鬼殺隊監査役・東雲麟矢 (SS_TAKERU)
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本編第壱部 原作開始前
零之巻 -ある一般隊士の話-


初めての方ははじめまして。
ご存じの方はお世話になっております。SS_TAKERUです。

僕のヒーローアカデミアの二次小説である『出久君の叔父さん(同学年)が、出久君の運命を変えるようです。』を休載している間、勘を鈍らせない為、この作品を執筆させていただきます。

鬼滅の刃に関しては、現在改めて読み返している最中なので、拙い部分も多いとは思いますが、お楽しみいただければ幸いです。


 俺の名前は茂部野大司(もぶのたいし)。鬼さ…人に危害を加える有害な動物を処分する会社に勤めて2年になる一般隊…一般社員だ。

 命の危険が付きまとう仕事だけど…その分やりがいがあるし、仕事の過酷さに見合うだけの給金も貰えてる。

 おやか…社長の方針で、仕事中に発生した食費や宿泊費は全て会社持ちだし、万が一怪我をした時は無料で治療を受ける事も出来る。

 日頃の生活にかかる費用を心配せず、仕事に集中出来て、給金のほぼ全てが手元に残る。こう考えると、恵まれてるよな。

 ちなみに先月の給金は13円50銭*1だった。

 

「茂部野」

 

 任…仕事が終了した後、何故かそんな事を考えていると、声をかけてくる人がいた。

 

「あ、村田さん」

 

 声をかけてきたのは今回の仕事で一緒だった村田(むらた)さん。入た…入社してから何かと気にかけてくれる先輩だ。

 『華がない』だの『地味』だのと言う口さがない連中もいるが、俺や同期の連中は皆村田さんを慕ってる。

 

「怪我は無いようだな。お互い無事で何よりだ」

「はい」

「報告も済んだし、戻るとするか。それから、明日はお互い休みが貰えるだろうから…軽く飲みにでも行こうか。奢るぞ」

「はい! ご馳走になります!」

 

 こうやって一緒に仕事をした後は、気前良く奢ってくれる。本当に人柄は申し分ない人なんだ。

 

 

「『チューハイと一品料理の店東雲亭(しののめてい)』…村田さん、チューハイって何ですか?」

「俺も詳しくは知らないが、この店だけで飲める珍しい酒…らしい」

 

 翌日の夕方。村田さんと一緒に酒を飲みに繰り出した俺は、目的地である酒場の前で、村田さんとそんな事を話していた。

 十日程前に開店したばかりのこの酒場。村田さんも人伝に評判を聞いただけで初めて来たそうだが…扉越しでもわかるほど随分と賑わっている。繁盛している店のようだ。

 

「とりあえず入ってみるか」

「そうですね」

 

 まぁ、いつまでも入り口の前で突っ立っているのも良くない。俺と村田さんは揃って店へと入ることにした。

 

「「「「「いらっしゃいませ!」」」」」

 

 店に入って早々、藤色の割烹着を着た娘さん達の声が俺達を迎えてくれた。

 

「2名様ですね。こちらへどうぞ!」

 

 その内の1人に空いている席へ案内され―

 

「ご注文がお決まりでしたら、お伺いいたします」

「あ、あぁ、すまない。実はこの店は初めてでね。幾つか質問したいんだが…構わないかな?」

 

 そのまま注文を聞かれそうになる。流れるような手際の良さに一瞬呆けてしまったけど、我に返った村田さんがそう言ってくれた。助かります、村田さん!

 

「はい! この店のことでしたら何でもお尋ねください!」

「それじゃあ、チューハイとはどんな酒なのかな? 生憎飲んだ事が無くてね」

「チューハイは、焼酎を炭酸水…細かい泡が出る水で割った物です。当店では麦焼酎を使用しております」

「細かい泡が出る…麦酒(ビール)のようなものかな?」

「はい、麦酒(ビール)を想像されると近いと思います。でも、麦酒(ビール)より苦みが少なくて飲みやすいお酒ですよ」

「飲みやすいか…ありがとう、あと…本日の一品料理とあるんだけど…『焼き餃子』『エビチリ』『(とり)の唐揚げ』……どれも初めてでね。簡単にで良いから、説明してくれないかな?」

 

 流石は村田さんだ。知らないことを素直に知らないと白状し、教えを乞うている。俺だけだったら、わからないまま適当に注文して、失敗していたかもしれない。

 

「はい! 焼き餃子ですが、清の料理餃子(チャオズ)を日本風に仕上げたもので、小麦の粉を練って作った皮で肉野菜で作った餡を包み、焼き上げた料理です」

 

 皮で餡を包んで焼いた料理か…おやきみたいな感じなんだろうか?

 

「次にエビチリですが、こちらも清の料理乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)を日本風に仕上げたもので、炒めた海老に辛めに味付けしたタレを絡めた料理です。海老は当店では、芝海老を使用しています」

 

 辛めのタレを絡めた海老か…酒に合いそうだ。

 

「最後に(とり)の唐揚げですが、若鶏(わかどり)の肉に下味をつけ、衣をまぶして油で揚げた料理になります」

 

 衣をまぶして油で揚げた…天ぷらみたいな料理だろうか?

 

「いや、よくわかったよ。ありがとう。注文が決まったら呼ばせてもらう」

 

 そう言った村田さんに一礼した娘さんが、他の客への対応に向かったところで、俺と村田さんは小声で相談を開始。

 

「茂部野、何を頼む?」

「そうですね…エビチリも気になりますが、今回は焼き餃子か(とり)の唐揚げを頼もうかと」

「俺もそのどちらかを頼もうと思うんだが…エビチリも気になるな」

「とりあえず、注文してみて美味かったら、エビチリを頼みましょうか?」

「そうだな…そうするか」

 

 俺と村田さんはお互いに頷き、娘さんを呼んで注文を伝える。最初の注文は俺が(とり)の唐揚げとかぼすチューハイ、村田さんが焼き餃子と柚子チューハイだ。

 

 結論から言うと、チューハイも料理も滅茶苦茶美味かった。それだけでも驚きだったけど…会計が更に驚きだった。

 1人あたりチューハイ3杯と料理2品で6銭*2だなんて、信じられない!

 あらゆる意味で満足した俺と村田さんは、ほろ酔い気分で帰途についた。

 今度は他の同期や後輩を誘って行こうなどと話しながら…

 

 

 この時、俺達は知らなかった。この東雲亭を運営している東雲商会が、鬼さ…会社と深い関わりを持っていること。

 そして、その関わりが俺達の運命を大きく変えることになることを。

*1
現代の貨幣価値に換算して、約27万円

*2
現代の貨幣価値に換算して、約1200円




最後までお読みいただきありがとうございました。

-オマケ-

東雲亭について

①メニューはチューハイ+1品料理のセットのみ。
②1品料理は日替わりで3品の中から選べる。
③値段はセットが2銭5厘、チューハイの追加注文が1銭、1品料理の追加注文が、1銭5厘で統一。
④追加注文はチューハイは2回、1品料理は1回可能。
⑤スタッフは女性が割烹着姿で主に接客。男性が作務衣姿で主に調理を担当。
⑥女性スタッフへのおさわりは厳禁!
⑦営業時間は17時から22時。定休日は日曜日。


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壱之巻 -東雲家の麒麟児-

お待たせいたしました。
今回より主役が登場し、物語が少しずつ動き始めます。

お楽しみいただければ幸いです。


 1909年(明治42)春。中堅の貿易商『東雲商会(しののめしょうかい)』は、突如飲食業への参入を発表した。

 規模こそ中堅ながら、堅実かつ良心的な経営で評判だった東雲商会が、未開の原野も同然である飲食業の開拓に打って出る。

 このある種の博打とも受け取れる発表に、多くの顧客だけでなく同業者からも不安や心配の声が聞かれたが…

 発表から僅か10日後。墨田区本所に開店した『チューハイと一品料理の店東雲亭(しののめてい)』はすぐさま話題となり、開店5日目には入店待ちの行列が17間*1に渡って出来るほどの人気店となる。

 これだけでも十分に驚くべき事だが、東雲商会が次にとった戦術は驚きを通り越し、奇々怪々とすら表現出来るものだった。

 なんと、赤羽、上野、品川、新宿、新橋の5ヶ所に東雲亭2号店~6号店を一気に開店し、営業を開始したのだ。

 チェーンストアというアメリカ流の経営形態*2を取り入れたやり方は、これまでの常識や慣例を無視したものであると、一部から戸惑いや批判の声が上がったものの、全ての店が繁盛したことでそれらの声はすぐにかき消されていった。

 その後も東雲商会は積極的に新店舗の開店を行い、東雲亭の他にも―

 

 富裕層を対象とした高級洋食店『レストラン東雲』

 家族や若者を対象にした格安洋食店『ビストロド東雲』

 洋菓子店『パティスリー東雲』

 ラーメン店『東雲軒』

 カレー専門店『カレーの東雲』

 

 など多種多様な飲食店を開店し、その全てを繁盛させていった。

 

 

 時は流れ、1912年(明治45年)初夏。東雲商会は東京府内だけでなく千葉や神奈川といった関東近郊、京都、大阪、名古屋、兵庫など、3府8県に合計107店舗*3を構える大商会に成長。

 東雲商会の経営者である東雲辰郎(しののめたつろう)は後に、『近代日本における飲食業発展の父』と呼ばれる事となるが…彼の功績は表向きのもの。

 東雲商会が僅か3年でここまでの急成長を遂げたのには、()()()()()の存在があった。

 彼の名は東雲麟矢(しののめりんや)。東雲辰郎の長男にして、東雲の麒麟児と呼ばれる15歳の少年である。

 

 

麟矢視点

 

「皆様、本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます」

 

 英国製のスーツに身を包み、菫の香りがする香油で髪をキチンと整えた俺は、居並ぶ大人達へ深々と頭を下げる。

 ここにいるのは、父であり東雲商会社長でもある東雲辰郎を筆頭に副社長、専務、常務、部長と東雲商会を動かしている重鎮の皆さん。

 皆、それぞれに俺の事を可愛がってくれているが、それはそれ。こういう場での礼儀をしっかりしておくに越した事はない。

 

「気にすることはないよ、麟矢君。皆美味い物が食えると楽しみにしているからね」

「いや、まったく。専務など昼を少なめにしているほどでしたからね」

「おいおい、常務。それは言わない約束だったろう?」

 

 副社長の声に続き、専務と常務がそんなやり取りを交わして、室内が笑い後で包まれる。頃合いだな。

 

「それでは、本日の料理を用意させていただきます」

 

 一礼し、一旦隣接する厨房へ移動した俺は―

 

「準備のほうは?」

 

 重鎮の皆さんへお出しする料理。その調理を行っている人物…料理長へ声をかける。

 

「…問題ありません。ちょうど出来たところです」

 

 東雲商会が飲食業へ進出する際、月収100円*4でスカウトした元帝国ホテル副料理長。

 寡黙で何を考えているかわからない事もあるが、料理の腕はピカイチで、()()()()を基にしつつ、この時代に合った物を作ってくれる。

 今回も完璧なタイミングで作ってくれたようだ。

 

「お待たせしました!」

 

 早速出来立ての料理を皆さんへ配っていく。本日の料理は…

 

「皆様にお配りしたのが、本日の料理。『フィッシュ・アンド・チップス』です」

「フィッシュアンドチップス…」

英国(イギリス)のパブ…酒場や屋台などでよく食べられている料理で、魚に衣を付けて揚げた物に棒状に切った芋の素揚げを添えています」

「幾つか種類があるようだね?」

「はい、魚は今回鱸、鰈、芝海老。芋はジャガイモと里芋を用意しております。魚は塩と胡椒、芋は塩で味を付けておりますが、お好みに応じてレモン汁や洋式醤油(ウスターソース)、もしくは()()()()()()()をかけてお召し上がりください」

「タルタルソース…この白いやつかね?」

「はい、朝採れの卵に大豆油、酢など混ぜて作る『マヨネーズ*5』という調味料に、刻んだピクルス(胡瓜の酢漬け)や刻んで水に晒した玉葱、塩胡椒などを加えて作ったソースになります」

「ふむ、まぁ…まずは頂いてみるとしよう」

「そうですね、せっかくの揚げたて。冷ましてしまっては申し訳ない」

 

 質問を後回しにして、フィッシュ・アンド・チップスを食べ始める重鎮の皆さん。その反応は…言うまでもあるまい。

 

 

常務視点

 

 麟矢君が出してきたフィッシュアンドチップスという料理。英国(イギリス)の酒場でよく食べられているそうだが…

 

「んんっ!?」

 

 まずはそのままでと思い、ナイフで適当に切ったそれをフォークで口に運んだ瞬間、衝撃が走った。

 サクリと小気味良い音をたてながら衣がほどけ、まず感じたのはやや強めに振られた塩の味と油の甘味。そこへ魚…鱸のホクホクした身の美味さが後追いしてくる。鱸は洗いや焼き物でよく食べているが、揚げても美味いとは!

 あっという間に半分食べたところで我に返り、味付けを施していく。レモンの汁、西洋醤油(ウスターソース)、どちらも十分に美味さを高めてくれたが…

 

「麟矢君、このタルタルソースは絶品だな!」

 

 私の一押しは、タルタルソースだな。美味さの伸びが半端ではない!

 

「うん、うん、鱸も美味いが、鰈も海老も美味い!」

 

 鱸よりも儚くハラハラと口の中で砕ける鰈、大葉で巻くという一手間をかけた芝海老はプリプリとした食感が実に良い。何よりも…

 

「ぷはぁ! チューハイともよく合う!」

 

 チューハイの喉越しが、口の中の油を奇麗に洗い流してくれる。これはたまらない!

 

「いかんな、常務。芋を食べずにこの料理を語るのは不完全というものだ」

「芋…おぉ、忘れておりました」

 

 専務の声にそう答えながら、芋の素揚げに手を伸ばす。しかし、芋は芋…

 

「うぉっ!?」

 

 次の瞬間、芋は芋などと侮っていた己の浅慮を恥じた。

 皮ごと揚げられたジャガイモは、しっかりした歯応えがあり、皮を噛み切った途端、火傷しそうなほど熱いホクホクの中身が飛び出してくるし、里芋の方はネットリとした食感が実に良い。両方ともタルタルソースとの相性が良いのが、また素晴らしい。

 

「いや、素晴らしかった。麟矢君、今日も美味い物を食わせてもらって感謝するよ」

「お粗末様でございます」

 

 私や社長達の賛辞に一礼して答える麟矢君。驕る事のないその姿勢、社長は素晴らしいご子息を持って羨ましい。うちの愚息達に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ!

 

「それでは、評決を取ろうと思う」

 

 社長の一言で、その場の空気が変わり…ふぃっしゅあんどちっぷすを東雲亭の新たな料理として採用するか否かの評決が行われる。その結果は…満場一致で採用だった。

 

 

麟矢視点

 

「麟矢、このフィッシュアンドチップス、凄く美味しいわ」

「ありがとうございます、母上」

 

 東雲商会での試食会を無事に終えた俺は、父…父さんと共に家へと戻り、帰りを待っていた母さんや執事の後峠さん、女中の皆さんへフィッシュ・アンド・チップスを振舞った。こちらの反応も上々で、嬉しいものだ。

 

「麟矢」

 

 その時声をかけてきたのは、お茶漬けで軽めの夕食を済ませた父さんだ。

 

「話したいことがある。30分後、私の書斎に来なさい」

「はい…」

 

 話したいことか…随分と真剣な顔をしていたし、()()()()()だな。

 

 

「父上、麟矢です」

「入りなさい」

 

 30分後、父さんの書斎前にやってきた俺は許可を得てから入室し―

 

「座りなさい」

 

 先にソファーへ座っていた父さんの向かい側へ着席する。

 

「話というのは他でもない…お前の、()()()()()()だ」

「将来…ですか」

「うむ、単刀直入に聞くが…麟矢、お前は今…好いた女子(おなご)はいるか?」

 

 あぁ…将来についてって()()()()()()

 

「いえ、特にはおりませんが…」

「そうか、だったら話は早い。実はな…麟矢、お前には許婚がいるんだ」

「許婚ですか。まぁ、先程の質問からして、予想は出来ましたが…それで、何処のお嬢さんなんでしょうか? ぼ、私の許婚とは」

「うむ、私の()()()()のお嬢さんでな。友人とはかれこれ…18年程の付き合いになる」

 

 18年か…父さんが今年で35歳*6だから、成人前からの付き合いって事だな。

 

「ここにお嬢さんの写真があるから見てみなさい。()()()()()()()()()()()()だぞ」

「はい」

 

 そんなことを考えながら、俺は父さんから許婚のお嬢さんが写っているという写真を受け取り…

 

「え……」

 

 写っている相手を確認した瞬間、言葉を失った。

 おかっぱにした白い髪と髪飾りに使われている赤い丸組紐*7、着ている着物の柄、そしてこの顔立ち。間違いない…

 

「産屋敷ひなき嬢。今年6歳になる」

「えぇ、本当に…可愛らしい、利発そうなお嬢さんですね…」

 

 この世界、『鬼滅の刃』の世界だ…。()()()()()()()()()()()ワンチャン『るろうに剣心』の世界かなぁ? なんて思っていたけど…少しばかり予想外だ。

 俺はそんなことを考えながらも表面上は平静を保ち、父さんの話を聞き続けるのだった…。 

*1
約31m

*2
一般的に1859年アメリカで始まったと言われている

*3
内訳…東雲亭40店舗、レストラン東雲4店舗、ビストロド東雲17店舗、パティスリー東雲8店舗、東雲軒22店舗、カレーの東雲9店舗、その他7店舗

*4
現代の貨幣価値に換算して、約200万円

*5
本来の歴史では、日本におけるマヨネーズの元祖は1925年にキューピーが販売した『キューピーマヨネーズ』である

*6
19歳で結婚したという設定

*7
着物を着る際、帯締めなどに使う組紐の一種




最後までお読みいただきありがとうございました。

次回、麟矢見合いへ行く。


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弐之巻 -お見合い当日-

お待たせいたしました。

今回、麟矢が産屋敷邸を訪問して、ヒロインと顔を合わせます。
お楽しみいただければ幸いです。

なお、お見合いの描写は多分に想像が入っているため、実際のものとは大きく異なりますことをご容赦ください。


麟矢視点

 

 俺、東雲麟矢を一言で表現するなら、()()()というやつだ。

 前世は男子大学生。箱根駅伝の常連として有名な某大学で経営学を学び、卒業後は保険会社への就職も決まっていた。

 だが、卒業式の翌日不慮の事故に遭い…気が付くと、何も無い空間に立っていて―

 

「この度は部下の不手際によって、大変なご迷惑をおかけしました!」

「申し訳ありませんでした!」

 

 スーツを着た年配の男性と若い男性が2人揃って俺に土下座していた。そして始まる年配の男性による状況説明。

 それによると2人は死神で、上司と部下の関係。部下である若い男性(死神)は今日、俺が住んでる町を担当していたのだが…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()為、同音異字*1の名前である俺を交通事故に遭わせてしまったそうだ。

 事故の直後別人である事に気付いたが後の祭り。死体は損傷が激しく蘇生も不可能という事で…

 

「お詫びにもなりませんが、貴方を前世の記憶や知識を持ったままの状態で転生させていただきます」

「それから些少ではありますが、転生特典も付与させていただきます」

 

 俺は東雲家の長男、麟矢として2度目の人生を歩むこととなった。

 転生先が明治時代末期の日本で、令和に比べて刺激が少ないのが難点だけど、両親は美男美女だし、富豪の家に生まれたから生活は裕福そのもの。

 前世の記憶が残っているから、勉強だってイージーモードの一言だ。まぁ、うっかり()()()()()()()()()為に、周囲から神童だの麒麟児だのと呼ばれるようになったのは、失敗だった。

 とにかく、今は前世の知識を活かして東雲商会(父の会社)を大きくする事が一番の楽しみ。だったんだけど…まさか、この世界が『鬼滅の刃』の世界だったとは…

 

「というわけでな。私は事ある毎に父親を早くに亡くした耀哉(かがや)の悩みを聞いていたわけだ」

 

 おっと、考え事をしている間に父さんの話が一段落つきそうだ。

 

「なるほど…そうやっている内に、お互いの子どもを結婚させようという話になった訳ですね?」

「うむ。6年前、耀哉とあまねさんの間に5つ子が産まれ…そのお祝いを持参した際に、そういう話になった」

 

 父さんの話に頷きつつ、これまでに得た情報を頭の中で整理していく。

 

 1つ…18年前、父さんとお祖父さんは夜会からの帰り道に、人食いの化け物『鬼』に襲われた。幸運にも当時の鬼殺隊が救援に駆け付けた為、お祖父さんが右足に重傷を負ったものの、2人とも命は助かった。

 2つ…足に重傷を負った影響でお祖父さんは杖が手放せない体となり、父さんが当初の予定を前倒しする形で東雲家当主となる。同時に、母さんとの結婚も予定より早くなった。

 3つ…父さんが東雲家当主になると同時に、東雲家は鬼殺隊への援助を開始。それとは別に、父さんは鬼殺隊当主である産屋敷耀哉(うぶやしきかがや)氏と個人的な親交を結ぶ。

 4つ…6年前、産屋敷耀哉氏に5人の子どもが産まれ…長女であるひなき嬢と俺が許婚となる事が決まった。

 5つ…今度の週末、産屋敷邸にて俺とひなき嬢がお見合いを行う事となっている。なお、実際に籍を入れるのは、ひなき嬢が16歳になってからであり、今回の見合いはあくまでも両者の顔合わせが目的らしい。

 

 とりあえず重要なのはこの5点だな。

 

「それにしても麟矢…鬼だ、鬼殺隊だなどと話した訳だが…嘘だと思わないのか?」

「そうですね…父上は基本噓をつかない方ですし、何らかの事情で噓を吐くにしても、もう少し現実的な嘘を吐くと思います。そう考えると…事実と考えた方が辻褄が合う。そう判断しました」

「そうか…本当に聡明な子だよ。お前は」

 

 そう言って静かに笑う父さんに俺は頭を下げ、部屋を後にする。さて、当日までに色々と準備をしないとな。

 

 

 時間はあっという間に流れ、お見合い当日。スーツに身を包んだ俺は父さんと主に馬車に乗り込み産屋敷邸へと出発したわけだが…30分ほど馬車に揺られ、降りた場所は見渡す限り畑、畑、畑。

 

「父上、ここはどう見ても畑ですよね?」

 

 原作を知っている身としては、何故こんな場所で止まったのか、その理由を理解している。だが、今は何も知らない体を装わないとな。

 

「あぁ、間もなく迎えが来る手筈に…来たようだ」

 

 父さんの声と指差す方を見てみれば、この時代ではすっかり珍しくなった駕籠*2が2挺こちらへ近づいてきていた。

 駕籠を担いでいるのは、黒子のような装束を身に纏った4人の男性。『(かくし)』の皆さんだな。

 

「東雲辰郎様、麟矢様でいらっしゃいますね。主、産屋敷耀哉の命により、お迎えに参上いたしました」

「うむ、苦労をかけるがよろしく頼む」

 

 そう言って、駕籠の1挺に乗り込む父さん。俺も一礼しながらもう1挺に乗り込み、渡された目隠しと耳栓をしっかりと装着。

 途中担ぎ手の交代を挟みつつ。2時間ほど駕籠に揺られ…遂に産屋敷邸に到着した。

 

 

「おぉ…」

 

 産屋敷邸の圧倒的な佇まいに、思わず声が漏れる。原作漫画やアニメでその大きさはわかっていたつもりだったが、こうして実物を見ると…改めてその凄さに圧倒されるな。

 

「産屋敷家は平安時代から続く、公家の末裔でな。政府や公安機関に対しても一定の権限を持っている」

「それは、凄いですね」

 

 父さんとそんな事を話しながら門を潜り、入り口へ向かうと―

 

「お待ちしておりました、辰郎様。お久しぶりでございます。先日の子ども達の誕生日には、過分なお祝いを頂き、厚く御礼申し上げます」

「いやいや、あまねさんもお元気そうで何よりだ」

 

 和服姿の美女(産屋敷あまねさん)が俺達を迎えてくれた。うん、目が覚めるような美しさとはまさにこの事だな。

 

「麟矢様。産屋敷耀哉の妻、あまねと申します。本来ならば、産屋敷自身がお出迎えしなければならないのですが、病の為妻の私が代理を務めさせていただきます。無礼の段、平にご容赦ください」

「いえ、父より粗方の事情は聞かされております。どうか、お気になさらず」

 

 あまねさんとそんな挨拶を交わし、いざ屋敷の中へ。埃の1つも落ちていないほど掃除の行き届いた邸内を進み―

 

「東雲達郎様、麟矢様をお連れしました」

 

 俺と父さんは、産屋敷耀哉さん…いや、産屋敷耀哉様と対面した。

 

 

「辰郎さん、暫くです。そして麟矢君、はじめまして。私が産屋敷家97代当主の耀哉だ。このような体なもので、出迎えにも出られなかった事、どうか許してくれたまえ」

「いえ、先程奥様にも申しましたが、父より粗方の事情は聞かされております。どうか、お気になさらず」

「ありがとう。辰郎さんに聞かされていた通り、聡明な子だね」 

「恐縮です」

 

 耀哉様とそんな会話を交わしながら、今日の()()()()()()()を待っていると―

 

「お待たせしました」

 

 あまねさんの声と共に障子が開き、もう1人の主役が姿を現した。

 

「来たね、ひなき。さぁ、辰郎さんと麟矢君に挨拶を」

「はい、お父様」

 

 耀哉さんにそう促されたひなきちゃんは、その場で正座し―

 

「辰郎おじ様、お久しぶりでございます。麟矢様、お初にお目にかかります。産屋敷耀哉の長女、ひなきと申します」

 

 実に美しい所作で挨拶をしてくれた。

 

「ひなきちゃん、大きくなったねぇ。最後に会ったのは…」

「ひなきが5歳になる少し前だから、もう1年以上前になるね」

 

 大人達(父さんと耀哉様)がそんな会話を交わす間に、静かに座卓へと移動し、耀哉様の横、俺達の向かいに座るひなきちゃん。

 それにしても…うん、美少女だ。わかっていたことだけど、こうやって間近で見て再認識したよ。

 あと10年、いや8年もしたら通り過ぎた誰もが振り向くような美人に成長するだろう。そんな事を考えながら当たり障りのない会話をしていると…

 

「さて、そろそろお邪魔虫は退散するとするかな」

「あとは若い2人で。という奴だな」

 

 いきなり父さんと耀哉様がそんな事を言ったかと思うと、隣の部屋で控えていたあまねさんが入室。耀哉様が立ち上がるのを介助し、父さんと3人でそのまま部屋を出て行ってしまった。 

 

「え…これって…」

 

 思わぬ形で2人っきりとなり、俺とひなきちゃんは互いを見つめあう。あとは若い2人でと言われても…ねぇ?

 だが、このままだんまりという訳にもいくまい。ここは男の俺が率先して動かなければ!

 

「えーと、ひなきさん」

「はい?」

「甘い物はお好きですか?」

「…大好き、です」

「それは良かった。実は今日()()()を持ってきてまして…あまねさんに預けたので、取ってきます」

 

 そう言い残して席を立った俺は、2つ隣の部屋で談笑していた大人勢(父さん達)に声をかけた。

 

 

ひなき視点

 

「お待たせしました」

 

 席を立たれて数分…多分5分と経っていない内に麟矢様は戻ってこられました。その手にはお盆を持たれていて―

 

「あぁ、大丈夫ですよ。ひなきさんは座っていてください」

 

 お手伝いする為立ち上がろうとした私を手で制し、麟矢様が差し出してくださった洋食器の皿には、扇形に切られた見たことの無い洋菓子が乗っていました。これは…

 

「これはミルクレープという洋菓子です」

「ミルクレープ…」

「ミルは仏国(フランス)の言葉で千、クレープは同じく縮緬(ちりめん)を意味します。だから、ミルクレープは千枚の縮緬という意味ですね」

 

 初めて見る洋菓子(ミルクレープ)について、優しく説明してくださる麟矢様。なんでもパティスリー東雲(辰郎おじ様の経営する洋菓子店)で1週間後から販売される新製品との事。

 

「耀哉様やあまねさん、それから弟妹さん達の分は切り分けて渡していますから、遠慮なく食べてください」

「はい、頂戴いたします」 

 

 麟矢様に促され、私はミルクレープに洋菓子用の小ぶりなフォークを伸ばし、一口分だけ切り取るとゆっくりと口に運び―

 

「ッ!」

 

 その美味しさに声が出ないほど驚いてしまいました。

 

「美味しかったですか?」

 

 そして、気が付いたら皿の上のミルクレープが無くなっていた事にも…まさか、全部食べたことにも気付かないほど夢中になって…はしたないところを見られてしまいました。だけど…

 

「すごく、美味しかったです」

「それはよかった。もう一切れありますが…食べますか?」

「………はい」

 

 どうしてでしょう。なんだか胸のあたりがポカポカします。

 

 

耀哉視点

 

「うん、これは実に美味しいな。ねぇ、あまね」

「はい、洋菓子はあまり食べ慣れていませんが、これはどこか和を感じる味で食べやすいですね」

「麟矢が言うには、和三盆と黄粉を加えたクリームで和を感じる優しい味わいを演出した上で、刻んだ桜の塩漬けを混ぜ、味を締めているそうだ」

 

 麟矢君が切り分けてくれたミルクレープを食べながら、私は久しぶりに会う辰郎さん(友人)との他愛ない会話を楽しむ。こんな穏やかな時間は…本当に久しぶりだ。

 

「それにしても辰郎さん。彼、麟矢君は聞きしに勝る俊英のようだね」

「当然だ。あの子は文字通りの麒麟児。俺など足元にも及ばんほどの才能を秘めている…だから、必ずお前の大きな助けになる筈だ」

「本当に、良いのかい? 彼を…戦いに巻き込んでしまって」

「親として心配だという気持ちはもちろんある。だが、それ以上にあの子ならやってくれるという期待の方が強いな」

「これは…随分と親馬鹿になったものだね」

「かもしれんな」

 

 互いに笑いながらミルクレープ、その最後の一口を口へ運ぶ。この頃熱っぽくて食欲があまり湧かなかったが、完食出来た。

 そっと様子を見に行ったあまねが言うには、麟矢君とひなきも上手く打ち解けてきているようだ。

 ひなき(あの子)には、今回結ぶ縁は産屋敷の家だけでなくお前にとっても良いものとなる。そう言い聞かせていたが…予想以上に良いものとなりそうな気がするよ。勘だけどね。

*1
同じ音の語や字でありながら、別の文字であること。熟語では主席と首席、水星と彗星など。名前では東海林と庄司、伊藤と伊東などがある

*2
移動手段としての駕籠は、1872年頃には殆ど姿を消している




最後までお読みいただきありがとうございました。


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参之巻 -東雲麟矢の鬼殺隊改革その1-

お待たせいたしました。

今回より、麟矢が原作改編の為に動いていきます。

お楽しみいただければ幸いです。


麟矢視点

 

 産屋敷邸でのお見合いから3ヶ月が経ち、元号が明治から大正へと変わった。

 あれから俺は月に2、3回のペースで産屋敷邸を訪れては、ひなきちゃんと交流を重ねている。いや…()()()()()()()と言うのは、厳密には適切じゃないな。ひなきちゃんの弟妹である輝利哉(きりや)君、にちかちゃん、かなたちゃん、くいなちゃんとも親しくさせてもらっている。皆、俺を年の離れた兄のように慕ってくれて、実に喜ばしいことだ。

 

「……また5日後にそちらへお邪魔します。その時には約束していた絵本を持っていくので、楽しみにしていてください。5日後にお目にかかれますことを心待ちにいたしております。敬具っと…」

 

 軽く息を吐きながら、万年筆のキャップを閉め、便箋に書いた内容を確認する。

 耀哉様とあまねさん(ご両親)の教育の賜物か、ひなきちゃんは年に似合わぬ筆忠実(ふでまめ)で、3日に1度は手紙を送ってくれる。

 俺も律儀に返事を返していたら、すっかり筆忠実(ふでまめ)になってしまったよ。

 

「よし…」

 

 そんな事を考えながらも内容の確認を終えた俺は、便箋を綺麗に折って封筒に入れると、蝋で封を施す。

 

「麟矢様」

 

 ノックの音と共に、執事の後峠さんが声をかけてきたのはその時だ。

 

「どうぞ」

「失礼いたします。麟矢様、手配されていた物が届きましたので、お持ちしました」

「来ましたか!」

 

 入室した後峠さんが、そう言いながら差し出した桐箱を目にした途端、俺は勢いよく立ち上がり、桐箱を受けとるとすぐさま中身を確認する。

 

「Perfect」

 

 その出来映えに俺は思わずそう呟きながら、桐箱の蓋を閉める。5日後産屋敷邸へ向かう際に、耀哉様へ良い手土産が出来たよ。

 

 

 5日後。俺は朝食を済ませるとすぐに、東雲家が所有する馬の1頭を駆って家を出発した。

 前々回までは『隠』の皆さんが担ぐ駕籠に乗って向かっていたのだが、詳細な所在地を教えてもらった為、前回からは直行だ。

 それにしても…いくらひなきちゃん()の許婚とはいえ、鬼殺隊の正式な隊士でもない俺に詳細な所在地を教えて大丈夫なんだろうか?

 

 -麟矢君。君には、鬼殺隊について色々と教えておいたほうが良いと思うんだ。まぁ、勘なんだけどね-

 

 ……耀哉様が良いと仰っているから、気にしなくていいか。

 

 

 馬を駆ること暫く。産屋敷邸まであと1km程の地点までやってきたところで俺は馬を降り、待機していた『隠』の方に馬を預けると―

 

「お待ちしておりました。麟矢様」

「「「「「お待ちしておりました」」」」」

 

 徒歩で産屋敷邸へと向かい、あまねさんとひなきちゃん達の出迎えを受ける。

 

「産屋敷は座敷の方でお待ちいたしております」

「わかりました。それではひなきさん、輝利哉(きりや)くん、にちかちゃん、かなたちゃん、くいなちゃん。先に耀哉様とお話をしてきます。また後で」

「はい、お待ちしております」

 

 ひなきちゃん達5人に見送られ、俺はあまねさんの後に付いて座敷へと移動。

 

「やぁ、待っていたよ。麟矢君」

「お待たせいたしました。耀哉様におかれましても、御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます」

「うん、ありがとう」

 

 座敷で庭を見ながら待っていた耀哉様と挨拶を交わし、話し合いを始めていく。

 

「ここ数日、何となくだけど、体の調子が良いんだ。君があまねに教えてくれた知識のおかげかな」

「それは…お役に立てて何よりでございます」

 

 まぁ、話し合いと言っても、最初の方は穏やかなものだ。あまねさんが煎れてくれた緑茶を飲みながら、他愛もない会話…今日の場合は、先日耀哉様の体調を少しでも良くする為、先日あまねさんに教えた栄養豊富な食品について話していく。

 

「君が教えてくれた方法で作った玄米と小豆の粥。あれを3食食べているけど、あれは良いね。よく噛んでいると何とも言えない滋味を感じるよ」

「それは結構な事で。玄米は白米に比べて精製度が低い分、多くの栄養を含んでいますから、少量でもより多くの栄養を摂る事が出来ます」

「本当なら肉や魚をしっかり食べて頂きたいのですが…耀哉様の体への負担を考えると無理強いは出来ませんからね。玄米の他に卵や牛乳、乾酪(チーズ)木立花椰菜(ブロッコリー)*1、豆類などを積極的に摂っていただくのがよろしいかと、愚考いたします」

「参考にさせてもらうよ。さて…そろそろ()()()()()()()

 

 暫く雑談を楽しんだところで耀哉様がそう呟き、俺達は互いに思考を切り替える。ここからが本番だ。

 

「先日君が提案してくれた最終選抜の改革についてだが、次回より(つちのえ)もしくは(つちのと)の階級にある隊士若干名を、監視役兼護衛として派遣することが決定したよ」

「自ら棄権を表明した場合や監視役が続行不可能と判断した場合、受験者は監視役の保護下に入り、会場である藤襲山から直ちに下山。最終選抜は不合格となる」

「再受験は可能だが、その機会は2度まで。3度不合格となった時点で、鬼殺隊への入隊そのものを諦めるか、『隠』として働くかを選んでもらう」

「それから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という道も設けることにした。これは育手(そだて)が判断し、本人が承諾した場合に限るけどね」

「それは…御決断、感謝いたします!」

「一部から反対意見もあったが、人手不足の解消や適材適所を見極めるという理由で、納得してもらったよ」

 

 そう言って微笑む耀哉様。鬼殺隊と関わりを持たない俺に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが話し合いの本番にして真の目的だ。

 最終選抜については『このレベルの試練を突破出来なければ、鬼と戦う事などそもそも出来ない』という意見もあり、それを否定する気はないが…そもそもの話、鬼殺隊に入ろうと思う人間は―

 

 1つ…この大正の時代においても少数派である『鬼』の存在を信じている。

 2つ…『鬼』に恨みを抱いている。

 3つ…『鬼』への恨みを自ら晴らそう。抹殺しようと思っている。

 

 通常、この3つの条件全てを満たしている訳だが…そんな人間がどれだけいる?

 原作でも人材難と描かれていた鬼殺隊。前途有望な若者が()()()()()()()()()()()は、何としても改善しなくてはならない。それから、()()()()()()にも…。

 

「耀哉様。本日ですが…このような物を持参いたしました」

 

 そんな事を考えながら、俺は耀哉様に持参した桐箱を差し出し、その中身を披露した。

 

 

耀哉視点

 

 麟矢君の差し出した桐箱に顔を近づけ、かろうじて見えている右目でその中身を確認する。

 

「これは…弓、かな? 随分変わった形をしているようだけど…」

 

 そこにあったのは一張(いっちょう)の弓。だが、その形は私の知る和弓とは随分と異なっている。

 和弓で言うところの末弭(うらはず)本弭(もとはず)*2の部分にあるのは…滑車?

 

「これはコンパウンドボウ。日本語に訳するならば、化合弓とでも言えばよろしいでしょうか」

「化合弓、コンパウンドボウ…西洋にはこのような弓があるのかい?」

「はい、アメリカの方で熊や大型の鹿を狩る為に開発されたものです。弦の引き初めこそ和弓より強い力を必要としますが、ある程度引いてしまえば滑車の働きによって弱い力で引き絞ることが出来ます」

「これによって力みが少なく済み、矢を持つ指先のブレが減少。それによって射程と命中精度が高められます」

「また矢を放つ際、効率的に力を乗せる事が出来るため、金属製の矢を使うことと相まって、一射で大鹿を仕留めることすら可能。と言われています」

 

 麟矢君の説明を受けながら、私は目の前のコンパウンドボウを見つめる。たしかに、弓としては破格の威力を持つのだろう。それに対しては何の疑いもない。だが、鬼に対して有効かどうかは…

 

「もちろん、私もコンパウンドボウ(これ)単体で、鬼に有効打を与えられる等とは思っておりません」

「ッ!」

 

 私の心に生じた疑問。まるでそれを読んでいたかのような麟矢君の言葉に、思わず息を飲む。そこまで考えていたとは…

 

「正直な話、コンパウンドボウが弓として破格の威力を誇ると言っても銃には劣ります。しかしながら、弓には銃には無い利点が()()()()()()

「1つ、銃に比べて発生する音が小さく、隠密性に優れている。2つ、相応の技量を必要としますが、銃には出来ない曲射が出来る。3つ、矢に()()()()()()()()()()()()()()()()

「仕込む物ですが…例えば()()、例えば…()

 

 ここまで聞いて、私は麟矢君がコンパウンドボウを私に見せた真の理由を察した。

 

「麟矢君、君は…()()()()()()()()()()()。そう言いたいんだね?」

「ご明察の通りです。鬼への先制攻撃として、爆薬や毒を仕込んだ矢を撃ち込んで弱らせてから日輪刀で頚を斬る。隊士の犠牲を食い止めるには、ある程度有効だと愚考いたします」

「うん、検討の価値は十分にあるね。次回の柱合会議の議案にさせてもらうよ」

「よろしくお願いいたします」

 

 こうして、今日の話し合いは無事終了。退席し、ひなき達の元へ向かう麟矢君を見送りながら―

 

「柱の皆と麟矢君を会わせるのを、前倒ししても良いかもしれないね」

 

 私はそんな事を呟くのだった。

 

 

麟矢視点

 

「うん、現時点では最良の展開と言って良いだろうな」

 

 耀哉様との話し合いを終え、ひなきちゃん達の元へ向かいながら、俺は小さくそう呟く。

 父さんに無理を言って、市場に出回り始めたばかりのジュラルミン*3を取り寄せたり、本来の歴史を前倒ししてコンパウンドボウを開発した*4のは、鬼殺隊側の犠牲を少しでも少なくする為だ。

 特に柱の殉職と産屋敷家の自爆だけは何としても阻止しなくてはならない。耀哉様の自爆…物語として観れば、鬼舞辻無惨との最終決戦。その幕を開ける為にどうしても必要だったのだろうが…今、この世界で生きている人間の立場から言えば、ふざけるなの一言だ。

 犠牲を最小限に食い止めつつ、鬼舞辻無惨との戦いに勝利する…物語の体裁を無茶苦茶にする行為だろうが、文句は現世の記憶と知識を持たせたまま、俺をこの世界に転生させる羽目になるほどのポカをやらかした死神に言ってくれ。 

 

「お待たせしました。さあ、楽しい時間の始まりですよ」

 

 ここで俺は思考を一気に切り替え、ひなきさん達の待つ部屋へ入っていく。

 うん、俺の力が及ぶ限り、この子達の笑顔を守らなくてはな。

 

 

ひなき視点

 

「はい、これが約束の絵本です」

 

 そう言って、麟矢様が鞄から取り出された1冊の絵本に集中する私達5人の視線。

 麟矢様が手作りされた世界に1冊だけの特別な絵本。10日前に頂いた第1号『14ひきのあさごはん』に続く第2号は…

 

「『ぐりとぐら』、どんなお話なのですか?」

「はい、双子の野ねずみ、ぐりとぐらが出てくるお話です。さあ、始まりますよ」

「「「「「はい!」」」」」

 

 返事と共に、私達は横一列に並んで座りー

 

「野ねずみのぐりとぐらは、大きな籠を持ってー」

 

 麟矢様の読み語りに、暫し耳を傾けます。

 

 

「さぁ、この殻で、ぐりとぐらは何を作ったと思いますか?」

 

 絵本の一文として書かれた問いかけ。そこから暫しの間を置いて見せられた一枚絵に、私達は大いに驚き…そして精一杯の拍手を送りました。

 なんて素敵なお話なんでしょう!

 

「いかがでしたか?」

「はい、とても面白かったです。それに…」

「それに?」

「大きな卵で作るカステラが…美味しそうでした」

 

 麟矢様の問いに照れながらそう答えると、同感だと一斉に首を縦に振る輝利哉達。

 すると、それを見た麟矢様は…

 

「たしかに、あのカステラはロマンですよね………食べてみますか?」

 

 予想もしない提案をしてくださいました。

 

「こんな事もあろうかと、()()()()()()()()()()()()()()()()()。台所を使う許可をあまねさんから頂ければ、作ることは出来ますよ」

 

 笑顔でそう言ってくださる麟矢様。私達の答えは決まっていました。

 

 

 その後、母上から許可を得た麟矢様が、私達の見ている前で作ってくださったカステラは…甘く、フンワリとしていて…とても美味しかったです。

 だけど、お手伝いを名乗り出た時に、着ている着物が汚れてしまうから…と断られてしまったのは、不覚でした。

 次の機会までに、割烹着を用意していただくよう、母上にお願いしなくては………。

*1
ブロッコリーは明治時代初期に海外から渡来している。ただし、当初は観賞植物扱いだった

*2
和弓では弓幹(ゆがら)と呼ばれる弓の本体。その上下にある弦を掛ける部分の事。末弭が上側で本弭が下側。本弭は下弭(しもはず)とも言う(

*3
1906年9月にドイツで開発され、1909年から一般販売されている

*4
本来の歴史では、1966年アメリカのミズーリ州で開発され、1969年に特許が認められている




最後までお読みいただきありがとうございました。




※大正コソコソ噂話※

麟矢の前世であった大学生は、月に2回街の図書館で行われている乳幼児向けの絵本読み聞かせ会に、ボランティアで参加していました。
手先が器用で、工作なども得意だった為、読み聞かせ会に参加した子ども達からも慕われていたようです。

ちなみに、転生前から得意だった料理やイラストの腕前は、転生してから更に上昇し、今では玄人はだしになりました。
これが所謂転生特典なのかは…まだ不明です。


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肆之巻 -東雲麟矢の鬼殺隊改革その2-

お待たせいたしました。

今回、あの柱が登場します。

お楽しみいただければ幸いです。



麟矢視点

 

 耀哉様にコンパウンドボウを見せてから10日程が経った1912年(大正元年)9月のある日。

 

「ん?」

 

 自室で東雲商会(父の会社)の次なる戦略について意見書を書いていると突然、何かが窓を叩く音が聞こえてきた。不思議に思い、視線を窓へ送ると…

 

「これはこれは」

 

 そこに居たのは足に青い紐が結ばれた1羽の鴉。器用にその場へ滞空しつつ、嘴で窓ガラスを突いている。

 

「いらっしゃい、モーリアン」

 

 俺はすぐさま窓を開け、モーリアンと呼んだ鴉を室内へ招き入れる。

 そう、この鴉はただの鴉じゃない。鬼殺隊の隊士1人1人につけられ、本部からの通達を伝える伝令係を務めている鎹鴉の1羽であり、耀哉様から賜った俺担当の鎹鴉(かすがいがらす)だ。

 ちなみに性別は雌で、ケルト神話に登場する戦女神の一柱から、モーリアン*1と名付けている。

 

「カァァァ、オ館様カラノ手紙、持ッテキマシタ。カァァァ」

「ありがとう」

 

 背中へ背負う形で結びつけられた風呂敷包みを見せながら、来訪の目的を告げるモーリアンに俺は一言お礼を伝え、風呂敷包みを解き、中に入っていた手紙に目を通していく。

 

「なるほど…あまねさんの代筆か」

 

 手紙にはまず、時候の挨拶*2、それから耀哉様の代筆として自分がこの手紙を書いている事への詫びと、了承を求める一文が書かれ…それから本題が書かれていた。本題の内容は―

 

「モーリアン。耀哉様に手紙の件、確かに了解いたしました。手紙に書かれている日時で問題ありません。と伝えてくれるかな?」

「カァァァ、ワカリマシタ。必ズオ館様ニオ伝エシマス。カァァァ」

「お願いしますね。あ、あと帰る前に何かお腹に入れていってください。食べたい物ありますか?」

「カァァァ、マヨネエズヲ所望シマス。カァァァ」

「了解。少し待っててください」

 

 モーリアンの返答に苦笑しつつ、俺は台所にマヨネーズを取りに行く。鴉って本当にマヨネーズが好きだよね。

 

 

 それから3日後。俺は朝から馬を駆り、手紙に書かれていた住所へと向かった。

 そうそう、耀哉様からの手紙には―

 

 -先日のこんぱうんどぼうや弓隊編成の件について、隊士の中で()()()()()()()()()()()()()()へ話したところ、一度会ってみたいと言っていた-

 -今は任務を終えて自宅で休養を取っているから、一度会ってみてほしい-

 

 とあった。そう言った事に最も詳しくて、自宅を持っている隊士。そんな条件に該当するのは、俺の知る限り1人しかいない。 

 

「ここか…」

 

 手紙に記された住所に建てられていたのは、産屋敷邸には劣るもののかなりの豪邸。

 俺は馬を降り、手土産を収めた風呂敷包みを片手に、門を潜ると―

 

「ごめんくださいませ! 宇髄天元(うずいてんげん)様は御在宅でしょうか?」

 

 そう声を発した。

 

 

天元視点

 

「ごめんくださいませ! 宇髄天元様は御在宅でしょうか?」

 

 自慢の嫁3人が作った朝餉を食べ終え、少し経った頃、聞こえてきた若い男の声。

 

「約束の時間5分前か。キッチリした奴だ」

 

 応対に出た須磨(すま)の背中を見ながら、静かに呟く。お館様が俊才と絶賛していたが…どれ程のものか、見極めさせてもらおう。

 

 

「音柱、宇髄天元様。本日は休養中にも拘らず、面会の時間を設けていただき、ありがとうございます」

 

 座敷の上座に座る俺に対し、そう言って頭を下げる男。上背は5尺5寸*3ってところ、年の割にはデカイな*4

 顔立ちも俺程ではないが整っている。上の中に近い上の下ってところか。

 

「私―」

「東雲麟矢、15歳。父親は飲食店経営でここ数年急成長を遂げている東雲商会の社長、辰郎、35歳。母親は琥珀、33歳。訂正はあるか?」

「いえ、合っております」

「色々と逸話を持っているようだな。()()()()()()()()()()。だの、同じく4歳でシェイクスピアのベニスの商人、それも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だの、7歳で()()()()()()()()()()()()()()()()()()*5だの…正直、眉唾物なんだが…」

「残念ながら、全て事実です。論語とベニスの商人に関しては、父の書斎にあった物を読んでおりましたし、高等学校の試験については、父の友人が()()()()()数年前の試験問題を受けさせてくれました」

「…そりゃ、大したもんだ」

「恐縮です」

 

 半ば呆れたような俺の呟きに、そう返してくる東雲麟矢。ずば抜けて頭が良いと言うのは…間違いないようだ。

 

「こう見えても俺は―」

「元忍、でいらっしゃいますね? 宇髄天元様、10月31日生まれの御年20歳。身長6尺5寸3間*6、体重25貫333匁*7。趣味は3人の奥様との温泉巡りと秘湯探し。好きな物はふぐ刺し。奥様の名前は、雛鶴(ひなつる)さん、まきをさん、須磨さん。訂正はありますか?」

「………いや、ない」

 

 辛うじて声を絞り出した俺だが、内心穏やかじゃいられない。こいつ、俺達について()()()()調()()()()()()()…だと!?

 

「宇髄様には、釈迦に説法でしょうが…如何なる場合においても情報収集能力というものは大切です」

「元忍の宇髄様も、情報収集能力には相応の自信をお持ちだと思いますが…商人には商人の情報網というものがございます。甘く見ると…思わぬ竹箆返(しっぺがえ)しを受ける事になりますので、ご注意ください」

 

 そう言って笑顔を見せる東雲麟矢。俺はそれまで抱いていた『頭が良いが荒事は苦手そうな坊々(ぼんぼん)』という評価を『凄まじく頭が切れる。敵に回すと危険な男』というものに切り替える。

 考えてみれば、ただ勉強が出来るだけの男を、お館様がひなき様の許婚にする訳がない。こいつは…なかなか面白い付き合いが出来そうだ。

 

 

麟矢視点

 

 俺を見る宇髄様の目が変わった事を察し、俺は内心『作戦通り』と呟く。

 俺の事をどう聞いているかはわからないが、耀哉様がどんなに良く評価していたとしても、自分の目で見て最終的な評価を下そうとする。

 そう考えて幾つかパターンを想定していたのが功を奏したわけだ。

 

「宇髄様、順序が逆になってしまいましたが…こちらをお納め下さい」

 

 ここからは好感度を上げていくとしよう。俺は風呂敷包みを宇髄様の前に差し出し、包みを解いていく。

 

「こいつは…」

 

 包みの中身は、2本の一升瓶と2つの木箱。どれも知る人ぞ知る逸品だ。

 

「こちらの2本は、灘の生一本(きいっぽん)*8。それも生酒*9でございます」

「灘の……生酒…」

 

 ゴクリと唾を飲み込む宇髄様だが、それも無理はない。日本一の酒処である灘の酒。それも、生一本(きいっぽん)で生酒ときた。

 冷蔵技術や輸送技術が凄まじく発展していた令和の時代ならまだしも、今は大正時代。現地に行かなければ、まず口に出来ない幻の逸品が目の前にあるのだ。目を奪われて当然だろう。

 

「それから木箱の中身ですが…こちらは長崎産のカラスミ。こちらは、石川産()()()()()()()()()*10でございます」

「河豚の卵巣の糠漬けだとっ! 珍品中の珍品じゃねぇかっ!」

 

 続けて見せた木箱の中身。特に河豚の卵巣の糠漬けへ反応を示す宇髄様。流石は派手好き、知っていたか。

 

「つまらない物ですが、お近づきの印です」

「いやいやいや、こいつはまた結構な物を! おーい! 雛鶴! まきを! 須磨! 酒だ! 酒盛りの準備をしてくれ!」

 

 満面の笑みを浮かべ、酒盛りの準備を3人の奥さんに告げる宇髄様。まだ、午前中なんだけど…

 

「おい、東雲。お前、()()()()()?」

「…年の割には」

「よし、お前も飲め! 固めの盃って奴だ!*11

 

 ………まぁ、良いか。

 

 

天元視点

 

 薄皮を剥いてから薄切りにしたカラスミを、これまた薄切りにした大根で挟んだもの。

 箸で摘まんだそれを一口噛り、カラスミのほどよい塩気と深い旨味が口の中に広がったところで、ぐい飲みに注いだ生酒を一口。

 

「ふぅ…」

 

 今度は、薄切りにした河豚の卵巣の糠漬けを少量箸で摘まみ、口へと運ぶ。直後感じる強烈な塩気、そして濃厚な旨味を堪能し、生酒で洗い流す。

 

「くぁぁぁ、たまんねぇな! 控えめに言って最高だ!」

「それは何よりです」

 

 生酒と珍味を堪能する俺にそう返し、盃の酒をゆっくりと飲んでいく東雲。酒の飲み方はまだまだ地味みたいだな!

 

「ところで宇髄様。例の件なのですが…」

「ん? あぁ、わかってるわかってる。酒に飲まれて忘れるような馬鹿はしねぇよ」

 

 真面目な顔の東雲にそう返した俺は、ぐい飲みに残っていた酒を飲み干し…

 

「あのコンパウンドボウって弓、()()()()()()()()()()()()()和弓(わきゅう)とは勝手が違うから、最初こそ戸惑ったが…慣れてしまえば、威力も射程も和弓とは大違い。お前の言ったように爆薬や毒を併用すれば、少なくとも()()()()()()()()()()()()()()だろう。鬼殺隊の中に弓隊を作るという話、俺は賛成させてもらう」

 

 伝えるべき事を伝えた。

 

「ありがとうございます!」

「だが、問題がある。鬼殺隊は慢性的な人材不足。弓隊の人員を隊士から引っ張ってくるのはまず不可能だ」 

「その事ですが、『隠』の皆さんから参加者を募ろうと思っています。『隠』の皆さんは、()()()()こそありませんが、最終選抜を生き残る事が出来た方々ばかり。弓の才能に恵まれた方も探せば必ず見つかる筈です」

「なるほど、その辺りも考慮済みか」

 

 俺の挙げた懸念に対し、僅かな澱みもなく答える東雲。俺は静かに笑いながら、ぐい飲みへ生酒を注ぎ―

 

「雛鶴、まきを、須磨。お前達もしっかり飲んどけ。生酒なんてそうそう飲めるもんじゃねえぞ」

 

 嫁達にも生酒を進めていく。すぐに明るく返事を返し、生酒を堪能していく嫁達だったが…

 

「あ、忘れてました」

 

 東雲が急にそんな声を上げ、脱いで脇に置いていた背広。その懐から封筒を取り出した。

 

「奥様方にもお土産があったのをうっかり忘れていました。よろしかったら、お納めください」

 

 そんな言葉と共に差し出された封筒。代表して雛鶴が受け取り、了解を得た上で中身を確認すると―

 

「こ、これって!」

 

 俺も殆ど聞いたことない程上擦った雛鶴の声が響いた。

 

「パティスリー東雲の商品券1円分と、レストラン東雲の食事券4人分*12です。東京府内の店舗ならどこでも使えますので」

 

 平然とした顔でそう答える東雲に対し、興奮と喜びの入り混じった声を上げる嫁達。須磨に至っては―

 

「て、てて、天元様! 良い人です! 東雲さんは良い人です! ハッ!? 天元様が祭りの神なら、東雲さんは食事の神!?」

 

 訳のわからない事を口走って、まきをから一撃を食らっていた。

 東雲の奴、うっかり忘れていたとか言っていたが…実際はわざとだな。嫁達もすっかり心を許しているし…油断出来ない奴だぜ。

 俺はそんな事を考えながら、ぐい飲みの中身を一気に飲み干し…これから色々と起きるであろう派手な事に考えを巡らせるのだった。

*1
モーリアン(Morríghan)、もしくはモリガン(Mórrígan)。ケルト神話で語られる半神半人の英雄クー・フーリンの補佐を務めていた事で知られる

*2
挨拶状で最初に書く季節を表す言葉を用いた文章の事。拝啓の後ろに付く『○○の候』『暑中お見舞い申し上げます』など。

*3
約166.7cm

*4
明治43年当時、17歳男性の平均身長が160cm弱と言われている

*5
この高等学校は、旧制高等学校のことを指し、現在の大学教養課程を意味する

*6
約198cm

*7
約95kg

*8
米、米麹、および水を原料とし、一ヶ所の製造所だけで造られた純米酒のこと

*9
『火入れ』と呼ばれる60℃ほどの加熱処理を一度もしない酒のこと

*10
猛毒テトロドトキシンを含んだ河豚の卵巣を1年から1年半塩漬けにした後、米糠や唐辛子、魚醤に半年から1年漬け込む事で解毒。食用可能にした珍品中の珍品

*11
大正11年まで未成年者の飲酒は特に禁止されておらず、儀礼その他で飲酒する事は当たり前とされていた

*12
ディナーコース1円25銭×4人分




最後までお読みいただきありがとうございました。

次回はあの柱が登場予定!



※大正コソコソ噂話※

後日、雛鶴さん、まきをさん、須磨さんの3人は商品券片手にパティスリー東雲へ突撃。
様々な洋菓子を大人買いして、心行くまで堪能したそうです。
ただし…甘い物を食べ過ぎた結果、いつもより少しばかりハードな鍛錬を数日間行う羽目になったそうです(笑)


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伍之巻 -東雲麟矢の鬼殺隊改革その3-

お待たせいたしました。

前回に続き、今回も柱が登場します。

お楽しみいただければ幸いです。

また、伍之巻掲載に伴い、参之巻と肆之巻の火薬表記を爆薬に修正しております。


麟矢視点

 

 音柱・宇髄天元様との面会から数日が経ったある日。俺は朝から馬を駆り、耀哉様の仲介で面会の約束を取り付けたある方の自宅へと向かっていた。

 宇髄様同様、鬼殺隊の最高戦力である柱の地位に就いており、藤の花から抽出した毒を用いて鬼を滅ぼす異色の隊士。そう、()()だ。

 

「ここか…」

 

 目的地に到着した俺は、近くの立ち木に馬を繋ぐと手土産片手に門を潜り―

 

「ごめんくださいませ!」

 

 声を発して待つこと5秒。

 

「はーい!」

 

 緑色の帯を締め、三つ編みの先に蝶の飾りを付けた女の子がやってきた。この子はたしか…蝶屋敷3人娘の一人で、なほちゃんだったな。

 

「どちら様ですか?」

「私本日、蟲柱(むしばしら)胡蝶(こちょう)しのぶ様と面会のお約束を頂いていた東雲麟矢と申します。胡蝶様は御在宅でしょうか?」

「東雲様…少々お待ちください。しのぶさまに確認してきます!」

 

 ペコリと頭を下げ、屋敷の奥へと戻っていくなほちゃん。再び待つこと約1分。

 

「お待たせしました! しのぶさまは診察室の方でお待ちです」

「ありがとうございます。お邪魔させていただきますね」

 

 靴を脱ぎ、なほちゃんに案内されて屋敷を進み…

 

「こちらになります!」

「ありがとうございます」

 

 診察室の前へとやってきた。なほちゃんとはそこで別れ―

 

「失礼します!」

 

 俺は1人、診察室へと入室する。

 

 

「蟲柱、胡蝶しのぶ様。本日はお忙しい中、面会の時間を設けていただき、ありがとうございます」

「お待ちしておりました。東雲さん。つい先程まで急患の対応中だった為、御出迎えも出来ず、申し訳ありません」

「いえ、お仕事お疲れ様でございます。あ、これはつまらない物ですが…」

 

 互いに挨拶を交わしたところで、俺は椅子へ座…る前に、手土産として持参した風呂敷包みを解き、中身を胡蝶様へ差し出した。

 

「パティスリー東雲で販売している焼き菓子の詰め合わせ*1と、果醤(ジャム)*2になります」

「まぁ、これは高価な物を…ありがとうございます。手伝いの娘達と頂きますね」

 

 胡蝶様が手土産を受け取ってくださったところで、俺も着席。胡蝶様が直々に淹れてくださった緑茶片手に話を始めていく。

 

「お館様や宇髄さんから聞きました。鬼殺隊に弓隊を作ろうとされているとか?」

「はい。鬼の動きを鈍らせ、頸を刎ねる隙を作り出す事が出来れば、隊士の犠牲を少しでも食い止められると愚考しております」

「なるほど…」

「既に耀哉様と宇髄様からは賛同を頂いており、本日こちらへお邪魔しましたのも、胡蝶様から賛同を頂ければ…と考えての事です」

「………賛同するかどうかを判断する為、幾つか質問をさせてください」

 

 真剣な顔でそう問う胡蝶様に頷き、質問を待つ。さて、どんな事を聞かれるのか…

 

「まず1つめ。威力を上げる為、矢に爆薬や毒を仕込むと聞いていますが、(やじり)に仕込める程度の量では、大した威力にならないと思いますが…」

「それに関してですが、鏃だけでなく()*3を筒状にして、その中にも爆薬を仕込むようにしています」

「それなら、威力の心配は無さそうですね…では、2つめです。仕込む毒ですが、やはり()()()を?」

「いえいえ、胡蝶様の専売特許である藤の毒を使うなど、恐れ多いことです」

「……それでは、何の毒を?」 

 

 暗に()()()()使()()()()ことを示している俺に、疑問の表情を浮かべる胡蝶様。まぁ、その反応は当然だな。

 

「藤の毒ほど、鬼に効果があるかはわかりませんが…自然界には、()()()()()()()()()()()()()はゴロゴロしています。その中から何種類かを選んで、混ぜ合わせてみようかと」

「…参考までに、どのような毒を使う予定か伺っても?」

「そうですね…植物由来の毒なら、鳥兜(トリカブト)*4毒空木(ドクウツギ)*5あたり、毒虫なら豆斑猫(マメハンミョウ)土斑猫(ツチハンミョウ)*6が有力候補ですね」

「毒性という点では、唐胡麻(トウゴマ)*7や河豚*8なども捨て難いのですが、()()()という点で少々問題がありますからね」

 

 前世で得ていた知識などを総動員して、藤の毒に代わる毒を幾つか挙げていったが…あれ? 胡蝶様、なんで()()()()()()()()()()()()()

 

 

しのぶ視点

 

「そうですね…植物由来の毒なら、鳥兜、毒空木、毒虫なら豆斑猫や土斑猫が有力候補ですね」

「毒性という点では、唐胡麻や河豚なども捨て難いのですが、()()()という点で少々問題がありますからね」

「………」

 

 爽やかな笑顔を浮かべたまま、極めて物騒なことを口にする東雲さんに、私は自分の顔が強張っていくのを感じていました。

 先日、お館様から東雲さんの話を伺った際、同席していた宇髄さんが―

 

 ―実際に会い、話をしてわかった。あいつは凄まじく頭が切れる。出来る事なら敵に回したくないくらいに…な―

 

 そう仰っていましたが、まったくその通りです。この人は絶対に敵に回してはいけない。

 

「あの、胡蝶様?」

「あぁ、失礼しました。そこまでしっかりと考えられているなら、私に否やはありません。弓隊の件…私も賛同させていただきますね」

「ありがとうございます!」

 

 強張っていた表情を笑顔に変え、賛同の意思を告げると深々と頭を下げる東雲さん。良いお付き合いが出来るように頑張らなくてはいけませんね。

 

「賛同して頂けたお礼…という訳ではありませんが、胡蝶様に1つ()()()()()()を」

 

 東雲さんがそんな事を口にしたのは、その直後でした。耳寄りな話…一体何なのでしょう?

 

「胡蝶様は小柄で腕の力が弱い為、鬼の頸を刎ねる事が出来ず…それ故に突き技に特化した型と藤の花の毒を合わせた独自の戦法を用いられていると、耀哉様より伺いました」

「はい、私は柱の中で唯一鬼の頚が斬れません。ですが、それが何か?」

「あぁ、その事をどうこう言う訳ではありません。耀哉様も己が体格の不利を熟知し、努力を重ねられている胡蝶様を高く評価されていますし、私も同感です。ですが……胡蝶様でも()()()()()()()()()()()()と言ったら、どう思われますか?」

「………」

 

 東雲さんの言葉に、私は何も答えることが出来ず…黙り込んでしまいました。どんなに鍛えても、私の腕力では鬼の頸を刎ねられるほどの斬撃の重さが出せなかった。

 だからこそ、私は強みであった突きを徹底的に鍛え上げてきた。だけど、そんな私でも鬼の頸を刎ねられる?

 そう、これはまさに悪魔の囁き。迂闊に首を縦に振れば、きっと後悔する。だけど…

 

「お聞かせ、願えますか?」

 

 私はそう呟いてしまいました。

 

 

麟矢視点

 

 胡蝶様の返答を聞いた俺は、一言断りを入れた上で庭へと移動。脱いだ背広を縁側に置き、ネクタイを緩め、木刀片手に打ち込み台の前に立つ。そして―

 

「素人ですので、動きの拙さに関してはご容赦を」

 

 そんな事を言いながら、構えを取り…動き出した。

 

「………」

 

 俺の動きを無言で見つめ続ける胡蝶様。俺が木刀をどのように振るうかを注視しているんだろうが…生憎、()()()使()()()()

 

「せぃっ!」

 

 直後、俺が見せたのは空中回転回し蹴り。アクロバットのパフォーマンス等では、540度キック(ファイブフォーティー)等とも呼ばれている技だ。

 

「蹴り…脚を、使う?」

 

 俺の動きを見て、呆然と呟く胡蝶様。やっぱり、蹴り技は()()()()()()だったようだな。

 

「はい、脚を使います。一般的に脚の力は腕の力の3倍と言われていますが、胡蝶様の脚力ならそれ以上の力を出せるでしょう」

「そして欧州(ヨーロッパ)の方では、靴の爪先に小刀(ナイフ)を仕込んだ一種の暗器が存在しているそうです」

「ッ!」

 

 俺の言葉に驚愕の表情を浮かべる胡蝶様。うん、もう一押ししておこう。

 

「他にも遠心力を上乗せして威力を高める事が出来る長柄武器…薙刀などを使うという手もありますね。鬼の頸を刎ねる事が出来れば良いのですから、日輪刀…()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「………」

 

 俺の言葉を聞いた直後、黙り込む胡蝶様。ゆっくり10数えたところで―

 

「そう…です、ね。ありがとうございます。東雲さん。じっくり考えてみます」 

 

 そう言って何かを考え出した。うん、俺が今出来るのはこのくらいだな。

 

「しのぶさまー」

 

 と、そこへやってきたのは桃色の帯を締め、おかっぱ頭で耳の上辺りに蝶の飾りを付けた女の子がやってきた。たしか…きよちゃんだったな。

 

「しのぶ様、お昼ごはんの用意が出来ました」

「ありがとう、きよ。すぐに行きますね。あ、そうだ。東雲さんも良かったら、お昼ご飯を食べていかれてください」

「それはありがたいお話ですが、よろしいのですか?」

「はい、アオイはいつもお替り用に多めに作っていますから。きよ、1人分追加とアオイに伝えてください」

「わかりました!」

 

 胡蝶様の言葉に元気よく答え、胡蝶様と俺に頭を下げて戻っていくきよちゃん。さて、お昼ご飯をいただくとしますか。

 

 

しのぶ視点

 

 昼食を終え、東雲さんが帰宅した後、私はいつも通り負傷した隊士の治療に勤しみ…無事に今日の予定を済ませる事が出来ました。

 

「………」

 

 使った薬の補充を終え、ふと手持ち無沙汰になったところで…私は書き損じた紙と鉛筆を手に取り、頭の中に浮かんだ物を書き殴っていく。

 

「刃物を仕込んだ靴…爪先だけでなく、踵にもあった方が良いでしょうね。長柄武器…悲鳴嶼さんや宇髄さんの様に、鎖を付けるというのも、戦い方に変化を付けられて良いかもしれません」

 

 思いつくままに考えを書き連ね…ふと考えてしまいます。

 今からこんな事を始めても手遅れかもしれない。だけど、もしも、もしも間に合ったとしたら…

 私は普段、鍵付きの棚の中で保管している()()に一瞬だけ視線を送り―

 

「…鉄地河原さんに相談してみましょう」

 

 机の棚から便箋と万年筆を取り出して、手紙を書き始めます。そして暫く経った頃…

 

「しのぶさまー」

 

 きよが私を呼びに来ました。窓の外を見てみればもう夕暮れ、集中していたら、時が経つのはあっと言う間ですね。

 

「しのぶ様、夕ご飯の用意が出来ました」

「ありがとう、きよ。今日の献立は何ですか?」

「東雲様が帰り際にレシピを書いてくださって、早速アオイさんがそれを作ってくれました! 『猪肉の生姜焼き』だそうです!」

「それは楽しみですね」

 

 きよとそんな会話を交わしながら、私は皆が待つ食堂へと向かい…夕食を共にするのでした。

 

 

 ちなみに、東雲さんがレシピを書いてくれた『猪肉の生姜焼き』はとても美味しかったです。美味しかったのですが…

 

「アオイ…生姜焼きとマヨネーズの組み合わせは危険ですね」

「はい…あの組み合わせは、すこぶる危険です」

 

 食べ過ぎてしまうのが欠点ですね。

*1
ビスケット、8種類のクッキー、マドレーヌ、フィナンシェの詰め合わせ

*2
苺と桃、無花果

*3
矢の軸となる部分。アーチェリーの矢などで言うシャフトの事

*4
主な毒性分はアコニチン。半数致死量は体重1kgあたり0.166~0.328mg

*5
主な毒成分はコリアミルチン。半数致死量は体重1kgあたり1mg

*6
主な毒成分はカンタリジン。半数致死量は体重1kgあたり1.71mg

*7
主な毒成分は種子に含まれるリシン。半数致死量は体重1kgあたり0.03mg

*8
主な毒成分はテトロドトキシン。半数致死量は体重1kgあたり0.01mg




最後までお読みいただきありがとうございました。

次回は3人目の柱が登場予定!



※大正コソコソ噂話※

後日、しのぶさんは刀鍛冶の里の鉄地河原さんや一部の隠等と協議を重ね、新しい戦い方の準備を開始しました。
しかし、その話をどこからか聞きつけたゲスメガネなる人物が、独断で()()()()()()()()()()()()()()()()を作り上げ、しのぶさんへ持参したそうです。
その隊服と靴、そしてゲスメガネ自身がどうなったかは…ご想像にお任せします(笑)


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陸之巻 -東雲麟矢の鬼殺隊改革その4-

お待たせいたしました。

前回、前々回に続き、今回も柱が登場します。

お楽しみいただければ幸いです。


麟矢視点

 

 ある日の午後、俺は父さんが庭園の一角を潰して造った鍛錬場で、弓の鍛錬に勤しんでいた。

 

「………」

 

 矢を番え、弓を引き、狙いを定めて射る。一連の動作を淀みなく、素早くこなして、33間*1先に設置された的を次々と射抜いていく。

 

「…ふぅ」

 

 合計7つの的を射抜き終わったところで、俺は専用に特注した化合弓(コンパウンドボウ)を近くの台へ置き、的の方へと歩き出す。

 

「………2射ずれたか」

 

 間近で的を確認すると、7射中5射は的のど真ん中を射抜いていたが、2射は真ん中を僅かに外していた。どうやら集中が足りなかったようだ。

 

「引きずってるなぁ」

 

 ここ数日()()()()()()()()が続き、それが影響したのかと内心苦笑する。

 鬼殺隊の改革は、概ねスムーズに進んでいる。弓隊の結成はほぼ確定したし、人員の選抜も『隠』を中心にして始まっている。胡蝶様の件も前向きに進んでいるようだ。しかし…

 

()()()()が、あそこまで話が通じないとは思わなかった…」

 

 耀哉様の仲介で、宇髄様、胡蝶様以外の柱にも挨拶に出向いたのだが、その結果が最悪だった。

 水柱・冨岡義勇(とみおかぎゆう)様は、こちらの挨拶や話に対し―

 

 -俺は水柱じゃない-

 -そんな事を簡単に言ってしまえる簡単な頭で羨ましい-

 

 返してきたのはこの二言だけ。いや、冨岡様の事情は分かってるよ?

 水柱じゃない云々は、錆兎氏の死を未だに引きずっていて、罪悪感や後悔から出てきた言葉だろうし、そんな事を簡単に…というのも、恐らく誉め言葉なんだろう。多分。

 まぁ、冨岡様はまだ良い。土産の鮭大根は受け取ってもらえたし。問題は風柱・不死川実弥(しなずがわさねみ)様だ。

 

 -てめぇが鬼殺隊の隊士でもないのに、お(やかた)様に取り入ってコソコソやってる野郎かぁ?-

 -日輪刀で鬼と正面切って戦える腕も度胸もねぇ奴らに、何が出来るってんだァ!-

 -そんなもん作っても無駄死にするのが関の山だァ、さっさと解散しちまえ!-

 

 と、最初から喧嘩腰全開で、まったく話にならなかった。手土産として持参したおはぎも重箱ごと投げ返されたし… 

 不死川様なりに心配して言っているとは思うんだけど…冨岡様とは別ベクトルで口下手すぎ!

 1912年(大正元年)10月時点で、柱の地位に就いているのは…岩柱・悲鳴嶼行冥、音柱・宇髄天元、水柱・冨岡義勇、風柱・不死川実弥、蟲柱・胡蝶しのぶの5人。

 厳密に言えば先代炎柱・煉獄槇寿郎(れんごくしんじゅろう)が在籍している筈だが、今現在は酒に溺れて腐りに腐っている真っ最中なので、除外してある。近い内に()()()()()()()()()()訳だから…な。

 話は戻るが、柱への挨拶は現時点で2勝2敗。次の結果次第で鬼殺隊の改革、ひいては原作改編の難易度が大きく変わってくる。失敗は許されない。

 

「麟矢様、こちらにいらっしゃいましたか」

 

 鍛錬場に入ってきた後峠さんが声をかけてきたのはその時だ。

 

「先日お命じいただいた件ですが…見つかりました」

「それは重畳。どちらにお住まいで?」

「それが………少々、予想外の事が…」

 

 吉報に喜ぶ俺に対し、どこか歯切れの悪い物言いの後峠さん。だが、覚悟を決めたのだろう。

 

「実は…」

 

 自らの得た情報を話してくれた。その内容に―

 

「それはまた…世間は狭いというか何と言うか……」

 

 俺もそう呟き、思わず空を見上げるのだった。

 

 

 それから3日後。俺は任務を終え、今日から3日間の休息を兼ねた待機に入った岩柱・悲鳴嶼行冥(ひめじまぎょうめい)様の邸宅を訪れ―

 

「岩柱、悲鳴嶼行冥様。本日は休養中にも拘らず、面会の時間を設けていただき、ありがとうございます」

 

 悲鳴嶼様との対面を果たしていた。

 

「これはつまらない物ですが…」

 

 早速持参した手土産を差し出そうとするが―

 

「その前に、()()()()()()()()()()

 

 突き出された悲鳴嶼様の手に、その動きは止められてしまった。

 

「尋ねたい事…私に答えられることでしたら、何なりと」

 

 差し出しかけた手土産を引っ込めた俺は姿勢を整え、悲鳴嶼様の次なる声を待つ。

 

「君が鬼殺隊の改革に着手している事は、お館様より伺っている。何故、そのような事を?」

「何故…耀哉様からお聞きになっているのでは…」

「たしかにお館様より伺ってはいる。だが、それはそれ。君自身の口から理由を聞きたい」

 

 まるでこちらを試しているかのような悲鳴嶼様の声。これは…隊士の犠牲を減らしたいから。と答えても納得はされないだろう。もっと根本的な…()()を言わなきゃならないか。

 

「正直な話、大した理由ではありませんが…」

「構わない。君の本心を知りたい」

 

 悲鳴嶼様から了解を得た俺は、軽く息を吸い―

 

「理由は単純で、利己的なものですよ。耀()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけです」

 

 鬼殺隊の改革に着手した本当の理由を話し始めた。

 

「私の父と祖父は、18年前鬼に襲われ…当時の鬼殺隊隊士に救われました。その後、東雲の家を継いだ父が鬼殺隊への支援を始め…同時に耀哉様とも個人的な付き合いを始めています」

「父と耀哉様は一回り年が離れていますが、随分と馬が合ったようです。互いの子どもを許婚にするくらいには」

「父は耀哉様の事を無二の親友と評していましたし、私自身出会って4ヶ月程度ですが…耀哉様に強い敬意と好意を抱いています」

「だからこそ、耀哉様のお心にかかる負担を少しでも小さくしたい。鬼と戦い亡くなった…耀哉様が死地へ送り出し、帰還が叶わなかった隊士を少しでも少なくしたい」

「それが鬼殺隊の改革に着手した真の理由です。ご満足いただけましたか?」

 

 一気に説明を終えた俺は、悲鳴嶼様へ頭を下げ、反応を待つ。さて、どんな反応が返ってくるか…

 

「……君の考えはよくわかった。その言葉に嘘偽りが無い事も。同じお館様を敬愛する者として、君の改革に賛意を示そう」

「ありがとうございます!」

 

 その言葉と共に悲鳴嶼様へ再度頭を下げながら、俺は内心興奮を覚えていた。最強の柱である悲鳴嶼様を味方に出来たという事実は大きい。改革を一気に進められそうだ。

 

「では、改めまして…これはつまらない物ですが…」

 

 興奮を悟られないように努めて平静を維持しながら、俺は悲鳴嶼様に手土産として持参した3段の重箱を差し出す。

 

「これはご丁寧に。不躾だが中身をお聞きしても?」

「はい。悲鳴嶼様は炊き込みご飯が好物だとお聞きしたので、炊き込みご飯を! 下から山菜の炊き込みご飯、栗ご飯、鹿尾菜(ヒジキ)と油揚げの炊き込みご飯となっております」

「悲鳴嶼様は元々仏門に帰依されたお方なので、肉や魚の類は一切使用しておりません。安心してお召し上がりください」

「………鬼殺隊に入ると決めた時点で、私は仏の道と別れを告げている」

「それは…余計な配慮でした。申し訳ありません」

「いや、心遣いはありがたく」

 

 謝罪する俺に対し、手を合わせてそう答える悲鳴嶼様。うん、そろそろだな。

 

「悲鳴嶼様。実は、悲鳴嶼様にどうしてもお尋ねしたい事がありまして…」

「尋ねたい事…私に答えられる事であれば、何なりと」

「では、遠慮なく」

 

 俺はここで一旦言葉を切り、数秒の間呼吸を整えると―

 

「単刀直入にお聞きします。()()()()()()()()()()に覚えがおありですね?」

 

 質問を口にした。

 

 

行冥視点

 

「単刀直入にお聞きします。()()()()()()()()()()に覚えがおありですね?」

 

 東雲殿の発したその言葉に、私は不覚にも言葉を失い…

 

「な、何故、その名を…」

 

 ゆっくりと10数えられるだけの時間が経った頃、辛うじてこの一言を絞り出す事が出来た。

 沙代…忘れる筈が、忘れられる筈が無い。あの日まで共に暮らしていた9人の子ども達の1人であり、あの日唯一の生き残り。そして…

 

 ―あの人は化け物。みんなあの人が、みんな殺した―

 

 恨んでいる訳ではない。あんな状況の中で気が動転してしまったが故、誤解されるような物言いしか出来なかったのだ。子どもはいつも自分のことで手一杯なのだ。無理もない。

 だが、せめて一言…せめて一言、『ありがとう』と言ってほしかった。その一言があれば、私は―

 

「悲鳴嶼様が鬼殺隊に入るきっかけとなったあの出来事。耀哉様が手を尽くされて、表向きには無かった事になっています。しかしながら、少々思うところがありまして…()()()()()()()()()()()()()()()

 

 思考に没頭しかけたところへ聞こえてきた東雲殿の言葉。沙代を探し出した? 何故? 何の為に?

 

「理由は、悲鳴嶼様や当時の関係者が()()()()()()()()()()()()()()()? と考えたからですね。そして…見落とされていた真実はありました」

「ッ!?」

 

 東雲殿の言葉に私は再び言葉を失う。見落としていた真実…そんなものが、あった…のか? あの子達は、目の見えぬ大人など頼りにならぬと、我が身可愛さに逃げだしたのでは…なかったのか?

 

「ここに…沙代さんの書いた手紙があります」

「なっ…」

「悲鳴嶼様は目が見えませんので、私が代読することになります。どうか、書かれている内容を…信じてください」

 

 東雲殿の言葉に、私はただ頷くことしか出来なかった…。

 

 

麟矢視点

 

「悲鳴嶼様は目が見えませんので、私が代読することになります。どうか、書かれている内容を…信じてください」

 

 俺はそう言いながら背広の懐から取り出した1通の封筒。その封を切って、中の便箋を取り出しながら…3日前の事を思い出していた。

 

 

 色々と役に立つ伝手を持っている後峠さんに頼んだ結果、沙代という少女は予想以上に早く見つける事が出来た。しかも…ビストロド東雲渋谷店で働いていたのだ。

 東雲商会の社内規定では、入職出来るのは16歳になる年の春からと決められている。その為本来なら、まだ10歳かそこらである彼女が働く事は不可能なのだが…

 

「まぁ、そう言う事情なら仕方ありませんね…」

 

 後峠さんの報告にそう呟き、俺は思わず頭を掻く。()()()()の後、沙代(かのじょ)は子どものいないある夫婦の養女となり、大切に育てられていた。

 彼女も尋常小学校が休みの日は、養父母が営んでいた飯屋を積極的に手伝うなど、関係は良好だった。だが3ヶ月前、養父が急な病に倒れた事で状況は変化する。

 稼ぎ頭である養父が倒れ、養母は半年前に産まれた乳飲み子の世話に追われて、まともに働けるような状態ではない。そんな緊急事態に際し、沙代(かのじょ)は自ら働きに出る事を決意。

 養父の知人であったビストロド東雲渋谷店の店長に頼み込み、下働きとして働き始めた。渋谷店の店長も親会社(こちら)に報告することで、彼女が働けなくなることを恐れ、秘密にしていたらしい。

 

「とにかく明日、渋谷へ行ってみます。後峠さん、渋谷店の店長に連絡をお願いします」

「畏まりました」

 

 

 翌日。俺は朝から渋谷へ向かい、開店前のビストロド東雲渋谷店で店長と面会。その後―

 

「今回の面会は、貴女や店長を処罰する為のものではありません。だから、安心してください」

「は、はい…」

 

 自宅で待機していた沙代さんと面会し、話をする事が出来た。明らかになった真実。そして沙代さんの偽らざる気持ち。俺はそれらを手紙に書いてもらい…今に至る。

 

「それでは、読み上げます」

 

 

行冥視点

 

「それでは、読み上げます」

 

 その声に続くようにゆっくりと読み上げられる沙代からの手紙。その内容を聞くうちに…私は……

 

「う、うぅ…」

 

 両目からボロボロと零れ落ちる涙を止められなくなっていた。

 手紙に書かれていたのは、己の幼さと錯乱によって、あの時私に濡れ衣を着せる様な発言しか出来なかった事への謝罪。

 その後何とか真実を訴えようとしたが、気が触れてしまったか、私を庇っているとしか受け取ってもらえず、どうする事も出来なかった事。今もなお、それらの事で後悔し続けている事。そして…

 

「あの子達は我が身可愛さで逃げようとしていたのでは、なかったのか…」

 

 私の元から離れた3人は、それぞれに私を守ろうとしていた事。信太と五郎は武器になる農具を取りに行こうとしていた。ミツは外へ助けを求めに行こうとしていた。  

 

「私は、なんと…愚かだったのだ…」

 

 あの子達は最後まで、(じぶん)ではなく他人(ひと)の為に行動していたというのに…私は、そんな子ども達を…信じる事が出来なかった。

 

「愚かな私を許してくれ…信太、五郎、ミツ…沙代…」

 

 私は泣いた。泣いて泣いて…体中の水分を出し尽くすほど泣いた。

 

「……お見苦しいところをお見せして、申し訳ない」

 

 どれほどの時間泣き続けたのか…ようやく落ち着きを取り戻した私は、黙って見守ってくれていた東雲殿に頭を下げ…

 

「東雲殿。沙代に会う事は…可能だろうか?」

 

 心に浮かんだ今一番やりたい事を口にした。

 

「少しの間で良い。あの子に会って、後悔などしなくて良い事を伝えてやりたい…」

「沙代や親御さんの都合もあるだろうから、今すぐでなくても構わない。都合がつき次第…どうか」

 

 額を畳に擦り付け、東雲殿に頼みこむ。無茶な事を言っているのは百も承知。だが、どうか―

 

「それでは、明後日にでも行きましょう」 

 

 あぁ、都合をつけてくれるとは、ありがた…()()()

 

「明後日は日曜日で、沙代さんは昼からビストロド東雲渋谷店に出勤します。昼食を食べながら、話をすると良いですよ」

「あ、いや、明後日というのはあまりにも急。店の方にも迷惑がかかるのでは?」

「悲鳴嶼様、私を誰だとお思いで? こういう時に()()()()()()()()()()()()()

 

 あぁ、私の目は何も映す事は無いが…きっと、今の東雲殿は悪い顔をしているのだろう。

 

「威圧感のある隊服は除外するとして、作務衣や着流し…いや、いっその事洋装という手もありますね」

 

 なにやら、私の服装について考えを巡らせている東雲殿。私は、口を挟む事も出来ず…ただ流されてしまうのだった。 

*1
約60m。1間は約1.82m




最後までお読みいただきありがとうございました。



※大正コソコソ噂話※

翌日。麟矢が超特急で用意させた特注の洋装に袖を通した悲鳴嶼さんは、麟矢と共にビストロド東雲渋谷店へ来店。
麟矢が事前に連絡して用意させた個室で沙代さんと再会し、昼食を共にしながら空白の期間を埋めるようにたくさん話をしました。
また、沙代さんの養父母とも面会し、沙代さんを引き取ってくれた事へのお礼と、養父さんの治療費を援助する事を伝えたそうです。
そして、沙代さんとはこれからも時々会う事を約束したそうです。


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漆之巻 -麟矢、最終選別へ(起)-

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。

2023/02/10

一部修正を行いました。


輝利哉視点

 

「………」

 

 背広を脱ぎ、襟締(えりじめ)*1を外された状態で庭に出られた麟矢様。その左手には西洋の弓、コンパウンドボウが握られていて、その視線は『隠』の皆さんが急遽準備された5つの的を見つめられています。

 

「的の大きさと距離は弓道の近的(きんてき)競技*2に則っています。麟矢様、準備はよろしいですか」

「いつでも」

 

 母上の問いかけに一言そう答え、コンパウンドを構えられる麟矢様。

 

「まいります」 

 

 その声と共に淀みの無い動作で矢を番え…一射。間を置かずに二射、三射と、まるで決められた作業のように淡々と矢を放たれていき…

 

「ひなき、結果は?」

「…全て、中心を射貫かれています」

 

 五射全てが的の中心を射抜いていました。

 父上に結果を報告するひなき姉様の声に、僅かに驚きが混じっていたけれど無理もない。じっくり狙った上でならまだわかる。だけどあんなに早く矢を放ったら、普通はまっすぐ飛ばす事も難しい筈だ。

 にちか姉様とかなたは驚きで目を丸くしているし―

 

「人が弓を射るのを間近で見るのは初めてですが、あんなに早く射る事が出来るものなのですね」

 

 くいなもそんな声を上げている。

 

「いいえ、くいな。あれは麟矢様の技量によるもの。弓の持ち方や矢の構え方など、様々な動きに定められた所作や手順のある弓道では、あれほど早く矢を射る事はまずありません。長く弓を扱っている者なら早く射る事自体は出来るでしょうが…あれほど正確に的を射抜くとなると…驚くべき技量の一言ですね」

「どうやら私達は、麟矢君の実力を甘く見積もっていたようだね」

 

 くいなの認識を静かに訂正する母上と、見積もりが甘かったと苦笑する父上。その間に『隠』の皆さんの準備が済んだようだ。

 

「次は隠3人が投げる素焼きの皿を矢で射貫いていただきます。皿の数は全部で30。投げる順番などは完全に不規則です。準備はよろしいですか?」

「いつでも」

「それでは、太鼓の音が合図です。ひなき」

「はい」

 

 ひなき姉様が叩いた太鼓の音と共に、『隠』の皆さんが素焼きの皿を空へと投げ始めた。

 

 

あまね視点

 

 ひなきが叩いた太鼓の音と同時に3人の『隠』が空へと投げ始める素焼きの皿。投げる順番はおろか、高さも早さもバラバラ。

 

「………」

 

 それにも拘らず、麟矢様は顔色一つ変える事無く次々と矢を放ち、皿の全てを射貫いていく。

 最後には3人が一斉に投げた3枚の皿を()()()()()()()()()()()()()()()という離れ業で射貫いてみせた。

 

「神業ですね」

 

 歓声を上げる子ども達を横目に見ながら、私はそう呟き…()()()()()()()()()()()()()()()()へそっと合図を送りました。

 

 

麟矢視点

 

「ふぅ…」

 

 30枚の皿、その全てを無事に射貫いた俺は、歓声を上げるひなきちゃん達へ小さく微笑み、コンパウンドボウを下ろそうとしたが…

 

「ッ!?」

 

 次の瞬間、突然感じた気配。咄嗟に飛び退いた直後、数本の苦無が俺の立っていた場所に突き刺さっていく。襲撃? この真っ昼間に? だとすると相手は鬼ではないのか?

 そんな事を考えながら矢の切れたコンパウンドボウを投げ捨てた俺は、耀哉様達を庇える位置に立つと、足元に敷き詰められた玉砂利を掴み取り―

 

「そこかぁ!」

 

 感じた気配を頼りに、攻撃の主のいるであろう方向へ投石!

 

「チッ!」

 

 手にした苦無(くない)で石を弾く襲撃者。黒尽くめの格好で、顔も黒い布で隠しているが…かなりの巨体だ。2m近くあるだろう。

 

「お、おい。待て」

 

 なんだか()()()()()()()()()()()だが、きっと勘違いだ。白昼堂々産屋敷邸を襲うとは不届き千万。万死に値する!

 

「覚悟!」

 

 俺は前世で得ていた野球の知識。特に球種の知識を基に軌道に変化をつけ、次々と石を投げつけていく。

 カーブ*3! スライダー*4! シュート*5! フォーク*6

 

「くっ、曲がったり落ちたり、面妖な!」

 

 若干焦った声を出しながらも、苦無を振るって石を弾いていく襲撃者。こうなったら、とっておきのナックルボール*7で!

 

「そこまでだよ」

 

 ここで聞こえてきたのは耀哉様の声。握っていた石を投げ捨てた俺は、耀哉様の方へ向き直り膝を突く。

 

「お騒がせして申し訳ありません」

「いや、私達を守ろうとしての行動。感謝しているよ。()()も苦労をかけたね」

「いえ、この程度大した事ではありません」

 

 耀哉様の声にそう答え、顔を隠していた黒い布を取り去る宇髄様。通りで聞き覚えのある声だと思ったよ

 

「済まないね、麟矢君。君を試す為、天元に不意打ちを仕掛けてもらったんだ」

「弓を射終わって気が抜けたところを襲撃して、何も対応出来なければ失格。まぁ、不意打ちを避けるくらいはやってのけるだろうと予想していたが、まさかあそこまでやってのけるとはな」

「それで、天元。麟矢君の実力は?」

「文句の付けようがありません。最終選別も想定外の事態が起きなければ、九分九厘突破出来るでしょう」

 

 宇髄様の言葉に、俺は心の中で歓喜の声を上げる。

 そもそも、俺がどうして耀哉様達の前で弓の腕を披露したり、宇髄様の不意打ちを凌ぐ羽目になったかと言うと…

 耀哉様と柱達が一堂に会して行われる御前会議『柱合会議』。先日行われた会議の場で、俺の主導する鬼殺隊改革に対し、()()()()が強硬に反対したそうだ。

 その柱曰く―

 

 -鬼殺隊の隊士でもない一般人の浅知恵など、実戦の場じゃ糞の…失礼しました。何の役にも立ちません!-

 -改革改革と唱えるなら、せめて最終選別に生き残り、正式な隊士になってから口にするべきです!-

 

 との事だ。まぁ、誰が言い出したかは別にして、反対の内容には一理ある。

 そこで、俺が最終選別を受けられるだけの能力があるか、耀哉様達が直々に見極める事になり…今日に至った訳だ。

 

「麟矢君。直近の最終選別は旧暦10月*8の終わり。今から1ヶ月半後だ。無理に…と言うつもりは無いが、出てみるかい?」

「耀哉様も挑発がお上手でいらっしゃる。是が非でも1ヶ月半後の最終選別、突破したくなりましたよ」

「そうか、それなら…頑張ってきなさい。無事を祈っているよ」

「はい!」

 

 耀哉様の激励にそう答え、頭を下げた俺は宇髄様と共にその場を後に―

 

「ひなき、麟矢君のお見送りを」

「は、はい!」

 

 訂正、ひなきちゃんも一緒にその場を後にした。 

 

 

ひなき視点

 

「ひなき、麟矢君のお見送りを」

「は、はい!」

 

 父上に声をかけられた途端、私は弾かれたように立ち上がり…足を半ば縺れさせ乍ら、麟矢様の元へと駆け寄りました。そして麟矢様、宇髄様と共に歩き出したのですが…

 

「あー、俺とした事がうっかり忘れ物をしちまった。急いで取ってくるから、東雲はひなき様と先に行っててくれ」

 

 少し歩いたところで、宇髄様はそう言いながら庭の方へと戻っていかれました。

 

「………」

 

 運良く麟矢様と2人っきりになれたのですが、どうしましょう。言いたい事は沢山あるのに、上手く考えが纏まりません。

 宇髄様が言われていた通り、麟矢様の実力なら最終選別を突破するのはほぼ確実。だけどそれは絶対じゃない。

 百に一つ、千に一つでも麟矢の身にもしもの事が起きるのであれば、最終選別になど…駄目、産屋敷の家に生まれた者として、こんな考えを抱くなどあってはなら―

 

「ひなきさん」

「は、はひっ!」

 

 麟矢様に突然名前を呼ばれ、思わず上擦った声で返事をしてしまう…あぁ、穴があったら入りたい!

 

「今、不安な思いをさせてますよね。最終選別に出る事は、鬼殺隊の改革に必要な事。だけどひなきさんを不安にさせている事は、申し訳なく思っています」

「い、いえ、そのような…必要な事であると重々承知しております」

「それでも不安にさせている事は事実。だから…」

 

 そう言うと麟矢様は私の手をそっと取り、互いの小指を曲げ絡ませると―

 

「私は絶対に最終選別を突破して、またひなきさんに会いに来ることを約束します。指きりげんまん。嘘ついたら針千本飲ーます。指きった」

 

 指きりで約束してくださいました。

 

「麟矢様。約束ですよ」

「はい、約束です。もしも約束を破ったら、一万回叩いて*9、針を千本飲ませてください」

「はい、力一杯叩きますから」 

 

 その後、戻ってこられた宇髄様と共に帰宅の途に就かれる麟矢様。またお会い出来る事を…信じております。

 

 

麟矢視点

 

 ひなきちゃんに見送られ、産屋敷邸を後にした俺はそのまま帰宅…する事はなく、宇髄様に連れられて宇髄様の邸宅を訪れていた。

 そのまま宇髄様、3人の奥様達と一緒に邸宅内の道場へと向かうと―

 

「東雲。お前の弓や投擲の腕は相当なものだし、身のこなしも下手な隊士以上だ。だがまだ、()()()()()()()()()()

「特別に俺がお前の腕を査定してやる。準備しな」

 

 いきなりそう告げられた。準備も無しにいきなりか…と思わなくもないが、柱から指導を受けられるなんて滅多に無いチャンス。今の俺がどのくらい戦えるか見てもらうとしよう。

 俺は産屋敷邸の庭で弓の腕を披露した時のように背広を脱ぎ、ネクタイを外すと、壁に何本も架けられた木刀の中から、やや短め…小太刀サイズの物を2本取り―

 

「お待たせしました」

 

 左右の手に木刀を持った宇髄様の前に立つ。

 

「小太刀の二刀流。柳生心眼流*10か?」

「詳しい流派までは。執事の後峠(ごとうげ)さんから基礎を学んで、あとは我流です」

「ほぅ…」

「それより、指導の対価は何を支払えば? また、灘の生酒でも持ってきましょうか?」

「そいつも良いが、さっきの投石について詳しく教えろ。あれは色々役に立ちそうだ」

「了解です」

 

 ここまで言葉を交わしたところで、俺と宇髄様は互いに同じだけ距離を取り…

 

「それでは…はじめ!」

 

 雛鶴さんの声が響いた瞬間、同時に動き出した!

 

 

天元視点

 

「はぁぁぁっ!」

 

 気合の籠った声と共に木刀を振るう東雲。俺はそれを二刀で捌き、時に反撃しながら、東雲の動きを見極めていく。

 基礎を学んだ後は我流などと言っていたが、なかなか様になってやがる。

 見たところ、右の順手で持つ小太刀で攻撃。左の逆手で持つ小太刀で防御と左右で担当を分けているようだな。足捌きも上々。

 全集中の呼吸こそ使えないが、技量だけで言えば(かのえ)(つちのと)あたりの隊士にも引けを―

 

「うぉっ!」

 

 いつの間にか()()()()()()()()()()()()左の小太刀による一閃をギリギリで避ける。振るわれた木刀によって生じた風圧で空を舞う前髪に、これが直撃していたら()()()()()やばかったであろう事を悟る。

 

「やるじゃねぇか。東雲、最終選別突破したら、俺の継子(つぐこ)にならねえか? お前なら次代の柱も夢じゃねえかもしれないぞ」

「魅力的な提案ですが…自分としては、影の権力者を気取るのが好みなんですよねぇ」

「そいつは残念」

 

 そんな軽口を叩きあった直後、俺達は再び動き出す。次の激突で勝負を決める!

 

「音の呼吸…壱ノ型。(とどろき)!」

 

 俺は渾身の力で両手の木刀を振り下ろし…咄嗟に二刀を交差させて防御に回った東雲を壁まで吹っ飛ばした!

 

「勝負ありだな」

「そのようで」

 

 柄から上が木っ端微塵になった木刀を床に置き、深々と頭を下げる東雲。俺はそれに応えると、汗を流す為に井戸へと向かい…その途中で素早く考えを纏めていく。

 技量は問題なし。頭も切れる。今のままでも問題なく突破出来るだろう…だが、万が一の可能性を潰しておく為には…

 

「文を書いておくか」

 

 育手と弟子の関係と呼ぶのを憚られるほど短い期間教えを受けただけの関係。だが、俺にとっては数少ない師匠と呼べる存在。

 あの人なら、限られた期間で東雲に全集中の呼吸を習得させる事が出来るだろう。

 俺は今も育手として現役であるあの人に文を書く事を決意し、井戸水で汗を流すのだった。

*1
ネクタイの和名

*2
直径36cmの的を28mの距離から狙って、的中数を競う競技

*3
投手の利き腕と反対の方向に曲がりながら落ちる

*4
投手の利き腕と反対の方向に曲がる

*5
投手の利き腕方向に曲がる

*6
縦に落ちる

*7
不規則に揺れながら落ちる

*8
新暦10月下旬から12月上旬

*9
指きりげんまんのげんまんは、『拳万』と書き、約束を破った場合握り拳で一万回叩くという制裁を加えるという意味がある

*10
現代にも伝わる日本の伝統武術の流派。1640年頃仙台藩の武士、竹永隼人兼次が、柳生宗矩より新陰流を学んだ後に開いたと言われている。小太刀二刀流の他、体術・剣術・居合術・棒術・薙刀術などの系統がある




最後までお読みいただきありがとうございました。
次回、育手としてあのキャラクターが登場!



※大正コソコソ噂話※

麟矢から変化球の投げ方を教わった宇髄さん。1週間足らずで全ての球種をマスターし、苦無や手裏剣、爆薬丸の投擲に役立てているそうです。
宇髄さん曰く「軌道が変化するのは派手だし、無駄な消費も減る! 良い事尽くめだ!!」とのことです。


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捌之巻 -麟矢、最終選別へ(承)-

お待たせいたしました。

今回は育手としてあのキャラクター、そして弟子として2人のキャラクターが登場します。

少々短いですが、お楽しみいただければ幸いです。

また、最新話掲載に伴い、漆之巻のタイトルを一部変更しております。
内容に変更はありません。


麟矢視点

 

 前にも言ったと思うが…俺、東雲麟矢は()()()だ。

 死亡の経緯が経緯なだけに*1、前世の記憶と知識を持ち越した状態での転生が認められた上―

 

 -それから些少ではありますが、転生特典も付与させていただきます-

 

 転生特典も貰う事が出来た。貰った転生特典は全部で3つ。

 1つ目はこの肉体。無病息災で、生まれ変わってから今日に至るまで、風邪ひとつ引いた事が無い。

 また自然治癒能力も常人の数倍はあるようで、怪我の治りも早かったりする。

 2つ目は生物・非生物を問わず、あらゆる乗り物を乗りこなす事が出来る『騎乗』のスキル。

 3つ目はあらゆる事柄を通常よりも早く習熟出来る『習熟度増加』のスキル。これのおかげで、前世で嗜んでいたイラストや工作、料理の腕前はプロ級になれたし、8歳の頃から鍛錬を続けている弓も相当な腕前になれた。

 もっとも弓に関しては、早撃ちやアクロバティックな動きと組み合わせているから、弓道を修めている人間に言わせると『邪道』らしい。閑話休題。

  

「地図によるとこの辺りなんだけど…」

 

 そんな事を考えながら歩いていた俺は、目的地が近い事に気づき、足を止めて周囲を見回す。と言っても周りにあるのは樹、樹、樹。

  

「………道は続いているから、もう少し登ってみるか」

 

 そう呟き、俺は再び山道を登り始める。そもそもの話、何故俺が山を登っているかだが…3日前に宇髄様の鎹鴉である『虹丸』が俺に手紙を運んで来た事が全ての発端だ。

 その手紙には―

 

 -俺が『音の呼吸』に開眼する前、僅かな期間だが教えを受けた育手に話をつけた。-

 -相当厳しい指導だが、その人ならお前が最終選別を受けるまでに、全集中の呼吸を習得させる事が出来る筈だ-

 -お前にその気があるなら3日後の昼、地図に書かれた場所を訪ねろ-

 

 と書かれており、育手の名も記されていた。その人物の名は…

 

「お、着いたか」

 

 七合目辺りまで登ったところで急に目の前が開け、一軒の板葺き屋根の家が見えた。どうやら、目的地に着いたらしい。

 俺は山登りで乱れた呼吸を整え、家へと近づき―

 

「ごめんくださいませ! 育手の桑島慈悟郎(くわしまじごろう)様はご在宅でしょうか!」

 

 板戸を叩きながら、そう声をあげた。

 

 

慈悟郎視点

 

獪岳(かいがく)善逸(ぜんいつ)。今日は昼から客人が来る」

 

 朝食の途中、儂は弟子の獪岳と善逸にそう切り出し、鍛錬の順番をいつもと変える事を告げた。

 

「こんな山の上まで訪ねてくるなんてじいちゃん、客人ってどんな人なの?」

「先生と呼べ、この馬鹿」

「痛ぁっ!」 

 

 つい儂の事をじいちゃんと呼んでしまう善逸に対し、容赦無く拳を振るう獪岳。善逸がここに来た3ヶ月前から毎日のように見られる光景じゃ。

 

「獪岳。すぐに手を出すのは改めた方が良いと前にも言った筈じゃぞ」

「申し訳ありません、先生。この馬鹿が全く学習しないので」

だからって、殴らなくたっていいだろ…

「あぁっ?」

なんでもないです…」 

 

 毎日のように繰り広げられるこのやり取り。儂は苦笑しつつ、善逸の問いへ答えていく。

 

「お前達がここに来る前、短期間だが儂の元で全集中の呼吸について学んだ者がおる。その男は一月半程で独自の呼吸を生み出し、儂の手を離れたのじゃが…先日、その男から文が届いての」

「『自分の継子にしても構わないと思えるほどの逸材をそちらへ送るので、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』とあった」

「なっ!?」

「40日以内ぃ!? 無理無理無理! そんなの出来る訳無いよぉ!」

「五月蠅い! 喚くな!」

「痛ぁっ!」 

 

 手紙の内容に大声を上げる善逸と、そんな善逸を五月蠅いと殴る獪岳。そんな2人に儂は再び苦笑しつつ、鍛錬の前にこの家を綺麗に掃除する事を命じた。そして―

 

 

「………来たか」

 

 家の掃除を済ませた後、(おもり)代わりの石を入れた籠を背負って走り込みに出た2人を見送って1時間が経とうとした頃、何者かがこちらへ近づいてくる気配を感じ取った。

 

「………」

 

 儂は無言のまま杖を片手に立ち上がり、板戸の陰に身を潜めると―

 

「ごめんくださいませ! 育手の桑島慈悟郎様はご在宅でしょうか!」

「お入りください」

 

 来訪者の声にそう返しながら、静かに杖を持ち替え…居合の構えを取る。

 

「失礼します!」

 

 僅かな間の後板戸が開き、1人の若者が土間へと足を踏み入れたその瞬間!

 

「隙ありぃ!」

 

 儂は敷居を超えた若者の右足を打ち据えようと、居合の要領で杖を振るった。杖は寸分の狂いもなく青年の右脛へと向かい、(したた)かに打ち据える筈じゃった。が…

 

「………」

「なっ!?」

 

 青年は儂の不意打ちをまるで読んでいたかのように足を引き、杖の一撃をやり過ごしてみせた。信じられん! 何度も受けて、対処法を熟知しておる獪岳ならともかく、初見で避けるとは!

 

「ぬぉ!?」

 

 直後、片足が義足の儂は踏ん張りが効かず、体勢を崩してしまった。そのまま板戸に顔をぶつけるかと思ったが…

 

「っと!」

 

 その声と共に青年の手が伸び、儂を支えてくれた。

 

「大丈夫ですか?」

「あぁいや、済まんな。見苦しいところを見せた」

 

 青年の手を借りて体勢を立て直した儂は、そのまま居間へと上がり、改めて青年と向き合う。

 

「音柱・宇髄天元様よりご紹介いただきました。東雲麟矢と申します」

「桑島慈悟郎じゃ。最初に言っておくが、儂は少々考えが古い。鍛錬の内容も厳しいものとなるが…構わんかな?」

「覚悟の上です。ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします」

 

 そう言って頭を下げる東の…いや麟矢。書生のような格好*2で一見わかりにくいが、服の下の体は相当鍛えられておるようだ。

 背負っていた背嚢も重さが8貫*3はあるじゃろう。

 音柱殿…天元の奴から文が届いた時は、半信半疑じゃったが…あの男が継子にしても構わないと思うだけの素質があるのは、間違いないようじゃな。

 

「間もなく、走り込みに出た2人の弟子が戻ってくる。昼飯を食べてから鍛錬を始めるとしよう」

「それでしたら、昼は私が準備させていただきます。料理には多少心得がありますし、()()()()()()()()()()()()()

 

 思ってもみない申し出に、思わず儂は首を縦に振ってしまった。すぐさま動き出した麟矢を止めようかと思ったが…

 

「見事な手際じゃ…」

 

 テキパキと背嚢から材料や道具を取り出し、調理へ取り掛かる姿にそのまま任せてみようと考え直す。

 どんな物が出来るか、楽しみじゃな。

 

 

善逸視点

 

「はぁっ、はぁっ…あぁ、疲れたー」

「五月蝿い、いちいち声に出すな」

 

 走り込みを終えて、背負っていた石入りの籠を降ろしながらそう口にした瞬間、獪岳から厳しい声が飛んでくる。

 獪岳の言いたい事はわかる。わかってる。だけど、口に出てしまうのは仕方が…

 

「ん? なんだか、凄く良い匂いがする」

 

 家の方から漂う良い匂いに気が付いたのはその時だ。何かを焼いているような香ばしい…これ肉だ! ()()()()()()()()()()()だ!

 俺は矢も楯も堪らず、家へと走り―

 

「じいちゃん! 肉なんてどうし、た…の」

 

 土間の台所にいるであろう爺ちゃんへ声をかけたけど、台所で調理していたのは見慣れない顔の男。

 

「え、だ、誰?」

「東雲麟矢と申します。善逸さんと獪岳さんですね。もう少しで出来ますから、手を洗って待っていてください」

 

 俺と俺の背後に立って様子を窺う獪岳に笑顔でそう言うと、真剣な表情で調理に戻る東雲って名前の男。

 

「2人とも戻ったか。今日の昼はそこの麟矢が作ってくれる。ほれ、手を洗ってこい」

「う、うん」

 

 じいちゃんに促された俺達は手を洗い、軽く全身の汗を拭いて居間へと戻る。

 

「お待たせしました。献立は『ベーコン(塩漬け燻製肉)と蕪の葉の炒飯』『蕪の味噌汁』『南瓜のソテー』『蕨と油揚げの煮物』になります」

 

 すぐさま用意された膳に載せられていたのは、美味しそうな料理の数々。

 

「では、いただくとしようかの。いただきます」

「「「いただきます」」」

 

 じいちゃんの声に続いていただきますと唱え、早速料理を食べ始めたけど―

 

美味(うま)っ!」

 

 料理を口にした途端、思わず声が出る。炒飯っていう米料理は、米の一粒一粒に浸み込んだ燻製肉の油と塩気が、蕪の葉のシャキシャキした歯触りと合わさって文字通り匙を止められない。

 かぼちゃのソテーは、どことなくライスカレーに似たピリッとした辛みと香りが、かぼちゃのホクホクした甘さとよく合っている。

 蕨と油揚げの煮物も塩梅がちょうどいいし、蕪の味噌汁は優しい味わいでなんだかホッとする。

 

「じいちゃんの作る飯に負けないくらい美味いです! なっ、獪岳!」

「……美味いのは同感だが、いちいち喚くな」

 

 俺の声に仏頂面でそう答える獪岳。あぁ、まただ。またこの音が聞こえる。獪岳の心の中にある()()()()()()()()()()()()()()()()()()が…。

 なぁ、獪岳。お前、何がそんなに不満なんだよ…じいちゃんは滅茶苦茶厳しいけど、俺達の事を心底思ってくれてるじゃないか。

 親には捨てられ、他人には利用されてばかり。おまけに臆病で逃げ癖の染み着いた俺みたいな人間を拾ってくれて、雨風凌げる暖かい家に置いてくれてるじゃないか。

 鍛錬の時は厳しいけど、鍛錬が終わったらいつも温かくて美味い飯を作ってくれて、温かい風呂にも入れてくれるじゃないか。

 今だって、こんなに美味い飯が食えてるじゃないか。それなのに、これ以上何を求めているんだよ…。

 正直、俺にはどうすればいいのかわからない。じいちゃんはきっと、何とかしようとしているんだろうけど…きっと俺には出来る事なんて無いんだろう…。

 

「善逸くん。どうしました? もしかして、やっぱり口に合わなかったとか?」

「い、いえ! あ…あんまり美味しくて吃驚してただけです!」

 

 東雲さんの問いかけへ咄嗟にそう答え、誤魔化すように炒飯を口に運ぶ。さっきと変わらず美味いけど…俺は心のどこかでその味を素直に楽しめないでいた。

 

 

慈悟郎視点

 

「ふぅ、馳走になった」

 

 麟矢の作った昼食を綺麗に平らげた儂は、麟矢が淹れ直してくれた熱い緑茶を一口啜り…

 

「少し休んでから、昼の鍛錬を始める。まずは…獪岳」

「はい!」

「麟矢の実力を見る。兄弟子として胸を貸してやれ」

「俺がですか?」

「左様。仮にも柱が継子にしたいと言うほどの男じゃ。今の善逸では荷が重いかもしれん」

「………わかりました。俺で良ければ」

 

 爽やかに笑いそう答える獪岳じゃが…内心不満に感じておる事はわかっておる。

 これは儂の勘じゃが…麟矢と手合わせする事で、獪岳も己の殻を破る切っ掛けとなるかもしれん。

 真面目で努力家じゃが、霹靂一閃のみを使えぬ等、どこか歪みを感じさせる獪岳。儂自身の力でその歪みを正せるのが一番じゃったが…事ここに至っては、第三者の力を借りるのも一つの手。

 儂は麟矢の存在がある種の起爆剤となることを祈り、また湯呑に口をつけるのじゃった。

*1
死神側の確認不足で、同音異字の別人と間違えられた

*2
スタンドカラーシャツに着物、馬乗り袴(股の分かれたズボン状の袴)

*3
約30kg




最後までお読みいただきありがとうございました。
次回、麟矢vs獪岳!



※大正コソコソ噂話※

今回麟矢が持ち込んだ30kgもの荷物。
そのおよそ8割5分は、燻製肉や乾物、調味料、調理道具といった料理関係でした。
麟矢曰く「美味い物を食べれば皆笑顔になるからね」との事でしたが、中身の詳細を知った善逸くんからは「アンタ、どこの料理人だよ!」と言われたそうです。


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玖之巻 -麟矢、最終選別へ(転)-

お待たせいたしました。
少々遅れてしまいましたが、クリスマスプレゼント代わりに投下します。

今回、獪岳の過去を独自に設定しております。オリジナル設定が苦手な方はご注意ください。

お楽しみいただければ幸いです。




慈悟郎視点

 

「………」

「………」

 

 それぞれに木刀を構え、庭で向き合う獪岳と麟矢。

 

「善逸、よく見ておくのじゃぞ。あの二人の戦いは、必ずお前の糧となる」

 

 隣で正座する善逸にそう告げながら、儂はゆっくりと手を上げ…

 

「それでは…始めぇ!」

 

 試合の開始を宣言した。

 

「シィィィィ…」

 

 先手を取ったのは獪岳だ。雷の呼吸、その呼吸音を響かせながら、麟矢との間合いを一気に詰め―

 

「雷の呼吸。肆ノ型」

「「遠雷(えんらい)」」

 

 横一文字に木刀を振るうが、それは麟矢が両手に持つ木小太刀で受けられる。今のは…

 

「雷の呼吸。弐ノ型」

「「稲魂(いなだま)」」

 

 続けて、半円を描くように木刀を振るい、高速五連撃を繰り出すが、こちらも全て受けられてしまう。間違いない! 麟矢は―

 

「お前、なんで俺の繰り出す攻撃を()()()()()()んだよ!」

 

 獪岳の攻撃を先読みしておる!

 

 

獪岳視点

 

「お前、なんで俺の繰り出す攻撃を先読み出来るんだよ!」

 

 思わずそう叫びながら、目の前の男から距離を取り…俺は木刀を構え直す。どんな絡繰りか知らないが、動きが先読みされる以上、迂闊に手を出すのは…

 

「雷の呼吸…いえ、全集中の呼吸における基本の五流派については、徹底的に分析していますから。型の名前だけじゃなく、内容も熟知していますよ」

 

 なん、だと…。

 

「耀哉様の御厚意で、産屋敷邸に保管されていた書物を徹底的に読み込む事が出来ましたからね」

「………」

 

 とんでもない事をなんでもない事のように言ってのけるその姿に、俺は初対面の時から感じていたこの男…東雲麟矢が()()()だという事を再認識した。

 何故大嫌いなのか? 答えは簡単だ。こいつは多分()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 立ち振る舞いや言葉遣い。そして何より目を見ればわかる。こいつは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 真っ当な両親。惜しみなく注がれる愛情。恵まれた者だけが持つ自然な心の余裕。

 俺が求めてやまないもの全てを自然に持っている。だから、俺はこいつが大嫌いだ。

 

「書物で読んだから先読み出来るだと? そんな事が出来てたまるか! 一度や二度山勘が上手くいったからって!」

 

 叫ぶようにそう言いながら、俺は下段に構えた木刀を上段に振るう。

 

「雷の呼吸。伍ノ型」

「「熱界雷(ねつかいらい)」」

 

 直後放たれた斬撃波を、東雲は必要最小限の動きで回避する。だが、それは想定内。

 回避によって生じた僅かな隙を利用して、俺は間合いを詰め―

 

「雷の呼吸。参ノ型」

聚蚊成(しゅうぶんせい)ら―」

「させませんよ!」

 

 目標の周囲を回転しながら波状攻撃を仕掛ける『聚蚊成雷』を放とうとしたが、東雲の体当たりで出掛かりを潰されてしまう。

 くそっ、本当に先読みされているっていうのかよ! 俺は体勢を立て直そうと再び距離を取ろうとするが―

 

「隙ありっ!」

 

 それを先読みしていた東雲が木小太刀の片方を投げつけてきた! 咄嗟に木刀を振るってそれを弾くが―

 

「ッ!?」

「………」

 

 次の瞬間、東雲の持つもう一本の木小太刀。その切っ先が俺の喉に突き付けられていた。

 

「そこまでじゃ。この勝負、麟矢の勝ち」

 

 先生の声と共に木小太刀のが引かれ、俺と東雲は互いに礼をする。負けた…。

 いや、これはあくまでも試合。命のかかった実戦じゃない。生きてさえいれば何とかなる。死ぬまでは負けじゃない。生きてさえいれば、いつか勝てる。勝ってみせる。

 俺は自分にそう言い聞かせ、先生のもとへと向かうのだった。

 

 

麟矢視点

 

「獪岳。今の試合で、何故お前の動きが麟矢に先読みされ続けたか、理由がわかるか?」

「東雲くんは無学な俺と違って、頭が良いようですからね。その為では?」

 

 桑島様の問いかけに対し、表面上は丁寧にそう答える獪岳。うん、隠しているつもりだろうけど、俺への敵意がだだ漏れだよ?

 

「たしかに、麟矢の頭脳は優れておる。じゃが、それでは理由の半分じゃ」

「では、残りの半分は?」

「………本当なら、もう少し後に伝えるつもりじゃったが…」

 

 そう言って一旦言葉を切る桑島様。俺の考えが当たっていれば、きっと()()()だよな。

 

「獪岳。お前の剣は…()()()()()

 

 やっぱりね。

 

「……は?」

 

 理解出来ない。と言いたげな表情の獪岳。桑島様もどう説明すれば、獪岳を傷つけずに済むか迷っているようだ。

 

「僭越ながら…」

 

 ここは俺が嫌われ役になるとしよう。

 

「獪岳くんは相当な稽古熱心とお見受けしました。先の試合で使っていた型の全て、書物に記されていた()()()()()()()()()()でしたからね」

「傍から見て、惚れ惚れするような…と言うのは、あのようなものを言うんでしょう。素晴らしい練度です。しかし…」

「正確な動き、理想的な動きであるからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()

「っ!?」

「これがきちんとルール…規則の決まった試合の場や剣舞を披露する場なら、それでも良いでしょう。しかし鬼殺隊の隊士に、実戦の場に求められるのは、型の美しさではなく、戦況に応じた臨機応変さです」

「恐らくですが獪岳くんは、守破離の破の段階に入ろうとしているのでは? と愚考します」

「………」

「あの、しゅはり? って何ですか?」

 

 俺の発言に対し、無言のままの獪岳に代わるかのように『守破離』という言葉の意味を問うてくる善逸くん。

 

「安土桃山時代の茶人で、豊臣秀吉の側近でもあった千利休の『規矩作法(きくさほう) 守り尽くして破るとも離るるとても(もと)を忘るな』という言葉を基にした言葉で、茶道や武道における修行の過程を表したものです」

「その通り。修業とは師匠から教わった基礎を愚直に磨き、身に付けていく『守』。他流派の技等も参考にして、身に付けた基礎を自分に合う形へ変えていく『破』。そして最後に新しい自分だけの技を生み出す『離』。この三つの段階で構成されると言われておる」

「へぇー…守破離かぁ」

 

 感心したような声を上げる善逸くん。獪岳はまだ無言のままだが…

 

「獪岳。お前のこれからの目標は、これまで磨き上げてきた型を敢えて崩し、己に最も適した形へ変えていく事じゃ。困難な道のりとなるが、その為の手助けを儂は惜しまんからな」

「……はい!」

 

 桑島様の声で、ようやく口を開き―

 

「よし、では昼の鍛練再開じゃ!」

 

 話は終了。鍛錬再開となるのだった。

 

 

獪岳視点

 

 あの男…東雲麟矢が来て3日が経った。正直な話、奴が大嫌いな事に変わりはない。変わりはないが…

 

 -善逸くん、あと3分。3分だけ頑張ってみましょう!-

 -同じ鍛錬でも1時間…60分続けるのではなく、3分続けるのを20回繰り返すと考えれば、気が楽になるでしょう?-

 

 奴は隙有れば怠けよう、逃げようとする善逸を何故か気にかけていて…そのせいかこの3日、善逸は一度も逃げ出していない。

 それは、これまで逃げた善逸を連れ戻す為に先生が費やしていた時間が、指導に向けられるという事。先生から直に指導を受ける時間が増えたことに関しては、感謝してやってもいい。

 そこまで考えたところで、俺は一旦余計な考えを頭から追い出し―

 

「シィィィィ…」

 

 俺は雷の呼吸の呼吸音を響かせながら、木刀を構える。

 

「雷の呼吸。弐ノ型」

「稲魂」

 

 そして弐ノ型・稲魂の動作を行うと、そのまま間を置かずに―

 

「参ノ型。聚蚊成雷」

「肆ノ型。遠雷」

「伍ノ型。熱界雷」

「陸ノ型。電轟雷轟(でんごうらいごう)

 

 参ノ型から陸ノ型までの動作を一気に行っていく。これまでの鍛錬で体に刻み込んだ動きは、一部の隙もないという自負がある。

 だが、俺に与えられた課題は、この動きを敢えて崩し、自分により適した動きへ変えていく事。これはかなりの難も―

 

「おい、盗み見るんならもう少し隠れろよ」

 

 盗み見ると言うにはあまりに堂々としている東雲に気づき、思わずそんな声が漏れる。

 

「あぁ、これは失礼。声をかけようと思ったのですが、集中を切らせては悪いと思ったので」

 

 そう言いながら水の入った竹筒を差し出してくる東雲。俺はそれを受け取り―

 

「それで何の用だ? ただ単に俺の鍛錬を見に来たって訳じゃ…ないんだろ?」

 

 そう問いながら、竹筒に口をつけていく。そして竹筒の中身を飲み干した頃…

 

「単刀直入にお聞きしますね。獪岳…悲鳴嶼行冥という名前に聞き覚えはありますか?」

 

 不意打ちのように聞かされた名前に、俺は思わず竹筒を落としてしまった。

 

 

麟矢視点

 

「単刀直入にお聞きしますね。獪岳…悲鳴嶼行冥という名前に聞き覚えはありますか?」

 

 そう尋ねた途端、手にしていた竹筒を落とし、目に見えるレベルで動揺する獪岳。

 

「…な、なんで…その、名前を……」

 

 やがて絞り出すように出した声も、とても弱々しいものだ。

 

「半月ほど前にお会いしました。悲鳴嶼様は今、鬼殺隊最高戦力の一人…岩柱でいらっしゃいます」

「行冥さんが、柱? だって、あの人は…死刑、囚に……」

「その件ですが、鬼殺隊当主、産屋敷耀哉様の御尽力で、冤罪である事が証明されています」

「そ、そうかよ…」

 

 呆然と呟きながら、首から下げた勾玉を左手で握る獪岳。そろそろ仕掛けてみるか。

 

「獪岳。あの日、悲鳴嶼様の寺に鬼を招き入れたのは、君だね?」

「ッ!」

「言っておきますが、証拠は揃っています。嘘や誤魔化しはするだけ無駄ですよ」

「………」

 

 敢えて淡々と、追い詰めるように放った言葉に無言のまま、ただ勾玉を握る力を強めていく獪岳。やがて―

 

「あぁ、そうだよ。俺があの日…寺に鬼を招き入れた」

 

 半ば自棄になった表情で、獪岳は己の罪を認めた。

 

「あの日あなたは寺のお金を盗み、それを他の子ども達に見咎められて、夜の内に寺を追い出された。そして行くあても無く彷徨う内に、鬼と遭遇してしまった」

「その通りだよ! 今みたいに戦う術なんて持っていないガキ1人。生き延びるにはあぁするしかなかったんだよ!」

「そりゃあ、心は痛んださ。追い出されたとはいえ、一緒に暮らしていた奴らを売ったんだからな。だけど、そうしなきゃ、俺が喰われてた」

「自分を犠牲にその他大勢を助ける? あぁ、そんな事が出来る奴は、さぞご立派な聖人君子様だろうよ。だけどな。俺はそんな事御免だ。俺は生きていたかったんだよ!」

 

 これで満足か? そう言いたげな表情で一気に捲くし立て、荒れた息を整えながらそっぽを向く獪岳。

 

「自分の命と他人の命。2つを天秤にかけて、他人の命を選べる人間はそう多くはありません。俺だって、他人の命を優先すると心に決めていますが、場合によっては揺らぐかもしれない」

 

 ましてや子どもの頃の獪岳には、生き延びる道はそれしかなかった。決して許される行いではないが、生きようとする意志を否定する事もまた許されない。ある意味、この問題は正解が無いのだから。

 

「まぁ、それはそれとして…どうしても気になる事があるんですよ」

 

 ここで俺は話題を一部転換し、前世で目にした()()()()について獪岳へ問う事にした。

 

「獪岳。あなたはどうして、お寺の金を盗もうとしたのですか?」

「そ、それは…あ、遊ぶ金が欲しかった。それだけだ」

「嘘ですね」

「な、なんで嘘だと言い切れる!」

「当時、悲鳴嶼様のお寺は極貧そのもの。悲鳴嶼様が食事を削らなければ、子ども達の食事を賄う事すら難しい程だった」

「実際、米を買う金が足りないと悲鳴嶼様が悩んでいる姿を、沙代さんが覚えていました」

「沙、代…生きて、いたのか?」

「はい、悲鳴嶼様が守り抜いて、子ども達の中で唯一の生き残りとなりました」

「そう、か…」

「話を戻します。そんな状態のお寺に金があったとしても大した額にはならない。その事はあなたもよく理解していた筈です」

「………」

「それにも関わらず、お金を必要とした。何故か? それは()()()()()()()()()()()()()()()

「………やめろ」

「何の為に必要だったのか? その答えは…」

「…やめろ」

「さっきからあなたがずっと握っている、その勾玉が関係している。違いますか?」

「やめろぉぉぉぉぉっ!」

 

 俺の問いかけに耐え切れなくなったのか、絶叫と共に膝から崩れ落ちる獪岳。そして、ゆっくり10数えられるだけの時間が経った頃…

 

「あぁ、そうだよ…あの時俺は、()()()()()()()()()()金が必要だったんだ……」

 

 ボロボロと涙を流しながら、獪岳が真実を語り始めた。

 

 

獪岳視点

 

「あぁ、そうだよ…あの時俺は、こいつを取り戻す為に金が必要だったんだ……」

 

 善逸みたいに情けなく涙を流しながら、俺はこれまで隠し続けていた過去を少しずつ話し始めた。

 

「行冥さんに拾われるまで、俺の人生はどん底そのものだった」

「母親は俺が4つの時に流行り病にかかってあっさり死んじまったし、父親は碌に仕事もせず酒と博打に溺れた穀潰し。俺が7つの時に、泥酔したまま橋から川へ落ちて土左衛門になっちまった」

「親類はいないし、父親が迷惑のかけ通しだった隣近所にも頼れない。もう乞食になるしか道はなかった」

「乞食としての生活は単純だった。奪うか奪われるか…奪えれば生き延び、奪われれば死ぬ。幸いにも俺は奪う側で、生き延びる事が出来た」

 

 そう、喰える物は何でも喰った。喰える物が無ければ、泥だって喰った。

 

「そんな獣同然の生活を3年続けたある日…俺は行冥さんに拾われた」

「汚らしい乞食のガキだった俺を寺に連れてって、握り飯をくれた。風呂に入れてくれた。寝床をくれた。奪うか奪われるか、それしか知らない俺に分け与えるって事を教えてくれた」

「そして、喧嘩っ早くて気に食わない相手は容赦無くぶん殴っていた俺に、この勾玉をくれたんだ…」

 

 -次に喧嘩をしそうになった時は、この勾玉を握って心を落ち着けなさい-

 -この勾玉を通して私は、御仏は、お前を見守っているよ-

 

「この勾玉を握っていたら、不思議と喧嘩をしようって気持ちが薄れた。獣から人間に戻れたんだ…」

「その内、寺には俺みたいな子どもがどんどん増えて、最終的には9人だ。生活は苦しかったけど…でも毎日が暖かかった。だけど…」

「あの日、昔俺が叩きのめした奴らとバッタリ会っちまった。喧嘩を売られて…だけど俺は勾玉を握って、我慢した。殴られても蹴られても、我慢したんだ! でも…」

 

 -くそっ、殴っても蹴ってもやり返してこねぇ…面白くねぇ!-

 -おい、こいつ勾玉なんか握ってやがる。そこそこ良い物じゃねえか?-

 

「あいつら、俺の勾玉を無理矢理…! 殴られて気を失って…気づいた時には、勾玉は屑屋*1に売られてて…買い戻すには金が必要だったんだ!」

「なるほど…事情は分かりました。だけどその時、悲鳴嶼様に全てを打ち明けていれば」

「言える訳ないだろ! 行冥さんに貰った勾玉が奪われたなんて………いや、そうだよ。あの時、正直に打ち明けていれば良かったんだよ。でも、あの時は…何とか勾玉を買い戻そう。少しの間だけお金を借りよう。それしか思いつかなかったんだよっ!」

 

 子どもの様に泣き喚きながら、後悔を口にする獪岳。それを無言で見つめながら、俺は前世で見かけた…『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』という考察が正しかった事を確信し、静かに溜息をついた。

 悲鳴嶼様から貰った勾玉で人間らしさを身に着けた獪岳は、奪われたそれを取り戻そうと焦る余り、寺の金に手をつけるという短絡的な手段に出てしまった。

 獪岳の犯行を見てしまった子ども達は、寺の苦しい状況と悲鳴嶼様の苦労を知るが故に、問答無用で獪岳を追い出すという短絡的な手段に出てしまった。

 その結果、獪岳は鬼と遭遇し…最悪の結果を招いてしまった訳だ。そして…

 

「獪岳。あなたが鬼殺隊に入ろうとしているのは、罪滅ぼしの為ですね?」

「………そんな上等なものじゃない。ただ…あの時俺の代わりに差し出す羽目になった8人…信太、五郎、小助、三平、哲夫、ミツ、千可、沙代…あいつらに合わせる顔が無いだけだ」

 

 口では否定している獪岳だが、贖罪の意識がある事は間違いないだろう。

 

「あぁ、くそっ…墓場まで持っていくつもりで、心の奥底に封じ込めていたのに…お前のせいで、また向き合う羽目になっちまった」

「それは失礼。でも、自分を顧みる良い機会になったのでは?」

「……お前、嫌な奴ってよく言われるだろ」

「何を仰います。こう見えても品行方正、公明正大で通っているんですよ?」

「絶対嘘だろ…」

 

 そう言って静かに笑う獪岳。先程までと違い、どこか憑き物が落ちたような顔をしている。 

 

「必要なら、私から悲鳴嶼様に手紙を送っておきますが?」

「………いや、いい。最終選別を突破して、鬼殺隊の隊士になれたら…自分から会いに行くよ」

「わかりました。すみませんね。修行の手を止めさせてしまって」

「まったくだよ。ほら、サッサと自分の修行へ戻れ」

「そうさせてもらいます」

 

 こうして俺達は互いの修行へ戻った訳だが…この一件で、獪岳に何かしらの良い影響が出る事は間違いないだろう。俺も負けずに頑張るとしますか!

*1
現代でいう廃品回収業者




最後までお読みいただきありがとうございました。
次回、麟矢が全集中の呼吸に開眼!?



※大正コソコソ噂話※

この一件の後、獪岳にはちょっとした変化が訪れ、善逸くんへの当たりが少し柔らかくなりました。
厳しい物言いは相変わらずですが、クズやカスとは言わなくなり、時々ではありますがアドバイスを送るようにもなっています。
もっとも善逸くんが気味悪がってしまう為、すぐに怒声が飛んでしまうとか…


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拾之巻 -麟矢、最終選別へ(結)-

お待たせいたしました。

2022年最後の投稿となります。
短いですがお楽しみいただければ幸いです。


慈悟郎視点

 

「良い月じゃ」

 

 獪岳達3人が眠りについた後、儂は縁側へ腰を下ろし、手酌で湯呑へ酒を注いでいく。肴は麟矢が夕食とは別に用意していた漬物に空に浮かぶ三日月で十分じゃ。

 

「期日に間に合い何より…といったところかの」

 

 酒を一口啜り、そう静かに呟く。儂の下に麟矢がやってきて今日で35日。天元からの文に書かれていた通り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()為、儂は麟矢にかなり過酷な鍛錬を課した訳じゃが…

 

「天元が継子に望んだ逸材…その看板に偽りなしじゃった」

 

 善逸はおろか、獪岳ですら熟すのに一苦労する内容の鍛錬。それを麟矢は獪岳から幾らか遅れてではあるものの、初日から全てやり遂げてみせた。しかも翌日に疲労を一切持ち越さずにだ。

 

 -昔から疲労が早く抜けたり、怪我の治りが速かったりする体質なんです-

 -おかげで、他人よりも結構無理が利くんですよね-

 

 麟矢はそう言って笑っておったが、人よりも無理が利き、尚且つ回復が早い肉体の持ち主など然う然う居る訳ではない。まさに天賦の才…いや天賦の肉体じゃな。

 とにかく、麟矢はその肉体の特性と勤勉さ、そして飲み込みの早さを存分に活かし、まるで乾いた土に水が染み込んでいくかのように、猛烈な勢いで鍛錬を重ねていった。

 そして、今日の昼。35日目で遂に全集中の呼吸を習得したのだが…

 

「あのような呼吸は…聞いた事が無い」

 

 麟矢が使う全集中の呼吸。その呼吸音は儂の知るどの呼吸とも異なるものだった。

 一聴すると、基本の5系統である炎、水、雷、風、岩のどれかのようにも聞こえるが、よく聞けばどれとも違う。

 花や蟲、音、霞といった派生の呼吸ともどことなく似ているが違う。

 既存のどの呼吸とも似ているが似ていない。そう、例えは悪いが…()()()()()()()を見ているような妙な気分じゃ。

 まぁ、全集中の呼吸その物を習得する事が出来たのは間違いない。天元同様、独自の呼吸として昇華していくことじゃろう。

 

「あの2人が()()()()()()()()事も含め、万々歳じゃ」

 

 そう、麟矢の存在は獪岳と善逸の両方に良い影響を与えてくれた。

 詳細は分からぬが、獪岳は麟矢と腹を割って話をしたらしく、そこから一皮剥けてくれた。

 これまでは真面目で努力を惜しまぬ反面、どこか余裕の無い部分が垣間見えておった獪岳。あやつが学んだのは、良い意味で力を抜くという事。

 適度に力を抜く事は、これまで活かしきれず眠っていた獪岳の才能が十全に発揮される事に繋がり…そしてそれは―

 

 -出来た…霹靂一閃(へきれきいっせん)が、出来た!-

 

 今まで使う事が出来なかった霹靂一閃の成功という最高の結果を齎した。

 これで獪岳は雷の呼吸に伝わる六つの型全てを習得できた。このまま鍛錬を重ね、自分だけの新たな型を編み出す事が出来れば…次代の鳴柱となる事も夢ではない。

 

「そして善逸。あやつも弐ノ型を習得するなど…」

 

 成長した。その言葉を飲み込むように湯呑に口をつける。あやつは褒めるとすぐ調子に乗るからな。軽々しく褒めるのは厳禁じゃ! それにしても―

 

 -善逸くんの場合、最初から遠い目標を目指させるのではなく、近い目標を積み重ねていく鍛錬の方が合っているのかもしれませんね-

 -その昔、ある武術家が言っていたそうです。『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』とね-

 

 近い目標を積み重ねさせる。そのような指導法もあるとは…儂も育手として精進せねば!

 

 

麟矢視点

 

 桑島様に指導を受け、鍛錬に励む日々はあっという間に過ぎ―

 

「麟矢よ。40日の間、よく頑張った」

 

 40日間の鍛錬は無事終了。ここを去る日がやってきた。

 

「全集中の呼吸を習得したといっても、それは始まりに過ぎん。己の呼吸を深く理解し、磨き上げていくがよい」

「色々とお世話になりました! このご恩は最終選別を突破し、鬼殺隊の一員としての責務を果たす事でお返しいたします!」

「うむ! 期待しておるぞ!」

 

 激励の言葉をかけてくれた桑島様に頭を下げ、獪岳と善逸くんの方へと向き直る。

 

「獪岳、善逸くん。これからも鍛錬頑張ってくださいね」

「あぁ、俺は来年春の最終選別に参加する予定だ。すぐに追いついてやるから、覚悟しておけよ」

「ええ、獪岳の実力なら大丈夫です、楽しみにしていますよ」

「俺…まだまだヘタレだけど…麟矢さんに言われた通り、少しずつ積み上げて、頑張っていくから!」

「善逸くん、君は少し臆病だけど出来る子です。自分を信じて頑張れば、弐ノ型以降の型もきっと出来るようになります」

 

 2人とそんな言葉を交わした後、俺は前以て用意しておいた実家の住所を書いた紙を渡し―

 

「最終選別を突破したら、遊びに来てください。歓迎しますよ」

 

 最後にもう一度桑島様に頭を下げ、馬を預けてある麓の村へと歩き出すのだった。

 

 

 麓の村に到着した俺は、馬を預けた一件の農家を訪ねて馬を受け取ると―

 

「丁寧に世話をしていただけたようで、ありがとうございました。これはお約束していた分です」

 

 前金と共に馬を預けた際約束していた分の料金を支払う。元々の額に少し色を付けて8円*1渡したら、物凄く恐縮されたが…最終的には受け取って貰えた。

 そうして、40日ぶりに愛馬に跨った俺は、帰路についた訳だが…

 

「ごめんくださいませ!」

 

 ふと思いついた為、家の前に蝶屋敷へと立ち寄った。

 

「はーい!」

 

 俺の声に答えてやって来たのは、水色の帯を締め、お下げ髪の根元に蝶の飾りを付けた女の子。蝶屋敷3人娘の一人、すみちゃんだ。

 

「あ、東雲様。お久しぶりです!」

「お久しぶりです、すみちゃん。胡蝶様は御在宅ですか?」

「ごめんなさい。しのぶ様は任務の為、朝から出ておられます。お帰りは明後日になると…」

「そうですか…では、神崎さんはいらっしゃいますか?」

「はい! すぐに呼んできます!」

 

 私の問いに元気よく答え、屋敷の奥へと戻っていくすみちゃん。再び待つこと約1分。

 

「東雲様、お待たせして申し訳ありません!」

 

 慌てた様子で、アオイさんがやってきた。俺は挨拶もそこそこに―

 

「料金は支払いますので、包帯や消毒薬、あと傷薬などを分けてもらえませんか? 最終選別の際に持っていきたいので」

 

 今日、蝶屋敷(ここ)を訪ねた目的を説明。

 

「在庫を調べてきました。この位しかお渡し出来ませんが…」

「お手数をおかけしました。これだけあれば十分です」

 

 新品の包帯や綿紗(ガーゼ)、ガラス瓶に入った消毒液などを分けてもらった。当然、料金はキチンと支払っているよ。

 

「東雲様、最終選別頑張ってください!」

「ご武運をお祈りしています!」

「東雲様なら絶対突破間違いなしです!」

「………」

 

 なほちゃん、すみちゃん、きよちゃん、そしてカナヲちゃんに見送られて蝶屋敷を後にした俺は、今度こそ実家へ帰還。

 

「戻ったか、麟矢。うむ、鍛錬を重ねて一段と逞しくなったようだ」

「おかえりなさい、麟矢。怪我などしていないようで安心しました。お風呂の準備が整っていますから、まずは汗を流していらっしゃい。お話は夕食の時、ゆっくりと聞かせてもらうわ」

 

 父さんと母さんに出迎えられた後、風呂へと直行。40日ぶりの家の風呂で、思いっきり寛がせてもらった。

 

 

 夕食の後、俺は自室で過ごしていた訳だが…

 

「麟矢様」

 

 ノックの音と共に、後峠さんが声をかけてきた。

 

「どうぞ」

「失礼いたします。麟矢様、先日手配されていた物が届きましたので、お持ちしました」

「来ましたか!」

 

 入室した後峠さんが、そう言いながら差し出した桐箱を目にした途端、俺は勢いよく立ち上がり、桐箱を受けとるとすぐさま中身を確認する。

 

「Perfect」

 

 その出来映えに俺は思わずそう呟きながら、桐箱の中身である一振りのナイフを手に取ってみる。

 

「刃渡りは6寸*2。峰部分の鋸刃状加工、金属製の厚く丈夫な塚頭、鞘に砥石とメタルマッチ*3を仕込むなど、お命じいただいた機能は全て組み込んであるとの事です」

「素晴らしい。予想以上です。制作を引き受けてくれた鍛冶師さんには十分なお礼をお願いしますね」

「かしこまりました」

 

 一礼して退室する後峠さんを見送った後、俺はナイフを順手、逆手で持ちながら何度も素振りを繰り返す。

 最終選別。突破条件は鬼が十数体閉じ込められている藤襲山で、7日間生き延びる事。

 勘違いされやすいが、7日間生き延びる事が出来れば合格であり、必ずしも鬼を倒す必要はない。

 鬼を何体倒そうが、同じ最終選別に参加している受験者を何人助けようが、自分が死んでしまっては()()()()()()()

 だからこそ、俺は生き延びる為に可能な限りの準備をしていく。事前の準備をしてはいけないなんて事は、一言も言われていないからな。

 まぁ、自分の手が届く範囲なら手助けすることも吝かでないが…な。

 最終選別まで残り5日。油断せず、準備を整えていこう。

*1
現代の貨幣価値に換算して、約16万円

*2
約18.2cm

*3
ファイアスターターとも言われる。棒状のマグネシウム




最後までお読みいただきありがとうございました。

今年の11月21日から投稿を開始した本作。
本日14時時点で35000を超えるUAと1000を超えるお気に入りを頂き、読者の皆様に深く感謝しております。
拙い作品ではありますが、来年もよろしくお願いいたします。
良いお年をお迎えください。


※大正コソコソ噂話※

最終選別まで10日を切った頃、ひなきちゃんは麟矢の無事を祈る為に一念発起。
あまね様と共に禊祓を行う事を申し出ました。
最初は年齢を理由に反対していた耀哉様とあまね様でしたが、その決意の固さに折れ、体調が悪いと感じた時は、決して無理をしない事を条件に禊祓を行う事を許可したそうです。


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拾壱之巻 -最終選別本番‐

新年明けましておめでとうございます。

御年玉代わりにもなりませんが、拾壱之巻を投稿させていただきます。
お楽しみいただければ幸いです。


麟矢視点

 

 特注のナイフが届いてから5日。最終選別の当日がやってきた。

 俺は書生スタイル*1外衣(クローク)という服装に着替えると、前以って準備しておいた物品を詰め込んだ背嚢と桑島様から授けられた刀を収めた刀袋を背負い―

 

「それでは、行ってきます!」

 

 両親と後峠さん、女中の皆さんに見送られて最終選別の会場である藤襲山へ出発した。

 途中、()()()()()()()()()()()が、特にトラブルに見舞われる事もなく、昼過ぎには藤襲山の麓に到着。

 近くの村に馬を預け、集合場所になっている山の中腹へと登っていく。それにしても…

 

「原作読んでわかっちゃいたけど、すごいね。これは…」

 

 今は雪のちらつく12月。本来なら藤の咲く時期ではないが、この山だけは麓から中腹にかけて無数の藤が咲き乱れている。

 

「1本や2本なら狂い咲きで済むが、これだけの数となると…品種改良? はたまた魔術とか呪術的なやつ?」

 

 そんな事を口にしながら山道を進み、石段を登って集合場所へと到着。時刻は夕暮れ前。どうやら俺が一番乗りのようだ。

 俺は手頃な岩に背嚢を置くと、刀袋から取り出した刀をもう一度点検したりして時間を潰す。30分もすると徐々に人が集まりだし―

 

「全部で18人…か」

 

 日が沈み、空に三日月が昇った頃には、俺を含む受験者総勢18人が勢揃い。あまね様と輝利哉(きりや)くん。そして監視役兼護衛を務める隊士達も姿を現し、いよいよ最終選別が始まった。

 

 

あまね視点

 

「皆様。今宵は最終選別にお集まりくださって、ありがとうございます」

「この藤襲山には、鬼殺の剣士様方が生け捕りにした鬼が閉じ込めてあり、外に出る事は出来ません」

「山の麓から中腹にかけて、鬼共の嫌う藤の花が1年中狂い咲いているからでございます」

 

 私の声に続き、澱みなく口上を述べていく輝利哉。一言一句間違えずに言えている事は良いのですが、無意識の内に麟矢様を注目してしまっているのは良くありませんね。

 

「しかし、ここから先は藤の花は咲いておりませんから鬼共がおります。この中で七日間生き抜く」

「それが最終選別の条件でございます。なお、今回より(つちのえ)及び(つちのと)の階級にある隊士五名が、皆様の監視役兼護衛として同行いたします」

「皆様が自ら棄権の意思を示した場合、重度の負傷など、生命の危機に繋がる事態に陥った場合、そして著しい反則が確認された場合。以上三点に該当しない限り、隊士は皆様の前に現れません。あくまでも緊急時の備えとご理解ください」

「では、行ってらっしゃいませ」

 

 無事に口上を終え、出発していく受験者と隊士の皆さんを見送り、私は輝利哉に視線を送る。輝利哉も自らの失態を悟っているのでしょう。神妙な顔で私の言葉をまっているようです。

 

「輝利哉。麟矢様を慕う貴方の気持ちはよくわかります。しかしながら、このような場では自重しなければなりませんよ」

「申し訳ありません、軽率でした」

「その事が理解出来ているのなら、これ以上は強く言いません。これからは気をつけなさい」

「はい!」

 

 しっかりとした返事を返す輝利哉に頷き、私達は山を下りていく。

 ………輝利哉にはこう言いましたが、ひなきの為にも…麟矢様、ご無事をお祈りしております。

 

 

麟矢視点

 

「さてと…」

 

 刀片手に勇んで山を登っていく他の受験者を尻目に、俺は周辺を念入りに調べながらゆっくりと進んでいく。

 それにしても、俺以外の参加者はどいつもこいつも()()()()()()()()()だ。

 俺の様に防寒着代わりの外衣(クローク)を羽織っているなら上出来。殆どが体一つ、刀のみを持って参加だ。

 

布の服(着物)鉄の剣()って、ド〇クエの初期装備じゃないんだから…」

 

 思わずそんな声が漏れる。始まったばかりで体力に余裕がある今なら良いだろう。

 だが、鬼と戦えば体力は消耗する。喉は乾くし、腹も減る。怪我をすれば治療だって必要になる。

 そして何よりも、今は冬真っただ中。麓はそうでもなかったが、この辺りまで来るとかなり雪が積もっている。これだと相応の対策を講じなければ、体を休める事だって出来やしない。そのあたりをどう考えているのやら…。

 

「おっ、発見発見」

 

 そんな事を考えながら周囲を探索している内に、良い感じの洞穴を見つける事が出来た。幅は3m弱。奥行きは5mってところか。

 

「鬼は…いないな。使っていないか外に出ているか…どちらにせよ、ここをベースキャンプにさせてもらうか」

 

 俺は洞穴の奥に背嚢を置き、刀を左腰に差すと、ナイフ片手に行動を開始する。まずは水と火の確保だな。

 

 

受験者視点

 

「くそっ、話が違うぞ…」

 

 右の蟀谷(こめかみ)あたりから流れる血を左手で拭いながら、俺は歩き続ける。

 7合目辺りまで登ったところで、襲い掛かってきた2体の鬼。そいつらは近くにいたもう1人と手分けしてすぐ返り討ちにした。そこまでは良かった。だが…

 

 -なんで大型の異形がいるんだよ!? 聞いてない、こんなの!-

 

 他の鬼とは明らかに格が違う…明らかに数十人は人を喰っているであろう異形の鬼が表れて、全ての目算が狂った。

 異形の鬼が出現した事に、見苦しく驚いていたもう1人(やつ)は、呆気無く首を圧し折られた挙句、頭から喰われた。

 背中を向けるのは危険と判断した俺は―

 

 -水の呼吸。壱ノ型…水面斬(みなもぎ)り!-

 

 間合いを詰めて攻撃を仕掛けたが、防御を固めた異形の鬼に俺の攻撃は通用せず、それどころか刀の切っ先が砕けてしまった。

 

 -貧弱貧弱ゥッ!-

 

 そして鬼の一撃を受けて吹っ飛ばされ…今に至るってわけだ。

 背後から聞こえてくる声と感じる気配から察するに、異常を察知した隊士があの鬼と戦っているようだ…今の内に少しでも距離を―

 

「ヒャハハハッ! 肉だ! 久しぶりの人肉だぁ!」

 

 くそっ! こんな時に別の鬼か…

 

「怪我してやがるのかぁ? こいつはありがてぇ! 手間が省けるぜ!」

 

 畜生。こんなところで、こんなところで俺は…俺は…

 

「頭から齧ってやrぎゃぁぁぁっ!」

 

 な、なんだ…鬼の頭に()()()()()()…駄目だ、意識が、薄れて………

 

 

「………はっ!」

 

 目を覚ますと俺はどこかに寝かされていた。ここは、洞穴の中…か?

 

「あ、目が覚めましたか?」

 

 声のする方に首を動かしてみると、育ちの良さそうな顔立ちをした男が、こっちを見ていた。こいつに…助けられたのか?

 

「今は…深夜の1時過ぎです。動くにしても夜が明けてからが良いでしょうね」

 

 懐から取り出した懐中時計片手に微笑む男の奥には、俺と同じ様に負傷した男が、寝かされている。見たところかなり的確な応急処置が施されているようだ。こいつは…医者の息子か?

 

「蟀谷の怪我は出血こそ派手でしたが、傷自体はそこまで深いものではなかったです。ただ、肋骨の方は折れてこそいないようですが、かなり深く皹が入ってます。万全の状態で動く事は難しいでしょうね」

「……そうか」

 

 男の説明を聞きながら、俺は体を起こし…キチンと包帯の巻かれた腹の辺りを軽く(さす)る。たしかに多少の痛みはあるが…異形の鬼(やつ)に殴られた後と比べれば、格段に楽になっている。これならば、俺はまだ…

 

「何か、胃に入れておきますか? 一応、こんな物を作ってはいるんですが…」

 

 男が焚火にかけていた鍋の蓋を取ったのはその時だ。直後漂う何とも言えない良い香り。そして、それと同時に鳴り出す俺の腹。

 

「………」

「食欲があるなら、大丈夫ですね」

 

 腹を鳴らすという失態を犯した俺にそう言って、木を刳り貫いて作った器に、鍋に中身を入れて差し出してくる男。そう言えば、名をまだ名乗っていなかったな。

 

犬塚剣蔵(いぬづかけんぞう)*2だ。助けてくれた事、感謝する」 

 

 器を受け取る前に俺は自らの名前を名乗り、深々と頭を下げる。

 

「東雲麟矢です。さぁ、冷める前に」

「かたじけない」

 

 東雲から器を受け取り、中身を覗き込む。汁物か、美味そうな匂いだ。

 

「野兎の骨を煮込んで作ったスープです。塩と生姜で味付けしてます」

「…そうか」

 

 説明にそう返しながら、汁に口をつける。熱い汁が喉を通り、胃に留まると全身がポカポカと温まっていく。

 

「…美味い」

 

 五臓六腑に染み渡るとは、まさにこの事だな。

 

「干し芋もありますが、食べますか?」

「…少し貰おう」

 

 腹一杯になるのは拙いが、もう少しくらいなら食べても大丈夫だろう。だが…東雲(こいつ)の準備の良さは何なんだ?

 

 

麟矢視点

 

 干し芋とスープで軽い食事を済ませた犬塚氏は、再び眠りにつき…俺はその間に、ここに来てから作った弓の手入れを進めていく。

 近くに生えていた山桑の枝と麻紐から作った即席の弓。矢も削った枯れ枝に前以って作っておいた黒曜石の鏃を組み合わせた即席の物だ。

 正直言って普段使っているコンパウンドボウに比べれば玩具同然だが、この山に閉じ込められている鬼程度が相手なら十分に使える。

 少なくとも多少の()()()()()()()()し、目や喉といった急所を狙えば、暫く行動不可能にも出来る。

 

「…よし」

 

 麻紐を張り替え、矢も作れるだけ作った。無理しない様に立ち回れば、7日間生き延びる事は十分可能だろう。

 

「う、うぅ…」

 

 そうしている間に、犬塚氏の後にここへ連れてきた受験者が目を覚ましたようだ。

 

「大丈夫ですか? ここがどこかわかりますか?」

 

 まずは状態を確認して、場合によっては近くで監視しているであろう隊士に引き渡すとしよう。

 

 

剣造視点

 

 結局、もう1人の負傷者は夜明けと共に監視役の隊士に引き渡され、下山していった。右足が折れて立つ事も出来なかったから無理もない。

 そして俺は、東雲と行動を共にすることにしたのだが…

 

「東雲麟矢。本当に妙な奴だ…」

 

 最終選別が始まって3日目の朝。俺は飲み水を作る為の雪を集めながら、ふと呟く。

 奴は鬼殺隊の隊士を目指していながら、刀を殆ど使わない。使うのは(もっぱ)ら弓矢や小刀で、刀は必要に迫られた時にしか使わない。

 戦いにおいても負傷した受験者の救助を優先し、鬼を倒すのはあくまでも()()()()()と言わんばかり。その姿勢に、鬼殺隊隊士としての誇りは無いのか? と問うた事もあったが…

 

 -犬塚氏…何を馬鹿な事言ってるんですか?-

 -鬼というのは、体力も力も速さも人間を遥かに上回る存在。人間は全集中の呼吸という技術を用いて何とか食らい付けている状態です-

 -わかりますか? 鬼にしてみれば、人間というのは格下の存在なんですよ-

 -格下が格上に挑む。そんな勝負に本気で勝ちたいなら、誇りだなんだと拘っている場合じゃないでしょう-

 -飛び道具だろうと罠だろうと使える物は全部使う。それのどこに問題があるんですか?-

 -私に言わせれば、刀に拘って無駄な犠牲を増やしている現状の方が、よほど異常だと思いますよ-

 

 逆にぐうの音も出ないほど言い負かされてしまった。だが…東雲の言う事にも一理ある。

 鬼の脅威を無くそうと心から考えるのであれば、刀のみに拘るのは…恐らく間違っているのだろう。だが…

 

「俺は…剣術(これ)しか知らん」

 

 曾祖父の代から続く剣術道場を継いだ父が、鬼に殺されて2年。風の噂を頼りに見つけ出した鬼殺隊の育手(師匠)の下で修業して1年半。

 ようやく最終選別(ここ)まで来た。何としてでも突破して…正式な隊士とならねば。

 

「犬塚氏! もうすぐ朝食が出来ますよ! 献立は(ほしい)とユリ根の雑炊に、野兎肉と野蒜の炒め物です」

「あぁ、すまん。すぐに行く!」

 

 集めた雪を持ち、洞穴へ戻る。残りの期間、油断せずに生き延びよう。

 

 

麟矢視点

 

 さて7日間に及んだ最終選別は無事に終了。俺と犬塚氏、そして犬塚氏と同じ経緯で途中から行動を共にするようになった4人の受験者。総勢6人は五体満足で初日に集まった山の中腹に降り立った訳だが…

 

「俺達だけか…」

 

 最後まで残ったのはこの6人だけのようだ。俺達の手で救出し、途中で離脱した受験者は全部で4人。犬塚氏達の話から、確実に鬼に喰われたと判断出来るのは3人。受験者は全部で18人だったから、残る5人は隊士の皆さんに助けられた…そう考えて良いのか?

 そんな事を考えている内に、あまね様と輝利哉くんが姿を現した。うん、諸々が済んだ後、あまね様に聞くとしよう。

 

「おかえりなさいませ」

「おめでとうございます。ご無事で何よりです」

「まずは隊服を支給させていただきます。体の寸法を測り、その後は階級を刻ませていただきます」

「階級は十段階ございます。(きのえ)(きのと)(ひのえ)(ひのと)(つちのえ)(つちのと)(かのえ)(かのと)(みずのえ)(みずのと)。今現在皆様は、一番下の(みずのと)でございます」

 

 粛々と続けられる説明の中―

 

「さらに今からは、鎹鴉をつけさせていただきます」

 

 あまね様の声と共に、輝利哉くんが手を鳴らすと6羽の鎹烏が飛んできて、1羽1羽受験者の方に止まっていく。と言っても、俺に止まったのはモーリアンだけどね。

 

「鎹鴉は主に、連絡用の鴉でございます」

「では、あちらから刀を造る鋼を選んでくださいませ。鬼を滅殺し、己の身を守る刀の鋼はご自身で選ぶのです」

 

 輝利哉(きりや)くんの声の後、俺達は順番に鋼を選び、隊服の寸法を測るなど諸々の事柄を終わらせ―

 

「刀は10日から15日で出来上がります。それまでは各自、育手の下での待機をお願いいたします」

「「それでは皆様、お疲れさまでした」」

 

 最終選別は終了した。

 

「今回は色々と世話になった。またいつか、共に戦える事を祈っている。それまではお互い、死なないように頑張ろう」

「ええ、犬塚氏もお元気で」

 

 そう挨拶を交わし、己の育手の元へと戻っていく犬塚氏達。もうそろそろ大丈夫…かな。

 

「ふぅ、流石にハードな7日間でした」

「麟矢様、お疲れさまでした」

「ありがとうございます。輝利哉くんも見事な進行ぶりでしたよ。あまね様もお疲れ様でございます」

 

 肩の力を抜き、あまね様や輝利哉くんと気楽な会話を交わしていく。この7日間は殆ど気が抜けなかったからな。こんな時間は本当に素晴らしいものだと実感出来るよ。

 

「それでは家に戻り、汗を流してから御宅へお邪魔します。耀哉様には自分の口から報告をしたいですし、ひなきさん達も安心させてあげたいですからね」

「はい、そうしてあげてください。ひなき(あの子)は私と共に禊祓をするほど思い詰めていましたから」

「………可能な限り超特急で準備を整えます。それでは、失礼します!」

 

 あまね様からひなきさんが禊祓をしていた事を聞き、俺は大急ぎで下山する。あんな小さな子が禊祓だなんて、とんでもない!

 しっかりと話をしよう。俺は山道を駆け下りながらそう決心するのだった。

*1
スタンドカラーシャツに着物、馬乗り袴(股の分かれたズボン状の袴)

*2
本作オリジナルキャラ




最後までお読みいただきありがとうございました。

拙い作品ではありますが、本年もよろしくお願いいたします。


※大正コソコソ噂話※

この後、大急ぎで帰宅し準備を整えた麟矢は、昼過ぎには産屋敷邸を訪問。
耀哉様に最終選別を突破した事を報告し、ひなきさんと話をしたそうです。
「まだ6歳のひなきさんがこんな無理をする事はありません。体を大事にしてください」と説く麟矢に対し、ひなきさんは「私が麟矢様のご無事を祈る事は、心配をする事は、ご迷惑ですか?」と涙ながらに反論。
話し合いの結果がどうなったかは、ご想像にお任せします。


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本編第弐部 竈門炭治郎 立志編
拾弐之巻 -変わった事、変わらなかった事‐


お待たせいたしました。

今回から徐々に原作本編へと関わっていきます。
少々短いですが、お楽しみいただければ幸いです。


麟矢視点

 

 最終選別終了から2週間。俺は基本東雲商会(父の会社)の手伝いと、自身の鍛錬に打ち込み、時々産屋敷邸を訪問するという日々を送っていた訳だが―

 

「麟矢様。鍛錬中に申し訳ありません」

 

 ある日の昼下がり、弓の鍛錬を行っている最中に後峠さんが声をかけてきた。

 

「どうしました? 後峠さん」

「麟矢様にお客様がいらしています。ですが…少々()()()()()()()でして…」

 

 何とも歯切れの悪い後峠さんの口ぶり。風変わりなお客さんか…あ、もしかしたら。

 

「如何なさいますか? 不審な人物では無い様なのですが」

「大丈夫、会いますよ。何者なのか見当がついています。急いで身支度を整えるので、お茶でも飲んでいてもらってください」

「畏まりました」

 

 一礼し、退室していく後峠さんを見送った後、大急ぎでコンパウンドボウを片付けていく。お待たせする訳にはいかない。慌てず急いで準備するとしよう。

 

 約15分後、汗を拭き、服を着替えた俺は客間へと移動。

 

「お待たせして申し訳ありません。東雲麟矢です」

 

 ひょっとこの面をつけ、慣れない様子でソファに座る人物に頭を下げた。すると―

 

鉄条甲士郎(くろがねじょうこうしろう)*1ど申します。刀鍛冶の里の里長、鉄地河原鉄珍(てっちかわはらてっちん)の指名で、あんだの刀打だせでいだだいだ」

 

 仙台訛りの喋り方でそう返し、風呂敷包みを解いて桐箱を取り出す鉄条氏。早速、俺専用に打たれた刀…日輪刀の説明が始まった。

 

「日輪刀の原料は、1年中日射してで、曇る事も雨降る事もねぁー(ない)陽光山で採れる“猩々緋砂鉄(しょうじょうひさてつ)“ど“猩々緋鉱石(しょうじょうひこうせき)”だ」

「この砂鉄ど鉱石は陽の光吸収し、溜め込む珍しい性質たがいでで(性質を持っていて)、これらで作った武器は、陽の光以外で唯一鬼殺す事出来ます」

 

 そう言って桐箱を開ける鉄条氏。箱の中に入っていたのは二振りの小太刀だ。

 

「刃渡り一尺九寸*2。順手ど逆手、どぢらでも扱いやすいように作ってる。さぁ、たがいでみでけろ(持ってみてください)。日輪刀は、別名色変わりの刀ど言ってたがぎ主(持ち主)によって刃の色変わるのだ」

「では、遠慮なく」

 

 鉄条氏の声に頷き、俺は小太刀を手に取り、鞘から抜いてみる。すぐさま、刀身がその色を変えていくのだが…

 

「なんだ…ほいな(そんな)色は見だ事がねぁー(ない)

 

 呆然と呟く鉄条氏だが、それも当然だ。小太刀の刀身は、光の当たり方や見る角度で色彩が変化する…所謂マジョーラカラー*3に変化していたのだから。

 

「赤にも青にも緑にも見える…不思議な色だ」

「私の全集中の呼吸は、他の方々とは異なる類のものらしいので、その為だと思います」

「そうが…いや、珍しい物見せでもらった」

 

 俺の言葉に納得したように頷いた鉄条氏は―

 

 ―刀の手入れが必要な時や、刀壊れだ時は遠慮なぐ言ってけさいん。それが刀鍛冶の仕事だがら!―

 

 そう言い残し、刀鍛冶の里へと帰っていった。甘い物が好きだと言っていたので、パティスリー東雲で販売している焼き菓子の詰め合わせをお土産に、と3箱ほど渡したところ凄く喜んでくれたから、後々()()()()()()()()()()()()()()()、土産として持っていくことにしよう。

 

 

天元視点

 

 最終選別が終わって3週間が経った頃。任務を終えた俺は呼び出しを受け、お館様のもとへと馳せ参じた訳だが…

 

「先客がいたか」

「宇髄様、暫くです」

「………」

 

 俺よりも先に東雲と冨岡が着座しており、その背後には12人の隠が控えている。

 東雲と隠がいる事から見て、()()()()()だとは思うが…冨岡は何の為にいる?

 そんな事を考えながら俺も着座し、待つ事暫し。

 

「お館様のお成りです」

 

 ひなき様の声と共に、お館様がそのお姿をお見せになられ、俺達は一斉に平伏する。

 

「やぁ、皆よく来てくれたね。特に義勇と天元は、長期の任務が終わってすぐにも拘らず駆けつけてくれた事。感謝しているよ」

「何をおっ―」

「何を仰います、お館様! お館様のご尊顔を拝する事こそ名誉の極み! その為ならば、例え地の果てであろうとも馳せ参じる覚悟が出来ております!」

 

 冨岡の声を遮り、上乗せする形で声を張り上げる。悪いな冨岡。お前みたいな地味な野郎にお館様へのお声掛けは渡さねえよ。

 

「うん、ありがとう。では、早速だけど本題に入ろう。麟矢君」

「はい! 以前より進めておりました弓隊の件ですが、人員の選出と基礎訓練が終了いたしました為、お知らせさせていただきます」

 

 東雲の声と共に再度平伏する12人の隠達。遂に弓隊が始動するか。

 

「隠の皆さんの中から希望者を募り、適正を測る試験を実施。合格者として12人を選出いたしました」

「それでは僭越ながら、弓隊構成員を紹介させていただきます」

新名安明(あらなやすあき)!」

「はっ!」

 

 名を呼ばれた隠は覆面を取り、その素顔をお館様へ晒していく。

 

櫻庭悟朗(さくらばごろう)!」

「はっ!」

茅葺純子(かやぶきじゅんこ)!」

「はっ!」

御崎恵巳(みざきめぐみ)!」

「はっ!」

日々野俊作(ひびのしゅんさく)!」

「はっ!」

普寺芽依(ふじめい)!」

「はっ!」

黒寺頼耶(くろでららいや)!」 

「はっ!」

八上瑤子(やのかみようこ)!」

「はっ!」

白鐘沙綾(しろがねさあや)!」

「はっ!」

獅噛翔(しがみかける)!」

「はっ!」

池浪隆太郎(いけなみりゅうたろう)!」

「はっ!」

呉西拝十(ごせいはいと)!」

「はっ!」

「以上が第一次選抜を突破した12名でございます」

 

 男7に女5、性別の違いに囚われず実力のみで選抜したか。女というだけで侮る手合も少なくないって言うのに、流石は東雲と言ったところか。

 

「実に頼もしい顔ぶれだね。これからは弓隊の一員として、頑張ってくれる事を期待しているよ」

「お館様のご期待に応えられるよう、我ら12名! 粉骨砕身の気概で任務に邁進いたします!」

 

 お館様の激励に、12人を代表して答える新名。なかなか良い気合の入り方だぜ。そして―

 

「弓隊の結成を祝して、部隊の名前を考えてみたんだ」

 

 お館様の声と共に、横に控えていた輝利哉様が手にした紙を広げていく。そこに書かれていた文字は…

 

筋交(すじかい)*4。今後は弓隊の事をこう呼称してくれるかな?」

「光栄な事でございます! 本日只今より、我らは筋交を名乗らせていただきます!」

 

 額を擦り付けるほど平伏しながら声を張り上げる新名。その姿を見て、静かに微笑みながら頷くお館様。

 

「それじゃあ、この場に天元と義勇を呼んだ理由を話すとしようか。天元、義勇、すまないが暫くの間、任務に赴く際は筋交の皆を連れて行ってほしい」

「筋交を…あぁ、現場で評価しろと?」

「そういう事だね。あとは、どのように筋交を動かせば、最大限に力を発揮出来るのかの見極めも行ってほしい」

「他の(子達)に頼もうかとも考えたが、皆それぞれに事情があって難しいからね」

 

 たしかに、悲鳴嶼さんは盲目故にこういった類の評価は難しいだろうし、既に蝶屋敷の運営を行っている胡蝶に筋交の評価までやらせるのは、いくら何でも無茶が過ぎる。そして不死川は…弓隊を不要だと唱えている急先鋒。評価以前に何もさせない可能性が高い。

 そう考えると、俺と冨岡が評価を引き受けるのが最善ってところだな。

 

「わかりました。筋交の評価、謹んでお受けいたします」

「御意」

「ありがとう。期待しているよ、天元、義勇」

 

 こうして、筋交のお披露目は無事終了。早速、冨岡と人員の割り振りについて話そうとしたのだが…

 

「俺はどうでもいい」

 

 それだけ言って冨岡はさっさと帰りやがった! まったく、毎度毎度人を怒らせる事に関しては天才的だな! 俺が派手を司る祭りの神なら、あいつは煽りを司る悪口の神か!?

 

「まあまあ、宇髄様。冨岡様の代わりに私がお手伝いしますから」

 

 東雲が気を利かせてくれたからいいものを…やはりアイツは柱に相応しいと言えねえな。

 

 

麟矢視点

 

 宇髄さまの冨岡様に対する好感度低下(若干のトラブル)はあったものの、弓隊改め筋交の運用は開始された。

 産屋敷邸を訪れる毎に耀哉様から聞かされる話によると、筋交の効果はこちらの予想以上のものがあったようで、宇髄様や冨岡様からの報告によると、隊士の負傷率や殉職率が目に見えて下がっているそうだ。

 

「これだけの成果を上げたので、実弥も筋交の事を認め始めたようだ。麟矢君には何とお礼を言うべきだろうね」

「お役に立てたのならば、何よりでございます。これからも浅学菲才の身ではありますが、鬼殺隊の一助となれれば幸いです」

 

 

 俺の介入によってここまでは最良の展開を進んでいた。そして、原作第1話の時期と思わしき、1913年(大正2年)2月初頭。

 これまでで最大級の()()()()が起きた。それは…

 

「竈門家の人々が…死ななかった」

 

 モーリアンによって齎された耀哉様からの手紙に、思わずそんな声が漏れる。

 流石に詳細は書かれていないが、冨岡様から耀哉様へ送られた書状によると―

 

 1つ…雲取山で炭焼きを営んでいる家族が鬼に襲われた。

 2つ…たまたま付近で鬼狩りを行っていた冨岡様並びに筋交の面々が異変を察知して駆けつけた為、鬼は逃走。

 3つ…7人家族のうち、長女だけが鬼に変えられた為、冨岡様が頸を刎ねたが他の6人は無事。

 4つ…長男が妹の敵を討つ事を冨岡様に直訴。冨岡様は自身の師でもある育手。鱗滝左近次様を紹介。長男は即旅立った。

 

 とあったそうだ。この長男とは99%、竈門炭治郎(かまどたんじろう)くんであり、長女とは禰豆子(ねずこ)ちゃんの事だろう。

 そして、冨岡様が鬼となった長女の頸を刎ねたとあるが、これは恐らく嘘だ。

 俺の介入で、物語の展開に変化が起きているとはいえ、根幹部分を揺るがすような変化は起きない筈だからな。

 とにかく、この一件を知った耀哉様は、ご自身の直感で何かを感じ取ったのだろう。明日、柱を緊急招集する事を決定した他、俺とも()()()()()()()()と手紙に書かれてある。

 別件で話がしたい…か、どんな内容かはわからないが、期待に応えられるよう最善を尽くすとしよう。

*1
本作オリジナルキャラ

*2
約57.6cm

*3
日本ペイントが開発・発売する分光性塗料

*4
柱と柱の間に斜めに入れる部材の事。建築物や足場の構造を補強し、耐震性を高める効果がある




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

冨岡様が禰豆子ちゃんを見逃し、炭治郎くんを鱗滝様の下へ向かうよう伝えたのは原作通りですが、そのあまりの言葉足らずが災いし、竹雄くん達弟妹勢からは「何を言っているのかわからない」と非難されました。
更に一周回って冷静になった葵枝さんからも「何か深い事情がお有りとは思いますが…」と前置きをされた上で、「言葉足らずで伝えようとしている事が殆ど伝わっていない」と懇々と諭すように叱られたそうです。
間の悪い事に周囲の警戒に当たらせていた筋交の面々にも、一部ながらその光景を見られており「水柱様は何をやらかしたんだ?」と誤解されてしまったようです。


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拾参之巻 -お詫びと誤解と新生活‐

お待たせいたしました。

今回は、原作と違う運命を辿り始めた竈門家の皆さんについて描いていきます。
お楽しみいただければ幸いです。


麟矢視点

 

 耀哉様からの手紙を受け取った翌日。俺は朝食を済ませるとすぐに産屋敷邸へと急行。

 

「やぁ、良く来てくれたね。麟矢君」

 

 緊急の柱合会議を終えた耀哉様と、話し合いを開始した。

 

「それで、耀哉様。昨日の手紙には、別件で話がしたいと書かれていましたが…」

「うん、その件だけど…実はあの手紙を書いた時点では、その別件が()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 耀哉様らしからぬ歯切れの悪い物言い。俺が内心首を傾げていると…

 

「だから、その時に感じていた直感が外れる事を祈っていたんだけど…そうはいかなかった」

「実は、例の鬼に襲われた家族。その家の子ども達が、()()()()()()()()()、鬼殺隊に()()()()()()()()()()()()()()ようなんだ」

 

 とんでもない爆弾が投げ込まれた。だが、竈門家の皆さんが生き残ったという事は、そういう変化も起きうるのだと、こちらとしても想定しておくべきだった。

 原因はおそらく()()()()あたりか? そして、その事を俺に告げるという事は…

 

「本来ならば、当主である私自らがお詫びに出向くのが筋というものなんだけど、私は見ての通り気軽に出歩ける体でもない。だから」

「私が代理…という事ですね?」

「話が早くて助かるよ。麟矢君には辛い役目を押し付けることになるが…無理を承知でお願い出来ないだろうか?」

 

 そう言って、俺に頭を下げてくる耀哉様。参ったな、ここまでされては断るという選択肢を選ぶ事はありえない。

 

「耀哉様、頭をお上げください。不肖この東雲麟矢。鬼殺隊に関わる者として、耀哉様のご期待に沿えるよう、全力を以って代理を務めさせていただきます」

 

 耀哉様にそう答え、俺は竈門家の皆さんが滞在しているという蝶屋敷へと向かう。それにしても、こんな騒ぎになるとは…

 冨岡様…そういう風だから、周りから誤解されて嫌われるんですよ!

 

 

耀哉視点

 

 私の代理を引き受け、早速蝶屋敷へ向かってくれた麟矢君を見送り、秘かに安堵の溜め息を吐く。

 今回の件で義勇の取った行動は、決して間違いではない。被害を防ぐ事を最優先に考えれば、最速で行動してくれたと言えるだろう。

 だが、その行動は最速ではあっても、()()()()()()()()

 意味の無い仮定だが、義勇がもう少し()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、このような事態にはならなかっただろう。

 

「義勇は良い子だが、()()()()()()()()()()()。この事をきちんと話しておくべきだったね」

 

 そんな後悔を呟いた直後、座敷に入ってきたあまねの手を借りて立ち上がる。

 さあ、墓地で眠る子ども達へ会いに行くとしよう。

 

 

麟矢視点

 

 さて、産屋敷邸を後にした俺は、少し寄り道をしてから蝶屋敷へと急行。

 

「例のご家族は、一番奥の大部屋に滞在してもらっています」

「母親の葵枝(きえ)さんはともかく、子ども達は私達に()()()()()()()()()()

「年の近いきよ達には比較的心を開いているので、3人に仲立ちをしてもらっている状態ですね」

 

 診察室で胡蝶様と面会し、現時点での状況を聞き出した。ふむ、蝶屋敷から出ていこうとしていないだけ、まだマシ。といったところだな。

 

「これからその家族…竈門家の皆さんにお会いして、耀哉様の代理として謝罪しようと思うのですが…大丈夫ですかね?」

「そうですね…葵枝(きえ)さんは落ち着いていらっしゃいますし、子ども達も私達より東雲さんの方が警戒感は薄れるでしょう。恐らく大丈夫だと思います」

「わかりました。何かあった際にはすぐにお知らせしますね」

 

 そう言って俺は胡蝶様へ一礼し、診察室から竈門家の皆さんが滞在しているという大部屋へと移動していく。

 後々面倒な事にならないよう、最善を尽くさないといけないな。

 

 

竹雄(たけお)視点

 

 姉ちゃんが()()()()になって、兄ちゃんもいなくなった。

 家にいたら危険だからって、ここに連れてこられたけど…花子(はなこ)(しげる)も不安そうな顔をしてるし、六太(ろくた)も母ちゃんから離れようとしない。

 ここにいる人は皆優しいし、俺と年の近い女の子3人は色々気を使ってくれる。 母ちゃんも『心配しなくてもいい』と言ってるけど…いや、ここにいる人達もアイツの仲間なんだ。気を付けないと…

 兄ちゃんも姉ちゃんもいない今、俺がしっかりしなきゃいけないんだ!

 

「失礼します」

 

 心の中でそう決心していると、男の人が入ってきた。兄ちゃんより少し年上くらいに見えるけど、すごく高そうな洋服を着てる。誰だ、この人?

 

「竈門家の皆さんですね。私…こういう者です」

 

 男の人は笑顔で俺達に近づき、母ちゃんに1枚の名刺(紙切れ)を差し出す……何て書いてあるんだ? 

 

「東雲商会商品開発部部長付、東雲麟矢…あの、商社の方がどうして」

「実は私…鬼殺隊と関わりを持っております。本日は鬼殺隊当主産屋敷耀哉の代理として、参上した次第です。この度は―」

「出てけよ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()。そう聞いた瞬間、俺は大声を出していた。

 

「お前もアイツの仲間なんだろ! 出てけ! 今すぐ出てけよ!」

 

 両手を広げ、母ちゃんや花子、茂、六太を庇う様に、東雲って男の前に立つ。何をするつもりか知らないけど、母ちゃん達は俺が― 

 

「竹雄! やめなさい!」

 

 守るんだ! 心の中でそう叫ぼうとしたら、母ちゃんに拳骨で思いっきり叩かれた…痛ぇ…

 

「東雲さん、竹雄が失礼いたしました。竹雄、東雲さんが私達に危害を加える為にここへ来た訳じゃない事は、落ち着いて見ればわかるでしょう?」

「で、でも…アイツの仲間だし……」

 

 母ちゃんに注意された俺は、叩かれた頭のてっぺんを擦りながら、そう呟く。すると―

 

「竹雄くん。君の言うアイツ、冨岡義勇って名前なんだけど、彼のせいで嫌な思いをさせてしまったんだよね?」

「残念ながら、私はまだ大雑把な部分しか知らないんだ。よかったら詳しい事を話してくれないかな?」

 

 この人は膝を突いて、俺に視線を合わせるとそう聞いてきた。俺は少し迷ったけど…

 

「…わかった」

 

 あの日、何が起きたのか話す事にした。

 

 

 兄ちゃんが麓の町に炭を売りに行ったあの日。夜になって、皆で集まって眠っていたら―

 

「夜分に申し訳ありません。各地を回り行商をしている者ですが、運悪く道に迷ってしまい…仄かな灯りを頼りにここへ辿り着いた次第です」

「軒下で構いません。少しの間休ませてはいただけないでしょうか?」

 

 戸を叩く音と、そんな声が聞こえてきたんだ。時間は…わからないけど、夜明けまで半刻*1も無かったと思う。

 

「まぁ、それはさぞ大変だったでしょう。軒下と言わず、囲炉裏に当たって温まってください。禰豆子、戸を開けてあげなさい」

「はい」

 

 母ちゃんの声にそう答えた姉ちゃんが、心張り棒*2を外して戸を開けようとしたら―

 

「え…」

 

 引き戸ごと姉ちゃんが何かに刺された。腹からたくさん血を流して、倒れる姉ちゃんを見て、俺や花子、茂は悲鳴を上げるしか出来なくて、母ちゃんが慌てて姉ちゃんに駆け寄ってた。

 

「ふん、こんな判り易い噓に乗せられるとは…山育ちの田舎者は、無学で度し難いな」

 

 必死に姉ちゃんへ呼びかける母ちゃんの声が聞こえる中、そんな…凄く冷たい声が聞こえた。顔は…見えなかった。少し動けば、見えたんだろうけど…俺も花子も茂も、動けなかったんだ。そして―

 

「………7、いや8か。相手にするのは容易いが…手間をかけさせられるのも面倒だ」

 

 何か音が聞こえて、そいつはいなくなった。消えて無くなったみたいにいなくなったんだ。そしたら、俺達も動けるようになって…俺達は急いで姉ちゃんに駆け寄った。

 

「禰豆子! 目を閉じちゃ駄目! お願いだから目を閉じないで!」

「目を開けろ! 姉ちゃん!」

「姉ちゃん! 死んじゃやだ! 嫌だよぉ!」

 

 母ちゃんと俺達が必死になって姉ちゃんに叫んでいると―

 

「どうした! 何があったんだ!」

 

 兄ちゃんが大慌てで帰ってきた。

 

「昨日は三郎爺さんの家に泊めてもらったんだけど、夢に父さんが出てきて…凄く嫌な予感がしたから、無理を言って夜明け前に飛び出してきたんだ」

 

 兄ちゃんが帰ってきた事で少し落ち着いた母ちゃんと一緒に、姉ちゃんの腹に出来た傷に晒をきつく巻き付けながら、そう話してくれる兄ちゃん。

 

「よし、このまま麓のお医者さんの元へ連れて行こう。まだ、助かるかもしれない」

 

 そう言って、荷車を用意しようとしたその時だった。

 

「グォォォォォォッ!」

 

 姉ちゃんがまるで獣みたいな声を上げ始めた。その顔はいつもの姉ちゃんとはまるで違う…とても怖いものになっていて…

 

「ね、禰豆子…」

「ウァォッ!」

 

 声をかけた兄ちゃんに跳びかかる姿は、まるで山犬や熊みたいだった。

 

「禰豆子! 頑張れ! こらえろ、頑張ってくれ!」

「鬼になんかなるな! しっかりするんだ! 頑張れ!」

 

 必死になって姉ちゃんに押さえつけ、呼びかける兄ちゃん。

 

「姉ちゃん! しっかりして!」

「姉ちゃん、お願い! 元に戻って!」

「姉ちゃん!」

「禰豆子! 気を確かに持って!」

 

 俺も、花子も、茂も、母ちゃんも必死に姉ちゃんに呼びかけた。

 

「ウ、ゥア…」

 

 すると姉ちゃんは、ボロボロと涙を流しながら、少しずつ力を緩めはじめた。俺達の声が伝わったんだ! それなのに…

 

「………」

 

 アイツがいきなりやってきて、何も言わずに姉ちゃんを斬ろうとしたんだ!

 咄嗟に兄ちゃんが姉ちゃんごと転がったから、避けられたけど…そうしなかったら姉ちゃんは、アイツに斬り殺されていた。もしかしたら、兄ちゃんも一緒に殺されていたかもしれない。

 

「何故庇う」

「妹だ! 俺の妹なんだ!」

「そうです! 禰豆子は、私の娘なんです!」

「姉ちゃんに何するんだ!」

 

 刀をこっちに向けたままのアイツに、兄ちゃんと母ちゃんと俺が叫び返す。

 

「ガァァッ! ガァッ! グァウ!」

 

 そうしたら、姉ちゃんがまた叫びだした。きっとアイツを敵だと思ったんだ!

 

「水柱!」

 

 そこへまた6人、知らない奴らがやってきた。6人とも見たことない形の弓を持ってて、姉ちゃんをすごく警戒してた。

 

「あの鬼は俺が仕留める。お前達は念の為周辺半里*3四方を探索。他に鬼を見つけた場合、すぐに知らせろ」

「「「「「「はっ!」」」」」」

 

 アイツに命令されて、6人はすぐにいなくなった。

 

()()が妹か? ()()が娘か?」

 

 それからすぐ、冷たくそう言って向かってくるアイツ。兄ちゃんは咄嗟に姉ちゃんを庇ったけど―

 

「ガァァァァッ!」

「禰豆子!」

 

 いつの間にか姉ちゃんはアイツに捕まっていた。

 

「動くな」

「俺の仕事は鬼を斬る事だ。もちろん、お前の妹、お前の娘の頸も刎ねる」

「待ってくれ! 禰豆子は誰も殺してない!」

「そうです! 娘は少し前に誰かに腹を刺されて…それから様子がおかしくなっただけで、鬼なんかじゃありません!」

「調べればわかる筈だ! 禰豆子は鬼なんかじゃない。人間なんだ! 今どうして()()()()()のかはわからないけど、でも―」

「簡単な話だ。傷口に鬼の血を浴びたから鬼になった。人喰い鬼はそうやって増える」

「禰豆子は人を喰ったりしない!」

「よくもまあ、今しがた己が喰われそうになっておいて」

「違う! 俺の事は、俺達の事をちゃんとわかってくれた! 俺達の声を聞いて、涙を流したんだ!」

「そうだ! 俺達の声を聞いて、姉ちゃんは少しずつ力を緩めてたんだ! それなのに、お前があんな事したから、怒っちゃったんじゃないか!」

「涙を流したのも、力を緩めたのも単なる偶然だ。()()()()()()()()()が混濁し、一時的に混乱しているだけ。そんなものはすぐに消えてなくなる」

「違う! そんな事ない! 俺が、俺達が誰も傷つけさせない! きっと禰豆子を人間に戻す! 絶対に戻します!」

「治らない。鬼になったら人間に戻る事はない」

「探す! 必ず方法を見つけるから殺さないでくれ!」

「そうです! 私の残りの人生全てを費やしてでも見つけ出します。だから、禰豆子を、娘を殺さないでください!」

「お願いだよ! 姉ちゃんを助けてくれよ!」

 

 必死になって、姉ちゃんを殺さないように頼む俺達。だけどアイツは顔色一つ変えず、姉ちゃんに刀を突き付けて…

 

「やめてくれ!」

「やめてください…どうか禰豆子を…妹を殺さないでください…お願いします…お願いします…」

「お願いします。どうか娘を…おねがいします!」

「お願いします! 姉ちゃんを殺さないで!」

「お願いします!」

「お願いします!」

 

 兄ちゃんと母ちゃんの真似をして、俺も花子も茂もアイツに土下座した。だけど…

 

「生殺与奪の権を他人に握らせるな!」

 

 アイツから返ってきたのは怒鳴り声だった。

 

「惨めったらしく蹲るのはやめろ! そんな事が通用するなら、お前の娘は、お前の妹は鬼になどされていない!」

「奪うか奪われるかの時に主導権を握らない弱者が、妹を、娘を治す? 笑止千万!!」

「弱者には何の権利も選択肢もない! 尽く力で強者にねじ伏せられるのみ!!」

「妹を治す方法は鬼なら知っているかもしれない。だが! 鬼共がお前達の意志や願いを尊重してくれると思うなよ!」

「当然、俺もお前達を尊重しない! それが現実だ!」

「何故、さっきお前は妹に覆い被さった? あんな事で守ったつもりか!?」

「何故、俺を迎え撃とうとしなかった? なぜ、俺に背中を見せた? そのしくじりがこの結果を生んだのだ!」

「お前ごと妹を串刺しにしても良かったんだぞ!」

 

 俺達に刀を突き付けたままアイツは怒鳴り続ける。よく意味が分からない部分もあるけど…アイツは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 自分は刀を持ってて強いから、俺達に言う事を聞けって言ってるんだ…なんだよ、アイツの方がよっぽどおかしい奴じゃないか!

 

「お前…何言っているのかわかんねえよ!」

 

 

麟矢視点

 

「それで、兄ちゃんはアイツの言ってた鱗滝って人のもとに行きました」

「うん、竹雄くん。話してくれてありがとう」

 

 竹雄くんにお礼を言いつつ、俺は内心頭を抱えた。

 冨岡様! 原作通りと言えば原作通りだけど、貴方の物言いが思いっきり誤解されてますけど!

 現代だと中学生くらいの炭治郎くんは、理解出来たんだろうけど…どうして10歳かそこらの竹雄くんやその弟妹さん達にも理解出来るような内容で話さなかった!

 そもそもの話、初手に不意打ちみたいな真似をした時点で、反感を抱かれるって、なんでわからないかなぁ…とにかく、今すべき事は―

 

「竈門葵枝(きえ)さん、竹雄くん、花子ちゃん、茂くん、六太くん。この度は鬼殺隊所属、冨岡義勇の言動により、大変ご不快な思いをさせましたこと、本人並びに鬼殺隊当主産屋敷耀哉に代わり、謝罪させていただきます。申し訳ありませんでした!!」

 

 これ以上、鬼殺隊への悪感情を抱かれないよう、竈門家の皆さんに誠心誠意謝罪することだ。

 

「そんな! どうぞ、頭をお上げになってください! そちら様の都合や事情もそれなりに理解しておりますので!」

 

 慌てた様子の葵枝さんに促され、頭を上げた俺は―

 

「それで、今後についてなのですが…鬼に場所を知られた以上、あの家に戻る事は非常に危険です」

「ですので、こちらの方で住居を用意させていただきます。お望みでしたら、仕事の方も」

 

 賠償について話を進めていく。当初は『そこまでして頂く訳には…』と遠慮していた葵枝さんだったが、現状では炭焼きを生業として続けていく事は難しい事。近日中に開店する店舗の人員に空きがあり、今ならば推薦枠として採用出来る事。などを説明。

 

「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」

 

 最終的には受け入れてくれた。近いうちに狭霧山の鱗滝様のもとへ向かい、炭治郎君に話すとしよう。

 こうして、耀哉様から託された竈門家への謝罪は、無事に終了するのだった。

*1
約1時間

*2
戸や窓が開かないように押さえておくつっかい棒の事。用心棒とも言う

*3
約1.963km




最後までお読みいただきありがとうございました。

竈門家関連における原作との相違点は、以下の通りです。

①炭治郎くんが家に戻ってきた時間→原作とは違い、夜明け前に帰ってきた。夢枕に父親の炭十郎さんが立った事で、何か不穏なものを察知した模様。

②現場に駆け付けた鬼殺隊の人数→原作では冨岡様のみだったが、本作では筋交の6人が同行した。ただし、冨岡様の指示ですぐに周囲の警戒に散った為、竈門家とのやり取りには参加していない。

③生き残った人数→原作では鬼にされた禰豆子ちゃん以外全員殺されたが、本作では全員生存。竈門家を襲った存在が複数人(炭治郎くん、冨岡様+筋交の6人)が近づいてきているのを察知した為、面倒事を恐れて撤収した。


※大正コソコソ噂話※

麟矢とのやり取りから1週間後。葵枝(きえ)さんは蝶屋敷の近くに開店した『ビストロド東雲』で働き始めました。
当初はフロアでの接客のみを担当していましたが、ある日急病人が出た事で人手が足りなくなった厨房に、盛り付けのサポートとして入ったところ、その手際の良さと盛り付けの美しさが評判となり、厨房スタッフも兼任する事となりました。
給料は増えた反面、仕事量も増えた形ですが葵枝(きえ)さん曰く『炭焼きをやっていた頃に比べれば、楽なものです』とのことです。 


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拾肆之巻 -狭霧山での出会い-

お待たせいたしました。

今回は、麟矢が前回会えなかった炭治郎君と禰豆子ちゃんと顔を合わせます。
お楽しみいただければ幸いです。

なお、本作では年齢が明らかとなっていない竈門家の皆さんの年齢を―

葵枝さん(36歳)、竹雄くん(10歳)、花子ちゃん(8歳)、茂くん(6歳)、六太くん(3歳)と設定しております。


麟矢視点

 

 竈門家の皆さんが新しい生活を始めて早10日。

 生業としていた炭焼きから、慣れない接客業への転職で、色々苦労するかと思われた葵枝(きえ)さんだったが、意外にも適性があったらしく、一昨日アポ無しで様子を見に行った際には、スムーズに仕事を熟していた。

 店長曰く、早くも戦力の1人として欠かせない存在になりつつあるそうで、結構な事だ。

 竹雄くん達は葵枝さんが仕事に出ている間、東雲商会社員の子女を対象にした保育所に通っている。

 本来なら竹雄くん、花子ちゃん、茂くんの3人は、尋常小学校へ通っている年齢なのだが、家庭の事情もあり学校に通っていなかった*1為、来年度の尋常小学校編入を目指し、勉学にも励んでもらっている。

 こちらとしては、出来る援助は全てやった訳なので、あとは個々の努力次第と言ったところだろうか。

 それから、冨岡様だが…あれから耀哉様に呼び出され、自身の言葉足らずについて注意を受けたそうだ。

 恐ろしいことに耀哉様に指摘される少し前まで、冨岡様は自分が言葉足らずだとは()()()()()()()()

 

 -自分が口を開くと、何故か皆…特に不死川が不機嫌になった-

 -お館様や姉さん、先生、錆兎は不機嫌にならないのに…と不思議に思っていた-

 

 等と耀哉様に言っていたらしい。無自覚とは恐ろしいものだ。

 とにかく、耀哉様に諭された事で冨岡様も己の言葉足らずを多少は自覚したらしく、今後は改善出来るよう努力すると約束してくれたそうだ。

 これで冨岡様が柱の中で孤立する事は避けられ…いや、あの人、不死川様と仲良くなる為に、おはぎを手渡ししようとか考える人だからな。言葉足らずが多少改善されたくらいじゃ…

 

「……うん、その時はその時で考えよう」

 

 俺は考えを打ち切り、書類仕事を再開する。明日は早朝から出かけるからな。済ませられる仕事は済ませておかないと…。

 

 

 翌朝、俺は早朝から家を出て、馬である場所へと向かっていた。目的地は狭霧山。そう、炭治郎くんが鱗滝左近次様から指導を受け、修行を行っている山だ。

 

「炭治郎くんもご家族に関する心配事が無くなれば、更に修行へ力が入る筈だ」

 

 そんな事を呟きながら馬を駆る事数時間。狭霧山の麓へ辿り着いた俺は―

 

「ごめんくださいませ! 育手の鱗滝左近次(うろこだきさこんじ)様はご在宅でしょうか!」

 

 一軒の板葺き屋根の家へ近づき、板戸を叩きながら、そう声をあげた。待つこと数秒。

 

「どちら様かな」

 

 そんな声と共に板戸が開き、天狗の面を付けた男性が現れた。鱗滝様だ。

 

「突然の訪問、平にご容赦ください。私、こういう者です」

 

 俺は深々と頭を下げ、鱗滝様へ名刺を差し出す。

 

「東雲商会商品開発部部長付、東雲麟矢…商社の方が何用かな? いや、儂を育手と知っているという事は…」

「はい、私は鬼殺隊と関わりを持っております。本日は現在ここで修業中の竈門炭治郎くん、そして()()()()()()()()()()で訪問させていただきました」

「…義勇から聞いたのかな?」

「いえ、冨岡様からは何も。()()()()()()()()()()()()()…とでも言わせていただきます」

「………上がりなさい」

 

 僅かな沈黙を挟み、俺を招き入れてくれる鱗滝様。俺は一礼し、家の中へと入る。そこには―

 

「………」

 

 布団へ横になり、眠り続ける少女の姿があった。禰豆子ちゃんだ。

 

「外は寒かっただろう。生憎茶葉を切らしていて白湯しか出せないが、まずは体を温めるといい」

 

 俺の視線が禰豆子ちゃんに向けられているのを察したのか、そう声をかけてくる鱗滝様。いかんいかん、匂いで俺に敵意が無い事はわかってくれている筈だが、余計な警戒感は抱かせないに限るな。

 

「お心遣い感謝します。これはつまらない物ですが…」

 

 俺は鱗滝様に笑顔を見せつつ、持参した手土産を差し出す。

 

「これは、ご丁寧に…中身を伺っても構わないかな?」

「はい、羊羹です」

「羊羹!」

「あ、もしかして、羊羹はお嫌いでしたか?」

「いや、嫌いではない。むしろ好物だ。ありがたく頂戴する」

 

 手土産が好物の羊羹*2と知り、どことなく嬉しそうな様子の鱗滝様。うん、これで平和的に話が出来るだろう。

 

 

「なるほど。筋交と言う名の弓隊が新たに設立された事は聞いていたが、君がそれに関わっていたとは…」

 

 鱗滝様の入れてくれた白湯と俺の持参した羊羹をお供に話を続ける中、感心したような声を上げる鱗滝様。

 敵意が無いとはいえ、初対面且つ自分と冨岡様しか知らない筈の事を知っている俺をどうしても警戒していた鱗滝様だったが、俺がひなきちゃんの許婚である事や、鬼殺隊の改革に着手している事などを話しているうちに、その警戒心は殆ど無くなったようだ。さて、そろそろ本題に移るとしよう。

 

「それで、鱗滝様。禰豆子ちゃんは今、どういった状態なのですか?」

「うむ、ここに来てからずっと眠り続けている状態だ。信頼出来る医者にも見せたが、特にこれといった異常は見受けられない。強いて言うならば、熊や亀、蛇が行う冬眠に近い状態との事だ」

「冬眠、ですか」

 

 鱗滝様の説明にそんな声をあげながら、俺は眠り続ける禰豆子ちゃんを見る。原作通り、禰豆子ちゃんは人喰いの衝動を睡眠欲へと変換。眠りによって体力が回復するように自らを変質させているようだな。

 

「単刀直入にお伺いします。禰豆子ちゃんについて、どのようにお考えでしょうか?」

「はっきりとした確証が在る訳ではない。だが、これまで見てきた幾多の鬼とは違う…そう感じさせる何かがある。こうやって眠り続けているのも、人を喰わずに己の力を回復させる為…と考えれば、説明がつく」

「なるほど…」

「義勇が信じたように、儂もこの二人を信じようと思う」

「それを聞いて安心致しました。私も二人に害が及ばぬよう、出来る限りの手を尽くしていきます」

 

 禰豆子ちゃんに対する認識を共有し、ガッチリと握手を交わす俺と鱗滝様。よし、ここからは炭治郎君について聞いていくとしよう。

 

「そういえば、炭治郎くんはどんな具合ですか?」

「目的が目的だけに頑張っておる。最初は覚悟が甘く、()()()()()()()()()()()()、指摘すればすぐに修正するだけの柔軟さもある」

 

 判断が遅い…か。おそらくそれって…

 

「鱗滝様。その判断が遅い点についてですが、炭治郎くんの覚悟が甘かった為…とは、一概に言い切れないかもしれません」

 

 俺は言葉を選びつつ、葵枝(きえ)さんや竹雄くんから聞いたあの日の事を鱗滝様へ伝えていく。即ち―

 

「冨岡様が炭治郎くんに対し、鱗滝様に会うよう伝えた事は間違いありませんが…その他に伝えるべき事を一切伝えていないんです」

「何っ!?」

「1つ、鬼化した(禰豆子ちゃん)を人間に戻す為には、他の鬼との接触が必要である事」

「2つ、鬼と接触した際、そして万が一にも禰豆子ちゃんが暴走した際、適切に対処する為には鬼と戦えるだけの力が必須である事」

「3つ、鬼と戦えるだけの力を得る一番の方法は、鬼殺隊に入る事であり、禰豆子ちゃんの事も考えた場合、優秀且つ理解のある育手に会う必要がある事」

「この3つの事を一切伝えていないんです…正直、これだけの情報を一切与えられず、ただ鱗滝様に会え。だけ言われたら…鱗滝様に会えば、禰豆子ちゃんを何とかしてくれるのでは? と勘違いしてしまいますよね。覚悟以前の問題かと…」

「義勇…昔から口下手なところはあったが、そこまで言葉足らずになっていたとは…」

 

 俺の話を聞き、ガックリと肩を落とす鱗滝様。

 

「恐らくですが、鱗滝様や同門の方々は冨岡様が口下手である事を理解し、尚且つ言葉以外の方法で冨岡様の真意を理解出来ていたのが、徒となった形ですね」

「うむ、儂は匂いで…錆兎や真菰も、それぞれの方法で義勇の言いたい事を理解していたからな。敢えて口下手を指摘するまでもなかった…今になって思えば、それが誤りだったか」

「でも、ご安心ください。耀()()()()()()()()を受けて、冨岡様もご自身の口下手を認識されましたから!」

「お館様からの、指摘……な、なんと恐れ多い事を…」

 

 天狗の面越しでも判るほど狼狽した様子の鱗滝様。耀哉様の件を伝えたのは、失敗だったかと考えつつ、様子を見守る事約10秒。

 

「す、すぐにでもお館様へ謝罪の文を書かねば! あと、義勇にもだ!」

 

 再起動した鱗滝様は、棚から墨と筆、紙を取り出し、手紙を書き始めた。その全身から漂う雰囲気は圧倒的で、正直近づくのが躊躇われる。

 

「あ、えーと。鱗滝様。お手紙でお忙しそうですので、お昼の用意は任せて頂いてもよろしいですか? 材料は持ってきておりますので…」

 

 なんとかそれだけを伝えると短く、『任せる』とだけ返ってきた。うん、了承は得たから作るとしようか。

 俺は背嚢から材料を取り出し、調理を開始するのだった。

 

 

炭治郎視点

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

 

 無数の罠が仕掛けられている山を下り、乱れた息を整えていく。ここまで来れば鱗滝さんの家まで一町*3もない。もう少し―

 

「何だろう、この匂い」

 

 俺の鼻がその()()を嗅ぎ取ったのはその時だ。刺激的で、どこか甘い匂い。甘い匂いは野菜を焼いたものだと思うけど、刺激的な匂いは何なのかわからない。

 

「鱗滝さんが、何か美味しい物を作ってくれたんだ」

 

 俺はそう判断し、残る距離を一気に駆け抜けていく。

 

「戻ったか、炭治郎」

「おかえりなさい」

 

 戻った俺を迎えてくれたのは、鱗滝さんと眠り続ける禰豆子。そして、初めて会う男の人。この人は…

 

「はじめまして。東雲麟矢と申します」

「あ、はじめまして! 竈門炭治郎です!」

 

 笑顔で挨拶してきた東雲さんに、俺は慌てて頭を下げる。それと同時に嗅ぎ取れたのは…凄く優しい匂い。

 

「東雲殿は、()()()()()を全て把握しており…その上で、お前の助けになりたいと仰っている」

「鬼にされた妹さんを人へと戻す。長く困難な茨の道を敢えて選んだその覚悟。天晴れの一言です。私の出来る範囲ですが、精一杯お力添えさせていただきましょう」

「あ、ありがとうございます!」

 

 東雲さんからの温かい言葉に、思わず涙が零れる。そんな俺を東雲さんは優しく見つめながら―

 

「それから炭治郎くん。君のご家族についてですが、心配は一切いりませんよ」

 

 母ちゃんや竹雄達が、新しい土地で平和に暮らしている事も教えてくれた。

 

「家や仕事を世話してくれただけじゃなく、竹雄達が学校へ通えるように…ありがとうございます! ありがとうございます!」

「ハハハ、当然の事をしたまでですよ。さぁ、顔を上げて。食事にしましょう」

 

 米搗き飛蝗のように何度も頭を下げる俺にそう声をかけて、昼食の準備を再開する東雲さん。その手際は鱗滝さんが唸るほど見事で…

 

「お待たせしました。お口に合うと良いのですが」

 

 そんな声と共に用意されたのは、大ぶりに切られた鶏肉が幾つも入った刺激的な匂いの煮込み料理? それから草鞋みたいな形の何かを焼いた物…これは何なんだ?

 

「東雲さん、これは何という料理なんですか?」

「バターチキンカレーとナンになります」

「え? 東雲さん、ばたちき…かれえと、何ですか?」

「ナンです」

「えっ?」

 

 東雲さんの言っている事がわからず、俺は首を傾げる。何なのか聞いているのに、何です? と返すなんて…

 

「炭治郎。おそらくだが、これの名前が『ナン』と言うのだ」

 

 その時、鱗滝さんが助け舟を出してくれた。そうか、この草鞋みたいな形の物が、ナンって言うのか!

 

「しかしこのバターチキンカレー、話で聞くライスカレーとは随分と違うような…」

「カレーという言葉は元々、天竺(インド)で一般的に食べられている数々の煮込み料理、その総称として宗主国である英国(イギリス)が使い始めた言葉でして、煮込み料理の一つ*4英国(イギリス)に伝わり、向こうで作り易いように改良された物が、日本に伝わったライスカレーです」

「このバターチキンカレーは、天竺(インド)の北部で食べられている料理で、向こうの言葉に直すとचिकन(ムルグ) मखानी(マカニ)。ムルグが鶏肉、マカニが牛酪(バター)を意味します」

「日本風に言うなら、鶏肉と牛酪(バター)の香辛料煮込みと言ったところでしょうか」

「ふむ…これはいわば本場の料理と言う事か」

「そういう事ですね。そのナンも天竺(インド)北部でよく食べられているパンの一種です」

 

 鱗滝さんへ笑顔で説明する東雲さん。天竺の料理か…どんな味なのか、想像もつかない!

 

「では、いただくとしよう。いただきます」

「いただきます!」

 

 鱗滝さんに続いてそう口にした俺は、東雲さんが用意していた匙を手に取り、バターチキンカレーを一口。

 

「美味しい!」

 

 ピリッと辛いけど、凄く濃厚でコクがあって…こんな味は食べたことが無い!

 

「炭治郎君。ちぎったナンを付けて食べても美味しいですよ」

「は、はい!」

 

 東雲さんに勧められるまま、俺はナンを手に取り、一口大にちぎる。すると―

 

「えっ、これって!?」

 

 ちぎったなんの中に、白くて伸びる物が入っていた! これって…

 

「ナンの中に乾酪(チーズ)を入れています」

 

 乾酪!? そんな高級品が入っているなんて!

 

「ハハハ、何も心配する必要はありませんよ。美味しく食べられて、君の血や肉になるのならば、食材だって本望ってものです」

「その通りだ、炭治郎。今のお前はただ強くなる事を、妹を人間に戻す事だけを考えるのだ」

「…はい!」

 

 東雲さんと鱗滝さんにそう諭され、俺は食べる事に集中する。少しでも沢山食べて、少しでも力を付けないと! 全ては禰豆子を人間に戻す為だ!

 

 

葵枝(きえ)視点

 

「7番テーブル、4名様入られました!」

「5番テーブル、アジフライセットあがったよ!」

「8番テーブルオーダー、目玉焼きハンバーグセット、コロッケ3種盛りセット、マカロニグラタンセット!」

 

 時刻はもうすぐ午後6時。夕食時となる午後5時あたりから、店はお客さんで大賑わい。私の仕事も給仕接客担当から厨房担当へと変わり、出来上がった料理を大急ぎで盛り付けて、給仕担当へと渡していきます。

 

葵枝(きえ)さん! もうすぐ6時だから、時間通りに上がってくださいね!」

「はい、この盛り付けを捌き終えたら上がらせていただきます」

葵枝(きえ)さん! 賄いの残りで悪いけど、ポトフとマカロニサラダ、鍋と容器に入れているから持っていきな! お子さん達も腹減らしてるだろうからさ!」

「いつもすみません。ありがたく頂戴していきます」

 

 本来なら猫の手も借りたいほどの忙しさなのに、店長をはじめとする皆さんは、私にとても良くしてくださいます。

 もう少し生活に余裕が出来たら、働きで皆さんに恩返ししよう。一日の仕事を終える度に、私はそう心に誓い、家路に就くのでした。

*1
オリジナル設定。ちなみに1912年当時の就学率は男子98.8%、女子97.6%、平均98.2%

*2
オリジナル設定

*3
109m

*4
ターメリックライスに野菜と肉のスープをかけた『マリガトーニスープ』と言われている




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

葵枝さんがビストロド東雲で働くことになった際、麟矢は店長以下スタッフ全員に対し、葵枝さんについて―

・早くして夫に先立たれた後、6人の子どもと力を合わせ、貧しいながらも誠実に生きてきた苦労人。
・少し前に家へ物取りが入り、僅かな金品を奪われたばかりか、長女が重傷を負わされた。
・長女は現在も意識不明で、遠くの病院に入院中。長男は治療費を稼ぐ為に出稼ぎに出た。
・夫の知り合いだった社長(麟矢の父、辰郎)を頼り、街に出てきた。

と説明しています。その為、店のスタッフは葵枝さんに同情的で、賄いを多めに作って持って帰らせる。可能な限り残業をさせないなど、出来る範囲で葵枝さんを助けています。


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拾伍之巻 -麟矢、初陣-

お待たせいたしました。

今回はあの柱が登場し、麟矢と共に戦います。

お楽しみいただければ幸いです。


麟矢視点

 

 狭霧山に出向き、鱗滝様と炭治郎くんに出会ってから5日。俺は耀哉様の仲介を受け、先日()()()()()()()()()()()と会う為にその方の自宅…ではなく、その方の自宅近くにあるラーメン店『東雲軒*1』で顔を合わせる事となった。

 自宅ではなく、東雲軒でというのは…十中八九()()()()()()()()()()を避ける為だな。

 そんな事を考えながら、東雲軒へと到着した俺は、引き戸に手をかけるが―

 

「うまい!」

 

 引き戸を開こうとした瞬間、そんな声が聞こえてきた。

 

「おぉ、ここであの台詞を聞けるとは…」 

 

 あの台詞を聞けたことに感動を覚えつつ、引き戸を開くと―

 

「うまい!」

 

 空の丼3つを積み上げ、4杯目のラーメンを堪能する()()()()()()()()()()()が特徴的な男性の姿があった。俺は静かに男性へと近づき、頭を下げる。

 

「炎柱、煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)様。お待たせ致しました。東雲麟矢でございます」

「おぉ、来られたか! 煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)だ! 本日は店を貸し切りにしていただいて申し訳ない!」

「いえいえ、もともと定休日でしたので。ご店主に無理を聞いてもらいました」

 

 そんな会話を交わす俺と煉獄様。そう、煉獄邸での面談が不可能となった為、俺は近くの東雲軒に連絡を取り、店長に無理を言って定休日に店を開けてもらったのだ。勿論、人件費など諸々の費用は払っている。

 

「それにしても、この醤油ラーメンは実にうまい! ご店主! すまないがもう一杯いただきたい!」

「私も一杯いただけますか。あと、そちらの方に焼き飯と餃子を」

「かしこまりました!」

 

 煉獄様と俺の注文に威勢良く答え、調理を開始する店長。

 

「焼き飯と餃子…醤油ラーメン以外にもお勧めがあったとは!」

「醤油ラーメンと餃子、焼き飯の組み合わせは鉄板です。煉獄様、是非ともお試しを」

「鉄板の組み合わせが存在していたとは…よもやよもやだ! 客として不甲斐なし! 穴があったら入りたい!」

 

 俺の言葉に対し、予想通りの反応を取ってくれる煉獄様。そして、出来上がった餃子と焼き飯を食べた反応も…

 

「うまい!」

 

 

杏寿郎(きょうじゅろう)視点

 

「ごちそうさまでした!」

 

 醤油ラーメン9杯と餃子3人前、焼き飯4人前を平らげ、満腹になったところで、俺はしっかりと手を合わせ食後の挨拶を口にする。

 

「お粗末様です。いやぁ、こちらが惚れ惚れするほどの食べっぷり。実にお見事!」

「いやいや、こちらのラーメンがそれだけ美味しかったということ! また、食べに来させていただきます!」

「是非とも、お待ちしております」

「店長、申し訳ありませんが30分ほど外へ出ていてもらいますか? 仕事関係で、()()()()を行いますので」

「わかりました。近くのカフェにおりますので、終わられたらお声掛けください」

 

 俺の食べ終わった丼や器を下げ、外へ出ていったご店主を見送った俺は、改めて東雲殿へと向き直り―

 

「こちらの都合で、面談の場を自宅より変更させてもらったこと。改めてお詫びさせていただく! 申し訳なかった!」

 

 そう言って深々と頭を下げる。

 

「いえ、()()()()()()は承知しておりますので、お気になさらず」

 

 にこやかな笑みを崩さず、そう返してくる東雲殿。うむ、宇髄や胡蝶の言う通り、()()()()()()()()()()()()()()()ようだ!

 

「君が設立に関わった筋交。俺も何度か任務を共にしたが、素晴らしい働きぶりだった! 隊士の負傷率や殉職率が目に見えて下がった上に、鬼を仕留めるまでの時間も短くなった。実に素晴らしい!」

「それは結構な事でございます。風柱…不死川様も筋交に関して高評価を頂き、安堵しているところです」

「ああ! 不死川は口調こそ荒いが、筋を通せば真っ当な評価を行える男だ!」

 

 そんな会話を交わしたところで、俺は東雲殿に本題を切り出した。

 

「東雲殿。実は先程、新たな鬼に関する知らせが入ったのだが…少々妙な節があってな」

「妙な節…ですか」

 

 東雲殿の呟きに俺は頷き、懐から取り出した地図を食卓へと広げる。

 

「昨晩鬼が現れたのは、こことここ。それからここ。この()()()()()()()()()()()()()()()() 

「3ヶ所はそれぞれ直線距離で…18里から20里*2は離れてますね。流石にこれだけ離れた複数個所を、1体の鬼が時間差無しで襲ったと考えるのは、無理があります。複数の鬼がたまたま同時期に動いた…という事ですか?」

「俺も最初はそう考えた。だが、話はそう単純ではない。鬼が襲った3ヶ所では、それぞれ見世物小屋*3や軽業、芝居の興業が行われていた。そして興行を襲った鬼は、客や興行主は皆殺しにしているが…軽業師や役者、見世物にされていた者達には()()()()()()()()()()

「………偶然にしては出来過ぎですね。同一の鬼の仕業…だが、そう考えると距離の問題が立ち塞がるか…難問ですね」

 

 地図を見つめながら僅かに考え込んだ東雲殿は―

 

「煉獄様」

 

 5つ数を数えるか数えないかの内に口を開いた。

 

「人食いを重ねた鬼は、血鬼術という物を行使出来るようになると聞きました。例えば分身を作る血鬼術が使えると仮定すれば、距離の問題については解決可能ですね」

「たしかに1ヶ所を自分で襲い、残り2ヶ所を分身に襲わせるようにすれば、その点は解決出来る。では、殺す人間と殺さない人間に分けたのは?」

「単純に考えれば、選り好みした…でしょうか。興行を生業とする人を見下す輩は一定数存在します。そういう輩が鬼になったとしたら…」

「説明はつくか…よし!」

 

 東雲殿の推理に、俺は大きく頷き―

 

「東雲殿、すまないが今晩、俺と共に鬼狩りに出てほしい!」

 

 高らかにそう宣言した。

 

「私が…ですか?」

「ああ! 筋交は全員他の任務で出払っていてな。お館様から君を推薦された! 何よりも俺自身が君の力を見てみたい!」

「…私で宜しければ、喜んでお供させていただきますが…今夜、鬼が何処に出るかを突き止めない事には…」

「その事ならば心配はいらない!」

「え?」

「今晩鬼が現れるのは…浅草公園六区の見世物小屋だ!」 

  

 うむ! 俺と東雲殿なら、鬼が見世物小屋を襲う前に仕留める事が出来るだろう!

 

 

麟矢視点

 

「あの時は勢いに押されたが…」

 

 東雲軒でのやり取りから時は経ち、今は夜。周囲で一番高い建物の屋根に上った俺は、見世物小屋へと向かう幾つかの経路。その中でも、鬼が通る確率が最も高いと思われる経路の警戒を行っていた。

 

「府内で見世物小屋の興業が許可されているのは、この浅草公園六区のみ。関東近郊では明後日の晩まで見世物小屋の興業はなし。落ち着いて考えてみれば、ここを襲うのは明々白々だったな」

 

 そんな事を呟きながら、背負った矢筒から1本の矢を取り出した俺は、いつも通りの動作で矢を番え―

 

「通行人が多い他の経路にも、念の為に藤の花の匂い袋を仕掛けておいたし…ここを通るのは…ある意味当然!」 

 

 夜の闇に紛れ、こちらに高速で近づいてくる気配へ向けて発射! 矢は一直線に飛んでいき、見事に気配の主=鬼へと命中。

 

「んぎっ!」

 

 大型の鹿や熊をも仕留める威力の矢を真正面から受ける形となり、派手に転倒する鬼。すぐさま起き上がり、刺さった矢を抜こうとするが…

 

「ぎゃぁぁぁっ!」

 

 それよりも早く矢が爆発し、矢が刺さった左肩から先と、矢を掴んでいた右手を吹っ飛ばす。

 

「ご、ごっ、ごのぐらいでぇ!」

 

 それだけの威力でも、鬼に対しては決定打にならない。だが―

 

「炎の呼吸…壱ノ型。不知火!」

「でぇ…」

 

 一定以上の力量を持った隊士が、鬼の頸を刎ねるのに必要十分な隙を生み出すことは出来る。煉獄様の一撃で頸を刎ねられ、頭と体が別れ別れとなる鬼。その姿は全身毛むくじゃらで、まるで前世の特撮映画で見た獣人のようだ。

 

「あ、あぁ…」

 

 頸を刎ねられ、その体が徐々に灰と化していく鬼。これで終わりかと思われたが…

 

「に、にいぢゃぁぁぁん! ぢっぢゃい、に、にいぢゃぁぁん!」

 

 鬼が俄かには信じられない言葉を吐いた。直後、近づいてくる2つの気配。

 

「まさかとは思うが!」

「分身ではなく、()()()()か!」

 

 思わずそう口にしながら、俺と煉獄様が後方へと下がったところで、姿を現す2体の鬼。その姿は先程の鬼とまさしく瓜二つ。なるほど、()()()()()という事か。

 

「あぁ、お、弟よ!」

「許せ! お前だけを先に行かせたのは、兄達の失敗だった!」

「にいぢゃん…ぢっぢゃいにいぢゃん…」

 

 兄達に看取られ、完全に灰と化す鬼。巻き起こる風が灰を空へと巻き上げた直後―

 

「「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」」

 

 人目も憚らず慟哭する兄鬼達。やがて、その慟哭は収まり…

 

「よくも! よくも弟を!」

「許しはせんぞ! 鬼狩り!」

 

 兄鬼達は殺意に満ちた眼で俺達を睨みつけた。俺はコンパウントボウをゆっくりと地面へ置くと―

 

「煉獄様。片方の鬼は任せます。もう片方は俺が」

「心得た」

 

 両腰に差していた鞘から小太刀を抜き、右を順手、左を逆手で持つ独自の構えを取り、同時に走り出した!

 

 

「よくも! よくも弟を殺したな! 3人だけの家族だった! 家族だったんだぞ!」

「家族を殺されて悲しむ気持ちがあるなら! 殺した相手を憎む気持ちがあるなら! 何故大勢の人を殺した!」

 

 鋭く伸ばした両手の爪で切りかかってきながら、怒りをぶつけてくる兄鬼。その攻撃を防ぎながら、俺は負けじと言い返す。すると―

 

「俺達は悪くねぇ! あいつは俺達を見世物にした! 棒や鞭で叩いた! あいつらは俺達を見て気味悪がった! 嘲笑った! 悪いのはあいつらだ!」

「全身に毛が生えてた。それだけで、俺達は化け物扱いだ! 俺達が何をした! 何もしちゃいねぇ! だから、あのお方が力をくれたんだ!」

「『理由も無くお前達を傷つけ、嘲笑った者達へ復讐しろ。これは正当な権利だ』ってな!」 

 

 泣きながらそう喚き散らす兄鬼。なるほど…そういう事か。

 

「せっかく、せっかく…俺達を傷つけた奴らに復讐して、兄弟3人で楽しく生きていく筈だったのに…お前らの、お前らのせいでぇ!」

 

 駄々っ子のように両腕を滅茶苦茶に振り回し、向かって来る兄鬼。もう()()()は止まらない。止まれない。そのくらい…壊れている。

 

「せめて、一瞬で終わらせます」 

 

 俺はバックステップで距離を取り、一気に終わらせる為構えを取る。使うのは俺独自の呼吸。その名も―

 

「全集中…(まがい)の呼吸」

 

 桑島様が『出来の良い贋物を見ているような呼吸』と評した通り、この呼吸は模倣に特化している。間近で見た呼吸と型を模倣し、我が物とする呼吸。だから(まがい)の呼吸!

 

「水ノ型。壱ノ段、異端・水面斬り!」

 

 俺は踏み込みと共に一気に間合いを詰め、交差させた両腕を勢い良く水平に振るい、左右の手で順手持ちにした小太刀二刀で斬撃を叩き込む。

 

「あ、あぁ…」

「………次に人として生まれる時は、その人生が穏やかなものでありますように」

 

 頸を刎ねられ、灰と化していく兄鬼へそう呟き、心の中で冥福を祈る。見れば、煉獄様の方も勝負がついたようだ。

 

「煉獄様、お疲れさまでした」

「ああ。東雲殿も見事でした」

 

 そう言葉を交わしたまま俺も煉獄様も黙り込む。鬼となり、多くの人を殺した事は決して許されることじゃない。だが、そこに至ったまでの経緯を考えると…な。

 

「…俺は、良き母に恵まれた」

 

 煉獄様が口を開いたのはその時だ。

 

「良き父にも恵まれた。今は躓き、正しき道を見失われているが、必ず立ち直ってくださる。そう信じられるだけのお方だ」

「友にも、主君と敬うべき方にも恵まれた。だから鬼となり、他人への復讐に走るほどの憎しみを抱く者の気持ちは…理解出来ないのかもしれない」

「だが、それでも、理解しようと努力する事は出来ると思っている。もっとも、こう考える事自体、恵まれた者の傲慢かもしれないがな」

 

 ゆっくりと言葉を選びながら、己の考えを口にする煉獄様。本当にこの人は、立派な人だ。

 

「傲慢などではありませんよ。昔、ある人が言っていました。人より強く生まれた者、優れて生まれた者にとって、弱き人を助けること、他者の手本となることは当然の責務だと」

「煉獄様の様に、他者の不幸や苦しみを理解しようと努力する者がもっと増えれば、世の中はもっとマシになるのですが」

「うむ、なかなか儘ならぬものだ!」

 

 そんな会話を交わしながら、俺達は帰路に就く。こうして、俺の初陣は終わりを告げるのだった。

*1
東雲商会が経営するラーメンチェーン。1913年2月現在、3府8県で合計31店舗が営業中

*2
約70.7~78.5km

*3
珍奇さや禍々しさ、猥雑さを売りにして、日常では見られない品や芸、獣や人間を見せる小屋掛けの興行の事。主に奇異な外見に重きを置いている点でサーカスと区別されている。海外では『フリークショー(Freak show)』と呼ばれる。




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

今回登場した三つ子の鬼。同族嫌悪の呪いがかかっていないように見えますが、兄弟以外の鬼に対しては、しっかり同族嫌悪の感情を抱いています。
兄弟に対して同族嫌悪の感情を抱かない理由は、三つ子であるが故にそれぞれがそれぞれを自分と同一の存在であると認識している為だと思われますが、詳細は不明です。


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拾陸之巻 -再会+謝罪=和解の時-

お待たせいたしました。

今回はあのキャラクターが再登場し、あの柱と顔を合わせます。

お楽しみいただければ幸いです。


麟矢視点

 

 煉獄様との出会い、そして共闘から一月半。

 俺は東雲商会商品開発部部長付としての仕事をこなしつつ、鬼殺隊の一員としての仕事もこなすという文字通り二足の草鞋を履く生活を続けていた。

 幸いな事に、両方の仕事で成果を上げる事が出来ている訳だが…並の人間だったら過労死間違いなしのハードな毎日。転生特典で得たこの肉体*1の有難さが身に沁みるよ。

 

「まぁ、今日は鬼殺隊としての任務はなし。夜はゆっくり出来そうだ」

 

 朝日を浴びつつ体を伸ばした俺は服を着替え、朝食を食べる為に部屋を出ようとするが― 

 

「ん?」

 

 突然聞こえてきた窓を叩く音に、視線を送ると…

 

「これはこれは」

 

 そこに居たのは1羽の鴉。鎹鴉のモーリアンだ。 

 

「いらっしゃい、モーリアン」

 

 俺はすぐさま窓を開け、モーリアンを室内へ招き入れる。

 

「カァァァ、手紙、持ッテキマシタ。カァァァ」

「手紙…誰からですか?」

「カァァァ、先ノ最終選別ヲ突破シタ者。名前ハ獪岳。カァァァ」

「それはそれは。ありがとう、モーリアン」

 

 モーリアンに一言お礼を伝え、俺はモーリアンが背負っていた風呂敷包みを解き、中に入っていた手紙に目を通していく。

 

「なるほど」

 

 手紙にはまず時候の挨拶。それから本題が書かれていた。本題の内容は―

 

「モーリアン。今から手紙の返事を書きます。それを獪岳に届けてくれますか?」

「カァァァ、わかりました。カァァァ」

「ありがとう。待っている間、何か食べていてください。マヨネーズと…」

「カァァァ。燻製肉(ベーコン)を所望シマス。カァァァ」

「了解。少し待っててください」

 

 モーリアンにマヨネーズをベーコンを用意した後、俺は大急ぎで手紙の返事を書いていく。それにしても、会って話がしたいか。最終選別も無事に突破したようだし、少々派手なお祝いといきますか。

 

 

獪岳視点

 

 最終選別を無事に突破した俺は、先生から―

 

 -獪岳よ。日輪刀が届けばお前は名実共に鬼殺隊の隊士となり、厳しい戦いに身を置く事となる-

 -日輪刀が届くまで暫しの時間がある。もしも、今のうちに会っておきたい人がいるのなら、一目なりとも会ってくると良い-

 

 そう告げられ、結構な額の小遣いまで貰ってしまった。先生には俺の過去は殆ど話していない。話していないが…何かしら感じ取るものがあったんだろう。

 俺は先生に、ここに来る前不義理を働いてしまった人がいる事。許されるかは判らないが、その人に謝罪してくる事を伝え、山を下りた。

 道中、書いた手紙を鎹鴉に託しつつ、以前貰った紙に書かれた住所を頼りに東雲の家へとやって来た訳だが…

 

「豪邸だろ…」

 

 書かれた住所にあったのは3階建ての洋館。文字通りの豪邸だ。 

 

「東雲の奴…いいとこのお坊ちゃんだったんだな」

 

 そんな事を呟きながら、門の前を竹箒で掃除している洋装の女中へ声を―

 

「あ―」

「獪岳様でいらっしゃいますね」

「ッ!?」

 

 かけようとした瞬間、背後から声をかけられた。慌てて振り返るとそこにいたのは、壮年の男。

 でかい…6尺はあるだろうか。それに洋装の上からでも判るほど鍛えられた体。容易く俺の背後を取った身のこなし。相当な使い手だ。

 

「東雲家執事、後峠喜代晴(ごとうげきよはる)と申します」

「あ、獪岳…です」

「麟矢様は離れの方でお待ちです。どうぞこちらへ」

 

 後峠と名乗る男性に案内され、俺は広い庭の一角に造られた離れへと足を踏み入れる。

 

「お久しぶりです。獪岳」

 

 出迎えてくれたのは、洋装に身を包んだ東雲。その颯爽とした姿に俺は圧倒されかけるが、何とか踏みとどまり…

 

「あぁ、久しぶり」

 

 そう言葉を返し、勧められるがまま椅子へと腰を下ろす。すぐに茶と菓子が用意され―

 

「それでは何かありましたら、お呼びください」

 

 執事の人は退室。俺と東雲は話を開始した。

 

 

麟矢視点

 

「紅茶は初めてですか? 慣れない内は渋みを強く感じてしまうかもしれませんから、遠慮なく砂糖を入れて飲んでください」

「あ、あぁ…」

 

 俺の助言を聞き、そっと紅茶を口に含む獪岳。すぐさまその顔が苦々しいものに変わり、スプーンで砂糖を1杯。味を確かめて更に砂糖を入れていく。

 

「美味いな。香りが良い」

 

 合計で2杯半砂糖を入れてようやく良い味になったのだろう。獪岳の顔から苦々しさが消え、紅茶を楽しみだした。

 だが、あんなに砂糖を入れたら相当甘くなっている筈だ。例えるなら…前世で売られていたペットボトル入りの有糖紅茶並だろうか。まぁ、好みは人それぞれだ。

 

「獪岳。まずは最終選別の突破。おめでとうございます」

「あぁ、お前から文を貰っていたからな。生き残る事を最優先に、7日間過ごしたよ」

 

 俺の声にそう返し、微かに笑みを浮かべる獪岳。そう、前回の最終選別を突破した後、俺は桑島様へ文を送り、藤襲山の鬼の中に数十年単位で生き続け、人を喰らい続けた事で、最終選別を受ける程度の力量ではまず勝ち目が無い程強化された鬼がいる事を知らせておいたのだ。

 ちなみに、この情報は耀哉様にも伝えてあり、対策として今回の最終選別から監視役兼護衛を務める隊士の数が5名から10名に増やされていたりする。閑話休題。

 

「日輪刀が届けば、俺も正式に鬼殺隊の隊士だ。だからこそ…」

悲鳴嶼(ひめじま)様との件にケジメをつけたい」

「そういう事だ。事情を知らない人間に、行冥さんの事を聞く訳にはいかないからな。東雲を頼らせてもらった」

「頼っていただき、ありがとうございます。先日、手紙を貰った時点でこういう流れになると思って、悲鳴嶼(ひめじま)様の動向は調べておきました」

「それは…助かる」

 

 そう言って頭を下げる獪岳に微笑みつつ、俺は事前に調べた悲鳴嶼(ひめじま)様の動向について話していく。

 

悲鳴嶼(ひめじま)様は、4日前から遠隔地での討伐任務に当たられていましたが、無事に討伐を済まされ、現在帰路につかれています。何事も無ければ、日没前にはお屋敷に着かれる筈です」

「そうか…東雲、行冥さんのお屋敷、場所を教えてくれ。すぐにでも向かいたい」

 

 カップに残っていた紅茶を一気に飲み干し、今にも飛び出していきそうな獪岳。俺はそんな獪岳を手で制しつつ―

 

「焦って動いても良い結果は招きませんよ。大丈夫、時間の余裕は十分にあります」

 

 落ち着きを取り戻すように諭した。それによって、落ち着きを取り戻したのだろう。獪岳は顔を赤くしながらも再度椅子に腰を下ろしてくれた。

 さて、ゆっくり昼食を食べてから、悲鳴嶼(ひめじま)様のお屋敷へ向かうとしよう。

 

 

獪岳視点

 

 東雲の家で昼食をご馳走になった後、俺は東雲が手配した人力車に乗り、行冥さんの屋敷へと向かった。

 それにしても…あのナポ、ナポタン? とか言う洋風うどんは美味かった。赤茄子*2で作るケチャプと言う汁を味付けに使うと言っていたが、珍しい物を食わせて―

 

「獪岳、あと少しで悲鳴嶼(ひめじま)様のお屋敷です。ここからは歩きますよ」

「…あぁ」

 

 緊張しないよう他の事を考え続けていたが、東雲の声で我に返る。もうすぐか…

 否が応にも早くなる心臓の鼓動。必死に落ち着くよう己に言い聞かせながら歩く事数分。

 

「ここか…」

 

 遂に行冥さんの屋敷へと辿り着いた。行冥さんは…まだ戻っていないようだな。

 

「カァァァ、岩柱、ココカラ2里*3ノ地点。遅クトモ四半刻*4デ到着。カァァァ」

 

 その時、最新の情報を伝えてくれたのは東雲の鎹鴉。たしか、もりあんとか言ってたな。それにしてもあと四半刻か。

 

「獪岳。余計なお節介かも知れませんが、私が話をしましょうか?」

「いや、大丈夫だ。東雲はただ見届けてくれれば良い」

 

 声をかけてくれた東雲にそう返し、俺は静かに時を待つ。そして…

 

「お戻りですよ」

 

 声と共に東雲が指さした方向へ視線を送ると、そこには9年ぶりに見る懐かしい顔があった。

 

「お帰りなさいませ、悲鳴嶼(ひめじま)様。遠隔地での任務、お疲れ様でございます」

「東雲殿か。お待たせして申し訳ない。火急の用件との事だったが…」

「はい、悲鳴嶼(ひめじま)様にどうしても会って頂きたい人が」

 

 そう言いながら、俺に視線で合図する東雲。俺は覚悟を決めると静かに2回呼吸を繰り返し…

 

「…お久しぶりです。行冥さん」

 

 そう言って、深々と頭を下げた。

 

「その声…まさか、獪岳…なのか?」

 

 行冥さんの動揺した声が響く。ここからが始まりだ。

 

 

行冥視点

 

 六年…いや七年ぶりになる獪岳との再会。流石の私も動揺を隠せずにいたが…

 

「とりあえず、中に入りませんか? ここだと周りの迷惑になりかねませんから」

 

 東雲殿の提案で、とりあえず屋敷の中で話をする事となった。

 

「………」

「………」

 

 東雲殿がお茶と茶菓子を用意し、話をする準備は整ったが…私も獪岳も、口を開かない。いや、開けない。

 聞きたい事は山のようにある。あれからどうしていたのか、どうして東雲殿と一緒にいたのか、そして…あの時、本当は何があったのか…問いただしたい。だが…

 

「獪岳」

「あぁ、わかってる」

 

 なんと…私が躊躇している間に、東雲殿が獪岳の背を押してしまった。我ながら柱として…不甲斐ない。

 

「行冥さん。あの時、何があったのか…そして今日までの事。全てを話します。長くなりますが…聞いてください」

「あぁ、心して聞かせてもらおう」

 

 覚悟を決めた様子の獪岳の声に、私も覚悟を決める。真実がどのようなものであれ、受け入れよう。それが私に出来る唯一の事だ。

 

 

「………そうか、私の渡した勾玉が…」

 

 獪岳の話を聞き終え、私はただそう呟く事しか出来なかった。

 私が渡した勾玉を取り返そうと焦る余り、獪岳は寺の金に手を出してしまった。信太達は私を慕う余り、獪岳の行いを許す事が出来ずに問答無用で寺から追い出した。その結果が…

 

悲鳴嶼(ひめじま)様。獪岳が己の行いを悔い、少しでも償おうとしている事は事実です。どうか、彼の思いを組んであげてください」

 

 黙り込む私に対し、東雲殿が口を開く。私の眼は光を映さないが…それでもわかる。東雲殿は獪岳の為に()()()()()()()()

 

「やめてくれ、東雲。俺はお前から頭を下げてもらえるような人間じゃない」

「良いんですよ。私が好きでやっているんですから」

「よくわかった」

 

 知り合って半年にも満たない東雲殿が、ここまでやっているのだ。

 

「獪岳。庭に出なさい」

 

 私も覚悟を決めるとしよう。

 

 

獪岳視点

 

 庭に出た俺に対し、行冥さんは―

 

「獪岳。お前の覚悟の程を見せてもらう」

 

 そう言って木刀を投げ渡し、静かに構えた。その瞬間、行冥さんが数倍にデカく見えた。発する威圧感で…これが柱か!

 

「これまでの鍛錬でお前が培ってきたもの。その全てをぶつけてこい。もしも生半可なものであったなら…私は容赦なく叩き潰す!」

 

 行冥さんの全身から発せられる強烈な殺気。気の弱い人間なら、これに中てられただけで死んでしまうだろう。正直言って、俺も全身の震えが収まらない!

 だけど、逃げる訳にはいかない。俺はもう二度とあんな惨めな思いをする訳にはいかないんだ!

 

「………」

 

 俺は無言のまま木刀を構え、これから放つ一撃に全てを籠める為に集中していく。

 

「これは稽古でも試合でもない。実戦と思え!」

「わかりました。いきます!」

「獪岳…何を聞いていた? 実戦と思えと言った筈!」

「ッ! わかった…いくぞ!」

「来い!」

「シィィィィィ…」

 

 今放てる最高の一撃を行冥さんにぶつける。今はそれだけを考えろ!

 

「全集中。雷の呼吸…壱ノ型。霹靂一閃!」

 

 渾身の力で踏み込み、一気に間合いを詰めて横一閃に木刀を振るう。今までの中で最高と断言出来るほど上手く出来た霹靂一閃。これが今の俺の全力だ!

 

「ムン!」

 

 対する行冥さんは、渾身の力を込めて木刀を縦一文字に振り落とし…二つの刃は真正面からぶつかり合った。そして…

 

「ぐはっ…!」

 

 次の瞬間、俺は庭の隅まで吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられていた。桁が…違いすぎる。

 

 

行冥視点

 

「………」

 

 庭の隅まで吹き飛んだ獪岳へ東雲殿が慌てて駆け寄るのを感じながら、私は己が右手に握った木刀を確認する。私の感覚に狂いがなければ、木刀は中程から折れている筈。これほどとは…

 

「よくぞここまで鍛え上げた…よくぞここまで練り上げた」

 

 私は東雲殿の肩を借りて立ち上がった獪岳へ近寄り…

 

「獪岳よ、お前の覚悟。これまで培ってきたもの。しかと感じさせてもらった」 

「行冥さん…」

「だが、お前の行為が子ども達の命を奪った事実は消えない。そしてその罪はとてつもなく大きく、そして重い。その事はわかっているな?」

「………はい」

「ならば鬼殺隊の隊士として、その命尽きる時まで戦い続けろ。鬼を倒し、一人でも多くの人を救う。それがあの子達に対してお前が出来る…ただ一つの償いと知れ」

「行冥さん…俺、俺……力の限り、頑張ります!」

「うむ!」

 

 嗚咽交じりに決意を新たにする獪岳に頷きながら、私は数珠を手に合掌し…あの子達へ祈る。願わくば、獪岳の行く末を見守ってほしい。心の中でそう呟きながら。

*1
病気に罹りにくい。怪我の治りが早い。疲労が早く抜ける

*2
トマトの旧称

*3
約7.9km

*4
30分




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

東雲家執事の後峠さん。本名後峠喜代晴(ごとうげきよはる)さんは、東雲家に仕えて17年になるベテラン。
東雲家が所有する土地や資産、屋敷の鍵の管理の他、全部で14人いる使用人の監督、時には東雲家当主である辰郎の護衛までこなす文字通りのスーパー執事。
鍛えぬいた肉体と身のこなしから、東雲家に来る前は何かしら危険な仕事に身を投じていたようですが、詳細は不明です。


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拾漆之巻 -提示された条件-

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。


麟矢視点

 

 悲鳴嶼(ひめじま)様と獪岳の和解から8ヶ月が経った1913年(大正2年)12月。

 あれから新しく3人の柱が就任し、それぞれに手土産持参で挨拶へ行ったりもしたが、俺は基本的に昼は東雲商会商品開発部部長付として働き、夜は鬼殺隊の一員として働く二足の草鞋を履く生活を続けている。

 東雲商会の業績は、おかげさまで右肩上がり。新たに新潟、宮城、秋田、広島、福岡、長崎に進出し、店舗の合計は200*1に迫る勢いだ。

 鬼殺隊隊士としての働きも順調で、階級を(ひのと)にまで上げる事が出来た。

 自分としては、かなり早いペースで昇格出来ていると思うが…まぁ、世の中には()()()()()()()()()()()()()()()()()がいるからな。慢心せずにやっていこう。

 一方のプライベートだが…お見合いから1年半。ひなきさんとの関係はそれなりに進展している。と言っても16歳と7歳のお付き合い。健全以外の何物でもない。

 それに、ひなきさん自身気軽に外を出歩ける立場でもないからな。月に数回、産屋敷邸で会う以外はもっぱら文通だ。令和(前世)だったら、交流の方法は他に幾らでもあっただろうが…まぁ、こんな繋がりも悪くはない。

 

「これで良しっと」

 

 明日提出する分の書類仕事を終えた俺は、鬼殺隊隊士としての身支度を整え、家を後にする。今日は大崎町*2周辺か。今から出れば夕暮れ前には到着出来るだろう。

 

 

 翌日、夜明け前に鬼の討伐を終わらせた俺は、最寄りの藤の花の家紋の家で風呂を借り、体を清めてから産屋敷邸へと直行した。

 今日は10日ぶりにひなきさんと会う日。万が一にも遅刻など出来ないと判断しての行動だったが…

 

「少し早く着きすぎたな」 

 

 思っていたよりもスムーズに移動出来た事もあり、約束の時間より四半刻ほど早く到着してしまった。

 

「まぁ、遅れるよりはずっとマシだ」

 

 そう考えなおし、適当に時間を潰そうとしたその時―

 

「よぅ、東雲」

 

 俺に声をかけてきた長身の美丈夫。宇髄様だ。

 

「これは宇髄様。おはようございます。耀哉様への御報告ですか?」

「あぁ、まあ色々とな」

「お疲れ様でございます」

 

 短くそうやり取りを交わし、別れようとしたのだが…

 

「宇髄、それに…東雲か」

 

 そこへもう1人姿を現した。セミロングのおかっぱ頭で青緑と黄のオッドアイの持ち主。そう、彼だ。

 

「伊黒様。おはようございます」

 

 年上であり、蛇柱でもある伊黒小芭内(いぐろおばない)様に対し、俺は深々と頭を下げて挨拶する。

 

「…ふん」

 

 しかし、伊黒様はそんな俺へ鼻を鳴らすと、鋭く睨みつけてきて…

 

「東雲…貴様、甘露寺(かんろじ)と随分親しくしているようだな」

 

 殺気混じりの声で、そう詰問してきた。

 

甘露寺(かんろじ)様…はい、甘露寺(かんろじ)様は父の会社が経営している飲食店の上得意様でいらっしゃいますから。その関係で親しくさせていただいております。それが…何か?」

 

 伊黒様の詰問の意図。俺はそれを理解しているが、敢えてわからないふりをする。すると―

 

「店と上得意…そういう関係ならば良い。いや、そういう関係である事を忘れるな。甘露寺(かんろじ)は柱、貴様は平隊士。そこにある差は絶対的。分際という物を弁えろ」

 

 伊黒様はその身に纏う殺気を強めながら、俺に対してネチネチとそう言ってきた。やれやれ、冨岡様や不死川様とは別ベクトルに面倒な人だ。

 だが、こちらに何の落ち度もないのに、好き勝手言われるのも腹立たしい。()()()()()()()()()()()

 

「あの、伊黒様。一つお聞きしたいのですが…伊黒様と甘露寺(かんろじ)様は()()()()()()()()なのですか?」

「ッ!? そ、それは…」

「それは?」

「お、俺と甘露寺(かんろじ)は…」

「んー、見たところ兄妹という感じではありませんね。となると遠縁の親族か、あるいは…恋人同士?」

「ちっ、違っ…俺と甘露寺(かんろじ)はそんな関係じゃない! あくまでも…そう、同僚。同僚だ」

   

 恋人であることを速攻で否定し、まるで自分に言い聞かせるように同僚である事を強調する伊黒様。でも残念。そう返してくることは把握済みだ。

 

「あぁ、伊黒様と甘露寺(かんろじ)様は同僚…だとしたら、おかしな話ですね。どうして()()()()()()()()()()伊黒様が、甘露寺(かんろじ)様の交友関係に口を出されるのですか?」

「ッ!?」

 

 俺の指摘に虚を衝かれた様子の伊黒様。ちなみに宇髄様は、伊黒様の死角になる位置でー

 

 -コイツ、禁忌(タブー)中の禁忌(タブー)に触れやがった!-

 

 と言わんばかりの表情を見せているが、華麗に無視しておく。閑話休題。

 

「例えば、甘露寺(かんろじ)様に危害を与えようと考えている。そういう輩を遠ざけると言うならまだ話はわかります。ですが、伊黒様はそうではありません。甘露寺(かんろじ)様と接触した者は、一般隊士だろうと隠だろうとお構いなし。手当たり次第と言って良い。例外は耀哉様やあまね様、それと柱の皆様くらいです。いやはや、何が目的でこのような事をされているのか、私にはさっぱりわかりません」

「………貴様らが理解する必要は無い。いいか、俺は平隊士や隠(貴様ら)を信用していないし、期待もしていない」

「お前達はただ黙って目の前の任務を熟していれば良い。柱の言動に疑問を挟むなど不届き千万」

 

 俺の言葉に殺気を増しながらそう断言する伊黒様。うーん、伊黒様が気難しい性格なのは原作通りだが、ここまで頑なだったか?

 俺が()()()()()()()事で、何かしらの変化を起こしている可能性は無きにしも非ずだが…まぁ、それは一旦置いておくとして、言うべき事は言わせてもらう。

 

「伊黒様のお考えはよくわかりました。正直申し上げまして、貴方が嫌われ役を演じようが、嫌われ者になろうが、どうぞご自由に。と言ったところですが…|()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは見過ごせません」

「な、ど、どういう事だ! なぜ、甘露寺(かんろじ)が不当な評価を受ける!?」

「おわかりになりませんか? 伊黒様が甘露寺(かんろじ)様と接触した者を手当たり次第に遠ざけるから、甘露寺(かんろじ)様まで避けられるようになった。そういう事です」

「そ、そんな…」

 

 青褪めた顔でそう呟きながら、数歩後退る伊黒様。追い打ちをかけるのは気の毒だが…仕方ない。

 

「他の隊士と合同で任務を行った際に、小耳に挟んだのですが…」

 

 -恋柱との合同任務を終えて、藤の花の家紋の家で休息を取ったのだが、後日恋柱と食事を共にした事について、蛇柱から恫喝を受けた(男性。隊士歴2年。階級己)- 

 -非番の日に立ち寄った飲食店で偶然恋柱とお会いして、ご厚意で相席にしていただいたら、後日蛇柱からネチネチと嫌味を言われた(女性。隊士歴3年半。階級丙)-

 -恋柱の任務後、後処理を行っていると恋柱から労いの言葉を頂けた。しかし、後日蛇柱から分際を弁えろと叱られた(男性。隠歴2年)-

 

「等々、いやぁ出るわ出るわ…」

「………」

 

 俺の報告に黙り込む伊黒様。ちなみに宇髄様は、何か可哀そうな物を見るような目で伊黒様を見ているが…これは黙っておこう。

 

「このような事が頻発しているせいで、隊士の間では『恋柱と合同で任務を行うと、こちらに何の非も無くても、蛇柱から叱責を受ける』という噂が広まり始めています」

「恋柱…甘露寺(かんろじ)様からしてみれば、自分の与り知らないところでこんな噂が広まって、いやはや良い迷惑でしょうね」 

「………くっ!」

 

 耐えきれなくなったのか、逃げるようにその場を後にする伊黒様。

 俺への好感度は著しく下がっただろうが…これを機に少しは柱としての振る舞いを考えてほしいものだ。

 

「東雲…お前、本当に恐ろしい奴だな」

 

 宇髄様がそんな事を呟いていたが…聞かなかった事にしておこう。

 

 

耀哉視点

 

「来てくれたね麟矢君。ひなきとの時間を削るような形になって、申し訳なく思っているよ」

「いえ、一刻も早く馳せ参じる事は、鬼殺隊の一員として当然のことでございます。ひなきさんも理解を示してくれております」

 

 私の声掛けに対し、折り目正しくそう返してくれる麟矢君。彼とどうしても話しておきたい事が出来たので、ひなきとの時間を削る形でこちらへ来てもらった訳だが…この埋め合わせは必ず近い内にやらなくてはならないね。

 

「天元から聞いたよ。小芭内(おばない)とやりあったそうだね」

「やりあったと言いますか…理不尽な言いがかりを付けられたので、対応しただけです。伊黒様の方が階級も隊士としての年季も上である事は理解していますが、今回の件に関しては間違った事をしたとは思っておりません」

「うん、その事は承知しているし、君を処罰する為に呼んだ訳でもない。ただ、小芭内(おばない)も色々と事情を抱えている事を理解してほしくてね」

「伊黒様の事情につきましては…一通り把握しております。ただ、その点を考慮いたしましても少々問題だと愚考いたします」

 

 小芭内の事情を把握している。麟矢君の言葉に、内心驚きを隠せない。この子は本当に…こちらの想定を超えてくる。

 

「では、麟矢君。君から見て、小芭内(おばない)はどんな男だと思う?」

「そうですね……耀哉様の前なので正直に申し上げますが…鬼狩りの実力は、柱として相応しいと思います。ですが、それと同時に…とても臆病で、卑怯な人だと思います」

「詳しく、聞かせてもらえるかな?」

 

 とても臆病で卑怯。小芭内(おばない)をそう評した麟矢君へ、続きを促していく。

 

「伊黒様が甘露寺(かんろじ)様に対して、かなり強い好意を抱いている事は、先程の件から見ても疑いようがありません」

「また、漏れ聞くところによると、甘露寺(かんろじ)様も伊黒様に対して強い好意を抱いているようです」

「言わば両想い。それなのに、2人は交際していない。何故か? 九分九厘伊黒様が二の足を踏んでいるからです」

「それは…あるかもしれないね」

 

 麟矢君の容赦無い物言いに、思わず苦笑してしまう。だが、行冥も以前同じような事を言っていたから、それが真相なのだろう。

 

「まぁ、伊黒様は過去に壮絶な体験をしておられます。それが足枷となっている事は間違いないでしょう」

「個人的な推測ですが、伊黒様は『今の自分は甘露寺(かんろじ)に相応しくない。もっと自分を磨いて、甘露寺(かんろじ)に相応しい男にならなければ』とでも考えているのだと思います。もっとも私に言わせれば、それが ()()()()()()()()なんですけどね」

「と言うと?」

甘露寺(かんろじ)様に相応しい男。その評価をするのは、あくまでも伊黒様です。では、伊黒様が自分の思う甘露寺(かんろじ)様に相応しい男になるのは、何時なんでしょうか?」

「それは…」

 

 麟矢君の言葉に、私も小芭内(おばない)の間違いが何なのかを察する。

 

「1ヶ月後? 半年後? それとも1年後? 断言します。今の伊黒様だったら、たとえ10年経ってもなんだかんだと理屈をこねて、先延ばしにするでしょう」

「そうなった時、一番不幸なのは甘露寺(かんろじ)様です。待たされるだけ待たされた挙句、更に待たされかねない訳ですからね。伊黒様を臆病で卑怯と評したのは、そういう理由からです」

 

 そう言って頭を下げる麟矢君。これは…私が動く必要もあるかもしれないね。

 

「うん、よくわかったよ。それで麟矢君。実は君に頼みたい事があるんだ」

「頼みたい事…私に出来る事でしたら何なりとお申し付けください」

「実は鬼殺隊に新たな役職を作ろうと考えていてね。その役職に就いてほしい」

「役職…具体的にはどのような職務を?」

隊士(子供達)を見て、その階級に相応しい働きが出来ているか、言動に問題は無いかを見極めてほしい」

「……なるほど、鬼殺隊内部の監査…監査役と言う事ですね」

「役職名はまだ決めていないが、そのように認識してくれて構わない」

 

 麟矢君の呟きに私はそう答え…

 

「本来なら必要の無い役職なのかもしれないが…」

 

 半ば独り言のように言葉を紡いでいく。

 

「近年隊士(子供達)の中に、鬼との戦いを金儲けの手段と考える者が出始めている」

「勿論、金を稼ぐ事自体は悪い事ではない。だが、そのような考えで鬼と戦う事は死に直結する」

「また、柱とそれ以外の隊士(子供達)の実力差も大きくなる一方だ」

「鬼殺隊が誕生して千年以上…知らず知らずの内に大きくなっていた組織の歪みを正す時が来たのかもしれない」

「わかりました。不肖、東雲麟矢。浅学菲才の身ではございますが、鬼殺隊監査役の大任務めさせていただきます」

 

 私の呟きにそう答え、再度頭を下げる麟矢君。ありがとう、君ならそう言ってくれると思っていたよ。

 

「ありがとう麟矢君。だけど監査役へ就いてもらうには、一つだけ条件がある」

「条件…ですか?」

「麟矢君の階級は今(ひのと)だったね。次回の柱合会議までに、階級を最低でも(きのと)、出来るならば(きのえ)へ上げてほしい」

「かなり無茶なお願いをしている自覚はある。それでも、私の顔を立てると思ってやり遂げてほしい」 

「かしこまりました。全身全霊を以ってその条件を突破してみせます!」

 

 私の無茶な願いにそう答えてくれる麟矢君。その言葉、信じているよ。

*1
内訳…東雲亭68店舗、レストラン東雲6店舗、ビストロド東雲37店舗、パティスリー東雲18店舗、東雲軒40店舗、カレーの東雲21店舗、その他7店舗

*2
現在の品川区北部にかつて存在していた町




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

このやり取りから数日後。伊黒様は耀哉様に呼び出され、若干遠回しにではありますが甘露寺(かんろじ)様をどう思っているのか? と問われました。
最初は躊躇っていた伊黒様でしたが、耀哉様に促されて甘露寺(かんろじ)様への偽らざる気持ちや、過去の経験に起因する自分自身への嫌悪感などを吐露。
甘露寺(かんろじ)様への想いは、自分の心の中に閉まっておく。と断言しますが、ここで耀哉様は甘露寺(かんろじ)様も伊黒様のことを思っていると暴露。

蜜璃(みつり)の気持ちを無下にするつもりかい?」

そう伊黒様を諭します。それに対し、伊黒様は必ず答えを出すので少しだけ時間を頂きたい。と答えたそうです。

ちなみに伊黒様は、耀哉様がこのような事を聞いてきた裏には麟矢が係わっていると、超自然的な勘で察知し―

「おのれ! 東雲麟矢ぁ!」

と呪詛の声を上げたとか上げてないとか(笑)



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拾捌之巻 -監査役を目指して-

お待たせいたしました。

少し短いですが、お楽しみいただければ幸いです。


麟矢視点

 

 耀哉様から鬼殺隊監査役(仮称)への内示を受けて3日。俺は監査役就任への条件である(きのえ)への昇格を果たす為、鬼殺隊隊士としての任務に励んでいた。

 正確な条件はわからないが、これまでの討伐数と昇格のタイミングを考慮すると…今までの約3割増しのペースで鬼を討伐していけば、春に行われる柱合会議までに条件を達成出来る筈だ。

 もっとも、不測の事態というものは十分に考えられる。そのあたりも考慮して討伐のペースを上げていかないといけないな。

 

「ここか」  

 

 そんな事を考えながら歩いている内に、目的地である村外れの田んぼへ到着。俺は水が抜かれ、稲刈りも終わった田んぼへ足を踏み入れると、ポツンと立っている1体の案山子の手に新品の晒を結びつけ―

 

「あとはこいつを…」

 

 懐に忍ばせていた試験管の中身。()()()()()()()()()()()()()を染み込ませていく。

 

「日没まであと30分。急ぎますか」

 

 俺は田んぼから出ると、少し離れた場所に作られた藁塚*1の陰に身を隠し、村で購入しておいた蓑を纏う。

 藁で作られた蓑を纏い、藁塚の陰に隠れた事で、迷彩の効果は十分にある筈だが…極力動かずに待つとしよう。

 

 

 待つ事暫し。日没から30分ほど経った頃…状況が動いた。

 

「…来たか」

 

 視線の先にある案山子へ近づいていく黒い影。数は…2!

 

「稀っ! 稀血っ! 稀血の匂いっ!」

「ど、どけっ! 俺が喰う! 稀血は俺が喰うんだっ!」

 

 互いに互いを押し退けながら、()()()()()()()()()()()()()へ向かっていく2体の鬼。そう、俺が案山子に結び付けた晒に染み込ませていたのは、東雲商会の医務室(個人的な伝手)で入手した稀血だ。

 猫に木天蓼、鬼には稀血。そう言っていたのは不死川様だったと記憶しているが、まさにその言葉通りだな。2体の鬼は稀血の匂いに我を忘れ、進む先にあるのが案山子である事にも気づかずにいる。

 俺は静かに立ち上がり、コンパウンドボウへ矢を番えると…

 

「稀血! 稀血ぃっ! って、こいつは…案山子じゃぎゃぁぁぁっ!」

 

 最初に案山子へ辿り着いた鬼へ矢を撃ち込む。脳天に矢が突き刺さった鬼が悲鳴を上げた直後、爆発音が響き、鬼の首から上を木っ端微塵に吹っ飛ばす。

 

「な…わ、罠か!」

 

 目の前で起きた異常事態に、稀血の匂いが自分達を誘き出す為の罠と悟る鬼。すぐさま180度方向転換し、逃げ出そうとするが生憎と逃がす訳にはいかない。

 

「ぎゃぁぁぁっ!」

 

 矢を連射して、鬼の両足を射抜いた俺はコンパウンドボウを地面に置くと―

 

「全集中…(まがい)の呼吸」

 

 蓑を脱ぎ捨てながら、鬼達へ走り出す。まず狙うのは、頭を再生する為棒立ちになっている方だ!

 

「雷ノ型。壱ノ段、異端・霹靂一閃!」

 

 最高速で接近した俺が鬼とすれ違う瞬間。左腰に差した鞘から逆手持ちで小太刀を抜き、一閃!

 

「な…ば……」

 

 頸を刎ねられ、半ば再生した鬼の頭が地面に転がると同時に灰と化していく鬼の体。俺は止まる事無くもう1体へ接近し―

 

「炎ノ型。参ノ段、異端・気炎万象!」

 

 左右の手で順手に持った小太刀を上から下へと弧を描く様に振るい、鬼の頸を刎ねる。

 

「…よし、鬼2体の討伐完了」

 

 小太刀を鞘に納めた俺は、案山子へと近づき、結び付けていた晒を解くとマッチで火を点け、完全に灰へと変えていく。

 こうしておけば、稀血の残り香が残る事は万が一にもあるまい。

 念の為、半刻程その場に留まり異常が無い事を確認した後、俺は近くの藤の花の家紋の家へと向かうのだった。

 

 

輝利哉(きりや)視点

 

 新年まで2週間を切った師走のある日。今日は朝からひなき姉様が落ち着かない様子だ。

 10分に1回は時計を確認したかと思えば、髪に乱れはないか? 服装に乱れはないか? と頻繁に母上へ問いかけている。

 問いかけが10を超えたあたりから、母上は苦笑いを抑えきれない様子だし、にちか姉様やかなた、くいなは顔を合わせて、あらあらうふふ。と笑っている。

 ちなみに、僕が先程もう10回以上同じ問いかけをしている事を指摘したら、ひなき姉様から恐ろしい顔で睨まれてしまった。解せない。

 

「そろそろ時間です。お出迎えに出なければ」

 

 そうしている内に約束の時間が近くなっていた。さぁ、麟矢様をお迎えに行こう。

 

 

ひなき視点

 

「お待ちしておりました。麟矢様」

「「「「「お待ちしておりました」」」」」

 

 母上の声に続き、輝利哉(きりや)達と共に大きな背嚢を背負った麟矢様へ頭を下げる。2週間ぶりにお会いする麟矢様は、前回お会いした時と変わらずお元気そうです。

 

「それではひなきさん、輝利哉君、にちかちゃん、かなたちゃん、くいなちゃん。先に耀哉様とお話をしてきます。また後で」

「はい、お待ちしております」

 

 先に屋敷の中へと入っていく麟矢様を見送り、私達も屋敷の中へ入ります。もう少し、もう少しで、麟矢様とお話出来る。本当に楽しみです。

 

「ひなき姉様。頬が緩んでますよ」

「うるさいですよ。輝利哉(きりや)

 

 まったく…輝利哉(きりや)はもう少し、女心というものを学ぶべきです。

 

 

麟矢視点

 

 耀哉様との話し合いを終え、ひなきさん達の待つ部屋へ移動した俺はまず、完成したばかりの新しい絵本『14ひきのさむいふゆ』の読み語りを行い―

 

「さぁ、何をして遊びましょうか?」

 

 それから紙風船、お手玉、おはじき等々。ひなきさん達と色々な遊びを行っていく。お手玉に関しては前世の経験を活かし、お手玉5個でのジャグリングを披露すると、ひなきさん達はとても喜んでくれた。

 

「麟矢様は、何処でこのような技を磨かれたのですか?」

「大体は本で読んだ知識を基に…まぁ、我流ですね。あとは横浜等で見かけた大道芸人のそれを見て覚えました」

 

 なお、にちかちゃんからの問いかけにはそう答えた。まさか、前世の知識ですとは言えないからな。

 さて、そうしている間に時間になったようだ。

 

「そろそろ時間…みたいですね」

「えっ、もうそんな時間なのですか…」

 

 俺の声に寂しそう声を上げるひなきさん。輝利哉君達も声こそ出さないものの寂しそうな表情を見せている。いかんいかん、勘違いさせてしまったな。

 

「あぁ、そうじゃありません。実は今日、ひなきさん達に夕食をご馳走しようと思っていまして」

「夕食を…ですか?」

「はい、耀哉様とあまね様からは既に許可を頂いています。取って置きの洋風夕食。ご期待ください」

 

 洋風夕食という言葉に、目をキラキラと輝かせるひなきさん達。さぁ、ここからは調理の時間だ。

 

 

 2時間半後。調理を終えた俺は、産屋敷家に長年仕えている女中さん達の手を借りて完成した料理を耀哉様達が待つ座敷へと運んでいく。

 

「お待たせいたしました」

 

 俺が運ぶ膳は耀哉様に、女中さん達が運ぶ膳はあまね様、長男である輝利哉君、ひなきさん、にちかちゃん、かなたちゃん、くいなちゃんの順に供されていく。

 

「僭越ではございますが、メニュー…献立の説明をさせていただきます」

 

 全員の配膳が終わったところで、俺は下座に正座し、献立の説明を行っていく。

 

「左手前がオムライス…マッシュルーム(ツクリタケ)の薄切りと共に牛酪(バター)で炒めた麦飯を薄焼き卵で包み、玉葱とシメジの入ったクリームソース…牛乳や小麦粉で作る洋風のタレをかけた料理になります」

「その隣にありますのが、汁物。本日はかぼちゃのポタージュをご用意させていただきました。ポタージュは、軟らかくなるまで煮た野菜を裏ごしし、出汁や牛乳を加えて味付けしたトロミのある汁物の総称とご理解ください」

「続きまして、主菜は2種類。肉料理はハンバーグ、魚料理は芝海老のフリッターでございます。ハンバーグは捏ねた挽肉に玉葱などを加え、成形して焼いたもの。芝海老のフリッターは洋風の天婦羅になります」

「ハンバーグにはデミグラスソースがかかっております。フリッターには味を付けておりますので、そのままお召し上がりください」

「副菜は牛蒡のフライと人参のラペ…仏国(フランス)風のサラダをご用意いたしました」

「拙い料理ではありますが、どうぞお召し上がりくださいませ」

 

 説明を終えた俺は一礼し、そのまま退室しようとするが―

 

「麟矢君。良かったら、君も一緒に食べないかい?」

 

 耀哉様からそう声をかけられた。予想外の一言に、俺は一瞬フリーズし…

 

「いや、ご家族の団欒をお邪魔するのは…」

 

 再起動と同時に、何とか声を絞り出す。だが、その答えは耀哉様の予想の範疇だったようだ。

 

「麟矢君なら構わないよ。それにあと何年かすれば、君と私達は家族になるんだから…ね」

「………皆さんのご迷惑でなければ」

 

 ここまで言われてしまうと、嫌とは言えない。俺は大急ぎで自分の分を用意。産屋敷家の皆さんと食卓を共にするのだった。

 

 

ひなき視点

 

 麟矢様の作ってくださった洋風夕食。家では殆ど食べる事のない洋食がズラリと並び、私達は無言でいながらも心の中で拍手を送りました。

 

「僭越ではございますが、メニュー…献立の説明をさせていただきます」

 

 そして、麟矢様の説明を聞いていたのですが…

 

「拙い料理ではありますが、どうぞお召し上がりくださいませ」

 

 麟矢様は説明を終えると一礼し、そのまま退室しようとされます。仕方の無い事ですが、出来る事なら一緒に…と言うのは我儘なのでしょうね。

 

「麟矢君。良かったら、君も一緒に食べないかい?」

 

 父上がそう言ってくださったのは、その時でした。麟矢様は遠慮されていましたが―

 

「麟矢君なら構わないよ。それにあと何年かすれば、君と私達は家族になるんだから…ね」

「………皆さんのご迷惑でなければ」

 

 最終的には、承諾してくださいました。それにしても…あと何年かすれば。それはつまり…

 

「ひなき姉様、お顔が赤くなってますよ」

「…にちか、意地悪を言わないでください」

 

 どこかからかうようなにちかの言葉に、思わずむくれてしまう。そうしている間に、麟矢様はご自分の膳を持って戻ってこられ、用意された座布団に座られました。

 

「それじゃあ、いただくとしようか。いただきます」

 

 父上の声に続き、私達も食前の挨拶を唱え、夕食に箸をつけていく。その味は…最高でした。

 

 

麟矢視点

 

「長々とお邪魔いたしました」

 

 夕食の後も暫く雑談を楽しみ、20時近くになったところで俺はお暇することにした。

 

「麟矢様…隊士としての任務。どうかお気をつけて」

 

 門の前まで見送りに来てくれたあまね様達だが、ひなきさん達の目が少しトロンとしてきている。いつもなら入浴を済ませて、そろそろ寝床に入る頃だからな。無理もない。

 

「はい、またひなきさん達へ会いに来る為にも、十分気を付けますね」

「またお会い出来る時を、楽しみにしております。」 

「私もです。それでは、おやすみなさい」

 

 あまね様達への挨拶を済ませ、俺は帰路に就く。帰りが遅くなった理由を両親にどう話そうかと考えながら…

*1
稲穂から籾を取った後に残る藁を、保存の為塚状に積み上げたもの




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

この日、産屋敷邸で提供したメニューとその反応を参考に、麟矢は後日子ども向けの定食メニューを考案。
重役による試食会を満場一致で突破し、年明けからビストロド東雲の新メニューとして提供される事が決定しました。
これが、この世界におけるお子様ランチの始まりとなり、後の世で語られる東雲商会の功績の一つとなりました。
 


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拾玖之巻 -麟矢、監査役就任-

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。


「風ノ型。弐ノ段、異端・爪々(そうそう)科戸風(しなとかぜ)!」

 

 左右の手に持った小太刀を時間差で振るい、牙のような2つの激風を二組放つ。

 

「ぎゃぁぁぁっ!」

 

 合計4つの激風に晒され、全身を切り刻まれた鬼との間合いを詰めると―

 

「水ノ型。壱ノ段、異端・水面斬り!」

 

 その頸を刎ねる。

 

「鬼3体、討伐完了」

 

 小太刀を鞘に納めた俺は近くの立ち木へと近づき、結び付けていた稀血の染み込んだ晒を解くと、マッチで火を点けて灰へと変えていく。

 稀血を染み込ませた晒を使って鬼を誘き寄せた後、コンパウントボウで先制攻撃をしかけ、ダメージを与えてから日輪刀で討伐する。やはり、このやり方が一番効率的で確実だ。

 傍から見れば、卑怯だとか誇りが無いとか言われるかもしれないが…命を懸けた戦いに卑怯も糞もない。そう考えるのは、俺が元々令和の世界に生きていた人間だから…だろう。

 

「さて、そろそろ良いかな」

 

 そんな事を考えている間に半刻が経過したようだ。異常はなし。隣村にある藤の花の家紋の家へ向かうとしよう。

 

 

 隣村の藤の花の家紋の家に到着したのは、まもなく20時になる頃だったが、家の人達は暖かく俺を迎えてくれた。

 

「鬼狩り様、すぐにお食事を用意します。出来上がるまでの間、お風呂など如何でしょうか? ちょうど湯が沸いておりますので」

 

 聞けば、俺が訪ねてくる少し前にもう1人隊士が訪ねてきたらしく、現在入浴中との事。

 ふむ、隊士が誰かは知らないが、風呂であったら挨拶をしておこう。

 

 

「と思ったんだけどな」

 

 生憎と風呂ではその隊士と会う事は出来なかった。この家は旅館のように男湯と女湯に分かれているから、もう1人の隊士とは女性だったんだろう。

 そんな事を考えながら汗を流し、身を清めた俺は、家の人が用意してくれた浴衣と半纏に袖を通して客間へと移動。そこには―

 

「あ! 麟矢君!」

 

 国清汁(こくしょうじる)*1や新巻鮭を使った鮭大根、厚焼き玉子、金平蓮根をオカズに、大盛りの丼飯をモリモリ食べている恋柱・甘露寺蜜璃(かんろじみつり)様の姿があった。

 

「これは甘露寺(かんろじ)様。任務お疲れ様でございます」

「麟矢君もお疲れ様。私は東に三里離れた村で任務だったけど、麟矢君は?」

「私は北西に四里程離れた村で。それほど強くない鬼で助かりました」

 

 俺は膳が、甘露寺(かんろじ)様はおかわりが来るのを待つ間、そんな話を交わしていく。それにしても…

 

「不躾ながら甘露寺(かんろじ)様。何か良い事でもありましたか? なにやらいつもより、雰囲気が明るいように思いますが」

「え!? や、やっぱりわかっちゃう!?」

 

 俺の指摘に顔を真っ赤にする甘露寺(かんろじ)様。ふむ、これはもしかして…

 

「じ、実はね。三日前に()()()()()()()()()()

「お話、ですか」

「ええ、伊黒さん。自分の過去の事を話してくれたわ。そしてね」

 

 -俺は今でも、自分に流れているこの穢れた血が嫌いだ。穢れた血筋に生まれた自分自身が嫌いだ-

 -君に愛される資格など本当は無いのかもしれない。それでも…君が俺を好いていると知った時、本当に嬉しかった-

 -もしも赦されるのなら…君と……君と一緒にいたい-

 

「って、言ってくれたの!」

 

 そう言うと両頬に手をやり、恥ずかしそうに体をくねらせる甘露寺(かんろじ)様。ほぅ、あのヘタ…臆病だった伊黒様が、ねぇ。

 

「それはそれは、おめでとうございます。それで、下世話な質問になりますが…お2人の祝言は、いつ頃のご予定ですか?」

「えっ!? しゅ、祝言!?」

「はい祝言です。祝言という響きがお嫌いなら、結婚式でも、wedding(ウェディング) ceremony(セレモニー)*2でも、Matrimonio(マトリモーニオ)*3でも、La() cérémonie(セレモニー) de() mariage(マリアージュ)*4でも構いませんが」

「あ、いや、祝言でいいの。と言うか、さっきの聞き慣れない言葉は…英語?」

「順番に英語、イタリア語、フランス語で結婚式を意味する単語になります。まぁ、それはさておき…いつ頃をご予定で?」

「え、えっと…伊黒さんと話したんだけど、お互いに責任ある地位にいるし、当面は柱としての職務に専念しようって」

「なるほど。では、今すぐ行う訳ではない。ということですか」

「ええ、私が成人してから話を進めていく予定なの」

「そうですか。余計なお世話かもしれませんが、挙式の時には全力で協力させていただきます。会場や料理の手配はお任せください。あと…ウェディングケーキも」

「ウェディングケーキ?」

 

 俺が口にしたウェディングケーキという単語に首をかしげる甘露寺(かんろじ)様。これは説明が必要だな。

 

「ウェディングケーキと言うのは、結婚式で用いられるケーキの事です。欧州(ヨーロッパ)の方では永遠の愛を誓う儀式として、このケーキを夫婦共同で切り分けたり、切り分けたケーキを互いに食べさせあったりするそうです」

「た、互いに、食べさせ…あうの?」

「はい、First(ファースト)byte(バイト)と言うそうです*5

「ファーストバイト…」

 

 そう呟き、うっとりとした表情になる甘露寺(かんろじ)様。きっと幸せな想像をしているのだろう。

 

「あの…甘露寺(かんろじ)様?」

「え? あ、あぁ!? ごめんなさい! でも、すごく良いと思うわ! ウェディングケーキ!」

「それでは、式の際には必ず手配しますね」

「お願いするわ!」

 

 キラキラした瞳で念を押してくる甘露寺(かんろじ)様。伊黒様の知らない内に、とんでもない事になっているが…まぁ、いいか。

 それからすぐ、俺の膳と甘露寺(かんろじ)様のおかわりが運ばれ、俺達は食事に取り掛かった訳だが…食事中の話題は、なぜか俺とひなきさんのお付き合いだった。

 甘露寺(かんろじ)様曰く―

 

 -2人のお付き合いはすごく純粋で、聞いていると胸がキュンキュンするの!-

 

 との事だ。特に変わった事はしていないんだがなぁ。

 

 

無一郎視点

 

「霞の呼吸…肆ノ型。移流斬り」

 

 低い体勢で滑るように鬼の足元へ潜り込み、斜めに斬り上げる様に日輪刀を振るう。

 

「………」

 

 それだけで鬼の頸は体から離れ、瞬く間に灰になっていく。

 なんだろう。斬る前に何か喚いていたけど…まぁ、いいか。どうせすぐに忘れるし。

 

時透(ときとう)様。お疲れ様でございます!」

 

 そんな事を考えていると1人の隊士が声をかけてきた。名前は…えーと、そうそう。

 

「お疲れさま。()()()()()

 

 あれ? 転びかけた。会ったらいつも甘いお菓子をくれるから、お菓子の人。間違ってない筈だけど。

 

時透(ときとう)様。東雲です、私の名前は東雲麟矢です!」

「しののめりんや…うん、覚えた。だから、お菓子」

「…こちらになります」

 

 苦笑いしながら、懐から取り出した木箱を差し出してくるお菓子の人。中身は…四角くて茶色いお菓子。これ、なんだっけ?

 

「本日は生キャラメルをご用意いたしました*6。普通のキャラメルよりも生凝乳(クリーム)牛酪(バター)を多く使い、非常に柔らかく仕上げています。包んでいるオブラートごと召し上がってください」

「生キャラメル…」

 

 説明を聞いた後、生キャラメルを一つ摘まむ。指先の熱で蕩けるほどの柔らかさに驚きながら、口の中へ放り込むと…

 

「美味しい」

 

 濃厚で蕩けるような甘さが口の中に広がった。これは…凄く美味しい。

 

「気に入っていただけましたか?」

「うん、気に入った。この味は、ずっと覚えておきたい」

 

 そう言うと、お菓子の人…東雲麟矢は凄く優しい目で僕を見てきた。何か、変な事言ったかな?

 

 

 麟矢視点

 

 月日は流れ、柱合会議まで3週間ほどとなった1914年(大正3年)4月上旬。

 

「麟矢君。よくやってくれたね」

「耀哉様の期待に応える事が出来、安堵しております」

 

 俺は鬼殺隊監査役就任の条件である()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を達成した。もちろん、今の階級は(きのえ)だ。

 

「条件を完全に満たした上での就任。これなら、柱の皆も納得してくれるだろう」

 

 そう言って耀哉様は優しく微笑み―

 

「東雲麟矢」

 

 初めて、俺の名前をフルネームで呼んでくれた。俺は改めて姿勢を正し、耀哉様の言葉を待つ。

 

「君を鬼殺隊監査役に任命するよ。今後も鬼殺隊の為、無辜の人々の為に、その力を役立ててほしい」

「この度の任を、謹んで拝命いたします。今後も不撓不屈*7の精神で、隊士として不惜身命*8を貫く所存でございます」

 

 耀哉様の言葉に対し、俺はそう答えて頭を下げる。これから、鬼殺隊監査役としての日々が始まるわけだ。

 

「まずは来月の柱合会議で、君の就任を正式に発表する。その時に役職名も発表するよ」

「役職名…監査役ではないのですか?」

「監査役でも構わないが…『柱』や『隠』、『筋交』のように鬼殺隊独自の名前があった方が良いと思うんだ。まぁ、勘なんだけどね」

「左様でございますか。全ては耀哉様のお心のままに」

 

 俺が再び頭を下げた後、幾つかの確認を行い、話し合いは終了。さぁ、ひなきさん達に会いに行くとしよう。

 

 

ひなき視点

 

 父上との話し合いを終えられて戻って来られた麟矢様。いつもなら、麟矢様手作りの絵本を読んでいただく流れなのですが―

 

「麟矢様」

 

 今回だけは麟矢様が口を開くよりも早く、私が声を上げました。

 

「ひなきさん。どうかしましたか?」

「是非とも麟矢様にご覧になっていただきたい物があります。何も言わず、そこの(ふすま)を開いてください」

「襖…わかりました」

 

 私の言葉に首を傾げながら、襖を開く麟矢様。そこにあったのは、衣紋掛(えもんかけ)に掛けられた一領の羽織。

 

「これは!」

「麟矢様。鬼殺隊監査役就任、おめでとうございます。この羽織は私達五人からのお祝いの気持ちです」

「これはまた…予想外です」

 

 そう言いながら、羽織を見つめている麟矢様。紺地に鮫小紋の柄を施したそれは、麟矢様にお似合いだと思うのですが…

 

「紺色は昔褐色(かちいろ)と呼ばれ、勝ちに通じる色として、武士の道具によく用いられている色です。それにこの鮫小紋。鮫の肌に似ている事が由来ですが、硬い鮫肌を鎧に見立てる事で、魔除けの意味も持っています」

 

 私達がこの羽織に込めた想いを正確に読み取ってくださる麟矢様。その事で密かに胸を熱くしていると…

 

「ひなきさん、輝利哉(きりや)くん、にちかちゃん、かなたちゃん、くいなちゃん」

 私達5人の名前を呼びながら、麟矢様が振り返り…私達をギュッと抱きしめてくれました。

 

「ありがとうございます。これ以上無いほどの贈り物。大切にしますね」

 

 麟矢様に喜んでいただけて、抱きしめてもらえて…本当に嬉しかった。だけど、出来る事なら…私一人を抱きしめて欲しかった。

 そんな気持ちを心の底に隠し、私は麟矢様の温もりを感じるのでした。

 

 

耀哉視点

 

「来月の柱合会議。麟矢君を参加させようと思うんだ」

 

 麟矢君が帰路に着いた後、あまねの淹れてくれた緑茶片手にそんな事を呟く。

 独り言の体を装っているが、実質あまねへの相談だね。

 

「よろしいと思います。監査役に就任された麟矢様なら、地位の面でも実績の面でも、何ら問題はない筈です」

 

 あまねもそれを理解しているのか、すぐにおかわりを出せるよう用意しながら、静かにそう言ってくれた。

 たしかに今の麟矢君なら、柱合会議に参加する資格は十分にある。十分にあるが…

 

実弥(さねみ)小芭内(おばない)は…良い顔をしないだろうね」

 

 2人と麟矢君はお世辞にも相性が良いとは言えない。表向きには何も無くとも、裏で揉めるような事になるかもしれない。

 

「行冥と天元あたりに、話をしておいた方が良いかもしれないね」

 

 そう呟くと、あまねは無言で頷いてくれた。うん、2人の都合が着き次第、話をするとしよう。

 そう心に決め、湯呑みに残った緑茶を飲み干した私は―

 

「あまね。おかわりを貰えるかな?」

 

 緑茶のおかわりをお願いするのだった。

*1
味噌仕立てのけんちん汁の別名

*2
英語で結婚式

*3
イタリア語で結婚式

*4
フランス語で結婚式

*5
新郎が新婦に食べさせることで『食べる物に困らせない』、新婦が新郎に食べさせることで『美味しい食事を作る』という意味がある模様

*6
本来の歴史では、生キャラメルが誕生したのは2006年。北海道のノースプレインファーム株式会社が開発した

*7
どんな困難に遭っても挫けないこと

*8
仏道修行のためには身命も惜しまないこと。転じて、自分の身を顧みないこと




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

時透様から『お菓子の人』として記憶されている麟矢。
会う度に甘いお菓子を提供していた事がその理由ですが、ここ最近は麟矢も色々と考えているようで、洋菓子店『パティスリー東雲』で販売する予定の洋菓子、その最終試作品を食べさせて反応を見ていたりしているようです。


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弐拾之巻 -麟矢、柱合会議へ-

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。


麟矢視点

 

 俺が鬼殺隊監査役に就任して3週間の時が流れ…いよいよ柱合会議の日がやってきた。

 俺は早朝の内に準備を整え、家を出発。密かに産屋敷邸に入ると―

 

「暫くの間、この部屋でお待ちいただけますか?」

「わかりました」

 

 あまね様に案内されて、柱合会議の会場である座敷。その2つ隣にある6畳ほどの和室へと移動する。

 

「すぐにお茶を用意いたします」

「恐縮です」

 

 退室していくあまね様に一礼し、ゆっくりと腰を下ろした俺は懐から懐中時計を取り出し―

 

「7時35分。柱合会議は10時からの予定…2時間半ってところか」

 

 時間を確認すると、持参していた鞄からノートと万年筆を取り出す。時間になるまで、来月の試食会に出すメニューでも考えるとするか。

 付書院*1にノートを置き、いざ書き始めようとした時。

 

「麟矢様。入ってもよろしいでしょうか?」

 

 障子の外からそんな声が聞こえてきた。

 

「どうぞ」

 

 そう答えると、ゆっくりと障子が開き…入ってきたのはひなきさんだ。外に感じる気配は…女中さんか?

 

「おはようございます。ひなきさん。良い天気になりましたね」

「おはようございます。麟矢様。あの、不躾な事をお伺いしますが…その、麟矢様。朝御飯は食べられましたか?」

「朝御飯…いいえ、残念ながら。会議が終わってから朝昼一緒に食べるつもりでいましたが…」

 

 ひなきさんからの質問。その意図がイマイチわからないまま、そう答えると…

 

「あ、あの…実はお、お食事をお持ちしました」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という実にレアな姿を見る事が出来た。そのあまりの可愛さに、危なくノックアウトされるところだったが、何とか気合いで耐えた。しかし、それはそれとして。

 

「尊い…」

「え?」

「あ、なんでもありません。それよりも朝御飯ですが…喜んでいただきます」

 

 意図せず出てしまった呟きを誤魔化し、ひなきさんにそう伝える。すると―

 

「はい!」

 

 ひなきさんは呟きの事など忘れ、部屋の外で待機していた女中さんから膳を受け取り、俺の前に置いてくれた。

 

「それでは、いただきます」

 

 しっかりと食前の挨拶を済ませ、膳に載せられた献立を確認していく。

 主食は米7麦3で炊かれた麦飯のおにぎり。皿の上に普通よりも小ぶりなサイズで、少々歪な球型に握られた物が3つ載せられている。

 汁物は蕗と豆腐の味噌汁。昆布出汁の良い香りが鼻を擽るな。

 おかずはコゴミの胡麻和えに、筍の煮物、そして卵焼き。うん、朝からごちそうだ。それにしても…

 

「このおにぎり、もしかして…」

「あ、はい。()()()()()()()

「母上やおタキさん*2に教わって、二週間ほど練習したのですが…どうしても三角に握れなくて…」

 

 俺の問いかけに対し、恥ずかしそうに答えるひなきさん。

 

「大丈夫です。おにぎりは必ず三角に握らなくてはならない。なんて決まりはありません。丸でも俵型でも良いんですよ」

 

 俺はひなきさんにそんなフォローを入れながら、おにぎりを手に取って一口。

 

「うん、塩加減がバッチリです。噛むと口の中でホロホロと崩れて…美味しいですよ」

「本当ですか! 塩加減はおタキさんが太鼓判を押してくれたんです!」

「ご飯全体を程良い塩加減にするのはなかなか難しいのですが…お見事です」

 

 そんな事を話しながら、俺は朝食を食べ進めていく。途中、ひなきさんが卵焼き作りにも挑戦していた事が判明し―

 

「実は少し焦がしてしまって…奇麗な部分を切ってきたのですが…」

「ハハハ、こんなの焦げた内に入りませんよ。それに…うん、甘くて美味しいです」

「麟矢様は、甘い卵焼きと塩辛い卵焼き、どちらがお好きですか?」

「そうですね…どちらも好きですが、強いて選ぶなら甘い卵焼きですね」

「私も、甘い卵焼きが好きです」

「それは結構。今度西洋の卵焼きをご馳走しますよ。スフレオムレツと言うんですけどね」

「すふれおむれつ」

 

 なんて事も話したりした。朝食を食べ終えた俺は、改めてノートに色々と書き記していくが…

 

「ひなきさん。俺が書き仕事をしている姿なんて、面白くないでしょう?」

「いいえ、麟矢様がお仕事をしている姿。素敵です」

 

 ひなきさんは俺の近くに座り、ニコニコと俺を見つめていた。ふむ、ひなきさん自身が楽しいなら…まぁ、いいか。

 

 

杏寿郎視点

 

 半年ぶりの柱合会議。柱九人が一人も欠ける事無くこの場に集まれたのは、実に喜ばしいことだ!

 心の中でそんな事を考えながら、悲鳴嶼さんや宇髄、胡蝶達と話していると―

 

「お館様のお成りです」

 

 襖の向こうからひなき様の声が聞こえてきた。俺達はすぐさま姿勢を正し、頭を下げて、お館様を迎える体勢を取る。

 ひなき様とにちか様の肩を借り、ゆっくりと座敷の中へと進まれるお館様。この二年、呪いがお館様を蝕む速度はかなり緩やかになってはいるが、止まった訳ではない。

 牛歩のようにゆっくりとだが、お館様の体は弱っておられる。今はまだ自らの足で歩まれているが、それもあと数年で不可能となるだろう。お労しい限りだ…

 

「よく来てくれたね。私の可愛い剣士(子ども)達」

「今日の日差しは昨日よりも暖かく感じるね。空には雲一つなく…実に気持ちが良い天気だ」

「顔ぶれが変わらずに、半年に一度の柱合会議を迎えられたこと、嬉しく思うよ」

「お館様におかれましてもご壮健でなによりです。益々のご多幸を切にお祈り申し上げます!」

「ありがとう、杏寿郎」

 

 他の皆に先んじて、お館様への挨拶を行い、改めて頭を下げる。うむ、周りから少々視線を感じなくもないが、気にせずにいこう!

 

 

 天元視点

 

「今日はまず、皆に紹介したい者がいる。彼には今後、柱合会議に参加してもらうつもりだ」

 

 会議が始まって早々。お館様からの投げかけられた言葉に、俺と悲鳴嶼さん以外の面々が僅かにどよめく。

 まぁ、俺と悲鳴嶼さんは事前にお館様から話を聞いていた訳だが…こいつら、驚くぞ。

 

「さぁ、入ってきなさい」

「失礼いたします!」

 

 お館様の声に答え、開かれる襖。座敷の中に入ってくる者が誰かを悟った時―

 

「お、お前は!」

「何故、お前が…」

 

 不死川と伊黒が揃って、声を上げた…のは良いんだが、なんて顔をしてやがる。

 

「皆も知っていると思うが、改めて紹介するよ。先日鬼殺隊監査役に任命した、東雲麟矢だ」

「耀哉様より、監査役の大役を仰せつかりました。東雲麟矢でございます。浅学菲才の身ではありますが、鬼殺隊の為、無辜の人々の為、粉骨砕身の努力を傾注いたしてまいりますので、何とぞご指導ご鞭撻を暘りますよう、お願い申しあげます」

 

 不死川と伊黒(そんな二人)をさらりと流しつつ、東雲を紹介するお館様と丁寧な挨拶を述べる東雲。

 煉獄や胡蝶は、監査役という役職が何なのか疑問に感じていたようだが、お館様と東雲からの説明を受け―

 

「なるほど! 監査役とは即ち、鬼殺隊の風紀秩序を維持する為の役職という事か! そのような大役に任じられるとは、誠に天晴れ! 俺も柱として、及ばずながら力を貸そう!」

「東雲さんの才覚は疑いないものですし、お館様から課された条件を達成しての就任ならば、何の問題もありません。私も出来る範囲ではありますが、お手伝いさせていただきますね」

 

 東雲を歓迎する態度を見せてくれた。甘露寺と時透はどうかというと…

 

「凄いわ麟矢君! お互い、責任ある立場として頑張りましょうね!」

「お菓子の人、偉くなったんだ。うん、お館様がお認めになったのなら、良いと思う」

 

 こちらも好感触のようだ。残るは冨岡だが…

 

「………特にない」

「って、おい」

 

 ずっとだんまりで、ようやく口を開いたらそれか?

 

「…すまない、言葉が足りなかった。全てはお館様がお決めとなった事。俺ごときに口を挟む権利は無い。だから、言う事は特にない。そう言いたかった」

 

 ……あぁ、そうかい。本当に言葉が足りない奴だ。 

 

「さて、麟矢君の監査役就任に伴って、役職名を考えてみたんだ」

 

 お館様の声と共に、横に控えていたひなき様が手にした紙を広げていく。そこに書かれていた文字は…

 

(はり)。今後は監査役の事をこのように呼称してくれるかな?」

「かしこまりました! 本日只今より、役職として梁を名乗らせていただきます!」

 

 お館様にそう答え、再び頭を下げる東雲。こうして、柱合会議の参加者が一名増える事になった訳だ。

 

 

麟矢視点

 

 俺の紹介が済んだ後、会議は通常の進行へと戻り、各柱からの報告や鬼の動向等に関する情報の共有が、恙無く行われていく。

 そして一通りの議題が片付いたところでー

 

「最後に、よろしいでしょうか?」

 

 俺は挙手と共に、本日最後となる議題を挙げさせてもらった。

 

「まずは、こちらの資料をご覧ください」

 

 事前に作っておいた資料を配り、東雲商会(会社)の会議でやっているように報告を行っていく。

 

「今月1日時点での鬼殺隊隊士の数は、総勢581名*3。この内、柱と私を除いた一般隊士が337名。筋交が現在訓練中の者を含めて42名。隠が202名となっております」

「図の1番に纏めておりますが、隊士の数は毎年減少を続けており、30年前と比較すると約25%…2割5分減少している計算になります」

「減少の要因といたしましては殉職率の高さに加え、最終選別を突破し、隊士となる人材の少なさが挙げられます」

「一昨年12月の最終選別より対策を施したことで、選別参加者の死亡率低下と、再挑戦が可能となったことで選別を突破する人数の増加が確認出来ておりますが、依然新規入隊者より殉職者の方が多い状態です」

「ここまでの段階で、ご質問等はございますか?」

 

 俺1人で話し続けている状態なので、一旦言葉を切り、柱の皆さんを確認する…質問は無いようだな。

 

「それでは、続けさせていただきます」

「このような要因から、鬼殺隊は慢性的な人材不足の状態にあり、その結果動ける人間は多少怪我をしていても次の任務に向かわせなくてならず、それが殉職率の高さにも繋がっています」

「図の2番にあります通り、筋交の投入は殉職率の抑制に効果を上げております。ですが、未だ絶対数が足りない為、全ての隊士が恩恵を受けられる訳ではないというのが現状です」

「また、強力な…十二鬼月級の鬼が出現した場合の対応でも、人材不足が影響を与えております」

「柱の即時投入が行えれば問題ありませんが、それが出来ない場合…十分な数の隊士を投入出来る機会は非常に少ないと言わざるを得ません。送り込んだ戦力が全滅し、再び同等規模の戦力を送る…戦力の逐次投入という愚を犯す。犯さざるを得ない。この点は早急に改善が必要だと愚考いたしております」

 

 静まり返った室内で、俺だけが話し続けている中―

 

「その問題については、我々としても認識している」

 

 悲鳴嶼様が静かに口を開いた。

 

「しかしながら、人材の育成は一朝一夕で行えるものではない。改善と言っていたが、東雲は何か妙案を持っていると言うのかな?」

 

 悲鳴嶼様からの問いかけに、柱の皆様の視線が集中する。特に不死川様と伊黒様は『お前に出来るのか?』と言いたげな目付きだ。

 

「資料の2枚目をご覧ください」

 

 だが、俺だって無策でこの会議に臨んだ訳じゃない。この程度は想定内だ。

 

「なんだ? この表は…名前に日付、それから〇や×が書かれているが…」

「それはシフト表です」

「シフト表?」

 

 聞き慣れない単語に首を傾げる宇髄様。他の皆様も同様だ。

 

「大雑把に言ってしまえば、隊士の任務体制を纏めた物…ですね」

 

 俺はシフト表について簡単に説明し、話を続ける。

 

「一般隊士、筋交、隠を戦力が均等になるよう割り振った班を複数作り、地域ごとに配置します」

「班は割り振られた地域をそれぞれ担当し、交代で任務に当たります。とりあえずその表では、1週間のうち5日を任務に、2日を休息に当てる計算で作っております」

「なるほど…これならば、離れた地の任務に向かわせる必要はなくなるか……隊士が重傷を負うなどして、欠員が出た場合は?」

「周辺地域の比較的余裕がある班から一時的に人員を補充します。これまでに得た情報から、鬼には縄張り意識のようなものがあり、一定以上の距離を取って活動している可能性が極めて高いので、この方法で対応可能と思われます」

「強力な鬼が出た場合の対応は?」

「鬼が出現した地域を担当する班に加え、周辺の班から人員を派遣させます。班の数にもよりますが、20人程度の部隊は問題なく編成出来る筈です」

 

 悲鳴嶼様や胡蝶様から投げかけられる質問もそつなく答えていく。

 不死川様や伊黒様は、苦虫を噛み潰したような顔をしているが…難癖を付けたりしてきた訳じゃない。流しておこう。そして―

 

「ふむ、現段階では特に問題は見当たらず…試験的にしふと表を導入し、現場での評価を行いたいと思うが…どうだろうか?」

 

 悲鳴嶼様の提案が賛成多数で可決され、柱合会議は終了するのだった。

*1
床の間脇の縁側沿いにある開口部のこと。元々は読書などをする際に机代わりとして造られていた

*2
産屋敷家女中の1人。本作オリジナルキャラ

*3
本作オリジナル設定




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

鱗滝様から叱責の手紙が送られてきた事や、耀哉様に諭された事で、己の言葉足らずを多少なりとも自覚した冨岡様。
自分の出来る範囲で言葉足らずを直そうと努力していますが、なかなか上手くいかずに周囲を困惑させたり、怒らせたりしています。
それでも、周囲の反応を見て言葉が足りなかった事を察する事が出来るようにはなっている為、その都度言葉不足を謝罪し、発言の真意を説明しています。
その為極々僅かずつではありますが、冨岡様の好感度は上がっているようです。


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弐拾壱之巻 -ある一般隊士の話其之弐-

お待たせいたしました。

少し短いですが、お楽しみいただければ幸いです。


茂部野視点

 

 鬼殺隊の隊士になって4年が経ち、階級が(かのと)になった頃、鬼殺隊の仕組みが大きく変わる出来事が起きた。

 お館様の肝煎りで作られた新たな役職『梁』。それに就いた方の主導で、俺達一般隊士は割り振られた地域を担当する班として再編成され、地域内に出現した鬼の探索や処分に取り組むようになった。

 更に西洋のシフト表という仕組みが取り入れられ、7日のうち2日は必ず休みを取るようにもなった事で、これまでのように怪我を押して任務に取り組む事も少なくなり、重傷を負って一線を退く羽目になることや、殉職することも格段に少なくなった。

 『梁』に就かれた方…東雲麟矢様と言うらしいが、是非ともお会いしてお礼を伝えたいものだ。

 

 

 それから一ヶ月ほど経った7月のある日。2つ隣の地域で並の鬼とは一線を画す強力な鬼が出現し、2名の殉職者が出た。との一報が入り、周囲の班から増援が送られる事が決定。俺の所属する班からも、俺や先輩の村田さんが派遣されたのだが…

 

「筋交の都合が付かなかった為、代理で参りました。東雲麟矢です」

 

 表向き東雲商会の職員寮として建てられた詰所*1で、俺達は東雲様と対面を果たした。まさか、こんなに早くお会い出来るとは!

 俺の驚きなど知る由もない東雲様は、恋柱・甘露寺蜜璃様や他の地域から派遣された増援の隊士達とも挨拶を交わし―

 

「被害者が鬼に襲われたのは、こことここと…ここ、それからここと、ここ」

「殉職した2名の隊士が会敵したのは、ここ」

 

 机に広げた地図へ、これまでに得た情報を書き込んでいた。

 

「どれも、この森を中心にした…一里半*2以内に収まっているわね。森に鬼が潜んでいるいうことかしら?」

 

 この集落から二里*3程離れた森を中心として描かれた丸の中に、今回の被害者が収まっていることを確認し、そう呟かれる甘露寺様。東雲様は静かに頷かれ―

 

「この森に…何か建物はありますか? 昼間、日光を凌げるような」

 

 この地域を担当する班の隊士へそう尋ねられた。

 

「…あります! 持ち主の爺さんが亡くなって、ここ2年ほどほったらかしになっている作業小屋が!」

「場所はわかりますか?」

「えーと…この辺りです」

 

 東雲様から筆を受け取った隊士が、地図に丸を付ける。そこは円のほぼ中心だ。

 

「十中八九、ここに鬼が潜んでいますね。今から発てば、日没前に到着出来ます。日没と同時に仕掛けましょう」

 

 東雲様の声に、その場の全員が大きく頷く。恥ずかしいところを見せる訳にはいかないな。いつも以上に気合を入れていこう。

 

 

 それから10分と経たない内に、甘露寺様を長、東雲様を補佐とした討伐隊総勢22名は行動を開始。日没まで四半刻*4の余裕を持って、目的地である作業小屋まで二町*5のところまで来ることが出来た。

 

「まず、私と麟矢君が小屋へと接近。攻撃を仕掛けるわ」

「皆さんは半町の距離を取って小屋を包囲。いつでも飛び出せる状態でいてください」

 

 甘露寺様、東雲様の命令に頷き、俺達はそれぞれ動き出す。そのまま時間は流れ…日が沈み切ったその時!

 

「先制攻撃!」

 

 声と共に東雲様がこんぱうんどぼうを構え、目にも止まらぬ速さで3本の矢を連続で放った。矢は次々と小屋の壁に突き刺さり、ボン! という爆発音を3回連続で響かせて、小屋を木っ端微塵に吹っ飛ばす。

 

「ちぃっ!」

 

 それから3つ数え終わらぬ内に、炎と煙を突っ切って鬼が宙に舞い上がった。その背中には4枚の翼が生え、右目には『下陸』の文字が刻まれている。即ち…

 

「下弦の陸!」

 

 相手は最下位とは言え、鬼舞辻無惨配下の精鋭だ。その事実に、俺を含む隊士達は一瞬怯むが―

 

「恋の呼吸…弐ノ型。懊悩(おうのう)巡る恋!」

 

 恋柱、甘露寺様は違った。翼を羽搏かせて上昇を続ける鬼へ向かって跳躍しながら、自身の日輪刀を振るい、鬼の全身を螺旋状に斬り刻んでいく!

 

「ぎゃぁぁぁぁっ!」

 

 全身を斬られた上に、背中の翼も4枚中2枚斬り落とされた鬼は、悲鳴を上げながら落ちていく。その落下地点で待ち構えているのは…東雲様だ!

 

「全集中…(まがい)の呼吸」

「風ノ型。肆ノ段、異端・昇上砂塵嵐(しょうじょうさじんらん)!」

 

 両手に小太刀を持ち、空中に向けて連続で斬撃を繰り出す東雲様。直後、落下していた鬼は五体ばらばらとなり、灰と化していく。

 

「討伐完了」

 

 静かに呟き、小太刀を鞘へと納める東雲様。こうして、今回の討伐任務は終了するのだった。

 

 

 翌日、諸々の後始末を終わらせた俺達は、本来配属されている地域へ戻る事になったのだが―

 

「さぁ! 今日は私の奢りだから、遠慮なくお腹一杯食べてね!」

 

 その前に甘露寺様と東雲様のご厚意で、昼食をご馳走になることとなった。『焼肉処東雲』か、どんな物が食べられるのか楽しみだ。

 

 

蜜璃視点

 

「お待たせしました。こちら突き出しとなります。『甘藍*6の塩昆布和え』と『胡瓜の一本漬け』です」

「炭の用意が出来次第、お肉をお持ちしますので」

 

 そう言った後一礼して店の奥に戻っていく藤色の割烹着を着た女性の店員さんを見送り―

 

「それじゃあ、いただきます!」

 

 私は目の前に置かれた二つの器と対峙する。前以て話が通っていたのか、私の分は他の皆よりも三倍は大きい器になっている。少し恥ずかしいけれど…ありがたいわ。

 

「まずは…こっちね」

 

 まず手を伸ばしたのは胡瓜の一本漬け。蔕を切り落とされ、皮も半分ほど剥かれた胡瓜は、程良く漬かっているのが見ただけでわかる。

 串に刺さっているそれを持ち上げて、一口。感じるのは、しゃっきりとした歯触りに程良い塩気。そして塩気の奥にあるうま味。

 

「うん、うん。これは止まらないわ」

 

 あっという間に1本を完食した私は、2本目に手を…伸ばすのを必死に堪えて、隣の器に箸を伸ばす。甘藍の塩昆布和え、これは…

 

「これは…危険だわ」

 

 塩昆布の塩気とうま味。散らされた煎り胡麻と胡麻油の香ばしい香り。そして甘藍の心地良い歯触り。胡瓜の一本漬け同様、食べるのを止められない。

 

「はっ…」

 

 気が付くと、2つの器は空になっていた。動揺を必死に抑えながら周囲を見ると、他の皆の器も空になっている。良かった、私だけじゃなかったのね!

 

「失礼します。七輪と最初のお肉、牛たんをお持ちしました」

 

 そこへ作務衣を着た男性の店員が真っ赤に焼けた炭を入れた七輪を持ってきてくれた。私は意識を切り替えて、七輪とお肉の盛られたお皿に集中する。

 円形に切り揃えられた牛タン…牛の舌を専用の箸で摘まみ、七輪に乗せられた網の上へ…

 

「焼けたら、塩と檸檬で…うん! この歯応え!」

 

 薄く切られているのに、このざくりとした歯触り。塩と檸檬が良く合っているわ!

 

「甘露寺様。よろしければ、こちらをお試しに」

 

 麟矢君が器を差し出してきたのは、3枚目の牛タンを焼いている時だったわ。器の中に入っているのは…葱?

 

「葱の微塵切りに塩とごま油、少量のレモン果汁を加えて作った葱塩ダレです。焼いた牛タンで包んでご賞味ください」

 

 麟矢君に勧められるまま、私は焼いた牛タンの上に葱塩だれを乗せ、一口。

 

「………この味は、革命的だわ」

 

 

茂部野視点

 

 焼肉。炭を入れた七輪で牛の肉を焼いて食べる。最初は単純な料理だと思っていたが、こいつはなかなか奥が深い料理だ。

 牛タン、カルビ、ロース、ハラミ、それから内臓肉(ホルモン)。牛の様々な部位の肉はそれぞれ細かい下処理が施されているし、味付けも醤油ダレ、味噌ダレ、塩ダレの三種類のタレに加えて、塩と胡椒に檸檬と豊富だ。

 それから、食べ進める間に色々と話を聞いたのだが、焼肉処東雲(この店)を経営している東雲商会…東雲様のご実家は、農作業に従事して老いた牛を潰して肉にするのではなく、()()()()()()()()()牛を育てており、その為の牧場も運営しているそうだ。

 そうやって育てた牛を1頭丸ごと肉にすることで、仕入れ値を抑え、庶民でも腹一杯肉を喰える値段に設定している。いやはや、頭が下がるとは正にこのことだな。

 

「お待たせしました。麦飯のおかわりとテールスープになります」

「あぁ、ありがとう」

 

 茶碗に山盛りになった麦飯と熱々のテールスープを補充した俺は、再びカルビを焼き始める。焼いてタレに付けたカルビと共に麦飯を掻っ込む!

 

「至福とは正にこの事だ」

 

 結局この日、俺達22人で80人分の焼肉を平らげたらしい。勘定は相当な額になった筈だが…甘露寺様は平然とした顔で支払いをされていた。流石は柱…だな。

 

 

麟矢視点

 

 さて、下弦の陸討伐から3日後。俺はひなきさんに会う為に産屋敷邸を訪れた訳だが…

 

「おぉ、東雲!」

「これは煉獄様」

 

 耀哉様のもとへ向かうと、先客として煉獄様の姿があった。どうやら、任務の報告にいらしていたらしい。

 

「お館様から伺ったが、十二鬼月の一角を討伐したそうだな! 流石だ!」

「いえいえ、甘露寺様の援護があっての事でございます」

「いや、甘露寺も称賛していたぞ。的確な判断と技の冴えだったとな!」

「恐縮です」

 

 煉獄様の言葉に深々と頭を下げる。耀哉様は別格として、この方から称賛されるのは、実に嬉しいものだ。

 

「うん、麟矢君は今回の下弦の陸討伐で、柱への昇格条件も満たした事になる。実弥や小芭内も認めてくれるだろう」

「そうだと良いのですが」

 

 耀哉様の言葉に思わず苦笑が漏れる。不死川様と伊黒様は、表立っての批判こそしてこないが、俺の事がどうもお気に召さないようだからな。今回の件でどうなる事か…。

 

「なに、心配することはない! 不死川も伊黒も根は誠実な男だ。かならず分かり合える!」

 

 煉獄様の真っ直ぐな言葉が胸に沁みるよ。

 

「それで、話は変わるのだが!」

 

 …ん?

 

「甘露寺から聞いたのだが、先の任務の後、隊士達と共に焼肉なるものを食べたそうだな!」

「はい、東雲商会(実家)で経営しております焼肉店で」

「そうか! 実は相談なのだが…その焼肉なるものは店でなくては食べられない代物なのか?」

「いえ、材料や道具の用意さえ出来れば、普通の家庭や…やろうと思えば外でも食べる事は可能ですが…」

 

 煉獄様の問いかけの意図が解らないまま、俺はそう答えていく。すると…

 

「うむ! それは重畳! 実は…出来るなら、お館様に焼肉なる物を召し上がっていただきたいと考えているのだ!」

「あぁ…そういう事ですか」

「甘露寺から聞いたのだが、焼肉なるものは随分と精がつくとの事。少しでもお館様のためになれば…とな」

「わかりました。可能な限り迅速に、最高の物を準備させていただきます」

「ありがとう、麟矢君。期待しているよ」

 

 耀哉様の期待するような声に、俺は改めて深々と頭を下げる。

 今のままの焼肉では、耀哉様には少し重いから…さっぱりと食べられる工夫を施さないといけないな。 

*1
本作オリジナル。近辺に藤の花の家紋の家が存在しない地域に建てられている

*2
約5.891km

*3
約7.855km

*4
約30分

*5
約218m

*6
キャベツの古い呼び名




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

今回登場した鬼の名前は『驕鷹(キョウヨウ)』。
人間だった頃の彼は、鳥のように空を飛ぶという夢に憑りつかれ、日雇い労働で金を貯めては、滑空機…現代でいうグライダーの研究に勤しんでいました。
しかし、その夢は周囲に理解されないどころか、人心を乱す不届き者として村八分に近い扱いを受けていたようです。
ちなみに鬼舞辻無惨が彼を鬼にした理由は、彼の研究を知り『空を飛ぶ事が出来れば、私はより一層完璧なる存在に近づける』と考えた為だったりします。
その為、空を飛ぶ血鬼術を編み出した驕鷹を秘かに評価しており、近い内に己の血を追加で与えても良いと考えていました。


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弐拾弐之巻 -狭霧山での出会い其之弐-

お待たせいたしました。

今回は、麟矢が4人のキャラクターと再会し、2人のキャラクターと顔を合わせます。
お楽しみいただければ幸いです。


麟矢視点

 

 俺が『梁』に就任して3ヶ月が経ち、試験的に導入されていたシフト表の本格的な運用が決定した頃。

 

「桑島様、お久しぶりでございます」

 

 俺は全集中の呼吸を習得する為、40日の間指導を受けた桑島慈悟郎様の元を訪れていた。

 

「うむ。鬼殺隊に新しく作られた要職に就いた話は、儂も耳にしておる。四十日という極短い期間ではあったが、お主のような俊英を指導出来た事。育手として、誇りに思うぞ」

「恐縮です」

 

 そんな挨拶を交わした後、俺は桑島様に土産として持参した酒、米や燻製肉といった食料品を渡し、茶を片手に世間話に興じていく。

 まぁ、世間話と言っても、耀哉様の体調に関する事だったり、鬼殺隊の近況が主だったりする訳だが…

 それでも、梁として鬼殺隊の中心にいる俺と、育手の桑島様では()()()()()というものが、まるで違ってくる。

 特に、獪岳が隊士となって1年と少しで、階級を(ひのえ)まで上げていた事はまだ伝わっていなかったらしく、とても喜んでくれた。

 

「じいちゃん! ただいま!」

 

 そんな声と共に善逸君が帰ってきたのは、その時だ。

 

「善逸! 儂の事は師範と呼べと言っておるじゃろうが!」

 

 桑島様の一喝に首を竦めたのも束の間―

 

「あ! 麟矢さん!」

「久しぶりです。善逸君。元気そうで何よりです」

 

 俺に気が付き、笑顔で挨拶をしてくれる。ほぼ1年半ぶりに会った訳だけど…うん、随分と逞しくなってるな。

 

「善逸。麟矢…いや、東雲殿は今や柱に匹敵する要職に就かれている。失礼な態度を取ってはならんぞ」

 

 そこへ聞こえてくる桑島様の注意。すると…

 

「えーっ! 麟矢さんって、そんなに偉い人になったのぉ!?」

 

 善逸君は見事な顔芸を見せてくれた。逞しくなっても、この辺りは変わっていないな。

 

「ハハハ、一応偉い人にはなりましたが、ペコペコされるのは性に合いません。善逸君とは年も近いですし、最低限の礼儀さえ守ってくれれば大丈夫です。今まで通りにやっていきましょう。勿論、桑島様も」

「むぅ…まぁ、東雲…麟矢がそう言うのなら…」

「じゃ、じゃあ、これからもよろしくお願いします。麟矢…さん」

「こちらこそ、よろしくお願いしますね。それじゃあ、お昼ご飯にしましょうか。私が作りますので」

「やった! 麟矢さんの作るご飯がまた食べられる! 何を作ってくれるんですか?」

 

 喜びを全身で表しながら、メニューを訊ねてくる善逸君。俺は優しく微笑みながら―

 

「手打ち饂飩。井戸水で冷たく冷やした麺を具沢山の熱い漬け汁で食べます。美味いですよ」

 

 そう言って、持参した木鉢に小麦粉と塩水を入れると、饂飩を作り始めるのだった。

 

 

善逸視点

 

「お待たせしました。冷やし肉汁うどん他2品になります」

「待ってました!」

 

 麟矢さんの声にそう答え、目の前に並ぶ献立を改めて見つめる。一番目を引くのは、山盛りの饂飩。冷たい井戸水で締められていて、見ているだけで涼しくなってくる。

 その隣に置かれているのは熱々のつけ汁が入った器。具材として薄切りの豚肉とざく切りの小松菜、それから椎茸やえのきが沢山入っていて、これだけでも十分御馳走だ。

 それなのに、麟矢さんは―

 

 -饂飩だけでは栄養のバランスが偏りますね。野菜を使った副菜を作りましょう- 

 

 そんな事を言って手早く、冬瓜の煮物と茄子の炒め物をあっという間に作ってしまった。栄養のバランス? が何なのかわからないけど、麟矢さんが気にするって事は何か重要な事なんだろう。

 

「では、いただくとしようかの。いただきます」

「「いただきます」」

 

 じいちゃんの声に続いていただきますと唱え、早速料理を食べ始めたけど―

 

美味(うま)っ!」 

 

 漬け汁に漬けた饂飩を勢い良く啜った直後、思わずそんな声が出る。

 井戸水で締められた饂飩は噛み応え抜群。濃い目の漬け汁相手でも全然負けていない。漬け汁も具沢山で、饂飩を啜る度に口の中が幸せになる。

 冬瓜の煮物や茄子の炒め物も絶品で、下手な店のそれより美味いくらいだ。

 

「御代わりもありますから、遠慮無く言ってくださいね」

「それじゃあ、饂飩の御代わりください。量は…さっきと同じくらいで」

「儂も饂飩の御代わりを貰おうかの…量はさっきの半分くらいで頼む」

「わかりました。漬け汁の御代わりは?」

「お願いします!」

「儂も頼む」

「わかりました」

 

 俺とじいちゃんから皿と器を受け取り、御代わりを盛りに行った麟矢さんを見ていると―

 

「善逸。食休みの後、麟矢と組み手じゃ。胸を貸してもらえるよう頼んでおいたからな」

 

 じいちゃんがそんな事を言ってきた。思わず『そんなの無理!』という声が出掛かるけど…なんとか、それを我慢する。

 

「儂の見立てが正しければ、お前の勝ち目は百に一つも無いじゃろう。じゃが、圧倒的格上の胸を借りる事は、必ずお前の糧となる。負けを恐れずに全力でぶつかっていけ」

「…わかったよ、じいちゃん。やれるだけやってみる」

 

 じいちゃんの声にそう答え、麟矢さんの持ってきてくれた御代りに箸を付ける。勝ち目は百に一つも無いかもしれないけど…今の全力をぶつけてやる!

 

 

麟矢視点

 

「そこまで! この勝負、麟矢の勝ち」

 

 桑島様の声が響いた直後、俺はゆっくりと息を吐きながら構えを解き―

 

「大丈夫ですか? 善逸君」

 

 立ち上がろうとする善逸君へ手を伸ばす。

 

「だ、大丈夫です……やっぱり、麟矢さんは強いなぁ」

「まぁ、それなりに修羅場を潜ってますからね。だけど、善逸君も今の時点でこれだけ戦えるのは、見事の一言ですよ。獪岳とはまた違う…()()()()()()()()()が殆ど形になっている」

 

 実力差に落ち込む善逸君をそう言って励ましながら、何度か共闘した獪岳の戦い方と善逸君の戦い方を頭の中で比較していく。

 同じ雷の呼吸を使う剣士でありながら、2人の戦い方はまるで違っていた。

 壱ノ型・霹靂一閃を()()()()()()()()()獪岳は、本来鬼を牽制し、消耗させる為の型である弐~陸ノ型を独自に磨き上げ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を確立している。

 一方、長い間()()()()()()使()()()()()()善逸君は、弐~陸ノ型を習得した後も霹靂一閃を磨き続け、()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が確立しつつある。

 正直な話、組手の終盤『霹靂一閃・四連』を放たれた時は、本気で焦った。霹靂一閃・六連(それよりも上位の技)を知っていたから何とか反応出来たが、あれを初見で防ぐ事は、余程の使い手でなければ不可能だろう。だが…

 

「麟矢よ。お主は善逸の実力をどう見た?」

「そうですね…あくまでも組手での実力になりますが、(みずのえ)(かのと)の隊士にも引けを取らないかと。最終選別はほぼ間違いなく突破出来るでしょうね」

「えぇ…そう、ですか?」

 

 桑島様からの問いに答えた時の反応から見て、善逸君自身は、自分を低く見積もりすぎているようだ。

 

「善逸! お前には才能があると何度も言っておるじゃろう! そう、無闇矢鱈と己を卑下するでない!」 

「そうですよ、善逸君。謙遜は美徳ですが、それも過ぎれば嫌味になります。君の実力は確かなんですから、もっと自信を持って」

「…はい」

 

 まぁ、原作の輝かんばかりのヘタレっぷりに比べれば、大分改善されているし…師匠である桑島様にお任せするとしよう。 

 

 

 桑島様と善逸君に会ってから数週間が経った1914年(大正3年)9月。俺は休みを利用して狭霧山を訪れていた。

 目的は2つ。1つは炭治郎君達の様子を確認する事。そしてもう1つは…いや、これは()()()だな。

 

「とにかくまずは、鱗滝様に挨拶をするとしよう」

 

 俺は気を取り直し、鱗滝様へ挨拶をしに行ったわけだが…

 

「そうですか、全てを」

「あぁ、儂が教えられる事は全て教えた。あとは炭治郎が教えられたことを昇華出来るかどうかだ」

 

 ()()()()と言うべきか、鱗滝様は炭治郎君に最終課題を与えて、一切の指導を止めていた。

 最終課題を与えたのは約半年前。と言うことは…

 

「炭治郎君は山頂ですか?」

「あぁ…行くのか?」

「ええ、ちょっとしたお節介をしようかと」

 

 そう言い残し、俺は山頂へ向けて歩き始める。彼らに会えるかは別として…何かしらの助言は出来るだろう。

 

 

「いやはや、まさかこの場面に遭遇するとは…」

 

 山頂に到着した俺は、約30m先で繰り広げられている()()()()()()()と炭治郎君の戦いに、思わずそう呟いた。まさか今日が炭治郎君と彼らが出会った日だったとは…

 

「進め! 男なら、男に生まれたのなら、進む以外の道などない!!」

「かかって来い!! お前の力を見せてみろ!!」

「あぁあああ!!」

 

 雄叫びと共に攻撃を行った炭治郎君の顎にカウンターの一撃を叩き込み、その意識を刈り取る狐面の少年。

 あの煽りは、炭治郎君の戦意消失を防ぐ為であり、厳しい姿勢は鱗滝様の教えを頭だけでなく心でも理解させる為。

 わかっちゃいる…わかっちゃいるが、炭治郎君があまりに不憫だと思ってしまうのは、どうしても令和の価値観で考えてしまうから…だろうな。

 

「あとは任せるぞ」

「うん」

「それから、そこのお前! 男なら隠れて覗き見などせず、姿を見せたらどうだ!」

 

 おっと、気付かれたようだ。

 

「こちらに敵意は無いので、警戒しないでもらえますか?」

 

 俺は両手を上げた状態で姿を見せ、にこやかにそう呼びかけたのだが…

 

「………」

「………」

 

 どういう訳か、気絶した炭治郎君を除く2人の男女は緊張した表情のまま、こちらへの警戒を解こうとしない。

 

「貴様…何者だ!」

「何者…あぁ、申し遅れました。私、鬼殺隊で『梁』という役職に就いております。東雲麟矢と申します」

「『梁』、だと…そんな役職は聞いた事がない。出任せを言うな!」

「出任せじゃありません。つい3ヶ月ほど前に新設された役職になります。鱗滝様もご存じですよ」

「鱗滝さんが…いや、だとしてもお前は()()()()()()()()()()()! 微かにだが、()()()()()()()()()()()ぞ!」

 

 山頂に響く狐面の男の声。俺は炭治郎君がまだ目覚めていない事を確認し―

 

「炭治郎君に聞かれると少々厄介なので…場所を変えましょう。錆兎君」

 

 狐面の少年…錆兎君へそう呼びかけた。

 

 

錆兎視点

 

 気絶した炭治郎を真菰に任せ、俺は東雲麟矢なる男と共に一町程離れた場所へ移動。話を聞いた訳だが…

 

「百十年ほど未来の日本で生きていたが、死神の手違いで死ぬ羽目になり、過去に遡って転生した…そんな話を信じろとでも?」

 

 東雲麟矢の話はあまりに荒唐無稽で、とても信じられるものでは…

 

「いや、藤襲山で死んだ君や真菰さんが、狭霧山(ここ)にいることも十分荒唐無稽でしょう」

「………信じざるを得ないようだな」

「話が早くて助かります」

 

 俺の呟きに満面の笑みを見せる東雲麟矢。人前でこうも笑顔を見せるとは…未来の日本に生きる男は、皆このような有様なのか!?

 

「それはそうと、何故俺や真菰の名前、藤襲山での事を知っている? 何か絡繰りがあるのか?」

「うーん…それは秘密です」

 

 人を食ったような態度を取る東雲麟矢に、思わず顔を引きつるのを感じるが―

 

「確実なのは、俺は炭治郎君の味方であるという事。最終選別を突破してほしいという事です。錆兎君も同じでしょう?」

「…無論だ。炭治郎は云わば俺達の弟弟子。強くなってほしいという思いに偽りは無い」

 

 一転して真面目な態度を取った東雲麟矢に、俺は大きく頷く。

 

「さっきの見たか?」

「凄い一撃だった! 無駄な動きが少しもない。本当に奇麗だった!」

 

 意識を取り戻した炭治郎の声が聞こえてきたのはその時だ。俺は、その声を聞きつつ、炭治郎のいる方向とは逆に歩き出す。

 

「おや、声をかけてあげないんですか?」

「炭治郎は男だ。男たるもの、余計な言葉など不要」

「あぁ、そうですか」

 

 どこか呆れたような声を上げる東雲麟矢を残し、俺は歩き続ける。

 

「私も出来る限り、炭治郎君に力を貸すつもりですが…主な指導は君達2人に任せますよ」

「………任せておけ」

 

 そう言い残して。




最後までお読みいただきありがとうございました。

次回、炭治郎君。最終選別へ


※大正コソコソ噂話※

 この後麟矢は真菰ちゃんが姿を消した後に、改めて炭治郎君と合流。
 何も知らない体を装いながら、炭治郎君に幾つかの助言を行った後、鱗滝様のお宅へ戻って夕食を振舞いました。
 そして帰宅の途に就いた訳ですが、途中で錆兎君に冨岡様の件を相談すべきだった。と思い至ります。
 ですが、冨岡様は炭治郎君に任せようと思い直し、そのまま帰宅しました。決して、冨岡様のお世話が面倒になったわけではありません。


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弐拾参之巻 -最終選別本番其之弐-

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。


麟矢視点

 

 狭霧山で炭治郎君と再会し、錆兎君と真菰ちゃんと出会ってから半年が経ち、春の最終選別まで残すところあと10日となった1915年(大正4年)3月。

 

「やぁ、待っていたよ。麟矢君」

「お待たせいたしました。耀哉様におかれましても、御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます」

「うん、ありがとう」

 

 俺は耀哉様からの呼び出しを受け、産屋敷邸を訪れていた。

 

「今日呼び出した理由だが…一つ頼みたい事があってね」

「頼み…私に出来る事でしたら、何なりとお申し付けください」

 

 俺の声に微笑みながら頷き、頼み事の詳細を話していく耀哉様。果たして、その内容は…。

 

「実は次回の最終選別から、子ども達のみで進行させようと考えていてね」

「輝利哉とかなたには、既にその旨を伝えているが…()()()()()が起きないとも限らない」

「麟矢君、済まないが二人の補佐として、最終選別に同行してはくれないだろうか?」

 

 不測の事態か…耀哉様の勘がどこまで把握しているかはわからないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「かしこまりました。お2人の補佐、全力で務めさせていただきます」

 

 ()()()()()()()()()()()、輝利哉君達の補佐を全力で頑張るとしよう。

 

 

炭治郎視点

 

 錆兎と真菰に出会って半年。この半年の間、毎日のように錆兎に挑み、打ちのめされた。毎日のように真菰に己の悪い部分を指摘され、無駄な動きや癖を直していった。

 そして、月に一、二回訪ねてくる麟矢さんからも指導を受けた。

 毎日毎日、腕が、足が、千切れそうな程、肺が、心臓が、破れそうな程に刀を振った。それでも、錆兎には勝てなかった。だけど、今日は違う。

 

「半年でやっと男の顔になったな」

「今日こそ勝つ」

 

 この半年で初めて真剣を持っている錆兎にそう返し、俺は刀を構える。

 真正面からの勝負は単純だ。より強く、より速い方が勝つ。

 

「うぉぉぉっ!」

「はぁぁぁっ!」

 

 一瞬で勝負は決まった。この日、この瞬間、初めて俺の刃が、先に錆兎へ届いた。錆兎の着けていた狐の面が真っ二つに斬れ、地面へと落ちていく。

 そして露になった錆兎の顔は、笑っていた。泣きそうな、嬉しそうな、安心したような笑顔だった。

 

「……勝ってね。炭治郎。()()()にも」

 

 真菰のそんな声が聞こえた瞬間、気づくと錆兎も真菰も消えていて…錆兎の面を斬った筈の俺の刀は、岩を斬っていた。

 

 

「お前を最終選別に行かせるつもりはなかった」

 

 大岩を斬った事を伝えると、鱗滝さんはそう言って、俺に頭を下げてきた。

 

「もう子供が死ぬのを見たくなかった」

「お前にあの岩は斬れないと思っていたのに…」

 そして鱗滝さんは、あの岩を斬るように命じた真意を話し―

 

「よく頑張った。炭治郎。お前は凄い子だ……」

「最終選別。必ず生きて戻れ。儂も妹も此処で待っている」

 

 俺の頭を優しく撫で、強く抱きしめてくれた。

 

 

 夜、肩まで伸びていた髪を切り終えた俺に、鱗滝さんが狐の面をくれた。

 厄除(やくじょ)の面といって、悪いことから守ってくれるそうだ。だから、錆兎や真菰も着けていたのか。

 そして、眠り続ける禰豆子は連れて行けないので、鱗滝さんに預かってもらう事になった。

 

「炭治郎、出来たぞ」

 

 眠る禰豆子の手を握り、最終選別へ行ってくる事。鱗滝さんとここで待っていて欲しい事を伝えていると、鱗滝さんから声をかけられた。

 

「はい」

 

 囲炉裏の傍へ行くと、山菜と茸がたっぷり入った山鳥の鍋に、川魚の塩焼きというご馳走が用意されていた。

 

「明日は最終選別。腹を満たし、一晩ゆっくりと休んで英気を養うといい」

「はい!」

 

 鱗滝さんの心遣いに感謝しながら、俺は椀を受け取る。この食事、疎かには食べられない。

 

 

 翌朝、日の出と共に俺は最終選別へと出発した。

 

「鱗滝さん、行ってきます! 錆兎と真菰によろしく!」 

 

 そう言い残して、全力で駆け出した俺は―

 

「炭治郎。なぜ、お前が…死んだあの子達の名を知っている」

 

 鱗滝さんの呟きに気が付く事が出来なかった。

 

 

麟矢視点

 

 さて、最終選別の日を迎えた俺は、今回の担当である輝利哉君とかなたちゃんに同行して藤襲山へと移動。

 

「全部で17人…いや18人か」

 

 既に集合していた受験者17人を素早く確認していく。うん、原作通り炭治郎君に善逸君、カナヲちゃん、それから彼も参加しているな。この場にいない1人は、既に動き出したと考えていいだろう。 

 面識の無い彼はともかく、炭治郎君や善逸君は俺に気が付いたようだ。もっとも周囲の目があるから、反応は最小限だが。

 そうしている間に諸々の準備が整ったようだ。俺は輝利哉君とかなたちゃんの傍に控え、2人の口上を待つ。

 

「皆様。今宵は最終選別にお集まりくださって、ありがとうございます」

「この藤襲山には、鬼殺の剣士様方が生け捕りにした鬼が閉じ込めてあり、外に出る事は出来ません」

「山の麓から中腹にかけて、鬼共の嫌う藤の花が一年中狂い咲いているからでございます」

「しかし、ここから先は藤の花は咲いておりませんから鬼共がおります。この中で七日間生き抜く」

「それが最終選別の条件でございます。なお、(つちのえ)及び(つちのと)の階級にある隊士十名が、皆様の監視役兼護衛として同行いたします」

「皆様が自ら棄権の意思を示した場合、重度の負傷など、生命の危機に繋がる事態に陥った場合、そして著しい反則が確認された場合。以上三点に該当しない限り、隊士は皆様の前に現れません。あくまでも緊急時の備えとご理解ください」

「「では、行ってらっしゃいませ」」

 

 口上を終えた輝利哉君とかなたちゃんが頭を下げたのを合図に、17人の受験者は一斉に動き出した。監視役兼護衛の隊士10人も少しの間を置いて動き出し、この場に残るのが俺達だけになったところで―

 

「輝利哉君、かなたちゃん。お疲れさまでした。見事な口上でしたよ」

 

 俺は緊張から解放された2人に、優しく声をかける。

 

「麟矢様、ありがとうございました。麟矢様が傍にいてくれて、心強かったです」

「ありがとうございました」

「いえいえ、そう言っていただけて歓喜の極みです。さぁ、下山しましょうか。今日泊まる藤の花の家紋の家に材料を預けていますから、今日の夕食は私が作りますよ」

「えっ! 麟矢様がですか!」

「嬉しいです! 何を作ってくださるんですか?」

 

 俺が夕食を作ると聞き、満面の笑みを浮かべる2人。年相応の姿を見せてくれた2人に、俺は優しく微笑み―

 

「スモークサーモン…鮭の燻製を作ってきました*1ので、それと小松菜を使ったピザを作ろうかと」

 

 そんな事を話しながら、一緒に下山するのだった。

 

 

 さて、時間はあっという間に流れ、最終選別の最終日となった。俺は7日前同様、輝利哉君とかなたちゃんに同行して藤襲山へと移動する。

 連絡によると、受験者18名の内13名が脱落。全員骨折などの怪我を負ってるものの、死者は0との事。うん、合格者5名で原作通りだ。

 そんな事を考えながら、待つこと暫し。最後まで生き残った4人が姿を現した。

 これは余談だが、残る1人は俺達が到着する少し前に降りてきて、そのまま去って行ったそうだ。閑話休題。

 

「お帰りなさいませ」

「おめでとうございます。ご無事で何よりです」   

 

 輝利哉君とかなたちゃんの口上を聞きながら、俺は素早く4人の様子を確認する。

 カナヲちゃんは無傷、善逸君はかすり傷程度、炭治郎君は左の側頭部を怪我しているが、それ以外は問題なし。

 

「で? 俺はこれからどうすりゃいい。刀は?」

 

 残る1人は全身傷だらけ。重い怪我は無さそうだが…キチンと治療を受けさせたほうが良いだろうな。

 

「まずは隊服を支給させていただきます。体の寸法を測り、その後は階級を刻ませていただきます」

「階級は十段階ございます。(きのえ)(きのと)(ひのえ)(ひのと)(つちのえ)(つちのと)(かのえ)(かのと)(みずのえ)(みずのと)。今現在皆様は、一番下の(みずのと)でございます」

 

 粛々と続けられる説明の中―

 

「刀は?」

 

 彼はイラついた様子で再度日輪刀について問うてきた。俺は秘かに体勢を整え、いつでも飛び出せる準備を整える。

 

「本日中に玉鋼を選んでいただき、刀が出来上がるまで十日から十五日となります」

「さらに今からは、鎹烏をつけさせていただきます」

 

 かなたちゃんの声、そして手を鳴らした音と共に、4羽の鎹烏…もとい3羽の鎹烏と1羽の鎹雀が飛んできて、1羽1羽受験者の肩に止まっていく。

 

「え? 鴉? これ…雀じゃね?」

 

 善逸君の肩に止まったのは、原作通り鎹雀か。うん、お似合いだと思うよ。

 

「鎹鴉は主に、連絡用の烏でございます」

 

 そして、輝利哉君が鎹鴉について説明をしている時、トラブルが起きた。

 

「どうでもいいんだよ! 鴉なんて!」

 

 彼が自身の肩に止まった鴉を叩き落とし、鬼の形相で輝利哉君達へ向かって歩き出したのだ。やれやれ、耀哉様の言っていた不測の事態が起きてしまったよ。

 俺は一足飛びで輝利哉君達と彼の間に立ち、かなたちゃんの髪を掴もうと伸ばされた彼の手を払いのけると―

 

「セイッ!」

 

 彼の鳩尾へそれなりに手加減した掌打を打ち込んだ。

 

「ごほっ…」

 

 鍛えようのない急所である鳩尾を打たれ、苦悶の表情を浮かべる彼。少々可哀想だがキッチリ罰を与えておかないと、後々彼の立場が悪くなる。

 

「許せよ、少年」

 

 俺は間髪入れず、彼の足を払って転倒させると、ハンマーロック*2を仕掛けて、動きを封じる。

 

「ぐぁぁぁっ!」

 

 腕と肩の関節を極められる激痛に、苦悶の声を上げる彼。俺はある程度のところで力を緩めて解放し―

 

「君の焦る気持ちはわかるが、もう少し視野を広く持った方が良いね。不死川玄弥君」

 

 彼の名前を呼びながら、そう諭した。

 

「な、なんで俺の名前…アンタ、誰だよ?」

「階級甲。鬼殺隊監査役『梁』の東雲麟矢。よろしく」

「監査役? 『梁』? そんな役職聞いたこと…」

「1年前に新しく設立された役職だから、まだ知らない人もいるかな。まぁ、それはさておき…俺の仕事はね。君のような鬼殺隊の風紀秩序を乱す隊士を処罰する事だったりする訳だ」

「なっ…」

「君が手を上げようとした女の子はね。鬼殺隊当主産屋敷耀哉様御息女の1人、かなた様だ。万が一にも彼女に手を上げていたら、君だけでなく()()()()()()()()()()()()()()()()()よ」

「え…」

 

 俺の言葉に顔面蒼白となる玄弥君。うん、脅しはこのくらいで良いかな。

 

「君の事情は把握しているし、焦る気持ちも理解出来る。だけど、鬼殺隊という組織に属する以上、それ相応の振る舞いを心掛けていないと、いつか痛い目を見るよ」

「…す、すみませんでした」

「俺に謝るより先に、謝る相手がいるんじゃないかな?」

「……はい」

 

 俺に諭された玄弥君は青い顔のまま、輝利哉君とかなたちゃんへ近づき―

 

「その…すみませんでした!」

 

 2人に土下座で謝罪した。

 

「わかりました。謝罪を受け入れます」

「気にしておりませんので、頭を上げられてください」

 

 2人が謝罪を受け入れた事で、周囲の張りつめた空気も和らいでいく。うむ、これでよし。

 

「では、あちらから刀を造る鋼を選んでくださいませ」

 

 その後も粛々と説明会は進み、全ての行程が終了。炭治郎君達はそれぞれの育手の元へと帰っていった。

 

「輝利哉君、かなたちゃん。お疲れさまでした」

「お疲れさまでした。麟矢様。色々とありがとうございました」

「お守りいただいた事、生涯忘れません」

「ハハハ、当然の事をしたまでですよ。さぁ、帰りましょう。昼前には到着しますから、特製の昼食を振舞わせていただきますよ」

「本当ですか!」

「今日は何を作っていただけるんですか?」

「この前がピザでしたからね。今日はてりやきバーガーにフライドポテト。なんてどうでしょうか?」

「「てりやきバーガーにフライドポテト」

 

 そろって呟く輝利哉君とかなたちゃん。そんな2人に俺は微笑み、下山を開始するのだった。

*1
本来の歴史では1958年。東京都内のホテルで初めて国産のスモークサーモンが客に供されたと言われている。ちなみに国内で本格的に製造が開始されたのは、1967年と言われている

*2
相手の腕を相手の背中側に引っ張り、捻り上げることによって相手の腕と肩関節を極める関節技




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

 産屋敷邸へ輝利哉君とかなたちゃんを送り届けた麟矢は、風呂を借りて汗を流した後早速調理を開始。産屋敷家の皆さんに『てりやきバーガー』と『フライドポテト』をメインにした昼食を振舞い、絶賛されました。
 なお、食事中にひなきちゃんが「このてりやきバーガーの具…てりやきハンバーグは、ご飯と一緒に食べても美味しいかもしれません」と呟いた事が切っ掛けとなり、ビストロド東雲で照り焼きハンバーグが販売される事になり、東雲商会の新店舗として『ハンバーガーショップ東雲』がオープンする事になりますが、それは別のお話です。
 


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弐拾肆之巻 -密命-

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。


麟矢視点

 

 春の最終選別から2週間が経った。原作の流れでは、あと2日程で選抜突破者のもとに日輪刀が届き、そのまま鬼殺隊隊士の任務に突入する訳だが…この世界ではそんなブラックな労働環境にはしない。

 各員の適性等を最大限考慮し、各地の班に配属するのだが…問題が1つ。

 

「炭治郎君をどうするか…それが問題だ」

 

 そう、原作主人公である竈門炭治郎君をどう扱うかだ。正直な話、彼1人ならどうにでもなるのだが、妹の禰豆子ちゃんを連れている事がどうしてもネックになる。

 鬼になった妹を同行させている事が露呈した(バレた)らどうなるか…言葉にするまでもない。

 この唯一にして最大の問題を解決するには―

 

 1つ…鬼になった妹を同行させていることを予め承知している。

 2つ…多少の雑音をシャットアウト出来るだけの地位と実力を兼ね備えている。

 

 この2つをクリアしている人間の下に就ける。それが最善の道なのだが、そうすると今度は()()()()()()()()()()()()

 

「現時点で条件をクリアするのが、冨岡様しかいない…」

 

 ある程度解消されたとはいえ、冨岡様は未だコミュ障気味。どう好意的に考えても、()()()()()()()を招く事は火を見るよりも明らかだ。

 となると、信頼に値する人間へ事情を話し、協力を仰ぐのが次善の道と言えるだろう。

 

「さて、どうしたものか…」

 

 この難問を解く為、考えを巡らせていると突然、窓を叩く音が聞こえてきた。

 

「これはこれは」

 

 そこに居たのは1羽の鴉。鎹鴉のモーリアンだ。 

 

「いらっしゃい、モーリアン」

 

 俺はすぐさま窓を開け、モーリアンを室内へ招き入れる。

 

「カァァァ、オ館様カラノ手紙、持ッテキマシタ。カァァァ」

 

「ありがとう」

 

 背中へ背負う形で結びつけられた風呂敷包みを見せながら、来訪の目的を告げるモーリアンに俺は一言お礼を伝え、風呂敷包みを解き、中に入っていた手紙に目を通していく。

 あまねさんの代筆による手紙の内容は… 

 

「モーリアン。耀哉様に手紙の件、確かに了解いたしました。明日の朝、指定された時間に参上いたします。と伝えてくれるかな?」

「カァァァ、わかりました。カァァァ」

「ありがとう。待っている間、何か食べていてください。マヨネーズと…」

「カァァァ。燻製肉(ベーコン)を所望シマス。カァァァ」

「了解。少し待っててください」

 

 モーリアンに与えるマヨネーズとベーコンを厨房へ取りに行く間、俺は手紙の内容を思い返す。緊急の要件があり、会って話がしたい…か。十中八九あの件だ。何とか上手くやるしかないな。

 

 

耀哉視点

 

「やぁ、待っていたよ。麟矢君」

「お待たせいたしました。耀哉様におかれましても、御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます」

「うん、ありがとう」

 

 折り目正しく挨拶をする麟矢君へ私は微笑み、彼を呼び出した理由を早速話し始める。

 

「今日麟矢君を呼び出した理由は、先日行われた最終選別についてなんだ。合格者の一人について、緊急の案件があってね」

()()()()()。この名前に憶えがあるだろう?」

「…はい、冨岡様がやらかした例の件絡みで知己を得ております。最終選別前にも何度か彼の修行先である狭霧山へ赴き、ちょっとした助言や指導をしておりますが…もしかして、それが拙かったのでしょうか?」

「いや、そういう訳ではないんだ。同じ育手に指導を受けた…兄弟子筋にあたる隊士が、最終選別を受ける少年や少女に指導をつける事はよくある事だから、気にする必要はないよ」

「はぁ…では炭治郎君に関する緊急の案件とは?」

 

 そう言って首を傾げる麟矢君。私は傍で控えるあまねに合図を送り、彼へ一通の書状を差し出させる。

 

「育手、鱗滝左近次からの書状だ。まずは読んでみてほしい」

「かしこまりました」

 

 あまねから受け取った書状を無言で読み始める麟矢君。暫しの間、部屋を沈黙が支配し…

 

「…たしかに、緊急の案件ですね」

 

 優に5分を超えた頃、書状を読み終えた麟矢君がゆっくりと口を開いた。

 

「冨岡様が頸を刎ねた筈の炭治郎君の妹。彼女が実は生きており、しかも炭治郎君が修行をしている間、鱗滝様が彼女を匿っていた」

「しかもそれを主導したのが冨岡様…予想外過ぎて頭が痛くなりますね」

「麟矢君、君が狭霧山へ向かった際に、何か異変を感じる事は無かったかい?」

「………残念ながら何も」

「そうか、君から気取られない程巧妙に隠していた。という事だろうね」

「申し訳ありません。察知出来なかった私の落ち度です」

「いや、鬼を匿うなど文字通り予想の範疇を超えている。察知出来なかった事を責める気は無いよ」

「恐縮です」

 

 そう言って頭を下げる麟矢君。私は彼が頭を上げるのを待って、話を再開する。

 

「書状には鬼の少女、竈門禰豆子はこの2年の間眠り続け、一度も人を食らったことが無いとあった。麟矢君は、この点をどう考える?」

「……両手の指で足りるほどしか顔を合わせたことはありませんが、鱗滝様に対する印象は…誠実なお方というものです。ですので、書状に書かれている内容は事実だと愚考いたします」

「うん、左近次は水柱を務めていた頃も、誠実で信頼のおける男だった。私も書状の内容は信じるに値すると考えているよ」

 

 ここで私は一旦言葉を切り、ただ…と続けていく。

 

「いかに左近次が誠実かつ信頼のおける男で、竈門禰豆子がこの2年の間人を喰らっていない事を証明出来たとしても、鬼を匿っていた事は重大な規律違反。万が一の際には、竈門炭治郎と左近次、義勇が腹を切るとあるが、それだけで鬼殺隊という組織全体を納得させる事は難しいだろう」

「たしかに…大部分の隊士は即刻抹殺を唱えるか、それに同調するでしょうね」

 

 麟矢君の言葉に頷いた私は、少しだけ息を整え、今日彼を呼び出した理由を伝えていく。

 

「そこでだ。麟矢君には、竈門炭治郎、禰豆子兄妹の監視と審査を頼みたい」

「監視と審査…ですか」

「私個人としては、炭治郎と禰豆子の存在を信じてやりたい。しかし、今の段階では鬼殺隊全体を納得させられるだけの材料が無いこともまた事実」

「だからこそ、麟矢君に竈門禰豆子という存在が、普通の鬼とは異なること、人を喰らわず安全であることを証明してほしい。鬼に対して過度な恨みや憎しみを抱いていない麟矢君なら、公平かつ公正な審査が出来る筈だ」

「…かしこまりました。耀哉様のご期待に応えられるよう、全身全霊を以って、監視兼審査の任務を務めさせていただきます」

 

 そう言って深々と頭を下げる麟矢君。その後、細々とした事を話し合い、麟矢君は部屋を後にしていった。

 ………麟矢君には話していないが、私はただ単に炭治郎と禰豆子の兄妹が憐れだから、禰豆子を助けようとした訳じゃない。

 この二人は、鬼舞辻無惨との戦いにおいて、必ず大きな意味を持つ筈。そう感じたからこそ、禰豆子を助けられるように動いたに過ぎない。

 やれやれ、地獄というものが本当にあるとしたら、私は間違い無く地獄行きになるだろうね。

 

 

麟矢視点

 

 耀哉様との話し合いを終え、退室した俺は可能な限り平静を保ちながら、部屋から離れ…

 

「………な、なんとか乗り切った」

 

 廊下の角を曲がったところで、ようやく息をついた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()良かったよ」

 

 周囲に気を配りつつ、口元に手を当てて静かに呟く。そう、最終選別が終了して数日後、俺は狭霧山を訪ね、鱗滝様と今後について話し合っておいたのだ。

 その中で、俺はこれから禰豆子ちゃんの存在を知らなかった体で行動することと、原作の知識から導き出した耀哉様の危うさ…目的の為には手段を選ばない一面を鱗滝様へ伝え、それを踏まえた状態で耀哉様へ送る書状を書いてもらった。

 その結果、炭治郎君と禰豆子ちゃんを監視&審査する流れに持っていくことが出来たのだが…監視&審査役として俺が指名されたのは、少々想定外だった。

 個人的には柱の誰か…冨岡様は除外するとして、甘露寺様か胡蝶様を指名すると思っていたんだけどなぁ…。

 

「まぁ、期待されている以上、最善を尽くしますか」

 

 俺は静かに気合を入れ直し、行動を開始する。まずは…鱗滝様と炭治郎君への手紙を書いて…

 

「何人かスカウトするとしますか」

 

 

炭治郎視点

 

「炭治郎、麟矢からの手紙が届いたぞ」

 

 俺の日輪刀を届けてくれた刀鍛冶の鋼鐵塚(はがねづか)さんが、刀鍛冶の里へ帰って少し経った頃、鱗滝さんのそんな声が響いた。

 

「はい!」

 

 すぐに鱗滝さんのもとへ向かい、差し出された手紙を受け取る。麟矢さんからの手紙、一体何が書かれているんだろう?

 

「………え?」

 

 手紙を読み進めるうちに、俺は思わずそんな声を上げてしまった。

 

「狭霧山の北西にある町で鬼を討伐…鱗滝さん、鬼殺隊の隊士は全員、どこかの班に配属されると聞いていたんですが…どういうことでしょう?」

 

 麟矢さんから前以て聞いていた話とまるで違う手紙の内容に、俺が戸惑っていると…

 

「炭治郎、わからんか? これは恐らく麟矢の気遣いだ」

「気遣い…ですか?」

「うむ。儂に宛てた手紙によると、麟矢はお館様から特別遊撃班…(はなれ)という部隊の設立と、人員の選抜を任されたとあり、これにお前を組み込むつもりだと書いてある」

「九分九厘、この離はお前と禰豆子を守る為…お前達を()()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう。そして、お前に敢えて昔のように単独での討伐任務を与えたのは、()()()()()()()()()()でも、お前は鬼殺隊隊士として立派に働いていること。()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを証明出来る機会を与えてくれたのだろう」

 

 鱗滝さんの言葉を聞いて、俺は頭の天辺から爪先まで雷に打たれたような衝撃を受けた。麟矢さんはそこまで、俺と禰豆子のことを考えてくれていたのか!

 

「麟矢の気遣い、決して無駄にしてはならんぞ」

「はい!」

 

 鱗滝さんの声に俺はそう答え、出発の準備を整える。隊服に袖を通し、日輪刀を腰に差す。そして―

 

 -炭治郎、これは昼間禰豆子を背負う箱だ。非常に軽い『霧雲杉』という木で作った-

 -『岩漆』を塗って外側を固めたので、強度も上がっている-

 

 鱗滝さんの作ってくれた背負い箱に禰豆子を入れて、しっかりと背負う。これで準備完了だ。

 

「カァァ! 急ゲ竈門炭治郎ォ! 北西ノ町デワァァ少女ガ消エテイルゥ!」

「毎夜毎夜、少女ガ消エテイル!!」

 

 俺の鎹鴉、天王寺松衛門(てんのうじまつえもん)に急かされながら、俺は狭霧山を大急ぎで下っていく。禰豆子を人間に戻す為にも、麟矢さんの期待に応える為にも、全力を尽くさないと!

 

「頑張れ俺! 頑張れ!!」

「カァァ! 五月蠅イ! イキナリ叫ブナ!」

「痛っ! いきなり突っつくなよ!」

「イキナリ叫ンダオ前ガ悪イ!」

 

 

善逸視点

 

「爺ちゃん、卵粥が出来たよ」 

「すまんのう、善逸」 

 

 出来立ての卵粥が入った土鍋を傍に置き、俺は布団から起き上がろうとする爺ちゃんにそっと手を貸していく。

 本当だったら今日の朝、山を下りて麟矢さんのもとに向かう筈だったんだけど、爺ちゃんが風邪を引いちまったから、俺は看病の為に出発が少し遅れることを、鎹雀のチュン太郎に頼んで、麟矢さんに伝えてもらった。

 爺ちゃんは最初―

 

 -この程度の風邪なんぞ、一晩寝ておれば治るわい!-

 -儂のことなど放って、麟矢のもとへ向かうんじゃ!-

 

 そう言って怒ってたけど…俺がこれが最後かもしれないからって言ったら、急に看病することを許してくれた。

 

「しかし、風邪を引くとは儂も油断した。年は取りたくないもんじゃな…」

「そんなこと言うなよ、爺ちゃん。今回はたまたまだって。ほら、卵粥食べよ」

「うむ…」

 

 爺ちゃんに卵粥の入った茶碗を渡し、俺は出発の準備を整える為、部屋へと戻る。

 それにしても、特別遊撃班…『離』か。そんなのに入って俺、やっていけるんだろうか…爺ちゃんは―

 

 -お前の才能が正当に評価された証じゃ! 胸を張って行ってこい!-

 

 って言ってたけど…どうなんだろうな。

 

 

玄弥視点

 

「特別遊撃班『離』か…」

 

 日輪刀を受け取り、育手の先生への挨拶を済ませた俺は、監査役…梁の東雲麟矢さんのもとへ出発した。

 なんで俺が『離』の一員に選抜されたのか…正直言って見当もつかない。

 先生から全集中の呼吸への適性が無いと断言されたし、剣の才能だって高いとはお世辞にも言えない。だけど…

 

「あの人が呼んでくれたってことは、何か理由があるんだよな」

 

 そうだ、きっとそうに決まってる。俺は自分にそう言い聞かせながら、歩き続けるのだった。




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

この後、狭霧山の北西にある町へ向かった炭治郎君は、原作通り沼鬼を撃破。
改めて鬼舞辻無惨への怒りを抱き、決意を新たにしています。


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弐拾伍之巻 -特別遊撃班『離』-

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。



炭治郎視点

 

 俺達を襲ってきた2人の鬼。その内1人の頸を刎ねた俺は、全身の痛みを堪えながら、もう一人と戦っている禰豆子の許へ急いでいた。

 

「黙れーっ! 黙れ黙れ!!」

 

 そこに聞こえてきたのは、半ば悲鳴のような叫び声。あの毬を使う鬼の声だ。

 

「あの方はそんな小物ではない!」

「あの方の能力は凄まじいのじゃ! 誰よりも強い!」

 

 俺が禰豆子達と合流したことにも気づかぬまま、喚き続ける毬の鬼。禰豆子と共に毬の鬼と対峙していた…珠世さんが、自らの腕を傷つけたのはその時だ。

 瞬き程の間を置いて、周囲にまるでお香のような香りが漂い…

 

「鬼舞辻様は―」

 

 毬の鬼が()()()()()()()()()()()()

 

「その名を口にしましたね。()()()()()()()。可哀想ですが……さようなら」

 

 顔を真っ青にしながら、口を手で覆う毬の鬼へそう告げる珠世さん。

 

「ギャァァァ!」

 

 毬の鬼は俺達の事など忘れてしまったように、狼狽し―

 

「お許しください! お許しください!!」

「どうかどうか、許して!」

 

 必死に、ここにはいない筈の鬼舞辻無惨へ許しを請い始めた。

 

「ギャアアッ!」

「ぐぅうっ………」

 

 そして、突然苦しみだしたかと思うと…口と腹から巨大な手が何本も生えた。

 

「なっ…」

 

 その手は、毬の鬼の頭を容赦無く握り潰し、その全身を執拗なまでに磨り潰して…そのまま消えて無くなってしまった。

 

「し、死んでしまったんですか?」

「間もなく死にます」

 

 俺の半ば独り言のような問いに、珠世さんはそう答え…

 

「これが『呪い』です。体内に残留する鬼舞辻の細胞に、肉体を破壊されること」

「基本的に…鬼同士の戦いは不毛です。意味が無い。陽光と鬼殺の隊士の刀以外は、致命傷を与えることが出来ませんから…ただ、鬼舞辻は鬼の細胞の破壊が出来るようです」

 

 何かを調べながら、俺にも解る様、『呪い』について話してくれた。その間もあのお香のような香りは周囲に漂っていたけれど―

 

「珠世様の術を吸い込むなよ。人体には害が出る」

 

 愈史郎さんが口と鼻に布を当ててくれたから、幸い何の影響も無かった。

 

「炭治郎さん。この方は十二鬼月ではありません」

「……!?」

 

 それよりも問題なのは、珠世さんが口にした言葉の意味だ。毬の鬼は十二鬼月…じゃない!?

 

「十二鬼月は眼球に数字が刻まれています。この方には無い…」

「もう一方も恐らく十二鬼月ではないでしょう。()()()()

 

 弱…すぎる!? あれで!?

 愕然としている俺に気づかぬまま、珠世さんは毬の鬼から血を採取し―

 

「血は採りました」

「私は禰豆子さんを診ます。薬を使ったうえに、術も吸わせてしまったので。ごめんなさいね」

 

 そう言って、建物の中に戻っていった。

 

「頭の悪い鬼もいたものだな。珠世様の御体を傷つけたんだ。当然の報いだが…」

「もう後は知らんぞ! 布は自分で持て! 俺は珠世様から離れたくない。少しも!」

 

 愈史郎さんも俺に布を押し付けて、建物へ戻ろうとしたけど…

 

「ッ!」

 

 あと数歩で建物の中に入れるところで、突然振り返ると険しい顔で周囲を見渡し始めた。

 

「ど、どうしたんですか?」

「………いや、気のせいだったようだ。襲撃を受けて気が立っていたからな」 

 

 どうやら何も無かったらしく、鼻を鳴らして建物の中へと入っていく愈史郎さん。

 

「ま…り。ま…り…」

 

 建物の中に入った兪史郎さんが扉を閉めたとほぼ同時に、無数の肉片(毬の鬼の死体)から聞こえてくる声。俺はゆっくりと近づいていき…

 

「……毬だよ」

 

 (毬の鬼が求める物)をそっと差し出した。

 

「遊…ぼ…あそ…」

「………」

 

 まるで小さな子どもみたいに遊ぼうと繰り返す毬の鬼。数分と経たない内に日の出となり、陽光に曝されたその体は灰と化し、崩れ去っていった。

 十二鬼月だと煽てられ、騙され戦わされ、鬼舞辻の呪いで殺された。救いがない…死んだ後は骨すら残らず消える。

 鬼舞辻。あの男は自分を慕う者にすらこの仕打ち…本物の鬼だ。

 

 

麟矢視点

 

「炭治郎君は朱紗丸の最後の願いを叶えてあげたか。原作通りとはいえ、優しい子だね」

 

 珠世さんの拠点から150mほど離れた3階建ての建物。その屋根の上に陣取った俺は、特注の携帯式単眼鏡で炭治郎君の様子を見ながら、独り言のように呟いていた。

 言うまでも無いが、浅草に到着してから今までの炭治郎君が取った行動は全て把握している。

 まぁ、被監視下であっても炭治郎君は隊士として立派に働いている事、禰豆子ちゃんは人を喰らわず安全である事を証明するだけならば、あの沼鬼の撃破だけでも十分なのだが…

 

「浅草での無惨遭遇。そして珠世さん、愈史郎君と知己を得る事は、鬼舞辻無惨撃破にどうしても必要だからな」 

 

 原作における序盤の重大イベントを無視する訳にはいかない。俺は単独行動時の様子を確認するという名目で耀哉様から許可を貰い、炭治郎君に浅草へと来てもらったという訳だ。

 

「あの男性には悪い事をしてしまったが…彼の血鬼術もまた無惨撃破には必要なもの…鬼を人間に戻す薬を必ず完成させる事と、奥さんに出来る限りの援助をする事で償わせて貰おう」

 

 そんな事を考えている間に、炭治郎君が禰豆子ちゃんの入った箱を背負って、建物から出てきた。おそらく原作通りに、珠世さんとのやり取りがあったのだろう。

 

「さて、家で炭治郎君と禰豆子ちゃんを迎えるとしますか」

 

 距離が離れているので気づかれる事は無いだろうが、念には念を。俺は炭治郎君に気づかれぬよう注意しながら、帰宅の途に就くのだった。

 

 

善逸視点

 

 風邪を引いた爺ちゃんの看病を終えた俺は、本来の予定より二日遅れで山を下り、麟矢さんの自宅へ向かった訳だけど…

 

「豪邸だ…」

 

 以前貰った紙に書かれていた住所にあったのは三階建ての洋館。文字通りの豪邸だ。正直言って、俺みたいな庶民が近づいて良いのか判らないけど…ここに立ったままなのも良くないだろう。

 

「とりあえず…あの女中さんに声をかけてみよう」

 

 俺は門の前を掃除している洋装の女中さんに声をかける為、歩き出した。

 

「豪邸だろ…」

「ん?」

 

 背後から声が聞こえたのはその時だ。その声に聞き覚えがあった俺は歩みを止め、振り返る。そこにいたのは…

 

「あーっ!」

「うぉっ!?」

 

 思わず出た声に驚く声の主。だけど、俺が声を出したのも無理はない。だって、そこにいたのは、最終選別にいたアイツだったんだから!

 

「お前、最終選別の最後に女の子へ手を上げようとした奴!」

「ぐっ…あ、あの時の事は、色々事情があって…お、俺も反省してるんだよ!」

 

 俺の指摘に顔を歪めながら、そう返してくる男。それにしても、ここにいるって事は…

 

「俺はこの家…東雲麟矢さんに用があるんだけど…もしかして」

「お、俺もだ」

 

 やっぱり。こいつも『離』の一員として呼ばれたのか。それなら話は早いや。

 

「だったら麟矢さんのもとへ急ごう。きっと俺達の事待っている筈だから」

「お、おぅ…」

 

 そう声をかけ、2人で女中さんに声を―

 

「あ―」

「我妻善逸様、不死川玄弥様でいらっしゃいますね」

「「ッ!?」」

 

 かけようとした瞬間、背後から声をかけられた。慌てて振り返るとそこにいたのは、壮年の男性。

 で、でかい…軽く六尺はある。それに洋装の上からでも判るほど鍛えられた体。俺の背後を容易く取った身のこなし。多分相当な使い手だ。

 

「東雲家執事、後峠喜代晴と申します」

「あ、我妻善逸…です」

「し、不死川玄弥…です」

「麟矢様は離れの方でお待ちです。どうぞこちらへ」

 

 後峠と名乗る男性に案内され、俺達は広い庭の一角に造られた離れへと足を踏み入れた。

 

 

麟矢視点

 

「やぁ、待っていましたよ。善逸君。玄弥君」

 

 後峠さんに連れられて離れへとやって来た善逸君と玄弥君に、俺は椅子を勧め―

 

「紅茶は初めてですか? 慣れない内は渋みを強く感じてしまうかもしれませんから、遠慮なく砂糖を入れて飲んでください」

「焼き菓子も沢山ありますから、遠慮無く食べてくださいね」

 

 2人の着席後、すぐに用意された2人の分の紅茶と菓子も勧めていく。

 

「あ、そ、それじゃあ…」

「い、いただきます」

 

 2人とも、俺と自分達以外の同席者。炭治郎君の事が気になる様子だったが、俺が紅茶と焼き菓子を勧めたので、それぞれにカップを手に取り、紅茶に口をつけていく。

 

「「ッ!?」」

 

 すぐさま2人の顔が苦々しいものに変わり、慌ててスプーンで砂糖を1杯。味を確かめて更に砂糖を入れていく。

 

「あっ…渋みが消えたら、美味いですね。香りが凄く良いです」

「この焼き菓子もすげぇ美味いです。俺、こんな美味い物喰ったことない…」

 

 結局善逸君は3杯、玄弥君は2杯半砂糖を入れて、紅茶と焼き菓子を楽しみだした。炭治郎君も2杯半砂糖を入れていたし、この時代の人達にストレートの紅茶は受け入れ難いのかもしれないな。

 暫しの間、俺達は紅茶と焼き菓子を楽しみ―

 

「さて、気持ちが落ち着いたところで、少々真面目な話をしようか」

 

 俺は手を叩き、3人にそう告げた。

 

 

玄弥視点

 

「さて、気持ちが落ち着いたところで、少々真面目な話をしようか」

 

 手を叩いた東雲さんからそんな声が聞こえた瞬間、俺は手に持っていた焼き菓子を目の前の皿に置き、話を聞く姿勢を整える。真面目な話…一体どんな内容なんだ?

 

「まずは改めて自己紹介。私は階級『(きのえ)』。鬼殺隊監査役『(はり)』及び鬼殺隊特別遊撃班『(はなれ)』責任者、東雲麟矢です。皆も階級と名前を言ってもらえるかな? まずは…炭治郎君から」

「はい! 階級『(みずのと)』、竈門炭治郎です!」

「階級『癸』、我妻善逸です」

「階級『癸』、不死川玄弥です」

 

 全員の自己紹介が済んだところで、東雲さんは満足気に頷き―

 

「それでは、特別遊撃班『離』について説明します」

 

 特別遊撃班『離』について説明してくれた。今の鬼殺隊は西洋のシフト表という仕組みを取り入れたり、戦力を均等に割り振った班を作り、地域毎に配置するなど改革を進めている訳だが、この特別遊撃班もその改革の一環らしい。

 担当地域を持たない班を敢えて作り、1つの班では対応しきれない強力な鬼が発生した場合や、比較的近い範囲で同時多発的に鬼が発生した場合の増援等を担当するそうだ。

 

「あとこれは実験的な試みではありますが、上位の階級に就いている隊士が新人隊士と行動を共にすることで、殉職率の低下と実力の向上を両立させるという狙いもあります」

 

 なるほど。色々と考えられているんだな。

 

「…そして」

 

 ん?

 

「今から話す内容が、『離』を結成した最大の理由になります」

 

 東雲さんの声が少し低くなり、俺は思わず息を飲んだ。ふと視線を動かすと―

 

「………」

 

 竈門が凄く思いつめた顔をしている。なんだ? もしかして、東雲さんが話す事と何か関わりがあるのか?

 

「これは鬼殺隊にとって()()()()と言って良い情報。私以外にこれを知っているのは、当主である産屋敷耀哉様と、元水柱で育手の鱗滝左近次様、あとは現水柱の冨岡義勇様だけです」

「言わなくても解ると思いますが…これから聞く内容を私の許可無く他人に吹聴したりしたら…()()()()()()()()()()()()()()。良いですね?」

 

 にこやかに…だけど、背筋が寒くなるほどの殺気を放ちながら、同意を求める東雲さん。俺と我妻が壊れた人形みたいに首を何度も縦に振ると、すぐ元に戻ったけど…一体どんな秘密を聞かされるんだ?

 

「特別遊撃班『離』が作られた最大の理由は彼…竈門炭治郎君を監視し、審査する為です」

 

 監視と…審査?

 

「あ、あの…まだよく解らないんですけど…竈門が、何かやらかしたんですか?」

「いいえ、炭治郎君はまだ何もしていません。何もしていないからこそ、私の目が届く場所にいてもらっています」

 

 どういう意味なんだろうか。まるで謎かけみたいな東雲さんの言葉に首を傾げていると―

 

「もしかして…炭治郎の後ろに置かれている背負い箱。その中に()()()()()()()()()ですか?」

 

 我妻が信じられない事を口にした。あの背負い箱に、鬼が隠れているだって!?

 

「流石は善逸君。気が付いていましたか」

「俺、人より何倍も耳が良くて…背負い箱の中から人とは違う音。鬼と同じ音が聞こえているのが、この部屋に入ってすぐにわかったんです」

「これだけだったら、俺も迷いなく日輪刀を抜いていたと思います。でも、炭治郎からは凄く優しくて悲しい音がした。泣き喚きたいほど悲しいのに、それでも他人の為に笑ってる。そんな音が」

「それに、何より状況を把握している筈の麟矢さんが平然としている。だから、きっと何か事情があると思ったんです」

 

 我妻の言葉に俺は驚きを隠せない。箱の中に隠れている鬼の音なんて、俺には全く聞こえない。だけど、東雲さんや竈門の反応を見る限り、我妻が嘘を言っていないことは間違いないんだろう。

 

「それじゃあ、炭治郎君。君の口から事情を説明してください」

「…はい」

 

 ここで竈門が覚悟を決めた表情で、背負い箱を自分の座っていた椅子の近くへと運んできた。いったいどんな事情が…

 

「この背負い箱の中には……鬼が、妹の禰豆子が入っています」

「妹…」

「ッ!」

 

 

 竈門の言葉に、俺は秘かに歯を喰いしばる。そうしないと、死んだ弟や妹の事を思い出して、涙が溢れ出しそうだったから。

 

「2年前、俺が麓の町に炭を売りに行っている間に、俺の家族は鬼に襲われました。色んな偶然や幸運が重なって、鬼は家族に殆ど手を出さずに逃げていったけど…禰豆子だけが鬼に腹を刺されて、そのせいで鬼にされてしまったんです」

「…そう、か」

「だけど、禰豆子は鬼にされてすぐの飢餓状態でも、自分を失わなかった! 俺はもちろん、家族を誰一人襲わなかったんです!」

「それから2年間、禰豆子はずっと鬼の衝動を抑え続けている。ただの一度も人を襲っていないんです! お願いします! どうか信じてください! 」

 

 そう言って深々と頭を下げる竈門。俺は…どうすれば…

 

「突然こんな話を聞いて、すぐに判断を下せというのも酷な話です。私と炭治郎君は暫く隣の部屋に行っていますから、戻ってくるまでに考えを纏めてください」

「それと判断材料になるかどうかはわかりませんが…炭治郎君の事情、昨日までの時点でこれを知っている人間は全員、炭治郎君と禰豆子ちゃんを信じると決断しています」

 

 そう言って隣の部屋に移動していく東雲さんと竈門。残された俺と我妻は無言のまま考え続けるのだった。

 

 

麟矢視点

 

 隣の部屋へ移動して30分後。

 

「考えは纏まりましたか?」

 

 俺は善逸君と玄弥君の決断を確認する為、ドアを開くと同時にそう問いかけた。

 

「「………」」

 

 その声に無言で頷く善逸君と玄弥君。俺はそんな2人に少しだけ微笑み―

 

「君達がどんな決断をしたとしても、俺はそれを尊重します。他の班に移りたいのであれば、最大限希望に応えられるよう努力する事を約束しましょう」

「もちろん、今日耳にした事を絶対秘密にするという条件付ですけどね」

 

 そう言って2人に発言を促した。

 

「俺は…」

 

 最初に口を開いたのは善逸君だ。

 

「正直言って炭治郎の事をよく知りません。でも、麟矢さんが炭治郎を信じている。だから…炭治郎を信じている麟矢さんを信じたいです。それに…俺が聞いた、炭治郎から聞こえていたあの音を信じたいと思ってます」

「だから…『離』でお世話になります。よろしくお願いします!」

 

 そう言って頭を下げる善逸君。

 

「………」

 

 一方の玄弥君は黙ったまま。善逸君の選択は予測出来たが、玄弥君は予測不可能。これは、他の班への移籍を手配するべきか?

 

「一つだけ、確認させてください」

「…何でしょう?」

「竈門の妹が鬼にされても自分を失わなかったのは…()()()()()()なんでしょうか?」

「………いいえ。自分の知る限りですが、このような事例は禰豆子ちゃんで2例目。それも最初の例は()()()()()()()()…言わば予期せぬ事故のようなものなので、禰豆子ちゃんのような例は初めてと言って良いでしょう」

「鬼殺隊本部に収蔵されている資料を全て調べれば、他にも出てくる可能性はありますが、それでも千に一つ。いや万に一つの奇跡である事は間違い無いでしょうね」

「…そう、ですか」

「ただ、万に一つの奇跡だろうと現実に起きた事です。この奇跡を足掛かりにして、鬼にされた人間を元に戻す方法が見つかるかもしれない。昔、ある人が言っていました『可能性が0ではないのなら、それはやれると言う事だ』とね」

「可能性が0ではないのなら、それはやれると言う事………」

 

 俺の言葉を呟く玄弥君。それから沈黙が続くことジャスト10秒。

 

「…不安に思う気持ちはあります。でも、万に一つの可能性を信じてみたいです」

「俺も『離』でお世話になります。よろしく、お願いします」

 

 玄弥君も『離』で俺達と共にやっていく道を選択してくれた。

 

「わかりました。君達の選択を私は最大限尊重します。では改めて…ようこそ『離』へ! 君達を歓迎します!!」

 

 こうして『離』は俺、東雲麟矢と、竈門炭治郎、竈門禰豆子、我妻善逸、不死川玄弥の5名で活動していく事が決定したのだった。




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

善逸君と玄弥君を加えた総勢5人で活動していく事が決定した特別遊撃班『離』。
本当はもう1人、『彼女』を麟矢はスカウトしていました。
しかしながら、彼女に関しては師匠筋にあたる人物が反対した為、麟矢も断念しています。
ですが、今後の状況次第では彼女も『離』に参加するかもしれません。


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弐拾陸之巻 -示された道筋-

お待たせいたしました。

少し短いですが、お楽しみいただければ幸いです。



玄弥視点

 

 特別遊撃班『離』の一員になる事が正式に決まった後、俺と我妻は―

 

 -宿舎が完成するまでの間、空いている部屋を自由に使ってください-

 

 しのの…麟矢さんの好意で、屋敷の空き部屋を使わせて貰えることになり、女中さんに部屋まで案内されたんだが…

 

「すげぇ…」

 

 部屋の豪華さに思わずそんな呟きが漏れる。3階建ての豪邸という時点で解ってはいたけど、塵一つ落ちていないほど奇麗に掃除された部屋の造りは洋風で…そう、噂に聞くホテルって奴はきっとこんな感じなんだろう。

 

「麟矢様のご指示で、必要な物は一通りご用意しておりますが、もしも不足している物がございましたら遠慮無くお申し付けください」

「あ、いえ、じゅぶ…十分、です」

 

 俺に深々と頭を下げる女中さんに、どもりながらそう返したあと、持参した荷物をクローゼット(観音開きの押し入れ)に直していく。

 まぁ、荷物といっても俺の場合、使い古した(下着)や肌着、それから数着の私服…あとは()()()()()()()()()()くらいだ。

 

 -玄弥。わかっていると思うが、お前は全集中の呼吸への適性が著しく低い。剣術の腕前も、十のうち三に届けば良い程度だ-

 -気力と努力だけでここまでの修行に喰らいついてきたお前の執念は評価するが…最終選別を突破出来ただけでも奇跡と言っていい-

 -悪い事は言わん。隊士の道は諦めろ。命を無駄に散らす必要はない。隠に進むという道もある-

 

「ッ!」

 

 俺を指導してくれた育手の先生から言われた言葉が、不意打ちみたいに頭に浮かんできたのはその時だ。

 

「わかってる、わかってるさ……才能が無いことなんか、俺自身が一番わかってる」

 

 才能が無い事を理由にして諦めれば、楽なのかもしれない。だけど、その道を選ぶことだけは、それこそ死んでも出来ない。

 

「せっかく『離』に呼ばれたんだ。この機会を活かさない訳には―」

「玄弥君」

 

 いかない。そう続ける筈だった呟きは、扉の向こうから聞こえてきた麟矢さんの声で中断される。

 

「夕食の前に、少し話したい事があります。入っても構いませんか?」

「は、はい!」

 

 俺は慌てて麟矢さんを部屋の中へと招き入れる。話したい事…一体何なんだろう?

 

 

麟矢視点

 

「ど、どうぞ…」 

「お邪魔します」

 

 荷物の片づけが終わった頃を見計らって、玄弥君が寝泊まりする部屋へとやってきた俺は―

 

「何か足りない物はありませんか? もしもあったら遠慮なく言ってくださいね」

「あ、だ、大丈夫…です」

 

 そんな会話を交わしながら、部屋に備え付けられた椅子に腰を下ろす。

 

「話自体は真面目なものですが、時間はそれほど長くかかりません。だから緊張せずに」 

「は、はい!」

 

 緊張した様子の玄弥君にそう伝え、軽く深呼吸をした俺は―

 

「実は先日、君の育手である3代前の水柱、白石波乃(しらいしなみの)*1にお会いしてきました」

 

 本題に切り込んだ。

 

「先、生に…」

「えぇ、白石様は君の今後を案じておられました。君は全集中の呼吸への適性が著しく低い上に、剣術の才能にも恵まれていない」

「そ、それは…」

「最終選別を突破出来た事が既に奇跡。余程の事がない限りその先へ進むことは千に一つ、いや万に一つも無いだろう。と」

「………」

「正直に言えば、私も玄弥君を剣士としては、戦わせるつもりはありません」

「……それって、俺に…隠になれって事、ですか? 俺を『離』に呼んだのは、専属の隠が欲しかったからですか?」

 

 泣きそうな顔で俺に問いかける玄弥君。あぁ、そういう風に受け取ってしまったか…言い方が悪かったな。

 

「適性が低いこと、才能が無いことは自分が一番わかってます。だけど、才能が無い奴はそれで終わりなんですか? 勝負を挑むことすら、戦いに臨むことすら許されないんですかっ!?」

「落ち着いて、玄弥君。私は()()()()()()戦わせるつもりはない。そう言いましたよ」

 

 泣きながら食って掛かる玄弥君を宥めつつ、俺は先の発言を繰り返す。

 

「剣士として…じゃ、じゃあ…」

「今の鬼殺隊隊士には、日輪刀以外にも鬼への攻撃手段がありますよね?」

「……弓…筋交です、か?」

「ご名答」

「だけど俺、弓なんて扱ったこと…」

 

 やや落ち着いたのも束の間、弓を扱ったことが無いと不安を口にする玄弥君。大丈夫、君の不安は想定の範囲内です。

 

「後峠さん」

 

 俺は声と共にパチン! と指を鳴らし、部屋の外で待機していた後峠さんを呼ぶ。すぐさま入室した後峠さんは―

 

「まずはこちらを」

 

 抱えていた2つの木箱のうち、大きい方を一旦テーブルへ置くと、小さい方を玄弥君へ差し出した。

 

「え…」

「どうぞ、開けてみてください」

 

 俺に促され、木箱の蓋を取る玄弥君。そこに入っていたのは…

 

「こ、これ…ピストル、ですか?」

 

 そう、1挺の拳銃だ。それもただの拳銃じゃない。

 

白国(ベルギー)製の自動拳銃、『FN(エフエヌ) ブローニングM1910(エムいちきゅういちぜろ)』でございます」

「え? ベルギーの…え、FN?」

 

 後峠さんの説明を聞いても、頭の上に? が浮かんでいる様子の玄弥君。

 

欧州(ヨーロッパ)の北西にあるベルギーという国。そこのFN社*2という会社で、ブローニングという職人が1910年に開発した拳銃という意味です。まぁ、無理に覚えなくても大丈夫ですよ」

「は、はぁ…」

 

 俺の細かい解説である程度は理解出来たようだが…まぁ、名前の由来はある意味どうでもいい。

 

「玄弥君。君には今日から銃の扱いを学んで貰います」

「銃の…で、でも、鬼に鉄砲は効かないって先生が…」

 

 俺からの要請に戸惑っている様子の玄弥君。たしかに、鬼に対して銃は効果が無いというのは定説だが…

 

「それについて少々調べてみたのですが、鉄砲は鬼に対して効果が無いとする定説は、約220年前…江戸幕府5代将軍徳川綱吉公の時代に、さる藩の砲術指南役が、領内に現れた人喰い鬼を火縄銃で撃った件が根拠になっているようですね*3。当時の隊士が記録を残していました」

 

 -我々の制止するを振り払ひ、砲術指南役は鬼に対して火縄銃を撃ちき-

 -火縄銃に撃たれし鬼は倒れしもののすなはち立ち上がり、己を攻めし砲術指南役へと襲ひかかりき-

 

「火縄銃で撃たれてもすぐに立ち上がった。これを根拠に銃は鬼に効果が無いと説く。理に適っているようですが…だけど、それって220年前、大昔の話ですよね?」

「昔の常識、今の非常識。当時の火縄銃は前装式*4で滑腔銃身*5のマスケット銃。今の主流は後装式のボルトアクションライフルです」

「威力はもちろん、射程も連射速度も火縄銃の比ではありません。試してみる価値は十分にあると思いますが…玄弥君はどうですか?」

「え、あの、俺…学校に行ってないから、難しいことはよく解らないですけど…やらせてください!」

 

 玄弥君の返答に俺は頷き、後峠さんに視線を送る。すぐさま後峠さんはテーブルに置いていた木箱を抱え上げ―

 

「こちらを」

 

 玄弥君へ差し出した。玄弥君が木箱の蓋を開けると―

 

「今度は、小銃…ですか?」

 

 入っていたのは1挺のボルトアクション式ライフル。

 

独国(ドイツ)製の小銃、『マウザーGewehr98(ゲベーアきゅうじゅうはち)』でございます」

「はぁ、ドイツ…」 

 

 後峠さんの説明に呆然としながらもそう答える玄弥君。

 

「1898年からドイツ軍の制式小銃として採用されている素晴らしいライフル銃です。特に威力は欧米列強の錚々たるライフル銃の中でも随一と言って良い」

「このライフルと、猩々緋砂鉄や猩々緋鉱石を材料に作った弾丸を併用すれば、弱い鬼なら確実に倒せるでしょうね。狙い所次第では、強力な鬼に対しても相応の痛手を与えられる筈です」

「これで、鬼を…」

 

 拳銃とライフル銃。2挺の銃を交互に見ながら、覚悟を決めた表情になる玄弥君。よし、これで彼が鬼喰いの道を選ぶことは無くなっただろう。

 

「夕食まで2時間ほど時間があります。玄弥君、銃の扱いを少しでも学んでみますか?」

「はい、是非ともお願いします!」

「それでは、後峠さん。お願いします」

「かしこまりました。不死川様、こちらへ」

「は、はい!」

 

 後峠さんに連れられ、退室していく玄弥君。こうなることを想定して、庭の鍛錬場を改築して地下に射撃場を造っておいて良かったよ。

 

 

善逸視点

 

「はぁ、美味しかったなぁ…」

 

 満腹になった腹を摩りながら俺は部屋へと戻り、寝台に腰を下ろす。

 今日の夕食は俺達への歓迎の意味も込めて、麟矢さん自ら腕を振るってくれた。主菜は、桜鯛や芝海老、蛤がたっぷり入ったアクアパッツァという洋風の煮込み料理で、一口食べたら口の中が海になったと錯覚するほど魚の旨味が満載だった。

 何度か麟矢さんの料理を食べたことがある俺や炭治郎はともかく、玄弥は―

 

 -俺、こんな美味いもの、食ったこと無いです-

 

 と、涙を流していた。

 

「それに…禰豆子ちゃん、可愛かったなぁ…」

 

 食後、炭治郎は麟矢さんと相談した上で背負い箱を開き、中に入っていた妹の禰豆子ちゃんを俺達に紹介してくれた。

 彼女を一目見た瞬間、俺は雷に打たれたような衝撃を覚えた。炭治郎が麓の町でも評判の美人だったって言ってたけど、その言葉に嘘はない。と言うか輝いて見えているよ!

 

「鬼だから人とは違うけど…それでも優しい音をしてた。うん、万に一つの可能性、信じてみたいよな」

 

 炭治郎の思いに同意しながら、俺は風呂へと向かう。明日から『離』としての任務が始まる。しっかり体を休めておかないと。

*1
本作オリジナルキャラ

*2
FNハースタル社。1889年に設立された銃器メーカー。1914年当時の正式名称は、ファブリックナショナル社

*3
本作オリジナル設定

*4
火器の装填方式の1つ。砲身や銃身の先端側から弾薬を装填する方式

*5
内部にライフリング(施条)が無い銃身のこと




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

東雲商会の発展に多大な貢献を果たしている麟矢ですが、その功績は表向きには父辰郎のものとして扱われています。
これは、東雲商会発展の立役者として目立つことで、鬼殺隊としての活動に支障をきたすのを麟矢が嫌った為…というのが、表向きの理由ですが、実際にはそれに加えー

「十六、七の若造が目立つとね。色々といらぬやっかみを受けるんです。それが正直面倒臭いんですよ」

と言う理由があったりします。
なお、2つ目の理由を知る者は、関係者のなかでも極一部。片手の指で数えられる程しかいません。


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弐拾漆之巻 -『離』初任務-

お待たせいたしました。

少し短いですが、お楽しみいただければ幸いです。


善逸視点

 

 『離』の一員となることが正式に決まった次の日。俺は麟矢さん、炭治郎、そして禰豆子ちゃんと一緒に『離』としての初任務へ出発した。

 玄弥は同行していない。執事の後峠さんから指導を受けて、筋交として必要な…銃の技術を学ぶそうだ。

 あの後峠さん…容易く俺や玄弥の背後を取った動きといい、鍛えられた体といい、とても只の執事には見えない。銃の扱いを教えられると言うなら尚更だ。執事になる前は、一体何をしていたんだろうか?

 

「そろそろお昼ですね。あの樫の木、その下で休憩にしましょうか」

 

 丁度休憩の時間だ。うん、それとなく麟矢さんに聞いてみよう。と思っていたんだけど…

 

「炭治郎君。残念ですが私は今から君を叱らなくてはなりません」

 

 炭治郎!? お前、何やらかしたんだよぉ!?

 

 

炭治郎視点

 

「炭治郎君。残念ですが私は今から君を叱らなくてはなりません」

 

 禰豆子を入れた背負い箱を下ろした途端、麟矢さんからかけられたその言葉に、俺は驚きを隠せなかった。全く心当たりは無いけど、何か麟矢さんの機嫌を損ねるようなことをしてしまったのだろうか? 

 

「わからないと言う顔をしていますね。では、教えてあげましょう…炭治郎君。君、怪我してますね。左足と…おそらく(あばら)も」

「ッ!?」

 

 麟矢さんの言葉に思わず息を呑む。気付かれていたのか…。

 

「上手く誤魔化していましたけど、歩く時の体重移動に僅かですがブレがありますし、呼吸のリズムにも若干の乱れがある。重度の打撲…いや、亀裂骨折ですね?」

「………はい」

 

 麟矢さんの指摘、そして笑顔の裏に隠された静かな怒りを感じ取った俺は、誤魔化すのをやめて正直に頷く。

  

「状態から見て…浅草で鬼と戦った時の負傷」

「…そこまで、わかるんですか?」

「えぇ、君の鎹鴉、天王寺松衛門君からある程度の事は聞いていますから。だからこそ、昨日の内に話してほしかった。何度か尋ねましたよね? ()()()()()()()()()()()()って」

「す、すみません! その、我慢出来ないほどの痛みじゃなかったので…」

「昔の鬼殺隊の様に、単独で任務を行っているのならば、怪我を押して任務に臨む必要もあったでしょう。ですが、今は違います。我々はチーム…班で動いているのですから、報連相はキチンとしてください」

「ほうれんそう…ですか?」

「報告・連絡・相談、略して報連相です」

 

 聞き慣れないほうれんそうという言葉。首を傾げた俺に、麟矢さんは嫌な顔一つせずに説明をしてくれた。そして―

 

「例えばの話。炭治郎君が怪我をしていることを知らずに、私が作戦を考えたとします。そして、いざ作戦実行の時になって、炭治郎君が怪我の痛みで動けなくなったら、どうしますか?」

「そ、それは…」

「作戦開始前ならまだ修正が利くかもしれません。でも、作戦が始まってからそんなことになったら、どんな結果を招くか…言うまでもないでしょう?」

 

 麟矢さんの淡々とした口調で、俺は最悪の状況を想像してしまい、背筋が寒くなる。

 

「で、でも! 俺は長男です! 長男だから我慢出来ます! 我慢してみせます! 次男だったら我慢出来ないかも知れないけど!」

「………そうですか。炭治郎君」

「はい!」

「せいっ!」

「痛っ!」

 

 目にも止まらない速さで叩き込まれた手刀。脳天から爪先へ向かって走る鋭い痛みに思わず声が出る。なんで…叩かれたんだ?

 

「君は…何、馬鹿なことを言っているんですか?」

「ば、馬鹿っ!?」

「たしかに我慢を必要とする時は存在しますし、些細な怪我で針小棒大に騒がれるのは、迷惑極まりない。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()でやらなくてもいい我慢をするのは、ただの無駄。言ってしまえば自己満足です」 

「自己…満足……」

「実際問題。僅かではありますが、君の動きは怪我の影響を受けていた。鬼との戦いではその僅かな影響が命取りになりかねないこと。知らないとは言わせませんよ」

「………」

 

 麟矢さんの容赦ない物言いに、俺は何も言えなくなる。

 

「ついでにもう一つ。長男だから云々という物言いは、これから避けた方が良いですよ」

 

 麟矢さんの指摘は続く。

 

「鬼殺隊には長男でない隊士も大勢います。そんな隊士達がさっきの理屈を聞いたら、どう考えると思いますか?」

「え、そ、それは…」

「全てでは無いにせよ、幾らかの隊士はこう考えるでしょう。『アイツは長男である自分を特別だと考えて、長男ではない自分達を馬鹿にしているのか』とね」

「そんな! 俺はそんなこと、ただの一度も考えていません!」

「勘違いしないでください。これは、炭治郎君自身がどう思っているかは、一切関係ない。相手の側がどう思うかという事です」

「………」

「もちろん、炭治郎君のことを少しでも知っている者なら、炭治郎君がそんなことを考えない人間だとわかります。でも、鬼殺隊の隊士はまだ殆どが炭治郎君と面識が無い」

「それに炭治郎君は、禰豆子ちゃんの件で少々危うい立場にいます。余計な敵を増やすような真似は慎んだ方が良いでしょう。不本意かも知れませんが、炭治郎君だけでなく、禰豆子ちゃんを守る為だと考えてください」

「………わかりました。気を付けます」

 

 禰豆子を守る為。敢えて厳しい物言いで叱ってくれた麟矢さんに、俺は深々と頭を下げた。

 

「はい、ではお説教はここまで。お昼ご飯にしましょう。善逸君も待たせてしまいましたね」

「い、いえいえ! 全然気にしてないです!」

 

 いつもの柔らかい雰囲気に戻った麟矢さん、そして善逸と一緒に俺は木陰に座り―

 

「はい、今日のお弁当は3種の変わりおにぎりです。炭治郎君は食後に服用する痛み止めも渡しておきますね」

 

 麟矢さんが背嚢から取り出した竹の皮の包みを受け取った。

 

 

麟矢視点

 

「はい、今日のお弁当は3種の洋風おにぎりです」

 

 そう言いながら、炭治郎君と善逸君に竹の皮の包みを渡していく。ビストロド東雲の新メニュー候補として、来月の試食会に出す予定の変わりおにぎり。喜んでくれると良いのだが。

 

「簡単に説明しますね。右からオムライスおにぎり、ツナマヨのベーコン巻きおにぎり、そしてドライカレーおにぎりです」

「なるほど…全然わかりません!」

 

 俺の説明に対し、キッパリとそう返してくる炭治郎君。うん、こういう真っすぐな所が彼の美点だよな。

 

「まぁ、百聞は一見に如かず。とにかく食べてみてください」

「はい! いただきます!」

「いただきます!」

 

 

善逸視点

 

「「ごちそうさまでした!」」

 

 麟矢さんが昼食に用意してくれた3種の変わりおにぎり。どれも凄く美味しかった!

 

「お粗末様でした。この洋風おにぎりは店で出す予定なんですが…売れると思いますか?」

「はい! この味なら絶対売れると思います!」

「俺も同感です! 禰豆子を人間に戻したら、食べさせてやりたい物がまた増えました!」

 

 俺に続いて、炭治郎も麟矢さんの問いかけに肯定的な返事を返す。

 

「それは何より。さぁ、目的地まであと2里もありません。日没までに勝負をつけますよ」

「「はい!」」

 

 美味い昼食のおかげで、気力は充実。麟矢さんや炭治郎、禰豆子ちゃんも一緒だし、やってやるぞ!

 

 

 歩くこと半刻。目的地である山奥の屋敷に辿り着いた訳だけど…

 

「炭治郎君、善逸君。何か異常は感じますか?」

「血の、臭いがします…でも、この臭いは、ちょっと今まで嗅いだことのない臭いです」

「何か…わからないけど、微かに音が聞こえます。楽器、みたいな…」

 

 麟矢さんの指示で、屋敷へ耳を澄ましてみると、微かだけど明らかに普通の楽器とは違う音が聞こえてくる。これは…なんだか、嫌な予感がしてきたぞ…

 

「血の臭いに、謎の音…これは十分に警戒しておく必要がありますね。()()()中へ入るのはやめておいた方が良いですよ」

「「えっ!?」」

 

 麟矢さんの声に俺と炭治郎が周囲を見回すと、左に八間*1程離れた木陰から兄妹らしき2人組が姿を現した。

 しまった…屋敷に気を取られ過ぎて、あの2人を察知出来なかった…。

 心の中でそう反省する俺を尻目に、麟矢さんは2人に近づいていき―

 

「こんにちは。2人とも、こんな所で何をしているんですか?」

 

 優しく問いかけた。だけど、2人は震えながら後退るだけで何も喋ろうとしない。かなり怯えているみたいだ。

 すると麟矢さんは2人の前に膝を突き、近くに落ちていた手頃な大きさの石を何個か掴むと―

 

「よっ!」

 

 まるでお手玉のように投げては取ってを繰り返し始めた。6つ…いや7つの石が麟矢さんの手でまるで生きている様に操られる妙技。それを見て、こちらへの警戒感が薄れたのか、2人はその場にへたり込む。

 

「何かあったのかな? あの屋敷は、君達の家かい?」

 

 石を地面に転がした麟矢さんは、そんな2人を安心させる様に肩を優しく叩きながらそう問いかけるけど…

 

「ちがう…ちがう…」

「ばっ…化け物の、家だ…」

 

 兄である男の子は、泣くのを必死に堪えながらそう答えた。

 

「兄ちゃんが連れてかれた。夜道を歩いてたら、俺たちには目もくれないで、兄ちゃんだけ…」

「あの家の中に入ったんだね?」

「うん…うん…」

「2人で後をつけたんだね。よく頑張った。偉いぞ」

「……うぅ…兄ちゃんの血の痕を辿ったんだ。怪我したから…」

「大丈夫。私達が悪い奴を倒して、お兄ちゃんを助けてくる」

「ほんと? ほんとに?」

「えぇ、本当です」

 

 2人に安心させる為、優しく語り掛ける麟矢さん。俺の耳が異常を察知したのはその時だ。

 

「り、麟矢さん! 何だか、気持ち悪い音が! ずっと聞こえてます! これ…鼓か!?」

「善逸君! 炭治郎君! いつでも飛び出せる状態で屋敷を警戒! 何か飛び出してくるかもしれません!」

「は、はいっ!」

 

 麟矢さんの指示に、俺も炭治郎もいつでも飛び出せる体勢を取る。それから10も数えない内に、一際大きな鼓の音が聞こえ、()()()()()()()()()()()()()

 

「俺が受け止める!」

 

 一番近い位置にいた炭治郎が声と共に飛び出し、俺と麟矢さんも補助に回る為に動き出す。そして―

 

「っとぉ!」

 

 炭治郎が受け止め、麟矢さんと俺が炭治郎の体を支えることで、無事に落ちてきた男の人を地面に寝かせることが出来た。

 

「大丈夫ですか!? 私の声が聞こえますか?」

「出られ…た……やっと…あ、あ…出られた、外に……死に、たく…ない…死にたく…」

 

 麟矢さんの声に、男の人は譫言の様にそう呟き、意識を失った。鼓動の音はまだ聞こえるけど、このままだと…

 

「グォオオオオ!!」

 

 そこに聞こえてくる怒りの咆哮と鼓の音。間違いない、屋敷の中に鬼がいる!

 

「君達、この人は君達のお兄ちゃんかい?」

「に、兄ちゃんじゃない…兄ちゃんは柿色の着物着てる……」

 

 炭治郎の問いかけに、震えながら答える男の子。そうか、この子達のお兄ちゃんはまだ屋敷の中か.

 

「…ここでは、応急処置にも限界があります。 可能な限り急いで麓の町にいるお医者様に見せないといけませんね」

 

 男の人に可能な限りの応急処置を施し、少しの間考えこむ麟矢さん。

 

「私がこの人を麓まで連れて行きます。善逸君、炭治郎君。この場を任せても構いませんか?」

「はい! 大丈夫です!」

「が、頑張ります」

 

 麟矢さんの言葉に力強く答える炭治郎。俺はそこまで自信を持って答えられないけど…それでも全力は尽くすよ。

 

 

炭治郎視点

 

「この人をお医者さんに預けたら、すぐに戻ります。2人とも決して無理はせず。攫われた人を助ける事、そして生き残る事を最優先に立ち回ってください」

「「はい!」」

 

 そう言い残し、走り出す麟矢さん。男の人を背負っているにも拘らず。の速度はかなりのものだ。あれなら麓まで一刻もかからないだろう。

 俺は背負い箱を地面に下ろし―

 

「もしもの時のために、この箱を置いていく。何かあっても2人を守ってくれるから」

 

 兄妹にそう言い残して、善逸と共に屋敷へと足を踏み入れる。

 攫われた人を助け出し、自分達も生き残る! 麟矢さんから課せられた任務。必ず果たしてみせる!

*1
約14.5m




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

現在後峠さんから銃の扱いを学んでいる玄弥君。彼が使用する事になる自動拳銃『FN ブローニングM1910』とライフル『マウザー Gewehr98』は共に、東雲商会があるツテを使って輸入したものです。
玄弥君に与えた物も含めて10挺ずつ購入しており、残りは予備として保管されたり、修理用のパーツ取りとして分解された他、何挺かは今後の為にある場所へ研究用に送られています。


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弐拾捌之巻 -鼓と埋葬と猪突猛進-

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。

2023/05/12 19:05追記

サブタイトルの修正を忘れていたため、修正実施。


麟矢視点

 

 重傷の男性を背負い、山奥の屋敷を後にした俺は、男性の容態に影響しない範囲ながら、可能な限り高速で山道を駆け下り―

 

「すみません! 急患です!」

 

 1時間と経たないうちに、麓の町の診療所へ駆け込む事が出来た。受付をしていたご婦人を少々驚かせてしまったのは失敗だったが、人命尊重を最優先にした結果なので、許してもらいたい。

 

 

「かなりの深手でしたが、彼は運が良かった。貴方の応急処置が的確だったので、命を繋ぎ留めましたよ」

「それは何よりです」

 

 数十分後、一通りの治療を終えた医師から話を聞き、胸を撫で下ろす。原作では地面に叩きつけられ、亡くなってしまった男性を助ける事が出来たのは、幸運の一言だ。

 だが、ここでゆっくりしている訳にもいかない。俺は当面の費用として3円*1を支払い、診療所を後にする。

 

「さて、最高速で向かうとしますか」

 

 行きは怪我人を担いでいたが、今は違う。町を一歩出たところで俺は一気に加速。猛烈な勢いで山道を駆け上がっていった。

 

 

善逸視点

 

 俺と炭治郎が屋敷の中に入ってすぐ、あの兄妹が追いかけてきた。背負い箱の中から聞こえる音を怖がったのが理由だったけど…それ、禰豆子ちゃんだから! 全然怖くないから!

 

 -だっ…!! だからって置いてこられたら切ないぞ-

 -あれは俺の命より大切なものなのに…-

 

 予想外の事態に焦った声をあげる炭治郎に同調して、俺も声を上げようとしたけど―

 

「なっ!?」

 

 あの鼓の音が聞こえた瞬間、俺と正一君より数歩だけ前にいた炭治郎とてる子ちゃんが姿()()()()()

 

「て、てる子!?」

「待って! 正一君!」

 

 慌てて部屋の中へ入ろうとする正一君を何とか押し留め―

 

「正一君、出来るだけ俺のそばから離れないでくれよ。離れられたら、守り抜ける自信が無いから…」

「は、はい!」

 

 彼を背後に庇いながら、慎重に部屋の中へと移動していく。

 

「ッ!」

 

 そこへまた聞こえる鼓の音。次の瞬間、俺と正一君は()()()()()()()()()()

 

「正一君! 廊下の方へ走って!」

「は、はい!」

 

 俺の声が響いた瞬間、弾かれる様に廊下に出る正一君。ほぼ同時に鼓の音が聞こえるけど…今度は何も起きない。

 

「そういう事か」

 

 あの男性と炭治郎達、そして今回…大体わかった。これは何らかの血鬼術。多分部屋の中にいる者を自由に移動させる類の術なんだろう。

 鼓の音は術が発動する合図で…恐らく、廊下や土間は術が適用されない。だとすれば―

 

「ぐひ、ぐひ…子供だ。舌触りがよさそうだ」

 

 俺の思考を打ち切ったのは、床下から這い出てきた鬼の声。見たところ、血鬼術を使う鬼とは違う鬼みたいだ。

 

「ぐひ、ぐひ…二人もいる。食い溜めさせろぉ!」

 

 酷く下品な笑みを浮かべながら、その長い舌を鞭のように伸ばしてくる鬼。

 

「雷の呼吸…弐ノ型。稲魂!」

 

 俺は日輪刀を抜くと同時に五連斬を放ち、鬼の舌を五つの肉塊へと変えていく。

 

「ぎゃぁぁぁっ! お、俺の舌、舌がぁ!」

 

 舌を斬り落とされ、のた打ち回る鬼。この隙を逃す手はない。俺は日輪刀を鞘へと納め―

 

「シィィィィ…」

「雷の呼吸…壱ノ型。霹靂一閃!」

 

 踏み込みと共に、鬼へと肉薄。その横をすり抜ける瞬間に抜刀して、鬼の頸を刎ねた!

 

「ぐへっ…」

 

 そんな声を漏らしながら、鬼の頸は畳の上に落ち、瞬く間に灰に変わっていく。

 

「ふぅ…なんとか上手く出来た」

 

 無事に正一君を守れた。その事に安堵しながら、ゆっくりと振り返ると―

 

「な、なんですか善逸さん。自信無いみたいな事を言いながら凄く強いじゃないですか。さっきのあれは謙遜だったんですか? 過度な謙遜は嫌味にしかならないって言われなかったんですか?」

「ぐっは…」

 

 凄い切れ味の言葉をぶつけられてしまった。

 

「だけど、守ってくれてありがとうございます」

 

 でも、無事に守れたから…良かった。 

 

 

炭治郎視点

 

「俺はこの部屋を出る」

「「えっ」」

 

 ある部屋で偶然合流する事が出来た正一とてる子の兄である清。そしててる子にそう告げて、俺はゆっくりと立ち上がる。当然、2人は不安げな顔を見せるけど―

 

「落ち着いて、大丈夫だ。鬼を倒しに行ってくるから」

「いいか、てる子。兄ちゃんは今、本当に疲れているから、てる子が助けてやるんだぞ」

 

 ゆっくりと諭すように、2人へ言葉をかけていく。

 

「俺が部屋を出たら、すぐ鼓を打って移動しろ。今まで清がしていたように、誰かが戸を開けようとしたり、物音がしたら、間髪入れずに鼓を打って逃げるんだ」

「俺は必ず迎えに来る。2人の匂いを辿って。戸を開ける時は名前を呼ぶから」

「…もう少しだけ頑張るんだ。出来るな?」

 

 俺の言葉に無言で、だけど力強く頷いてくれる清とてる子。

 

「えらい! 強いな」

「じゃあ、行ってくる」

 

 2人にそう告げた直後、あの鼓の鬼の匂いが近づいてきた。俺は一足飛びで部屋の外へと飛び出し―

 

「叩け!」

 

 力の限り叫んだ。直後、鼓の音が響き、清とてる子はどこか別の場所へと移動する。よし、これで2人は暫くの間安全を確保出来た。

 警戒すべきは鼓の鬼。そして猪の皮を被って、日輪刀を持った乱暴で変な男だ。

 

 -この人をお医者さんに預けたら、すぐに戻ります。2人とも決して無理はせず。攫われた人を助ける事、そして生き残る事を最優先に立ち回ってください-

 

 麟矢さんが言い残した言葉を心の中で繰り返しながら、俺は走る。麟矢さんのくれた痛み止めのおかげで、体は随分楽になっている。このまま油断せずにいくぞ!

 

 

麟矢視点

 

 さて、最高速で山道を駆け上った俺は、行きの約3割の時間で屋敷まで辿り着いた訳だが…

 

「猪突猛進! 猪突猛進!!」

 

 様子を窺っていたのではないかと思うほど見事なタイミングで、猪の皮を被った半裸の男性…そう、彼が扉を蹴破って外へと飛び出てきた。

 

「アハハハハハ!!」

「鬼の気配がするぜ!!」

 

 飛び出して早々、鼻息も荒くそう吠えた彼は、茂みのそばに放置された背負い箱を一目見るなり―

 

「見つけたぞォォォ」

 

 一直線に向かっていく。本来対応する善逸君はまだ屋敷の中みたいだし、ここは俺が対応するとしよう。

 俺は接近する彼と、背負い箱の間に移動すると右手を突き出して、彼の動きを制し―

 

「この箱に手出しをすることは、やめてもらえませんか?」

 

 丁寧な口調で背負い箱への手出しをしないよう、彼に問いかける。

 

「オイオイオイ、何言ってんだ!?」

「その中には鬼がいるぞォ。わからねぇのか?」

「わかっていますよ。でも、この中にいる鬼は少々訳アリなんです」

「………」

 

 俺の訳アリという言葉に、彼は黙り込む。うん、地頭は良い彼の事だ。上手く理解して―

 

「あぁぁぁっ! 何が訳ありだ!」

「戦う気が無いんなら、そこを退きやがれ! この愚図が!!」

 

 前言撤回。この頃の彼は悪く言ってしまえば、野蛮な戦闘狂だったな…。

 

「仕方ない。それなら私が相手をしましょう」

「アハハハッ! やる気になったかよ!」

「えぇ、ただし素手での勝負です。鬼殺隊の隊士同士で(いたずら)に刀を抜くのは御法度ですし、人殺しにはなりたくないですからね」

「あぁ、わかった! じゃあ素手でやり合おう!」

 

 両手に持っていた二振りの日輪刀を地面に刺し、彼はグルグルと腕を回しながら庭の方へと歩いていく。

 さて、上手くやれると良いんだが…

 

 

炭治郎視点

 

「君の血鬼術は凄かった!」

 

 鼓の鬼から伸びる隙の糸が見えた瞬間、半ば無意識に口から出た賞賛の言葉。

 

「………」

 

 その瞬間、鼓の鬼が纏っていた殺気が僅かに緩み、俺は無事に鬼の頸を刎ねる事が出来た。

 

「ふぅぅぅ…」

 

 着地と同時に、ゆっくりと息を吐いていく。痛み止めのおかげでだいぶ楽になっているけど、激しく動いたせいで、呼吸する度に鈍い痛みが全身を走る。もう少し戦いが長引いていたら、良くない結果になっていたかもしれない。

 

「小僧…答えろ…」

 

 畳に転がる鬼の頭が声を発したのは、その時だ。

 

「小生の…血鬼術は………凄いか……」

「……凄かった。でも、人を殺したことは許さない」

「………そうか」

 

 俺の返答に、一言そう呟く鼓の鬼。その目はとても穏やかで、まるで憑き物が落ちたみたいだ。

 俺は少しずつ灰に変わっていく鼓の鬼。その強い腐臭の奥から漂う別の匂いを感じながら、愈史郎さんから受け取っていた短刀を鼓の鬼の骸へと投げつけた。

 短刀は鬼の骸へ刺さると同時に血を吸い上げ、柄の部分に血を溜めていく。

 刺すだけで自動的に血を吸い上げる短刀。こんな物を作るなんて、愈史郎さんは本当に器用だ。

 

「ニャー」

 

 そこへやってきた1匹の猫。突然現れた事に驚いたけど、身に着けているお札には見覚えがある。

 

「君が、珠世さんの所へ届けてくれるんだな? ありがとう、気をつけて」

 

 猫に短刀を託すと、猫はすぐさま走り去っていった。そして…

 

「成仏してください…」

 

 目に薄らと涙を浮かべながら完全に灰と化した鼓の鬼へ祈りを捧げ、俺は清とてる子の待つ部屋へと急いだ。

 

 

 それから数分と経たない内に、俺は清達と合流。怪我をしている清を背負って屋敷の外へと出た訳だけど…

 

「えぇ…」

 

 そこには大の字になって伸びている猪の皮を被った男と、その横で黙々と穴を掘る麟矢さんの姿があった。いったい何が起きたんだ?

 

「な、何が起きてるんだ?」

 

 背後から善逸の戸惑ったような声が聞こえるけど…ごめん、俺も説明出来ないよ。

 

 

麟矢視点

 

「ッ!?」

「うわっ! 起きたァ!!」

 

 善逸君の驚いた声で、俺は彼が目を覚ました事を察し、ゆっくりと振り返る。

 そこに立っていたのは、筋骨隆々な体躯と整った顔立ちを併せ持った美少年。うん、流石は公式イケメンだ。

 

「何してんだァ! お前ら!」

「埋葬ですよ。目を覚ましたのなら君も手伝ってください。屋敷の中には、まだ被害者の遺体が沢山あるんですから」

「はぁ? 生き物の死骸なんて埋めて何の意味がある! やらねぇぜ、手伝わねぇぜ! そんな事より、もう一回俺と戦え!」

 

 惜しむらくは思考が獣そのものという事。正直言って、今の…真の強さを知らないままの彼では、直に実力が頭打ちになる。だからこそ―

 

「やれやれ、弱い犬ほどよく吠える。昔の人は良い事を言ったものだ」

「……は?」

 

 少々荒療治になるが、原作よりも早く彼には成長してもらう。

 

「君が気絶してから目を覚ますまでにかかった時間は、四半刻。これが実戦の場だったら、君は軽く20回は殺されていたでしょう。そんな事も理解出来ずにもう一度戦え? 冗談も休み休み言ってください」

「………」

「ハッキリ言います。手伝うつもりが無いのなら、どこか他所に行ってください。あなたの我儘に付き合う暇はありませんので」

「………」

 

 敢えて冷たく言い放ち、俺は穴掘りを再開するが、彼は黙り込み俯いたまま。これは、もう一押しが必要かな?

 

「えっと、麟矢さん。あいつ、きっと傷が痛むから出来ないんだと思います」

「………は?」

 

 ここで爆弾を投下してくれたのは炭治郎君だ。

 

「事情はよく知らないけど、麟矢さんとやり合って怪我したんだろう? 痛みを我慢出来る度合いは人それぞれだ」

「亡くなってる人を屋敷の外まで運んで、土を掘って埋葬するのは本当に大変だ。麟矢さんと俺達で頑張るから大丈夫だよ。この子達も手伝ってくれるし」

「君は何も心配せずに休んでいると良いよ」

「はぁぁぁぁぁん!?」

「舐めるんじゃねぇぞ。100人でも200人でも埋めてやるよ!」

「俺が誰よりも埋めてやるわ!」

 

 炭治郎君の…少々ずれてはいるが、優しい言葉に反応し、彼は埋葬に参加。おかげで、随分と作業が捗った。

 

 

 全ての遺体を埋葬し、その冥福を祈った後、俺達は下山し―

 

「本当にありがとうございました。家までは自分達で帰れます」

 

 途中で清君達3人とも別れる事になった。稀血の持ち主である清君には、鬼除けとして藤の花の匂い袋を渡したし、彼らが住む町を担当する班には情報を共有するから、今後は大丈夫だろう。

 

「麟矢さん、これからどこへ向かうんですか?」

「私の家に帰るには、少々遅くなりましたからね。近くにある藤の花の家紋の家に向かいます」

「藤の花の家紋の家…ですか」

 

 途中、藤の花の家紋の家について詳しく知らない炭治郎君や善逸君に説明したり―

 

「そうか、伊之助も山育ちなんだな」

「けっ、お前と一緒にすんなよ。俺には親も兄弟もいねぇぜ」

「他の生き物との力比べだけが、俺の唯一の楽しみだ!!」

「「そうか…」」

 

 彼こと嘴平伊之助君の身の上を聞いたりしながら、俺達は山道を進んでいく。

 

「今回は俺の負けだ! だが、俺は死んじゃいねぇ! だから、必ずまたお前に挑戦して、今度は勝ってやる!」

「やれるものなら。ちなみに、私の名前は東雲麟矢です」

「ひななめ欣也! 絶対お前に勝ってやる!」

「おい、伊之助! 誰の事を言っているんだ!」

「こいつだ!」

「違う! この人は東雲麟矢さんだ!」

 

 炭治郎君と伊之助君のやり取りをBGMにしながら、歩く事暫し。俺達は目的地である藤の花の家紋の家に到着した。さぁ、ゆっくりと休ませてもらおう。

*1
現代の貨幣価値に換算して、約6万円




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

今回、清君に渡された藤の花の匂い袋は、原作のように鎹鴉の吐き出した物ではなく、麟矢が持参していたものです。
このような事態に備え、麟矢は常時数個の匂い袋を携帯しています。


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弐拾玖之巻 -那田蜘蛛山までの猶予期間-

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。



麟矢視点

 

 さて、藤の花の家紋の家へ辿り着いた俺達を―

 

「夜分に申し訳ありません。我々は鬼殺隊の者です。突然ではありますが、私達4名休息を取らせていただいても宜しいでしょうか?」

「鬼狩り様でございますね。お疲れ様でございます。さぁ、どうぞ…」

 

 屋敷の管理を任されているお婆さんは温かく迎え入れてくれた。

 それにしても、このお婆さん。たしかふくさんという名前だったと記憶しているが…この広い屋敷を1人で管理しているとは、おっとりとした見た目に反して、かなりのやり手だな。

 

「すぐにお食事を用意いたします。出来上がるまでの間、お風呂など如何でしょうか? まもなく湯が沸きますので」

「それはありがたい。お風呂頂かせていただきます」

 

 鬼の討伐だけでなく、犠牲者の埋葬も行って全員汗だくだからな。食事の前に汗を流せるのはありがたい。

 

「それでは、準備をしてまいります」

「お願いします」

 

 俺は準備に向かうふくさんに一礼し―

 

「それじゃあ炭治郎君、善逸君、伊之助君。準備が出来たら、先にお風呂を頂いてきなさい」

 

 炭治郎君達へ先に入浴するように促す。

 

「え…でも、こういう時って、階級が一番上の人が一番風呂なんじゃ…」

「あぁ、私はそう言う事気にしませんから。それに、色々と済ませておきたい事がありますからね。先に入ってもらった方がありがたいんです」

「そ、そういう事なら…先に入らせてもらいます」

「ごゆっくり」

 

 風呂へと向かう炭治郎君達を見送った俺は、用意された部屋へと向かい、万年筆と便箋を用意。

 

「まずは耀哉様への報告書っと」

 

 耀哉様宛に、今回の任務の詳細を記した手紙を認めていく。

 

 

「それじゃあ、モーリアン。頼みましたよ」

「カァァァ、オ任セクダサイ。カァァァ」

 

 約20分後。便箋を入れ、蝋で封をした封筒を託したモーリアンが飛び去るのを見送った俺は、背嚢の中から原稿用紙の束を取り出し、目を通していく。

 この原稿用紙はあの屋敷にあったもの。そう、鼓の鬼こと元下弦の陸、響凱が執筆していた伝奇小説だ。

 原作では知人男性から―

 

 -美しさも儚さも凄みもない 全てにおいてゴミのようだ-

 -紙と万年筆のムダだから、もう書くのはよしたらどうだ-

 

 等と酷評されていた代物だが…

 

「……悪くない。というか、平成の終わりか令和の世に出ていたら、評価されていたかもしれないな…」

 

 響凱の執筆していた伝奇小説は、所謂()()()()()()()に分類されるもので、非業の死を遂げた主人公が、海と陸の狭間にある世界(異世界)人あらざる者(妖怪)として転生。仲間達と共に理想郷を創る為に奮闘する…という物語だ。

 書かれていたのは言わば第1章の部分で、主人公が最初に出来た仲間と旅を開始したところまでだったが、なかなか面白く読むことが出来た。

 たしかに、少々説明文が多かったり、登場人物の言い回しに違和感を感じる部分があったが、それを気にさせないほど物語そのものに力があった。

 この作品を酷評したという響凱の知人男性は、おそらく純文学以外の物語を一切認めない…少しばかり視野の狭い人間だったのだろう。

 それが知人男性にとっても、響凱にとっても大きな不幸だったことは…言うまでもあるまい。

 

「今すぐには無理でも将来、多くの人の目に触れるようにしても良いかもしれないな」

 

 そんな事を考えながら、原稿用紙の束を背嚢の中へ戻していると―

 

「麟矢さん、お風呂お先に頂きました!」

 

 炭治郎君達がお風呂から上がってきた。さて、俺も風呂に入ってくるとしますか。

 

 

炭治郎視点

 

「なんだよ! 風呂って水浴びのことか!」

 

 浴室へ入ると同時に響く伊之助の声。そうか、伊之助は風呂に入った事が無いのか…。そんな事を思ったのも束の間。

 

「伊之助! 風呂へ入る前に体を洗うんだ!」

 

 掛け湯をせずに湯船へ入ろうとする伊之助を慌てて止める。

 

「あぁ? こん中で洗えば良いじゃねぇか!」

「それじゃあ、湯船の中のお湯が汚れちゃうだろ? 後から麟矢さんやあのお婆さんも入るんだから、その人達のことも考えないと」

「そ、そうだぞ。せっかく麟矢さんが譲ってくれたんだから、その辺りのことは考えなきゃ」 

「………ちっ、面倒くせぇ」

 

 俺と善逸に諭された伊之助は、渋々といった感じで掛け湯を始め―

 

「何だよこれっ!? 水なのにあったけぇ!」

 

 温かいお湯に驚いていた。

 

「お湯なんだから温かくて当然だろ?」

「善逸、伊之助はきっとお湯も初めてなんだよ」

 

 それを見た俺と善逸も掛け湯を行ってから、体を洗っていく。

 

「ほら、伊之助」

「…なんだ、これ?」

「石鹼だよ。汚れが簡単に落ちるから使ってみたら良い」

「うぉっ!? なんだこれ、泡がどんどん…面白れえじゃねぇか!」

「ちょっ、泡まみれで動くなよぉ!?」

 

 今度は初めて使う石鹸を面白がる伊之助。他の生き物との力比べが唯一の楽しみと聞いた時は、正直少し不安だったけど…何とか上手くやっていけそうだ。

 

 

麟矢視点

 

「ふぅ…」

 

 入浴と夕食を終え、用意された布団に横たわった俺は、今後の事について考えを巡らせていく。

 確か原作だと、3人とも(あばら)を折っていた関係で、この屋敷に長期間…推定だが、3週間から1ヶ月程度は逗留。

 骨折が癒えた頃、緊急の指令が入って那田蜘蛛山へ向かっていた。

 そして那田蜘蛛山で3人を待っているのは、下弦の伍である累であり、その後に起きるのは柱合裁判だ。

 

「……今のままの3人では少々不安だな」

 

 俺の介入で、炭治郎君と善逸君は原作の同時期よりも強くなっているが、それでも(下弦の伍)を相手にするには力不足。

 伊之助君と玄弥君を含む4人には、可能な限り強くなってもらわないといけないな。

 

「そうなると…後峠さんの力を借りるとするか」

 

 俺は布団から起き上がり、手紙を認めていく。モーリアンには悪いが、もうひと働きしてもらおう。

 

 

 翌朝。朝食を済ませ、身支度を整えた俺達は―

 

「では、行きます。お世話になりました」

 

 ふくさんに見送られ、屋敷を後にした。

 

「では、切り火を…」

 

 その際、ふくさんが俺達の無事を祈り、切り火を行ってくれたのだが…

 

「何すんだババァ!!」

 

 伊之助君が激高した為、すぐに彼をふくさんから引き離す羽目になってしまった。

 

「どのような時でも誇り高く生きてくださいませ。ご武運を…」

 

 

伊之助視点

 

「誇り高く? ご武運? どういう意味だ?」

 

 あのババアが言っていた言葉。その意味が全然わからねぇ…だから、前を歩く奴らに聞いてみたんだが…

 

「そうだな…改めて聞かれると難しいな…誇り高く………」

「自分の立場をきちんと理解して、その立場であることが恥ずかしくないように正しく振舞うこと…かな」

「それからお婆さんは、俺達の無事を祈ってくれてるんだよ」

 

 権八郎の説明を聞いても、よくわからねぇ…それどころか―

 

「その立場って何だ? 恥ずかしくないって、どういうことだ?」

 

 わからねぇことがどんどん増えていく。

 

「それは…」

「正しい振る舞いって、具体的にどうするんだ? なんでババアが俺達の無事祈るんだよ」

「……だから、それは」

「何も関係ないババアなのに何でだよ? ババアは立場を理解してねぇだろ?」

 

 権八郎にわからねぇことをぶつけていると―

 

「とりあえず今確実に言えることは、相手の言葉を遮って矢継ぎ早に疑問をぶつけるのは、正しい振る舞いではないということですね」

 

 欣也の奴にそう言われちまった!

 

「炭治郎君は君の疑問に対して、誠実に答えようとしていましたよ。解らないことを知ろうとするのは大切なことですが、人の話をキチンと最後まで聞くのも大切なことです」

「………ゴメンネ。権八郎」

「だ、大丈夫だ、伊之助。俺は気にしてないから! それから、俺は炭治郎だ」

 

 そう言って説明を続けていく権八郎。ちくしょう…なんだか、ホワホワしてきやがる!

 

 

善逸視点

 

 正午まであと1時間を切った頃。道中何事も無く、麟矢さんの家へと戻って来る事が出来た俺達は、そのまま各自の部屋に向かう…なんてことはせず、庭の一角に作られている鍛練場へと向かっていた。

 玄弥に伊之助を紹介する為…って麟矢さんは言っていたけど、何だかそれだけじゃないような気がするんだよなぁ…。

 内心でそんなことを考えながら鍛練場に入ると―

 

「あ、お帰りなさい! 麟矢さん! 炭治郎に善逸…も……」

 

 玄弥が俺達を迎えてくれた。でも、俺達の後ろに立っている伊之助には戸惑っているみたいだ。うん、気持ちはわかるよ。

 

「玄弥君、彼は嘴平伊之助君。君達と同じ最終選別を生き残った5人のうちの1人です」

「は、はぁ…」

「伊之助君、彼は不死川玄弥君。これから同じチーム…班の仲間になるので、仲良くしてくださいね」

「みみずがわ銀太だな!」

「誰がみみずがわだ! 俺は不死川! 不死川玄弥だ!」

「あぁ? 似たようなもんじゃねえか!」

「全然違うわ!」

 

 案の定揉めだす玄弥と伊之助。炭治郎と一緒に止めに入ろうとしたその時―

 

「ッ!?」

 

 突然振り返る伊之助。数泊遅れて俺達も振り返ると、3歩後ろに後峠さんが立っていた。この距離まで近づかれても気付けなかった…。

 

「ほぅ、私の接近に気付くとは、単なる変人ではないようですね」

 

 穏やかな笑みを絶やさないまま、伊之助の全身を値踏みするように見ている後峠さん。なんだ…いつもの後峠さんとは、何かが決定的に違う!

 

「伊之助君、彼は執事の後峠さん。今から…彼と戦ってもらいます」

 

 えぇっ! 麟矢さん、いきなり何を!?

 

「言っておきますが、後峠さんは()()()()()ですよ。だから、もしも後峠さんに勝つことが出来たら…私が君の子分になりましょう」

「こ、子分!?」

 

 いやいやいや、麟矢さん! 本気で言ってるんですか!? 

 

「…嘘じゃねぇな! ひななめ欣也!」

「えぇ、嘘じゃありませんよ」

 

 麟矢さんの肯定する声を聞いた途端、鼻息が荒くなる伊之助。これ、どうなるんだ?

 

 

伊之助視点

 

 そとかげというジジイと向き合いながら、俺は構える。刀は使わないように言われたが、あとは何をしても構わない。

 だったら俺があんなジジイに負けるわけがねぇ!

 

「それでは、始めの合図だけ言わせてもらいますね」

 

 ひななめ欣也がそう言って、ゆっくりと手を上げていく。

 

「麟矢様。お手数ですが、開始から3分経過したら教えていただけますか?」

「わかりました」

「伊之助様。私は3分の間、一切攻撃も反撃もいたしません。お好きなように攻撃なさってください」

「なっ…」

 

 好きなように攻撃しろ、だと!?

 

「…本気でやるぞ。いいんだな?」

「えぇ、ご自由に」

 

 馬鹿にしやがって!

 

「それでは…始め!」

 

 ひななめ欣也の合図と共に、俺はジジイとの間合いを詰め―

 

「カァァァッ…」

 

 (けだもの)の呼吸を使いながら、ジジイの股間に蹴りを叩き込む! 悶絶してのたうち回りやがれ!

 

「……ふむ、遠慮の欠片もない。実に見事な一撃です」

「な…」

 

 効いて…ねぇ? いや、そんな訳はねぇ! やせ我慢しているだけだ!

 

「カァァァァァッ!」

 

 俺は手当たり次第にジジイを殴り、蹴っていく。猪だって、熊だって俺の攻撃で倒れたんだ。こんなジジイを倒せねぇ訳がねぇ!

 

「人並外れた関節の柔軟性と、的確に相手の急所を見抜く鋭い感覚。そして、四足獣を彷彿とさせる低い軌道の攻撃。伊達に山の王を自称してはいないということですね」

 

 顔面を思いっきりぶん殴っている筈なのに、平然と喋るジジイ。何なんだ…何なんだよ! このジジイは!

 

「後峠さん、3分経ちました」

「かしこまりました。伊之助様、これより先は私も…攻撃させていただきます

「ッ!?」

 

 その瞬間感じたのは、全身の汗が一瞬で引く程の殺気。俺は咄嗟に、強い殺気を感じ取った方向へ防御を固める。

 

「なっ…」

 

 だけど、攻撃が来たのは殺気とは別の方向。それも無防備だった頬を打たれるまで、まったく気付けなかった。ど、どうなってんだ…

 

ボヤボヤしている暇はありませんよ?

「ッ!?」

 

 なおも感じる殺気に、もう一度防御を固めるが…攻撃を受けるのは防御していない部分ばかり…わ、訳がわからねぇ…

 

 

玄弥視点

 

「そこまで!」

 

 攻守が逆転して暫く…多分伊之助が攻撃していたのと同じくらいの時間が経った頃、麟矢さんの声が響き、後峠さんは攻撃の手を止めた。

 

「………」

 

 それと同時に伊之助は膝から崩れ落ち…ひっくり返ると、大の字になって伸びてしまった。

 

「い、伊之助!」

「だ、大丈夫か!?」

 

 慌てて伊之助に駆け寄り、介抱する炭治郎と善逸。

 

「ご安心ください。力加減は軽めにしておきましたので、すぐに目を覚ますでしょう」

 

 一方、いつもの柔らかい物腰に戻った後峠さんは、そう言って水を汲みに行ってしまった。そして―

 

「うぉっ!?」

 

 後峠さんが水を入れた桶を手に戻って来るのとほぼ同時に、伊之助は飛び起きた。

 

「伊之助、大丈夫か?」

「滅茶苦茶殴られていた割には、元気だな…凄い体力」

 

 一見元気そうな伊之助に、安堵した様子の炭治郎と善逸。だけど、当の伊之助本人は―

 

「負けた…のか」

 

 後峠さんに負けたことが信じられないのか、酷く落ち込んでいた。俺も炭治郎達もどう声をかけてやるべきかわからずにいると…

 

「伊之助君。これでわかったでしょう? 自分がまだまだ弱いということが」

 

 麟矢さんが静かに口を開いた。

 

「お、俺は弱くなんかねぇ!」

「私にも後峠さんにも、手も足も出ず負けたのはどこの誰ですか! 現実を認めないのは、何よりも見苦しいことだと理解しなさい!」

「ッ……」

 

 精一杯の反論も一瞬で潰され、黙り込む伊之助。麟矢さんは尚も話し続ける。

 

「伊之助君。猪や熊に勝った君は、たしかに山の王かもしれない。でも、その強さは、君が暮らしていた山の中という狭い世界でしか通用しない。言うなれば偽りの強さです」

「はっきり言いましょう。その程度の強さなら鬼殺隊にも鬼にも大勢います。そして更に上の強さを持つ者達もね」

「藤襲山に閉じ込められていた鬼や、これまでに討伐した雑魚鬼で、鬼の強さを測っているようでは、いつか本物に遭遇した時…成す術なく殺されますよ」

「………」

 

 無言で項垂れる伊之助。俺達もただ黙り込むばかり…麟矢さんはそんな俺達に優しく微笑み―

 

「炭治郎君、善逸君、伊之助君、玄弥君。私は君達4人の将来性を高く評価しています。経験を積み重ねていけば、至高の領域に足を踏み入れることも夢ではないでしょう」

「だからこそ、君達には現状に満足してほしくない。今の自分はまだまだ弱いということを自覚して、鍛錬に励んでほしいんです」

「君達が努力することを止めない限り、私は援助を惜しみません」 

 

 そう言ってくれた。俺と炭治郎と善逸は大きく頷き…伊之助も少し遅れて頷いた。

 

「次の任務まで、暫くの間猶予を貰いました。その猶予期間の間に…全員最低でも今の倍は強くなってもらいます」

 

 爽やかに笑いながら、無茶苦茶なことを言ってきた麟矢さん。だけど…やるしかないよな!

 

 

善逸視点

 

「麟矢さん」

 

 鍛練場から屋敷へと戻る際、俺は前から聞こう聞こうと思っていたことを、麟矢さんへと問うことにした。

 

「どうしました? 善逸君」

「あの、前から聞こう聞こうと思っていたんですけど…後峠さんって、何者なんですか? あの強さといい、苦も無く俺達の背後に立つ動きといい、とても普通の人とは思えないんですけど…」

「あぁ、そういえば言ってませんでしたね。後峠さん、貴方の口から皆に教えてあげてください」

 

 麟矢さんに声をかけられた後峠さんは、にこやかな笑みを浮かべたまま―

 

東雲家(こちら)で執事としてお世話になる前は、帝国陸軍中佐の地位に就いておりました」

 

 その秘密を明かしてくれた。後峠さん、元々軍人だったのか…道理で強い訳だ。

 俺は疑問が解消したことに満足すると同時に、軍人の凄さを再認識するのだった。




最後までお読みいただきありがとうございました。

伊之助君の攻撃が後峠さんに通じなかった理由等は次回明らかとなります。


※大正コソコソ噂話※

元軍人であることが判明した執事の後峠さん。
退役した今でも陸軍並びに関係機関との関係は維持しており、玄弥君の使用する拳銃や小銃の入手に役立てています。


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参拾之巻 -分析と理解、そして鍛練-

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。


麟矢視点

 

 さて、昼食を終えた俺達は1時間半の休息を挟んだ後、再び鍛練場へと集合。

 

「では、伊之助君。先の組手で君が負けた理由を話してみてください」

 

 早速、炭治郎君達(4人)が強くなる為の特訓を開始した。まずは座学から始めていこう。

 

「そんなもん…俺が弱かったからだろう。さっきそう言ってたじゃねえか…」

 

 俺の問いかけに対し、むすっとした顔でそう答える伊之助君。うん、予想通りの答えだ。だけど…

 

「その答えじゃ20点。文句無しの赤点です」

「なっ…」

 

 それじゃあ、大切なことを幾つも見落としている。

 

「弱かったから、即ち実力差があったから負けたというのは、ある意味当然のことです。それだけを負けた理由にするのは、何も解っていないのと同じですよ」

「………」

「負けたことを振り返る。それはとても辛く、勇気のいることです。でも伊之助君。それを行えば、君は必ず強くなれる」

「……強く、なれるのか?」

「はい。敗北は時として、勝利よりも多くのことを学ばせてくれる。強くなれることは私が保証しますよ」

 

 私の言葉に小さく頷き、考え始める伊之助君。だが現時点ではお世辞にも知性派とは言えない伊之助君。すぐに行き詰まり、唸り始めてしまう。

 

「炭治郎君、善逸君、玄弥君。伊之助君に知恵を貸してあげてください。他人の戦いを分析することも、立派な鍛練になりますよ」

 

 そこで俺は炭治郎君達に助太刀を許した。炭治郎君達も気を揉んでいたのだろう。すぐさま伊之助君へ駆け寄り、4人で議論を開始する。

 

「15分後に答えを確認します。しっかり話し合ってくださいね」

 

 懐中時計片手にそう告げると、俺は4人から距離を取り、議論の様子を観察するのだった。

 

 

善逸視点

 

 麟矢さんから許可を貰い、俺達は伊之助に知恵を貸すために駆け寄った訳だけど…

 

「やっぱり、後峠さんが特別打たれ強かったとか?」

「いや、いくら打たれ強くても、少しの痛みも感じないなんてことは…あり得ないだろう」

「ジジイがやせ我慢していたんだ! そうに決まってる!」

「…伊之助。自分を後峠さんの立場に置き換えてみろ。あれだけの攻撃を受け続けて、お前…やせ我慢出来るか?」

「………出来ねぇ」

 

 4人がかりでも答えは出ないまま、時間だけが過ぎていく。残り時間はあと5分も無いだろう。どうすれば…

 

「待てよ…もしかしたら」

 

 その時玄弥が何かに気づき、ブツブツと呟きながら考えを纏め始めた。そして―

 

「後峠さん、伊之助が()()()()()()()()()()()()のかもしれない」

 

 纏まった自分の考えを口にしていく。

 

「どういう意味だ? 銀太!」

「玄弥だ! あぁ、それは置いておいて…組み手が始まる前、後峠さんが言ったこと…覚えてるか?」

「あぁ? たしか…そうだ! 3分間攻撃も反撃もしないから、好きに攻撃しろって!」

「不思議だったんだよ。はるかに年下の俺達にすら、敬語を欠かさない。そんな礼儀正しい後峠さんが、なんで相手(伊之助)を侮るようなことを言ったのか…」

「たしかに…」

「言われてみれば…」

「あれって、()()()()()()()()()()()()()だったんじゃないか? 後峠さん、前に言ってたんだよ」

 

 -玄弥様。戦いにおいて最も大切なことをお教えしましょう。それは『心は熱く、頭は冷静に』-

 -これは、戦う意思は熱く燃え滾らせながらも、行動はよく考えて冷静に行わなければならない。という意味です-

 -戦場において、冷静さを欠いた行動は即、死に繋がります。努々(ゆめゆめ)お忘れなきように-

 

「俺も同じようなことを鱗滝さんから言われた。怒りを露にすることは体に無駄な力を込めさせ、全力を発揮出来なくする。だから、怒りは心に秘めて戦えって」

「俺も同じことを爺ちゃんから言われた。そうか。後峠さんは伊之助をわざと怒らせて、全力を出せないように仕組んだのか…」

「それに怒りで冷静さを欠いた伊之助は、後先考えずに攻撃を仕掛けたから、いつも以上に消耗した…いや、これだけじゃ、多分正解には足りない」

「ああ、伊之助が全力を出せなかったとしても、あれだけの攻撃を受けて何ともなかった理由、それから後峠さんの攻撃を防げなかった理由には…」

 

 玄弥の考えで正解を導くことが出来たと思ったのも束の間、まだ足りないものがあることに、俺達は頭を抱える。

 

「時間です」

 

 そして告げられる時間切れ。こうなったら…

 

 

麟矢視点

 

「さて、答えを聞かせてもらいましょう」

 

 懐中時計を懐へ戻した俺は、伊之助君達4人の顔を見回しながら、返答を促す。この15分でどこまで分析することが出来たかな?

 

「ジジ…そとかげ、さん、が…俺をわざと怒らせた。怒った俺は本当の力を発揮出来なかった」

「まず1つ正解ですね。それから?」

「怒りで冷静さを欠いた伊之助が、後先考えずに攻撃を仕掛けて、激しく消耗した…」

「2つ目の正解。答えはあと2つありますよ」

「すみません、麟矢さん。今の時間ではこの2つを見つけ出すのが精一杯でした。後峠さんが伊之助の攻撃を受けても何ともなかった理由と、伊之助が後峠さんの攻撃を防げなかった理由がどうしてもわからなくて…」

「多分、何かしらの技、技術を使っているんだとは思うんですけど…」

 

 そう言って項垂れる炭治郎君と善逸君。玄弥君も唇を噛み締めているし、伊之助君も強がってはいるが、悔しさを隠せていない。

 

「うん、2つ正解を導き出せたので、正答率3/5で60点。今の段階では合格としておきましょう。残り2つに関しては、今から解説していきますね」

 

 俺は4人にそう告げると、後峠さんと向き合い、互いに構えを取る。そして―

 

「まず、伊之助君の攻撃が効かなかった理由ですが…原理自体は単純です」

「組み手の序盤に伊之助君が放った金的は!」

 

 伊之助君の動きを可能な限り模倣した状態で、後峠さんに金的を放ち、後峠さんには伊之助君の時と同じように対応してもらう。

 唯一の違いは、炭治郎君達が理解しやすいよう、動きを敢えて大袈裟にしてもらっている点だ。

 

「え…上に、跳んだ?」

 

 善逸君のどこか呆然とした声が響き、残る炭治郎君達も驚きを隠せずにいる。俺は不敵な笑みを浮かべながら4人の顔を見回し―

 

「そう、後峠さんは伊之助君の金的に合わせて跳び上がることで、衝撃の殆どを受け流しました。恐らくですが、軽く押された程度にしか感じていないでしょう」

 

 後峠さんの取った行動について説明。

 

「次に、伊之助君の連打が効かなかった理由ですが」

 

 そのまま次の説明へと移っていく。先程同様、俺は伊之助君の動きを可能な限り模倣し、後峠さんには大袈裟な動きでそれに対応してもらう。

 

「後峠さん、前後に細かく動いている!?」

「ご名答。攻撃の瞬間、僅かですが前後に動くことで、伊之助君の距離感を狂わせていたんです。これによって伊之助君自身は全力で攻撃しているつもりでも、その威力は大幅に減衰していた訳ですね」

「信じられねぇ…」

「言っておきますが、鬼殺隊の最高戦力である柱は、全員この程度のこと朝飯前です。あと(きのえ)(きのと)の階級に就いている隊士にも、実行出来る者が多くいます」

「「「「………」」」」

 

 最高戦力である柱やそれに準ずる隊士達の力量を知り、言葉を失う4人。うん、君達が越えるべき壁は果てしなく高く、そして険しいのだよ。

 

「最後に、伊之助君の防御が無効化された件についてですが―」

「「「「ッ!?」」」」

 

 その瞬間、4人が弾かれたように俺や後峠さんから距離を取った。うん、良い反応だ。

 

()()()()()()です。後峠さんは攻撃の前に殺気を威嚇として放ち、それに反応した伊之助君が防御を固めるように誘導した」

「そして、防御を固めた側と真逆の方向から攻撃を放てば、それは防御不可能の攻撃に極めて近いものとなる。という訳です」

「以上が、解説となりますが…何か質問は?」 

 

 質問が無いか確認するが、4人は何も言わず…ただ無言で俺と後峠さんを見つめてきた。その目に宿っているのは、そう…例えるならばやる気の炎だ。

 

「よろしい! では早速鍛練を始めていきましょう!」

 

 

炭治郎視点

 

「これから君達にやってもらう事は3つ。1つ、己の使う()()()()()()()こと、2つ、()()()()()()()()()()()こと、3つ……まぁ、これは先に挙げた2つが達成出来たら、挑戦してもらいましょう」

 

 俺、善逸、伊之助の前に立ち、これから俺達が行う鍛錬について説明してくれる麟矢さん。ちなみに、玄弥は俺達とは鍛練の内容が異なるとかで、後峠さんが指導を行うそうだ。

 

「型の洗練と、全集中の呼吸を強化する…一体、どうやれば?」

「内容自体はそう難しいものではありません。まず型の洗練は、各々が使う呼吸の型。それを()()()()()()()()()()()()()()()、尚且つそれを()()()()()()()()()貰います」

「えぇっ!? ご、500回ですか!?」

「はい、本当は1000回と言いたいところですが、流石に厳しいと思ったので、500回にオマケしました。あ、1000回の方が良かったですか?」

「い、いえ! 500回、頑張ります!」

 

 笑顔の麟矢さんに対して、直立不動で叫ぶ善逸。それにしても、型の全てを正しい形で行った上で、五百回繰り返すか…これはかなり大変だぞ。

 

「次に全集中の呼吸の強化ですが、こちらも内容は至極単純です。これまでのように型を使う時だけ全集中の呼吸を使うのではなく、可能な限り全集中の呼吸を使い続けてもらいます。睡眠時を含む…文字通りの四六時中、全集中の呼吸を維持出来るようになれば、理想的ですね」

「ぜ、全集中の呼吸を四六時中…そんなこと、出来るんですか?」

「出来ます。と言うか出来なければ、上の領域に足を踏み入れることも出来ません」

 

 思わず口から出た疑問の声に即答し、話し続ける麟矢さん。

 

「四六時中維持出来るようになった全集中の呼吸を、全集中・常中と言います。柱は勿論、ある程度の実力を持った隊士なら、出来て当然の技術ですが、会得には相応の努力が必要です」

「相応の努力が必要ですが、会得出来れば並の全集中の呼吸を凌駕する効果を得られるでしょう」

「鬼殺隊隊士として、至高の領域に辿り着きたいなら、会得は必須。ですが、君達なら必ず会得出来ると信じていますよ」

 

 麟矢さんの言葉に俺達は大きく頷き、鍛練が開始された。

 

 

「ヒュゥゥゥゥ…」

 

 俺は水の呼吸の呼吸音を響かせながら、木刀を構え―

 

「水の呼吸。壱ノ型、水面斬り」

 

 そして壱ノ型・水面斬りの動作を行うと、そのまま間を置かずに次の型へと繋げていく。

 

「弐ノ型。水車(みずぐるま)

「参ノ型。流流舞(りゅうりゅうま)い」

「肆ノ型。()(しお)

「伍ノ型。干天(かんてん)慈雨(じう)

「陸ノ型。ねじれ(うず)

「漆ノ型。雫波紋突(しずくはもんづ)き」

「捌ノ型。滝壷(たきつぼ)

「玖ノ型。水流飛沫(すいりゅうしぶき)(らん)

「拾ノ型。生生流転(せいせいるてん)」 

 

 壱ノ型から拾ノ型まで繰り出し終えたところで、木刀を構え直し、再び壱ノ型から繰り返していく。

 同時に全集中の呼吸も限界寸前まで行っては、一度深呼吸を行い、再度全集中の呼吸を行っていくけれど…これは想像以上に負担が大きい!

 喉や肺、耳に激痛が走るし、少しでも気を抜いたら倒れそうだ!

 

「炭治郎君! 陸ノ型に乱れがありますよ! 壱ノ型からやり直し!」

「は、はい!」

「急いでやる必要はありません。時間がかかっても正しい形を体に刻み付けることを最優先に行うように!」

「はい!」

 

 麟矢さんの叱咤に答え、俺は壱ノ型からやり直していく。500回、何としてでもやり遂げてみせる!




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

炭治郎君達同様、伊之助君も宿舎が完成するまでの間、麟矢の自宅で寝泊まりすることになりましたが、洋風な部屋の作りがどうしても受け入れられず、ひと悶着起こしています。


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参拾壱之巻 -鍛練完了。そして那田蜘蛛山へ-

お待たせいたしました。

少し短いですが、お楽しみいただければ幸いです。


麟矢視点

 

 特訓開始から2週間。炭治郎君達の実力は、こちらの想定以上の伸びを見せていた。

 型の洗練を例に挙げるならば、初日は全ての型を500回やり終えるのに、6時間から7時間程度かかっていたが、3日目あたりから徐々に時間が短くなり、現在では4時間半から5時間で行えるようになっている。

 また、全集中・常中の方も、善逸君と伊之助君は原作通り9日で、炭治郎君は原作よりもはるかに早い13日で体得することが出来た。

 ちなみに指導を受けて尚、炭治郎君の体得が善逸君達より4日遅かったのは、才能云々よりも()()()()()()()()()()()ことが大きな理由だろう。

 折を見て、ヒノカミ神楽について話をしないといけないな。

 

「拾ノ型。生生流転(せいせいるてん)!」

 

 などと考えている間に、型の数が一番多い炭治郎君*1が500回をやり終えた。うん、昼食と1時間半の休息を挟んで4時間27分。また少し時間を短縮出来たね。

 

「それじゃあ、30分休憩を取ってから最後に…試合をしましょうか」

「よぉし! 今日こそ俺が勝つからな! ひななめ欣也!」

「伊之助! あの人はひななめ欣也じゃなくて東雲麟矢さんだ! 人の名前をいつまでも間違えるのは、良くないことだぞ!」

「……ゴメンネ」

 

 俺の名前を間違える伊之助君と、それを叱る炭治郎君。炭治郎君と伊之助君が15歳で、善逸君と玄弥君が16歳だった筈だけど、こうして見ると炭治郎君が長男で、玄弥君と善逸君は次男三男、伊之助君は末っ子という感じだな。

 

 

善逸視点

 

「弐ノ型、稲魂(いなだま)!」

「雷ノ型。弐ノ段、異端・稲魂!」

 

 俺が稲魂を放つと同時に放たれた麟矢さん流の稲魂。互いの連撃は正面からぶつかり合うけど―

 

「くぅっ!」

 

 競り負けたのは俺の方。同じ稲魂…いや、麟矢さんのそれは本人が自嘲していたとおり模倣なのに、どうして?

 

「たしかに、技の完成度自体は善逸君の方が上と言えます。善逸君の稲魂を100とするなら、私のそれは、模倣であることを含めても80に届くかどうか…と言ったところでしょう」

 

 俺の心の声を察したかのように、静かに話し始める麟矢さん。俺は油断無く木刀を構えながら、その声に耳を傾けていく。

 

「しかし、戦いの勝敗を左右するのは、技の冴えだけではありません。心技体という言葉がある通り、心の在り様や体の強さも大きく影響します」

「技の冴えで負けていても、心の在り様や体の強さで勝っていれば、総合力で上回ることが出来る。私が先程競り勝てたのは、そういうことです」

 

 麟矢さんの言葉に、俺は内心同意する。全集中・常中を体得して1週間も経っていない俺達と、体得して優に1年は経っている麟矢さんじゃ、体の強さに圧倒的な差があるのは至極当たり前。

 心の在り様だって、どうしても自分に自信を持ちきれない俺じゃ、麟矢さんには遠く及ばないだろう。だけど…

 

「麟矢さん。俺は次の一撃に全てを込めます。最後の…勝負!」

 

 麟矢さんへそう宣言した俺は、ゆっくりと前傾…居合の構えを取る。何をやるのか、麟矢さんはお見通しだろう。だから、勝負に乗る義理は無いんだけど…

 

「受けて立ちましょう」

 

 麟矢さんはそう言って両手の木小太刀を軽く振るい、構えを取ってくれた。俺はそんな麟矢さんに感謝の言葉を呟き、思いっきり床を蹴る!

 

「壱ノ型・霹靂一閃・六連!」

 

 最終選別前に手合わせした時の霹靂一閃・四連(それ)を上回る…今出来る最高の技!

 技で劣っていても総合力で勝ることが出来るのなら、最高の技で総合力を上回ること(その逆)だって出来る筈だ!

 

「炎ノ型。肆ノ段、異端・盛炎のうねり!」

 

 6回の踏み込みが1回に重なって聞こえる程の超速度連撃と、自らを中心に全方位を薙ぎ払う斬撃。2つの技はぶつかり合い―

 

「ぐはぁっ!」

 

 競り負けて床を転がったのは俺の方。やっぱり届かないか…

 

「まさか霹靂一閃を6連発してくるとは…想定外ですよ。善逸君」

 

 感嘆の声を上げる麟矢さんへ顔を向けると、その両手に握られた木小太刀は2本とも刀身部分が砕け散っていた。

 

「私の技が少しでも甘かったら、私自身がこうなっていたでしょう。勝ったとはいえ紙一重です」

 

 紙一重か…だとしたら、随分と厚い紙一重だよな…

 

 

玄弥視点

 

「………」 

 

 麟矢さんと試合を行う伊之助、善逸、そして炭治郎の姿を見ながら、俺は焦りを感じずにはいられなかった。

 全集中の呼吸への適性が低く、剣術の才能にも恵まれていない俺は、麟矢さんから筋交として歩んでいく道を提案され、元軍人である後峠さんから、銃の扱いを始めとする()()()()()()()を叩き込まれている訳だけど…

 

「今の俺に…あんな戦いが出来るのか?」

 

 強くなれたという自信はある。最終選別の頃と比べれば、少なくとも倍は強くなれている筈だ。

 だけど、伊之助みたいに麟矢さんへ十回も試合を挑むほどの体力はあるか? 善逸みたいな凄い技を振るえるのか? 鬼にされた妹を人間へ戻そうなんて無茶なことを実現させようとする炭治郎みたいな心の強さはあるのか?

 力も、技も、心も、俺が一番劣っている…このままじゃ、差をつけられる一方―

 

「玄弥様」

 

 悪い方、悪い方へと考えが進んでいく中、声をかけてきたのは後峠さんだ。

 

「不躾ながら申し上げます。玄弥様が炭治郎様達と戦った場合…勝敗は玄弥様のお考え通りになるでしょう」

「しかしながら、日輪刀を用いて戦う炭治郎様達と、銃を用いて戦う玄弥様では、求められる()()()()がまるで異なります」

「例えるならば…そう、海を泳ぐ鮫と空を飛ぶ鷲のどちらが強いかを決めるようなもの。最初から無理があるのです」

「鮫と鷲…」

 

 後峠さんの例え話を聞いた途端、何かが腑に落ちた。そうか、そうだよな。求められている役割が違うんだから比べること自体馬鹿らしいのかもしれないな。

 

「大切なことは適材適所。努々お忘れなきよう」

 

 そう言うと一礼して俺から離れていく後峠さん。その背中に俺も一礼し―

 

「麟矢さん! もう一本お願いします!」

「えぇ、喜んで」

 

 さっきまでとは違う気持ちで、麟矢さんと炭治郎の試合を見つめるのだった。

 

 

麟矢視点

 

 特訓開始から3週間が経過し、恐らく数日以内に那田蜘蛛山へと向かう緊急指令が下されるだろうと思われる頃。

 早朝から産屋敷邸を訪問した俺は、耀哉様に許可を得た上で邸宅の一角に作られた保管庫へと足を踏み入れていた。

 

「報告書は年毎に纏め、保管しておりますので、年代さえ分かっていれば、見つけ出すのは容易だと思われます」

「ありがとうございます。あまね様」 

「麟矢様、お1人で大丈夫ですか? 人手が必要でしたら、輝利哉やひなき達を手伝いに呼びますが…」

「いえ、お気持ちだけありがたく頂いておきます。調べたい事はそれほど多くありませんし…詳しくはお話出来ませんが、あまり大っぴらにしたくないことでもあるので…」

「そうですか…では、終わられましたら声をお掛け下さい」

「恐縮です」

 

 保管庫の鍵を開けてくれたあまね様とそんな会話を交わした後、俺は第1の目標として当たりをつけておいた年代…蟲柱・胡蝶しのぶ様の亡くなった姉上である花柱・胡蝶カナエ様が現役だった頃に提出された報告書の束に片っ端から目を通していく。

 

「………やっぱりな」

 

 報告書の束を調べ始めて10分足らず。()()()()()()()()記述に思わず天を仰ぐ。

 直接的な表現ではなく、比喩や婉曲的な表現が使用されているが、そうであると解っていれば100%そう読み取れる形で、()()は書かれていたが…

 

「この情報は、炭治郎君と禰豆子ちゃんに対する柱合裁判では有利に働くが…使い方によっては、()()()()()()()()()()ぞ…」

 

 妙薬にも猛毒にもなるであろう情報に対し、俺はそんなことを呟きながら、更に過去へと遡って報告書に目を通していく。

 

 

「-様」

 

 ざっと40年。明治時代初期の頃まで遡ったが…該当したのは9件で5年に1件程度…確率に直すと約1/1400といったところか。 

 

「-矢様」

 

 偶然かもしれないが、遭遇している隊士は、水の呼吸もしくは花の呼吸を使う隊士が大半で約8割5分。残り1割5分は、他の呼吸を使う隊士達で均等にバラけている感じだな。

 

「麟矢様!」

「は、はいっ!?」

 

 思考に没頭していたところに投げかけられた声に、思わず変な声が出てしまう。慌てて保管庫の扉を開けると―

 

「あぁ、良かった…麟矢様、ご無事だったのですね」

 

 そこにいたのは一瞬だけ驚いた表情を見せ、すぐに安堵した様子のひなきさん。

 

「あぁ…すみません、ひなきさん。調べ物に夢中になっていて…何か、ご用ですか?」

「もうお昼、です。ご飯の用意が出来ておりますが」

「え…昼?」

 

 ひなきさんの言葉に慌てて懐中時計を確認してみれば、時刻は正午を少し過ぎた辺り。いつの間にか4時間近く経っていたのか…。

 

「何度お呼びしてもお答えにならないので、中で何かあったのでは…と、つい大きな声を出してしまいました。申し訳ありません」

「いえ、こちらこそ余計な心配をさせてしまいましたね。申し訳ありませんでした」 

 

 お互いに謝罪をした俺とひなきさんは揃って歩き出した訳だが…

 

「麟矢様、何か…あったのですか?」

「どうして、そんなことを?」

「いえ、部屋から出てこられた時の麟矢様…()()()()()()()()()()()ので」

「……失礼しました。少々厄介なことを抱えてしまったので、ですがもう大丈夫です」

 

 ひなきさんからの指摘で、動揺や苛立ちが顔に出ていたことを気付かされる。いかんな、ポーカーフェイスを貫かなければ。

 食卓へ向かいながら、俺は秘かに反省するのだった。

 

 

耀哉視点

 

 昼食の後、私は麟矢君と2人きりで話をした訳だが…

 

「たしかに、この情報は毒にも薬にもなるね」

 

 麟矢君から齎された情報は、文字通り()()()()()()()()だった。

 

「現時点では約40年分の調査しか終わっておりません。可能であれば、更に遡って調査を行ないたいのですが…」

「……毒であれ、薬であれ、この情報は今後の鬼殺隊にとって必要な物となるだろう。私が全責任を負うから、存分に調べてくれたまえ」

「心得ました」

 

 頭を下げる麟矢君を見つめながら、私は頭の中で考えを纏めていく。

 勘が正しければ、恐らくこの4、5日の間に竈門炭治郎、禰豆子の兄妹は柱合裁判にかけられることになる。

 その結果がどうなるか…麟矢君の調査が鍵となるだろうね。期待しているよ、麟矢君。

*1
型(牙)の数は、水の呼吸が10、雷の呼吸が6、獣の呼吸が10であり、本来なら水の呼吸と獣の呼吸が同数なのだが、獣の呼吸の『漆ノ型 空間識覚』と『捌ノ型 爆裂猛進』は特殊な位置付けの型である為、500回の繰り返しからは除外されている。




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

ルーツは1000年以上前に遡る鬼殺隊ですが、歴史上何度も壊滅の危機に陥った為、失伝してしまった知識や技術も多く存在しています。
麟矢が調べていた報告書も例外ではなく、現在の産屋敷邸には約300年分…江戸時代初期頃の分からしか情報が蓄積されていないそうです。


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参拾弐之巻 -緊急指令。那田蜘蛛山へ急行せよ!-

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。


麟矢視点

 

 さて、耀哉様から許可を頂いた俺は、さっそく保管庫での調査を再開しようと立ち上がった訳だが…

 

「あぁ、麟矢君。その調査だが…()()()()()()()()()()()()()()。すまないが、色々と教えてやってくれないかな?」

 

 次の瞬間、耀哉様から爆弾が投げ込まれた。

 

「…耀哉様。この件を輝利哉君達に話すのは、些か時期尚早かと愚考しますが…」

「麟矢君が輝利哉やひなきのことを案じてくれているのは、よく解っているよ。だけどね、産屋敷家(この家)に生まれた以上、あの子達はいつまでも無垢な子どもではいられない。いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「………」

「たしかに、時期尚早という君の意見も至極もっともだ。私自身、そういう思いが無い訳ではない」

「私だけが認識し、ギリギリまで胸の内に秘めておこうかとも思った。でもね…私の跡を継ぐ時になってこの事を知るよりも、私が支えてやれる今の内に知っておいた方が良いようにも思うんだよ。まぁ、勘なんだけどね」

 

 時期尚早では? という俺の意見に対し、自身の考えを口にされる耀哉様。そこまで考えられている以上、俺はこれ以上口出し出来そうにない。

 

「わかりました。私も可能な限り2人を支えさせていただきます」

「よろしく頼むよ、麟矢君」

 

 

 耀哉様へ挨拶を済ませた俺は、保管庫へと移動。

 

「麟矢様。調べもの、お手伝いさせていただきます」

「何なりとお申し付けください」

 

 輝利哉君、ひなきさんと合流すると―

 

「では、ひなきさんは棚から取り出した報告書の束を10ね…いえ、5年毎に仕分けしてください。とりあえずは、30年分ほど」

「かしこまりました」

「輝利哉君は私と一緒に報告書を確認していきましょう。書かれている表現に比喩…例えや、婉曲…回りくどいものがあったら、そこにこの紙片を挟んでいってください」

「わかりました」

「今は13時半。まずは…15時まで作業を行っていきましょう」

 

 二人に指示を下して、調査を再開した。 

 

「麟矢様、回りくどい表現とはこういったものでしょうか?」

「ちょっと拝見…そうですね。こういう類のものです」

「麟矢様、仕分けの後は何をすればよろしいですか?」

「そうですね…調査が終わった分の報告書を風に通してもらえますか? 良い機会なので虫干しもしてしまいましょう」

「かしこまりました」

 

 そんなやり取りを交わしながら、調べていくこと1時間。

 

「やはり、5年に1回程度は起きているか」

 

 2人に手伝ってもらったおかげで、1人で調べていた時よりも倍は早く20年分の報告書を調べることが出来た。

 出来たのだが…調べれば調べるほど原作を読んでいた時には然程(さほど)感じなかった()()()()()のようなものがどんどん強くなってくるのを感じる。

 こいつは文字通り、()()()()()()()()()()()()()()だったのかもしれないな…。

 

「麟矢様…また、凄く怖い顔をされています。今調べられていることは、そんなに…恐ろしいことなのですか?」

「父上から、今麟矢様がお調べになっていることは、将来鬼殺隊を率いる立場となる私達も知らなければならないこと、背負わなければならないことと言われております。どうか、私達にも話していただけませんか?」

 

 そんな俺の様子に何かを察したのか、そう問うてくるひなきさんと輝利哉君。仕方がない。俺も覚悟を決めるとしよう。

 

「わかりました。お2人にお話します。ただし、今から話すことは文字通り、鬼殺隊の闇。相応の覚悟をしてください」

「は、はい」

「わかりました」

 

 俺の言葉にそう答えた2人へ頷き、俺は今調べていることについて話していく。その内容は、当然のことながら2人にとって大きな衝撃だったようで…

 

「そう、だったんですか…」

「そんな事が…」

 

 2人とも青い顔でそう呟くのがやっとだった。

 

「お2人とも…気が進まないのなら、ここから先は私1人で作業しますが…」

「…いえ、大丈夫です。産屋敷の家に産まれた以上、逃げるわけには参りません。正面から受け止めます」

「私も…輝利哉と同じ意見です」

 

 それでも、2人は真実の重さに必死で耐えようと言葉を紡ぎ…俺は、そんな2人を静かに受け入れて作業を再開するのだった。

 

 

 その後も2人に手伝ってもらいながら調査を続けた俺は、結局夕飯をご馳走になる羽目になり…帰宅出来たのは21時を少し過ぎた頃だった。

 

「さて、風呂に入って少し横になるか…」

 

 そんなことを呟きながら歩いていると、楽しげな話し声が聞こえてきた。時間帯から考えて、住み込みの女中さん達が寝る前のお喋りを楽しんでいるのだと思ったが…

 

「この声は、炭治郎君と善逸君…それに玄弥君か?」

 

 話し声に混じる炭治郎君達の声が気になり、顔を出してみることにした。

 

 

炭治郎視点

 

「お仕事お疲れ様です」

 

 そんな声と共に麟矢さんが顔を見せると、それまでお喋りを楽しんでいた女中さん達は一斉に立ち上がり―

 

「お帰りなさいませ、麟矢様!」

「お出迎えもせず、申し訳ありません!」

 

 そんなことを言いながら、慌てて頭を下げていく。

 

「いえいえ、就業時間は終了して今は自由時間。何も問題はありませんよ」 

 

 そんな女中の皆さんに麟矢さんは優しくそう告げると、そのまま僕達へと視線を送り―

 

「それはそれとして、炭治郎君達は…皆さんといつの間に仲良く?」

 

 そう問いかけてきた。

 

「あぁ、それはですね」

 

 代表して俺が説明しようと口を開いたその時―

 

「その件につきましては、私から説明させていただきます」

 

 女中頭*1の絹江さんが、そう言いながら禰豆子を連れて部屋へと入ってきた。

 

 

麟矢視点

 

「その件につきましては、私から説明させていただきます」

 

 その声と共に、女中頭の絹江さんが()()()()()()()()()()()()部屋へと入ってきた光景に、俺は表面上は平静を保ちつつも、内心驚いていた。

 原作では、炭治郎君に好意的だった胡蝶様、神崎さん、蝶屋敷の3人娘…きよちゃん、なほちゃん、すみちゃん達ですら、禰豆子ちゃんとは一定の距離を取っていた。唯一とも言える例外は、甘露寺様くらいだ。

 それなのに、絹江さんは何でもないことのように禰豆子ちゃんと共に行動し、禰豆子ちゃんも絹江さんにとても懐いているようだ。

 これは理由次第では、炭治郎君達に取って有利な情報になるかもしれない。俺はそんなことを考えながら、絹江さんの言葉に耳を傾け―

 

「あれは1週間ほど前…私が不寝番を務めていた時の夜でした」

 

 頭の中で情報を手早く纏めていく。

 

 1つ…1週間前の深夜。不寝番をしていた絹江さんは見回りの途中、廊下の窓から月を眺めていた禰豆子ちゃんと偶然出会った。炭治郎君の補足によると、たまたま目覚めて箱の中から出た時に、炭治郎君が熟睡していたので、退屈しのぎに部屋の外へ出たのだろうとのことだ。

 2つ…禰豆子ちゃんが1人でいることを心配した絹江さんが声をかけ、禰豆子ちゃんを見回りに同行させた。

 3つ…見回り終了後、絹江さんは禰豆子ちゃんを自分達の控室へと招き入れ、禰豆子ちゃんの不在に気付いた炭治郎君が探し始めるまで、一緒に過ごした。その間、禰豆子ちゃんは敷布(シーツ)を畳んだり、食器を磨いたりと、絹江さんの()()()()をしていたそうだ。

 4つ…これまでお世話になってばかりであったことを気にしていた炭治郎君。禰豆子ちゃんがお世話になったことへのお礼という名目で、鍛練の後に力仕事などを手伝うようになり、結果として女中さん達と親しくなった。

 

 大体こんなところか。しかし、顔合わせと一応の事情説明はしていたとはいえ、そんなことになっていたとは…夜は自分の部屋で書類仕事に没頭していたから全く気付かなかったよ。

 

「しかし、絹江さん。不安は無かったんですか? 人を襲わないとはいえ、今の禰豆子ちゃんは鬼、ですよ?」

「全く不安には感じておりませんでした。あの時、月を見つめていた禰豆子さんは不安げな幼子そのもの。多少見た目が異なるかもしれませんが、大した問題ではありません」

 

 やや意地の悪い俺の問いかけに、キッパリとそう答え、大切なのは内面ですと付け加える絹江さん。そういえば、絹江さんの弟さんは…

 だがその点を加味しても、これは喜ぶべきことだ。禰豆子ちゃんは人を襲わないどころか、こうやって心を通わせることも出来る訳だからな。

 

 

ひなき視点

 

「…これで、保管されていた報告書全ての調査と情報の纏めが終了しました。輝利哉君、ひなきさん、手伝っていただき、ありがとうございました」

 

 お手伝いを始めて5日。調べ物は無事に終了し、麟矢様は私と輝利哉に笑顔でお礼を言ってくださいました。

 いつもなら喜びで胸がいっぱいになるのですが…今回は喜んでばかりもいられません。

 麟矢様から教えられた鬼殺隊の闇…父上は仰っていました。

 

 -本来なら、鬼という怪物を滅ぼすのは人間でなければならない-

 -でもね、ひなき。怒りや恨みに飲み込まれず、己を律して戦い続ける人間ばかりではない-

 -多くの隊士(こども)達は、戦い続けた果てに修羅へと堕ちてしまった。だからこそ、あのようなことが幾度も起きたのだろうね-

 -麟矢君がこのことを明らかにすれば、きっと大きな混乱が起きるだろう。でも、鬼殺隊が本当の意味で人を守る組織になる為には…その混乱は必要な痛みなのだと、私は思うよ-

 

 鬼殺隊が変わる為に必要な痛み。だけど、それを齎した麟矢様はどのように思われるのでしょう?

 もしも、この事が切っ掛けとなり…麟矢様が他の隊士の皆様から恨まれるようなことになったら?

 

「ひなきさん? 顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」

 

 そんな声が聞こえた瞬間、麟矢様は額と額がくっつきそうなほど、ご自身のお顔を私へ近づけてきて―

 

「は、はひっ! だ、大丈夫れす!」

 

 慌てた私は変な声をあげてしまいました。あぁ、なんてはしたない姿を! 穴があったら入りたいとは、まさにこのことです!

 

「もしも体調が優れないようでしたら、遠慮せずに言ってくださいね」 

「はい、大丈夫です。少し考え事をしていたので…」

 

 心配してくださる麟矢様へそう答え、私は心に浮かぶ不安を無理矢理奥へと押し込めていきます。そう、こんなことは考えても意味がありません。

 

「麟矢様」

 

 その声と共にやって来た母上が、麟矢様へ紙を渡したのはそれからすぐのことでした。

 

「…了解しました」

 

 紙に書かれた内容を読んだ直後、麟矢様は真剣な表情へと変わると、母上に幾つかの事柄を確認され―

 

「モーリアン!」

 

 指笛を鳴らし、ご自身の鎹鴉を呼び出されます。

 

「手紙を書いている時間が惜しいので、口頭で。特別遊撃班『離』の面々の許へ向かい、以下の内容を伝えてください」

「1、状況から考えて、那田蜘蛛山にはかなり強力な鬼が…最悪複数体潜んでいる」

「2、私も可能な限り急いで向かいますが、最速でも数時間の遅れとなる」

「3、那田蜘蛛山での行動は、基本個々の判断に任せます。ですが、消息を絶った隊士の捜索と、生き残ることを最優先にすることだけは忘れないように。以上3点を伝えてください」

「カァァァ、ワカリマシタ。必ズオ伝エシマス。カァァァ」

 

 そう言って飛び去って行く鎹鴉。それを見送った麟矢様は―

 

「それでは、私も準備を整えて、出発いたします」

 

 私達へ一礼し、保管庫を後にされました。麟矢様…御無事と御武運をお祈りいたします。

 

 

玄弥視点

 

 俺達それぞれに宛がわれた鎹鴉…善逸は鎹雀だったな。とにかく鎹鴉からの指令を受け取った俺達は、那田蜘蛛山へ向かう為、急いで準備を整えていく。

 

「玄弥様」

 

 後峠さんから声をかけられたのはその時だ。

 

「小銃の改造は完了しております。これで存分に戦われてください」

「ありがとうございます。後峠さん」

 

 後峠さんへ礼を言いながら、差し出された小銃を受け取る。これが実質的な初陣…俺を『離』へ呼んでくれた麟矢さんや俺に稽古をつけてくれた後峠さんの為にも、やってやるさ!

 

「玄弥様。『心は熱く、頭は冷静に』。努々お忘れなきように」

「はい!」

 

 準備を終えた俺達は後峠さんや絹江さん、女中さん達に見送られ、那田蜘蛛山へと出発した。

*1
住み込みで働いている女中達の纏め役




最後までお読みいただきありがとうございました。
次回より、那田蜘蛛山での戦いが始まります。


※大正コソコソ噂話※

東雲家の女中頭である絹江さん。本名井戸内絹江さんは、執事である後峠さんとほぼ同等のキャリアを誇るベテラン。
使用人としての地位は後峠さんに次ぐ第2位で、後峠さんが不在の際には代理として使用人の監督も務めます。
また、彼女には年の離れた弟がおり、訳あって郊外の療養所で長期療養中ですが…詳しいことはわかっていません。


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参拾参之巻 -到着、那田蜘蛛山-

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。




麟矢視点

 

「麟矢様、化合弓(こんぱうんどぼう)と矢筒。その他必要な物はこちらに」

「ありがとうございます」

 

 産屋敷邸を出発した俺は、馬を走らせてまずは自宅へと戻り、待機していた後峠さんからコンパウンドボウ等の装備を受け取ると―

 

「炭治郎君達が出発してからどの位経っていますか?」

「間も無く1時間半になるかと」

 

 広げられた地図を見ながら、炭治郎君達に関する情報を更新。

 

「1時間半…那田蜘蛛山は、ここから約90km*1。全集中・常中を体得していない玄弥君がついていける速度…時速20km程度で走っているとして…大体、この辺りか」

 

 彼らの現在位置に大まかな当たりをつけ、どの程度の時間差で那田蜘蛛山に到着出来るかを素早く計算していく。

 

「約1時間ってところか。モーリアンには最速でも数時間と言ったけど、予想より大分早く追いつけそうだ」

 

 そして全ての準備を整えた俺は―

 

「麟矢様、行ってらっしゃいませ」

「「「「「行ってらっしゃいませ」」」」」

 

 後峠さんや女中さん達に見送られ、那田蜘蛛山への移動を開始した。

 

 

炭治郎視点

 

 麟矢さんの家を出発してふた…刻じゃなくて時間で言うんだった。出発して4時間半。俺達は、目的地である那田蜘蛛山の麓に到着。

 装備を再度整えて、山へと踏み込もうとしたその時-

 

「ッ!」

 

 嗅ぎ慣れない禍々しい臭いを感じた直後、何かが山道を転がり落ちてきた。

 

「たす…助けて……」

「隊服を着てる! 鬼殺隊員だ、何かあったんだ!」

 

 その正体に気付いた俺達は、大急ぎで隊員へ駆け寄り―

 

「大丈夫か!」

「どうした!」

 

 助け起こそうと手を伸ばす。異変が起きたのはその時だ。

 

「ッ!?」

 

 倒れていた隊員が突然宙に浮き上がり、まるで何かに引き寄せられたかのように山の方へと移動していく。

 

「アアアア! ()()()()()()……俺にも!」

「たすけてくれぇ!」

 

 その叫び声を残し、木々の奥へと飲み込まれていく隊員。一瞬の間を置いて、何かを刺し貫く音が響き…辺りは静けさを取り戻した。

 

「………俺は、行く」

 

 腰に差した日輪刀に手をやりながら、山へ踏み込もうと俺が一歩前に出た瞬間―

 

「俺が先に行く! お前らはガクガク震えながら、後ろをついて来な! 腹が減るぜ!」

 

 伊之助がそう言いながら、俺を押し退ける様に前へ出て歩き出した。

 

「伊之助…」

「いや、腕が鳴る。だろ…」

「間違ってると思ってないんだよ」

 

 善逸と玄弥もそんな伊之助に呆れながら、山へと歩き出す。俺も気合を入れ直して、山へと向かうのだった。

 

 

伊之助視点

 

「チッ! 蜘蛛の巣だらけじゃねーか! 邪魔くせぇ!」

「そうだな…」

 

 あちこちに張られた蜘蛛の巣を、振り回した両手で取っ払いながら、俺はどんどん前へと進んでいく。

 炭八郎に紋逸、銀太は俺の後ろをおっかなびっくりついてきてやがるな。まったく、臆病な奴らだぜ!

 

「伊之助」

「何の用だ!」

 

 権八郎が声をかけてきたのはその時だ。この忙しい時に何だよ!

 

「ありがとう。伊之助が先陣を切ってくれて、心強かった」

「実はあの時、山の奥から感じた…捩れたような禍々しい臭いに、少し体が竦んでいたんだ。だから、ありがとう」

「………」

 

 炭五郎からそう言われた途端…何だかわかんねえが、胸の奥がほわほわしてきやがった! でも、このほわほわした感じ…

 

 -お召し物が随分と汚れていらっしゃいますね-

 -洗ってお返ししますから、こちらを着てみてくださいませ。肌触りも良くて気持ちがいいですよ-

 -衣のついたあれ。あぁ、あれは天ぷらというのですよ。お気に召して、何よりでございます-

 

 あの屋敷で会ったババアや―

 

 -伊之助様。布団の敷布(シーツ)を変えさせていただきますね-

 -しなくていい? いいえ、清潔な敷布に変えたほうが気持ち良く眠れます。騙されたと思って、試してみてくださいませ-

 -伊之助様。それは茶碗蒸しという料理です。美味しいですか?-

 -まだありますから、たくさんおかわりしてくださいね-

 

 欣也の屋敷にいるじょ、ちゅう? とかいう女達と話した時も感じた…何なんだ?

 

「伊之助」

 

 権八郎が合図したのはその時だ。指差す方を見てみたら、樹と樹の間に男が1人隠れてやがる!

 声が出そうになるのを権八郎に止められながら、俺達はゆっくりと男へ近づき…

 

「ッ!?」

「応援に来ました。特別遊撃班『離』所属、階級・(みずのと)竈門炭治郎、他3名です」

 

 炭八郎が代表でそう名乗った。

 

「癸………癸……!?」

「なんで“柱”じゃないんだ…!? 癸なんて何人来ても同じだ。意味が無い!」

「せめて監査役の東雲様が来てくれれば…東雲様は?」

「麟矢さんもこちらへ向かっています。あと数時間のうちに到着する筈です」 

「数時間!? とてもじゃないが、数十分だって持ち堪えられやしない!」

 

 だが、男は青い顔のまま弱気な言葉をただ繰り返すだけ。この弱味噌が!

 俺は男を黙らせようと拳を振り上げるが―

 

「駄目だ! 伊之助!」

 

 その腕は、男へ叩き込まれる寸前で炭五郎に掴まれてしまう。

 

「何しやがる!」

「麟矢さんに言われただろう! 王様を名乗るなら、それに相応しい言動をしろって!」

 

 -伊之助君。王様として認められたいなら、己の言動がどういう結果を招くか、よく考えることです-

 -ただ強いだけ、乱暴な言動を繰り返すだけでは、人から慕われるような本当の意味での王様にはなれませんよ-

 

 権八郎の声の後に、欣也に言われたことが頭に浮かぶ。あぁ、面倒くせえ!

 

「意味が有るか無いかは、やってみなきゃわからねえだろうが! さっさと状況を説明しやがれ!」

 

 手を出さずに、男へ事情を話すよう問い詰める。すると…

 

「かっ、鴉から…指令が入って、那田蜘蛛山(このあたり)を担当する班と、周辺の班から派遣された俺達。合わせて16人の隊員がここに来た」

 

 男は状況を話し始めた。

 

「山に入って暫くしたら、隊員が…隊員同士で……斬り合いになって……!!」

「ッ!?」

 

 男がそこまで話したところで、俺達は茂みの中から近づいてくる何かに気づいた。

 

「………」

 

 姿を現したのは、日輪刀を持った1人の隊士。だが、口元から血を流したまま近づいてくる奴からは、()()()()()()を感じねぇ!

 

 

耀哉視点

 

「よく頑張って戻ったね」

 

 傷を負い、ボロボロになりながらも、力を振り絞ってここまで戻ってきた鎹鴉を優しく撫でながら、私は背後に控えている2人に声をかける。

 

「私の剣士(こども)達は殆どやられてしまったのか。那田蜘蛛山(そこ)には“十二鬼月”がいるかもしれない」

「『離』を応援として向かわせているが、損失があまりに大きい。一刻も早く鬼を滅する為にも、追加の応援として、君達に向かってもらおうと思う」

「頼めるかい? 義勇。しのぶ」

「「御意」」

 

 私の声に躊躇無く答えてくれる義勇としのぶ。頼もしい限りだ。

 

「人も鬼も、みんな仲良くすればいいのに。冨岡さんもそう思いません?」

「…無理な話だ。鬼が人を喰らう限りは」

「…あら? 冨岡さん。その言い方だと、()()()()()()()()がいたら仲良く出来るということですか?」

「………」

「冨岡さん。そうやってすぐ黙り込むのは良くないと思いますよ」

「………時間が惜しい。お館様、すぐに出発致します」

 

 しのぶの問いかけに答えることなく、部屋を後にする義勇。しのぶもその後を追いかけて那田蜘蛛山へと出発していった。

 

「さて、ここからどう動いていくか…」

 

 秘かにそう呟きながら、私は空を見上げる。私の勘は、そう悪いことにはならない。と告げているが…

 

 

しのぶ視点

 

「………」

 

 那田蜘蛛山(目的地)へ無言のまま走り続ける冨岡さん。私は彼と並走しながら、その様子を静かに観察していく。

 あの時、私の人を喰らわない鬼云々という発言を聞いた瞬間、冨岡さんはほんの僅かにだが、()()()()()()

 何故、動揺したのか? 突飛な想像かも知れないけれど…もしかして冨岡さんは()()()()()()()()()()()()()()

 いや、流石にそれはあり得ないわね。鬼という存在は人を喰わずにはいられない。本能にそう刻み込まれているのだから。

 そうだとしたら、あの動揺は一体…

 

「………」

 

 まぁ、冨岡さんはドジっ子だから、私に揚げ足を取られたことに動揺しただけ…とも考えられるわね。

 そう結論付けて1人納得していると―

 

「……胡蝶」

「なんですか? 冨岡さん」

 

 前を向き、走り続ける状態のまま、冨岡さんが口を開いた。流石にジロジロと見つめ過ぎたかしら?

 

「服を、変えたのだな」

 

 そう思ったのも束の間、冨岡さんの口から出た言葉は、文字通り予想外のものでした。冨岡さん、私が()()()()調()()()こと、気が付いたんですね。

 

「ええ、前々から着手していた新しい戦い方。それに目途が付いたので。その戦い方に合わせた隊服へ、一月ほど前に新調したんです」

 

 東雲さんから助言を受け、柱として、そして医師としての任務を熟し乍ら試行錯誤すること約2年半。ようやく形となった私の新しい戦い方。

 それに合わせて、隊服の下を洋袴(ズボン)と草履から、カナヲと同じ馬乗袴*2に編み上げ深靴(ブーツ)に変えてみました。

 甘露寺さんやアオイ、カナヲ達からは、可愛いと好評でしたがー

 

「好かんな」

「は?」

 

 冨岡さん…言うに事欠いて好かんの一言ですか。そうですか…

 

「…すまない、また言葉が足りなかった。その馬乗袴も似合っているが、俺は前の洋袴の方がより似合っているように思う。それに僅かとはいえ、肌が見えているのは、鬼との戦いで不利に働くかも知れないから、俺は好かん。そう言いたかった」

「……そうですか」

 

 …冨岡さん。何をどうすれば、そこまで言葉足らずな表現が出来るんですか!?

 そんな風だから、皆から嫌わ…誤解されるんですよ!

 

 

玄弥視点

 

「ハッハァーッ! そんな攻撃当たるかよ!」

 

 声高に叫びながら、放たれた攻撃を紙一重で回避していく伊之助。

 

「どいつもこいつも生きてる気配がしねぇ! だからぶった斬ってもかまわねぇよな!?」

「駄目だ伊之助! この人達は殺された後も何かに操られている! そんな人達の亡骸を傷つけるわけにはいかない!」

 

 物騒な事を口にする伊之助を窘めながら、動く死体になった隊士の攻撃を日輪刀で受ける炭治郎。俺や善逸も同じように日輪刀での防御に徹する。

 

「否定ばっかするんじゃねぇ!」

 

 だが、そんな消極的な戦い方が気に入らない伊之助は、炭治郎に頭突きを叩き込んだかと思ったら―

 

「うぁぁぁっ!」

 

 生き残った隊士を挟撃していた複数の動く死体を殴りつけ、地面に倒していく。何だかんだ言いながら、あの2人は息が合ってるよ!

 

「ッ!」

 

 炭治郎が何かに気づいたのはその時だ。何かの臭いを嗅ぎ取ったかと思うと、動く死体の背中…その少し上辺りで日輪刀を振るい―

 

「糸だ! 糸で操られている! 糸を斬れ!」

 

 そう叫んだ。なるほど、糸か!

 

「お前より俺が先に気づいてたね!」

 

 鼻息荒く叫びながら日輪刀を振るい、一気に3体の動く死体を無力化する伊之助。

 

「妙な意地を張ってる場合かよ!」

 

 善逸も目にも止まらぬ居合で2体を無力化。俺も1体を無力化して、これでこの辺りにいた動く死体は全部無力化出来た…筈だった。

 

「ッ!」

 

 腕を何かに引っ張られた炭治郎が、何も無い場所へ日輪刀を振るったのを皮切りに、無力化されて地面に倒れていた死体が一斉に立ち上がり始めた。

 

「糸を斬るだけじゃ駄目だ! 周りにいる蜘蛛がまた操り糸を繋ぐ! だから…」

「じゃあ、その蜘蛛を皆殺しにすれば良いってことだな!」

 

 何かに気づいてその場を飛び退いたことで、途切れてしまった炭治郎の言葉。伊之助は短絡的に答えを出しているけど…

 

「無理だ! 蜘蛛は小さいし、多分かなり数がいる! 操っている鬼を見つけなければいけないんだよ!」

 

 やっぱり、話はそう単純じゃないよな…。

 

「でも、さっきから変な臭いが流れてきていて、俺の鼻がうまく機能しない!」

「善逸! 君の耳はどうだ?」

「変な音は微かに聞こえる! だけど、動く死体を相手にしながらだと、正確な位置まではわからない!」

「伊之助! 君も俺の鼻や善逸の耳みたいな力を持っているんだろう? 協力してくれ!」

 

 無力化してもすぐに動き出す死体に対応しながら、考えを口にしていく炭治郎。鍛錬の時から思っていたけど、やっぱりあいつは指揮官に向いている。

 

「それからえーっと…」

「村田だ!」

「村田さん!」

「村田さんと俺達で、操られている人達は何とかする! 伊之助は―」

 

 その瞬間、周囲の空気が一変し…その場にいた全員が言葉を失った。

 

「「「「「………」」」」」

 

 そして、全員が同じ方向に視線を走らせると…

 

「僕達家族の静かな暮らしを邪魔するな」

 

 そこには、空中に張り巡らされた蜘蛛の糸を足場にして、宙に浮かぶように立っている子どもの鬼がいた。あいつ…明らかに並の鬼じゃない!

 子どもの鬼から漂う異常な雰囲気に、俺達は警戒感を最大に高め…睨みあうのだった。

*1
本作オリジナル設定

*2
内股部分に襠のあるワイドパンツのような袴。元々は男性が馬に乗るための袴のことを指していたが、現在ではキュロットスカートの漢字表記としても使われる




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

蟲柱、胡蝶しのぶ様の新しい隊服。そのデザインは、彼女の継子である栗花落カナヲ嬢の隊服と同じデザインとなっています。
隊服を製作したのは通称ゲスメガネと呼ばれる人物で、彼は何とか馬乗袴の丈を短くして、脚の露出を増やそうとしていましたが、察知したしのぶ様から制裁を受け、泣く泣く断念したそうです。


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参拾肆之巻 -慈悲の一閃-

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。


2023/07/05

後書きの大正コソコソ噂話を改訂


炭治郎視点

 

「僕達家族の静かな暮らしを邪魔するな」

 

 周囲の空気が一変し、その場にいた誰もが言葉を失う中、姿を現した子どもの鬼。

 まるで宙に浮いているようだけど…違う! 空中に糸を張り巡らせて、それを足場にしているのか! それにしても、()()って………

 異常な雰囲気を漂わせる子どもの鬼。その口から出た言葉に、俺は引っかかるものを感じたけど、容赦なく襲い掛かってくる隊士の死体への対応に追われ、考えを纏めることが出来ない!

 そんな俺達を、鬼はまるで虫でも見るような目で見つめ…再び口を開いた。

 

「お前らなんてすぐに、()()()が殺すから」

 

 母さんだって!? 俺は思わず鬼へ問いかけようとしたけれど―

 

「オラァ!」

 

 俺が口を開くよりも早く、伊之助が鬼へ跳びかかった!

 だけど、伊之助渾身の跳躍も、空中に立っている鬼には届かず、伊之助は空しく落ちていく…。

 

「くっそォ! どこ行きやがるテメェ! 勝負しろ! 勝負!!」

 

 まるで俺達を無視するように、どこかへ去っていく鬼へ落下しながら罵声を浴びせる伊之助。

 

「何のために出てきてんだうっ!」

 

 罵声に夢中になるあまり、背中から地面に落ちたけど…すぐ起き上がったし、大丈夫なんだろう。

 

「伊之助! あの子は恐らく、操り糸の鬼じゃないんだ! だからまず先に…」

「あーあーあー!! わかったつうの! 鬼の居場所を探れってことだろ! うるせぇデコ太郎が!」

 

 そんな悪態を吐きながらも、伊之助は持っていた2本の日輪刀を地面へ刺し―

 

(けだもの)の呼吸・漆ノ型。空間識覚(くうかんしきかく)!!」

 

 独自の型を発動して、周囲をくまなく探索。

 

「見つけたァ! そこか!」

 

 すぐに何かを発見して、一目散に走り始めた。

 

「伊之助! 1人で突っ走っちゃ駄目だ!」

「善逸! 玄弥! 村田さんとここを頼む!」

 

 俺は善逸と玄弥にここのことを頼み、伊之助を追いかける為に走り出した。

 

 

善逸視点

 

「ここは俺に任せて、君達も行ってくれ!」

 

 この辺りにいる動く死体全てを再び無力化したところで、年長の隊士…村田さんの声が響く。

 

「情けないところを見せてしまったが、俺も鬼殺隊の隊士! あとは1人で何とかする!」

「糸を斬れば良いことが分かったし、ここで操られている者達は動きも単純だから、冷静さを失わなければ十分に対処出来る! 蜘蛛にだって気を付ける!」

「推測だけど、鬼の近くにはもっと強力に操られている者がいる筈。先行した2人を手伝ってやってくれ!」

 

 再び立ち上がり、動き始めた動く死体を操る糸を斬りながら、尚も叫ぶ村田さん。俺はこの場に残るべきか、それとも進むべきか、ホンの一瞬だけ考え―

 

「わかりました! どうかご無事で!」

「玄弥、行くぞ!」

「あぁ!」

 

 玄弥と共に炭治郎達を追いかける為走り出した。炭治郎、伊之助、無事でいてくれよ!

 

 

炭治郎視点

 

 伊之助に追いつき、並走すること数分。俺達は隊士の死体を操っている鬼が潜んでいる場所。そのすぐ近くまで来ることが出来たけど…

 

「駄目…こっちに来ないで…階級が上の人を連れて来て!」

 

 まるで門番のように立ち塞がったのは、ハッキリと視認出来る程太い糸で操られている隊士達。

 

「そうじゃないと、皆殺してしまう! お願い…お願い!」

 

 涙を流しながら俺達に逃げるよう声を張り上げる総髪(そうがみ)*1の女性隊士。

 だが、その意志とは裏腹に、蜘蛛の糸で操られる女性隊士の体は、俺達に日輪刀を振り上げ、襲い掛かってくる!

 

「逃げてェ!」

 

 声と共に放たれた一撃を咄嗟に飛び退くことで回避する。速い!

 

「操られているから、動きが全然違うのよ! 私達…()()()()()()()()()()!」

 

 まともに当たればどころか、掠めただけでも致命傷になり兼ねないほど鋭い攻撃を放ち続ける女性隊士。   

 だけどその攻撃には、人間の関節可動域を明らかに無視したものが混ざっていた。やがて、限界を超えた体は悲鳴を上げ―

 

「アアアァッ……」

 

 嫌な音と共に骨が折れ始めた。だけど、糸で無理矢理動かされているから、本人の意思では止められない。なんて酷いことを!

 

「うぅっ!」

 

 右足の骨が折れると同時に繰り出された突きを、紙一重で回避したところで、周囲の隊士も動き始めた。だけど、さっきと違う点が1つ…この辺りにいる隊士は、皆まだ生きている!

 

「こ…殺して、くれ……」

「手足も…骨、骨が…内臓に刺さって…るんだ……動かされると…激痛で……耐えられない……」

「どの道…もう…死ぬ……助けてくれ……止めを…刺してくれ!」

 

 虫の息の状態で無理やり動かされ、泣きながら介錯を求める男性隊士達。どうすれば良い…どうすれば良いんだ!?

 

 

鬼視点

 

 周囲に張り巡らせた蜘蛛の糸で作った足場に立ちながら、僕は僅かに雲に隠れた月を見つめ…両手で蜘蛛の糸を玩ぶ。

 

「誰にも邪魔はさせない…」

「僕達は、()()()()で幸せになるんだ。僕達の絆は、誰にも切れない」

 

 静かにそう呟いた後、僕は密かに母さんのもとへと移動。

 

「ウフフフ」

「私に近づけば近づく程、糸は太く強くなる。お人形も強くなるのよ」

「母さん」

 

 死体や死にかけの人間を人形にして操っている母さんへ、背後から声をかけた。

 

「る、累…」

「勝てるよね?」

「………」

「ちょっと時間がかかりすぎじゃない?」

「早くしないと…父さんに言いつけるからね」

「だ、大丈夫よ! 母さんはやれるわ! 必ず貴方を守るから! 父さんはやめて! 父さんは…」

「だったら早くして」

 

 震えながら僕の問いかけに答えた母さんへそう言い残し、僕は蜘蛛の糸の足場を使ってその場から離れていく。

 

「ハァ…ハァ…ハァ……」

「うううう! 死ね! 死ね! さっさと死ね! 出ないと、私が酷い目にあう…!」

 

 途中風に乗って母さんの声が聞こえてきた。まったく…最初から真剣にやればいいんだよ……。

 

 

 伊之助視点

 

「よし! わかったァ!」

 

 虫の息で殺してくれと頼んできた奴らの願いを叶えてやろうと、両手に持った日輪刀を構えた途端―

 

「駄目だ! 伊之助!」

 

 権八郎が声を張り上げた。あぁぁぁっ! またかよ!

 

「本人が殺せって言ったんだぞ! それにほっといてもすぐに死んじまう! だったら、少しでも早く楽にしてやれば良いじゃねぇか!?」

「それとも、殺す度胸がねぇのかよ! だったら―」

「違う! そうじゃない! 助けられないなら、少しでも早く楽にしてやりたい。俺だってそう思ってる! 覚悟もしている! だけど、今介錯したって、彼らの死体が利用されるだけだ!」

「死んだ後まで、体を操られて…彼らの誇りまで弄ばせる訳にはいかない!」

「ッ!?」 

 

 炭八郎の叫びに、俺は言葉を失っちまう。誇り云々はよくわからねぇけど、死体を操られたら何の意味もねぇ…くそっ、どうすりゃいいんだ!

 

「こいつら速ぇから、もたもたしてたらこっちがやられるぞ!」

「何とか方法を考える! だから少しだけ持ち堪えるんだ!」

 

 攻撃を避け続けながらそう叫ぶ権八郎。やがて、相手に背を向けて…全速力で走りだしたぁ!?

 

「てめっ…なーにをグルグルと逃げ回ってんだァ! ふざけん―」

 

 ふざけんじゃねぇ! そう叫ぼうとした瞬間、炭五郎は方向転換。日輪刀の一撃をギリギリで搔い潜りながら相手にぶつかっていき、そのまま近くの樹へと投げ飛ばした!

 

「よし! うまく絡まってくれた!」

 

 権八郎の声が響く。そうか、あいつらを操っている蜘蛛の糸を樹の枝に絡ませて、動けなくしやがったのか…

 

「なんじゃああそれぇぇ! 俺もやりてぇぇ!!」

 

 俺は興奮を抑えきれないまま、炭五郎と同じように動いていく。

 

「ウハハハハハハハ!」

 

 相手に背中を見せて走り回った後、一気に方向転換!

 

「どらァ!!」

 

 ぶつかりながら一気に投げ飛ばす! これで一丁上がりだぜ!

 

「見たかよ! お前にできることは俺にもできるんだぜ!」

「すまない! ちょっと見てなかった!」

「なァにィー!!」

「状況が状況だから!」

 

 炭八郎の奴、見てなかったのかよ! 仕方ねぇ! もう1回やってやるぜ!

 

 

炭治郎視点

 

 何とか考えついた方法で、隊士の皆さんを傷つけることなくその動きを封じていき―

 

「よし、あと1人! 俺がもう1回やるからちゃんと見とけ!」

 

 とうとうあと1人まで持ち込むことが出来た。

 

「わかった、それでいい。とにかく乱―」

 

 乱暴にするな。伊之助にそう伝えようとした瞬間、俺の鼻が何かを嗅ぎ取った。怒り、焦り、恐怖と…殺意!

 

「ッ!」

 

 俺は咄嗟に、携行している手斧を手に取り―

 

「フッ!」

 

 一番近く…最初に動きを封じた女性隊士へと手斧を投げつける。頼む、間に合ってくれ!

 

「も、もう必要ないわ! 脆い人間の人形は! 役立たず! 役立たずっ……!」

 

 次の瞬間、まるで泣きだしそうな声が聞こえたかと思うと…隊士達の首が、嫌な音と共に折られていく。

 俺の投げた手斧で、首に巻き付いていた糸を切ることが出来た女性隊士だけは何とか助けられたけど…

 

「畜生! ほとんど殺られたじゃねーか…よ…」

 

 伊之助が怒りの声を上げる中、俺は殺された隊士達を地面へと下ろし、せめてもの弔いとして、その瞼を下ろしていく。

 

「これ、痛み止めです。もう少しで救援が到着する筈ですから、何とか頑張ってください」

「えぇ…あ、ありがとう……」

 

 そして唯一生き残った女性隊士に痛み止めを渡すと、俺は静かに立ち上がり―

 

「行こう」

「……そうだな」

 

 伊之助と共に、奥へと進んでいく。

 

 

「こっちだ! かなり近づいているぜぇ!」

 

 伊之助の声を聞きながら一町程進んだところで風向きが変わり、鼻が利くようになってきた。臭いは…あと2つ。そのうち1つは…近い!

 臭いのする方向に視線を走らせると、木立の間に…いた!

 

「伊之助!」

「俺の方が先に気づいてた!」

 

 無言のまま動こうとしない鬼へ、俺達は近づいていく。けど…

 

「ッ!?」

 

 その体躯全てが確認出来るほど近づいた時、俺達は驚きを隠せなかった。この鬼には頸が…無い!

 急所が無ければ倒しようが…いや、そんな事はない筈だ。必ず何処かに―

 

「よぉしっ! コイツは俺の獲物だ!」

 

 って、伊之助!? 

 

「頸が無ぇ鬼なんて、初めて見たぜ! だから俺が倒してやる!」

「何を言ってるんだ! 敵を甘く見ちゃいけない。ここは二人で協力して―」

「うるせぇ! これ以上俺をホワホワさすんじゃねぇ! もう一体は譲ってやるから、こいつは俺に任せやがれ!」

「………」

 

 一見乱暴な伊之助の言葉。だけど、匂いでわかる。伊之助は、『ここは自分に任せて、奥にいるもう一体の鬼を倒せ』。そう言いたいんだ!

 

「わかった。ここは任せたぞ、伊之助!」

「へっ! モタモタしてたら、そっちも俺が倒しちまうからな!」

 

 短く言葉を交わし、俺は更に奥へと進んでいく。死体を操る鬼を一刻も早く倒さないと! 

 

 

母鬼視点

 

「来る…来る…」

 

 一番速くて強いあの人形で足止め出来なかった。あと少しで鬼狩りが来る…!

 そもそも、累が脅しに来たのが悪いのよ! それで焦って…焦って……

 

「ッ!」

 

 気づいた時には鬼狩りが、私へと飛び掛かっていた。殺される……! 頸を斬られる…考えて、考えるのよ……!

 ああ…でも……死ねば解放される。楽になれる……鬼狩りの刀が迫る中、そう考えた私は一切の抵抗を                                                                                                                                                                                                         やめたけれど…  

 

「………え?」

 

 何故か鬼狩りは刀を寸止めし…ゆっくりと刀を下ろしていた。ど、どうして?

 

「君から恐怖と苦痛の匂いがした。死を切望するほどの…」

「………」

「さっき、君は一切の抵抗をやめたね。俺に斬られることを望んでいた」

 

 鬼狩りの言葉に、私はただ無言で頷く。そうよ、死ねばこの地獄から解放されるの。

 私は半ば無意識のうちに、鬼になった後のことを泣きながら話始めていた。

 この偽りの家族で、無理矢理母親としての役割を与えられたこと。家族を支配する鬼の期待に応えられなければ、容赦なく暴力を振るわれたこと。以前逃亡を図った鬼が制裁を受けて殺害された為、逃げ出すことも出来なかったこと。

 その全てを鬼狩りは黙って聞いてくれた後…

 

「鬼殺隊の隊士として、人を喰ってしまった君を見逃すことは出来ない。だけど痛みなく君の頸を刎ねることは出来る」

 

 そう言ってくれた。私は黙って己の頸を差し出し―

 

「水の呼吸。伍ノ型、干天の慈雨」

 

 鬼狩りの刀で、頸を刎ねられた。あぁ、まるで優しい雨に打たれているような感覚。

 少しも痛くない。苦しくもない。ただ温かい…こんなにも穏やかな死が来るなんて…これで、解放される…。

 

「………」

 

 鬼狩りの、あの目…優しい目、透き通るような。

 人間だった頃、誰かに…優しい眼差しを向けられていた気がする。あれは…誰だった?

 思い出せない…いつも、私を大切にしてくれた人。あの人は今、どうしているのかしら…

 あぁ、目の前が真っ暗になっていく。だけど、これだけは伝えておかないと…

 

「………十二鬼月がいるわ。気を付けて…!」

*1
ポニーテールの漢字表記




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

炭治郎君の手斧は、麟矢が刀鍛冶の里へ依頼したもので、作者は麟矢の日輪刀を作成した鉄条甲士郎さん。
日輪刀ではない為、“猩々緋砂鉄“と“猩々緋鉱石”は使用されていませんが、かなり高品質の玉鋼を材料に作られており、その強度と切れ味は相当なものです。
主な使用目的は投擲ですが、通常の斧としても十二分に使用出来ます。


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参拾伍之巻 -一方その頃-

約2週間のお待たせとなり、申し訳ありません。
参拾伍之巻を投下します。
お楽しみいただければ幸いです。


2023/07/22

後書きの大正コソコソ噂話を追加


炭治郎視点

 

「………十二鬼月がいるわ。気を付けて…!」

 

 頸を刎ねられ、灰と化していく鬼が最後に残した言葉に、俺は驚きを隠せなかった。

 十二鬼月!? この山には十二鬼月がいるのか?

 十二鬼月の血は、鬼舞辻の血もかなり濃いはず…血を奪えれば、禰豆子が人間に戻る薬の完成に近づく!

 

「ッ!」

 

 ここまで考えたところで、俺は肝心なことを思い出した。

 

「伊之助!」

 

 俺を先に行かせる為、1人で頸の無い鬼に立ち向かった伊之助。大急ぎで戻ってみると、そこには―

 

「フハハハッ! 勝ったぜ!」

 

 多少の傷を負いながらも、頸の無い鬼を倒して勝ち誇る伊之助の姿があった。良かった、無事だったんだな。

 

「伊之助、あの鬼を倒したんだな」

「おぉ! 全身細切れにしちまえば、どうってことなかったぜ!」

「傷は大丈夫か?」

「俺に対して、細やかな気遣いすんじゃねえ!」

「いいか! 俺はもっと強くなるんだ! 頭だってお前の頭より硬くなるし、欣也だって超えてやるんだからな! それからな…」

 

 鼻息荒く喋り続ける伊之助を見ながら、俺は内心反省し続けていた。

 結局助けられたのは、あの女性隊士1人だけ。もっと上手く立ち回ることが出来たら、もっと多くの隊士を助けられたかもしれない…。やっぱり、俺はまだまだだ。

 それにしても、あの(ひと)からは、恐怖と苦痛の匂いがした。死を切望するほどの…

 この山は一体どうなっているんだろう? 十二鬼月がいて…鬼の一族が棲む山? でも…鬼は群れないんじゃなかったか…

 大丈夫だと嫌がる伊之助を宥めて、血止めの塗り薬を塗りながら、俺は答えの出ない思考を続けていた。

 

 

玄弥視点

 

 あの村田って隊士に促されて、俺と善逸は先行した炭治郎と伊之助を追いかけた訳だけど…

 

「いないな…」

「あぁ…」

 

 既にかなりの距離を進んでいたのか、あるいは俺達の進んでいる方向とは別の方向へ向かったのか、2人はなかなか見つからない。

 

「善逸、何か聞こえるか?」

「…駄目だ。風の音と無数の蜘蛛が這い回る音が邪魔をして、他の音がよく聞き取れない」

 

 こういう時頼りになる善逸の耳も、この状況じゃ役に立たないか…それにしても、この蜘蛛が這い回る音。俺の耳でも聞き取れるなんて…一体何百匹集まればこうなるんだ?

 そんなことを考えながら更に進んでいくと―

 

「この臭い…酷いな」

「鼻が利く炭治郎なら、もっと辛いだろうな…」

 

 さっきから微かに感じていた刺激臭が、一気に強くなった。喉や目が痛くなるほどの臭い。とてもじゃないが、鼻が利く炭治郎が長時間留まれる環境じゃない。俺は善逸の肩を叩き―

 

「一旦、この場から―」

 

 離れよう。そう告げようとしたが、その言葉を最後まで紡ぐことは出来なかった。

 

「………」

「………」

「………」

 

 だって、俺達の目の前にある茂みから、()()()()が這い出て来たから…

 

「なん、だよ…あれ…」

「お、れに…聞くな」

 

 驚く俺達を尻目に、カサカサと音を立てながら向こうへと這っていく人面蜘蛛。

 

「ま、待て!」

 

 我に返った俺達は直ぐ様追跡した訳だけど…それは失敗だったのかもしれない。

 

「なっ…」

 

 人面蜘蛛を追う内に辿り着いた三十間*1四方程度の開けた場所。その頭上には巨大な蜘蛛の巣が張られており、十数人の人と一軒のあばら家が吊り下げられていた。

 そして、吊り下げられた人々は皆、程度の差はあれ…体が蜘蛛へと変わりつつある。

 

「玄弥!」

「あぁ、わかってる!」

 

 あまりに異様なその光景。善逸の声に答えながら、背中に掛けていた小銃を構えた瞬間…あばら家から巨大人面蜘蛛が姿を現した。

 俺達が追いかけていた人面蜘蛛とは、大きさも漂わせている雰囲気も別物。おそらく、蜘蛛の姿をした鬼なんだろう。

 

「くふっ…また来た。お前達、もう逃げられないぜ。周りを蜘蛛が囲んでいるからな」

「俺の合図一つで、蜘蛛達は一斉にお前達へ襲いかかる。蜘蛛の牙には毒があってな。嚙まれたら最後、四半刻で蜘蛛に変わる。わかるか? 四半刻後には俺の奴隷になって―」

 

 自慢気に喋り続ける蜘蛛の鬼だったが、そのお喋りは乾いた破裂音によって強制的に打ち切られた。

 

「………」

「麟矢さんが言ってたよ。獲物を前に舌なめずりをするのは、三流の証だってな」

 

 俺はそう呟きながら、硝煙を漂わせる小銃を操作し、空になった薬莢を輩出していく。頭上に張り巡らせた蜘蛛の巣からぶら下がっていれば、俺達の攻撃が届かないと思ったんだろうが…いくら何でも油断しすぎだ。

 

「………」

 

 額に風穴が開き、後頭部が半分程吹っ飛んだ蜘蛛の鬼は、少しの間力無く揺れていたが、徐々に傷を再生し始めた。放っておけばすぐに動き出すだろう。まぁ、俺達が黙って再生させる訳がない。

 

「壱ノ型・霹靂一閃!」

 

 樹を蹴ることで斜め上方向へ跳び上がり、蜘蛛の鬼との間合いを詰めた善逸が霹靂一閃を叩き込み、見事に頸を刎ねた。

 

「……ば、か…な」

 

 僅かにそう言い残し、灰と化す蜘蛛の鬼。周囲の人面蜘蛛も皆ひっくり返って動かなくなってしまった。

 

「死んだ…のか?」

「いや、微かにだけど鼓動が聞こえる。多分、気絶したような感じだと思う」

 

 善逸の言葉に秘かに胸を撫で下ろしつつ、蜘蛛の巣に吊り下げられた人達を見回す。蜘蛛の鬼を倒したことで何か変化が起きたのか、蜘蛛への変化は止まったように見える。だが、俺達では彼らを人へ戻すことは…

 

「玄弥」

 

 善逸も同じことを考えているのだろう。 不安気な顔で俺を見ている。

 

 -玄弥君。君に頼みたいことがあります-

 

 麟矢さんに言われた言葉が浮かんできたのはその時だ。

 

 -炭治郎君と善逸君は、他人を思いやることが出来る優しい子です。ですが、思いやりが強いことは時として、やるべきことを見失わせる原因にもなりかねない-

 -もしも二人が、その思いやる心故に動けなくなった時は、背中を押してやってください- 

 

 麟矢さんはきっと…こんな時のことを想定していたんだな。

 

「善逸…行こう。ここで俺達が出来ることは、きっと…ない」

「この人達のことは、麟矢さんと合流して考えよう。多分、死んだりすることはないんだろ?」

「…多分、心臓の音はハッキリしているから、すぐにどうこうなることは無い…筈だ」

「だったら炭治郎達と合流して、鬼を倒すことを優先しよう」

「……わかった」

 

 俺の言葉に頷いた善逸と共に、俺は改めて炭治郎達を探して走り出した。きっと、こことは逆方向にいる筈だ。

 

 

炭治郎視点

 

「おおお! ぶった斬ってやるぜ! 鬼コラ!!」

「伊之助!」

 

 さっき俺が頸を刎ねた女の鬼に似た顔立ちの鬼を見た途端、鼻息荒く川を渡り始める伊之助。何か嫌な予感を感じた俺は、咄嗟に止めようとしたけど―

 

「お父さん!」

 

 女の鬼がそう叫んだ途端、巨漢の鬼が樹の上から跳び下りてきた。でかい! 8…いや9尺*2はある!

 

「オレの家族に! 近づくな!!」

「ッ!」

 

 叫びと共に放たれた一撃。川底を砕く程のそれを飛び上がって回避した俺は―

 

「弐ノ型、水車」

 

 間髪入れずに反撃を試みた。回転の勢いを加えて威力を増した一撃が、巨漢の鬼が無造作に突き出した腕とぶつかり合う。

 

「ッ!?」

 

 まるで鉄の棒を叩いたような感触。俺の振るった刃は、巨漢の鬼の腕を八割がた切り裂いたところで止まっていた。これ以上は…刃が通らない!

 

「ガァッ!」

 

 そこへ放たれたのは巨漢の鬼の追撃。攻撃を止められた俺は、成す術なく食らう所だったけど…

 

「うぉりゃぁ!」

 

 間一髪、伊之助が両手に持った二振りの刀を巨漢の鬼へ叩き込み、攻撃を止めてくれた。

 

「硬えええ!」

 

 だけど、伊之助の攻撃も巨漢の鬼の左腕、その半分程を斬ったところで止まっている。この鬼は今までに戦った鬼とは、格が違う!

 

 -藤襲山に閉じ込められていた鬼や、これまでに討伐した雑魚鬼で、鬼の強さを測っているようでは、いつか本物に遭遇した時…成す術なく殺されますよ-

 

 その瞬間、思い出される麟矢さんの言葉。そうか、これが本物の鬼なのか!

 

「「ッ!」」

 

 次の瞬間感じた猛烈な寒気。俺達は咄嗟に巨漢の鬼を蹴り、その反動を使って距離を取る。回避を選択したことが正しかったのはすぐに証明された。 

 

「ガァァァッ!」

 

 何故なら距離を取った直後に、鬼が攻撃を繰り出していたから。危なかった…瞬き程の時間でも動くのが遅れていたり、下手に防御の態勢を取っていたら、俺や伊之助は文字通り粉砕されていただろう。

 

「グォォォッ!」

 

 距離を取った俺に向けて、咆哮をあげながら向かってくる巨漢の鬼。今の俺達じゃ、型を使っても倒しきれない! どうする…どうする!?

 

「オレの家族にィィィ! 近づくなァアアア!!」

 

 再び繰り出された川底を砕く一撃。咄嗟に飛び退いて回避したのと同時に―

 

「オラァ!」

 

 伊之助が跳びかかったけど、腕の一振りで吹き飛ばされてしまう。だけど、そのおかげで時間を稼げたし、あいつに一撃を加える方法を思いつけた!

 

「弐ノ型・改、横水車」

 

 俺は近くに生えていた十分な太さの立ち木を、横水車で斬り倒し―

 

「ガァアッ!」

 

 伊之助に追撃を仕掛けようとした巨漢の鬼を、倒木の下敷きにした! やった! これなら斬れる!

 倒木から抜け出そうと藻掻く巨漢の鬼に俺は駆け寄りながら、俺は今の自分に出来る最強の型を繰り出す!

 

「拾ノ型!!」

「危ね―」

 

 生生流転の発動と共に聞こえてきた伊之助の叫び声。同時に巨漢の鬼が動き出し、自らを下敷きにしていた倒木を持ち上げ―

 

「ッ!?」

 

 ()()()()()()()()俺を攻撃してきた!

 

「ぐぅぅぅぅぅっ!」

 

 咄嗟に背後に飛び退きながら、日輪刀の柄でその攻撃を受け止める。衝撃は大分和らげられたけど…駄目だ! ()()()()()()()()()!!

 

「健太郎ーっ!」

 

 伊之助の叫びが聞こえる中、俺はまるで羽根突きの羽根のように、遠くへ飛ばされていく。

 

「伊之助、死ぬな! そいつは十二鬼月だ!!」

「なんとか俺が戻るまで、いや善逸達と合流するまで、死ぬな!!」

 

 まるで矢のような勢いで飛ばされながら、俺は伊之助に向けて声を張り上げる。頼む伊之助、無事でいてくれ!!

 

 

伊之助視点

 

「…くそっ」

 

 健太郎が吹っ飛ばされた後、俺はあの鬼から距離を取った。

 こんなところに隠れてるなんて情けねぇが、まともに戦っても勝負にならねぇ…でも、考えねぇと…刀の通らない奴を斬る方法。

 どうする…どうする…考えろ、考えろ!

 

「考え―」

 

 突然感じた悪寒。弾かれるみたいに木の陰から転がり出た途端、鬼の一撃で木が真っ二つにされちまった!

 くそっ! アイツが戻るまで何とか………何とか?

 

「………」

 

 なんじゃああ、その考え方ァ! ふざけんじゃねーぞォ!

 

「オォオ! クソがァア!」

「豚太郎の菌に汚染されたぜ! 危ねぇ所だったァァ!」

 

 叫びながら俺は刀を鬼に打ち付ける。さっきと同じように刀は鬼の腕半分を斬ったところで止まっちまう。だけどな!

 

「考える俺なんて、俺じゃねぇぇぇ!!」

 

 さっきと違うのはここからだ! 俺はもう1本の刀で刀を思いっきりぶっ叩く!

 

「オラァアア!!」

 

 そのまま力を籠めて、鬼の腕を斬り落としてやったぜ!

 

「しゃァァ! 斬れたァア!!」

「簡単なことなんだよ! 1本で斬れないなら、その刀をブッ叩いて斬ればいいんだよ!」

「………」

「だって俺、刀2本持ってるもん! ウハハハハ! 最強!」

 

 今まで斬れなかった鬼の腕を斬り落とせたことに、俺は笑いが止まらない。このまま鬼の頸を刎ねてやるぜ!

 

「………」

「は?」

 

 そんな俺を無視して走り去っていく鬼。 思わず見逃しちまったけど…

 

「何逃げてんだコラァァァッ!」

 

 逃がすわけがねぇだろ! 権八郎が戻ってくる前に、頸を刎ねてやるぜ!

 

 

炭治郎視点

 

 巨漢の鬼に吹き飛ばされた俺だけど、いつまでも空を飛んでいられる訳じゃない。少しずつその速度は落ち、立ち木よりも遥かに高かった高度も地面へと近づいていく。

 俺はある程度の高さになったところで、日輪刀を構え―

 

「弐ノ型! 水車!」

 

 水車を発動。体勢を整えて、何とか着地することが出来た。どれほど飛ばされたかはわからないけど、急いで伊之助のところへ戻らないと―

 

「ギャアア!」

 

 俺の思考を打ち切ったのは、女の悲鳴。慌てて声の方向に視線を走らせると、そこには顔を抑えて蹲る女の鬼と、血の付いた糸を両手で玩ぶ子どもの鬼の姿があった。あいつは…あの時の子供の鬼か!

 

「何見てるの? 見せ物じゃないんだけど」

「………何してるんだ…! 仲間じゃないのか!」

「仲間? そんな薄っぺらなものと同じにするな。僕たちは家族だ。強い絆で結ばれているんだ」

「それに、これは僕と姉さんの問題だよ」

「………」

「余計な口出しするなら、刻むから」

 

 見た目からは想像出来ないほどの殺気を放ちながら、俺を威圧する子どもの鬼。同時に女の鬼から嗅ぎ取れた匂いで、俺は全てを察することが出来た。そういうことだったのか!

 

「…家族も仲間も、強い絆で結ばれていれば、どちらも同じように尊い。血の繋がりが無ければ薄っぺらだなんて、そんなことはない!」

「それから、強い絆で結ばれている者は、()()()()()()()()。だけど、お前達からは恐怖と、憎しみと、嫌悪の匂いしかしない!」

「それに、さっき俺が頸を刎ねた女の鬼は、死を切望するほどの恐怖と苦痛の匂いをしていた。恐怖と暴力で、無理矢理偽りの家族を演じさせられていると泣いていた!」

「力ずくで無理矢理結んだものを絆とは言わない! それは紛い物…偽物だ!」

 

 俺の叫びが響いた後、少しの間周りを沈黙が支配した。だけど―

 

「お、丁度いいくらいの鬼がいるじゃねぇか」

 

 その沈黙は不意に現れた1人の隊士によって破られた。

 

「こんなガキの鬼なら、俺でも殺れるぜ」

「待つんだ! 目の前にいる鬼は―」

「お前は引っ込んでろ。俺は安全に出世したいんだよ。出世すりゃあ上から支給される金も多くなるからな」

「隊は殆ど全滅状態だが…とりあえず、俺はそこそこの鬼1匹倒して下山するぜ」

 

 俺の制止を無視して、その隊士は日輪刀を手に子どもの鬼へと斬りかかる。

 

「だめだ! よせ!」

 

 俺は再度静止の声をあげながら、隊士を止めようと動き出す。頼む、間に合ってくれ! 次の瞬間、子供の鬼の右手が無造作に動き、何かが煌めいた。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」

 

 右腕全体をバラバラに切り刻まれ、肩口のあたりから血を流しながらのたうち回る隊士。間一髪、俺が体当たりして位置をずらせたから腕一本で済んだけど…そのままだったら、全身が切り刻まれていただろう。

 

「う、腕! 俺の腕がぁぁぁっ!」

「だ、大丈夫だ! 傷の割に出血は少ない。血止めをすれば十分に助かる!」

 

 腰に付けた小物入れから清潔な晒を取り出し、俺は痛みで喚き散らす隊士の傷口を抑える。なんとか、出血さえ止められれば…

 

「何て言ったの?」

「ッ!?」

「お前、いま何て言ったの」

 

 そんな俺に怒りの感情をぶつけてくる子どもの鬼。凄い威圧感だ…空気が重く、濃くなった。

 

「…逃げろ」

「え?」

「早く逃げろ! ここにいたら殺されるぞ!」

「え…あ、ひ、ひぃぃぃっ!!」

 

 俺の叫びで我に返ったのか無事な左手で傷口を抑え、這う這うの体で逃げていく隊士。運良く、子どもの鬼は見逃してくれたけど…俺は見逃してくれないだろう。

 伊之助ごめん。頑張ってくれ、もう少し。この鬼を倒したら、すぐ行くから、助けに行くから。

 

 

伊之助視点

 

「くっそォ…あの野郎、どこ行きやがった!」

 

 逃げた鬼を追いかけてきたけど、なかなか見つからねぇ!

 

「イギイイ! もうウギィイ!」

 

 なかなか見つからないことにイライラが頂点に達したその時、俺は何かを感じ取った。

 

「そこかァアア!」

 

 声と共に視線を走らせると、鬼の野郎! 木の上にいやがった!

 こンのクソバカタレェッ! どこまで登っとんじゃ! まだ俺に頭を使わせようって魂胆だな!

 デカい図体してセコイ真似をする鬼に、怒りが増していく中―

 

「ん?」

 

 俺は鬼が僅かに震えていることに気が付いた。

 

「フハハ! 俺に恐れをなして震えてやがる!!」

 

 俺よりはるかにデカい鬼が震えている。俺は思わず笑っちまった。でも―

 

「ッ!?」

 

 鬼が震えていたのは、恐怖していたからじゃなく()()の為だとわかった時、俺の笑い声は止まった。

 そして、俺の目の前に降り立った鬼はさっきより二回りはデカくなってやがる!

 いや、デカくなりすぎだろ…やべぇぞ、これは…

*1
約54.5m

*2
約2.73m




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

玄弥君が使用している小銃『マウザー Gewehr98』。
那田蜘蛛山への任務へ出発する前に、後峠さんの手によって―

・着脱式の光学式照準器(4倍)追加。
・銃身下部に日輪刀を装着する為の部品を追加。
・銃本体の補強。

等々、様々な改良が施されました。
これにより本体重量が1kg程増加していますが、玄弥君は苦も無く使用しているようです。
また、弾丸も通常の物からホローポイント弾へと変更されています。


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参拾陸之巻 -その鬼、下弦の伍-

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。




伊之助視点

 

「………」

 

 脱皮を終えて、木の上から飛び降りた鬼を見て、俺は言葉を失っていた。

 敵からこれほどの『圧』を今まで感じたことがない。欣也やそとかげのジジイに鍛えられて強くなれたけど、それでも届かねぇ。

 だめだ、勝てねぇ…俺はここで死ぬ。殺される…

 

 -伊之助、死ぬな!-

 

「ッ!?」

 

 -なんとか俺が戻るまで、いや善逸達と合流するまで、死ぬな!!-

 

 諦めかけたその時…思い出したのは、健太郎と―

 

 -どのような時でも誇り高く生きてくださいませ。ご武運を…-

 

 あの屋敷で会ったババアの声。誇り高く…どういう意味なのかまだわからねぇけど…このまま黙って殺されてたまるかよ!

 俺は負けねぇ、絶対負けねぇ! 自分自身にそう言い聞かせ、俺は刀を構え直す。

 

「俺は鬼殺隊の嘴平伊之助だ! かかって来やがれ、ゴミクソが!!」

「グァァァッ!」

 

 威嚇を兼ねてそう叫んだ瞬間、繰り出される鬼の攻撃。なんとかギリギリで避け―

 

「ッ!」

 

 いや、ホンの僅かに掠っちまった! 俺は蹴られた鞠みたいに吹っ飛び、木に叩きつけられる。

 

「グォォォッ!」

 

 そこに放たれる追撃。立ち木を一発で倒すほどの威力で、喰らっていたら危なかったが…

 

「俺はここだ!」

 

 間一髪、俺は上に跳んで攻撃を回避していた。無防備なその頸、刎ねてやるぜ!

 

「参ノ牙、喰い裂き!」

 

 鬼の頸を挟んだ2本の刀を振り抜こうと力を籠めると、刃が頸に食い込み、切り裂いていく。勝利を確信した次の瞬間―

 

「折れっ…」

 

 鬼の頸を3割ほど斬ったところで、俺の刀が中程から折れた。その事に気を取られ、僅かに隙を晒した瞬間、鬼の攻撃が叩き込まれる。

 

「ごふっ…」

 

 完全に無防備な状態で木に叩きつけられ、俺は受け身も取れずに地面に落ちる。何とか立ち上がろうとしたけど…

 

「オレの家族に! 近づくな!!」

 

 それよりも早く、鬼が俺の首を掴んで持ち上げながら、物凄い力で締め上げ始めた。熊の首でも圧し折れそうな力に、俺は全力で抵抗。

 

「俺は死なねええぇぇえ!」

 

 壱ノ牙、穿ち抜きを発動して、折れた刀を鬼の頸に突き刺す! そのまま左右に広げて鬼の頸を刎ねようとするが…畜生、刃が動かねぇ!

 

「ぐふっ…」

 

 駄目だ…息が出来ねぇ……目の前が、暗く…

 意識が遠くなる中、権八郎や紋逸、銀太の顔、欣也やそとかげのジジイの顔が浮かんでは消えていく。そして― 

 

 -ごめんね-

 -ごめんね。伊之助-

 

 見覚えの無い…傷だらけで泣いている女…誰だ…お前…誰、なんだ…

 女が誰なのかわからないまま、意識を手放そうとしたその時―

 

「させるかぁ!」

「肆ノ型、遠雷!」

 

 銀太と紋逸の声が聞こえ、俺を締め上げる鬼の力が突然緩んだ。地面に落ちた俺は、半ば無意識で鬼と距離を取り、何が起きたか確認する。

 そこには額に風穴が開き、後頭部が半分程吹っ飛んだ上に、左腕を斬り落とされた鬼と―

 

「なんとか…間に合った」

「伊之助、大丈夫か!」

 

 紋逸と銀太の姿があった。こいつら…俺を助けに来たのか!?  

 

 

玄弥視点 

 

 間一髪、同時攻撃で伊之助を助け出した俺達は、伊之助を庇う様に立ちながら、鬼を睨みつける。

 

「大きさは…10尺*1は優に超えてるな。11、いや12尺*2か」

「力も速さも大きさに見合うだけある。そう考えた方が良い…だろうな」

 

 善逸とそう言葉を交わし、俺達は再び同時攻撃を仕掛けようと構える。だけど―

 

「待ちやがれ! お前らだけで戦うんじゃねぇ!」

 

 伊之助が鼻息荒く割り込んできた。

 

「おい、伊之助! 無理するな!」

「うるせぇ! 俺に気を使うな! ホワホワさせるんじゃねぇ!」

 

 思わず声をかけた善逸へ嚙みつかんばかりに吠え返し、両手をグルグルと回していく伊之助。いったい何をしたいんだ?

 

「いいか! 奴を倒す方法が分かったから教えてやる! 奴の頸に刺さりっぱなしになってる俺の日輪刀。あれを使うんだ!」

「どういう事だ?」

「紋逸と銀太で、奴の気を逸らせ! その隙に俺が奴の懐に飛び込んで、もう一回喰い裂きを仕掛けてやる!」

「さっきは首を絞められて、全力を出せなかったからな! 今度は全力でやってやるぜ!」

 

 自信満々で作戦? を口にする伊之助。正直、お世辞でも作戦とは言えないけど…

 

「オレの家族にィィィ! 近づくなァアアア!!」

 

 咆哮と共に攻撃を仕掛けてくる巨漢の鬼を前に、じっくり作戦を練っている時間が無いのも事実。

 

「善逸、やるぞ!」

「やるしかないよな!」

 

 鬼の攻撃を回避した俺達は、伊之助の作戦を実行する為に動き出した!

 

 

善逸視点

 

「くらえっ!」

 

 玄弥が鬼の気を引くようにそう叫びながら、構えた小銃を発砲。さっきと同じ様に、頭を狙って放たれた弾丸を、鬼は再生させた左腕で受けようとするけど―

 

「グガァッ!」

 

 弾丸を受けた瞬間、鬼の左腕は大きく後ろへ弾かれ、それと同時に肘の辺りが爆ぜたように吹き飛んだ。

 

「まだだ!」

 

 玄弥の攻撃は続く。素早く小銃から拳銃へと持ち替え、鬼の腹を狙って素早く連射。

 

「グッ! ギッ! ガァッ!」

 

 小銃程ではないにせよ、相応の威力があるのだろう。銃弾を受ける度に、鬼は苦悶の声をあげながら、僅かに後退していく。その隙に俺は技の態勢を整え―

 

「善逸!」

 

 玄弥の攻撃が終わると同時に、飛び出す!

 

「参ノ型、聚蚊成雷!」

 

 鬼の周囲を回りながら繰り出した連続斬撃で鬼の全身を傷つけ、鬼の意識をこちらへ引きつけていく。よし、準備は万端!

 

「今だ! 伊之助!」

「おう!」

 

 俺の声が響いた瞬間、弾かれたように飛び出す伊之助。注意を俺達に向けていた鬼は、伊之助の接近を簡単に許してしまい…

 

「取ったぁぁぁっ!」

 

 頸に刺さったままの日輪刀の柄を握られてしまう。慌てて伊之助を引き剥がそうとするが…もう遅い!

 

「参ノ牙、喰い裂きぃぃぃっ!!」

 

 叫びと共に伊之助の両手が左右に開かれ、同時に鬼の頸が宙を舞った。

 

「………」

 

 頸を刎ねられ、無言で崩れ落ちる鬼。俺達の勝ちだ。

 

「ウハハハハ! 見たかよ! やっぱり俺が最強だ!」

 

 折れた日輪刀を手に高笑いの伊之助。まったく、俺と玄弥が駆け付けなかったら、どうなってたかわからないって言うのに…

 

「伊之助君、笑う前に言うことがあるんじゃないですか?」

「うぉっ!?」

 

 突然聞こえてきたその声に、慌てて振り返る伊之助。俺達も声の方へ視線を送ると…

 

「麟矢さん!」

 

 そこには麟矢さんの姿があった。

 

「今の戦い見せてもらいました。戦況が不利なら割って入るつもりでしたが…3人ともよく頑張りましたね」

「い、いえ! でも、麟矢さんが来てくれて…こんなに嬉しいことは無いです!」

 

 俺の返答に笑顔で頷いていた麟矢さん。だけど―

 

「それはそれとして…伊之助君」

「な、なんだよ」

「勝ったことを喜ぶのは大いに結構。ですが、助けて貰ったことに対して、お礼の一言も無いのはどうかと思いますよ?」

 

 伊之助に対しては真顔に戻り、淡々と窘めていた。

 

「………ゴメンネ。紋逸、銀太、ありがとう」

 

 麟矢さんに窘められ、しゅんとなった伊之助は俺達に頭を下げ、謝罪と感謝を口にする。うん、これで一件落ちゃ…じゃない!

 

「麟矢さん! 炭治郎がまだ!」

 

 慌てて炭治郎のことを伝えようとする俺に、麟矢さんは優しく微笑み―

 

「その件は心配いりませんよ。()()()()()()()が向かっていますから」

 

 そう教えてくれるのだった。

 

  

炭治郎視点

 

「お前は一息では殺さないからね。うんとズタズタにした後で刻んでやる

「でも、()()()()()()を取り消せば、一息で殺してあげるよ」

 

 自身から出した糸を両手で玩びながら、俺にそう告げてくる子どもの鬼。そう、糸だ。

 あの隊士の右腕を隊服ごとバラバラに切り刻んだのも、今俺の体に幾つもの傷を付けているのも、全て鬼の両手、その指先から出ている糸によるもの。その切れ味から見て、その硬度は鋼並と考えたほうが良いだろう。

 俺は、全身の傷から生じる痛みを堪えながら立ち上がり―

 

「取り消さない! 俺の言ったことは間違ってない! おかしいのはお前だ!」

 

 鬼の言葉を再度否定。

 

「間違っているのはお前だ!」

 

 放たれた糸による攻撃を回避しながら、間合いを詰めていく。

 わかる! 刺激臭が薄まってきたから、糸の匂いもわかるぞ!

 糸による攻撃を掻い潜りながら、俺は攻撃の態勢に入る。長期戦はこっちが不利。一気に勝負をかけないと!

 

「壱ノ型、水面斬り!」

 

 間合いに入ると同時に、俺は渾身の力を込めて刀を振るう。俺を侮っているのか、攻撃を防ごうとも避けようともしない鬼の頸を刎ねようと、刀は一直線に向かっていく。だけど―

 

「ッ!?」

 

 たった1本、たった1本張られた糸に触れた途端、俺の日輪刀は嫌な音を立てて…折れてしまった。

 信じられない! この鬼の操る糸は、さっき斬れなかった鬼の体よりも尚硬いのか!?

 すみません、鱗滝さん、鋼鐵塚さん。俺が未熟なせいで、刀が折れてしまった…いや、今はそんな場合じゃない!

 考えろ考えろ! 俺は自分にそう言い聞かせ、この状況を打開する方法を模索する。

 糸が斬れないなら間合いの内側に入れば…と考えたが………駄目だ! 生きているように動く糸の攻撃。致命傷を避けるのが精一杯で、とてもじゃないが完全回避は出来そうにない。

 それに、あの鬼はまだ本気を出していない。俺を()()()()()()()()()()()()()んだ。それなのに、これだけ追い詰められている。悔しいけど、実力差は圧倒的だ。

 圧倒的な実力差に歯噛みした瞬間、糸の動きが変わった。四方を囲まれ、逃げ場がない…避けられないっ!

 

「ッ!」

 

 深手を覚悟したその時、箱から飛び出した禰豆子が俺を庇う様に立ち塞がり―

 

「禰豆子!!」

 

 糸で全身を切り裂かれた。俺は禰豆子を抱き抱え、無我夢中で鬼と距離を取ると、木陰に禰豆子を寝かせると必死で呼びかける。

 

「禰豆子…禰豆子!」

「兄ちゃんを庇って…ごめんな…」

 

 傷が深い…左の手首が千切れそうだ…頼む、早く治れ、治ってくれ!

 

「……その鬼、お前達…兄妹か?」

「だったら何だ!」

 

 鬼からそう問われるが、ゆっくり答える余裕も無い。頼む、禰豆子…しっかりしてくれ!

 

 

累視点

 

「兄妹…兄妹……」

 

 禰豆子という名前らしい鬼に必死で呼びかけている鬼狩り。隙だらけで、今なら目を瞑っていても殺せるが…そんなことはどうでもいい。

 

「妹は鬼になってるな…それでも一緒にいる……」

「る、累…」

「妹は兄を庇った…身を挺して……」

 

 今大事なのは、目の前で繰り広げられている光景。これこそ正に!

 

「本物の『絆』だ! 欲しい…!」

 

 探し求めていた最上の宝。それが遂に見つかった!

 

「ちょっ、ちょっと待って!」

「待ってよ、お願い! 私が姉さんよ。姉さんを見捨てないで!」

 

 こいつは…最高の気分にどうして水を差すんだ!

 

「うるさい! 黙れ!」

 

 怒りの声と共に右手を振るい、周囲の立ち木諸共姉の役割を与えていた役立たずの頭を切り落とす。

 

「結局お前達は、自分の役割をこなせなかった…いつも、どんな時も…」

「ま、待って…ちゃんと私は姉さんだったでしょ? 挽回させてよ……」

 

 怯えた表情でそう懇願する役立たず。まったく…どこまでも僕を苛つかせる…。

 

「だったら、今山の中をチョロチョロしている奴らを殺して来い。そうしたら()()()()()()も許してやる」

「わ、わかった…殺してくるわ」

 

 切り落とされた頭を抱え、慌てて走り去る役立たず。あぁ、やっと静かになった。

 僕は心を落ち着けると、鬼狩りの方へ向き直り…務めて冷静に声を出していく。

 

「坊や、話をしよう」

「僕はね、感動したんだよ。君達の『絆』を見て…」

「体が震えた。この感動を表す言葉は、きっとこの世に無いと思う」

「………」

「でも、君達は僕に殺されるしかない。悲しいよね? そんなことになったら…」

「だけど、回避する方法が一つだけある」

 

 どんな馬鹿でも理解出来るよう、僕は可能な限り丁寧に話を続けていく。そして、ここからが本題だ。

 

「君の妹を僕に頂戴。大人しく渡せば、命だけは助けてあげる」

「……何を言ってるのか、わからない」

 

 …やれやれ、ここまで丁寧に伝えても解らないのかな? 仕方ない…

 

「君の妹には、僕の妹になってもらう。今日この時から」

 

 ここまで伝えれば、いい加減理解出来たよね? 僕はそう確信していたんだけど…

 

「そんなことを承知する筈ないだろう。それに禰豆子は物じゃない! 自分の思いも意思もあるんだ」

「お前の妹になんて、なりはしない!」

 

 やれやれ、ここまで言っても理解出来ないのか?

 

「大丈夫だよ、心配いらない。『絆』を繋ぐから。僕の方が強いんだ」

「恐怖の『絆』だよ。逆らうとどうなるか、ちゃんと教える」

「ふざけるのも大概にしろ!」

「恐怖で雁字搦めに縛りつけることを家族の『絆』とは言わない!」

「その根本的な心得違いを正さなければ、お前の欲しいものは手に入らないぞ!」

 

 こいつは何を言っているんだ? 僕がここまで丁寧にお願いして、命を助けるという譲歩だってしているのに…

 

「鬱陶しい。大声出さないでくれる? 合わないね、君とは」

「禰豆子はお前なんかに渡さない」

 

 やれやれ…交渉決裂か。

 

「いいよ、別に。殺して()るから」

「俺が先にお前の頸を斬る」

 

 頸を斬る? 面白いことを言ってくれるよ…

 

「威勢が良いなぁ…出来るならやってごらん」

 

 そう言って僕は髪を掻き上げ、隠していた左目を露にする。そこに刻まれている文字は…下伍。

 

「十二鬼月である僕に…勝てるならね」

 

 この文字を見せるということの意味…君、楽には死ねないから。覚悟するんだね。

*1
約3.03m

*2
約3.636m




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

麟矢の援助もあり、一年前から尋常上学校へ通い始めた竹雄君、花子ちゃん、茂君。
編入間もない頃は、その物珍しさもあり級友達から遠巻きにされていましたが、すぐに打ち解けることが出来、多くの友人に恵まれました。
また、竹雄君は今年から高等小学校へと進学。ますます勉学に励んでいます。


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参拾漆之巻 -兄妹の絆-

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。


累視点

 

「十二鬼月である僕に…勝てるならね」

 

 無惨様によって左眼に刻まれた下伍の文字を鬼狩りへ見せつけながら、僕は考える。

 父には父の役割があり、母には母の役割がある。親は子を守り、兄や姉は下の弟妹を守る。何があっても()()()()()

 そう、これこそが正しい家族の形なんだ。それなのに、この鬼狩りは…

 

「僕はね。自分の役割を理解していない奴は、生きてる必要がないと思ってる。お前はどうだ? お前の役割は何だ?」

 

 僕はどんな馬鹿でも理解出来る様、可能な限り解り易く言葉を紡いでいく。

 

「お前は僕に妹を渡して消える役だ。それが出来ないなら、死ぬしかないよ。勝てないからね」

「………」

 

 僕の声に答えることもせず、無言のまま睨んでくる鬼狩り…まったく、これだけ言っても理解出来ないのかい?

 

「………嫌な目つきだね。メラメラと…愚かだな。もしかして…」

「勝つつもりなのかな!!」

 

 僕は腕を振ることで糸を操り、木陰に隠されていた鬼狩りの妹をこちらへと引き寄せ、自らの手中へと収める。

 

「禰豆子!」

「さぁ、もう奪ったよ。自分の役割を自覚した?」

 

 

炭治郎視点

 

「放せ!」

 

 鬼の糸によって禰豆子を奪われてしまった俺は、禰豆子を取り戻す為に最速で鬼へと突進。

 

「逆らわなければ、命は助けてやるって言ってるのに」

 

 当然、ただ真正面から突っ込んだだけじゃ、容易く迎撃されてしまう。でも―

 

「ッ!」

 

 俺の意図を察した禰豆子が、右手を動かして鬼の顔を引っ搔いてくれた! それによって生じた隙を突き、俺は一気に間合いを詰めていく!

 だけど、敵もさる者。禰豆子の攻撃で視界が塞がれているにも拘らず、腕を動かして俺を迎撃してきた。

 咄嗟に後ろへと飛び退き、鬼と距離を取る。あと3歩、いやあと2歩踏み込めていれば…狙い通りにいかなかった事へ秘かに歯噛みするが―

 

「っ!?」

 

 いつの間にか、鬼の手から禰豆子が消えていた。直後、頭上から落ちてくる赤い血。思わず上に視線を送ると…

 

「ねっ…禰豆子!」

 

 禰豆子が鬼の糸で雁字搦めに縛られ、逆さ吊りにされていた。

 

「うるさいよ。このくらいで死にはしないだろ。鬼なんだから」

「でもやっぱり、きちんと教えないとだめだね。暫くは失血させよう」

「それでも従順にならないようなら、日の出までこのままにして…()()()()

 

 鬼の言葉を聞いているうちに、日輪刀を握る力が強くなっていく。落ち着け、感情的になるな。集中しろ。呼吸を整え、最も精度が高い最後の型を繰り出せ…

 集中を高めている最中、禰豆子に変化が起きた。失った体力を回復させる為に、目を閉じて眠りについたのだ。

 

「ん? 気を失った? 眠ったのか?」

 

 そんな禰豆子を興味深そうに見つめる鬼。ここまで隙を見せるなんて…どこまでも俺のことを侮っている。だけど、今はそれがありがたい!

 

「水の呼吸。拾ノ型、生生流転」

 

 再び間合いを詰め、拾ノ型を繰り出す。生生流転。この連撃技は、回転しつつうねる龍のように、一撃目より二撃目、二撃目より三撃目、三撃目より四撃目と回転を増すごとに強い斬撃となっていく!

 

「ッ!?」

 

 防御の為に張った2本の糸を斬った瞬間、ほんの僅かだけど鬼の顔に驚愕の色が浮かぶ。よし、糸を斬れた! このまま距離を詰めていけば勝てる!

 そう確信した俺は、更に回転を加えながら、鬼へと斬りかかる!

 

「ねぇ…」

「糸の強度は、これが限界だと思ってるの?」

「血鬼術・刻糸牢」

 

 その瞬間、俺の周囲に張り巡らされる無数の蜘蛛の巣。

 

「もういいよ、お前は。さよなら」

 

 鬼の冷たい声が響く中、俺は考える。駄目だ、この糸は斬れない。まだ回転が足りない。さっきまでの糸とはまるで違う匂いだ。

 絶対負けるわけにはいかないのに…このままじゃ、死ぬ。負ける! 死…

 間近に迫った死を意識したその瞬間、脳裏に浮かぶのは禰豆子や善逸、伊之助、玄弥、麟矢さん、冨岡さん、鱗滝さん、錆兎、真菰、珠世さん、愈史郎…禰豆子を人間に戻すと決めた時から今日までに出会ったたくさんの人達の顔。

 記憶はどんどん遡って…子どもの頃、まだ幼かった禰豆子と庭で遊んでいた頃の光景が広がっていく。そして…縁側に座って、俺達を優しく見つめているのは…父さん!

 

 -炭治郎、呼吸だ。息を整えて-

 -()()()()()()()()()()()()

 

 父さんの声が聞こえた瞬間、記憶は更に遡る。これは…そうだ。禰豆子もまだ産まれていない頃。母さんに抱かれていた頃の記憶だ。

 

 -炭治郎。ほら、お父さんの神楽よ-

 -うちは火の仕事をするから、怪我や災いが起きないよう、年の初めは『ヒノカミ様』に舞を捧げて、お祈りするのよ- 

 

 母さんの話を聞きながら、神楽を舞う父さんを見つめる俺。体が弱くて、寝たり起きたりを繰り返していた父さんだけど、神楽を舞う時は凄く元気で…不思議に思った俺は、ある日聞いてみることにした。

 

 -父さんは体が弱いのに、どうしてあんな雪の中で長い間舞を舞えるの?-

 -俺は肺が凍りそうだよ-

 

 俺の問いかけに、父さんは優しく微笑んで―

 

 -()()()()()()()()()()。どれだけ動いても疲れない息の仕方-

 -正しい呼吸が出来るようになれば、炭治郎もずっと舞えるよ。寒さなんて平気になる-

 

 そう教えてくれた。

 

 -炭治郎-

 

 そして―

 

 -この神楽と耳飾りだけは必ず…途切れさせず、継承していってくれ。()()なんだ-

 

 まっすぐに俺を見つめながら伝えてくれたその言葉。それを思い出した瞬間、俺の体は自然に動き出す!

 

「ヒノカミ神楽、円舞!」

 

 放たれた一閃は、目の前の蜘蛛の巣を纏めて切り払い、俺と鬼の間を塞ぐ物は一切無くなった。

 間髪入れずに俺は鬼へと刀を振るうが、瞬時に新たな糸が張られてしまう。

 

「ッ!」

 

 生きているように動く糸。瞬きする間もなく、もう新しい糸が張られた。

 もし、今一旦退いたとしても、水の呼吸からヒノカミ神楽に無理やり切り替えた跳ね返りが来る。恐らく俺がまともな攻撃を放てるのは、これが最後だろう。

 覚悟を決めて攻撃を放った瞬間、今まで見えなかった隙の糸が見えた! このままいけば、腕だけなら頸まで届く!

 ごめん、父さん。だけど今やらなければ、禰豆子を守らなければ、たとえ相打ちになったとしても!

 

 

禰豆子視点

 

 -禰豆子……-

 

 だれかが、わたしをよんでいる。だれ? わたしはいま、すごくねむいのに…

 

 -禰豆子、禰豆子起きて-

 

 よんでいるのはおかあさんだ。おかあさん、なんでわたしをよぶの?

 

 -()()()()()()()出来る…頑張って-

 -禰豆子…お兄ちゃんが死んでしまうわよ……-

 

 おかあさんがなきながらそういって、わたしはめをさました。めをあけてさいしょにみたのは、おにへたちむかうおにいちゃんのすがた。だけど…いまのままじゃ、おにいちゃんは!

 わたしはひっしにてをうごかして、おもいっきりちからをいれる。

 

「血鬼術・爆血!!」

 

 

累視点

 

「血鬼術・爆血!!」

 

 そんな声が響くと同時に周囲が炎に包まれ…違う! 僕の糸だけが燃えているのか!?

 予想外の事態に、流石の僕も驚いてしまったけど…それでも瞬きにすら満たない時間。何も問題は無い。ほら、鬼狩りが僕の張った糸に突っ込んだ。すぐにあいつの頭は細切れに―

 

「ッ!?」

 

 馬鹿な! 糸が焼き切れっ…

 

「ぐっ…」

 

 衝撃と共に鬼狩りの刀が、僕の頸に叩きつけられる。あぁ、ここまではよくやったね。褒めてあげるよ。

 だけど、奇跡はここまでだ。糸を切ったところで、僕の頸は斬れない。鋼糸よりも僕の体の方が硬いんだ。

 中途半端な奇跡で喜んでいるその顔を、徹底的に切り刻んで―

 

「ッ!?」

 

 鬼狩りの刀が火を噴いたのはその時だ。馬鹿な…どういうことなんだ!? 刀が僕の頸に喰いこんでいく…このままじゃ拙い。頸を切り離して―

 

「俺と禰豆子の絆は!」

 

 駄目だっ、切り離しが…間に合わない!?

 

「誰にも引き裂けない!!」

 

 馬鹿な…この、僕が……こんな、ことで………

 

 

姉蜘蛛視点

 

 しくじった…しくじった。()()()()今までしくじったことなかったのに…この()()()()()()を…!

 累の糸で切り落とされた頭を繋げ、全速力で走りながら、あたしはこの状況をどうやって乗り切るかを必死になって考えていた。

 家族は皆寄せ集めだ。血の繋がりなんかない。鬼狩りが怖くて、仲間が欲しかった。

 能力は全部、累のもの。私達は弱い鬼だったから、累の能力を分けてもらった。累は()()()のお気に入りだったから、そういうことも許されていた。

 ここに来たら、まず一番に顔を変えなければならない。累に似せる為に顔を捨てる。母親役の女は、子どもの鬼だった。

 最初の頃はまだ人間だった時の記憶があって、よく泣いていた。当然、母親のふりも下手だった。顔や体の変形も上手く出来なくて、毎日叱責された。

 累の意味不明な家族ごっこの要求や命令に従わない者は、切り刻まれたり、知能を奪われたり、吊るされて日光に当てられる。

 私は自分さえ良ければいい。アイツらは馬鹿だけど私は違う。それなのにしくじった。

 

 -累…累! 母さんがやられた。多分兄さんも……- 

 -どうするの? 鬼狩りがそこまで来てる。どんどん集まってる-

 -ねぇ、ねぇ!-

 

 こっちが必死に訴えているのに、無視を続ける累に対して…つい、口が滑ってしまった。

 

 -逃げた方がいいんじゃない?-

 

 顔を切られたくらいで済んだのは、まだマシだったのかもしれない。顔が元に戻ったりするのを累は一番嫌う。

 そして、『守る』だとかそういうくだらない言葉をアイツは好むのだ。

 

「ッ!」

 

 そんなことを考えながら走る内に、1人で戦っている鬼狩りの姿を見つけた。向こうもあたしに気づいたようだけど、先に気づいた私の方が圧倒的に有利!

 

「溶解の繭!」

 

 手から放った糸で、人1人を包み込む大きさの繭を作りだし、その中に鬼狩りを閉じ込める。鬼狩りも何とか脱出しようと藻掻いているようだけど…

 

「無駄よ。切れやしない」

「あたしの糸束はね。柔らかいけど硬いのよ。まず溶解液が邪魔な服を溶かす。それからアンタの番よ。すぐどろどろになって、あたしの食事になる」

 

 そう、私はアイツとは違う。有能であると、役に立つと累に認識させて―

 

「わぁ、凄いですね。掌から糸を出しているんですか?」

 

 ……え?

 

「こんばんは。今日は月が綺麗ですね」

 

 女の鬼狩り!? そんなさっきまで気配すら感じなかったのに!?

 あたしは咄嗟に距離を取りながら、糸を次々と放っていくけど…

 

「ッ!?」

 

 当たらない! 繭糸を少しも触れずに避けている!

 

「私と仲良くするつもりは…無いみたいですね」

「ひっ…」

 

 息の詰まるような圧迫…累から感じるのとは違う。でも、このゾッとくる身の竦む感覚は同じ。

 『死』が…すぐ傍に来る気配。拙い…これは拙い!

 

「待って! 待ってお願い!」

「私は無理矢理従わされてるの! 助けて! 逆らったら体に巻き付いている糸で、バラバラに刻まれる」

 

 あたしは恥も外聞もかなぐり捨てて、鬼狩りに命乞いをする。死ぬわけにはいかない。あたしは生きていたいのよ!

 

「………」

「そうなんですか。それは痛ましい。可哀想に…助けてあげます。仲良くしましょう。協力してください」

「た、助けてくれるの?」

 

 私の命乞いにそう返してきた鬼狩りに、私は表向き怯えた様子を演じていく。上手く隙を見出すことが出来れば…

 

「はい、でも、仲良くする為には、幾つか聞くことがあります」

「可愛いお嬢さん。あなたは()()()()()()()()?」

 

 私がこれまでに殺した人数を問う鬼狩り。ここで下手を打つわけにはいかない。あくまでも力の無い弱い鬼を演じないと…

 

「………5人。でも、命令されて仕方なかったのよ」

「嘘は吐かなくても大丈夫ですよ。わかってますから。さっきうちの隊員を繭にした術捌き、見事でした。80人は喰っていますよね?」

「……喰ってないわ。そんなに」

 

 80人!? 冗談じゃない、それだけ人を喰えていたら、累の下なんかにいるものか! 内心そう毒づきながら、私は演技を続けていく。

 

「私は西()()()()()来ましたよ、お嬢さん。西()()()」 

「殺したのは5人よ」

「山の西側では、大量に繭がぶら下がっているのを見てきました。中に捕らわれた人々は液状に溶けて全滅」

「その場所だけでも繭玉は14個ありました。14人死んでるんです」

「………」

「私は怒っているのではないですよ。確認しているだけ。正確な数を」

「……確認してどうすんのよ?」

 

 私はこの鬼狩りが全てを把握した上で、私に問うていることを察しつつ、それでも口調だけは丁寧に返していく。すると―

 

「お嬢さんは正しく罰を受けて、生まれ変わるのです。そうすれば、私達は仲良しになれます」

「罰?」

 

 鬼狩りは俄かには理解し難いことを口にした。

 

「人の命を奪っておいて、何の罰も無いなら、殺された人が報われません」

「人を殺した分だけ、私がお嬢さんを拷問します。目玉を穿り出したり、お腹を切って内臓を引きずり出したり…その痛み、苦しみを耐え抜いた時、あなたの罪は許される。一緒に頑張りましょう」 

「………」

 

 ニコニコと笑みを浮かべながら、鬼畜の所業を口にする女。コイツ…頭がおかしいんじゃないの!?

 

「大丈夫! お嬢さんは鬼ですから死んだりしませんし、後遺症も残りません!」

 

 あぁ、鬼狩りなんかとまともに話ができると思ったあたしが馬鹿だった!

 

「冗談じゃないわよ! 死ね! クソ女!!」

 

 あたしは今出来る全力で繭糸を放ちつつ、鬼狩りから距離を取ろうと足に力を込める。こうなったら、何としてでも逃げ切って―

 

「蟲の呼吸、蟷螂(とうろう)ノ舞。双鎌夜叉(そうれんやしゃ)

「仲良くするのは無理なようですね。残念残念」

「ッ!」

 

 飛び退こうとした瞬間、背後から聞こえた声に思わず振り返ると、そこには開いていた足を閉じつつ、逆立ち状態から元に戻っていく鬼狩りの姿。

 見っ、見えなかった…で、でも、頸は斬られてない。腰に差している刀も抜いていないみたいだし…ただ動きが速いだけなら、手の打ちようは―

 

「えっ?」

 

 どうして? 動いていないのに…周りの景色が動いている…違う。あたしの頭が()()()()()()()()……

 

「頸を斬られていないと思いましたか? 残念ですが、私の蹴りは()()()()()()()()()()()()()程の鋭さがあるんですよ」

 

 何よ、それ…反、則…… 




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※

蟲柱・胡蝶しのぶ様が使用する『蟲の呼吸』。
これまでは特殊な日輪刀を用いた突き技である4種類の『舞』で構成されていましたが、蹴りによる斬撃を用いた4種類の『舞』が新たに加わり、全8種類となりました。
今回披露した『蟷螂(とうろう)ノ舞・双鎌夜叉(そうれんやしゃ)』は、倒立状態で180度開脚し、高速回転。編み上げ深靴(ブーツ)の爪先と踵に仕込んでいた刃で、目標を複数回斬りつける技となります。
後日、この技を見た麟矢は密かに「ス〇ニング〇ードキック? いや、逆〇刹か?」と呟いたらしいです。


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参拾捌之巻 -功績と罪過-

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。


累視点

 

「俺と禰豆子の絆は!」

 

 駄目だっ、切り離しが…間に合わない!?

 

「誰にも引き裂けない!!」

 

 馬鹿な…この、僕が……こんな、ことで………

 頸を刎ねられ、切り離された頭が宙を舞う感覚を味わいながら、僕の怒りは最高潮に達した。

 首を刎ねられた僕の体は、あと10も数えないうちに灰と化してしまうだろう。だけど、ただで死ぬものか!

 あの鬼狩りとその妹…殺す、殺す、あの兄妹だけは必ず……殺す!

 灰と化す寸前の体をなんとか動かそうと、残る力の全てを注ぎ込もうとした瞬間…僕は見てしまった。互いを庇いあう様に抱き合う兄妹の姿。そして思い出した。

 

 -累は何がしたいの?-

 

 母を演じさせていたあの鬼の言葉を。その問いに、僕は答えられなかった。人間の頃の記憶が無かったから…。

 本物の家族の絆に触れたら、記憶が戻ると思った。自分の欲しいものがわかると思った。

 そうだ…僕は、俺は…思い出した。

 

 

 人間だった頃は体が弱かった。生まれつきだ。走ったことがなかった。歩くのでさえも苦しかった。そう、無惨様が現れるまでは…。

 

 -可哀想に。私が救ってあげよう-

 

 無惨様に救われたことを、両親は喜ばなかった。強い体を手に入れた俺が、日の光に当たれず、人を喰わねばならないから。

 

 -何てことをしたんだ…累…!-

 

 人を喰らった俺を叱責する父と、崩れ落ちて泣いている母。2人を見ながら、俺は昔聞いた素晴らしい話を思い出していた。

 川で溺れた我が子を助ける為に死んだ親の話。俺は感動した。何という親の愛、そして絆。川で死んだその親は見事に『親の役目』を果たしたのだ。

 それなのに、何故俺の親は俺を殺そうとするのか? 母は泣くばかりで、殺されそうな俺を庇ってもくれない。だから…

 

 

 偽物だったのだろう。きっと俺達の絆は…本物じゃなかった。俺を殺そうとした親を返り討ちにした後、そんなことを考えながら縁側で月を眺めて少し経った頃。

 

 -………る、累…-

 

 とっくに事切れていてもおかしくなかった母が、何か言っていることに気が付いた。何故か無性に気になって、耳を澄ましてみると―

 

 -じょ、丈夫な体に…産んであげられなくて……ご、ごめんね……-

 

 その言葉を最後に母は事切れた。死んだ。

 

 -大丈夫だ、累。一緒に死んでやるから-

 

 殺されそうになった怒りで、理解出来なかった言葉だったが…父は、俺が人を殺した罪を共に背負って、死のうとしてくれていたのだと…その瞬間、唐突に理解した。

 本物の絆を、俺はあの夜俺自身の手で切ってしまった。

 自分のしてしまったこと。その罪深さに震える俺を、無惨様は優しく励ましてくださった。

 

 -全ては、お前を受け入れなかった親が悪いのだ。己の強さを誇れ-

 

 そう思うより他、どうしようもなかった。自分のしてしまったことに耐えられなくて、たとえ自分が悪いのだと思っていても…。

 

 

 毎日毎日、父と母が恋しくてたまらなかった。偽りの家族を作っても、虚しさがやまない。

 結局俺が一番強いから、誰も俺を守れない。庇えない。

 強くなればなる程、人間の頃の記憶も消えていく。自分が何をしたいのか、わからなくなっていく。俺は何がしたかった?

 

 

「………」

 

 気が付くと俺は、自分の体をあの兄妹のもとへと歩かせていた。どうやってももう手に入らない絆を求めて…

 必死で手を伸ばしてみようが、届きもしないのに…

 

「……あ…」

 

 力尽き倒れた俺の体。それを不憫に思ったのか、鬼狩りが背中にそっと手を当ててくれた。

 温かい…。離れていても感じる。陽の光のような優しい手。改めてハッキリと思い出した。僕は…謝りたかった。

 ごめんなさい。全部全部僕が悪かったんだ。どうか、許してほしい…。

 

「でも、山ほど人を殺した僕は…地獄に行くよね……父さんと母さんと…同じ所へは…行けないよね…」

 

 灰となり、ボロボロと崩れていく中、僕はそう呟いて……気付くと、何も無い真っ白な場所に蹲っていた。そして―

 

「一緒に行くよ。地獄でも」

「父さんと母さんは、累と同じところに行くよ」

 

 父さんと母さんが優しく僕を受け入れていくれた。僕は、両目からボロボロと涙を流しながら、父さんと母さんに抱き着き、必死になって謝っていく。

 

「全部僕が悪かったよう! ごめんなさい!」

「ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

 周りが炎に包まれていく中、僕は最後の最後まで謝り続け、父さんと母さんは最後まで僕を抱きしめてくれた。

 

 

炭治郎視点

 

 蜘蛛の巣柄の着物だけを残し、完全に灰となった子どもの鬼。俺は抱きしめていた禰豆子を促して、2人で正座をすると、鬼の遺品である着物に向けて手を合わせ、その冥福を祈った。

 この鬼が抱えていた事情はわからないし、沢山の人を殺し、喰らったことは許せない。それでも、最後に嗅ぎ取ることが出来た悲しみ。小さな体では抱えきれないほどの大きな悲しみを無視することは―

 

「人を喰った鬼に情けをかけるな」

 

 突然聞こえてきた声と共に、誰かの足が着物を踏みつけたのはその時だ。慌てて顔を上げると―

 

「冨岡…さん」

 

 そこには冨岡さんの姿があった。

 

「………」

 

 冨岡さんは、一見何を考えているのかわからない…表情の乏しい顔で、俺と禰豆子を見つめ…

 

「もう一度言う。人を喰った鬼に情けをかけるな。子どもの姿をしていても関係ない。何十年何百年生きている醜い化け物だ」

 

 感情が容易には読み取れない。抑揚の無い声で俺にそう告げてきた。

 冨岡さんには冨岡さんの信念がある。言っていることも決して間違ってはいないのだろう。それでも…

 俺は冨岡さんの目をじっと見つめながら―

 

「殺された人達の無念を晴らす為、これ以上犠牲者を出さない為…勿論俺は容赦なく鬼の頸に刃を振るいます」

「だけど、鬼であることに苦しみ、自らの行いを悔いている者を踏みつけにはしない」

「麟矢さんも言っていました。鬼との戦いの中で、怒りや憎しみに駆られることもあるだろう。その感情を否定はしない。だけど、人倫に(もと)*1ことだけは、やってはいけない。と」

「鬼は人間だったんです。俺と同じ人間だったんです。足をどけてください」

「醜い化け物なんかじゃない。鬼は虚しい生き物だ。悲しい生き物だ」

 

 静かに、だけどハッキリとした口調で言い切った。

 

「お前は………」

 

 俺の気持ちが通じたのか、着物からゆっくりと足を離していく冨岡さん。だけど―

 

「ッ!」

 

 次の瞬間、冨岡さんは俺と禰豆子を庇う態勢を取り、高速で向かって来た女性の隊士が振るう刃を防いでみせた。

 

「あら? どうして邪魔するんです。冨岡さん」

「………」

「鬼と仲良くするのは無理だなんて言ってたくせに、何なんでしょうか。そんな風だから、皆から誤解されたり、悪く思われたりするんですよ」

 

 困った顔をしながら、冨岡さんと対峙する女性の隊士。俺より一回りほど小さいけど、纏っている気配から、相当な実力者だということが解る。多分、冨岡さんや麟矢さん並だ。

 

「……この鬼は普通じゃない。だから、斬らせない」

「………冨岡さん。それで私が、はい、わかりました。なんて言うとお思いですか?」

「…すまない、また言葉が足りなかった。この鬼と出会ったのは、約2年前―」

「そんなところから長々と話されても困りますよ。もしかして嫌がらせですか? もしかして、さっき斬りかかったことを怒ってます?」

「………」

 

 冨岡さんとの噛み合わない会話に苦笑した女性は、俺へと視線を移し―

 

「坊や…と呼ぶのも失礼ですね。あなた」

「は、はい!」

「あなたが庇っているのは、鬼ですよ。危ないですから離れてください」

 

 そういって、俺に禰豆子から離れるよう促してきた。どうしよう、この女性は俺と禰豆子の事情を知らない。何とか、上手く説明しないと!

 

「ちっ…! 違います! いや、違わないですけど…あの、妹! 妹なんです! 俺の妹で、それで―」

「まぁ、そうなのですか。可哀想に…では、苦しまないよう、優しい毒で殺してあげましょうね」

 

 普通の日輪刀とは違う…特殊な形の日輪刀を構え、そう告げる女性隊士。あぁ、駄目だ。上手く事情を説明しないといけないのに、焦って言葉を上手く紡げない!

 

「行け」

「えっ…」

 

 冨岡さんが再び口を開いたのはその時だ。

 

「少しは休めて、体力も回復しただろう。妹を連れて逃げろ」

「冨岡さん……すみません! ありがとうございます!」

 

 俺は冨岡さんへお礼を言うと同時に禰豆子を抱き抱え、一目散に走りだす。何とかこの場を…切り抜けないと!

 

 

しのぶ視点

 

「冨岡さん……すみません! ありがとうございます!」

 

 そう言うと、妹だという鬼の少女を抱き抱えて、一目散に走り去る少年隊士。あの必死さからみて、あの鬼が妹だというのは間違いなさそうですが…

 

「これ、隊律違反なのでは?」

「………」

 

 当面の問題は、富岡さんへの対処ですね。私個人としては、冨岡さんと事を構えるつもりは無いのですが…場合によっては―

 

「…炭治郎は」

 

 ん?

 

「炭治郎は、下弦の伍を討伐した」

「まぁ、それは素晴らしいことです」

 

 予想外な冨岡さんの発言。私は動揺を最小限に抑えつつ、手を叩いて炭治郎という名だとわかったあの少年隊士の功績を手を叩いて讃える。

 

「ですが、隊士が鬼を連れていた事は、立派な隊律違反。功績と罪過は分けて考えるべきですね」

「……あの鬼、禰豆子は普通じゃない。だから、大丈夫だ」

「………冨岡さん。大丈夫だと仰るなら、それを証明出来るだけの理由を提示してください」

「…全ては2年前に遡る」

「冨岡さん…もしかして、わざとやってます?」

「何をだ?」

 

 はぁ…このままでは埒が明きませんね。悔しいですが、完全に足止めされてしまったようです。でも…

 

「冨岡さん。もしかしたら、私を足止めすれば何とかなると思ってます? そうだとすれば…大きな間違いですよ」

「ッ!?」

 

 あちらのことは、()()()に任せましょう。

 

 

炭治郎視点

 

 禰豆子を抱き抱えたまま、俺は森を走り続ける。本当なら背負い箱に入れてやった方が良いんだろうけど…足を止めたら、良くないことが起きる。そんな気がするから、禰豆子を抱いたままで走るしかない。

 

「なんとか、なんとか麟矢さんや善逸達と合流して…」

「むー!」

 

 禰豆子が声を上げたのはその時だ。同時に頭上…樹の上から気配を感じる。しまった! 禰豆子を抱えて走ることに気を取られて―

 

「………」

 

 次の瞬間、気配の主は日輪刀を右手に握り、俺目がけて跳び下りてきた。駄目だ…今、下手に動いたら、禰豆子を危険に晒してしまう!

 俺は咄嗟に禰豆子を抱きしめ、自分自身を盾にする。斬りたければ斬れ! 例え一太刀浴びたとしても、禰豆子は守り抜いてみせる!

 

「………あれ?」

 

 来ると思っていた攻撃が来ない。俺は恐る恐る様子を確認すると―

 

「間一髪…ですね」

 

 そこには、女性隊士の振るった日輪刀を小太刀で受け止める麟矢さんの姿があった。

 

「麟矢さん!」

 

 俺は麟矢さんが来てくれたことに安堵しつつ、促されるまま麟矢さんと女性隊士から距離を取る。それを確認した麟矢さんは微かに頷き、女性隊士に声をかける。

 

「カナヲさん、久しぶりですね。実はそこにいる鬼の少女…少々訳ありでして、刀を納めてもらえませんか?」

「………師範から命じられているのは、鬼の頸を斬ることです」 

「うーん、まだ()()()では難しいか。それならば言い換えましょう。鬼殺隊監査役『梁』として、隊士、栗花落カナヲに命じます。刀を納めなさい」 

 

 普段とは違う、どこか威圧感のある声色で、カナヲという名前の女性隊士に命令する麟矢さん。

 

「………」

 

 すると、女性隊士は隊服の衣嚢*2から何かを取り出して、指で弾いた。あれは…銅貨?

 女性隊士は弾いた銅貨を受け止め、何かを確認すると―

 

「わかりました」

 

 刀を納めてくれた。

 

「カナヲさん、感謝」

 

 麟矢さんもそう言って、小太刀を鞘に納めているし…大丈夫、みたいだ。

 

「伝令! 伝令! カァァァッ! 伝令アリ!」

 

 ホッとしたのも束の間、飛んで来た鎹鴉の伝令を伝える声に、その場の全員が鎹鴉に注目する。

 

「隊士、竈門炭治郎! 並ビニ鬼ノ少女禰豆子! 両名ヲ本部ヘ連レ帰ルベシ!」

「ナオ、両名ヘノ手荒ナ真似ハ厳禁! 絶対ニ傷ツケルコトナク、本部ヘ連レ帰ルベシ!」

「竈門炭治郎、額ニ傷アリ。鬼ノ少女禰豆子、竹ノ口枷ヲ咥エテイル!」

 

 俺と禰豆子を鬼殺隊の本部へ!? どういうことなのかと、麟矢さんの顔を見ると―

 

「流石は耀哉様。見事なタイミングだ」

 

 そう言って、うんうんと感心していた。たいみんぐ? って何なのか解らないけど…きっと、良いことなんだろう。

 こうして俺と禰豆子は麟矢さんと共に、鬼殺隊の本部へと向かうことになったのだった。

*1
人として行うべきあり方、とるべき道に背くさま

*2
ポケットの古い言い方




最後までお読みいただきありがとうございました。
次回、柱合裁判&会議に突入します。


※大正コソコソ噂話※

麟矢が使用する麟矢だけの呼吸『全集中・紛の呼吸』。
他の呼吸の模倣に特化した呼吸であり、現時点では炎、水、風、雷、花、霞の六つの呼吸を模倣可能です。
ただし、五大流派に比べると派生流派は模倣が難しいらしく、花の呼吸と霞の呼吸は未だ実用に耐えうるだけの完成度には至っていません。
また、麟矢は密かに自分だけの切り札を開発しているとか?


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参拾玖之巻 -激震! 柱合裁判!!(前編)-

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。

なお、今回は鬼殺隊の過去についての独自設定と描写。
更に風柱・不死川実弥、蛇柱・伊黒小芭内に対する辛辣な表現が存在します。
閲覧の際はご注意ください。


しのぶ視点

 

「伝令! 伝令! カァァァッ! 伝令アリ!」

 

 私を足止めする冨岡さんと睨み合う最中に聞こえてきた鎹鴉の声。冨岡さんから目を離さずにその声へ耳を傾けると― 

 

「隊士、竈門炭治郎! 並ビニ鬼ノ少女禰豆子! 両名ヲ本部ヘ連レ帰ルベシ!」

「ナオ、両名ヘノ手荒ナ真似ハ厳禁! 絶対ニ傷ツケルコトナク、本部ヘ連レ帰ルベシ!」

「竈門炭治郎、額ニ傷アリ。鬼ノ少女禰豆子、竹ノ口枷ヲ咥エテイル!」

 

 聞こえてきた内容は、俄かに信じ難いもの。しかし、鎹鴉が嘘を吐くとは考えられませんし、何よりも冨岡さんの言動を考えると…

 

「そういうことでしたか。冨岡さん、貴方もなかなかの策士ですね」

「…何のことだ?」

 

 (とぼ)けた態度を崩さない冨岡さんですが…まぁ良いでしょう。然るべき場でキチンと説明してもらいますからね。

 

 

炭治郎視点

 

 鎹鴉による伝令の後、俺と禰豆子は麟矢さんに連れられて那田蜘蛛山を下山。

 

「炭治郎、禰豆子ちゃんのこと…頼んだぞ」

「何も出来ないけど、2人の無事を祈ってるからな」

「欣也が今日の夕飯は天婦羅だって言ってたからな! さっさと帰って来いよ!」

 

 事情を知っている善逸と玄弥、そしてあまり事情を理解していない伊之助に見送られながら、麓で待機していた隠の人達が担ぐ籠へと乗り込んだ。

 渡された目隠しと耳栓、そして鼻栓をしっかりと装着して、籠に揺られること数時間。

 

「さぁ、炭治郎君。行きますよ」

「は、はい!」

 

 馬で先行し、諸々の準備を整えていた麟矢さんに迎えられ、俺は鬼殺隊本部の中へと入っていく。

 目的地である庭へと向かう途中―

 

「炭治郎君。今のうちに言っておきますが…この先で君を待っているのは鬼殺隊の最高戦力、柱の9人です。前以てお館様が、君や禰豆子ちゃんに危害を加えることを固く禁じてくださっているので、大部分…9人中7人は、少なくとも表面上は理性的な対応を取ってくれると思います」

「ですが…2人程少々厄介な方がおりまして、ほぼ確実に君や禰豆子ちゃんに対して、敵意を向けてきたり…最悪危害を加えようとするかもしれません。勿論、君達は私が全力で守りますが…一応、覚悟はしておいてください」

「…はい!」

 

 麟矢さんとそんな会話を交わし、俺と背負い箱に入った禰豆子は、鬼殺隊本部の庭へと足を踏み入れた。

 

 

麟矢視点

 

 俺と炭治郎君、そして禰豆子ちゃんが庭へと一歩足を踏み入れた途端、九つの視線が一斉に俺達へと向けられる。

 

「お待たせいたしました。竈門炭治郎隊士、並びに竈門隊士の妹である禰豆子嬢を連れて参りました」

 

 視線から感じる様々な感情。俺はそれら一切を無視して、必要な事柄だけを伝えると、柱の皆さんとある程度離れた位置に敷かれた(むしろ)に正座する。

 

「炭治郎君、私の後ろに座ってください」

 

 そして、炭治郎君にも座るように促したのだが…

 

「おい、東雲ェ…てめぇ、何を平然とした顔で座ってやがる!」

 

 早速、不死川様が怒気を帯びた顔で、こちらに嚙みついてきた。

 

「そこの罪人は『離』の一員。即ち、『離』の責任者である貴様も、隊律違反を認識していながら黙認していたということだろう?」

「同じく隊律に違反した冨岡と3人揃ってどう処分する? どう責任を取らせる? どんな目にあわせてやろうか?」

「そもそもの話。罪人を拘束すらしていない様に、俺は頭痛がしてくるんだが…」

 

 更に伊黒様が不死川様に同調して、ネチネチと嫌味を言ってきた。まぁ、俺自身は何を言われても聞き流すだけだが、炭治郎君が酷く気にしている様子だからな…。

 

「炭治郎君…竈門隊士が罪人かどうかを判断するのが、今回行われる柱合裁判の目的だった筈。判決が出てもいないのに、彼を罪人呼ばわりするのはやめていただきたい」

 

 言うべきことは言っておこう。

 

「あァ? 鬼を庇ってる時点で罪人確定だろうがァ! 裁判なんて必要ねェ…鬼諸共首を刎ねてやらァ!」

「同感だな。鬼と同じ空間にいること自体不愉快極まりない。即刻首を刎ねるべきだ」

 

 俺の発言に対し、予想通りの反応を返す不死川様と伊黒様。だからこそ―

 

「失礼ながら…お2人とも裁判という言葉の意味を辞書で調べて、100回ほど紙に書き取られた方が宜しいかと存じます」

 

 こっちも前以て考えておいた反撃が出来るってもんだ。

 

「あァ?」

「どういう意味だ…」

「国家ないし公権力の法、もしくは組織内の規律に基く刑罰権を発動することなく、個人または集団によって執行される制裁。それはただの私刑に過ぎません」

「鬼殺隊は悪鬼の手から無辜の民を守る組織であり、柱は隊士の模範となるべき立場。そのことをくれぐれもお忘れなきよう」

 

 淡々とした俺の声に、言葉を無くす不死川様と伊黒様。すると―

 

「ハッハッハッ! これは一本取られたようだな! 不死川! 伊黒!」

「東雲の発言は俺にとっても少々耳が痛い! 柱として、今以上に己を厳しく律さなければならないな!」

「それに竈門隊士と鬼の少女に対して、手荒な真似を禁ずる旨、お館様からお達しがあったこと、お忘れではないですよね? 不死川さんも伊黒さんも、勝手な真似は慎んだ方が良いと思いますよ」

「お館様が何を考えて、そんなお達しを出したか…皆目見当がつかねえが、だからこそ色々と解る迄は下手に動かねえのが得策だろうな」

「わ、私も! お館様がお越しになるのを待った方が良いと思います!」

「最高戦力である柱の暴走。これだけは何としても避けなければならないこと…不死川、伊黒、お前達の気持ちは重々承知している。だからこそ短慮な行動は慎め」

 

 煉獄様が高らかに笑いながらそう言ったのを皮切りに、胡蝶様、宇髄様、甘露寺様、そして悲鳴嶼様が次々と口を開き、不死川様と伊黒様を宥め、窘めていく。

 ちなみに、冨岡様は無言を貫き、時透様はボンヤリと空に浮かんだ雲を眺めていたりする。

 そして、不死川様と伊黒様が黙り込んで少し経った頃―

 

「「お館様のお成りです」」

 

 ひなきさんとにちかちゃんの声が聞こえてきた。

 

「炭治郎君。私の真似をしてください」

 

 素早く姿勢を正しながら発した俺の声に、炭治郎君が慌てて反応した直後。襖が開き、耀哉様が姿を現した。

 

 

天元視点

 

 ひなき様とにちか様の肩を借り、ゆっくりと座敷の中へと進まれるお館様。衣擦れの音から判断して…2ヶ月前にお会いした時よりも、僅かにだが歩く速度が落ちているな。

 東雲や胡蝶が中心になって、お館様を蝕む呪いの進行を何とか食い止めてはいるが…呪いが解けた訳ではなく、呪いの進行も完全に止まった訳でもない。

 何か劇的な変化でも起きなければ、あと2年程でお館様は寝たきりになる。それが東雲と胡蝶の共通した見解らしい。まったく、地味に厄介な呪いだぜ。

 

「よく来てくれたね。私の可愛い剣士(子ども)達」

「今日はとても良い天気だね。空の青さが眩しいほどだよ」

「顔ぶれが変わらずに、半年に一度の柱合会議を迎えられたこと、嬉しく思うよ」

「お館様におかれましてもご壮健でなによりです。益々のご多幸を切にお祈り申し上げます!」

「ありがとう、実弥」

 

 おっと、考え事に気を取られて、お館様へのご挨拶を不死川に取られちまったか…それにしても、あの竈門…炭治郎だったか? なんて顔をしてやがる。

 大方『知性も理性も全く無さそうだったのに、きちんと喋りだした』とでも考えているんだろう。まぁ、気持ちは解らなくもないな。

 

「畏れながら。柱合会議の前に、この竈門炭治郎なる鬼を連れた隊士について、ご説明いただきたく存じますが、よろしいでしょうか」

 

 不死川の問いかけと同時に、俺を含む柱9人、そして東雲達の視線が一斉にお館様へと向けられる。果たして、お館様のお考えは…

 

「そうだね。驚かせてしまって、皆にはすまないと思っているよ」

「実は炭治郎と禰豆子のことは、()()()()()()()()。そして、皆にも認めてほしいと思っている」

「ッ!?」

 

 お館様の口から出た言葉。その内容に、冨岡と東雲を除く俺達は驚きを隠せない。

 

「嗚呼…お館様のお考え、隊士と鬼の少女を傷つけずに連行しろという先の伝令の内容からして、何かしらの深い事情があるものと推察いたしますが…私は承知しかねる…」

「俺も派手に反対する。鬼殺隊にとって鬼は敵。(てき)を連れた鬼殺隊士など認められない。もっとも、()()()()()()()()()()()()()()、考えを翻すことも吝かではありませんが」

「私は全てお館様の望むまま従います」

「僕はどちらでも…すぐに忘れるので…」

「………」

「………」

「鬼とは心まで腐った存在。信用しない、信用しない。鬼は大嫌いだ」

「心より尊敬するお館様であるが、理解し難いお考えだ!」

「鬼を滅殺してこその鬼殺隊。竈門、東雲、冨岡の3名に対し、厳しい処罰を願います」

 

 次々とお館様へ声を上げる俺達。冨岡はともかく、胡蝶が無言なのは気にならなくもないが…まぁ、一旦置いておこう。

 お館様は俺達の声全てに耳を傾けた後―

 

「ひなき、手紙を」

「はい」

 

 ひなき様に予め持たせていた手紙を代読するように命じた。俺達が清聴の体勢を取る中、ひなき様の声が響き始める。

 

「こちらの手紙は()()である鱗滝左近次様から頂いたものです。一部抜粋して読み上げます」

「“――炭治郎が、鬼の妹と共にあることをどうか御許しください”」

「“禰豆子は強靭な精神力で、人としての理性を保っています”」

「“飢餓状態であっても人を喰わず、そのまま2年以上の歳月が経過いたしました”」

「“俄には信じ難い状況ですが、まぎれもない事実です。もしも禰豆子が人に襲いかかった場合は”」

「“竈門炭治郎及び鱗滝左近次、冨岡義勇が腹を切ってお詫び致します”」

 

 ひなきさまが手紙を読み終えた後、その場を暫しの間沈黙が支配し…

 

「……切腹するから何だと言うのか。死にたいなら勝手に死に腐れよ。何の保証にもなりはしません」

「恐れながら、不死川の言う通りです! 人を喰い殺せば、取り返しがつかない! 殺された人は戻らない!」

「そもそもの話。二年の間人を喰っていないと言うのも眉唾だ。元柱とはいえ、鱗滝左近次は冨岡の師。弟子を庇って虚偽の報告をしている可能性も捨てきれない」

 

 不死川、煉獄、伊黒が声を上げた。だが、それもお館様の予想の範疇だったのだろう。

 

「たしかにそうだね。この文だけでは人を襲っていないという証明が出来ない。人を襲わないという保証も出来ない」

「だからこそ、私は麟矢君に協力を頼み…『離』を設立した」

 

 何事も無いようにとんでもない情報が投げこまれた。

 

「なんと! お聞きしていた設立の理由は偽りだったのですか!?」

 

「それらの理由*1も偽りではないよ。ただ、それらの理由を隠れ蓑にして、竈門炭治郎、禰豆子兄妹の監視と審査を行う様、麟矢君には密命を与えていた訳だ」

「なるほど! いやはや、お館様の深いお考え、我々等では足元にも及びません!」

 

 煉獄の感心したような声に、お館様は小さく頷き、東雲へと視線を送る。

 

「では、麟矢君。皆に報告を」

「畏まりました」

 

 お館様の声に答えた東雲は一礼し―

 

「では、『離』設立から本日までの調査結果を報告させて頂きます。まずはこの資料を」

 

 俺達に紙の束を渡し、説明を始めていく。

 

「まず、伊黒様が疑問の声を挙げられていた鱗滝様からの手紙についてですが…鱗滝様が居を構えておられる狭霧山を中心とした半径2里の範囲内に存在する村や町では、この2年、鬼の被害によると思われる死者は1人も出ていないことが確認されています」

「何だと…」

「あぁ、お疑いでしたら幾らでもお調べになってください。もっとも…捏造でもしない限り、何も出てきませんが」

「………くっ!」

 

 東雲にしてやられる形になり、黙り込む伊黒。東雲の説明は続く。

 

「『離』へ招集する前、竈門隊士には単独での任務を数件与え、その行動を監視しましたが、いずれの任務においても竈門隊士は、鬼殺隊士としての任務を立派に果たしており…その内1件では、禰豆子嬢も戦闘に参加し、鬼と戦っていることが確認出来ています」

「鬼でありながら、鬼と戦った…東雲、間違いないのか?」

「間違いありません」

「うぅむ…」

 

 鬼の少女が鬼と戦ったという事実に、悲鳴嶼の旦那も唸りながら考え込み始める。こいつは…流れが変わり始めたかもな。

 

 

麟矢視点

 

 浅草の一件で、禰豆子ちゃんが鬼…朱紗丸と戦ったことを知り、考え込む悲鳴嶼様。俺はその姿に一定の手応えを感じながら、報告を続けていく。

 直近の任務であった那田蜘蛛山においては下弦の伍と戦い、炭治郎君の下弦の伍撃破に多大なる貢献をしたこと。

 そして、禰豆子ちゃんが絹江さんを始めとする我が家の女中さん達と心を通わせていることを話すと、柱の皆さんからどよめきが生じた。

 

「以上の点から、禰豆子嬢がこの2年人を襲っていないことは事実であり、これから先も人を襲う確率は限りなく零に近いと考えられます」

 

 この言葉を最後に俺は報告を終え、周囲を再び沈黙が包む。

 

「百歩…いや千歩譲って、その鬼がこれまで人を襲わなかったこと、喰わなかったことは認めてやろう」

 

 その沈黙を破ったのは伊黒様だ。

 

「だが、これから先人を襲わないという保証は無い! 限りなく零に近い? 零でないということは。起きるかも知れないということだ」

「第一、これまで人としての理性を保っていたというのが、本来ならば()()()()()()()なのだ。そんな奇跡頼みで、鬼を放置するなど危険極まりない」     

 

 禰豆子ちゃんの入っている背負い箱を睨みながら、そう捲し立てる伊黒様。有り得ない奇跡…か。

 

「その言葉を…待っていました」

「何?」

 

 俺の呟きに怪訝な表情となる伊黒様。俺は何も言わずに新たな紙の束を取り出し―

 

「皆様、何も言わずにこちらの資料をご覧下さい」

 

 柱の皆さんへと渡していく。全員の視線が資料へと向けられ*2

 

「東雲! ここに書かれている内容は…事実なのか!?」

 

 珍しく動揺した煉獄様の声を皮切りに、まさか…、こんなことが…といった声が聞こえてきた。そう、これこそが柱合裁判における切り札にして、鬼殺隊の闇。

 

「過去300年分の報告書や、その他の記録を精査して判明した事実です」

 

 俺はここで一旦言葉を切り…数回深呼吸をして、一気に言葉を紡いでいく。

 

「禰豆子嬢と同じように人としての理性を保った鬼は、過去300年間で最低でも68人存在し…鬼殺隊は、その全員を抹殺しています」

「更には、そんな鬼を庇い、匿っていた家族や友人をも、鬼と結託した極悪人として殺害した事例も…数件ですが確認出来ました」

 

 俺の言葉の後、誰もが黙り込む。さぁ、どんな反応を返してくる?

*1
①担当地域を持たない班を敢えて作り、1つの班では対応しきれない強力な鬼が発生した場合や、比較的近い範囲で同時多発的に鬼が発生した場合の増援等を担当する。②上位の階級に就いている隊士が新人隊士と行動を共にすることで、殉職率の低下と実力の向上を両立させる。

*2
悲鳴嶼様は鎹鴉『絶佳』による代読




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※
 
麟矢が最終選別に向けて用意したナイフ。
現在も日輪刀、コンパウンドボウに次ぐ第三の武器として任務の際には欠かさず携帯していますが、近頃改造が施され、誰もがアッと驚くような機能が追加されたらしいです。


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肆拾之巻 -激震! 柱合裁判!!(中編)-

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。

なお、今回も鬼殺隊の過去についての独自設定と描写が存在します。
閲覧の際はご注意ください。

また、掲載に伴い参拾漆之巻 -兄妹の絆-を極々一部改訂しております。
具体的には胡蝶しのぶ様が姉蜘蛛に放った蟲の呼吸、蟷螂(とうろう)ノ舞。双鎌羅刹(そうれんらせつ)蟷螂(とうろう)ノ舞。双鎌夜叉(そうれんやしゃ)に改名しました。


しのぶ視点

 

「禰豆子嬢と同じように人としての理性を保った鬼は、過去300年間で最低でも68人存在し…鬼殺隊は、その全員を抹殺しています」

「更には、そんな鬼を庇い、匿っていた家族や友人をも、鬼と結託した極悪人として殺害した事例も…数件ですが確認出来ました」

 

 東雲さんの報告で周囲が静まり返る中、私は無言を貫きながら…4年前鬼との戦いに敗れて亡くなった姉、胡蝶カナエのことを思い出していました。

 姉さんは生前、『鬼は哀れで悲しい存在』『人だけでなく鬼も救いたい』と常々言っていました。もしかしてそのような考えに至ったのは…

 

「この人としての理性を保った鬼ですが、平均すると大体5年に一体の割合で出現しており…直近だと4年半前、殉職された花柱…胡蝶カナエ様が遭遇しています」

 

 やはり…東雲さんの言葉に、私は自分の予感が正しかったことを悟る。

 東雲さんによると、姉さんは4年半前…柱になった直後と、6年前、それから7年前の三度、人としての理性を保った鬼と遭遇していた。

 人としての理性を保った鬼と遭遇するのは極めて稀。1人の隊士が3度も遭遇するのは、文字通り天文学的な確率…例えるならば、サイコロを振って、10回連続で6を出すようなもの*1だと東雲さんは言っていました。

 姉さんはきっとそう言う星のもとに生まれていたのね。

 

「胡蝶カナエ様の鬼をも憐れむその考え方は、鬼殺隊の中でも特に異端とされていた為、報告書は比喩や婉曲的な表現を多く用いて書かれていましたが…そうであると理解していれば、容易く読み取ることが出来ました」

 

 そう言って、姉さんが書いた報告書を纏めた物の一つ、姉さんが初めて人としての理性を保った鬼と遭遇した際の報告書を読み上げていく東雲さん。その概要は―

 

 一つ…7年前、当時(かのと)の階級に就いていた姉さんは、任務を終えて帰還中、偶然通りかかった荒れ寺に潜んでいた鬼の少女と遭遇した。

 二つ…鬼の少女は、奇跡的に人としての理性を保っており…それ以上近づくな。貴女を傷つけてしまう。殺してしまう。と泣きながら姉さんを威嚇してきた。

 三つ…鬼の少女から何かを感じ取った姉さんは、自分が鬼狩りであることを告げ、少し話をしようと声をかける。鬼の少女も、そんな姉さんの態度に警戒を僅かに解き…2人は話始めた。

 四つ…鬼の少女は10日前に家族を皆殺しにされた上に、自身は鬼へと変えられたのだが、今日まで強烈な飢餓感と頭の中で響き続ける『人を喰らえ』という声に必死に抗い、怪物と化した己が他人を傷つける前に…と自殺を繰り返していた。しかし、大木の天辺から飛び降り、岩に頭を叩きつけ、自らの爪で喉を切り裂き、胸を貫いても死ぬことは出来なかった。それどころか、『人を喰らえ』という声が大きくなるばかり。絶望しかけた時にやってきたのが姉さんだった。

 五つ…鬼の少女は姉さんに己を殺すように懇願。姉さんは懇願を受け入れ、その頸を刎ねた。

 

 と言うものだった…。

 

「嗚呼…カナエは常々、『人だけでなく鬼も救いたい』と言っていた…当時は理解出来なかったが…人の理性を保った鬼と出会っていたのであれば、そのような考えに至るのも無理からぬことか…」

「胡蝶カナエ様本来の気質による部分も大きいと思われますが、実際に人の理性を保った鬼と出会ったことも確実に影響していたでしょうね」

 

 数珠を持った手を合わせ、涙を流しながらそう呟く悲鳴嶼さんに対し、そう言葉を返す東雲さん。

 姉さんを知っている宇髄さんや冨岡さんも、姉さんを悼むように目を閉じて、祈りを捧げてくれている。

 

「人としての理性を保った鬼が過去にも存在していたことはわかった! しかしながら今の話を聞く限り、10日程度で限界を迎えてしまうようにも思われるが…そのあたりについて、わかるのであればもう少し詳しく知りたい!」

 

 その時声を上げたのは煉獄さん。だけど、その問いかけも東雲さんにとっては想定の範囲内だったのでしょう。

 

「その点につきましては、()()()()()()()()()()()()()という注釈がつきますが…約100年というのが最長になるでしょうか」

 

 何でもないことのようにそう答えられていますが…100年とは、とんでもない長さですね。

 

 

杏寿郎視点

 

「その点につきましては、記録として残されている中でという条件がつきますが…約100年というのが最長になるでしょうか」

 

 俺の問いかけに対し、平然と答える東雲。それにしても100年とは! まさしく予想の範疇を超えているな!

 

「この報告書は、今から約180年前*2。当時の水柱が書かれたものです」

「報告書自体は、通常のものと何ら変わらない内容ですが…当時のお館様直々の注釈が付けられており…それを基に調べた結果、この手紙が見つかりました」

 

 そう言って、一通の書状を取り出す東雲。察するに、表沙汰に出来ない内容故に書状という形を取った…ということか。

 

「この書状には、秩父山中にある村を襲った鬼を討伐した際、その村で荒神様と崇められ、村人と共存していた鬼とも遭遇。紆余曲折の末鬼の頸を刎ねた。鬼は全て邪悪と決めつけ、村人達から心の支えを奪ってしまった己の愚行を強く恥じる。と書かれています」

 

 東雲の説明の後、書状を受け取った俺はその内容に素早く目を通していく。うむ、たしかにそう書かれているな!

 

「信頼のおける人物にこの村へと向かってもらい、追加で調査を行ったのですが…この村には今でも昔話という形で、当時のことが語り継がれていました。内容はこのようなものとなります」

 

 “その昔、この村の近くにある大きな洞穴には荒神様が住んでいました。この村が出来る前から洞穴で暮らしていた荒神様はとても背が高く、そして恐ろしいお顔をしていましたが、とても優しい心の持ち主で、嵐で倒れた樹が村へと続く道を塞いだ時や、村で火事が起きた時などに、まるで風の様にやって来て村人達を助けてくれました”

 “村人達も季節ごとに畑の作物や仕留めた猪や熊の肉、川で捕まえた魚などをお供えしたり、秋のお祭りの時には荒神様を讃える歌を歌ったりして、荒神様に感謝を捧げていました”

 “ある日、村に恐ろしい人食い鬼が現れ、村人達を襲いました。荒神様はすぐさま駆け付け、鬼と戦ってこれを退けてくれたのですが、そこに旅の侍が表れて、荒神様に刀を向けました”

 “村人達は口々に荒神様を庇うのですが、旅の侍は『そんな邪悪な風体をした輩が善良である筈がない』『俺はこれまでもこいつのような邪悪な化け物を成敗してきた』と聞く耳を持たず、村人達にも刀を突き付けてきます”

 “それを見た荒神様は「村の者に手を出すな。私を斬りたければ斬れ」と、自ら侍に斬られる道を選びました。荒神様が斬られたことに村人達は怒り狂い、鍬や鎌を手に侍を取り囲みますが、それを止めたのはまだ息のあった荒神様でした”

 “荒神様は村人達へ言いました。自分は100年前怪物に襲われ、家族を皆殺しにされた上に自らも怪物へ変えられてしまった人間であること。心だけは怪物にならず人のままだったが、このような姿では人里では生きていけない為、已む無く洞穴で暮らし始めたこと。数年経ってこの村が出来た時、最初は係る気など無かったが、困っている村人を見て、つい手を貸してしまったこと。そして、自分を荒神様と慕う村人達に本当のことが言えず、荒神様として振舞っていたこと”

 “怪物となって百年。自分の前にこのお侍が現れたのは、何かの天命なのだろう。命を絶たれることに何の不満も無い。だから、このお侍を憎むな。息も絶え絶えの中、懸命に紡がれる荒神様の言葉を泣きながら聞く村人達。そして荒神様は村の子ども達を呼び、最後の言葉をかけました”

 “優しさを失うな。弱い者を労わり、互いに助け合い、例え異国の者であろうとも心を通わせる気持ちを忘れないでくれ。例えその気持ちが何十回、何百回裏切られようとも。それが私の最後の願いだ”

 “子ども達へ最後の言葉をかけた直後、お亡くなりになった荒神様を村人達は丁重に弔いました。そして荒神様を斬った侍も己が間違っていたと改心し、村を去っていきました”

 

 東雲の語る昔話を聞きながら、俺は己の…鬼殺隊隊士としてのこれまでを振り返る。

 一隊士として、柱として、俺はこれまでの行いに恥じることは一つも無いと自信を持って断言出来る。

 だが、昔話に出てきた水柱と同じ立場に立った時、鬼の本質をキチンと見抜き、討伐の対象にするか否かを間違えずに判断出来るだろうか? うぅむ…これは柱としてとてつもない難問を突き付けられたのかもしれんな!

 

 

行冥視点

 

「………」

 

 東雲の口から語られる様々な事実を聞く度、思わず溜息が漏れてしまう。

 人としての理性を保った鬼が、過去に相当数存在していたこと。過去の鬼殺隊は、そんな鬼を尽く殺していたこと。そして…人としての理性を保った鬼を庇い、匿っていた家族や友人をも、当時の鬼殺隊は鬼と結託した極悪人と決め付けて殺害していたこと。

 

「これは今から約110年前*3。5名の『隠』が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 書状片手に東雲が話してくれた事例は以下の通りだ。

 

 一つ…鬼に変えられた息子を、町医者を営んでいた父親が自宅の蔵に匿っていることを当時の鬼殺隊が察知。階級(つちのと)の隊士を派遣した。

 二つ…派遣された隊士は息子()を討伐したのだが、その際に息子を庇おうと棒を振り回して抵抗した父親、更に息子を庇い自らを盾にした母親をも斬り殺してしまった。

 三つ…隊士は任務後、『両親は息子可愛さの余り、鬼を匿うだけでなく、人を喰わせていた。だから斬った』と弁明した。

 四つ…しかし、『隠』が事後処理を行った際、討伐された鬼が人を喰った形跡が全く見つからないこと。父親が付けていた日記に、鬼が人としての理性を保っている事が何度も書かれていたこと。そして、父親は自身が習得した医術を用いて、息子を人間に戻す研究を行っていたこと。が次々と判明。

 五つ…事実を知った『隠』は連名で告発状をお館様へ提出。その隊士は守るべき無辜の人々を殺害した咎で、切腹を命じられた。

 

 ………なんとも後味の悪い話だ。鬼殺隊内部の混乱を防ぐ為、当時のお館様が人としての理性を保った鬼が存在するという事実を揉み消したことも、後味の悪さを強めている。 

 鬼が人を喰らうという事実。これは否定しようがない。だが、その事実の陰に人を喰らわない鬼も存在しているという事実も存在していた。

 この隠された事実に気付かぬまま…気づいていても気付かぬふりをし続け、今に至る訳か。

 嗚呼…隠された事実を知った以上、柱として為すべきことを為さなければ…。

 

 

蜜璃視点

 

「以上が一通りの説明となります。何かご質問等はございますか?」

 

 麟矢君の説明が終わると同時に、周囲は沈黙に包まれる。私は他の隊士みたいに、鬼への恨みや憎しみが戦いの動機になっている訳じゃない。だから、質問する資格は無いのかも知れないけど…

 

「麟矢君…」

 

 どうしても気になることがあった私は、静かに手を上げた。

 

「甘露寺様、何か?」

「あの…人としての理性を保った鬼は、どうして生まれるのかな?って…あ、ごめんなさい! 私、あんまり頭が良くないから、変な質問しちゃったわね!」

 

 質問を口にした後で、私は慌てて質問を取り消そうと両手をあたふたと動かしてしまう。あぁ、他の皆はこんなどうでもいいこと、考えもしないわよね…

 

「甘露寺様、素晴らしい着眼点です」

「……え?」

 

 だけど、麟矢君は私の質問を素晴らしいと言ってくれた。

 

「孫子曰く、 敵を知り己を知れば百戦危うからず。人としての理性を保った…云わば通常とは異なる鬼がなぜ生まれるのか? それを知ることは、これからの戦いにおいて必ず大きな意味を持つでしょう」

 

 私に向けてそう断言した麟矢君は、一旦言葉を切り…

 

「そして甘露寺様のご質問に関しての答えですが……あくまでも私個人の推測ですが、鬼の首魁である()()()()()()()()()()()()()()だと思われます」

 

 質問への答えを話し始めた。

 

 

麟矢視点

 

「力が不完全…麟矢君、どういうことか説明してくれるかな?」

 

 俺の鬼舞辻無惨の力が不完全という発言に対し、その先を促してくる耀哉様。俺は了解の意味を込めて一礼すると、柱の皆さんを見回して、説明を再開する。

 

「そもそも鬼という存在は、鬼舞辻無惨の血を注ぎ込まれ、適応出来た人間の肉体及び精神が、己の意思に関係無く強制的に変異させられて誕生する超越生物」

「これは言い換えれば、適応出来た人間は鬼舞辻無惨と同じ存在に作り変えられているということになり、同時に鬼舞辻無惨の力が不完全であるということの証明になります」

「考えてもみてください。もしも鬼舞辻無惨の血が持つ人を鬼へと変える力が完全無欠であるならば、人間は血を注ぎ込まれた時点で問答無用で鬼にならなければならない」

「適応出来た極一部の人間しか鬼に変異しない時点で、鬼舞辻無惨の力には限界がある。不完全だと言える訳です」

「なるほど…それは言えているね」

 

 俺の説明に対し、そう言って頷く耀哉様。悲鳴嶼様や宇髄様、胡蝶様も頷いているし、煉獄様に至っては―

 

「なるほど! 道理だ!」

 

 と、大声を上げている。

 

「説明を続けさせていただきます。先程申し上げました通り、鬼舞辻無惨の力が不完全である為、適応出来た人間を変異させる際にも極々稀にですが何かしらの不具合が生じ…人としての理性を保った鬼を生み出しているのだと、私は考えております」

 

 説明を終え、俺は耀哉様と柱の皆様に一礼する。

 ………実のところ、今の説明で俺は敢えて話していない部分があったりする。鬼舞辻無惨が不完全な存在という考察に嘘は無いが、それが()()()()()()()()なのか()()()()()()()()()()()()()()のかがハッキリしないので、その辺りは話していない訳だ。

 個人的には戦国時代に遭遇した彼に切り刻まれた結果、力に限界が生じたのだと考えたいところだがな。

 

「東雲、人の理性を保った鬼…それが生まれる確率はどのくらいだ?」

 

 ここで口を開く宇髄様。確率か…。

 

「過去300年分の記録での計算になりますので、厳密な数字とは少々言い難いですが…およそ、1000分の1から1200分の1程度だと思われます」

「文字通り千に一つか…当然と言えば当然だが、あまり高くは無いな」

「いえいえ、自然界における突然変異の確率は10万分の1から100万分の1。それに比べればはるかに高確率かと」

「そ、そうか…あともう1つ。普通の鬼になるか、人としての理性を保った鬼になるか、その分かれ目は何だと思う? 血筋や性別、年齢か? それとも何かしらの外的要因か?」

「残念ながら、現時点では何の共通点も発見出来ていません。確証は持てませんが…運という可能性も捨てきれません」

「いい加減にしやがれェ!」

 

 宇髄様の問いに答えた瞬間、爆発する不死川様。やれやれ、そろそろ限界を超えると思っていたが…予想通りだな。

*1
1/60466176=約0.0000000167%。ちなみに宝くじの1等を当てる確率が0.0000001%

*2
徳川吉宗が8代将軍として治世を行っていた頃

*3
徳川家斉が11代将軍として治世を行っていた頃




最後までお読みいただきありがとうございました。
次回、柱合裁判終結。


※大正コソコソ噂話※
 
那田蜘蛛山での任務が命じられる前日。麟矢は後峠さんにある物の調達を命じました。
それはこの後に起こるある事件に備えてであり、麟矢にとってもかなり高額な買い物となったようです。


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肆拾壱之巻 -激震! 柱合裁判!!(後編)-

2週間お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。

なお、今回は風柱・不死川実弥、蛇柱・伊黒小芭内に対する辛辣な表現が存在します。
閲覧の際はご注意ください。



麟矢視点

 

「残念ながら、現時点では何の共通点も発見出来ていません。確証は持てませんが…運という可能性も捨てきれません」

「いい加減にしやがれェ!」

 

 宇髄様の問いに答えた瞬間、爆発する不死川様。やれやれ、そろそろ限界を超えると思っていたが…予想通りだな。

 心の中でそう呟きながら、俺は不死川様を注視する。不死川様は憤怒と殺意に満ちた形相で俺を睨みつけながら―

 

「東雲ェ…黙って聞いてりゃ、ペラペラと屁理屈を並び立てやがってェ……小難しい話で、俺達を煙に巻こうって魂胆かァ!?」

 

 と、俺へと怒声をぶつけてきた。うん、予想通りの反応だ。

 

「煙に巻こうとは心外ですね。私はあくまでも事実を述べているに過ぎません」

「その事実が本当に事実なのか、判らねえから言ってんだァ!」

 

 俺の返答に対し、更に吠える不死川様。更に―

 

「不死川の言うとおりだ。今まで全くと言って良いほど表に出てこなかったものが、今になって出てきた。随分と()()()()()()()()と思えるんだが?」

 

 伊黒様も口を開き、いつも以上にネチネチとした口調で俺に詰問してきた。

 

「伊黒様…何を仰りたいので?」

「わからないならハッキリと言ってやろう。東雲…この資料は()()だな?」

「………は?」

 

 予想外すぎる言葉に、思わず間抜けな声が漏れる。いや、捏造って…流石にそう来るとは予想外だ。

 

「業腹だが…隊士としてはともかく、お前の事務方としての能力は評価している。どれほどの時間をかけたかは知らんが、任務の合間を縫ってこれらの資料を捏造することは十分可能な筈」

「………」

「でっち上げた証拠で俺達を騙し、鬼殺隊の名誉も辱めたって訳かァ…今すぐ死んで償えやァ!」

「………」

「どうした? 何か反論があるなら言ってみろ。それとも…反論が出来ないのか?」

 

 無言のままの俺に対し、どこか勝ち誇った様子の伊黒様。お願いですから少し周りを見てください。胡蝶様や宇髄様は、あなた方の発言にドン引きしている様子だし、煉獄様も戸惑った様子。悲鳴嶼様に至っては、泣きながら手を合わせていますよ。

 あと炭治郎君。気持ちはわかるけど…俺の背後で、『この二人は何を馬鹿なこと言っているんだ?』みたいな顔をするのはやめてくれ。

 だが、このまま勝ち誇られるのも正直言って気分が悪い。そろそろ言い返すと―

 

「捏造でないことは、私が保証しよう」

 

 …耀哉様?

 

 

しのぶ視点

 

「捏造でないことは、私が保証しよう」

 

 静かな…だけどハッキリとしたお館様の声が聞こえた途端、私達全員の視線がお館様へと向けられました。お館様はいつも通りに微笑まれ…いいえ、先程までとは何かが違います。笑顔の奥から微かに感じるのは…怒り?

 

「実弥、小芭内。麟矢君の用意したこの資料の数々。捏造など一切無いことは私が保証するよ。何故ならば…」

「何故、ならば?」

()()()()調()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「「!?」」

 

 お館様の声を聞いた途端、その場から浮き上がらんばかりに驚く不死川さんと伊黒さん。お館様は微笑んだまま言葉を続けられます。

 

「仮にこの資料が捏造であるとするなら、麟矢君は輝利哉とひなき、傍にいる二人の目をずっと誤魔化し続けていたことになる。そのようなことはまず不可能だ」

「輝利哉とひなきが捏造に関与していたという可能性もあるが…産屋敷の人間がそのようなことに関わっていたならば、それこそ由々しき事態だ」

「「………」」

「ひなき、正直に答えなさい。麟矢君に不審な振る舞いは…無かったんだね?」

「はい。ここにいない輝利哉共々、麟矢様に不審な振る舞いはなかったこと、産屋敷の家の者として恥ずべき行いをしていないことを天地神明にかけて、お誓い致します」

「「………」」

「実弥、小芭内。鬼を憎む2人の気持ちはよくわかっている。しかし、真実から目を背け、偽りだと嘯くことは見過ごせない。柱として、どのように振舞うべきか、もう一度考えてほしい」

 

 まるで諭すようなお館様の言葉に、静かに俯く不死川さんと伊黒さん。やがて―

 

「…申し訳ありませんでした!」

「失言…でした。お詫び申し上げます」

 

 2人はお館様とひなき様へ頭を下げます。だけど、それは何か違うような…

 

「2人とも、ひなきはともかく私に謝るのは違うのではないかな? 謝るべき相手は他にいるだろう?」

「「………」」

 

 案の定、お館様に指摘されて硬直する2人。少しの時が流れたところで2人は東雲さんの方を向き…苦虫を噛み潰したような顔のまま頭を下げていました。

 東雲さんは苦笑いしながら謝罪を受け入れていましたが…今の関係のままでは、今後良くないことが起きるかもしれませんね。

 

 

杏寿郎視点

 

「さて、改めて柱の皆に問いたい」

 

 不死川と伊黒が東雲に頭を下げてから少し経った頃、お館様が改めて我々に問いかけられた。

 

「隊士竈門炭治郎の妹である鬼の少女、禰豆子。彼女の存在を鬼殺隊として容認するか否か、忌憚の無い意見を聞かせてほしい」

 

 お館様の問いに、我々9人の柱は黙り込む。だが、いつまでも黙ってはいられない。そもそもの話、既に答えは出ているのだ。あとは勇気のみ!

 

「俺は容認して構わないと思う!」

「これまでの2年、人を喰わずにいたこと! 東雲の実家で働く市井の人々と心を通わせていること! そして何よりも鬼でありながら鬼と戦っていること!」

「これだけの証拠を出されながら、尚もこの少女を認めないと言うのは道理に反する!」

「俺はこの少女を! そしてこの少女を信じようとする者達を信じる!」

 

 一息に己の意見を口にした後、俺は他の皆に発言を促していく。

 

「俺も容認派だ。煉獄の言う通り、ここまで証拠を出されちゃ認めない訳にいかねえ。それに東雲のことだ、万が一に備えて二重三重に策を用意してる筈。お手並み拝見…だな」

「私も容認します。姉…胡蝶カナエの信じた理想を改めて信じようと思います」 

「私も彼女を容認します。鬼殺隊の隠された過去を知った今、当代の柱として襟を正していかねば…」

「私は全てお館様の望むまま従います!」

「僕はどちらでも…すぐに忘れるので…」

「………東雲と共に2人を見守っていく所存」

 

 宇髄、胡蝶、悲鳴嶼さん、甘露寺、冨岡が容認派か。時透はどちらでもと言っているが、反対はしていない。となると…

 

「実弥、小芭内、君達はどうかな?」

 

 黙り込んだままの不死川、伊黒にお館様が声をかける。

 

「………用意された証拠に偽りが無く、過去に人の理性を保ったままの鬼がいたことは認めましょう。しかし、その鬼の娘を無条件に信じることは出来ません」

「不死川に同じく。信じろと言うならば、鬼の娘が人を襲わないという確かな証拠を見せてもらいたい」

 

 未だに頑なな様子の不死川と伊黒。さて、どう声をかけたものかと思ったその時。

 

「確かな証拠…わかりました。お見せしましょう」

 

 そんな声と共に東雲が立ち上がった。

 

「炭治郎君。禰豆子ちゃんをお借りしますね」

「は、はい」

 

 一言断りを入れた上で、東雲は鬼の少女が入った箱を背負い―

 

「耀哉様、失礼致します」

「あぁ、構わないよ」

 

 お館様とひなき様、にちか様がおられる座敷の隅、日の当たらない辺りへと移動。

 

「禰豆子ちゃん、出てきてもらえますか?」

 

 箱の扉を開けて、中に入っていた鬼の少女へと呼びかけた。

 

「うー?」

 

 すぐさま外へと出てきた鬼の少女に、東雲は優しく微笑みながら羽織を脱ぎ、隊服の袖を捲り上げると…

 

「くっ…」

 

 自らの左腕を日輪刀で斬りつけた! すぐさま東雲の左腕からは赤い血がダラダラと流れ落ちていく。

 

「麟矢様!」

 

 その光景に、顔を青くしたひなき様が立ち上がろうとするが、お館様がそれを静かに制していく。そうしている間も血は流れ続けるが…

 

「………むぅ!」

 

 なんと鬼の少女は、流れ出る血をほんの少し見つめただけで、そっぽを向いてしまった!

 目の前で滴り落ちる血を前にしても理性を保ったその光景に、我らは強い衝撃を受けたのだが―

 

「なん、だと…」 

「馬鹿な…」

 

 不死川と伊黒の感じたそれは、我々以上だったようだ。少しの間、完全に硬直してしまっていた。

 

「実弥、小芭内。見ての通りだ。滴る血を前にしても、禰豆子は理性を保ったまま。これで、禰豆子が人を襲わないことの証明が出来たね」

「そういう訳です。不死川様、伊黒様。いい加減に…認めていただけますよね?」

 

 お館様の声に続き、東雲も晒で傷口を縛りながら声をかける。

 

「………」

 

 流石に認めざるを得ないのだろう。何も言わずに黙り込む伊黒。だが不死川は…

 

「ま、まだだ…今のは、ただの血に見向きもしなかっただけ。俺の稀血を使えば!」

 

 尚も反論しようと声を張り上げる。

 

「いい加減にしろ!」

 

 負けじと声を張り上げたのは、ここまで黙って状況を見つめていた竈門隊士だ。

 

「麟矢さんが自分の体を傷つけてまで、禰豆子が人を襲わないことを証明したのに、それを認めないなんて…それでもお前は男か! 柱か!」

「己の過ちも認められないような狭い了見なら、柱など辞めてしまえ!!」

 

 竈門隊士の叫びによって硬直する不死川と静まり返る周囲。

 

「なんだと…てめェ…」

 

 少しの間を置いて、我に返った不死川が額に浮かぶ青筋を増やしながら立ち上がろうとするが―

 

「実弥」

 

 中腰になったところでお館様に制され、再び腰を下ろしてしまう。

 

「たしかに炭治郎の物言いは、目上に対する敬意に欠けている。だけど言っている内容に間違いは無い」

「実弥なら麟矢君が座敷に上がった時点で、何をしようとしているか容易に察知出来た筈。後になって難癖をつけるのは、見苦しいことではないかな?」

「………仰る通りです。東雲の動きを見過ごした私の不手際でした」

「炭治郎も憤る気持ちはわかるが、あの物言いは良くない。鬼殺隊の最高戦力である柱達は、その抜きん出た才能を血を吐くような鍛錬で磨き上げ、幾つもの死線を潜り抜けた精鋭達。中には複数の十二鬼月を倒した者もいる」

「だからこそ柱は尊敬され、優遇されるんだよ。今後は口の利き方に気を付けるように」

「は、はい…すみま…申し訳ありませんでした」

「実弥と小芭内は、あまり下の子に意地悪をしないこと」

「………御意」

「御意…」

 

 不死川と伊黒、そして竈門隊士それぞれを嗜め、その場を納めるお館様。うむ、流石だ!

 

「それでは、炭治郎と禰豆子の話でこれで終わり。2人は下がっていいよ」

「少し休憩を挟んでから、柱合会議を始めようか」

 

 

麟矢視点

 

 炭治郎君と禰豆子ちゃんの存在が容認され、柱合裁判は無事終了。30分の休憩を挟んで柱合会議が行われることになったのだが…

 

「………」

「あ、あの…ひなきさん?」

 

 休憩中、俺はひなきさんへの釈明に追われていた。禰豆子ちゃんの存在を認めさせる為とはいえ、俺が自らの腕を傷つけたことが、ひなきさんの機嫌を損ねてしまったからだ。

 

「ひなきさん。あの、この通り傷はもう塞がり始めてますから」

 

 全集中・常中と自身の体質による合わせ技で、常人の七倍ほどに高められた治癒力*1によって、塞がり始めた傷を見せて安心してもらおうとしたが…

 

「そういう問題ではありません」

「はい…」

 

 残念ながら、そう上手くはいかないようだ。だが、その代わりに―

 

「あの状況では、ああすることが最善。それは理解しています。ですが…麟矢様には御体を大切にして頂きたいのです」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という実にレアな姿を見る事が出来た。そのあまりの可愛さに、危なくノックアウトされるところだったが、何とか気合いで耐えた。しかし、それはそれとして。

 

「尊い…」

「え?」

「あ、なんでもありません。しかしながら、全ての非は私にあります。申し訳ありませんでした」

 

 俺はひなきさんに深々と頭を下げ、許しを求めた。

 

「り、麟矢様!? あ、頭をお上げください! わかって頂ければそれで良いのです!」

 

 こうして、ひなきさんからは許して頂けた訳だが…

 

「よう、色男。見せつけてくれたねぇ」

「仲が良いのは良いことだわ! ときめいちゃう!」

 

 柱合会議の会場である座敷へ戻った途端、宇髄様と甘露寺様から声をかけられ、胡蝶様や煉獄様からは暖かい視線を向けられ、悲鳴嶼様からは無言で合掌されてしまった。

 ………こんなことになったのは、あの2人のせいだ。覚えておけよ…。

 

 

 約1時間半後、柱合会議は柱間での情報共有が行われた後、禰豆子ちゃんを今後鬼殺隊の戦力として組み込むか否か等幾つかの議題で白熱した議論が行われたが、無事に終了。

 とりあえず禰豆子ちゃんは『離』の預かりとなり、戦いの場に出すかどうかは俺の判断に任されることとなった。俺個人としては、今のままの禰豆子ちゃんを戦わせるのは反対の立場なので…帰ってから炭治郎君や後峠さんに相談するとしよう。

 まぁ、それはそれとして…

 

「優しさを失うな…か」

 

 会議の最中、俺が柱合裁判の中で明らかにした荒神様…人としての理性を百年間保ち続けたあの鬼が話題に上り、悲鳴嶼様や煉獄様は、彼が子ども達に残した遺言について、強く感銘を受けたと言っていた。

 たしかに、あの言葉は何も知らない人間が聞いても感銘を受けるものだが、詳細を知っている人間が聞けば…

 

「案外、荒神様は俺の同類かもしれないな」

 

 今となっては確認する術も無いが、彼は俺と同じ経緯でこの世界に転生し、鬼となってしまった現代人だったのかもしれない。

 そんなことを考えながら、廊下を歩いていると―

 

「おい、東雲ェ」

 

 揃って俺を待ち構えていた不死川様と伊黒様に遭遇してしまった。

 

「あの鬼の少女。とりあえずは認めてやるが…完全に認めた訳ではないことを忘れるな」

「必ずてめえらの尻尾を掴んで、化けの皮を剥いでやるから、覚悟してやがれェ」

 

 俺に対し、敵意マシマシでそう告げてくる不死川様と伊黒様。やれやれ、本当に面倒臭いな。

 

「どうぞご自由に。もっとも、掴まれる尻尾も剥がされる化けの皮もありませんが」

 

 だが、向こうがその気ならこっちも()()()()()()()をさせてもらう。

 

「それから、こちらからもお二人に言わせていただきます」

「鉄血宰相と呼ばれたドイツの政治家、ビスマルク*2曰く、『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』」

「なっ…」

「俺達を愚者と言いたいのか!」

「ええ、その通りです。そもそもの話…」

20年かそこら生きてきた程度で、世界の全てを見知った気になるな。若造ども

「「っ!?」」

 

 普段見せない怒りと殺気を込めた俺の言葉に、顔色を変える2人。俺は敢えて満面の笑みを見せ―

 

「それでは、失礼しますね。Wer mit Ungeheuern kämpft, mag zusehn, dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird.Und wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein.」

 

 ある格言を敢えて原文であるドイツ語のままで言い残し、その場を後にした。さぁて、帰ったらやることが山積みだ。

 

 

実弥視点

 

「それでは、失礼しますね。Wer mit Ungeheuern kämpft, mag zusehn, dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird.Und wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein.」

 

 外国語…多分英語で何かを言って、立ち去っていく東雲。呼び止めようかと思ったが、何故かそれを躊躇っちまった。くそっ、何が若造だ。てめえの方が年下だろうが!

 

「それに最後の英語は何なんだよ。うぇーみっと何とかと言ってやがったが…」

「Wer mit Ungeheuern kämpft, mag zusehn, dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird.Und wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein.ですね」

「そうだ、それそれ……って…」

 

 後ろから聞こえてきた声にそう言った直後、振り返る。そこにいたのは―

 

「不死川さんも伊黒さんも、年下に意地悪をしないようお館様から注意されたばかりじゃないですか」

 

 笑顔のままで、額に薄っすらと青筋を浮かべた胡蝶。

 

「べ、別に意地悪をしたわけじゃねえ。ただ、言うべきことを言っただけだ。そ、それよりも! あの英語は何なんだよ!」

 

 半ば誤魔化す様に声を張り上げ、東雲の残した言葉の意味を問う。すると、胡蝶は僅かに溜息を吐き―

 

「あれは英語ではなく、ドイツ語です。たしか、哲学者のニーチェ*3という人物が残した格言です」

 

 俺達に解るように説明してくれた。

 

「日本語に訳すと…『怪物と戦うものはその過程で自らが怪物とならぬよう気をつけよ。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ』といったところですね」

「わかりやすく言えば、『ミイラ取りがミイラになる』という状況にならないよう注意しろ。となるでしょうか」

「ミイラ取りがミイラになるだとぉ…」

 

 ドイツ語を習得しているとは、東雲さんもやりますね。等と言っている胡蝶を尻目に、俺はギリギリと歯を喰いしばる。伊黒も怒りを覚えているようだ。

 見てろよ…絶対に奴の化けの皮を剥いでやるからな!

*1
麟矢の体感による推測

*2
オットー・エドゥアルト・レオポルト・フォン・ビスマルク=シェーンハウゼン(1815-1898)。プロイセン王国首相、北ドイツ連邦首相、ドイツ帝国宰相を歴任した。

*3
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(1844-1900)。19世紀末ドイツの哲学者。




最後までお読みいただきありがとうございました。
不死川様と伊黒様ですが、麟矢との相性が最悪なのもあり、暫くの間憎まれ役ポジションになることが多くなります。
しかしながら、必ず汚名返上、名誉挽回の時が参りますので、その時をお待ちください。

次回、パワハラ会議勃発。


※大正コソコソ噂話※
 
柱合会議から数日後。麟矢は産屋敷家を訪問し、ひなきちゃんに心配をかけたお詫びとして手作りのパウンドケーキをプレゼントしました。
ひなきちゃんは大層喜び、機嫌を直してくれましたが、事情を知るにちかちゃんが洗いざらい話していたため、輝利哉くんやかなたちゃん、くいなちゃんから大いに冷やかされました。
なお、輝利哉くんだけは反撃を受け、「解せない」とぼやいていたとか…


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肆拾弐之巻 -賢明な判断、愚かな判断-

お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。


炭治郎視点

 

 鬼殺隊本部で行われた禰豆子の存在を容認するか否かを決める柱合裁判。それを無事に乗り切った俺と禰豆子は、その後に行われた柱合会議を終えた麟矢さんと共に帰宅。

 

「炭治郎! 禰豆子ちゃん! よかった! 本当によかったよ!」

「柱の大部分が容認してくれたって、凄いな…兄貴も、認めたのかな…?

「何でもいいけどよ! 早く飯にしようぜ! 天婦羅天婦羅!」

 

 善逸と玄弥、そして伊之助に迎えられた後、麟矢さん手づから揚げてくれた天婦羅を心行くまで堪能した。そして―

 

「麟矢さん、炭治郎です」

 

 風呂に入り、他の細々としたことを済ませた後、俺は前以て来るように言われていた麟矢さんの部屋を訪れた。

 

「どうぞ、入ってください」 

「失礼します」

 

 麟矢さんの承諾を得てから扉を開き、部屋の中へと入っていく。

 

「どうぞ、炭治郎君。そこの椅子に座ってください」

「は、はい」

 

 麟矢さんに促され、椅子に座った訳だけど…どうして、執事の後峠さんや女中頭の絹江さんも麟矢さんの部屋(ここ)にいるんだろうか?

 

「さて、炭治郎君にここへ来てもらった理由ですが…()()()()()()()()()()()()()です」

「!」

 

 禰豆子の今後。麟矢さんの言葉に、俺は改めて背筋を正す。一体、何を言われるんだろうか?

 

 

麟矢視点

 

「炭治郎君。もう少し肩の力を抜いてください。今のままでは途中で倒れてしまいますよ」

 

 ただでさえ伸びていた炭治郎君の背筋が更に伸び、ガチガチになりつつあることを察し、力を抜くよう声をかける。そして、炭治郎君の肩から力がある程度抜けたことを確認し…

 

「昼間の柱合会議で、禰豆子ちゃんを鬼殺隊の戦力として組み込むか否かが話し合われました」

 

 俺は本題へと入っていく。

 

「禰豆子を…ですか」

「えぇ、鬼である禰豆子ちゃんに戦場へ出てもらい、実際に鬼と闘う姿を見せることで、一般隊士に人の理性を保った鬼が存在していること、人の理性を保った鬼は味方であることを周知させることが出来る。という意見が出た訳です」

「それは…そうかもしれません」

「しかしながら、『将来的には行う価値があるが、今はまだ時期尚早』『現場に混乱を招くだけ』といった意見も出て、文字通りの賛否両論。最終的には『離』預かりとし、戦場に出すかどうかは私の判断に任されることになりました」

「あの、麟矢さんは…どう考えているんですか?」

 

 恐る恐るという様子で、俺の考えを聞いてくる炭治郎君。俺はそんな炭治郎君に優しく微笑みながら―

 

「私としては…()()()()()禰豆子ちゃんを戦いの場に出すことは反対ですね」

 

 自らの考えを話し始める。

 

「たしかに、禰豆子ちゃんを戦力として組み込めば、鬼殺隊にとって大きな助けとなります。しかしながら…鬼になったとはいえ、禰豆子ちゃんは元々、荒事とは無縁な普通の家庭に暮らしていたお嬢さん」

「戦えると言っても、今のそれは鬼としての身体能力や血鬼術に頼り切ったもので、正直なところ…一定以上の力量を持った鬼には通用しないと考えて良いでしょう」

「ですので最低でも、自分なりの戦い方が構築出来る迄は禰豆子ちゃんは戦いの場に立つべきではないと思います。これが理由の1つ目」

「理由の2つ目は、禰豆子ちゃんの意思が確認出来ていないことです。これまでは禰豆子ちゃんも戦わざるを得ない状況だったり、禰豆子ちゃんを周囲に認めさせる必要があった為戦ってもらっていましたが…それは禰豆子ちゃん自身の意思によるものだとは言い切れない」

「もしも禰豆子ちゃんが戦いを望んでいないのだとすれば…無理矢理戦いの場へ連れ出すべきではない」

「………」

「炭治郎君。これはあくまでも提案ですが、禰豆子ちゃんを東雲家(ここ)で匿うというのはどうでしょう?」

「ここ…麟矢さんのご実家で…ですか?」

「えぇ、ここなら絹江さん達のような気心の知れた人も多いですし、護衛という点でも後峠さんを筆頭に、何人かの実力者がいます。名目上行儀見習*1とでもしておけば、周囲の目も誤魔化せるでしょう」

「炭治郎様。私達女中一同は、いつでも禰豆子さんを迎え入れる用意があることをお伝えしておきます」

 

 俺の話を補足するように、口を開く絹江さん。少しの間、部屋を沈黙を包み…

 

「…禰豆子を連れてきます」

 

 そう言って、炭治郎君がいったん部屋を後にした。そして待つこと数分。

 

「禰豆子。出てきてくれるかい?」

 

 炭治郎君に呼ばれ、背負いはこの中から出てくる禰豆子ちゃん。さて、ここからが本番だな。

 

 

絹江視点

 

「禰豆子。麟矢さんが、お前をこの家で匿ってくれると仰っているんだ」

「うー?」

「絹江さん達もお前を歓迎すると言ってくださっている。ありがたいことだよな」

「むぅ…」

 

 禰豆子さんに微笑みながら説明をしている炭治郎様。心の中で何を考えているか…同じ弟妹を持つ者として、手に取るようにわかります。

 

「禰豆子…俺はな。出来ることなら、お前には安全な場所にいてほしい。戦ってなんか欲しくない」

「だから……ここで俺の帰りを待っていてくれないか?」

 

 やはり…長男と長女の違いはあれ、弟妹を持つ者がまず考えることは弟妹の無事。そのこと自体は素晴らしいことと言えるでしょう。

 

「…むぅ!」

「ね、禰豆子!?」

 

 ただし、その思いが一方的なものでないなら…ですが―

 

「禰豆子、俺の言っていること、わかるよな? ここにいれば、痛い思いや怖い思いをする必要はない。心配することなんて無いんだ。俺がお前を必ず人間に戻してみせるから、お前は何も心配せずに―」

「やー!」

「ね、禰豆子…どうしたんだ? 何がそんなに嫌なんだ? 麟矢さんがこんなに―」

「炭治郎様。申し訳ありませんが、禰豆子さんとお話しさせていただいても宜しいでしょうか?」

 

 一番身近であるが故に、気付かないものもある。ここは私が橋渡し役となりましょう。

 

「禰豆子さん。炭治郎さんが言っていることは、貴女を思いやっているが故。これはわかりますよね?」

「………」

 

 私の問いかけに無言で頷く禰豆子さん。私は更に問いかけを続けていきます。

 

「これは私の考えですが…禰豆子さんは、自分だけが安全な場所にいるのが嫌。炭治郎さんだけが危険な戦い赴くことが嫌。そう思っているのではありませんか?」

「むぅ!」

 

 私の問いに何度も頷く禰豆子さん。やはり、そういうことでしたね。

 

「禰豆子…そうなのか?」 

「むー!」

「で、でも…禰豆子は、鬼に変えられてしまった被害者で、本当なら戦う必要なんて…」

「例えそうであっても、兄だけが危険に身を晒すことを受け入れられないものなのですよ。弟妹というものは」

「まぁ、兄という立場にいるとなかなか気づかないものでしょうね。特に何処かの誰かさんは、その辺りを盛大に拗らせてますが

 

 私の言葉に補足してくださる麟矢様。最後のほうに何かを呟かれていましたが…気付かないふりをしておきましょう。

 

「禰豆子…麟矢さんが仰ってたんだ。禰豆子が戦いを望んでいないのであれば、戦いの場に連れ出すべきじゃないって…でも、禰豆子は自分の意志で戦いに挑むんだな? 一緒に、戦ってくれるんだな?」

「むぅ!」

 

 炭治郎様の言葉に笑顔で頷く禰豆子さん。この一件はこれで解決…ですね。

 

 

麟矢視点

 

「炭治郎君。禰豆子ちゃんの意思を確認出来たところで、進めておきたいことがあります」

 

 禰豆子ちゃんの意思を確認出来たところで、俺は炭治郎君に改めて声をかける。

 

「先程も言ったとおり、禰豆子ちゃんの戦い方は未熟。鬼の身体能力頼みの戦い方では、すぐに限界が来ます。そこで…」

「私が、禰豆子さんに戦い方を指導させていただきます」

 

 俺の声に続き、そう言って頭を下げる後峠さん。俺が指導することも考えたが、今の立場と状況を考えると流石に手が回らないからな。後峠さんにお任せするとしよう。

 

「後峠さん…禰豆子をよろしくお願いします!」

「むー!」

 

 炭治郎君の真似をして、後峠さんに頭を下げる禰豆子ちゃん。その可愛らしい姿に微笑みながら、俺は炭治郎君に声をかける。

 

「善逸君達には明日話す予定ですが…君達の怪我が治り次第、特別訓練を行います」

「特別訓練…ですか?」

「えぇ、蟲柱・胡蝶しのぶ様と話をつけてきました。胡蝶様の邸宅である蝶屋敷に泊まり込み、特別集中訓練を行います」

 

 特別集中訓練という言葉に、ゴクリと唾を飲み込む炭治郎君。大丈夫、今の君達なら、原作のように心がバッキバキに折れることは無い筈です。多分ね。

 

 

窯鵺視点

 

「!?」 

 

 な、なんだ? ここは…今の今まで、隠れ家にしている屋敷にいたはずなのに、琵琶の音が聞こえたと思ったら…

 

 ベンッ

 

「!」

 

 ベンッ ベベンベン ベンッ

 

 あの女の血鬼術か? あの女を中心に空間が歪んでいるようだ。そして、琵琶の音が響く度に鬼が一体ずつ

呼び寄せられている。

 これは…十二鬼月の()()()()集められている。こんなことは初めてだぞ。下弦の伍は…まだ来てない。

 

 ベンッ

 

 移動した! また血鬼術!!

 それに、何だこの女は…誰だ?

 

(こうべ)を垂れて(つくば)え。平伏せよ」

「!?」

 

 その声を聞いた途端、俺は心臓と脳を鷲掴みにされたような感覚に襲われ、即座に平伏した。他の鬼達も同じだ。

 それにしてもこの声…無惨様だ……無惨様の声。わからなかった。姿も気配も以前と違う。凄まじい精度の擬態…。

 

「も、申し訳ありません。お姿も気配も異なっていらしたので…」

 

「誰が喋って良いと言った?」

「貴様どものくだらぬ意思で物を言うな。私に聞かれたことにのみ答えよ」

 

 下弦の肆である零余子の声を一蹴する無惨様。俺達はただガタガタと震えながら、無惨様の言葉を待つ。

 

「累が殺された。下弦の伍だ」

「私が問いたいのは1つのみ…『何故(なにゆえ)に下弦の鬼はそれ程までに弱いのか』」

「十二鬼月に数えられたからと言って終わりではない。そこから始まりだ。より人を喰らい、より強くなり、私の役に立つための始まり」

「ここ100年余り、十二鬼月の上弦は顔ぶれが変わらない。鬼狩りの柱共を葬ってきたのは常に上弦の鬼たちだ」

「しかし、下弦はどうか? 何度入れ替わった?」

 

 怒りに満ちた無惨様の声が周囲に響き渡る。だが、俺は下弦の陸になってまだ二年も経っちゃいない。そんなことを言われても…

 

「“そんなことを言われても”、何だ? 言ってみろ」

「!?」

 

 し、思考が読めるのか? まずい…

 

「何がまずい? 言ってみろ」

「ひぃっ!」

 

 次の瞬間、俺は巨大化した無惨様の腕に掴まれ、逆さ吊りにされてしまう。

 

「お許しくださいませ! 鬼舞辻様、どうか! どうかお慈悲を!」

 

 嫌だ! 俺はまだ死にたくない!

 

「申し訳ありません! 申し訳ありません!」

 

 あぁ、嫌だ! 嫌だぁ!

 

「申し訳―」

 

 

病葉(わくらば)視点

 

「ギャッ」

 

 短い悲鳴を残し、無惨様の腕に全身を貪り食われていく窯鵺。

 なんでこんなことに? 殺されるのか? せっかく十二鬼月になれたのに… 

 何故だ…何故だ…俺はこれから、もっと…もっと…

 

「私よりも鬼狩りの方が怖いか」

「!」

 

 無惨様の声にビクリと震える零余子。次はあいつか…

 

「…い、いいえ!」

「お前はいつも、鬼狩りの柱と遭遇した場合、逃亡しようと思っているな」

「いいえ! 思っていません! 私は貴方様のために命をかけて戦います!」

「………」

「お前は私が言うことを否定するのか?」

 

 一際怒りの感情を浮かべながら、腕をゆっくりと動かしていく無惨様。あと瞬きほどの時間であいつも殺される。そう思った次の瞬間―

 

「ち、違います! む、無惨様! お、鬼狩りについて、新たにわかったことがあります! せ、せめてそれを報告させてください!」

 

 零余子が予想外のことを口にした。

 

「………よかろう。言ってみろ」

 

 それに何らかの興味が湧いたのか、腕を下ろして零余子の発言を許す無残様。

 

「は、はい! 鬼狩りはここ一年ほどの間に、新たに弓隊を組織した模様でございます」

「弓隊?」

「は、はい! 奴らは弓矢と爆薬を用いることで、卑劣にも我らの攻撃が届かない位置から攻撃を仕掛けてまいります。その厄介さは―」

「もういい」

 

 零余子の発言を遮ると同時に、巨大化した腕を叩きつけ、念入りに零余子だった物を磨り潰していく無惨様。

 

「まったく、新たな情報というから少しは期待したが…弓隊? 爆薬? そんなものを脅威に感じること自体、力を与えてやった私への愚弄。そんなこともわからんとは…」

「貴様など喰い殺す価値すらない。床の染みにでもなってしまえ」

 

 床に擦り込まれた血の染みと化した零余子へ冷たく言い放つ無惨様。だめだ、お終いだ。

 思考は読まれ、肯定しても否定しても、真っ当な理由を口にしても殺される。戦って勝てる筈もない。こうなったら…逃げるしかない!

 その瞬間。俺は全速力で逃げ出した。持てる力の全てを注ぎ込んで、天井を蹴り、壁を走っていく。何とか逃げ切れ! 何とか…

 

「もはや十二鬼月は上弦のみで良いと思っている。下弦の鬼は解体する」

「!?」

 

 やられている? そんな…琵琶の女の能力か? いや、琵琶の音はしなかった…ぐぅぅ、何故だ! 体を再生出来ない!

 

「最後に何か言い残すことは?」

「無惨様! ご無礼を承知で申し上げます! 零余子の物言いには問題があったかもしれませんが、鬼狩りの変化は決して楽観視出来ない脅威だと愚考致します!」

「もしお許し頂けるのでしたら、鬼狩りの変化について、更なる調査を行いたいと思っております!」

「その為にも今暫くのご猶予を!」

 

 額を床に擦り付けながら、必死に言葉を紡いでいく轆轤(ろくろ)。すると―

 

「具体的にどれほどの猶予を? 更なる調査とはどのように行う? 今のお前の力でどれ程のことが出来る?」 

 

 無惨様の雰囲気が僅かに変化した。これは…もしかしたら、いけるのか?

 

「弓隊の存在を知ったばかりなので、猶予に関しましてはこれより考えさせていただきたく…あと、猶予に関しても重要ではありますが、行動の指針にする為にも…無慚様が今後どのように動かれるかを御教授頂き…」

 

 その瞬間、俺は無惨様の手で投げ捨てられ、轆轤の傍へと転がった。あぁ、こうなると思っていたさ。

 

「なぜ私が、お前の指図で今後の行動を話さねばならんのだ。甚だ図々しい。身の程を弁えろ」

「ち、違います! 違います! わ、私は―」

「黙れ。何も違わない。私は何も間違えない。全ての決定権は私に有り。私の言うことは絶対である」

「お前に拒否する権利はない。私が“正しい”と言ったことが“正しい”のだ。お前は私には指図した。死に値する」

   

 次の瞬間、零余子同様床の染みと化す轆轤。

 

「最後に言い残すことは?」 

 

 そして、最後に残った厭夢へと向き直る無惨様。こいつも殺される。この方の気分次第で全て決まる。俺も、もう…死ぬ。

 

「そうですね…私は夢見心地で御座います。貴方様直々に手を下して戴けること」

「他の鬼達の断末魔を聞けて楽しかった。幸せでした。人の不幸や苦しみを見るのが大好きなので。夢に見る程好きなので」

「私を最後まで残してくださって…ありがとう」

「………」

 

 鬼である俺が聞いてもイカレている。そんな厭夢の言葉を聞いた無惨様は無言のまま、奴の首に己の爪を突き刺し…

  

「気に入った。私の血をふんだんに分けてやろう」

「ただしお前は血の量に耐えきれず死ぬかもしれない。だが、“順応”出来たならば、更なる強さを手に入れるだろう」

「そして私の役に立て。鬼狩りの柱を殺せ」

「耳に花札のような飾りをつけた鬼狩りを殺せば、もっと血を分けてやる」 

 

 そう言って、琵琶の音と共にどこかへと去っていった。厭夢も何処かへと飛ばされていった。

 畜生…ああ言えば助かったかもしれないのかよ……もう一度、やり…なおした…い。

*1
未婚の女性が良家の家庭に住み込み、手伝いの傍ら、行儀作法や家事などを習得すること




最後までお読みいただきありがとうございました。
次回、蝶屋敷での特別訓練。


※大正コソコソ噂話※
 
弐拾之巻時点では、訓練中の者も含めて42名だった筋交。
現在ではその人数は68名にまで増加しており。各班に1人程度は配属することが可能になっています。
また、筋交が使用するコンパウンドボウで放たれる矢も、従来の爆薬を仕込んだ矢、毒を仕込んだ矢のに加え、幾つか新しい矢が開発されているようです。


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肆拾参之巻 -蝶屋敷での鍛錬。そして出会い-

3週間お待たせいたしました。

お楽しみいただければ幸いです。


炭治郎視点

 

 那田蜘蛛山での任務から1週間が経ち、任務で負った傷が癒えた頃。俺達は麟矢さんに連れられて、鬼殺隊の最高戦力である柱の1人、蟲柱(むしばしら)・胡蝶しのぶさんの邸宅。通称、蝶屋敷へとやって来たんだけど…

 

「さて、この門を潜れば胡蝶様がお待ちかねなのですが…皆さん、()()()()()()()()()()()()()()注意しておくことがあります」

 

 門の前まで来たところで、真面目な顔をした麟矢さんがそう言ってきた。

 

「この蝶屋敷は、胡蝶様の邸宅であると同時に、負傷した隊士達の治療所でもあり…任務で負傷した隊士達が、治療と静養を行う場です」

「数年前から行っている組織改革の効果により、大分少なくなったとはいえ…隊士としての復帰はおろか、日常生活を送ることすら困難となるような重傷を負う隊士は決して0ではない」

「今のところそう言った情報は入っていませんが、もしかしたら蝶屋敷の中にそういった境遇に陥った隊士がいるかもしれません」

「炭治郎くん、思いやりの気持ちが強く、世話焼きなのは君の長所ですが、こういう場ではそれが仇となる場合もあります。治療中の隊士に対しては、決して自分だけの判断で行動しないこと」

「は、はい!」

「伊之助くん。君の基準では鬼に敗れた隊士は弱い。となるのでしょう。しかし、力及ばずとも力の限り戦った隊士は、尊敬に値する存在だと私は思います。ですから…まかり間違っても、そのような人に対して無神経な発言したり、追い打ちをかけるような真似は厳に慎むように…いいですね?」

「お、おう…」

「善逸くんと玄弥くんもそのあたりの配慮をお願いしますね」

「「は、はい!」」

 

 麟矢さんが浮かべる笑顔の奥から感じる圧力に気圧されながら、何とか俺達は返事を返し…蝶屋敷へと足を踏み入れた。

 

 

麟矢視点

 

 さて、蝶屋敷の門を潜った俺達は早速訓練所へと向かい―

 

「ようこそ、特別遊撃班『離』の皆さん。私は蟲柱の胡蝶しのぶと申します。蝶屋敷の一同を代表して、皆さんを歓迎しますね」

 

 胡蝶様から歓迎の言葉を頂き、特別集中訓練前のオリエンテーションを開始した。

 

「さて、炭治郎くん、善逸くん、伊之助くんは、那田蜘蛛山の任務に赴くまでの一月、各自が使用する型の洗練と全集中・常中の習得に励んでもらい、玄弥くんは独自の戦い方を確立する為の鍛錬に励んでもらいました」

「その結果、君達の実力は大きく伸びました。最終選別を受けた頃の君達、その実力を10とするなら、今は20から30くらいにはなっているでしょう」

「ですが、上の領域に到達するにはまだまだ足りない。今回の特別集中訓練は、上の領域に到達する為の足掛かり、それを作る為のものだと理解してください」

「それから、今回の特訓には胡蝶様の継子も参加します。カナヲさん」

 

 ここまで話したところで、俺は胡蝶様から一歩離れた位置で話を聞いていた彼女に声をかける。

 

「………」

「行ってきなさい。皆さんにご挨拶を」

 

 胡蝶様に促され、俺の隣へやってきた彼女は―

 

「……栗花落カナヲ…です」

 

 それだけ言うと一礼して、胡蝶様の近くへと戻っていった。

 

「すみませんね。彼女は少々口下手で…ですが、実力は折り紙付き。おそらく…今の君達よりも若干ですが、実力は上でしょうね」

 

 そう言ってカナヲちゃんをフォローしたのだが…

 

「んだとぉ! 欣也! 俺や紋逸、権八郎よりもその女が強ぇって言ってんのか!?」

 

 伊之助君が沸騰し、俺に食って掛かってきた。いかんいかん、()()()()()()()()()()()()()()()()()よ。

 

「論より証拠。カナヲさんと戦ってみればわかりますよ」

 

 そう言った瞬間、食い気味に戦わせろと叫ぶ伊之助くん。うん、()()()()()

 

「胡蝶様。申し訳ありませんが、審判をお願い出来ますか?」

「今の自分の実力を把握するのは大切なことですし…仕方がありませんね」

 

 胡蝶様が審判を引き受け、試合の準備が整えられていく。さぁて、カナヲちゃんとの差はどのくらいかな?

 

 

玄弥視点

 

「そこまで!」

 

 栗花落の振るった木刀が、炭治郎の目前で寸止めされ、胡蝶さんの声が響く。

 休憩を挟みつつ、伊之助、善逸、炭治郎の順番に栗花落と五本先取した方が勝ちという条件で試合を行ったんだけど…その結果は、伊之助と善逸が3対5、炭治郎が2対5での敗北だ。

 

「皆さん、お疲れさまでした。伊之助くん、カナヲちゃんは強かったでしょう?」

「………あぁ…」

 

 麟矢さんに声をかけられ、少しだけ黙りながら栗花落が強いことを認める伊之助。そんな伊之助に麟矢さんは微笑みながら頷き―

 

「先程も言ったとおり、今の伊之助くん達の強さが20から30だとするなら、カナヲさんは40くらいです。その強さは肌で感じたと思うので、細かくは言いません」

「しかし最終的に敗れたとはいえ、君達も食らいつくことが出来ていた。その差は大きいが決して超えられない壁ではない。といったところですね」

 

 俺達にわかりやすく説明をしてくれた。

 

「さぁ、それでは特訓を始めていきましょう! この10日間で…全員最低でも今の3割増しは強くなってもらいます!」

 

 麟矢さんの声に俺達は答え、栗花落を加えた5人での特訓が始まった。

 

 

後峠視点

 

 麟矢様が炭治郎様達を伴い、泊まり込みでの特訓へ出かけられた後、私も鍛錬場にて禰豆子様の特訓を開始いたしました。

 

「禰豆子様、麟矢様や炭治郎様から伺ったところによると、禰豆子様の戦い方は、血鬼術というものを除けば、蹴りと両手の爪を使った近接戦闘が主だそうですね」

「むー!」

 

 私の問いかけに対し、その通りと言わんばかりに声を上げて頷かれる禰豆子様。私は予め用意しておいたぱんちんぐばっぐ*1や樫材で作られた的を指さし―

 

「それでは、禰豆子様。まずは今の貴女の力がどれほどなのか、お見せいただけますか?」

 

 禰豆子様へそう促しました。 

 

「むー!」

 

 禰豆子様はやる気満々の様子で的へと近づくと―

 

「むぅ!」

 

 右腕の一振りで、厚さ5cmの樫材で作られた的を3分割し、蹴りの一撃で重さ80kgはあるパンチングバッグを壁まで吹っ飛ばしてみせてくれました。

 如何にも素人がやりそうな動作ながら、これだけの威力…恐るべき身体能力ですね。

 

「禰豆子様、蹴りは足の振りだけに頼らず、このように腰の回転と溜めを使って放った方が効果的かと」

 

 私はお手本を見せながら、禰豆子様により良い蹴りの放ち方を教えていく。すると…

 

「むぅ!」

 

 文字通りの瞬く間。回数に直して僅か3回で禰豆子様は、私のそれと遜色ないほどの蹴りを放てるようになりました。

 

「…天才ですね」

 

 私から見ても羨ましく感じるほどの身体能力に加え、子どもであるが故の素直さ。乾いた土に水が浸み込んでいくように技術を物にしていく。これは…玄弥様とは別の意味で教えがいがありますね。

 

 

麟矢視点

 

 さて、暫くの間胡蝶様と共に炭治郎くん達の特訓を監督していた俺だったが…胡蝶様が炭治郎くん達の性格や強み弱みを把握したところで中座。

 

「東雲様、よろしくお願いします」

「「「よろしくお願いします!」」」

 

 神崎さんやなほちゃん、すみちゃん、きよちゃんと共に昼食作りに取り掛かった。

 

「さて、神崎さん。昼食の主菜には何をお使いに?」

「はい、近所の魚屋さんからこれを届けてもらいました」

 

 俺の問いかけにそう答え、トロ箱の蓋を取る神崎さん。箱の中には砕いた氷と共にたくさんの鰯が詰め込まれていた。ざっと数えても50尾はあるだろう。

 

「なるほど、鰯ですか。安くて美味い。そして体にも良い。文句無しです。普段はどのように調理を?」

「いつもは梅煮や生姜煮、塩焼き、つみれ汁…あとは時々天婦羅でしょうか」

「なるほど。では今日は少し変わった趣向の物を作りましょうか」

 

 そう言うと、俺は厨房に備え付けられた氷式冷蔵箱*2や戸棚から他の材料を取り出して…調理を開始する。

 

「さて、まずは木綿豆腐をきれいな晒で包み、重しを乗せて水気を切っていきます」

 

 分量としては鰯正味2尾分*3に対し、木綿豆腐三分の一丁*4の割合。

 俺達や胡蝶様達に加え、蝶屋敷で療養中の隊士達の分も合わせて…総勢21人分だから…うん、お代わりの分も十分あるな。

 

「鰯は頭と内臓を取ってから、手開きにしていきます。骨は…背骨だけ取りましょう。腹骨は包丁で叩い てから擂り潰すので、気にならなくなる筈です」

 

 そう話しながら、5人がかりで鰯の頭と内臓を取り、背開きにして背骨を取り除いた後、水で洗って腹の中や表面の汚れを洗い流していく。

 

「背開きにした鰯の尾を切り落とし、身を包丁で軽く叩いていきます」

「ある程度身が細かくなったらすり鉢に移し…水気を切った豆腐、小口切りにした葱、味噌に摩り下ろした生姜、片栗粉を加えて、擂り粉木でよく潰していきます」

「こうして見ると豆腐を加える以外は、つみれの作り方とほぼ同じですね」

「ええ、ですがこの豆腐が後々効いてきます」

 

 神崎さんの問いかけにそう答えながら、更に擂っていけば、滑らかでフワフワしたつみれが出来上がる。

 

「あとはこれを小判型に整形し、ごま油で両面焼けば…鰯のハンバーグの出来上がりです」

 

お手本として焼いた物を包丁で5等分し、全員で試食。さて、反応は如何に?

 

「美味しいです!」

「フワフワしてます!」

「焼いているのに全然パサパサしてないです!」

「生姜で臭みを消すことは私もやっていましたが、味噌も加えることで臭み消しの効果を高めると同時に下味を付け、更に豆腐を加えることでこのフワフワした食感…お見事です、東雲様」 

 

 どうやら、好評なようで何よりだ。だけど神崎さん。俺はそんなに大したことしてませんから、前世で見た料理本の内容をそのまま引用しているだけですからね?

 

「さぁ、主菜作りと並行して副菜と汁物も作っていきましょう。昼食の時間まで2時間もありませんよ?」

 

 そう言ってやや強引ではあるが、全員の意識を逸らし、調理を再開する。炭治郎くん達もお腹を減らしてくるだろうからな。美味しい昼食を用意してあげるとしよう。

 

 

炭治郎視点

 

 昼食の後は夕食までひたすらに訓練に没頭し、夕食の後は就寝まで自由時間を貰えたけど…俺は許可を貰ってから屋敷の屋根に上り、星空の下座禅を組んで、呼吸の鍛錬を繰り返していた。

 全集中・常中を習得したと言っても、俺の実力はまだまだだ。善逸や伊之助が3本取ることが出来たカナヲとの試合、俺は2本しか取れていない。

 後峠さんから軍隊流の戦い方を教わっている玄弥は、俺に出来ないことが出来る。

 3人が休んでいる間も無理をしない範囲で努力を重ねていかないと、追いつき追い越すことは出来ないだろう。

 瞑想は集中力が上がるんだ。集中して、呼吸の制度そのものを上げていく…鱗滝さんも言ってた。鱗滝さ…鱗……うろ…

 

 -よくも折ったな。俺の刀を…

 

 …すみません。すごい怒ってるだろうな、鋼鐵塚さん。今刀打ち直してもらっているけど…ほんとに申し訳ないな…

 十二鬼月と戦ったのに、血を採れなかったし…麟矢さんの家で静養している時、猫が責めるように俺を見てた…。

 あぁ、駄目だ駄目だ! 集中! 集中だ。呼吸に集中!

 

「もしもーし」

「ハイッ!?」

 

 突然声をかけられ、慌てて目を開けると―

 

「頑張ってますね」

 

 目の前にしのぶさんの顔があった。

 

「え、あ…」

 

 まっすぐ俺を見つめてくるその瞳に思わず赤くなっていると、しのぶさんは静かに微笑んで俺の横へと座り―

 

「1人での鍛錬、寂しくないですか?」

 

 そう尋ねてきた。

 

「いえ! 善逸達に追いつく為に必要なことですから!」

「………君は心が奇麗ですね」 

 

 俺の答えにそう言って微笑むしのぶさん。俺は、少しだけ黙った後―

 

「あ、あの! 裁判の時、俺と禰豆子を受け入れてくれてありがとうございました」

 

 裁判の時、俺と禰豆子の存在を受け入れてくれたことのお礼を、しのぶさんへ伝えた。

 

「気にしないでください。東雲さんが提出した資料に加えて、禰豆子さん自身が人を襲わないことを証明しましたからね。それを容認しないのは公平ではありません。それから……」

「それから?」

「君達兄妹を見ていると、私の夢は間違いじゃないんだなと思えるので」

「夢?」

「そう、鬼と仲良くする夢です。今回の件で、叶えられると確信しました」

 

 笑顔のまま夢について話すしのぶさん。だけど、俺の鼻は嗅ぎ取ってしまった。

 

「怒ってますか?」

「………」

 

 思わず訪ねてしまった内容に、硬直するしのぶさん。しまった…真正面から聞きすぎたかもしれない。

 

「いや、その…裁判の時も感じたんですけど、怒ってる匂いがしていて…でも、今は少し薄れているというか…」

 

 慌てて問いかけの真意を口にするけど、これじゃまるで言い訳だ。しのぶさんから怒られても仕方がないな…。

 そんなことを考えながら、しのぶさんの反応を見ていると…

 

「そう…そうですね。私は、いつも()()()()()のかもしれない」

 

 静かにしのぶさんは、自分の気持ちを話し始めてくれた。

 

「幼い頃に両親を鬼に殺された時、4年前に最愛の姉を鬼に惨殺された時、鬼に大切な人を奪われた人々の涙を目にした時、絶望の叫びを聞いた時、その度に私の中には怒りが蓄積され、際限無く膨らんでいった。体の一番奥にどうしようもない嫌悪感があったんです」

「…私の姉も君のように優しい人でした。鬼に同情していた。自分が死ぬ間際ですら、鬼を哀れんでいました」

「今考えてみれば、人としての理性を保った鬼と出会ったからだと理解出来るのですが、当時の私は反発していた。人を殺しておいて可哀想? そんな馬鹿な話はないと…」

「でも、それが姉の想いだったなら、私が継がなければ、哀れな鬼を斬らなくて済む方法があるなら、考え続けなければ…姉が好きだと言ってくれた笑顔を絶やすことなく」

「だけど少し…疲れていました。自分の保身のため嘘ばかり口にする鬼。理性も無くし、剥き出しの本能のまま人を殺す鬼。そんな鬼ばかり見てきたせいで」

「だけど、先日の柱合裁判で、人としての理性を保ったままの鬼が、数こそ少ないものの確かに存在していることを知ることが出来た。そして、貴方達兄妹を直に見ることで、姉の抱いていた理想は間違っていなかったんだと確信出来た」

「貴方達のおかげで私も、姉も救われたんです。炭治郎くん、頑張ってくださいね。禰豆子ちゃんを守り抜いてくださいね。貴方達の存在は自分で思っている以上に大きなものなんです。期待していますよ」

 

 そう言って屋根を降りていくしのぶさん。俺はその後ろ姿に一礼し―

 

「頑張ります」

 

 気合を入れ直し、呼吸の鍛錬を再開するのだった。

*1
布地等の中に比較的軟らかい素材を詰め、吊り下げるなどして使用するダミーの標的のこと。サンドバッグは和製英語

*2
電気式冷蔵庫が実用化される前に使われていた氷を使って冷蔵する為の機器

*3
約100g前後

*4
約130g。一丁400gで計算




最後までお読みいただきありがとうございました。
次回、蝶屋敷での特別訓練が終了し、新たな戦いへ。


※大正コソコソ噂話※
 
炭治郎君達が蝶屋敷での特別集中訓練に参加している間、後峠さんから指導を受けている禰豆子ちゃん。
どうやら、後峠さんから『間違っても一般人には使っちゃいけない技』も2つか3つほど教えられているみたいです。
いわゆる切り札として習得しているのですが、実際に使用するかどうかは、その時にならないとわからないでしょう。


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肆拾肆之巻 -銅貨の行方-

お待たせいたしました。

竈門炭治郎立志編の最終話となります。

お楽しみいただければ幸いです。


炭治郎視点

 

 蝶屋敷に泊まり込んで行われた特別集中訓練。

 俺達とカナヲはしのぶさんや麟矢さんの指導を受けながら、ひたすらに鍛錬に励み…自らの実力を可能な限り高めていった。

 予定していた2週間という時間はあっという間に流れ、遂に最終日。訓練の総仕上げは初日と同じくカナヲとの試合だ。

 

「よぉし! まずは俺だ!」

 

 最初に挑んだのは伊之助。カナヲと一進一退の攻防を繰り広げ、4対4で迎えた9本目。

 

「そこまで!」

「……ちくしょう! あと一歩届かなかったかよ!」

 

 伊之助が繰り出した『参ノ牙・喰い裂き』を紙一重で避けたカナヲの一撃が、伊之助の胴に入り、勝負あり。

 

「次は俺! 伊之助、敵は取ってやる!」

 

 次に挑んだのは善逸。伊之助との戦いを見て、長期戦は不利だと考えたのだろう。『壱ノ型・霹靂一閃』を軸にした戦いで、続けて3本を先取。

 このまま勝負を決めるかと思われたが、カナヲも負けていない。すぐさま3本を取り返す。

 その後更に1本ずつ取り合った後―

 

「そこまで!」

「………紙一重か!」

 

 カナヲの剣が、ホンの一瞬だけ早く善逸を捉えて勝負あり。よし、最後は俺だ!

 俺とカナヲの試合は、2本取られては2本取返すを繰り返し…最後の9本目。

 

「うぉぉぉぉっ!」

 

 カナヲの連撃を俺は必死に凌ぎ続ける。そして、連撃が僅かに途切れた瞬間、俺は攻撃に転じ―

 

「はぁぁぁっ!」

「!?」

 

 カナヲの手から木刀を弾き飛ばした! でも、その代償として、俺の木刀も中程から折れてしまう! いや、そんなのは些細なことだ!

 

「うぉぉっ!」

 

 半ば無意識に俺は折れた木刀を投げ捨て、カナヲの手を掴む! そのまま足を払い―

 

「そこまで!」

 

 倒れたカナヲの腹に拳を寸止めし、勝利することが出来た。

 

「勝った…炭治郎が勝った!」

「うぉぉぉっ! 権八郎がやりやがった!」

「炭治郎! お前ならやってくれるって信じてたぞ!」

 

 試合が終わり、カナヲと互いに礼をした直後、善逸達が駆け寄って俺を揉みくちゃにしていく。その光景を麟矢さんも暫く嬉しそうに見つめ…

 

「さぁ、喜ぶのは一旦終わりにして。2週間お世話になった感謝を込めて、訓練場を奇麗に掃除しましょう!」

 

 俺達にそう声をかけてきた。綺麗に掃除か…よぉし、やるぞ!

 

 

 2時間かけて訓練場を徹底的に掃除した後、善逸達は寝床にしていた部屋へ荷物を取りに戻っていった。俺も荷物を取ってこないといけないけど…

 

「しのぶさん、最後に一つ聞きたいことがあるんですけど…」

 

 どうしても気になっていたことをしのぶさんへ聞くことにした。

 

「何でしょうか?」

「『ヒノカミ神楽』って、聞いたことありますか?」

「ありません」

「!? えっ、あっ、じゃっじゃあ…じゃあ、火の呼吸とか…」

「ありません」

 

 えっ!? どういうことなんだ? ヒノカミ神楽は火の呼吸じゃないのか!?

 俺は父のこと、那田蜘蛛山でのこと、その他関係ありそうな事柄をしのぶさんへ洗い浚い説明。

 

「なるほど。何故か炭治郎くんのお父さんは、火の呼吸を使っていた。火の呼吸の使い手に聞けば、何かわかるかもしれないと。ふむふむ…『炎の呼吸』があることはご存じですよね?」

「はい、麟矢さんも使っていらっしゃるので…あの、『炎の呼吸』と『火の呼吸』は同じものじゃないんですか?」

「私も仔細はわからなくて…ごめんなさいね。ただ、その辺り呼び方についてが厳しいのですよ」

「『炎の呼吸』を『火の呼吸』と呼んではならない。詳しいことは炎柱の煉獄さんか…あるいは東雲さんに尋ねてみるといいかもしれません」

「麟矢さんに、ですか?」

「東雲さんは先日の柱合裁判を迎えるにあたって、鬼殺隊本部に保管されている報告書などを片っ端から読まれています。もしかしたら、何かご存知かもしれませんよ」

「そうですね! 麟矢さんに聞いてみます!」

「煉獄さんには私の方からお願いしておきましょう。多忙な方なので、すぐには返答が来ないかもしれませんが」

「よろしくお願いします!」

 

 俺はしのぶさんに一礼し、荷物を取りへ部屋へと急ぐ。荷物を纏めたら、お世話になった人達に挨拶してこよう。

 

 

アオイ視点

 

「そうですか! もう行かれるんですね」

 

 私などの為にわざわざ挨拶へ来てくださった竈門さんに、私は敷布(シーツ)を干す手を止めて言葉を交わす。

 

「2週間という限られた時間でしたが、同じ(とき)を共有出来て良かったです。頑張ってください」

「ありがとう」

「お気をつけて!」

「アオイさんにはたくさんお世話になったなぁ。忙しい中、本当にありがとう。おかげで俺達強くなれたよ」

 

 笑顔でそう言ってくださる竈門さん。だけど、私にはその笑顔が眩しくて…まっすぐ見ることが出来そうにない。

 

「皆さんに比べたら、私なんて大したことはないので…お礼など結構です。私は選別を運良く生き残っただけ…その後は恐ろしくて戦いに行けなくなった腰抜けなので」

 

 自分を卑下するようにやや早口で呟き、竈門さんから視線を逸らす。まったく…自分が情けなくなります。

 

「そんなの関係ないよ。俺達を手助けしてくれたアオイさんは、もう俺達の一部だから。アオイさんの思いは俺が、俺達が戦いの場に持って行くし」

「えっ…」

 

 竈門さんの言葉に私は胸が熱くなり、慌てて彼の顔に視線を送りますが…

 

「また、蝶屋敷(ここ)にお世話になることがあったら、頼むね!」

 

 それに気づかず走り去ってしまう竈門さん。

 

「どうか、ご無事で」

 

 私の呟きは誰にも聞かれることなく、風に乗って何処かへと飛んでいきました。

 

 

炭治郎視点

 

 アオイさんへの挨拶を済ませた俺は、もう1人挨拶をしておきたい人を探し―

 

「あっ、いたいた。カナヲ!」

 

 縁側に座っていたカナヲを見つけると、手を振りながら駆け寄り、声をかけた。

 

「俺達、そろそろ出発するよ。2週間、色々とありがとう」

「………」

「君は凄いね。同期なのにもう『継子』で。俺達も頑張るから」

「………」

 

 俺の問いかけに何も答えず、ニコニコと笑顔を見せているカナヲ。どういうことなんだろう?

 

「………」

「………」

「………」

「………」

 

 どうするべきなのかわからずに戸惑っていると、カナヲは那田蜘蛛山の時のように銅貨を取り出すと、それを指で弾き、受け止めて何かを確認。

 

「貴方達と共に鍛錬することが私の為になる。師範がそう指示したから、それに従っただけ。実際、私にも得るものがあった。お礼を言われる筋合いはないから。さようなら」

 

 その直後、カナヲはまるで流れる水のようにスラスラと言葉を紡ぎ…また静かになった。だけど、喋ってくれた!

 

「今投げたのは何?」

「さようなら」

「それ何?」

「さよなら」

「お金?」

 

 カナヲから冷たくあしらわれながらも、俺は隣に座って声をかけ続ける。

 

「表と裏って書いてあるね。なんで投げたの?」

「………」

「あんなに回るんだね」

 

 やがて、カナヲも根負けしたのだろう。掌の銅貨を見つめながら、ゆっくりと口を開いてくれた。

 

「指示されていないことは、これを投げて決める。今あなたと話すか話さないかを決めた。『話さない』が表、『話す』が裏。裏が出たから話した。さよなら」

 

 そして再び口を閉ざすカナヲ。だけど、それで引く俺じゃない。

 

「なんで自分で決めないの?」

「………」

「カナヲはどうしたかった?」

「…どうでもいいの。全部どうでもいいから。自分で決められないの」

 

 しつこいと思われることを承知で、カナヲに声をかけ続け…カナヲの思いを引き出すことが出来た。自分で決められない…か。いや、そんなことは無い筈だ。

 

「この世にどうでもいいことなんて、無いと思うよ」

「………」

 

 俺の声に黙ったままのカナヲ。俺はカナヲに伝わるよう言葉を選びながら、思いを伝えていく。

 

「全部がどうでもいいと思っているなら、しのぶさんやアオイさん、なほちゃん達と話をしている時に笑ったり、麟矢さんが作ってくれたご飯を食べて美味しいと思ったりしない筈だよ」

「………」

 

 未だ黙ったままのカナヲ。だけど、瞬きの回数が増えたりして、微かに反応している。

 

「きっと、カナヲは心の声が小さいんだろうな。うーん……指示に従うのも大切なことだけど…」

 

 俺は腕を組んで少しの間考え…

 

銅貨(それ)貸してくれる?」

「えっ? うん。あっ…」

「ありがとう!」 

 

 カナヲから銅貨を受け取って、庭へと向かう。

 

「よし! 投げて決めよう!」

「何を?」

「カナヲがこれから、自分の心の声をよく聞くこと!」

 

 その声と共に、俺は思いっきり銅貨を空へと弾き、落下地点を予想しながら動いていく。

 

「表! 表にしよう! 表が出たら、カナヲは心のままに生きる!」

 

 そう言いながら落下地点で落ちてくる銅貨を待ち構えていると、突然の突風! 銅貨の落下地点が大きくずれた!

 

「わっ、あれっ、どこ行った!?」

 

 俺は慌てて落下地点を再予測。

 

「おっとっと…ここだ!」

 

 なんとか銅貨を受け止めることが出来た。

 

「取れた取れた! カナヲ!」

 

 俺はそのままカナヲの元へと走る。さぁ、結果はどうなった?

 

 

カナヲ視点

 

「取れた取れた! カナヲ!」

 

 そう言いながらこちらへ走ってくる竈門隊士。私の目の前で、手をゆっくりと動かしていく。どっちだろう…落ちた瞬間が背中で見えなかった。

 そして、竈門隊士の手で隠されていた銅貨が姿を現した。見えていたのは…表。

 

「表だぁぁぁぁぁっ!」

 

 その瞬間、まるで自分のことのように大喜びする竈門隊士。その姿を見て呆気に取られていると…

 

「カナヲ! 頑張れ! 人は心が原動力だから、心はどこまでも強くなれる!」

 

 竈門隊士は私の手を握り、目を見ながらそう言ってきた。

 

「………」

「じゃ、またいつか!」

 

 突然のことで、私は全く反応出来ずにいる私に手を振り、竈門隊士は走り出した。その後姿を見送った私は我に返り―

 

「なっ、なんで表を出せたの?」

 

 必死に声を絞り出した。投げる手先は見ていた。小細工はしていなかった筈…単なる偶然? そうだとしても、何故あそこまで表が出ると信じられたの?

 

「偶然だよ。それに裏が出ても、表が出るまで何度でも投げ続けようと思ってたから」

「え…」

 

 あっけらかんとそう言って、去っていく竈門隊士。

 

「………」

 

 私は無言で手の中の銅貨を見つめ…

 

 -カナヲ! 頑張れ! 人は心が原動力だから、心はどこまでも強くなれる!-

 

 竈門隊士の言葉を心の中で繰り返す。気が付くと私は銅貨を抱きしめていた。どうして、こんなことを?

 

「カナヲさん! しのぶ様がお呼びです!」

 

 その理由を考える間もなく聞こえてきたきよの声。思わず縁側から転げ落ちてしまったけど…どうしてだろう?

 

 

炭治郎視点

 

 蝶屋敷から麟矢さんのお宅へと戻った俺達は、鬼殺隊隊士としての生活へと戻った。と言っても那田蜘蛛山で日輪刀が折れてしまった俺と伊之助は、任務には出られずに鍛錬の毎日だ。そして1週間の時が流れ―

 

「伊之助伊之助! もうすぐ打ち直してもらった日輪刀が来るって!」

 

 ようやく打ち直された日輪刀が届くことになった。

 

「ほんとか!?」

「うん、今鴉が知らせてくれたんだ!」

 

 伊之助に声をかけ、日輪刀を持ってくる鋼鐵塚さんを迎えようとするけど―

 

「炭治郎くん、ちょっと待ってください」

 

 麟矢さんに止められてしまった。

 

「なんだよ欣也! 邪魔すんのか!」

「いえいえ、邪魔するつもりはありませんが…鋼鐵塚さんをここで迎えるのは、少々問題があります。別の場所で()()()()()()()

 

 怒る伊之助にそう言いながら、鎹鴉のもおりあんを呼ぶ麟矢さん。迎え撃つって…どういう意味だろう?

 

 

 15分後、麟矢さんのお宅からほど近い空き地へとやってきた俺達は、間もなく到着する鋼鐵塚さん達を待っていた訳だけど…

 

「あ、見えた!」

 

 5分もしないうちに、道の向こうに人影が見えた。あの背格好、間違いない鋼鐵塚さんだ!

 

「おーいおーい! 鋼鐵塚さーん!」

 

 俺が声を上げると向こうも気が付いたのだろう。こちらへ近づく速度が速くなったようだ。

 

「ご無沙汰してまーす! お元気でしたー…か…」

 

 その瞬間、2つの目でハッキリと確認したものを俺は信じられなかった。近づいてくるのは、包丁を手にした鋼鐵塚さん!?

 

「危ないっ!」

 

 あまりに異常な姿を見たせいで、硬直した俺に声を張り上げる麟矢さん。おかげで俺は我に返り―

 

「ギャアアッ!」

 

 ギリギリで包丁を避けることが出来た。

 

「はっ、はが…」

「よくも折ったな、俺の刀を…よくもよくもォオ!」

 

 殺意全開で俺ににじり寄る鋼鐵塚さん。俺は咄嗟にその場で土下座し―

 

「すみません! でも、本当にあのっ…俺も本当に死にそうだったし、相手も凄く強くって…」

「違うな! 関係あるもんか! お前が悪い! 全部お前のせい! お前が貧弱だから刀が折れたんだ! そうじゃなきゃ俺の刀が折れるもんか!」

 

 必死に謝罪したけど、鋼鐵塚さんの怒りは収まらない。どうすればいいんだ!?

 

「炭治郎くん。そこまでで良いですよ」

 

 その時、割って入ってきたのは麟矢さんだ。

 

「なんだお前! 俺はこいつに文句があるんだ! 邪魔するな!」

「いや、邪魔しないわけにはいかないでしょう。目の前で殺人が行われかねないのに」

 

 激高する鋼鐵塚さんに対し、淡々とした様子の麟矢さんは、俺の方を向くと―

 

「炭治郎くん、君は刀を雑に扱って折ってしまったんですか?」

 

 そう聞いてきた。もちろんそんな訳はない。俺は全力でそれを否定する。

 

「ですよね。正当な使い方をして折れてしまったのであれば、それは使い手ではなく、()()()()()()()()()。そういうことになりますよね?」

 

 俺の否定する声を聞いた麟矢さんは、満面の笑みを浮かべて鋼鐵塚さんにそう告げる。だけど、そんなこと言ったら!

 

「お、俺の刀に、問題があるだと…」

 

 麟矢さんの声にわなわなと震えだす鋼鐵塚さん。いけない、このままじゃ麟矢さんが!

 

「打ち直してきたっていう日輪刀も、どうせ大したことのない(なまくら)なんでしょう?」

「鈍なんかじゃない! 俺の刀は最高だ!」

「じゃあ、見せてくださいよ。最高の刀とやらを」

「あぁ見せてやる! 俺の最高傑作を見て、慄くがいい!」

 

 そう言って、荷物を預けていたひょっとこのお面を被った男性からひったくるように刀を取り、麟矢さんに突きつける鋼鐵塚さん。

 

「拝借」

 

 麟矢さんはその日輪刀を手に取ると―

 

「はっ!」

 

 突然、宙に放り投げた!

 

「なっ!?」

「えっ!?」

「はぁっ!?」

 

 誰もがその意図が分からず、変な声を上げる中、麟矢さんは構えを取り―

 

「炎ノ型。弐ノ段。異端・昇り炎天!」

 

 己の小太刀を下から上に向けて弧を描く様に振るい、日輪刀を真っ二つにしてしまった!

 

「折った!」

「嘘ぉ!」

「ぬぁぁぁぁぁっ!」

 

 目の前で最高傑作を真っ二つにされ、声をあげながら崩れ落ちる鋼鐵塚さん。麟矢さんはそんな鋼鐵塚さんに笑顔のまま近寄り―

 

「俺ごときの一撃で折られる程度の代物が最高傑作とは、片腹痛い。さっさと作り直してください」

 

 真っ二つになった日輪刀を投げ渡していた。いや…今まで動揺して気づかなかったけど…麟矢さん、相当怒ってる!?

 

「う、うぅぅ…」

鬼殺隊士(われわれ)は日輪刀を頼りに鬼と戦っているんです。その頼みの綱がこの体たらくでは、隊士はただ無駄死にするだけ。自信を持つのは結構ですが、それに見合うだけの品質は保証してほしいですね」

「ち、ち…ちく…畜生っ! 覚えてろっ!」

 

 真っ二つになった日輪刀の残骸を抱え、泣きながら走り去っていく鋼鐵塚さん。これで良かったんだろうか…

 

 

「ま、まぁ…鋼鐵塚さんは情熱的な方で、人一倍刀を愛していらっしゃいますから…あ、私は鉄穴森(かなもり)と申します」

 

 15分後、困ったように鋼鐵塚さんを擁護する鉄穴森さんを連れ、俺達は麟矢さんのお宅へと帰宅。

 

「伊之助殿の刀を打たせて頂きました。戦いのお役に立てれば幸いです」

 

 鉄穴森さんが打ったという伊之助の日輪刀を見せてもらった。

 

「おぉ…」

 

 伊之助が握った途端、その色を変えていく日輪刀。

 

「あぁ、奇麗ですね。藍鼠色(あいねずいろ)が鈍く光る。渋い色だ、刀らしい良い色だ」

 

 日輪刀の色を見て、うんうんと頷いている鉄穴森さん。やがて、何かを思い出したように手を叩き―

 

「実は東雲殿から連絡を受け、伊之助殿の刀にはある工夫を施しています。峰の方にご注目ください」

 

 その声に、俺達の視線が伊之助の日輪刀。その峰に集中する。

 

「峰が…鋸みたいになってる!」

 

 善逸の声が響く中、その通り! と言わんばかりに再度手を叩く鉄穴森さん。

 

「伊之助殿が使う型に、日輪刀を鋸のように扱うものがあるとお聞きしまして、鋸刃造(のこばづく)*1にしております」

 

 鉄穴森さんの説明を聞きながら、握り心地を確認する伊之助。声は出していないけど、相当喜んでいるのが匂いでわかる。

 

「こいつはいいぜ! ありがとよ! えーと…」

「鉄穴森です。鉄穴森鋼蔵」

「ありがとよ! 鉄穴森のおっさん!」

 

 珍しく相手の名前を間違えずにお礼を言った伊之助。だけど…

 

「おっさん…おっさん……おっさん………まだ26なのに…」

 

 おっさん呼ばわりが良くなかったみたいだ。鉄穴森さんはどこかしょげた様子で帰っていった。でも、麟矢さんが用意していた焼き菓子の詰め合わせは受け取ってくれたから…きっと大丈夫だろう。

 とにかく、伊之助も任務に復帰出来て何よりだ。あとは俺の日輪刀が届けば…届く、よな?

*1
現在の徳島県にあたる阿波国で活動していた水軍で主に用いられていた刀の造り。峰の部分が鋸状になっており、武器としてだけでなく、船上で綱や網を切るための道具としても使用されていた




最後までお読みいただきありがとうございました。
1話もしくは2話外伝を投稿した後、無限列車編へと突入します。


※大正コソコソ噂話※
 
この一件から10日後。無事に炭治郎くんの日輪刀が届けられ、無事に任務へ復帰することが出来ました。
日輪刀の出来そのものは素晴らしく、麟矢もこれなら合格と言うほどでしたが…
添えられていた手紙には『刀に罅一つでも入れたら殺してやる』といった文言と、麟矢への罵詈雑言が山のように綴られていて、麟矢は「何も学習していない…」と頭を抱えたそうです。


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外伝
外伝其之壱 -扉の向こうは(前編)-※肆拾肆之巻より分岐


お待たせいたしました。

今回と次回は外伝として、『異世界食堂』とのクロスオーバーをお届けします。

なお、この外伝は肆拾肆之巻から分岐する、いわばパラレルワールドの物語となります。クロスオーバーやパラレルワールドなどが苦手な方はご注意ください。

それでは、お楽しみいただければ幸いです。


あまね視点

 

「………」

 

 いつも通りの時間*1に目を覚ました私は、横で寝ている夫や隣の部屋で寝ている子ども達を起こさぬよう、静かに寝間着から白装束へと着替え、日課である禊祓を行う為に裏庭にある井戸へと歩き始めたのですが…

 

「………」

 

 今日は何故かまっすぐ裏庭へ向かう気にならず、表庭の前を通ってから裏庭へと向かう道筋を行くことにしました。遠回りになりますが、精々2分か3分程度の遅れ。大した問題ではないでしょう。

 そんなことを考えながら廊下を歩いていると―

 

「ッ!?」

 

 突然感じた()()()()()()()()()。私は咄嗟に座敷へと駆け込み、長押(なげし)*2に掛けていた薙刀を手に取ると、庭へと飛び出し、気配を感じた方へと叫びました。

 

「何者です!」

 

 周囲に異変を知らせる為、そして自分を鼓舞する為、可能な限り声を張り上げる。夫や子ども達を起こしてしまうことになりますが、それも已む無…し……

 

「これは…一体?」

 

 

麟矢視点

 

「カァァァ、全テノ『柱』、並ビニ『梁』東雲麟矢。鬼殺隊本部ヘ緊急招集。可及的速ヤカニ鬼殺隊本部ヘ集合セヨ! カァァァ」

「なんですと!?」

 

 午前6時半を少し過ぎた頃。最高速で飛来した鎹鴉のモーリアンから齎された一報に、流石の俺も動揺を隠せない。

 

「麟矢さん!」

「何があったんですか!? もおりあんの口ぶりからしてただ事じゃなさそうですけど…」

「全柱と麟矢さんが緊急招集…まさかとは思うけど、上弦の鬼が動き出したとかじゃ…」

「上弦の鬼!? ハッハーッ! 腕が鳴るぜ! 欣也! 俺も連れてけ!」

 

 炭治郎くん達も次々と不安げな声を上げていく。俺はとりあえず彼らを落ち着かせ―

 

「状況を確認する為にも、本部へと向かいます。炭治郎くん達はいつでも出られるように準備を整えて、待機しておくように!」

 

 そう指示を下すと同時に、大急ぎで支度を整える。

 

「では、行ってきます!」 

 

 約10分後。馬に飛び乗った俺は、後峠さんや炭治郎くん達に見送られながら、鬼殺隊本部=産屋敷邸へと出発する。俺が介入することによる原作改変。物語の流れそのものを大きく逸脱することは無いと考えていたが…その想定は少々甘かったかもしれないな…。

 

 

 約1時間半後。いつものように産屋敷邸の手前1kmで馬を降り、全速力で走っていると― 

 

「おぉ、東雲!」

「麟矢くん!」

 

 聞き覚えのある声と共に、煉獄様、甘露寺様が俺に追いつき、並走を始めた。

 

「煉獄様、甘露寺様、暫くです!」

「あぁ! 本来ならゆっくりと挨拶を交わしたいところだが、状況が状況だ!」

「今は一刻も早く本部へ向かいましょう!」

 

 短く言葉を交わし、横並びの状態で産屋敷邸へ駆け込む俺達。

 

「炎柱、煉獄杏寿郎! 只今到着致しました!」

「同じく恋柱、甘露寺蜜璃! 到着致しました!」

「鬼殺隊監査役『梁』、東雲麟矢! 到着致しました!」

 

 そう声をあげながら、庭へと足を踏み入れる。そこには既に耀哉様、あまね様、そして輝利哉くんやひなきさん達に加え、悲鳴嶼様、冨岡様、宇髄様の3人がいたのだが…

 

「………」

「………」

「………」

 

 悲鳴嶼様達はこちらの方を見ようともせず、()()()()()()を注視していた。当然、俺達もそちらに視線を送る。

 そこにあったのは、()()()だった。

 

 

杏寿郎視点

 

 俺達から数分遅れで、不死川、胡蝶、時透、伊黒の4人も到着。我々はお館様から事の仔細を聞かされたわけだが…

 

「ふむ…あの扉は昨晩、少なくとも日付が変わるまでは存在していなかったことは確実。日付が変わってから日の出までの間に現れたということか」 

 

 悲鳴嶼さんの呟きが、今分かったことの全て。うむ! 実質何もわかっていないという訳だな!

 

「やはり、あの扉を直に調べてみなければ、何もわからない…ということでしょうね」

 

 胡蝶の言葉に、その場の誰もが頷く。あの扉から人ならざる者の気配は感じるが、幸いなことにそれは悪しきものではなさそうだ。ならば、近くによって調べる程度なら問題はあるまい!

 

「扉の材質は木…おそらく樫の木の一枚板。ですが、ここまで滑らかな表面の板は見たことがありません。恐ろしく精巧な技術で作られていますね」

「それを言えば、この取っ手もだ。材質は真鍮。だが、精度が凄まじいの一言。同じ物を作れと職人に注文したら、どれだけの金と時間がかかるのやら」

それにこの猫が描かれた看板らしき物。作りが凄まじく精巧なのは言うまでもないとして…書かれている字が全く読めん!

 

 柱全員で扉を調べてみたが、扉が現れた理由に繋がるような情報は特になし。いかんな、このままでは手詰まりだ。

 

「しのぶちゃん、麟矢くん。2人は外国の文字も読めるのよね? 何と書いてあるのかわからない?」

 

 その時、声を上げたのが甘露寺だ。その場の全員が、胡蝶と東雲へ視線を向けるが…

 

「ごめんなさい。私もこのような文字は見たことがありません」

 

 流石の胡蝶でもわからぬか…ならば、東雲はどうだ?

 

「いや、まさか…だが、可能性としては、有り得ないとも言い切れないか?」

「どうした東雲? さっきからボソボソと何かを呟いているようだが?」

 

 そういえば、東雲はさっきから一言も喋っていなかったな。この扉について、何かしら知っているのか?

 

 

麟矢視点

 

「どうした東雲? さっきからボソボソと何かを呟いているようだが?」

 

 煉獄様の声で、全員の視線が俺に集中する。あの黒い扉の正体を察したことで動揺した結果とはいえ、呟きが漏れたのは失敗だったな。

 

「あー…いや、その扉に覚えがあるといえばあるのですが…」

 

 こうなった以上は仕方ない。何とか上手く誤魔化すとしよう。

 

「昔…10年ほど前に読んだ…たしかイタリアかフランス…とにかく外国の御伽話に出てくる()()()()()()にそっくりだな…と」

「「「「「「「「「異界の料理屋!?」」」」」」」」」

 

 俺の言葉に、柱の皆さん全員が声を上げる。耀哉様やあまね様も平静を保っているが驚いた様子だし、輝利哉君やひなきちゃん達も驚きで口が開いたままだ。

 

「異界の料理屋だなんて、素敵! どんなお料理が食べられるのかしら!」

「うむ! それが本当なら、実に興味深い!」

「異界の料理屋…甘いものあるかな」

「いや、甘いもんより酒だろ。異界の酒…心惹かれるぜ」

「…異界の料理…黄泉(よも)竈食(へぐい)になるのではないか?」

「現段階では何とも言えませんが、扉から感じるものは悪しきものではなさそうなので、大丈夫かもしれませんね」

「………」

 

 やがて、驚きが収まった柱の皆さんが次々と口を開いていくが…

 

「おいおいおい! 異界の料理屋だか何だか知らねえが、そんなもんの扉がなんでここに現れたのかが、まったくわかってねえだろうがァ!」

「不死川の言うとおりだ。そもそも御伽話の類に出てくるものが、現実に現れたと考えていること自体、頭が痛くなってくるんだが…」

 

 不死川様と伊黒様は相変わらずの様子で、俺を睨みつけてきた。いや、俺だって(これ)が何で『鬼滅の刃(この)』世界に出現したのか教えてほしいんですけど!?

 

「それに関しては、もう中に入ってみるしかないでしょうね。その御伽話では、扉を開くと一時的に異界の料理屋への道が繋がる。とありました」

「ふむ…事ここに至っては、それが最良の道か」

「それならば、誰が行くかを決めなきゃならねぇな。公平に(くじ)でも引くか?」

 

 宇髄様の提案に賛同の声が上がる中、俺は静かに手を挙げー

 

「俺が行きます」

 

 そう宣言した。当然、周囲からは戸惑いや心配の声が上がるが、俺だって何の考えも無しに手を挙げた訳じゃない。

 

「この扉から感じるのは、人ならざる者の気配。とはいえ悪しきものではない可能性が極めて高い。そうなると…この扉の奥で起きるのは戦いではなく、対話や交流といった類のものでしょう。だとすると…」

 

 ここで俺は一旦言葉を切り…

 

「無礼を承知で申しますと皆さん…全員とは言いませんが、大部分の方はそういう事苦手ですよね?」

 

 思っていることを正直に打ち明けた。直後、一斉に黙り込む柱の皆さん。

 実際、思考が見敵必殺(サーチアンドデストロイ)に傾き過ぎな不死川様、毒舌且つネチネチした伊黒様、言葉足らずの冨岡様、悪気は無いが他人との接し方に難がある時透様は確実に不向きだし、煉獄様や甘露寺様は裏表が全く無い分、腹芸の類が出来そうにない。

 悲鳴嶼様は、ある程度の時間を共に過ごせば分かり合えるだろう。しかし、外見で威圧感を与えてしまうのがやや問題。

 残る2人、胡蝶様と宇髄様は問題無く行えるとは思うが…

 

「私の()()()()()()を考えていただければ、こういった類に最適なのはご理解頂けるかと」

 

 伊達に鬼殺隊監査役『梁』と、東雲商会商品開発部部長付を兼任しているわけじゃない。

 結局、耀哉様の後押しもあり、扉を潜るのは俺に決定。準備を整えた俺は―

 

「それでは行ってきます。お土産を楽しみにしていてください」

 

 扉を開くと、そう言い残して中へと入っていった。

 

 

耀哉視点

 

「それでは行ってきます。お土産を楽しみにしていてください」

 

 そう言い残して、扉の中へと入っていく麟矢くん。その足取りは軽く、まるで近所へ野暮用を済ませに行く程度の気安さだ。

 

「………」

 

 だが、子ども達はそう思っていないようだ。輝利哉やにちか、かなた、くいなは緊張した顔で扉を見つめ続けているし、ひなきに至っては―

 

「麟矢様。どうか…どうかご無事で」

 

 今にも倒れるのではと思いたくなるほど、思い詰めた表情で天に祈りを捧げている。

 

「東雲の奴、随分と軽い足取りだったな。派手に覚悟が決まってやがる」

「うむ! 覚悟を決めつつもそれを(おくび)にも出さない姿勢。俺も見習いたいものだ!」

「ハッ、単に何も考えてないだけだろうがァ」

「まったくだ。鬼殺隊本部にこんな物が現れたと言うのに、あいつには緊張感が無さすぎる…あぁ、頭が痛くてたまらん」

「今の我々には、待つことしか出来ん。いつ何時、何が起きても対応出来る様にしておかねば…」

 

 行冥達もそれぞれに緊張した様子。ここは声をかけた方がいいだろうね。

 

「皆、そんなに思い詰める必要はないよ。麟矢くんは必ず無事に戻ってくるし、きっと何かしらの成果を上げてくる筈だよ。まぁ、勘なんだけどね」

 

 そう告げた途端、皆が一斉に私へ視線を送ってきた。私は微笑みと共に頷くと―

 

「さぁ、麟矢の帰りを皆で待つとしよう。あまね、すまないが人数分のお茶と茶菓子を用意してくれるかな?」

「わかりました」

 

 そう言って場を和ませる。麟矢くん、こちらは心配いらないから向こうで頑張ってきなさい。

 

 

 

アレッタ視点

 

 今日は7日に一度の『ねこや』でのお仕事の日。朝ごはんにマスターが作ったコーンスープと、サキさんが作ったベーコン(燻製肉)レタス(葉野菜)トマト(赤い野菜の実)が入ったサンドイッチ…たしか、ビーエルティーサンドイッチと言っていた。を食べて、クロさんと一緒にお店の掃除を頑張っていると…

 

―誰か来る

 

 クロさんの声が聞こえると同時に、ドアベルの音を響かせながら扉が開き、1人の男の人が入ってきました。

 タツゴロウさんやユートさんのような顔立ち。西の大陸の山国の方でしょうか?

 

「いらっしゃいませ!」

 

 とにかくお客様であることは間違いありません。私は頭を下げてから―

 

「お客様は初めての方ですか? 申し訳ありませんが、ただいま開店準備中でして、もう暫くお待ち願えますか?」

 

 開店準備中であることを伝え、暫く待っていてもらうようにお願いします。

 

「……あ、いや…この店は初めてだけど、知っているというか…どう説明すればいいかな」

 

 すると、お客様は少しの間黙りこむと、そう言って考え始めました。どういうことなんでしょう?

 

―アレッタ。このお客様は私が対応する。悪いけれど、マスターを呼んできて。

 

「は、はい…」 

 

 そして、いつもなら接客は私に任せているクロさんがそんなことを言い出して…よくわからないまま、マスターを呼びに行くことにしました。

 

 

麟矢視点

 

 山羊のそれに似た小さな黒い角が生えた金髪の女の子、アレッタさんが小走りで奥へと向かうのと入れ替わるように、黒髪でエルフ耳の少女、クロさんが俺の前に立ち―

 

―お客様。失礼ですが、普通の人間ではありませんね?

 

 そう訊ねてきた。なんと言うか、錆兎くんと同じことを聞かれたな。

 

「あーまぁ、前にも似たようなことを言われたことはありますね。一応、心当たりが無いことも無いです。やっぱり、わかるものですか?」 

―貴方の魂の色。マスター達とも異世界(むこう)の人間達とも異なる。それに奇妙な波長も感じる。

「あぁ…奇妙な波長。やっぱり転生すると違いが出るのか?

 

 クロさんが口にした奇妙な波長という言葉に、納得しながら呟いていると―

 

「今、転生と言うたか? 小僧、洗い浚い話してもらおうか?」

 

 背後から聞こえてある美しくも威厳のある声。思わず飛び退きながら振り返ると、そこに立っていたのは銅褐色の肌と、頭に大きな2本の角を持つ絶世の美女。間違いない、赤の女王様だ。

 

―赤。速いね。

 

「当然だ。異世界食堂(ここ)は妾の領域。建物は勿論、店主や働いておる娘達も我が財宝ぞ。それに仇為す可能性のある者には相応の罰を下す。当然のことじゃ」

 

 赤の神/火の神(赤の女王様)黒の神/闇の神(クロさん)に挟み撃ちされているこの状況。どちらか、もしくは両方を万が一にも怒らせたら、一瞬であの世逝きだな。

 そんなことを考えながら、この状況を如何にして脱しようかと考えていると―

 

「マ、マスターを連れてきました!」

 

 アレッタさんが白のコックコートに身を包んだ壮年の男性の男性を連れてきた。間違いない、この異世界食堂『ねこや』のマスターだ。それからその背後にいる女性は、もしかして、マスターの姪の早希さんか?

 

なるほど、そういうことか。大体わかった

「何が大体わかったのじゃ? 命が惜しいのならば、さっさと話すことじゃな」

「…かしこまりました!」

 

 とにかく、この状況を脱出するのが最優先。俺は、マスターに許可を取ってテーブル席の一角をお借りすると―

 

「では、私のわかる範囲ではありますが、事情をお話しさせていただきます。なお、専門用語などは私の持つ知識を前提にしておりますので、ご不明な点などありましたら遠慮なくご質問ください」

 

 俺自身のことと、この異世界食堂へと足を踏み入れることとなった経緯についてのプレゼンテーションを開始した。

*1
午前5時。本作オリジナル設定

*2
日本建築に見られる部材で、柱同士の上部などを水平方向につなぎ、構造を補強するために、柱の外側から打ち付けられるもの。




最後までお読みいただきありがとうございました。

今回の外伝に登場する異世界食堂の設定は、Web版、書籍版、アニメ版の折衷となっております。


※大正コソコソ噂話・特別編※

 本来なら異世界の至る所に出現する『ねこやの扉』ですが、こちらの世界では不思議なことに鬼殺隊本部=産屋敷邸の庭にしか出現していないようです。
 なお、今後他の場所にも出現するようになるのか、今後もここだけしか出現しないのかは不明となっています。


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外伝其之弐 -扉の向こうは(中編)-

お待たせいたしました。

今回も外伝として、『異世界食堂』とのクロスオーバーをお届けします。

前回同様、肆拾肆之巻から分岐するパラレルワールドの物語となります。クロスオーバーやパラレルワールドなどが苦手な方はご注意ください。

それでは、お楽しみいただければ幸いです。


麟矢視点

 

「では、私のわかる範囲ではありますが、事情をお話しさせていただきます。なお、専門用語などは私の持つ知識を前提にしておりますので、ご不明な点などありましたら遠慮なくご質問ください」

 

 マスターに許可を取ってお借りしたテーブル席の一角。その椅子の一つにどっかと座った赤の女王様。そして、奥の休憩室から運ばれてきたパイプ椅子に座るマスターやアレッタさん達に一礼し、俺は自分自身のことと、この異世界食堂へやってきた経緯について、話し始めた。

 

「まずは自己紹介を。私、姓を東雲、名を麟矢。マスターやマスターの姪である早希さんと同じ日本人…同じ国の人間になります。ただし、ざっと110年ほど過去の人間になりますが」

「110年前…となると、君は明治生まれなのかい?」

「はい、1897(明治30)年4月の生まれになります。ちなみに、ねこやの扉が出現したのは、私の世界の1915(大正4)年6月12日土曜日のことです」

ねこや(うち)の扉が異世界だけじゃなく、過去の日本にも出現したということか…いや、君はねこや(うち)のことを知っている素振りだった。こいつはどういうことなんだ?」

 

 訳がわからない。そう言いたげな表情を浮かべるマスター。ちなみに、隣に座っているアレッタさんも混乱した様子だが、その後ろに座っている早希さんはもしかして…と何かに気付いた様子だった。

 

「転生じゃ」

 

 そこへ聞こえてくる赤の女王様の声。赤の女王様は、手酌でグラスに注いだウイスキーのロックをまるで水でも飲むように一気に飲み干し―

 

「その小僧はそのメイジとかいう時代に生まれる前、おそらく店主達と同じ時を生きておった。そうであろう?」

 

 俺を軽く睨みながら、そう問いかけてきた。

 

「御明察の通りです。私は明治の世に生まれる前は、この令和の時代に生きる大学生でした」

 

 俺はその問いに一礼して答え、前世と現在の状況について話し始める。

 箱根駅伝の常連として有名な某大学で経営学を学び、卒業後は保険会社への就職も決まっていたこと。卒業式の翌日不慮の事故に遭い、死んでしまったこと。そしてその事故が死神のケアレスミスによる想定外のものであったこと。そして、そのお詫びとして明治の時代に東雲麟矢として転生したこと。そして…

 

「ただ、この世界の明治時代と1つだけ異なっていたのは…私の世界には鬼と呼ばれる人喰いの怪物が存在していたことです。あぁ、このお店の常連である(オーガ)のご夫婦、たしかタツジさんとオトラさんでしたか。お二人とは全くの別の存在です。詳細は省きますが、後天的な要因で人が変異した怪物とご理解ください」

 

 転生した明治時代には『鬼』が存在しており、自分も実家の経営する商社『東雲商会』で働きながら、鬼と戦う民間組織『鬼殺隊』の一員として鬼と戦っていること。

 

「そういった諸々を考慮いたしますと…この異世界食堂が存在している日本と、今現在私が生きている日本、私の前世が生きていた日本、そして、異世界食堂と繋がっている異世界は()()()()()()()()()()()()()()()()と考えております」

 

 

早希視点

 

「レベル2、マルチ…バース?」

 

 聞き慣れない単語に首を傾げる叔父さん。隣に座っているアレッタちゃんも何が何やらといった様子だ。

 よし、ここは私が助け舟を出すとしますか!

 

「マルチバースっていうのは、『現在、自分が存在している宇宙とは別の宇宙が複数存在する』って理論。最近のSF小説とかで流行っているらしいよ」

「サキさん、わかるんですか!?」

「大学の同級生にそういうのをやたら詳しい奴がいて、貸してもらった小説を読んでるうちに少しだけ理解出来たって感じかな」

 

 驚きの声を上げるアレッタちゃんにそう答えながら、私はまだイマイチわかっていない様子の叔父さんに―

 

「厳密には異なるらしいけど、パラレルワールドとか平行世界みたいなものと理解しても問題ないみたいだよ」

「あぁ、パラレルワールドか。それならわかるぞ」

 

 説明を補足する。これで叔父さんも理解出来たみたいだけど…このお店、これからもいろんな異世界と繋がっていくんだろうか?

 私がこのねこやを継いだ後、叔父さんみたいに上手くお店を回していけるんだろうか?

 うん、今からしっかり考えておかないと…

 

 

赤の女王視点

 

「なるほどのう…」

 

 ウイスキー(火酒)の入ったグラス片手に、リンヤなる小僧の話を聞き、粗方の事情には得心が行った。

 妾も我ら六柱を信じ尊ぶ者達に加護を与えたり、優秀な眷属が命尽きる時には再び己が眷属に生まれるよう働きかけることがある。小僧の場合は少々事情が異なるようだが、決して有り得ぬ話ではない。

 マルチバースなる言葉は初耳だが、内容を聞く限り妾達の知識にあるものを言い換えたものである様子。ならば、残る疑問は2つじゃ。

 

「小僧、疑問はあと2つ残っておる。1つ、お主の前世が生きておった世界が、この世界と別の世界であったのなら、何故異世界食堂のことを知っておったのか。2つ、お主が今生きておる世界に、何故異世界食堂の扉が現れたのか。この2つについて、納得のいく説明をせい」

 

 空になったグラスにウイスキー(火酒)を注ぎつつ、小僧へ更なる説明を求めていく。

 

「はい、1つ目の疑問に関してですが…私の前世が生きていた世界にも、異世界食堂が存在しておりました。ただし、実際の店舗ではなく()()()()()()()()ですが」

「ほぅ…物語の舞台か。これは些か予想外と言うべきか」

 

 静かに笑いながら、妾はグラスの中のウイスキー(火酒)を一気に飲み干していく。

 

「あ、あの…女王様、ご機嫌を損ねられたのであれば、謝罪致します。しかしながら、私は嘘は一切口に…」

 

 その仕草を不興を買ったと勘違いした様子の小僧。安心せい、妾はその程度で機嫌を損ねるほど狭量ではない。

 

「たしかに妾は異世界(向こう側)を統べる六柱の内の一柱。だが、天に浮かぶ綺羅星ほどもある数多の世界。その全てを統べる全能の存在であるなどとは自惚れておらぬ。その物語でも、妾は神として扱われておるのであろう?」

「はい、かつて異形の怪物『万色の混沌』を滅ぼした異世界の神々・六柱のうちの一柱。そして、異世界食堂のビーフシチューをこよなく愛するお方として」

「ならば良い。物語で語られるのもまた一興というものぞ」

 

 グラスにウイスキー(火酒)を注ぎながら、そう告げた妾に深々と頭を下げる小僧。さぁ、残る疑問は1つ。

 

「2つ目の疑問に関してですが…これは私にはわかりかねます。聞くところによると、ねこやの扉は数日の間隔で上下する魔力が最も高まった日にのみ魔法が発動するとのこと。これは推測に過ぎませんが、その上下する魔力に何かしらの変化が起きた為ではないでしょうか」

 

―赤。魔力の変化に1つ心当たりがある。

 

「なんじゃ、黒。言うてみよ」

 

―今日の扉が現れる少し前、この大地の極北に天から大岩が落ちた。それが魔力に影響を及ぼした可能性がある。

 

「ふむ…」

 

 黒の言葉に妾は僅かに考えを巡らせる。そういえば、黒が異世界食堂へ来るようになったきっかけも、普段過ごしておる月に大岩が落ちたことじゃったな。

 

「ふむ、推論ではあるが、それが一番可能性が高いようじゃ。得心行ったぞ。小僧、説明ご苦労であった」

「ご納得いただき、安堵しております」

 

 安堵した様子で一礼する小僧に薄く微笑みながら、妾はグラスにウイスキー(火酒)を注いでいく。む、もう空か。

 

「店主! ウイスキー(火酒)を瓶でもう1本頼む。それからこれに合うツマミもな。ビーフシチューが出来るまで待たせてもらうぞ」

「畏まりました。少々お待ちを。アレッタさん、クロさん。開店準備を。早希、最高速で準備を済ませるぞ。慌てず急いで慎重にだ」 

 

 そんなことを話しながら、開店の準備を再開する店主達。小僧も開店前の貴重な時間を消費させたから…と準備の手伝いを買って出たようだ。

 

「フフ…こうやって見物するのも一興、か」

 

 

麟矢視点

 

 俺も手伝いに入った開店準備はギリギリで間に合い、午前11時に予定どおり開店出来たのだが…今日の異世界食堂は、いつもと様子が異なっていた。

 

「ふぅ、今日は開店と同時に来れたわい」

 

 古株の常連である伝説の賢者アルトリウス(ロースカツ)の来店を皮切りに―

 

「テリヤキチキンを頼む。先にライスとツケモノ、それからセイシュのヒヤを持って来てくれ」

「カツドン大盛り! 大急ぎで頼むぜ!」

「オムライス。オオモリ。オムレツ。3コ。モチカエリ」

「エビフライ。付け合わせはパンで頼む。それから持ち帰りにエビカツサンドだ」

「メンチカツをお願い。付け合わせはパンね。あと、持ち帰りにメンチカツサンドも」

「カルボナーラ。デザートにプリンアラモードをお願い」

「スコッチエッグを、半分は完熟、半分は半熟で。付け合せはパンでお願いしますわ。それと持ち帰り用に20個ほど……」

「ろぉすとちきんとコメの飯を頼む」

 

 タツゴロウ(テリヤキ)*1ライオネル(カツ丼)*2ガガンポ(オムライス)*3ハインリヒ(エビフライ)*4サラ(メンチカツ)*5ヴィクトリア(プリンアラモード)*6ルシア(スコッチエッグ)*7タツジとオトラ(ローストチキン)*8といった異世界職業の常連達が次々と来店。

 赤の女王様が陣取っている1つを除いた9つのテーブル席とカウンター席があっという間に埋まってしまった。 

 まぁ、それだけならば頻繁にではないものの、たまにはあることとして処理出来たのだが… 

 

「今日の日替わりは何?」 

「わしらは…まずオヤコドンを貰おうかのう」

「久しぶりのネコヤ。思いっきり食べるぞぉ!」

 

 裸足の小人(ハーフリング)*9の夫婦が3組同時に来店したことで、状況が大きく動いた。

 好奇心旺盛で落ち着きが無い種族であるハーフリング達は、一ヶ所に定住せず、常に旅を続けている。その為下手をすると異世界食堂に来店出来るのは数ヶ月に一度。食い意地が張っている彼らが数ヶ月に一度しか来れない異世界食堂に来たらどうなるか…言うまでもない。

 貯蓄だの節約だのと言った言葉とは全く無縁な彼らは、有り金が尽きるまで食べまくる。いや、有り金が尽きてもお代わり自由なパンとライスとスープを食べまくる。

 その旺盛過ぎるほど旺盛な食欲に刺激されて、他の客もいつもより多く注文することになる。その結果―

 

「カツドン大盛りおかわり! 大至急頼むぜ!」

「次はフライドチキンを骨付きで頼む! それからジントニックもな!」

「オムライス、オカワリ」

「お好み焼きのお代わりを! しぃふぅどで頼むでござる!」

「わたくしにはぶたたまを」

「ナポリタンをウィンナーでもう一皿!」 

「オニオンベーコンピザ、もう一枚!」

 

 次々と注文が飛び交う…そう、平日の昼を髣髴とさせる戦場の如き有様となってしまった。

 

「カツドンお待たせしました!」

 

―お待たせしました。フライドチキンとジントニックになります。

 

 アレッタさんとクロさんもフル回転で応対しているが、とてもじゃないが手が足りていない。

 

「叔父さん! 私も給仕に回ったほうが良い?」

「いや、ここでお前に抜けられるのも困る。なんとかアレッタさんとクロさんに踏ん張ってもらうしか…」

 

 マスターと早希さんの方も手一杯か…ならば!

 

「マスター! 給仕の方、俺が助っ人に入ります!」

 

 俺は羽織を脱ぎながら、厨房のマスターへ声をかける。マスターは俺の声に驚いた顔をしていたが…

 

「ご心配なく! 大学の4年間、飲食店でバイトしてましたし、今も飲食業に関わってます」

「………すまない、頼めるかな」

 

 最終的には手伝いに入ることを認めてくれた。

 

「Oui,Chef!」

 

 俺は空いているロッカーに羽織と日輪刀を入れさせてもらい、予備のエプロンを装着。東雲商会で仕事をする時のように伊達眼鏡をかけると、3人目の給仕として動き出した。

 

 

アレッタ視点

 

「大変お待たせいたしました。こちら、オニオンベーコンピザになります。空いたお皿の方は、下げさせていただきますね」

 

 手伝いに入ってくださったリンヤさん。給仕の経験があると言っていましたけど、すごく慣れた様子です!

 

「お好み焼き。豚玉とシーフードあがったよ!」

「はい!」

 

 私も負けていられません。3人でこの忙しさを乗り切らないと!

 

「お待たせしました! オコノミヤキのブタタマとシーフードになります!」

 

 

 こうして3人で給仕を頑張り…お客さんが3回入れ替わったところで、ようやく混雑は収まったのでした。

 

 

マスター視点

 

「ふぅ…」

 

 平日の昼に匹敵する忙しさだった2時間を乗り切り、安堵の息を吐く。

 

「4人だけだったら、今日の忙しさは乗り切れなかったかもな」

「本当だね。東雲さんが助っ人に入ってくれて、助かったよ」

「いえいえ、本当なら調理でお手伝いします! と言えれば良かったのですが、多少腕に覚えがあると言っても、よそ様の聖域に入れるほどではないので」

 

 俺と早希の呟きに皿洗いをしながらそう答える東雲さん。彼が手伝ってくれて本当に助かった。

 

「マスター! 食堂のお掃除終わりました!」

「おう、それじゃあ昼飯にしようか。東雲さんも厨房で申し訳ありませんが…その代わり、一食奢らせてもらいますよ」 

「それは…ありがとうございます。それでは遠慮なくいただきますね」

 

 俺が差し出したメニューを受け取り、笑顔を見せる東雲さん。さて、どんな注文が来るのかな?

*1
西大陸の山国出身の侍にして、東大陸でその武名を轟かせる伝説の傭兵

*2
獅子の頭と屈強な肉体を持つ魔族の剣闘士

*3
東大陸南部の沼地で暮らすリザードマンの部族『青き尻尾の一族』の勇者

*4
東大陸に存在する3大大国の1つ公国で騎士団の部隊長を務めている

*5
東大陸で活動している新進気鋭のトレジャーハンター

*6
公国の第一王女にして現国王の実姉。両親ともに人間だが、取り替え子によってハーフエルフとして生を受けた。賢者アルトリウスの教えを受けた天才魔術師であり、通称は公国の魔女姫

*7
南大陸に暮らすラミア。自身の一族を束ねる長にして、赤の神/火の神(赤の女王様)に仕える神官でもある

*8
西大陸に住む鬼の夫婦。双方とも酒好きだが、オトラが妊娠中の為、現在は酒を控えている模様

*9
成人しても人間の背丈の半分程度しかない人型の異種族




最後までお読みいただきありがとうございました。

当初の予定では前後編の予定でしたが、思った以上に長くなりそうなので、前編、中編、後編の3部作に変更いたします。
次回、異世界食堂で麟矢は何を食べるのか?


※大正コソコソ噂話・特別編※

 今回、給仕の助っ人に入った麟矢ですが、その動きを見て一部の客…具体的にはタツゴロウやライオネルなど、荒事に慣れている面々からその実力を見抜かれているようです。


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外伝其之参 -扉の向こうは(後編)-

お待たせいたしました。

『異世界食堂』とのクロスオーバー外伝の最終回をお届けします。

前回、前々回同様、肆拾肆之巻から分岐するパラレルワールドの物語となります。クロスオーバーやパラレルワールドなどが苦手な方はご注意ください。

それでは、お楽しみいただければ幸いです。


「おう、それじゃあ昼飯にしようか。東雲さんも厨房で申し訳ありませんが…その代わり、一食奢らせてもらいますよ」 

「それは…ありがとうございます。それでは遠慮なくいただきますね」

 

 マスターが差し出したメニューを受け取り、その内容に目を通していく。さて、何を食べるか…

 

やはりここは定番のカレーやオムライス、ハンバーグあたりに…いや、向こうでは暫く食べられそうにない変わり種を攻めるのも捨てがたい

 

 ずらりと並ぶ魅力的なメニューの数々。この中から一つを選ぶのは正直言って苦行に等しい。

 ここは追加料金を払って、数種類注文するのがベターか…

 

「ん?」

 

 その時目に飛び込んできたのは()()()()と銘打たれた一つのメニュー。今の俺にぴったりのメニューはこれだ!

 

「マスター!」

「お決まりですか?」

「トルコライス*1をお願いします」

「組み合わせは?」

「基本のエビピラフ、ナポリタン、豚カツで。あと…飲み物でコーラを」

「かしこまりました」

 

 俺の注文に一礼し、調理を開始するマスター。俺は背後からその光景を見ていた訳だが…

 

「うん、動きに全く無駄がない。例えるならば歴戦の古兵(ふるつわもの)だね」

 

 お金を取っても構わないのでは? と考えてしまうほど、マスターの動きは見事の一言だった。

 

 

アレッタ視点

 

「お待たせいたしました。トルコライスとコーラになります」

「ありがとうございます」

「こっちも出来たよ。今日の賄はライスコロッケを作ってみました」

 

 リンヤさんの前にマスターが作ったトルコライスが運ばれたのに少し遅れて、サキさんの作ったまかない…ライスコロッケが運ばれてきました。

 

「えっと、コロッケがジャガイモ(ダンシャクの実)を潰して揚げたもので、ライスは…あのライスですよね?」

「そう、簡単に言うと味付けしたライスに衣をつけて揚げたものがライスコロッケだね。さっ、冷める前にに食べよう。アレッタちゃん、目が釘付けになってるし」 

「ッ!?」

 

 サキさんの声で、自分がライスコロッケをジッと見つめていたことに気づきました。そして顔が赤くなるのも…あぁ、またやってしまいました。

 

 

「「「いただきます」」」

 

―いただきます

 

 マスターとサキさんとリンヤさん。そしてクロさんの、簡潔な食事への祈りを捧げる声を聞きながら、私も感謝の祈りを捧げます。

 

「我らを見守る魔族の神よ。今日も糧をお与えくださった慈悲に感謝いたします」

「はい、アレッタちゃん」

「ありがとうございます」 

 

 大皿に盛られたライスコロッケ。サキさんが手ずから小皿に移してくれたそれを受け取った私は、ナイフとフォークを手にして、早速食べ始めました。

 まだ、熱々のライスコロッケをナイフで半分に切り、フォークで刺してから…

 

「あっつ!? ………でも、美味しいです!」

 

 息を吹きかけて冷ましたつもりだったけど、まだまだ熱々だったライスコロッケ。

 ケチャップ(マルメットのソース)で味付けされたライスには、ベーコン(燻製肉)とチーズが混ぜられていて、外側はサクサクだけど、中はトロリとしていて…凄く美味しい!

 

「…美味い。すごく…美味いです」

 

 その時聞こえてきたリンヤさんの声。ふと気になった視線を送ると…リンヤさん、泣いてる!?

 

 

麟矢視点

 

「いただきます」

 

 食膳の挨拶を済ませた俺は、まずスプーンを手に取り、エビピラフを一口。

 『異世界食堂(ねこや)』のピラフは、炒めた米に具やブイヨン、香辛料を加えて炊き上げる正式なピラフではなく、まずフライパンで具を炒めてから、バターライスを加えるタイプ…いわば炒飯に近い、洋食風ピラフだが、パラっとした仕上がりといい、塩加減といい、まさに絶品だ。

 次はスプーンをフォークに持ち替えて、ナポリタンを一口分巻き取って口へと運ぶ。うん、敢えて茹で置きしたスパゲッティをバターで炒め、ケチャップなどで味付けした定番のナポリタン。だが、プロが作るとここまで違うものなのか。

 炒められた麵の香ばしさ、熱を加えられたケチャップの柔らかな酸味、バターの塩気。具として加えられた玉葱、ピーマン、マッシュルーム、ベーコン。全てが渾然一体となり、この美味さを生み出している。

 そして、デミグラスソースのかかった豚カツを…

 

「…美味い。すごく…美味いです」

 

 一口食べた瞬間、俺はそれだけを絞り出し…涙を零していた。

 

「え、えと…リンヤさん、大丈夫ですか!?」

 

 その姿に驚いたのだろう。アレッタさんの焦ったような声が響く。俺は慌てて涙を拭い―

 

「すみません、お見苦しいところを見せてしまいました。いやぁ、あまりの美味しさと懐かしさで、つい…」

 

 と、皆さんに謝罪した。

 

「いや…そこまで感動してくれたこと、料理人冥利に尽きるよ」

「麟矢さんにしてみれば、18年ぶりの洋食だからね。懐かしさも一入(ひとしお)だよね…」

 

―私も初めてチキンカレーを食べた時は、衝撃に心を打たれた。気持ちはわかる。

 

 しかし、マスターも早希さんも、そしてクロさんもそう言って、俺の涙に理解を示してくれた。うん、少し向こうの事情も話しておくか。

 

「いやぁ、向こうでも八方手を尽くして色々と再現しているんですけど、やはり材料の差は大きいですね。養殖や栽培の技術は勿論、輸送関係も今ほど発達していませんから」

「それはあるだろうね。たしか、野菜の品種改良に初めて成功したのは大正の終わり*2だった筈だし」

「ええ、向こうで手に入る野菜の殆どは品種改良が進んでいないものばかりですからね。味は蘞味(えぐみ)や渋味が強いし、取れ高*3も現代の品種には及びません。肉類もこの時代のブランド牛やブランド豚に比べると…」

「なるほどな」

「魚介は天然の近海物が頼りですが、輸送の関係でこの時代ほど容易には手に入りません。まぁ、近いうちに東雲商会(父の会社)()()()()()()()()()()()()()()()なので、それが軌道に乗れば状況は大分変わるでしょうね」

 

 そんなことを話しながら、俺はトルコライスを食べ進め―

 

「ごちそうさまでした」

 

 おまけで早希さんの作ったライスコロッケも味見させてもらい、昼食を終了した。さて、そろそろ戻らないといけないな。

 

「マスター、名残惜しいですがそろそろ…それでお手数なんですが、向こうにお土産を持って帰りたいんです。頼めますか?」

「あぁ、構わないよ。ご注文は?」

「では、かなり多くなりますが…メンチカツサンド、エビカツサンド、コロッケサンドをそれぞれ5人前。フルーツサンドを生クリームとカスタードクリームで3人前ずつ。それから『フライングパピー』のクッキーアソートを一番大きいサイズで3つ、カスタードプリンを10個と、パウンドケーキを…味はお任せするので5本ほど。それからウイスキーを瓶で1本いただけますか?」

「…他にお客さんのいない今なら可能か。だが、それだけの量になると、最低30分は待ってもらうことになるが…構わないかい?」

「はい、大丈夫です。あ、支払いはこれで」

 

 マスターの問いに答え、俺は財布から1枚の金貨を取り出す。

 

「新10円金貨*4です。専門店で買い取ってもらえば、最低でも7、8万の価値が付く筈です*5

「金貨での支払いは構わないが…問題はお釣りをどうするかだな。こっちの貨幣や紙幣は意味が無いだろう?」

「それでしたら、おつりはお店のほうで取っておいていただけませんか? 恐らく次の土曜も来店すると思いますので、その時の支払いに使わせてください」

「そうするのが一番か。わかったよ、残高はこちらで預からせてもらう」

「よろしくお願いします」

 

 金貨を受け取って調理へと向かうマスターへ一礼し、俺はお土産が揃うのを静かに待つ。そして40分後。

 

「お世話になりました。また来ます」

「はい。いつでもどうぞ」

「「ありがとうございました!」」

 

―ありがとうございました。

 

 マスター、アレッタさん、早希さん、クロさんの言葉に送られながら、大量のお土産を手にした俺は店の扉を開き、鬼滅の刃世界(元の世界)へと帰還した。

 

 

耀哉視点

 

 麟矢くんが扉の中へと入って行ってそろそろ5時間。私の勘が正しければそろそろ戻って来る筈。

 

「戻りました!」

 

 心の中でそう呟いた瞬間、扉が開き麟矢くんが戻ってきた。両手で抱えるほど大きな皿を持っているし、両腕には輪の付いた白くて柔らかい袋のような物を複数提げている。随分と収穫があったようだね。

 そして、麟矢くんが扉を閉じた瞬間、扉は影も形も無くなってしまった。これはまた…なんとも不思議な扉だ。

 

「麟矢様! ご無事だったんですね!」 

 

 そう言いながら、今にも飛び出していきそうなひなきを手で制し、私は麟矢くんに報告を促す。 

 

「報告いたします! 例の扉の先には、異界の料理屋が存在しておりました! これは、お土産です!」

 

 笑顔でそう告げた麟矢くんは、私の許可を得た上で座敷へと上がり、座卓へ土産だという異界の料理を次々と並べていく。

 

「皆様、色々と疑問に感じておられると思いますが…まずはお食べになってください! 味は私が保証します!」

「そうだね。麟矢くんを待っていて、私も少々空腹だ。異界の料理、味見させてもらおうかな。皆も遠慮なく座敷に上がりなさい」

「ははっ! では遠慮なく!」

「私も! ご相伴に預からせていただきます!」

 

 率先して私が声を上げると、すぐさま杏寿郎と蜜璃が声を上げ、それを切っ掛けに他の皆も座敷へと上り始める。

 うん、麟矢くんが持って帰ってきた異界の料理。皆で食べるとしよう。今日は無礼講だよ。

 

 

杏寿郎視点

 

「これが異界の料理か! 見た目は洋食なのだな!」

 

 東雲が持って帰ってきた異界の料理。白くて妙に薄く、しかも軽い割に丈夫な大皿に盛られ、極薄で透明な膜のような物で覆われているのは、パンに具を挟んだ…たしかサンドイッチとかとかいう洋食。

 他にも料理を持って帰ってきたそうだが、残りは焼き菓子の詰め合わせなど甘いものらしい。

 

「ええ、異界と言っても西洋の物語に出てくるような異世界ではありません。100年以上未来の日本です」

「なんと! 100年以上先の未来!」

 

 そんなことを考えている最中に東雲が発した言葉。その内容に俺を含む全員が大いに驚いた。すぐさま詳細を聞こうとするが―

 

「お話ししますので、冷める前にお食べになってください」

 

 東雲から再度料理を勧められる。たしかに、冷めてしまっては料理作ってくれた料理人にも申し訳ないな!

 皆を代表して、俺が大皿を覆う透明な幕を剥がすと、膜によって封じられていた香りが一気に室内へと広がっていく。この香り…実に食欲を誘う!

 

「どうぞ、こちらをお使いください」

 

 何気なく差し出された白い皿を受け取ったが…これは紙で出来た皿か?

 

「紙製ですが、水も油も弾く加工が施してあります。それなりに丈夫なので、安心してお使いください」

 

 なんと! 未来の日本にはこのような物が存在しているのか! 内心驚きながら、俺はお館様の希望を聞き、海老の揚げ物が挟まれた…エビカツサンドなるものを1つ皿に載せると、あまね様を経由する形でお渡しする。

 

「ではまずは…このメンチカツサンドを頂こう!」

 

 そして自分の分として、挽き肉の揚げ物が挟まれたサンドイッチ。メンチカツサンドを1つ取り―

 

「いただきます!」

 

 まだ仄かに暖かいそれを一口!

 

「美味い!」

 

 一口齧ると肉汁が溢れ出す挽き肉の揚げ物(メンチカツ)! 衣が真っ黒に染まるほど塗られた甘辛いソース! 揚げ物の熱でしんなりとした甘藍の千切り! そしてそれらを受け止めるフワフワとしたパン !

 全てが組み合わさった味わいは、これまでに食べたことが無いほどの美味!

 

「以前『ビストロド東雲』で食べたメンチカツも美味かったが、これは桁違いだな!」

「100年以上未来の料理。材料の質も調理技術も格段に進歩している訳ですから、桁違いに美味くて当然です」

 

 思わず口から出た言葉にそう答えて笑う東雲。同時に、越えるべき壁が出来た。とも言っていた。うむ! 高い目標を持つことは良いことだ!

 

 

しのぶ視点

 

「伊黒さん! このフルーツサンド、とっても美味しいわ! 一緒に食べましょう!」

「か、甘露寺…わかった、わかったから…もう少し周りの目を気にしてくれ…

 

 数種類の果物と、卵や牛乳、砂糖などで作られたカスタードクリームを一緒にパンで挟んだフルーツサンド。その美味しさに満面の笑みを浮かべて、伊黒さんに薦めている甘露寺さん。

 伊黒さんは困った様子ですが、面と向かって拒否をしていないあたり、満更でもないのでしょうね。

 

「それにしても、異界の料理屋…異世界食堂のねこや、ですか」

 

 扉の向こうについて、東雲さんから聞かされた内容。それはその場にいた誰もが驚きを隠せないものでした。

 まさかあの黒い扉が、約110年先の…それも()()()()()()()()()()()()()()で営業している食堂に繋がっているだなんて、誰が想像出来たでしょう?

 しかも、その食堂『ねこや』は、また別の異世界とも繋がっており、7日に1度異世界の住人達が食事をしにやってきているだなんて…いくら何でも想像の域を超えています。

 ですが、東雲さんが持ち帰ってきたお土産…特に料理が盛られていた不思議な材質の大皿や料理を覆っていた透明な膜も、今の日本には存在しない物。十分な証拠になるでしょう。

 そしてこのフルーツサンドも、今の日本では()()()()()()()()()()()です。

 

「これほど甘く瑞々しい果物を惜しげもなく…こちらで買い求めたら、一体幾らすることやら…」

 

 白く、蕩けるように甘い生クリームと共に挟まれている果物は、全部で4種類。しかし私にわかるのは唯一苺のみ。

 東雲さん曰く、残りはパイナップル、パパイヤ、キウイという外国の果物。未来の日本では栽培技術と輸送技術が格段に進歩したことで、1年中甘い果物が安価で楽しめるそうです。それだけでも、未来の日本がどれだけ進んでいるかがわかりますね。

 

「あの扉は、今後も7日に1度…土曜日に現れる確率が極めて高い。一度利用させてほしいですね」

 

 フルーツサンドを1つ食べ終えた私は、そんなことを呟きながら2つ目のサンドイッチをどれにするか考えます。コロッケサンドも良いですが、甘露寺さんお気に入りであるカスタードのフルーツサンドも美味しそうですね。

 

 

麟矢視点

 

「では、あの黒い扉…『ねこやの扉』には一切手出ししない。それで構わないね?」

 

 俺が異世界食堂(ねこや)から帰還して1時間後。俺の持ち帰った土産を堪能した耀哉様や柱の皆さんは、『ねこやの扉』について協議。

 一部から若干の反対意見はあったものの、最終的には『ねこやの扉』の排除などは行わず、静観。むしろ、利用出来る時は利用しようという話で纏まった。そして―

 

「次に扉が現れるのは、7日後。まずは君達で使うといい。恐らく、様々な学びを得ることが出来る筈だよ。まぁ、勘なんだけどね」

 

 耀哉さまのご厚意で、まず柱の皆さんが『ねこや』へ訪問することになった。

 だが、全員で一斉に訪問するのは店にも迷惑。ということで―

 

「手っ取り早くクジで組めましょう」

 

 7日後、最初に訪問する3人をクジ引きで決めることにしたのだが…それが良くなかった。何故なら…当たりクジを引き当てたのはあの3人だったのだから!

 

「………」

「おい、東雲ェ…なんで冨岡(こいつ)なんかと一緒に行かなきゃいけねぇんだ、あァ!?」

「まったくだ。東雲、貴様のことだ。クジに何か細工をしたんだろう? きっとそうだ。いや、そうに決まっている」

 

 無言の冨岡様に、声を荒げる不死川様、何故か俺にあらぬ疑いをかけてくる伊黒様。当然クジは引き直しとなったのだが、不思議なことにこの組み合わせが3回連続で成立し…色々と面倒な事態となったのは言うまでもない。

*1
長崎県、主に長崎市を中心としたご当地グルメ。一皿に多種のおかずが盛りつけられた洋風料理であり、基本はピラフ、スパゲティ、豚カツの組み合わせ。別名は大人のお子様ランチ

*2
世界で初めて野菜の品種改良が行われたのは1926(大正15)年。埼玉県に当時存在していた施設で、茄子のF1種(一代雑種)が作られた。

*3
農作物の収穫量のこと

*4
1897(明治30)年から1910(明治43)年まで日本で鋳造され発行、流通した金貨の1つ。

*5
1枚当たりの重さは約8.33g。その9割が金である為、単純な金としての価値も高い




最後までお読みいただきありがとうございました。

次回より本編へと戻り、第参部 無限列車編へと突入します。

※大正コソコソ噂話※
 
今回、麟矢が異世界食堂から持ち帰ったお土産。
その内、サンドイッチ各種は産屋敷家の皆さんと柱一同で分けあって食べたわけですが、残りはー

クッキーアソート3缶のうち、2缶は産屋敷家と蝶屋敷へそれぞれ進呈。最後の1缶は麟矢が持ち帰り、両親へのお土産へ。
プリン10個のうち、7個は産屋敷家へ、2個は胡蝶様と甘露寺様へ進呈。残りの1個は東雲商会の料理長へのお土産へ。
パウンドケーキ5本のうち、2本は産屋敷家へ進呈。3本は麟矢が持ち帰り、実家で働く使用人達や『離』の面々へのお土産へ。
ウイスキー1瓶は宇髓様がGET。

と、なっています。


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本編第参部 無限列車編
肆拾伍之巻 -運命(さだめ)を変える為に-


皆様、お久しぶりです。
4ヶ月以上お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。

今回より『無限列車編』に突入していきます。
少し短いですがお楽しみいただければ幸いです。

また、掲載を休んでいた間について、一部ではありますが活動報告に載せております。
興味のある方は、ご覧になって下さい。


麟矢視点

 

「ふぅ…」

 

 明日提出する書類…東雲商会商品開発部部長付としての仕事を済ませた俺は、長時間の書類仕事(ペーパーワーク)で強張った体を解し―

 

「…よし」

 

 もう一つの仕事である鬼殺隊隊士としての身支度を整えていく。

 

「麟矢様」

 

 ノックの音と共に、執事の後峠さんが声をかけてきたのはその時だ。

 

「どうぞ」

「失礼いたします。麟矢様、お命じいただいていた件ですが、進捗状況を報告させていただきます」

「お願いします」

 

 俺の声に後峠さんは一礼し、手にしていた書類を読み進めていく。

 

「一番と三番に関しましては予定通り、明日の昼納入されます。共に納入後の点検が終わり次第、玄弥様には習熟訓練へ入っていただきます」

「わかりました。二番の方はどうなりそうですか?」

()()()()()()()を入手するのは不可能との結論に至った為、次善策として故障した物を複数入手し、使用可能な部品を組み合わせることで完全な状態の物を製作する方法を実施しております」

「…間に合いそうですか?」

「軍時代の伝手を使い、部品は昨日までに全て揃えることが出来ております。現在、部品の最終的な選別と組み立てを行っており、期日までには恐らく間に合う…いえ、何としても間に合わせます」

「わかりました。無理を言って申し訳ありませんが、どうかよろしくお願いします」

「かしこまりました」

 

 一礼し、退室していく後峠さんを見送りながら、俺は考えを巡らせる。

 柱合裁判と柱合会議が終わって、一月半。前世の記憶(原作知識)が確かならば、あと10日前後で無限列車での戦いになる。

 原作では、この戦いで煉獄様が命を落とすことになるのだが…そんなことには絶対させない。俺が打てる手は全て打たせてもらい、運命を変えさせてもらう。

 

「そういう意味では、()()()()の手を借りられる事になったのは幸運だ」

 

 無限列車で現れる鬼が何者かを考えた場合、柱をあと二人は駆り出したいところだが、柱の皆さんはそれぞれ任務があり、参戦は不可能。そこで俺の職権をフルに使い、俺が知る限り()()()()()()()()()()()に助っ人を依頼した。

 シフト調整の関係で、こちらに来るのは当日ギリギリになってしまうが…それでも計算上何とか間に合う筈だ。

 

「あとは、玄弥君の習熟次第…だな」

 

 最後にそう呟き、俺は任務へと出発する。煉獄様の運命を変える為にも、目の前の任務をキッチリこなさなくてはな。

 

 

杏寿郎視点

 

「お館様のお成りです」

 

 襖の向こうから聞こえてくるかなた様の声に、俺と隣に座る東雲は姿勢を正し、頭を下げてお館様を迎える体勢を取る。

 かなた様とくいな様の肩を借り、ゆっくりと座敷を進まれるお舘様。そのままご自身の席へと腰を落ち着けられ―

 

「よく来てくれたね、杏寿郎。そして麟矢君」

 

 微笑みと共に我ら二人へお声をかけてくださった。

 

「お館様におかれましてもご壮健でなによりです。益々のご多幸を切にお祈り申し上げます!」

「ありがとう杏寿郎。遠方での任務を済ませたばかりなのに、休む間もなく呼び出してしまい、すまなく思っているよ」

「勿体無いお言葉でございます! お館様のお呼びとあらば、我ら隊士はたとえ地の果てであろうとも、駆け付ける所存!」

 

 俺の答えに微笑みを浮かべたまま頷かれたお館様は、東雲の方へと視線を送られ―

 

「麟矢君も、東雲商会(もう一つ)の仕事があるのに、無理を聞いてくれて感謝しているよ」

「ご心配には及びません。このような時の為、東雲商会の仕事はある程度の融通が利くようにしております」

「それは何よりだ」

 

 東雲とそんな会話を交わされる。そして…本題が始まった。 

 

「杏寿郎。任務を終えてすぐだが、君と麟矢君、そして特別遊撃班『離』に新たな任務を頼みたい」

「ははっ!」

「拝命いたします」

 

 お館様の言葉に俺と東雲は平伏し、任務の内容を伺う。新たな任務、それは鬼が出没している可能性が極めて高い列車、『無限列車』の調査。

 これまでに四十人を超える数の乗客が行方不明となり、調査に赴いた隊士数名も未帰還とのこと。

 これはそんじょそこらの鬼の仕業とは考え難い。であるならば…

 

「鬼の活動開始と思われる時期と比較して、被害者の数が多い…あくまでも現時点での推測ですが、無限列車に出現している鬼は相当強力な個体。最低でも十二鬼月の下弦上位。下手すればそれ以上の可能性は極めて高いですね」

 

 うむ、東雲も同じ結論に至ったか!

 

「これは私の勘なのだが…今回の任務、本来ならば複数の柱を投入すべき事案のような気がしてならない。だが、杏寿郎以外の柱は全員任務で身動きが取れそうにない。杏寿郎、麟矢君、過酷な任務になると思うが、何とかやり遂げてほしい」

 

 その言葉と共に、深々と頭を下げられるお館様。

 

「お館様! 頭をお上げください! 柱として、鬼殺隊隊士として、過酷な現場に身を置くことは、()うに覚悟していること! 何者が相手であろうと、己の責務を果たしてみせましょう!」

 

 俺は咄嗟にそう声を上げ―

 

「耀哉様、柱の皆様には数段劣りますが、私と特別遊撃班『離』も相応の修羅場を潜ってまいりました。煉獄様と力を合わせ、この任務を成し遂げてみせます」

 

 東雲も力強くそう宣言してくれた。うむ、この任務はいつも以上に気合を入れて、臨まなければならないな!

 

 

麟矢視点

 

「流れとしては、このようなものになりますね」

「うむ、これといった修正点は無いと俺も思う」

 

 任務に関する細々とした話し合いも終わり、俺と煉獄様は僅かに緊張感を緩め、互いに笑みを見せる。

 任務の内容はこうだ。開始は四日後の夜。まず、これから三日間の休養を取った煉獄様が、第一陣として先行。無限列車の始発駅がある地域を管轄としている班と合流し、事前調査を実施。最新の情報を収集。

 作戦当日は炭治郎君、善逸君、伊之助君が第二陣として合流し、無限列車に始発駅から乗車。出現するであろう鬼を迎撃する。

 俺と玄弥君、それから助っ人の二人は増援として、後から合流する予定だ。

 

「それでは! お先に失礼させていただきます!」

 

 そんな声と共に立ち上がる煉獄様。これからご自宅へ帰られて、休息を取られるのだろう。だが―

 

「杏寿郎、槇寿郎は元気にしているかな?」 

 

 耀哉様がまるで不意打ちのように、煉獄様にそう問いかけた。

 

「……お館様にまでご心配をおかけし、心苦しく思っております。しかしながら、父は必ず再び立ち上がる。私はそう信じております! どうか今暫く時を頂ければ!」

 

 僅かな沈黙を挟み、そう答える煉獄様。だが、その僅かな沈黙が状況の悪さを物語っている。

 

「そうか、杏寿郎がそう言うのなら、私も信じよう」

「ありがとうございます! それでは、失礼いたします!」 

 

 耀哉様の声にホッとした様子で座敷を後にする煉獄様。俺は煉獄様の気配が感じられなくなったのを確認した上で、耀哉様へ向き直ると―

 

「耀哉様。正直申しまして人様の家庭環境に口出しするのはどうかと思っておりましたが…私の思った以上に、状況は悪いようです。煉獄様に()()()()()()をしようと思いますが…よろしいでしょうか?」

 

 そう問いかけた。

 

 

杏寿郎視点

 

「おかえりなさいませ、兄上!」

「あぁ、千寿郎。今戻った」

 

 俺の姿を見るなり、大急ぎで駆け寄ってきた千寿郎にそう声をかけ、俺は家へと足を踏み入れる。

 ここ最近は班の詰所で寝泊まりしていたから…家に戻るのは、10…12日ぶりか!

 

「すぐにお風呂の準備をします。それからお夕飯の用意も!」

「すまんな、苦労をかける」

 

 俺が帰宅して余程嬉しいのだろう。弾んだ声の千寿郎に苦笑しつつ、俺は廊下を進み―

 

「父上! ただいま戻りました!」

 

 部屋で横になっている父…煉獄槇寿郎に声をかけた。

 

「煩い! 大声を出すな!」

 

 直後、顔面目掛けて飛んできたのは、父の枕元にあったぐい呑み。

 

「申し訳ありません」

 

 俺は咄嗟にぐい飲みを左手で受け止めると、痺れるような痛みを感じながら、声と共に頭を下げる。

 

「…ふん」

 

 俺に背を向けたまま忌々し気に鼻を鳴らす父に、俺はもう一度無言で頭を下げ、その場を後にする。

 

「…兄上」

「大丈夫だ、千寿郎。前にも言ったが、今の父上は躓き倒れているだけ。必ずまた立ち上がり、前へと歩きだされる。我らはその日を信じよう」

「………はい」

 

 その様子を心配そうに見つめていた千寿郎をそう励まし、共に廊下を歩くが…同時に心の奥底である思いが湧きあがる。

 躓き倒れた父上。千寿郎には必ずまた立ち上がり、前へと歩き出すと言ったが、それは何時になるのだろうか…もしかしたら、二度と………。

 いかんいかん! 俺は何を考えている! このように弱気な事を考える事自体、父上への侮辱だ! 煉獄家長男として、炎柱として、そして千寿郎の兄として、俺は前を見て、止まることなく歩き続けなければ!

 俺は、心の中で再度そう決心し、隣の千寿郎に笑顔を見せるのだった。 




最後までお読みいただきありがとうございました。


※大正コソコソ噂話※
 
この後。3日間の完全休養を取った煉獄様は任務に復帰。
無限列車の始発駅周辺で調査を行った後、無限列車の車庫で切り裂き魔事件を起こしていた鬼と対峙。これを撃破しました。
またその際に、始発駅で弁当売りをしている少女やその祖母と知己を得たようです。


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