皆を救ったら二次災害が起きてた件について(最低速度投稿) (カツオ節太郎)
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「…………悠?」

 

「…奏?」

 

 ベンチの上……の彼の上で寝ていたわたしは直ぐに降りる。

 

 絵名の声を無視し彼をじっと見た。

 安らかな寝顔。

 

 日向を浴びとても気持ちよさそうに……なのに、なのに。

 

 ……嫌な汗が流れてくる。

 それが何かは分からない。分からない、けど……。

 

 分からないままでいたい。

 早く彼を……悠を起こすだけ。

 

「悠……起きて。絵名が来たよ」

 

 肩を掴み揺する。

 ……けど、うんともすんとも言わず眠っている。

 

 ほっぺをつねる。

 ……少し冷たい。

 ……だけ、ど…悠は眠ったまま。

 

 もっと強くつねる。

 これなら悠も起きてくれるは━━

 

 ……まだ眠ったまま。

 

「……ッ!? ……悠!!」

 

「ちょっと奏!?」

 

「あ、絵名来てた……奏どうしたの?」

 

 瑞希の声が聞こえる。でも今のわたしに返事をする余裕はなかった。

 

 ち、違う……そう、じゃない! 

 だって悠は……悠は……! 

 

 無我夢中に揺する。

 ガクガクと悠の首が揺れる。

 

 人形のように無気力。

 本当に人形……人形みたい……。

 

「悠…! …悠! 起きて! ねぇ…起きてよ!!」

 

「……絵名。救急車呼んで」

 

「まふゆも来……は? 言ってる意味が……」

 

「早く」

 

「っ……分かったわよ」

 

 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!! 

 まだ貴方に何もしてあげられてないのに……。

 

 わたしを救ってくれたのに……! みんなを救ってくれたのに……! 

 

 まだお礼すら言ってないのに……! 

 

「………………起きて…よ。…悠……」

 

 視界が歪む。いつの間にか熱くなった目尻には涙が溜まっていた。

 

 だって、そんなの……ない、よ。

 

 お願い……起きて…ねぇ、悠…………。

 

 ギュッと……ギュッと強く抱きしめる。

 ……気付きたくなかった冷たい体。

 聞こえない心臓の鼓動。

 

 サイレンの音が聞こえる。

 …………もう、いいや。

 

 視界が……黒に染った。

 

 

「…………あれ? ここは」

 

 真っ白い部屋。

 

 さっきまで奏とベンチで寝てい……ああ。そういう事なんだね。

 

「そういう事……です。ありがとうございます。貴方のおかげでみなさんは救われました」

 

 女性の声が全方向から聞こえてくる。

 救われた…か。

 

「そっか。……救えたのなら良かったよ」

 

「はい、救えたのは確かです。確かですが……」

 

 歯切れ悪いのか途切れる言葉。

 

 その前に俺の名前は悠。

 なんて言うのかな。……現実で死んだ俺は神様に転生させて貰ったんだ。

 

 神様はみんなを救って欲しいと言った。

 だけどみんなを救い終えたら……貴方は死んでしまうとも言っていた。

 

 そういう決まりだった。

 役目を終えたら死ぬ。

 

 それでも第二の人生があるならとお受けした。

 

 神様いわくゲームの世界らしいけど趣味が読書と散歩の俺には分からない世界。

 

 唯一、初音ミク……VOCALOIDが人気の世界ってことは分かった。

 

 こういう時のためにゲームやアニメに触れておくべきだったかな。とちょっと後悔はあった。

 

 まあ初めは手探りだったけど楽しかったよ。色んな子達と仲良くなれて……でも、みんながみんな何かを抱えていて。

 

 役目、は抜きで友人として助けたくなるほどには……俺も丸くなったかな。

 

 ひねくれてたのになぁ……。

 

 少し時間はかかったけど……皆が救われた。

 

 それは俺のタイムリミット。

 

 問題を解決して……俺は死ぬのかなって思っていたら神様が気を利かせてくれたらしく一週間は生きながらえた。

 

 幾許のタイムオーバー。

 いつ死ぬか分からない。

 それでも……それでも楽しかった。

 

 それで……ニーゴのみんなと待ち合わせの時に急に睡魔に襲われて。

 

 一緒に来た奏とベンチで睡眠をとっていたところで……かな。

 

 奏には悪いことをしちゃったな。

 目を覚ましたら友達が死んでいたなんて笑い話にもならない。

 

 ……神様は喋らない。

 喋らない以上は聞くしかない。

 

「どうかしたの?」

 

「そ、その……確かに救っていただいたのですが……予想外の事態が起きまして」

 

 ばつ悪そうにする神様の姿が思い浮かぶ。……声色からして本当に不味いみたいだ。

 

「…………もう一度あの世界に行ってくれませんか?」

 

「はい? あの世界って……あの」

 

「プロジェクトセカイです」

 

 プロジェクトセカイ? ……というゲームの世界だったんだ。

 

 初音ミクが存在したからリズムゲームだったのかな。

 

 そんなことよりも神様の一言に思わず目を見開いた。またあの世界に……でも…。

 

「もう死んでますよ」

 

 今頃救急車に運ばれていることだろう。

 それならまだいいけど死亡診断書とか書かれてたら……。

 

「そうですね。なんならもう火葬されてます」

 

 ……早すぎやしませんか? 

 あ、いや……この空間と現実じゃ時間の流れがちがうのかな? 

 

 そこら辺は気にしなくても良さそうだけど……。

 

「それならわざわざ……」

 

「仕方ないんです! だって貴方が死んでから大変なことになってるんですよ!」

 

 ……た、大変なこと…? 

 訝しげに神様を見る……ことはできない。

 

 想像するなら目を逸らし渋々といった感じかな?━━

 

 時期的に葬儀が終わってすこし経ったくらいらしい。それで……と口を閉ざす神様。

 

 ……説明して貰えなかった。

 

「…神様?」

 

「……そうですよね。あれだけ親身になってくれた異性に惚れないわけがありませんよね。……過去を乗り越えたと思ったら意中の相手が死ぬとか心砕けかねませんよ」

 

 辛うじて聞き取れる声量でブツブツと呟いている。

 

「あのー神様?」

 

「! …は、はい! なんでしょう!」

 

「結局どうしたらいいの?」

 

 行くにしても死んだはずの人間が生きてたら問題だろう。

 

「名前だけ変えてもらって転生し直してもらいます」

 

「いや……姿とか」

 

「大丈夫です。世界にはそっくりさんが3人居るんですよ?」

 

「世界にだよね?」

 

「つべこべ言わず行ってください」

 

 ……はぁ…分かった。

 何がどうなったのかは分からない。

 

 悠……鹿目悠じゃなくて別人として人生を歩めば良いってことだけは分かった。

 

 なら一から頑張っていこう。

 それはそれできっと楽しいから。

 

「分かりました。それで名前は……」

 

「名前はご自由に名乗ってくれればこっちで調整しますので」

 

 ……うっかり山田太郎とか言わないようにしないと。

 

「あと俺の役目は」

 

「役目はありません。このまま人生を謳歌してください。転生後は一切関与をしません」

 

「……そう」

 

 要は死ぬまでに何とかしろってことね。

 その予想外の出来事を……。

 

「因みに住居は前と同じです。高校も神山高校。もう前回の貴方は亡くなり空き家になってますし高校も転校生として通ってもらいます」

 

 ……住居、学校は同じ。

 やりやすいと言えばやりやすいか。

 

「それでは第三の人生。楽しんできてください……バレないようにしてくださいよ?」

 

「うん、バレないようにするよ」

 

 ……名前…悠と名乗りたいな。両親が名付けてくれた大切な言葉。…漢字は変えて苗字は……遊んでもいいかも。

 

 髪色や髪型も変えなきゃな。

 ……明るい感じにして…喋り方とか。

 

 そのままだと変に勘ぐって来そうな子が居そうだし……司とかまふゆ辺りは普通に怖い。

 

 なんて考えていると視界が白に染った。

 

 

「……はぁ…疲れた」

 

 ………………彼なら大丈夫。

 問題は━━

 

 もし彼の正体がバレれば━━

 

「……やっぱり姿は変えた方が良かったかなぁ」

 

 でも…なんだかんだ長い付き合いだし。

 なんとかなる…と思いたいけど、結構抜けてるし……。

 

 関与しない以上は見守る他ない。

 

「……頑張って」

 

 今はもう居ない彼に向けて嘆いた。

 

 




こう書くとなんか過去の掘り下げをしないといけないのしんどそうですね。


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夢のままで

「……懐かしい、まではないか」

 

 気がついたら見知った部屋にいた。

 安物のソファー。シンプルな内装。

 

 ……シンプルというかソファー以外何もない。周りにダンボールが積み上がっているのを除けば空き部屋そのもの。

 

 元のまま…ってのは無理か。

 ……先ずは荷解きだね。

 

「……何が入っているのやら」

 

 あ、保険証とかどうすればいいんだろ。

 原付の免許もあったし……愛用していた単車とかキャッシュや通帳も。

 

 全然聞いてなかったなぁ。

 関与しないと言われた以上は確認する術はないんだけど。

 

 手始めに足元に置かれた大きなダンボールを開ける。

 これは━━

 

 △

 ▽

 

「…………」

 

 薄暗い部屋。ほとんど付けっぱなしのパソコンは電源が落ちている。

 

 ……13時くらい、かな。

 

「………んっ」

 

 背中が、痛い。

 ……動きたくない。

 

 動いたところで意味はないもの。

 ……そう、意味がないんだ。

 

「悠…………悠……」

 

『おはよう奏……また散らかしっぱなし……ちゃんとご飯食べてる? 穂波ちゃんが居ない日ぐらいはしゃんとしなさい。……で何食べる? 作るよ』

 

『カップ麺をベッドにぶちまけたって…簡単に男の家に上がるもんじゃないよ。……ベッド貸すからゆっくり寝て。大丈夫……傍にいるから』

 

『……もしかしてみんなと会話中だった? それじゃ俺は……招待? いいよいいよ。乙女の中に男一人はちょっと苦しいかなぁ』

 

 ……もう居ない。

 もう会えない、見えない、話せない、触れられない。

 

 思えば思うほど……叶わないのに…。

 分かりきってることなのに……。

 

 会いたい……会いたい……会いたい。

 

「……悠…」

 

 とうに枯れたと思っていた涙が溢れ出す。最後のお別れも言えなかった……。

 

 最後まできれいな顔だった悠が頭の中に浮かぶ。……どの顔よりもきれいだった。

 

 ……ああ…そうだ。

 わたしは悠に甘えていたんだ。

 

 ……依存していたんだ。

 

 誰かを幸せにしていたつもりなのに……。

 ……幸せにしてもらっていたんだ。

 

 悠が傍にいたから幸せだったんだ。

 いないだけでなにも出来なくなるくらい。

 

 …………好きだったんだ。

 

「あはっ……あははは…」

 

 着信音。だれかからの電話。

 光の点滅が眩しい。

 

 ……絵名、かな。それとも瑞希。

 まふゆ、かもしれない。

 

 ……どうでもいい。

 動きたくないし……。

 

「このまま……死ねば…」

 

 悠に、会えるかな━━

 

 ……チャイムが響く。

 …………あれから家事代行は断ってる。

 

 でも望月さんなら……。

 …関係ない。

 

 今のわたしには━━

 死ぬことし━━

 

「……すいませーん!」

 

「…ぇ……?」

 

 男性の声が外越しから聞こえる。

 知ってる声……知ってる声だ。

 

 聞き間違えるはずがない。

 悠の声、だ。

 

 ……幻聴まで聞こえるようになったんだ。

 

「あの! いませんか!」

 

 幻聴は私に呼びかける。

 ……幻聴でもいい。悠の声が聞こえるなら……。

 

「……居ない? 鍵は開いて…る。……仕方ないか」

 

 ガチャ…と、金属の擦れる音。

 ドアノブをひねる音。……少しずつ足音が近づいてくる。

 

「……幻聴じゃ…ない…?」

 

 ……悠は死んだ。わたしはこの目で見た。看取ることもできず……。

 

 だけど……ありえないはずなのに心のどこかで期待している。

 

 悠が生きていることを……。

 認めたくないだけ……それだけ…だけ、ど。

 

「暗い。………は確か……………っ……」

 

 今だけは認めない。

 だって……目の前に悠が立っている、から。

 

「……ゆ、悠…」

 

 暗い部屋の中。それでもわたしは確信した。

 目の前に立つ人が悠だって……。

 

「悠…」

 

 体を起こして立ち上がる。

 力が入らない。……あれからずっと動いてなかったせいで動く度に悲鳴をあげる…。

 

 フラつきながらも立ち上がりヨロヨロと前に進む。悠は動かない……。

 

 微動だにしない。

 人形みたいに……そう人形みたいに。

 人形でも……いい…。

 

 幻でもいい…。

 

「悠」

 

 抱きつく。……悠、だ。……悠だ。

 離さないように…ギュッと…ギュッと抱きしめる。

 

 ……絶対離さない。

 

 △

 ▽

 

 ダンボールの中にはメモが一枚だけ入っていた。……宵崎奏に会え、とただそう書かれていた。

 

 誰が書いたかは一目瞭然。

 関与しないと言っていたけど……。

 この際助言として受け取っておくことにする。

 

 お隣さんだから挨拶には行こうと思っていた。流石に変装をしてから……だと思ったんだけど。

 

 ……気になった。

 死に顔を晒してしまったんだ。

 

 一番ショックを受けているのは奏だと思ったから。

 

 自惚れるつもりはないんだ。

 身内であれ他人であれ目の前の死というものは大なり小なり精神にダメージを与える。

 

 みんながいるから大丈夫だと思うけどね。それでも心配なのには変わらない。

 

 それで来てみたは来てみた……けど。

 俺はこの時ばかりは神様に怒りを覚えた。

 

「……悠……悠……っくぅ…」

 

 ゾンビのように抱きついた奏。

 綺麗な髪はボサボサに……赤く腫れた目には隈……涙の痕。

 

 開いた口が塞がらない。

 

 小枝のように細くなった腕は必死に離すまいと服を握り締めている。

 

 声を抑え泣く。服が涙で濡れていく。

 

 ……そっか…こんなに……。

 

 割れ物を扱う様に……優しく、優しく…背中を擦り頭を撫でる。

 

「悠……悠…っ…」

 

「…目に隈ができてる。ちゃんと寝ないとダメだよ?」

 

「…う、ん……うん…っ……」

 

「……ベッドに行こう。ね」

 

 抱え上げる。

 とても、軽い…………。

 

「……悠…」

 

 ベッドの前に立つ。

 降ろそうとした…けど、降ろせない。

 

 ずっと服を握り締めているんだ。

 

 …………バレなければいい。

 そう、これは夢。

 

()()()()()

 

 ベッドに横になる。

 

「……大丈夫。傍にいるから」

 

 嘘つきで、ごめんね。

 

「…うん……」

 

「だからちゃんと寝るんだよ」

 

「……わかった……ちゃんと……」

 

 あれだけの隈。

 奏が寝息を立てるまで時間はかからなかった。

 

「さて、と……」

 

 奏を剥がしてベットを下りる。

 

 119に電話……。

 スマホ……も無かったな。

 

 …着信音。

 

「奏のスマホ……っ!?」

 

 通知が凄いことになってる。

 もしかして誰とも……。

 

 着信相手は……。

 

「……」

 

「やっとでた! 奏! いい加減に……」

 

「……奏をお願い」

 

「は? …なんで奏のスマホ━━」

 

 これ以上は不味い。

 電話を切り奏を見る。

 

 絵名の性格上大丈夫。

 ……全く冗談じゃない。

 

 他の皆も心配だけど……。

 奏程じゃない…と慢心したら痛い目を見そうだね。

 

 ああ…もう、本当に……。

 

「またね、奏」

 

 鉢合わせる前に出てしまおう。

 次会うときは……はじめまして、か。

 

 △

 ▽

 

「……なんで俺が行かなきゃなんねぇんだ」

 

「仕方ないでしょ! 奏の電話に男が出たんだから」

 

 面倒くさいとため息を吐く弟の手を引きずり街を駆ける。

 祝日で彰人が家にいて助かった。

 

 何かあったら彰人に対処してもらえるし。

 

「男だろ? 彼氏とか」

 

 思わず立ち止まる。

 彰人はやべっ……と口をこぼす。

 

「本気で言ってる?」

 

「……悪い」

 

 奏のこと知ってるでしょうに…。

 悠……。

 

 あんたが死んで奏はナイトコードに顔を出さなくなった。

 電話をしてもメッセージを送っても……。

 

 彰人も彰人で悠と面識がある。

 なんなら私よりも先に知り合って仲のいい先輩後輩だった。

 

 冗談でも言わないとやっていけないのは分かるけど。

 

 奏や彰人ほどショックは無い。

 でも辛いものは辛い…。

 

 ……あっという間だった。

 ほんとあっという間よ。

 

 こっちの気も知らないで。

 気持ちよさそうな顔で……逝って。

 

 そういえば……電話の男。

 悠の声に似てたな…なんて。

 

「って急ぐわよ!」

 

「分かったからひっぱんな!」

 

 あれから奏と会ってない。

 まふゆが奏のところで家事代行サービスをやってた子に聞いたらしいけどあれ以降は断られて行ってないみたいだし。

 

 なにより奏の電話に男が出た。

 ……悠に続いて奏まで……やめてよね。




あああああああ。
トラブルが多かったみたいなので神様のせいで変装するタイミングを逃しました。ある意味ナイスなのかもしれないですが……。


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自覚と無自覚

「……はぁ」

 

 制服に身を包み人気の無い通学路を歩く。

 ヤバい……ヤバい。

 

 …仕方ないで片付けるしかない。

 

 自宅に戻り荷解きの続きをしていた時、もう一枚のメモ。…と神山高校の制服を見つけた。

 

 転入は翌日。必要な身分証明書は名前を決めた後に送付する。

 

 スマホなどの必需品は自由に調達してくれ、と。……窓から外を眺める。

 

 時間は確認できない。けど、夜だった。

 ……ああ、無理だね。

 

 そっくりさんで通す他なくなった。

 だからこそ朝早くから登校している。

 

 これなら……なんとか…誰とも会わずに━━

 

 正門が見える。

 直ぐに足を止めた。

 

 少数の生徒が正門の前に立っている。

 遠目だけど腕章が見える。

 

 ……風紀委員会。

 忘れていた。

 

 今日は抜き打ちの持ち物検査だったのか。

 

 ……運が悪い。

 正門から入ろうものなら確実に止められる。

 

「このまま休んだ方が……」

 

 いや、何れは顔を合わせることになる。

 それに……また、救わないといけないんだ。

 

 開き直ろう。

 たまたま鹿目悠に似ていた男が、たまたま神山高校に転入してくるだけ。

 

 それだけ。

 ……行こう。

 

 △

 ▽

 

 久しぶりの持ち物検査。

 ふと気合いが入る。

 

 でも……空元気と変わらないかも。

 

 学校全体が暗い。

 ……悠さんのことで。

 あの変人ワンツーこと天馬先輩と神代先輩も大人しい。

 

 いつもは爆発させたりと騒ぎを起こすくせに…今は全く起こさない。

 天馬先輩に至ってはあの煩さがない。

 

 良いことかもしれないけど……嫌だなぁ。

 

 彰人や冬弥も……あからさまに元気がない。こはねも慕っていたしもちろん私だって……。

 

 だからこそ気丈に振る舞わないといけない。

 

 私まで沈んでじゃ……。

 

「あ、忘れ物したから取りに行ってくるね」

 

「はいよー」

 

 風紀委員の一人(友人)がポケットをまさぐりながら校舎に走っていく。

 

 んー……一人。

 まだ生徒が来ることは無いだろうし大丈夫かな。

 

 キッチリと閉めていた制服のボタンを外す。……ふぅ…やっぱりガラじゃない。

 

 正直持ち物検査なんてしたくなかった。

 

 生徒たちを見るのが……辛い、苦しい。

 

 悠さんは神山高校に居なくてはならない人だった。過大評価……をしてるつもりはない。

 

 穏やかで全てを包み込む優しさ。

 私たちを慈しむ綺麗な眼差し。

 

 ちょっとお節介だけど……ちょうどいい距離を保っていて…いつの間にか自分たちから距離を詰めていっちゃうの。

 

 悠さんは嫌な顔をせず受け入れてくる。先輩…というよりはお兄さん。

 

 後ろで見守ってくれている安心感があった。

彰人が悠さんを見つけると嬉しそうに駆けていくぐらい。

 

 天馬先輩を慕う冬弥並だし……。

 寧ろ懐きすぎて正直キツいと思った。

 

 それぐらい悠さんは……。

 

「……転入生がくるんだっけ」

 

 こんなタイミングに。

 職員室まで案内する様に先生に頼まれてたの思い出す。

 

 引き受けた以上はしっかりするつもり。

 だけど……。

 

「……気が重い」

 

 学校の空気を聞かれたらなんて答えればいいんだろう。……ほんとに……っ! 

 

 足音が向かってくる? 

 もしかして生徒…? やばっ……! 

 

 慌てて制服のボタンを閉める。

 こんな姿見られたら何を言われるか…! 

 

 ……目の前で足音が止まる。

 多分、見られてない……大丈夫! 

 

 よし…! 

 

「おはようございます! 風紀委……」

 

 顔を上げ……口を止めた。

 だ、だって……ありえないことが起きているから。

 

「あ……お、おはようございます」

 

 悠さん……? 

 え、なにこれ……い、生きて…。

 

 で、も葬式に参加して……火葬も……。

 あ、え? ……は? ……え? 

 

 ……あ、れ…涙……出て………。

 

 △

 ▽

 

 目の前で口元に手を当て固まった杏ちゃん。

 

 どうしようか。

 ……選択肢は一つしかない。

 

「えっと……その、今日転入す」

 

「……悠…さん……?」

 

 震えた声。

 目に涙をためている。

 

 ……そうだよ、ただいま。

 と言えればどれだけ良かったんだろう。

 

「……どうしたの?」

 

 鹿目悠の時間は終わった。

 終わってしまった。

 

「ぁ……大丈夫で…す。……嘘…止まんない…」

 

 溢れる涙を拭う杏ちゃん。

 それでもとめどなく流れる涙は頬を伝い足元へ落ちていく。

 

「………………」

 

 黙ってみることしかできない。

 

「ご、ごめんな…さ、い!」

 

 遂には座り込み顔を隠してしまった。

 …………心臓が痛い。

 

 あと何回泣かせればいいんだろう。

 分かっているのに……。

 

 分からないふりをしないといけない。

 俺は…………。

 

 その場でしゃがみ目線を合わせる。

 そっと……手を回し背中をさする。

 

「っ……あ、の…」

 

「大丈夫。……大丈夫だよ」

 

 優しく語りかける。

 ……慕ってくれてありがとう。

 

 泣かせてしまってごめんね。

 

「……は…い…」

 

「お待たせ…杏!? 大丈夫……えっ!? …鹿目先輩……?」

 

 風紀委員の女の子が駆け足で…。

 杏ちゃんと俺を交互に見て動揺する。

 

 ……ちょうどいいや。

 

「お願いできないかな?」

 

「え? ……あ、はい! 杏……」

 

 戸惑いながらも杏ちゃんに駆け寄り入れ替わりで背中を撫でていく。

 

 ……行こう。

 立ち上がる。

 

「……え?」

 

 瞬間に腕が下に引っ張られた。

 

「…………」

 

「あ…杏……?」

 

 杏ちゃんが裾を握っていた。

 困惑する風紀委員の女の子。

 

 …………………。

 

「……また、後でね」

 

「ぅ……」

 

 杏ちゃんの手を離した。

 職員室……どこだったかな。

 

 △

 ▽

 

 悠さん……だ。

 絶対に悠さん……だ。

 

「……大丈夫?」

 

「うん、もう大丈夫。ごめん」

 

 背中をさすってくれた友人に笑顔を見せて立ち上がる。

 

 感触はあった。友達も見ている。幽霊じゃない。

 背中をさすってくれた。

 

 あのぬくもりは……悠さん、だ。

 

「……ねぇ、あの人って」

 

「…………悠さん」

 

 校舎の中に入っていった。

 ……もしかして転入生って…。

 

「でも鹿目先輩は……ッ…」

 

 友達が息を飲んだ。

 

「どうしたの?」

 

「あ、ううん。なんでもないよ……」

 

 顔引き攣らせながら後ずさっていく。

 ? ……大丈夫ならいいんだけど。

 

 ……うん。

 

「行ってくる!」

 

「え? 持ち物検査は!?」

 

「悠さ……さっきの人。転入生かもしれないから! 先生から案内任されてるの!」

 

 ……確かめなきゃ。

 彰人達にも連絡しないと……! 

 

「あー……うん。行ってらっしゃい」

 

「なるべく早く戻ってくるから」

 

 スマホを取り出す。

 グループで送信、と。

 

 まだ…間に合うよね。

 

 足に力を入れて全速力で校舎へと駆け出した。

 

「……はぁ…怖かった。ほんと鹿目先輩の事になると……しかも自覚ないし。まだ東雲くんの方が可愛く感じるよ。……鹿目先輩に似てたなぁ」

 




アンケート通りだと2-Aですかね。
無自覚系です、はい。
またアンケート置いときます。
次回からはプロセカの別作品と交互に書いていく予定になりますので投稿頻度は下がると思います。
別作品との温度差ベクトルが対極なので書いてると普通に間違えて書いてたりします、はい。


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痛み

 重い空気がヒシヒシと全身に降りかかる。どんよりとした瘴気と言えばいいのか。

 

 通学路を歩く生徒たち。

 顔を俯かせている生徒、楽しそうに談笑する生徒。色とりどり……だが。

 

「でね! あの時鹿目先輩……が……」

 

「……鹿目先輩…」

 

 彼の名に周りの生徒が反応した。

 オレもピクリと体をこわばらせる。

 

 鹿目悠。

 オレのクラスメイトであり、親友であり……初めて弱音を吐いた相手。なにより大切な……大切な━━

 

「……クッ」

 

 叫びたい口を噛み締める。

 

 突然だった。

 先生に言われたあの言葉が今でも忘れられない。

 

 無遅刻の悠が珍しくいない。

 ……あの日の朝礼。

 

『……鹿目悠さんが亡くなりました。……心不全らしい、です』

 

 泣き腫らした顔を晒し嗚咽をもらす先生。

 クラス全員が驚愕した。

 

 信じられなかった。

 いや、信じたくなかった。

 

 だが……死に顔を見て…嫌でも認識させられた。

 

 亡くなった……悠、が? 

 あんなに元気だったのに…し、心不全…? 

 

 悠……病気だったのか? 

 そんなこと一度も……。

 

 な、なんで……オレに教えてくれなかったんだ? 

 

 頼りないから……か? 

 なら、オレじゃなくても…いい。

 

 類でも、寧々でも、えむでも━━

 ……咲希や冬弥…誰でもいいんだ。

 

 類は目に光が消えた。あれだけゲリラショーをしていたのに……濁りきった生気のない目が━━

 

 寧々は寝込んだ。魘され目を覚ましては悠……お前の名を呟いて……。

 

 えむは一日中泣いてたんだぞ? 

 あの元気の塊のえむが……! 

 

 咲希は心不全と聞いて……助けたかったって……助けられなかったって━━

 

 冬弥……は彰人の事もあるがそれでもお前の死を惜しんでいた。

 

 みんな……みんなお前のことを……! 

 相談したって良かったじゃないか!! 

 

 頼りっぱなしで……何も返せてないじゃない…か……。

 

『絶対世界一のスターになれる。だから諦めちゃだめだ。……司が諦めるわけない、か。そうだ、司が世界一のスターなったら絶対にショーを見に行くよ。あとはみんなでパーティを開こう。……作るなら司の大好きなアクアパッツァか生姜焼きかな?』

 

 あの言葉は嘘だったのか? 

 オレが世界一のスターになったら見に来てくれるんじゃなかったのか……! 

 

 パーティを開いてくれるんじゃなかったのか? 

 

 ご馳走を用意してくれるんじゃなかったのか……! 

 

 もう……それも叶わないのか。

 ……オレを、置いていくのか。

 

 ……頭の中でグルグルとあの光景が写し出される。思い出したくない。

 

 忘れたくない。見たくない……現実を。

 

 誓った約束は儚く散り。

 ひとつの思いは音を立てヒビを入れていく。

 

「……鹿目先輩…ぐすっ」

 

「…ちょっと……泣かない…で、よ」

 

 何時ものオレなら笑顔にする為前に進んでいたんだろうな。

 

 足が進むことはない。

 目を伏せてしまう。

 

 ……逃げた。

 

 あはは、オレは弱いな。

 悠……お前がいなくなってこんなにも弱くなった。

 

 オレだけじゃない。

 みんな、がだ。

 

 きっと……オレたちにとって━━

 

「……冬弥からか」

 

 登校中に着信が入る。

 久しぶり……だろう、か。

 

 避けていたわけではない。

 時間が欲しかった。

 

 ……受け入れる時間を。

 まだまだ……掛かりそうだな。

 

「おっといかん」

 

 学校で話せばいいものを朝早くに連絡してきているのだ。

 

 何か大切な用事があるのだろう。

 

「もしもし」

 

「司先輩! 今すぐ学校に来てください!」

 

 差し迫った冬弥の声が突き抜ける。

 

「冬弥? どうしたんだ?」

 

「お願いします! 彰人を止め……彰人!!」

 

 電話越しから誰かの怒鳴り声……彰人か? 冬弥の静止する声を最後に切れる。

 

「冬弥? ……冬弥!!」

 

 かけ……いや、学校に行けばいい。

 

「……どうし━━」

 

 今度は通知? 

 しかも白石から……ッ!? 

 

 スマホに写し出される一文。

 

 〖悠さんが生きてる〗

 

 △

 ▽

 

 視界がブレる。

 口の中に鉄の味が広がっていく。

 

「ふざけんな!!」

 

 胸ぐらを掴まれ壁に叩き付けられる。

 

「彰人! 落ち着け!」

 

「やめて…!」

 

 冬弥くんと杏ちゃんが必死に止めに入る。

 

 ……周りにはどよめく生徒達。

 分かってはいたんだ。

 

 奏や杏ちゃんを見てれば分かっていた筈なのに……。

 

 歯を食いしばった彰人くんを見て改めて実感する。

 

 ああ……吐きたい言葉を抑え込むので精一杯だ。

 

「本当だよ。……君たちの事は知らない」

 

 吐きたくない言葉で肩代わり。

 知っている。良く知っているよ。

 

「ッ…!」

 

 仕方ない、で片付けられないことでも。

 もう残されていない。

 

「冬弥! どうし……」

 

「司先輩!」

 

 背中が壁から離れ落ちる。

 ……迫力はお姉さん譲りだね。

 

 殴られた頬が痛む。

 ……はぁ。

 

 絵名に会うのが怖くてたまらないよ。

 ……切実に。

 

「……クソッ!」

 

「彰人!! ……すいませんでした」

 

 走り去っていく彰人くん。

 追いかける冬弥くん。

 

「大丈夫ですか……」

 

 一緒に追いかけると思っていた杏ちゃんは傍に寄り赤くなった頬に触れる。

 

「……大丈夫だよ」

 

 放心状態の司。

 だけど瞳はハッキリと……俺を見ていた。

 

 △

 ▽

 

「だ、大丈夫だよ」

 

「大丈夫……って頬が腫れてる。保健室で治療しますから……絶対に」

 

 目の前の光景に目が離せない。

 懐かしい……この光景に。

 

 欠けたピースがハマっていく感覚。

 

「……悠…なのか?」

 

 聞かずにはいられなかった。

 悠の口から聞きたかった。

 

「天馬先輩、その……」

 

 白石の言う通りなら……と、思った。

 だが……白石の顔は━━

 

 それでも……! 

 それでも、だ! 

 

「…………ええと、ごめん。俺はその悠って人ではないよ」

 

 白石の瞳が潤んだ。

 

「……そう、か」

 

 ……その声で言われるのはキツいな。

 彰人も……きっと…。

 

 答えなんて分かっていた。

 現実なんてなくて良かった。

 

 悠は死んだ。

 分かっていた……。

 

 ッッ! 

 

 ……だって同じなんだぞ!? 

 その顔が! その目が! ……その声が! 

 

 寸分違わず……まるで生き写しじゃないか!! 

 

「……俺はこれで」

 

「あ、悠さ……」

 

 認めたくないのだろう。

 白石には彼が見えてない。

 

 見えているのは……。

 

「それにもう時間だね」

 

 背を向け去っていく。

 

「待ってくれ! 名前は━━」

 

 手を伸ばすが空を切る。

 届かない。……嫌だ、オレを置いていかな━━

 

 聞こえるチャイム。

 時が過ぎていた。

 

 我に返る。

 ……落ち着け、落ち着くんだ。

 悠じゃない。違う……ユウジャナイ。

 

「……白石」

 

「なんですか」

 

 涙を拭う姿は痛々しい。

 だが聞かなければならない。

 

「……彼は」

 

 △

 ▽

 

 担任になる教師の後を歩く。

 見覚えのある廊下は自然と懐かしさを覚える。

 

 ……クラスは2-A。

 因果なんだろう。

 

 また同じクラスなんてね。

 

 頬を撫でる。

 唇も切ったみたいで痛い……みんなはもっと痛いんだ。

 

 殴られただけありがたいと思う。

 

 ……あ、そうだ。

 名前……もう俺は鹿目悠としてみんなに寄り添えない。傍にいることはできない。

 

 ……この名前はとはお別れしよう。

 狂わせてしまう……この名前とはさようなら。

 

 だから……こそ、別人としてみんなと…。

 上手くいく、とか打算的に考えちゃいけない。

 

 絆に損得は必要ない。

 ただみんなと一緒にいたいだけ。

 

 救うなんて烏滸がましい。

 ……心を満たす。聞き届けよう。

 

 それだけでいい。

 ()()()()……みんなの想いを……。

 

「━━さん」

 

 先生の声にノイズが走る。

 ……名前を決めてないから、かな。

 

「はい」

 

「私が教室に入ります。ホームルームが終わりましたら━━さんを呼びますので入ってきてください」

 

「……分かりました」

 

 複雑そうな顔で教室に入る。

 ……また、よろしくお願いします…先生。




ンンンンン。
次回はもう片方の作品を投稿しますので少し時間がかかります。
勘違いの加速。承りました。まだ勘違いしてるのか怪しいけど……。


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確信と誤解

ちょっとギャグ寄りに移りつつありますね。
現状をなにも知らない主人公君本当に……


「……この時期にか?」

 

 中途半端な時に……しかも高校生。

 

「わたしは先生から事前に聞かされてました。……あれはどう見ても━━」

 

 憂いを帯びた白石の瞳が彼の背中を追っていた。

 

 ……白石も彰人に負けず劣らず悠のことを。

 

 転入生……転校生なら後に会うことになるだろう。

 もし会えないならこちらから会いに行けばいい。

 

 ……そう思っていた。

 

 ホームルームの終了。

 先生が廊下から彼を呼ぶまでは。

 

「失礼します」

 

 彼が入る迄は━━

 

 教室は沈黙に包まれる。

 

「突然ですが転校生を紹介します」

 

 同じ学年。

 ……このクラスだったのか。

 

 驚く……ことはなかった。

 彼はチョークを持ち黒板に名前を書いていく。

 

 見覚えのない名前。

 そうだ。言っていたではないか。

 

 悠とは別人だと。

 何を期待していたんだ、オレは。

 

「……叶音ヨウです。卒業までよろしくお願いします」

 

 叶音ヨウ……。

 

「叶音さんは最近まで持病で入院していたらしいです。みんな仲良くしてあげてくださいね」

 

 ……持病で入院…? 

 

「……はっ?」

 

 惚けた声が聞こえる。

 慌てているのか……? 

 

 ……戸惑い? 

 聞かれて困るようなことだったのか? 

 

「叶音さんどうしましたか?」

 

「……なんでもないです」

 

 彼は顔を俯かせた。

 考えても答えはでない。

 

 ……聞こう。

 

「席ですが……あの席を使ってください」

 

 先生が唯一空いている席。

 ……悠が使っていた席を指さした。

 

 隣の、席。

 クラスの誰かが息を飲む。

 

「……分かりました」

 

 先生に一礼。

 淡々と席に座った。

 

 駄目だ。

 どう見ても悠にしか見えない……。

 

 それでも、あの日には戻れない。

 鹿目悠ではなく叶音ヨウなのだから。

 

「…………自己紹介や質問は一時間目が始まるまでにしてください。…かな……叶音さん。何かあったらみんなに、先生に相談してくださいね」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

 ニコッと先生に笑顔を贈る。

 ああ……本当に残酷だ………。

 

 先生は頷くと教室から出ていく。

 ひとしずくの涙を落として。

 

 △

 ▽

 

 …………冷静になろう。

 名前は大丈夫。叶音ヨウ……。

 

 叶えるための意思表示。

 神様はなんでもいいと言った。

 

 なら自由に決めさせてもらう。

 それはいいんだ。

 

 最近まで持病で入院していた。

 ……思考が止まった。

 

 持病は持っていないし入院をした覚えもない。あの時には死んでいたはずだし入院する機会はない。

 

 ああ、神様から死因を聞いていなかったね。

 

 心臓麻痺辺りだとは思うんだけど。

 自分のことを理解してない部分が多い。

 

 息を吐く。

 

 窓から景色を眺める。

 全く同じ、何も変わらない。

 

 何時もの……じゃないかな。

 

 静寂の中。

 無数の視線が突き刺さる。

 

 特に隣の席の司から……。

 振り返る。

 

「っ……すまん」

 

 目を逸らしぎこちない仕草。

 ……………………。

 

「大丈夫だよ。はじめまして俺は叶音ヨウ。君の名前を教えてくれないかな?」

 

 誰かの泣き声が聞こえた。

 声を押え耐える……そんな声。

 

「……天馬司だ」

 

 あの長くも輝かしい自己紹介はない。

 

 別人と錯覚させるほどに……。

 賑やかだったクラスは……。

 

 変わっていた。

 

「司くんだね。よろしく」

 

 右手を差し出す。

 

「あ、ああ。……よろしく頼む」

 

 はぁ…これはキツい、かな。

 ……退くつもりはないけど。

 

 気を緩むと一瞬で折れてしまいそう。

 

 俺も……みんなも……。

 

 溢れそうになる感情。

 深呼吸をしよう。落ち着かなきゃ叶えられるものも叶えら…ッ━━

 

 △

 ▽

 

 誰もが目を離せない。

 

 窓から景色を眺める姿。

 昔に戻ってきた……そんな風に。

 

 懐かしい記憶が蘇る。

 

 悠は良く景色を見ていた。

 一度聞いたことがあった。

 

 なんで景色ばっかり見ているんだ、と。

 

 悠は景色の中にある変化を楽しんでいると言っていた。

 

 大きな変化はなくともよく見れば小さな変化はたくさんある。

 

 季節、時間、天候、空の色、グラウンドの光景、通学路を歩く人々。

 

 一つでも違えばそれは変化なんだと。

 そういって楽しそうに見ていた。

 

 変化、か。

 彼は叶音ヨウ、だ。

 

 オレから見える景色は変わった。

 悠から転校生に……変わった……? 

 

 ……どんなに……どんなに! …必死に言い聞かせても……! 

 

 叶音ヨウが鹿目悠に重なってしまう。

 変わりはしない。

 

 オレがよく知る景色そのままだ。

 

 ははっ…彰人や白石に何も言えやしない。……同じなんだ。

 

 幾ら時間を…幾千、幾万とかけようが……受け入れられないんだ。……現実を。

 

 叶音ヨウは悠の代用品じゃない。

 ……最低だ。

 

 ……不自然な点はある。

 

 この時期に転校。

 ……持病を持っていると言うことだ。

 

 悠の死因は心不全だった。

 持病と結びつけることができる。

 

 入院をしていたことにも違和感を覚えた。もし悠が持病を持っていたとしよう。何れはバレるはずだ。

 

 だが話題に上がったことは一度もない。悠のことだ。

 

 耳にすれば噂になり広がる。

 ということは持病はない。

 

 だが病院にも行かず一人耐えていたのなら……話は別だ。

 

 悠が亡くなる数日前。

 ……様子がおかしかった。

 

 時折寂しそうにみんなを見ていたり積極的にみんなと関わる。

 

 ……生き急いでいるように感じた。

 

 気にはかけていた。

 ……かけていただけだった。

 

 悠だから大丈夫、だと思っていたんだ。

 

 頼ってくれと言っておいて自分勝手でどうしようもないな。

 

 なにより悠と瓜二つの姿。

 

 葬式と転校の期間を考えれば━━

 

 だからか……オレはこう考えてしまったんだ。

 

 一度は死んでしまった。

 だが奇跡的に息を吹き返したんだ。

 

 しかしもう死亡届けや埋火葬などの手続きを終え取り消すには難しい状態になってしまった。

 

 だから本当に殺してしまい、別人としての生を与えた。

 

 生者を死者にする。

 病院としても評判……運営にも影響してしまう。

 

 だから悠は叶音ヨウとしてこの学校に転入した。バレてはいけないためみんなを知らないフリをしている。

 

 ……なんて夢物語。

 

 確証はない。証拠もない。

 ただ持っていた情報を無理やり縫い付けた継ぎ接ぎだらけ物語に過ぎない。

 

 視線に気づいたのだろう。

 ゆっくりと振り返った叶音ヨウはオレを見る。

 

 その顔が、その瞳が……。

 目を逸らす。

 

「っ……すまん」

 

 無理だ。……悠、だ。

 

「大丈夫だよ。はじめまして俺は叶音ヨウ。君の名前を教えてくれないかな?」

 

 ダメだ。…その声はやっぱり……。

 涙腺が緩んでいく。

 

 ……クラスメイトの涙声。

 

 はじめまして……そのひとことで。

 

 心が締め付けられる。

 

「……天馬司だ」

 

 あの時は━━

 ……やめとこう。

 

 思い出せば思い出すほど……。

 悠の死に顔が浮かんでしまう。

 

「司くんだね。よろしく」

 

 儚げな笑顔。

 ……右手を差し出された。

 

「あ、ああ……よろしく頼む」

 

 同じだ。その全てが……同じだ。

 ……手を握り確信する。

 

 ああ、ああ……ああ!! 

 

 やっぱりお前は━━

 悠だ。

 

 誰が何を言おうと悠だ。

 ……絶対に悠だ。

 

 ……夢物語で終わらせない。

 真実にする為にオレは━━

 

「…っ…げほっげほっ」

 

 激しい咳。

 口を押さえた指の隙間。

 

 風が頬を撫でる。

 

「だ、大丈……ッ!?」

 

 手が離れる。

 口元、手のひらに見える赤い━━

 

 ……血…? 

 教室が静まり返る。

 

「しっかりしろ!!!」

 

 肩を掴みよく見る。

 やっぱり……血だ。

 

「っ…大丈夫だよ」

 

 大丈夫……だと? 

 ……ふざけるな!! 

 

「大丈夫なわけあるか!! 血を吐いたんだぞ!?」

 

「……血? …ああ……」

 

 まるで当たり前かのように手で口を拭う。……なんでそんな顔ができるんだ? 

 

 血を吐くほど苦しいんだろう? 

 ……なんでそんな…顔が……。

 

「……お前は」

 

「ちょっとくち」

 

「………………」

 

「……司くん…?」

 

「……司でいい」

 

「あ、うん。分かっ……!?」

 

 無理やり立たせ抱き上げた。

 軽い……しっかり食べてるのか? 

 

 ……食べるのも辛いのかもしれない。

 

 ……急がないとな。

 勢いよく駆け出す。

 

 廊下に出たところで一時間目の授業を担当する教師と鉢会った。

 

「天馬? と…か、叶音…だったか。どうした?」

 

「悠……ヨウが血を吐きました。今から保健室に連れていきます」

 

「え? あ、いや大丈夫で」

 

「血を…!? 救急車を呼んだ方が」

 

「だから」

 

「様子を見て救急車を呼ぼうと思います」

 

「……あのー」

 

「分かった。頼んだぞ天馬」

 

「はい」

 

 ……悠…今度は。

 オレが救う番だ。

 

 △

 ▽

 

 ……不味い。

 バレている。

 

 司はハッキリ悠と言った。

 叶音ヨウを鹿目悠と信じて止まない。

 

 流石にね。

 正直……バレるのは分かってた。

 

 司がこの様子じゃまふゆには速攻でバレると思う。……バレる。

 

 うん、全員にバレるだろうね。

 もうバレてるよねぇ。

 

 それでも俺は偽り続けるんだろう。

 ……なんだけど。

 

 なんか勘違いもされている気がする。

 

 血を吐いたって……さ。

 確かに吐いたよ。

 

 唇の出血だけど思いの外深く切れていたみたいだからね。

 いいパンチだった……。

 

 内側だから外からじゃ見えない。

 ……持病の下りがあったから尚更だろう。

 

 深呼吸をしようとして喉を詰まらせたのも不味かった。タイミングが悪過ぎる。

 

「……はぁ」

 

 見覚えのある白い天井。

 背中には柔らかい感触が、腹部には軽くも重みを感じる。

 

 すぐ隣には椅子に座った司。

 

 どうすればいいんだろうか。

 

 この後も司が付きっきりで学校の案内をしてくれた。

 ……放課後まで傍にいたね。

 

 なんなら持病について尋問レベルで聞かれ続けた。

 ……何も分からないんだよね。

 

 流石に家まで送ると言われた時は申し訳なさで断った。

 もう転校生と言うより悠として接されているよ。

 

 連絡先を交換を求められたけどスマホ持ってないから暇な時に契約しないとね。

 

 はぁ……別れ際にゴミが付いてると言われ髪の毛を5、6本抜かれた時は怒ってるんだろうなと再確認した。

 

 司がここまで怒ってるんだ。

 この先みんなに会うのが怖くて仕方ないよ。

 

 ……泣き言を言える立場じゃない。

 気合いを入れないと。

 

 △

 ▽

 

「えむか? 悪い。緊急で頼みたいことがあるんだ」

 

「…っあ!?お、落ち着け。紹介……って言い方は変だが会わせる。…分かった。それまでは大切に保管しておく」

 

「……頼んだ。類と寧々にはオレから連絡しておく。寧々にはいい加減引きこもりを止めてもらわなければならないからな」

 

「…分かっている。これはオレ達だけの秘密だ」




多分次回辺りからもっと加速していくんだと思います。
シリアス書いてると胃がキリキリしていくのでマイルドに書いていきたいんです……はぁ。


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不思議な国の━━

ああああああ。
質が落ちるぅ。

一時期バンドリに浮気したせいですねこれは。



「………………」

 

 何気ない日常だった。

 

 飼育委員のわたしは今日もうさぎさんのお世話をする。

 

 うさぎさんを眺めているだけで癒される。

 ……ことはなかった。

 

 うさぎさんの一匹を抱える。

 柔らかくてふわふわで……。

 

 飼育小屋に背中を預ける。

 

「う、………ぐぅ…う"う"う"ぅ"…」

 

 押さえきれない声を漏らす。

 ……悠くん…悠くん……! 

 

 限界だった。

 どんな不幸が振りかかっても前に進むことはできる。

 

 そう、信じてたのに……。

 ダメだった……ダメだった。

 

『みのりちゃんこんにちは……っとと、サモちゃんこんにちは。よしよし今日も元気だね。……一緒に行ってもいいかな? 散歩をしているんだ。……あ、アイドルとファンが一緒に散歩してたらスキャンダルになっちゃうかな…? ふふっ』

 

『うさぎはやっぱり可愛いね。もふもふで……飼って見ても…みのりちゃんのオススメはなにかな?』

 

 色褪せることない思い出は心を蝕んでいく。

 

 大粒の涙。

 

 うさぎさんに落ちていって━━

 ……弾けて溶け…消えていく。

 

 悠くんみたい、に……。

 

「…っう”う”う”……ぐぅ…っ…」

 

 毎日一人で泣き続ける。

 これが当たり前になっていた。

 

 みんな変わっちゃった。

 別人にさえ思えてしまう……それぐらいに……。

 

 わたしだけじゃないんだ。

 遥ちゃんもこはねちゃんも……みんなみんな。

 

 こはねちゃん……。

 今日は用事があるって帰っちゃった。

 

 でも……なんだろう。

 前よりも顔色は良くなってた。

 

 ……強いなぁ。

 わたしはさめざめと泣くことしかできない。

 

 …悠くんとは誰よりも少しだけ長い付き合いだったんだ。

 

 自慢したのは今でも覚えてる。

 

 出会いはわたしがアイドルのオーディションを初めて受けた時。

 

 審査員さんにダメ出しされて現実を思い知らされた、あの時。

 

 君はアイドルになれない。

 ……あの言葉を忘れることはできない。

 

 絶望に打ちひしがれ沈んでいたわたしはベンチに座ろうとして……。

 

『い”っ!?』

 

 寝ていた悠くんのお腹を思いっきり踏んづけちゃって…。

 それが……ファーストコンタクト。

 

 それから悩みを聞いてもらったり相談したり……。

 

 お出かけしたり……お散歩をしたり…。

 ほんとはダメだけど……スクーターの後ろに乗せてもらったこともある。

 

 ……白馬の王子様、みたいな素敵な出会いじゃないけれど。

 

 それでも……悠くんに出会えたこと。

 これだけは世界で誰よりも一番幸せになれた瞬間だと今も思ってる。

 

 …同時に……同時、に。

 ……う”う”ぅ………。

 

 うさぎさんをギュッと抱きしめる。

 

 じたばた藻掻く。

 ……強く強く抱きしめる。

 

「……あっ…」

 

 腕の中。

 うさぎさんが抜け出す。

 

 逃げた先は小屋の入口。

 扉は開いていて……。

 

「…あ、待っ……」

 

 手を伸ばしても届かない。

 うさぎさんは檻から飛び出した。

 

 ……檻に閉じこもるわたしと違って…。

 

「……捕まえないと」

 

 怒られちゃう。

 重くなった足を立ち上がらせる。

 

 うさぎさんを追いかけるために。

 わたしは外に飛び出した。

 

 △

 ▽

 

 良かった良かった。

 次の日、外に単車が置かれていた。

 

 身分証はまだ送られてきていない。

 無免許で運転しろってことかな? 

 

 全く……。

 

「……する他ないんだけどさ」

 

 全身に風を感じる。

 

 学校は休んだ。

 スマホの契約や日用品の調達。

 

 何もかもが準備不足。

 

 でも流石は都会。

 スムーズに物事が進んでいく。

 

 ……怖いほどに。

 

 単車無しでも問題はなかった。

 

 歩いても良かった。

 ……誰かに出会うのが怖かった。

 

 司はもちろんみんなとも。

 単車ならすれ違っても……。

 

 体を張りそうな子はいる。

 だからフルフェイスヘルメットも被っている。

 

 そう簡単にバレないだろう。

 とたかをくくっている。

 

 奏は大丈夫だったかな。

 気になるけど……流石になぁ。

 

 病院も分からないんじゃ確認しようがない。誰かに聞こうにも……ねぇ。

 

 …………あっ。

 

「……宮益坂女子学園」

 

 左を向けば見慣れたもうひとつ学校。

 生徒達が疎らに歩いている。

 

 少し距離を離す。

 

 事故を起こさない為なのはもちろん。

 ……顔を見られないために。

 

 逃げるように速度を上げる。

 正門の前を通り過ぎようとした。

 

 その時だった……。

 

 正門から白いナニカが飛び出してくる。

 遅れて生徒が飛び出してきた。

 

 あるおとぎ話が頭に浮かぶ。

 

 オレンジ色の髪をした……見知った少女。

 

「…捕まえた! …あっ」

 

「……っ!?」

 

 目と目が合う。

 

 ブレーキは間に合わない。

 慌ててハンドルを切ることしかできなかった。

 

「きゃっ」

 

 辛うじて少女の横を通り過ぎる。

 

 ホッとしたのも束の間。

 

 制御が効かないハンドル。

 両手に力を入れる。

 

 だけど……。

 

「……!」

 

 抵抗も虚しくバイクから投げ出された。

 

 △

 ▽

 

 大きな音。

 

 生徒の悲鳴。

 うさぎさんは倒れた人に向かって跳ねる。

 

 全身が冷たくなる。

 わたしのせいだ……。

 

 うさぎさんを追いかけていたわたしの……。

 きゅ、救急車……! 

 

「……だ、大丈夫ですか…!」

 

 スマホを手に駆け出す。

 

「……えっ」

 

 思わず声を上げた。

 

 うさぎさんが倒れた人に頭を擦り付けている。

 ……うさぎさんは臆病で警戒心が強い。

 

 なのに……無防備に擦り寄っていた。

 わたしやこはねちゃんを含めた飼育委員と……悠くんぐらいにしか懐いてないのに…。

 

 ……なんで…。

 

 ざわざわと流れる人の声。

 

 ボロボロになった服。

 壊れたバイク。

 バイクから飛び出した日用品。

 

 救急車を呼ばないといけないのに……。

 迷いなくヘルメットに触れる。

 

 凹んだり傷が付いたヘルメット。

 ゆっくり外した。

 

 顔が露わになる。

 

「……っ…ぁ」

 

「……あ……あっ」

 

 あ…あっ……なんで……。

 

「…み…みの…りちゃ………」

 

 朧気な瞳が……。

 微かに聞こえる…声が……。

 

 わたしの名前を呼んだ…。

 

 ……溢れそうになる涙。

 

 ……え? 

 赤いうさぎ…さん……? 

 

 悠くんを中心に広がる赤色。

 足元は赤く靴に濡れる。

 

 真っ赤な水溜まり。

 

 血……? 

 

 動かない悠くん。

 寄り添う赤うさぎ。

 

 し、死んじゃう……。

 ま、また……。

 

 ……また…? 

 

 思い出す。

 悠くんの……死んだ、顔…。

 

 あ……あああああああ!!!! 

 

「だめ……っ! やだ! 死んじゃやだ……!」

 

 叫ぶ。

 無我夢中で揺する。

 

 だめ……だめ…! 

 やだ……やだやだやだ!! 

 

 手が、足が……濡れていく。

 

 サイレンの音。

 

「悠くん! 悠くん!! …ぐすっ…う"う"ぅ"…起きてよ!」

 

 ぐちゃぐちゃになる顔。

 視界が歪む中……揺すり叫び続けた。

 

 △

 ▽

 

「……知らない天井…っ…だね」

 

 覚醒と共に激しい痛み。

 腹部を中心に波紋を起こす。

 

 腹部を押さえる。

 

 焦った……。

 運が悪いのかな。

 

 病院、だよね。

 困った……。

 

 ぶつかることはなかった。

 事故ったのは俺だけ。

 

 単車は使い物…にはならないだろうね。

 買い直せばいい……。

 

 免許証……は、なんとか…。

 

 その後が分からない。

 

 単車から投げ出され。

 ……気が付けばベッドの上。

 

 何も分からない。

 でも……。

 

 これだけは分かる。

 

「……すぅ…」

 

 やらかした……みたいだね。

 

 ベッドに上半身を預け眠る少女。

 みのりちゃん……救急車を呼んでくれたんだね。

 

 その時にバレたんだろう、ね。

 見た限りは怪我は無さそうだ。

 

 ……良かった。

 

「……良くないんだよね」

 

 抜け出す…のは無理かな。

 この病院がどこか分からない。

 

 身体も痛い。

 ……だ、大丈夫…大丈夫の、はず。

 

 別人なんだ。

 ……別人になったんだから。

 

 うん、情報収集をしよう。

 手元のナースコールを鳴ら━━

 

「……あ…」

 

 保険証……。

 まだ持ってない……。

 

 …………………。

 どうしよ……これ……。




アンケートのニーゴを絡ませる方法が思いつきませんでした。
なので事故りました。アーメン。
次アンケも乗っけておくのでよろしくお願いします。

アンケ内容ミスってます。
唯一まだ関わってないレオニのメンバーの誰かにします()


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共犯

「…んっ」

 

 起き上がる。

 ……昼、かな。

 

 窓から外を眺める。

 

 濁りきった曇り空。

 窓ガラスを濡らす水滴。

 

 ……雨、か。

 息を吐く。

 

 腹部に痛みが。

 押さえて深呼吸。

 

 更に痛みが襲う。

 ……まいったね。

 

 全身打撲に肋骨骨折。

 戻ってきて三日目。

 

 ……三日目でこれだよ。

 

 運が悪いのかな。

 

 ……自業自得。

 安全運転をしていればこんなことは起きなかった。

 感情に身を任せた愚か者の末路。

 

 擦れる音。

 

「悠くんおはよう!」

 

 立ち上がったみのりちゃん。

 後ろには斜め向いた椅子。

 

「おはようみのりちゃん」

 

 …来てくれたんだ。

 そわそわと落ち着きがない。

 

 消えない涙の痕。

 不安と安心が入り交じった笑顔。

 

 もしかしてさっきまで泣いて……。

 

「悠くん…?」

 

 誤魔化せなかった。

 ……当たり前だ。

 

 方法がないんだ。

 

 身分証はない。

 

 白状するしかなかった。

 神様や転生は教えられない。

 

 苦し紛れのカバーストーリー。

 ……気休めにもなりはしない。

 

 ふざげた理由。

 

 5発ぐらいは貰う覚悟をもって騙る。

 ……それ以上かもしれないなぁ。

 

 はは……笑えない。

 

 みのりちゃんは……。

 

 生きているならそれでいいと。

 言ってくれた。

 

 ……泣いてくれた。

 

 ……心に傷を残していく。

 嘘をついた自責の念。

 

 同時に憑き物が落ちる。

 話せる相手がいる。

 

 どれだけ幸せなことか。

 まだ隠し続ける自分に嫌気がさす。

 

 自分の死は大きいものだった。

 分かっていただろう。

 

 見ないようにして逃げていただけ。

 怖くなって……どうしようなくなって……。

 

 ……二人だけの秘密にしてしまう。

 そんなことして意味はあるのか。

 

 ……ない。

 精一杯の強がりだ。

 

 みのりちゃんを巻き込んだ茶番。

 低俗な道化。

 

 冷静に考えられない。

 

 ああ、思ってる以上に。

 追い詰められている。

 

 心が、身体が……沈んでいく。

 ……弱いなぁ。

 

 なんの為に戻ってきたのか分からなくなる。

 

 一から頑張る? きっと楽しいから? 

 人を追い詰めるのが楽しいのか? 

 

 そんなわけがない。

 ……どうすればいい。

 

「……あ」

 

 なんで簡単なことに気づけなかったのかな。

 

 そうだよ。

 ……諦めればいいんだ。

 

 なんていった? 

 一切関与しないといっていた。

 

 バレたらいけないの? 

 ……いいんだよ。

 

 みんなにこんな思いをさせるくらいなら━━

 

 神様の言いなりはやめよう。

 

 ……遅すぎた。

 けど……これで元通りになる。

 

 元通りにするんだ。

 

「悠くん……?」

 

「………………」

 

 本当の手遅れになる前に。

 

 逃げる足を止めるんだ。

 立ち止まってもいい。

 

 そこから一歩でも歩み出す。

 ……うん。

 

「みのりちゃん」

 

「! …う、うん」

 

「やっぱりみんなに━━」

 

「……大丈夫だよ」

 

「話すよ…え?」

 

 ……大丈夫? 

 

「言わないから」

 

 みのりちゃん? 

 

「え、あ……いや…」

 

「……悠くんも言っちゃダメ」

 

 有無を言わせない圧力。

 

 仄暗い瞳。

 嵐の前の静けさ……みたいな。

 

「でも……」

 

「悠くん」

 

 っ……みのりちゃ。

 

 抱きしめられる。

 …苦しい、と思うのは失礼だね。

 

「わたしが守るから……」

 

「…………あ…うん」

 

 ありがとう……嬉しいよ。

 ……言い得ない何かを感じる。

 

 蛇に睨まれた蛙。

 ……鷹の前の雀。

 

 甘い吐息がまとわりつく。

 憑かれたように……重い。

 

「悠くんは悪くないんだよ。悪いのは━━」

 

 抑制の欠如。

 ……落ちる色。

 

 ああ……俺はどうやら……。

 その一歩すら難しいかも。

 

 結構痛い、なぁ。

 精一杯の笑顔を向ける。

 

 それしかできなかった。

 

 △

 ▽

 

 本当は生きていた。

 なのに……死んだことにされた。

 

 別人として生きることになるんだよ。

 わたしなら……堪えられない。

 

 ……狂っていた。

 

 両親から貰った大切な名前。

 

 大切な家族。

 ……思い出の共有。

 

 築いた友情……愛情。

 

 全てが失われる。

 

 なにも悪いことをしてないのに……。

 悠くんは悪くないのに……。

 

 はじめまして……。

 

 どれだけ辛い思いをしたのか分からない。

 これだけは分かるよ。

 

 また戻ってきてくれた。

 

 みんなの為に……。

 別人として……。

 

 悲しくて、辛くて、寂しくて。

 本当に優しい人……。

 

 今だって苦しそう。

 ……壊れかけの寝顔。

 

 あの時……

 

 うさぎさんが逃げ出さなきゃ━━

 何も知らなかったんだ。

 

 同じことを繰り返していた。

 

 ありがとう…うさぎさん。

 …悠くんを守ることができるよ。

 

 わたしが……()()()()()が守ることができる。

 ……()()()()()に打ち明けてくれたんだから。

 

「悠くん」

 

 ベッドで眠り続ける。

 ……休んじゃった。

 

 病院で診てもらうフリをしてお見舞い。

 本当は夢なんかじゃないかって……。

 

 幻なんかじゃないかって…。

 

 違った。

 本当に悠くんが生きてて…。

 

 もう……悠くんじゃない。

 叶音ヨウ、くん。

 

 病室の表札にはそう書いてある。

 

 大丈夫、大丈夫だよ。

 

 悠くんのこと忘れないから。

 わたしだけは悠くんのことを知ってるから。

 

 安心して。

 誰にも言わないから。

 

 ……教えないから。

 

 だって━━

 2人だけの……()()、だもんね? 

 

「……っ」

 

 身体に伝わる振動。

 スマホに友達の名前。

 

 ……()()()()()()

 

 こはねちゃんは知ってたんだよね。

 悠くんのこと……。

 

 神山高校には杏ちゃんや東雲くんがいる。

 聞いてたんだよね。

 

 ……教えて欲しかったな。

 ううん、これで良かったんだ。

 

 じゃなきゃ……。

 今はなかった。

 

 ありがとう。

 ……教えないでくれて。

 

 こはねちゃんも悠くんのこと好きだもんね。

 ……気持ち分かるから。

 

 だから安心してね。

 悠くんはわたしが守るから。

 

 だからごめんね。

 教えてあげられなくて。

 

 でも……。

 お互い様……だよね? 

 

 振動が消える。

 ……スマホの電源を落とした。

 

「…んっ」

 

 ……涙、隠さないと。

 袖で拭う。

 

 …大丈夫。

 

「悠くんおはよう!」

 

 そう…大丈夫。

 ()()()()()()()()()()

 

 △

 ▽

 

 みのりちゃんに流されてしまった。

 

 いや……諦めた俺が悪い。

 

 流された、と言うより鼓舞された。

 ……そう、考えたいんだけどさ。

 

 ちょっと…諦めかけそう。

 廊下を出てすぐの出来事。

 

「……嘘…先輩……?」

 

「…………」

 

 目を見開いた瑞希。

 潤んだ瞳に心を痛める。

 

 無言で射殺す勢いの絵名。

 ……拳を握り締めている。

 

 恐怖よりも、死そのもの。

 この後の展開が予想できる。

 

 ……瑞希と絵名がいるってことは。

 奏が入院してる病院…?

 

 同じだったんだね。

 

 あとでこっそり様子を見よう。

 

「……こんにちは」

 

「あの…えっと……」

 

「ふざけてるの?」

 

 戸惑う瑞希。

 普通の反応だよね。

 

 死を目の当たりにしているなら尚更。

 

 絵名も予想通りだよ。

 彰人くんと全く同じ。

 

 ダメだね。

 ……寧ろ助かったよ。

 

「ごめん。俺は…」

 

「悠くんじゃありません」

 

 遮られる。

 ……あの、みのりちゃん?

 

「っ…どう見ても」

 

「悠くんは亡くなったんですよ」

 

「どう見ても悠でしょ!?」

 

 絵名の叫び。

 無数の視線が集まっていく。

 

「ヨウさんって名前があります」

 

 怯むことなく表札を指差す。

 ……なんで名前が…。

 

 学生証からかな。

 呑気なことを言ってる場合じゃない。

 

 これ以上はややこしくな…。

 

「みのりちゃん…学校は……」

 

「休みました」

 

 瑞希の問に淡々と告げる。

 あ…えぇ…?

 

 みのりちゃん?…みのりさん?

 

「……あのー」

 

 なんとかしな…。

 

「…そう。人違いだったのね。ごめん」

 

「ちょっと!絵名!?」

 

 無理みたい、だね。

 バレた後…本当にヤバそうだよ。

 

 納得はしていない。

 顔が物語っていた。

 

 これでバラす選択肢が消えた。

 ……消えちゃったよ。

 

 ああ…天寿を全うできるかな。

 

「大丈夫だよ悠くん」

 

 微笑むみのりちゃん。

 ……大丈夫じゃないと思う。

 

 はぁ…今だから言うけど。

 ……()()()がいなくて良かった。

 

 △

 ▽

 

「ちょっと絵名!あれは…」

 

「悠よ」

 

「ならなんで…!」

 

「……みのりちゃん」

 

「みのりちゃん?」

 

「ちょっと、ね。…似てたから不味いと思ったの」

 

「似てた…?」

 

「……まふゆとね」

 

「あ、あー……」

 

「……呼びますか」

 




んんん。
自分から死地に向かうことになるとはなぁ。
あはっ……。

レオニの絡みにワンダショが絡むのでアンケで例の結果アンケ置いときますね。


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失落

遅くなりました。
疲れた…疲れた…。

多分一番やばいと思います。


 何もない景色。

 黒と白だけが交差している。

 

 亀裂の入った地面。

 折れた鉄柱。

 

 誰もいないセカイ。

 

「……顔色、悪い。……まだ悠のこ」

 

「大丈夫」

 

「あ……うぅ……」

 

 慄くミク。

 ……大丈夫。

 

 もう壊れてる。

 

 こんな気持ちになるなら。

 ……死ねばよかった。

 

 ……死ねないの。

 

 悠……貴方のせい。

 私を縛るから。

 

『ちゃんとご両親と話そう。大丈夫……俺も行くから。まふゆの思いを打ち明けよう』

 

『いたた……。だ、大丈夫だよ。部外者が割り込んだ訳だしね。当然の報い…まふゆ……凄い顔してるよ。ほらほら笑って、まふゆは笑ってる方が似合…いだっ!?ごめんって!悪かった! い"っ!?』

 

『…まふゆ? あ……えっと…最近、良く食べてるけど……その…もしかして太っだっ!?』

 

 手を引いてくれた彼は。

 ……もういない。

 

 また迷子。

 見つからないのに探し続ける。

 

 分かっているのに探し続ける。

 

 いい子になっても……意味はない。

 

 ……いないんだ。

 

 目尻が熱い。

 視界が歪む。

 

 溢れ出す涙。

 頬に流れ落ちていく。

 

「まふゆ…あ、の……」

 

「帰る」

 

「……奏は」

 

「まだ」

 

 奏も同じ……夢から覚めたくない。

 

 悠がいない現実を見たくない。

 ……目を閉じる。

 

 気付けば自分の部屋。

 ……薄暗い檻の中。

 

「……悠」

 

 貴方はいった。

 一緒に生きてくれるって。

 

 貴方はいった。

 一緒に死んでくれるって。

 

 なのに……貴方は。

 ……私を置いていった。

 

 嘘つき。嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき。

 

 貴方なんて……大嫌い。

 ……本当に…大嫌い。

 

「………………」

 

 壁に貼り付けた無数の写真。

 その全てに……悠が写っている。

 

 喜怒哀楽……。

 持ちえなかった色彩。

 

 千紫万紅。

 数ある写真。

 

 一枚を剥がす。

 一緒に撮った……写真。

 

「入るよ」

 

 お父さんの声。

 扉の開く音。

 

 写真を見つめる。

 

「…………まふゆ」

 

 背後の光。

 ……被る影。

 

「……出ていって」

 

 演じる必要はない。

 良い子なんていない。

 

 ……いらない。

 

「……悠くんには感謝してもしてきれない。彼は私達に大切な事を教えてく」

 

「出ていって!!」

 

 私に言わないで……。

 私は悠じゃない…! 

 

「お母さんも心配している。……ご飯、食べないか」

 

「……いらない」

 

 悠がいたから……。

 悠がいたから……私は……。

 

「……そう、か。部屋の前に置いておく」

 

 光は闇に飲み込まれる。

 

 未来に光は存在しない。

 あるのは後悔だけ……。

 

 ……虚無なら良かったのに。

 何も考えずにすんだのに……。

 

 貴方は私に喜びを与えた。

 生きる意味を、夢と希望を。

 

 貴方は私に悲しみを与えた。

 孤独の苦しみを、寂しさを。

 

 演技する必要もない。

 ……自然に笑えるから。

 

 本音が言える。

 真っ直ぐ歩くこともできる。

 

 誰かが作った未来じゃない。

 ……自分で未来を選べる。

 

 操り人形は終わった。

 

「……悠」

 

 未来は変えられる。

 ……そう言った。

 

 けれど━━

 過去は変えられない。

 

 貴方がいない現実は……。

 

 悠……貴方が私をこんな風にしたの。

 

 ……もう戻れない。

 

 呪縛は解けた。

 悠が解いてくれたから。

 

 貴方は呪いをかけた。

 私に……私たちに。

 

 生き続ける苦しみを……。

 

 心の中に生きている。

 ……綺麗事なんていらない。

 

 許さない。

 絶対に……許さない。

 

「…………」

 

 奏は悠に会いに行こうとした。

 ……会えるはずがない。

 

 分かっていながらも…。

 なけなし希望に縋り願いを求めた。

 

 夢でもいい。悠に会えるなら。

 

 …こんなにも死にたいと思う。

 その気持ちを押し殺して……。

 

 ……眠りにつこう。

 写真を抱きしめる。

 

「…………」

 

 閃光。

 雷鳴。

 

 雨が激しく叩きつけられる。

 

 横になる。

 冷たい床に背中を預け……。

 

 瞼を下ろ━━

 

 一筋の光り。

 通知音。

 

 …………絵名。

 

「なに」

 

「……まふゆ…」

 

 含みのある声色。

 嬉しさ、と…また違うなにか。

 

 奏が目を覚ました…? 

 ……それは良か━━

 

「病院で悠と会った」

 

「…………ふざけてる?」

 

「と、言うと思ったわ。写真送るから確認しなさい。本人曰く別人らしいけど」

 

「写真……?」

 

 2度目の通知音。

 

 ……え…。

 

 病院の廊下。

 病衣姿の悠。

 

 隣には花里…さん? 

 悠を支えながら笑顔で…。

 

 寄り添い歩く。

 …………………そ、う…。

 

「隠れて撮ったから少しブレてるけど。彰人の様子がおかしかったからまさかと思ったらねえ。流石に上げられな……まふゆ?」

 

「……本当、に悠…?」

 

 まだ決まったわけじゃない。

 だって…悠は死んだ……。

 

「多分? …奏のお見舞いついでに確認…あ、まふ…」

 

 スマホを落とす。

 ううん……決まっている。

 

 悠……悠…悠。

 

 行かない、と。

 行かないと……。

 

 檻から飛び出す。

 力の限り駆ける

 

「まふゆちゃん…やっと一緒に…」

 

「……」

 

「まふゆちゃん…? …まふゆちゃん!?」

 

「まふゆこんな夜遅くにどこに行くつも…まふゆ!」

 

 ……約束、守って貰わないと…。

 ね、悠……。

 

 一緒に━━

 

 △

 ▽

 

 腰を落とす。

 

 暗がりに雨。

 寄る辺なき真夜中。

 

 カーテン越しの一閃。

 激しい叫び。

 

 みのりちゃんは帰らせた。

 長居させる訳にはいかない。

 

 風邪を引いたら困っちゃうし。

 明日も学校なんだ。

 

 …泊まると言われた時は頭を抱えた。

 流石に不味い。

 

 何にしても…倫理的にも。

 

 みんなが心配する。

 ……みのりちゃんの変化に気づく。

 

 あの様子だと直ぐに気づかれる。

 目に見えて分かる。

 

 落ち着きがなくて夢に真っ直ぐな少女。

 隠し事も苦手なのに……俺なんかのために。

 

 なんとかしなきゃね。

 

「……?」

 

 扉が叩かれる。

 もう看護師さんは来ないはず。

 

 事故の件は学校に連絡済み。

 ……面会の時間も終わっている。

 

 …絵名と瑞希も流石に帰っている…はず。

 奏の病室は確認した。

 

 少しでもいい。

 あとで様子を見に……あっ…。

 

 ……そっか。

 あはは……あははは…。

 

 逃げられないんだよね。

 ……突き進むしかない。

 

 例えどんな壁が立ちはだかろうとも。

 足を止めることは許されない。

 

「……悠」

 

 許され……ない。

 許してほしい、です。

 

 びしょ濡れのまふゆ。

 …据わった目が心臓を締め付ける…。

 

 ……びしょ濡れ…? 

 

「……風邪、引くよ」

 

 なんで濡れて……。

 傘もささずに…。

 

 誰も止めなかったのかな。

 ……止められなかった、の間違い。

 

「……悠…でしょ」

 

 雨で張りついた髪。

 濡れて透けた服。

 

 足元には水たまり。

 滴り落ちる滴。

 

 微かな震え。

 

「風邪…引くよ」

 

「…………」

 

 立ち上がる。

 タオルを持ち駆け寄る。

 

 まふゆにタオルを落とした。

 

「先に着替え…」

 

 病衣しかないけど。

 風邪をひくよりは……

 

 視界が揺れ動く。

 火花が散る。

 

 ブラックアウト。

 

「い"っ…!」

 

 後ろに衝撃を。

 前には重圧を。

 

 痛みが目覚める。

 

 服を濡らし過敏に感じる。

 ……冷たさ。

 

「……嘘つき」

 

「っ」

 

 嘘つき……その通りだよ。

 大嘘つきで薄情者だ。

 

 両手が動かない……。

 動くことを諦めている。

 

 抵抗する気力すらない。

 痛くて満足動かせないのが本音。

 

 ……にしたい。

 

「……」

 

 泥のように重い。

 雨と汗が混じり合う。

 

 ジリジリと顔が迫…。

 ……え? 

 

「まふ…っ!」

 

 言葉は絶たれる。

 息が消える。

 

 視界は黒に覆われる。

 

 器官が絞まる。

 万力のようにキリキリ、と。

 

「……嘘つき」

 

「っ…か…」

 

 ダメだ…ダメだ…。

 腕を伸ばす。

 

 まふゆの肩を…。

 

「…安心して」

 

「く…き…」

 

「私もいくから」

 

 鎖のように強固。

 腕は曲がり力が抜ける。

 

 落ちる、腕…。

 

 ああ……どうしようもない。

 

 密室。

 止めるものはいない。

 

 そう、誰も……。

 

 俺も……止められな…。

 

 誰も? 

 外から聞こえる声。

 

「この部屋ですか?」

 

「はい。雨に濡れた女性が入って……」

 

 看護師さんと…男性……警備員? 

 あの……あのあの……。

 

「患者は?」

 

「昨日から男性の方が入院しています」

 

 え、あ、あっ……不味い不味い不味い! 

 

 この状況。

 …言い逃れができない。

 

 ダメだ。こんな……こと…!

 

「ま…ふ……ゆ…っ…!」

 

「……っ」

 

 緩む。

 なけなしの空気。

 

 渇望する。

 はぁ…かはぁ…。

 

 ベッドの下。

 ……確認される。

 

 クローゼット。

 ……隠れられない。

 

 ドアの死角。

 ……不安定。

 

 考えろ。

 …考えろ。

 

 ………。

 一か八か。

 

 覚悟を決める。

 

「…っぐ」

 

「っ!?」

 

 出せる全て。

 まふゆを押し退ける。

 

 ……深呼吸。

 時間は、ない。

 

 窓へ駆ける。

 …開ける。

 

 向かい風。

 顔を濡らしていく。

 

 雨が入り込む。

 即席の水たまり。

 

 あとは……。

 

「……悠」

 

「あとでね」

 

 腕を掴む。

 ……ベッド。

 

 共に入る。

 布団を被る。

 

 ……灯りを閉ざす。

 

 密着。

 温かくも冷たい。

 

 気持ち悪い。

 

「入りますよ」

 

 扉が開けられる。

 ……狸寝入り。

 

 心臓の鼓動。

 頭の中を駆けていく。

 

「叶音さん?…眠っている。水?…!…窓が開いて…」

 

 このまま……。

 

「……悠」

 

 腕の中のまふゆ。

 可能な限り抱き締める。

 

「静かに…バレ…っ」

 

「んっ」

 

 いっ…!?

 

 首筋を這いずる。

 肉に食い込む。

 

「叶音さん?」

 

「…………」

 

 足音が近づく。

 しまっ…!

 

 止まる。

 窓の閉まる音。

 

 足音は遠ざかる。

 扉が開き…外へと消えた。

 

 ………………。

 誰も…いない。

 

 ………………。

 よ、良かった…。

 

 音は止まない。

 

「…………」

 

 一難去ってまた一難。

 …真夜中。

 

 まふゆの両親も心配している。

 色々確執はあった。

 

 まふゆのことを愛している。

 ……その思いは本物。

 

 その愛がなんであれ。

 倒錯的であろうとも。

 

 ……はぁ…。

 

「まふゆ」

 

 閉鎖的空間。

 鼓動と息遣い。

 

「……まふゆ?」

 

 布団を退かす。

 薄暗い部屋。

 

 闇に慣れた瞳が映す。

 

「……寝てる?」

 

 目元の水。

 口元の紅。

 

「…?…ッ」

 

 首筋に触れる。

 ぬるりと…したナニカ。

 

 ……血…。

 う、うん。

 

 ……起こすのはやめよう。

 まふゆのスマホを借りて……。

 

「無理だね」

 

 せめて場所を移そう。

 奏の病室。

 

 様子を見るついで、に。

 

「……っとと」

 

 腕を骨折してるのになぁ。

 意外にも痛みはない。

 

 アドレナリン…。

 ははは…連絡した方がいいよね。

 

 スマホ…は、あれ?

 後で探そうか。

 

 △

 ▽

 

 ……ここは。

 

「あ、おはようまふ」

 

 瑞希?どうして……!悠は…!

 

「うわっ!急に飛び起きないでよ」

 

「…………」

 

 違ここは…奏の病室。

 夢…違う確かに……。

 

 覚えている。

 

 目に焼き付いた光景。

 

 手に残る握った感触。

 体に染み付いた匂い。

 

 舌に残る食感。

 …あの味。

 

 ……ふふっ。

 

「ま、まふゆ…?」

 

「なんでもない」

 

「全く心配したんだよ!急にまふゆのお母さんから連絡きてさー!……別人ってぐらいに丸くなったよね。ホントに…」

 

「うん。……帰らないと」

 

 ……まだ時間はあるから。

 

「あ、絵名が売店で買い物して……」

 

 …ね、悠。

 

「行っちゃった。…行ってよかった。……腰が抜けるかと思った」




アンケはどーしよか。
DNAは一致かな。なんとかなるはず。
これを書くためだけに添削しまくりました。
それでもこの始末。

今月はもう上げるか分からないです。


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普遍性

1年ぶりに書きました。
今年は多めに書ければと思います。

グチャグチャにならないようにしていきたいです。



 ベッドの上。

 思い出す。

 

 トラブルの連鎖。

 忘れていた。

 

 学校はどうなっているのか。

 転校生が早々に事故。

 

 笑い話にもならない。

 …………………。

 

 司が来ない。

 ……期待をし過ぎてたかもしれない。

 

 期待するのがお門違いだ。

 

 寧ろ安息した。

 司が来る、ということは……。

 

「失礼します」

 

 叩く音。

 扉は開かれる。

 

「あ、はい」

 

 看護師さん……?

 もしかして退院日が

 

「お見舞いの方いらっしゃいます」

 

 決まったわけじゃないみたい。

 まふゆとの邂逅から2日目。

 

 その夜だ。

 耐えきれない痛み。

 

 脂汗。

 激しい動機。

 

 ナースコールを鳴らした。

 注射を打たれ意識を失う。

 

 気がついたら夕暮れ。

 

 今が、そう。

 

 疑問が頭を苛む。

 あの痛み。

 

 肋の痛みじゃない。

 もっと別の………。

 

 先生の言葉を思い出す。

 記憶にない入院。

 

 なにがどうなって…。

 

 謎が謎に覆われていく。

 

 詳しく調べる必要がある。

 退院してからでも…遅くはない。

 

「お見舞いですか」

 

 誰だろう。

 

「面会スペースでお待ちです。お部屋までお通し致しますか?」

 

 ……大丈夫か。

 ある意味峠は越えた。

 

「お願いします」

 

 ……違和感を覚える。

 なんだろう…。

 

 看護師を見送る。

 数分の沈黙。

 

 再度叩く音。

 

「どうぞ」

 

「ぁ……ああ、失礼する…おい!隠れるな!」

 

 予想通りの来客。

 ……他に誰かいる。

 

 二度。

 扉は開かれた。

 

「……元気そうで安心したぞ」

 

「おかげさまでね」

 

 柔らかい笑みを向けられる。

 ほんとに優しいね。

 

 あー…えっと……。

 

 司の背中。

 桃色の髪がはみ出している。

 

「紹介したい奴がいてな」

 

 …分かっていた。

 必ず誰かは連れてくると。

 

 元気……そうには見えない。

 

 太陽のよう燦々と。

 眩しい笑顔の君は──

 

「……ぅ…司くん…」

 

 いなかった。

 

 怯える背中を押していく。

 地面を叩く。

 

 不規則なリズム。

 

 ピンク色の瞳。

 潤み流れた痕。

 

 目と目が合う。

 

「…ぁ……」

 

 言いかけた言葉は絶たれる。

 開いた口は噤まれた。

 

 沈黙が訪れる。

 ……ことはさせない。

 

「こんにちは」

 

「…こ、こんにちは!」

 

 挨拶を最後に沈黙。

 無理だって……!

 

「何をしてるんだお前たちは」

 

 呆れた様子。

 あはは……。

 

「はじめまして叶音ヨウです」

 

 簡素な自己紹介。

 絞り込んで出せた言葉。

 

「………………」

 

 俯かせた頭。

 前髪で見えない顔。

 

 ……隠れきれない食いしばり。

 擦れる響き。

 

 よく聞こえる。

 

 …不公平だよね。

 そして不平等、だ。

 

 擦り切れた心に。

 しらを切る気力は残っていない。

 

 はは……。

 

 ベッドから地へ。

 降り立ち。

 

「…ヨ、ヨウ……」

 

 司からの制止。

 眼前に小さな体。

 

 震えている。

 やっぱり顔は見えない。

 

 けど──

 足元に落ちていく雨粒。

 

 理解る。

 

 ……顔を彼女の耳元へ。

 小さく……呟いた。

 

 △

 ▽

 

 こうなった、か。

 分かりきっていたことだ。

 

 だが──

 会わせることは決めていた。

 

 空想は現実に。

 確たる証拠も手に入れたのだ。

 

 だとしても、だ。

 はじめまして……。

 

 この言葉はキツい、な。

 

 確かな証拠。

 ……ヨウ=悠は証明された。

 

 突きつけて終わり…なんて簡単な話じゃなかった。

 

 真実を知りつつも。

 ……なにもできないんだ。

 

 えむは黙ったままだ。

 いつも騒がしいお前が……。

 

 懐かしく感じる。

 

 …悠相手には大人しかった。

 

 優しく諭され叱られた子犬のような顔をしていた。

 

 あの中で一番懐いていたのは間違いなくえむだ。

 

 ……実の兄よりも懐いていただろうな。

 オレも言えたことじゃない、か。

 

 静寂の前。

 悠がベットを降りた。

 

 歩み寄る。

 

 ッ!

 

「…ヨ、ヨウ……」

 

 悠と呼べない。

 歯痒さが募る。

 

 止まらない。

 向かい合う二人。

 

 顔を屈める。

 えむの耳元。

 

 ……囁く。

 聞こえない。

 

「ッ!……」

 

 勢いよく顔を上げる。

 

 …えむ?

 どうし……!

 

「……悠くん!」

 

「うわっ!?」

 

 あっという間だ。

 

 突撃するえむ。

 くの字に曲がり倒れる悠。

 

 篭った泣き声。

 決壊。

 

 元通りにする為に奮闘していた。

 悠が居ないだけでダメになるくらいだ。

 

 狂い狂う。

 

 その中で……。

 唯一えむだけが……奔走していたんだ。

 

 ……オレは。

 悠が現れなければ……。

 

 あのままだっただろうな。

 情けなさが肩にのしかかる。

 

 あの時を境に涙を見せなくなった。

 

 えむが──

 いとも容易く流してみせた。

 

 直ぐにでも聞きたい。

 ……ところだが。

 

「…っく……ぇっぐ…あのね…!…悠くんが…っ…いなくなってね」

 

「……うん」

 

 聞ける状態ではない、か。

 えむは今も悠と呼ぶ。

 

 対して否定も肯定もない。

 …苦虫を噛み潰したような。

 

 ただただ困った顔を曝け出すだけ。

 

「…ひっく……みんな…バラバラになっちゃって……寧々ちゃんも類くんも……悠くんのこと大好きだったから……」

 

「……ッ」

 

 黙って聞いている。

 額に脂汗が見えた。

 

 徐々に顔色も悪くなって…!

 

「……あたしは…またみんなと……悠くん?」

 

「…ッ…ハァ…大丈夫……っ」

 

 荒くなる息遣い。

 過呼吸に近く焦点もズレていく。

 

 迷わずナースコールを鳴らした。

 

「悠くん!」

 

「ベッドに寝かせる。手伝ってくれ」

 

「うん!」

 

 返事はない。

 必死に堪えている。

 

 己を抱き。

 瞳を閉じて。

 

 見ていることしかできない。

 それが…とても悔しくてたまらない。

 

「…司くん」

 

 えむの声。

 気づく。

 

 拳から通り抜ける赤。

 

「どうしま……!」

 

 看護師の登場。

 悠を見て顔が強ばらせる。

 

 瞬く間に。

 病室から追い出されてしまう。

 

 医師、看護師の入っていく様を見届けていく。

 

「……帰るぞ」

 

 なにもできない。

 

「…えっ…司くん!待ってよ!」

 

 祈ることしか。

 できないんだ。

 

 △

 ▽

 

「……また」

 

 淀んだ視界。

 鮮明になっていく景色。

 

 代わり映えのしない天井。

 司と……えむちゃんは居ない。

 

 起き上がることは、できる。

 体に異変は見られない。

 

「……ふぅ」

 

 現状手がかりはない。

 …だが、予想はできる。

 

 この予想が──

 

「…!」

 

 足音。

 駆け足に近いハイペース。

 

 扉が強く開かれる。

 

「……はぁ…はぁ……」

 

 肩で息をするみのりちゃん。

 ……なんで…ああ…。

 

 気を利かせてくれたのかな。

 

「大丈夫!?お医者さんから聞いたよ!?」

 

「うん、大丈夫だから」

 

「ダメだよ!ちゃんと横にならないと!」

 

 なすすべもなく天井を見上げる。

 窓を見る。

 

 黄昏は真夜中に。

 ……えっと。

 

「みのりちゃん。夜遅いし家に帰らないと…」

 

「大丈夫だよ。今日は泊まるから」

 

 ……え?

 

「いやいや。ご両親や弟くんが…」

 

「友達の家に泊まるって言ってきたから」

 

「……えぇ」

 

 元はと言えば俺のせい。

 一度目で慣れたといえ無様な姿を見せた。

 

 それよりも、だ。

 予想が正しければ……。

 

 この状況、現状。

 全てにおいて──

 

 不味い方向に向かっている。

 

 まずは退院をしないと。

 

 …………みのりちゃん。

 どこで寝てもらえばいいんだろう。




お見舞い前の司の方の話も合間に書いていきたいとは思います。


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