魔法科高校の加速者【凍結】 (稀代の凡人)
しおりを挟む

入学前
第1話


初投稿です。
誤字脱字や不適切な箇所などありましたらご報告いただけると幸いです。

願わくば、この物語が良い暇潰しとなりますよう――。


これは、劣等生の兄と優等生の妹の物語――のはずだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

何が起きたのかはさっぱりわからないが、何かきっと超常現象が起きたのだろう。

俺は交通事故で18年にも及ぶ人生に幕を閉じ、そして新たな人生の扉を開いた。

 

 

 

「魔法科高校の劣等生」。

 

近未来、超能力が魔法として体系化された時代に、劣等生の兄と優等生の妹が魔法科高校に入学するところから始まる小説だ。

実は兄は全然劣等生じゃないだろうとかそんなツッコミが多発するあれでは、彼らは2人兄妹だった。

要するに、実は弟がいたとか深雪は双子だったとか、そんな話はなかった筈なのだ。

はずなのだが、どうやら俺はその存在しないはずの双子の弟「司波 和也」として転生してしまったらしいのだ。

 

初めの頃は転生したことに多いに喜び、小さいから努力して他の奴らを周回遅れにしてやるぜ!とやる気にみなぎっていたのだ。

 

しかし、ある時。

姉の名前が「深雪」、やたらと若く見える母親の名前が「深夜」、母親付きのメイドの名前が「穂波」だと知った時、俺は。

 

えっ、じゃあここは「魔法科高校の劣等生」の中で、俺は四葉家に生まれたってことか?

いや、でも深雪は双子ではなかったし、じゃあ俺は、あれ?「司波 和也」なんて居たっけ?

それによりによって四葉家に生まれちゃったのか?

なんて混乱していたが、今ではかなり落ち着いた。

 

達也――兄さんと違って[分解]や[再成]のような神がかった魔法はないが普通に深雪――姉さんと同等レベルだし、容姿もまぁそこそこだから生まれた体には不満はないのだが。

四葉本家に兄さんのように特異でない普通の男子の魔法師が生まれた為に、俺が最有力次期当主候補になってしまったのは、本当につらい。

誰か代わってくれないかなぁ…。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

次期当主として、俺は幼い頃より英才教育を受けてきた。

それは通常の勉強、つまり算数や理科などもやったが、それより重点をおいて行われたのが魔法の教育だった。

どうやら俺は姉さんとは正反対に加速魔法が得意らしい。

四葉による世界最先端の魔法教育を受けてきた上、自分でも幼い頃から日常的に使うようにして居た為、自画自賛になるが12歳にして既に一般的な魔法師の水準を大きく上回っている。

それは俺と幼い頃から一緒に過ごしていた姉さんも同様で、俺がいつも魔法を使った遊びをしていて、それに付き合っていた為に既に普通を大きく逸脱している。

 

一方兄さんはというと、原作通り妹のガーディアンをやっている。

何故俺につかないかというと、正直護衛がいらない程度には強いからだ。

 

俺が逃げることすら出来ずに死ぬほどの傷を負うとなると、言い方は悪いが多分ガーディアンなど肉の盾にしかならない。

 

そもそも大抵は[領域干渉]で防げる。

防げないような人は十師族や戦略級魔法師レベルだし、それならやっぱりガーディアンは意味ない。

 

それともう一つ、多分こちらの方が大きいのだが、そもそも俺と姉さんは殆ど一緒にいる。

わざわざ2人分はいらないということなのだろう。

 

そしてその兄さんと、俺は今組手をやっていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

自然体で待つ兄さんに対し、俺は自分から接近する。

カウンターを入れようと構える兄さんの目の前で、少しだけ加速する。

タイミングを外してやろうということなのだが、組手ももう幾度となくやり、引っかかってくれたのは初めの何回かだけだった。

全く、どういう反射神経してるんだか。

 

魔法についてだが、兄さんが使えないから最初は無しでやろうと思ったんだが、兄さんがそれでは練習にならないというのでありありでやっている。

但し威力の高すぎるものは暗黙の了解でなしになっている。

 

加速した俺に対してタイミングを合わせてカウンターを決めようという兄さんの目の前で、俺は今度は一瞬急に減速した。

兄さんの目が見開かれ、目の前を手が通り過ぎて行く。

そこでもう一度加速し、腹に綺麗に一撃を決めた。

決めたのだが、主に魔法に時間を割いている俺や深雪と違って兄さんは体術や筋トレに時間を割いている。

だからなのか、鍛えられた腹筋は岩のように硬く、却ってこっちがダメージを受けたようにすら感じる。

その上咄嗟に後ろに飛んだからあまり衝撃は伝わっていないようだ。

 

「今のは上手くやられたよ。もしかして、今まで加速魔法しか使ってこなかったのはこの為か?」

 

後ろに飛んだ後体勢を整えた兄さんが声を掛けてくる。

 

「それはちょっと買い被りすぎ。昨日ふと思いついただけだよ」

 

というか、毎日の組手でそんな伏線を張るか。

 

「というか兄さんこそ、今の全然効かなかったろ?」

 

「まぁ、鍛えてるからな」

 

む。

確かに俺は比較的華奢だが、それなりには鍛えているんだがなぁ。

 

「さて、今度は俺から行くぞ?」

 

その後俺は、兄さんに叩き潰された。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「やっぱり兄さん強すぎだろ…」

 

いつものように負けた俺はいつものように不貞腐れていた。

不意をつかなきゃカウンターを喰らうし、いくら不意をついても上手く衝撃を逃がされて決定打にはならない。

なんなんだこのチート。

あれか、主人公補正とか入ってるのか。

対する兄さんは苦笑していた。

 

「ルールが俺に有利だからなぁ。実戦だったら多分全方位からの一斉射撃で終わりだと思うぞ?」

 

兄さんの[分解]は一見最強じゃないかとも思えるが、数の暴力に弱い。

一つ一つ照準を合わせなきゃいけないからね。

とはいえ生半可な威力ではいくら数を並べても[再成]される為即死級の威力を出さなければならない。

 

「俺でもなきゃ無理じゃん、それ…」

 

「あくまで和也と戦うならってこと。俺は近接戦闘は和也より上だからね。他の人だったら、普通に圧倒されて終わるさ」

 

げんなりする俺に兄さんは肩を竦める。

 

「和也なら――おっと、来たよ」

 

言葉を続けようとした兄さんはしかし途中で何かに気付いたのか表情を引き締めて兄からガーディアンの顔になる。

それを聞く前に俺も動き出し、部屋の端に寄せていた家具を元の場所に戻す。

 

ここは防音で壁も厚いから組手には最適なんだが、元々ピアノを弾く為の部屋だから家具が多いのが困る。

ああ、[精霊の眼(エレメンタル・サイト)]を持つ兄さんと同時に動けたのは俺もそういう魔法を使っているからだ。

 

知覚系魔法[観測者の眼(オブザーバーズ・アイ)]。

特殊な電磁波により周囲の元素の種類や構成、熱運動、座標などを観測する魔法だ。

これにより得られた内容を脳で処理することで、どこにどんな物質がどんな状態であるかを知ることが出来る。

ただ、これら全てをとなると人間の脳では処理しきれないので、普段は温度のみ、空気分子のみ、などと用途を制限して使っている。

 

勿論[精霊の眼(エレメンタル・サイト)]と比べると数段スペックは落ちるのだが、それは仕方ない。

だって主人公だし。

 

なんて馬鹿なことを考えつつ部屋を元に戻してソファに座って本を開き、兄さんはその背後にすっと立った直後にドアが開く。

 

「和也、お夕飯だそうですよ?」

 

そこから出て来たのは神秘的とすら言える超絶美少女だった。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話

取り敢えず、書き溜めが無くなるまでは毎日投稿します。


恐らくお風呂上がりなのだろう、良い香りをさせる姉さんに腕を掴まれ、俺は食堂へと連行されていた。

 

兄さんはその背後から気配を消して付いてくる。

完璧に、使用人のように。

いくら姉さん以外への激情が存在しないにしても、13歳でこの在り方は異常である。

 

そう思いつつ、口に出すことは決してしない。

ミストレスである姉さんとガーディアンである兄さんの関係は、当人たちで決めることだ。

姉さんにはまだ早いと判断し全てをまだ告げないというのならば、俺には口出しする気はない。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「あ、来ましたね。じゃあ、食べましょうか」

 

配膳をしていた桜井さんがこちらを振り向いてそう言った。

食堂には4人分の食事が置いてあった。

どうやら今日も母上は部屋で食べるようだ。

 

過度の魔法の酷使の影響で体調が慢性的に優れない母上は、あまり動こうとしない。

普段は桜井さんが側についているのだが、今は食欲が無いので本を読んでいるらしい。

一人にして欲しいと言われたので出てきたそうだ。

こういうことは昔から、というほど昔を知っているわけでもないが、とにかく前から時々あった。

たまたまそれが今日だったのだろう。

 

他の二人も特に思うところは無かったようで席に着く。

席の配置は母上が一番奥の所謂お誕生席で、向かって右側に奥から俺、兄さん。

向かって左側は桜井さん、姉さんになっている。

 

今日の夕飯、というかいつも食事は桜井さんが作っている。

HARに任せてもいいのだが、桜井さんの料理の方が美味しいのだ。

最近は姉さんも料理を始めたらしいが、その腕前はまだまだ上手とは言い難い。

まぁ比較対象の桜井さんが上手すぎるだけで、普通に美味しいのだが。

普段より少し味の落ちるこのスープが、恐らく姉さんの作ったものなのだろう。

その証拠に、俺が飲むと少しそわそわしている。

 

「あの、和也……」

 

「何、姉さん?」

 

「そのスープなのだけど……」

 

「あぁ、これ?すごく美味しいよ。……もしかして姉さんが作ったの?」

 

さも気付かなかったかのようにそう言うと、途端に満面の笑みを浮かべる姉さん。

そんなに喜んでくれると小芝居をした甲斐があったというものだ。

その隣では、桜井さんが白々しい……とでも言いたげな呆れた目でこちらを見ているが。

 

「え、ええ。美味しかったのなら良かったわ」

 

「本当に美味しいよ。上達したじゃないか、姉さん」

 

さっきから偉そうに料理を批評している俺はどうなのかという声が聞こえてきそうなので答えるが、実は俺は美味しい料理を作るのは得意だ。

ただ、俺の場合味覚が脳に与える刺激やそれによる反応を全てデータ化した上で、最も美味しく感じるように組み合わせているだけなので料理というより調合に近いと言える。

こんなのは邪道だというのは自覚しているので、余程頼まれないとやらないようにしている。

お菓子なんかはたまに作るのだが。

 

俺の渾身のクッキーを食べた料理の出来る桜井さんからは、「美味しすぎて気味が悪い」という評価を頂いている。

その夜一人で泣いたのは内緒だ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

まぁ、そんなことはどうでもいいのだ。

 

目下の懸念事項は、大亜連合の沖縄侵攻だ。

原作通りに事が運べば、桜井さんが死ぬ。

寿命の短い調整体魔法師とはいえ、あの時死んだのは間違いなく障壁魔法で艦砲射撃を幾度も防いだからだ。

自分の意思で死ねたから良かったなんてことを言っていたが、人間生きてこそという自論を持つ俺は彼女を死なせる気は無い。

小さい頃からお世話になったしな。

 

焦点は桜井さんの負担を減らすこと。

 

確かあの時兄さんは[質量爆散(マテリアル・バースト)]の準備中だったから、手が離せない。

姉さんには多分、まだ荷が重い。

ならばここは俺が任されるしかないだろう。

 

しかし障壁魔法は得意ではない俺には精々相殺して余波を防いでもらう、ぐらいが最上だろう。

問題は、一個人で艦砲射撃に匹敵する火力が出せるかどうかなのだが……これは恐らく問題ない。

十師族が一、四葉の直系を舐めるなという話だ。

 

俺の得意な系統で使えそうなのは振動系加速魔法。

多分アレを使えば平気だろ。

 

前線に向かうのも、十師族としての責務がどうこうと言っておけば大丈夫だろう。

最悪、反対されても無視すれば良いし。

四葉の不利益にはならないし、平気だろう。

 

ふむ。

しかし、この辺りで何か切り札が欲しいところではある。

具体的には戦略級魔法とか。

 

四葉の次期当主が戦略級魔法師というのは、大きい。

現在五輪家は、戦略級魔法師を抱えているからという理由だけで十師族に名を連ねているのだから。

 

ただ、四葉の権力の増大を嫌う七草や九島からちょっかいを出されるかもしれないが……。

この辺は叔母上に相談するしかないな。

ただでさえ、俺の持つ魔法は強力なのだから。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話

「久しぶりね、和也さん」

 

「お久しぶりです、叔母上」

 

次の日、俺は四葉家現当主である四葉真夜に会いに四葉家本邸に来ていた。

 

「それで、用件は?わざわざ直接会いに来たのだから、それなりの用事があるのでしょう?」

 

俺たちは普段は少し離れた別邸に住んでいる。

電話しても良かったのだが、万が一を考えて直接会うことにしたのだ。

あまり外に漏らしたい情報ではないからな。

 

それに、兄さんや姉さんと違って俺は叔母上に特に思うところはないのだ。

それも大きいかもしれない。

 

葉山さんが入れていったお茶を飲みながら少し歓談した後、俺は本題を切り出す。

 

「本日は、相談に参りました。果たして、四葉家の次期当主候補は戦略級魔法師でも良いのかを」

 

それを聞いて、いつもどこか余裕のある叔母上の顔が真剣になる。

 

「……それは、達也さんのことではないわね?では、貴方が……ああ、まぁ可能でしょうね」

 

「ええ、俺の魔法を使えば。叔母上の[夜]の様に一つ切り札があれば良いなと思ったのですが、考えてみれば戦略級魔法も可能です。ただ、四葉一つがあまり強くなりすぎると、他家からの干渉も強くなるかと思いまして」

 

「そうね。ただでさえ七草や九島が鬱陶しいもの」

 

「はい。ですので、どうしようかと」

 

「そうねぇ……」

 

叔母上は思案顔になる。

そして、何か思いついたのか悪戯っぽく笑う。

何か、凄く嫌な予感がする。

過去の経験から、あの顔をした時は、大抵俺にとってよろしくないことを思いついた時だ。

それでいて合理的で納得してしまい、断れないから悪質なのだ。

 

案の定、その口から出てきたのは驚きの言葉だった。

 

「貴方、七草の長女と婚約なさい」

 

「……は?いや、しかし」

 

ここまで前世から彼女いない歴約30年を貫いてきたこの俺が、婚約?

 

いや、俺の生まれた家は十師族。

貴族のように何事にも多大な責任が伴い、政略結婚ばかりで自由に恋愛も出来ない御身分だということは重々承知している。

 

だが、いきなりすぎやしないか?

 

「構わないでしょう?とても綺麗な子だと言うし。それとも好みじゃないかしら?」

 

「いえ、そういう話ではなくてですね……」

 

それに、七草の長女というと真由美さんだろ?

いや、まあ確かに美人だしそこは異存はないのだが。

実際に会ったことはないのですけれど。

 

「弘一殿が許すでしょうか。いえ、それより第一俺たち兄弟の存在は秘匿されているはずでは?」

 

「どうせいつか公表しなきゃいけないことでしょう?だったら有効に利用しなければね。そうね……今年の秋にしましょうか。最も、七草には他に口外しないよう言うつもりだけれど」

 

「は、はぁ。その辺はお任せしますが」

 

それに関しては、元より俺が口出しする話では無いし。

今秘匿されているのだって叔母上の指示だからな。

問題はもう一方だろう。

 

「それより、相手が受けるかどうか……」

 

俺の懸念に、叔母上は確信を持って頷く。

 

「受けるわよ。秘密主義の四葉に自分の家の者を送れるんだもの。私への対抗心で生きているあの男が受けないはずがないわ」

 

お、思ったより辛辣なお言葉で。

一応元婚約者のはずなんだが。

 

「ただ、今代では恐らく何も変わらないでしょう。大事なのは次の世代。私やあの男が一線から退いた後よ。そこで同盟を結べれば、問題は無いでしょう。手を組んだ四葉と七草に対抗出来るところなんて無いわ」

 

……まぁ、そうか。

 

確かに、七草弘一は四葉より強くなることだけに執着している。

恐らく、過去の出来事から。

これでは同盟も聞く耳を持たないだろう。

 

だが、次の世代ならばどうか。

俺が真由美さんと結婚して、その上で話を持ちかければ。

可能なのではないだろうか。

 

残念ながら、四葉家次期当主として納得せざるを得ない話だった。

それを俺の表情から読み取ったのだろうか、叔母上はふふっ、と笑う。

 

「決まりね。貴方は好きにしなさい。但し、出来上がった魔法の専用CADは私に預けること。ハードは私が用意するわ。ソフトは……」

 

「兄にやってもらいます」

 

兄さんならば外に情報が漏れる恐れもないし、俺自身も信用している。

何より、兄さんの腕は既に一流だ。

 

原作で兄さんを「最悪最凶の魔法兵器」と称して最も警戒し、逐一その力を把握しようとしていた叔母上にもそれは分かっているのだろう、軽く頷く。

 

「そう。では、そういうことで」

 

「はい。ご迷惑をお掛けしました」

 

「いいえ」

 

微笑む叔母上に一礼をして、屋敷を後にした。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

そして、二週間後。

 

俺たちは、沖縄へと飛び立った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

大亜連合による沖縄侵攻。

俺が始めて関わる原作での大きな出来事だ。

様々なことが起こるこの期間において、俺は何をするか。

 

なんて大層な事を言っといて何だが、基本的に最後以外は関わる気がない。

兄さんと姉さんの仲が大きく変わる出来事だからな。

 

他――例えば姉さんが不良軍人に絡まれるだとか、姉さんの昼寝を邪魔しないように兄さんが喧嘩に割って入って怪我をするだとか、その辺も全く手を出さない。

俺の持つアドバンテージの一つである原作知識を生かすためには、極力介入は避けるべきだろう。

既に俺の存在自体がイレギュラーなのは置いといて。

 

……さて、沖縄では何をしようかな!




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話

いつの間にかお気に入り登録が100件を越えてました……。
ありがとうございます!

今後ともよろしくお願いします。


無事に沖縄に到着し、買ったばかりの別荘で桜井さんと合流する。

 

少しして姉さんは兄さんを連れて散歩へと向かったが、俺は外に出ずに読書などをして時間を潰していた。

別に着いていっても良いことは無いからな。

 

 

 

そしてその夜。

俺は兄さん、姉さんと共にとあるホテルに来ていた。

黒羽家のパーティに招待されたからだ。

 

「よく来てくれたね、和也君。深雪ちゃんも」

 

「ご無沙汰しております、叔父上」

 

「本日はご招待ありがとうございます」

 

黒羽家当主の黒羽貢は、良くも悪くも四葉の人間だ。

確かに情は厚いし親バカではあるが、俺たちの兄である兄さんを使用人として扱うことを当然として受け入れることが出来るのだ。

 

一方、彼の子供である亜弥子と文弥はまだ幼い。

だからこうして、

 

「深雪さん、達也兄さんはどこですか!?」

 

兄さんを公然と慕っている訳なのだが。

兄さんも彼らには優しいから、尚更それは加速するのだ。

姉さんがその後ろで動揺しているのを見てこみ上げる笑いを必死に噛み殺しながら、俺は叔父上に話し掛ける。

 

「彼らはまだ四葉の人間としての自覚が足りないようですね」

 

「……うむ。あれらはとても優秀なのだが、ここだけは困ったものだ」

 

苦虫を噛み潰したような顔でそう答える叔父上。

さらっと子自慢を混ぜてくるのはやめてほしい。

 

俺は年齢が前世と今世を合わせてそろそろ30年を越えたこともあって、こういう場での対応はほぼ完璧だ。

高校生までやれば大人の対応というのも分かるようになるしな。

そのためか、親戚一同からの受けは非常に良い。

ついでに魔法師としての実力も頭一つ抜けている。

 

一応まだ四葉の次期当主は確定していないので俺も文弥も同じ候補という立場なのだが、俺に決まるのはほぼ確実とされている。

叔父上もそこは半ば諦めているのだろうが、どうしても体面は気になるらしい。

 

「まだ彼らも小学生ですしね。これから大きくなる内に四葉の人間としての立ち居振る舞いは身に付けていくことでしょう」

 

「だと良いのだが……和也君は精神面でも優秀だからかな、歳が近いこともあってどうしても比べてしまうのだよ」

 

思わず漏らしたというような言葉に苦笑するしかない。

ふと文弥たちの方に目をやると、兄さんが此方へ近付いてくるところだった。

 

「私はこれから外を見回ってこようと思います。よろしいでしょうか」

 

「おお、構わんとも。行ってきてくれたまえ」

 

喜んで肯定する叔父上。

一方二人は大反対だった。

 

「そんな、普段は中々会えないからこの機会にたくさんお話しようと思いましたのに」

 

「すぐ帰ってきて下さいね」

 

その言葉に思わず微笑む。

それは兄さんも同じだったようで、穏やかな表情で二人を宥める。

 

「ほら、叔父上をそんなに困らせてはいけないよ。大丈夫、一回りしたら帰ってくるから」

 

それから俺と姉さんに目を向ける。

 

「ではお嬢様、行ってまいりますので。和也様も」

 

「ああ」

 

軽く頷いてみせると、兄さんは会場を出ていった。

因みにお嬢様の対義語はお坊っちゃまなのだが、そう呼ばれるのは恥ずかしすぎて死んでしまうので人前では名前に様付けで呼んでくれと言っている。

 

「亜弥子も文弥も和也君や達也殿のように落ち着いてくれると助かるのだが……おっと、すまん。今のは忘れてくれ」

 

俺は思わず目を見開いてしまう。

叔父上が兄さんのことを話題に出すのは珍しいことだ。

しかも俺と同列に並べた上で褒めるとは……。

突然のことに驚いてしまったが、後半部分には首を傾げることで応える。

 

「はて、何のことですか?私は何も聞こえませんでしたが……何か仰いましたか?」

 

「いや、何でもないよ」

 

ふっと笑う叔父上。

 

しかし俺、こんなことをしているから桜井さんには時々狸みたいと言われるんだろうなあ……。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

次の日、俺たちは沖へとセーリングへ出ていた。

 

近くに台風並みの巨大低気圧が来ているとは思えないほど穏やかな海でしばらくはセーリングを楽しんでいたのだが、やがてその平穏にも終わりが来る。

 

始まりは通信機器の不調からだった。

外部との連絡が完全に途絶えたのだ。

そして次は不審物の飛来。

何とか魚雷だったっけか。

 

完全にこちらに、というか日本に喧嘩を売ってるとしか思えない行為だ。

生憎ここには一流の魔法師が何人も乗っているんですがね。

それでも奇襲ならば効果はあったのだろうが、残念ながら兄さんの[精霊の眼(エレメンタル・サイト)]は掻い潜れずに察知されてしまう。

 

「――魚雷が接近しています。お嬢様、此方へ。和也様は……」

 

「あれを捕まえてみるよ」

 

ここには今普段使い用のCADしか持ってきてないが、これでも十分だ。

 

まずは振動系減速魔法[凍火(フリーズ・フレイム)]で魚雷の推進装置を沈黙させる。

しかしこれでは加速度がゼロになっただけで速度自体はまだゼロになっていない。

なので今度は加速系統の魔法で進行方向とは反対方向に加速度を与える。

これによってようやく魚雷は停止した。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

俺が無傷で手に入れた魚雷は国防軍に提出した。

あの魚雷の種類は発泡魚雷。

そういえばそういう名前だったような気もするな。

これによって兄さんの予測は確かな証拠を以って彼らにも示されたということになる。

 

昨日ここまでわざわざやってきた風間大尉も同じようなことを言っていたからな。

 

そういえば魚雷に対応した時俺は得意系統でもない減速魔法を幾つか使ったが、これはあの魔法があの状況で最も適していると思ったからだ。

 

得意な加速魔法は攻撃には使い易いのだが、防御側に回ると使い道がなくなってしまうのには本当に困ったものだ。

 

まあ俺の強みは満遍なく全ての系統を人並み以上に使えるということだ。

勿論その道の一流には敵わないが、十分実用範囲である。

 

原作でも一度出てきた、振動系統の魔法の[氷炎地獄(インフェルノ)]はどちらかというと減速が主だから得意分野の魔法ではないのだが、普通に使えるように頑張って練習したから得意系統に匹敵するレベルの仕上がりだ。

練習した理由?

そんなの名前が格好いいからに決まってるでしょう。

言わせんなよ恥ずかしい。

 

閑話休題(それはさておき)

 

本日、俺たちは沖縄舞踊だか何だかを見にいくらしい母上たちとは別行動で国防軍の基地へと向かうことになっているらしい。

 

他人事口調なのは、俺が行かなかったからである。

何をやっているのかというと、数日後に向けてちょっとした訓練の仕上げだ。

沖縄戦の際に必要になるだろうと予測される魔法が幾つかあるので、その完成度を少しでも上げているのである。

 

兄さんと共に参戦するつもりの俺は、今回の件で大勢の敵兵を殺すことになるだろう。

殺しは既に体験している。

自分から快楽的に誰かを殺すのはともかく、自分と敵対する相手の殺害は俺は必要なこととして受け入れている。

 

未だ前世の価値観は俺の人格の大部分を占めているものの、四葉として過ごしてきた12年間で染まってしまった部分も多い。

昔から他人にはひどく無関心だった俺だが、今世になってその傾向はより強まったと言える。

 

自分、或いは親しい人達のためならば、その他の有象無象ならば例え100人殺すことすらも厭わない。

四葉の次期当主として、そういう人格が創り上げられたのだ。

 

今回の戦いは母上と姉さん、そして桜井さんを守るための戦いだ。

ならば俺は例え100人だろうと1000人だろうと、この手をどれだけ血で濡らそうとも目的を達成してみせよう。

 

それが、俺という人間の生き方だ。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話

前半はネタ成分100%で書いてるので、魔法理論は割と適当です。
なので、そこに関しては理論的におかしなところがあっても修正しないかもしれません。

他の部分に関しては、この話に限らずおかしなところ等ありましたらそっとご指摘ください。
頑張って直します。

あと、今日から投稿する時間を1時間早めています。


次の日の昼は、ひたすら遊んだ。

例えば、一切手や道具を使わず、魔法だけで昼御飯を作ってみたり。

今日のメニューは海鮮パスタでした。

 

まずは具材から、と材料を切ろうとしたところで、いきなり壁にぶち当たる。

道具禁止縛りのせいで、包丁が使えないのである。

少し考えた末に、仕方なくパスタを一本抜き取って硬化魔法をかけ、それで切った。

 

次に具材を炒める。

ここで次の難関だ。

フライパンが使えないのである。

頭をひねった挙句、空気を硬化魔法により座標を固定し、それを振動系加速魔法で熱してフライパン代りにした。

そして同じ方法で麺を茹で、最後に具材と絡めて完成だ。

 

これを見た桜井さんは、すごく微妙な顔をして、

 

「なんでこんな作り方でも美味しいんですか……」

 

と呟いていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

後はあれだ、ピアノの演奏。

但し、総勢30名のお人形さんたちによる演奏だ。

え、分からないって?

むしろ分かってたら俺が怖い。

 

説明すると、10cmほどの人形を加速、加重、移動なんかを使って鍵盤の上を飛び跳ねさせるのだ。

本当は指の数と同じが良いのだが、滞空時間の関係上不可能なので30個でやっている。

見た目はたくさんの人形が飛び跳ねている微笑ましい光景なのに、聞こえるのはモーツァルトやショパンあたりの名曲だったりするので不思議である。

 

実は、これは俺が幼い頃に思いついて深雪と一緒にやっていた遊びの一つだ。

初期の頃は同時操作すらままならなかったのだが、小4の頃に「エリーゼのために」を弾けるようになっていたのまでは知っている。

その頃辺りからやらなくなったのでそれ以降は知らないが……。

はて、今ではどのくらい出来るのやら。

深雪の方が精密操作は得意だからなぁ。

 

因みに通りかかった桜井さんは

 

「なんでこれだけの数の同時操作なんて高等技術でこんなことを……」

 

なんて頭を抱えていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

そしてその夜。

俺は、兄さんの部屋を訪ねていた。

 

中はコンピュータやら訳の分からん機械やらでごちゃごしている。

一応の整頓は出来ているみたいだが。

 

「うわぁ、相変わらず魔法工学用の設備でいっぱいだなぁ」

 

「趣味を持てと言ったのも買い揃えてくれたのも和也だろう?俺もまさかここまで適性があるとは思わなかったが」

 

俺の声に苦笑いする兄さん。

そう、兄さんに魔法工学をやるように勧めたのは、何を隠そう俺なのだ。

まぁ、才能あるの知ってたし。

早くからやらせるに越したことは無いかなぁと思って、8歳ぐらいの頃に「何か趣味を持った方が……」などと言ったのが始まりだ。

 

今ではCADの調整も任せている。

 

「で、今日はどうしたんだ?CADがどれか調整が必要なのか?」

 

「いや、それは大丈夫。全部調子は良いよ」

 

今の言葉から分かるように、俺はCADを複数持っている。

それも汎用型を1つと専用のCADを幾つか、だ。

同時に使うなんて器用な真似は出来ないが。

 

俺はある理由から、特殊な魔法を幾つか使うことが出来る。

出来るのだが、機能の限界を攻めすぎて処理とかがギリギリなものも多いわけだ。

そこで、一つの魔法に対して一つのCAD、といった形で対応している。

 

普段なら汎用型一つで十分事足りるのだけどね。

 

「しかし、CADをそんな幾つもよく使い分けられるよなぁ。俺には無理だよ」

 

「俺は、それより同時に使う方が難しいと思うけどね」

 

いや、だっておかしいでしょ、と思ったりする。

まぁ汎用型両手に持つと落とす気しかしないのでやらないけど。

 

ん、待てよ?

そういえば……。

 

「兄さん、汎用型CADで拳銃型を作れると思う?」

 

確か原作で有ったような気がするんだが…。

 

「拳銃型、というと汎用型に照準機能を付けるということか?しかしそれは……いや、無理なのか?えっと……」

 

「ちょっ、待って。俺の用件を終わらせてからにして!」

 

「……え?あ、ああ、悪い」

 

そのまま思考の海に沈みそうだった兄さんを引き留める。

 

危なかった……。

ああなるとこの人、自分か深雪の身の危険を感じないと帰ってこないからな。

だからといって攻撃すると手痛いカウンターを喰らうという鬼畜仕様。

いや、本当どうしろと。

今回はセーフですが。

 

おっと、本題だったな。

 

「戦略級魔法を一つ、手札に加えたい」

 

「…ふむ、系統は?」

 

途端に真面目な顔になる兄さん。

いや、普段からあまり変わらないんだけどね?

こう、雰囲気的な何かが変わる。

 

「使えそうなのは多分振動系かな。アレ(・・)を除くと一番得意な系統だから」

 

「振動系、と言うと熱運動の加速か?あぁ、この件は叔母上には?」

 

「話した。あ、そうそう。その件なんだけど、俺、婚約することになるみたい」

 

「………なんだって?」

 

いつも冷静な兄さんの顔が流石に一瞬呆然とする。

おっと、いきなり過ぎたか。

珍しいものが見れたものだ。

 

「戦略級魔法師が四葉に2人もいたら他家が煩くないですか?って言ったら、だったら七草と手を組めば良いわ、と」

 

「七草……というと、かの『妖精姫』か?」

 

流石情報通な兄さん。

まぁこれぐらいは誰でも知ってるか。

 

「そう。まぁ、それは良いけど。それより戦略級魔法の方だよ」

 

「あ、ああ、そうだったな。さて、振動系か……」

 

「うん。威力を出そうとするなら何かしらの物質を気化させて爆発を起こすっていうのがポピュラーだと思うんだけど」

 

「必要威力に達するほどの演算規模が無い、と」

 

「うん。精々戦術級が良いとこだろうね。それなら、大した手札にはならないし」

 

というかその程度で良いんだったら既にいくつか持っている。

 

「しかし、演算規模の問題ならばどうしようもないんじゃないか?」

 

「えー、そこをなんとかする為に相談したんじゃない」

 

「そこは魔工士にはどうしようもないしな…待てよ?もしかしたら……」

 

最初は呆れていた兄さんは次第に思考の海に沈んで行く。

 

俺は兄さんが考え事をしている間に紅茶を淹れる。

水道はこの部屋にも通っているし、加熱などお手の物だ。

一番香りが出る淹れ方で丁寧に淹れ、そっと兄さんのデスクに置く。

 

そのまま自分の分の紅茶を飲んで批評していると、しばらくして兄さんは顔を上げた。

そして傍らの紅茶に気付く。

 

「……ああ、悪いな」

 

「いや、勝手にやったことだし。それで、何を考えてたの?」

 

「演算規模の拡大」

 

は?

 

「いや、幾ら何でもそれは……」

 

「擬似的なことなら出来る。アレ(・・)を使えばな。ただ、魔法自体は工程の少ない単純な……そうだな、実用性も考えると水の気化ぐらいになるだろうが」

 

えっと……ああ。

 

「ループ・キャストと併用して?」

 

「ああ」

 

頷いて、兄さんはパソコンに向き直り、キーボードを叩く。

 

「前回取ったデータの和也の『干渉強度』で一度にどれだけの水分子を気化出来るかを計算。さらに、アレ(・・)とループ・キャスト、フラッシュ・キャストを併用して全力でやった場合、秒間当たりに一体幾つ発動出来るかを計算する。結果から言えば、十分に戦略級の威力は出せる。残念ながら似非戦略級魔法ってことになるが」

 

この人、本当に中一かよ。

っと、そうではなくて。

 

なるほど。

確かに、アレ(・・)が俺だけに与えられた特異魔法である以上、その方法では俺以外には無理そうだ。

だがそれは言い換えると、俺ならば可能ということになる。

 

「兄さん」

 

「ん?」

 

「専用CADのソフト、頼める?叔母上にはもう許可取ってあるし、ハードも用意してくれるって言ってたから」

 

「分かった。ただ……」

 

「ただ?」

 

少し躊躇したあと、言葉を続ける。

 

「叔母上に何でもかんでも話すのはやめた方が良い。あの人は…」

 

「……うん、分かってる。ただ、俺にも考えがあるから」

 

「……そうか。なら良い」

 

む、なんか暗くなっちまったな。

 

「そうだ兄さん、もうひとつ」

 

「何だ?」

 

「実は、こういう魔法を開発したんだけど……」

 

「ん?ほう、これは……」

 

興味深そうな顔をする兄さん。

よし、掛かった。

この人の興味を引くにはCAD関連の話をすれば良い。

チョロいもんだぜ。

 

「これ、多分俺の処理速度でもギリギリなんだ。余裕を持たせるために、これの専用CADもお願いできる?こっち優先で。ああ、ハードも一緒にね」

 

「分かった、やっておこう。明後日には多分出来るよ」

 

「はやっ。夜更かししすぎないでよ?」

 

「分かってる」

 

あの顔、絶対分かってないだろ。

まぁ、いっか。

楽しんでるみたいだし。

 

楽しそうにコンピュータのディスプレイと向き合う兄さんの邪魔をしないように、俺はそっと部屋を後にした。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話

日刊ランキング7位、UA10000件突破など色々重なってびっくりしました。
ありがとうございます!

特に日刊ランキングに載ってからの伸びが凄いですね。

これからも頑張っていくので、応援よろしくお願いします!


数日後。

俺たちは、沖縄の日本軍基地に避難していた。

大亜連合による沖縄侵攻だ。

さしもの母上も少し緊張した面持ちを見せる状況だ。

 

そんな中でも、俺は少し余裕がある。

未来を知っているからな。

勿論、不確定でどこまで信憑性があるかは分からない。

本来、というか原作において存在しなかった俺がいることで少しずつ未来が変わっている可能性もあるし。

 

蝶の羽ばたきが地球の反対側で竜巻を起こすのだから、存在しないはずの俺が四葉家次期当主だということで何が起こるかは分からない。

いや、バタフライエフェクトも詳しいことは知らないが。

 

とにかく避難だ。

そして、今日の行動について一通り確認する。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

まず、初めに起こるのは外国人の日本兵による反乱。

この際敵はアンティナイトによるキャスト・ジャミングで魔法の阻害をしてくる。

その為魔法を封じられただの一般人と変わらなくなった俺たちは、銃撃を受けて瀕死の重傷を負うのだ。

 

その後直ぐに駆けつけた兄さんにより傷は「再成」によって治される。

その後兄さんは姉さんが傷付けられた報復に軍の戦闘に参戦、姉さんは兄さんの事情を知ることになる。

 

そして最後に、「マテリアル・バースト」で敵艦を粉砕。

その準備中、自らの命を削ってまで障壁魔法を張り続けた桜井さんは、死亡。

以上が俺の知る、今日の顛末だ。

 

もしここに俺がいなかったならば(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

桜井さんには赤ん坊の頃から世話になったのだ。

こんなところで、死なせてなるものか。

 

ただ、心配なのはイレギュラーたる俺の介入による歴史の変化だ。

別に原作通りに進むのが正しいとはこれっぽっちも思っちゃいないし、今俺はここに生きている以上好きな様に生きる権利があると考えているのだが、あまり変えすぎると原作知識というアドバンテージが失われるのが痛すぎる。

 

極力介入は減らしていきたいところだ。

このまま行けば、ヒロイン候補の一人を婚約者にしてしまうのだがな……。

 

っと、それはいいや。

さて、どうしたのものか……。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

シェルターに避難すると、そこには見るからに立場のありそうな男とその家族らしき人達がいた。

何だったかな、嫌なやつだったことは覚えているんだが。

 

はて誰だったかと記憶を辿っていると、兄さんと桜井さんが突然目をある方向に向ける。

 

「今の……聞こえた?」

 

「銃声ですね。しかも連射……拳銃ではなくアサルトライフルでしょう」

 

「やっぱり。達也君、外の様子は何か分かる?」

 

「いえ、壁に魔法を阻害する術式があるようで。部屋の外は全く視えません」

 

「やっぱりそう。部屋の中で使う分には問題なさそうね」

 

二人のガーディアンは、部屋の様子を調べている。

 

と、ここで偉そうな男が話しかけてきた。

 

「おい、君達。魔法師なのかね」

 

「……ええ、そうですが」

 

桜井さんが答える。

 

「だったら君達、外の様子を見てきたまえ」

 

「は?」

 

ああ、思い出した。

凄く嫌な野郎だ。

 

「私達は貴方の使用人では無いんですが」

 

憮然として答える桜井さん。

既にかなり苛ついているのが分かる。

しかし、男はそれに気付かないのか、こんな事を言う。

 

「君達魔法師は人間に奉仕する為に作られた『もの』だろう。だったら、このぐらい当然ではないかね」

 

何を言うかは分かっていても、これはイラっとくるな。

それに、個人の認識はともあれ魔法師に面と向かってこんなことを言うこいつの気が知れん。

魔法師に牙を向けられたら抵抗する術は無いというのに。

 

と、ここで皆のイケメン達也兄さんが登場する。

 

「確かに我々魔法師はつくられた存在かもしれませんが、その理由は『社会への奉仕』であり、見知らぬ一個人に帰属するものではありません。貴方の指示に従う筋合いはありませんね」

 

見るからに怒り青筋を立てている男を一瞥し、それに、と続ける。

 

「現在存在する魔法師の殆どは、人工的につくられた訳ではありませんので、悪しからず」

 

「くっ、子供の癖に生意気な……」

 

「そうですね。子供の前で恥ずかしいとは思わないんですか?」

 

「何を……っ」

 

家族が軽蔑の視線を向けているのを見て、意気消沈する男。

 

ギスギスする空気を打ち破ったのは、母上だった。

 

「達也。あなた、外を見てきなさい」

 

「は……しかし。どういう状況か把握出来ていない以上、未熟な自分の力では深雪を確実に守ることは出来ないと…」

 

「深雪?……達也。あなた、立場を弁えなさい?」

 

ニコッと笑う表情とは裏腹に背筋が凍るような視線を兄さんに向ける。

 

そうか……。

こっちに来てからあまり姉さんと行動を共にしていなかったからどうかと思っていたが、ちゃんとイベントは消化していたか。

 

「母上、俺も行きます」

 

「和也……?」

 

「何故?」

 

「俺には、四葉の次期当主として国防に尽力する義務があります」

 

余りにも白々しい言葉を吐く。

これ信じてるの、この場では多分姉さんだけだし。

とはいえ、建前は大事だ。

それに、これもあながち嘘では無いし。

 

「……そう。分かったわ。行きなさいな」

 

「行って参ります」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「和也、本当はどうして来たんだ?」

 

シェルターから少し離れたところで、兄さんが尋ねてくる。

 

「どうしてって、さっき言った通り……分かった、言うから」

 

とぼけようと思ったのだが、兄さんの冷たい視線に耐えられなかった……!

 

「大亜連合が日本への野心を捨てない以上、きっと何度でも攻めてくる。別にたとえ同郷だろうと見ず知らずの人がどうなっても知ったことではないんだけれど、もし日本が攻め落とされたら一番被害を受けるのは、優秀な魔法師である我々十師族だよ。保持している特権はまず間違いなく無くなるし、良くて飼い殺し、最悪だと人体実験のモルモットにされる」

 

「……まぁ、確かにそうだな。そこまで考えたこともなかったが」

 

兄さんが頷くのを見て、言葉を続ける。

 

「だったら、自分たちで守るのが一番確実だ。何せ俺たちは、日本で最高の魔法師集団なんだから。そのうち、また今回みたいなことがあるかも知れない。その時の為に、まだ大規模な戦争ではないここで実戦訓練を積んでおきたかったんだ。要は自己保身のためだね」

 

なるほど、と頷く兄さん。

 

まぁ、これは理由の一部なんだけどね。

本当の理由は、桜井さんの命を救うことだ。

 

と、そうこうしているうちに、風間大尉がいるであろう司令室に着いた。

 

「風間大尉、達也です。宜しければ、現状を教えて……!?」

 

風間大尉に話し掛けた兄さんが、途中で弾かれた様に振り向く。

向いた先は、姉さんたちのいるシェルター。

 

「また銃声……しかも今度は……風間大尉、シェルターへの近道はありませんか」

 

「こちらだ。……まさか」

 

基地内で銃声が響いたことに驚きを隠せない様子だが、それでも道を教えてくれる風間大尉。

 

「分かりました」

 

聞くや否や、兄さんは全速力で駆けていく。

 

何が起こったか全てが分かっている俺は、罪悪感に唇を噛み締めつつ後を追った。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話

日刊ランキング1位、お気に入り数も1000を越えました……。

多くの方にお読みいただいているようで、ありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。


俺が追い付くと、丁度姉さんを治すところだった。

神の如き魔法、[再成]。

正確には魔法ではないらしいが、その効果は絶大だ。

その分、兄さんは想像を絶するほどの苦痛を味わっているのだが。

 

次に兄さんは母上たちの下へ向かう。

そして姉さんや、その目はまるで恋する乙女なんですが、あなたたち兄妹ですよ?

 

……なんてふざけたことでも考えて居ないと、怒りでどうにかなってしまいそうだ。

 

既に姉さんには傷は残って居ないが、あの血だらけの姿は脳裏に焼き付いている。

あれは、俺が止められると分かっていて放置した結末だ。

兄さんと姉さんの関係を改善する重要なファクターだったし、兄さんが参戦した理由にもなったから敢えて介入せずに見送ったのだが。

 

これは中々、くるものがあるな。

裏切った軍の連中、大亜連合、そして何より、自分が許せない。

 

「風間大尉。俺も戦闘に参加します。奴らには、報いを与えねばなりません」

 

「俺も、行きます」

 

兄さんの怒りを押し殺した声に、俺も乗る。

大亜連合には、誰に手を出したかを思い知らせてやる。

 

「……非戦闘員や投降兵への攻撃は認められんぞ」

 

「投降する暇など、与える気はありませんから」

 

「同じく」

 

「ならばよし。おい、白兵戦用の装備を二人分用意してやれ」

 

「軍の指揮に従うつもりはありませんが」

 

「大亜連合という敵と、敵の殲滅という目的が同じならば、肩を並べて戦いましょう」

 

「それで構わん。歓迎しよう、達也くん、和也くん」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「お兄様!!和也!!」

 

通路に姉さんの声が響く。

俺と兄さんは立ち止まり、兄さんだけが振り返る。

 

「あ、あの……行かないでください。お兄様が行かれる必要は、無いと思います。和也も、そうです」

 

俺は……答えられない。

顔を見ることが出来ない。

せめて、自分の中でのケジメ……大亜連合を殲滅するまでは、向き合うわけには行かない。

そう、決めたから。

 

「ごめんな、深雪」

 

しかし、兄さんにはそんな負い目は無い。

 

「でも、俺は行く。自分が行きたいから行くんだ」

 

あるのはただ、敵への深い怒り。

 

「俺が本当に想える(・・・・・・)のはお前のことだけだから」

 

そして、姉さんへの深い愛のみ。

 

「……本当に、想える……?」

 

姉さんの、不思議そうな声。

 

「そこに気付くか、参ったなぁ。……まぁ、お前ももうそろそろ知っても良い頃だろう。母さんに聞いてみなさい。今、自分が疑問に思ったことを」

 

「お母様に……?」

 

「うん。……じゃあ、俺はもう行くよ。大丈夫、俺を本当の意味で(・・・・・・)傷付けられる者は居ないから」

 

少しして、兄さんが駆け寄る音がする。

 

「良いのか、和也」

 

「ええ。今の俺では、姉さんと話すことは出来ないので」

 

「……そうか」

 

兄さんはあまり納得して居ない様だったが、俺の意思を尊重してくれるのだろう。

黙って引き下がった。

 

「それより兄さん、わざと(・・・)姉さんに気付かせたでしょう」

 

「何のことだ?」

 

上手にすっとぼける兄さん。

 

……ふむ。

確信しているので別に兄さんから答えを引き出さなくても良いのだが、折角だから一つ試したいことがある。

 

「兄さんって嘘を付く時左上を見る癖があるんですよ」

 

「そんなバカな……やられたな」

 

慌てて視線を戻そうとして、諦めた。

ハッタリだと分かったからだ。

 

あんなことを言われると、大抵の人間は別に左上を見ていなくてもその逆方向を意識してしまうものだ。

特に、嘘をついている人間ほど。

 

「兄さんにも通用するなら、これは正式採用しようかな」

 

「二度は効かないぞ?」

 

ふっと笑った俺に、溜息を吐きながらそう言う。

 

「まぁ、良い機会ではあったからね。それに、これから色々と大変になるし」

 

「ああ。俺への命令権を唯一持つ深雪には、しっかりしてもらわないと困る」

 

お姫様も、いつまでも脳内お花畑ではいられないということだ。

いや、脳内お花畑は言い過ぎだが。

 

兄さんはこれから、おそらくその身に生まれ持った異能を十全に発揮するのだろう。

軍にとって、その有用性は計り知れない。

 

人を、物を、その区別なく跡形もなく消滅せしめる[分解]。

24時間以内ならば、あらゆる損傷を元の状態に戻し、無かったことにする[再成]。

この二つしか満足に使えないが、しかし魔法師としては凶悪なほどの実力だ。

 

おそらく四葉と軍の思惑が入り混じり、更に今後他家、或いは他国からの干渉が入ることも考えられる。

現時点で、何があっても兄さんの味方になるのは俺と姉さんだけだ。

 

そして、俺たち三兄弟の中で一番の弱点となるのはおそらく姉さんだ。

兄さんの異能、俺の特異魔法と比べ、姉さんの「コキュートス」は強力な魔法ではあるもののそれだけだ。

魔法師としての実力は最も低い。

しかし、だからと言って姉さんを切り離すことなど決して出来ない。

 

だからこそ、彼女にはもっと強くなってもらわなければならないのだ。

魔法師としても、人としても。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話

お待たせしました。


◇ ◇ ◇

 

 

 

戦場に出た二人を目にした風間と真田は目を見開いていた。

その体躯は鍛えられながらも未だ子供で、年齢もようやく初等教育を終えたばかり。

しかし、二人の魔法師としての技能は大人のそれをも凌駕していた。

 

達也が右手を向けると指し示された者は跡形もなく消え去り、左手を向ければ味方兵士の傷が消える。

何が起きているのかはおおよそしか分からないが、凄まじい働きである。

 

そしてもう一人、和也。

彼もまた獅子奮迅の働きを見せていた。

彼だけを見ると、両手をポケットに突っ込んで散歩しているかのような気楽さで歩いている。

が、周りを見るとそれとは対照的だ。

 

彼の周りにいる敵兵は、問答無用で消滅する。

達也とは同じようでいて、しかしよく見ると似て非なる魔法だと分かる。

 

そして彼に飛来する攻撃は全て、彼を中心とした半径3〜5mの不可侵領域への侵入を阻まれていた。

事前に近付くなと言われていたわけがよく分かる。

 

今現在戦場に出ている兵士の誰よりも、この二人は活躍していると言えた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

俺は今、全力で敵の殲滅に掛かっていた。

 

使う魔法は兄さんとほとんど同じ結果を生み出しながら、しかしその実全く違う魔法。

 

振動系加速魔法[物質蒸散(ヒート・ヴェイパリゼーション)]。

物質を構成する分子の熱運動を加速させ、激しく振動させて分子間に働く力より大きな力が働くことで分子がバラバラになる魔法だ。

動いている物体は加熱のために運動エネルギーが奪われるため、例外なく停止、気化する。

 

それは人ですら例外ではない。

この魔法に関してのみ、俺は殆どの魔法師の身体を覆う情報強化を一瞬で突破することが出来る。

流石に一条の[爆裂]ほど生体干渉に特化しているわけではないが。

特に迎撃に無類の強さを発揮する切り札であり、同時に対外的には(・・・・・)俺の特異魔法である。

 

更に[観測者の眼(オブザーバーズ・アイ)]によって座標指定をしているので、死角はない。

現在俺はそれを全開にして戦場全体の状況をリアルタイムで把握していた。

具体的に言うと、半径100m以内に存在する全ての原子の位置、構成、温度などを観測(・・)し、それらの情報を処理して組み立てた立体的な図を脳に投影しているのだ。

 

当然ながら、これだけの情報量が脳に流れ込んできたら普通なら一瞬で廃人になる。

しかし俺は、それを全て難なく処理していく。

これこそ、俺の真の(・・)特異魔法の効果だ。

 

系統外精神干渉魔法[加速(アクセラレーション)]。

 

対象の精神に干渉して任意の正の加速度を与える魔法だ。

この場合精神とは意識と無意識を合わせたもののことを言う。

この魔法を使うことによって意識つまり思考の加速、無意識領域にある魔法演算領域の処理速度の加速が可能となるのだ。

唯一、欠点として自分以外を対象と出来ないのだが。

 

その二つを十全に生かし、膨大な情報量が頭に流れ込んでくる[観測者の眼(オブザーバーズ・アイ)]を使いこなしているのだ。

それでも、本来先天的に備わっているはずの知覚系魔法を後天的に無理やり再現しているから、無理は多いのだが。

 

また、魔法を組み上げる速度はおそらく世界最速。

例え相手のサイオンの活性化を確認してから、[加速(アクセラレーション)]で魔法演算領域の処理速度を加速し、魔法を発動しても十分間に合うほど、俺の[加速(アクセラレーション)]の発動は速い。

 

兄さんの[分解]や[再成]はまあ特別として、俺の特異魔法は主に自己強化に使うから、叔母上の防御不能な[流星群(ミーティア・ライン)]や姉さんの精神を凍結させる[コキュートス]と比べると地味だ。

 

だが、これにより生まれる効果はどれよりも上だと思っている。

上がるのは処理速度だけで干渉強度と演算規模は変わらないのだが、それも四葉直系に恥じないものは持っている。

つまり、俺は正面からの魔法の撃ち合いにおいては世界最強ということだ。

 

 

 

さっきまでは自分自身と大亜連合に対して怒り狂っていたのだが、ただ怒るだけでは何の利益にもならない。

それどころか視野が狭まり、判断ミスで命を落とすことすら考えられる。

緊急時なので[加速(アクセラレーション)]の思考加速を用いて、どうにか自分の心に折り合いをつけたのだが、それで完全に納得出来るのは兄さんぐらいなものである。

 

その怒りを、俺は今ここで思う存分発散していた。

敵が一人また頭を撃ち抜かれた、というのを認識した時には既にまた別の敵兵を撃ち抜いている。

こういうのを無双と言うのだろうか。

 

と、敵の白旗の旗手を撃ち抜こうとした兄さんが柳さんに押さえられ、戦闘が終了した。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「……はっ。了解しました。――全軍、捕虜を連れて帰投せよ」

 

敵艦と20分後に接触する。

対艦戦力も援軍も無く、兵士の数より多い捕虜を全員連れていっては、確実に途中で攻撃を受ける。

しかし軍人として上には逆らえず、理不尽な命令に従うしかないからか苦渋の表情でそう告げる風間大尉。

 

「……風間大尉。先日見せていただいた遠距離狙撃用武装一体型デバイスはありますか?」

 

「真田」

 

「はっ。今ここにはありませんが、ヘリに積んであります。5分ほどで届きますが――」

 

「持ってきてください。俺には敵艦を撃退する手段があります。ただ、誰にも見られたくないので軍には先に撤退していただきたい」

 

「いや、俺と真田は残る。構わないな?」

 

「……分かりました」

 

「俺も残ります」

 

話が終わりそうだったところに割り込む。

風間大尉と真田中尉は訝しむようにこっちを見て、兄さんは首を振る。

 

「ダメだ、お前も先に帰れ。お前は四葉家次期当主だろう」

 

「四葉家次期当主としては、強力な手札となる戦略級魔法師を失うわけにはいかない。弟としては……なおさら見捨てるわけが無いだろう。大体、大した障壁も張れないくせに前線でアレをやろうなんて、無茶にもほどがある」

 

普段なら使わないような言葉を敢えて使うのは、それだけここから退くわけにはいかないから。

 

それが伝わったのか、それとも単に説得を諦めたのか……取り敢えず、兄さんは許可を出した。

 

「CAD、届きました」

 

「ありがとうございます」

 

兄さんは、発動準備に入った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

兄さんは現在、受け取ったCADの試し撃ちをしている。

 

「ダメですね。20kmが良いところでした。そこまで待つしかありません」

 

試射を終え、兄さんは首を振る。

 

「待て、だが20kmとなると相手も射程圏内に入る」

 

「ええ。ですから、お二人は退避を――」

 

「――大丈夫ですよ」

 

「……和也?」

 

「敵艦の砲撃は全て俺が防ぐ。最も少しはご協力いただかないといけませんが」

 

「そ、それは構わないが……」

 

それに頷き、兄さんを見る。

 

「敵艦は、何発あれば全滅させられる?」

 

「それは配置と何隻あるかによるが……」

 

「巡洋艦2隻、駆逐艦5隻と聞いている」

 

ここで風間大尉が口を挟む。

 

「なるほど。だがまあ一応確認しておく……!?」

 

観測者の眼(オブザーバーズ・アイ)]の機能と方向を限定して範囲を伸ばし敵の姿を確認した俺は、思わず絶句してしまう。

 

「どうした?」

 

「……敵巡洋艦、2隻どころの騒ぎじゃないんですけど」

 

「どういうことだ……?」

 

「ざっとその5倍。10隻ってとこですかね」

 

「何だと!?事前に入った情報では2隻しかないと――」

 

流石の大尉も動揺を隠し切れないらしい。

事前情報と違うとなると、考えられる可能性は3つか。

 

「途中で合流したのか、こちらの情報網が欺かれたのか、或いは……」

 

「司令部に敵の手が入り込んでいるか、だな」

 

敢えて濁した3つ目だが、それは大尉も理解しているらしい。

 

途中で合流したにしてもこの遮るものの無い海でどこに隠れていたんだという話だし、仮にも先進国に数えられる日本の情報網が欺かれたとは考えにくい。

 

となると一番可能性が高いのは3つ目である。

先ほどの基地内でのことも考えると、これで殆ど決まりだろうな。

 

普通に考えてあの数の捕虜がいて敵艦が来る前に帰投するというのは不可能に近い。

これが敵艦2隻ならばまだ被害が少なく済む可能性があった。

しかし10隻となると、全滅以外の道が見えない。

この命令を聞いたものは全員あの世で、死人に口無しと現場の自己判断とされてしまうだろう。

 

まぁ、俺たち兄弟が居なければ(・・・・・・・・・・・)の話だが。

 

「兄さん、今の聞いてた?」

 

「ああ」

 

「その上で聞くよ。準備に何分必要?」

 

「10分あれば」

 

「了解」

 

10分か。

 

拠点防衛が最も適していると自負してはいるが、相手は海岸への攻撃ならば最大火力を誇るという沖からの艦砲斉射攻撃。

それを10分となると、どうにかなるか微妙なところだな。

 

だが、俺の後ろには母上が、姉さんが、桜井さんがいる。

隣には兄さんがいる。

 

――ならば、俺の命にかけてもどうにかしてみせるさ。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話

「――そろそろ、20km圏内に入る」

 

「了解。――発射準備に入ります」

 

「お二方、障壁張ってもらえます?余波までは防ぎきれないと思うので」

 

「了解した」

 

敵艦が試射を開始する。

その一つが、こちらへ飛んでくる。

かなり弾速が速いな。

でも、これぐらいなら……!

 

「[発火(オーバー・フレイム)]」

 

電磁加速により撃ち出されたフレミングランチャーの砲弾は、俺たちから100mの位置で爆発した。

 

フレミングランチャーの砲弾は爆弾、つまり中に火薬が詰まっている。

ならばそれを先に加熱して爆発させてしまえばここまでは余波しか届かない。

 

発火(オーバー・フレイム)]は、[凍火(フリーズ・フレイム)]とは対極に位置する魔法だ。

火薬の暴発を引き起こすこの魔法は、対銃火器戦において無類の強さを発揮するのだ。

砲弾がただの鉄球だったら別だが、爆弾ならばこちらの方が適している。

 

比較的負担の少ない魔法なのだが、欠点として正確な照準を必要とするためフルスペックの[観測者の眼(オブザーバーズ・アイ)]を併用しなければならない。

だが、フルスペックのそれを10分間使い続けながら連続で魔法を行使しなければならないとすると、500mでは少々危ない。

行けるかどうか際どいところだ。

本当ならば確実性を持って100mに狭めたい。

 

そのためこちらから100mまでこないと発動出来ないのだが……[加速(アクセラレーション)]による魔法演算領域の処理速度の上昇、フラッシュ・キャストなどを盛り込んで精一杯急げば十分間に合いそうだ。

ただ、問題は…。

 

「くっ、爆風が……!和也くん、我々は障壁魔法は得意じゃないんだけどねぇ!?」

 

障壁の方だ。

今のはまだ余裕みたいだが、すぐにこの数倍はキツくなる。

そうなると正直厳しいだろう。

片や古式魔法師、片や魔工師だからな。

どちらも対物干渉力は決して高いとは言えない。

 

発火(オーバー・フレイム)]はあくまで爆弾を爆発させるだけの魔法だ。

爆発によって発生する爆風、飛んでくる金属片などは防げない。

 

今ならばまだ余裕があるから防げるが、フレミングランチャーの特徴はその連射性。

全てを爆発させるにはこちらにかかりきりになる必要があるだろう。

 

となると俺の方もすぐにこっちで手一杯になるだろうから障壁まで張る余裕はないし……。

どうする……?

 

「――援護します!!」

 

ナイスです、桜井さん。貴女を待ってました。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

途中参加の桜井さんに、今の状況と俺が求める役割を伝える。

 

「桜井さん、俺が砲弾は全部100m手前で爆発させるので、余波を防いでください」

 

「了解しました。……ただ、よろしいのですか?」

 

「ん、何が?」

 

「過度の魔法行使は身体に支障をきたします。元造様も深夜様もそれでお身体を……何がおかしいんですか」

 

その言葉に思わず笑ってしまい、睨まれる。

 

「くくっ、桜井さん。――俺を、誰だと思ってるんだ?四葉真夜から認められたこの俺が、この程度を負担に感じると?舐めてもらっては困る」

 

尊大な態度で、しかし暗に心配するなと告げる。

 

ここで譲ってしまって、万が一が出たらどうする。

俺もまだまだ死にたくはないし、負担が大きすぎて無理そうならば手伝ってもらうことにするが、桜井さんは黙って無理をしてしまう可能性が捨てきれない。

どこまでが許容範囲か分からない以上、攻めないで安全策を取った方が良いだろう。

 

「!!……失礼しました」

 

そこまでは分からなくても俺の心配するなという言外の意思に気付いたのか、桜井さんは慌てて謝罪する。

 

「……本命が来るぞ。後は任せた」

 

「は、了解しました」

 

亜音速で撃ち出される幾つもの砲弾。

先ほどの数発で角度の調整は終えたのか、ほぼ正確に砲弾はこちらへと飛来する。

数秒も掛からずこちらに到達するそれを、しかし俺は一瞬で次々と爆発させていく。

視界が爆風で埋め尽くされるが、俺も兄さんも肉眼で対象を認識しているわけではない。

問題はないだろう。

 

そして障壁は、今度は全く揺るがない。

流石は桜井さん。

 

「この調子であと10分、耐え切りますよ!」

 

「了解です!お任せください!!」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

兄さんから指定された時間は10分。

それまで俺はひたすら敵の艦砲攻撃を防ぎ続けなければならないのだが……。

7分も経つと、頭にだんだん靄がかかってきているかのような状態になってくる。

 

そもそも[加速(アクセラレーション)]は、加速度最高で長時間使うようなものではないのだ。

普通はそんなに必要ないので、大抵は出力10%程度。

精々30%あれば、殆どの場面は事足りてしまうのだ。

 

先ほどまでは敵艦は2隻だと思っていたし、それならば余裕を持っても20%で十分なのだ。

 

大体、誰が殆ど一人で軍艦10隻の艦砲攻撃を10分防がなければならない状況に陥ると想像するだろうか。

本当に勘弁してほしい。

全く、人生とはままならないものだなぁ。

 

何て現実逃避気味に頭の悪いことを考えている時点で、今の俺は相当ヤバイ。

そろそろ幻覚とか見え出すかもしれん。

 

それでもどうにか集中力を振り絞り、疲労が蓄積してきている頭脳や悲鳴を上げる魔法演算領域に鞭打って、必死に魔法を使い続ける。

 

もはや照準から何から殆ど機械的になっている。

ほら、こうして砲弾の中の火薬に照準をあわせて、照準を……火薬がない!?

 

「奴ら普通の砲弾も持ってやがったのか!?」

 

既に砲弾は30mまで迫っている。

が、その時[物質蒸散(ヒート・ヴェイパリゼーション)]を発動。

ギリギリのところで、防いだ。

 

その後、時折混じってくる火薬無しの砲弾に苦しめられながらもどうにか3分間を耐え切った。

 

そして、ようやく。

 

「――[質量爆散(マテリアル・バースト)]」

 

兄さんの、戦略級魔法が放たれ、3発の銃弾が分解された。

 

分解された物体は(質量)×(光速定数の二乗)のエネルギーに変換される。

 

そのエネルギーは光や熱エネルギーとして放出され、閃光が10隻の敵艦を全て呑み込んだ。

 

そしてこれだけの攻撃、当然ながら余波が発生する。

 

「――津波が来るぞっ!退避しろっ!!」

 

それに反応して皆が動きだそうとした瞬間、衝撃波がここまで到達、船を大きく揺らした。

衝撃波に加え突然足場が揺れたことで俺たちは体勢を崩し、一瞬身動きが取れなくなる。

この一瞬は、致命的だった。

 

その後俺たちは急いで動き出そうとした。

しかし、[質量爆散(マテリアル・バースト)]の範囲に比例して発生した津波も大きくなっている。

何が言いたいかというと、全員が体勢を立て直した頃には既に波は近くまで迫っており、このままじゃ逃げ切れないまま津波に飲み込まれることになるのだ。

 

くっ、どうする……?

兄さんの[分解]――ダメだ、効果範囲が足りない。

桜井さんの障壁魔法――これもダメだ、圧倒的に干渉強度が足りない。

 

回らない頭で考えてみるのだが、現在この状況をどうにかし得るのは残念なことに俺しか居ないみたいだ。

……仕方ない、最後の一仕事をするか。

 

「桜井さん……このままじゃ、逃げきれないで、津波に捕まる」

 

「そんなことは分かってますよ……!でも、私でもあれは防ぎ切れません!」

 

「だから……俺が、どうにかする。後は、任せたよ……」

 

「そんな、無茶です!さっきからあれだけ魔法を連発していたのに……!」

 

「だからって、ここで温存して、死んだら……悔やんでも、悔やみきれないから」

 

桜井さんの制止を無視して、俺は迫り来る波に目を向ける。

そして、魔法を発動した。

 

振動系統魔法[氷炎地獄(インフェルノ)]。

 

波を中央部分と両端に分け、中央部分の熱エネルギーを両端に逃がすことで中央は凍結、両端は蒸発する。

 

それを見届けて、俺は桜井さんに身を預けて意識を失った。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話

「だから、無茶だと言ったでしょうに」

 

「良いんだよ、後遺症もないんだし。これは成功と言って何ら問題ないね」

 

その後、俺は桜井さんに介抱されていた。

 

俺たちは既に別荘に戻っており、俺は目を覚ましたら自室のベッドで寝かされていた。

全力の[加速(アクセラレーション)]による反動で限界が来ていたところに追い打ちをかけるように最後の[氷炎地獄(インフェルノ)]。

俺の身体も流石に堪えたみたいだ。

 

話によると、3日の間俺は死んだように眠っていたらしい。

おそらく脳に蓄積された疲労を回復していたのだろう。

 

思考を加速させる[加速(アクセラレーション)]は脳に大きな負担をかける。

使用時間にもよるが、普段は夢も見ないで一晩ぐっすり眠る程度で回復するのだが……。

 

まぁ、目が覚めた今となっては今日明日安静にしていれば平気な程度でしかない。

 

それに、これで人一人の命を救えたというのならば安い物だ。

まあ所詮は偽善に過ぎないといえばそうだし、この程度で何かが変わるかと言われればそれもない。

桜井さんが死ぬまで四葉でガーディアンとして生きていかなければならないのは変わらないのだから。

何と意味のない偽善なのだろうか。

 

心の中で自分を嘲笑っていると。

 

「……でも、ありがとうございます」

 

「ん?」

 

「和也様が私を止めてくれなかったら、恐らく私は今ここには居ないでしょう。ですから、ありがとうございます」

 

そう言って微笑む彼女を見ると、俺も少しは良いことをしたのだろうか。

そう思えた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

しばらくすると、ノックの音が飛び込んできた。

 

「和也様、達也です。入っても宜しいでしょうか?」

 

兄さんか……。

 

「構わない」

 

「失礼します」

 

許可を出すと、礼儀正しく入ってくる。

……これでは話し辛いな。

 

「桜井さん、しばらく2人にしてください。少し話したいことがあるので」

 

「分かりました。何かあったら呼んでください」

 

そういって出て行く桜井さん。

躊躇の素振りすら見せないのは、自分でも出ていこうと思っていたからなのだろうか。

 

「座って、兄さん」

 

傍に呼び寄せる。

兄さんはそれに頷き、腰を下ろす。

 

「体調はどうだ?」

 

まずは形式的な質問から始める兄さんに、俺はそれに乗ることにする。

 

「ちょっと疲れただけだよ。明日には元気になってるさ」

 

「そうか……」

 

兄さんは少し躊躇った後、俺に問いを投げかける。

 

「……あの時。どうして深雪と話さなかったんだ?」

 

まぁ、聞かれるというのは分かっていた。

姉さんにだって聞かれそうなぐらいだ、兄さんが違和感を抱かないわけが無い。

 

問題は、果たしてこれに対してどうするかである。

 

姉さんならば躊躇い無くはぐらかすのだが、兄さんとなると下手な嘘は意味が無い。

勿論それで本当の事は伝えたくない、という意思表示はできるが、それを汲み取ってこちらの意思通りに動いてくれるかはまた別の話だ。

 

そして、事は姉さん――兄さんが唯一深い親愛の情を持てる深雪のことである。

中々の高確率で、スルーしてくれないだろう。

残念ながら兄さんにとっては、姉さんと比較した場合俺もその他の有象無象に含まれてしまうのだから。

 

嘘は見破られて意味がないし、真実を話すわけにもいかない。

さて、どうしたものか……。

 

いや、本当に話せないことなのか?

俺が現在これに関して危惧していることは、原作知識のアドバンテージが失われること。

つまり、俺の知らない歴史へと進んでしまうことだ。

 

だが大して介入していない現段階で、既に重大な違いが一つ生まれている。

今回はギリギリどうにかなったが、次も対応できるとは限らない。

特に俺はこの知識に変に縛られているところがあるようで、どうしても原作ありきで物事を考えてしまうのだ。

 

ならば、敢えて話すことで協力者を作るという選択肢もありか……?

 

「……言えないことなのか」

 

俺の沈黙を、どうやらそう取ったらしい。

 

「まぁ、あまり口にしたいことではないね」

 

「俺の予想を話しても良いか?」

 

「……聞こうか」

 

ひとまず兄さんの話を聞くことにしようか。

さて、脳のスペックがおかしい兄さんの予想が一体どこまで当たるか……。

割と核心以外は当たりそうだな。

 

「お前があの時深雪の声に応えなかったのは、罪悪感からだ」

 

「ほう。それはまたどうして?」

 

「深雪が傷付くのを事前に知っていたから」

 

「そうだね、確かにその通りだ」

 

その言葉を肯定すると、次の瞬間には俺は胸倉を掴まれていた。

兄さんの手は怒りのあまり震えていて、目は激情に染まっている。

 

が、すぐに手を離して首を振る。

再びこちらを見た目には自嘲の色が映っていた。

 

「こうして、お前に強い怒りを抱くのは恐らく、俺がお前の事も愛せない(・・・・)からなんだろうな……」

 

そう。

原作と違って司波達也には弟がいる。

しかし、原作と同じように彼がこの世で想うことが出来るのはただ一人、司波深雪だけなのだ。

 

つまり、兄さんは俺に親しい友人と変わらない程度の情しか抱けないのだ。

その点においては、俺はその他の有象無象と何ら差異はない。

 

俺はこの事実を10歳の時に知り、もう既に折り合いをつけたのだが、兄さんは未だに気にしているみたいだ。

 

兄さんはそういったところで常識に拘るところがあるからな。

母さんもそのせいで自分に手を加えなければいけなくなったのだし。

 

では話題を逸らすついでにクイズでも出そうか。

 

「じゃあ、何故それを事前に言わなかったと思う?俺だって兄さんに負けないぐらいには姉さんのことは大切だよ?」

 

「それは……何故だ?死ぬことがないと分かっていた……しかし重傷を負ったのは間違いないし、俺が間に合わなければ死んでいただろう。そこまでのリスクを冒して達成したかった目的があるのか……?」

 

そこを突かれるとは思わなかったのか、瞠目した兄さんは熟考に入る。

 

「俺からは何も言う気はないよ。少なくともそこまでは兄さんの持つ情報で分かるはずだから」

 

「俺の持つ情報で……まさか、俺と深雪の関係か!?」

 

……おい、何で分かるんだよ。

 

今のヒントで分かるとか正直その思考回路が意味分からないんだけど。

 

「……どうしてそう思った?」

 

「その声が正解だと言っているようなものだが、それでは面白くないか。この事件の前後で大きく変わったもの、それもお前にとって良い方向に変わったものを考えてみたんだ。お前は昔から俺と深雪の関係に口出しすることはなかったが、良くなってほしいと思っているのは分かったからな」

 

「なるほど。しかし、それだけでその解答を引っ張り出してくるのはすごいね。流石は兄さんだ」

 

「……誤魔化すな。本題はここからだ」

 

兄さんの目がスッと細まる。

 

「お前の得た情報、その情報源は一体誰だ?」

 

ふむ、やはり一番気になっているのはそこか。

 

「誰だと思う?」

 

「大亜連合の動きを知り得るほどの情報網を持っていて、お前と繋がりのある人間など一人しかいないだろう」

 

その言葉は暗に一人の人間を指している。

 

「極東の魔王」「夜の女王」などと非常に痛々し……失礼。

えっと、まぁなんだ?

とにかく、世界最強の魔法師の一人と目されている四葉家の現当主。

そして兄さんにとって最大の敵。

――四葉真夜のことだろう。

 

まぁ違うんですけどね。

第一その考えには重大な欠陥がある。

例えフリズスキャルヴを使ったとしても知り得ない情報が。

 

「仮に俺が叔母上から情報を得たとしよう。しかしそれだと、まぁ100歩譲って外国人日本兵の裏切りと、彼らがアンティナイトを所持しているのが分かったとして。姉さんが死なない保証はどこにも無いよ?」

 

「――!!それは……」

 

兄さんらしくないミスだが、この可能性に思い当たったせいで視野狭窄に陥ってしまったのだろう。

それだけ四葉真夜の存在は大きい。

 

「それに、叔母上が四葉家当主としてあれだけの魔法力を持つ深雪を危険に晒すわけが無いでしょう?」

 

「それ、は……」

 

AがBだと仮定する。

BならばCとなるはずだが、AはCとはならない。

よってAがBだという仮定は矛盾している。

単純な数学の背理法だ。

 

「……ならば、お前は一体どこから情報を得たんだ。まさか、未来でも見たというのか……?」

 

「そうだね、それに近い」

 

「近い……?」

 

「うん。俺は限定的な範囲ではあるがこの先、高校時代までの歴史を知っている。但し俺の存在しない、ね」

 

「存在、しない……?」

 

「ああ。俺の知っている歴史では司波和也、或いは四葉和也。どんな名前であろうと、兄さんや姉さんに3人目の兄弟なんて存在しなかった」

 

「……俄かには信じ難いな」

 

「だろうね。俺も多分兄さんの立場だったら信じられないと思うよ」

 

「だが、そう考えると確かに辻褄が合うことも多い。先ほどお前が言った問題点も全て説明がつくからな……待てよ?お前が居なかった歴史、そう言ったな?」

 

「そうだけど」

 

「そしてそれは高校時代までは少なくとも続いていた。ということは俺や深雪は生き延びたということだ」

 

「そうだね」

 

一体何が疑問なんだ?

原作でだって彼らは生き延びて……!!

 

「そうか。俺が居なかったらあの時に死んでいる、そう言いたいんだね?」

 

「ああ。あの時はお前が敵艦の斉射攻撃を全て防いでくれたから俺は[質量爆散(マテリアル・バースト)]を発動できた。だがお前が居なかった場合、例え障壁魔法に長けた桜井さんだろうとあれは防ぎきれなかったはずだ」

 

「確かに。そしてそれは俺が兄さんにこんな信じられないような秘密を話した理由にも関わっている」

 

「話した理由?」

 

訝しげな顔になる兄さんに、頷く。

 

「本来、俺の知る歴史通りに事が進んだならば敵の巡洋艦は事前情報通りに2隻のはずだった。そして[質量爆散(マテリアル・バースト)]の時間を稼ぐために桜井さんは敵の艦砲攻撃を防いで、敵艦撃滅後に過負荷の反動で亡くなっている。俺の知る歴史は、絶対ではないんだよ」

 

この事実は兄さんを以ってしても衝撃的だったらしく、暫く言葉を失う。

 

「……それで、お前は前線に出てきたのか。桜井さんを助けるために」

 

「うん、2隻ならば反動ゼロで十分防げるはずだったんだ。だったんだけどねえ……」

 

お陰で命を懸ける羽目になってしまった。

戦場に出たことを後悔しているかと聞かれたら、それはNOと即答するが。

 

2隻分を余裕を持って防げるように調整して挑んだので、対応が大変になってしまっただけだ。

 

やはり妥協して準備に手を抜いてはダメだな。

そういう意味では今回の件は良い教訓になった。

結局誰も死ななかったのだし。

 

「だから、万が一歴史と違った時のために兄さんにも協力してほしいんだ。一人より二人のほうが臨機応変に動けるし、選択肢も増える」

 

「了解した。俺にはどの程度のことを教えてくれるんだ?」

 

どうしようか。

全てを教えるというのは意味が無いのでまず却下。

時を見て少しずつ、って感じがいいか。

 

「そうだね……取り敢えず、今のところ此方から何か言うことはないよ」

 

「そうか……」

 

「安心して、俺は兄さんの味方だよ。今後もしかしたら敵に回ったように見えることがあるかもしれないけど、それはメリットとデメリットを計算した結果で最終的に兄さんに得になるように動くつもりだから」

 

その言葉にふっ、と微笑む。

 

「分かってるよ。……それじゃあ和也、おとなしく寝ているんだぞ?」

 

「む、失礼な。それぐらいちゃんと分かってるよ」

 

「はいはい。じゃあな」

 

兄さんはそう言って、手を振って退室していった。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話

「和也、良いかしら」

 

「どうぞ」

 

兄さんと入れ違いになるようにして入ってきたのは、姉さんだった。

 

「和也、もう大丈夫なの?」

 

「うん。今日明日大人しく寝てれば大丈夫だよ」

 

「そう。良かった……」

 

姉さんはどうやら俺のことを大層心配してくれたらしい。

 

「お兄様も桜井さんも自分の足で帰ってきたのに、貴方だけ気を失って帰ってきたんだもの。心配するのは当然でしょう?」

 

「ありがとう、姉さん。心配かけたね」

 

どうやら出陣前に制止された時無視したことはもう忘れているらしい。

まあその後兄さんの事情について聞いたりとインパクトの強い出来事が色々あったからな。

それも仕方あるまい、というかむしろ好都合である。

 

「ところで姉さん、お兄様って……?」

 

「ああ、この呼び方?わたし、これまでお兄様にすごく失礼だったわ。お兄様がどれだけわたしのことを思って下さっているか全く理解していなかったんですもの。……それとも、貴方もこの呼び方には反対かしら」

 

最後の台詞と共に浮かべられた笑み。

冷笑という言葉では生温い、極寒の笑み。

何というか、近い将来氷の女王と呼ばれるその片鱗を見た気がする。

怖い、怖いから。

 

「そ、そんなことないよ。そもそも俺は兄さんと仲が悪いわけではないよ」

 

「あら、そうなの?」

 

驚く姉さん。

俺も兄さんも、外面は非常に良いし隠し事は上手だからな。

 

「俺と兄さんは、お互いの合意の上で人前では次期当主と使用人という立場を崩さなかったからね。姉さんも上手くやるならそっちの方が良いと思うけど?」

 

「上手くやる……まあ確かにお兄様と呼ぶことすらお母様は良くは思っていらっしゃらないようだったけれど」

 

「多分叔母上はあまり気にしないと思うけど、他の四葉の人間や分かっていない(・・・・・・・)使用人はすごくそういうことは気にするからね」

 

分かっていない(・・・・・・・)というのは兄さんの[分解]や[再成]のことは知らされていない、兄さんのことを本気で出来損ないと思っている人達のことだ。

分かりやすくいうと原作でたまに出てきた青木なんかが当てはまるだろうか。

 

魔法とは情報体(エイドス)に干渉して事象を改変することである。

その為、情報体(エイドス)を分解、再構成しか出来ない兄さんは確かに魔法師としては欠陥品、出来損ないかもしれない。

 

だがそこに縛られずに見るならば、系統外精神干渉魔法、或いは普通から逸脱した歪んだ方向に特化した魔法を得意とする四葉の人間としては最高傑作の一つに数えられるのではないだろうか。

 

と、話が逸れた。

 

「姉さんも四葉の人間、それも直系だ。必然的に社交の場に出なければならなくなる事もこの先増えていくと思う。だからこそ、そういう立場とか態度の使い分けはこれから先重要になってくると思うよ」

 

「そう……ね。考えておくわ。それじゃあ和也、ゆっくり休みなさいね」

 

今の俺の言葉に思うところがあったのか、何かを考えながら姉さんは部屋を出ていった。

 

……俺も少し寝ますかね。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

それから数日後、俺たちの泊まる別荘に再び風間大尉が訪ねてきた。

何でも先日の件の感謝などについて話をしにきたということだ。

 

話し合いの場には俺と兄さんに、母上たちも含めた全員が参加することになった。

 

「まずは、先日ご協力頂いたことに感謝致します。達也殿と和也殿、そして桜井殿のお力が無ければ我々は全滅を喫していたところでした」

 

「いえいえ、お役に立てたなら良かったわ」

 

そう答えるのは母上。

いつものように退屈そうな表情を浮かべている。

母上は基本的に話に参加する気はないと事前に聞いていた。

話をするのは四葉の次期当主である俺に任せる、と。

 

「それと、今回の件の顛末についてお話ししておこうかと思いまして」

 

「おや、我々に話してもよろしいのですか。てっきり軍の機密に該当すると思いましたが」

 

何しろ軍に内通者がいたということなのですから。

 

そう告げると、大尉は顔を顰める。

 

「此方としては言い訳のしようもありません。が、だからこそ話しておくべきかと思いましてな」

 

一旦基地に戻った大尉はその足で先ほどの命令を出した司令部に向かったそうだ。

そして司令官を詰問したものの知らぬ存ぜぬで通されてしまい、手が出せなかったそうだ。

それどころか勝手な現場判断で部下を危険に晒したとして処分を受けることになってしまったらしい。

 

ならばと通信機器を調べるが、その通信のところだけ既に履歴が改竄されていて無駄だった。

大尉の持っている端末にも履歴は残っていた筈なのだが、いつの間にかそれも削除されていたらしい。

 

打つ手無しかと思われたその時、東京にいて付き合いのある上官の一人からある部下を紹介されたそうだ。

 

「コンピュータや電子系などに強い軍人でしてね。『電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)』などと呼ばれているらしいですが」

 

ああ、藤林さんですね。

 

大尉は藤林さんに頼んで削除された通信のデータを復元して、そのデータを藤林さんを紹介してくれた上官に送ったらしい。

 

当然ながら例の命令を出した司令官は国防軍本部に召還されて尋問を受け、罪を認めたらしい。

 

 

「で、大事なのはこの後なのですが」

 

例の司令官は元から日本の人間だ。

それが何故国防軍を裏切り、現場に嘘の情報を流したのか。

それらは全て、一人の男に唆されたからだというのだ。

 

さらに、大亜連合が攻めてくるのと同時に国防軍を裏切って大亜連合に寝返った軍人達も、とある男と出会った頃から少しずつ反日へと思考が傾いていったのだという。

 

そして、証言からどちらも同じ人物を指していると判断された。

つまりこの男が今回の一件、その全ての糸を裏で引いていたということだ。

 

元々は祖国への愛から国防軍に入り、司令官になるまで出世した男を唆して日本を裏切らせ、偽の情報を流させる。

同時に、沖縄基地所属の「レフト・ブラッド」たちを言葉巧みに操り、自分たちの境遇の悪さと居心地の悪さを増幅させてその不満を日本へと向けさせる。

 

これだけのことが一人の男の手によって為されたのだ。

 

その男の名前は――と尋ねると、それは何故か記憶にないらしい。

ただ、先生と呼んでいたと。

 

風貌はというと、此方も大したことは分かっていないらしい。

長髪の中国系の美麗な青年だったというのだが。

 

「今後国防軍はこの男の素性を探り、その身柄を追います。このことを一応ご報告しておこうかと思いまして」

 

「……そうですか。わざわざありがとうございます」

 

「いえ。では小官は本日のところは、ここで失礼いたします」

 

そう言って、風間大尉は帰っていった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

その後、俺は自分に割り当てられた部屋でソファーに身を深く沈めながら先ほどの風間大尉の話を思い返していた。

 

中国系の、長髪の美青年。

 

流石に彼らはまだその素性を特定できてはいなかったみたいだが、原作知識という名のアドバンテージを持つ俺にはそれが誰だか思い当たった。

 

そのせいでその後の対応がどこか上の空になってしまい、怪しまれたりはしなかったかと心配になるほどだ。

 

俺の予測が正しければ、その男の名は――(しゅう)公謹(こうきん)

 

ブランシュや無頭竜(ノーヘッドドラゴン)とも繋がりがあり、横浜騒乱においては大亜連合を誘導して混乱を招いた。

フリズスキャルヴのアクセス権を持つ「七賢人」の一人であるジード・ヘイグの部下であるとされるが、未だに謎の多い男である。

 

まさかこんなに初期から蠢いていたとは知らなかったが。

いや、よく考えると原作ではこの裏切りも無かったのか。

つまり、俺の存在によって周公謹の動きが活発になっているのか?

 

とにかく、周公謹とは長い付き合いになりそうだ。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話

「いらっしゃい、和也さん。深雪さんと達也さんは初めましてかしら」

 

沖縄から戻ってきた次の日、俺たち兄妹は四葉家本邸にいる現当主、四葉真夜に呼ばれていた。

 

「そうですね。直接お話しするのはこれが初めてかと思います」

 

姉さんはそれに答えるが、兄さんは俺たちの一歩後ろの立ち位置から動かずに一礼するのみ。

その様子に叔母上はおや、と小首を傾げるが何も言わなかった。

 

「沖縄では大変だったようね。和也さん、立派に四葉としての責任を果たしてくれたようで良かったわ」

 

「いえ、私はまだまだ勉強中の身です。それに、大亜連合を撃退できたのは兄の尽力もあったお陰ですので。自分一人の力ではありません」

 

「そうね。達也さんも良くやってくれたわ、四葉の後継者を守ってくれたこと。今後ともガーディアンとして役目に励んで下さい」

 

「承知いたしました」

 

労いの言葉を掛ける叔母上に慇懃に一礼する兄さん。

 

今度はそれを気にした素振りも見せず、次の話題に入る。

 

「ところで、達也さん。聞いたところによると、沖縄で[質量爆散(マテリアル・バースト)]を使ったそうね」

 

「は。あの状況で敵を撃退するには最善の手だと思いましたので」

 

「そうねえ、軍の上層部が敵だったあの状況では確かに最善手だったかもしれないわね。でも、そのせいで色々面倒事が起きているのも確かなのよ」

 

「叔母上、面倒事と仰いますと?」

 

あまり兄さんに話させると空気がギスギスして嫌なので、代わりに俺が割り込む。

叔母上が嫌い、というか敵として認識しているのは知ってるけど、もう少し隠そうとしようよ。

 

しかし、面倒事って……ああ、あれかな。

叔母上も俺の予想通りの言葉を紡いだ。

 

「国防軍から、達也さんを軍人として雇いたいという要請が来ているのよ。戦略級魔法師を手中に収めておきたいというのは分かるのだけれど」

 

「軍人として、ですか?しかし、兄は姉のガーディアンです。それは不可能なのでは?」

 

意外に聞こえるような口調でそう尋ねる。

ここにいる人は姉さんを除いて食えない人ばかりだから騙せているかどうかは怪しいが。

 

「私もそう言ったのだけれど、あちらも譲らなくてねえ。仕方ないのである程度妥協することにしました」

 

「妥協。つまり最終的には受け入れたのですか?」

 

「ええ。第一にガーディアンとしての責務を優先すること。達也さんのことは偽名を使った上で国家機密として厳重にセキュリティロックを掛けること。他にも色々とあるのだけれど、大きくはこの二つを条件にして了承しました。よろしいですね、達也さん?」

 

「は。ガーディアンとしての任務を優先できるのであれば、問題はありません」

 

「それで、兄の所属する部隊や使用する名前などは?」

 

「ああ、そうだったわね。名前は大黒竜也。階級は特尉と言って、これは非正規の軍人のことを表すらしいわ。所属するのは国防陸軍第101旅団、独立魔装大隊よ」

 

「……第101旅団?」

 

兄さんが疑問の声を呈す。

 

「ええ。それがどうかしたの?」

 

「私の記憶が正しければ、そんな旅団は存在しなかった筈ですが」

 

兄さん、そんなとこまで覚えてるんかい。

 

「おや、詳しいのね。ああ、そういえば体術の先生に付けた人が元陸軍だったかしら」

 

「はい。それで?」

 

「国防陸軍第101旅団というのは、沖縄での一件の後に設立されることになった旅団だそうよ。魔法装備を主兵装とした実験的な旅団で、その中でも独立魔装大隊は新開発された装備のテスト運用を行う大隊の予定と聞いているわ。この大隊のトップは貴方もよく知っている風間少佐」

 

「ご説明ありがとうございます」

 

一礼して下がる兄さんに、いいのよ、と微笑む叔母上。

 

「お話はそれだけですか?」

 

「いえ、次は貴方の件よ」

 

これで帰ろうと思ったら、まだ話があるという。

 

「私の?ああ、七草との話ですか」

 

「ええ。あちらと会う日が決まったから、その日は予定を空けておきなさい」

 

「承知しました」

 

「……少々お待ちを。和也と七草にどんな話が?」

 

一人だけ話についていけてない姉さんが、ここで待ったを掛ける。

やべ、そういえば兄さんには言ったけど姉さんには言ってなかった。

 

「あら、聞いてないの?和也さんと七草家の長女の婚約の話よ」

 

「こ、婚約ですか……!?」

 

「ええ」

 

聞いてないんだけど?と姉さんがこちらを見る。

ああ、いつぞやの極寒の笑顔がこちらへ向けられる。

怖い、超怖いから!

兄さん、後ろで笑いを堪えているんじゃなくて姉さんを宥めてくれよ!

 

俺は慌てて話を進めることにする。

 

「そ、それでですね!?七草に対してどこまで情報を開示していいのか、それをお聞きしたいのですが」

 

「あら、優秀ね。私もそれを話そうと思っていたのよ」

 

うふふ、と微笑む叔母上の目が合格と告げている。

姉さんもそちらの方に興味が向かったようで、感じていた寒気が消える。

ふぅ、良かった。

 

「そうねえ……まず、和也さんの魔法の本命の方は秘密です。それから、貴方に兄弟がいることも秘密にしておいて」

 

本命の方とはつまり[加速(アクセラレーション)]のことだろう。

 

ふむ、まあ妥当なところだろうな。

わざわざこの二人の存在を知らせる必要もあるまい。

いつまで隠せるのかは怪しいところだが。

ああ、あと一応確認しておかないと。

 

「確認ですが、今のは七草家に対して明かしたくない内容ですよね?」

 

「どういう……ああ、そうね。信頼できる、七草よりも貴方を優先してくれると判断したら話しても良いわ。但し事後報告でも良いから私に必ず言うこと」

 

「分かりました。話は以上ですか?」

 

「ええ、帰って結構よ」

 

「では、失礼します」

 

今度こそ話が済んだようなので、俺たちは四葉家本邸を後にした。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「和也、ちょっと聞きたいのだけれど」

 

「ん、何?」

 

屋敷についた後。

俺は姉さんに捕まっていた。

 

「最後の会話、意味がよく分からなかったのだけれど……」

 

「ああ、あれ?ほら、俺は多分七草家の長女と結婚することになると思うんだよ。何事も無ければね?」

 

「それは分かるのだけれど……」

 

「だから、この先ずっと奥さんに隠し事したまま生きていくのって大変だし、疲れるでしょう?」

 

「……ああ、そういうこと」

 

「うん。だから、信頼できると思ったら話しても良いよってね」

 

まあ真由美さんは原作読んだ限りじゃ父親のことを嫌ってはいないまでも家のためにとかは思っていなさそうだった。

十師族の責務、とかはあったけど。

 

だから、すぐに打ち解けられるんじゃないかなあ。

俺が女性の扱いが全くもって分からないという最大の問題があるけどな。

 

「それと」

 

「ん?」

 

「わたしに七草との婚約のことを内緒にしていた件について、まだお話が終わってないわ」

 

「えっと……姉さん?その笑顔はとっても素敵だけど、何故か凄まじい寒気を感じるんだ。それと目が全然笑ってない……」

 

「さあ、おいでなさい?」

 

「ご、ごめんなさい――!!」

 

その後何があったかについては、主に俺の誇りと精神的安寧のために伏せさせてもらう。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話

叔母上との会談から一週間後。

俺は、お見合いの日を迎えていた。

 

「叔母上、参りました」

 

「時間通りね。では行きましょうか。葉山さん、車を表に回して頂戴」

 

「畏まりました」

 

十師族が普段プライベートで使う車は、基本的に見た目は目立たない普通の車が多い。

考えてみれば当然のことだ。

やたらと高そうな車など、そこに誰か偉い人が乗っていますよと周りに言い触らしながら進んでいるようなものだからな。

 

但し普通なのはあくまで見た目だけであって、中身は普通?何それな感じだ。

フロントガラスや窓は普通の銃弾なら何発撃ち込んでも何ともないし、耐火耐熱などとにかく外からの攻撃には恐ろしく強い。

イメージとしては、動くシェルターと思ってくれて構わない。

 

あと、ここはどうでもいいことだがシートはフカフカ空調も完璧に制御されており、おまけに砂利道を走っても中には殆ど揺れが伝わらない。

そのため車内はすこぶる快適だ。

 

運転手は四葉が専属で雇っているうちの一人で、そのドライブテクニックは映画のカーアクション顔負けの腕を持つ。

普通考えられないぐらいの高給取りらしいが、代わりに生活の全てが四葉に管理されている。

車内は殆ど無防備に近いからな。

買収されたり家族を人質に取られたりすることがないように、うちでしっかりと保護(なんきん)しているのである。

 

しかし、今日の予定に関して俺はここまで会う相手と四葉家本邸への集合時間しか知らされていないんですけど。

 

「叔母上、我々はどこへ向かっているのですか?」

 

「あら、言ってなかったかしら」

 

そう尋ねると、叔母上は楽しそうに笑って驚愕の事実を俺に告げた。

 

――七草家別邸よ、と。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

俺が復帰したのはそれから5分ほどしてようやくのことだった。

え、言葉が大袈裟なわりにすぐに復帰してんじゃないかって?

衝撃よりも、叔母上の前で無防備になっていることへの恐怖の方が上回ったからだよ。

俺が四葉に敵対しない限り、叔母上が俺を害することは無いと確信できる。

出来るのだが、怖いものは怖いのである。

 

「……叔母上。何故わざわざ、七草家の別邸にまで行かなければならないのです?これって戦争相手の国に自国の国旗を背負って単身乗り込むレベルの危険ですからね?」

 

「仕方ないじゃ無い、そうしないと会わないと言われたのだから。……全く、七草家の当主は昔からとんだ臆病者よ。あれで男なのだから笑わせてくれるわ」

 

……おう。

相変わらず弘一殿がすこぶるお嫌いのようで。

 

毒舌を吐く時って楽しそうに生き生きと言う時と吐き捨てるように言う時があるのだが、叔母上の弘一殿に対してのそれは後者なのだから、その嫌いっぷりが分かる。

 

「しかし、幾ら何でも警戒しすぎでは無いですかね。たかが、と言うのは何ですが、所詮は見合い話だというのに」

 

「ああ、警戒すること自体は分からなくもないわ」

 

「どうしてですか?」

 

「だって今日は長女を一緒に連れてくるようにと言っただけで、会う理由については全く情報を漏らしていないもの」

 

「それは警戒されますよ!」

 

まさか今回会う理由すらも教えていないことには驚いた。

それでいて娘を連れてこいと要求したのだ。

 

普通ならばここで見合い話の可能性も浮上してくるかもしれないが、相手は秘密主義の四葉であり、しかも同年代で釣り合う相手が見当たらないのだ。

辛うじて文弥ならば、といったところだが、まさか他の十師族の人間を四葉の裏を担当する黒羽家に嫁がせる訳もあるまい。

 

とすると話題が全く思い当たらない。

下手をすると娘を喰われるとか思ってるんじゃないだろうか。

まあ流石にこれは冗談だが。

 

「で、何で教えなかったんですか?教えることによって大したデメリットが生まれるとも思えませんが」

 

「そんなの、何を言われるか分からないとあの男を戦々恐々とさせるために決まっているじゃない」

 

満面の笑みでそう言う叔母上。

年をとっても変わらぬ美貌を誇る叔母上の笑顔は男なら、いや女性でも見惚れるほどの美しさを放っていたが、どうやら荒んだ俺の心には届かなかったらしい。

 

……もうやだ、この人。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

それから少しして。

俺は叔母上と共に七草家別邸にて会談の席についていた。

 

因みにここまで、誰も一言も喋っていない。

真由美さんはこのピリピリした空気に少し狼狽えているようだったが、俺を含めた他の3人は全く動じていない。

 

弘一殿は無表情だ。

その表情は俺たちが入って来た時にピクリと動いただけで、それ以降は全く微動だにしない。

 

対して俺と叔母上は笑みを浮かべていた。

それはもう、ニコニコとしていた。

 

最初に口を開いたのは、弘一殿だった。

 

「四葉殿。そちらの少年は誰か、ご紹介願えるかな?こちらとしても名前も分からないと話も出来ない」

 

その言葉に、叔母上はさも今気付いた、と言わんばかりの表情を浮かべる。

演技はうまいと思うけど、慣れているこちらからすると白々しいとしか思えないのだが。

 

「そうですねえ。じゃあ、自己紹介なさいな」

 

「は。――四葉真夜が甥、四葉和也と言います。以後、お見知り置きを」

 

ここで四葉と名乗った意図はいくつかある。

 

まず、俺は四葉家の直系であるということを強く示す為。

そして同時に、母上の正式な名字である「司波」から遠ざける為。

まあ母上の結婚に関しては秘匿されているから、それだけで辿り着くかは分からないが。

どちらにせよそれを知らない人にまで教えることもあるまい、ということだ。

 

俺は第一高校には四葉の名で入学するが、兄さんと姉さんは司波の名で入学するのだ。

そして、俺たちが兄弟だということは極秘事項。

 

その為こうして地味にアピールしているというわけである。

 

幸い二人には四葉という名がかなり強いインパクトをもたらしたらしい。

弘一殿もその表情を驚愕に染めて固まっているし、真由美さんもえっ、と口を開けて呆けている。

 

真由美さん可愛い。

 

ではなくて。

 

そんなに驚いているとは、俺たちの存在は未だ七草にはばれていなかったのか。

流石秘密主義と言われるだけあってうちの防諜は完璧みたいだ。

 

「……俄かには信じ難い話だが。まさか深夜殿にお子がいたとは」

 

「私を産んだのが体力的に精一杯だったみたいで、それ以降は一人も産まれませんでしたから」

 

嘘は言っていない。

ただ俺より前に誰か産まれたかというのは言っていないだけで。

 

弘一殿も表面上はそれを信じたように見える。

 

「そうか。……とすると用件は」

 

「ええ、ご想像の通り。和也さんとそちらの真由美さんとの婚約よ」

 

突然の婚約話にも、真由美さんは動じていないように見える。

四葉に驚きすぎたせいかもしれないが、それでもこういった話に動じないのは十師族らしいとは言える。

 

「ふむ……何故このタイミングで、しかもうちに婚約話を持ってきたのですかな?」

 

「それは、ただ単に時期が来たと思ったからというだけよ」

 

うふふ、と妖艶に笑う叔母上。

それは、これ以上は言わないということを暗に示している。

 

それはあちらにも分かったとみえて、顔を顰めて引き下がる。

 

「してこの話、受けるわよね?」

 

「……そうですなあ。娘を嫁がせる家として、四葉家は家柄的に申し分ない。よろしく頼みましょう」

 

こうして、俺と真由美さんの婚約はお互いに一言も話さないまま決定した。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「では、四葉殿。次会うのは、十師族会議の時ですかな」

 

「そうね。お互い無事で会えることを願っているわ」

 

全くそうは思っていなさそうな叔母上の言葉を他所に、俺は真由美さんへと近寄る。

 

「和也くん……だったっけ。どうかしたの?」

 

真由美さんは不思議そうに首を傾げる。

 

「いえ、ただせっかくですから一言ぐらいお話ししておこうかと思いまして」

 

そして、すっと顔を耳元へ寄せて囁く。

 

「こんなに美しい女性と婚約出来て良かった。始まりこそ色気も何もないものでしたが、いずれお互いに愛し合えるような夫婦になれたらいいですね」

 

そう言って、ニコリと笑った。

真由美さんのキョトンとした顔が、言葉を理解すると同時に真っ赤に染まる。

 

今の気障な台詞は俺もだいぶ恥ずかしいが、ここで赤くなっては効果も半減だ。

正直今の顔が姉さんに匹敵するレベルで美形でなければただの痛い男なのだが、似合ってしまうから怖い。

但しイケメンに限る、って奴だ。

 

「それでは、また近いうちに会いましょう。失礼します。――叔母上、参りましょう」

 

「ふふ、そうね」

 

俺は車に乗り込みながら思うのだった。

 

叔母上や姉さん、兄さん、そして俺。

やっぱりドSは血筋だな。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「叔母上。例の件(・・・)はその後進展がありましたか?」

 

「いいえ、残念ながら。私や黒羽は随分と警戒されているようで、迂闊に動けないのよ。外堀から埋めていくので精一杯。今満足に動けているのは『シャムロック』だけね」

 

「そうですか。では、そろそろ私も動きましょうかね。兄さんも使って良いですよね?」

 

「……まあ、良いわ。ただし、便利だからといってあまり使い過ぎないのよ?潰れてしまっても、こちらに牙を剥かれても困るのだから」

 

「分かっていますよ」

 

素直じゃないですね、と和也は笑った。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話

例の件(・・・)について話した後は、話題が途切れ静寂が車内を支配していた。

 

俺は、ちょうど良い機会かと思って口を開く。

 

「……最近、母上の体調が徐々に落ち込んでいっています」

 

「……それで?」

 

「いえ、私からは何も言うことはありません。ただ、もう一年もありませんよ(・・・・・・・・・・・)?」

 

その言葉に叔母上は目を閉じて黙り込む。

この二人の確執が一体どの程度のものなのか。

それは当人同士にしか分からないが、決定的な決裂にまでは至っていないはずだ。

恐らくは、すれ違いでしかないのだろう。

ならばせめて死ぬまでに改善してほしいと思うのは、お節介だろうか。

 

その後、叔母上の口から出た言葉は今とは関係のないものだった。

 

「和也さん。一年したら、深雪さんたちとは違う場所に引っ越しなさい。一人ではあれだから人を付けるけれど。学校もそちらから通ってちょうだい。必要な金と家はこちらで用意するわ」

 

「はあ。しかし、なぜですか?」

 

「貴方は七草と婚約したのでしょう?」

 

「はい。……ああ、分かりました。しかし、パーソナルデータはどうしますか?」

 

「それも用意するわ。どうせ第一高校に入学する時にひつようなのだから」

 

「なら、ついでに他の2人の分も用意しておいて下さいね」

 

「2人?……まあいいでしょう。分かりました」

 

「よろしくお願いします」

 

さらっと兄さんの入学も確約出来るか試みてみたのだが、了承を貰えたらしい。

まあ原作でも入学していたし大丈夫だとは思っていたのだが、一応というやつだな。

 

そうして俺たちは、旧山梨県との県境近くにある四葉家へと帰っていった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「和也、おかえりなさい」

 

「ただいま、姉さん」

 

屋敷へと帰った俺を迎えたのは、たまたまそこを通りかかったらしい姉さんだった。

 

「母上の容体はどう?」

 

今朝から母上は体調を崩して寝込んでいた。

俺が家を出た時には桜井さんが付きっ切りで看病していたのだが。

 

「お昼前には落ち着いたわ。今は大事をとって寝ているけれど、もう大丈夫らしいわよ」

 

「そうか、それは良かった」

 

母上が体調を崩してしまうのは、最近よくあることだった。

 

いや、体調を崩すこと自体は俺たちが生まれる前からあるにはあったのだ。

だが、沖縄戦を境に最近その間隔が徐々に短くなってきている。

 

初めは無理な魔法行使の影響が怪我やストレスのせいで表に出ただけだと思っていたのだが、最近になってもう一つの大きな要素に気がついた。

 

アンティナイトだ。

 

母上のサイオン感受性が鋭すぎるほどに鋭いことに加え、過度の魔法行使による体調の悪化に伴ってサイオン波への抵抗力も低下している。

そういえば原作でもあれを食らった後つらそうにしていた気がする。

 

ということは、知っていて敢えて介入しなかった俺にも責任がある。

 

先ほど叔母上にあの様なことを言ったのも、その罪悪感と責任からなのかもしれないな。

 

そんなことを考えていると、姉さんがこちらに問いかける。

 

「貴方はどうだったの?」

 

「俺?」

 

「お見合いしたんでしょう?七草真由美、だったかしら。どうだった?」

 

「どうって……美人だったけど?」

 

そんなことを言うと、姉さんにジト目で睨まれる。

じ、冗談ですから。

 

「……外面(かお)じゃなくて内面(なかみ)の方よ」

 

「そう言われても、今日はほとんど話していないからなあ。何とも言えないよ」

 

精々がからかったら反応がすごく面白いぐらいのものだが、そんなことを言ったら「女の子に何をしたのかしら」とお説教コースなので言えるはずもなく。

 

と、そういえば忘れない内にこれを先に伝えておこうか。

前に婚約の話を伝え忘れてて酷い目にあったからな。

 

「姉さん、1年ぐらいしたら俺は東京の近くに引っ越すらしい」

 

「え、何で?」

 

さっぱり意味がわからない、というような顔に説明をする。

 

「俺は十師族の一人、それも直系の長女と婚約をしたわけだ。当然彼女は他国の諜報機関や他の十師族にもマークされている。そんな彼女が連れて歩く男など、調べられないはずがないよね?今のところ俺と兄さんや姉さんとの繋がりは無いと思わせる方針だから、少しでもバレる可能性を下げる為に遠くの家に住むってこと」

 

「……ということは、中学も?」

 

「うん、転校する。念の為に兄弟ではなくそれなりに仲の良い友人として振舞っておいてよかったよ。これならば足は……まあつかないでしょう」

 

早い内、それこそ幼少期から殆ど正式な次期当主として扱われていた俺は、兄さんや姉さんたちとも扱いが違った。

 

叔母上の指示で、始めから偽名で小学校からやってきたのだ。

家も隣同士ではあったが違う家だし。

今のような長期休暇中はこちらに泊まっているということになっているが。

使用人は俺の家には一人もいらないといって置かなかったから、一人暮らしは問題なく出来る。

隣に桜井さんがいたし、殆ど兄さんたちと一緒に行動していたので身の守り的な意味でも問題はなかった。

 

元々は[分解]と[再成]という奇跡的な異能を持った兄さんと四葉との外に見える繋がりを極小にして将来俺が表舞台に立った時に切り札として使えるよう隠しておいたのだが、まさかこんなに早くそれが役に立つとは。

 

「……ということは、貴方にもとうとうガーディアンが付くのかしら。誰なのか楽しみね」

 

「ん、ああ……そうだね」

 

それなら心当たりはなくもないけど……まあ言わないでおこうか。

外れるかもしれないし。

 

「というわけだから。兄さんにもその内言っといて。俺忘れるかもしれないから」

 

魔法の知識とかならスッと頭に入ってくるのだが、こういうことってすぐ忘れてしまう。

本当に困ったものだ。

このあと会う予定はあるが、本題のことだけ言って忘れてしまうかもしれないので。

 

それを知っている姉さんも、仕方がないなあ、という風に笑って頷いた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「あ、いた。兄さん」

 

「ん、何だ?」

 

屋敷内を捜索し、コンピュータを弄っている兄さんを発見する。

 

「ちょっと真面目な話。今時間ある?」

 

「……ああ、大丈夫だ」

 

近くの手頃な椅子に腰掛け、兄さんと向かい合う。

 

「それで、話って何なんだ?」

 

「叔母上から仕事のお話」

 

「……叔母上から、か」

 

なんかこの人は叔母上に対して過剰に反応しすぎだと思うんだが。

どんだけ敵対心持ってるんだよ。

全てを鵜呑みにしないでもう少し真実(・・)を知る努力をしても良いと思うんだけどなあ。

 

まあ、今日の話はそれとは関係ない。

 

「正確には俺への仕事なんだけどね。兄さんは助っ人扱い」

 

「お前に?一体どんな仕事なんだ?」

 

「とある研究所の破壊」

 

さらっと告げた俺に、兄さんの表情も少し引き攣る。

 

「それはまた……穏やかじゃないミッションだな。四葉の禁忌にでも触れたのか?」

 

「さあ、そこまでは。ただ、兄さんのことを考えると一緒に行った方が良いと思うけどなあ」

 

もちろん俺が楽になるという理由もあるが。

 

兄さんは自分の為になるという意味を掴めなかったらしく、首を捻る。

 

「俺のことを考えると?」

 

「うん。この前の沖縄の件。覚えてないわけないよね?あの時、俺がいない歴史の話をしたでしょう」

 

「ああ、したな。確か……桜井さんは亡くなるんだったっけか」

 

「そう。それを聞いて、何か思わなかった?」

 

俺の問い掛けに、兄さんは顔を伏せる。

 

「……俺には、力が足りない。それは分かっているよ。だからこそ今鍛えているんだが……ああ、実戦経験を積めということか」

 

どうやら途中で思い当たったらしい兄さんに、頷いてみせる。

 

「正解。兄さんは生まれつき[分解]と[再成]しか使えない。人工魔法演算領域のことは別にしてね。その二つを磨き上げる、或いは体術を鍛える。まだ完全ではないにしろ、その辺は今までもやってきたでしょう?ならば後は経験を積むしかないと思うんだ」

 

俺の言葉に兄さんも納得するところはあったらしく、何度か頷く。

 

「なるほど、な。ということはある程度何を使っても良いのか?」

 

「その場にいる関係者は皆殺しだからね。[マテリアル・バースト]とか使わなければ大丈夫だよ」

 

「そんなものは使うか」

 

ボケた俺に兄さんが噴き出し、釣られて俺も笑ってしまう。

 

「……という訳で、日程は3日前には伝える。いくら遅くても夏休み中だと思うけど。時間帯は多分真夜中だね」

 

「了解。それじゃあ俺はCADのメンテでもしておくよ」

 

「そんなん無くても普段からやってるくせに」

 

兄さんの言葉に笑いながら返し、俺はその部屋を出ていった。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話

それから数日後。

俺は暗闇の中、とあるビルの屋上にいた。

目的は、この先に見える研究所の破壊ミッションだ。

 

「おい、歌唄。ここで合ってるのか?」

 

「ええ、もちろんっすよ。俺が場所を間違えると思います?」

 

俺が声を掛けたのは歌唄(うたうたい)

格好も態度も軽薄でチャラチャラしているが、これでも叔母上の持つ独自の組織「シャムロック」の長である。

その実力は確かだ。

 

まあ、だからと言って信用出来るかどうかはまた別の話なのだが。

 

「どうだかな……合ってるのか、藍霧」

 

「……(コクリ)」

 

続いて声を掛けた男は、藍霧。

寡黙、無口、口数が少ないという三拍子揃った無言男であり、今の問い掛けにも頷くだけだ。

この男、身長は2mを越える大柄ながら隠密行動に秀でており、また古式魔法の使い手でもある。

「シャムロック」では2人いる副長の内の片方である。

 

「合ってますよ、若。歌唄を疑いたくなる気持ちは良く分かりますけどね」

 

そう言うのはもう片方の副長である宵闇だ。

ちなみに女性、しかも美人。

何というか男を騙して手玉に取るのが超上手そうな奴だ。

雰囲気は妖艶で、どんな男もすぐコロッと陥ちてしまうだろう。

ただ、時々俺にも悪戯で迫ってくるのはやめてほしい。

悪戯と分かってても反応してしまうのが男というもの。

こちらも婚約者持ちなので、万が一があっては困るのだ。

幸い最近慣れてきたが。

 

そんな大人のお姉さんな宵闇だが、こちらも実力は折り紙付き。

放出系統、中でも特に電気系の魔法を得意とする。

その実力は正直「雷」のエレメンツなんじゃないかと疑うレベルだ。

 

因みに上記の3人、どころか「シャムロック」の構成員は全員が偽名を使っている。

個人情報の詮索は禁止で、本名すら把握しているのは叔母上だけという徹底っぷりだ。

 

そして「シャムロック」は完全実力制、しかも評価されるのは実戦における強さ、有用性だ。

だからこそあんな軽い男がトップに収まっているのだが……。

あの男は、その性格を考慮してもなおトップに君臨するだけの圧倒的実力を持っている。

 

今は暗に歌唄など信用出来ないと言った宵闇とワイワイ騒いでいるが。

 

「しかし、『シャムロック』なんて組織は今まで聞いたことがないんだが……これは他言無用の方が良いのか?」

 

知らない一団が先導すると聞いて戸惑っていた兄さんだが、ようやく少しずつ慣れてきたようだ。

 

「うん。これは最重要機密の一つだからね。……さて、そろそろ行こうか」

 

「了解」

 

兄さんに声を掛け、突入前の最後の装備点検を行う。

 

「若、本当に2人だけで行くんですか?」

 

未だに歌唄と騒いでいる宵闇が尋ねてくるが、頷く。

 

「俺の場合、少人数の方が戦いやすいからね。他に誰かいたら却って打つ手が限られちゃうんだ」

 

「まあ、若がそう言うんだったら平気でしょ。ほら宵闇、配置に付け」

 

「はいはい」

 

宵闇が仕方ないなあ、という風に肩を竦めて消える。

仕事が出来る藍霧は既に配置についているのか、もうここにはいない。

 

彼らには今回、ここまでの先導と周りの見張り及び逃げ出した奴のの始末を頼んでいるのだ。

 

「さて、じゃあまずはあの見張りを消しますかね」

 

「了解」

 

「兄さんは右ね。スリーカウントで撃つよ」

 

3、2、1。

 

視線の先にいた2人の見張りが、音も無く消え去った。

 

俺が放ったのは[物質蒸散(ヒート・ヴェイパリゼーション)]。

敵は魔法師ではあったが、俺の基準では大したことはなかったので。

 

兄さんが放ったのは[トライデント]だ。

三段階に分かれた分解魔法。

第一段階で領域干渉を、第二段階で情報強化を、第三段階で対象を分解する。

 

「気付かれる前に行こう」

 

そのままビルの屋上から飛び降りる。

そして着地直前で加重系魔法を使い慣性を極小化、着地の衝撃をほぼゼロにする。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

兄さんが礼を言ったのは、兄さんの分まで加重系魔法を使ったからだ。

 

「まあ、適材適所だよね。というわけでお願い」

 

「はいはい」

 

兄さんがCADの銃口を向けた先には今まさに魔法を発動せんという魔法師。

ここからならば[術式解体(グラム・デモリッション)]は届かないし、魔法師本人を殺すのも間に合わない。

 

しかし、こちらには幻にして最強の対抗魔法[術式解散(グラム・ディスパージョン)]がある。

術式は分解され、驚愕の表情を浮かべた魔法師は次の瞬間俺の魔法によって消失した。

 

「……ふぅ。それじゃあ少ないところから行こうか。どっち?」

 

「こっちだ」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

その後俺たちは順調に敵を潰していった。

 

魔法は全て兄さんに潰され、銃などの物理攻撃は全て俺により防がれる。

 

障壁魔法を突破するには、事象干渉力を上回る速度或いは質量の攻撃をしなければならない。

加速系統を得意とする俺の事象干渉力はそれ相応のものなので、人が屋内で放てる程度の攻撃相手ならば対物障壁魔法はほぼ鉄壁を誇る。

しかも止めているのでは無くて飛んでくる速度と逆向きに二倍の大きさのベクトルで跳ね返すので、向こうからすれば撃った弾がそのまま帰ってくる訳だ。

 

更に。

 

「おい、本部へ連絡しろ!」

 

「だ、駄目です!通じません!」

 

「なんだと!?」

 

藍霧に外部との連絡を断つ結界を張ってもらっているからな。

 

こうして敵はなす術も無く倒されていった。

 

「あとはあっちの部屋だけだな」

 

「何人残ってる?」

 

「……13人だ。ご丁寧に迎撃の用意をして待ち伏せしている」

 

「無駄なのになあ。まあ良いや。強いのいる?」

 

「今までのと比べたら幾らか上だが、問題はないだろう」

 

「了解。じゃあ行こうか」

 

俺はここで初めて[加速(アクセラレーション)]を使う。

観測者の眼(オブザーバーズ・アイ)]の機能全開、範囲を拡大して部屋の中を照準に収める。

 

「右側の6人、いける?」

 

「それぐらいなら余裕だ」

 

「よし、じゃあ残りは俺がやるから。スリーカウントで行くよ」

 

3、2、1。

 

0の瞬間、二つの魔法が発動。

最後の生き残りだった13人は跡形も無く消え去った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

その後の破壊工作は、特筆すべきことも無く終わった。

この作業はあの三人に手伝ってもらい、見張りは兄さんに頼んだ。

 

[分解]は便利なのだが、それでこちらの身元が特定されてしまうことは無くとも疑いは掛けられるかもしれない。

こういうのはオーソドックスな魔法を使える方が良いのだ。

 

「若、そろそろ次に行きますよー」

 

「ああ、歌唄か。分かった、今行く」

 

粗方終わったところで歌唄に声を掛けられる。

それに対して返事をすると、兄さんが変な表情で固まっているのが視界に入った。

 

どうしたんだ一体。

 

「……ちょっと待て」

 

「ん、どうしたの?」

 

「次、があるのか?」

 

「そりゃあるさ。だって今日の予定は夜明けまでに3つだから」

 

「あと2つもあるのか……」

 

信じられない、というように呟く。

 

俺としては叔母上からの依頼がこんな楽な作業一回で済む方が信じられないのだが。

 

そうこうして、俺たちは次の目的地へと駆け出した。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「以上で、本件の報告を終わります」

 

「ご苦労だったわ。次のことはまた追って連絡するから、それまではゆっくり休んでちょうだい」

 

「承知しました」

 

うんと夜更かしした日の翌日。

午前中にたっぷり寝た後、俺は叔母上に報告をするため四葉家本邸に足を運んでいた。

 

幾つか確認したいこともあったので。

叔母上もそれを悟ったらしく、可愛げに小首を傾げる。

 

「あら、何か聞きたいことがありそうね」

 

「今回の件、その目的についてお聞かせ願いたいと思いまして」

 

今回、俺は叔母上から事前に殆ど情報を貰わずに任務をこなした。

この件に関してだけ言えば、知っていた情報は兄さんと同じぐらいなものだ。

とはいえそれもあくまでこの件に関してだけなので、兄さんと違って色々と推測出来るところはあるが。

 

叔母上もそれは分かっているらしかった。

 

「既に、ある程度の検討はついているのでしょう?」

 

「ええ、まあ……」

 

今持っている情報を整理する。

 

あの研究所が行っている研究は、あまりにも非人道的すぎるものだった。

人体実験の必要な箇所とその失敗率が高い。

それは研究所のデータを少し見れば分かる。

正直、こちらが同じ成果を上げる為には一体何人を犠牲にすれば良いのか分からない。

そしてそれは、ある程度完成の目処が立ってしまっている研究だった。

おそらくあと少ししたら本部に報告、といった段階だろう。

 

そして、あの研究所は、俺たちや叔母上とは全く関わりが無いが四葉の息のかかった(・・・・・・・・・)研究所だった。

 

今回命じられたのは「研究所の破壊」と「研究所内の関係者の殲滅」。

更に、その中でも立場が上の者たちは俺の魔法や兄さんの[分解]で跡形も無く消すこと。

データを消す際には情報を抜き取った形跡を敢えて残すこと。

敵を倒す際には様々な種類の魔法を使うこと。

これが追加で言われていた条件だ。

 

更に俺たちの目的を鑑みれば、おおよその検討ぐらいはつく。

 

「破壊の目的自体は奴らが更なる力を手に入れるのを阻止することでしょう。そこに、我々に疑いが掛からないように小細工を講じた訳です」

 

叔母上は面白そうに笑っている。

 

「様々な種類の魔法を使わせたのは大人数での襲撃に見せかけるため。我々は奴らに悟られずに大人数を動かすことはできないし、そもそも黒羽以外に大した手札は持っていない。そう思わせていますから」

 

実態は「シャムロック」がいるのだが、それにしたって実力はともかく人数は大したことはない。

 

「立場が上の者たちを文字通り消させたのも、敢えて情報を抜き取った跡を残させたのも、裏切りの可能性を示唆して疑心暗鬼に陥らせるためでしょう。まあそこまで上手くいかなくても、外部犯をまず疑うでしょうから我々に疑いの目が向くことはまずないと言っていい」

 

「正解よ」

 

叔母上は流石ね、とでもいうように微笑む。

 

「今現在、彼我の戦力差は大きい。私と貴方がいるから実際に戦えば負けることはないと思うのだけれど、それでは外部に介入の隙を与えることになるし、四葉の力を大きく削がれることになる。そして握っている権力的には向こうの方が圧倒的に上である以上、私たちに今出来るのは少しずつそれを取り返していくことしかないわ。最終的に彼らを潰した後も、問題無く四葉が動けるように」

 

その過程で仲間割れでも起こしてくれたら、ラッキーよね。

と笑った。

 

現在の四葉家――ここで言う四葉家は四葉本家の事だ――は完全な状態からは程遠い。

 

叔母上が抱える実働部隊に「欠けた四葉(シャムロック)」という名を付けたのも、そういうことなのだろう。

 

これを再び元の完全な「四葉」に戻すことこそが、兄さんたちの為にも最優先でやらなければならないことなのだ。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話

そして一年が経った。

 

この一年、俺は時折来る叔母上からの依頼をこなしながら魔法を磨いた。

 

それは兄さんや姉さんも同じで、特に兄さんは実戦経験を積んだりフォア・リーブス・テクノロジーで魔工技師としての腕を上げたりいつの間にか九重八雲に師事して体術の練度を上げていたり、とぐんぐん力を伸ばしている。

 

この一年間にあった大きな出来事と言えば……母上が亡くなったことだろうか。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

体調を崩して寝込みがちになっていた母上も、とうとう身体が限界を迎えたらしかった。

 

兄さんに対しては冷酷すぎるほど冷たいという欠点こそあったが、俺たちにとっては概ね良い母親であった。

父親があれであることもあって、唯一の親と認識していた母上のことを俺も姉さんも強く慕っていたのだ。

 

特に姉さんは、しばらく泣き止めなかったほどだ。

 

最期の言葉を交わしたのは、俺でも姉さんでも桜井さんでもない。

 

当然頼りにならない父親でもない。

 

何と、叔母上だった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

ベットに横になる母上は、相変わらず美しくて普段と何も変わらないように見えた。

あえて挙げるとすると少し顔色が悪いぐらいか。

 

だが、本人は命の灯が今にも消えんとしているのを悟っているようだった。

 

「穂波、今まで長い間ありがとうね」

 

「そんな……奥様、勿体無いお言葉です……」

 

桜井さんは泣きそうなのを必死に堪えて顔を歪めている。

そして、傍らで涙を流す姉さんを宥めていた。

 

「深雪、そんなに泣きなさんな。私が早くに居なくなることは分かっていたでしょう?」

 

「で、でも……!」

 

姉さんは溢れる涙が堪えきれない、といった様子。

 

かく言う俺も中々涙腺がキツイことになってきている。

意地でどうにか堪えているが。

 

兄さんも顔を歪めている。

この人は多分、姉さんが悲しむのが悲しいんだろうが。

或いはこの状況で一人だけ素直に悲しむことが出来ないこと自体に、なのかもしれない。

 

「――失礼、姉さんは居るかしら」

 

その時、その場には似合わぬはっきりとした声が響いた。

 

全員がドアの方を振り向くと、そこには思いもよらなかった人物がいた。

 

「叔母……上……?」

 

「あら真夜。来たの?」

 

平然としているのは母上だけだ。

 

まさか叔母上がここに来るとは思いもよらなかった。

母上と叔母上の仲が冷え切っているのは四葉では公然の秘密だ。

決定的な決裂はしていないはずだからどうにかなったら良いなとは思っていたが、ここで来るとは……。

 

「私は姉さんと話があります。全員この部屋から出て行きなさい」

 

「で、でも……」

 

叔母上の宣言。

それに母上を心配した姉さんが反対するが。

 

「良いわ深雪、行きなさい」

 

「は、はい」

 

当の母上にいいと言われて出ていく。

そして俺たちは全員、外に出た。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

しばらくして叔母上が部屋から出て来た時には、既に母上は眠りについていた。

そしてそのまま目を覚ますことは無く、息を引き取ったのだ。

 

あの後、二人の間に一体どんな会話があったのか。

それを知る者は、母上亡き今叔母上ただ一人だけだ。

 

ただ、眠っている母上の顔は今までで一番穏やかな顔をしていた。

だからきっと、あの姉妹は最後に和解したのだろう。

 

母上の葬儀は一族の者だけで密かに行われた。

特に変わったことは無かったように思われる。

ただ、あの時を境に叔母上が今までよりも精力的に活動し始めたのは確かだ。

 

その一ヶ月後、俺は今までの家を引き払って東京近くに移り住んだ。

俺のガーディアンとして付いてきたのは、驚いたことに桜井さんだった。

 

最も、女性である彼女はあくまで繋ぎでしかないらしい。

整体魔法師の寿命は不安定で、短い。

長い間仕えてきた母上の死を境に、彼女も段々と衰弱し始めたらしいのだ。

ならば最期は出来るだけ彼女の望むところで過ごさせてやろう。

そうして選んだのが俺の下だったらしい。

 

何故そうしたのかは、いくら考えても分からなかった。

きっと、最期まで分からない気がする。

 

ただ、甲斐甲斐しく俺の世話を焼く桜井さんは実に楽しそうだ。

だからその選択は、本心だったのだろう。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「いえ、ですからね?あまり目立つとまずいんですって。相手誰だか知ってますよね?」

 

「だからじゃないですか!相手はあの『妖精姫』!こちらが見劣りする訳にはいきません!」

 

「えー……」

 

俺は、現在進行形ですごく困っていた。

桜井さんが俺にやたら派手な服を着せたがるのだ。

 

この人の見立ては確かだし、似合わないわけではない。

寧ろよく似合っていると思う。

だが似合っているのとそれを着たいかどうかというのは別だ。

 

母上譲りの整った顔なので別に気合入れて着飾らなくてもそこまで見劣りするとは思えないんだが……。

俺は地味な服の方が好みだし。

 

「何でですか、今日は初デートなんですよ?ここで着飾らなくていつ着飾るって言うんですか!」

 

「別に色々あると思いますけど……」

 

既にお分かりの方も大勢いらっしゃるかと思うが、ここで一つ言っておこう。

 

現在、俺がこの世で唯一頭が上がらないのがこの桜井さんである。

赤ん坊の頃から色々と世話されたしな。

 

結果として、強く言えない俺はそのまま言う通りの服を着せられて満面の笑顔と共に送り出された。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

さて、何はともあれデートである。

 

前世では18年間とんと縁が無かった分野だ。

女性とかどう扱って良いのかさっぱり分からん。

さて、どうしたものかなあ……ん。

 

「――お待たせ」

 

待ち合わせ場所近くのベンチで目を閉じて座っていたところを、声を掛けられる。

 

待ち人来たり、かな?

 

「いえ、今来たところですよ……!」

 

……桜井さんに感謝しよう。

確かにこれじゃ見劣りするかもしれん。

 

突然固まった俺に首を傾げる真由美さんの格好はそれは良く似合っていた。

俺のファッションセンスはお粗末なものなので言葉で表せと言われても無理なのだが、取り敢えず月並みながら非常に可愛いとだけ言わせてもらおう。

 

「……どうしたの?」

 

「いえ……その服、お似合いですよ」

 

まさか貴女に見惚れていました、などと言えるわけもなく、曖昧に濁す。

 

「……そう?ありがとう」

 

はにかみながら微笑む真由美さん。

何というか、初々しいカップルみたいだな。

いや、正にその通りの間柄なんだが。

 

「それにしても、随分と久しぶりですね」

 

「そうね、確かに……1年ぶりかしら。全然そんな気はしないけれど」

 

「何度も話してはいましたからね」

 

見合いのとき以降、真由美さんとは一度も会っていなかった。

兄さんや姉さんのことは隠したい以上、次に会うのは俺が引っ越してからということにしていたからだ。

 

だが、四葉と七草で厳重なセキュリティロックを掛けた回線で何度も会話はしていたのだ。

 

その為、会うのは2度目なのにそれなりに親密という不思議な関係だ。

出会い系サイトを利用するとこんな感じなのだろうか。

前世から通して一度もお世話になったことがないので全く知らないが。

 

「じゃあ、行きましょう?」

 

「はい、分かりました」

 

彼女の呼び掛けに応えて立ち上がる。

 

立ち上がると、彼女の目線は俺の肩ぐらいだ。

俺の身長が165cmくらいだから、真由美さんは155cmくらいかな?

 

「む、思ったより高いわね……。わたしの方が二つ上なのに……」

 

同じようなことを考えていたのか、落ち込む真由美さん。

身長が低いことがコンプレックスなのは知っていたが、どうしてそんなに気にするのだろうか。

 

そういうのは当人の問題だから何とも言えないが、俺は正直気にすることはないと思う。

最初から落ち込んでいるのもちょっとあれなので、フォローしときますかね。

 

「気にしすぎですよ。大事なのはスタイルですから。その点、真由美さんは完璧ですね」

 

「そ、そう……?そう言ってくれると嬉しいけど……」

 

「本心ですよ。……さて、どこへ行くんです?正直この辺はよく知らないんですけど」

 

今住んでいる家こそここから電車で30分と掛からないが、引っ越したばかりなのでほとんど何も知らない。

ついでにデートって何をするものなのかも知らない。

 

だからそう尋ねると、真由美さんは考え込む。

 

「そうね……まずはこっちかな。ほら、行きましょ」

 

「了解です」

 

先に歩き出す真由美さんを追い掛け、俺も足を踏み出した。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話

俺たちは、そこから数分歩いたところにある巨大ショッピングモールに来ていた。

 

「俺、こういうところに来るのって久しぶ……いえ、初めてですよ」

 

「へえ、そうなんだ。じゃあ、今日はわたしに付き合ってね?」

 

「勿論ですよ」

 

久しぶりと言えば久しぶりなのだが、見たところどうも前世のそれとは勝手が違う。

この魔法の広まった社会特有の常識とかがあったら困るので、一応初めてということにしておいた。

 

この世界――に限らず前世でも、生活の為に必要なものは全てネットや通販で手に入る。

別に引きこもりというわけでは無かったのだが、こういった人の多い危険なところにわざわざ来る必要も無かったのだ。

 

「しかし、色んなお店が集まってて結構目移りしてしまいますね」

 

「和也くんが見てるのは食べ物屋さんばっかりじゃない」

 

「……まあ否定はしませんが」

 

そんな気は無かったのだが、呆れたようにそう言われてしまう。

確かに思い返してみると飲食店を見た記憶しかないが。

 

「本当、和也くんって食べるのが好きよね」

 

「何をおっしゃいます。食べることを馬鹿にしてはいけませんよ?食事というのは生命の維持の為に必要な行為でありながら、同時に楽しみも伴っている。つまり食事は趣味と実益を兼ねた最高の娯楽の一つなんです」

 

「はいはい、分かったから」

 

俺の熱弁にもそろそろいい加減に慣れてしまったようで、適当にあしらう真由美さん。

 

最初の時は目を見開いてびっくりしていたのに。

ついでに全力でドン引きしていたような気もするが、そんな記憶は無い。

人間というのは都合の悪いことはすぐに忘れる都合の良い生き物なのである。

 

因みに黒歴史はいつまで経っても消えないので注意。

むしろ鮮明に残るから、人生を振り返ると黒歴史ばっかりで愕然とすることが割と良くある。

 

「ほら、ご飯は後で食べるから。行くわよ!」

 

「……分かりましたよ」

 

今日は、真由美さんとデートに来たのだ。

俺が好き勝手に食べ歩いてはいけないだろう。

そう、頭では理解しているのに心が追いつかない。

返事が随分と暗い声になってしまった。

 

「すごい落ち込むわね……こういうところだけ子供みたいなんだから」

 

「……今日は真由美さんを最優先にすると覚悟を決めて来ましたから。決して美味しい匂いには釣られないと」

 

「そう言いながら顔がカレー屋さんの方を向いてるわよ!」

 

その後、俺の心が食べ物から帰って来るまでに数分の時間を要した。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「せっかく一緒に来たんだから、和也くんの服を買いたいんだけど……良い?」

 

「え、ええ。まあお金はどうとでもなりますけど……俺の服を買って楽しいんですか?」

 

「女の子は小さい頃から着せ替え人形が好きなのよ」

 

そう言って、俺の手を引っ張って近くのメンズの服屋へと突入していく。

 

「和也くん、選ぶのに参考にするから答えてちょうだい。好きな色は?」

 

「黒」

 

「却下」

 

俺の好きな色が即却下されたんですけど。

 

「なんでですか。良いじゃないですか、黒」

 

「別に黒を否定しているわけではないわよ?ただ、黒がメインというのはちょっとなあ、と思って。男性って公式の場での服装は大体黒のスーツかタキシードでしょう?」

 

「ええ、そうですね」

 

取り敢えずそういうのを着ておけば問題ないからな。

そういう時は選ばなくて済むので非常に助かっている。

 

「和也くんならそういうのもすごい似合うと思うし、格好良く着こなせるのだろうけれど……普段も同じ色じゃつまらないじゃない。もっと明るい色でも良いと思うわ。幸い素材はとびきりだから大概のものは着こなせると思うし」

 

ふうん、そういうものなんだろうか。

 

俺が考える服装選びの第一原則として、他人に不快感を与えないこと、というのがある。

つまり、自分が着たいものではなくて他人が見てマイナスの感情を抱かないものを着るべきなのである。

その為にドレスコードが存在するのだろうし。

 

相手に好印象を与える為に、更に気合を入れて着飾ったりもするのかもしれないが……そこに自分の考えは入らない。

あくまで相手のことを考えて服装を選ぶのだ。

 

というのが俺の持論なのだが……まあ自分が着てみたいものを着るという感情も理解は出来るし、女性はそういうのが楽しいのだということも知ってはいる。

野暮な口出しはするまい。

 

「俺の感性は多分頼りにならないので、お願いして良いですか?」

 

「もちろん!その為に来たんだしね」

 

そう言うや否や、目を輝かせて服を手に取り吟味する真由美さん。

 

それからしばし、俺は着せ替え人形に徹した。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

頃合いはお昼過ぎ。

少し遅めの昼食を取ることにしたのだが。

 

「……何かごめんね?わたしもつい調子に乗ってやりすぎちゃったかも」

 

「い、いえ……大丈夫ですよ」

 

俺は些かぐったりしており、その前では真由美さんが申し訳なさそうにしていた。

 

あの後、服を吟味して俺に渡し、着替えさせてはまた別の服を、というように連続早着替えにチャレンジしていたのだが……。

 

真由美さんのセンスの良さと素材の良さが重なって通りかかった店員さんまで服選びに参戦してしまい。

結果として俺はおよそ2時間もの間ひたすら着替え続けていたのだった。

店を後にする時、店員さんも元気のない俺を見て流石に決まりの悪そうな顔をしていた。

 

しかし、疲れた……。

 

一方、店員さんと一緒にかなりはしゃいでいた真由美さんは全く疲れた様子がない。

女性の買い物の時のエネルギーは底知れないな。

 

「まあ、じきに回復しますよ。それより、午後はどうします?」

 

「ああ。午前中は和也くんの服を見たから、午後はわたしのも見たいなあって。ダメ?」

 

上目遣いでのお願い。

この人にこれをやられて断る男など、うちの兄ぐらいしかいないのではないだろうか。

しかも自分の魅力を理解して使っている分、性質が悪い。

かなりの破壊力だった。

 

ただ、別にそんなことをしなくても断るつもりは無かった。

 

「もちろん、構いませんよ」

 

俺は付いていくだけで良いのだから、問題はない。

そう、俺は思った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

30分後。

俺はさっきの自分を殴りたい気持ちで一杯だった。

 

何が付いていくだけだ。

いや、確かに付いていくだけなのだが……。

 

「これとこれと……あ、あっちも見てみようかしら」

 

行動速度が先ほどまでの2倍速、3倍速だった。

あれで本気では無かったのか……と戦慄を禁じえない。

 

忠実な荷物持ちである俺はそのあとに追従して渡されるものを持っているだけ。

時々意見を求められることもあるのだが……ファッション関係には疎い俺がどうにか言葉を捻り出そうと考えているうちに自分で結論を出してしまうので、これはカウントしないだろう。

 

多少鍛えてはいるが、所詮は子供の細腕。

そろそろ積載過多で重量オーバーになるんですが。

いい加減魔法使おうかなあ。

あまりこういう公共の場で使いたくはないんだが。

 

 

 

……結局、使わざるをえなくなりました。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

買ったものを宅配便で家まで送ってもらうために預け、荷物がなくなった俺たちはやたらと注文のややこしい人気コーヒーチェーン店で一服していた。

場所は、今日は天気が良いからという真由美さんの希望で外をチョイスした。

 

「今日は随分と連れ回してくれましたね……」

 

「ごめんね?そんなつもりじゃなかったんだけど……和也くんと一緒だったからテンションが上がっちゃったのかな……」

 

これはまた可愛いことを言ってくれるな。

まあそれも本心だったら、の話だが。

 

「口元、緩んでますよ」

 

「えっ……あ」

 

俺のハッタリに思わず口元を押さえてしまう真由美さん。

こういう駆け引きはまだまだ甘いなあ。

兄さんとかだったら「何のことだ?」なんて平気でとぼけるからな。

 

真由美さんもそれに気づいたのか、拗ねたような目で睨んでくる。

正直そんなことをしても可愛いだけなのだが……。

 

「……もう、和也くんは意地悪ね」

 

「真由美さんも小悪魔ぶるのはやめて下さいよ。男を手玉に取れるほど手慣れているわけでも無いでしょうに……」

 

「む、言ったわね?」

 

真由美さんは小悪魔っぽい笑みを浮かべて俺の向かいの席から隣の席へ移動し、しなだれかかってくる。

 

「ねえ、和也くん……わたし、疲れちゃったわ。和也くんの家で休ませてくれない……?」

 

その言葉は驚くほど妖艶だったが、俺はそれを払いのける。

 

「お生憎様、うちにはメイドがいるんですよ。だから、一人暮らしではないんです。……それに」

 

顔が、真っ赤ですよ。

 

そう言うと、恥ずかしそうに俯いた。

 

「だ、だって……恥ずかしいじゃない。どうして和也くんは平気なのよ」

 

「さあ、どうしてでしょうね」

 

まさか、そういうのは宵闇で慣れてます、というわけにもいかないし。

 

曖昧にごまかすしかない俺であった。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話

UAが100000件を突破しました。
ありがとうございます。

今後も読んでいただけるよう頑張りますのでよろしくお願いします。


家へ帰り着くと、桜井さんが迎えに出た。

 

「おかえりなさい、和也くん」

 

「ただいま、桜井さん。どうしたんですか?」

 

普段は迎えに出たりすることは無い。

何かあったのだろうかと首を傾げながら尋ねると、実に阿呆らしい答えが返ってきた。

 

「今日のデートの成果を聞こうかと。どこまで進みました?」

 

「……あのですね。たかだかショッピングモールに買い物に行ったぐらいで何か起きると思います?」

 

どこまで、というのは恋人としての段階だろうが……というか、仮に進んだところで正直に答えるわけがないとは思わないのだろうか。

 

……赤ん坊の頃から俺をずっと見てきた桜井さんのことだ、それぐらいのことなら些細な反応から見抜かれてしまいそうだが。

 

「理性的な和也くんのことですから、流石に最後まで行くとはは思いませんけど。少しぐらい進展しなかったんですか?」

 

「するわけないでしょう。俺はともかく、向こうは俺のことを仲の良い男友達か年の近い弟ぐらいにしか思ってないでしょうね」

 

「お、弟……」

 

桜井さんが顔を引き攣らせる。

好きな女子に思われてはいけない二大巨頭の一つだ。

因みにもう一つは「お父さんみたい」である。

 

どちらも場合によってはプラスに向くことがあるが、大概はどれだけ好意を持たれてもそれは恋愛感情には向かない。

 

「この一年、電話で話し過ぎたのがいけなかったんでしょうね。直接会わないうちに親密度だけが上がったから、結果としてそういう感情に繋がったんでしょう。頭では俺を婚約者だと理解しているでしょうが、感情は今言った通りだと思いますよ」

 

そう言って肩を竦める。

或いは丁寧語を崩さないでいるのも理由の一つなのかもしれないが。

 

今日俺のことを散々振り回してくれたのも、だからだろう。

最後のあれだけは、未だに何でやったのか意味がわからないが。

挑発に乗ったにしても、あれはやり過ぎだろう。

俺が宵闇のアレで慣れていなければ危なかったかもしれない。

俺だって男なのである。

 

「それより、今日はもう疲れたんで風呂に入って寝ることにしますよ」

 

では、と告げて俺は自分の部屋へ向かった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「……とのことですが、お聞きになりましたか?」

 

実は穂波は先ほどの会話の際にとあるところと通話中の子機を隠し持っていたのだ。

話し掛けた相手は、誰とは言わないが四十代独身の女性である。

 

『今何かとても不愉快なことを言われた気がするけれど……ええ、聞いたわ。しかし、残念ねえ。感情面を無視する訳にもいかないけれど、家のためには沢山の子を産んで欲しい。だから、二人が深く愛し合ってくれればちょうど良かったのだけれど……』

 

「とはいえ、さっきのもあくまで和也くんの考えですからね。相手がどう思っているのかは分かりませんよ?」

 

和也は聡い子で、決して鈍感ではない。

だが、同時に恋愛に関して言うと理解に乏しいところがある。

 

恋愛未経験なのだから仕方ないのだろうが……彼の見立てが必ずしも正しいとは限らない。

 

相手もそれは分かっている。

 

『何にせよ、一計案じてみても良いでしょう』

 

「そうですね。和也くんならば相手に了承を得ず襲ってしまうことも無いでしょうし」

 

『最悪行くところまで行ってしまったとしても……当人たちが黙っておけばいいでしょう。じゃあ、詳細が決まったら教えるわ』

 

「畏まりました。では、よろしくお願いいたします」

 

こうして、和也の知らないところでとある計画が立案され、進行していくのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

七草家本邸、その一室にて。

 

七草家の長女である真由美は……ベッドに伏せて枕に顔を埋めていた。

 

「あ〜あ。今日、せっかく初めてのデートだったのに……はしゃぎ過ぎて振り回し過ぎちゃったわ……」

 

今日のことについての反省である。

 

ただ、真由美にも言い訳、というか言い分がある。

 

彼は何というか歳の近い弟か仲の良い男友達のようで新鮮だったのだ。

 

真由美としては家族以外で自分を対等に扱ってくれ、しかも腹の探り合いをしなくていい相手など久しぶりだった。

学校の友人にも同じような者は少ないながらも何人かいるが、男子ではいない。

 

自分で言うのもなんだが、七草真由美は美人である。

背こそ低いもののスタイルも良い。

 

そのためか、殆どの男子が下心を持って接してくるのだ。

 

別にそれが悪いとは言わない。

男とはそういう生き物だということは知っているし、そこまであからさまでなければ特に気にしたりはしない。

それこそが自身の容姿の優れている証でもあるからだ。

 

では和也が大半の男のような欲を持っていないかというと、それも違うだろう。

そこまで頻度は高くなかったが時々自分の胸元などに視線を送ることはあったし、その他にもそういう部分は見て取ることが出来た。

 

だが恋愛感情はどうかというと、これは全くなかったように思える。

 

これが気安い男友達のように感じた大きな理由なのだろう。

 

正直、少し女性としてのプライドを傷付けられた。

悔しくなって、最後に思わず少しやり過ぎてしまったほどだ。

 

この一年間、和也とはメールに電話にと言葉を交わして来た。

 

家が決めた結婚ではあったが、相手の和也は賢くて優しく、ついでに顔も良い。

 

人は外見よりも中身だという。

確かに真由美も人を外見だけで判断してはいけないとは思う。

 

だが、人間が五感のうち最も頼っているのは視覚情報であり、また最初のうちはどうしても中身など分からず外見しか判断基準に入らないことを考えると、こと第一印象という点においては顔は重要だ。

 

その顔が良かったからか和也には第一印象から好意をもてたし、彼を知れば知るほど好感度は上がっていった。

 

増してや相手は婚約者、将来結婚する相手である。

相手が嫌な人とかよほど反りが合わなければともかく、普通は例え初めが家の利害の一致によるものだったとしても、お互いに好きになる努力をするものだ。

 

その相手が進んで優しくしてくれるのだから、好きにならないはずがなかった。

 

今では、この世界の誰よりも心が近い存在になっている。

 

しかし、これが恋なのかと問われると真由美としては首を捻らざるをえない。

 

確かに彼のことは好きだが、それが友人としてなのか一人の女と男としてなのかは分からないのだ。

 

自分が和也に抱いている感情は、何なのだろうか。

これまで恋というものをしたことがない真由美には判断出来ない。

ただ、彼を振り向かせてあの落ち着いた端正な顔を動揺させてみたい、とは思う。

それが最後にあんなことをさせたのかもしれないが。

 

「今回はちょっと……いや、大失敗だったかもしれないけれど、次は翻弄してやるんだから」

 

ベッドの上で、一人ひっそりと決意を固める真由美なのであった。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話

「……真由美さん」

 

「な、なあに?」

 

「お一人、ですか?」

 

「そ、そうね」

 

「……知ってましたね?」

 

「な、なんのことだかさっぱり――」

 

「――知ってましたね?」

 

「……はい」

 

「全く、何を考えているんですか……」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

叔母上から箱根へ行けと連絡が来たのは、一昨日のことである。

 

なんでも四葉(うち)と黒羽で温泉でゆっくりと身体を休めようということらしい。

 

俺はちょうどその時京都にいたので、他の人とは現地集合ということにして一人箱根へと向かった訳だが……。

 

指定された宿の前で待っていると来たのはなんと真由美さん。

しかもお供も連れず一人だけである。

 

この時点で嫌な予感がして叔母上に連絡をしたところ。

 

『真由美さんと会った?ああそう、ちゃんと合流出来たのね。良かったわ』

 

「……やっぱり初めからそのつもりですか」

 

『何のことかしら。真由美さんと会ったのは偶然ではなくて?ーーああ、七草家の護衛だとか色んなところの見張りは全部引き剥がしておいたから。好きに過ごしなさい』

 

「……もういいです」

 

声に愉悦を滲ませながらそういう叔母上に、俺は通話を切った。

 

ったく、何を考えているんだか。

いや、考えていることは分かるのだが正気かどうか疑うと言うべきか。

 

「や、やっぱりわたしがいたらダメ、かな……?」

 

おずおずとそう尋ねる真由美さんに俺は溜息を吐く。

 

「……別に、構いませんよ」

 

そんな言い方されたらダメと言えるわけがないだろう。

 

途端にパァッと顔を綻ばせる。

 

「じゃあ、行きましょう?」

 

真由美さんは俺の腕を取り、宿へと歩いていった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「ご予約の南様ですね?承っております」

 

一礼する女将さんに真由美さんが首を傾げる。

 

「南?」

 

「俺の偽名ですよ」

 

四葉や司波の名を出したくない時の為に作った偽名だ。

お忍びで何処かへ行く時はこちらの名前の方が多い。

 

名前の由来?

言わんでも分かるだろうが、まあ達也、和也とくれば南かな、と。

 

ああ、小・中学と使っていた名前はまた別のものだ。

 

「では、ご案内します。こちらへどうぞ」

 

「あ、はい」

 

案内されるがままに着いていくと、一つの部屋の前で立ち止まった。

 

「こちらになります。では、ごゆるりとお寛ぎ下さいませ」

 

「どうも……ってちょっと待った!」

 

そのまま去ろうとしていく女将さんを慌てて呼び止める。

 

「何か、不都合でもございましたか」

 

「あの、ここはどっちの部屋ですか?」

 

「どっちの、とは?」

 

「二人で同じ部屋に泊まる訳がないでしょう?……まさか」

 

「ええ、一部屋でお二人様をとのご予約でしたが」

 

「……あの、空き部屋などは?」

 

「ございません。本日はちょうど部屋が埋まっておりまして……」

 

「そうですか」

 

一礼して去っていく女将さんを笑顔で見送る俺の心は、荒れに荒れていた。

 

……あの天然年齢詐称女がッ!!

何てことをしてくれたんだ!!

何かを期待しているのは分かるが、まだ早いだろうが!!

 

……失礼、少々取り乱してしまった。

 

しかし、どうする?

ここで帰るというのもちょっとあれだし、他でホテルを探すか?

 

そんなことを考えていると、真由美さんがおずおずと話しかけてくる。

 

「あの、わたしは別に構わないけど……?」

 

「は?」

 

思わず我が耳を疑ってしまった。

 

「正気ですか?女が男と同じ部屋で寝るなど、何が起こるか分からない訳でも無いでしょう」

 

「そ、それは分かるけれど。和也くんなら良いかなって」

 

「あのですね。俺も男なんですが」

 

「でも、わたしたちは婚約者でしょ?」

 

「それは……」

 

確かに仰る通りだが、しかしまだ結婚前だぞ?

 

「それに、和也くんはそんなことはしないよね?」

 

その目は、完全に俺を信用した目だった。

 

「……そこまで言われたら、部屋を分ける訳にもいきませんね。良いでしょう。俺が理性のある人間のあるべき姿を教えて差し上げようじゃありませんか」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

部屋は幸い二つの部屋があった。

とはいえその二つは襖で仕切られているだけなので部屋と言って良いかは怪しいが。

 

取り敢えず最低限着替えは問題なく出来るということが分かった訳だ。

 

しかし、見たところ片方の部屋は机や椅子などが置かれているせいで布団が敷けない。

となると、隣に布団を敷いて寝ることになるのだろうが……困ったな、今夜は眠れる気がしない。

 

お互い荷物を置いて座布団に座る。

 

「……ふぅ、少々疲れましたね」

 

「そう?東京からは結構近いし、移動もそんなに大変ではなかったけれど」

 

不思議そうにそう言う真由美さんに、苦笑しながらその訳を答える。

 

「俺は昨日まで京都にいたんですよ」

 

「京都に?」

 

「ええ。詳しいことは言えませんが、ちょっと家の用事で、ね」

 

曖昧に笑って誤魔化す。

 

「それより、この後はどうします?この時間から温泉に行くのもあれですし」

 

「そうねえ……せっかくだから街を歩いてみない?」

 

「構いませんよ。じゃあ行きましょうか」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

その後、日中は外を歩いて回った。

真由美さんが前回に比べ今回はやけに大人しいなあと思ったぐらいで、特に何か変わったことはなかったのだが。

 

問題はその後である。

 

夕方に宿に帰った俺たちは風呂に入ってから夕食を頂くことにしたのだが……風呂上がりの女性の破壊力を今更ながら思い知らされた気分だ。

 

血色の良い肌に上気した頬、濡れた黒い髪。

ただでさえ十二分に魅力的な彼女の容姿が何倍にも割り増しして見えた。

 

当の本人はそんな事を考えもしていないのだろう、料理を美味しそうに食べていた。

 

「食べないの?」

 

「……いえ、頂きます」

 

手を合わせて、まずは手始めにと焼き魚を口に運ぶ。

 

「……結構美味しいですね」

 

「ええ。ここの宿にして良かったわ」

 

「正直、これを食べにまた来たいぐらいです」

 

焼き加減に塩加減など、全てが殆ど完璧な具合だった。

このレベルは早々お目に掛かれるものではない。

 

これは他の料理も期待できるぞ?

 

真由美さんに見惚れていたことなどさっぱり忘れて、目を輝かせて別の料理に手を出す俺なのであった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「すいません、すっかり放っておいて夕食にがっついてしまって」

 

いやあ、恥ずかしいところを見せた。

料理にはそれなりの拘りを持つ俺なのだが、今回は久しぶりの当たりだったからだろうか。

 

真由美さんはいいのよ、と首を振る。

 

「わたしもすごく美味しいと思ったわ。和食は久しぶりだったからかしら」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。パーティとかだと食べやすいことが優先されるから、焼き魚とかは特に食べないもの」

 

まあ、確かに骨を取らなければならないからな。

時間も掛かるし、食べやすいとは言えないだろう。

 

「ご自宅では?」

 

「父が洋食の方が好きなのよ。たまに中華かな。わたしは和食も好きなんだけれど、二度手間になってしまうでしょう?」

 

なるほど。

使用人には必要以上の手間を掛けさせない、というのは真由美さんの優しさなんだろうな。

 

しかし、和食を食べない理由が嫌いだからというわけではなくそれならば。

 

「自分で作ったりはしないのですか?俺なんかはたまに献立と違うものが食べたくなったら自分で作りますが」

 

「……うぅ、料理はあまりやらないのよ」

 

男の俺が出来るのに自分が出来ないのは女としてのプライドが傷付くのだろうか。

 

古い価値観だと思うが、でも未だに料理が出来ると女子力高いとか言われるからな。

 

「……今度、教えて差し上げましょうか?」

 

「本当に?でも、うーん……」

 

顎に手を当てて考え込む真由美さん。

 

一体何に悩んでいるんだ?

 

「教わるにしても、使用人の前だと示しがつかないしなあ……」

 

「それなら、うちを貸しましょうか?普通の一軒家ですが、道具はそれなりに揃っているので」

 

「なら、そうしてもらおうかしら」

 

途端に顔を明るくする真由美さん。

 

今の反応を見るに俺の言葉を待っていた感があるんだが……まあ良いか。

 

「そのうち、真由美さんが上手になったら手料理でも頂きたいですね」

 

「頑張るから、待っててちょうだい」

 

そう言って微笑む真由美さんだった。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話

その日の夜。

俺は眠れぬ夜を過ごしていた。

 

隣からは、規則正しい可愛げな寝息と何とも言えぬ良い香りがこちらに届いてくる。

隣にいる彼女の存在に意識を取られて眠れるわけがなかった。

 

だが、手を出す訳にはいかない。

俺は理性ある人間である。

理性こそがただの動物の一種に過ぎない人間を人間足らしめているのだ。

つまり、理性を放棄した人間はただの動物に成り果てる。

 

そう考えれば考えるほど隣を意識してしまい、ますます眠れなくなる。

というか、どうして男が隣にいるのに寝れるんだよこの人は!

 

そんな馬鹿なことを考えていたからだろうか。

あるいは、真由美さんと接して俺の危機管理能力は鈍ってしまったのか。

 

現在俺たちには(・・・・・・・)ただの一人も護衛がいない(・・・・・・・・・・・・)ということを忘れていたのだ。

 

それを感知したのは着弾寸前だった。

 

感知範囲外からの長距離狙撃。

魔法師に対する最も有効な手立ての一つだ。

 

気付いてしまえば大抵の魔法師には個人で扱えるサイズの銃火器はほとんど通用しない。

 

だが気付かなければ、防ぐも防がないもない。

それぐらいのことは分かっているはずだったのだが。

 

咄嗟に身体を捻じって急所こそ外したものの、左肩を撃ち抜かれた。

一瞬遅れて、身体に走る激痛。

 

俺とて戦闘訓練は積んである。

その中には怪我をしながらも支障なく魔法を行使する訓練などもあった。

 

だから、これぐらいは平気だ。

貫通はしていないから流血も少ないし、左肩を動かすことこそ難しいがそれ以外は問題ないだろう。

 

一旦それは放置し、[加速]してから[眼]を展開する。

同時に真由美さんを起こす。

 

「ん……なに……?」

 

「敵襲です」

 

「……敵襲!?」

 

慌てて身体を起こし、鋭い表情となる。

 

「敵は……って和也くん、肩どうしたの!?」

 

悲鳴を上げて寄ってくる真由美さんを押し留める。

 

「ひとまず平気です。それより敵ですが……それなりのやり手です。多数対一とはいえ、今も俺と真っ向からやり合ってますから」

 

こうやって話している間にも、俺は敵の攻撃を撃ち落としている。

迎撃だけで手一杯で、攻撃に移る暇もない。

 

この魔法力から察するに[物質蒸散(ヒート・ヴェイパリゼーション)]では発動までに少々のタイムラグが発生しそうだ。

 

おまけにばらけているから纏めて座標指定も出来ないという。

 

「敵はどこの手の者なのか……何にせよ厄介な相手ですね」

 

仕方ない、近接でやるか。

 

「わたしも援護を――」

 

「――いえ、大丈夫です。それより、自分の身は守れますよね?」

 

「ええ。大丈夫よ」

 

「じゃあ、俺は奴らを倒してきます。お気をつけて」

 

言うや否や、外に飛びだして二つの魔法を発動する。

 

一つ目は単純な加速系統魔法で、床を蹴ったことで発生した速度ベクトルの大きさを増大させる魔法だ。

 

加速系統が得意な俺の速度は一瞬のうちに音速まで到達する。

だが、それでは風圧や慣性によって身体が潰れる。

 

だからこそ二つ目の収束系統魔法[ジークフリート]。

身体を構成する分子の相対位置を固定して、外部からの力による座標の変更を一切受け付けないという硬化魔法の一つだ。

 

この併用により圧倒的機動力を持った俺を止めるどころか捕捉出来る者すらこの場には存在しない。

8人いた魔法師が全員倒れるまでに、10秒と掛からなかった。

 

その後、俺の手駒である「オーフェン」に連絡して後片付けを頼み、伸びをする。

 

「ふぅ……さて、全部終わったし帰って寝ると……!?」

 

ふと思い出して[眼]を開き、俺は愕然とした。

 

――真由美さんが、いない。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

この状況でまさか自発的に何処かへ行くとは考えにくい。

必然的に、先ほどの奴らに攫われたのだろう。

 

真由美さんの誘拐に気づかなかった理由は幾つかある。

 

まず、[観測者の眼(オブザーバーズ・アイ)]を展開していなかったこと。

いや、正確には展開出来なかった(・・・・・・・・)のだが。

 

観測者の眼(オブザーバーズ・アイ)]には発信、受信、処理の三つの工程が存在する。

 

そう、受信しなければならないのだ。

 

発信時と受信時の俺の座標が違う場合はドップラー効果のような処理をせねばならず、必要な演算の量が何倍にも膨れ上がる。

 

だから俺の[眼]は早く動けば動くほど効果範囲が狭まるのだ。

全速力で動いている時は大体10cm程度とかそれぐらいだ。

 

だからこそ真由美さんのことを見ていられなかったのだ。

 

では、それなのに何故真由美さんの側を離れてしまったのか。

それは、彼女自身の力を信じ過ぎていたからだ。

 

敵の魔法師の実力と俺や姉さんの実力を鑑みて、[マルチ・スコープ]さえあれば奇襲も無いし何人来ても平気だろう、そんな思いがあった。

 

俺としたことが、アンティナイトの存在すらも忘れてしまっていたらしい。

この場にはキャスト・ジャミングの痕跡がある。

 

魔法が使えなければ、真由美さんはただのか弱い女の子に過ぎないというのに。

 

……まあ、これ以上の反省は後にしよう。

真由美さんは今どこにいるのか。

 

おそらく既に[観測者の眼(オブザーバーズ・アイ)]の範囲より外に出てしまっているだろうし、こんな街中では情報量が多過ぎてそれの範囲自体も狭い。

 

では、どうする?

相手が誰だかは未だ分からないが、下手をするといつかの叔母上の二の舞となる。

 

そんなことをさせてたまるか。

 

腹を括れ。

覚悟を決めろ。

さあ、アレを使うぞ。

 

「[全能の眼(ユニバーサル・サイト)]」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

真由美の心は今、深い絶望と恐怖に覆われていた。

自分を連れ去ったのは誰だか知らないが、虜囚となった優秀な魔法師の女性がいい扱いを受けるとはとても思えない。

 

あれは、一生の不覚だった。

 

敵に別働隊がいる可能性も、それが今和也が相手している者たちよりも格上である可能性も、真由美は把握していた。

 

だから、警戒は怠らなかったのだが……。

まさか、宿の仲居さんが敵の手のものだと誰が想像するだろうか。

 

キャスト・ジャミングで魔法の発動を妨害されたら、真由美では戦えるわけが無い。

遠くで戦っている和也に知らせる手段もなく。

あとは呆気なく捕まってしまった。

 

今は後ろ手に縛られて身体に力が入らなくなる薬を嗅がされ、車で運ばれている。

 

「……貴方たちは一体何なの?わたしを誘拐して、一体何が目的?」

 

真由美の質問に、この中ではリーダーらしき助手席の男が笑い出す。

 

「はは、元気が良いなあ、お嬢ちゃん。……立場を分かってるのか?自分が質問できる立場だとでも?」

 

その殺気に、体が震える。

悔しいが、男の言う通りだ。

真由美は今、この先が出来るだけ悲惨で無いことを祈るしかないのだ。

 

(和也くん……助けて……!!)

 

その時。

 

車がガタンと揺れる。

ハンドルの持ち主が、突然消失したのだ。

 

「――おい!一体誰の仕業だ!!」

 

「そ、それが……さっきの化け物みてぇなガキです!」

 

「何!?ここまで引き離して追いつけるわけが無いだろ!」

 

そんなことを言っているとまた一人、前触れもなく消失する。

 

「チッ、こうなったらこいつを人質にして逃げ切るしか――」

 

「――俺がそんなことをさせるとでも?」

 

「うぎゃ――!!」

 

突如車の横に並走する人間が現れ、リーダーらしき男が悲鳴を上げ……る寸前で消失した。

 

ハンドリングを完全に失った車は、しかし安定した軌道で徐々に速度を落としていき、やがて停止した。

 

ドアが開き、手が差し出される。

 

「お待たせしました、我が姫。お怪我はありませんか?」

 

その声は、表情は、驚くほど優しくて。

 

「和也くん……」

 

彼女は感謝の言葉を言おうと口を開こうとするが、それは和也の行動によって遮られてしまう。

 

和也の腕によって力一杯、抱き締められたのだ。

 

「本当に……無事で、良かった……!」

 

そうかすれた声で呟いて涙を流す和也に、真由美は自分の頬が赤く染まるのが分かる。

 

自分がこれだけ想われていたのだと悟って。

 

その後、和也が力尽きて倒れるまで、二人は固く抱き合ったままだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

――後に、真由美が和也に惚れたと間違いなく言えるのはどのタイミングかと聞かれると、確実にここだと答えたそうだ。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話

これで第一章「入学前」は終わりです。

次話より第二章「入学編」を開始します。


◇ ◇ ◇

 

 

 

その後、俺は「オーフェン」に追加の連絡を入れると気を失ってしまった。

 

そして、目覚めたのはなんと4日後だった。

 

これは、真由美さんを見つけた時の手段のせいだ。

 

全能の眼(ユニバーサル・サイト)]。

これはイデアにアクセスして求めるエイドスを探し出し、その位置情報などを割り出すことが出来るものだ。

 

特殊な魔法でも無ければ生まれ持った異能などでもない。

使おうと思えば、どの魔法師でも使えるはずだ。

全ての魔法師は魔法行使の際にイデアへとアクセスしているのだから。

ただ、普通ならば一秒と経たずに廃人となるのだ。

 

この[全能の眼(ユニバーサル・サイト)]は捜索の過程で大量のエイドスを無理矢理認識させられることになる。

そんな莫大な情報が脳に大量に流れ込んでくるのだ。

その情報量は[観測者の眼(オブザーバーズ・アイ)]の比ではない。

 

一度見つけてしまえば大した負荷はないのだが、そこまでが厳しくて結果として4日も寝込む羽目となったのだろう。

 

これを使えるのは、精々が一週間に一回というところ。

それ以上は反動が深刻になり回復しきれない恐れがある。

一回というのは対象一つを見つけるまでで、同時に複数を追うことは出来ない。

 

などと制約も厳しいが、代わりに利点として地球上のどこにいても必ず発見出来る。

モノ探しにおいては最後の切り札というわけだ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

目を覚ましたその日の内に、真由美さんが飛んできた。

相当心配してくれていたようで、部屋に入って来た瞬間抱きついてきたからな。

 

本当は俺にずっと付いていたかったそうなのだが家の都合上そういうわけにもいかず、目を覚ましたら真っ先に知らせることを条件に泣く泣く帰ったのだそうだ。

 

真由美さんを助けるにはあれしか方法が無かったとはいえ心配を掛けたのは事実だから、俺に抱きついて泣きじゃくる真由美さんを宥めるのに何ら異存は無いのだが……。

 

やたらとニヤニヤしながら出て行った桜井さんが妙に気に掛かった。

出る時に「お幸せに〜」と言っていたのが唇の動きで分かったし。

今から夜が憂鬱である。

きっと凄い勢いでからかわれるのだろうなあ……。

 

 

 

「何か、恥ずかしいところを見せちゃったわね」

 

ようやく泣き止み、どことなく赤い顔でそう言う。

 

「いえ。俺だって目の前で倒れるなんて醜態を晒しましたしね。おあいこ、ということにしておきましょう」

 

せっかく格好良く助けたのに、あれで全てが台無しである。

近いうちに限界が来るのは分かっていたのだが、せめて後始末を終えるまで頑張ってほしかった。

 

と、真由美さんが急に改まる。

 

「……和也くん。助けてくれて、本当にありがとう。お陰でわたしは悲惨な未来を迎えることもなかった」

 

「何を言っているんですか。俺は俺の(・・)真由美さんを取り返しただけですよ」

 

今まではこんな言い回しはしなかったが。

真由美さんが連れ去られたことに気がついた時、俺の心に何かが芽生えたらしい。

 

ほんの小さな芽を出したそれは愛か、或いはただの独占欲なのか。

かつて一度愛を失くしてしまった俺には分からないが、それはとても暖かく、心地良いものだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「お久しぶりです、叔母上」

 

『あら、和也さん。もう身体は大丈夫なの?』

 

「はい、概ねのところは」

 

その日の夜。

俺は後始末の結果を聞くため、叔母上に連絡をしていた。

 

『ひとまず良くやった、と言っておくわ。今回の件で七草には大きな貸しが作れた。これでしばらくあの男もこちらに強くは動けないでしょうね』

 

「そうですか。こちらもそれなりに危なかったですからね。精々上手く使って下さい。それで、敵は?」

 

『七草に敵対していた組織よ。今回の件でだいぶ力を削がれたから、もうダメでしょうけれど』

 

「その様子だと、『オーフェン』は上手くやったみたいですね」

 

「オーフェン」は俺の提案で作った組織だから、手柄を立てると俺も嬉しい。

親心、みたいなものだろうか。

 

『ええ。あと、貴方の耳に入れたいことが一つ』

 

「……何ですか?」

 

『今回の一件。また、例の中国人の青年も一枚噛んでいるらしいの』

 

例の中国人の青年、というと……。

周公謹か。

 

「一枚噛んでいる、とは?」

 

『今回の襲撃。やけに手が込んでいると思わなかったかしら』

 

「それは……確かに」

 

あれだけの数の、しかもそれなりの腕の魔法師がいるにも関わらず、最初の攻撃は遠距離からの魔法を用いらない銃による狙撃。

 

結局急所は外し、その後真っ先にそいつを消したからあまり支障は無かったものの、もし俺が視認しないと魔法が使えない普通の魔法師ならば苦戦も免れなかった。

 

「しかし、あの男が絡んでいるにしてはお粗末な点もあるのでは……?」

 

『おそらく今回の件で貴方の手の内や実力を測るつもりだったのでしょうね。もし殺せたら御の字、という感じで』

 

「なるほど。……となるとまずいですね。多分今回ので俺の[眼]の最大の弱点は見抜かれましたよ」

 

『それは痛いわね……。それ以上のことは?』

 

「もしかしたら[全能の眼(ユニバーサル・サイト)]が知られたでしょうが、他は多分大丈夫でしょう」

 

『なら、許容範囲ね。……話はこれで終わりよ。ゆっくり休みなさい』

 

「は。失礼します」

 

通信を切った。

 

……周公謹。

やはり奴は消しておきたい。

だが、今はそのための人員が足りない。

 

やらなければならない最優先事項を同時に二つも抱えるとどちらも破綻する。

二兎を追う者は一兎をも得ず、だ。

 

今はひとまず、現在抱えている問題に力を集中させよう。

他のことは、その後だ。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

ここは横浜中華街、とある中華料理店の奥にある一室にて。

一人の青年がいた。

 

顔はおそらく中国系か。

そして端正に整った顔は、何処か作り物めいた印象を見るものに与える。

 

その青年ーー周公謹は、手元の資料を読みながら呟く。

 

「相変わらず、四葉に関わりがあるということ以外、情報は無しですか……この密偵も中々使えませんねえ」

 

ここは私が出るか……と考えて首を振る。

 

「情報を掴むには直接私が出るしかないのでしょうが、相手があの四葉だからこちらとしても手が出しづらい。彼自身も知覚系の魔法を持っている上に実力も相当なもののようですから」

 

あの(・・)四葉とは、三十年近く前の大漢による四葉真夜の誘拐と、それに対する四葉家の報復。

 

あれ以来、四葉は「触れてはいけないもの(アンタッチャブル)」として扱われている。

 

さしもの周と言えどあの家に準備も無しに直接手を出す気はさらさら無かった。

 

前回だって、かなりの準備を重ねた上で事を起こしたのにも関わらず結果として目標は半分達成、といったところだったのだ。

 

四葉内部に繋がりを作って大漢の崑崙方院に真夜を誘拐させ、四葉家の当主をはじめとする四葉の魔法師がその報復に乗り出すところまでは周の描いた筋書き通りに事が運んでいた。

 

だが、四葉の魔法師は大漢的には大した損害を受けることもなく全滅すると思っていたのだ。

 

幾ら四葉家が日本の魔法師の頂点に君臨する十師族の一角だとしても、所詮は30人程度。

魔法師3000人を抱える崑崙方院が相手ならば普通は到底歯が立たない。

 

それを、圧倒的な人数差をひっくり返して国の存続にすら影響が出るほどの大損害を与えた。

 

結果的に四葉家の力を大きく削ぐことには成功したが、代わりに大漢の滅亡という大きな代償を支払うことになってしまったのだ。

 

さらに当人の和也も、今回それなりの質の魔法師を集めたにも関わらず、あっさりと一蹴。

 

その実力が伺えるというものだ。

 

「事前情報によると特筆すべきは[物質蒸散](ヒート・ヴェイパリゼーション)だけとのことでしたが、そんなことは全然ありませんし。これは彼らからも秘匿されているということなのでしょうが……」

 

初めから完全に殆どの情報をシャットダウンするなど、よほど先見の明があるとしか思えない。

 

果たして手強いのは四葉真夜か、和也か。

 

「まあ、しばらくは私の目的の障害となることも無いでしょうし。触らぬ神に祟りなし、ですかねえ」

 

こうして、和也と周はお互いの方針の一致により偶然にも互いに不干渉のまま時が過ぎていくことになるのだった。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編
第22話


第2章「入学編」開始です。


ある4月の朝。

俺は真新しい制服に袖を通していた。

 

「……よし。桜井さん、おかしいところはありませんか?」

 

「大丈夫ですよ。よくお似合いです」

 

そう言って目を細める。

 

「あんなに小さかった和也くんが、もう高校生ですか……時が過ぎるのは早いものですね」

 

昔を思い出しているのだろうか、しみじみとそんなことを言う。

 

「……どうでもいいですけど、年寄り臭いですよ」

 

「なっ!?」

 

「じゃあ俺そろそろ行くんで。では、行ってきます」

 

俺の言葉に衝撃を受けている桜井さんをよそに、俺は家を出ていった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

真由美さんの誘拐未遂があったあの年から2年。

 

俺は、国立魔法大学付属第一高校の入学式を迎えていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

門のところには、何人かの女子が談笑していた。

その中の一人に目当ての人物を見つけて、声を掛ける。

 

「真由美さん、お待たせしました」

 

「あ、和也くん!おはよう」

 

「おはようございます」

 

その後ろでは、残りの女子が面白そうに眺めていた。

 

「ほう、あの真由美が心からの笑顔を見せるとは……」

 

「珍しいこともあったものですね。会長にもようやく春が来たのでしょうか」

 

「こら、それどういう意味よ!」

 

「普段の服部君の扱いを思い出してください。まだ分かりませんか?」

 

「むむ……」

 

ぐうの音も出ない、というのは死語だが、まさにそんな感じだった。

 

「あの、真由美さん。そちらの方々をご紹介いただけませんか?」

 

「あ、ああ。そうね、紹介するわ。こっちが生徒会の会計の市原鈴音。通称リンちゃん」

 

「そう呼ぶのは会長だけでしょうに……」

 

呆れたように呟く市原先輩。

確かに、実物を見るとその渾名の似合わなさがよく分かる。

 

「それで、こっちが風紀委員長の渡辺摩利。十文字くんと並んで、うちの学校で一番強いのよ?」

 

「仮にも女の子の紹介にそれはどうなんだ。それに、お前もそこに並ぶだろうに……まあ良い。それで、君は?」

 

同じく呆れたような渡辺先輩の目がキラリと光る。

ふとその横を見ると市原先輩も同じように興味津々だった。

 

全く、女子はこういう話が好きだなあ。

と、自己紹介だったか。

 

「お初にお目にかかります。今年の新入生総代、四葉和也です。以後よろしくお願いします」

 

ぺこりと頭を下げる。

 

二人とも少しの間固まっていたが、真由美さんが目の前で手を振ると硬直が解ける。

 

「……しかし、驚きましたね。まさか四葉家に御曹司がいたとは……」

 

「ああ……もしかしたら、敬語で話したほうが良いかい?」

 

ニヤリと笑いながらそういう渡辺先輩。

真由美さんと仲が良いという時点で俺がそういう人間ではないと分かっているだろうに。

 

「やめてください。基本的に、あくまで俺は一学生ですよ。しかし、入試の結果は見なかったんですか?」

 

同じ学校の先輩に敬語で話されるとか、すごくげんなりする。

 

しかし、入試の結果を見ていればここまで驚かないはずだったんだが。

 

「この女が今日のお楽しみと言ってな?先生方が騒いでいたから何かあるのは分かっていたが」

 

そういってアメリカ人のように大袈裟に肩を竦める渡辺先輩。

なんというか、すごく様になっていた。

 

「ああ、先生方が騒いでいたのは和也くんのことだけじゃ無いと思うわよ?」

 

渡辺先輩の言葉にそう言う真由美さん。

 

「では何なのでしょうか。これ以上驚くようなことがあるとは思えないのですが」

 

ふむ。

入試の結果で驚くことと言えば……我が兄上のことですかな。

 

果たしてその通りだったらしい。

 

「今回の入試。実技はまあ文句無しで和也くんが一位だったのだけれど。筆記試験は別の子が一位だったのよね」

 

「それがどうしたんだ?そんなことは別に珍しいことではないだろう」

 

どこが驚くポイントなのかさっぱり分からない渡辺先輩は首を傾げているが、市原先輩は答えに辿り着いたらしい。

 

「まさか、実技試験ではあまり良くない成績だったのですか?」

 

「リンちゃん、正解よ。総合成績で彼は二科生になったわ」

 

「おいおい、幾ら何でもそんな訳が……」

 

「ええ。とても不思議よね」

 

魔法の実技試験と筆記試験は密接に関係している。

 

魔法というものは科学的に体系化された今でも個人の感覚に依るところがある部分も多い。

そのため、自分で出来ないことは上手く頭でも理解出来ないのだ。

全く出来ないというわけではないが、完璧な理解は出来ない、と言うべきか。

 

だからこそ、実技試験では二科生相当の実力しか示せなかったのに筆記試験では一位を取った兄さんは分かる人には注目を浴びたわけだ。

 

「そしてもう一つ。彼の妹も今年入学しているのだけれど、こちらは総合順位が二位。それも、和也くんがいない例年ならば文句無しで総代になれるほどの成績だったわ」

 

「それはまた……何とも不思議ですね」

 

魔法の才能は遺伝で先天的に決まるといっても過言ではない。

もちろんそれだけではないが、大部分はそれで決まるのだ。

とはいえそれこそ渡辺先輩のように先祖返りとかそういうこともたまにあることではあるのだが。

 

「……長話をしてしまったわね。もうすぐリハーサルが始まるわ。そろそろ行きましょうか」

 

「はい」

 

会場の方へ移動しようとした瞬間、渡辺先輩に制止をかけられる。

 

「っと、待った!最後に一つだけ良いかい?」

 

「何でしょうか」

 

その目を見る限り、ろくなことが聞かれる気がしないのですが。

 

「君と真由美との関係だ。単刀直入に聞くが、君はそいつの彼氏なのか?」

 

「いいえ」

 

迷いのない即答。

途端につまらなそうな顔になる二人。

ついでに真由美さんもえっ、と愕然としているのだが、その表情が可愛い。

 

ではなくて。

別にそういう意味ではないので安心して欲しい。

 

 

「俺は、真由美さんの婚約者ですよ」

 

結婚を前提にしてしかも家の了解がある、というあたりが彼氏彼女とは違う。

 

そう言い切った俺に今度は渡辺先輩と市原先輩が愕然として、真由美さんは満面の笑みで俺の腕を取った。

 

「さ、行きましょ」

 

「はいはい」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「遅かったですね、会長。新入生は……そちらの男は?」

 

入学式の会場で待ち構えていた男子ーー恐らくは服部先輩ーーは敬愛する七草会長が見知らぬ男子に寄り添っているのを見て大層驚いていた。

 

というか俺が睨まれていた。

 

そんな男の子の複雑な心境に気付いているのかいないのか……多分気付いているんだろうが、真由美さんはそれをスルーして答える。

 

「ああ。こちら、わたしの婚約者の四葉和也くん」

 

「なんでその肩書きで紹介するんですか……この場面では新入生総代と言うべきでしょうに」

 

「こん……やく、しゃ?」

 

どうやら婚約者のフレーズに驚きすぎて四葉の名前すら頭に入っていないらしい。

 

「おーい、はんぞーくん?」

 

真由美さんが目の前で手を降ると我に返る。

 

真由美さんの前ということもありこれ以上の醜態を晒すわけにもいかないのだろう。

ひとまずその辺については先送りにしたらしい。

 

「……失礼。四葉和也くん、だったね?まさか十師族がこの学校に3人も集まるとは思わなかったが……まあ良い。では、まずは入学式の流れを確認しようか」

 

「はい」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「いやあ、しかしあの時の服部の顔は見物だったな」

 

「ええ。大体、会長も服部君で遊びすぎなのです。婚約者がいるのでしたら、そっちで遊べばいいでしょう」

 

「だってぇ……和也くんをからかおうとすると倍返しされるし……」

 

口を尖らせて拗ねたようにそう言う真由美さん。

どうも、いつも俺にやり込められるのが悔しいらしい。

 

「へぇ、真由美をやり込められる男が存在するとは……驚きだな」

 

「会長は全ての男の子の天敵だと思っていたのですが」

 

二人とも大層失礼なことを言う。

真由美さんが心外そうに睨むのだが、どうせさっきと同じようにあしらわれるのが分かっているのか口は出さない。

 

「これで意外と、そうでもないですよ?結構初心なところもありますし」

 

からかってみるととても面白い。

 

そう言うと。

 

「そんなことを言うのは君だけだよ」

 

「流石、会長を手玉に取るだけあってドSのようですね」

 

二人は呆れたような目で俺を見ていた。

 

「て、手玉になんて取られてないわよ!」

 

「おや、俺はてっきり真由美さんとは愛し合っていると思っていたのに……そんなのは俺の勘違いだったんですね……」

 

悲しそうにそう言って俯くと、真由美さんが慌てて叫んだ。

 

「ち、違うわよ!わたしも和也くんのことを愛してるから!」

 

その言葉を聞いてニヤリと笑う。

 

「そうですか、それは嬉しいです」

 

「え?」

 

泣き真似だと気付いていなかったのだろうか、呆然とする真由美さん。

 

「会長。いくらまだ人が少ないとはいえ、学校で愛を叫ぶのはどうかと思いますが……」

 

「……うぅ」

 

市原先輩の言葉で自分が何を言ったのかをしっかりと認識した真由美さんは、真っ赤になって俯いてしまう。

 

「ほら、結構可愛いところもあるでしょう?」

 

「……君はやはりとんでもない男だな」

 

やっぱり、呆れた視線を向けてくる2人なのであった。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話

ちょっと書き溜めの方がヤバイので申し訳ありませんが執筆に集中するため感想返しはご質問やミスの報告などを除き暇を見て順次行うことにします。

全て読ませていただいてはいますので。


◇ ◇ ◇

 

 

 

『次は、新入生の言葉です。新入生総代の四葉和也さん、お願いします』

 

新入生代表、その名前を聞いて会場がどよめく。

 

「四葉……?」

 

「四葉に同い年の子供がいたっけか?」

 

「いなかったはずなんだけどな……」

 

そんな新入生達の様子を、真由美と摩利は舞台袖で眺めていた。

 

「そういえば、真由美。あいつ、どんなスピーチをするのか知っているのか?リハーサルでもなんだかんだ言って読まなかったし」

 

「いえ、知らないわ。ただ、ちょっと面白いことを言うとだけ……」

 

ここで和也が舞台に登場すると、会場が今度は違う理由でどよめく。

 

黒すぎるほどに黒い髪と、それとは対象的に透き通るような白い肌。

細い身体ながら虚弱な感じは与えない絶妙なバランスの体型。

それらが合わさって辛うじて女子とは間違えない程度に中性的な美形となっていた。

 

男子から上がるのは優れた容姿に対する怨嗟の声。

そしてそれより大きなのが女子の黄色い声。

 

「おい、真由美。顔にシワが寄ってるぞ?」

 

「えっ?」

 

摩利に指摘されて慌てて顔に手を当てると、確かに眉間にシワが寄っていたらしい。

顔を揉みほぐしてどうにか元に戻す。

 

「いやあ、お前も嫉妬なんてするんだなあ」

 

「そ、そんなんじゃありません!」

 

真由美は面白がっている摩利の言葉を必死に否定するも、逆効果にしかなっていない。

 

「はいはい。ほら、もう始まるぞ?」

 

「もう……」

 

摩利のことは一旦置いておいて、壇上に目を向ける。

 

そこには、自分の婚約者が堂々とした立ち姿でそこにいた。

 

しかし、そのあまりに堂々とした態度に真由美は却って違和感を抱く。

 

「和也くん、あんな態度取る人じゃないのに……どうしたんだろう」

 

「ん、何か言ったか?」

 

「いえ、何でもないわ」

 

自分の呟きを拾った摩利に首を振り、真由美は和也の言葉に耳を傾けた。

 

 

 

『新入生の諸君、新入生総代の四葉和也だ。疑いを持っている人もいるようなので答えておくが、たまたま名字が同じな訳ではなく、本当に十師族の四葉家の一員だ。ただ、だからといって権力を振りかざす気も威張る気もないので安心して欲しい』

 

 

 

新入生の言葉は、基本的に今後の目標や意欲など、皆さんこれから頑張りましょうなどという内容が多い。

 

それなのに初っ端から新入生に語り掛けるスタイルを取った和也に、摩利は首を捻る。

 

「なんか頭から例年と違うんだが……というか真由美、あいつはあんな喋り方だったか?」

 

「いえ、そんなことはないわ。同年代や年下相手ならばもう少し砕けた話し方になるけれど、それでもあんなんじゃないはずよ。だからこそおかしいのだけれど……」

 

真由美はどこか釈然としない顔で続きを待つ。

 

 

 

『さて、私は新入生の言葉を例年通りの無難な内容で終わらせようかと思ったのだが。せっかくなので、この場を借りて君たちに言いたいことがある。

 

君達は何のためにこの学校へ入学したんだ?

それは、魔法を学ぶためだろう。

では、何のために魔法を学ぶのか。

それは何より、この先生きていくために他ならない。

 

我々はもう15歳、或いは16歳だ。

何も分からずにただ日々を生きている子供とは違って、たとえ漠然とにしろ将来のことは考えているはずだ。

 

将来何になるのか。

それは一人一人によるだろうが、現在最も魔法師が求められているのは軍だ。

隣の大亜細亜連合に比べて人数で圧倒的に劣る我々は、質で勝負しなければならないからな。

 

さて、ここで君達が一科生か二科生かを分けている基準を思い出してみると、実技試験で評価されるのは魔法式の処理速度、演算規模、干渉強度の3つだ。

これは国際魔法協会が決めた基準で、ライセンス取得の際もこの3つが試される。

 

この基準は各国の学者たちが叡智を結集させて考えたものだ。

魔法師の魔法の実力を測るためならば、この基準はよく適していると思う。

この基準で上位に来た者は、間違いなく優秀な魔法師であることに疑いはないだろう。

 

だが、例えば戦いにおける実力と実技試験の結果は必ずしも同じになるとは限らない。

ライセンスは精々がC級ぐらいしか取れないが、軍人としては一線で活躍できる能力を持った魔法師など何人もいるし、俺も何人か知っている。

無論これは軍だけの話ではない。

 

何が言いたいのかというと、だ。

必ずしも学校の成績だけが全てではない。

一人一人得意なことは違うだろうが、だからこそその長所をどんどん伸ばしていって欲しい。

実技が苦手だろうと理論が得意ならば魔工技師になる道だってあるだろう。

たとえ自分の才能が学校に評価されないものだったとしても、その長所を伸ばしていけば必ず将来役に立つ仕事がある。

 

だからこそ、今回の成績で自分を劣等生だと決めつけているとこの先も伸びないし、自分は強いのだと勘違いをしているとあっという間に下の者にも抜かれてしまうだろう。

 

二科生の諸君、この結果に腐るな!

 

一科生の諸君、この結果に驕るな!

 

日々切磋琢磨して、自分を磨き上げていってほしいと思う。

 

もし、俺の言葉に納得がいかないのであれば。

せめて俺に並んで見せるぐらいの気概を見せろ。

それぐらいの覚悟が無い奴の言葉などに、俺は聞く耳を持たん。

 

では、これで新入生の言葉を終わります』

 

 

 

色々と衝撃的な内容の新入生の言葉は、これで終わった……と思ったが、和也がマイクの前に戻って来た。

何かを言い忘れたらしい。

 

『……ああ、最後に一つ。

先ほど挨拶をした生徒会長の七草先輩ーー真由美さんは俺の婚約者なので、手を出した者は俺が許さん。

以上だ』

 

「「「はぁっ!?」」」

 

大勢の男子が怨嗟の声を上げる中を、和也は悠々と壇上から降りていった。

 

 

 

「……くくくっ、確かにこれは中々面白いな」

 

堪えきれず、といった風に笑い出す摩利。

 

一方の真由美は、しかし話の内容を気にしている余裕なんか無かったらしい。

 

「何もあんな大勢の前で言わなくても……皆に広まっちゃうじゃないの……」

 

「良いじゃないですか、別に。それとも真由美さんは俺のものだと全校に知れ渡るのは嫌ですか?」

 

「嫌じゃないけど……もう少し伝え方があるでしょう?」

 

「皆に早く知らしめたかったんですよ。それとも……嫌でしたか?」

 

「……そういう言い方はずるいわ」

 

恥ずかしそうに頬を染める真由美に、全くこいつらは……と頭を抱える摩利なのであった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

俺が自分のホームルームである1ーAに入ると、全員の視線がバッとこっちに向いてその殆どがすぐに逸らされた。

 

その反応に苦笑しながら、自分の席に着く。

 

まあ、こういう反応はスピーチの内容を決めた時点で予め分かっていたことだ。

 

それでもこれを、わざわざ慣れない高圧的な態度で言うことにしたのには、幾つか理由がある。

 

一つ目は、本当にこの学校の生徒たちの差別意識を無くしたかったこと。

 

現状のままでは、質のいい魔法師は育たない。

仮にも国防の一端を担う十師族としては、この状況は到底容認できるものでは無かったからな。

 

たとえほんの少しにせよ、これで凝り固まった差別意識が変わったのならば御の字である。

 

二つ目は、我が敬愛する兄上の為だ。

 

原作の流れ通りに事が運ぶのならば、兄さんはこれから風紀委員として大活躍することになる。

 

俺の言葉の後ならば、主に二科生にとって兄さんは希望の象徴となってくれるだろう。

 

そして三つ目が。

 

「貴方、四葉君でしたっけ?素晴らしいスピーチだったと思うわ」

 

今目の前でこっそりウインクしている美少女。

姉さんのためである。

 

姉さんも腹芸ぐらい出来なくはないのだが、仲の良い、というか実の兄弟と余所余所しく接しなければならないのは嫌だと言われたのだ。

 

とはいえ初めから何のきっかけも無く親しかったら怪しい、というかおかしいだろう。

 

側から見れば俺たちは男と女だ。

しかも俺は七草真由美という婚約者がいるのである。

きっとそれはかなりまずい。

だからこうしてきっかけを作ったという訳である。

 

「そう言ってくれると嬉しいな。君は?」

 

「私は司波深雪よ。よろしくね」

 

「こちらこそ、よろしく」

 

微笑んで手を差し出す姉さんに、俺は笑顔で応えたのだった。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話

「しっかし、ボスも大変ですねえ」

 

「おいこら、学校でボスと呼ぶなと言っただろう」

 

「おっと、こりゃ失礼」

 

そう言って声を掛けてくるのは、芳川修斗。

俺の呼び名から分かるように、こいつは俺の部下の一人だ。

 

俺こと四葉和也が創立した、孤児によって構成される組織「オーフェン」。

そのトップに収まっているのがこいつだ。

 

叔母上にとって最高の拾い物が歌唄(うたうたい)ならば、俺にとって最高の拾い物はこの芳川である。

 

だが、魔法の才能のある孤児をどこから集めているのか。

当然、どこからか攫ってきているわけではない。

 

あの悪名高い魔法師遺児保護施設に裏から手を回し、魔法師の中でも比較的才能のある孤児を引き取って訓練しているのだ。

 

こちらとしてもただの慈善事業ではないので誰でも引き取るというわけにはいかないが、魔法に限らず役に立つ才能の欠片でも示した者は引き取るようにしている。

 

こいつはその中でも飛び抜けて高い魔法力を持つ。

そのレベルは手を抜いても余裕で一科生の中堅に位置するほどである。

 

「しっかし、ボス……失礼、和也も良くやるよなあ。今日のあれも姫様と嫁さんのためだろ?」

 

「ほっとけ」

 

姫様とは姉さんのことである。

最初に呼び始めたのは確か歌唄だったが、それがいつの間にか広がっていた形だ。

ちなみに本人はそんな風に呼ばれていることは全く知らない。

それどころかこいつらの存在すら知らないはずだ。

 

嫁さんは、まあ……察してくれ。

 

「大体、それだけのためにやったわけじゃないから」

 

「主な理由はそれだろうに」

 

くくくっ、と笑う修斗に舌打ちをする。

 

と、教室に教師が入ってくる。

 

「ほら、先生が来たから前を向け」

 

「はいはい」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「しかし、良かったのか?先生達が解説する授業を見なくても。見ても損は無いと思うが」

 

「時間の無駄だよ。今更高校レベルの授業で教わることは何も無い。ここに来たのはあくまで国立魔法大学への進学の資格獲得と格付けの為だからな。お前もそうだろう?」

 

「俺の場合は和也が来いと言ったから来ただけだけど……それに、お前がここに入ったのはあの七草の長女と学校生活が送りたかったからでしょうに」

 

「……それより、学校の地図やセキュリティだとかは全部頭に叩き込んだか?」

 

話の流れが悪くなって話題を突然逸らす俺に、修斗はニヤニヤしながら頷く。

こいつめ、覚えてろよ……。

 

「そりゃもちろん。魔法科高校を襲う奴がいるなんて考えづらいから警備は結構杜撰だねえ。その分機械の警備は厳しいけど、まあそれなり以上の腕があったら掻い潜れない訳じゃない。俺なら行けるだろうよ。多分歌唄さんなら鼻唄歌いながらでも入れるぜ」

 

「あいつを基準にするなよ……」

 

見た目も態度も軽薄でどこか嘘臭い男だが、その実力は超一級だ。

あいつが侵入できないようなところなど日本に両手の指ほどもないのではないだろうか。

 

とまあそれはさておき。

 

警備体制を少しでも改善しておきたい。

先述した通り、アンティナイトはまずい。

対策を取れたら良いのだが、それが出来るのだったらアンティナイトの価値はもっと下がっている。

 

取り敢えず学校の警備システムは全部乗っ取っていつでも介入できるようにすることにしているから良いとして。

 

警備自体の強化はどうしようか。

 

ーー少し、策を弄することにするか。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

さて、お待ちかねのお昼の時間である。

俺は修斗と別れ、一人生徒会室を訪れていた。

 

「いらっしゃい、和也くん」

 

そこでは真由美さんを筆頭に、朝に会った市原先輩と渡辺先輩、それに小動物っぽい女子が一人いた。

 

「失礼します」

 

「おお、和也くん。さっきぶりだな」

 

「先ほどから会長がそわそわしながらお待ちですよ」

 

「べ、別にそわそわなんてしてないわよ!」

 

からかうような市原先輩の口調に噛み付く真由美さん。

残念ながら顔が少し赤いですよ。

 

っと、そうではなくて。

 

「すみませんが、先にこちらの先輩を紹介してもらえます?」

 

「ああ、ごめんごめん。こちら、生徒会書記の中条あずさ。通称あーちゃん」

 

「会長!そう呼ぶのはやめて下さいと何度も……というか初対面の後輩の前でその呼び方をしないでください!」

 

真由美さんの紹介に若干涙目になって真由美さんに詰め寄る中条先輩。

 

「まあまあ、良いじゃないですか中条先輩。それより俺のお昼はどこですか?」

 

「ああ、お弁当ね。ちょっと待って、今出すから」

 

「会長〜!!」

 

そろそろ本当に泣き出しそうな中条先輩を放って荷物をゴソゴソと漁りだす。

 

「ん?真由美。お前料理が出来たのか?」

 

意外そうに渡辺先輩が尋ねる。

今までは弁当じゃなかったのか?

 

「自分の分だけ作るのは面倒だからね」

 

「つまりは会長の愛妻弁当ですか」

 

「あ、愛妻……」

 

「ありがとうございます真由美さん。わざわざ俺のために作ってくれるなんて、すごく嬉しいです」

 

「……うぅ、どういたしまして」

 

市原先輩の茶々に俺が乗っかり、真由美さんは照れて真っ赤になってしまう。

 

というかそろそろ耐性がついてもいいのではないか。

 

まあそのままの方が面白いのでそれは良いとして、真由美さんの手作り弁当を食べてみる。

 

「……美味しいですよ。また腕を上げました?」

 

「ありがとう。ちょっと練習したのよ」

 

俺の称賛に照れたように微笑む真由美さん。

 

「……しかし、七草の長女が料理をするとは少々意外だな。お前らは使用人達の仕事を奪わないのが仕事とか前に言っていなかったか?」

 

砂糖でも飲み込んだような顔で、渡辺先輩が尋ねる。

 

「だって、わたしも女の子よ?男の子に料理で負けてそのままでいれるわけないじゃない」

 

「ということは、四葉君も料理を?」

 

「そこらのプロより上手よ」

 

市原先輩の言葉に真由美さんが迷いなく頷くので、思わず苦笑する。

 

「それほどのものでもありませんけどね」

 

「真由美がそこまで言うとは、今度君の料理を食べてみたいな」

 

「そうですね、是非頂いてみたいです」

 

「わ、私も良いですか?」

 

「もちろんですよ。じゃあ、今度適当なお菓子でも作ってきますかね」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

因みに、和也が幾つかお菓子を作って持ってきた日。

 

生徒会室では、女としてのプライドを完璧に打ち砕かれた女子が何人か見られたとか。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「しかし、これで生徒会も安心ですね」

 

「ん、何が?」

 

市原先輩の呟きに真由美さんが首を傾げる。

 

「いえ、今年は勧誘する必要も無く主席入学者が入ってくれるのですし」

 

「ああ、和也くんは生徒会長になる気は無いそうよ。だから、何にせよ勧誘はしなければならないわ」

 

「え、ならないんですか!?」

 

一番驚きの声を上げたのは意外にもここまで静観していた中条先輩だった。

 

「ええ。少なくとも次の会長は絶対やりませんよ。学校を十師族が牛耳っているなどとでも言われたら面倒ですから」

 

本当に、十師族とは面倒なものである。

まあそんな事情がなかったらやったかと言われると、やはり面倒だからやらないのだろうが。

いざという時に、生徒会長の役目に縛られて自由に動けないのは嫌だからな。

 

「そんなぁ……」

 

それを聞いてガックリとする中条先輩。

 

「あーちゃん、そんなに会長やるのが嫌なの?」

 

「私に務まるとは思えませんよ!私には無理ですよ……」

 

「そんなことないと思うけどなぁ……」

 

中条先輩のあまりの自信のなさに納得がいかないのか、首を捻る真由美さん。

 

「まあ、中条さんの代は服部君がいるから大丈夫なのでは?」

 

「ん?あ、ああ。はんぞーくんはーー」

 

ーーキーンコーンカーンコーン。

 

続く言葉は、古き良きチャイムの音でかき消されてしまう。

と、突然中条先輩が立ち上がる。

 

「あ!私、次の授業は移動なんでした。お先に失礼します!」

 

そのまま慌ただしく礼をして、生徒会室を出ていった。

 

「あら、行っちゃった……」

 

「会長、先ほど何か言いかけていたようでしたが」

 

「ああ、何でもないわ。それじゃあ和也くん、後でわたしたちの授業の見学もあるはずだから、絶対見に来てね」

 

「分かってますよ」

 

そして真由美さん達も去っていった。

 

……俺もそろそろ行くか。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話

俺は今、約束通り3-Aの授業の見学、つまり真由美さんを見に来ていた。

 

すると、ちょうどそこで姉さんとばったり出会う。

 

「おお、司波さんじゃないか」

 

「え?……なんだ、四葉君だったのね」

 

「なんだとは言いぐさだな」

 

一瞬物凄くうんざりした顔で振り向き、呼び止めたのが俺だということに気が付いてほっと胸を撫で下ろす姉さん。

 

「いや、クラスの男の子かと思ったのよ。それも、選民主義の人ばかり。いい加減うんざりしていてね……」

 

「それは大変だね……」

 

どうやら、いつの時代も男の子は男の子のようだ。

そういう俺もまあ男の子なのだが。

 

「ところで、ここには一人で見に来たの?」

 

「一応お兄様も来ているはずだから合流したいのだけれど……」

 

「人が多過ぎて難しい、と。了解、探すよ」

 

濁した後をこの状況から察し、[眼]を開く。

 

[加速]や[眼]のような魔法は殆ど外部から感知されない。

この人混みの中で使っても多分平気だろう。

 

「んー……あ、いたいた。驚いたことに一番前に陣取っているよ」

 

「一番前に?目立つことを嫌うお兄様らしくもない……お友達かしら」

 

「かもね。周りに何人か知り合いっぽい人もいるみたいだし」

 

そんなことを言いながら人混みを掻き分けて一番前に出る。

 

「お兄様!まさかこのようなところにおられるとは思いませんでした」

 

「ん?ああ。こいつらが前に行きたがってな。無駄な軋轢を生むだけだと言ったんだが」

 

そういえば兄さんとは久しぶりに会うな。

まあ姉さんもそれは同じなのだが。

 

「そんなんでビビっているようじゃ生きていけないわよ!」

 

「とまあこう言うものだからな」

 

如何にも気の強そうな女子ーーおそらく千葉エリカさんの台詞に、苦笑しつつ肩を竦める兄さん。

 

「それより深雪、そっちの人は確か入学式で面白いスピーチをしていた人だよね?四葉家の人だっけ」

 

千葉さんの確認口調の疑問に頷いてみせる。

 

「四葉和也だ、よろしく。……司波さん、みんなを紹介してくれないか?」

 

「ああ、それなら俺がやろう」

 

姉さんに頼むと、途中で兄さんが割って入ってくる。

まあ姉さんもそう何回も会った訳ではないだろうし、知っている情報は限られる。

 

それならばまだ兄さんの方が知っているだろうし。

 

「まず、俺は深雪の兄。司波達也だ」

 

「へえ、君があの司波達也か」

 

「あれ、達也くんのこと知ってるの?」

 

千葉さんが不思議そうに尋ねる。

が、入試の成績を見たら誰だってその名前は忘れないだろう。

 

「入試で理論一位の司波達也だろ?唯一俺の上にあった名前だったからな」

 

「ああ、なるほど。七草会長と着眼点が同じだな」

 

「まあ、婚約者だからね」

 

納得したように頷いてからからかうような口調で言われた台詞を即座に返す。

 

甘いな。

普段散々真由美さんをからかってるんだ、どんなネタでからかわれるかなんて大抵は想定して対応まで考えているに決まっているだろ。

 

「……つまらん奴だ」

 

「お互い様だろ」

 

周りに聞こえないようにボソッと呟いた兄さんに、肩を竦めながらそう答える。

 

「……まあいい。それで、こちらが千葉エリカ」

 

「はーい、よろしく」

 

「こっちが西城レオンハルト」

 

「よろしく。レオって呼んでくれ」

 

「そんで最後が柴田美月」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

「こっちこそよろしく」

 

と、自己紹介をしたところでどうやら授業が始まるらしい。

 

授業は遠隔射撃の実習。

 

次々と指定された的を撃ち抜いていくその姿には、まだ入学したばかりで未熟な新入生にさすが三年生と思わせるだけの実力だった。

 

それも、このクラスは3-A。

魔法力ではトップクラスの生徒ばかりを集めたクラスだ。

あちらこちらで感嘆の声が漏れるのも頷ける。

 

どうやら難易度が相当引き上げられているようで複数のミスをする人が大多数であり、一ミスですら一人もいなかった。

 

だが、ここにいるのは全員が魔法科高校の生徒であり、その難易度は分かっている。

寧ろ悔しがる先輩たちの記録でさえ新入生からしたら遥か上にあるものだった。

 

だが、それすらもある一人を引き立てる為の前座に過ぎなかった。

 

「次、七草真由美」

 

「はい」

 

学校で貸与される授業用のCADを両手で握り、そっと胸の前で構えるその姿はまさしく祈りを捧げる聖女のようだ。

 

そして、そこから生み出される結果は……。

 

「……パーフェクト」

 

「凄い……」

 

圧倒的実力。

 

これが遠隔精密射撃において10年に1人の逸材と言われる七草真由美の力である。

 

当の本人はその結果を当たり前のものとして受け止めているのだろう、特に何かに反応することもなく使用した道具を片付け、こちらへ歩いてくる。

 

「お疲れ様でした。流石ですね」

 

「ん?ああ、まあね。わたしの得意分野なんだから、あれぐらいはやらないと。……それで、そっちはお友達かしら?司波深雪さん、でしたっけ。随分と仲が良さそうね」

 

ニッコリと擬音がつきそうな笑みを浮かべる真由美さん。

ただし、目が全くと言っていいほど笑っていない。

 

嫉妬してくれることは嬉しいんだが、怖いです。

 

それを受けた姉さんは……こちらをチラリと見て微かに口の端が釣り上がった気がした。

 

なんか、すごく嫌な予感がする。

 

果たして、俺の予感は当たってしまったようだった。

 

「初めまして、七草会長。和也君(・・・)とは今日が初対面ながら随分と気が合いまして。それで、仲良くさせていただいているのですわ」

 

姉さん!?

なんでわざわざ火に油を注ぐようなことを!?

 

「……へぇ」

 

真由美さんは、とうとう声すらも凍りつきそうなものになっていた。

恐る恐る目をやると、満面の笑みを浮かべる。

 

まるで花が綻ぶような笑顔に、しかし俺の本能は警鐘を鳴らしまくっていた。

これは、まずい。

 

こういう時は、動揺したら負けだ。

俺は努めて落ち着いた声を出す。

 

「真由美さん。俺にとって最高の女性は貴女一人で、それ以外の女など有象無象に過ぎませんから」

 

「……またそういうことを言う」

 

口を尖らせてこちらを睨む真由美さん。

 

その顔が赤くなって一時的にでも怒りが収まっているのを確認してから、言い訳というか説明をする。

 

「司波さんのお兄さんが二科生なんだそうです。それで、俺のスピーチに共感するところがあったと」

 

「そういえばそうだったわね」

 

どうやら完全に落ち着いたらしい。

そして司波さんの方へ向き直る。

 

「司波深雪さん。明日のお昼、生徒会室までいらしてくださらないかしら。何なら皆さんも一緒に」

 

「あ、私はいいです」

 

「じゃあ、私も……」

 

はっきりと断る千葉さんに続くように兄さんと姉さん以外の全員が遠慮すると言い、結局2人が明日のお昼に招かれることになった。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話

その日の放課後。

俺は真由美さんに校内を案内してもらっていた。

 

いや、さっき散策したんですけどね?

あのめっちゃキラキラした目で見つめながら言われたら断れるわけがないでしょう。

学内デートでもしたかったのだろうか。

 

さっきは警備面のみに注意を払って軽く見て回っただけだし、軽く部活動とかの紹介もしてくれるらしいから良いのだが。

 

それに、まあ俺もやってみたい気持ちもあるし、な。

 

「……やくん?和也くん!」

 

「は、はい!何ですか?」

 

っと、どうやらぼーっとしていたらしい。

真由美さんに名前を呼ばれて初めて気づいたが。

 

「ちゃんと聞いてた?」

 

「もちろんですよ」

 

「じゃあ今なんて言った?」

 

「……ちゃんと聞いてた?」

 

「ほら、聞いてないじゃない」

 

呆れたのかジト目で見てくる真由美さん。

本当に申し訳ない。

 

「すいません、もう一度お願いします」

 

「……もう、ちゃんと聞いててよね」

 

一つ溜息を吐いて再び説明を始める真由美さん。

 

俺は今度こそ聞き逃して機嫌を損ねまいと、しっかりと耳を傾けるのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

そして俺たちの足が校門の近くに差し掛かった時だった。

何やら人垣が出来ており、その中で騒ぎが起きているみたいだ。

 

「何かあったんでしょうか」

 

「うーん、怪我人がいるみたいな感じはしないけど……ちょっと見てみるわ」

 

そう言って[マルチ・スコープ]を使って騒ぎの中心を見る真由美さん。

 

「……なんだ?この騒ぎは」

 

と、そこに渡辺先輩も通り掛かる。

 

「さぁ。今真由美さんが見ていますけど……」

 

「そうか。ったく、初日から騒ぎを起こすとは一体どういう教育を受けてきたんだか」

 

「あはは……」

 

歯に衣着せぬその物言いに思わず乾いた笑いが出る。

 

と、真由美さんが状況を把握したらしい。

 

「……どうやら、一科生と二科生で対立が起きているみたいね。今はまだ口論で済んでるから大丈夫だと思うけど……」

 

「そうか。だがまあ、暴力沙汰になるようだったら出ていかなきゃならんだろうな……」

 

こうした小競り合い、というか争いは一年生の初期には良くあるらしい。

 

だが、部活動時や授業中はともかくそれ以外では学校内でCADを所持しているのは生徒会と風紀委員だけだ。

CAD無しでは大した騒ぎにもならないため安心しているようだった。

 

しかし、二人とも一つ大事なことを忘れている。

俺もついさっき何があったか思い出したばかりなのだが。

 

「その生徒たちは、恐らくこれから帰るところですよね?」

 

「ん?そうだろうが、それが何か……そうか!」

 

「ええ。帰る前には預けていたCADを返却されます。ということは今彼らはCADを持っている、という訳ですね」

 

「ちっ、初日から面倒なことを……!」

 

手遅れになる前に慌てて人混みをかき分け前に進む渡辺先輩。

 

「わたしも行ってくるわ。和也くんは……」

 

「先に戻ってますから、行ってください。俺が口を突っ込んでも場が荒れるだけです」

 

「……分かったわ」

 

入学式の時のスピーチであんなことを言った俺が一科生と二科生が対立している場に口を挟んでも、余計にややこしくなって騒ぎが収まらなくなるだけだ。

 

別に行って森崎とお話をしてもいいのだが、それではこの騒ぎを穏便に済まそうとする兄さんの思惑に反する。

ならばここは黙っていよう。

 

俺は一足先に生徒会室に戻った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

その後、真由美さんも渡辺先輩も生徒会室に戻ってきていた。

 

「やれやれ、何事も無くて良かったが……危なかったな。ありがとう、和也くん。君が言ってくれなければ手遅れになるところだったよ」

 

「間に合って何よりです」

 

その後、しばらく談笑をしていると。

 

――ピーッ。

 

ドアが開き、入ってきたのは服部先輩だった。

 

「遅くなりました、会長……四葉和也。なぜこんなところにいる。貴様は生徒会とは無関係の部外者だろう」

 

少し殺気のこもった視線で睨み付けてくる。

 

が、

 

「わたしが良いって言ったのよ」

 

「それに、その理由ならば私も生徒会とは無関係ということになるな。それともなんだ、私も追い出してみるか?」

 

「そ、それは……」

 

真由美さんの擁護と、俺と同じように人の苦労を見ながらゆっくりしていた渡辺先輩の言葉にたじろいでしまう。

 

結局、一瞬俺に人を殺せそうな視線を向けて自分の仕事を始めた。

 

それを見た真由美さんと渡辺先輩が困ったものだと視線を交わす。

 

「……お前、新入生に限らず2年や3年の一科生の奴らにも憎まれるぞ?」

 

「元より承知の上です。それに、憎んだからって俺をどうこうできるような人がいたらこちらから雇い入れますよ」

 

たとえ転んだとしても決してただでは起きてやらない。

 

そんな言葉にふと疑問が浮かんだのか、渡辺先輩があることを尋ねる。

 

「お前、そういえばどれぐらい強いんだ?3年の一科生には私や真由美に匹敵する実力者も何人かいるぞ?そして、お前の意見を気に入らないというやつもな」

 

暗に襲われたらどうするんだという渡辺先輩の言葉に反応したのは真由美さんだった。

 

「大丈夫よ。和也くんはわたしよりも強いから」

 

「お前より、だと!?」

 

その言葉に絶句する渡辺先輩。

周りの面々も思わず手を止めている。

 

俺だって十師族なのだから、それぐらい不思議ではないだろうに。

 

「……それは、近距離の時の話だろう?それでこいつが近接に強いとか」

 

「多分どの距離でも勝てないわよ。勝てるなら知覚範囲外からの不意打ちかしら。正面からなら絶対無理ね」

 

第一高校で三巨頭と謳われる、3人。

 

その一角である七草真由美をして絶対に勝てないと言わしめるその強さに、同じくその一角であり生徒を取り締まる風紀委員会の長である渡辺摩利は興味を持った、らしい。

 

「ならば私も一度手合わせ願いたいな。だが、私がやる訳にもいかんか……」

 

仮に渡辺先輩が俺に負けるとする。

そして、この学校で生徒会長と部活連会頭以外に敵のいなかった風紀委員長が誰かに負けたと噂が流れるとする。

 

そうなると、今まで抑止力となっていた渡辺先輩の名が役に立たなくなる。

結果として、この学校の風紀が荒れることとなるのだ。

 

情報が外に漏れる確率はかなり低いが、それでも一組織の長として避けられるリスクは犯さないほうが良いのだろう。

 

しかし、風紀委員長として俺の力は少しでも把握しておきたい。

いざ俺が暴れたという時に、どの程度の戦力をもってすれば俺を止められるのか。

そんなお門違いなことを考えているのだろう。

 

俺なんぞ、真由美さんが一言声を掛けるだけで止まるというのに。

 

とはいえ渡辺先輩の考えも理解出来ないわけではない。

 

こちらとしては受けてもいいのだが、相手がな……と考えていると、意外な人が名乗り出た。

 

「渡辺先輩。その役目、俺に任せてもらえませんか」

 

「む、服部か。私は別に構わんが……」

 

服部先輩も対人戦闘のスペシャリストである渡辺先輩にこそ一歩劣るが、校内ではトップクラスの一人である。

 

実力を試すという意味ではその役目を十全に果たせる、そう思ったのだろう。

 

渡辺先輩に視線を向けられた真由美さんも頷いて了承し、ここに俺VS服部先輩という対決が生まれることになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話

◇ ◇ ◇

 

 

 

四葉和也。

 

秘密主義である四葉の次期当主であり、今年までその存在の一切を秘匿されていた。

その為、ある程度の情報が知られている他の十師族に比べてその実力は未知数である。

 

他の十師族ならば得意な魔法ぐらいは家の名前で分かるのだが、あの家は少し特殊だ。

家としては系統外の精神干渉魔法を得意とするが、一口に精神干渉魔法と言っても様々なものがあるし、例外も何人かいる。

現当主の四葉真夜がそもそも収束系統、それも光の分布への干渉という一分野に限って特化した例外である。

 

そして唯一その実力を知っているらしい真由美は絶対に勝てないと言う。

 

だがそれでは困るのだ、と摩利は考える。

 

風紀委員を統べるものとして、生徒を取り締まれないなど言語道断である。

せめてどの程度の戦力を用意すればいいのか。

それだけでも知りたかった。

 

服部をみると、その姿にはやけに気合が入っていた。

どうせ真由美のせいなのだろうな、と摩利は溜息をつきたい思いだ。

婚約者がいるのなら男子をからかって遊ぶなと言いたい。

 

だが、相手が服部でまだ良かったのだろう、とも思う。

先ほどの服部の目には強い決心があった。

 

一方の和也はといえば、こちらは完全に気負いなどなかった。

勝つことを微塵も疑っていない強い自信と、それを裏付けるだけの高い実力があるのだろう。

 

お互いが、向かい合う。

 

「……四葉和也。君の力を、試させてもらう」

 

「……なるほど、よく分かりました。ならば俺も、全力で行かせてもらいます」

 

和也に真由美が相応しいかどうかを試すという服部に、その意図を察して真剣な顔になる和也。

 

摩利はそんな二人の心境こそ分からなかったが、和也にも気合が入ったのが分かった。

 

「お互い準備はいいな?……では、始めっ!」

 

審判を務める摩利の掛け声で始まったこの試合。

 

まず動いたのは服部だった。

CADを素早く操作し、放つのは[ドライ・ブリザード]。

十以上ものドライアイスの弾丸が和也目掛けて発射される。

 

そしてそのまま次の魔法、「這い寄る雷蛇(スリザリン・サンダース)]を発動する。

 

このスタイルを確立してから、打ち破られたことは誰にも無い。

文字通り、必殺のコンボであった。

 

しかし。

四葉和也は、その遥か上を行った。

 

射出されたドライアイスの弾丸は和也の手前1mのところで突然消失する。

そして追撃の[這い寄る雷蛇(スリザリン・サンダース)]が和也を捉えることは無かった。

直撃の直前、和也の姿がその場から掻き消えたからだ。

 

どこだ、と服部が視線を左右に動かした次の瞬間。

耳元から強い衝撃を受け、意識を失った。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

ふぅ。

 

わざわざ手札を明かす必要もないし、最初は適当に勝とうと思ったのだが……。

 

向き合った時の服部先輩のあの目を見て、俺はただ出し惜しみなどしないことを決めた。

 

多分この勝負に、服部先輩は自分の想いを賭けたんだろう。

自分が勝ったならば俺のことは認めないが、もし負けたならば真由美さんを任せるに相応しいとして諦め、真由美さんを応援する、と。

 

多分、真由美さんの隣に立つのは半ば諦めていたんだろうな。

真由美さんが十師族なのに対して自分は辛うじて百家の端くれといったところで、魔法の才とて優れてはいるが上は何人もいる、そんな状況。

 

だからせめて、真由美さんが幸せになってくれと願っていたのだろう。

 

まあ、全て俺の勝手な想像で、俺にとって都合の良い妄想かもしれないが。

それでもあの時の服部先輩の目には、適当にやる訳にはいかないと俺に思わせるだけの何かがあった。

 

だからこそ俺は、完全に叩き潰した訳なのだが。

 

「な、何だ今のは……!?」

 

周りでは今の攻防に驚きの声が上がっている。

 

「最初の[ドライ・ブリザード]を迎撃した魔法はなんだったのですか?見たところ振動系統のようでしたが」

 

「ご名答です、市原先輩。あれは振動系加速魔法の[物質蒸散(ヒート・ヴェイパリゼーション)]。俺の得意魔法ですよ」

 

「……聞いたことがありませんね。インデックスには?」

 

「当然載ってますよ。ただ、実際に運用するとなると物質の熱運動を一瞬で気体になるレベルまで加速させなければなりませんからね。そこまでの事象干渉力を持つ魔法師があまりいなかったのでしょう」

 

俺は確かに振動系統の加速分野が得意だが、中でも[物質蒸散(ヒート・ヴェイパリゼーション)]に関しては別格と言っていいほどに適性が高い。

 

だからこそこれを愛用しているのだが、魔法の性質上人に対して使う場合は文字通り必殺となってしまうので殺してもいいときにしか決め手としては使えない。

 

その為模擬戦などではいつもやりにくい。

要は力加減が下手なのだ。

多分模擬戦で同級生の誰かと戦うよりも、戦場で一個大隊と対峙する方が心境的にはよっぽど楽だと思う。

 

「そして、その後の移動。転移魔法のようにしか見えなかったが……まさかあれが自己加速術式だと言うのか……!?」

 

「その通りです。タネは単純明快ですよ」

 

硬化魔法で身体を頑丈にして、あとは魔法で加速するだけ。

停止の際は慣性を極小にするので身体への負荷も最低限。

普通はそれで思うように動けるわけもないんだが、俺は体感時間を延ばせるので。

 

加速系統が主にくる魔法の中ではかなり強力な魔法だと思う。

 

そして服部先輩の背後に移動し、九校戦のときの兄さんのように耳元で指を鳴らして音を増幅させ、意識を刈り取ったというわけだ。

 

「……何にしても、俺では圧倒的に負けていたというわけか」

 

「気が付きましたか、服部先輩。お加減は?」

 

身体を起こそうとする服部先輩に駆け寄る。

真由美さんを近寄らせないことに注意だ。

今の心境で来られても困るだけだろうし。

 

「ああ……清々しい気分だ。吹っ切れたのかもな。お前のお陰だ、ありがとう」

 

「いいえ、こちらこそ」

 

手を差し出すと、服部先輩はその手を握って勢い良く身体を起こした。

 

最も接近した瞬間。

 

「――会長を、幸せにしてやってくれ」

 

俺にだけ聞こえる声でボソッと呟いた。

 

貴方に言われるまでもなく、真由美さんには幸せになってもらいますよ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

念の為服部先輩は保健室に行くと言い、中条先輩がそれに付き添っていった。

 

それを見送って戻ってくると、真由美さんと渡辺先輩が話していた。

 

「ね、だから言ったでしょう?和也くんは強いって」

 

「ああ……だが、まさかここまでとはな」

 

嬉しそうに言う真由美さんに、信じ難いとでも言うように首を振る渡辺先輩。

 

あんなのどうやって止めたらいいんだ!と内心頭を抱えているのだろう。

 

この辺でその懸念を払拭して差し上げようか。

 

「渡辺先輩、その心配は無用ですよ」

 

「……無用、とはどういう意味だ。まさか問題など絶対起こさないからとでも言う気か?私としてはそんな不確かなものに頼るわけにはいかんのだが」

 

「いえ、そういうわけではありません。俺だって人間ですし、何があるか分かりませんからね。ただ、俺を止めたいときは……」

 

敢えて言葉を切って、真由美さんの方に目をやる。

釣られて渡辺先輩も、そしてその場の全員がそちらを見る。

 

きょとんと首を傾げる真由美さん。

すごく可愛い。

 

ではなくて。

 

「もし俺を止めたかったら、真由美さんが一人で来れば大丈夫ですよ。たとえ正気を失っていたとしても、操られていたとしても。真由美さんだけは攻撃しませんからね」

 

周りの視線が、急速に暖かいものになる。

 

そんな視線を浴びた真由美さんは。

 

「……もう、なんでいきなりそういうこと言うのよ……」

 

俺の言葉に悶えていてそんなことを気にする暇も無いようだった。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話

次の日の朝。

俺はある人に呼び出されて少し早めに学校にいた。

 

駅で待ち合わせして学校に行こうという真由美さんの提案を初日から断るのは大変心苦しかったし、それで少し落ち込みながらも気にしていないかのように振る舞う真由美さんは大変可愛か……まあそれはいいとして。

 

この人に呼び出されたら、流石に余程の理由でも無い限り断るわけにもいくまい。

 

「……む、来たか」

 

「おはようございます、十文字先輩。それとも、十文字殿とお呼びした方が?」

 

「基本的には先輩で構わん。だが、今は十師族としてここにいる」

 

「そうですか」

 

俺を呼び出したのは、部活連会頭にして、真由美さんや渡辺先輩と並ぶ三巨頭の一人。

そして「鉄壁」の二つ名を持つ十文字家の次期当主にして現当主代理。

十文字克人である。

 

「では改めて、初めまして。四葉家次期当主の四葉和也と申します」

 

あちらに合わせて、こちらもこの名で自己紹介をする。

 

しかし、わざわざ朝早くに一体……。

 

「本日の用件は、一体何でしょうか」

 

「……四葉家は、何を企んでいる」

 

ほう、単刀直入に来たな。

 

「特に何も。しかし、仮に企んでいることがあったとして、ここで言うとでも思いますか?」

 

俺の回答に、十文字殿は目を細める。

 

「……うちの手の者が、四葉の動きを察知した」

 

「……ほぅ、それで?」

 

思わず一瞬言葉に詰まってしまう。

うちの動きが十文字家に掴まれただと?

しかもそれが怪しまれるようなものだったと?

 

あり得ない。

叔母上がそんな失態を犯すとは思えない。

考えられるとしたらわざと知らせたということだろうが、わざわざ疑われるメリットが思い当たらない。

 

情報が足りない。

もう少し喋ってもらうことにするか。

 

十文字殿は言葉を続ける。

 

「お前が放った者が大亜連合の産業スパイと接触していたそうだな。一体どういうつもりだ」

 

……叔母上がやったにしてはどうも納得のいかないところが多過ぎると思ったら、俺の方だったか。

 

「どうもこうもありませんが……まあ国防の一端を担う十師族としての責務を果たしている、とだけお答えしておきましょうか」

 

「産業スパイに接触することがか」

 

「ええ。まあ何も手を出さずに静観していただければ、4月上旬のうちには分かっていただけるかと思います」

 

それを聞き、難しい顔で考え込む十文字殿。

 

「ご安心ください。情報の流出など万が一にもさせませんし、怪我人など一人も出す気はありませんから」

 

「……良いだろう。ただし、結果として国防に影響があった場合には十師族会議で議題にさせてもらう」

 

「ご自由に」

 

「……ああ、あともう一つ」

 

では、と一礼して十文字殿の前を辞そうとすると、引き留められる。

 

振り返って目線で問い掛けると、微かに表情が緩む。

 

「遅くなったが、入学おめでとう」

 

意外な言葉に、思わずフッと笑みがこぼれる。

政治的な話はここで終わり、ということなのだろう。

 

「ありがとうございます、十文字先輩」

 

もう一度礼をして、俺は今度こそその場を辞した。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「……修斗、いるんだろう」

 

「ここに」

 

誰もいないことを確認してから声を掛けると、次の瞬間には隣に修斗がいた。

 

「今回はお前たちの失態だな」

 

「ああ。まさか十文字家如きに悟られるとは思いもよらなかったが」

 

「おいおい、仮にも十師族だぞ?その言い方はどうなんだ。……とはいえ、確かに少々意外ではあるが」

 

まさかあいつらが「シャムロック」やスターズとかの一級どころ以外に気づかれるとは思ってもいなかった。

 

だがまあ今回の件。

 

他家に悟られたのは痛いといえば痛いが……まあ内容的にも相手的にも許容範囲だな。

 

こうやって正面から来てくれたことをありがたいと思おう。

他の十師族だったらそのまま痛くない腹を探られかねない。

 

しかし、こうして十文字家に察知された以上他家に対しても警戒をしておくべきか。

あと、「オーフェン」の奴らは後で訓練の内容と時間を倍にしてやろう。

 

俺はそう決心するのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

因みに、今回十文字家に動きが悟られたのはまるで図ったかのような偶然が幾つも重なり十文字にとって良い方向に働いたためである。

 

正直運が悪いとしか言いようが無い。

 

なのでその他の者には当然悟られてなどいないし、「オーフェン」には全くと言っていいほど落ち度は無いのだが。

 

そんなことなど知る由もない和也と修斗によって組まれた地獄の訓練メニューに、彼らは悲鳴を上げるのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

そして、お昼である。

 

え、午前中?

特筆すべきようなことは無かったのでカット。

 

何はともあれ、みんな大好きお昼ご飯の時間である。

俺は姉さんと、途中で合流した兄さんと共に生徒会室を訪れていた。

 

「失礼します、真由美さん。二人を連れてきました」

 

「どうぞ、入って」

 

二人を連れて中に入る。

 

「えっと……二人は、お弁当は?」

 

手ぶらの二人に真由美さんが問い掛けると、兄さんが答える。

 

「ありません。学食で済ませるつもりだったので」

 

「そう。でも安心して、生徒会室には弁当のサーバーがあるから」

 

「良いんですか、それは……」

 

呆れ返る二人。

 

と、俺も手ぶらなのに気付いたらしい。

 

「あの、四葉君には聞かれなくてもよろしいのですか?」

 

「ああ、俺は大丈夫。真由美さんが作ってきてくれてるから」

 

「ちょっと待ってね……はい、和也くん」

 

「ありがとうございます」

 

ありがたく受け取って席に着くと、二人が呆れたような顔をしていた。

 

「なんと言うか……まるで夫婦みたいですね」

 

「まあ、婚約者だからね。近い将来には結婚するのだし、あながち間違ってはいないよ」

 

ですよね、と真由美さんに問い掛けると、頬を染めて照れながらも頷く。

 

「……なんだか、胸焼けでも起こしそうな空気だな……」

 

渡辺先輩が呆れた顔で呟くと、周りもウンウンと頷いていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

二人が精進の弁当を頼み、席に着いたところで本題に入る。

 

「司波深雪さん。生徒会に入っていただけますか?」

 

「……七草会長は、兄の成績をご存知でしょうか」

 

真由美さんの問いに、姉さんは問いで返す。

深雪、と兄さんが窘めるが、珍しいことに姉さんは止まらない。

 

「……え、ええ。それはもちろん理論一位、という事よね」

 

「はい。兄は私なんかよりもずっと優秀です。どうか、私の代わりに兄を生徒会に入れてくださらないでしょうか」

 

そう言って頭を下げる姉さん。

 

対する真由美さんは、心苦しそうな顔をしながらも、しかしはっきりと返答する。

 

「ごめんなさい、それは出来ないわ」

 

「……そうですか」

 

刹那。

生徒会室が極寒の冷気にでも包まれたかのような錯覚を受ける。

 

しかし真由美さんはそれを気にすることなく言葉を続けた。

 

「というか、ルール上無理なのよ」

 

「ルール上……?」

 

「ええ。生徒会役員の任命権は生徒会長にあるが、それは一科生の中から選ばなければならない。これは、学校の規則の一つとして明記してあるの。だから、達也くんを生徒会役員に選ぶことは出来ないわ」

 

「……そうですか。差し出がましいことを致しました」

 

生徒会室を覆っていた冷気が、霧散した。

 

「ううん、いいのよ。わたしも、この規則はどうにかわたしの代のうちに無くしたいと思っているから」

 

その言葉にえっ、と驚く姉さん。

その様子に苦笑する。

 

「わたしも、二科生のことをそれだけで差別するのはあまり好きではないのよ。ついでに摩利もね」

 

「ああ。だからこそ、入学式のときの和也くんのスピーチは中々痛快だったわけだが」

 

その時のことを思い出しているのだろう、笑みを浮かべる渡辺先輩。

その隣で真由美さんが頬を染めているが……一体何を思い出しているんだか。

 

「……そうだ、真由美」

 

ふと、何か面白いことでも思いついたような顔をする渡辺先輩。

 

「何よ?」

 

「そういえば、風紀委員会の生徒会枠がまだだったな?」

 

「何よ、いきなり。もう少し待ってちょうだいと言ったでしょう?」

 

「いや、そうじゃなくて。確か風紀委員は別に一科生でなければならない、という縛りは無かったはずだよな?」

 

「……摩利。ナイスよ!」

 

それだ!と言わんばかりの顔で指をさす真由美さん。

そして、俺の隣の二人に向き直る。

 

「司波達也くん。わたし、七草真由美は、生徒会長として貴方を風紀委員に推薦します」

 

「……はあ!?」

 

兄さんが驚きの声を上げるのを、珍しいことがあるものだ、と思いながら見ていた俺であった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「……しかしですね」

 

突如、生徒会長である真由美さんから風紀委員への推薦を受けた兄さんは、必死の抵抗を試みていた。

 

「風紀委員ってことは、生徒を取り押さえないといけないということですよね」

 

「まぁ、そうだな」

 

「そしてそれは相手が一科生だろうが二科生だろうが関係なく、ということですよね」

 

「あのですね。俺は魔法の実技がダメだから二科生なんですが!」

 

「別に構わないよ。力比べならば私がいる。この学校で私に勝てるのは、この女か十文字会頭だけだからな」

 

「ですが……」

 

「強さにも色々ある。そうだろう?和也くん」

 

「そうですね。達也の強さがどこにあるのかは知りませんが、少なくとも体術はかなりのもののようですし」

 

「ほぅ、分かるのか?」

 

「俺も護身術程度には習いましたからね」

 

隣で兄さんボソッと嘘つけ、と呟いているのが聞こえる。

まあ確かに嘘なのだが。

 

「私が言った強さというのはそれではないのだが……まあ戦闘でも強いに越したことはないからな」

 

「それでね……(キーンコーンカーンコーン)……あら、昼休みも終わりか。続きはまた放課後に話しましょう?」

 

そう言って、真由美さんは一旦話を切った。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話

そして、その日の放課後のことである。

 

「会長。この二科生を風紀委員に推薦することには反対です」

 

服部先輩が真由美さんに詰め寄っていた。

 

「大体、風紀委員には実力が必要なことぐらい会長にもお分かりでしょう」

 

「力比べなら私がいる。それは分かっているだろう?」

 

そこに渡辺先輩が割り込んでくるが、服部先輩は怯まない。

 

「だから誰でもいいとでも言うのですか。二科生を指名することで、校内の意識改革を図りたいのでしょうが……」

 

「なんだ、そんなことは容認できないか?」

 

言葉を濁す服部先輩に目を細める渡辺先輩。

今までの言動から、ウィードだからダメだと言うとでも思ったのだろう。

だが、服部先輩が後に続く言葉を躊躇ったのは違う理由からだったらしい。

 

「……いえ。ただ、徒らに実力のない生徒を危険にさらすような真似は容認出来ません」

 

その言葉に一同が驚く。

まさかあの服部先輩がそんな事を言うとは、と。

 

真由美さんも目を瞠っていたが、少ししてフッと笑みをこぼす。

 

「……大丈夫よ。達也くんを推薦したのはそれもあるけれど、何より彼が発動前の魔法式を読み取れるからなの」

 

「発動前の、魔法式を……?」

 

「ああ。これまでは発動前に魔法を潰したらどんな魔法を使おうとしていたかが分からないからに罰の重さが曖昧になっていた。それだけに、この能力は貴重だよ」

 

二人の説明に、服部先輩は信じ難いとは思いながらもその有用性は理解したらしい。

 

「……なるほど。彼を推薦した理由は分かりました。しかし、荒事に飛び込まなければならない風紀委員です。自分の身も守れないようではやはり危険なだけでしょう」

 

「それは……どうだろうか、司波さん」

 

「ちょっと待ってください、なんで俺ではなくて深雪に聞くんです」

 

実力のほどが分からない渡辺先輩が姉さんに尋ね、それを兄さんが突っ込む。

 

が、渡辺先輩は何を分かりきったことを、と言った目で兄さんを見る。

 

「風紀委員になるのに積極的ではない君に聞いたところで、正当な評価が返ってくるとは思えん」

 

「それは……まあ、そうですが」

 

返す言葉も無かったらしい。

 

「それで、どうなんだい?」

 

「お兄様は学校の成績こそあまりよろしくはありませんが……それでも、実戦となれば誰にも負けません」

 

「ほぅ……それは興味深いな。正しく和也くんのスピーチのモデルケース、ということか」

 

渡辺先輩の言葉に思わずどきりとする。

 

確かに、あのスピーチは兄さんを念頭においたものだったからな。

そう思うのも不自然ではない。

 

だが、幸い渡辺先輩は特に他意があっての言葉ではなかったらしい。

 

「では、今度こそ構わないな?」

 

「……まあ、それならばこれ以上反対する意味もないでしょう」

 

「だ、そうだ、達也くん。では、風紀委員会室に行こうか」

 

「……分かりました。深雪、お前は生徒会の仕事を頑張っておいで」

 

「はい。お兄様こそ、頑張って下さい!」

 

「ああ。じゃあ、行ってくるよ」

 

「行ってらっしゃいませ」

 

恭しく一礼する姉さんを見て、一同が溜息を吐く。

 

「……まるで夫婦のようですね」

 

市原先輩が小声で呟いたその言葉は、幸い二人の耳には届かなかったようだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

とても些細なことではあるが。

 

摩利の先ほどの言葉とそれに対して和也が微かに反応を示したことを隣にいたからこそ気付いた人間がいたことに、和也は気付きもしなかった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

その後、俺と姉さんに仕事の大凡の段取りややり方などを説明してから、今日の本題に入った。

 

会長としての真面目なキリッとした顔をした真由美さんが、議題を切り出す。

 

「いよいよ明日は、新入部員勧誘週間の初日です。例年通りならば、また騒がしい一週間となることでしょう。……っと、深雪さんには新入部員勧誘週間のことは説明していたかしら?」

 

「いえ、聞いておりません」

 

「じゃあ、説明するわね」

 

俺も確認の意味も含めて、改めて真由美さんの口から説明を受ける。

 

新入部員勧誘週間の期間は、生徒会役員や風紀委員などの一部例外を除いて普段は禁止されている校内でのCADの携行が解除される。

 

そのため、各部活動同士の勧誘合戦や新入生の取り合いから揉め事に発展した場合、魔法が絡んで普段よりも大騒ぎになる恐れがあるのだ。

 

「もちろんこの期間は風紀委員会も巡回を強化して対応しているわ。実際に何かが起こった時の為に備えるのが風紀委員会ならば、わたしたち生徒会はその何かが起こらないように対策をするのがその役目です」

 

と、ここで緊張感が感じられる姉さんに真由美さんは表情を緩める。

 

「と言ってもその為の対応マニュアルは先代から受け継いでいるし、目を通して穴が無いかの確認も済ませてあるわ。今日は主に段取りなんかの確認ね」

 

じゃあ、あとははんぞーくんお願い、と真由美さんは服部先輩に委ねる。

 

この後、確認や議論は下校時刻まで続いた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

そして、生徒会での活動は終わり。

俺は真由美さんと共に帰り道を歩いていた。

 

「しかし、今日の服部先輩は昨日とは全然違いましたね」

 

「そうね。ただ頭ごなしに二科生だから、というのがなくなって、視野も広くなった気がするわ」

 

昨日から今日にかけて服部先輩にどんな心境の変化があったのかはわからないが、その変化は俺としてはとても良いものだったと思う。

 

今日の兄さんを風紀委員へ推薦することへの反対も、今思い返すと二科生を風紀委員にする際に生まれる懸念についてを事前に全て提示して潰していくためだったような気がする。

 

副会長らしくなったというか、なんというか。

以前の服部先輩を直接知っているわけではないので比較などはあまり出来ないのだが、そんな感じがする。

 

「はんぞーくんも、これでようやく成長してくれたかなあ……」

 

「……あまり、服部先輩を気に掛けすぎないでくださいよ」

 

「うん。……あれ、和也くん?もしかして、嫉妬してるの?」

 

おやおや、と笑みを浮かべて俺の頬を突いてくる真由美さん。

 

「……嫉妬、とは少し違うような気がしますがね」

 

これは、そんな綺麗なものではない。

もっと見苦しくて醜い、自分の矮小さというものを嫌という程思い知らされるような、そんなナニカだ。

 

普段あれだけ好きだと言ったりしているのは、その表れなのかもしれない。

 

そんな俺の顔を見て何かを感じ取ったのか、真由美さんも真面目な顔になる。

 

「……わたしには、和也くんが何を考えているのかなんて分からないけれど。もしかしたらそれが、今までそっちからは手も繋いでくれないのと何か関係があるの?」

 

「そう、かもしれませんね……」

 

そう。

情けないことだが、俺は今まで真由美さんとキスをしたことなど一度もないし、抱き締めたことすら2年前の一度きりだ。

 

手を繋ぐことすら、それが必要とされる状況でないとできない。

 

どうにかしなければ、俺のことなどはとにかく置いておくとしても、何より真由美さんに失礼だ。

 

それは分かっている。

分かってはいるのだが……。

 

そんなことをつらつらと考えているうちに、目的地に到着してしまう。

 

「……真由美さん、おやすみなさい。また明日」

 

「……そうね、おやすみ。また明日ね」

 

真由美さんに別れを告げ、俺は一人家へと足を向けた。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話

次の日の放課後。

俺は担当となった闘技場で、生徒会の仕事に忙殺されていた。

 

「拳法部の方は速やかに撤収してください!もう使用可能時間を過ぎてますよ!……え、何?あと5分だって?ダメです。ひとつ特別扱いしたらキリがないんですよ。……あんまり粘るようならば今年度の予算や場所の割り当てに少し細工をさせていただきますが。……そうですか、分かっていただけて良かったです。話し合いって大事ですね。次、剣道部!使用時間は準備時間も含まれているので、速やかに準備してください!新入生が待ってますよ!」

 

拳法部が撤収し、剣道部が勧誘のためのパフォーマンスを始めたことで、ようやく一息つける。

 

……ふぅ、疲れた。

 

「お疲れみたいだな」

 

と、後ろから聞き覚えのある声が掛かる。

 

「ん?ああ、達也……と、千葉さんか」

 

「別にエリカで良いのに」

 

「災いの種は予め取り除いておく主義なんだ」

 

千葉さんの言葉に真顔で答えると、堪えきれずに思わず笑ってしまっていた。

 

「アハハ、愛し合ってるねぇ」

 

「そう……だね」

 

愛されているのは間違いないだろう。

真由美さんがよっぽど思わせぶりなのか相当な悪女でもない限り、それは断言出来る。

 

ただ、一方俺はというと。

昨日のことを思い出して、思わず言葉に詰まってしまう。

 

今朝も昨晩のことがあってかなり気まずかったのだが、会った時に昨日の昼と態度が何ら変わりなかった真由美さんには感謝だな。

 

その様子を見てあらあら、と面白いネタでも見つけたかのように笑う千葉さん。

 

「あれ、痴話喧嘩でもした?」

 

「喧嘩はしてないよ。……それより、達也は仕事は良いのかい?」

 

「エリカの希望で闘技場を回ろうということになってな。なのに当のお前が見ていなくてどうする」

 

「え?うーん、だってあれを見てもねえ……」

 

水を向けられた千葉さんは剣道部の演武を指差す。

 

「千葉家の娘としては、最初から最後まで台本通りの殺陣はお望みじゃないってことか」

 

「まあ、言っちゃえばそういうこと」

 

「……しかし千葉さん。なんか面白そうなことが始まりそうだよ?」

 

「え?」

 

俺が指差した先では、剣道部の演武を行っていた女子部員に剣術部の男子部員が絡んでいるところだった。

 

「おぉ……確かに、なんか面白いことになりそう!」

 

言うや否や、千葉さんは騒ぎの方へ飛んでいった。

 

「やれやれ、風紀委員の俺としては面白いことなんか起こっては困るんだが」

 

「よく言うよ。この程度ならあの男子部員を押さえ込んだ後に剣術部の部員が全員で襲いかかってきても軽くあしらえるくせに」

 

俺のやけに状況が特定された言葉に、兄さんは目を細める。

 

「……それは、ヒントか?」

 

「相変わらず、察しが良くて助かるねえ。[高周波ブレード]が出てくるよ」

 

「おいおい、それは殺傷性ランクBの魔法だろう。何を考えているんだ……」

 

「兄さんなら平気でしょう?魔法を止めるためにCADを二つ持ってきたんだから」

 

「まあな。さて、俺は行くよ。そろそろ出番みたいだし、な!」

 

その後、俺は兄さんが頑張るのを少し離れたところから見ていた。

 

兄さんのことを考えるならば俺も手を出したほうが良いのだろうが、暴れる生徒の鎮圧は風紀委員の管轄だ。

 

それを、風紀委員だけでは戦力的に足りないのならともかく特に問題ないのに生徒会役員の俺が手を出してしまっては、少々面倒なことになるし良くない前例を作ることにもなる。

 

あと、どちらかといえばこちらの理由の方が大きいのだが、俺はあまりあのキャスト・ジャミングもどきのサイオン波を浴びたくない。

 

ここは周りを鎮めて体育館を再び使用可能にする為に動くのが吉か。

 

っと、その前に一応真由美さんに報告しておくか。

 

『はい、こちら生徒会本部の七草です』

 

「……あ、もしもし?和也ですけど」

 

『ああ、和也くん?どうしたの?』

 

「ただいま、第二小体育館、通称『闘技場』にて剣術部の部員1名が[高周波ブレード]を使用、その場にいた風紀委員が取り押さえました。で、その後剣術部の部員十数名がその風紀委員に襲い掛かり、そいつらも全員が取り押さえられました」

 

『……まず、怪我人は?』

 

「細かい怪我はまだ分かりませんが、特に大怪我をしたものは見当たりません」

 

『そう、それは何よりだわ。で、なぜ剣術部員たちはその風紀委員に襲い掛かったの?』

 

「その風紀委員が二科生だったからですよ」

 

『二科生の風紀委員……というと?』

 

「そう、司波達也です。彼、やはり中々の腕ですね。剣術部員を全員一人で鎮圧しましたから」

 

『全員を一人で?それは凄いわね……。二科生なのが信じられないくらいよ』

 

「彼の体術は相当なものでしたから。接近戦だったので、どうにかなったのでしょう。まあ、詳しくは本人から聞いて下さい。どうせ報告が来るでしょうから」

 

『そうね、そうするわ』

 

「では、俺はこれから事態の収拾にあたります」

 

『よろしく。頑張ってね』

 

「はい」

 

……よし。

真由美さんにも頑張ってと言われたことだし、一丁気合い入れて頑張りますかね。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「初日からこれとは。ちょっと新入部員の勧誘を舐めてました。さすがに疲れましたね……」

 

「ふふ、お疲れ様。紅茶飲む?」

 

「いただきます」

 

昨日から俺のものとなった机に突っ伏す俺に、真由美さんが労いの言葉を掛けてくれる。

 

今生徒会室には俺と真由美さんの二人だけで、他のみんなはもう帰ったはずだ。

 

「……しかし、和也くんは災難だったわね。他の管轄のところは特に問題もなく終わったもの」

 

真由美さんから同情の言葉をいただく。

 

いや、正直生徒会役員初日で勝手が良く分かっていない俺が収拾に当たるには、少々事が大きすぎた。

 

騒ぐ観衆を静め、場の後片付けをし、今回の騒動で闘技場が使用できなかった部活動との交渉や明日以降のタイムテーブルの作り直しなど、良くこれだけのことを一人でこなしたものだと自分を褒めたい。

 

「……しかし、剣が実戦的になってしまっていた、とはねえ」

 

「ああ、桐原くんの供述のこと?わたしにはよくわからなかったけれど……」

 

「まあ、桐原先輩の気のせいということで処理しても構わないでしょう。ただ、もし本当だったとするならば……剣道部で、いったい何が起こっているんでしょうかねえ」

 

実は気のせいなんかではなくブランシュ共が学校襲撃の際の手先とするべく鍛えていたのだが、そんなことを真由美さんに教える必要はない。

 

剣道部の内部で起こることも、今探ろうとしている最中だ。

まあ多分、どうにかなるだろう。

 

真由美さんに知らせたらどうせ動こうとするだろう。

そうしたら、真由美さんの身に危険が生じる。

 

少々過保護かもしれないが、何に代えてもこの人は失いたくないから。

 

まあ、それは良いのだ。

 

「ああ、それより明日のことですが」

 

「明日?ああ、用事で生徒会のお仕事できないんだっけ」

 

「はい。どうしても外せない用事がありましてね」

 

このことは事前に言ってあった。

そうでもなければ、直前で抜けられると仕事の穴を埋め合わせるのが大変だろうし。

 

この忙しい時期に1日とはいえ抜けるのは心苦しいが、俺がいないとあちらが大変なことになるかもしれないからな。

 

「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

 

「良いわよ、その分明後日には他人の倍働いてもらうから」

 

……この仕事量が倍は、さすがに死んでしまう気がする。

いや、今日の俺の仕事量は異常だったからそこまではないだろうが、それでも多い。

 

「……今日の頑張りでチャラになりませんかね?」

 

「それはそれ、これはこれ、よ」

 

俺のげっそりした声に、楽しそうに笑う真由美さん。

 

珍しいことに、今日は真由美さんに手玉に取られる俺なのであった。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話

◇ ◇ ◇

 

 

 

次の日の、放課後。

一つの集団がとある場所を目指していた。

 

その場所とは、子供に魔法の教育を課す日本に9箇所しかない国立魔法大学付属の高校。

その中の一つ、東京都八王子市に位置する第一高校である。

 

目的地が視認できるところまで近付いたところで、先頭を歩いていた男が振り返る。

 

「お前ら、手順はいいな?」

 

「はい」

 

男たちは数日前に、とある筋から情報を仕入れていた。

その情報とは、第一高校の警備システムについてだ。

 

学校外から魔法に関しての様々な資料が保存されているコンピュータまで、警備システムに一度も引っかからずに行くことのできる経路があるそうだ。

 

警備員は最小限で警備システムの殆どを機械に依存しているので、人に見つかる恐れも少ない。

 

ただし夜間は流石に警備員も配置されるので厳しいため、決行は昼間、それも放課後。

 

御誂え向きに現在第一高校では各部活動が新入生を勧誘するために騒がしくなっており、なおかつ人もそちらの方へ集まりやすい。

 

そして指定された経路はそこから遠く離れているため、まず生徒が来る確率はゼロに等しい。

近くに主要な施設もないため、教師が来ることもないだろう。

 

ただ、代わりにこの期間は生徒たちもCADを携行しているため生徒たちの襲撃は難しそうだ。

まあそちらの方は触れなければ良いだけなのだが。

 

「では、これより指定された経路にて侵入を開始する。行くぞ」

 

リーダーらしき男が先頭を切り、男たちは第一高校へと侵入していった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

男たちが目的地にたどり着くまでに、さして時間は必要が無かった。

ここまでは順調、後は情報を抜き取って持ち帰るだけだ。

 

そう考えて目的の部屋に入った瞬間、男たちは固まった。

 

「やあ、産業スパイの皆さん。ようこそいらっしゃいました」

 

その部屋の中央に陣取っていたのは、中性的な美貌を持つ少年。

 

そしてその隣に控える、少々小柄な少年だった。

 

「修斗、手厚くもてなして差し上げようか」

 

「了解」

 

男たちは何事もなく、とはいかなかったことに悪態をつきつつも、しかし相手は魔法師の卵、しかも制服を見るに一科生とはいえ所詮はガキ二人。

 

こちらはあちらほどのエリートではないにせよ実戦経験は遥かに上。

造作無く始末できるだろうと思って各々が魔法を使用しようとして……固まる。

 

「魔法が……発動、しない!?」

 

「阿呆が。この俺を相手に貴様ら程度が魔法を行使できるとでも思ったのか」

 

男たちの驚きの声に、クククッと嗤う少年。

 

「まさか、領域干渉か……!?」

 

「ご名答。さて、縛り上げろ」

 

「承知した。――[重すぎる世界(インフィニット・グラビティ)]」

 

小柄な方の少年が呟いた瞬間。

男たちの身体が地に倒れ伏す。

 

男たちにかかる重力の大きさを変えて、立っていられないほどの力を加えたのだ。

 

「さーて、後は学校に提出しますかね」

 

全く身動きが取れなくなった男たちを縛り上げ、ちょっふとした細工を終えた少年は、楽しそうにそう呟くのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「しっかし、相変わらずボスは敵を前にすると人格が変わるねえ」

 

「まあ、意識して変えてるからな。敵に対して弱腰になったら終わりだ。だから敢えて強気で行くんだよ」

 

「まあ、その理屈は分かるけれども。……そういえば待っている途中で電話掛けてたけど、相手は誰だったんだ?」

 

「我が敬愛なる兄上さ」

 

風紀委員として巡回している兄さんが、奴らが入った瞬間にそちらの方向へ向かおうとしたので、それを止めたというわけだ。

 

賊には学校の奥の方まで、要はここまで来てくれないと意味がなかったからな。

 

「和也くん!」

 

誰かが俺を呼ぶ声がして振り向くと、そこには心配そうにこちらを見つめる真由美さんがいた。

 

「真由美さん。仕事は良いんですか?」

 

「これも仕事よ。学校内に外部の人間が侵入して、しかも誰も気付かなかったなんて、大問題だわ」

 

「その通りだ」

 

「早急に改善策を打ち出さねばならん」

 

「渡辺先輩。十文字先輩も」

 

現在、この場には学内最強と謳われる三巨頭が勢揃いしていた。

 

「あまりよく状況を把握してはいないんだが、一体何があったんだ?」

 

「そうですね……あまり詳しくは言えないんですが、家のことでちょっと調べ物をしていまして。その途中で怪しげな男たちを見かけたので、近くにいたこいつを連れて男たちを追ったんです。で、そこの機密が保存されている部屋に入っていくのを見て、それから倒しました」

 

家のことと言えば深くは突っ込まれないはずだ。

 

「何故わたしたちに知らせなかったの?」

 

「あまり大勢で行くと勘付かれそうだったので。それに、相手の力量も大したことが無かったので」

 

「なぜ、すぐに捕らえようと思わなかったんだ?」

 

「万が一にも逃した時のリスクを考えまして。逃げられないような場所に着いてから仕掛けるつもりだったんです。まあ、そんな場所に行かないようだったら応援を呼ぶつもりでしたけどね」

 

ふむ、と考え込む二人。

 

一方の十文字先輩はと言えば、何かに思い当たったかのような顔をしていた。

これは、勘付かれたか?

 

「敵は一体どこの手の者だと思う?」

 

しかし、予想に反して十文字先輩がそのことを口にすることは無かった。

 

これは、一つ借りですかね。

 

「そうですね……一高の機密を狙ったとなると、相手は産業スパイ。最も可能性の高いのは大亜連合でしょうね」

 

「俺もそう思う」

 

「ですが、一国が背後にいる割には随分とお粗末な作戦でしたね」

 

「む、お粗末とは……?」

 

「賊の構成についてですよ。一高には我々十師族がいます。確かにここまで全く警備システムに引っかからなかったその侵入経路は問題ですが、だからと言って生徒や教師と偶然出くわす可能性もゼロではない。現に俺はそれを見かけて追い掛けた訳ですし。それに対抗するには、少々賊の実力が低すぎましたからね」

 

仮に大亜連合が本腰を入れた作戦だったとしたら、少なくとも全員が俺の領域干渉で封じ込められることはないはずだ。

 

「なるほど。となると……」

 

「ええ。他にまだ本命の作戦が残っているということなのでしょうね」

 

「だが、それではこの作戦のメリットがないぞ?この失敗のせいで我々に警備システムの穴を気付かせ、強化させるだけとなったのだから」

 

「それは、分かりませんが。案外、彼らも踊らされただけかもしれませんね」

 

肩を竦めながらおどける様にそう言う俺を、修斗と十文字先輩は呆れながら見ていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

当然のようにもうお分かりかと思うが、今回の一件、その全てを仕組んだのは俺だ。

 

そもそも奴ら――大亜連合の産業スパイ共が得た情報が俺からのものだったのである。

 

その過程で十文字家に見られたのだろうが、まあそれは今はいいとして。

 

上手く情報を操作して決行日を今日にするよう誘導し、学内に入ってからはこっそりと人員をつけて万が一にも生徒たちに襲い掛かった時にはそれを妨害するよう保険をかけた。

 

時期もわざわざ生徒たちが自己防衛できるようにCADの携行を許されている今を選んだ。

 

全ては警備システムの強化の為の、俺の策である。

要は茶番だった訳だ。

 

別に何も無しに警備の強化だけを打診してもいいのだろうが、それでは学校側も十師族の言葉を無視するわけにはいかないから体裁こそ整えるだろうが、真面目に取り組もうとはしないだろう。

 

「……なるほど。だからあの時俺を止めた訳か」

 

「そういうこと。懐深くまで入られて初めて学校側も真剣になるからね」

 

俺は今、帰りに寄った喫茶店で兄さんにその説明をしていた。

 

「しかしわざわざそこまでして警備を強化させたということは、つまりここで何かが起きるんだな?」

 

「そういうこと。もしかするとあてにならないかもしれないけれど、一応流れだけは説明しておくよ」

 

「それは良いんだが……そろそろ止めといたほうが良くないか?お前の前が回転寿司みたいになってるぞ」

 

「え、なにを?あ、店員さん。ティラミス一つ」

 

「か、畏まりました」

 

俺の横には積まれた10枚ほどの皿。

兄さんはどうもそのことを指しているらしかった。

 

「大丈夫だよ。俺は太らない体質だから」

 

「いや、糖尿病とかな?」

 

「運動してるから大丈夫」

 

「……もう、好きにするといい」

 

結局は諦めてしまったらしい。

それなら最初から言わなければいいのに。

 

何故か胸焼けしそうな顔をしている兄さんに、俺は好きなだけ甘いものを食べるという至福の時を味わいながら、九校戦前までに今後起こるであろうことを説明した。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話

予約投稿の際に誤って即時投稿してしまいました。
あれって分まで指定しないとダメなんですね……。

すぐに削除しましたが、読んでしまった方はそれと同じ内容となります。

申し訳ありません。


次の土曜日。

俺は、俗に言う社交界デビューというものを迎えていた。

 

が、まさかこんなところでいきなり気力を削がれるとは思わなかった……。

 

「えーっと、これは合わないからこっちですかね?いや、しかしこっちの方が……」

 

「あの、桜井さん。適当なところで切り上げてください。……正直、面倒なので」

 

「何を仰いますか。四葉の御曹司の社交界デビュー、下手な格好をしていっては四葉自体が侮られることにもなりかねません」

 

「それは、そうですが……」

 

「それに、和也君の格好次第では隣にいる真由美様も馬鹿にされることになりますよ?」

 

「桜井さん、いくら時間や金を使っても構いません。持てる力を総動員して、俺を完璧に着飾ってください」

 

「畏まりました」

 

後で冷静になって思い返してみると、この時桜井さんは満面の笑みだった気がする。

 

また、上手く転がされた……。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

自宅に迎えに来た車に乗り、パーティ会場へと向かう。

 

今日参加するパーティの主催者は七草弘一。

つまり、会場は七草家だ。

 

今回は、各家の持つ派閥を横断して名家が集められている。

 

十文字、一条、九島などの十師族のほか、百家からも幾つか集められている。

 

その中で今回の俺の役目は、次代の四葉家も安泰であると示すこと。

そして、七草家との友好を見せつけることだろう。

 

十師族でも勢力の大きい四葉と七草の友好を示すことは、他家に対して大きな牽制となる。

 

まあこれまで、というか叔母上と弘一殿が犬猿の仲だったというのに突然これで他家が二家が友好だと見るかと言えば、そうは思ってくれないのだろうが。

 

ただ、うちや七草を潰そうとしているものがいたらここで動かざるを得ないだろう。

 

もし万が一にでも本当に四葉と七草が結んでいたとしたら、早いうちにどうにかしないと本当に手が付けられなくなる。

 

それを炙り出そうというわけだ。

 

そんなことを考えているうちに、会場である七草家へと着いた。

 

「ようこそいらっしゃいました、和也殿」

 

「お迎えありがとうございます、名倉さん」

 

迎えに出たのは、真由美さんのボディガードも務めている名倉さん。

 

「叔母上は?」

 

「真夜殿でしたら、既に控え室でお待ちです。案内させましょう」

 

「お願いします」

 

名倉さんは別の人間を呼び寄せて俺を案内するように言いつける。

 

「……ああ、その前に」

 

「はい?」

 

案内役について行こうとした瞬間、名倉さんに呼び止められる。

 

この人が言わなければならないことを忘れるはずもない。

ならば、このタイミングで声を掛けたのは俺の意表を突いて何らかの反応を引き出すためだろうが……一体なんだ?

 

少々あからさまに警戒した俺を見て、名倉さんは微笑みつつ言う。

 

「真由美お嬢様が昨晩から和也様のお越しを楽しみにしております。よろしければお先に」

 

「……分かりました」

 

警戒するような内容から大きく外れており、意表を突かれたからか。

慌てて冷静を装ったものの顔が熱くなってしまい、名倉さんに笑われる羽目となってしまった。

 

この分は、悪いが雇い主で発散させてもらおう。

部下の監督不行き届きということで。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

案内役は、とある部屋の前で立ち止まった。

 

「こちらでございます。では、ごゆっくり」

 

その言葉にすら含みを感じてしまうのは、俺の考えすぎだろうか。

あの案内役も腹の中で笑い転げてやしないか?

 

まあいい、今はこちらだ。

 

「真由美さん、和也です。入ってもよろしいですか?」

 

軽くノックをして、声を掛ける。

ここで何も言わずに入るのは、よほど礼儀を知らない奴か鈍感系主人公だけだ。

多分、後者の場合はその後ラッキースケベが待っている。

 

「どう……ちょっと待って!お願い!」

 

「分かりました」

 

中で慌てている様子が容易に思い浮かぶ。

 

どうせ最初は使用人だと思って許可を出そうとしたのだが、和也という名前に頭が後から追いついてきて自分の状況を確認し、とても見せられる状態では無かったから慌ててストップをかけて片付けているのだろう。

 

しばらくして、物音が収まる。

 

「……どうぞ、入ってちょうだい」

 

「失礼します」

 

ドアを開けると、真由美さんは少しバツが悪そうに椅子に座っていた。

 

「和也くん、いらっしゃい」

 

「お邪魔いたします。……あれ、真由美さん。その格好でパーティに出るんですか?」

 

普段着というわけではなかったが、この規模のパーティに出るには少々物足りないような服を身に付けている真由美さんに問い掛けると、苦笑しながら手を振る。

 

「まさか。シワになっちゃうから、もう少ししたら着替えるの。和也くんはその服、すごく似合ってるわ」

 

「ありがとうございます」

 

流石は桜井さんの見立てといったところか。

その代わりに着替えさせられまくってかなり疲れたのだが。

あれは乗せられてしまった俺が悪い。

 

「それで、どうしてここへ?和也くんとはパーティの直前に会うのだと思っていたのだけれど」

 

不思議そうに首を傾げる真由美さん。

俺はその問いにニヤッと笑う。

 

「真由美さんが、昨日の夜から俺と会うのを楽しみにしていたと名倉さんから伺いましてね。これは先に会わなくては、と参ったわけです」

 

「……もう、名倉さん……余計なこと言わないでよ……」

 

元凶である名倉さんに文句を言う真由美さん。

頬を染めながら拗ねるように言っても可愛いだけなんですが。

 

「というわけで、俺の用事は終わったのですが……流石にこれでさようならも味気ないですね」

 

前半を聞いて顔を青くし、後半を聞いてホッと安心し、その後自分の感情の動きを見られたことに気付いて顔を赤くする。

真由美さんの百面相が面白い。

 

このまま真由美さんを弄るのも楽しいと思うのだが、やり過ぎて機嫌を損ねるわけにはいかない。

 

「そうですね……パーティで知っておくべきことなどを教えていただけますか?」

 

「良いわ、教えてあげる」

 

だがまあ、話題を決めておいても話は逸れるもの。

真由美さんとの歓談が楽しくて思ったよりも長い時間を過ごしてしまったのは、ご愛敬である。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「失礼します、叔母上」

 

「どうぞ」

 

少々バツの悪い思いで部屋をノックし、入る。

 

「遅かったわね。待ちくたびれたわ」

 

「申し訳ありません」

 

「よほど真由美さんとのお話が楽しかったのね?」

 

「……申し訳ありません」

 

「良いのよ。婚約者との仲を深めるのはとても大切なことだもの。……さて、本題に入るわよ」

 

このまま弄り倒すのかと思いきや、あっさりと引いた叔母上に思わず驚いてしまう。

 

「よほど、切羽詰まっているのですか?」

 

「……貴方、時間が分かってる?話しておかなければならないことがたくさんあるのよ。今日相手にするのは皆大物ばかりよ?足をすくわれる訳にはいかないの」

 

「……申し訳ありません」

 

「……はぁ、それはもう良いけれど。では良い?よく聞きなさい」

 

俺はパーティ開始寸前まで叔母上の話を聞いた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

そして、パーティ開始の20分前になった。

そろそろ主催者は会場で準備を整え待ち始めるころだ。

 

なんて思っていると、部屋にノックの音が響く。

 

「はい」

 

誰だろうか。

叔母上は先ほど出て行ったのだが、自分の控え室に戻るのにまさかノックをする訳もないし……。

 

「和也くん、わたしよ。入ってもいいかしら」

 

「真由美さん?まあ、どうぞ」

 

俺の許可を待って扉を開けて入ってきたその姿に、思わず息を呑む。

 

パーティ用の服に着替えたのだろう。

あいにくと色の名前には詳しくないので正確な所は表現出来ないが、夜会の女性の正装であるイブニングドレスからアクセサリーから全てを薄い水色?に統一した装いだった。

 

耳元に四葉のクローバーをモチーフとしたピアスを付けているあたりは中々面白いと少ししてから思ったのだが、最初に見た瞬間はただただ見惚れるばかりだった。

 

「どうかしら、和也くん」

 

「……よく、お似合いですよ」

 

どうにかそれだけの言葉を絞り出すと、真由美さんは嬉しそうにはにかみながらありがと、と微笑む。

 

「……どうして、ここへ?真由美さんはそろそろ会場入りしなくてはならないのでは?」

 

「わたしは今日和也くんの婚約者として紹介されるじゃない?だったらもう四葉の家の人間として振舞っておいたほうが良いかなぁって思って」

 

なるほど。

俺と真由美さんの親密さをアピールするのが目的だから、そちらの方がいいのか。

 

「……それに」

 

ボソッと付け加えた真由美さんに首を傾げつつ先を促すと、恥ずかしそうに言葉を続けた。

 

「このドレスは今日のために新しく仕立てたから、最初に和也くんに見て欲しいなあ、って」

 

……なんだこの可愛い生き物は。

俺は、再び熱くなる頬を抑えることができなかった。

なんとなく直視していられなくなって、目を逸らして時計を見る。

5分前、か。

 

今日対峙する相手を思い浮かべ、次第に冷静さを取り戻す。

 

「真由美さん、そろそろ時間です」

 

「本当だ。それじゃあ、行きましょうか」

 

「はい」

 

――さあ、いよいよ表舞台だ。

 

俺は、魑魅魍魎の集う会場へと足を踏み入れた。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話

会場に入った瞬間、幾つもの目がこちらに向くのが分かった。

 

「……あれが、噂の……」

 

「……隣にいるのは七草の長女か……?」

 

「……四葉真夜、一体何を企んでいるんだ……」

 

あちこちで囁き声が聞こえる。

 

さてどうしようかと考えていると、1人が目の前にやってくる。

 

「来たのね、和也さん」

 

「叔母上」

 

このやり取りを見て、次に出てきたのは今回の主催者だった。

 

「おお。よく来たな、和也殿」

 

「義父上、今回はご招待いただきありがとうございます」

 

「うむ。娘をよろしく頼むよ。真由美も、失礼のないように」

 

「分かっています、お父様」

 

どこか得体の知れない叔母上に比べ、弘一殿は割と話しかけやすかったのだろう。

そちらに多くの人が集まり、俺を紹介するようにと言う。

 

俺はそれを横目に会場に目をやる。

十師族は未だ動かず、か。

 

と、ここで周りの声に応えて弘一殿が俺を紹介するらしい。

真由美さんとは反対側の隣に立つ。

 

「皆さん、見慣れない少年がいることにお気付きだろう。紹介しよう。四葉真夜殿の実の甥に当たる、四葉和也殿だ」

 

指し示されて、礼をする。

 

「そして隣にいるのは我が娘の真由美だ。この度、 和也殿と婚約をすることとなった」

 

今度は真由美さんが礼をする。

 

会場に起きるどよめきは、思ったよりは多いが、それでも少ない。

 

ただ、今度は何を企んでいるのかと叔母上や弘一殿を睨んだり、俺を見極めようとするのみだ。

 

さて、最初に動く大物は誰かな?

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「四葉和也殿、だったかな?」

 

「……一条剛毅殿。初めまして」

 

最初に来たのは、一条だった。

話題がある分話しやすいと思ったのか。

 

ちなみに真由美さんは、一時的に席を外している。

これは偶然か必然か……多分偶然だろうな。

こちらに向かってくるのに俺が気付いた瞬間席を外したし、それまで真由美さんは俺との話に夢中だった。

 

「そちらの方は、ご子息ですか?」

 

「ああ、息子の将輝だ」

 

「一条将輝だ。よろしく」

 

「よろしく。確か同い年でしたね?」

 

後半は剛毅殿に尋ねる。

 

「ああ、今年第三高校に入学した」

 

「九校戦では、正々堂々と戦おう」

 

手を差し出してくる一条に、苦笑と共に応える。

 

「もし競技が同じになることがあったら、その時はよろしく」

 

ここで、剛毅殿の目が細まる。

 

「和也殿は、九校戦ではどの競技に出場する予定かな?」

 

「さあ、今の段階ではなんとも言えませんね」

 

「おや、得意系統を生かせる競技に出るのではないのか?」

 

「それも一つの手だとは思いますが、どうせどの競技でも優勝できるので(・・・・・・・・・・・・・・・・)。それだったら、うちの他の生徒を見て出るところを決めようと思います」

 

「ほう……随分な自信だな」

 

「……それは、俺に対する宣戦布告と取っていいのか?」

 

舌打ちでもしそうな剛毅殿に対して、一条将輝は燃えていた。

 

「ご自由に」

 

肩を竦めてみせると、一条はビシッと俺を指差す。

 

「四葉和也、俺は。いや、第三高校は君には絶対に負けない。覚悟しておけ」

 

「それはこちらのセリフだ。第一高校は、必ず優勝する」

 

こうして、一条将輝との初邂逅はお互いの宣戦布告で終わった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「随分と、一条を熱くさせていたな」

 

「十文字殿」

 

「今は学校の立場でいい。……ああいや、その前に。婚約おめでとう、四葉、七草」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとう、十文字君」

 

あらたまって言う十文字殿に、二人で礼を言う。

 

「で、一条のことだが……九校戦か?」

 

そう聞かれたので、十文字先輩と真由美さんに先ほどのやり取りを掻い摘んで説明する。

 

「なるほど……で、実際どれに出るんだ?」

 

「本当にまだ決めてはいませんが……一条が出るのはアイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードでしょうね。なので、それには出ないつもりです」

 

「……なるほど。一条の[爆裂]とアイス・ピラーズ・ブレイクは相性最高だからな」

 

[爆裂]は、液体を気化させることに特化した魔法だ。

俺の[物質蒸散(ヒート・ヴェイパリゼーション)]も同じ事は出来るが、こちらは対象に固体も含むため、対象を液体に限定している[爆裂]と比べると、おそらく速度で劣る。

 

更に、一条にとっての[爆裂]と同じなのは、俺の場合[加速(アクセラレーション)]である。

その点でも少し劣る。

 

それぐらいのハンデなら[加速]さえ使えば余裕で跳ね返せるのだが、フライング防止のため魔法の使用が厳格に監視されている会場で[加速]を使ってバレない保証はない。

従って[加速]も封じられているというわけである。

あまり外に明かしたくないのだ、あの魔法は。

 

これらのことから考えて、アイス・ピラーズ・ブレイクではまず厳しいと言っていいだろう。

 

さっきの「どの競技でも勝てる」というのはハッタリである。

 

「しかし、モノリスも勝てないのか?」

 

「いえ、モノリスなら多分勝てると思います。だから出ますよ」

 

一条と正面からやりあったら、まず勝てる。

ただ、そこに吉祥寺真紅郎が加わると、手札を幾つか切らないと勝てないだろう。

 

多分、例の高速移動魔法を使えば間違いなく勝てる。

だが、あれは不意打ちの要素が大きいからあまり開示したくはない。

 

あれがあると相手に分かっていれば、そして相手に一定以上の実力があれば、対応されてしまうのだ。

 

現に俺は、歌唄と模擬戦をして勝ったことは一度もない。

 

本人は「それなりの精度の先読みが出来れば、余裕っす」とか意味の分からないことを言っていたが、実際無理ではないのだろう。

 

[物質蒸散]は知っていたところで対処も何もない力技だから幾ら使っても問題は無いのだが。

 

だから、味方によるのだ。

原作では何らかの事故で全員が大怪我をし、代わりに兄さんたちが出ていたのだが、兄さんがいれば多分勝てる。

 

森崎たちはどうなのだろうか……。

実力の程を知らないのでなんとも言えないが、或いは少々厳しいかもしれない。

 

それでも無闇矢鱈と怪我させるわけにもいかないので、モノリスには出るのだが。

 

「まあ仮に負けたところで、司波さんが一条のような働きをしてくれるでしょうし。総合優勝はまず間違いないですね」

 

姉さんがその辺の女子に負けるとは到底思えないからな。

 

そう思って言うと、隣から不機嫌な雰囲気が漂ってきた。

 

「へえ、随分と深雪さんを信頼しているのね……?」

 

それを見た十文字先輩が、苦笑しながら「じゃあ、学校でな」と言って離れていく。

 

ちょっと、この状態で放置していかないで下さいよ!?

 

……ったく、仕方ない。

 

「真由美さん。俺と司波さんは入学試験で一位を競った仲です。つまり戦友と言っていいでしょう。分かりますか?」

 

競い合ったといってもお互い向かい合ってやったというわけではないのだが、まあ細かいところはいいだろう。

 

「戦友?……戦友、ね」

 

言葉の意味を理解したのか、少しずつ機嫌が回復していく真由美さん。

 

これで解決したか思いきや、俺の目の前に回り込んできて悪戯っぽく笑ってこんなことを言う。

 

「ねえ和也くん。深雪さんが和也くんにとって戦友なら、わたしは何?」

 

……全く、この人は。

 

普通に答えれば婚約者、或いは恋人だ。

真由美さんは俺の口からそう言わせたいのだろう。

 

だが、それでは面白くない。

 

俺はニヤッと笑って、一歩踏み込む。

そして、微かな良い香りを感じながら耳元で囁いた。

 

「――もちろん、真由美さんは世界でたった一人の、俺のお姫様ですよ」

 

真由美さんの顔がきょとんととした顔になり、そして次第に赤く染まっていく。

 

最初は思っていた言葉と違うことにあれ、と思い、そして言葉の意味を理解して赤くなったのだろう。

 

「も、もう……なんでそういうことを言うのよ……」

 

恥ずかしそうな真由美さんに、俺は微笑みかけるのだった。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話

今回、普段より短いです。


◇ ◇ ◇

 

 

 

ワインを片手に会場の隅へ行った一条剛毅は、先ほど話した四葉和也のことを思い出していた。

 

(四葉和也、か。あの真夜殿の甥であるという時点で予想はしていたが……やはり、一筋縄ではいかん相手だな)

 

剛毅が、いやこの場にいる殆どの人間が四葉和也という未知の人間について評価する際に、考慮することは二つだけだ。

 

一つ目が魔法師としての実力。

 

そして二つ目が、政治家としての実力である。

 

この場合の政治家とは政治に携わる人間という意味ではなく、駆け引きや謀略が上手い人間ということだ。

 

それを評価するために、直に言葉を交わしてみたのだが……。

 

剛毅が下した評価は、「四葉和也は政治家としては既に子供の範疇にはない」。

つまり、対等な大人として扱わなければならないということだ。

 

相手が子供であると油断していると、簡単に足を掬われるどころか持っている情報を根こそぎ抜かれかねない。

 

そして肝心の魔法師としての実力だが……これは、かなり高いだろうということしか分からなかった。

この辺がまた彼の政治家としての力を示しているのだが。

 

息子を使って、剛毅は話を九校戦からその出場競技へと持っていった。

四葉の人間の得意系統は基本的には系統外精神干渉魔法だが、現当主の真夜のようにイレギュラーも時々現れる。

 

出場競技には少なからず得意系統が関わってくるため、少なくともそれがどんな用途に向いているのかを突き止めようと思ったのだが……上手くはぐらかされて、将輝に水を向けられて話を流されてしまった。

 

あれを意図してやったのだとしたら――まず間違いなくそうだと思うが――あの歳にしては考えられないほどの政治的感覚を持っている。

 

(少なくとも現時点では、将輝とは比べ物にはならんな)

 

息子の将輝は、真っ直ぐで立派な男に成長してくれた。

親の欲目もあるかもしれないが、それはまず間違いない。

 

だが、これから先大人達と渡り合うには、将輝は少々真っ直ぐ過ぎる。

先ほどの対話が、それを証明していた。

 

まず、相手の言葉で感情的になってしまう時点で駄目だ。

 

そして最後にお互いに宣戦布告をしてはいたが、あれもよく考えれば和也は将輝に勝つことを誓ったわけではないことが分かる。

 

将輝が第三高校から和也個人に対して絶対に負けないと誓ったのに対して、和也は第一高校が優勝すると宣言した。

 

つまり、将輝が出場する全ての競技において優勝しても、一高が総合優勝さえすれば問題はないのだ。

 

この言質を取らせない話し方は、老獪な大人をすら思わせる。

 

そして本人が言った通り、本当にどの競技でも優勝できるだけの魔法師としての実力をもっているならば。

 

四葉の次期当主は、恐ろしいほどの傑物だ。

 

(まあ、まだ断言は早いか)

 

ひとまず和也への最終的な評価は保留とし、剛毅はその思考を切り上げた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「君とは一度こうして一対一で話してみたいと思ってな」

 

「それは光栄です、閣下」

 

俺は今、九島烈老師と対面していた。

 

真由美さんは、老師より「すまんが、彼と二人で話したいのでな」と言われて、今は離れたところにいる。

 

しかし、対峙して初めて分かる覇気というか凄みというか、そういうものがこの人からは感じられる。

 

流石に、嘗て「最高にして最巧」と謳われた歴戦の魔法師なだけはある。

 

「……ふむ、流石は深夜の息子といったところか。中々やるようだ」

 

「……はい?」

 

「なに、私ほど様々な場面を経験し沢山の魔法師を見れば、見ただけでその者の大体の力量は分かるのだよ。一条の息子もかなりのものだが、君はそれより上だろう。……これは光宣に匹敵、いやそれ以上かもしれんな……何にせよ、頼もしいことだ」

 

「は、はあ」

 

評価してくれるのはありがたいが、この人の目的が読めない。

まさかそんなことを言うためにわざわざ真由美さんを遠ざけたわけではないだろうに。

 

それを感じ取ったのか、九島老師は本題に入った。

 

「君は、十師族の役割とはなんだと思うかね」

 

「日本の国防です」

 

「では、なぜ十師族は十師族なのだと思う?」

 

「……仰っている意味が分かりかねますが」

 

「分かりやすく言うとだな。何故優秀な魔法師の集団である十師族を一つにまとめてしまわないのだと思う?」

 

「それは……なるほど」

 

ようやくこの人の意図が、目的が見えた。

 

「九島閣下。貴方は私からこういう答えを引き出したいのでしょう。『十師族が今もなお十の家に分かれているのは、お互いが牽制し合うことで一つの組織が大きくなりすぎることを防ぐためにある』と。そして、現在の四葉は力を持ちすぎている。バランスを保つ為には四葉は弱くなるべきではないかと、こう言うつもりだったのでしょう」

 

一つの組織が大きくなりすぎることを防ぐと自分で言っているのだから、俺としては老師の言うことに反論出来ない。

要は言質を取られかけたわけだ。

 

「第三次世界大戦を生き抜いてきた人間の一人として、日本のバランス、並びに国家間のバランスを崩して現在の平和が壊されることを防ぐためにこうして動いているのでしょう。そのお気持ちは分かりますが、少なくとも今回に限ってはそれは無用の心配ですよ」

 

「無用な心配だと?」

 

「はい」

 

――全く、おかしな話である。

 

四葉家が現在の十師族の中では大きすぎるほどの力を持っていると?

 

否、断じて否である。

 

今の四葉家は弱すぎるほどに弱い。

 

だからこそ、俺や叔母上が色々と動いているのだ。

 

「私や叔母上は、むしろ国家間のバランスを均衡に少しでも近づけるために動いているのですから」

 

「……どういう、意味かね」

 

九島老師も随分と困惑しているようだ。

俺にそんなことを聞いたところで、家の内部事情なんだから話すわけもないだろうに。

 

「意味は分からなくても結構です。そういった認識でいていただければ、それで十分です」

 

俺はひとつ礼をして、九島老師に背を向けた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

和也が九島烈に声を掛けられ、話していた頃。

 

真由美は一人でいたところを、ある人物に声を掛けられていた。

 

「今、良いかね?」

 

「え?は、はい」

 

真由美は何の話だろうかと内心で首を捻りながら、振り返って声を掛けてきた人物と向かい合った。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話

◇ ◇ ◇

 

 

 

俺は九島老師との話を切り上げ、真由美さんがいるはずの控え室へと向かった。

途中で会場を抜け出したことは気付いていたのだ。

 

主役の俺たちが抜けてしまうのは正直あまり良くはないのだが、仕方あるまい。

そんなことより真由美さんの方が心配だ。

 

一応、礼儀としてノックをする。

 

「真由美さん」

 

「え?……和也くん!」

 

俺を認識した瞬間、その顔がパァっと華やぐ。

 

「おやおや、どうしたんですか?何か嫌なことでもありましたか?」

 

「うーん……ちょっとね」

 

「なるほど、九島家には厳重に抗議しておきます」

 

「ちょっと、良いから!というか、気付いていたの?」

 

「当たり前じゃないですか」

 

真由美さんが俺から離れていってから少しして、九島家現当主の真言殿が真由美さんに近づいていって声を掛けたのには当然気が付いていた。

 

相手は九島烈、俺のような子供ならばそちらに集中して周りへの注意が散漫になるとでも思ったのであろうが。

 

それは少々俺を舐めすぎだ。

 

俺がこんな魑魅魍魎の集まる場所で真由美さんから目を離すわけがないだろうが。

 

「それで、どんなことを言われたんです?事と次第によっては、今日をもって九島家は取り潰しとなるのですが」

 

「そんなことしなくても大丈夫よ。えっとね……」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

和也が九島烈に声を掛けられ、話していた頃。

 

真由美は一人でいたところを、ある人物に声を掛けられていた。

 

「今、良いかね?」

 

「え?は、はい」

 

真由美は何の話だろうかと内心で首を捻りながら、振り返って声を掛けてきた人物――九島家現当主である九島真言と向かい合った。

 

この人とは、真由美個人としてはもちろん七草としてもあまり深い付き合いは無かったはずなのだが。

 

一体、何の用なのか。

真由美の警戒心がグッと上がる。

 

「ああ、まずはお祝いを言わなくてはな。婚約おめでとう、七草真由美さん」

 

「……どうも、ありがとうございます」

 

真言の細かい言葉に、真由美は目を細める。

 

婚約おめでとうと言いながらも、わざわざ名字の七草を名前の前に付けるあたりにその心の内が出ている。

 

真言としては、四葉と七草の関係が深まるのは歓迎できないのだろう。

 

自然とお礼の言葉も無愛想なものとなってしまったが、向こうも心にもないことを言っているのだし、おあいこだろう。

 

実際、真言も全く気にしている様子はなかった。

 

「しかも婚約相手の和也君は中々出来るみたいだねえ。これで四葉家も七草家も安泰。羨ましいものだ」

 

「……それで?」

 

先ほどから、わざわざ真言が真由美に声を掛けてきた理由が分からない。

 

一体何が言いたいのか。

 

その疑問は、次の言葉で氷解することになる。

 

「……しかしねえ、君も気をつけた方が良いよ。和也君も、心の底から純粋というわけではない」

 

……そんなことは多分自分が一番よく分かっている。

あんなに楽しそうに人をからかう人間が、純粋なわけがあるだろうか。

どれだけ彼にからかわれたのか、自分でも分からないほどである。

 

だが、本当に言いたいのは次の言葉だったらしい。

 

真言は真由美に少し顔を寄せて、小声で囁く。

 

「彼の父親の話を知っているかい?何でも、結婚して深夜殿という妻がいるのにもかかわらずずっと愛人と共に暮らしていたそうだ。そして深夜殿が亡くなって半年も経たないうちにその愛人と再婚している」

 

……それは、知らなかった。

というか和也の実の両親とは一度も会ったことが無い。

 

母親は既に故人であり、父親の方は和也が毛嫌いしているということは知っているのだが。

その父親にそんなエピソードがあったとは。

 

真言の言葉は続く。

 

「和也君が誠実そうなのは見ていれば分かる。それは間違いないんだろうね。しかし、父が気に入るとは相当な実力のある魔法師なんだろう。英雄色を好むと言うし、血は争えない。今はそうではないとしても、将来どうなるかは誰にも分からないだろう?」

 

真由美が微かに震えているのを見て、真言はここが勝負と畳み掛ける。

 

「先ほどの話だと、深夜殿は別に夫の心が自分に無くて他に愛人を作っていたとしても構わないと思っていたのだろう。だが、君はどうかな?見たところ、お互い愛し合う夫婦になりたいと思ってはいないかな?……だったら、気をつけたほうがいい。最終的に傷付くのは君だよ?」

 

言いたいことは言い終えた真言は、後は真由美の反応を待つばかりだ。

 

しばらく肩を震わせていた真由美は、一つ深呼吸をした。

 

「……仰りたいことは、それだけですか?真言様」

 

ようやく顔を上げた真由美の顔は、能面のように無表情だ。

だが、その目だけが強烈な意思表示をしていた。

 

その瞳に映るのは、激怒の色。

 

目は口ほどに物を言うという諺を真言がこれほどに思い知ったのは、これが初めてだった。

 

そこでようやく、先ほど真由美が震えていた理由に思い当たった。

あれは決して悲しみや動揺、或いは恐怖から震えていたのではない。

 

和也を貶されたことに対する怒りを、必死で堪えていたのだ。

 

ここに来て真言は、自分の失策を悟った。

 

そしてそれは、間違ってはいない。

ただ、気付くのが余りにも遅すぎたということを除いて。

 

「貴方に、和也くんの何が分かるというんですか?たかだか今日初めて会ったばかりで、しかもまだ一度も言葉を交わしていない相手と?

彼は、言葉を交わさずにその人となりを判断できるような浅い人間ではありません。勝手な憶測や想像でものを語るのはやめて下さい」

 

「……し、しかし」

 

「大体。わたしが今更その程度のことで和也くんを疑うと思っているのなら、それは大間違いです。

わたしはたとえ何があったとしても。世界が彼の敵に回ったとしても。生涯、その隣で彼を支え続けるのですから」

 

堂々とそう語る真由美の姿は、普段様々な大人と対峙している九島真言をして圧倒されるほどのものであった。

 

「……くっ、失礼する」

 

真言は負け犬の如く、その場から去っていった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「まあ、大体はこんな感じかな……あの、和也くん?」

 

「……すみません。まさか、真由美さんにそれほどの覚悟がお有りだとは思いませんでしたので」

 

自分で自分が嫌になる。

俺もそろそろ、せめて話す覚悟を決めなければならない。

この人なら、きっと大丈夫だ。

 

黙り込む俺の反応をどう取ったのか、真由美さんは俯いてしまう。

 

「……やっぱり、こんな重い女は嫌?」

 

……会場を抜け出したまで何に悩んでいるのかと思えば、そんなことか。

 

俺は両の腕を真由美さんの背中に回し、抱き締めた。

 

「……和也、くん?」

 

「真由美さん。重くなんて無いですよ。……お願いですから、何があっても俺から離れないでください」

 

「……うん、分かったわ」

 

真由美さんは、俺の腕の中で頷いた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

そのまま抱き合うことしばし。

 

「――で、いつまでそこから様子を伺っている気ですか?叔母上」

 

「あら、気付いていたの?」

 

「当然ですよ」

 

あっさりと隠れるのをやめて部屋に入ってきた叔母上を睨む。

 

全く、白々しいことだ。

隠れる気なんてこれっぽっちもなかったくせに。

 

「そうかしらねえ……真由美さんはそうでもないみたいだけれど」

 

その言葉に目を隣にやると、真由美さんは真っ赤になってあたふたしていた。

 

「わ、え……義叔母様……!?見られた……うぅ」

 

恐ろしく可愛い。

 

ではなかった。

 

「叔母上、何か用件があってここまで来たのでしょう?」

 

「ああ、そうだったわね。このままパーティには戻らなくても良いそうよ」

 

「そうですか。わざわざありがとうございます」

 

俺が会場から出る前に、叔母上に頼んでおいたことだった。

真由美さんが会場に戻って、また同じようなことがあっては困る。

ずっと避けるわけにもいかないが、そんなことは一日一度でいいだろう。

 

伝えに来てくれた叔母上に礼を言うと、叔母上はひらひらと手を振る。

 

「良いのよ。面白いものも見られたし」

 

うふふ、と笑う。

 

「ああ、それと。予想通り、動いたのは九島でした」

 

「そう。こちらで掴んだのは末端もいいところだったけれど、これで確証は得られたわね」

 

「……えっと、一体何のこと?」

 

話についていけない真由美さんに、俺は簡単に説明をした。

 

「どうやら四葉(うち)に喧嘩を売っているうちの一つが九島らしい、ということですよ」




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話

4/2 後半を少し変更しました。




◇ ◇ ◇

 

 

 

薄暗い部屋に、男たちが集まっていた。

 

議題は、今日初めて社交界にその姿を現した四葉家の次期当主についてだった。

 

「どうだった、四葉家の次期当主は」

 

「一条をけしかけて情報を探らせようとしたのだがな。上手くあしらわれたらしい」

 

「たかだか高校一年生のガキに煙に巻かれるとは。全く、一条も使えんな」

 

「まあ、奴らはその分戦場で役に立ってくれるからな。精々日本の国防のために頑張ってもらいたいものだ」

 

全くだ、と頷く男たち。

 

「しかし、一条剛毅とて駆け引きも知らんただの馬鹿ではあるまい。仮にも十師族の一角を担う、その家長なのだからな」

 

「となると、四葉和也も一筋縄ではいかぬということか」

 

「厄介だな。やはり、四葉の血筋を引くものだということか」

 

「奴らの事前情報も抽象的なものばかりで具体的な情報が殆どなかったからな」

 

「四葉和也が愚鈍ならば問題はないと思ったが……やはり、このまま七草と手を結ばれたら少々不味い」

 

「四葉の勢力は七割をこちらで握っているとはいえ、四葉真夜の[夜]は戦闘になった際には単独で戦況をひっくり返しうるからな」

 

そして、男は一人の方を見る。

 

九島殿(・・・)。四葉和也と七草真由美の仲に亀裂は入れられそうでしたかな?」

 

話を振られた男――九島真言は首を横に振った。

 

「ダメだな。若い女特有の恋愛に酔っている感じだ。四葉和也の方は分からんが、恐らく仲違いさせて引き裂くのは無理だろう」

 

「チッ、これだから女は……まあ仕方あるまい。面倒だが搦め手を使うしかないだろうな。九島殿には迷惑をかける」

 

「いや、構わんよ。このまま愚鈍な敵を演じればいいのだろう?」

 

「うむ、頼んだぞ。九島殿にはこのまましばらく表に立って囮となっていただきたいからな」

 

「……そういえば、もう一方の計画はどうしたのだ?」

 

「……あれか」

 

問われ、顔を顰める男。

 

「失敗したのか」

 

「四葉真夜に捕らえられた」

 

「あの女……いつもいつも我々の邪魔ばかりをしおって……!」

 

忌々しそうに吐き捨てる男に、同じく顔を歪めつつ頷く男たち。

 

「……まあ、捕まってしまったものは仕方があるまい。捕まったのはどうせ使い捨ての奴らだろう?」

 

「当然だ。いくら拷問をかけられようとも我々のことを漏らすはずがない。知らないのだからな」

 

「ならば構わん。では、次の計画を立てようか」

 

「そうだな――」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

屋敷に戻った後。

俺は、叔母上と話していた。

 

「しかし、敵は九島でしたか。これで一歩近づきましたね」

 

「さて、どうかしら」

 

俺の言葉に、叔母上が疑問を呈する。

 

「しかし、私の真由美さんの仲を引き裂きに来たことから四葉と七草が結ぶことを良しとはしないのは確かでしょう」

 

「それは間違いないわね。でも、どうも釈然としないのよ」

 

「釈然としない、ですか?」

 

「ええ。確かに九島真言は敵でしょう。でも、九島烈は違うのよ」

 

「はあ。まあ、叔母上の師匠でもあった閣下が例の事件に関わっているとは思えませんが……」

 

だからといって、何が釈然としない……そうか!

 

「九島真言一人でやったにしては、規模が大きすぎる。そうですね?」

 

「ええ。例の事件の時はまだ、九島真言は当主では無かった。その立場で、一人で四葉や他の者たちには悟らせずに大亜連合と繋ぎをつけるのには少し無理があるわ」

 

「だから、もっと敵は強大だと」

 

「恐らく、九島真言は氷山の一角に過ぎないわ。しかも恐らく、敢えて表に出てきた囮でしかない。仮にも十師族の当主よ?あんなに迂闊なわけがないもの」

 

「わざと、ということですか……」

 

思ったより、敵は大きいみたいだ。

俺と叔母上だけでやるには、少々無理があるほどに。

 

「……そろそろ、うちだけでやるには限界が来ているかもしれませんね」

 

「ええ。せめて四葉の内のことは私たちだけで解決するけれど、その後のことは他家の協力を仰いだほうが良いかもしれないわね」

 

「でしたら、今のうちから仲間は集めておいたほうがいいでしょうね。私は同年代に声をかけてみますよ」

 

誰がいいだろうか。

一条、十文字あたりは大丈夫そうだ。

 

後は……九島烈を通して光宣にも声を掛けてみるか。

後は、百家とも顔つなぎをしておこうかな。

 

「私はこちらの準備を進めておくわ。そうね……11月あたりを目処に、ね」

 

11月……というと、論文コンペティションの後ぐらいか。

横浜騒乱編の後だな。

 

「承知しました。それでは、失礼します」

 

「おやすみなさい」

 

ひらひらと手を振る叔母上にお辞儀をして、俺は自分の部屋へと戻った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

翌日から3日間。

 

パーティのことなど思い返している暇もないほど、俺は生徒会の仕事に忙殺された。

 

初日のようなトラブルは起こらなかったためそこまで忙しくはならないはずだったのだが、1日仕事を休ませてもらった代わりとして様々な仕事を押し付けられ、こちらも忙しくて一人抜ける余裕もない中を休ませてもらった負い目があるため断りきれずに大量の仕事をこなす羽目になってしまった。

 

ちなみに、仕事を押し付けてきたのは主に真由美さんと市原先輩、それに姉さんである。

 

真由美さんはいつも俺にからかわれている分を返してやろうとでも思っているかのように次々と仕事を与えてくるし、姉さんには逆らえるわけもなく。

 

休んだこと以外に負い目がないのに断りきれないように仕事を押し付けてくるあたり、市原先輩は中々にいい性格をしていると思う。

 

中条先輩は人に仕事を押し付けたりするとその罪悪感に耐えきれなくなってむしろ一生懸命手伝ってしまうような性格だし、服部先輩は生徒会役員の中では一番真面目なので他人に自分の仕事を押し付けるような真似はしなかった。

 

それがせめてもの救いと言うべきか。

 

まあ何にせよ、俺は1年分は働いたと胸を張って言える程度には大量の仕事をこなしたのである。

 

その代償として、今は俺に与えられた生徒会室のデスクに突っ伏しているのだが。

 

「本当、お疲れ様。大変だったわね」

 

「一番仕事を押し付けてきたのは貴女ですけどね、真由美さん……」

 

「えー、だってわたしたちは誰かさんが仕事を休んだ日も一生懸命働いていたし。人数が全員揃っていても大変な仕事量を一人少ない状況でこなしたのよ?その分、休んだ誰かさんが苦労するのは当然のことじゃない?」

 

……くっ、事実なだけに何も言い返せない!

 

得意げに笑う真由美さんを恨みを込めて睨むことしかできなかった。

 

「まあまあ、今回は仕事をサボった和也くんが悪いだろう?普段手玉に取っている分、今回ぐらいは気分良くさせておけ」

 

「渡辺先輩……別に俺は仕事をサボった訳ではないんですが」

 

「なに、理由はなんであれ仕事をやらなかったことに変わりはないんだ。どちらでも同じだろう?」

 

まさにぐうの音も出ないという感じだった。

 

「まあ、それでも押し付けた……失礼、休んでいた分の仕事はちゃんとこなしたのですし、ここは労ってあげても良いのでは?」

 

そう言って俺の前に紅茶を置くのは姉さんだ。

 

フォローしてくれるのはありがたいが、今押し付けたと言ったことは聞き逃さなかったぞ。

 

それに、真由美さんに負けず劣らず遠慮無しで俺をこき使ったのは貴女ですけど。

 

同じように睨むと、姉さんはそっと視線を外した。

 

「……まあ、この話はもう良いです。どうせ終わったことですし。俺のブラック企業も真っ青な職務内容は置いておきましょう。全然、これっぽっちも気にしてませんし」

 

「物凄く気にしてるじゃないか……」

 

渡辺先輩が何かボソッと呟いたが、俺には何も聞こえなかった。

うん、聞こえなかった。

 

「さっき、司波さんから聞いたんですけど。今、達也がカフェで剣道部の壬生先輩?と会っているらしいです」

 

「「「よし、今すぐ行こう(行きましょう)」

 

そうなるだろうとは思っていたが、予測していた俺もドン引きの反応の速さだった。

 

「しかし、どことなく深雪さんがそわそわしているのはそれが理由だったんですね」

 

「べ、別にそわそわしてなんか……」

 

「司波さん、もうポットが空ですよ」

 

「え?……あっ」

 

手元が疎かになっている。

そのことを指摘すれば、言い逃れは出来ないと観念したようだった。

 

「……別にお兄様と壬生先輩がどうこうなるとか、そういうことを心配しているわけではありませんから」

 

つん、とそっぽを向きながら言う。

 

そう言ったのはせめてもの抵抗だったのだろうが、その言葉は皆が推測する姉さんの気持ちを裏付けただけだった。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話

長らくお待たせ致しました。

前話の最後を少し変更しているので、未読の方はそちらからお読みください。

それから、更新ペースはこれから週一回とさせていただきます。

今年は大学受験という大ボスが控えているので、その為にレベリングやらなにやらをしなければならないのです。

忙しさにもよりますが、しばらくは週一回更新でどうにか頑張る予定です。

申し訳ありませんがご承知ください。


俺たちがカフェに着いた頃、兄さんと壬生先輩の話は本題に差し掛かっていた。

 

「――風紀委員には、別にわざわざ騒ぎ立てるような内容でもないのに摘発する人達が居るのよ。自分の、点数稼ぎの為にね……!」

 

この言葉に俺と姉さんが渡辺先輩に目をやると、首を横に振る。

どうやらそういう事実はないらしい。

 

勘違いか、思い込みか。

 

真由美さんと市原先輩も暗い表情である。

 

再び会話に耳を傾ける。

 

「――俺も一応風紀委員なので何とも……」

 

「あっ、別に司波くんのことがどうとかいうわけじゃなくてね?私たちがお咎めなしだったのも司波くんのお陰でしょ?」

 

「まあ、別に罰を与えるほどのものでもありませんでしたしね」

 

「でしょ?だから、司波くんには感謝しているのよ。でも、他の風紀委員は……いや、あの連中の悪口を言いに来たんじゃなくて……えと……あれ?」

 

言えば言うほど頭が混乱していくのか、言葉が纏まらない壬生先輩。

やがて、その様子を面白そうに眺めている兄さんに気づいた。

 

「司波くんって、いじめっ子だったの……?」

 

「……特にそういった事実はありませんが」

 

視界の端に震える何かが映って視線を向けると、真由美さんと渡辺先輩が肩を震わせ、腹を抱えて必死に笑いを押し殺していた。

 

市原先輩はそれを見て処置無し、とでも言うように肩を竦めている。

 

では姉さんは……と目を向けてすぐさま後悔した。

 

目が、据わっていた。

その矛先が俺に向けられている訳でもないというのに、思わず身震いをするほどの寒気を感じる。

 

慌てて目を逸らして兄さんに目をやると、どこか居心地が悪そうに身動ぎしている。

よく見ると、冷や汗までかいていた。

 

なまじ初めから俺たちのことに気付いていたから、姉さんの怒りにも気が付いてしまったのだろう。

 

どれもこれも、女性を人前でからかう兄さんが悪い。

諦めて自分でどうにかしていただきたいものだ。

主に精神的な理由で、俺は姉さんにはどう足掻いても勝てないのだから。

 

自分の気持ちを切り替える意味もあったのだろうか、兄さんが一つ咳払いをする。

 

「それで、お話とはなんでしょうか」

 

その言葉に、壬生先輩も姿勢を正す。

 

ついでに真由美さんたちも笑うのを止めて真剣に耳を傾けた。

 

「単刀直入に言います。司波くん、剣道部に入ってはくれませんか」

 

「申し訳ありませんが、お断りします」

 

兄さんは即答する。

「そもそも、何故俺を勧誘しようと思ったのかが今一つ分かりませんね。俺の修めている技術は徒手格闘術だと、剣道の心得のある壬生先輩ならお分かりのはずでしょう」

 

「それは……」

 

目を泳がせる壬生先輩。

が、上手い理由が思いつかないのか、溜息を吐く。

 

「……司波くんは、悔しくはないの?この学校では魔法が全てに優先される。確かに、魔法の授業に関しては待遇が一科生よりも悪いのは仕方がないことだわ。でも」

 

ここで一度言葉を切り、悔しそうに吐き捨てる。

 

「だからと言ってそれ以外の部分でも見下されるのは、蔑まれるのは納得できない。私の剣まで馬鹿にされるのは、無視されるのは、許せない……!」

 

ギュッと拳を握り締める壬生先輩。

そして顔を上げる。

その表情はキリッとしており、先ほどまでのただの少女のような顔ではなかった。

 

「私は今、非魔法系のクラブと纏まって学校側にこの意思を伝えようと考えています。既にほとんどの非魔法系クラブには賛同を得ているわ。司波くん。貴方にも、それに協力して欲しいの」

 

兄さんは、その言葉に少々感じ入るものがあったようだった。

フッと笑みをこぼす。

 

だが、壬生先輩はそれを嘲笑と取ったようだった。

 

「……君も、私のことを笑うの?」

 

「いえ、とんでもない。全くもって逆ですよ。先輩のことをただの剣道美少女だと思っていたのだから、俺も見る目がない……」

 

「び、美少女……」

 

頬を紅く染めて照れる壬生先輩。

 

だが、俺はそれどころではなかった。

 

「し、司波さん……お、落ち着いて……!」

 

「うふふ……落ち着いているわよ。ええ、落ち着いていますとも。全く、お兄様ったら」

 

嘘つけっ!

全然目が笑っていないでしょうが!

ったく、兄さんが不用意にそんなことを言うから!

今更ビクッと震えていても遅いから!

 

俺がいなかったら、おそらくこのカフェは極寒の地と化していただろう。

こんなこともあるかもしれないと[領域干渉]をしておいてよかった。

 

姉さんの事象干渉力は確かに強いが、温度への干渉は俺も得意だ。

[領域干渉]で十分押さえ込める。

 

俺は姉さんを宥めながら兄さんと壬生先輩の方を見る。

 

兄さんはこちらを少し気にしつつも何か考え事をしていて、壬生先輩が照れていることには気付いていないようだった。

 

だからだろうか。

こんなことを言ったのは。

 

「――学校側に伝えて、その後どうするんですか?」

 

と。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

生徒会室に戻ると、そこでは仕事を押し付けられててんやわんやな中条先輩と、それを手伝う服部先輩の姿があった。

 

「……あ、会長。先輩方も。中条に仕事を押し付けて、一体何をしていたんですか?」

 

「は、はんぞーくん……」

 

「悪いな、服部。私が連れ出したんだ」

 

渡辺先輩がフォローに入ると、服部先輩は仕方がなさそうに溜息を吐く。

 

「……はぁ。仕事を終わらせるなら別に何をしていようととやかくは言いませんが、人に押し付けるのはおやめください」

 

「ご、ごめんね……あーちゃんも」

 

「い、いえ……」

 

恐縮そうに縮こまる中条先輩。

 

その後はしばらく、みんなで真面目に仕事をした。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「ふぅー。終わった〜!」

 

んー、と伸びをする真由美さん。

 

仕事の量の関係で最後に終えたのが真由美さんだったので、それを機に空気が緩んだ。

 

仕事が終わっても全員が待っていたのは、真由美さんの人徳のなせるわざか。

 

「そういえば、会長たちはどこへ行っていたんですか?」

 

服部先輩がふと思い出したように言う。

 

「ああ、えっとね……達也くんがカフェで二年生の女の子と会うって言っていたから、ちょっと見に行ってきたの」

 

真由美さんの言葉に、服部先輩は呆れたというように溜息を吐く。

 

「職務を放棄して何をやっているのかと思えば……そんなことをやっていたんですか?」

 

棘のある台詞に、真由美さんがたじろぐ。

 

悪いが俺も助ける気はない。

今回のは自業自得だ。

止めなかった俺も悪いが。

 

「か、帰ってきたらやるつもりだったのよ?」

 

「中条の性格なら、仕事が放置されていたら自分の担当ではなくても出来るものならばやってしまうと分かっていたでしょう」

 

「うぅ……まあ、やってくれてたらラッキーだなあ、と思ったのは否定できないけれど」

 

「ま、まあまあ。その辺でもういいだろう?真由美にしては珍しく反省しているようだし」

 

「……そうですね。今回のところはこれぐらいにしておきましょうか」

 

ようやく矛先を収める服部先輩に、渡辺先輩がからかうような笑みを浮かべながら尋ねる。

 

「そういえば、お前も変わったな。昔はよく真由美に翻弄されていたのに」

 

「……昔は昔です。それに、俺は副会長、会長を補佐するのが仕事です。会長が誤った方向に進んだら、それを正すのもまた、副会長の仕事でしょう」

 

……なんというか、服部先輩もだいぶ変わったなあ。

しっかりしたというか、より冷静になったというか。

すごく頼り甲斐がある気がする。

 

ついでに、今回助けてもらった中条先輩が少々熱っぽい視線を服部先輩に向けているのは、気のせいだろうか……?

 

まあその心中は本人のみが知る、ということだ。

 

真由美さんが高校に入学する前から婚約者だった俺に悪いところなど何一つ無いのだが、あちらの好きな人を奪うような形になってしまったのは事実であり、また普段からお世話になっている彼には負い目がある。

 

願わくば、服部先輩の行く先に幸多かれ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話

そして、次の日の昼。

 

生徒会室には、あの時カフェで話を聞いていた人物のうち壬生先輩を除く全員が揃っていた。

 

「――先輩方。昨日、カフェにいましたよね?」

 

「ああ、いたぞ?」

 

「……盗み聞きは感心しませんよ」

 

あっさりと認めた渡辺先輩に少し拍子抜けしつつ、その行動を咎める兄さん。

 

だが、あの渡辺先輩がそんな簡単に罪を認めるわけがないでしょうに。

 

「おや、私はいつカフェにいたのかは言っていないのだが。盗み聞きをされて困るような話をしていたのか?」

 

「……まあ別にいいですけど」

 

揚げ足を取るような渡辺先輩に、げんなりとした顔で溜息を吐く兄さん。

 

「それで?達也は壬生先輩と会って何か感じることはあった?」

 

「普通に流すのか……まあ良いが。そうだな……強いて言うならば、何かが噛み合っていないように感じるな」

 

「噛み合っていない、ってどういうこと?」

 

兄さんが少し考えて出した言葉に、真由美さんが首を捻る。

 

「俺にもしっかりと分かっているわけではないので説明が難しいのですが。魔法の成績が悪いからといって、剣の腕まで貶されるのは我慢できない、というそもそもこのような行動に出ている動機は理解できます。しかし他の部分が、何というか肝心なところが抜けているような気がしました」

 

「肝心な部分、というと?」

 

「壬生先輩は、非魔法系の部活動に協力を募って団結し、学校に自分たちの思いを訴えるのだと言っていました。それは皆さんもご存知でしょう」

 

ここで、昨日こっそりカフェに盗み聞きに行っていた面々が揃ってそっぽを向く。

真由美さんなんかは頷きそうになって慌てて顔を逸らしたが。

 

その様子を兄さんは呆れたように見つめ、言葉を続ける。

 

「しかし壬生先輩の言葉には具体性がないような感じを受けました。魔法の成績のせいで他の部分まで不当に貶められている。そんな生徒がいる、ということを学校に伝えるところまではいいとしましょう。では、伝えた後は一体何をするのか。それが、壬生先輩からは一切読み取れなかったんですよ」

 

「だから、どこか肝心なところが抜けている、か……」

 

確かにな。

いくら学校側に「差別を無くせ!」と訴えたところで、そう簡単になくなるわけではない。

学校側が差別をしているわけではないのだから。

 

最も、今では一科生と二科生の差別の象徴となっている「花冠(ブルーム)」と「雑草(ウィード)」。

 

元は注文が間に合わなくて花のエンブレムの刺繍がされていなかったというだけの二科生の制服を未だにそのままにして放置している辺り、学校側にも改善する余地はあるのかもしれないが。

 

まあ、その辺りは分かっていて放置しているのだろう。

どうせ一科生と二科生にはっきりとした違いをつけ、対抗心を煽らせ切磋琢磨させようというつもりなのだろうし。

 

今のところ、その試みはまるっきりの逆効果と言わざるを得ないが。

 

「……結局、壬生先輩は達也に何の用事だったの?」

 

「ん?ああ、差別反対派に加わってくれという話だった。大方、二科生でありながら風紀委員に入っている俺にマスコット――体良く言えば旗頭だな――になってほしいんだろう」

 

「で、断ったと」

 

「断ったのは、その前の剣道部に入部してくれという申し出だけだ。協力するか否かはまだ決めかねている。俺が納得するような方針を立ててきてくれたら、それなりには協力するつもりだ」

 

「ふーん。結局そいつらって、抽象的な理想論だけしか無くて、具体的な行動を起こせないような奴らだと思うけど。期待するだけ無駄じゃないかなあ」

 

俺の歯に衣着せぬ物言いに、苦笑する一同。

 

「まあそれはいいとして、だ。万が一、その活動が過激な方向に行ってしまっては困る。或いはその活動が校外の組織に利用されてしまう恐れもあるから。例えば達也が新歓の期間中に襲われたエガリテとかね?」

 

「そうなると厄介だな。では、どうする?」

 

「敵が纏まる前に、全校生徒の前に引っ張り出す。そうして一気に片付けよう」

 

「なるほど。敵の準備が整う前に、ということか。となると、風紀委員に生徒会だけでは人手が足りない恐れがあるな」

 

「うん。念のため、部活連の執行部にも協力を要請しておいたほうが良いかもしれない。十文字会頭には俺から声を掛けておくよ」

 

「頼んだ。後は部活動をしている生徒についてだが……」

 

「ストップ!!」

 

兄さんと話を進めていると、突然渡辺先輩が制止をかける。

 

その声に顔を上げて周りを見ると、そのほとんどが話についていけずに目を白黒させていた。

 

あれ?

 

渡辺先輩もこめかみを抑えている。

 

「お前たちは、一体何の話をしているんだ?」

 

「え、今後の流れについて話していただけですけど」

 

「特におかしな話はしていないはずですが」

 

「いや、そうかもしれんが。話の流れが急すぎる。もう少し事細かに語ってくれ」

 

ウンウンと頷く一同に、俺は頭を掻き、視線で兄さんに丸投げする。

兄さんは溜息を吐き、口を開いた。

 

「そうですね……エガリテだとかに差別反対派がつけ込まれたらまずい、それは分かりますね?」

 

「あ、ああ。いや、しかしどうして突然エガリテなんだ?」

 

「俺がこの一週間の間にエガリテのバンドを着けた生徒に襲われたからですよ。エガリテの説明は必要ですか?」

 

頷く人がいるのを見て、兄さんは話を続ける。

 

「エガリテとは、反魔法国際政治団体ブランシュの下部組織です。表向きはそれを否定していますが、それは政治色を嫌う若者を集めるための方便でしょう」

 

「犯人が誰かは未だ特定できていませんが、達也の話の通りエガリテの手が校内まで侵入しているのは事実です。そして最悪の場合、過激な計画に踏み切ることも考えられます。ですから、その計画が準備万端整う前に全校生徒の前に引っ張り出します」

 

「だから、それをどうやるんだ」

 

「そんなのは、公開討論をしようと持ち掛けるだけですよ。非公開にすると生徒会だとかに握りつぶさせる恐れがあるから、と。達也が壬生先輩を通して申し出れば良いんじゃないですかね」

 

そして俺は真由美さんに目を遣る。

不思議なことに、どうしてか拗ねていたのだが。

 

「公開討論となれば、ディベート能力に長けたうちの会長が負けることはないでしょう。相手は理想論しか持たないのだから、尚更です」

 

「なるほどね……でも、風紀委員や部活連が何故必要なの?」

 

「それはもちろん、壇上の真由美さんや見にくる生徒を守るためです。過激な行動に出るものがいないとも限りませんしね」

 

まあ、その時は俺が隣に立つ。

仮にどこかの国の正規軍が攻めてきたとしても、真由美さんには指一本触れさせないし擦り傷一つ負わせないが。

 

「……でも、それだと説得された向こうが不満を溜め込むだけで終わるのではないか?」

 

「この公開討論の目的は生徒たちの説得ではなく、その背後にいる奴らを引っ張り出すことですから。問題はありません」

 

「引っ張り出す……?一体どういうこと――」

 

キーンコーンカーンコーン。

 

昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。

 

「おっと。では、話は放課後にまた。服部先輩もいた方が良いでしょうしね」

 

最近のあの人は、なかなかに頼りになるからな。

 

さて、そろそろ行くか。

 

っと、その前に。

 

「真由美さん」

 

「……何よ」

 

何故かご機嫌斜めの真由美さんに声を掛ける。

 

「どうしたんですか?俺が何か機嫌を損ねるようなことをしましたかね?」

 

「……別に」

 

「だったらどうして?」

 

「……羨ましかったのよ」

 

「羨ましかった?どこがですか」

 

「和也くんと達也くん、なんか言葉が足りなくてもお互い分かり合ってたじゃない?以心伝心って感じで。わたしの方が達也くんよりもずっと和也くんとの付き合いが長いのに、あんなことできないもの。だから、わたしはきっと和也くんのことがまだまだ分かっていないんだなあって。だから、もっと知りたいの」

 

……一体何なのだろうか、この可愛い生き物は。

 

健気すぎるというか、なんというか。

 

俺と兄さんとの付き合いの方が真由美さんとのそれよりも圧倒的に長いので仕方ないとは思うのだが。

 

それでも、真由美さんにもっと俺のことを知ってもらいたいなと思ってしまった俺には、そんなことなど言えるはずもなかったし、言いたくなるわけもなかった。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話

「――なるほど。確かにその可能性は否定できないだろうな」

 

頷いて考え込む服部先輩。

何がなるほどなのかというと、お昼休みに話していた件のことだ。

 

兄さんは風紀委員の仕事があるので、今ここにはいない。

渡辺先輩は風紀委員の助力も必要だろうとのことでここにいる。

 

しかし、話し合いに参加しないでそっちで楽しそうにやってるのは何でなんですかね?

 

俺と服部先輩が話を進める中を、真由美さんをはじめとする生徒会の他の面々は楽しそうにおしゃべりしていた。

特に真由美さんは傍目に見ても分かるほどご機嫌である。

 

昼休みの時に、俺と兄さんの掛け合いで拗ねてしまった真由美さんを懐柔するために今度の休みにどこかへ遊びに行こうと言ったのだが。

まさかここまで機嫌が上昇するとは想定外だった。

 

まあ、面倒な話は男性陣で済ませてしまうとするかね。

 

「となると、確かにその手は良いかもしれん。だが、七草会長を壇上に立たせるのはいくらなんでも危なすぎないか?良い的にしかならないような気がするんだが」

 

「心配されるのは屋外からの狙撃などの遠距離攻撃ですが、確認したところ公開討論会が開催出来そうな場所の中で屋外から壇上を狙撃出来そうなポイントのある場所はありませんでした。まあ設計上当然でしょうが。となれば可能性として残るのは屋内からの生徒による攻撃、あるいは外部から侵入してきた敵による攻撃の二つです。ならば、問題ありません。俺が命に代えても全て潰します」

 

「心意気だけでどうにかなるものではないぞ?」

 

「討論会の開催時には常時[領域干渉]を発動しておきますから、魔法に関しては心配いりません」

 

「……それで魔法は全て防げるというのか?」

 

「十師族レベルで特定の魔法に特化していなければ防げます。校内で潰せないような魔法が使えるのは精々が十文字先輩ぐらいでしょう」

 

姉さんの[コキュートス]や兄さんの[分解]と[再成]も[領域干渉]では防げないのだが、それは言わなくていいだろう。

というか言えないし。

 

「十文字会頭が敵に回る可能性は除外して考えても問題ないだろう」

 

苦笑する服部先輩に、頷く。

 

俺としてもその可能性は考えられないし、考えたくもない。

 

「となると残るのは校外から侵入した敵ですが、先日の件で早期警戒システムが整備されたので侵入に気付かないうちにやられることはないでしょう」

 

先日の産業スパイ共を手引きして自分で潰すというマッチポンプの結果、校内の警備は強化された。

 

具体的に言うと、機械的な警備の穴を徹底的に無くし、人による巡回もするようにさせた。

 

さらにこれまで侵入者を察知しても職員や一部の生徒にしか報告がいかなかったシステムを見直し、侵入者を察知したらすぐに全校生徒の所持する端末に警戒情報が送信されるようになった。

 

我が校は日本の未来を担う優秀な魔法師の卵が集まる魔法科高校である。

 

例えばUSNAのスターズなんかが侵入してきたら話は別だが、大抵の相手ならばCADさえあれば生徒達で自衛できるし、侵入者の存在を知ってさえいれば色々と対応も出来るだろうということだ。

 

それを思い出したのか、服部先輩も頷く。

 

「それに加えて生徒会役員や風紀委員で周りを固めれば危険は最小限に抑えられるか。確かに討論会で生徒会長が壇上に立たない訳にはいかないし、それならば会長の身に万が一はないだろう」

 

一応、人的なもので最悪の最悪を想定すると学校敷地外からの戦略級魔法というものもあるが、そんなのはどう頑張っても防ぎようがないので目を瞑る。

第一そんなこと起こってたまるか。

 

「では、会長の警護に関してはこの辺にして。次は会場内にいない生徒達をどう守るか、ですね。まあ、後は十文字先輩が来てから話す事にしますか」

 

「そうだな。とは言ってもそろそろ来る頃だろうが」

 

そう言った瞬間、来客を知らせる音が鳴る。

 

「噂をすれば、だな」

 

服部先輩は少し笑って来客者を迎えに行った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「なるほど。おおよそ状況は把握した」

 

「……壬生は、そいつらの手から解放はできないのか?」

 

一番上は言わずもがな十文字先輩で、その下は十文字先輩と共に来た桐原先輩である。

 

「おそらく、壬生先輩を含む奴らの仲間となっている方々は皆マインドコントロールかそれに類似するものを受けていると思われます」

 

「マインドコントロールだと?」

 

「ええ」

 

驚きの声を上げる十文字先輩に頷いてみせる。

 

「これは飽くまで確証のない情報ですがね。壬生先輩は自分の剣を馬鹿にされた、と仰っていました」

 

「ああ、そうだな……って、やっぱり聞いていたんじゃないか」

 

口を滑らせてしまった俺を兄さんが睨む。

 

「……まあ、それは良いとして。では誰に馬鹿にされたのか。あそこまで強烈な感情を抱くまでに至るには、何かしらのエピソードがあったはずです。ですから、それを調べてみたんですよ」

 

「どうやって?」

 

「……私にも私なりの伝手があるということです」

 

鋭い視線を向けてくる十文字先輩をはぐらかす。

 

「そのエピソードというのはですね……渡辺先輩。昨年の新入生勧誘週間の際に、壬生先輩に勝負を持ちかけられたことがあるそうですね?」

 

「ん?……ああ、確かにあった。断らせてもらったがな」

 

「それは何故?」

 

「何故か、だと?そんなの、私では勝負にならないからに決まっている」

 

「それは、渡辺先輩の方が実力が下、という意味ですよね?」

 

「勿論だ。私が習った剣はあくまで魔法との併用を前提としているからな。魔法もありの実戦でならば話はまた別だが、純粋な剣の腕では私はその時点でもう壬生には敵わなかったさ」

 

「ですよね……」

 

「それがどうしたんだ?」

 

溜息を吐く俺に渡辺先輩が首を傾げる。

 

「壬生先輩は、そのことを真逆の意味に解釈していました」

 

「真逆?」

 

「はい。壬生先輩は、『自分では相手にならないから無駄だ。もっと相応しい相手を選べ』と言われたと仰っているそうです」

 

「それは確かに真逆だな。どうしてそんな勘違いを?」

 

桐原先輩の、そこにいる一同を代表するかのような疑問。

 

「そうですね。可能性としては二つあります。一つは渡辺先輩の言い方が紛らわしかったというもの」

 

「……いや、そんなに紛らわしくは無かったと思うぞ?私は確かこう言ったんだ。

『済まないが、私では到底お前の相手は務まらないから、お前に無駄な時間を過ごさせてしまうことになる。それよりも、お前の腕に見合う相手と稽古をしてくれ』

と」

 

「それが本当ならば、その時点では壬生先輩は誤解をしていなかったということになります。……いえ、渡辺先輩を疑っているというわけではなくてですね?物事に絶対はないわけですから。

さて、となると俺の思いつく限りでは残る可能性は一つですね。すなわち――」

 

――記憶を改竄されたという可能性です。

 

俺の言葉に、何人かが息を呑む。

 

「これが、先ほど言ったマインドコントロールにも繋がってくるわけです。ここまで記憶が変わっているとなると、外部からの干渉があったと考えるのが自然だと俺は思います。洗脳、と言ってもいいですが、言動を見る限り現状そこまでの段階には至っていないでしょう。飽くまで思考を望む方向に誘導されている程度だと思われます。

 

そして、精神系に詳しい人に聞いたところマインドコントロールからの解放は非常に困難を伴うそうです。本人の了承の上ならば色々と手はあるらしいのですが、了承が取れるわけがありませんし。そもそも了承が取れる時点で解放されているでしょう。そして証拠も何もない以上、強硬手段にも出れませんから」

 

現状では、少なくとも俺には壬生先輩を合法的に解放する手段は思いつかない。

出来ることは、犠牲を極力減らして背後に控える組織、ブランシュを叩き潰すことだけだ。

 

「……それで、俺たち部活連執行部は何をしたら良い?」

 

他に打開策を思いつかなかったらしく、渋い表情の十文字先輩がそう問う。

やはり、このまま行くしかないらしいな。

 

「そうですね。部活連には、万が一外部からの侵入者があった場合に被害を最小限に抑えられるように各部活動の配置をお願いしたいと思います。例を挙げると各部活動の活動場所を近くに纏めるだとか、事務室の近くに配置するだとかですかね」

 

「なるほどな。それでは……」

 

その後、下校時刻まで掛けて俺たちは計画を立てていった。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話

「――それで、答えは出ましたか?」

 

あれから2日後。

兄さんは今、カフェにて壬生先輩と向き合っていた。

 

俺は例によってその近くに座り、壬生先輩に気付かれないように話を聞いている。

 

「……私、今まではただ学校に私達の考えを伝えるだけでいい。こういう現状があるんだという声を届けるだけでいい。そう思ってたの。でも、司波くんと話してみて分かったわ。きっとそれは違う」

 

一度言葉を切り、そして兄さんの目をはっきりと見る。

 

「私達は学校に、二科生の現在受けている待遇の改善を求めます」

 

ほう。

しかし待遇とは、相変わらず具体性のない話だな。

 

兄さんもそれは感じたらしかった。

 

「なるほど、待遇の改善ですか……二科生の受けている待遇。その中で最も一科生との違いが表れているのは授業に関してですが、それについてですか?しかし教員の数が少ないからこそ我が第一高校は一科二科制度を取っているのです。まさか教員の数を増やせとでも?」

 

「……そこまでは言わないわ」

 

「では、部活動についてですか?しかし、剣道部は剣術部とあまり変わらないペースで体育館が割り当てられていたと記憶していますが。それとも予算ですか?確かに魔法系の部活動は予算が多い傾向にありますが、それは結果を残しているからです。活動実績によって予算が増減するのは普通の高校でも同じなのではありませんか?」

 

「それは……じゃあ、司波くんは不満じゃないの?魔法理論も、一般科目も、実戦でも一科生を上回っているのに、ただ魔法実技が出来ないだけでウィードと見下されてるのに?」

 

必死に言い募る壬生先輩。

ブランシュの奴らに、司波達也は何としても仲間に入れろと言われているのだろうか。

 

確かに兄さんのキャスト・ジャミングもどきは高価な軍事物資であるアンティナイト無しで魔法の発動を阻害できるため、特に組織の性質上比較的実力の低い学生を手駒として扱わなければならないブランシュとしてはその有用性は計り知れないものだろう。

 

だがこの人は、少なくともブランシュ程度が手綱を取れるような小駒ではない。

 

「……俺だって人間ですから、見下されて不満を感じることもあります。ですが、俺は教育機関としての学校にそこまで期待してはいません」

 

「え……?」

 

「俺が魔法科高校に入学したのは、魔法大学系列の施設でしか閲覧できない資料の閲覧権と魔法科高校の卒業資格さえ貰えれば、それ以上のことは学校には望みません」

 

兄さんが将来目指すもの。

今、目標にしているもの。

 

それらの実現のために、その二つが必要なのだろう。

後者はともかく前者は四葉で幾らでも用意できるのだが、兄さんは四葉の力に頼ることをひどく嫌う。

 

ことが姉さんに及ぶと躊躇うことなく四葉を頼るが、自分でどうにかできる、あるいは他に方法があるのならばそちらを選ぶ人だ。

 

呆然としている壬生先輩を他所に、兄さんは立ち上がる。

 

「……まあ。これも何かの縁です。生徒会長へ口利きだけはして差し上げましょうか?」

 

「口利き……?」

 

「はい。俺の妹が生徒会役員ですので、俺も面識があります。生徒会執行部は生徒の中で最も学校運営に近い人達です。先輩の仲間と会談をセッティングするぐらいはしますが」

 

壬生先輩は黙り込む。

これを受けることによるメリットとデメリットを計算しているのだろう。

 

この申し出は、一見するとメリットしかない。

 

生徒会へすんなりと繋ぎをつけることが出来る上に兄さんとの繋がりもまだ切れない。

そしてこの時点では生徒会長との会談だけで、別に何か失敗したところで特にデメリットは発生しない。

 

協力は出来ないと言った兄さんがその口で「繋ぎをつける」と言っているのだから怪しさこそあるが、生徒会長と交渉の場を持てるのならばそれで構わない。

 

そう考えるだろうと踏んだ俺の予測は正しかったのか。

それは分からないが、結果として壬生先輩は頷いたのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「――という訳で、生徒達はどうやら生徒会長との公開討論会を行うことになったようです」

 

「なるほど。引っ張り出されましたか」

 

そこは、とある暗い部屋。

二人の男が向かい合っていた。

 

「確かに、その感は否めませんね。あの女子生徒が司波達也に接触したのが3日前です。たった3日間で表舞台に出ることになるとは、予測もしていませんでした。生徒会執行部にもそれなりに頭のある生徒がいるようですね」

 

全く、忌々しいことだと吐き捨てるように言う男に、もう一人は穏やかに微笑む。

 

「仕方のないことです。何せあの(・・)四葉和也がいるのですから」

 

「四葉和也、ですか?確かに、今年の新入生総代を務めたのが四葉の御曹司でしたが……生徒会には七草真由美がいるでしょう?」

 

わざわざ特筆すべき相手ではないだろうと言外に言う男に、もう一人が首を振る。

 

「いえ、あれはかなり厄介ですよ。単体でBランク魔法師10人を五分と掛けずに倒すほどです。そして十師族の当主に匹敵するほどの政治的能力もある。第一高校の生徒の中では、どうも頭一つ抜けているようです」

 

「そのお話が本当ならば、確かに脅威ですね……。先生(・・)が用意された戦力が過剰すぎると思われたのも、それが理由ですか」

 

「ええ。何年も掛けた策を彼に潰されたこともありますから。出来るならば、この機会に彼は消しておきたいのですよ」

 

早いうちにどうにかしなければ、近いうちに必ずこちらの邪魔となる。

 

「とはいえ、予想よりはだいぶ早かったものの先生が仰る通り早いうちから準備をしておいて良かったですね。お陰で、恙無く計画を実行に移せます」

 

「ここからは、私がすることはありません。後は任せましたよ?」

 

「はい、先生」

 

そう言って、男は部屋を出て行った。

 

一人残った方……今出て行った男に先生とよばれていた男は、一人呟く。

 

「四葉和也……どこまでも私の計画の前に現れる。やはり、あの男はこの辺で消しておかなければなりませんね。今回の件で成功すれば御の字ですが、そうはいかないでしょうし。……大亜連合に、少々働きかけてみましょうかねえ」

 

男は暗闇の中で、静かに嗤うのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

なんやかんやあって、とうとう公開討論会を明日に控えた今日。

明日のために色々と最後の調整を行い、今出来ることはほとんど手を尽くした俺は、真由美さんと共に帰路を歩いていた。

 

「ついに、明日ですね……」

 

「そうね……出来れば、何事もなく終わってくれれば良いのだけれど」

 

物憂げな顔で呟く真由美さんに、頷く。

 

「様々なケースに対応するために色んなことを手配しましたが、確かにそれが一番ですよね」

 

誰だって、進んでトラブルや厄介ごとに巻き込まれたくはない。

俺だって、そこに親しい人が巻き込まれていなければ進んで首を突っ込もうとは思わない。

 

「……一つ、聞いてもいいかしら」

 

「何でしょうか」

 

遠慮がちに尋ねる真由美さんに首を傾げつつ先を促す。

 

「今回の一件。和也くんはどこまで掴んでいるの?」

 

「また、えらく抽象的な質問ですね……」

 

思わず苦笑いして頬を掻く。

 

要はどれだけの情報を俺が掴んでいるのか。

それを聞いているのだろう。

 

この人にわざわざ知らせる必要はなかったから何も言わなかったが、聞かれたからには答えないわけにはいかないだろう。

 

「剣道部を中心に、非魔法系の部活動に所属している生徒がブランシュの下部組織であるエガリテに吸収されているのは紛れも無い事実です。そして明日、討論会の途中に学校へ武装集団が侵入することも」

 

「……その情報は、どこから得たの?信憑性は?」

 

「信用は出来ますよ。何せ、俺が指揮権を持っている組織からの情報です。3年前、攫われた真由美さんを救出した後の後始末をやってくれた奴らを覚えていますか?」

 

「え、ええ。確か私と変わらないか少し上ぐらいの人が多かったから、印象に残っているわ」

 

「あれは、俺がとある場所から引き抜いた才能ある子達を鍛え上げて作った組織です。『魔法師遺児保護施設』ってご存知ですか?」

 

「あの、悪名高い?……ということは、そこから引き抜いたのね」

 

「はい。その組織、『オーフェン』と言いますが、そこから2人は俺と同じように一高に入学しまして。その内の一人が、剣道部に所属しているんです」

 

俺の言葉に絶句する真由美さん。

 

それが真実ならば、俺は入学前から剣道部とブランシュの関係について把握していたことになる。

 

「いつから、分かっていたの……?」

 

「入学一ヶ月前ぐらいですかね。自分が入学するところですし、下調べぐらいはしますよ」

 

その言葉に唇を噛む真由美さんだが、高校入学時に俺のように自由に動かせる駒があることの方が珍しい。

 

更に俺は前世の知識ゆえに剣道部に何かあるとわかっていたから、気付くことが出来たのだ。

そうでもなければ、真由美さんと同じことになっていたのは想像に難くない。

 

今も1人は剣道部に潜入して逐一報告してくれているし、その間にもう一人――修斗は校内の人脈の形成に専念している。

普段ほとんど一緒にいないのは俺たちの関係が同じクラスの友人程度であると思わせるためだ。

 

そして念には念を入れて、間には必ず修斗が入るようにしている。

最も敵もさるもので、完璧な計画の把握は出来ていないが。

 

「とにかく、俺の持つ伝手というのはそれですよ。一科には俺ともう一人、二科に一人。そしてそいつのおかげで、明日の敵のおおよその動きは特定できました。そのお陰で、それを推測という形ではありますが十文字先輩や服部先輩に伝えてより精密な計画を立てることができました。だから、明日は大丈夫ですよ」

 

一昨日ぐらいから、2人になると少し不安げにしている真由美さんを安心させるように言う。

 

俺たちが武装集団が来ること前提という不穏な会話をしていたからか。

少し不安になってしまったのかもしれない。

 

いくら十師族と言えども、どんなに普段は気丈に振る舞っていても、中身はまだ今年18歳になる一人の女の子でしか無いのだ。

 

むしろ俺にだけでもその不安を見せてくれたのは有り難いし、何より頼ってくれているようで嬉しい。

 

だから、俺の大切な婚約者を安心させるように言う。

 

「――大丈夫。貴女は、俺が守りますから。たとえ何があろうとも」

 

「……うん。ありがとう」

 

真由美さんは、ふわりと微笑んだ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

そして、その日がやって来た。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41話

「随分と人が集まりましたね……」

 

「ええ。それだけ、この討論会が注目されているということでしょう」

 

開始時刻の直前。

準備が整った俺は、真由美さんと共に会場に集まった生徒たちを見ていた。

 

「そして、この場に集まっている生徒は二科生だけではないわ」

 

「一科生も関心があるということなのでしょう」

 

「そうね。それならば、きっとこの学校はもっと良くなるわ」

 

小さく言い聞かせるようにそう呟き、準備が出来たと告げる司会に答えてステージ上へと歩を進めた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

討論会は、概ね「学内の差別撤廃を目指す有志同盟」、通称同盟の疑問、質問に対して真由美さんが答える、といった形で進んでいった。

 

しかし、所詮彼らは寄せ集めの上中身のないスローガンを掲げているだけの集団であり、さらに言うならば大した準備もできないままにこの場に引っ張り出されたのだ。

 

一科生と二科生の差別に見えるようなところを指摘しては、真由美さんの具体的な数字を持ち出した反論にあって撃墜されていた。

 

やがて、半ば真由美さんの演説会と化していく中で、次第に一科生は勿論二科生も同盟ではなく真由美さんの言葉を支持するようになっていった。

 

ただ「これは差別じゃないのか」と生徒会側を批判するだけで具体的な解決策は何も出さない同盟と、「問題なのは一科生と二科生の意識の壁である」として差別意識の克服を訴える真由美さん。

 

どちらの言葉が心に届くかは、明白であった。

 

そして最後にこの学校に唯一、一科生と二科生を差別する制度として残っている「生徒会長以外の役員の指名に関する制限」。

 

これの生徒会長退任時の総会で撤廃することを公約として宣言し、満場の拍手をもって公開討論会は終了した。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「お疲れ様でした、真由美さん」

 

「ありがとう、和也くん」

 

壇上から降りた真由美さんに労いの言葉を掛ける。

 

「ひとまず、何事もなく終わって良かったわね」

 

「今のところは、ですがね。どうもこの場に壬生先輩が居ないのが気に掛かります」

 

「確かに。……そういえば、わたしと交渉をしていた生徒も一人もいないわ」

 

「実働部隊、ですかね……?」

 

などと予想を述べた瞬間。

会場に轟音が響く。

 

あちこちで悲鳴が上がる中、配置されていた風紀委員たちが統率のとれた動きで次々と同盟のメンバーを拘束する。

 

続いて窓を破って飛び込んできた紡錘形の物体は、その瞬間掻き消えた。

言わずもがな、俺の魔法である。

 

同時に、音の振幅を増大させる魔法を使いながら指を鳴らす。

これは、俺がひとまずの安全を確認し領域干渉を解除するときの合図として事前に決めておいたものだ。

追加で混乱する生徒たちを静める効果も期待しているが。

会場に響き渡る音に、狙い通りに会場のざわめきも一瞬収まる。

 

その隙を見逃さず、真由美さんが声を張った。

 

「皆さん、落ち着いてください!只今、我が校は外部からの襲撃を受けています。ですが、それらは概ね風紀委員と部活連の執行部により鎮圧されました。重傷以上の怪我を負った生徒も今のところは報告がありません。ここは風紀委員が警護に当たっているので、申し訳ありませんが安全が確認されるまではここで待機をお願いします」

 

そう言ってからマイクを置き、渡辺先輩に「後は頼んだわね」と告げて真由美さんと俺は会場を出て行った。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「さて、第一陣は鎮圧されましたか。さすがですね。どうやら用意された状況には強いようだ……では、突発的な状況にはどうですかね……?」

 

男は、暗闇で嗤う。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

数分後。

俺と真由美さんを始めとした、一部を除く生徒会の面々が生徒会室に集まっていた。

 

現在、校内では風紀委員、部活連の執行部などが散らばり行動している。

それらの情報を全て一度ここに上げ、全体を統括する役割を果たすのがここだ。

 

現在は真由美さんに市原先輩、それに中条先輩がそれに当たっていた。

俺はその護衛だ。

 

戦闘も得意な服部先輩には実働部隊として動いてもらっている。

姉さんは兄さんと一緒のはずだ。

 

公開討論会の場にいた人のうち警備に当たっていた風紀委員を除く全員は端末の電源を切って貰っていたので俺は直接は聞いていないが、侵入者の存在を知らせる警報が鳴ってからおよそ30分。

事態は終息に向かっていた。

 

「敵の戦力はこちらの当初の予想を上回ってはいましたが、十分想定の範囲内でした。警報のお陰で多くの生徒がCADを使用して戦えたこともあり、重大な怪我人は出さないまま終わることが出来そうです」

 

「それは良かったわ。後は安全を確認できれば……」

 

と、俺の端末が着信を知らせるコール音を鳴らす。

 

「ん……誰だ?」

 

ディスプレイには「秋野陽太」と表示されていた。

剣道部への潜入を命じた、オーフェン構成員の一人だ。

 

「どうした?」

 

『敵に別働隊の存在を確認しました!これから侵入するようです!目的は将来有望な人材の抹殺。つまり、生徒たちの殺害です!人数は10人ほどですが、実力は恐らくまともな戦闘訓練を受けていないうちの生徒よりは格段に上です!』

 

「何っ!?」

 

まずい。

まさかそこまで本腰を入れてくるとは!

纏まっているところは平気だろうが、安全確認のため風紀委員たちは散らばって動いている。

そこを各個撃破されたら……。

わざわざ時間差で来るのはそれが狙いか!?

 

とにかく、今の状況はまずい。

一刻も早く対処しなくては。

 

「了解した。何か分かったらまた連絡してくれ」

 

『分かりました』

 

通信を切り、何事かとこちらを見つめる三人に内容を伝える。

 

「第二陣が来るそうです。しかも今度は本腰を入れて、10人ほどの精鋭が」

 

事態を把握した一同の顔に、緊張が走る。

 

「風紀委員など散らばって動いている生徒たちを討論会の会場へ集めます。市原先輩は現場の指揮を。中条先輩はその補佐をお願いします」

 

「分かりました。行きましょう、中条さん」

 

「はい!」

 

「真由美さんは散らばっている風紀委員たちへ指示を。その他への連絡は俺がします」

 

「分かったわ」

 

それから近くにいるはずの修斗へ連絡する。

 

『もしもし?』

 

「第二陣、それもそれなりの手練れが来る。市原先輩たちが討論会の会場へ向かうから、その護衛を。終わったらそのまま生徒の保護へ移ってくれ」

 

『……ボスは?』

 

「ここで真由美さんの護衛をする。どのみちここに情報が上がってくるから動けない」

 

『承知した。気をつけろよ?』

 

「分かってる」

 

通信を切った。

 

そしてそのまま十文字先輩へ通信を入れようとすると、再び陽太から連絡が入る。

 

「どうした?」

 

『申し訳、ありません!!先ほどの情報、どうやら嘘だったようで……!!』

 

向こうの息が荒い。

まるで、戦闘でもした後のような……!?

 

「まさか、勘付かれていたのか!?」

 

『特定は、されてなかったみたいですが。先ほど入れた通信でバレまして。ハァ、ハァ……逃走中です』

 

思わず舌打ちをする。

が、何かがおかしい。

敵の頭、司一はこんなに頭の回るやつだったか?

 

それに何かが引っかかる。

そんな嘘をつく意味が……。

 

「それで、嘘だったっていうことは?」

 

『ああ、そうでした。別働隊の目的は、どうやら……生徒会長の殺害のようです。もっとも、ボスもリーダーも居るんですから、大丈夫、でしょうけど……』

 

……それが狙いか!!

 

「お前も生き延びろよ!」

 

そう言って通信を切り、真由美さんの方を振り向く。

 

戦闘態勢に入るために左手に握っていたCADをポケットから取り出し、真由美さんに危機を伝えようとしたその瞬間、俺の目に映ったのは――穴が空いた扉と、真由美さんに迫る銃弾だった。

 

「真由美さん、伏せて!!」

 

指示を出すが、反応するより恐らく銃弾がその身を貫く方が早い。

ならば止めるしかないだろう。

 

意識と無意識を[加速]させる。

途端にスローモーションのようになる世界。

俺の肉体も同時に遅くなっているから、CADの操作は出来ない。

 

だが、問題ない。

この魔法に、CADの補助など必要はない。

使うのは俺の最も慣れ親しんだ魔法。

 

[物質蒸散](ヒート・ヴェイパリゼーション)

 

弾丸を構成する金属は、加速された熱運動により結合を保てなくなり、気化。

その後周りの空気によって常温近くまで冷やされて、金属の粉末へと化した。

 

ひとまず周囲の状況を確認しなくては。

生徒会室とその周りにしか展開していなかった[眼]の範囲を拡大しようとした、その瞬間。

 

――生徒会室を、サイオンの奔流が駆け抜けた。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話

改訂版です。
これに伴い前話の最後も変更してあるので、ご了承ください。

感想の返信が滞っており、申し訳ありません。
一応目は通しているのですが、することが多く返信にまで時間が取れません。

先週は投稿した分を削除してしまったので結果的に一週間開くことになりましたが、基本的に何かあった時は活動報告に何か書いているので、そこをご覧ください。


生徒会室へと流れ込む、大量のサイオンの波。

 

この独特のノイズのようなサイオン波。

これはまさか――。

 

「キャスト・ジャミングか……!」

 

キャスト・ジャミング。

ある特定の条件を満たした特殊なサイオン波を大量に散布することにより、魔法式がエイドスに作用するプロセスを阻害する。

魔法師も理論上は使用できるそうだが無意識領域が拒否してしまうために実際は不可能で、希少な鉱物であるアンティナイトを用いるのが一般的だ。

 

現状では魔法師を封じ込めることのできる唯一の手段とされており、その有用性は測りしれない。

 

そしてキャスト・ジャミングによる魔法の阻害が続いている中で銃声が鳴り、放たれた弾丸は真っ直ぐに俺を目掛けて飛んできて――その全てが先の弾丸と同じ末路を辿った。

 

そもそも、キャスト・ジャミングの効果は「魔法式がエイドスに作用するプロセスの阻害(・・)」である。

極端な話、魔法が発動しづらくなるだけなのだ。

つまり、キャスト・ジャミングによる阻害をも上回る干渉強度を持ってさえすれば魔法は発動する。

 

まず、状況を把握したい。

だが残念ながら俺の[眼]はキャスト・ジャミングにより上手く発動しないので、周りの様子は掴めない。

 

「真由美さん、怪我はありませんか?」

 

「ええ、大丈夫よ。……敵の数は10。そのうち銃を持っているのは5人ね。アンティナイトを持っている1人以外は全員魔法師よ」

 

どうやら真由美さんの[マルチ・スコープ]は支障なく使えるらしい。

まあ、俺の紛い物と違って真由美さんの[マルチ・スコープ]は先天的なものだからな。

 

「ありがとうございます。ここから排除できますか?」

 

俺が外の敵を捕捉できない以上、真由美さんにやってもらうのがベストなのだが……。

 

「それはちょっと無理そうだわ。ごめんなさい」

 

申し訳なさそうに首を振る真由美さん。

 

「いえ、良いんですよ。索敵だけでも助かります」

 

さて、どうするか。

最悪扉を消して直接対峙するしかないんだが、今の状況は真由美さんが見える分こちらが有利だ。

それをどうにか生かしたいが……。

 

「――来るわ!」

 

真由美さんの警告に再び[加速]。

飛んできた弾丸の数は数え切れない。

どうやら相手の武器はアサルトライフルやその類らしい。

 

こうも数が増えては、一つ一つに照準を合わせるのは骨が折れるな。

俺と真由美さんがいる、その2m〜2.5m前方に生徒会室を2つに分割する領域を設定する。

そして、その領域を座標の変数として入力して魔法を発動。

その領域に侵入した銃弾は、一つの例外を残しその全てが固体の状態を保てなくなり、気化した。

 

残る一つは3m手前で停止させ、そのまま浮かせている。

 

「真由美さん、アンティナイト持ってる敵の位置は分かりますか?」

 

「えっと……右斜め前方、あっちの方向よ」

 

「ありがとうございます」

 

真由美さんの示す方向へ、即座に弾丸を飛ばす。

そして呻き声とともに、キャスト・ジャミングが止んだ。

 

これで、ようやく自分の[眼]で戦える。

 

さて、残る敵はどこかな……!?

 

外の様子を見ようとしたその瞬間、

 

ドゴンッ!

 

と音を立てて扉が吹き飛びこちらへ迫ってくる。

 

こちら側はあちらが見えている以上、視界を遮るものは不利にしかならないと悟ったのだろう。

ついでとばかりに加速魔法を掛けられて凄まじい速度で飛んでくる扉。

全く厄介なことだ。

 

「真由美さん、防御は俺がやるんで攻撃お願いします!」

 

「分かったわ!」

 

真由美さんの返事も確認したし、俺も自分の役割を果たそうか。

飛来する扉を[物質蒸散](ヒート・ヴェイパリゼーション)で消し去ると、その向こうから現れたのは無数の銃弾だった。

 

「――ッ!」

 

即座にそれらも気化させるが、その奥にも幾つもの魔法式が控えているのが見える。

ちっ、あれ全部防ぐのは面倒だな。

俺一人ならば避ければ良いんだが、真由美さんもいることだし。

よし、この距離ならばアレで全部吹き飛ばすか。

 

体内に保有しているサイオンを圧縮し、前方に向けて放出する。

並の魔法師の数人分にも及ぶ圧縮されたサイオンが、敵の展開した起動式、魔法式を全て吹き飛ばした。

 

――[術式解体](グラム・デモリッション)

 

射程が短いこと以外に欠点らしい欠点が無い、現在実用化されている対抗魔法の中では最強と称されている無系統魔法だ。

 

兄さんと同じように、司波龍郎から膨大なサイオン保有量を受け継いだ俺にもこれは使えるのだ。

 

用意していた魔法を全て無効化されて一瞬動きが止まる敵を、真由美さんの[ドライ・ミーティア]が次々に撃ち抜いていく。

 

このまま終わるかと思ったが、そうは問屋が卸さないらしい。

 

おそらくリーダーと思しき男が一人、真由美さんの亜音速にまで達する魔法を防ぎきる。

が、流石に2vs1では敵わないと悟ったのだろう。

 

後ろへ向かって床を蹴り、更に自己加速術式でも使っているのかその姿は一瞬で消える。

 

だが。

 

「――遅いよ」

 

俺も加速系統を得意とする魔法師である。

 

即座に慣性を消し、地面を蹴って加速すると次の瞬間にはその目前に迫っていた。

 

 

「――!?」

 

驚愕に歪む顔を見ながら顔を掴み、再び[術式解体](グラム・デモリッション)

継続して作用している加速魔法を吹き飛ばし、同時に自分も急停止する。

 

そして生徒会室の方へ蹴り飛ばすと、ちょうどそこに狙ったように(まあ狙ったんだけど)真由美さんの[ドライ・ブリザード]が直撃、意識を刈り取った。

 

男の意識が完全に落ちているのを確認して一息吐く。

 

ふう。

これでひとまずは終わり、かな?

 

先ほど真由美さんが倒した男達も纏めて縛り上げ、念の為に[領域干渉]で魔法を封じておく。

 

「取り敢えず、無事に終わって良かった――どうしたんですか?」

 

戦闘には無傷で勝利したにも関わらずどこか浮かない顔をしている真由美さんに首を捻ると、真由美さんははぁ、と溜息を吐く。

 

「備品、相当壊しちゃったわよね……」

 

「あっ……」

 

落ち着いてから改めて生徒会室を見回してみると、それはもう見るも無惨な状態だった。

 

壁や机、椅子は銃弾で穴だらけだし、そこらじゅうに薬莢が散らばっている。

扉の部分は無理矢理外されたような形跡があり、肝心の扉自身はどこにも無い。

まあ俺が消しちゃったから当たり前だが。

 

「それに、ほら……」

 

「あっ……」

 

真由美さんの示した方向にあったのは、粉砕されたコンピューターだった。

 

普段の仕事の内容は、基本的に全てコンピューターの中に保存してある。

一応持ち出し禁止となっているので、バックアップも含めて全てこの生徒会室にあるのだ。

 

そして現在。

今の戦いの余波を受け、バックアップも含めて殆どが損壊してしまっている。

 

運良く被害を免れたものもあるが、そんなものはほんの一部しかない。

 

どういう事かというと、生徒会の面々が新学期になってからこれまでにした活動内容、特にやりかけのデータが全て吹き飛んだのだ。

 

自分らが今までやってきたことの復旧作業もだいぶ面倒なことに違いないのだが、それはまあ自業自得というか、自己責任でしかない。

 

だが、そんなものは他のメンバーにとっては関係ない訳で。

 

「リンちゃんに怒られちゃうわ……」

 

「俺も服部先輩に怒られそうです……」

 

非常事態で仕方がなかったといえば仕方がなかったのだが、それでは収まらないのが人間というものである。

というか俺だったら怒るとまではいかなくても八つ当たりはしたくなる。

 

俺と真由美さんは顔を見合わせ、溜息を吐くのだった。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話

これで「入学編」は終了です。


その後は特筆すべきことはなく、今回の事件は終わった。

俺は敵のアジトへの襲撃には加わらず、学校に残って真由美さんとともに後片付けや事後処理などに追われていた。

 

強いて語ることがあるとすれば、今回のこの件の首謀者であった司一、その背後で策を全て組み立てた男のことだろうか。

 

まあ今更語る必要もないかもしれないが、やはりこの件にはあの眉目秀麗の中国人の青年、周公瑾が関わっていたようだった。

 

俺が最後に捕まえたあの男を、渡辺先輩のあまり人には言えない特技――気流を操作し、複数の香水を組み合わせて違法薬物を使わずに自白剤と同等の効果を得る技術――によって尋問したのだ。

 

その結果、ブランシュ日本支部のリーダーである司一の部屋から出てくる整った顔の中国系の青年を見たのだと言う。

それ以上のことは何も知らない、とのことだ。

 

しかし、ここでまでもあの男の名を聞くとは……いや、名前は出てきていないが。

 

今回の件は、完全に俺の負けだった。

色々なところに無駄に手を出しまくって盤面を荒らしまくった挙句、それを全て相手に逆手に取られてしまったのだ。

 

力づくでどうにか策を打ち破ったから結果だけ見れば良かったものの、こんなやり方は全くもって評価できない。

そう何度も力づくが成功するとは思えないからな。

俺など大した策士では無いが、まさに「策士、策に溺れる」といった感じだった。

 

これまで奴の実際の顔は見たことも無いが、思えばあの男には昔から苦汁を飲まされてばかりだ。

 

沖縄での件では脳の処理能力を限界ギリギリまで使わされてぶっ倒れたし、箱根では一度真由美さんを攫われてしまっている。

そして今回の件だ。

 

ここまでは奇跡的に大切なものは失わずに来たが、これからもそうだという保証はどこにも無い。

 

もっと精進しなくては。

 

そう決意する俺なのであった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

一方、その頃。

この男――周公瑾も、今回の件の顛末についての話を聞いていた。

 

「……なるほど。襲撃は全て生徒によって退けられ、その上アジトに逆襲撃を受けてブランシュ日本支部は壊滅、ということですか。私の雇った部隊は?……ああ、やはり捕まりましたか。ご苦労、下がっていいですよ」

 

まあ、そんなところだろう。

というのが、周の率直な感想だった。

 

ブランシュ日本支部のリーダーと名乗っていた男は魔法もお粗末なら頭もお粗末で、ただ光学系の幻惑魔法のようなもので洗脳し、どうにか勝負になっていただけに過ぎなかった。

 

こちらの話術にもいとも簡単に嵌ってくれたので、わざわざ魔法を使う手間が省けたほどだ。

 

今回、周が支払ったのは頭の悪いリーダーをこちらの意図の通りに誘導する為に必要だった労力だけ。

 

それを代償に得たのは第一高校の内情など、幾つかの有用な情報。

収支としては明らかにプラスだった。

 

「四葉和也のデータも得ることができましたし、総合的には上出来でしょうね……」

 

今回の一件への対応を見る限り、四葉和也は急な状況の変化には弱いようだった。

囮の存在を漏らした後の対応は、明らかにそれまでと比べて判断力が落ちているとしか言いようがないものだった。

正直、お粗末に過ぎる。

 

だが、その一方で予め準備の出来る状況には強いようだ。

 

今回だって和也の作り上げた状況を利用することが出来たが、そもそも今回こちらは相手の情報を全て把握していたのに対して向こうは自分の存在すら知らなかったのだ。

 

敵の様子だって、こちらは第一高校の生徒を使って自然に逐一状況を把握出来たが、向こうは剣道部の中に手駒を忍ばせ、しかも表立っては動けなかった。

 

それでもやりようはいくらでもあったのだが、こちらの方が圧倒的に有利だったことは間違いない。

トランプでいうと、初めから向こうの手札だけが開示されている状況でポーカーをするようなものだったのだ。

 

だが、もし条件がお互い同じだったならば、果たして結果はどうなっていたのだろうか。

 

そして、さらに厄介なのは和也本人の強さだった。

 

13歳にして単独で軍艦10隻の主砲斉射を防ぎ切り、遠方からの狙撃にも咄嗟に急所を外すだけの警戒心と反射神経を持ち、キャスト・ジャミングもあまり効果がない。

 

その上、最強の対抗魔法とされている[術式解体](グラム・デモリッション)すら使えるほどの桁外れのサイオン保有量。

 

そして魔法師としての実力は、既にトップクラス。

大人でも、大概の魔法師ならば簡単に退けるだけの実力を持っている。

流石は四葉直系といったところか。

 

もし彼を殺すならば、相当な戦力を用意しなければならないだろう。

 

後は、戦い方を見る限り遭遇戦よりも開けた場所での戦闘の方が強いようだ。

まあ、あの機動力ならば狭い場所よりも広い場所の方が良いことは間違いない。

 

いかに、相手にとって悪い条件を整えるか。

それに尽きるだろう。

 

「屋内の狭い場所で、あとは(リュウ)剛虎(カンフウ)殿にでもご出陣を願いますかねぇ……」

 

暗闇で、一人呟く周公瑾なのであった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「……ふぅ、ご馳走様。美味しかったよ、姉さん」

 

「お粗末様でした。紅茶を淹れてくるわ」

 

「ありがとう」

 

その日の夜。

俺は司波家において兄姉と夕食を共にしていた。

というかご馳走してもらった。

 

「……さて。次の話をしようか」

 

少し雰囲気を変えた俺に、兄さんは黙って先を促す。

 

「次の舞台は九校戦だ。細かい話はまた今度するけれど、香港系犯罪シンジケート『無頭竜』(ノーヘッド・ドラゴン)が我が校の邪魔をしてくる。兄さんならば大抵はその場で対応できると思うけど、一つだけアドバイス。CADからは目を離さないでね」

 

「……随分と意味深なアドバイスだな」

 

かなりぼかして話をした俺の言葉に、兄さんは顔を顰めて考え込む。

 

と、そこに姉さんが紅茶やコーヒーを持ってきた。

 

「何の話をしていたの?」

 

「ん?もうすぐ九校戦だねって話。……あ。そういえば姉さん、真由美さんたちが九校戦のメンバーを決めるのにかなり困ってたよね?」

 

「ええ。そうね」

 

本当にどうしようかしら、と首を捻る姉さんに、兄さんが意外そうな表情を浮かべる。

 

「そうなのか?一年生は深雪や和也を始め、結構な役者が揃っていると思うが。上級生だって、会長や委員長に会頭の三巨頭を筆頭に、かなり優秀な先輩が多かった気がするが」

 

「ああ、そこは問題無いんだよ。選手はね。ただ……」

 

「技術スタッフが中々集まらないそうなんです。どうも今代は魔工系よりも実戦の方に人材が偏っているらしくて」

 

そこまで聞いた兄さんは、少し考えてからハッと何かに気が付いたのか、俺のことを睨んでくる。

でも今更遅いよ、兄さん。

 

ニヤッと嫌な笑みを浮かべて自然になるような声色を出す。

 

「……そういえば姉さん。やっぱり最高のパフォーマンスを披露するためには、最高の技師にCADを調整してもらわなきゃいけないよね?」

 

「……そうね。CADが劣悪でもそれなりにやれないことはないでしょうけれど、最高の、と言われるとやはりそうなるわね」

 

この辺で姉さんも勘付いたらしく、目を輝かせている。

まるで「その手があったか!」と言わんばかりである。

兄さんは隣で全てを諦めたような顔で首を振っている。

 

「それじゃあ、姉さんにとって最高の技師は?」

 

「もちろん、お兄様以外にはいないわ!」

 

そして二人でそちらを向く。

 

「「お兄様(兄さん)。もちろん、出ていただけますよね?」」

 

兄さんは、深々と溜息を吐いた。

 

「……もう、好きにしろ。最も、推薦したところで賛同を受けられるかは分からんぞ。何せ俺は一科生への受けが悪い二科生だからな」

 

「そんなもの、直にその技能を見せつければ認めざるを得ないに決まっています」

 

自らを卑下するような言葉を、姉さんが否定する。

 

その横で、俺は唇だけ動かして兄さんをよりやる気にさせるべく言葉を放つ。

 

『技術スタッフになったら、より近くで姉さんのことを守ることができるよ?』

 

先ほどの言葉は、兄さんにすんなりと認めさせるための布石だった。

まあ、実際第一高校の優勝のためには兄さんは欠かせない。

 

真由美さんの最後の九校戦だからな。

ちゃんと、最後を優勝で飾ってあげたい。

 

最終的に兄さんが出した結論は、技術スタッフとして九校戦のメンバーに入ることを受諾するものだった。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話

さて、時はあっという間に過ぎ。

もうそろそろ九校戦に参加するメンバーを選出しなければならない時期が来た。

 

放課後、俺を含める生徒会のメンバー+αは、全員が生徒会室に集合していた。

 

「さて――今日の議題は、いよいよ迫ってきた九校戦に参加するメンバーの選出です。正確には、その候補の抽出ね」

 

まずは会長として真由美さんが切り出す。

それを受けたのは市原先輩だ。

 

「とはいえ、本戦のメンバーを決定するのはそう困難なことではありません。基本的には昨年の種目とその結果を参考にして、今日中に仮決定までは終わらせたいところです」

 

「ということは、私は去年と同じようにバトル・ボードとミラージ・バットだな?」

 

「いや、それは良いんだけれど……摩利、仕事は?」

 

当然のようにその場にいる渡辺風紀委員長(・・・・・)に真由美さんがツッコミを入れる。

 

「ん?構わないだろう。私の仕事は今日は無い」

 

「……達也くんが『部屋が散らかって片付けてもキリが無い』と言っていたけれど?」

 

「仕方ないだろう。私が片付けようと思ってもあいつの数倍時間が掛かるんだ。世の中には、やらないほうが良いこともある」

 

「……まあ良いけれど」

 

何処と無くげんなりとした様子の真由美さん。

きっと心の中で、「うわっ……摩利の女子力、低すぎ……?」とか思っているのだろう。

 

がわ首を振って気を取り直す。

 

「私も去年と同じで良いわよね?」

 

「そうですね。あとは、十文字会頭もそれで良いでしょう。服部君はどうしますか?」

 

「それで構いません」

 

その後も、本戦に出場する候補の選出はスムーズに行われた。

 

「さて、本戦のほうはこれぐらいで良いとして……君たちはどうする?」

 

服部先輩に問われたのは、俺と姉さんの二人。

つまり、一年生だった。

 

「深雪さんは、一つはアイス・ピラーズ・ブレイクで決定でしょう」

 

真由美さんの断定口調だが、異論のある者はここにはいない。

何せ無意識に冷却魔法を発動させてしまうほどだ。

振動減速系の魔法が得意なのは、言うまでも無いことである。

それを最も生かせるのは、アイス・ピラーズ・ブレイクだろう。

 

「もう一つは、他の皆さんとの兼ね合いですね。恥ずかしながら、同学年の女子の得意な魔法など親しい友人のものしか把握しておりませんので……」

 

「女子なら……実技試験では、上位なのは北山さんと光井さんかしら」

 

何やら端末を見る真由美さん。

おそらく今回の試験の結果がそこに表示されているのだろう。

 

「北山さんは振動系が得意なので、一つは私と同じアイス・ピラーズ・ブレイクで良いと思います。光井さんは得意なのが光学系の魔法なので、九校戦に向いた得意魔法はあまり……器用に満遍なく高い魔法力を持っているので、どの競技でも優勝は十分に狙えるかと思いますが……」

 

困った顔を見せる姉さん。

 

「うーん、まあその辺は本人と相談ね。和也くんはどうする?」

 

「そうですね……取り敢えず、モノリス・コードには出ます。あとは、アイス・ピラーズ・ブレイクでなければなんでも良いですよ」

 

俺の言葉に疑問を感じたのは渡辺先輩だった。

 

「何故アイス・ピラーズ・ブレイクだけ避けるんだ?別に振動系が不得意というわけでも無いだろう」

 

「たしかに仰る通りですが……俺も一応成績はトップなので、優勝は必須です。でも、流石にアイス・ピラーズ・ブレイクで一条の[爆裂]には勝てませんよ」

 

ああ、と納得する渡辺先輩。

 

[加速]を使うならばともかく、同じ条件からならば勝てるかどうかは微妙なところだ。

我が第一高校の優勝の為には、俺が出場する種目全てでの優勝が期待される。

そんな博打に出て負けたら目も当てられないだろう。

勝てる確証のない勝負は基本的にはしない主義なのだ。

するしかないのなら話は別だが。

 

「それはモノリス・コードならば勝てる、ということか?」

 

「当然です。[爆裂]の封じられた一条など恐るるに足りません」

 

同様に俺の[物質蒸散](ヒート・ヴェイパリゼーション)も封じられているのだが、まあこの条件ならばちょっと優秀なだけの魔法師の卵一人に、俺が負けようはずもない。

 

逆に、今俺以外であいつと勝負になりそうな一年生の男子など兄さんや俺の部下の二人以外にはいないはずだ。

 

それに一条将輝に宣戦布告をした以上、一種目ぐらいは直接勝負しないと怒りそうだし。

 

あと、俺がチームの一員としてその場にいないと森崎達の怪我を防げない。

確かにあいつのことはお世辞にも嫌いじゃないとは言えないが、それとこれとは話が別だ。

命の危険すらある大怪我を負う事故を防げる可能性があるのに黙って見ているわけにはいかない。

助けないことによるメリットは何も生まれず、デメリットしかないのならば尚更である。

 

「まあ、俺の出る種目は絶対に優勝しますよ。第一高校と四葉家の誇りに掛けて。我が全身全霊を以って第一高校の総合優勝を真由美さんに捧げることを誓いましょう」

 

「う、うん……ありがとう……」

 

不意打ちに少し顔を赤く染める真由美さんであった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「……はあ、夏前だというのに熱くてかなわんな。司波、少し温度を下げてくれるか?」

 

「……そうですね。冷やしましょうか、300度ほど」

 

一方、その他のメンバーはいい加減に慣れて完全に冷めきっていたという。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

さて。

九校戦もそれなりの数の事件が起きる。

 

会場へ向かう途中のバスで対向車線から車が突っ込んでくるのを皮切りに、渡辺先輩のバトル・ボード中の件、先に挙げた新人戦モノリス・コードでの件、小早川先輩や姉さんのCADに電子金蚕を仕込んだ件、などなど。

 

抜けはあるかもしれないが、大体こんなものだろう。

 

「俺の知っている歴史だと、大まかにこんな感じなんだけど」

 

『なるほどな……』

 

俺と兄さんは現在、四葉の秘匿回線を使って通話していた。

 

『とすると、やはり俺が技術スタッフの一員となるのが一番良いみたいだな』

 

「そうだね。CADに細工をされる以上、それが最適だと思うよ」

 

渋々、といった表情の兄さんに、思わず苦笑いしながら頷く。

 

たとえどれだけ目立つのが嫌だったとしても、全てにおいて姉さんの安全が優先される。

ならば、兄さんが技術スタッフにならざるを得ないのは分かりきったことだった。

 

『モノリス・コードは任せるが、構わないか?』

 

「うん、大丈夫。その代わり、うちの生徒のCADに細工をされるのは全て頼むよ?俺ではどうにも出来ないから」

 

『そこは適材適所、俺の領域だからな。……委員長のはどうする?』

 

兄さんの言葉に思わず苦い顔になる。

それに関しては、まだ対策を思いついていない。

 

最悪外から干渉して止めるしかないのだが、それは最後の手段だ。

 

だが、まさか第七高校のCADを競技前に見せてもらえるはずもない。

 

さて、どうしたものか……。

 

「手段としては、柴田さんの『眼』で事前に精霊を見つけてもらって開始前に係員に知らせるか、兄さんが開始前に[分解]するか。それぐらいしか思いつかないな」

 

『後者はあまりお勧めしない、というかぶっちゃけ厳しいんだが。しかし、前者にしたってそもそもどうやって美月に眼鏡を外させるんだ?』

 

「そこはほら、兄さんお得意の話術でうまく言いくるめてさ」

 

『お前は俺をなんだと思っているんだ……』

 

呆れたように溜息を吐く兄さんに、思わず笑みが浮かぶ。

 

「一応、会場へ向かう道中で起こる件を絡めて話をすれば行けると思うよ」

 

『まあ、それはどうにかするが。……ああ、その自爆テロのことだが。どっちが[術式解体](グラム・デモリッション)を撃つ?』

 

「うーん、俺はこの前真由美さんに見られたからどっちでも良いんだけど……」

 

『じゃあ、お前がやってくれ。わざわざ新たに俺の手の内を明かす必要はないからな』

 

どうせモノリス・コードに出て使うから関係ないんだけどね?

とは言わないが。

森崎たちを助けたらどうなるかわからないしな。

 

「了解。それじゃ、今日はこんなところで。おやすみ」

 

『ああ、お休み』




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話

数日後。

その昼休みのことである。

いつものように俺、真由美さん、市原先輩、渡辺先輩、中条先輩、姉さん、そして兄さんの7人で弁当を食べながら談笑していた時のこと。

 

ふと、思い出したように兄さんが真由美さんに尋ねた。

 

「そういえば、九校戦のエンジニアはもう決まったんですか?」

 

これまで俺たちは、どうしても必要な時は除いて基本的には昼休みに仕事の話をしないスタンスで来ていた(別に知られて困ることなどないのだが、一応守秘義務があるため)。

 

今のところ締め切りこそ迫っているもののまだ切羽詰まってはいないので活動時間外にその話をしたことはなかった。

九校戦自体の話はともかくメンバーの話になったのはこれが初めてである。

 

兄さんにそう問われて、真由美さんは困ったように微笑んだ。

 

「それが、まだなのよね……」

 

「現在第一高校に所属している生徒は、選手としては優秀な者が多いですが、エンジニアとしては今ひとつ数が足りませんからね……」

 

市原先輩が補足する。

 

その返答に兄さんはひとまず安心するも、どこか気の進まない様子で言った。

 

「そのエンジニア、二科生でも大丈夫ですか?」

 

「二科生?……それは盲点だったわ!」

 

兄さんの言葉に真由美さんは一瞬疑問符を浮かべるも、すぐにその言葉の意味を理解する。

 

「私は全然使わないから忘れていたが、風紀委員に支給されているCADのメンテナンスも達也君がやっているんだったか」

 

「そういえば、司波さんのCADも司波君にお願いしているらしいですし」

 

続いて渡辺先輩と中条先輩もそういえば、と頷く。

 

「確かに、九校戦のメンバーに二科生を選んではいけないという規則はありませんね。しかし、これまで一度も前例の無いことですが……?」

 

市原先輩の問い掛けに、しかし真由美さんはニヤリと笑う。

 

「前例なんて打ち破るためにあるのよ!」

 

うちの会長は、こういったことでやろうと思って実現出来なかったことなど一度も無い。

どうやら、兄さんのエンジニアチーム入りはほとんど確実と言っていいみたいだ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

そして、また数日後の放課後。

現在九校戦のメンバーとして選ばれている者のうち、どうしても都合の付かなかった数名を除きほとんどが集まっていた。

 

目的はもちろん、二科生ながらエンジニアとして名乗りを上げた一年生を入れるか否かを審議するためである。

 

やはり、というかなんというか。

話し合いは難航した。

 

兄さんを推す真由美さんや渡辺先輩などが言葉を変えて主張を繰り返すが、選手である一科生は二科生に大事なエンジニアを任せることを渋り、話がなかなか進まないのだ。

 

と、それを見かねた十文字先輩が、ようやく動く。

 

「要は司波の実力が不明瞭だから、信用が出来ないということなのだろう?ならば、実際にCADの調整をやらせてみて司波の技能を試せば良いだろう。なんなら俺が実験台になるが?」

 

「それなら推薦したわたしが――」

 

「……いえ、俺がやりますよ」

 

真由美さんを遮って名乗り出た人物――桐原先輩を見て、皆が騒めく。

 

4月頭にあった剣術部と兄さんとの一件を知らない者は、この学校にはいないだろう。

だからこそのこのどよめきな訳だ。

実際はその後同じ戦場に立ったりして和解したんですけどね。

 

「……では、桐原。頼んだ」

 

「分かりました」

 

少し悩むも、十文字先輩は決断を下した。

 

その後の結果は……まあ、言うまでも無いだろう。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

そしてその日の暮れ。

俺は真由美さんと帰路を共にしていた。

 

「しかし、達也も底知れない男ですね……。理論は出来るが実技は出来ない、その癖実戦は剣術部十数名を一度に相手にして叩きのめすほどに強い。その上エンジニアとしての腕も中条先輩が絶賛するほどですからね」

 

「……」

 

「真由美さん?」

 

「……え?何?」

 

顔の前で手を振るとこちらに気付いた。

 

「どうしたんですか、ボーッとして」

 

「……ちょっと、考え事よ」

 

「はあ」

 

真由美さんが人前でボーッとするなんて、珍しい。

 

十師族の一員として、また第一高校の生徒会長として色々と悩みも多いと思うのだが、あまりそういったことは表には出さず、他人には知られまいとする人なのだが。

 

或いは。

 

「良かったら相談に乗りましょうか?」

 

俺に聞いてほしいのか。

 

「……そう、ね。あまり大した事では無いんだけれど。人に話す事で考えも纏まるかもしれないし、ちょっと聞いてくれる?」

 

そうして真由美さんが語ったのは、今日の兄さんの態度、というか行動についてだった。

 

「達也くんって、基本的にあまり目立ちたがらないじゃない?二科生がエンジニアをやるなんて、それこそすごく目立つと思うのだけれど」

 

「まあ、目立つには目立つでしょうね……。でも、そんなに不思議ではないんじゃないですか?」

 

「どうして?」

 

「達也の妹への過保護(シスコン)っぷりはご存知でしょう?妹の使うCADの調整は自分以外には任せられないとか、そういう事なんじゃないですかね」

 

と、言ってはみたものの。

いくら何でもこの理論は少々無理があるか?

 

「あ、なるほど」

 

妙に腑に落ちた感じの真由美さん。

 

おい、納得されちゃったよ。

一体うちの兄さんはどんな印象を持たれているんだか。

 

「……あ。でも学校の備品のCADは深雪さんも授業で使っているでしょう?流石にそれは調整出来ないわ。とすると、それだけじゃちょっと弱いかな……」

 

おっしゃる通りです。

 

「真由美さんは、どう考えているんですか?」

 

「……達也くんって、なんか普通の人とは違う気がするのよね」

 

「魔法科高校の生徒に普通の人はいないと思いますが」

 

「いや、そうじゃなくて。他の生徒とは違う気がするの。妙に実戦慣れしているし」

 

「まあ、そうですね」

 

「そんな達也くんが、自分からエンジニアとして参加したいと言った。それは多分、九校戦のメンバーの中に入りたかったから。二科生では、選手として出るにはあまりにも反発が大きすぎるしね」

 

ここで一度言葉を切り、また口を開く。

 

「ということは、達也くんが九校戦の時に何かがあると踏んだということ。違うかしら」

 

真由美さんの鋭い目が、俺を射抜く。

 

「……違うかしらと言われましても。俺は達也じゃないんで、分かりませんよ」

 

俺の言葉に、真由美さんの表情がふっと緩む。

 

「……ああ、そういう意味じゃないわ。純粋に、和也くんの意見を聞きたいというだけよ」

 

「それは失礼しました。そうですね……考えすぎだと思いますけど。まあ、でも警戒はしてもしすぎることはないですし。何かあるかもしれない、ということを念頭に動いてもいいと思いますけどね」

 

「……そうね。そうするわ。じゃあ、おやすみ」

 

どうやら、話しているうちにいつの間にか別れるところまで来ていたらしい。

 

「おやすみなさい」

 

手を振って真由美さんを見送り、真由美さんの護衛が配置についたのを確認してから自分の家へと足を向けた。

 

――しかし、あの一瞬。

真由美さんのあの常には見ない鋭い眼光は、果たしてカマをかけていたのか。

それとも、確信を持っていたのか。

 

……そろそろ、言ってもいいかもしれないな。

もちろん兄さんに許可をとることは必要だろうが、真由美さんが言いふらすようなことはあるまい。

 

もし裏切られたら……それはきっと、俺に至らないところがあったに違いない。

潔く諦めるだけだ。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

――こうして。

2095年度の九校戦、その開催が迫る。




お読みいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。