貞操観念逆転世界の赤龍帝 (グレンデル先生)
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貞操観念逆転世界の赤龍帝

昔投稿して削除したのを色直ししたやつです。ついでに執筆リハビリ。


 夢を見ていた。

 女の子にモテモテになって、男の願望たるハーレムを築くという、まあ口に出すのは憚れるような夢を。

 けれども所詮は夢。目が覚めれば現実がハローと挨拶して、代わり映えしない日常がやってくる。

 ……そう思っていたんだけどな。

 

「あれ? エロ本がない……?」

 

 覚醒したばかりの脳みそを働かせ、キョロキョロと部屋を見渡せば、本来あるべき己が至宝(エロ)がない。

 まさか、母さんが勝手に整理整頓してしまったのか?

 もしそうであれば戦争しかあるまい。年頃の息子の嗜好品に手を出すなど万死に値する!

 と、一人で憤慨してみたものの、よくよく考えてみれば母さんは俺の性欲に諦観していたので、今更部屋のエロ本を片付けるとは思えない。

 つまりは────?

 

「……まあ、後で探せばいいか」

 

 朝っぱらから頭を悩ませるのも疲れるので、後回しにした。学校の後でゆっくり探せばいいんだし。

 そうして制服に着替えたのち、リビングに向かうと母さんが丁度朝食を作り終えた頃だった。

 

「あら一誠、おはよう」

「おはよう母さん」

 

 母さんはいつも通りだ。……という事はエロ本の件は、やはり母さんじゃないかもしれない。

 おそらくだが、母さんであれば「ああいうの、大っぴらに部屋に置いとくのもどうかと思うわ」の苦言の一つでも溢すだろうし。

 とりあえず、エロ本の事は置いておこう。

 

「父さんは食わないの?」

 

 出された朝食を頬張りながら、珍しく張り付くようにテレビを見ている父さんに声をかける。

 

「……ああ、すまん。最近こういうのが多くてな」

「こういうの?」

 

 何を見ていたのか、俺も意識をテレビに向けるとそこには『三十代の女性が少年に痴女行為を働いて逮捕された』というニュースが大々的に流れていた。

 ……へぇ、そんな事もあるんだな、と無関心を装うも無理だ。普通に羨ましいじゃねえか!

 容疑者の顔が出てたけどめちゃくちゃ美人だったし、おっぱいもデカかったし!

 はーん、痴女とかAVだけの世界だと思ってたわはーん。

 

「度し難いな。一誠もこういうのには気をつけるんだぞ」

「え? お、おう」

 

 不意打ち気味の心配。

 普段なら「お前ならご褒美だったろうな」と揶揄するところなのに、ガチの心配をされてしまって生返事が出てしまった。

 

「まったく。本当に気をつけてよ? 一誠はそこのところ、結構ぬけてる事が多いから」

 

 まさかの母さんからの懸念。本格的にこんがらがってきた。

 何故だ。エロ方面の話題であれば揶揄うか嘆息するかの二択なのに、そのどちらでもない本気の心配。

 二人の目を見れば分かる。本気で、本意で、そこに一変の冗談も含まれていない眼差し。

 そんな目をされれば、こちらも心から大丈夫と返答しなければならない。

 

「二人が心配するような事にはならないから、大丈夫だよ」

 

 痴女行為なんて、痴漢と比べれば稀に起きる事件だし、そう心配する事はないだろうという考えを含めての返答。

 一応、俺の答えに納得してくれたのか、一先ず痴女の話題はこれで終わりとなった。

 しかし、何故にあそこまで懸念したのだろうか、結局俺は朝食を食べ終わっても分からず、そのまま支度を済ませて登校した。

 

◇◇◇◇

 

 ────ついにモテ期が到来したのかもしれない。

 

 何故か? 通学中にOL女性に同じ駒王学園の高等部、果ては中等部の女の子から熱い視線を送られたからだ。これをモテ期と言わずなんとする。

 はー、これがモテ男の辛さかー。確かに色んな女の子から好意を寄せられちゃあ困っちゃうわな!

 この熱々の眼差しは学園に到着した後も続き、昇降口を潜った後も、自身の教室につくまでの間も続いた。そのせいで、ニヤけそうな表情を必死に固定するのが大変だったまである。

 

「よお、松田、元浜」

「ん? おお、イッセーか」

「なんだお前、一人か?」

 

 教室に入れば、友人の松田と元浜が既に来ていた。

 コイツら中学からの付き合いで、共に駒王学園への入学を果たした悪友(エロとも)である。

 

「一人で悪いかよ」

「悪いっていうか、お前は見ててハラハラするんだよ」

「まったくだ。お前は鈍いし、緩いし、どっかで泣かされないか心配なんだわ」

 

 早々に散々な言われようである。

 ていうか、今日は皆んなどうしたんだろうか? 両親といい、この二人といい、まるで俺を無防備で無警戒な庇護対象のような扱いだ。

 

「意味が分からん。いつから俺はか弱い生き物になったんだ」

「会った時からだよ」

「……てかお前、いつもに増して緩すぎだろ。全体的に、なんか襲ってくださいって言ってるみたいだぞ」

「? いや、マジで意味が分からん。緩いって言ったって、いつもこんなもんだろ。寧ろお前らが何なんだ、そんなキッチリとしやがって」

 

 やり取りの最中で気づいたが、今日のコイツら少しキッチリというか、お堅い感じでカッチリしてる気がする。

 普段、制服を着崩しているという訳でもないが、何故か露出は許さんというオーラを醸し出している……ただの勘で、感想だが。

 

「はあ、コイツはダメだ。いつも以上に目を離しちゃいけないやつになってる」

「ああ、進行形で酷くなるとは恐れ入ったぜ」

「……なあ。さっきから、何をそんなに心配してんだ?」

 

 明らかに変態三人組として学園中の女子から敵視されていた二人とは到底思えない態度だ。

 

「何ってお前……ここまで鈍いとか、ある意味才能だな」

「イッセー、お前女子からジロジロ見られてるって気づいてるか?」

 

 元浜の問いに、俺はフリーズした。いやだってそんなもん────。

 

「おう! 気づいてるとも! モテ期到来ってな! 羨ましいだろ!」

 

 と、自慢げに嘯いてみれば溜め息をつかれた。解せない。

 程なくして予鈴が鳴ったので、各々は席つき、授業が開始された。

 

 

 何事もなく授業は進み、日常という名の時間が過ぎていく。

 少し意外というか不思議に思ったのが、担任の教論が男から女の人に変わっていたところか。特に説明もないまま授業が行われたので、奇妙に思いつつも女教師になってラッキーなどと密かに思ったり。

 

「イッセー、何ふやけた顔してんだ。次、体育だぞ」

「おぉ、悪い」

 

 授業中に弾む女教師のおっぱいに想いを馳せていたが、時間を忘れてしまうのは良くない。

 体育の授業という事で体操服を取り出して、ブレザーを脱ぎ、ワイシャツのボタンを開ける。

 まだ春だってのに今日はちょっとだけ暑いから下にTシャツを着てこなかったけど、それでもまだ暑く感じてたから少し清々するな。

 

 すると──── 『兵藤くんが……』『裸……』『胸板、結構たくましい……』────ザワザワ、と周囲が騒がしくなった気がした。

 

「ばっ!? おまっ! 何やってんだ!」

 

 元浜が焦ったような声を荒げる。どうしたんだよ急に。

 

「女子がいる前で着替えるとか何考えてんだよ! 早く隠せよっ!」

「はあ? 何焦って────っておい! いきなりボタン閉めんなよ!」

「コイツは本当にもう……! おい女子共! ジロジロ見んな!」

 

 うお、松田と元浜がガチの怒鳴り声を女子にあげるなんて、珍しいものを見た。

 てか、反応おかしくない? なんか、俺が男子に裸を見られた女子みたいな扱いを受けている気がするんだが。

 

「緩いとは思ってたけど、今日は通り越して猛獣の前に置かれた餌同然だぞ!」

「意味が分からんて。教室で着替えるくらい普通だろ」

「何を基準にした普通だよ。昨日は更衣室で着替えてただろうが」

「……更衣室?」

 

 この時、俺は知ったのだが、この学園には男子更衣室なるものが存在し、俺たちはそこで着替えるのだそうだ。

 おそらく俺は、宇宙猫さながらの顔をしているだろう。

 そんなのおかしい、あり得ない、何かが間違っている。だって、そんなもの昨日までは存在しなかった筈だ。

 はは、まさかドッキリ? クラスを巻き込んでの壮大な仕掛けがあったりは……松田と元浜のマジな反応と、女子たちのいつもとは異なる視線に、これは現実だと認めざるを得なかった。

 とりあえず、俺は頭の混乱を防ぐ為にあえて思考を真っ白にし、無心で男子更衣室に向かった。

 

 ×

 

 体育は男女別々に行われた。

 さっきまでの混乱は忘却の彼方へと追いやり、今はただ女子たちの眩いブルマ姿を拝んでいた。あー、ブルマ文化は素晴らしい。

 汗で肌に張り付く体操服。お尻にフィットとしてプルンと柔肌を演出するブルマ。これぞ男のパラダイスである!

 ……ふう、少しばかり興奮してしまった。運動のせいで汗だくになったので、体操服の裾をパタパタとさせて風を服の隙間に送り込む。

 

 すると────『今日の兵藤くん、扇情的』『もしかして……誘ってる?』『ヤバい、トイレ行ってくる』────またもや教室で感じた熱烈な視線を感じた。

 

 今日はやけに視線を感じるな。モテ期と嘯いたが、自分でも四割くらいは冗談で言っていたつもりだった。

 だがしかし、本当に……?

 

「さすがにあっちぃ」

 

 季節は春だが、今日はほんの少しだけ暑気が降りてきたのか、汗だくになってしまう程度には暑い。

 額から伝って零れていく汗を襟元で拭き、さっぱりした感触を味わいたかったのだが、うーん意味なかった。

 

 ────『きゃっ、おへそ見えた!』『……やっぱり兵藤くん誘ってるよね? それとも無自覚?』『わからせなきゃ……!』────さっきから女子グループから何か聞こえるな。

 

 体育の授業は滞りなく進んでいき、俺も与えられた課題をこなしていく中、一つ気づいた事があった。

 女子グループの反応というか、強烈な視線は、俺が襟元で汗を拭いたり、裾で風を煽ったりしている時に感じられるのだ。

 あれー? これ、もしかして俺スケベな目で見られてる? 男子の俺が? 変態とこちらを蔑んでいる女子から?

 再び宇宙猫になる俺。そして、脳に衝撃がはしる。

 

 ────今朝ニュースでやっていた世にも珍しい痴女事件。

 ────通学中の女性たちから視線。

 ────松田と元浜の変わりよう。

 ────現在進行系で俺の肌をガン見している女子たち。

 

 まさか、俺、似てるようで違う、とんでもない世界に来ちゃってたりする?

 ジャンル的に言えば、所謂『貞操観念逆転』みたいな。

 その答えを知るべく、俺は黙々と授業をこなし、下校の予鈴が鳴るも早々に帰路……ではなく、コンビニに赴いた。

 そして、そこには……男の裸しか無かった。クソったれが────────────────!!!




続くかどうか分かりません。


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リアス・グレモリーの場合

昔のとは大幅に変わると思いますが、続きます。


 リアス・グレモリーは悩ましげに溜め息をついた。

 仕事が手に付かず、頭の中も別の事でいっぱいいっぱい。

 こんな体たらくな彼女をメイド長が見たのなら、おそらく小言は免れないだろう。

 それ程までにリアスは集中力を欠いていた。

 だって、仕方ないじゃないかと彼女は思う。

 あんな事があって、尚且つ相手が恥ずかしがって、でもどこか嬉しそうな反応をされたのだから、脳を焼き切るかのように記憶に刻まれてもおかしくない。

 

 そんな彼女の脳内を支配するものとは、とある少年の事であった。

 

 あれは、某日の学園内での出来事だった────。

 

 ◇◇◇◇

 

 放課後、オカルト研究部の部室への道をリアスは歩いている。

 変わらぬ日常。普遍的な学生生活。ただ、これから先おこなわれる部活内容は一般の学生のものとは異なる。

 彼女たちは悪魔────言ってしまえば人間ではない。

 悪魔なのでそれらしい行為、人間と契約を結び、願いを叶える仕事を秘密裏に行っている。

 リアス・グレモリーは純潔の悪魔であり、(キング)として既に眷属を有している。そして、その眷属たちが契約を取ってきているというものだ。

 眷属たちは皆優秀だ。赤字経営みたいな事には一度も陥ったことはないし、対象への対応もしっかりしている。

 しかしかな、眷属は全員()()なので、異性関係を求める女の召喚者の期待には余り応えられないし、逆に男の召喚者のウケはまあまあよろしくない。

 つまりだ。ステータス的に優秀ではあるものの、成績は平均点を取る、いまいちパッとしない眷属と化しているのだ。

 

 リアスは溜め息をつく。

 

 代わり映えしない日常であるのなら、今のパッとしない契約絡みも変わらないという事。

 ついでに言えば、自分が夢見ている異性とのイチャイチャ関係の成就も難しいという事に他ならない。

 彼氏いない歴=年齢であるリアスは、学生のうちにどうにか恋人ができないものかと考えていたが、結果はこの通り。このザマ。

 この現状をどうにかしたい……そう思考しながら歩いていると、ドンっと正面から衝撃を感じ「ひゃっ」という小さな悲鳴と共に尻もちをつく。

 

 ああもう、一体なんなのよと内心悪態をつきつつ、衝突事故の相手は誰なのかと視線を前にやり─────。

 

「ご、ごめん! 大丈夫か?」

 

 鼓膜に響く、女のとは違う低い声。

 スッと、目の前に差し出される手。

 心配と驚きが混じり合った男の顔。

 

 これは、もしかしなくても……ラブコメの波動を感じさせるシーンやんけ! とリアスは心の中で叫び昂った。

 なんという予想外で素敵なシチュエーション。実家でやり込んだ乙女ゲーを連想させる状況に、胸のドキドキが止まらない。

 もっと言うのなら妄想も止まらない。だって乙女ゲーであれば、このまま縁を持って男女の関係まで持っていくのがストーリーだし。

 リアスは恐る恐る手を取り、彼の顔を改めて見る。

 記憶が確かなら、彼は────兵藤一誠という男子生徒だった筈だ。

 生徒間の噂によれば、色々と緩く、色々と無防備で、非常に狙い目でありながらも決してビッチという訳でもない。

 そんな彼が目の前に、自分に手を差し伸べてくれている。

 これはもはや運命なのでは? と妄想は加速し、リアスの残念な脳内は夫婦生活にまで突入した。

 

「って、ぐ、グレモリー先輩!?」

 

 驚いた様子を見せる一誠。

 その反応にリアスは一瞬だけビクリとさせるが、即座に脳天に電撃が走るような衝撃を受けた。

 彼が、一誠が、照れているのである。

 これだけで「ふぁー!!!」と悶えてしまう衝動に彼女は駆られる。

 こんな反応なぞ画面の向こう側でしか見たことがない。同世代の、年頃の、生の男子による照れ。

 やはり運命だ。世界が運命の存在を自身と引き合わせたのだ。

 照れているという事は異性として認識し、尚且つ好ましく想っているのと同義。加えて自身を知っていたとなれば……もう両思いでは?

 これはもう愛を司る悪魔として本領を発揮するしかない。

 周囲から「愛を司るくせに恋愛経験ゼロ」と揶揄された汚名を返上する時だ。

 

「ありがとう。それと、ごめんなさいね。少し考え事をしていて前方不注意だったわ」

「い、いえ! 俺もよそ見してたんで、こっちこそすみませんでした!」

 

 確定だ。彼は私に気がある、とリアスは勝利を確信した。

 性差からくる、時折男子が放つような横暴さや傲慢さは感じられない上に、逆に畏まった様子。それに、一誠の視線はちょいちょい胸に来たりしているのが動かぬ証拠。

 嗚呼、ようやく報われた気がした。この無駄に肥大化し、異性に対して特にセックスアピールにならないどころか、大きさ故にドン引きされる胸が、一誠を意識させているという事実にリアスは歓喜した。

 一誠の手を掴む。男性特有のゴツゴツした手。そこから伝わる熱。

 

(今夜のお楽しみを終えるまで、手を洗わないでおこう)

 

 変態的な決意を固め、一誠の手の感触と肌の熱を堪能しようと少しだけ力を込めつつ、尻もち状態から立ちあがろうと────。

 

「どわぁ!?」

 

 ────謎の力が働いたのか、一誠は足を滑らせてリアスの方へと倒れ込んだ。

 押し付けられる胸板。鼻腔を擽ぐるフェロモン。双丘に挟まれた顔面から放たれる彼の吐息。

 この時、リアスの理性はある意味ショートしたと言えるだろう。脳内ではあるが奇人のように「Fooooooooooooooo!!!」と奇声をあげたのだから。

 

「や、やわら……!?」

 

 一、二、三回程、胸を揉まれた気がした。

 そこで理性と正気は更に沸騰し、もうこのまま致してもいいよね? などという思考で錯乱状態になりつつあった。

 しかしこれで終わらない。リアスにとっては劇薬とも、核爆弾とも形容できる事象が投下される。

 

「────あ」

 

 スカートのある位置に、微かに膨らんでリアスに押しつけられる硬い物体。

 

「うぇ!? す、すみませんでした────────────────!!!」

 

 ただし感じたのはほんの一瞬。

 倒れ込んでいた一誠は即座に立ち上がり、前屈みになりながらも瞬く間に去ってしまったからだ。

 一人ポツンと取り残されたリアスは呆然しつつ、胸に手を当てる。ドキドキと早くなった鼓動が感じられる。

 そして最後のアレ。そう、アレだ。

 走り去ってしまう前に感じた感触を、リアスは持ち得る(性)知識を総動員させて思考を張り巡らせた……結果、思い至った。

 アレは紛れもなく、ぼ────となったところで、彼女は己の下着に違和感を覚えた。

 

「あ、大洪水」

 

 これがリアス・グレモリーの、運命との邂逅であった。

 

◇◇◇◇

 

「あの日は部活動を(キング)と部長権限で中止したのよね。下着が大惨事だったし、何より我慢できなかったし」

 

 あの後、リアスは自宅へと直行し、盛大な自家発電に励んだ。

 消音の結界を展開し、オットセイの鳴き声さながらの嬌声をあげまくった。

 一誠を想像しながら、妄想しながらの手遊びは今までで一番の快感であり、照れる仕草、香るフェロモン、僅かに感じた胸を揉まれる感触とスカート越しに当てられたアレを想いながらするだけで……飛んだ。

 もう以前の独楽には戻れない。二次元よりやっぱり三次元のが強いと分からせられてしまった。

 あれから数回何かと理由をつけては会い、連絡先を入手し、夢にまで見た異性とのキャッキャウフフな学生ライフを手にしたのはいいが、最初のようなラッキースケベな展開は未だ起こっていない。

 やはり攻勢に出るべきだろうか? 多分、押せばいける気がする、と思春期特有の悩みを巡らせる。

 

「なんにせよ、着実に仲は進んでいる筈。二人きりの時は名前で呼び合うようにしたし」

 

 ついでに別に知らなくてもいい情報なのだが、一誠から憧れの存在と言われたリアスは、密かに下着を濡らしたそうだ。

 

「私は今年中に、紅髪の処女姫(バージンプリンセス)という不名誉な異名から脱却するのよ!」

 

 だがリアスは知らない。

 彼女が運命の相手だと信じて疑わない彼を、水面下で狙う刺客が割と近くにいるという事に。

 

 処女(どうてい)のリアスは、未だ気づかない。




リアス・グレモリー
紅髪の処女姫(バージンプリンセス)の異名を持つ可哀想な悪魔。
愛を司るグレモリーなのに恋愛経験ゼロと揶揄されたり、当人の恋愛力が元の世界で言うところの『童貞臭さ』があって中々異性と縁がない。しかし、そこはメインヒロインだけあって運命の相手を見つける。ただし他にも狙っている泥棒猫がいる模様。


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塔城小猫の場合

 塔城小猫は恋愛ごとに余り興味を示さない。

 寡黙な性格がそうさせるのか、気まぐれな性質が影響しているのか、あるいは未発達気味な体型がそこまでの情緒に至らせない為か。

 とにかく、彼女は花より団子。利のない色より、味蕾とお腹を満たしてくれるお菓子の方が優先順位は高かった。

 しかし、そんなお子様な彼女にもようやく春が到来したようで、日に日に思考の割合がお菓子から“彼”に偏り始めている。

 

「イッセー……先輩」

 

 切なげな声には、意中の人の名前。

 兵藤一誠────彼の名前を呟くだけで身が火照り、情動が湧き上がってしまう。

 つい最近まで興味すらなかった自家発電は、覚えたての猿のように繰り返し盛り、その間に自分でもどうかと思う程の媚びた牝の声を漏らす。

 酷い時は、一日中盛りに盛って翌日寝不足になるレベルだ。

 意中の彼を想いながらの独楽はそこまで快楽的で、興奮の坩堝から抜け出せない程のものだった。

 ────嗚呼、私……卑しい牝猫になってます、という独白を零す程度には。

 

 そんな内なる性を開花させた出来事を、小猫は発情の真っ只中、巻き戻されるビデオテープのように回顧する。

 

◇◇◇◇

 

 今日は厄日だ。そう呪いたくなる程に現在の状況はすこぶる良くなかった。

 巷で話題となっていたクレープ屋に並んでいた時、突然男が割って入ってきたのだ。

 おそらく小猫の体格が小さかったが故に暴挙に出たのだろう。

 しかし花より団子の小猫にとって、この横暴は到底許せるものではなく、割り込みをした男に対してハッキリと苦言を呈した。

 

「ルールは守ってください。それが人として最低限のマナーです」

 

 棘のある諫言。

 だが、列に問答無用で割り込むような男だ。その言葉で機嫌が一気に悪くなり、苛立ちを含んだ声音で捲し立てる。

 

「はぁ? 君ねぇ、男性に列を譲るのもマナーなんだよ? その貧相な体に栄養が行き渡っていないと思ったら、頭にまで回っていないみたいだね」

「そういう事は関係ありませんし、男尊女卑なんて今時時代遅れです。後、他人の身体的特徴をあげて扱き下ろすのは人としてどうかと思います」

 

 逆ギレに対し淡々と返す小猫。

 どちらも譲る気はなく、口論はドンドン激化の一歩辿っていく。この光景は、マイクを武器として用いてラップバトルを繰り広げる某アニメを連想させる。(ただしラップはしない)

 並んでいた他の顧客も少し距離を取り、関わらないように遠巻きにする。

 

(嗚呼、面倒だ。こういう手合いは、こちらが何を言っても呑み込まない……暖簾に腕押しの、かつての主を彷彿とさせます)

 

 言い合いはしつつ、思考は極めて冷静に、冷酷に男にそのような評価をくだす。

 小猫にとっては最低最悪に値する評価であり、口論に発展したからには絶対に言い負かされたくない類いの相手。

 故に口撃の手を止めない。楽しみにしていたクレープ屋に割り込んだばかりか、こちらに失礼な言葉を投げかけたのだから、相応の報いを受けてもらわなければならない。

 そうして口論は続けられる。しかし、ややヒステリー気味で沸点の低い男は頭に血が上り、遂には手を上げた。

 

「あーもう、うるさいんだよ」

 

 という言葉と共に男は小猫を突き飛ばす。

 別に容易に避けられた挙動。けれども相手は非力な一般人且つ男性だ。敢えて受けた方が騒ぎになりにくいだろう。

 そんな考えのもと、わざと突き飛ばされてやる小猫……だが、後ろへ倒れる事はなかった。

 

「おい、アンタ」

 

 誰かに体を支えられている。

 悪いものから庇うように手を添えられている。

 

「聞いてる限りじゃアンタが間違ってるだろ?」

 

 どこか包容力さえ感じるこれに対し、一体誰なんだろうと僅かに視線を後ろにやれば、そこには駒王学園の制服に身を包む男子生徒の姿────一誠の姿が。

 まっすぐと対峙している男を見据え、怒りを含ませた声をあげている。

 

「なんだ君は。いきなり出てきて、関係ないだろ」

「ああ無関係な通行人だがよ、俺もこのクレープ屋に用があったんで来てみれば……なあ、アンタ皆んなの迷惑になってる自覚はないのかよ?」

「────」

 

 声を詰まらせる男。

 小猫には強く出れていたのに、援護するように現れた一誠には口をくぐもらせるだけ。典型的な異性に強く、同性には弱い男尊女卑思想持ちの人物であった。

 周囲を見渡せば、遠巻きにしているものの非難的な視線を向けている民衆。

 男女問わずの針のむしろに居心地が悪くなった男は舌打ちしながらこの場を去った。

 

「あ、あの……」

 

 一連の騒動が終結したところで、未だ体を支えられていた小猫はオズオズといった感じで声をかける。

 

「助けてくれてありがとうございました」

「いいって。ああいうの見ててイラっときたし、何より君みたいに可愛い娘をほっとけなくてな」

「か、可愛い……ですか?」

「おう! 可愛いぞ!」

「あ、ありがとうございます。そんな事を男性の方に言われたのは生まれて初めてです」

 

 同性から愛らしいという評価は何度も聞いたが、異性からの初めての賛辞にドキッとする。

 何だろうか、彼の言葉を聞いて体が徐々に熱くなっていく気がした。

 

「さ、買おうぜ。君もクレープを食べに来たんだろ?」

「はい。あ、そういえばお名前……」

「名前か? 俺は兵藤一誠。駒王学園二年生だ」

「兵藤……先輩。わ、私は搭城小猫と申します。駒王学園一年です」

「という事は後輩か! よろしくな小猫ちゃん! ああ、俺の事は苗字じゃなくてイッセーって呼んでくれると嬉しいな」

「な、名前ですか……分かりました。よろしくお願いします、イッセー先輩」

 

×

 

 公園のベンチで購入したクレープを二人は味わっていた。

 一誠はメイプルバターで、小猫はチョコレートである。

 

「美味いな。噂通りだ」

「はい、美味しいです」

 

 味蕾から感じ取れる確かな甘味。お菓子好きな小猫は花丸をあげたいくらいの評価だ。

 クレープを頬張りながら、ふと一誠を見やる。厳密には彼が食べているクレープと、無意識に目が行ってしまう口元。

 

「もしかして、食べたい?」

 

 彼女の視線に気づいた一誠は、何となく訊いた。

 

「ふぇ!? いえ、あの……」

 

 いつも冷静な彼女らしからぬ動揺。

 欲を言えばめちゃくちゃ食べたい。別味を試食するという意味でも……別の意味でもだ。

 しかし、それを自分から告げるのははしたないし、いくら食べたいと聞かれても素直に頷いたら卑しい女と思われるかもしれない。

 

(あれ?)

 

 そこで小猫は、疑問を覚えた。

 どうして彼から評価を気にしているのだろうか?

 食べたいなら食べる。そう素直になって齧り付くのが塔城小猫であった筈なのに。

 異性の目など気にも留めなかった筈の、彼女の心からの疑問。

 けれどもそこに────。

 

「はい、どうぞ」

 

 考える暇すら与えない。一誠から差し出されたクレープに小猫は硬直する。

 

「い、いいんですか?」

「いいっていいって。あ、その代わり、小猫ちゃんのも一口くれよな?」

「も、もちろんです!」

 

 まあいいや、と先程までの思考を脳の片隅に追いやり、交換条件にあっさりと食いつく。

 

「で、でも、ここは礼儀としてイッセー先輩からどうぞ」

「別にそんな事しなくてもいいのに、ありがとうな。じゃあ失礼して……あーん、んぐ、美味い。チョコレートもいけるな」

 

 ゾクリ、と一誠が自分のクレープを齧った瞬間身震いする。

 

「じゃ、次は小猫ちゃんな」

 

 目の前に差し出される異性からの、()()からのクレープ。

 ドクンドクンと心臓の鼓動が忙しなく鳴り、全身の血管の脈拍が早くなっていくのが分かる。

 今までにない高揚感。おそらく、自身の顔は真っ赤になっているだろうと、おかしな分析をしてしまうくらいには冷静さを欠いている。

 けれども、今はそんな事どうでもいい。

 今大事なのは、この一期一会とも言えるシチュエーションに、全力で向き合わなければならない事だけなのだから。

 

「あ、あーん」

 

 一口、齧り付く────瞬間、小猫の全身に電撃が走った。

 嗚呼、ダメだ。これは劇薬過ぎる……悪魔以前に、猫又としての牝の部分が反応してしまう。

 一瞬にしてジワリと()の部位が湿り気を帯び、絶頂さながらの痙攣に見舞われる。

 

「え、小猫ちゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫です……」

 

 心配そうに声をかけてくれる彼。

 そんな姿勢が嬉しくて、一誠の尊顔を見ようと目を向ければ……どこか照れているような様子に小猫は再度()を熱くさせる。

 分かってしまった。悟ってしまった。理解してしまった────この人こそが、己の番なのだと。

 冒頭の厄日という言葉は撤回しよう。今日は小猫のとって吉日であり、自身の運命と出会えた記念すべき日であると。

 

 ────絶対に逃しません。いっぱい営んで、たくさん家宝を作りましょうね♡




塔城小猫
目覚めてしまった牝猫。卑しい猫。自身の体型と、後輩という肩書きを利用して番と定めた一誠に迫る卑しか女ばい。


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姫島朱乃の場合

難産だったのと、体調不良が重なって意外にも遅れました。
接点なきゃどこでエンカウントせなええねん……。

誤字報告をしてくれた皆様方、ありがとうございます(ある意味面白い誤字は残しましたけど)


 姫島朱乃は恋をしている。

 どうあっても、どう足掻いても止める事はできない胸のトキメキを感じている。

 恋愛シミュレーションで例えるなら、好感度ゲージがマックスのまま変動しない……それ程までに、彼女は夢中になっていた。

 現在、十八になる年まで引き摺っている過去のトラウマ。それによって拗れてしまった父親との親子関係。

 そんな朱乃が出会ったのは、どこか包容力を感じさせる一つ下の男の子。

 

「イッセーくん……」

 

 無意識に声に出る彼の名前。

 ギュッと抱きしめる()()()()()人形。

 ただ一誠を想うだけで心が満たされる。求めていた父性で活力が充填される。

 息を吸い込めば、妄想の中であっても一誠の匂いが、フェロモンが感じられるような気がして脳がピリピリとし、興奮と共に身体が疼いてしまう。

 たったこれだけの行為で堕落する。本物がいないにも関わらず、自身を快楽の坩堝へ堕としてしまうなんて、なんという魔性の男だろうか。

 肥大化した母性の塊に、人形が沈んでしまう程の力で抱きしめる。

 

「はぁ、イッセーくん……お父様……いいえ────パパ、パパ♡」

 

 姫島朱乃は恋をしている。そして同時に、意中の人に対してバブみも感じていた。

 

◇◇◇◇

 

 その日は、少し憂鬱とした日であった。

 週一に朱乃宛てに届く一通の手紙。それは父親からの手紙であり、『元気にしているか?』『まだ会ってくれる決心はつかないか?』といった内容のもの。

 こちらの近況について聞きたがる内容に嬉しく思うも、溜め息も出てしまう。

 この嘆息は父親に対してのものではなく、自分の不甲斐なさによるものだ。

 あの人はいつだって自分を気にかけてくれる。心配しない日なんてない程に愛されている自覚はある。

 けれども────。

 

「今更会って、なんて声をかけたらいいの……」

 

 怖い。父親と会うのが怖いのだ。

 感情的に出ていって、自分勝手が影響して襲われて、相談もなく悪魔に転生した。

 どこまでも自己中心的な行動しか取っていない。全国のファザコンから親不孝の誹りを受けても仕方ないと朱乃自身が思ってしまっている。

 会いたいとは思っている。しかし、どんな顔して会えばいいのか分からない。なんて言葉を投げかけられるのか恐れている。

 怖くて、足が、竦んでしまう。

 

「昔と、何も変わりませんね……」

 

 独り、自嘲する────そこへ、誰かが訪れたのを知らせる警報が小さく鳴る。

 

 朱乃は神社の巫女をしている。

 元々の家系自体が神社関係だったのもあって、彼女は時折こうして息抜きに巫女をやっているのだ。

 そして、神社には誰かが足を踏み入れた際に知らせてくれる結界が張られている。朱乃が気づけたのも、これが理由である。

 

「結界の反応からして悪意はないですわね……ただのお客様かしら?」

 

 軽く身嗜みを整えて外へ出る。

 先程までの憂いた表情を営業スマイルに切り替え、訪れた参拝者を出迎える。

 本来であれば出迎えなぞ必要ないのだが、珍しい時間に来たのと、気持ちの切り替えがしたいのもあって接待しようと考えた……まさか、この出会いが彼女に劇的な変化をもたらすとは誰もが思わなかったが。

 

「こんにちわ」

「え!? あ、こ、こんにちは! ……て、姫島先輩?」

 

 珍奇な参拝者は、駒王学園の制服に身を包んだ男子生徒────兵藤一誠その人である。

 朱乃は面食らう。男子が来訪した事にも驚いたが、何より相手が自分の名前を知っていたことに一番驚愕したと言えるだろう。

 即座に表情を繕い、会話を再開させる。

 

「えぇと、どこかでお会いしました?」

「ああいえ、自分が一方的に知っているだけでして……そのお淑やかで、綺麗で、まさに大和撫子のようだって憧れてまして……」

「ま、まあ、まあまあ」

 

 つらつらと挙げられる褒め言葉に繕った表情が一気に破顔する。

 初対面とはいえ、異性に褒められるのは悪い気がしないだろう。この貞操観念が逆転した世界においては、少なくともそうである。

 

「その、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「あ、はい! 俺、兵藤一誠って言います! 駒王学園の二年生です! イッセーって呼んでください!」

「分かりました。イッセーくん……私の事も、朱乃と呼んでくださいね?」

「はい、朱乃先輩!」

 

 流れるように自己紹介し、そのまま名前で呼び合う仲に。

 これ、リアスが切望していた青春そのものではなくて? と内心、男の子と交友関係ができた事にニコニコになる。

 

「ところでイッセーくんはどうして神社へ? この時期、この時間帯に来るのは少し珍しくて」

「……あー、なんと言いますか。お神籤を引いて、自分がどんな立ち位置にいるのか確認しようかな……なんて」

「? まあ、理由はどうあれお神籤を引きに来たのですね? それではこちらにどうぞ」

 

 さりげなく一誠の手を優しく取り、案内する朱乃。

 触れ合う肌から微かに感じる熱を堪能しつつ、巫女としての業務を執行する姿は、仕事と欲望を同時にこなすデキる女のよう。

 そうして一通りの作業を消化していき、最後に当初の目的であるお神籤を引くまでにいく。

 

「────お、大吉じゃん! じゃあ運勢とか、その他諸々は悪くないって事だよな」

「はい。大吉は神様に歓迎されていると言っても過言ではないんですのよ? つまり、イッセーくんは果報者という事なんですわ」

「そ、そんな大袈裟な。そうだ、内容も確認しなきゃ。どれどれ────」

 

 願望:絶対に成就するでしょう

 待人:来る それも大量に

 失物:おそらく出て来ません

 旅行:さわりなし しかし油断大敵

 商売:損なし 逆に金が降って湧いてきます

 学問:安心して勉学せよ

 相場:待て 日を選べ

 争事:周りが勝手にやってくれる

 恋愛:愛情まみれ

 転居:このままいけば豪邸

 出産:子沢山

 病気:さわりなし 寧ろ周りが完治させる

 縁談:数えるのも馬鹿らしい 大奥が待っている

 

 一誠は硬直、凍結、ありとあらゆる表現で固まってしまった。

 あまりにもな内容。所々嬉しくなる文章もあれば、背筋に薄寒いものを感じる内容さえある。

 

「どうでしたか?」

「あ、あー……結構、ありきたりなのが書いてましたね。うん」

 

 見なかった事にしようと、お神籤をポケットに突っ込む。

 

「────」

 

 一誠はありきたりであると誤魔化したが、渋い顔を浮かべた後に溜め息をついている。

 どう考えても良い内容ではなかったのだろう。

 そこで朱乃は────。

 

「イッセーくん、少しお話しませんか?」

 

 ×

 

 ────あたたかい、人に温もり。

 

 この感触は、いつの頃に感じたものだったか────そうだ。幼い頃に父親にせがんで膝枕をしてもらった時の温もりに似ている。

 とても心地よくて、とても安心する感触。

 これだけで不安も、苦悩も、緊張も、絡まった糸が解けるように何もかもが四散する。

 ずっと、こうしていたい衝動に駆られてしまう。

 それ程までに甘美であると、朱乃は心底一誠の膝枕に陥落していた。

 

 何故、一誠の膝枕なのか。そこまで至った経緯はこうである。

 

 気まぐれで提案した茶飲み話は思い他盛り上がった。

 他愛にない世間話から始まり、学園でのこと、幼少期の頃の話など、途切れるのない緩急ある会話が行われた。

 そんな流れに乗った……というより、勢い余って父親との事情を会話に乗せてしまう。

 そこからはトントン拍子に話が進み、一誠が照れくさそうにしながら朱乃に膝枕をするに至ったのだ。

 多分だが、全国の女子の夢。

 父性に飢えた、拗らせせてしまった獣たちの願望。

 それを、姫島朱乃という少女は事情をうっかり話しただけで叶えてしまった。

 血涙ものだろう。憤慨ものだろう。垂涎ものだろう。しかして彼女は、そんな世の中の女子たちを差し置いて幸せそうな────否、だらしない顔をしていた。

 元の世界の基準で言うのなら、年頃の少女がしてはいけない表情を浮かべているのだ。

 

(幸せかも……)

 

 独り悩んでいたのが嘘みたいな光景。

 それ程までに朱乃は喜悦を享受し、時折股近くに鼻を寄せて匂いを堪能する暴挙まで堪能していた。

 ふと、彼女は顔を見上げる。

 そこには、照れ臭そうにしながらも満更でもない笑みを浮かべる一誠の姿があった。

 

 瞬間、朱乃に電撃が迸る。

 

 雷光の名を冠する堕天使の血をもってしても、感じた事のない電撃(しょうげき)

 全身が熱くなる。女の部分が反応してしまい、息遣いが徐々に荒くなっていく。

 こんな衝動は初めてだ。脳天から足元まで揺さぶられるような情動に戸惑いが隠せない。

 だって、あんな顔されておかしくならない方がおかしい。

 歳下の男の子が見せる可愛らしい顔。それに加えて確かに感じる“父性”。

 そう、彼からは父性を感じる。幼少期の行き違いで不足していた父による包容力。

 求めて止まなかったものに触れ、朱乃はついに自覚してしまった。

 長い、長い間に蓄積し、拗らせに拗らせたが故に、歪んだ形で構築されてしまった────性癖。

 

(嗚呼、イッセーくんは私の父になってくれるかもしれない男性なのですわ)

 

 一誠からすれば、おそらく父親の温もりを恋しがっていると考え、役得と思いながらやった行いかもしれない。

 しかし結果として、ここに一誠に異性としての想いを向け、父性を求めるモンスターが誕生したのだった。




姫島朱乃
雷光の巫女。拗らせまくった父性を求めるモンスター。原作通りドSではあるが、意中の相手にはドMに反転する救えない変態。しかして、一番役得な立ち位置にいる。


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木場祐斗の場合

まさかの体調不良三天丼で長らく手付かずでした。


 木場祐斗は復讐者である。

 何としてでも成し遂げなければならない使命があり、今は亡き同胞たちの無念を晴らさなければ生きている意味がない。

 そんな怨讐に憑かれた()()は、全てを終わらせるまで女としての幸せは忘れるという自戒を課している。

 青春の謳歌なぞ必要はなく、恋愛にうつつを抜かす余裕なぞ殊更ないだろう。

 そこまでの覚悟と誓い、そして復讐の願いをもって彼女は悪魔に転生したのだ。

 

 けれども、最近そんな彼女を惑わせる要素が現れてしまった。

 

 ただの同学年の少年で、同級生であっても同じクラスの生徒ですらない彼。

 しかれども、偶然出会ってしまった事で彼女は乱されてしまう。

 只々話すだけで、一緒の空間にいるだけで、距離が近いだけでも心地よくて復讐心を忘れてしまいそうになる。

 ダメなのに、誓った筈なのに、仇討ちよりも彼と共にありたいという想いが上に来て、優先順位を塗り替えられるような気が……そんな錯覚に陥ってしまう。

 でも抑えられない。初めて抱いて気持ちに蓋をする事ができない。

 浅ましい女の反応だと自嘲するけれど、決して手放したくない大切な想い。

 嗚呼、どうしてこんなにも心の天秤が彼に傾いてしまったのだろうか。

 出会いは偶然。自分にとっても、おそらくは彼にとっても日常の一ページが偶々重なっただけに過ぎない巡り合わせ。

 

 そんな彼────兵藤一誠との邂逅は────。

 

◇◇◇◇

 

 深夜。

 悪魔として召喚者の願いを叶える日課の帰り道。

 本来であれば魔方陣の転移で即帰宅できるのだが、今日ばかりは夜の風を浴びたくなって徒歩で帰路についている祐斗であった。

 月を見ながら考える────未だ、聖剣(エクスカリバー)に関する情報は無し。只々、時間だけが経過して、月日を消費するばかりだ。

 それも仕方ないだろう。生き永らえる為に悪魔に転生した時から、祐斗は聖剣……言い換えるなら『教会』と敵対する陣営となったのだから、相手側の情報がそう簡単に流れてくるとはならない。

 寧ろより秘匿化され、入手は更に難しくなったまでもあるかもしれない。

 

「……いくら寿命が長くなったとはいえ、時間をかけ過ぎるのも」

 

 良くない、と独り言ちる。

 復讐心とは、年月をかけるごとに深く色濃くなっていくか、あるいは色褪せ摩耗していくかのどちらかだ。

 自分の場合は分からない。人間的にも、悪魔的にもまだまだ若造であるし、歳月をかけての妄執を語るにもまだまだ程遠い。

 不安になる。仮に後者であったのなら、心に誓ったかつての同胞者たちの無念を晴らす想いも、時間と共に不透明になっていって消えてしまうのではないのか。

 

「考えても仕方ない。勝手に浮かぶのは悪い予想ばかりだし」

 

 溜め息をついて、視線を月から地上へと下げる。

 月は狂気を象徴するとも言われているので、先程までのネガティブな思考はきっと月のせいだと思い込むようにした。

 気づけばコンビニ近くまで来ていたようで、店の照明がテラテラと少し眩しい。

 どうせなら、立ち寄って何か買っていこうかと、コンビニの入口に近付いた祐斗は見た。

 

「そこのおにーちゃん」

「ななな、なんすか」

「ノーパンですか?」

 

 コンビニの入り口で(たむろ)していたであろう不良たちと、絡まれている少年の憐れな光景を祐斗は見た。

 セリフはどこかで聞いたフレーズかもだが、意味合いはセクハラと変わりない。

 これはよろしくない。騎士(ナイト)として助太刀しなければ主人の顔に泥を塗ってしまうだろう。

 

「君たち────」

 

 そう言って助け舟を出す。

 過去にも何度かやったやり取りだ。復讐者と言えども良心を捨てた訳ではなく、老若男女問わず困っている誰かを見かければ助けてきた。

 また、年頃の男子を見捨てたとなれば主人の評価も悪くなってしまう。

 よってこれは良心と利欲を兼ねた行為でもあった。

 

「ああ? 男女(おとこおんな)はすっこんでろよ」

「無駄にいいその面をズタズタにしてやってもいいんだよ?」

「……はあ」

 

 嘆息する。

 呆れて声も出ないとはこういう事で、目前で粋がっている不良に哀れみの目を向ける。

 そんな態度が心底気に障ったのか、不良二人は一斉に立ち上がって祐斗を睨め付けながら臨戦態勢に入った。

 既に殺る気である。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺のために争わないでくれ!」

 

 少しだけ現状の空気にそぐわないセリフが男子の────セクハラされていたものの蚊帳の外になっていた兵藤一誠から口から飛び出る。

 言葉では困っている感を出しているが、その表情はどこか嬉しげである。

 この男、実はこのシチュエーションを楽しんでいるのだ。

 

「余り君たちのような相手に暴力沙汰は起こしたくはないんだけどね」

 

 その一瞬、一誠を一瞥した後「やむ得ないけど……」という言葉を零して同じく臨戦態勢に入った。

 

 ×

 

 結果は不良二人の惨敗で終わった。無論、手加減した上である。

 悪魔たる祐斗に技能的な意味でも、能力的でも劣る彼女たちでは手も足も出ないので仕方ないとも言えるだろう。

 覚えてろよ、と三下の悪役のようなセリフを吐き捨てながら逃亡する姿を見届けた後、祐斗は件の騒動の発端となった少年に向き直る。

 

「君も、そろそろ帰った方がいい。こんな時間帯に外を出歩いていれば、またああいった手合いの標的にされるだろうからね」

「お、おう。そうだな。じゃあ、コンビニで目当てのモン買ったらすぐに帰るわ」

 

 そう言って一誠はコンビニの中に入り、暫くして出てくる。

 片手に商品の入ったであろうビニール袋を引っ提げられている事から、お目当てのものを無事購入できたのだろう。

 

「ほい。これさっきのお礼」

 

 差し出されたのは一本のアイスバー。

 突然の事だったので、一瞬ポカンとしてしまう祐斗であったが、“お礼”というワードを耳にして意識を戻し、断りを入れる。

 

「あれは当たり前の事しただけだから、お礼される程のものじゃ……」

「いいから受け取れって。これは恩義を感じたから渡してるのに、受け取られなかったら俺の気持ちはどうなる?」

「それは……」

 

 そう詰められると弱る。男子からの気持ちを無下にしては騎士の名折れだ。

 という訳で、これ以上は何も反論せす素直にお礼を受け取った。

 

「じゃあ俺はこれで────」

「待った。さっきみたいのに絡まれないとは限らないし、これも何かの縁だ。君の家まで送っていくよ」

「そ、そうか? 俺的には別に大丈夫だと思うんだが……」

「……この際ハッキリと言っておくけど、君は余りにも無防備過ぎる。楽観的過ぎる。そんな心構えじゃ、また似たような連中に絡まれるよ?」

 

 説教染みた、やや強い言葉を言い放つ。

 年頃の男子であれば、同年代の女子からの説教なぞ顔を顰める行為に当たるだろうが、祐斗は別に気にしなかった。

 恋愛沙汰にうつつを抜かす余裕はないのだから、喩え異性に嫌われようとも彼女は心に変化はない……まあ、それは相手が嫌悪の反応を示した場合だが。

 

「お前、優しいんだな。じゃあ少し申し訳ないんだけど、一緒についてってもらえないか?」

「────」

 

 まさかの返しに、祐斗は硬直した。

 予想していた反応と真逆で、嫌悪どころか好意的な反応。

 そちら方面の回答を用意していなかった彼女は、しどろもどろになりそうな自分をできるだけ抑え、簡潔な、咄嗟に出た言葉を発した。

 

「よ、喜んで」

 

 こうして彼らは夜の帰路につく。

 コンビニで購入したアイスバーを味わいながら月下を歩く。

 

(……よくよく考えてみれば、男の子から初めての貰い物)

 

 ポーカーフェイスを気取る祐斗であったが、内心は一誠から貰ったアイスで浮き足立っていた。

 別に恋愛ごとになんて今は余裕ないし? などと宣っていた決意は何処(いずこ)へ。めちゃくちゃ彼の存在を意識しまくっていた。

 しかし決してチョロい訳ではない。ただ単に、一誠のような手合いの男子に対する耐性と対応力がなかっただけの事。つまりはクリティカルヒットである。

 因みに、一誠の放った会心の一撃はこの世界の大半の女子にヒットする。

 

「そういえば、名前はまだ言ってなかったよな。俺は兵藤一誠」

「え、ああ。僕は木場祐斗」

「え!?」

 

 名前を聞いた瞬間、一誠は驚愕の声と共に祐斗へと向き直る。

 まるで、あり得ないものを見たような。信じがたい事実を目の当たりにしてしまったかのような反応だ。

 彼は祐斗の顔をじっと見つめる。凝視、またはガン見と形容できる程の眼力を以って。

 

「あ、あの……兵藤くん……?」

 

 さすがの騎士(ナイト)である彼女であっても、真っ直ぐ見つめられては照れてしまうようで、頬を紅く染めながら恥ずかしげに零した。

 

「ああ、悪ぃ! ちょっと知り合いに似てたからさ。思わず見つめちまった」

「そうなんだ」

 

 合掌しながら謝り倒す彼を見て、祐斗は少し平然を取り戻す。

 こんなにも「気に障ったなら謝る! このとーり!」と謝罪してくる男子も珍しいし、見ていて何故か微笑ましい気持ちになる。

 そして程なくして歩き、一誠の自宅に到着しようとしたところ、ふと自分と似ていると言っていた彼の発言が気になって一瞥する。

 

 そこには────祐斗から視線を逸らすように目を背けて、若干頬を紅く染めている一誠の姿が。そして────。

 

「やべぇ、めちゃくちゃタイプ……」

 

 ボソッと、常人であれば聞き取れない程度の独り言。

 けれども悪魔の聴力を有している祐斗には全て筒抜けであった。

 

(え、えぇ────────!?)

 

 この日、木場祐斗は眠れない夜が続いた。




木場祐斗
聖剣計画の実験体の生き残り。復讐を誓い、それが為されるまで女としての幸せを捨てるなど覚悟が決まっていたが、一誠と出会いで亀裂が走る。
男装をしている訳ではないが、制服ではスカートではなくズボンを着用している。
容姿は実は一誠のドストライク。


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アーシア・アルジェントの場合

行き詰まってたのと、ゲームで止まってました。スマソ。


 アーシア・アルジェントは激怒した。

 感情的な昂りの激怒ではなく、蜜壺が苛ついて沸騰するような────要するに、◯ん◯んがイライラするの女性バージョンである。

 必ず、かの妍姿艶質なる彼を分からせなければならぬと決意した。

 アーシアは敬虔な信徒である。故に性に対する興味なぞ……あるにはある。年相応に、思春期で考えられるレベルには。

 しかしそれを表には出さない。教会の人間として己を抑制し、色欲に溺れないようにしているのだ。概して言えばむっつりである。

 そんな敬虔で、謙虚で、篤信である筈の彼女が、細かく言えばアーシアのマリア様が激おこプンプン丸なのは、とある少年が起因している。

 

◇◇◇◇

 

 アーシアは幼少期から教会で育った。故に教義を大切にし、神に感謝しながらの生活を送っていた。

 しかしある日、発現した神器(セイクリッド・ギア)で傷ついた悪魔の少年を助けてしまった事で教会から破門されてしまう。

 

 曰く、悪魔の少年に魅入られてしまったのだとか。

 曰く、その神器(セイクリッド・ギア)は聖なる贈り物ではなく、悪魔すら治療してしまう異端の遺物だとか。

 曰く、合法的に見目麗しい男に触れられた事が羨ましいなんて、ちっとも思ってないんだからねだとか。

 

 理由は様々だが、要は異端の烙印を押されてしまったという事である。

 確かに、邪な気持ちがなかったと言えば嘘になる。

 これでも思春期真っ只中であるし、性に関して興味がある年頃なのだ。脳内に浮かべるなというのが無理である。

 だがそれでも、純粋に困っている人を助けたかったのも事実だ。助けた相手は悪魔だったが、救いの手を欲していたら種族関係なく助けるのがアーシアの美徳でもある。

 アーシアは後悔はしていない。結果として、魔女と罵られて追放されようとも。

 こうして以前の所属先を追放されたアーシアは、新しい所属先へと転属すべく駒王町に来訪した。

 しかし悲しいかな、従来の彼女は鈍臭いのに加えて迷子になりやすい性質(タチ)なので、即座に五里霧中へと陥ってしまう。

 ああ、これも神の試練なのでしょうかと内心嘆き、公園のベンチに座り込むと、不意に声をかけられた。

 

「あー、アーユーオーケー?」

 

 拙い英語。けれど精一杯振り絞り、こちらに歩み寄ろうと試みている温かさを感じる声。

 そして何より、女のそれとは異なる低い声に、アーシアはガバッと頭を上げて、声の主を見やる。

 少年がいた。龍を連想させる髪をした、好青年と言えるだろう彼────兵藤一誠を視界におさめた。

 

「ハ、ハイ……! ダダダイジョブデシュ……!」

 

 自分の知らぬ内に男子に接近され、あまつさえ心配して声をかけられた事が驚きで、アーシアは丁重な返答を心がけようとして、しどろもどろの答弁をしてしまった。

 外国人が日本語で話しかけたのに、下手くそな英語で返してしまう日本人を想わせる図である。

 ああ、失敗した。カッコ悪いところを見せて目の前の彼から白眼視されないだろうかと、戦々慄々とする。

 しかし彼は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後、クスッとおかしそうに笑ったのだった。

 嘲笑の気配はなく、只々おかしいものを見て笑ったかのような様子。

 

 (よ、よし。男性の方から笑顔を引き出せました)

 

 笑われるより、笑わせた。これは好感度アップかもしれないと、シスターにあるまじき思考。だって歳頃の女の子なんだもん。

 その後、ちょくちょくとジェスチャー混じりの片言英語と日本語で会話し、一誠はアーシアが何を求め、どこへ行きたいのか把握する。

 

「成る程、教会ね。……やってる教会なんてあったか? あるとすれば、廃教会しかなかった筈……」

「ミスターイッセー?」

「ああ、ソーリー! えっと……レッツフォローミー!」

 

 正しい英文ではないが、「ついてきてほしい」というニュアンスは伝わる。

 アーシアは一誠の気遣いに心が温かくなるばかりだ。

 見ず知らずの、しかも言語も国籍もまったく異なる女の自分に、誠実でまっすぐなコミュニケーションを取ろうとしてくれる姿勢に、心底救われる思いだった。

 だが同時に心配にもなってしまう。ここまで誠実な男子は逆に珍しく、悪い(おんな)に騙されていないか、食い物にされていないか不安が募る。

 もしも自分の懸念通りの事態にあったのなら、恩返しとして彼を救わなければと、悪い方向へ妄想を膨らませていく。

 アーシアの脳内で、推定悪い(おんな)に首輪をかけれれている一誠を幻視したところで────手を掴まれる感触で現実に引き戻された。

 

(え!? イッセーさんが、私の手を……!?)

 

 一誠が、アーシアの、手を掴んでいるのである。

 なんという事でしょう。神の試練だと思っていたものは、実は神からのご褒美だったのかもしれません。

 優しく、それでいて力強さを感じる彼の手はアーシアの敬虔で謙虚な女の部分を大いに刺激した。

 ああもう、これ絶対に誘ってんでしょ聖槍ぬらぬらの刑に処す……などという、アーシアの心の奥底に眠る黒い欲望がうっすらと漏れ出る程に。

 そんなモヤモヤどころではない感情を胸に抱きつつ、一誠に連れられて目的の場所まで案内してもらう。

 

 ────嗚呼、イッセーさん。あなたは……。

 

 道中、一誠から甘物を奢ってもらったり、食べさせ合いっこしたり、周囲の女性たちから羨望の眼差しを受けたりと、役得の境遇を受けたアーシア。

 一度漏れ出したモヤモヤは次第に肥大化し、彼女に初めての独占欲と、とある別感情を湧き立たせた。

 それは怒りである。

 ただし、教会の七つの原罪に起因する憤怒ではなく、淫欲的で、獣欲的で、性欲的な、どこまでも身勝手で堕落一直線な欲望の渦。

 そんな優しげな表情、対応で、どれだけの女性を引き付けたのだろうか。惑わしたのだろうか。

 まるで今や空想上の淫魔たるインキュバスだ。悪魔や堕天使すら惹きつけてやまない、全女性の理想とするスパダリだ。

 わからさなければ。これ以上、他の女性たちを勘違いさせる前に、理解(わか)らせなければ。

 

 ぐつぐつと煮えたぎる怒りの使命が、敬虔で謙虚なシスターをまんまん亭へと人知れず変貌させていた。

 

 ×

 

 己の新しい所属先に到着し、既に一誠に御礼と()()()()()を済ませた後の事。アーシアを出迎えるように廃教会の礼拝堂奥から背中に一対の黒翼を持った女が現れた。

 

「ようこそ、アーシア。随分と遅かったわね?」

 

 堕天使。欲望に溺れた……つまるところエロに負けた天使の成れの果て。

 何やら大物感を醸し出しながら登場した堕天使────レイナーレも、その例に漏れず純愛派がNTRの沼に嵌ったが如く、堕落してしまった敗北者である。

 

「道に迷ってしまいまして……()()()()に案内してもらったんです」

 

 親切な人物に案内してもらったという説明事態に、何ら不可解な点はないし、概ね事実である。

 ただ、アーシアは全てを語らず一誠の存在は伏せておいただけの事。性に興味津々だなけで純朴だった少女が、初めて悪知恵を働かせた瞬間であった。

 

「ふ、ふーん? 親切な方に、ねぇ?」

 

 しかし堕天使の嗅覚を侮ってはいけない。

 アーシアにこびり付いているであろう一誠の香気(フェロモン)をビンビンに感じ取っており、若干の興奮で毛が逆立ちそうになっていた。

 そう、筒抜けなのである。

 たかが人間が堕天使を、それも(エロ)に飢えている男日照の堕天使を欺く事などできないのだ。

 アーシアもそれが分かっているだろうに、涼しい顔をして惚け、これ以上の追求を逃れようしていた。

 

 ────だって、あの方は私が……神の信徒として私が理解(わか)らせなければいけません。

 

 兵藤一誠の運命や如何に。




アーシア・アルジェント
教会のシスターだったのだが悪魔な美少年を神器で癒した結果、教会から追放された哀しき経歴持ち。しかし一誠との邂逅を機に激怒した。
シスターだけど性に興味津々。悪魔の男子より助平。


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