引き篭もりアーカイブ (有機栽培茶)
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Vol.? エリカの人形劇編
お外怖い


ブルアカ最終章読みました。泣きました。惚れました。
先生しゅき


 

 えー…こんにちは。いや、こんばんは?

 どちらが正しいのかわからないが、とりあえず初めまして観測者諸君。

 

 貴方達がどのような手段でこの記録を覗き見ているのかは私の知るところではないが、そのようなことはどうでも良い。

 

 私のこの悲惨たる現状が、どうか他の誰かに伝わってくれさえすればソレで良いのだ。

 

 まずは自己紹介と行こう。

 と言っても名前や体重といったキャラ設定のような詳細なものではない。ただ、()()での私が男で、アニメ好きで、特定のアニメやゲームに対しては異様なほど多くの知識を持つものの学問に関してはそこそこ。運動などは全くといって良いほどできない典型的な陰キャオタクな高校生だったということを知っておいてほしいのだ。

 思ったよりも細かかった?別にソレはどうでも良いのだ。

 

 

 さて、その情報を踏まえた上で、今の私を見てほしい。

 

 

 伸びに伸びた黒髪。運動のできない私でも驚くほど細く白い腕。状況が状況なら惚れていたであろう可愛らしいお顔。あまりにも小さなお体。

 

 そして何より、背中についた白い羽と、頭の上にふよふよと浮かぶ不可解な輪っか。なんだこれは!?理解できぬ。

 

 

 嗚呼そうだ。勘のいい皆様ならとっくにわかっていることだろう。いや、そもそもこの記録を読み始めた時点で勘付いているかも知れない。

 

 

 私はどうやら異世界転生というものをしたようだ。そう最近流行りのアレだ。

 

 

 ああ、安心してほしい。憑依ではない。これは断片的にだが頭の中に残る幼少期の記憶が保障してくれている。こんなかわい子ちゃんの体を乗っ取っていたなんて知れたら私はどうしていたかわからない。

 

 さあ困った。私とてオタクの端くれ。転生物など飽きるほど目にしてきた。無論、今の私の現状にピッタリと会う『TS転生』など大の好物だ。主食と言っても過言でないほどに。

 

 だが、だが!だからといって実際になってみたいかと言われるとそうではないのだ!

 

 私はTS転生して、女子の体に困惑しながら頑張る転生者の姿や、登場キャラクターに嫌がりながらもメスを教え込まれる転生者の姿が見たいのだ!無論!曇らせも大好物である!

 

 だが、ソレを自ら体験してみたいなど、私がいつ言った!?いや、言っていない。そうだろう。嗚呼神様。これがもし貴方の仕業だとするならば能力の無駄遣いです。もっとTS転生に適任な人材がいたでしょうに……

 

 

 閑話休題

 

 

 さて、話が少しずれてしまったが、問題はもう一つある。ソレは私がこの世界を知っているかも知れないということだ。

 

 ソシャゲをしている者なら一度は聞いたことがあるだろう。ブルーアーカイブという名を。そうだ、Twitterに度々現れる叡智な絵などに描かれるキャラクターたちの登場するゲームだ。

 

 

 おっと?君たち今『原作知識あるんか。余裕やんけ。』と思っただろう?そうはいかないのが現実だ。

 

 …私は人間の記憶というものがいかに不確実なものか思い知ったよ。

 

 ああそうさ!忘れたんだよ!プレイしたという記憶はある!だが!何が起こったのか!どんなキャラが推しなのかすらも忘れてしまった!私はもうオタクとして生きてゆけないのかも知れない…

 

 

 ……これも全て私を転生させた神様とやらのせいだ。そもそも記憶の取り戻し方がもう少しまともだったらちゃんと残っていたかも知れないのに。なんだよベッドからの落下で記憶を取り戻すって!ショック療法かよ!雑なんだよ!!!

 

 

 …Be cool、Be coolだ私。落ち着け。貴方達にあたっても意味はないことは理解しているのだから。

 

 

 ふぅ…すみません。取り乱しました。

 そう、だな。うん。話に戻るけど、別にこれまでのことはそこまで問題になるようなことではなかったんだ。いや大問題ではあるんだけれども。

 

 

 問題は別にあった。

 ブルーアーカイブというゲームを知っている方はご存知の通り、学園×青春×物語なRPGである。詳しくは覚えてないが、学生達がなんやかんやする物語というわけだ。

 

 ……そう、学生達が、だ。

 

 つまり学校生活!悪夢の青春!机に突っ伏して過ごした昼休み!トイレから戻ったら占領されている椅子机!大声で騒ぐ陽キャに集まって何やら女子トークを繰り広げる女子達!先生の発する二人組という恐怖の言葉!

 

 ああそうだ……青春という二文字は、私のコンプレックスを刺激するには十分すぎるものだったのだ。

 

 

 ああ、本当に勘弁してくれ。私は一人静かに暗闇の中ブルーライトと共に生きてゆきたいのだ。だがそうはいかないのがまたまた現実。この体は案の定学生らしく、学校に通わなければならない。それもあの高校にだ!

 

 ああ、これは何かの罰なのか?そうであると言ってくれ。もしこれが善意によるものだとしたら私は気が狂ってしまう。

 

 とはいえ、私はここで諦めるようなことはしなかった。

 

 せっかくの二度目の人生。それも今世の私がここまで頑張って生きてきたものを台無しにするほど人でなしではない。それに今世の私は超絶美少女。この見た目で前世のような道を歩むことはないという下心もあった。

 

 故に私は制服を身につけて、鞄片手に重い家の扉を開けたのだ。

 

 

 

 

 

 

 待っていたのは地獄だった。

 

 サンサンと降り注ぐ太陽光。そして教室内に響く話し声という騒音。静寂が存在するのは、私の座る教室の一角にしか存在しなかった。

 

 ああそうさ!当たり前のことだった!私がいるのは高校だ!小中学校ならまだしも高校なのだ!皆中学の頃からの友人がいて当たり前ではないか!そこに私が入り込む余地がないのもまた考えずとも分かること。

 ああああ!最悪だ。神頼みの代わりに今世の私頼みと自分の記憶を辿って私も中学からの友達がいないかを探ってみたが…検索結果ヒット数ゼロ!!くそっ!今世の私も出席日数は最低限。授業が終わったらすぐ家に帰りゲーム三昧といういかにも陰の者の生活を送っていたようだ!道理で肌が白いわけだ!色白美少女っていいよねと呑気に考えていた過去の俺を殴りたい!というかこの世界の顔面偏差値が高すぎるだろ!今世の俺の取り柄を返せ!!

 

 

 …こほん。申し訳ありません。また取り乱してしまいました。

 

 

 とにかく、こうして私の高校デビューは失敗してしまったのでした。話しかけようとした子達はみんな既にグループを形成しているようで、唯一私に話しかけてくれたピンク髪の子は陽キャオーラが凄すぎて逆にこちらが逃げ出してしまった。あの子には少し申し訳ないことをしたと思っている。…謝りに行くことはできそうにないが。

 

 

 ただ、これだけなら私はぼっち飯を食べながら()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 そうだ。問題はまだある。むしろこちらが本命と言っていいだろう。

 

 この世界の元ネタであろうブルーアーカイブというゲーム。謳うのは学園×青春×物語RPGだが……このゲームには銃が登場する。

 「は?」となったブルアカ無知勢の諸君。そう思うのは正しいと思う。だって私も思ったもん。銃。明らかにそれらの謳い文句とは程遠い存在じゃん、と。

 

 でも存在する。なんなら学生達が街中でこれをブッパするような世界だ。ふざけてんのか。

 だが、それを扱う学生達も撃たれた程度では死なないくらいには身体能力化け物なため喧嘩道具としてはちょうどいい…のか?いや良いわけないだろ。

 

 とまあそんなわけで?登校中は運良く出会わなかった銃を気軽にブッパするような不良生徒達。それに運悪く帰宅中に遭遇してしまった私は─────

 

 

 

 まあ普通にボコボコにされたよね。というかそんなものが存在するなんて忘れてたし想像もできなかったし、抵抗手段──銃を私がその時持っていたとしても無理だ。元日本人陰キャオタクにそんな物騒なものが扱えるわけないだろいい加減にしろ!

 

 こうして私は痛みを知った。そして学びを得たのだ。

 

 

 

 

 お外怖い



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お仕事

特に何も考えずに描いてるのでお手柔らかに


 

 さて、またあったな観測者諸君。

 

 前回は中途半端なところで記録を終了してしまったことを謝罪しよう。自己紹介もせずに終わるのは、よくなかったと思っている。……少しトラウマが蘇っただけだ。うん、大丈夫。

 ……ちょっと待ってくれ、今震えを治めるから。

 

 よし。まずは自己紹介だったな。

 私の名前は新戸(あらと)コモリ、と言うらしい。もちろん今世での名前だ。前世での名前は個人情報だからな。それに需要もないだろう。

 そしてぇ?皆さんが気になっているであろうバストサイズはぁ〜???

 

 …………すごく、小さいとだけ言っておこう。

 うん、あるにはあるんだ。存在は、するんだよ。

 

 うん!自己紹介はこの辺りでいいだろう。他に気になるであろう外見情報は前回出したし別に良いだろう?これ以上の自傷行為はしたくない。

 

 

 

 さてさて、そんなお外が怖い超絶美少女引き篭もりニートの私だが、もちろんこのままではいけないということくらいわかっている。今はなぜか前世では考えられない程のお金が入っている私の口座もいつかは底をつく。それにいざというときに助けを出せそうな両親もなぜか記憶に存在しない。

 これは困った。とても困った。容易く餓死する未来が見えた。

 痛いのが嫌だと引きこもった先が餓死だなんて嫌すぎる。

 

 

 故に私は一週間かけて外に出る決意をし、三日かけて重い鉄製の扉を開け世界に飛び立ったのである。

 

 そして命懸けの求職活動を行った結果。手に入れた仕事はなんと…驚くべきことに0だ。ここまでくると逆に凄いのではないだろうか。

 いや、一応私に仕事を紹介してくれた人はいた。可哀想な子を見るような目でな。

 

 でも、その仕事を私ができるかどうかは別なのだ。肉体労働?無理。傭兵?不可能。接客業?無理難題。驚くべきことに私はなーんにもできなかったようだ。そう、なにも。

 

 いやぁ……私の社会不適合さに驚いたよ。ははは。

 

 だが得たものもあった。緊張と疲労で瀕死状態に至っていた私は一つのガラクタ同然の代物を持って帰ってきた。そうガラクタだ。普通の人が見たらそう見えるのだろう。だが私の目は真実を映し出していた。

 

 そう、私のオタクアイがこれは『ロボット』であると言っている。

 

 ロボット、ロボットだぞ!?男のロマン!ビーム兵器でも搭載しているのだろうか!?これはもう求職なんざしてる暇はねぇ!

 

 

 そう意気込んで少しいじってみたもののうんともすんともしない。完全なガラクタだということと、ビーム兵器などというロマン兵器を搭載していないことがわかってしまった。またまた数週間の時間を消費して得たものはそんな夢のない事実と、神様から与えられたチートなのかは知らないが今世の私が前世以上に機械に関する知識を持ち合わせていたということだけだ。

 

 割に合わない。こうしている間にも貯金は減っていく。あとどうせならチートは痛覚無効やら片手で戦車を吹っ飛ばせる身体能力とかそういったものがよかった。

 

 

 

 だがその考えは数日後に180度回転することとなった。

 

 

『これ使えば私が外に出なくても金稼げるんじゃね?』

 

 

 あまりに天才的な発想。自分の頭の良さに驚きながら私は早速ロボットの修理と改造に取り掛かった。

 何をする気だったのか?それはもちろん自分の分身を作る、ロボットのラジコン化だ。この世界ではこのロボットのような姿をした銀行マンや可愛いいっぬの姿をしたラーメン屋さんがいるほどだ。このラジコンロボットが動いていても目立ちはしないだろう。

 

 それに一介のゲーマーでもあった私はFPSが得意で、陰の者特有の画面越しならば強く出れるという特性を持ち合わせていた。

 

 つまりこのロボットさえあれば私はこの過酷な世界でもまともに生きて行けると考えたわけだ。天才か?天才だったわ。

 

 

 

 こうして作り上げたロボットを使い、私は今を生き抜くために仕事をしているというわけだ。

 

 

 

『目標確認』

 

 

 

 手慣れた手つきで長い鉄の棒(スナイパーライフル)を構え、ヒビの入ったレンズ越しに茶色い毛の上にさらにファーコートを羽織った羽振りの良さそうな犬っころの頭部に狙いを定める。

 

 風は微風。障害物もなし。護衛は取るに足らない傭兵が6人に…事前情報によれば便利屋68という部活に所属する生徒たちが4人。問題ない。

 

 ん?何をしているのかって?言っただろう?仕事だよ。見ての通り工事員でもないし接客業でもない。もっと血生臭いものだ。傭兵や護衛という仕事が存在するように、私みたいな職につく人物がいても何ら不思議じゃないだろう?

 

 もちろん好きでやってるわけじゃない。あの頃は金に困っていたからな。この義体で街を駆け回ってやっとこさ見つけた仕事がこれ系のものだったんだ。それ以来、腕前を買われたのか何度も依頼を頼まれて、それ以外に金を稼ぐ方法もなかった私は断れず、ズブズブとこの業界に巻き込まれていき、以来ずっとこの仕事だ。金払がいいからとか、ゲーム感覚でやれて楽という理由もあるが…

 

 いやぁ、この世界の大人はみんな人間の姿をしていないから助かるよ。罪悪感を感じなくて済む。

 

 

『おっと、お喋りはこの辺りにしようか。目標が行ってしまう。』

 

 

 再度狙いを定め、トリガーに指をかける。

 悪いな可愛いわんこちゃん。あんたがどんな人間だったのかは知らないが、私の食費になってくれ。

 

 

『こっちだって生きるのに必死なんだからさ、恨まないでくれよ?』

 

 

 トリガーを引くと同時に、ズドンという爆音が鳴り、銃口から硝煙が立ち上る。

 

 やったか。

 

 そう思い、画面越しの景色にガッツポーズを決めかけたその時だった。

 

 

「……は…?」

 

 

 あり得ない光景を、観測者として隣に設置していたカメラが映し出しているのを目撃してしまった。

 

 

「…なに、が…おこ…った?」

 

 

 バレていなかったはずなのだ。

 奴らは私の気配すら感じ取れていないはずだった。だというのに、なんだこれは。

 

 

 なぜ…なぜあの生徒は銃弾を受け止めている!?

 

 

『馬、馬鹿な』

 

 

 カメラが映し出すのはピンク髪の学生が、頭を下げることで銃弾からその身を挺して雇い主を守っている光景だった。

 あり得ない。どんな反射神経だ。どんな視力だ。

 

 しかもなかなかの口径の銃弾が当たったというのに奴は頭を押さえ呻くのみ。ヘイローの破壊にすら至っていない。

 …生徒たちの頑丈さは身をもって知っていたはずだが計算外。ここはプランを組み直す必要が──────

 

 

『──────ッッッ!!??』

 

 

 視線があった。それと同時に義体越しだというのに感じ取ったはっきりとした殺気。くそっ!リーダーが化け物なら部下もまた化け物か!

 

 

『撤退するっ!』

『なっ!?おい“掃除屋”!奴はやれたのか!?』

『依頼は失敗だ。前金と違約金を貴様の口座に送っておく!この番号にはかけてくるな!』

『な────』

 

 

 依頼主からの返答を聞く前にぶっちぎる。あんな化け物集団のことだ。逆探知もありえる。

 依頼達成率100%という看板が崩れる?そんなことを考えていられるほど余裕はない。今すぐ撤退し、奴らのことを調べなければ。

 

 

 

「…便利屋68……お前、たちの顔は…ちゃんと、覚えた。」

 

 

 

 これが、私がこの仕事について初めて知った敗北の味であった。

 

 

 

 

 

 

 

「いいわ!その依頼!私たち便利屋68に任せなさい!」

 

 

 あの時、その場の流れでこの依頼を請け負ってしまったことを少女はひどく後悔していた。

 

 

「社長?大丈夫?」

「ダダダだ、大丈夫よ!平気平気!」

「その割には冷や汗すごいけど〜?」

「き、気のせいじゃないかしら!?」

「さ、さすがですアル様!」

 

 

 本音を言えば今すぐにでも帰りたかった。

 今回の依頼は簡単な要人警護。ヘルメット団や不良たち。敵組織の送りつけてきた刺客から依頼主を守るという単純かつ高収入な依頼…のはずだった。

 

『奴らが“掃除屋”を雇ったという情報がきたのじゃ。お主らはかなりのやり手と聞く!どうか、どうかこの依頼を受けてくれ!』

 

 依頼主が発した単語。掃除屋。その言葉を思い出すたびに恐怖が湧き上がってくる。

 自称アウトローの彼女でも知識にある伝説の存在。ブラックマーケットである条件を満たした時出会うことができると言われている伝説の傭兵。依頼達成率は100%。どんなものでも金さえ積めば“掃除”してくれるという噂だ。

 

 便利屋68のリーダーである彼女──陸八魔アルもまた、アウトローを目指す者として彼に憧れを抱いていた。

 

 それ故に事の重大さを理解していた。

 

 自分達が掃除される側になってしまったという事態の深刻さを。

 ああ、今すぐにでも帰りたい。

 

 

「こんな小娘がいても意味ないでしょうよ会長。」

「な、なんですって?!」

「は!お前らなんかいても意味ないって言ってんだよ。会長の護衛は俺らだけで十分だってな。」

「き、聞き捨てならないわね!そういうあなた達こそいざという時に私たちの足を引っ張るんじゃないわよ!」

「なっ!?てめっ!」

「さ、さすがアル様!」

 

 

 こうして挑発する彼女だが、内心はビビりまくりだ。例の掃除屋もそうだが、目の前の大人たちも裏社会に通じる猛者達なのだろう。顔からしてもう怖いのだから。

 

 

「テメェわかってんのか?俺たちに喧嘩売るってことの意味をよぉ。」

「あ、アル様。どうしますか?やっちゃいますか?」

「…やめときなよ。今は争ってる場合じゃないでしょ?」

 

 

 売り言葉に買い言葉。顔に当たる部分のモニターを激しく点滅させながら怒鳴り散らす大男と、それに応えるように散弾銃を構え出す平社員──ハルカとそれを諌める課長──カヨコを尻目に、社長である彼女はそれどころではなかった。

 

 

 くしゃみが出そうなのだ。

 

 

「おい無視してんじゃねぇぞ!」

 

 

 真のアウトローたるもの常にカッコ良くなければならない。故に、こんなところで『ぶえっくしょん』とくしゃみをするわけにはいかないのだ。なんとかしてこの衝動を治めなければ。たとえ抑えられなかったにしても、できる限り小さく、目立たないように。

 

 

「─────」

 

 

 あと少し。あと少しで抑え込むことが───

 

 

「おい聞いてんのか!!」

「ぴっ!?」

 

 

 あ、だめだ───

 

 

「ーーーーっぁ」

 

 

 しかし、くしゃみの波が決壊するその瞬間。

 

 鼓膜を破るほどの爆発音、いや発砲音が鳴り響く。と、同時に炸裂するくしゃみ。

 

 

「───くちゅん!

 

 

 音はなんとかなった。しかし動きはどうにもならない。大きく前のめりになった動きはもはやごまかすことができない。

 しかし、またもや予想外のことが起こった。

 

 

「──きゃ!?」

 

 

 右側頭部に何かがものすごい勢いでぶつかったような衝撃が生じる。頭が割れるかと思った。吐き気がするし目が回って上下がわからなくなっている。

 あまりの急展開に追いつかない頭と理不尽な痛みに涙が出てきた。

 

 

(あ、やばいもう無理───)

「っとと」

 

 

 これ以上立つこともできなくなり、倒れそうになったところを行動隊長──ムツキが支えた。

 

 

「な、なにが……」

「敵襲!狙撃だ!会長を守れ!」

「いや、大丈夫。逃げたみたいだよ。不意打ちを防がれたから警戒したのかな。」

「な!じゃ、じゃあ…」

 

「……へぁ?」

 

 

 なぜかみんな一斉にこちらを向いてきた。

 

 

「よくやった嬢ちゃん!」

「やるじゃねぇか!さっきは悪かったな!」

「え、え?」

「ありがとう!ありがとう!これも全て君達のおかげだ!報酬は弾む!本当にありがとう!」

「すご〜い!さすがアルちゃん!」

「す、すごいです!」

「うん、本当にすごいよ。本当。」

 

 

 なぜ褒められているのかはわからない。

 だが、たった一つわかることがある。

 

 

「……ふ、ふふふ!そうよ!私はすごいの!掃除屋なんて戦うまでもないのよ!」

 

 

 自分は凄い。ただそれだけが確かなことなのだ。




新戸コモリ⭐︎⭐︎
役職:SPECIAL
ポジション:BACK
クラス:T.S
武器種:HG
攻撃タイプ:貫通
防御タイプ:軽装甲
学園:トリニティ総合学園3年生(不登校)
部活:帰宅部
17歳
誕生日6月20日
身長146cm
趣味:ゲーム
トリニティ総合学園所属。不登校の少女。
傭兵「掃除屋」の中身であり、凄腕のゲーマーでもある。
トリニティ内の政治的争いには関与せず、どの派閥にも属していない。(入学式後不登校になったため)
便利屋68とは何やら因縁があるようだ。


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情報戦

いっぱいもらえた評価にほくほく。
便利屋イベント始まりましたね。私は溜め込んだ石を全て突っ込んで爆死しましたよ。ええ。星3一人も出ませんでしたよ。ええ。


 

 薄暗い部屋の中、唯一の光源であるパソコンからのブルーライトを浴びながら一人少女は画面を睨みつけていた。

 

 

「…便利屋68…むぅ…わからない。」

 

 

 しばらく画面に映る資料を覗いていた彼女は姿勢を直し、すぐそばに置いてあった飲みかけエナジードリンクを口につけ飲み干した。

 

 

「…情報によれば…依頼人を爆破したり…オークション会場を爆破したり……ついには自分たちの事務所さえも…爆破……依頼の成功率は、控えめに言っても…高くは、ない。」

 

 

 マウスホイールを回して画面をスクロール。

 

 

「…一見すれば、ただのペーパーカンパニー……ヘルメット団以下……自分たちの、武器の扱い方すらわからない…素人の集まり……家賃すら払えず、テント生活をしていたという情報も…ある。」

 

 

 そこに彼女は「でも」と付け加え眉間を揉む。

 

 

「別の情報では…凄腕の傭兵…どこかのヘルメット団を壊滅させ……噂に聞く、シャーレの先生と快談している姿も……そして、ゲヘナの風紀委員を打ち負かしたという、噂も…」

 

 

 彼女、コモリはそれらの情報を素早くパソコンに打ち込んでゆく。

 

 

「そして…前回の依頼での接敵から考えると…」

 

 

 カタンッとエンターキーを押した。

 

 

「つまり…前者の情報は…フェイク……つまり、奴らが流した、偽・情・報……そして後者が、本物……!」

 

 

 そしてその顔に笑みを浮かべた。

 

 

「予想以上の大物…!おそらく…受ける依頼が少ないのは…本物の、情報にたどり着いた者からだけ…受けているから……?!依頼失敗が多いのは…依頼主がグルで返り討ちにしたから……?!なる、ほど…!情報が、情報がほしい……たぶん、後者の情報にもフェイクは入っている…私なら…そう、する…」

 

 

 すぐ横で鳴り響く依頼受付用の端末を叩きつけて黙らせる。ますます早く、そして大きくなっていくキーボードを叩く音が、彼女の気分の高揚を表していた。

 

 

「情報……ゲヘナのネットワークをハッキング……いや、リスクが大きすぎ問題……風紀委員長は、怖い……敵に回すのは下策……」

 

 

『はぁ…めんどくさい』

 いつか聞いた熱を感じさせないその声を思い出して震える。

 

 

「…チートキャラ反対………ならシャーレ……?あそこなら全生徒分の情報があるはず……でも、不可能……あそこのセキュリティは、異常……同じ理由で、連邦生徒会も、却下……」

 

 

 あの時は逆探知されて居場所がバレかけてビビったことを思い出す。

 

 

「…………なら、自分で集めれば、解決?」

 

 

 少女は天才的な発想だと得意げに笑った。

 

 

 

 

 

 

「や。みんな元気?」

 

「先生!」

「あ!せんせー遊びに来たのー?」

 

 

 場面は打って変わって便利屋達の事務所に変わる。

 便利屋としての収入に似合わないほど豪華な、しかしよく見ると、ところどころにボロが出る彼女達便利屋68の事務所に一人の大人が訪ねてきた。

 

 具体的に言えばぼさついた髪に過労の影響であろう目の下の隈。そして細めの目にメガネという、なんというかこのキヴォトスにおいて非常に珍しい人間の男性という見かけに驚く以前に『なんかこいつ裏切りそうだな。』という印象を受けさせるような見た目である。あと一部の人たちに刺さりそうな見た目である。

 

 しかし、なんとこの方こそ噂に聞く“シャーレの先生”であり、彼女たち便利屋68の経営顧問…とされる人物である。学園を問わず生徒たちからの信頼も厚く、彼と面識のある者に『このキヴォトスにおいて最も信用できる人物は誰?』と聞けば100人中100人が『先生』と答えるだろう。たぶん。知らんけど。

 

 つまり彼、先生は見た目の割に立派な大人というわけである。やつれているのは多忙なシャーレの仕事に追われていたせいだと思われる。

 

 

「そういえばモモトークですごい依頼が来たって言ってたけど、大丈夫?」

「あ!そうよ!そのことについて話さなきゃ!」

「だね〜!アルちゃんが珍しく活躍してたもんね。」

「珍しくって何よ!?」

「あ、アル様はいつも凄いです!」

「はぁ…でもアレは本当にすごかったと思うよ。」

「へー?」

 

 

 彼女たち、主にアルが熱心に自分たちの活躍を語った。とは言ってもくしゃみの部分を自分の“勘”で依頼主を守ったということにしたが。というかその部分を変えたら活躍の大部分が変わってしまうのだが、先生もその部分が誇張されたり事実と違ったりすることは後ろに控える二人の反応から察していたようだが。

 

 

「掃除屋…ね。」

「そうよ!先生も聞いたことあるでしょう?あの伝説の傭兵の名を!そして!私たちはそれを見事撃退したのよ!」

「狙撃を一発防いだだけだけどね〜」

「しかもたまたま。」

「…そ、それでも撃退したのは事実よ!」

 

 

 その話を聞いて先生は少し考えるようなそぶりを見せる。

 

 

「掃除屋…彼のことは私も知ってるよ。というか、シャーレで追っている要注意人物の1人だ。生徒たちの中からも被害が出てるからね。アルも次彼に出会ってもそんな無茶はしちゃダメだよ。私はアルに危険な目にあって欲しくないからね。」

「う……わ、わかったわ…」

「それはそれとして、よく頑張ったね。」

 

 

 はわわわ!と目をきらめかせる彼女を横に先生は考える。掃除屋と言えば金さえ積めばどんな違法な依頼も受けてくれ、その達成率は驚異の100%。姿形も不透明。風紀委員長とも一戦を交えたこともあり、彼女でさえも捕えることはできなかったという。

 そんな人物が、『依頼達成率100%』という看板を壊されて黙って見逃すだろうか?

 

 …看板とは商売道具だ。彼らの扱う武器と同じように、それも客を集めるための大事な物だったはず。

 

 十中八九、彼女たち便利屋68は目をつけられたと考えていいだろう。掃除屋という危険人物に。そして、彼を撃破したという事実に注目する裏社会の大物たちに。

 

 先生はしばらく彼女たちの周りに注意してみよう。そう考えた矢先だった。

 

 

 ピンポーン

 

 

 事務所のインターホンがなった。

 

 

「あら?お客様かしら?」

 

 

 その音を聞いてまた依頼が来たのかとアルが真っ先にかけて行く。

 

 

「…嫌な予感がする。」

「待ってアル。外の様子を確認してから───

 

 

 それに危機感を感じた先生が止めに入った。いきなり襲撃など、そんな派手なことを噂の人物がするとは思えないが万が一のこともある。彼女たちは今狙われる立場にあるのだから。

 しかしそんな先生の思いも、間に合わず──

 

 

「へぁ?」

 

 

 すでに彼女がドアノブに手をかけ、思いっきり開けたところだった。

 

 そして、それと同時に銃撃が彼女を襲う───なんてことはなく、何かに扉がゴツンッとぶつかる音が鳴った。

 

 

「あぅ…!?」

 

 

 そして続くバタンという何かが倒れる音。

 

 急いで駆け寄ってきた先生たちが目にしたのは少し変形したドアと廊下に倒れ目を回す、サイズの合わないシャツとフード付きの上着を身につけた小さな黒髪の少女だった。

 

 

 

「……とりあえず部屋の中に運んであげようか。」

 

 

 



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依頼してみる

  
   ₍₍⁽⁽承₎₎⁾⁾

見て!予想外の高評価に作者の承認欲求は踊ってるよ!
卑しいね

     d (>Д<) b <コウヒョウカクレー

評価が下がったので承認欲求モンスターが生まれてしまいました。
作者を浮かれさせてから叩き落としたあなたたちのせいです。
あーあ、読者さんのせいだよー!

なので評価ください(乞食)


 

 

 便利屋68の情報が欲しい。しかし手に入れる方法はない。

 そんな中私が編み出した必勝法は、私自らが彼女らに依頼を出すというものだった。そう、私自身が依頼人となり、直接情報を奪う。なんと天才的な発想か。

 

 しかしこれには問題があった。

 どうやって彼女らに依頼を出すのか。それが問題だった。

 

 電話ですればいいのではないか。その考えはあまりにも軽率だ。以前の依頼を思い出して欲しい。私の狙撃が防がれた時、彼女の部下は即座に私の位置に気づき、睨みつけてきたのだ。その間わずか3秒。

 そもそも狙撃音に気づいて銃弾が通る道筋を予測し、そこに自分の体を割り込ませることで狙撃を防ぐということ自体が不可能なことだ。

 

 この二つの事象から導き出される真実。それすなわち事前に私の位置が、情報がバレていたということ。通話越しの依頼人さえも知るはずのない狙撃位置をだ。

 

 つまり情報収集能力は奴らの方が圧倒的に上。そして、狙撃が分かった上で私が打つまで手を打ってこなかったことから、後手に回っても対応できるという対応力の高さを肯定する自信。

 

 すでに逆探知などを行われてこちらの情報を抜かれていると考えて良い。故に私の使用する回線も奴らに把握されている可能性がある。

 外見なんかバレバレだろう。

 

 

 だが、そんな中唯一特定されていないであろう情報があるのだ。

 

 

 それこそ“掃除屋”という傭兵の中身。 

 この私の存在だ。

 

 ロボットや犬猫が大人として存在するこの世界。おそらく彼女たち、いや掃除屋という存在を知る全ての者たちはあのラジコンが本物だと思っていることだろう。

 

 だが事実は違う。あれはただのロボットで、本体は私。

 

 この汚い汚部屋と呼ぶべき部屋内部を映し出すカメラのようなものも存在せず、同じ傭兵仲間でも掃除屋が私のような子供だということを知っているものはいない。

 

 如何なる者でも、私=掃除屋、という事実にたどり着くことはできないのだ。

 

 

 故にこの私自ら便利屋の事務所に赴き、依頼をすることが最適解なのである。

 

 

 

 

 

 …あるのだが…

 

 

 

「無理…暑い怖い人多い…不可能…行き着く先は死…」

 

 

 外は地獄だった。

 

 私にとって外に出るということは命をかけるも同然の行為なのだ。しかも私が住み込む事務所は治安の悪いブラックマーケットの中。さらに言えばこれから赴かなければならない便利屋68の事務所はゲヘナ学園に存在する。私が(一応)所属しているトリニティ総合学園とほぼ敵対関係にあると言っても過言ではないゲヘナに、だ。

 

 ゲーム、ブルーアーカイブにおいてキヴォトスでは一学園が一国家に相当する存在として描かれていた…はずだ。そしてそれはもちろん私が転生したこの世界でも同じようで、つまり今から私が行うことは戦争中とはいかないまでも冷戦状態の国間をこの身一つで行き来しなければいけないというわけで…

 

 

「バレませんようにバレませんようにバレませんように…」

 

 

 胃痛薬を持ってこればいいと思ったほどだ。

 

 外に出ない故にロクな私服などなく、面白半分で買った『無職』という字がデカデカと書かれたサイズの合わないTシャツを着て、その上からこれまたサイズ違いのフード付きの上着を着て、背中に生えているTheトリニティな羽を隠す。

 

 

 視線が怖い。ただでさえ怖い視線が痛い。

 吐き気もするし今日私は死ぬのかもしれない。

 

 

「や、やっと…ついた…」

 

 

 やっと着いた便利屋68の事務所。本来そこは未知の敵が潜む魔窟であるはずなのに、精神状態が限界に達していた私にとっては、そこが楽園のように感じられた。

 

 そして私は目を輝かせながらインターホンを鳴らす。あれほど浮かれながら他人の家のインターホンを鳴らしたのは初めてだろう。

 

 でもそれは同時に判断力の低下と油断を招いていた。

 

 ああ、あと一歩、私が下がっていればあの悲劇を回避できていただろうに。

 

 

「は〜い!」

 

 

 そんな声と共に開かれた扉は

 

 

「あぅ!?」

 

 

 私の額を強く殴打した。

 遠くなる意識。次第に強く感じる痛み。最期に頭によぎったのは『やっぱりお外怖い』という感想だった。

 

 

 

 

 

 

「…大丈夫?」

「…………─────っ!?!?!?」

 

 

 目が覚めたら目の前にイケメンがいた件。

 

 いや、ふざけるのは(ふざけてはいないが)あとだ。過去回想は夢の中でやったのだから次は現状の確認をしなければ。

 

 …どうやら自分は今ソファーの上に寝かされているようだ。場所は…おそらく便利屋68の事務所内だろう。あの日スコープ越しに見た4人が目の前の男性と同じようにこちらを見てきているのがわかる。

 

 事務所内は…別におかしなところはない。ドアに鍵はかかっているだろうが、窓に格子が付いていたりはしない。いざとなったら逃げることができるだろう。武器は…彼女達が持っているものと壁にかけてあるでかいのが2丁。が、残念ながら私はか弱い女の子なのでハンドガン以上に重いものは持てない。

 

 

 ……いや、状況もなかなかに悪いが目の前のイケメンから逃避するのはやめよう。

 

 

 何者だ?こいつ。なんか裏切りそうな見た目しやがって。かっこいいじゃねーか。癖に刺さります。

 というかおかしい。外の世界は知らないが、少なくともこのキヴォトスにおいて大人はロボットか犬猫か異形しか存在しないはずだ。少なくとも私は人間の大人、それも男性を見たことがない。

 

 ────たった一つの例外を除いて。

 

 だがそれはないはずだ。何せそれは()()()が証明しているのだから。

 だが、一応聞いておいた方がいいだろう。

 

 

「あ、あの…貴方達は、便利屋68です、よね……?」

「ええそうよ!」

「で、では…この方は……?」

「私たちの経営顧問…シャーレの先生よ!」

 

 

 先生じゃねーか。

 

 いやありえない!だって!だって先生のサポートAIであるアロナが書いたと言われるあの絵では先生の髪は後退して死にかけだって!

 

 

「どうも、先生です。」

 

 

 先生じゃねーか。

 ちゃんとシャーレの証明書出してるしばっちし先生じゃねーか。髪はどうした髪は。トレードマークはどうした。

 

 

 ……現実逃避はこの辺りにしておこう。

 便利屋68とシャーレの先生に関わりがあるのは事前に知っていた知識だ。それに、事務所で先生に遭遇する可能性だって可能性としては考えていたではないか。慌てるな。プランに支障はない。

 

 

「それで?貴方私たちに依頼しに来たのよね?そうよね?そうと言ってちょうだい!」

「え、あ、は、はい…そうです。貴方達に依頼を、し、しにきた、新戸コモリ、と申します……お、お手柔らかに……」

 

 

 なぜか腕をグッと握ったように見えたが…何かのハンドサインか?

 

 

「あ、あの…いいですか?」

「ん?ああ!もちろんよ!言ってみなさい!わたしたちがどーんと解決してあげるわ!もちろん!それ相応の報酬は用意してもらうけどね!」

「は、はい。大丈夫、です。お金はちゃんと用意してきました…」

 

 

 そう言って小さなカードを取り出す。この依頼用に作ってきたものだ。

 

 

「さ、900万ほど用意してきました……た、足りるでしょうか?」

 

 

 ガタンッと音がした。

 なんか凄い顔してるし…足りなかったか?あれか?私たちに依頼するのにそれだけかって怒ってるのか?

 

 

「や、やっぱり、足りませんか?が、頑張ればもう少し…」

「い、いいわ!十分よ!900万で貴方の依頼を受けてあげる!」

「ほ、本当ですか!?あ、ありがとうございます……っ!」

「それで貴方…いや依頼主?お客様?ご主人様?は何がお望みなのかしら?」

 

 

 さあ早速聞いてきたぞ。なんか呼び方がおかしい気がするが。

 

 

「そ…それは……」

 

 

 計画通りだ。依頼内容も決めてある。彼女達が私、新戸コモリの情報を掴んでいて、その上で違和感なく、それでいて彼女達の実力を測ることのできる依頼。

 

 

「い、いじめっ子達から、守って、欲しいんです……!」

 

 

 言ったー!!!!!言えた!よくやった私!

 

 

「……貴方、いじめを受けてるの?」

「……」

「…そ、そう…です、けど…」

 

 

 あ、あれ?なんか雰囲気暗くなった?なんかミスったか?

 

 

「新戸コモリさん、だったよね?」

「あ、はい。先生」

「トリニティ総合学園3年生の…」

「え!?あ!?な、なんで知って…」

「先生は生徒達のことは全部知ってるからね。」

「え、え…?」

 

 

 凄いなこの人。私は1年の頃同じクラスになって自己紹介もしてもらったクラスメイトの名前ひとつも覚えてないぞ?顔もあのピンクちゃん以外朧げだ。

 

 

「君が不登校になったのは入学式の後……そのとき上級生達の揉め事に巻き込まれたから…だったよね。」

「は、はい。そうです……見てました?」

「いや、とある生徒から聞いたんだ。あと『助けてあげられなくてごめん』って。」

「……そう、ですか…」

「……踏み込むようで悪いけどさ、この依頼もソレ関係だったりする?」

「……」

「…そっか。」

 

 

 バレては…いないみたいかな?しかしこの先生は何を探っているんだ?

 

 

「今回の依頼、もしよかったら私にも手伝わせてもらえないかな?」

「え!?」

「せ、先生も…です、か?」

「うん、これでも私は先生だから。助けてを求めている生徒を無視するなんてできないよ。」

「……!」

「先生……」

 

 

 ……なるほど。確かにこれは善人だ。疑っていた私が馬鹿みたいに思えてくるし、騙していることにこの私が少し罪悪感を感じてしまうよ。

 

 

「…わかりました。お願い、します。」

「うん。先生に任せて。」

 

 

 計画外の事象だが、これは仕方がない。

 ちなみに今から依頼目標として出すのは私が入学式後に絡まれた先輩方とは関係のないヘルメット団の皆さんだ。もちろんそちらにも便利屋68の威力偵察の旨を依頼(脅し)で伝えてある。

 

 あ、今の話に出てきた先輩方は私(掃除屋)で既に解決済みだったりする。ボコっただけだけど。

 やられたらやり返す。これ基本事項ね。

 

 

「じゃあ今から私たちでそのイジメ集団を潰せばいいのかしら?」

「い、いえ。そこまではしていただかなくても大丈夫です…」

「…そうなの?」

「先生としていじめは見逃せないけど…」

「は、はい。別に家に引きこもってれば虐められませんし、ソレを理由に引きこもれますし、テストとかは先生も知っての通り通信で満点取ってますので大丈夫ですし…学校とか、行きたくないですし…」

「……それでいいのか…」

「案外図太いわね…」

 

 

 まあ流石に完全に潰されて尋問でもされたら“掃除屋”とのつながりが露見しかねませんからね。まあ虐めを理由に引きこもってるのは事実ですが……怒られそうですね。これ。いつか学校には顔出しましょうか。そう、いつか。

 

 

「じゃあ私たちは何をすればいいの?」

「あ、それは護衛を、お願いしたい…です。」

「護衛?」

「そ、そうです。次の、土曜日…朝9時から、2時まで、お願いします…」

「その時間に何かあるの?」

「か、買い物です…」

「買い物?何を買うの?」

 

 

 ぐ、ぐいぐいくるなこの人…

 しかし買い物…やばい、内容考えてなかった…どうしよう。何か、何かなかったか…

 

 その時、新戸に電流走る。

 

 

そ、そうだ!モ!モモフレンズの、ウェーブキャットの、ま、枕が発売されるんです!」

 

 

 モモフレンズの、ウェーブキャットの抱き枕が発売されるのはその日だったのだ。なんという奇跡。たまたま私がモモフレのファンで、たまたまウェーブキャットのぬいぐるみを予約するためにウェブサイトを凝視していた甲斐があったというものだ。ちなみに既に十二個予約してあるため別に現地まで行く必要はないのだが、あれはいくつあっても困らないだろうからな。

 

 

「モモフレンズ?ああ、あの…」

「し、知ってるんですか!?か、可愛いですよね!人気のペロロ様もいいですけど…!や、やっぱ、ウェーブキャットちゃんの、あの、のびーっとした…うにゅーっとした…!」

「わ、わかったよ。うん。私も買おうかな?」

「ほ、ほんとですか!?せ、先生の推しとかって………あ、す、すすすす、すみません!め、迷惑、でしたよね?」

「だ、大丈夫だよ。」

 

 

 私は知っているのだ。好きなものを熱く語るオタクはうるさいと。知っていたというのに…なんたる失態。

 

 ……いや別に?私はそこまでのモモフレファンではないんです。ただあの猫やろうの魅力にちょーっとだけ魅了されちゃったというか、うん。そうだ。これも演技なんです。こうやって推し…ん゛ん゛っ!好きなものアピールをしておけば怪しまれることはないでしょう?そもそもの話、裏社会に生き、伝説の傭兵と名高い私がそんなふわふわとしたもの好きになるわけないじゃないですか。イメージダウンにも程がありますよほんと。私ほどそのイメージとかけ離れている人はいないというのに。まったく。困ったものですよほんとに…

 

 

 

 

 ……忘れてください。

 

 

 

 

「…よし!なんか色々あったけどその依頼!私たち便利屋68に任せなさい!」

 

 

 

 ともあれ、こうして私は便利屋68に依頼を出すことに成功したのだった。




コモリちゃんは一回の依頼で軽く数百万稼いでるので金だけはある。家はあんなんだけど…
弱点は日光。直接浴びると灰になる。
人混みも弱点。猛烈なデバフが付与される。
HPと防御力は一般モブ生徒の20分の1くらい。
盛ったかも。50分の1かも。


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お買い物


え、あ、わ、わぁ……(評価くれって言ったら予想以上の爆撃を喰らってビビってる作者の図)
なんとか完結までは持ってくので!逃げないので!あんま期待しないでぇ!!


 

「……大丈夫?」

「だ、だだだ、大丈夫、です……」

 

 

 人混みも多く、日光が容赦なく私の体を消し炭にしようと降り注ぐなか、私は便利屋68と予想外の先生を引き連れて商店街を歩いていた。誰かと一緒に外出するなんて久しぶり……というのはまあ置いておいて、こうしている間にも計画は進行中だ。

 注意していればわかるはずだが、進むにつれ、人ごみが減っていっている。本来この場所で、この時間ではショッピングを楽しむ多くの生徒が行き来しているはずだというのに。

 

 

「本当に大丈夫?すごい震えてるけど」

「ももも、問題ありません…気にしないでください…」

 

 

 だからと言って、私には十分驚異的な人数ではあるのだが!

 

 無論、私の体調のために人避けをしているわけではない。例のヘルメット団たちが私を襲うための場所を整えているのだ。私の方から人気のない場所に行くのは違和感が生まれてしまうからな。しかし、だからと言って人が大勢いるところで事を起こすのは下策も下策。

 私としても無関係の一般市民を巻き込むのは本意ではないし、こんな状態で暴れたら騒ぎを聞きつけたヴァルキューレあたりがすぐに飛んでくる。

 それでは純粋な便利屋68の実力を図ることができない。

 

 故にこのような小細工を仕組む必要があるのだが。

 

 

「…先生、この辺っていつもこんなに人少ないのかしら。」

「いや、前来た時はいっぱいいたよ。」

「……誘い込まれてるね。」

「本当に道あってるの〜?」

「ハルカ」

「全て消しちゃっていいんですよね!」

 

 

 まあ案の定バレるよね。

 気づいたらあたりに一般人は誰一人通らず、店も全部シャッターが降りている。代わりに私たちの前に立ち塞がるのは人の群れではなく、銃火器を構えたヘルメットの不審者たち。

 

 

「おいおいおい!コモリぃぃ!!!呑気にお買い物なんざいい身分じゃねぇか!!ああ!?」

「ひ、ひぃ!?」

 

 

 いやいい演技だな。ならばこちらも合わせねば無作法というもの…

 いやよく見たらめっちゃ冷や汗かいてる。当然か。彼女たちにとっては命懸けだからね。去り際に『失敗したらきついお仕置きが待っていると思え?』と言ったのが聞いているのだろう。別にただの威力偵察だから負けても何もしないけど。

 

 

「コモリさんは後ろに隠れてて。」

「ああん?なんだぁ?護衛でも雇ったのかぁ?無駄なことをよぉ…前も言ったろ?テメェが大人しく金さえ払ってくれりゃ私たちが守ってやるってヨォ?」

「う…うぅ…」

 

「…しっかりしなさい!」

 

「ぴぃ!?」

 

 

 ひぃ!?

 

 

「今貴方が誰に守られてるのか忘れたの!?あんな三下にビビってないでビシッと言っちゃいなさい!」

「さ、三下ぁ!?!?」

 

 

 な、なんか背中をバシッと叩かれた上に怒鳴られたんですけど!?

 ま、まあ、やれっていうなら…

 

 

「…………こ、この────

 

 

 

   クソダサヘルメットウーマン!!

 

 

 

「……は?」

 

 

 ─────っ!なんかめっちゃ心臓バクバクするんですけど!?なんかめっちゃ緊張したんですけど!?…直接人に悪口言うのってこんなに緊張するのか………でも、なんかスッキリした気がするな。なんかこう、胸が空くっていうか、なんか長年私の心の内で燻っていた感情が爆発したような───とにかくスッキリした。

 

 …ああ、そういえば、ああいう奴らを画面越しにボコったことはあったけど…直接、この体を晒して罵倒したことはなかったな。

 

 

「よく言ったわ!なかなかやるじゃない貴方!」

「てめぇ!このヘルメットのどこがダサいんだ言ってみろ!」

「う、うわぁあ!来ます!!」

「よ〜し!全部吹っ飛ばしちゃお〜!」

「うん、さっきのはかっこよかったよ。」

 

「よく頑張ったね。あとは先生たちに任せて。」

 

「は、はい…!」

 

 

 さぁて。始まった。お手並み拝見と行こうじゃないか。

 

 

 …震えてるのは別に恐ろしいからではない。武者震いというやつだ。涙目になっている?こ、これはあれだ。この目で直接戦闘を見るのは久しぶりだったからな。感動しているんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「お、覚えてろ!!」

 

 

 結果から見れば圧勝であった。思わず手放しで拍手したくなるほど見事な指揮と、それに合わせることのできる便利屋68の実力の高さ。流石としか言えない。おそらく私にここまで綺麗な勝利を収めることができるのかと聞かれたら、無理、と答えるだろう。

 

 制圧すること自体はできる。しかし最低限の弾薬で、最低限の被弾で、完全な、それもこれほどの短時間での制圧は不可能なのだ。それほどまでに便利屋68は実に優秀な組織だったのだ。経営担当がなんでこんなにもやばい指揮ができるんだよ!いや、先生だからか……いや先生がなんで部隊の指揮できるんだよ!!!

 

 腰が抜けたのは内緒だ。

 

 

「よし!ざっとこんなものよ!」

「大丈夫?たてる?」

「ははは、はい…」

 

 

 手を差し伸べてくれた便利屋の一人、()()()私を睨みつけてきたカヨコさんに対して膝が笑っているのも秘密だ。

 

 

「あ、あ、ありがとう…ございます…」

「よし!じゃあこのまま買い物にGO〜!」

 

 

 

 

 

 その後は普通に買い物をして依頼は無事終わった。私の受難もまた、無事に終わったのだった。もう二度と外になんて出たくない。

 

 報酬?もちろん払ったさ。900に、追加で100に、アル社長が気に入った様子だったペロロ様ぬいぐるみ。合わせて一千万は出しておいた。(私にとって)珍しい経験をさせてもらったお礼だね。ん?渡す時?もちろん平然としていたよ。私の依頼でも千行くことは珍しいんだけど、さすがは便利屋68。彼女たちにとっては当たり前の金額なんだろう。

 

 

「はぁ…すごかった、な……」

 

 

 これで私は確信した。奴らは私にとって邪魔になる。脅威たり得る存在だ。

 おそらく彼女たちが掃除屋を退けたという噂は裏社会中に広まっていることだろう。つまり、私への対抗策としてこれからの依頼で接敵する可能性が高いというわけだ。

 

 …避けられない、か。

 

 やりあえば間違いなく大きな損害を被ることになる。今の掃除屋、厳密に言えばCleaner-MarkIが破壊される可能性もある。

 

 ……それに、これは個人的な感情ではあるのだが…………いや、やめよう。私は掃除屋。金さえ払えばなんでもこなす傭兵だ。そこに私情を持ち込むことは許されない。

 

 

「『また一緒に買い物に行きましょう!』…か」

 

 

 …なんというか、複雑な気分だ。

 

 

『考え込んでどうしました?』

 

 

 ん、ああ。そうだった。人と話しているときに別のことを考えるのは失礼にあたるな。

 

 

「【いや、すまない。少しな。】」

 

 

 ちなみに掃除屋の声は変声機を通した私の声だ。なかなか渋くいい感じに仕上がったと思っている。

 

 

『便利屋68のことですか?』

「【…まあ、そうだな。】」

『私も驚いてますよ。まさか貴方が負けるなんて。』

「【負けてない。あれは戦略的撤退だ。】」

『…貴方って稀に子供っぽいところがありますよね。』

「ぐ…」

 

 

 い、いや。私は事実を言っただけだ。それをどう捉えるかは相手次第なのはわかっているが…誰がなんて言おうと、あれは戦略的撤退なのだ。負けじゃない。

 

 

『まあいいでしょう。貴方が欲しているものはこれであっていますか?』

「【ああ。そうだ。】」

『ヘイローの破壊を可能とする爆弾…一体何に使うのかを聞いても?』

「【………】」

『いや、やめておきましょうか。私たちはあくまで商売相手でしかないのですからね。』

「【賢明な判断とだけ言っておこう。】」

『では話していたものは持ってきましたか?』

「【ああ。ここに。】」

『…なるほど。これが…』

「【偶然の産物の一つだ。私にも作り方はわからん。貴様が望む効果が現れなかったとしても責任は取れんぞ。】」

『ええ、わかっています。しかし…神秘の再現…そんなものが偶然…いや、偶然だからこそできたのか…?』

「【…これは貰っていくぞ。】」

『ええ。()()いつか会いましょう。』

「……」

 

 

 …私は二度と会いたくないがな。

 

 さて、と。()()()と呼べる代物が手に入ったわけだが…使う機会がないことを祈るとしようか。




コモリちゃんも転生者特有のアレがあります。特典ですね。そのおかげで色んなものが意図せずとも作ることができます。作り方はわかりません。代わりに身体能力ゴミカスですが。


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計略

止まらない爆撃に加速する胃痛。
というかちゃんとプロットを立てて書いた私の過去作をあっさり追い抜かないで…
がんばりゅ

うちの子

【挿絵表示】



 

 さて、さてさてさて。

 私は前回切り札と呼べるもの──正確にはその材料を手に入れたわけだが……もちろん、あんなものは使わないに越したことはない。切り札は他に切る札がなくなったときにこそ切るべきだ。

 

 つまり、これから私がやるべきことは、彼女らをいかに無力化、または私の脅威から除外するのかを考えなければならない。

 

 

 同盟?ああ、確かに協力関係や不可侵の約束を取り付けるのも、まあ手の一つだろうな。だがそううまくいかないのがこの業界だ。

 

 貴方がたもしっているだろうが、裏社会では評判が命に関わる。ヤーさんのドラマとかでよく聞くだろ?舐められたらしまいだーって。あれは評判がそのまま商売に直結するからだな。もちろん、表社会でも同じなんだろうけど、こっちだと評判が落ち目になったからって同業者から狙われ出すなんてあったりするんだ。そうなったらめんどくさいし、最悪廃業だ。

 

 ん?それがどうして彼女達と協力関係を持てない理由になるのかって?そりゃあれだ。私、掃除屋が便利屋68に下ったって印象を他の奴らに持たれかねないからだ。だってそうだろ?一方的にやられて同盟を持ちかけるなんて負けを認めているようなものだ。しかも相手はわざわざ情報操作までして客層を絞るような奴らだ。

 全体的な評判は、情報収集は怠っていなかったはずの私が注目できなかったほどであったし、なんなら以前までは名前すら知らない者が大多数を占めていたような会社だ。

 そんな所と、自分で言うのもなんだが、名の知れた掃除屋が手を組んだとなればどうなると思う?予想できる答えは3つ。便利屋68が高く評価されるか、掃除屋がその程度だと思われるか…もしくはその両方か。

 

 もちろん、便利屋68の評判が上がるだけならいい…と言うわけでもない。先ほども言ったように彼女達は情報操作を行なってまで客層を絞っているのだ。彼女達にとっては注目を集めている今の現状も好ましいものではないだろう。そして、これ以上注目されるとなれば、彼女達にとって同盟を組むメリットはほぼないと言える。戦力も同等かそれ以上。情報などはおそらくあちらが上手。デメリットの方が勝るだろう。

 

 故に、私が彼女達と手を組むことは不可能だ。

 

 

 つまり平和的な解決策は存在しないと言うわけだ。

 

 

「…めんどくさい」

 

 

 ああ、実にめんどくさい。

 

 

「やらないと…なのかな…」

 

 

 正直に言えば、やりやくない。

 我彼との戦力差は、奥の手を使用して同等程度…先生が指揮に加われば此方が不利…勝てたとしても被害は甚大となり機体の修理が完了するまでは休業…自分の身を守る手段も極端に減ってしまう。だから私としても……

 

 

「……はぁ…」

 

 

 素直になろう。私は彼女らを殺したくない。傷つけることも、できれば避けたい。

 ああくそ。だから外には行きたくなかったんだ。だから人と話すなんてことしたくなかったんだ。誰だよ直接依頼出しに行くなんて考えたやつ。私だよ。

 くそが。ああもう。なんで話しちゃったかなぁ?こちとら元現代日本人だぞ。倫理観はそのまんまなんだぞ。ただでさえ人型なんだ。情が湧いちゃうだろちくしょう。

 

 

 …どうする?諦めちゃうか?ぜーんぶ投げ出して逃げ出すか?

 

 無理だな。裏社会の奴らが弱った獲物をみすみす逃すわけがない。それも、“掃除屋”なんて極上の獲物をな。私は恨みを買いすぎた。

 機体を置いて逃げれば…運が良ければ逃げられるかもしれないが、その後が詰んでいる。私がこの身一つで生き延びられるわけがない。他の防衛手段も、この部屋の荷物を丸々持ち出さなければ使えない。

 

 詰みだ詰み。考えてみればみるほど不味い状況だ。生き延びるには、便利屋68を打ち倒すほかないのだ。

 

 

「…はぁ…ほんと、なんでこんなことに……」

 

 

 せっかくの転生だぞ?しかも青春を自称するゲーム世界への転生だ。もっと青春させろや。私まだ一度もしてないぞ。てか機会があっても私じゃあできないわ。ははは。はーーーーーー……

 

 

「アルさん……」

 

 

 手元に置いてあった新品のスマホを手にとる。そこに入っているアプリはモモトークだけ。それとカメラに写真が数枚。登録されている連絡先も5つのみ。それも私に似合わないような連絡先だ。

 

 アル、カヨコ、ムツキ、ハルカ。そして先生。

 

 思い返せばあれも青春の一つとして考えてもいいのかなぁ。…楽しかったのは否定しないけど。

 

 

『今日は楽しかったわね!貴方がくれたペロロ様ぬいぐるみ?も気に入ったわ!これがキモ可愛いってやつかしら?また何か困ったことがあったら私たち便利屋68に相談するのよ!いいわね!』

 

 

「……ふふ」

 

 

 なーに笑ってんだ私。

 …まあ、正しい選択は今ここでこのスマホを捨てることなんだろうな。

 

 できるか?…無理だな。

 はい閉廷。この話は終わり。

 

 

 

 あれだ。彼女達には私の思い出の中で生きていただくことにしてもらおう。そうしよう。この携帯はその思い出のひとつだ。

 

 

 だって私死にたくないし。あー。考えてみたら馬鹿らしい。たった一回依頼をしただけの関係だ。確かに情は湧いたけど、自分の命を天秤にかけるほどじゃあない。もしそんな選択ができんならそれが馬鹿か呆れるほどの善人か、全部解決するだけの力がある超人だ。

 

 あー馬鹿らしい馬鹿らしい。本当、馬鹿らしい…

 

 

「…ん!」

 

 

 パシンッ

 頬を叩く。

 湿っぽいのは終わりだ!似合わないしめんどくさい。私は仕事人だからな。感情なんて関係ない。後悔するのは後ででいい。今は、生き残るため、自分の身を守ることに専念すべきなのだ。

 

 

『親父、いつものを。』

「あいよ」

 

 

 故に、今は物資の補給が最優先なのだ。

 銃火器、弾丸、仕込みのための資源、オーパーツ。

 

 そして──────

 

 

「柴関ラーメン一人前お待ち!」

『…おお。流石の出来だ店主。』

 

 

 そう、柴関ラーメンだ。

 

 おい鼻で笑ったな?これだから素人は。この柴関ラーメンはな、たった580円だというのに栄養満点満足度千万点。私のモチベーションを保つ必需品だ。私が掃除屋と呼ばれる以前からお世話になっていた名店……あの頃の死にかけだった私を救ったこのお店は掃除屋の生みの親と言ってもいいだろう…そういう意味ではここも伝説のラーメン屋だな。うん、そうに違いない。今は私含め2人しか客がいないがいつもの時間だったらもっと混んでいるしな。

 

 

『では、いただきます。』

 

 

 そういって私(掃除屋)は手を合わせ───自身の腹を開いてラーメンの器ごと突っ込んだ。

 

 

『店主、いつもの通り器代を含めた1600円だ。』

「おう。…毎度のこと思うが結局次来る時器は返してくれるんだから金はいらねぇんだが…」

『誠意というやつだ。受け取っておけ。』

「ま、そういうなら受け取るが」

『……それと、あの時の恩返しだ。』

「なんか言ったか?」

『いや。では、失礼する。』

 

 

 そう言って私は店の引き戸を開け、外に出る。なぜか最後に店主が微笑ましく笑っていた気がするが気にしない。

 

 そして私はそのまま歩き、歩き、何もない袋小路に辿りついた。

 

 

『さて、ラーメン屋からわざわざ。私に何の用かな?先生。』

「流石にバレてたか。」

 

 

 振り返るとそこには青いマフラーをつけた生徒と、いつぞやの先生がたっていた。ラーメン屋からつけられていたというわけだ。

 

 

『店主に迷惑はかけられないからな。少し移動させてもらったが…それで?何の用だ先生。私は今忙しいんだ。手短に頼むぞ。』

「わかった。えーっと、“掃除屋”さん、でいいのかな?」

『……』

「沈黙は肯定と捉えるよ。」

 

 

 まあ、バレてるよな。あのとき便利屋のカヨコさんにしっかり睨みつけられていたからな。あの暗闇でバレるわけがないと思っていたがよほど目がいいらしい。

 

 

「じゃあ早速だけど、便利屋68のみんなに手を出すの、やめてもらうことってできるかな?」

『無理だな』

「わお、即答。」

『こちらだって傭兵としての職がかかっている。失われた信頼は取り戻さねばなるまい。』

「どうしても?」

 

 

 かちゃり、と音が鳴った。

 

 

『…私に銃を向けるか。』

「……」

『そうか、そうか。…それがどういう意味を持つのか、理解していないわけではあるまいな?』

「…!」

「…シロコ、下げて。」

「…ん」

『賢明な判断だ。』

「…じゃあ、別のお願いをしようか。」

『言ってみろ。手短にな。』

 

 

 すると彼は懐から携帯を出して、一枚の写真を見せてきた。

 

 

「この生徒に見覚えは?」

『…知らんな。』

「嘘はつかないでほしい。新戸コモリ。トリニティ総合学園の3年生だ。」

『……ああ、そういう名前だったか。』

「っ!…本題に入るけど、今すぐこの子から手を引け。」

『……』

 

 

 ……………………?

 

 ん??

 んんん?

 

 

『何を言っている?なんのことだ。』

「しらを切るな。貴方があるヘルメット団を脅して『新戸コモリを虐め、そして襲え。邪魔するものがいればそれも排除しろ。』と命令していたという目撃情報が入った。」

『……』

「何が目的かは知らないけど、今すぐあの子から手を引け。」

 

 

 あー、なるほど。そこから。ちっ、あの時の人払いは完璧だった。つまりあいつらの誰かがチクったってわけか。口止めしておけばよかったな。コモリと掃除屋の関係を疑われるのは、めんどくさい。

 …いや、だが、使えるのか?コレ…

 

 

『断る、と言ったら?』

「やめさせる。どんな手を使ってでも。」

『たとえ奴が非道な犯罪に手を染めていてもか?』

「ああ、あの子は私の生徒だ。どんな子だとしても、私が先生である限り、必ず助け出す。」

『……そうか。』

 

 

『だが、断る。』

 

 

 その言葉と同時に生徒──シロコが私に銃を構え直す。

 

 

『私から見て右の2個目のビル、2階に一人。1階に一人。左斜め向こうの室外機の後ろに盾持ちが一人。そして目の前に一人。なるほど。アビドス生か。よっぽど慕われているように見える。』

 

「──っ!」

 

『先生、貴様の生徒が引き金を引く前に言っておくが、私は人の命を奪うことに躊躇しないタイプの人間だぞ?』

 

「………」

 

『貴様が失うことを嫌うのなら、ここで引くべきだと助言しよう。』

 

「………わかった。ここは引こう。」

「先生!?」

「…でも、掃除屋。忘れるな。私は必ず自分の生徒を助け出す。便利屋のみんなも守り通す。」

 

 

 そう言って、彼は砂の積もった街の中に消えていった。

 

 

 

 

 

『…かっこいいな。』

 

 

 

 

 

 あ!そうだ。柴関ラーメンが冷める前に帰らないと!

 



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小手調べ

一区切りつくまで突っ走る予定。
それとこの小説は全て深夜テンションで書き上げられていることをお前に伝える。つまりいつも通り期待しないd(ry
それはそれとして心に余裕ができて評価、感想にニヨニヨする毎日です。本当にありがとうございます。


〜とあるモモトークの履歴〜

 

■先生

「久しぶり。」

「大丈夫?最近元気?」

 

□コモリ

「大丈夫です。」

「いつも通りの絶不調w」

 

■先生

「何かあったら言ってね。」

「些細なことでもいいから。」

 

□コモリ

「じゃあ」

「アイスいちご味を買ってきてください。」

「200円くらいの高いやつで。」

 

■先生

「わかった。」

 

□コモリ

「冗談ですw」

「…冗談ですからね?」

「おーい」

「先生?」

「せーんーせーいー?」

 

■先生

「ごめん、もう買っちゃった。」

「いる?」

 

□コモリ

「先生w」

「なんかすみませんw」

「それは食べちゃっていいですよ。」

「だいたい先生さ」

「私の家どこかわからないでしょw」

 

■先生

「そうだね。」

「じゃあ他に何かしてほしいことある?」

 

□コモリ

「大丈夫ですよ。」

「伊達に2年間引き篭もってないんでw」

「引き篭もりマスターランクですww」

 

■先生

「…本当に?」

「どんなことでもいい。」

「先生は、君の味方だよ。」

 

□コモリ

「なんですかw」

「前も言ったけどw」

「好きで引きこもってるんでw」

「……」

「…先生」

「…先生。私は大丈夫です。」

「先生が何を考えてるのかもわかります。」

「でも大丈夫。」

「だから」

「もう私に」

「関わらない方がいいって、助言するよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 さて、もぐもぐ、前回は、ずるずる、先生に脅し、ちゅるんっ、をかけることで何とか退けることができたが、ずるずるずる…

 

 ぷはぁ

 

 すまないね。少し英気を養っていたところだ。話を戻すと、前回私は先生を脅すことで退けることに成功したが、次はそう上手くはいかないだろう。

 おそらく、次私の前に現れる時は私のことを、一人の被害も出さず完全制圧できるだけの戦力を連れてくるはずだ。

 そうだ、あれは偶然の遭遇戦じゃあない。あれは明らかに先生が此方の動きを把握し、意図的に接触しに来ていた。その証拠が平日で学生なら勉学に励んでいるはずの時間に現れたアドビス生徒達だ。

 

 つまり、此方の情報は着々と暴かれていっているというわけだ。あの時だって何気に服の中に通信機を仕掛けられていたからな。ビビったわあれは。家に近づく前に気づいてよかった。

 

 

「ずずず……ラーメン後の、エナドリは……ううん…びみょー…」

 

 

 おそらく相手に相当情報戦に精通した人員がいるんだろうな。おおよそミレニアムの誰かだろう。もしかしたら全員かもしれないな。何せ先生だ。彼を敵に回すということは生徒ほぼ全てを敵に回すも同然の行為と言えるだろうからな。まったく、やってくれるよ。これ勝てんのか?無理ゲーでは?

 

 

 と、いうわけで早めにこちらから手を下す必要があるんですね。

 

 

 先手必勝。厄介な敵はさっさと潰す。これに限る。

 情報戦ではまだこちらの方が有利だと、おもう。私だって情報操作は頑張ってきたんだ。この数日で奴らが手に入れることができるのはせいぜい私の姿形と今まで使用してきた武器の種類程度だろう。私の使う戦術などはまだ把握していないはず。

 対する私はこの目で直接彼女たちの戦い方を、先生の指揮を目にした。それにこちらにはクソの役にも立ちそうにない原作知識がある。ほんの少しな。情報的有利はこちら側にあるんだ。

 

 

 故に私はすでに何度か奴等を始末できないか仕掛けてみた。(事後報告)

 

 

 

 その1。

 遠距離からの狙撃。それも、以前の失敗を活かしてより高威力かつ超高価な狙撃銃を用意して狙い撃った。

 

 

『なんでバナナの皮がァッ!?』

 

 

 もともと期待していなかった方法ではあるが、見事に避けられた。

 いや、なんだよバナナの皮って!んな古典的な…そんな演技をするなら素直に避けた方が説得力がある。

 煽ってんのか?あ?

 

 

 

 その2。

 それぞれが個別で行動せざるをえないような依頼を掃除屋とは別のラジコンで出し、各個撃破を目指す。正直私はこれが一番可能性が高いと考えていた、が。

 

 

『…これ、やめた方がいいかもね。』

『そうだね。』

【な、なぜです?】

『貴方、掃除屋の関係者でしょ?』

【!?!?】

 

 

 なーんでバレるんだよ。アレは完全に掃除屋とは別の回線で操作してたのにさぁ。しかもこの作戦のためについ最近作ったばっかなのにさぁ!

 なんでやねん!先生とカヨコさんは勘良すぎんだよふざけんな!!!あとムツキさんは後ろでニヤニヤ笑うな怖いんだよ!ハルカァ!何やってんだハルカァ!テメェは気軽に人に銃向けんじゃねぇ!そしてぶっ放すな!私の社畜一号くん(仮称)がぶっ壊れたじゃねぇか!そしてアル社長ぉぉぉぉぉぉぉ……は特に何もしてなかったな。

 だがそれがかえって恐ろしい。何もしないことこそ部下への信頼と、そして自ら手を下すまでもないという、我彼の実力差を表しているのだから。

 

 

 

 そしてその3。

 

 

【くははははは!!俺は“散し屋”!掃除屋を潰したテメェらを倒せば俺が裏社会1の傭兵だ!!やっちまえテメェら!】

『自分でやるんじゃないんだ…』

『まあ給料分は働くけどさ…』

 

 

 もちろん、使用する機体は“掃除屋”ではなく、その二号機の作成途中で放置してあったものを再利用した新機体。その名も“散し屋“。掃除屋ほどの機動力もなく応用の効く性能ではないが、その分パワーに全振りしたものだ。

 掃除屋とは違い、一から作り上げたために操作側の機械も大げさなものになってしまったが性能も操作性も保証できる。何せそのパンチ一撃でビルは倒壊し、地面はひっくり返る。私なんかが食らったらミンチ確定だ。

 

 

『うわーやられたー』

『お金…もっとくれればもうちょっと頑張れたかも…』

【ぶ、ぶぁかな!!??俺の軍勢がこうも容易く!?】

『俺の軍勢って…金で雇っただけでしょ…』

【こうなれば俺が直接潰すしかねぇよなぁ!!】

『みんな気をつけて。敵の親玉がくるよ。』

 

 

 まさに掃除屋の跡を継ぐことができる機体────そのはずだった。

 

 

【あり…えねぇ…】

 

 

 結果は惨敗。機体は駆けつけたヴァルキューレに捕われ、ロスト。

 まじでさぁ……これでも私が把握している中で指折りの傭兵20人とフル武装を積んだ機体に私のエナドリ漬け本気操作だったんだよ?何で勝てないん?おかしいね!チートだ!チートやそんなん!うわあああああああん!!!!

 確かに途中からヴァルキューレの援護もあったとはいえさぁ、何でそれで勝てるんだよほんと。絶対なんかズルしてるだろ。あんな盤面を全て理解しているような動きおかしいって絶対。このチート先生が!マジでもう関わってくんな!割とマジで!これは生徒間の問題なんだよ!

 

 

「私のお金と…時間…返せ…っ!」

 

 

 せっかくゲームに課金する予定のものも削ったのに!

 

 …はぁ。

 

 

「……多分、時間も、もう、ない…」

 

 

 おそらくあと3日もすれば情報的有利も失われることだろう。もしくはもう失われている可能性すらある。

 

 

「…となれば、もう、後には引けない…」

 

 

 次の一手で決めるしかないというわけだ。

 

 

「……準備は、幸い整ってる…もしかしたら、この作戦で君は、壊れるかも…しれない………そうしたら、私はまた一人ぼっちだ…」

 

 

 艶消し塗装の施された金属質の体を撫でる。思えば、この世界で初めて私に希望をくれたのは君だったな。銃で撃たれ、殴られ、蹴られ、身体中あざだらけだった私を抱きとめてくれたのも君だった。

 ん?アレは私が勝手に足を引っ掛けて転んだだけだって?ははは、うるさいなぁ。もう。

 

 …うん。どうせ君が負けたり壊れたりしたら私も近いうちに死ぬんだ。跡を追うなんて表現はしない。君はどこまで行っても道具だし、私も必死に生きようと足掻くからね。

 でも、道具に情を抱くことはそんなに変なことかな。私は損得や、自分の生存の問題抜きにしても、君に無事帰ってきてほしいと思っている。

 

  君が元々何者かなんて知らない。もしかしたらただの一般市民だったのかもしれないし、どこかの組織の戦闘用オートマタだったのかもしれない。今みたいな傭兵だった可能性もあるね。

 でも、気にしない。君は私で、私は君だ。

 

 

「…頼んだよ…相棒……」

『……』

 

 

 鉄屑は何も答えない。空気の読めないやつだ。

 

 

 

 

 

 

 

 その日、便利屋68に一通の手紙が届いた。




掃除屋って元々、落ちてたロボットの残骸がもとなんですよね。つまり機械人間の存在するキヴォトスではそれが死体の可能性が高いわけで…
まあ話の本筋には関係しないけど。


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お手紙

正月便利屋が当たりません。そう、全員です。
ちょっと風邪気味でクオリティが(言い訳
誤字報告してくださっている方、毎度本当にありがとうございます。
…できる限り出さないよう気をつけます…


 

 その日、便利屋68の事務所のポストに一通の手紙が届いた。

 

 

『拝啓 便利屋68の皆様。

 小難しい挨拶は抜きにしましょう。

 この度私がわざわざこのような手紙を出させていただいたのは他でもありません。この面倒な事態に、そろそろケリをつけようと考えたからです。

 21日(今日)の15時ちょうどに、付属の地図へ記した座標にお越しください。

 

 万が一の場合を考えまして、あなた方の“お友達”を人質とさせていただきます。

 

 掃除屋より』

 

 

 妙に達筆に描かれた手紙。

 瞬間、それはくしゃりと握りつぶされた。

 

 

「やってくれたじゃない。掃除屋。」

 

 

 珍しく彼女たちの事務所は静寂に包まれ、そして熱を感じさせる声が響く。先生が顔を向けるとそこには、声とは対照的に恐ろしく冷めた顔をしたアルが立っていた。

 

 

「アウトローの至高、私の目指すべき背中だと思っていたけど、どうやら見込み違いだったようね。あんなか弱い子を人質に取るなんて…本当に見損なったわ。」

「アル、落ち着いて。」

「落ち着いてるわ先生。私は冷静よ。」

 

 

 そう言いながらも、なお彼女は紙を握る手には力を入れ続ける。完全にブチギレていた。

 

 

「いいわ。掃除屋。私たち便利屋68が貴方を倒して、コモリを助けだす。貴方みたいな卑怯な手を使う小物なんて怖くない!今行くわ!首を洗って待ってなさい!準備するのよ貴方たち!」

「は、はいアル様!」

「この辺全部持ってっていいよね?」

「いいわ。ぶちかましてあげなさい!」

「……」

「……」

「…どうしたのカヨコ?それに先生も。早く行かないといけないのよ?」

「…アル、そのことなんだけど……いや、わかった。まずは打倒掃除屋だね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 掃除屋の示した場所。それはゲヘナ学園領にギリギリ入るか入らないくらいの場所で、キヴォトスにおいて1、2を争うマンモス校であるゲヘナ学園にも少ないが確かに存在するスラム街と呼ばれる場所だった。

 人気もなく、あっても薄暗い背景を持つ者しかいない。風紀委員や警察などの邪魔者も滅多に来ないような、まさに決戦に相応しい場所だった。

 

 だが唯一の欠点を挙げるとするならば遠いという点だ。

 

 

「わざとこんな遠い場所にしたんじゃないでしょうね…」

 

 

 彼女たちは今フル武装の状態で、電車に揺られていた。

 便利屋68の事務所と、その指定された場所は遠い。とにかく遠いのだ。指定された時間に間に合うためには必ずこの電車などを使わないと間に合わないほどに。

 

 

「全部終わったら慰謝料と交通費も支払ってもらうわよ!覚悟しておきなさい!」

 

 

 彼女はそう叫んだ。

 しかし他のメンバーは緊張からかいつも以上に口数が少ない。こんな時でもいつもの自分を保つことができるのは彼女の才能の一つと言えるだろう。単に怒りに飲まれ事の重大さに気づいていないだけかもしれないが。

 

 

「…社長、落ち着いて。」

「落ち着いてるわ!」

「じゃあ何か気づいたことはない?」

「ないわ!」

「……はぁ」

 

 

 彼女の隣に座っていたカヨコはため息をつき、そしてあたりを指さした。

 

 

「あの乗客たち、社長があんなにも騒いだのに特に反応しなかったよね。」

「?単に気づかなかっただけじゃないの?」

「……じゃあさ、この電車が向かう先にあるのはスラム街だらけの場所だよね。」

「そうね。」

「なら少し人が多すぎないかと思わない?」

「そう…ね?確かに言われてみれば…」

「…それに、少し──────

 

 

 

    ───静かすぎない?

 

 

「!?」

 

 

 ガタン。

 彼女が言葉を発した瞬間に車体が大きく揺れ動いた。そして、気のせいか窓の外を流れる景色も早くなった気がする。

 

 

「先生!」

「うん。」

 

 

 状況の異常さにいち早く気づいたカヨコが先生に叫び、彼はすぐにタブレット──シッテムの箱を取り出した。

 続いて他のメンバーたちも混乱しながらも戦闘態勢に入ってゆく。

 

 しかし、おかしなことに他の乗客たちは何事もなかったように座っている。そう、彼女たちが銃を構え、警戒し出したにも関わらず、彼らは気づいていないように、静かに椅子に座っている。座り続けている。

 

 

「…まずいね。」

「もしかして罠に嵌められた〜?」

「そうみたい。」

「え!?どどど、どうしますか!?全部吹き飛ばしますか!?」

「お、おおおお落ち着きなさい!まずは冷静になって状況の把握に努めるのよ!あの卑怯者の罠なんて怖くないわ!」

 

 

 周囲を警戒しながら、緊迫した雰囲気が数十秒流れた。いや、もしくは数秒だったのかもしれない。だが、変化は唐突に訪れる。

 

 “ザザ、ザー”と砂嵐が壁に設置された放送器具から流れ出す。

 そして、

 

 

『この電車は、●●線内回り■■方面行きです。』

 

 

 普通の車内放送だった。

 

 

「…ふぅ、なによ。ただの車内放送じゃない。」

「……いや、待って。」

 

 

『次は、▲、が#%、つ、Tu、ヅ、ツ───』

 

 

「ひぃ!?ホ、ホラー!?」

 

 

 突然車内放送に変化が訪れる。落ち着いた喋り口調の放送は、バグったように同じ音を繰り返し、そしてついには音が鳴り止んだ。

 そんな異常事態にも乗客たちは興味を示さない。それどころか、ぴくりとも動かない。まるで寝ているかのように。いや───まるで糸の繋がれていない人形かのように────

 

 

 

『ザザ、ザ、ザ──あ、あー、えー…ご乗車くださったお客様──便利屋68の皆様。』

「!!」

 

 

 声が変わった。

 それは聞く者全てに恐怖を与えるような平坦な声で、唯一先生のみが直接聞いたことのある声。

 

 

『ようこそ。私の丹精込めて用意した決戦の場所へ。私の名前は───

 

「掃除屋、だよね?」

『…名乗りを上げる前にバラすのはやめて欲しいのだが?先生。』

 

 

 ガタン、ゴトンと、先ほどより明らかに早いテンポでその音が流れる。

 

 

「貴方が掃除屋!」

『ああそうだとも。私が掃除屋。君たちが泥を塗った看板の持ち主だ。』

「…なんであの子を巻き込んだのかしら。」

『あの子…?ああ、いやなに。ちょうどいい囮がいたのでな。使わせてもらった。君たちに逃げられたら困るのでな。』

「そんなことしないでも逃げないわよ!」

『それは君たちの都合だろう?私はどんな小さな不確定要素でも潰しておきたいのだよ。』

「なら、すでに私たちを罠にかけた今ならもう人質の必要はないんじゃないのか?」

「先生!」

『…そうだな。だが、それじゃあつまらないだろ?せっかくだ。彼女は君たちが私を見事打ち倒した際の報酬としよう。まあそんなことは万が一にもないのだが。』

「……」

『さて、ではいい加減始めようか。』

 

 

 その時だった。

 

 

「ひっ!?う、動き出したわ!?」

「…うわ」

「何これ〜気持ち悪〜い。」

「全部殺せばいいですか!?」

「ダダダ、ダメよ!?生きているのよ!?」

「うわ、撃ってきた。」

 

 

 今まで微動だにしなかった乗客たちが、幽鬼のような動作をしながら立ち上がった。そしてどこからか取り出したのか、手に持ったアサルトライフルや拳銃で便利屋たちを狙い撃ってきた。

 

 

「…掃除屋。」

『ん?ああ。安心したまえ先生。これらは私が作り上げた命なき人形だ。安心して壊すといい。』

「なら安心ね!ぶちかましてあげなさい!」

「は、はい!」

『ははは!威勢がいいな!だが私の作りあげた可愛い子たちをそう簡単に打ち倒せると────

 

 

 ドガガガガ

 

 

 

 ────────な、なかなかやるな。』

「行くわよ!」

 

 

 次々とショットガンや爆弾で破壊されていく乗客人形。戸惑う声が放送器から流れる中、順調に彼女たちは順調に足を進めていく。

 

 ──が、

 

 

「っ!先生!」

「!?」

 

 

 足をかけられて転んだ先生の、先ほどまで頭があった場所を何かが高速で抜けていく。いや、光速で、と言うべきだろう。光の線を引くそれが通過した場所は高熱の何かが触れたように溶解し、穴が空いていた。

 

 

「…レーザー?」

『大正解だ。だが、まさか避けられるとは、な!』

「うわっ!?また撃ってきたわ!」

「敵味方関係なしに撃ってきてるね〜!」

「うわあああ!?」

『当たったら流石の君たちでも痛いだろうな。さあ、頑張って避けるといい。避けれるものならな。』

 

 

 三度目の狙撃。

 敵を巻き込みながらも確実に当たったらまずいだろう被害を周りに与えてゆく。このまま狙撃を許していれば当たらずとも乗車している車両は破壊され、無事では済まないことになるだろう。

 

 

「──っ!アロナ!」

【はい先生!私が射線を表示します!頑張って避けてください!】

 

 

 

 

「さあみんな。指揮を始めるよ。」

 

 

 反撃の時間だ。




オリキャラ以外の目線は書くのが難しいのです


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決戦

はい。続きは夜あげます。


 

【第三車両、侵入者を感知。防衛システムを起動します。】

 

「まずい……ね…」

 

 

 鳴り響く警告音と、排熱器の発するファンの音。そして私の指元でなるキーボードの音がこの室内を騒がしく変貌させていた。

 

 人質作戦で相手の余裕を削ぎ、こちら側に地形的有利を与えるために誘い込み、あえて伝えた偽の決戦地点とは違う、しかも逃げ場のない電車内での強襲。完璧な作戦だ。完璧な作戦なはずだった。

 

 

「射線が…見えてる…?」

 

 

 だが現状はどうだ?私の丹精込めて作り上げた子供達は彼女達に蹴散らされ、有効打を与えられると考えられていたレーザー砲での狙撃は、まるで見えているかのように避けられる。

 

 あんな見た目でも、あの機体一個一個に込められたAIと武装は私が量産出来うる最高級のもの。同条件であればゲヘナの風紀委員長相手でも善戦できるはずだった。物量でも、個々の戦力でも、地形さえも、圧倒的有利なはずだった。

 いくら彼女達が優秀だとしても、この戦力相手に打ち勝つことは不可能。そのはずだった。

 

 

「計算外が、過ぎる……チート、反対…」

 

 

 原因は、おそらくあの恐ろしいまでの連携力と、先生の異常な指揮能力。その二つが合わさることで、この不条理な現状を作り出している。

 

 

「……A3からF3まで…先生狙い、G3からは、撹乱……ああ、崩された…」

 

 

 その原因を潰そうとしても、それに対応するように陣形を変えあっという間にこちらの策を崩してくる。あと一手が足りない。そんな感覚に何度襲われたことか。

 車両に設置した防衛装置も破壊。配置したオートマタも破壊。車両間に設置した自爆機能も気づいたら反応しない。隙を狙った狙撃もかえって利用される始末。

 

 

「くそ…くそ、くそ……クソゲーだ…」

 

 

 思わず台パンしたくなったがすんでのところで堪える。今机の上には重要器材しかないんだ。それにそんなことしている暇があるのならさっさと手を動かせ。先生のうつ手を予想しろ。対応策を引き摺り出せ。奴らのペースに飲まれたら負けだと思え。

 

 私は彼女達に勝って、生き残るんだ────

 

 

 

 

【第三車両突破。最終防衛ラインに達しました。】

 

 

 

 

 機械音声は、しかし無情にも私に現実を突きつけた。

 

 

 

 

 

 

「やっと会えたわね。掃除屋!」

 

 

 襲いかかってくる乗客もどきや、飛んでくるレーザーを掻い潜りながらようやく彼女らが到着した最後の車両。その扉を蹴破った先にいたのは、項垂れた機械頭で黒コートを羽織った大男…掃除屋だった、と。

 

 

「さあ!観念しなさい!貴方の負けよ!」

『負け……か。』

 

 

 確かにな。それは正しいかもしれない。私、掃除屋の体はあくまで機械。カイザーPMCの所有するオートマタのように銃弾を防ぐことのできる強力な装甲を持つわけでもないし、生徒たちのように身を保護する神秘、ヘイローがあるわけでもない。

 それに相手は何体もの掃除屋製オートマタを葬ってきた便利屋68の4人。そしてその指揮官である先生。数でも質でも劣るわけだ。

 

 

『なるほど、な。』

「さあ!大人しく降参してコモリを解放しなさい!」

 

 

 アル社長はカメラ越しでもわかるほどの怒りを向けながらそう言い放つ。

 ああ、だがな。社長。貴方は忘れている。

 勝利の寸前こそ、一番の油断であり、そして───

 

 

『私が、いつ“打つ手なし”と言った?』

 

 

 貴方は私の切り札をまだ知らない。

 

 

「え!?」

「ほらアルちゃん構えて!くるよ!」

「ほら、やっぱりまだ隠してた…」

「え、え、え!?あのレーザー砲が切り札じゃないの!?」

 

 

 何を言っているのか、さっぱりだが…

 

 

「擬似、神秘、再現システム…… ベネディクトゥスの光輪、起動…」

 

 

 まだ負けていない。まだ終わっていない。

 さあ、私のお手製。第一の切り札を切らせてもらおうじゃないか。

 

 

「っ!気をつけて!」

「ま、眩しいです!」

「───あれは…ヘイロー?」

 

 

 便利屋68達を襲った光が止むと、そこには巨大な、しかし歪で所々かけた光輪を頭上に浮かべる掃除屋の姿があった───ナレーションするのならこんなものだろう。

 

 このキヴォトスにおいて生徒達は皆等しく『ヘイロー』と呼ばれる神秘によって保護されている。ヘイローの存在する限り、彼女達はどんな銃撃を食らっても、爆発に晒されようと生き残る。ある意味この銃社会を成り立たせている要因の一つとも言えるだろう。

 それ故、そんな神秘の加護を得た生徒達は強く、頑丈で、時には大人たちの保有する兵器にも勝る戦力を得る。黒服を着た彼が欲していたのもわかるほど破格な性能だ。

 そしてそれは生徒である便利屋68のメンバーももちろん保有している。

 

 対する私は機械の体。ようはただの物体だ。できる限り頑強な素材で補強してあるが、機動性を確保するために装甲は最低限。真正面から同じ性能の武器で撃ち合ったらカイザーPMCの下っ端にも打ち負けるほど。

 では、この戦力差をどう埋めるのか?

 

 

『その答えが、これだ。』

「神秘の、再現…」

『ああ、未だ不完全なものであるが、性能は保証されている。君たちにとって、十分な脅威となり得るだろう。』

「それは…どこで手に入れたんだ?」

『?自作に決まっているだろう?』

 

 

 変なことを聞く。そんなこと今は関係ないだろうに。

 

 

『さあ、始めようか…いや、これじゃあ少し窮屈だな。開放的に行こう。』

 

 

 そう言って、レーザー砲の威力を最大にし、思いっきり横薙ぎに振り払う。

 

 

「きゃ!?」

「っ!風が!」

 

 

 開放的になった車内。決戦の場にはふさわしい。

 

 

『さあ!これでいいだろう。思いっきりやり合おう!』

「アル!避けて!」

「わかってるわ!」

 

 

 手始めに一発。

 しかし当然か。先生の注意もあったが難なく避けられた。

 こちらの武器はシグザウエルMCXに酷似したアサルトライフル一丁────とクリス・ヴェクター型のサブマシンガンとグロック型の拳銃。銃一丁縛りなんてものはないからな。いつも通り使えるものは全て使う。手榴弾に音響閃光弾にナイフ。何でもありだ。

 

 

『隠れるか。ならば手榴弾をプレゼントしよう。』

「!ハルカお願い!」

「はい!」

「これでもくらえ〜!」

『爆弾──っ!いや、煙幕か!』

「アル!今のうちに!」

「だ、ダメよ効いてない!」

「大丈夫効いてる!今のうちに畳み掛けるよ!」

 

 

 …なるほど。面倒臭い。本当に面倒臭い。実際に戦ってみるとわかる。互いが互いの欠点をカバーしあっているのだろう。それに、一人を狙い撃ちにしようとすると別方向から思わぬ攻撃がとんでくる。

 この擬似ヘイローだって無限ではないんだ。いつかは限界が来る。

 ゲームで言うところのシールドだな。まあ私の場合シールドに対してライフなんて極端に低いわけだから、それまでに決着をつけなきゃまずいというわけだ。

 ──こんな風に、な。

 

 

『…邪魔くさい。』

「ハルカ!」

「あ───」

『まずは、一人!』

 

 

 銃の底で殴りつける。たとえヘイローに守られ効かないにしても、衝撃は脳震盪につながる。コンビネーションを崩すには一瞬の隙さえあればいいわけだからな。煙幕で油断したのか近づいてきたやつがいて助かった。このカメラは人の体温も感知できるんだ。つまり、そんな搦手は私には効かないというわけだ。

 

 

『次はそこの爆弾少女───ではなく君と行こう。』

「!なんで!?」

「来る!」

『罠はもっとわかりにくいように設置するといい。』

 

 

 そう言いながら隠れてコソコソ此方を撃ってきていたカヨコを狙い撃つ。とっさの頃に判断が追いつかなかったのだろう。隙だらけだ───が。

 

 

『ぐっ!』

「や、やらせません!」

 

 

 そんな上手くいくはずがないか。

 

 

『…丈夫だな。』

「ハルカ!大丈夫!?」

「多分、まだ、大丈夫です…!」

『ふん…そうは見えないな。少し、休んだらどうだ!』

「そうはさせないわよ!」

『っ!』

 

 

 背後に衝撃。

 

 

「あんたを倒して!あの子を助けて!みんなでラーメン食べにいくのよ!」

 

『く、くくく。やってみるといい便利屋!できるものならなぁ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………はー…ぁ…」

 

 

 私はため息をつきながら天井を見上げた。

 もうヘッドセットから銃撃が聞こえない。ただ風の音だけが聞こえてくる。

 

 

『……』

 

 

 戦闘は終わった。

 

 

「はぁ、はぁ…」

「先生……」

 

「………私たちの…勝ちだ。」

 

 

 私の負けという結末で。

 

 

『……なるほどな。』

 

 

 左腕欠損、右側面カメラ故障、脚部モーター破損。バッテリーもほぼ空。そして、擬似ヘイロー、全損。

 私の切り札は破られたわけだ。

 

 掃除屋はもう立つことすらできない。これ以上ないまでに敗北という2文字を味わわされた瞬間だ。かえってスッキリするほどにな。

 まったく。どうしてくれるのやら。これで掃除屋は終わりだ。廃業だ。駒も全て出し切った。逆転の一手などというものは残していない。そんなものは言い換えれば油断。私は初めから全て出し切るタイプだ。

 

 もうこれで私は裏社会で生きていくことはできない。掃除屋の完全敗北の噂は直に広まるはずだからな。それに、これだけ派手に動いたんだ。中身である私に気づく者が出てくるのも時間の問題だ。

 

 

 そして私も2度目の死というものを経験することになるのだろう。

 

 

 …死にたくないなぁ

 

 

「…掃除屋、私達が勝ったんだ。約束通り、私の生徒を解放してもらおうか。」

 

 

 もういっそこのまま彼のいう通りにして先生に保護されようか?…いや、ダメだな。もし助けられたとしても、掃除屋の中身だってことがすぐにバレて、それ相応の罰を与えられることになる。痛いのは嫌だ。それに、私がこの家から出ることはほぼ不可能だ。こんなか弱い女の子がブラックマーケットを一人で歩いて無事で済むわけがないだろう?前回の依頼の時だって、ブラックマーケットを出るまでは護衛にAI搭載型のロボを連れていたからいけたんだ。その時だって不良数名に絡まれたのに、一人でいたら確実にリンチにされてしまう。

 

 詰みだ詰み。

 

 

 もう私にはこのまま朽ち果てるしか他に手は──…な…い……

 

 

「…掃除屋?」

 

 

 …いや、ダメだ。ダメだろう?それは。倫理的にも、それはいけない。

 

 わかってる。わかってはいるんだ。それはいけないことだって。それが、『私の生き残る唯一の勝ち筋だって。』

 

 

「……え?」

 

 

 残ったバッテリーを使用して、腹部の格納スペースから一丁の拳銃を取り出した。それは何の変哲もないただの拳銃。

 しかし、込められた弾丸は違う。

 

 

「仮称…『神秘、破壊弾』…対象の神秘を捻じ曲げ、そして破壊する…」

 

 

 黒服の彼との取引によって得た材料より作り出した殺傷性の、この世界において真の意味で弾丸たりえる物体が、そこには込められている。

 撃たれた生徒は神秘が破壊され、その弾丸を防ぐことができず、文字通り死に至る。

 

 こんなもの使ったらいけないってわかっている。だからこそ、生み出しておきながら記憶の隅に追いやり忘れていたのではないか。

 

 なら私はなぜこれを生み出した?それは死にたくなかったからだ。負けたくなかったからだ。だがあくまでこれは保険。自分を落ち着かせるための保険だったはずだ。

 

 使う予定などなかったはずだ。

 

 

「………」

 

 

 だが人間、こういう時、自分が追い詰められた時に垂らされた甘い蜜というものにはとことん弱いものだ。精神力の強い人ならその誘惑を振り払うことができただろう。だが、私にはできなかった。「もしかしたら生き残れるかもしれない」という希望から逃れることはできなかった。

 

 かちゃり

 銃口はまっすぐ目の前の生徒、アルの脳天へと向けて口を開いている。

 

 

 まるで、何者かがここまで銃身に手を添え、『さあ、あとは引き金を引くだけだぞ。』とでも言っているような。

 

 

「アル!」

「せ、先生!?だめっ!」

 

 

 何かを感じ取ったのか先生がアルと私の間に飛び込んでくる。だが、無駄だ。この拳銃は破壊弾を使用するために威力を高められており、貫通力も高い。ただの成人男性程度、撃つ場所さえ間違えなければ容易く貫通できる。

 そもそもの話、一人でも殺せればいいのだ。一人でも殺せればこの陣形は崩れる。動揺は周りに伝わり、平常心を保てなくなる。その隙にマガジンに残った四発の弾丸で他を撃ち抜けばいい。それで勝ちだ。完璧な勝ち筋だ。

 

 完璧な、はずなのだ。

 

 

 あとはこの引き金を、このスイッチを押すだけだ。

 

 

 さあ、さあさあさあさあ!

 

 

 

「撃つなら私を撃て!」

 

『───────』

 

 

 

 ─────バッテリーの残量が切れたことを知らせる警告音が、鳴り響いた。

 

 

「はは…ははは……」

 

 

 モニターから視線を外し、コントローラーを静かに机に置いた。

 終わった。全てが終わった。終わってしまった。

 でも、それで良かったのかもしれないと思う自分がいる。馬鹿か。死んだらそれで終わりじゃねぇか。自分が生き残るのが最終戦じゃなかったのか。馬鹿がよ。

 

 

「どうしよう…どうしようもない、か……」

 

 

 これが本当の詰みというわけだ。

 

 

「…掃除屋」

『……』

「……」

『……認めよう。私の負けだ。約束通り手を引こう。』

「あ!あの子は!」

『…嗚呼、そうだったな。解放しよう。』

 

 

 機体につけていたスピーカーは幸い本機とのバッテリー共有をしていないため少しばかり話ができる。

 

 

「…なぜ撃たなかったんだい?」

『……さあ、なんでだろうな』

 

 

 本当に、なんでだろうな。

 

 

『さあ、いくといい。車体の停止ボタンは私の後ろだ。』

「そ、そうだわ!早く電車を降りてあの子を迎えに行きましょう!ハルカ!止めに行きなさい!」

「は、はい!」

 

 

 そう言ってショットガン少女ことハルカが私の横を通り抜けて停止ボタンを押しに行った。これで、電車は停止され、この物語は終わりだ。

 

 だが、何度も言うようだが現実はそう上手くいかないもので───

 

 

「…あ、アル様」

「なに?ボタンはもう押してきたの?」

「い、いえ…あの、ボタンが…」

「ボタンが?」

 

 

「壊れています…」

 

 

 

 

「……へ?」

 

 

 

 ……あーー…うん。さっきの戦闘で壊れたんだろうな。

 

 

『…では、私はもういくとしよう。』

「え!?ちょ!掃除屋!?」

 

 

 

 背中から脱出用のワイヤーを射出して退散させてもらう。あとは機体をドローンで回収すればいい。彼女たちは────自分たちでなんとかするだろう。



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終わり

やっぱ今上げる。
2話連続投稿


 

 

「……はい…しゅー…りょー…」

 

 

 これで終わり。

 何もかも終わりです。

 後悔は、ある。ないわけがない。まだこの世界で自分の意識が覚醒してから2年とちょっとしか経ってないんだぞ。勘弁してほしいよほんと。

 でもまあその原因のほとんどが自分のせいだったりするんだけど。

 

 ブラックマーケットなんていう魔境に身を潜めることにしたのも、まあ先輩から逃げてきたからってのもあるけど自分の意思だし、こんな仕事をやってるのも自分の意思。なんなら初めから便利屋68に手を出さず、あの時手を引いていればこんなことにはならなかったかもしれないし。

 

 

「はぁ…」

 

 

 エナドリを一気に飲み込んだ。

 

 

 ガタン、扉の外でそんな音がして、電子音が響いてドローンとそれにつかまれたガラクタ寸前の掃除屋が運ばれてきた。さすが私のドローン。仕事が早い。

 

 

「…君も、頑張ったよ。」

 

 

 そう言いながら黒焦げた装甲板を撫でる。

 頑張った。頑張ったんだ。全て出し切ったんだ。ならこれでいい。これで満足といこうじゃないか。

 

 

「……最後に、柴関ラーメン食べたかったな……」

 

 

 ぽつり、と。呟いてみる。

 

 

 その時だった。

 

 

 

 再びドアの外で物音がしたのは。

 

 

「…だれ?」

 

 

 まさか先生?いやありえない。あの場所からここまで何分かかると思っているんだ。そもそも彼らは私の家を知っているはずがない。

 

 なら、誰だ?

 

 

「邪魔するぜ。」

 

 

 破壊音と共に扉が吹き飛び、外の光が部屋に差し込んできた。

 

 そして、光の向こうにいたのは、黒い学生服をきて、顔をマスクで隠した─────

 

 

 

「………せん、ぱい…?」

「ああ?は!たまげたなぁ?あの掃除屋の中身がテメェみたいなチビだったなんてなぁ!コモリぃ!」

「ひっ!?」

 

 

 なんで、なんでなんでなんで!?

 なんでこの人がここにいる。なんでこいつらがここにいる。

 

 あの風景が蘇る。入学式の帰り、トリニティ生という理由で、金を持ってそうという理由で路地裏に連れて行かれ、ヘイローの破壊寸前まで殴られ、蹴られ、銃で撃たれ、痛みつけられた記憶が。

 

 

「は…はっ……な、なんで……」

「なんで?そりゃ、私たちはずっとお前を追っていたんだよ。」

「え…え?」

「あの時テメェ、掃除屋にボコられてなぁ。いつかやり返してやろうとずっと探してたんだが、こーんな偶然があるなんてなぁ!」

 

 

 最悪、最悪だ。こんなことがあってたまるか。こんな最悪な最期があってたまるか。こんな、こんな───

 

 

 

「さぁて、可愛がってやるかぁ!」

「ひっ!」

 

 

 

 彼女の手に持ったショットガンが向けられ、真っ黒な銃口がこちらを正面から捉える。私はなにもできない。逃げることも、腰が抜けて動けない。せめてもの抵抗は目を瞑り、迫り来る恐怖を見ないようにすることのみ。

 

 発砲音が鼓膜を刺激する。

 

 

 ─────が、痛みがこない。

 

 

 

 恐る恐る目を開けるとそこにはゆっくりと倒れる、私の相棒の姿があった。

 

 

「……え?」

「ちっ!おいおい!ガラクタはちゃんと整理しておけ!倒れてきたじゃねぇか!邪魔だ!」

 

 

 そしてそのまま鉄屑は蹴飛ばされ、私の横に倒れ伏した。

 動かない。当然だろう。バッテリーも切れて機体も大破。そもそもコントローラーを握っていない。

 

 だが、私には彼が私を守ってくれたように見えた。

 

 生きろと、言ってくれたように見えた。

 

 

「さあ仕切り直しだ……あ?なんだそのおもちゃは。」

「はぁ…はぁ…!」

 

 

 倒れた掃除屋の手に握られたままだった拳銃を手に取る。そして照準を合わせ、目の前の不良の頭部を狙う。

 

 

「弱虫コモリが。ほら!撃てるものなら撃ってみろ!」

「っ──────!」

 

 

 やってやる。やってやるさ!

 わざわざ相手さんが待ってくれているんだ。

 

 撃て、撃て、撃つんだ。

 

 倫理観なんて関係ない。殺せ。殺して生き残れ。それを、相棒だって望んでくれた。

 

 

「う、うわあああああああ!!!!」

 

 

 拳銃の引き金にかけた指に力を込め、そして───

 

 引く前に、外の異変に気づいた。

 騒がしい。

 

 

 

「あ?なんだ?おいテメェら何をして────

 

 

 

 そして目の前の不良が私の横を通って後ろに吹き飛んでいった。ガシャンと何かにぶつかる音が聞こえた。

 

 

 

「はぁ、はぁ…間に合った、みたいだね。」

「なん…で…」

「なんでって、それは私が先生だからだよ。」

 

 

 

 光の向こうから、希望がやってきた。

 

 

「でも…私は……」

「掃除屋、なんでしょ?」

「……え?」

「なんとなくだったけど、モモトークと君の機体のデータの発信源が同じだったから。」

「……そ、そっか…じゃあ、なに?私を、捕まえにきたの?」

「違うよ。助けに来た。」

 

「……なん、で…いっぱい嘘もついたし、酷いことも、した……悪いこと、いっぱいしたのに…」

 

「なんでって、さっきも言ったけど君が私の生徒だから。」

 

 

 ああ、やっぱり、先生は、かっこいいなぁ。

 

 

「…この、クソがぁぁぁ!」

 

 

 その時だった。先ほど爆破されて後ろに倒れていた先輩が立ち上がって殴りかかってきたのは。

 そして────

 

 

「私の先生と友達に手を出さないで!」

 

 

 扉の向こうからその声と一発の弾丸が飛んできたのは。

 

 

「がっ!?」

 

 

 それに被弾した先輩は爆発し、地面に倒れ伏す。今度こそ気絶したようだ。

 

 

「ふぅ…大丈夫!?先生!コモリ!」

「アル…さん…?」

「よかった!無事で!」

「なん───」

「友達じゃない!当たり前よ!」

「ま、まだ…なにも言ってない……」

 

 

 ぎゅっと抱きしめる力が強くなった。

 

 

「あなたが掃除屋だってのも初めから知ってたわ。でもそれでもいい。貴方は私の友達じゃない。」

「アルちゃんはさっき聞いたばっかなのにね。」

 

 

 生徒だから…友達だから…

 

 は、はははは。

 

 なんだよ、それ。

 

 

 

「う、うわああああああああああああああん!!」

 

 

 悩んでばっかだった自分が馬鹿らしいじゃないか。

 

 

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!友達だと思ってくれたのに!私、みんなに酷いことした!みんなのことを、殺そうと、ごめんなさい!」

 

「殺っ!?だ、大丈夫よ。私は便利屋68の社長。掃除屋以上のアウトローよ!その程度で嫌ったりしないわ!」

「そ、そうです!コ、コモリちゃんは私の友達ですから!……わ、私なんかが友達でいいんですよね?」

「うん、大丈夫。このくらいで嫌ってたらゲヘナじゃやってけないよ。」

「あは!私も楽しかったからいいよ!また遊ぼうね〜!」

「う、うう…」

 

 

「君がどんなことをしようと私の生徒には変わらないからね。どんな時も私は君の味方だよ。」

 

 

 

 

 その日、私はこの世界に生を受け、初めて人の胸の中で声をあげて泣き喚いた。みっともなく、子供のように。後々から考えれば恥ずかしいほどに。

 

 

 

 

「それはそうと公共機関を破壊したりした罰は受けてもらうことになるけどね。」

「え」

 

 

 え



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IF・Vol.3 エデン条約編
新生活


プロットも何もありませんがぼちぼち続けていくことになりました。毎日更新は途切れますが、作者のネタがとやる気が続く限りよろしくお願いします。
あと章名つけましたけど作者の厨二心でつけたものなので変えるかも。エリカは人名じゃなくて花


 

 やあ、観測者諸君。私だ。

 

 なに?生きているとは思わなかった?お前みたいなクソ雑魚ナメクジがあのあとよく生き延びられたなだって?

 失礼…だとは思いましたが私もその意見には同意します。正直今私が生きているのは奇跡と、そしてみんなのおかげだと言っていい。

 

 本来、私こと掃除屋はヴァルキューレに引き渡されて半永久的な豚箱ゆきだったそうな。そのくらいの罪を犯していたと言うわけだな。でもそれは我らが先生が『私の生徒だから』と鶴の一声。聖人か?

 まあ代わりに彼から軽い罰を受けましたが……え?内容?…なんですか?貴方達。人の醜態をわざわざ聞きたいのか?それに、その話に触れると臀部が疼くからあまり……

 

 

「ん゛ん゛!」

「?どうしたの?」

「い、いえ…なんでも……」

 

 

 とにかくこの話は終わりだ!

 

 さて、私の今の現状だが……便利屋68の社員をやらせていただいています。何様だって話なんだけど…

 本当にアル様には頭が上がらない。刑務所送りを免れたとはいえ、流石に私のような人間をシャーレという組織に引き入れる訳には行かない。先生も最近就任?したばかりらしくあまり負担はかけられないからだ。

 なので、あのままだったら私は路頭に迷うことになるはずだったのだが…そんな私を拾ってくれたのがアル様達、便利屋68だ。

 

 私は貴方達の命を狙ったと言うのに…

 しかもその頃の私には彼女たちにお返しできるものがあまりなかった。有り余っていたはずのお金の大半は電車戦での戦闘人形作成へ注ぎ込んでしまっていたし、事件の弁償などで残ったお金の大半も吹き飛んだ。

 私の手元に残ったのは最低限修復させた“元”掃除屋人形と、数ヶ月頑張れば生きていけるだけのお金。

 

 そんな私を拾ってくださるなんて…

 

 …そういえばアル様に戦闘人形一体分の制作費をこの前聞かれたので正直に答えたらすごい顔していたが…なんだったのだろうか。

 

 

 そんなわけで私、新戸コモリは便利屋68の社員の一人となったわけだ。ちなみに役職はエンジニア…エンジニア?役職名なのか?ま、まあいいだろう。

 

 えー……はい、そんな私が今何をしているのかと言うと…

 

 

「コモリ!そっちの薪取って!」

「は、はい…」

 

 

 夜空の下でキャンプ生活を謳歌しております。

 

 はい、キャンプ生活を謳歌しております。

 

 

「弁当あるよ〜」

「あ、た、食べます…」

 

 

 どうしてこうなったか…うん。これにはひっじょうに深い、トリニティの女子生徒の闇以上に深い理由があるのだ。

 以前私は、これから便利屋には沢山の依頼が来るだろう、と言っただろう?ああ、これは正しかった。沢山の依頼は来たのだ。依頼はな。

 

 だが…なんというか…その…あっち系(掃除屋案件)の依頼が多くてだな。中には便利屋68を潰そうとする偽依頼もあるほどだった。

 で、そんな依頼達をアル様は()()()失敗したり返り討ちにしたりしたんだ。流石はアル様と言うべきだろうな。以前の私なんて善悪関係なしに金払いさえ良ければ受けていたのだから。

 

 そして、何度も依頼を失敗するうちに掃除屋の件は偶然として片付けられたのか、はたまた私側のミスとして片付けられたのか…いつしか便利屋68へ向けられる認知度は『便利屋68?ああ、あったなそんな組織』程度に戻すことに成功したのだ。つまり全てはアル様の計画通りというわけなのだが………まあ当然の結果と言うのだろうか。金がなくなったのだ。

 

 依頼がなければ金も入ってこない。あまりにも当然の結末だ。

 

 

「ねえコモリ!まだ依頼は何か来てないの!?」

「あ、えと…来てます……けど…」

「なになに!?何があるの!?」

 

 

 目をきらめかせながらアル様が寄ってくる。やめてください。顔が良すぎます。死んでしまいます。

 まあそう言いながらもちゃんと仕事はする。新しく開設した便利屋68のアカウントにパソコンで接続し、届いているメールを確認する。

 

 

「…三つ…あります…」

「それで!?」

「ひとつ……要人の、護衛……」

「へぇ!いいじゃない!」

「ちなみに、その要人は…いわゆる、バイヤー…その中でもめっちゃやばい、犯罪者……成功してもタダでは帰れないと、思う…」

「なら全部殺せばいいんですね!?」

「…そしたら、報酬もらえない……」

 

「……つ、次!次の依頼は!?」

「ふたつ……暗殺」

「へぇー……暗殺!?!?」

「そう、暗、“殺”。暗闇で殺すと書いて…暗殺…」

「そ、そう言うのはちょっと…」

 

「さ、最後は?」

「…最後は、モノ探し…」

「モノ探し?」

「落とした財布を、探して欲しいみたい…」

「ヴァルキューレにでも頼みなさいよ!!」

 

 

 残念ながら今回も彼女の琴線に触れるような依頼はなかったようだ。

 

 

「…でも、お金ないですよね…?」

「だ、大丈夫よ。まだ食料の備蓄は…」

「…社長、これが最後の弁当みたい。」

「……ないみたい…」

 

 

 ちょうど先生にもらった弁当の在庫も尽きたらしい。

 

 

「…なら、私がその依頼をすれば…解決?」

 

 

 なので私は最善策を提案する。正直こう言う(前者2個)依頼の方が報酬が高いのは事実だ。それに私の機体ならバイヤーなんかの罠は意味をなさないだろう。人間の体なら飲み物とかにヤバい物質を混ぜられたりするかもだが、機械には意味がないしな。

 

 

「だめよ!」

「ふぇ!?」

 

 

 肩を鷲掴みにされその形のいい顔面を一気に近づけられた。やめろください本当に死んでしまいます。

 

 

「うちの社員にそんな危ないことさせられないわ!」

「い、いや…でも、私の場合アレを使いますし…」

「それでもよ!」

「で、でも……」

「…そういえばコモリ、この前先生がまた悪いことしたら“お仕置きだ”って言ってたけどこれは悪いことには入らないの?」

「ん…?おし…お…き…────────っ!!!」

「ちょ!?大丈夫!?カヨコ何言ったの!?」

「…本人の名誉のために言わない。」

「………わ、私の体で皆さんの、食費が賄えるなら…私は────!」

「すごい覚悟ね!?」

「わ、私もお供します!」

「じゃあ私も〜」

「ダメよ!?」

 

 

 むぅ……ではどうしようか。残りの一つである財布探し程度で得られる報酬金も高が知れている。それに私が便利屋68に加わったせいで食費が今まで以上にかかっていると言うこともあるし……お、お仕置き程度で皆んなを助けられるなら……わ、私は別にいいのだが……………あくまで目的はお金だ。

 

  だがしかしどうしようか。これではお金を稼ぐ手段がない。

 

 

 その時だった。

 

 

「みんな大丈夫…じゃなそうだね?」

「先生!」

「あ…先生…こんな時間に…」

「抜け出してきちゃった。」

「えぇ…」

 

 

 公園にやってきた一人の男性。それはまさしく先生であった。

 

 

「……」

「コモリも久しぶり。」

「…久しぶり、です…」

「…何か悪いことしようとしてた?」

「!」

「コモリ?」

「し、してません…!」

「ならよし。」

 

 

 なにかゾワゾワって感じて、思わず後ろに手を当ててしまったが、仕方ないと思う。…先生に何かされたのか?ええいしつこい!聞くな!

 

 

「ほら、お弁当。」

「わあ!美味しそう!」

「…おお!…焼肉、弁当…!レジェンド弁当…!」

 

 

 思わず涎がこぼれてきた。

 光り輝く肉油。見ただけでお腹が空いてきた。

 

 

「先生…は、早く…それを…!」

「その前に、コモリ。」

「な、なに…?」

「君、学校行ってないよね?」

「ぅ…っ!」

「テストだけは出してるみたいだけど成績やばいって。」

「うぁ…!」

「だから、この弁当が欲しいなら今度一回くらいは学校行こうね?」

 

 

 この…!先生!卑怯な!

 前言撤回だ。こいつは悪魔だ。鬼だ。デーモンだ!食べ物で私を学校に行かせようだなんてっ!

 

 

「……先生、私は、学校に行くくらいなら──餓死も辞さない覚悟…!」

「すごい覚悟!」

「…なら、お仕置きしないといけないかな〜…」

「降伏します。私新戸コモリは、学校に行きます。」

「負けるの早いわよ!?」

 

 

 卑怯、卑怯なり!

 屈辱の極み──────!

 

 こうして、私は再びあの地獄へと足を踏み入れることになってしまったのだった!

 

 

「別にそんな死にそうな顔しなくても…私が話はつけてあるから明日一回行けばそれでいいんだよ?」

「…!ほ、本当…?」

「うん」

 

 

 訂正の訂正。彼は聖人だった。1日くらいなら私も学校という地獄に耐えられるはずだ。まだ私は死ななくて済むんだ!

 

 

「ティーパーティーの人が少し君と話したいんだってさ。」

 

 

 ごめん嘘ついた。明日は私の命日だ。




感想欄とかpixivのコメントでコモリちゃんのモチーフを予想してくれた方がいました。
1、天使「マンセマット(マスティマ)」悪霊(死体)を従えるとこから
2、悪魔「ゴモリー(グレモリー)」コモリ=ゴモリー
だそうです。
設定何も考えてないけどもうこれでいいじゃん!(脳死)
便利屋はソロモン72柱、トリニティは天使モチーフらしいし。
世の中には天才がいるものですね…
ちなみに作者が考えたのはニートと引き篭もりで「新戸(あらと)コモリ」と言うくだらない名前です。


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いざ地獄へ

配信すごかったですね。脳がふにゃふにゃになりました。
ああ、チケットは配信パワーかツクヨが出ました。いいですね。おっきな子、好きです。

で?正月カヨコは?


 

 やあ諸君。私だ。

 私が今どこにいるのか?…私だって約束を破るような人間ではない。すでに焼肉弁当は胃の中に入れてしまったからな。仕方なくトリニティ総合学園へときているというわけだ。決してお仕置きが怖いわけではない。

 

 一応は記憶に保管してあった景色をなぞりながら廊下を歩く。どうやら2年前に通ったこの景色は、私がすぐにでも忘れ去ろうと記憶の彼方へ追いやったあの頃とそう、たいして変わっていないらしい。

 

 

「え…な、なにあれ?」

「清掃の人?それにしては…」

「今日すごい人が来るって噂だったけどその関係者?」

「おっきなボストンバッグ…一応副委員長に連絡したほうがいいかな…?」

 

 

 休み時間なのか廊下に出て友人と世間話をしている、私とは全くと言っていいほど縁のない人種たちが、私が近づくと共に道を開けてゆく。その光景はまるでモーセの海割りのようだと言えるだろう。

 通り過ぎた後から何やら小さなこそこそ話が聞こえてくる。おそらく私に関する話だろう。だが関係ない。

 

 今までの私ならば、その一言一言が夜も眠れなくなるほど気になり、『もしかしたら私の悪口を言っているのでは?』とネガティブな思考に陥り、居心地の悪さを感じて走って逃げ出していただろうが、そんなことはしない。

 

 私だって進化するのだよ諸君。

 

 

「はい、どうぞ。」

 

 

 人がある程度いなくなったころ、私は一つの大きな、そして豪華な扉の前に立ち、四度ノックを繰り返す。

 そして、内側から入室の許可を確認してドアを開けた。

 

 

「っ!…新戸、コモリさんですよね?」

「そうだ。そういう貴様は私をここに呼び出した者……桐藤ナギサであっているな?」

 

 

 大扉をくぐった先にあったのは、開けたベランダから光の差し込む陽光の美しい部屋だった。そしてその中央には大きな机にティーセットを広げ、優雅に紅茶を嗜む天使の羽を持った女性が座っていた。

 

 事前情報からしてこいつ──んん、この人が先生の言っていた私とお話がしたいというクソ野ろ──んん、お方なのだろう。

 ああ、いいさ。お望み通りしてやろうじゃないかお話を。もちろん肉体言語でなぁ!……とはならない。私はそこまで感情的じゃないからな。まだ耐えられる。

 

 

「急に呼び出してしまって申し訳ありません。ただ、貴方と一度お話してみたかったのです。かつて静寂の令嬢と呼ばれ、ティーパーティーの候補として挙げられていながら孤高を貫いていたゆえに誰も話しかけられず、そして高校の入学式の後突如姿を消した貴方に───」

「長ったらしい前振りはいい。本題に入れ。」

 

 

 …何を言っているのかわからなかったから急かしたが───本当に何を言っているんだこの人は?静寂?喋れなかっただけだが?孤高を貫く?好きで貫いてたわけじゃないが?突如姿を消した?引きこもったんだよ!

 煽ってんのかこのクソ女。わざわざ私をこのような地獄へ呼び出しておいて最初に話すことがこれか?もう帰っていいか?

 

 

「そうですね本題に……その前にお姿を見せていただいても?」

「ん?見せているではないか。」

「そ、そうではなくてですね………」

「そうではなくてなんだ?」

コモリさんはそんなメカメカしい方じゃなかったですよね!?

 

 

 そう言って彼女は私を───画面越しに指差した。

 

 

『…不登校中に事故にあってな。この体に…ほら、ヘイローだって…』

「そのボストンバッグにロールケーキをぶち込んで差し上げましょうか?」

『ひぇ…』

 

 

 …え、えぇ…何だこのお嬢様。

 まあ、仕方ない。私の()()にそんな物をぶち込まれては中の精密機械(ゲームとコントローラー)が壊れてしまう。

 

 

「……はぁ……憂、鬱…」

 

 

 コントローラーを操作して私──いつもの黒コートの下にトリニティの制服を着せた掃除屋にボストンバッグのファスナーを開けさせ、そして中に手を突っ込み、本体の方の私を取り上げさせた。

 体勢的にはちょうどお姫様抱っこである。もしくは体格差的に赤ちゃんの抱え方である横抱きにちょっと似て……この話はやめよう。

 

 

「…久しぶりですね、コモリさん。」

『すまないが、私の記憶にはない。どこかで会ったか?』

「中学校一緒でしたよね!?というか直接喋らないんですか…?」

『実は不登校中に喉をやられてな…』

「さっき喋ってましたよね?」

『……チャットで打った方が楽で早いからだ。』

「そんな人だったんですか貴方…」

 

 

 本当は音声入力の方が早いのだが、まあ私に人前で普通に喋れだなんて先生の持つオーパーツ、シッテムの箱を量産しろと命じることと同等な行為な訳で。

 

 

「……まあいいでしょう。本題に入りましょうか。コモリさんもその方が良いでしょう?」

『助かる。』

「…では、コモリさんはエデン条約という言葉を知っていますか?」

『ああ、耳にしたことはある。確か簡単に言えば、トリニティとゲヘナ間における不可侵条約…だったか?』

「その認識で概ね合ってます。ゲヘナとトリニティの中心メンバーが出席する中立的な組織、『エデン条約機構』、『ETO』を作り紛争の防止───」

『いい。そこまで話さなくて結構だ。』

「そうですか?」

『そうだ。貴様は私に何をして欲しいのかだけ話せば良い。』

「…そうですね。では、単刀直入に言いましょう。貴方には私の護衛。そしてエデン条約を阻止しようとする不穏分子、裏切り者、または第三者の排除をお願いしたいのです。」

『なるほど…』

 

 

 不穏分子の処分か。…しかし、第三者はともかく裏切り者、ねぇ?

 

 

『…不穏分子、というのであれば私に頼むのは間違いではないか?』

「間違い、ですか?」

『ああ、貴様も私が“何者か”なんてことには気づいているだろう?金さえ払えば何でもする掃除屋…信用とは程遠い存在だ。』

「確かにそうですね。……ですが、ゲヘナとトリニティの仲を取り持つエデン条約は貴方にとっても有益なものであるはずですよね?便利屋68のエンジニアさん?」

『…そこまで知っていたか。』

 

 

 情報操作は行ったはずだが…まあ、掃除屋が便利屋68に敗北したタイミングで丁度そこに新しい社員、それもロボットの姿が加わったとなればわかりきった答えか。

 …まあ、依頼を受けるのは別にいいだろう。トリニティとゲヘナの確執が少なくなるに越したことはない。私と便利屋68の件もあるし、それにあの先輩のようなことも少なくなるだろうからな。

 

 

『はぁ……いいだろう。何もかも貴様の手の上で転がされているようで不快だが…受け入れよう。』

「ありがとうございます。」

『…なら、貴様は対価に何を払う?掃除屋の依頼料は高いぞ。』

「それは貴方の留年を免除したことで帳消しでは?」

『…チッ、いいだろう。』

 

 

 …くそ、最悪だ。これだから陽キャは嫌いなんだ。コミュ力強者に私が勝てるわけないだろいい加減にしろ。

 

 

「…はぁ…裏切り者には、予想、ついてる、の…?」

「あ、喋るんですか?」

「…慣れた……というか、慣れなきゃ…どうせ、護衛として、話すことになる…それで?予想、は…?」

「はい。4人ほどにまで。」

「うわ…優秀……本当、苦手なタイプ…」

「私は嫌いじゃありませんよ?小動物みたいで。」

「うわ……」

 

 

 人を小動物呼ばわりするなよ…ったく、しかし数千人ものトリニティ生の中から数人にまで絞るのは本当に人外染みているな。

 …逆に言えばその4人が特別怪しいのか、何らかの情報操作を受けているのか、はたまた…

 

 いや、そもそもトリニティには不穏分子という言葉が似合う者が多すぎる。

 パテル、フィリウス、サンクトゥスの3派閥に分かれているのはもちろんのこと、彼女の所属するティーパーティ以外にも正義実現委員会や救護騎士団、シスターフッドなど、組織的にも多く存在する。それら全てがエデン条約、ゲヘナとトリニティの和平を望んでいるとは思えない。

 それほどまでにゲヘナとトリニティの亀裂は大きい。

 

 

「…とにかく、絞れてるなら、なぜ、処分しない…?」

「それはあくまで最終手段です。それに今は彼女たちを補習授業部という名でまとめ、シャーレの先生に任せていますから。」

「……そう、流石に、無罪の人まで、まとめて処分なんて…人の心がないことは、しない…か……ん?先生……?」

「はい。…どうしました?顔が赤いですけど…」

「い、いや…何でも、ない……」

 

 

 …先生がいるということは、あまり過激な手段は取れないか。

 

 

『確認だが、私がずっと学園にいなければならないというわけではないのだろう?』

「あ、戻るんですね。はいそうです。ただエデン条約前の1週間は護衛としてそばにいて欲しいですけど。」

『それは、私が変な動きをしないか監視するためか?』

「……」

『…まあいい。なら一度帰らせてもらう。社長にも報告しなければならないからな。それと、エデン条約1週間前までの護衛はこの機体のみにさせてもらう。私がいても戦力にはなれないからな。』

「わかりました。」

『ああ、それと…その補習授業部とやらの4人に会わせて貰ってもいいか?裏切り者候補を直接確認しておきたい。』

「…構いませんよ。」

『では、失礼する。』

 

 

 私はそう言って、もう一度ボストンバックに引き篭もり、掃除屋に運ばせドアを開ける。もう用は済んだからな。こんなところいられるか。さっさと家に帰らせてもらう。

 その時だった。

 

 

「きゃ!?」

 

 

 何かがぶつかったような衝撃が機体を通じて伝わってきた。

 

 

「あれ?コモリちゃん?」

 

 

 画面越し…ではなく、少し閉め忘れたファスナーの隙間から目のあった光の無い黄色い瞳に、なぜか背筋が凍ったような感覚を味わうことになったのだった。

 

 

「ひぇ…」

 

 

 少し涙が出た。



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女子学生の闇

逃げてないよという報告。
スランプ気味です…だから余裕あったら書き換えるかも…
そして今日試験があるので投稿です(?)


 

「コモリちゃん?コモリちゃんだよね!?」

「っ!?」

『やめろ!』

 

 

 勢いよく覗き込み、距離が一気に近まる黄色の目。ハイライトのないそれはボストンバッグのファスナーに手をかけ、開こうとする。

 そんなことはさせない。そんなことされたら死んでしまうだろ。そう思った私はすぐさまコントローラーを握りやめさせようとするが──

 

 

「邪魔しないで?」

 

 

 熱を感じさせないその声と、画面越しに向けられた視線に思わずコントローラーを落としてしまった。

 

 

「コモリちゃーん…?あれ?」

「っ!」

 

 

 させるか!下に向かって動き出したファスナーを内側から掴み、必死の抵抗をする。

 はいここで対抗ロールの時間です。受動側である私のSTR(筋力)の値は10です。そして黄眼ハイライトオフ女のSTR(筋力)は…180*1ですね。はい対戦ありがとうございました。自動失敗です。

 

 抵抗虚しくファスナーという最後の砦は開かれ、陽光が差し込まれて行き────2本の腕が突っ込まれた。

 

 

「!?!?!?!?!?」

「やっぱりそうだ!久しぶりー!」

 

 

 突然目に飛び込んできた陽光に目が灼かれ、そして体を包む謎の浮遊感。状況が一瞬飲めなかった。

 だがそれも目が周囲に慣れてゆくにつれ理解できるようになってゆく。

 両腰あたりに感じる掴まれるような感触に、普段より高く感じられる生身の視線。そして次の瞬間、目の前いっぱいに広がる白く、柔らかい壁。

 やっぱり状況が理解できなかった。

 だが、これだけはわかる。

 

 

「…く、くる…しぃ…」

 

 

 このままだと自分は窒息死するだろうという事実。

 

 

「あ!ご、ごめんね?大丈夫だった?」

「ぅ………だ、だれ…?」

「えぇ!?覚えてない!?私だよ!?」

「私に…そんな、陽キャの、知り合いはいない……だから、離して。溶ける…」

「溶ける!?」

 

 

 そうだ。陰キャに過度な接触は厳禁。限界を迎えた陰キャの体は溶けるのだ。そして溶け出した汁は大地に染みつきその地は不毛の地となる。

 

 という冗談は置いておき、この女と私が知り合い?ありえない。そもそもこの学園で私に知り合いがいるという事実がありえない。だって入学式後引きこもったし。中学からの知り合いの線もないだろう。だって記憶によれば中学もぼっち飯食ってるし。

 故に脳内検索をかけてもヒット数はゼロ…ん?いや待てよ?なーんか見覚えあるぞこの髪。ああそうだ!思い出した!あれだ!入学式の時唯一私に話しかけてくれた眩しすぎる陽キャ!

 

 

「…あの時の、ピンク色…?」

「そ、その覚え方は予想外だけど覚えてくれてて良かったよ。」

「私のことは忘れてたのに…」

 

 

 あの時のピンク色。誰も私に話しかけてくれない中唯一私に話しかけてくれた聖人。彼女には感謝の念を抱いているし、それと同時に罪悪感も覚えている。

 

 

「えと…ご、ごめん、なさい…」

「え?急にどうしたの?」

「…その……あの時、貴方から、逃げ出して…」

 

 

 そう、逃げだしたのだ私は。みんなの輪の中に混じりたかったのは、誰かと話したかったのは私なのに、手を差し伸べてくれた彼女から逃げ出してしまった。それはあまりにも失礼な行いだったと今でも思ってる。なんなら思い返せば、似たようなことが何回か中学時代にもあったようだ。何度も彼女が私に話しかけ、その度にそそくさと逃げ出していた…らしい……どんだけ陰キャ極めているんだ記憶定着前の私……いや今の私も人のこと言えないけどさ。

 

 

「いいんだよ。緊張してたんでしょ?仕方ないよ。」

 

 

 天使か?羽生えてるし天使か。

 

 

「あ…あり、がとぅ…ござい、ます…」

「なぜか私の時とはすごく態度に差があるような…」

 

 

 ったりまえだろクソ陽キャロールケーキぶち込みお嬢様。私をこんな地獄に呼び出した上に脅しつけて不当な契約を結ばせて?そーんなやつと、こんな私に何度も懸命に諦めず手を差し伸べて陽キャ街道へと導かせようとしてくれたこのおピンク様が同等なわけないだろうがばーか!

 

 

「それよりも…ごめんね?」

「え…?」

「コモリちゃんが不登校になったのってさ、ゲヘナの生徒にいじめられたからだよね?」

「…そ、そう…です、けど…」

「だから、あの時もし私が助けてあげれたら、こんなことにはなってなかったんじゃないかなって…」

「そ、そんなことない…」

 

 

 そんなことないんだよな、本当。だってあの頃私と同じ1年だったピンクちゃんがあの先輩達に勝てるとは思えないし、それにどーせ私があのまま通学できたとしても、目の前のロールケーキお嬢様が言うにはティーパーティーに入れられていた可能性すらあったらしいし、そんなものに入れられたらストレスでどっちにしろ不登校になる。

 

 そもそも私がこんな闇の深そうなお嬢様学校で生きて行けるとお思いで?あまりにも私の生息域との環境が違いすぎる。カカポ*2をサバンナにぶち込むような行いだ。

 

 

「でももう大丈夫だよ!これからは私がちゃんと守ってあげるからね!悪い人は全部私がやっつけてあげる!」

「え……あ、あの…大丈…」

 

 

 ん?なんか雰囲気が変わったような…

 

 

「例えば…貴方をこんなところに閉じ込めてたこの人とか。」

「え…ちょ、まっ!?」

 

 

 止める間もなかった。胸元に抱きしめられたまま、髪ピンクさんは目にも止まらぬ速さで棒立ちしていた掃除屋の首を掴み上げた。

 いや力強!?あの機体結構重量あったはずだよ!?それを、え?片手で?え?怖。てかなんかミシミシなってるんだけど?え?今ベコってなんか凹んだ音したんだけど?怖…

 じゃないくて!

 

 

「ま、まって…!」

「大丈夫だよコモリちゃん。今度こそ私が守ってあげるからね。」

「そう…いう、ことじゃ…!」

 

「いい加減にしてくださいミカさん。ちゃんとコモリさんの話を聞いてあげてください。」

 

「ナギちゃん…?」

「…!」

 

 

 よくやったナギサぁぁぁ!!いやナギサ様と呼ばせてくれ!な!私たちはもう親友だ!愛してる!ちゅっちゅ!(下手な投げキッス)

 

 

「あ、コモリちゃ──」

「ご、ごめんなさい!」

 

 

 それじゃ!私逃げるから!そう心の中で私は叫び、ポカンとしているピンク髪──ミカさんの隙をついて、にゅるりと拘束から抜け出し、コントローラを拾い上げ、再度ボストンバッグの中に引きこもった。

 この間わずか数秒。あまりにも手慣れた手つきで私はマイハウスの中に滑り込んだのだった。

 

 

『桐藤ナギサ。依頼の件は承った。そして貴方に深い感謝を。便利屋68の名にかけて貴殿を守り通そうではないか。では、今日はこれにて失礼する。』

 

 

 そして私の行動に注目が移った隙を狙って掃除屋を動かし、首を掴む手を叩いて抜け出した。そしてものすごい早口でそう読み上げさせた音声を放ち、掃除屋は大扉の向こうに走り去っていった。

 

 

「っ!待て!」

 

 

 すごい声色でピンク髪───ミカは私を追いかけようと声を荒らげるが、それに待ったをかける者がいた。

 

 

「待つのは貴方ですミカさん。…はぁ、今日は誰が来る日だったのか忘れたのですか?」

 

 

 ナギサ様だ。本当愛してる。あとは頼んだ。

 

 

「え!?…えっと…掃除屋…だよね?さっきのコモリちゃんを連れ去った…」

「はい。その掃除屋がどんな人かも話しましたよね?」

「…ロボットを操る()()()()便()()()6()8()()()のなんでも屋………え?じゃ、じゃあ、アレはコモリちゃんが…」

「…やっと気づきましたか?」

 

 

 そう言ってナギサは深いため息をつく。少しの呆れと、流石のミカもあのロボットがコモリ本人で、彼女が想像しているようなことにはなっていないと理解したのだろうと言う安心から。

 

 

「そっか…じゃあ、コモリちゃんはまだ…」

 

 

 だが彼女は見落としていた。いや、気づけなかった。彼女の本性に。そして彼女の怒りの矛先がどこへ向くのか。

 

 

「ミカさん?何か言いました?」

「ううん?何でもないよ☆」

 

 

 ミカは天使のような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 正気度を一気に失い、一時的な狂気を発症しかけた陰キャ。そう、私だ。

 いやぁ、恐ろしい。やはり学園は魔境だ。到底私のような陰の者が生息できるような環境ではない。

 

 それと…また彼女から逃げ出してしまったが、これは仕方がないのではないか?前の件は謝れたし私としては上出来ではないか?なあそうだろ?そう言ってくれ罪悪感がやばい。

 

 …いや、うん。悪いとは思ってるよ。でもさぁ、言い訳させて?本当に怖かったんだって。アレだよ。自分じゃ逆立ちしても敵わないような圧倒的強者を前にしたような潜在的な恐怖感を覚えたね。完全に捕食者の顔してたって。あのままだったら間違いなく食われてた。

 

 

「……って、ことが、ありました……はい。」

「………へぁ?」

 

 

 そういえば例の容疑者さん達を見に行くの忘れていたな。まあいいか。今じゃなくても。何せ生き残るのが先だ。明日護衛ついでに観に行けばいいだけの話だから。

 

 

「ちょ、ちょーっと待ってちょうだい?」

「はい…?」

「え、エデン条約に?ティーパーティーのナギサ?」

「あ…あと、ミカって人も、会いました…」

 

 

 なんか目の前で報告したアル様がめちゃくちゃすごい顔しているけど……

 

 

「……し、失礼なこととかしなかった?」

「ロールケーキぶち込まれそうになりました。」

「ミ、ミカって人には?」

「掃除屋の首絞められました。」

「わーーーーー!!??!!??」

 

 

 うわっ!?急に奇声を上げないでくださいよ。

 

「どうしよどうしよどうしよう…絶対目をつけられたわよね!?と言うかコモリ貴方それ大丈夫だったの!?」

「だ、大丈夫…ですけど…どうしました?アル様…?」

「コモリ!」

「ひゃ、ひゃい!?」

 

 

 って近い!急に顔を近づけるな心臓に悪い!貴方のイケメン顔で昇天したらどうするつもりですか!?ご褒美ですか!?

 

 

「いいこと?絶対にこの依頼、成功させなさいよ!?」

「わ…わかってます。受けた依頼…絶対達成……便利屋68の顔には、泥は塗りません…!」

「ぜ、絶対よ!?」

「絶対…です…!」

 

 

 そう言って私はガチ恋距離でアル様に誓ったのだった。

 

 もう、手遅れであったとも知らないで。

*1
STR参照値。〜15貧弱、141〜異界の生物などの怪物的な筋力。(クトゥルフ神話TRPG7版)

*2
周囲に外敵がいなかったがために警戒心も抵抗手段も持たない虹色に光って求愛行動ダンスを踊る鳥。一時期ネットのおもちゃだった。




というかこんだけ描いてると私自身コモリちゃんに愛着湧いちゃって逃げるに逃げ出せなくなってきてます。

(戦闘力)
ミカ>>>>>>>>>>越えられない壁3>>>>>>>>掃除屋>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>越えられない壁2>>>>>>>>>>>>>>>>>越えられない壁1>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>コモリ


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引き篭もりinシャーレ

テストが終わったので投稿です。
エデン条約編読み直してます。


 

 

「先生…そこの、オレンジジュース…」

「はい。」

「ん…ん…ぷはっ…ありがと。」

 

 

 オレンジジュースが美味しくなってきた今日この頃。皆様はどうお過ごしでしょうか?私は今日も元気に部屋にこもってゲームをしています、っと。

 

 やあ諸君。私だ。

 

 何?オレンジジュースは時期関係ないだろ?ペットボトルなら尚更?いいんだよ細かいことは。

 あ?こう言うのってコーラじゃないのか?って?うるさいうるさい。私は炭酸が苦手なんだ。

 

 

「………っ!あー…あのくそ桃緑コンビが…」

「なんか言った?」

「…なんでもない、です。」

 

 

 さて、今私がいる場所は地面は土にシートを引いただけの暑苦しいテントの中ではなく、かと言って冷たいコンクリートの床の廃ビルの中でもない。

 ここは空調が完璧で、温度も適温で、ちょうど良く薄暗い、まさに私の生息地にふさわしい…ように調整してもらったシャーレのビルの一室だ。つまり先生の職場というわけだな。

 

 なぜ、便利屋68所属の私がこんなところにいるのか…気になるところだろう?ああいいさ。答えてやろう。……ん?別にいい?ま、待って。聞いて?そう言わず数百文字くらい読んで?

 

 えー…そうだな。前回…前々回か?の記録で私はトリニティ総合学園のトップ。ティーパーティに所属する桐藤ナギサから依頼を受け、トリニティ、ゲヘナ間の和平。エデン条約の締結までの彼女の護衛を請け負ったわけだ。その後少しトラブルがあったが、まあ別にこれはいい。私としてもあまり思い出したくはないからな。…なんか寒気が……気のせいか。

 

 話を戻すが、こうして彼女の護衛を請け負った私だが、別に私自身がトリニティ総合学園に身を置き続ける必要はないんだ。護衛は掃除屋の機体だけ送ればいいわけで、中身の私がわざわざ出向く必要はないんだ。むしろその方が危険であるし、私の精神面が耐えられないからな。

 

 だがここで一つ問題が発生する。

 依頼の期間中、つまり桐藤ナギサの護衛を務める間、私の身は誰が守るのかという問題だ。

 

 これは私が言い出したわけではなく、アル様が言ってくださったことなのだが……私みたいな貧弱な人間がたった一人でテントに残るのは心配とのことだ。

 

 …なんというか…その…心配してくださったことへの感動半分、ちょっとショックだった。事実を突きつけられるのは辛いのだ。

 

 

 現在の便利屋68事務所は、ゲヘナの僻地にある公園に組み上げたテントだ。未だに予算に合った良い物件が見つからないから仕方がない。もうテント生活にも慣れてきてしまったほどだ。

 

 だがそんなテントがちゃんと家としての機能を果たしているかと聞かれれば怪しいところで、セキュリティはないに等しく、立地もゲヘナということを抜いたとしても治安のチの字もないような所だ。

 

 そしてナギサさんの護衛として掃除屋を出すということは私自身の身を守る自衛手段がなくなるにも等しく、────以前は他の機体もあったがあの一件で全て壊れた。───かと言って便利屋68の方々に護衛として一人一緒に残ってもらうのも、事務所を買うためのお金を貯めるために働く彼女たちの手を煩わせる申し訳なさで私が精神崩壊を起こしそうなので無理。

 

 

 さあどうする?これからは私も掃除屋と一緒にあの地獄へ通わなければならないのか、となったところで助け舟を出してくれたのがこのお方、先生というわけだ。

 

 

 あーまじ神。どっかの黒服も変な研究してないでこの聖人を見習ってもろて。

 

 わかる?この優しさ。私なんかのためにシャーレの使われていない一室をわざわざ片付けて、私が使っていた機器の設置まで手伝ってくれて、さらに暇があったら一緒にゲームをしてくれる。しかも私に罪悪感を感じさせないためか仕事のお手伝いだってさせてくれる。あんたほんとに人間か?

 

 

 

 とまあ、そんなわけで私はシャーレでかつての再現、引きこもりライフを満喫しているというわけだ。ん?ナギサさんの護衛はどうしたのかって?

 

 それは問題ない。以前、私が作った量産型人形兵に搭載していたAIを見せただろう?あれの、今までの掃除屋の動きを学習させた改良版を掃除屋に積み込んでいるからな。護衛はアレが自動でやってくれるというわけだ。性能はテスト済み。しかもトイレの時も寝る時も、片時も護衛対象から離れるなって命令してあるからな。完璧だ。なんか掃除屋の回線に鬼電がかかってきたが気にしない気にしない。通知オフにした。

 

 

「…ふぅ…とりあえず、情報の整理、やっていこう…」

 

 

 そういって私はパソコンに開かれていたゲームの画面を閉じ、一つのファイルを開く。補習授業部まとめ。要はナギサさんのピックアップした不穏分子たちの情報を独自に集めたファイルというわけだ。

 

 

「…おーぷん」

 

 

 そのファイルに入っていたのは、さらに四つに分けられたファイル。上から順に阿慈谷ヒフミ、白洲アズサ、浦和ハナコ、下江コハル、と書かれている。

 

 

「下江、コハル……正義実現委員会…の、下っ端……」

 

 

 ピンク髪の小柄な1年生。かわいいかわいい後輩さんというわけだ。正義実現委員会所属だが、特にこれと言って特筆するようなことはなく、あえて言えば副委員長と交友関係があるくらい。ナギサさんの言う不穏分子という点は見つからなかったが…まあこれはおそらくゲヘナに対する嫌悪感が目立つ、正義実現委員会及びその副委員長の行動を抑制するための、人聞きは悪いが人質のようなものなのだろうな。

 

 

「浦和、ハナコ…巨乳美人…淫乱ピンク……」

 

 

 これまたピンク髪の二年生。色々でっかいが…ほんとに後輩か?この人。あまりにもデカすぎるし…写真から包容力を感じる…ママァ…

 

 んん!話を戻すがハッキリ言って彼女は不穏分子という言葉の擬人化とも言えるような人物だろう。現在は補習授業部などという名で括られるほど成績がよろしくないようだが、かつては学年トップクラスの成績の持ち主でティーパーティのメンバー入りもほぼ確実視されていたらしい…が、ある日を境にこの有様。礼拝堂に水着姿で訪れたり、校内を水着姿で徘徊したり……なんというか、その、頭痛くなってきた。

 

 

「…はぁ…次は、阿慈谷、ヒフミ。」

 

 

 ……なんかさっきのファイルを読んでから彼女の写真を見ると落ち着くな。

 えー、うん。特にこれと言った特徴のない少女だな。ペロロ様型鞄に付けられたペロロ様人形が気になるが…まあ、モモフレンズは有名だからな。別に珍しいことでもないだろう。

 んと…ナギサさんとの交友関係もあり、関係性は良好。なんで怪しまれているのか、というと…ブラックマーケットへの出入りの噂…まあこれは事実のようだ。実際に彼女と似た格好の生徒の目撃情報があった。ブラックマーケットでトリニティなんてお嬢様学校の生徒は珍しいからな。だが、ブラックマーケットで彼女がしていることと言っても何か怪しい組織とつるんでいるわけでもなく、ただ単にペロロ様グッズの収集が目的のようだ。まあこれもモモフレンズファンというなら当然の行いだろう。何もおかしいことはない。

 

 あとは…彼女と同じトリニティの者と思われる『覆面水着団』のリーダー、ファウストなどという人物の情報が見つかったわけだが…まあ、眉唾物だな。所詮噂に過ぎない。

 

 

「そして…白洲、アズサ……」

 

 

 最後の資料に写っている白髪の少女。その目線はピッタリ、カメラを捉えている。

 

 ああ、そうだな。庇いようがないほど怪しいな。

 トリニティ外からの転校生。入学書類に偽装の痕跡あり。成績は良好とは言えないが、戦闘技術だけで言えば非常に優秀。戦闘に躊躇いがなく、実際に幾度か問題を起こしている。私もその一場面を目にしたことがあるが、その闘い方に無駄はなく、ただの学生とは思えないほど研ぎ澄まされていた。戦闘スタイルも、私がかつて裏社会で出会った傭兵たちに似ている。

 

 私の危険度センサーがビンビンと反応している。

 

 正直今すぐにでも手を打ちたくなったほどだが、彼女たちの一件は先生に一任されている。一応忠告はしたが、先生は何か策があるのか「任せて」というだけだ。

 

 

 …まあ、いいさ。先生は朧げな記憶だが、この世界、この物語において“主人公”という役割を割り当てられた存在のはずだ。故に、彼が危機に陥るようなことは…ない、はずだ。

 

 それにいざとなれば私が助けてあげればいいだけだからな。

 

 

 

 さ、今はそんな小難しいことなど考えずゆっくりとこの引き篭もりライフを楽しもうじゃないか。

 

 

「先生ー…先生ー?ポテチ…うすしお、あ…る……?」

「ん?先生、あの子は…」

「あ、コモリちゃんごめんね。今先生たてないから…ポテチはそこに…」

 

 

 ピシャリ

 扉を思いっきり閉めた。

 

 

「な、ななな、なんで…風紀委員長、が…!?しかも、先生の、膝の上…!?」

 

 

 やっぱ部屋の外は恐ろしい。私は引き篭もり度を上げ、更なる引きこもりを続行することを誓ったのだった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時の私は思いもしなかった。まさか、あんな恐ろしいことになるなんて────…

 

 

「ごめんコモリちゃん。先生トリニティに泊まり込む事になったかも。」

「…へぁ?」

 

 

 私の地獄は始まったばかりだった。




エデン条約とかいうブルアカ屈指の神ストーリーを真面目に描こうとしたらにわかがバレるので干渉はそこそこです。


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同じ屋根の下

久しぶりです皆様。(生存報告)
どうしてやりたいことが多いと逆にやる気がなくなるのか…あとエデン条約編はキャラ多いしストーリー読み返したりで描くのが難しい…(言い訳)
あとブルアカ新イベきますね。みなさんはどうしますか?私は有り金全部溶かします。


 

「コモリちゃん…挨拶くらいは…」

「…………よろしく。」

 

 

 そう言って黒髪ダウナー系美少女引き篭もり地上最弱生物な少女は苦笑いをする先生の後ろに隠れた。補習授業部と言う名の括りに属する彼女たちの前に姿を現した時間は秒数にしてわずか4秒。あまりにも短すぎる。

 

 

「…この前お友達が欲しいって言ってた子は誰かなー?」

「む…む、無理…って力つよ…!?ま、待って、心の準備…というか、何で先生が知って…じゃない!そんなこと言ってない…言ってない……!そもそも…!先生が生徒の嫌がること、するのは、ダメだと思う…!」

「それもそうだね。」

「わ、急に離……へぶっ!?」

 

 

 べちゃっ

 唐突に終わった先生との攻防の影響で、そんな擬音と共に前に倒れ伏した少女が一人。

 

 諸君、久しぶりだな。私だ。

 

 一体今、私の身に何が起きているのかだって?

 

 …地獄だよ。ここはまさしく地獄だ。

 諸君は私が今日からシャーレの一室という名のエデンから追放され、先生共々トリニティのとある施設に住み込むことになったのは知っているだろう。ん?私が行くとは言ってなかった?ああ、先生が行くんだ。もちろん私一人シャーレに残るなんてできるわけないだろう?知り合いも誰一人いないんだぞ。私は先生が向こうに行ってから、用意とかなんやらで2日遅れで向かうことになったのだが……その間はひどく恐ろしかった。

 知り合いもいない、唯一顔見知り程度の存在であったミレニアムの女も、よく私の生息域に踏み込んでは勝手に掃除していき、不摂生が過ぎると怒る恐ろしい存在……私の命綱は今や先生が握っていると言っても過言ではない。

 

 で、そんなこんなでやって来たトリニティのとある施設。先生の担当する補習授業部とやらのために提供された今はもう使われていない旧校舎にきていると言うわけだ。いやあ、すごいな。トリニティは。流石はマンモス校等と呼ばれるだけあって、こんな立派な、それもまだ使えそうな施設をたかが1部活に貸し出すなんてな。まあ、不穏分子の監視と隔離にはもってこいと言ったところか。

 

 閑話休題。

 

 

 本題に戻るが、私と先生は補習授業部という現在ゲヘナトリニティ間の和平条約における不穏分子の欲張りセットのような者達が集められた魔境へと放り込まれたわけだ。

 

 もちろん、先生は彼女たちの安全性を保証してくれたし、私も独自の情報網を使ってそこに混ざっても殺されるようなことはないだろうと言うことは知っている。

 

 

 だが、重要なのはそこじゃない。

 

 

 そう、私が真に恐れているのは────

 

 

「じゃあその子も今日から一緒に補習授業部として勉強するってことですか?」

 

 

 ───既に出来上がっているグループに入ることのハードルの高さだ。

 

 

 諸君!君たちも一度は経験したことはないかな?クラス替え、もしくは進学で。新しいクラスなのに同じ学校だった、同じクラスだったと言うくだらない理由で既に組み上げられていたグループたち。そしてそこからはみ出し、除け者にされたもの同士でもなかなか会話が弾まず、結局休み時間は寝たふりをして過ごすことになると言う…あの地獄のような経験を───!!!

 

 

 …そう、まさにこの状況こそがソレ、だ…

 あ?なったことないからわかんない??さてはコミュ力強者か?てめぇ…

 

 

 あああああ、そうだぁ…きっとそうなんだ…既に組み立てられたこの5人のグループに馴染めず、私は一人寂しく引きこもることになるんだぁ…しかも普段の引きこもりとは違って、自分にコミュ力がなくグループに馴染めなかったと言う惨めな事実を背負って引きこもることになるんだぁ…

 

 

 そうやって私が床にディープキスしたまま目を濡らしていた時のことだった。

 

 

「ええっと…大丈夫ですか?」

 

 

 差し伸べられた小さな色白い手。

 顔を上げたそこには、クリーム色の髪をたなびかせるローツインテールの天使がいた。

 

 

「私は阿慈谷ヒフミって言います。あなたは?」

「…あ、新戸…コモリ…です。」

「これからよろしくお願いします!コモリさん!」

 

 

 ひっふみ〜ん

 そんな謎すぎる擬音が脳内に鳴り響くほどに、目の前の少女は光り輝いていた。

 …古い文献で目にしたことがある。魑魅魍魎のひしめく陽キャの国、キョウシツに…稀に現れると言う、あの、伝説の存在…

 

 オタクに優しいギャルの原点とも言える存在────陰キャに優しい陽キャは存在したのか!

 

 

「へぁ…あ、あの…よ、よろしく…おねがいしましゅ…」

「あのっ」

「ひゃい!?」

「コモリさんの着てる服なんですけど…」

「は、はいぃぃ…」

「数量限定火を吹くペロロジラTシャツじゃないですか!?」

 

 

 ………

 ………ふふ

 ふはははははははは!

 

 

「よく、ぞ…よくぞ気づいた…阿慈谷ヒフミ……否…同志、ヒフミ…」

 

 

 同じ志しを持つ者と書いて、同志…

 くくく…まさか簡単には見つからぬようにあえて大きめのパーカーの下に着ていたこのTシャツに気づくとは…やはり彼女は情報通り、いや!私の見込み通り私の同志たり得る存在だ!

 

 

「…ペロロジラ限定Tシャツ……可愛すぎる、このTシャツは…とあるイベントで、数量限定で売りに出される予定だったモノ……でも、ソレを狙った集団に工場を襲撃され一時期行方知れずに……その後業者の依頼によって現品は取り戻せたものの、既に複数はブラックマーケットに流され…残ったものは数枚のみ…」

「今やその価値はあり得ないほど高騰し、ソレを手に入れたものは全てを手に入れたも同然と言われるほどの────!!」

「その…とーりー…!」

 

「ふふふ、もうすっかり仲良くなってますね♡」

「…あれって、前の…」

「……っ」

 

 

 ばさぁ!と上着を脱いでその限定Tシャツを見せつける。

 ちなみにこれは確かにプレミア化はされてるが、そこまでの価値は……まあ、その場のノリというやつだ。私もこれ買ったわけじゃないしね。

 

 

「そんな…一体どうやってソレを…!」

「ふふふ、昔、仕事でね……でも、同志ヒフミ…貴方も、いいものを揃えてる…」

「え?」

「ペロロ様バッグに…ぬいぐるみ…キーホルダー…そこまで揃えるのは、大変、だっただろう…」

「で、でも…私はコモリさんのように限定品を手に入れることができませんでした…」

「確かに…同志のグッズは、全部、コモン…普通、is、ふつー……でも、重要なのは限定か否かじゃない……貴方の持つペロロ様グッズたちからは、ちゃんと、愛情を感じる…どれだけ、大切にされてきたのかが、わかる……私は…それこそが、真の価値に繋がるのだと、思ってる…」

「コ、コモリさん!!」

 

 

 がっしり!二人は強くお互いを抱擁した。これこそ同じ志を持つ同志を見つけた瞬間であった。

 

 

「同志ヒフミ……貴方に会えただけでも、私が、わざわざここにきた甲斐が、あった…だから、これを…」

「……こ、これは!限定ペロロジラTシャツ2枚目!?」

「そう…使用用と、保管用……流石に布教用と、護身用は貰えなかったけど、2枚は貰えた……そして、それを貴方にあげる…」

「…ええ!?だめですよ!それはコモリさんが頑張って手に入れたものなんですよね!?受け取れません!」

「構わない…これ、貰い物、だし……ペロロジラも、タンスの中にいるより、ちゃんと着てくれる人のとこにいた方が、幸せ……それに、私は、ウェーブキャット推し……これは、ペロロ様推しの貴方が、持つべき…」

「───!コモリさん!」

「う、ぐ…苦し……」

「そ、そうだ!私も今ウェーブキャットのぬいぐるみを持ってるんです!これと交換にしましょう!」

「そ、それは、良い考え……でも、その前に、離して……」

「あ!ご、ごめんなさい!」

 

 

 ごほっごほっ!

 死ぬところだった。本当にこの肉体は異常なほどか弱い。本当にキヴォトス人かと疑ったし、検査もしたけど…異常は見られなかったんだよな。

 

 

「……」

 

 

 しかし、こんな所でこれほどまでに素晴らしい同志を見つけることになるとはな。モモフレ好きに悪い奴はいない。ナギサのやつも愚かなものだ。こんな善人を疑うなど…

 

 

「……」

 

 

 そういえば、モモフレって結構有名なはずだよな…?かつての仕事仲間にも勧めてみたことはあったが、どうも皆好みではないと言ってな……なんなら知らないとまでいう奴もいる始末。…とある黒服野郎は知っていたが、まあそれは置いておいて…

 ……女子高校生という生き物はこういうものが好きなのではないのか?元男の私でも一撃で惚れたんだ。彼女達なら一発KOだと思ったんだが…

 

 ……それはそれとして

 

 

「…あの、同志ヒフミ……あの子は…?じっと見つめられるのは、怖い…」

「え?あ、アズサちゃん。」

「…あ、あずさ…?」

「…白洲アズサだ。よろしく頼む。」

 

 

 瞬間、私は素早い動きで先生の足の影に隠れた。

 白洲アズサ。記憶に新しい名だ。それもそのはず。ナギサの集めた不穏分子ーズの一人であり、その中でも、私視点最も怪しいと踏んでいる存在なのだから。

 

 ああくそ。油断していた。ここはトリニティの裏切り者とやらがいる可能性のある魔窟。先生とモモフレファンのヒフミさんがいるからと言って油断していいはずがない。

 ほら見ろ!あの瞳を!今にも襲いかかりそうな、獲物を見定めるような目を!

 

 こ、殺され……ん?なんか、見ているところが私じゃなくて…

 

 

「可愛い…」

「…へ?」

「可愛すぎる…!」

 

 

 なん…だと…?

 

 

「ペロロ様なのか?いや、だがペロロ様は鳥…炎なんて吐かないはず……まさか!ペロロ様は可愛いだけでなく鳥という枠組みを超越したと言うのか──!?」

 

「……まさか、同志ヒフミ…この者、も…」

「そうです!アズサちゃんもモモフレンズの良さを知った…コモリさんの言うところの同志です!」

「お、おお…おお…!!」

 

 

 そうか…そうだったのか!!

 

 

「それなら、早く言ってくれれば……モモフレ好きに、悪い奴は、いない…!」

 

 

 はあ、びびって損した!それどころか失礼にあたる行為ではないか!同志を疑い恐れるなどあってはならないと言うのに。

ナギサのやつも疑心暗鬼で目が曇っているらしい。こんないい子達を疑うなど。愚かとしか言いようがないな。まったく…私の中の脳内ナギサ株価はこの頃ずっと右肩下がりだ。

 

 

「…白洲、アズサ……いや、同志アズサ……これは、ペロロジラという…背中のトサカを見ればわかるように…ペロロ様とは、別物……だが、誤認するのも無理はない。ペロロジラもまた…ペロロ様同様に、最高に可愛いのだから……!」

「おお…これは、他のグッズはないのか?」

「あるにはある……だが、とても希少…このシャツのように、限定品が多い……」

「そう…か……それは、残念だ…」

 

 

 うぐっ!?そ、その顔は反則だろう!?

 …それなりに大切な宝物なのだが……仕方がない。同じ道を歩むことになるのなら、新人には優しくせねばなるまい。こう言ったものは、元からいるファンの性質もまた、新たなファン獲得の手がかりとなり、時にはそれを妨げる害悪なものとなってしまうのだから。

 

 それに、先ほども言ったが推しのグッズは、ちゃんとそれを推している者が持つのが一番だ。

 

 

「…仕方がない。」

「コモリ…?」

「コモリさん!?」

「あらあら…」

「!?!?!?!?」

 

「……ごめん…あいにく、持ち合わせが、この2枚だけしかない…だから、私のをあげる……やはり、推しのグッズは、それを推している人が、持つべき─────むっ!?」

「コモリちゃん!!人前で服を脱ぐのはやめようか!?」

「む、大丈夫……今はちゃんと下着を着てる…それに、この場で唯一の男である先生は私の裸体くらい、もう見てる……だから、問題───

「あるよ!?」

「えっち!変態!死刑!」

「コ、コハル!待って、これは誤解…!」

 

 

 なぜか先生の上着で包まれた。別に女同士で裸体を見せ合うことは問題ないはずだろう?便利屋のみんななんて夜の公園で、みんなでドラム缶風呂に入ったくらいだ。それに先生はシャーレで私の裸体くらい見慣れてるはずだ。シャワーの時何度か下着を更衣室に持っていくのを忘れたことがあるからな。まあ、もちろん怒られたが…

 

 

「ん、ああ、そうか…ごめん…汚いものを見せた……同志アズサ、この服も、ちゃんと洗ってから、翌日渡す…」

「いや、構わない。ただでさえこんな貴重なものをくれるというのに、さらに洗わせるなどできるはずがない。」

「そう…じゃあ、これを……」

「ダメーーー!!!」

 

 

 む、今度は何だ。

 

 

「変態!露出狂!あげるにしても洗ってからにしなさいよ!そもそも!こんなところで服を脱がないで!」

「…?どうして…?別に、ここはトリニティだし、ブラックマーケットみたいに、襲ってくる外敵もいない…先生もそんなこと、するはずがないし、問題ない……違う?」

「確かに、そうですよね?」

「全然違うし!あんたも混ざってこないで変態!」

「む、むぅ…」

 

 

 …まあ、確かに、いきなり服を脱ぐのは悪かったかもしれないと、くどくどと文句を垂れ流す目の前の少女、下江コハルとそれを私と一緒に聞く浦和ハナコを見つめる。正義実現委員会はいつから風紀委員会になったんだ?

 んー…これから彼女たちと一緒にこの施設で過ごすことになるのだから、裸なんていつかは見られるんだ。問題ないだろうと思ったのだが……まあ、情報上異常な変態として結論づけている浦和ハナコが私の行動に肯定的な態度を示す以上、これはいけない行動なのかもしれない。

 

 

「…ごめん、私が…間違ってた…」

「わ、わかればいいのよ!」

「次からは、人目のつかないところで裸になる…」

「そうじゃない!」

 

 

 ならどーすりゃいいんだ。

 

 

「…はぁ、まあいいわ。私は下江コハル。あんたも今日からここで勉強するんでしょ?まあ正義実現委員会のエリートである私はこんなとこすぐに抜け出しちゃうから、少しの間だけどよろしくね。」

「すでに知っているかもしれませんが、私は浦和ハナコです。まさかこんな所で貴方のような人にあえるなんて…これからよろしくお願いしますね♡」

 

「…え、あ、よ、よろしく…お願いします。」

 

 

 

「そういえばあんたは前回の試験受けたのよね?どうだったの?まあ?失敗したからここにいるんでしょうけど?」

「え…九十…八点、です…」

「………え?」

 

 

 ああ、そうか。自己紹介を忘れていたな。

 

 

 

「えと……と、トリニティ総合学園、3年生…新戸、コモリ……今日から、先生の補佐として、みんなのサポートをする、予定です……でも、めんどくさいから、わからないところは私以外のわかる人に聞いて……以上、です…」

 

 

 

 

「「……え、えええええええええええええ!?!?」」

「ふふふ」

「……可愛い」

 

 

 ……うるさい。




先生
トリニティの別館に住み込みへ。ストーリーは大体ミカから裏切り者について聞いたくらい。コモリの裸体を見た。コモリのことは手のかかる娘くらいの認識。


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合宿

最近私のやってる色んなゲームでイベントが多すぎて死にそうです。新章にハーフアニバにイベントにバニートキとメイドアリスちゃん。後ついでに受験勉強。
トキとアリス?ええもちろん爆死しましたが何か?


 

「コモリちゃん、ここは…」

「……うわ……嫌いなやつだ…えと、これは…多分、sinを使う…60度の場合、1、2、√3だから…」

 

「コモリ、ここがわからない。」

「…心情を、答えよとか言う、クソ問きたー……でも、大抵、こう言うのって…前か後ろに参考にできる文が………あった、これを使って…」

 

 

 やあ観測者諸君。私だ。

 あれからこの校舎を訪れたシスターフッドの子がブービートラップで爆破されたり、謎の水着パーティーがあったり(別に濡れてなかったのになぜ私まで…)、私は引き篭もっていたからよく知らないがゲヘナ生と一悶着あったりと、色々ありながらも暫くの時間が経った。

 どれほどかと言うと、私がこの校舎の全貌を理解し、自らのセーフティゾーンを築き上げ、生存圏の確保に成功するほどには経っていた。もう今となっては私一人でも部屋を出て歩き回れるほどだ。これはとても凄いことなのだ。

 

 さて、そんな私だが、この間全ての時間を行動範囲の拡大に使っていたわけではない。私だって、名目上は先生の補佐をし、彼女達の勉強を手伝うべき立場なのだ。

 

 まあ?私は天才なので?このくらい余裕なのだが?まあ、めんどくさいことには変わらなかった。だが、しょうがないのだ。先生にも言われてるし、同志達にも頼まれた。私は自分のことをこれだけ頼まれて動かないようなクズではないと自負している。

 

 

「…あ、あの!ここ…」

「ん?あー…イオン化傾向…それは……」

「ああ、それはですね、凛と快感生ギャル…(Li>K>Ca> Na>Mg>Al …)

「変態!」

「じゃあ…コハルちゃんは…ハナコさんに、お願いしまーす……」

「はーい♡全部隅々まで優しく教えてあげますねー♡」

「え!?まって!?コモリ!?」

 

 

 それに人手が足りないと言うわけでもないし、問題はない。

 

 

「よーし……『おつ狩さま』っと…」

『勇者アリスはレベルが1上がりました!』

「おおー…『よかったですね。玉出ました?』っと……」

『出ませんでしたー…これが物欲センサーという物ですね!』

「物欲センサーには…数で対抗……『もう一狩り行きましょう』」

 

 

 そんな健気な少女達が勉強に勤しむ隣、私の手元は彼女達以上に忙しなく動き、その手に持った端末からはさまざまな光が照らし出されている。うわっ!咆哮うるさ。ヘッドホンの調整ミスったか?

 

 

「こ、コモリちゃん?」

「んー…?なに…?先生…」

「もしかしてゲームやってる?」

「そーですよー…先生もやってみる…?」

「いや、そうじゃなくて!今はヒフミちゃん達に勉強を教えてるんじゃないの?」

「ふふふ……マルチタスクですよ…マルチタスク……今の時代、このくらい、できないと……お、尻尾切れた…ナイス柚ポン酢ちゃん………あ、ブラックスーツさん…ナイススタン…地雷装備かと思ったら、意外とやりますね……」

「えぇ…」

 

 

 まあ?私ほどのレベルになるとマルチタスクなんて基礎スキルなんですねーこれが。ああ、諸君は決して真似しないように。これは私に前世分の学力が最初からあったおかげでもあるのだから。普通こんなことしてたら赤点確定だからな?

 

 そうだな、茶番はこの辺りにして本題に入ろうか。この数週間であった出来事の報告だ。

 

 あー、そうだな。まず、補習授業部の面々が学力面に関する問題をクリアしたというところか。非常に喜ばしいことに、純粋に勉強ができていなかったコハル、アズサの二人はヒフミと先生、そして何より!この私の無駄のない洗練された教えによって目標点にたどり着くことができた。

 そして3人の中で最も低い点数を取っていたハナコだが、なにやら深い訳があったようで、先生達の説得によって本気を出すことによって容易く解決。

 

 これから()()()()()()()彼女達は合格をもぎ取ることができるだろう。

 

 そう、何事もなければの話だ。

 確かに彼女達の成績が悪いのも補習授業部入りへの理由の一つだが、その本当の目的は“エデン条約”における不穏分子の排除。

 

 あのナギサが、このまま易々と彼女達の合格を許すかと言われたら…まあないだろうな。

 

 彼女達が本当の意味で合格するには学力だけでなく、この中に潜む“裏切り者”を炙り出す必要があるというわけだ。

 

 

 

 いやぁ……一体誰なんだろうねぇ?どこの白洲ちゃんなのやら。

 

 ん?なに?まさかお前が気づくとは?

 皆様舐めていらっしゃる?私のこと。おい今チョロいったやつでてこい。

 

 はぁ、忘れたのか?私が今までどこで暮らしてきたのか。ブラックマーケット、裏社会中の裏社会だぞ。裏切り騙し合いなんて当たり前。いかに自分が多くの利益を得れるかしか頭にないような、常に相手が友だろうが疑ってかからなければならない事が常識な世界だ。

 

 たかが共通の趣味の一つや二つで私が絆されると思ったら大間違いだ。

 

 そもそも、わかりやすすぎるんだよ。誰だって一人夜な夜な外に出て誰かと密会しに行くようなやつは疑うに決まっているだろうが。

 

 

 

 ……とは言え、このことを依頼主であるナギサに報告するようなことはしない。

 

 別に貴重な気の合う友人だからなんて馬鹿げた理由じゃない。先生から止められたんだ。彼女のことは黙っておいてほしいって。

 

 なんでも、ティーパーティーの一人、聖園ミカがあえて入学させた、かつてのトリニティの派閥の一つ、アリウス分校からの転校生らしく、なんでも昔なんやかんやあって溝の深まったアリウス分校とトリニティとのよりを戻すための存在なんだそうな。

 

 んー、なんかなーって思うとこはある。別に言ってることは正しいし、聖園ミカ──あの時のピンク髪も悪意を持って彼女を入学させたわけではないのだろう。

 

 だが…その……なんと言いますか、聞いちゃったんだよね。私、彼女ともう一人、おそらくアリウス生であろう人物との密会の現場。盗聴器で。

 

 

「はぁ…」

「ん?どうした?」

「なんでも、ない…よー…」

 

 

 だから、目の前で真面目に勉強しているこの少女が裏切り者だとわかりきっているわけで。複雑な気分なわけですよ。

 

 

 一応このことは先生にはまだ伝えてない。変に彼を傷つけるようなことはしたくない。それに、どうせ先生は何があっても生徒の味方だ。

 

 かと言って、さっきも言ったように先生の言いつけを破ってナギサに報告する、なんてことはしない。ナギサからの依頼は彼女の護衛であって、不穏分子の排除じゃないからな。

 

 

 

 ……あと、これはほんと私情になってしまうのだが、どうもこの少女が盗聴器越しに聞いたようなことを起こすようには見えないのだ。

 同じモモフレ好きだから、なんて理由で目が曇ってしまったわけじゃない。直感的にだが、違うと感じるんだ。

 

 私は前述したように裏社会の出だ。つまり、今まで数多くの嘘と向き合ってきたこともあってその類には敏感だ。だから目の前の人物の顔、声、表情からそれが嘘かどうかがわかる。コハルなんかは素人でもわかりそうだが。

 

 そして、そんな私の観察眼をもってしても彼女から“嘘”は感じられなかった。純粋にこの状況を楽しんでいるように感じた。そして、逆に盗聴器越しの声には違和感を感じた。

 

 

 つまり、証拠は十分だが、私の直感がまだ決めつけるには早いと言っているのだ。

 

 

 だから私が選んだ選択肢は沈黙。

 事が起こるまでのんびりと見守らせてもらうことにした。

 

 

 はっ、油断?そんなんじゃないさ。これは余裕だ。

 

 今では便利屋68に敗れ地に落ちた名だが、別に他の奴らが掃除屋()よりも強くなったわけじゃないんだから。

 

 

 

「…っ!……死ん、だ…」

 

【力尽きました。】

【報酬金が減りました。(あと2回)】

 

『おお!仲間よ!死んでしまうとは情けない!』

『どんまいです。』

『次があります。頑張りましょう。』

 

 

 

 ……別に油断してないし。余裕だし。

 




あと誕生日です。祝ってください。誕プレはサンブレイク買います。


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第二試験

生存報告
本当は先週のうちに投稿するはずだったんです!い、色々あって…課題とか誕プレで買ったサンブr……まあなんか色々あったんです!
ちなみにバニートキちゃんは当たりました。アリス…?聞かないでくれ。
あとこの辺りの話はストーリーをなぞるだけなのでもうダイジェストでいいかなと思い始めている。


 

 その日、先生は私の依頼主、桐藤ナギサに呼び出されていた。要件はもちろん補習授業部の件だ。『トリニティの裏切り者を洗い出せ。』、それが桐藤ナギサから、シャーレの先生への依頼であり、先生が…言ってしまえば、たかが数名の問題児のために駆り出された理由である。

 

 ゲヘナ・トリニティ間の平和条約、『エデン条約』を邪魔しようと企む裏切り者の排除。それができないのであれば容疑者である補習授業部全員を退学させる。

 

 もはや脅迫にも近く、そして桐藤ナギサにとっても避けたい選択でありながらも取らざるをえない選択に対して、先生はこう言い放った。

 

 

「私は誰かを疑うことに時間を費やすつもりはないよ。あの子たちの頑張りが報われるように最善を尽くすだけ。」

 

 

 スピーカー越しでも思わず下腹部がキュンとなるようなキザなセリフを吐いたのだ。

 

 先生にとって生徒はどこまで行っても庇護対象であり、疑うべき相手ではないのだろう。なにせ桐藤ナギサからあのような事前情報を受け取っておきながら補習授業部の面々に対して一切の疑いの目を向けることなく、聖園ミカから真実を伝えられた後でさえも何も変わらなかった彼がそのような依頼を受けるわけがないのだから。は〜かっけ、一生推せる。アル様の次に推せるわ。

 

 だが、対する桐藤ナギサはそう簡単には靡かない。

 彼女は今疑心暗鬼の闇の中にいるのだ。何処からか得た『裏切り者』の情報に振り回され、何も信用することができない。寵愛……ハナコの言葉を借りるのであれば偏愛を向けていたヒフミに対してすら疑いの目を向けている。否、向けざるをえないのだろう。

 たとえそれがどんな善人であろうと、それが真実かどうかはわからない。人の心は所詮本人以外、誰にもわからないのだから。

 

 故に彼女は先生に対してこう言った。

 

 

「…承知しました。どうか頑張ってください。先生。

 

 

 私は、私なりに頑張りますので。」

 

 

 

 その言葉の意味を私はわずか数日後に知ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 いつも通りのキーボードを叩く音と、液晶画面から放たれるカラフルな光が支配する暗闇、私の生息域を破ったのは勢いよく開かれた扉と、少し焦ったような声だった。

 

 

「ククク……ガ◯ダムだか、ダブルオーだか知らないけど……口だけ達者でも、意味は…ない!……はい、KO、私の、勝ちー……なんで負けたか、明日までに考えて……───「コモリちゃん!」──ぴぁ!?」

 

 

 いきなり開かれた部屋の扉。

 私が隠れたゲーミングチェア越しに見えたのは焦った様子の先生とヒフミだった。

 

 なんだ驚かすなよと言う安堵と、そして普段は礼儀の二文字を知る彼女達が何故このような私の心臓に悪い蛮行をしたのかと言う疑問が浮かび上がってきた。

 

 

「…ヒフミに、先生……いきなりどうしたの?驚いて、心臓が口から射出されるとこだった…」

「ご、ごめんなさい…あ!そうじゃなくて!コモリちゃんはもうお知らせを見ましたか!?」

「お知らせ…?ソシャゲのイベント通知は見たけど…」

「違います!これを見てください!」

 

 

 そう言って彼女は私に可愛らしいデコレーションのされたスマホの画面を見せてきた。

 

 私はその液晶に映し出された文章に目を滑らせる。そして…持っていたエナドリの空き缶を握りつぶした。

 

 

「ああ…なる、ほど……やってくれたな桐藤ナギサ。」

 

 

 その画面に写し出されていたものは、一言で言えばもうすぐ訪れる第二次特別学力試験に関する変更のお知らせだった。

 

 

 一つ、既存の試験範囲をその約3倍の範囲へ拡大。

 

 二つ、60点から90点への合格ラインの引き上げ。

 

 そして三つ。試験会場の変更。

 

 

「… ゲヘナ自治区第15エリア77番街、廃墟の1階…」

 

 

 ゲヘナ自治区。聞き間違いでも読み間違いでもなんでもなく、端末の画面にはそう映し出されている。

 

 ふざけている。この一言に尽きるな。

 

 

「ど、どうしましょうコモリちゃん…」

「…」

 

 

 ヒフミが不安そうな眼差しでこちらを見つめてくる。

 …桐藤ナギサ。容疑者候補と言うだけで補習部という括りを押し付け、彼女達の退学を企んでいた時点で思っていたが、本当に奴は手段を選ばない。確かにその行動の必要性は理解できる。

 

 トリニティ・ゲヘナ間の平和を目指すエデン条約。その重要性は、たかが4人の生徒とは釣り合いにならないほどに大きい。

 

 だが、理解できることと、それに納得できることとはイコールではない。

 

 …故に、私は彼女達に手をかそう。

 

 

「…ヒフミ、アズサ達は…?」

「も、もう会場に向かう準備をしています。」

「そう……」

 

「コモリ、何か、解決札があるの?」

「先生………あるには、ある。」

「え!?」

「これは…小型通信機…これを耳にはめてもらえば、私がみんなに答えを伝える。そうすれば、合格は可能……」

「!」

「……でも、ヒフミは、みんなはそんなことしたくない…違う…?」

「…はい」

 

 

 まあそうだよな。あんだけみんなで頑張ったんだ。たとえナギサがズルにも等しい行為をして妨害してこようが、今までの努力を裏切るようなことはしたくないだろう。

 

 

「…だったら、私ができるのは、会場までの護衛。」

「え!?コモリちゃんもきてくれるんですか!?」

「それは無理。」

「即答!?」

 

 

 当たり前だろう。私なんかがゲヘナ領を歩いたら速攻でチンピラのカモになりさがる。護衛どころか保護対象だ。

 

 

「…これを、使う。」

 

 

 そう言って私がコントローラーを握ると同時に暗闇の中に一つの赤い光が灯る。そしてそれはガシャンガシャンと音を立て、暗闇から姿を現した。

 

 

「…掃除屋?」

 

 

 剥き出しの骨格に剥き出しの回路、ところどころに最低限付けられた装甲と、そして私が便利屋68戦と、たった今桐藤ナギサの護衛にあてている“掃除屋”とは違った、単眼の頭部。

 

 

「掃除屋の後継機として、私が作り出した……Chirashi-1…別名、散し屋…!」

「ちらし…散し屋って、あの時の?」

 

 

 そう!あの時先生と便利屋68のみんなにボコボコにされヴァルキューレに引き渡されたあの『散し屋』だ!

 従来の装甲はボコボコにされて使い物にならないからひっぺがしてあるし色々改造しているからわからないのも無理もない。前までの丸々とした外見とは違って内部フレームは結構細身だからな。鉄◯のグシ◯ンと似たようなものだ。

 

 

「…光輪システムもないし、機動性も操作性も悪い。唯一優れていることろと言えばパワーだけ……それでも、チンピラ程度から貴方達を守ることくらいは、できる……………と思いたい…」

「すごい不安なんだけど。」

「大丈夫、敵の攻撃に当たらなければいいだけ…」

「無理じゃない????」

「もーまんたい…くくく…プロゲーマーを、舐めないほうがいいよ先生…」

 

 

 先生の的確な指示のもと闘えば負けはしないだろうし、先生はヘイローを持たない銃弾一発で死ぬ私と同様貧弱生物。肉壁ならぬ鉄壁は一つでも多いほうがいい。

 

 そして、この機体は確かに“掃除屋”とくらべれば低性能だ。だが、以前に比べ改良されたコントローラーによって操作性は以前に比べ良好。コントローラー自体のサイズもゲームのコントローラーサイズほどになったし、接続も強くラグも極小。

 

 つまり、掃除屋ほどじゃないにしろこれは私にとってはそこらのゲーム機以上の玩具というわけだ。

 

 そう、ゲーマーである私にとっては銃器以上の宝物。銃撃?当たらなければ問題ない。火力が足りない?殴り倒せばいい。そのためのパワーだ。

 

 つまりこれさえあれば向かう所敵なしというわけだ。

 

 

 ……風紀委員長?正義実現委員会の委員長?あれは例外だ。参考にしてはいけない。

 

 

 

 

 

「『さあ行こう先生。彼女達のための道は私が切り開こう。』」

 

 

 

 

 

 試験は、会場に向かう時点で始まっているも同然なのだから。




ちょっとした自己満足

掃除屋(敵orストーリー戦闘仕様)
神秘装甲、ノーマル
(ステータスはステージによって変更)
EXスキル「殲滅プロトコルα」コスト5
指定した敵に攻撃力の1017%分のダメージを与えた後、対象に接近、ライフルで薙ぎ払うことで扇状の範囲の敵に210%のダメージ及びスタンを付与。
ノーマルスキル「緊急退避」
装弾数が0になった時、地面を叩き割り、蹴り上げることで即席の障害物を生成。
バッシブスキル「単独戦闘システム」
フィールドに味方がいない時攻撃力を26.6%増加。
サブスキル「ベネディクトゥスの光輪」
被ダメージ量が14%減少。攻撃速度を23.8%上昇。



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第二試験2

よわよわ女先生とかいう最癖概念。
自分は敵じゃないよと希望を持たせてから裏切って絶望させt(殴

今回はちょっと(2話分)長いです。
ちな新しい立ち絵。

【挿絵表示】



 やあ諸君。助けてくれ。

 私は今すぐにでも叫びたい気分なんだ。

 

 ──どうしてこうなった、と。

 

 

「逃すな!追え!」

「相手は掃除屋だ!油断するなよ!」

 

 

 一発一発が致命傷になり得る銃弾の嵐が私の背後から前方へと抜けていく。軋むフレームに少し掠ったのか映像の乱れるサイドカメラ。防弾コートの中に仕舞い込んだ成人男性が息を呑む音が聞こえた。

 

 

「コモリ!また来るよ!」

『大丈夫、わかってる。』

 

 

 私たちはただ試験を受けたかった。

 ただそれだけなのに。

 

 どうしてこうなった。

 

 

 

 

 

 ああ、そうだ。始まりは実に単純なきっかけだった。

 桐藤ナギサの策略によりゲヘナ自治区で試験を受けることになった補習授業部の面々は、私と先生を連れて目的の試験会場に行くためにトリニティ領を抜け、ゲヘナの管理する地域へと足を踏み入れた。

 

 そんな私たちを出迎えたのは威勢だけはいい不良たち。ゲヘナとは犬猿の仲であり、さらにお嬢様学校の生徒ということもあって捕えれば身代金をふんだくれると踏んだ彼女たちは私たちに襲いかかった。

 

 そんなまともな連携も取れずどう私に勝つつもりだったのか、などは置いておいても、身代金を取った後どうしてトリニティに目をつけられる危険性がわからないのか、トリニティの武装集団、正義実現委員会の実力を舐めているのかなどと色々問いただしたいことはあるが、結論だけ言えば難なく制圧することができた。先生の指揮と私の戦闘力が合わされば向かう所敵なしというわけだ。

 

 

 さてさて、そんな私たちはその後も順調に敵を蹴散らし続け、やっとこさゲヘナ自治区の都心部とも言える地域の入り口へと到達した。

 

 さあここまで来たらあとは安心だ。ゲヘナといえど、こんな都心部で大体的にことを起こすような馬鹿はいないはず。

 

 しかし、そんな虚しい願いは思わぬ出会いによって打ち消されることとなった。

 

 

『止まれ!』

 

 

 ゲヘナの風紀委員。いわゆる治安維持組織であり、私ができれば二度と戦いたくない人物ランキングのトップに位置する人間をリーダーに置いた組織。

 

 その下っ端と思われる生徒たちが私たちの歩みを止めたのだ。

 

 

 彼女たちの行動は、実は正しい。エデン条約というゲヘナトリニティ間の平和条約が存在するとはいえそれはまだ実現されていないもの。実現されるまではゲヘナとトリニティは相変わらす犬猿の仲のままであるし、むしろその条約締結を阻止しようとする愚か者がいると想像するのが容易いほどに2校の溝は深い。故にエデン条約締結前という重要局面において、ナギサ同様に、不穏分子の排除は彼女たちの役目でもあるのだ。

 

 だが私たちはそんな怪しい人間ではないし、その事実はトリニティ上層部に連絡を取れば証明できる。流石のナギサでもここで知らんぷりはしないだろう。そう高を括り安心していたその時であった。

 

 

『っ!そこのお前!正義実現委員会じゃないか!?』

『えぇ!?』

『ほ、本当だ!襲撃!正義実現委員会が襲撃しにきたぞ!』

『上層部に報告!正義実現委員会がついに来た!』

 

 

 そう言って風紀委員の子たちが指を差すのはコハルの制服。みなさんご存知の通り、正義実現委員会のゲヘナ嫌いは有名な話だ。私の知る限りこれまで何度か小競り合いがあったようで、そんな制服を着た人物がこんな真夜中にやってきたら…まああとはご察しの通りだ。

 

 

『っ!あ、あれは!』

『あの黒コート…間違いない!掃除屋もいるぞ!』

『奴ら掃除屋を雇っている!』

『副委員長に連絡を!』

『え?』

 

 

 そしてなぜか私の身バレもした。

 いやー、確かにこの黒コートは掃除屋の象徴的なものだったけれど、中の機体は別物だし、こんな黒コートそこらへんに売ってると思うんだがなぁ………何?なぜ風紀委員にそこまで警戒されているのか?だと?いやぁ、それは、昔とある依頼でな。普段の風紀委員長の姿を盗撮しろとかいうふざけた物があって、金払いが良かったから受けたら、うん。まあ、当然ばれて、この有様だ。

 

 ここまで警戒されるようなことをした覚えはないのだがなぁ…

 

 

 ああ、そうそう。過去回想はここで終わりじゃない。むしろここから酷くなる。

 

 

『のあぁぁ!?』

『こ、こいつら、やはり…』

 

『アズサちゃーーーん!?』

『…いや、まだ手は出していない。私以外の誰かだ。』

 

 

 誤解も解けず、どうしようもない状況にアズサが銃を構えたその瞬間。前方を封鎖していた風紀委員たちが爆発に巻き込まれ吹き飛んだ。

 

 その下手人はアズサではなく、どこからともなく現れたゲヘナの問題児『美食研究会』のメンバー……と何やら縛られているどこかの誰かさん。どうやら彼女達と先生達は、私が引きこもっている間にこっそり学校を抜け出しちょっとした冒険をしている時に何やらあったらしく、あの時のお返しだのどうのこうの言って私たちを試験会場まで送ってくれることに。

 

 ゲヘナの美食研究会。実力はゲヘナ最強の便利屋68に敵わないまでも、悪名だけでいったらトップレベル。どうやらそこに寝そべっている風紀委員達がわざわざこんなところまで警備に来ていた理由でもあるらしい温泉を求めてそこら中でテロ行為を起こす温泉開発部と同レベルの危険集団だ。

 

 そんな危険人物が護送してくれると言うのはなかなか頼もしいものだが当然それに付随する問題もあるわけで………ん?自分のことを棚に上げるな?いいんだよ私は。廃業したんだから。

 

 まあとにかく、そんな危険人物達と行動してたら私たちも同じテロ集団の一部と思われたらしく、風紀委員、そしてなぜか温泉開発部にさえも追われることとなった。

 

 

『う、うわああああ!?』

 

 

 次々と襲いかかってくる銃弾の雨嵐に、まるでハリウッド映画かのように爆発する道路。縦横無尽に逃げ回る私たちだったが、どうやら運が悪かったらしく、感知した熱反応は足元で、気づいた時にはもう遅いほどにセンサーは危険信号を発していて。

 

 

『っ!先生!捕まって!』

『ちょっ!?』

 

 

 私と先生は乗っていたバイクごと吹き飛ばされた。

 

 どかーん、とね。

 咄嗟に空中に投げ出された先生を抱き抱え、ワイヤーを使ってなんとか着地。現場を把握することができた時には走っていた道路からは落とされ、既にみんなは遥か遠くに走り去っており、そして背後には彼女達ではなく、なぜか私を優先したのか、追ってきた風紀委員の生徒達。

 

 

 

 そんなこんなで、今の現状になったわけ。わかる?

 

 

 

「おお!すごい。空を飛ぶなんて初めてだ!」

『先生、危ないから!すこし!落ち着いて!』

 

「逃げるぞ!」

「先生を解放しろ!」

 

 

 カタンッ!

 荒っぽく操作用のキーボードを叩きつけ、空いている片手でエナドリを一気に飲み干した。

 

 正直言って、かなりまずい状況だ。みりゃわかる?そりゃそうだろうよ。

 

 先生という護衛対象を抱えた上で、大勢の生徒相手に正面から大立ち回り。

 明らかに私の、不意打ち暗殺速戦即決な闘い方とはかけ離れた戦況。

 安価で買い替えの効くこちらの安物の銃と、あちらの武器の性能差。

 そして何より、普段使っている“掃除屋”ではなく別の機体で、しかも装甲は最低限、フレームは一部整備不足、そもそもの機体調整が私本来の闘い方にあったものではないなど……なんというか私が予想した最悪の事態を悉く引き当てたような状況だ。

 

 

 

『先生!顔を隠して。』

「わかった!」

 

 

 どこかの誰かの会社であろうビルの窓をぶち破り、中に転がり込んだ。そして素早く身を隠し、息を潜めながら移動する。

 後ろから続く足音に、そして話し声。どうやら風紀委員たちもそのまま追ってきたようだ。

 

 ……いやぁ、うん。分が悪い。ここにくるまで何人か撃ち落としてきたが、それでもまだ多い。屋外よりは有利に立ち回れると踏んで飛び込んだこのビルも、私が内部構造を熟知しているわけでもなく、うまく使えそうにない。どちらかというと風紀委員の子たちの方が構造は知ってそうだ。

 

 

「……コモリ、ここはやっぱり私が直接説得した方が…」

『いや、それだと時間がかかる可能性がある。試験まであと少ししかない。強行突破が一番だ。』

 

 

「絶対に逃すなよ!今日こそは絶対に捕まえてやる!」

 

 

「イオリだ……ねえ、コモリ何かしたの?すごい敵対視されてるみたいだけど。」

『した…と、いうか、先に悪意を向けてきたのは奴らの方だ。』

 

 

 これは便利屋68にも、先生にも会う前の出来事になるのだが、昔ゲヘナ風紀委員所属の天雨アコという、なんかこう、横乳のすごい人から依頼を受けたことがあった。

 内容自体は単純なのだが、その他の契約から私をなんとか風紀委員の子飼いにしたいという考えが見え透いててな。

 

 ん?断ったのか?いや受けたさ。報酬は良かったからな。契約の一部は変更したがちゃんと受けて、ちゃんと達成した。

 

 ……そして、まあご覧の通りに。

 

 

「その間に何があったの!?」

 

 

 まあ待て。先生の言いたいこともわかる。私を取り込みたい風紀委員と、普通に依頼をこなしただけの自分。何をどうしたらここまで関係が悪化するのか……

 

 そのすべての原因は横乳にあった。

 

 

「アコちゃんね。」

『だってすごいもんあの格好。』

「わかるけどさ…」

 

 

 策略に富んでいることで有名な横…天雨アコは、私が依頼をこなしている間にも様々な妨害を仕掛けてきた。おそらく失敗したことを脅しの材料として取り込もうとしたんだろうね。その頃の私は達成率100%なんて看板にこだわってたから。確かにそれは有効な手段だったんだ。彼女以外にも、カイザーPMCやらそういう私を私兵として使いたい奴らがやってきたことのある手段でもあったのだから。

 

 だが、彼女は一つミスをした…そう、とても重大な。

 

 

『彼女は仕事に私欲を混ぜてしまったのだ。』

「へぇ?」

 

 

 まず、私が受けた依頼は二つあった。

 一つ。万魔殿への襲撃こと嫌がらせ。これは別に良かった。ゲヘナの生徒会に等しい組織であるそこに襲撃を掛けたとなれば相応の罪を背負うことになる……はずだ。流石のゲヘナでも生徒会への襲撃は罪重いよな…?まあ依頼はバレることなく完璧に、万魔殿に特性催涙ガス弾を打ち込むことで達成したし、弱みになりそうな契約書などはうまいこと処分した。

 

 まあ、いい。そして問題の二つ目。

 それは──────

 

 

『【風紀委員長、空崎ヒナの激カワ盗撮写真を撮ってこい。】』

 

「…………………なんて?」

 

 

 もう一度言おう。

 『空崎ヒナの激カワ盗撮写真を撮ってこい。』

 それが天雨アコから出されたもう一つの依頼であった。

 

 ふざけている?ああ、私もそう思ったさ。だがああも真面目な顔で頼まれたらやらないわけにはいくまいて。

 

 

『まあ、そんなわけで私は風紀委員長の激カワ写真……基準がよくわからなかったので個人的にいいと思った瞬間を激写することに成功。だが私としたことがシャッター音でバレてしまってな。おそらくスパイ容疑とかそこら辺の容疑で追われているというわけだ。』

「わーお……」

『あと天雨アコには【掃除屋より天雨アコ様へ】ってデカデカと書いた封筒に例の写真を入れて“風紀委員宛に”送りつけたり、あの銀髪ツインテは逃げるたびに何度もボコボコにしたからな。その私怨もあるんだろうな。』

「うわぁ…」

 

 

 引かないで欲しい先生。これに関しては私のせいというより、そんなバカなことで私を罠にかけようとした天雨アコが悪いだろう。

 

 

『…あ』

「あ!は、発見しました!!!きゃ!?」

 

 

 そんなことを喋りながら走っていたら、風紀委員の生徒Aちゃんと遭遇。即座に銃底で気絶させるが彼女の報告は即座に他の生徒たちにも伝わってしまったようで、幾つもの足音が近づいてくる。あーめんどくさい。

 

 だが、うん。だいたいわかった。

 

 

『先生…少し、無茶をさせていただく。』

「え?」

 

 

 さ、速戦即決で行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!掃除屋!いい加減逃げるのはやめて投降しろ!」

『おいおいおい。何度言ったらわかるんだ?俺ァ掃除屋じゃねぇ…散し屋だってのによぉ…あぁ?』

 

 

 暗く電気の落ちた廊下の扉が勢いよく開け放たれ、風紀委員たちは扉の先に銃口を突きつける。それに相対するは、暗闇に一つの赤い光を浮かべ、先ほどまで彼の身を包んでいた黒コートで縛り上げた()()()()()()を横に佇む2mほどの巨漢。散し屋。

 

 

「ふざけるな。お前の中身が掃除屋だってことはもうわかってるんだ。」

『……なんだ。早く言ってくれればいいのに。こいつの口調に合わせるのもめんどくさいんだ。どうしてわかった?』

「1週間前のヴァルキューレ襲撃及び散し屋の強奪事件。その手口、そして実行犯の姿形がお前に酷似していた。」

『あー…あの時の…見られていたのか…だが、まあいいか。別にそこまで困ることでもない。』

「っ!動くな!!」

 

 

 そう言いながら散し屋こと“掃除屋”は足元の黒い塊に手をかける。それに対してイオリは制止をかけるが、彼はそのままソレを拾い上げ…

 

 

『動くな…それはこちらのセリフだ。これが、なんだかわかるだろう?』

 

 

 黒い掃除屋のコートに包まれた塊。ちょうど大人の大きさ程のそれはダランと彼の腕に持ち上げられてぴくりとも動かない。

 

 

「先生!貴様!先生を離せ!」

『いいだろう。』

「え?」

 

 

 掃除屋の腕が素早く動き、その黒い塊が宙を舞った。

 

 

『そんなにほしいならくれてやる。』

「わっ、とと!?」

 

 

 それを風紀委員の一人が受け止め、そして─────小さな一定間隔の電子音が聞こえ、ズレたコートの隙間からは点滅する赤い光が覗いていた。

 

 

「先s─────不味い!離れろ!」

 

 

 瞬間、光と熱風が辺りを覆った。

 

 

 く、くはははは!!!!

 

 そうさ、時限爆弾だ!先生に偽造した布の塊にただ爆薬をくくりつけただけの単純な構造。だがうまいこと引っかかってくれて助かった!あいつらが単純なバカで助かった!

 

 先生は結構な人たらしだ。私の前世の記憶───そんな設定あったな、だと?…まあ仕方ないな。うん。あんま役に立ってないからな。───では先生はこの世界の主人公。モテるのは必然。そして恋は盲目だ。どんな怪しい状況でもそれは一瞬の隙を生み出してしまう。

 

 そう!つまり計画通りというわけ────

 

 

『っ!?』

 

 

 一発の銃弾が、煙幕を貫き頭部の装甲をえぐった。

 

 

「ゲヘナ風紀委員会のスナイパーを、舐めるな!」

『冗談きついぞ…!』

 

 

 なんつー化け物だ!なんで効いてねえんだよ!

 

 銀髪ツインテール、銀鏡イオリはまるで爆発が効いていない様子で煙幕をかき分けこちらに走ってきた。

 

 ふざけんな!まーじで同じ人間か?その神秘を私にも分けてくれ!ほら見ろ周りを!お前の部下は全員今ので倒れてるぞ!?威力は作成可能な、死なない程度にまで高めに高めた最大値。

 

 な・の・に!なんで!気絶しないんだよ!!!

 

 

『くそっ!』

「逃げても無駄だ!」

 

 

 そのまま私は走り、窓を破って宙に身を投げ出した。もちろん、化け物神秘を持つ彼女が高所からの落下を怖がるはずもなく、確実に私を捕らえるために追ってくる。

 場所は空中。下には街を流れる河川。

 

 

 そう───“ここまでが”計画通りだ。

 

 

「流石の貴様でも空中では避けれないだろ!」

『それは───』

 

 

 放たれた銃弾はそのまま真っ直ぐと私の頭部目指して飛来し、そしてソレは前方に突き出した私の左腕を貫きながらも弾道を逸らして後方に突き抜けていった。つまり──彼女は千載一遇の大チャンスを逃したというわけだ。

 

 

『空中では避けられないのは───

 

 

 そして彼女は見たはずだ。私の右手に持ったマークスマンライフルを。そして察するはずだ。

 

 

『君もだろう?』

 

 

 チェックメイトだということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ───大丈夫!?」

『…パシフィック・むり…あかん、立ち上がれへん。膝ガクガクや。』

 

 

 その後水浸しの状態で先生に合流。銀鏡イオリはあの後見事額に命中させられた銃弾で混乱した彼女は体勢を立て直せないまま着水。いくら化け物キヴォトス人だろうが構造は私の知る“人間”と同じ。不安定な体勢で、不意に水に落ちた場合人間は意識を失う。

 だが私の機体は所詮機械。そのようなデメリットがあるはずも無く、こうして安全に気を失ったイオリを縄でぐるぐる巻きにする事ができたというわけだ。

 

 しかしこちらも無傷というわけにはいかなかった。むしろ限界だ。フレームの歪みも酷いし、左腕なんか吹き飛んでどこかに行ってしまった。あああ…どうしよう…報酬もなく安請け合いした依頼でこんな損害を……経費で…いや、うちに経費なんてものそもそもなかったな。しばらくの間私の食事の一部がもやしに変わりそうだ。

 

 

 その後は歩くのもままならず、先生の肩をかりながらなんとか試験会場に辿り着いた。運良く特にこれといった障害に出会うこともなくたどり着く事ができた。

 

 

「あ!先生とコモリ…何があったの!?」

 

 

 他のメンバー達も無事だったようだ。一部ガスマスクだったり水着姿だったりするが、無事の範疇には入るだろう。多分。

 

 その後、私たちはアズサが見つけたナギサからの伝言を聞き、試験を受けるために中へ入る。

 

 

「は、はい!みなさん入りましょう!いよいよ第二次特別学力試験です!」

 

 

 さあ、後は野となれ山となれ。私のできることは終わった。あとは彼女達を信じるのみ。

 

 

 

「ふーぅ……さーて、あとは、彼女達を信じて、私は…今回の被害総額を……うぅ……頭が────

『開発だぁーーーー!!!』

ひぅ!?」

 

 

 

 突如スピーカーから流れた掛け声と轟音。そして光。

 

 

 

 

 第二次特別学力試験は、どこからともなく現れた温泉開発部の爆破によって回答用紙が紛失。不合格となった。

 

 そして、散し屋もまた、鉄屑と化した。




キャラ崩壊?投稿しただけでも褒めてください。
マジで(作者のテストまであと一週間以内)

Q.コモリちゃんは先生が弱弱だったら襲う?
A.推し(アル)の恋路を邪魔しろと?

ちなみにアルと先生に光堕ちさせられなかった場合は先生を狙う(色んな意味で)人たちからの依頼で襲撃しにくる。


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切り落とされた火蓋

時代(受験勉強)や環境(新しく出る神ゲーとイベント)のせいで… 俺は悪くないんだよ…小説の投稿が遅れたのは時代や環境のせいだ!!もう…嫌なんだ。(言い逃れイナー)
以下ちょっとした怪文書。↓
────────────────────────

『個体名“先生”の意識の覚醒を確認。録音音声を再生します。』

 シャーレのソファーの上で目が覚めると、自分の視界にはロボットの機械的な目がドアップで映った。

『「ザザ、ザー…カンペは……あった………えと…せ、先生、ちょっとお時間いただきます。」』

 よく見るとそれはいつもコモリのそばにいる掃除屋で、彼から流れている音声はコモリのものだ。

『「えー…はい。日曜日なのに、休日出勤なさった、先生のせいで、たまたま時間の空いてた自分が当番になりました。はい…でもめんどくさいから、録音で……んー……何話せばいいんだろ……まあ、いいや。最近、ゲームの友達が、主人公のビジュに惚れて、新しいゲーム始めたんだって……たしか、スター…なんとかって……んで、始めたら…他にも、推せるキャラがいたらしくて……なんだっけ?スヴァ…なんちゃらってやつ……『初星5これってもう運命だろ!』って叫んでたっけ…先生はやって…』」

「コモリ!ダメですよクエストを放棄しては!」
「んー…ねむ……勇者アリスよ…やめなされ…クエストは、もう代行を出したから大丈夫…」
「ダメです!このクエストは自分でやらなければいけません!」
「やだぁ……まだ、寝てたい、の……」

 …扉の向こうから何やら話し声が聞こえてきた。時計はもう仕事を始める時間を指している。当番らしいし、彼女にも少し手伝ってもらおうか。

「うぅ…なんか嫌な予感…」
「おはようございます!先生!」

※以下本編です。


 

「あの…くそ鳥女…髄液が紅茶にでも置換されてるのか……くそ…」

「コ、コモリちゃん?大丈夫?」

「大丈夫に見えますかちくしょう……先生、そこの、取って…飲む。」

「あ、はい。」

 

 

 ぐびっ、ぐびっと音を立てて缶の底に残っていたエナジードリンクを飲み干し、思いっきり机の上に叩きつけた。

 

 やあ諸君、私だ。某紅茶中毒者にしてやられた私だよ。

 

 あーーーくそ!まじで!あの《言葉にするのも憚られるスラング》!!

 あくまで予想…いやもう確信に近いのだがおそらくナギサからの情報で何をとち狂ったのかあんな都心部に温泉があると確信した温泉開発部(バカども)の爆発によって、ただでさえイオリとの戦闘である程度の修理費が確定していた“散し屋”が消滅。先生が拾ってきたネジ一本を残して爆発四散した。

 あの機体に何百万かけたと思ってる!?貴重でもう手に入らないかもしれないオーパーツまで組み込んでたんだぞ!?くそがっ!

 しかも今回の仕事はお友達料金として無償。つまり収入もゼロ!大損だ!

 

 

「だ、大丈夫?」

「だから、これが、大丈夫に、見える…!?」

「ごめんなさい。」

 

 

 あの後すぐにナギサに向けてクレームのメッセージを送りつけたが返信はない。怒りのまま電話だって繋げてみたが例のメッセージが流れるだけで応答なし。護衛としてつけた掃除屋からの位置情報で居場所はわかるがこの調子じゃあ取り合ってもらえないだろう。

 

 この怒り、どうしたものか。

 

 もう依頼とかほっぽり出して大暴れしてやろうか。別に私よくよく考えたら退学になっても多少不便になるだけでやってけるし。身分偽装くらいできるし、以前依頼でちょっかいかけた万魔殿あたりに貸しを作るとか言って掛け合えば、身分の一つや二つくらいは作れるしな。私、いや、“掃除屋”の名の影響力は高いのだ。それにあそこの議長バカだしなんとかなるだろ。

 

 

「コモリちゃんなんかいけないこと考えてない?」

「考えてませーん…」

 

 

 まあそんなことしたらアル様や先生に迷惑がかかるためやらないが。やらないが、本気を出せば私の方が強いことを覚えておいてほしい……!!我掃除屋ぞ!?奥歯ガタガタ言わせてやろうか!?

 

 

「ぬわあああああああああ!」

「お、落ち着いてコモリちゃん?」

「これが、落ち着いて、いられますか…!」

「それよりナギサが今どこにいるかわかる?」

「そんなことっ………はぁ…居場所は、わかります……だけど、多分、無理…護衛に追い返されるのがオチ…」

 

 

 はぁ…まあ、一旦落ち着こうか。ずっとキレていても意味はない。

 

 私は先述した通りにナギサの居場所がわかる。だがその場所はこれまでの『なんか偉そうなティーパーティルーム』ではなく、おそらくセーフルームの内の一つ。そう、そんな場所に隠れていると言うことは“話すことはない”という意思表示に等しい。たとえ先生でも会うことは叶わないだろう。まあ!私が暴れ出せば話は別だがな!

 

 

「ダメだよ?」

「あ、はい。」

 

 

 …先生がダメと言うならやめるけど……うーん…もう少し先生も過激になってもいいと思うんだ。何かを成し遂げたいのならそれ相応の行動をしないと。アル様達だって便利屋68としての誇りを守るため、不正な依頼や闇の深そうなものには手を出さず、時には悪として打ち倒してきたのだから。

 

 ああ…やはりアル様達は最高………っ!そうだ!そうじゃないか。

 

 ハルカ先輩を思い出せコモリ。先輩はアル様の意志を汲み取り、あの人が動けない時率先してあの人のためになる行動をしていた。ならば私もそれをすべきではないか?

 

 大前提として先生は生徒の味方。そして桐藤ナギサもまた生徒の一人。故に彼は手を出すことができない……だが、私は違う。私ならば同じ生徒として、ただの喧嘩として手を出すことが─────

 

 

「ダメだからね?」

「わかってる…!」

「絶対わかってない…!」

 

 

 まあ冗談はさておき……いや流石に冗談だよ。私だってハルカ先輩の行動にアル様がドキマギしてるのは知っている。ただそれが結果的に良い方向に転がりつくのを知ってるから私は止めないけど。

 

 

「そう、いえば…最後の試験って…」

「…明日、だね。」

「……」

 

 

 そう、もうすでに現在時刻夜の10時。そして補習授業部のみんなにとっての最後のチャンスである第三試験は明日。

 …今日まで彼女たちは何度も模試や勉強会を行いナギサの引き上げた合格点に達するよう努力していたことは私も知っているが……おそらく今回も無駄に終わるだろうな。あのナギサが最後だけは手加減をしてくれる…なんてことはないだろう。と言うか、『ない』と言い切れる。

 

 正義実現委員会が動いた。ティーパーティからの要請によってトリニティ第十九分館───つまり、彼女たちが試験を受ける会場が『エデン条約に必要な重要書類を保護する』と言う名目で厳戒態勢に入り立ち入りが不可能と言える状況に陥っているのだ。

 

 事実上試験を受けること自体が不可能となったわけだ。

 

 打つ手なし。私にはもう何もできない。敢えてできるとしたら彼女たちの退学後の身分をツテを使って作るくらいか。…こう、何もできないってのは憂鬱だな。

 

 

「はぁー……ん?…誰?」

「こ、こんばんは先生とコモリちゃん。まだ起きていらっしゃいましたか。」

「いや…私はこれが、平常運転…」

「ヒフミも、眠れない感じ?」

「は、はい。」

 

「私もきちゃいました♡」

「明日は試験なのに、何してるのよ。休むことも大事だっていったのはそっちでしょ!?」

 

 

 …「私もきちゃいました♡」じゃないんだけど。ここ私の部屋なんだけど。ここを夜の女子会の会場にしないでほしい。陽キャオーラに耐えられない。あと部屋が散らかってて恥ずかしいからあんま見ないでほしい。

 

 って勝手に話進めんな。そういうのは自分達の部屋でやれ。私の場違い感がすごい。

 …はぁ、まあいいや。私には彼女達に何か文句を言う勇気はないからな。大人しく聞いてやるよ、と視線はそのままゲームをしながら聞き耳を立てる。

 

 内容はさっき私が前述したとおりのことだ。シスターフッド…このトリニティにおけるティーパーティーに並ぶとされるでっかい組織の人間と伝のあるハナコが聞いてきたらしい。一度はコハルの先輩であるハスミという人に事情を説明して通してもらおうと考えたらしいが、私たちを助けることはティーパーティーから明確な離反と捉えられる可能性がある行動であり、その先輩がコハルの願いを受け入れるにせよ断るにせよ巻き込むわけにはいかないとして断念。

 

 

「……私のせいだ。」

 

 

 そんなお通屋のような部屋の扉を開けて入ってきたのは、これまた暗い表情をしたアズサだった。

 

 

「アズサちゃん!?ど、どこに行ってたんですか?」

「……」

「みんな、聞いて。話したいことがある。」

「アズサちゃん…?」

 

 

「…ティーパーティーのナギサが探している『トリニティの裏切り者』は、私だ。」

 

 

 そう口にしたアズサの顔は少し青褪めており、その手も震えている。無理もない。ソレはこれまで友人のように接してきた、いわば苦楽を共にした仲間を裏切るような発言に等しいのだから。

 

 その言葉を皮切りに、彼女は次々と自身の正体を打ち明けていく。自身の出身校はアリウス分校だと言うこと。ティーパーティーのメンバーであるミカを騙し、トリニティに身分を偽り潜入していること。そして任務を達成するため───桐藤ナギサのヘイローを破壊するために潜入していると言うことを。

 

 しかしこの行動は予想外。まさか自らそのことを打ち明けるとは。そんなことをして仕舞えば任務の障害となり得るのは目に見えているだろうに。何せここにはお人好しの先生と、桐藤ナギサのボディーガードとして雇われた『掃除屋』がいるのだから。もし私たちが障害にならない。もしくは桐藤ナギサを恨み、その計画に加担してくれると予想しての告白だとしたら愚かがすぎる。このアズサがそんなことをするとは思えない。

 

 では、なぜ?

 

 

「明日の朝、アリウス分校の生徒達がナギサを狙ってトリニティに潜入する。」

 

 

「………私は、ナギサを守らなきゃいけない。」

 

 

 

 ……ほう?

 

 

 

「ま、待って!?おかしくない?よくわかんないけどティーパーティをやっつけにきたんでしょ!?なのに守るってどういうこと!?話が合わなくない!?」

 

「……つまり…アズサは、エデン条約締結を阻止したい…もしくは、今、この状態で、エデン条約が実現することを望まない、アリウスと……アリウスの企みを、阻止したい誰かとの、二重スパイ……そういう、こと…?」

 

「コモリ!?いたの!?」

「………ここ、私の部屋…」

 

 

 …おそらく、アズサの言いたいことを要約すると、こんな感じなのだろう。

 アリウス分校。存在自体は知っていたし、もしまだ活動を続けていたのなら横槍を入れる可能性が高いと考えていた組織の一つ。だが、その出身のアズサがこのような立場にいるとは。私でさえその存在を詳しく掴むことができなかったアリウスにティーパーティやトリニティ側の人間がアズサのような間者を送り込むことができるとは考えにくい。ということはアリウス内部での意見の分裂…?その可能性が高そうだが……

 

 

「……それは、誰の命令?場合によっては、その人物と…」

「…これは誰かに命令されたわけじゃない。私自身の判断だ。」

 

 

 ……は?

 

 

「桐藤ナギサがいなければ、エデン条約は取り消しになってしまう。あの平和条約が無くなればこの先、キヴォトスの混乱はさらに深まるだろう。………その時また、アリウスのような学園が生まれないとは思えない………。」

 

 

 …だ、だから、自分の判断で、自分の学園を裏切ったと?

 

 

 ……理解、できない。

 それは、私には到底取れない選択だ。自己犠牲の塊。トリニティのため。キヴォトスのため。自分たちのような存在を生まないために。自らの居場所を失うことになろうとも全てを騙し、守ろうとするなんて。

 

 

「本当にごめん。私のことを恨んでほしい。今のこの状況は全て、私がもたらしたことだから……」

「……それは違うよ。」

 

 

 そして、そんな彼女を受け入れ、その先の見えない茨の道を共に歩もうとする彼女たちもまた、私には理解のできないもので…

 

 

「…何も諦める必要はありません。」

「桐藤ナギサさん……彼女を、アリウスの襲撃から守りましょう。」

 

 

 …それでいてかつて私が見た(憧れ達)に酷似していて、とても眩しかった。

 

 

「………どうするつもり?」

「コモリちゃん…?」

「…予想される敵兵力は、最低でもアリウスの小隊クラス。おそらく、その実力も、アズサから分かるように高いものと推測……貴方達のようなただの生徒が敵う相手じゃ、ない。」

「……」

「…それに、ナギサが貴方達を信じて素直に守られるとは思えない。おそらく、彼女は貴方達のことも敵と認識して、『護衛』を差し向ける。」

「護衛…?」

「…みんな、私がなんで、ここにいるか知らないの…?」

 

 

 ブラックマーケットの都市伝説。金さえ積まれればなんでもやる傭兵。そして、桐藤ナギサが雇った切り札、『掃除屋』。

 

 

「…それが、私。」

 

 

「きっと、このままいけば、みんなは私…掃除屋と、戦うことになる。私はみんなを………いや、貴方達は、私の仕事の邪魔になる。だから、あとは私に任せることをお勧め、する…。」

 

 

「そんな…!」

「……」

 

 

 …おそらく、話に聞くアリウスというのは、“本物”だ。銃火器をおもちゃとしか思っていないような奴らとは違う。()()()()()。だから、彼女達には…

 

 

「…コモリちゃんは、優しいですね。私たちを心配してくれているんでしょう?」

 

「……ハナコ…」

 

「でも大丈夫です。何せ今ここには正義実現委員会のメンバーと、ゲリラ戦の達人と、ティーパーティーの偏愛を受ける自称平凡な人と、トリニティのほぼ全てに精通した人と、ちょっとしたマスターキーのような『シャーレ』の先生までいるんです。」

 

 

 そして彼女は、『それに…』と付け加え、

 

 

「可愛くて最強の傭兵さんもいるんですから。」

「……え?」

 

 

 そう言って手を差し出してきた。

 

 

「桐藤ナギサを守る。手段は違うかもしれませんが、目的は同じです。」

「…」

「それでもダメなら、私たちに雇われてはくれませんか?“金さえ積めばなんでもやる傭兵”、なのでしょう?」

「……」

 

 

 ……これは、多分、彼女達を止めることは初めから無理だったんだろうな。

 

 

「…高くつく、よ。」

「それなら心配ありません。私たちにはシャーレの先生(財布)がついてますから。」

「え!?」

「………先生、このウェーブキャットの、ぬいぐるみを要求、する…」

「よ、よかった…ぬいぐるみ程度なら……まって?プレミア?ほ、ほかのに…」

「値切り交渉は、却下…」

「そんな…」

 

 

 ナギサからの報酬が支払われなかったらほとんどタダ働きなんだ。これくらい要求させてくれ。

 

 

 

 

「作戦内容は一旦、私にお任せください。さあ、今こそ力を合わせる時です。行きましょう!」

 

 

 

 エデン条約を巡る大作戦が、今始まった。




原作が神すぎて割り込む余地がない件。やっぱ原作のストーリーに沿った話より一章みたいなオリジナルの方が描きやすい……逃げていい?()
あとガチャは水着アズサじゃなくてコハルが出ました。えっちなのは死刑!!!


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仮初の幕引き(前編)

本当はあと1話で済ますつもりが長くなりそうだから2話構成に。

ホントはダメだけど!
ひでえ事だけど…!
評価とかコメントとかもホントは…!
5個!
10個くらい爆撃されたい!
できれば星10評価も欲しい…!(強欲)


 

 トリニティ本校。

 月の光が窓から差し込む部屋の中。そこで桐藤ナギサは紅茶を嗜んでいた。部屋の中には、彼女と、彼女の横に佇む護衛以外の影はない。

 

 

「ふぅ……?」

 

 

 そんな部屋の扉が、2回ほどのノック音を発した。

 

 

「……紅茶でしたらもう結構です。」

 

 

 彼女はそれが扉の外にいるまた別の護衛方のノックだと思ったのだろう。しかし、そのノック音の主が返事をすることはない。

 返事の代わりに彼女の耳に届けられたのは、その扉が開けられる音と、彼女の記憶にある護衛の声────

 

 

「……可哀想に、眠れないのですね。」

 

 

 ──ではない、別の誰かの声であった。

 

 

「それもそうですよね。正義実現委員会がほとんどそばにいない状態……不安にもなりますよね、ナギサさん?」

「う、浦和ハナコさん……!?あなたがどうして、ここに…!?」

 

 

 彼女が扉の向こうに見た姿。それは彼女が不穏分子の一人として補習授業部に送り、今は別館から出られないはずであった浦和ハナコの姿だった。

 

 

「それはこのセーフハウスをどうやって知ったのか、と言う意味ですか?それはもちろん、全て把握しているからですよ。合計87個のセーフハウス、そしてそのローテーションまで……ふふ♡」

「な……!?」

「動くな。」

 

 

 コツコツ、と扉をくぐり、部屋の中に入ってくる彼女の姿を目に移しながら、彼女はハナコ…そしてもう一人、こちらに向けて銃を構える白洲アズサと会話を試みる。彼女達がティーパーティーからの命令を破り、この本館にいる時点でナギサの中で彼女達が裏切り者だと言うことは確定している。

 そして、その二人が自身の前にいる事実が、外にいる護衛は倒され、自分を守る戦力が()()()()残っていないということを示すことも。

 

 だが、それでもまだ彼女の中には余裕があった。

 

 なぜなら、彼女の後ろには、どんな不利な状況でもひっくり返すことのできるジョーカー(切り札)があるのだから。

 

 故に彼女はより多くの情報を引き出そうと考えた。

 

 

「『裏切り者』は一人ではなく、ふたり…!?」

「……ふふっ、単純な思考回路ですねぇ♡私もアズサちゃんも、ただの駒に過ぎませんよ。指揮官は別にいます。」

「……!!」

 

 

 しかし、彼女の発した事実が、彼女に驚愕と危機感を与えた。裏切り者は二人。そして把握されきったこちらの情報に配置されていた護衛を難なく制圧することのできた戦闘スキル。何もかもが自分の予想を上回っていた。

 故に彼女は考える。これ以上の対話は危険。彼女達がさらなる手を打つ前に対処し、情報は後で引き出すべきであると。

 

 

「…コモリさん。彼女達を捕まえてください。」

 

 

 故に彼女は切り札を切った。

 ───何故、彼女達が自分の背後にいる護衛に、なんの反応も示さなかったのかという疑問を片隅に置きながら。

 

 

 後頭部に感じる冷たい感触。

 かちゃり、と背後から音が鳴った。

 

 

「……なん、の…つもりですか…?」

 

 

 自身を守っていた“余裕”が溶けてなくなるのを感じる。

 

 

『…いや、なに。裏切り者は二人。実に単純な思考回路だと思ってな?』

 

 

 赤い光が、自分を見下ろしていた。

 

 

「…裏切るつもりですか?傭兵は信───『傭兵は信用が第一、だろ?』───っ!」

 

『だが、都合の良い方に着くのもまた傭兵。それに、貴方が私を護衛として自らの側に拘束しているのもまた、私が信用できないから。そうだろう?なあ桐藤ナギサ。』

 

 

 雑音に混じって、乾いた笑い声が頭上から聞こえた。

 

 

『よかったじゃないか。予想が当たったぞ?』

 

「──────」

 

 

 目の前が暗くなった気がした。

 チェックメイト。切り札も失った自分に取れる手はもう何もない。

 

 そんな状態で残ったのはひとつの疑問。トリニティの全てを知る浦和ハナコ。護衛が意味を成さないほどの高い戦闘能力を持つ白洲アズサ。そして“掃除屋”という名高い傭兵を引き抜くことができる『指揮官』とは一体誰なのか。

 

 

「そのお話の前にナギサさん……ここまでやる必要、ありましたか?」

 

 

 彼女は問う。

 ゲヘナトリニティ間をつなぐ重要な条約、エデン条約を守るため。全てをひっくり返してしまう可能性のある『スパイ』を炙り出すためとは言え、『シャーレ』の先生を巻き込んだこと。正義実現委員会を抑えるためだけに無実のコハルを人質として。そして仲の良かったヒフミでさえ疑い、補習授業部にいれ強制的に退学させようとしたこと。

 

 彼女もわかっていた。

 これがどれだけ彼女達を傷つけたのか。

 

 

「…ですが、後悔はしていません。」

 

 

 そう続けて彼女は言葉を紡ぐ。

 全ては大義のため。確かに友人として、してはいけないことをしてしまったのかもしれない。だが、それでも彼女は『ティーパーティー』の桐藤ナギサとしてすべきことをしたまでだと。

 そう言い切って見せた。

 

 

「……ふふ♡」

 

「では改めて私たちの指揮官からナギサさんへ、メッセージをお伝えしますね。」

 

 

 鋭い視線でハナコを睨みつけるナギサに微笑みながら彼女は言葉を発する。まるで別れの言葉かのように。そして、桐藤ナギサへの、とどめの一手(チェックメイト)だとでもいうかのように。

 

 

「『あはは……えっと、それなりに楽しかったですよ。ナギサ様とのお友達ごっこ。』……とのことです♡」

 

「…………え、…そんな、まさか…」

 

 

 

 頭によぎるのは最悪の予想。

 手から滑り落ち、砕け散るティーカップと、向けられた銃口から放たれるマズルフラッシュが、彼女の意識が暗闇に落とされる前に見た最後の光景であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『く、くふ…あはははは!!』

 

 

 実に滑稽。最高だ。

 や、やあ諸君!私だ。

 聞いたかあの間抜けな声を!見たかあの絶望に染まった表情を!あっはぁー!最高!これだけで私がこちら側についた価値はあったというもの!ナイス浦和ハナコ!そしてざまぁみろ桐藤ナギサぁぁぁ!!!この私をこれまで雑に扱ってきた報いを受けるが良い!!

 

 

『お、落ちついて?コモリちゃん…』

『ははは…ふぅ。大丈夫ですよ先生。もう満足しました。』

 

 

 さてと。こんな悪役じみたことを言っている私だが、任務の目的はその桐藤ナギサをこれから来るであろうアリウスの襲撃班から守ること。気絶した桐藤ナギサの身柄を安全な場所まで移動させる役割は先生とヒフミ達が買って出た。その間、私とアズサが二人であの部隊全てを蹴散らすというわけだ。

 

 

『大丈夫?』

『勿論。私を誰だと思ってるんだ?心配するならアズサの方だろう。』

『アズサはもう配置について……始めてるみたいだね。』

『そうだな。銃声が聞こえてくる。』

 

 

 校舎の一角から立ち上がる粉塵。

 

 

『……先生?思いっきりやっちゃって良いんだな?』

『殺さないでね。』

『了解。』

 

 

 ブツンという音を最後に音を発さなくなった通信機をコートの内側にしまい込む。コンディションは絶好調。機体も不備はなし。今すぐにでも暴れ出したいと液晶越しに叫んでいる。

 

 

『目標発見。』

 

 

 眼下に銃を持ちガスマスクを身につけた一小隊を捉える。勝利条件は敵部隊の鎮圧。指定された制約は「殺すな。」。それ一つのみ。

 

 

『行動を開始する。』

 

 

 

 ───嗚呼、なんて簡単な依頼なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 使い捨てられた薬莢が地面を叩く。

 

 

「はぁ…!はぁ…!」

 

 

 暗闇に響くのは一人分の足音と、鋭く息を吐く音。きっと彼女は今この瞬間、倒れ伏す仲間の頭上からは消えたにも関わらず今なお己の頭上に輝き続ける光輪を恨めしく思っていることだろう。

 

 

「…くそ!くそ!くそっ!どこに…やつはどこに!」

 

 

 ガスマスクのガラスからは忙しなく動く彼女の瞳が窺える。

 

 共に来たはずの仲間たちは倒れ伏し、その意識の有無を証明するヘイローの灯火は光を失い消え去って久しい。

 

 可哀想に。群れを成してたった1匹の羊を狩る。その筈だった。自分は狩る側の狼だと自負していたはずだった彼女は、今やただ狩られるのを待つだけの、孤独な羊になり下がってしまったのだ。

 

 立場が逆転としたと言ってもいい。

 

 …いや、違うな。初めから逆転などしていなかった。

 

 

 私が、狩る側で、君たちは餌に釣られまんまとやってきた間抜けな羊に過ぎなかったのだ。

 

 

「…っ!そこか───!」

 

 

 故に私はただ狩る側の役割を────

 

 

「薬莢…しまっ────

 

 

 ───演じるだけでいい。

 

 

『鎮圧、完了。』

 

 

 風を切る音の後廊下に鳴り響くゴツンという鈍器のぶつかる音と、そこからバチバチバチと発せられる雷光。

 

 私は目の前の対象のヘイローが消え、完全に意識が失われたのを確認してから、手に持ったスタンガンと同様の機能を備えた鎮圧用警棒をコートの内側にしまった。

 

 銃は剣より強しとは言ったものだが、それは場合によるものだと言うのが自論だ。こう言った室内など狭く暗い場所ではこちらの方が使い勝手がいい。

 

 やはり手数が多いというのは良いことだ。状況にあった戦術が取れる。ヘイローもまた同様だ。銃弾を防ぐことのできるという強みはあるがいかんせん光りすぎる。こういう場面では目立って仕方がないのだ。それにこの警棒や、タンスの角に小指をぶつけた時に生じる痛みからも分かる通り、直接命の危険を与える物以外に効果を発さない場合があるなど欠点も多い。

 

 

「キルスコアは…まあ、大体二部隊くらい。」

 

 

 画面横に表示された記録を見る。

 私が引き付け殲滅することができたのは室外の一部隊に、屋内に逃げ込んだ私を追ってきたこの部隊。最初にやってきたもう二部隊ほどは彼方に預けることになってしまったようだが…

 

 

「…まあ、大丈夫、かな…?」

 

 

 未だ銃声や爆音の響く方向を見つめる。大体あっちには私を打ち負かした先生がついてるんだ。負けろと言った方が無茶かもしれないな。

 

 

「さて、と……そろそろ合流、する────っ!?」

 

 

 瞬間、鳴り響く警報。そして画面上に表示された、敵対戦力を表す数多の赤い点と、その中でも異常なスピードで近づいてくる一つの赤丸。

 

 

「───っ!?うっそ、でしょ…!?」

 

 

 それに気づいて操作板に手を戻した時にはもう遅かった。

 

 ブレる視界に急速に変化していく光景。そしてサブモニターが示す機体のあり得ないほどの損傷具合。

 

 

【ベネディクトゥスシステム損傷。想定以上の負荷を検知。自己修復システム起動。再起動まであと32秒───】

 

 

 咄嗟に展開した神秘再現システムもこのザマ。いったいどれほどの強撃を受けたらこうなるのか予想すらできない。

 

 視界が回復し、確認できた状況は自分が何者かの攻撃によって幾つもの壁をぶち破って強制エリア移動させられたこと。そして、自分の突き抜けてきた壁の穴から覗く、襲撃班の正体。

 

 

「……は、ははは……冗談、きついぞ、これ…」

 

 

 思わず、コントローラーを握る手に力がこもった。

 

 

「…ボス戦前の回復くらい、させてほしいな、って…」

 

 

 私は察した。自分はラスボス戦に突入したのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、勝った…?」

「全員戦闘不能。」

 

 

 真夜中の体育館。そこで数多の銃痕と、そこかしこに倒れるアリウス生を残し、先生たちは立っていた。

 アズサの陽動、そしてヒフミたちの待ち伏せと先生の指揮によって彼女たちは見事襲撃に来ていたアリウスの部隊を撃退することに成功していた。

 そこに倒れているアリウスの言葉通りなら別働隊がもうすぐやってくるはず。だが、この騒ぎを聞きつけた正義実現委員会もここに駆けつけてくれる。その事実が彼女たちに勝利という名の希望を与えていた。

 あと少し耐えれば、自分たちの勝ちであると。

 

 勝利の余韻とでもいうのだろうか。

 

 または、油断、とでもいうのだろうか。

 

 

「っ!?」

 

 

 気の抜けていた彼女たちの方を震わせたのは、轟音。そして、体育館の横に空いた大きな穴と飛び込んできた何か────

 

 

『くそ…正面切っての戦いは分野違いなんだ…!』

「コモリちゃん!?」

 

 

 ボロボロになった掃除屋の姿だった。

 

 

『っ…先生。そっちは、もう終わってたのか。』

「大丈夫!?」

『ああ。私は、大丈夫だけど……ああ、すまない。大体二部隊と、小隊もう一個分くらいはもって行ったんだが…大口を叩いた割に依頼をこなすことができなかった。』

 

 

 掃除屋が睨みつけるように見つめる穴の向こう。そこに先生が目を向けると、ちょうど多数の陰が姿を現したところだった。

 

 

「まさかアリウスの増援…!?」

「あんなにも!?」

 

 

 隊列を組むように現れたアリウスのガスマスク集団。その数は…

 

 

「…数が多い、大隊単位だ。多分、アリウスの半数近くが…」

 

 

 …だそうだ。

 

 

「まだ、正義実現委員会が動く気配がない…?」

「それは仕方ないよ。」

「……!」

 

 

 ハナコの疑問。それに答えた声の主が人々の間から姿を現す。

 

 

「だってこの人たちはこれから、トリニティの公的な武力集団になるんだから。」

 

 

 ピンク色の髪に、『ティーパーティ』特有の制服。銃を持って現れた天使の姿は───

 

 

「ミカ……?」

 

 

 聖園ミカ。その人だった。

 

 

「やっ、久しぶり先生。また会えて嬉しいな。」

 

 

 彼女は語る。正義実現委員会は動かないと。それ以外の邪魔──私たちの助けになりそうな集団もまたティーパーティの権力を使って動くことができない状態にしてあると。

 

 そして、自分自身が今回の事件の首謀者、黒幕であると。

 

 

「ミカ…どうして……」

「んー?聞きたい?先生にそう言われたら仕方ないな。」

 

 

 ────ゲヘナが嫌いだからだよ。

 

 

 彼女は本当に、楽しそうに、そして心の底からの想いであるようにそう語った。

 

 ゲヘナが嫌いだから。ゲヘナが心の底から憎いから。エデン条約だなんておかしな約束認められない、と。

 

 故に元々はトリニティの同胞であり、現在のトリニティ生以上に純度の高いゲヘナへの憎しみを持つ彼女たちアリウスは共に手を取り合う同志になり得たと。

 

 

『ははは…さっきも聞いたが、冗談にしては、笑えないな。』

「冗談じゃないよコモリちゃん。」

 

 

 …ゲヘナが嫌いというだけで、同じティーパーティのナギサを消し、アズサをその襲撃犯に、スケープゴートに仕立て上げ、自分はティーパーティの権力を握る。そしてトリニティ、アリウスの新しい連合の設立。挙げ句の果てには全面戦争。

 

 

『……確かに筋書きとしては現実味を帯びているが、いかんせん動機が薄すぎやしないか?フィクションの悪役でももっとちゃんとした物を持っているだろうに。』

 

 

 時間稼ぎのためか、コモリがその体を持ち上げながらミカを煽るようにそう言った。しかし、その返しは彼女にとって排外極まりないものだった。

 

 

「……コモリちゃんなら、わかってくれると思ったんだけどな。」

『……は?』

 

 

 マイクからコモリの困惑に満ちた素の声が漏れた。

 

 

「だって、コモリちゃんもゲヘナの被害者なんだから。」

 

 

 可哀想なコモリちゃん。

 

 

「ゲヘナの生徒に虐められて、学校に来ることもできなくなって。しかも今じゃそのゲヘナ生に脅されて、“掃除屋”なんて危険で残酷な仕事をやらされているんでしょ?そんなの同じトリニティ生として見逃すことなんてできないじゃんね。」

 

『え…いや、ちが……』

 

「いいんだよコモリちゃん。ここにはゲヘナの奴らはいないんだよ。本当のことを言ってもいいの。便利屋69だっけ?そんな()()()名前の人たちに虐められているんでしょ?したくもない後ろ暗い仕事をさせられて、したくも無いのに無理やりお金を稼がされてるんだって。知ってるんだよ?だからコモリちゃんが助けを求めてくれたら私は─────

 

 

『………なが…』

 

 

 ─────え?」

 

 

 

『この勘違いクソ鳥女が…!アル様達を侮辱する者は、誰であろうと、処断するのみ……!!』

 

 

 

「コモリちゃん…!?」

 

 

『先生…!戦闘準備を!あの女は私が叩き潰す…!』

 

 

 

 ───戦闘が、開始された。




多分後編は今日か明日中にはだす。多分。頑張る。頑張りたい。かも。
あと作者別にナギサ様嫌いじゃないしむしろしゅきでしゅ。あのケツに敷かれたい。
付随してなんかみんなミカ様をゴリラ扱いしてる風潮があるけどいけないと思う。ミカはみんなのお姫様なんですよ?お姫様が2Mサイズの掃除屋をぶっ飛ばして壁破壊からの強制エリア移動させるわけないじゃないですか。


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仮初の幕引き(後編)

先生「コモリちゃんは確かいっぱい倒したんだよね」
コモリ「約3個小隊と一個中隊分ですね。」
先生「わざわざ覚えてるあたり自慢に思ってそう。」
コモリ:「」

私が寝るまでが「今日」なのです…
元気玉みたいにたくさんの評価、コメントありがとうございます。もう皆さん優しすぎ。愛してる。もっとくれ(強欲)
でも正直エデン条約はコモリちゃんが主役ではないしほぼ空気なので多分こんな二次創作読むより原作見て来た方が良い。


 

 嗚呼、この世に神という存在が本当に実在するのなら。

 

 私はその右の頬を殴りたい。そしてかの有名な言葉通りに、左頬をも差し出してくれるというならば。私はそれをも思いっきり殴り飛ばそう。

 

 そして倒れ伏した神とやらを踏みつけ、こう言うのだ。

 

 

『ゲームバランスは…!ちゃんと調整してくれ…!!』

 

 

 ─────と。

 

 

「あはは⭐︎」

 

 

 冗談ではない!!

 あれはまるで…神秘が形を成して殴りかかってきているようなものではないか!本当にふざけている!

 

 私のように周到に準備をし、フィールドを整え、その上で切り札まで用意していたのならわかる。だが!だが!この現状はどうだ!?敵の作戦を先に知り、その裏をかいたはずの私たちが。はじめに到着していた部隊相手に有利に立ち回っていた私たちが、ほぼ一人に、たった一人に形勢をひっくり返されているのだ。納得できるか!

 

 バランスブレイカーにも程があるだろう!

 

 

「……なるほどねー。そっかそっかぁ。そりゃみんな『シャーレ』『シャーレ』って言うわけだ。厄介だね、『大人』って。」

 

 

 ミカはそう言いながらも、随分と余裕な様子に見える。

 

 

「それに、コモリちゃんもなかなか強かったけど、無駄だよ?貴方が今倒した子達以上の増援部隊が……ほら、もう来てるみたい。さ、まだまだ続けよっか?」

『…ちっ』

 

 

 ハナコとミカが何やら問答している間に空っぽになったアサルトライフルのマガジンを捨て、コートの裏から取り出す……が、そこで気づく。残りのマガジンが、今取り出した一本のみであると。

 

 サブマシンガン、マークスマン。それ以外の銃火器も既に弾切れ。先の戦闘で使用した警棒はまだ使えるが、こんな広々としたフィールドで使用するものではない。また神秘再現システム──ベネディクトゥスの光輪も、何度も破壊され、エネルギー残量は心もとない。

 

 にも関わらず、体育館の外からはサブモニターを見なくてもわかるほどの、夥しい量の足音。ミカの言葉通り敵の増援が来ていた。

 

 

『はぁ…くそ。』

 

 

 だが、やるしかない。

 この程度の修羅場、この私が何度潜り抜けて来たと思っている。

 

 依頼を達成するため。先生を守るため。

 

 そして何より、便利屋68を侮辱したあの鳥女をぶん殴るため…!!

 

 

『アズサ。貴方と彼女の間に何があったかは知らない。けど前を向け。今はここを切り抜けることを──────!?』

 

 

 

 爆音が響いた。

 

 

 

『…なんだ?』

「んー?」

「トリニティの生徒が一部、こちらへ向かってきます!」

「……?なんで?ティーパーティーの戒厳令に背くような人たちは、もう……」

 

 

 爆音は、こちらに向かって近づいて来て──

 

 

「……いますよ。ティーパーティーにも命令できない、独立的な集団が。」

 

 

 ──体育館の扉が吹き飛んだ。

 

 

『な…!?』

「シスターフッド…!?」

 

 

 現れたのは、このような戦場には似合わない、いわゆる神に仕える者が身につけるような装束を身に纏った集団。

 

 私が増援としてはあり得ないと切り捨てていた可能性の一つ。

 

 トリニティにおいて、ティーパーティーに次ぐ大組織。

 

 

 『シスターフッド』

 

 

「っ!浦和ハナコ…!」

「…まあ、ちょっとした約束しましたので。」

 

 

 ちょっとした約束などで奴らが動くはずがないだろう、あの堅物どもが。などと思いながらも、私は口角が上がるのを感じていた。

 

 

「けほっ、今日も平和と安寧が、みなさんと共にありますように…けほっ。」

「す、すみません、お邪魔します…」

 

「シスターフッドこれまでの慣習に反することではありますが……ティーパーティーの内紛に、介入させていただきます。」

 

 

 光が──勝ち筋が見えた。

 

 

「…さて、片付けないといけない相手が一気に増えちゃったなぁ。」

「……ようやく顔色が変わりましたね、ミカさん?」

「そうかな?まあどうせホストになったら、大聖堂も掃除しようと思っていたところだし。うん、一気にやれるチャンスだって考えることにしようかな。」

 

 

「……さて、じゃあやってみよっか?」

 

 

 マガジンを装填する。

 

 

「…私は、もう行くところまで行くしかないの。」

 

 

 第二幕の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何を見誤ったのかな。」

 

 

 折れた銃身。傷だらけの装甲。散らばった薬莢。火花を散らす切れた配線。そして息の荒い仲間達。

 

 だが、私たちは立っていて、ミカは倒れていた。

 

 決して完全勝利とはいかないまでも、わたしたちは彼女に勝利したのだ。それだけが事実としてそこには存在していた。

 

 

「……ハナコちゃんのことを、見くびっていたから?」

 

 

 暗い体育館の床の上。彼女はポツリポツリと言葉をこぼす。

 

 

「ううん、『浦和ハナコ』がとんでもない存在だってことは知っていた。でも、いつの間にか無害な存在になっていた。変数として計算する必要がないくらいに。」

 

 

 変数。彼女は、自らの計画が崩れ去った原因を振り返るように独り言を続けた。

 

 ハナコに続き、アズサ、コハル、ヒフミ。そして私。

 

 白洲アズサは他にないほどの戦闘力を持っていた。だが、所詮彼女は操り人形で、彼女の計画の変数にはなり得ない。

 

 ヒフミはただ無害な良い子というだけで、変数という言葉とは程遠い。

 

「コハルちゃんはただのおバカさんでしょ?」

 

 …言い方は悪いがコハルも同様に変数にはなり得ない。

 

「コモリちゃんも、驚かされはしたけど、対処できないほどじゃなかった。」

 

 ……まあ、そうだな。屈辱ではあるが、そうだろうとはわかっている。きっと私一人此処に立っていたとしても、彼女の計画を邪魔することはできなかった。例え先生との“約束”がなかったとしたら?…その時は、私はまだあの暗い闇の中一人震え彷徨って彷徨っていただけだろう。こんな青春に立ち会い、そして仲間と共に過ごすなどという経験はしなかった。陽の光を浴びることもなかっただろう。

 

 

「それなのに、どうして負けるかな…」

 

「どこからズレちゃったんだろ。」

 

 

 どこか後悔するような彼女の言葉は、この戦いの結果に対するものではなかったように感じた。

 

 

「……そういえば、一番大きい変数を忘れてたね。」

 

 

 一人一人に視線を向けたあと、彼女は思い出すように、タブレットを片手に真剣な眼差しで彼女を見つめていた一人の大人を見つめ返す。

 

 シャーレの『先生』。

 

 この世界の主人公。そして、私の、私たちの光。

 彼を巻き込んだ時点で、彼女の敗北は確定されていたのだ。

 

 そして───私にとっては顔も知らない、情報だけの存在。ティーパーティーのひとり百合園セイアの死亡から確定したはずだった…彼女にとっても()()()()()は続くことなく、そこで途絶えていたのだから。

 

 

「いやー…ダメだな。私…」

 

 

 自虐的な笑みを浮かべ、天井を見上げる。

 

 

「ミカさん、セイアちゃんは…」

「……本当に殺すつもりじゃなかったの。今の私が何を言っても言い訳になるけど…」

 

 

 きっと、彼女の後悔の原因であろうその名前。

 

 

「……セイアちゃんは無事です。」

 

 

 顔を歪める彼女に向けてハナコが放った言葉は、劇的な変化をミカにもたらした。

 

 

「……!?」

「ずっと偽装していたんです。」

 

 

 初めて見せた感情の乗った表情。

 

 それをまっすぐと見つめながらハナコは続ける。何者かに襲撃を受けたセイアが安全も兼ねてトリニティの外で身を隠していると。負傷が原因で意識こそ目覚めていないものの確かに生きていると。トリニティの組織の一つ、救護騎士団が団長、ミネによって護衛されていると。

 

 

「……そっか。生きてたんだ。」

 

 

 ポツリと呟いた彼女は。

 

 

「よかったぁ…」

 

 

 安心したように、気持ちが晴れたような表情で笑っていた。

 

 

「…降参。私の負けだよ。」

「ミカ…」

 

 

 そう言って聖園ミカはあっさりと負けを認めた。

 私には彼女の感情はわからない。私はただの傭兵で、雇われただけだ。補習授業部のみんなのように巻き込まれながらも必死に抵抗したわけではない。先生のように、生徒たちのために寄り添おうとしたわけでもない。ティーパーティの皆のようにこの事件をめぐって考えを張り巡らせたわけでもない。

 

 だが、今のミカの表情は、実に晴れやかで、まるで繋がれていた鎖から解き放たれたようにも感じとれた。

 

 

「おめでとう、補習授業部…そして先生。あなたたちの勝ちってことにしておいてあげる。もう何でもいいや、私のことも好きにして。」

 

 

 両手を投げ出し、負けを認め、そしてアズサに向き直る。

 

 

「……」

「アズサちゃん。自分が何をしてるのか、その結果この先どうなるのか。それは分かってるんだよね?」

「もちろん。」

 

 

 アズサはミカをしっかりと見据えながら言葉を返す。

 

 

「……トリニティが、あなたのことを守ってくれると思う?これからずっと追われ続けるよ。ずっと、どこに行っても。あなたが安心して眠れる日は、来るのかな?それに、サオリから逃げ切れると思う?アリウスの出身ならもちろん知ってるよね、et omnia vanitas.」

 

 

 Et omnia vanitas

 アズサがよく言葉であり、一切は虚無である、と言う意味だ。

 

 …確かに、その言葉には少しの同意を示すことができる。光の見えない闇の中。ただひたすらに生きることだけを考える日々。人の生き死にに対して関心を抱かず、それ以上にどう効率よく殺せるか、金を稼ぐことが出来るかにのみ重点を置く。そんな毎日。一切は虚無であると思わずにはいられない。否。遠くに見える、どう足掻いても手の届かない光から目を逸らすために、そう語り続ける(騙り続ける)しかなかった。

 

 だが、違うだろう。私は光をみつけた。そして、君はいつもこの言葉の後に付け加えていただろう。

 

 “たとえ全てが虚しいことだとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない。”

 

 ”たとえ全てが虚しいことであっても、抵抗し続けることを止めるべきじゃない。“

 

 

 故に、今日も彼女はその傍観に染まった瞳に対してこう言うのだ。

 

 

「うん、分かってる。それでも私は最後まで足掻いてみせる、最後のその時まで。」

 

 

 ……ああ、やはり君たちは眩しすぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティーパーティの一人、桐藤ナギサを狙ったトリニティ襲撃事件は首謀者として同じくティーパーティの一人聖園ミカが正義実現委員会によって拘束されることでひとまずの幕を閉じた。

 

 だが、補習授業部の皆にとっての戦いはこれからが本番であった。

 

 疲労困憊の体を癒す暇もなく、むしろ差し迫る時間までに会場へと辿り着くために酷使し、いざボス戦へ。

 

 お世辞にもよくない結果を残すことになった第一次特別学力試験からトラブルと策略によりメチャクチャになった第二次特別学力試験を通し、皆で合格点を目指した6度目の模試。

 

 初めはバラバラ、凸凹な集団であった彼女たちは、あくまで第三者として見ていた私からでもわかるほどに結束し、努力し、合格を目指してきた。

 

 

 私はほんの少しだけ、学力向上の手助けをしただけであったが……まあ、そうだな。

 

 

「わざわざ来てくれたんですねコモリちゃん!」

「…ん。」

 

 

 友達…としてその青春が報われることを願おう…かな?

 

 

「……」

「?」

 

 

 ……はは、なんてね。恥ずかしいから言葉にはしないけど。

 

 

「…行ってきます!」

 

 

 

「…行ってらっしゃい。」

 

 

 

「!……はい!」

 

 

 ……こ、このくらいで勘弁してやる!

 

 

 

 

「では第3次特別学力試験……開始!」

 

 

 

 

 

 先生の声を最後に私は会場を後にする。

 

 ここまで付き合ってくれた観測者諸君に深い感謝を。

 一人の社会不適合者予備軍と、4人の学生達の青春はここでいったんの幕引きだ。

 

 試験の結果?そんなもの、分かりきったことだろう?

 

 物語はハッピーエンドが最良だ。悲しみの溢れたバッドエンドなど今更流行らない。みんな結局笑顔が大好きなんだ。

 

 

 それと……ああ、そうだな。そろそろ幕引きの言葉を言おうか。

 

 ありきたりで、時にはあまりよくない意味で使われることもある例の言葉に酷似したもの。そして、物語として綴られなかったその先を示すこの言葉を贈ろう。

 

 

 

 

 ───彼女達の青春は、ここからだ!!

 

 

 

 

 

「あ、まだあの勘違い馬鹿鳥に便利屋68の良さを布教していないじゃないか。」

「待って待って待って。」

「止めてくれるな先生!これは私のしなくてはならない使命であり義務であり────放せぇぇぇぇえぇぇぇぇ!!!!!!」

 

《エデン条約編2章『IF:不可能な証明』──終幕》




【あとがき】
ここまでご愛読ありがとうございました。
いや、うん。一章書いた勢いのまま2章としてエデン条約編に突っ込んじゃったけど、正直言って後悔しています。やっぱ原作に準じたシナリオを書くよりもオリジナルの方が描きやすいし、てかそもそも二次創作ってものを活かせない気がする。
あと原作の完璧さを崩したくない。私はメインストーリーに関わらないけどあったかもしれないちょっとした一幕の二次創作を描きたいんだ!
二次創作の時点でIFなんですけど、この章はこの二次創作の中でもIFってことにしておいてください。もし続いたとしても、新戸コモリはエデン条約を経験しているかもしれないし、していないかもしれない。『シュレディンガーのエデン条約』にしてください。
多分エデン条約編3章は書かないと思います。一応アンケートはとりますけど。多分筆?指?が乗らない。
これからは低クオリティなオリジナルストーリーという名の妄想を輩出していくと思うので、よかったら見ていってください。
では、また。
※最終回のように書いてるけどこの作品自体が完結したわけじゃありませんからね!?


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Vol.? 掃除屋小話編
小銭稼ぎ1


前回は私の性癖がご迷惑をおかけしました。
私だって先生を虐めたかった!愉悦したかっ((((殴

〜この小説はご覧の皆さんの応援でお送りします〜


 

 それは突然のことだった。

 

 

「…くくく…よーくもさっきは煽ってくれやがりましたねぇ…?えぇ?……窮鼠猫を噛む…油断大敵…煽るのは、煽られる覚悟があるもののみ…!」

「……コモリもさっき煽ってたよね…?」

「ぅ……で、でも相手が先に屈伸してきた…!」

「でもその後コモリも死体撃ちしてたよね。」

「ぅぐ…っ!?……あ、あの程度、煽りには、含まれない…」

 

 

 壁にかけられた二丁の銃火器と、謎の絵画に、『一日一悪』と筆で書かれた、うちの社長の書道の残骸。そして今私が寝転がっている縫い目や補修跡の目立つ、以前は立派だったであろうソファー。

 

 『理想のアウトローなオフィス』を目指してうちの社長がデザインした豪華?……それなりに整ったオフィスは────

 

 

「…!はいワンダウン〜……なんで負けたか明日までに考えて………へぁ?」

 

 

 ───ブチンと音を立てて暗闇に包まれた。

 

 

「…っ!?」

「コモリ!」

「了解…!」

 

 

 腰のガンホルダーから拳銃を構えドアと窓を警戒するカヨコさん……と、滑り込むように手慣れた手つきで机の下に潜り込む私。

 

 そしてそのまま他のメンバーにメッセージを送る。

 

 

 かちり、かちりと時を刻む時計の音が嫌に響く。

 

 

 ただの日常の一幕であったはずのこの時間は瞬間的に戦場という非日常と変貌した。

 

 

 早くなる鼓動に、浅くなる呼吸。

 

 

 襲撃犯はいつくるのかと、今か今かと待ち構え…

 

 

「……これ、多分ブレーカーが落ちただけかも。」

 

「…でも、そこまで、電気は使ってない…はず…」

「んー…あ。そういえばこの前()が届いてたっけ。」

「紙…?……ん、あー…そう言う…」

 

 

 いつまで経っても訪れない襲撃に聞こえない銃声。これは襲撃ではなくただの停電だと言う判断をしたカヨコさんと私は警戒をとき、机の下から這い出る。

 

 ドライヤーに電子レンジに洗濯機とかそう言うブレーカー落としコンボは叩き込んでいないはずなのだが……と考えて、カヨコさんの「紙」と言う言葉で一つの可能性に辿り着く。

 

 そのときだった。慌ただしい音を立てて隣の部屋と繋がっていたドアが開かれる。

 

 

「一体何事!?襲撃!?襲撃なの!?」

「もうアルちゃん慌てすぎだって〜」

「て、敵はどこですか!?全部吹き飛ばします!!」

 

 

 ……騒がしい。

 

 

「社長、これ襲撃じゃないよ多分。」

「じゃ、じゃあ一体なんだってのよ!?そんなに電気使ってないわよ!?」

 

「んー…あ、った……」

「?な、なんですかこれ?」

 

 

 私は完全武装状態の彼女たちに向けて、散らかった書類の中から掘り出した一枚の紙切れを例の紋所のように見せびらかす。

 

 

「この、請求書が目に入らぬか〜…」

 

「……へ?」

 

「電気代の、請求書…?」

 

 

 そこに書かれていたのは…紛れもない、滞納された電気代の請求書であった。

 

 

「うん…そう…詰まるところ…電気を止められた。」

 

「…!だ、誰ですかそんなことをする人は!アル様!私が撃ち殺して…!」

「だ、だめよ!?!?」

 

「そして〜……これだけじゃ、ない。」

 

 

 そう言って私は同じく書類の山の中から発掘したもう2枚の紙を取り出した。

 

 

「…私の記憶通りだったら…って思って、探したけど、案の定…」

 

 

 私の手に握られた神に書かれているのは『水道代』と『ガス代』という文字。

 

 もちろん請求書だ。

 

 

「たぶん、もうすぐこれも…」

 

「アルちゃーん!水道でないーー!」

「なんですってぇぇぇ!?!?」

 

 

 ……手遅れだったみたいだ。

 

 

「ちなみに、私の記憶が正しかったら…家賃も、そろそろ収めないと、やばめ。」

 

「どどどど、どうしよう…」

「随分、困ってるみたい…」

「コモリ!!なにか!何か解決策はないの!?もう今月の食費も限界なのよ!?」

「……依頼は?」

「きてないわ!!!!」

「自信満々に言うことじゃ、ない…」

「だって来ないんですもの!」

「はぁ……ちょっとまって…」

 

 

 アル様にゆすられながら私は自分のスマホを取り出す。

 モモトークを開いて一通り目を通してみる。上から先生に始まり少し交流のある生徒たち。かつての傭兵仲間に企業。あと怪しい大人たち。

 

 先生……は、なしだ。先日依頼という名のお手伝いをさせていただいたばかり。これ以上は迷惑をかけられない。彼が過労死してしまう。

 

 んで、次に交流のある生徒達……もないな。依頼なんてあったとしてもお使い程度。生活費の足しにはならない。

 

 怪しい大人達……は論外。アレほど信用という言葉が似合わない者たちはいないだろう。見た目からして胡散臭すぎる。

 

 そんで傭兵。傭兵ねぇ……うん。旧友もいるんだけど、悪友というか……信用ができない、というか……関わりたくないタイプ…

 

 

「Prrrrrrr…」

 

 

 ……

 

 

「ん?電話見たいね?」

「……嫌な、予感がする…」

 

 

 私は変声機を口元に当て、電話をとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、久しぶりですね、掃除屋。お元気そうで何より!」

「………。」

『………チッ』

 

「え、え、な、何よこの空気。」

 

 

 電話で伝えられた廃ビルの一角で待っていたのは藍色の髪をした犬耳の生徒と、同じくトリニティ生の様な翼を生やした赤髪の生徒だった。

 

 

「いやぁ。まさか!“高給取り”で有名な掃除屋さんが?こんな端金な依頼に飛びつくだなんて思ってもいませんでしたよ。」

 

『運の良いことに今はセール中でな。それにしても良く回る舌だ。弱い犬ほど良く吠えるとはよく言ったものだが、事実だったらしい。』

 

「っ!何度言ったらわかるんですか!?私は犬じゃなくて!狼だと!」

『似た様なものだろ。というか突っ込むところそこか。』

「弱いのは事実ですからね!」

 

 

 謎に自信ありげにペッタンコな胸を張る少女を画面越しに見つめ、ため息を吐き出す。

 そう、こいつらが私の傭兵仲間であり、旧友であり、悪友であり、商売敵でもある────

 

 

「さて、と。ほったらかしにしてすみませんね。まさかあなた方ほどの…この馬鹿をわからせられるだけの力を持つ実力集団。彼の便利屋68に来ていただけるなんて思ってもいま───

 

「長い。俺は赤鳥ホムラ。戦闘は得意だ。短い間だがよろしく頼む。」

 

────……はぁ。黒晶アイムです。まったく。挨拶くらいちゃんとさせて欲しいものです。」

 

 

 通称『情報屋』の二人組である。

 

 

「あ、よろしくお願いするわ。私は陸八魔…」

『アル様。まともに相手する必要ない。どうせ偽名。前聞いた時とは違う。』

「ええ!?ぎ、偽名ですって!?…アウトローだわ…。」

 

 

 あーいけません。いけませんアル様。アレは参考にしてはいけないタイプのアウトローです。

 

 

「聞きましたホムラ?アル様ですって。あの天下の掃除屋様の謙り様。もう語尾に“W”がついちゃいますよ。ぷーくすくすw」

「……うるさい。」

 

 

 ……ムカつく野郎だが、仕事相手としては心強い奴らでもある。情報戦特化のアイムこと『黒狼』に戦闘特化の『赤鳥』。

 ブラックマーケットでもなかなかに名を轟かせた、()()()()()()優秀な傭兵達だ。私も一度敵として戦ったことがあるが手強い…というよりめんどくささが勝る二人組だった。

 

 とにかく、そんな二人となぜこんな廃ビルで落ち合ってるのか。

 

 

「こほんっ。そろそろ本題に入りましょう。皆さん、此処にお集まりということはこの依頼…いえ、イベントにご参加いただけるということで宜しいですね?」

 

 

 それはこいつらの誘いに乗ったからだ。

 

 

「依頼内容の振り返りといきましょうか。」

 

 

 そう言って彼女は端末を取り出し、ホログラムを展開する。

 

 

「ミレニアムの『廃墟』…みなさんご存知の通り、トリニティの『カタコンベ』、ゲヘナの『アビス』に並ぶ特異地点。そこからとある信号をキャッチしました。」

 

 

 ……『廃墟』。ミレニアム領内に存在する軍事工場跡を含むある一定地域の通称であり、私の『掃除屋』や『散し屋』に使用するオーパーツ集めにお世話になった場所でもある。

 

 まあ連邦生徒会長によって出入りの制限される場所だから一般生徒は出入りできないがな。私は良いんだ。バレてないから。

 

 

「そしてその正体は、とある巨大なオーパーツ。スキャンしてみたところ、その周辺にはまるでオーパーツの集積場とでもいうかの様に、様々な種類のオーパーツが積まれていることも確認済みです。」

 

「…てことは!」

 

「そう……つまるところ、そこはオーパーツの山!宝の山!金目のものがたっぷりというわけです!!!」

 

 

 大袈裟に両手を広げてアル様の質問に返すアイム。だが、彼女の言っていることは事実。彼女の情報が正しいのなら、そこに置かれているオーパーツだけで、ちょっとした財産ができるほどのもの。

 生活費を賄うどころか、生活の質を大幅に向上することも可能。より大きなオフィスに住むことだって可能なのだ。

 

 

「と、取り分はどうするわけ!?」

「そうですねぇ…んー……七対三でどうです?そっちが七で。」

「ななたいさん…………七対三!?!?!?」

 

 

 アイムに提示した配分率。それに驚きを隠せずアル様が悲鳴にも歓喜にも近い声を上げる。

 

 

「あ、やっぱこの情報持ってきたの自分なんで六対四で勘弁してくれませんか?」

「ほ、ほんと?ほんとに六対四でいいの!?こっちが六なのよね!?」

「勿論。」

「あ、あ、あ……」

 

 

「やったぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 アル様はそんな可愛らしい歓声をあげて他のメンバーの元へすっ飛んでいった。実に尊い…

 

 ……だからこそそんなアル様を危険な目に遭わせないために、アル様の至らないところを私が補填するのだ。

 

 

『……何のつもりだ?』

「…何のつもり、とは?」

 

 

 惚けるつもりか?

 

 

『お前はさっき私のことを“高給取り”呼ばわりしたが、お前もそこそこな額を依頼人に請求してたこと忘れたとは言わせないぞ?』

「っ!」

「……赤鳥、下がってください。掃除屋さんも。いきなり銃を向けないでくださいよ。驚いちゃうじゃないですか。」

 

 

 銃のハンマーを押し込んだ。

 

 

「……はぁ。そんなに信用ないですかね?私。」

『ああ。』

「…そんなはっきりいうんだ。傷つくなぁ。」

『さっさと言え。』

「わかりましたよ。」

 

 

 こうさんこうさん、とでもいう様に彼女は両手を上げた。

 

 

「量が量なので、六対四でも十分ってのもありますが……その廃墟。私たちでは手に負えないのです。」

 

 

 彼女は語る。

 かつて軍事工場だったそこには、何者かによって今なお戦闘用オートマタや護衛ロボが闊歩する、いわば高難易度ダンジョンと化しており、自分達だけじゃその目標のブツをもって帰るどころか、目標の地点まで辿り着くことすら難しいのだと。

 

 

「そこで、戦闘を極力避けるスタイルだったとは言え、単騎で廃墟に出入りしていた貴方に白羽の矢が立った、というわけですよ。」

『…なるほどな。なぜ私の行動を把握していたのかなどは疑問に残るが…まあいい。わかった。』

「おお、では…」

 

『だが』

 

 

 おろしかけた銃口を再びアイムに向け、トリガーに指をかける。殺意を含んだ目で、念を押す様に、相手を威圧する様に私ははっきりと言葉にする。

 

 

『少しでも怪しいそぶりをして見ろ。殺すぞ?』

 

 

 

 

「……ははは、怖い怖い。」

 

 

 苦笑いを浮かべる彼女に背を向け、私も皆のもとに向かう。

 

 

「…でも、契約成立ですね。」

 

 

 ちょっとした小遣い稼ぎのイベントが始まった。

 

 




特に考えず下手にオリキャラをぶち込むのはカオスの原因。でもちょっと出すだけならいいよね。ということでこの話だけの限定メンバー。

黒晶アイム&赤鳥ホムラ
『情報屋』という名の二人組傭兵。身長的にはアイムが160ちょいでホムラが150ちょい。情報担当と戦闘担当。本当にこの一二話しか出さない予定だから覚えなくてもいいちょいキャラ。
(前作の主人公と脇役をもとに作られてるけど名残程度。ストーリーには関係ない。作者の自己満。)


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小銭稼ぎ2

英検大爆死した作者です。
助けて…誰か、私に英語を教えて…
後ついでに数学と化学と物理と地理と古典もお願いします!!(うちの子と比べ随分低スペな作者)


 

 マークスマンの銃身を掴み───思いっきり振り下ろす。

 

 振り下ろされた先はべコンと気持ちの良い音を立てて凹みを作り、今の衝撃で、どこか回路が破壊されたのか“ソレ”はスパークを上げながら沈黙した。

 

 

「……相変わらず乱暴な戦い方ですねぇ…それでよく銃が壊れないものです。」

『なんだ?貴様もこれで殴られたいのか?』

「どう解釈したらそうなるのですか!?」

 

 

 物陰に隠れながら敵との戦闘を最低限にし、その戦闘も銃は使わず近接戦闘のみに限りながら私たちは荒れ果てた廃墟の中を進んでいく。 

 

 なぜ銃を使わないのか。

 キヴォトス人の相棒であると言っても過言ではないと言える銃。それは確かに凄まじい破壊力と少ない時間と手間で敵を処理することができると言う近接武器を遥かに超える利点を持っているのは間違いない。

 デメリットは音がでかいことや、マズルフラッシュが明るいことくらい。メリットの方が明らかに優っているだろう。

 

 だがこの状況に限っていえば、その少ないデメリットは多くのメリットを打ち消す致命的な欠点になり変わってしまった。

 

 そう、敵がバカ多いのである。もし少しでも物音を立ててしまえば、気づかれ、警告音、または戦闘音が鳴り響いた瞬間にでもゴキブリのように廃墟の隙間から増援が現れ、私たちを排除しにかかるだろう。そうなったら流石の便利屋68でも先生のいないこの状況ではきつい。

 

 

 そこで抜擢されたのが、近接戦闘も難なくこなす私……とついでにホムラであった。

 

 

「よくやったわコモ…ん゛ん゛!掃除屋!!そしてホムラ!」

「………ふん。」

『あ、あ、アル様に褒めて……わぁ……!』

 

「……ホムラさん。」

「ん?なんだ?」

「これが掃除屋って本当なんですかね…前会った時の威厳が全然…」

 

『騒がしいぞ駄犬。その耳引きちぎってやろうか。』

 

「なんで私にだけそんな当たりが強いのですか!?」

 

 

 駄犬は黙っていろ。

 

 しかし…本当に面倒な。

 確かに廃墟として捨てられたこの地は瓦礫やら何やら、身を隠す障害物は五万とある。だが、その分あたりを徘徊する機械兵が多いのもまた事実。雑魚戦が多発して進めない見たいな感じで、正直言うと非常にめんどくさい。その上少しでもミスしたら全滅の可能性が浮上すると言う精神すり減らしセット付き。お得だね、じゃねーんだよ。

 

 

「よいっしょ…っと。」

『む、すまない。見逃していた。』

「構わない。今は仕事仲間だ。助け合うのは当たり前だ。」

『感謝する。』

 

「……なーんでホムラには普通に接するんですか…」

『うるさいぞ駄犬。』

「なんでぇ!!??」

 

 

 良い加減飽きてきた。赤熱した刃を機械兵から引き抜くホムラを横目にそう思い始めた────ので、ちょっとした悪戯をしてみることに。

 

 

『アル様〜』

「え?なに…」

 

 

 振り返ったアル様に、先ほど壊した機械兵を向け───

 

 

『バンッ!!』

「きゃあ!?」

「ぅわ!?」

「む…」

「なになにー?」

 

 

 ちょっとした掛け声と共にソレが彼女たちに向けて光を放った。

 

 

「な、何するのよ!?」

『いや、ちょっと飽き…興味深いものがありまして。』

「興味深いもの?」

『はい。これ。写真です。』

「へぇ!」

 

 

 そう、写真である。

 ちょうどびっくりしたハルカさんと目を瞑っているカヨコさん。なぜか楽しそうなムツキさんに……

 

 

「私白目向いてるじゃない!?」

 

 

 なぜか白目を剥いているアル様。

 

 

「け、消してちょうだい!」

『いーやーでーすー。もうアーカイブに保存しましたー。』

「し、社長命令よ!」

『パワハラ反対ー。私はもうこの可愛らしい写真を手放しませんー。』

 

「………あまり騒がないでくださいよ。見つかっちゃいますよ?」

『黙れ駄犬。』

「流石にこれは酷くありません!?」

 

 

 アル様と壊れたロボットを巡る小さな小競り合いをしている。そんな時だった。

 

 

「…ねえ。黒晶。あれは?」

「はいはいなんですカヨコさ………お?」

 

 

 カヨコさんの指差した場所。渡り廊下的な場所を挟んだその向こうに何やら点滅する機械的な物体と、その辺りに散乱する見たことのない形状の物体が目に入った。

 

 

「そう…ですね。反応もちょうどそこから出ています。」

 

 

 …つまり。

 

 

「目標物、発見ですね。」

 

 

 あれが、ガラクタの山のようにも見えるあれが宝の山というわけだ。

 

 ……データ適合。確かに、既存のオーパーツのデータと一致するものがいくつか確認できた。確かにアレが宝の山なことには間違いないだろう。実際ちゃんとしたところで売りに出せばかなりの高額になることには間違いない。特に中央に置かれた巨大なオーパーツ。今なお起動しているアレがなんの役割を果たすのかは不明だが、価値があるものなのは事実だ。

 

 だが……

 

 

(何か違和感を感じる。)

 

 

 なんていえば良いのだろう。例えば……そうだな。自然豊かな森の中。木々の生い茂り、わずかな文明の残りはあるものの、そのほとんどは自然に飲まれ、レンガなどは苔に包まれている。そんな中たった一つ、コケの一つも付いておらず、蔦も絡まっていない。そんな真新しいレンガがそこに混ざっていたとする。

 

 どうだ?違和感を感じるだろう?

 

 そう、それだ。私が今感じているのは。アレは、明らかに…とはいかないが、私のようにちゃんと知識を持って観察している者からしたら違和感を感じるのだ。

 

 つまり、どう言うことかと言うと

 

 

『アル様、無闇に近づくのは危険──

 

「行くわよみんな!早く持って帰ってみんなで一人一つの柴関ラーメンを食べるのよ!!」

「お、おおーーー!」

「いえーい♫」

 

 ──────……へ?』

「……はぁ。」

 

 

 私が忠告した時には、彼女たちの背は遠く、遠く、渡り廊下を走っていっていた。

 

 

『勘弁してくれ…っ!』

「…こうなったら行くしかないね。」

 

 

 ため息混じりに呟くカヨコさんと一緒に私も駆け出した。もう罠とかどうとか言ってる場合じゃない。いざとなったら彼女たちを守れるように近くにいなければ。

 

 本当に……便利屋68、いや、陸八魔アルという人物は非常にカリスマ性があり、人を惹きつける素晴らしい魅力があるのは私──掃除屋としても私から見ても事実だ。……だが、彼女に救われ、憧れを抱いている『新戸コモリ』としての目線を抜きにして仕舞えば、なんというか…放って置けない…非常に失礼なのだが、“ポンコツ”と言う言葉が似合うような御人だ。

 

 だからこそ私や、カヨコさんが彼女を全力でサポートする必要があるのだが……

 

 

『警告する間も無く突っ走られたらどうしろと…!』

 

 

 どうしようもない。諸君もそう思うだろう?

 ……あ?妄信的に信仰してるように思ってたから意外?……別に妄信してるわけじゃないけど、彼女のことは先生と同じくらい尊敬してるし、信じている。けれどそれとこれとは話が別だろ?信じすぎた結果その人を失ってしまった、では元も子もない。

 

 

「……不味い、かもね。」

『っ!アレは…!』

 

 

 走りながら横…いや、渡り廊下の下を見る。そこにいたのは今までの雑魚敵どもではなく、一体の巨大な多脚型戦車。

 

 ───通称:KETHER───

 

 かつて私が部品集めの際に遭遇したことのある“脅威”の一つであり、最もきらびやかに輝く至高の王冠。セフィロトが一つ、ケテルの名を冠するデカグラマトン、第一の預言者。

 

 私も詳しい情報を持っているわけではなく、デカグラマトンという聞きなれない単語の意味も、昔依頼で関わったことのあるカイザーPMCから得た情報のみで認知の浅い状態。

 

 だが、ソレが持つ高度なAIと多様な兵装。地形、敵戦力に合わせた戦術。ケテルという存在がいかに脅威であるかは十分に理解している。

 

 

(私一人なら、最悪対処可能ではある。が、皆と共に戦うとなると厳しいかもしれない。皆が足手纏いというわけではないが、相手の情報が全くない状態で戦うのはできるだけ避けたい相手だからだ。)

 

 

 奴を撃退するにはちゃんとした準備をする必要がある。ソレほどまでの“脅威”。

 

 故に───無策で突っ込むなど論外なのである!!

 

 

『黒晶!私はアル様を連れ戻す!お前はもし見つかった時の援護として────』

 

 

 そして気づいた。

 

 

「………」

 

 

 奴らがその場から一歩も動いていないことに。

 

 そして──分析しても拭いきれなかった違和感の正体。それはあのあからさまな宝の山……()()ではなく。

 

 

『───しまっ』

 

 

 今この瞬間に私たちが立っている渡り廊下の、作り物感に。

 

 そして、黒晶が顔に張り付けた笑みを深めながら、手に持った銃口を地面に向けていることに。

 

 

「パァァァンッ!!」

 

 

 嘲笑うような、銃声を真似た声と鳴り響く発砲音。そして銃痕を起点に走る亀裂と、爆発しながら崩れゆく足場。

 

 そこでようやく私は、奴らの罠に嵌められたことに気づき、そして同時に手遅れでありことも悟る。

 

 

『───っ!くそ、っ!』

「悪く思うな。これも、仕事だ。」

 

 

 右腕から放たれたワイヤーはホムラの短剣によって弾かれ、足場を掴むことなく宙を舞う。

 

 

『カヨコさん!捕まって!』

「っ!わかった…!」

 

 

 遠くから聞こえる聞き慣れた悲鳴とハルカの社長を呼ぶ声と笑い声。ほら言わんこっちゃないという気持ちと、“ムツキさんわかってたなら止めてくれ!”、という気持ちを抱きながらカヨコさんを抱き抱え重力に身を託す。

 

 

『ベネディクトゥスシステム展開!ショック体勢!落下まであと5、4、3、2、1────っ!』

「けほっけほっ」

 

 

 画面がブレるほどの衝撃と地面と衝突することで生じた衝撃音。

 

 機体状況の確認。問題なし。カヨコさんのバイタルチェック。異常なし。

 

 

『怪我はない?』

「大丈夫。そっちは?」

『問題なし。アル様たちは……

 

「いったぁぁぁあい!?」

「だ、大丈夫ですか!?」

「まんまと嵌められちゃったね〜…」

「嵌められたってどういうこと!?」

 

 ……大丈夫そうだな。』

 

 

 というかまだ気づいていなかったのか…

 

 

「あっははははは!!く、くひ、わ、笑い死ぬ…!」

「……はぁ。」

『なんの、つもりだ“情報屋”。』

「はははは。怖いなぁ。もう。そんなに睨まないでくださいよぉ?」

 

 

 今は見上げる形になった渡り廊下の縁に立ってこちらを見下ろす黒晶と赤鳥を睨みつける。

 

 

「私達も依頼を受けてるんですよぉ?」

『依頼?』

「ええ。今は地に落ちたとはいえ、かつて裏社会でブイブイ言わせていた“掃除屋”。よく勘違いする馬鹿がいますが、貴方はその信用が地に落ちただけであって、別に貴方の腕が鈍ったわけではない。その実力は未だ健在だ。」

『……』

「そして……そんな貴方を邪魔に思う馬鹿どもはたくさんいる……そういうわけです。」

 

 

 ……つまり、私が便利屋68に敗北したことでその信用は地に落ち、『掃除屋』に対する需要は下り坂。だが、その危険性を把握している者や、今ならやれると勘違いした馬鹿、かつて私が恨みを買った奴らなどからの依頼で情報屋は私を消しに来たというわけだ。

 

 

「いやあ、便利屋68の皆さんを巻き込んだことは申し訳ないですが……まあ、どうせ商売敵には変わりない。今のうちに処理できるのは運がいいと言えるでしょう。」

『……貴様如きが私たちを殺すことができると?』

「いえいえいえ!まったく?そのようなことは思っていませんよ?だからこそ、こうして罠に嵌めさせていただいたのです。」

 

 

 そう言って彼女は私の後ろ。ケテルと、ソレから逃げるようにしてこちらに走ってくる彼女たちを指差した。

 

 

『……ぶち殺すぞクソガキが。』

「きゃーこわーい!助けて、ケテル様〜!」

「っ!」

「コ、コモリ!やばいわ!どどど!どうしたら!」

『……』

 

 

 ドスン、ドスンと大きな足音を立ててこちらに向かってくる巨大多脚型戦車ケセド。

 

 

「あ、アル様!私がぶっ壊して…!」

『待て。』

「ど、どうしてですか!?」

「…ふ〜ん?何か策がある感じ?」

『…ああ。』

 

 

 痺れを切らしたハルカさんが散弾銃を構えてたのを片手で制し、ただひたすらにソレを睨みつける。コントローラーを握る手が手汗で気持ち悪い。嫌な汗が頬をつたる。緊張感が体を支配する一方で、しかし確かな自信を私は抱いていた。

 

 

『……』

 

 

 あと一歩、奴がその前足を前に踏み込めば私たちを潰すことができる。そんな距離で、奴の複数のセンサーがこちらを舐め回すかのように見つめてくるのを感じた。

 

 

『……』

「ひぃぃぃぃ…」

 

 

 1秒、2秒、3秒…そして10秒が経過した時。ソレはようやく私たちから視線を外し──────まるで興味を失ったかのように上を向いた。

 

 

「───は?」

 

 

 結果として、デカグラマトンの第一の預言者。廃墟の守護者。セフィロトが一つ、KETHERは我々を敵とみなさなかった。

 

 

「っ!なんで…!」

『く、くくく。くはははは!!』

 

 

 ────計画通り。

 

 

『…知ってるか?この廃墟の機械兵どもは個体間の情報のやり取りをするためのちょっとした回線を持っているんだ。』

「…は?」

『その一つに敵と味方の識別に関する情報のやり取りがある。』

 

 

 当たり前だな。味方機に誤射するようなことがあったら目も当てられないからな。

 

 

『そしてその情報の判別に使われる物は、今現在私が偽装して流している個体識別番号のほかに()()()()()()()()がある。』

「画像認識システム…?」

『そう……そ〜し〜て〜?これ、なーんだ?』

 

 

 そう言って取り出したのは一枚の写真。掃除屋に仕込まれた機械の一つ、現像機によって印刷された写真。

 

 

『便利屋68の皆さんの集合写真だ。』

「なっ!?」

「あ!それさっきの!!」

 

 

 アル様が白目を向いているあの写真。行動不能にした機械兵のカメラ機能を使って撮影したものだ。コレをちょっとした細工を施した上で機械兵間のネットワークに流し込めば…ご覧の通り。

 だからアル様の命令を断ってでも保持しておく必要があったんですね。まあこれが終わった後も永久保存するつもりだが。

 

 

『そして………銃声を派手に鳴らして、偽装識別番号も、画像認証もできないのは……一体どこの誰だろうな?』

「…っ!貴方──っ!」

「アイム!掴まれ!」

 

【キュイィィィィィィィィン】

 

 

 電子音と共にモーターが駆動する音が鳴り響く。巨大な砲塔の先端から漏れ出る膨大なエネルギー反応と、見上げることになった渡り廊下の、そこから見下ろしていた二人の影に向けて動かされた銃口。

 

 

「こんのっ!クソがァァァァァァ!!!」

 

 

 圧縮されたエネルギーの塊が、射出された。

 

 

『よし!逃げよう!』

「え!?いいの!?あれ!?」

『どーせ生きてますよ。ほら行きますよ。相手は高性能AIだ。偽装だってそう長くは持ちません。』

「そ、そうね!みんな!帰るまでがミッションよ!」

 

「「「『おー!』」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ん?私たち何しにここまで来たんだっけ?




「くそっ…!掃除屋め…!なんでっ!この私が…!」
「はぁ…はぁ…うる、さい。後始末したのは俺なんだ。黙って歩け。」
「次こそは!次こそは絶対────

「こんにちは。ちょっといいかな?」

 ────あ?」

「ヴァルキューレの者です。侵入禁止区域に入った人たちがいるって通報を受けたんですが……貴方たちのことですよね?」
「だからどうしたって…!」
「現行犯逮捕です。」
「は?ちょっ、ホムラ!?助け…もうあんな遠くに…!?うそ…見捨てる判断早すぎ…!?」



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最悪の遭遇

新章が配信されましたね。私はまだ未読です(早よ読め)
と言うか最近模試とか色々忙しくて、疲れちゃってェ…
じゃあなんでこんなの書いてんのって話なんですけどね。


 

「くくく…ここだな。」

「情報屋の言った通りだ。便利屋68…掃除屋を潰したっつー噂の傭兵どもがこんな惨めな生活をしているとはな。」

 

 

 暗く静まり返った夜の公園。

 

 ゲヘナ自治区の端っこに位置するこの公園にはテントと何に使ったのか水の入ったドラム缶。そして焚き火の跡が残っていた。まさにキャンプ中と言った感じの様子の公園に、廃墟ばかりのこの地ではあまり見かけない複数の人影が見られた。

 

 それは揃ってヘルメットで顔を隠しており、片手には銃火器を握っている。キヴォトスにおいて“ヘルメット団”と呼ばれる集団の、どこかの一派だろう。

 

 そんな集団が真夜中に、人気の少ないこの公園に訪れ、テントに向かって銃を構えながら近づいてゆく。

 

 

「しっかし、こんなホームレスどもを片付けただけで一億なんて簡単な依頼だとおもわねぇか?」

「おいおい。油断するなよ?相手はあの掃除屋を倒したって噂だぞ?」

「それこそガセだろ。それか、掃除屋がこんな奴らに負けるような雑魚だったか。」

「ははは!ソレもそ──────

「くく。もしかしたら私たちでも片付け────

 

「おい。お喋りはそこまでにして………あ?」

 

 

 1歩、2歩、3歩と歩みを進めたところで彼女は気づく。

 

 

「……あいつら、どこに…?」

 

 

 自分の後ろに、誰もいないことに。

 そして…

 

 

「……っ!まさかっ!」

『チェックメイト。』

 

 

 ……と、こんな感じでわずかな光を背中から漏らして、ヘルメットを被った生徒は全員地面に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ。馬鹿だね。声、出し過ぎ…とーしろここに極まれり…」

 

 

 ヘットセットを外し、コントローラーを机におく。ぱぱっとキーボードを操作し、掃除屋に搭載されているAI、『クリーナー』に気絶したヘルメット団の雑魚どもを公園の敷地外へ放り投げるように命令を出す。

 

 まったく…あの情報屋の馬鹿との一件以来、以前に増して襲撃が多くなっている。

 

 あの馬鹿ども(主にアイム)が情報を流したのか、はたまた情報屋に依頼をしたっていう“依頼主”がどーしても私を消したくて他の奴らに依頼したのかは知らないが金に目のくらんだ雑魚どもが週四くらいのペースでやってくる。

 

 …まあ、結局あの廃墟から何か価値のある物を持ち帰ることができず家賃を払えなくなったせいで拠点が事務所から公園に設置したテントに変わったせいでもあるのだろうが……

 

 正直、狙いが私だけだったのならこのまま放っておいても良かったのだが、最近ではアル様たち便利屋68まで標的にされている様子。大体依頼主の予想はついているのでそろそろ銃火器片手に“交渉”しに行こうと思う今日この頃。

 

 

「ふぁ〜ぁ……ん、もう朝か…」

 

 

 窓から覗く朝日の光。

 

 “窓から”という言葉に違和感を持った諸君。いい目の付け所だ。観測者諸君のご察しの通り、私は便利屋68の皆がいるテントの中にはいないのだ。

 

 

 私がいるのは………そう!先生のお家である!!!

 

 

 いや〜困ったなぁ。私みたいな貧弱激弱キヴォトス人もどきに先生という大人に抵抗する術なんてないからあっという間にお持ち帰りされてしまった〜。しかし、まさかまさか。先生がこんなぺたーんこな色気のないロリっ子が好みだったとは。意外の意外。こんな体のどこが気に入ったのやら。さてさて、そろそろ先生が起きてくる。私も心の準備をせねばなるまいて。私、新戸コモリは元男ではあるが、先生ならば、この体を許すこともやぶさかではない。さあ!私の覚悟は決まった!いざ尋常に〜…

 

 

 ……なんてね。冗談だ。冗談だからその可哀想な子を見る目をやめろ。

 

 はぁ。先生が私なんかに欲情するわけないだろ。常識的に考えて。年齢は違うとはいえこんなロリっ子に欲情するような異常者ではないよ。先生は。それにあの『生徒第一』をモットーに掲げるような先生が生徒に欲情するわけない。

 

 …まあ、その逆は結構いるようだが。社長も大変だな。その恋路は茨の道だぞ〜。

 

 後多分先生が私だけシャーレという名の先生のお家に誘拐…ではなく保護してくださったのは…まあ、すごく不名誉なことではあるが私が家の無いテント暮らしに耐えられないか弱い生物だと考えてくださったからだろう。

 

 別に問題ないんだけどね。テント暮らしくらい。ちょっと前も事務所を失ってやってたし。でも正直助かってはいる。私だって家はないよりある方がいいし、それに最近は同業者からの襲撃も多い。万が一があって、私が皆さんの人質に取られたりしたら情けないからな。

 

 便利屋の皆さんと会えないのは辛いが、掃除屋越しに会話できるからまだ耐えられるし、先生の選択は私のためになったと言えるだろう。

 

 

「ん……お腹すいた…」

 

 

 そう言って部屋のドアを開けた先は先生の仕事部屋。そして机の上に積み上げられた書類の山。何もせずのニート暮らしは申し訳ないと思ったから仕事を手伝わせてもらっているのだが、正直これ一人でやり続けてたら過労死するんじゃないかって心配するくらいには量が多い。

 

 私の他にユウカまm…ん゛ん゛!ユウカさんも手伝ってあげていたが、多分私が抜けたら先生過労死するんじゃないだろうか。大丈夫かな…

 

 

「ふんふふーん…朝食はー…パンっと目っ玉焼き〜…ふふーん。」

 

 

 てきとーなリズムに合わせて仕事場の近くに設置されている簡易的な台所につく。そろそろお腹すいてきたしご飯の準備だ。朝食は……流石にインスタントラーメンはダメだし、トーストした食パンの上に目玉焼きを乗せるだけ。非常に単純だが上手いんだこれが。

 

 …え?『コモリってインスタント以外も作れるんだ…』ですって?

 

 馬鹿にしてらっしゃる?喧嘩売ってらっしゃる?買うぞ?ええ?

 …はぁ、皆さんお忘れか?私は便利屋68に拾われるまで一人暮らししてたんだぞ?目玉焼きくらい作れるから。そこまで腐ってねーから。目玉焼き以外?……………スクランブルエッグはギリいけるぞ?

 

 

「んー…先生の分も、作って、おく?…多分その方が、いいよね。」

 

 

 卵をもう一つ割ってフライパンに乗せる。どうせ先生もご飯の匂いを嗅いですぐ起きてくる。昨日もそうだったし、また作るより一緒にやっちゃった方がいい。…あ、ちょっと繋がっちゃったけど、まあ何とかなるか。

 

 しっかし先生も先生だ。朝食がカロリーバー一本ってどうなんだ。だいぶまずいだろうそれは。カップ麺漬けの私がいうのもなんだが、朝食はちゃんととった方がいい。朝の活力だ。ゲームだって腹が減っては集中できぬだろう?

 

 

「んー…牛乳、牛乳……あっt

 

「コモリちゃん?」

 

 ぴぇ!?」

 

 

 背後からかけられた予期しない呼び声。その声色は先生のものではなく、最近やっとまともに話せるようになったユウカのものでもない。

 これらの情報から私の超ハイスペック頭脳が瞬時に相手が私の対話可能な相手ではないと見抜き、身体中が緊張で固くなる。

 

 かけられた声に敵意はない。感じられるのは困惑、疑問などと言ったところ。

 

 ギギギと錆びた人形のように首を動かし背後の人影に目を向ける。

 

 そして、その視線が捉えたものは───

 

 

「ひ、久しぶり、かな?あはは…」

 

 

 ピンクのお姫様(重戦車級怪力女)であった。

 

 

「…あ、ああ…あああ…」

「コモリちゃん?」

「ヒンッ!!!!!」

「コモリちゃん!?!?!?」

 

 

 ビターンと勢いよく顔面から地面に倒れ伏す。

 

 だがそこで私は気付いた。

 

 

「だ、大丈夫?」

 

 

 熊に、死んだふりは逆効果だということに。

 

 

「……はわわわ……私、食べても、美味しくない…あわわ…」

「食べないよ!?」

 

 

 食べるかもしれないじゃん!!

 

 

「………じゃあ…な、なんのよう?聖園、ミカ…」

 

 

 そう言って私は恐る恐る顔をあげ、心配そうにこちらを覗き込んできていたピンクの天使…の皮を被った怪物を編み上げる。ほらもうやばいって。陽キャオーラやばいって。軍隊並みの戦闘力を抜きにしてもそのオーラは私にとって致命的なダメージを与えるんだ。相性最悪。私にとっての天敵なのだ。彼女は。

 

 

「今日は私が先生の当番だから…あはは。でもちょっと早く来すぎちゃったかな?」

「…は、早いってレベルじゃないと、思う…」

「楽しみで眠れなくって。」

「…書類仕事のオンパレードが…!?」

 

 

 まさかこいつも先生と同類…いや、それ以上の社畜なのか…?

 

 

「失礼なこと考えてない?」

「ないです。」

 

 

 超能力者?

 にしても…

 

 

「…ティーパーティ……トリニティのお偉いさんが、お手伝い…ちょっと、意外。」

「…元、だけどね。ほら、私あんなことしちゃったから。」

「…あ、あー…その…ごめ、なさい。」

「謝るのは私のほうだよ。」

 

 

 そう言って彼女は地面に座ったままの私に対してまっすぐ視線を合わせ、腰を曲げた。

 

 

「ごめんなさい。」

 

「………!?あ、ちょ、その…や、やめ…!?」

「…あんな酷いことしちゃって。それに、私のせいで皆んなを巻き込んじゃって。許してもらおうなんて思ってないけど、謝らせて欲しいの。」

「ま…まって…か、顔、あげて…」

「……」

 

 

 やめろ!その無駄にいい顔で謝意を示すな!浄化されちゃうだろ!

 

 

「あー…うー……聖園、ミカ…聞いて…私は、あなたに怒ってなんか、ない。だから、謝る必要は、ない。」

「…え?」

「……確かに、私があの件に巻き込まれた理由には、貴方も含まれてるかも、しれない。でも、それはほんの一部。大体の理由は、私が引き篭もって、学校に行かなかったから。桐藤ナギサに、疑われるような存在だったから。」

「で、でもそれはコモリちゃんのせいじゃ…」

「聞いて……そう、だね…うん……貴方の言う、酷いことだけど…それは私の分身、“掃除屋”を半壊させたこととか、でしょ?」

「う、うん。」

「なら、それは私が貴方を恨む理由には、ならない……何故なら、私はあくまで、あの場に“仕事”で立っていた。そして、“仕事”だから貴方と対立した。なら、ある程度の損害は覚悟しておくべきだし、報酬ももらってるんだから、文句を言う筋合いは、ない。」

 

 

 それに私は『仕事に私情を持ち込む』なんてナンセンスなことはしないからな。

 おいなんだ諸君ら。その目は。

 「じゃあなんであの時先生を撃てなかったのか?」……いや、それは、まあ…うん。何事にも例外はあると思うんだ。うん。

 ほらせっかく私がいいこと?を言ってるんだ。黙ってろ!

 

 

「……そっか。ありがとうね。コモリちゃん。」

「………別に。私は、事実を言っただけっ!?」

 

 

 むぐっ!?なんだこの柔らかいの!?

 

 

「…!は、離して…!」

「あ、ご、ごめんね。つい…苦しかった?」

「ら、らいじょうぶ…です…」

 

 

 で、でかかった…です…

 

 

「あ!そうだコモリちゃん!私にも貴方のためにしてあげられることがあった!」

「いや…別に…いいのに…」

「いいの!私がしてあげたいことだから!」

 

 

 ────そう言って彼女はどこからか銃を取り出した。

 

 …んぇ?

 

 

「さあ行こうコモリちゃん!貴方をいじめてる便利屋69?って子たちを私がやっつけてあげる!」

 

 

「許せないよね。コモリちゃんみたいな良い子を……でも大丈夫だよ!私が全員やっつけて、もうコモリちゃんに手出しできないようにしてあげる!そうすればコモリちゃんも学校に来れるようになるよ!」

 

「……はぁ。」

 

 

 ドパンッ

 私は一人勝手に荒ぶっている聖園ミカの注意を引くため床にむけて拳銃を撃ち、そして指をパチンッと鳴らす。

 

 

「うわっ!?」

「…仕方ない…」

 

 そして私の指パッチンによって呼び寄せたホワイトボードをぶら下げた掃除屋のロゴが入ったドローンがとんでくる。それが到着すると同時に私は、驚いた顔でこちらを見る聖園ミカに向かって蓋から抜き放ったマーカーを突きつけ、こう言い放った。

 

 

「これ、より!便利屋“68”及び!陸八魔アル様についての布教活動を開始する…!そのお花畑な脳内に現実をぶち込んでやるから…耳穴、かっぽじって、よーく聞け…!!」

 

「こ、コモリちゃん!?!?」

 

 

 

 

 それから私は空腹に耐えかねた先生が来るまで実に一時間半、わからずやな聖園ミカに便利屋68の良さを語り続けたのだった。

 

 

 

 

「────であるからして!!」

「」

「おはぉコモリちゃーん…ご飯まだぁ…?」

 

 

 ちなみに朝食は黒焦げになっていた。




シュレディンガーのエデン条約…
IFで書いた通りの展開だったかもしれないし、そうじゃないかもしれない…都合のいい存在……()
ま、まあ。キャラの設定上関わりが一切ない方が不自然ですし…

あと模試とか色々真面目にやばいのでしばらくお休みしますぅ…


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キヴォトスママ決定戦

思ったよりも早い復帰なのは、模試で大爆死したから。
助けてコモリちゃん!!!!理系なのに国語ができて数学ができないよ!!!


 

 窓からは明るい光が差し込み、元気な学生たちは友達と話しながら通学路を歩く。今日もまた、キヴォトスのありふれた日常の、青春の一幕が始まろうとしていた。

 

 

「ああ…!この…!モンスター、が…ハメ技…使うな…!ん!『愛無』さん閃光弾、ナイス…!よし…!今度はこっちがハメ……ああ!?『焔』さんが乙った…!この、人でなし…!」

 

 

 …そんな明るい世界とは対照的に、私は今日も薄暗い部屋の中でゲーム機のボタンとスティックを手でこねくり回していた。

 

 やあみんな!私だ!

 私は今日も今日とて自分なりの青春を謳歌するのだ!なにが恋愛だ!何が学業だ!そんなもの!私の青春辞典には一言も載ってないね!あるのはただ一言ゲームのみ!!!!

 

 私は今日も今日とて先生から提供されたこの超無敵要塞ヒキ=コモリinシャーレにて籠城作戦を実行するのだ。

 

 

「コモリさんはいますか?」

「ピャ」

 

 

 私の儚き理想は、瞬時に砕け散ったのだった。

 

 

「だ、だだだだ誰でドゥワァァ!?!?!?」

「騒がしいですね…」

 

 

 先生のものでは無い、聞き覚えのない声に吃りながら振り返った私だが、目に入ったその姿に驚き、盛大に座っていたゲーミングチェアから転げ落ちてしまう。

 

 騒がしいとか言っていらっしゃるが、私の反応も無理はないのではないだろうか。

 

 ピンとたったケモ耳に、多分綺麗であろうその顔を隠す不気味な狐面。そして特徴的な和服に、その手に持った物騒な銃剣のつけられた小銃。

 

 私のデータベースによれば完璧に一致する人物が一人いる。

 

 

 

 『狐坂ワカモ』

 キヴォトスを騒がせる“七囚人”が一人。

 災厄の狐の名で呼ばれる危険人物その人なのだから。

 

 

「いつまで寝ているつもりですか?さっさと立ってください。」

「ひぇ……私、食べても、美味しくない…」

「食べませんよ…」

 

 

 と言うかなんでそんな危険人物がここにいるんだ!?シャーレだぞ?先生が住む、連邦生徒会が所有する建物。彼女のような犯罪者が跋扈する裏路地じゃないんだぞ!?しかもこの部屋は先生の部屋の真横な影響か、警備も厳重なんだ。さらにはこの部屋に来るには必ず先生の前を通ることになるわけで、気安く来れるところでは…

 

 

 ……ああ、くそ。嫌な予感がよぎった。

 

 

「っ……」

 

 

 エナドリの空き缶の山の中に隠してあった拳銃を手に取る。

 

 …くそ、本当に、クソが。震えるな私の足。涙を止めろ。今はビビっている場合じゃないだろう?大体、七囚人がなんだって言うんだ?私は掃除屋だぞ?奴らと違って、連邦生徒会や様々な組織から目をつけられながらも捕まることなく、先生たちに出会うまでその地位を保ち続けた最強の傭兵だ。ヴァルキューレだかSRTだか知らないが、捕まって矯正局送りにされたヤツなんて、私にとって雑魚に等しい。

 

 

「ぁ…ああああああ!」

「なんの…」

 

 

 ─────私は、掃除屋だ!!!

 

 

「コモリちゃん大丈夫?ほら、ワカモも驚かせちゃダメでしょ?」

「あ、先生。」

 

「────…へ?」

 

 

 

 振り絞った私の勇気は、呑気に扉の横からひょこっと顔を出した先生によって融解した。

 

 

「せ…せんせ……?無事、なの…?」

「?そりゃ、無事だけど…どうしたの?」

「………ブワッ」

「コモリちゃん!?」

「うゎ、ゴキブリみたいですね…」

 

 

 安心感からか涙がさながらナイアガラの滝のように噴き出したが、安心するにはまだ早い。私は手に持った拳銃すら投げ出し、空き缶やらなんやらが散らかった床を自前の器用さと素早さで高速移動し、見つけ出した安全地帯へと駆け出した。

 

 

「ヒシッ」

「こ、コモリちゃん…?」

 

 

 それすなわち、先生の後ろである。

 より詳しく言えば先生のおっきな背中である。

 

 

「先生…!これは…!一体どう言うことか…強く、説明願う…!」

 

「逆に私が聞きたいんだけど。」

 

 

 くっ…!先生はこの危機的状況がまだわからないのか!?

 

 

「ん!」

「…?ワカモを指差してどうしたの?」

「私の、聖域(サンクチュアリ)に、危険モンスター…発生…!ギルドに、狩猟依頼を…発行する…!」

「誰がモンスターですか。」

「ワカモはいい子だよ?」

「はい先生!」

 

 

 嘘だ!!!

 

 …と、言いたいところだが、私はそこいらの馬鹿どもとは違って状況把握能力が高いんだ。故に現実を精査し情報から素早く真実を突き止めることができる。

 

 そう。これまでの情報から、目の前の危険人物。狐坂ワカモは……

 

 

 ……先生ガチ恋勢の一人であると判明した!!!

 

 

「…なんですかその目は。」

 

 

 いやぁ、さすが先生だ。悪名高き七囚人の一人をすでにその手中に納めていたとは。まったく末恐ろしいな。断片的に残っている前世の記憶がブルーアーカイブは青春モノのゲームだ、透き通った世界なんだとかほざいているが、実際はハーレムイチャイチャものなんじゃないか?ほら、先生×生徒な禁断の愛系のゲームなんじゃないか?

 …いやないな。そんな世界感ならこんな殺伐としてるわけないだろいい加減にしろ。

 

 

 閑話休題

 

 

 ひとまず、私の中での狐坂ワカモへの危険度は一気に下がった。主人公という概念を保有する彼の味方であるならば、必然的に私の敵対者ではないのだから。……ああ、いや、相手がヴァルキューレとかだったらちょっと不味いかもだけども。

 

 

「…ひとまず、貴方が、悪い人ではないのは、わかった…」

「はぁ…?そうですか。」

「…その上で、聞きたい。私に、何の用?」

「ああ、そうでしたね。」

 

 

 ここで私はようやく本題を切り出した。

 そうなのだ。彼女は最初、確かに『コモリさんはいますか?』と私に対して用があるような声の掛け方をしてきていた。つまり私に何か頼み事などがあると言うことだが……一体なんだろう。

 私に頼み事だなんて。一緒に先生の仕事の手伝いをしていて、私の優秀さを知っているユウカや先生ならわかるが、今日初対面な彼女が、一見ダメ人間な私に手伝いを要求するとは思えない。

 となると他は“掃除屋”としての私への頼み事だが、それこそないだろう。まずそんなこと先生が許さない。

 

 そうなると、いったい…

 

 

 

「…最近先生の周りを飛び回っている羽虫が居ると聞いたのですが…貴方が、ソレで間違いなさそうですわね。」

 

 

 

 終わったわ。

 

 

「ままま、待って、欲しい…!貴方は…何か勘違いをしている…!」

「勘違い?“その状況”で何が勘違いなのですか?」

「?………は!先生、くっつく、な!変態!」

「理不尽!!」

 

 

 まずい、不味いまずいまずい。先生ガチ恋勢に対して、確かに私の行動はあまりにも悪手すぎた。普段の癖でついついやってしまったが、よくよく考えてみたら私の今の状況は先生ガチ恋勢憤死ものだ。

 

 先生に助けてもらって?先生の部屋の真横に住ませてもらって?衣食住を同じ屋根の下でして?なんか知らないけど人気な先生の当番とか言う物とほぼ同じことを毎日している。

 

 …うん。確かにこれは嫉妬物だな。同棲みたいなもんじゃんね。これ。

 終わったわこれ…

 

 

「……」

 

 

 ───じゃねーんだわ!そうだね!諦めちゃだめだ!まだ時間はある!今はちょうど目の前のワカモさんの堪忍袋の尾が切れかけて銃のリロードをして引き金に指をかけただけだから。まだ構えてないから。あと数秒くらいはある。

 

 考えろ。考えるんだ私。どうにか彼女の怒りの矛先から逃れ────

 

 

 ───…まてよ?

 

 

 そもそもの話、なぜ彼女は怒っているのだろうか。

 それは私と先生との距離が近くて、所謂“イチャイチャ”状態に見えたからだろう。そのため、彼女は私に嫉妬し、殺意を抱いた。

 

 だが、これだけではないだろう。嫉妬だけで殺しが発生するなら私はとうの昔に他のガチ恋勢に殺されている。ユウカとか。

 

 では、他の要因はと、言うと……そうだな。危機感、と言ったところだろう。

 

 先生を取られてしまう。大切な先生が赤の他人のものになってしまう。ソレはダメだ。そんなことになる前に障害は排除しなくては。

 ……実に単純な思考回路だな。

 

 

 となれば、話は早い。

 

 

 

 

「狐坂ワカモ…貴方は……ど直球に言うと、私が貴方の恋敵になることを危険視している……違う?」

「なぁっ!?」

 

 

 はいビンゴ。私の口角が自然と上がった。

 

 

「…なら、もーまんたい。私は、貴方の恋路の障害にはならない。」

「……はぁ?」

「見て…これを…!」

 

 

 私は先ほど何者かによる打撃によって脇腹を抑えて悶絶する先生の肩に乗っかる。したから『う゛っ』と言う声が聞こえたが大丈夫。

 

 

「それがなにか?」

「わからない…?先生に、肩車してもらう私……先生に、養ってもらう私……先生の、お手伝いをする私……これが…何を意味するのか…!」

「……?」

 

 

 そう、まさに────

 

 

「私は、彼女枠じゃない…子供枠、だ……っ!」

 

 

 それも学校にすらいかず引きこもり続ける17歳女子と言う肩書もついてくるぞ。

 

 

「…確かに、それもそうですわね。」

「でしょ…!」

 

 

 ちょっろ。

 

 ………少し、悪戯心が芽生えた。

 

 

「私、先生の子供…そして、貴方たちは、先生の彼女に…更に言えば妻になりたい…と、いうことは…どういうことか、わかる?」

「つ、つつ妻!?いや、その………どういうことですか?」

 

「つ、ま、り……子供である、私が認めた相手こそ、先生の隣に立つ資格があるということ────!!」

 

「そんな、馬鹿なことが……いや、一理ありますわね…」

 

 

 え、自分で言っておいてなんだけどあるんだ、一理。

 

 

「……では、どうすれば貴方に認めてもらえるんでしょう…」

「ふむ…確かに、それは、言語化するには難しい……だから、例えを上げようと、思う。今、私の中で先生の彼女枠に最も近いと感じる生徒たちの」

「……それは、誰なのですか?」

 

 

 ……そうだなぁ。先生大しゅき勢が溢れるこの広きキヴォトスと言えども、そのような地位にふさわしい人間は数えるほどしかいないだろう。

 

 

「…そう、だね。まずは……“空崎ヒナ”。ゲヘナの風紀委員長。あの無法地帯の治安を形作る彼女は、戦闘センスは言わずもがな……書類仕事も、先生並み……だが、隣に立つ、というには少し彼女本人に問題があるように感じる……彼女は、先生に、癒しを求めているから……今のままだと、生徒と先生という関係以上になることは、難しい、かも…」

 

「なるほど…」

 

「…次に、“砂狼シロコ”……アビドスの子だね……この子は、会ってみて、ママ味はそこまで感じなかった……でも、危険視するべきはその積極性……あれは獣。飢えた獣だ。油断していたら、いつの間にか食われてました、なんてことになりかねない……」

 

「…っ!」

 

「他にも“伊落マリー”……シスターフッドの、ロリ体型のくせにバブ味溢れるシスター……一言で言って仕舞えば、“優しさの塊”だ。うん……聖女というのは、ああいうものを、さすのだろう……だが、少々、眩しすぎる……あの優しさが、引き篭もりの私には大ダメージ……だから…うん…申し訳ないけど、違う……」

 

「それは貴方の問題では…?」

 

「ん゛ん゛!……最後は、“早瀬ユウカ”。私の記憶する中で、先生と最も接する時間が長く、しっかりとした性格から、どこか抜けている先生へのフォローもバッチリ……この私でさえ、ママと言い間違えたほど……」

「それは……強敵ですね」

 

「でも………そう、だね……うん。今までで挙げた4人以外にも、候補は、いる……でも、どこか、コレジャナイ感がする…あの早瀬ユウカでさえも……」

「それは一体…?」

 

 

 メモ帳片手に首を傾ける彼女の問いに、『なんか私が悶絶してる間に変なこと話してる…』と呟いている先生を放置し、私もまた思考を巡らせる。確かに先生はアル様に並ぶ尊敬すべき御人で“最推し”だ。推しのCPは納得いくものが出るまではなかなか型にハマらず違和感を感じるものであるが、それにしたって変だ。さっきも言ったが、早瀬ユウカはまごうことなき私のママになってくれる存在だ。だが、どうも違和感を感じる。コレジャナイ感が拭えないのだ。

 

 私の心がこのCPを反対している……?まさか、これ以上のCPがあるとでもいうのかMy Mind…!

 

 

「先生!」

 

 

 その時だった。私の部屋の向こう……先生の執務室のドアが勢いよく開かれた。そして、その向こうに立っていたのはピンク色の髪にアウトローな制服の着こなしにアウトローなコートを羽織った……私が見間違えるはずもない御人の姿。

 

 

「たまたま仕事がなかったからコモリへの挨拶も兼ねて手伝いに来たわよ!!」

 

 

 陸八魔アル様の御姿であった。

 

 そして───欠けていたピースがピッタリとはまった。

 

 

「…アル様は、私のママに、先生の妻に相応しいお方だ……!」

「久しぶりーコモr……!?!?コモリ!?いきなり何を言ってるの!?」

 

 

 顔を真っ赤にしながら否定するアル様。しかし私の言葉を皮切りに妄想が溢れ出したのか、次第に思考の海に沈んでいき、『ダメよ!』となぜかさらに顔を赤くして正気にお戻りになられる。

 

 やっぱそうだ!そうに違いない!アル様こそママに相応し──

 

 

「……許しませんわ。」

「ひぇ!?」

「わっ」

 

 

 前方から感じ取った殺気に、瞬時に先生の背後にしがみついて防御体制へと移行する。

 

 

「よくも…よくもこの私をコケにしてくださいましたね…!」

 

「あわ、あわわわわ…」

「わぁ…すごい怒ってる…コモリ、これは先生も庇えな───めっちゃ震えてる!?」

「…な、なんか大変なことになってるわね。」

 

 

 しくじったか…!?くそ、調子に乗りすぎた。どうしよう。助けて先生!!

 

 

「絶対に許しませんわよ……」

 

 

 

 

「陸八魔アル!」

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

「………へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 外から鳴り響く銃声に破壊音。それに混じって響く悲鳴と、謎のメロディー。

 

 ……うん。

 今日もキヴォトスは平和です!!!




正直最後がやりたかっただけです。先生が止めたのでアル様は無事です。あとコモリはしばらくちゃんと椅子に座れなくなりました。その日は先生の部屋から気持ちのいいスパーンという音が響いたとか。

後、ネタが浮かんできたのでそろそろこんな小話集ではなく1章みたいにちゃんと真面目に書くかもです。


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夏は海

メンテやばいですね……気長に待ちましょう。今頃アロナとプラナちゃんが頑張ってくれてます。多分。

※この話の先生とコモリは限界状態で会話しています。
※多分こんな話を書く作者も限界です。


 

 カタカタ。カリカリ。

 

 外では蝉の鳴く音が夏の到来を告げ、炎天下の中有り余った元気を発散するため子供達は外で水鉄砲片手に遊びに更けている。

 

 そんな中、明るい外とは真逆の、少し暗い雰囲気を帯びた室内ではひたすらに紙に何かを書き留める音とキーボードを叩いて文字を打ち込む音。そして時折ズズズという、エナジードリンクを啜る音が響く。

 

 

「……あ、もう直ぐ昼だね。」

「…そう……これで、実に、ほぼ不眠不休の3日連続労働…たっせー…」

 

 

 …社畜の庭からこんにちは。観測者諸君。私だ。

 

 どういう状況か。それはこれを見ればわかるだろう。積み上げられた書類の山。散乱するエナドリの残骸。そして目の下に深いクマを…私はいつもより増して深い隈を携えた我々の姿を。

 

 そう、これこそ私と先生の現状である。

 

 

 ことの発端は…極端に言って仕舞えばキヴォトスが夏に突入したことだろう。

 

 そう、夏である。

 昼が長くなり、夜が短くなる。体育祭や文化祭。プールやら山へ虫取りだとか。部屋に引き篭もる陰キャな私には一切関係ない…むしろ耳障りな季節である。

 

 だが、どうやら多くのキヴォトス民にとっては違ったらしく、年相応にはしゃぎ、報告される数多くの問題行動の数々。そして積み上がる書類の山。

 

 その全ての結末が、コレである。

 

 

「こもりちゃーん……先生つかれた…よしよしして…」

「はいはい…よしよし……ほら、あとちょっと……がんばろ…?」

「うん!せんせいがんばる!」

 

 

 そろそろ先生も精神的に不味くなってきた頃合いである。

 

 

「…そう言えばコモリちゃんは海とかいかないの?」

 

 

 ほら、狂い出した。

 

 

「……いくわけ、ないじゃん。私だよ…?海とか、言った瞬間、溶ける…」

「えぇ…」

「それに…海に行くのは、冬じゃない…?」

「…え?」

 

 

 …え?

 

 

「だって…ほら、私のやってるソシャゲ…大抵冬に水着イベ、来る……今は雪国に行くみたい…」

「それはそのソシャゲだけだよ…」

 

 

 ……あー、そっか。そうだった。不味いな。ゲームと現実が混在し始めてる。私も精神的に不味い状況かも。

 

 

「それで?コモリちゃんは海行くの?」

「だから、行かないって……大体、水着を持ってない…」

「…じゃ、じゃあ裸で泳ぐの?」

「……そうかも。そうかもねー…」

 

 

 そっかー私は裸で泳ぐのかー…

 

 

「よし!コモリちゃん!一旦休憩にして、水着を着よう!」

「む…」

 

 

 っとと…急に立ち上がらないでくださいよ先生。ショルイタワーが崩れちまう。

 

 

「水着…ね……別に、私海に行く予定は…」

「流石に生徒に裸で泳がせるわけには行かないからね。」

「あ、聞いてない…」

 

 

 しかし、水着か。興味がないと言えば、嘘になる。私がこのキヴォトスで目覚めて、この超絶美少女ロリッ子ぼでーになって数年が経過したが……なんとまあ、驚くべきことにまともに女の子らしい可愛い服というものを着たことがないのだ。強いてあげるのなら流石にパーカー一枚は恥ずかしいと思ってはいたレギンスとか、寒かったから履いたタイツあたりだろうか。

 

 うん、オシャレに無頓着すぎたな。

 でもしょうがないじゃないか。前今オール陰キャな私にファッションなんてわかるわけないのだ。

 

 

「…まあ、そう言うなら、先生が選んでよ……私、水着とかよくわからない、から…」

 

 

 故に、この機に女の子のファッションというのを学ぶのも一理あるかも知れない。

 

 

「大丈夫。そう思っておすすめのものを用意してるよ。」

「おおー…流石先生…」

 

 

 流石先生だな。日頃から生徒たちのことを考えているだけある。

 

 

「ふっふっふ……えーっと、たしか、この辺りに…お、あった。」

 

 

 そう言って先生は散乱したエナドリの亡骸を避けて、隅っこに置かれた先生の私物が詰め込められた棚を漁り、一枚の布切れを取り出した。そしてそれを、漁る途中で外に出したピンク色の本とか色んなものをほったらかしにしながら持ってきた。

 

 

「ほぅ…?それは…」

「覚えてる?エデン条約の時の…」

「うん…あれでしょ…?無限湧き叡智叡智性徒会の制服。」

「ユスティナ聖徒会ね。」

「そう、それだ。」

「うん…先生ね、あれ見た時衝撃的すぎてね…クラフトチャンバーでソレっぽいの作れないかなーって思ったらね。水着だけど、できちゃった。」

「“できちゃった”て…」

 

 

 ……しかしこれは…ほうほう、なるほど。先生もなかなかいい趣味をしていらっしゃる。どうりで気が合うわけだ。

 

 

「…どうするコモリちゃん。これを着るには覚悟が必要なようだ。」

 

 

 …くくく。そんなもの…

 

 

「着るに決まってるじゃ、ないか…!」

 

 

 私は勢いよく先生の手からその水着を掴み取る。

 

 なるほど……確かに、この脅威的な布面積。確かに、常人は着るのを躊躇するほどだ。だが、私にとってこのようなことはFPSをしながら掃除屋を操作して傭兵相手に一戦事構えるのと同じように容易い事。

 

 なぜなら!今の私は、【女子力】に目覚めたすーぱーみらくるてんさいびしょうじょコモリちゃんだからだ!!!!

 

 

「んしょ……ん…?先生、私のサイズ、知ってたの…?」

「いや、それオーパーツみたいでさ。体型に合わせて変わるみたい。」

「何その無駄機能」

 

 

 まあいい。とりあえず、私は書類の陰に申し訳程度に体を隠しながら服を脱ぎその水着を着用する。

 

 …むむ…やっぱり、思った通りに露出がやばいな。公共の場で着れるようなものではないだろう。だが、私が着るなら別だ。こんなロリ体型に欲情するようなアホはいないだろうし、そもそもキヴォトスには先生を除いて人間の男がいないしな。流石に機械頭や某敦盛な住民たちが生徒に欲情するとは思えない。

 

 それに、私は自分の体の“可愛さ”にはそれなりに自信があるんだ。なぜなら私は超絶美少女だから。ロリ体型ではあるが、ロリにはロリの良さがあるものだ。

 

 可愛らしさだけで言えばトップレベルだろう。うん。そうに違いない。

 

 

「…よし。ふふん。先生、どうだ…似合ってる、でしょ。」

「お、おお。似合ってるよ。」

「……でしょ!」

 

 

 そうだろうそうだろう!

 

 

「これが…私の覚悟…」

 

 

 ……ここで、私は思いついてしまった。

 

 ────私が覚悟を見せたのなら、先生も見せるべきでは?────と。

 

 

「よし…先生も着よう…先生も、覚悟を見せるべき…」

「え、ええ?」

「私だけは、不公平……私、先生の覚悟、みたい…!」

「ほ、本気で言ってる?」

「ちょっと待ってて…今脱ぐから…」

 

 

 さあ、私にあなたの覚悟を示してくれ…!

 

 

「…そうだね。コモリちゃんの覚悟を見せてもらって、私のは見せないなんて不公平だね。」

 

 

 そう言って先生は立ち上がり、タンスを漁って“2枚目”を取り出した。

 

 

「安心してコモリちゃん。そう思って2枚買ってあるから…!」

「おお…!!」

「ちょっと待っててね。先生着替えてくるから。」

 

 

 先生は水着片手にトイレのドアを開け、替えに行ってしまった。

 くくく…さあ見せてもらおうか先生の覚悟とやらを。そして、普段その服の下に隠された肉体美を…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふふーん♫」

 

 

 陸八魔アルはアウトローに憧れるゲヘナ学園所属の16歳の少女だ。

 

 アウトローとは、すなわち映画で見られるようなかっこいい悪役である。綿密に練られた策略でヒーローを翻弄し、巧みな話術を持って人々を惹きつける。物語の主役である主人公を引き立たせるだけの安っぽい悪役ではなく、主人公と対等に渡り合い、主人公すらも出し抜くようなヒール。

 

 そんなヴィランに憧れた少女は、今日も便利屋68の仲間たちと共に『一日一悪』を掲げ立派な悪党を目指す。

 

 

「今日は何しようかしら?依頼も入ってないし…」

 

 

 しかしやる事がないなら仕方がない。目標に向け走り続けることは良いことだが、時には一度己を見つめ直すこともまた重要なのだ。

 

 

「…そうね。先生の手伝いに行きましょうか。なんかコモリからも変なメッセージが送られてきてるし……」

 

 

 そう言って彼女は先生のいるシャーレに向けて歩き出す。

 

 話は変わるが、彼女には憧れのアウトローというものがいる。基本治安の良いとは言えないキヴォトスにおいて、彼女が憧れという感情を抱くほどのアウトローな人物たち。

 

 

 アビドスの一件で出会った覆面水着団や、最近世を騒がせている七囚人。そして────『掃除屋』

 

 

 少し前に先生と共に対峙することとなった裏社会の傭兵。便利屋68と同じく金さえ払えばなんでもやる。だが、その依頼達成率は驚異の100%であり、連邦生徒会やゲヘナの風紀委員、ヴェルキューレなどに目をつけられながらも長年その正体は不明のままであった伝説級の傭兵。

 

 先生と共に打ち倒し、その正体が明かされ仲間になった今でも、── 自分を尊敬してくれている彼女の手前表には出さないが──その憧れは健在だ。

 

 なんなら強敵が仲間になった時のような胸熱さを感じているほどだ。

 

 

「……あの子ちゃんとご飯食べてるかしら…」

 

 

 ……たとえその正体が引き篭もり社会不適合者ロリだったとしても、憧れは健在ったら健在なのだ。

 

 

 そんなことを考えながら辿り着いたシャーレのビル。彼女は扉を開けて、エレベーターに乗る。

 

 チンッという軽快な音と共に開かれたエレベーターを出て、廊下をしばらく歩く。モモトークでも教えていない突然の訪問に先生はどんな反応をするのだとか、またコモリの部屋はゴミ屋敷になってるんだろうかとか、色々なことを考えながら歩みを進め、一枚の扉の前で歩みを止める。

 

 

 ノックを三度。

 

 彼女は勢いよく扉を開け──────

 

「先生!私が来たわ……」

 

 

「23、24…25…いいよ…筋肉…唸ってるよ…!」

「ふん!ふん!ふん!…うおおお!!!」

 

「先生の覚悟は…こんなものじゃ…あ、アル様。」

「え?」

 

 

 

 限界ギリギリなハイレグを着ながら腹筋をする成人男性と、その足の上に座ってカウントをする同じく限界ギリギリなハイレグを身につけたロリっ子。

 

 

「   」

 

 

 見覚えのある二人の奇怪な姿に、彼女は気を失ってしまった。

 

 

 




先生が!そんなことするわけないだろ!!!(解釈違い)
…いややっぱするかも…

お知らせです。ネタが思いついたので次回からおそらく一章と同様のオリジナルストーリーを垂れ流すことになります。どうか引き続きご愛読いただけると作者が喜びます。
またこんな作品に栞を挟んでくださってる方々へ。一章の続きとして読めるようにするため次回は11話として投稿します。把握お願いします。

なお作者が「あーめんどくせやっぱやーめた」となったら引き続き短編を描き続けます。


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Vol.? 機骸人形の白昼夢編
遭難への第一歩


とりあえず新章開始です。情報をまとめるにあたって長くなってしまった…
こんな長いのは初回だけだから…
あと書き出したわいいものの、なんか違うなってなったら1から描き直すので先に謝っておきます()


 

 観測者諸君。

 

 君たちは、こんな話を知っているだろうか?

 

 

 『蜘蛛の糸』

 

 

 そう、かの有名作家、芥川龍之介が書いた小説だ。詳しい内容を知らない人でも、この名前や大まかな内容は知っていることだろう。

 

 まあ、知らない人もいるだろうから私が少し説明してあげようか。

 

 

 えー、始まりは、そうだな。

 昔々、犍陀多という男がおりました。男は超のつくほどの極悪人であり、殺人や放火などの多くの罪を犯した大泥棒でありました。そんな男が死後向かうのは当然の如く地獄。彼は血の海に突き落とされ、もがき苦しむことになったのです。

 

 しかしそんな極悪人な男でも、生前一度だけ善行を行ったことがあったのです。それは道端の蜘蛛の命を思いやり、踏み殺さずに助けてあげたという、小さな善行が。

 

 さて、天国からその光景を覗き込んでいたお釈迦様は彼の善行を思い出し、彼を救い出してやろうと地獄に蜘蛛の糸を一本垂らしてやったのでした。

 

 天から降りてきた銀の糸。地獄でもがき苦しんでいた犍陀多はそれを見つけてこう思いました。これで地獄から抜け出せる、と。

 

 そして彼は登りました。天国という遥か彼方にあるはずの楽園を目指すため。しかし、当たり前のことですが彼以外の罪人もまた同じことを考えたのです。

 

 下を見ればわらわらと登ってくる何百何千もの罪人たち。

 このままでは糸が切れてしまうと考えた彼は罪人たちに向けて「降りろ、降りろ。この糸は俺のだぞ。」と叫び────

 

 瞬間、糸は千切れてしまい、犍陀多を含む罪人たちは全員真っ逆さまに地獄へと落っこちてしまいましたとさ。めでたし、めでたし。

 

 

 いやめでたくねーな。

 

 とまあこんな話だ。

 

 さてさて。ここまで長々と語ったわけだが、この話と私に何の関係があるのか。そうだな、確かに先生の脛齧って引きこもりつづけている今の私には関係ないことだな。

 

 

 

 

 ()()()には、な。

 

 

 

 

「めんどーくさい…」

 

 

 

 忙しなく動く指先と眩く輝くディスプレイ。画面に映し出されるは暗く日の沈んだ、しかし日中でさえも人気のない廃墟街。そして飛び交う銃弾とところどころで起こる爆発。

 

 これはゲームではなく、実戦だ。場所は私のいるシャーレから離れたゲヘナ領廃墟街。アル様たちが住み込んでいる公園の、少し離れたところに位置する場所だ。

 

 敵の戦力は一個小隊規模。今まで襲撃してきた安物な傭兵どもではなく、装備の統一された“軍隊”と呼べるもの。

 

 

「…やーっと…本腰を上げてきた、か。」

 

 

 それらが身につけている装備に共通して刻印されているロゴは──『カイザーPMC』。

 

 まあわかってたさ。あれだけ何度も無駄金を使って使えない傭兵を雇うことができるのも……そして、どうしても私を消さなければならないほどの“裏”を持つのも、私の数多くいた依頼人の中でもあんたらぐらいだったからな。

 

 

 つまり、さっきの話に戻るが、彼らは犍陀多()地獄(裏社会)へと連れ戻そうとする罪人ども、というわけだ。

 もっとも、前者と後者には悪意の有無という違いがあるがな。

 

 

『くそっ!どこに──ぐわっ!?』

『陣形を乱すな!奴の思う壺だぞ!』

 

 

 はいはい無駄無駄。動いたらトラップ、動かなかったら格好の的。そろそろ諦めたらいいのにさ。

 私とお前らとじゃ実力が違うんだよ実力が。レベル1のカスどもが何人集まったってレベルMAXなラスボスを倒せないのと同じように、お前らじゃ私を倒せないの。

 

 とはいえ、奴らもそう易々とは帰れないだろうってことはわかってる。何せ便利屋68に、生徒に表立って手を出したんだ。しかも、辺境とはいえゲヘナ領に不法侵入してまでな。証拠は十分。このまま撤退したら奴らにとってめんどくさい事になるのはまず間違いないだろうからな。

 

 それに、こうして彼らが表立って私──掃除屋に敵対することを示した事で、私が持っているカイザーPMCの闇情報の数々。色んな汚職の証拠とか違法な取引の数々、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()。それらを私が今までどおり隠し通す意味も無くなったわけだしな。

 

 つーまり。奴らにとってもう後がない状況ってわけだ。

 

 

 そして、同時にこの山を乗り越えれば、私も長らく夜のゲーム時間を削られ続けていたこのめんどくさい習慣ともおさらばできると言うわけだ。

 

 くくく…ニュースの占いは、最下位だったけど、それがこの事を示してそう言っていたのなら、私にとって今日は厄日じゃなくて吉日に他ならない。

 

 

「じゃ…本気出してこー…」

 

 

 操作盤を足で操作しながらエナドリを飲み干し気合いを入れ直す。それと同時に掃除屋のマイクがこんな言葉に拾った。

 

 

『狼狽えるな!我々はただ時間を稼げばいいだけだ!』

 

 

 

「…ふーん?」

 

 

 その言葉にすかさず私は便利屋68の皆さんがテントを張っている公園の防衛状況に目を向ける。ある程度金が溜まって、素材となるオーパーツも溜まったおかげで配備できた警備ロボに異常はない。警戒網にも特に何もかかってない。

 

 ……別働隊が動いて彼女たちを人質に取ろうとしているわけではない?

 

 だとしたら、さほど問題ではないか。どうせ切り札を持ち出してくるとかそういうのだろう。なら障害にもならない。どうせ切り札といっても“ゴリアテ”とか“パワーローダー”あたりだろうしな。私を倒したいんならデカグラマトンの預言者でも持ってこい。それ以外じゃ、めんどくさくはあるが私の敵にならんよ。故に無視しておーけー。

 

 今一番取られたら厄介な手は、公園で気持ちよくお眠りになられているだろうアル様たちを狙われた場合だからな。

 

 もしくは────

 

 

 

 

 

 ──ガチャリ──

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 後ろでドアが開かれた音がした。

 

 

「んー…?先生…?」

 

 

 多分先生あたりだろう。トイレに目が覚めて、私の部屋が騒がしいのを聞きつけて入ってきたか。

 

 

「…うぅ…説教は、後でにして……夜更かししたのは、悪かったけど…今は、緊急事態…」

 

 

 そういえば以前にも夜更かししてたことがバレてお仕置きされたな、と思い出しながらコントローラーを動かす。

 

 

 “先生”は答えない。

 

 

「……」

 

 

 カチャ

 

 背後から鳴った金属音。

 

 背中に走る悪寒と共に私は即座に振り返り、その暗闇で光る金属音の主──拳銃の先に手のひらを押し付け、掴み、その勢いのままこちら側に引き寄せよせ─────

 

 

 

「───ぁぐっ!?」

 

 

 体に手を回され、視界が回転。一瞬感じた浮遊感。気づいた時には椅子から床に引き摺り下ろされ、そして押さえつけられていた。

 

 

「く、そ…っ!」

 

 

 一瞬の出来事だった。対応の仕方を知識として持っていても私は所詮初心者。“プロ”には叶わない。

 暗闇の中私は押さえつけられながらデスプレイの光に照らされた仕立て人の顔を見上げる。

 

 ユウカの物に似たセミナーの制服に身を包みカードキーを首からぶら下げた…しかしシャーレ内では見たことのない。そして、掃除屋()にとっては見覚えのある顔。

 

 

「久しぶりですね。掃除屋。顔合わせはこれが初めてですかな?」

「情報屋…っ!」

 

 

 黒髪にぴょこんとたったケモ耳。間違いなく、あの時の情報屋の片割れ。黒晶アイムと名乗った人物だった。

 

 

「ホムラ、そっちは問題ないですか?」

『ああ、警備が一人いたが…眠剤のおかげでターゲットと共にぐっすりお眠りの様だ。』

「なら結構。」

 

「なん…で……!?」

 

 

 なぜ奴が、奴らがここに居るのか。

 なぜ奴が私の正体を知っているのか。

 

 なぜ…なぜこのタイミングで来たのか。

 

 

「なぜ…って。わかってるでしょう?雇われたんですよ。彼らに。」

「…っ!」

「あはは。そう睨まないでくださいよ。ま、今の貴方が睨んでも可愛いだけですが。うへへへへ…」

「……」

 

 

 くそっ!わんこちゃん風情が気持ち悪い顔で嘲笑いやがって!ロリコンかテメー!?

 

 

『こちらα-1。“掃除屋”の確保が完了した。そちらはどうだ?』

「りょーかい。ちょうどこっちも小鳥ちゃんの捕獲に成功しましたよ。“ミスター”の招待準備も万端です。」

『小鳥…?まあいい。早く戻ってこいよ。』

「はいはい。りょーかい。」

 

 

 かちゃり。金属音と共に真っ黒な銃口が向けられた。

 

 

「ってことで。ごめんね。コモリちゃん。痛いのは一瞬ですから。」

「───くそ。」

 

 

 

 耳障りな発砲音。

 それを最後に私の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ぃ…ーい。おーい。おや。ようやくお目覚めですか。」

「……ここ、は…」

 

 

 目が覚めた。例のわんこに顔をペチペチと叩かれながらという最悪の目覚めだけど、殺されはしなかったみたい。

 

 周囲の状況は、見たところ牢屋か。両手には手錠、ご丁寧に足枷までかけられている。所持品は…服とレギンスは、まあ流石に無事か。腕についたミサンガは有るけど……流石に腕時計と、太ももに付けてあった銃はガンホルダーごとなくなっている。

 

 

 牢屋内は特に何もない、が……

 

 

「むー!?むー!?」

「すー…すー…むが…」

 

 

 視界の端に映る口を塞がれ、簀巻き状態のままビッタンビッタン跳ね回るナニカ…多分運悪く巻き込まれたシャーレの警備に着いてたヴァルキューレの生徒と、未だ涎を垂らしながら惰眠を貪る先生。

 

 えぇ…?

 

 

「掃除屋。久しぶりだな。」

 

 

 野太い、先生ではない男の声に顔をあげる。

 そこにいたのはこちらを覗き込んできているワンコとその片割れのホムラ。そして何人もの銃で武装した兵士と、それに囲まれた一人の大男。

 

 

「お前は……

 

 

 

 ────カイザーPMC“元”理事…」

 

 

「“元”を強調するな!」

 

 

 そういえばこんなやつもいたな程度に思い出す。かつて私がカイザーPMCと契約を結んだ際に『ジェネラル』を名乗る男の後ろにいた謎に裏社会の大物感を漂わせていた大男。

 コイツが私と契約を結んでるわけでもないのに、毎回偉そうに上からの依頼を伝えてくるから苦手意識があったんだ。

 

 まあ、なんか上からの指示でもないくせに個人的な依頼を偉そうに押し付けてきたから断ったら、数日後にはなんか解雇されてたんだけどね。

 

 

「……元、理事様が、私に何の用…?」

「だから元と……まあ、いい。私が貴様に求めるものなど一つだけだろうが。」

「……………から、だ…?」

「違う!!!!そんな貧相な体いらんわ!!」

 

 

 んな!?貧相…だと!?貧乳はステータスだろうが!!!

 

 

「はぁ、はぁ……くそ!アレだよ!貴様が持っているカイザーコーポレーションの裏情報に決まってるだろう!!」

 

 

 うん、まあ知ってた。

 

 

「くくく、助けは期待しないほうがいいぞ?自分から外に出ることのない社会不適合者な貴様単体で誘拐した場合はすぐバレただろう…だが、先生と一緒だったら?その上、先生の字に似せた書き置きがあったら?多少怪しまれようと一緒に旅行にでもいったのかと思われるだろうからな!助けは来ない!」

「ホムラが十分でやってくれました。」

「……ぴーす。」

 

 

 長々と説明口調どうも。

 うわー……これまた終わったあとめんどくさいことになりそうな事を…主に先生LOVE勢からの問答が。

 

 

「…それさえ手に入れれば私は再びあの地位に!!」

「解雇されたもんね…」

「いい加減黙れ!!」

 

 

 いいのぉ〜?黙っちゃったら情報渡せないよぉ〜?

 …ま、いい加減ちゃんと話を進めようか。

 

 

「……そんなもの…私に聞く前に、私のパソコン、とか…調べれば、いいのに………あ、『今日のおかず』ってファイルはやめてね?」

「流石に開かんわ。……はぁ、そのくらいとうの昔に調べ終わってる。シャーレ内の貴様の部屋も、貴様の旧アジトもな。だが、見つからなかった。」

「へぇ…?んー…じゃあ、どっかやっちゃったのかな……もしかしたら、燃えるゴミと勘違いして────

 

「しかし、まだ調べていないものが一つある。」

 

 ───…。」

 

 

 彼は後ろの部下に目配せし、それと同時に後ろからナニカが部屋に運び込まれてきた。

 

 弾痕や切り傷、焼け跡など傷だらけの装甲に、片腕の欠損した2メートル程の黒コートを羽織った大男。

 

 

「っ!掃除屋…!!」

 

 

 間違いない。アレこそ私の半身、私の相棒、そしてもう一人の私…『掃除屋』だった。

 

 

「お前ら…よくも……!」

「ちょ、ちょ、暴れないでくださいよ。綺麗な腕が傷ついてしまう。」

 

 

 くそ!なんで…ああ、そうか…私が、あの時捕まったから…く、そ!私の、ミスだ…………だからといってそこまでやんなくてもいいだろ!あああ!修理代が!貴重なオーパーツが!また集め直しだ!!

 

 

『………』

 

 

 なんか掃除屋が物言いたげな目で見つめてきた気がするが、気のせいだろ。電源切れてるし。

 

 

 

「…まだコイツの中までは調べていない。」

 

 

「と、言うか調べられないの方が正しいですね。貴方のことです。アレに何か罠を仕掛けているかもしれない。」

 

 

 

「……はは、まじ…?」

 

 

 口調的にわんこちゃんか?と思ったが、違う。ノイズがかかって聞きづらいものの男の声。これも、聞き覚えのある声だ。

 元理事の大柄な体の裏から出てきた黒いスーツに身を包んだ異形。

 

 ──『ゲマトリア』が一人、黒服。

 

 

「くくく…会えて嬉しいですよ。新戸コモリさん。」

「これは…そこの二人とは違った…とんだ、大物が…」

 

 

 解雇されたカイザーPMC元理事と、ポンコツ情報屋二人組。小物臭のすごいこいつらとは違った、明らかな『悪人』。

 

 私が今まで出会ってきた柴関の店主さんや先生以外の『大人』というものは、その殆どが“悪い大人”と称されるものだった。そして、目の前のこの大人は、その中でも特に、身の毛のよだつほどの、『悪』だ。

 

 

「は、はは…貴方は、私に…なん、の用…?」

「少し、聞きたいことがあったのです。」

 

 

 ───それと…

 

 

『殲滅ヲ開始─────

 

 

「こういった事態に対処するため、ですね。」

 

 

 ──────…シ、シシ…エラー、発生。機能停止…』

 

 

 

 起動と同時に護衛の兵士二人を吹き飛ばし、残った片腕を黒服たちに向けて振り下ろそうとしていた掃除屋が、その目の光を消し、再び沈黙した。

 

 

「…ちっ」

「ひ、ひぃ!?び、びっくりさせるな!!」

 

 

 突然のことに尻餅をついている元理事を横目に、私には理解できなかった”ナニカ“をした黒服を睨みつける。

 

 

「貴方のその舌の裏に仕組まれた装置が、掃除屋に自走命令を出す物だということは知っていましたからね。」

「……」

 

 

 全部、バレてたってわけね。私が舌の裏に装置を隠してることも、その目的も。

 

 

「…はぁ。降参。貴方みたいな、化け物を相手にする気は、ない。なんでも聞いて。」

「そうですか。手間が省けて何よりです。」

 

 

 私は手錠に繋がれた両手を頭上にあげ降参のポーズを示す。…別に、諦めたわけじゃない。先生もいるしな。ただこの場ではコイツに従うのが吉だと思っただけだ。

 

 

「な、ならさっさと掃除屋からデータを…」

「あ、それは無理。私は、黒服さんに降参しただけで、元さんに降参したわけじゃないから。」

「理事と呼べ理事と!」

 

 

 ンベーと舌を出すと青筋(実際は機械なので立つわけがないのだが)を立てそうな勢いで怒り出す元理事。おもろ。

 

 

「で?聞きたいことって?」

「それは─────

 

 

 黒服があるのかもわからない口を開いた。その時だった。

 

 

 

「───っ!?」

「む…」

「のわ!?」

「いったぁ!?」

「なにが…!?」

「ん゛ー!?ん゛ー!?」

「むにゃ…」

 

 

 ちゃんと座っていられないほどの衝撃が部屋全体を襲った。ちなみに先生は眠ったままだ。なんか通信で眠剤がどーのこーのいってたしその影響かもしれない。

 

 

「なに、が…?」

「おい!何が起こったか調べてこい!」

「は!」

 

 

 元理事の指示に従って一人の兵士が駆け出して行った。

 そこで、私はずっと聞きたかったが聴けなかったある情報を問う。

 

 

「……ねえ、ずっと気になってたけど…ここって、どこ?」

 

 

 この部屋ではなく、この建物が存在する“場所”を問う。だが、その問いに答えてくれたわんちゃん…黒晶アイムから帰ってきた言葉は予想外のものだった。

 

 

「ふっふっふ…聞いて驚いてください。なんと!ここは飛行船の上なのです!」

「…へ、へぇ…」

 

 

 嫌な予感が強くなった。

 

 

「つまり。貴方が掃除屋を使って私達を倒しても脱出は不可能。大人しく私たちに従うしかないというわけで…」

「うん、それは、わかる。ただ、ひとつ聞かせて?」

「なんですか?」

 

「…これって、カイザーコンポレーションの私物だよね…?」

「違いますよ???」

 

 

 冷や汗が止まらない。

 

 

「解雇された理事にあそこが、ただでさえこれだけの兵を貸し与えた上で飛行船まで出すわけないじゃないですか。」

「じゃ、じゃあ、これは、どこで手に入れたの…?」

 

 

 ああ、どうか違ってくれと願いながら、そう問いかけた。

 だが、帰ってきた答えは──

 

 

 

 

「ブラックマーケットです。いやーちょうどゲヘナの万魔殿製のものが格安で売られてましてね!いい買い物でした!!」

 

 

 

 

 ………希望は、潰えた。

 

 

 

 

「理事!確認できました!」

「なんだったんだ!?」

「バードストライクです!!鳥が!飛行船のガス袋をぶち破りました!!」

「……は?」

 

 

 あまりにも冗談みたいな理由。

 

 しかし事態は変わらない。

 

 飛行船は落ち続け、私たちはそれに身を任せるしかないのだ。

 

 

「……黒服さん…なにか、助かる手は…」

「………運に身を任せましょう。」

 

 

 

 

 

 嗚呼、ほんと、今日は厄日だ。




情報屋sはもう出ないと言ったな。アレは嘘だ!
ごめんなさい悪役にするならやっぱオリキャラの方が気が楽なんです…あと書きやすい…
それと多くのキャラを一緒に動かすのって難しいんです。キャラ崩壊したって仕方ないじゃないですか!勘弁してください。でもここで出さないと「コイツいたんだ!?」って展開になっちゃうので。

ちなみにコモリちゃんの「おかずフォルダー」の中身は秘密です。


ところで教えて欲しいんですけど、皆さん的に何時くらいに投稿するのが一番にいんでしょうか。読みやすい時間帯ってのもあるでしょうし、参考にするので教えてもらえると助かります。


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美しき銀世界

ほらお望みの7時投稿だ!!(多分皆様がいってるのは平日の7時)
ちなみに水着小隊はまだミユちゃん以外うちのシャーレに来てくれません。

あと混乱された方がいたので普通に最新話としてお送りいたします。
それと総評価数300ありがとうございます。


 

 やあ観測者諸君。私だ。

 

 幽霊か、だと?…失礼な。まだこの身にはちゃんと血が通っているし生命活動もちゃんとしてる。大体幽霊だったらこんな記録残せないでしょうが。

 

 とりあえず、現状を整理しよう。

 

 自身の体に異常は、今のところなし。四肢は全部揃ってるし、怪我といっても少し擦りむいたくらい。大事に至るようなものではない。

 しかし問題点として体温の低下が挙げられる。私自身滅多に外に出ないゆえにキヴォトス人が前世の“人間”に比べてどこまで耐えられるのかはわからないが、早急に解決したほうがいい問題ではあるだろう。

 

 次に鹵獲されていた掃除屋。PMC兵との交戦によって欠損した左腕以外には、これと言って目立った損傷は見られない。しかしクソ元理事野郎の指示でメインバッテリーが抜き取られ、その上先ほどの騒動で紛失されたときた。今探索に向かっているものがいるが、それでバッテリーが見つかるのは希望的観測がすぎる。サブバッテリーや自己発電で短時間の稼働は可能だが、状況の打開策には使えない。

 

 

 

 そして最後に、観測者諸君が最も気になっているだろう周囲の状況についての解説を行おう。

 

 

 

 勘のいい者はこの記録に付けられたタイトルと私のみに起こっている問題からある程度察することができただろうが…──

 

 

 

 ───簡単に言えば雪原である。

 

 

 

 

「くちゅん」

 

 

 

 一面銀世界。

 

 見るだけならば美しいものだが、実際その場に身を投じてみればわかる。ここは地獄だ。寒いタイプの地獄だ。

 

 引き篭もりの私の生存圏から遠く離れた環境だ。

 

 ほらみろ、鳥肌がすっごい立ってる。息も真っ白だ。全身が振動する例のマッサージ器具みたいになってる。このままじゃ凍え死んじまう。

 

 

「…コ、コモリちゃん、少し離れてもらっていいかな?先生首締まりそう。」

「……や。」

「ぐえ」

 

 

 故にこうして先生という名の湯たんぽにしがみつく必要があったんですね。この〜コートなんて羽織ってあったかそうな格好しやがってからに。私なんて無職Tシャツ一枚だぞ!?ヘイローあっても私の貧弱さは変わらないんだぞ!?

 

 

「は、はは!流石の掃除屋様も寒さには弱いらしいですね!」

「ずびっ…」

 

 

 パチパチと燃える焚き火の向こう。私が湯たんぽ──先生にしているのと同じ様に元理事にしがみついている情報屋の二人組が口を開いた。

 

 

「こここ、子鹿の様に震えて!私が温めてあげましょうか!?」

「…そんな事言う前に、自分の現状を、見直すべき…」

「あったかいんですよこの人!元理事だって良いって言ってますし!」

「…良い加減離れろ。」

「ほら!」

 

 

 明らかに拒否してただろ…。

 

 

「…はぁ、いつまでやってるんですか。」

「ぐ…あ、カンナ。」

 

 

 後ろからの声に先生の首を絞める手を緩めて後ろを振り返る。そこには金髪ケモ耳ギザ歯イケメンとか言う拘束されていた時は気づかなかった『打ち上げられた魚ちゃん』こと『イケメンおねーさんのかんな?さん』がコーヒー缶を片手に持ち、数人のPMC兵を引き連れて立っていた。

 

 んー…?かんな…?なんか聞いたことある気がするけど…思い出せないな。まあ所詮ヴァルキューレだ。注意を配るべき生徒も少数であったはずだし、まあ名前覚えてないってことは一般隊員の一人だろう。

 

 

「ほら、コモリさん。私のジャケットを貸してあげますからそろそろ先生を離してあげてください。」

 

 

 ほーん?優しいじゃん?確かにあったかそうだもんね。貴方のそのジャケット。てかデカいな。どこがとは言わんけどデカいな。

 

 

「……だが、断る。」

 

 

 …くくく。確かに貴方のジャケットはあったかいだろう…だが!その暖かさと先生の温もりと地味にタバコ臭い先生の体臭は等価ではないのだ!!

 

 

「…は?」

「ぴぃ!?」

 

 

 嘘です冗談ですごめんなさい貴方のジャケットの方がいい匂いしそうですしそっちにします。

 

 

「ぷっ、あはは!引き剥がされてやんの!」

「…むぅ。」

 

 

 こちらを指差し嘲笑うアイム。

 

 その時だった。後ろから缶が潰れる音がしたのは。

 

 

「……いい加減にしてくれませんか?こんなわけのわからない状況に巻き込まれて、しかも指名手配犯三名と、シャーレ所属になったとは言え元凶悪犯罪者一名と共に雪山に遭難なんていう頭の痛くなるような状況に巻き込まれたこっちの身にもなってくれませんかね?」

 

 

 そう口早に自らの感情を抑えるようにして言い放った彼女の額には青筋が浮かんでいた。

 

 

「…ヴァルキューレ警察学校所属公安局長、尾刃カンナ。貴様、カイザーPMC理事である私にそんな口を聞いてタダで済むと…」

「“元”、でしょう。犯罪者。」

「ひんっ」

 

 

 なぜか大きな態度をとっていた元理事もギロリと睨まれた瞬間縮こまってしまった。よっわ。

 

 ……ん?公安局ちょ…は?

 

 

「え、あ…ゔぁ、ヴァルキューレ警察学校…?」

「?はい。そうですが?」

「公安局…?」

「ええ。」

「その……局、長……?」

「です。」

 

 

 …………まじぃ?

 

 

「ちょっ!?と、突然土下座なんてどうしたんですか!?」

「…こう、さん…うぅ…掃除屋こと、新戸、コモリは、ひぐ…投降、します……ぅえ…痛くしないでぇ…」

 

 

 

 「狂犬」。彼女の辞書には『諦め』の二文字はなく、どんな難事件にも執拗に聞き込み全てを明らかにするという……実際に彼女に拷問をされたという不良生徒に聞いたから間違いない。

 

 

「ふえぇぇぇ…」

「あはは。カンナまた怖がられてる。」

「先生…笑ってないでなんとかいってくださいよ。」

 

 

 てか掃除屋時代の要注意リストにガッツリ載せてたのになんで忘れてたんだ私!!あああ…きっとこれから私は彼女に拷問されて昔やらかした罪を全部吐き出されて豚箱行きにされるんだぁ…

 

 

「はぁ…」

「ぴぇ…!?」

「いい加減泣き止んでください。そもそも捕まえませんから。」

「ほんとぉ…?爪、剥がさない…?歯抜かない…?指おらない…?肉を少しずつ削いで行ったり…」

「しませんよ……あなたの中で私はどんなイメージなんですか…」

 

 

 ほんとぉ?本当に拷問しない?

 あ、ヨシヨシされた。これは信じられるヨシヨシだ。ああ、心がポカポカする…表情筋がへにゃる〜

 

 

「…情報屋、本当にあれが掃除屋なのか?」

「ええ。そうですよ?多分、おそらく、きっと。」

「情報屋名乗るなら確定させろよ。というかなんで公安局長なんて誘拐してきたんだ?そんな指示出してないぞ?」

「…普通に睡眠薬効かなくて、顔見られて仕方なく…」

「…本当にプロかお前ら…」

 

 

 んふぅ…なんか変な声出た。

 

 

「あの、隊長。報告よろしいですか?」

「ん、ああ。頼む。」

 

「…お前ら今公安局長に向かって隊長って言ったのか?確かに奴にお前らを貸したのは私だが隊長と呼ばれるべきなのはどちらかというと私だと思うのだが」

「頼りないからでは?」

「ひんっ…」

 

 

 カンナ公安局長の後ろについていたPMC兵の一人が報告を述べる。彼がいうには飛行船はほぼ全損と言っていいほどの状態。食料や兵器を含む物資は8割ほどを損失。兵力は21名が行動不能。物資の節約のため、状況の把握ために動いている15名を残して他は待機中だそうな。

 てかPMC兵って生きてるのかな……生きてたら21名死亡ってだいぶやばい気がするな…

 

 

「周辺地理の把握はまだですがこれまでの飛行船の移動経路からレッドウィンター領の奥地と予測されます。」

「通信機器はどうだ?」

「全滅です。黒服さんに見てもらってはいますが希望は持てません。」

 

 

 レッドウィンター…情報は少ないが確か前世での赤っぽい国々をモデルにした学園だった気がするな。…できればあまり関わりたくない。

 

 と、いうか。通信機器が全滅か。なかなかまずい状況かもしれないと思い始める。掃除屋にもそういった機能は搭載されているが…これは最終手段にした方が良いかもしれないな。少なくとも武器も抵抗する手段もない今この状態で切るべき手札ではない。

 

 多分、まずいと思ったのは元理事側も同じだったのだろう。彼は神妙な顔つき(雰囲気?)で先生に声をかけた。

 

 

「先生、ここはお互い協力し合わないか?」

「…協力だって?」

「そうだ。流石にこんな極限状態、お互い敵対したままではまずいだろう?」

「……」

「それとも先生と、公安局長、そこの引き篭りの三人だけでこの状況を突破できるとでも?」

「……」

「お前のその懐に隠してあるカードを使っても難しいだろう?」

 

 

 先生は私を見た。

 

 …え?ちょ、何その目。私に目をやった瞬間諦めの感情浮かべるのやめてもらっていいですか?いやまあ私がこん中で一番貧弱なのは事実だけどさぁ!

 

 別に協力するのはいいんだよ!?異論ないよ!?

 

 でもさぁ!いいんだけどさぁ!!

 

 

 

「…わかった。貴方が今回したことも、ホシノたちにしたことも許したわけじゃないけど一旦は協力しよう。」

 

 

 

 

 なんか納得いかない!!!!

 

 




なんか最近あんま上手く書けないなと第1章を読み直したら今よりだいぶ読みやすい気がする…うぅ…がんばろ…

あとなんか短いと思った方。前回が長がっただけです。普通は3000文字くらいです。というかそのくらいで勘弁してください。


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楽しいご飯:ラッコ鍋

白状します。これがやりたかっただけです。冗談です。
期間開いた上にこんな話ですみません。テスト期間なんです。
以下キャラ崩壊注意です。繰り返します。キャラ崩壊注意です。


 

 夏は海。

 

 以前、私と先生が過労でテンションが限界突破し理性が消滅していたあの時に出した話題の通り、海は夏の季語でありなくてはならない存在である。何せ私のような引き篭もりでさえも連想ゲームで夏の次に海という単語が思い浮かぶほどだ。

 

 だがしかし。

 

 

「想像してたのと…なんか、違う…」

 

 

 氷山が漂う海は果たしてそのイメージにあったものなのだろうか。いや、違うだろうどう見ても。

 

 

「…うん。避暑地にも程があるね。」

「避暑地…と、いうか…遭難……」

 

 

 唖然と立ち尽くす先生と共に、明らかに水に触れたらダメなメカメカしいPMC兵たちがどこからか引っ張ってきたのか小船に乗って釣りをしている様子を眺めている。ちゃんと防水加工されてるのだろうか。

 

 

 あの後、やっぱり寒かったのかカンナ局長を混ぜて焚き火にあたる私たちのもとにやってきた調査隊のPMC兵が報告した内容は、周囲に2つの探索スポットがあるということ。

 

 一つは捨てられた炭鉱都市の跡地らしき場所と、そしてもう一つ。同じく捨てられた漁村だったであろう場所だ。

 

 

 下手に別行動をして逸れたらまずいというわけで飛行船墜落地点からここまでの地図を作成しながら皆でやって来た。

 やってきたものの…

 

 

「…どーしよっか…」

「………どーしよ。」

 

 

 やることがないのである。

 

 

「釣れないなぁ…」

「おいアイム!貴様の竿引っ張られてるぞ!?」

「なんですって!?うおおおお……お、おお…」

「…ててーん。黒晶アイムは空き缶を手に入れた。そうかそうか。お前はそんなにガラクタを釣り上げて、船を重さで沈めたいのか?」

「違うんすよホムラさん!?わざとじゃないんです!」

 

 

 元理事と情報屋sは元気に釣りに出かけ、黒服さんは漁村跡に残っていた紙切れなどを集めて机の上で睨めっこ中。カンナ局長も多分別のところで漁業に勤しんでいるのだろう。

 

 やることがない…否。できることがないのは生身な上ヘイローもなく、万が一海に落ちてしまったら凍え死ぬ可能性のある先生と、ヘイローはあるくせに先生以上に「こいつ落ちたら死ぬわ」という確信を抱かれ止められた私たち2名だけだ。

 

 医療品も温まるための燃料も今は貴重だからな。故に命の危険のある私たちはこうしてただ景色を眺めることしかできないのである。

 

 

「わー…しぇんしぇー…うみ、きれぇー…」

「ゲームがなくてコモリちゃんの理性が限界に!?」

「失礼な…そこまでの限界廃人じゃない、よ…多分…」

 

 

 なんか手が震えてるけどこれはきっと寒さのせいだ。カンナ局長から借りたコートの上に元理事のマフラーまで借りて装備しているがきっとそうに違いないんだ。

 

 

「…コモリちゃん。」

「…なー…にー…?」

「先生ね…夏は海行きたいって言ったけど…」

「うん…」

「絶対これじゃない。」

「…私も、夏イベがこれなのは、反対…」

 

 

 夏イベなんて絶好の水着披露イベでなんでわざわざ寒い地域で漁業しなきゃならんのだ。

 

 

「はぁ…ぼうず、ですねぇ…このままじゃ食べ物が…」

「む。おいアイム!あっちを見てみろ!」

「ん?あ、ラッコちゃんですね。」

「わ〜貝殻割ろうとしてる〜」

「か〜わ〜い〜い〜!」

 

「……はぁ」カチャ

 

「え、ホムラさん?銃なんて…」

「あ!」

「ああ!」

「ラッコぢゃーーーん゛!!」

 

「…うるさい。大の大人が泣くな気持ち悪い。ほら、これで俺たちの一食分はできたな。」

 

「人の心とかないんか???」

 

 

 …なんか楽しそうだ。

 

 

「どう、する…?私たちも釣りする…?」

「だめだよ。…よりにもよってあの黒服の忠告に同意するのも癪だけど、コモリちゃんが釣りなんてしたら魚に引っ張られて逆に釣られちゃうから。」

「待って待って待って。先生?黒服?貴方たち私のことなんだと思ってるの…?

「…?引き篭もりの小動物。」

「黒い毛玉だろ?」

 

 

 うわびっくりした!?元理事急に後ろから話しかけてくるなよ。

 

 

「…まって?黒い毛玉って──

「何か釣れた?」

「先生?遮らな──

「ああ。ガラクタが沢山に、ホムラが撃ち抜いたラッコちゃんだ。」

「……せ──

「ラッコって食べれるの…?」

「……」

「……さあ?」

 

「……食べれた、はず、だよ…」

 

「本当か!」

 

 

 やっぱ聞こえてんじゃねーか。私はガシガシと元理事の脛を蹴りながらラッコ料理の説明をする。脛硬いわふざけんな。

 

 

「ラッコ……聞いたことがあるのは、鍋料理……正直、どこで見たかは、忘れたけど鍋料理なら、突っ込むだけだし、多分大丈夫。」

 

 

 んー…?何で読んだんだっけ?ラッコ鍋なんて結構特殊な料理なのに。前世?いや、前世の私はそこまでおかしな食事はしていなかったはずだ。なら今世?それこそないだろうに。食べる機会すらないよ。

 

 

「まあ、とりあえずこれで今日の分の飯はできたわけだな。」

「…ま、確かに、残り少ない食料を消費するよりはいいか…な…?」

 

 

 しかし本当にどこで仕入れた知識なのか。

 

 

「とりあえずガラクタを運びに行ったアイムたちを呼んで───」

 

 

 元理事が物置小屋らしき場所にガラクタを捨てに行ったアイムたちを呼びに行こうとした───その時。

 

 遠方に、手を振りながらこちらに向けて何かを叫びながら走ってくるという普段の行動とはかけ離れた姿の黒服と────────

 

 

 

「───雪崩です!!」

 

 

 

 白い、白い。雪の波だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…生きてる…?生きてる…」

 

 

 大急ぎで私たちは近くにあったできるだけ頑丈そうな小屋に駆け込み扉を閉めた。瞬間ドアや木で閉められている窓に何かが叩きつけられる様な音と隙間から入り込む冷気の音が鳴り響く。

 

 吹雪?吹雪じゃねーってあれ!雪崩だろもうこれ!

 

 

「ふぅ……“仮称:レッドウィンター領奥地”を襲う暴風雪。先ほど目を通してきた資料の中にありました。」

「…し、資料?」

 

 

 スーツについた雪を払いながら黒服は語る。

 

 

「アビドスにて頻発する砂嵐。先生は覚えていますよね。」

「……」

「おそらく、この暴風雪もまた同じ様なものなのでしょう。記録によればかつてこの土地にレッドウィンターとは別の学園が存在していた時代から発生し出した様で、定期的に起こる暴風雪は全てを凍りつかせ雪の下に埋もれさせてしまった……現在のアビドス同様にかつての学園もまた荒廃し、最終的に誰にも知られることなく消滅してしまった…とのことです。」

「それは…」

 

 

 窓に打ち付けられた木材の隙間から外の景色を覗く。しかしそこに先ほどまでいた漁村跡は見えず、ただ見えるのは一面が真っ白に塗りつぶされたキャンバスのみ。一寸先すら見えない。確かにこんなものが頻発していたのなら一つの学園が消滅するのも無理のない話だ。

 

 

 ───ぐ〜〜…

 

 

「……む。」

「コモリちゃん大丈夫?」

「………お腹が、空いた。」

 

 

 お腹の音を先生に聞かれたのが少し恥ずかしいながらも、空腹には耐えられず食料を欲して泣き止まないお腹をさすって部屋の中を見回す。

 室内にいるのは先生と黒服。そして私と元理事の4人。他の奴らが無事かどうかはわからないが、今は祈るしかないだろう。

 

 それよりも、腹が減った。情報屋どもやPMC兵の安否以上に、腹が減って仕方ないんだ。

 

 

「…ごくり。」

「?」

 

 

 私は、元理事の手に握られたラッコの死体に目を移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───ぐつぐつ

 

 

 熱せられた鉄製の鍋の上。沸騰したお湯の中で踊る、かつては優雅に海を泳いでいたラッコちゃん。彼、または彼女はその優雅な肉体美で死してなお私たちを魅了す────

 

 

「くっせ。」

 

 

 くっせ。いや、語弊があったかも。独特な匂いだ。食べれは…するんだろう。納豆とか匂いはすごいのに味は美味しいし。世の中にはシュールストレミングなるものもあるらしいし───と、この時の私は特に疑問を持たなかった。

 

 だが、今思えばそれは間違いだったのかもしれない。

 

 

「っ…なんか、変、ですね…」

 

 

 黒服が目(にあたるであろう部分)を擦る。彼は今自らの体に異常が起こっていることを自覚していた。しかしそれが吹雪に当たったせいなのか。はたまた別のものなのかはわからない。

 

 …彼の名誉のため、前述しておくが、彼はかつて研究のために小鳥遊ホシノを罠に嵌めその身柄を拘束したが、目的はあくまで神秘の研究。彼は決して小柄な体型の学生に興奮するような、()()()の意味で悪い大人ではないのだ。

 

 にも関わらず────

 

 

(どう見ても、コモリさんが色っぽく見えてしまう…)

「…ふぅ……」

 

 

 彼は再度目(にあたるであろう部分)を擦った。

 

 

 

 

 

 さて、観測者諸君は知っているだろうか?ある一部の民族には“ラッコの肉”という食材に関する面白い言い伝えが伝わっていることを。

 

 その内容は───ラッコの肉を食べるときは必ず男女同数で部屋にいなければならない。

 

 

「黒服、大丈夫か?」

 

 

 なぜなら───

 

 

 

 パァン!!!

 

 

「おっと…またボタンが…」

「ぁ…!」

 

 

(この元理事……すけべ過ぎる…!!)

 

 

ラッコの煮える匂いは欲情を刺激し一人でいては気絶してしまうから……だ、そうな。

 

 

 胸元のボタンを自慢の胸筋(?)で弾け飛ばすカイザーPMC元理事と、「ムッワァァ」という効果音を放つその胸元を見てごくりと唾を飲み込む新戸コモリ。今この瞬間、部屋はラッコの肉の煮える匂いに包まれていた。

 

 

「く…頭がクラクラする…」

「先生…!?大、丈夫…!?」

「よ、横になるべきです!今すぐに!!」

 

 

 熱にやられたのか、先生が頭を押さえる。「あぁ…」という妙に色っぽい声を出しながらふらつく先生の体を元理事がシャツを大きくはだけさせた立派な大胸筋で支え、ゆっくりと床に寝かせた。

 

 

「胸元を開けて楽にしたほうがいいのではないか!?」

「下も、脱がせよう…!いや……全部!全部脱がせるべき!そうしよう!!」

 

 

 黒服と元理事が先生の体を包むワイシャツという名の羽衣を、ボタンを一つ一つ丁寧に、しかし溢れ出る謎の感情を抑えながらゆっくりと外してゆく。

 顕になる肉体美。美しくも六つに割れた腹筋に、その体を滴る輝く汗。脇腹にできた銃痕でさえその肉体を美しく飾り付けている。

 

 先生は「はぁ、はぁ」と浅い呼吸を繰り返していた。

 

 

 

 その時であった。がらら、と木製の扉が開けられる。

 

 

「冷たっ…!?く、服の中に雪が………」

 

 

 私に貸したのとは別のコートを脱ぎ、さらにワイシャツを脱ぎ捨てスポブラ一枚になった金髪長身の女性──

 

 

「…ふぅ…皆。無事、だったか。」

「カンナ、局長……ゴクリ。」

 

 

 カンナ公安局長が立っていた。

 

 

「カンナさん。」

「PMC兵たちと釣りをしていたのだが、突然吹雪に襲われてな…彼らとも逸れてしまった。」

「そうか…あいつら、無事だといいんだが。」

 

 

 突然のことで対応しきれなかったのであろう。カンナ局長は釣具もあの時遠目で見た獲物も持たず手ぶらだった。

 

 

「それより…」

 

 

 ちらりとカンナ局長が黒服にじっとりとした視線を移す。

 

 

「黒服……貴方、少し見ない間に、男前になったか…?」

 

「よ、よしてください…」

 

 

(かわいい)

(…かわいい)

(かわいい)

 

 

 どんな感情なのか体に入った亀裂から漏れる光を増減させながら顔を背ける黒服に3人はほおをあからめた。

 

 

「…カンナ局長も…なんか…前より、生き生きとしてて、かっこいい…です…」

「そ、そうか?…ふふ、どうだ?元理事…」

「ぬぅぅ!」

 

 

 コモリの言葉に顔を綻ばせた局長は、その腕を曲げて鍛え上げられた上腕二頭筋を元理事長に晒す。その上腕二頭筋は美しく、女子高校生でありながらも過酷な訓練と日々の鍛錬によって生み出された神秘と肉体美の詰まったそれは、ゲヘナのヒノム火山が如き威光を放っていた。

 

 

(なんだこの感情は…!抑えきれん…!)

(はぁ…はぁ…おかしい……こんな感情…初めて……なに、これぇ……どうすれば……)

「……」

 

 

 かの山の威光に照らされた私たちの胸に燻っていた謎の感情はさらにその存在感を主張し、膨れ上がる。

 

 

 浅くなる呼吸。

 

 加速する鼓動。

 

 上がり続ける体温。

 

 そしてまるで私たちの心象風景を再現するが如く沸騰し続けるラッコ鍋。

 

 

 抑えきれなくなるほどに大きくなったそれを、私たちは発散させる方法もわからないまま、苦しみ続けていた。

 

 

 

「…だめです。もう、我慢できません…!」

「っ…!」

 

 

 

 そんな空間を破ったのは、立ち上がりながらトレードマークでもある黒服を脱ぎ捨てた一人の“男”であった。

 

 

 

 

 

 

「相撲をしましょう!!」

 

 

 

 

 

 

 ──なるほど、そうか!!

 

 ピシャリ。まさに鶴の一言。この場の誰よりも知略に長けた男は、見事この感情の発散方法を見出したのであった。

 

 

 

 

 ───ぱあん!!

 

「ぬぅぅおおお!!」

「ぬふぅぅぅ!!!」

 

 ───ぱあん!!

 

「うおぉぉぉ!!」

「んあぁっああ!」

 

 ───ぱあん!!

 

「んぅああああ!」

「ぅっふぅぅぅ!」

 

 

「「「「んあああああああああ!!!」」」」

 

 

 繰り返し上がる肉と肉をぶつけ合う音と、その度に上がる愛嬌とも叫び声とも取れる声。外気とは相反して「ムッワァァ」と熱のこもった室内はサウナの如く。汗水が混ざり合い互いの吐息を交わし合う。

 

 全てを発散させた彼らは部屋の中央に倒れ込み、そしてそろってこう呟くのだ。

 

 

 

 

 

「「「「ごっちゃんです…」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふ、吹雪。いつのまにか止んでいたようですね。」

「………今日のことは秘密にしておきましょうか。」

「…そうしてくれると助かる…」

「いぅ…腰が、体が、痛い……」

「コモリちゃん。その言い方はまずい。」

 

 

 その後私たちは妙に気まずい雰囲気の中、なんとか別の小屋に避難できていたらしいPMC兵たちと、なぜか互いに目を合わせようとしない情報屋の二人と合流して飛行船の残骸に戻った。

 

 随分と長いこと吹雪に足を取られていたようで、戻った頃にはもう日が沈んでいくところだった。高く聳え立つ雪山の向こうに沈みゆく真っ赤な夕日。私たちはソレに、それぞれの想いを抱きながら……そして気まずい雰囲気のまま寝床についたのだった。

 

 

 

「コモリさん。少し話が…」

 

 

 

 ──夜中に声をかけてきた黒服と私を除いて。




こんなアホな回に5000字以上使っていると言う事実。
ラッコ鍋。実際はどうなるかは知りませんが最近読み始めた漫画に影響された話でした。媚薬もどきとか言う、これが発禁小説だったらアレな展開確定演出な状況ですが、黒服ならそんなことしないだろうと言う謎の信頼と、すけべ過ぎる元理事がどうしても書きたかったのです。
カンナさんはあんなことしない?…す、ストレスがたまってたのかもしれないじゃないですか。

【挿絵表示】

おふざけ欲求を消費したので次回から真面目に書きます。


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ゲマトリア

連続テスト地獄が終わったのでアホモリちゃんモードから掃除屋コモリちゃんモード突入です。



 

「…それで?話って、なに…?」

 

 

 日も落ち切って、光り輝くのは都会ではお目にかかれないような満点の星空と天井に上ったお月様のみ。ちょうど反対側にいるであろう見張り番のPMC兵一人を除いた皆が眠りにつき、辺りが静寂に包まれた頃、私はこのいかにも悪役な風体の男に呼び出されていた。

 

 遭難して命の危機にある中暗闇で二人きり。何も起こらないはずがなく……というのは冗談で。この黒服に限ってそのような邪な目的ではないだろう。だとしたら───

 

 

「以前、私が貴方と取引した際にいただいた“装置”のことを覚えていますか?」

 

 

 ───…やっぱり。

 

 “装置”。十中八九、私がまだ掃除屋をやっていた頃、彼の“神秘破壊爆弾”との交換材料として渡した擬似神秘再現装置……『ベネディクトゥスの光輪』のことだろう。

 

 そして、彼が言わんとしていることもわかる。

 

 

「……システムが正常に機能しない……もしくは、出来たものが、予想とは別物だった………違う?」

「…やはり知っていましたか。」

 

 

 そうだ。私が彼にあの時渡した『ベネディクトゥスの光輪』。アレでは掃除屋のように“ヘイロー”を生み出すことはできない。あくまで“擬似”である。生み出されるのは機械的な歯車の形状をした”ヘイロー擬き“。そのことを私は知っていた。

 

 

「私がソレを起動した際に生み出されたものは、本物のヘイローに比べて対物性能に関しても遥かに劣った代物……そして何より。ソレが内包するものは神秘とは似て非なるものでした。」

「…ふーん?」

「神秘に似た何か……知っていましたね?貴方はこうなることを。」

「……」

 

 

 そう言ってこちらを除いてくる黒服の感情の読み取れない顔を覗き返す。

 

 

「…それで?そう、だとしたら…?」

「別に責める気はありませんよ。」

「……へぇ?」

「私が求めたのは掃除屋に搭載された『ベネディクトゥスの光輪』の複製。そして貴方は正しく()()()()()()()した。違いますか?」

「……」

 

 

 …まさしくその通り。

 

 私はこの兵器を、『ベネディクトゥスの光輪』という“オーパーツ(時代錯誤遺物)”を再現した。完璧に。一ミリの間違いもなく。

 

 

 これは以前観測者諸君にも話した通り、私の異能ともチートとも取れる能力のおかげだ。

 

 限度はあるものの、材料と施設さえあれば自らの望むものを作成することが可能。ただしその作成方法は自分でも理解することができないため複製は不可能……と、いうよりも何かしらの制限がかかっているのだろう。

 

 以前私は前世で見たことのある電動マッサジャー…いわゆる電マを作ったことがある……もちろん本来の目的として使うためだぞ?

 まあ結果普通に出来上がったわけだ。だが…案の定2個目を作ることはできなかった。私が作った電マがそのチート能力を使わずともクラフトできるような簡単な代物であったとしてもだ。

 

 修理することはできても1からもう一つ作ることはできない。私の専門外だから詳しくはわからないが、神秘とやらに関係することなんだろう。もしくは神様とやらが私に課した枷なのか。確かにこの能力で核弾頭の量産なんてできてしまったら不味いからな。

 

 

「…そ。私は、一寸の違いもなく、掃除屋に搭載されているものと同じものを……」

「だとしたら、一つの仮説が立つのです。」

「…仮説…?」

 

 

 黒服は指を一本立て仮説を提示した。

 

 

「『ベネディクトゥスの光輪』は、神秘を文字通り()()するための装置なのではないか。」

「……ふーん…さすが、悪い大人。勘がいい…」

「ここまでのヒントをもらっていたら誰にでもわかることですよ。」

 

 

 黒服は語る。

 『ベネディクトゥスの光輪』という装置は神秘を1から生み出すための装置ではなく、既存の神秘を何らかの形で再現するためのものではないかと。

 

 

「そうなると、私が貴方から譲り受けたコレが正常に作動しないのも納得いきます。再現するためのサンプルがないのですから。」

「…せい、かーい…」

 

 

「…だとしたら、さらに疑問が浮かび上がってくるのです。」

 

 

 

 

 黒服は私の頭上……目には見えないもののちょうどヘイローが浮かんでいるであろう位置を指差して、こう言った。

 

 

 

 

 

 ──彼のヘイローは一体誰のものなのでしょうか?

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

「さあ?私も知らないよ。」

「……」

 

 

「知るわけないじゃん。確かに形状的には私のものに似ているけど、“私”のヘイローはしっかり着いたまま。“私”のものじゃない。」

「…そうですか。教えてはくれませんか。」

「だから、知らないんだよ。」

 

 

 

 しばらくの沈黙が場を支配する。

 

 

 

「…仕方ありませんね。ここは諦めましょう。」

「…あっそ。」

「無理強いをする気はありませんから。」

 

 

 黒服は自分に背を向けて船の残骸に帰ってゆく。

 

 

「…寝る、の?」

「ええ。もう遅いですからね。貴方も早く寝た方がいい。成長期に夜更かしは禁物です。」

「…悪い大人を、自称するような人が、それをいうんだ…」

「ええ。それに貴方が生徒だったことは予想外でしたが、今までの関係は変わりませんからね。何かあったら頼ってください。できる限り協力しますよ。」

「…関係?」

 

 

 

 

「はい。貴方は()()()から

 

 

 

 

 我々ゲマトリアの大切な同志なのですから。」

 

 

 

 

 

 

 

 ──────は?

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ………は?

 

 

「コモリちゃんおはよ。」

「あ…おはよ。先生…」

 

 

 ………は?

 え、は?

 

 

「おはようございます新戸さん。隈がひどいですね?大丈夫ですか?」

 

 

 そりゃー眠れませんでしたからね。貴方のおかげでねぇ!

 

 本当に眠れなかった。マジで眠れなかった。どういうこと?まじで。どういうこと?

 

 観測者諸君。待ってくれ。勘違いしないで欲しい。確かに私は貴方たちに隠していることはあるにはある。だがそれは私が一人の人間である以上仕方のないことだろう?だからこれだけは信じて欲しい。

 

 私はゲマトリアなんかじゃない!!あんなろくでなしどもと一緒にしないで欲しい!

 

 確かに私は掃除屋越しにだが人を殺めたことがある。拷問だってしたし、自分に不都合だからなんて理由で手を出したこともある。自分より小さい子にもお金のために…………あれ?わ、私結構なろくでなしじゃ…

 

 

「あわ…あわわわ…」

「だ、大丈夫ですかコモリさん。」

「ひぐぅ!?こ、こ公安…逮捕しないでぇ!?」

「だからしませんって!」

 

 

 …すぅぅぅ……ふぅぅぅぅ……

 

 ああ、落ち着いた。大丈夫。落ち着いた。

 一旦整理しよう。数刻前、黒服はなんて言った?私に。

 『ゲマトリア』。思い返してみても確かに彼はそう言っていたはずだ。

 

 ゲマトリア。その言葉が示す意味は数値変換法の一つ。カバラなどの秘儀を知るための方法であり、22のヘブライ文字で書かれた旧約聖書の言葉を数値転換する技法………そして、同時のこの世界に存在するいわゆる悪の組織と呼ばれるような存在。崇高の追求者。先生大好きクラブ。…ん?なんか変な情報が入った気がする。

 

 まあとにかく悪い集団なのだ。そんなところに孤高な一匹狼であったはずの私が所属させられているのは大変不服であり、そして不可解だ。

 

 

「……」

 

 

 訝しげに目を向けた先の黒服が手を振ってきた。

 

 …彼はあの時こうも言っていた。『4年前』、と。

 4年前。詰まるところ私が中学3年生の頃であり、まだ“私”という自我が定着していなかった……そして何よりまだ最低限外に出ていて引きこもっていなかった頃の私である。

 

 その時の私がゲマトリアに入っていた?ありえない。前世の記憶が定着していなかった頃の私が所属していた、というのも無しだ。前世今世含めて私は集団行動が苦手であったし、記憶が定着するまではただの陰キャ女子であった私がそんな組織と連絡が取れるとも思えない。そんな記憶も遡ってみたところ見当たらない。

 

 

 それに、そもそもの話その頃の私はまだ─────

 

 

 

 

 ……いや、そうか?そういう。

 

 

 …いや、だが、しかし……

 

 

 

 

 

「コモリちゃん!ご飯だよー!」

「っ!ん、先生…今、いく。」

 

 

 …今考えても仕方のないことか。ひとまずはご飯を優先しよう。お腹の虫がさっさと食べ物をよこせと騒いでいる。

 

 私は頭に残る疑念を振り解いて食事の匂いのする方向へと向かった。

 

 

 

 

 …なあ、お前は一体何をしようとしていたんだ?

 

 

 

 

 

 

 

「ぶえっっくしょん!!!!」

 

 

 真っ白な雪が降り注ぐ雪原の中、あたりに響き渡るような大きな音が鳴り響く。その音の主は少し恥ずかしそうにあたりを見回したが、そこには彼女たち4人以外誰もいない。辺り一面が雪に包まれた銀世界がただ広がるだけであった。

 

 

「ほ、本当にこっちであってるのよね!?」

「…多分?コモリの残した情報はこの方角を指していたよ。」

「大丈夫〜?このまま私たちも迷って氷漬けになっちゃったりして〜」

「こここ、怖いこと言わないでよ!?」

 

 

 ザクリザクリとその背景とは対照的にカラフルな衣装に身を包んだ四人は歩みを進める。

 

 その時、彼女たちの耳に届く重低音な雄叫び。

 

 

「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!」

「ひぃぃ!?熊ぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 真っ白な毛並みのそれはいつの間にそこまで近づかれていたのか、彼女たちの前に身を乗り出すと体を大きく見せるように立ち上がり、大きく手を広げ威嚇する。

 

 だが、そんな雄叫びも次の瞬間には一発の銃声によってかき消されることになった。

 

 

「…あ、あああ、アル様の邪魔をする人は誰であろうと許しません!!」

 

 

 狂気じみた声と共に再三放たれる銃声。

 

 

「そうですよね!アル様!」

 

 

 すでに原型すらとどめていない哀れな被害者と、こちらを見上げて眩しいほどの笑顔を浮かべる彼女に対してリーダー格らしき少女は目を向け、少し青ざめて目をすぐに逸らした。

 だがしかし、彼女のその言葉に頷くと、覚悟をきめたようにこう言った。

 

 

「そうよ!私たちの邪魔をするものは誰であろうと容赦しない!奴らが一体どこの社員に手を出したのか目に物見せてあげましょう!!」

 

 

 4人の少女たちは道すらない白き大地を歩み続ける。全ては大切な社員を取り戻すため。便利屋68に手を出すことの恐ろしさを思い知らせるため。

 

 

 

 

 

 …彼女たちが金銭面での問題で、雪原を移動するためのソリやトラックが使えず徒歩になったという事実は、社長の名誉のために黙っておくとしよう。




コモリちゃんの隠し事でした。
一章で回収しきれなかった設定をこの章で回収するつもりです。本当は一章で終わってここまで書く予定なかったから以前書いたとある回で設定の欠片は出してたりする。ただ話としてまとめられるかどうか不安なのでさらにゆっくり投稿になるかもです。気長に見ていってくださいな。
あとこの小説は便利屋68を主体に書く予定だったんだから便利屋68が出ないわけないだろいい加減にしろ!…エデン条約編?小話編?……ちょっと何言ってるかわからないです。


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炭鉱都市

これでも受験生なので更新は遅くなると言っておきます(保険)


 

 『夢』

 

 それは人が睡眠中にあたかも現実の経験であるかのように感じる一連の観念や心像。大抵の場合はレム睡眠と呼ばれる眠りの浅い状態で体験することが多いと言われている。

 

 だからだろうか。

 

 

「なにしてるんだ?早く行こう。」

 

 

 こちらに手を差し伸べてくるパーカーを羽織った顔の傷が目立つ、しかし何故か顔の見えない少女。

 

 かつて私は何度も同じ夢を見たことがある。

 

 あれは私がこの世界で前世を認識してほどない頃だったか。余りにも繰り返し見せられていたので普通ならば短時間で忘れてしまう夢の内容を今でもはっきりと思い出せる。

 

 夢の内容は起承転結にまとめられるような物語であり、そしてその終わりは決まって悲劇であった。

 

 

「どうだ?お前に似合うと思ったんだが。」

 

 

 何故かわかる。慣れない笑顔で“私”にプレゼントを押し付けてくる少女。“私”がこの少女に対して何を思っていたのかはわからないし、少女が“私”に対してどう思っていたかはわからない。だが少なくとも友人以上。しかし恋人のようなものではなく、相棒のようで、家族のようなものでもあったように感じた。

 

 朝食を食べ、仕事をし、家に帰って寝床につく。ごく一般的な生活の繰り返し。

 

 そんな繰り返しの日常は、しかし。前述した通り崩されることになる。

 

 

 何が起こったのか。何が問題なのか。詳しいことはぼかされ何もわからない物語としては失格な内容。しかし私は夢の中の“私”になり切ったかのように考え思考を巡らせる。

 

 何をしているかはわからない。所詮は夢である。現実にはありえない妄想で、眠りこけている脳が記憶整理の片手間に作り出した幻想だ。細かいことは気にしなかった。だがその“私”と少女は迫り来る運命に対して必死に抵抗するように足掻いていた。

 

 

 足掻き、足掻き、足掻き、そして最後には決まって。

 

 

「…どうか、君の未来にめいいっぱいの━━━━━」

 

 

 “私”の腕の中で、()()()()()()光輪を浮かべた少女は冷たくなっていた。

 

 日常からの一変。非日常に対する抵抗と、そして悲劇的な終幕。起承転結。物語としての形ができているものの何故そうなったのかもわからない欠作。

 

 いつしか見ることのなくなったその悪夢に対して私は記憶の中に詰まった何かしらの漫画や創作物のかけらがこのような出来損ないを産んでいるのだと結論づけ、一蹴した。

 

 

「……」

 

 

 果たして本当にそれで良かったのか。私には、わからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ…が…?」

 

 

 一面に広がる銀世界のみの殺風景な景色の中にポツンと佇む異物。小高い山をぐるりと囲むように建てられたいくつものかつては人の営みが感じられたであろう家家。探索によって見つけられたという二つのスポットのうちのもう一つ。炭鉱都市は雪につつまれながらもしっかりとその形を保っていた。

 

 

「炭鉱都市跡地、ですねぇ。黒服からの情報が正しければ多発する吹雪によって廃校に追い込まれた学園の跡地とも取れます。」

「ほぇ〜…」

 

 

 歩きながら解説を交えるアイムの声を聞きながら私たち4人──私、先生、カンナさん、アイムの四人──は街を進む。何故このような奇妙な編成になったのか。それは漁村で体験した吹雪がもしまた起こった場合今の墜落した廃船では凌ぐことができないと判断され、スポットの調査部隊と仮拠点の作成部隊に分かれる必要があったからだ。

 

 …そして、何より忘れてはいけないがあくまで私とカンナさんを含む『先生側』と情報屋を含む『PMC側』は誘拐するされるの敵対関係にある。黒服はイマイチ立ち位置が微妙なため置いておくが、私たち『先生側』の人間だけで行動した場合PMCの奴らからすれば何をされるかたまったものではないのだろう。もしかしたら私が何か新しい兵器でもこっそり作るかもしれないからな。

 

 だから念の為とは言えこうして情報屋の片割れを私たちの監視役としてつけ、緊急時の連絡用の信号弾も彼女が所持している。

 

 

「くちゅん」

「おっと。大丈夫ですか?」

 

 

 とは言え、今はそこまで気にすることではない。こんな命の危険が迫った状況で争うほど私たちは愚かではない。先生だってそれがわかっているのか敵であるはずの黒服や元理事と渋々ながらも手を組んだのだから。

 

 それに───共に相撲した仲間を裏切るはずがないだろう!?

 …アイムは別にしてないけど。

 

 

「…ふむ。建物も倒壊せず、吹雪に耐えられそうなものも多そうだ。確かにここを拠点として動くのもありかもしれないな。」

 

 

 後ろを歩くカンナ局長がつぶやく。彼女の言った通り周囲の建物はそのほとんどが倒壊せず当時のまま残っているようだ。確かにこれならあんな墜落船よりかはマシな寝床になりそうだ、と考える。

 

 私たちがこの探索でなすべき目標は二つある。一つは無線機、もしくはその修理素材となるものの捜索。そしてもう一つはここが拠点として機能するかどうかの調査。

 

 現在墜落船組が急ピッチで寝床の作成を急いでいるがそれで出来上がるものもたかが知れている。それなら元々この地にあったという学園都市で拠点にできそうな場所を並行して探した方が良いという結末になった。以前行った漁村跡も候補として名は上がったが吹雪に耐えるという面では少し不安が残った。

 

 対してこの廃都市はどうだ?さすが元学園と言ったところで、今でも食料や燃料さえあれば問題なく暮らせそうに見える。

 

 

「はぁ…はぁ…ま、まって。」

「…先生。」

 

 

 考えながら進んでいると、後ろから息切れした今にも死にそうな声が聞こえてきた。先生だ。

 

 

「し、死ぬ…」

「……先生、体力無さすぎじゃありませんか?本当にこれがキヴォトスで有名な“先生”なのですか…?」

 

 

 アイムが呆れた目でカンナさんの肩を借りる先生を見つめているが、それは正しい。先生はキヴォトスに蔓延る様々な難題を解決してきた主人公であるにもかかわらず、余りにも貧弱すぎるのだ。よわよわ♡ざぁこざぁこ♡なのである。

 

 

「そ、そういうコモリちゃんこそ…!!」

「…私…?私は息切れ、してない…」

 

 

「おんぶされてるんだから当然だよね!?!?」

 

 

 そう言って先生は私を指差した。

 

 黒晶アイムの背にひっつき虫の如く捕まる私を。

 

 

「……私は、いいの。引き篭もりだから。」

「引き篭もりなら尚更運動しないと。」

「……先生は男の人なんだから、がんばって…!」

「今はジェンダーレスの時代だよ。」

「ぐぬぬ…!」

 

 

 ああ言えばこう言う!私はいいの!大体引き篭もりの私が生存圏から遠く離れたこんな極寒の地で生きてるだけでもすごいのにこれ以上────へ?

 

 視線が急に低くなり、そして脇腹を掴まれる感触。「よいしょ」という声と共に私はアイムの背中から剥がされた。

 

 

「確かにコモリちゃんは運動不足。あまり甘やかすのはダメですね。」

 

 

 立ち上がるアイムを呆然と見上げる私に降りかかる残酷なる言葉。私は絶望に伏した。

 

 

「……か、カンナさん…」

「ぐ…!そ、そんな顔してもダメです!歩いてください!」

「そんなぁ…」

 

 

 ごっといずととーと……神は死んだ。

 

 もういいもん。そんなにいうなら自分の足でちゃんと歩いてやる。お前らが貧弱貧弱と煽った私がちゃんと歩けるってことを!引きこもりでも私は動けるタイプの引きこもりだということを教えて────

 

 

「…んぴゃ!?」

「コモリちゃん!?」

 

 

 地面を踏みしめていたはずの足元に生じる違和感。そしてついで感じる浮遊感と、視界に映った綺麗な透き通った空。

 私が状況を把握できないままその一連の情報の波が私の止まった思考に押し寄せてきて───そして止めとばかりに頭部に叩きつけられる痛み。

 

 私はやっと理解した。私は、足を踏み外して転んだのだ。否。転げ落ちたのだ。

 

 

「こ、コモリちゃんが消えた!?」

「段差に引っかかって転んだだけのようです。大丈夫ですか?」

「ぷっ、あはははは!ひー!だ、大丈夫ですかぁ?骨とか折れちゃってたりしないです?」

 

 

 …くぅぅぅ!ふぐぅぅぅ!!やめて!無駄に優しくしないで。みんなの優しさが私の羞恥心を加速させる。惨めになってきてしまう。あとアイム。お前は殴るから私が登るまでちょっと待ってろ。

 

 そう思って私は立ち上がり、登ろうとして気づく。

 

 

「…なに、これ…?」

 

 

 私が転げ落ちた段差の異常さに。

 

 約一メートルにもなる地面と底の高低差。そして何よりその形状。

 それは例えるのなら、そうだな。巨大なボールが通過した後のような窪みが、この小高い山の側面を削るようにしてまっすぐ伸びていたのだ。もっと簡単に言えばこの窪み状にまっすぐ街を含めて山の一部が削り取られていた。

 多分それでもわからない人はジ◯ジョの奇◯な冒険のバニラでアイスな人のス◯ンドを想像、もしくは検索してもらえればわかるだろう。

 

 

「上がれますか?手を貸します。」

「あ、ありがとう、ございます…」

 

 

 差し出してくれたカンナさんの手を借りて段差から脱出する。

 

 

「うーん…なんでしょうねぇ。これ。先生はどう思います?」

「……ヴァニ◯アイスのスタンド?」

「はい?」

「いや、何でもないよ。」

 

「……真面目に考えるのなら、何か大きなものが移動した跡じゃないか?見方によっては銃弾のような何かが高速で通過し、削り取られた跡のようにも見える。」

「なるほど…」

 

「ば、バ◯ファルク、とか…?」

「なんて?」

「…な、なんでもない。」

 

 

 一通り話し合った結果、何かが移動した跡だという結論に至った。こんなもの明らかに自然現象ではないだろうし、この跡が続く向こうには何かがあるかもしれない。そういうことで探索することも決定した。

 

 

「……先生、これがもし、巨大生物のものだったらどうする…?」

「それは………ワクワクするね!」

「…!そう、だよね…!未知!雪山に巨大生物…なんて、新聞に、載るかも…!」

 

「呑気ですねぇ……カンナさん。私たちもしりとりでも…」

「しない。」

「…そ、そうですか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩くこと数刻。私たちはその溝の最奥に辿り着いた。

 

 

「…お…おお…………」

 

 

 そこにあったのは巨大生物でも隕石でも、ましてや巨大ヴァニ◯アイスでもなかった。

 

 重厚な輝きを放ち、その巨大な体は地面に半分埋没しながらも包容するロマンを包み隠さない。各所に配備された二連の筒を持つ砲台に、おそらく鉄さえも融解するような高温で巨大な炎を放つであろう巨大なアフターバーナー。そして「羽つけときゃ飛ぶだろ」とばかりに取り付けられたアホみたいに巨大な双翼。

 

 

 これぞまさしく─────

 

 

 

 

「「飛行戦艦だ!!」」

 

 

 

 

 大人と子供。二人分の叫び声が雪原に響いた。



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分断と発見と爆発と

水着シロコどこ…ここ…?

アイム君には後々原作キャラにはさせられない重要な役目を担ってもらいたいからね。交流を深めて仲良くなってもらうね。


 

「す、すごい…!本物の戦艦だ!でっか!アロナ写真を…ってそうだ。奪われてたんだった。カンナちゃんカメラってない?」

「…すみません。残念ながら…」

「アイムちゃん!」

「なーいですねぇ…」

「そんなぁ…」

 

 

 地面に半分ほど埋没した、アニメなどに登場するような戦艦に羽がつけられ空を飛ぶことができる『飛行戦艦』の、ようなものの周りをハイテンションで走り回るのは大の大人である先生。

 

 大人のくせに子供っぽい…と、馬鹿にすることは私にはできない。なぜなら、この私、新戸コモリもまたこのようなロマンには弱いのだから。

 何せこの飛行船を見つけて最初に思ったのが『これを使えば帰れる』だとか『これを売れば何円になるんだろう』などではなく───

 

 

「すごく……おお、きい……です……っ!」

 

 

 ──だったのだから。

 

 全長約400M。前世に存在した世界最大級の戦艦ミズーリ270Mの約1.5倍なのだから。でかいとしか言いようがない。外見は戦艦にスペースシャトルのようなアフターバーナーを後ろにブッ刺し左右にどでかい三角形の翼をつけたような形状である。まさにロマン。なんでこんな頭の悪い形状で空を飛べるのか──そもそも埋没した状態のため本当に飛べるかどうかは不明だが──と言ったような外見だが全てはロマンが解決してくれる。はずだ。

 

 

「…いい加減に話を進めましょー?なーにが飛行戦艦ですか。ただのガラクタ。鉄の山じゃないですか。ほらぁ、カンナさんも暇そうにしてらっしゃる。さっさと通信機がないか探しましょー?」

「わ、私は別に暇してなど…」

 

「…ガラクタ、だと?鉄の山、だと?」

 

「ええ?そうでしょう?何を怒ってるんです?」

 

 

 …この雌犬が。

 

 

「お前には…わからないのか…!この、ロマンが!この戦艦が、空を駆け、あの太い砲台で撃ち合う……かっこいい、そうでしょ…!?」

「いやわからないですけど。」

「……このっ!わからずや…!」

「いた!?ちょ、叩かないでくださいよ!?」

 

 

 何でわからないんだこのかっこよさが!戦艦はかっこいいだろ!?主砲から放たれる極太ビームに主人公の駆る機体を圧倒するデカさ!突艦してもよし!T字有利をとって一斉射撃をしてもよし!なんなら墜落する様すらかっこいい!全てがかっこいいというのに!

 

 

「…まあ、いい。そろそろ話を進めないと時間がない。」

「うわぁ!?急に冷静になるな!?」

 

 

 側頭部をポンポンっと軽く叩くとカアっと熱くなっていた思考が冷めてゆき怒りに狭まっていた視界がクリアになる。

 

 びーくーる。冷静に行こう。

 

 まずこの飛行戦艦だが、外装の様子からこの廃都市のように何十何百年前のものというわけではなく、数年前に作られたものだということがわかる。大体私が“私”になる前…そして私が完全なる「ぱーふぇくと引き篭もりすと」になる前にこの船は作られ、そして墜落したというわけだ。

 

 ……なのだが、私はこの船の情報を全くと言っていいほど持っていないのだ。これほどまでに大きな船、それも従来の技術とは全く異なった形態のものが使われているような船がなんの情報もないなんてあり得るだろうか。それも墜落…つまり行方不明になっているにも関わらずだぞ?

 

 秘密兵器という線もない。もうみんな忘れてるかもだけど私はただの引きこもりではなくプロの傭兵だ。そう言ったものに関する情報は世間一般的な情報以上に知り尽くしていたはずだ。

 

 にも関わらず…なのである。

 

 

「まあ確かにかっこいいとは思いますけど…」

 

 

 それに、隣で呑気に見上げているアイムは情報屋を自称するだけあって私と同等かそれ以上の情報収集能力を持っている。だというのにこの船のことを見た感じ知らないようだ。

 

 

「……キヴォトスの外から降ってきた…?」

「はい?」

 

 

 確かにそれなら知らないのも無理はない。と考えたところで思考を止める。これ以上考えていても仕方がない。今重要なのはこの船に通信設備が残っているか。そして動くのかである。この船自体が生きているのならそれに越したことはないがひとまずは既存の任務からこなしてゆこう。

 

 

「……カンナさん、は…先生を連れてきて。」

「わかりました。」

「コモリさん?」

 

 

 私はその黒く聳え立つ外壁に近づき、扉も何もないその壁に手を置き─────

 

 

 

「縺イ繧峨¢縺斐∪」

 

 

 

 ────その手を置いた地点に幾何学的模様が広がり、そしてまるで私を招き入れるが如く亀裂が走り扉が開かれた。

 

 

「なにしてるんだ?早く行こう。」

 

 

 私は後ろで呆然とこちらを見つめる少女に手を伸ばして、そして───

 

 

 

 

「…貴方、何を……?」

 

「……?何?私の顔に、何かついてる?」

 

 

 なぜかアイムが私の顔を変な表情で見つめてくる。何その顔面白。顎外れてない?

 

 

「は、はぁ?顔に何かって、貴方ねぇ…!」

「…え、なに、怒ってる、の?私何か……ってうわ!?」

 

 

 ズカズカと大股でこちらに近づいてくるアイムに驚いて一歩後ろに足を下げたが、何かにぶつかってそのまま体勢を崩してしまう。そのまま私はのけぞるように後ろ側へと倒れてゆき───頭と地面がゴッツンコする前にアイムによって手を掴まれて引き戻された。

 いてっ。なんだこれ鉄板か?いや胸か。

 

 

「あ、ありがと……」

「貴方今失礼なこと考えてませんでした?」

 

 

 硬すぎんだろ…これまじ?下半身に対して上半身貧弱すぎない?下半身も言うほどないか。

 

 

「それが助けてあげた人に他する態度ですかねぇ!?」

「ええ…いったいじゃん…お礼……」

「そうじゃなくて……はぁ、もういいです!」

 

 

 そ!れ!よ!り!も!、と苛立ちを隠そうともせず彼女は私に詰め寄った。

 

 

「貴方今何したんですか!?この飛行船のこと知っていたんですか!?」

「え…私、なんかやっちゃい……ぇ?あれ…ここって…飛行戦艦の、なか…?開いたの…?」

「ええ!ええ!開きましたよ!貴方が開けたんですけどねぇ!?」

「……いつの間に…?」

「はぁ!?いつの間にってついさっき…───

 

 

 

 ────…まさか、貴方記憶がない?」

 

「……うん。」

 

 

 

 途端にアイムは抱きしめた状態の私から飛び退くように離れ、ズザザザと擬音がつきそうなほど慌てて後退した。

 

 

「ホッ、ホホホホ、ホラー展開はやめてもらっていいですかねぇ!?!?」

「ほ、え、なに?」

「なに?じゃねーんですよ!じゃあなんですか!?さっき私に話しかけてきたのって誰なんですか!?幽霊!?幽霊なの!?呪われてるの!?」

「お、落ち着いて…」

「わ、私のそばに近寄るなぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」

 

 

 完全なパニック状態である。

 

 

「おーい二人ともー!」

 

 

 そこに登場する、随分と遠くまで行っていた様子の先生と疲れた様子のカンナさん。対照的に先生はツヤツヤしている。

 先生、先生──それは生徒の味方であり拠り所。どんな人間でも生徒である限り彼は必ず味方であってくれると言うのはかなり有名な話であり、原作知識抜きにしても裏社会の私の耳にすら届いてきた噂話。

 

 つまり、恐慌状態の情報屋の耳にそれが届いているのも必然で。

 

 

「せ、先生!!助けてください!!」

 

 

 当然助けを求め駆け出そうと立ち上がる。

 

 ──瞬間、私に電流が走る。もしくは“嫌な予感”とでも言い表せるものがよぎった。

 

 

「まって!」

 

 

 走り出そうとしたアイムのワイシャツの裾を思いっきり掴み、それによってアイムは体勢を崩してそのまま倒れ─────ることはなく。

 

 

「んぎゃ!?」

 

 

 びたーんと目の前の壁に顔面から衝突した。

 

 そう、“壁”である。

 

 

「いてて…な、何をって暗!?」

 

 

 そこに先ほどまであった穴はない。正確に言えばなくなってしまった。丁度いいアイムが外に逃げ出そうとしたその瞬間、元の形に戻ろうとするように窄まりただの壁となってしまったのだ。

 

 つまり、彼女がそのまま走り出そうとしていればその壁に体を両断されていたわけである。

 

 

「…ん。」

「は、はぁ?」

「…感謝、は?」

「はぁ!?!?するわけないじゃないですか!?貴方のせいで閉じ込められたも同然なんですよ!?ほら!さっき言ってた変な言葉でまた開けてくださいよ!?」

「……こ、言葉?」

「う、嘘ですよね!?」

 

 

 嘘だと言ってくれと体をものすごい勢いで揺すられる。が、しょうがないだろ。知らないものは知らないんだ。そもそも記憶がないんだ。私が開けた?この船を?こちとら初見さんなのにどうやって開けるんだ。

 

 

「ああああ…なんで、なんでこんなことにぃ…」

「お、落ち着いて…?まずは、明かりを確保、しないと…何があるかわからない…」

「そうですね…ちょっと待って、うきゃ!?」

 

 

 ガッシャーンと何かにぶつかってこける音がした。ほら言わんこっちゃない。

 

 

「うぅ…コモリさん、ハンマーとかってあります?」

「ない、よ?貴方たちにぼっしゅーされたから…」

「ま、そうですよね…痛むかもしれませんが銃底でいいか…」

 

 

 ガンっという金属音と同時に一発の破裂音が艦内に響く。と同時に生まれる火種と照らし出される周囲の光景。どうやらアイムは銃底で銃弾を叩いた衝撃で発火させ、集めた布切れなどに火をつけたようだ。後はそれをその辺に落ちていた棒の先にくくりつければ即席の松明の完成である。

 正直人間業じゃないと思うが…神秘に包まれた怪力キヴォトス人だからこそできる芸当である。ちなみに多分私じゃ無理。

 

 

「…ひとまず、どこかに出口がないか探しましょうか。」

「ん…りょーかーい…」

 

 

 靴底を鳴らしながら進むアイムの後ろについて私も歩く。進むうちに気づいたが、艦内には至る所に銃痕や何かの引っ掻き傷、大きく破壊された箇所まで見受けられ、なんらかの戦闘行為が行われていたことが分かった。

 北極…とはいかないまでもこんな極寒の地に遭難して、食糧も物資も碌にない。ドレッ◯ハンガーみたいな奪い合いでも怒ったのだろうか?

 …そうだとしたら本当にアイムが言った通り幽霊がいてもおかしくはないかもしれない。幽霊さんがこの寒さに耐えかねて素直に成仏してくれていることを祈るばかりだ。

 

 

「………ぜぇ…はぁ…つ、疲れた…」

「そろそろ休憩しますか?…そんなに歩いてないはずなんですけどねぇ…」

「休憩…そうしよう。今すぐ、しよう…!」

 

 

 息が上がる。もう何百メートル歩いただろうか。私はもう死ぬのかもしれない、と思ったところで差し伸べられる救いの手。あれ…こいつこんないい奴だっけ…?

 チョコバーが美味しい…非常用で食感も味も普段なら微妙に感じるであろうこれが、極限状態にあった身体に染み渡る…

 

 

「…うめ…うめ……」

「おかわりもありますよ。」

「優しさが身に染みるぅ……」

 

 

 うめぇ…うめぇよぉ……モッモット口に次々と差し出されるチョコバーを含んでゆく。その時だった。少し遠くに、ぎりぎり松明の光が届かないあたりに何か光るものが見えたのは。

 

 

「んむ…ね、あれ……」

「んー?なんでしょうか。ただの瓦礫じゃないですか?」

「…気になるから、ちょっと見てきて…」

「私が行くんですね…」

 

 

 よいしょっとなどとおじさんくさい掛け声とともにたちあがったアイムがそちら側に歩いて行き……背後に置かれたきゅうりに気づいた猫のように飛び上がった。

 

 

「こっここっこっこここここ!!!」

「にわとり…?」

「違います!コモリさん!これって…!」

 

 

 異様に焦っているアイムの様子が気になって、私は食べかけのチョコバーを口に咥えたまま立ち上がってそちらに向かった。

 

 そして、目にしたのは壁に背を預け動かなくなったボロボロのオートマタの残骸であった。

 

 

 ────ようは死体である。

 

 

「あー…死体…?だね…?」

「なんでそんな落ち着いてるんですかぁ!?」

「いや…まあ、見慣れてるし…?」

 

 

 それに前世の価値観を持つ私からすればロボットの残骸なんて“わーかっこいい”程度にしか思えない。今だってそこら辺を歩いてるロボットが“大人”として振る舞うことに違和感を持つくらいなのだから。

 ロボ差別?口に出してないんだからいいだろ別に。

 

 

「…形状、は……カイザーPMC製のものに酷似…でも、違う…?カイザー製ではない。」

 

 

 残骸に残された情報からこの機体の正体を探っていく。もしかしたらこの飛行戦艦の正体がわかるかもしれない貴重な情報源だ。

 

 武装はおそらくAK-47。有名な銃だな。壊れてはいるが私も使ったことのある優秀な銃だ。機体の形状は一般的な、それこそ元理事が連れていたような兵士に酷似している。だが内部構造が明確に違う。PMC製の単純な量産を目的とされ、軍として扱うことを前提としたようなものではなく、一体一体がまともな戦力として使えるような性能。かなり優秀なエンジニアが作り上げたように見え───

 

 

「…いや、まて……」

「コモリさん?」

 

 

 …私は、この構造を見たことがある。否。正確に言えばこの内部構造から見える“製作者の癖”が、別のどこかで見たことがあるのだ。いつの記憶だ?思い出せ。私は、これを、いつ、どこで、誰が────

 

 

「…そう、じや…?」

 

 

 

 ───私、なのか?

 

 

 

「コモリさん!!」

 

 

 アイムの鋭い呼び声が響く。思考の渦から無理やり引き上げられ、そして気づく。立ち上がっている、残骸だと思っていたロボットとその手に握られたアーミーナイフ。その切先が私へと真っ直ぐに向けられていることに。

 

 

「うわっ!?」

 

 

 私が手で頭を守ろうと動くと同時に、ロボットの頭に叩きつけられるマークスマン。アイムだ。

 彼女はそのまま体勢を崩したロボットへ馬乗りになり、腰から取り出した拳銃──ピースメーカーの引き金を引く。

 

 鳴り響く銃声に立ち上がる硝煙。

 ロボットはビクンと大きく痙攣をして、今度こそ正真正銘の残骸へと成り果てた。

 

 

「ふぅ…」

「あ、ありがと…」

「ええ。油断なんて貴方らしくない。」

 

 

 差し伸べられた手を取って立ち上がる。

 

 

「…意外と、動けたんだね…?非戦闘員仲間だと思ったのに…」

「ええ。これでも元SRT所属でしたからね。…くっくっく。今はなき“ウルフ小隊”のスーパーハッカーとは私のこと…!あの日、私は…」

「長くなりそう?残骸…まだ情報が残ってるといいけど…」

「あ、興味ない…そう…」

 

 

 頭部を撃ち抜かれて完全にぶっ壊れてしまったロボット。これじゃあコンピュータに繋いで情報を抜き取ることもできなそうだ。だがまだそれ以外から得られる情報はある。例えば首元にあるパーツ。もし、予想通りであるのなら、そこに数字が書かれているはずだ。

 

 …ほらな。あった。

 

 

「ん?なんですかこれ?」

「…製造された年と、月に、日にち。」

「ああなるほど。………は?いや、いや…待ってください?」

 

 

 

 それはおかしい。彼女は冷や汗をかきながらこう言った。

 

 

 

「だってこれ…」

 

 

 

 ────未来の日付じゃないですか。

 

 

 

 

 その時だった。鼓膜が破れるような爆発音に吹き飛ばされそうになるほどの爆風。そして艦内へと吹き込んでくる凍えるほど冷たい外の風。そして今度こそ爆発によって残骸すら無くなってしまったロボット君。

 

 

「ちょ、ちょっと!中に入る手段を探そうとは言ったけど爆破したら寒さを凌げないじゃない!?」

「ひぅ!?ご、ごごご!ごめんなさい!この命を持って償いを…!」

「やめなさ───ってコモリ!?それに情報屋のアイゼン!?」

「アイムです。」

 

 

 開けられた穴の向こうには、私が会いたくて仕方のなかった人々の影が四つ、立っていた。

 その姿に私は先ほどのシリアス展開すら忘れてしまうほど興奮、そして視界が涙で歪むほどに感動することとなるのだった。

 

 

 

「ア゛、ア゛リュさまぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 




やっと主役の登場だぁぁぁぁアル様ぁぁぁぁぁ!!!
ほらオリキャラなんてどっかいけ!これは二次創作なんだよ!おら!


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いつだって貴方のそばに

夏休みです!夏休みですよ!
休ませろや。なんだよ受験勉強って。休み名乗ってんじゃねーぞ。

ちなみにウイは爆死しました。ヒナタはウイが来たら引きます。ハナコは…大人のカード使います。
こい!ウイ!!!!!!!
まだチャンスはある…早く来て吸わせて…


 

 こんな極寒の地だと言うのにも関わらず、腰のスリットの下から強調される生足の太さ、まるで私から彼女への愛を表しているかのように真っ赤でサラサラな髪に。ワイシャツを破らんとするほどに盛り上がった二つの小山。そしてどこから湧き出てくるかもわからない自信に満ち溢れたご尊顔。

 

 言わずもがな、観測者諸君もわかるであろう。

 

 この方こそ。

 

 我が主人、我が命、我が恩人、我が君主。

 

 

 そして私の最推しの陸八魔アル様であーーる!!!

 

 

「あ、ああ……」

 

 

 ぶわっと溢れ出す涙と感動に震えの止まらない体。

 ああ、アル様。貴方達のお体を見ればわかる。強靭な肉体を持つキヴォトス人にも関わらずところどころ赤く染まった素肌。吹雪に降られたのかコートに積もった真っ白な雪。そして自信満々だった顔から垂れている鼻水。

 この方達は、こんな極寒の地に、お金がなくてロクな装備も整えられないにも関わらず、私を助けにきてくださったのだ。

 

 これが涙せずにいられようか。

 

 

「あ゛り゛ゅざま゛ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「う、うわああああ!?!?」

 

 

 地面を蹴りそのまま跳躍。思ったよりも私が高く飛び上がったことに白目を剥いて驚いているアル様にヒシっと抱きついた。

 

 

「アル様アル様アル様アル様アル様アル様ーーーー!!」

「ちょ!こ、こもり!?は、離れなさい!」

 

 

 マーキングするかのように頭をアル様に擦り付ける。ああ、そうだ。私は犬だ。アル様の犬である。だからこうやって主人であるアル様にマーキングする必要があるのだ。そして同時にこの数日補給することの叶わなかったアルエナジーを接種する必要がある。今まではなんとか先生エナジーで耐えていたがやはりアル様でなくては。

 

 

「ま、待って!?私お風呂に入れてなくて臭いかもしれないから!」

 

 

 そして仕上げは臭いの摂取……通称アル吸いである。先生がたびたびヒナ委員長にしているのを見て私もついついやってしまい、今や必須となってしまったその行為。特に頸が良いとされ、その効果には睡眠の質の向上、ストレスの解消、治癒力の向上、神秘の増幅、免疫の増強。今はまだ癌には効かないが、いずれ効くようになるだろう。

 

 

「だい、じょうぶ…!アル様の匂い…ばっちこい…!」

 

 

 さあ!いざ尋常に!

 

 

 

 スゥゥゥゥぶふぉ!ごほ!げほ!がほ!

 

 

「ちょ、ちょっとぉ!?」

「う、うわぁ…」

 

 

 ───っ!…これは…なかなか……

 

 

「…い、いい臭い…」

「嘘つけ…白目向いてるじゃないですか。」

「うわーアルちゃんくっさーい♪」

「う、うるさい!!ムツキ!貴方だって同じでしょ!?」

「そんなことないよー?嗅いでみるー?」

「あ…はい…………あ、いい臭い…」

「なんで!?!?」

 

 

 なんかお花の匂いがする…

 ちなみにカヨコさんの匂いは大人っぽい匂いで、ハルカさんは土の匂い。私の匂いは先生曰く名状し難い匂いだそうな。なんだそれは。一応今は仮説ではあるが風呂には入っているし引きこもりからも強制脱却されているからしないと願いたい。

 

 

「大丈夫…アル様の匂い、癖になる…」

「ちょ!?やめなさい!」

「あ、あの…アル様、私も吸っても…」

「ダメよ!?」

 

「おーい!コモリちゃん達大丈夫…ってアル!?どうしてここに?私も吸わせて貰っていい?」

 

「せせせせ、先生!?ダメに決まってるでしょ!?!?」

 

 

 

 アル喫を満喫していたらいつの間にか先生とカンナさんも合流していた。これで飛行戦艦組の私たちと、外の先生達。そしてなぜかここにいるアル様達の全員が集まったと言うわけで、ひとまず状況の整理をすることとなった。

 

 

「ええ…誘拐されて?墜落からの遭難して?食料集めて、吹雪に襲われて、今この船を見つけたとこ…?波瀾万丈ね…よく生き残れたわねコモリ。」

「です…!いっぱい、褒めて…!」

「はいはい。頑張ったわね。」

 

 

 あ…ああ……ばぶぅ…

 

 

「なーにやってるんですか。はぁ…とりあえず信号弾は打ち上げておきましたので明日には元理事達もこちらに到着するでしょう。」

「あ、ハイム。」

「アイムです。」

 

 

 そう言ってため息混じりに歩いてきたのは元理事達に『居住可能』と言うメッセージを伝える信号弾を打ってきたアイムさん。

 その様子はどこか気まずそうだ。

 

 

「あー…その?陸八魔アルさん…?」

「アル、でいいわ。」

「あ、はい。アルさん。」

「それで?何かしら?」

 

 

 それに対するアル様はどこか威圧感を感じさせる凜としたお顔で迎え撃つ。でも知ってるんだ私は。緊張からか私の頭を撫でる手が止まって微かに震えてることも。少し余裕のあるように見える笑顔が引き攣っていることも。

 まあ無理はない。私目線アイムは他の傭兵同様に“そこそこやる”程度の認識だったけれど、アル様からすればアイム、もとい情報屋は掃除屋としのぎを削る裏社会の傭兵のNo.2。その片割れなんだから。

 それに以前も何気に危ない目に遭わされてるからなこいつらに。警戒するのも当然だ。

 

 

(あわ、あわわわわ!!??なんでここに私が目指すべき『アウトロー』の一人、“情報屋”がいるのよ!?さ、サインって貰えるかしら…?)

 

 

 …なんか違う気がするけどまあいいか。

 

 

 そんなアル様と私を置いてアイムはそのまま近づき、思わぬ行動をした。

 

 

「…えぇ!?」

 

 

 頭を下げたのである。

 

 

「ちょ!?な、なにしてるの!?」

「…まずは、謝罪をしたい。」

「しゃ、しゃざい?」

「そうです。私は、私達は以前貴方達に酷いことをしてしまった。仕事だったとはいえ…いや、仕事だからこそ、あのようなことはしていけなかった。」

「え、え、え?」

 

 

 戸惑い状況が理解できない様子のアル様をおいて彼女は話す。

 

 

「本来なら、あの時のターゲットは掃除屋だけであり、貴方達は巻き込むべきではなかった。それなのに巻き込んでしまったのは私の私情が混ざってしまったからです。私情で貴方達の命を危険に晒した…こんなこと、あってはいけなかったのに。……どうか謝罪を受け取ってもらいたい。」

 

 

 つまり彼女が言いたいのは、依頼でもなんでもないのに、自分たちの好き勝手な私情で貴方たちを危険に晒したことを謝りたい…だそうだ。これじゃあ『依頼があったら普通に命狙うよ』ってのと同意義なのだが、別にこれは責められることじゃない。先生だったら怒りそうだが、あくまで彼女は裏社会の人間。仕事人である彼女達にとって大事なのは『仕事』と『私事』を混合させないことであり、その決まりを破ってしまったことについて謝りたいのだろう。

 確かに『私事』で命を狙うようになってしまえばそれはただの無法者。裏社会でも責められるべき行為だからな。

 

 

「え…いや、別に気にしてないけど…」

 

 

 …まあそんなことアル様は知らないようで、普通に気にしていない様子だ。

 キヴォトス自体が治安が悪く私情で命を狙われることなんてよくあることであるから……などと言う物騒な理由ではなく、これはアル様の寛容さによるものだ。誰だって命を狙われれば怒るし逆に相手を恨んで殺そうとするだろう。だがアル様はそんなことはしない。寛容だから。それも全てを包み込むほど。優しすぎるから。

 

 つまりアル様はトリニティ以上に天使でエンジェルで女神様である。Q.E.D。証明完了。

 

 

「なんと…寛容な……」

「ふふん!一流のアウトローはこんな些細なこと気にしないのよ!器が大きいの!」

 

 

「…なるほど…どうりで掃除屋が惚れ込むわけだ。」

 

 

 ん!?なんだその目は!渡さないぞ!?アル様の膝の上は私の特等席だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───夜。

 

 すっかり日が沈み、極寒の地から太陽という名の光が奪われ凍えるような暗闇に支配された頃。私は一人もふもふのコートを羽織り寝床から抜け出していた。

 

 手に持つのは探索グッズとして持ってきていたスコップと小さなランタン。

 今頃みんなは先ほどの戦艦の寝るのにちょうど良さそうな小部屋で寝ているだろう。

 

 そんな中私は何をしようとしているのか。

 

 その答えは目の前にある。

 

 

「…あった。」

 

 

 戦艦から少し離れた小高い丘の上。そこに一本小さな苗木のように地面に突き刺さった木の枝────否。銃を見つけた。

 それは細長い、いわゆるウィンチェスターライフルと呼ばれる銃である。何故こんなところに銃が突き刺さっているのか。気になるだろう?

 

 

「なら…掘り起こすしかない、よね…!」

 

 

 私は思いっきりスコップを振りおろした。

 

 

 ざくっ!

 

 

 勢いよく地面に突き刺さったそれは──大体地面に5センチほどめり込んでいた。

 

 いや力弱くないか私!?

 

 分かってはいたけどさあ!キヴォトス人ならこの一発でスコップの刃を全部地面にめり込ませることくらい余裕のよっちゃんでしょうに。なんなら刃も何もついてない強化プラスチック製らしき盾をアスファルトの地面に突き刺す人だっていたぞ?

 

 

「んしょ…ん…んん…!!」

 

 

 これは長くなりそうだ…そう思った瞬間だった。

 

 

「…手伝いましょうか?」

 

「ぴぇ!?」

 

 

 後ろから声が聞こえた。

 すわ幽霊かと振り返った私の目に入ったのはランタンを片手に持ったアイムだった。

 

 

「え、あ、え…どうして…ここに…?もう、寝る時間、だよ…?」

「それ、私のセリフ…ふぁ……こんな真夜中に何をやってるのかと思ったら…なんです?これ。宝探しでもしてたんですか?」

「…まあ、そんなとこ。」

 

 

 私は再びアイムから目線は外し、小さな掛け声と共に土を掘る。

 

 

「んしょ…」

「…………はぁ、貸してください。」

「え?ちょ、っと…」

 

 

 突然握っていたはずのスコップを撮られたかと思えば、彼女は私の代わりに地面を掘り始めた。

 

 掛け声もなしに勢いよく振り下ろされたスコップは───その刃を全て地面に滑り込ませた。実に私の3倍ほどである。ぐぬぬ…

 

 

「よっこらせっと…ふぅ、これはなかなか。地面が凍ってるからですかね。随分と重労働な…」

「あ、あの…」

「ん?」

「…な、なんで…?」

「なんでって…まあ、こんなもの貴方がやってたら日が明けてしまいますよ。」

「そ、そうじゃ、なくて…」

 

 

 ───なんで助けてくれるの?

 

 

「…はぁ?」

 

 

 純粋な疑問だった。私とこいつ…掃除屋と情報屋はそれなりに長い付き合いだ。同業者でありライバルであり商売敵でもある。以前、彼女達が便利屋68への依頼を出した際の出来事からも分かるように私達は基本それほど良好な仲ではなかったはずだ。互いに利用し合い、相手の隙を虎視眈々と狙い合う。

 

 そんな関係であったはずなのに、結果的にとんでもないことになってしまったとはいえ貴重な食糧であるラッコ肉を分けてくれたし、先ほどの飛行戦艦内でも助けてくれた。そして今ではこんな些細なことまで手伝ってくれている。

 

 緊急時故に…ということもあるんだろうけど、それにしたって彼女の行動には違和感を感じるのだ。

 

 …ただの親切心、なんてことはない…と思う。確かにそういう親切な人は存在する…ってことは先生と一緒に生活する中で知ることができた。でも、こいつはそんな殊勝な人間じゃないはずだ。

 

 

 だから…

 

 

「ははは。随分と疑われてますね。」

「……」

「まあ、確かに私達裏社会の人間に無性の優しさなんてありませんからね。」

 

 

 額に汗を垂らしながら彼女は乾いた笑い声を上げる。そして彼女は一旦スコップを置き、汗を拭ったあと少し恥ずかしそうに頬をかいてこう言った。

 

 

「…友達を助けるのは当然、じゃないですか…?」

「…へ?」

 

 

 へ?

 

 彼女の口から出た言葉を脳内で噛み砕く。噛み砕いて噛み砕いて、理解しようとして…

 

 

「トモ…ダチ…?」

「初めて言葉を覚えた怪物みたいになってる!?」

 

 

 噛み砕けなかった。

 

 

「あーもう!やっぱなし!今のなしです!調子乗りました!忘れてください!」

「あ、ま、まって!なしにしないで…!」

 

 

 ともだち?友達と言ったのかこの女は。

 

 

「あ、あの…!ともだち…友達、って、いった?」

「言いました!言いましたけど何か!?ああもう恥ずかしい!もう調子乗ってすみませんでした!私なんかが友達なんて調子乗りました!」

「ち、ちがう!いやじゃなくて…むしろ逆で………わ、私なんかが友達でも、いいの…?」

 

 

 顔を真っ赤に戸惑う彼女にしがみついて、見上げる。

 

 

「いやまあ…いいというか…私はもう友達と思ってましたよ?同じ釜の飯を食べて同じ風呂に入って同じ部屋で寝て…もう友達だと思ってたんですけど…」

 

 

 …これが…陽キャのノリ…!?

 

 

「とも、だち…」

「…えぇ!?なんで泣いてるんです!?」

「…違う、嬉しくて…友達…友達……うぅ…」

「そんな喜ぶことですか!?」

「う゛ん…!私…友達…全然、いないから…!」

「そんな笑顔でいうことですか!?というか先生とか便利屋68の皆さんは?」

「…先生は、先生だし……アル様達は…憧れだから、友達じゃ…」

「別に憧れてるから友達じゃダメ、なんてことないと思いますよ?」

 

 

 …なん、だと…?

 

 その一言はまさに青天の霹靂。一筋の雷が私の体に直撃したかのような衝撃をもたらした。

 

 

「なんなら私も、まあ恥ずかしい話ですが貴方に憧れてたんですよ?貴方に憧れてこの仕事を始めたんですから。」

「へ、へぇ…絶対SRTの方が安定した生活、送れたのに…」

「憧れ故に、ですよ。…まあ、憧れの貴方には全然追いつけなくて、憧れはいつの間にか嫉妬になって、今までのような関係になってしまっていたわけですが…はは…」

 

 

 …別に追いつけていなかったなんてことはないと思うけどね。ってのは口にしない。恥ずかしいし。

 

 

「そうだ。明日みなさんが起きたら改めて友達になってくださいって言ってみてはどうです?」

「むむむ!無理…!絶対…!断られたら…し、しぬ…!」

「断られないとは思いますけどねぇ…っと。」

 

 

 そう言いながら彼女は再びスコップを地面に突き刺して凍った土を掘り上げた。

 

 

「とりあえず、さっさとこれ終わらして寝ましょう。何を掘り当てようとしてたのかは知りませんが…ふぁ…もう、流石に眠い…」

 

 

 あくびまじりに彼女は再びスコップを持ち上げ、地面に突き刺す。

 

 

 ───がきん!

 

 

 と、同時に鳴り響く金属音。何かにぶつかった。

 

 

「んお?ほんとに何か埋まってるようですね。」

 

 

 スコップの刃先がぶつかったそれを掘り出すように土を退けてゆき、そしてようやく姿を現したそれは────

 

 

「…箱?」

 

 

 金属製の、約1.5mほどの長方形の箱であった。

 …目印のように突き立てられたウィンチェスターに、土中に埋められたおおよそ“人間”一人分が入りそうな大きさの箱。

 

 

「…あ、あのーコモリさん…?これって、かかか、棺桶、じゃ…」

「…ん、開ける。」

「ひぇ!?!?!?」

 

 

 何故か突然ビビり出したアイムを横目に私はその箱の蓋に手をかけて思いっきり持ち上げる。幸い錆びて開けられないなんてことはなく、多少重かったが難なく開けることができた。

 

 ご開帳。

 

 

 おそらく長年閉じられていたであろうその箱の中には雑に詰められた何かのおもちゃであったであろうガラクタやピリンの空き容器といったゴミに──

 

 

「ひぃぃぃぃ!?やっぱりぃぃぃぃ!?!?」

 

 

 一枚のコートに身を包んだ白骨化した死体が入っていた。

 

 そして───私はそれに思いっきり手を突っ込んだ。

 

 

「ななな!?何をしてるんですか!?」

「……」

 

 

 …観測者諸君。

 突然の質問ですまないが、諸君はミステリーものなどさっさと真相が知りたい派か?それとも長々と事件の真相がわからないまま推理パートが続くのが好きな派か?

 

 …もし後者なら、どうも気が合わなそうだ。何せ私はアニメや長編の漫画、小説なども最終話だけ見て満足するような人間だからな。結果が全て。仮定はどうでもいい。……ごめん嘘ついた。それはないわ。

 

 ただまあ、私がせっかちだということには変わりはない。

 

 謎はさっさと解いておきたいんだ。

 

 

「…ん…多分、ここに…」

 

 

 私がこの世界に生を受けてから見続けていたあの夢。私も知らないベネディクトゥスの光輪の中身。明らかにこの世界に似合わない異様な飛行戦艦に、未来製のロボットの謎。

 

 ───そして、掃除屋。

 

 なんとなく、分かってはいた。だが確証に至るには足りなかった最後のピース。それがここにあるはずなんだ。

 

 

『……どうか、安らかに』

 

 

 いつか見た夢。

 誰の声かもわからないその声が。何故かモヤのかかって見ることのできない棺桶の中身が。確かにここに真実が詰まっていると告げていた。

 

 

「…っ!」

 

 

 手に伝わる骨でも布のでもない、冷たい、ずっしりとした感触。

 

 

「みつ、けた…」

 

 

 鉄製の銃。

 ピースメーカー(平和を作る者)

 

 私は指でなぞる。その銃底に、掠れながらも確かに刻印された紋章を。掃除屋として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。歯車と箒の、掃除屋を示すマークを。

 

 

「やっぱり、そうだ。」

 

 

 ───コレは、私だ。

 

 

 

 カタリ。風に吹かれて骨が笑った。




短編用のキャラだったはずがこの章では主要メンバー化してしまったため簡単なキャラ紹介

黒晶アイム(偽名?)
モチーフ:前作主人公
元SRT所属Wolf小隊小隊長
18才(コモリの一才歳上)
“掃除屋”に憧れ、掃除屋を追う任務中にメンバーを裏切り、逃亡。停学処分からの学園消滅。後にトリニティで虐められていたホムラ(偽名?)を拾って情報屋を始めた。追いつきたくても追いつけない掃除屋への思いはいつしか憧れから嫉妬に変わっていた。今は友達。本人は非戦闘員を名乗っているが元SRTのため戦闘技術は並以上。中・遠距離はもちろんナイフなどを使った近接戦闘も可能。何気に高スペック。愉悦部ではない。


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起動

ウイが来てくれたので早速ウイ喫して精神の安定を図っています。

※めちゃクソ長いしその半分はコモリちゃんの説明話なので脳死で読みたい方は会話文がで始める半分くらいから読むといいかもです。
自分でも妄想を深めすぎて何書いてるかわからない。()


 

 ───並行世界。

 

 

 パラレルワールドにマルチバース。

 諸君はそんな言葉を耳にしたことはないだろうか。

 

 そう。SFものなどで使われるような設定だな。

 所謂、自分たちが今存在している世界…現実世界と仮定しよう。それに対してまた別の現実世界とは何かが違った世界が存在するというものだ。その世界には自分ではない自分がいて、友人ではない友人がいる。同じようで少し違う。あったかもしれないまた別の可能性だとか、そんな設定もあったな。

 

 まあ簡単に言えばゲームで作られたもう一つのセーブデータのようなものである。

 

 

 とまあここまで長々と話したが、いったいこんな話が何に関係あるのか。

 それは勿論、私とアイムが掘り起こしてしまったあの白骨死体に繋がるのだ。

 

 

 結論から言おう。

 アレは私の成れの果てである。正確に言えば別の世界の私の、だがな。

 

 死亡したのはおそらく3〜4年前の間。死因は胸部に受けた銃弾。骨にその痕跡が残っていたし、それに“夢”で見た。

 

 

 ……なんだその反応は。呆れてものも言えない?そんなことがあり得るわけないだろ?死体を発見してSAN値チェック失敗したか?だと?

 

 

 いいから真面目に聞け。そもそもの話、並行世界の存在そのものは以前から知っていた。何せその証明材料が私そのものなんだから。

 だってそうだろ?前世の記憶、だなんておかしなものを持っているんだ。それもこの世界がゲームとして存在する世界の記憶をだ。

 

 この記憶が何か偶然の産物、狂人の妄想だと切り捨ててもいいが、本物だとするのなら並行世界というものが存在することは明らかだ。

 

 現実世界で我らが統括P殿がこの世界を感知してゲームにしたのか。はたまた統括P殿がゲームを作り上げたがために生まれたのかはわからないが、この『ブルーアーカイブ』の世界と『現実世界』の、少なくとも二つの並行世界が存在することは確かな事実となるのだから。

 

 ならこの二つの世界以外にも並行世界があってもおかしくはない。そういうことだ。もしかしたら他のゲーム、モ◯ハンやらア◯クナイツもあるかもしれないな。

 

 

 おっと話がズレた。

 

 並行世界というものが存在することはわかっていただけたと思う。では次にこの死体が私だと確信を持って言える理由だが…死亡推定年数から考えて存在するはずのない、『私の考えた掃除屋のロゴ』が刻印されたピースメーカーが埋まっていたというのも理由の一つであるが、もっと大きな理由は度々私が見る”夢“である。

 

 

 あー!またふわふわとした理由だなと思っただろ!

 

 まあコレはしょーがない。私もちゃんとした確信には至っていないからな。

 

 夢っていうのはどこからともなく無から湧いて出てくるものじゃなくて、人が今までに記憶してきた情報がごちゃ混ぜになって見せられてるものってのは知ってると思う。というか普通に考えたらそうだよな。全然身に覚えのない男の顔とかが突然出てきたらそれはもうホラーなんだわ。

 

 んで、そんな夢なんだが…当然私はあの飛行戦艦に乗ったことも棺桶に入った私自身を見下ろすなんてのも経験したことがない。

 

 つまりホラー展開…ってわけじゃない。

 

 

 コレの原因についてもちょっとした予想があって、見事にそれは的中した…と思う。

 

 

 元理事たちに拉致された時、あの時私は自分の所持品を確認してただろう?

 服にレギンス、そして『ミサンガ』。

 私という人間について知ってる人はここで少しの違和感を持ったと思う。『新戸コモリとかいう引き篭もりがミサンガなんてオシャレするわけがない。』って。

 

 …ちょっと待て。違う違う。そうじゃない。するからね?私だって一応花の女子高生なんだから。

 

 あー…なんだっけ?そうだ。『ミサンガなんてあってもなくても変わらないようなものの有無をわざわざ私が記録に残すのか。』ってことだ。私は結構大雑把だからな。必要のない情報はわざわざ書いたりしない……つもりだ。

 

 ってことはだ。逆説的に考えれば『ミサンガ』は重要なキーアイテムということになる。

 

 

 てれれってれーじゃじゃじゃじゃーん

 

 み゛ーざーん゛ーがー

 

 じゃなくて、正式名称はエンチャンター。付与するやつって意味だ。

 その効果はコレで触れたものに反神秘属性を付与するというもの。鉄パイプでぶっ叩いてもびくともしない生徒(私は例外とする)に対しても、コレと一緒にパイプを握りながらぶっ叩いたら有効打を与えられるようになる。所謂神秘特攻だ。素材は『神秘破壊弾』と同じもの。

 

 もしもの時の緊急用として身につけていたコレだが、その性質上、神秘を持つものに触れると淡く発光するという性質を持っている。(私の場合神秘量が少なすぎたのか発光しなかった。)

 

 

 そして私はそんなエンチャンターを推定”私“の死体にくっつけた。

 

 結果は無反応。少しも光ることはなかった。

 

 

 死んでるんだから当然?いや違う。

 以前黒服に教えてもらった情報なのだが、生徒は死亡直後に大半の神秘をヘイローの崩壊と共に失うが、少量の神秘は残り香のように最低5年にわたって残り続ける。どうやってそんな闇の深い情報を手に入れたのかとも思ったが……その情報をもとに考えるとこの死体にも少量の神秘が残っていてもおかしくはない。いや、残っていないとおかしいのだ。

 

 にも関わらず死体から神秘は検出されなかった。

 

 

 つまり、”私“はなんらかの形で死亡前に神秘を失っている。

 

 ではその神秘はどこに行ったのか。

 

 ここでようやくもう一つの謎、『掃除屋の持つベネディクトゥスの光輪』に繋がるというわけだ。

 

 

 ベネディクトゥスの光輪。擬似神秘再現装置。それが真価を発揮するには再現元の神秘が必要となる。では、“掃除屋”が発現させているヘイローの元となった神秘は誰のものか。

 

 ここまで語ればもう分かっただろう。

 もう一人の私の神秘は、ベネディクトゥスの光輪の素材として使われているのだ。

 

 じゃあそのあっちの私の神秘がこの記憶とどう関わるのか、だが…私はこの現象を神秘の干渉と呼んでいる。

 通常あり得ない、一つの世界に二つの、全く同じ神秘が、それも身近に存在する。それによって起こる神秘の混線。その結果私の記憶にあっちの世界の私の…というか私の神秘を持つ“掃除屋”が見た記憶が流れ込んできていたのではないか。という仮説だ。もしかしたら私の神秘が弱いのもコレが関係しているのかもしれない……まあ、希望的観測ではあるが。

 

 どうだ?なかなか的を得てるんじゃないだろうか。

 

 

 …ここまで偉そうに語ったんだが、実はコレらの考察、結構前の頃から気づきかけていた事実でもあるんだ。多分物作りをしたことのある人ならわかると思うが、自分の作ったものってのは癖とかそういうので、記憶から忘れ去られていてもなんとかく『あれ?コレ俺が作ったやつじゃね?』ってなるものだ。

 そんな感覚で私は掃除屋に初めからつけられていた『ベネディクトゥスの光輪』が自分作のものであると確信して堂々と先生に『私が作ったが?』なんて言い切っていた。コレで違ったら飛んだほら吹きになるところだったが。

 それに私のチートじみた創造能力の制約でもある『同じものは作れない』を掻い潜って複製できたことからもコレが『この世界の私』が作ったものではないと分かっていた。

 

それらの情報を整理すれば簡単にこの事実には辿り着けたんだ。まあ確信に変わったのはついさっきなんだけどさ。

 

 

「ふぁ……ぁ……」

 

 

 

 …ふぅ。長く語ったせいで眠くなってきた。観測者諸君もこんな長文をわざわざ読んでいるかは知らないがご苦労だった。

 読んでいない諸君にまとめると、『死体は並行世界の私』『ベネディクトゥスの光輪は並行世界の私が作ったもので込められた神秘もあっちの世界の私のもの』『存在しない記憶はあっちの世界の私の神秘越しに流れ込んできた掃除屋のみてきた記憶』『掃除屋はあっちの世界の私が何かあってこっちに流してきた作品の一つ』ってことくらいか?

 

 ああ、あと多分この船もそうなんだろう。明らかにオーバーテクノロジーだし、こんなものが作れるのはチート持ちの私くらいだろうしな。

 

 

 ……てかよくよく考えたらこんな壮大な仮説でも今は意味のないものだ。仮説を検証するにしても今は没収されてる掃除屋に搭載された『私の神秘』を調べなきゃいけないし、それまでは仮説は所詮仮説に過ぎない。掃除屋とあっちの世界の私が何をしようとしてたのかとか、何でゲマトリアなんかに入ったのかとか調べたいことはあるが、それは今じゃない。

 今必要なのはこの遭難状態からの脱出方法であって私の謎の答え合わせじゃないんだから。

 

 

「…ん…だから…寝るね……」

「待て待て待て待て!!」

 

 

 わしわしわしとそれなりの力でゆすられる。

 重たい瞳を開けて見てみると目の前にはごっつい人形のロボットが!元理事である。

 

 

「…なに…?私…眠いんだけど……」

 

 

 私はジロリと元理事を睨み返す。

 私はね、徹夜と重労働で眠たくて眠たくて、とぉーっても機嫌が悪いんだ。その上、昨日の謎が気になって仕方ないであろう観測者諸君に一から十まで説明したせいでさらに疲れた。あ?お前が勝手に話しただけだろ?うるさいうるさいうるさい!とにかく眠いんだ!!

 

 

「眠い、じゃなくてだな…そろそろコレの説明をしてくれないか?」

 

 

 そう言って彼が指差したのは私が丸まって寝る準備万端な椅子の前に設置されたなんか小難しいコンソールのような機械盤。そしてその機械盤の向こうにも設置された複数の制御装置。

 簡単に言って仕舞えばそこは昨日の船の制御中枢、艦橋であった。

 

 

「…見たまんま…じゃ、寝るから…」

「おい!…はぁ…信号弾を見て何があったのかって急いで来て見たら…えらいものを見つけたもんだな。」

「ええ…あの、私も眠いのでちょっと眠っていいですか?」

「ダメに決まってるだろ!?」

 

「ごめんねコモリちゃん。少し起きてもらってもいいかな?」

「…先生が、そういうのなら、仕方ない…」

 

 

 寝ぼけ眼で再度辺りを見回した。

 場所は昨日の船の艦橋で、そこにいるのは先生とカンナさんにアル様達。そして情報屋の二人に元理事と黒服、そしてPMC兵が数名。休眠中のPMC兵を除いた全員がここに集結していた。

 そして、艦橋に設置された窓の外には登りきった太陽が燦々と雪景色を照らしていた。

 

 ああ、そうだった。昨日アイムが打ち上げた信号弾を見た待機組の奴らも到着して、この船について調査を開始する、そんな状況だった。眠すぎて忘れていたよ。

 

 

「はぁ…しかしとんでもないものを見つけたな。通信機じゃなくて飛行船を見つけるなんてな。」

「飛行戦艦」

「そこはどうでもいいだろう…それで?動くのか?コレは。」

 

 

 ゴンゴンっとコンソールを叩いてみる。壊れた機械は斜め45度で叩くと治るというが実際は素直に修理に出したほうがいいだろう。

 

 

「んー…わからない……確かに、私は、機械いじりが得意……でもこんなのは、初めて……見た感じリアクターとか、主要な部分は無事……けど、うんともすんとも動かない…燃料が切れてるのかも…?黒服は、何かわかった…?」

「…無名の司祭の遺物…?いや、違いますね……どのオーパーツとも一致しない…実に興味深い…」

「…ダメそう。」

「そ、そうか…」

 

 

 この中で頼れそうな黒服も何やらぶつぶつと役に立ちそうにない。

 

 

「…どうやら行き詰まっているようね?」

 

 

 そんな時だった。私のちょうど背後から、神々しいオーラが漂ってきたのは。(コモリ視点)

 そう!我らがアル様である。

 さすがはアル様。私たちがわからなかったこの船が動かない原因に気付いたのか。

 そんな期待を胸に抱き…そして同時に小さな不安感を抱きながら見上げた彼女は────

 

 

「壊れた機械は斜め45度で叩けば治るのよ!」

「あ、社長待って。」

 

 

 ちょうどコンソールに手刀を叩き込もうとしているところだった。

 

 繰り返し言おう。壊れた機械は斜め45度で叩くと治るというが実際は素直に修理に出したほうがいいだろう、と。

 

 

「てりゃ!!」

 

 

 ごん!と硬質な音を立てて少し凹みを作ったコンソールは────次の瞬間火花を散らしてその画面に砂嵐を表示した。

 

 

「こここ、壊れちゃった!?!?」

「…あーあ。止めたのに…」

「…アルちゃん、コレは流石にまずいんじゃない?」

「あああ!アル様は悪くありません!こんなに脆い機械が悪いんです!」

 

 

 白目をむいてパニック状態に陥りそうなアル様。

 しかし─────

 

 

 

『ザザ……システムの正常な動作を確認。……生体認証───新戸、コモリ──一致。ようこそ。マスター。』

 

 

 

 船にはどうやらこのくらいの衝撃が目覚めにはちょうど良かったらしい。

 

 

「…うご、いた…?さすがアル様…!!こんな、戦艦の、治し方を知ってるなんて…!」

「……そ、そうよ!ほらね!言った通りじゃない!機械は斜め45度で叩くと治るのよ!!」

「…でも、アル様は私の部屋にある機械には触らないでね……?」

「なんでよ!?」

 

 

 だってゲーム機とか壊されたらやだし…

 

 

「それでどうだ!?動くのか!?」

「近い。でかい。うるさい。セクハラ?」

「はいはいうちの生徒から離れてくださいね。」

 

 

 興奮気味な元理事とそれを引っ張っていく先生を横目にコンソールで指を滑らせてみる。生体認証で『新戸コモリ』とか言ってたし、そもそも私が作った船だろうからセキュリティ面は問題なく通過できる。というかコレを作ったあっちの私はセキュリティ意識が低いのか最初のログインにしかパスワードかけてなかった。

 だが問題はどこでどんな操作ができるかだ。夢で見るあっちの私の記憶も断片的で、しかも意味深なシーンしか映さないでこういう重要な情報は落としてくれなかったからな……あっちの私の役立たずめ。

 

 手探りでやるしかなさそうだが…と、そこでふと思いつく。

 

 

「…あ、あ…んん。hey S◯ri?この船の状況を教えて?」

『了解しました。』

 

 

 …いけるんだ…というかS◯riなのか。

 

 

『検索中…検索完了。損傷率15%。エンジン稼働可能率65%。燃料残量45%。自動防衛システム起動可能。神秘残量…計測不可。理想郷システム条件未達成。起動不可。重力制御システム異常なし。自己修復システム起動中』

 

「…つ、つまり?」

 

『飛行可能』

 

 

 瞬間、歓声が湧き上がった。

 

 

「帰れる!帰れるのね!?帰りは熊の毛皮で暖を取らなくていいのね!?帰ったら焼肉よ!!!」

「こんなオイルも凍るような雪原とはおさらばだ!私は、帰ったらこの功績で理事に返り咲く…いや、それ以上にも…!」

「長かったようで短かったような…いやぁ…とりあえず、帰ったら銭湯にでも行きましょうか。…コモリさんも呼んだらきてくれますかね…いや、でも断られたらどうしよう…」

「…お前そんな女々しいキャラだったか…?」

「くっくっく…研究が捗りますね…」

「この数日間さわれなかったゲームが……あ、仕事…ユウカに怒られる…」

「ふふ…私も帰ったら休暇でも……いや、その前に私がいない間に問題が起こっていないといいが…」

 

 

 …なんか少しどんよりとした人が2名ほどいるが殆どが帰れることへの喜びをそれぞれの形で露わにしていた。

 

 そしてその後の行動は早かった。

 

 

「そうと決まれば帰る準備をしなくてはな!」

 

 

 この船に行きの飛行船のような不備がないかチェックする組と、船の操作方法を確認する組。そして飛行船跡に置いてきた荷物と休眠状態のPMC兵を呼びにいく組を元理事の指示のもと分けることにした。

 まず第一のグループに数だけは多いPMC兵と元理事に情報屋、第二グループには私と先生とカンナさん。そして第三グループには黒服とアル様達、という構成に分けられることとなった。

 

 

「私も船に残りたかったのですが…」

 

 

 そうごねる黒服を引きずってアル様達は出発して行った。

 おそらく彼女達が帰ってくるのは夕方ごろだろう。そして出発は明日の朝あたりになるはずだから、それまでに操作方法を頭に叩き込まないといけない。

 

 そう考えて私は再びコンソールを開いた。

 

 

 

 

 ────警戒もせず、油断し切った状態で。

 

 だからそうなるまで気づけなかった。

 

 

「うわっ!?」

 

 

 一緒に船の説明を見ていた先生の悲鳴。そちらを向こうとして、気づく。側頭部に当てられた冷たい金属の感触。

 目だけを動かして横を見れば、PMC兵に押さえつけられた先生の姿と、私に銃を突きつけるアイムの姿。

 

 ようやく思い出した。

 忘れていた、目を背けていた現実。ここ数日命を共にした仲間が、本来は私の持つ一つのデータをめぐって“誘拐”という強行に打って出た敵だという事実。

 

 

「っ!先生!」

「カンナちゃん!」

 

 

 音を聞きつけたのかドアを破って入ってくるカンナさん。彼女はすぐさま銃を構え───バチバチという音と背中から漏れ出る光と共に気を失って倒れた。そのすぐ後ろにはスタンガンを持ったホムラと、大柄な体のロボット…元理事が立っていた。

 

 

「…っ!元、理事…!」

「制圧ご苦労。よくやってくれた。」

「…いえ、仕事、ですからね。」

 

 

 悠々とした足取りで彼は歩いてきて、そして先ほどまで私が座っていた椅子───この船の艦長が座るであろう椅子にどっかりと座った。

 

 

「……なんの、つもり…?」

 

「なんの?そんなもの言わずともわかるだろう?私と貴様達は敵同士。敵と一緒に仲良く脱出なんてバカみたいなことすると思ったか?この船は我々で独占し、奴らにはこの雪原で永遠に雪遊びでもしていてもらう。」

 

「く……黒服と、残りのPMC兵はどうするつもり…?」

「そんなもの昨日の夜のうちに起こして船に詰め込んであるさ。そして黒服……やつも私の仲間ではないからな。船に載せるつもりはない。」

「…くそ…」

「おっと。先生からそのカードを取り上げろ。…何もさせはせんよ。」

「く…!」

 

 

 先生がどこからともなく取り出したカードはPMC兵によって取り上げられてしまった。

 打つ手なし。完全に詰み状態だ。

 油断した。油断してしまった。私のミスだ。わかっていたはずなのに。気づいていたはずなのに。

 

 …きっと、“掃除屋”の私なら気づけていた簡単なミス。絆されてしまっていた。一緒に寝たからとか、一緒にご飯を食べたからだとか、一緒に相撲を取ったからだとか。……友達、だなんて言われたからだとか。

 理由をつけて、彼らは敵ではないと思い込んでしまっていた。

 

 私はすでに“傭兵”からただの無力な、先生やアル様の役に立てない“生徒”に成り下がってしまっていた。

 

 

「……情報。貴方が、欲しがっていた、不正の証拠…全部渡すから…だから、アル様達だけでも船に乗せて、ほしい…」

 

「断る。もうそんなちっぽけなものはいらん。何せこんな巨大兵器が手に入ったのだからな!コレさえあれば、もう会社に縛られる必要もない。この武力を持って私はカイザーの社長に…いや!いなくなった連邦生徒会長に変わってキヴォトスの支配者に…!!」

 

 

 

 牢屋にでもぶち込んでおけ。必要になるかもしれん。その声を最後に、私の意識は暗転したのだった。




自分でもうまくまとめれたかわからない設定まとめ
そもそも一章で終わらすつもりで、仄めかす程度で終わらせるつもりだった設定達。ネタバレ注意。

・『掃除屋』は並行世界のコモリが作ったロボ。ベネディクトゥスもそうだけどコモリは自分(もう一人の自分)が作ったって確信してたから「私が作った」と言った。
・コモリのチート(?)は何でも(何でもとは言っていない)創造できることだが一度作成したものは再び作れない。しかしベネディクトゥスの光輪はあっちの自分が作ったものなので複製できた。
・ベネディクトゥスの中身はコモリ(あっちの)の神秘。夢とか船を開けた時の変な行動もそれ関係。
・『掃除屋』は何らかの原因(後々明かす)でこちらの世界へ転移後『あっちの世界のコモリ』から与えられた任務を達成するためにキヴォトスを放浪して、金稼ぎや情報収集のため傭兵『掃除屋』になったりゲマトリアとの関係を築いていた。→その後SRTか風紀委員か知らないけど交戦からの大破。コモリに拾われる。
・あっちの世界のコモリと掃除屋は何らかの目的を持って行動して、失敗した。飛行戦艦もその関係。
・あっちの世界のコモリは掃除屋の有無の関係上ずっと傭兵傭兵してるし能力への理解の高い。こっちのコモリの上位互換。
・『あっちの世界』はプレ先時空。


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記憶が告げる凶報

少し前の話ででた『あっちのコモリの棺桶』に物語の都合上でゴミやガラクタが入れられることになりました。ほぼアドリブで描いてるから仕方ないですね。許して。
死人の棺桶にゴミ入れるくらいいいでしょ?()


 

 ゴウンゴウンと鳴り響く駆動音に、自らの長い前髪を揺らす細かな振動。そしてこの身に感じる確かな浮遊感。

 

 船は今空を飛んでいた。

 

 

「つーん…」

 

 

 冷たい鉄製の、この地に連れてこられたときのような牢屋に…しかし連れてこられた時とは違って一人で閉じ込められていた。先生もカンナさんもいない。一人ぼっちである。

 拘束具は特にない。しかしその鉄門は固く閉じられ開く気配はない。だから私は三角座りで顔を足に埋め、その隙間から鉄格子の外を睨みつけていた。

 

 

「あ、あのー…コモリさん…?」

「つーん」

 

 

 ふと、元理事の目的を考えてみる。奴は何をしようとしているのか。

 まず思い浮かんだのがこの船を使って帰ること。だがそれだけなら私たちに銃を向ける必要もないし、黒服や便利屋68の皆さんを置いていく必要もない。先生から話を聞いた、アビドスでの出来事の復讐?だとしてもリスクとリターンが釣り合わなすぎる。あの男はそこまで愚かな人間じゃないはず。

 ならば、私やカンナさんと先生を船の外に追い出さず拘束した点から考えてみよう。まず私は初めの目的である掃除屋のメモリから不正データを取り出すために必要だから。先生はアビドスでの出来事から反省し不確定要素を残さないため?カンナさんは……わからないな。公安局長だから?でもあそこカイザーとズブズブだった気がするが…

 

 とはいえ、だ。どんな理由があろうとこの二つ目の視点も元理事本人の発言から否定される。

 何せ奴はこう言っていたのだ。

 

 『もうそんなちっぽけなものはいらん。』

 

 つまり奴にとって『カイザーの不正の証拠』というのはもはや眼中になく…その後の言葉を信じるのなら、奴の目的はこの“船”ということになる。

 

 

「あのー…」

「つーん」

 

 

 “向こう側の私”が作り上げた飛行戦艦。

 未だ記憶ははっきりとせず、あっちの私がどんな目的を持って作ったのかは知らないが、確かにこの船の武装ならサンクトゥムタワーを含む都心部の制圧…いや、殲滅すらも可能だろう。というか、中規模程度の学園ならば余裕を持って壊滅させることが可能だと言える。さすが私。

 

 だが、トリニティやゲヘナといったマンモス校となれば話は別だ。奴らなら対空戦力も豊富にあるだろうし、あのゴリ…ん゛ん゛!ミカ様や風紀委員長の前ではこの強固な装甲も紙と化すだろう。『えい⭐︎』やら『無理無理〜⭐︎』的な軽い掛け声ひとつで粉砕されるイメージがある。なぜだ。

 

 詰まるところ、奴が話していたキヴォトスの支配、などというものは夢物語でありこの船一隻では到底不可能な話なのだ。

 また、ひとつハードルを下げてカイザーコーポレーションの支配も可能ではあるだろうがあの元理事に支配した後の経営が務まるとは思えない。どこかでずっこけて自然崩壊しそうである。

 

 

 故に、今現状の問題はアル様たちが置いていかれたことであり、奴のやろうとしているこの凶行は別に放っておいても問題ないのだ。

 ない…のだが、魚の小骨が引っかかるように、小さな不安感が拭えない。

 

 

「無視しないでくださいよ!」

「…おかしい、どこからか、声が聞こえる…」

「私が悪かったですから!謝罪くらいさせてください!」

 

 

 はぁ…とため息をつきながら顔を上げる。

 そこには目を合わせた途端にパァっと表情を明るくした裏切り者──アイムが鉄格子に張り付いていた。

 

 

「こ、コモリさん!!」

「ん、謝罪。言い訳。はりーあっぷ。」

「ハイっ!」

 

 

 目尻に涙を浮かべながら敬礼をする彼女を私はジト目で睨みながら謝罪と言い訳を促す。

 

 

「…えっと…その、今回は、その、貴方からの信頼を裏切って元理事の貴方たちを拘束しろという命令に従った事を深く謝罪したいと思います。」

「…そうだね。その前日に、友達って言ってくれたのにね…」

「それは!その、本当に申し訳なく思ってます。…た、ただ友達と思っているのは本当なんです!」

 

 

 ふーん?

 

 

「んじゃ…次。言い訳、どうぞー…」

「い、言い訳、というか理由なんですけど……雇い主の命令、だからです。こ、コモリさんもわかってくれますよね!?」

「…まあ、ね。確かに、雇い主の命令を聞くことは、大事…信用問題に、関わる……でも、友達を裏切るほど…?」

「あぅ!!……で、でも!コモリさんもやってたじゃないですか!長年の戦友を依頼で騙して裏切ったり!身分を偽って仲良くなったところでターゲットを始末したり!裏社会では情と仕事は切り離すべき!そうでしょう!?」

 

 

 何気に最低なことを言っているアイムくん。しかしその意見を否定しきれないのもまた事実。と、言うよりも私はその意見に賛同できてしまう。

 うん。ふと、過去を振り返ってみよう。私は掃除屋。プロの傭兵だ。その意見には同意できても、そんな卑怯な手は使ったことがないはず。

 

 

「……」

 

 

「…ソ、ソンナコトナイヨ?」

 

「嘘ついてるじゃないですか!?」

 

 

 私は目を逸らした。

 

 

「…な、なら仮に、コモリさんがこの意見に賛同できないとしても……コモリさんは恩人に銃口を向けることができますか?」

「恩人…?」

「はい。例えば…貴方の場合なら陸八魔さんや、先生に。」

 

 

 想像してみる。私が先生と…アル様…に……

 

 

「お゛ぇ゛」

「吐いた!?」

 

 

 無理だ。

 

 

「むりむり…かたつむり…」

「そうでしょう?私に取っての元理事は、貴方に取っての先生や陸八魔さんのような恩人なんです。」

「…あの傲慢でいじっぱりで卑怯者なデカブツが…?」

「ま、まあ、否定はしきれませんが、そうですね…」

 

 

 “正確には私達の、ですが”と付け加え彼女は話す。

 

 

「私が元SRT生だと言うことは前に話しましたよね?それも裏切り者だってことは。」

「うん…まあ、覚えてる。」

「そんな人間は当たり前のように指名手配されます。何せ連邦生徒会直属の組織を裏切ってるんですから。知られちゃまずい情報だっていっぱい持ってましたし、SRTという戦闘のプロが裏社会に身を落としたなんてなれば厄介ごとになるのは目に見えてますからね。」

「…確かに、そういえば、昔ニュースで見たかも…」

 

「ええ。そうです。ニュースにまでなるほど大々的に指名手配されたんです。賞金もつけられ、追っ手から逃げる毎日。そんな人間が傭兵を始めたとして、果たしてまともな依頼がつくでしょうか?」

「……足元見られるだろうね。」

「それか罠かの二択ですね。」

 

 

 実際に何度か引っ掛けられましたしねと笑う。

 

 

「そんな私に目をつけ、まともな金額で雇ってくれたのが当時まだ理事だった彼でした。使えそうだとかそういう理由だったのでしょうが、彼のおかげで私は裏社会でここまで上り詰めることができたと言ってもいい。」

「へぇー…」

「それに、コモリさんは私の相棒、ホムラの足を生で見たことがありますか?」

「…そういえば、ないかも…いつもズボンだった…」

 

 

 思い返すのは赤い髪の元トリニティ生であったであろう少女。ソシャゲが元になっただけあって露出の多いこの世界の住人にしては足を出してないと思ったんだ。

 

 

「彼女の足、義足なんです。」

「……!」

「…あー…私が言ったこと、彼女には黙っていて欲しいんですけど……昔、トリニティでの人身事故がニュースになったの、知ってますか?」

「……確かに、そんなこと、あったかも?」

 

 

 トリニティでの人身事故。少し考えてみると、思い出した。当時1年の、私と同じ年齢の少女が列車に足を巻き込まれ失ったというなかなかにショッキングな事件だ。神秘に守られたキヴォトスの生徒にしては珍しい事故だったと記憶に残っている。

 

 

「…本来なら、私達生徒はヘイローに守られていて、列車に轢かれたくらいで両足が使い物にならなくなるようなことは滅多にありません。」

「私はなりそうだけどね。」

「……特に、彼女のヘイローは丈夫で、スナイパーの一撃でもびくともしませんでした。ではなぜこんなことになったのか。」

 

 

 あ、こいつ無視したな。

 

 

「…虐められていたんです。虐められて、限界まで痛めつけられて、足を線路に固定されて、置いて行かれた。当時交流があって、相談を受けていたはずなのに、私は彼女を助け出すには一歩遅れてしまった。あんなことになるなんて思っていなかった。」

「……」

「…後でいじめっ子の方々と“お話”をしに行った際に知ったのですが、いじめっ子たちにも、そこまでする気はなかったようです。足を折る程度で済ませようとしたそうです。…それでも、相当なものだと思いますが…」

「………」

 

 

 …なんかめっちゃ重い話出てきたんだけど。

 

 

「そんな彼女に、新しい足をあげてくれたのもあの男なんです。彼女が私と共に傭兵をやることを条件に、あの男は義足をくれました。」

「……」

「……わかってくれましたか?ホムラは自分の恩を返すために…私も自分の恩を返すため………そして助けてあげられなかったホムラへの償いのためにも、彼を裏切るわけにはいかないのです。」

「……そ、っか…」

 

 

 そうか…それは、私を裏切っても仕方がない…

 

 

「まあでも許さないけどね?」

 

 

 ってなるわけないんだよなぁ。

 

 

「ええ!?」

「それは、それ…コレは、コレ……割り切りは、裏社会じゃ、必須技能…!」

「そ、それはそうですけど!?」

「あーどうしようー…このままじゃー…アイムのことが嫌いになっちゃううなー……」

「え、え!?待ってください!き、きらいにならないで!」

「そうだなー…GODEVAのチョコ一年分、今すぐくれないとー…嫌いになっちゃうかも、なー…」

「GODEVA!?そ、そんな高級品ありませんよ!?」

「じゃあ、帰ったらでいいー…」

「ええ!?」

「……友達を裏切ったゲス野郎ー…」

「ひぐっ!?…うぅ……わかりました!わかりましたよ!!」

「やったー…許すー…」

 

 

 言質はとった。アル様欲しがってたしあげよ。

 

 

「……はぁ……話は変わりますが、コモリさん。」

「ん…?なに…?」

 

 

 コレが終わったら失われることになるであろう財布の中身を確認してため息を吐いていたアイムの顔が一変、真面目な顔になるとそう話しかけてきた。

 

 

「コレは提案ですが…単刀直入に言います。こちら側につきませんか?」

「……どういう、こと?」

「…元理事側の味方をしてくれませんか、ということです。」

「つまり…先生やアル様を裏切れってこと?」

 

 

 それに対して私も睨み返す。

 

 

「……そう、ですね。」

「…言い切るんだ。」

「はい。もう友達を裏切るような真似はしたくありませんからね。」

 

「……」

 

「もし貴方がこちらにつくと一言言ってくれるのなら、私は元理事を説得して貴方の自由と先生の安全を保証します。」

「…アル様と、カンナさんは?」

「そちらも、即座に身柄を拾いに戻って身の安全は保証することを約束します。流石に自由にさせることはできないでしょうが、凍死という最悪の状況は免れるでしょう。」

「……あれ?カンナさんも?」

「あ……は、はい。その…元理事が不安要素は船に残したくないし貴方や先生と違って利用価値もないから、と…出発時に簀巻きにされて外に捨てられたはずです。」

「えぇ…?」

 

 

 んな殺生な…でもカンナさんは丈夫だし簀巻きにされて放り投げられたくらいじゃ死ななそう。ならいっか。

 

 

「…確かに、私が、彼に協力するだけで、助かるなら…いいかもしれない…」

「……」

 

 

「…でもさ、私も友達を…恩人を裏切ることはできないよ。」

 

「………そう、ですよね…」

 

 

 そういうとアイムは顔を伏せ、そして立ち上がった。

 

 

「今頃先生はシッテムの箱と呼ばれる端末とカードを没収された状態でコモリさんとは別の牢屋に入れられています、が。元理事の気分次第でその命が危険に晒されることもあるでしょう。そして貴方の掃除屋は元理事が情報を引き出すのをやめた以上、いずれカイザーPMCの整備士によって分解され研究されることになるでしょう。それがいつになるのかはわかりませんが………もし、貴方の気が変わったらここに置いておく無線で知らせてください。」

 

 

 そして一つの無線を置いて彼女は立ち去っていった。

 薄暗く冷たい牢屋に残されたのは私と鉄格子越しでも手の届く位置のある無線機だけ。

 

 

「…」

 

 

 私を裏切ったアイム。だが彼女が言った言葉は本心だった。こんな絶望的な状況下なのに、それを知れてよかったと思えた。状況的に触れ合うことの多かった補習授業部の皆を除いて、初めてできた私の友達だからだろうか。…補習授業部のみんなは友達に数えていいよね?あれで『あはは…コモリちゃんと私が友達?面白いこと言いますね。』とか言われたら泣くぞ?

 

 

「…さて、と。」

 

 

 だから私も彼女のことを裏切るようなことはしたくない。

 

 

 

 

「脱獄しますか!!!」

 

 

 

 だからあの提案を断る必要があったんですね!

 だって普通あんな好条件の提案断んないでしょ。こっちの要件を全部通してから裏切って盤上をひっくり返すのが定石よ。それでもしなかったのは友情故に。やっぱ私は優しいな!

 

 

「お゛ぇ゛!」

 

 

 手を口元に当て、吐く。さっきのような冗談めかしたようなものではなく、腹部に手で圧をかけて、中身を吐き出す。

 幸い朝ごはんは食べていないから出てきた中身は胃酸と……隠しておいた一つの小さなジップロック。その中身は───

 

 

「ど〜こ〜で〜も〜脱獄セットぉ〜!」

 

 

 針金である。性格にいえば、“あっちの世界の私”の墓を暴いた時にゴミと死体の中に一緒に入っていたおもちゃについていた鉄製の部品。強度はそこそこ。しかしキヴォトス民の握力にかかれば曲げれないこともない、つまりは鍵開けに適した物。

 

 黙って閉じ込められてるか弱いお姫様じゃあないんだ私は。掃除屋コモリ。私は行動派なんだよ。

 

 さあ!いざ脱獄へ!

 

 

 ───そう意気揚々と一歩踏み出したその時だった。

 

 

「─っ!?あ、が!?」

 

 

 突然襲いくる頭痛。頭が割れそうになり、視界が歪み、そして点滅する。一体何が起こっているのか。その疑問はすぐに解けることとなる。

 

 

「なん、だ、これ…!!」

 

 

 頭の中に流れ込んでくる存在しないはずの記憶───彼方の世界の私、またはその神秘を持つ掃除屋が見た記憶。

 夢ではない。寝ていないにも流れ込んでくるコレ。

 

 

「っ!まさか…あいつらが、掃除屋に、何か弄り出した…!?」

 

 

 この記憶の波のトリガーがわかったとしても、それが止まることはない。自分の意思とは無関係に流れ込んでくる膨大な情報…それこそ前世今世合わせて約18年ともう18年分を生きた人間の記憶が一部とはいえ押し込まれる激痛に苛まれる中─────

 

 

「───は?」

 

 

 ─────私は見てしまった。

 

 

「…はぁ、はぁ…」

 

 

 ───テセウスの方舟計画───

 

 

「…ふざけたサプライズだ。」

 

 

 どうやらあっち側の私はとんでもない物を遺してくれていたらしい。




アイムちゃんはいい子なんだよ…?ただちょっと裏社会に染まってるだけで…
ちなみに私は因果応報という言葉が好きです。


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選択

SRTでの裏切り+便利屋68での裏切り+今回の裏切り
「SRTは友達と思ってませんでしたし依頼の時もまだ友達じゃなかったのでノーカンです!!!」
と、被告人は述べています。
どのツラフレンズその通り過ぎて笑った。

いい子なんですよ…?
まあそれはそれとして今回はみなさん(?)ご期待のアイムちゃんが痛い目に合う回です。


 

「…主人公は、失敗した。」

 

 

 赤い、紅い、真っ赤に染まった青い空。

 そしてキヴォトス各地に杭のように打たれた六つの赤き塔。

 

 世界に満ち溢れていた神秘は反転し恐怖となり、名もなき神は地に堕ちた。物語はその形を保つことができず、崩壊する。外なる存在の干渉に耐えられなかった箱庭は崩れ落ちる。

 

 そして、今は無き物語を正しい方向へと導く者はもう居ない。

 

 

 ああなんと素晴らしきバットエンドか。いっそ清々しいほどだな。

 

 

 美しき絵が描かれるはずだったキャンパスは、赤の他人によって作品としての形を保てなくなるほどめちゃくちゃに、ぐちゃぐちゃに塗りつぶされた。

 そして、それ本来の形に直そうとする者はもういない。

 

 

「ならば私たちが白紙へと戻し、1から書き換えてしまっても問題あるまい。」

 

 

 ぐちゃぐちゃに塗りつぶされたキャンパスノートは破り捨て、私たちの手で1から描き直そう。

 神秘も恐怖も何もかも。

 全てを捨て去り作り直す。

 

 青き記録を再現するのだ。

 

 …しかし本物を崩し、その材料を変え再現したところでそれは所詮贋作でしかない。方舟は一部でも部品を取り替えて仕舞えばそれはもう本物ではなくなってしまう。主人公ではない私には。主人公の前に立ち塞がる小さな障害、くだらない悪役である私には。完璧なハッピーエンドは目指せない。

 

 

 ──だからせめてものトゥルーエンドを。

 

 

 

「さあ、まずは汚れ切ったキャンパスのお掃除から開始しよう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『テセウスの船』

 

 それは簡単に説明するとパラドックスの一つであり、テセウスのパラドックスとも呼ばれるもの。ある物体において、それを構成するパーツが全て置き換えられたとき、過去のそれと現在のそれは同一の物であると言えるのか否か、という哲学的な問題だ。

 

 そんな言葉を含んだ前世の私の計画は───キヴォトスを使ってその問題を実行しようという試みだった。

 ダメになった部分を分解し、別のもので再現する。彼方の世界の場合、何が起こっていたのかは知らないがキヴォトスの全てが文字通り“ダメ”になっていたらしく全てを作り直そうとしていたらしい。

 

 とんでもない計画だ。神様にでもなったつもりか。

 

 だが、一部とはいえ記憶が流れ込み、理解した私だからこそ断言できる。『可能』であると。

 あっちの世界ではなんらかの妨害を受け失敗したようだが、理論上は可能だったのだ。世界を全て書き換えることが。

 

 

 …さて、本題はここからだ。

 実際、コレだけの事実だったら『わーしゅごーい』で終わっていた。しかし現実は悲しいことかな。それだけでは終わらない。

 

 ───我々が今乗っているこの飛行戦艦──記憶によれば『マステマ』と呼ぶらしい──は『テセウスの方舟計画』を実行するために作り出された“方舟”であり、その計画実行に必要な鍵は我々が今現在向かっているであろう連邦生徒会本部の『サンクトゥムタワー』である。

 

 …これだけで賢い観測者諸君はわかっただろうか。

 

 前世の私という天才が作り上げたこの船が、そしてそこに搭載された生体認証システムによってマスターか否かを判断できるAIが元理事やPMC兵どもの凶行を許し、こうして飛行している理由が。

 

 

「やつら…計画、を…実行する気…だ…!」

 

 

 最悪中の最悪の置き土産であるよあっちの私。

 あなたがどんな最期を迎えたのかは知らないが、せめてこの戦艦のAIに命令の破棄くらいさせておいて欲しかった。

 

 

「ああ…もう…っ!さい、あく…!!」

 

 

 このままでは今の所何も問題はない、バッドエンドを、いや、そもそも物語の途中であろうこのキヴォトスを全くの別物へとリセットされることとなってしまう。私が今まで出会ってきた人々も、先生も、便利屋68のみんなも。

 

 ───絶対に阻止しないといけない。

 

 

「…ん?お前が何故───

「じゃ、まっ!!!」

 

 

 故に向かうは元理事たちがいるであろう艦橋。

 そこにいるであろう彼らを私は説得なりなんなりしてこの船を止めさせなければならない。

 

 …さあ、今の私の装備を確認してみようか。まず牢屋の鍵開け用に使った針金が一つに対神秘用のミサンガ。そして今巡回していたPMC兵を殴り倒して曲がってしまった、そこら辺で拾った鉄パイプと、そしてたった今拾ったPMC兵の持っていたアサルトライフルに軍用ナイフ。

 

 あまりにも心許なすぎる。まずアサルトライフルは反動が強すぎて殴りかかる以外の使い道がないし、ナイフも果物を切るくらいしか使い方を知らない。そもそも私が生身で戦はなければならないというのが無謀すぎるのだ。私はアイムのように自称ではなく、正真正銘の非戦闘員なのだから。

 

 

「せめて、一緒に捕まってたらしい、先生を、連れて来ればよかった…!」

 

 

 後悔してももう遅い。いまさら先生を解放しに戻っている余裕はないのだ。どうせ私の脱走はバレているだろうし戻ったところで私が捕まるだけ。

 

 

 そう考えて、通路を曲がり、ちょっとした広間に出たその時だった。

 

 

「動くな!!!」

 

 

 目に入ったのは、私がちょうど思い出していた先生の、縄に縛られ拘束された姿と、こちらに向けて銃を構える赤髪の少女のその姿。

 

 

 それを見た瞬間、私は手に持っていたアサルトライフルを、撃てもしないくせに一か八かで構え─────地面に落とした。

 

 

 銃声と少女の構えた筒から昇る硝煙。肩に生じる鋭い痛みに、チカチカと白く点滅する視界。

 

 口を猿轡で縛られた先生が何かを叫ぼうとしている。

 

 そこでやっと気づいた。撃たれたのだと。

 

 

「う、あ゛ぁ…!!」

 

 

 痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!

 

 あまりの痛みに立っていられず、地面にうずくまる。今まで何度か、数えられるほどではあるが銃弾をその身に受けたことがあったが、その中でも上位に入るほどの痛み。拳銃なんて比ではない。幸い私の脆弱な神秘が頑張って耐えたのか血は出ていないものの、気絶しなかったのが奇跡のようで、逆に、いっそ気絶してしまえれば楽だったであろうと思ってしまうほどの痛み。

 

 涙を浮かべながらも、なんとか立ちあがろうと力を込めるが、なかなか立てず無様にもがくこととなった。

 おそらく、私が立ち上がることに成功し、再度抵抗を試みようとしたら…彼女は容赦無く次弾を叩き込んでくる。そうなったら私の神秘は今度こそ耐えきれず、弾丸は私の身体を貫くことになるだろう。

 

 怖い。恐ろしくて仕方がない。瞬間的な痛みに体が慣れ始め、徐々に思考ができるようになる程、今度は痛みへの恐怖が身体を支配してゆき、震えがとまらなくなる。

 

 

「…やっぱり、貴方はそうしますよね。」

 

 

 頭上でカチャリと銃を構える音がした。

 

 

「あい、む…!」

「…痛いですよね。怖いですよね。でも、コレはあなたが外に出たから。貴方があのまま牢屋の中にいてくれれば、提案を飲んでくれなくても私が友達として…貴方だけは守ってあげられたのに。」

 

 

 拳銃の真っ黒な銃口が私の額を捉えている。

 

 

「っ…ぁ…」

「……もう一度、提案します。私たち側についてください。そうすれば便利屋68の皆さんと、先生の安全を、そして貴方の自由と安全を保証します。」

「ふぅ…ふぅ……」

「……コモリさん。貴方が、この提案を呑んでくれさえすれば。私は貴方を全力を以て守ることができるんです。貴方が望むなら部屋の外に出なくても過ごしていけるような快適な空間を提供します。お金だって食事だって全て私が負担し作ってあげます。」

「……」

「…外は、怖い。そうでしょう?貴方が一言、『わかった』とさえ言ってくれたら私は貴方のためになんでもしてあげられるんです。」

 

 

 ───だからどうか。

 

 私は、彼女の頼みを聞いて思ってしまった。

 「ああ…いいな。」と。

 

 引き篭もって悠々自適な自堕落ライフ。お金とか生きるのに必要な苦行は全てアイムがやってくれる。完全なヒモ生活。学校に行かなくてもいい。掃除屋を使っての薄暗い仕事をしなくてもいい。

 コレこそ私が望んでいたことじゃないか。頑張ってお金を貯めて、いつか裏社会から抜け出したらこうなりたいとかつて夢見ていた生活そのものだ。

 

 

 ならもう、全部捨て去ってしまっても────

 

 

 

『私の先生と()()に手を出さないで!』

 

 

「───っ、ぁ…」

 

 

『なんでって、それは私が先生だからだよ。』

 

 

 ───…ダメだ。

 

 

「…コモリ、さん?」

「っ!アイム!そいつから離れろ!!」

 

 

 全てを捨てる。それはつまり、私を助けてくれたあの人たちを、先生と便利屋68の皆んなを裏切るってことに他ならない。

 そんなこと、いいはずがない。あっていいはずがない。

 

 ──私は、誰だ?

 

 

 ただの引きこもりのコモリか?

 

 虐められていた弱虫コモリか?

 

 

「…違う、でしょ?」

 

 

 裏社会の死神。ゴミクズどもの掃除人。キヴォトス最強の何でも屋。

 

 受けた仇は百倍にして。そして受けた恩は一万倍にして返す。

 

 私は────

 

 

 

 

「掃除屋だ。」

 

 

 

 

「あ、ぇ…?」

 

 

 

 とすっ

 

 手に握りしめたナイフは驚くほど滑らかに筋繊維を切り裂き深く深く突き刺さった。

 

 

「アイム!!」

 

 

 横目に見えるは赤髪の少女ホムラ。銃は構えている。しかし撃たない。撃てない。優秀な傭兵である彼女だからこそ、ヘイローがいかに重要な役割を果たすかを理解している。そして理由は分からずともヘイローの消えたアイムに被弾することがどのような結末を引き起こすのかも理解している。故に誤射を恐れて引き金を引けない。

 

 

「貴様!」

 

 

 アイムの後ろにいたPMC兵がようやく状況を把握しライフルを構える。その間約1.5秒。懐に潜り込むには十分だ。

 構えられた銃口を手のひらで押し除け、空へ一発。リロードに3秒。十分な隙だ。折れ曲がってもう打撃武器としては使えそうにない鉄パイプの尖った方の先を向け、喉元をキヴォトス人の腕力を持って思いっきり貫く。うまく貫通した。

 

 

「ぐ…ぁ…コモ、リ、さん…」

 

 

 後ろへ一歩後ずさるPMC兵に、ナイフの刺さった肩を抑えながらも此方に向け銃をまっすぐと構えるアイム。

 ───その“引き金の部分”を見てから、私は先ほど強奪したPMC兵のアサルトライフルで横薙ぎに二人を思いっきり力を込めて殴り倒した。

 

 

「っ!」

 

 

 瞬間、銃声が一発。

 ようやくホムラがこちらに向けて発砲した。

 

 ならば盾が必要だ。機能を停止したPMC兵の首を掴み、前に掲げる。途端に襲いくる衝撃。胸の装甲板に命中。

 

 そのまま前進。相手の銃を視認。銃種はMTs255。リボルバー式の散弾銃。弾丸はスラグ弾。装弾数は五発。発砲三発。残り予想残弾二発。

 

 

「…っ!」

 

 

 再度衝撃。胸部装甲に被弾。破損。貫通を考慮し向きを調整。残り4メートル。

 

 

「このっ!」

 

 

 衝撃。頭部に被弾。破損。残り3メートル。

 

 ホムラが引き金を引く。しかし発砲はされず、カチリと撃鉄の音が虚しく鳴るばかり。

 

 

「っ!弾切れ!」

 

 

 チャンスだ。

 もはやただの荷物と化した盾から手を離す。その陰から飛び出し、残りの3メートルを一気に詰める。かかる時間は2秒に満たない。ならば相手が一発でも弾を込める前にこちら側の攻撃範囲内に接近可能。人質として取られる可能性のある先生は、すぐには手の届かないところに避難済み。

 

 私はこのチャンスを逃すわけには行かず、そのまま接近し、リロードの隙を狙って手に持ったアサルトライフルを思いっきり振り上げ───彼女の腰あたりから覗く、黒光りする銃口に気付く。

 

 

 ───拳銃

 

 

「しま─────っ、あ!」

 

 

 銃声。同時に額への衝撃、耐えきれないほどの痛み。

 意識が遠くなる。コレまでの経験上、私は銃種にはよるが、一発の銃撃に耐えられても頭部への衝撃には耐えられない。このまま私は気を失いうことになるだろう。

 

 故に、ゲームオーバー…

 

 

「…で!終わって、たまるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「なっ!?」

 

 

 額に垂れる血を無視しながら、のけぞり返った身体を戻す反動そのままに、ホムラへとアサルトライフルの銃底を叩きつける。

 

 

「っぐあ!?」

 

 

 一発。しかし意識は残り、戦意は消えない。

 

 ならば無くなるまで叩くのみ。

 

 

「っああ!!この!この!この!!!」

 

 

 二発、三発、四発、五発───

 

 

「こ、のっ!!!」

「コモリちゃん!!!」

 

 

 何発目か、私がもう一度振り下ろそうとしたところで後ろから聞き覚えのある声が耳を貫いた。

 

 

「それ以上は、ダメだ。」

 

 

 ふと見下ろした。赤く染まった銃底に、足元まで飛び散った真っ赤なインク。床にできた赤い水たまり。そして─────

 

 

「ぅ…ぐ、ぁ…」

「っ、あ…」

 

 

 私は一歩後ずさった。

 

 

「コモリちゃん…」

「あ、あぁ……」

 

 

 そうて私は視線を彷徨わせ…何か逃げ道がないか探すかのように彷徨った先で、目に入った先生の手を掴み、走り出した。

 

 走って、走って、走って。

 

 

「ま、待ってコモリちゃん!」

「あ」

 

 

 息切れする先生の声に足を止めた。

 

 

「う、あ、ご、ごめんなさ───」

 

 

 膝に手を当てて荒い呼吸を繰り返す先生に心配して、声をかけようと手を伸ばして────気づく。

 

 自分の手が真っ赤に染まり切っていたことに。

 

 

「コモリちゃん…ごめんね?先生、ちょっと、体力ないから───」

「っ!触らないで!!」

 

 

 私は、私の手を取ろうとした先生の手を、払いのけた。





なんかアイムちゃんよりホムラが痛い目にあってる気がするけど誤差よ誤差。あの子達一心同体だから。(生きてます)

情報屋sをぶち込んだ理由がこの回だったりします。


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罪悪と友達

彼シャツハナコではなく水着を着たおじさんがきました。ノーマルおじさんも来てないのに。
そんなに水着を見せたかったのか。私に。好きになるぞ?(熱くて溶けた理性)


 

「っ!触らないで!」

 

 

 ぱしんという音と、叩かれて赤くなった手。

 物静かで気弱な少女は、先生の手を振り払った。

 

 

「こ、コモリちゃん?どうしたの?…先生、何かしちゃったかな?」

「っぁ…ち、違うの…せ、先生は…悪くない…悪くない…先生は、いい人、だから…だから…」

 

 

 ──だから私に触れてはダメ。

 

 手を伸ばした先生から怯えるように後ずさった少女は、自分の手を震えながら抑え、そう言った。

 

 

「それは、どういう…」

「…先生は、さ……銃を、撃ったことある?」

 

 

 ───銃。それは金属でできた、火薬を用いて鉄の弾丸を射出することのできるカラクリであり、キヴォトスにおいては喧嘩や遊びに使われる程度の道具。

 

 

「銃?んー…前一回射撃場で持たせてもらったかな?」

「じゃ、じゃあさ……それを、人に向けたことは?」

「っ…」

「…人に、向けて引き金を引いた事は…?」

「ない、ね…」

 

 

 …だが、彼女の指す“銃”はそれではなかった。

 ヘイローを持たない『人』を殺すための血に濡れた道具。殺人を効率的に行うためを目的に生み出された凶器。それが少女の指す『銃』であった。

 

 

「…じゃあ、さ。人を思いっきり殴った事は…?水の中に、動きが止まるまで相手の顔を沈めた事は?糸で、相手の首を絞めたことは?相手の手を押さえつけて、折った事は?相手が抵抗できなくなるまで銃底で殴りつけた事は?」

「…ないよ。」

「…………人を、ナイフで刺した事は?」

「……」

「そっか。そう、だよね。」

 

 

 よかった。そう笑いながら少女は手に持ったアサルトライフルを撫でる。カイザーPMC製のそれは黒の塗装の上に、さらに真っ赤な絵の具で装飾されている。通常の使い方では生徒に対して怯ませる程度の威力しか出すことのできないそれが、本来とは違った使い方をされた証である。

 

 

「先生は、さ…人を刺した時の感触を知ってる?…し、知るわけないよね?」

 

 

 ヘラヘラと普段見せないような歪な笑顔で笑う少女を先生は黙って見ている。

 

 

「わ、私は、知ってるよ…?…柔らかかった…市販のお肉に、高い包丁を通すみたいに…すうって、気持ちのいいほど、滑らかに滑っていったの…それでね?ナイフから伝わる感触は、柔らかくて、熱が、暖かくて……それで、それでね…?思っちゃった。思っちゃったの……」

 

 

 ───あ、人を傷つけるのってこんなに簡単なんだ、って。

 

 

「へ、へへ…おかしな、話だよね…?私は…今まで散々、人を傷つけて…しかも、そ、その…命、も、奪ってきたのに、自覚してなかったなんて……しかも、自覚して、初めて思ったのが、そんな感想、だなんて…おかしいよね…?」

「…おかしくな──

「おかしいんだよ!!」

 

 

 ヘラヘラと笑っていた少女は一変、口を開いた先生に向け思いっきり怒鳴りつけた。しかし、長い髪の隙間から見える表情は窺いづらいものの、怒りではなく、後悔や罪悪感、“なにか”に対しての嫌悪感。そして怯え、恐怖が窺い知れた。

 

 

「だって…先生、おかしいじゃん…!私は、今までボタンひとつ、指にちょっと、ほんのちょっと力を入れるだけで、たくさんの人の平穏を、生活を、日常を、命を奪ってきたの…!なのに、それなのに!その事実にすら気づけないで、ゲーム感覚で奪っておいて!やっと気づけたら、“これ”だよ!?初めて抱いた感想が、『今までの後悔』でも『罪への懺悔』でも、『今まで奪ってきた人たちへの謝罪の言葉』でもなくて、『こんなに簡単だったんだ。』なんて乾いたものだった!…私は、クズだった!許されちゃいけない、最低最悪のクズ野郎だった!」

 

 

 

 …わかっていた。わかっていたはずなのに。『人殺しはいけない事』『人を傷つけるのはいけない事』。理解はしていた。口では自分は悪人だとのたまえた。でもそれは、真の意味でわかっていなかった。否、目を逸らし、居心地の良い“今”に居座ろうと理解を拒んでいた。

 

 

「…私は、ね?先生。悪人なの。悪役、みんなを傷つけて、それで、正義の味方にやっつけられる、悪役。」

 

 

 ──本当は、あそこで『掃除屋』として物語から退場しなければならなかった。悪役は悪役として正義の味方に倒された時点でその役目は終わっていたんだ。

 

 

「だから、ね?先生…私は、貴方みたいな、主人公のそばにいちゃダメなんだよ?」

 

 

 そう言うと同時に、少女は先生に向けて拳銃を構える。

 

 

「ホムラから、奪った拳銃…痛いかもだけど、我慢して、ね?きっと、主人公の先生は、悪役の邪魔になる。だから、ここで───っ!?」

 

 

 

 

 

 言い終わる、その前に先生は少女を───私を抱きしめた。

 

 

 

「せせせ、先生!?!?」

「そんな事ない!!」

「…せ、先生、話聞いて…」

「コモリちゃんはそんな悪い子じゃない!」

「ぅへ!?」

「コモリちゃんは引きこもりでちょっと臭くて不登校で勝手に私が口にしたエナドリを飲むような子だけど!」

「ふぇ!?臭…ってば、バレて…!?」

「それでも友達思いで他人を思いやれて、いざという時は人を助けるために体を張れる良い子なんだよ。」

「ぁ、あぅ…」

 

 

 こ、この、こいつ…耳元で言うなぁ!

 

 

「それに、悪いことを悪いって思って反省できるなら、コモリちゃんは良い子なんだよ。」

「…でも…私は、友達を、刺した……あの時、アイムは拳銃の引き金に手をかけてなかった。かけてないって…撃たないってわかって…『チャンス』だと思って…私はどうしようもない悪人で、友達失格なんだ…」

 

「なら、謝ろう!」

 

「…あ、謝る…?」

「そう。ごめんなさいって謝ろう。」

「で、でもそんなことで…」

「うん。許されないかもしれない。でも、友達ならそうやって諦めて逃げるんじゃなくて、悪るいことをした、それでもまだ友達でいてほしいって想いを伝えることが大切なんじゃないかな。ほら、“喧嘩”をしたならまず謝らなきゃ。」

「あ……」

 

 

 …そっか。

 

 

「…そう、だね。次あったら…そうするよ。私は…まだ友達でいたいから。」

「きっとあの子も許してくれるよ。」

「……ありがとう。先生。色々と。」

「いいよ。これが私の役目だから。」

「じゃあ、少し先生は待ってて。私はやることが──

「ダメだよ?」

「え?」

 

 

 抱きついた状態から離れ、先生を置いてやるべきことをやりに行こうとしたら先生に手を掴まれて何故か笑顔で凄まれた。

 

 

「はぁ、少しは大人を頼ってくれても良いんじゃないかな?先生そんなに頼りない?」

「い、いや…頼ってる、今だって…」

「なら今からも頼って欲しいな。何をしようとしてるのかは知らないけど私は生徒が危険な目に遭うって知って放って置けないから。」

「う…」

 

 

 …先生は、今シッテムの箱がない、いわばスッポンポンな状態。貧弱とはいえ弾丸の一、二発まではギリ耐えることのできる貧弱ヘイロー持ちの私以上にか弱い存在なんだ。だから比較的安全なここで待っていて欲しいんだけど…

 

 

「ん?」

「…うぅ」

 

 

 これは無理そうだ。

 

 

「…わかった。でも、私の後ろにいて、ね?流石に、私に先生を庇って戦闘する技術はない…そもそも、戦って勝てる保証もない。」

「わかったよ。それで何をする気なの?」

「…移動しながら、話そう。時間がない。」

 

 

 正直こんな突拍子もない話信じられるとは思えないけれど…まあ、先生なら信じてくれなくても手伝ってはくれるだろう。…それに、ワンチャン信じてもらえる私と先生の共通点があるかもしれない。

 

 ──なあ?諸君。

 

 

「…先生は、並行世界って信じる?」

「へ、並行世界?小説とかでなら聞いたことはあるけど。まあ、意味はわかるよ?」

「じゃあ、簡潔に話すと、この船は並行世界の私が作った船で、その建造目的は世界の白紙化。そしてこの船の主制御AIはおそらく今なおその役目を果たそうと動いてる。」

「待って待って待って????え、ちょ、どう言うこと?並行世界のコモリちゃん?」

 

 

 …まあ普通はそんな反応を示すだろうね。先生が『普通』だった場合の話だけど。

 

 

「……『ドクター?まだ休んじゃダメですよ?』」

「ひぇ!?!?…って、え?」

「んー…他は、なんだろう…指揮官?提督?マスター?ナナシビト?」

「待って待って待って!?なんでコモリちゃんがそれを知ってるの!?」

 

「…私は、キヴォトスの外を検知する技術をもってる…私たちの今の会話を、記録を覗き見している人がいることも知ってるし、先生が別世界でいろんなハーレム作ってることも……でも、別に先生が何者かを問う事はしない、し…別になんでも良い。先生は先生……だから隠さなくて良い。」

 

「な、なんか誤解があるようだから言っておくけどハーレムなんて作ってないからね!?」

「ふーん…?」

「…でも、まあ、なんとなくわかった。別の世界のコモリちゃんが作った戦艦がどうやってかこの世界にやってきて、元の世界でやろうとしてたことをこの世界でやろうとしてるってことで良い?」

「ん…流石。飲み込みが早い。」

 

 

 さーすがドクター。なんてね。先生が諸君と同じような“プレイヤー”なのか、ただ単に外のことを知るだけの私のような存在なのか、はたまた別の存在なのかは知らないけど、まあ話が通じてよかった。

 

 

「しかし…白紙化って…なんて事しようとしてたの…」

「なんか世界が滅んでたらしいよ。」

「何がおこったの!?」

「それは知らな───…まって。巡回の、PMC兵。」

 

 

 先生の口を押さえ、押さえ…自分の手が小さい!とりあえずなんとか押さえながら角から少し顔を出して呑気にタバコを吹かしている巡回のPMC兵を観察する。武器は手持ちの物と同種のアサルトライフル。彼らの機械のスッポンポンの体一つという装備の問題でホムラのような隠し武装もないことがわかる。

 …だが、地形や数が厄介だ。盾になるようなものも無い簡素な廊下。そこに3人のPMC兵。やはり艦橋が近くなってきたからか警備が固い。

 

 

「…どうする…?一人をやって、盾に…いや、でも挟み撃ちにされたら、詰み……先生に援護射撃…?無理…先生が狙われたらダメ…」

 

 

 考えれば考えるほど頭を抱えたくなる。ならば迂回は、と思ったがそれも無理だ。事前に頭に叩き込んでいた艦内図を思い返すがここ以外に艦橋へとつながる通路は大きく遠回りした先にある1つしかない。おそらくそこも警備があるだろうし、まず時間のロスが多すぎる。

 

 

「…となると、被弾覚悟のバンザイ突撃…」

「コモリちゃんコモリちゃん、」

「ん…なに?」

「これってさ、使えないかな。」

 

 

 そう言って先生が指差した先にあるのは…

 

 

「…!」

 

 

 横たわったロボットの残骸だ。

 残骸、ガラクタ。だがアイムとこの船に初めて入った時に見つけたものと同種のもので…

 

 

「やっぱり、そうだ!損傷はあるけど、休眠状態なだけ…まだ生きている!」

 

 

 おそらく船の主制御AIが墜落時に停止命令を出したんだろう。休眠状態に入っているがアイムの時と同じように何かしらの衝撃を加えればすぐにでも目覚めて侵入者を排除しに動き出す。

 つまりそれは活動が可能なほどシステムが生きていると言うわけで…しかもその製作者は別世界の私なわけで…

 

 

「工作の、時間だ…!」

「おー!」

 

 

 希望が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだこいつ!くそ!早───ぐわっ!?」

 

 

 拳をPMC兵の顔面にめり込ませ一発KO。流石あっちの私。性能は十分過ぎるほど。搭載されていた戦闘AIは近接戦でアイムに負けるほどだったけど、それも私の手にかかれば…この通り!!

 

 

「…あっという間だったね。流石。」

「ふふん…掃除屋にかかれば、こんなもの…!」

 

 

 私たちが行ったのは簡単な修理と、オートマタのラジコン化。即席の掃除屋の完成というわけだ。だが、有り合わせのもので作った影響かその操作性と耐久はベネディクトゥスシステム抜きの掃除屋や散し屋どころか、列車戦でアル様達にぶつけた傀儡兵以下。

 

 でもー?そこに私の操作が加わればあっという間に豹変。PMCの一般兵なんて何人集まろうが敵じゃ無い。私は掃除屋ぞ?

 

 

「ふっふっふ…私たちを、倒したかったら…ゴリアテくらい、もってこいって、こと…!」

「あ、コモリちゃん、そんなこと言うと…」

 

 

「うわあああああああ!!!」

 

 

「っ!?…もう、増援…でも何人集まっても……え?」

 

 

 廊下の向こうからかけてくる5人ほどのPMC兵。先ほどの約二倍程度の戦力。だが人形を手に入れた今の私には関係がない…そう思って戦闘体制をとったに関わらず、彼らは私たちが見えていないかのように、真横を通り抜けていった。

 

 

「…なんだった、の?」

「何かから逃げてるように見えたけど…」

 

 

 ────ミシリ。

 

 

 私たちが呆気に取られ、去っていくPMC兵たちのケツに視線を取られていたちょうどその時。なにかが壊れそうな、嫌な音がして────

 

 

「───へぁ?」

 

 

 

 廊下の壁が吹き飛んだ。

 

 

 

 ………私の新生掃除屋ごとである。

 

 

「掃除屋まーくつー!?!?!?!?」

「って、ちょ!?コモリちゃん!あれ!!」

 

 

 廊下に広がる土煙。その中から、しかも随分と上の位置で光る真っ赤な星。そして巨大な影…

 

 

『シシシシs、侵入、者、確kkkkkにnnnnn。めめめ、命令に、従い、抹殺開始ししししsシィィィィィィィィィィ!!!!!』

 

「ゴ、ゴリアテ!?!?!?」

 

 

 禍は口より出て病は口より入る。

 いつだって、最悪の事態は、人の言葉(フラグ)によって引き起こされるのである。

 

 

「無理無理無理かたつむり!!!あんなの、無理!掃除屋も、ないのに!勝てる相手じゃ、無い!!」

「に、逃げよう今すぐに!」

「そうしよ───伏せて!!」

 

 

 先生の頭を押さえそのまま一緒に床につっぷす。

 瞬間頭上で鳴る風切り音に、先ほどまで私たちがいたところを通り抜けていくミサイル。そして…

 

 

「あ…逃げ道…」

 

 

 …それが当たって崩れ落ちる廊下の入り口。

 

 

「ふざっけんな!自分たちの船を自分で壊してんじゃねぇよ!テメェの作成者も草葉の陰で泣いてんぞ!!!」

「口悪!?」

『シシシシs、侵入者、ハイジョオオオオ!!!!!』

 

 

 どうするどうするどうする!?逃げ道は潰された!抵抗する手段も相手の登場演出でついでみたいに潰された!囮にできそうなやつは全部逃げた!ここにいるのは私たちだけ!相手の隙を狙って残った逃げ道である『前』に逃げるか!?無理!私も先生もそんな運動神経ない!ゴリアテに潰されて終わり!なら、なら…な、ら………

 

 

「無理!!!」

「コモリちゃん!?」

 

 

 詰みだ詰み!先生と一緒に仲良く潰されて死ぬんだ!そしてキヴォトスはリセットされてみんな問答無用であの世行き!やったねコモリちゃん!死後の世界!みんなで行けば怖くない!怖いわ!

 

 

『ダダダ、弾道、修正!狙い、侵入者2名!』

「うわああああ!!先生ぇぇぇ!!なんとかしてぇぇぇぇ!!??」

「っ!こ、こうなったら…!くらえ!アロナビーーーーーム!!!!(いないけど!)」

 

 

 

  先生がそう叫びながら指を銃の形にして頭部の大砲を構えたゴリアテに向けた────────その瞬間だった。

 

 

 

「…え?」

 

 

 

 爆炎に包まれるゴリアテの頭部と、その衝撃で吹き飛ばされる大砲。

 

 

 

『ジ、ジジ…活動、継続…不可……システム、停止、します…』

 

 

 私たちの目の前に立ち塞がっていた巨体は赤い光を失い、崩れ落ちた。

 

 

「へ、え?先生…?」

「え、あ、わ、私が…?」

 

 

 

 

「先生!コモリ!」

 

 

 その時、ゴリアテがぶち破った壁の穴の向こうから聞こえてきた聞こえるはずのない人の声。

 

 

「…あ、アル様…?」

「大丈夫!?間に合ったわよね!?怪我はない!?」

 

 

 スナイパーライフル片手に心配という感情を顔に浮かべながら走ってくる赤い女神様。

 

 

 

「あ、アル様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「うぇ!?」

 

 

 

 我らが救世主、アル様の登場に私はたまらず抱きついたのだった。




「本当にビームが出たのかと思ったのに…」しゅん…


この章で最終章にするつもりなので何とか走り切りたい。
なのであとちょっとだけ付き合ってくださいな。


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対空戦

結局水着ハナコは出ませんでした。
いいもんね。私はおじさん出たから。(マウント)


 

「ね、ねえムツキ?私たち道間違えたのかしら?」

 

 

 昨日までは残っていた雪に包まれた美しき廃都市は、突風か何かによって吹き飛ばされたのかみるも無惨な姿に生まれ変わり、一際目立っていた時計塔らしき建物は何かにぶつかったのか、半ばから折れていた。

 

 そんな光景を不審に思いながらアルたち一行がたどり着いたのは目的地であるはずの、『飛行戦艦』が停泊していたはずの場所。

 

 

 しかしそこにあるのは───

 

 

 

「何もないじゃない!?!?!?」

 

 

 

 ───いやそもそも何もなかった。

 

 あえて上げるのなら、太陽光に照らされ鬱陶しいくらいに輝く雪原と、不自然に“何かが埋まってましたよ”とでも言いたげな地面の凹みと巻き上げられたような土の山。

 たったそれだけ。されどそれだけの情報が彼女に認めたくない現実を叩きつけようとしていた。

 

 

「置いていかれたみたいだね〜」

「な、なんですってぇ〜!?!?」

 

 

 あまりに容赦なく叩きつけられた。

 

 彼女は白目を剥き、叫ぶ。もはやどこぞの観測者諸君や仲間たちにとってはお家芸のようなものではあるが、本人は至って真面目なのである。真面目に困っているのである。かわいそうに。

 

 

「…飛行船の残骸にいると言っていた休眠中のPMC兵が全員不在の時点で、なんとなくこうなる予感はしていましたけどね。」

「なら早く言いなさいよ!?」

「いつ言ったって結果は同じでしょう。」

「ごご、ごめんなさいアル様ぁ!私の足が遅いせいで…今償います!!」

「ちょ、ハルカは弾を無駄にしない!」

 

 

 ストッパー不在の場は混乱を極めていく。たとえアルが、ムツキに常識があったとしてもそれは止まらない。後者はこの状況を好み進んで加速させるだろうし、前者はそもそも混乱している側だ。

 さて、そんな彼女たちを普段止めている極めて常識的なストッパーであるカヨコといえば、先ほど何かが動いていると言って走り去ったばかりで────

 

 

「…社長、ごめん。なんか落ちてた。」

「んー!んー!!」

 

「なんで公安局長が捨てられてるのよ!?!?」

 

 

 さらに混乱を加速させる材料を持ってきたところだった。

 彼女が引きずってきたのは縄で何重にも簀巻きにされ、口枷までつけられた犬耳の金髪長身美少女──という肩書きが台無しな状態のカンナさんであった。どうやら動けないらしくビッタンビッタンと陸に打ち上げられた魚のように跳ねている。

 

 

 

「と、とりあえず縄を解いてあげましょ?」

「ぐ、ぷはっ!すまない。助かった。」

「そ、それで?一体ここで何があったの?」

 

 

 

「っ…すまない。全ては私の責任だ。」

 

 

 本来犯罪者であるはずの便利屋68が社長、陸八魔アルに頭を下げた公安局長カンナはここで起こったことを説明する。

 まず、コモリたちが船の制御権の確保に成功したこと。そして欲に目が眩んだのか元理事率いるPMCたちが自分たちに銃を突きつけ拘束したこと。その後自分は船から放り出されたが、先生と新戸コモリはおそらく拘束されたまま連れていかれたのだろうということ。

 

 

「奴らの企みに気づくことができなかった。私が戦うことのできないお二人をお守りするべきだったというのに…!私の責任だ。」

 

「あ、頭を上げて?急な不意打ちじゃ仕方な───

 

 

「それは許せないよねー」

 

「ムツキ?」

 

 

 状況が飲み込めないのか慌てた様子のアルの言葉を遮ってムツキが口を開く。口調こそは普段通り。しかしその声色には隠しきれない怒りが滲み出ていた。

 

 

「私たちに嘘の情報を掴ませて自分たちだけ脱出した上に?私たちの大切な仲間のコモリちゃんに?たーいせつな先生まで奪って、無事に逃げられるとでも思っているのかな?」

 

 

 表情も変わらず笑顔のまま。しかしそれがかえって恐ろしい。

 

 

「これはもう、ぶっ殺すしかないよね!!」

 

「…そうだね。流石に、度が超えている。」

「は、はい!アル様に喧嘩を売ったやつはみんな撃ち殺します…!」

 

 

 初めに声をあげたムツキに続いて、次々と怒りを露わにするメンバーたち。それをアルは少し戸惑うように見回し、そして───

 

 

「そうね!私たち便利屋68に喧嘩を売った意味を理解させてあげましょう!」

 

 

 結局そっち側についた。

 とはいえ、突然のことに戸惑っていただけで彼女自身も大切な社員と経営顧問を奪われて黙っておくほどのお人好しでもない。故にこうなるのは遅かれ早かれの問題ではあるのだが。

 

 元理事たちへ宣戦布告をかますアルたち。さあ報復だ。そう意気揚々と一歩踏み出したところで重要な問題に気づく。

 

 

「ってどうやって追いつくのよ!?」

 

 

 移動手段がないのである。

 

 撃つことのできる、または殴ることのできる範囲内にまで近づかなければどっちにしろ報復することはできない。そもそも飛行戦艦が奪われた以上キヴォトスに戻ることすらできないかもしれない。

 

 さあどうしよう。万事休す。凍死を待つだけ───そう思われたその時である。

 

 

「くっくっく…念には念を。こうなった時の可能性を考えて手は打ってあります。」

「なんですって黒服!?」

 

 

 悪役気に笑う黒服が指を刺したのは船があった場所より少し離れたところに突き出ている小さな岩石。

 

 

「実は出発する前にこのようなものを発見していたのです…」

 

 

 黒服に連れられその裏に回った彼女たちが見たものは…

 

 

「…飛行機、で合ってるのかしら…?」

 

 

 疑問系。

 アルがそれを見て初めに呟いた言葉がそうだったわけは、ソレの外見にあった。

 

 弾痕のある装甲に爆発かなんかで吹き飛んだ壁。おもいっきし割れたガラスにひん曲がった機関銃の銃身。

 まさにそれは小型輸送機の、“残骸”であった。

 

 

「しかも中になんか変なタコみたいなロボットの残骸もあるし…動くの、これ?」

「大丈夫です。エンジンが動くことは保証します。何せ無名の司祭の遺物……ただ…」

「ただ?」

「飛ぶかどうかは保証しかねます。」

「ダメじゃないそれ…」

 

 

 見上げればそこには翼に開いた大きな弾痕が。

 

 

「とはいえこれ以外に追いつく方法がないのもまた事実。どなたか飛行機が操縦できる方はいますか?」

「貴方できないの!?」

「私は無理かな〜やってみたいけどね〜。」

「…車なら行けるけど…」

「やったことはありませんがアル様のためなら…!」

 

 

「あー…あの、私ならできるかもしれません。」

 

 

 散々な有様な皆の姿を見て小さく手を上げたものが一人。瞬間、その場にいる全員の視線がその人物に殺到した。

 

 

「操縦者確保。よろしくお願いしますね?カンナさん。」

「え、本気でこの船を飛ばす気か?」

 

「よし!みんなパパッと修理してあいつらに追いつくわよ!」

 

「本気で!?」

 

 

 こうして彼女たちはガラクタ同然の飛行機を飛ばすことになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────なったのだった、が。

 

 

 

「ちょ、ちょっと!?右右右右!!」

「ダメダメ右もダメです!」

「は、羽がミシミシ言ってます!」

 

「だぁ〜!!もううるさい!少し黙っててくれませんかねぇみなさん!」

 

 

 一方的に飛び交うは銃の玉なんかとは比べ物にならないサイズの艦砲。各自が所持しているアサルトライフルなどでは頑強な戦艦の装甲を貫けるはずもなく、かと言ってこちらに搭載されていた機関砲は銃身がひん曲がって使い物にならない。

 

 彼女たちが駆る飛行機は6人分の命を乗せ、ついに元理事たちが乗る飛行戦艦にたどり着くことができた。

 しかし当然そのような不審物を目撃した彼らが迎撃という選択肢を取るのは必然であり、彼女たちは弾幕の雨霰にさらされていた。

 

 

「…まずいですね。羽もですが、エンジンが予想外の負荷に耐えられません。爆発します。」

「動くって言ったじゃない!?」

「動くとは言いましたが耐えられるとは言ってません。」

「無能!!!!」

 

 

 カンナの巧みな操縦技術のおかげでなんとか未だ空を駆ることができているもののすでに搭乗部に一発、尾翼に一発。計二発の被弾をもらっている。アルたちに修理されるまでは雨風にさらされボロボロになった廃船同然の姿であったこの船にはあまりにも重すぎる負担。

 それはついに形となって現れる。

 

 

「っ!?なんかバキって言った!?」

「…まずいね、尾翼が吹き飛んだ。」

 

 

 そして不幸は立て続けに起こる。

 

 

「まずい!みなさん伏せてください!被弾します!」

 

 

 船の損傷を考慮した回避運動しかできない故の、どう足掻いたって避けられない被弾。それがついに、当たってはならない場所で起こってしまった。

 

 

「…左エンジン停止!これ以上の飛行は無理だ!」

「なんですってぇ!?」

 

 

 左のエンジンが機能を停止した──と、いうよりもその存在が羽ごと艦砲によって消し飛ばされた。バランスを失ったこの船での飛行はこれ以上は不可能であり、たまに当たるのも時間の問題だ。

 

 

「どうする陸八魔アル!」

「え、な、なんで私!?」

「貴様が現状のリーダーだからだ!そうだろう黒服!」

「ええ!今この状況を乗り越えられるのは貴方しかいません!あの掃除屋も言っていましたよ!貴方ならどんな状況でもなんとかしてくれると!」

「頑張ってアルちゃん!私たちの命も先生たちの運命もアルちゃんにかかってるよ!」

「く…!お願い社長!頑張って…!」

「大丈夫ですアル様!きっとうまく行きます!!」

 

 

 ──期待が重い!!!

 

 そう叫びたい思いを心のうちに隠し、彼女は操縦席を掴んで立ち上がる。私は社長、みんなを率いるリーダーなのだ。真のアウトローを目指すのならばこのくらいの苦行跳ね除けて見せねばならない。

 期待に応えるため、彼女は決断した。

 

 

「船に突っ込みなさい!!」

 

「本気か!?この弾幕のなかだぞ!?」

「ええ!本気よ!私が信じなさい!この状況を打破するには、この手しかない!」

「…っ!これで死んだら恨みますよ!」

 

 

 カンナが思いっきり舵を左に切り、残った右エンジンも全力で稼働させ火を吹かす。船は迫り来る砲弾の雨を潜り抜け、数発被弾しながらも耐え抜き、そして────

 

 

「突艦!!!」

 

 

 飛行戦艦の後方、エンジンや艦橋の付近に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまあ、こんなことがあったのよ!」

「お、おおー!!!」

 

 

 胸を張るアル様。それを私はキラキラと見つめる。

 ああ、さすがはアル様だ。普段はポンコツでもやる時はしっかりやられる天才的なお方。生粋の生まれ持ってのアウトロー!やることなすこと全てが派手で、その全てが見事物事の解決に直結している!

 

 

「さすが…アル様…!」

「ふふふ…まあ?それほどでもないけどね!」

 

「…まあ、あの後廊下で躓いた衝撃で起こしちゃったロボットがゴリアテだったなんてのはびっくりしたけど…」

 

「…やっぱ今の言葉、撤回します。」

「なんでよ!?」

 

 

 やっぱアレ起こしたの貴方か!!!

 

 

 




飛行戦艦内 某所

「っ…はぁ、はぁ…無事か?アイム。それは抜くなよ。血が出てしまう。」
「……ええ。なんとか。」


 薄暗位廊下の中、全身に打撲痕を負った少女の問いに肩にナイフが突き刺さった少女がどこか遠くを呆然と見つめながら応える。


「…大丈夫か?」
「大丈夫、ですよ。…私以上に手痛くやられたあなたに言われては世話ないですね。」
「…無理するな。お前とあいつの関係は知っていた。知った上で、元理事に従おうと言ったのは俺だ。」
「…」
「すまなか──
「ホムラ」


 一歩の少女の言葉を遮った彼女の表情は、悲しみでも怒りでもなく、なぜか明るかった。


「私は、なぜあの人に追いつけないのか…その理由が少し、わかった気がします。」
「…理由?」
「ええ…彼女は、生粋の“掃除屋”だ。環境がそうさせたのではなく、生まれた時からそうだったんだ。その証拠に、貴方は見ましたか?あの顔を。」
「顔?」
「ええ!無表情だった!私のように、嫉妬心からくる喜びを感じたり、築いた関係を破壊することへの罪悪感も感じさせない、完全な無!ああ、本当に、素晴らしい…!まさに、ただのなんの変哲もない日常のように、朝起きてご飯を食べる、それだけの動作のように!アレこそが、私たちの目指した真のアウトロー!!!なんて運のいいことか…それを直近で見ることができるなんて…!」
「……」




「………でも、“友達”としては、あんな顔させたくありませんでしたね。」
「…!アイム、お前…」
「ふふ、心がふたつある〜、ですかね?……わかっていますよ。こんな甘い考えを持ってしまう以上、私がアレになれないというのは。」


 自嘲的に笑う少女。それをもう一人の少女は意外そうに眺め、そして───


「っ!ホムラ!」
「え?」


 アイムはホムラを突き飛ばした。

 押された勢いのまま少女が見たのはアイムの後ろに立つ、古びたロボットとその手に握られた黒光りする銃火器。
 そして次の瞬間には撃ち抜かれた相棒の姿だった。


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艦橋

前話のコメ欄。みんなのガチャ結果の暴力によってボコボコにされた件。
あとなんかTwitterで性癖呟いたらプチバズした件。
やっぱみんな統括Pのことが好きなんですよねって。


 

 艦橋。

 

 それは艦船において将校や高級船員が配置される区画であり、船全体の指揮や操縦を行う場所である。

 

 

「それで?これからどうするのかしら。船がキヴォトスに着くまで潜伏?」

「かくかくしかじか」

「船を止めないと世界がやばい、ですってぇ!?」

「説明、感謝…」

 

 

 つまりその場所を攻めることこそ、エンジンを物理的に破壊しにいくことを除けば船を停止させるには最良の選択であり、占領することさえできて仕舞えば制御権を奪取することだってできる。エンジンを船の心臓とするならばそこは船の脳みそと呼ばれるべき区画なのだ。

 

 

「ふ〜ん?とりあえず元理事をぶっ殺して船も止めればいいんだね?」

「…物騒だけど…そう。船の停止が、目的。」

 

 

 そしてそれは当然この飛行戦艦にも存在し、PMC元理事が待ち受けているであろう私たちの最終目標地点。

 

 

「あ、見えてきたよ。」

「ですね。みなさん戦闘準備!ドアを蹴破ります!」

 

 

 そこを取り返し、船の制御権を奪うことが私たちの目標である。

 

 そのはずだった。

 

 

「動くな!抵抗は無駄だと、し…れ……え?」

 

 

 扉を蹴破ると同時に銃を構えたカンナさんが見たその光景は───

 

 

 

「亀甲縛りだ、これ…!!」

 

 

「ムグーーーー!!」

 

 

 ──機械的な触手に体を拘束される元理事とPMCの面々であった。

 

 

「…ふっ、これがAIの反乱、ってね…」

『──アクセス権限、確認できず。侵入者。対応プログラムを開始します。』

「っ!変な光景だけど、油断しないで!」

 

 

 そしてその中央に天井から吊るされるようにして浮かぶ、触手の主人であろう球状のロボット。飛行戦艦の管理AIはその姿を表して赤くモノアイを光らせ私たちに敵対行動を取ろうとしていた。

 

 

「個体名、新戸コモリ…アクセス確認再要請…!戦闘体制を解除し、船の制御権を譲渡せよ…!」

『確認、失敗。個体名新戸コモリにアクセス権は許可されていません。』

「…!?そんなはず…まさか、」

『履歴確認。1時間32分前に変更あり。新戸コモリのアクセス権は削除されています。」

 

 

 くそっ!やっぱりか。元理事、狡い真似をする。その末路がこれじゃ世話ないがな。

 私は歯噛みをする思いで制御AIを睨みつけるがそれは無機質な赤い眼光を向けるばかりで変わらない。どうやら戦闘は避けられないらしい。

 

 

「ごめん、みんな…!機械は壊さない程度に、おねがい…!」

「了解よ!コモリは下がって、私たち便利屋68の先輩たちの活躍を目に焼き付けなさい!!」

『排除、開始。』

「わわ!?もう撃ってきた!」

「せせせ、先生!指揮をお願いするわ!!」

「りょーかい!」

 

 

 そこからは先生の指揮による戦闘が開始された。

 ハルカさんと睦月さんが前線を張り、攻撃範囲のでかい爆弾や散弾を機械が壊れないように使って先生の指揮のもと敵を撹乱し、すり抜けてきた敵をカンナさんとカヨコさんが撃ち落とす。それを幾度か繰り返し、こちらを貫かんとする触手共をあらかた処理したところでアル社長のトドメの一撃があからさまに弱点ですと主張している制御AIの赤い目玉部分にクリーンヒット。

 蠢いていた触手共は動きを止め、天井から吊るされていた制御AIの本体は地に落ちた。

 

 圧倒的、圧倒的で完璧な制圧だった。

 

 

 そんな光景を私と黒服は二人部屋の隅で仲良く体育座りで鑑賞していたのであった。

 

 

「…私たち、あんなの、を、昔敵に回したんだね…」

「…お互いよく生き残れましたね。」

 

 

 多分あれでも最後の砦である艦橋を守るためにあっちの私が作ったそれなりに強力なロボットだったんだろうけどなー…

 というか先生あの端末なしなのにその指揮能力はなんだ。タブレットがないとゲームでいうところの”スキル“が使えないのかそういうのは使ってなかったけど……てかその状態で倒されるなよあっちの私のロボット。

 

 

「終わったよコモリちゃん。」

「ん…ありがとう。完璧な、仕事…」

「当たり前よ!何たって私たちにできない仕事はないのですもの!」

 

 

 さて、と。私は壊れた触手の残骸と共に倒れていた元理事のハゲ頭(機械なのでハゲているかは不明)をぶっ叩き、起こす。

 

 

「ぐぅ…貴様らに助けられるなど…ぐえ!?」

「…貴方が、なんで私たちを裏切ったのかは、見当がつくからいい……でも、ここで何があったかは、わからない。話せ。」

「誰が貴様なんかに…ぐへ!?」

「友達の相棒を殴り殺しそうになった私の血に濡れた拳…あなたは何発耐えれるのかな…?」

「わ、わかった!話す!話すからやめろ!」

 

 

 

 三発目を振り下ろそうとした私に向かって元理事が慌てて語ったのは船の制御AIが突然自分たちの命令を無視するようになりカイザー本社からキヴォトスのサンクトゥムタワーへ進路を強制変更。その直後あのタコの化け物が現れ自分達を拘束したとのこと。どうやらアル様たちを迎撃したのもこの船の防衛システムらしくなにも知らないらしい。

 

 

「だから、俺たちは()()()していない!だからやめろ!」

「何も、じゃないでしょ…ふん!」

「そういうことじゃ…ぐへ!?」

 

 

 裏切ってんだから何もじゃないだろーがよぉ?

 

 

「…あと、私たちの持ち物…どこ?牢屋も探したけど、なかった。」

「こ、ここだ!万が一に備えて俺が持ってたんだ!」

「そう…じゃあ…」

「返す!返すから殴らないでく…うぎゃ!?」

 

 

 ふざけたことを抜かす元理事の顔面に最後の一発をぶち込み、彼の手から一丁の拳銃と一枚のタブレットを受け取る。拳銃の名前は『アンジェロ』。掃除屋が使っているアサルトライフルSIG MCX『カドゥート』とは違う私自身の相棒である。正式名称はH&K usp。

 

 …なに?厨二病?違う違う。この世界じゃ銃に名前をつけたりデコったりするのは普通なんだと。私は今まで友達がいなかったし無駄に金をかけたくなくてデコらなかったり名前をつけることすら知らなかったが……あとかっこいいじゃん?

 

 

「はぁ…まあ、いい。とりあえず、まずは船を止めない、と。」

 

 

 私は元理事から取り返したタブレットを先生に渡し、少々銃痕が残る艦長席であろう場所に座って端末を開く。

 

 

「…やっぱり、こっちも制御権は剥奪されてる…」

「どう?」

「先生…んー…頑張れば、いけるかも…私の作ったシステムだ…突破するのも…容易…」

 

 

 ──ビー不正なアクセスを感知。

 

 

「……」

 

 

 ──ビー不正なアクセスを感知。

 

 

「……」

 

 

 ──ビー不正なアクセスを感知。

 

 

「このクソが!!」

「コモリちゃん!?」

 

 

 なんだこのクソみたいなセキュリティシステムは!!!どんだけあっちの私はこのセキュリティに私の知らない技術を詰め込んだんだ!!いい加減にしろ!!

 

 

『ビビ…警告。当機は優秀。安易なハッキングは非推奨。防衛システムもマスターにきちんとした修理を受け、正常な状態であったのならあなた方の殲滅も容易であったと報告。故にアクセスしたいのなら正規の手順を踏むことを推奨。』

 

 

 そう機械が言葉を発したと同時に画面がパスワードの入力画面へと強制的に切り替えられた。

 くそが、この機械、機械のくせに負け惜しみしてやがる。

 

 

「顔認証がダメなら、パスワード……iPhoneかっての…」

「パスワードはわかるの?」

「いいえ…アル様の誕生日…はないですね…あっちの私はむしろアル様を敵視したままでした……」

「ええ!?!?」

「先生の誕生日…も、ないな。あまり接点もなかったようだし……とういうか、そもそも”英数字“入力だから、数字だけじゃダメ…」

 

 

 何かないかと頭をひらねせる。よくあるような意味のない数字と英語の混ざった強強パスワードじゃないはず。私は私。ああいうパスワードは覚えられないのだ。だからパスワードは多分あっちの私なら忘れもしないような単語なのだろう。キヴォトス?ブルーアーカイブ?掃除屋?神秘?色々考えてみるがピンとくるものはない。

 

 

「…こういう時に、記憶が流れ込んでくれれば───

 

 

 その時だった。

 

 

「──っが!?」

「コモリ!?」

「コモリちゃん!?」

 

 

 突然頭に響く頭痛。頭の割れそうなほどの痛みと共に流れ込んでくる私の知らない光景。実に、実にタイミングがいい。だが、くるのなら事前に教えて欲しかった!

 

 

「パス、ワード…!重要な単語、は…!」

「コモリちゃん鼻血が!」

 

 

 探せ。記憶の濁流の中から私の欲しい情報を抜き出せ。初めてタバコを吸った記憶?違う。遠目に先生と目が合ったと同時にいつの間にか追加されていた先生のモモトークの連絡先に恐怖を覚えた記憶?違う。先生が風紀委員会の褐色娘の足を舐めていた記憶?違う、こっちでもやってた。情報屋だってイキってたアイムたちをボコってうちの社畜にした記憶?違う、てか何、あいつ何故か私の足舐めてるんだけど!?

 雑音のように混ざっている不要すぎる情報群を掻き分け、重要そうなものを探す。

 

 そして、暗い深海に差し込む一筋の光の如く。

 私は見つけた。

 

 

『本気でやるつもりですか?』

『…危険すぎる。』

 

 

 赤く染まった天井。それを見上げながら、二人の少女の少し後ろに立ち、一緒にその先にいる一人の小さな少女を見つめる視線の主。

 

 

『成功率3%。危険な賭けです。本当に実行しますか?』

 

 

 視線の主もまた、問いかける。

 3人の問いかけ。それに対する少女は、笑っていた。

 顔は靄がかかって見えないものの、確かに笑っていた。

 

 

『ああそうだ。危険すぎる?成功率3%?そんなものは関係ない。危険ならばそれに見合ったリターンがあるということ。成功率がいくら少なかろうと存在するのならそれは成し得るということ。』

 

 

 楽しそうに笑う少女はこう言い切った。

 

 

『ならば私はやるべきことをやり切るのみだ。』

 

 

 そして両手を広げ、まるで無邪気な子供が夢を語るが如くこういうのだ。

 

 

『神秘も恐怖も、邪魔なもの全てを掃除した向こうにそれはある!』

 

 

 ───さあ行こう!

 

 

 

「────…シャンバラへ…」

 

 

 ───これだ。

 

 

「見つけた!」

 

 

 心配して覗き込んできたいたみんなを無視して私は再び端末に向き直り、キーボードに指を滑らせる。

 

 打ち込むは理想郷の名。

 

 あちらの私が目指して届かなかった理想郷の名。

 その言葉が意味する幸福は維持されず、理想郷を目指した王は破壊神に打ち滅ぼされ、その願いは叶わなかった。だが、その願いが存在した事実は変わらず、その方法も手段もその意思も、確かにそこに存在した。

 

 それこそがこの方舟、マステマなのだから。

 

 

 ─── Shambalah

 

 

『アクセス権限取得、成功』

 

 

 …船を動かすのなら、ちゃんと目的地を入力しないとな。

 

 

「せい、こう…!」

 

「お、おお!やったじゃない!!」

「…お疲れ様。コモリちゃん。」

「ふぅ…ありがとう…」

「それで?これでこの船は止められるようになったのよね?」

「…そう、ですね…うん。ちゃんと停止まで命令できるようになってる。」

「じゃあ早速しましょ。もうキヴォトスまで近いみたいだしギリギリだったわね!」

 

 

 端末の横に表示された地図を見ながらそういうアル様。確かにギリギリだった。あとちょっとで手遅れになっていたと思うとヒヤヒヤするな。

 

 

「…よし。じゃあ、停止ボタンを───

 

 

 ボタンを押せば船は運行を停止して自動的に着陸地点を探して停止する。この辺りは高低差も少ない雪原で停泊場所はどこにでもある。

 

 だから、私の指があと数センチ下りれば、この船は動きを止める。そのはずだった。

 

 

 

 ───ドカンッ!!!

 

 

 

「はぇ!?」

 

 

 戦隊を大きく揺らすほどの爆発音。

途端に赤く警告音を出しはじめる画面の数々が事態の緊急さを物語っていた。

 

 

「なになになに!?何が起こってるの!?」

「っ!アル様、みんなは、どこかに捕まって…!」

 

 

 机にしがみつきながら赤い緊急メッセージを発する画面を覗き込む。攻撃か!?そう頭によぎった考えは、画面を目にした瞬間吹き飛んだ。

 

 

『左エンジン及び左翼、艦橋下層部に損傷発生。左エンジン機能停止。高度維持不可。原因は何かしらの爆発物によるものだと推測。』

 

 

 

 ─── とまあ、こんなことがあったのよ!

 

 ドヤ顔で胸を張るアル様。この人はあの時なんと言っていた?飛行戦艦に乗ってきたオンボロ飛行装置を突艦させて乗り込んできた?それも()()()()()()()()()に????

 

 

「どうなってるの!?」

 

 

 この人のせいじゃねーーーか!!!!

 

 

「…アル様。左エンジン付近にて、何かしらの爆発が、起きた。それによってエンジン損傷。機能停止…船の高度が現在進行形で下がってる。」

「あ……へ、へーーー?大変ねー」

 

 

 目を逸らすな目を。無駄だぞ?みんなもうわかってるのか縛られていた元理事以外みーんなあんたを見つめてる。

 

 

「そ、それよりどうするのこれ!」

 

 

 話をずらしたな。

 

 

「…とりあえず、不時着を試みる。成功するかは、わからないから、みんなは、何かにつかまって───っあ!?」

 

 

 

 そう言い切ろうとした瞬間だった。

 再び遅いくる頭痛。今までの頻度で考えればありえないほどの。そして今までに類を見ないほど強力な頭痛に頭を抑えうずくまる。

 

 なんだなんだ何が起こった?

 

 痛みで意識が朦朧とする中、先生に支えられながら船の端末に手を伸ばす。あっちの私が作った船に異常が起こったからとか色々憶測は痛みの中飛び交うが、まずは不時着させなければならない。痛みでどうにかなりそうだがそれをしなければみんな死ぬ。その一心で手を伸ばす。

 

 だからこそ、すぐには気づけなかった。

 

 この頭痛の原因。

 

 牢屋から脱出した時は勘づいていたはずの答え。

 

 

 

「コモリ!!!!」

 

 

 

 辿り着いた時にはもう遅い。

 

 叫び声に振り向いた私の目に映るは、黒く奥の見えない不自然に宙に浮かぶ”穴“。そしてそこから私に向けて伸びる機械の腕に。

 

 

「…そう、じや…?」

 

 

 黒く欠けた光輪を持つ天使に気付いた時には、全てが遅すぎた。

 




掃除屋Mastema

【挿絵表示】

【愛銃】
Mastema's gaze(敵意の視線)
ウィンチェスターM1873


装甲:神秘装甲
攻撃タイプ:通常及び神秘
地形:屋内

所持スキル
クリエイト【hostile gaze】
種類:EX 10体の軽装備タイプの【敵意の視線】を召喚。【敵意の視線】は一定時間毎に射線上の敵に対して500%の確定会心ダメージ。タイプ:通常

広域ハッキング
種類:ノーマル 場面上に【PMC兵】がいる状態で【傀儡兵】が一定数を下回った場合発動。範囲内の【PMC兵】を軽装備タイプの【傀儡兵】にする。

殺意の弾丸
種類:EX 射線上の敵一体に1000%の確定会心ダメージ。神秘タイプ。

非難者の憎悪
種類:EX 場面上に【敵意の視線】が6体以上、【傀儡兵】が8体以上いる状態で一定時間以上経過した場合発動。敵全体に攻撃力の999999%分のダメージ。(この攻撃は不死属性を解除する。)

悲願のために
種類:バッシブ 全ての敵に対して命中率を30%、安定率を50%減少。自身の攻撃力を50%上昇。


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機骸兵の独白

ほんとはね、40話ぴったしで終わるつもりだったんです。おわんねーわこれ。

後ガチャで純正ウイ来ました。ミモリも来ました。勝ち申した。


 

 当機は『リナ』という個体識別名をマスターによって与えられた、戦闘から普段生活まで、マスターの至らないところのあらゆる面をカバーするために作られた完璧なサポートAIです。

 

 

『おはよう御座います。コモリ。』

「ふぁ…おはよ、リナ。」

 

 

 リナの製造目的は非常にだらしないマスターの生活を支えるため。そして『マスターの孤独を癒すため』というなんとも曖昧な理由でした。

 

 マスターはいわゆるボッチと呼ばれる人種です。不登校で友達もおらず家の外にもでない。買い物でさえ、リナとは別に作り出したロボットを使って行っています。よくここまで生き延びて来れたなとリナが独自に行なった計算結果と現実を比較して驚愕したのは久しい記録です。

 

 

 そんな所謂『ダメ人間』に分類されるマスターもしっかりと学生ながらに仕事を行なっております。それは傭兵と呼ばれるもので、お金さえ払えば法律的に黒な行為でも行う、何でも屋と呼ばれるものでもありました。

 そして、小さな抗争から殺人まで。マスターは自らが生み出した“傀儡”を用いて、金さえ払えば必ず依頼を達成する『掃除屋』としての名を裏社会に轟かせるまでに至っていました。

 

 当然それは褒められたことではありません。マスターの行っていることは間違いなく“悪行”であり、何よりそれは多くの敵を作り出すに至ってしまうからです。

 

 事実、ゲヘナの風紀委員やトリニティの正義実現委員会、ヴァルキューレ警察学校や連邦生徒会のSRT特殊学園にさえも目をつけられていました。そして何より、リナが行った計算結果ではいずれマスターはこの裏社会の頂から転落することになるという結果が出ていたからです。

 

 

 ですがマスターはやめませんでした。これ以外に生きていく術がないから。自分はこの世界に足を踏み込みすぎたから。ここから抜け出すには遅すぎる、などと理由をつけて辞めようとしなかったのです。

 

 

 ですので、ああなってしまったのは当然の結果と言えるのでしょう。

 

 マスターは、新戸コモリは同じ傭兵集団『便利屋68』及びシャーレの『先生』に敗北。その隙を狙われ彼女本人も”右目の失明“という、これまでの行為に対する代償を支払うことになりました。

 

 

 

「…リナ。仕事の時間だ。」

『了』

 

 

 それからでしょうか。マスターはガラリとその様子を変えました。何かが吹っ切れたのか、辿々しい口調ははっきりとして自信のあるものに変わり、自らも外に出るようになりました。

 しかしマスターは、掃除屋というブランドが地に落ちたにも関わらず足を洗うような真似はしませんでした。

 銃を手に取り、自らの身体で仕事をこなすようになったのです。

 

 リナはマスターに忠告をすることはできても、その行動を阻害することは許可されていません。

 

 故にリナも以前のマスターを守れなかったという失敗を2度と犯さないよう、これまで使用していたドローンのボディからマスターがこれまで使用していた”傀儡“へと体を変え、『掃除屋』は小柄な少女と大柄なオートマタの二人組として生まれ変わることとなりました。

 

 

 

 新生掃除屋はこれまで以上にその猛威を振るうこととなりました。以前”掃除屋“としのぎを争っていた『情報屋』を下し、一度は負けた『便利屋68』に対して復讐を果たし、『先生』が率いるシャーレの部隊相手に対等に渡り合うことすらできるようになりました。

 

 一度は地に堕とされた掃除屋は再びその頂を手にすることができたのです。

 

 

 再び手にした頂。

 

 

「お、新作のプリンだ。食べたいな。でも数量限定か…」

『会社に問い合わせて用意するようにいいますか?』

「ダメダメ。それは最終手段。こういうのはちゃんと並ばなきゃ。んーと…その日の予定は……うわ、前日の夜から長期の依頼入ってるじゃん。」

 

『速報です!』

 

 

 しかしそれも、束の間の平穏というものでした。

 

 

『シャーレの先生が意識不明になりました!』

 

 

 

 シャーレの先生が重傷を負い、ベットに横たわって息をするだけの物言わぬ肉塊となった。そのニュースから世界は混沌に陥っていきました。

 

 かろうじて形を保っていた”学園生活“は崩壊し、平穏は跡形もなく消え去りました。

 

 本当にあっという間でした。

 

 砂上の楼閣が崩れ去るように、キヴォトスは『先生の昏睡』という終末ラッパを皮切りに、文字通り崩れ去ろうとしていたのです。

 

 マスターも裏社会のトップとして様々な手段を用いてそれを防ごうとしました。ですがその全ては無駄に終わり─────結果、マスターは切り札を切ることを決意しました。

 

 

 

『テセウスの方舟計画』

 

 

 

 マスターが作り出した”白紙化装置“『マステマ』と、それを起動するための”鍵“である『サンクトゥムタワー』。その二つを用いて行うことのできる『世界の白紙化』、そして『再構築』。

 完璧なハッピーエンドを迎えることができないのならばトゥルーエンドを掴み取ろうと、マスターが考え出した苦肉の策。

 

 成功する可能性がごくわずかでも、マスターは救えるものを救うため、そして己の平穏のため、それを実行に移すことを決意しました。

 

 

 

「…あいつは死んだ。」

「お前の妄想を叶えるために、その身を犠牲にした。」

「お前のせいで!お前のせいであいつは…!!」

 

「……」

 

「…俺は降りる。…俺は、あいつと一緒にいられたら、それでよかったんだ。」

 

 

 

 たとえ友と呼んでくれた者が死んでも

 

 

「コモリさん!やめてください!」

「こんなのって、こんなのって絶対ダメです!」

「まだなにか、他の方法があるかもしれないじゃないですか!」

 

「どうか…どうか考え直して…」

 

 

 

 たまたま趣味が合い、立場を忘れて好きなものを語り合った同志の声を無視しても

 

 

 

「なんで!なんでこんなことするのよ!」

「みんな、みんな少しおかしいわよ!」

「こんなことは間違ってる!まだ止まれるわ。だから…」

 

「……そう。どうしても、やめないのね。」

「…私が憧れたのは、貴方みたいな人間じゃないわ。」

「だから、私が憧れたアウトローとして!倒れて動けない先生の代わりとして!貴方を止めて見せる!」

 

 

 かつての強敵であり、良き仕事仲間にまでなったライバルを打ち倒しても。マスターは止まらなかった。

 

 自らの前に立ち開かる全てを薙ぎ倒し、目的のため自身の全てを賭けてマスターは進み続けて、そして、その悲願は遂に達成されようとしていた。

 

 飛び立った飛行戦艦マステマ。

 

 赤く染まった空をかけ、同じように赤く染まったサンクトゥムタワーを目前に控えたその時。

 

 それは起こってしまった。

 

 

「っ!襲撃!?」

 

 

 船内に突如湧いて出てきた無数のオートマタ、『無名の守護者』。無名の司祭が遺した遺産たち。彼らの野望を妨害するも同然なマスターの行為を邪魔しようと訪れた尖兵達。

 

 それらを排除するため、苦戦している防衛用オートマタを支援するためにマスターから離れたのが良くなかった。

 

 

『マスター、敵兵力の、殲滅成功を、報、告……マスターっ!!』

 

 

 艦内に侵入した全ての敵対勢力を殲滅しおえ、ボロボロになった体を引き摺りながらマスターの元へ戻ったリナが見たのは白髪の、黒に堕ちた「アヌビス』に銃口を向けられたマスターの姿と、直後、胸から噴き出す真っ赤な鮮血でした。

 

 

『マスター!』

 

 

 目標は達成したとばかりにこちらを静観するアヌビスを無視して、リナはマスターに駆け寄ります。赤く染まった胸元。さらに青白くなっていく普段から悪い血色。明らかな致命傷。また守れなかった。リナを生み出してくれたマスターは、今まさに冷たくなろうとしていた。

 

 

「…り、な…」

『マスター!喋らないでください!今治療します!』

「…わかってる、でしょ。致命傷…助からない…」

『否定します!大丈夫です!助かります!リナは怪我の治療だってこなせるマスターが作ってくれた完璧なロボットなんです!』

「は、はは…」

 

 

 マスターは震える手でリナの顔に触れます。しかしリナの冷たい身体ではマスターの今まさに消え去ろうとしている温もりを感じ取ることはできません。

 

 

『マスター!』

「ごほっ…聞いて…ちゃんと、私の言葉、を…」

『はい!聞いてます!聞いてますから!もう喋らないで…!』

 

「リナ…君は、自由だ。」

 

『…マスター?』

「私は、もう君を縛ることはしない。君は、これから、自由に生きて、君のしたいことをするんだ」

『何を、いっているのですか?』

「私は、友達が欲しくて、君を、人間のように、感情や、欲望を持つように設計した。」

『…』

「だが…私の都合で、それを縛り付けてしまっていた。悪く思っている。」

『…マスター』

「だけど…もうすぐ、君を縛るものはいなくなる。」

『マスター!!!!』

 

 

「っ!?これは…別世界のへ転移…?……こんなものを隠していたなんて」

 

 

 アヌビスが黒い穴に入って消えていく。船の揺れがさらに増していった。

 

 

「だから、これは最後の命令だ。」

 

 

「自由に、生きなさい。」

 

 

 マスターがリナの顔を掴み、強く覗き込んでそういった。

 

 …リナは、マスターの行動を阻害することはできない。マスターの命令は絶対厳守だから。

 

 今まではそれになんの疑問も抱かなかった。けれど、なぜか、この時だけは、胸にどこかが痛んだ気がした。

 

 

 

「どうか貴方に、あふれんばかりの祝福を」

 

 

 

 彼女の手の上で光輝く宝石(神秘)。それがリナに吸い込まれるように消えていくと同時に、マスターの四肢はガクンと糸が切れたように地面へと垂れ下がった。

 

 

 マスターはもう、息をしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 その後、リナはマスターだったものを箱に入れて、船が墜落した雪原の小高い丘に埋めました。そこにリナの使っていた、マスターにもらった銃、ウィンチェスターを刺せば簡易的なお墓の完成です。

 

 …リナは考えます。

 

 自由に生きるとはなんなのか。

 しかし答えは出ませんでした。リナにはわかりません。これまでマスターに従うことが自分の全てだったリナにはしたいことがありません。マスターがしたいことが、リナのしたいことだったのです。

 

 

 だからリナはマスターがしたかったけれどできなかったことをする事にしました。

 

 かつてマスターが手に入れようとして失敗したペロロジラ人形を手に入れました。マスターのお墓に入れました。

 

 マスターが見たがっていた映画を観てきました。映像は撮れなかったのでその感想をマスターに話しました。

 

 マスターの食べたがっていたプリンを買いました。腐るといけないので少し供えた後、中身は野良猫にあげ、残りは墓に入れました。

 

 

 ───いつしかマスターのお墓はいっぱいになっていて、マスターが小さくなって空いたスペースも埋まってしまっていた頃。マスターのやりたかったこともほとんどなくなってしまっていました。

 

 

 それらが全てなくなってしまったらどうしよう。

 

 

 そんなことを考えながら、今日もリナは墓を後にします。

 

 

 

『マスターが、したかったことを、リナがするために』

 

 

 

 マスターができなかったことを、リナがする為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『テセウスの方舟計画、障害、排除、開始』

 

「祝福じゃなくて呪い残してんじゃねーか!!」

 

 

 黒い穴からこちらに伸ばされ、寸前まで迫った機械的な腕という危機的状況の中、頭痛と共に流れ込んでくる記憶を覗き込んだ私はそう叫ばずにはいられないのだった。




コモリと出会う前の掃除屋が何してたのかって話


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時には逃げる選択も重要

勉強とあとお絵描きにハマってしまって時間が取れない。


 

「コモリ!!」

「ぅきゃ!?」

 

 

 黒くそこの見えない“穴”から伸ばされた機械的な、見覚えのある手。掴まれる、と思ったそれはアル様が後ろから私の服を掴んで引っ張ったことによって回避された。

 そして彼女はその勢いのまま穴に向かってスナイパーライフルを発砲。そして爆発が穴ごと腕を飲み込んだ。

 

 

「大丈夫コモリ!?」

「っ……だい、じょうぶ…です…でも、あれは…アレは!」

 

 

『任務、実行。指令、遂行』

 

 

 爆炎を薙ぎ払うようにして出てきたそれは鋼鉄の鎧を纏った機械人形。苦楽を共にしてきた自分の相棒であり半身であり、向こうの私にとっての息子同然の、『掃除屋』であった。

 

 

「掃除屋!?……もしかしてコモリを助ける為に自力で脱出してきたのかしら!?さすが!まさに映画で見るような“相棒”って感じじゃない!」

「っ!アル、様!!」

「きゃぁ!?」

 

 

 何を勘違いしたのか掃除屋を指差しながら目を煌めかせるアル様。そんな彼女を思いっきりこちらに引っ張るというさっきとは真逆のシチュエーションが起こったと同時に鳴る発砲音。

 硝煙が上がるのは掃除屋の、なくなっていたはずの左腕。そこにはこの船によって修理されたのか新品の腕と強く握られた一本の長銃。

 

 具体的に言えばウィンチェスターM1873。

 

 並行世界の私の墓に刺さっていた物と同種であろうそれは、しかし神秘的な、宇宙のような色合いをした謎の物質で構成されていた。

 

 

「な、なんでよ!?味方じゃないの!?」

「違い、ます…!あれは、敵!私の、“記憶”が正しければ、間違いなく…!」

 

『……敵対勢力。スキャン、完了』

 

 

 あの一瞬で流れ込んで来た数多の記憶。全てが明らかになった。あちらの世界で何があったのか。私は何をしようとしたのか。そして、私は何をあの子に遺してしまったのか。

 

 なんとまあ残酷で愚かなことをしてしまったのか。死体に指を刺して罵ってやりたいくらいだ。支配して依存させていきなり不法投棄とか毒親か貴様は。

 

 

『尾刃カンナ、黒服、伊草ハルカ、浅黄ムツキ、鬼方カヨコ、陸八魔アル、カイザーPMC理事、カイザーPMC製オートマタA型14機。そして、偽りの先生(先生)及び、レプリカ(贋作)

 

「っ!認証して!私は、新戸コモリ!貴方のマスター!」

 

『否定。当機のマスターハ既に死亡済み。故に当機にマスターは存在しない。当機への命令権限を持つ者はいない。質の悪い贋作など、もってのほかである』

 

 

 かっちーん。

 

 贋作?贋作だと?

 言ってくれるじゃないか人形風情が。

 

 確かに私はお前の制作者に比べたら根性も戦闘技術も何もないかもしれないがな、私はまだ進化してない、又は進化先が違うだけなんだよ!あっちが戦闘特化の血みどろな進化先だとしたらこっちは友達たくさんみんなで頑張ろうな支援特化型なんだよ!

 

 …言うて友達いないけど、あっちの私は友達って言ってくれたアイムに足舐めさせたりほぼゼロだったしな。有と無は大きな差なんだよ。

 

 ゔぁーか!

 

 

『制御AI“マステマ”に命令。当機以外のアクセス権限を再度、全て剥奪せよ。』

『了解。命令を実行します』

 

「ほらな!言っただろ!俺は何もしてないって!」

「うるさい。少し、だまれ!」

 

 

 何かに異議申し立てしようとしたのか騒ぎ出した元理事を黙らせ掃除屋の行動を観察する。

 制御AIとの会話を見るにどうやら権限は掃除屋の方が上であり、そして私のアクセス権限を削除したのも彼の仕業のようだ。

 

 

『…命令復唱。マスター新戸コモリの悲願の達成。世界の白紙化。方法。サンクトゥムタワーへアクセス、及びシステム『テセウスの方舟』を実行……想定外の損害発生。戦艦マステマに甚大な被害。サンクトゥムタワーへのアクセス────不可能。』

 

 

『計画を変更します。』

 

 

「っ!」

 

 

 様子の変わった掃除屋に皆が一斉に銃を構えた。

 そんなことなど一切気にしないが如く掃除屋はマステマの制御盤に手を置き…貫いた。

 

 

『マステマに命令。システム”テセウスの方舟“の譲渡』

『ジ、ヂジ…ニニニ、認証。”マステマ“ヨリ”ソウジヤ“ヘ、”テセウスの方舟“システムノジョウト、カイシ』

 

 

 制御盤を貫いた腕をつたるようにして光り輝く何かが掃除屋に移動して行った。

 

 

『…計画変更。これより戦艦マステマに変わり、当機が直接サンクトゥムタワーへアクセス。システムを実行する。……エラー発生。エラー発生。”テセウスの方舟“システム起動不可状態。神秘量の不足。補給行動に移行。』

 

「…先生…!」

「わかったよ」

 

『行動目標。“レプリカ”の殺害及び対象の神秘の確保。次点で計画の障害となり得る”偽りの先生“の殺害及び敵対勢力の殲滅。そして』

 

「さささ、殺害!?レプリカってコモリのことよね!?不味くない!?」

「……やっぱり、そうくるか。狙うなら、全くの同じ神秘とも言える私のものを狙うよね…」

「なんでそんな冷静なのよ!?み、みんな!コモリを守るわよ!」

「…待って社長。まだ何か言おうとしてる。」

「え?」

 

 

『──最優先目標。最大の障害、陸八魔アルの殺害』

 

 

「………」

 

 

「…ななな、なんですってぇぇぇ!?!?!?」

 

『行動開始』

「みんな戦闘を開始するよ!」

 

 

 白目を剥くアル様を置いて戦闘は開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『目標補足。【hostile gaze】、一斉掃射。』

 

「きゃああああああああ!?!?!?」

 

 

 場面は変わって艦内の廊下。

 あんなにもカッコをつけながら切り落とされた戦闘の火蓋だが、私たちが選択したのは恥を捨てた逃走であった。闘争ではなく、逃走。

 掃除屋一体に対してPMC兵14機を含む戦闘員19名。非戦闘員が私を含めて4人いるとは言え戦力差は圧倒的。すぐに制圧できると思っていたのだ。いたのだが───

 

 

「理事長!我々も加勢します!」

「ま、まて!来るな!!」

 

『──ハッキング、開始』

 

 

 掃除屋が天井に向けて銃を掲げると同時に走る微かな静電気。逃げる我々を見つけて加勢に来てくれたPMC兵は一瞬の硬直の後、銃口を我々に向け、火を放つ。

 

 瞬間的なハッキング能力。今の私でもできないその高度で反則的な技術によって元理事以外のPMC兵は全てあっち側の戦力とされてしまった。

 

 結果起こったのが1対19からの15+α対5という大逆転。

 

 それに合わせるように、これまた今の私には再現不可能な空中から彼が持つものと同型の、ウィンチェスター型ドローンを生成する謎技術。なんでその形状で浮くのかもわからないしそれを構成する材質すらわからない。

 

 そして当然のように起き上がってくるあっちのコモリ製戦艦マステマ守衛部隊。所々欠損していたりオンボロながらもその性能はPMC兵以上。厄介極まりない。

 

 以上3つの要因によって倒した側から補充されていく敵の軍隊と、普通に強い掃除屋本体。神秘が黒く染まった影響か以前以上の性能を発揮するベネディクトゥスシステム…否、並行世界の私のヘイローによって銃弾は通らないわで無理ゲー状態になってしまった。

 

 結果選ばざるをえない地の利もクソもないクソみたいな撤退戦である。

 

 

『…チャージ完了』

「っ!避けて!」

「うへぁ!?」

 

 先生の合図で掃除屋がいつの間にか持っていたピースメーカー型の拳銃から放たれた真っ黒な、明らかに当たったら不味そうな弾丸を避けながら走る。

 

 

「死んで死んで!死んでください!!」

「流石に…数が多い…!」

「アルちゃん!ちょっとキツくなってきたよー!」

 

「どうしよどうしよ!どうするのよ先生!?」

「先生!甲板、甲板へ出ましょう!」

「カンナちゃん!?」

 

 

 いつのまにか艦橋からかどこからか持ち出したのか、小さな片手サイズの端末を持つカンナさんが先生に叫ぶようにそう言った。

 

 

「先ほど艦橋の通信設備を使用してヴァルキューレの者と連絡が取れました!万が一があるかもと考えてのことですが…なんとか船の墜落までには救助隊が来れるかもしれません!」

「なるほど!一か八かの……でも甲板に出てどうするの?」

「ヘリで来るとのことですので、そこで拾ってもらいます!」

「墜落する中で!?」

「……信じましょう!!」

 

「…ねえ、それなら脱出ポッドとか使ったほうがいいんじゃないの?映画とかで見たけど、この船にもあるんじゃないかしら」

「そんなこと、掃除屋と制御AIが許すはずが、ない。アル様、バカ?」

「まあ、そうよね………バカ!?!?」

 

 

 確かにそれはナイスアイデアだ。と言うよりこれがゲームだったら『ナイス!』やら『尊すぎる』やら褒め称えるチャットを連呼したくなるほどの行動。狂犬、なんて呼ばれてるくせに理性的だと思ったんだよ天才か?

 

 

「というか…はぁ!はぁ!疲れた!死ぬ!」

「ふん、情けないなコモリ。掃除屋の名が泣くぞ?」

「うるさいデブ!貴方も、はぁ!関節から音なってるの、はぁ!聞こえてる!重量級が、すぎるんじゃない!?」

 

「頑張ってコモリちゃん!甲板までは…多分もうすぐだよ!」

「頑張ってくださいコモリさん。貴方とはまだまだ話したいことがあるんですから。」

「いいよね先生は!黒服に、背負ってもらえて…!普通逆じゃない!?というかなんで背負ってるの!?」

「先生は体力がないですから。」

 

 

 疲れを誤魔化そうと大声で銃弾の鳴り止まない中叫ぶように話してみるが、逆に体力が消耗するばかり。疲れを紛らわそうと無駄なことをするのは逆効果だって持久走で学んだだろバカ。あ、今世ではそう言うの休んだんだった…

 

 …なんて考えていたら当然のようにハプニングは訪れる。

 

 

 ミシリとすぐ真横の壁にヒビが入ったのを目にした次の瞬間。轟音と共に破壊される壁と、拳を突き出すようにして出てくる巨体。

 

 

『侵入者、排除…!!』

「ゴリアテ!?」

 

 

 当然か。こんな壮大な計画を練っていたあちらの私がゴリアテのような強力な戦力をあの時の一体だけにするはずがないし、そこらへんの守護ロボットが起き上がるのだから、このゴリアテもまた再起動されていてもおかしくはなかった。

 単純な計算ミス。ゴリアテにような小ボス枠は一体だろうと言う先入観と、制御AIがきちんと機能している今ゴリアテのような巨大兵器がいても壁を突き破るような暴挙はしないだろうという根拠もない思い込み。

 

 それがこの結果を引き起こした。

 

 

 しかし、それは相手側も同じだったようだ。

 

 

『ア゛』

「え…?」

 

 

 まずこの船が長年整備されていなかったせいで脆くなっていたこと。そして、今私たちが走っている廊下が船の最外部を走る廊下だと言うこと。

 

 

『ゴ、ゴリィィィィィィ……』

「なんだその鳴き声!?」

 

 

 ゴリアテは壁を突き破った勢いのまま、反対側の壁をも突き破り、そのまま壁に巨大な穴を開けて飛行戦艦外部へと…スカイダイビングして行ったのだった。

 

 何がしたかったんだあのポンコツロボット、と突っ込みたくなったのも一瞬。あのロボもバカなりの仕事をして行ったことに気づく。

 

 

「コモリちゃん!!」

 

 

 気圧差によって勢いよく流れ出す空気。その勢いによって自分の体もまた宙を浮いたのだ。

 

 

「あ」

 

 

 手を伸ばすももう遅い。宙に浮いた私の掌が船の一部を掴むことはなく空を切り、そのまま私の体は外へと投げ出され─────

 

 

 

 ぱしっ!

 

 

 

「……ぇ?」

 

 

 

 

「まに、あったぁ!!」

 

 

 

 揺れる黒髪とピコンと跳ねる狼耳。

 いないはずの“友達”の手が私を強く掴んで離さなかった。




多分ステージ編成的にはアタッカーに便利屋68が入ってスペシャルの枠にカンナとコモリ(掃除屋無しのバフ特化)的な編成。ちょうどよく6人なのは偶然。


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解放

テスト前で駆け足で描いたのでいつも以上に誤字脱字多いかもです。


「滑り込みセーフ、というやつですかね!」

「…あ、あい…む…?」

 

 

 暴風吹き荒れる船の外。あと数コンマ遅ければその暴風によってあっという間に吹き飛ばされていたであろう私の手を強く握りしめて離さないのは数時間前に喧嘩別れと言ってもいい別れ方をした少女。アイムだった。

 

 

「いっつつ……そろそろ限界…ホムラ、手を貸してもらっていいですか!?」

「そんなに叫ばなくても聞こえる。」

 

 

 ホムラと一緒に私を引き上げてくれたアイムの肩は赤く染まっており、側頭部からは私が鉄パイプで殴った影響か血が流れた後がある。それ以外にも何者かと交戦したのか彼女の着ていたワイシャツはボロボロで至る所に打撲や擦り傷が目立っていた。

 

 

「なん…で…?」

「なんでって、そりゃあ…───

 

 

『状況更新。”アイム“及び”ホムラ“を確認。過去データより中立勢力と判断。警告。即時に戦闘態勢を解除しこの場から退避せよ。繰り返す。即座に戦闘態勢を解除しこの場から退避せよ。拒否する場合敵とみなし──「排除する。」

 

 

 掃除屋の言葉を遮るように、ホムラの鋭い拒絶の言葉が場に響く。

 返事と同時に構えられた彼女の愛銃、MTS255の銃口には目に見えてわかるほどの神秘が収束し、高密度に集まった神秘は特有の輝きを放ち始め──

 

 

「悉く、全てを灰燼に帰せ!『明けの明星(Lucifer)』!!」

 

 

 放たれた。

 

 

『高温を検知。攻撃と判断。神秘(恐怖)によるシールドを展開。否。シールドによる防御は不可能と判断。回避行動を───

 

 

 目をつぶすほどの光量を放つ金星は光線となり、掃除屋の展開したシールドを打ち破り、勢いそのままに掃除屋を吹き飛ばして行った。

 

 

「───友達、だからですよ。」

「……え、なんて?」

「友達……ああもう!間に挟む文が多すぎます!!ホムラのせいですよ!?」

「私のせいか!?せっかくかっこよく決めたのに!?」

「あ、メタいのは、やめた方がいい…」

 

 

 テイク2

 

 

「───友達、だからですよ。」

「っ……なん、で………だって、私は、貴方を…」

「ナイフで刺したから、ですか?」

 

 

 私は引き上げられてからそのまま抱きしめられるようにされ、余計見えやすくなった彼女の傷跡を見つめる。赤く染まったワイシャツ。応急手当てとしてか、彼女の元々ないも同然な胸を押しつぶすように巻かれた包帯もまた同様に真紅に染め上げられていた。

 彼女の先ほどの反応からも、痛みが引いていないことは明らかだ。

 

 …全て、私のせいだ。

 

 

「確かに、驚きましたよ。何せ神秘によって守られ、そんな軍用ナイフ如きで付けられないはずの傷を思いっきり付けられたんですからね。」

「ぅぐ…ごめん、なさい……」

「だから私が貴方のことを嫌いになって友達じゃなくなった、と?」

「………ぅん…」

「ヴゥァカじゃないですか貴方。」

「いひゃい!?」

 

 

 ほおをぷにっとつねられた。

 

 

「私がその程度で絶交するような心の狭い人間だと思いました?」

「は、はにゃひて…」

「はぁ…それどころか貴方に崖から蹴落とされたり裏切られたり銃で撃たれたって絶交しませんよ。そもそも私なんてそれ以上に酷いことしてますし絶交になんて絶対なりません。というかしてあげません。これでも私貴方に結構クソデカ感情抱いてるんですからね?」

「じ、じぶんでいうの…?」

「ええ言いますよ。何度だって言ってあげます。私は貴方のことがだいだいだいだいだーいすきなんです。だってこんなぷにぷにで可愛い幼女があの掃除屋の中身だなんて、惚れるしかないじゃないですか!」

 

 

 恍惚とした表情になぜか背筋がゾワっとなるような妙な感覚に襲われた。

 

 

「…で、でも、なにか、償わないと…私が、納得できない…」

「それもそうですね。確かに償いとは被害者へのものだけではなく加害者がその出来事に区切りをつけるためにも必要なこと………いいことを思いつきました!貴方のそのもちもちぷにぷにな柔肌ほっぺにきききき、んん!ちゅちゅ、ちゅ、ちゅーを────

 

「くだらないことしてないで俺を助けろ情報屋ァ!!!」

 

「……邪魔が入りましたね。」

 

 

 何か邪なことをほざきそうになっていたアイムの言葉を遮るように男の叫びとも怒声とも聞こえるような声が聞こえてきた。

 声のする方向に視線を向けるとそこにあったのは穴の端にかけられた機械的なごつい手で落とされないよう必死に飛行船にしがみつくPMC元理事の姿だった。

 

 

「やあやあ。数時間ぶりですかね?雇い主さん。」

「御託はいい!さっさと俺を助けろ!」

「助けたいのは山々なんですけどねぇ…ご覧の通り私肩を怪我しておりまして……貴方のような巨体を持ち上げるのは不可能かと…」

「ならテメェじゃなくてもいい!ホムラ!俺を助けろ!」

「…すまないが、手を洗ったばっかなんだ。貴様の重油でギットギトな手は握りたくない。」

「そんな汚くねえよ!?」

 

「くそっ!貴様らふざけているのか!?俺と貴様らで交わした()()を忘れたなんて言わせねーぞ!!最も!アレは貴様が忘れていようと忘れていなかろうと効力を発揮するものだがな!」

 

 

 ──契約。

 それは取引を行う際などに相手と交わす約束事。前世でも書類などを使って行われていたこれは当然、この世界にも存在し、そしてこの世界において『契約』はより重要な意味を持っている。

 前世でも決して軽々しくはなかったその意味はより重く、絶対的なものになっている。そして、私はそれらにより絶対的な強制力を持たせることのできる人物を知っている。

 

 目の前の先生を背負っている男、黒服だ。

 

 彼は『契約書』を用いて相手と自分に、そこに書かれた事項を強制する力を持っていることを知っている。

 

 

「”依頼“だ!俺を助けろ!!!」

 

 

 それがどう足掻こうと無視できない絶対的なものであることを。そして。

 

 

「……な、なぜ発動しない!?」

 

 

 その弱点も。

 当然、当事者である彼女たちもまた知っているのだろう。

 

 

「黒服。確認です。」

「はいなんでしょう?」

「私達とこの男がかつて結んだ契約は“私たちは男の出す依頼を必ず受けなければならない。”“私たちは男に危害を加えることができない。”“男は対価として私たちの要求する報酬に応えなければならない”。でしたよね?」

「ええ、そうですね。」

 

「ならなぜ発動しない!?」

 

「いえいえ、ちゃんと発動してますよ?私たちは、貴方の依頼を受けました。」

「だったら──

「ですが、貴方は私たちに対し報酬を払っていない。」

「…は?」

「契約の第三項。貴方は対価として私たちの要求する報酬に応えなければならない。」

 

 

「そして私たちの要求する報酬は、前払いでこの主従契約を解除することです。」

 

 

「……は?」

 

 

 随分と間抜けな声が男から漏れた。

 

 

「そ、そんなこと許されるわけがないだろう!?要求する報酬を変更しろ!!」

「拒否します。この点において貴方に変更権はない。」

「…お、恩を忘れたのか!?あの時貴様達を拾ってやったのは…!」

「ええ覚えてますよもちろん。でもねえ…もう十分だと思ったんですよ。これまで貴方のどんな無茶振りにも答えてきましたし、今回に至っては貴方のあまりにもな愚行によってコモリさんは傷つき、私は彼女を裏切らなければならなくなってしまった。それに見てくださいよこの怪我。貴方が完全に支配したなどとほざきやがりましたこの船のオートマタ達に不意打ちでやられた傷です。つまり貴方のせいなんですよ?私のような美少女に傷がついたのは。」

「…俺も、お前には感謝してる…この足をくれたのも忘れていない。だが、お前のせいでアイムが傷つくのなら、俺は降りさせてもらう。」

 

 

「と、いうわけで私たち二人は貴方を助ける報酬として前払いでこの契約の解除を要求します。」「しまーす。」

 

 

 黒服から受け取った、おそらく彼女達の契約書であろうものを必死にしがみつく元理事の前にペラリと見せびらかすように広げ、それを見た元理事は今までに見たことがないくらい熱で顔を赤く染め上げた。

 

 

「き、貴様らこんなことをして許されると…!」

「そういうのいいですから。ほら早く早く。イエスかノーか。契約を解除するか、今ここで死ぬか。どっちにします?ほら、早くしないと掃除屋が目覚めちゃいますよ?」

 

『熱異常発生…自動修復システム起動…再起動まで、あと、32秒…』

 

「…そろそろ掃除屋が起きる。もう専用弾がないから『明けの明星』は打てないぞ。」

 

 

 嘲笑うように契約書をぴらぴらと空中でおしらすアイムと、そろそろ限界なのか、それとも怒りからか。手をプルプルと震えさせ顔から煙を吹き出させる元理事。

 

 そしてタイムリミットである掃除屋がホムラから受けたダメージを修復し、起きあがろうとしている。

 

 銃弾飛び交う戦場だというのに、嫌に響く腕に嵌めた腕時計の針の音。かちりかちりという音が、彼を急かすようにうるさく響き渡ってゆき、そして────

 

 

「わかっ…た!俺と、情報屋2名の間に交わした契約を、破棄する…!!だから俺を助けろ!

「まいど♫」

 

 

 噛み締めるように呟いた元理事の言葉がその勝敗を物語っていた。

 

 

────────────────────────

 

 

「そういえばここに来る途中、私達を襲ってきたゴリアテがいたのですが、知りませんか?こちら側に行ったように思えたのですが…」

 

 

 私は一瞬でも見直そうとしたアイムに対して思いっきり侮蔑の視線を向けた。お前らはいちいち登場時にゴリアテを連れてこないと気が済まないのか。





コモリ「そういえばホムラのあの厨二っぽいのなんだったの?」
ホムラ「特注の弾丸を使用した必殺技だ。使用したら基本赤字だから使えないが使えばその圧倒的な破壊力を持って相手を消し飛ばすことができる。」
コモリ「でも掃除屋は消し飛ばせなかったね。」
ホムラ「……」
コモリ「そもそも撃つ前のあの台詞と技名いるの?」
ホムラ「……」


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終幕

「ホムラちゃん!今!!」

「悉く以下略!『明けの明星』六発目!!」

 

 

 先生の合図と共に文字通り必ず殺す技でなければならないはずの必殺技が、再度…いや、再々再々再度炎の軌跡を残して銃口の先にその身をさらす掃除屋に向けて殺到する。しかし掃除屋は何度も同じ攻撃を喰らうことによって学習をはたしており、射出から被弾までの瞬間的な時間内で行える最低限の回避行動を行い、弾丸は斜めにずらされた掃除屋の装甲とそれを覆う神秘の結界を抉りながらも逸れてしまい、またもや致命傷を与えるには至らなかった。

 

 前回の記録より約10分後。場所は飛行戦艦の中央部分に位置する通路。いや、正確に言えば格納庫とも呼べる場所。甲板へと直接通ずるものでもあり、今は見当たらないが艦載機などが存在する場合ここに保管、そして甲板へと移動され発艦するであろう場所。

 

 つまり目的の到達地点まで目と鼻の先というわけだ。事実、多くの機械兵たちの向こう側には鉄ではない、本物の空がその姿をあらわにしている。

 

 

 戦力として元理事との契約を切った情報屋2名を追加し、欠員なくここまで来ることができた。

 体力も残りの弾丸も心許ないがゴールは目の前。あと少し。つまりはラストスパートでありここを走り抜ければ希望は見える。最後の力を振り絞る場面だ。

 

 

 だがそれは相手にも同様に言えること。

 自己修復機能で修復できないほどの損害を負いながらも掃除屋は止まらない。彼の呼び声によって目覚めた機械兵たちもまた与えられた命令を実行することのみを考え、撃っても撃っても致命的な損害を与えない限り動き続け、ゾンビのように湧き出て来る。

 

 無機質なはずの眼光が、幽鬼のように揺らめき、確かな執念を感じさせた。

 

 

「なんであんなの食らってまだピンピンしてるのよ!?」

「くっ!コモリ!弾切れだ!バレルも今ので焼きついた!作れるか!?」

「む、り…!弾は、材料あればできる。でも、銃は、場所がないと…!」

「おいアイム!お前の銃を渡せ!」

「ハァハァ…コモリたんの柔肌が背中に……はっ!?ななな、なんですか!?」

 

 

 黒服に背負われながら指揮をする先生同様に私もアイムにおんぶされながら拳銃で援護射撃を行う。腕が痺れてきたがそこは気合いでカバーだ。…こんなに銃を撃ったのはこれが初めてかもしれないな。

 

 こちらのひとまずの勝利条件は甲板に辿り着き、カンナさんが呼んだという救助ヘリとの合流。そして彼方の勝利条件は私たちの殺害及び神秘の採取。

 

 私たちが逃げることができれば戦艦はこのまま墜落。掃除屋がそれに巻き込まれることなく脱出し、そのままサンクトゥムタワーに接触できたとしてもベネディクトゥスシステムに保管されていた並行世界の私の神秘が恐怖に転じたことによる神秘不足で『テセウスの方舟』システムの起動は不可能。最悪の事態は避けられる。

 

 避けられ………避けられるか?

 

 …個人が保有する神秘の量は基本的に不変なはずだ。そしてその性質もまた変わることはない。ならばこの世界と彼方の世界では多少の誤差はあれど“私”と“あっちの私”が保有する神秘の量及び質は同様のものであると考えるべき。

 

 ならば彼方の世界の私も私同様に保有する神秘量は平均的な生徒に比べ少ないはずだ。それ故に私は銃弾一発でも気絶する可能性がある貧弱ボディーであるし、彼方の私も片眼を喪失するという大怪我を負っていた。

 

 ならば──というかそもそも、人1人分の神秘量で世界を書き換えることなどできないだろう。それこそ私のような平均以下の神秘量では。

 いくら向こうの私が天才でもそれは不可能なはずだ。

 

 

 ならば──

 

 

「…他人の神秘でも起動は可能?」

 

 

 …と、考えるのが普通だ。

 

 そうなると、今現在掃除屋が私の神秘に固執しているのは亡き主人への執着であり、もし私に逃げられ飛行船も墜落するという後がない状況になった場合。手段を選ぶ余裕がなくなったやつは神秘を得るためそこらへんの一般生徒を襲って回る可能性があるわけで……

 

 

 や、やめよう!そんなことを考えるのは後にしよう!今は私たちが生きて帰るのが最優先だ。

 

 

「カンナ、さん…!」

「なんですか!?」

「本当に、甲板にもう、その人は、ついてるんだよね…!?」

「はい!連絡では!そのはずです!!」

 

 

 銃声響く爆音の中精一杯の声を出して交えた会話。それを聞いた私は周囲に素早く視線を巡らせ、ある一つのポイントを見つける。

 

 

「アル、様!!」

「な、なによ!?」

「あそこ…!見え、ますか…!?あの、配管!」

「見えるわ!アレをどうしろっていうの!?」

「撃ってください!思いっきり、やっちゃって!」

 

 

 甲板に直結する関係上、被弾による被害を警戒してか今までの通路に比べて装甲が多く頑丈そうな──少なくともゴリアテタックルなどでは破壊されなさそうな格納庫。そこに唯一剥き出しになった巨大な配管。それを指差しアル様に指示を出す。

 

 ……カンナさんのいう通り、すでに救助ヘリが到着していて、よくあるゾンビゲーのように目標地点に到達してからのヘリが到着するまでの時間耐えろ!などというクソ展開がないのなら。

 

 

「いいわ。私に任せなさい!!!」

 

 

 盤面をひっくり返してしまうのも手の一つだろう。

 

 

「──へ?」

 

 

 爆発。

 

 アル様のハードボイルドショット…爆発を引き起こす狙撃によって撃ち抜かれ、続いて爆発した配管は────予想以上の、目を潰すほどの光量と鼓膜をぶち破る程の爆音を発して2度目の爆発を、誘爆を引き起こした。

 

 

「え、ええ!?!?だだだ、大丈夫なのよねこれ!?」

「あー!アルちゃんがまたやらかした!」

「違うわよ!?コモリがやれって…!」

「…社長、自分の責任を社員に押し付けるのは良くないよ。」

「なんでよ!?」

 

 

 アル様が撃ち抜いたのは、この船を通る動脈とも言えるエネルギーパイプ。並行世界の記憶を読み取った限り、おそらく石油だか可燃性の燃料がたっぷりと流れている大切な大切な生命線。

 

 そんなものが爆発したとなれば、アル様たちが乗ってきた飛行装置が引き起こした爆発などとは比にならないほどの甚大な被害が、瀕死の飛行戦艦に追い打ちをかけるようにして引き起こされる。下手すれば船が空中で真っ二つになりかねないほどの致命的な被害が。

 

 当然爆発が起こった地点では崩壊が始まり──

 

 

「先生…!」

「っ!みんな!甲板に向かって全力で走って!!」

 

 

 床は崩れ天井は剥がれ、落ちてきた瓦礫がゾンビのように湧いて出てきた機械兵どもを巻き込んでゆく。

 

 彼方の私によって賢いAIの組み込まれた機械兵どもは各自回避行動を取るためこちらへの攻撃が疎かになり───私たちの進むべき道は開かれる。

 

 

「走れ、走れ、走れー!!」

「全速前進だ!」

「ねえコモリ!?ほんとに大丈夫なのよね!?私のせいじゃないわよね!?」

「…進めー!」

「ねえってば!?」

 

 

 走って走って走って、眩しいほどの日光を浴びながら足はようやく甲板をコツンと踏み抜いた。

 

 

「局長!こっちです!!」

 

 

 吹き荒れる突風。あちこちから炎と煙を出しながら墜落する飛行船の上に確かにあった救助ヘリ。パイロットがよっぽどの凄腕なのか甲板にその機体を固定しながら私達を待ってくれていた。

 

 大型輸送ヘリ、CH-53と呼ばれるものと酷似したそれはどこぞのゲーム会社製のヘリとは違って墜落しなさそうだ。

 

 

「急いで!早く早く!」

「すまない!助かった!」

 

 

 皆が突風を顔に受けながらも急いでヘリに乗り込んで行く。私もアイムに背負われるがままに乗り込み、中の取っ手に捕まる。

 流石は2個小隊規模の人員を乗せることができると言われたヘリである。

 

 そのヘリに最後の1人としてカンナさんが入ろうとした瞬間。ヘリを掠めるようにして甲板への入り口から一発の弾丸が放たれた。

 

 

『対象の逃亡、を、阻止、実行』

 

 

 火花の飛び散る体を引き摺りながらその姿を表したのはボロボロになった掃除屋の姿。もはやなぜ動いているのかもわからないほどの損害。だが彼は確かにその体を引き摺りながらも前に進み、任務を実行しようとその体に鞭を打っている。

 

 

『命令は、絶対、掃除屋、は、依頼達成率、100%…』

 

 

 何が彼をそこまで動かすのか。

 機械だから?

 マスターからの命令だから?

 

 

 

『マスター、の、願いを、今度、こそ、叶え、る』

 

 

 違う。

 

 

『マスターの、期待、に、応え、ないと』

 

 

 私はヘリを飛び出した。

 

 

「コモリちゃん!?」

「ごめん…!」

「っ!これ以上は限界です!飛び立ちます!」

 

 

 足は自然と走り出していた。

 恐怖はない。後悔もない。崩れゆく船の上、私は彼に向かって走って向かい、そして、崩れ落ちそうになった彼の体を支えるようにして抱きついた。

 

 

『マス、ター』

 

 

 冷たい体温。硬い感触。感情を感じさせない点滅する眼光。

 明らかに人間のものではないと示している情報群の数々。理解はしている。彼がただの人形であり機械でありプログラムされた内容に従って動くだけの無機物なんだと。

 

 だがそれでも関係はない。

 

 彼は私が“掃除屋”を始めた頃からの相棒で、半身で、“私”自身が生み出した子供で、友達で、そして家族なんだから。

 

 

 だから、全てを失って、別の世界に飛ばされてまで“マスター”を探す彼に応えてあげられるのは私だけだから。

 

 

 たとえ命を狙われようと、存在を否定されようと、世界を脅かそうと、今こうして拳銃の銃口を突きつけられようと。

 

 私が選ぶべき選択は拒絶ではなく。

 

 

 

「…おかえり、“リナ”」

 

 

 受け入れることなんだと、私は思ったから。

 私は彼の名前を呼んだ。

 

 

『……ア』

 

 

『…あぁ………マスター…ここに、いたのです、ね。』

 

 

『…リナは、ただいま、帰りました。』

 

 

 リナは、私の胸の中で深い眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

「…なんていうか、私らしい、最後かもね。」

 

 

 燃えゆく飛行戦艦。揺れは激しくなり崩壊はそのスピードを増してゆく。救助に来たヘリはもう飛び立ってしまい、私がここから助かる術はない。

 

 自分のした行いの尻拭いとして死んでゆく。たとえそれが並行世界でのことで私自身がしたことでなくとも、これまで犯してきた罪と合わせれば妥当な最期だろう。

 

 …先生は言った。生徒である君たちの間違いは私が背負うって。アル様は言った。間違えたのならその分正しいことをすればいいんじゃないか、って。みんな、許してくれていた。

 

 でも、私はそれが少し心苦しかった。

 

 私が罪を犯したのは紛れもない事実であり。私の罪は先生のものではなく私自身のものであり。一度犯した間違いは二度と訂正できないものである。

 

 だからいつかちゃんとした罪の償いをしたいと思っていたし、そう思いながらもこのまま平和な日常を、みんなのいる生活を謳歌したいと思ってしまう自分が嫌だった。

 

 だから、コレはいい機会なのかもしれない。

 世界を救って、自分は自分の生み出した間違いと共にいなくなる。少し綺麗すぎるほどのハッピーエンド。実に素晴らしいじゃないか。

 

 

 

 

 

 …でも、私は知っているんだ。

 

 

 

「そんな終わり方!私が許すわけないでしょ!!」

 

 

 私が心の片隅でもあなたたちと一緒にいたいと思うのなら、あなた達はいつだって助けに来てくれるってことを。

 

 

「あ、は、はははは」

 

 

 先生やみんなの支えるロープに捕まりながらアル様は手を差し伸べる。

 

 

「退職届も出さず2人揃っていなくなるなんて!社長である私が許さないわ!!」

 

 

 私はその手を─────

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 その後の日常は特に変わり映えのしないものだった。

 

 レッドウィンターの近くで謎の大爆発が起こり、大きな温泉が沸いたことでゲヘナの某部活がざわついたこととか。かつてカイザーコーポレーションの理事の席に座っていた指名手配犯が逮捕されたとか。裏社会で“情報屋”が姿を消し、ほぼ同時期に二人組の新しくも腕のいい傭兵が現れたとか。

 

 細々としたものはあったものの、特に変わることのない日常。

 

 先生は書類仕事に追われ、カンナさんはコーヒー片手に事件を追い、便利屋68は資金不足に襲われながら今日も依頼をこなす。

 

 

 なんでもない、いつもの日常。

 

 

「コモリ!そっちに行ったわ!」

「だい、じょーぶ。補足済み…リナ、地形情報をみんなに共有。」

『了解しました。“マスター”』

 

 

 1人の機械兵と、4人の少女。そしてそれをモニター越しに眺める引き篭もりの日常は、変わらず今日も流れ続ける。

 

 

 それはきっとコレからも変わることなく訪れるであろう日常だ。

 

 

 

 

 

 

『引き篭もりアーカイブ』fin




コレにて『引き篭もりアーカイブ』は最終回とさせていただきます。
ここまでご愛読してくださった皆様。こんな作品に評価してくださったりコメントを書いてくださった皆様。ここ好きや誤字修正をしてくださった皆さま。本当に今ままでありがとうございました。皆様のおかげでこの作品は完結することができました。
少々蛇足じみた一章以降の話まで読んで、ここまでついてきてくださった皆さまには足を向けて眠れません。場合によってはコレから私は逆立ちをして眠ることになるかもしれません。

もし今後、ブルアカ二次創作や他の作品で出会うことがありましたらその時はまたよろしくお願いします。

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