Fate/Psyentific Index (潮井イタチ)
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序 章 科学史を描く者  Scientific_caster.

気楽にお読みください。


 ――例えば、蛇口とコンロと冷蔵庫と電子レンジが、全て同時に故障する確率について。

 

「カップラーメンも作れないとか、もう明日からどうしろってんだよおー……」

 

 両手を顔に当てさめざめと泣く上条に対し、隣を歩くシスターは久々の外食にルンルンである。

 

 事態の深刻さをまるで認識していない能天気。

 彼女の喜ぶ姿に明日から始まる苦難の現実を教えて水を差さないのは、「この子の笑顔を守りたい」とか「あの子が笑えない世界なんか許せないっ」だとかのいつものやつではなく、この状況に際して少女が何の役に立たないことを確信する冷静な戦力分析が故であった。

 

 極度の機械オンチにして科学オンチ。

 これで存外にたくましいところもあるので、例えばこれが無人島のサバイバルであるのなら逆に女神の如く崇め奉る未来もあったのかもしれない。

 

 が、生憎ここは原始的、なんて言葉とは程遠い科学の街――学園都市。

 最先端科学技術を研究・開発し、総人口二三〇万人の内、八割が学生にして()()()()である完全独立教育研究機関。

 

 いかに彼女――インデックスが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、禁書目録を司るシスターであろうと、そんなものは何の役にも立たず。

 同時に、どこにでもいる高校生――上条当麻が有する幻想殺し(イマジンブレイカー)()()()()()()()()()()()()()も、機械の故障なんてありふれた事象には全くの無力なのであった。

 

 上条の心境としてはここらで叙情的表現の一つとして物寂しい雰囲気や寒々しい風の一つでも吹かせたいところなのだが、生憎と街は普段に増して賑わいを見せている。

 

「――科学史フェア、か」

 

 ぽつりと呟く。

 まるでその言葉に反応したかのように、夜の街を彩るイルミネーションが、一斉に点灯された。

 

 銀髪の少女が隣でわぁっと興奮した声をあげる。

 無論、ここは学園都市。ただのLED電飾の点滅などでは済まされない。

 

 宙を行く飛行船から投影されるプロジェクションマッピング?

 無数のドローンが、三次元的な編隊を組んで描くホログラム?

 なるほど、確かに。使われている技術はこの街の外でも同様に使われているそれだろう。

 しかし数世代技術が進んだこの街では精度が違う。

 

 街並みに映像が投影される。

 二人が歩くアスファルトの道路は古い外国の街の石畳に。

 コンクリートのビルの群れはレンガ造りの高くの伸びる城壁に。

 この街の外で行われているような、平面物に光を当てただけの子供騙しとは比べ物にならない本物さながら。

 

 投影映像が早送り。穏やかな女性の声のナレーションと共に、古代の街は一気に中世、近世、近代、現代。綺羅びやかに輝いていく街並み。人類科学の発展を称えながら、投影映像が派手派手しく街並みを彩っていく。

 

 学生たちが声を沸かせる。隣のシスターが目を輝かせる。

 いかに朴念仁の上条当麻と言えど、こうもされれば流石に落ち込んだ雰囲気も回復しだす。

 

 もはや明日のことなど何も考えない半ば自棄の心境で、久しぶりに豪勢に行こっかなー! などと、無理やりに気持ちを持ち上げた直後であった。

 

「っと」

 

 道に敷かれていたコードに足を引っ掛け、つんのめる。

 投影映像によって距離感が分かりづらくなっていたことも災いしたのだろう。上条は強かに壁へ右手を打ち付けてしまう。

 

「とうま、大丈夫?」

「ああ、これぐらい全然平気――」

 

 右手に()()()()()()が出来てしまっているが、毎度の無茶に比べればこの程度、どうということはない。

 不安定な姿勢から地面に腰を下ろし、再度立ち上がろうとする上条。

 

 結果、彼の足に絡まっていたコードが張り詰め――緩む。

 ぶつん、と遠くで何かがすっぽ抜ける嫌な音。

 

 ――投影された映像がいよいよ最高潮というところで全て中断され、街は夜闇に染め上げられた。

 

 水を差すとはすなわちこのこと。

 じめっ……とした湿気のある視線が、シスターのそれ含め一斉に上条へと突き刺さる。

 

「とーおーまー……!」

「いやおかしいだろ! なんでこんな大規模なイベントの大事な電線その辺に放り出してんだよーもー! これ絶対主催側の過失じゃねえかよおー!」

 

 暗闇の中、鯉口を切るが如く、ガブガブと虚空を噛んで牙を鳴らすシスターの(アギト)

 そのまま例によって例のパターンに移行しようとした、その時。

 

 どこか――否、上条のすぐそばで、放電音が舞い散った。

 

 振り返る。

 光の途切れた黒い空間。

 上条の背後に、いつの間にか少女が立っていた。

 

 わずかに金色が混じった銀髪の少女。インデックスよりやや高い程度の身長で、纏っているのは半袖ブラウスと青のスカート、加えて男物のネクタイ。服装自体はありふれた学生のそれ。染めているとは思えない自然な髪色は、何かしらの『開発』の賜物か。

 

 だが、その表情は人間味の無い完全な無表情で――どこか、非生物的な雰囲気があった。

 

 見覚えがある、と上条は直感する。

 この類似はなんだろう。二万人のクローン少女の妹達(シスターズ)? 御使落し(エンゼルフォール)によって堕ちてきた大天使ミーシャ=クロイツェフ? それとも、あるいは――。

 

 スッ、と少女が手を掲げる。

 思わず身構えそうになった上条当麻の前で、少女の手が光を放ち、そして。

 

 掌から溢れ出した虹色の輝きが――投影映像を再開させた。

 

「な……っ」

 

 上条同様、どよめく群衆。

 電源の切れた機材は未だ復活していない。しかし少女から放たれる穏やかに爆発する色彩が、途切れてしまった映像の全てを再現していく。

 

 水を差された人々がまた、活気を取り戻していく。古代、中世、近世、近代、現代。もう一度描写される最高潮。いいや、それすら超えて、学園都市も未だ至らぬ、遥か先の煌めく未来予想図が街並みを上書いていく。

 本来は予定されていなかったパフォーマンスに、人々が歓声を上げる。群衆から溢れる歓喜の感情。

 

「――――」

 

 その中心で、ついさっきまで無表情だった少女は、小さく、不器用に――しかし確かに、心からの微笑みを浮かべていた。

 

 映像終了。

 街は元に戻り、静寂。

 一拍を置いて響いた銀髪のシスターの拍手は、示し合わせるでもなく全体へと伝播していった。

 

「つーかヤベえよ、こんな規模の光学操作できるってどこの学校だよ!」「確実に大能力(レベル4)はあるよね、常盤台?」「いやあの制服見たことあるぜ、確か――」

 

 雑談に興じる人々。慌てたように主催側が次のイベントのアナウンスをし、群衆は街の先へと散っていく。

 

 残された上条とインデックス、そして少女。

 しきりに頭を下げる上条と、興奮して称賛するシスターに、少女は困ったような苦笑いを浮かべている。

 

 ふと、一通りはしゃいで落ち着いた様子のインデックスが、上条の右手を見て言った。

 

「あれ? とうま、さっきのアザは?」

「アザ?」

 

 上条は自身の手の甲を見る。

 そこには何も無く、ただ古傷だけが刻まれた肌が残るのみ。

 

(暗かったし、見間違いか……?)

 

 そんな風に結論づけて、上条は右手を下ろす――今にして思えば、この時点で違和感を覚えるべきだったのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しかして彼らは気づかない。些細な疑問は脇へと追いやって、あっという間に仲良くなった様子のインデックスと共に、上条は少女に自己紹介をする。

 

「俺は上条当麻。で、こっちのシスターがインデックス。お前は?」

「――――。ええ、と」

 

 それまで滑らかに会話していたはずの少女は、当然に返せるはずのその疑問に、しかし困ったように眉根を寄せた。

 

「すいません――()()()()()()()()。自分のことが、さっきから何も」

「……なん、だって?」

「でも、私がどう呼ばれるべきかということだけは、知識にあります」

 

 唐突に明かされた、他人事ではない言葉にたじろぐ二人。

 しかし銀髪の少女は困ったように、しかし二人を安心させようとする不器用な笑みを浮かべながら言った。

 

「キャスター。サーヴァント・キャスター。ただ、科学の発展だけを想ってこの街にやってきた――()()()()()()です」




キャスター
・真名:████████
・属性:秩序・中庸
・保有スキル:光学操作 A 啓示 EX 概念改良 EX █████ C
・クラススキル:陣地作成 EX 道具作成 EX ██████ EX

・ステータス
 筋力 E 耐久 E 敏捷 E 魔力 A 幸運 D 宝具 EX

宝具「███████████」


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第一章 英霊召喚 Deal_the_cards.

「うーん、確かこの辺りのはずなんですけど」

 

 制服姿の佐天涙子が周囲を見渡す。

 人気(ひとけ)の少ない学区の外れ。

 整備が行き届いておらず少々荒れた様子の道路は、ビルの日陰になって寒々しい。

 

 頭の後ろで手を組んで、気も(そぞ)ろな様子の御坂美琴は、きょろきょろと周りを探る佐天に声をかける。

 

「やっぱり、CGなんじゃないの? 見た感じ、特に痕跡も残っていないみたいだし」

「いいえ。それについてはしっかりと初春に確かめさせましたわ、お姉さま」

 

 栗色ツインテールの白井黒子は、風紀委員(ジャッジメント)としての凛とした声でそれを否定する。

 

「はい、これに関しては間違いなく実写ですよ。仮にこちらを完璧に欺けるレベルの合成映像だったとしても、明らかに不要な部分まで作り込んでいますし」

「近隣住民の目撃証言や、騒音被害の報告も届いておりますし……いえ、わたくしも、最初に被害者が駆けつけてきた時は何の冗談かと思いましたけれど」

 

 初春飾利が手に持った端末を、四人の少女達が一緒になって覗き込む。

 

「何食べてたらこんなの思いつくんですかね――()()()()()()()()()()()()()()()()とか」

「科学史フェアに乗っかった自主制作映画撮影……にしてはちょっとニッチ過ぎというか、どの層狙ってるのか全く分からないというか、そもそも科学史関係ないというかー」

 

 取り合わせのあまりの奇妙さに、苦笑いを浮かべる初春と佐天。

 

 先日、風紀委員(ジャッジメント)活動第一七七支部の元に届けられた被害者からの映像。

 その中で、かくしゃくとした老人が機敏な動きでテレポートを繰り返し、老人を追う豪奢な服を着た王様の手の動きに合わせ、大きな爆発が連続して巻き起こる。

 

 戦闘の規模は次第に大きくなり、爆風に煽られた撮影者が携帯を取り落とすところで、映像は終了した。

 

瞬間移動(テレポート)なのは間違いないとして、こっちは量子変速(シンクロトロン)でしょうか。爆発に関しては普通に火薬や爆薬、もしくはそれ以外のテクノロジーを使っている可能性もありますけど……」

「この街の超能力開発を受けているのは学生だけだし、この伊能忠敬さんは特殊メイクか何かなのかな?」

「いずれにせよこの規模の、それも既に民間人に被害が出ている能力の使用となれば見過ごすわけにはいきませんの」

 

 言って、咎めるように美琴を見る白井だが、当の常習犯――毎日が喧嘩祭りの発電系最強超能力者(レベル5)は、素知らぬ顔で「おー」と感心したような声を漏らして映像を見つめたままだ。

 はぁ、とため息をつき、白井は気を取り直し言う。

 

「ダメ元ではありますが、それでも一通り手分けして探っておきましょう。大丈夫だとは思いますけれど、初春と佐天は何かあればすぐにこちらを呼ぶように。いいですわね?」

「はーい」「りょーかいでーっす」

 

 四人の少女がそれぞれ散っていく。

 

 都市伝説の蒐集が趣味の……正確には流行のおっかけをした結果としてそんな情報も集めてしまうだけなのだが、佐天涙子としては少し興味深い。

 

 古今東西全部乗せ、全時空ぶっちぎり偉人バトル! 如何せんC級、というかZ級の感は否めないが、まあ学園都市の都市伝説なんて割とそんなんばっかりだし――なんて、そんなことを思いながら全然使われていなさそうな地下横断歩道に入った時だった。

 

「ん?」

 

 魔法陣。

 そうとしか形容出来ない模様が、地面にチョークで描かれている。

 

 かなり複雑な文様だ。何か専門的なオカルト本を参考にしているのかも。

 映像見てても思ったけど、相当に気合の入った制作委員会だなあ。などと考えつつ、魔法陣に近づいていく。

 

 これが、何かの薬品だの、用途の分からない機材だのなら、いや、中に入ってる物が分からない木箱程度であったとしても、佐天は近づく前に他の少女達へ声をかけたかもしれない。

 

 だが、まさかそんな、いくらなんでも床に描かれた魔法陣。

 それも、どこにでもありそうなチョークで描かれた模様なんかが――

 

 ――自分を波乱の運命に巻き込む火種であるなどと、思えるわけがなかったのだ。

 

 ズバヂィ!! と。

 

 網膜を焼くような激しい閃光。それに伴う放電音。

 すわ白井さんがまたぞろ懲りずに御坂さんへセクハラをしかけたか、などと思いかけた佐天だったが、違う。

 

 輝きは魔法陣から放たれている。

 

「痛っ……!」

 

 眩しさを遮る手に、焼き付くような痛みがあった。

 光の収束とともに痛みは収まる。

 

 光に眩む目が通常の視界を取り戻した後。

 視線の先には奇妙な形のアザが出来た手の甲があって、その奥に。

 

「…………はえ?」

 

 バチ、バチ、と、光の名残として周囲にわずかに残るスパーク。

 

 魔法陣のあった場所。

 まさにその中心に、一人の女性が立っていた。

 

 年の頃は大学生かそこらだろうか。

 背が高くて、足の長い、すらりとした体躯。ゴールデンレトリバーの毛並みを思わせる、クセのある銀の長髪。職人に磨かれた宝石のような青い瞳。

 まるで戦闘機のパイロットみたいな分厚い航空服を着崩していて、頑丈そうな布地を、しかしその奥にある母性の象徴がしっかりはっきり分かる形で持ち上げている。

 

 美琴と白井を呼ぶことも忘れて唖然とする佐天に向け、現れた女は覇気のある声で言った。

 

「問おう。貴方が、私のマスターだろうか?」

 

 


 

 

 白衣の女が、夜の第一〇学区をふらつきながら歩いていた。

 周囲には無機質な研究施設が立ち並んでおり、女以外に人影は無い。

 

 だから、まるで酩酊したような千鳥足に、汚れて破れ、もはや白衣としての意味をなさなくなった様で徘徊する彼女を、見咎める者は一人もいない。

 

 まるで浮浪者のような出で立ちで……しかしその瞳にだけは爛々と憎悪を燃やしながら、白衣の女は彼方の第一学区を睨む。

 

「……統括、理事会め……」

 

 ギリ、と奥歯から摩擦音が響いた。

 

「ふざけるな……ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな……!! 私の研究を、私の科学を! あんなことに使いやがって……ッ!!」

 

 自分の手を痛めるのも厭わず、研究施設を囲むフェンスを全力で殴りつける。

 

「どれだけの人間が、どれだけの学生が……!! 私の研究で傷つき、泣き叫び、死んでいったと思っている!? お前たちに何の権利があってこんなことが許される!? こんなことのために私は、私の、科学は……!」

 

 叫びに息を切らす。

 呼吸が整った後に漏れるのは嗚咽だ。

 強大な権力を前に、何も出来ない自身の無力。死を覚悟で立ち向かうことも出来ぬ怯懦。

 そして、何より――

 

「何が、とっくに終わった話だって言うんだ……」

 

 ――それらの非人道的な研究が、自分の知らない間に、この街の「ヒーロー」と呼ばれる人種によって既に解決されてしまっているという事実。

 

 分かっている。きっと、統括理事会はこの一件に直接関わってさえいない。

 彼らの陰謀の末端に、偶然、たまたま、ちょうどよかったから使用された無数の歯車の一つ。

 自分の立場と研究が、そんな程度のどこにでもある代替可能なものに過ぎないことなど、女は既に自覚している。

 

 むしろ、自分に直接的な害を被らなかったことを喜ぶべきなのかもしれない。この街の暗部に関わればどうなるかぐらい分かっている。

 彼女の研究を利用することを決めた直接の下手人は、既に牢獄に囚われている。

 命拾いしたことをこれ幸いと、元の生活に戻ったとしても誰も咎めはしないだろう。

 

 だが、それでも……。

 

「認めない、認めてたまるか……! このまま放って良い理屈が――()()()()()()()()()!」

 

 血を吐くような叫びと共に、放電音が迸った。

 

 女の背後で弾ける閃光。

 振り返った時には光は止んでいて、周囲に立ち込める煙の中に、一つの人影が佇んでいる。

 

「……、████……」

 

 女の乞い願っていたチカラが、夜闇の中に顕現していた。

 

「████、██████████――――!!」

 

 


 

 

 ふぅっ、と、キャスターを名乗った少女が額を拭った。

 

「というわけで、一通り直してみたんですが……どうですか?」

「お、おお……! 壊れていた蛇口が! コンロが! 冷蔵庫が! 電子レンジが! あとついでに洗濯機とかテレビとかその辺の壊れていない諸々まで、学園都市にあるまじき上条家の中古家電たちがっ、一切合切ちょっと扱い切れるか不安なぐらいのハイテク品に早変わり……ッ!!」

「えへへ。お役に立てたのなら何よりですっ。あ、ちょっと変に使うと危ない機能も取り付けちゃったので、その辺りはちゃんと説明書を読んで――」

「ねーとうまー。レンジにピコピコがいっぱい増えててなんだか大変なことになっているんだけど。これって適当に押しちゃっても大丈夫なのかな? ……あっ」

「ちょっと待ちなさいインデックスさん何ですか今の不幸な『あっ』は! 早いよ! 全体的に! これコミカライズしたら一ページも経ってないよ確実にっ!!!!」

 

 爆発の後、三人は再び夜の街へと繰り出した。

 

 向かう先はジャンクショップ。先ほどの家電は、キャスターが上条家に転がっていたガラクタで修理・改造していたのだが、流石にもう取れる部品が無くなったということらしい。

 

 ため息をついて項垂れる上条。だが、その隣で自分と同じように暗い顔をしたキャスターに気づいて、慌てた様子で声をかけた。

 

「いやその、ごめんな? せっかく直してくれたのに……」

「い、いえ! 私が悪いんです、もっと直感的に、誰にでも分かりやすく使いやすい形に改造するべきでした……! これに関してはどう考えてもエンジニア側の過失ですっ! 待っていてください上条さん、今度こそはインデックスさんにもハイテクとハイリスクを完璧に扱える最高最善のインターフェースを拵えてみせますからッ!!」

「待ってッ! 大丈夫だから、というかそもそもハイテクはともかくハイリスクは要らないからッ! いや実のところあのレベルのハイテクがあってもウチじゃ絶対に扱い切れねえし絶対に二つ三つの機能だけ使ったまま終わる未来しか見えねえよ正直なところ! 本当に申し訳ないけど!!」

 

 ハイテクの最中で生きる学園都市の学生とはなんだったのか。

 アナログ人間上条のあまりにも情けないツッコミに、キャスターが背後にガビーンというオノマトペが浮かびそうな顔で分かりやすくショックを受ける。

 

「そ……それは……いえ、それは違いますっ! そんな残念な人にも届けてこその科学、広めてこその私、万民に渡ってこそのテクノロジー! 諦めないでください上条さん、科学はいつだってすぐそばにあるのですっ、そう、あなたの後ろにも!」

 

 ホラー系番組のオチのようなことを言い残しながら、意気軒昂とばかりに鼻息荒くジャンクショップへと駆け出すキャスター。

 

 上条は本日何度目かのため息をつき、ふと、不安そうにこちらを見てくる隣のシスターを振り返った。

 

「……ねえ、とうま」

「ああ……でも、あの分なら大丈夫だろ。キャスター自身、近い内に記憶が戻る確信があるって言ってたし」

 

 嘘ではない。上条当麻には、それが分かる。

 あのキャスターという少女には、真実、自身の記憶が無いことに対する不安が一切無い。

 

 だが、だからこそ不可解だった――いくら記憶が戻るという確信があるからと言って、それで喪失中の今の不安が完全に無くなることなどあり得るのか?

 

 ……ともあれ、放り出すわけにもいかない。例によって。

 これ以上居候が増える事態にはならないとは思うのだが、というか思いたいが、今日のことに対する恩ぐらいは返したいのも事実である。

 

 あれだけの数の故障家電、新調もしくは修理業者に頼んだりすればいくらかかるか分からないのだし、などと、もはや慣れた様子で上条は今後の算段を立てていく。

 

 その。

 次の瞬間。

 

 カツン、という硬い音が響いた。

 

 強烈な既視感があった。

 それまでの黒とは異なる黒へ、色を変える夜の闇。

 

(これ、は……)

 

 それは杖でアスファルトの地面を叩く音。

 駆け出す二人。上条とインデックスの前で、キャスターが立ち止まっている。立ち竦んでいる。

 

 彼女の視線の先に、人影があった。

 礼服などではあり得ない戯画的でコミカルな燕尾服。頭に被った手品師のシルクハット。右目にかけた片眼鏡。されど、ただの仮装などとは決して違うその雰囲気。

 

「やあ」

 

 何の気もない一言に、上条当麻の全身が()()縫い留められる。

 

 それは若々しい青年紳士。あるいは奇術師と言った方が正しいか。

 どちらにせよ、その性別年齢容姿外見に何の意味もないことを、上条は既に知っている。

 

 風も無いのに、青年紳士のすぐ傍の街路樹が揺れた。

 考えるより早く、それに気づいた瞬間、上条はキャスターの前へと立ち塞がるように飛び込んでいく。

 

 ヒィウン!! という音と共に、街路樹の枝の一本からそれは跳ねた。

 捻じれ、捩り、鋭い錐のようになったその先端に、キャスターの胸元を狙って放たれたその先端に、上条当麻は右手をかざす。

 

 あらゆる異能を打ち消すその右手、幻想殺し(イマジンブレイカー)に振れた瞬間、捻じれた錐は砕けて散った。

 

「……ふむ? なるほど、この街にもこのような不純物があるわけか。一〇〇・〇%純粋なダイヤと同様に、真に完全な科学もまた存在しないようだ。元より、今ここにいる私自身がそれを裏付けてはいるのだがね」

()()()()()()……! これは、この魔術は……クソ、冗談だろ、アンタは、まさか――!」

「私とは異なる構造の私と会ったことがあるようだな、少年。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。やれやれ――まさか、本当に成り果てるとはな。それも、今更な話ではあるか」

 

 言って、青年紳士はこう宣言した。

 

「既に看破されているのならば、秘匿する意味もあるまい。私を語る伝説の如く、好き放題に名乗りを上げよう」

 

 かつてとはまた違う。本当に純粋な、真実子供のような笑みを浮かべて奇術師は語る――騙る。

 

「命の法則を知り不老不死を成し遂げた者、時間を跳躍する旅人、砕けた宝石を元通りにする技工者。あるいは――」

 

 その真名を、宣名する。

 

「聖杯を追い求める人類史の影。サーヴァント・アサシン――()()()()()()()




アサシン
・真名:??サンジェルマン??
・属性:混沌・善
・保有スキル:████ B 黄金律 A 専科百般 A 巧言令色 A+
・クラススキル:気配遮断 EX

・ステータス
 筋力 D 耐久 C++ 敏捷 C 魔力 A 幸運 E 宝具 B+

宝具「████」


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第二章 怪人紳士 for_dream_chaser.

 おさらいをしよう。

 不老不死の怪人紳士、サンジェルマン。

 

 その正体についてはここでは省くが、上条たちがかつて遭遇したそれは有り体に言って、一種の『寄生生物』であった。

 とある魔術師の成れの果て。これに感染したものは皆サンジェルマンとして行動し、サンジェルマンとして思考し、サンジェルマンの魔術を振るう。

 

 そう、サンジェルマンの魔術――()()()()()()を。

 

 炭素。

 文字にすればたったの二文字だが、あるゆる元素の中で最も多い四組の共有結合を持つことが可能なこの元素。

 これが他の元素と結びついて作る化合物の種類は、数にしておよそ五四〇〇万種類にのぼる。

 

 地球の生物が皆全て炭素化合物――すなわち有機物で構成されていることなど言うに及ばず。

 有機物以外の無機炭素化合物や単体含め、炭素は地球上のあらゆる地点に存在する。

 

 例えば植物。

 例えば人体。

 例えば二酸化炭素。

 

 例えば石油。

 ――もっと言えば、石油に含まれる炭化水素類の中で最も重質なそれであるアスファルトとか。

 

 サンジェルマンの立っていた道路がビュルン!! という粘質な音とともに捻じれた。

 

 そしてその足元から一斉に噴き出す、生い茂った枝葉の如き槍の群れ。

 槍は各々軌道を変えて、上条当麻では処理しきれないだろう数・速度で迫り来る。

 仮にそれらの回避に成功したとしても、その直後に背後に立つ二人の少女が貫かれることは間違いない。

 

 だが。

 

それぞれ旋回(TE)進行方向を左右に歪曲(SADLAR)!!」

 

 インデックスの叫びと共に、迫り来る怒涛のシャンボールが、一斉にその進行方向を左右へと向けた。

 ビィン、とダーツが突き立つような音。

 槍は上条たちを逸れ、側方のコンクリート塀に突き刺さって動きを止める。

 

 これこそ、魔力を持たない魔術師であるインデックスの強制詠唱(スペルインターセプト)

 相手の術式に横入りし誤作動を引き起こさせる、『魔力を使わない魔術』。

 

 だが、強制詠唱(スペルインターセプト)とて万能ではない。

 あくまで一〇万三〇〇〇冊の知識を用いて術者に対し働きかける技術であるため、全く未知の術式には無効。手動操作(マニュアル)ではない自動制御(オートマチック)な術式にも無効。道具や霊装で制御する術式相手には干渉困難。複数人が分割して術式を構築する場合も干渉困難。また、多人数による大量の魔術に対しては対処が追いつかない場合もある。

 

「なるほど」

 

 故に、一言、呟いて。

 

 サンジェルマンは、槍を一本ずつ高速かつ連続で射出した。

 

「っ――ッッッッッッッ!」

 

 まるでマシンガン。生身の人間の喉から発声されているとは信じられないほどの超高速詠唱が、インデックスの小さな口から溢れ出る。

 

 結果、時間差で迫り来る槍のそれぞれが、軌道を変えられ、三人を逸れてあらぬ方向へ。

 対処自体は間に合っている。サンジェルマンの構築速度と、インデックスの処理速度は拮抗している。

 

 だが、しかし。

 

「――ぜぇっ、はぁ……っ!」

 

 息継ぎ。

 単純な呼吸の限界。

 否応なく処理を止めてしまう少女へと、容赦なく迫り来るシャンボール。

 

「ッ!!」

 

 しかし、その隙は上条当麻の幻想殺し(イマジンブレイカー)がカバーした。

 再度詠唱を再開するインデックスを抱え、上条はサンジェルマンの方を見つつも全力で背後へと駆け出していく。

 

 現状、対処は出来ているが、出来ているだけだ。

 消耗速度は見るからにインデックスの方が上、このまま防戦に回っていればじきに削り殺されるのは想像に難くない。

 

「逃げるぞ、キャスター!」

「に、逃げるって、あんなの相手に一体どこへです……!?」

「サンジェルマンの炭素制御魔術だって万能じゃない! 前の時も、離れた場所にある人体の炭素には槍の先端で触れてからじゃないと干渉できていなかった!! 天井に壁や床、全部が全部一塊のカーボン素材で出来てたダイヤノイドならともかく、ここならまだ俺たちに有利なステージに移動できる!」

 

 つまり。

 

「――周囲全体をコンクリートで固められた地下駐車場! 砂利と、砂と、石灰石(セメント)の混合物、地形のほとんどが珪素で構成されたこの空間なら、炭素制御魔術の性能はガタ落ちするはず!!」

 

 逃げ込んだ先、薄暗い地下駐車場の中。

 息を切らすインデックスの体を下ろしながら、上条当麻はサンジェルマンの方を振り返る。

 

 明らかに不利なフィールドに誘い込んだにも関わらず、サンジェルマンは平然とした顔でこちらに着いてきている。

 

 複数の人間に寄生してネットワークを構築するサンジェルマンにとっては、今ここにいるサンジェルマンの一人が敗北したとてどうでもいいと言うことなのか、それとも。

 

 いずれにせよ、相手が逃げないのなら、こちらに逃げ場が無い以上立ち向かう他無い。

 上条当麻は強く右手を握り締める。

 

 無論、この地下駐車場とて、炭素が皆無というわけではない。

 空気の汚れた学園都市では二酸化炭素を始めとした様々なガスが空気中を漂っているだろうし、近くで止まっている乗用車のタイヤやガソリンなど、目につく範囲にも炭素化合物はいくらだってある。

 

 だが、それでも攻撃の物量が制限されることは間違いない。

 ここからは読み合いの勝負だ。

 

「ふむ――」

 

 上条は周辺物に細心の注意を払いながら、放たれた矢のようにサンジェルマンへと駆け出して、

 

「まあ、せっかくだ。()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()

「――――――、は?」

 

 ッバゴォン!! と、地震みたいな衝撃を巻き起こし。

 床のコンクリートを罅割って引き裂き、地下駐車場のさらに地下。

 

 学園都市の地層奥深くにある石炭や泥炭などの有機堆積物が、大地を突き破ってサンジェルマンの周囲へと浮上していた。

 

「な、ん……!?」

「なるほど、これが念動能力(サイコキネシス)――だが、私のそれに伝え聞くほどの万能性はなさそうだ。区別のためにあえて名付けるなら、炭鉱浮力(カーボンフロート)と言ったところかな」

 

 有機堆積物から勢いよく伸びるシャンボール。

 どうにか始動の時点で潰す上条だが、しかしてサンジェルマンが浮遊する有機堆積物を手に持った槍で突く。

 

 まるで巨大なビリヤード。

 質量が無いかのように突っ込んできた炭素堆積物を右手で触れる。

 浮力を失い、崩れていく黒塊。

 それでも、超能力でも魔術でも無い手段で生み出された、ただの慣性は殺せない。

 

「ごッ、がッッ!?」

 

 吹き飛ぶ。

 しかし、右手を差し出しつつ咄嗟に自分から後ろへと飛んだことで、どうにか致命的なダメージは免れた。服を真っ黒にしながら、インデックスたちの元までゴロゴロと地面を転がり止まる。

 

「くっ、そ……! どうせ、それっぽい魔術で誤魔化したお得意のペテン――」

「違うよ、とうま! ()()()()()()()()()!」

 

 インデックスの一〇万三〇〇〇冊に間違いは無い。愕然とした表情でインデックスを見る上条。

 キャスターは明らかに場慣れしていない様子で、状況についていけずにおどおどと混乱している。

 

 だが、だというのならアレはなんだ?

 能力者に魔術は使えない。使えば、副作用によって血管は破裂し、肉体が致命的なダメージを受ける。しかし、二人の見る限り、あのサンジェルマンにその様子は無い。

 

 捻くれた槍を肩に担ぎながら、サンジェルマンは散歩にでも出かけるような足取りで、悠々と三人の元へと歩き出す。

 

「荒っぽい形にはなったが、マスターを殺す気は――うん? どちらがマスターだ? まあ良い、我がマスターの方針でね。用があるのは君だけだ、キャスター。純なる聖杯の降臨のため除かれるべき、格子内のネガティブな空隙よ」

「マスター……?」

 

 疑念を呟く上条当麻に、サンジェルマンは拍子抜けしたような表情を晒す。

 

「よもや、マスターどころか『聖杯戦争』の関係者ですらないと? ならば尚更争う理由が無いな。早くそのサーヴァントを置いて立ち去りたまえ」

 

 どういう意味だ。叫ぼうとした上条だったがしかし。

 

「っ、ぐ……!?」

 

 聖杯戦争。その言葉を聞いた直後、キャスターが苦痛にうめき、高まる圧力を抑えるように手で自身の額を抑え込む。

 

「キャスター!?」

「そうか、そう、だ……! 私、は……!」

 

 上条たちに出来てしまった隙を、サンジェルマンは見逃さない。

 有機堆積物から放たれる幾十のシャンボール。インデックスの強制詠唱(スペルインターセプト)が放たれるより早く、槍の根本を切り離し、術式の制御を手放して飛び道具に変える。

 狙いはキャスターただ一人。幻想殺し(イマジンブレイカー)ではカバーしきれない複数同時攻撃。

 

 少女の体は為す術なく貫かれ、即死する――

 

「何?」

 

 ――かに見えた。

 

 槍の先端が損傷を与えることなくすり抜ける。

 飛んでいったシャンボールがそのまま壁に突き刺さり停止する。

 攻撃を透過したキャスターがゆらゆらと、陽炎のようにその姿を揺らめかせ……。

 

 傍にいた上条とインデックスごと、消失した。

 

「幻影……だが、魔術ではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――確か、光学操作という、」

 

 独り言が終わるより早く、地下駐車場に停められた車の一台が突如として猛スピードで走り出し、サンジェルマンへと突撃した。

 

 衝突、爆裂。

 

 地下にもうもうと立ち込める煙に燻されながら、上条は今の一瞬で自動車を突撃兵に改造したキャスターを振り返る。

 どこからか現れた白い蛇のような杖を持ち、凛とした目つきで敵を睨む、少女の方を。

 

「……全てではありませんが、思い出しました。上条さん、インデックスさん。これは第二次聖杯戦争……いいえ、()()()()()()。科学の英霊と魔術の英霊。七組の魔術師(マスター)英霊(サーヴァント)が殺し合い、あらゆる願いを叶える万能の器――聖杯を求める争奪戦」

 

 ですが、と、逆接と共にキャスターは目を伏せて。

 

「あなた達には無関係なことです。巻き込んでしまったことは申し訳ありません。ですが、後は全て私に任せ――あっ、ちょっと! 待ってください、言うや言わんやの内にバトルの態勢に戻らないで!」

「だめだよキャスター! とうまはそういうコト言ってる女子を見ると自動的に助けに行っちゃう不治の病に罹ってるから!」

「おうコラちょっと待ちやがれなさいインデックス」

 

 三人は隠れ潜んだ自動車の後ろで飛び出す体勢を取りつつ、小さな声で会話を交わす。

 

「で、実際のところどうなんだ、キャスター!? アイツは――サンジェルマンは、お前一人でやれるのか!?」

「さっきの私のセリフを聞いていなかったんですか!? 三騎士でもないアサシン如き、当然やれるに決まっ……やれるに……やれ……ちょ、ちょーっと厳しいかなー……?! あっ、あっあっごめんなさい怒らないで! すいません! 格好つけてすいません!」

 

 上条とインデックスからドスドスと指で小突かれ、涙目になるキャスター。

 未だ立ち込める煙の中から飛来するシャンボールを凌ぎながら、上条は彼女に問いかける。

 

「結局のところ、手札は機械いじりと目眩ましだけってことでいいんだよな? 大能力(レベル4)相当なのは射程と精密性だけで、レーザーとか撃ったりも出来ない低出力?」

「そ、そういう言い方はどうかと思いますよ……?! いえ実際そうですけど……!!」

「なら――」

 

 そして、ボッ!!! と爆ぜるような衝撃と共に、立ち込める煙が吹き散らされた。

 自動車一台の衝突と爆発を受けてなお、無傷のサンジェルマンが歩みを再開する。

 

 再度、数台の自動車が一斉にサンジェルマンに襲いかかるが、今度はまともに受けもしない。

 展開されるダイヤの防御壁。ダイヤは硬すぎるが故に簡単に割れてしまうという説もあるが、元より硬度で防ぐつもりなどサンジェルマンには無い。

 

 まるで闘牛士のマント。ベクトルを逸らされた自動車が壁に衝突し、衝突音と同時にエアバッグの膨らむ音。それらが数台分けたたましく折り重なって鳴り響き、しばしの時間差の後、また爆発。

 

 だが、それはあくまでサンジェルマンの対処の手を割く時間稼ぎに過ぎなかったのだろう。

 

 スリップストリームではないが、まるで自動車の後を追うように。

 サンジェルマンに向けて、幻想殺し(イマジンブレイカー)を振りかぶった――()()()()()()()()()()()()()

 

 当然ながら、幻影であることは間違いない。

 どれか一つが本物だとしても、背後にインデックスの妨害が控えているこの状況では、シャンボールで以て一息に薙ぎ払うことは不可能だ。

 

 だが、炭鉱浮力(カーボンフロート)を使った有機堆積物の射出なら、強制詠唱(スペルインターセプト)による妨害を受けることは無い。

 

(撃墜ではなく回避や防御を選ぶ選択肢もあるが、あの少年を……あの少年の右手を、今の私に近寄らせるのはまずい、か)

 

 故にサンジェルマンはこの中の一体から本物の上条当麻を見極めなければならず――だが。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

「っ、」

 

 サンジェルマンの周囲に生成される、()()()()()()()()()()

 ダイヤモンドの輝きは表面反射と内部反射に分類される。そのうち内部反射は反射の度にダイヤモンド内部で光が分解されて反射し、わずかな不純物によるスペクトル吸収によってダイヤの色を決める。

 

 光学――科学の知識など必要無い。

 ダイヤモンドの色と輝きの何たるか。

 サンジェルマン伯爵は、史上の誰よりも己の肌で知っている。

 

 異常なスペクトルを纏う上条当麻たちの中、唯一それを持たない上条当麻に向けて、有機堆積物の塊が射出され――

 

「な、に?」

 

 ――上条当麻の姿を映しながら前進していた液晶ディスプレイに衝突し、吹き飛ばした。

 

 つまりは、異能とテクノロジーの合わせ技。

 欺かれたサンジェルマンが、ついに紳士然とした態度を崩し、動揺して周囲を見渡す。

 

「ならば本物は……! そうか、しまっ、」

 

 背後。

 二度目の時、衝突から爆発までに時間差があった理由。

 

 ――突撃自動車に乗せられていた上条当麻が、サンジェルマンの顔面へとその右拳を叩き込む。

 

 決着。

 そう思われた次の瞬間、上条当麻の幻想殺し(イマジンブレイカー)が、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な――?」

 

 当然ながら、ただの高校生である上条当麻に『聖人』めいた超腕力など無い。だが、だとするとなんだこれは。まるで発泡スチロールで出来ていたかのような、このあまりにも脆い感触は。

 

「……これにて敗退か。ずいぶんと呆気ない」

 

 顔面を中心に全身から黄金の霧を放ち、サンジェルマンの姿が薄れていく。

 

 不透明度がゼロになる瞬間、黄金の霧は一際大きく瞬いて……ほんのわずかに、その内部に見覚えのある三角柱のようなものを覗かせて。

 サンジェルマンの姿は、まるで最初から何もなかったかのように消え失せていた。

 

 静まり返る地下駐車場。一拍を置いて、上条当麻がポツリと呟く。

 

「……なん、だったんだ……?」

 

 


 

 

 学園都市の学校は、教育機関であると同時に研究施設としての顔も持つ。

 

 ある学校に備え付けられた研究室。

 造り自体はありふれた理科室のような風情であるものの、設置されている機材は一般の大学の機材を遥かに上回るそれだ。

 

 上条当麻の幻想殺し(イマジンブレイカー)を受けて消滅した青年紳士は、授業を受ける学生の如く席につき、感心したように呟く。

 

「宝具・妄想幻像(ザバーニーヤ)――百の貌持つ多重人格の暗殺者、英霊ハサン・サッバーハの有する霊的ポテンシャル分割能力。試し撃ちのつもりだったが、十二分に使える性能だったな」

「ああ、これで他六騎全員の大まかな情報は知れた。君自身の宝具と合わせれば、聖杯を獲りにいくことも容易いだろう」

 

 教壇の上、白衣を纏った科学者が呟く。

 風体はどこにでもいそうな『理科の先生』。ボサボサ髪に野暮ったい黒縁メガネ。パッとしない印象の、明らかに理系と見て分かる三十路の男性。

 

「君が集めてきてくれた情報の内……特に注意すべきはセイバー、ライダー、バーサーカーの三騎。これらに関してはマスターを狙うか、不意をついて倒す以外には無いな」

「他三騎についても侮れる相手ではないだろう。()()()()()()()の余韻として各自に与えられた残霊宝具(ノーブルレムナント)。加えてそれぞれ一つずつの超能力。今回の聖杯戦争は他とは明らかに違う。相手の手札も多いことを意識していなければ、その内足を掬われるぞ、マスター」

 

 分かっているよ、と苦笑いを浮かべる科学者。

 その様子を見ながら、サンジェルマンは目を細め、彼に向かって問いかける。

 

「もう一度問うておこうか。あなたが聖杯にかける願いについて」

()()()()。使用すれば消費される類のものなんだろう? 一つしかない貴重な研究サンプルだ。研究し、解析し、再現する。強いて言うならばそれがこの街の科学者たる僕の願いだよ、アサシン」

 

 科学者の瞳の奥、煌々と情熱的に灯る冷たい理性。口端を微かに吊り上げて、サンジェルマンは続けて問う。

 

「この街ではどこにでもいるありきたりな、ただの科学者でしかない君にそれが可能だと?」

「僕一人じゃ無理なら研究チームを作って対応するよ。それでも無理なら偉業を果たせる他の誰かに託せばいい。資金については君も協力してくれるだろう?」

「そもそも聖杯などと眉唾な話、私の虚言に過ぎないとは思わないのか? 怪人奇術師詐欺師ペテン師、サンジェルマンの名が伝説でどのように語られているか、いかに科学サイドの君であろうと知ってはいるはず」

「それならそれで構わない。仮に聖杯が嘘でも、君というA()I()M()()()()が貴重な研究サンプルであることに変わりはないし、それを損なおうとする者がいるのなら排除するしかない」

 

 科学者は、自身の背後の電子黒板を叩いて。

 

「それに、聖杯は()()()()。君の体を研究した結果として、僕はその結論に至った。この街のAIM拡散力場を束ね、結晶化させた願望機。仮に聖杯戦争の優勝報酬なんてのがただの嘘で、仮に聖杯が本当はろくでもない災厄か何かであったとしても、もう実態はどうだっていい。僕の人生を賭けるべき研究テーマだ――どこにでもいる平凡な科学者の夢を支えてくれ、アサシン」

「ふ――」

 

 まるで高潔なる騎士が主君にそうするように。

 長きに渡って仕えるべき王を探し続けてきた従者がそうするように。

 小さな笑みを漏らして、胸に魔法名を刻んだ一人の魔術師が、教壇の前に膝をつく。

 

「いいだろう、マスター。この時空を超えた不死なる怪人、サンジェルマン伯爵が、あなたに夢を見せると誓おう。どうか幻想の如き偉業を成し遂げてくれ」

 

 これが、月下の元、在りし日の奇術師と平凡な科学者が出会った一つの運命だった。




アサシン
・真名:サンジェルマン://ハサン・サッバーハ
・属性:混沌・善
・保有スキル:炭鉱浮力(カーボンフロート) B 黄金律 A 専科百般 A 巧言令色 A+
・クラススキル:気配遮断 EX

・ステータス
 筋力 D 耐久 C++ 敏捷 C 魔力 A 幸運 E 宝具 B+

宝具「妄想幻像(ザバーニーヤ)
宝具「████」
宝具「██████████」


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第三章 規定確認 Regulation.

 青いグラサンにアロハシャツ。

 科学と魔術の二重スパイである土御門元春。

 

「ちっ!!」

 

 その眼前で、解体用重機めいた数メートル大の風の刃が、遮蔽にしていた鋼鉄のコンテナを細切れに変えていく。

 

 敵は土御門の方を向いてもいない。

 土御門の召喚したサーヴァント――ランサーを相手にしつつ、土御門の動きを牽制するための()()()でこれだ。

 まともにやり合えば、三秒と保たずに切り落とし肉にされるのは自明だった。

 

 ランサーの槍の猛撃を片手に持った剣で悠々といなしつつ、敵は、セイバーは、その掌中に風を渦巻かせる。

 

「これが空力使い(エアロハンド)痛哭の幻奏(フェイルノート)さながらに、とはいきませんが……なるほど。なかなか面白い」

 

 セイバーは薄く笑い、目を細める。いいや、それは元からほとんど瞑っているかのような細目だ。

 この憂いを帯びた赤毛の騎士は、今までの戦いの中で目を見開いてすらいない。

 

「どうやら、真名を隠す気も無いらしいな、セイバー……! いいや――円卓の騎士・トリストラム!」

「ふむ。トリスタン、の呼称の方が有名だと思っていましたが。こちらではその呼び名の方が主流らしい」

 

 セイバーの何気なく振るった一撃が、ランサーの全力の刺突を弾き飛ばす。

 

 着崩した羽織の上に、軽装の日本式甲冑を纏った細身の青年がたたらを踏む。

 しかし、青年の腕力が低いわけではない。体格こそ細身ではあるが、軽々と振るわれる槍は八尺――二メートル半を優に超える。

 それだけの得物を持ちながら、召喚された英霊たちの中でも最速で戦場を駆けるランサーは、なるほど確かに英雄に相応しい超人だ。

 

 だから――これは単に、超人たる武士(ランサー)を圧倒出来るほど、この騎士(セイバー)が怪物であるというだけの話。

 

 明確に戦力に劣る土御門たち。それでもどうにか戦いが成立しているのは、この騎士が、正しく正義の騎士であるが故だった。

 

(セイバーが民間人を巻き込むことはない)

 

 機関拳銃による牽制など役にも立たない。しかし、土御門は銃撃を続けながら冷静に思考を回す。

 

(だが、そんな騎士道精神を遵守するにはヤツのスペックは高すぎる。これじゃ戦車で暗殺をしろと言うようなものだ)

 

 当初の案では、ランサーの機動性を活かした奇襲だった。

 それ自体は相手の令呪によって凌がれたものの、まだ攻めきる手が切れたわけではない。

 

(コンパクトに動いた上でこれってのもなかなかに悪夢だが、それでも付け入る隙自体は……ッ!?)

 

 炎、風、水、土。空から降ってくる、弾雨の如き魔術の群れ。

 ろくに洗練もされていない素人同然のそれではあるが、人間相手には十分に有効打。

 降り注ぐ魔術を、土御門は身を翻して回避する。

 

「ドローン……最初からか!?」

 

 複数のドローンによって、夜空に描かれる擬似的な星図。極めてオーソドックスな占星術によるものだ。プロの魔術師にしてはあまりにもお粗末な練度だが、重要なのはそこではない。

 

「やはりこれでは玩具程度だな。だが仕方あるまい。元より私は戦闘専門の魔術師ではないのでな」

「まさか、もう――!」

 

 背の低いビルの屋上に立つ、コントローラーを携えた人影。

 ローブを纏った典型的な魔術師姿の男が、眼下の戦いを見下ろしながら言う。

 

「周辺一キロの人払いは完了した――薙ぎ払え、セイバー」

「では」

 

 セイバーが、剣を両手で構える。

 渦巻く魔力。逆巻く威力。

 

 どう足掻いても防ぎ切れない。

 土御門は直感し、自身の手に刻まれた令呪を発動させる。

 

「宝具だ、ランサー!! ()()()()()()()ッ!!」

「御意ッ!!」

 

 最速のランサーが更に加速する。

 土御門を連れて、今まさに爆心地となりつつあるセイバーから、命令通りに全力で離脱する。

 だがそれは間に合わない。例え超音速の戦闘機であっても、この間合ではただセイバーの一撃に叩き落されるのみ――しかし。

 

「神君――」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 本能寺の変に際した動乱の中、明智勢力の只中に孤立した徳川家康を無事に脱出させた逸話の具現。

 

「――伊賀越え!!」

 

 それこそがランサーのクラスを与えられたこのサーヴァント、『服部半蔵』の宝具であった。

 

 轟音、炸裂。

 何もかもを吹き飛ばす、セイバーの一撃が爆ぜる。

 荒れ果てた街の一画。されど、ランサーと土御門を仕留めた手応えは無い。

 

「申し訳ありません、仕留め損ねたようです」

「いや、宝具とあれば仕方ないな。神君伊賀越え……ふん、なるほどな。服部半蔵正成か」

「追いますか?」

「無駄だろうな。ランサーに与えられた残霊宝具(ノーブルレムナント)――伊能忠敬の大日本沿海輿地全図による『縮図巡礼』。前回の聖杯戦争でも使われたアレと、あの撤退性能が組み合わされば追跡はほとんど不可能だ」

 

 それに、追いついたところでまた人払いの手間がかかるからな、と零す魔術師。

 セイバーは、憂いを帯びた顔で魔術師に言う。

 

「あなたが民を傷つけない限り、私はあなたの剣だ。例え令呪で縛られようと、この約定だけは違えさせない」

「分かっている。むしろ、私としては特段聖杯にかける願いもない君が、何故私のようなありふれた魔術師に諾々と従っているのか疑問なのだがな」

「……あなたの、『過去の過ちを取り消したい』という願い。それ自体は、純なるものでしょう。例えあなた自身の性質が悪であろうと、この一点のために規律の中で動くというのならば、騎士としてそれに手を貸すに吝かではない」

 

 セイバーは言う。口端に力を込め、かつて自身が放った騎士王への諫言を悔みながら。

 

 


 

 

 ランサーと共に逃げ延びた土御門元春は、人気のない路地裏で、咳込みながら血を吐き出す。

 

 能力者に魔術は使えない。行使すれば副作用で血管は破裂し、致命的なダメージを受ける。低レベルの肉体再生(オートリバース)を持っている土御門であっても、その被害は軽減しきれない。

 

「今回の科学聖杯戦争、俺らの維持に関しちゃ魔力はほとんど必要ねえが……令呪となるとそうもいかねえか。無事か、マスター」

「がはっ、ごふっ……! クソ……気にするな、普段よりかマシだ……」

 

 外付けの回路を用いた魔術行使であるためか、通常の魔術行使に比べれば負担は少ない。今回は運が悪かったが、賭けに勝てれば些細な内出血で済む程度だ。

 

 介抱されつつも辛うじて平常を取り戻し、土御門は口端の血を拭う。

 

必要悪の教会(ネセサリウス)が今回のために招いた魔術師……セイバーのマスターは聖杯欲しさに裏切った。ライダーを召喚したステイルも、今回は協力できん。この儀式、オレにとっちゃ全力で妨害して有耶無耶にする以外、選択肢が無いんだから」

「と言っても、現状の戦力じゃ引っ掻き回すのも苦しいだろ。まともに魔力も練れない以上、宝具で撹乱するにも限度がある」

 

 ランサーの言うことももっともだった。

 彼、服部半蔵の「神君伊賀越え」。伊能忠敬の「大日本沿海輿地全図」。

 どちらも利便性では一級品ではあるものの、決め手に欠けるのは間違いない。

 

 小さく舌打ちをし、仕方ないと土御門元春は歩き出す。

 

「どこに行く気だ、マスター?」

「いつも通りさ――クラスメイトの所だよ」

 

 


 

 

 学園都市には窓の無いビルがある。

 

 建物として機能しない密室。

 その中心に、一つの巨大なガラスの円筒があった。

 

 液体に満たされた容器の中。

 男にも女にも、大人にも子供にも、聖人にも囚人にも見える手術衣を着た『人間』が、逆さになって浮かんでいる。

 

 学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリー。

 科学サイドのトップでありながら、かつて世界最高を謳われた『黄金』の大魔術師。

 

「それじゃ、今回の聖杯戦争のレギュレーションについて確認するわね」

 

 紫色の髪を持った幼げかつ知的な少女は、近代西洋魔術の祖でもあるそんな魔術師と、同等同質の気配を持ってそこにいた。

 

 この窓の無いビルに招いたわけではない。サーヴァントの霊体化ですり抜けたのでもない。ただ、当然のように、少女はそこに立っている。

 

 アレイスターは顔をしかめて――いや、困らせて――いや、それも違う。複数感情が入り混じった、複雑な表情で少女に語る。

 

「……まさか、あなたが召喚されるとはな。()()()()()()()()()()()()

「キャスターでよくってよ、ミスタ・アレイスター。あなたが私の知っているあなたという保証も、私があなたの知っている私という保証もないのだしね」

 

 ふぅ、と少し年寄りくさいため息をついて、少女は気安い仕草で円筒器にもたれかかる。

 

「というか、あなたが管理している街で召喚しておいてまさかも何もないんじゃないかしら? 近代西洋魔術の祖であるあなたと、()()()()()()()()()――縁としては十分だと思うのだけど?」

「……何が目的だ、キャスター?」

 

 アレイスターの問いかけに、キャスターはふむん、と首を傾げる。

 

「そうね、思うところはあるけれど、あなたに落とし前つけるならメイザースが筋でしょうし。聖杯にもいくらか学術的な興味がある程度だし……だから、知り合いと話をしに来ただけ、かしら? ――どうせこの体じゃ、出来ることも知れているもの」

 

 そういうキャスターの体……霊基から、解けるように黄金の塵が煌めき舞う。

 召喚を維持できなくなったサーヴァントから発生する、退去の光だ。

 

「あなたが敷いたテレマに干渉して、前回召喚されてから今まで霊基を維持してはみたけれど……流石にこの辺りが限界みたい。だから、本当に雑談よ。今回の聖杯戦争に関する重要情報のメッセンジャー。そう思ってくれて構わないわ」

 

 こほんと咳払いをし、生徒に教授するようにキャスターは語り出す。

 

「大体のことは把握しているでしょうけど、まずは大前提。この聖杯戦争は、七人のマスターが過去の英雄を召喚し、戦い競わせ、残った一人があらゆる願いの叶う願望機……聖杯を手に入れる儀式。本来ならこの世界には無い魔術だけれど、それがどういうわけかこの街で成立してしまった。KK粒子、だったかしら? 原因についてはあたしよりそちらの方が詳しいかもね」

 

 どちらにせよ、原因などどうでもいい。

 事の争点は、もはやそこには存在しない。

 

「だけど、あなたに掌握されているこの街では英霊召喚は上手く機能しない。それが分かっていたから、数日前、あなたはこの街に侵入してきた魔術師たちによる聖杯戦争の開始を見過ごした。結果、まともに召喚できたサーヴァントはほとんどいなかったし、令呪も大して機能しなかった。……それに伴うトラブルで人払いが間に合わずに民間人にサーヴァントの戦闘がいくらか露出したみたいだけど……まあ、その辺はいいわ。とにかく、ここまでは瑕疵は無かった」

 

 故に、問題なのは――

 

「――聖杯による、その後の()()()を見逃したこと。タイムアウトエラーを受けての自動的な再試行のようなものだけど……どうせろくなマナも残ってないのだから勝手に失敗すると思っていたのでしょう? ええ、その通りよ。あたしたちの後、今召喚されているサーヴァントたちが顕現したのは時間にして数秒程度。……だけど、その数秒で」

「AIM拡散力場の集合体――()()()()()()()()()()()()()

 

 そう呟くアレイスターの表情に、何か特別な感情はあったか否か。

 

「魔力を用いて稼働するはずの術式を、超能力で動くように組み換え、本来なら成立しない魔術儀式・聖杯戦争を十全に成立させる。結果として与えられた各自一つの超能力と残霊宝具(ノーブルレムナント)。科学と魔術、両方を極めていなければ不可能な離れ業――正直言ってとんでもないわよ、あの子」

 

 両者は想起する。

 ありふれた学生服を纏った少女。『科学の魔術師』を名乗ったキャスターを。

 

「……彼女の真名に心当たりは?」

「何となく直感は出来るのだけど。ヒント、欲しいかしら?」

 

 軽く口端を上げて、キャスターは言う。

 

「それは、再召喚されたサーヴァントは、前回の同じクラスのサーヴァントと何かしらの縁や共通点を持ってるってこと。例えばアサシン。複数の『自分』を持つハサン・サッバーハとサンジェルマン。例えばランサー。同じルートで伊賀越えをした伊能忠敬と服部半蔵。他のサーヴァントもそれは同様。つまり」

「あのキャスターも、エレナ・ブラヴァツキーに縁を持つ者だと?」

 

 その通り、と彼女は頷いて。

 

「とは言っても、それじゃ近代の魔術師はほとんど該当しちゃうのよね。なんてったって、近代魔術も現代魔術も、全部あたしが作ったようなものだもの!」

「……加えて、トーマス・エジソンにフリーメイソン。魔術師に限らず、神智学協会にはあの頃の著名人は大概所属しているか」

「魔術サイドである以上、外見も性別も大して看破の役には立たないし――ふふ、何ならあのキャスターがあなた自身、ということもあるかもしれないわね?」

 

 笑ったことで気が緩んだか、黄金の霧が一際大きく揺らめいた。

 特に物惜しむこともなく、彼女は平然と別れを告げる。

 

「そろそろかな――最後にもう一つだけ大ヒントをあげる。あのキャスター。この街を崩壊させかねないサーヴァントの正体について」

「…………」

()()()()()()()

「――何?」

 

 思索と予測を走らせていたであろうアレイスターが、それを打ち切って彼女を見る。

 

「それは、つまり――」

「囚われないで、アレイスター。聖人、魔神、超絶者、なんだって良い。とにかく、()()()()()()()()()()()()()()()()。どんなに虚構で胡乱な与太話であろうとも――この人類史に刻まれた可能性に、際限など決して無いのだから」

 

 溶けていく霊基。瞬く黄金の霧。

 後にはただ、いつものようにこの街の王が一人佇むのみだった。




セイバー
・真名:トリストラム://███████
・属性:秩序・善
・保有スキル:空力使い(エアロハンド) C 治癒の竪琴 C 祝福されぬ生誕 B 騎士王への諫言 B 弱体化(毒) D
・クラススキル:対魔力 B

・ステータス
 筋力 B 耐久 B 敏捷 A 魔力 B 幸運 E 宝具 A

宝具「████」
宝具「█████」


ランサー
・真名:服部半蔵://伊能忠敬
・属性:中立・中庸
・保有スキル:偏光能力(トリックアート) B 忍術 D 心眼(真) C 仕切り直し A
・クラススキル:対魔力 E

・ステータス
 筋力 B 耐久 D 敏捷 A+ 魔力 E 幸運 E 宝具 D+

宝具「神君伊賀越え」
宝具「大日本沿海輿地全図」


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第四章 幻想砲兵 for_romantic_stars.

「おお! この時代には飛行船などないだろうと思っていたのだが。なあルイコ、あれは乗れるのだろうか?」

「やー、そういうサービスがあるって聞いた覚えはないですけど。あと、『外』じゃこういう飛行船はまず無いと思いますよ?」

「ふぅん。やはり時代は飛行機だろうか。気球などもう何度事故ったか分からんからな。そっちはどこで乗れる?」

「航空系は二三学区まで行かないと。それにあそこ、一般学生は立ち入り禁止ですし」

「むう」

 

 などと子供っぽく頬を膨らませながら、足の長いフライトスーツの銀髪美女は空を見上げている。学園都市の上空を行く、日々のニュースを告げる飛行船を。

 

 ――悪い人じゃなさそうなんだけどなあ。

 そう思いつつも、二人きりで街を歩く佐天は、完全に警戒を緩めることはできない。

 

「っていうか、アーチャーさん、もしかしてその服でパイロットでも何でも無いんですか?」

「この辺は民衆の総意だろうな。完全に的外れというわけでもないだろうが、私の生きていた時代にこんな服はない」

「ははあ。時代考証よりイメージ重視と」

 

 まあそんな感じだ、と適当にうなずくアーチャーを前に、うーんと頭を悩ませつつ、佐天は携帯で検索を繰り返す。

 

「アメリア・イアハートとかそれっぽいと思ったんだけどなあ」

「女性初の大西洋単独横断飛行者か。どちらかと言えばライダーだろう彼女は。……まあ、それを言ったら私自身もアーチャーよりはライダーだろうと思わなくはないが」

「えーと、なら、これ! ブランシャール夫人! 初の女性気球操縦士!」

「そもそも原典だと私は女性ではないぞ。コレに関しては前回のアーチャーと複合した結果だろう。霊核は私のものだが、霊基の大半はその女神によるものだ。――とはいえ元より幻霊級、不完全に召喚された神霊と複合してようやくまともなサーヴァント一騎分と言ったところだが」

 

 意味のよくわからないセリフに佐天は首を傾げる。だが、アーチャーとしても理解ができるように言ってはいなさそうだ。

 そういうわけで最初の一言以外を聞き流して、佐天は再度頭をひねる。

 

「男性もアリとなると今度は逆に範囲が広すぎて絞り込めない……! ……ライト兄弟!」

「違うぞ。複数人複合なのはまあそうかもだろうが」

「レオナルド・ダ・ヴィンチ!」

「オーニソプターか。ロマンがあるよな、あれ。ダ・ヴィンチはアーチャーにはならんだろうけども」

「……イカロス!」

「流石に無理があるだろうよそれは」

 

 後半から大分適当になっていた。

 当てずっぽうに言っていく佐天へ律儀に反応を返すアーチャーはいかにも人の良いおねえさんだが、しかし忘れてはならないし、忘れてもいない。

 

 佐天涙子は、先ほど――このアーチャーに、拉致されたばかりだということを。

 

 いや、拉致というのは少し言い過ぎか。

 二人きりで話がしたいというアーチャーが、それを渋った自分と集まってきた初春・黒子・御坂たちを敬遠し、佐天の体を抱えてその場から逃げ出したというだけ。

 

 とはいえ、瞬間移動(テレポート)風紀委員(ジャッジメント)・白井黒子と、学園都市第三位の超電磁砲(レールガン)・御坂美琴のタッグを相手にして。

 逃げ出した()()、逃げおおせてみせた()()、というのも――少し、言い過ぎなような気はするが。

 

「で、私の真名当てもいいが、聖杯戦争については理解できただろうか、ルイコ」

「えっと、古今東西全偉人ぶっちぎりバトルですよね? 七組のバトロワで、勝ち残った一組は何でも願いが叶う、っていう」

「うん、まあ、だいたいそんな感じだろう。で、願いについて何かあるだろうか。実際問題何でも、というわけではないが……理論値としてはそうだな。――『この街の全能力を束ねた際に可能な全事象』、ぐらいをイメージしておけばいいだろう。当然、あらゆる前提を無視した単純な足し算の話だ」

「……いやー、あたし、興味がないわけじゃないですけど、そういうのはちょっと」

 

 正直、もう懲りてるっていうか。

 なんて、かつての、『能力のレベルを上げる簡単に引き上げる音声ファイル』――幻想御手(レベルアッパー)事件を思い出しながら、佐天は言った。

 

「うん――ならばいいだろう。正直な話、そこで何を押してでも叶えたい願いがある、というのならどうしようもなかった。私には令呪に対抗する対魔力等の手段も無いからな」

「? えっと、それだと、アーチャーさんの方も特に願い事が無いっぽく聞こえるんですけど」

「そうだ。私に願いは無い。私は未来ある若人を守るためにこの街に来たのだ」

 

 怖じ気も恥ずかし気も無く、アーチャーは堂々たる様で言い切った。

 正義、なんて言葉で言うのは簡単だけれど、実際それを行うのがどれだけ難しいことか、佐天はよくわかっている。

 

「当然、君のこともだ、ルイコ。マスターだろうが何だろうが、巻き込む気は無い。亡者の闘争には亡者がケリをつけるとするさ。ご都合の良いことに私の単独行動スキルはEXランクだ。宝具の最大出力使用とまではいかんが、マスター不在だろうと大して問題はない」

「……え、じゃあ何であたし拉致られたんですか?」

「トラブルメーカーだろう君への警告だよ。これ以上首を突っ込むな、と言っているのだ」

 

 うぐ、と佐天はしかめっ面で後ずさる。これまでの数々の実績と自覚がある分、真っ向からそう言い切られてしまうと何も言えない。

 

「でも、なら……あたしだけじゃなくて、御坂さんたちにも言えばよかったじゃないですか」

「力ある人間に説明すれば、話が大きくなり過ぎるだろうからな――この聖杯戦争は、()()()()()()()()()()()()()()()。この街の法則で決着をつけることも、理解ができないと切断処理することもできない。実際、この聖杯戦争というあまりにもオカルト的な事象について、君も()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう?」

「…………」

 

 ……確かに。

 かつて幻想御手(レベルアッパー)事件の果てに生まれ、御坂美琴が対峙したという幻想猛獣(AIMバースト)

 アレとアーチャーが同様のものであるというのなら、確かにそれで説明できてしまうように――思える。

 

 姿形も何もかも違うが、幻想猛獣(AIMバースト)幻想御手(レベルアッパー)使用者の『劣等感や欠落感を反映したAIMの怪物』であるというのならば、今ここにいるアーチャーも、『偉人への想像や空想を反映したAIMの怪人』であると――どうして言えない理屈がある?

 

 願いを叶える願望の器、聖杯にしても。先ほどアーチャーが言っていた通り、この街の全能力を結集させれば、それこそできないことなんてほとんど無い。

 

 世界のあらゆる脅威を跳ね返すことも。

 未知のあらゆる物質を創り出すことも。

 電子のあらゆる領域を操作することも。

 次元のあらゆる極点を手にすることも。

 人間のあらゆる心理を掌握することも。

 

 何もかもができてしまうこの街の超能力に――できないことなど、逆に何が在る?

 

「そして同様に、この聖杯には『あちら側の理屈』でも説明がついてしまう。私も詳しくは無いが、むしろ本来はそちらが本領だろうからな。最悪、言葉通りの戦争になりかねん。それは絶対に避ける。君を『代表者』として選びはしたが、私は本来、この街全ての学生の輝きに惹かれて召喚されたサーヴァントなのだから」

 

 その決意は、あまりにも当然かつ、前提として宿り過ぎていた。

 だから、彼女の意志を否定したいというわけでは全くないのに、佐天は思わず慌てて、何か反論材料を探してしまう。

 

「いや、でも。ここの学生、アーチャーさんがそこまで言うほどじゃ……だいたいみんな治安悪いし、そもそも、あたしが『代表者』ってのも、それこそ、超能力者(レベル5)な御坂さんとかの方が」

「視点の違いだ。私にとっては、超能力者(レベル5)というのはただの『結果』にしか見えない。例えば確かに、宇宙飛行士は弛まぬ努力を積んだ人類の中のエリートなのかもしれないが、彼らだけでは宇宙には翔べんだろう?」

 

 揺るぎも惑いもせずに、世界の果てまで射抜くような、真っ直ぐな瞳でアーチャーは言う。

 

「礎、道、薪、燃料、部品。己がそうであることを人は嘆くだろうが、違う。遥かな星に手を伸ばすのではない。そのための踏み台になるのでもない。遥かへと己が信じる星を投じるために、人間は『ここ』にいるのだ、ルイコ。未来へと歩む君たちは、ただそうあるだけで世界の希望に他ならない」

 

 人の可能性を信じ切った、今どき子供でも謳わないような人間讃歌。

 光り輝く星があるならば、むしろアーチャーこそがそうだろう。

 人々が掲げるべき星。遥かに届けと投じる希望。

 

 白井黒子や御坂美琴、あるいは、初春飾利とは、何ていうかそう、()()()()()()()

 なるほど、これは……確かに。

 ――おとぎ話の、英雄だ。

 

 息を呑む佐天。アーチャーはそんな彼女を前に、どこか遠くを眺めて、つぶやく。

 

「――来るか」

「え?」

 

 直後の出来事だった。

 

 それはまるで噴火のように。

 アーチャーの遥か視線の先で、黄金の炎が爆ぜた。

 

 爆轟の光景に音が追いつくのは数秒遅く。

 暴風。顔を覆い、足を食い縛ってなお、吹き飛ばされそうになる風圧。セーラー服の裾とスカートがバサバサとはためき、アーチャーのフライトスーツが翻る。

 

 そして、爆ぜる衝撃に騎乗し、彼方より飛翔するものが一つ。

 破滅色の軌跡を描く、金色の流星。

 しかしてそれは、常人のスケールでは全くそう観察できないだけで、飛翔ではなく跳躍だった。

 

 黄金の怪物が、跳んできている。

 一キロ以上も遥か先から。

 ただの一足跳びに。

 ――ここまで。

 

「っ――」

「逃げろ」

 

 片腕を横に広げ、掌を後ろに向けて、アーチャーは言う。

 

「今からここは、君がいていい世界ではなくなるだろう。立ち去れ、ルイコ」

 

 それは――そうだ。

 佐天にできることはない。これから始まるのは、人類史に名を残した超人たちの戦いだ。

 どんなに鈍い人間でも理解できる不可視の圧力。これまで危ない目には何度か遭ってきた佐天だが、今回のこれは質が異常だ。

 

 だけど。

 

「……何だ?」

 

 足を震わせ、首筋に汗を垂らしながら。

 

「その……敵は、あたしを狙ってくるかもしれないって、言ってたじゃないですか」

 

 残念ながら、住む世界の違う、見ず知らずのお人好しが助けてくれるからって。

 全て押し付けて何もなかった風にいられるほど。

 佐天涙子は、能天気ではいられないのだ。

 

「どうせ狙われるんだったら、アーチャーさんと一緒に一緒にいた方が……。それにあたし、かけっこには自信あるし、援護とかは無理でも、囮ぐらい、には……」

「――――。ふむ」

 

 銀髪の美女は目を丸くして、顎を撫でながら佐天を見やる。

 

「なら協力してくれ。まずはここに隠れてもらえるだろうか」

「っ、はい……!」

 

 どこからか取り出されたドラム缶のような物体。背の高いアーチャーに抱えられつつ、その中に佐天は入っていく。

 

「で、その、この後どうするんですか?」

「うむ。続いてこれを身に着けてくれ」

 

 手渡されるバックパックのようなもの。指示通りに、リュックサックかランドセルのごとくそれを背負う。

 

「次にこれを持ち上げる」

 

 金属の管ごと、ひょいと軽く持ち上げられる感覚。

 バランスを崩しそうになり、わわ、と慌てて側面を抑えて体勢を維持した。

 

「そして次に少し斜めにする」

「おっとっと」

 

 言われ、自分が入っているそれを傾けられる。

 ちら、と上方を見ると、管の中から青い空が覗いていた。

 

「えっと、それで?」

「撃つ」

「はい?」

 

 どこか遠く――あるいは佐天のすぐそばで、火薬の炸裂音が響いて。

 

「はぃいいいいいいやぁああああああああ!?!?」

 

 青空の遥か彼方へと、佐天の体は超高速で射出された。

 昭和アニメの如くきらーん☆と星になる佐天を見ながら、大砲を携えたアーチャーは満足気に頷いて。

 

「流石にギリシャの神霊。人間を天に投げ飛ばすのはお手の物か」

 

 落下場所は計算し、パラシュートも渡しておいた。サーヴァントに撃ち落とされでもしない限りは、まず問題ないだろう。

 アーチャーはくるりと反対を振り向きつつ、一人呟く。

 

「そも、援護というのなら、その言葉以上のものはないだろうさ、マスター――守るべき者にあのように言われて、奮い立たぬ英雄がいるものか」

 

 彼女の数メートル先で、黄金の流星が落着する。

 爆ぜる衝撃、舞い散る土砂。悍ましいほどの暴力の気配に晒されながら、アーチャーは腕を組んで対峙する。

 

「████ォオオ……」

 

 黄金の全身鎧を纏った狂戦士――であった。

 

 まるっきり悪趣味な、贅を凝らした純金の装甲。

 ギラギラと輝くその武装に刻まれているのは、栄華や繁栄ではなく、死と戦争の象徴。

 

 呪いの金塊。盗掘されたピラミッドの財宝、あるいは北欧の川底に眠る黄金。

 およそ『財宝』という言葉に宿る不吉のイメージを、この狂戦士は一身に凝縮して放射している。

 

「ッ、██████████――――!!!」

 

 正気を完全に失った瞳から溢れる憎悪と怨嗟。

 その嘆きに着火するかのごとく、掲げる両手に爆炎が篭もる。

 一つの手には憤怒の炎。もう一つの手には審判の焔。それぞれ属性の異なる、二種の魔炎。

 

 その狂戦士――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を前に、アーチャーはなおも不敵に笑う。

 

「いいだろう、来いよバーサーカー。火力勝負といこうじゃないか。我々が誇る()()()()の一撃を見せてやる」

 

 アーチャーの周囲に出現する大砲の群れ。

 装填された火薬の量は、空を黒く染めてなお余りある。

 

 号砲はここに。

 かくして、爆炎と硝煙を爆ぜ散らす二人の英雄は、たった今衝突を開始した。




アーチャー
・真名:█████████://█████
・属性:混沌・善
・保有スキル:瞬間移動(テレポート) B 千里眼 A 射撃(砲) A- 騎乗 C 航海 EX
・クラススキル:対魔力 E 単独行動 EX 女神の神核 D

・ステータス
 筋力 D 耐久 C 敏捷 D++ 魔力 C 幸運 A 宝具 B

宝具「██████」


バーサーカー
・真名:███████████://█████
・属性:秩序・狂
・保有スキル:量子変速(シンクロトロン) A 黄金律 A 無辜の怪物 A 大量生産 B 皇帝特権 -
・クラススキル:狂化 B

・ステータス
 筋力 C 耐久 C 敏捷 C 魔力 B 幸運 A 宝具 A++

宝具「██████████」


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第五章 真正聖女 for_religious_faith

久しぶりだけど短いですスイマセン


「っつーわけで、現在、学園都市では七人の古今東西全偉人ぶっちぎりバトルロワイヤルが開催中。優勝者には豪華特典として何でも願いが叶う権利をプレゼント。んで、オレの目的はその豪華特典をブッ壊すか、そもそもこのバトロワ自体をわやにすること、ってな趣旨だにゃー。ここまではいいか、カミやん?」

「まあ、だいたいは」

 

 地下駐車場を出た上条たちを待ち構えていたのは、学生寮の隣人である土御門元春だった。

 上条の高校のクラスメイトだが、しかしてその正体は科学サイドと魔術サイドの二重スパイ。

 

 能力者にして魔術師である彼の説明を聞き終わり、上条はうーんとその話を頭の中で噛み砕きつつ、土御門に対し問いかける。

 

「ええと、つまりキャスターや、お前の隣の……ランサーだっけ? その武士っぽい人も、どっかの偉人ってことでいいのか?」

「そうだぜい。カミやん相手に隠す意味も無いから言うが、ランサーの真名――正体は服部半蔵(はっとりはんぞう)。あ、ちなみに初代じゃなくて二代目な。忍者じゃねえからその辺気をつけるぜよ」

 

 そもそも服部半蔵って襲名式だったの? そんで二代目は忍者じゃないの? という前提情報にまず驚きながら、上条はランサーをまじまじと見る。

 

 着崩した羽織の上に、軽装の日本式甲冑を纏った細身の青年。

 格好に目を瞑れば、普通の気の良いお兄さんといった人相の彼だが、手にした二メートル半を優に超える槍を軽く振り回す様は、確かに神裂火織を思い出す超人ぶりだ。

 

「まあ俺も一応、初代から一通りの心得は得ちゃいるが、分身だの何だの、魔術めいた真似はできねえからな。そんでもってこの戦、暗器やら毒やらじゃ到底やり合えねえバケモンばっかなんだろ? 参るぜ本当に」

 

 言って、彼が手に持つのは十五センチほどの小さな刺突用の矢だ。

 世界最小の短槍とも呼ばれるそれは、彼の末裔もまた同じく扱う、「打ち根」の名を持つ暗器である。

 

「――ま、そっちのキャスターは俺でもあっさりやれちまいそうだが……。本当にサーヴァントなのかい、その嬢ちゃんは?」

「さ、サーヴァントですけど! 呪文とかバリバリ唱えちゃうんですけど! けど!」

 

 わずかに金色が混じった銀髪を振り乱し、半袖ブラウスと青のスカート、そして白い杖を持ったキャスターが言う。

 

 偉人らしい威厳はまるで無いそんなキャスターを見ながら、土御門は上条に問いかける。

 

「サーヴァントの真名は、その正体と弱点を詳らかにする重要な情報なワケだが……。オレとカミやんの仲だ、隠す理由もねえってもんだにゃー? あのキャスター、どこの国のどちらさんなんだぜい?」

「いや、それなんだけど……」

 

 記憶喪失。

 それを聞いた土御門は、いくらか真剣な顔になって考え込む。

 

「……クラスこそキャスターだが、魔術に関してはシロウト同然。そんでもって機械に詳しいってことは、近代の文化人系か? 流石にこれだけじゃ絞り込むにもにゃー。光学操作が関係してるんだったら、あるいはエジソンとかって線もないじゃないが」

「いや、エジソンは男だろ? サーヴァントになると性別変わったりすんの?」

「魔術サイドの歴史なんて嘘っぱちばっかぜよ。あのオティヌスがヒゲモジャのおっさん神ってことになってる世界でナニを今更」

 

 エジソン周りの時代なら、神智学協会の全盛期だしにゃー。と呟きつつ、土御門は困ったように頭を掻く。

 

「攻撃系の宝具を持たないスピード型のランサーに、そもそも宝具を持ってるかも怪しいどこの誰かもしれない微妙性能のキャスター。いや全く毎度のことながらハードぜよ。カミやんの右手があるだけマシかもしれないが、それで宿った令呪も吹っ飛ばしてるんだから収支としてプラスなんだかマイナスなんだか」

 

 上条当麻の右手――幻想殺し(イマジンブレイカー)

 あらゆる異能を打ち消すそれは、かつてブライスロードの秘宝と呼ばれた、究極の追儺霊装でもある。

 

 追儺。すなわち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ために使われたそれは、この聖杯戦争において、『常人は決してサーヴァントに敵わない』という前提を覆しうる鬼札となりうる。

 

「既にエンカしたサンジェルマンとの戦いよろしく、触れれば一撃でノックアウト。まあ騎士や武士やらの武人系サーヴァントとなると、聖人のねーちんよろしくまず触ることも敵わないってレベルになってくるんだがにゃー。幻想殺し(イマジンブレイカー)と禁書目録込みでも、現状は……まあ無理じゃねってな塩梅ですたい。サンジェルマンも本当にやれたかどうかもわからんしな」

 

 毎度のことながら戦況は圧倒的に上条側不利である。

 

「ええと整理すると、まずキャスターと、ランサー・服部半蔵。この二人が味方」

「で、カミやんが撃破したかもしれないアサシン・サンジェルマン。そして、オレとステイルを裏切った魔術師の召喚したセイバー・トリストラム(トリスタン)。……こいつがマジでヤバいんだにゃー。なにせ『あの』円卓の騎士。完全にこの聖杯戦争の最強候補ぜよ」

 

 そして残りの三騎、アーチャー、バーサーカー、そしてライダー。

 

「この三騎については、現状不明?」

「んにゃ、ライダーについては調べがついてる。なにせ、ステイルが召喚したサーヴァントだからにゃー。ちょうどオレも一緒に召喚するとこ見てたんぜよ」

「そうなのか? じゃ、ライダーは味方……」

()()

 

 低く重い。

 ガチの声で、土御門は言う。

 

()()()()()()()。ステイルの方はまだ完全に敵に回っちゃいねーが、それでもそう簡単には、こっちの味方はできない」

「は? そりゃまた一体なんで、」

 

 ズン、と。

 その瞬間、大地が揺れた。

 

「っ……!?」

「――そもそもこの任務、本来は『聖杯戦争にオレたちの誰かが優勝し、聖杯を回収する』ってのが目的だった」

 

 音の響いてきた方向を見る上条たち。

 周囲に戦慄が走る中、なおも土御門は続ける。否、だからこそ続ける。

 

「なんて言ったってモノが()()だ。イギリス清教としても放ってはおけない。本物だったら当然大事だし、偽物だと断ずるには効果が効果だ。真偽を見極めないわけにはいかない」

 

 恐るべき存在感。

 これまでに上条が戦ってきたものたちとは全く別質。

 

「つってもそれは上の意向。この学園都市、科学サイドの中心部で聖杯が『抽出できる』なんてのが確かになったら、そんなもん戦争も戦争、第四次世界大戦待ったなしだ。だからまあ、オレとステイル、あと裏切ったがセイバーの魔術師も、この聖杯戦争は有耶無耶にするってんで、合意が取れていたんだが……」

 

 怪獣だった。

 鉄の甲羅を背負った六足。

 毒ある角と棘を持つ、悪しき竜。

 

 恐るべき、恐れるべき、おぞましきその悪竜に、しかし騎乗するは一人の聖女。

 

「……やってくれるにゃー、信仰心だけは本物ってかあの不良神父。こともあろうに、裁定者(ルーラー)スレスレ。信心深いことこの上ないガチの()()。そりゃ、()()()の杯を真偽も確かめずにブッ壊すなんて、認められりゃしねえだろうが……」

 

 神聖なるその威容に、銀髪のシスターは息を飲む。

 

「まさか、あの人は……!」

「どうにかお目溢しいただけないもんかにゃー……! サーヴァント・ライダー――()()()()()!」

 

 あ、ステイルが好みのタイプって言ってた人だ。

 

 圧倒的な気配に上条が現実逃避気味にそんなことを考える中、悪竜の咆哮が世界観を一変させる圧をもって、科学の街に響き渡っていた。




ライダー
・真名:マルタ://■■■■■■
・属性:秩序・善
・保有スキル:精神感応(テレパス) E 信仰の加護 A 奇蹟 D+ 聖女の誓い C 神性 B 二重聖人 A+ ■■■■ A+
・クラススキル:対魔力 A 騎乗 A++

宝具「愛知らぬ哀しき竜よ(タラスク)
宝具「■■■■■■■」


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