう言って医務室を出ようとする士道を見て、ハルトは一足先に我に返った。

 

 

「し、ししし、士道! ま、待ってくれ!? これは別にそういうわけでなくて───だから、黙って去ろうとしないでくれえええええええええ!!」

 

 

 <フラクシナス>に少年の叫びは轟いた。

 その後、士道の誤解を解くのにそれほどの時間をかけたせいで、十香の機嫌を取るのに大変だったのは別の話。

 




エ「……(チャキ……)」
作「ひいいいいいい!」カタカタカタカタ(キーボードを打つ音)!


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撃鉄を起こせ

あ、あの……ハルトくん。
前回の終わらせ方は謝るから、その物騒な光(ハラキリブレード)ああああああ!


 次の日の朝、教室に入った士道は、既に席に着いている狂三の姿が目に入った。

 士道の姿を認めると、穏やかな微笑を作った狂三がペコリと頭を下げた。

 昨日の件がまだ頭の隅に媚びりついているためか、わかっているとはいえ少し身構えてしまう。

 

「あら、士道さん。ごきげんよう」

「お、おう……おはよう」

 

 

 ぎこちなく、士道は挨拶を返す。

 一方の狂三は、士道の様子がおかしいのかくすくすと上品に笑う。

 彼女の姿はあの血色のドレスではなく、来禅高校の制服であり、あの特徴的な左目も前髪によって隠されている。

 側から見たら、少しミステリアスな美少女。そんな少女が昨日人を殺したと言っても、誰も信じないだろう。

 

 

「昨日は楽しかったですわね。また是非誘ってくださいまし」

「そう……か。楽しかったな」

「ええ、とても」

  

 狂三は、再びニコリと微笑む。それは士道とのデートの事なのか、路地裏の事なのか、士道には判別がつかない。

 そんな士道の思案に気づいているのかいないのか、可愛いらしい微笑を顔に張り付けたまま言葉を続ける。

 

「でも、少し驚きましたわ」

「な、何がだ?」

 

 

 わざとらしくとぼけてみるが、狂三は一層笑みを深めて。

 

 

「士道さんはてっきり、お休みになると思っておりましたので」

「っ……!」

 

 

 思わず息が詰まるが、すぐに自分自身に喝を入れて狂三に言った。

 

 

「そいつは……悪かったな。来ない方が良かったか?」

「いえ、士道さんがちゃんと登校してきてくれて、とても嬉しいですわ」

 

 屈託のない笑顔でそう言った。

 士道は動悸を抑えるように胸元を軽く叩き、狂三の真ん前に足を進めた。

 

「……狂三」

「なんですの?」

 

 

 きょとんとした表情で狂三は首をかしげる。

 

 

「俺は、お前を、救う事に決めた」

「……?  救う?」

 

 

 士道が言った瞬間。狂三の表情から温度を失ったのがわかった。

 先程までの柔和だった笑顔が、一気に狂気を帯びる。

 

 

「おかしな事を仰いますのね、士道さん」

「もういいだろう、そういうのは。───もうお前に、人を殺させない。もう真那に、お前を殺させない。それが、俺が昨日出した結論だ」

「価値観を押し付けないでいただけます?  わたくし、甘っちょろい理想論は嫌いですの。まだ、真那さんや折紙さんの方が建設的な考えだとわたくしは思いますわよ?」

「ああ、そうだな。そうかもしれない。でも悪いが、もう決めた事だ。お前は、俺が救う。何をしようと、絶対に」

 

 

 士道は己が眼で捉えながら、言った。

 それを聞いた狂三は少し考えるそぶりをしたあと、唇を開く。

 

 

「それではお昼頃、屋上に来てくださいますか? 可能なら、ハルトさんとご一緒に」

 

 

 

 

 一方その頃、琴里はとある廃ビルの前に立っていた。

 別に学校をサボって、廃ビル探索をしに来たわけではない。ほんの少し野暮用があったためである。

 琴里がドアノブを捻ると、錆びついた塗料がはげてボロボロと落ちた。 

 聞こえてくる耳障りな金切り音に舌打ちしながら、その建物屋上へと辿り着いた。

 

 

「───お待ちしておりました、琴里さん」

 

 

 先に屋上で待っていた少女、崇宮真那は琴里に声をかけた。

 そう。今朝琴理が家に戻ると、琴理の部屋の窓に、時刻と場所、そして真那の名前が書かれた手紙が置かれていた。

 

 

「まったく、何なのよここは。私を呼び出そうって言うんなら、美味しいお茶とケーキくらい用してからになさい」

「これは失敬。───ですが、お互いに人の目と耳はねー方が良いと思いやがりまして」

「ふん。それで、一体何の用だって言うの?」

「少し、お話がしたいと思いまして」

 

 と、真那がポケットから取り出したものを琴理に向かって放り投げ、琴理は両手でキャッチした。

 

「これは……」

 

 

 琴里がまじまじと見ると、それは士道が使っているインカムだった。

 士道は昨日のどさくさでなくなってしまったと聞いていたが、真那がこれを持っているということはつまり。

 

 

「───<ラタトスク機関>」

「……っ」

 

 真那の口から出た言葉に、琴理はピクリと眉を動かす。

 

「噂には聞いていました。精霊を武力で殲滅するのではなく、対話によって懐柔する事を目的とした組織。初めて聞いたときは都市伝説かと思っていやがったのですが……」

 

 真那が、キッと琴理を睨み付ける。

 その瞳の奥には、途轍もない怒りの炎が燃え上がっていた。

 

 

「まさか、貴方と兄様が」

 

 琴理はインカムをポケットにしまい、くわえていたチュッパチャップスの棒をピコピコと動かす。

 

「……なるほど、昨日のあの通信は貴女の仕業だったわけね」

 

 士道がインカムを紛失したと判明する前に、〈フラクシナス〉は妙な通信を受け取った。確かに士道の声ではあったが、琴理の名前や現在状況などを幾つか確認すると、急に回線が閉じ、それっきり何も聞こえなくなった。

 琴理は真那に聞こえないが、油断していた自分自身に対して大きく舌打ちした。多分その時の返答で、真那は〈ラタトスク〉の実在を確信したのだ。

 

「随意結界を利用すれば、声を変えることは造作もなねーですから」

「そ。それで、何が目的? わざわざ私を呼び出したって事は、何か狙いがあるんでしょう?」

 

 

 髪をかき上げて、不敵に目を細める琴理に、真那は視線を動かさないまま、唇を開く。

 

「───私は、この件を上に報告するつもりはねーです」

「……ふうん?」

「その代わり。兄様を今すぐに、〈ラタトスク〉から解放しやがってください」

 

 真那の言葉に、琴理は眉をひそめた。

 

「どういうこと?」

「どういうことも何もねーです。琴理さん、なぜ貴女は、兄様にあんな危険な真似をさせていやがるのですか。顕現装置はおろか、通常武器1つも持たせずに精霊と相対させやがるだなんて、とても正気の沙汰とは思えねーです」

「これから口説き落とそうって相手に、銃や剣を突きつけながら喋れって言うの?  それじゃあ強姦魔と何も変わらないじゃない。もしかして貴女マゾヒストか何かかしら?」

 

 琴理がそう言うと、真那は目つきをさらに鋭くし、語気を強めた。

 

「ふざけねーでください。貴女は兄様を何だと思っていやがるのですか。あの時私がいなかったら、今頃兄様は〈ナイトメア〉に殺されていやがりましたよ」

「……」

「琴理さん。───いえ、五河琴理。とても残念です。貴女は兄様の妹失格です。貴女のような人に、兄様は任せられねーです」

「……っ」

 

 琴理は頬をピクリと動かすと、チュッパチャップスの棒をピンと立てた。

 

「へえ、それで、私が妹失格だったらどうするって言うの?」

「私が兄様の身柄を引き受ける事も考えなければなりません」

 

 そう言うと真那の体は淡く光り、彼女は専用のCRーユニット<ムラクモ>を纏うと、琴里は眉を顰めた。

 

 

「冗談じゃないわ。DEMみたいな悪徳企業に士道を預けろって言うの?」

「……っ、なぜそれを」

「優秀な友人がいてね。情報を握っているのはお互い様ってこと」

 

 琴理が不敵に言うと、真那はふうと息を吐いた。

 

「まあ、割れているのなら隠す必要もねーですね。そう、私は元々自衛官だった訳ではねーです。DEMインダストリー社から出向してくるに当たって、必要だったから適当な階級を得たに過ぎねーです。しかし、DEMが悪徳企業と言うのは聞き捨てならねーですね。記憶喪失の私を受け入れてくれて、存在理由と力を与えてくれやがりました。感謝してもしきれねーです」

「正気じゃないわね。あなたの身体をあんな風にして、ヴァルヴレイヴなんていうあんな呪われたものを作り上げているのに?」

「は? 私の身体がなんでやがりますか? それにヴァルヴレイヴが呪われている……?」

 

 

 真那は、琴里が本当に何を言っているのかがわからないような表情を浮かべる。

 琴理は戦慄に唾液を飲み込む。

 わかっていたはずだ、エルエルフにもあらかじめ伝えられていたはずだ。

 琴理は渋面を作って、真那に近づきその肩を掴んだ。

 

「な、何をしやがるのですか?」

「悪い事は言わないわ。貴女こそDEMを抜けなさい。〈ラタトスク〉が面倒を見たっていいわ。だから───」

「はあ……いきなり何を───」

 

 

 と、真那が眉をひそめて言いかけた瞬間、二人の会話を中断する声が上がる。

 

 

「その話、待った」

 

 

「エルエルフ……!?」

「エルエルフ? あなたが<ナイトメア>が言っていた……」

 

 

 琴里は驚愕し、真那は不審げにエルエルフを見る。

 

 

「そこから先は俺が説明する──と言いたいことだが、琴里司令、崇宮真那。来禅高校に凄まじい霊波反応が感知された」

「何ですって……?」

 

 チラッと真那を見ると、表情から真那も、同じ報告を受けているようだった。が、真那はすぐに廃ビルの上空を見上げた。

 

 

「──琴理さん。すぐにこの場を離れた方が良いでやがりますよ」

「っ!」

 

 

 琴理も上空を見上げると、真那はすでにはるか上空にいた。

 そしてそのまま士道たちがいる来禅高校がある方向へと、ジェット機ほどの速度で飛んでいった。

 

 

「琴里司令、俺も<ヴァナルガンド>で行く。……時崎狂三が本気なら誰も勝てない」

「あなたがそこまで言うなら仕方がないわね。エルエルフ、士道たちを任せたわ」

「……了解」

 

 

 その数瞬後、もう一つの飛行機雲が生まれた。

 




狂「あの……わたくし、無事でいられるのでしょうか?」
作「……シラネ」


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弾丸は放たれた

今日はアクション三点盛り! 
早くしないと色々怖いからもう逃げる!


 時刻は正午。たんたんたんたたん♪ と軽やかなリズムを刻みながら狂三は円を描くようにくるくると回る。

 

「もう少し、士道さんとの学校生活を楽しんでもよかったのですけれど──まあ、致し方がありませんわね」

 

 

 少し名残惜しそうに言うが、彼女は止まるつもりなど毛頭ない。

 上空からその光景を見る者がいれば、その異常に気づいたかもしれない。

狂三が通った場所が、薄暗くなっているのであった。

 まるで、狂三の軌跡から、影が消えないように。

 

「そろそろ、潮時ですわね」

 

 そして、カッ、と踵を地面に突き立てた。

 すると屋上を中心に薄暗い線で描かれた円が、ジワジワと面積を広げ、屋上の全域を覆い尽くし、校舎の外壁を伝い、校庭を侵食し、やがて学校を中心とする街の1区画を覆わんばかりに。

 

「──きひ、きひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ」

 

 

 狂三は恍惚とした表情を浮かべ、

 

 

「ああ……士道さん、士道さん、愛しい愛しい士道さん。貴方はこれでも私を救うだなんて仰いまして?  私を助けると仰いまして?  あなたの力がどれだけの呪いが込められると知らずに……」

 

 

 着実に組み上がっていく虚空を見据え、自らを救うと言った少年を待ち続けた。

 

 

 突如、それは襲った。

 全身に鉛の重りが乗っかったような倦怠感と虚脱感が襲った。

 まるで空気が粘性を持ったかのように、重くドロッと手足に絡み付いた。

 ハルトは膝をつき、なんとか立とうとして周囲の異変に気づいた 

 生徒達が、次々と苦しげなうめき声を発し、その場に崩れ落ちていく、異様な光景だった。

 慌てて近くに倒れた女子生徒の肩を揺すると、気を失っていた。

 

 

 

 

 

「な、なんだよ……これ!?」

 

 

 するとポケットから携帯が鳴る。 

 

 

『俺だ、無事か』

 

 

 すぐに応じると、聞こえてきたのはエルエルフの声だった。

 

 

「エルエルフ、これは一体どう言うことだよ!?」

「それは<時喰みの城>と呼ばれる広域結界だ。十中八九、狂三の仕業だろう。すでに五河士道が屋上へと向かった。いいか、ヴァルヴレイヴなら霊力の影響を軽減できる。犬塚キューマと山田ライゾウにもすでに伝えてある。すぐにヴァルヴレイヴを装備して屋上へ迎え。」

「くっ……わかった。来い! <火人>!」

 

 

 ハルトが名を呼び、<火人>を纏った。

 それと同時に、先ほどまで感じていた倦怠感も虚脱感もなりを潜めた。

 

 

「これなら……いける!」

 

 すぐに士道達と合流しようと、ジー・エッジで壁を切り裂こうとした時だった。

 

「ハルトさ〜ん」

 

 とても聞き慣れた、妖しく艶かしい少女の声が聞こえ、ハルトは切っ先を向けながら振り返る。

  

「あらあら……乱暴はいけませんわよ」

 

 そこには屋上にいるはずの、狂三が霊装姿で両手に長短の古式銃を握っていた。

 どう見ても異常な光景……だが、ハルトは冷静に剣を構えて。

 

「あなたは……『どの』狂三さん?」

「ハルトさん、それは無粋というものですわよ。あまり人に見られて気持ちが良いものではありませんから」

「関係ないよ。それよりもそこを退いてくれ。僕は士道を守らなきゃいけないんだ」

「きひひ、それはダァめですわよ。私と一緒に一曲踊ってくださいまし!」

 

 発砲音が鳴り響く─────

 

 

 ガキん! と金属と金属が弾かれる。

 そして青い軌跡と共に、キューマはフォルド・シックスを振るう。

 『狂三』は身体をしならせて回避し、その隙を狙うかのように引き金が引かれる。

 肩部のシールドを可動させ、弾丸を弾く。

 

「あらあら犬塚先輩、その両手に装備されているものは使用されないのですか?」

「悪いが、こんな狭い空間でぶっ放すわけには行かないんでね……!」

 

 狂三の問いに対し、キューマは余裕が無いように返答する。

 だが、それは仕方がないことだろう。

 なぜなら彼の操るヴァルヴレイヴ、<火打羽>は防御と中距離戦をテーマにした機体であり、そのため他のヴァルヴレイヴと比べて幅が大きいのである。

 更に学校の閉鎖空間、それも生徒達という人質がいるような状態では射撃も行えない。

 となれば接近戦しかないのだが、ハルトの<火人>のような接近用の兵装もない。

 もう何度、この攻防を繰り返しているのかわからなくなってきた。

 このままではダメだ。そう判断したキューマは、握っていた小鎌を捨て拳を握った。

 

「待っていてくれよ……ハルト、ライゾウ!!」

 

 小さく呟くと己の力を全てを込め─────

 

 解放と共にクレーターができた。

 すかさず黄色の拳達は、狂三に向けてラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。

 

「まったく……無茶苦茶ですわね……! 乱暴な殿方は嫌われてしまいますわよ」

「うるせぇ! テメェみたいな女に好かれても一ミリも嬉しくねぇんだよ」

 

 ライゾウは<火神鳴>のアームユニットを束ね、狂三めがけて殴りつける。

 回避不可能の攻撃に狂三は防御姿勢を取るが、直撃すると少女の身体は大きく弾き飛ばす。

 

「俺は決めたんだ。もう仲間を失わないってな! テメェに関わって場合じゃないんだよ!!」

「きひひ、ああ……キキましたわ。昂ぶってしまうではありませんか!!」

 

 

「はあ……はあ……ここか」

 

 士道は、細かく息を吸って吐いたりを繰り返しながら言った。

 それにインカム越しから、令音が答える。

 

『ああ……エルエルフの話だとあまり時間はかけない方が良いみたいだ』

「わかった。必ず、狂三を救ってみせる」

『任せたよ、シン』

 

 士道は頷き、屋上に繋がる扉を開けた。

 屋上に出ても、ドロリとした空気は少しも晴れず、それどころか身体を襲う虚脱感が強くなった気になり、顔をしかめる。

 左右に目をやり、フェンスに囲まれた殺風景な空間。

 その中心に、彼女はいた。

 

「───ようこそ。お待ちしておりましたわ、士道さん」

 

 フリルに飾られた霊装の裾をくっと摘まみ上げ、微かに足を縮めて見せた。

 

 




士「あれ!? もう俺の活躍終わり!!?」
作「ソダヨ」


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隠された力

すいません、ほぼ本編垂れ書きです


 士道は屋上で、両手をバッと開き、狂三に問いかける。

 

「狂三……お前、一体何をしたんだ!? 何なんだ、この結界は……!」

 

 狂三は士道の反応が楽しくて仕方ないと言った様子で、笑みを濃くする。

 

「うふふ、素敵でしょう?  これは『時喰みの城』。わたくしの影を踏んでいる方の『時間』を吸い上げる結界ですわ」

「時間を、吸い上げる……?」

 

 怪訝そうに言う士道に、狂三はクスクスと笑いながらゆっくりと歩み、優雅な仕草で髪をかき上げると、常に前髪に隠されていた左目が露にされた。

 無機質の金色に数字と針の左目、時計そのもののような異様な目だった。そしておかしな事に、その時計の針がクルクルと逆回転していた。

 

「なっ……それは!?」

「ふふ、これはわたくしの『時間』。命、寿命と言い換えても構いませんわ」

 

 狂三は言いながら、その場でクルリとターンする。

 

「わたくしの“天使”は、それはそれは素晴らしい力を持っているのですけれど・・・・その代わりに、酷く代償が大きいのですわ。一度力を使う度に、膨大な私の『時間』を喰らっていきますの。だから、時折こうして、外から補充する事にしておりますのよ」

「な……っ」

 

 それが本当ならば、今、十香やクラスメイト達は狂三によって寿命が吸い取られているということだ。

 その事に士道は静かに戦慄する。

 狂三は士道の表情を見ると、何故か寂しそうな顔になるが、すぐにその顔に凄絶な笑みを貼り付け、指先で士道の顎を持ち上げる。

 

「どうしてこんなことを? ……とでも思ったのでしょうけれど、精霊と人間の関係性なんて、そんなものですのよ。皆さん、哀れで可愛い私の餌。それ以上でもそれ以下でもありませんわ」

 

 士道を挑発するように眉を歪め、続ける。

 

「ああ───でも、でも、士道さん、あなただけは特別ですわ」

「俺が……?」

「ええ……あなたは最高ですわ。あなた方と『1つ』になる為に、わたくしはこんなところまで来たのですもの」

「一つになるって……どういうことだよ」

 

 士道は、狂三の言葉に対して眉をひそめる。

 

「そのままの意味ですわ。あなたは殺したりなんてしませんわ。それでは意味がありませんもの。──わたくしが、直接あなたを”食べて”差し上げるのです」

 

 狂三の言った食べるというのが、どういった意味なのか士道にはわからなかった。しかしその言葉を聞いた瞬間、士道の胃に冷たいものを広げるのは十分だった

 しかし、士道はその気持ちを押しこめ、拳を強く握った。

 脳裏をよぎったのは、血まみれになったハルトの姿。

 いくら精霊の加護によって『神憑き』と同等の回復能力を持っていたとしても、より悲惨な目に遭うのは目に見える。

「俺が、目的だっていうなら、俺だけを狙えばいいじゃねぇか! なんでこんな──!」

 

 士道の言葉を聞いた狂三は、愉快そうに言葉を続ける

 

「うふふ、そろそろ時間を補充しておかねばなりませんでしたし──それに、あなたを食べる前に、今朝の発言を取り消していただかないとなりませんもの」

「今朝の……?」

 

 今まで愉快そうに言葉を発していた狂三の視線が、鋭いものに変わる。

 

 

「えぇ。──わたくしを、救うだなんて世迷い言を」

「……っ」

「──ねぇ、士道さん。そんな理由で、こんなことするわたくしは恐ろしいでしょう? 関係ない方々を巻き込むわたくしが憎いでしょう? 救う、だなんて言葉をかける相手でないことは明白でしょう?」

 

 狂三は、何かの役を演じるように大仰に手振りをしながら続ける

 

「だから、あの言葉を撤回してくださいまし。もう口にしないと約束してくださいまし。そうしたなら、この結界を解いて差し上げても構いませんわ。もともとわたくしの目的は、士道さん一人なのですもの」

「な……」

 

 士道は目を見開いた、結界を解く条件があまりにも簡単なものだったから。それこそ狂三が士道をたばかっているのではと疑ってしまうほどに

 

『……狂三は本気だ』

 

 インカムから、令音の声が聞こえてくる

 

『……彼女の精神状態に、嘘をついている形跡は見受けられない。シン、君が条件を呑んだなら、狂三は本当にこの結界を解くだろう』

 

 令音がそういうと同時に、狂三は薄気味悪い笑みを浮かべて身をくねらせる

 

「きひひ、ひひ、さぁ、早く止めなければなりませんわねぇ。急がないと手遅れになってしまう方もいらっしゃるかもしれませんわよォ?」

「……っ」

 

 士道が言葉を撤回すれば、結界は解除される。そうしなければ、結界の中にいる人たちが犠牲になるかも知れない、選択の余地がなかった士道は、意を決して口を開く

 

「……結界を、解いてくれ」

「なら、言ってくださいまし。もうわたくしを救うだなんて言わないと」

 

 一瞬、狂三は安堵しかのように息を吐いた

 

「それは……できない」

「は──?」

 

 士道がそう言った瞬間、狂三はぽかんと瞼と口を開いた。少なくとも今まで士道がみてきた狂三の中で、一番間の抜けた表情をしていた

 

「……あら、あら、あら?」

 

 しかし、そんな表情を浮かべたのも一瞬、狂三の表情はすぐに不機嫌なものに変わる

 

「聞こえませんでしたの? それを撤回しない限り、私は結界を解きませんわよ」

「……っ、それは、解いてくれ。今すぐ!」

「なら」

「でも、駄目だ! 俺はその言葉を撤回できない!」

 

 士道は叫び、狂三の言葉を拒否する。自分の言った言葉を撤回してしまったら、何も変わらないから

 

「──聞き分けのない方は嫌いですわ……ッ!」

 

 狂三はそう言うと、軽やかなバックステップで士道から距離を取り、右手をバッと頭上に掲げる

 

 その瞬間

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ──────

 

 けたたましい音が、街全域に鳴り響いた

 

「──っ、空間震警報……ッ!?」

 

 精霊が現界する際に、自分の意思とは関係なしに引き起こす厄災、それを知らせる警報がこのタイミングで鳴った。士道は別の精霊が出現するのかとも考えたが、狂気に満ちた笑みを浮かべる狂三が、それを否定していた

 そこから導き出される答えは、狂三が意図的に空間震を起こそうとしているというもの

 

「きひ、きひひ、きひひひひひひひひひッ、さぁ、さぁ、どォぅしますの? 今の状態で空間震が起こったなら、結界内にいる方々は一体どうなりますでしょうねぇ」

「……!」

 

 そう言われ、士道は言葉を失う

 通常、空間震が起きた際、一般人はシェルターに避難する。しかし、狂三の結界内にいる人々は気を失い、避難することは不可能──なのだが、士道の頭に一つの疑問が浮かぶ

 

「さぁ、さぁ、士道さん? いかがですの? わたくしが恐ろしいでしょう? わたくしが憎いでしょう? これでも同じことが言えまして? 弱き肉が! 強き捕食者に!」

「……」

 

 心臓の鼓動が早くなる、呼吸が荒くなっているはずなのに、士道の頭の中は信じられないくらい冷静だった

 そして、士道の中に浮かんだ疑問とは──どうして狂三は、そんなにも士道に言葉を撤回させようとしているのか。彼女の目的が士道なら、変な小細工はせずにさっさと食べてしまえばいい、なのに、なぜ、そこまで狂三は気にするのか

 

 強き捕食者である自分が、弱き肉である士道の言葉を

 

『……シン』

 

 そこで、インカム越しに令音の声が聞こえてくる

『……狂三の精神状態が変化している。まるで君を……恐れているかのような数値だ』

「ぇ……?」

 

 令音からその言葉を聞いた瞬間、士道は狂三に聞こえないくらいの声を発し、眉をひそめる。

 どうして狂三が自分の事を恐れるのか、士道は一瞬混乱し──そして、納得した。

 

「あぁ──そうか」

 

 士道は息を吐くと、もう一度狂三を見る。

 

「さぁ! 士道さん、どうしますの? あなたが言葉を撤回しなければ、何人もの人が死ぬことになりますわよ!?」

 

 狂三が士道から視線を逸らさないまま、高く掲げた右手をぐっと握ってみせた瞬間、空間が悲鳴を上げているような甲高い音が聞こえてくる。

 

「く……」

 

 狂三にかけなければならない言葉もある、話さねばいけないことがある。だが、今はそれより先に、何とかしない事がある。自分の言葉を撤回せず、空間震を何とかする為に思考を巡らせると、ふと狂三の言葉を思い出す。

 

 

「……狂三」

「何ですの? ふふ、ようやく取り消す気になりまして?」

 

 狂三が、不敵に笑いながら言ってくる。その言葉に構わず、士道は言葉を放った。

 

「おまえは、俺を食べるのが目的って……言ってたな」

「えぇ、そうですわ。殺したりしたら意味がありませんもの。あなたはわたくしの中でずっと生き続けますのよ。素敵でしょう?」

「…………」

 

 その一言を見て、確信を持った士道は、小さな声で令音に確認を取ると、その場から駆け出し、屋上の端にあるフェンスを登っていく。

 

「……っ、何のつもりですの?」

「空間震を止めろ。さもないと──」

 

 フェンスの頂上に足をかけた士道は、校庭を指さす。

 

「俺は、ここから落ちて死んでやるぞ……!」

「な、何を仰ってますの……? 気でも触れまして?」

 

 流石に動揺を隠せない狂三は士道にそう言うが、当の本人は既に覚悟が決まっていた。

 

「悪いが正気だ。やっぱり俺は、朝の言葉を引っ込められない。──それじゃあ、おまえを助けられなくなっちまう」

 

 狂三が不快そうに顔を歪めるが、士道は構わず言葉を続ける。

 

「でも、おまえに空間震を起こさせるわけにはいかない。だから──」

「それで、自分を人質に? 短絡的にも程がありますわ。追い詰められた逃亡犯ですの!?」

 

 確かに狂三の言う通りである、今の士道がやっているのは海外のニュースやドラマでよく見る、犯人が自分のこめかみに銃を突きつけているのと同じ行為だ。

 けれど、狂三の目的が士道である以上、決して無駄な行為ではない。

 

「……そんな脅しが聞くと思いますの? やれるものならやってご覧なさいな!」

 

 小さく息を吐いた狂三が士道にそう言う。

 

「……あぁ」

 

 士道は静かにそう言うと、身体をフェンスの向こう側に投げ出した。

 

 

 

 

 火花が散った。

 血が舞った。

 赤は紅に染まる。

 

 

「クッ……」

 

 

 迸る激痛にハルトは呻き声を上げ、貫かれた装甲を守るように硬質残光を広げて弾丸を銃撃を妨げる。

 光の壁が守っている隙に、曲がり角に身を隠す。

 

「ハ・ル・トさ〜ん、隠れていないで出てきてくださいまし。あれほど逢瀬を共にした中ではありませんか」

 

 

 軽い調子で言う狂三の声が聞こえてくるが、今のハルトには返答をする暇はない。

 よく見ると、<火人>の各部はオレンジ色に輝いていた。

 78/100。もうヴァルヴレイヴが動けるのも残り僅かだ。

 消耗戦は望めない。だからと言って現在の手持ちでどうにかなるものではない。 

 

 

「どうすれば……ん? あれは?」

 

 

 ハルトは目についたものを掴んで、とある作戦を思いつく。いや、エルエルフからしたらこんなのは作戦とは言えない。

 だけど……

 

 

「これならいけるかもしれない……!」

 

 

 覚悟を決め、ハルトは身を乗り出す。

 

 

「あらぁ? もうお諦めになってしまったのですの?」

 

 

 名残惜しむように狂三は古式銃を構え、引き金に指をかける。

 ダンッ! と古式銃が火を吹くと同時、ハルトは持っていたものを放り投げた。

 弾丸がそれに着弾すると、白煙があたりを覆う。

 

 

「なッ……! これは消化器の……ッ!? ハルトさんは一体どこに───」

 

 

 狂三が言い切るよりも前に、すぐに回答が返ってきた。

 白煙を薙ぎ払い、<火人>は長刀を両手で目一杯に力を込めて───振り下ろした。

 赤き光を纏った刀身は、血色に染められたドレス状の霊装を破り、狂三の白磁の肌を切り裂く。

 そう思っていた。

 

 

「────来なさい、<鉄火>」

 

 

 緑色の光と共にこれまで感じたことがない衝撃波によって吹き飛ばされ、廊下の最奥の壁をウエハースのように簡単に破られる。

 それでも勢いは消せず、ハルトは水の張ったプールに衝突した。

 

 

「今の、光は……」

 

 

 ハルトは知っている。

 なぜならこの身に流れ、ヴァルヴレイヴの原動力となる『情報の原子』とも言われる情報素粒子RUNE。

 そして先ほどの波動は前の世界で追放刑を受けた後、エルエルフと殴り合いをしていた時に発動させたものと酷似していた。

 

 

「きひひ、いやはや流石に少し驚いてしまいました。ですがァ、まだまだですわね」

 

 

 ハルトが穴を開けた壁の向こうから、狂三の声が聞こえると共にそれは姿を現した。

 それは<火人>を色を鈍い銀色にしたかのような、『ヴァルヴレイヴ』だった。

「どうして……君がそれを……!」

「ヴァルヴレイヴ二号機<鉄火>……あなたには馴染みのある機体では?」

 

 

 ヴァルヴレイヴ二号機、またの名を<鉄火>。

 モジュール77の最深部に半壊の状態で保管されていた機体にして、ドルシア軍のマギウス、アードライによって強奪され最恐の霊長兵器<ダーインスレイブ>の元になった機体。

 ハルトも一度、戦ったことがあるがまるで歯が立たなかった。

 そんな機体が、今、完璧な状態で人外の精霊の手によって扱われている。 

 

「きひひ、さァ、第二ラウンドと行きましょうか?」

 




狂「きひひ、タタじゃ、終わりませんわよ?」
作「デスヨネ〜」


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銃声は鳴り止まない

もう少しで狂三編が終わる……人気キャラのエピソードを考えるって難しいのね。
あ、あと今回から神憑きの表記を正しい『カミツキ』に変えております

※六月一日に内容を一部変更済み


 二つの光が衝突した。

 パリン! とガラスが砕けたような音が聞こえ、ハルトと狂三は仮面越しから見つめ合う。

 二人の表情は正確には伺えないが、ハルトは苦悶を浮かべ、狂三は不敵な笑みを浮かべていることだろう。なぜならハルトが狂三に明確な反撃を行えてないことを見れば、明白であろう。

 現在、<火人>のゲージはプールによって50/100 まで減っているものの、再び熱が上昇を始めている。

 距離をとって体制を整えたいが、狂三にもそれは分かっているので距離を詰めて手刀を向ける。

 ハルトは咄嗟に腕を腕を掴み、ギシギシと金属が軋む音を響かせる。

 

 

 

「あらあら、なぜ逃げようとしているのですか? せっかくお互いに『同類』なんですから関わり合いませんこと?」

「じゃあ……一つ、聞きたいのだけれど、その機体をどうやって手に入れた?」

「ああ……そのことですか。それは私の影の中で、色々お話したはずですわよね」

「確かに聞いた。『七年前』、君とエルエルフが当時開発中だったヴァルヴレイヴを全て強奪したことを。でも君がなんで二号機を持っているんだ!? エルエルフの話じゃ、二号機はなかったはずだ」

 

 

 だが現に、その二号機<鉄火>は完璧な状態で対峙している。そのことがどうしても気がかりだった。

 

 

「なるほど……そうですわね────!?」

 

 ハルトの問いに答えようとした狂三は、上空を仰いだ。

 ハルトも見上げると、紫色の結界が元の青空に戻ろうとしていた。

 それを見た狂三は明らかに不機嫌であったが、すぐに平静を装う。

 

「しくじりましたか……全く仕方がない子ですね。私のゲージもかなり溜まってしまっていますし……ハルトさん、どうやらここまでのようです。また後ほど」

 

 そう言って、狂三は手を振りながら影の中に潜って消滅した。

 一体、どうして結界が解除されたかは分からないが、おかげで軽くなった。

 そう思っていた矢先に、令音から連絡が入る。

 

『ハルト、聞こえるか。残念ながら、キューマとライゾウが戦闘不能になってしまった。ここから先はさらに辛くなるぞ』

「了解しました。と言っても……僕もなかなかキツイですけどね」

 

 ゲージも63/100。飛行なんてしようものなら、この後の戦闘に耐えられない。

 それにあの狂三のことだ。飛行対策を取っていないはずがない。

 それは令音もわかっている。だから。

 

「すまない……だが、今シンを助けられるのは君だけなんだ。頼む」

「……任せてください。必ず士道も、時崎さんも真那ちゃんも助けます」

 

 ハルトは令音に短く答え、士道達がいる屋上へと向かうのであった。 

 

 

 フェンスから飛び降りた士道だったが、不思議と恐怖感はない。

 

「────っ!」

『……シン!?』

 

 狂三が息を詰まらせる音と、令音の声が聞こえてくる。

 ふわっという浮遊感と共に、士道の身体は凄まじいスピードで地面に落下していった。

 

「──っ」

 

 意識が飛びそうになった瞬間、士道の身体は何者かに支えられ、ガクンと揺れる。士道の事をキャッチしたのは校舎の壁に這った影から現れた狂三だった、彼女はそのまま校舎の壁を垂直に登って屋上まで戻ると、乱暴に士道の身体を放る。

 

「あー……死ぬかと思った」

「あっ……たり前ですわ……ッ!」

 

 士道が大きく息を吐くと、狂三が興奮した様子で声を荒げてきた。

 

「信じられませんわ! 何を考えていますの!? 何を考えていますの!? わたくしがいなかったら本当に死んでいましたわよ!?」

「あー……その、なんだ……ありがとう」

「命を何だと思ってますの!?」

「いや、おまえが言っちゃ駄目だろそれ……」

 

 士道がそう言うと、狂三はハッとした顔を作り、頭をわしわしとかいた。

 

「あぁぁぁぁぁ、もうッ! 馬ッ──鹿じゃりませんの……ッ!」

 

 狂三の声を聞いた士道は、その場に立ち上がると狂三に向かって声を上げる。

 

「狂三。おまえ、なんで俺を助けてくれたんだ?」

「……っ、それは──あなたに死なれると、わたくしの目的が達せなくなるから……」

「そうか。じゃあやっぱり、俺には人質の価値があるんだな?」

 

 士道はそう言うと狂三に指を突き付けた。

 

「さぁ、じゃあ空間震を止めてもらおうか! ついでにこの結界も消してもらう! さもないと舌を噛んで死ぬぞ!」

「そ、そんな脅し──」

「脅しだと思うか?」

「ぐっ……」

 

 狂三一瞬悔しそうな顔を作った後、指をパチンと鳴らした。

 すると、周囲に響いていた耳鳴りのような音が止み、次いで、周りを覆っていた重い空気も消えていた。

 

 結界を解き、空間震を消した狂三は、自分に言い聞かせるように叫ぶ。

 

「ま──まぁ、構いませんわ。どうせもともと、わたくしの狙いは士道さんだけですもの。何も問題ありませんわ。何も問題ありませんわ!」

「じゃあもう一つ──聞いてもらおうか」

 

 黙って食われるわけにもいかない士道がそう言うと、狂三は困惑したように言う。

 

「ま、まだありますの……っ!?」

「あぁ、一度でいい。──狂三。おまえに一度だけ、やり直す機会を与えさせてくれないか」

「え……?」

 

 狂三は驚いたように目を見開き、すぐに眉をひそめる。

 

「……まだそれを言いますの? いい加減にしてくださいまし。ありがた迷惑でしてよ。私は、殺すのも、殺されるのも、大ッ好きですの! あなたにとやかく言われる筋合いなんてどこにもありませんわ!」

 

 士道を拒絶するように、狂三が叫ぶ。その声には、今までのような底知れぬ恐ろしさはなく、何かに怯えているようにさえ聞こえた。

 

「狂三。おまえ……誰も殺さず、命を狙われずに生活したことって……あるか?」

「それは……」

「わかんねぇじゃねぇか。殺し、殺される毎日の方がいいだなんて。もしかしたら──そんな穏やかな生活を、お前も好きになるかも知れねぇじゃねぇかッ!」

「でも。そんなこと──」

「できるんだよ! 俺になら!」

 

 士道が叫ぶと、狂三は気圧されたように息を詰まらせた。

 

「おまえのやってきたことは許されることじゃねぇよ。一生かけて償わなきゃならねぇ! でも……ッ! おまえがどんなに間違っていようが、狂三! 俺がおまえを救っちゃいけない理由にはならない……ッ!」

 

 狂三は、数歩あとずさった。士道はそれを追うように一歩踏み出す。

 

「わ、わたくし……わたくしは──」

 

 狂三が混乱したように目を泳がせ、声を発する。

 

「士道さん、わたくしは……本当に……っ──」

「駄ァ目、ですわよ。そんな言葉に惑わされちゃあ」

 

 狂三が何か言おうとした瞬間、どこからともなくそんな声が響く。その声を聞いた士道は訝しげに眉をひそめた、何故なら士道の聞いたその声は。

 

「ぎ……ッ!?」

 

 士道の思考を遮るように、前に立っていた狂三が、奇妙な声をのどからもらした。

 

「狂三……?」

「ぃ、あ、ぁ……」

 

 士道はそちらに目をやり、凍り付いた。

 眼前の狂三は、眼球を飛び出さんばかりに目を見開き、苦し気な声を響かせる。そして、士道が視線を下に向けると彼女の胸から、一本の赤い手が生えてきた。

 

「え……」

「わ、たく、し、は」

 

 そこで、士道はようやく状況を理解する。

 いつの間にか何者かが狂三の後方に現れ──彼女の胸を貫いたのだ。

 

「はいはい、わかりましたわ。ですから──もう、お休みなさい」

「……ぃぐッ」

 

 小さな断末魔だけを残し、狂三は糸の切れた人形のように崩れ落ち、一度だけ身体を痙攣させ──完全に動かなくなった。

 

「な……」

「あら、あら。いかがいたしましたの、士道さん? 顔色が優れないようですけれど」

 

 士道は、動くことができなかった、突然すぎる事態に思考が追い付いていないから

 何故なら、そこに立っていたのは──間違いなく、時崎狂三だったのだから。

 

「く、るみ……? は? なんで……」

「まったく、この子にも困ったものですわね」

 

 狂三は血に濡れた本を持っていた右手をビッ、と払う。すると影から無数の手が生え、狂三の死体を、影の中に引きずり込んでいった。

 

「あんな狼狽えて。──まだ、このころのわたくしは若すぎたかもしれませんわね」

「な──」

「あぁ、でも、でも。士道さんのお言葉は素敵でしたわよ?」

 

 冗談めかすように身をくねらせた狂三は笑う。

 

「何、が……」

「さぁ、さぁ。もう間怠っこしいのはやめにしましょう」

 

 

 




『七年前』のことはいつかやります! 
これだけは約束する。だから待って!


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最悪、そして炎

ようやく狂三編の終わりだああああああ! 
ここまでマジ大変だった。
やっと琴里ちゃんの話を……は? お前ら、温泉回のマッチョマンども。
やめろ離せええええええ。


「さぁ、さぁ。もう間怠っこしいのはやめにしましょう」

 

 そういうと、士道の足元から手が生え、両足を掴もうとしたところで、斬撃がその腕を吹き飛ばした。

 また別の方向から緑色の閃光が、狂三に向かって放たれ、彼女は咄嗟にそれを回避した。 

 あまりにも突然のことに、士道が唖然としていると上空から白と黒の物体が飛来してきた。 

 

 

「真那! エルエルフ!」

「はい。──また、危ねーところでしたね」

「まったく……貴様は無茶ばかりをする」

 

 

 <ムラクモ>を纏った真那と<ヴァナルガンド>を纏ったエルエルフのそれそれが士道を見るが、すぐに握る武器を構え直すと、後方へ逃げた狂三に鋭い視線を放った

 

「随分と派手なことをやってくれやがったようですね、ナイトメア」

「──く、ひひ、ひひ、いつもながら、さすがですわね。相変わらず、鋭い一撃を繰り出してきます」

「ふん、悪ーですが、そんな霊装、私の前では無意味です」

「時崎狂三、大人しく撤退しろ。そうすれば殺しは────」

 

 

エルエルフがそう言いかけたところで、狂三が大仰に手を広げ、その場でくるりと旋回した。

 

「でぇ、もォ……わたくしだけは、殺させて差し上げるわけには参りませんわねぇ」

 

 狂三はそう言うと、カッ、カッ、と、ステップを踏むように両足を地面に打ち付けた。

 

「さぁ、さぁ、おいでなさい──<刻々帝>(ザアアアアアアアアアフキエエエエエエル)

 

 刹那──狂三の背後に現れたのは巨大な時計。そして、狂三の身の丈の倍にあろうかという、巨大な文字盤。そしてその中央にある針は、それぞれ細緻な装飾の施された古式の歩兵銃と短銃だった。

 

「……っ、これは──天使……っ!?」

 

 天使──精霊の持つ唯一にして絶対の力。

 

「うふふ……」

 

 狂三が笑うと、巨大な文字盤から短針に当たる銃が外れると、狂三の手の中に収まった。

 

「刻々帝───【一の弾】」

 

 

 狂三が唱えると、文字盤のⅠから影のようなものが漏れ───一瞬のうちに狂三の握る短銃へと吸い込まれる。

 

「一体何を──」

 

 

 士道が疑問の声をあげるよりも先に、狂三は短銃を側頭部に押し当て、一切の躊躇うことなく自らをヘッドショットする。

 その瞬間狂三の姿が消え、それと同時に真那が横に吹き飛ばされた。

 

 

「ぐ……ッ!?」

 

 真那は空中で方向を転換すると、狂三に猛進するが、狂三の身体がまたカスミのよに消え去り、次の瞬間には真那の後方に出現し、その背に踵を振り下ろそうとしたところで、エルエルフが右手のレイザーブレイド<ヴォルフテイル>で弾いた。

 

 

「ぐ……!」

「あなたは……っ!」

「これに追いつきますか、つくづくあなた達には計算を狂わされますわね……!」

 

 

 そう言う狂三だが、その表情に焦りはなくむしろ戦いを楽しんでいる様子だった。

 

 

「ならば───これならどうですか? 刻々帝────【七の弾】」

 

 

 即座にⅦの文字盤から染み出た影が銃口へと入り次弾を装填が完了し、真那に向けて放った。

 

 

「無駄ですッ!」

「駄目だ、その弾は避け──っ!」

 

 エルエルフの警告よりも先に、真那の展開していた随意領域テリトリーによって銃弾は阻まれた。

 

「え……?」

 

 しかし、その後に起きた光景を見た士道は、呆然と声を発する。

 士道の目の前に広がっていたのは、空中に飛び立った状態で完全に静止した、真那の姿。

 

「真那……っ!」

 

 士道が呼びかけるが、真那は動かず、反応を示すこともない。まるで時間が止まってしまったかのように、その場から微動だにしていない。

 

「あァ、はァ」

 

 狂三は笑い、真那の身体に何発もの銃弾を放っていく。狂三の使っているのは二丁とも単発式の古式銃だが、一発放つたびに影が滲み出て、弾丸として銃口に装填されていく。

 

「が──ぁ……ッ!?」

 

 数秒後、その身に何発もの弾丸を受けた真那が、地面から血を流して地面に落ちていく。

 

「きひひひひひひひひひ、あらあら、どうかしましたのォ?」

「な──、今の、は……」

「真那!」

 

 

自分を縛る腕がいつの間にかなくなっていた士道は、そう叫んだあと地面に膝をついた。真那のもとに駆け寄る。

 

「兄──様、危険です。離れやがってください……」

「馬鹿、何を言ってやがる!」

「……っ!」

 

 士道が真那に駆け寄ったのを見たエルエルフも、ようやく痺れの取れてきた身体を動かして二人の前に立ち、剣を構える。

 

「「士道(シドー)!」」

「──士道」

 

 

 と、そのタイミングで、バァアン! ドアをブチ破る音が響き、十香とハルト、そのあとに折紙の声が聞こえてくる。

 

「十香、ハルト──折紙……!?」

 

 

 士道たちの元に駆け寄ってきた三人の姿は、霊装とワイヤリングスーツ、

ヴァルヴレイヴを纏っていた。

 

 

「大丈夫か、シドー!」

「怪我は」

 

 二人同時にそう言うと、鬱陶し気に睨み合いになるが、すぐにその先にいる狂三に血塗れで膝をついている真那、狂三に向かって剣を構えているトーマの姿に気づき、それぞれ武器を構える。

 

「鳶一一曹……十香さん。ご無事でしたか。しかし……十香さん。その姿は一体」

「シドーの妹二号。おまえこそ、その恰好は何だ? まるでAST──」

 

 と、そこで狂三の笑い声が響いてきた二人は言葉を中断する。

 

「あら、あら、あら、今日はお客さんが多いですわね」

「狂三……! いきなり逃げたと思ったら、こんなところにいたか!」

「あなたの行動は不可解、一体何の真似」

「え……?」

 

 十香と折紙の言葉を聞いた士道は、眉をひそめる。

 

「逃げた、って……?」

「狂三が邪魔をしに現れたのだが……先ほどの爆発のあと、どこかへ逃げていったのだ」

「それはおかしい。時崎狂三は、私と交戦していた」

「何だと?」

 

 

 二人の疑問に、ハルトは振り返らず答える。

 

「二人とも、正真正銘時崎狂三と戦ってたよ……詳細は省いて簡単に言うと、分身の術擬きを使ってたんだ」

「何だと!?」

 

 

十香は驚き、折紙は訝し気な顔を向けてくるが。二人はすぐに視線を狂三に向け直す。

 

「……残念だ、狂三。だがおまえがシドーに危害を加えようとする以上、容赦はしない」

「一部にだけ同意する」

 

 そんな二人の様子を見た狂三は、またも楽し気にくるりと身体を回転させた。

 

「うふふ、ふふ。あぁ、あぁ、怖いですわ、恐ろしいですわ。こんなにもか弱いわたくしを相手に、こんな多数で襲い掛かろうだなんて」

 

 そんなこと微塵も思っていない様子で、狂三は嗤う。

 

「でも、わたくしも今日は本気ですの。──ねぇ、そうでしょう? わたくしたち」

 

 奇妙な物言いに眉をひそめた次の瞬間、屋上を覆い尽くした狂三の影から這い出るようにして無数の狂三が現れる。

 

『な……っ!?』

「来たか……っ!」

「なん……だよ、こりゃあ……っ!!」

 

 広い屋上を埋め尽くさんばかりに、墓場から這い上がってくるゾンビのように、霊装を纏った時崎狂三が、影の中から這い出てきた。

 

「くすくす」        「あら、あら」        「うふふ」

「あらあらあら」       「驚きまして?」

 

「士道さん」    「さぁ、どうしますのォ?」        「あはははははッ」

「いひひひ」       「美味しそうですわねぇ」

「さぁ、さぁ」                「遊びましょう?」

「いかがでして?」     「ふふっ」       「ひひひ」

「ふふふふふ」     「そうしましたの?」

 

 無数の狂三が、思い思いの声を発する。

 

「こ、ッ、れは……ッ」

「うふふ、ふふ、いかがでして? 美しいでしょう? これはわたくしの過去。わたくしの履歴、様々な時間軸のわたくしの姿たちですわ」

 

 銃を握った狂三が、両手を広げながらくっとあごを上げた。

 

「な──」

「うふふ──とはいえあくまでこの『わたくしたち』は、わたくしの写し身、再現体に過ぎませんわ。わたくしほどの力を持っておりませんので、ご安心くださいまし」

 

 狂三は、言葉を続ける。

 

「真那さん、わかりまして? わたくしを殺しきれない理由が」

「──っ……」

 

 真那が息を詰まらせる、それは士道たちも同じだ。唯一この光景を見た事のあったトーマも、今は消耗が激しくいつものように戦う事は難しいだろう。

 

「さぁ──終わりに、いたしましょう」

 

 狂三が、くるりと回る。

 

「……ッ、舐めんじゃ──ねーです……ッ! ……ガッ!」

 

 真那は傷ついた身体を随意領域を使い、傷ついた身体を無理矢理動かすとユニットを可変させて幾重もの光線を放った。その光線は無数に存在する狂三のうち何体かの体を貫き、地面に跪かせる。

 

「ふん……っ!」

 

 真那はユニットを可変させ、襲い来る狂三を次々と屠っていくが、刻々帝の前で銃を握った狂三が【七の弾】を装填し、再び真那に放った

 

「真那──!」

 

 

 士道が声を上げると真那の元に向かい、十香と折紙は士道を守るように展開するが、数に差がありすぎた。それぞれが無数の狂三に包囲され、攻撃を加えられ、その場に押さえつけられる。

 唯一、動けるハルトとエルエルフも分身体の対応でまともに動けない。

 

 

「十香──折紙……ハルト……エルエルフ……真那……ッ!!」

 

 士道も両腕をとられ、地面に押さえつけられる。

 

「ぐ……」

「────」

「くっそ……がぁ……」

 

 無数の狂三が存在するなか、銃を握った狂三が、士道の方に近づいてきた。

 

「あぁ、あぁ、長かったですわ。ようやく、士道さんをいただくことができますのね」

「や……っ、やめろ狂三! シドーに近づくな!」

「……っ、放して──」

 

 

「……力が……出ねぇ……」

 

 十香たちはもがくが、狂三の拘束から逃れる事はできなかった。

 

「ふふ──そうですわ」

 

 くすくすと笑っていた狂三は、士道の目の前で足を止めると、何かを思い出したかのように眉をぴくりと動かした。そして、左手に銃を預け、右手を頭上に掲げた瞬間、再び空間震警報が鳴り響く。

 

 

「な……狂三、おまえ何を──」

「うふふ、ふふ。先ほどできなかったことをして差し上げますわ。まだ皆さん目覚めておられないでしょうし──きっとたくさん死んでしまいますわねぇ」

「や、やめろ……ッ! そんなことしやがったらオレ、舌噛んで──」

 

 そう言いかけた瞬間、士道を取り押さえていた狂三が口に細い指を差し入れ、顎と舌を押さえつけた。

 

「ふぐ……ッ!?」

「舌を……? どうするんですの?」

 

 狂三が笑い、右手を握ると、先ほどのように空間が悲鳴を上げ始める。

 

「ふふ、ひひひ、ひひひひひひひッ! さぁ! もう二度とわたくしを誑かせないよう、絶望を刻み込んで差し上げますわ!」

 

 士道が声にならない叫びを発する間もなく、狂三は右手を振り下ろした。

 

「あ────ーッはははははははははは──っ!!」

 

 その瞬間、来禅高校の周囲の空から凄まじい音が響き──空間が震える。

 

 

 

 

 が、発生するはずだった空間震は、初期微動だけを残し消失した。

 

「…………?」

「これは……どういうことですの……?」

 

 起こる筈だった事象が起きなかったことに対し、狂三が不信そうに眉を歪める。

 

「──知らなかった? 空間震はね、発生と同時に同規模の空間の揺らぎをぶつけると相殺することができるのよ」

 

 狂三の疑問に答えるように、空から凜とした声音が聞こえてくる。

 

「──っ、何者ですの?」

 

 狂三は右手に銃を握り直して、空に顔を向ける。

 そこに広がっていたのは炎だった──否、正確には士道たちの頭上を炎の塊が浮遊していた。

 

「琴、里……?」

 

 炎の中にいた人影……和装のような格好をした少女をみた士道は、そう口を開いた。

 そう、炎の中心にいたのは五河琴里──ラタトスクの司令官であり、五河士道の妹、人間である筈の少女だった。

 

「──少しの間、返してもらうわよ、士道」

  

 

 




次章『五河シスター』


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紅蓮の精霊

あとがきで重大発表します


「焦がせ──<灼爛殲鬼>」

 

 

 琴里がその名を告げると紅蓮が舞い上がり、彼女の手には巨大な戦斧が握られた。

 華奢な彼女とはあまりにも不釣り合いな戦斧を、それを手にした琴里は片手で軽々しく振るい、その刃先を狂三に向ける。

  

「さあ──私たちの戦争(デート)を始めましょう」

「格好をつけているところ申し訳ございませんけど、邪魔しないでいただけませんこと? せっかくいいところでしたのに」

「悪いけど、そういうわけにはいかないわね。あなたは少しやりすぎたわ。──跪きなさい、愛のお仕置きタイム開始よ」

 

 琴里の言葉が予想外だったのか、狂三はしばし目を丸くしていたが、すぐに堪えきれないといった様子で哄笑を漏らす。

 

「く、くひひひ、ひひひひひひひッ……面白い方ですわねぇ。お仕置きですの? あなたが? わたくしを?」

「えぇ、お尻ぺんぺんされたくなかったら、分身体と天使を収めて大人しくしなさい」

 

 それを聞いた狂三は、さらに可笑しそうに嗤った。周囲にいた狂三たちも、それに合わせるようにけたけたと嗤う。

 

 

「「ひひひ、ひひ。随分と自分の力に自身がおありのようですけれど、過信は身を滅ぼしますわよォ? わたくしの刻々帝は──」

「御託はいいから早く来なさい黒豚」

 

 琴里が面倒そうに息を吐くと、楽し気に笑っていた狂三の頬がぴくりと動き、一斉に上空の琴里を睨みつける。そして、それと同時に前方から苦悶の声が響いてきた。どうやら十香と折紙が狂三の分身に気絶させられたらしい

 

「上等ですわ。一瞬で食らいつくして──差し上げましてよォッ!」

 

 狂三がそう言った瞬間、屋上を埋め尽くしていた狂三の分身体が一斉に脚を折って空高く舞う。

 琴里は迫る黒いシルエットは突撃と言うよりも無慈悲な機銃掃射や散弾銃の連射と言った方が適当に思える。

 圧倒的な物量で相手を圧殺しようとする数の悪魔、人間代の巨大な弾頭が狂三に迫った。

 

「──ふん」

 

 それを琴里は鬱陶しげに鼻を鳴らし、担いでいた戦斧を前方まで振り抜く。それでもなお、数の暴力の前に自分の優位は揺るがないと思っていた狂三だったがその予想は覆されることになった。

 

『ぁ、ぇ……?』

 

 琴里が灼爛殲鬼を振り抜いた瞬間、先端に生えた刃が揺らめき、それと同時に分身体の身体の一部が宙を舞う。自らの一部を失った狂三の分身体は自分の部位を見つめ呆然と声を発した直後、身体全てが炎に包まれ、地に触れる前に燃え尽きた。

 

「…………」

 

 狂三は無言で、士道の方に落とすと、もう一度灼爛殲鬼を振るい、士道に群がっていた狂三を消滅させた。

 

 

「──っ」

 

 士道は口の中に差し入れられていた指を吐き出し、幾度かせき込んだ

 

「こ、琴里……これは一体──」

「大人しくしてなさい、士道。可能なら狂三の隙をついてこの場から逃げて。今のあなたは──簡単に死んじゃうんだから」

「は……? それってどういう……」

 

 士道の問いは、前方から響いた狂三の声によってかき消される。

 

「ひひ、ひひひひひひひ……ッ! やるじゃあありませんの」

 

 銃を握った狂三は唇の端を歪める。

 

「でェもォ、まさかこれで終わりだなんて思ってはおりませんわよねぇ?」

 

 そして、狂三は巨大な文字盤の前で二つの銃を構える。

 

「琴里、気をつけろ、あれは……!」

「ふふ、士道さん、無粋な真似はしないでくださいましッ!」

 

 Ⅰの文字盤から溢れ出た影を短銃に装填し、自分のこめかみに撃ち込む、瞬間、狂三の姿が霞となって消える。

 狂三の姿が霞となって消えた瞬間、琴里は灼爛殲鬼をバッと頭上にやると程なくして甲高い音が鳴り、灼爛殲鬼が震える。狂三の天使──刻々帝の一の弾アレフは撃った対象の時間を早める弾、それを使った攻撃だ。

 

 狂三は影すらような追いつかない速度の猛襲を、琴里に仕掛けるが、彼女の灼爛殲鬼は焔の刃を俊敏にうごめかせ、その攻撃をことごとく防いだ。

 

「あッははははは! 素晴らしいですわ! 素晴らしいですわ! さすがは天使を顕現させた精霊──ッ! 高鳴りますわ、高鳴りますわ!」

「ふん……! 鬱陶しいわね。あなたもレディなら少しは落ち着きを持ったらどう?」

 

 琴里が棍を薙ぐように振り抜くと、ようやく士道たちの目に吹き飛ばされた狂三の姿が見える。空中に吹き飛ばされ、不安定な体勢の狂三はけたけたと笑い、銃を構える。

 

「ご忠告痛み入りますわ。ではご要望にお応えして、淑やかに殺とらせていただくとしましょう。刻々帝──【七の弾】」

 

 

 刻々帝のⅦから影が滲み出て、銃口に吸い込まれていった、そして引き金を引くと同時に漆黒の弾丸が打ち出される。

 かわせるはずのない弾丸を琴里は灼爛殲鬼で撃ち落とす。

 

「琴里!」

 

 が、駄目だ……刻々帝の七の弾ザインは防ごうが落とそうが関係ない、その一撃が触れた瞬間、琴里の身体がピクリと動かなくなる。

 

「ふふ、あはははははッ! 如何な力を持っていようとも、止めてしまえば意味がありませんわよ?」

 

 狂三がそう言うと同時に、周囲に残っていた無数の狂三たちが一斉に銃を構え、引き金を引いた。

 

「やめ──」

 

 士道の制止が間に合うはずもなく、放たれた弾丸は琴里に吸い込まれ、その肌に銃痕を残していく。

 

「それでは、ごきげんよう」

 

 その言葉を最後に七の弾を放った狂三が、琴里の眉間を撃ち抜き、彼女の時間が動き出し、琴里の全身に刻まれた傷から、一斉に血が噴き出し、小さな身体を仰向けにその場に倒す。

 

「琴里……ッ!!」

 

 士道は悲鳴じみた声を上げてその場に駆け寄り、倒れた琴里の身体を抱き起そうとするが、できなかった。

 全身を狂三の弾丸に穿たれた琴里は夥しい量の血の海に沈んだ琴里は、生存の望みなど一縷とてない惨状。士道は妹の変わり果てた姿に呆然と手を突いた。

 

「あ、あ……」

「うふふ、ふふふふふふッ、あぁ、あぁ、終わってしまいましたわ、終わってしまいましたわ。せっかく見えた強敵でしたのに。無情ですわ。無常ですわ」

 

 芝居がかった調子でくるくると回りながら、狂三は可笑しそうに嗤う。

 

「さぁ、さぁ、今度こそ士道さんの番ですわ。わたくしに──」

 

 狂三はそこで言葉を止めると、訝しげな顔をして、仰向けに倒れた琴里の方を見つめている。倒れた琴里に刻まれた無数の銃痕から焔が噴き出し、傷口を舐めるように広がっていく。

 

「……まったく。派手にやってくれたわね」

 

 踵を支点にするように、琴里は不自然極まる体勢で身を起こした。

 彼女に刻まれていた傷跡も、出血も、霊装の綻びさえも一切がなくなり、完全に修復されていた。

 

「な──」

「私としては、あなたが恐れ戦いて戦意をなくしてくれるのがベストなのだけれど」

「……ふん、戯れないでくださいましッ!」

 

 狂三は身を反らし、両手の銃口を背後に向けると、Ⅰの文字盤から影が滲みでる。

 

「【一の弾】……ッ!」

 

 狂三はそう叫び、両手に握った銃の引き金を連続して引き絞り、屋上に残った狂三たちに一の弾が吸い込まれていく。

 数十発の一の弾アレフを撃ったのち、狂三は自らに銃口を押し当て、引き金を引いた。

 

「──ちッ」

 

 琴里は面倒そうに舌打ちすると、左足を後方に振り、士道の脇腹を蹴った。

 

「な、何すん──」

 

 突然の衝撃を受け、後方に蹴り飛ばされた士道は背中と後頭部を地面に擦ってなんとか停止し、非難の言葉を吐こうとするが最後まで吐くことはできなかった。

 一の弾アレフの効果で尋常ならざるスピードを出した狂三たちが琴里に群がり、拳打、脚蹴、あるいは弾丸を浴びせかけられていたからだ。

 

「切り裂け──灼爛殲鬼ッ!」

 

 琴里が吼えた瞬間、灼爛殲鬼の刃は体積を何倍にも膨れ上がらせ、更に広範囲へと伸ばしていく。狂三たちは焔の刃に次々と薙ぎ払われ、その身体を灰にしていく

 

「くッ……一体なんなんですの、あなたは!」

 

 苦悶の表情で琴里から距離を取った狂三の身体には灼爛殲鬼の攻撃を受け、肩から腹にかけて切り傷の上から火傷をしたような奇妙な痛々しい傷が出来ていた。

 

「刻々帝──【四の弾】!」

 

 狂三が短銃を掲げると、Ⅳの文字盤から影が滲み出て、銃口に吸い込まれた。そして銃口を自らのこめかみに向け引き金を引くと、時間が巻き戻るかのように狂三の身体から傷が消えていく。

 そして、狂三が傷を治したのと同時に、琴里の周囲を飛び交っていた狂三の分身体は全て灰となって風に消えていく。

 

「あら、もう打ち止めかしら? 案外少なかったわね。もう少し本気を出してくれてもいいのよ?」

 

 戦斧を肩に担いだ琴里がそう言うと、狂三は顔を歪ませ、歯をぎしりと噛み締めた。

 

「その言葉──後悔させて差し上げますわッ! |刻々帝《ザアアアアアアアアアアアアアアアフキエエエエエエエエエエエエエエエエル》ッ!」

「ッ! させるかっての……!」

 

 狂三の言葉と呼応するように彼女の左目に存在する時計の針がもの凄い勢いで回り始める。

 

「──ぁ」

 

 その様子に不穏なものを感じた琴里は、灼爛殲鬼を振りかぶった瞬間、小さな声を漏らし、その場に膝をついた。

 

「く……こ、これは……」

 

 灼爛殲鬼を杖のようにしてどうにか体を支えながら、琴里がもう片方の手で苦しげに頭を押さえる。士道の目から見ても琴里の窮地である事はすぐにわかった。

 

「こ、琴里!?」

「あッはははははははは! 悪運つきましたわねぇ!」

 

 狂三は高らかに笑い、刻々帝の弾が込められた歩兵銃を狂三に向けられた。彼女の銃に込められた弾がどんなものなのかわからないが、琴里の命を刈り取る為の一撃である事が理解できた。

 士道は直感で琴里のところに駆け出そうとして、誰かに腕を掴まれる。

 

「駄目だ……士道」

「ハルト……でも、このままじゃ琴里がッ!」

「琴里をよく見て……」

「えっ──」

 

 

 ハルトにそう指摘され、士道は改めて琴里に目を向ける。すると膝をついていた筈の琴里がすっと立ち上がる。

 

 

 「っ、琴里! 大丈夫なのか!」

 

 少し離れた場所から、士道が声をかけるが……琴里が答えなかった。

 

「琴、里……?」

 

 士道の問いに答えない琴里は、爛々と光る深紅の瞳で、狂三をジッと睨みつける。士道にとって、見慣れたはずのその顔は、何故か琴里ではないまったく別の少女に見えた。

 

 

 「灼爛殲鬼──【砲】」

 

 琴里は灼爛殲鬼を天高く掲げ、その言葉を発する。それに応えるように灼爛殲鬼の刃は空に掻き消え、その形を変形させていく。柄の部分は本体に収納され、大砲を思わせる形に変形した灼爛殲鬼は、柄を握っていた右腕を包み込むように装着される。

 そして、肘から先に灼爛殲鬼を装着した琴里は、その先端を狂三に定める、その瞬間、琴里の周囲に渦巻いていた焔が、その先端に吸い込まれていく。

 

「────!?」

 

 琴里に銃口を向けられていた狂三は、その様子を見て眉をひそめる。それは今までに見た事の無い表情、言葉を当てはめるなら恐怖や戦慄に近いものだろう。

 

「わたくしたち!!」

 

 狂三が叫ぶと同時に、分身体たちが、二人の間を遮るように這い出てくる。

 

「──灰燼と化せ、灼爛殲鬼」

 

 琴里が静かに口を開いた瞬間、構えていた灼爛殲鬼から凄まじい灼熱の奔流が放たれる。

 

「ぐ……」

「ッ……」

 

 息を吸うのも、目を開けるのも困難なほどの熱気。その一撃は数秒でその体積を減らし、琴里の右腕に装備されや灼爛殲鬼は、作業を終えた機械のように白い煙を吐いていた。

 

「けほ……っ、けほ……っ」

「士道、大丈夫か?」

「あ、あぁ……でも、何が──」

 

 軽く咳き込んでから視線を上げた士道は、その先に広がっている光景を見て小さく肩を揺らす。屋上の床や現須賀凄まじい熱によって溶かされていた。砲撃の通った後には何も残っていなかったが、その先には未だ狂三と刻々帝の姿があった。

 だが、狂三を護るように這い出た分身体の姿は一体もなく、狂三自身も左腕を失っていた。凄まじい熱量で吹き飛ばされた左腕は断面が炭化し、血の一滴も流れていない

 狂三の背後に浮遊していた刻々帝も、その巨大な文字盤の一部を貫かれ、本来文字のあったであろう部分の一部が綺麗に抉り取られていた。

 

「──ぁ……」

 

 絞り出すように息を吐き、その場に崩れ落ちた狂三を見ても、琴里は銃口を降ろさない。

 

「……銃を取りなさい」

 

 琴里は、低い声で狂三に言う。

 

「まだ闘争は終わっていないわ。まだ戦争は終わっていないわ。さぁ、もっと殺し合いましょう。あなたの望んだ戦いよ。あなたの望んだ争いよ──もう銃を向けられないというのなら、死になさい」

「琴里……? 何を言ってるんだっ!?」

 

 士道はそう言うと、ハルトの腕を払って琴里の元まで向かうと、その肩を掴んだ。

 

「それ以上やったら、本当に死んじまうぞ! 精霊を殺さずに問題を解決するのが、<ラタトスク>なんだろ!?」

 

 

 士道の声に耳を貸さない琴里は、再び灼爛殲鬼の砲門に焔を引き込んでいく

 

「……! お、おい、琴里!」

 

 士道は琴里の前に回り──息を詰まらせる。冷たく歪んだ双眸に、妖しく光る深紅の瞳。そして口元に浮かんでいたのは、愉悦か恍惚にも近い表情

 それを見た士道は、目の前にいる琴里が自分の知っている琴里でないことに戦慄し、その場から駆け出す──力なく膝をついた狂三の方に

 

「狂三!」

「士──道、さん……?」

 

 狂三を連れて逃げるような猶予はないと理解した士道は、狂三の前にバッと立ちはだかる

 

「士道ッ! ──―」

 

 

 ハルトは咄嗟に二人の前に立ち、赤い残光で覆う。

 それと同時に灼爛殲鬼から再び紅蓮の一撃が放たれる。その瞬間。

 

「っ!」

 

 灼爛殲鬼を構えた琴里が、ハッと目を見開いた。

 

「おにーちゃん……ッ! 避けてっ!」

 

 琴里は叫ぶと同時に、右手の灼爛殲鬼を上空に向ける。

 放たれた炎の軌道は完全には変えられず、士道に接触する直前でギリギリ間に合ったが間に割って入り無銘剣で一撃を受け止める。

 

「……ッ!?」

 

 紅蓮の一撃を受け止めきったハルトは、背後を見ると意識を失った士道と、その場に膝をついていた狂三が無事なのを確認すると、意識を手放した。

 




今回は少し真面目な話をさせてもらいます。
まず、わたくしこの度を持って、デアヴことデート・ア・ヴァルヴレイヴを打ち切りにさせもらいます。
と言っても、完全に物語が打ち止めというわけではなく、これまでの再編集し別の作品として投稿する……所謂『リメイク』します。
理由は様々ありますが、一番メインになる理由としてはキャラクター同士のクロスオーバーができていないという事です。
最近自分で読んでみて、なんかつまらないなと思い、様々な苦悩の果てに今回の考えに至りました。
途中で作品を投げ出すような事をしていまい、本当に申し訳ございません。
大変身勝手ながら、どうかご了承ください。

追記:作品が出来次第、こちらでもリンクを貼りますのでお待ちしてください


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