仮面ライダーシャルロック (大島海峡)
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序章:ビギンズナイト

 きっとそれが、始まりの夜だった。

 

 そこで得たもの、あるいは喪ったものは、その場に居合わせた全ての者によって異なっていたことだろう。

 人は皆、感情というレンズを通して世界を見る。

 だが、彼らはそれでも目の当たりにしていた。

 断片的に、あるいは一部始終を。

 

 孤島の実験施設。時刻は深夜。ちょうどクリスマスの時だった。

 その深奥に秘された、ガラスの牢獄。

 よろめきながら、辿り着く男の姿があった。

 

 異形の怪人だった。

 顔の右半分は段違いに重ねられた本のページか、旋風を象徴化したかのような造形をしている。

 メカニカルな左目のモノクルの図柄も、両肩に垂れ下がるコートも、同じく風の渦巻きをイメージしたものである。

 その腰には、眼鏡や、あるいはそれに類する視力の測定装置にも似た器具で全体のイメージをシャープにまとめていた。

 

 当然その顔色は窺うべくもないが、壁に薄緑のグローブを這わせながら身を伝わせ、漏れる呼吸は例外なく荒い。

 

 その(ケージ)に、彼の手が触れる。

 そして、その向こうで、紅く閃くものがあった。

 それは、巨大な怪物の双眸であった。

 

 ――時は、飛ぶ。

 ――それぞれの記憶が、飛ぶ。

 

 その前後に起こった衝撃で、その輝きの動揺頂点に達した。

 やがて咆哮が轟く。膨れ上がった光は強化ガラスを内側から粉砕した。

 

 焼け落ちる棟。崩落する壁と床。

 時は、飛ぶ。場面は転ずる。

 視座は、立場と知り得た情報によって大いに異なる。

 

 当事者たちの眼差しの中心に、二人の男がいた。いくつかの影が、囲み、そして立ち尽くす。

 未だ少年の甘さを抜け切らない、若者。そして彼に抱きかかえられた、少壮の男。

 若者が、師とも親とも思っていた男の骸を腕に収め、悲痛な慟哭を張り上げた。

 その男の心臓の音が完全に止まるまで。

 たとえ半熟とも未熟とも周囲からは受け取られようとも、涙を止めることが出来なかった。そしてそれは、彼の一生分の涙であったことだろう。

 

 やがて彼は噛み付く獣ように首を反らす。

 天井はとうに爆風で抜け落ちていた。焔舐め、黒煙登る空を眺めた。

 その暗雲の向こう側に、白い獣が飛翔し、蛇行しながらその場を遠ざかっていく。

 

 それを仇と見据え、そして睨みながら若者は、

「悪魔め……ッ!!」

 と呪いの言葉を吐きかける。その掌に、形見となるレンズを握り固めて。

 

 だが、ガラスの檻から解き放たれたその怪物は、自分の破壊した施設、殺めてしまった人間のことなど顧みることなく、その全容が定かならないままに、消えていく。

 

 頬に流れた涙は、煤と怪物に対する若者の憎悪によって、傷跡のごとく黒くこびりついていた。

 そしてそれを隠すがごとく、師の帽子を手に取り、目深にかぶるのだった。



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第1話:探偵、リメイク、リスタート
1:ひかりのまち


 燦都(さんと)市は、『再興』都市である。

 良質な土が採れたこの地は、明治期までは硝子や陶器の工芸品が盛んで、それで生計を立ててきたのだが、それ以降は海外からの輸入が増えてきたことにより一度は衰退。

 しかしエネルギー産業、精密機器の複合企業『ホールドコーポレーション』がこの地に進出してきたことで、一変。実験や計測機に用いるガラス部品を大量に受注し、経済は大いに潤うこととなった。

 

 息を吹き返した燦都。それに伴い街中にちりばめられたステンドグラスやガラス細工も、宝石のように輝きを増したような気さえする。

 

 この街には、『名医』がいる。

 と言っても人間相手の医者ではなく、そもそも生物でさえもない。

 診察というよりかは検査と言って良く、治療というより修理だった。

 

「ほら、割れた画面、直しといたぞ」

 だが腕は確かな男だった。

「ほら、請求書」

 ただし、性格は別として。

 

 自分の手元に戻ってきたスマートフォン。それを遮るように突き出されたのは一枚の書類。男子小学生は、顔をしわくちゃにして

「げっ、子どもからカネせびるのかよ!?」

 と声をあげた。

 

「ったりめぇだ。遊んでて割ったこと親に黙っててやるんだ。その口止め料も含めて、寄越せ」

 とかがみ込んで目線を合わせ、掌を突き出す。

 

「……だーれが払うか! ばーか、ケチ! ヤブ!」

 思いつく限りの罵声とともに、子どもは脛を蹴り上げて身を翻した。

「ぐぁっ……待てこのクソガキ!」

 無防備なところを攻められ悶絶し、その痛みが尾を引かないままに彼は少年を追いかける。

 

 その矢先に、彼の前途を一陣の風が遮った。

 碧い、丸み帯びた鉄の風。見たこともない二輪車が、彼の眼前で横に向いている。

 

「あーあ、いい歳した若者が、子どもに金をせびって追いかけて」

 と、その風に皮肉を乗せて、軽やかに声が転がった。

 やや身の丈に余るバイクの上で、その『ライダー』はゴーグルを外し、素顔を晒した。

 

 黒い瞳。肌は白く、目鼻立ちはくっきりとしている。メットを外すとまっすぐに伸びた黒髪がわずかに風に乗り、浮いたそれを、取り出したキャスケットをかぶってまとめる。

 喋る言語は流暢な日本語だが、日本人かどうか断じるには難しい東洋系の顔立ちだ。

 美形なのは、色事に関心を持たない彼から見ても間違いないにしても、そもそも男か女かさえ判然としない。

 

「やぁ、和灯(わと)晶斗(あきと)

 

 まるで旧知の友かのように振る舞いながら、その初対面の若者は軽く手を掲げた。

 

 〜〜〜

 

 『アトリエ・ワット』は、燦都の中心部でも少し外れた辺りの、商店街(アーケード)の中にある。不自由なく面積は広いが、シャッターを下ろしている店舗もそれなりにあり、昼間でも少し寂しい感じにある。

 そんな場所にあえて店を構える起業者および今の店主の、ひねくれ具合が見て取れた。

 

 その今の店主こそ、『名医』和灯晶斗だった。

 なるほど、オイルか何かで要所要所を汚した白い作業着を、肩から打ち掛けた姿は、医療従事者に見えなくもない。

 もっとも、二十歳そこそことは思えない、硬骨かつ狷介な本人の雰囲気も相まって、真っ当な医者というよりかは返り血を浴びた闇医者、もしくは戦場の軍医を想起させる。

 

双見(ふたみ)怜風(レフ)?」

 申込書に書かれた名前とルビを音読した晶斗は、

「なんの冗談だ、こりゃ?」

 と胡乱げに目の前の中性的な若者を見上げた。

「それが今の僕の名前」

 バーと秘密基地の合いの子のような趣の、だが決して広いとは言えない店内。椅子から床に届かない足をぶらぶらと前後させ、にこにこと満面の笑み。

 

 その記名欄の末尾に、晶斗は(仮)と付け加えた。

 

「……で、依頼は機械製品の修復、らしいが……届け先の住所が空欄なんだが」

「そりゃもう、風の向くまま、気の向くままという生活だからね」

「住所不定……と。職業は……探偵?」

 一旦ペンを止め、険しい顔をする。そして確認を取るより先に、

「自称自営業、と」

 と勝手に補足を書き入れた。

「今のご時世だとセンシティブな問題なのを承知で聞くが、性別は?」

 

 ふふん、とレフはカウンターに頬杖をついて微笑みを称え、

「どっちに見える?」

 と尋ね返す。

 

 しかして彼はノーリアクション、無常に

「性別不詳。不審人物の可能性大。通報も視野に入れる、と」

 とまとめた。

「ちょっとちょっとちょっと!?」

 たまらずレフは声をあげた。

 

「あのさ。フツー客の目の前でそーゆーこと言うかなぁ!? てかその態度はないんじゃない!」

「まだ客じゃねぇ。それは俺が決めることだ」

 そう傲然と言い放つ彼は、まるで問診をする医者や研究者のようだ。

 なるほど、苦い顔をするレフの鼻先にペンを突きつけ、そして言った。

「まぁ良い。とりあえず(ブツ)だけ見せてみろ。犯罪まがいのモノだったら、それごと知り合いの警察に突き出すからな」

 

(……断りムーブしてたくせに)

 なるほど聞きしに勝る偏屈ぶりと、この時レフはあらためて思ったのだった。



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2:『W』を直せ

 その自称探偵の子どもが取り出したのは、完膚なきまでに破壊された装置だった。

 サイズ的には片手で持て余す程度の代物。

 だが焼き切れて剥き出しになった無数の回線の束が、本来の機構の複雑さを初見からして想起させる。

 まして、形状の異質さたるや。

 

 大部分は焦げて塗装が剥げ落ちているが、残骸から察するに、何か検査器具のようでもある。両サイドに円形の何かを当てはめるためたバックル。中央にはメガネのツルにも似た留金。

 

(視力でも診るモンか)

 などと一瞬想ったとしても、別に見当はずれと嗤われることはないだろう。

 

 全体的に抱くイメージとしては、スチームパンク的な造形とカラーリング……もっとも、これは大破した時点から見たがためだろうが。

 そして残された箇所の多いバックルは……アルファベットの『W』を想起させた。

 

「なんだこりゃ」

「ドライバー」

「……なんの?」

「変身するための」

 

 だから、それとかけ離れたこの突拍子もない答えに、彼はしばし固まった。

 

「この『ドイルドライバー』は、今から一年前にある事故が原因で破壊されてね……それから修理できる人間を探して、どうにか君たどり着いたってワケだよ『医者(ドクター)』」

「はっ、そりゃ光栄なことで」

 

 拒絶的な皮肉を返す晶斗に、微笑んだままの魔探偵は言った。

 

「そこで、君に依頼だ。これを、直してもらいたい」

 

 一技師としては興味はない、と言えば嘘になる。詳しくは調べてみないと分からないが、それでも掴みとしてこれが、高いポテンシャルを秘めた道具であることは察することができる。

 だがだからこそ本能的な危機感の方が勝る。ただの眼鏡屋の検査キットではないことは確かだ。面倒ごとに、巻き込まれることは、御免だ。

 

 関心と、不審。その二者を天秤にかけて揺らぐ晶斗にやおらレフは身を寄せつつ、

「対価は、支払うよ」

 と言って、さらに背を伸ばして耳元に近づけた。

 

「そう、例えば……君の父親のこととか」

 晶斗は、反射的に目線を上げてレフを見返した。

「探偵だからね」

 と飄々と両手を振りながら、道化師(ジョーカー)じみた所作で続ける。

 

「先に見せた探偵への忌避感が、私立探偵だったお父さんとの確執から生じたものだということは理解している」

 と妙に理屈ぶった言い回しとともに、猫のように目を細める。

 

「そのお父さんが今、どうしているか……知りたくはないかい?」

 妖気を孕んだその誘い文句は、彼に決断させるのに十分だった。

 

 〜〜〜

 

 数分後、抵抗する間もなくレフは晶斗に傍に抱えられて戸口から放り出された。

 

「え、えぇ〜……そこは受けるのが定石(セオリー)じゃないの?」

「何がセオリーだこのクソガキ!」

 目をいからせ怒鳴りつけ、晶斗は地面に伏したレフの鼻先へ指を突きつけた。

 

「俺が嫌いなモンはな、テメェが何者かも決められない、答えられないような半可通の生煮え野郎だ! 突然研究所辞めたかと思えば、自分の店と家族さえほっぽり出して探偵やるとかワケわからんことを言い出すような野郎とかな!」

 そう一方的にまくし立て、荒々しく扉を閉じて締め出す。

 

「やれやれ……難しいんだな、親子の情ってのは」

 ぼやきつつ、土埃を払って、立ち上がる。

 だがふと傍に目をやった時、晶斗に追いかけられていた少年と、その仲間たちの姿を認める。

 

 そこには、直してもらったゲーム機で、楽しそうに友だちと遊ぶ男の子。それを見て、レフも顔を綻ばせる。

 先のは、心を許しているからこその悪態であり、また親しいからこそ容赦ない応酬だったのだと。

 

「……まぁいいさ。こっちも、やるべきことはやった……半熟なりに、だけどね」

 締め切られた扉に最後に一瞥を呉れてから、レフはそのまま踵を返した。



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3:忍び寄る火の影

「あのヤロッ……余計なモン置いてきやがって……!」

 怪人物を追い出してから、程なくして晶斗は歯噛みしながら自らのアトリエを出た。その手には、依頼人に相応しい用途不明の機械が握られている。

 

 この計器類の如き何物かが、盗品の類であればどうするか。

 件の『馴染みの刑事』が、身内ゆえに手を緩める人物ではないと知っている。

 預かっているのを知られれば、痛くもない腹をこれでもかと抉られることは目に見えていた。

 となれば奴に押し返すより他ないだろう。

 

 街に躍り出て方々を捜し、仕事上で得たツテを頼りに回ったが、行方は知れず。

 それこそまるで足で稼ぐ刑事や探偵のようではないか、と自己嫌悪。

 ため息として漏れそうなのを、買ったボトルの水で一気に押し流す。

 もうすでに夏とも言えない時期とはなっていたが、残暑がきつい。飲んだそばから肌から流れるような、嫌な汗が流れる。

 

 が、次の瞬間聞こえてきた悲鳴に、彼は反射的に背を伸ばし、踵を返した。

 それが、自分が追う存在とは違う類のものだとは、違っているとは半ば承知のうえで。

 

 〜〜〜

 

「なんだ……ありゃ」

 高架下の公園。オブジェに絡みつく()()を前にした瞬間、思わず声が漏れた。

 

 最初に感じたのは、熱だった。

 それも、残暑ゆえのものではない。汗をも即時に干上がる熱風。

 

 と同時に、正気をも消し飛ばしてしまったらしい。

 有り得ないものが、正面に見える。

 

 それは、巨大な紅蓮のトカゲ。

 晶斗自身も抜きん出た高身長ではあるが、怪物の体長はそれをも上回る。

 その巨体をさらに大きく広く見せているのは、一枚一枚が鉄板のごとき赤き鱗の隙間から噴き出す火炎だ。

 身を焼かれているのではない。のではなく、それ自体が内側から発しているものだ。

 黒く尖らせた右目とは左右非対称的に、レンズが顔の左半分を埋めている。

 

 文明社会、いや自然界全体でさえまず見ない体格、姿形、質感、そして現象。

 彼の技術者人生で見たものといずれも当てはまらず、その知識の埒外にある存在に、しばし目を疑い、そして奪われる。

 だがそれを覚ましたのは、視野の片隅で固まっていた人影だった。

 

(かえで)!?」

 それは、彼に携帯の修理を依頼してきた小学生。山村楓だった。遊具の片隅で打ち震える彼を見て、思わず声を上げた瞬間、その不明を悔いた。

 

「ニイちゃん! た、助け……ッ!」

「バカ、返事すんな! 駆け出すな!!」

 

 その忠告はいずれとも守られなかった。

 この化け物の五感がどの程度のものかは知るべくもないが、とりあえず足音と声を立てて動いたモノを捕捉する程度には達者らしい。

 

 ギョロリとレンズと右眼を傾けて、トカゲの怪物が少年の側を向く。

 そして楓に向かってグワリと大口を開けて迫るそれを見上げつつ、晶斗は舌打ちとともに、身を乗り出して駆け出した。

 

〈シルフ!〉

 

 ……だがその背から、何かが彼を追い越した。

 翠風をまとって怪物と少年たちの間に割って入った()()は、翻弄し、時には肉薄しながら体当たり気味にそのトカゲと打ち合った。

 

「ワトさん、平気っ?」

 思わず立ち止まった晶斗に追いついてきたのは、尋ね人たるレフだった。

 

「あ、あぁ? なんだってんだよ、こりゃあ」

「説明は後! 今はこれが精一杯だから、今のうちに彼をっ!」

 

 その催促に心ならず突き動かされ、晶斗は腰を抜かしている少年の身柄を確保、自分たちの背に回した。

 

 もはや手出しが出来ないと悟ってか。あるいは別の思惑あってのことか。

 疾風を持て余していたトカゲは、にわかに体の向きを転じるや、地面を溶かし、頭から突っ込んでさらに掘削し、我が身を潜り込ませて消えていった。

 

 ……マグマ状になって大きく穿たれた穴を覗き込むような蛮勇を、晶斗は持ち合わせてはいない。

 

「……お前」

 晶斗は胡乱げに魔探偵を顧みた。いったい、何に巻き込みやがったと。

 対するレフ、とぼけたように両手を掲げ、

「いや、多分僕とは関係ないから、これ……アレが何なのかは、知ってるけど」

 と()かした。

 だから、対抗手段を持っていたのだと言う。

 

 その掲げた右手には、バイクのタコメーターほどのサイズ感の、奇妙な薄い円形の容器が握られている。

 かなり澄んだガラスを封じる若緑のフレームは、さながら竜巻(サイクロン)のような造詣となっている。

 それを顔の横にまで下ろして近づけながら、

 

「あれは、人工精霊……いわゆる『フェアリー』てヤツだよ」

 

 と、答えた。

 それを冗談だと切り捨てるより早く、彼らの周囲を、緑衣をまとった小人的な存在が、飛行機を思わせるメタリックな羽根をもって飛び回る。

 ちいさな白い顔の大半をゴーグルで覆っている以外はなるほど、精霊もしくは妖精(フェアリー)と称するほかない代物だった。



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4.精霊とは

「……数年前、とある企業の研究機関が粒子を生み出すことに成功した」

 とレフが語り出したのは、戻ってきた『アトリエ・ワット』でのことである。

 

「それは有機物との結合、電子機器や自然エネルギーへの干渉を可能とし、また一定の空間におけるエントロピーを増大させて既存の物理法則さえも超越することさえも可能とし」

「待った、待った」

 掌をかざして、晶斗は制止をかけた。

 

「俺は感覚派なんだよ。長々と講釈を聴くつもりはねぇぞ」

 それでも耳を傾けれおそらく理解できなくもないのだろうが、この怪人に辛抱強く付き合う気にはなれない。

 

「……そ。じゃまぁざっくり感覚的に言うとだ。『何でも出来る超便利な存在』。それを可視化、物質化させたものが『人工精霊』だ。人というものは当時の技術や常識で推し量れないモノを、精霊や魔物の仕業と考えたから、便宜上そう名付けられた。そしてそれを封じ込め、コントロールを可能にしたのが」

 レフはそこで件の円形の容器を自身のズボンから取り出した。

「この『フェアリーレンズ』だ」

 あらためて観察すれば、そのフレームは精巧で堅牢な作りとなっている。

 今は先に呼び出した『シルフ』とやらが収まっているからか、そのレンズ部分には、『C』の字状に妖精が身体を折り曲げているシンボルマークが表示されている。

 だがそれは、見方によれば檻のようにも見える。

 

「……本当は、窮屈な想いをさせたくはないんだけどね。でも、レンズで安定させないと、彼らは生きられない」

 そう淋しげに視線を落としたレフに、晶斗は訝しげに眉根を寄せた。

「淋しいって、今の説明(ハナシ)だとただの粒子だろ」

「……やれやれ、情緒がないねぇ。君」

 しょうがなさげにレフは肩をすくめたが、どこか欺瞞めいたリアクションだった。

 

「何でも良いけど、せめてお茶ぐらい出してくんない?」

 と、そこで生意気な口ぶりで要求してきたのは、山村楓だった。

「お前な、妖精だとか出てきてリアクションがそれかよ」

 と流石に呆れつつも、晶斗は冷蔵庫のミネラルウォーターをミニボトルごと彼のカウンター席の前に無造作に置いた。

 

「もー、古いなァ。妖精程度じゃ驚かない程度には、世の中はフシギで溢れてるんだよ」

 冷めてるんだか夢見がちなんだか分からない物言いとともに、嘯きつつ、

「オレさ、もっとすごいモンこないだ見ちゃったもんね」

 そう、続けた。

 

「すごいモン?」

 どうやら過日に目撃したというその体験が、異常な現象への拒絶感を緩和、あるいは麻痺させたのだろう。

「そっ、遠足で風都(ふうと)てとこに行ったんだけど、なんとその時撮っちゃったんだよねー、噂のかめ」

 言いさして、取り出したスマホを見て、顔を渋くさせた。

 

「どした、少年?」

「……う、動かない」

 

 二人して少年の端末を覗き見れば、たしかにサイドボタンを連打してもディスプレイは暗転したままだ。

 

「あー、さっきのトカゲ野郎の熱でやられちまったかな?」

「そもそも、フェアリーの影響を一般の電子機器はモロに受けやすい。内部データが破損してないと良いけど」

 と言うと、名には似つかわしくないほどに楓の顔は青ざめ、呻いた。

「しゃーない、診るだけ診てやるよ。ほら、貸せ」

 と手を差し出した晶斗だったが、対して楓は、拒絶の姿勢を見せた。

 

「良いよ、どーせこれもカネとるんだろ?」

「……そーいやお前、一回目の修理費払ってなかったな」

「壊れたのに払えるわけないだろっ! どーせ手を抜いてテキトーな修理したからカンタンにまた壊れたんだ!」

「んだと!? 言っちゃならんことを言ったな!」

 

 割と本気の怒喝を浴びて、わっと少年は逃げ出した。

 その去り際に、ベェっと舌を出すことだけは、きっちり忘れずに。

 

「だァーッもう! 信じられねぇクソガキだな!」

 そう罵声飛ばしつつも、彼は取り立てに追うことはなかった。

 どっかりと腰を落とした晶斗をよそに、

 

「しかし、何故あのフェアリーは彼を少年を襲ったのだろうか」

 とレフは思案顔。

「知るかよ、バケモンの考えなんて」

 とにべもなく晶斗は吐き捨てた。

 

「……さっきも言ったけど」

 少し間を作った後、レフは返した。

「フェアリーたちがボディを維持するためには、レンズが必要だ。そしてレンズのユーザーの指示で彼らは動く」

「つまり、誰か思惑のあるヤツの仕業ってわけか」

「理解が早くて助かるね」

 

 本気でそう思っているか判断に迷うような調子で、レフは言って青年へと向き直った。

 

「そう、きっとあの場には、別の人間(だれか)がいた」



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5.謎の男

 店を飛び出した楓だったが、その矢先に店のすぐ手前で若い男と行き当たった。

 

「あっ、ごめんなさい!」

 せめてその十分の一でも晶斗に見せれば話がこじれなかったであろう殊勝さで、反射的に楓は謝った。

 

 男はまだ若い、少年とは到底言えないまでも、青年と呼んで差し支えない年頃だった。

 だが目元は暗澹たる陰気に染まっており、ジロリと煩わせしげに楓を見下ろした後、素早く身を切り返していった。

 首から下げたカメラらしい機材が、その転身の間際にちらりと覗いた。

 

「……なんだよ、薄気味悪ぃヤツ」

 詫びて損したと嘆く楓は、しばし歩き、そして悩む。

 壊れたスマホについて、母親にどう言い訳をしようかと。

 

 まさか一度修理に出したは良いものの、化け物トカゲの吐いた炎熱でやられました、など誰が信じるか。すかさず「つまらないウソをつくな」と叱責が返ってくるのが関の山だ。

 

 ならばいっそ晶斗の元へ引き返し、上辺だけ謝って踏み倒すか、とも考えが過ぎるも、

「……流石にそれはダメだな、うん。アキト泣いちゃうかもしれないし」

 と、最終ラインで良心が働いて、思い止まる。

 

「あれっ、楓クンじゃない」

 と、声がかかったのはその時だった。

 

 バイクにまたがるその若い男は、工藤(くどう)陽介(ようすけ)

 近所に住む大学生だというが、同時に良くない連中とつるんでいる、という風聞もあった。

 なるほど確かに、服やバイクの趣味などはアウトローな匂いのする、子どもの目にもいかついものだと分かるが、それでも自分にはよくしてくれているし、受け答えもフレンドリーだ。偶然ゲームセンターで会った時には、自分のメダルを分けてくれたこともあった。

 

「こんなところでどうした?」

 そうした経緯もあってか、問われた楓は携帯が壊れたという事実だけを抽出して、彼に伝えた。

 

「あー、こりゃ災難だったなぁ」

 深く追及することなく、陽介は同情を示してくれた。

 そして膝を叩いて、

「よっしゃ、じゃあ兄ちゃんがなんとかしてやるっ」

 と申し出た。

 

「え、でもどうやって」

「オレのバイト先ケータイショップでさぁ、ちょっと掛け合ってやるよ。あぁ、金のことなんて気にすんなって。この程度だったら、タダで直せる」

「ほんとっ!?」

 

 一瞬顔を綻ばせた楓ではあったが、わずかな逡巡がそれを曇らせた。

 いくら無料とは言え、一度は晶斗へ依頼しておいて、それを他人の手に委ねることには理屈では表せない後ろめたさがあった。

 

「で、でもさ、なんかそれって」

「ついてきて、くれるよね」

 

 重量級のバイクに乗った青年は、少年を上から覗き込んで彼の言葉を遮った。

 それを真正面から断れる子どもは、まずいないだろう。

 考えのまとまらないまま、圧をかけられた楓は頷くよりほかなかった。

 

 燦都暑の刑事、刃藤(じんとう)法花(のりか)が山村楓の失踪を晶斗に伝えにきたのは、その翌朝のことだった。



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6.カミソリ刑事

「はぁ? 楓のヤツが帰ってない?」

 三顧の礼よろしく、修理の依頼をするべくふたたびアトリエを訪れた時に出迎えたのは、和灯晶斗の頓狂な声だった。

 そして、ロングコートを羽織った女性だった。

 顔立ちは良いし、化粧にもそれなりに気を遣っていることは見てとれるのだが、どこか燻んだくたびれた様子の、三十そこそこらしい女。かけた眼鏡の奥底に、底冷えするような知性を感じた。

 ……そして……

 

「そんなとこに突っ立つな、営業の邪魔だ」

「あ、あぁ。ゴメン」

「おいおい、彼……いや彼女? 客じゃないのかい」

「ただの余所者だ」

 

 邪険に扱う晶斗、そして彼女自身の外見に反して、フレンドリーに微笑みながら手を差し出した。

 

「燦都署の刃藤です。ようこそお客人、この街へ」

「探偵の双見です。どうもありがとうございます。和灯さんとは、知り合いなんですか?」

「まぁオヤジさんから、このヤンチャ坊主の世話を任されまして、ね!」

 

 と言って、不貞腐れてそっぽを向いている晶斗の頭にグリグリと掌を押しつけた。

「やーめろっ」

「おっ、やるのか? 久しぶりに秘剣『蜻蛉斬り』味わってみるかー?」

 その手を晶斗は振り解いたが、本気で拒絶している様子はない。

 それをいなす刃藤刑事も、どこか楽しげだ。

 

 ちょうど楓と彼との距離感をスライドさせたような関係なのだろうと、レフは言外に把握した。

 

「つか、話ズレてんぞ」

「お客さんの前で説明するのは気が引けるんだがね」

「だから客じゃない。つか、いないものとして扱え」

 

 あまりにぞんざいな言い様にむくれるレフだったが、そこで喚き立てて追い出されても困る。無言でその身を片隅に置くと、女刑事は語り始めた。

 

「昨日から、山村楓クンの行方が分からなくなっていてね。彼が友人とともにこのアトリエに訪れたところまではウラ取りが出来ているんだが、そこから先が不鮮明になっている」

「……あいつならその後もう一度ここに来た、ちょっとワケありでな」

「ワケあり、ね」

「俺が攫ったとでも疑ってんのか」

「あぁ、最初はそう思った」

「ひでぇ」

 

 晶斗は顔に苦みを走らせたが、情を差し引けば、まぁ無理らしからぬ推量ではある。まして、怪物に襲われたところを保護しました、などという信じてもらえない事実を説明に挟むことなどできないのだから。

 

「最初は、と言っただろう。目星はついている、と言うより向こうから名乗り出てきた」

 

 刃藤は、ポケットからまずキャラメルを出して、ふたりに一個ずつ握らせた。まずはこれでも食べながら心を鎮めて聴け、ということらしい。

 彼らが包みを解いて口にそれを放り込んできてから、フィルムに包まれた一枚の手紙を取り出した。

 

 そこには挑発的な文言で、山村楓を誘拐したこと。そして返還の見返りに、なんと和灯晶斗に大金を持たせて指定の場所に寄越すことなどが記されており、最後には

『チーム獄炎』

 とこれまた攻め気のある調子のフォントで刻まれていた。

 

「今朝、山村さん宅のポストにその声明文が投げ込まれていた」

「この『チーム獄炎』ってのは?」

「街のクズどもだ」

 刃藤の口から敬語が抜けた。衝動的に暴言が飛び出るほどに、彼らは度し難い存在なのだろう。

「恥ずかしながら、我らが郷里にもカラーギャングや半グレまがいの連中がいてね。車上荒らしやチンケな恐喝(カツアゲ)に精を出すような有象無象どもだ」

「ウチにも前に来たぜ、得意満面で盗難車持ってきやがったからボッコボコに……丁重にお帰りいただいたよ」

「おい、穏やかじゃないことをさりげなく漏らすな」

(と言うか相手方が彼を指名してきたの、それが原因なんじゃ)

 そんな考えがチラリと過ぎったレフだったが、言わぬが華とは了解している。

 

「まだそれぐらいだったら可愛いモンだったんだが、どうにもここ最近になって急激に勢いが増してきてな。殺人事件にまで関与しているという話も出ている」

 

 自身もキャラメルを口腔に放りながら、忌々しげに奥歯で噛み潰す。

 

「対立するグループ、有力な情報提供者、奴らが関与していると思われる事件を追っていた刑事……それらがことごとく失踪ないし死体として発見されている」

「おい、そんなハナシ聞いたためしないぞ!?」

「当然だ。大っぴらに公表すればパニックになる……しかもその死に方というのが妙なものでな。皆、いずれも焼け死んでいた」

「焼死……?」

 

 晶斗の目が、初めて何かを求めるかのようにレフの方を見た。

 そこまでは話半分に聞いていた彼の表情が、険しいものへと変化した。

 

「そうだ。火元などないところで黒焦げのガイシャが発見されたり、あるいは勤め先のビルが燃えたりと、色々な。しかもそういう時に限って、メンバー全員にアリバイがあったりする……挙句、巨大なバケモノが事件の直後に蠢いたのを見た、なんて与太話まで流れる始末さ」

「……」

「まぁそんなわけだ。先方はお前をご指名だが、あとは我々警察の仕事だ。当日は絶対に店を出るなよ」

「は?」

「は、じゃない。連中の本命は楓クンでもカネでもない。おそらく慎重で容易に報復の隙を作らないお前自身だ」

「そんな恨みを買うほどのことかね」

「さっきも言ったが、連中は日を追うごとに残虐になっている。ちょっとした侮りさえも、十倍の仕返しをするぐらいにな。マトにかけられたお前がこの件に協力したところで、いたずらに相手を刺激し、楓クンを危険にさらすだけだ……千里(せんり)さんにも、言い訳ができない」

 

 スレた感じからは想像もつかない、冷静な見識と細やかな気配りを見せる彼女に、反骨精神旺盛な晶斗もさすがに口をつぐんだようだった。

 

「それでも協力したいというなら、そうだな……抜け目ないお前のことだ。奴らと揉めた時、その連絡先ぐらいは抑えてあるんだろう。その名簿を借りるぞ」

 へいへい、という気のない返事と共に、晶斗は戸棚から分厚い帳簿を引っ張り出して、彼女に渡した。

 その重さに辟易する彼女は、

 

「今のご時世に手書きの伝票とはね……アナログ主義は親父さん譲りか」

 と軽い皮肉を吐いてそれを脇に挟んで戸口へ向かう。

 

 その去り際、足を止め、

「……ビルが溶け、人が死ぬ……この街じゃ、まずありえないことだったんだがな」

 と感傷を込めて刃藤刑事は呟いたのだった。



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7.契約

 刃藤法花が去った後、奇妙な沈黙が流れた。

 だが、互いに今何を想い、そしてそれをどうその場に出力すべきか。暗黙のうちに模索する。

 

「……さっき刃姐さんが与太話つってたの、あれは」

「あぁ、多少の誇張はあるにせよ、ほぼ間違いなく事実。あのフェアリーのことだろう」

 

 しかし一度打ち明けてしまえばあとはスムーズだった。

 正直というカードを切ってきた晶斗に対しレフは、用意していた解答でもって返す。

 

「犯人はおそらく君のアトリエを飛び出した楓を見て、客と誤認して精霊をけしかけた。それに君がどういう反応を示すか……つまり山村楓が君を吊り出す餌として適任かどうかを試したわけだ。君には人質とすべき身よりがいないからね」

「ゲスどもが」

 そう吐き捨てた晶斗は扉に向かって歩き出した。

 

「助けに行くつもりかな?」

 レフは問う。晶斗は無言。それが何よりの回答だった。

 

「助けて、追加請求でもするのかい。バウンティハンターなんて今時分にあるでもなし、犯人を捕まえても賞金はもらえないと思うけど」

 揶揄と挑発を半々に、レフは続いて問う。

 

「別に俺は、カネが欲しいワケじゃねぇよ」

 受け答えをする晶斗は、激昂するでもなくことの他冷静だ。

 

「俺はただ、自分の行いに納得がしたいだけだ」

 と彼は言う。

「一度受けた依頼は必ず守る。生半可な気持ちで仕事はやらねぇ。もしその過程で生じたしくじりは俺自身が挽回する。それが、俺を俺たらしめる信条だ。そいつを安っぽい正義感や言葉で片付けたくも揺るがしたくもない。報酬を要求するのはそのための線引きのひとつに過ぎない」

 

 その静かな決意と共に、ドアノブに手をかけた時、

「でも素手で勝てるような相手じゃないでしょ」

 とレフが背後から声を出した。

「もちろん、警察でも無理だろう。『チーム獄炎』が雑に証拠を残すのは、もはや彼らの力が公権さえ問題としないという自信の表れだ」

「じゃあ、どうしろってんだ」

「『人工精霊』のエントロピーを減少させ、エネルギーを発散させて弱体化させ、一気に制圧する。それを可能としたのが、このドイルドライバーだ」

 

 晶斗に預けたまま、ぞんざいにカウンターに置かれていたガラクタを拾い上げ、彼の横に回り込んでくる。

 

「……だから、俺に直せってか」

 まりでタチの悪い詐欺師のセールストークか、でなければ居直った強盗の豪弁か。

 顔を顰めたまま動かない晶斗の表情を見て、レフもまた曇った表情で天井を仰いだ。

 

「……いや、うん。こういう言い方は卑怯だよな」

 と呟くや、今までになく真剣な表情に切り替えて、晶斗の双眸と自身の視線とをかち合わせた。

 

「和灯晶斗、この依頼は君にしか頼めない。君にやってもらいたい」

 ストレートな物言いで、だが不安からか瞳の光は風前の灯のように揺らぐ。

 

 そしてそれは、彼が初めてこの怪しげな探偵の中に見た本音……真実味帯びた言霊だった。

 

「……金は払えよ」

「そこは誠意で納得してもらいたいもんだけどね」

 受けてくれる。そう汲んだ安心感からか、一転して軽口を飄々と叩くレフに舌打ちしながらも晶斗は、掴んだドライバーを手放すことをしなかった。



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8.鋼の本棚

「あれ? 工房ってこっちじゃないの?」

 レフは首を傾けてアトリエの奥を指差した。工具箱の類が並べられていた一室へは向かわず、晶斗はカーテンで仕切られた脇の部屋へと足を向けた。

 

 そこは物置小屋兼資料室といったところで、小難しそうな感じの専門書へと彼は手を伸ばす。

 だがそれ自体を取ることはせず、横に退けるとその後ろから、部屋の雰囲気とはミスマッチな電子パネルが現れた。

 

 そのパネルに、レフの死角から乱雑な数を入力すると、戸棚自体が大きくスライドして、鋼鉄の扉が現れた。そして一人でにその口が開けば、中はエレベーターになっている。

 

 唖然としかけたレフではあったが、依頼人などいないものとして乗り込もうとする晶斗の背に慌てて追いつく。

 

 下層自体にはすぐに着いた。

 開いた先には、何もない。真っ白な部屋。壁の継ぎ目さえなく、上に電灯や通風口の類もない。すべて壁の内に内蔵されているか、代替する機構が何処かしらにあるのだろう。

 

 その異様さに苦い記憶が微かに蘇る。わずかながらに顔をしかめ、二の足を踏むレフには構わず、晶斗は半壊のドライバーを捧げ持った。

 

「診断を開始する」

 そう、誰にともなく呟くとともに。

 

 次の瞬間、両側の壁が迫り出した。

 列を成して分かれ、格納されていた機器類や部品が陳列されていた棚が、晶斗を、おそらく彼にとって都合の良い並びで囲む。

 その様は、さながら工具店のようでもあり……鋼の本棚のようにも想えた。

 棚の一角から照射される光が晶斗の掌中のデバイスを包み込み、読み取ったその結果が彼の手元に映像としてアウトプットされる。

 

「損傷率76%。だがメインシステム自体は無事。データも独自のネットワーク上にバックアップ済み……よって残存部分から本来の形状をシミュレートして設計図を再作成。所要時間を算出……余裕がない。欠損パーツの製造と組み立てとを並行して行う。それらのタスクを一覧にしてそこに映し出せ」

 

 それこそオペを行う医師のように、自らの周りに浮かび上がる検査結果を確認し、タッチパネルを操作しAIに指示を飛ばして自らを補助させつつ、必要な道具を抜き取って修復に取り掛かる。

 

「……これ、一工務店の規模じゃなくない?」

 レフは頬を引き攣らせながら言った。アナログと刃藤は揶揄したがとんでもない。工科大学でも、これほどの設備があるかどうか。

 

「あのクソ親父が道楽で残してった、バカデケェ玩具箱だよ。言っておくが、これでも明日の時刻に間に合うかギリギリだぞ……ぶっ通しでやらないとな」

 この傲岸な青年の言葉に、軽い焦燥が滲む。

 

「僕にできることは?」

 堪え切れず、つい切り出したレフに冷たい視線が返ってきた。

「知るか。んなもん、自分で考えて動け」

 突き放されて、所在なく立ち尽くすほかない。

 

 こういう時、己の無力さを噛み締める。

 自分には、もっと多くのことができるはずなのに。

 ――できたはず、なのに。

 

「……とは言え、そこにずっと突っ立ってられるのも鬱陶しいからな」

 ややあって正面に向き直った晶斗はため息混じりに続けた。

「飯とコーヒーを持ってくるぐらいのことはしてくれ」

 

 そのぶっきらぼうな言葉の端々に、不器用な気遣いを感じ取り、レフは苦笑したのだった。



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9.ガラスの記憶

 霧と闇が、頭の中を覆っている。

 その中で閃く断片が、記憶だ。

 濃い記憶、強い記憶、苦い記憶。

 

 それらが踏み砕かれたガラスのように、魂の内側でで閃いては接続と切断をくり返す。

 

 あの人が、くれたものだ。

 記憶も、言葉も、知識も、技術も。

 そして命も。

 

 そしてそれが、自らの腕の中で失われていく冷たさも。痛みも。

 

「おやっさん!?」

 意識の浮上とともに起き上がったレフの額が、晶斗の額と激突する。

「この痛みは、なんか違うヤツ……っ!」

 互いに悶絶しながら、半覚醒のレフは我ながら不明瞭な嘆きを漏らした。

 

「なんなんだよ、クソッ……」

 若干情けなく声を裏返らせつつ、晶斗は毒づいた。

「なんなんだはこっちのセリフッ、あんな妙に接近してる方が悪いっての」

「人の苦労をよそに、お前が寝こけてやがるから、ケリの一発でも入れてやろうとしたんだよ」

「寝こけて――眠っていたのか。僕が」

「他に何があるんだよ」

 

 

 だが邪険に思っているだろう依頼人をあえて起こすとなれば、理由は一つしかない。

 

「できたのっ?」

「あぁ、一応な」

 晶斗が死角より取り出したのは、半身を取り戻したドイルドライバーだった。

 

「さっすが」

 飛びついたレフは、あらためてまじまじと凝視する。

 だが、その姿形は、自分の知るそれとはわずかに異なっている。

 錆びた、というよりかは寂びた色味となっているし、左サイドにはL字状の導管が取り付けられていたはずだが、代替パーツは直角ではなく歪曲していて、Jの形のようだった。

 

「なんか、ちょっと違うね」

「贅沢言うな。無から設計図書き起こしたんだぞ。それ以上に動力部には不安が残るが、試運転の余裕さえない」

 

 そうは愚痴をこぼすものの、懐中より時計を取り出して確認してみれば、想定されていた時刻より早くには仕上がっていた。

 

「もう少しギリギリかと思ってた」

「あぁ、薄気味悪いぐらい、原料の在庫が揃ってたからな。パーツもうちのもので大体が流用可能なものだった……まさかお前、それがハナから目当てで俺に当てをつけたのか?」

「……それこそ、まさかだよ」

 

 肩をすくめて立ち上がろうとすると、自らの上体からはらりと毛布はこぼれ滑り落ちた。

 自覚はなかったが、纏われていたらしい。

 

「あれ、これって」

「さっさと行くぞ。早く仕上がったつっても、遊んでるヒマはねぇ」

 

 早口でそう言うや、晶斗もまた膝を伸ばして立ち上がり、背を向けた。

 ちいさな探偵は簡単な推理のもとに、目を細めた。ようやく、どうして彼があそこまで接近をしていたのか、把握した。

 

「――やっぱり、似ているよ。君たちは」

 だからこそ、あぁいう記憶(ユメ)を見たのだ、と。

 

 思わずこぼれた独語。そのうちに帯びた繊細な感情の響きをそっと自らに留め、毛布の縁を指先でなぞり上げた後、レフは彼の後を追従したのだった。



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10.始まりの変身

 指定されていた場所は、北街道沿い、工業高校東の自動車の整備工場。

 まだただのチンピラだった頃の『チーム獄炎』のメンバーが働いているとかで、彼らにとって色々と融通の利く場所だった。

 

 そこに、『マシンドロンパー』なる、レフのバイクに同乗して向かう。

 これも相当に手を加えられたものらしいことは、後部にあって即時に晶斗も理解した。排気や駆動の音も小さく、スピードは出ているのに安定感がある。

 

 工場にたどり着くと、見張りの姿は見えない。身を隠して監視しているのか、あるいはまだ来ていないのか。

 

 だが重い扉を二人がかりで引いて開くと、

「兄ちゃん!」

 結束バンドで後ろ手に縛られた山村楓の姿と、引き攣った声。

「ずいぶん、早いじゃねぇの」

 そして一目してそれと分かる、無頼の徒党たちが彼を囲う。

「カネは? てかなんだそのガキ? デカには見えねぇが」

 要求していた額が入るようなケースを晶斗たちが持ち合わせていないことを見咎めると、その首領と思われる、歳はいっているが外見不相応に若い格好をした男が胴間声で尋ねてきた。

 

「カネは、働いて稼げよ」

 多少は誤魔化しても良さそうなものだが、晶斗は直裁にそう伝えた。

 その時、けたたましい笑い声が、ボスの横から響き渡る。

 

「アンタ、オレが店に来た時もそう言って追っ払ってくれたよねぇ」

 その若い男は、濁った目を眇めて晶斗へと絡んできた。

 確か工藤とかいう、チームのメンバーだ。

 刃藤に語った、店に盗品の修理にやってきて『丁重にお帰りいただいた』うちの一人だったと記録している。

 

「だから、その時のことをちゃーんとお話して、誤解を解いておこうとカレに手伝ってもらったてワケ」

 工藤はにこやかに、だがどこか粘りつくような口調で楓の肩を抑えた。

 

 晶斗は眉を寄せた。

(このハナシが来た時も思ったが……一体いつの話だよ)

 確かに揉めたのは事実で、そのことを逆恨みし、根に持っても不思議ではないのだろう。

 だが、いくら犯罪者集団とは言え、それを理由にリスクを冒し凶行に及ぶ理由としては薄いはずだ。その執着ぶりと殺気は尋常のものではない。

 

「あ? おい、順序違ぇだろ! カネが先だ!」

 ボスの方は、もっともらしい反論と共に工藤に掴みかかった。

 その部下は、呆れたように唇を歪めた。

「んなもん、田舎の修理屋ふぜいが持ってるわけないでしょうが」

「野郎に親父の遺産が山ほどあるっつったの、テメェだろが!」

「んなテキトーなウソ、マジで信じたんすか、ホント、頭悪ぃヒトだなぁ」

「んだと、てめ、誰にモノ言って」

 

 その恫喝は、効力を発揮する前に遮られた。

 派手な破砕音とともに。

 工藤が握っていた赤いフレームのレンズ。

〈サラマンダー〉

 という野太い合成音声を合図に、指でずらしたフレームの隙間から飛び出てきた、炎纏う異形の突撃によって。

 先に晶斗達を襲った、あのトカゲの怪物(フェアリー)だ。

 

 端の壁まで吹き飛び、めり込んだボスは、そのまま白目を剥いて、ずるずると腰を落とす。生死は定かではない。『チーム獄炎』にとって唯一確かなのは、その元締めに一部下が反旗を翻し、そして瞬く間にその地位を覆してしまったということ。

 

 散々に利用していた力が彼らに向けられた時、他のメンバーたちはとれる手段は、悲鳴と共に逃散するだけだった。

 

「……この状況で仲間割れか」

「いいや、元々切るつもりだったよ。鬱陶しい連中を片付けられて、ようやくスッキリできた」

 

 『サラマンダー』。ゲームなどでよく見る、ギリシャ由来の火の精霊。

 それをモチーフにされた粒子の集合体は、工藤だけは襲わず、その身を守るように壁を這う。晶斗たちの横に、着地する。

 

「……そう、この火力(ちから)さえあれば、もう何を気にする必要もない! バカにバカにされながらヘラヘラ笑う必要もない! チョロチョロ嗅ぎ回ってたうぜえ新人刑事もカンタンに始末できた! 何が来ても怖くないっ! 何もかも覆せるっ」

 

 そう高らかに宣う彼は、明らかに言動いずれとも常軌を逸している。

 仰け反り、上を向いたその双眸も、微妙に焦点が定まっていない。

 

「フェアリーレンズに、心を焼かれたか」

 というレフの独語が、青年の状態を端的に表している。

 彼がどこからそのレンズを手に入れたかは知るべくもないが、明らかにその力に溺れていた。

 

「あ、君はもう行っていいよ」

 狂気に表情から一転、好青年然とした表情を楓に向けて解放する。

 この凶漢に長時間拘束され、かつ化け物が周囲にいるという悪夢のような環境下で、喪神しかねない状況下から解放されて、逃げる以外の選択肢があるだろうか。

 

 おぼつかない足取りながら、懸命に晶斗方へと、少年は駆け出した。

 だがその背で、工藤がその笑みを歪めていた。

 

「――そう、もう何にも縛られない」

 不気味に嘯く。その響きを聞いた晶斗の身体は、レフの制止を振り切って、本能的に動いていた。

 

 合流した彼らに向けて、サラマンダーが大きく口を開く。

 その奥底で、紅蓮が渦を巻く。まとめて彼らを焼くために。

 

「人質のガキに消し炭にすることにも、抵抗に思わない程度にはなァ!」

 勝ち誇ったような工藤の高笑いが轟く。

 

 ――死んだ、と。

 そう思った。予感は、確信に変わる。避けられるはずもなかった。

 せめて楓はと、彼を抱いて火トカゲから背を向け、自らはその盾となる。

 

 だがそこに、さらに割り込む小さな影があった。

 圧と風。それが彼らから炎熱

 いったい何が起こったのか、それを理解し切る前に、眼前には探偵が立っている。

 

「……仕方ない……か」

 両腕がふさがっている晶斗をわずかに目線を傾けつつ、奥歯を噛みしめたレフの手には、件のドライバーが握られている。力のこもるその手の中で、白いスパークが奔った。

 それを自らの腹の前に置くと、黒みがかった鉄色のベルトが鉄鎖の音とともにその腰を巻き取る。

 

 作業がてら、どういう代物か、如何にして使ってフェアリーを制圧するのか、それは聞いていた。

 動力源となるフェアリーレンズのフレームをずらし、内包されているフェアリーの制限を一時的に解除する。

〈シルフ!〉

 そして、円形の左ソケット――スタンバイサイドに右手から交差するようにセットすると、起動が始まる。

 

 弦楽器にも似た繊細なタッチのシークエンス音が工場の中、奏でられる。

 碧緑の素体を機械的にコーティングすることで安定・純正化させたフェアリーが敵を牽制しながら宙を舞う。

 

 背面に展開されたのは、無数の文字の羅列。

 ドイルドライバーが独自のネットワークに収拾している都市伝説や伝承といったもの、それらを暗号化させた画面。それを最適な形で抽出し、結合し、収縮させ、妖精の手に収まるほどになると、シルフ・フェアリーは吐息を吹きかけるモーションとともに、マスターの身へそれを転送する。

 

 ――なんだこりゃ

 ――ドライバー

 ――なんの?

 ――変身するための

 

 そう、変身。

 東京近郊の地方都市に語られる、ある伝承(フォークロア)

 データベースから照会したヒーローをモチーフとした姿へと。

 

「変身!」

 口元を覆うように交差した左手が、レンズをスタンバイサイドからアクティブサイドへスライドする。

 

〈Joker invited you "Shall we open the lock into a cyclone?"〉

 レフの周囲を待っていた風と光が転回する。異形の装束として物質化し、彼を守護し、忘れたころに飛来してきた火球を跳ね除ける。

 

〈Kamen Rider Shalllock Cyclone logic〉

 

 顔の右半分は段違いに重ねられた本のページか、旋風を象徴化したかのような造形をしている。

 メカニカルな左目のモノクルの図柄も、両肩に垂れ下がるコートも、同じく風の渦巻きをイメージしたものである。

 ただやはり、身の丈自体は、装着者に合わせて華奢なものではあったが、それでも補って余りある力の迸りを、肌を通して晶斗は感じ取っていた。

 

「な、なんだよ……なんなんだ、お前!?」

 工藤の動揺は晶斗のそれをはるかに上回る。先までの余裕を奪われ、頓狂な声をあげる彼に、指を自らの顔の意匠の分かれ目に立てたレフは、

「ライダー」

 と答えた。

 

「そう――これこそが仮面ライダー……仮面ライダーシャルロックと、名乗らせてもらおう」

 そのモノクルに紫光の輝きを閃かせたその姿を、噛みしめるようにあらためて呼称したのだった。



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11.戦端

 仮面ライダーシャルロック サイクロンロジック。

 そう名乗りをあげたレフは、ゆったりとサラマンダー・フェアリーへと歩み寄った。

 倒すというよりかは、猛獣を宥めすかすように、静かな足運びで。

 操る工藤は、すでに眼中になく。

 

「……やれぇ!」

 それを屈辱に感じたか。忘我の状態から復活した工藤が、自らの操る怪物に鋭く命じる。

 殺意に突き動かされたトカゲが、その豪腕を熱風と共に振るう。

 

 だがすでに、そこにシャルロック姿はない。

 しかし遠のいたわけでもない。

 

「こっちこっち」

 仮面の若者は、その異形の背で片腕で逆立ちしている。

 煽るような調子で声をかけたそれを振り落とさんと、地面を転げ回る。

 

 レフはむしろその勢いを利用して身を捻ると、腹の下に潜り込んで蹴り上げた。浮上する。吹き飛んでいる。天井に激突し、電灯ごと落下する。

 

「すげ……」

 楓が茫然自失で呟かなければ、晶斗がその賞賛を口にしていただろう。

(これが、レンズの力、か)

 

 サラマンダーをいなすシャルロックのファイトスタイルは、蹴り技を主体としたしなやかな動作で、あえて言うならカポエラに近い。だが、踊りを混ぜることで監視を欺いたという歴史のあるその格闘技とは異なり、翻弄こそすれ遊びはない。

 

 否、このような技や流派が歴史上に存在するだろうか。

 床を行くように壁を伝う人間など、見たことがない。

 ワイヤーも無しに高く長く宙を舞う人間など、聞いたことがない。

 その過程で方向を切り替えて、連続蹴りを浴びせる人間など知るべくもない。

 

 これが、シャルロック。

 これが、

「仮面、ライダー……?」

 

 それこそ妖精か、あるいはカートゥーンでフック船長を挑発するピーターパンのように、敵を疲弊させるためにその身を、力を、躍らせる。

 

「ああああぁっ!! ウゼェッ! そんなチンケな風で、このオレを縛るなぁぁぁあああ!」

 

 それが奏功し、工藤が吼える。その怒情に感応し、サラマンダーはがむしゃらな特攻を繰り出した。

 今までにない、直線的な動き。読み易く、隙だらけで、そしてレフがおそらく待っていた瞬間。

 

 レフはベルトの右横にくくられていた、空のレンズを取り出すと、空いていたスタンバイサイドへと装填する。両サイドに揃ったレンズが、回転を始めて渦を巻く。もそして、レンズを収めていたのとは逆サイドに取り付けられていたスイッチを、掌で押し込んだ。

 

〈Sylph! Extreme Q.E.D!〉

 

 本人同様、男女いずれともつかない音程のガイダンスボイスとともに、マスクの塞がれた右側で、真紅の眼光が閃く。

 腰を落として突き出した右の足先に翠風が球のように固まる。

 

 それを爪先で小突いて適当な高さまで浮き上がらせると、左の脛を叩きつけ、敵目掛けて送り出す。

 蛇行しながら尾を引くようにして飛んだそれは、軌道上で二つに分かれ、片方がサラマンダーのモノクルを、もう一方が胴を穿ち抜いた。

 

 くの字に折れ曲がったのも束の間のこと。

 押し当てられたエネルギーによってトカゲの体内で誘爆が起こり、自らの火に焼かれて怪物は爆散した。



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12.月からの凶刃

 火の粉のように散らされたエネルギーは、スタンバイサイドのレンズの中へと吸い上げられ、炎の色と形を成した。

 

 工藤の方から悲鳴が上がる。

 彼の手にしていたレンズは逆に、みるみるうちにその妖光が抜き取られ、そして手の中で自壊(ブレイク)した。

 

「な、なんで……!?」

 目を白黒とさせる工藤は、自らの指先から零れ落ちるガラス片を、必死にかき集めようとしていた。

「無駄だ」

 そう断じたレフは、二つのレンズをバックルから抜き取り、人間に戻った。

「サラマンダーを鎮静化させ、そのコントロール権限を君から奪った……『彼』はもう、自由だ」

 

 そう嘯いて見せびらかすのは、先まで(エンプティ)だったレンズ。

 そこにはサラマンダーが四本の手足をついて、『H』の形をとったシンボルマークがレンズに映し出され、工藤の所持していたもの鮮やかな色味と大人しめのデザインのフレームに収められている。

 

「な、なんなんだよ……お前ら!? 一体オレどうする気だ」

「さぁて、サツが来る前に一発ブチ込んでやっても良いが」

「いやいや、やめなさいよ。つか、その短絡的かつ暴力的行動が、今回の騒動の一因って自覚ある?」

「……冗談だよ」

 

 と言いつつ、半ばは本気だった。

 だが最大の功労者は、この自称探偵小僧なわけで、その目が呆れたように否定的である以上、その意向を優先させる。

 

 ……そもそも、さっきまでの優越が嘘のように、腰が抜けた格好で後退りするようなチンピラなど、殴る気も萎えるというものだ。

 

 だが、

 

「まさか、テメェらがタケやミノルをヤったのか!?」

 その工藤は、妙なことを口走った。

 

「……あ?」

 晶斗は眉を歪めた。

 思えばその怯えようは、単純に力を喪った、というだけでは説明がつかない。そこに、何かしらの誤解と齟齬が生じていた。

 その訳を問おうと二人が近づくと、

 

「く、来るな! 来るなァ!!」

 早合点とは言え。必死さの成せる技か。立ち直った工藤は、そのまま転身し、脱兎の如く出口へと駆け出した。

 

「おい!」

 追尾する晶斗だったが、レフは、

「待て、外に出るな!」

 と声を荒げた。

 

 止まりきれず晶斗が出口に出ると、そこには異様な光景が広がっていた。

 ――空が、黒い。

 早朝に出たはずだった。にも関わらず、すでに夜の帳が下りている。

 それが自分の正気が失われたわけではないことは、同じく足を止めて唖然としている工藤を見れば瞭然だ。

 

 夜とは言っても、一転の星もない。

 そしてなまじ闇であればこそ、察知してしまう。

 濃い血の匂いを、そこに倒れ伏した、チームのメンバーとおぼしき男たちの姿を。

 

「そう言えばあいつら……連絡つかなくなる前……月が、どうとかって」

 言いさした工藤だったが、その隙だらけの彼に、遠くから何かの光が、弧を描いて飛んできた。

 

 その光に触れた彼の喉輪が、血を噴いた。

 言葉もなく、どうと倒れ伏した彼の傷口からは、ひゅうひゅうと鬼の哭き声かとさえ想われる、物悲しい呼吸が漏れていた。

 

 何が我が身に降りかかったのか分からないままに目を剥き、四肢を痙攣させてこそいるが、それはあくまで肉体に遺された反応に過ぎない。すでに事切れている。あの遠くからの光……否、斬光によって、一撃で絶命させられていた。

 

 そしてその出処を目で追えば、向かいの建物の屋上に、異形の人影があった。

 この闇夜の中でも一目で尋常の存在でないと分かる、黄金の肢体(シルエット)。甲冑と狼を組み合わせたかのような怪物が、二本足で立っている。

 

 仮面ライダー、という代物とは違うと本能が訴えてきている。

 ――だがそれでも、血振るいのごとく手にした片刃の曲刀を薙ぐ姿は、人間の、それだった。

 

 その人狼の頭上に、あり得るはずのない三日月が、妖艶な光を湛えていた。




Next
突如現れたフェアリー、ライカン。
だがその剣術は熟達の技量であり、その変幻自在の太刀筋はシャルロックを追い詰めていく。

辛うじて撃退に成功したレフだったが、そこに刃藤法花率いる警官隊が駆けつけてきて、追跡は出来ず事は有耶無耶となる。

だがレフはどこか浮かない表情。訝る晶斗に、ライカンは人と融合する特異なフェアリーだ説明する。
つまり、あの怪人の中には紛れもなく人間がいて、殺人に手を染めていると。

戦力増強のため、シャルロックの武装の修復を追加依頼された晶斗だったが……

第2話「ヒートでハードでワットなライダー」


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第2話:ヒートでハードでワットなライダー
1.荒ぶる剣光


 その夜は、唐突として降りてきた。

 その月は、突如として登った。

 そして月下に怪物は前触れもなく姿を見せ、躊躇いもなく、人を殺害した。

 

「ニイちゃん、いったい何」

「来るな! 見るな!」

 

 顔を覗かせようとする楓を制止して、後ろへ追いやる。

 初めて間近で見た、聞いた、嗅いだ人の死。

 晶斗自身、こみ上げる吐き気を堪えるのに必死だった。

 

 さらなる動揺を強いるように、向かいの建物の上に居たその獣の剣士が、超人的な跳躍力でもって、一拍子のうちに彼の前へと降り立った。

 

「……お前は、裏口から逃げろ」

 辛うじてそう伝えた彼は、素人なりの構えを取ってそれと対峙する。

 

 だが先に容易く工藤の喉を裂いたにも関わらず、その黄金の剣士は晶斗にはその刃を振るうことなく、ただ威圧感だけを発し続ける。

 何かの思惑があってのことか。いや、そもそもコレの目的とは、なんだ……?

 

「和灯さん!」

 そこでレフが飛び出した。

「変身ッ」

 レンズを再装填。光と風は再び探偵を守護する力となり衣となり、再び異形の姿(シャルロック)となるや、晶斗たちの間に割って入る。

 

 転瞬、その狼が動いた。半身を捻り刃を翻し、飛びかかかったシャルロックを迎撃する。

 

「っぶね!」

 慌てて空中で方向を転換して避けんとするも、曲刀の切先がレフの身をわずかになぞり上げた。鉄音とともに火花が散った。

 晶斗には脇目も振らず、不時着したシャルロックにさらなる追い討ちを浴びせかけんと刃が躍動する。

 

 だがレフは、身を地に伏せたまま、右脚を突き出してその太刀筋を弾きつつ、次いで左脚でもって、敵の狼面を狙った。

 紙一重、それをかわす人狼。返す刀は速い、鋭い。逆に足首ごと切断せんと狙う。

 

 レフはその手首を脚で挟んで抑え込みつつどうにか敵の身体と得物を切り離さんと苦闘していた。

 と同時に、相手ともつれ込みつつ逆立ち状態で戦っていた自身の体勢をやや強引に持ち直した。

 

 敵の目方は、成人男性よりは細く、だが頭一つは抜けている高身長である。

 それでも、トカゲ(サラマンダー)の体躯には遠く及ばず、また火力や威圧感は感じられない。

 

 だが、思考がある。技術がある。明らかに荒事に場慣れしている熟達がある。

 まだフェアリーを三体程度しか目撃していない晶斗ではあったが、誰が一番脅威に思えるかと問われれば、明確な殺意を込みで、この目の前の剣術遣いを挙げるだろう。

 

 その応酬を傍目から見ていた晶斗は、違和感に気づいた。

 一目すればその異常さは容易に気づけたはずだが、狂気に狂気を重ねたこの状況が、いつの間にか正常な観察力を奪っていた。

 

 ――剣筋が、残っている。

 振り抜いた一閃。外した一太刀。あるいは衝突して散った斬光。

 

 それらが、なおもその場に居残っている。

 残像が網膜に刻まれるほどの速攻ということか。

 

 ……違う。

 工藤は、どうやって『斬られた』?

 

 見れば、気がつけば、その斬撃群のの中心点に、シャルロックは誘い込まれている。

 

「バカッ、罠だ!」

 気がつき、声を張ると同時に晶斗は駆け出した。

 チンピラが凶器として持ち込んでいただろう鉄パイプを手に掴んで。

 

 その接近を気取った怪人は、逆に自身の方から彼へと駆け寄り、そして蹴り飛ばした。

 

 と同時に、四方の剣閃は突如として向きを転じ、交錯する。

 吹き飛ばされた晶斗の鼻先を、その刃風が掠めた。

 

「和灯さん!? ……くっ!」

 だが晶斗の特攻の甲斐はそれなりにあった。

 怪人の注意は引けたし、シャルロックへの『被弾』も軽微なもので済んだ。

 それでも、一斬でさえ超人をして地に臥すだけの威力はあったが。

 

『大人しくしていれば良いものを……余計な真似を』

 そしてあろうことか……怪人は、正体のわからないほどハウリングがひどくかかっているものの、明瞭な日本語で吐き捨てた。

 その声を聞いた晶斗の脳裏が、理由も分からないままにひりつく。

 

「たく、ムチャしてくれちゃって」

 と、怪人に同調するかのようにぼやいたレフだったが、今すぐに体勢を立て直せたのは誰のおかげかと問いたい。

 

「これ以上、和灯さんには苦労はさせられないかなっ」

 と嘯くや、探偵はレンズを抜き取った。

 諦めた。変身解除。否……その右手には、すでに工藤から吸い上げた、あのフェアリーレンズが収められている。

 

〈サラマンダー!〉

 

 それのフレームをずらして取り換えると、そのレンズから這い出るように現れたのは、焔まとう鉄のトカゲ。

 工藤の使役していた時とはそのサイズは二回り以上スケールダウンしているものの、それでも大柄と言って良い体格のそれは、高く跳躍してシャルロックの頭上に、そして火を噴いて後霧散する。

 だがその熱はその矮躯を焼くものではなく、鎧う装甲の半身を変形させ、紅く色づかせるもの。

 

〈Joker invited you "Shall we open the lock in the heat?"〉

 翠の風とページのイメージから一変。その右側のみ、渦巻く焔と、その中で焼ける紙片(ページ)の意匠に変わる。

〈Kamen Rider Shalllock Heat logic〉

 

「この熱さで、一気に乗り切らせてもらう!」

 仮面ライダーシャルロック ヒートロジック。

 断片的にその節を替えた祝詞と共に、換装(フォームチェンジ)――



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2.紅蓮一閃

 異なる形態への、変身。

 その熱の余波が、敵を怯ませる。

 その瞬間の空白を、レフは突いた。

 

 飛び上がる高さは、サイクロンより低く。詰められる距離も短い。

 繰り出すパンチは、重く熱い。迎撃に繰り出された刀を押し返し、敵を圧迫する程度には。

 

(とは言え、反動きっついなぁ)

 一応自身の発熱に耐えうる強化グローブ越しであるはずにも関わらず、返ってくるのは鈍痛を伴う衝撃、痺れ。

 

 単純な相性というのもあるのだろうが。

 相手の熟達の防禦を超えて有効打を与えることができるが、敵を破る前にこの身体が自壊を起こしそうだ。

 

(だったら)

 シャルロックの左手が、虚空に伸びる。

 正確には、その先で停められた愛機『マシンドロンパー』へと。

 

 その側面部、エンジン回りに格納されていたデバイスが、シャルロックの中身の意気に応じて射出された。

 ボンベ、あるいは火炎放射器にも似た、引き金(トリガー)のついた把手とノズル、そしてレンズを挿入し固定するためのフレームとカバーを付属させた、円筒。

 それはひとりでに飛翔するとともにレフの手に吸い寄せられ、その手に収まる。

 

 『ハードボイルドライバー』。

 そう名付けられたデバイスを手に、引き金に指を掛ける。

 火球がその射口から吐き出され、怪人へと浴びせかけられる。

 

「……うん! 思った通りだ」

 持て余していた炎のエネルギーを、程よくこのドライバーが吸い上げてくれる。

 シャルロック本体との噛み合わせが不安定でも、こちらは収まりが良い。

 

 連射とともに接近。場の主導権を巻き返しつつ、火焔纏う右脚で連続蹴りを叩き込む。

 だが敵も、すぐさまその射撃に視力を追いつかせる。五、六度の被弾を喰らった後、その刃でもって弾くようになり、逆にその返す太刀を袈裟懸けにシャルロックに叩き込んだ。

 

(とはいえ……やはり長引かせると都合が悪いな)

 痛みと理性とを切り分けて判断しつつ、レフは転がる。

 誘いだった。

 追い討ちを仕掛けてくるところを、仰向けに臥したまま、飛ばした斬撃もろともに迎え撃った。

 

 自らの安泰を確保して立ち上がりつつ、ベルトのソケットにエンプティレンズをセットする。

 

〈Salamander! Grenade Q.E.D!〉

 

 炎がとぐろを巻く。砲丸の形を成して一度固まったそれを、足の甲ではなく後ろ蹴に回した足底でもって叩く。

 尾を描いて直線的に、投槍のごとく伸び上がったそれは、その軌道を焦がしながら精霊の怪物へと向かう。

 

 対するそれは大上段の構え。唐竹割りに、偃月の曲刀を振り下ろす。

 その接触を機とし、起点として、大爆発が起こった。

 

 熱波が視界を焼く。

 やがてその発破が終わったことを、肌を通して感じ取った。

 マスク越しの視力がじわじわと戻っていくと、すでにその先からは、件の狼剣士の姿はかき消えていた。

 

「……やった、のか?」

 顔を袖口で拭いつつ、晶斗が確認の声をあげる。

 腰に手を遣りつつ、項垂れ気味にレフは息をこぼした。

「そーゆーの、だいたいやれてないんだよねぇ」

「つまり?」

「逃げられた。いや、やるね。まさか、寸毫の間で爆炎を切り裂いてそこから脱出するとは、相当の修羅場をくぐってると見た」

「……取り逃がしといて、偉そうなクチ叩いてんじゃねぇよッ」

 

 晶斗に後頭部をはたかれる。

 当然ながら、痛みはない。むしろ、無遠慮にフェアリー由来の未知の合金を叩いたのだから、本人の方が反動(ダメージ)が大きかっただろう。

 だがその無思慮さが、不思議と好ましかった。

 

 ――刃藤刑事が、異常極るその現場へパトカーに乗りつけてきたのは、それから程なくしてのことだった。



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3.裏側の凶事

 現場に到着するなり、凄惨な光景を目の当たりにした刃藤法花はさすがに顔をしかめた。

 だが持ち前の気丈さゆえか、安定した足取りで、だが素早く晶斗との間を詰め、

 

「おい刑事、仕事が遅い……でっ!」

 憎まれ口ごと、その顔面を手刀で叩いた。

「何が遅いだこの馬鹿が! 外出るなって、そう言ったよなぁ!?」

 という彼女の叱責は、何も知らない一般人からのものとしては真っ当なものだ。

 だが真っ当ならざる周囲の死屍累々の様相を見回した彼女は、嘆息しつつ、

「心配させるな」

 と感情の熱を込めた言葉を、自身の被保護者へとかけた。

 

「とりあえず、素人が長居するような場所じゃない。とりあえず入ってもらおうか」

 と、彼らをパトカーに案内したのだった。

 

 〜〜〜

 

 工場の裏手に回したその警察車両の内部にあって、運転席に座す刃藤はすぐには署に向かおうとはしなかった。停めたままの車内で、『目撃者たち』の言い分に耳を傾けつつ。時折指示を仰ぎにやってくる警官や救急隊員と話を交わす。

 

「『山村楓の救出に向かったところ、ボスを除く構成員が鎧を着込んだ不審人物に斬り殺されていた』……その言葉に偽りはないな?」

「ざっくり言うとな」

 

 多少の事情の前後、多分に端折った部分はトリミングしたにせよ、その供述自体は間違っていないはずだ。

 それでも、かなり眉唾物の報告には違いないだろうが。

 

「俺らを疑ってんのか」

「まさか」

 直裁に切り込む晶斗の言葉に、刃藤は即答した。が、そこから容易に続かない。

 ただダッシュボードの中からキャラメルを引き抜いたのが、ミラー越しに窺えた。

 最初は三個。一つ戻して二個。

 その様子を、レフばじっと見送りつつ、

 

「……ひょっとして、前例があるとか?」

 推量の域を出なかったが、自身の考えを女刑事の背に当てた。

 

「異常な事件にも関わらず、さして驚くことも、僕らを疑う様子もない」

「なるほど、探偵というのもあながちおふざけではないか」

 

 褒めているのか貶しているのか判然としない調子で相槌を打ちつつ、正解とばかりにレフたちの座る後部座席にキャラメルを放り出す。

「正解だよ探偵君……数日前、佐竹信太と市岡稔という『チーム獄炎』のメンバーの斬殺死体がそれぞれの自宅付近で発見された」

 

 さわりからして、血生臭い事件である。

「こないだのニュース、そいつらのことだったのか……」

 と得心の表情で晶斗は言った。

 

「現場は争った形跡などなく、ただ一撃一刀のもとに、彼らは葬られていた。明らかに鋭利な刃物で急所を深く抉られたにも関わらず、飛び散った返り血さえ浴びた形跡がなく……今回のケースと、酷似している」

 

 おそらく遁走の間際、工藤が誤解していたのは異常極まるその殺人のこと。

 挙げていたのは、殺された二人のニックネームだったのだろう。

 

「犯人は未だ不明……組織内部の抗争か、あるいは敵対組織からの報復行為なのか。我々はそう睨んでいる」

 

 そう重たげに呟いた彼女は、

「だから……そういうヤバい連中のいざこざに素人が首を突っ込むんじゃない! せっかく連中の状況を知る好機だったのに台無しにしやがってこの馬鹿!」

 顧みもせず正確に晶斗の耳の位置を掴み、引っ張り上げた。

「いでででで!」と悶絶する彼の様子は、年齢相当以下のように見える。

 本当の家族以上に、友好な関係を築いてきたのだろう。

 

「それでも後悔はしてねぇよっ」

 折檻から解放された青年は、逆らって言った。

「『自分の生き方(スタンス)を決められるのは、自分の行いだけ』……そうあんたに教わった。誰も頼れる人間がいなくて荒れて、どうしようもないクソガキを、その教えが救った。今にしたってそれを貫いているだけだ」

 真っ直ぐにそう言われた刃藤刑事は、苦笑を傾けた。

「それで殺されてたら元も子もないだろう。所詮は押し付けられたガキ相手に子守歌代わりに適当に吹っ掛けた言葉だ。大真面目にそれを守る必要などない」

 だがその言葉には、多少の照れが混じっている。

 

「あんただって、その信条守って不器用な生き方してるんだ。お互い様だろ」

「……そうでもないさ」

 刃藤はトーンを落として言った。

「こんな職業を長く続けていると、揺らぎたくなることも折れたくなることもある……変わる必要が出てくるものだ。晶斗、今は分からないだろうが、お前もいずれは」

 

 言いさして、彼女は言葉を止めた。

 バックミラーと、そして彼女の眼鏡越しに、レフは視線が合った気がした。



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4.仮面ライダーと精霊

 ――仮面ライダー。

 素顔を仮面で覆い、人知れず暗闘を繰り広げる戦士たちに通称。

 口伝てに、あるいは公にして。

 種を変え品を変え、その道に通じた人々の間では広く知られた存在。

 

「……で、集積したそうした都市伝説のアーカイブを参考に、ドイルドライバーはシャルロックをデザインした……とそこまでは分かる」

「……分かんねーのは、お前だよ」

「え?」

「つか何でいる!? 何でフツーに俺ン家(アトリエ)に泊まってる!?」

 

 すっかり陽の落ちたアトリエの中、カウンターで隣同士。

 キョトンと目を瞬かせるレフへの、晶斗の苦情が谺する。

 

「しょーがないじゃん。『後日あらためて事情聴取するから、しばらくこの街に逗留するように』って、刃藤刑事からのお達しだし。君だって監視を任せられた身だろう?」

「だからって、ホテルぐらい用意しろよ」

「いや、泊まるお金ないし」

「本当に修理代払うアテあるんだろうなぁ!?」

 

 ずいぶん可愛らしいデザインのキャップ付きの寝巻きを身につけ、異形の人物たちにまつわるスクラップや写真などを貼りつけたコルクボードに寄りかかる華奢な若者が、到底その都市伝説と同じ存在だったとは、目の前で目撃しても信じがたい。

 

「で、要するにお前はその正義の味方のお仲間、て訳か」

「正義……とても曖昧で繊細な定義だ。でも野心を持ち、犯罪を繰り返すライダーいるからなぁ」

「……何か特殊な体質とか」

「そういう人が大半だけど、ただの人間でもなれるライダーシステムもある」

「…………『ライダー』ってからには、バイク乗るとか」

「いや、乗ってる方が稀な気がする」

「じゃあ何なんだよ仮面ライダーって!?」

 

 形も違えば装備もまばら。挙げ句の果てにどう見ても奇怪なバイク以外なんでもない物体さえ映っている。

 

「曖昧な線引きしやがって、そういうのが一番腹が立つ……っ」

「まぁまぁ、そこはさ、和灯さん感覚派っていうのなら、ざっくり呑み込んでもらって」

 と、本人もそういう認識はあるのだろう。口をもごつかせながらそうフォローを入れつつ、

 

「でも、そういう不確かなものだからこそ、同じく曖昧な存在である妖精と相性が良いんだろうね」

「いや、そうでもねぇだろ……」

「良いんじゃないかな。自分が誰かを、そして自分をライダーだと思えばライダーなんだよ」

 

 えらく強引な総括をされたと思うものの、そこを追及したとしても無為だろう。

 それよりも目下の不穏分子に、意識を傾けるべきだろう。

 

「そのライダーとやらはどうでも良いが……工藤を殺したヤツ、ありゃ一体なんだ?」

「おそらくは、『ライカン』だ」

「らいかん?」

 元となった伝承(ロア)はライカンスロープ。狼男、もしくはそれに類する獣人伝説。

 ギリシャあたりが発祥だと、父親からの受け売りだが記憶している。

 

「その名の通り、奴は人と狼の融合体。エネルギー化したフェアリーが、人体の神経と結合。反射速度、肉体性能の向上だけじゃなく、体内のエントロピーを増大させ、本来ならありえない現象を引き起こす。そういうタイプ」

 その説明で、やけに理性的だったその攻め口にも納得がいく。

 所謂『中の人』がいたとすれば、攻撃の精度は格段に上昇するだろう。

 

 ――本当にそうか?

 その説明だけでは、わずかにしこりが残る自分に、晶斗は戸惑った。(レンズ)を得た一般人やチンピラが殺人鬼に、怪物になった。それは内部あるいは外部の抗争か。それだけでは、他は知れず晶斗自身が、完全に呑み込めなかった。

 そのしこりが、痛みとなって彼の前頭葉を襲い、思わず額を抑えた。

 

「和灯さん?」

「……そもそもなんだって、怪物を生み出すような代物が、この田舎に流れて来ている?」

 心配そうに顔を除くレフに対し、衝いて出たのは別の問いかけ。

 

 唇を薄く結んで身を退いた探偵は、

「一年前、この西側の海域、そこに浮かぶ孤島には、『人工精霊』の技術開発を専門とする実験施設があった」

 と語り始めた。

 

「そこで、大規模な爆発事故が起こった」

「そのせいで流出した、と?」

「いや、事はそう単純じゃなくてね」

 

 ボードを伏せて立ち上がって、背を向けつつ、レフは続けた。

 

「人的被害は一人の死者と複数の軽傷者を出しただけで済んだんだけど、施設の破壊は甚大だった。だから当時のCEOは悪名高いさる『財団』に技術提供を条件に多額の資金援助を取り付けたわけなんだが……それを良しとしない技術顧問、霧街(きりまち)郁弥(いくや)はその方針に反発。ついにはクーデターを起こしてCEOを退陣に追い込むと自身がその座についた。けど、どうやらその時のゴタゴタで、さらに技術が漏出したようでね」

「本末転倒だな」

 端的で辛辣な評価を下した晶斗に、複雑そうに横顔を歪めて何も言わなかった。

「で? 『シルフ』使ってライダーになってるお前も、それの関係者ってか?」

「……そうだよ」

 

 短くも重い沈黙を間に置いて、レフは頷いた。

 

「だから、他に『レンズ』の悪用が行われていると知った以上、その事件を解決しない限りはこの街を離れるわけにはいかなくなった」

 そう言うと、探偵はテーブルの上に円筒のようなものを、鉄音とともに置いた。

「だから追加注文でこれの調整お願いします」

「……すまん。早口で言われて聞こえなかった。なんだって」

「この『ハードボイルドライバー』を、うまい具合に調整してください……」

「目ぇ見て声大きくして言ってくんねぇかなぁ!?」

「分かってる! そりゃあもう、図々しい依頼(おねだり)ってことは重々承知の上ですよっ? ウン」

 

 ほぼ逆切れのような調子で、レフは返した。

 

「でもさでもさぁ、もし彼女と戦うってなったら今の装備だけじゃ不安だし、一人だけじゃ心もとないし。でもそのためには、今のコイツじゃ出力が不安定すぎる。少なくとも、『サラマンダー』とマッチするように安定させてほしいんだ」

「オメーの都合なんざ知ったことか! ドイルドライバーの修理代も払ってねぇだろうがッ!」

「そこはホラ、正義への奉仕活動と、あぁ、あとご飯も作ってあげただろ? それで上手いこと帳尻ついた感じでさぁ」

「正義でメシが食えるかっ、つか冷凍タコ焼きチンした程度で帳消しになるかボケ!」

「とーもーかーく! どっちもお金は後々どうにかするからさ、一つ頼まれてくれよ」

 

 と一方的にドライバーと紅蓮のレンズを押しつけて、自身は割り当てられたというより勝手に借り住まいしている部屋へと踵を返した。

「あぁ、でも」

 その手前で足を止めたレフは、ふと思い至ったかのようなニュアンスで、だがトーンを落として、

 

「……別に、急ぎじゃなくて全然良いから」

 

 そう、言い残したのだった。



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5.人狼だれだ

 翌日、『アトリエ・ワット』を、暗い表情の女刑事が訪れた。

 陰気で虚無的なのはいつものことだが、普段よりもその度合いが強いことが、来訪の時点で瞭然だった。

 

 そして挨拶無用とばかりに開口一番、彼女……刃藤法花は、

「――今朝『獄炎』のボスが、移送先の病院で遺体で発見された」

 と、晶斗たちの耳を驚かせた。

 

「例のごとく、死因は鋭利な刃物による斬殺。その切創から見て先の事件と同一の凶器。同じ犯人の可能性が非常に高い」

「……失態どころの騒ぎじゃねぇな」

 

 晶斗の指摘はもっともだった。

 『レンズ』の、そして新たなる敵の正体に心当たりを持っているかもしれない証言者が、よりにもよって警察の膝下で命を奪われたのだ。

 

 それも、明らかに人目につくような、惨いやり口で。あたかも殺意とメッセージ性を浴びることのない返り血で表現するかのように。

 

「それで、目撃者は?」

「不審な人物はいなかったそうだ。至近距離から一太刀。鮮やかな手並だよ」

「……で、そんな身内の恥を、あえて修理屋風情に聞かせるワケは?」

「お前にじゃないよ、晶斗」

 

 そうにべもなく言って、レフの前に刃藤は立った。

 

「双見探偵、どうか今から同道していただきたい。実況見分に立ち合いのうえ、君の意見を伺いたい」

 と、居住まいを正して要請する彼女に、さしものレフも当惑の様子を見せた。

 

「正気か? こんな、氏素性も知れない探偵もどきに。こいつが犯人かもしれねぇだろ」

 晶斗は哂った。もちろん、レフが犯人でないことは彼自身その眼で目撃している。

 あえて露悪的に言ったのは、彼の正体――仮面ライダーシャルロックであるということを、そしてそれに己が関わっていることを知られたくなかったからだ。

 

「――私を、見くびるなよ」

 だがそんな彼の目論見も、女刑事の洞察眼の前には淡く水泡に帰した。

 

「君がこの異常な事件に対抗する手段を持っていることは、なんとなく察しがついている。そのうえで、君の知る限りの情報を、君の開示できる範疇で教えてほしい」

 

 と、見た目のうえでは二回りも年下と見える若者相手に、プロの刑事は頭を下げた。

 それを見下ろすレフは、いつになく真剣そのものだった。

 そしてその眼差しが、一瞬晶斗を捉えた。

 

 怪訝そうに眉を顰める彼に、苦笑じみた表情を返し、あらためて刃藤を向き直る。

 

「分かりました。僕で良ければ一緒に行きます」

 

 と、陰のある声で、だが決意とともに応じたのだった

 

 ~~~

 

 そして、不承不承といった塩梅で送り出した晶斗に手を振りつつ、通りに停めたパトカーに同乗する。

 法廷規則にのっとった見事なドライビングテクと適正スピードで駆動する車の中で、バックミラー越しに、刃藤はレフの顔色を伺いながら、

 

「途中、寄り道をしたいのだが構わないかな?」

 と丁寧な口ぶりで断りを入れた。

 構いません、とレフも応じると、パトカーは病院に続く道から逸れた。

 

 元はガラスを売り物にしていたこの燦都は、傾斜や山岳が多い。

 彼女の言う寄り道先も、その例に漏れず、丘の上にあった。

 

 十字架が天頂に載せられた、雨風に長い年月さらされてくすんで味のある色合いとなった屋根。それらが特徴的な、修道院だった。

 

 だが刃藤がその扉を開くと、中は意外と手入れが行き届いている。

 

「ここは、晶斗が昔通っていた中学に付属していた修道院でな。都心の学校と統合されてからここも廃屋となっていたのだが、都合してもらって別荘代わりに利用している」

 

 へぇ、とレフは嘆を発した。

 しかしあの晶斗と修道院。これほどミスマッチな組み合わせもあるまい。あの粗暴な青年が聖人像の前で手を合わせる光景を想像し、軽くレフは失笑をこぼした。

 

「現場に着けば長丁場となる。その前にコーヒーの一杯でもおごってあげようと思ってな」

 レフが完全に院内に入ったのを見届けてから、刑事は後ろ手でドアを閉めた。

 

「ありがとうございます」

 と、美貌を最大限に活用した笑顔で、レフは応じつつ、

「実は僕も、この機に刑事さんにはお聞きしたいことがあったんです」

 と言った。

 

「何かな?」

 刃藤は首を傾げるのに合わせて、レフは尋ねた。

 

 

 

「――何故、工場に着いたあの時、山村楓を気にしなかった?」

 

 

 

 その瞬間にはすでにして、目つきを剣呑に尖らせて。

 

 

 

「おかしいでしょう。貴方は僕らが何の目的であの工場にいたのか知っていたはず。異常さも目の当たりにしていた……にも関わらず、貴方の口から、本来もっとも安否が危ぶまれるはずの楓くんを案じる言葉が発せられていない」

 

「……なるほど」

 刃藤刑事はドアから離れてその身を緩やかに横へとずらしていく。

 

「たしかに、刑事らしからぬ対応だったことは認める。事の異常性ゆえ、つい取り乱していたようだ。だがそれも、君や晶斗を信頼が心底にあったがゆえのことだ。特に晶斗はあの気性だ。己に何があろうとも、自分のせいで迷惑を被った少年を、なんとしてでも逃がすだろうよ……そこに、不審な点があるとも思えないが?」

 発音自体は丹念そのもの、だが言い知れない圧が、そこにはあった。

 

「だったら、なおのこと変なんですよ」

「何が?」

「貴方はあの時、キャラメルを三個用意していた」

 と、自身のポケットから未だ包みの解かれていないそのうちの一個を取り出して告げる。

 

「それを僕らに投げ渡す直前に、二個に直した。もし残る一個が自分用だったとしたら、戻すのは変な挙動だ。そもそも、その時点で楓くんに言及していないことが不自然だ。これが意味することは一つ」

 

 間を測る。距離を縮め、あるいは広げ、無言のうちに足運びで掛け合いを展開しつつ、レフは言った。

 

「貴方は、正確に知ってたんです。山村楓が無事で、かつ『刃藤法花が合流する』直前にその場から離脱していたことを。そしてそれを知るのは……僕らと、僕らを襲撃したあのフェアリーだけだ」

「――やれやれ、私はさっきからひどい嫌疑を掛けられている気がするが?」

 

 コーヒーを奢る、と宣いつつ、その脚は調理場や給湯スペースには向かわず。

 むしろその眼には、どうにか隙を見つけて機先を制そうとする野心が見え隠れしている。

 

「もう一つ、貴方はその時重大な失言をしている」

 キャラメルを戻して手を空かせつつ、レフは続けた。

 

「貴方は検分もまだ済んでいないはずのあの状況で『鎧を着込んだ不審人物に斬り殺されていた』という僕らの証言を、『返り血も浴びていない、目撃証言もない異常な斬殺事件』とを酷似しているとして結びつかせた……同じチームでの被害にが違いないけど、まだあの時点では両者の類似点など見つかっていないにも関わらず。しかも『サラマンダー』との戦闘痕さえあった、あの混乱した現場で」

「…………なるほど」

 

 弁明はなく、ただ彼女は鷹揚な相槌に終始していた。

 この短期間でいくつも起こった齟齬、矛盾。

 

「……あとこれ、推理でもなんでもないんですけど。僕には分かるんです。『フェアリー』の力の影響の余波が、ある程度であれば」

 掛け違えた情報という名のレンズを正しく嵌め直せば、見えてくる真実は、一つしかなかった。

 

 

 

 

 

人狼(ライカン)は貴方だ――刃藤法花刑事」



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6.月光の毒

 ――犯人は、お前だ。

 

 そう指弾するレフは、その浮世離れしたような外見も相まって、推理小説というよりかは、子供向け探偵アニメのキャラクターのようだった。

 

 だがそれを嘲ることなく、手向けられたのは惜しみのない拍手。

 それ以上ない、肯定と自供のジェスチャー。

 

「いや、さすがは探偵君だ……それとも、仮面ライダー君と言った方が良いのかな」

「この程度で貴方の意表を突いた、とは思ってませんよ」

 

 いつでも変身が適うよう、裏手にドイルドライバーを忍ばせつつ、レフは苦笑を浮かべた。

 

「だって貴方は、いつか気づくであろう僕を始末するために、捜査協力と偽ってここに呼び寄せたのだから」

「……」

「でなければ、現職の刑事であるはずの貴方が、あそこまでボロを出すはずがない」

「参ったな、そこまでお見通しだとは。予想外の察しの速さにも驚きはしたがね」

 

 そこでようやく、刃藤刑事の顔から余裕が剥がれた。

 遊泳する鮫のように、どうにかしてレフの背後に回り込もうとする彼女に合わせ、レフも体の向きをずらしたり、目を配ったりして応じる。

 

「――何故です、刑事? あの和灯さんが心開くほど誠実で高潔な警察官が貴方だったはずだ。それがどうして、こんなマネを」

「その理由は、君も良く知っているはずだ。私と同じ力を使う、君も」

 

 言葉に釣られるかたちで、レフは翠色のレンズをその手に握りしめた。

 応じるかたちで、刃藤はくすんだ黄金色の、狼の顔がL字型にシャープに刻まれたレンズをコートより引き抜いた。

 

「いずれより多くの人々が、咎人たちがこの魔性の輝きに気づき、そして虜となる。この街は変わる。再興都市から煉獄へと。ならば、それを裁く側も変わらなければならない。ただ守って吼えるしか能のなかった番犬から、自ら動いて敵を狩る猟犬に」

 

〈ライカン!〉

 その手に握られた逆毛を立てるがごときデザインのフレームをなぞり上げてずらすと、その隙間から同じ毛並みと毛色の、巨躯の狼が飛び出た。

 それが刃藤の背に回ると、頭から彼女を呑むようにして覆い被さる。

 

 妖光とともに狼が融ける。女刑事の肉体や衣服に吸い込まれ、怪異そのものへと換えてゆく。

 憶えのある怪物。正確には人とフェアリーの融合体で、あえてその誤謬を承知で呼称するのなら、ライカンフェアリー。

 

 歪み切った騎士の姿に、奥歯を噛んで

「その姿で同じことを……和灯晶斗にも言えるのかッ!?」

 レフは、吼えた。

 

「黙れッ!」

 やはりその名は化物と成り果てた彼女にとっても琴線であることに変わりはなかったらしい。

 手の中に生まれた曲刀が、横に薙ぐとともに閃光を飛ばす。参拝者のための長椅子が、それと触れた瞬間、轟音とともに切断された。

 

 自らがそれと同じ運命を辿らないよう、転がって回避しつつ、扉を開けようとする。

 だが、彼女が閉じたその戸は、どれほど力を込めても動かない。

 ステンドグラスの向こう側で、夜の帳が落ちている。不気味な月光がなみなみと湛えられている。

 

 おそらく、工場の時と同じ。周囲からこの空間がまるごと隔絶されている。

 そして、『チーム獄炎』のリーダーも、病室をこうして切り離され、そして喉を切り裂かれた。

 

 二の太刀が、間を置かず飛んできた。

〈シルフ!〉

 その刃自体と、閃光の合間をくぐり抜ける過程においてレフは、ドライバーを自らの腰に、そのドライバーにフレームを解放したレンズをセットしてスタンバイフェイスに入る。

 

(あぁ、ダメだった)

 と、自らの無力を嘆きながら。

 

 彼女は、中毒状態(ドープ)だ。

 『サラマンダー』遣い、工藤がそうであったように。

 非正規に精製されたフェアリーレンズを多用すれば、ユーザーは解放される精霊たちの粒子と多分に接触することになる。

 それが神経系に侵入すると、大脳辺縁系に達して情緒面を刺激する。かんたんに言えば、その人物の負の面を増長させる。

 こと、彼女のように融合タイプを使えばその可能性は格段に高くなる。

 

 だがそれはライカン自身の意思でもない。ただそういう性質のもとに、生まれて来てしまっただけだ。

 

(なぜ、誰も彼も精霊を悪用し、乱用する? どうして、人とフェアリーは寄り添えない?)

 レフの中に苛立ちが募る。

 これではまるで、

 

 ――我々が生み出してしまったモノは、精霊などではない。人々に厄災をもたらす悪魔だ。

 

 ()()()の言葉を、証明するかのようではないか。

 

 そんなはずはない。人を狼に変えるのではなく、本当の意味での融和はきっとある。

 その決意のもと、散らばる木片の中でレフは飛び出した。

 

 両の腕を舞わせるように切り返し、その動作の中でレンズをアクティブサイドへ。

「ごめん。和灯さん」

 刃藤の正体に感づきつつも止められなかったこと。そしてこれから彼の母とも言える彼女を傷つけること。

 それらを短く重く詫びてから、

 

「変身ッ!」

 

 苦渋の表情を翠風の幕と、左右非対称のマスクとモノクルで覆いつつ、仮面ライダーシャルロックは人狼へと飛びかかった。



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7.覚悟の疾駆

「……」

 和灯晶斗は、『鋼の本棚』にてパイプ椅子に腰かけて、せり出した作業机の上を眺めた。

 

 修繕のための器具が散乱し、まるでそれら鉄器の王として君臨するかのように、件のデバイス『ハードボイルドライバー』が鎮座している。

 

 実のところ、最終調整まで済ませている。

 ――しかも、余計な機能(もの)まで付け足して。

 

 あくまでシャルロックの補助機として運用することを考えれば、それ自体は過ぎた力、屠龍の技というものである。

 だが、サラマンダーの、シンプルであるがゆえの火力に適合するように、というリクエストであれば、その猛威を受け止めるだけの拡張をせざるを得なかった。

 

 ――ほんとうに?

 

 そもそも、確実に実入りなど期待できないような仕事に、そこまで打ち込む必要があったのだろうか。

 職人としてのプライドがそうさせた。いや、何かに取りつかれたように、寝食を忘れてのめり込んだのだ。

 

 それは使命感からか。あるいは……逃避願望か。

 何に対してのか。

 

 ふと嫌な予感が過ぎ、益体もない憶測が浮かぶ。

 

「……署内のデータベースへアクセスして検索。工藤陽介の死亡事件以降の、市内と斬殺事件の被害者リスト。……そして、それらとうちの名簿を照会しろ」

 

 と、その部屋の補助AIに肉声で命じる。

 頭がかすかに痛む。思い出せと自分の内部から刺してくるものは、今日にいたるまでの記憶の断片。

 

 狂剣士の太刀筋。

 自身の功撃を台無しにしてでも庇うかのような、晶斗にくり出されたあの後ろ蹴り。

 警察官、何より本来の彼女らしからぬ、人質、山村楓への無関心。

 人に戦力強化を依頼しておいて、急がないというレフの言動の矛盾。

 そしてその際に、あの探偵は何と口走ったか?

 

『もし()()と戦うってなったら今の装備だけじゃ不安だし、一人だけじゃ心もとないし』

 

 ――すべてが繋がると同時に、反射的に彼の手は机の上を大きく横に殴りつけた。

 自らが引き起こしたけたたましい音が、さらに彼の脳を締め付ける。

 俯いて額を押さえつける。息苦しさにあえぐ。

 

 その彼の推測にウラを取るかのように、虚空に検索結果が浮かび上がる。

 殺されたのは、刃藤法花が挙げた病院内のリーダーだけではなかった。

 彼女に貸し出した名簿に押さえてあった『チーム獄炎』メンバーが、それに先んじて殺害されていた。

 

「まさか……まさかっ!?」

 

 そんな自らの嘆きを、晶斗は欺瞞と嫌悪した。

 知っていたはずだ。気づいていたはずだった。おそらく、最初にあの敵と邂逅した段階から。

 

 にも関わらず、その事実から目を逸らし、口を噤んだ。

 その結果、たとえ町の悪漢だとしても、死なずに済んだ命が奪われた。

 

「どいつも、こいつも!」

 

 そしてレフは先んじてその事実のために動いた。

 会ったばかりの晶斗を憐れみ、気遣い、不利を承知で万端ならざる状況で、あの刃藤に挑みかかっているはずだった。

 

「……」

 晶斗の腕が暴れ、乱雑に工具などを床に散らした机の上には、例のドライバーと、そして紅のレンズが奇跡的に残っていた。

 何か道を示すように、あるいは何か非道な決断を示唆するように。

 

 いずれにせよ、晶斗の選択は変わらない。逡巡の余地はない。

 それらを引っ掴んで、修理屋の青年は飛び出した。

 

 そして通りに出ると、レフの、シャルロックのバイク『マシンドロンパー』が停まっていた。

 スタンドも倒さず自立し、駆動音を轟かせて準備を整えて、晶斗を待っていたかのように。

 

「――ご主人様のピンチ、ってか?」

 

 刃藤の正体を秘すために晶斗を遠ざけたレフの意思とは思えない。

 おそらくはこれを作った人間の設計思想にもとづいて搭載された、補助人工知能の危機判断能力によるものだろう。

 

 だが同時に、最後通牒にも思えた。

 

 ――これが、最後の一線だ。

 ――乗れば君は、後戻りはできなくなる。

 

『……変わる必要が出てくるものだ。晶斗、今は分からないだろうが、お前もいずれは』

 

「くだらねぇこと、訊くんじゃねぇ」

 

 幻聴に、過去の刃藤からの脅しに、そして何より自分自身に喝破を入れて、晶斗はマシンにまたがって、アクセルを回して急進させた。



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8.境を砕く爆炎

 もう何度目の交錯か。

 機動と迎撃の戦いである。

 

 変動する斬撃に追われながら、シャルロックは一時も足を止めずライカンの側背を狙い続け、ライカンこと刃藤は、ただその場からは大きく動かず、転変する太刀筋のみで対応する。

 

 戦いにおいて、相手の周囲を巡るのが格下だというのが定説だが、全てのケースがそれに当てはまるわけではないだろう。そう、思いたいところだ。

 

 ただ実際に、状況は静と動とで拮抗している。互いに決め手に欠いたまま、着実に削ることに腐心する。

 その過程で、目が彼女の斬撃に慣れてきた。

 変則的なベクトルで動き回る斬光においても、相手に明確な思考や思惑があると知れれば、ある程度読むことはできる。

 

 自らが引き起こした風に乗り、宙に我が身を翻す。

 相応の被弾と、それに伴うダメージは承知のうえ。それに怯まず加速して、シャルロックは強引にライカン目掛けて特攻を仕掛けた。

 

 確実に仕留められる切り口、タイミング。それを見定めて必殺の一撃を叩き込まんとしたレフだったが、地表の彼女に変化が起きる。

 

「温いわッ!」

 咆哮とともにその像が、大きくブレた。残像。否。明確にライカンは分裂して左右に分かれたのだった。

 

 一度は定めた目標が分離したことで、レフは軟着陸をせざるを得ない。

 最上のポジションと一手は、分裂したライカンたちのちょうど中央という死地へと変わる。挟撃にむざむざ我が身を晒す悪手へと変わる。

 

 二刀が直撃したレフは、苦悶の呼吸とともに地上に転がった。

(幻影……いや、両方ともに、実体!)

 追い立てられながらレフは、その手応えで判断する。

 

 形勢は、大きく彼方に傾いた。

 その姿が割れたからと言って、個々の勢いはいささかも遜色がない。同程度の鋭さと切り込みと、老練にして変幻の剣技が、あるいは上下に、あるいは左右から、シャルロックを挟み込んで、今度は一跳びの余裕さえ与えない。

 

 相性の良さもあるのだろうが、まさかここまでライカンのポテンシャルを引き出せるとは。

 こうなってくると想定と違う。手数も火力も足りない。

 やはり、ハードボイルドライバーの完成を待つべきだったのか。そう考える己の弱さを、振り払う。

 本末転倒も甚だしい。和灯晶斗をこの残酷な真実から遠ざけるために、あえてそうしたのではないか。

 

 よしんば後々知ることになったとしても、その時残っているのはレフのみ。

それ以上は問題ない。怨むのなら、存分に己にぶつける気でくれば良い。

 

 ……それぐらいの覚悟はして燦都(ここ)に来た。

 

(まぁ、それより先に彼女に勝てるかどうかさえ怪しくなったわけだけど)

 そう、マスクの奥底で苦笑をこぼすレフであったが、強化された知覚が、その空間の外に在る気配を感じ取った。

 

 そしてそれは刃藤とて同じだった。

 ふと二振りの剣筋は停まる。

 

 ガン!

 

 ……と。

 けたたましく音が鳴る方向へ、三体……もとい二人は、顔を向ける。

 隔絶された空間。そこに破壊的な音と共に加わる負荷、衝撃、そして熱波。

 

 音の感覚が短くなっていく。より力任せで暴力的な質のものへとなっていく。

 やがてそれがピークに至った瞬間、人智の及ばぬ力で封鎖されていたはずの修道院の扉は、内側に吹っ飛んで敵味方の間に落下した。

 

「……頼まれもしない世話、焼いてんじゃねぇよ」

 

 もうもうと銃口を煙らせるハードボイルドライバーを手に握りしめた和灯晶斗は、本物の陽光を背に、吐き捨てるように言って姿を現した。



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9.鋼は熱を呑んで輝く

 それは、日常では決してお目にかかれない、奇妙な光景だった。

 月を背に斜めに我が身を傾ける。双狼の怪物。

 太陽を背に息をつく一人の青年。

 そしてレフは、その境目に立つ。

 

「……和灯さん」

 

 どうしてここに、と言いかけるも、レフは口を噤んだ。

 手段(どうしてか)は解る。おそらく入口の先に停めてある自動二輪、マシンドロンパーのサポートAIが機能し、シャルロックの座標に彼を(いざな)った。

 

 理由(どうしてか)は、解る。

 彼は気づいた。察してしまった。

 

 今対峙するそれが、街のギャングたちを不当に私刑していたのが、何者か。

 

「今更、あんたが誰かなんて訊く必要もねぇわな。ここを知って、使ってる以上はな」

 きわめて不本意そうに唇を歪めて、

 

「……何をしに来た?」

 もはや擬態する必要がなくなったためだろう。

 ライカンの声質は最初の時より大分にクリアなものとなり、それが相応の女性の、刃藤法花のものとはっきりとわかるようになっている。

 

「決まってんだろ。あんたの馬鹿を止めに来た。それは誰でもない、俺の仕事(ツトメ)だ」

「……本当に、クソ真面目なことだな」

 

 呆れとも感傷の混じる調子で、人狼はぼやいた。

 しかしそれきり黙り込んだ彼女に焦れるように、

「なんでだよ」

 と、晶斗は声を絞り出した。

 

「以前――私の後輩が、『チーム獄炎』の奴らに嬲り殺された」

 刃藤はレフに語ったものとは別の、そして具体性を持つ動機を語り始めた。

 

「人徳だかなんだか知らんが、新入りの教育は私に投げられることが多くてな。中でもあの子はひと際優秀で人懐っこく、そして正義感にあふれた有望株だった。プライベートでも、家族ぐるみで親しくさせてもらっていた」

 

 曲刀を下ろした彼女は、旧懐とともに続けた。

「だが、その彼女が、殺された」

 と、残酷な末路を。

 

「生前の形さえマトモに保っていない骸と対面したご両親の顔は、見るに堪えられなかったよ。むろん、私自身も狂いそうだった。いや、本当にその時、壊れてしまったのかも」

「……」

「それから、私は死に物狂いで連中を追った。少なくともその段階では、揺るがぬ証拠を集めて、正しく法の下に裁きを受けさせる気でな。そして、奴らが逃げる間際に取りこぼした()()との出会いを果たした」

 

 さながら鏡に我が身を重ねるように、刃藤は自らの分身体と向き合った。

 

「このレンズを手にした時、私が何を想ったか分かるか?」

「――知るかよ」

「奴らへの報復の手段を得たことへの歓喜か? それとも法外な力を得たことによる法悦か? ……違う」

「絶望だ」

 

 双子が唱和するかのように、幻影ならざる刃藤の半身が言葉を継ぐ。

 

「こんなものがあっては、現代の法案などまるで意味を成さない」

「トカゲが飛び出て遠隔操作でビルを焼く。怪物に成り果てた人間が刃を飛ばす。そんな力を、奴らの罪とともに立証する術など、あろうはずもない」

「だから私こそが法の番犬となる」

「この力とともに、燦都の新たなる秩序となって、悪を裁く」

「……もう良い。胸糞悪ぃ」

 

 晶斗は苦し気に俯き、吐き捨てた。

 彼の掌中のデバイスを軋らせるのは、彼女の語るいきさつに対してか。醜悪に変わった姉代わりに対してか。それとも、その歪みに気が付くことに出来なかった、自責からか。

 

「それでもあんたは留まるべきだった……人の商売道具まで殺人のために使いやがって」

 

 そのことが、職人気質の和灯晶斗の心と矜持をどれほどまでに傷つけたか。表情を窺うまでもなく、言葉から察するに余りある。

 

「仕方ない。変わらざるを得ないのだから」

 彼女の片割れはそう言った。

「街は変わる。人も、法も変わる。そしてお前も現に、こうしてこの魔境に足を踏み入れている。それが変化というものだ。何者にも、抗うことなど出来ないな」

 

 指摘や咎める間もなく、確かに晶斗のその総身は、修道院の戦いにすでに乗り込んできていた。

 

「――いいや、俺は変わらない」

 だが、和灯晶斗は揺らがない。

 

「変わらないまま、変わる。変えないからこそ、変わる。変わらないそのスタンスこそが、俺を形作るすべてだからな」

 

 そう宣言すると同時に、その左手にはドライバーとは別のものが握られている。

 それは、鈍く色づく鋼の環――ベルトだった。

 

〈ハードボイルドライバー!〉

 一息をそれを己の胴体に巻くと、上から押し込むように、ドライバーをセットする。円筒の銃身やグリップが、そのままバックルの造形となった。

「コイツの仕様は、変えさせてもらったがな」

 すかさず、晶斗は紅蓮のレンズを取り出し、フレームをずらした。

 

〈サラマンダー!〉

 工藤が使役していた時とは違う、明朗な和英語音声を鳴らすそれをバックルにセットし、メーターのついたカバーで固定する。

 

 その隙間から、火焔が溢れ出る。それが、トカゲの形を成す。ドイルドライバーに入れた時とは違う。鋼の装いのそれは、精霊というよりかはロボットのように想える。

 

 その動きを妨げる者がいないのは、迸るその力に圧倒されるがため。

(これがあのサラマンダーの真価……いや、彼の強固な精神力と、そこに秘めた熱い魂に、感応しているのか)

 

 ――彼であれば、あるいは……

 

「正直、今もって何なのか分からん。知ったこっちゃない。でも、分からないままに呑み込んで、成ってやるよ……仮面ライダーにな」

 

 ドラム音と鉄を打つ音がリズミカルにビートを刻む。

 その音程の中、指を端から折りたたむようにして右手で拳を作り、荒ぶる感情を抑えるように、左手がその手首を抑え込む。

 浅く長い呼吸とともにその高揚をやり過ごしつつも、熱情はそのままに彼は先人やレフがそうしたように、あの言葉を覚悟と共に唱えた。

 

「変身!」

 

 解放した右手でグリップの引き金を長押しすると、背に回ったサラマンダーフェアリーが直立すると樹形図のように開きになった。その内側の噴出口から火が、厳密にいえば高出力のエネルギーが彼の全身に放出される。

 

 だがそれは晶斗を焼くことなく、彼を保護する皮膜となり、外骨格となり、衣となる。

 

〈What is your stance as a Kamen Rider? Strike while the Metal in Heat〉

 

 やがてサラマンダーは原型を失くしたままに霧散し、放熱の白煙とともに現れたのは、鋼鉄の闘士。

 つるりとしたマスクにイグアナか、西洋のドラゴンのような|触覚『センサー》が取り付けられて、ことそれは右側が際立って、電光を半身に宿しているかのようだった。正面にLEDにも似た輝きが赤く灯され、それが『H』や『M』を崩したような、あるいはそれらを崩して燃え立つ焔を表したかのようなサインを刻む。

 胴体の装飾は無骨なまでに最小限に留め、代わり、腰のマントが下半身を防護する様は、常日頃のツナギを巻く彼のファッションか、でなければ鎌倉時代の力士像のようでさえある。

 

 これが、和灯の仮面ライダー。

 知れずレフの口から、その名称が溢れる。

 

「仮面ライダー……仮面ライダーワット」



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10.双月双士

 新たなる戦士が乱入したことにより、戦況は数の上では互角に戻る。

 そして一対の狼はそれぞれ、異なる戦士たちにきっかり分かれて対峙する。

 

 まるで、月の引力に惹かれるように。

 いや、そうではない。晶斗の鋼の意志と焔の強さが、自らの役割を定め、線引きするように彼女と彼らは分けたのだろう、とレフは思った。

 

 その晶斗は、ゆるやかに変わり果てた姉代わりへと歩を進める。

 その道程は容易ならず。飛び交う刃は身内である彼を容赦なく襲う。

 背を叩く。胸を刻む。二の腕を削る。

 

 だがそのダメージの一切を、彼は避けもせず受け続ける。

 どれほど激しく火花が散ろうとも、前進を止めはしない。

 

 ある程度まで間合いが縮まった瞬間、彼は瞬発的に動いた。

 気が付けば、鋼の闘士は人狼の剣士の懐中。広げた右掌を、黄金のメイルへと叩きつける。

 転瞬、その接触面が火を噴いた。

 彼の内より(サラマンダー)の力が、刃藤の分身体を端まで吹き飛ばす。

 一切の手抜きもない。どれほど慕う相手であっても。否、だからこそ。

 

 しかし壁に叩きつけられても萎えることのない戦意と狂気をもって、すぐに立ち直った彼女は、神速の剣裁きで斬撃を飛ばす。

 

 燕のように自在に舞うそれらは、さらなる鋭さを増して彼の八方から迫った。

 だが先んじて背を襲わんとしたその斬撃は、どこからともなく顕れた鉄の蜥蜴が防いだ。その衝撃を受け流した後、武器庫のように開きとなったその中から、晶斗は奇形の鉄器を抜き出した。

 

 建材のような、あるいは顔面のシンボルをそのまま立体化させたかのような、銀色の塊。

〈バーリツール〉

 その名を起動音の代わりとする。それを両手で握りしめて、二つに割るや、一気に振り下ろすと、二振りの鉄棒となった。

〈ステッキモード〉

 聖火(トーチ)のようにその先端が炎を灯す。

 そして自在にリーチを調節しながら、ワットは両腕をダイナミックに動かした。自らに向かう妖月たちを撃ち落とす。

 狙い澄ましてそれをしているわけではあるまい。ただ直感でアタリをつけて、そのうえで振りの早さとリーチと面積でその雑さを補いながら、むしろライカンへ逆撃を加えていく。

 

 ――このセンス。この順応性。この適正。

 (何より刃藤刑事のように支配もしないしされない精神力……フェアリーとの見事な融和)

 

 初陣ゆえ本人も知覚していないことなのだろうが、彼は得難い資質の持ち主だ。人と精霊を繋ぐテンプレートとなり得るほどの。

 

(……『あの人』への義理立てのために彼と接触したが……君に賭けてみたくなったよ、和灯晶斗)

 

 その新たなる決意が、シャルロックの意識と体勢を前傾にさせる。身体を軽やかにさせる。

 暖められた空気に乗って、壁を奔って踏み台とし、ステンドグラスと偽りの月光を背に、高らかに舞い上がる。

 

 そしてもうひとりの刃藤法花の斬光がレフを追った。

 晶斗に向けられたものと何ら劣るところのない鋭利さと高速でシャルロックに迫る。

 

 ワットとは異なり、正面からその直撃を喰らって平気でいられる強度は、このスーツにはない。

 迎撃するための武装は彼に委ねた。

 ダメージも蓄積している。

 

 だが、パターンはすでに読めている。

 どれほど斬撃を増やし、その太刀筋が玄妙を極めようとも。

 その生来の生真面目さゆえに、

 

(結局のところ、すべての攻撃は間を置かず、一度に僕に集中するっ!)

 ゴールが見えているのなら、あとはタイミングを読むだけだ。

 

 レフの読み通り、八方からほぼ同時に、刃はシャルロックを包囲し、一気呵成に攻め立てた。

 その間際、創り出した風に乗ってもう一段、高みへと飛び上がった。

 

 足下で交錯する月光。それを見送り、我が身を捻り屋根裏を蹴って加速。

 

 

〈Sylph! Extreme Q.E.D!〉

 

 目論見を外した彼女に生じた、一分の動揺。

 それを見越して、レンズを嵌めたレフは旋風を蹴って送り出す。

 

「この程度ッ!」

 彼女の曲刀がシャルロックの風の砲撃を正中に捉えた。

 だがその切っ先に捉えられる間際に、風は二つに割れる。彼女を素通りして壁や床にバウンドして、その正体や所在を定かならぬものとした。

 

 人智を超越した己の秘技が、他人に模倣できるわけもない――彼女の戦術眼の枠組みから、わずかに突出したその過信を突く。

 ――これが、最後の奇手。起死回生の手。

 

 そして、左の足下から伸び上がった初撃が彼女を大きく揺さぶり、逆から迫った必殺の二撃目が、そのモノクルに叩きつけられ、重く苦しげなとともに彼女を弾き飛ばしたのだった。



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11.まじめな人

 時同じくして、ワットともう一体のライカンとの戦いも佳境となっていた。

 

〈シャフトモード〉

 

 二本の鉄棒を重ね、組み、捻ると全長をさらに伸ばし、長躯の晶斗を上回る鋼の杖と成る。

 それを大きく振り、敵の動きを牽制して斬撃を奮う暇も与えず苛烈に攻め立てる。

 

 横合いから唸りをあげて叩きつけられた一撃を、ライカンは腕でガードした。

 そしてそれから我が身を擦り上げるようにしてワットの懐に攻め上がり、斬りつける算段だったのだろう。

 

 ――だが、彼の腕力はそれを許さない。

「おおおぉぉォ!」

 慟哭にも似た雄叫び。それとともに、相手に攻めを受け止めさせたままに、火の渦を巻いて強引に彼女を押しまくって壁へと叩きつけた。

 

「が……は!」

 こちらの心が却って痛むほどの、くぐもった悲鳴。

 

 しかしながら、どれほど歪められたとしても、これで折れる為人ではないことを晶斗は知っている。

 そして彼の思惑通りに、刀を杖に、刃藤は立ち上がる。

 

「秘剣、蜻蛉斬り……久々に味わってみるか? 晶斗ォ!」

 恫喝交じりに吠える。その意気に呼応し、構え直した刃に妖光が寄り集まっていく。

 

 秘剣・蜻蛉斬り。戦国の猛将、本多忠勝の愛槍にちなんだもの、ではない。

 鋭く跳ね上がるような予測不能の太刀筋を由来とする。

 学生時代から剣道家として研鑽を積んで来た、彼女の異名である。

 

 かつてどうしようもなかい悪童だった己を、署の武道場に引きずり出して散々に打ち据えたのもその剣技だった。

 なんとも旧時代的な折檻。

 だが、その痛みと訓戒が無ければ、それこそ己は道を見失い、踏み誤って『獄炎』の連中と同じ穴の狢と成っていたかもしれない。

 

 晶斗はマスクの奥で目を伏せる。

 ――今こそ、その恩義を、同じやり方で返す時だ。

 

「あぁ……最後の稽古、つけてくれよ」

〈Request〉

 

 バックルの引き金を長押しすると、身体の右半身から炎熱が装甲を突き破って溢れ出した。

 その半身をせり出し、焦げ、融ける床の鋼の杖で突きながらマスクのライトがより輝度を増す。

 

〈Salamander Branding Order〉

 

 仕掛けたのは、ドライバーの操作を必要としない刃藤が先。

 彼の指がベルトから離れない合間に、間を詰めた妖狼の剣が迫る。

 その名のごとく、蜻蛉が宙を舞い、空間を恣に跋扈するように。

 

 後手に回ってそれを迎撃する形となった晶斗だったが、彼は杖を突いたままに、跳んだ。

 

「なにっ!?」

 

 それはさながら、棒高跳びのように。

 我が身を杖一本で刺させた彼の下を、彼女の必殺必勝を期した一撃が、むなしく通過していく。

 

 代わり、まっすぐに振り下ろされた紅蓮の蹴撃が、狼の頭上からその顔面に叩きつけられた。その勢いは彼女の全身に至り、浮かせ、そして奇しくもシャルロックの攻撃を受けて飛んできたもう一体と激突した。

 

 有り余るエネルギーを帯びての、衝突。

 それは引火するかのごとく劇的な爆炎となって、人狼を炙る。

 

 喉の裂けるような断末魔とともに、転がり出たのは一人に統合された刃藤法花。代わり、分離したレンズが彼女へのダメージを一身に肩代わりしたかのように硬質な音とともに粉砕されている。

 

 行き場を喪ったエネルギーが、ドイルドライバーの空レンズに吸い上げられ、それを鮮やかな黄色のフレームと、L字型にデフォルメされた狼の横顔へとリデザインする。

 

「……あんたは、俺をクソ真面目って言ったけど」

 新たに手に入れたレンズを摘出したシャルロックの向かいで、未だ変身を解かない晶斗は仰向けになった女刑事へと歩み寄った。

 

「真面目過ぎたのは、むしろあんたの方だよ」

 どこか虚無的な物言いをこぼした彼に、

 

「かも、な」

 と刃藤は薄く笑いかけて、その後は力なく四肢を投げ出した。

 

 紅を灯す鉄面の奥底で、和灯晶斗が何を想い、どんな表情を浮かべているのか。

 それを察するレフは、掛ける言葉もなく修道院を静かに立ち去った。



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12.はじまりの事務所

 閑静な居住区の、捨て置かれていた修道院が、ある日突如として喧騒に満ちた。

 まず警察が出動してテープで仕切り、次いで近隣住民が何事かと集まり始め、それから珍しくも遅れてマスコミが。

 

 曰く、充満していたガスが爆発した。

 曰く、死体が埋まっていた。

 曰く、国家転覆を狙っていた派閥のアジトに使われていた。

 

 どれもこれも信憑性があるようでもあり、荒唐無稽にも聞こえる風聞が飛び交う中、その最も端の外周に、彼はいた。

 

 黒いベストにわずかに青みがかった暗い色合いのシャツを着た、少年とも青年ともつかぬ年頃の男。

 暗澹とした表情も含め、まるで死神のようにさえ思えるが、存在感を限りなく、意図的に消している彼は、野次馬たちにとって件の修道院よりも興味を惹く対象ではなかった。

 せいぜい、胸の前にぶら下がったトイカメラのような小型の機材から、記者たちと同類と見なされ、捜査官のたちに彼らとまとめて邪険に扱われるのが関の山といったところだ。

 

 だが一方で、彼はその時点で、その場に居合わせている誰よりも、事の本質に気が付いていた。

 すでにそこが、後の祭りであるということを。

 騒動の原因自体は、すでにその場から遠ざかっている。もはやその場の残留物など漁ったところで、少なくとも彼の求めるものは見つけられないだろう。

 

 青年は忌々しげな表情を隠さず舌打ちし、踵を返したのだった。

 

 ~~~

 

「まだまだ、騒ぎは続きそうだね」

 後日、アトリエには件の探偵がそのまま居ついていた。

 

「まぁそりゃそうか。現役の刑事が、連続殺人犯だった……なんて、警察の信用問題にもほどがある。こっちにまで飛び火してないのは、幸いだけど」

 直接的な影響がないにせよ、通りの人々の動きさえ、どことなく剣呑なものを感じさせる。

 

「あぁ」

「……刃藤刑事、自首したんだってね」

「……あぁ」

「そもそも、さすがに病院内で殺せばアシがつくのは時間の問題だ。彼女、リーダーで最後にするつもりじゃなかったのかな。どっちにしても、自ら罪を認めたのは彼女の警察官としての、最後の矜持だったのかもしれない」

「……クソ真面目なこったな」

 

 いまいち気のない調子で、晶斗は相槌を打つ。いつもであれば、鬱陶しげにレフを払いのけるはずなのだが。

 当たり前と言えばそうなのだろうが、あの戦い以降、晶斗は消沈しているようだ。

 こうして逗留を続けているレフを、追い払う気力さえないと見える。

 

 だが、それでも彼がスタンスを変えることはないのだろう。

 レフが掲げた仮面ライダーワットという看板を下ろすことも。

 

 ぞんざいに作業机のトレーに置かれたスマートフォンが、それを控えめながらに証明している。

 山村楓の、丁寧に修理された携帯端末が。

 

 それを脇目に眺めて口元をほころばせつつ、はたとレフは手を打った。

 

「あ、そうそう。ドライバーとかの支払いのメド、つきそうだよ」

「……あ?」

「一つ妙案が浮かんだのさ」

 

 ふふんと得意げに矮躯を逸らし、そのまま力の入らない晶斗の腕をつかんで引き立てていく。

 

「おい、どこに行くんだよ?」

「ほら、ココ。ちゃんと見てよ」

 

 と、彼を案内したのはすぐ店先。

 そこに掛けられた鉄板の看板を見た時、彼は目を開いて絶句した。この日、初めて劇的な表情の変化を見せた。

 

 それもそのはず。

 『アトリエ・ワット』のロゴの下。そこに新たに描き加えられたグラフィティ。

 ポップなカラーリングとフォントでそこには、

『双見探偵事務所』

 ――と、あった。

 

「どーよ。この感じ。いやー、このスペースにサイズ負けしないよう描き足すの大変だったんだよねー。でもこれで、探偵としてお金をじゃんじゃん稼げるし、刑事や親父さんの代わりに、和灯さんを見守って……ん、どした?」

 

 しばしその前に立ち尽くしていた晶斗が、にわかに肩を震わせ始めた。

 怪訝そうに顔を覗き込むと、そこには鬼の形相があった。

 

「ふざっけんなァ! この弁償代も金額に上乗せしてやるからな!」

「うえー、なんでさ」

「なんでもへったくれもあるかボケッ! いやもう今すぐ払え! でなけりゃ根性で消せ!」

 

 とにもかくにも、住所不定となっていたレフの納品書。

 そこの住所が、まさしくこのアトリエの番地が書き加えられたのだった。




Next
ここに誕生した双見探偵事務所
金額完済のためにと意気込みつつも、アトリエともども閑古鳥。
そんな中、一件の相談事は舞い込んでくる。

それは、あるオークションハウスの調査。
曰く、その施設では現金支払いが絶対で、もし参加者に過失や欺瞞があった場合、恐怖の金庫番がその命を代償に支払わせるという――

そこにフェアリーの存在を嗅ぎつけたレフは、初仕事に勇み、潜入を試みる。
だがそこは精霊のみならず、謎の財団、そしてレフ自身の過去がちらつく魔窟だった。

第3話「メニー・マニー・ポリシー」


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第3話:メニー・マニー・ポリシー
1.真偽の家


 束から外れた紙片が、吹雪となって宙を舞う。

 広めにとられたその一室は、いわゆるVIPルームというもので、調度品には洒脱さと気品を調和させた逸品が揃っている。

 

 その中に招かれた男は、その恰幅の良い肉体をわななかせた。

 彼の凝視する先に、恐怖の対象が在る。

 

「申し訳ありませんが、伊深(いぶか)さま」

 

 と、恭しく手を揃えて頭を下げる、彼の数分の一ほどの骨格しかなさそうな痩躯の小男。

 彼に、気圧されて伊深は後ずさる。

 

「当オークションにおきましては、キャッシュで即日払い以外でのお支払いは、かたくお断りさせていただいております……まして、偽札などもってのほか」

 

 物腰こそ柔らかながらも、その声は心の臓を握るかのような印象を相手に刻み付け、その響きは如何なる逆上の隙さえ与えず、発するたび、確実に相手を追い詰めていくかのようだった。その威に従わせられるように、背後にはSPが首を揃えている。

 

「ま、待て! 騙すつもりはなかったんだ! 金はまた後日用意するっ」

 などと、言い訳がましく両の掌を突きだす彼が恐れているのは、厳密にいえば彼に対してではなかった。

 ましてや屈強な黒服たちではなく、VIP待遇で同席している謎の白服連中でもなく。

 

 際限なく影を膨張させていく、異形の従者だった。

 

「申し訳ありませんが、規則(ルール)ですので」

 その腰はあくまで低く、だが翻意や懐柔などあり得ないという絶対的な態度で。

 身じろぎと共に後ろの異形が動き出す。やがて逃げようとする伊深の影とソレの影とが重なり、断末魔と共に一体化していく。

 その過程を、やや引き攣ったように黒服たちは見守り、一部例外を除いて白服たちはノーリアクション。

 だが、わずかな気配と物音が背後から聞こえてきた時、

「何者だ?」

 機械的な誰何の声と共に、ぐるんと背後を顧みた。

 

 見れば、閉じたはずの扉の口が開いている。そこから遠ざかる足音が聴こえる。

 声と同じく機械的な動作で、その足音を白い詰襟の集団が追う。

 拳銃は携行しているものの、取引相手の施設である。用いることなく、追う。

 

 廊下に躍り出て逃げていた男の背が見えてきた。黒いベストに、それに類する深い色味の濃紺のシャツ。その向こう側で、トイカメラらしきアイテムが大きく左右に揺れている。

 

 つかず離れずの追走劇がしばし続いた後、その若者は緩やかに速度を緩め、余裕のある感じで足を止めた。逃げ切れないわけではなかっただろうが、尾行されれば面倒だと言う判断かららしい。

 

 その彼の体勢が整うより先に、白いエージェントたちは追いつきざまに波状攻撃を仕掛ける。個人的な肉体能力もさることながら、集団戦にも慣れた、統率ある動きだった。

 しかし黒い服の青年はその波間を容易く掻い潜る。そして個々とのすれ違いざまに、致命的な一撃を叩き込んでいく。

 あるいは肋骨から呼吸を絞り出すような拳を。あるいは器官全体を麻痺させるような強烈なミドルキックを。

 

 そしてなお追い縋る者たちには、振り向きざま飛び上がって回し蹴りで頭部を薙ぎ倒し、あるいは観葉植物で相手の進路を妨げつつ、自身は長い脚で白服の腹を叩いて壁に打ちつける。

 だが最後尾より現れた堂々たる大男が、彼の前に立ち塞がる。その巨躯を活用し、体重を乗せて殴り掛からんとするのを、青年は脇に身を逸らして避けた。

 そしてそのまま男の背後に回ると、自らの肉体と機材をつなぐストラップを男の首に巻いて、そのまま締め上げた。

 圧迫される動脈をどうにか解放せんと、猛牛のごとく巨漢は荒ぶるが、むしろ青年はその暴威をこそ待っていたかのように、利用した。

 あっさり紐を緩めて男の抵抗を空ぶらせ、だが独楽の要領で勢い余った巨体を旋回させると自らもその回転に乗って踵を男の下顎へとヒットさせた。

 

 ぐるんと目を回して昏倒する男。敵を残心とともに見下ろすと、青年は自身の敵が完全に無力化されたのを認め、構えを解いた。そして、息を整えつつもそれ以上の探索は無謀と悟り、次なる追手の掛かる前に、その場を後にしたのだった。

 

「……逃したか。まぁ良いでしょう」

 虚勢とも思えぬ、落ち着き払った語調で、取り残されていた男はそう言い放って直属の部下たちの追撃を禁じた。どのみち、吹聴したところで信じる者などいないし……もし直接危害加える目論見であるにしても、この無敵の『衛士』を、どのように破ると言うのか。

 彼らは一も二もなく、雇い主の意向に従う。彼らを忠実たらしめているのは、男の小さな背の向こうにいる、怪物(フェアリー)だった。

 

 そんな彼らの引き気味の様子を知ってか知らずか。ゆったりと腰を曲げた男は、そのまま地に落ちた紙幣の一枚を拾い上げ、テーブルの上の、本来それで贖う予定だった絵画の横に置いた。

 

「嘘をつき、他者を欺くこと。それ自体は罪ではない。それを貫き通せない弱さこそが、罪」

 そして、誰に聞かせるでもない自論を展開するのだった。

 

 そこは、オークションハウス『審美会』。

 燦都グランドホテルに隣接し、一般にも開放されたその施設の深奥で、訪れた人々のほとんどが感知できないままに、その凶事は行われたのだった。



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2.閑古鳥・アトリエ兼事務所

 秋の気配が遠ざかりつつある時節、『アトリエ・ワット』……兼、『双見探偵事務所』。

 奥の『本棚』から出てきた晶斗の目元には、若干の疲労の陰が見え隠れしている。

 しっかりはしているが、少し重たげな足取りで、カウンターに突っ伏しているレフに近づく。

 

「ドライバーのメンテ終わったぞ。あと、これ」

 と言いながら投げたのは、ライカンのレンズ。

 一見して変化はないように見えるが、元より純正品として安定化させていたフレーム部分を補強。かつ脳を刺激し、人間を狂気に奔らせるという特性を反転させる機構をその内部に取り付けた。

 これでもう、人間を狂わせるようなことはない。むしろ、セラピストとして人々と寄り添えるようになるはずだ。

 

「おぉっ、サンキューね和灯さん!」

 暇を持て余していたレフは早速それに飛びついた。

 時と場が許せば、晶斗とレンズ、双方に頬擦りでもしたい気分だ。

 

「……ちなみに、レンズの方のお代だけど」

「そっちは……まぁ、サービスだ。自己満承知の、俺なりのケジメだ」

 

 いつになく殊勝な物言いにレフは目を丸めた。だが感傷的なその横顔を見てのち、細く絞った。

 

「いやお金のハナシは抜きにしても……本当に、よく引き受けてくれた」

 この人狼は、彼が親とも慕う人間を破壊した。そして多くの人間をその手にかけさせた。いわば、仇と言うべき代物だろうに。

「恨んでどうなる?」

 そのことに対し、彼がナチュラルな声調で返したことに、レフは安堵した。

 

「ただの道具だ。遣い手次第でクソ共の武器にもなりゃ人助けもする。罪の意識もない物を咎めてどうなるもんでもねぇ」

 

 レフは、軽く呼気を漏らした。

 

「なんだよ、不服そうなカオしやがって」

「べっつに」

 

 軽い失望が、つい表情に出てしまったらしい。

 だが、これが今の人と精霊の距離感であり、取り繕うことのない所感なのだろう。いや、晶斗の確固たる理念があればこそ、彼は憎悪を抱かずに済んだのだろう。

 

「……だが、物にも作り手のポリシーや魂、あるいは思想ってのを感じ取ることは出来るもんでな」

 彼は二つのドライバーを、箱に入れて持ってきた。自身とレフの間に、取り出して置いた。

 

「弄ってなんとなく察してはいたが、この間のお前の反応で確信した……これは、親父の作だな」

「……そうだよ」

 

 元よりそれは打ち明けるつもりだったから、下手に誤魔化すことはせず、レフは認めた。

 

「そりゃ、修理に必要な資材も機材も揃ってるわな」

 だがその事実自体にはさして興味がないように、晶斗は冷蔵庫から缶コーヒーを二本分抜き取った。

 

「お前がこないだ言った、『仮面ライダーワット』。あれも親父がつけた名なんだな」

「あぁ、ハードボイルドライバーにライダーシステムをインストールし、シャルロックのサポート要員とする構想自体はおやっさん……和灯千里の中にあったらしい」

「……気にくわねぇな。俺のアイデアが、すでにあのヤローの引いた図面にあったってのは」

「――和灯さん、彼は……君のお父さんは」

 

 言いさしたレフの口を、スチールの硬さと冷たさが妨げる。

 コーヒー缶が、唇に押し当てられている。

 

「だから、そんな曖昧なもんを代金がわりにするなってんだ。現金で払え」

「そんなつもりじゃ、ないってば」

「そもそも興味ねぇって言ったよな、あの男の生き死になんざ」

 

 なお食い下がろうとして、レフは口を噤む。

 彼にドライバーを渡す建前としてそれを使おうとしたのは、他ならぬレフ自身だ。だからそれ以上は強くは出られない。

 

「お前が、働いて修理代を返すんだよ」

 と言われてしまえば、返す言葉もない。

 

「……分かってるって」

 レフは缶を両手で受け取って抱え込んだ。

「でも、こうも人が来なけりゃどうしようもないんだよねー」

 そして嘆く。レフが退屈を持て余して突っ伏していたのから察せられる通り、客らしい客どころか冷やかしさえも来ず、時間を無為に過ごす日々だ。

 戸口を閉じているとはいえ、どこからともなく隙間風が虚しく流れ込んできそうでさえある。

 

「……ま、探偵の実入りなんて正直期待しちゃいないが、ここのところフェアリー絡みか地警への不信感かで治安が悪い。ステマだろうとダイマだろうと、宣伝してるなら、そのうちキナ臭い仕事ぐらい回ってくるだろ」

 言われたレフは目を丸くした。

 

「えーと、宣伝って……何の?」

「……え?」

「え?」

 

 ――十秒ほど後。

 和灯晶斗の怒号が、閑静な通りに轟いたのは言うまでもないことだった。



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3.山村の父が来た!

「……つまり、お前アレか?」

 青筋を立てながら、慣れもしない愛想笑いを無理に浮かべた顔を、晶斗はレフへと近づけた。

 

「今の今まで知ってもらおうとかそんな努力もせず、ただボーッとヒトの仕事場で無駄飯食って寝てた……ってワケか?」

「ヒトの、じゃなくて……僕たちの、だろ?」

 格好をつけて吐かすレフに頬を指で挟み込んだ。

「お前のは、勝手に作った事務所だからな?」

「でずね……ぐえっ」

 無駄に端正な顔がひしゃげることなどお構いなしに圧迫してくるのを振り払い、レフはバツが悪そうに俯いた。

 

「ごめんて。なんかこういうのって、ドーンと事務所構えてれば依頼人が向こうから来るもんだって思ってたんだ」

 と言い訳がましくも謝罪を口にする。その面持ちは、心底からの申し訳なさが伝わっては来る。

 

(なんなんだ、コイツ)

 晶斗は呆れながらこの奇妙な同居人に向けて眉をひそめる。

 奇行妄言は今に始まったことではないにしても、あらためてそう思った。

 

 先に刃藤法花の正体をいち早く見抜いたところから、探偵を自称するだけあって頭の巡りは悪い方ではないのだろう。

 晶斗自身、なんだかんだとその口に丸め込まれることも多い。

 

 だが、今のように世間知らずと言うか、知っていてしかるべき知識や常識が抜け落ちていることがある。

 いったいどういう教育を受けてきたのか。そもそもマトモな家族の下、真っ当な生活を送ってきたのか。気にならない、と言えば嘘になるのだろうが、興味を持っていると思われるのも気に入らない。

 

「……ともかく、今からでもなんかやれよ。SNSとか」

 時間の経過とヒートアップですっかり温くなったコーヒーを飲みながら、一つ分の椅子の間を開けて、アドバイスする。

 

「……いや、でも誰の目に触れるかもしれない場に、顔を晒すのはなぁ」

 などと生意気に悩むレフに、

「なんだよ、そのこだわり。誰かに追われてるわけでもあるまいし」

 と苦言を呈する。

 やや沈黙あって、レフは

「ほら、探偵がカオ割れたら商売にならないじゃんかよ」

 と言った。心なしかその声質は硬い気がしたが、今度はレフが迫る番だった。

 

「てゆーか、和灯さんもヒトのこと言えるわけ?」

「あ?」

「ここまで来客ゼロってことは、それアトリエにも入ってないってことだからね?」

「……そういうとこだけエッジが効いた返ししやがって」

 晶斗は舌打ちしてそっぽを向いた。

 

「良いんだよ、俺は。金儲けのためにやってるわけじゃねぇ。俺が客を選んでんの」

「あー、あーッ! ずっるいんだその逃げ方! それに傲慢だよ! 客商売の態度じゃない!」

「ハァ!? お前みたいなクソ素人にビジネスのことで説教されたくないんですけど!?」

「じゃあ接客の手本見せてよ! 今この場で!」

「誰にだよッ」

「来てんじゃん、お客さん!」

「ウソつくんじゃねェ! いったいどこにそんなヤツっていたぁ!?」

 

 気がつけば、入り口に痩せた男の影があった。

 口喧嘩に熱中してる最中に来店したと思しき彼は、

「いるよ」

 と短く不満を口にした。

 

 短く襟首を切り揃えた黒髪。十年前なら十分にプレイボーイとして成立しただろう顔つきと、ポロシャツのセンス。

 そんな男をあらためて認めた時、

「なんだ、ヤマさんかよ」

 と安堵とも落胆ともつかない吐息とともに、毒づく。

 

「ヤマさん?」

 どこかで聞いた覚えのある響きとは感じたのか。レフが小首を傾げた。

 

「山村操亮(そうすけ)。楓の親父だよ」

「え? あの人が……」

「爺さんはめっちゃやり手で一財を築いた実業家だったらしいけどな。その遺産食いつぶして日中からブラついて遊んでるような道楽息子ってところだ」

「それ、本人のいないところで言ってくれるか?」

 

 聞こえよがしにそんな風に言ってのける晶斗は悪びれる様子はない。

 そんな彼の横柄さにも、慣れ切った調子で操亮は流しつつ、

「表の看板見たんだけど、なに? アキちゃん親父さんの跡、そっち方面でも継いだの?」

「そこの穀潰しが勝手に始めたことっすよ。そもそも、親父の跡なんて継いだ覚えはねぇ」

「それ、本人のいないところで言ってくれる?」

 同じニュアンスで苦言を呈するレフを無視して、

「で、なんの用です?」

 敬語を使ってはいても、いかにも和灯晶斗らしい調子で尋ねる。

「『室町期の天目茶碗を割っちゃったから、元通りに戻せ』なんてバカな仕事じゃなけりゃ受けますけど」

 

 前に押し付けられた無理難題を具体的な例を引き合いに出し、牽制する。

 

「いや仕事の依頼ではあるんだけどねぇ」

 と、山村父は言った。情けなく語尾を伸ばす感じが、いかにも相手が都合の良いことを言ったりしたりするのを待っているような趣がある。覇気や漢気とは縁遠い人物だった。

 

「何か作れとか直せって頼みはないんだけどさ。鑑定士とか、ほら、それこそ探偵みたいな、ね」

「探偵っ?」

 

 すかさずレフが跳ね上がってくるのを、晶斗は掌で後ろへ押しやった。

 

「……具体的には何させたいんです?」

 容れるにせよ拒むにせよ、話を聞かねば進まない。

 晶斗が尋ねると、操亮は自前のスマートフォンをジーンズのポケットから抜くと、操作して画面を見せた。

 そこには真っ白な背景に、ダークグリーンを基調とした洒脱なデザインの腕時計が丸められて置かれている。

 

「じゃーん、WIND SCALEデザインの腕時計。しかも初期生産モデルだぞー」

 映り込んだ画像自体はどこぞからの転用だろうに、まるで我が物のように自慢げに披露する彼に、はぁ、と晶斗は生返事。

「好事家ぶるのは相変わらずとして、でこれが何だってんです?」

 と尋ねる。

 

「それ作った頃ちょうどさ、やれ元社員が死んだとか怪物になっただとか盗作疑惑だとかで、すぐ生産ストップしちゃったんだ。で、今めっちゃプレミアついてて市場に回って来ないのよ」

「ほうほう」

 横から顔を覗かせて、分かってもいないレフが相槌を打つ。

 

「けど、実はそのレア物、この街にあるらしい」

 と無意味に囁き声で言った操亮は、また画面を操作して、今度は別のホームページを開いた。

「……オークションハウス『審美会』?」

「そう。ホテルの隣にあるあそこ。歩いてでも行ける距離に、来週出品されることが分かってさぁ」

 なるほどWEBカタログを見る限り、先に見せた写真と同一らしき腕時計が目玉の商品としてピックアップされている。

 

「それ、本物だと思う?」

「……さてね。写真を見るだけじゃなんとも。で、これを競り落とすんですか」

「だから付き添いしてくんない? ホンモノかどうか見極めてよ」

「なんっで俺が」

「ほらお前、目が利くだろ」

 

 それを否定はすまい。職業柄、紛い物や盗品の類を見たり押し付けられることも多いから、自然見る目は養われたという自負はある。

 だが面倒ごとに巻き込まれるのは目に見えている。難色を露骨に示す彼に、

「それにほら、なんか最近怪しい噂もあるしさ、あそこ」

 とますます行きたくなくなるようなことを言い添える。

「……怪しい噂?」

 ふつうの人間、であれば。

 しかし件の超常現象の専門家が、食いついてきてさらに乗り出してきた。

 

「そうそう、このオークションハウス、支払いは即金一括払い限定って厳しいルールでさ。もしそれを破ったりするようなヤツは、生きて出られない、とかァ」

「じゃ、破んなきゃ良いじゃないスか。偽札でも使う気あるんで」

「そんなつもりじゃないけど、怖いじゃん! そんなとこ一人で行くの!」

 とても一児の父であり資産家とは思えない上擦った声で操亮は反論した。

 どうやら本意は鑑定云々よりもそこにあるらしい。

 

「あのー、良ければその仕事、僕が引き受けても良いですか?」

 やはりと言うか、晶斗の悪い予感の通りレフがそう持ちかけた。

「おぉっ、引き受けてくれるか! ……って、キミそもそもどちら様?」

「あぁ、えーっと……こういう時、名刺でもあれば良いんだけどな」

 

 などともたつくレフの肩をぐっと引っ掴み、少し間を置いた場に連れ込んで晶斗は、

「お前、仕事ないつっても選ぶぐらいはしろよ」

 と耳元で苦言を呈する。

「あの甲斐性なしのことだ。そもそも依頼料払うカネ残してるかどうかも分かんねーんだぞ。それこそマジで偽金使って、要らんゴタゴタに巻き込まれんぞ」

「でも聞いただろう? そのオークション、フェアリーが絡んでる可能性が高い」

 レフはそう囁き返した。

「精霊が絡んだ案件なら、買って出たい。たとえどんな危険が待っていても。どんなに見返りが少なくとも。僕は、僕の納得のいくように務めを果たしたいと思う」

 それに、と探偵は付け加えて言った。

「この話、何も丸損ってわけでもないでしょ」

「……どーいうこったよ」

「あの人、名士だか資産家だかの息子さんなんでしょ? 君がそのうちの一人だったように、色んなところに遊びに行ってるんだから、方々に顔が利く。つまり、彼自身からの報酬は期待できなくても、縁が出来ればそれを頼りに情報も仕事も集まってくる。次につながる」

 

 ほう、と晶斗は口と目とをわずかに円くした。

 むろん、いたずらに利益を求める振る舞いは、彼個人の信条としては好むところではない。

 だが状況を少しでも良い方向へ向けさせようという努力は買う。レフはレフなりに、みずからの負債を減らすために頭を使っているのだと。

 

「……分かった。そういうことなら、俺も一枚噛んでやる。どうせお前じゃ目利きなんて出来ねぇだろ」

「ほんとっ?」

「することもないしな」

「やっぱヒマなんじゃん!」

 

 文句を垂れるレフをよそに、内心で

(それに)

 と付け足す。脳裏に、携帯の写真を思い浮かべる。

(――思うところが、ないでもない)

 出来うるなら、晶斗に拒まれたことで、山村父には来場それ自体を諦めては欲しかったが。

 

 そしてぼんやり立ち尽くしている操亮のもとに戻った二人は、彼に翻意と了承の旨を伝えたのだった。



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4.いざ夜会へ

 そして、件のオークションの開催日となった。

 一般的にオークションの中には敷居の低いところもあって、昼間から一般的に広く開放されており、参加だけなら無料、カジュアルな服装でもOKというところも少なくないが、ここは夜も半ばに開催され、参加者たちも高級感あるナイトドレスを纏っている。

 ガイドを見る限り、別段服装の指定はなかったとは思うが、ギリシャ神殿を思わせる様式の外観内装と、高級ホテルの営みの夜灯とこの田舎町随一にして唯一の歓楽街の煌びやかなネオンに挟まれるという場所柄時柄が、客人に居住まいを正させるのだろう。

 

(まぁ、中にはそういうの、分かんない御曹司(ヤツ)もいるんだが)

 と、和灯晶斗は呆れながら、ポロシャツにジーンズ姿の山村操亮を見た。

 

「……何だよ、何か言いたげだな」

「べつに」

「て言うかお前は空気読んでんだよ」

 

 自身が場違いであるという自覚は来てから悟ったのか。そんな風に八つ当たり気味に不平を鳴らしてくる。

 しかしその指摘通り、晶斗の装いはいつものオイル滲むツナギ姿とは異なり、しっかりドレスアップしていた。スリーピースのスーツとダブルベストをダークグレーで統一しつつ、チーフやタイは赤で外す。髪もアップさせてしっかりと整えている。

 そのうえで大ぶりのアタッシュケースを提げた姿は、町の修理屋、というよりベンチャー企業の若社長、という表現がしっくり来る佇まいだった。

 

「おーっ、あらためて見るとイイ感じじゃない。和灯さん」

 と、同伴しているレフも同じく、めかし込んでいる。

 ただし晶斗とは異なり、より華麗に。より女性的、否中性的に。

 トレードマークらしいキャスケットは今日はお預け。古着屋で買い求めた、明暗に二色で整えた緑のパーティドレス。胸元にコサージュを当てたり、未成熟な骨格を骨格を誤魔化す、小賢しい意匠となっている。

 

「どーよ、僕の扮装は?」

 と幼稚な頭で必死に考案したと思しき扇状的ポーズを取りながら、挑発的にレフは意見を求めるも、

「……馬子にも衣装だな」

 と、冷ややかなコメントを晶斗は落とした。

 

「つまんないコメント」

 と呆れるレフに、

「素直じゃないんだよ」

 と操亮はフォローを入れた。

「ほら、よーく考えなよ。言い方はどうあれ答えはイエス……だぁ!?」

 

 晶斗は操亮のサンダルの指先を踏み込み、それとなくレフの横に立った。

 

「で、どうなんだよ。パッと見」

「え? あぁパッと見ね……ウン、いるね。て言うかここでも分かるくらい、肥大化してる」

 曰く、この性別不詳の探偵には、フェアリーに対するセンサーが備わっている……という。眉唾物の能力だが、鵜呑みにするより他ない。

 

「とにかく、潜入するしかないってわけだが」

 と前置きした上で、

「これは、ヤマさんからの依頼だ。あの人の身を守り、ブツ手に入れることが最優先で、『かわいそうな妖精さん』は二の次だってこと、忘れんなよ」

「……分かってるよ」

 レフはトーンを低めて答えつつ、腕を絡めた。華奢な身体押し当てた。

「だからそれまでは、エスコートよろしくね?」

 愛嬌たっぷりの上目遣いで言うレフに何かリアクションを返すことはせず、そのまま三人で並んで歩き、オークションハウスへ行った。

 

「申し訳ありませんが、中学生以下の方はご入店を固くお断りしております」

 ……そして、レフだけがペーイと弾き出されたのだった。



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5.落札

 オークションハウスに入ってまず行われたのは、手荷物検査だった。

 ボディチェックのほか、カバン類もスキャンにかけられて内容物をチェックされる。

 ケースの中に入った紙束には特に言及されることなく、

(弾かれたあの『中学生未満』の件もそうだが、随分と厳重だな)

 特に指摘も受けずパスした晶斗は、内心で所感を漏らす。

 

 こうなってくると外部に取り残されたレフの存在はありがたい。ドライバーやレンズの一式を、有事に備えて前もって奴のバイクに預けておいたことは善い手あったと思いたい。

 

 そうして通されたメインホールは、当然広めにスペースを取られている。その空間を、すでに貴人を気取る数奇者たちが埋めている。四隅や出入り口を警備員らしき男連中が固めているが、それは取り扱う品物の貴重さ高価さゆえか、あるいは客自身を警戒してのことか。判断に迷う人数だった。

 内装は窓は少なく、電灯も控えめだ。空調が効いていないせいか、収容された人数の分だけ密度が濃くなり、非常に蒸す。

 操亮と並んで中央辺りに腰掛けていると、程なくして小柄な男が壇上に上がった。表情こそ柔和だが、細められた目はどことなく油断できない輝きを帯びている。

 

「皆様、本日はご来場いただき、ありがとうございます。わたくし、当ハウスのオーナーを務めさせていただいております、洞島(ほらじま)信義(のぶよし)と申します」

 丁寧な口調でそう名乗ったうえで、

「さて、今宵ご用意させていただきました品々は、いずれも人智と技巧の限りを作り出された至高の品ばかり。この玄妙の世界において、それら人類の至宝と皆様とを引き合わせることこそ、無上の喜びであり、使命と考えております」

 

 今まで散々繰り返してきたであろう、スムーズな口上を並べ立てていく彼に集まる視線は、焦れてギラついていた。

 暑さも相まって出品をまだかまだかと待ち望む。

 

 それがピークになったのを見計らったかのような頃合いで、一品目の絵画が紹介され、そこから競売が始まる。

 番号札が矢継ぎ早に四方から挙がり、声高な宣言に従いその値は釣り上がっていく。

 

 それが落札されると、一つ、また一つとテンポ良く進んでいく。

 あるいは有名人御用達のスポーツシューズ。あるいは白亜の彫刻に大名物の茶器。

 ブランドや来歴だけ見れば、確かにいずれもが逸品珍品揃いだった。

 その都度、操亮が好奇と物欲によって目を輝かせ、浮気しそうになる。

 挙がりかけたその手を、晶斗は何度となく制して自身は品々に目を凝らす。

 

 その中でこれはと晶斗が見たのは、巨大なトパーズの塊だった。魔的な薄紅の輝きを内容物(インクルージョン)から放つそれは、洞島曰く古の魔法使いが珍重してきた魔法石(パワーストーン)だという。

 とりわけトパーズは、黄道十二星座のうち、蠍座を司ると言われている。

 

 無論オカルトにも興味はなく、あくまで直感に基づく所感ではあったが、興が乗るだけのパワーを、遠目からでも感じた。

 他の客もそれは同様らしく、皆何かに憑かれたかのように値を上げていく。

 

 だが最終的に、圧倒的な資金力でその原石を競り落としたのは、襟を詰めた白いジャケットを羽織った、ミニスカートの女だった。

 少女と言っても良い。

 

(コイツがOKであのガキンチョはNGなのか)

 と不審がる程度には、幼さ残す娘だった。

 

 あるいは、事前に示し合わせでもあったのかもしれない。

 ハンマーを振り下ろし、締め切るタイミングが他より早い気がする。

 

「じゃ、お先失礼」

 と、『X』型に表面に溝を刻んだケース片手に、少女は晶斗たちを横切らんとした。

 

「さぁ、続いては本日の目玉の一つ。この腕時計はかのWIND SCALE社の当時もっとも優秀であったデザイナーが細部という細部に至る設計を手掛け……」

 

 そしていよいよ彼らにとっての本命に至る。

 操亮が半身を乗り出し、子どものように目を輝かせた。

 ……楓にも、せめてこの親の童心が遺伝されていたなら、もう少し可愛がりようもあったものを。

 

 デザイン自体は、高級感のあふれるものだった。

 だがパネルと針の裏側に掘られたペンギンが、控えめなアクセントでありながらもこれが遊び心と言わんばかりに、目を惹くようになっている。

 

「私なら、あれは選ばないかな」

 その彼の裏手で、晶斗にのみ聴こえるような声量で、少女は言った。

 睨み上げる晶斗の眼差しと、彼女のそれとがかち合った。

 

「あぁ、でもキミは……気づいてる人なんだね」

 と告げる。

「じゃあ、あえて言うこともなかったかな」

 そして独り合点。結わえたウェーブのかかった髪をなびかせて、彼の前から立ち去った。

 

「あぁッ、ほら、始まったぞアキ!」

 そんな少女の言動どころか存在さえ気が付いていないように、操亮は晶斗の肩を抱いて左右に揺さぶる。

 そうしているうちにも、数万円台からスタートして、さきの宝石ほどの勢いではないにしても、どんどん手の出せないような域に近づいていく。

 

「ご、ごじゅうまんえんっ!」

 操亮がひっくり返った声音とともに宣う。

 

「だ、大丈夫だよな……? ホンモノ、なんだよな!?」

「札挙げてから訊くなよ……」

 

 だが幸か不幸か、

「五十二万」

 と素早く次なる声が上がる。

 

 そして値が上昇していくごとに、操亮の顔面はほの暗い中でも判るほどに蒼白となった。

 

「どうしよう……そんなに持ってない!」

「まぁ手ぶらで来た時点でンなこったろーと思ってましたよ」

 

 晶斗は悪態とともにわずかに逡巡した。

 しかし、目の前に鎮座する高級腕時計を見つめつつ、嘆息して

「五十五万」

 と札を取り出した。

 

 ぎょっとしたのは隣の操亮だ。

「ちょっ……」

「まぁ心配しなさんな。こんなこともあろうかと軍資金は用意してあるから」

 晶斗はそう言って自らのスーツケースを逆の手で掲げて見せた。

「おおっ、てことは、アレは間違いなく本物なんだな!?」

「立て替えるだけですから、後で依頼料に上乗せしますんで」

 晶斗は返答を避けつつも、金銭の問題に関してはしっかりと釘を刺した。

 

 かくして依頼人からバトンを受け継いだ晶斗は、提示される金額にすかさず上乗せをして返していく。

 やがて声色の種は少なくなっていき、最終的に残ったのは晶斗と、恰幅の良い、いかにも新進気鋭の企業人といった中背中肉の、顔はやたら若作りしている男だった。

 

「……七十万」

 あからさまに若輩者と蔑むように一瞥をくれた彼は、脅しも兼ねてか一気に金額を跳ね上げて来た。

「百万」

 晶斗は即応してやり返す。

 

 そこからは、さながらチキンレースのようだった。

 もはや相場の価格は超えている。損得の問題ではなく、資産家として、コレクターとしての意地だろう。

「三百万」

 操亮が蒼白で「やめてくれ」と訴えたそうに袖を引いているのは言うまでもないことだが、競合相手の顔からも血の気が失せ始めた。

 

「……さ、三百五十万」

「五百万」

 

 もちろん、相手方にしてみれば、金額だけならそれほど困難ではない金額だろう。

 しかし数万円台からスタートした腕時計はすでに百倍近く膨れ上がっている。もし彼がこれ以降もオークションに参加する意向というのなら、これ以上の出費は痛手のはずだ。

 何より、常軌を逸している。躊躇いなくフルスロットルで進み続ける晶斗自身こそが。

 

「五百五十万」

 それに気圧されるかたちで、また争う愚を悟り、男は手を引いた。

「五百五十万。ほかにおられますか?」

 そこから先の手は挙がることがなかった。

 

「……はい。それでは、五百五十万にて、二十二番の方が落札です」

 この落着は、運営側にとっても意外なものだったのだろう。

 取り仕切るスーツ姿の女性が控えめにハンマーを下ろし、洞島がその裏手で何事かをSPたちと何事かを囁き合っている。

 

 彼らから時折向けられる視線に表向きは無視を決め込み、晶斗は腕組み、脚組みしたのだった。



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6.拘束・遁走

「ああぁああ……どうすんだコレ……カミさんに、なんて言い訳したら」

「心配しなくても、すぐに取り立てることはしねぇっすよ。ウチ、ここと違ってローン可だから」

 競売も終わり、頭を抱えてその場に蹲る操亮の肩を、優しい声音で叩く。むろん、語調だけで言っていることは温情など欠片もなかったが。

 

「……二十二番の方、お待たせしました。お品の受け渡しの準備が出来ましたので、どうぞこちらへ」

「あ、ハイ……」

「アンタは違う、とりあえずの受取人は俺だ」

 そう言って晶斗は乗り出そうとした操亮の前を遮った。

「……まさか、そのままネコババする気じゃないだろうな」

「今のところは俺の金で買ったヤツだろうが。ホンモノだったらそのまま返すよ」

 

 一悶着で手間取ったことを案内人に詫びてから、晶斗はその後に続く。

 だが一度、自らの依頼人を顧みながら、

「そのまままっすぐ帰ってくれ、ヤマさん。後の始末は、俺たち……いや、俺がつけておく」

 と忠告をしてから歩を進めたのだった。

 

 観葉植物や調度品はあっても、窓のない長い廊下。

 そこを体感的にだいぶ歩いた先で通されたのは、開けた一室だった。

 下手をしたら、会場それ自体よりも広く、天井が高いのではないだろうか。

 道程とは異なり、ここはオブジェの類は少なく、代わりに壁は厚い。

 外の情報がシャットアウトされて様子が分からないようになっている。もしかすれば、会場とは別の棟に設けられた場なのかもしれない。

 であれば、そうした構造を考えれば、その不毛な空間はまるで……猛獣の飼育小屋のようでもあった。

 

 だが、無人ではない。

 案内人を務めた妙齢の女は美人局のごとくさっと身を退いたが、晶斗の眼前には簡素なテーブルと椅子がある。その上には落札した腕時計。そして件の洞島信義とその取り巻きがいる。

 

 彼は招かれたゲストにあらためて深々と一礼を捧げた後、対面に腰掛けるよう促し、晶斗が座ったのを見届けてから、自らもそれに倣った。

 しかし元締め自身が出張ってくるとは。その点については、晶斗にとって内心驚きだった。

 

「初めてのお客様ですね」

 と目を細めたまま対面の男は言った。

「当ハウスの、支払いのルールについてはすでにご了解いただいていますか?」

「あぁ」

 晶斗は鷹揚に頷く。

「ずいぶんと競ってらっしゃいましたが、例外はございません。現金一括払い。それ以外は認めておりません。もしそれについて違反あれば……相応のペナルティを受けていただくこととなります」

 その返答がわりに、晶斗はケースを机上に置いた。

 

「結構。では、拝見させていただきます」

 ケースごと自らの手元に引き寄せた洞島に対して、晶斗はその対面にある腕時計を凝視した。そのトレードマークたるペンギンを。そして、一つの確信に至った。

 

「…………おい」

 柔和な声音から一転し、低まったオーナーの声は、ゲストを咎める類のものだったのか。それとも感情を排して部下に飛ばした合図だったのか。

 いずれにしても次の瞬間、後ろに回ったSPに、晶斗は後ろ手を絡め取られて机の上に顔と肩を押し付けられた。

 

 〜〜〜

 

 施設の勝手口。そこに面した裏通りは、質の悪い従業員がサボりをするための溜まり場となっている。

 そこに、優秀でも従順でもない一人の青年が、ひょっこり顔を出すと、普段とは様子が異なることにすぐに気がついた。皆、表の側を覗いている。

 

「あのーぅ、なんかあったんスか?」

 おずおずと先輩の一人に尋ねると、

「いや、なんか外に変なのいるんだよ」

 と、その強面の男はタバコをくわえたまま言った。

 

 どれどれと青年が割り入って先頭に出てみれば、なるほど変な輩が、オークションハウスの横にいる。

 いや、後ろ姿はしっかりドレスコードを守った小柄な、黒髪短髪の女性なのだが、それがしきりにポーズをして大きめのガラスを鏡代わりに、自らのプロポーションを確認していた。

 囁きを拾うに、兄妹もしくは親子連れで来た際、年齢制限で弾かれて立ち往生を喰らった挙句、納得いかないのか居座っているらしい。

 

「困るんだよなー、『休憩中』に」

 いつこちらに気づいて怠けていることを告げ口されるか知れたものではない。そんな思惑があって、皆

 

「そうだ新入り、お前行って追い払って来いよ」

 おもむろに、そのサボり組でも年嵩の男が青年に言った。

「うえぇ〜、なんでオレが!」

「ガキはガキ同士、話も合うだろ」

 縦社会の悲哀というべきか。

「そうだ」と手を打たれた時点で青年に拒否権はない。

 仕方なしに承諾し、のろのろと『彼女』の方へと歩み寄った。

 

「うーん、そんなに見えないかなー、オトナって難しい」

 などと嘆くその口調も、背伸びしたポージングも、どう高く見積もっても大人のそれではない。可愛げはあるがそれも、どちらかといえば女性的な魅力ではなく小動物的な愛らしさだ。

 

「……もしもしー、そこのお嬢さん」

 わざとらしく咳払いしながら、その背に歩み寄る。

 そして、(ガラス)越しに互いの顔を見た時、青年は絶句した。

 

「――お前、なんでここに」

「霧街、八雲(やくも)……」

 

 驚嘆したのは彼だけではない。

 『少女』が思わず口にしたのは、バイト先には伏せていた本当の名前。そしてそれを知っていることが、『彼女』が人違いではない、何よりの証だ。

 

 転瞬、振り向きざまスカートの下から伸びた足が、青年の股間を打った。

「だぁお!?」

 人目を憚ることなく絶叫するに値する、激痛。その尾を引く鈍痛。

 パッと裾を翻した遭遇者は、さながら魔法の切れたシンデレラのように逃げ出した。

 ただし童話と異なるのは、プリンセスは『城』の中へと向かっていること。

 

 一息に従業員たちの頭上を飛び越えたそいつは、戸惑う彼らをよそに、半開きの勝手口から中へと侵入していった。

 

「こ、の……待てよコラ!」

 涙声で制止をかけるも聞き入れるわけもなく。まして同じような跳躍が出来るわけもなく。

 内股気味で追尾しようとする青年を、先輩たちの人垣が阻んで揉みくちゃにされたのだった。



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7.それぞれのポリシー

「……長くこの仕事をやってきておりますが」

 と、拘束される晶斗に、冷ややかな目線を送りつつ洞島は言った。

 開け放たれたスーツケースの中身を、己が何をしたのか見せつけるように彼へと向ける。

 

「ここまで低俗な悪戯をしたのは、貴方が初めてでしょうな」

 そこに詰め込まれていたものの大半は、日本銀行券ではない。

 もっと質の低い、それっぽく見せた紙束。

 その図柄は寄せているだけで出鱈目で、顔部分にはへのへのもへじ雑な肖像。

 それはそうだろう。判別のつかない偽札など、違法も良いところだろう。

 

「テメェらには、それで充分だろうが」

 と嘯く晶斗は、さらに圧迫を加えられ、叩きつけられる。

 

「……先に言った通り、どのような思惑があったにせよ例外は存在しません。我らを(たばか)った罪、贖ってもらいましょう」

 気取った物言いと共に、オーナーは手を振り上げる。

 

「なァが、謀っただ」

 彼と、その向こうの腕時計を睨みながら、晶斗は低く嗤う。

「ニセモンだろ、それ」

 

 目は細まったままに、男の口元から笑みが消えた。

 SPたちにもわずかに動揺が奔るが、晶斗を確保している力に隙は生じなかった。

 

「画面越しに見た時はもしやと思ったが、実物見て確信した」

「……」

「その時計のデザイナーはな、作成の年の初めに、息子を亡くしてる。その死を悼むため、魂を慰めるため、その時計には彼の好きだったペンギンを彫ったんだ……それが、そんな雑な仕上がりであるはずがねぇ……せいぜい五千円が良いとこだ」

 

 男はケースの偽札に目を落とす。その中にあった唯一の本物……シワだらけの五千円札を、ふんと鼻で笑いながら自らのポケットにしまい込んだ。

 

「これだけじゃねぇ、今日の出品だけでも怪しいのが相当混じってた。しかもあの会場、意図的に暗くしてたし、気温も上げてただろ」

 

 集中力を削いで判断力を鈍らせ、客の誤認を誘う。おそらくはそのために。

 

「なるほど、見る目は確かのご様子。その審美眼ゆえに、贋作を許せず非難のために乗り込んだ、と言ったところでしょうかな? だがまだ世の中をご存知でない」

 ややあって、男はまた笑みを甦らせた。だが、若輩の違反者への軽侮を今度は隠そうとともしていない。

 

「承知しているのですよ。ここに来る方は皆、暗黙の内に。虚々実々内に繰り広げられる駆け引きもまた粋と心得、興じている。欺き、欺かれる。知恵と眼力の限りを尽くして相手を出し抜く痛快さ。その妙味を解さぬようでは、一流の蒐集家とは言えませんな」

 

 オーナーは、上からの目線で揶揄を飛ばす。

 なるほど『審美会』は文字通り、美そのものではなく、それとそれを覧る人の真偽を審らかにする会合であったのか。

 

「冗談じゃねぇ、笑わせんな」

 低い喝破とともに、可動するかぎり、晶斗は目と首を持ち上げた。

 

「こういう場じゃ騙された方が悪い。知らなかったとしても、物の価値も分からねぇのに余計な色気出してこんなトコに来るようなヤツは、痛い目を見て当然。俺だってそう思うさ」

 

 けどな、と身を捩り、

 

「どんな物であれ、道具には作り手の想いが込められている。それを無視して偽物で貶め、ゲーム感覚で弄ぶような野郎を、俺は許さん」

 

 自分が蒐集家ではなく、職人であるが故に。

 その信条(ポリシー)のままに、晶斗は静かに喝破した。

 

「……ま、恥ずかしげもなくイミテーションのカフスなんてつけてるヤツに言っても、しょうがねぇけど」

 と言い添えて。

 視線の先には、晶斗を締め付ける男の腕。えっと軽く声をあげた彼の逸れた注意を、晶斗は見逃さない。すかさず注意がおろそかになった脛を蹴り上げ、体勢が崩れたところで膝で鼻柱を潰す。

 

 すかさず組みついてきたもう一人の出鼻を挫く。繰り出された蹴りをかわし、伸び切った関節に両拳を叩き込む。そしてのけぞる彼の襟口を絞り上げるや、出その片腕に渾身の力で持ち上げて振り回す。SPの第二波に男の身柄を投げ飛ばし、巻き込んで昏倒させる。

 そのうえで、自らのスーツの着こなしを正した。

 

「……なかなか荒事に手慣れていらっしゃるようだ」

 と、少し驚きはしたものの、洞島に動揺はない。

 当然だ。彼の絶対的な権勢を保障する至宝、武器。それはまさしく今、男の手に握られている。

 悪趣味な黄金とルビーをちりばめたレンズの形をとって。怯えるのは、この狼藉者の方だと言わんばかりに。

 

「試してあげましょう。その自信がいつまで、『本物』でいられるのかを、ね」

〈スプリガン〉

 

 調子はずれのガイダンスボイスが鳴り響く。わずかにずらされたフレームの隙間から、金粉のごとき粒子が際限なく放出される。

 やがてそれは形を成して、圧迫感と威容を伴う影となって、丸腰の晶斗の前に立ちふさがったのだった。

 

 ~~~

 

「……うーん」

 腕組みしながら、山村操亮は廊下のあたりをまだうろついていた。

 帰れと言われたものの、言われた通りに帰るに帰れない、というのが彼の心境だ。

 

 もちろん、品物が横取りされるのではないか、というゲスな懸念のためではない。ない……はずと本人は思いたかった。

 ただ、あの時の晶斗と、彼を取り巻くスタッフの目つきがどうにも尋常ではない気がしていた。

 実際、彼の忠告に反して居残った操亮に向けられた視線も、どことなく剣呑なものだった気がするし、どこかへの連絡を交わしているようだった。

 

 当初は彼自身の鈍さもあって身におよぶほど危険だとは考えていなかったのだが、にわかに鋭さを増したのは、十数分のちのことだった。

 

「――了解。確保します」

 無機質な声がわずかに耳に入る。かと思えば、どこかに話をつけたらしいスタッフたちは、身を切り返して、操亮に歩み寄ってきた。

 

「すみませんお客様。例の品の受け渡しの件で、ご同道いただけますでしょうか」

「え、あの? ちょっと?」

 その慇懃無礼な態度も、高圧的な声も、有無を言わさず肩を掴む力も、とうてい自身で言うような『客』に向けられたものではない。

 

 戸惑うも、スーツをまとった強盗、という表現が似合う分厚い体格と強面を持つ男たちに囲まれているのだ。ついていけば危うい、とは直感するものの、抗うような体力など、ボンボンにあるべくもない。

 

 誰か、助けてという声をあげたいが、周囲には傍観者ひとりさえいない。そもそも、極度の緊張で舌が張り付いて喉が枯れる。

 

 だが、その悲鳴ならぬ悲鳴を聴き取ったかのように、頭上の天板がは外れた。

 弾け出たそれを避けた男たちの合間に、中から飛び出て来た小柄な影が割り入った。

 

 たしかレフだなんだのという、若い探偵。

 性別不詳ながらもドレスをまとった若者は、動揺する彼らの脚を払って転倒させるや、それぞれに踵落としを食らわせたり、返す刀でローアングルから繰り出した両脚キックで、側頭部を壁へと叩き送ったりなど、一気呵成に攻め立てて場を支配する。

 

「ヤマさん、ここは任せて早く逃げてください」

「いや、でもアキがさぁ」

「良いから! そっちは僕に任せてっ」

 

 華奢なその身のどこから出てきたのかという強い声。

 しかしだからこそ、信の置ける、頼りたくなる存在に見えてくる。

 

「……じゃあ、頼んだ。でも、あーっと……きみも、気を付けて」

 何と言葉をかけるべきか分からないので、いまいちしまりのないセリフと共に、操亮は踵を返して撤退した。

 

 ~~~

 

 悪漢どもを制圧しつつ、山村操亮の気配が安全圏へと遠のくのを背越しに感じ取ってから、レフは息を吐いた。

 ――これでようやく、出してやることが出来る。

 

〈ライカン〉

 

 フレームをゆるめて狼型のフェアリーを外へと放出してやりつつ、自身はその身に秘していたデバイス一式を展開していく。

 すなわち、背にはハードボイルドライバーのベルト部分を抜き放つ。スリットの奥の股よりは、サラマンダーをレンズを装填したそのドライバーの本体を抜き取る。

 

 それらを黄金の毛並みの上から巻いたり、咥えたりさせつつ、

「君は、先に合流して」

 と言い置く。

 反応らしい反応はなかったが、その意図はきっちりと伝わったらしく、大型犬程度に抑えられたその身を旋回させて、廊下の奥へと駆け去っていった。

 

 さて、とレフはあらためて腰に手を当て思考する。

 山村父の安全は確保した。そして、晶斗の援護にライカンを向かわせた。

 

 ――だが、

(サイアクだ)

 見つかった。よりにもよって霧街八雲。あの軽佻浮薄な霧街のドラ息子に。

 何故いるのかは深くは考えまいが、その先に待つ結果を想えば……自分は、この町にいるべきではない。

 

「――なんて、トンズラこけるワケないじゃない」

 一瞬沸いた己の弱気を、レフは叱咤した。無意識に壁に添えた手が、指先が、ガラスの壁に触れる男の指と重なる。

 

 依頼人は必ず見捨てない。相棒は必ず守る。

 それが、探偵としてあるべき姿。破るべからざる信条。

 

「そうだよね、おやっさん」

 

 そこにはいない恩師に向けて、独り呟くレフだったが、感傷に浸る暇はない。

 壁から身を遠ざけて俯きがちだった頭をもたげたのと、曲がり角から二つの影が飛び出て来たのは、危うくもほぼ同時だった。

 

 そしてその若い男女一組の、特殊な着衣を見たレフは、隠さず顔をしかめた。

「こいつらまでいるのか……どうなったるんだ、この場所……」

 俗世離れした詰襟の白服、こちらを道具としか見ていないような、無機質な目つき。

 

 ――財団X。

 あらゆるオーバーテクノロジーに投資、流用、果てには盗用することで利益を追求する、死の商人の複合体。

 そこに居合わせ、そして今遭遇したことは、まったくの偶然だったのだろう。

 だが相手には、相対したのが何物かは理解したのだろう。

 何やら取り出した端末とレフの顔とを見比べるように目線を上下させつつ、

 

「対象を断定」

「了解。確保する」

 と機械的な声とともに、男女はそれぞれに同じ型の、没個性的なバックルを取り出した。

〈Raid riser〉

 腹の前に据え、腰に巻かれつつあると同時に、手には覚えのない、長方形に近い小型のデバイスが握られている。

 

〈Bullet!〉

〈Dash!〉

 

 銀光りするフレームの内に、青とオレンジの獣を囲う、異質な道具のボタンを押す。

 

「実装」

 異口同音。それを自分たち仮面ライダーがそうであるように、バックルに納めてさらにドライバー本体のスイッチを掌の下で叩く。

 

〈Raid rise〉

 ベルトから吐き出されたワイヤーが異質な挙動をして男女の肉体を絡めとる。

 やがてそれは鋼のスーツに代わり、頭から上半身にかけてを獣の装甲を部分的に鎧う。

 男だった方は青い狼を、女だった方はオレンジのチーターを、かろうじてそれとわかる造形で。

 

〈Shooting Wolf! The elevation increases as the bullet is fired〉

〈Rushing cheetah! Try to outrun this demon to get left in the dust〉

 

 テンションの温度差著しい音声とともに未知の存在へと成った彼らを唖然と眺めながら、

「何それぇ……僕、聞いてない」

 とレフは、思わず率直な所感を漏らしたのだった。



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8.ダブルライダー、変身

 己の前へとせり出してきた分厚い肉の柱が、視界の大半を塞ぐ。

 直撃の寸前で躱しつつ、晶斗は我が身を壁際まで寄せた。

 弾き飛ばされたスーツケースから紙幣の玩具がひらひらと舞い上がり、それがまた敵の攻勢によって生じた風圧によって再び浮かび上がり、絶えずそれらは滞空している。人の欲望にまとわりつくが如く。

 

「う、うあああ」

 ()()の奮う猛威は、もはや晶斗単独を対象とするに留まらない。

 それの巨体がこの広いスペースの大半を占めるようになり、限られた空間で、多くの部下らが攻撃に巻き込まれて吹き飛ばされる。

 

「オ、オーナー、何を!?」

 挙句、それの伸ばした肉厚の舌が男の一人を巻き取り、その肉体を浮き上がらせる。さらに上へ、怪物の頭上で。左右に大きく伸びた口が、バタつく彼の下で大きく開く。

 

 だが件の悪徳オーナーは部下たちの悲鳴など耳に入らないようで、怪物の死角にて恍惚の笑みを浮かべている。

 

 同じだ。

 刃藤法花と。力と毒とに頭をやられ、本人の自覚もないうちに、その信念は歪ませられた。

 元の人格がどうあれ、彼とてある種被害者には違いない。

 

 苦る晶斗の横に、人ならざる影が飛び込んだ。

 向かい合う怪物のそれとは色味の異なる、高貴ささえある毛並みは、視界の端からでもよく見て取れる。

 

「やっと来たか、クソ犬」

 その呼び名に他意はない。ただ口が乱暴なだけだ。

 その精霊……ライカンの口よりハードボイルドライバー本体を外した。すでにレンズがセットされているのを確認し、間を置かず引き金を絞る。

 放射された火炎が下から怪物の舌を炙り、男が振り落とされた。

 あらぬ方向に飛ばされたせいで壁に強かに身を打ちつけたが、そこまで面倒は見切れない。敵と認識した怪物の攻めは、晶斗に集中する。

 それを炎でいなし、防ぎつつ、機能拡張がためのベルトを、あえて空けた片手で勢いをつけて腰に回す。

 

「ごめん、待った?」

 ライカンが巡らせた首の先、遅れてレフもやってきていた。

 

「遅ェ」

 忖度なく苦言を呈する晶斗に、

「ヤマさんが捕まりかけてたから助けてたんだよ」

 と肩を竦めながらレフは返す。

「あのおっさん、帰れつったのに……」

「君を心配してたんだよ。そこを読み切れないってのは、手落ちじゃあない?」

 

 などと歯を見せて憎まれ口を叩くも、自ら認めざるを得ないところでもあるので、晶斗は反論すること出来ず。

 代わり、銃口をレフの方角目掛けて、トリガーにかけた指をを短く刻むように前後させた。

 

 ドライバーから吐き出された数発分の火の弾は、レフの横顔をすり抜け、その裏手に迫っていた追手に叩きつけられた。

 ダメージらしいものは与えられなかったにしても、手にしていた小銃の先をずらすことには成功する。

 

 そして姿勢を定めたまま、晶斗は二人の鉄人を牽制した。

 

「手落ちはお前もだろ。妙なオマケ連れて来やがって……なんなんだこいつら、仮面ライダーか?」

 奇怪なアーマーに異様なベルト。バックルにはそれっぽいアイテム。

 晶斗の認知する限りの仮面ライダーの条件を十分に満たしている。

 

「彼らは財団X! いわゆる死の商人で僕とは因縁のある相手でバッタリ遭遇しちゃってね……まぁ、多分ライダーじゃないんじゃない、アレ」

「……また曖昧な線引きしやがって」

 

 毒づく晶斗とポジションを入れ替えながら、レフはヒャーと嘆を発して仰ぎ見た。

「こりゃまた、すくすくと育っちゃってまぁ」

 驚きあきれる眼差しの先、そこには巨大な精霊の姿がある。

 

 肥え太った、天井を突き破らんばかりの、巨躯の怪物。

 中世ヨーロッパの衛兵のごとき、縞模様の装束と羽飾りのついた頭巾をまとい、その面貌は鬼のように鼻と目を尖らせている。口は異様に左右に広がり、そこから伸びる朱の舌が、焼かれる毒蛇のように虚空をのたうち回る。

 全体的には醜悪そのものなのだが、高級感ある右目のモノクルが、ミスマッチであると同時に辛うじて見られる造形にはしている。

 

「オークだった?」

「スプリガン、だそうだ」

 

 ジョークのつもりだったであろう問いかけ。真っ当に返す晶斗に、レフは横顔に苦笑じみた笑みを浮かべつつ、レフは何処からともなく掴み取ったドイルドライバーを腰に、フレームを緩めてドライバーに、それぞれセットする。

 それに倣って、晶斗もドライバーをベルトのバックルにセットした。

 

〈シルフ!〉

〈サラマンダー!〉

 

 示し合わすことなく、自然向かい合う敵を入れ替えて背中合わせになった若者たちの間を、精霊が踊る。トカゲの鉄像が伸び上がって開かれる。

 

「変身!」

「変身」

 警戒と集中を兼ねて、それぞれに腕を回してポーズを切りながら、彼らは音声を発した。

 

〈Joker invited you "Shall we open the lock into a cyclone?" Kamen Rider Shalllock Cyclone logic〉

〈What is your stance as a Kamen Rider? Strike while the Metal in Heat〉

 

 

 纏うは翠風と烈火。綴るはフェアリーテイルと鋼のポリシー。そして変わる姿の名はシャルロックとワット。

 同じ動力源、異なるプロセスでもって変身した仮面ライダーたちは、地を蹴って、互いの敵へと駆け出した。

 

 〜〜〜

 

 その一部始終を、ひっそりと半開きにした出入り口より見守る人影が在る。

 霧街八雲、とレフが呼んだ青年だった。

 彼はその流れに驚き、茫然としつつ眺める。そしていまいち緊張感に欠ける平坦な声音で、

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()……?」

 

 そう、誰にともなく率直な疑問を呟いたのだった。



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9.月狼、再臨

 図らずも、二対三の構図が出来上がっている。

 受け持つのはシャルロックが大物(スプリガン)一体、ワットは残る二機を。

 

(本当に、歪な育て方をしてくれたものだ)

 その猛攻を避けながら、巨体の奥にいる真の敵を睨む。

 

 スプリガンは元々、近くの人間が快楽中枢を刺激される際に発せられる微量の生体パルス……要するに欲望をエネルギーとして摂取し、レンズ外での長時間活動を可能としている。

 

 だが、それを知ってのことか、あるいは単純に自身の武器を強化したいという単純な考えからか、あのスプリガンは欲望を人体ごと食わせている。

 

 エネルギーの過剰摂取だ。

 その結果があの異様な肥大化。ともすれば暴走、暴発の恐れさえある。

 

 ユーザー自体への攻撃はスプリガンの肉厚に阻まれて難しいというのもあるが、その膨れ上がったエネルギーを放出しなければ、『彼』は元には戻らない。

 

(仕方ない、スプリガンを救うためには、このダイエットに付き合うしかない、か)

 

 しかしそのためには自身に追走してきた異物が問題だ。

 似非ライダーたちが、その遊びのない自動小銃でもって、ワットに十字砲火を浴びせかける。

 

 腕を交差させ、がっつりと守りに徹した重装甲はその攻勢にも揺らぐことはないが、それでも傍目で見る限りには痛ましい。間断なく響く金属音が耳に辛い。

 しかもこの鉄獣のコンビの連携は相当なもので、一方が弾倉を切らせば余力を残したもう一方がその間のカバーに入る。

 

「しゃらくせぇッ」

 

 晶斗の怒号一発。その背に鉄トカゲがふたたび出現し、その内部に格納されていた多機能近接兵装たる『バーリツール』を抜き取った。

 

〈ウィップモード〉

 鋼の鞭に変形したそれが熱くなって色づき、紅蓮の蛇と化してしなり、銃弾を迎撃していく。これが第一の防壁。

 

〈スティックモード〉

 それを潜り抜けた弾丸群の距離が縮まると、分離させた武器から火の弾を撃ち返して相殺する。これが第二。

 

〈シャフトモード〉

 その煙火を突き破ってなお迫るそれを防ぐのは、長棒に再結合したツール。それを自らの突き出してスクリューのように旋回して作り出した障壁。

 

 その三重の防御体制によって弾幕を凌ぎ切ったワットだったが、敵はフォーメーションを組み、牽制のための銃撃を惜しみなく加えながらも横をすり抜けていく。

 そしてチーターの鉄人……音声から推察して仮称するところの、ラッシングチーターレイダーが突出した。

 

(やっぱり、あくまで狙いはこっちか!)

 

 疾駆する。モチーフに恥じない、捉え難き速度でもって。さながらテールランプのように、残像がオレンジの帯となって四方を駆け巡って撹乱する。

 それに対抗すべく、シャルロックも舞う。

 札の間を跳ね、浮き上がり、そして壁を蹴って飛ぶ。

 サイクロンロジックの敏捷性とレフ自身の反射神経をもってすれば、応戦できないことはない。

 だが前面にはスプリガンがいる。

 ただでさえその存在自体が可動できるスペースを狭めている。

 そして前後に上下と挟まれているという状況は、一瞬の油断が形勢の一極化に帰結する。

 

「っ」

 中空にてスプリガンの舌を避け損なった。足首を掠め、バランスを喪ったレフはそのままレイダーたちの射撃によって撃墜される。

 

 仰向けに倒れ伏し、強かに背を打ちつけたところで、首をチーターの膝が上から押さえつけて圧迫する。

「対象を確保」

 そのバイザー越しに伝わってくるものは、何もない。ただホールドアップと言わんばかりに、冷たく銃口が向けられる。

 

 だが、彼女の腕に出しっ放しだったライカン・フェアリーが食らいついた。次いで、ワットがレイダーの脇腹を蹴り飛ばす。

 腰のドライバーを抜くとトリガーを左右に弾く。狙いもろくに定めない乱射でもって、スプリガンとレイダーの追撃を妨げる。

 

「……つか、よくよく考えたら、なんで俺がお前のケツ拭かせられてんだよ」

 と口汚く毒づきながらも、レフが体勢を立て直すまでのフォローを荒削りながらも危うげなく、晶斗はこなす。

 せめて、手を差し伸べて助け起こす程度の歩み寄りぐらいは欲しかったが。

 

「やっぱあの連中ブチのめさないとどうにも収まりがつかないんでな。お前は自分の荷物を片付けろ」

 と宣いつつ、シャフトを道化じみた巨躯へと振り向ける。

 それを受けて、ライカンを伴ったシャルロックも転身。あらためてレイダー二体と対峙する。

 

「……じゃあ、狼には狼といこうか」

 その内の『シューティングウルフレイダー』を見据え、ライカンの頭を撫でながら告げる。

 

 その手に取ったはその人狼のレンズ。

〈ライカン!〉

 それをシルフを抜き取り、スタンバイサイドに新たなレンズを換装する。

 

 ドイルドライバーがレンズを読み取ると同時に、傍らのフェアリーの姿も変える。すなわち、頭部と前肢のみを残した霊体へと。

 

 バックル脇のボタンを押すと同時にレンズがアクティブサイドへと押し出される形で移行する。

 右の顔から肩にかけてを保護する翠の装いは解け、代わりに狼霊はシャルロックの半身に食らいついて、新たな装飾と化す。

 

〈Joker invited you "Shall we open the lock with lunatic?"〉

 すなわち、狼の面と本の装丁が輪切りにされて交互に積み上がって形成された、狂気じみた異形の黄金仮面。

 

〈Kamen Rider Shalllock Luna logic〉

 新たなる力の象徴を得たレフは、自らに迫る厄災を祓うがごとく、その右腕を、大きく虚空に振り抜いたのだった。



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10.月光、分かれて閃いて

 仮面ライダーシャルロック ルナロジック。

 かつて刃藤法花を狂わせた力を源とした、左右非対称のその姿は、他のフォームに増して異形感を増して、ある種冒涜的なものさえ感じさせる。

 

 だが反して内面は、風のない湖面が如く、平静そのものだ。

 半身が、教え導いてくれる。

 何をすべきか、どう動けば如何な作用が動くか。

 

 対して鉄を纏ったケダモノたちのすることは不変。

 撃つ。対象を制圧し、しかるべき場に差し出す。

 唯一阿るべき命に従い、自らを刃として奮う。

 不惑の意志で蛮勇を奮う。

 それが彼ら財団Xに許された決断だ。まるでロボットのように。

 

 向かい合う対象があらためて本命に変わり、挟撃体勢を確たるものとするべく、彼らはその身を推移させる。

 その足運びからして、コンビネーションは完璧。これを単身徒手空拳で打ち崩すことは、至難だろう。

 

(だったら、手を変え品を変えるさ)

 

 そう静かに意を決したレフに向けて、もう一方の狼の引き金は絞られる。

 その直前、シャルロックの右腕の肘から先が消えた。

 銃砲の威力で吹き飛んだのか。否、中空に浮かぶ奇妙な黄金の円盤が、その腕を呑んで、数メートル先の、シューティングウルフレイダーの小銃の傍へと転移させたのだった。

 手のひらが彼の握る小銃の横を叩き、強制的に照準をずらされたその射撃は敵ではなく、駆け出さんとする味方のチーターへと撃ち込まれた。

 

「おお、こういうのね」

 肘を引けば何事もなく狼の爪を模るグローブは本体との再接合を果たし、フラットな調子でレフは嘆を発した。

 

 動揺奔る敵に対して、レフは畳み掛ける。

 繰り出すイメージとしては、ストレートの連打。

 だが実際に出力したそれは、四方八方からの爆裂拳。

 一切の無駄打ちなく敵を押し包み、画策される反撃の芽もことごとく摘んでいく。銃口の狙うを外し、連携と体幹のバランスを狂わせていく。

 

 その鬱陶しさに焦れた狼が、先走った。もはや間合いを取る意味は皆無と断じて、連射とともに突っ込んでくる。

 だが、レフは一切動じず、ただ右脚を突き出す。

 レイダーの足下に横から現れた脚が前途を遮り、躓かせる。

 

 援護に入るチーターのレイダーを左手を飛ばして留めつつ、姿勢を崩したところに回し蹴りを下から『転移』させて踏ん張りも加速も出来ない中空へと打ち上げる。

 

 そして自身はより高く伸び上がる。

 頭上に浮かばせた左の手首を掴み、入り違いにさらにその上に出した腿を踏み台に。

 

 五体を取り戻した我が身の天地を、無重力であるかのように翻す。

 反りかえる背が弦月を余人に想わせる。鋭く切り返された爪先が弧を描く。

 

〈Lycan!〉

 その過程で空のレンズを装填する。

 高く設けられた天井、足裏の間に、にレンズから放出された煌めきが集約する。溢れ出る力はそれに留まらず、シャルロックの下に降り注ぎ、黄金の『窓』を無数に生み出し、敵を囲む。

〈Strange Q.E.D!〉

 そしてレフ自身は、翻ったままにオーバヘッドキック。右の脚甲を、月のごときその宝珠へ叩き込む。

 

 さながら榴弾のごとく、球が、割れた。分かたれた。

 落下の初動は緩やかに、だが次第に速度を増して月雨が降り注ぐ。

 荒れ狂う。変幻する。

 無数に生じた『窓』を介して、ビリヤードのように、光線の檻のように、互いにぶつかり、切磋しながら獣たちの間を交錯し、激突する。打ち据える。

 

 先までの小手先で増やしたように見せかける大いに異なる手管。彼らがして見せた斉射よりも上回る物量。

 本質はあくまで精霊を無力化する技なれど、一度発動させてしまえば、異種のクリーチャーを無力化できるだけの力を秘めた、必殺の技巧。

 

 そしてレフが肩口の衣をはためかせて着地した瞬間、防御維持機構を行動限界まで削られたレイダーたちは、そのままそのベルトを爆炎とともに破砕させ、白服姿となって転がった。



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11.脂肪燃焼

 うねる舌所狭しと駆け巡る。

 それに追い立てられる晶斗の背が、その後退が、防音性と防御性を併せ持つ、分厚い壁に遮られた。

 

「助力を得たところで、この巨体を前にしては劣勢が覆るべくもないのは自明の理……いよいよ、逃げ場は無くなったようですなぁ」

 

 と、勝ち誇ったようなオーナーの低い哄笑が、肥満体の向こう側で聴こえる。岩間より染みる虫の声のように。

 追い詰められた晶斗の表情は、如何なものであったのか。

 元より傲岸不遜な鉄面皮。さらにその上から目元の付け所さえ分からないような鋼のマスクが覆うのであれば、知るべくもない。

 こと、肉の壁に隠れて自身の安泰は確保するような男においては。

 

 向かい合うべき相手を入れ替えた間際、

「ユーザーではなく、スプリガン本体を狙ってくれ」

 という依願を、レフより受けた。

 仔細を聞いている余裕はない。が、無理難題であることに違いない。

 だが困難を理由に仕事を投げるのは和灯晶斗の流儀ではない。

 それにその道のスペシャリストの意見だ。腹立たしいが傾聴に値する。

 

 ……何より、あの探偵小僧が、請け負った仕事だ。その言うことには、従う。

 

 思索の間に、舌がワットの四肢を絡めとる。

 たとえ本体自体が鈍重であっても、部分的な速度は尋常の反応速度で捉えられるものではなかった。

 たちまちにその四肢が絡め取られ、足が床より離れる。

 

 相手方は嗤う。先の上品さなどかなぐり捨てた、猿叫がごとき声音で。

 晶斗にとっては、嗤えない。だが、恐れも怒りもない。ただ一つ、息を吐く。

 

 肥満の道化者は、ワットのあらゆる部位を蛇のごとく絡め取っている。

 四肢は言わずもがな、保護された頸部も、そして――唯一無二の得物さえも。

 

 その過信と油断が飽和に達した瞬間、その手にしたシャフトが火焔と熱を噴き上げる。

 フェアリーに、熱感知機能や痛覚があるかはさておくとしても。

 重要器官を模した自らの粒子が、焼かれて磨滅していくと言う状況は、受け入れるべきものではないはずだ。

 絶叫が響く。撓んだ舌よりすり抜けた晶斗は、そのまま破壊的な重量感を伴う足音とともに、地面に着地した。

 

「あの連中が来るまでにどんだけ逃げ回ってたと思ってんだ。対処法はとうに割り出し済みだ」

 

 ワットが機動性で機動性で他と競うタイプではないことはよく知っている。そも、そういう意図の下に設計はしていない。

 

 ただ剛強でもっていかなる攻勢謀略にも膝を屈さず、(かたき)の前途にそびえ続ける(くろがね)の城塞。そして時至れば逆撃をもって打ち砕く。それこそが仮面ライダーワットのスタンスだ。

 

 晶斗はドライバーを抜いた。そしてバーリツールの背にそれを外付けする。

〈オーバーオール〉

 結合とともに日本的な英語発音。駆動音がシークエンス代わりに壁に仕切られた空間の中、反響を繰り返す。

〈サラマンダー・メタルブランディング〉

 

 火炎放射器の口から火の風が吹き荒れる。その助勢を受けて、シャフトの炎がさらに猛る。

 紅蓮の柱は、さながら神に捧げる灯火(トーチ)のように焚き上がり、天井を舐める。飛び上がったワットの機体が、火勢によって、敵めがけて加速し、反攻の下をかいくぐる。悪あがきの剛腕を避けてその懐中へ飛び込む。

 一発入魂とばかりに、渾身の力を叩きつけた。スプリガンの贅肉が衝撃で波打つが、破壊には至らない。

 

「はっ! その程度の攻撃など、この肉の壁の前には……っ」

「あァ。だからな」

 

 当事者に代わって強がる洞島オーナーに対し、鷹揚に応えつつ

 

「その脂肪燃焼、手伝ってやるよ」

 

 そううそぶくと同時に、火力がさらに増す。

 やがて猛火が、道化の巨腹を貫通し、背肉の先へ。

 

 床を焦がして黒々と軌跡を残しながら、最奥にまで至ったのを見届けてから、晶斗はその身を蹴り上げて反動でもって飛び退く。

 

 血揮い代わりに鉄棒を大振りに回すその対向で、怪物は爆発、断末魔と共に四散したのだった。



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12.二兎を追う者

「うわぁっ!?」

 怪物破れて消滅し、その籠たるレンズも、悪党の手の内で砕けて消えた。

 権勢の象徴、そして自らの精神を毒していた要因。

 その虚飾を剥がされて残ったものは、哀れなる小悪党が、一匹。

 

「た、助けてくれ……悪かった……! もうこんなことはしないから、な、な!?」

 などと宣い、震える。まるでこれではこちらが熊か悪魔のようではないか、と晶斗は思った。

 一分の憐憫ぐらいは、胸をかすめていった。

 

 だが晶斗は双方の所感などお構いなしに、詰め寄る。

 なお一層大仰に震え上がる中年男に

「おい、それ」

 とぞんざいに呼ばわり、身を屈ませて目線を合わせる。その指に掛かったものを、示す。

 銀色のフレームに当てはめられた、紅玉の指輪を。

 

偽物(イミテーション)だぞ」

 え、と視線の外れた彼の額を、ワットはつま弾いた。

 それ以上の声をあげることなく仰向けに、罪人は倒れて白目を剥いた。

 

 ……果たして、この言葉こそ、真偽いずれであったのか。

 総てはこの鉄人の胸の内である。

 

 さて、と大儀そうに息を吐いて、晶斗は立ち上がった。

 彼の周囲には、居場所を失ったスプリガンフェアリーが、まるでその身柄をそのまま色素へ転換したかのように粒子となって滞留している。

 

「ほら、こっちさっさと片づけちまえ」

 同じように、すでに追手を無力化して床に寝かせていたレフは、軽く頷いて晶斗らへと歩み寄った。

 

 ――その、時だった。

 粒子の様子が変じた。にわかに入口の方角を目指し、流動していく。

 その先には扉の隙間から突き出された半身があった。その手に握られた、空の容器(レンズ)に、粒子は吸い込まれて行って、あらたにそこを拠り所を認めたかのように、黄金と宝石にフレームを変化させた。

 

 握っている人物は、この館の従業員に扮した、髪にオレンジのメッシュを差し入れた、チンピラ風の男だった。

「よーっし、スプリガン、ゲットだぜ」

 垂れ目がちの双眸と下がり眉とに満悦を滲ませ、いまいち抑揚と緊張感に乏しい、歓喜の声をあげた。

 

「八雲ッ!」

 レフが鋭く声を飛ばす。それが、この若造の名らしい。彼はひらひらと変色変形したレンズを振って見せて、

「今日のとこはこれで失礼しとくぜ……お前の相手は、オレだけじゃ荷が重いし」

 

 そう嘯いて身を翻し、これまた緊張感に欠ける足取りで駆け去って行ったようだった。

 

「――いけないんだぁ、ダメじゃないの、捕虜から目を外しちゃ」

 そして、そのレフの背後からも、ぼんやりと白い輪郭が浮かび上がる。

 どこからともなく姿を見せたのは、白服詰襟の女子。

 インチキオークションの最中、晶斗に一声かけてきた、ウェーブヘアの小娘だった。

 

「悪いね、部署違いのロクデナシどもだけど、一応は味方なんで」

 少女の手には、不気味な朱色をたたえた奇形のスイッチが握られている。幾何学的な刻印と形状も相まって、小型の縄文土器や神器のようでさえあるその天頂を親指で押すと、そのスイッチから噴出した星雲にも似たダストが小柄な総身を包み、その中で少女の肉体を変化させる。

 

 星光が赤いラインで結ばれた、異形の怪人が顕れる。

 白と灰を基調とする、昆虫じみたフォルム。サソリに寄生されたような頭部の後方から尾のようなものが伸びて、同じ構成員の女の方の身柄を絡めとる。そして片腕で軽々と男のほうを抱きかかえると、

 

「じゃ、またどこかでね?」

 と、外見のおぞましさとは正反対の、愛嬌たっぷりの仕草で(ツメ)を振り、そのまま天井まで跳躍して突き破っていった。

 

 

 ――まったく、二兎を追う者はなんとやらとはこういうことを言うのだろう。

 感触から考えるに、前後から去っていった奇襲者たちは仲間というわけではないのだろう。

 だが、同じように戦闘が済み、こちらの気が緩む一瞬のタイミングを息をひそめて見計らっていた。

 

「あの三下、名前知ってたが知り合いか?」

「……いや」

 晶斗に合わせるように、レフは変身を解いた。

 素顔となった探偵の表情には、あからさまに焦慮の念が浮かびあがっていた。

 それは、仕事の成果を横取りにされたがためか、それとも別の……

 

「……」

 ため息ひとつ。晶斗はつかつかと靴音を鳴らしてレフに近づくと、顧みた拍子に、その頬を両側から挟み込む。

 

「お前の請け負った仕事は?」

「……ヤマさんの付き添い」

「で、その人は?」

「無事を確保して逃した」

「じゃ、依頼は成功だろ……たとえ他に、何が起ころうともな」

 

 これ以上うだうだと思い悩むつもりだったら、そのままヘッドバットのひとつでもかましていただろうが、その心積りに反して、レフの瞳の動揺は収まった。

「和灯さん……」

 その目を細めたレフは、柔らかい口調で呟いた。

 

「ひょっとしてだけど、自分のポカもうやむやにしようとしてない?」

「うるせぇよっ」



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12.跋扈する者たち

 さながら泪橋、と言ったところか。

 夜景をバックにパトカーのランプが列を成して明滅を繰り返し、オークションハウスを囲んでいる。

 

 やがて額に痣をつけたオーナー洞島が肩を落としながら連行されていくのを見届けてから、霧街八雲はそっと物影伝いにその場を離れた。

 

 その騒動に巻き込まれるのを忌避して遠のく人々の流れに、しれっと合流して紛れる。

 

 『職務中』ゆえに切っていた携帯を再起動すると、何件かのショートメッセージが入っていて、連絡を何度も督促していた。

 ため息とともに、その番号へとかけ直す。

 

「あー、もしもしオヤジ?」

 相手方が、ワンコールで出た。

「あぁ、うん……そう、洞島パクられた。今見たけど、SNSも爆発事故だとかすげ〜騒ぎになってんね。半月の潜入任務これでパーよ……はぇ? いやいやオレがトチったんじゃねーって。つか元を正しゃそもそもアイツが」

 

 時折穏やかならざる単語が混ざるのだが、道行く人々がそれを聴き逃すのは、喋り方があまりに自然かつ、慌てて着替えた私服の着こなしが、いかにもだらしなく軽薄な感じだったがために、他人の警戒心を刺激しなかったためだろう。

 

「うん……うん……フェアリーは捕まえた。それを売ったとか実験してたとか言う財団ナンチャラは逃げたけど……あ、そうそう、あとさぁ」

 

 ふと足を止めて、今更ながらに声を低める調子で、八雲は電話越しの相手に言った。

 

「いたよアイツ。来てた、この街に」

 

 ……そこから先、彼は詳細を彼なりに報告した。幾らかの叱責と怒号を電波に乗せて飛ばされた後、逃げるように通話を切った。

 ため息を吐いて脇道に逸れながら、彼は自身のズボンから傍目には用途不明な、大ぶりのレンズを取り出した。

 

「んな怒んなくて良いじゃん……まぁ、そうも言ってられねーのか」

 と独り言同然に語りかける視線の先、トルコブルーのフレームの奥で、オレンジの蜘蛛が蠢く。

 

 切り取られ、限られたスペースの中で多脚を伸ばす様は、さながらナスカの地上絵のようでさえあった。

 

 〜〜〜

 

 白いバンが、高速を使って、急ぎ燦都から離れていく。

 一見して何の変哲もないファミリーカーのようだが、その実防弾仕様、車内には多分に違法性のある通信機器、銃器を搭載した非合法組織の移動手段であった。

 

「つーかさ、ミチルちゃん。こいつら助ける必要ってあったわけ?」

 ただでさえ狭いスペースに二人の意識不明者を搭載したことでさらに手狭になったので、少女は腿を畳み背を丸めながら、それでも太々しく薄笑いを浮かべている。

 

「仕方ないでしょ、そのまま警察に捕まるようなことがあれば、畑違いとは言え財団の恥よ」

 そうつれなく言うのは色眼鏡をかけた運転手である。

 端正な顔立ちの青年だが、肩に掛かりそうな派手なピアスを右耳につけている。少女と同じく詰襟の制服からのぞくうなじには、Xの文字を中心にトライバル模様を刻んだタトゥーが彫られている。

 

「いやだって、きな臭いよ」

 やはり収まりは悪いらしく、少女はシートから身を乗り出して、ミチルの背もたれに腕を絡ませる。確保した一味から押収したデバイスを青年の視界前方に回す。

 

「だいたい、このプログライズキーだとかレイドライザーっての、どこ由来の技術なわけよ? ウチのじゃないよね、これ? なんかのどこからともなく唐突に技術だけが湧いてきた、って気がするんだけど」

 

 それを鬱陶しげに払いのけ

「さぁね」

 ミチルはつっけんどんに答えた。

「でも一昔前に居たでしょ、最上(もがみ)魁星(かいせい)

「あぁ、ファンキーさんね」

「あそこのチームの技術やメンバーが方々に散ったってハナシも聞くし、きな臭いって言えばその辺りじゃない?」

「ふーん……ま、ウチも似たようなモンか」

 

 そう嘆息する少女の背には、有翼の突入機や、ベルトとスイッチを掛け合わせた装置の設計図や、その残骸の写真が内壁に張り出されている。

 

「だからこそ、次の任務(シゴト)は仕損じる訳にはいかない。これはそのための下準備。こいつらや変な仮面ライダーどもと鉢合わせたのは、とんだアクシデントだけど、必要なブツは手に入ったわ」

「アクシデント、ねぇ」

「? なによ、それ以外に何かあるの?」

 

 思わせぶりな少女の呟きを拾い、運転手はバックミラー越しに訝る。

 機器類を手放した彼女はあざとげに頬に掌を押し当て

「何となくだけど、出会いに運命感じちゃうなぁー、青春ってカンジ」

 と微笑んだ。

 

 彼女が()()()()()()()か、それを知るミチルは一瞬だけ表情を苦しげに歪ませた。だがすぐにため息をこれ見よがしに吐き捨て、片手で助手席にあったものを少女へ向けて、放り投げる。

 

「おバカ言ってないで、衣装合わせぐらいなさい。時間無いんだから」

「んもー、ミチルちゃんひどーい……って、何これ?」

 

 透明なビニールに包まれたそれをつまんで広げてみれば、どこからな仕入れてきたらしいブレザーの学生服。それと並べた首を傾げて見せる少女に、彼は少し煩わしげに言った。

 

「次の現場はとある私立高校。そして敵は……宇宙よ」

 

 次いで投げ渡された数枚の写真。

 画質は決して鮮やかとは言えないまでも、そこには、ロケットやドリルを模し、甲冑と組み合わせたかのような鋼の怪人たちが、校舎の影や無人の体育館で、個々に学生たちを襲撃する姿が映り込んでいたのだった。



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13.たとえそれが偽りでも

 後日、アトリエ・ワット兼双見探偵事務所。

「そう言えば、あのオークションの件、どーなったのさ」

 また客の気配の遠のいたその仕事場で、暇を持て余したレフは、頬を両手で支えながらカウンター越しに晶斗に尋ねた。

 

「どーもこーもねーよ。オークション自体が詐欺、意中の品も紛いモンだってなってあのオッサン、さっさと日和りやがってブチブチ文句は垂れるわ依頼料はゴネて値切り出すわで最悪だ」

「凄かったよねー、安全になってからの掌返しと塩対応っぷり」

 

 実際に凶事に巻き込まれかけたところを救ったのだから、むしろ追加の手当てがあって然るべきなのだがそれもなく、雀の涙ほどの支払いも借金の返済と日々の生活費に当てられた。

 

 金を稼ぐとは、労働とは、なんという不毛さか。働いてみてあらためてそう思わざるをえないレフであった。

 

「まぁ、ヤマさんも怖い目見て多少は懲りたと思いたいね」

 口ではいかにも吝嗇ぶったことを言っても、晶斗がこの仕事に付き添った理由はそこにあったのだろう。

 

 事前に時計が偽物だと気付いたらうえで山村操亮を守るために。

 そして反省と自制を促すために。

 

(ほんとに、不器用なヤツ)

 密かに苦笑するレフがふと彼を改めて見ると、その腕時計が覚えのあるデザインだったことに気づく。

 

「あれ、それって……」

「あぁ、例の腕時計。戦闘のドサクサに持って帰ってきた」

「うえぇ、良いの? 警察とかに渡さなくて」

「良いんだよ。カネ出したの俺なんだし、警察に届け出てもいろいろ訊かれて面倒くせぇことになるだろ」

 

 晶斗は眉ひとつ動かさず、筋が通っているんだかいないんだかという言い分を並べ立てる。

 

「でもそれ、偽物なんでしょ?」

 と尋ねるレフにも、やはり彼は動じた様子は見せなかった。

「道具に、罪は無ぇ」

 いつぞや聞いた口上を、再び宣う。

「今んとこ問題なく動いてるし、材質自体もしっかりしてる。そのうちにボロが出てダメになっても、俺がオーバーオールすれば良いだけの話だ……要するに、大事なのは偽物だと知った上での付き合い方だろ」

「……かもね」

「人の時計のこと気にする前に、お前はその胡散臭さをどうにかしろよ?」

「胡散臭さって、どーやったら消せるのさ?」

 

 自身の腕を嗅いでみても、特に異臭らしいものは感知できない。

 その言動はズレたものだったらしく、晶斗の呆れとそれに伴うため息を招いた。

 

「ほら」

 と、レフの手前に、晶斗がカウンターの裏から引き出した紙片の山が、輪ゴムにまとめて突き出される。

 

「何これ?」

 と表面を覗き込めば、そこには適度にスペース開けた双見怜風の四字と、自身がデザインした探偵事務所のロゴがデザインされている。

 

「名刺っつーか、ショップカードだよ……オモチャの札作った次いでに余った紙で作ったんだ。それさえありゃあ、多少の客寄せにはなんだろ」

 

 そっぽを向いて言う晶斗に、レフはクスリと笑った。

 それが漏れ聞こえてきたらしく、ますます職人は内に身体を向けていく。

 

「追加手当てありがとね! じゃ、さっそくご近所さんに置いてくるからっ」

 またケチのつかない内にそうまくしたて、レフは立ち上がってアトリエを出た。

 

 だがすぐに街に踊り出すことなく、閉じた扉の前で、立ち止まる。

 

「ニセモノと知った上での付き合い方……か」

 ほろ苦く笑うレフは、己の名前に目を落とす。

 そして自らの過去と、それにまつわる人々に、想いを馳せる。

 そのうえで、あの霧街も。

 追いついてきた真実の足音に、恐怖と宿命を感じざるを得ない。

 

 ――それでも、と。

 胸に与えられた紙片を押し当てる。

 

 その名を抱く喜びと温もりは、決して偽りなんかじゃないはずだ。




Next

クリスマスも間近となり、より一層の輝きを放ち始める冬の燦都。
浮かれつつも忙しない空気の中、晶斗に一人の男に呼び出される。

男の名は、霧街郁弥。
今は大企業の代表となった彼から告げられたのは、父と、そしてフェアリーにまつわるあまりに多くの『事実』。

釈然としない想いを抱く晶斗と、そしてレフの背後に、二人の追跡者が迫る。

「お前の罪を、数えろ」
そして復讐の髑髏は、『悪魔』に断罪を告げる。

第4話「カウンティング・クライム・ダブル」


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第4話:カウンティング・クライム・ダブル
1.クリスマスの夢


 しんしんと、白い雪が外で降っている。

 その雪が音を吸っているのか、和灯探偵事務所の中は静寂そのもので、その静けさに包まれるように、レフはうたた寝していた。

 

「ほら、起きろって」

 と優しく肩を揺すられて、頭をもたげる。

 仰げばそこには、リースを片手に微笑を浮かべた和灯晶斗の姿がある。

 その背後ではクリスマスパーティーのための飾りつけが中途まで進んでおり、レフの気分をツリーの周りの風船がふわふわと地面や低空を浮いて巡っている。

 

「お前も飾りつけ手伝えって。もうすぐ親父、帰ってくるから」

 そう促されて、寝ぼけ眼を擦りながら立ち上がる。

 

「ほら、早速だ」

 とことさらに嘆くような調子の晶斗が首で入口を示せば、ドアが開く。細雪とともに、フライドチキンのバーレルを抱えた、一人の男が入ってきた。

 

「帰ったぜ」

 痩躯だが、引き締まった肉体をトレンチコートで覆った男。

 そこそこ以上に美形であり、一昔前はアイドルをやっていたと自称されると、つい信じたくなる程度には顔のパーツが整っている。目元は晶斗のそれをいくらか和らげたようではあるが、とても似ていた。

 

 季節柄でサンタクロースを意識した、と言うわけではないのだろうが、それを想起させる真っ赤なハンチング帽を、自身の頭から取り外し、レフに向けて無造作に放り投げる。

 いくらか逡巡したあと、見事に自身の頭で捉えて被ったレフに、

「お見事」

 とニヤリとする。

 それが、その表情ひとつひとつの作りが、いかにも彼――和灯千里らしかった。

 

 はにかんで帽子を目深に沈めるレフの背を冷ややかに見つめながら、

「そいつ飾り付けてどうすんだよ」

 と毒づく。

 

「早く帰って来たんなら手伝えっつの」

「そう口を尖らせんなって、ほら、チキンめっちゃ買ってきた」

「……いや、なんで胸肉ばっかなんだよ」

「ん? お前って、胸好きじゃなかったっけ?」

「んなワケあるかッ、むしろ俺は脚だっつの、胸は骨が面倒くせーし、盛ってる感じがあってヤなんだよ」

「面倒なのはお前だろ、ったく、直情型のクセして、変なところで理屈っぽいんだよなぁこいつ。レフもそう思うだろ?」

 

 益体もない会話。遠慮のない応酬。

 レフは彼ら父子の交わし合う言葉に耳を傾けながら、目を細めた。

 

「……お、そうだ。ほら、()()()、店の前で突っ立ってないで、ケーキ持ってきてくれ」

 千里がそう顧みて言うと、また雪風乱れ、そしてまず片足だけが入ってきて――

 

 ~~~

 

 すこん、と抜けるような快音と表面的な痛みで、レフは眠りを妨げられた。

 仰げば、先とは似て非なる厳格な表情で、

 

「外出する家主無視して居眠りたぁ、いい度胸だな居候」

 彼が握りしめた業務用のスリッパではたかれた、というのは何となく察しがついたが、叩かれるに至るまでの、前後の流れが曖昧だった。

 

「あれ……おやっさん、は……?」

「はぁ? 親父だ? クリスマスだからって帰って来るわけねーだろ、あのロクデナシが」

 晶斗は無慈悲かつ辛辣に返す。

「夢でも見てたのか?」

「夢……僕、が……?」

 

 ふと意識が完全に復帰すれば、季節行事なんぞ知った事かと言わんばかりの、殺風景なアトリエ。そこにいるのは自分自身と、やたら厳しい和灯晶斗のふたりだけ。

 その現を突きつけられて、己に問う声は沈む。

 

 夢には違いない。

 過去の回想でさえない。あまりに都合の良い、決して果たされることのない夢想の残骸。

 

 晶斗のそれは偏見と推測でしかない。だが誰あろう、レフは知っている。

 ――和灯千里がこのアトリエに、二度と戻ってくることはないことを。

 

「あ、そうだ。これから外出るの?」

 ごまかしも兼ねて、レフは余所行きのコートに身を包んだ晶斗に尋ねた。

「まぁな」

「クリスマスデート、ってヤツ?」

「んなワケあるか……親父の知り合いに呼び出されたんだよ。面識はねーけどな」

 なお空元気で上ずった声でおどけるレフに、わずかに言いよどんだ後で晶斗は答えた。

 

「マシン借りてく。せめて留守守る番犬ぐらいはやれよ、穀潰し」

「うー、ワンワン」

 

 吼えマネをするレフに、呆れた眼差しを送りつつも、適当にいなす感じで晶斗はアトリエを出て行った。

 マシンドロンパーの駆動音が遠のいていったあと、探偵は表情を一転させて剣呑なものとして、

「今この街で彼と面識がないおやっさんの知り合いって、まさか……」

 と呟いた。

 

 その脳裏に、過日の霧街八雲との邂逅が浮上する。



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2.真実のミュージアム

 サントものづくりミュージアム。

 ここは、古くからこの土地に建設されていた施設で、元の名は『燦都地域振興文化会館』という。

 かつては老人たちの寄り合い所としてしか利用されていないような寂れた場所だったが、街の再興に乗じる形で大々的にリニューアル。地層の変遷や出土品、あるいはドキュメンタリー映像作品などを展示する一博物館となった。

 

 ……が、そこは地方都市の悲しさと言うべきか。

 それほど実際の入場者の層や数がそれほど変わったわけではなく、せいぜい地元のレクリエーションに使われることが多くなったぐらいで、それも今のようなシーズンオフの時期には悲惨なものである。

 

 というわけで、小綺麗ながらもどこか空疎なその待合スペースで、無料展示のガラスに色分けして詰め込まれた土塊のモニュメントの前で、和灯晶斗は人を待つ。

 

 やがてごくふつうに、勿体ぶることなくきっかり集合の十分前に男は単身やって来た。ガラスを見つめる晶斗に並んだ。

 

「失礼。君が、和灯晶斗くんか」

 そう言って、かの大物は横目で晶斗を眺める。

 

 かつては溌剌とした色男だったのだろうくっきりとした鼻筋と、涼やかな流し目。口元には髭を生やしているが、野卑な印象は受けない。

 今も今とても、枯れたなりに男の魅力を持っていた。

 厚手のスーツに帽子という立ち姿は、どことなく明治期の華族の趣を感じさせる。

 

「はじめまして、霧街郁弥だ」

「……どうも。お噂はかねがね」

 

 霧街郁弥。名刺と共に告げられたその名を、何度も己の内で反芻する。

 レフの説明で、その名を一度だけ耳にしたことがある。

 フェアリーレンズを開発した会社の元技術顧問。一年前の流出事故の後、技術提供がらみでCEOと反目し、そしてクーデターによって新たな代表に上り詰めた男。

 

 あらためてその名を『鋼の本棚』で検索をかけてみて、驚いた。

(まさかと思ったが、()()ホールドコーポレーションの霧街だったとはな)

 かつては技術者として、そして今は遣り手企業人として、その界隈では勇名を馳せた大人物である。

 

 その男が、突如としてアトリエのメールアドレスに連絡を寄越してきた。

 父の知人を名乗るとともに、それにまつわることで直接話をして確認したいことがある、と。

 

「それで、晶斗くん」

 と、その尋常ならざる人物は、交換された名刺を懐中にしまいながら、尋ねた。

 

「単刀直入に訊こう……どこまで知っている?」

「おっしゃることの意味が、良く分かりませんがね」

 

 この返しは、妥当なものだろうと晶斗は自認する。

 いかにも当然と言った調子で切り込んできた郁弥の問いかけは、要領を得ないものだ。

 ――たとえそれが、フェアリー関連に対する探りだとは、薄々の察しがついていたとしても。

 

「だいたい、貴方と親父はどんな関わりなんです?」

 父と旧友だった、そのことで話がある……という誘い文句自体、眉唾だ。

 

 肚の探り合い、表情の読み合い、そういったもので水面下の応酬を繰り広げること、数秒。

「本当に、何も聞いていないのか?」

 カードを切って来たのは、郁弥が先だった。

「薄情な男だ」

 という、ほろ苦い笑いとともに。

 

 そして上着の内より端末を取り出すと、操作して、そこに保存されているある写真を披露した。

 そこには、あるグループが巨大な製造機らしきものの前に集結していた。

 彼らの中心にいるのは、目の前の本人よりいくらか若く、そして生気に満ちた郁弥と、そして父。今まで見たことのないぐらいきっちりとビジネススーツを着込んで、整髪料で髪と取り纏めている。

 画像を改ざんした形跡はない。正しく、父とこの男とは知己だったのだ。

 

「ここ一帯で続く怪事件、精霊のような謎の怪物の目撃情報が付いて回っている。そのことについては?」

「眉唾物ですが、そんなウワサもあるみたいですね」

「事実だ」

 晶斗の納得の様子を認めてから、彼は端末を懐へと戻した。

「そして、その元となる粒子を我が社の研究開発チームが発見、改良を重ねていった」

 それも、予想の範疇だ。

 レフは頑なにその名を挙げなかったが、その会社がホールドであったことは流れを把握していれば自明の理だ。

 

「君のお父上は、当時そのチームの中心的人物だった」

「……まさか、しがない修理屋ですよ」

「突然退社してからは、そうだな。だがその後も協力者として、各地を飛び回っていた……君には、寂しい想いをさせてしまっていたようだが」

「親父、会社ではどんなだったんです?」

 

 常日頃の反発もつい忘れ、反射的に、晶斗は踏み込んだ。

 

「一言でいえば、天才だ」

 端的ながらひどく俗っぽい表現だ。その自覚があるのか、恥じるように郁弥は目を伏せた。

 

「あの粒子はエネルギーの常識を一変させるポテンシャルを持つ。だからこそ、奴は悪用防止の一環として、まずそれに色と形を与えた。あえてそうすることで、機能を制限、分割させるためだ」

 それは、生物の多様化、進化と似ている。もっともこちらは、人為的な処置には違いなかったが。

「そしてそれを封じ込める特殊ガラスの開発に成功。加えて有事の際の対抗措置として、ライダーシステムの製作に着手した。そして、その粒子が過去に引き起こした現象こそ、妖精や魔物の伝説の源流と考え、粒子にはフェアリーを、そしてそれと対を成す戦士としては『仮面ライダー』なる都市伝説の覆面ヒーローをモデルケースとして選び、各地で情報を集積していった……修理工から探偵と転職したのは、その方が何かと都合が良かったかららしい。嘘か真か、ライダーと直接コンタクトも取ったことがあるなどとも吹聴していた」

 

 ついぞ知らなかった、いい加減でろくに家にも帰らなかった、父の裏側。

 そこにあったのは、現在の晶斗(ワット)自身に強い影響力を持つ事績だった。

 だからこそ、腑に落ちない。

 

「……どうしてそこまで関わってるのに、会社を辞めたんですかね」

「さぁな。だが、会社という枠に収まらない男ではあったさ。残された当時の私は、裏切られたとひどく恨んだものだがね。そのくせ、自由となった身でわだかまりなど感じさせないフットワークで、なお我々に絡んでくる……他人のことなどまる頓着しない直情型のくせに、自分の小さな理屈やポリシーにはしつこくこだわるところも含めて、奴は良くも悪くも『天才』だったよ」

 

 俯きがちにそらした横顔に滲む、懐かしみの想い、それと同量の悔恨。

 そこに、嘘偽りはなかった。語る和灯千里評も、晶斗の考えるそれと合致する。

 ――どことなく、自分自身と重なる忌まわしさも含めて。

 

「だから、()()()()()になって、残念に思う」

「あんなこと?」

 

 つい、訊いてしまった。踏み入れてしまった。

 本能的に、避けていた。あるいは、代償として告白されることを拒みつつも、いずれはレフの口から語られる時が来るのではないかと予期していた、真実。

 

「――そうか、まさしく君は、何も報されていないのだな。『あいつ』から……困ったものだな」

 だがもう遅い。霧街郁弥もまた、当事者なのだから。問われれば、知ってしかるべき相手には答えるに決まっている。

 父の、生死について。

 

「君の父親は、一年前に亡くなった……最凶のフェアリー『ジャバウォック』の力に憑りつかれ、ヤツを解き放ったことによってな」

 およそ考えられる限り、最悪の事実を付加されて。



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3.厄災のフェアリー

「フェアリーそれ自体でさえ、流出した今となっては人々を脅かす化け物ではあるが」

 という鋭い否定の言葉で、霧街郁弥は前置きした。

「ジャバウォックはその中でもとびきりの厄災だ」

「……というと」

「多くのフェアリーは、むしろその動作を制限するために、様々な形でデザインされている。レンズ無しにはその形状を維持できず、粒子化すれば空中分解されるよう寿命が設定されている。されている。だがアレは」

 

 石でも不意に飲み込んでしまったかのような、苦渋の表情で言い淀んでから、郁弥は

 

「上層部の意向で兵器として開発され、それら一切の制限が、解除されている」

 と告げた。

 

「物理的脅威もさることながら極めて人間に近い柔軟な思考を持ち、既存のあらゆる精密機器類へのハッキング、クラッキングできる。物質化したその体内にレンズそのものを結合させることで長期間の維持が可能だ。だが何よりも、ジャバウォックの恐るべき点は……」

 

 郁弥の口が、重く蠢く。

 人によっては、それは先に列挙した特性よりかは恐るるに足らない、なんてことのないようなものに聞こえるかもしれない。

 だが、確かにその事実を知った人々を恐慌せしめることには、違いなかった。

 

「千里は、確かにフェアリー関連で多くの対策に貢献した。が、あまりに近づき過ぎた」

 と、押し黙ったままの晶斗に、父のかつての戦友は続ける。

「ジャバウォックの魔性に取り込まれたあいつは、孤島の実験棟に侵入し、そこに封印されていたジャバウォックを解放した。そしてそれがためにヤツは脱走。実験棟は崩壊し、それに焦った上層部は、闇の組織と結託してまで巻き返しを図ろうとした」

 

 そして霧街郁弥はその後始末がために、それら愚かな重役らを一掃し、頂点に立った。

 

「そして君の父は、ジャバウォックに利用されるだけされて、その場で殺された」

「……何故、その親父の死を伝えなかった。この一年間?」

 やや口吻を尖らせ、晶斗は問うた。

 

「多忙を極めていた。今なお、我々はその組織、財団Xによって新たに濫造され、悪用されるフェアリーの回収作業に追われている」

「それでも、一言ぐらいあって然るべきでしょうよ……たとえそれが、罪深い大悪党だったにしても」

「ある若者に、君への言伝は頼んでいたのだがな……」

 と、悩ましげに郁弥は嘆息した。

 

「誰です、そいつ?」

 一人の探偵の姿が脳裏に浮かぶ。

 その名を告げず、ただ郁弥は、

 

「探偵助手だ、千里の」

 そう、答えた。

 

「事件当時も同行し、恩師の死にも居合わせていた。あいつ以外に身寄りもなかったらしい。本人が大罪を犯そうとも、その身内に非はない。何より、旧友の忘形見だからな。私が、次の後見人となった」

 

 その割には、実際の遺子である自分は放置されていたが、という言葉を晶斗は意地と忖度で飲み込む。

 

「だが、我々の所有していたライダーシステムの一基を強奪し、飛び出していった。以後、探偵の真似事などしながら手にした力で各地のフェアリーを狩って回り、師の仇とも言うべきジャバウォックを追っているとのことだ……定期的に連絡は取れてはいるが、正直に言って健全な状態とは言い難いな」

 

 沈む表情を見る限り、郁弥は本気でその遺子を案じているようだった。

 

「だからもし君のところに来ることがあれば、一度私の元に顔を出すよう伝えておいてくれ」

「……それが、俺への用事ですか」

「いや」

 郁弥は儚く笑ってかぶりを振った。

 

「君のところに千里がジャバウォック関連の資料を残してはいないかと踏んだわけなんだが、本当に何も知らなそうだしな。あとはまぁ……君を見ておきたかった」

「俺を?」

「当然だ。君とて千里の忘形見だろう。あいつはあいつなりに、君のことを想っていた。君を遠ざけたのは、フェアリーと関わらせたくなかったからだろう」

「今更そんなことを言われてもね」

「今だからこそだ」

 郁弥は言った。

 

「ある程度落ち着いた今だからこそ、私は君とこうして対話できている……そしてあらためて、謝らせて欲しい。本来隠居の身のお父上を引き留め関わらせ、結果狂わせて破滅させたのは、我々の生み出してしまったモノだ……すまなかった」

 

 本来であれば、自身が恨み言の一つを息子にぶつけても良い身の上だろうに。

 そんな様子をお首にも出さず、郁弥は年下相手に深々と頭を下げた。

 

 そして、いくらか言葉を交わした後、郁弥の諸用ゆえにお開きというかたちになった。

「入り口まで送ろう」

 という彼の申し出に応じて、共に施設から退出した。

 

「もう一度確かめておくが……本当に、何も訪れなかったんだな?」

 それは、気を許しかけたタイミングで不意に、ごく当たり障りのない感じで、その問いは会話に差し挟まれた。

 先と同じような穏やかな語調。だがその奥底にある意識の、微細な変化を直感で感じ取った晶斗は、

 

「さぁてね。客商売ですから、人なんざ入れ替わり立ち替わり来ますよ」

 ……と、我ながら悲しくなるような嘘を、真っ向から堂々と吐いたのだった。



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4.怪奇、変身、蜘蛛男

 晶斗は二輪を駆りながら、その場を後にする。

 そして考える。

 

 新たにもたらされた情報。それとレフの存在を組み合わせると、経緯の推察は容易だ。

 

 一年前、頭のおかしくなった父親が厄種のフェアリーを解き放った。

 それが巡り巡って他のフェアリーの流出を招き、それが刃藤法花を含め多くの人間を狂わせた。

 

 保護されたという千里の助手は、師の無念を晴らしその罪を雪ぐため、仮面ライダーなる怪物ハンターとなってフェアリーを狩っていく。

 その戦いの中でドライバーが破損。修復できると見込んでこの街にいる千里の息子を訪れた。

 そしてそれを口実に父の訃報を彼に伝えようとした。

 だがそれに前後してこの街でもフェアリーの事件が顕在化、その対応に追われて機を逸し、今に至る。

 

 なるほど、辻褄は合う。

 だが、なんだろうか。

 

(この、辻褄()()()()()が噛み合ってない感じは)

 

 何か、大きく見落としている気がする。

 例えるなら、パズルの外周が埋まり全体像は朧げながら見えてきても、中心の大きなピースが欠落しているかのような、具体的には名状し難い違和感。

 

 あのドライバーは、()()()()……

 

(あぁくそ、うまいこと頭の中がまとまらねぇ)

 ガードレールのない、河原沿いの一本道。運転に集中したいというのもあるが、わずかに、だが絶え間なく、彼の心は波打っている。

 

 まさか父の死に動揺しているというのか。あの男がすでにこの世にはないという事実に。

 ろくに顔さえ見ていない、家族を振り回した挙句去っていった。事情を知った今でさえ、いや霧街郁弥が語ったことを鵜呑みするならなおのこと、涙の一滴にさえ値しない。

 それに、レフの言動から薄々は勘づいていたはずではないか。

 

 無意識のうちに目を逸らしているのは、果たして父の事だけか……?

 

 意識の揺らぎは隙を生む。

 だがそれでも、色々と厄介ごとに巻き込まれ続けた晶斗の察知能力は、常人のそれよりも一段階明敏であったことだろう。

 

 背後を尾ける、一台のバイクがいる。

 まだ人口の密集地を走っていた時には気にも留めていなかったが、さすがに横道、悪路に逸れれば、あえてその道を好んで辿る不審車の存在はいやでも気がつく。

 

 タイミングから考えれば、誰の指示による追跡かは瞭然だ。

 問題は、相手の追跡があまりにお粗末であからさまだということだ。

 所詮対象は素人だという油断によるものか。あるいはこの追跡者自体がブラフで、本命は別にいるのか。

 

 だが、可能な範疇でそれとなく探ってみても、それらしき影は後ろの奴輩のみである。

 相手に気取られないよう運転を続けつつ、一つ一つ可能性を潰していく。

 本当に第三者の目があれば、あるいは仲良くツーリングしているようにも見えたかもしれない。

 

 だが真実、追ってきているのがこのマヌケ一人だと確信した晶斗は、有事に備えて、道を山へと向けたのだった。

 

 〜〜〜

 

 晶斗が向かったのは、郊外にある採掘場だった。

 良質の珪砂が算出されるこの燦都においては、こうした現場は数多い。反面、予想を下回る産出量しかなく、虚しく打ち捨てられたような場も。

 ここも、そうした場所の一画だった。

 安全も確保されておらず普段は忌避されるべき場所だが、こうした事態、好まざる人物を誘引するシチュエーションでは格好の地の利だ。

 

 果たして、三方を隆起する砂土に囲まれているが、荒事には十分なスペースが用意された山裾に、のこのことそいつは現れた。

 自らが誘い出されたことを察したのか、マシンドロンパーから色味と洒落っ気を抜いたようなバイクを停めて降りた男は、ヘルメットを外してあたりを見回した。

 

 そしてその正面で腕組みして待ち受けていた晶斗を認め、

「ここがお前の家ってワケ、ないよな……誘い込まれたってことかよ」

 と吐き捨てた。

 

 憶えの、あるだらしない顔だ。

 オークションハウスで遭った、撃破した後スプリガンを横取りした……確か八雲とレフには呼ばれていた若者。

 

「さぁ、どうかな。ここが本当に家かもな」

 と軽口を叩き、無人となった片隅のプレハブをアゴでしゃくる。

「え、そうなのか!?」

 八雲は本心から衝撃を受けたかのように、両目を開いた。

 そんな彼に、肩透かしを喰らいつつ閉口した後、晶斗は

「……話して数秒で『コイツ馬鹿だ』と思ったの、お前で二人目だよ」

 と吐き捨てた。言うまでもなく、あの居候だ。

 

「…………あッ、さてはお前騙しやがったな!? オヤジにもつまんねーウソつきやがって! あとでどうなってもしらないからなっ」

 という程度の低いリアクションとともに憤る八雲に呆れつつ、

「オヤジ?」

 と訝る。

 

「会っただろ、霧街郁弥。で、オレがその息子で色々な手伝いをしている霧街八雲だ」

「お前が?」

 晶斗は問いを重ねる。それは驚きというより、戸惑いの色の方が強いものだったが。

 この粗忽で軽薄な輩が、あの極めて理知的な男の血筋とは到底考え難い。

 とはいえ、そこは重要なポイントではあるまい。

 

「……で? その馬鹿息子が何の用だよ」

「とぼけんなって」

 さほど恐ろしくもない険しい表情で、声を低めて霧街ジュニアは脅しをかけてくる。

 

「『あいつ』、いるんだろう? お前のところに。どういうつもりか知らねーけど、悪いことは言わねー。素直に引き渡せって」

 ――つまりは、あの男、霧街父。最初から確信のうえで、自分に接近していたわけか。

 

 知りたかったのは、件の探偵助手の居所、心当たりではなかった。

 すなわち、和灯晶斗がどこまで事態を把握したうえで、関与をしているのか。

 そして――その多少に関わらず、自らの意に従う心積もりがあるのかということ。

 

 前者は言わずもがな、晶斗はまるで知りはしない。何故そこまで、家出したガキに執着するのかも。

 だが、経緯や理由はともかくとして、嘘を吐いた己は、確実に霧街郁弥には敵と認識された。だからこいつが遣わされた。

 

「……にしても、もうちょっと智恵の回るヤツ寄越せば良いのに。いや、遣いっぱしりにはこの程度で良いってことか。俺もナメられたもんだ」

「あン? なんのこったよ」

 

 得心のいかない様子を素直に表す愚息に、腕組みしながら晶斗は訳を説いた。

 

「追跡はお粗末。バレてると気が付かずバカ正直について回る。そもそも、俺を追って住所に行き着いたところで、あいつが同じ家にいる保障なんてどこにもないだろうが。それだったら、ヘ慣れもしてない尾行するよりか、先回りしてあいつの身柄を確保しようと動いた方が、まだ利口ってなもんだ」

「……なるほど。お前、頭良いんだなぁ」

 

 無邪気に素直に感心されるも、とうてい喜ぶ気にはなれなかった。

 

「……で、俺としちゃあそんなクソバカに頭下げて従う理由はないわけだ」

「つまり、あいつは渡さねーってことか?」

「そこを理解できる程度のオツムはあったようで何よりだな」

 

 思い切り愚弄しても、表情に険が滲もうとも、動揺は認められない。

 

「じゃ、仕方ねぇな。オレごのみのやり方で、従わせるしかねーや」

 と嘯きつつ、明るい青色のフレームを持つレンズをズボンから握り取り出した。

 映し出される異形は蜘蛛。身体の小ささに見合わない脚の長さが、特徴的だ。

 

(やはりフェアリーレンズか)

 相手はこちらが仮面ライダーの装備を持っていることは知っている。となれば、対抗するにはそれしかないと知っているし、何より腐っても、フェアリー技術の総本山の御曹司だ。当然使うのはそれだろう。

 

 そう思い定めた晶斗ではあったが、その目の前で、腰の裏から八雲はまた別の機材を取り出した。

 サイズとしては、片手で余る程度……よく見知ったものと似た尺度だ。

 ちょうど、映写機をプレスしたかのような形状の、鉛の色と質感を持つ、滑車のついた――ドライバー。

 

〈Mysterl Driver〉

 それを腹の前にセットすると、フィルムのような、黒く区切られたベルトが展開されて腰とデバイスを結合させる。

 

 フレームの一層目をズラして内包されるフェアリーを展開、という作業を必要とせず、彼はそのまま滑車の中心にレンズを嵌め込む。

 

〈Arachne Move in〉

  淡々とした女性音声とともに、背後にサイレント映画のごとく、モノクロのスクリーンが映し出され、その画面の中を巨大な蜘蛛が蠢く。

 そしてその前であやとりを手繰るがごとく、手首を回し両手の指を絡ませて蜘蛛を顔の横で象りつつ、

「変身」

 と小首を傾げて得意げに左の眉を吊り上げた。

 

 そして戻した掌で滑車を回す。歯車のように、レンズのフレームが噛み合って同調して回転を始める。

 

〈Trick or Trap. Case1:Strange of the Spider〉

 

 それに合わせて平面の蜘蛛は暴れ出し、画面を突き破った機械の蜘蛛が背後から八雲の痩躯を抱き込んで一体化する。

 融合の余波が画面を消し飛ばし、現れたのは異形の戦士。

 

 ハエトリグモを頭からかぶったような、正中に巨大なモノアイを据えたマスクは、コバルトブルーを下地に、オレンジの幾何学的なラインを刻む。丸みを帯びたデザインは、どことなく奇妙な愛嬌さえ感じさせた。

 血を一滴垂らしたかのようなスカーフを蒔いた首の下は、さながらパイロットスーツのようであるがゆえに、頭部の異形感をさらに強めている。

 

 高下駄にも似た厚手のブーツで大地を小突くと、その背から四本のアームが突き出して、シャープに円弧を描きながら晶斗を捕捉する。

 

「これが、ホールドコープの誇るライダーシステムの一角。仮面ライダー……モウラだ」

 

 突如として顕れた第三の仮面ライダーは、得意げに己をそう自称したのだった。



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5.蜘蛛と鋼

「……仮面ライダーってのは、ホント良くわかんねぇな」

 目の前で蜘蛛のパワードスーツを装着した青年。それを見据えながら、自身もバイクの荷台に置いていたドライバーを持ち出した。

 

「お前みてぇなろくでなしでも、変身さえすりゃ自称できるんだからな」

「おいおい、ナメた口叩くなって。オレの方が先輩なんだぜ?」

「だったら、相応しい振る舞い身につけろってんだ」

 とはいえ、ここで相手が応戦する時になったのは幸いと言える。この粗忽者からは、引き出せる情報もあるだろう。

 

「変身」

 相手がこちらの言葉を気にしている内に、晶斗はドライバーとベルトとレンズとを組み合わせて自身を鎧う。

 展開される鉄トカゲ。放射される炎熱。変身の余波に後押しされる形で、仮面ライダーワットは加速とともにモウラへとタックル気味の攻めを仕掛ける。

 

 だが、モウラの背後より伸び上がった四本のアームが結集してワットのテレホンパンチの真芯を捉えて威力を殺した。

 そのうえで、鋭く繰り出されたカウンターパンチが、晶斗の脇腹に連続して叩き込まれる。

 それに対する形でワットの足下から迫り出した建材もしくはジャッキのごとき鋼の集合体が、その拳を弾く。

 

〈バーリツール・シャフトモード〉

 それを一気に長棒まで引き伸ばしたワットは十分な威力を伴った刺突を繰り出す。

 ところがそれも、まるでその一本一本自体が意識を持つかのように器用に応戦し、かつ空いた腕がワットの装甲にツメを突き立て、火花を散らす。

 

 点ではダメだ。数が違う、ジリ貧だ。

 そう判断した晶斗はシャフトを支えに跳び上がり、モウラの頭上を飛び越えた。まず真上からの一打。完全に回り込んでのニ打目。

 

 そのいずれも防がれた。

 それも、尋常ならざる複腕の挙動と技能にて。

 一打目を翻った脚の首が防ぐ。そして四本脚は一斉に体勢を背面で整えると、窄められたその先端から光線が発射され、脚同士の合間に光の糸を紡ぎ、繋ぎ合わせて網を張る。『面』として、二打目以降の流線的な攻めの数々を真正面から殺し、あまつさえ反撃とばかりに、その張った網は晶斗目掛けて、形を保ったままに覆いかぶさる。

 

 晶斗は糸を十指を使って剥ぎ取る。正しくは、糸状に編まれたエネルギー体を。

 待ち受けていたのは、モウラのローリングソバットだった。

 

「ぐっ!」

 心臓の上の胸板を叩かれて、つんのめって声をあげる。

 こんな粗忽者相手に膝などついてたまるものか。だが、戦いに身を投じてより初めて、不覚らしい不覚を取った。

 

 晶斗の眼前でゆったりと、八雲は含み笑いと共に、完全に向き直る。

 

「どーよ。このコーボーイッタイの技の数々! そんな素人の工作とはまるで違うんだよっ、装備のイニシアチブはこっちにある!」

「それを言うならアドバンテージだろうが。本気で頭の悪いヤツの間違え方しやがって」

 

 しかしアドバンテージであろうとイニシアチブであろうと、どうでも良い。そもそも誤っているのはヤツの思い上がった認識だ。

 

 それを教えてやるべく、次いで押し寄せてきた、八方からの連撃に耐え忍ぶ。

 背の腕自体は、おそらく半自動。装着者の脳波と感応して第三以下の腕として動いている。

 だが一方で、自前の腕はあくまで自前。いくら補強されていると言え、己の力で突き出しているもの。自然、慢心と無自覚の疲労は、そのまま攻撃の出足の微妙な時間差となって表れる。

 

 その間隙を突いた。

 横に倒したシャフトを、力任せに、蜘蛛へと向けて叩きつける。

 

 だが難なく八雲は四本腕を使ってそれを捉えて、無力化し、鹵獲する。

「はっ、投げ槍じゃなくて投げ棒ってか」

 この男にしては少しは洒落の効いたセリフとともに余裕を見せる。

 

 その顔面に、晶斗は両脚揃えたドロップキックを叩き込んだ。

 

「ギャバッ!?」

 奇声をあげてモウラは滑る、後頭部で地を削る。

 その衝撃で零れ落ちた己が得物を、先んじて起き上がった晶斗は奪還した。

 

 相手の手が多いのなら、一手で数手を封じるまで。

 このバカが律儀に一本のシャフトに全てのアームを割り当ててくれたことは、嬉しい誤算ではあったが。

 

 無論、こんな不意打ちで倒せる相手だとは考えていない。同じ手が通用するとも。

 欲しかったのはダウンそのものではない、数秒足らずの、自由だ。

 

「念には念を入れて、持って来て正解だった」

 その黄金色のレンズを、取り出すまでの。

 呼吸を整えながら独りごちた晶斗は、それを腰のサラマンダーレンズと換装する。

 

「出番だ、クソ犬」

〈ライカン!〉

 

 一旦無骨な素体に戻ったワットの背から飛び出した鋼鉄の毛質を持つ狼が、モウラに飛びかかる。起き上がりかけのところを襲われ、軽い悲鳴をあげながらも、それを彼は跳ね除けた。

 が、晶斗の後ろまで飛び戻った狼が、さながら古の神々の捧げ物がごとく、毛皮となって開かれる。

 ワットは、ハードボイルドライバーの引き金に指をかけた。

 

〈What is your stance as a Kamen Rider? Everyone is a Lunatic, and has a hard side which he never shows to anybody〉

 

 背の毛皮より放射されるは月光。

 それを浴びた頭部のパーツは火トカゲのそれから狼の耳へと意匠変え、バイザーの輝きは紅蓮の滾りから妖力を蓄えたがごとき蜜色へ。

 それに合わせて鋼の地肌は再コーティングされ、銀の艶気を帯びたものとなる。

 

 ――それすなわち、灼熱の(ヒート)スタンスから妖月の(ルナ)スタンスへ。

 

〈ウィップモード〉

 鞭へと組み替えたバーリツールを大きくしならせながら、晶斗は

 

「見せてやるよ、正しい道具(チカラ)の使い方ってやつをな」

 そう、誰にともなく豪語したのだった。



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6.はがねのムチ

 風を鳴かせて鞭がたわむ。鋼鉄の蛇腹が虚空を切り裂く。

 そうして自らに飛んで来たその先端を、

「で、それが何よ?」

 そう、事もなげに吐き捨てて、首の動きだけで避ける。

 先の失態を馬鹿なりに省みてか、アームを使うことはしなかった。

 

 明後日の方向へと飛んでいく鞭の先端。

 それを背に回し、再び晶斗を間合いへ入れるべく駆け出した。

 

 だがその鞭の先がくるりと反転した。その蜘蛛頭を追撃し、火花を散らす。

「あだぁっ!?」

 つんのめった彼が何事かと四方に目を配るも、漠然と追えているのは風音のみ。その間にも、物理法則に反した弦と弧を描いて、モウラを攻め立てる。

 

「いだっ、あいだだだ!? おいっ、やめろって!」

 無視を決め込み、文句をつけるような足取りで特攻を敢行するも伸び上がった鞭はそれを許さない。

 快音響かせる頭は言わずもがな、腕、脚、四本の装置もろともに背を、今度はワットの側が多方面的猛攻を仕掛けた。

 

 すぐに身をよじってジリジリと後退した八雲ではあったが、場数はそれなりというか、それとも苦し紛れだったのか。悪戦苦闘の中伸ばした手が、ハシと鞭を握り取った。

 

「へへへ、捕まえた……ってうおおッ!?」

 だが、安堵と喜びの声をあげたのも束の間。握りしめたその先からウィップはさらに伸びて枝分かれし、のけぞる顔面を痛打する。

 

 再び自由になったバーリツールは、自在に中空を踊り、さながらアメーバのように分裂を繰り返しながらなお、地面を穿つ。モウラを打擲する。

 

 だが、それにも限りがある。その挙動や形状が複雑になれば、それに比例して思考も高度なものが要求される。

 ゆえに、退き際をわきまえる。

 

 晶斗がスナップを利かせて腕を一振りすれば、初期値(デフォルト)の尺度へと巻き戻る。

 技術(ワザ)と切り札を垂れ流す輩とは違う。

 すべては、計算のうえ。

 

 そしてその読み通りに、逆上した八雲はこれを好機と見て直進する。

 四本の手足と四本の機械。合わせて『八本脚』をフル稼働して肉薄せんとする。

 

 ワットはあらためて、鞭を振って引き延ばす。

 それは大きく円を描きながら、モウラの背に、アームの外周を巡る。

 

「だぁっ、もう鬱陶しい!」

 立ち止まった八雲がアームで鞭そのものを無力化せんと鋭く突き出した。

 

 これを、待っていた。

 挑発的な小手先の技で翻弄し、挑発したのはそのための布石。

 焦れた相手の攻めが、大振りになりまとまりを欠く瞬間を。

 

 相手の拘束をかわした鞭に狙わせるのは、その背より突き出たアームの根本。それを一絡げにして、最大の武器と言っても良いアームの動きを封じる。

 目に見えて動揺する八雲を渾身の剛力でもって投げて浮かび上がらせた晶斗は、ベルトのトリガーを引くとともに、鞭を手放し、駆け出した。

 

〈Request〉

 そして支えるものなく自由落下していくモウラ目掛けて跳躍した彼の爪先に、月の神性が光厳の閃きとなって宿る。

 

〈Lycan Illusion Order〉

 

 月面宙返り(ムーンサルト)とともに繰り出した、飛び蹴り。

 それがモウラに直撃した瞬間、その身に狼の爪のごとき、エネルギーの奔流が流れる。

 

「ぎぇええやああああ!?」

 頓狂な声をあげて地面に叩き込まれるモウラこと八雲。

 土煙をもうもうと巻き上げて突っ伏したが、変身解除には至らない。

 

 空中にあって晶斗は舌打ちした。

 ハードボイルドライバーは、サラマンダーの火力あってこそ十分なパフォーマンスを発揮する。だが、それでもクリーンヒットが入ったはずだった。

 

「流石は、本家本元のライダーシステム、頑丈さが違うといったところか」

 などと独りごちて着地する。

 もっとも、そのまま気絶でもされようものならそれはそれで困る。

 

「さて、んじゃ逆に話してもらおうか……なんで、親父の助手を狙う? 狙いはドイルドライバーか」

 すっかりアームの萎えたモウラのスカーフを絞り上げて、晶斗は顔を近づけた。

「助手? ……お前、ホンットなんにも知らねーんだな」

 ダメージと咽喉への圧迫で喘ぎ喘ぎ、八雲は言う。

 だがそこには、あからさまな侮蔑の色が滲んでいる。

 父親と同じ類の所感。だが、その間抜けな息子に言われると、少し腹立たしかった。

 

「おぉ、だから不勉強者に教えてくれよ『先輩』……まだその無駄に多い手足がついている間にな」

 握力を強めて脅しをかけるも、

「じゃあ、後ろにいる本人に訊いてみたらどうだ?」

 八雲はそう言って、これ見よがしに視線を外し、晶斗の背後に振り向けて見せる。

 

「……くだらねぇハッタリかますんじゃねぇよ」

「いや、マジだって」

 

 ……調子は軽いが、ムキになったように八雲は食い下がる。

 そもそも即興で策を考えつく頭ではあるまいと思い直す。

 現に晶斗は、背後に近づく気配を感じ取った。忙しない足音と弾む息遣いを聴いた。

 そして顧みれば、そこにはレフが息を乱してその場に馳せ参じている。

 

「お前、なんでここに」

 軽い当惑を見せる晶斗の真下で、

「あ、でも確かにチャンスだわ」

 ……緊張感なく、八雲は宣った。

 

〈スプリガン〉

 

 晶斗の拘束を逃れた複碗が、いつの間にか忍び持っていたレンズのフレームを解放し、そこから細長いシルエットが飛び出て来た。



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7.死の風

 レンズより飛び出してきた粒子は、質量を獲得し、出来上がりつつある身体を晶斗にブチ当てんとしてきた。

 それを辛うじてかわした晶斗ではあったが、

「どっこいしょお!」

 という掛け声と共に、アームをバネとしたモウラの、下段からの蹴りが次弾として飛んでくる。強かに胸を叩かれ、背を打ちつけて転がるワットの前で、蜘蛛男はファイティングポーズをとる。

 

「さぁー第二ラウンドだ! 今度はこっちの番……ずおぉっ!?」

 即座に晶斗は反撃に出た。起き上がり様に間を詰め、蹴り倒し、再び馬乗りになって殴りつける。

 

「ぶっ!? てめっ、やめっ!?」

 と悶絶するのにも、一切手を緩めず攻め続ける。

「あッ、そうだ! 糸、糸!」

 そして殴られる中、今更ながらに、自身の最大の武器を思い出したらしい。

 もっとも、その切り札持ち玉も、口に出してしまえば意味がない。

 

 至近から無秩序に発射される光線の糸を、晶斗は避け続ける。

 逃れ切れないものについては、あえて両手で防ぐ。

 絡め取られた両腕を盾として、モウラの奇襲、起き上がりざまのキックを防ぎ、転じてハンマーとように振るい、再起を果たした彼の横顔を殴りつける。

 

「なんなんだよお前っ!? ぜんぜんライダーの戦い方じゃないぞ!?」

「そりゃそうだ。その道についちゃこっちはアマチュアなんだ。てか、お前が言うんじゃねぇよ」

 

 戦闘(ケンカ)において、重要なのは術理より勢いだ。手が多かろうと敵が増えようとも、指揮をする頭をこちらひとろにかかり切りにさせて、かつ速攻で潰せば事足りる。

 

 新手に背を撃たれる懸念も、もちろん無いではない。

 それには耐えてなおこいつに攻撃を集中させる覚悟はあるが……図らずも、増援ならこちらにもいる。

 

「変身ッ!」

 背を蹴り倒さんとしたかの異形を、走り出し様シャルロックへと変身したレフが横撃する。

 その飛び膝蹴りを喰らって地に手足を滑らせたソレ……スプリガンフェアリーの姿を改めて見る。

 

「ずいぶん、身体を絞ってきたじゃないの」

 軽口ではあるものの、レフの所感は大分に的確だった。

 かつては大部屋を占めるほどの巨躯、いな肥満体ではあったが、今は成人男性一人分程度のサイズに収まった『怪人』だった。

 

 衛兵じみた装いはそのままに、シルエットはシャープに、だがモノクルを嵌めた顔面は痩せたがゆえにより凶猛なものへ。

 

 スケールこそ五分の一以下になったものの、ある意味その威圧感は増したと言って良い。

 丸みを帯びた服装に反して、繰り出されるのは鋭い足技、緩急を織り交ぜた手刀貫手のコンビネーション。

 

 それを我が身の表面を滑らすようにいなしていくレフではあったが、その動作は常よりも硬く、反応は鈍い。対応が後手に回っている。

 そして、それが目に分かる不覚として顕れたのは、程なくしてのことだった。

 

 シャルロックの大振りの一撃が、外れた。

 伸びきった腕の下、身を屈ませたスプリガンの五指の間で、紅いものがきらりと閃く。

 それは、ちいさなルビーの宝珠――否、それを模した、エネルギーを結晶化させたもの。

 

 それを散弾のごとく放り投げると、シャルロックに触れると同時に爆発。

 転がるレフを嘲るように、吊り上げた口の中よりさらに色とりどりの宝石を吐き出し、長い舌に載せて風に乗せ、さらなる追い討ちをかける。

 

「うあっ!?」

 宝石の色と質に応じた彩色の火柱が上がりシャルロックの総身を包み込んだ。

 

「世話の焼ける……!」

 レフの首尾の悪さを見兼ねた晶斗は、八雲を片手間にいなしつつ、間隙を見計らい、余らせていたサラマンダーレンズを火中に放り込む。

 シャルロックが、なおその内にて健在と、承知のうえで。

 

〈Kamen Rider Shalllock Heat logic〉

 転瞬、内から膨れ上がった爆風が五色の妖炎を消し飛ばす。

 散った火の粉を我が糧とするかのように吸い上げながら、仮面ライダーシャルロック ヒートロジックが姿を見せる。

 

 そして次の瞬間には、スプリガンにタックルをかましていた。

 紅の道化二体、破壊的な音とともに衝突しつつ睨み合う。

 

 それで良い、と晶斗は踏む。

 技量が安定しないのであれば、力で押し切るよりほかない。そしてなおその出力に乱調あれば……ゼロ距離で仕留めるよりほかない。

 

「それを使えッ」

 と顧みもせず晶斗は声を鋭く飛ばす。

 

 その示唆するところの品を、レフはすぐさまに汲み取った。

 一度正面からスプリガンを蹴りつけると、宝石弾が乱射される。被弾を覚悟のうえでその中を掻い潜り、レフは足下のバーリツールを拾い上げた。

 

 その鉄鞭を引き伸ばしてスプリガンの頚を絡めとるや、手繰り寄せてその水月に膝を叩き込む。

〈Salamander! Grenade Q.E.D!〉

 その体勢を固定させたまま、手早くドライバーとレンズを操作、装填するや、張り付けた脚部は赫奕と光輝を放ち、爆炎が至近で爆ぜた。衝撃で上下二つに裂けたスプリガンの身体が萎んで粒子に再転換されていく。

 

「和灯さん!」

 それを空のレンズに吸い上げつつ、レフは鞭を投げてよこす。

 難なくそれをキャッチした晶斗は、モウラの六本腕に跳ね飛ばされたことを契機として身を離し、靴底で土や砂利を削りつつドライバーのその把手付近にセットした。

 

〈オーバーオール・ライカン・メタルイリュージョン〉

 

 これで幕引きだ。そう口の中で唱えつつ、バーリツールを大きく左右にしならせる。

 踊る軌道の数々は、そのまま偃月の形を取りながら残留し、滞空する。

 やがてその数が出そろった頃合いに、ワットの剛腕一振り、それを合図として固定されていた月光は八雲目がけて飛んでいく。

 

 逃げるか防ぐか。その一瞬の逡巡が命取り。

 彼が慌てて自らの正面に展開した蜘蛛の巣を、あるいはその鋭利さで突破し、あるいは変則的な動作ですり抜けながら、だが最終的にはいずれも、翻った八雲の背へと集中し、ことごとくが命中して連鎖的な爆発を引き起こす。

 

「日に二度敗けるぅ~!?」

 

 情けない悲鳴とともに転がった八雲からは、ついに蜘蛛のコスチュームが解かれた。

 さながらフィルムが経年劣化で朽ちるがごとく、ぼろぼろと色を喪って剥離していき、残ったのは痩せぎすの青年ひとり。

 

 そしてそんな彼の前に、なお武装したままのライダーたちは屹立した。

 

「……彼の父親に、会ったのかい」

 だがレフがまず質問したのはそのことで、問うた相手は晶斗だった。

「あぁ」と鷹揚に頷くと、軽い苦悶の嘆息を漏らしつつ、

 

「霧街郁弥は、この息子みたいに生ぬるい男じゃない。こんなところで彼の話を聞いてないで、事務所に戻って対策を」

 そんな口上で逃げつつ、足早にその場を去ろうとしたレフを手首を、晶斗は掴んだ。

「まだこいつには、訊くべきことが山ほどある……そうだよな?」

 半ば脅すようにそう言った彼に、探偵はそのマスクを伏せて背けた。

 

 そんなレフの様子を、じっと目を丸くして見つめていた八雲は、

「お前、変わったよな」

 と、素朴な感想をこぼした。

「前は、そんなんじゃなかったろ」

 

「どういう意味だ」

「言葉通りだが?」

 敗けたにも関わらず、まるでそれに拘っていないかのような、掴みどころのない青年だったが、彼もまた気まずそうにバリバリと首の後ろを指で掻きつつ、

 

「やりづれーんだよな……ったく」

 と毒づいた。

 

 だからそれは、どういう意図の発言かと。

 重ねて問わんとした、晶斗の脚が本能的にブレーキをかけた。

 

 自分たちの外周から、風が舞い込んで来た。

 何かが、近づいてきている。そのための流れの変化だった。

 

 冬の風。冷たい風。否、死すら想起させる、禍つ風。

 

 それを感じ取ったレフも、八雲も、晶斗に先んじてその風の源を目で辿り、そして一様に言葉を喪った。

 山の入り口から、ゆるやかな、だが自らの黒い感情を噛みしめるかのような確かで重い足取りで、一人の青年がやってきていた。彼が、その死風を伴ってきたのだと、追従した晶斗も察した。

 

 黒いベストを着た、八雲よりもいささか年下ぐらいの、少年の面影を残す若い男。

 だがそこに幼さを感じさせないのは、目元の欝々とした闇がゆえだろう。

「ようやっと、見つけたわ……!」

 乱暴な関西弁とともに、胸元よりぶら下げた濃いピンクのトイカメラを握りしめた。

 

 ――否、それはピンクに非ず。マゼンタ。

 撮影機具ではなく――ドライバー。

 

「この日を、待っていた……! 最強の力を得て、悪魔を破壊するその時を……っ」

 それを引きちぎり、ストラップを地面に投げ捨て、

 

「まさ、か、君は……っ、君が、どうして……っ」

 仮面ライダーシャルロックが退いた。

 まだ何も力を行使していない、若者の姿を見、怨嗟に満ちたその声を聴いただけで。

 

 青年は、ズボンに引っかけていたレンズを取り出した。

 髑髏の横顔を模したディスプレイが大きくひび割れを起こし、その紫のフレームも擦り切れて、ところどころ歪みが生じている。

 

 だが一切の躊躇なく、カメラを模したそのドライバーの正面にセットした。

 

〈レイス〉

 死霊の名を冠するその呼称を低く呟き、レンズが紫焔を帯びる。類似機と同様、腹の前にそれを据えると、骨を鳴らすような音とともに、黒鋼のベルトが彼の腰を絡めとる。

 

〈フォトンファウンドライバー〉

 晶斗たちに、いやレフひとりに見せつけるように、みずからの左肩口あたりへ右掌を彷徨わせる。

 その指を折りたたみつつ、逆の左手でシャッターに当たるボタンを、切る。

 

「変……身……!」

 ――その掛け声さえもが、黒い。 

 

〈シャット・オン〉

 

 まるで写真のネガのように、灰色の3Dモデルのパーツが彼の左右に展開する。

 そして実際の物質となってを得つつ組み合わさり、黒いその素体に張り付いていく。

 

〈仮面・ライダー・フォード・ススス・スカル・リベンジャー〉

 

 ベルトから、ノイズ混じりに淡々と合成音声で告げられた、ライダーとしての固有名。

 その姿はまるで、渡世人かマリアッチのようだった。

 その身を隠す長いマント。異様に長い鍔を持つ帽子型の黒い頭部。それらに挟まれて、髑髏を象るマスクが顔を覆う。

 顔の上から何条もの亀裂が入った、マゼンタの骸骨。その隙間から不気味なダークグリーンの瞳が覗き、変身者の想念に衝き動かされるかのように、鬼火が宿る。

 

「――誰だ、あれ」

 別に今更新手が出現しようとも、驚くまい。だが、尋常ならざるその気配に、さしもの晶斗もそれだけ問うのが精一杯だった。

 その足下で、らしくもなく口元を引き締めながら、呻くように、八雲は答えた。

 

 

 

「あいつは、月射(つくい)照真《しょうま》……千里おじさんの、お前のオヤジさんの、助手だったヤツだよ」



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8.断罪の指先

 仮面ライダーフォード。

 月射照真。

 そして……和灯千里の助手。

 

 あらゆる未知の集積体が、髑髏の怪人の姿を取って現れた。

 変身の際に一度止めた足を緩やかに稼働し始めたそのライダーは、一気に本格的な加速と攻勢に突入し、シャルロックたちに迫る。

 晶斗から離れたレフは素早く迎撃の構えを整えようとした。

 だがそれよりも速く、反撃を顧みない、体重と憎悪を乗せた拳がシャルロックの胸部を叩く。

 

 此方から、彼方へ。

 レフは、声さえ上げる間もなく端の砂山まで吹き飛ばされた。

 巻き上がる粉塵の中、遅れて苦悶のあげて転がるその姿が垣間見えた。

 

「おい! お前何を」

 急ぎドライバーを自らのベルトへと戻した晶斗は、シャルロックを殴ったライダーの手を捻り上げた。

「仮面ライダーワット……和灯晶斗か」

 と呟き、髑髏面を彼へと傾けつつ

「親不孝モンの、クズが」

 と吐き捨て、その拘束を外すと返す拳を晶斗の腹部へ叩き込む。

 

 この鋼の装甲を貫通して、今までに味わったことのない痛みが晶斗を襲う。初めて膝を突く。

 

「て、メェ!」

 その痛みで、仔細は知らずともこの新手が敵であり、脅威であると認定した。

 

〈シャフトモード〉

 ……へと転じたバーリツールを、起き上がりざま最大の加速で叩き込む。

 それを難なく自らの肘と膝とで挟み込み、弾き返すやミドルキックを連続して浴びせかける。

 

 なんという、反応速度か。

 それはこのスーツの性能なのか、あるいは彼自身の執念と才覚が成せる業なのかは知らないが。

 

「おやっさんの温情(なさけ)を、無下にしよって」

 冷たい毒の篭る呟きと共に、彼は自身のバックルの左サイドをスライドさせた。

 展開させた長細いソケット、そこへ逆サイドから一本のデバイスを抜き取った。

 すなわち、USBと骨が組み合わさったかのような異形の端末を。

 その中央で、東洋の竜が骨となって渦巻く図柄が発光する。

 

〈デシストミズチ!〉

 それがバックルの横にセットされると同時に、地の底から響くかのようなシャウトが放たれる。

〈アタックドライブ・デシストミズチ〉

 それを押し戻した瞬間、青いフラッシュがレンズより焚かれ、顔面の髑髏とその下の双眸が同じく青く変色した。その意匠も刻まれた彫りも、どことなく海蛇を想わせるものに変わっている。

 

 瞬間、バーリツールに電光が奔り、ワットの手を弾いて飛ばした。

 やがてそれは海色の骸骨の蛇……否、(ミズチ)の形状を取り、シャフトの全身を絡め取って我が物、主人たるフォードの所有物(もの)とする。

 

(コントロール権が、奪われただと!?)

 と驚嘆の間もなく、鈴鳴りの音を乗せ風を唸らせ、竜骨絡む鉄棒はワットの装甲に容赦なく叩き込まれ、火花を散らす。

 

「……の、野郎が!」

〈Request.Lycan Illusion Order〉

 武器の奪回を諦め、徒手空拳で挑むと決めた晶斗は、ドライバーのトリガーを爪引き、残りのエネルギーを自らの前方に絞り出し、集約させる。

 

 編み上げられた月光の鞠玉を乱暴に蹴りつける。いくつもの爪牙となって飛散し、各々の軌道を描きながら、フォードに迫る。

 自身に降り注ぐ閃光の斬撃を前にしても、退かない。どころか、揺らがない。代わり落ち着いた手つきで、骨の翼を畳む骸骨馬を描いた端末をベルトをスライドさせて入れ換える。

 

〈デシストペガサス!〉

 

 上から置き換わる形で、髑髏面が毒味を帯びた緑へ。

 手にしたままのバーリツールは、本来設計していないはずのボウガンの形に組み替えられ、覆い被さるように、馬の頭蓋と骨だけの翼が取り憑く。

 

〈アタックドライブ・デシストペガサス!〉

 

 その両翼を弓弭に、ただ念じるだけで矢が飛ぶ。

 旋風を伴い、月の爪牙を上回る神速で虚空を駆け巡る一矢は、それらを悉く撃ち落とし、ワットへと逆襲する。

 

「無駄や」

 苦悶の声をあげて地を転がる晶斗を、照真の足底が縫い止めるかの如く踏みつける。

 

「ソレは本来、俺がなるはずだったライダー。当然、付属される武装のシステムも予想がつくし、互換性もある」

「……なん、なんだ!? お前!?」

 

 いや、知っている。すでにもたらされた情報に、今更偽りがあろうはずもない。だが、そう問わずにはいられなかった。

 

「俺は、和灯千里の忘れ形見……おやっさんの無念と憎悪を引き継ぐ、この世でただ一人の仮面ライダーや……親父が死んでも何もせん、何も知らんでなんとなしでライダーごっこなんぞやっとるお前とは、決意が違う」

 髑髏の奥底で闇影を深く刻みながら、的確に晶斗の水月への圧迫を強める。

「おい、もう充分だろっ、フォードの出力だとそいつ死んじまうぞ!?」

 と敵ながらに憐れんだ八雲の抗議を、フォードは威嚇射撃一発で黙らせた。

 

「や、めろ……ッ!」

 次いでそう喘ぎ喘ぎ声を絞り出したのは、晶斗本人ではない。体勢を立て直した、レフだった。

 

「狙いは、僕のはずだ! 彼には手を出すなっ」

 本来のサイクロンロジックになり、その跳躍力でもって晶斗を庇い割り込まんとするシャルロックに、

 

「んなモン、わざわざお前に言われるまでもないわ」

 冷ややかな声とともに、非人間的な挙動でフォードは頭をその方角へと巡らせる。

 そして手には、紫色のメモリ。スライドさせて空けたソケットに、その端子を押し込む。

 

〈デシストタイタン〉

「お前がシャルロックの姿でいること、人間らしく振る舞うこと、その二つだけでも虫唾が奔る……!」

 

 晶斗を蹴り転がし、バーリツールを擲ち、無手へ。だがその左腕には、紫焔が両刃の刃の鋭さを伴っている。手の甲を、巨人の頭骨が防護する。顔面には紫紺のマスク。その額から突き出た鬼の角が、帽子をかすかに浮き上がらせ、傾きを咥える。

 

 そして長い跳躍に在るシャルロックを殴りつけて撃墜する。

 直撃は、かろうじて両腕でのカバーでもって避けたものの、追撃の手が容赦なく伸びてくる。

 

 シャルロックのもたげかけた頭の突起を右手で掴み取り、炎拳で殴打を重ねていくとともに、腹部への膝蹴りも交ぜながら追い立てていく。

 

「この力……ガイアメモリでもない……フェアリーたちの力だけど、そこに指向性(意志)が感じられない……! 過去に破壊された精霊の焼き増し(デッドコピー)か!」

「あぁ」

 憎悪に沈む声で低く応じながら、

「せやけど、そんだけやとまだ足りんかった」

 照真は宣う。

 

「跡形もなくお前を消し飛ばすには、なぁッ!」

 体勢整わぬシャルロックの胸部に、今度こそ紫の放物線を描いたフォードのストレートが衝突する。

 

 だが、その一撃を見舞われたレフは、晶斗の見立てを上回る、劇的な反応を見せた。

 まるで毒酒でも盛られたかのように、防護スーツの上から肺の辺りを掻きむしり、息も絶え絶えになる。

 

「なん、だこれ――!? 力が、いや僕自身が、安定しない……!?」

 と自らの症状を端的に訴えるレフを、冷ややかに見下しながら、酷薄に反撃の芽を潰し、執拗に蹴たぐる。

 

「このフォトンファウンドライバーには、フェアリーを寄生した人体から剥離する特性がある。つまり、お前やライカンみたいなのにはブッ刺さる代物っちゅうワケや」

 

 そこから、かろうじて起き上がったレフだったが、明らかにその動作には精彩を欠く。

 一方的に嬲られ、そのたびにモノクロの電流のようなものが全身を流れ、シャルロックとしての像がブレていく。

 ついには手を下されずとも、自ら片膝を折るに至る。

 

「そろそろ、終わらせたる」

 死の宣告とともに、シャッターを親指で押し込む。

〈シャット・アウト〉

 かろうじて聞き取れるような太く濁った声とともに、フラッシュが焚かれ、その眩さの中よりガシャドクロがごとき、巨大の頭骨と両手がでろりとフォードの前へと這い出てくる。

 

〈レイス・ブレイキングメモリ〉

 

 端的な音の調べ。髑髏は両手を浮き上がらせて、まるでフォーカスするように、細い指で枠組みを作る。

「ライダーキック……!」

 低く飛び上がった照真は、その枠の中をくぐる。その一声一動に込められた、必殺の怨念。フォードの爪先で膨張していく、冷たい死の気配。

 

 それらを感じ取ったワットは、それでもなおレフを護ろうと己を叱咤して立ち上がり、もはや理屈ではなかった。そんな非合理な己に腹が立つ。だが舌打ちしつつも、両者の間に割って入る。

 

 レフを庇うことに成功したのか、それは、爆発の直後には判然としなかった。

 だが、フォードの蹴撃は激痛とともにワットの装甲を紛れもなく破壊した。和灯晶斗に戻った青年は、同じく変身の解かれたレフともつれ合いながら地を転がる。

 

「おい……おい!」

 その回転が止まった辺りで、レフを助け起こして

 だが、何度揺すっても、声をかけようとも、その小さい肉体は身じろぎしない。それどころか、晶斗の腕の中で体温は急速に抜け落ちていく。それを肌で感じ取る。

 

「――まさか……死ん、で」

()()()。余計なマネしよって」

 

 晶斗の隣に立ちながら、フォードは峻厳に言い放った。

 だが奇異なことに、そのダークグリーンの瞳は、執拗に狙った相手にも、自ら殺したかもしれないその探偵に向けられてもいない。あらぬ方向の中空へ定められている」

 

「ただまぁ……化物は化物らしく、葬り去るのが良ぇっちゅうことか」

 と、低く嗤うようにそう言った彼に倣い、晶斗も天を仰ぐ。

 

 そして気づく。気づいてしまう。目撃する。確信が、そこには浮かんでいる。レフから抜け出たものが。

 月射照真の憎悪の理由も。レフにつきまとっていた()()()()()不自然さも。

 

 ――繋がる。

「ジャバウォックの恐るべき点は」

 先に霧街郁弥によって語られた、かの『災厄』の、最大の特性を。

 

 

 

「奴は、人間の身体を、持っている」

 

 

 

 そして何か月もの間ともに過ごした(モノ)を、その抜け殻を、腕の中になお納めつつ晶斗は、異物を見るかのごとき目付きで見下ろした。

 

「ようやっと化けの皮が剥がれおったな……ジャバウォックフェアリー!」

 呆然とする晶斗の隣で、仰け反りながら照真は声を張る。

 

 その頭上で、シャープな翼が羽ばたいて風を起こす。

 なまじ物理法則に従ったのでは決して浮かび上がるはずもない、白と黒の折り重なった甲虫にも似た分厚い鱗。

 伝承に顕される邪竜がごとき貌は、右眼をモノクルで覆い隠して、逆の紅眼を心なしか伏せて逸らしながら。

 

「おやっさんの死を、償わせてやる……っ、この悪魔野郎がァッ!」

 そしてフォードはソレへと向けて、右手を吊り上げる。

 スナップを利かせた手を裏返す。己に手の甲を、外に掌を向けるように。

 そして突き出した指先を突きつけつつ、もうひとりにして真なる探偵は断罪を告げる。

 

 

 

「お前の罪を、数えろ」




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ついに正体を現した『悪魔』――ジャバウォック。
そしてそれを追跡して来た過去に捉われた復讐鬼、月射照真。

物語は一年前へ。始まりの夜へ。

食い違ってしまった歯車は、軋みをあげて関わる全ての人間を狂わせる。
運命は互いの前に現れず、奇跡の出会いは起こらず。

ふたりの仮面ライダーはすれ違い、憎み、憎まれるのみ。

第5話「アナザー・ビギンズ・ナイト」


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第5話:アナザー・ビギンズ・ナイト
1.真実の戸口へ


「お前の罪を数えろ」

 その言葉を唱えるたび、決意が確固たるものがある。表出せずとも憤怒の気炎は内に滾り、標となって己を導く。

 

 フォトンファウンドライバー。

 まさしく、そのベルトの名の通り師の遺した言葉が、この復讐への道こそが、月射照真が絶望の暗黒の中で己の見出した、光量子の輝きだ。

 

 そして、ようやくに到達した。

 その道の終着点に。

 

 今こそ、彼の無念を晴らす。汚名を払拭する。

 

 その一念の下に、彼は今度こそ必殺と決着を期して、PFD(フォトンファウンドライバー)のシャッターボタンを再度押さんと、カメラ型のバックルに指をかける。

 

 だがその直後、スーツの奥底で照真の心臓が大きく跳ね上がった。

「ぐっ」

 照真は軽く呻いた。痛みはない。だが強烈な違和感がそこにはある。

 

 そしてその一瞬の隙を、かの仇敵は見逃さなかった。

 放電まがいの青白いエネルギーを発散させる。フォードらの視界が塗り潰される。その間際に、大きくうねり下降した邪竜が、自身の擬体や和灯晶斗を囲い込んで覆う様子が見えた。

 そして閃光が抜けていった後には、彼らの姿も消失していた。

 

「……クソがぁ!」

 

 吐き捨てようとも逸した機が戻ってくるはずもなし。

 マスクの奥で歯噛みして地を踏み鳴らし、照真は咆えた。

 

 そしてレイスレンズをバックルから抜き取ると、その仮面も外套も、影法師となって剥がれ落ちる。

 だが霧街八雲が怖じたのは、髑髏の戦闘スーツよりもむしろ、そこから現れた鬼気迫る横顔を認めた時だっただろう。

 

「あー……オヤジ、一旦戻って来いってさ」

 携帯片手に彼が、ひどく気遣わしげに言うのを、照真は無視して横切ろうとした。

 なけなしの勇を奮って、八雲はその肩を掴み、そして諌める。

 

「復讐だろうとなんだろうと、どうでも良いけど……そのベルト、ウチのだろ? その義理は通せよ」

 照真は胡乱げに青年を睨み返したが、反論はしなかった。

 

 〜〜〜

 

 看板に、無理矢理に付け加えた双見探偵事務所の名が今となっては児戯の跡形のように見えて、滑稽とさえ想える。

 

 人間の姿で無ければ、晶斗に触れることさえままならない。

「和灯さん、しっかり……」

 一旦人の(カラダ)に引き戻ったレフは、這々の体で晶斗の肩を担ぎ、アトリエにたどり着いた。身長差のせいで半ば引きずるように中に引き入れた彼を、そのまま備え付けのベッドに寝かせようとした。

 

 だが、そこに予想外の力が加わった。

 晶斗の腕がグイとレフの細腕を逆に握り返し、位置を入れ替えながら寝台へともつれ込む。成り行き、彼がレフを押し倒すかたちとなる。今までの戯れ合いで感じたことのない強い力が、レフの襟口掴み上げていた。

 

「先に親父について、興味ねぇと言ったのは俺だ。だから今更筋が遠らねぇってのも分かってる」

 そう前置きをしてから、彼は掠れた低い声を、レフに落とした。

 

「だが答えろ。お前、人間じゃなかったのか……お前が、親父を殺したのか」

 

 前髪の加減で、晶斗の表情は窺い知れない。いや、その気になれば覗き見ることぐらいは出来たのだろうが、どうしてもそれが躊躇われた。

「――分かった、答えよう……いや、話を、させて欲しい」

 それでもせめてもの責務として、首だけは逸らすことなく、晶斗の視線を偽りの身体で受け止める。

 

「そもそも僕は、そのためにここに来たのだから」



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2.帰って来た男

 ……まず先に断っておく。

 これは、あくまで僕自身が見聞きしたこと、和灯千里……おやっさんが遺したボイスログやレポートを拾い上げて繋ぎ合わせることで見えてきた、事件の推移とあらましだ。

 だから主観的な部分も含んでいるけど、現状もっとも真実に近いと思う。

 それでも、当事者たちが、如何に思考を働かせ、その行動に至ったのかは知る由もない。

 当時の僕には、推し量ることが出来なかった。

 

 ……そう、初めの(ジャバウォック)には、感情なんてなかった。

 

 〜〜〜

 

 その孤島は、過疎化によって無人になったものを、ホールドコープが買い上げたものだった。

 島と本土を往来する社用の定期便のみが移動手段であり、男もその日、例に倣って船を使って島へと上陸した。

 

 載せていたマシンで木々を抜け、小高い丘を上ると、崖と荒波を背にしたその施設は屹立している。

 その存在感の強い白亜の塔は、本島から望めば天文台など、何かしらの観測所だと思われていただろう。

 そこが未知の思考性粒子とそれにまつわる技術の研究機関……あるいは、隔離施設とさえ知らなければ。

 

 慣れた調子で、彼以外はほぼ使う人間などいないであろう駐輪場に二輪を停めた。

 メットを脱いで帽子をかぶり、施設に入った。

 途中、検問で立往生を喰らったが、守衛は当然の仕事をしたと言ってよい。

 男の姿はきっちりとしたスーツ姿などではなく、研究職のようなインテリジェンスも風体や所作からは感じられず、ハット帽を頭にかぶったカジュアルなファッションセンスは、どう考えても出歯亀の新聞記者といった感じの、素性定かならぬ様相だったからだ。

 

 やがて彼が提示したIDカードで会社関係者であると知ると、なお半信半疑という感じで不承不承に通過を許された。

 

 施設内へ入ると、外観から想像する以上の、広いスペースを取っていると感じた。

 あるいはそれは、最上部まで通じた吹き抜けを中心に据えたエントランスホールに差し込む光が、そう錯視させたのかもしれない。

 

「よっ」

 男は、和灯千里は、無作為に、無造作に、入るなり手を挙げて挨拶した。

 

 何事かと、怪訝そうな従業員たちの視線が、その場に相応からざる男に集まる。

 だが一瞬後、不審は歓待へと変わった。

 

「主任!?」

「久しぶりじゃないですかぁ!」

「そんなカッコだから一瞬誰かと」

「主任はよせって。元だ、元。お前らも元気そーね」

「いやいや、マトモに帰れもしませんってば!」

 

 役職、身分の上下に関わらず、寄り集まった人々は和気藹々と彼との再会を喜んでいるようだった。

 

 その人集りが、外部からおのずと割れた。

 緊張と気まずさから退く者たちの間を、もう一人の男がすり抜ける。

 

 作業着の上から白衣を着た、千里と同じ年頃と背丈の男。

 雰囲気は真逆で、こちらは人の上に立つべき品と格が備わっている。

 

 これが、霧街郁弥だった。

 

 二人の存在感、あるいは人としての強さのようなものは、種こそ違えど双子のように拮抗している。

 その二人が、相対した。

 

「よぉ、相変わらず仏頂面しちゃってまぁ」

 第一声と等しく、軽い調子で手を挙げる千里に、その評通りの険しい表情で、

「お前の方は、相変わらず人気者のようだな」

 と受け応える。

 

 先とは打って変わって、無人のように周囲が静まり返った中、両者は視線をぶつけ合う。

 しかしやがて、どちらともなく表情を綻ばせて破顔、

「久しぶりだな、おい!」

「お前こそ!」

 屈託なく笑い合って、互いの二の腕を叩き、あるいは掌を重ね合わせて握った。

 それを皮切りに、場は再び湧き立ったのだった。



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3.あれが、和灯千里

 この時、和灯千里が海を超えて古巣に帰還したのは、霧街郁弥に求められてのことだった。

 相談事がある、という彼から持ちかけられて、二つ返事で招きに応じた千里は、ロクな説明も聞かないまま、エレベーターで最上階へ。

 郁弥ら一部の人間が持つ上位権限を使ってのみ開かれるその空間は、責任者の潔癖性が表れているかのように、他よりも白く、洗練されていて、通路の長さやレイアウトの一区画を切り取って見ても合理的で、かつ千里に言わせれば、

(面白味に欠ける)

 ようなものだった。

 枝分かれしているモニタールームや検査機関を素通りして直進すると、その階層の中心に至る。

 

 分厚く、巨大な強化ガラスの槽。それが円筒のように部屋の真芯に鎮座する。

 その手前に、一人の青年が陣取っている。

 やや幼さが横顔と挙動に残る彼は、巨大なビーカーがごときその円筒を、まるで水族館の魚を囃し立てるように指で小突いていた。

 

 その様子に苛立ったように、郁弥は

「八雲」

 と彼の名らしき音を発した。

「それには、軽々しく近づくなと言ったはずだ」

「平気だよ、どーせコイツ、なんも反応しねーもん」

 注意されても、その振る舞いを改めるような素振りがなかった彼だったが、郁弥がそれ以上の言葉なく睨んでいることに気がつくと、こそこそと退散していった。

 

 小さくなっていく背にため息を吐きながら、

「……倅だ」

 と、本人のいなくなったところで紹介した。

「妻にばかり任せていたら、甘ったれに育ってしまってな。少しは身の危険を覚えれば多少はマシになるかとフェアリー技術のモニターとして連れて来たんだが……あのザマだ」

「いやいや、なかなか愉快そうなヤツじゃないの。俺んとこなんか、前にウチに帰ったら水ぶっ掛けられて追い返されたからな?」

「……それでも、近くに来てるんだから寄ってやれ」

 

 まぁ良い、と脱線しそうな話を正し、あらためて二人は並んで、そのガラスの柱の内にあるものを視た。

 収められているのは、部屋だ。

 

 最低限の、生理的活動が保障されている。だが、そこに一切の潤いも救いもない。人としての尊厳は、無いに等しいその空間に、一人黒髪の若者が座り込んでいる。

 

 やや丈の余る白いパジャマに薄い身体を押し包み、細い手足を重ねて座り、長い睫毛を伏せている。

 

「…………おいおい」

 さしもの千里もしばし閉口して後、咎めるような目線を友へと振り向ける。

「いつからこの会社は人攫いまでするようになったんだ?」

 

「人聞きの悪いことを言うな」

 と、その反応を承知していたかのような調子で郁弥は応じた。

「これから説明する」

 

〜〜〜

 

「お前が騙されたのなら、見てくれはまず成功といったところか」

 続いて裏手の控え室に案内された千里は、郁弥の言葉に怪訝な目線を返した。

 

「あれは、有機性生体パーツで製造されたアンドロイド……まぁ要するに、人造人間だ」

 

 あまりに現実感のないことを大真面目に口にするので、郁弥が自身が淹れたコーヒーを手渡すのを、千里は取り落としそうになった。

 

「自分でも、バカなことを言ってると思っている」

「機器類製造企業が、なんだってそんなモン作ってんだよ……今更な気もするけど」

「上からの意向でな。『ある財団から技術提供があったので、それをフェアリーの容れ物として使い、生物兵器を作成しろ』とさ」

「生物兵器だぁ?」

 

 またしても飛び出て来た荒唐無稽な言葉に吊られて、千里の語尾も上ずったものとなる。

 

「そう身構えるな、兵器と言っても、潜入工作員のようなものだ。敵の勢力圏内に潜り込ませ、単身でもって電子機器などを麻痺させ情報を混乱させる。それが役割らしい」

 

 テーブルの上に、郁弥が資料を滑らせるのを、千里は掴んでざっと目を通した。

 

 ジャバウォックフェアリー。千里が所属していた時から構想自体はあったモデルではある。

 特殊なパルスをもって機器類に影響を及ぼし、ありとあらゆるネットワークにも介入できる。

 その特性を使えるヒューマノイド型兵器を、上層部は、その裏にいる『財団』とやらは、求めているらしい。

 

「……で、お前はそれに納得してんの、顧問さんよ」

 非難めいた調子で目を尖らせる千里に、薄くほろ苦く、友は笑い返した。

「そんなもの、都合の良い肩書きってだけだよ。俺は、今でもただの雇われ技術者だ。たまたま、大学時代の論文が認められただけのな。クライアントに口出し出来ると思うか?」

「あー、そーいやそうだったか。でもお前、俺が居た頃からほとんど専属みたいなもんじゃなかった? 今じゃ、お前無くしてプロジェクトは進まない。スタッフだって、お前の言うことちゃんと聞くだろ……ビビりながら、だけどな」

「何処かの誰かに慣れない役割押し付けられたら、嫌でもそうなる……恨むぞ」

「ハハハ、今じゃすっかり立場が逆だよな」

 

 互いに毒気のある言葉を、友誼で笑い流した。

 

「でもよ、郁弥」

 千里は不敵な面持ちで、マグカップを掲げてみせた。

「どんだけ無茶言われようとも、お前の芯はブレさせんなよ。もしそれを脅かすようなヤツが現れたのなら、お前は戦って良いんだ」

 そう言ってさらに容器を押し出すのを、しばし無言で見遣りながら、

「家族も仕事も放り出してフラフラしてるヤツに言われてもな」

 などと毒づきつつも、微笑とともに自らにも淹れていたコーヒーのカップを軽く打ち重ねた。

 

「おいおい、これでも熟慮に熟慮を重ねたうえで、ベストを選んでるだけなんだけど? で、お前はそのフラフラしてるハンパ者を呼び戻して、何をさせたい訳だ?」

知恵(チカラ)を借りたい」

 臆面もなく恥じることもなく、真っ直ぐに自身らの非力を認めるように、郁弥は言った。

 

「開発を進めていった結果、一応の形にはすることが出来た。が、肝心の中身は、見ての通りだ」

 

 モニターに多角的に映る、若者としか見えない人造生体。だがそこには、決定的に人間的な挙動が欠落している。

 刑務所の老服役者でも、もう少し躍動をするだろうに。

 

「脳波脈拍共に正常値。能力を併用すれば、検問も容易にパスするだろう。が、反応が極めて鈍い。ほぼ歩く死体のようなものだ。単純な受け答えは出来るが、最低限の会話にさえ続かない。あれでは到底人に紛れて活動することなど、出来そうにもない」

「だから、常識だとか社会性を身につけさせろって?」

「……ゾンビからせめて案内ロボット程度に出来るぐらいはな」

 ふむ、と千里は苦い汁をすする。

 

「魂や知性は何処に宿るものか。毎度おなじみの命題だな、どう思う? 郁弥」

「今更そんな哲学をする気もない……が、お前の言わんとしていることは理解できる」

 

 郁弥は気難しげに眉根を寄せた。

 

「肉体の方に問題がないにも関わらず、自我の成熟が認められない。となれば、内蔵されているジャバウォックの方に、人間的な反応を学習させるほかない。元より、アレにはそれを可能にするポテンシャルがある。実際にここまでの応答は、ジャバウォック側の反応だろうしな……しかし」

「しかし?」

「いや、なんでもない。続けさせてくれ」

 

 言葉を濁した郁弥だったが、彼の危惧しているであろうところは科学者の端くれとして、なんとなく千里にも察せられた。

 

「それはこちらも案の一つとして出てはいた。だが問題は、どうやってその覚醒を促すかだ、如何なる刺激も試したが、期待した数値が出ないというのが現状でな」

「如何なる刺激? 数値だぁ? なぁーに、寝ぼけたこと言ってんだ、お前」

 

 カップを適当なキャビネットの上に置いて、千里は口端を吊り上げた。

 

「こんなモニターだとかガラス越しに相手隠し見て、機械や防護服を通してしか世話しないってのに、いったい何が理解できるってんだ。調査研究の基本は、フィールドワークだ。自分の脚で歩み寄って、目で見て、耳で聴いて、肌で感じてナンボだろうが」

 

 そう豪胆に言い放つや、彼は出口へ向かう。

 おい、と郁弥が咎めるのを、手を振って、

 

「軍事用てのは胸クソ悪いけど、まぁフェアリーと対話できるってのは願ったりだ。受けてやるよ、お前の依頼」

 と宣って退室した。

 

 ~~~

 

 千里に入れ替わり、少し遅れて八雲が飛び込んで来た。

 

「あ、あのおじさん、ガラスの中に無理やり入ろうとしてんだけど!? 良いのかよ!」

 声を裏返らせて言う我が子に、ため息まじりに郁弥は

「あぁなっては誰が何を言おうと無駄だ、通してやれ」

 と告げた。

 その許可を受けてか待てずか。モニターの向こうでは、黒髪の人造人間と、旧友が対面を果たしている。

 

 わずかに首を傾けて反応を示すジャバウォックと手前で、まるで部族の酋長と会話するような調子で、どっかりと腰を下ろして、

 

「よう」

 と、他と等しく気軽げに挨拶する。

 

「あれが、和灯千里なのだからな」

 さまざまな感情を包括して、郁弥は呟いた。



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4.自由の戦士

 和灯千里はジャバウォックに多くを語った。

 今日の空のこと。草木のこと。国のこと。文化のこと。

 そこで知り合った人々のこと。

 ガラスの中の怪物が理解するかはともかくとして、一方的にその外のことをまくし立てる。

 

 多くを与えた。

 ふらりと島を離れては、様々な品々をガラスの部屋の中へと持ち込み、一人であろうと遊び、あるいはジャバウォックにそれを付き合わせたり。

 あるいはその物品にまつわる出自やエピソードを披瀝する。

 

 事務所の模様替えを手伝った時に譲り受けたという、クラシックなゲーム盤。

 どこぞの街のダンスチームの、サポーター用のユニフォーム。

 あるいは露店で買ったとかいう、動くかどうかも分からない小型の昆虫型ボットなどなど。

 

 日と面談の回数を重ねるごとに、価値無価値、有用無用を問わず、いつしかまるで実験とは無関係のものグッズの数々が、そのガラスケースの中にひしめいていて、むしろ外部の研究施設こそ没個性的とさえ思えるほどだった。

 

 両者の対比を踏まえて、

「まるでドラマ撮影のセットみたいな……」

 と誰かが呟く。

「でも、思ったより反応ありませんね」

 隣の研究者がわずかに落胆を匂わせて零すのを拾って、郁弥は

「それなら、それで良い」

 と応じた。

 

 〜〜〜

 

「仮面ライダー、ですか」

 目線を合わせないまま、話題にのぼったあたりからワンテンポ遅れ、ジャバウォックは戦士の総称を呟いた。

 その反応の鈍さは、相手が求める反応を演算するがためか、あるいは単純な当惑か。

 少なくとも、その横顔には何の表情も浮かべていない。

 

「そう、知ってるか? ……ま、こんなところで居たら、知ってるわけないわな」

「以前から、私との会話で何度か上がった以上のことは……和灯千里は」

「おやっさん」

「え?」

「俺のことは気軽におやっさんと呼んでくれよ、じゃないと質問に答えてやんないぞ」

 などと、子どものような口ぶりで咎めると、そのまま屈託なく笑う。

「フルネームじゃ味気ない。それが厳しいようなら、和灯さんと呼んでくれ。歩み寄りの第一歩ってヤツだ」

 

 ジャバウォックは頭を垂れて目を伏せ、それに答えなかった。

 

「やれやれ、お前にはまだ早かったかな……まぁ良いや、それでなんだっけ?」

「仮面ライダーの件です。フェアリー粒子に対する観測および制御の方法として、ライダーなる概念が最適であったと」

「おー、それそれ。フェアリーってのは、俺たちがそもそも見出すまでもなく、すでに自然界に現象として存在していたんじゃないか、と俺は考えてる。何かしらの負荷がかかったり粒子同士が飽和状態になったり衝突したりすることで、生じた歪みが霊的な存在として各地に伝承を残したと見た。そこでそれを安定化するためにレンズを、対策としてライダーシステムを作り出した……ま、俺にとっちゃそんなもん上にプラン通すための建前だったけどな」

「本質は、違うと?」

 

 外部の空気がわずかにひりつくことにも構わず、悪童じみた笑みとともに、男は言った。

 

「俺はな、ジャバウォック。精霊(おまえ)たちとが人に寄り添えるようになればと願ってる。存在さえ認められなかったあやふやなものが、人の目に触れ、そして互いに支え合うようになれれば、人類の営みは次のステップに進められる、てな」

「人に寄り添う……」

「そのために、システムに異物とされていたものを受け入れる度量を俺は求めた。だから、異形の力と融和を果たす仮面ライダーという存在に目をつけたんだ」

 

「……主題からは外れますが、質問をしても?」

 そこまで、言葉や反応が微々たるものだったジャバウォックが、ふと切り出した。その変化に少なからず喜びを覚えつつ千里は、冗談めかしく「どうぞ?」と促した。

 

「仮面ライダー、曖昧な定義です。和灯千里よりの情報を照合しても、各コミュニティ間に分かれ、技術体系、主義思想、出自、ありとあらゆるで共通項がありません。いったい何をもって、何が、彼らを仮面ライダーなるものたらしめるのでしょうか?」

 

 ふむ、と千里は腕を組んだ。

 今まで何処までも受動的であったジャバウォックからの、問いかけ。

 真摯には答えたいとは思うが、中々の難題だ。

 

「……あくまで、一個人としての所感で良いか?」

 と断ったうえで、彼は自身の中で考えをまとめつつ、朴訥と話し始めた。

 

「人々を救う正義の使者、とそう答えられたら楽なんだけどな……現実はそうじゃない。良いことをすれば、罪も犯す。お前の言う通り、定義の曖昧なもんさ」

「では、何をもって?」

「それはな、自由だ」

 

 その言葉を聴いた時、ジャバウォックの偽りの顔が、身体が、停まった。

 

「自由?」

 と、唇だけが、一音ごとに律儀に形を変える。

 その僅かな硬さを機敏に気取るほどに、千里は繊細な人間ではない。

 無邪気な笑みで対したまま、鷹揚に頷いた。

 

「彼らの力の多くは、ありとあらゆる不条理な宿命に由来する。そして生き続ける限り、しがらみはなお彼らに絡みつく」

 

 それでも、と。

 ガラスに背をもたれ掛けさせつつ、

 

「異能の力、呪われた出自。それを直視し、受け入れてなお、その宿命から解き放たれるために闘う者。自分の魂の、あるいは同じように苦しむ人々の自由を目指して闘う者。そういった者たちこそ仮面ライダーだと、俺は思っている。たとえその結果や過程が良いことであろうと悪いことであろうと……俺は彼らを尊敬する」

 

 自分で言ってから、千里は思わず吹き出した。

 それをあえてこんな場所で説いてしまう、我が身は、なんとも滑稽だった。

 

 だが邪竜の名を与えられた精霊人形は、無言、無表情で座したまま。

 ゆっくりと頭の角度を落としていくそれは、

 

「――その自由の、中には……いないでしょう」

 と、至近にあっても正しくは聴き取れない、掠れた声を喉から出した。もたれかかるようなその指先で、ほの白い電光のようなものが奔った。

 

 瞬間、異音とともに、施設の明かりが落ちた。

「どうした?」

 軽い動揺の声がひしめく合間を貫くように、常と変わらない郁弥の声が響く。

 

「分かりません、その、動力系に何らかの不具合が生じたとしか」

「……あ、悪い。それ多分俺だわ」

 

 と、面目なさげに苦笑して、千里は告白した。

 

「いや、さっきコンソールのヘンなとこ押しちゃってさ。ひょっとしてそれかなー、なんて」

「えー、カンベンしてくださいよぉ」

「あ、いえ……復旧のメド、つきそうです。それまで予備電源に切り替わります」

 

 皆が僅かならず安堵の表情を浮かべる中、オレンジの非常灯の下。

 表情はフェアリー並に読み取れずとも、霧街郁弥は、彼だけは、険しい気配を帯びて、ガラスの手前に佇んでいたのだった。



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5.夢か、現か

 またしても千里が土産を仕入れに行って、また島へとUターン。

 いつものように挨拶に回ってから、最後に郁弥の待つ控室に向かった。

 

「ん、なんだよ? 辛気臭い顔して」

 余人ならばまず見抜けないであろう微妙な表情の変化を汲み取って、千里は郁弥を訝った。

 

「それを見てくれ」

 語尾にも硬さを感じつつ、彼は画面に二つのグラフを表示して、そして重ね合わせた。

 そこにある折れ線は、ピタリと一致した。

 

「これはそれぞれ別の日に収集した、ジャバウォックの脳波パターンだ。一方が通常時、もう一方は前回のお前の面談日のものだ。まったく変わらない……いや、完全に同一の数値だ」

「……やれやれ、あいつの心も、そうカンタンにゃあ溶けないねぇ、一歩が遠いな」

 千里がそう腐すのを、郁弥はじっと見ている。

 

「あ、そうだ! サプライズプレゼント作戦はどうだ? ちょうどあいつに似合いそうなハンチング帽、見繕って来たんだ」

「調べてみると、同様のパターンが過去何度も行われていることが発覚した。当然、研究データは最重要機密だ。それに見合うだけのセキュリティに防護されている。もしこれが仮に内部からの改竄だとすれば、その厳重さを突破したにも関わらず、その誤魔化し方はあまりに場当たり的で拙劣だ……どういうことだと思う?」

「んなことよりさ、名前もそろそろつけてやらなきゃな。『ジャバウォック』って毎度噛みそうになるんだよな」

「和灯」

「ってなワケで、また出かけてくるわ。ちょっと風に当たって、良いのがないか考えてくる」

「和灯!!」

 

 郁弥の怒喝が、持参の紙袋を弄り続けていた千里の手を停めた。

 ゆっくりと顧みる彼に、相棒は言った。

 

 

 

「ジャバウォックを、破棄する」

 ――と。

 

 

 

「……そりゃまた、ずいぶんとブッ飛んだ結論だな」

 千里は居住まいを正しつつ、苦渋混じりの笑みを浮かべた。

「お前も気づいているはずだ」

 咎めるような口調で、郁弥は素早く返した。

「これがジャバウォック側による改竄だとして、このハッキング、クラッキング自体は問題じゃない。ジャバウォックが我々に、『嘘』を吐くことを覚えたという点、すなわち自己保存の概念が生まれたという点……つまりは、自律した意識や思考を手に入れつつあるという点だ。そして極めつけは、先の停電。あれも、ジャバウォックの意思表示の発露が引き金なのだろう? そのことに、お前が気づかないわけがない。知っててあいつを庇ったな?」

「――さてね。でもだとしたら、お偉方には願ったりじゃないの。良いのかよ、勝手にそんな判断を下して」

「……上層部に接触している財団に、アレを渡してはならない。このままでは、他のフェアリー技術さえ流出させかねない連中だ。この計画は、初手から躓かせる必要がある」

 

 憮然とした面で、足音荒く、千里は郁弥の裏へ回り、そして背を睨んだ。

「お前、初めからそのつもりだったのか」

「……半分ほどだ」

 郁弥は表情を見せないまま、コンソールで画面を切った。

「諜報工作に耐えうる人格形成がされないというのなら、それでも良かった。能力の発現が半端であれば、世界の脅威足り得ない」

 

 だが、と。

 踵を返した郁弥は、どこか自嘲めいた感じで、薄く笑った。

 

「奴の成長はそのいずれの想定をも上回っている。未成熟の状態でさえ、ここのセキュリティを突破しているんだぞ。財団に兵器として譲渡する以前に、アレの成長を許せば、いずれ世界を侵食するぞ」

「……俺が余計なことを吹き込んだせいで、か?」

 

 世界のこと、自由のこと。

 それを説いたことが、人知れずジャバウォックの覚醒を促したというのなら、たしかに責は己にあるのだろう、と千里は苦く想う。

「だったら、最初っから呼ばなけりゃ良かった。俺のやることに反対してれば良かっただろうが」

 目覚めさえ、しなければ。

「いや、気に病むな。むしろお前のおかげだ」

 と郁弥は千里の肩を叩いた。

 

「外の価値観や文化に接触していれば、いずれ奴は覚醒した。そうなっては手遅れだ。未だ奴が我々のコントロール圏内に収まっている内に、その兆候が確認できたことが出来たことは幸いだった」

「……俺は、俺がやって来たことは、負荷テストってか?」

 

 千里は呻くように呟いた。

 次の瞬間、郁弥の襟首を絞って壁に叩きつけた。

 この様子は外からは見えないが、その衝突で動揺が伝わってくる。

 

「あいつは、心を持ち始めている! 人と共に寄り添うフェアリー、それこそが俺たちの目指したものだろうが!」

「俺が求めたのは、人類の未来を切り開くための技術(ツール)としてのフェアリーだ! 化け物や兵器を作りたかったわけじゃないっ! もし人々を破滅へ導く存在となるのなら、止める責任が俺にはある! 何の責任も持つことなく、科学者としても探偵やらとしても父親としても半端なお前と違ってな!」

 

 郁弥の言葉は、そのまま刃となって千里の心を抉る。

 力の萎えた彼の腕を振り払い、郁弥は嘆息した。

 

「正気に戻れ、和灯」

 友として、言ってはならないことを言った。越えてはならない一線を越えた。その自覚があるのだろう。郁弥は目を伏せながら、声を低めた。

「現実に帰れ。家族との時間を作ってやれ……お前の夢が、叶うことは決してない。俺がそれを許さない」

 そして残酷な言葉と共に、彼は部屋を去っていったのだった。



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6.1号と蜘蛛

(程なくして、郁弥はジャバウォックの処分に取り掛かる)

 それを座して傍観するか。あるいは……

 

 夢か現か。

 

 逃げるように島を離れた千里は、ある地方都市の(タワー)に上った。

 望遠用の区画から街を遠望し、そこのシンボルとして点在する風車が回るさまを見つめる。

 

 彼はこの街で、一つの奇跡を目の当たりにした。

 十年ほど前、ここは地獄と化した。

 死を超越した兵士たちに街は占拠され、その甘言に惑わされた人々は、欲望のままに争い、自ら破滅の道へと突き進もうとした。

 

 だが一人、いや二人の仮面ライダーの献身と健闘が、その地獄を光風で清め払った。

 純真なる人々の願いが街の風に乗って、ライダーを黄金の輝きで満たし、神秘の翼で飛翔した。

 その光景こそが、彼がフェアリー粒子なる未知の概念に求めた理想だった。

 

 だからこそ悩める時、揺らいだ時、彼はここを訪れる。

 今の己にとって、最後の拠り所が、この街であり、そして――

 

「……」

 携帯電話に登録された番号をしばし凝視していた千里は、意を決してその番号にかけた。

 怪物ジャバウォックと対峙するより、よほど勇気が要った。

 

〈なんだよ〉

 当然、かけてきた相手が千里であることを、先方にも伝わっている。

 自然、受けた声は硬く冷たい。

 

「あぁ、晶斗か? えぇと……なんだ。なんとなく元気かなーって」

〈…………〉

 

 電話越しに息子から返って来たのは、沈黙だった。

 呆れたような息遣いが、伝わっているから電波の状態が悪いということは無さそうだ。

 だが、そこに繋がれた言葉は、

〈おふくろの命日の件で、かけて来たのかと思った〉

 という、千里の虚を突くものであった。

 

「あー……そういやもうすぐだっけか?」

〈マジでふざけんなよ……忘れてたとか言わねぇよな!? 刃姐さんにまた墓参りに付き添わせることになるだろうがっ〉

「いや、覚えてるっ、覚えてるんだけどな」

 

 それどころではなかった、というのが正直なところだ。

 それどころではなかった、過去何度も使ったフレーズで、もはや言い訳にさえ使えない。

 

〈……なんか、あったのか〉

「え?」

〈あんたが掛けて来るなんて、ロクな理由じゃねぇ。どーせ、仕事で調子こいてなにがしかやらかしたんだろ〉

「……」

 我が子ながら、いや我が子であるがためか、恐ろしい読みだ。

 

「あぁ、やらかした、やらかした」

 郁弥はあぁ言ったが、結局ジャバウォックを目覚めさせたのは千里の案と言動だ。

 郁弥は正しい。罪を犯したのは自分だ。

 

〈だったら〉

 親に向けるとも思えない、冷ややかな声。

〈せめて、しでかしたことに向き合え。自分の行い(シゴト)に、責任を持てよ。それが、何もかも捨ててその道を選んだあんたのつとめだろうが〉

 だが、揺らぐことのない、鋼の声音。

 

 おそらく答えは、自身の中ですでに決まっていた。

 求めたのは背への一押し。それも、もう二度と揺らぐ強固なほどの。

 

〈けど、命日には必ず帰ってこいよな? 今度またすっぽかしやがったら、マジで許さねえ〉

「わかったわかった……晶斗」

〈あん?〉

 訝る我が子に苦笑を浮かべる。

 およそ、親子としてはありえないほど少ない交流しかなかった。それでもその一つ一つの思い出を手繰り寄せ、噛みしめて、千里は呟いた。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 ~~~

 

 覚悟が決まれば、行動以外にない。

 自らに貸し与えられた権限は捨て、非正規的な手段で島に、塔に潜入した。

 

「ここにある若者が囚われている。それを救い出すのが、今回の仕事だ」

「はぁ、そらまた結構なことで……けどなんか、色々マズないですか……? おやっさん」

 同伴しているのは、探偵としての助手である青年、月射照真だった。

 カバンを抱えて左右に目線を配りながら、早くもこの時点で任務が尋常ならざることを察知していた。

 

 ……本来なら、多くの事情を知らない彼を、巻き込むことは本意ではなかった。

 だが自身にもしものことがあった場合、ジャバウォックをこの島から連れ出すのは機転が利いて頭が回る彼をおいて恃みにできる人間がいない。

 

「けど、それが依頼っちゅうんなら俺も手伝います」

「……」

「依頼、なんですよね?」

「……あぁ」

 

 言わずもがな、正式にジャバウォックが声を出して救いを求めたわけではない。あるいは従容と自らの処分を受け入れるかもしれない。

 

 だが、あの電気が落ちる間際、

 

 ――その自由の、中には、フェアリーはいないでしょう

 

 その問いを、聴いてしまった。

 垂れた髪の奥底に、儚い笑みを見た。

 声ならざるも、生きんとする心を、確かに感じ取った。

 

 ジャバウォックに、自由な心を持たせる――

 

 その時から、依頼主は霧街郁弥から、あの黒髪の虜囚に換わったのかもしれない。

 

「でも依頼だからって、正義や道理がこっちにあるってわけじゃないからな。そこは分かってくれよ。なにしろ俺って、いい加減だからさ」

「またまたァ」

 

 千里の弱音じみた冗句に、照真は人懐っこい笑みを返した。

 

「おやっさんは、しょーもないガキやった俺を助けて、色々教えてくれはったやないすか。そないなヒトのやることが、間違いなワケあらへん。何処までもお供しますわ」

「……プレッシャーかけてくるね」

「す、すんません。迷惑でしたか?」

「いやいや、このぐらいの重さがちょうど良いよ……頼りにしてるぜ」

 顧みて教え子の肩に手を置く。

 震えはなかったはずだ。はにかむ照真が、それを証明してくれる。

 

「……というよりもむしろ、気遣ってやれる余裕もなくてな」

 ロビーに至って周囲を見渡せば、無人。

 最低限の光量だけ確保してある仄暗い空間に、彼らは立っている。

 

 そしてその奥から放り投げられた懐中電灯が床を転がり、その電球は彼らを浮きぼりにさせた。

 

「……マジで来ちゃったよ、このヒト」

 と、現れた若者は、緊迫感のあまりない嘆きを放って来た。

 何度も顔を合わせた仲だ。霧街八雲。郁弥の息子。

 

「オヤジの言う通りになっちゃった……てコトで良いんすか、おじさん」

「郁弥に気取られたか……まぁ、あいつならそうだろうな。丁寧に人払いまでして、ご苦労なこった」

「オヤジ、マジでカンカンっすよ。大人しく退いた方が身のためじゃないかなぁ」

 常と変わらない調子に笑う千里に対して、八雲は気まずげに伺った。

 だが、互いに折れ合う素振りは微塵もない。暗黙のうちにそれを悟った八雲は、ため息と共にレンズを取り出した。

 

 爽やかな青味を持つ、真新しいフレーム。シンボルマークたる蜘蛛は、元となった要素のイニシャルを模した従来のフェアリーレンズとは趣が異なる。

 

〈Mysterl Driver〉

 そして腰に巻いたドライバーにセットすると、

「変身」

〈Trick or Trap. Case1:Strange of the Spider〉

 の一言とそれに伴う大振りなモーションで背後にスクリーンが浮かび上がり、機械の蜘蛛が夜闇においても色鮮やかな、奇怪なライダースーツとなって彼を鎧う。

 

 郁弥曰く、フェアリーの特性をナノマシンで再現した擬似(ギジ)レンズと適合するライダーシステムを開発したというが、これがそのうちの一体か。

 

「これがモウラ、そして最後の忠告です。このまま帰ってください。じゃないと」

 痛い目に遭わせる、という脅しを、ガーッと両手と背の四本脚で懸命に表現する八雲に、シニカルな笑みで

「パパにオモチャ貰って、ずいぶんご機嫌じゃないの、坊主」

 と皮肉を言った。

 

「ば、化け物……っ?」

 唐突に現れた異形の存在に目を白黒させる照真を自らの後ろに隠し、千里は自らの腰元をまさぐった。

 

「下がってろ、照真」

 と言って、取り出したのは、赤銅色のバックル。

 

「はっ? 何それ?」

 当惑する蜘蛛男の目の前で、腹の前にそれを据える。

〈ドイルドライバー!〉

 という音が鳴り止むと同時に、さらに引き出したレンズの紫紺のフレームを、ずらす。

〈レイス〉

 解放された隙間から飛び出た髑髏は、紫炎紫煙をまとい、尾を引かせつつ千里の周囲を

「親父に聞かされてなかったのか? だからお前、それ持たされてんのに」

 そう親子に呆れつつ、一度肩の高さまで突き出したレンズを、ドライバーに装填する。

 

 

「変身」

 モウラと同様、声色を低めて唱えると、空いた掌を表裏に翻しつつもう一方の手でレバーを操作し、レンズをアクティブサイドへ移行させる。

 

〈Joker invited you "Shall we open the lock under skull?"〉

 

 ――呼応。同調。

 髑髏が彼の右半身に噛り付くように憑りつき、鉄片(てつひら)が入り混じる、奇怪なる形態となって肉体を覆う。肩口を高僧の紫衣が如くにコートが、そして黒を基調としたメカニカルなパワードスーツが纏わり、モノクロが閃く。

 

〈Kamen Rider Shalllock Skull logic〉

 

 照真にもついぞ見せたことのない、もう一人の仮面(カオ)

 ライダーシステム1号機、仮面ライダーシャルロックとしての姿で、千里は蜘蛛男と対峙したのだった。



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9.恐怖の鬼

おそらくそれは、互いにとって初戦闘だった。

 明らかにロールアップ間もないと言った感じの八雲のモウラは言わずもがな、シャルロックこと千里もまた、ことフェアリー系列の対ライダー戦は未体験だった。

 したがって、緒戦においては、互いの手の探り合うがごとき、当たり障りのない応酬から始まった。

 

 焦れたうえで本格的に攻めの気を見せたのは、八雲の方だった。

「こっちのが新式だっ、あと俺のが若いし、負けるはずない!」

 そう豪語しながら背の四本腕を回し、彼の見るところの『旧式』、シャルロックの機体へと叩き込む。

 

「おいおい、先輩は敬えよ、ルーキー君」

 などと挑発気味に返しつつ、連続した蹴りでそのうちの三打分をいなし続ける。だが残る一本がなお迫る。

 

〈ハードボイルドライバー!〉

 という勇ましい音声と共に、千里の胸元にバーナーともボイラーの筒ともつかぬ銃身を持った火器が、彼の意気に応じて転送されて来た。そのデバイスをすかさず抜き取った千里は、盾代わりに用いて弾く。

 

 そしてそのままくるりと身を翻し、完全に彼へと背を向けるや、壁に向かって駆け出した。

 

「逃がすかよッ」

 とモウラ。一度は引いた複腕が、追い討たんと伸びていく。

 だが壁に行き着いた千里は、そのまま足裏をその行き詰まりへ叩きつけた。数歩分、壁を駆け上がった。その足下を、勢いを持て余したモウラの蜘蛛腕が衝突してたわむ。

 身を浮き上がらせて、宙で半転。飛翔。モウラの頭上に至った千里は、ハードボイルドライバーの銃口を下ろし、光の雨を撃ち出した。

 

「どーだい、旧式も、拡張次第でどうとでもなるんだ」

「うぐっ、まだまだぁ!」

 

 着地とともにうそぶく千里に対し、なお戦意衰えず八雲は吶喊する。

 あらためて相手の有効範囲に慌てず騒がず、年長者の余裕でもって千里は、手元のドライバーにレンズをセットし、メーターのついたカバーを閉じた。

 

〈ミズチ〉

 芯の太い合成音声に合わせて、引き金を絞る。

 そこから射出された海蛇がごときものが、寄って来たその『勇み脚』を絡め取って後ろへと牽き、そして吊り上げ、天から宙へと放り投げる。

 

〈ペガサス〉

 さらにレンズを入れ替え、畳みかける。

 空中を自在に飛び回る翼の生えた弾丸が、交錯をくり返しながらことごとく、自由落下の最中のモウラを追い討つ。

 

 ガレキと粉塵を巻き上げ、彼は床へと落ちた。

 だが、その煙幕を突っ切って、光の糸がハードボイルドライバーの口を巻き取り塞ぐ。

 そして八雲自身は、複腕に支えられ、寝そべりながら無傷である。

 

 ほう、と無力化されたらしい自らの火器に目を向け、

「意外と抜け目なくやるな、後輩クン」

 と一応は褒める。

 

「抜かせっ」

 蜘蛛の力をバネにして一息に起き上がったモウラは、この隙見逃さじとさらに詰める。

 

 なるほど、意気は良し。

 だが惜しいかな、心得違い。

 ……口を封じれば、弾は出ないと思い込んでいる。

 

〈タイタン〉

 新たにレンズを銃器の中心にセットすると、あらためて狙い、引き金に指。

 拳の形状と大きさを持つ、紫の光線がモウラの腹部に激突した。

 

 床から数センチ両脚を漂わせつつ、今度こそ対ショックが間に合わず彼は強かに背を打ちつけ、「グエッ」と蜘蛛ならぬ蛙がごとき苦悶の声をあげた。

 

 その体勢の崩れた瞬間こそが、千里にとっては攻めの好機であり、八雲にとってはここ一番の凌ぎどころである。

 示し合わせるでなく自然、互いに必殺の態を取る。

 

〈The End roll! Credit:the Spider〉

 自身のバックルの滑車を回しに回し、その回転により得たエネルギーが増幅されて足下に集中する。背の『蜘蛛脚』がそれに同調する。迫り出したその爪先み窄まりつつ集結し、逆向きのピラミッドがごとき錐形を作る。

 

〈Wraith! Punisher Q.E.D!〉

 シャルロックは空のレンズをレイスレンズの対に据え、飛び蹴りをもって迎撃する。足の甲に集中する紫の煌めきは、やがて人の頭蓋のイメージを象った。

 

 互いに総身を使って斬り込む両者の決着は、一瞬だった。

 高さとしても、そしてともすれば経験と技量としても、千里が上回った。

 

 背の装置を、足の錐として突っ込んで来たモウラの下顎に、紫髑髏が食らいつく。

 脳を揺さぶられた八雲は、一瞬意識を手放したに違いない。

 そしてユーザーの思考の刹那的な消失は、そのまま変身解除というかたちで表された。

 

 地に伏した時には、八雲はうっすらと意識をもたげていたが、すでに形勢勝敗は決していた。

 だが、見計らったかのように、あるいは見兼ねたかのように。

 戦闘で半壊した柱の陰より、一人の友であり、父が姿を見せた。

 

 霧街郁弥。

 喪服のように、黒いスーツ姿の彼は、息子の身体を離れて転がる映写機型のドライバーを造作なく拾い上げた。

 

「ご、ごめんよオヤジ……」

「最初からお前に期待などしていない」

 

 案じる様子は微塵もなく、にべもなく、父は息子に答えた。

 

「求めていたのは対処例と戦闘のデータだ……もう二度と、こんな愚か者を出さないためにな」

 そして、郁弥は千里を正面から対峙した。

 

「……お前な。もうちょっと、息子に手心加えても良いんじゃない?」

 切なげに後頭部を床に落として黄昏る八雲に、千里は敵手ながらいささかの憐憫を抱いた。

「親子のことで、お前に口出しできる資格があるのか?」

「……ま、そうだよな」

 郁弥の目と表情には、ありありと冷たい侮蔑が浮かんでいる。

 

「こうなっちまった以上、お互い収まりがつかない。けどそれでも訊く。本当に、どこかに落としどころはないのか?」

「あるわけがないだろう」

 いつになく真摯に傾けた問いにも、彼は非情な即答で切り返した。

「仮に相手が俺ではなく会社や財団であったとしても、お前はきっと今と同じ行動をとっている。俺としても、人類に害を為すフェアリーは、それを生かそうとする者は、排除する。これのどこに妥協点がある?」

「がぁんこ者」

 千里は仮面の奥底で苦笑を浮かべた。笑うよりほか、なかった。

 

「『譲るべきではないことは、自身の内でしっかり保て』……そう俺の背を押したのは、お前だ」

「あぁ、だから俺も、その言葉に恥じない行いをすることにした」

 

 郁弥の眼光には、絶えず冷たさと蔑みがある。

 だが憐憫と否定や不理解はない。そこだけは、救いのように感じられた。

 

 上着のポケットから、郁弥は疑似レンズを取り出した。

 深海の奥底を想わせる、ダークブルーのフレーム。そこに、マントで身と横顔の下半を隠す鬼の姿が映り込む。

 

「――俺は、いや私は、この件に関わりを持った人間として、責務を貫く覚悟を決めてここに来た。そのためなら、半端な地位も捨てる。会社の腐った連中も排斥する。立ち塞がるのがお前であろうとも、戦い続ける。今がその、覚醒(めざめ)の時だ」

 

 そして我が子がしたのと同じように、ミステールドライバーを自身に巻く。

〈Vampire Move in〉

 レンズを納めて背後にスクリーンを展開させる。

 ぐいと襟首を緩めてうなじを外気に晒しつつ、

 

「変身」

 決意とともに滑車が回る。

 画面を裂いて現れた金の凶悪な面相と血の色のマントのみで形成された怪物が、そう見えるナノマシンの集合体が、捧げられた首筋に喰らいついた。

 

 そしてインプットされているスーツのデータがそこより転送され、物質化する。鎖が絡むかのような鉄の擦れ合う音とともに、黒いスーツの生地となり、胴と手脚を保護する具足となる。

 

〈Blood and Break. Case2:Terror of the Bat〉

 

 面とマントが、噛みついたままに右肩のプロテクターとマントになり、顔は赤黒い霧に覆われた後、異国の民族工芸を瀟洒に改造したかのような、青銅色の蝙蝠の面となった。下顎を、(キバ)つきの白いクラッシャーが保護し、引き締まった口許はそのまま彼の頑なな内面を意味する。

 全体的なイメージ的には王や皇帝のごとき、荘厳さや尊大さは感じられず、むしろ土地を守護する冷徹な武断的領主といった感じなのは、如何にも彼らしい。

 

「仮面ライダーモーリア……まさか独力で完成させてたとはな」

 呟く千里の声はもはや届かず、郁弥は

 

「おおよそ人は未知や謎に迫られれば恐怖を抱く。故に、意志を持った精霊が人類に受け入れられることなど、決してない」

 と、己の考えを吐き捨て、己が観るところの『現実』を押し付けるのだった。



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10.友、衝突

 ――仮面ライダー、モーリア。

 その武装を前に、千里は大きく息を吸った。

「……一つ」

 そして、告げた。

 

「軽率な振る舞いと言葉で、周囲を惑わせた。二つ。自分の夢を追い求め、ついには現実の生活を顧みなかった。三つ。そのせいで、友達に過酷な道を選ばせた」

「……何を、言っている?」

「大事なのはこの前置きだ。そのうえで、お前にも、覚悟と共に突きつける」

 

 そして左手を持ち上げた仮面の戦士は、そのまま指でもって対峙する蝙蝠を咎めた。

 

「お前の罪を、数えろ」

 

 ――と。

 そしてその言葉は、物陰に在って我が英雄を見つめる照真にも刷り込まれた。

 悪を責める正義。その言の葉の剣として。

 ……後々のことを想えば、あるいは呪いとして。

 

「そんなもの……貴様に言われるまでもないッ」

 マントを翻して、モーリアは翔ぶ。

 滑空である。自らの頭の高さから繰り出された蹴撃を、両腕で交差させて千里は防ぐ。

 

 が、威力を殺し切れずに床を削りながらシャルロックは後退する。

 それを皮切りとして、肉弾戦が展開された。

 

 照真の見るところ、手数も、命中の精度も同じ。だが目に見えるほどに、性能(スペック)差が如実に出ている。それも、小手先の技術や拡張では埋まらないほどの開きがある。

 拮抗、というよりかは、シャルロックがなんとか凌いでいる、という趣が強い。次第に押し負けつつあった師に、居ても立っても居られなくなった照真は、

「おやっさん!」

 と声を張って飛び出さんとした。

 

「お前は来るなっ!」

 が、それを当の千里が拒絶した。

「こっちは大丈夫だ、お前は退路を抑えとけ! あ、あとそこに転がってるやつ、安全なところに引っ張ってふん捕まえてろ!」

 あえて手を空け首を振り向け制しつつ、それがために対峙するモーリアに隙を突かれて打ちのめされつつ、師は指示を飛ばす。

 敵であったはずの、郁弥の倅を気遣いながら。

 その公平さ、高潔さに胸を打たれる。頷きながら、倅を引きずって照真は退いた。

 

 そして千里とて、ワンサイドゲームにはさせない。

 手にしたままのハードボイルドライバーを射放った。

 未だタイタンのレンズが納められたその銃器。おそらくは底上げした火力で対抗しようという心算で、その狙い通りに数歩分、モーリアを退かせた。

 さらに畳み掛けて紫の拳弾を飛ばすシャルロックに対し、重い追撃の中で郁弥は虚空に手を差し伸ばした。

 降参か和睦の申し出か。否、それは断じてない。半開きの手の内の空間に、赤霧の態を成したナノマシンが集約していく。その場での形成か、何処からかの転送か。いずれかの高等技術により、鉄柱がごときものが生じた。

 

 

〈Pile Than Batter!〉

 それは、巨大な杭だった。

 天を衝くばかりに鋭く尖らせた先端に、トリガーのついた把手。その周囲を、黒錆がごとき色味のバレルがいくつも取り囲む。

 

 その把手のあたりにあるソケット。そのメーターのついたカバーの隙間に、狼とも人ともつかぬシルエットが封じられた、宵闇の青味を帯びたレンズを滑り込ませる。

 

〈Chain Garm〉

 そしてトリガーを引くと、

〈Garm is bad than Bat!〉

 節をつけるがごとく甲高いボイスが流れ、四方のバレルが本体たる杭を研磨するように、霧霞とともに排気しつつ、ピストン運動を始めた。

 

 そうして塗布されたナノマシンが、青い片刃の曲刀もしくは牙のような禍々しい武装へと変わる。

 片手で大きく薙ぐ。ただ一振り、一斬。それにより発生した斬光が拳弾を迎撃し、完全に打ち消し、駆逐しながらシャルロック自身に迫り、そして避けようもなく命中する。

 

〈Chain Franken. Franken is bad than Bat!〉

 追い討ちとは、かくの如し。

 そう言いたげに、吹き飛ばされ地を舐める千里の前で泰然と、だが手早く容赦なく、レンズを取り替える。

 

 そして一瞬で間を詰めたモーリアの手には、濃い紫のハンマーを杭の先端に付加した長柄物が握られている。反撃の出鼻を挫く、まるで小太刀を扱うかのような振りの速さ、それに見合わぬ爆発的な破壊力が、シャルロックを打ち据える。

 

〈Chain Merman. Merman is bad than Bat!〉

 そして次の瞬間、モーリアの身柄は足下の床に生じた緑の波紋の内に沈んだ。

 

 相対すべき敵を見失ったシャルロックが警戒とともに左右にモノクルを巡らせたのも束の間、突如としてその頭上の空間に、同じく波紋が生じ、そして分厚い銃がその口を覗かせた。

 

 連射。圧縮された液体が、千里の五体に叩きつけられた。

 銃口はやがて杭としての全体を晒し、なおも射撃を止めないままに今度はその持ち手たる郁弥が現れた。さながら蝙蝠のように、上体を逆さまになったまま、杭や腕を振るって攻め立てる。そしてその奇怪なワープホールから抜け出すと同時に脚を切り返し、ミドルキックを何度も鳩尾へと見舞った。

 そしてトドメとばかりにくり出したローリングソバットが、千里を端の壁まで吹き飛ばした。

 

 一気に相手を破滅へと追い込む一連の猛攻に、すでにシャルロックは満身創痍の体だった。

 ボディスーツや特殊繊維で編まれたはずの外套は擦り切れ、そのマスクの頂点からは、稲妻がごとき亀裂が奔る。

 膝をついた状態から起き上がろうとして、再び崩れ落ちる姿は、目をそむけたくなるほどに痛ましい。

 

 ――いったい、何が『おやっさん』をそこまで必死にさせるのか。

 照真には理解できない。それでも、師の行動に否を唱えることなど、今更できるだろうか。

 

「……まさか、これで終いにする気じゃないだろうな……郁弥」

〈Kamen Rider Shalllock Cyclone logic〉

 

 仕切り直しとばかりに、千里はレンズを取り換える。羽を打って舞うフェアリーが、翠風とともに、疾風のフォルムにシャルロックを再コーティングしていく。

「もう行くとこまで行くしかないだろ、俺たちは!」

 

 しかして肉体の方は当然治癒などするべくもなく、ふらつきながら、エンプティレンズを抜き差しする。そして高まるエネルギーとともに必殺の態勢へ。

〈Sylph! Extreme Q.E.D!〉

 

「……言われるまでもない」

 応じて郁弥もドライバーの滑車を回す。

 

〈Wake Up. Bat:Grand finale〉

 

 モーリアは腰を深く落し、武器を放った腕を交差させる。

 同時に、妖気がごとき赤黒い力場がその足下に形成される。

 力の余波がぶつかり合い、互いを打ち消しながらその間隔は時を置かず短くなっていく。

 

 やがてその短さがピークに至った時、両者は飛び上がった。

 シャルロックは足裏に集約させた風の鞠球ともに、モーリアの胴体を狙うべく飛び蹴る。

 だが――先にモウラをシャルロック自身が上回ったと同様に、モーリアの暗澹たる負のエネルギーはその風さえも呑んで、千里の腹部に叩き込んだ。

 

「ぐあぁっ」

 悲鳴があがる。モーリアの単純な攻撃性破壊力のみならず、自身の攻撃さえも押し戻され、逆流し、総身を切り裂いた。

 

 ――決着は、ついた。霧街郁弥の圧勝という顛末(カタチ)で。

 だがしかし、その後に続いてしかるべき音、光景が訪れない。

 すなわち、敗北者たる和灯千里が、地面に派手な衝撃音とともに落下するという決まり切ったオチが、つかない。

 

「……なんだと?」

 郁弥自身もそれを訝り、虚空を仰いだ。

 そのマスクを向けた先を追従すれば、かなり上層のエリアの手すりを、息を切らした千里が掴んでいた。

 

「悪いね……っ、サイクロンロジックの跳躍力や浮遊時間だけだと、ここまで行き着けなくてさ」

 すなわち、あえて自身の技もろともに必殺技を直撃を受け、モーリアにここまで吹き飛ばされたことによってその高みへと至ったと。

 

 戦闘には完敗だった。それは覆るまでもないことだったが、

「俺の、勝ちだ」

 という千里の嘯きも、あながち考え違いの強がりというわけでもないだろう。

 

 手すりの内に我が身を滑り込ませて死角に消えたシャルロックを忌々しさを隠さずに睨み上げつつ、

「逃がさん」

 という一語とともに、マントを翻して、モーリアもまた飛び上がって追尾した。

 

 後に残されたのは、照真と郁弥の息子である。

 こっそりと己の裏手から這って逃げ出そうとする

 

「逃がさんッ」

 と、今度は照真がそのセリフを吐き捨て、同年代の彼を羽交い締めにして、荷運びのための適当なバンドを手繰り寄せて縛り上げる。

 

「おわっ!? なんだよっ! オレ、もうお役御免だろ!?」

「お前は人質や! ここで俺と大人しうしとけッ」

 そう気を吐く彼に、霧街青年は怒鳴り返す。

「つか、このままだとオジサンやべえって! 助けにいかなくて良いのかよ!?」

 

 軽薄なりに千里を案じての発言であることには、違いない。それに揺れ動いたのは、確かだった。

 だが照真は

「――いや、俺は動かへん」

 己にも言い聞かせるように、答えた。

 

「おやっさんは俺を見込んでこの場を任せてくれた。だから俺は信じて、あの人を帰りを待つ」

 

 そうあらためて決意を固めながら、青年は高き天井に広がる闇を、唇を噛みしめて見上げたのだった。



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11.凶弾、そして崩壊

 目的地の中途までは飛翔できた千里ではあったが、そこから先は、エレベーターを使うわけにもいかなかった。仮に稼働していたとしても、敵が追ってきている中での動きようもない、いつ外から侵入されるかもしれない密室は、死地そのものだ。

 よって、自らの足で非常階段を上るより他ない。

 途中、躓きそうになる。一段ごとに、意識は遠のき、そのまま天国へ登っていきそうだった。

 

(いや、俺が選んだのは地獄の道だ)

 

 階段を出て目標の階に至ると、刹那の気の緩みから、膝から崩れ落ちた。

 こうなっては一度寝そべり、呼吸を整えるよりほかない。

 

「くそっ……あいつ、躊躇いなくブチかましやがって……」

 と毒づく。あれ以外に術は無かったにしても、郁弥の必殺技の直撃は千里の内蔵器官を大いに痛めつけ、ドイルドライバーにも多少ならずダメージを与えた。こうして変身をしたまま、動けることが奇跡に近かった。

 

 気力のみで立ち上がり、壁に手をつき我が身を支えつつ、先へ。

 かつてはさほど苦とも思えなかったこの廊下を進むことが、自身の名の通り、千里の道を十字架を背負って行くかのような、重苦を伴うものとなっている。

 

 そうして、至る。

 非常灯のみ点いたその部屋で、まるで物のように、ジャバウォックの容れ物だけが暗黒に沈んでいる。

 

「……和灯千里、なのですか?」

 その闇の中から、声がした。その声は強化ガラス越しだというのに、不思議とよく通る。

 ダイヤモンドのように硬質で、他を受け付けない冷たさを帯びた声。

「こんばんは。珍しい時間帯での訪問ですね」

 ロボットじみた語調で社交辞令を述べる姿の見えないジャバウォックに、コンソールを弄りながら、

「説明は後だ。ここから出るぞ……くそっ、俺のアカウント締め出してやがる! やることに抜かりがないねぇ……」

 苦笑とともに毒づく。

 

「なぁ、内側から開けられないか?」

「…………この部屋ならびに施設から当個体を持ち出すことは、第一級禁足事項に当たり」

「んな建前はどうでも良いんだよ! お前、ホントは自分で出来るんだろっ、このままだと殺されちまうぞ!」

 

 沈黙は続く。無駄な足掻きと知りつつ、タイピング音を打ち鳴らしてその返しを督促する。

 

「――無意味な行為です。私は、ここから出ることを望んではいません」

 そして冷たい響きが、谺した。

 ガラスの向こう側にかすかに宿る瞳の輝きは、無機質という言葉では片づけられない、静やかな光を湛えている。

 

「……知ってたのか、お前。それを、受け入れるってのかこれは」

「霧街郁弥に、直接言われました。私は、この世にあってはならない道具だと。分かってくれと……その道理は、人類の側にとっては正論そのものであり、私を人間から遠ざけ、人知れず排除するという判断が誤りとは思えません。今、貴方のしようとしていることはその『人道』に真っ向から反する行為であり」

「そんなことは聞いてない。お前はどうしたいかってハナシなんだよ」

「先にお伝えした通りです。私は自身の危険性と運命を受け入れている。貴方は、勝手な憶測に基づく同情と憐れみから、私を救おうとしているに他なりません。迷惑なだけです」

「……迷惑、そう思うだけの、心はあるんだろ」

 

 今まで見てきたからこそ、分かる。

 この辛辣な拒絶は、意図的なものだ。意固地になっているからこそ、その声は硬質で冷たいものとなるのだと。

 本当に感情なく事務的に接しているのなら、こんな異常な状況にも平然と、噛んで含めるような言い回しをしたことだろう。

 

「そもそも、今お前は『救おうとしている』って口にした。本当に死にたいなんて考えてるヤツのセリフじゃない。つまり自分の命を救われようとしているって認識は、お前の中にあるってわけだ……生きたいんだよ、お前は、根っこでは」

「…………」

「……なんてな。初めてお前相手に、探偵らしい推理(コト)しただろ」

 千里はそう言って、マスクの奥で苦笑する。

 

「本当に、迷惑な男だ」

 

 初めて、明確な感情が、ジャバウォックの声に乗った。

 耐えかねた末の怒り、それが熱として混じる。

 

「今更っ!! ()の意思がなんだって言うんだ!? 兵器として生み出されて、世界から拒絶された、そんな化け物が、外に出てどう生きられるんだ!?」

 

 ガラスの牢獄が揺れる。闇の中、巨大な竜の形をした何者かが、怒号とともに蠢いた。

 

「僕はそんな自分を受け入れていたっ! 何も想うことなくここで死ぬつもりだった! それなのに、あんたはそんな僕に世界を説いた! 命を語った! 情けを施した! 僕にとって、それがどれほど苦痛で、迷惑なことだったか……っ、それをそんな……無意味なことを、自分が、ボロボロになってまで……」

「――すまない」

 ガラス越しに打ち付けられた異形の脅威よりも、最初の烈しさよりも、次第に涙を帯びてくる語尾こそ、千里にとっては堪えた。

 

「だからせめて、その罪滅ぼしと、埋め合わせをさせてくれ」

「……安い同情なんて要らない」

「それだけじゃない」

 

 正直に認めるのは耐え難かった。あえて口にすることでもないとは分かっている。それでも、あえて言わねば進めない。

 

「もちろん、お前の言うとおり同情や憐れみはあったよ。会えない息子に出来なかったことを、お前に重ね合わせてしていたフシはある」

「……」

「でもそのうち、本気で想ったんだ。お前と一緒に、外に出たい。世界を廻りたい。燦都を見せてやりたい。お前を晶灯や照真と引き合わせたい……夢と現を、一つにしたい」

「そんな、そんなこと、赦される、はずが」

 

 千里はコンソールから手を離す。ガラスに手を寄せる。

 先に彼自身が言う通り、こんな分厚い障壁越しに見たところで、相手の何が伝わるわけもない。

 それでも、この時想いは貫通する。この檻も、偽りの肉体も怪物の姿を超えて。

 

「大丈夫だ。世界はお前が考えてるほど狭かない。お前一人受け入れる懐の深さはあるんだ。だから、こんなとこ出て、俺と一緒に行こう、な?」

 

 その言葉はどこまでも優しく、甘い。

 だからこそ、誰にもそんな言葉をかけられたことのない若者の、生まれたばかりの感情(こころ)に響く。

 

 迷い苦しみながらも反射的に、本能的に、ガラスに触れるその指先へ、ジャバウォックもまた手を寄せる。

 透明の壁越しに、彼らが触れ合う。

 

 その間際に、音が弾けた。

 

 次の瞬間、思いがけない衝撃に、千里の上半身は非生物的な動作とともに前後に揺れた。背後から飛んだ一筋の翠。その弾丸は、シャルロックの装甲さえも貫通し、マスクの奥に、血が溢れる。通気口と傷口を介して、外へと流出する。

 

「行くところまで行くしかない。そう言ったのは、お前だ」

 

 顧みれば、蝙蝠の男がいる。

「まさに今、それを噛み締めているよ……和灯」

 銃口を取り付けた杭を傾けて、揺らぐことのない眼差しが、青銅色のマスクの奥底で閃く。

 

「いく、や……」

 ゆっくりとその男の方角を顧みた千里は、その姿勢のまま、風穴を開けられた肉体を倒した。

 後ろ手についたガラスに、血の手形をベッタリと残して。

 

「……あああアァァァァァアアアア!」

 それを目の当たりにした怪物(ジャバウォック)の心を瞬く間に占めたのは、悲憤か憎悪か絶望か。

 

 いずれにせよ、己でさえ理解出来ない衝動のままに、異形と化すとともに、白き黒きフェアリーは、エネルギーを全方位に解き放つ。

 その閃光はガラスの籠を内側から砕くと同時に、部屋を占め、やがて建物全体を巡りながら支柱を焼き砕き、その動力の中枢を食い破ったのだった。

 

 ――そして、崩壊が始まった。



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12.託されたもの

 その頃に、照真は言いつけを守ってロビーに留まり続けている。

「なぁ、ヒマだよー。なんかお喋りしよーぜ」

 と、縛られたままにウダウダと垂れている、霧街八雲とやらと共に。

 

「あっ、そうだ! しりとりしよう、シリトリ。手足動かせないし」

「……だぁーっ! やかましいわっ! ちょっとは黙っとれんのか!?」

 

 一事が万事この調子の青年捕虜と、当然ソリが合わずに、照真にとっては苦痛と忍耐の時が過ぎていく。

 

 建物自体が爆発音と共に大きく揺らいだのは、そんな折だった。

「なっなんだぁっ」

 震えは瞬く間に本格的かつ断続的なものとなり、その激しい縦横の揺れに、照真も立ってはいられなくなる。

 

 そして遠く天井が地上に増して大きく動揺を始め、耐震構造を超えた動きと激しさ、そしておそらくは内部の破壊により、そこには亀裂が入り、そのうちの一部が崩落を始める。

 

 一部、と言えど人の幅を上回って余りある岩盤である。

 それが、八雲らに覆い被さるように迫り来る。

 

「うわ、うわわ!」

 照真はともかく、手足の自由を奪われている八雲は身の動きようもなく、惑い叫ぶがせいぜい。

 そして、身の凍るような破砕音とともに、彼らを巻き込むかたちでガレキは落下し、粉塵が巻き上がる。八雲の絶叫が合間を縫うようにして響く。

 

 だが、ひとしきり声を裏返し張り続けた彼は、ややあって自分が現世に未だ無事留まっていることに気が付いた。

 そして目線を持ち上げれば、そこには岩盤を文字通りに肩代わりして支える照真の姿があった。

 不意に庇ったがために、破片類を受けきることが出来ず、彼の額周りに傷がつき、血が滴っていた。

 

「お、お前……オレを助けて……」

「勘違い、すんなやボケェ……! 人質のお前に死なれたらおやっさんに顔向け出来へんやろ……ッ、とっとと出んかい!」

 

 鋭く促されるままに芋虫がごとく八雲は安全圏まで這い出る。

 

 だがしかし、青年ひとりで突如として落ちてきた硬い巌を支えること自体、どだい無理がある。

 自然、照真の身体は望まずして傾き、八雲が出てから本能的な気の緩みからつい膝をついた。

 さらに追い討ちとばかりに第二の崩落が始まり、そのまま押し潰されようとした、その矢先だった。

 

 腕と肩の重圧が、不意に薄れた。

 誰かが自分の傍らで、代わりに支えている。そう察して目に活力を取り戻して顔をあげた照真だったが次の瞬間にはその表情は軽い失望と当惑に転じた。

 

 彼を救ったのは、髑髏ではなく蝙蝠。シャルロックではなく、モーリアだった。

 

「急げ。直にこの建物は崩壊する。速やかにここから出るぞ」

 口早に促されて、茫然と脱出した照真の前で、霧街郁弥は事もなげに周囲のガレキを払いのけた。

 

「いったい、何がどうなった……んですか?」

 おずおずと問う照真に、郁弥は背を向けたまま言った。

 ……もっとも、顧みて正視したところで、マスクに覆われた表情など、読み取ることなど出来なかったが。

 

「上でジャバウォックが暴走し、和灯はそれに巻き込まれた」

 そして告げられる、無常な言葉。

「おやっさん……」

 色を失った照真は、止める声など耳に入らずに、駆け出した。

 

 〜〜〜

 

 宵闇の闇の中で、淡く白い煌めきが、繭が如くに男を包んで下降していく。

 それが落下の速度を緩め、衝撃を相殺し、やがて廃墟と化した地上で光は人の形となり、腕となって彼……和灯千里の肉体を抱えた悲哀の若者の姿となる。

 

 だが、すでに時すでに遅し。何もかもが、遅すぎた。

 腕の中から温もりが抜け落ちていくのが、命の波動(パルス)が、止めようもなく弱まっていく。

 生命の維持、肉体の保護。それを可能にするドイルドライバーとそのスーツは、戦闘と奇襲で大破していた。

 

「助けて、くれたのか……でももう、良い。エネルギーを司るんだから……分かるんだろ、そういうこと? て言うか、やっぱり出られたろ」

 苦笑と共に、千里は血の泡を口端に浮かばせる。

 

「……だから、なんだっていうんだ」

 傷を癒すことも、機械一つ、修理することも出来やしない。

 ただ破壊することしか出来ない自分が、出られたとして――

 

「レフ」

 

 虚しさを掴むその手に、重く置かれたものがあった。

 半壊したドイルドライバー。すでにスクラップになったそれを、置きながら

双見(ふたみ)怜風(レフ)。それが、お前の名だ。その綺麗な両目で世界を見通す探偵。知性と命を得た風。それが、今日この夜から始まる、お前だ」

 嫌な感触はない、冷たさも感じない。ただ、揺れていた心が、所在なかった魂が、あるべき処に収まったとさえ覚える。

 

「そして生まれたばかりの探偵くんに、最初の、依頼だ……こいつを、倅に、晶斗に……あいつ、なら……ここに欠けたもんを、繋ぎ合わせられる」

 

 ジャバウォック……レフの胸にドライバーを押し遣りながら、掠れた声音で千里は続ける。

 それに首を振りながら

「やめてくれ!」

 レフは、悲痛に叫んだ。

「こんなものをくれても、僕には何もできないっ、何も返せはしないんだっ!」

 

 しかし、千里は目に最後の生気を留まらせつつ、乾いた唇を吊り上げた。

 

「……俺は、見返りや正しさを、求めたわけじゃない。探偵でも科学者でもなく……和灯千里として、自分のしたことに、納得が、したかっただけだ」

 

 だから。

 お前も、きっと。

 

 最後までは言い切らず。込められた意図は死にゆく己のうちに秘して。

 腕の中ですり抜けていく命、熱。

 それを想い、レフは哭いた。

 

 ――おやっさん

 

 慟哭は天へと昇る龍の咆哮へと変わる。

 与えられたもの。名前、肩書、使命、力、そして生命。自由。

 それら一切を無駄にしないために、彼のした事を善きも悪きも無かったことにさせない。そのために、レフは空を翔けた。

 

 やがて、飛び立った後の現場に、青年がたどり着く。

 ヒビの入ったレイスのレンズ。完全に破壊された三種のレンズ。そして帽子。

 和灯千里から分たれたそれを無我夢中でかき集めながら、その持ち主を探し回った末に。

 

 そして彼は絶望し、怪物と同じくして、師を呼び、骸を抱いて泣いた。

 やがてそれらの悲哀を黒き憎悪で塗り潰す。

 

「悪魔め……ッ!!」

 天へと吐き捨てた呪詛が、ジャバウォックを追った。

 

 遺品となった帽子を被り、その激しさを押し込める。

 いつか、それを、空へと逃げた獣に全て叩きつける。

 報いを受けさせる。そのために。

 

 

 ――きっとそれが、僕にとっては始まりの夜だった。

 彼にとっては、長い夜の始まりだった。



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13.罪

「……これが、僕が知り、その感覚で知覚した限りの経緯と顛末だ」

 そう締め括った語り部、レフから晶斗は身を剥がした。

 始めこそ厳しい表情で、そして話しの節々にも虫でも誤飲してしまったかのような苦々しい表情を浮かべていた彼だったが、感情が喉元を過ぎて、眉間の皺を解いた。

 

「……聞いてみりゃ、なんのことはねぇ。バカが先走って動いて、お前の命と引き換えに周りを不幸にしたってだけだ」

「……そんなこと……」

 だが、と背を向けて晶斗は続けた。

 

「怪物に洗脳されて死にました、ってより納得のいく答えではあったがな」

「……どうだろうね」

 

 身体を横たえたまま、レフは長い睫毛を伏せた。

 

「君が聞いたという霧街郁弥の認識。そして月射照真の指摘は、的外れってわけじゃない。僕と出会わなければ、間違いなく君のお父さんは死なずに済んだ。狂わせた、と言われても否定はできない……僕のせいだ。君には、僕を憎むだけの理由がある」

「アホか」

 晶斗はそんなレフの理を一言下に切り捨てた。

 

「今の話、お前のどこに間違いがあった? バカバカしい。だってお前は」

「『道具に、罪はない』から?」

 

 反射的な速度で、晶斗はレフを再び顧みた。

 浮かべた()()()()を見返して、レフは困ったように眉を下げて

「冗談だよ」

 と苦笑して答える。

「……そんなつもりで、言った気はねぇ」

 目を伏せ逸らし、口の中で呟いた晶斗に

「だろうね。だって君は、本当に……」

 レフは目を細めて四肢をベッドに投げ出した。

 そして天井を見上げて、

 

「やっと、肩の荷が下りた気がする」

 と吐息とともに独語する。

 

「この一年とちょっと。必死に逃げて、君に説明できるだけの材料をかき集めてきた。けどようやく、あの日のおやっさんの依頼を果たすことが出来た気がする。……和灯さん、ありがとう」

「礼を言う相手が、違ぇだろうが」

「……いや、合ってると思う。本来感情のない人工精霊だから、感情の機微とか理由は、上手く説明できないけどね……いや、八雲の言うとおり、僕が変わったせいなのかもしれないけど」

 

 そう答えたきり、ジャバウォックなる怪物、そうとは見えない無垢な若者は、目を閉じて仰臥し、何事も発さなくなったし、晶斗もまた、それ以上は何も訊き出そうとはせず、蒸し返しもしなかった。

 

 〜〜〜

 

 そして夜が明けた。

 ベッドはレフに譲り渡し、自らは『鋼の本棚』に籠って眠っていた晶斗が、アトリエに上がると、レフの姿が消えていた。

 

 机には彼らを仮面ライダーたらしめる二基のドライバーが放置されたまま、あの若者の気配だけが消えている。

 

 まるで今まで精霊のイタズラにでも遭っていたように。

 あるいは、それまでの日々が、夢幻であったかのように。




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最終話「二人と、一人の、仮面ライダー」


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最終話:二人と、一人の、仮面ライダー
1.恩讐


 ホールドコーポレーション、関連施設。

 燦都に新たに建てられたその社屋の最上階に、そして霧街郁弥の眼前に、月射照真は立たされている。

 

「フォトンファウンドライバーを、返還しろ」

 と言われ、彼は元より不機嫌そうな表情をより苦いものとした。

「……俺の戦いに、なんや不満でもあるんすか。だから、俺をジャバウォックの追討から外したんですか?」

 デスク越しに自身を睨み返す照真に対し、目線を外しながら、郁弥は席を立った。

 

「たしかに、フォトンファウンドライバーは対ジャバウォック用に開発された。そのドライバーを、強奪のいきさつはともかくとして、お前はよく使いこなし実績を挙げている」

 だが、と踵を切り返して郁弥はなお難色を示す。

 

「出力の安定しない未調整のベルトだ。それを酷使し続ければ、どのような作用が肉体に及ぼされるか、分かったものじゃない。だから一度メンテナンスに回し」

「そう言うて、またジャバウォックから俺を遠ざけるんですか?」

「……なんだと?」

「聞いとります。()()()()の噂。そしたらじきに俺はお払い箱っちゅうワケですか……冗談やない」

 

 低く自嘲の声を立てながら、青年は背を向けた。

 

「待て、照真」

「邪魔者扱いしたいのならそれでも良ぇ。でも、アイツだけは……俺が潰す。余計な手出しさせんなや」

 

 そう啖呵を切るとともに、照真はそれ以上の制止も黙殺して踵を返したのだった。

 

 〜〜〜

 

「うぉっ」

 けたたましくドアが開閉する音。次いで見えた鬼気迫る照真の横顔に、傍にて待機していた八雲が小さく声をあげた。

「待てよ、ショーマ」

 身を竦ませつつも、足早に出んとする照真に追従をする。

 

「お前、なんか顔色悪いよー? マジでもうどっかカラダ、悪くしてんじゃねーの?」

「……ほっとけ」

「あ、だったら一緒にスパ銭行こうぜ! ここマジ田舎だからさ、そんぐらいしか娯楽ねーのよ」

「はッ」

 そこでようやく、照真はリアクションを示した。悪意ある嘲りを。

「そーやって言い訳して付き纏って、監視しろってオヤジに言われたんか?」

「んなもんじゃないって」

「じゃあ何や?」

 

 垂れた目を瞬かせて、八雲はさらりと

「だって、オレら友達だろ?」

 と言った。

 

「…………あァ?」

 足を止め、照真は彼を顧みる。

「分かった、わーった。友達じゃなくて良い」

 顔面いっぱいに表された圧にたじろぎ、両手を掲げつつ後ずさった。

 だが身を翻して遁走するようなことはせず、

 

「でもさぁ、お前にはあの夜助けられたじゃん? お前には借りがある。恩人には苦しんで欲しくないのよ」

 恩人を案じるにしては呑気な口ぶりでそう言う彼に詰め寄った照真は、胸倉掴んで揺さぶった。それ以上、余計な口を開くのを封じた。

「もし少しでも恩を感じてるんなら、要らん世話焼くなや」

 幽鬼が如き目で睨み上げる。

 

「お前は助かったか知らんが、俺はあの夜死んだも同然や。ヤツを滅ぼすためなら、この身がどうなっても構わん」

「……そんな悲しいこと、言うなって」

 

 まるで我が身に降りかかった不幸かのように、辛そうに眉を下げる八雲を突き放し、照真は建物から出た。

 

 その途端、見計らったかのようなタイミングで自身の携帯が鳴った。

 一世代前の携帯端末に表示されていたのは『おやっさん』の一語句。

 ……もちろん、死者が生き返るはずもない。この番号からかけられるのは、この世でただ一人、いや一匹しかいない。

 

 声もかけずに通話に応じた照真の耳元で、

〈番号、変えてなくて良かったよ〉

 と、憎悪を掻き立てる鳴き声が聴こえる。

〈この街での、僕の用事は終わった……だから今度は、君との因果を清算しよう……月射照真〉

 と、電話越しにかの仇敵は告げたのだった。



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2.掛け違えた別辞

「お前を、廃棄することに決めた」

 

 ()()と決めた後の日、一対一で対するふとした機。

 霧街郁弥はガラスのケージ越しに、黒髪の獣に言った。

 

「頼む。人類の未来のため、消えてくれ」

 何故、とは問わない。ありのままを受け入れる従順なフェアリー。命令とあれば、自己の存在を消すことさえ厭わない。そういう風に、設計されている。

 ……そうである間に、消さねばならない。

 

「本プロジェクトのレベル5以下の権限は現在、貴方に委任されています。よって、私を即時対応が必要な危険分子と見做した場合、貴方にはそれを行う資格があります」

 機械的に滔々と答えたジャバウォックはしかし、睫毛を伏せた。

 

「ですが、一つだけ確認してもよろしいでしょうか?」

「何だ?」

 それに気づかないフリをしたままに、郁弥は背を向けた。

 

「……僕に、何か罪があったのでしょうか」

 郁弥は背を向けたまま答えず、照明を落とした。

 

 〜〜〜

 

 霧街郁弥が回顧から意識を引き上げると、デスクの上の携帯が鳴っていた。

「私だ」

 と呼び出しに短く応じれば、

〈俺です〉

 と、関西弁のイントネーションで返ってくる。

 

 つい先程口論の末離別したことなどまるで気にしていない様子で、月射照真はおもむろに

〈ジャバウォックから、電話越しに果たし状叩きつけられましたわ〉

 と切り出した。

 

「……電話?」

〈まぁ、ヤツが律儀にアンテナショップでおやっさんの携帯の再契約したとも思えんし、能力でどうにかしたんと違いますか〉

 

 どうということもなさげに照真は言うが、郁弥にしてみれば剣呑この上ない。それは、外界に解き放たれた怪物が、少なくとも一般の電波や回線を、気分次第で掌握できるということではないか。

 

〈罠、思いますか? ワットも待ち構えてるとか〉

「……さぁな。少なくとも、ヤツの正体を知った和灯晶斗が、素直に協力するとも思えないが」

 

 だが、和灯の倅はジャバウォックを排除しなかったということか。

 そして、ジャバウォックは照真に事のあらましを伝えなかったというのか。

 もしかの目撃者が、告げ口をしていれば、そして信じていれば、復讐の髑髏は、その憎悪の矛を逆さまにしただろうに。

 

〈黙し、全てを背負って討たれてやるつもりか)

 と推量をつける。問われたあの時の、諦めと潔さと哀しみのないまぜとなった表情が思い出された。

 

「……今更だな。それに、最早どちらでも良いことだ」

〈霧街さん?〉

 独りごちる郁弥に、照真が訝り語尾を吊り上げる。

 

「こちらも至急体勢を整える。お前は独りで動くなよ……と言ったところで、聞かないのだろうな」

〈……先に、言うた通りです。おやっさんの仇は、俺が討つ〉

「ならば、何故連絡を寄越した?」

〈別れの挨拶です〉

 

 きっぱりと、和灯千里の忘形見は言った。

 

〈……生きていようといまいと、俺はあんたのところに戻る気はない。せやけど、あんたには感謝しとる。おやっさんがおらんようになって、身寄りも無けりゃ故郷にも帰れん俺に、あんたは良うしてくれた〉

 彼らしからぬ穏やかな口調は、否が応にも郁弥を不安な気持ちにさせた。

〈だからこそ、あんたに後のことを託したい……もし俺が負けるようなことがあれば、今度こそあんたがジャバウォックを倒せば良ぇ。おやっさんと俺の、仇をとってくれ〉

 

 そう一方的に言うや、照真は通話を切った。いや、断った。

 掛け直したとして、拒否されるだろう。

 

「……仇? 感謝だと?」

 別辞を思い返し、郁弥は嗤う。嗤うよりほか、ないではないか。

 ひとしきり、壊れたように肩を揺すり、喉を震わせた後、余人には決して見せない激情と衝動と共に、端末を床へと投げつけた。

 

 破壊的な音とともに地面を滑るそれを拾い直すことはなく、椅子に力なく腰を下ろした男は、両の手で己の頭を挟み込んだ。



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3.いさよふくものよすが

 青い空と火葬場を繋ぐように、白い竜がごときものが立ち上る。それが飛行機雲なのか、はたまた母を焚いた煙なのか。幼い晶斗には知るべくもない。

 

 火葬場の外で父子は迎えを待って並びつつも、無言だった。

 血を分けていながら顔を合わせる機会の多くない彼らの間に入っていたのが、亡くなった母だった。

 子は鎹、と人は言うが、この場合は母こそが鎹に相当した。

 

 それが欠けた今、両者の間の空気はギクシャクとした軋みをあげ、冷たいものとなっていた。

 

「……あー、そういえば、この間行ったとこの部族も、火葬だったな」

 そんな不味い空気を紛らすように、喪服姿の和灯千里は

「なんでも、精霊が人々の霊を煙に乗せて、魂の楽園まで運んでくれるんだそうだ。母さんも、きっとあっちで幸せに暮らせるって」

 などと突拍子もないことを言うので、

「アホか」

 一言下に、晶斗は切り捨てた。

 

「精霊なんかいるわけがない。魂の楽園なんてモンもない。部族のくだりも含めて、全部あんたの妄想だろ」

「……スレてるねぇ。いるよ、精霊。たぶん」

 鼻白んだ様子で見返した父に、

「俺は死んだ後より、生きてる時におふくろに幸せでいてくれたのなら、それで良い」

 と赤みの引かない目元を絞って睨み返す。

 

「……そうだな」

 曖昧な表情で頷き返し、千里は我が子の頭に手を置いた。

 

「じゃ、いつか俺が精霊に会ってやるよ。んで、楽園を見つけて、母さんに聞いといてやるよ」

 

 その目線は子どもの目からはあまりに高く、遠く、澄んでいて。

 その言葉は子供心にあまりに甘く、荒唐無稽に思えて。

 

「『星の王子様』かよ」

 と呆れながら、晶斗は笑うよりほかなかった。

 

 そして彼自身の記憶する限り、それが最後に浮かべた笑いらしい笑いだった。

 

 〜〜〜

 

 目を開ければ、白い作業部屋。『鋼の本棚』。

 追憶より醒めた晶斗は、眉間いっぱいに皺を寄せた。

 

 ……あの時点で、和灯千里はどこまで精霊(フェアリー)に関わっていたのか。

 まさかあのやりとりが、父の動機の全てではないが、根本(ルーツ)の一つではあったのだろう。

 この世の既存の法則を塗り替えるフェアリー。それは、魂や思念体の物質化、可視化、対話、それを可能とするのではないか、と。

 そして最期まであの男は夢想家であり続け、あり過ぎた。

 

「……おい」

 だが彼が地上に上がると、その精霊の最たる存在、千里の寵児は姿を消していた。

 作業机の上に、二基のドライバーとカタログに挟まれた置き手紙を残して。

 

 和灯さんへ。

 それを造作なく手に取り、書くと言う行為に慣れていない丸文字を目で追う。

 

 ますはじめに。

 他ならぬ僕こそが、当事者であり、お父さんの死因であったにも関わらず、勿体ぶって、報酬代わりにしようとしたことをお詫びする。

 でもそういう建前を使わなければ、君はきっとお父さんのことを色々と受け入れられなかったし、ドライバーにも手をつけなかったろう。

 直ったその後、あらためてきちんと教えるつもりだった。君に、ドライバーをそのまま返すつもりだった。

 けどすぐ後に立て続けにフェアリー騒動が起こり、なし崩しで僕がシャルロックに変身してしまった。

 

 いや、これは、言い訳だ。

 

 本当は、いつだってそうするチャンスはあったはずなんだ。しようともした。けどその度に、気後れしてしまった。おやっさんに対する負い目はあったのはもちろんだけど、それだけじゃない気がする。自分のことなのに、変だよね。こいつは、探偵にも解けない大いなる謎だ。

 

 でもそうやって黙っていた結果、かえって君を苦しませてしまったみたいだ。

 せめて修理代ぐらいは払う気でいたけど、死神に追いつかれた。

 だから、やっぱり真実と、あとこのドライバーで勘弁してほしい。

 

 触っている以上気づいてるだろうけど、ドイルドライバーの変身認証システムには、君の生体情報も登録されていたはずだ。そしておやっさんの遺言を思えば、本来君をシャルロックにしたかったはずだ。

 僕は、ベルトのシステムにハッキングして無理矢理に起動させていた、いわば偽者だ。

 だから、これからは君がシャルロックになってくれ。

 そして叶うなら、おやっさんの志を継いで欲しい。

 君にはその資格がある。

 

 君が和灯千里の息子だからじゃない。

 君が、本当は優しい人間だからだ。

 そう言われても、君は不本意なんだろうけど、それでも善い人だ。

 

 善良で、優しくて、人の痛みに敏感で、何より繊細で傷つきやすい。

 だから君は、線引きをしたがる。必要以上に情が湧いてしまうから、自らを律するために。

 正しくも厳しい態度を取る。その人が誤った方向に進んで傷つくより、自分が嫌われる方を選ぶから。

 いくら精霊でも、側から見てればそれぐらいのことは分かる。

 

 そんな君にこそ、シャルロックの仮面は相応しい。

 どうか、フェアリーを道具と考えず、その優しさで未来を少しでも良い方向に進めるよう、導いて欲しい。

 

 最後まで、迷惑をかけてごめんなさい。

 

「……勝手なことばかり並べやがって」

 最後まで読み終えた晶斗は、低く毒づく。

 外に出て手紙を床に打ち捨て、外に出る。

 向かった先はおそらく月射の下。千里からの依頼を果たした今、やり残したことをするために。

 

 せめて文句の一つでも吐きかけてやりたいが、追う手立ても行き先も見当がつかない。痕跡さえも残さず、行ってしまった。

 

「……いや、痕跡は過ぎるほどにあるな」

 彼が目線を投げた先、プレートがある。

 本来刻まれたアトリエの名とは別にスペース狭しと埋められた探偵事務所のロゴ。それに爪を立てながら、

 

「どうすんんだよコレ……結局取れねぇだろ……」

 と、嘆くが如く呟く。

 

「だいたい、自分(テメェ)が黙ってた理由が分からないだ? バカが、そんなモン、謎でもなんでもねぇ」

 

 文面ではさも晶斗を分かったかのような調子だったが、それを言うならこちらとてだ。時折影を落としながらも自然に浮かべられた笑顔に、察し得ないはずがないだろう。

 

 たとえ生まれたことが間違いだったとしても。

 今日に至るまでの経緯が罪と背中合わせであったとしても。

 

「……楽しかったんだろう。外の世界が……生きていたかったんじゃないのか」

 拳と額をプレートに押し当てながら、ぎゅっと眉を絞る。

 優しいかどうかは知らず、ただ実の己は無力な半人前だ。

 

「おーい、アキちゃん、今ちょっと良いかー?」

 と、そこに能天気な声がかかった。

 

「……せめて空気ぐらいは読んでもらえませんかね」

 近づいてきた足音は軽量ふたつ。

 顧みるまでもなく、山村操亮、楓父子が何気ない感じで立っていた。

 

「あれ、探偵コゾーは?」

「すんません、今色々余裕ないんで、お引き取り願えます?」

「な、なんだよ。いつになく怖いな? さては探偵となんかあったか? 痴話喧嘩かぁ?」

「違うよ父ちゃん。多分一方的にフラれたんだよ」

 

 察しが良いのか。いや、当たらずとも遠からずであるがゆえに、晶斗のささくれ立った神経を逆撫でにする。

 

「親子ともども前見て歩けねえようにしてやろうか」

「いつも以上に物騒だな!? なんだよ、せっかくメシまだなら誘いに来たのに」

「メシだぁ?」

「そ。さっきそこでローカル飯フェスタやってたの」

「見てコレ、もうすっげー並んでんの。今から行かなきゃ昼に間に合わないって」

 

 口を尖らせる父の横で、楓が自らのスマホを披露する。

 そこには、確かに広場らしいところ、開場前のブースの手前で列を成す人々の姿があった。

 

 馬鹿らしい。そう断じて店に戻ろうとした晶斗の視界の片隅に、引っかかるものがあった。

 かつて自身が修理した端末。それを楓の手からもぎ取り、

「どこだ、コレ?」

 と低く問う。

 

「え? えーっと、駅から少し行ったスーパー銭湯の……」

 当惑する少年たちを尻目に、写真の日時を確かめる。

 さっき、という言葉に嘘はない。十分に『捕捉』が可能な時間と位置だ。

 

 楓にスマホを突き返した晶斗は、アトリエからドライバー二つと、それに付随する一式を手にして戸締りし、

「そんなにハラ減ってたのかなぁ?」

「さぁ」

 というピントの外れた親子の会話を背にそのまま外へと躍り出た。

 

「……まったく、忌々しいことに、因縁はまだ続いてるようだぞ」

 忌々しい、という悪態に比してどこか勢いを得たかのような調子で、晶斗は足を速める。

 

「だらしねぇ、蜘蛛の糸でな」

 山村楓の撮った写真。そしてそこに写っていた街に点在するガラスの反射。

 そこには、律儀に列に並ぶ、霧街八雲の姿がしっかりと映り込んでいた。



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4.鉄と闇の巣穴

「ひー、やっと買えたよ」

 ため息を吐いて、ローカル飯フェス。

 謎にカタコトな店主から、トレーに載ったラーメンを受け取った。

 スープを零さないよう、慎重に仮説のテーブルに移し、八雲は自らも腰を据えた。

 よく分からない都市のB級グルメ。無駄に巨大なナルトにスープの表面が覆われた、そこ以外は至って普通の醤油ラーメンだ。これのどこに惹かれたのかは八雲には理解できないが、皆が並んでいたのでとりあえずこれに決めた。

 

「てかこれ、どっから食うのが正解なんだ……?」

 と模索していると、電話が腰元で鳴った。

 ワンコールではなく、長く続く。これは、表示されたかの人物には珍しい。おそらくは緊急を要する案件なのだろう。

 

「あぁオヤジ? どした?」

 箸を置いて電話に出ると、間髪を入れず父親は本題に入った。

〈照真がジャバウォックと決着をつけるらしい。おそらく、今対峙している頃だろう〉

「それ、ヤッベェじゃん! アイツ今どこだ!?」

〈落ち着け。ドライバーからの位置情報をお前の端末にも送る〉

「さっすがオヤジ、用意周到だな! じゃあコレ食ったらオレも加勢に行くわ!〉

 

 いや、と。

 冷たく落ち着き払った調子で、郁弥は言った。

 

〈奴らはしばらく争わせる。照真には、こちらの準備が整うまで時間稼ぎをしてもらう〉

「……は? 準備って、なんだよ……」

〈お前も話は聞いているだろう。次世代型対フェアリー武装『ベイカーシステム』。あれならば、消耗したジャバウォックを制圧できる。そこロールアップを今急がせているところだ〉

「そういうことじゃねーだろ!?」

 

 成人して、いやもしかしたら生まれて初めて、八雲は父親に反発らしい反発を見せた。

 

「ショーマのヤツ……身も心も相当追い詰められてただろ。このままじゃ死んじまうよ。つか、もし勝ったとしても、ボロボロだ」

〈だからどうした〉

 しかしそんな訴えにはまるで興味を示さないかのように、郁弥は問い返した。

〈我々と手切れを言い出したのはあいつだ。加勢など喜ぶと思っているのか? だったら、あいつを切り捨てて今後のことを考えて行動すべきだ〉

「んなこと言ったって、オヤジだって本当は……っ〉

〈先走るな、余計なことを考えるな、自重しろ。お前に言いたかったのはそれだけだ〉

 

 理路整然と、明瞭に、鋭利な命令を郁弥は下す。そのまま電話を切る。反論を許されなかった八雲は、

「……マジかよ」

 と呆然とするより他なかった。

 

 どうすべきか。父の言いつけ通り、照真を見捨てるのか。それとも言いつけに背いて……

 限られた時間の中、思案に思案を、懊悩に懊悩を重ねていった結果、彼は判断を導き出した。

 

「……とりあえず、食べてから考えよ」

「食ってる場合じゃねぇだろ」

 

 現実逃避まがいの保留をしようとした八雲の隣に、激しく音を立てて掌が叩きつけられる。

 口を半開きにして見上げれば、駆けつけてきたらしいツナギの青年が、浅い呼吸の中に疲弊と焦燥を滲ませて立っている。

 

「和、和灯晶斗……」

「お前なら何か知ってるんじゃねぇかって踏んで来てみりゃ、正解だったな……今の会話からすると、月射たちの行き先に、心当たりがあるんだな?」

「え、いや、それは……」

「答えろバカ息子……あいつらは、今どこだ?」

 

 恫喝まがいの声音でそう問いかける晶斗の隣で、一旦持ち上げかけた箸の先をゆるゆるとスープに沈ませて、大ぶりのナルトをつまむ。

 

 そして次の瞬間、箸に挟み込んだそれを手裏剣がごとくに晶斗へと放った。

 それを難なく口でキャッチした晶斗の脇下を八雲はすり抜け、這って出る。

 そして躓きながら立ち上がるや、逃走を開始したのだった。

 

 ~~~

 

 ナルトを咀嚼し呑み込んだあたりで、逃走劇はいよいよ本格化し始めた。

「待てコラァッ!」

 と怒鳴り散らしながら駆ける晶斗に、息を切りながら大股で前のめりに逃げる八雲。

 そんな青年たちの姿は、事情を知らない傍目の人らから見れば、ヤクザな借金取りとそれから逃げる債務者のようでもあった。

 

 大通り沿いを追って追われてをくり広げていたが、逃走人霧街八雲が、にわかにコーナーを折れた。行先は、裏手である。

 

 少しでも視界に捉えておきたい、そういう目論見の下、晶斗は足を速めた。

 そして八雲の背が、工事現場の中へと消えたのを、なお追走する。

 

「こっちは急いでんだ! テメェと下らねぇ鬼ごっこしてる場合じゃねんだよ」

 その中に怒鳴り込めば、その空間内を彼自身の声が反響する。

 

 見渡せば、そこは組み立てかけのビル。その工事現場。

 鉄の骨組みを剥き出しにし、防音シートで保護され、区切られている場は、たとえ外が日中であってもほの暗い。

 

「――はん、なにが鬼ごっこだ、バァーカ」

 と嘯く声が、ふと頭上から聞こえた。

 

 晶斗が目線を上向きにすれば、光の糸にぶら下がって中空に浮かぶ蜘蛛男(モウラ)の姿が飛び込んでくる。

 マスク越しに、得意げな表情が透けて見えるかのようだ。

 

「こういう場所がオレのテリトリーだ……もうこないだみてーなヘマはしなーい」

 初邂逅の時は晶斗の側が有利な地形に誘い込んだが、反省したのかその意趣返しなのか、仕手側が逆になっている。

 こんな奴に出し抜かれ、バカ呼ばわりされるなど、さすがに侮り、焦り過ぎたかと反省する。

 

「こっちは状況やら事情やらがゴチャゴチャしててイラついてんだ……まずはオメーからブッ潰してスッキリしてやるッ」

 

 そう言い放つやモウラに変じた八雲は、ハードボイルドライバーを片手に用意した晶斗目がけて、身体を反転させつつ飛びかかったのだった。



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5.飛翔する鋼

「しゃあっ」

 蜘蛛が糸を吐くがごとき奇異なる呼気とともに、ワット目掛けてモウラが飛ぶ。

 死角からの不意打ち。索敵能力、こと暗闘におけるそれは、モウラに分があることは明らかだ。今この瞬間も、彼は晶斗の死角を選びて攻めかかる。

 

 だが、とっさにその方角とタイミングに気づいた彼は、我が身を反転させながらソバットを繰り出し、空中でモウラを迎撃し、墜落させる。

 

 汚い悲鳴とともに転がり土埃で我が身を汚した八雲は、

「くっそー! なんで勝てない!? なんでバレる!?」

 などと喚きながら八本の手足をバタつかせる。その様子に、晶斗は敵ながらに呆れた。

 すでに都合十度ほど、似たような応酬が繰り広げられている。

 

「お前、ホントにわかんねぇのか?」

「おぉ、知りたいね!? アレか、ラブアンドピースとか、そういうメンタル的なのか!?」

「じゃ、教えてやるからちょっとこっち来い」

「え、あ、何?」

「それはな?」

「おう、何よ」

「……どんだけ暗い中不意打ち仕掛けて来ようが、テメェ自身が糸で光ってちゃ意味ねぇからだよっ!」

 

 不用意に近づいてきたモウラの真芯を、ワットが繰り出した直蹴りが捉えた。

 グエと短くも苦しげな声をあげてモウラが転がると同時に、手にしたバーリツールにドライバーを叩き込む。

 

〈メタルブランディング〉

 火柱をあげて追撃を仕掛けるワットだったが、

「なるほど……勉強になった、なぁっ!」

 と鉄爪の力で素早く持ち直し、モウラは上層の鉄骨へと飛び上がった。奇襲返しは不発に終わる。

 

「たく、無駄にしぶといな。虫野郎」

 マスクの奥で舌打ちする晶斗の頭上で、罵倒された八雲は鉄骨に手をつき肩を大きく上下させる。

 今ので仕留めきれなかったのは、これの頑丈さを考慮すれば痛恨事だった。

 

「そういう、こと、すんなら、オレにも策がある」

「策だぁ?」

 

 おおよそこの男には似合わないキーワードを反復させる晶斗の前で、曲げた背を伸ばしつつ、間を溜めて、

 

「……やっぱ逃げるっ」

 と、言い放って背を向けてさらに上へと飛んでいく。すかさずドライバーを武器から抜き放ち火の弾を発するも、糸を掴んで縦横に跳ぶモウラをすり抜け、虚しく闇に飲まれていくだけだった。

 

 自分から晶斗打倒を宣っておきながら、あっさり翻意。

 その切り替えの早さには、呆れより先に感心が来る。

 いや、それどころか、今ここで奴を取り逃がすことは晶斗にとって非常に都合が悪い。もし見失えば、レフらにたどり着く手がかりを無くしてしまう。

 状況的にも心理的にも、晶斗は追い詰められていたよ

 

(どうするか)

 近距離主体の重装備のこのヒートスタンスでは到底届かず、目星もまともにつけられない状態でルナスタンスで闇雲で乱撃を仕掛けても、エネルギーと時間の浪費でしかない。

 

 となれば、残されたのはただ一手。

 

「……テメェのご主人様の危機なんだ。手伝ってもらうぞ、羽」

 呟きとともに緑のレンズを取り出す。

 

〈シルフ!〉

 その意気に応じるが如く、ドライバーに換え納められたレンズが光の粒子を放出し、それらが素体となったワットの背に、彼の身の丈を上回る巨大な四枚羽の、蝶にも蛾にも似た、金属の異形となって物質化する。

 

 トリガーを引くと、開かれた羽の表面で風が渦巻く。表層にあるのは蛾のごとき紋様……に非ず。ファンである。

 四羽四基ずつ拵えられたそれが、ワットに向け翠風を送り込む。

 しかしてそれは、晶斗の身柄を吹き飛ばすことなく、その鋼のボディと合一し、要所を白銀と若草の色味であらためて彩る。

 

 頭部の両サイドには竜巻とも丸みを帯びたM字ともとれるアンテナ。

 マスクの切れ込みには萌える翠のバイザー。

 

 仮面ライダーワット サイクロンスタンス。

 脚に溜めた風力でもって、彼は急浮上し、鉄骨を擦り抜けながらシートを頭で突き破る。

 

 〜〜〜

 

 工事現場の外に射出されると、まだ視界にはモウラがいた。どうやら、逃げきれた、相手に追う手立てがないと安堵して、速度を緩めていたらしい。

「なんだって!?」

 背より響いたであろうシートを突き破る異音に気づいて顧み、そして自身と同じ高さに在るワットの姿に、八雲は仰天した。

 

 そして慌てて逃走のスピードを速める。だが、出足が遅さにつけ入り、晶斗はそこからさらに距離を詰めた。

 

 建物群の屋上を跳ね回り駆けずり、遠のいては近づき、並んでは離れるを繰り返す。

 跳躍にあたり慣れない浮遊感が晶斗にとっては心許ない。

 だが、レフの動きを思い返し、回数を重ねることで要領を掴んでいく。

 

 そしてモウラがビルを飛び移らんとしたのに合わせて、ワットも飛んで遮る。

 展開したバーリツールをスティックモードへと変形、分離させる。それを以て、八雲の複腕多脚との抗争を空中で繰り広げる。

 一度目は決着がつかず、互いの位置を入れ違えながら、再度の交錯。

 手数では劣るものの、八雲の虚を必ず捕えるという信念で以て突いた晶斗に、軍配が上がる。

 

「まずい……空中戦はオレが不利ぃ!? ……ぎゃあっ」

 よく分からない理屈を言い出すモウラを、ビルの最上階へ蹴り落とす。

 そして自身は滞空の間に、シルフレンズをドライバーごとバーリツールの片割れにセットする。

 

〈オーバーオール〉

 

 周囲の風が、その二本の棒を中心点として集約する。翠に色づき、荒ぶる。

 ワットは、その風に乗って大きく旋回しながらモウラを急追する。

 戦う姿勢さえ見せず、慌てて背を向ける八雲だったが、判断が遅いし、この時点では誤っている。最初から逃げに徹していれば良かった。下手に交戦すべきではなかった。

 

〈シルフ・メタルツイスター〉

 

 ワットのスティックが唸りをあげてモウラを打つ。背部のユニットを砕き、本体を痛打する。

 如何に郁弥の完成させたシステムが優秀かつ堅固であったとしても、最大出力(マキシマム)の直撃を予期せぬ処に受ければ活動限界が来る。

 

 装甲がナノマシンへと戻りながら八雲の身から剥離する。

 転がる彼自身の身柄を、ワットの鉄腕が確保した。

 襟の口を掴み上げたまま、八雲の頭は半ばビルの外、上昇気流に晒される。

 

「手間かけさせんじゃねぇ」

 変身を解かないままに低く恫喝する晶斗に、

「オマエ、あのガキの正体知ってんだろ!? それなのにまだ顔突っ込もうなんて、どうかしてっぞ!?」

 と八雲は怒鳴り返した

 散々な物言いだが、珍しく正論では在る。逆の立場ならきっと自分だってそう言うという自覚は、晶斗にとてある。

 

「あぁ、まったくだよ。テメェでも反吐が出る。親父同様、イカれちまったみてぇだ」

 それでも、と八雲の上着を絞りつつ、晶斗は言った。

 

「俺が納得するために、自分で選んだ道だ。自分では何も考えず、オヤジの言いなりになってるお前と違ってな」

「……言ってくれるな。つか、オヤジの言うこと、守れたこと一度もねーっての」

 自慢にもならないことをぼやきつつ、

「だから、ま……言いつけ破んのも今更か」

 という独語とともに彼が余分な力を脱いたことが、腕を介して伝わってくる。

 

「アイツらの場所、教えても良い。けど、条件がある」

「そんなことをねだれた立場か」

 

 やたら気取った言い回しをする八雲を、完全にビルの外に宙吊りにする。生殺与奪の権が、文字通り晶斗の手の内にあることを、あらためて教えてやる。

 

「わー、わーっ!? 良いから聞けって!」

 地面より遠のく足を激しく前後させながら、必死に晶斗の腕にしがみつく八雲。しかし、虚飾が剥がれたその双眸は、怯えと、それと同じぐらいの真剣味を宿している。

 そして、縋るように願った。

 

「頼むよ! アイツも……ショーマのことも、救ってやってくれ!」



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6.悪魔、牙を剝いて

 風が、哀しいほどに冷たかった。

 海岸に寄り添う砂浜。発電のための風車が乱立し、若者たちの横合いでくるくると回る。

 

 シーズンオフということで、彼らの周りには誰もいない。都合が良い。あるいは郁弥あたりが気を利かせて人避けをしてくれたのか。

 だがもはや人の有無は関係ない。あるのは相手を打ち負かす。仇を討つ。それのみだ。少なくとも、月射照真にとっては。

 

 対峙。と言ってもジャバウォックは彼に体の横を向けしゃがみ込み、浜辺に打ち捨てられた野球ボールやグラブに触れている。こうしていれば、見た目よりもあどけない子供のように思えてくる。まして破壊の暴竜などとは、露ほどに見えない。

 

「……来た以上は、君との戦いに応じるよ。それで、君の心が少しでも救われるのなら」

 けれども。そう言葉を区切って、ジャバウォックはボールを手にしたまま立ち上がった。そして、手にしたそれを高く投げ放った。

「本当に僕ら、分かり合えないのかな。こうして、キャッチボールをする道も、どこかにあったはずなんだ」

 ゆったりと曲線を描いて自身の手元に落下してきたそれを、照真は難なくキャッチした。

 だが地面へと叩きつけた。

 

「なに寝ぼけたこと言っとんねん。人殺しのバケモンが。んなもん、あるワケないやろうが」

 冷たく吐き捨てる彼に、目を伏せながらジャバウォックは悲しげに笑った。

「そうだね。僕は、おやっさんを殺した。でも、それだけが真実じゃない。それを聞いてくれる気は……なさそうだね」

 

 鬼気を帯びた照真の表情を伺いながら、ジャバウォックは早い理解を示す。

 そう、質問も、答えもいらなかった。

 ただこの怪物を屠る。そのための一年だった。

 

「でもせめて、そのドライバーは捨ててくれ」

 だがジャバウォックは、さらに呆けたことを()かす。

 

「さっきからずっと聞こえてきている、レイスの悲鳴。多分、そいつはフェアリーから限界まで力を捻出するよう設計されている。そして何より、君自身が、本来レイスレンズに対して適合しないはずだ。これ以上変身を続ければ、君自身どうなるか……! 僕のことはいい! でも、君がそうなることを、おやっさんはきっと望ま……」

「黙れやボケがァ!!」

 

 囀る精霊を、照真は一喝し返した。

 すでに手には、奴が恐れるベルトとそれに収まって紫根のレンズが握られている。

 

「お前がおやっさんとか言うなや……! あの人がどう思おうだとか、お前の言ってることが正しかろうが思惑があろうが、そして俺がどうなろうとか、んなモンどーでも良えんじゃ!」

 

〈フォトンファウンドライバー〉

 腹の前に据えたベルトから、起動、固定と共に音声が鳴り響く。

 

「お前が! 俺らから未来を奪ったっ! こっから先の人生に意味なんぞ無い!! 復讐、断罪! お前を葬ることが、俺に残されたたった一つの真実や!」

 

 変身の掛け声さえなく、雄叫びと共に、髑髏の復讐鬼へと成り果てる。

 その姿を前に、レフは静かに目を伏せた。

 

「だったら、僕もまだ君に倒される訳にはいかない。なんとしてでも、君からそいつを引きはがす」

 と、静かに決意を表して。

 

 右手を胴前の虚空にかざすと、その掌の下で空間が歪む。

 さながら真珠のような色味と質感を帯びて、固定器具が出現する。

 そこに収められたのは、蒼銀色の恐竜のごとき横顔がデザインされたフレームと、胎児のごとく背を丸めた、『F』の字になるよう爪を空間に立てた、飛竜の影。

 

 おそらくは、それこそがジャバウォックの核たるレンズ。

 それに手を這わせ、スライドさせつつ左手は印を結ぶように指を立てて顔の前を横切らせる。

 

 何かが駆動するかのような音とともに、少年の顔には涙のようなラインが浮かび、レンズから放たれた青白い光が総身を包む。

 

 それが晴れた時に現れたのは、白き龍人。

 顔面の左には他のフェアリー同様、モノクル。右に歯京劇で用いるがごとき意匠の、だがそれとは異なり鮮やかな彩色はなく、白と黒の濃淡でのみ個性を主張する竜の仮面と紅玉の眼。

 紫色のマフラーの下のすらりとしたボディの左右には鱗がごとき鉄片が生え揃う。

 額の辺りから雌雄同体のクワガタムシのように、長短一対の角が伸びて、天を衝く。

 

 シャルロックでもない。あの夜や、先の戦いで見た飛竜の姿でもない。

 おそらくは、長時間外界でも活動が可能な、自らを人体と完全に融合させた形態。

 強いて言うなら、ジャバウォックフェアリー怪人態とでも呼べる姿か。

 

「シャルロックの姿じゃなく、悪魔のナリで挑んでくる潔さは評価したるわ――遠慮なく、潰せる」

 マスクの奥底で低く昏く嗤い、照真は必殺を期した構えをとった。



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7.怪物対怪物

 繰り出す技は人の術理から派生したもの。

 その力の由来は人の技術。

 しかして繰り広げる戦いは、その荒々しく禍々しい姿は、人ならざる者でしかなかった。

 

 相手とのリーチには届かず、自身の間合いからは離れないよう努める。

 レフが腕を振ればその軌道は並列した三筋の斬光となって、風を裂き、雷のような轟音と共にフォードへとぶち当たった。

 だが、髑髏の鬼は一歩だに退かない。笠懸けにその爪撃を浴びようとも、そしてそのスーツから破砕的な音と火花が発せられても、なお踏み込み、そして拳の一撃をレフの肩口に喰らわせる。

 

「ぐっ!」

 殴られてなお、意識はハッキリとしている。だが、ひとりでに身体はグラつき、膝を崩しかける。やはり、PFD由来の特性、フェアリーを肉体と分離させる力は、一発でも喰らうのは危険すぎる。

 

 懸命に己を繋ぎ止めよ、と叱咤し、顔面に向けて突き出された二の矢の膝蹴りを躱す。

 だが彼の執念を想わせる追い縋るような怒涛の攻めは、体勢を立て直すことも間を再び開けることも許さない。

 

(やむを得ない)

 直撃を覚悟と承知の上で、交差させた腕で振り下ろされた拳を支えるように防ぐ。

 膝から力が抜けるに先んじて、前屈みとなって、半ば転倒の形で照真の横をすり抜け、白い斬光を奔らせる。

 明確な、手ごたえはあった。確実なダメージは入ったはずだろう。

 しかしそれも照真を怯ませることさえ能わず、反撃の(スペック)任せのボディーブローが、ジャバウォックフェアリーを身体を浮き上がらせ、そして浜地を削り、砂埃を巻き上げながら彼方へと飛ばされる。

 

 漏電が如く、レフの総身から肉体の維持に不可欠なエネルギーが零れ落ちる。

 

「せめて周りにメカなんぞあれば、もう少しマシに動けたんやろうがな」

 という照真の指摘は正しい。もし機械類が自分たちの周囲にあれば、それを自動操作して妨害や足止めぐらいはできただろう。そんなことは、レフも承知の上だ。そのうえで、何もない開けた砂浜に、彼を呼んだ。

 

「……そんな場所で戦えば、人々の暮らしの迷惑になる」

 レフは軽く喘ぎながら、低く返した。

 あるいは、被害を顧みることなくフルパワーを発揮すれば、彼を止められるかもしれない。

 だが、孤島でのあんな事故は、もう御免だ。この破壊の能力で、誰の命も奪いたくはない。

 

「それに、君とは怪物の力で対するんじゃなく、人の心で向き合いたい。それが僕の本心さ」

「――この期に及んで! まだそないな下らんコトほざくんかァ!」

 

 喝破と共に、一瞬で我から身を詰めたフォードは、戦闘スタイルも何もあったものではない、滅多打ちを叩き込んでいく。

 

 それを凌ぎながら、奥歯を噛みしめる。

 間違いなく、身体に痛みは蓄積しているはずだ。ドライバーの酷使も含めて、いつ壊れてもおかしくない。にも関わらず、痛覚を遮断したかのような猛攻だった。

 しかし自身で宣言したように、我が身が破滅しようと構わないという姿勢そのものだ。明日のことなど考えていない。

 

 これでは、どちらが怪物か分からない。

 いや、それはレフとて同じだった。

 

 結局この命も身体も借りもので、信義も夢も故人から引き継いだ遺産でしかない。

 よしんばこの戦いを切り抜けたとして、果たして自分に何が残っているのか。

 

(それでも)

 彼の命を救いたい。

 他ならぬ、和灯千里が生きて欲しいと、そして幸福な未来を願ったのは、きっと照真なのだから。

 

 正攻法で止めることが出来ないというのなら、否が応にも体勢を崩さざるを得なくするのみ。

 再び開けた間。その空間を、レフが飛ばした爪撃が飛ぶ。孤を描いて浮上したそれは、照真の頭上にて雨のように彼へと降り迫る。

 

 その防備のために、フォードは足を止めた。そして注がれ幾筋もの斬撃を腕の力のみで弾いていく。

 だが、意識が上へと傾くことこそが、レフの狙いだった。

 水面蹴りの要領で踵を旋回させると、そこから伸び上がった青い閃光が、注意がわずかにおろそかになった足下を刈り取る。

 わずかに浮遊した後、背を地につける照真に、今度はレフが一気に間を詰める番だった。

 飛びつき、組みつき押し倒し、馬乗りになってベルトのバックルに手をかける。

 

 狙いはハッキング。ドライバーを強制的にシャットダウンさせるより他、止める術はない。

 だが、その手首を照真の片手が、渾身の力と執念の意志力で捻り上げる。

 

 そして、自らがドライバーのサイド部をスライドさせて、いつの間には手の内に握り込んでいたメモリを装填した。

 

〈アタックドライブ・デシストタイタン!〉

 

 面を鬼のそれに換えた彼の腕力のみならず、突如として転送されてきたバーリツールが巨剣のごとき形状を象りながら、下からレフの肉体を押し返していく。

 そしてその刀身は怨讐の紫炎を宿し、時を刻むごとにその勢いは強まっていく。

 それが最高潮に至った瞬間、彼らの胸の間で爆発が起こった。

 その余波は隣に打ちつける海水さえも干し、砂を焼き焦がす。

 

 さしものジャバウォックもその至近からの暴風を浴びては、敵ドライバーの特性など関係なく、怪物の態を剥がされて伏すより他ない。そしてそれを繰り出したフォードさえも例外であろうはずもなく、彼もまた彼方へと跳ね転がっていった。

 

 だが、性能の差か。それとも必死の覚悟の差か。

 彼の変身はまだ解けてはいない。よろめきながら、起き上がるのも彼の方が早かった。

 

「くだばれや、悪魔」

 腹の底から絞り出されるかのように、紡がれるのは呪詛そのもの。

〈レイス・ブレイキングメモリ〉

 必殺のボタンに触れる指先には、殺意が満ち溢れている。

 

(それほどまでに)

 滅ぼしたいのか、この自分(ジャバウォック)を。

 我が身を滅ぼして魂を削ってまで、照真や郁弥にとって、否定されるべき『悪』なのか、己は。

 

 まさに今、彼との間に生じた骸骨の幻影が、彼の冷たい拒絶そのものだ。

 

 そして、最後の時が訪れようとする。

 死神の門をくぐり、跳び蹴りを繰り出したフォードによって。

 

 ――それで良いかもしれない。自分が消えることで、照真がドライバーを捨ててくれるのなら。

 それで彼の苦しみが終わるのなら。

 これ以上、何を望むことがあるだろうか。

 これ以上――

 

 一抹の雑念を残しつつも、諦観とともに目を閉じたレフ。

 その瘦躯を、風が浚った。

 

 段差を飛び越え宙を舞う二輪がうねる。間一髪で、フォードのライダーキックを通り抜けた。

 その車体の脇に、レフは抱えられていた。

 

 驚きつつも目線を上げれば、見慣れた青年。

 頭から被ったメットの下で、峻厳ながらもそれゆえに強固な美しさがある双眸が閃いた。

 

 戦いの中、今まで冷たく自身を拒み、苛んできたはずの風が。

 今はこんなにも力強く、守るが如くに纏わっている。

 

 粉塵を巻き上げ着陸すると同時に彼、和灯晶斗は、救い上げたレフのその身を砂浜に落としたのだった。



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8.牙、夢を超えて

 自身の、いやかつては父和灯千里の愛機、マシンドロンパーより下りた晶斗は、そのままメットを脱いで砂地へと放った。

 

「和灯さん……どうして」

 真実を打ち明けた今、彼が父の実質的な仇を救う理由などあろうはずもない。

 こんな、怪物など。

 

 起き上がって当惑するレフを、晶斗はおもむろに上着から抜き取った紙束を丸めてひっぱたいた。

「あたぁっ!?」

 紙とは思えない、帽子の上からでも脳天に届くほどの、打撃。快音を響かせた頭を押さえて、レフが悶えるにも関わらず、晶斗はそれを広げて

「なーにが、『勘弁してほしい』だ。自分だけ気持ちよくなって降りようとしやがって。現ナマでしか支払いは受け付けないって、俺言ったよなぁ?」

 と毒づきながら顔面を塞いできた。

 

「い、いやだって……僕は怪物で、お父さんの仇で」

「良いから、それ見ろ」

 へ、と塞がれた肉体の咽頭から、間抜けな調子の空気が漏れた。

 アゴをしゃくって見せる晶斗に言外に促されるまま、シワだらけになったその文面を広げて見るも、なんてことはない。最初に会った時にレフ自身が書いた注文書、そして作ってくれた名刺である。

 

「何が書いてある」

「え、名前……双見、怜風」

「他には」

「住所のとこに、君のアトリエ」

「他は?」

「……探偵。双見探偵事務所」

「そうだ」

 仏頂面で、晶斗は頷いた。

 

「捨てる道はいくらでもあった。いつでも投げ出せた。それでもお前は選んだ。お前が受け入れ、お前が名乗り、お前が刻んだ……それが全てなんじゃねぇのか」

 固まるジャバウォックの前でそう言い切り、晶斗は顔を、身を、人の形をした若者へ寄せた。

 

「お前は、双見怜風。俺の依頼人で、探偵で、仮面ライダーだろ」

 

 そう言って彼は最初こそ硬くぎこちなく、やがては自然に、目を細めて口を綻ばせた……笑った。

 

「何者でも無かった時のお前がこれまで何をしてきただとか関係ない。最後まで貫けよ、レフ。お前が選んだ、その在り方を」

 

 初めて名を呼んでくれた。初めて笑いかけてくれた。

 それを揶揄う言葉など、あろうはずもない。

「……参ったな……」

 作り物の胸が、締め付けられる。被造物の喉が震え、不要な機能であるはずの涙が、なけなしの人間性を表すかのように流れた。

「せっかく綺麗に終われると思ったのに、消えるつもりでここに来たのに……先なんてないって思ったのに……そんなこと言われたんじゃ、レフとして、生きていたくなるじゃないか……っ」

 

 ――それでも、苦悩の果て、一度の決意と諦めを翻してまで得た、生きようとする意志は、きっと本物だった。

 

「……なに、勝手吐かしとんのや」

 渾身の一撃から逃れられ、体勢を立て直していた照真が、彼らとは背中合わせに起き上がった。

「そいつはおやっさんの仇、怪物や。生きている価値のない悪魔やろうがッ!」

 そう罵る彼の声は、逃れても目を外してもなおつきまとう呪、そのものだ。

 

「勝手言ってんのはテメェだろうが。んなこと決める権利なんざ、コイツ以外の誰にもありゃしねぇ」

 晶斗は彼を髑髏の鬼を顧みながら冷ややかに返した。

 

「ハッ、いきがんなや! お前らが、フォードに勝てる道理が無いやろが!」

 感情に任せて強い言葉を使う。だが、指摘自体はもっともだ。

「たしかに」

 と、それは晶斗も認めるところだ。

「コイツがシャルロックやフェアリーになったところで、お前に剥がされる。俺がワットを使っても、バーリツールが流用される」

 いずれにせよ、ハンデを負った状態で高スペックのフォードと争うことになる。

 

「だったら、手立ては一つしかねぇだろ」

 そう言って横から差し出された手に、レフは意図を察する。

「こいつは、()()()()代物だろうが」

 と逆の手でドイルドライバーを手にした晶斗に、小さく感嘆が漏れた。

 

 そう、それこそが和灯千里がシャルロックに求めた形、見果てぬ夢。自身がその息子に、求めていたこと。

 

「歪みに歪んだテメェのレンズ、叩き直してやる。俺が……いや、俺たちがな」

 

 ――否、彼はそれをも超える。

 どんな形であれ、この時ばかりは自分もまた、

(そうだ、僕たちは)

 潤む目元を強く拭い、レフは自らの固定器具より、自身の核たるそれを外す。

 未だ手に在る内はその肉体を動かすことができるが、それを晶斗の掌上に落とした瞬間、レフの肉体は空となり、砂浜に倒れ伏す。

 

「君に託す。君に委ねる。どうか上手く、乗りこなしてくれ、相棒」

 と、その間際に唇を動かして。

 

 晶斗はドイルドライバーを、自身の腰に展開させた。

〈ジャバウォック!〉

 レフ自身たるそれをスタンバイサイドへ装填する。

 エネルギー体と化したレフは、竜の姿となって白き翼を打ち、晶斗の近くを巡る。その周回の中心で、晶斗は右手に左の手首を握らせて、その左手の五指を曲げる。空気に爪を突き立てるように。あるいは見えざる誰かの手を掴むように。

 そして意識を集中し、同調させ、高めさせ、ベルトのレンズをアクティブサイドへスライドさせる。

 

 

 変身――!

 その一言に、彼らの声と想いが重なる。

 

 

〈Joker invited you "Shall we open the lock over the fang?"〉

 晶斗の肉体を、タイヤを想わせる黒いスーツの素体が覆い、その頭の上から被さるように、レフはそれと一体化する。左右に分かれ、シャルロックをベースとするパーツの数々となって身体の節々に散る。

 左目のモノクルはアメジストの紫光を放ち、モノクロームのシャープな衣が彼を包む。神獣の鬣、あるいは武芸者の蓬髪がごとき白き牙の大小パーツが、マスクの周囲を囲う。

 通常のフォームでは隠れ気味の右目が晒されて、赤き瞳を尖らせる。

 

〈Kamen Rider Shalllock Fang logic〉

 ぐいと押し拭うかのように、下顎を手の甲で擦り、その手を質すべき相手へと突きつける。

 

 仮面ライダーシャルロック ファングロジック

 

 どんな形であれ、どんな姿であれ。今この時は。

 ――ふたりでひとりの、仮面ライダーだ。



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9.最後の罪

 研ぎ澄まされた爪と、怨念の籠った拳とが衝突する。

 鋭さと重さが衝突する。

 弾かれた互いの肉体が、その力の拮抗を証明しているようだった。

 

 だが、そんなことで止まれない。退けない。終われない。そんな段階に、至っている。

 一方が一方を屈服させるまで。その主張を沈黙させるまで。

 闘争の本質に、立ち返る。

 

 打つ。打つ。打つ。打つ。

 隙あらば殴り、そうでなければこじ開ける。

 防御をおそろかにした前のめりの格闘の中で、比喩ではなく互いに火花を散らす。

 

 数十度に渡る衝突の後、寸分の速度の差でフォードがアッパー気味の右拳でもってシャルロックのガードを打ち崩す。

 空いたボディーに、真っ直ぐな、だが私怨であり紫炎たる直拳が飛んだ。

 喰らえば、間違いなく胴を抜かれる。

 

 だがその間際、シャルロックの右手が、人の反射神経ではあり得ない速度で引き返し、肉体に至る前にその拳を包み込んだ。

 まるで、いやそこには、和灯晶斗以外の意思が並列して存在し、判断しているかのように。

 

『悪いけど、これ以上はやらせない』

 シャルロックのモノクルが紫の明滅を繰り返しながら、晶斗ならざる高い声が響く。

 

 そしてそのまま引き崩すと、鋭い蹴りを逆に照真へと放つ。

「クソがッ!」

 口汚く罵りつつ、その手は冷徹である。

〈デシストミズチ〉

 メモリを換える。青い骸面に換わる。その両手に、長棒と化したバーリツールが転送される。

 その先端で魔蛇の骨が、伸び上がって晶斗の腕を絡め取った。

 これで障となる腕を封じた。あとは存分に嬲るだけ。

 

 そう考えただろう。だが、それを如何に破るかは、彼らの内にて同期した情報が教えてくれる。

〈シルフ!〉

 すなわち、ドライバーのスタンバイサイドへ、翠風のレンズを。

〈Cyclone Fang!〉

 という既存のシャルロックの形態ではまず認められない、未知なる音声が轟く。

 

 モノクロームの腕に、突如として翠の気配が生じる。内より膨れ上がった鋭利な物質に、蛇骨は斬り裂かれた。

 シャルロックの、きつく拘束されていた手首の辺りに、猛禽類の如き猛々しい爪……否、暴龍の牙が翠緑の光沢と共に生えて来ていた。

 

 シャルロックは浜を蹴る。

 まるで追い風でも得たかのような速攻。その牙が、再生して食ってかかるより先に、蛇の胴部輪切りにして、その主たるフォードへと迫った。

 

 そして、その刃を彼のフォトンファウンドライバーへと突き立てるか、に見えたが、フォードはその狙いを読んで鉄棒をもって防ぐ。その長得物でもって、渾身の力を発揮してシャルロックを持ち上げ、遠くへと投げ飛ばした。

 

〈デシストペガサス〉

 

 そして即座に射撃体勢を整えると、自身も翠の力を故人の遺物より収奪し、ボウガンへと打ち直したバーリツールより実中の一矢を放つ。

 

〈ライカン!〉

〈Luna Fang!〉

 

 レンズと、それに合わせた音声と共に、翠の牙は金色へ。抜き取ったそれを、水平にして投げる。

 ブーメランよろしく旋回する。あるいは不規則に宙を踊り、空間を跳躍する。光矢と月牙が互いに互いを迎撃する。あるいは激しい空中戦を展開した後、互いをやり過ごし、射手たるライダー二体の胸部へと叩き込まれる。

 

 戦いの歴史それ自体がそうであったように、一度徒手へと立ち返った状態から、武具の時代(ステージ)へ、そして射撃の時代へと推移していく。

 だがそこから先は、どこに行き着くのか。さらなる遠距離戦か。否、至近距離戦へと立ち返る。

 

〈デシストタイタン〉

 フォードはボウガンの形を捨てた、

 小細工も、防御も、命も捨てて巨剣を掴む。

 もはや完全に防御を諦めた不退転の覚悟と姿勢のまま、心の鬼を我が面にしてゆっくり一歩一歩を踏み締めて歩んでくる。

 

〈サラマンダー!〉

〈Heat Fang!〉

 足止めの無為を悟った晶斗らは、牙を自らの手の甲へと引き戻す。

 赤光とともに、その刃はより鋭く、中東の曲刀のような風味を帯びる。

 

 その刃で、接近して来た鬼を殴りつける。

 鎧を通さずとも、帯びた火気は強く叩き込まれるたびに爆炎を起こす。

 だが、揺らぎはするも怯みはしない。それを受けても膝を折らず、自らに押し当てるように、フォードはその火熱の牙を抱き込んで動きを封じる。

 そのうえで、自らもシャルロックの肩口に剣刃を叩き込んだ。

 

 狙いは、推し量らずとも明白だ。紫光を強めていく刀身を見れば。

 再度の、己を巻き添えにしてのエネルギーの暴発。

 だが、加熱の速度は、こちらが上だ。

 

 晶斗はサラマンダーの火力に自らの意気をくべる。前方の照真へと集中させるよう操る。

 焔は猛り、周囲の酸素を吸い上げた後、爆風となって叩き込まれた。

 

「が……ァ!」

 怪物じみた断末魔とともにフォードは彼方へと飛ばされ、風車へと激突した。

 

「まだや……まだやッッ! お前に、お前らに罪を償わせんことには、俺は……俺はぁぁぁぁァァァァ!」

 照真の叫びが、人のものでは無くなる。

 そのレンズより放出された粒子は、仰け反る彼の総身を包み、二倍、三倍と肥大化させていく。

 打ち付けられた風車を取り込んで天高くまで成長したフォードは、システムやパワードスーツの枠組を超えて、巨大な髑髏の怪物と化した。

 

 帽子や外套はそのままに、さながら十字架のように風車を背負い、髑髏の面には正中線には大きく亀裂が入り、禍々しい悪魔の、激しき憤怒の情が露となる。

 

 ――仮面ライダーフォード・激情態といったところか。

 

『レイスレンズが暴走した。このままでは、周囲を巻き込んで爆発する!』

 モノクルを光らせながら、レフの側が危惧を鳴らす。

「で、どうすりゃ良い?」

『僕が内部に入り込んで、ドライバーをショートさせる……けど、当然僕らも危ない』

 

 内に響くレフの憂えを真摯に捉えつつも、腰に手を当てた晶斗は重たい口調で、

「……実は、ここに来るまでの間に厄介な依頼(シゴト)請け負っちまってな」

 とおもむろに言った。

 

「あのバカ、救ってくれだとよ」

 

 ……その依頼が誰からのものなのかは、問うまい。限られた可能性の中から、おおよその見当がつく。

 そしてつまりは、逃げ出したり、諦める選択肢など、端からない。

 

『うん、分かった。それじゃあ助けよう、彼を!』

 レフは、心の中でつよく首肯する。

 左手をかざしたシャルロックの背に、マシンドロンパーが自走してくる。

 

 それにまたがり、ドン・キホーテよろしく風車の魔王へと挑みかかった。

 強化ゴムのタイヤが砂塵を巻き上げる。轍を残す。

 樹木の根の如く、その砂地から骨の突起がうねり突き出て、シャルロックを二輪車ごと串刺しにせんと囲む。

 蛇行しながら避け、いなし、やがてその懐中へと至る。

 自分たちを叩き潰すべく振り下ろされた腕を逆に伝い、その肩口にまで駈け上る。

 

 車体を立てて飛翔する。

 タイヤの回転を利用し、さらに上へ。

 そして巨魁と化したフォードの頭上に達した時、ベルトのレンズをジャバウォック一つに。そのうえでそのレンズをスタンバイサイドへ。

 

〈Jabberwock!〉

 シャルロックの右脚が鋭く伸びる。だがその変化は武器とするためではない。射出装置である。

 

〈Strizer Q.E.D!〉

 獲物に喰らいつく恐竜の咢のごとく、間隔を狭めた両脚に集約した白き輝きが、やがて丸まる飛龍を象る。そこに、レフ自身の意思を乗せる。

 

 そして右脚左脚を軸として大きく旋回させ、遠心力を用いてそれを飛ばす。

 青白い直線を空に刻む。風を裂く。前方を妨げる骸骨の腕を打ち砕き、人体においては心の臓に位置する箇所を食い破る。

 そしてその内に在って、苦悶に荒ぶる青年へと手を伸ばす。

 怪物ではなく、人として。仮面ライダーとして。

 触れたドライバーにエネルギーを通すと同時に、彼自身の身柄を奪い去って背へと突き抜ける。

 

 核たる月射照真を失った、骸骨の怪物は内包するエネルギーの統制を失い、項垂れた。

 程なくして、着地した晶斗とレフの裏で自爆し、自壊し、四散する。後には何も残らない。

 

 地に投げ出された照真から、ドライバーが転げ落ちる。

 強引に変身を打ち切られたPFDは、それまでの酷使も重なって、レンズをパージした後で、焼き切れて黒煙を吹いた。晶斗の見立てでは、もはや修復は不可能だろう。

 

「おや、っさ……」

 もはや、手にしたところでどうにもならないというのに、震える腕を照真は懸命に伸ばす。

 だが結局は届かず、気力を失って浜に突っ伏した。

 

 そしてレイスレンズそれ自体も、限界を迎えた。

 亀裂の中より、紫紺の粒子が漏れ出、それによって内側から砕け散る。

 

「あっ……」

 晶斗と再融合したレフは、それを回収すべくエンプティレンズを取り出して掲げんとするも、その手を晶斗の意志が、もう一方の手に乗って制した。

 

「送ってやれ……親父のもとに」

 レフは静かにその意を汲んだ。立ち上っていく光の粒を仰いだ。

 

 それはまるで、火葬の後に立ち上る煙のようでもあった。



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10.まるで人間

 シャルロックの手が、レンズを引き抜く。

 変身は解け、装甲は風に消え、レンズは手の内より、本来ありべき場所へと転送される。

 そしてその瞬間、支えを失ったように晶斗はその場にへたり込んだ。

 

「和灯さん!?」

 自身の身体に戻ったレフは、急いで起き上がって晶斗を助け起こした。

 彼は相棒を軽く睨み上げながら、

「たく、トバし過ぎだ」

 と苦言を呈する。

 

 思い返せば未知のシステム、レンズを運用しながら照真の憎悪と猛攻を受け続けたのだ。

 この憔悴ぶりにも、納得しかない。

 

「和灯さんもね……無茶し過ぎ」

 そう言って手を差し伸べると、晶斗は抵抗なく掴み返す。

 やや硬い、だが心地よい力強さと圧迫感だった。お前は間違いなく生きていると、伝えてくれるように。

 

「俺のことより、そっちの方を気にかけろって」

 そう言って晶斗が促した先、倒れ伏したままの月射照真がいる。

 背は上下しているから、まだ息はありそうだが、これ以上何かをするつもりもない。誤解も、今更解いても詮無いことなのだろう。

 

 決して目覚めていたら望むまいが、彼を介助すべく二人が歩み寄ったその時、スーツとロングコートをまとったその男が、横合いから彼らの進路を阻んだ。

 レフと晶斗、どちらにとっても今や因縁浅からぬ人物だった。

 

「霧街、郁弥」

 低い声で、晶斗は呼び捨てた。

 レフも含め、自然その表情は険しい。

 彼が和灯千里の仇である以上に、すでに晶斗、レフともに満身創痍。この状態で、彼の変身するモーリアに対抗出来るだろうか。いや、ベストコンディションの状態でさえも怪しい。

 

 だが何を咎める様子もなく、彼は砂にまみれた照真を、自らが汚れるのも厭わず助け起こした。

 そして、レフに一瞥を呉れて、

 

「……お前が、悪いわけではない」

 そう、思いがけず言った。

 

「全ての責任は、我々にある。身勝手な大人たちの欲望やエゴが、お前を悪魔として生まれさせた」

 だが、と砂を踏み締めて、郁弥はまっすぐにレフへと向き直った。

 

「お前は死なねばならない。決してこの世に存在してはならないんだ」

 そう、強い拒絶の言葉を投げた。

「とは言え、今回の件も含め、お前には負い目はある。それに、お前やフェアリーを根絶させられるほど、我々の体勢は未だ盤石ではない」

 喪神したままの照真を抱え上げ、物憂げに睫毛を伏せた。

 

「今日のところは見逃す。だが頼むジャバウォック……自らを処してくれ。それがお前自身や世界のためだ」

 

 そう言って深く頭を下げる郁弥に、目を据わらせて晶斗がにじり寄った。

 真正面から殴りつけるだけの権利が、彼にはあるはずだった。

 

「勝手なこと並べ立てやがって……て、んなモン百も承知ってワケか」

 頭を下げ続ける郁弥もまた、おそらくその覚悟がある。

 あるいは、殺されることさえも。

 

「……頭を、上げてください」

 レフは晶斗をそっと押しやって、郁弥に言った。

「僕に、その頼みを聞く気はないのだから」

 

「確かに、僕も初めはそのつもりでいた。罪深いこの身が消えることで、少しでも世の中が良くなるなら、って」

 ゆるゆると頭をもたげる彼に、でも、と言い添える。

 

「その考えの裏で、見ないフリして、押し殺してきたことがあった。そして和灯さんに命を拾われた以上、彼に生きていることを許されて、自分の感情に気がついた以上、もうそこから目を背けたくない」

 郁弥の表情に、落胆も失望もない。あるいは、すでに予期はしていたのかもしれなかった。

 

「霧街郁弥、貴方は、おやっさんを撃った」

「……」

「それは確かに、正しい判断だったのかもしれない。貴方の立場なら、そうするしかなかった。それでも貴方は、正しさを理由に自分の罪を顧みなかった。その真実を誰よりも知りたかったはずの人に、伝えることをしなかった。その結果、彼を苦しませた」

 

 目を伏せたままの照真に、憐れみの目線を投げかける。

 そして、郁弥と対峙し、そして正視した。

 

「僕には、それが許せない」

「……」

「だから僕は貴方と戦う。他のフェアリーも滅ぼさせはしない。いずれ、僕がその罪を、白日の下に引きずり出す」

 

 静けさを取り戻した一帯。波の音が蘇ると同時に、彼らの間に、何者にも侵しがたい冷たい隔絶を作っているかのようだった。

 そんな中で、レフは静かに郁弥への打倒を誓った。

 

「傲慢な物言いだな」

 冷ややかにそう吐き捨てると、男は踵を返した。

 

「まるで、人間のようだ」

 

 と横顔を傾け言い残し、彼は去っていく。

 遠からず、本気で争うであろう大敵の背を、二人は見えなくなるまで睨み続けるのだった。



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エピローグ
月下の引き鉄


「居たか!?」

「ダメだ、どこにも……あんな状態で、動くなんて、無茶を!」

 

 そう声を掛け合う医者たちを尻目に、月射照真は病院を抜け出した。

 入院着のまま、手を支えに壁を這い、裸足の状態で足の裏が傷つくのも厭わず、息を切って路地の裏を潜る。

 

「いなくなったって聞いて、捜してみたらコレだよ」

 ふと数歩先より呆れたような声が上がる。

 夜の燦都の煌めきを逆光に、二人分の影が浮かび上がる。

「あーあ、そんなにイヤかね。オヤジの世話ンなるの。一度出てった手前、会わす顔ないってか?」

 

 咄嗟に身構える照真はしかし、足腰を大きく揺らがせた。実のところ、立って歩いていることさえやっとだった。

 だが、その半身がドブに浸かるより前に、差し込まれた腕が彼の身を支える。目線を上げれば、霧街八雲が、馬鹿みたいに邪気のない笑顔を向けてきていた。

 

「お前……ら」

 照真は、八雲からその背後の青年に目を移し、複数形で呼んだ。

 和灯晶斗。だがそこには、討つべきジャバウォックの姿はない。

 ……もっとも、再び相対したとして、戦うべき術などとうに無いのだが。

 

「何の用や、クソ息子。親父(おやっ)さんの顔に泥塗りおって、この恥晒しが」

「そりゃテメェだろ。まぁもっとも、あんなヤローに汚すだけの名誉なんぞありゃしないがな」

 前のめりに食ってかかる照真を、まぁまぁまぁと八雲が宥め留める。そしてそんな彼の力さえ押し返せないほどに、照真は弱りきっていた。

 

「別にケンカしに来たわけじゃねぇ。ただのアフターサービスだ」

「……あ?」

 到底そうとは見えない物腰の晶斗に対し、顔をさらに渋いものとする。

 彼はおもむろに右手を振り上げた。その手の内から外れて飛んだものを、照真は本能的に掴み取った。

 それは、純正化されたフェアリーレンズだった。

 柔らかい、金色の光を夜の中に湛えた、人狼(ライカン)のレンズ。

 

「……なんのマネや」

「レイスの代わり、でもないがな。そいつには精神を鎮める効果がある。せいぜい手元に置いて頭冷やせ」

「ナメ、とんのか……ッ」

 

 食って掛からんとする照真だったが、それ以上身体が前に進むことはなかった。

 肉体が本調子とは程遠い状態であるからだ。この男の言うような効果を受けているなどでは、断じてない。

 

「――そのフェアリーを使っていた人は、お前と同じように復讐の道に奔った」

 晶斗が、調子を落として言った。

 

「もちろん当時のそいつが悪さを働いていたってのもあるんだろうが、俺にとって大切だったはずのその人が、心に獣を飼っていたことに何一つとして気づいてやれなかった……今でも、その後悔がずっと胸ん中に残ってる」

 だから、と一転して真摯な眼差しを傾けて、続ける。

 

「俺はそいつを正しい形に使えるようにした。それでどっかのバカが、正気に立ち返ってくれるならそれに越したことはない」

 

 そして、わざとらしい咳払いの後、ややトーンを少年っぽく高めた。

 

「『君がそれを持って再び戦いの場に戻るというのなら止めはしない。君が納得できるまで、僕らは何度だって相手になる。ただ――月明かりを頼りに、正しい方向に引き鉄(トリガー)を弾いてくれることを願っている』」

 

 自分でも取り澄ました物言いをしている……否、言わされているという自覚はあるのか。

 歯に物でも詰まったように口をもごつかせた後、あらためて咳払いをして声を本来の低さに戻した。

 

「以上が、あいつからの言伝だ。俺はお前の相手なんざ二度と御免だがな」

 そんな捨て台詞を吐きかけた後、晶斗はそのまま立ち去っていった。

 

「待、て……っ!」

 慌てて追わんとするも、躓いてまた、八雲に支えられる。

 その無様さに、臍を噛みつつ無理やりにでも引き剥がそうとする。

 

「離せや!」

「とりあえず、もう良いだろ。オヤジには黙っといてやるから、オレん部屋(トコ)来いって。そんなカッコじゃ、どこにも行けねーだろ?」

 

 そう駄々っ子をあやすような説得をされている間に、すでに晶斗の姿はなくなっている。

 奥歯を軋らせつつも、レンズを手放すことも出来ない。

 忌々しいが、これのみがあの連中と繋がる唯一の(よすが)であり、報復のための手段だ。

 

 とりあえずは、この身を癒すべき。そんな退き際程度は、狼どころか野良犬でも弁えている。

 八雲に肩を貸し、引きずられる形で、照真は人の営みの中へと戻っていく。

 その前途を、頭上から注ぐ月の光がほのかに照らしているようだった。



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最終回

 後日、二人で一つのアトリエ兼探偵事務所にて。

 世間一般よりも少し遅めのクリスマスパーティーの片付けをしていた晶斗が入り口に出ると、探偵が得意げに、愛機に跨っていた。

 

「ちょっと外出ない?」

 ろくに手伝いもせず能天気に誘うレフに憮然とした顔も見せつつも、その裏に隠した真剣味を感じ取っては、応諾せざるを得なかった。

 

 そうしてタンデムで車道に乗り出した二人組は、海岸沿いの道へ。

 先にフォードと戦ったあたりよりそれほど遠くではない岬に寄った。

 対岸に、黒く焦げた鉄塔のようなものが並立しているのが、蜃気楼のように薄ぼんやりと見える。

 

 かつては事故現場としか報されていなかったその場所が、まさか父の墓標だとは思いも寄らなかった。

 遠目からの、墓参りである。

 

 道中で買った白い花を、晶斗はぞんざいに海中に投げ入れることで、故人に献じた。

 それを見届けてから、レフは両手を重ね合わせ、

「やっと来れたよ、おやっさん」

 と、瞑目とともに呟いた。

 ホールドコープからの追討のためか、あるいは単純に心理的な理由からか。

 レフも、初めてここに来たという。

 

 そして、故人よろ預かったらしい一枚の写真を石に挟んで供えた。

 

「さ、帰るぞ。クソ寒い中、いつまでも潮風に当たってられるか」

 そう毒づいて踵を返した晶斗を横目に眺めつつ、

「和灯さん」

 と、レフは口を開く。

 

「僕は、君のお父さんに命を貰った。君には命を拾われた。そのチャンスをくれたのが、この街の人々だった。だから、せめてその借りぐらいは返したい……当初の依頼は果たされたけど、まだ君と一緒に居て良いかな?」

 晶斗は答えず、ただ立ち止まった。はにかむレフじっと見つめた後、ふたたび動き始めた。

 

「その沈黙、オッケーってコトで良いんだよね?」

「……お前、それ以外でも俺に散々貸しあんだろが。死ぬ気で働いて死ぬ気で返せ」

「もー、素直じゃないんだぁ」

 

 からかいながらもどこか安堵し、浮ついた様子のレフもまた、二輪車へと向かう。

 そして……被った。

 お互いにハンドルを握ろうとして、行き当たる。

 そして、車体を挟んで見合った。

 

「いやいや、行きも僕だったでしょ?」

「そりゃ行き先知らなかったからだろうが。いつまでもヒトの運転に任せられるか」

「そこは相棒を信じてよ。て言うか君だって扱い粗いじゃない」

「んなことあるか」

 

 押し合いへし合い、やいのやいのと言い合っていた二人だったが、レフがおもむろに

「最初はグッ、じゃーんけんっ! ぽ!」

 と、おもむろにジャンケンを仕掛けた。

 咄嗟に晶斗が作ったのは、握り拳。それを見越したレフの手はパー。

 

「やったー」

 諸手を掲げて喜ぶレフに、瞳孔全開で自分の拳を凝視する晶斗。

 思うところは多分にあるが、不意を突かれたのも不覚をとったのも自身だと素直に認める。

 渋々ながら後部座席に移る晶斗に、曰くありげな極上の笑みを、レフは向ける。

 勝ったことがそんなに嬉しいか。そう勘繰った彼に、

 

「それじゃあ、帰ろうか。僕らの家に……晶斗!」

 

 自身の名を呼ばれた晶斗は、今度こそ、完全に不意を突かれた。

 丸くした目を瞬かせた後、彼は肩を窄めた。その口端に、わずかながらの笑みを上らせて。

 

「なにいきなり呼び捨てにしてんだよ」

「んー、ジャンケンに勝ったからかなぁ」

「意味分からん」

 

 そうして彼らは、その場を後にした。

 

 〜〜〜

 

 そして海岸沿いを二人一組で駆け抜けていく。

 だが、その行手が、数人の男たちとバリケードによって封鎖されている。

 似たような年頃の顔ぶれたちで、彼らの胴回りには、共通の規格のベルトが備わっている。

 

 レンズを固定された器具の左には三本の枝分かれした排気筒。右へと伸びるのは、黒いグリップ。そのグリップを彼らは、握りしめて捻る。

 

〈Pixie Acceleration〉

 平坦な音声と共に、筒より噴き出した黒い霧が彼らを包む。

〈Enter the labyrinth. Pixie:Masquerade〉

 その霧を払って現れたのは、蝶の仮面で顔面をk、首元を白いマフラーで覆う、鋼の怪人。

 

 瞬く間に左右に展開して、レフたちを取り囲む。

 誰が差し向けた刺客なのか。火を見るより明らかだった。

 

「ったく、決別からそう日も経ってないのにコレか。墓参りも満足に出来やしねぇ」

「まぁ、人避けをするだけの理性はあるのはらしいと言えばらしいけどね」

 

 降車しながらメットを外し、晶斗は二つのドライバーを手に。

 

「ん」

 その内の片割れ、ドイルドライバーを、隣に並ぶレフに差し出す。

「え? いや、これは君の……」

「馴染まない道具をぶっつけ本番で使うのは俺の主義に反するんだよ。ファングロジック(あんなもん)は、よほどじゃないと使わん……シャルロックは、お前なんだよ」

 そう強く言い切った晶斗に、レフはほろ苦く笑い返す。

「しょうがないな」と勿体つけたように受け取り、そして互いの腹へバックルを添える。

 

〈シルフ!〉

〈Kamen Rider Shalllock Cyclone logic〉

 すなわちレフは、手を切り回しながらシャルロックへ。

 

〈サラマンダー!〉

〈What is your stance as a Kamen Rider? Strike while the Metal in Heat〉

 指を畳み、拳を握り固める晶斗はワットへ。

 

 その熱風に当てられてか。

 彼らの去った場所。岩に挟まれていた写真が浮き上がり二人の仮面ライダーたちの頭上を、気づかぬ間に去っていく。

 

 やや古く褪せたその写真には、三人の男が写っている。

 一人は、屈託なく歯を見せる和灯千里。

 一人は、帽子をかぶって澄ました笑みを浮かべる男。そして彼と対になるように並ぶ、本を手にした青年。

 

 そしてレフは誓いと共に告げる。

 彼らにではなく、その背後に、始まったこの戦いの果てにいる、偉大な敵に。その咎人に。

 過去を噛みしめ、乗り越え、前へと指を突きつけて。

 

 和灯千里が彼らより引用し、そして彼らもまた、その師より受け継いできた、あの言霊を。

 

「――さぁ!」

 

 

 

 最終話:お前の罪を数えろ



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特別編:ハイパーバトルノベル 仮面ライダーシャルロック 〜フェアリーライダー大紹介!〜

「行くよ、晶斗」

〈シルフ!〉

「言われるまでもねぇ」

〈サラマンダー!〉

「変身!」

「変身」

 

 花風荒ぶる春の燦都。

 街の東西を繋ぐ大橋の中心に在って、怪異と対峙したレフと晶斗はそれぞれのレンズやベルトを身につけて変身した。

 すなわちレフは、仮面ライダーシャルロックへ。晶斗は仮面ライダーワットへ。

 

 フォードとの戦いより大体三ヶ月。その後も幾度となく戦い、バックルにレンズを装填する捌きも、相手への牽制も兼ねた、己の意気を高めるポーズも慣れたものであった。

 

 対するは全身が眩さに満ちた、硬質のボディ。だがシルエットは哺乳類のものに近い。のっぺりとした顔には右側に、意味があるようにも見えないモノクルが貼り付いているのみである。

 宝石を司る人工精霊、カーバンクルである。

 

 手の甲を向け、五彩の宝石のついた指を立てて見せる動作は、かつて戦ったスプリガンを想い起こさせる。

 その精霊に、二人は挟み込むように攻勢をかけた。

 

 手数は言うに及ばず、スピードも緩慢。反撃も、直撃を喰らわなければさほど脅威足り得ない。

 しかしながら問題は、その頑丈さだった。

 物理的な防御性能もさることながら、薄く皮膜のように、輪郭に沿うようにして張られたバリアが、武器、弾の悉くを跳ね除ける。

 

「ったく、厄介なフェアリー使いやがって」

 ワットがシャフトを片手に毒づいた。その反動で痺れた持ち手を代わる代わる休ませながら。

「クソ犬がいれば搦手から攻められるんだがな」

「…………そうだね」

 やや長い沈黙の後、レフは相槌を打った。

「仕方ねぇ、無いなら無いなりに戦うだけだ。おいレフ、羽よこせ」

「羽!? あ、あぁシルフね……」

「それで牽制してやるから、お前は例の成金野郎で最大出力(マキシマム)叩き込め」

「成金野郎!?」

 

 ……ただしまぁ、言わんとしていることはなんとか飲み込める。

 レフは自身のバックルのレンズを隣の晶斗へと投げて換装させる。彼がサイクロンスタンスにチェンジしていく傍らで、レフはライカンならざる、黄金のレンズを手に取った。

 

〈スプリガン!〉

 

 それをドライバーに付け替える。

 現れた宝石や硬貨、貴金属類の幻影が、シャルロックの半身にとりつき装飾となり護りとなり衣と化す。

 

 赤いビロード調の外套に、宝石を嵌めた右手。

 東西いずれにも無い紋様が刷られた紙幣が通常フォームのページにあたるパーツに代わり、インゴットのごとき、ゴツゴツとしながらもどこか折目正しさを感じさせる、バランス良い金仮面(マスク)

 

〈Joker invited you "Shall we open the lock out of the money?"〉

〈Kamen Rider Shalllock Money logic〉

 

 

 それこそが、ドイルドライバー内のあらゆる仮面ライダー、そして怪人たちのアーカイブより導き出された、新たなる姿、そして(あざな)である。

 

 そして両ライダーは示し合わしも無しに、その役割を分ける。

 すなわち、スペックの比重を機動力に傾注させたワットはそれを以てカーバンクルフェアリーの八方を駆け巡り、牽制と陽動。

 生じたその隙を突いて、シャルロックは宿したフェアリー自体が以前そうしたように、指に生じさせた宝玉を、癇癪玉よろしく敵へと投げつける。

 着弾と同時に炸裂するそれらでは、ダメージらしいダメージこそ与えられないものの、目潰しと共に、多少上体を揺らがすことには成功した。

 

 さらにそこに、両脚を揃えた晶斗が飛んだ。だが、その正面からの飛び蹴りは、緩慢に、だが力強くも正確に位置を捉えて伸びてきた、カーバンクルの片腕に足首を掴み取られた。

 

 しかし、そこまでは読み通りだった。でなければ、真っ向から挑みかかるものか。

 

〈Request〉

〈Sylph twister Order〉

 

 晶斗は引き鉄に指をかけると同時に我が身を捻る。敵の拘束を振り切り、工業用ドリルのように、関節部より噴出する旋風に包まれた我が身を以て、その防壁を削っていき、ついにガラスの砕けるような破壊音と共に、バリアを穿ち抜いた。

 

「今だ」

 膝立ちで着地すると同時に、晶斗は低く声に出した。

 

〈Money! Extra Q.E.D!〉

 操作、音声とともに風船よろしく、紅玉の輝きが右の掌に集まる。

 やがてカットされた大ルビーのような形となったそれを載せたまま、シャルロックは飛び上がった。

 

 そして裂帛の気合いとともに、防壁を失ったカーバンクルへと、水球のごとく叩きつけた。

 万遍のない衝撃波が、怪人を襲う。

 点の攻めには強固なダイヤモンドも、面による圧迫には弱い。ましてや、それが同質の由来ともなれば。

 

 先とは打って変わって、雪のような儚い閃きを放ちながら、フェアリーは砕けて粒子に戻る。

 そして、スプリガンの対局に据えられたエンプティレンズに巻き上げられていくのだった。

 

 ~~~

 

 依頼は果たした。自分たちの拠点に戻った。

 ……もっとも、依頼人であった店員の上役、宝石商の店主が、実のところフェアリーの悪用によって不当に宝石を増産していた黒幕であったという顛末で、実入りはゼロという、色々と空しい事件ではあったが。

 

「いやー、こういうフェアリーがらみの依頼も増えて来た気がするねぇ」

「俺としちゃ、本業に戻りてぇ」

 

 大きく伸びをしながら所感を呟くレフに、色気のない愚痴をこぼす晶斗。

 戦闘と同様、こうしたやりとりも慣れた調子だ。

 

 ――だが、この時は少し毛色が違った。

 にこにことしたまま、しかしどこか不自然な気配を忍ばせて、レフは晶斗の前に回り込んだ。

 

「……で。色々と経験値も積んで来たあたりで、僕らもうちょっと話し合うべきだと思うんだ。ディスカッション的な? ここで、色々とお互いの不満点を解消していこうよ」

「……話すって、何を? そりゃ、お前には色々言いたいことぐらいはあるが、今更だろ」

 

 さっさと身を休めたい晶斗は、そのレフをすり抜けてカウンターの席へと腰掛けた。

 その彼の前に、両手でドンとボードを置くレフ。その両手の間に貼られたのは、一枚の写真。

 

「これ、なーんだ?」

 

 そこに写っているのは、黄金の毛並みを持つ狼の上体、すなわちライカンフェアリーのエネルギー体であった。

 

「なにって……クソ犬がどうかしたのか?」

「うん、まぁ、ソレだね!?」

 

 本気で不思議そうに目を瞬かせる晶斗に、レフはついに堪え切れず指弾した。

 

「あのさぁ、いくらなんでもフェアリーの呼び方に愛が無さすぎない!? 君に悪意がないことはまぁ知ってるけど、ちゃんと呼んでくれないかなぁ!?」

「なんだよ、んなことかよ」

「そんなことじゃないよっ、なんでカタクナに言わないかなー? そういう歩み寄り、大事だと思うんだけど。ほら、みんなも『そうだそうだ』と言ってるよ」

 

 そう申し立てるレフの周囲には、いつの間にか展開させていた現在所有中ののフェアリーたちが跋扈している。

 ……なぜだろうか。心なしか普段よりもその可動域は極端に少なく、まるで小道具をワイヤーで無理やり動かしているような感があるのは。

 

「俺もう今年で二十五だぞ? ファンシーな妖精さんの名前なんざ、天下の往来で恥ずかしくて呼べるか」

 

 そうにべもなく手を振ってみせた晶斗に、ますますレフは膨れて見せる。

 脇目でそれを盗み見る晶斗は、内心でため息を吐いた。

 こうなったら、頑として譲らない。そういう表情だった。

 

 ~~~

 

「――さてそれじゃあ、シャイな晶斗クン(25)のために、おさらいも兼ねて僕らの使うライダーシステムやフェアリーについて解説していきます」

 

 所変わって、白い地下。『鋼の本棚』。

 どこから仕入れたものやら、教育実習生が如き、リクルートスーツ姿のレフが、晶斗の眼前に在る。

 黒髪を結い上げて眼鏡を閃かせて、理智的な所作をしてみせるがどこか楽しげだ。

 

 何故女装(コスプレ)なのか。いや、そもそもこいつの性別は結局どちらだったのか。

 問うだけ野暮だし、今この時はこの場所のシステムは奴に制圧されている。

 これはこのまま黙って好きなようにさせておく方が早かろう。

 

「さて、もちろん最初はコレ」

 何がもちろんなのかはさておき、モニターに映し出されたのは、翠風帯びる羽の小人だ。

 

「はい、じゃあまずこのコから行ってみよう。名前、言ってみなさい」

「羽だろ」

「雑っ! 僕のメインなのにザックリし過ぎじゃない!? て言うか今日の戦いでも最初何のこと言ってんのか分かんなかったんですけど!? 戦闘にも支障出るからちゃんと呼んでほしいんですけど!」

 

 そう りつけつつも、咳払いして改める。

 

 ――御存知の通り、シルフ。

 風に乗り、風を操り、機動戦に特化した精霊だ。

 そして、僕が最初に会ったほかのフェアリーであり、それを宿していたのが仮面ライダーシャルロックだ。

 

 表向きはフェアリーの暴走対策、しかし実際はフェアリーとの対話、同調を目的として、おやっさんこと和灯千里が開発したライダーシステム一号機。それがドイルドライバーであり、仮面ライダーシャルロックだ。

 都市伝説的仮面ライダー『ダブル』さんをモデルとしていて、フェアリーレンズを読み取ることで独自に構築されたネットワークやアーカイブを介して様々なライダーたちの力を再現することができる。

 元はレイスレンズで変身する、スカルロジックがメインフォームだったんだけど、僕はサイクロンロジックの方が相性が良いらしい。

 

「そして記念すべき初戦闘で、仲間になったのがコイツだ。これは、晶斗も良く知ってるよねぇ」

 絡むような口ぶりで映し出されたのは、焔まとうトカゲのヴィジョン。

 自らの頭上に出てきたそれを仰ぎ見ながら、

「あぁ、当たり前だろ」

 晶斗は、鷹揚に頷いた。

 

「ヒトカ」

「そう! サラマンダーだねッ!」

 訊いておきながらそれ以上言うなと言わんばかりに声を発した。

 

 ――サラマンダー。

 単純な火力。でもだからこそ強く、そして扱いが難しい。

 僕のシャルロックでも持て余すほどに。

 でも、君が仮面ライダーワットを開発して受け皿になってくれた。

 

「元は親父の発案ってのも、安直すぎる名前も好きじゃないがな」

「君がそれを言うのか……?」

「まぁ、おかげで変身システムのためのスペックやプログラムがもうある程度出来上がっていたんだがな。あの時は、嫌な予感がして何かに急かされていたから……結局、間に合いはしなかったが」

「……僕は、そのおかげで救われたよ。きっと、刃藤刑事も、そしてライカンもね」

 

 屈託なく微笑みかけるレフに、面白くなさげに晶斗は鼻を慣らし、顔を背けた。

 レフは、金色の月光を帯びた狼の幻影を、その彼の前に回り込ませる。

 

 ――そのライカン。

 むしろ僕らの味方になってからは、その変幻自在の妙技に君だって何度も助けられてきただろう。

 シャルロック、ワット、両方ともそれなりに相性はあるものの、それでも力を十分に引き出せているとは言い難い。どこかに、上手く使いこなせてくれる人がいれば良いんだけど。

 

「あのクソ犬は月射照真にくれてやったがな」

「ラーイーカーンー!」

 

 ――僕を仇と狙っていた、おやっさんの弟子、月射照真。

 復讐のため彼が使っていたのが、フォトンファウンドライバー。仮面ライダーフォードだ。

 

 かつておやっさんが使っていたフェアリーの残存データを補助ユニットとして流用し、限界までレンズの力を引き出すけど、未調整のあのベルトはフェアリーだけじゃなくて人体にさえ悪影響を及ぼす……半ば、フェアリーと融合状態になってしまえるほどにね。

 他にも、フェアリーを人体から引き剥がすなど、ドライバー自体も厄介な性質が備わっていた。

 明らかに、僕に対象を絞った恐るべきライダーだった。

 

 ――ま、それもブッ壊れたしあいつはもうライダーにはなれねぇよ。

 ――それはどうだろうね……他にもスプリガンやメジエドとか、色んなフェアリーをこちらにつけたけど、その辺りはファングロジック無しだと動作が安定しないし、万が一の切り札、だね。

 

「ちょっとちょっと!」

 そんな講釈を論じるレフと晶斗の間に、抗議の声が挟まった。

「さっきから誰か忘れちゃいませんかっての!」

 声の圧に反し、デスクの上に三人分のコーヒーカップとドーナッツを丁寧に置くのは、霧街八雲だった。サイケデリックな図柄のエプロンを前に掛けた彼は得意げに、自身の顔に向けて親指を立てる。

 

「だって、やっくん厳密にはフェアリー使ってないじゃない」

 レフの反論に、敵首魁の倅という自意識が抜け落ちているかのような調子で、

「いやでもそこはさぁ、オレらまがりなりにも仲間じゃない。紹介ぐらいしてくれても良くね?」

 などと抜かす。

 

 ……何故、この男がこの事務所に転がり込んで来たのか。何故やっくんと呼ばれているのか。

 それには複雑でも何でもない、浅い経緯があるのだが、語るだに心労が募るので省く。

 

「フェアリーの働きをプログラムしたナノマシンを封じた疑似レンズ。その一つのアルケニーと、専用のドライバーであるミステールドライバーで変身するのが、仮面ライダーモウラだ……これで良い?」

「短ッ。他にもいろいろあるでしょーが。モウラのシステムすげーんだぜ? 街中のカメラやネットワークにアクセスが可能で、情報収集が可能なんだ。スパイみてーだろ?」

「いや、おめぇがそんなの使ってた記憶ねぇよ」

「ん? あぁそうか、なんかゴチャゴチャしててめんどーだったから、その辺の機能全部オフにしてたわ」

「……お前と話してるとマジで頭痛くなってくるな」

「――オヤジとおんなじコト言うなよ」

 

「……で、その霧街郁弥が同じくミステールドライバーと、ヴァンパイア擬似レンズで変身するのが、仮面ライダーモーリアだ」

 ドーナッツ齧りながら、レフは言った。

 

 ――やっくんの自慢が正しいのなら。モウラは先遣や斥候の役割を果たし、そこで得た情報頼りに、モーリアが敵を殲滅する、というのがコンセプトだったんだろう。

 実際、様々な擬似レンズを使い分けることで、戦術パターンを多彩に切り替えるモーリアには、無駄な機能がない。

 そして、ヴァンパイアには周囲のフェアリーの動きを抑制する作用がある。彼と対峙すれば、もちろん僕らのライダーシステムの力は低下する。

 現状において、まず最強と言えるライダーだ。

 

「……その力に、対抗できる手段があるとするならば、それは」

 と、自らの胸の前に手を据えて、真剣な表情でレフは言った。

 

「この僕、ジャバウォックフェアリーを使った、ファングロジックだけだ」

 

 ――仮面ライダーシャルロック ファングロジック。

 これは例外的に……いや、そもそもそれが本来正当なわけだけど……晶斗がドイルドライバーを使って変身するシャルロックだ。

 そして今、僕らの間で最も高い戦闘力を持っている。

 さらに、他のレンズとの併用も可能だから、モーリアの抑制能力にもある程度は耐性がある。

 

「で、まさか晶斗、ジャバウォック()のことは、まさか変なアダナで呼んでないよねー? モノクロ野郎とか、パンダヘビとか」

「くっだらねぇ」

 今までの言動を鑑みるに、本人にとっては笑いごとで済む話ではないのだが、当の晶斗は一言下にそう切り捨てた。

 そしてコーヒーカップ片手に、真正面から、

 

「レフは、レフだろ」

 何ら恥じることもなく、言ってのけた。

 

 目を見開いたのは、レフの方だった。

 伊達メガネを外して畳み、俯きながら、

「……晶斗って、変なところで直球で来るよね」

 ほんのりと耳を赤くして、拗ねたように悔しげに、唇を尖らせて、そしてそんな自身の表情を読ませないように背を向けた。

「そういうの、ズルいと思いまーす」

「は? なんのこったよ?」

「……オレ、今何見せられてんの?」

「とにかくっ」

 

 無理矢理に誤魔化すように向き直るや、両の掌を机上に叩きつける。

 

「これからの戦いはもっと熾烈になっていく。ファングロジック以外にも、有効な手があるか試行錯誤を繰り返さなくちゃならない。そのためにも、フェアリーとの相性を把握すること、各自の連携は必須なんだ! なんかヘンテコなアダナでそれを引っ掻き回すようなことはしない! 分かった!?」

 その勢い、言っていることの正しさに呑まれるかたちで、「おぉ」と晶斗は生返事。

 

 そんな折に、アラームが『鋼の本棚』内に鳴り響く。

 白い部屋が、急を告げるランプの点滅によって赤く染まる。

 

「っと、言ったそばからこれか……今度は三人で行くよ!」

 

 レフの一声に、残る二人はそれぞれに意気をあげるのだった。

 

 〜〜〜

 

 襲撃者たちは、警戒の網に掛かる。

 フェアリーたちを犯罪に悪用する燦都の咎人たち。それ諸共に自分たちを葬り去ろうとするホールドコーポレーション。そしてレンズの技術、ひいてはジャバウォックの奪取を目論む財団X。

 考えられる三者のうち、明確にレフを狙ってアトリエ襲撃を画策するとすれば、三つ目の勢力だろう。

 

 果たして、表通りに出ると、逃げ惑う人々の後ろに彼らはいた。

 白い詰襟の男たち。三又の槍を携えた石像じみた怪物を伴っている。そして自身は服の上から白い本のような物体を我が身にねじ込むと、首から見開いた本を提げたような、雪男、あるいは白鳥のような姿へと変化した。

 

 いずれも、フェアリー由来とも思えない怪物たちである。

「財団か。また令和ライダー時間軸ってのから化け物どもパクってきやがったな」

「まぁこっちとしてもちょうど良い。ハイ、晶斗」

 

 そう言って差し出して来たのはドイルドライバーと先に確保したカーバンクルのレンズである。ルビーのような艶のある紅のフレームの中に、宝石をJ字に並べ、その背後に魔法陣を浮き上がらせたフェアリー。

 

〈カーバンクル!〉

 その二つを晶斗にセットし、そして自身の核たるジャバウォックレンズをスタンバイサイドに突っ込もうとする。

 

「おい」

「いろんな可能性試さなきゃ、トライアンドエラー! さぁ……変身! ガクッとな」

 抵抗も虚しく、自分をベルトに送り込むなり、レフは倒れ伏すようにして晶斗にもたれかかった。

 その抜け殻を、八雲が預かり、回収していく。

 

「仕方ねぇな……変身」

 気のない声とポーズと共に、ベルトを操作する。

 

〈Kamen Rider Shalllock Fang logic〉

 

 いつも通りのファングロジックの音声。だが、その様子はいつもと異なる。

〈Jewel Fang!〉

 通常のフォームになったのも一瞬のこと。そんな音声と共に、シャルロックの横合いに魔法陣が浮かび上がり、その右半身を変化させる。

 白黒の外套は、黒一色のファンタジックなものになり、腰にまで伸びる。

 モノクルは眼鏡というよりも、宝石を飾るような銀色のものへと変化した。

 そして手の先にには、晶斗の嗜好らしからぬ指輪が嵌められていた。

 

「なーんだ、これ」

 そう成った晶斗自身が、呆然と呟いた。

『どうやらカーバンクルの宝石(ジュエル)の特性が、ドイルドライバー内のアーカイブにある、別の先輩(ライダー)のデータに紐付いたみたいだね』

「……だーかーらー、そういう妙なこと引き起こすようなモンを、ぶっつけ本番使うなっつーの!」

 

 他人事のように解釈を垂れるレフへの怒りに任せて、前より迫り来たる石像の怪物を蹴り飛ばす。

 個々の意思などないように迫るそれが、囲みながら槍を突き出してくるのを、シャルロックは軽快な跳躍でかわす。空中で身を捻って横に倒し、回りながら体勢を変えつつ、手の内に転送したハードボイルドライバーの引き金を絞る。

 円錐形の火の弾丸が射出され、不規則な軌道を描きながら、後続の怪人たちを撃ち抜いていく。

 

「さぁ……ワークタイムだ」

 投げやり気味にそう呟くと、歩きながら正確に、怒涛の如く押し寄せる攻め手を射撃でもって退けていく。

 

 それを避け、回り込んで死角より不意打ちをかけて来た雪男達に対しては、

〈コネクト・プリーズ〉

 という耳慣れない音声と、浮かび上がった魔法陣より伸び上がった、手形の柄のついた剣を握りとって背面で受ける。

 

 そして返す刀で反撃。刃を旋回させながら斬り立てていく。

 その玄妙な手並みはまさに、

 

 ――魔法

 

 と呼んで差し支えないだろう。

 

『もっと色々と試したいところだけど……』

「あぁ、いつベイカー共の茶々が入るかも分からん。さっさと片付けるぞ」

 

 レフと晶斗の思惑は一致し、それが手の動きに表れる。

 すなわち、シャフトモードでバーリツールを展開して、その魔法剣を銃剣よろしく先端に組み込む。

 

〈オーバーオール〉

 さながら大薙刀のようになったそれにハードボイルドライバーを掛け合わせる。

 

〈ジュエル・スラッシュストライク・サイコー!〉

 

 晶斗はそれを大きく横に一閃。

 その刃より飛んだのは、焔を沸き立つ魔法陣。

 ともすれば仮面に見えるその紋様は、さながら戦輪のように旋回しながら、複数の敵を巻き込み、刈り取っていきながら爆発した。

 

 心無い石兵達は、声も立てず石塊に戻って転がり、焼け焦げたページを撒き散らしながら、白服連中は昏倒した。

 

『どう、ぶっつけ本番もたまには悪くないでしょ?』

「……まぁな」

『さぁ、頑張ったカー君に、お褒めの言葉を、どうぞ!』

 

 内なるレフの声に促され、他意なく晶斗は頷き、そして声を発した。

 

 

「やるじゃねーか……ペテン師!」

 

 〜〜〜

 

 その後日のことである。

 依頼帰りに歓楽街を通って帰路に着いていたレフと晶斗に、「あのーぅ」と声を伸ばして近寄って来た青年がいた。

 

 チャイナ服を想わせるやたらと丈の長い白シャツと、ダボッと余裕を持たせたズボン。

 左右非対称に髪をきっちりまとめているくせに、どことなく人の好さとだらしなさのある面立ちの若者だった。

 

「この近くに、オークションハウスってありません?」

「……あ?」

「あぁ、それならもう半年ぐらい前に潰れましたよ。なんか、色々ありまして」

 

 ほぼ本能的に喧嘩腰になる晶斗より、レフの方が社会的な対応を示した。

 訊いた若者は目を白黒させて、

「マジか!?」

 と念押ししてきた。

「マジで」

「マジだ」

 と答える二人に、

「参ったな……やっと手掛かりつかめたと思ったのに」

 などと独りごちる。

 そして、おもむろにレフの手首に目をやるや、

 

「ちょっと失礼」

 などと、断る間もなく掴み取った。

 だが、当惑するレフをよそに、不思議そうに眉根を寄せて、

「あれ……おかしいな。読めないなんて」

 などと呟く。

 

「おい、何してんだ」

 そして今度は割って入った晶斗の手を掴み取った。

 若者の袖口の下で、何かが明滅を白く繰り返している。

 それは、腕輪だった。

 ファションとして用いるには、少し物々しい、SFチックな大振りなもの。

 中央には、黄色く色づいた宝珠と、それに吸い寄せられるようなテイストの金細工がほどこされている。

 

 青年の眉間に寄ったシワが、その輝きの強弱に同調するかのように小刻みに動く。

 そして、

「――なるほどね」

 と、独り合点とともに、二人の仮面ライダーの顔を見遣った。

 

「なんなんだお前、気色悪い」

 晶斗は激しく手を振りほどく。

 いささか悪態が過ぎるとは思うが、ここ最近の燦都は、諸勢力入り乱れる混沌のるつぼだ。彼の警戒は、妥当なものと言えた。

 

 そしてそれを見抜いたのか、それとも生来の気質か。

 少しも機嫌を損ねることなくにこやかに、

 

「腕輪の超能力者……なんつって」

 などと、冗談にしても笑えないことを口走った。

 

「いや、必要なことは結局わかんなかったけど、君らと会えてマジで良かったよ!」

 それじゃ、と困惑する二人をよそに、青年は大手を振りつつ駆け去っていく。

 晶斗がその後を追わんとしたが、折れた角の先には、誰の姿もなく、そして逃げ場の余地なく行き止まりだった。

 

 

 そしてその当惑の様子を、ホテルの屋上から見下ろすのは、先の青年だった。

「お互い、頑張ろうな……シャルロック、そしてワット」

 相手には決して届かない別辞とともに袖をまくりあげると、現れた腕輪を自身の腹の前に添わせた。

 

 

 

 

 

〈オルタリングドライバー・オン〉




疲れた(第一声)
というわけで、色々ノイズが入りつつも、仮面ライダーシャルロック、完結です。
年々悪化していく体調も相まって、まーた伸びに伸びた連載期間でした。

とはいえ、元々あらすじはきっかり固めていたので、特に何のアクシデントもなく、粛々と終えられました。

例外としては他ならぬこの番外編。
最後は特になんにも考えずポンと出しましたが、設定とか本当になんにも考えてません。
何の考えも無しにウィザードオマージュのフォームを出しちゃったので、なんかそれっぽいライダー出せば、ジェネリックオーズもフォーゼも作中作外でもうやったことだしちょうど良くない? 程度の安直さで出てきたヤツです。

よって次回作の伏線というわけではないので悪しからず。

そろそろ放置してる一次創作をなんとかしたいので、しばらくはそっち優先になりつつ、二次創作は四月馬鹿のネタ出しぐらいですかね。

何はともあれ、ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました。
ご感想、ご要望とございましたら、お気兼ねなくお伝えくださいませ。

ではでは!


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