Monster Hunter 《children recode 》 (Gurren-双龍)
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第一章 〜始まりは救いの手と共に〜
序話 始まりの刻


初見の方は初めまして。既存の読者はおはこんばんちは。Gurren-双龍です。

新規さんはそのままどうぞ。
既存の方、書き直したんでよろしくです


1999年1月21日

 

キアアァァ……

 

 鈍重な音が大地に響くと共に、純白の鱗に身を包んだ龍がその場に崩れた。その傍らには、漆黒の鱗を持つモノと、紅蓮の鱗を持つ、先程の白い龍と酷似した姿を持つ二体の龍が、血を全身から垂れ流したまま白い龍と同じように倒れていた。

 そしてその倒れた龍のすぐ近くに、物語の英雄が着るような鎧を身に付け、刃に血糊がべったりと付いた人間の身の丈ほどもあろう大剣を大地に突き立て、片膝を付いて大剣によりかかるような体勢で荒野に佇む男がいた。白い髪に整った顔立ち、そして所々砕けた鎧から覗く鍛え抜かれた肉体に、180は超えているであろう長身の、若い男だ。

 

「はぁ、はぁ……これで、これで最後……か?」

 

 息も絶え絶えに、男は呟いた。まるで、もう終わってくれと願うように。しかしその男の期待を裏切るように、その一帯に強風が吹き始めた。

 

「これは、まさか……!?」

 

 男は予想出来る限りの最悪の出来事が起こったとでも言いたげな、絶望的な表情(かお)を浮かべるが、それでも諦めるわけにはいかない、そんな不屈の意思で再び立ち上がった。まるで大事なモノを護ろうとするかのように。

既に鎧は砕けた箇所が多く、大剣も携帯していた研磨用の道具が尽きたために僅かだが刃毀れしたままであり、男本人も満身創痍であった。

 

「そうか。今度こそが最後のようだな……」

 

 痛みに耐えながら立ち上がった男は、為すべき事を再認識したかのような目付きに変わり、大剣を構えて眼前に現れようとする敵を睨み付ける。

 

(この戦いが終わり、生きて帰っても、恐らく私の身体は長くは保たないだろう)

 

 スゥ……と目を閉じ、己の結末について男は考える。これまでの事を思い出しながら。

 

(それでも、私は戦い続ける……! 仲間の死を無駄にしないためにも……!)

 

 決意を固め、男は目を見開いた。その眼前には、神々しくも禍々しい輝きを放つ龍が立っていた。

 

「さて、行くとしようか……」

 

ゴアアアアアアアアアアアアア!!!

 

 男は大剣を構えて走り出し、眼前の龍は威嚇するように咆哮を上げた。龍の咆哮が響き渡る中、男と龍の決戦が幕を開けた。

 

(子供達よ……どうか希望を持って、未来を切り開いてくれ……!)

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 1997年。世界中に突如謎のエネルギー物質〈龍力〉が発生した。更にそれらの影響によって突然変異を起こしたり、または一つの意思を持った塊となった生物が現れるようになった。人々はこれらを〈モンスター〉と呼称し、恐れた。

 これに対し〈龍力〉の研究がいち早く進んでいたドイツの研究チームが、〈モンスター〉への対抗策を発表した。

 そして1999年1月21日。この日に現れた()()()()()()()()()の撃退を最後に、〈モンスター〉は全て確認出来なくなり、同時に世界に満ちていた〈龍力〉の大部分が突如消え去った。が、〈モンスター〉が再び現れることが懸念され、人類が保有していた分の〈龍力〉を用いて〈龍力〉の研究は続けられた。

 

 そして2008年4月。再び〈モンスター〉が世界各地に現れるようになり、国連はあらかじめ用意しておいた対策機関【ハンドルマ】を世界各地に設置し、対〈モンスター〉のための切り札である〈ハンター〉を各対策機関に配備。

9年の時を経て、再び〈モンスター〉と人類の戦いが幕を開けた。

 

 

◆◇◆◇◆

 

2011年4月16日

 

『次のニュースです。昨日の夕方、灘崎町にて『轟竜 ティガレックス』が出没したとのことです』

 

 階段を降りてると、ニュースが聞こえた。このニュースは……土曜の朝のだ。つまり今日は学校が休み。だからいつもより日が高い時間に目を覚ました。

 

「……おはよ」

「……おはよう」

 

 二階にある自室を出て一回のリビングまで来ると、台所でタバコを吸っている母がいた。

 

「……昨夜はうるさかったな」

「……ごめん」

 

 視線を下ろすと、まだ仕舞ってなかったファンヒーターがある。ただ、普通のそれと違う所を挙げるとすれば、凹んだ部分がたくさんあるところだろう。

 

「……また父さん?」

「……うん」

 

 母に視線を移すと、目元に涙の跡があるのが見えた。結構遅い時間までやってたようだ。

 

『〈モンスター〉再出現から三年、未だ〈モンスター〉の出現が報告されてない玉野市に近いですねえ。これはそろそろ来るかも知れません』

『〇田さん! 混乱させるようなことを言うのはよしなさい!』

 

 ニュースに目を向けると、コメンテーターが言い合いを始めたのが見えた。……〈モンスター〉、か。去年の十月に修学旅行先で『金獅子 ラージャン』に襲われたのを思い出す。確かあの時は、雷に打たれた動物園のライオンが変質したためだっけ? そしてその雷は〈モンスター〉のせいだとか。……どうでもいいか。

 

「……今から出かける」

「お金は、いる?」

「小遣い残ってるからいい」

「……そう。いってらっしゃい。気を付けてね」

 

 頷いて自室に戻る。着替えよう。そうだ、その前に妹の様子でも見てくるか。弟は部屋が同じだから起き抜けに見てきた。アイツには特に何も無かった。妹は……やっぱり、涙の跡がある。よほど二人の喧嘩が怖かったんだろう。……何か買ってやるか。

 自室に戻り、着替えに入る。クローゼットに向かうと、ふと自分の机の上にあるプリントが目に入る。……宿題プリントだ。名前だけ書いとくか。

 

「えっと……一年〇組△番、『上田 雄也(うえだ ゆうや)』……っと」

 

 中学に入って間もないので、組と番号を思い出すついでに自分の名前も口に出す。こういった確認時はいつも口に出る。書けた。着替えよう。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「えっと……あ、見つけた」

 

 自室にて。コンソールを操作して、お目当ての物を見つけた。

 

「ん? あ、携帯鳴ってる」

 

 ブーブーうるさい方向に向くと、自分の携帯のバイブレーションが机を鳴らしていた。

 

「はい、私です……え? 本当ですか? はい!すぐ向かいます!」

 

 コンソールの電源を落として部屋から去る。やる事やりに行きますかな。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「ッ――ん?」

 

 何となく、ピクって思わず反応してしまう何かを感じた。でも何も無い。……でもなんかこの感じ、半年前にもあったような。気のせいだろうか。まあいいや。新刊漁るか。

無関心を決め込んだ直後。

 

ヴィィィィィィィ!!ヴィィィィィィィ!!

 

 日常を殺す、音が響いた。

 

「何だこの音は……?」

「警報?」

 

 間抜けな声に混じって、激しい足音が聞こえる。その音の主に目を向けると、その人は立ち止まり、信じられない物を見るような顔で叫んだ。

 

「なんで……なんで皆逃げないんだ! これは……〈モンスター〉出現警報だぞ!?避難訓練なんかじゃない!本物だ!!」

 

 衝撃が波紋のように伝播したのが、俺にも分かった。

 何故ならここは岡山県玉野市。1997年から1999年に起こった〈第一次対龍戦争〉。及びそれ以来に〈モンスター〉が出現した2008年からの三年間の、系五年間。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。故に、『〈モンスター〉はここに来ない』なんてジンクスまで発生した全世界唯一の『聖域』。そして今、そのジンクスが崩れ去った。……となれば、もうこのあとに起こることは、一つだろう。

 

「に、逃げろぉぉ!!」

 

 その叫びを皮切りに、ここは怒号と悲鳴が飛び交う場となった。堰を切ったように人々は一斉に逃げ出した。そこには恐怖、焦燥感、不安、その他諸々。いつも通りの人々などどこにもいない。

 ……少しして、店内は静かになった。皆逃げ切ったのだろう。避難シェルターは確か、市役所、警察署、スーパー、ホームセンター、デパート、のそれぞれ地下に設置されてたはずだ。俺の位置から近いのは……市役所か警察署だ。行くとしよう。……なんか、おかしいような気がする。何だろうか……あ。

 

「なんで俺、こんなに落ち着いてんだ?」

 

 違和感の元は他でもない自分だった。今は非常事態。普通ならあの中に混じって逃げ惑うところだ。しかし……何故か俺は自然体。逃げねば、という危機感はあれど焦りや恐怖があまり無い。

 

「……なんでだ」

 

 少し、考え込む。そして出た結論は――

 

「後にするか。さっさと避難せんと」

 

 取り敢えず目の前の危機に対処する事にした。どう考えてもそれが最優先だ。思考に沈んでる間に死んでは元も子もない。

走り出そうと足に力を込めた時、視界の端に何かが見えた。人影のようにも見えた。何だろうか。見てみるか。

 

「……誰かいるんですかー!」

 

 確か、雑誌コーナーの辺りだ。店内は上のあらゆる方向から照らされているため、影などあまり見えない……が、目は良いのでうっすらとだが見ることが出来た。間違いなく人影だ。誰だろうか。

 

「誰ですか!」

「……!……おおう、ワシはただの逃げ遅れのジジイじゃよ」

 

 そこに居たのは、杖をついた老人だった。少し腰は曲がっておりとてもすぐに逃げ出せるとは思えない。

 

「……お前さんこそ、誰じゃ?」

「……同じ逃げ遅れです。でも人影が見えて……」

「なるほど。ワシが足を引っ張ったか」

「いえそんなことは……」

「カッハッハ。冗談じゃよ。ほれ!逃げるぞ!」

「あっ、はい!」

 

 その後、俺の歩行速度よりもお爺さんが若干遅かったので、根性で背負って走った。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

市役所シェルター(ここ)はもう限界なんだ! 他を当たってくれ!』

「……そんな! お願いします!」

 

 そこまで広くない上にもう埋まっていると判断した警察署シェルターではなく、二番目に近い市役所シェルターにやってきた。しかし既にここも満員だった。だがお爺さんをこれ以上歩かせて手遅れになるわけにも行かない。……仕方ない。

 

「お願いします! どうか!お爺さんだけでも!!」

「少年!何を言っておるのだ!」

「俺の足とお爺さんの足、どっちが逃げられそうだと思います? それだけですよ」

「し、しかしじゃな……」

『……分かった。二人は無理だから断ったが、一人までならなんとかなる』

「……ありがとうございます!」

「少年……」

「ささ、行ってください」

 

 エレベーターにお爺さんを押し込み、下に降りたのを確認する。……着いたか。よし行こう。

 ひとまず、市役所の外に出よう。ここにいても、大型〈モンスター〉に建物を崩された時などにどうしようもなくなる。

 ここから直近のシェルターとなれば……デパートだな。走るか。

 

ギィヤ!ギィヤ!

 

「――ッ!? ……もう出たのかよ」

 

 この鳴き声は、確か小型〈モンスター〉のものだ。ネットで聴いた事がある。……群れを成す事もあるらしいので、一匹にでも見つかれば一巻の終わりだ。囲まれて食い殺されかねない。……どこまで足音を殺して逃げられるか。ひとまずデパートに向かおう。道路の向こう側だし。車の陰に隠れれば上手くいく……かもしれないし。

 

「……いないな」

 

 道路付近にはいない。どうやら逆方向だ。よし、行くぞ!意気込んで駆け出すと同時――足元から砂を噛む音が響いた。

 

「……あ」

 

ギィヤ!?ギィヤ!?

 

 ……勘づかれた。こうなったら全力疾走だ。どのみち気付かれてるしなぁ!

 

「クッソオォォォォ!!」

 

 駆け出した。まずは歩道に面した入口。外れ。〈モンスター〉対策としてロックを掛けるという話は本当だった。何で一度も出なかったのに付けてんだ。こっちはいい迷惑だ。八つ当たりは百も承知。

 

「だぁぁぁぁ!!」

 

 焦りを振り切りたくて叫ぶ。詳しい位置を教えてしまうとかは頭に無い。次の入口――裏側だ。あそこは狭いから開けてるとか聞いたことある。急ごう。

 

コウッ!コウッ!

「うわぁ!?」

 

 曲がり角、目の前にいきなり何かが現れる。……間違いなく〈モンスター〉だ。……しかも、さっき聴いたやつより鳴き声が若干野太いというか、強い。……リーダー格の奴か……勘弁してくれ。

 

コォォウッ!コウッ!コウッ!コウッ!コウッ!!

ギィヤ!ギィヤ!

 

「……クソッタレ」

 

 取り乱してない自分を褒めたい。多分、人生で最初で最後の大絶賛になる。奴の鳴き声が合図なのか、小さいのが動き回る。囲まれた。ああ、最悪だ。まさか想定していた最悪の結末になるとは。正直抜け穴はない。ジ・エンドだ、とはこういう時に言いたくなるもんなのか。言いたくなかったな。

 ……家族の事を思い出し始めた。でも浮かぶのは喧嘩の姿ばかり。楽しい記憶が少ない。……ふざけんなよ、こんな時ぐらい楽しいの見せろよ。ああ、なんか。腹立ってきた。絶対生き延びて両親(アイツら)ぶっ飛ばす。

 

「こんのやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

ギィヤ!?ギャア!?

コウァッ!?

ゴォォォォォォォアァァァァァァァァァァア!!!!!!

 

「……ん?」

 

 俺の絶叫より一際でかいモノが響いた。上から。見上げると同時。

 

コォォウッ!?

 

 リーダー格の断末魔が鳴った。巨大な影が通り過ぎた。豪風が吹いた。背後で地面が響いた。

 さっきの轟音に似たような鳴き声じみた音が背後から聴こえた。これらから判断出来るのは……やべえのが来た、って事だ。

 

ギィヤァ!

 

 小さいのは逃げ出した。脅威が近付いたからだろう。強い結束があっても、死を前にすれば瓦解するという事らしい。

 

閑話休題(いや、そういう事じゃなくて)

 

 俺も逃げないとやばいっての。しかし何が近づいたのか。それだけは……確認せねば。振り返ったそこには――

 

グルルル……グァウッ!

 

 赤い鱗、大きな翼、ごつい脚、刺々しい尻尾。見間違えるはずもない。アレはまさしく――

 

「『火竜』……『リオレウス』……!」

 

 三年前の〈モンスター〉再出現、その時最初に現れたという〈モンスター〉だ。炎を吐き宙を舞う、まさにファンタジーの竜そのもののような、強大な〈モンスター〉だ。

 

「……ッ!」

 

 思わず唾を飲み込む。何せ目の前に立つのは、俺にとって『死』そのものといえる脅威。手足は既に震えてて、もう動かせる自信が無い。でも……止まったままでいるわけには……いかない……!

 だからさァ……動け、動け、動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動けェ!

 

「だぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 全力疾走。恐らく、この時人生で最速を出した。思考がグチャグチャになりそうだ。多分今の雄叫びでリオレウスには気付かれた。事実、奴から呻くような、声が出た。人間で言うなら「ん?」って感じの声だろう。

 だが構うものか。俺には……生きてやらなきゃいけねえことが……あるんだよ! だからさァ……

 

「終われねぇ……!こんな所じゃ!!終われねぇ!!!」

 

 駆け抜ける。そして見えた。ひとまずなんとか身を隠せそうな場所。屋内駐車場への道……ではなく。その真下にある、人が通れる程度のスペースだ。奴の巨体は当然通らない。そこまで行けば、間違いなく奴の足は止まる。反対側に〈モンスター〉がいたとしても、リオレウス相手に逃げ出さないやつなどそうそういない!

 

「行ける……行ける……!」

 

 そのスペースに飛び込んだ。だが止まれない。止まっては終わる。だからそのまま駆け抜ける。もうすぐ……だ!だが――

 

グルアァオ!

 

 生きた天災(げんじつ)はそう甘くない。奴は俺が先の抜け穴を通るのを見抜いて、飛んで回り込んでいた。……万事休す、なのか?奴を見つめていると、奴は着地した。そして……何もしない。強いて言うならこれは、威嚇?……普通の生き物っぽい所あるんだな。

 取り敢えず、こういう時は目を逸らすと死ぬ。だから目を合わせ……そしてじわじわとデパートの入り口に近付く。慌てて動いても死ぬ。奴を刺激するからだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これが何なのか知らないが、ともかくそれに従う。今はそれしか出来ないしな。……あと思考も段々さっきよりクリアになってきた。走ったせいで荒れた呼吸も、整ってきた。この調子なら――

 

「うわっ!?」

 

 またしても、運に見放された。右足の力が突然抜けて転けてしまった。見ると、右脚のふくらはぎから血が流れていた。しかも結構痛い。もしかして、あの小っこいのに噛まれたか……!?やられた。今まであまりの緊張や危機感から完全に無視していた。

 リオレウスに目を向ける。まずい。俺の突然のアクションに驚いたのか、威嚇がさっきより荒々しい。そしてすぐに、翼を広げ、上体を伸ばした。これは……

 

ゴアァァァァァァァァァァァァァ!!!!

 

「がぁぁぁぁ!?」

 

 頭が割れそうだ。それほどの轟音が目の前で爆ぜた。思わず耳を塞ぐが、鼓膜が割れそうで怖い。『口を開けろ』と、また知らない知識が訴える。その通りにした。これでどうなるのかは知らない。

 ああでも……恐らくここで終わりだ。もう動けない。意地でも動かそうとするが、ピクリともしてくれない。

 ちくしょう……ダメなのか……?諦め寸前と同時、何かが風を切る音が聴こえた。それを聞いた刹那に、声が響いた。

 

「目を庇って!」

 

 そして、閃光が炸裂する。

 

グオォアァ!?

 

 竜の狼狽えた叫びが響く。思わず目を開ける。視界は良好。目の前のリオレウスは――いない。いや、正確には()()()リオレウスはそこにはいなかった。目の前には、白い鎧を纏った誰かが、その手には白と黒の剣を握り、返り血を浴びながらも堂々と立っていた。

 

「こちら『冬雪(ふゆき)』……狩猟完了(クエストクリア)。リオレウスの討伐に成功しました」

 

 淡々と呟いたその声は、確かに女性のものだった。

 

「……了解」

 

 彼女は耳元に手を当て、何かを聴いて確認すると、双剣を背中に提げ、そして空いた両手で兜を外した。その中から出てきたモノは――積もった雪より煌めく銀髪を持つ女性、だった。

 

「……あ、君、大丈夫?」

 

 振り向いた彼女は、銀髪だけでなく、ルビーのような紅い瞳までも持っていた。

この時に俺が何を感じたのか、分からなかった。ただ強いて言うなら――運命、なのだろうか。

 そう感じながら、俺は彼女から伸ばされた手を掴み、目を瞑った。そこからの記憶は、次に目覚めるまで無かった。



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第1話 定めた道への第一歩

おはこんばんちは、Gurren-双龍です。
更新が二ヶ月以上も空いて申し訳ありません。言い訳のようですが、リアル事情が忙しくて執筆に時間を回せませんでした。

更に言いますと、先日行った試験の結果次第で前より更新ペースが落ちる可能性があります。逆も然り……ではありますが

それでは、本編をどうぞ

p.s.先月辺りのコメントで「今月中には〜」と返信した読者の方、本当に申し訳ありませんでした。


2011年 4月18日

 

「はあぁ……」

 

 今日は平日。当然学校に来なければならない。それに対するガッカリ感と、昨日と一昨日に起きた()()()()()()を思い出して、思わず溜め息が出てしまった。自分で言うのもなんだが、溜め息が出るのは無理もないと思う。それだけの事が昨日と一昨日に起こった。

 

「よう上田、どうした? 溜め息なんか吐いて」

「んあ? ……なんだ、羽﨑か」

「なんだとは何だオイ」

 

 そんな俺を見兼ねたのか、あるいは暇だったのか、友人にして幼馴染が話し掛けてきた。こいつとは名前の読みが同じだったことから意気投合した……はず。幼稚園の頃のことなんぞあまり覚えてないから曖昧だが。

 

「なんかあったんか?」

「一応……な」

 

 俺の疲れたような返事に疑問を抱いたらしく、質問されてしまった。さて、一応だが『ある』と答えた以上、特に黙っとく理由もないし答える他ないだろう。

 

「一昨日さ……危うく〈モンスター〉に食われかけた」

「はぁっ!? お前避難せんかったん!?」

「いや、杖突いた爺さんを助けてたら避難し損ねて……」

「よく生きとったな……」

 

 自分でもそう思う。あの時あの〈ハンター〉、『冬雪 真癒(ふゆき まゆ)』さんが来なかったら、今頃俺はリオレウスに食われていただろう。

 

「でもよ、本題はここからなんだよ……」

「ほぉ? 何があったんな、〈モンスター〉に食われかけた以上の事って」

 

 そう、俺にとってはこの先の事の方が重大な出来事だ。〈モンスター〉に襲われたことなら既に小六の修学旅行で経験済み。あの時ので割と慣れてしまったのか、終わってしまえばそこまでの事でも無かったと感じている。

 

「んで? 結局何があったんな?」

「いや実はな……」

 

 思い出すだけで少し疲れたが、なんとか続ける。

 

「【ハンドルマ】に正式入隊したんだ」

 

 

◇◆◇◆◇

 

4月17日

 

「う、ん……こ、ここは?」

 

 目を覚ますと、まず目に入ったのは知らない天井だ。多分自分の家よりも綺麗な天井。

 自分の体を見渡してみると毛布が掛けられており、ベッドも白いシーツで掛けられていた。

 足に違和感を感じたので見てみると、包帯で覆われていた。治療してくれたのだろうか。

 周りを見渡すといかにも病室、あるいは保健室にありそうな白いカーテンに覆われ、周りは見えない。

 

「ここは一体……」

 

 そんな疑問を浮かべていると、ドアが開く音がした。しかし引き戸の引き摺ったような音ではなく、ドアノブの付いたタイプのようなものでも無く、機械的でスムーズな音だった。自動ドアなのか?

 それを聞いて俺は思わず布団を被って目を瞑り、狸寝入りをした。何でそんな事するかって? 癖なんだよ何でか。何もない日の寝起きで誰かが来ると、つい狸寝入りをしちまう。意味は特に無い。

 足音が近づいて来る。割と部屋に響く音だ。ヒールか何かか?チラッと目を開けると、カーテンに人影が映っていた。それを見て目を瞑り直す。そして一気にカーテンが開かれる音がした。

 

「動くな!起きてる事は知ってるんだぞ!」

 

 え? 気付かれてるのかよ!?何者だよこの人!?気になってしょうがなかったので、意を決して目を開き、起き上がることにした。

 

「なーんて冗だ──」

「なんで分かったんですか!?」

「──ってうわっ!?本当に起きてた!?」

 

 勢いよく起き上がると、「シェーッ!!」とでも叫び出しそうなポーズで驚いている白衣の女性が立っていた。……どうやらさっきのはただの冗談で言ったらしい。紛らわしい人だ。

 

「さて、騒がせてしまったね。自己紹介をしよう。私は『村上 花音(むらかみ かのん)』。この【ハンドルマ第一中国地方支部】の医務課の課長、及び医長を務めているものだ」

「は、はぁ……って、【ハンドルマ】?」

 

 落ち着きを取り戻して始めた少し長い自己紹介を、半分聞き流しながら頷いていると、なんか聞き逃せない単語が聞こえた。

 

「おや?もしかして知らないのかい?」

「いえ知ってますけど……もしかして俺、今【ハンドルマ第一中国地方支部】にいたりします?」

「正解だが、それがどうかしたかい?」

「なんで俺ここにいるんですか?」

 

 この人と話してて、段々と思い出してきた。俺はあの時あの女性ハンター──『冬雪 真癒(ふゆき まゆ)』さんとか言ってたな――に助けられ、その姿に見惚れながらも、なんか安心してそのまま気絶してしまったんだった。でもなんでここに?

 

「戸惑っているね?どうやら、真癒君が強引にウチに連れてきたのかな?」

「その言い方は止めてください。気絶してるのをほっとく訳にもいかないじゃないですか」

 

 村上さんが俺の思考を読んだかのようなことを呟くと、聞き覚えのある声がドアが開く音の直後に聞こえた。

 

「あ、起きてたんだ。おはよう」

「あ、は、はい。おはようございます」

 

 例の女性ハンターだった。向こうから挨拶され、こちらも思わず頭を下げて挨拶する。

 

「そんな硬くならなくていいよ? それより君、名前教えてくれる?」

「あ、はい。『上田 雄也(うえだ ゆうや)』です」

「雄也君、か。私は『冬雪 真癒(ふゆき まゆ)』、よろしく……って、どうしたの?俯いたりして」

「い、いえ。なんでも無いです」

 

 同年代ぐらいの、しかも女の人に下の名前で呼ばれた事など無かったから、つい恥ずかしくて顔を伏せてしまった。慣れない事をされるのは少しキツイな。

 

「そ、それより!なんで俺はここに連れてこられたんですか!?」

「そうだね、私含めてスタッフの半分ほどが理由を聞かされてないしね。教えてくれないか、真癒君?」

「はいはい。分かりましたよ」

 

 肩を竦めながら、冬雪さんは理由を話し出した。

 

「まず雄也君、少し前に【ハンドルマ】に入隊志願したでしょ?」

「え、あ、はい。そうですけど……」

「それだけだよ。君が〈ハンター〉に志願した時に送られた資料をチラ見した時、それに付いてた写真で顔を覚えていたの。だからどうせならと思って連れてきたの」

「なるほどね。彼は〈ハンター〉候補者なのか。それなら連れてきた事にも納得出来る」

 

 勿論、怪我してたからってのもあるけどね。と冬雪さんが続ける。怪我の手当てと、俺という〈ハンター〉候補生の確保、という理由で俺をここに連れてきたわけか。納得した。

しかし一つだけ気になるな。

 

「あの、それは分かったんですけど」

「分かったけど、なに?」

「俺、いつ帰れるのかな、って」

「さぁね?」

「そんな無責任な……」

 

 肩をすくめてお手上げと言った感じで流された。明日学校だし今週の週末課題もやってないから早く帰りたいのだが。

 そんなやり取りをしていると、再び自動ドアが開く音が聞こえた。また誰か入って来たのか。

 足音が段々近付いてきた。誰だろうかと体を伸ばして見てみるとそこに立っていたのは杖をついた老人だった。しかし見覚えがある。

 

「あぁーっ!?」

「え? どうしたの急に?」

 

 俺はその老人を見て思わず指を指してしまった。失礼だとは思うが、そうせずにはいられなかった。何故ならその人は――

 

「あの時のお爺さん!?何でここに!?」

 

 昨日助けた、杖をついたお爺さんだったのだ。

 

「ハッハッハ、驚かせたようじゃのう」

「お祖父ちゃん、この子知ってるの?」

「知ってるも何も、この子は儂を助けて逃げ遅れたんじゃよ」

「えぇっ!?」

 

 頭が追い付かない。いきなり昨日のお爺さん登場、それを『お祖父ちゃん』と呼ぶ冬雪さん。突然すぎる。

 

「まあそこの詳しい話は後にするとして……少年、昨日は助かった。感謝するよ」

「え、あ、はい。どうもです」

「それと、指はそろそろ下ろしておくれ」

「そっちはすみません!」

 

 慌てて腕を下ろして、頭を下げて謝罪する。確かに失礼だし、というか気付いていながら結局指を下ろしてなかったし、俺に非があるのは明らかだ。

 

「気にするでない。さっきも言うたが、助けられたのはワシなのだからな」

 

 存外、器量の大きな人だった。良い人を助けられて、少しホッとする。

「さて上田少年、これからどうする?」

「え? どうするって……どういう」

「このままこの施設の中を何も見なかった事にして帰るか、それとも……」

 

 お爺さんはそこで切って俺の顔を、というより俺の目見つめながら口を開き、続けた。

 

「ここで〈ハンター〉となり、戦いに身を投じるか、選ぶんじゃ」

「え? 何でそんなことを……」

「君の覚悟を聞いてるんだよ、上田くん」

「覚悟?」

 

 補足してくれた村上さんが頷いて俺の問いに答えてくれた。

 

「君は無力な状態で〈モンスター〉の脅威をその身で味わったはずだ。あんな強大な存在を目の当たりにしてもまだ、〈ハンター〉になろうと思ってるいられるのかい?」

「…………」

「〈ハンター〉になってから〈モンスター〉の恐ろしさを知り、怖くなって辞めた子もいるからね。〈ハンター〉になる前にそれを味わったからこそ、以前【ハンドルマ】に志願した時の思いが揺らいでるか否か、それを聞いてるのさ」

 

 村上さんの言葉に、お爺さんも頷いていた。その問いの意味は理解出来た。つまり今ならあの申請を取り消せると。でも俺の答えは決まっていた。

 

「決まってます。俺は〈ハンター〉になる。なりたいです」

「ほぉ……ではその理由を聞かせてもらおうか」

 

 お爺さんがニヤッと笑いながら俺の目を見る。まるで俺の心を見透かそうとしているようだ。でも怯む訳にはいかない。

 

「俺には……憧れてる人が2人います。1人は……」

「かの伝説的な英雄、〈滅龍剣皇(ジークフリート)〉こと『ジグリード=クライン』、じゃな?」

「……! は、はい」

 

 見抜かれていた。やはり憧れの人物を持って〈ハンター〉を目指している者の憧れといえば、まず〈ジグリード=クライン〉なのか。

 

「よくあることじゃ。まあ、憧れるのも無理はなかろう。〈原初の狩人達(プライマルズ)〉の中で最も多くの功績を挙げ、全ての〈モンスター〉を撃退した男じゃしな」

 

原初の狩人達(プライマルズ)〉。聞いたことがある。かつて多くの人々を〈モンスター〉の魔の手から守り続けた、いわば〈ハンター〉のプロトタイプみたいな人達だ。俺の憧れである『ジグリード=クライン』もその1人であり、代表格だ。

 

「私としては、もう1人が気になるね。聞かせてもらえるかい?」

 

 お爺さんに続いて、村上さんが尋ねてきた。けれど答えに変わりはない。

 

「実は俺、修学旅行の時、逃げ遅れて〈モンスター〉に――『金獅子 ラージャン』に鉢合わせした事があったんです」

「それって、奈良で起きた『金獅子事件』の事かい? 動物園のライオンに落雷が直撃してそのまま『金獅子』に変貌したっていうあの?」

「はい、それです」

 

 最近めっきり減ってきたが、以前はしょっちゅう夢に見た。筋骨隆々の腕を振るい、落雷を受けたことによって興奮状態になっているせいで、金獅子の全身を走る稲妻と、それが響かせる轟音。

 

「俺を見てすぐに腕を振り上げて殴り殺そうとして来たんですが、その直前でラージャンが真っ二つに割れたんです」

「それをやったのが……ちょうどその時観光に来ててそこにいた〈ハンター〉だった、と」

 

 コクン、と頷く。けど顔もあまり覚えてないし、名前も知らない。辛うじて赤い髪のポニーテールをしているのと服に隠された大きい胸が見えたので、その人が女性なのが分かったのは覚えている。おっぱいで判断するのは男だから仕方ない。

 

「だから、その時から〈ハンター〉になりたいって思ってました。そして昨日、冬雪さんに助けられた時にその時の光景が重なって見えたんです。だから俺は……」

 

 一拍置いてまず冬雪さんを見、村上さんを見て、お爺さんと目を合わせて口を開いた。

 

「背中一つで誰かを安心させられる、そんな〈ハンター〉に俺はなりたいです」

 

 俺自身に刻み込むように、ハッキリとそう述べた。

 

「そうか……良い信念じゃ」

 

 俺の返答に満足したのか、お爺さんはフッ、と笑ったような表情を浮かべて俺の方を見やり、村上さんと目を合わせた。

 

「村上君、人事部と試験課に通達してくれい。志願者『上田雄也』に適合試験を受けさせろと。()()()からの判断というのも付け加えてくれ」

「分かりましたよ、()()()

「え?支部長?」

 

 またしても聞き捨てならない言葉が。支部長……?このお爺さん(ひと)が?

 

「おっと、そういえばワシの自己紹介がまたじゃったな。ワシの名は『冬雪 真玄(ふゆき しんげん)』。【ハンドルマ第一中国地方支部】の支部長を務めておる者じゃ」

「え……えぇぇぇぇぇ!? 支部長!? じゃあ何で支部長さんがあんな所に居たんですか!?」

「レンタル期限が切れそうだったDVD(でーぶいでー)を返しにな……どうせ今日も来ないと、なんだかんだでワシも鷹をくくってたようじゃ。支部長失格じゃな……」

 

 あの時のことを思い出してお爺さん、もとい支部長さんが項垂れる。無理も無いと思う。俺も俺自身が心のどこかで鷹をくくってた事に動揺した。支部長の立場でそんな事を考えていたと分かったら、自己嫌悪も人一倍強くなるというものだろう。

 

「ま、今はそんなこと置いといてじゃ。上田君」

「あ、はい!」

「良い返事じゃ。うむ、今日これから君がどうするかを伝えておこう」

「分かりました」

 

 立ち直った支部長から、今後の説明を受けた。まず、今日ここに俺の両親が来るとの事。一応、昨日俺を保護した時点で両親には伝えておいたらしい。

 そして俺が〈ハンター〉になる事に関しての説明。そして確認した後、適合試験を行うとか。

 適合試験とは、〈ハンター〉になるために必要な身体能力を引き出す効果を齎す特殊ナノマシンを投入する事らしい。コンピュータでどれほど適合率が高いかは分かるらしいので、適合失敗と言った事は無いらしい。

 あと俺の課題は代わりに片付けてくれた人がいるらしい。普通そこまで気を回さないとは思うが、現にしている以上、受け入れる他ない。流石に今回だけのようだが。

 後は、〈ハンター〉としての訓練を数ヶ月間続け、実戦に出るようになるとのこと。これから多忙になる事必須だが、それも覚悟で俺は〈ハンター〉になる事を選んだ。ただ一つ気掛かりな事があるとすればそれは――

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「ちょっと雄也!? 私聞いてないわよ!? アンタが〈ハンター〉になるなんて!」

「何でワシらに言わんかったんな! 言うてみぃ!」

 

 そう、両親には俺が〈ハンター〉になりたい事を言ってないのだ。だからここで突然それを聞かされた両親は当然猛反対。今も『考え直せ』と言われ続けている。もちろん折れてやる気は無い。

 

「言ったら絶対反対すると思ったからだよ」

「当たり前じゃ! 誰が息子を死ぬかもしれん所に置きたいって思うか!」

「雄也、考え直してぇな。頼む!」

 

 父さんは怒鳴り散らし、母さんは泣いて縋る。もう見飽きてきた。だからもう――終わらせる。鬱陶しいし。

 

「さっきから聞いてりゃガタガタうるせえんだよ!」

「!?」

「ゆ、雄也!?」

 

 二人の言葉を一蹴するように、俺は怒鳴った。あぁホント……ムシャクシャする。

 

「普段はグチグチグチグチ2人で喧嘩してんのによぉ! こういう時だけ一致団結しやがって!! 」

「お、お、親に向かってなんて口聞いとんなオメエ!!」

「うるせえんだよ!! 自分のやりたい事ぐらい自分で決めさせろよ!! 俺は小一の時にやってたサッカーを続けたかったのに!アンタは『たるんどる』とか言って無理矢理俺に空手を習わせて! やりたかったサッカーを無理矢理やめさせて!!もうアンタの都合で振り回されるのはゴメンなんだよ!!!」

 

 今まで溜め込んでたものを叩きつける。特に親父には不平不満が溜まりまくってる。さっき言ったようにサッカーをやめさせて(無理矢理)空手をやらせた事。母さんと喧嘩して壁に穴を開けたり冷蔵庫を凹ませたり。挙句には『ピーマン食べないならワシはハサミを自分の手にぶっ刺す』とか訳の分からんことまで言い出して。

 母さんも母さんだ。俺達に対する不平不満を独り言のように言うくせに、聞こえるように言うのだ。もうウンザリだ。2人に振り回されるのも。

 

「それに! もう決めたんだよ!! 〈ハンター〉として生きたいって! だからもう邪魔しないでくれよ!! 」

「っ……! もう知らん!!勝手にせぇ!!」

 

 諦めたのか、父さんが怒鳴りながら引き返していく。母さんも周りにいた支部長達に頭を下げながら父さんに続く。

 

「また盛大に大喧嘩しおって……あそこまで激しいのは、若かりし頃のワシでもしたことが無いわい」

「……また家でもう一度話してきます。何があっても〈ハンター〉にはなりますけど、せめて少しぐらい理解して欲しいので……」

「明らかに突いて欲しくなかった所を突かれた感じだったから、話を出来そうには無いように見えるけどね」

「いくら〈ハンター〉が本人の同意だけでなれるからって、やり過ぎだよ雄也君……」

 

 冬雪さんが言うように、〈ハンター〉になる為に必要なのは本人の同意と適性のみなのだ。決して多くない適合者を確保するための処置なのだろう。子供を使う機関としてどうかとは思うが、今回ばかりは助けられた。

 

「やり過ぎたとは思ってます。けど、あそこで折れたくなかったんです。だから次に両親と話すのは、自分の覚悟を見せてからにします」

「そっか……分かったよ。でも家族は大事だからね。喧嘩したままは良くないよ」

「はい……そうですね」

 

 冬雪さんはこう言ってくれるが、週に2、3回は喧嘩してる両親の事を考えると、慰めにもならなかった。

 

「取り敢えず、同意書を書かせてください」

「……まあよい。本人の意思は硬いようじゃしな。村上くん」

「りょーかい。少し待っててね~」

 

 やる気のなさそうな返事をして、村上さんは一旦部屋を出る。目の前で親子喧嘩してしまったし、不快にさせてしまっただろう。本当に申しわけない。

 

「ワシも……少し適合試験の準備を見てくる。真癒よ、上田少年を頼む」

「うん、分かった」

 

 支部長さんもそう言って部屋を出る。そうして、冬雪さんと二人だけになった。普段の調子ならドキドキしてしまうようなシチュだが、両親との喧嘩の直後ではとてもそんな気分にはなれない。

 

「ねえ……大丈夫雄也君?」

 

 ぼんやりしていると、冬雪さんが話しかけてきた。俺を心配してくれているのだろうか。

 

「はい……大丈夫です。それより、迷惑かけてすみません、冬雪さん」

「別に、迷惑じゃないよ。実はこういう光景、結構見るんだ。君みたいに押し切ったのは初めて見たけど」

「そうなんですか?」

「大体みんな、死ぬかもしれないんだぞ、って言葉で考え直すからかな。それと、私の事は『真癒』でいいよ」

 

 そう言って冬雪さん――改め、真癒さんが浮かべた笑顔に、俺はついドキッとする。慰められて少し元気が出たのか、俺にはそう思うだけの余裕がいつの間にか帰ってきていた。俺も単純だな。

 

「ねえ雄也君」

「はい、なんですか?」

「いい言葉は掛けてあげられないけれど……頑張ろうね。一緒に」

「っ……ハイっ!」

「うん、いい返事。実戦に出たら思いっ切りしごいてあげるね!」

「え……いや……はい!お願いします!」

 

 真癒さんのおかげでさっきより、両親と話す前ぐらいには気分が戻ってきた。あとは適合試験だ。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

『さて……これより適合試験じゃが、気分はどうかね?』

「大丈夫です。いけそうです」

 

 場所は地下二階の特殊訓練室。これから〈ハンター〉になるための特殊ナノマシンに対する適合試験、もとい、ナノマシン注入を行う所だ。因みに支部長達は、部屋の中を見上げたときにちょうど見える辺りにある、客席みたいな所にいる。もちろんガラス(?)越し。今はマイクを通して俺に話しかけてきている。

 

「さて、今一度、〈ハンター〉用のナノマシンについて再度説明しておこうか」

「お願いします」

 

 咳払いが聞こえ、支部長が口を開いた。

 

「まずこのナノマシンは、前大戦以来多くの人類の体内に存在する特殊エネルギー〈龍力〉をある程度増幅し、そのまま身体機能の向上を図るための物じゃ。〈龍力〉の事は……分かるな?」

「1997年に突如世界中に発生した、思念を宿したり意思や感情の影響を受けると変質、あるいは何かしらの現象を引き起こすエネルギー物質、ですよね?」

「そうじゃ。〈モンスター〉もまた〈龍力〉から出来ておる。〈龍力〉に強い影響を与えられるのは〈龍力〉だけ。だからこそ〈ハンター〉も龍力を持つ者でなくてはならない」

 

 つまり、ナノマシンは体内の龍力を増幅させる。しかしその体内に龍力が無ければそもそも話にならない。つまり〈ハンター〉は――

 

「〈ハンター〉もある意味〈モンスター〉みたいなもの、って事ですよね?」

「その通りじゃ。実際、過去には〈ハンター〉が〈モンスター〉と化した事例もある」

「マジですか……」

 

 それはあんまり知りたくなかった。想像したくはないが、やはり〈モンスター〉化した〈ハンター〉は殺されるのだろうか。有り得るとは思う。

 

「ナノマシンには〈龍力〉を増幅させる効果がある。〈龍力〉が増幅するという事は、君の感情や心情で成否が左右されるのじゃ。という訳でもう一度聞こう。気分はどうかね?」

「大丈夫ですよ。行けます」

 

 俺がそう言うと同時に、床から装置のようなものが現れた。そして設置が完了したのか、今度は蓋が開くように装置が開いた。

 

「では、始めようか。装置の中に溝のような所があるはずじゃ。そこに利き腕とは逆の腕を置いてくれ。掌は上側じゃ」

「分かりました」

 

 言われた通りに、俺は左腕を掌を上向きにしてそこに置いた。すると蓋のように開いていた部分が降りてきて、そのまま閉じてしまった。因みに蓋側にも溝があるのか、俺の腕は潰れてない。

 

「それでは本番じゃ。肩の力を抜きたまえ。その方が良い結果が出るのでな。準備は、いいかね?」

「オーケーです、行けます!」

「そうか、では――やれ」

 

 その瞬間、俺の左腕に今まで体感したことのない激痛が走った。

 

「がああああああああああああああああああ!?!?!?」

 

 ついでに出したことないほどの声で絶叫した。なんだこれ言葉になんねぇ!? しかも終わる気配がねえ!? 勘弁してくれ、終わってくれ。そう思っていた俺の脳裏を、何かが()ぎった気がした。なんだ……これ? 見たことないはずなのに、その過ぎったものにどこかに懐かしさを感じる。でも結局、ハッキリと見えたのは、血塗れの大剣だけだった。そしてノイズが掛かったような声が聞こえた。

 

『こ……よ……か……て……くれ!』

 

 何故だろうか、その声に俺はどこか悔いと決意の想いを感じた。知らない声の筈なのに……でも知っている、というより覚えてるような感じがする。まるで()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……や君……ゆ……や君、雄也君!!」

「ッ!? は、ハイ!何ですか!?」

 

 大きな声で突然呼ばれて、俺は正気に戻った。いつの間にか腕の痛みも引いており、装置からも腕は外されていた。終わったのか?

 

「何ですか?じゃないよ!! いきなり気を失って座り込むからビックリしたんだよ!?」

「は、はあ……それより、もう終わったんですか?」

「終わったんですか? じゃないよ! とっくに終わってもう1時間は経ってるよ!?」

「そ、そんなに……?マジか……」

 

 呑気な俺を見て、真癒さんも思わず呆れたようだ。でも実感が無いんだよな……。あ、でも。

 

「真癒さん」

「ん? なに?」

「これで俺も、今日から〈ハンター〉ですね」

「……そうだね。よろしくね、雄也君」

「はい。よろしくお願いします、真癒さん」

 

 真癒さんが伸ばした手に掴まりながら立ち上がり、そのまま頭を下げて挨拶した。顔を見あげると、心なしか真癒さんの笑顔がいつもより明るく感じられた。

 

「でもその前に、訓練生を卒業しなきゃだね! 大丈夫、早い人は二ヶ月で終わらせたから!」

「マジですか……分かりました、二ヶ月で終わらせられるよう頑張ります!!」

「待ってるよ、雄也君」

「ハイ!待っててください!!」

 

 だって、真癒さん(あなた)に本気で憧れたから。絶対に追い付いてみせる。どんな苦労があっても。まずは真癒さんに追い付くという目標の元、俺の〈ハンター〉生活は、今始まった。




次回がいつになるか、まだ不明ですが、そういった事は時々活動報告に書いていこうと思います。

それでは、次回をお待ちください


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第2話 狩人入門

おはこんばんちは、Gurren-双龍です。

リアル事情で時間が取れなかったこととモチベの問題で、ここまで伸びてしまいました。申し訳ありません。しかしまだリアル事情が完全に片付かないため、更新ペースはまだ上げられそうにはありません。
上げられそうな時には活動報告にて告知いたしますので、どうぞよろしくお願いします。

それではどうぞ


2011年 4月18日

 

 放課後になった。羽崎との話も終え、羽崎から両親と喧嘩した事とこれからの〈ハンター〉としての生活に対して励ましの言葉を貰った後、俺は【ハンドルマ第一中国地方支部】のロビーの入口、つまりは建物のすぐそばに来ていた。理由はもちろん、〈ハンター〉として生き残る力を得るための訓練だ。〈モンスター〉という、時として人智を超える力を発揮するモノを相手にする立場である以上、並大抵の訓練でないことぐらい覚悟している。だけどそれさえも乗り越えるつもりだ。でないと……真癒さんや()()()()()()()()()()のようにはなれないしな。

 しかし真正面からここに入るのが初めてだからなのかな……なんていうか、入るのに思わず二の足を踏んでしまう。どうも初めて来る場所だと、本当に入っていいのか分からなくていつもこうなってしまう。いい加減治さねば。

 

「ええいままよ! さっき覚悟決めたばっかだろうが!」

 

 一人で怒りながら叫んでる俺の様子は、傍から見ればさぞ滑稽だったろうが、気にしないことにする。

 さっきの叫びで思いの外吹っ切れたので、自動ドアに向かって一歩進んだ。中に入ると、思ったより普通のロビーの風景が広がっていた。特に派手な装飾もない、簡素なロビーだ。もちろん受付のカウンターらしき所に受付嬢っぽい人と、カウンターらしき所でなんか騒いでる、見た目俺とあまり年が変わらなさそうな背丈の女子がいた。遠目ではあるが、俺と同い年ぐらいのセーラー姿の女子が、なんか受付嬢に対して突っかかっている様に見える。何かあったのだろうか? 一応俺も受付嬢さんに用があるし、聞いてみるか。

 

「すいません、どうしたんで──」

「何よ!今話しかけないで!」

「……なんかすんません」

「あ、あはは……」

 

 話しかけるなり怒鳴られた。受付嬢さんも苦笑い、というか乾いた笑いをあげている。この感じだとかなり長い時間責められている模様。そしてそんな目に合わせた張本人はケロッとしている。……なんかこのまま引き下がるのも負けた気分になるので、もう少し食い下がるか。

 

「いやいやそうじゃなくて。何してんですか?」

「何してるもなにも、こいつがお姉ちゃんに会わせてくれないのよ!」

 

 年上に対して「こいつ」言うな「こいつ」って。そして指も指すな。

 

「お姉さん、いるんですか」

「ええそうよ! そんじょそこらの〈ハンター〉なんか目じゃない、すっごい強いのがね!」

「そして〈ハンター〉でもある、と」

 

 ……アレ? なんかこの人の言う「お姉ちゃん」に心当たりが……確か聞いた限りでは、【ハンドルマ第一中国地方支部(ここ)】に所属している〈ハンター〉は真癒さん含めても2人だけって……まさか、な。

 

「ですから……身分証明ができる物がないと連絡を付ける訳にも行かないんですよ」

「何よ! 一回学生証忘れたからって、融通効かないわねホント!」

「そりゃ重要な機関ですしねここ」

「誰だか知らないけどアンタは黙ってなさい!」

「断固拒否する」

 

 なんだこいつは……ギャーギャー騒ぎやがって、クレーマーかよ。 まあ、こいつが俺に突っかかっている間に、なんか受付嬢さんがどこかに電話しているし、多分この状況をどうにか出来る人でも呼んだのかもしれない。助かる。あとは耐える他ない。

 

「あんたどこ中よ! 教えなさい!今度殴り込みに行ってやるから!」

「教えないから来なくていい」

「なんですってー!?」

 

 一昔前の不良みたいなこと言うなよ面倒臭い。

 

「いい加減にしないとぶん殴るわよ!?」

「やってみろよ」

「言ったわね!? 遠慮なくズドンと行くから覚悟しなさい!!」

 

 ああもう面倒臭い。誰でもいいから早く来てくれ。

 

「とりゃー!」

 

 とか考えてたらこのセーラー女の拳が迫っていた。もうここは我慢して受けてやるか。拳は既に眼前まで迫り俺の鼻先に直撃──

 

「はーいそこまで」

 

 ──しようとした所で、その拳は止められた。セーラー女の拳を止めるために手首あたりに伸ばされた手の方向を見てみると、そこには真癒さんが立っていた。

 

「お姉ちゃん!?」

「真癒……さん? ……ん?」

「ん?」

 

 アレ? こいつ今なんて言った?もしかしてこいつ……

 

「今お姉ちゃんって言ったか?」

「今お姉ちゃんを名前で呼んだ!?」

 

 ビシッと指を指される。俺は思わず2人を交互に、かつそれぞれ二度見する。

 

「人様に向かって指を指さない!」

「あだっ!? い、(いった)ーい!?」

 

 そしてセーラー女は叩かれる。指摘しようと思っていた事で怒られてるので、少しスッキリした。

 

「あとコイツ、受付嬢さんに向かって『こいつ』って呼んでました」

「何ですって!?」

「アンタも使ってるじゃな……痛!?」

「また指指さない! それと、どういう事かな……?」

 

 その後、真癒さんの妹らしき女子への説教その他諸々は、およそ十分間に及んだ。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「ガッハッハッハ! そうかそうか、みっちり怒られたか真治(まや)君!」

「笑い事じゃないですよ……ホントもう……」

 

 現在、あのロビーから訓練室に移動中である。因みにこの大声で笑う大男は、俺達の訓練監督を担当する教官との事。そう、俺『達』だ。さっき受付嬢さんに突っかかていたあのセーラー女、改め真癒さんの妹である『冬雪 真治(ふゆき まや)』と、俺の教官との事。つまりこの女と俺は同期という事になるらしい。

 

「全く……なんであんなに騒いでたのよ?」

「だって……お姉ちゃんに訓練してもらおうかと思って……」

「最初の内は教官がやってくれるし、昨日もロビーで待ってなさいって言ったでしょ?」

「だってー!」

「だってじゃない!!」

 

 冬雪が騒いでいたのはそういう事らしい。というかそれを叱る真癒さんと叱られている冬雪の様子は、姉妹というより親子である。

 

「ハッハッハ! 仲が良くて結構結構! 楽しくじゃれあってる所悪いが、もう着いたぞ!」

「別にじゃれ合ってた訳では……いえ、教官に何か言っても無駄な気がするのでもういいです」

「ハッハッハ! そういう風に見られてるのは少し悲しいというか悔しいというか! まあいい! 入れ!」

「は、はい!」

「良い返事だ! ハッハッハ!」

 

 教官の最後の一言に思わず反応してしまった。教官には好評のようだが。

 

「それじゃ、私はここまでで」

「え! お姉ちゃん見てくれないの!?」

「真癒さんだって忙しいんだろ。我慢しろよ」

「アンタに聞いてない!」

「……はいはい」

 

 ヤバイ、こいつ死ぬほど面倒臭い。けどキレても面倒な事になるだけだから我慢する他ない。なにより真癒さんの前だ、下手なことはしたくない。

 

「とにかく、私は別のことやらなきゃだから二人のことは見れないの。ごめんね真治、雄也君」

「俺は気にしてませんよ。頑張ってください」

「ありがと。じゃあ二人とも、頑張ってね!」

「はい!」

「う、うん!」

 

 手を振りながら真癒さんはその場を去った。真癒さんは三年前から〈ハンター〉をやっているかなりのベテラン。きっと頼られてるのだろう。いつか追い付いてみせる。そう誓った直後、なんかこっちに向かって猛スピードで走ってくる足音が聞こえてきた。

 

「ごめん言い忘れてた! この後もう一人別の〈ハンター〉が見に来てくれるから、よろしくね!」

「分かりました。因みにどんな人ですか?」

「そうだね……一言で言えば教官二号?」

「……大体どんな人か察しました」

「じゃ、今度こそ行くからね!」

 

 そう言って、真癒さんは戻ってきた時ぐらいのスピードで去っていった。言い忘れてた事ぐらいであんなに慌てるって事は、割と真癒さんはおっちょこちょいなのかもしれない。

 しっかし教官二号って……まだ会って間もないが、室温がハネ上がりそうだと感じた

「さて諸君! 吾輩が君達の教官を務める者だ! 名前はまだ教えん!! 君達が一人前、即ち最前線で生き残る事が出来るほどの者になった時に教えてやろう!!」

「あ、だったらいいです。そこまで行ったら今更名前を気にしないだろうし」

「こればっかりはアタシも……ね」

「ハッハッハッハ!! そうかそうか!それもまた良し、早速訓練に入……む?この気配はもしや……」

 

 奥に向かおうとした教官が、突如足を止めて入口を、というより恐らくその向こうにあるであろう廊下の方を睨み付けた。つられてそっちの方を見てみると、何故か段々と大きくなる足音が耳に響いてきた。〈ハンター〉となったため、聴力も大分上がっているからこそ事前に感知できたが、教官は俺よりも早く感知していた。……この人もやはり〈ハンター〉だったのだろうか。

 

「とぉおおおおおりゃあああああああああ!!!」

「ハッハッハ! 来たか!」

 

 埃を撒き散らしながら、先の足音の主は急ブレーキを掛けてそこに現れた。

 

「ふぅ……教官! 間に合ったか!?」

「心配するな、さっき名乗り上げたばかりだ!!」

「よっしゃ!」

 

 顔を上げて教官に質問したのは、真癒さんと同い年か年上ぐらいの男だった。漫画で見かけそうな糸目にかなり黒く短めの髪の毛、服の上からでも分かる筋骨隆々であろう屈強なガタイ。身長もそれに見合った高身長である。革ジャンとジーパンには埃が掛かっている。

 この人が真癒さんが言っていた人だろうか? 確かに声もでかいし、教官同様に良いガタイと糸目がある。なるほど『教官二号』と言うのも納得がいく。

 冬雪の方も真癒さんの言っていたことに納得がいったようだ。しかしその男性はそんな俺達の疑問をよそに教官の隣に立った。改めて並ばれると確かに似ている。いやホントもう、親子かっ、てぐらいには。

 

「自己紹介が遅れたな!! 俺は『常磐 誠也(ときわ せいや)』! 武器はガンランス!今日は真癒の姉御にお前達を任されたモンの一人だ! よろしく!」

「上田雄也です、よろしくお願いします!!」

「アタシは自己紹介しなくても良いわよね! お互い知ってるし!」

「おう!好きにしていいぜ!」

 

 冬雪はこの人とも知り合いなのか。教官とも普通に話してたし、真癒さんが紹介したのかもしれない。

 

「あぁそうだ……真治はともかく、雄也!!」

「は、はい!!」

「お前にはこれから俺のことを……『アニキ』と呼んでもらおうか!!」

「はい!?」

 

 突然の頼みはまさかの呼び方固定。

 

「理由は——」

「アニキは単純にそう呼ばれたいだけよ。呼んであげたら満足するからそうしなさい」

「は、はあ……それじゃあ……よ、よろしくお願いします!!アニキ!!」

「いよっし!! よろしくな!」

 

 冬雪の言った通り、本当に満足した。何がしたかったんだ?

 

「まあ雄也」

「はい?」

「さっきのが明らかに心が篭ってない、その場凌ぎのモンだってのは分かってる」

「うっ……」

「だが……だからな……」

 

 一拍置いて、俺にビシッ、と指を指してきた。腰に手も当てた、何か決めポーズみたいな感じで。

 

「いつかお前には、素で『アニキ』って呼ばれてえからな! お前の指導、全力を尽くすぜ!!お互い頑張ろうぜ!」

「……っ、はい!!」

 

 結局この人の意図は分からないけど、良い人である事はなんとなく感じた。年上の兄弟がいない身としては、兄のような存在が欲しいとは思っていたし、結構嬉しい。

 俺の返事で今度こそ満足したのか、教官に交代するように誠也さんは一歩下がった。

 

「さて諸君!挨拶も済んだのでこれより訓練に入る! 覚悟はいいな!?」

「勿論です!」

「それぐらい出来てるわよ!」

「良い返事だが、訓練中は吾輩に対しての言葉の最後には必ず、『サー』を付けるように!! 通例というか習わしなのでな!!」

「「サー!」」

 

 〈ハンター〉というより軍人のような感じだが、誠也さんとのやりとりのせいでテンションが高まっていた俺には些末な事だった。

 

「うむ! ではまず……」

 

 教官の用意した最初の訓練とは――

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「なんで最初の訓練が座学なのよー!?」

「知識もなく武器を振るな、ってことなんだろ」

「アンタには聞いてないでしょうが!」

「そのくだりは飽きたから諦めろ」

 

 最初の訓練は基礎知識を蓄えるための座学。座学だけなら平均一ヵ月半で済ませられるらしいが、実技で苦労する例が多いんだとか。なので両方合わせた平均期間は大体3~4ヵ月ほどとのこと。

 

「まあそう言うな! 雄也の言う通り、何も知らない奴が武器なんか持ったら危ねえからな!」

「そういう事だ! 君が勉強嫌いなのは承知だがキッチリやってもらうぞ!」

「そんなー!?」

 

 冬雪は勉強嫌い……覚えたぞ。これでアイツに仕返しできる。

 

「それではまず……」

 

早速教官が口を開き、注意事項の様なものを語り始め、そして〈モンスター〉に関する基本的な事を授業し始めた。

 冬雪の勉強嫌いは納得だが、誠也さんが割と勉強出来る方だというのが意外だった。結構脳筋指向かと思ってたのに。しかもたまに補足を入れてくれるのだが、これがまた分かりやすい。真癒さんではなくこの人が俺達の教官補佐官なのも納得出来る。なので冬雪もさっきからお世話になりまくっている。

 

「全然分かんないわよー!?」

「なんでただ説明聞いて覚える事にそんな労力使ってんだよ」

「アンタには分かんないでしょうね! 知らない単語を延々と聞かされる苦痛ってのが!!」

「俺だって知らねえ単語の方が多いっての。お前が単にバカなだけだろ?」

「バカっつったわねアンタ!?」

 

 またしても俺に殴りかかってくる冬雪。今度こそ当たるかな、と思っていたら今度もその拳は止められた。もちろん誠也さんによって。

 

「アニキ……!?」

「元気がいいのは良いがそろそろ辞めにしとけ」

「はーい」

「雄也、お前も煽るな」

「……っ、はい」

 

 俺まで叱られた。まあ確かに火に油を注いだのは俺だし、仕方ないか。

 

「ごほんっ! 授業を進めるが宜しいか!」

「はい!」

「うぅっ……やってやるわよー!」

 

 授業は再開した。今度は冬雪にも分かりやすいように言葉を選んでいたが、それでもアイツは半分しか飲み込めなかった模様。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「では、本日はここまで! また明日の放課後に会うとしよう!! では!気を付け、礼!」

「「ありがとうございました」」

「うむ! では気を付けて帰りたまえ!」

 

 既に時刻は午後の七時。五時ぐらいから始まり、十五分の休憩を挟んだ授業は終わった。

 

「んーっ! 終わったー!」

「んっ! 終わったな」

 

 長いこと椅子に座っていた俺達は一斉に体を伸ばした。

 

「お疲れさんだ! どうだ二人共!」

「まあ……面白かったですが疲れました」

「もう……勉強なんて学校だけにしてよ〜」

 

 体を伸ばした冬雪はそのまま机に突っ伏した。確かに学校の後にも勉強というのはキツイが、興味のある事柄を学んでいるので大して苦ではない。

 

「もう疲れたし、先帰るね」

「雄也、お前は?」

「俺はここにいますよ。って言うか、今日から俺、ここに住むんで」

「えぇ!?」

 

 まあ驚かれるのも無理はない。何故こうなったのかというと、先日の両親との喧嘩で家に居づらくなったのでどうしたものかと支部長に相談したら――

 

『ここの施設内の職員居住区を使うといい。空きはあるしのぉ』

 

 なんと住む場所を提供してくれたのだ。親切な人だよやっぱり。それだけでなく生活に必要な物は何でも言ってくれ、とまで言われた。少し甘やかされてる気がするが、真癒さん曰く、『子供も孫も男の子が居なかったから、嬉しいのかも』とのこと。可愛がって貰えるのは嬉しいので、素直にその好意は受け取っておこう。

 

「んじゃ、俺もう行くわ」

「おう! また明日な!」

「ふん! 明日はぶん殴ってやるんだから!」

 

 それぞれ言葉を背に受けて、俺は教室を去った。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「ここ……だっけ?」

 

 爺さんに言われた場所まで辿り着いた。ここは【ハンドルマ第一中国地方支部】の地下二階にある職員居住区。普段は夜通し働く用のある人達のための休憩スペースのような扱いなんだとか。俺に用意されたのはそれの内の一つ。しかもどうやら割と広い方のを用意してくれたのだとか。

 

「よし、入ってみるか……おじゃましまーす」

 

 意を決してドアノブを握って回し、そのまま中に入る。既に自室なのにおじゃましますとか言いながら。そして部屋に入った俺の視界に入ったのは――

 

「いや広いってレベルじゃねえぞコレ!?」

 

 思わず叫んでしまった。なにせ中学生一人が使うにはあまりにも広い、というか大人の一人暮らしにしても広すぎる部屋だった。いやもう、広さだけなら高級ホテル並である。

 

「……部屋間違えたかな?」

「残念だけど、ここが君の部屋だよ。ま、残念なんて言ったら『贅沢だ!』って誰かに怒られそうな広さだけどね」

「あ、真癒さん」

「なにか不自由してないかな〜、って。あ、おじゃましまーす」

「は、はあ」

 

 真癒さんがいつの間にか俺の背後に立っており、しかもそのまま俺より先に靴を脱いで部屋に入った。なんか負けた気分だが、取り敢えず俺も部屋に入るとしよう。

 

「で、どうだった?」

「訓練ですか?」

「そうそう」

 

 既に備え付けられていたソファーに座った真癒さんは、そう尋ねてきた。

 

「楽しかったですよ。まだ座学ですけど、今後がますます楽しみです」

「そっか……真治はどうだった?」

「訳が分からない、って言って頭爆発させてました」

「あはは……やっぱりか〜」

 

 こめかみの辺りを掻きながら苦笑いを浮かべてる様子を見るに、どうやら想定内のようだ。とはいえ相当なものだった。多分、事前に聞かされててもあの理解力の低さには絶対驚く。

 

「そう言えば、真癒さんはまだ帰らないんですか? 冬雪はもう帰るって言ってましたけど」

「え?……って、そういえば言ってなかったね。私もここの居住区の一室に住んでるの」

「え? 何でですか?」

 

 再びこめかみの辺りを掻き出すが、今度はバツが悪そうな、そんなふうに感じられた。

 

「えっとね……何て言うか、体質の問題で普通の家に居られなくってね、仕方なく……」

「……真癒さんも苦労してるんですね……」

「ま、まあね……」

 

 そこで何故か会話が止まってしまった。……取り敢えずなんか喋るか。

 

「真癒さ──」

「それじゃあ私、行くね? おやすみ! 何かあったらインターフォンあるから呼んでね!じゃあ!」

「あ、ちょ真癒さん!?」

 

 ドタバタと、嵐のように去って行った。……何だったんだ?何かを誤魔化してるようにも見えたが……まあいいか。とにかく疲れた。さっさと風呂に入って寝よう。俺の〈ハンター〉生活はこれからなのだから。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「まだ、知られる訳には……いかないんだよね……」

 

 そんな独り言はどこにも届かない。届かれたら寧ろ困るのだが。

 

「ッ! ごふっごふっ!?」

 

 喉元を何かが登ってくるような感覚に襲われ、口の中から血が溢れ出た。その血は以前——大体一ヵ月前に出た血よりも少し赤黒くなってる様に感じた。

 

「確か今日の診断だと……もってあと二年ぐらいだっけ? ……それまで雄也君と真治を……私ぐらい、もしくはそれ以上に強くしてあげなきゃ……でないと……」

 

 独り呟いていると、ケータイが震え出した。多分真治からだろう。取り敢えず口の中の血を悟られないように喋らなきゃ。

 

「もしもし……真治?」

『もしもしお姉ちゃん? 今大丈夫?』

「うん、大丈夫だよ」

『ホント!? じゃあ愚痴聞いてくれる?』

「うん、いいよ」

『やったー! それでさ、聞いてよ!アイツがさ……』

 

 こうやって楽しい時間を過ごす事が出来るのもかなり限られてきた。……もし良かったら……私がいなくなった後は雄也君に真治を支えて貰えたら……なんて、ね。

 

『それじゃ、おやすみお姉ちゃん!』

「うん、おやすみ」

 

 今、真治と楽しく話が出来ることを噛み締めながら、私は眠りについた。お風呂は……朝でいいや。吐血したばかりで辛いし。

 

「おやすみ……」

 

 おやすみなさい。どうか明日も、(まや)と、戦友(せいや)と、そして新しい後輩(ゆうやくん)と会えますように。




iphoneで執筆しているのですが、何故か突然普通の四角形が出なくなったので、視点変更、及び時間変更の際の印を「◇◆」に致しました。

次回がいつになるかは不明ですが、なるべく早くを心がけていきます。

それでは、次回をお楽しみに


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第3話 初めて剣/銃(ぶき)を握った日

おはこんばんちは、Gurren-双龍です。

なんか書けたので投稿しました。切り方悪い気がしますが、時間もモチベも途切れたのでご了承ください。

では、どうぞ


2011年 5月27日

 

「っはー! 疲れたー!」

「んっ! 流石に座りっぱなしはキツイな」

「ハッハッハ! では、今日はこれで講義を終える! 気を付け、礼!」

『ありがとうございました』

 

 梅雨時が近い日の夕方。今日も、〈ハンター〉訓練生として課せられた講習の一つを終えた。

 今日のテーマは『ハンターの社会的立場』。〈ハンター〉は刑罰に関して、普通の人より力が強い分、傷害罪などは本来のものよりも重い罰が下り、更に真癒(まゆ)さんのような特殊な〈ハンター〉——〈龍血者(ドラグーン)〉には、全ての罪に下る罰が、普通の人の、大体1.5倍ぐらいの物になるとか。

 因みに〈龍血者〉とは、普通の〈ハンター〉のように、特殊ナノマシンによって更なる龍力を得るのではなく、〈モンスター〉の持つ特殊な部位である『天鱗』や『宝玉』から抽出された、〈天龍力(アルズマ)〉に適合した、特殊な〈ハンター〉の事だ。その力は未だ未知数で、かつて人類を救った〈原初の狩人達(プライマルズ)〉もそうだったと言われている。

 教官いわく、『〈龍血者〉が先に作られ、その廉価版として出来上がったのが今の〈ハンター〉の力』とのこと。その性質ゆえ、ある意味では〈龍血者〉も〈モンスター〉と言える。また、そんな性質なので、社会的立場も何度か変動したらしい。一時は実験動物(モルモット)並の立場になりかけた事も。現在はマトモな立場にある模様。しかし、適合率が高い人間が少ない上に、当然だが、〈ハンター〉である事が第一条件であることから、適性者も現役の数も、そんなに多くないらしい。

 今日の講義の内容はこんな感じだ。中々面白い内容だったと、個人的に思う。歴史的背景を学ぶのは結構好きなので、こういうのはもっとやりたかったりする。

 

「ねえ教官、アタシ達、いつになったら実践訓練が出来るの?」

「おい冬雪……」

 

 今回の講義を思い返していると、冬雪が教官に突っかかっていた。実はこれで四回目になる。どうにも、冬雪は何か焦っているようで、一週間前にもこんな事を尋ねていた。その時、教官は「座学講義が一通り終わったらだ」と返したが、未だ冬雪はそれに納得がいってないようだ。

 

「いい加減にしろよ、教官も前に答えたろうが」

「アンタには聞いてない!」

 

 睨まれた上に怒鳴られた。しかしその表情はこころなしか、初めて見た時より焦りが含まれてるように見えた。

 

「おいふゆ——」

「ハッハッハ! そうかっかするな。ちょうど良い、諸君にいいニュースだ!」

 

 俺が何か尋ねようとしたところで、教官が割り込んできた。いいニュース……何だろ?

 そんな俺達の疑問を他所に、教官は教壇に戻った。それに釣られて、俺達も席につく。

 

「本当は明日の朝に知らせる予定だったが、致し方ない。諸君には明日から地下三階にある『特殊訓練室』にて、実践訓練に励んでもらうことになった!」

「「!」」

「お知らせは以上だ。詳しい場所は他の人に聞くといい。時間は明日の朝に来る通知と一緒に知らされるだろう。それでは改めて、解散!」

 

 ……思ったより早かったな。あと一月は講義があるのかと思ってたが、何にせよ早くから経験を積めるのは嬉しい事だ。冬雪なんて、隣からでもわかるぐらい喜びで打ち震えてるし。

 

「よっしゃ!! 明日から頑張るわよ!」

「だな。 さーて、明日に備えて取り敢えず部屋に戻るか」

「あ、そうだ。アンタの部屋に行っていい?」

「却下する」

「即答!?」

 

 当たり前だ。明日に備える、つったろうが。休ませろ。そう返すと、なんか返答に詰まってる様子だった。……聞くだけならタダだよな。

 

「因みに、理由は?」

「お姉ちゃんの所まで案内してよ」

「帰って寝るわ」

「ちょっ、なんか奢るから!」

「いらんわ!」

 

 ホントに何なんだ。何故俺なんだ。

 

「ケチねアンタ!」

「はぁ……分かったよ。んで、何で真癒さんとこ行きたいんだ?」

「実は……今思い付いた事なんだけどね、お姉ちゃんに明日の訓練見て欲しいな〜、って」

「だからそれを頼むために会いに行きたい。しかしどこにいるか知らないから誰かに頼もう。そして一番近くにいたのが俺、と」

「そういうことよ。お願い! この通り!」

 

 わざわざ両手を合わせて頭まで下げてきた。……仕方ない。流石にここまでやられては無視出来ない。

 

「分かったよ、来い」

「ありがと!」

 

 何はともあれ、部屋に戻るか。真癒さんの所にはそれからだ。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「ちょっと待ってろ、着替えるから」

「分かったわ」

 

 冬雪を一旦部屋の外で待たせ、取り敢えず荷物を机に置いておき、クローゼットから服を出して着替えた。

 

「いよいしょ……っと、ふぅ……」

 

 着替え終えたので、取り敢えず部屋の外に出て冬雪を呼ぶか。

 

「おーい、終わったから行くぞ」

「あ、上田。……あのね、頼んどいてアレなんだけど……やっぱいいや」

「は? 何でだよ」

 

 どこかバツが悪そうに、頭を指先でかいていた。しかも明後日の方を向いて。

 

「さっきね……お姉ちゃんがここを通ったの。その時に教えてもらったから、もう案内はいいわ!」

「そのふんぞり返った態度さえなければ、許してやるつもりでいたんだが、ムカつくのでお前をしばく」

「そう易々とやられないわよー!」

「逃がすかコラァ!」

 

 追いかけっこがスタート。後で聞いたことだが、真癒さんは来れるそうだ。俄然やる気が湧いてきた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

5月28日

 

「あ、ポストになんか入ってる」

 

 午前八時ちょうど。着替えを済ませ、これから食堂に行こうと思っていたら、ドアに付いているポストに、プリントが入っているのが目に入った。昨日教官が言っていた、実践訓練の通知だった。場所は言われた通り『特殊訓練室』、時間は午前十時。各自、武装用のコンパクトデバイスを装着すること、とのこと。

 コンパクトデバイスって確か……初日に渡された、量子化された装備が入れられたデバイスか。〈ハンター〉の武装は、基本的に龍力が含まれた金属や、〈モンスター〉の体の一部を使ったものがほとんど。しかし、死んだ〈モンスター〉は段々と形を崩し、そのまま原子レベルまで散り散りになる。そして再び、何かしらの影響で龍力が集合し、一つの〈モンスター〉に生まれ変わる。らしい。

 そんな、放っておくとバラバラになってしまう物を、どうやって素材にしているかと言うと、龍力物質そのものを構成する特殊粒子——〈龍子〉を使い、細胞を繋ぐように固着させてるとの事。これで崩壊を防ぎ、そのまま素材にしているとのこと。

 因みに、固定した龍子はそのまま〈モンスター〉の死骸と融合し、龍子の性質を持った素材になる。龍子は量子化出来るため、専用デバイスに収納して持ち運びが可能。だから一々、各支部に戻る必要が無い。

 講義では、大体そんな風に言ってたはずだ。要は、使い回せるホイ〇〇カプセルのような物、って訳だ。

 

「確か……引き出しにしまってたかな……あったあった」

 

 俺のは腕時計型。因みに白と黒のモノクロ。デザインは自分で決めていいというのは、一つのファッションに出来るため、このシステムは結構好評だ、って真癒さんが言ってた。

 

「そう言えば、装備何にしてたかな……」

 

 このデバイス、ポ〇モンのゲーム版のように、専用の装置と接続すると、武具の内容を見ることが出来る。また、登録した装備内容を編集することも出来る。アイテムに関しても同様との事。しかしこいつ単体では、装備の着脱とGPS機能しか出来ないので、そこは忘れないようにしないといけない。

 

「取り敢えず食堂いくか」

 

 確か、食堂にも装置はあったはず。飯の後にでも確認しようか。

 

 

◇◆◇◆◇

「ごちそうさま……と」

 

 和食定食、完食。鮭の塩焼きが良い味してた。味噌汁卵焼きも美味しかった。間違いなく食堂のおばちゃんは、おふくろの味を理解している人間だ。

さて、朝ごはんも満足に取れたし、装備確認するか。

 見つけた装置──ゲームのアーケード台そのもの──から伸びているコードを、コンパクトデバイスに接続。設定しておいたパスコードを入力するとメニュー画面に入った。その中にある、『装備選択』の項を押した。タッチパネル式なのは、凄くやりやすい。しかも横からは見えにくくなっているので、覗かれる心配も無い。

 ローディングが済んだのか、まるでゲームの画面のようなものが出てきた。そこには、今装備可能な武具が記されていた。

 

「えっと……何々? 武器は片手剣の『ハンターナイフ』、防具は『ハンターシリーズ』か」

 

 ハンターシリーズ。最初期に作られた防具であり、新人が選べる物の中で最も安定しているという一品だ。

 他にも剣士──近接系武器の使い手全般──向けの『エッジシリーズ』や、ガンナー向けの『ブレットシリーズ』、支援系向けの『バックシリーズ』などがある。エッジは剣士用のみで、ブレットはガンナーのみ。ハンターとバックには剣士とガンナーの両方が存在する。

 

「……最初だし、ハンターでいいか。武器は……双剣の『ツインダガー』にしようか」

 

 ハンターかエッジかで迷い、結局ハンターにした。まずは防具を着ている感覚に慣れることから始めていく、って教官が講義で言ってたし。

 武器に関しては、単純に俺の好み、かつ、見た中で最もしっくり来た武器種を選んだ。

 

「取り敢えず、おさらいでもしとくか」

 

 訓練の時間がまだあるし、部屋に戻って講義の内容を纏めたノートでも読んでおくか。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「ふむ! 二人共集まったようだな!」

「「今日は、よろしくお願いします!!」」

「フッハッハッハ! いい返事だ、吾輩も嬉しい!!」

 

 今日も元気にやかましいこの人こそ、我らが教官だ。隣には私服姿の真癒さんと誠也さんが立っている。

 

「さて諸君! 今日から実践訓練に移るわけだが、質問はあるかね!?」

「はい!」

「真治君、何かね!」

「何でこんなに遅いんですか!」

 

 ま た そ  れ  か。

 流石に鬱陶しい。しかし教官は鋼のメンタルでも持っているのか、鬱陶しがることもなくいつも通り答える。

 

「ハッハッハ! それか! ならばハッキリ言ってやろう、君のせいだ、真治君!」

「そっかそっかアタシのせいか……ん? あ、アタシ!?」

 

 プギャー、とか言ってやりたいが、また五月蝿くなるので黙ってよう。

 

「ぶっちゃけてしまうと、半月前には始められる計算だったのだ。しかし君の理解力があまりにもアレなせいで、予定より時間がかかってしまい、今のようになってしまったのだ」

「う、嘘でしょ!?」

「マジよ、マジ」

(わり)いけどマジだ」

「……ザマァ(ボソッ)」

「聞こえてるわよアンタ!」

「お前には言ってない」

「言ってるじゃない!」

 

 ハハハまさか、ソンナコトナイヨー。しかし傑作だなこりゃ。実践訓練が遅いことにイライラしてたけど、その原因が自分とか、お笑い芸人かよ。いや、お笑い芸人でもここまでじゃない。

 

「ふ、ふん! もう、笑いたければ笑えばいいじゃない!思いっ切り!」

「もう笑わねえよ」

「笑えばいいじゃない、って言ってるじゃない!」

「ハハッ! ザマァないぜ!」

「言ったわねこんちくしょう!」

 

 いつぞや、こいつのことを面倒臭いクレーマー、そう評したが訂正しよう。訂正して、面倒臭いお笑い芸人、だ。時々面白いし。講義でもかなりの珍回答があったが、思い出すと吹きそうなので後にしよう。

 

「まあまあこの辺にしよう。ね、真治?」

「う、そ、そうよね! こんなの気にするようじゃお姉ちゃんみたいな〈ハンター〉になれないし!」

「『ねえ教官、アタシ達、いつ実践訓練出来るの?』」

「ぶっふぉ!」

「あ、アニキまで! くっ~! アンタらー!!!」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「さて、まずは武具の展開からやってみるか」

『はいっ!』

 

 教官と真癒さんの周りには、たんこぶを作った俺と冬雪と誠也さん。ガッツリ叱られ、今は訓練を再開するところだ。

 武具の展開には、体内にある龍力をデバイスに集中させ、そして自分がその武具を装備している様子をイメージする。というのが初心者向けのやり方だと、講義で習った。

 えっと……頭用(ヘルム)胴体用(メイル)腕用(アーム)腰用(フォールド)脚用(グリーブ)をそれぞれの箇所に……取り敢えず両手に双剣(ツインダガー)を……と。

 集中するために瞑った目を、一気に見開いた。デバイスから武具を解放するような感じがあった。

 

「ど、どうだ!」

 

 全身を見渡すと、そこには見事に防具を纏った俺の体があった。……成功、かな。

 

「ふむ、良く出来ている! 剣が両手に持たれてるのも驚いたが、まさかいきなり双剣とはな!」

「いやまあ、一番しっくり来たのがこれなんで」

「うむ! 周りに流されず、自分が一番納得出来る物を選ぶその心!忘れぬように!」

「はい!」

「さて、真治君はどうかな……?」

 

 教官に釣られて冬雪の方を見てみると——

 

「なんで変化の術みたいに煙が出てんだよ」

「そこは吾輩も分からん! 多分、真治君がイメージしたのかもしれん!」

 

 やっぱりあいつはお笑い芸人だな。誠也さんは「うおっ!? スッゲェ!」と驚き、真癒さんは静かに微笑んでいた。

 

「フッフッフ! 出来たわよ!」

「どれどれ……って、なんでお前『ブレットシリーズ』なんだよ」

「さっさと実践レベルに慣れたいのよ!」

「防具を着るのに慣れることから始めろ、って、ことでまずは『ハンターシリーズ』だと教官が言ってたろうが」

「うっ! そ、それは……」

 

 やっぱり忘れてやがったか。……もう、こいつだけ座学講義に戻して良くないか?

 

「まあ、着てしまったものは仕方が無い! 本日はこのままやろうではないか!」

「まあ、しょうがないよね。でも真治。あとで復習ね」

「う、は、はぁい……」

 

 項垂れながら、冬雪は武装を解いた。それに釣られて俺も武装を解除する。そして冬雪には、あとで真癒さんからの特別授業が決定。明日会った時、あいつの顔はかなりゲッソリしているだろうな。

 

「二人はそれぞれ、ハンタータイプが違うようなので、二手に別れようではないか。雄也には真癒君が、真治君には吾輩と誠也が付こうか!」

「はい!」

「なんでお姉ちゃんがそっちなのよー!」

「双剣使い同士なのでな、何分都合が良いだろうと思ってな! 何、我々がしっかり教えてやる!」

「熱苦しいに決まってるわよこんなのー!」

 

 不満を叫びながら、冬雪は誠也さんに首根っこを掴まれたまま、連行された。哀れだが仕方ない。

 

「アレ、放っといて大丈夫ですか?」

「終わったあと少し落ち込むだけだから大丈夫」

「にしても重度のシスコンだなアイツは……」

 

 真癒さんも思わず苦笑いとは、相当だよアイツ。

 

「それじゃ、行こうか。私達はこっち」

「誠也さんたちが行ったのは?」

「特殊訓練室区画内にある射撃場。一応弓使いも使用出来るよ」

「俺達が行くのは?」

「近接系武装練習場。いろんなモンスターの形をした練習用ダミーがあるよ」

「なるほど」

 

 一体どんな風に扱うのか、骨の髄まで染み込むほど教えてもらいたいものだ。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「まず双剣ってのはね。軽い武器を両手に持つことで機動力を確保し、その高い機動性で〈モンスター〉と戦う武器なの」

「はい」

「機動性特化だから、ガードには向いてないの。私は龍力を込めて刀身を強化して防ぐけどね」

「それ〈龍血者〉にしか出来ないヤツじゃないですかね……」

 

 真癒さんから双剣の扱いについて説明を受けているが、少なくとも常人——ここではあくまで普通の〈ハンター〉を指す——では出来ない事を言われてもどうしようもないと言いたい。

 

「こほん、それじゃあ基礎から改めて話すね」

「待ってました」

 

 俺と向き合った真癒さんは、白と黒の剣で構成された、一対の双剣を展開した。

 

「この子達は、私の相棒にして半身。名前は『双龍神(そうりゅうじん)黒天白夜(こくてんびゃくや)】』。私は白い方を『白夜』、黒い方を『黒天』って呼んでる」

「黒天白夜……」

「ちょっと見てて」

 

 真癒さんはそれらを俺の前で、まるで己の身体の一部のように滑かに振るった。……正直、言葉を失った挙句見入っていた。それほどまでに、綺麗な剣捌きだった。

 

「とまあ、慣れればこれぐらいは動かせるかな。取り敢えず、まずは振り方から覚えないと……って、聞いてる?」

「ハッ! き、聞いてますよ!」

「ちょっと怪しいけど……ま、いいか」

 

 見蕩れてた。そう言ってもいいのだが、真癒さんは照れ性なのか、以前、全力で褒めちぎったら、途中で顔を真っ赤にして走り去ってしまったこともある。そういう前科がある以上、ここでは飲み込もう。訓練どころではなくなる可能性がある。

 

「まずは基本の構えからだね。双剣を……っと、防具も一緒に出しておいて」

「はい!」

 

 先ほどと同じ要領で、ハンターシリーズとツインダガーを装備する。

 

「ん、さっきより早いね。もうコツ掴んだ?」

「そうだと……思います」

「曖昧だね……」

 

 こればっかりはしょうがない。だってまだ二回目だ。感覚を掴んだ確信を持つは、あとかなりの回数を重ねなければならないのか、見当がついてないのだ。

 

「まあ、続けてれば感覚は掴んでいけるだろうから、今はこれでいいかな。じゃあまず、足を肩幅より一歩広めに開いて」

「はい」

「そう。そのまま利き手とは逆側の足……君なら左足を、半歩前に出して」

「こうですか?」

「うん、そうそう。それで腕は……利き手とは逆の腕、君で言う左腕を、少し曲げて前に出して」

「はい」

「それそれ。今度は利き手側の腕を、左腕より少し後ろ目に置いて、自分から見て、二本の剣が垂直に重なってるように見えたら、取り敢えず基本の型は完成」

 

 ふむ……割と苦しくない。むしろどんな動きでも出来そうだ。

 

「うん、上手く形になってる。うまく伝わったみたいで私も嬉しいよ」

「真癒さんの説明、結構分かりやすかったんで」

「そっかそっか……それなら、私も教えがいがあるね。じゃあ、次は基本的な動きから。まずは……」

 

 終わった頃には、既に日が傾いていた。というか昼飯を食べ損ねてるし。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「目標をセンターに入れてトリガーを……っと」

「「……」」

 

 パンッ、パンッ、とまた1発。ライトボウガンの通常弾Lv.1が、訓練用ターゲットの()()()()に刺さる。

 真治の特訓に入り、早速持ち方などを教えた俺と教官だが、早くもやる事が消えた。何故なら真治の奴が、用意した訓練用ターゲットの全てを、()()()()でぶち抜いているからだ。

 試しに動くタイプ(試作品らしい)も用意したが、それらも全部やられた。

 

「ふう……他愛ないわね。やっぱり私は、勉強するより体動かす方が性に合ってるわ」

「みてえだな」

「全くもってその通りのようだな」

 

 俺も教官も、マジで言うことない、正真正銘本物の射撃の腕だった。

 

「さてと、まだある?」

「まだあるとも。存分にやりたまえ」

 

 内心、結構バカにしていたが、『勉強はダメだが運動は凄い』ってのは、こういう場合バカに出来ない、ってのを思い知らされた。

 

「まだまだ行くわよ。お姉ちゃんは私が守るんだから!」

 

 ……真癒の姐御、どうやら、こっちは心配なさそうだぜ。あとは本番。そこでどこまでやれるかだな。雄也も、期待してるぜ。




ハンターシリーズ以外の防具は、オリジナルです。だって作品ごとに最初の防具違うですし……。

まだ受験が終わらないので、次の更新も不明です。


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第4話 初狩猟(ファースト・クエスト)

おはこんばんちは、Gurren-双龍です。

(三週間ぐらい遅れの)明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

ってな訳で今年最初の投稿です。着実に頑張ります。


2011年 6月11日

 

 

ギャア!ギャア!

 

「とりゃあ!」

 

ギアァ!?

 

 青い鱗やトサカが特徴的な、某恐竜映画でよく見る小型恐竜のような〈モンスター〉——ランポス——に酷似した訓練用ターゲットが、俺の双剣(ツインダガー)の斬撃を受け、断末魔を上げながら倒れた。これで既に4匹。徐々にだが、双剣という物の効率の良い振るい方が分かってきた気がする。……真癒さんからは絶対に『まだまだ』って言われるだろうが。

 

ギアァ!ギアァ!

 

「鬱陶しいわね! 数だけはホント多いんだから!」

 

 冬雪は冬雪で、構えたライトボウガン——恐らくは新人用の『クロスボウガン』——から通常弾Lv.1を、訓練用ターゲットに向けて放っていた。

それだけなら普通なのだが、冬雪の射撃は見ているだけで魅了される。なにせさっきから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。真癒さんが驚愕を隠しきれず、何度も見せてくれと懇願するほどだ。そこからも、アイツの射撃の才能がどれほどの物か窺い知れる。実際に何度も目の当たりにしているのだが、何度見ても驚愕モノだ。……武器の性能がイマイチなためか、即死まではさせられてないようだが。

 

ヴィー!ヴィー!

 

 と、そこまで考えたところでけたたましいサイレンが鳴った。これが鳴ったということは……

 

親玉(ドスランポス)のお出ましか」

「今回こそぶっ倒してやるんだから!」

 

ギィアァ!ギィアァ!

 

 俺達が立つ所から少し離れた高台から、青い鱗にランポスのものより鮮やかで大きいトサカを持った〈モンスター〉が現れた。あれがドスランポスだ。周りには、ランポスが数匹並んでいる。

 

「冬雪! バックアップを!」

「分かってるわよ!」

 

ギアァッ!!

 

 ドスランポスが飛び降りてきた。それに釣られて、周りのランポスも降りてきた。

 

「行くぜ!」

 

 リロードをする冬雪を尻目に、俺はランポス達に向かって突っ込んで行った。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「……で、返り討ちにあったと。もうこれで四回目だよ? 流石に学習してよ……」

 

 真癒さんが目尻を抑えながら、正座をさせられた俺と冬雪を見下ろしていた。……無理もない。途中で俺と冬雪が口論になり、そこを突かれてやられてしまった——訓練時は致命傷になりうる攻撃を受けると判断されたところで強制終了なので、厳密にはやられてない——のだ。

ひだが、誰だって文句を垂れたくなるだろう。俺とドスランポスの位置が重なっているのに、そのまま撃てば頭部だからと引き金を引くような(どアホウ)相手には。

 

「このバカがアタシの射線上にいるから!!」

「このアホが俺ごとぶっぱしようとしやがるから!!」

「いい加減にしなさーい!!!」

「あだぁっ!?」

「うごぉっ!?」

 

 思い出したせいで再発した口論は、真癒さんが振り下ろした拳骨によって鎮められた。痛すぎる。〈龍血者(ドラグーン)〉の筋力は、(個人差もあるが)『鎧竜 グラビモス』の甲殻を拳一つで陥没させられると聞く。手加減はしてくれたであろうが、妹の方と比べれば、圧倒的だ。具体的に言えば、猫パンチと熊パンチぐらい差がある。どちらがどちらなど、言うまでもないが。

 誠也さんに目をやると、俺達を見兼ねたのか、ようやく口を開いた。

 

「まあまあ姐御。まだ訓練だ。直す猶予はまだあるだろ?」

「訓練のための訓練じゃダメなのよ!本番の気持ちで行かないと!」

「そう言われたら何も言えねえ」

 

 折れるの早いよ誠也さん……ってか、今まで気になっていたことがあるんだった。

 

「誠也さん、質問いいですか?」

「ん?なんだ雄也?」

「なんで誠也さんは、真癒さんのことを『姐御』って呼ぶんですか?」

 

 実は初対面から気にしていたことだ。どう見ても誠也さんの方が年上に見えるのに、真癒さんに対して『姐御』という、明らかに年上か目上の人に付ける呼称を使っていることに、違和感があったからだ。

 

「……もしかして私、誠也より年下に見えてる……?」

 

むしろ、誠也さんが真癒さんよりも年上に見えるだけです。真癒さんの年齢知ってますし。

 

「……え。まさか……」

「言ってなかったか? 真癒の姐御の方が一つ歳上だぜ?」

「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「まさか……気付いてなかったのアンタ?」

 

 気付けるかよ。誠也さんの容姿、どんなに若く見積もっても20代前半にしか見えないんだ。

 

「……俺、結構老けて見えてたのな……」

「だ、大丈夫です!! かなり若く見積もったら20代前半ぐらいに見えますから!」

「かなり見積もらなかったらいくつに見えんだよ俺!」

 

 誠也さんの悲痛な言葉が響くが、ノーコメントとしよう。

 

「あ、そうだ。2人に明日話すことがあるんだ」

「明日?今でなくて?」

「明日の方が都合が良いんだ」

 

 わかりました。そう答えて間もなく、その日は解散となった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

6月12日

 

「「出張!?」」

「うん。私と誠也でね」

 

 翌朝。聞かされたのは、予想もしない事だった。

 

「ど、どこにですか!?」

「ちょっと関東支部にな。近い内にヤバイのが来るかもしんねえから、集まってくれ、ってよ」

「い、いつまでなのよ!?」

「長くても2週間で済むと思うよ。その間に二人が対処できない〈モンスター〉が現れた場合、即座に近くの支部を頼るよう、支部長には伝えてあるから、戦力の心配はしないでいいよ」

「な、なるほど……」

 

 突然だな……まぁ、ヤバイ〈モンスター〉が来る可能性がある以上、仕方ないことだ。

 それに、わざわざ他支部から頼られるって事は、真癒さんがそれだけ信頼を得た〈ハンター〉であるということ。勝手ながらではあるが誇らしくなるものだ。

 

「取り敢えず、分かりました。因みに向こうにはいつ行くんですか?」

「ん? 今日の夕方からだけど?」

「早っ!? どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか!?」

「しょうがねえだろ。昨日の朝聞かされたんだから」

「私達の方がいきなりすぎて訳わかんなかったよ……」

 

 と、いうわけで、真癒さんと誠也さんは出張のため【第一中国地方支部】

を離れた。残った〈ハンター〉は俺と冬雪の新人二人。……どうか、厄介な〈モンスター〉が現れませんように。

 

 

◆◇◆◇◆

 

「お姉ちゃん、アニキ!行ってらっしゃい! お土産期待してるね!」

「真癒さん、誠也さん。行ってらっしゃい。お土産は別にいいんで、無事にやって来てください」

「おう! 言われずともな!」

「それじゃ、行ってきます」

「「行ってらっしゃい!!」」

 

 雄也君と真治の見送りを受けながら、私達は用意された武装ヘリに乗り込んだ。このヘリは〈龍血技術(ドラグテック)〉——私のような〈龍血者〉を始めとした、龍力絡みの技術の総称——によって、『火竜 リオレウス』の火球ブレスぐらいなら平気で耐えられる装甲を持つため、近隣の住民や市街に被害が及ぶ可能性が()()()()()と判断されれば、〈モンスター〉を無視していける代物だ。……まあ、まず無視なんて無いのだが。

 

「ふう。やっと落ち着けるな」

「そうねー。〈モンスター〉さえ出なければ、後は余裕ね」

 

 ドアが閉まり、ヘリが上昇し始めた。最新鋭なのもあって、中々速く上がる。

 因みに、このヘリが飛ぶ高度で〈モンスター〉に遭遇する確率は2%と、(私達の業界的に)低いんだか高いんだかよく分からない数値である。とはいえ、リオレウスなどの高い飛行能力を持つ飛竜種の飛行高度を上回って飛ぶため、ほとんど出会わないし、そもそも前例でも、高度を下げた辺りか、上げ始めたあたりで遭遇したものばかり。このヘリの最高高度で出会いうる〈モンスター〉なんて、それこそ古龍種か未確定種(Unknown)ぐらいなもの——

 

「……アレ?」

 

 そこまで考えて、私は気が付いた。窓の外に見える光景には金粉が舞い、更に強い風が吹いている様が映っていることに。しかもあの金粉、()()()()()()()()。宿る属性エネルギーは……雷と氷。龍力から一度に複数の属性エネルギーを感じた事はこれまでにもあるが、雷と氷なんて組み合わせ、今まで一度も感じたことが無い。

 

「……」

「ん? どうした姐御。そんな険しい顔して」

「誠也、いつでも武装展開できるようにしておいて。それと、いつでもパイロットを助けられるようにしておいて」

「……姐御?」

 

 私のただならぬ様子に誠也も何か感じ取ったのか、あるいは外の金粉を見て嫌な予感がしたのか、少し青い顔で武装選択を始めた。

 

「姐御、属性は何がいい?」

「雷を。私の直感がそう告げてる」

「あいよ。だったら『白雷銃槍 ライオルド』だな」

 

 いつの間にか、金粉の量はもっと増え、風も強くなってきている。……本格的にヤバイわね。

 

「な、なんか……風強いし変なの浮いてますね……」

「パイロットさん、パラシュートはちゃんと付けてる?」

「へ!? そ、そりゃもちろん」

「ならばよし」

 

 パイロットを安全に逃がせれるか確認して、私は相棒たる双剣、『双龍神(そうりゅうじん)黒天白夜(こくてんびゃくや)】』を取り出した。

 

「一応、荷物はちゃんと一箇所に纏め直しといて」

「あいよ」

「パイロットさん、何が来ても冷静にね? 私達がいますから」

「は、はい……」

 

 無理な気はするが、一応釘を刺しておく。さて、まだ本体を見てないが、風が強くなりすぎてヘリがさっきからグラグラしているため、実は今結構危ない。

 

「な、なんだあれは!?」

「!? どうしましたか!?」

「ま、間違いない! アイツは古龍級だぁ! 逃げなきゃ殺される!」

「落ち着いて! 何を見たの!?」

「あ、アレ……」

 

 パイロットが指さした先にいたのは——

 

「なに……あれ、は……」

 

指さした先には、金色の甲殻に身を包み、水晶のような物があちこちに生えた、四足と一対の翼を持つ——古龍種〈モンスター〉、『鋼龍 クシャルダオラ』に似た姿形をしている——〈モンスター〉が、体を丸めて佇んでいた。

 

「……幸い、今は寝てるみたいね。このままやり過ごせば……」

「…………」

「……? どうしました?」

「こここ、ここで死ねええええ!!」

「「ちょっ!?」」

 

 半狂乱になったパイロットは、対飛竜用ミサイルの発射ボタンを押してしまった。外の様子を見るに、全弾撃ってしまったようだ。あれはせいぜい、閃光玉のような一時的に動きを止める程度のものなのだが、彼の頭の中に、そんな事は一切無いのだろう。

 

「あぁ……!」

 

 着弾し、小規模な爆発が起きた。煙が晴れたが、そこには一切の傷はなく(そもそも龍力で加工してないので当然なのだが)、更に悪いことに、その龍を目覚めさせてしまった。

 

「このバカ! 取り敢えずそこどいて!」

「へ? うわぁっ!?」

 

 イラついた私は、ともかくパイロットの安全を確保するため、シートベルトを引きちぎってから誠也に投げ渡した。

 

「姐御、ヘリの操縦とかできんのかよ!?」

「出来る訳ないでしょ! でも墜落コース設定ぐらいなら出来るから!」

 

 ハンドルマの所有するヘリには、便利な事に墜落コースを設定できる。とはいえ、本来はかなり厳重なロックが掛けられているため、今回は私の龍力を流し込んで強引に設定画面を起動させた。

 

「えぇっと……今は三重県上空ね。取り敢えず海に投げとこ」

 

 幸い、臨海の県だったため、落とす場所探しに苦労はしなかった。

 

「誠也! 一番近くの支部に連絡を!」

「もうやった! 一番近くって、大阪のだよな!?」

「合ってるよ! 因みに荷物は!?」

「墜落用のデカイ袋に押し込んどいた!」

「よし! ここからスカイダイビング出来る!?」

「エベレストから紐なしバンジー余裕だぜ!」

「流石〈ハンター〉! 当然よね!」

 

 さっきのパイロットのアホな行動に半ばキレた状態のまま会話するが、誠也は相手のテンションに合わせるのが上手いため、ストレスなく話せる。……相手のテンションを呑む方が上手いが。

 

「パイロットさん! アホやらかしたんだから、さっさと出てね! 守るぐらいはしてあげるからさ!」

「は、ハイ!すいませんでしたぁ!」

 

 流石に自分の非に気が付いてるのか、パイロットはかなりビクビクしている。自業自得なので同情などしてやらないし、むしろもっと罵ってやっても許されるぐらいだ。時間無いからしないけど。

 

ゴアァァァァァァァァ!!!!

 

「あ、ヤバイ」

 

 どうやら、向こうはこちらを敵と認識したみたいだ。もう、悠長なことは言ってられない。幸い、ヘリの墜落コースは厳重に守られたブラックボックス的な部分が実行してくれるため、破壊されても問題ない。分解されても、龍力のフィールドを発生させて分解部分を逃がさず墜落してくれる。本当に便利なものだ。そろそろ旅客機に搭載してもいいかもしれない。

 

「姐御! もう行くぜ! 」

「うん! すぐ私も行くね!」

 

 私の言葉を聞くと同時、誠也とパイロットは飛び降りた。因みに誠也は、防具——多分普段から付けてる『グラビドU』辺りだろう——は付けてるが、パラシュートを付けてない。〈ハンター〉は大気圏突入ぐらいでもしない限り、高高度から飛び降りて死ぬなんてことはない。心配無用だ。

 

「心配なのはむしろこっちよね……」

 

 敵とは認識したものの、やはり警戒しているのか、まだ近付いてこな——あ、羽ばたいて突っ込んできた。飛び降りないと。

 

「とりゃあ!」

 

 出入口から飛び降りるのも面倒なので、取り敢えず壁を蹴破って外に飛び出した。一応防具『ミラルーツZ』を着用する。因みにこの防具の素材元、未だに明かされてないのだが、私の予想では恐らく前大戦——かつて〈モンスター〉が人類の全人口の何割かを屠った十二年前の『第一次対龍戦争』——の終盤に現れた()()()()()()()()()()()から作られたものだと思う。その〈モンスター〉、少なくとも三年前以降の記録では出てこなかった。実際聞いたこともないし。

 

ゴアァァァァ!!

 

 聞こえてきた咆哮に目をやると、既にバラバラにされたヘリと、それを切り刻む烈風が見えた。ついでにさっき見た金粉も。あと、こちらに気が付いてないのにも分かった。

 

「金色で風を操る、クシャルダオラ似の〈モンスター〉。んで、属性エネルギーは雷と氷の複合型……関東支部には絶対伝えとかないと」

 

 世界でも有数の最前線として知られる【ハンドルマ関東地方支部】は、既に何らかの情報を掴んでるかもしれないが、報告が無いよりマシだろう。

 

「取り敢えず、誠也達に追いつかなきゃ」

 

 降下のために剣をしまうが、いつでも出せるようにはしておき、早く降りるために体を地面に垂直に近くなるように傾けた。

 あ、誠也見っけ。この後のことは後で考えよう。でも一番心配なのは、あの古龍にビビった何かの〈モンスター〉が、そのまま雄也君達の所に行かないかどうかだ。鳥竜種ならばまだ対策のしようがあるが、飛竜なんて来た日にはボロ雑巾確定だろう。

 出発前にも祈ったけど、念のためもう一度。どうか、二人の元に厄介な〈モンスター〉が現れませんように……

 

 

◆◇◆◇◆

 

6月13日

 

「えぇっ!? 真癒さん達の乗ったヘリが墜落!?」

「ちょ、ちょっとどういうことなのおじいちゃ——あだっ!」

「ここでは支部長と呼べ、と何度言ったら気が済むんじゃお主は」

 

 支部長から、真癒さんにされるのと同様、なかなか威力のあるデコピンを喰らって冬雪撃沈。と思ったらすぐに起きた。慣れてんのか。

 

「それで、真癒さん達は?」

「どうやら、墜落する前に脱出したようじゃ。パイロット共々、全員無事。今は大阪にある【近畿地方支部】に厄介になっとるようじゃ」

「な、なら良かった……」

 

 二人の安否がわかり、俺以上に安堵した様子の冬雪。家族の安否だ、そりゃ不安にもなるか。

 

「いいニュースがある時は、悪いニュースもあるものじゃぞ、若人よ」

「まだ……何かあるんですか?」

「その説明は、ちゃんとした場所で話そう。付いてきなさい」

 

 支部長は俺達に背を向け、どこかに向かって歩き出した。俺と冬雪は顔を見合わせ、取り敢えず支部長に付いて行くことにした。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 そうして着いたところは、まるでアニメや映画に出てくるような、司令室だった。より具体的に言うと、某新世紀なアニメの司令室を、もう少し縮めたような感じ。

 

「あの支部長……ここは……」

「もう大方予想がついておろうが、ここは戦闘に出た〈ハンター〉を支援するオペレータールーム。面倒じゃし司令室でええわい」

「カッコイイ……」

 

 冬雪も初めてなのか、辺りをキョロキョロ見渡していた。俺だって我慢してんのにコイツときたら。

 

「さて、二人に改めて説明しておこう」

 

 支部長の言葉と同時に、正面にある大スクリーンに、複数の〈モンスター〉の姿が映った。そいつの姿は、俺も見慣れた物だった。

 

「『ドスランポス』……?」

「それに『ランポス』も……?」

「先ほど、こやつらが何かから逃げるようにこちらに群れで向かっていると、偵察班から報告があった」

 

 中央の席まで歩きながら、状況説明を始めた。……まさか。

 

「群れとは言ったが、せいぜい10匹にも満たぬ群れ。よって——」

「新人である私達にも相手出来るだろう、って事で、アタシ達に討伐命令を出す、って事ね?」

「正確には、捕獲も許可するので狩猟命令、って言うんだがな」

「揚げ足取るな!」

「取ったつもりもねえよ」

「そこまでにせい」

 

 また言い合いになろうという所で、支部長の発した厳格な声が俺達を止めた。支部長の方を見ると、制服と思わしきコートを、袖を通さずに羽織り、いつも通り杖を突いて立っていた。それだけ見れば、コート以外何も変わらないように見える。しかし、〈ハンター〉になってから気配に敏感になったせいか、支部長の放つ雰囲気がいつもとは一線を画すモノを発していると感じさせる。

 

「改めて、よろしいかね?」

「は、はい」

「ご、ごめんなさい」

「分かれば良い。……では改めて。支部長として、〈ハンター〉訓練生たる上田雄也、冬雪真治に命じる!」

 

 司令室全体に響き渡る声で、支部長は高らかに告げる。

 

「市民の平穏を脅かしうる()の〈モンスター〉を、持てる全てを持って迎え撃て!」

「「了解!!」」

 

 こうして俺達の初狩猟(ファースト・クエスト)は、高らかにその発動を宣言された。



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第5話 青と紫

おはこんばんちは、Gurren-双龍です。
書けたんで投稿します。
文字数が多いと読みにくいのでは? と思い、実は話数重ねるごとに文字数減らしてます。まあ減りすぎないようにはしてますが。
では、どうぞ


2011年 6月13日

 

 もうすぐ正午になる。初夏ならではの熱を帯びた日光が俺達の防具を焼き、中の肌を蒸し焼きにする。

 

「暑い……」

「クーラードリンクが用意されてたのはこういうことか」

 

 いかに〈ハンター〉と言えど、熱中症には耐えられない、という事だ。クーラードリンクは熱射病の類を防ぐ為の飲料で、熱帯地域での戦闘において必須のアイテムだ。流石に砂漠地帯や火山地帯ほどで無いと言えど、夏の晴れた日に何も対策をしなければ、〈ハンター〉と言えども倒れてしまうため、こういったアイテムが支給される。因みにスポーツドリンクのような味がする。

 

「さてと……ドスランポスの位置は……」

 

 腰に付けた、中に入った物を龍子化出来る特殊ポーチから、携帯用コンソールを取り出した。起動させると、この辺り一帯の大まかな地図が出てきた。ある位置には矢印が二つ――俺と冬雪――と、また別の位置にはトカゲみたいな形のマーク――これはドスランポスだろう――が記されていた。因みに高低差は記されてない。

 

「……ここから大体3km離れた所にいるみてえだ」

「どの方角?」

「俺が向いている方角が東で、このトカゲ形マークがそれの左後ろ斜め辺りだから……南西、ってとこか?」

 

 納得した様子で、冬雪は己の武器『クロスボウガン』の調子を確かめ直していた。俺も『ツインダガー』を磨いとくか。

 

『こちら司令室。まもなく作戦開始時間12:00(ヒトフタマルマル)です。応答せよ』

「ビギナー1、了解」

「ビギナー2、了解」

 

 司令室からの連絡にコールサイン――初心者を意味するビギナー――を口にして答える。……なんつーか、軍人っぽいな。因みに俺が1で冬雪が2。

 

「指揮は、どっちが取る?」

「アタシが取るわ。ガンナーだから距離があるし、状況を把握しやすいしね」

「そういう理由なら納得だ」

『こちら司令室。作戦開始時間です』

「「了解」」

 

 作戦開始時間になったことを告げられ、俺達はベースキャンプを出た。因みにヘリポートを兼ねているため、この支部の地上ビルの屋上にある。飛び降りれる高さなので問題ないが。

 

「アンタが先頭に出て確かめて来て。アタシからあまり離れすぎないようにしなさいよ」

「分かってる」

 

普段はやかましい冬雪も、初の実戦という事で少し静かだ。緊張しているのだろう。……俺はあまり何とも感じない。妙に冷静な自分がいるが、慌ててるよりマシなので良しとする。問題は冬雪だ。少し、気取ってみるか。

 

「冬雪」

「なによ」

「いつも通りでいい」

「ふ、ふん! 心配しなくてもそうするわよ!」

「いつも通り、()()()()()()()()()

「……そ。言われなくたって、勝てそうならそうするわよ!」

「いつも通りで安心だ」

 

 それが見栄で言っているならの話だが。流石にマジで撃ち抜かれるのは勘弁して欲しいし。

 

「っと。ペイントボールペイントボール、っと」

 

 ペイントボール。〈モンスター〉の位置を確実に把握する為のアイテム。実は【ハンドルマ】のレーダーでは、周囲の龍力の乱れ次第では観測が困難にもなりやすく、しかも建物の中に入り込まれたらレーダーに映らなくなると言う。そこで【ハンドルマ】は、世界一臭い食べ物と言われるシュールストレミングの10倍匂いを取れにくくし、代わりに匂いの継続時間を3時間に短縮した投擲用アイテム、ペイントボールを開発したという。因みに匂い自体は臭くない。むしろトイレの消臭剤よりイイ匂いなのだ。

 

「そう言えば、アンタ強走薬貰った?」

「一応5個。グレートは無かったけど」

「充分じゃない?」

「だといいが」

 

 強走薬とは、息切れの心配を無くすためのアイテムだ。運動すると出てくる乳酸を分解し、疲労蓄積を一時的に解消する。因みに継続時間は30分。

ピピピッ、ピピピッ

 

「ん、近いな」

「構えとくわ」

 

 コンソールからアラートみたいなものが鳴る。あとは肉眼で見つける。壊されないようにポーチにしまっとくか。

 

「ペイントは私がしておくわ。ペイント弾あるし」

「了解。前衛は任せろ」

 

ギアァ! ギアァ!

 

「!」

「来たわね……!」

 

 鳴き声のする方へ向くと、そこには数匹のランポスを引き連れているドスランポスが、こちらを睨んでいた。

 

「撃つわ!」

「強走薬を飲んで前に出る!」

 

 冬雪がペイント弾を当てたのとほぼ同時、俺は強走薬の入ったビンの中身を飲み干し、それを投げ捨てて――後で【ハンドルマ】が事後処理で掃除してくれるからポイ捨て言うな――抜刀し、鬼人化の構えを取る。

 鬼人化をしている間は体内の龍力が活性化する事によって気力が高まる。それによって、極限に近い集中状態を獲得し、多少の痛みを感じなくなったり、俊敏性や動きの精度が高まり、より強力な攻撃を与えられる。

 デメリットとして、スタミナを削り続けられるが、今は強走薬の服用でその心配はない。しかし極限に近い集中状態ゆえ、視界が狭まってしまう。鬼人化に振り回されたような立ち回りをしないように心がける。

 

「目標を切り刻む!」

 

 取り巻きは冬雪に任せ、俺は頭領を叩く。そういう作戦だ。頭を叩かれれば取り巻きは頭を守るために俺に向く。そこを冬雪が撃ち抜く。……俺への負担はデカイが、幸い俺の身体能力は、新人の中ではかなりの高水準との事。龍力との親和性が高い証拠らしい。まずはガラ空きの胴体を!

 

「オラァッ!!」

 

ギアァ!?

ギャア!ギャア!

 

「行かせないわよ!」

 

 頭領の鱗が鮮血と共に飛び散ったのを見て、取り巻き共が俺に襲いかかる。が、冬雪がそれらを通常弾Lv.2で()()撃ち抜く。

 

ギアァ!

 

「食らうかっての!!」

 

 ステップの要領で噛み付きをかわし、返す刀で斬りつける。ドスランポスだけでなく何かに当たった気がしたが、大方飛びかかってきたランポスでも斬ったのだろう。続けて回転斬り。後ろ方向でまた当たった感触が。どうやら、奴らは俺に釘付けらしい。全身真っ赤になれば、奴らの視線をもっと釘付けに出来る気がするが、何か大事なモノを無くす気がしたのでやめよう。

 

閑話休題。

 

 一旦距離を置き、鬼人化を解除して納刀する。その間は、冬雪が散弾Lv.1をばら撒き、気を引いてくれる。勿論それに当たったランポスは怯むため、中々近づけない模様。その間に閃光玉を取り出す。

 閃光玉は中に入っている、ホタルが変異した昆虫『光蟲』が死に際に強い光を放つ特性を利用したもので、それを閃光玉の中で殺すことで、スタングレネードと同様の効果を発揮するアイテムだ。

 

「閃光玉行くぞ!」

 

 意図を伝え、手榴弾のような安全ピンを引き抜いて、ドスランポスの目線の先に投げ付けた。 すかさず俺と冬雪は目を庇う。

 

ギアァ!?

 

「よっしゃ命中!」

 

 閃光玉の光を直視し、目潰しを喰らったドスランポスは、手当り次第に周りに噛み付いたりしている。その隙に、取り巻きであるランポスを叩く!

 

「鬼人強化状態なら! 非鬼人化状態でも!!」

 

 鬼人化の余熱とも言える鬼人強化状態は、鬼人化に準ずる集中力を発揮して攻撃出来る状態だ。流石に鬼人化程の俊敏性は無いが、ランポス程度の〈モンスター〉なら充分倒せる。

 

「せやっ!」

「当たれ!」

 

ギャア!?

 

 最後の一匹を斬り伏せ、または撃ち抜き終えたところで、ドスランポスを見やる。

視界が戻ったようで、こちらを睨んでいた。

 

「冬雪、剣を研ぐ」

「時間なら稼ぐわよ!」

 

 冬雪の後ろ側に回り込み、すぐさま砥石を取り出して双剣に宛てがって擦る。これで血や体液などの付着物を落とし、更に砥石から削れた成分が刀身をコーティングし、斬れ味を回復させることが出来る。

 

「待たせた! 鬼人化で前に出る!」

「了解!」

 

 取り巻きのいない今なら、鬼人化しても捌きやすい!頭部に切りかかろうとした瞬間、悪寒がして手を引くと、さっきまで剣があった所を通常弾Lv.2が通っていった。

 

「危ねぇっての!」

「アンタが『俺ごと殺れ』つったんでしょうが!!」

「緊張をほぐす為のジョークってことぐらい気付けよこのアホ!」

「なんですってー!?」

 

 またしても言い合いになった。しかし訓練時よりは冷静になれてる為、怒りを抑えて少しドスランポスから距離を置いた。すると直感的に隙を悟ったのか、ドスランポスはその場から走り去ろうとした。

 

「逃がさない!」

『待ってください! これは……!』

 

 冬雪がボウガンを構え直すとほぼ同時、司令室から通信が入った。

 

「どうしたんですか?」

『緊急事態です! 想定外の〈モンスター〉が出現! 作戦ポイントに向かっています!』

「えっ!?」

「どんな〈モンスター〉ですか!?」

『それは――ッ! もうすぐそこまで来ています!』

「クソッ!」

 

 位置の確認のためにコンソールを開く暇もなく、俺と冬雪は取り敢えず背中を合わせて死角を減らすことにした。

 

「見えるか? あ、スコープは覗くなよ。見えにくくなるから」

「分かってるわよ! それよりアンタ!またやらかす所だったじゃない!」

「お前なぁ……!」

 

 言いたいことは山ほどあるが、今は抑える。 それより新手だ。耳に付けたインカムのスイッチを押す。

 

「それで、新手の〈モンスター〉ってのは、どんな奴なんですか?」

『は、はい。新手の〈モンスター〉は――』

 

ゴオォ!!

 

「「ッ!!」」

 

 鳴き声のする方へ振り向くと、見覚えのある恐竜型の〈モンスター〉がそこにいた。

 

「アイツは……!」

『ドスジャギィです!! お二人でも充分交戦可能な相手ですが、どうしますか!?』

「冬雪!」

「ここでやるわよ! 気付かれてる以上、このままドスランポスを追っても挟み撃ちにされるわ!」

「了解!」

 

 一本目の強走薬を飲んでから既に20分経過している。重ねがけでもう一本飲み干して抜刀する。

 

「さっきと同じ作戦?」

「そうよ!」

「次は狙う箇所を教えてくれよ!」

「分かったわよ!」

 

 言質は取れたので、ひとまずさっきと同じように鬼人化し、ドスジャギィに向かって走り出す。

 

「はあぁぁぁぁぁ!!」

 

ゴオォ!!ゴオォ!!

 

 ドスジャギィが吠えると同時に、取り巻き共が走り出した。

 

 

◇◆◇◆◇

 

「オラァッ!」

 

ゴア!?

 

 ランポスの時とほぼ同じ流れで、ジャギィ共も一掃した。あとはドスジャギィのみ……。そう思うと同時に、インカムに通信が入った。

 

『東方向より、何かの接近を確認! 数は8! 発している龍力から、ドスランポスの群れと思われます! 合流されるのは危険です! その場を離れてください!』

「なっ!? 嘘でしょ!?」

 

 想定外も想定外な事が起きた事に、見てるこっちが驚くほど冬雪が狼狽していた。いかん。あのままだとマトモな判断が出来ないかもしれねえ……一か八かやってみるか。

 

「挟み撃ち食らっちまう……! 冬雪!ここは下がるぞ!」

「下がるって、どこに!?」

「どこでもいい!ここに居続けるよりよっぽどマシだ!」

「ちょっ!? アンタ!」

 

 納刀して閃光玉を投げ付け、無理矢理冬雪の手を引いて俺達はその場を離れた。幸い、途中でランポスの群れに見つかることは無かった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

「ハァ……ハァ……なんとか、逃げれたか」

「ハァ……ハァ……あ、アンタねぇ……指示はアタシが出すっつってんでしょうが……!」

「ンなこと言ってる場合かよ……!」

 

 俺達は一旦ベースキャンプに戻ってきていた。息こそ切れているが、お互い軽口を叩ける程度には調子が戻った。ともかく、お互い会話は息が整ってから始めることにした。

 

「それにあんなのね!! こやし玉があれば何とでもなったわよ!」

「え!? こやし玉持ってたのか!?」

「……もしかして、持ってないの?」

「あぁ、そうだよ……でも、お前も持ってるなら使えよな……」

「アタシ、持ってないわよ」

「は?」

「え?」

 

 しばしの沈黙があった。……こやし玉とは、主に同じ箇所に固まった〈モンスター〉の分断や、捕食行為を行うためにこちらを拘束してきた際の脱出手段の為のアイテムだ。閃光玉などに使われる特殊なボール『素材玉』に、排泄物――すなわち、モンスターのフンを詰め込んだモノだ。因みに〈ハンター〉が命令違反をした際の罰の一つに、このこやし玉作りがある。そりゃ、誰だって排泄物になんか触りたくないしな。いい罰になるそうだ。

 

閑話休題。

 

 どちらもこやし玉を持っていないという非常事態が発生した。念のために支給品ボックスを覗くが、中は空である。

 

「あの……こやし玉の在庫あります?あるんだったら欲しいんですけど?」

 

 そのままでいる訳にもいかないので、取り敢えず司令室に連絡を取ることにする。少しお待ちください、と言われて5分後。再び通信が入った。

 

『し、支部長から確認を取ったところ……』

「取ったところ?」

『先日、在庫切れを起こしたみたいで……』

「嘘だろ……」

 

 ある意味死刑宣告。新米である俺達に、〈モンスター〉の群れ二つを捌きながら闘うなんて芸当は出来ない。こやし玉による分断が出来ない以上、他の支部に頼る他ないのかもしれない。

 

「冬雪」

「……最寄りの支部に頼ったとして、どれぐらい時間が掛かりますか?」

 

 唐突に、冬雪が質問を始めた。……長くなる予感。

 

『最寄りの支部ですか? 島根と山口の境にある【第二中国地方支部】だと思いますが、それでも一時間は掛かるかと』

「その間に、ドスジャギィやドスランポスの群れが他の場所に向かう可能性は?」

『高いわけではありませんが、低いわけでもありません。その時になってみないと分かりませんが、あの二つの群れが縄張り争いをして、敗れた方が何処かに逃げ去るかもしれません』

「……逃げた先で、市民が被害を被る可能性は?」

『充分有り得ます。支部から離れた場所に逃げ去る際にこちらが見失えば、警告が遅れる可能性もあります』

「そうですか……」

 

 オペレーターさんの返答を聞いて、大方整理がついたのか、何かを決めたように俺に向き直り、インカムと俺に向けてこう言い放った。

 

「このまま続けます。市民の被害を無視するわけにはいきませんから」

「……ッ!!」

 

 予想外の答えだった。 この状況で、彼女はまだ銃を手に取ると言ったのだ。

 

「本気で言ってんのか? 俺達は今回が初任務で、しかも本当ならまだ訓練過程の真っ最中だぞ?」

「今ここでやれる人が居ないんだから、アタシ達がやるしかないじゃない」

「……それはそうだが」

「ウジウジ言ってられないわよ。アンタも〈ハンター〉なら、こんなピンチの一つは二つは乗り越えられるようになってるべきじゃない?」

「……分かったよ。お前の指示に従う」

 

 正直言って、今のままでは勝算が無さすぎるので一旦撤退するべきだと思っているが、こいつは間違いなく譲らない。一人にさせるわけにもいかないし、折れる他ない。……覚悟、決めるか。剣士で前衛だから一番危険なの俺な気がするんだがな……

 

「んで、作戦は?」

「個々の群れなら今まで通りよ」

「んじゃ、合流されたら?」

「そうね……アタシ達に出来る事と言えば……あ、そうだ。アンタ今閃光玉どんだけ持ってる?」

「そうだな……二個か」

「私はまだ五個ある」

「こちらビギナー2。閃光玉、追加で貰えます?」

『こちら司令室。はい。いくら必要ですか?』

「三個ください」

『了解』

「取り敢えず、これで計10個。……うん、上手くいかなかったら撤退モノだけど、取り敢えず一つ浮かんだわ」

「オーケー、何でも言えよ」

「ふん、言ったからには最後まで付き合ってもらうわよ。……それでね……」

 

 俺達の初狩猟(ファースト・クエスト)は予想外のスタートを切った。だったらここは一つ、少なくとも〈モンスター〉側にとっては予想外の作戦で行かせてもらう。そんな気迫が、冬雪から感じ取れた。……さあて、気合入れて行きますか。



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第6話 目標(せなか)の遠さ

おはこんばんちは、Gurren-双龍です。コロコロ名前変えて申し訳ない。
大学生になりましたが、更新ペースはそこまで変わらなさそうです。つまり不定期です。元々こんな感じだね。


6月13日

 

「今何時?」

「大体三時頃だと思うが……あ、三時だ」

「日没まで大体……3、4時間ぐらいね」

「出来ればそれまでに決着を着けたいな。夜間戦闘はまだ訓練すらやってねえしな」

 

 緊張を軽く解すための会話をしながら、俺と冬雪はランポス(あるいはジャギィ)の群れに見つからないように建物の陰から陰に隠れるように動いていた。 今の所見つかってはいないし、こちらも奴らの群れを見つけてない。まあ、オペレーターさんがナビゲートしてくれてるので見つかってない訳だが。

 

「んで、例の場所までもうすぐか?」

『そうですね、あと300mほどです』

「長いんだか短いんだか分からねえ……」

「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと行くわよ」

「へいへーい」

 

 冬雪から睨まれた。気の抜けた返事をしたからだろうか。取り敢えず両手を上げて謝罪の意を表すと、意図が通じたのか睨むのをやめて前を向いた。

 しかし……アイツ思ったより緊張しているな。冬雪の方が緊張しまくってるお陰むしろ俺は落ち着いていられるのだが、それでもこのまま放っておくわけにもいくまい。仕方ない、また一肌脱ぐか。

 

「冬雪」

「……なによ」

「さっきも言ったと思うけどな」

「"俺ごと殺る気で来い"でしょ? 分かってるわよ」

「……そうか」

「アンタも……」

「ん?」

「アンタも、いざって時はアタシごと殺る気で行きなさい」

「……了解」

 

 逆に言われてしまった。まあ、この分なら大丈夫か?

 

『そろそろポイントに着きます』

「ドスジャギィとドスランポスは?」

『ドスジャギィはそのポイントから南東方向1km地点で停止。ドスランポスは北西方向1.5km地点で停……あ、動き始めました! そのポイントに向かっています!』

「!」

「ジャギィの群れの誘導をお願いします! 出来れば10分後に到着するようにしてください!」

 

 そう言いながら量子化ポーチに手を突っ込んだのを見て、俺もポーチに入れているものを取り出す。俺か取り出したのはシビレ罠。ボウルを逆さにして中身を詰めたような形をしており、平らな地面に設置して安全装置を外すとセンサーが起動し、そのセンサー内に踏み込んだ〈モンスター〉に対して高圧電流を流し、拘束するアイテム。

 対して冬雪が取り出したのは落とし穴。装置の形はシビレ罠のそれを少し大きくしたような物で、こちらも平らな地面に設置すると、自動で真下の地面を軟化させ、その上にネットを展開する罠アイテムで、中型以上の〈モンスター〉がその上を踏むと重さで足場が崩れ、一時的に〈モンスター〉の身動きを止めるといったものだ。

 

「アンタは北西方向にシビレ罠を! 私は南東方向に落とし穴仕掛けるから!!」

「了解!」

 

 まずは出鼻を挫く。しかし罠を置いた場所を通るかは分からない。なにせ入り口が六つあるのだ。そこで――

 

「拡散弾、行くわよ!」

「大タル爆弾置いとくぞ!」

 

 近くの建物(ダミー)を崩し、他の道を塞いでしまう事にした。流石にわざわざ瓦礫の上を通りたがる〈モンスター〉はいないだろう。飛竜種や飛行能力を持つ鳥竜種ならともかく、そこまで機動力の高くない〈モンスター〉達だ。問題は無いだろう。

 

「ここでいいか!?」

「えぇ! 行くわよ!」

 

 俺が爆弾を置いたすぐ近くの建物の向かいに拡散弾は放たれた。拡散弾の爆弾で狙った建物を倒壊させ、爆風で大タル爆弾も爆破させるつもりのようだ。そしてその目論見は――上手くいった。入り口を一つ潰した。

 

「次行くぞ!」

「早くして!」

 

 そして、多少急かされたが六つの内三つの入り口を潰した。しかしこれで大タル爆弾と拡散弾は切らしてしまった。

 何故こちらをドスジャギィやドスランポスに当てなかったのかというと、俺が爆風にやられる可能性があるからだ。それに大タル爆弾は一度置くと移動させることは不可能。倒れて転がらないようにタルの蓋から接着液が出るように作られているため、地面とくっ付いてしまうからだ。因みになんでタルかと言うと――多少大きくても〈ハンター〉の筋力なら問題無いだろう、というのと、龍力性爆発物を含んだ爆弾で高威力なモノを作ろうとした時、このサイズしか作れなかったらしい。徹甲榴弾や拡散弾も龍力性爆発物を仕込んだ弾丸だが、大タル爆弾と比べると威力がかなり落ちてるらしい。

 

「これで……全部か?」

「そうね、あとは迎え撃つだけよ」

「……もっかい研いどこ」

 

 作業は済み、後は待つだけ。まあ、半ば一か八かの作戦なので落ち着けるわけもなく。既に研いでおいたはずの双剣をもう一度研ぐことにした。その時だった。

 

『ドスランポス、到着まであと60!』

「ッ! マジかよ!」

「進行方向、どうですか?」

『順調です!』

「了解!」

 

 取り出した砥石をポーチに戻し、代わりに強走薬を取り出す。これを飲めば残り一つだ。鬼人化して戦うことを前提に考えれば……実質効果時間は30分と少し程度だ。それまでにカタが付くか。いや、付けてみせる。

 

『来ます!』

 

ギャア!!ギャ……ギァァァァァァ!?

 

「よし! 行くわよ!」

「おう!」

 

 鬼人化した俺は胴体を斬り付け、冬雪は頭部を狙い撃つ。双剣の刃と銃弾が当たる度、ドスランポスの鱗は鮮血と共に飛び散る。鱗もかなり飛び散った。あと少し、あと少しだ……!

 

ギャア!!

 

「ランポス……冬雪!!」

「閃光玉、行くわよ!」

 

 納刀を面倒と感じたのか、ボウガンを片手で持って口で安全ピンを引き抜いて投げた。直後、閃光が広がる。

 

ギャア!?

 

「さっきと同じ!!」

「任せろ!!」

 

 まだ鬼人化は続いている。纏まっていたランポス達に右の剣で袈裟斬り、そして両の剣で逆袈裟に切り上げる。……まだ逝かないか。だったら!

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 双剣の切り札、鬼人乱舞。双剣の手数を最大限に活かした連続攻撃で、左の剣から右の剣を繰り返し動かし、最後には両の剣で叩き付ける、十連斬の技。一度繰り出すと、乱舞を出し切ることに集中して身動きが取れなくなるために隙が出来るが、今は閃光玉で身動きを封じているため、その隙を突かれる心配はない。

 

ギャア……

 

 これで取り巻きのランポスは全て倒した。あとはドスランポスを……!

 

『ドスジャギィ、ポイントに到達します! 準備を!!』

 

 ドスランポスに切りかかろうとした所で、通信が入る。……こんなタイミングで……!

 

「閃光玉構えて。ドスジャギィが来たと同時にランポスに投げといて」

「はいよ」

 

 仕方ない。あともう少し押し込みたかったが、それで倒せる保証も無い以上、打てる手を打つしかない。右の剣を腰に携帯している剥ぎ取りナイフの柄に引っ掛け、アイテムポーチから閃光玉を取り出す。正直な所……今のドスランポスに閃光玉を当てたとしても10秒もつかどうか。少なくとも二、三回も喰らっているので、それだけ視力が回復するのも早くなる。無論、それは冬雪も理解しているだろう。なら俺は、こいつを信じて出来ることをするだけだ……!

 

『来ます!』

「上田!!」

「行くぜ!」

 

ギャアァァァァ!?

ゴォォォォ!?

 

 眩い光に驚く吠えと、崩れた足場に戸惑う叫びが響く。狙うは叫びの主、ドスジャギィ。

 

「オォォォォォォォォォォォ!!」

 

 鬼人化の構えを取り、ドスジャギィへと突っ込み、ドスランポスにも放った乱舞を放つ。

 

ゴォォ!!

 

 効いている! このまま一気に……!再び乱舞を放つと、そんな鈍い音と共に両手に衝撃が伝わってきた。

 

「チッ、斬れ味が……」

「下がりなさい! 散弾撒いとくから!」

「助かる!」

 

 斬れ味が落ちては、せっかくの乱舞も効果が見込めない。取り敢えず砥石を……ん? あ、しまった。

 

「冬雪、ドスランポスが」

「やっぱりそんな頃よね。閃光玉を」

「今度は五秒持つかどうかだがな!」

 

 先に取り出していた砥石を置いて、すぐさま閃光玉の安全ピンを引き抜いて投げ付ける。

 

ギャア!?

 

「当たったか……でも」

 

 すぐに効果は消える。急いで研がねば。

 

「上田、ドスジャギィが」

「出てきたか。つまりここからは……」

「プランBよ」

「無策って意味じゃないプランBとか、滅多に聴けないな」

 

 茶化すと同時に双剣を研ぎ終え、納刀する。プランB。それは――

 

「走るわよ!」

「おうよ!!」

 

 唯一残した道に逃げ込むことだ。もちろん、ただ逃げるだけで終わらせる気もない。

 

「来たぞ!」

「閃光玉用意!!」

 

 冬雪は徹甲榴弾を装填し、俺は両手に閃光玉を構える。俺達が通った道を、ドスジャギィとドスランポスが追って来る。……幸い、他の取り巻きは既に全滅済みだ。対応は楽で済みそうだ。

 

「投げて!」

「喰らってろ!!」

 

 まずは左手に持った閃光玉を、安全ピンを噛んで引き抜いてから投げ付ける。結果は上々。動きは止められた。後は――

 

「冬雪!」

「言われなくても!」

 

 クロスボウガンから徹甲榴弾が数発放たれる。ただし狙う先はドスジャギィでもドスランポスでもなく――ダミーの建物だ。

 

「――ビンゴ」

「当たり前よ」

 

 徹甲榴弾が、コンクリートごと爆散する。そして残ったコンクリートの塊は落下する――ドスランポスを下敷きにするように。

 

ギャアァァァァ!?

 

「上田!!」

「トドメだァァァァ!!」

 

 鬼人化し、ドスランポスの頭部を思いっきり斬りつける。

 

ギャぁぁぁ……

 

「よし!」

「もう一本行くわよ!」

 

 その声を聞いて、すぐさま冬雪の後ろまで飛び退く。ドスジャギィの方を向くと、コンクリートの塊がアスファルトに叩き付けられた音が響いた。――無論、ドスジャギィの断末魔も。

 

ゴォぉぉぉ……

 

「終わった……のか?」

「こちらビギナー2。目標の反応は?」

『こちら司令部。目標、完全に沈黙。狩猟完了(クエストクリア)です』

「「……」」

『二人共、どうかしました?』

「「……よっしゃぁ!!!!」」

『ひゃあ!?』

「やったわよ!」

「やったぜ!!」

 

 思わず冬雪とハイタッチしてしまった。あとオペレーターさんが変な声上げてたような気がするが、気にしなくていいだろう。

 

「アタシの作戦のおかげね!!」

「……あぁ、そうだな。その通りだ。ありがとう冬雪」

「……なんか、アンタに素直に褒められると気持ち悪いわね」

「酷ぇ言いようだ。真癒さんに言い付けてやる」

「それだけは辞めて!?」

 

 冗談だ。って痛い痛い。無言でベシベシ叩くな。しかも頭を。

 

「取り敢えず、この瓦礫どかすか? このままだと後で調査隊の手間になるし」

『あ、大丈夫です。そこまで〈ハンター〉の方々に任せられません』

「そうですか」

『今迎えのヘリを向かわせてます。その場で待っていてくださ――え?』

 

 オペレーターさんの様子が変わった。それに釣られるように、通信機の向こう側と慌ただしくなってきた。

 

「こちらビギナー1。司令部、応答願う」

『こちら司令部……大変です。ただちにその場を離れて身を隠してください!!』

 

 オペレーターさんからただならぬ反応が返ってきた。何があった?

 

「な、何があったんですか……!?」

『新手の反応が……それも飛竜種です!』

「んな!?」

「マズイわね……行くわよ!」

「何処にだよ!?」

「取り敢えず拠点目指すわよ!」

『ダメです! 拠点の方向から来ています!』

「そんな……!」

 

 さて、飛竜種と言っても色々いる。『轟竜 ティガレックス』のような地上戦に強いタイプなら、まず廃ビルの物陰に隠れるのは悪手だろう。なにせ突っ込んで壊してくる。まあこれは見つかればの話だ。

 『火竜 リオレウス』のような空中戦をするタイプの場合、物陰を上手く使えば何とかやり過ごせるかもしれない。見つかりやすくはあるが。

 どちらも閃光玉を使えば何とかなるだろう。少なくとも逃げるぐらいは。

 

「こちらビギナー1。対象の詳細を知りたい」

『……蒼火竜、及び桜火竜です』

「リオレウス亜種にリオレイア亜種ですって……!?」

「流石に冗談キツイぜ……」

 

 よりにもよって陸空それぞれにスペシャリストみたいなのが来てしまったか……。なんかこんなに思考が回るのはアレか?半ばヤケクソか?

 

「というか、何で来たんですかそいつら……」

『分かりません。戦闘時に散った龍力に惹かれたのかと』

「フェロモンじゃねえんだぞ……!」

 

 もしそうだとしたら、なんだ。自業自得とでも言いてえのか。ふざけんな。

 

「とにかく、ここにいるのはマズイわね」

「移動するか」

 

 立ち上がると、ふと、頬に風を感じた。普通ならそれに違和感を感じることは無いはずだ。けどその風は()()()()()()()()

 

「雄也!!」

「へ?」

 

 冬雪が俺を突き飛ばした。……痛えなおい。怪我はしてねえけど。

 

「おいふゆ――」

「キャア!?」

「うおっ!?」

 

 冬雪の方に向き直ると、いきなり突っ込んで来た。何しやがる。というその言葉は、冬雪がいた方向の向こう側にいるモノを見て引っ込んだ。

 

「嘘……だろ?」

「……はぁ……はぁ……んぁっ……」

 

 冬雪の苦しむ声も、視線の先に見えるモノのせいで耳に入らない。誰だって目を疑いたくなる。だってそこには――

 

「リオレウス亜種……!」

 

 さっき襲来を知らされたばかりの敵がいるのだから。しかも冬雪はそれにやられた。いや、俺を庇ってこうなった。……完璧に俺のミスだ。

 

グルルルル……

 

 蒼火竜が無事な俺に気付いた……頼む。どうか取るに足らない相手として見逃してくれ……!

 あ、リオレウス亜種が翼を広げて上体を起こした。俺の祈りは届かなかったようだ。途端、二か月前に聴いたモノと同種の轟音が炸裂した。

 

ゴアァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!

 

「くっ……!」

「んっ……!」

 

 凄まじい雄叫びだが……いつまでもうずくまっては居られねえんだよ!

 

「冬雪、借りるぞ」

 

 動けない冬雪のポーチから、閃光玉を全て取り出す。これで合計六個。少なくともリオレウス亜種は撒けるはずだ。……問題は、リオレイア亜種がいつ来るか……!っ! 蒼火竜が飛び上がった!チャンスだ!

 

「食らっとけ!」

 

ガァッ!?

 

 眩い光に視界を潰された蒼火竜は、空中でバランスを崩し、無防備に巨体を地面に叩き付ける。今だ!全力で逃げる!

 

『桜火竜、蒼火竜との合流まであと120!』

「クソッ、ホント速いな……!」

 

 冬雪のクロスボウガンを量子化し、冬雪を横抱きに──つまりはお姫様抱っこ──して走り出す。

 取り敢えず、このまま走りだ――なんか殺気が!!思わず左に飛び退くと、闇雲に放たれた火球がさっきまで俺達がいた場所を焼き尽くした。あ、危ねぇ……

 

「冬雪、起きても文句言うなよ!」

 

 改めて走り出す。ポーチはすぐに閃光玉を出せるように軽くファスナーを開けてある。物が飛び出さない程度でもある。

 

「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 全力疾走。そろそろ蒼火竜の視力が回復するが、構わない。今はこの場を離れることに全力を注ぐ……!!

 

「こちらビギナー1! ベースキャンプまでの道案内を!!」

『その道を左に!……っ! リオレイア亜種、来ます!』

「もう二分かよ!」

 

 そう叫ぶと同時に、大きな影が俺の真上を通り過ぎた……方向変えないとな。

 

「こちらビギナー1」

『すぐそこの路地を左です』

「察しが良くて助かります!!」

 

ガァァァァァァァァァァァァァァ!!!!

 

 先程進んでいた方向から、けたたましい雄叫びが響いてきた……あっちにも気付かれてたか。取り敢えず閃光玉を持っとくか。

 

「んぁ……こ、こは……?」

「ッ! 起きたか!!」

 

 気を失っていた冬雪が、弱々しく目を覚ました。今までハッキリ見ていなかったから分からなかったが、蒼火竜の脚の爪が持つ毒で弱っているのが分かるほど、冬雪の顔色は悪かった。

 

「悪い……解毒薬は今持ってないんだ」

「雄也」

「でも待ってろ! すぐに拠点まで戻るからな!」

「雄也、話を」

「あと悪い! さっきは呆けてて! それでお前に酷い怪我を!」

「だから……命令……」

「今は喋らなくていい!!」

 

 何でだろうな、こいつが言おうとしてる事が何となく分かってしまう。こいつは、初めての狩猟(クエスト)でいきなり起きた緊急事態(ハプニング)に、訓練課程を終えてない新人二人で挑むような無茶も厭わない奴だ。だからこいつが――

 

「アタシを置いて……逃げなさい……!」

 

 こんな、ふざけた命令を出して来るだろうことも、想像が付いていた。だから――それに対する俺の答えも当然決まっている。

 

「ぜっっっっったいに却下だ!!」

 

 チラッと見た冬雪の顔が、驚愕に染まっているのが見えた……まだ納得してもらえて無いようだ。いいだろう、畳み掛けてやる。

 

「真癒さんや支部長にも言ったことだがな!! 俺の〈ハンター〉としての目標はな!真癒さんみたいに! !背中一つで誰かを安心させられるような! そんな〈ハンター〉になる事だ!! だから、お前を捨てていくなんて事したら、俺は一生!そんなのになれなくなる!!」

「命令には従えって……教官やアニキ、お姉ちゃんだって……」

「そんなふざけた命令で立派になるんなら永遠に半人前扱いで結構だ!!」

「ッ……」

「だから! 後でいくらでも罰すりゃいい! でも今は!! 俺の意地を……通させろ!!」

「……好きに……しなさい……」

「おうよ!!」

 

 言質は取った。全力でやらせてもらう!!……さて、あんな啖呵を切ったが、この状況をどう切り抜けようか。後ろからは通常種よりも強力な亜種の火竜の(つがい)が迫って来ており、対抗手段は今のところ閃光玉のみ。しかしこれも使えば使うほど効果は薄くなってくる。つまり使いどころが限られて来る訳だ。残りは5個。同時にヒットさせられるのがベストだが、そうそうそんなに上手くはいか――危ねっ!? これはリオレイア亜種の火球ブレスか。……アレ? リオレウス亜種が居ない……? って、まさか……!

 

グオアァッ!!

 

「うお!? 」

 

 いつの間に飛んでいたのか、俺の目の前まで蒼火竜は回り込んでいた。ってやべえ。リオレイア亜種もすぐそこまで来てるし……! 閃光玉を投げたいが、下手に動けば突っ込まれかねない……!

 

「もういいよ。アタシを……」

「まだ言うかお前は。それに、今ここでお前を捨てても捨てなくても、多分このままじゃ二人共お陀仏だ」

 

 飛竜二頭に挟まれては、下手な身動きは取れない。幸い、火竜は比較的警戒心が強いため、動かなければ何もしてこない……はず。今は威嚇してくるだけだが、これがいつ火球ブレスや突進に変わるか、全神経を集中し、意識を半分ずつリオレウス亜種とリオレイア亜種に割いて行動せねば。

 

 さて、どうする?閃光玉を使おうにも取り出す動作だけで突っ込んで来られかねない。しかし他にこの状況を切り抜けられるアイテムがある訳でもない。

仕方ない。突進覚悟で閃光玉を……ん? なんか転がってきた音が。アレは……音爆弾? って事は……!

 

「行くぞ冬雪!」

「……ふぇっ!?」

 

 転がってきた音爆弾に注意を向けた火竜の亜種達がそっちに気を取られている。お陰でその隙に閃光玉を手に取れた。直後、高周波音が響いた。流石に驚いたのか、逃げ出した俺達には一切目もくれず、辺りをキョロキョ――あ、こっちを見た。やっべ!! しかもリオレウス亜種が滞空して……滑空して来た……! 今度こそやば――

 

『そのまま走って!!』

「了解!!……へ?」

 

 直後、閃光が炸裂した。

 

「こっちだ二人共!!」

「どわぁっ!?」

 

 そして突然何かに引かれ、瓦礫の陰まで引っ張られた。

 

「よぉ、無事か?」

 

 声の方に向き直ると、そこには黒くてゴツゴツした、全身を先端が赤い突起物で覆った防具に身を包む大男がいた。この防具は確か『黒鎧竜 グラビモス亜種』から作られる『グラビドU』シリーズのはずだ。そしてこの声は……

 

「アニキ……」

「真治はともかく、お前は大丈夫そうだな。ってお前今……」

 

 俺の先輩〈ハンター〉、『常磐 誠也(ときわ せいや)』さんだ。確か今は【近畿地方支部】にいるはずだったが、戻って来たのだろう。

 

「あ、そうだ! 聞いてくれアニキ! 冬雪が……俺を庇って……!」

「落ち着けよ。どれどれ……毒は既に消えてるな……ただ傷が少し酷いな。ほれ、真治。秘薬だ」

「ん……ん……」

 

 アニキに支えられながら、秘薬――特殊な工程を経て作られた特殊な回復薬。龍力を持たない者には効果が無いらしい――を飲んだ冬雪は、みるみる顔色が良くなっていった。よ、良かった……。

 

「怪我はない、二人共?」

「真癒さん……!」

 

 兜を外されて自由になった白い長髪を靡かせながら、ウチの最高戦力がやって来た。

 

「特に雄也君。 敵に不意を突かれたから起こった状況とはいえ、よく凌いだね。偉い偉い」

「そんな。俺のせいで冬雪は……」

「反省会は帰ってから、だよ。いいね?」

「……はい!」

「良い返事。それじゃ、早速作戦を立てるよ……っとその前に」

 

 真癒さんが突如何かを地面に叩き付けた。見ると、辺り一帯に白い煙が漂い出した。けむり玉か。〈モンスター〉に気付かれてない時に使うと、直接触ったりしない限り絶対に見付からないようになる特殊アイテムだ。何でも、発する煙が〈モンスター〉の触覚を除いた五感の認識を阻害する性質を持った龍力を含んでるそうな。

 

「それじゃ改めて、作戦会議を」

「最優先は雄也と真治の撤退だな。 ハッキリ言って、戦力にならないし何より怪我人がいる」

「飛竜が二頭もいるこの状況じゃ、ヘリも飛ばせないしね」

「ここは、姐御が囮で俺が護衛、ってのがベストか?」

「だよねえ」

「無論、二人が逃げ切れれば俺も参戦する」

 

 話は終わった、と言わんばかりに二人が立ち上がる。

 

「そろそろ閃光玉の効果が切れる頃かな?」

「だろうな。念のため、俺は武器を出しておくぜ。あ、それと雄也。今度はゆっくり運んでやれ。今は俺達がいるからな」

「はい!」

 

 冬雪を抱え上げて立ち上がると、真癒さんは双剣を構え、誠也さん――いや、アニキは銀色の銃槍(ガンランス)『ガンチャリオット』を構えた。

 

「三つ数えたら行くわよ……3、2、1……!」

 

 瞬間、真癒さんがその場から消えた。龍力を放出してブーストを掛けたようだ。お陰で龍力を追って真癒さんの位置を捉えられた。

 

「見たいか?」

「え? 」

「お前の目標だ。 いつかまた見る事も出来るだろうがな……早いに越したこたぁねえだろ? 」

「でも冬雪が……」

「実は歩けるんだろ、真治?」

「え?」

「よっと」

「うおっ!?」

 

 突如冬雪が跳ねるように起き上がった。……ってか、普通に元気だと!?

 

「い、いつから……!?」

「作戦が決まったあたりでよ。秘薬はやっぱり効くわね」

「そういう事だ、真癒の姐御の邪魔をしねえように、見させてもらおうぜ」

「ま、まあ問題無いなら良いのかな……」

 

 もしこれで説教されるような事があれば、容赦なくアニキを囮にして逃げよう。

 

「あ、あのさ上田……」

「ん? どうした冬雪」

 

 俺に話しかけた冬雪は、どうしてか話しかけた癖に顔を逸らしている。しかも耳が赤い。ということは顔も赤くなってるのか。何故だ。

 

「さっき、助けてくれたじゃん?」

「まあ、一応そうだが」

「……ありがと」

「……どういたしまして」

 

 なるほど。礼を言うのが恥ずかしかったのか。こいつなので納得だ。さてと、真癒さんの技量をしっかりこの目に焼き付けないとな。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 さてと……時間稼ぎ、もとい新人二人への実演を始めようかな。というか、気付かれないとでも思ってるのだろうか。〈龍血者(ドラグーン)〉である私の気配探知と龍力感知は、千里眼の薬を飲まずともそれに準ずるレベルだ。誠也とて知らないわけじゃない。わざとか。後でみっちり叱ってやろう。

 

グルルル……

ゴォォォ……

 

「って、余計なこと考えてる場合じゃないよね」

 

 私の眼前には、興奮が頂点に達した、いわゆる怒り状態に突入して私を睨みつけているリオレウス亜種とリオレイア亜種がいる。

 

ガアァッ!

 

 あ、突っ込んで来た。これはまずい。

 

「よっと」

 

 まあ、食らってなんてあげないけど。いい踏み台だし。お、驚いてる驚いてる。リオレウス亜種がまさに『開いた口が塞がらない』って感じだ。まあ、それじゃ悪いけど──

 

「――『白光(びゃっこう)』」

 

 倒されてもらうよ。

 

ガアァァァァァ!?

 

 うんうん。やっぱ逆袈裟に薙いだ方が、私の〈破龍技(ジーク・アーツ)〉は撃ちやすいね。ん? リオレイア亜種が起き上がったのか……って、爆炎ブレス!? それはマズイって!

 

「ごめんね!」

 

 まだ生きているリオレウス亜種の後ろに回り込むしかないかぁ……幸い、まだ生きてるから踏み台にもしやすいし。

 

ゴアァ! ゴアァァ!! ゴアァァァ!!!

 

 ふう……危なかった危なかった。それじゃ……そろそろ終わらせないとね。

 

「――いくよ」

 

 鬼人化完了。巷では、私の鬼人化は死刑宣告らしい。人を死神の類みたいに言わないで欲しい。まあ、決着を付けるつもりなのは事実だけどね。

 

「ふっ!!」

 

ゴォォォ……!

 

 三連突きからの回転斬り――『乱舞改』が効いてるようだ。それもそうか。雷属性と龍属性はリオレイア亜種が最も苦手とする二属性なのだから。

 おっと炎噛み付き。滑り込むように懐に潜り込む。鬼人回避も上手くいった。今度はサマーソルト……それも広範囲型。なら、今度は受け流してから……!

 

「頂くよ!!」

 

ガアァァァァァ!?

 

 先程リオレウス亜種の頭部に叩き込んだモノと同じ〈破龍技〉を、リオレイア亜種の尻尾に撃ち込むと、見事なまでにぶった切れた。バランスを崩したリオレイア亜種は仰向けになって倒れた。――じゃあ、トドメだよ。

 

「せいっ!!」

 

ゴォォォ……

 

 頭部に左の白剣『白夜』を叩き付けると、リオレイア亜種はピクリとも動かなくなった。

 次はリオレウス亜種。さっき『白光』を頭に撃ち込んだからそんな体力は残ってないだろうけど……私もこれ以上戦うだけの力はあんまり残ってない。これ以上龍力を使うと吐血しかねない。だから――

 

「後は、お願いね。誠也」

「あいよ!」

 

 リオレウス亜種に背を向けて歩き出した私の背後で、閃光が炸裂した。そして私と入れ違うように、黒い鎧の男が乗り出した。私は――雄也君と真治の所にでも下がろうか。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 言葉が出ない、とはこういう事なのだと思い知った。

 何に対してか。真癒さんが一人で二頭の〈モンスター〉をあしらった事ではない。真癒さんの〈破龍技(ジーク・アーツ)〉――〈龍血者(ドラグーン)〉が専用武具〈滅龍武具(ドラゴンスレイヤー)〉に龍力を込めて放つ、いわゆる『必殺技』――の一撃が素晴らしかったからでもない。

 ただただ――美しかった。その技全てに、魅入られた。同時に、あの目標(せなか)の遠さを実感した。

 果たして、俺はあの技を習得するのに何年かかるのか。真癒さんの隣に並び立つほどの〈ハンター〉となるのに、どれほどの年月を重ねればよいのか。

 まだ、その道の長さも、その道の方向も、分からない。でも――

 

ガアァァァァァ!?……ゴァァァ……

 

 リオレウス亜種の断末魔が響いた。見ると、アニキのガンランスがリオレウス亜種の喉元を貫いていた。間違いなくトドメを刺したようだ。

 

「……終わった?」

「あぁ、狩猟完了(クエストクリア)だ」

 

 でも――今はまだ、分からなくてもいいのかもしれない。今はまだ、進み続ける時期だから。真癒さんなら、きっとそう言う。

 

「それじゃ、帰ろっか」

「「はい!!」」

「初陣祝いでもするか?」

「いいね」

 

 かくして、俺の初狩猟(ファースト・クエスト)は幕を閉じた。




真癒さんがレイア亜種を踏み付けてたりするけど別にエリアルスタイルではない。
後であらすじの作者コメ欄(みたいに書いてるところ)にも書きますが、本作が使用する作品は、(本家なら)MH3Gまでのモンスターや武具を使用します。フロンティアは……適当でいいや。


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第7話 明日を見た青空、過去を思う夜空

5/12 サブタイ変更。前サブタイはもっと先の展開に使いたい。


2011年 7月21日

 

 

クワァァァッッ!?

 

 耳元で炸裂した爆音に、巨大な赤鳥――『怪鳥 イャンクック』――が直立したまま硬直する。音の出処はさっき怪鳥の頭部に刺さった徹甲榴弾が炸裂したことによって発生した爆発だ。

 

「今よ!」

「せいやぁっ!!」

 

 双刃(ツインダガー)が翼の青い皮膜を斬り裂く。赤みを帯びた鱗も、鮮血と共に飛び散る。こいつの翼は刃物に弱いようだな。

 

クワァァァ!!

 

 怒り状態……ん? 耳が小さくなってる! もうこいつにそこまで体力は残ってねえ!!

 

貫通弾(こいつ)を! 喰らいなさい!!」

「落ちろぉ!!」

 

 貫通弾の雨が頭部に、双剣の乱舞は翼と尾を同時に斬り裂く。

 

「これで!」

「終わりよ!!」

 

 徹甲榴弾が、クロスボウガンから放たれる。狙いは当然――傷だらけの頭部だ。

 

クワァァァァ………

 

 頭部が爆裂すると同時、土煙を撒き散らしながら、その巨躯が地に伏せる――討伐成功、任務完了(クエストクリア)だ。

 

「やった……みたいね」

「あぁ……終わったぞ」

 

 今回はドスランポスとドスジャギィの時のように特にいがみ合うこともなく――というかあれ以来全くない――『怪鳥 イャンクック』の狩猟に成功した。

 

『良くやった二人共!! ではシミュレーションモードを解除する! 二人は休息を取りたまえ!!』

「「了解!」」

 

 それにしても、AR技術も進歩したものだ。なにせここまで()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 因みになんでARシミュレータなんかで狩りをしてたかっていうとそりゃあ――訓練過程の卒業試験だからだ。

 

 

◇◆◇◆◇

 

7月22日

 

「二人共!合格である!!」

「おめでとう!真治、雄也君!」

 

 卒業試験から一日経った今日。学校も終業式だったのですぐに終わり、速攻でハンドルマに戻って訓練室に行くと、既に来ていた真治共々、そんな言葉で迎えられた。

 余談だが、『冬雪』から『真治』に呼び方が変わっているのには一応理由がある。先日の火竜亜種夫妻出現の後医務室で――

 

『アンタを、信じられる味方(ハンター)として認めるわ。これからは、背中を預ける信頼の証として、お互い名前で呼びましょ。だからアンタも、そう呼びなさい』

 

 と言われた。真癒さんも信頼する仲間は皆名前で呼んでたようなので、恐らくその真似だろう。もちろん話には乗った。同じ目標を持つ者同士だし、何より、これからは信じるべき仲間だとお互い思ったからだ。異論はない。

 

閑話休題

 

 『卒業試験合格』。そう告げられた。つまり――

 

「やったな! これで訓練生は卒業だ!! 晴れてプロの〈ハンター〉だ!!」

「ほ、ホントですか!?」

「さ、サプライズじゃないわよね!?」

「本当よ。ほら、これがライセンス」

 

 真癒さんの両手には、二枚の白いカードが存在している。確かに、俺と真治の顔写真と名前が貼ってある。ってか、いつの間に写真撮ったんだ。

 

「はい。見せたんだから、卒業式兼宣誓式するよ?」

「卒業式と宣誓式!? 初耳ですよ!?」

「形だけだから大丈夫だよ? ま、決意を新たに、って事でね?」

「……そういう事なら」

 

 脚は肩幅より半歩ほど広げ、両手は背中側の腰辺りに。と姿勢に指示が入る。軍人かよ。

 目前には、真ん中に腕を組んだ教官、左右それぞれにアニキと真癒さん――俺の前に真癒さん、真治の前にアニキ――が立っている。

 

「卒業!! 上田雄也、冬雪真治!! 上記の者は、【龍力組成生命体群対抗特務機関ハンドルマ】の訓練過程において優秀な成績を修めたとしてここに賞する!!」

「はい!!」

「続いて宣誓!! 上田雄也、冬雪真治!!」

「はい!!」

 

 ッ!! 教官から龍力の波動が……やっぱり元〈ハンター〉……いや、〈龍血者(ドラグーン)〉!? しかも暑苦しい!! やっぱり教官のだこれぇ!!

 

「いついかなる時も!! どのような〈モンスター〉が現れた時も!! 多くを生かし!! 己も生かす!! その上で勝利を掴む覚悟はあるかァッ!!!!」

 

 ……ッ!! すげえ覇気……!! 真治も気圧されてる……!

 でも、それでも!!

 

「「はい!!!!」」

「良い返事だ二人共ォッ!!」

 

 直後、爆風が吹き荒れ、そしてすぐに収まった。

 

「お疲れ様二人共。 暑苦しかった?」

「それはもう」

「まあ、【第一中国地方支部(ここ)】の〈ハンター〉は必ず通る儀式みてえなモンだ。教官の暑苦しさと覇気に耐えて答えられたら立派なモンだ」

「ふ、ふん!だ、伊達に実戦くぐり抜けて無いわよ……!!」

 

 実際、実戦くぐり抜けてなかったら今ので腰抜かしてたかもしれん。って、今はそれより気になることが。

 

「あの、教官」

「何かね?」

「さっきの熱気って……」

「ハッハッハッハ!! 以前も言ったはずである!! 吾輩の事は、貴様らが一人前になってからであると!!」

「……はい!!」

 

 はぐらかされたが、今はいい。いつかそれを教えるに値する人間になれという事なのだろう。

 以前――少なくとも実戦前であれば何も思わなかったが、あの空気感と教官の覇気が、教官がかつて味わったであろう()()()への好奇心を湧きたてる。だから絶対この人に、いやそれだけじゃない。真癒さんとアニキにも認められるような〈ハンター〉になってやる。目標がまた増えたな。

 

「よし!! 二人共無事にプロになれたわけだし、明日は打ち上げだ!!」

「あ、いいね。どこにしようか?」

「海に行くぞ!! もう海開きはしてるしな!」

「いいですねそれ」

「んじゃ、それで行こうか。真治、水着買いに行くよ」

「うん!」

「よし、俺らも行くぞ!!」

「おうっ!!」

 

 今年最初の思い出は、先輩〈ハンター〉達との海水浴になった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

7月23日

 

「騙して悪いが、仕事なんでな。付き合ってもらうぞ」

「クソがぁぁぁぁぁ!! どうせこんな事だろうと思ったわ!!」

「なんで打ち上げで水練なんかしなきゃなのよ!?」

 

 あ、ありのまま起こったことを話すぜ! 海水浴だと思ってたら水連になっていた。な、何を言っているか分からねーと思うが――っていう現実逃避はここまでにしとくか。

 完全に騙された。俺はともかく、真治はどう見ても水泳する格好じゃない。なにせビキニ(水色)だからだ。ってか、中一でビキニとか背伸びしてるなー。

 

「そもそも! 訓練生卒業したのに何でまたそういう訓練なのよ!」

「なんでってそりゃあ、訓練過程には組み込まれて無いからな。だが日本に生まれたからにゃ、必ずやって貰う項目だ。諦めろよ」

「日本は島国だからね。ラギアクルスとかガノトトスが来たのに手が出せないとか、笑い話にもならないし」

 

 真癒さんの声。振り向くと、そこには思わず鼻血吹き出しそうな美女が立っていた。

 

「……ッ!」

「こいつぁ……見事なモンだ……!!」

 

 アニキがガッツポーズしてるが、視界に入らない。今俺達が踏んでいる砂浜よりも輝いて見える白い肌。そんな白い肌によく映える黒いビキニ。日焼け対策の一つとして羽織っているのだろう薄手のグレーのパーカー。相変わらずルビーのように輝く赤い瞳に、ポニーテールにまとめあげられた、太陽光さえも反射する銀髪。何もかもが、俺の目を惹き付けて離してくれない。

 

「あ、あの雄也君……そんなまじまじと見られると流石に恥ずかしいよ……」

「え、あ、その、すみま――」

「ふん!!」

 

 俺の鼻っ柱に、サンダルを履いた足が突き刺さった。

 

「いだぁ!! なにしやがる真治ァ!!」

「鼻の下伸ばしちゃって。これでアンタはそこらのナンパ野郎と同格に堕ちたわ」

「酷ぇ! だったらてめえのをガン見してやる! 」

「ふふん、いいわよ! このアタシのナイスバディの前にひれ伏し――」

「悪い、やっぱり遠慮しとくわ。なんか、悲しくなってくる」

「何をどう見たら悲しくなってくんのよ!?」

 

 そりゃ真癒さんと見比べたらなぁ……将来性はあるかもだが。しかしなんつーか。真癒さんは思っていたより……その、慎ましかったです。これ以上は何も言うまい。ほら、何かを察した真癒さんから殺気が飛んできた気がするし、なんか真癒さんの笑顔見てたら恐怖心が湧いてくる。笑顔は元来威嚇に用いられるものだというのは本当らしい。

 

「おーい。話戻すぞ?」

「あ、どうぞ」

「俺に対しては敬語なしでいいぞー。真治、格好の事だが心配しなくていい。武装すればいいんだからな」

「あ、そっか」

「まあ、いきなりはアレだからな。まずは潜水時間を伸ばす所からだ。最低でも二十分は潜り続けていられるようにしないと、水中戦は出来ねえ」

「長っ……!」

「しかもそこからほぼ休憩なしで泳ぎ続けるし、〈モンスター〉の攻撃に被弾しても空気を吐き出さない耐久力も必要だよ」

 

 想像以上に、求められるものはハードだった。

 

「えぇっと……もしかしてほぼ毎日来る事になったりします?」

「いや。 一応、たまに来る程度の予定だが、まあ週一でここに来る事にはなるだろうな」

「まあ、早く水中戦のノウハウを習得しないとだね。夏が終わっちゃうし」

「……平均でどれぐらいかかりますか?」

「半月ありゃ済むな」

「行くぞ真治!! 夏が終わる前に!!」

「焦りすぎよ。普通にやってれば半月で済むんだから」

「ハッハッハ! まあ早いに越したこたァねえしなぁ! だが安心しろ! まずは思いっきり遊べぇ!!」

「信じてたよアニキ!!」

 

救いの神はあった――では、存分に遊ぶぞ!!

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「ふぅ……」

 

 今日は遊んでいいとのお達しが来てから遊び倒し、今はお昼時。既に三時間は遊んだ。飯を食って一休みと行こう。

 

「目一杯遊んだ?」

「あ、ま、真癒さん」

 

 真癒さん、そのカッコはとても心臓とか他の部位に悪い。しかも前かがみにならないで下さいマイサンに悪いからァ!!……まあ、慎ましいから実際そこまでじゃな――やめて真癒さん無言かつ笑顔で俺にアイアンクローするのやめて、ってか俺の心読むのやめてください。

 

「失礼な事考えるからだよ。あと顔に出てた」

「誠に申し訳ありませんでした」

 

 熱い砂浜の上での土下座。やばい火傷しそう。

 

「それで、楽しかった?」

「はいとても! でも……」

「? でも……?」

「真癒さんも一緒だったらなぁ……って」

 

 流石に少し恥ずかしい。顔は間違いなく赤い。思わず目を逸らす……が、水着の美女がそこらじゅうにいるせいでむしろ目の毒になった。逆方向逆方向。美味そうな焼きそばが見えた。後で食べよう。……じゃなくて真癒さんだ真癒さん。見ると、キョトンとした顔をしている。と思ったら今度は満面の笑みで――

 

「いいよ。ご飯食べてお腹が落ち着いたら遊ぼっか」

「え、あ……いいんですか?」

「誘っておいてそれは無いでしょ。さっきまで何もしてなかったのは、単純に自分から動くのが面倒だっただけ。誘われれば行ってあげるつもりだったよ?」

「そ、そうなんですか」

「そういう事。それじゃ……ご飯、食べよっか。奢るよ」

「い、いや、それぐらいは自分で」

「先輩の施しは受けておくモノだよ。何食べたい?」

「あ、それじゃあ焼きそばと唐揚げを。飲み物はコーラで」

「はーい」

 

 まだまだ夏は終わらない。因みにこの数時間後、真癒さんとの遠泳で力尽きて漂流物になりかけた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

「真治と雄也のプロ〈ハンター〉就任を祝って――乾杯!!」

『乾杯!!』

 

 その夜。打ち上げという事で夕飯は砂浜でのBBQとなった。海水浴場の近所に住む俺の母方の祖父母や、ハンドルマスタッフで比較的俺達が顔を知っている人達が参加した。

 

「ありがとうね雄也。わざわざ誘ってくれて」

「ええよ婆ちゃん。ただまあ、爺ちゃん肉食えるかな」

「わしゃ焼きおにぎりがありゃ十分じゃ」

「そっか」

 

 爺ちゃんと婆ちゃんも元気そうだ。

 

「花音さん!! それは私の肉!!」

「ハハハ! 真治君! 若い内から食いすぎると太りやすくなるぞ!」

「嘘言わないでください!! それとアタシはまだ育ち盛りだから大丈夫です! 花音さんこそ太りますよ!」

「大丈夫だ! 今まで贅肉が腹に行った事はあんまり無い! 全て胸に行った!」

「なら、引きちぎってあげましょうか!?」

 

 向こうも向こうで騒がしい。花音さんと真治が肉を取り合ってるのか。食べ物の取り合いは醜いものだ。

 因みに、花音さんも水着だ。いやもうホント……凄いです。凄く目の毒。マイサン起きそう。

 

「雄也ァ!! 肉食ってるか肉ぅ!!」

「食べてるよアニキ。カルビもポポノタンも鶏肉も」

「ならばよぉし! もっと食うぞ!!」

 

 アニキは夜になっても元気だ。その傍らには教官が立っており、焼いた肉を凄まじい勢いで頬張っている。アレは早くしないと喰らい尽くされるな。

 

「真癒さん、何が欲しいですか? 取ってきますよ」

「ポポノタンお願い」

「分かりました」

 

 アニキ達が暴虐の限りを尽くしている所に横入りして肉を数枚いただく。よく焼けてるな。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

 

 お礼を言うと、真癒さんが少し横に動いた。隣に座れってか。肉を食うには丁度いい。

 

「楽しかった?」

「何がです?」

「お昼の時と同じ意味」

「楽しかったですよ」

「それは良かった。一応就任祝いとして設けた日だからね」

「いきなり水練と言われた時は半ば理不尽と絶望を感じましたがね……」

「だから今日は遊んでいい、って言ったじゃん」

「そうですね」

 

 会話が一段落した気がしたので再び肉を頬張る。……にしても、ポポノタンはタンの癖してカルビ並に分厚い。食べごたえは最高だ。って、なんで真癒さんは俺をジロジロ見ながら笑みを浮かべてるのか。

 

「……どうしたんですか?」

「別に? 強いて言うなら……ある人を思い出したというか」

「ある人? まさか、元カレですか?」

「えぇっ!? な、なんで分かったの?」

 

 衝撃の事実。真癒さんは元リア充。まあ、美人だからいたとしてもおかしくはないか。ないが……モヤモヤするな。真癒さんが誰かと付き合ってたことじゃなくて、真癒さんが別れた経験があることに。こんなに美人で優しいのだ。加えて真癒さんが自身を捨てるような悪い男に引っかかるとも思えない。差し支えなければ知りたいな。

 

「教えてあげようか?」

「ナチュラルに人の心を読むのは辞めましょう真癒さん」

「君が分かりやす過ぎるの」

「そっちの訓練も必要な気がしてきました……」

「それで、知りたいの?」

「それは……まあ」

 

 ここで意地張っても意味は無いだろう。ここで折れた所で負けた気分になる訳でもないし。俺はプライドと好奇心なら好奇心を取る主義だ。意地や見栄など、自分の首を絞めるだけだと小学校で思い知った。お陰で小学生はボッチになった。

 

閑話休題

 

 とにかく今は、真癒さんの元カレが知りたい。

 

「いいよ、話してあげる。と言ってもそんな複雑な話じゃないんだ」

 

 一拍置いて、空を見上げながら話し始めた。

 

「彼と出会ったのは私が〈ハンター〉になりたての頃。つまりは〈ハンター〉一年生の時。なったのはもう三年も前かな?」

「って事は、俺と同じぐらいの時に?」

「そうだね。その時は【関東支部】にいたの。そこの訓練生顔合わせの時に初めて出会ったの。彼の第一印象は、『がむしゃら』だった。 何かに向かって一直線な姿勢だった。今思えば、強い〈ハンター〉になりたかったのかもね。

……そういう所は雄也君からも感じたんだ。〈滅龍剣皇(ジークフリート)〉や昔助けてくれた〈ハンター〉の事を目指して、ご両親と大喧嘩してでも突き進むほど、その一直線な姿勢を。

……でも危なっかしく感じたんだ。だからあの時彼によく突っかかってた。無茶しすぎだ、一人でやってるんじゃないんだぞ、って」

 

 その都度他の仲間に止められたけど、と言って今度は海の方を見つめる。その仲間は、今海外にでもいるのだろうか。

 

「でもその内、なんかとても放っておけなくなっちゃって。何とかして無茶を止めようとしてたらいつの間にか告白しちゃってて。そのまま付き合う事になったの。まあ嫌では無かったし、これも一つの経験だ、これで無茶を止められるかもしれない、って自分の中の戸惑いを抑えて付き合ったの」

 

 でも、と再び空を見上げる真癒さん。最後まで聞こう。それに、こんな顔をした真癒さんなんて、もう見れないかもしれないし。

 

「気が付いたら、絶対に失いたくない存在になってた。そしたら今度は私が無茶するようになっちゃって……大怪我した後大喧嘩して、謝ろうとしたら、いつの間にか彼は異動になってた」

 

 再び海の方を見る。……顔を見られたくないらしい。どうやら、自然消滅だったようだ。悲しい事だ。しかもこの様子から察するに、連絡は一切取れなくなったと見える。

 俺は、どうするべきか。慰めの言葉を述べるには、俺は真癒さんを知らなさすぎるし、何より聞いた俺が言えることではない。ここは――

 

「……すみません、辛いことを思い出させて」

 

 何はともあれ、謝罪しない事には始められない。

 

「ううん、いいの。他にも良かったことも思い出せたから。あの頃は、辛いことばかりじゃなかったし」

「でも……」

「……謝罪の意があるなら、そうだね……」

 

 手の甲で顔を拭い、こちらに向いた。目は若干赤い。しかし立ち上がってこちらを見据えてくる。

 真癒さんの表情(かお)が、さっきとは違い、どこか希望を持った顔をしている。

 

「大体の無茶なら許容されるほど、強くなりなさい。それが唯一謝罪の意を表せる方法だから」

「……はい!」

「だから……私の弟子になりなさい!」

「はい!……え?」

 

 人差し指をピンと伸ばして俺を指さし、唐突に弟子宣言された。

 

「ななな、何でですか!?」

「それが一番手っ取り早いかな、って。元々弟子にするつもりはあったし」

「そ、そうなんですか……」

「うん、だから……これからもよろしくね」

「拒否権無しっすか……まあいいです」

 

 俺も立ち上がって真癒さんに向き合う。真癒さんの目を見て、ハッキリと宣言させてもらおう。

 

「これから、よろしくお願いします。でも真癒さん」

「ん? なに?」

「真癒さんに教えてもらう以上、十年……いや、五年後には追い越してみせます。覚悟してください!!」

「へぇ……」

 

 真癒さんが悪そうな笑みを浮かべる。あ、これこの先、酷くしごかれる事になりそう。

 

「なら、地獄のような特訓も覚悟の上だね?」

「っ……も、もちろんです!!」

 

 見栄を張ったつもりはない。〈滅龍剣皇〉のような、そして真癒さんのような〈ハンター〉を目指す以上、決して楽な道のりでないことぐらい分かってる。流石にどっかがもげるようなのは勘弁願いたいが。

 

「ふ~ん? まあ、今はそういうことにしておこうか」

 

 随分と怖いモノを感じさせる返事だが、ひとまずほっとする。

 

「それじゃ、明日からだね。今日はまだ時間があるもの。まだ楽しもう?」

「はい!師匠!!」

「……恥ずかしいから今まで通りでお願い」

「はい! 真癒さん!」

 

 俺と真癒さんの師弟関係が始まった。さて、明日からこれまで以上に全力で頑張っていくか。



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第8話 強襲する緑黄の水流

おはこんばんちは、Gurren-双龍です。
更新ペース、大体こんなもんかなぁ。まあ早くなったり遅くなったりと安定してませんが。


8月7日

 

「ぷはぁ!」

「13分18秒。うーん、中々15分行かないね」

 

 真癒さんの弟子になってから大体三週間。【ハンドルマ第一中国地方支部】のプール室。今日も潜水時間を伸ばすために素潜りを続けている。

 水中での動きは及第点らしいが、中々潜水時間が最低ラインに達しないらしい。一応『酸素玉』というアイテムや『イキツギソウ』なる植物で、潜水時間を伸ばすことは出来るが、やはり隙が出来る。潜水時間が短いということは、アイテムを使用する隙や浮上する隙が増えるということだ。それはよろしく無い。……のだが、中々潜水時間が伸びない。いや、始めて一週間や二週間ぐらいは、一気に五分ぐらい伸びたりは出来たのだ。しかしそれ以来、伸び悩むようになった。5秒単位ぐらいでしか伸びてくれなくなった。たまにタイムが縮むこともある。我が師である真癒さんやアニキにも、こんな時期はあったようだが、なら何で真治の奴は既に30分間潜水出来るのか。個人差にしたって倍ぐらいあるって何さそれ。

 

「もしかして雄也、潜ってる時に考え事とかしてる?」

「え? 考え事というか……長く潜れるように意識しなきゃと頭の中でブツブツ言い聞かせてはいますが」

「それ。それが原因だね」

「へ?」

「脳ってのはな、体の中で一番の大飯食らいなんだよ。その食い物には、酸素も含まれてるんだ」

「つまり、脳が酸素を消費しまくって潜水に回す酸素が足りなくなってる、ってこと」

「ま、マジですか……」

「マジです」

 

 競泳水着姿の真癒さんは、腰に両手を当てて『ぷんすか!』といった感じだ。余計な事をしていたのを知って怒っているらしい。

 

「いい、雄也? 意識するのは龍力を持つ者として大事だけど、それ以前に私達は人間。思考すれば酸素を消費するの。だからそんなブツブツ唱えるようにしなくてもいいの。一回意識すればあとは出来るから、もっかい行ってみよ?」

「は、はい!」

 

 俺は長く潜れる! よし行くぞ!! その勢いのまま潜水。体から力を抜く。水と一体化したような感覚がする。

 水中で目を開く。〈ハンター〉であるため、ここで目を開いても塩素ごときにやられる目ではない。なにせ『毒怪鳥 ゲリョス』や『紅彩鳥 クルペッコ亜種』などの閃光でも失明しないほど、〈ハンター〉の眼球や視覚は強靭だ。

 おや、真癒さんやアニキも潜ってきた。アニキはその筋肉を強調するようにマッスルポーズのまま潜水。因みに海パン姿である。真癒さんは自然体。しっかし競泳水着だとスレンダーな体型が強調されるなぁ……あ、また殺気。スレンダーは褒め言葉のつもりなのだが。ん? 人差し指を立てて口元に……あ、『何も考えるな』ってことか。酸素食うしな。よし無心だ。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「ぷはぁ!」

「お、32分! 最低ライン越えたね」

「よぉし!! 次はその状態のまま双剣持って水泳だ!」

「まだ早いよ」

 

 上手くいったようだ。よし、この調子だな。

 

「あら、やっと30分いったの?」

「お、真治。まあな」

「ふーん、海の時あんなほざいてた癖に遅かったわね」

「うぐっ……」

「なんだっけー? 確か『行くぞ真治!! 夏が終わる前に!!』だっけ? ダサいわね、人に行くぞなんて言っておいて私より遅いなんて」

「もうやめろ流石にキツイ」

 

 土下座して頼む。プライドなど投げ捨てるものだ。構わない。

 

「アンタ、土下座とかプライドはそう安売りするもんじゃないわよ? せめて相手を選びなさいよ」

「いや、お前だし別にいいかな、って」

「……ふーん、あっそ」

 

 真治みたいに、信頼できる仲間とかでないと、流石に俺も土下座とかはしない。

 あとなんか妙に間を置いて声が聞こえた。恐る恐る顔を見ると、ジト目の呆れ顔でした。いかにもやる気が失せた、って感じだ。……悪いことしてしまったのか?

 

「……なんかすまん」

「謝んなくていいわよ。信頼してることはいい事だし」

「そ、そうか」

 

 ……気まずい。真癒さんやアニキは肩を竦めてお手上げ、って感じ……いや、自分でなんとかしろ、ってことか。気が重い。取り敢えず着替えるか。と思った矢先に空気の震えを感じた。もちろん真癒さん達も気付いた。

 

ヴィィィィィィィィ!! ヴィィィィィィィィ!!

 

「これは……」

「〈モンスター〉出現警報よ……!」

「行くぞお前らぁ!! 仕事だ仕事!!」

『了解!!』

「でもその前に、コンデション整えていこうか。大丈夫、ハンドルマの人が時間稼ぎならしてくれるし」

「はい!」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「今回の標的は、海竜種の『水獣 ロアルドロス』。水中戦が得意な〈モンスター〉なの」

「……やはり、地上戦に持ち込む方が吉ですかね?」

「それも一つの手だが、ガノトトスと違って、これと言ったおびき寄せる方法がねえからな。基本は水中戦になると思っとけ」

「水中での射撃練習は充分積んだわ。少なくともロアルドロスとやりあえる程度にはね」

「真治、頑張ってたもんね」

「当然よ!」

 

 移動用ヘリの中で、デバイス接続式量子化装備カスタム装置――正式名称A(アームド)カスタマーを使って、装備とアイテムを整える。武器は双剣。しかしツインダガーのままではなく、防具も一新した。二ヶ月前に討伐したドスジャギィとドスランポスの素材を用いた装備にしてあるのだ。武器はジャギィ素材から作った『ジャギットショテル改』。防具は『ランポスシリーズ』だ。こいつを着るのは何気に初めてである。

 アイテムは回復薬や砥石に罠アイテムなどの基本セット。そして呼吸用の酸素玉だ。恐らく俺の連続戦闘時間は15分ほど。思考することなどで食う酸素を考えれば妥当だろう。まあ、真治やアニキはもっと長いだろうがな。真癒さんは言わずもがな。

 

「さて、そろそろ到着だ。飛び降りるぞ!!」

「「飛び降りるの!?」」

「基本だよ? あ、心配いらないよ。余程ドジでない限り骨折しないし、頭から行かない限りは死なないから!」

「そそそそ、そういう問題じゃなくてえ!!」

「流石に怖いわよ!」

「問答無用ださっさと行くぞオラァ!!」

「キャアアアアアアアアア!!??」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

 この浮遊感……! そしてすぐ側で聞こえる真治の悲鳴……! 真治も俺も小脇に担いで飛び降りやがったのかアニキ(この馬鹿野郎)!?

 

「どりゃあ!!」

 

 やっと着地。って砂煙が!!

 

「ゴホゴホゴホォッ!!」

「ゲハゲハゲホォッ!!」

「もう、女の子がそんな声あげないの」

「叱るならアタシじゃなくてこのバカ糸目野郎にして!?」

「流石に同感だコンニャロウ!!」

「バカは酷くねえかお前ら!?」

「「当然の返事じゃこの野郎!!」」

 

 理不尽すぎるだろこれは。流石に上司相手でもこれはキレていいはず。ってかキレる。キレてやる。

 

「はいはいみんな。現地着いたけど作戦会議始めるよ。誠也もいい加減二人を離しなさい」

「おう、分かった」

「落としちゃダメよ?」

「え?」

「「もう遅グハ!?」」

 

 スタートから散々だ。砂まみれになるし砂まみれになった。

 

「改めて確認ね。今回の標的はロアルドロス。火炎や熱気、乾燥に弱いモンスターだけど、場所は見ての通り海。火属性攻撃ぐらいしか効果が見込めないの」

「加えて、強引に地上戦に持ち込むのは大幅なタイムロスにも繋がりうる。しかし奴はたまに上陸する。上がったらラッキーぐらいのつもりでいろ」

『はい!!』

 

 作戦会議を終え、真治は改めて装填の確認をした。当然っちゃあ当然だが、真治も俺と同様に装備を一新した。彼女の武器はランポスの素材を用いた『ショットボウガン・蒼』で、防具は『ジャギィシリーズ』。恐らく、今の俺達ならあの時のランポスとジャギィの乱戦状態を、一度退くこともなく凌げるはずだ。武具の基本性能も上がったし。

 アニキの武器はリオレウス素材を用いた『蒼火竜銃槍【逆鱗】』。防具は『アグナUシリーズ』だ。

 真癒さんは相変わらず『双龍神【黒天白夜】』と謎の白い防具。相変わらず、禍々しくも神々しい。

 このパーティーなら、ロアルドロス相手に負けはないだろう。

 

「今回は雄也と真治、そして誠也の三人で水中戦をお願い」

「理由は?」

「湧いてきたルドロスが市街地を襲ったりしないかの見張り。それと新手の警戒を」

「分かった、水中は任せろ!」

「水中での指揮はお願いね、誠也。こっちの目処が付いたらそっちに行くから」

「あいよ」

 

 ルドロス。確かロアルドロスの雌、及び幼生の個体のはず。んで、ロアルドロスはメスのルドロス10頭ほどでハーレムを築く生態を持つとのこと。……男の敵だ。いつも以上に慈悲なく加減なく行こう。それでいて早く。 言うなれば『迅速かつ確実に』だ。

 

「? どうしたの雄也。なんか妙に気合い入った顔してるけど」

「何でもない。強いて言うなら真の初陣に武者震いしてるだけだ」

「真の初陣、ねえ」

 

 あの時、まだ訓練生であった俺達は、正式に〈ハンター〉であるという扱いでないため、ドスランポスもドスジャギィも記録上は真癒さんとアニキが討伐した事になっている。なので記録上は、これが俺達の初陣だ。

 因みにこれは武者震いだけでなくロアルドロス(男の敵)を屠れるチャンスに打ち震えているのだ。

 

「よし! 行くぞお前ら!!」

「「了解!!」」

『ロアルドロスの現在地を、ナビゲートさせてもらいます』

「頼みます」

『ロアルドロスは現在陸から500m先にいるものと思われます』

「深度は?」

『不明です。現在の探知機では距離の把握が限界です』

「了解だ!」

 

 返事をすると同時、アニキはアグナUヘルムのバイザーを下ろしてガンランスをリロードした。通常型なので五発だ。フルバーストに向いて……いや、確か火竜銃槍は確か旧型だからフルバーストは出来ないか。

 

「できるよ? 改造してもらったらしいし」

「真癒さん、またナチュラルに人の心を読まないでください」

「ごめんって。因みにクイックリロード機構も搭載したから、リオレウス五頭分の給料が飛んだんだって」

「うわあ……ガンランスとかメカニカルな武器は金かかりそうですねえ……」

「その分状況に合わせた調整で有利を取りやすいんだけどね」

「おーい雄也! さっさと行くぞ!!」

「あ、今行くよ!!」

 

 俺が走り出すのを見て、アニキと真治は海に飛び込んだ。俺もさっさと続こう。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 ……みんな、行ったみたいだね。

 

「……こふっ!」

 

 今まで我慢してた血を吐き出す。降りてからずっと吐きたかったんだよね。あーキツかった。

 吐血の件もあるから、可能な限り水中戦は避けたい。取り敢えず頸動脈に注射注射……プシュッ、という空気の抜ける音と共に鎮痛剤と回復薬が流し込まれる。あー、スッキリした。ほとんど痛みがないタイプだからやりやすい。

 

「さてと、ルドロスがそろそろ湧く頃かな?」

 

 察した通り、海中からルドロスが数匹飛び出してきた。それじゃ――お掃除の時間だ。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 澄んだ海は視界良好。ここ瀬戸内海は、前大戦の際でさえも〈モンスター〉が現れなかった唯一の海域だ。なので〈モンスター〉の血で汚れることは無く、むしろ海流の乱れで点在していたゴミが流れて、綺麗になったのだ。今では沖縄やグレートバリアリーフに並ぶ綺麗な海域だ。因みに流れたゴミは暴食的な〈モンスター〉が喰らい尽くしたらしく、そいつは今もどこかの海を遊泳している可能性があるとのこと。

 

閑話休題

 

 そろそろ例のポイントだ。周りを見渡しても見えないということは――

 

コオッ!!

 

 やはり下からか。真治は一気に距離を離し、アニキは真治に注意が向かないよう砲撃をかます。なら俺は、一気に切り刻む!

 

コオッ!!

 

 黄色いタテガミを右の剣で斬り裂く。前情報通り柔らかい。この調子なら!!

 鬼人化して回転切りを叩き込み――ってアニキなぜ前に!? ……あぁなるほど、水ブレスか。 ガードありがとう。気を付けねえとな。

 

コオアァッ!!

 

 今度は突進か。こういう時は……体を捻って……!! よし避けられた!しっかし、距離を離されるとめんどくせえな。動きを止めたい……確かこういう時は黄色の光信号だったな。麻痺を頼む、って意味らしい。

 真治から白の光信号が返ってきた。了解の意味だ。アニキからも来た。それじゃ……真治が安心して麻痺弾撃てるように注意を引いておくかな!!と思って前進し始めると、前を何かが横切った。それは緑色だった……チッ、ルドロスか。しかも3匹も。厄介だよクソ!! ってこっち来るな!!

 

コアッ!?

 

 あ、砲撃された。アニキありがとう。ん? 武器ごと腕を振って……あぁ、ここは任せろ、ってか。わかった。 サムズアップで返しとくか。取り敢えず納刀しよう。奴に追いつかねば。

 

コオアァッ!?

 

 麻痺の影響でロアルドロスが動きを止めた。チャンスだ! 鬼人化して乱舞を決めてやる!

 左で袈裟、右の袈裟と左の払い、両手で右に薙ぎ払い、そして左の逆袈裟と右の袈裟、左をそのまま右に払い、右は逆袈裟に! そして、振り下ろす!!

 最後の振り下ろしが効いたのか、タテガミの一部が剥がれたりひび割れた。上手くいった! そろそろ麻痺が解ける頃だし、鬼人化を解いて一旦離れるか。解いても鬼人強化ならそれなりに機動力のある立ち回りが出来るし。

 

コォォ……!

 

 ロアルドロスの口元から泡が出て来て、しかもトサカが逆立った。つまり怒り状態になったってことか。さっき以上に気を付けないとな。

 しっかし、こいつの呼吸はどうなってやがる。確か肺呼吸だよな。その割によく動きやがるよホント。 って、今度は真治に向いた!? ヤバイ今い――ん? なんか投げ……って閃光玉かよ先に伝えてくれ!

 

コオオッ!?

 

 (あっぶ)ねえ……むしろ俺が隙を晒すところだった。ともかく、今の内に乱舞を――って何か背中に当たった! なんだ!? ん? こいつはルドロスか。でも死んで……あぁ、アニキの砲撃で吹っ飛んで来たのか。あ、アニキもこっちに来た。向こうは片付いたようだ。なら総攻撃だな。

 アニキが盾を後ろに向かって薙ぐ。下がれ、ってことか? 分かった。フンッ、と言わんばかりに口元から出た気泡と共にガンランスを右に薙ぎ、そして左に振るいながらフルバースト。……あんな事も出来たのか。切り付けつつ灼き撃つ。さぞかし効果的だろう。俺も負けてられね――痛え!! 背中に何か当たったぞ!? ってルドロスの水ブレスか!クソ邪魔を――ん? な!? よく見たら……囲まれてるじゃねえか……! しかも7頭ぐらい……しまった! これはもしかしてロアルドロスのハーレムか! だとしたらヤバイ。いくらアニキがいても新人の俺と真治じゃどこまでやれるか……!特に真治はガンナーだ。目を付けられたら大変だ。すぐにでも真治の元に――と思ったら目の前を水ブレスが通り過ぎた。

 

コオアァッ!!

 

 邪魔すんなロアルドロス!! 早く行かねえとマズいんだから!!

 

コアァッ!!

 

 まあ、俺に注意が向く分には問題無いか。ガンナーの真治よりよっぽどいい。こっち来いよいっそのこと!!

 

コオァ!?

 

 こっちに突っ込もうとしたロアルドロスが、突如その動きを止めた。よく見ると、トサカが全て砕けている。そしてそこには、恐らく通常弾であろう物が刺さっていた。これをやったのは――間違いなく、真治だ。アイツ、俺が注意を引こうって時に……!

 

コォ!!

 

 水ブレスが真治に向かって放たれた。あの距離なら避けられるだろう……あ! ルドロスがぶつかりやがった!! マズイ、あのままだと当たっちまう! せめて当たっても追撃受けねえようにアイツの注意を……!

 

コオォ!!

 

 クソ! 見向きもしやがらねえ!! このままじゃ真治が……! って弾かれた! 斬れ味が……ウッ!! 息が……! 酸素玉は……間に合った。

 

コォアァ!!

 

 って、行くなクソォ!! ……ん? 真治のいた所に稲妻が走ったような……まさか、ラギアクルスか?

 行ってみると、そこには真っ二つになったルドロスが浮いていた。もしかしてこれは……と、思考を巡らせていると、辺りが光った。まるで雷光……いや、雷光だった。それの主は考えるまでもない。

 雷光の走った辺りを見ると、真っ二つになったルドロスが数匹浮かんでいる。そして雷光が消えた辺りを見てみると……やっぱりいた。真癒さんだ。いつも通り双剣を……あれ、右手に剣がない。左は……なんか『白夜』の柄尻に『黒天』くっ付いてるし。両刃剣かよ。 あ、後ろには真治もいる。地上にルドロスが来なくなったのだろうか。何にせよ助かった。 お? 真癒さんが何か投げ……だから閃光玉なら先に教えろっての!!

 

コオァ!?

 

 まあいい。今の内に真癒さんと合流だ。真癒さんの元につくと、まずは肩を叩かれた。んで俺と自身の後ろを指さして……後ろって事は真治か。そしてロアルドロスに指が向いた。俺と真治でヤツをやれ、って事か。了解。邪魔さえなければ出来ないわけじゃない。こう伝えたということは……つまり、真癒さんとアニキでルドロスを一掃する、と。分かりましたと頷くと、真癒さんも頷き返してきた。さて、行きますか。

 黄色の光信号を灯し、真治、もっかい麻痺弾を、と頼む。頷いた。通じたか。なら俺は、全力で気を引くとする!!

 

コオォ!!

 

 ロアルドロスが再びこちらに気付いた。が、強走薬を飲んだ俺は、ここから先鬼人化状態だ。早いとこ終わらせてやる。 そんでもって、真癒さんに鍛錬付けてもらうんだよ!!

 当てやすい胴体に麻痺弾が撃ち込まれる。一応辺りを見回してみたが、こちらに向かうルドロスはいない。真癒さん達の方が脅威と判断したのだろう。正しいけど誤った判断かもしれないぞそれ。一掃されちまうからな。

 すると、ルドロス達が殺られていることに対してなのかは分からないが、ロアルドロスがトサカを逆立てて怒りを顕にしている。まあ何にせよ、向こう(真癒さん達の元)には行かせねえけど!

 ん? 真治が赤の光信号を……3回点滅させた? これは確か……『ごめん』の意味……もしかして、麻痺弾切れたのか?し、仕方ねえ! このままやるか!

 

コオァ!

 

 アレ? 俺達にそっぽ向いて泳ぎ出した? あっちの方向は……あ!? 海岸方面!? 急がねえと! 建物などの被害を最小限に留めるためにも早――って誰だ肩を掴むな……真癒さん? 指を上に……一旦浮くのか。了承の意を込めて頷くと、先に浮き始めた。後に続こう。

 

「ぷはぁっ!!」

 

 久しぶりに空気を吸った気がする。いつもと違い潮風混じりではあるが。

 

「さて雄也。私がなんでここに来させたか、分かる?」

「……いえ、分かりません」

 

 正直に答える。後で恥かいたり痛い目見るよりは、正直に答えてここで叱られた方がマシだ。

 

「はぁ……やっぱりね」

「まあ、そう気に病むこたァねえよ姐御。プロとしては初陣なんだからなぁ」

「それはそうだけど……真治、貴女からさっきの雄也のいけないとこ、言ってあげて」

「はーい」

 

 アニキと真治も浮いてきていた。というかルドロスは片付いたのか。あ、なんか真治が不機嫌な顔してる。これはキツイのが来るな。

 

「まずね、前に出すぎ。だから始まって早々、ブレスなんか喰らいかけるのよ」

「うっ」

「次。いくらガンナーで守備が薄いからって、私に気を遣いすぎ。アンタよりは周囲の把握出来てるから」

「おま……それは……!」

「三つ目。深追いしようとしたこと。陸に上がっても、住民は避難済みだし、建物だって最近は壊れても結構簡単、かつ低価で建て直せるんだからそこは気にしなくていいの」

「うぐっ……」

「最後。〈ハンター〉がいない状況で〈モンスター〉が上陸しても、時間稼ぎの迎撃手段はちゃんと用意されてるの。CIWSとかみたいなのがね」

「……」

「全問正解、百点満点だよ真治。帰ったらスイーツ奢ってあげる」

「やったー!」

 

 見事にやられた。しかも思い返せば自分でもダメだと思えるようなものばかり。

 

「ま、そういう事だ雄也。でも、こっから学んで成長していくんだ。気に病むなよ」

「あ、アニキ……」

「大丈夫。私が師匠なんだから!」

「は、はい!」

「んじゃ、行こうか」

『了解!』

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

コオ!!

 

 陸に上がると、ロアルドロスが迎撃装置を水ブレスで破壊していた。 既にいくつか破壊されたモノがあるのを見るに、結構早くここに来ていたようだ。だが、それ以上はさせない。

 

「雄也、私が気を引く。その隙に乱舞を当てて!」

「了解!」

「誠也は、ロアルドロスが雄也に向いた所に爆竜轟砲を!」

「待ってたぜェ!!」

「真治は雄也と同時に通常弾!」

「分かった!」

 

 真癒さんの指示で、それぞれ動き出す。まず真癒さんが投げナイフを片手で三本、投げ放つ。双剣は連結して片手を空けてある。あんなのよく思い付いたな。真癒さんの狙い通り、ロアルドロスは真癒さんに狙いを定めてブレスを撃つ。が、当然当たらない。

 

「隙だらけなんだよぉ!!」

 

 乱舞を後ろ脚に叩き込む。真治の通常弾も尻尾を撃ち抜いている。これだけやれば、奴の気は引ける。

 

コオ!!

 

 こっちに向いた。なら役目は済んだな。俺の後ろでは『爆竜轟砲』の発射態勢に入ったアニキが待ち構えている。『爆竜轟砲』。竜撃砲のチャージ時に砲弾を追加することで威力を跳ね上げる高威力の大砲撃。その威力、実に竜撃砲の()()()()

 

「消し炭になっちまいなァ!!」

 

 瞬間、空気を震わせる轟音が響き、爆風によって巻き上げられた砂煙と共に焦げた肉と硝煙の匂いが漂い始める。

 

「ふぅ……やったか?」

「それ、禁句!」

 

コオ!!

 

 砂煙の向こうで、吠えるように体を振るう影が現れる。フラグ発言は禁止だというのにこのアニキ(バカ野郎)は……

 

「だから言ったのに……!」

「でも瀕死でしょ?」

 

 発砲音が鳴る。あの音は……貫通弾か。

 

コオ、ォォォォ……

 

 晴れた砂煙の向こうで、力尽きて横たえる水獣()()()ものがいた。……任務完了(クエストクリア)だ。

 

「お、終わった……」

 

 緊張の糸が切れ、その場でへたり込む。握っていた抜き身の双剣が砂に刺さる。

 

「やっぱり緊張した?」

「いくら一回経験したって言っても、やっぱり……」

「ま、これから慣れていけばいいんだよ」

「……はい」

 

 へたり込んだ俺に伸ばされた手を掴もうとして――手に付いた砂の隙間に見えた赤いモノが目に付いた。

 

「…………」

 

 俺は……そういえば、生き物を殺してるんだよな。自分達が生きる為に。俺は、自然の生き物が好きだ。小学生の頃は、友達こそいたけど俺と話すことがなくて、図書室で図鑑を読んでたな……そこで、絶滅した生き物なども知った。そんな事をした奴らを愚かとも思った。……でも、俺も、いずれ同じように……いや、やめよう。仕方がない。仕方がないんだから。

 

「……どうかした?」

「いえ、なんでも」

 

 伸ばされた手を掴んで立ち上がった。何でだろうか。この事さえも、真癒さんにはお見通しな気がしてきた。……本格的に悩んで来たら、相談してみるか。

 今ある晴天は、来たる曇天を教えてはくれないけど、陰りが来ることを知っている。だから、その陰りに光を差す方法を、いつか考えよう。



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第9話 平穏でのみ知れること

8月21日

 

「……なんとか出られた」

 

上田雄也十二歳。今日、初めて電車に乗った。色々道に迷いかけたが、改札が思いの外単純だったため、苦労少なく抜けられた。俺は田舎者だ。だから自動改札機だけでハイテクを感じている。――まあ、毎日ハンドルマの設備を見てたら段々その感じも薄れてきたが。

 

「えっと……確か東口か」

 

俺の着いた岡山駅は、出入口が東口と西口の二つの、比較的入りやすい構造である。東口側はいかにも繁華街といった様相であり、岡山城や後楽園もこちら側。西口側は直近のホテルとかスポーツアリーナがある方向だ。

余談だが、うちの支部は岡山駅から二駅ほど東側にある。だから運賃は思ったより安く済んだ。

今日俺が電車に乗って繁華街の方まで来たのは、もちろん理由がある。それは――

 

「……見つけた」

 

視線の先には、噴水の前でこっちに向かって大きく手を振る真癒さんと、腰に手を当ててこっちを見つめている――というか睨んでいる――真治がいた。

そう、今日俺がここに来た理由は一つ。真癒さんに誘われたのだ。何故か。因みにアニキはいない。留守番を任されたのだ。可哀想なのでせめてお土産ぐらい買っていってやろう。

 

「遅れましたか?」

「全然。むしろ私達が早く来ちゃったというか」

「というか思ったんですが……真癒さんと俺、出る場所同じなんですから別に待ち合わせしなくても……」

「最近アンタばっかりお姉ちゃんを独占してるじゃない! 今日はアタシのターンよ!」

「へいへい。そういう事かよ」

 

やはりというか、真治のせいだった。まあ別にいいのだが。鍛錬の時間外で、なおかつオフの日まで真癒さんを縛る気はないし。

 

「それじゃ行こうか。まずはお昼ご飯だね。何がいい?」

「肉を所望します。特にハンバーグ」

「子ども舌ねえ」

「子どもだしな」

「アタシは何でもいいわ」

「なら、適当なファミレス行こっか」

「了解」

「はーい」

「……雄也、堅いね?」

 

いつも通りです。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

今回の買い物の目的は、日用品の調達や休暇らしく遊ぶこと……は表向きのモノ。本当の狙いは、オフの雄也、つまり平常時の彼はどういう人間なのか、を探る為のものだ。しばらく忙しくて中々休みも取れなかったし、仕事の時の彼しか見た覚えがない。いや、なる前の彼を見たことこそあれど、アレは平常時とは言い難い。だから今回、平常時の雄也をよく知るため、外出に誘った。

のだが――

 

「なにアンタ、不機嫌なの?」

「……は? 」

「さっきからずっとムスッとしてるし、話しかけてこないからよ」

「……ただ真顔なだけなのと、話すことが無いからだな」

「お姉ちゃんと一緒なのに?」

「移動してるだけなんだからそこまではしゃぐモンでもねえしな。あと話すとなると仕事のことになるから避けた」

「……」

 

真治は唖然としていた。私も驚いた。雄也はあまりにもコミュニケーションが無いのだ。ハンドルマにいる時はかなり饒舌――いや、今思えば〈ハンター〉関連の事しか話してなかった。……そういえば、雄也の趣味はなんだっけ。

 

「……雄也、趣味はなんだっけ?」

「ゲームですね。あとは……最近は鍛錬です」

「もうトレーニングバカになってるわね……」

「学校の課題済んだら、やる事ないからな」

 

趣味に鍛錬を入れてしまうあたり、今の雄也からはあまり余裕を感じられないなぁ……あ、でもゲームか……私じゃなく誠也か真治辺りなら……

 

「それで、どんなゲーム好きなのよ?」

 

あ、聞いてくれた。流石私の妹。

 

「どんな……強いて言うなら『モンスターハンターシリーズ』かな」

「あぁ、アレね。アレのせいでハンドルマと何処ぞのゲーム会社の癒着を疑われたからあんまり好きじゃないのよ」

「え、そうなのか?」

「知らないの?情弱すぎでしょ……」

「ひでぇ言いようだなオイ」

 

……聞いてくれたはいいが、いい結果とは言えないかなこれは。まあ、取り敢えず座って落ち着ける場所まで行こうか。

ん? なんか目的地方向(むこう)が騒がしい。なんだろ?

 

「ひったくりよ! 誰か止めて!!」

 

……また、随分古典的な頼み文句だこと。 しかし見過ごすわけにもいかない。私達が関わった事が分かりにくいよう、せいぜい電撃で動きを鈍らせて他の人に捕まえて――

 

「ちょっ、アンタどこ行くのよ!?」

「……へ?」

 

振り向くと同時、何かが私の前を走り去った。っていうかアレ雄也!?

 

「わ!? 」

「悪いなオッサン」

掌をひったくりの目の前まで突き出し、そのまま顔面を掴む――と思いきやギリギリで胸ぐらを掴み、そのまま自分の脚を引くように蹴り払ってバランスを崩させ、 掴んだ腕はそのまま押して倒した。鮮やかだなぁ……じゃなくて!

 

「ちょっ、雄也何してるの!?」

「何って……ひったくりを捕まえたんですが」

「それはいいよ!? でも目立つような事して欲しくなかったのに……」

「え!? そ、それは先に言ってくださいよ……」

 

ここまでジト目(?)かつ真顔だったのに慌て出す雄也の表情にはどこか愛嬌が……じゃなくて逃げねば!

と思ったら拍手が鳴り出した。ああ、これはいけない。逃げ場が無くなった。仕方がない。全力で逃げよう。

 

「行くよ雄也、離さないでね」

「へ?」

「あと喋らない。舌噛むから」

「は?」

 

雄也の間抜けな声は放っておく。まずは真治も捕まえていこう。逃げ込む先は、裏通りでいいか。――それじゃ、全速力で。

 

「フッ!!」

「――ッ!?」

 

雄也が声になってない驚愕の声を上げる。真治も驚きの表情で固まってる。無視するけど。

 

「ちょっ――おね」

「ま、真癒さんっ、まっ」

 

知らない知らない。二人の言うことなんて知りません。というか聞こえるはずない。時速何kmかは忘れたけど怒り状態のティガレックスから走って逃げきるだけの速度はある。というか途中で見えなくなった事もある。龍力での身体強化はやはり便利だ。

途中壁を蹴るなどして強引に曲がったことなどあったが、順調に逃げきれた。しかし引き換えに雄也と真治はグロッキーだった。これは流石に申し訳ないと思った。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

それからさっきの人達に見つからぬよう、上手く目的のファミレスに着いた。見つからぬよう動いたためか、お昼時にしては遅く、十三時となった。まあ、人が少ないから不幸中の幸いと言ったところだが。

 

「さ、散々な目に遭ったわ……」

「本気ですまん」

「まあまあ。過ぎたことは忘れてご飯食べよ?」

「先にドリンクバー行ってきます……」

「詫びとしてアタシの入れてきなさいよ……烏龍茶で」

「はいよ」

 

因みにこの席、目立たぬ為にドリンクバーからかなり遠い席となっている。つまり雄也がドリンクバーに行っている間はまず話が聞こえない。チャンスだ。

 

「ねえ真治、雄也をどう思う?」

「それどういう意味? まさか好きなのとかそんなんじゃないよね?」

「まさか。いやそれでも面白そうだけど今はそれじゃないの。仕事関係の時の雄也と、今の休日の雄也、比べてみてどう思う?」

「そうねえ……なんていうか、仕事の時より表情が少なすぎる気がする」

「やっぱりかぁ……」

 

帰って誠也にも聞いてみよう。それにしても雄也、こんなに無感情だっけ。両親に啖呵切った時とか、あの場の空気中に漂ってた私の龍力が震えてたほどだったのに。

もしかして、私に「わかりやすい」って言われたの気にしてる? そうだとしてもちょっとやりすぎなレベルで無感情だよ……

 

「何話してるんですか」

「ッ!」

「な、何でもないわよ。って言うか、アンタこそなんで手ぶらで戻ってんのよ」

「自分のを忘れてきてな」

「はぁ……どうせ二つしか持てないでしょうし、持ってってあげるわ。先行ってなさい」

「助かる」

 

真治が雄也と共に席を立った。……まあ、趣味の話なら問題ないようだ。要するに、「無理に話そうとして無駄な労力を割くことを良しとしなかった」だけなのだろう。ご両親との大喧嘩の直後は、まだ私と何か大きな関係があった訳じゃないから話をしてみようとしただけで、実際は話をすること自体が得意ではないのかもしれない。言うなれば「口下手な頑張り屋さん」なのだろう。

でも……仕事の時は結構やかましい、って真治が言ってたっけ。多分、ノリノリな時はそんなに口下手じゃないのかもしれない。

 

「ただいまー」

「カル〇スで良かったですよね?」

「おかえりー。それで良かったよー」

 

まあ、今しばらくはこのままでいいか。先日手を握った時も、なにか悩みを抱えた時特有のもやもや感があったけど、詳しくは分からない。私の読心術(これ)は、あくまで大気中の龍力に宿った表面的感情しか読み取れない。その龍力の発信源、つまり読み取りたい対象に近ければ近いほど明細になってくるけど、トラウマとかのような奥底に渦巻くものはハッキリと感じ取れない。たとえ直に触れてもだ。……だからあの時も。後で知るハメになったし。

 

「真癒さん?」

「お姉ちゃんどうかした?」

「……ううん、何でもないよ。ご飯食べよっか。私の奢りだよ!」

「いや自分で」

「先輩の施しは、受けとくもんだよ」

「……まあ、いつかお返し出来るように努めていきます」

「期待してるよー」

 

今はまだこれでいい。いつか、本気で悩み、一人でどうにもならなくなった時に、手を差し伸べてあげよう。彼が、自分の力で大体のことが出来るその日までは。そして適当に期待しよう。彼の中に宿る、可能性に。




いつもの半分以下の量でございます。

そして主に真癒視点。

あと、チルレコとは別にちょっと書いてみたくなったものがあります。一応オリジナルです。まあ、軽い習作みたいなもんです。書いてみたくなったんだ……日常イチャイチャを……!


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第10話 突然の出張

最近短いですが、読みやすいようにという配慮でございます……と言いたいですが単純にある程度書いて満足したのと、割とキレイに納められた(主観的に)と思ったので投稿。


2011年 11月23日

 

 

左と右の剣が、袈裟斬りと逆袈裟を繰り返しながら交差する軌道を描く。既に対象は刀傷まみれになっている。最後に両の刃を振り下ろす。対象は程なくして立つ力を無くし、その床に倒れる。倒れたのは――いわゆる案山子だ。

 

「どうだ坊主! そいつの――『ルドロスツインズ改』の振り心地は!!」

「最高だよおやっさん。 強化前よりスムーズに斬れたよ」

「そいつぁ良かった! 仕事した甲斐があるってもんよ!」

 

【ハンドルマ第一中国地方支部】のB1階。その技術課区画にある『加工班』の部屋で、俺は新調した『ルドロスツインズ改』を振っていた。過去に討伐したロアルドロス二頭と、ルドロス数頭の素材を用いて作り上げてもらった新作だ。

 

「それと坊主、向こうに強化した防具置いてっから、着てこい。 感想聞かせろ」

「あいよ」

 

因みにさっきから俺を『坊主』呼ばわりするこの人は、『加工班』班長であり技術課の副課長を務める、『川尻 明彦(かわじり あきひこ)』さんだ。どういう訳か俺より背が低く、小学校中学年男子といい勝負ぐらいだ。冬雪支部長とは古い仲らしく、かつては『第一次対龍戦争』――通称『龍大戦時代』――において、武具整備を務めた、古い鍛冶屋の生まれだそうな。白い髭と下げて纏めた白髪が特徴的だ。

さて、明彦爺さんは他の仕事があるから、後は俺に投げたようだ。言われた通り奥に行くと、部屋の壁にランポスシリーズが掛けられていた。

 

「お、綺麗になってる」

 

先日、無理な動きをしたせいで腹部とか関節部が割れてしまったため、強化も兼ねて修繕してもらっていたのだ。その間は〈モンスター〉が現れても戦闘には出してもらえないため、少し退屈していた。が、それも今日で終わりだ。

早速改修したランポスシリーズを着込む。

 

「おぉ……!」

 

前より着心地が良くなってる。オマケにどこか軽く感じる。そして前より動きやすい。動いた時の窮屈感はない。

 

「おやっさんおやっさん!!」

「なんだどぉしたぁ!!」

「最高だよこれ!」

「そりゃそうだ。ワシがやったんだからなぁ!!」

 

爺さんの高笑いが部屋に響く。周りの職員は「またいつものだ」と言わんばかりに無視して作業を続けている。職員さん。お気の毒だが更にやばくなるよ。だって喧しい足音が近付いてるもの。

 

「よぉ雄也ァ!! 武具の調子はどうだァ!!」

「いい具合だよ。これなら次ロアルドロスとやりあっても上手く立ち回れる自信がある」

 

喧しい足音の正体は、まあ分かりきってはいたがアニキだ。そして声も喧しい。

「あ、そうだ。雄也には用があったんだ」

「何?」

「お前、このあと暇か?」

「……一応」

 

訓練を済ませてからここに来たので、後は寝る準備とかぐらいだ。

 

「そうか。なら良かった」

「何かあるの?」

「おう! 聞いて驚くなよ! 明日から俺とお前で【関東支部】に少し出張だ!」

「……は?」

 

ちょっと待てちょっと待て。

 

「このあとって言ったよな!?」

「おう、言ったぞ? 『このあと』が今日の中の『このあと』とは言ってないぞ」

「ちょっと待てよ俺明日も学校が」

「俺もだよ。大丈夫だ、公欠になるし。あとこれ支部長命令なんだよな」

「それ先に言ってくれよ!? ……ったく、いつ出るんだ!? 朝か? 昼か?」

「午前10時にヘリポート集合だ」

「取り敢えず部屋で準備してくる!」

 

いきなりだが、出張することになった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

11月24日

 

「ふわぁ……」

「遅いぞ昂助(こうすけ)。今何時だと思っている」

「まだ八時だろ……?」

()()八時だ」

「細けえな……禿げるぞ?」

「父も祖父も禿げてないのでな、禿げはしないさ」

「そういう事じゃあねえんだがなあ」

 

【ハンドルマ関東支部】の公用ロビー。今日はある行事の為、俺含めた今期生――〈モンスター〉再出現の2008年の一年前からなので第四期生か――三名が集められた。

それは、各支部への出張体験、及び出張に来た他支部の〈ハンター〉の相手だ。因みに俺――『桐谷 昂助(きりたに こうすけ)』――は【関東支部(ここ)】に残らされた。何故だ。

 

「では、確認する。鎌倉、貴様は【第一中国地方支部】だ」

「……了解」

「岸野。貴様は――」

「【沖縄支部】ですよね。承知しています」

「……せめてちゃんと言わせてくれ」

「すみません、つい」

「はぁ……全く。そして桐谷、貴様は――」

「居残りだろ? わかってんだよ!」

「最後まで言わせろ貴様ら! あと桐谷! 貴様は言葉遣いを直せ! 支部長にまた言われるぞ!」

「……チッ、分かりましたよ」

「……はぁ」

 

朝から叩き起された事と、今日からのだるいそれを思うとついつい当たりもキツくなっちまう。後で謝っとくか。

 

「あぁそうだ。桐谷、お前に言っておくことがある」

「説教なら受け付けんぜ」

「【第一中国地方支部】の『常磐 誠也』が来るそうだ」

「ッ!! あ、アニキがか!?」

「ああそうだ。だから、やらかすなよ?」

「あったりめえよお!!」

「……」

「君って、やはり単純だな」

 

何か言っているが聞こえない。とにかく気合いを入れねば。俺には約束があるんでな。

 

 

◆◇◆◇◆

 

ヘリに揺られること一時間ほど。【関東支部】のある千葉県にやってきた。因みに〈モンスター〉との遭遇はなし。やはりあの時の真癒さんとアニキはよほど不運だったのだろう。

だが、俺も大概不運らしい。だって――うぇっぷ。吐きそうだ。

 

「お前……乗り物に弱いのか?」

「うぐ……そう……なのかも……な」

「電車は大丈夫だったのにか?」

「多分……高い所っていう不安も……混ざったから……かな」

「取り敢えず、水を飲め。その後安静にな」

「ありが……とう」

 

今はヘリポートから屋内に入り、すぐに見つけた椅子に横にならせてもらっている。

落ち着いたところで感想を一つ。正直、今後の空路にヘリは使いたくない。夏に乗ったが、あの時は集中してたし距離も短かった。

つまり俺の場合、要は揺れまくり、高い場所を長時間飛ぶのが堪える。飛行機は高くてもあまり揺れないからまだいい。が、ヘリコプター、てめえはもうダメだ。

 

「取り敢えず、お前はここで休め。俺が話を付けてくる。あとしっかり休める場所も貰ってくる」

「わ、悪いなアニキ……」

「無理すんなよ」

「お……う」

 

アニキ、普段はあんなに豪快なのに何故普通にこういう気遣いが出てくるのか。女性ならこのギャップで落ちるのではないか?いや知らんけど。

取り敢えず水だ水……美味い。砂漠で飲むオアシスの水とはまさにこういうものなのだろうか。

よし、少し寝るか。まだ気持ち悪いのが完全に消えた訳じゃあないしな。

 

「……」

 

ん? なんか目の前に人がいる? 目を開けてみると、カチューシャを付けた黒い長髪に蒼い瞳を持った、どこか大人しい印象を受ける少女が、こちらを見下ろしていた。この目……なんというかあれだ。散歩してる時に偶然見かけた珍しい小動物にちょっと気を引かれて見つめている、と言った感じの目だ。勝手な感想だけどそう思った。

……にらみ合い……というか見つめ合うのもここまでにして、挨拶しとくか。多分、【関東支部(ここ)】の人だろうし。初対面だから同年代に見えても敬語敬語、っと。

 

「こんな姿勢で……失礼してます。本日付けで【関東支部】に一時出張として来た、【第一中国地方支部】の『上田 雄也(うえだ ゆうや)』です。一応……よろしくお願いします」

「……よろしく。……貴方、どうしたんですか?」

「移動用のヘリで酔ってしまいまして……情けない姿で申し訳ない」

「……〈ハンター〉でも乗り物酔いはあるんですね」

「そうみたいです」

「……」

 

会話が途切れる。……正直、自分でもここまで話せたのは奇跡だ。これ以上話をしなくてもお釣りが帰ってくる程だと思う。が、アニキがいつ戻るかも分からんこの状況、投げるのは今後の自分のためになるのか? 否だろう。俺は『冬雪 真癒(ふゆき まゆ)』の弟子だ。ならば……奇跡を見せてやろうじゃないか。……初対面の相手とのコミュニケーションという名の奇跡を……!

 

「あの……名前は?」

「……私の?」

 

頷いて返す。その後ちょっと考えるような仕草を取った。が、すぐに思考は終わったらしい。

 

「私の名前は――」

「おぉぉぉぉぉぉい雄也ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「――っ!?」

 

目の前の彼女が飛び退く。しかもかなりドン引いた表情だ。……アニキめ、間の悪い。ナンパしようとしてた訳じゃないがせっかく一歩歩んでみようとしたのに……冷静になって考えると、割と恥ずかしいこと考えてるな俺。……取り敢えずさっきのは忘れよう。

 

「うるさいアニキ。頭に響く」

「あ! す、すまん雄也。つい……」

「まあいいよ。……んで、用は何?」

 

ついつい棘が出る。そりゃ気持ち悪い時に大声出されたら誰だってキレる。

 

「そうそう。俺達二人分の手続きなら済んだぜ。あと、俺達が寝泊まりする部屋も貰ったから、移動しようぜ」

「……そうか。なら行こっか」

「肩貸すぜ?」

「ううん、大丈夫。出来れば荷物を……」

「おう、任せろ」

 

取り敢えず立ち上がり、その場をあとにする。

 

「そういえば、あの人は?」

 

さっきの黒髪さんは既にいなかった。アニキに驚いて逃げたか、それともアニキに任せればいいか、とどこかに去ったか。どちらにせよ謝罪とお礼が言いたいのだが。

 

「まあ……ここの人ならまた別の機会に会えるか」

 

さて、まずは休んで体調を整えよう。その後挨拶回りになるらしい。アニキが気を利かせて少し遅らせてくれたのだろう。ありがたい。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「……なんだったんだろう」

 

嵐のような人が現れ、自己紹介し損ねた。あの倒れてた人……上田さんだっけ。彼はあの人を『アニキ』と呼んでた所から、かなり信頼ある仲のようだし、任せて逃げたが問題ないだろう。

 

「……乗り物酔いって、あんなに苦しいんだ……」

 

今度、乗り物酔いしてる人を見たら、優しくしてあげよう。酔ったことがないからわからなかったが、次は変えていこう。

 

「鎌倉さん、そろそろ出発です。中へ」

「……了解」

 

ヘリのパイロットが話しかけてくる。事務的なので対応はしやすい。……今度、上田さん(かれ)に会ったら、自己紹介し直そう。多分、いい人だと思うし。




日常イチャラブ書きたい、って言ったけど結局やる気とネタが湧かずにチルレコに走る始末。まあこっちがメインだからいいんですけどね!


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第11話 夢と矛盾と

あらすじ部分の追記・修正を行いました。興味のある方は見てください。


11月25日

 

「アニキ、残りは?」

「そうだな……予定じゃあ『購買部』、『武具課』、『医務課』、支部長室……必要な挨拶回りはもう全部済んだな」

「そっか。じゃあ次は」

「ああ。あとは【関東支部(ここ)】で一緒に仕事する〈ハンター〉に顔を合わせるだけだな」

「やっとかぁ……」

 

【ハンドルマ関東支部】に来てから二日目の午前。本来なら昨日に済ませていたはずの挨拶回りを終えてきた。因みにアニキは先に昨日済ませてたらしい。それでも付いてきてくれたのはありがたい。

 

「さて、アイツはここだな」

「ここは……訓練室?」

「ああ。ヤツとは一応俺は顔見知りなんでな、なんとなくここだとは察してた」

 

場所は教えて貰ってはいたんだけどな、と笑いながら付け足す。どうやらアニキの知り合いで、結構気を許せる間柄のようだ。となると根は悪い人では無いはずだ。期待しておこう。

 

「さて、入るぞ?」

「いつでも」

「おうよ。失礼するぞ!」

「ちょっ!?」

 

ドアを豪快に蹴っ飛ばした!? 壊れてはないけど何してんの!?

 

「安心しろ、一応靴は脱いでおいたから汚れは付いてねえ」

「そこじゃねえよ!?」

「大丈夫だ、その程度で壊れるヤワな設計してねえよ。今まで何度もやってるからな!」

「怒られねえの!?」

「俺と『アイツ』の通例みたいなもんだからな……なんかもう諦められた」

「えぇ……」

「とにかく入るぞ」

 

さっさと入っていってしまった。……行くか。ドアは……よく見たらこれドアノブとかレバーが無い。……もしかして、アニキ用に付け替えたのか?お疲れ様です……アレ?通り過ぎたらドアが閉まった? ……正確には、センサー式でロックが解除されるタイプだったのか。……更にお疲れ様です。

 

「おーい何やってんだ雄也!」

「今行くよー」

 

後で技術屋の方々にいい差し入れを持って行こう。そう心に決めてアニキの元へ走った。

 

「何してたんだ?」

「別に。少しお疲れ様です、と」

「?」

「おい、テメエが誠也のアニキのとこの新入りか?」

 

アニキの隣には、背は俺より高いが俺と年齢が同じくらいの顔立ちの男が、腕を組んで不機嫌そうな表情(かお)で立っていた。時間に厳しい人なのかもしれない。すまない。謝らねば。

 

「おはようございます。昨日はすみませ――」

「ンなこたァどうだっていい。俺の質問に答えろってんだ」

「……確かに、俺はアニキのとこの、【第一中国地方支部】の新入りだが」

「……そうかよ。名前は?」

「おいおい昂助(こうすけ)、名前を聞く時は先に名乗るモンだ、って前にも言ったろ?」

「そうだな。 俺は『桐谷 昂助(きりたに こうすけ)』! 剣斧(スラッシュアックス)を使う! リオレウスを単独討伐した経験もある!!」

 

リオレウスを単独討伐……それは今や、〈ハンター〉達にとって一つの目標を達成している証だ。手の届かない位置に飛び上がり、そこそこ頑丈なビルでも〈龍血技術(ドラグテック)〉による加工を施されていなければ、一撃で倒壊させる火球ブレスを放つ、空の王者。こいつは、それらをたった一人でくぐり抜けた実力者ということだ。……間違いなく、並の男じゃない。

 

「へぇ……お前、いつの間にそこまで腕上げたんだ? 」

「言っとくがハッタリじゃねえぞアニキ。嘘だと思うなら問い合せてみろよ」

「ばっか、お前がそこで嘘つく奴じゃねえことぐらいよく知ってらぁ」

「へっ、ありがとよアニキ」

 

……こいつが俺と同年代とすると、こいつは四月から〈ハンター〉になったという事になる。〈ハンター〉の条件は適合率が一定以上あることと、十二歳以上で中学生以上である事だからだ。訓練生はその年齢に達してなくても、座学は受けられるらしい。俺が実践訓練に出たのは6月。……恐らくこいつと俺の差は二ヶ月。たった二ヶ月、されど二ヶ月。加えて【関東支部(ここ)】は世界有数の激戦区。経験は俺の数倍はあると見ていいだろう。だが――それがどうした。

 

「俺は上田雄也、双剣を使う。……アンタが十分な実戦経験者なのはよくわかった」

「そうかよ。それが分かったら俺の指示には従――」

「だが俺は、絶対服従はクソくらえ、って言わせてもらう」

「――あ?」

 

短い声の後、スラッシュアックス――ベリオロスの甲殻のようなパーツから、『アンバースラッシュ』だろう――が俺の眼前に振り降ろされた。床はひび割れ……てない。頑丈に作られてるようだ。

 

「……もっぺん言ってみろ」

「絶対服従はクソくらえ、つったんだよ」

「テメェ……ハンター界(ここ)弱肉強食(そういうもの)だと分かって言ってんのか!?」

「あぁ」

「ッ! テメェ!!」

「やめろ昂助。俺が言ったことだ」

「ッ!? あ、アニキが!?なんで!! 一年前はそんな事は……!」

「……気が変わったんだよ」

「……そうかよ」

 

熱が冷めたようにスラッシュアックスを龍子化(のうとう)した。……アニキの言葉には素直になるようだが、相当なモンだなこいつ。心酔してるレベルに見える。

 

「……テメェを完全に認めたわけじゃねえ。だがアニキに免じてここは引いてやる。あと……一応、よろしくとは言っておく」

 

手を差し出してきた。これは和解とは別の意味なのだろう。テメエは気に入らねえが最低限の筋というか礼儀は通す、と言わんばかりの雑な手の出し方だし。しかしあれだけ『お前が気に入らない』と言ってきた相手が、その感情を一旦抑えて、するべき事はきちんとしようとしているのだ。ここで振り払うのは幼稚極まりない。

 

「あぁ、よろしくな」

「お前の言い分には言いたいことが色々ある。が、それはそれだ。仕事の時はお互い抑えて行こうぜ」

「努力する」

 

こいつの――桐谷の言動から察するに、どうやら昔のアニキは体育会系的思考が強い、先輩が絶対みたいな主義者だったようだが、どうやら真癒さんに出会ってそこが変わったのかもしれない。

 

「それじゃあ、俺達は一旦部屋に戻る。30分後にここで訓練だ」

「了解」

「分かった」

「それじゃ、また後でな」

「待ってるぜアニキ!!」

 

訓練室を後にした。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

借りた部屋への帰り道にて。

 

「アニキ……アイツは……」

「……すまんな。アイツと出会った頃の俺は……とにかく、今も大概だが昔より圧倒的にマトモに見えるほどの、大馬鹿野郎だったんだ」

「でも……真癒さんに出会ってそれは変わった、と」

「俺のバカがやらかした中で、唯一の救いはアイツが『仕事は仕事、私事は私事』って、割り切ってくれる事だな」

 

俺にはなかっただけに、アイツと比べて俺自身のみみっちさが引き立つなぁ、と続けてボヤくアニキ。

……少し考えて思った事だが、昔のアニキも、別に『先輩は絶対』主義では無かったのかもしれない。一度そう考えておいてなんだが、考えが改まったのは、桐谷の発言を聞いたアニキの表情が、なんというか『にが虫』を噛み潰したような感じに見えたからだ。

 

「なあアニキ。もしかしてさ……桐谷に向けて言いたかったのは、ああいう事じゃ、無かったんだろ?」

「……一応な。でも、今の俺じゃ多分それも届かねえ。今までアイツが信じていた俺の言葉を、今更俺自身が否定したんだからな」

「そっか……なら、俺が代わりにやってやる」

「……いいのか?」

「いいもなにも。俺もヤツに因縁が出来たからな。そこはどうにかしたい」

「分かった……そこはお前に任せる」

 

こころなしか、アニキの表情が少し和らいだ。……任せてくれ、アニキ。

……あ。今、思い出したのだが。俺、喧嘩とかのいざこざを自分の力だけで解決出来たことがねえや。……まあ、なんとかなるか。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

『いいか昂助! この業界は果てしなくキツイ。だからこそ、先輩側が引っ張っていかなきゃいけねえ! だから……黙って俺に付いてこい!』

『おう!!』

『ああでもよ、もし俺が――』

 

ジリリリリリ!

 

「やかましい!!」

 

寝ながら裏拳の要領で目覚まし時計を叩き潰す。……あ。()()やっちまった。〈ハンター〉になる前の力加減(要するに無加減)の感覚でやってるせいで、いいことなかった日の翌朝は大体目覚まし時計を壊してる。我ながら困ったもんだ。

 

「ふぁ……」

 

欠伸をしながら、A(アームド)C(カスタマー)C(コンパクト)デバイス――俺の趣味でベルト型――の時計機能(バックルに搭載。ボイス付きでもある)を確認する。今は午前六時三十分。……訓練室行くか。アニキもいるだろうし。

 

「……にしても、また懐かしいのを思い出したもんだ……」

 

さっき見てた夢。普段はあまり覚えられないが、アレだけは鮮明に覚えてる。アニキと初めて会った日の事だ。俺も、あの人ぐらい頼れる男になりたい、そう思うようになったきっかけだ。だから……何が何でも俺は上に、前に、いなくちゃならねえ。でなきゃ、でなきゃ……俺は――

 

ピピピ、ピピピ

 

電子音が流れる。携帯のものだ。見れば、アニキからのメールが来てた。了解、鍛錬だな。

 

「さぁてとォ!! 切り替えて行くぞォ!!」

 

今は、やるべき事に目を向けろ。

 

 

◆◇◆◇◆

 

11月26日

 

「あ」

 

唐突な自論だが、人間はいきなり起きた出来事への対処は、割とどこか穴が空いてたり欠けてたりするものだと思う。俺もその例に漏れず、やらかした。

 

「どうした雄也」

「『ルドロスツインズ改』以外の双剣忘れてきた」

「……マジで?」

「マジで」

「双剣で特定の属性しかないって……流石にキツくねえか?」

「まあ、何とかするしかないよ」

 

他支部に武器を持ち込むには、まず龍子化してない武器を持っていき、少しの審査を通した後に他支部に龍子化登録をした後に使用できる。つまり、AカスタマーにIDを打ち込んでログインしたからと言って、他支部では登録してない武器は扱えないのだ。

【関東支部】は規模が大きいので、頭下げればランク相応の武器ぐらいはレンタルしてくれるかもしれないが、振り慣れてないレンタル品に命を預けられる度胸はぶっちゃけない。斬れ味とランポスシリーズがもたらす攻撃UPスキル――ある程度の龍力が全身を覆い、筋力その他諸々を強化してくれるスキル――の火力に頼ろう。

そういえばスキルって……なんで付くんだっけ。確か前に真癒さんが『倒した〈モンスター〉の肉体に宿った龍力が起こした奇跡のようなもの』と言っていた。神話とかでいう神の祝福とか加護のようなものとでも思えばいいのかな。理屈は分からないので考えるのはやめよう。

 

「取り敢えず雄也、武器の属性はもう何ともならねえ。だからせめて、弱点を突ける戦い方を覚えるぞ」

「……それもそっか。弱点属性を突けない分脆い所を突くしか、遅れは取り戻せないしな」

「そうと分かれば、ARシミュレータを起動させるぞ。お前の単独戦闘(ソロ)で設定しておく」

「了解!」

 

そんじゃ行ってくる、とシミュレータモニタリング室に向かった。

 

「さてと、装備確認だ」

「おい上田」

「ん? あぁ、桐谷か。先やってるぞ」

「それはいい。お前、これからARシミュレータ使うのか?」

「ああ」

「俺も混ぜろ。アニキにはさっき入れ違う時に言った」

「……分かった、アニキに話してるのならいいぜ」

『おーい二人共! 行くぞ! 準備しろ!』

「了解!」

「おうよ!!」

 

ACCデバイスのARモードを起動する。これでARシミュレーションによる狩猟がスタートする。周りの風景が変わり出す。舞台は雨降る市街地。だが人の気配を感じさせる風景ではない。避難済みというシチュのようだ。

 

「ほぉん……防具はまだランポスか」

 

そう言った桐谷の方を向くと、奴は『角竜 ディアブロス』の素材を用いた剣斧『タイラントアックス』にレウス一式を身に付けていた。

 

「少し前に防具が壊れてな。しばらく戦闘に出れなかったから他の防具を作れてねえんだよ」

「ハッ、それでもいいぜ。お手並み拝見と行こうかァ!!」

 

桐谷がタイラントアックスを斧モードで構える。俺も双剣――ルドロスツインズ改――を構える。

 

ギュアァ!!

 

「おいでなすったな!! この声はゲリョスだ!!」

「弱点部位は確か……尻尾から先、か」

 

奴は全体的に柔いモンスターだが、特にその部位は脆い。とはいえ全身ゴム質。表面はスベスベ。そして雨に濡れていることもあって、一撃が軽い俺では刃が滑って斬り損ねる可能性が高い。いつも以上に意識して切りつけなくては。

それになにより――ゲリョスは初めて相手するし。

 

「後ろに回り込むのか!?」

「あぁ!!」

「尻尾をぶん回して来るから気ィ付けろ!」

「ご忠告どうもだ!!」

 

支給用強走薬を飲んで走り出す。まずは鬼人強化状態を目指す。

 

「オラァ!!ピヨッてろ!!」

 

桐谷がタイラントアックスを剣モードにして斬り付ける。搭載された減気ビンにより、相手に鈍器で殴られたような疲労感を与える。頭部に叩き付ければ目眩をも引き起こす。

因みにその原理は、減気ビンが発生させる特殊な電磁波が体内の乳酸の生成を加速させ、疲労を早めるのだ。電磁波を用いるため、効果のない〈モンスター〉も当然いるが。因みにゲリョスには通る。ゴム質だから通らないと思いきや、ゴム含めた絶縁体でも電波は割と普通に通すとのこと。例外はあるが。

しかし……アイツ、やり手だな。横薙ぎに切りながら当てたスラッシュアックスを支点に、払った方向の逆側に跳ねて直進の攻撃を避けてやがる。鈍重な武器として知られるスラッシュアックスを使ってるとは到底思えない。

 

「俺も……負けられねえ!」

 

あんな鈍重な武器であんな動きされちゃ、機動力が売りの双剣使いとしては立つ瀬が無くなっちまう!!

 

「はぁ!!」

 

尻尾の付け根に車輪斬り、すかさず回転斬り、からのそのまま振り下ろして叩き付ける!

鬼人強化には十分だ。鬼人化を解いて距離を離す。解いた理由としては、鬼人化状態を維持し続けてると、俺の集中力が高まりすぎて周りが見えなくなるからだ。それのせいで真癒さんを斬りかけた事もある。なのでこれは自分へのセーフティとして、鬼人化状態を保つのは連続一分間と制限している。一時はデバイスに細工を施され、一定時間を過ぎると鬼人化に用いる龍力をカットする機能まで搭載された。今は外されているが。

 

「まだまだァ!!」

 

ギュオァァ!

 

こちらに顔だけ向けながら、尻尾を振り回してきた。だが全身を捻って躱す。

 

「そんなモン――にッ!?」

 

躱した。躱したはずだ。しかしそのゴム質の尻尾は俺の頭部を打ち付けた。

 

「ガハッ、ゴホッ!?」

 

吹っ飛ばされて思いっ切り背中を地面に(正確には床)に打ち付け、激しく咳き込む。(いって)え……! ランポス一式がフルフェイスじゃなくて良かった……!もしそうだったら空気が吸いにくくて仕方なかったしな!

 

「……ったく、この――」

「目を塞げバカ!」

「へ?」

 

ギュアァ!!

 

視界が白く塗りつぶされる。これは……ゲリョスの閃光!?

 

「ぐああぁ!?」

「だから言ったろうがこのバカ!」

一旦下がるぞ、という声と共に引きずられる。

ああクソ、このままだと終わったあと俺が文句言えなくなる!かくなる上は!!

 

「クソ離せ! 自分で動ける!!」

「……躍起になんなよ。初見相手に不覚を取るなんざ誰だってあらァ」

「……」

「大方、俺が『二度と文句言うなよ』とか言うと思ったんだろォがよォ、仲間が死にかけるほどでもねえ限り俺は許容する。だから今は黙って引きずられとけ」

「……はいはい」

「『はい』は一回だゴラァ!!」

「はい!」

 

ヤケクソ気味に叫ぶ。 自分が幼稚な奴みたいに感じて恥ずかしくて死にたくなる。死ぬ気は無いけど。

 

「見えてねえだろうから言っとく。物陰に置いとくぞ。目ェ見えたらさっさと来い」

「分かってる!」

「へっ、その前に俺がぶっ倒すつもりだがなァ!!」

 

走り出す足音が段々遠のく。

……改めて、自分の未熟さを実感した。二ヶ月前、単独でロアルドロスを討伐出来て、俺はただいい気になっていた。思い上がっていた。その癖、〈モンスター〉討伐に『生き物の虐殺』という意識を僅かに抱いている。

〈モンスター〉という『生き物』を殺す事に忌避的な意識を僅かに抱いてる癖に、勝てたら思い上がる。

 

「……なんだよ、これ」

 

〈ハンター〉は夢だった。それだけに『生き物』を殺す事の重さを強く感じている。どうしたらいいんだろう。

 

『迷ったら、いつでも言って』

 

二か月前の真癒さんの言葉が頭をよぎる。

 

『新人なんだから。迷ってもおかしくないよ。そして、先輩を頼ってもいいんだよ』

 

……そうだった。今の俺には、相談出来る人がいる。なら今するべきことは――

 

「……ウジウジしてられねえな。さて、行くか!!」

 

双剣の斬れ味を確認し、物陰から飛び出す。

 

ギュアァ……

 

「へ?」

 

しかしゲリョスは既に力尽きていた。……えぇ……

 

「はあ……やっちまった」

 

納刀して状態確認の為に近付く。

 

「バカ野郎! 近付くな!!」

「え?」

 

ギュアァ!!

 

「グハッ!?」

 

またしても伸びた尻尾に叩かれる。これはまさか……ゲリョスの特徴たる『死んだフリ』か!

 

「ここまでのものとは、な……」

 

回復薬を飲みながらゲリョスを睨み付ける。

 

「まだ下がってろ! 俺がやる!」

「お前だけにいいカッコさせられるか!」

 

強走薬の効果はそろそろ切れるが、俺と桐谷の火力なら押し切れる。

 

ギュアァァァァ

 

ゲリョスが上体を高く上げ、頭をカチカチ鳴らしながら体を揺すり出す。これは……

 

「来るぞ!」

「二度も食らうかよ!」

 

目を瞑り、双剣で目元を覆う。幸い、ルドロスツインズ改は刀身が幅広いため、苦もなく覆うことが出来た。

 

「これで!!」

「終わ――」

 

ヴィィィィ!

 

「「『!!』」」

 

これは……〈モンスター〉出現警報!!鳴り響くと同時にARシミュレータは強制停止し、元の訓練室の景色に戻った。

 

『龍力反応確認!! パターンは大型鳥竜種!! 繰り返す! 龍力反応確認!! パターンは……』

 

「行くぞお前ら! 十分で準備しろ!」

「でもそれじゃ!!」

 

間に合わない、と言おうとしたところで桐谷が遮る。

 

「ここの警報は他のより早いし、何より〈ハンター〉以外での防衛機構が強い! それに、俺達はARシミュレータの直後なんだ! アニキの言うとおり、少し休んで行くぞ!」

「……分かった」

 

武装を解き、一旦借りた部屋に向かう。真癒さんに、一旦話しておきたいことがあるからだ。

 

「アニキ、一旦部屋に戻る」

「分かった、時間通りにな」

 

ありがとう、そう心で呟いて部屋へと急ぐ。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「んーっ……ふーっ。次の授業面倒だなぁ……」

 

一時限目の授業が終わる。正直勉強はそこまで好きじゃないので、双剣を振っていたい。文句言ってても仕方ないけど。

暇つぶしに携帯いじるか。と手に取った所で、携帯が震えた。これは……電話? 画面に表示された名は『上田 雄也』。……雄也、どうしたのかな? 取り敢えず聞かれにくい場所に移ろう。

 

「はいもしもし」

『もしもし……真癒さん、今いいですか?』

「いいよ。どうかした?」

『実は……』

 

彼はハッキリ話してくれた。

〈モンスター〉という『生き物』を討つ事をどうしても『生き物の虐殺』という風に感じ取ってしまうことを。それなのに〈モンスター〉に一人で勝てて喜び、思い上がったことも。そしてそんな矛盾にどう付き合えばいいのかを。

この悩みは、これまで私の周りには無かったものだ。正解らしい正解を示す事は、きっと難しい。だから私に出来る、そして師匠(わたし)らしい返答をしよう。

 

「難しいよね……だから、一緒に考えよう? 私にも分からないから……一緒に、答えを探そう? そしたらきっと、私も師匠らしく君に何かしてあげられるし、君も、何か得られるかもしれないから」

『……分かりました。では』

「これから仕事?」

『出やがりました』

「なら、行って来なさい。君なら出来る!」

『はい!!では失礼します!!』

 

通話が切れる。……上手く、出来たかな?

……話が出来る、いい場所あるし、今度そこに誘おう。

 

「冬雪……貴様、今の時間を把握してるか?」

「げ! せ、先生……」

「時間を把握してるか、と聞いている」

「え、えぇっと……うわ!? もう授業始まってる!?」

「そういう事だ。では職員室だ。あとその電話、校則違反だ。携帯も没収する」

「あ」

 

そのまま私は、職員室に引きずられていった。



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第12話 断ち切った者、絡まった者

おはこんばんちは、Gurren-双龍です。

お待たせしました。中々書けなかったのです。申し訳ない。


11月26日

 

 

先の警報が鳴ってから既に三十分。俺達は市街地の外れで戦闘を開始した。

 

クワァァ!!

 

「チッ! 飛ばれたか!行くぞ二人共!」

 

傷を負って飛び去った彩鳥(クルペッコ)を睨みながら叫ぶ桐谷。どうでもいいが喧しすぎる。

 

「ペイントボールは付けてあるから、慌てなくてもいいだろ」

「バカ野郎! こうしてる内に別の〈モンスター〉なんか呼ばれてみろ! 目も当てられねェ!」

「落ち着け昂助。それを妨害する為に支援部隊がヘリから大型音爆弾投下とか街中のスピーカーから高周波を流すとかする事ぐらい、お前だって知ってるだろ」

「どうでもいいけど結構充実してるんだな【関東支部】!?」

「確かにそういう支援はあるけどよォ……!」

 

砥石で双剣に付いた血や鱗の欠片を落として刃を磨きながら桐谷の様子を見ているが、なんというか焦りを感じる。手柄がどうこう、というより手早く、かつ確実に倒すこと自体に拘ってるように感じる。『タイムアタッカーでも目指してんのか?』と茶化してみようと思うには余りにも真剣に焦っている。何があった。

 

「桐谷。焦ったって仕方ないって、お前がよく分かってんだろ」

「――ッ! てめェに言われなくても!」

「二人共黙ってろ!!」

 

俺には拳骨、桐谷には『アグナ=アクア』のシールド、二つの雷が俺達の頭頂部に落とされる。

 

「あだァッ!?」

「何すんだアニキィ!! あとなんで俺だけ盾殴りなんだよ!?」

「レウスヘルムが硬ぇんだからしょうがねえだろ。それよりもだ。今は俺の指示に従え。ガタガタ喧嘩されて死なれちゃたまったもんじゃねえよ」

「「……」」

「分かったな?」

「……了解だ」

「……分かったよ」

 

拳骨が落ちた頭をさすりながら、了承の意を伝える。桐谷も不承不承な感じだ。でも焦りは消えてないように見える。さっきからクルペッコの去った方向や周りをチラチラ見てて落ち着いてない。

しかしここで声をかけても、さっきの二の舞になるだろう。今は放っておこう。

 

「こちら常磐。位置情報を頼む……了解!行くぞお前ら!」

「了解!」

 

願わくば、こいつから少し話してくれると助かるが。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

アニキに拳骨を貰った。……貰うような事を、やっちまった。

わかってる。焦っていいことなんざねえって。うっかりやらかすかもしれねえって。

でも俺は……より多く、モンスターを倒さなきゃなんねえ……そうでないと、俺が強くないと、()()()がここに来ちまう……!それを、アニキだって分かってるだろうに……!

 

「アニキ、いつでも行けるぞ」

「わかった。昂助、どうだ?」

「……ビンのチャージと武器を研ぐ。もう少し待っててくれ」

「分かった。終わったら言ってくれ」

 

アンバースラッシュを斧モードで抜刀し、ビンの接続部近くに付いたレバーを引いてビンの固定を緩め、空のビンを取り出して捨て、ポーチから予備のビンを取り出してセットする。

 

「これで……っと!」

 

ビンを強引にねじ込み、接続部のレバーをさっきとは逆に引いて固定する。チャージ完了だ。

 

「よし! 俺が先行する!付いてこい!」

 

アニキが走り出した。もちろんペイントボールの匂いのする方向にだ。

 

「先行ってるぞ」

「……おう」

 

上田がアニキに続いて走り出した。

アイツは……何を思って〈ハンター〉やってんだろォな。俺のよォに、強くなろォとするためか? それとも名声とかか? じゃなけりゃ……なんだ?

俺の『先輩の言葉には絶対』に真っ向から反対したし、でも自分が絶対という考えをしてる訳でもねェ。アイツが分からない。分からなくて……気味悪さすら感じそォだ。訳が分からな――

 

『分からねえこたァ、これから知っていきゃあいいんだよ』

 

刺さっていたアニキの言葉が、頭の中で木霊した。

 

「……そうだな、そうだよなァ! 分かんねェままなんて、負けたよォで気に入らねェ!」

 

いいぜ、上田雄也。てめェの事、知ってやろォじゃねェか!

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

クルペッコを追って、さっきのポイントから走って五分のポイント。しかしそこには何もいない。

 

「確かこの辺のはずなんだが……」

 

ペイントボールの匂いはここの辺りで漂ってるが、充満しすぎてどこに隠れてるかまで分からない。

 

「どこ行きやがったあのチキン野郎……」

鳥竜種(チキン)…… 食えんのかアレ……?」

 

想像してみたがあの細身から美味しそうなのが取れる感じがしない……じゃなくて。

さて、周りにあるのは……ダミーのビルと砕けたビルから出来たとおぼしき瓦礫の山。

 

「しゃあねえ。司令部に聞いてみるか。……あー、こちら常磐。カメラ映像をくれ」

 

アニキが龍子化ポーチからタブレット型コンソールを取り出して起動して持ってきた。映像は四つ。ヘリからのカメラとダミーのビルが一つずつ、そしてスピーカー付きの電柱に備え付けられたカメラが二つずつのものだ。

 

「ついたぞ。映像の時間は……俺らが走り出した頃か」

 

コンソールの映像には、それぞれ違う角度から映されたクルペッコが見える。

胸の鳴き袋を膨らませ、踊るように鳴き始めた。しかしその鳴き声はクルペッコのような甲高いモノではなく、聴く者を畏怖させるような轟音だった。

 

「この声は……リオレイアのじゃねェか。呼ぶ気だったのか?」

「アニキ、クルペッコは鳴き真似をした〈モンスター〉を呼び出すんだよな?」

「ああ。どういう原理かまでは分かってないらしいが、アイツの鳴き真似が龍力を纏め上げ、〈モンスター〉を生み出すらしい」

「演奏中に高音域の周波をぶつける事で怯み、〈モンスター〉召喚を妨害出来るらしいがなァ」

 

カメラの映像から耳鳴りのような音が響いた。スピーカーから高周波を発したようだ。桐谷が言ったように、クルペッコは音にビックリして硬直してしまった。同時に何かが霧散するようにクルペッコの辺りに風が吹いたのも見えた。……クルペッコが集めた龍力か?

 

「しかし、こいつは何でここにいないんだ?」

 

目下最大の疑問を呟いても、答える者はいない。しかし映像は動き続けている。映像のクルペッコの硬直は既に解けている。この後が問題だ。そこにヤツが今ここにいない理由(わけ)がある。

奴は再び鳴き袋を膨らませ、そして叫んだ。演奏を邪魔されて頭に来たのだろう。そのまま翼爪にあたる箇所にある火打石を打ち付け、そのままビルに突っ込み、そのまま崩れたコンクリートが撒き散らす粉塵の中に消えた。どのカメラも、粉塵で何も見えない。……奴は何をしたんだ?

 

「――はっ!?」

「どォしたアニキ?」

「クソ、そういう事か! 雄也、昂助ぇ!! あの瓦礫の中だぁ!!」

「「え!?」」

 

コンソールから目を離すと同時に。

 

グオォォォアァァァァァァァ!!

 

瓦礫の山から轟音が轟く。

 

「うがぁっ!? こ、この声って!?」

「うぐぉ!? り、リオレイア……!いや鳴き真似か!?」

「つ、つー事はァ!」

 

クアァァァァ!!

 

瓦礫の中から、鮮やかな緑を纏った影が飛び出す。クルペッコか……! やってくれる!

 

「ど、どういう事なんだよアニキィ!?」

「……奴は、火打石の爆発と自分の突進で自分が隠れられる中でも比較的小さいビルを崩して隠れ、その中で安全に演奏出来る状態を整えてやがった……! 」

「はァ!? なんだよそれェ!? クルペッコは臆病ではあってもそこまで狡猾なんざ聞いたことねェぞ!?」

「特異個体だとでも言うのかよ!?」

「落ち着け! なんにせよ、もうすぐ……来るぞ!」

 

グオォォォォォアァァァァァァ!!

 

空から咆哮が轟く。この轟音、忘れるはずがない。五ヶ月前、俺と真治を死の淵にまで追い詰めた、あの咆哮を。

 

「……リオレイアァ!!」

「クソッ!! 言わんこっちゃねェ!!」

「お前ら、一旦下がるぞ。体勢を立て直す!」

「分かった!!」

「ちょっと待てよアニキ! 放置したらもう一匹呼ばれちまうかもしれね――」

「奴は一匹呼んだら、疲れて暫く呼べねえんだよ! リオレイアも来たばかりだ! 今の内に下がるぞ! それとも何かぁ!? あいつらに挟まれてミディアムレアにでもなりてえのか!?」

「――ッ!! わ、わかったよ!」

 

桐谷と俺がアニキの横を通り終えたと同時に、アニキは閃光玉を投げ付けた。

 

クアァァァ!?

グルルルォアァ!?

 

見事命中したようだ。アニキも走り出す。

 

「こちら常磐!! ヘリを撤退させ……早いな。ならポイント6-Aの支給ボックスに閃光玉と音爆弾、あとこやし玉を送ってくれ!」

 

グオォォォォォアァァァァァ!!

 

再び轟く咆哮を背に、俺達は撤退を開始した。

 

「……クソッ」

 

轟音の中、そんなくぐもった呟きが、隣から聞こえた気がした。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

アニキの指定したポイント6-Aに着いて五分。リオレイアの影もクルペッコの影も、今のところ確認していない。

 

「……」

 

桐谷はここに着いてからずっと(だんま)りだ。クルペッコが逃げた直後もそうだったが、コイツは一体何を焦ってるんだ?

 

「ったく、参ったな。リオレウスなら水属性や氷属性でも何とかなるかもが、リオレイアだとあまり通んねえんだよなぁ……今回はヒートブレード付けてきてねえのに」

「関係ねえ。リオレイアごとぶっ殺す」

「増援に任せる、って手もあるだろ?」

「関係ねえつってんだろ!!」

 

声を荒立てて外していたレウスヘルムを投げつける桐谷。アイツは、何を抱えてんだ?何を抱えて、戦ってんだ?

アニキはお手上げといった様子で、肩をすくめ、支給ボックスに入っていたアイテムを並べて仕分け始めた。その際、グラビドUヘルムを外した顔と目がこちらを向いた気がした。まるで『頼む』と言わんばかりに。……仕方ない。アニキの頼みだ。俺自身も気になってるし。俺自身のコミュ力が不安要素だが、いつまでもこのままなのは俺も嫌だ。覚悟を決めよう。

 

「なあ、桐谷」

「あぁ? なんだ上田?」

 

敵意剥き出しだ。まあ想定内だ。

 

「お前、何に焦ってんだよ」

「は? てめェ何言って――」

「違う、なんて言わせねえぞ。リオレウスを倒した事があるお前が、今更クルペッコやリオレイアを倒すことに焦ってる時点でおかしいのはバレバレなんだよ」

「……」

「話せよ。俺だけじゃない、アニキだって知りたがってる」

「――ッ!!」

 

桐谷は目を見開いていきなり立ち上がった。ようやく分かったのか。

 

「……話してく――」

「アニキてめェ!!」

「は?」

 

と思ったら、いきなり走ってアニキの胸倉を掴んだ。なんなんだ一体。

 

「アンタ、アンタは……!」

「おい落ち着け桐谷!」

「何も知らねェてめェは黙ってろ!」

「ッ!! 何も、何も知らねえままじゃいられねえから聞いてんだろうが!!」

「……!」

 

俺を睨み付けながら、桐谷は投げ捨てるようにアニキの胸倉を離した。

 

「……俺には弟がいる」

 

投げ捨てたレウスヘルムを拾いながら、話が始まった。

 

「正義感が強くて、誰かを守ろうと躍起になってる、そんな危なっかしい奴だ」

 

さっき座っていた椅子の横に立てかけておいた剣斧の柄の先にヘルムを掛け、足を組んで座って話を続けた。俺を睨みながら。

 

「俺は、アイツを戦わせねえ為に強くなろう、ってだけだ」

「アニキに掴みかかったのは?」

「アニキは知ってる癖に知らねえみたいに抜かしやがった。それが気に食わなかっただけだ」

「……」

 

アニキを一瞥する。肝心のアニキは、目を逸らすまいと腕を組んで俺達を見つめていた。

 

「……人に聞いたんだ、お前のも聞かせろ」

「俺の何を?」

「何のために、戦ってるか、だ。俺はお前を見てても、まるで何も分からねえ」

「俺の、事?」

 

俺が、戦う理由。そんなの、一つだ。

 

「ある〈ハンター〉の背中を追ってる、ってとこだ」

「の割にお前は、なんでそんなのんびりしてやがんだ?」

「その人の背中の遠さを、嫌ってほど思い知らされた」

 

運命とも思える、初めて出会ったあの日が。絶体絶命の中伸ばされた手を見たあの日が、頭をよぎる。

 

「でも、その背中を追うのを諦めたわけじゃない。たとえどれだけ掛けても、確実にあの背中に追い付くって決めた。今の俺はまだまだ未熟だ。無茶したってその過程を縮められる訳じゃあない。だから、今は出来ることをやってる。それだけだ」

「……」

「あとさ、今気付いた事なんだがよ。多分お前の弟は、お前がいくら強くなろうと〈ハンター〉を目指すぞ」

「――ッ!!」

 

今度は俺の胸倉を掴んで持ち上げた。力強いなこいつ。足が浮いた。持ち上げられたことで首が締まり、少し息が苦しくなる。

 

「てめェ……!」

「人の話は……最後まで聞けっての!」

「うおっ!?」

 

足が浮いたので、勢いを付けてそのまま両足を振り上げて桐谷の両肩に乗せ、そのまま首を挟んで体重を掛ける。当然、桐谷はバランスを崩して倒れる。俺もだが。

 

「ゴホゴホ……いいか桐谷、よく聞け。俺が思うに、誰かの背中を追ってる奴はな、そうそうその足を止めたりゃしねえんだよ……!」

 

立ち上がり、互いに睨み合う。

 

「じゃあ、じゃあよ……! 俺のこれまではよォ!! 無駄だったってのかよォ!?」

「誰がそんなこと言った!」

 

しかしアレだな。桐谷は相当石頭だ。つまりバカだ。アホだ。なんでこう別のやり方が思い浮かばないのか。せっかくだ、叩き付けてやる。

 

「お前が! 弟が来た時に守ってやればいいだけだろうが!! 今のアニキが、やってるように!!」

「……ッ!!」

「つーか、なんでこんな単純な事が分かんねえんだよ。お前実はバカだろ?」

「うぐっ」

 

俺の言葉で目が覚めでもしたのか、目を逸らすその様は、罵倒されたにも関わらず冷静に見えた。

 

「……んで、気が済んだかよ?聞きたいこと聞けてさ」

「……あぁ」

 

逸らした目線を戻した。さっきの不貞腐れた表情はもうない。良かった。これで安心出来る。あとは……アニキだ。

 

「アニキ」

「……」

 

桐谷がアニキの前に立つ。アニキも桐谷も目を逸らさず向き合う。

 

「悪かった」

 

頭を下げたのは――桐谷の方だった。アニキは目を見開いていた。

 

「ホントは分かってたんだよ。あの日、アニキが本当に言いたかったこと」

「そうか」

「でも、自分のやりてえ事の為に、俺は凄く大事にしたかったはずのアニキの言葉を、曲げちまった。本当に、悪かった」

「……謝るべきは、俺の方だ」

 

アニキも頭を下げる。驚いた桐谷は思わずと言った様子で上体を起こした。

 

「アニキ……」

「お前が〈ハンター〉になった訳を、そして『兄』とか『先輩』という物に対する拘りとかを知ってる癖に、俺はお前を歪めるような事を、俺は言葉足らずからやっちまいかけたんだぞ……!」

 

グラビドUの手甲が軋むほど、アニキは拳を握りしめていた。アニキの悔いを強く感じさせる。

 

「……だとしても、アニキの言葉があったから、俺はリオレウスだって倒せたんだぜ?」

「……」

「アニキの言葉があったから、強くなろう、って思い続けられたし、苦痛も耐えられた。だから、アニキ」

 

アニキも顔を上げた。

 

「まだ分かんねえこと、いっぱい教えてくれ。俺もアニキも、これから知っていけばいいんだろうからよ!」

「……そうだな、そうだな!!」

 

アニキも憑き物が取れたような顔になった。いつもの糸目にやかましい声、そして歯を剥き出しにした満面の笑み。これでこそ常磐 誠也(アニキ)だ。

アニキも復活、桐谷も悩みが解決したこの状況。クルペッコはもちろん、リオレイアにも遅れは取らないだろう。

だがこの状況、一つだけ言いたいことがある。

 

「……俺、途中から空気だったな」

 

当事者じゃないから仕方ないとは思うが、なんかそんな気になる。

 

「ならこっから魅せてけばいいんだよ!!」

「だそォだ! 行くぞ上田! いや、雄也!!」

「いきなりだなオイ」

 

いきなり名前で呼ばれたが悪い気はしない。信頼関係を結べた、って事なのか。俺もそう呼んでみるか。

二人が勢いづいて若干置いてかれ気味になった俺は、意気揚々と武器を手入れしたりアイテムを確認し始めた二人を眺める事にした。俺は手入れをとっくに済ませてる、というかさっきは抜刀すらしてない。双剣は二人の武器と違って繊細な部分が少ないから、抜刀してなければ今は手入れしなくても問題ないだろう。討伐への準備は、少なくて済む。

 

「討伐、か」

 

頭に浮かんだ二文字を繰り返す。その言葉が意味するものは、対象の『殺害』。殺さなくては、ならない。だが俺は、殺す事に僅かに躊躇いを抱いている。相手が〈モンスター〉、即ち真っ当な生物とはみなされてない存在であるにも関わらずだ。

 

「……何考えてんだ、俺」

 

悩むのは帰ってから真癒さんとやってろ。そう決めたはずだ。頬を思いっきり叩いて己を鼓舞する。今は――狩猟(なすべきこと)に集中しろ。

 

「おい、行くぞ雄也!」

「まずはリオレイアからだとよォ!」

「……分かった! 」

 

俺は、〈ハンター〉なのだから。




なんか昂助関連の纏め強引だな。雄也もなんか無理矢理動かした感否めないし。

ふと思ったんですよ。この後のレイアとペッコの戦闘シーン、いるか?って。 昂助と雄也の悩み関連でここまで書ける分のは書き終えて、あとはもう戦闘後に雄也のを纏めるだけなんですよね……。そう考えると、この後の戦闘シーンは省いてもいいのではないか、と思った訳で。
一応、省く方向で考えてます。見たい!って方は本作の感想欄ではなく私の活動報告欄の適当な所にお願いします。

では、次回で。次はもっと早くします。


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第13話 見えた光芒(そのさき)、忍び寄る刻限(おわり)

やったぜ
Twitterで誓った通り今月中にいけたぜ。
Gurren-双龍です。

戦闘省きました。


2011年 12月3日

 

「今日で【第一中国地方支部(むこう)】に帰るん……だったよな?」

「ああ。雄也もお前も、この一週間とちょっとでだいぶ色々学べただろ?」

「……まァな」

 

クルペッコとリオレイアとの戦闘に勝利してから一週間経った朝。アニキと()()が出張期間を終えて元の支部に戻る日が来た。喧嘩とか喧嘩とか色々したが、楽しい一週間だったと思える。自分のこれからにも向き合えたしな。雄也のお陰だろうか。取り敢えずそう思うとしよう。あ、そういえば。

 

「雄也はまだなのか?」

「姐御から電話があったから、そっちを終わらせてから来るとよ」

「姐御?」

「真癒の事か?」

「「――ッ!」」

 

言葉に出来ない凄みを感じた俺とアニキは同時に、そして一気に振り向いた。視線の先にいたのは、青い髪をポニーテールに纏めた、長身の女だ。確かこの女は……!

 

「お! 陽子(ようこ)の姐御! 久しぶりじゃねえか!」

「久しぶりだな、誠也。真癒は元気か?」

「おうとも! 最近は真治が入ってきてな、ますます張り切ってるぜ!」

「……そうか、姉妹揃って〈ハンター〉か。真癒の心労も絶えそうにないな」

「弟子も出来たからな」

「そういえば、そんな事を言っていたな。ここに来てると聞いたが?」

「今は姐御から連絡が来たんでな、そっちを済ませてからここに来るんだ」

「そうか。顔を見ておこうと思ってなんとか時間を作ったのでな、会えないなんて事がないといいが」

 

アニキ、この女とも知り合いだったのか。

岸野 陽子(きしの ようこ)』。【関東支部】の()()()にして、()()()()()の〈ハンター〉であり『幻獣 キリン』の〈龍血者(ドラグーン)〉。雷光を纏うその太刀筋は、あらゆる〈モンスター〉を両断するとも言われ、一部の者からは『姫武士』とか『須佐能乎姫(スサノオひめ)』なんて二つ名を貰うほどの猛者だ。聞けば、アニキの言う『姐御』はこの女の同期であり、同等の力を持つらしい。地味に日本は怪物を二体揃えてるみてェだ。

 

「昂助、お前も調子はどうだ?」

「上々、とだけ。アンタはどうだったんだ? 遠征の方はよォ」

「ん? ああ、ハワイの火山地帯に現れた『覇竜 アカムトルム』との戦闘か。無事完了したぞ。中々手強かったが、死者を出さずに済んだ」

「アンタみてェなバケモノがいたらそりゃ死者が出るわけねえか……」

「当然だ。……真癒をあんな場所に引っ張り出すなんて真似は避けたいからな」

「?」

「気にするな」

 

そう答えたこの女の表情(かお)は、どこか一週間前の俺自身を思わせた。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「遅くなっちまった……」

 

真癒さんとの会話を済ませ、急いでロビーに向かう。一週間前は迷子になることもあったが、今はちゃんと道が分かる。

ロビーが見えてきた。アニキと()()と……あと一人いる。青い髪のポニーテールの人だ。影になっているが、わかりやすく大きい胸からして女性だろう。……ん? なんかこの特徴、一部違うけど見覚えがあるような? とにかく急ぐか。

 

「ごめんアニキ、待たせた」

「気にすんな。こっちも世間話が出来たしな」

「アニキ、この人は?」

「この人は姐御の同期であり『キリン』の〈龍血者〉の、『岸野 陽子』だ! 」

「紹介にあずかった、岸野だ。呼び方は好きにしてもらって構わない」

「はじめまして、上田雄也です」

「そうか。お前が、真癒の……」

 

そう言って、品定めするように俺の全身を見回してきた。つい、体が強ばる。

 

「……フッ」

「?」

「その調子で精進するといい。じっくりと、な」

「……はい!」

「何かあれば私にも相談してみるといい。真癒とでは分からないモノも見えるかもしれん」

「ありがとうございます」

「では、目的も果たした。私は戻るとする」

「じゃあな陽子の姐御! 」

「ああ。二人共、達者でな」

 

そのまま陽子さんは奥に去っていった。あの人カッコイイな。

あ、一年前の金獅子事件の時の〈ハンター〉が陽子さんかどうか聞きそびれた。まあいつか会えるだろうし、その時でいいか。

 

「さて、行くか雄也!」

「おう!」

「それじゃあまたな、雄也!アニキ!」

「じゃあな昂助!」

「またいつか頼むぜ!」

 

バトンタッチのような感じで互いの手を打ち鳴らし、その場を去る。因みにハイタッチではない。

因みに昂助ともここでお別れだ。アニキに『見送る暇は鍛錬に使え!』と言われた模様。アニキらしい言葉だ。

 

「お、もう動いてる」

 

ヘリポートに着いた。既にローターが回転し続けており、後は俺達が乗り込むだけの状態だった。

 

「お疲れ様です」

「あざっす。行くぞ雄也」

「おう!……あ、そうだアニキ。実はちょっと帰り道の途中で用が……」

「俺もある。場所は琵琶湖付近だ」

「……あれ? 俺も同じだ……もしかしてアニキも真癒さんに?」

「ああ」

「その事でしたら、私も支部長から事前に話を聞いています。問題ありません」

「手が早いな姐御は……」

 

呆れ混じりのアニキの言葉を最後に、俺達は【関東支部】を発った。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「……やはり、どこかで会ったか?」

 

訓練室への道の途中、友人の愛弟子を見た時から感じているデジャヴに、ここまでずっと首を傾げている。なんというか、一年前に見たような違うような……あの頃の記憶は色々曖昧だ。常に気が立ってたから一々何かを覚えようともしなかったものだ。お陰で雷光の色は赤くなって私の髪も赤くなったせいで『赤獅子』なんて言われ たものだ。

獅子と言えば、そういえば確か『金獅子事件』なんてのがあったな。動物園のライオンがラージャンに変質したとかいう。確か私が倒したんだったか。……後で資料を読んで覚えた事だから実感は無いが。

 

「……そういえば、似ていたな。真癒にも……()()()、にも」

 

思考を振り払うために、もう一度上田雄也の事を考える。あの真っ直ぐさ、アイツを想起させる。真癒が入れ込むのも分かる。……恐らくそういう感情は抜きなのだとは思うが。

 

「……やめだやめ。アイツの事など、考えても仕方があるまい」

 

己に言い聞かせるように呟く。独り言のように見られるかもしれんが構いはしない。

ともかく、上田雄也。お前のその先を楽しみにしているぞ。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「ここが……琵琶湖か……広っ!」

「伊達に日本一って訳じゃねえ、ってことか」

 

【関東支部】から大体一時間弱。日本一の湖、滋賀県の琵琶湖にやって来た。真癒さんは今ここにいるらしく、琵琶湖の周りをグルグル散歩しているとのこと。

 

「さて、探すか」

「その必要は無いよ」

「……いつ来たんですか?」

「さっきヘリが見えたから全力で戻って来たの。着いたのもついさっき」

 

ヘリの陰からひょこりと顔を出す真癒さん。ヘリが見えてから……って、どこからどれほどの速度で戻って来たんだ。

 

「そこは秘密で……ともかく、今日はここで話がしたくて呼んだんだから、お話をしよ? 雄也」

「あ、はい」

「姐御、俺は?」

「誠也は後で。だから適当な所で時間潰してて」

「そっか……あとで連絡してくれ」

「ん、分かった」

 

んじゃ、と手を振ってアニキは立ち去った。

さて……答え、見つけられるかな。どんな形でもいい。〈モンスター〉を殺す事への躊躇いと〈モンスター〉との戦いに勝利する喜びが同在するというこの矛盾を割り切るだけの、答えが欲しい。

 

「んん~……やっぱり綺麗だねえ」

「……そうですね。初めて見ましたけど」

 

考え始めた俺を尻目に、真癒さんは柵に肘をかけて琵琶湖を眺め出す。……真癒さんが、俺に対して求めている答えは、二種類だろう。

一つは、〈モンスター〉を殺す事への躊躇いへの対処を優先した答え。それは恐らく、〈ハンター〉を辞める事にも繋がりうる。

もう一つは、〈モンスター〉との戦いに勝利する喜びを優先した答え。これは、先の躊躇いに目を瞑って戦え、という事だ。

正直言おう。俺は〈モンスター〉との事も大事にしたいし、〈ハンター〉になる時に抱いた夢も大事にしたい。我が儘は百も承知だが、それでも譲りたくはない。だがどう考えればこの矛盾した思いを解ける? それが分からない。

 

「はい、そこまで」

「……!」

「取り敢えず、握った拳を開いて?」

「……あ」

 

掌は血が滲んでいた。というか突き立てた爪が皮膚を切り、傷口(そこ)からどくどくと血が流れていた。そんな手を、真癒さんはその白い手で包み込んでいた。

 

「分からない。どうしたらいいか分からなくて悔しい。うん。その気持ち、伝わったよ」

「でも、こんなの……ただの子どもの我が儘ですよ……」

「そうだね。でも、そんな他者のための我が儘を持てるぐらい君は、優しいんだね」

「やさ、しい? 俺が?」

 

強く頷く真癒さん。彼女の白い手は、今は俺の血の赤に濡れている。

 

「だって戦う時以外の君は〈モンスター〉を思いやっていて、戦う時の君は守るべき人々を思いやっている。こんな風に考えてる人のこと、『優しい』以外どう言えばいいか、私は知らないよ」

 

真癒さんの手は更に強く、しかしより優しく俺の手を握り包む。

 

「……手を開いて」

 

言われるがまま、握り包む際に拳となった自分の手を、再び開く。そこに映ったモノに、驚きを隠せなかった。

 

「傷が……無い?」

「君のような優しい人が、誰かのために自分を騙し傷付け続けるなんて、あっちゃいけないよ」

 

そう優しく語りかける真癒さんの手は、いつもより一層白く輝いていた。……もしかして、龍力を?

いや、そんな事よりも。

 

「……でも、どうしたら自分にそんな事しないで済むんですか? どっちにしたって俺は……」

「そうだね……最善は『割り切る』以外に無いよ」

「……それこそ、自分を騙し傷付けるんじゃ……」

「割り切り方、ってのも色々あるんだよ?」

 

真癒さんは俺に背を向け、再び柵に肘をかけて琵琶湖を眺め出す。俺はなんとなく、真癒さんの隣まで足を運ぶ。

 

「どう割り切るか……考え方を変えるてみるのはどう?」

「考え方?」

「そう。例えば……〈モンスター〉を殺す事、そのものの考え方とか」

「……?」

 

殺す事そのものの……考え方を? どう変えるってんだ……?

 

「まあ、君はまだまだ人生経験も狩人経験も少ないからね。困惑するのも分かるよ」

「だって……殺すってどう変えようも無いですよ?」

「古来より人間は、どんな生き物にせよ何かしらの理由があって殺していた。食用、装飾用、衣服用など。自分の住処を守るため、ってのもある。今の〈モンスター〉と人間だね」

「でも結果……行き過ぎたそれでいくつか絶滅させた。理不尽に……殺されたんですよ」

「今は自重してるようだけどね……そういえば、増えすぎた生き物を間引いたりもしてる」

「人に、そんな権利あるんですかね」

「権利とか資格じゃないと思うんだよ。これも、一つの弱肉強食なんだと思う。あとは……やれる者がやる、それだけだと思う」

「……」

「話が逸れたね。ともかく、考え方をどう変えるか。その一つの例を挙げるね」

 

こちらに向き直って始めた話はこうだ。

モンスター(彼ら)〉は突然現れた。それは異世界からの存在だからだ。この世界で死ぬことは彼らにとって元の世界に帰ることである、と。つまりこれは――

 

「ただの殺戮ではなく、彼らを還すための戦いと解釈しろ、と?」

「一つの例だよ」

「……でもこれも、自分を騙すことになるんじゃ……」

「でも、君の本心には背いてないと思う。ただ〈モンスター〉を殺戮するわけでもなく、しかし〈ハンター〉としての本懐を遂げられる、君にぴったりの解釈じゃないかな。それに……」

「それに?」

「私が看過出来なかったのは、君が自分で自分を傷つける事だから」

「真癒、さん……」

 

視界が滲む。頬の辺りにも冷たい、しかし温もりを孕んだナニカが伝った。

 

「……雄也?」

「嬉し……かったん、です。ここまで、自分を、気遣ってくれる人、本音を、言える人いなかったから……」

 

涙が止まらねえ……嗚咽も漏れる。

……これまで、言えば相談に乗ってくれる人はいたかもしれない。だが、『この人になら』と思える人は、いなかった。どんな相手にも『迷惑じゃないか』と思ってナニカを、何も、言い出せなかった。

だから、嬉しかった。自分が本音を吐けるほど、信頼できる人に出会えた事が。

 

「だから、ありがとう……ございます……!」

「……ふぅ、どういたしまして」

 

頭の上に柔らかい手が乗る。またしても、涙が出る。

暫く、泣き続けた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「落ち着いた?」

「……はい、おかげさまで」

 

五分ほどして、涙は止まった。とても恥ずかしい所を見せてしまったが、相手は自分の師だし、自分の為と思えば割り切……だめだやっぱ恥ずかしい。

 

「ふーん、まだ顔赤いね」

「勘弁してください……」

「そうだね、ここまでにしておこうか」

「はい。改めて、ありがとうございました」

「いいのいいの。師匠として当然の事をしただけだから。……さてと、誠也呼ばなきゃね」

「連絡しておきます」

「あ、雄也は先に帰っててくれる? こっちは自分で帰るから」

「へ? まあ、真癒さんがそう言うのなら……」

「誠也も、私が自分で呼ぶから気にしなくていいよー」

「分かりました。お先に失礼します」

「出張明けだし、じっくり休んでねー」

「はい!」

 

そのままヘリに乗り込み、飛び立つ。

 

「【第一中国地方支部】ですね?」

「はい、お願いします」

 

行く先を改めて教え、あとは待つだけになった俺は真癒さんを再び見る。……真癒さんの表情(かお)が、曇っているように見えた。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「行った……か」

「雄也もなんとかなったんだな」

「早かったね」

「そろそろかと思ってたんでな」

 

木陰から誠也が顔を出す。その表情はあまりよろしくない。

 

「なあ姐御……もしかして話って……」

「うん、察しのと――ゴフッ!」

「姐御!!」

 

突発的に吐血する。ああダメだ。気持ち悪すぎる。とにかく注射……しなきゃ。適当に刺すと不快感が和らぎ出した。でも口の血がまだ残ってる。うがいしなきゃ。

 

「誠也……水道、ある?」

「すぐ近くだ! すぐ連れてく!」

「ありが……」

「喋んなくていい!」

 

誠也は私に劣らず顔面蒼白で私を肩にかけながら蛇口のある場所に急ぐ。こんな事ばかりで申し訳ないや。

 

「……ふう」

「大丈夫なのかよ、姐御?」

「少なくともリオレウス十頭を単独(ソロ)で捌けるぐらいには、まだ大丈夫」

 

誠也が聞いてきた『大丈夫』は、『今この瞬間』ではなく『現状』の事だろう。なのでそう答えた。因みに今は? 洗い流したとはいえ口の中が気持ち悪いに決まってる。

 

「…….まさか話って」

「改めて診断された。〈()()()〉の進行具合と、それに伴って予測出来る()()()()もね」

「……やめてくれよ、姐御」

「まあ、そうは言っても一年以上先の話っぽいし」

「余命なんて、どこまでアテになるんだよ! 普通の人でさえ余命より長生きしたり早死するんだぞ!ましてや〈龍血者〉なんて……!」

「まあ、私はまだ死んでやる気なんて毛頭ないよ。五年、十年でも、可能な限り生きて雄也と、真治を……」

「……それで、今のところの余命は、いくら……なんだ?」

「辛いのに無理して聞かないの……まあ、勇気振り絞った誠也に免じて、というか始めから言うつもりだったや。

話を戻すよ。私の余命は――」

 

風が吹き始めた。私にとっては向かい風で、雄也が飛んでった方向には追い風になる方向に吹いたこの風は、なんだかこの先の未来を現してるように感じた。

 

「――一年半ほど。大体、再来年の6月かな」

 

この先も戦い続け、そしてその最中で何も無ければ、という前提の余命だが。

ともかくこれが私の余命。覚悟は決めた。雄也にも、真治にも、誠也にも、陽子にも、そして……()にも、負けてられない。私は貫き切ってみせる。果ての果てまで、今ある己を、今信じる自分を。




実は第一話を書き直す予定です。よければ読んでください

追記:本作の『覇竜 アカムトルム』について
(さらっと名前出しましたが、扱いが雑すぎる気がして追記)
・2011年11月初頭。ハワイの火山地帯にて、漆黒の巨大〈モンスター〉を確認。報告を受けた【ハンドルマ本部】は、この〈モンスター〉を〈古龍級生物〉と見なし、〈龍血者〉を保有する支部全てに討伐及び精鋭部隊編成の命令を出した。本来ならこれは『冬雪 真癒』にも届くはずだったが、裏で手を回した『岸野 陽子』の手によって通達されず。彼女が〈絶龍症〉(詳細は後日)に罹患している身であることを案じ、情報を操作したという。
・龍力の残滓を確認した所、日本国北海道の北方海域の地底火山にて発生した事が判明。よってアイヌ語で命名。『覇竜 アカムトルム』と名付けられた。
・同年11月末。各国の〈龍血者〉が集まった精鋭部隊によって、討伐される。この〈モンスター〉からは『覇導玉』なる〈天龍力〉を保有した物質が採取され、これを利用して〈龍血者〉を生み出す事が可能である事も判明した。『古龍』以外の〈モンスター〉で〈龍血者〉が生み出せることが判明したのは、史上初である。
・これによって、本種の討伐に最も貢献したと言われる『岸野 陽子』が所属する【関東支部】に、〈龍血者〉生成の第一権利が与えられた。
・『岸野 陽子』の獅子奮迅の働きにより、二度と復職出来ない程の重傷者こそ出たが、死者は出なかったという。

こんなとこです。この先も古龍、及び古龍級が出たら後書き、出来そうなら本編内で解説を入れようと思います。

追記:ここで一つの区切りと考え、そして一章が長いと言われたので、次話以降を二章とさせていただきます


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第二章〜止まらないカウントダウン〜
第14話 試練到来


第一話書き直す言ってたけどまだ出来てないのでこの後に書き始める感じですねー(白目)

一ヶ月ぶりですね。


2012年 7月20日

 

「フッ!!」

 

円形の的の真横一列真ん中に、俺が投げた三本のナイフが刺さる。

 

「うん。大分上手くなってきたね、ナイフ投げ」

「でもまだ三本です。真癒さんなんか五、六本同時に投げてるじゃないですか」

「こればっかりは慣れだよ、慣れ。実は雄也の方が成長速度は速いんだよ? なにせ雄也、手が小さいから複数投げるの苦労するはずなのに、半年ちょっとでもう三本投げてるんだから。私だってその頃は二本が精一杯だったんだよ?」

「……一本すらまともに投げられなかった頃と比べると、凄いんだな、俺」

 

【ハンドルマ第一中国地方支部】の訓練室。その投擲訓練場にて、俺は真癒さんと投げナイフの特訓を行っていた。この特訓が始まったのは【関東支部】からの出張から帰った後。

実は俺、凄まじいノーコンなのだ。ペイントボールがアニキの盾に当たるわ、閃光玉がすっぽ抜けて真後ろに飛ぶわ、音爆弾が真癒さんの耳元ギリギリに飛ぶわと、散々なピッチングだった。投げナイフも真治の弾丸にぶち当てたりと、何故当てられたのか不思議なことも起こった。もちろん真治に怒られた。言い合いの最中に散弾を装填(リロード)された時は流石に焦ったし全力逃走した。

 

閑話休題。

 

そんな訳で、俺は真癒さんからアイテム投擲の訓練を、半年以上に渡って重点的に受けている。

ん? ジャギィの群れとランポスの群れに囲まれた時&亜種火竜夫妻に襲われた時の閃光玉? よく覚えてないが死力を尽くしたから当てられたんじゃね?いや適当に言っただけだが。

……そういえば、亜種火竜夫妻に襲われてから一年と一ヶ月。そして正式入隊から一年ほどか。早いものだ。あれからも色んな〈モンスター〉に出会った。紫水獣(ロアルドロス亜種)土砂竜(ボルボロス)黒狼鳥(イャンガルルガ)舞雷竜(ベルキュロス)など、その他色々な〈モンスター〉を元の世界(と勝手に俺が思っているナニカ)に送還、もとい狩猟してきた。真癒さんがかつて勧めたきた割り切り方のお陰で、今は特に悩みはない。強いて言うなら、もっと精進したい、といったものだ。

 

「雄也、どうしたの?」

「ああいえ。ここまで色々あったなぁ、って」

「そっか。もう一年だね。となると……そろそろ()()の時期かな」

()()?」

「大丈夫、君なら出来る」

「いや、だから何を……」

 

尋ね返そうとした時、突如アナウンスのチャイムが流れる。

 

「……来たね」

「何が、ですか?」

『上田雄也さん、冬雪真治さん。至急、司令室までお願いします。繰り返します。上田雄也さん……』

「ほら、呼ばれたよ」

「せめて質問に……」

「いいから。行ってきて。そこに答えがあるから」

「……そういう事なら。訓練、ありがとうございました!」

「うん、どういたしまして」

 

様式美の挨拶を済ませ、訓練室を先に出る。呼び出しの理由はなんなのだろうか。ともかく急ぐか。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「来たわね」

「わざわざ待ってたのか?」

「ちょっと少し思い当たる節があるのよ、今回の呼び出し。だから心の準備がてら、ね」

「思い当たる節? 最近のあれこれとなるともう……正式入隊一年目ぐらいしか……」

「間違いなくそれしか無いわよ……」

「……言われてみれば、それもそうか」

「察し悪すぎよ。推理小説でも読んだら?」

「生憎、自分で物語の犯人を推理するより、物語の中でどう推理されて話が進んでいくか、それを楽しむタイプなんでな」

「推理が苦手な言い訳?」

「ほっとけ」

 

軽口を叩き合いながら、俺達は司令室の入り口を前に横に並ぶ。

 

「それじゃ、行くわよ」

「おう」

 

真治がIC入りのライセンスカードを電子ロックのドアのすぐ隣の機械に翳す。ピッ、という短い電子音と共にロックが解除されたという表示が出る。あとはもう一歩進むだけで扉が開く。まあ、すぐ踏み出したが。

 

「「失礼します」」

「ふむ、思ったより早かったのぉ」

 

中に入ると、いつも通り制服の袖を通さず羽織った支部長の爺さん『冬雪 真玄(ふゆき しんげん)』と、『武具課』課長の川尻の爺さん。そして、眼鏡をかけたスーツ姿の、金髪をポニーテールに纏めた妙齢の女性だ。目の色からして外人さんだろうか。なんにせよ、初めて見る人だ。

 

「支部長。上田雄也、冬雪真治、両名参りました」

「いつも通りで良いぞ」

「ねえお爺ちゃん、用ってな――」

「支部長と呼べい! そこまでいつも通りにせんでよい!」

「あだっ!」

 

杖の先が真治の眉間を穿つ。コーン、と小気味良い音が響く。

 

「カッカッカ。真玄も大変じゃのう」

「お主もじゃ!」

「カッカッカ! 参ったのう!」

「……あの、よろしいでしょうか」

「おっと、失礼。どうぞ」

 

金髪の女性の咳払いで一度話が止まる。まあ話にもなってないので良いのだが。

やっと落ち着いた事を女性が認識すると、その女性は俺達の前に出る。そして品定めでもするかのように俺達を見回す。……あまり気分がいいものでは無いな。

 

「彼女は、ドイツのポツダムにある【ハンドルマ本部】から来た査察官じゃよ」

「こ、こんにちは」

「ご紹介にあずかりました、査察官の『リンドヒルト=イネシア』です。早速質問ですが……お二人は、一年前に〈ハンター〉として【龍力組成生命体対策特務機関 ハンドルマ】に正式に入隊した、で間違いないですね?」

「は? な、なに? その【龍力なんたら】って……」

「お前なぁ……【ハンドルマ】の正式名称だよ……」

 

俺とイネシア査察官は共々溜息をつく。なにせ職場の正式名称を知らない奴がいたのだ、呆れたくもなるだろ。

 

「ごほん。と、ともかく、入隊から一年経過した、でよろしいですね?」

「「はい」」

「分かりました。ではこれを」

 

イネシア査察官は脇に挟んだファイルから、一枚のプリント用紙を取り出し、俺達の前に差し出した。見た所書類のようだ。内容は……

 

「『上位昇格試験概要と申し込みについて』?」

「……やっぱりこれね」

「『上位昇格試験』は、正式入隊から一年が経過した〈ハンター〉が受ける試練です」

「……なるほど。真癒さんの含みの入った言い方の原因はこれか」

「もし受けるのであれば、指定した欄に記入してください」

 

書類を受け取り、目を瞑って思考を巡らす。それは今まで狩ってきた〈モンスター〉との戦いの時の記憶。矛盾に苦しんでいた時期。色々乗り越えて、今はここにいる。なら俺はその先に向かうべきだろう。つまり答えは一つ。

 

「受けます。どんな試験であっても」

「アタシも同じよ。負けてられないもの」

「……では、ご記入お願いします。その後、更なる詳細を説明しますので」

「こっちで書け二人とも。ペンぐらいある」

 

支部長に言われるがまま、平たい机に向かい、書き始める。名前、性別、生年月日、入隊日、使用武器種、所属、etc……書き終えた。

 

「これでいいですか」

「どれどれ……ええ。書類記入は以上です」

「アタシも書けたわ」

 

真治のをチェックし始めた。頷いた。オーケーのようだ。

 

「では、手短に説明致します。まず試験の達成条件は、我々が試験の相手に足る力を持っていると判断した〈モンスター〉を捕獲する事です。捕獲は単純に討伐するよりも困難なので」

「その選別は……〈モンスター〉が現れる度にするものですか?」

「はい。事前にどの〈モンスター〉が出るかなど、我々でも分かりませんので」

「では……試験日は不定?」

「そうなりますね。しかし現時点のあなた方の戦績を鑑みるに、試験相手は飛竜種が妥当であると見ています」

「飛竜……」

 

かつて訓練生だった俺達に猛威を振るった、あの(つがい)の竜を思い出す。それだけじゃない、【関東支部】への出張や、『舞雷竜 ベルキュロス』との戦闘でも、その雄々しさ、荒々しさを感じた。それらに負けない、そんな相手を、俺と真治の二人で捕獲……いいぜ、やってやる。一年前とは、違うってとこを見せてやる……!

 

「他に、質問は?」

「俺はありません」

「アタシも」

「そうですか。分からないことがあれば、また司令室まで。私は基本、ここにいますので」

「分かりました」

 

お辞儀をして、俺と真治は司令室を出る。その時査察官がなんか微笑みかけてたような気がした。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「……よく出来た子達ですね」

「光栄ですな。……しかし、あの小僧、気に入ったのですかな?」

「あ! い、いえ。……ちょっと、ある人を思い出しまして」

「面影、などでも感じましたかな?」

「そう、なのかもしれません」

 

もしや、『彼』、なのだろうか。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

地下にある訓練室。今は俺と真治で集まっている。真癒さんはいない。先に休んだのかな?

 

「さてと、雄也」

「連携訓練、だろ?」

「その通りよ。相手は飛竜。でもアタシ達は、今まで遭遇したそのほとんどをお姉ちゃんやアニキが主力となって討伐したのに参加した程度。つまり、まだ強力な飛竜を相手するには経験が足りないわ」

「分かった。んで、何を相手にする?」

「……そうね。フルフルとかは?」

(のろ)すぎるだろ。そんなの試験相手に選ぶはずないし、第一そいつは俺達二人で倒したことがある」

 

再び思考する。唸っていると、また真治が思い付いたようだ。

 

「じゃあ……イャンガルルガとかは?」

「素早い、飛ぶ、ブレスを吐く、毒を持つ、咆哮をする。……いかにも飛竜って感じの敵だ。丁度いいな」

「ガルルガ自体は鳥竜種だけどね」

 

相手が決まるとほぼ同時、訓練室の扉が開く。

 

「お、訓練か。混ぜてくれ」

「アニキ、おはよう。訓練だけど……」

「悪いけど、アタシら二人でやらせて」

「な、なんでだ……!まままさか、反抗期か!?」

「アニキは親か!」

「昇格試験が近いから、二人での連携訓練が必要なの!」

「あ、そういう事か……びっくりしたぜ」

「反抗期と思うその解釈に俺もびっくりだ……」

 

ともかく、アニキはARシミュレータの設定をしてくれるとのこと。その間、俺達は準備を進めよう。

 

「それじゃ、装備するか」

狩猟開始(クエストスタート)

 

腕時計型のA(アームド)C(カスタマー)C(コンパクト)デバイスを起動し、双剣を背負い、防具を着込む。

 

「イャンガルルガにも、アンタにも、遅れは取りたくないわね!」

『狩猟開始』

 

真治もACCデバイスを起動する。……そういえば、一年前のアイツは確か『ハンターシリーズ』から着ろと言われたのにガンナー用の『ブレットシリーズ』着込んで来たんだっけ。かつてはバカだと思ったが、今のこいつは頼れる同期で、かつどこまでも挑戦的な奴だと思える。

 

「さあ、行くわよ」

「当たり前だ」

 

俺が纏うは『リオソウルシリーズ』。これはかつて俺達を襲った、あの蒼火竜の素材から作られた装備だ。真癒さんが最近俺に贈ったものだ。あの時は『少し早めの、弟子になって一周年記念』と言っていたが、正確には俺の正式入隊一周年記念の物であり、この試験のための物だったのだろう。かつての敵が、今は己を守る物になっている。……頼もしいな。

そして装備を纏った両手に握るのは、双剣の『ガノカットラス改』。『水竜 ガノトトス』の素材を用いて作った双剣だ。これは自分の戦いの中で手にしたものだ。強敵だっただけに、これもまた頼もしい。

 

「さてと、まずは水冷弾で行くわ」

「しっかり頼む。あと……」

「『俺ごと撃つ気で来い』、でしょ?一々励まさなくたっていいわよ」

 

俺の一言を先取りした真治の防具は『リオハートシリーズ』。これは俺の『リオソウル』の元となった蒼火竜の番の桜火竜の素材から作られたものだ。彼女の手には、ミニチュア化した『灯魚竜 チャナガブル』そのものに見える軽弩(ライトボウガン)、『チャナガシュート』。サイレンサーを付けているらしく、提灯玉が前面に飛び出したデザインになっている。

 

『準備はいいかぁ!』

「いつでも来い!!」

「ぶち抜いてあげるわよ!」

『よし来たぁ! 行くぞ!』

 

風景が変わる。今回は山林の中だ。目の前には黒紫の鱗と甲殻を持つ竜が立っていた。出たな。『黒狼鳥 イャンガルルガ』。

 

クオォアァ!!

 

「怒ったら!」

「麻痺弾でしょ!」

 

真治の応答を聞きながら、強走薬を飲んで突っ込む。もちろん狙うはその大きなクチバシ。そいつを切り刻むまで!

 

「はあぁ!!」

 

クアァ!

 

回転斬りを叩き込み、すぐさま側面に転がり込む。こいつは間違いなく、突っ込んでくる。

 

「そっちだ!!」

「当たるほどマヌケじゃないわよ! それに……」

 

真治がボウガンを抱えたまま走り出す。だがやろうとしている事は大体予想が付く。

 

「――引き撃ちも出来ないほどのヘタレのつもりも無いわよ!」

 

大きく跳び上がり、そのまま前転方向に回転しながら狙いを付けてボウガンを構え、水冷弾を撃ち出す。弾は――全て頭部にヒットした。

 

クルルォアァ!?

 

狙った獲物が消えたと思ったら横から撃ち抜かれた。ガルルガにとっては混乱モノだろう。

 

クルルアァ!!

 

口から炎が溢れ出し、翼を広げて地団駄を踏み始めた。怒りに我を忘れた証拠だ。

となると、すぐに真治は麻痺弾を撃ち始める。ならば、怪力の種で力を溜めるのがベストだろう。

 

「雄也!」

「ッ! 来たか!」

 

イャンガルルガが顔を振り回しながら走ってきた。突進だ。だがこれは横に飛べば避けられ――ん? 止まった?ってこれは!

 

グオォォォン!!

 

咆哮だ。しかしリオソウルシリーズにはこの咆哮に悩まされることは無い。そう……()()には、な。奴は走るなどの行動の直後に咆哮する際、後ろに飛び退く。その時には風圧を伴う。だがリオソウルには風圧を防ぐ効力は無い。あるのはリオハートだ。つまり――

 

「……くっ!」

 

風に怯んで動けなくなる、という事だ。

 

「ブレスが!!」

「チィッ!」

 

目を逸らしてたせいで反応が遅れる。せめて……体をよじるぐらいは!

 

「どりゃあぁぁぁぁ!!」

 

背後で熱と爆風を感じる。車にはねられた時はこんな感じなのだろうか、タバコを擦りつけられる時はこんなものなのだろうか。ついそう思った。取り敢えず、今は直撃を避けられただけマシと思う。炎熱系に高い耐性を持つリオソウルといえど、直撃などすればたまったものではない。

 

「無事ならさっさと立て直しなさい!すぐに痺れさせてやるから!」

「そいつぁ助かる!」

 

倒れ込んだ姿勢からそのまま前転しつつ起き上がる。回復は……立て直せと言われたし、薬は飲んでおくか。飲み干した回復薬グレートの甘い味と感覚が染み渡る。

 

「真治!」

「今ね!」

 

己に向かって走るイャンガルルガに、真治は麻痺弾を撃つ。チャナガシュートの速射機構で麻痺弾Lv.1は一度に複数放たれる。しかしその間は真治は動けない。狙った方向に全て当てるためだ。アイツのことだ。全て当てれば麻痺に陥れる計算は済んでるのだろう。しかし運は中々機嫌が良くないようで――

 

グオォォォン!!

 

「うわっ!」

「しまった……真治は咆哮を防げねえ……!」

 

咆哮に怯んだ真治は、麻痺弾をあらぬ方向に放ってしまった。好戦的で知性の高いイャンガルルガは、落とし穴を壊してしまうと聞いたが、まさか麻痺弾すら躱すとは……!

 

「だったらさぁ!!」

 

アイテムポーチから三本のナイフを取り出す。刀身には黄色い液体が塗られている。これは〈龍大戦時代〉以降に現れるようになった麻痺毒性を持つキノコから抽出した麻痺液だ。それらは複数種あり、〈ハンター〉及び【ハンドルマ】はこれらを総じて日本語では『マヒダケ』と呼んでいる。

 

閑話休題。

 

麻痺液が塗られた麻痺投げナイフを同時に三本、左手で逆袈裟に振って投げる。ナイフは斜めに並んでイャンガルルガに向かう。

 

クオォアァ!?

 

「よっしゃぁ!!」

「……ッ! た、助かったわ!」

 

見事命中。一本は外したが、それでも真治が麻痺毒を蓄積させたお陰で、なんとか麻痺拘束まで持ち込めた。

 

「たあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「これで! どうよ!! この野郎!!!」

 

双剣の乱舞は尻尾の先に、水冷弾は頭部に、それぞれ深く鋭く突き刺さる。

直後、頭部の方から一際大きい音が響く。これは……頭部のどこかが砕けたか?

 

クオォアァ!!

 

「耳、やったわ」

「ナイス。取り敢えず距離取るぞ!」

 

麻痺拘束が解けた。近くにいては轢き殺されかねない。距離を取り、正面に立たぬよう動き回る。……正直、ガルルガは休む間が余りにも無さすぎて苦手だ。離れれば突進か火球ブレス。近ければ突進か尻尾を叩き込んでくる。近くても突進してくるとか何だこいつ。

 

クオォォ!!

 

「……取り敢えず、俺の方に向かせるか」

 

量子化ポーチから三本、何も塗られていない普通の投げナイフを取り出し、奴の顔と翼にそれぞれ二本と一本に分けて投げつける。

 

クルァ!

 

「いいぜ……そのままこっちだ」

 

己に刺さった刃物の主が俺であることに気付いた奴は、翼を振り上げて威嚇し、そのまま突っ込んで来た。しかし――

 

クルォア!?

 

「当たり、ね」

 

いきなりイャンガルルガが仰け反った。あの怯み方……そして僅かに見えた甲殻の穴……貫通弾か。相変わらず上手いな。

 

「負けて……られないな!」

 

怯んだ隙を見て鬼人化。これは予想だが、奴の尾先をあと一閃すれば尻尾を斬り落とせるだろう。だが仮にも奴は火竜と同じ骨格をした〈モンスター〉。真治の斬裂弾に頼らないようにすれば、チャンスは少ない。アテは投げナイフか、転倒させる、あとは……尻尾を振り回した時に斬り掛かるか。やってみるしかない。

 

クルォァ!

 

俺の近くまで寄って、奴は身体を回した。尻尾がこちらに向く。この後はもう一度振ってくる。つまり奴は動かない。好機!

 

「だりゃあぁぁぁ!!」

「ダメ!」

「なッ――うぐッ!?」

 

横から殴られたような衝撃が走る。咄嗟に双剣の刀身で庇ったが、これは……しなった尾先に引っ掛けられたか。幸い毒棘には刺されてない。迂闊だった。ここなら尻尾は当たらないと思っていたが失敗か。

 

「あぁもう! 暴れられるから使いたくなかったのに!」

 

真治の叫びが響く。何をしようとしているのかすぐ察した俺は目を庇う。

 

クルォァ!?

 

「ほら! 一回引くわよ!」

「おま!? ガルルガに閃光玉使ったのか!?」

「しょうがないじゃない!アンタが尻尾に薙払われたりするもんだから!」

「……すまん」

 

怒鳴られたが、正直近くまで寄ってもらえて助かった。いくら防いだからといって、当たった衝撃と地面に叩き付けられた痛みまで無かった訳では無い。むしろ視界が少し揺れ続けてたぐらいだ。助かる。

 

クルルォォアァ!!

 

「……こっち来ないよな?」

「匂いを頼りにする奴じゃないし、しばらくは手当り次第に暴れるんじゃない?」

「……こっち来んなよ?」

「こればっかりは流石に運次第ね」

 

その場で跳ねたり嘴を突き立てたり、吼えたり走りまくるイャンガルルガを尻目に、俺達は奴の目が届かない場所にまで移動した。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「んぐッ……ぷはぁ……」

「んー、元気ドリンコは身に染みるわー」

 

ARシミュレータのイャンガルルガは、あの後は何事もなく討伐出来た。尻尾の切断は、無理せず真治の斬裂弾に頼ったので難なく済んだ。しかし反省点は多い。いくら一年の付き合いとはいえ、二人だけの戦闘の連携は大して出来てない。これは……もう少し訓練を詰めるべきか?

 

「ふむ、やってるようだな若人よ」

「あ、教官!? お久しぶりです!」

「うえっ!? きょ、教官!?」

「久しいな二人共。……して、何か悩んでるようだが?」

「……実は」

 

上位昇格試験が近いのと、それに向けた連携訓練、そして連携が上手くいかないことを伝えた。

 

「ふむ、連携か」

「この支部、真治以外のガンナーがいないから、いつも手探りなんです」

「でもよ、俺から見たら二人は十分な気がするぜ?」

 

アニキのフォローも、正直今は辛い。何せそのフォローを覆す理由が思い当たる。

 

「……いや、俺がガンナーの危険を減らし切れてないんだ。俺が躱したら真治に当たる、みたいな事が度々あった」

「位置取りか。なるほど、それはいくら戦闘訓練を重ねたところで上手くいかない訳だ」

「……どういう事です?」

「もっと互いを知るべし、という事だ」

「……なるほど、そういう事だな」

「アニキ、分かったの?」

「答えは、日常の中にある、ってことだ」

 

アニキと教官が、目の前に立つ。この二人が並び立つと、何故だか凄く威圧感を感じる。

 

「では早速、真癒君と支部長に掛け合ってくるとしよう」

「俺も行くぜ」

「二人は……まあ後で自由にやるといい」

「は、はあ」

「取り敢えず、お疲れ様でしたー」

「うむ! では!」

 

アニキと教官はそのまま立ち去って行った。『ドス ドス』という効果音が似合いそうな歩き方をしながら。というか走ってる。危ないぞ……

 

「……取り敢えず、訓練の続きするか?」

「……なんか、色々疲れた……」

「ここまでに、しとくか?」

「……えぇ」

 

この日は解散となった。明日どうなるかも知らずに――

 

 

◇◆◇◆◇

 

7月21日

 

「「はぁ!?」」

「最低一週間、俺と真治で同棲!?」

「冗談じゃないわよ!?」

 

翌日。朝礼にやって来た俺と真治を待っていたのは、とんでもない宣告だった。




第一話の書き直しがあるから下手したら次話が二ヶ月後かもしれないなー(白目)
早くやります(土下座)

追記:一話書き直して投稿しました。なので今の時点では何故か第一話(序話)が最新のものになってるという奇妙な状況になってるかと


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第15話 同棲、来客

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。Gurren-双龍です。
年内投稿したかったけど間に合わなかったです。すみませんでした。
しかも、その割に長くない。
今年中に第一章終わらせてえなぁ……


2012年 7月24日

 

午前七時。目が覚める。鳴る前の目覚まし時計を止め、ベッドを出る。顔を洗う。牛乳を飲む。伸びをする。

ここまではいつも通りの朝だ。……ホント、ここまでは。

 

ジリリリリリリリリ!!!!!

 

……()()、か。いい加減起きろ。もうこれで三度目だ。またしてもやらねばならない事が出来た。だから……容赦も加減も捨て、隣のベッドに向かうとしよう。思いっ切り息を吸い、そして叩き付ける。

 

「おい!起きろ()()!! 目覚まし鳴らしたのはこれで何度目だ!さっさと起きろォ!」

「うーん……あと一時間……」

「五分十分では飽き足らず一時間だぁ!? いい加減にしやがれ!?」

 

本来なら自宅で寝食を過ごす筈の真治が、俺と同じ部屋で寝ている事の発端は、三日前に遡る。

 

 

◇◆◇◆◇

 

同月21日

 

「最低一週間、俺と真治で同棲!?」

「冗談じゃないわよ!?」

 

突如言い渡された同棲命令。その真意は『互いの細かな生活態度を知ることで相手の細かな立ち回りの源泉を学び、更なる連携の強化を計る』という物だった。アニキの言っていた『答えは日常の中にある』の意味はわかった。だが納得は行かない。

正直に言うなら、答えは真治と同様、『冗談じゃない』だ。確かに出会った当初に比べれば、互いに態度は柔らかくなった。だが『出会った当初に比べて』程度だ。良きライバルとは思っても、流石にそこまでは……といった感じだ。

しかし――

 

「残念だけど、これはお姉ちゃん命令兼師匠命令。そして――」

「支部長命令でもある。悪いが従ってもらうぞ」

「「……了解」」

 

真癒さんと支部長の鶴の一声で、結局押し切られる形となった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

そうして今に至る。因みに俺がこいつを起こす理由は、『ついでにこれを機に真治の生活態度も改善したい』という真癒さんの要望でもある。しかし現実はこのザマ。虚しくなる。

今のようになった原因を思い返しながら真治(バカ)を叩き起こそうとして既に10分。……決戦兵器投入するか。

 

「もしもし真癒さん。雄也です。バカ真治を叩き起こすための救援要請を――」

「うわぁ!? おおおお、起きる起きる!起きてるから!」

「なら初めからそうしやがれこのアホンダラ!!」

 

同棲開始から三度目の朝。今日もブチ切れた出勤前となった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「いっっっったぁ………!」

「自業自得だ大バカ」

 

結局、真治はあの後起きたものの、着替えとかに手間取って真癒さんが決めた時間に間に合わず、ゲンコツを貰った。真癒さん曰く、『愛のムチ』らしい。アレはむしろ『裁きの鉄槌』とかの方が正しい気がするが。

因みに俺は真治を見捨てて先に行ってたので、ゲンコツを食らった真治を朝の余興にして、優雅に朝食を摂った。ご飯とか鮭の塩焼き、美味しかったです、食堂のおばちゃん。

 

「こうなったら! さっさとARシミュレータ使って特訓よ!」

「はいはい」

 

半ばやけ気味に、真治は訓練室に突撃していった。元気なもんだ。

置いてかれるのも癪だし、俺も追うか。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「よっしゃ俺が先ぃ!」

「あぁーっ、もうっ!!」

 

いつの間にか競走になり、俺が先に着いた。誰ともぶつからなかったのは不幸中の幸い――

 

「何してんの二人共ォ!!」

「アガッ!?」

「タァッ!?」

 

残念ながら真癒さんのゲンコツが待ってる為、俺達は競走した時点で不幸に会うのが確定していた。失念していたたたたた痛ぁぁぁぁいぃぃぃ……!!

 

「ははは、元気な子達だねェ、マユ」

「ほんっと、手間がかかるよ……」

「良い後輩である証拠だよォ。同時に、マユがイイ先輩である証拠かなァ」

 

うずくまっていると、知らない声が聴こえてきた。女性のものだ。日本語だが、若干語尾が伸びてるというか上がってるというか。外人さんか?

顔を上げてみると真癒さんの隣に、灰色の短髪で褐色肌で童顔の女性が立っていた。服装は青を基調としており、七分丈のジーパンとデニムジャケットといった出で立ちだ。

 

「やァ、はじめましてェ。アタシは『ナナーラ=ツァルコ』。【メキシコシティ支部】から来たよォ」

「は、はじめまして。俺は――」

「わァ!君がマユの弟子だねェ!会いたかったんだァ!」

「うわぁ!?」

 

自己紹介しようとしたら、ナナーラさんに抱きつかれた。なんだこれ。

 

「ん、んーっ……いい感じィ。君はイイ〈ハンター〉になれるよォ」

「そそそ、そうですか!ありがとうございますぅ!でもちょちょちょぉ!?」

「はぁ……始まった。ほらナナ。困ってるからそこまで」

「んー、分かったよォ」

 

やっと……解放された。全身揉みくちゃにされた挙句、ナナーラさんの二つのラングロトラに嵐のような洗礼を受けた。とても柔らかか――真癒さんから殺気が。やめておこう。

 

「ま、真癒さん。い、今のは……」

「また見れるから待ってて」

「つーっ……気絶してた……って、貴女誰で――」

「アナタがマユの妹ォ!?可愛いわァ!」

「うにゃぁぁぁぁ!?」

「あ」

 

今度は互いに自己紹介する前に真治が揉みしだかれ始めた。なんだこれは(二回目)。

 

「ナナはね……昔から初対面の人を揉みしだいてどんな人か知ろうとするの」

「なんすかそのコミュニケーション法は……」

「お陰で何度もビ〇チと誤解されてたよ。主にスタッフさんに。勘違いした人がセクハラに及んでそのまま逮捕された事例もあるし」

「えぇ……」

 

口からは引いたような声が出たが、ぶっちゃけ納得はしてる。何せ、あんなデカい山二つに洗礼を受けては、仕方ない気がする。

 

「ほらナナ、そこまで。話が進まない」

「分かったよォー」

「っっ……はぁ、はぁ……」

「だ、大丈夫か真治」

「す、凄かった……」

「お、おう」

 

なんでだろうか、真治が何かに目覚めそうだった。真癒さんに目を向けると『構わん』という首肯が返ってきた。ならば良し。行くぞ。

 

「帰ってこい!」

「あだァ!?」

 

思いっきりビンタ。夢から覚めるにはこれが一番だ。

 

◇◆◇◆◇

 

 

真治が帰って来たので、話が再開した。因みに俺も仕返しで頬に紅葉を作るハメになった。解せぬ。

 

「ごほん。それじゃ、改めて紹介するね。この子は『ナナーラ=ツァルコ』。メキシコの【メキシコシティ支部】から来た〈ハンター〉にして、『炎妃龍 ナナ・テスカトリ』の〈龍血者〉だよ」

「マユの同期でもあるよォ。よろしくゥ」

「はじめまして。『上田 雄也(うえだ ゆうや)』です」

「『冬雪 真治(ふゆき まや)』です」

「んっんーっ……二人共、きっとイイ〈ハンター〉になれるよォ!!」

「ありがとうございます!」

 

真癒さんの同期、即ちそれは歴戦の猛者であるということだ。事実、その手足にはいくつか傷跡が見える。

 

「元々は北朝鮮――あァ、これは四年前までの名称だねェ。今は『朝鮮半島北方国跡地』だっけェ?」

「そうだね。そこの調査に行く途中だったけど、機材トラブルで急遽延期になったからこっちに来たんだっけ?」

「そォそォ。まァ、マユに会えたから機材トラブルに関しては良ィかな、って感じだよォ」

 

北朝鮮、朝鮮半島北方国跡地。この二つの呼び名は、文字通り朝鮮半島の北半分を指すものだ。かつてのその国は、第二次大戦終戦から鎖国的――日本と違い、あらゆる国を受け付けなかったので鎖国以上だろうか――な政策を行い、龍大戦時代においては【ハンドルマ】の前身にあたる機関すら受け付けなかったという。結果その国は、龍大戦終戦の時点で壊滅寸前、国としての機能がかろうじて残った程度になる。そして四年前。結局、そこまであらゆる全ての入国を許さなかったかの国は、〈モンスター〉達によって滅んだという。……一年前の授業も、丁度こんなところだった気がする。気がするだけだが。因みに今ではその地は、南側である韓国と合併されることなく、【ハンドルマ】の管理下にあるという。

 

「それでマユゥ? ここに来たのはアタシの意思だけどォ、トレーニングルームに呼んだのはなんでェ?」

「そうだった。うん、今から説明するね」

 

言い終わると同時、真癒さんが黒天白夜を取り出した。

 

「二人にね、剣士とガンナーのツーマンセルの立ち回りの一例を見せてあげたくてね」

「なァるほどォ。腕の見せどころねェ」

 

ナナーラさんも武器を取り出す。〈モンスター〉の胴体みたいな形状で、銃口部に生き物の頭部のようなパーツ――恐らく、炎妃龍(ナナ・テスカトリ)の頭部を模した物――が付いたヘビィボウガンだ。銘は『炎妃重弩【愛執】』。真癒さんの黒天白夜と同じく、〈滅龍武具(ドラゴンスレイヤー)〉――〈龍血者(ドラグーン)〉用に調整された専用武具――だろう。ナナーラさんが〈龍血者〉である証拠だ。

 

「それでマユゥ? 相手はァ?」

「そうだね……二人の試験相手は飛竜になるらしいし、なるべくそこそこ強いのかな」

「んーじゃァ、エスピナスとやりたいよォ」

「あぁ……ごめん、今回は選ばせて。二人のためのだし」

「分かったよォ」

「あの、設定してきましょうか?」

「んー? いいよ別に。二人は観覧席行ってて。誠也が設定するし」

「アニキそこにいたのか……」

「それじゃ行きましょ」

「アタシのはヘビィだけどォ、参考になるよォ頑張るねェ!」

「……じっくり見させてもらいます」

「お前敬語使えたのか……」

「フンッ!!」

「いだぁ!?」

 

足を踏まれた。まあ仕方ない。さて、行くとするか。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「お、来たか」

「アニキ、相手は誰なんだ?」

「気が早いな。まあ見てろ」

 

椅子に座り、ARシミュレータフィールドが張られたトレーニングルームを映すモニターに目を向ける。フィールドは……『峡谷』か。となると相手は……

 

「始まったぞ」

「……ゴクリ」

「鍾乳洞か……っつー事は」

 

グルル……ガジュッ

 

「……『呑竜 パリアプリア』か」

「因みにそれの剛種だ」

「また凄いのを選んだわね……」

 

『剛種』。〈モンスター〉達全体の中で、一定の強さを保持する強靭な個体全体を指す言葉だ。なので剛種以上の存在のみが確認されている〈モンスター〉もいるらしい。俺はまだ上位〈ハンター〉ですらないため、剛種との戦闘資格を持っていない。故に聞いた話しか分からない。

 

「ん?通信?ナナーラからだな」

「あれ? アニキと同い年なのか?」

「一応な。なんか姐御を狙ってると思われてるらしいが」

「あ、あはは……」

『そんなのは今どうでもいいのさァ! それよりもォ! ユウヤァ!』

「あ、はい!」

『よォくマユを見ててねェ!凄いの見れるかもだからァ!』

「え?」

『んじゃァねェ』

 

通信が切れる。真癒さんを見ておけ、か。言われずともなのだが、それ抜きに何かあるのだろうか。なんにせよますます目が離せなくなってきた。

 

グルル……ギャシャァァァ!!

 

パリアプリアが応戦体勢となった。

――『呑竜 パリアプリア』。サンショウウオと一般的な四足歩行飛竜を足して割ったような見た目の飛竜種〈モンスター〉。つぶらな瞳と体のあちこちに付いたヒレのような部位が特徴的。非常に食欲が強い肉食で、その上選り好みが激しく、気に入らなければ暴れ出すとのこと。肉以外も平気で呑み込む大食漢。胃液が異常な酸性を持ち、馬鹿げた食欲を満たさないほどの強酸で、吐き出して攻撃する事もある。……試験では飛竜とやり合うと聞いて、あらゆる飛竜を調べた時の知識だ。そしてこいつの動きは――

 

「なにあれ、まるでトロいわね」

「別段、俊敏な〈モンスター〉じゃあねえからな。まあ油断はできねえさ」

「なにせ、パリアプリアには」

 

ゴゴォッ!!

 

「呑み込んだ物を吐き出してぶつける、なんて攻撃もあるらしいしな」

 

さっきの突進(と言うにはあまりにも鈍い動きだったが)を、地面の石を口に含みながら行ったため、奴の口には体力の砂礫が隠されている。

真癒さんは突進後の隙を付いてすぐさま斬り付けるが、奴は先程の石を上に吹き出し、雨あられと周囲に叩きつける。察知していた真癒さんはすぐさま後退する。無論、ガンナーには隙でしかない行動のため、ナナーラさんは柔らかい尻尾に火炎弾を叩き込む。当然、痛みに奴は怯み出す。しかし動きが激しくなる事はない。

『パリアプリア』は食欲に神経すら注ぎ込んでいるため、激しい興奮状態に陥る、なんて事がまずない。本来は興奮状態になれば消化器官の機能が多少抑制される。しかし奴にはそれがない。消化器官の機能抑制が起これば、奴の身には甚大な異常が発生するからだろう。副交感神経の働きが余りにも強いのかもしれない。

激しい興奮状態に陥らない。つまりは俗に言う『怒り状態』にならない、という事だ。これは戦況を大きく乱す要素が無いということ。つまりは〈ハンター〉側が状況を保てば、基本的に苦労する相手ではないということ。にも関わらずこの相手を選んだ。何のつもりなのだろうか。……目を、離さないでおこう。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

チラ見した雄也の顔が少し怪訝な感じだ。パリアプリアを選んだことを少し怪しんでいるのかな?まあ、無理もないか。こいつじゃないと、()()()()()()()()()()()()()からだ。とはいえ相手は剛種。気を抜けば今の時点でもやられかねないのだ。まあナナがいればそこまで不安ではないけど。

 

グルォ!!

 

飛びかかってきた。難なく躱す。……『対剛種』の資格を持つ〈ハンター〉が二人もいるのだ。遅れは取らない。……そろそろいいかな。

 

「ナナ!やるよ!」

「オッケェ!! ガツンとやっちゃえェ!!」

 

数多の〈ハンター〉に『死刑宣告』と言われた私の〈鬼人化〉。――しかし。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。鬼人化が死刑宣告ならば、()()()である()()は『地獄への審判』だろう。――見せてあげる、双剣使いの更なる奥義を――!

 

「ハァァァッ!!!」

 

鬼人化。双剣を天に向けて掲げ、そして更に――

 

「テヤァァァッ!!」

 

身体の縛りを更に振りほどくように、天より地の水平へと切っ先を向ける。――これが、双剣使いの奥義。〈鬼人化〉を超えた更なる境地。その名も――

 

「〈真・鬼人解放〉ッ!!!!」

 

この身と剣が、更なる紅蓮を纏う。




真癒さんの言ってる意味、分かりにくいからここで説明。
要はパリアプリアじゃないと〈真・鬼人解放〉の負荷と付き合いながら戦えない、という事です。

あと、北朝鮮には滅んで頂きました。恨みがある訳では無いですが、本作の最終地点とかの事考えると非常に邪魔というかなんというか。まあ政治思想は絡んでないので悪しからず。


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第16話 信頼と真意

おはこんばんちは、Gurren-双龍です
お待たせしました。ここまで書けなくて済まない()

※今回は飯テロ要素があります。ご注意ください。


7月24日

 

ギャジャァァァァ!?

 

「ふっ……はぁっ!!」

 

()()()()()()『真・鬼人回避』によって振るわれた刃の斬撃と、それが孕む電撃に、呑竜(パリアプリア)は仰け反る。いい調子だ。これならまだ()()()()()()()()。せっかくだ、盛大なのを……くれてあげる!!

 

「ナナ!シビレ罠!」

「オッケイ!」

 

ナナの重弩(ヘビィボウガン)は麻痺弾を装填出来ないため、罠に頼る以外に()()を確実に当てる手段が無いのだ。ナナならすぐやれるが、それまでこいつを抑えねば。

 

「張ったよォ!」

「すぐ行く!」

 

真・鬼人解放を一度解き、罠の元まで走りだす。負担を抑えるために、走りながら回復薬も服用する。

 

「飛ばした岩ならぶち抜くからァ、心配しないでねェ?」

「頼むね、ナナ」

 

パリアプリアの遠距離攻撃は、ティガレックス同様、岩飛ばししかない。ナナの正確な射撃なら、岩の中心を撃ち抜いて砕くぐらい、造作もない。しかも彼女のボウガンには『排熱弾』が搭載されている。ここまで火炎弾も貫通弾も撃ちまくったので、もう溜まっているだろう。

 

グルルギャジャァァ!!

 

「来たよマユゥ!」

「排熱弾、行ける!?」

「マユこそ行けるゥ!?」

「いつでも!」

 

私達の声に呼応するように、パリアプリアも走り出した。のっそりした動きだが、それは脅威的な体重故の話だ。当たればティガレックスのそれに比肩するほどの痛手を負う。だが離れていれば基本回避は間に合うし、今は目の前にシビレ罠がある。つまりは――

 

グルギャァ!?

 

間抜けにも、シビレ罠に突っ込むだけということだ。ここが勝機!

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

太く柔らかい尻尾に、真・鬼人解放状態で斬りこむ。真・鬼人解放だからこそ動きが追い付く、『真・鬼人回避』の踏み込み斬撃だ。そこから繋ぐは、双剣の奥義たる『乱舞』の進化した姿――『乱舞・改』!

 

「これで……決めるッ!!」

 

右、左、右の順に切っ先を突き出し、そして更に踏み込んで前身回転斬り。乱舞よりも斬撃数こそ減るが、一つ一つ積み重ねた刃の重みは、併せれば乱舞すらも凌駕する――!

 

「まだ……まだァッ!!」

 

普段の鬼人化なら、ここで止まる。だが今は鬼人化の先の境地たる『真・鬼人解放』……ここで終わる奥義じゃない……!

 

「だぁぁぁぁぁっ!!!」

 

踏み込んだ時に振るった双刃をさっきとは逆方向に、身体ごと回して斬り刻む。その名も、『乱舞旋風』。

 

「でやぁぁぁっ!!」

 

もう一歩踏み込み、そして顔の右側に並べた双剣を――全力で振り下ろす!!

 

グルルル……グゴォォッ!!

 

まだ倒れない。流石に私はここまでが限界。ここまで二分、調子が良かった方だ。あとは――

 

「ナナ!」

(はァい)熱弾……発射ァ!!」

 

ナナのヘビィボウガンから、蓄積された熱が圧縮されて放たれた。それは『鎧竜 グラビモス』の熱線が如く、あらゆる物を焼き貫いた。

 

グギャァァ……!?

 

拘束から解かれたパリアプリアは、突如迫る熱線に全身を灼かれ、そして遂には地に伏した。討伐成功だ。

 

「おォつかれェ、マユゥ!」

「お疲れ様、ナナ」

 

排熱弾を躱すために慌てて飛び込んで伏せていた私に、ナナが手を伸ばす。……ふう、なんとか吐血はしなかったかな。立ち上がり、雄也達のいる観覧席を見上げる。やっぱり驚いてる。口がポカンと空いてるもの。

 

「みんな、降りてきて」

 

通信をかけ、呼びかける。今のところは盛り上がってくる血の気配も無いが、一度引っ込んでここをナナに任せようか。

 

「ナナ」

「まァかせてェ!」

「お願いね」

 

ナナも察していたのか、快く対応してくれた。

さてさて、花音(かのん)さんのとこ行かなきゃ……

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

凄かった。ただそれだけが出てくる。ナナさんは真癒さんに当たらないよう、そして各弾種に応じた距離を取って適切な部位を撃ち抜く。

そして真癒さんはナナさんの射線を遮らず、確実に攻撃を躱して斬撃を当てていた。

しかし真癒さん達からすれば、アレは『出来て当然の基本』なのだろう。真治もそう感じたのか、興奮と不安混じりの顔をしている。多分俺もそうなのだろう。……そこは二人で考えるか。とにかく、今は真癒さんの話を……あれ?

 

「んー、遅かったねェ。マユは一旦医務室まで行ったよォ?」

「へ? 医務室? なんでです? 怪我でもしたんですか?」

「んー、それはねェ……」

「〈龍血者(ドラグーン)〉ってのは気難しい存在なのでね、だから逐一私達が見ておくのさ」

 

声の方――入口の方を見ると、少し乱れた長髪に、漫画で見るような如何にも『保健室の先生』みたいな格好をした白衣の女性が立っていた。因みにガーターではなく黒ストッキングである。

 

「……村上さん」

花音(かのん)さん、と呼んでほしいね。いい加減一年の仲だしね?」

「お姉ちゃんはどうしてんの?」

「……無視か」

 

医務課の課長であるこの人なら、真癒さんの事を知っているだろう。しかし俺の初対面の時からも分かるように、この人は結構ふざけるタイプの人だ。ぶっちゃけマトモな答えは期待してない。

 

「まあいい。真癒君ならトイレさ。直に戻る」

「その通り。ただいま」

 

村上さんの言った通り、すぐ戻ってきた。ナナさんと違い、既に武装は解いている。……ん?なんか違和感……

 

「雄也? どうかした?」

「あ、いえ。真癒さんって、今日は口紅とかしてたかな……って。口元赤いんで」

「ッ!?……えぇっとそれは」

「返り血を洗い切れて無かったみたいだね? 洗ってくるといい」

「そ、そうそう!顔が出てるから付いちゃってたのかな! じゃあ行ってくる!」

「……?」

 

なんか慌ててる?……みっともないからだろうか。

 

「もォマユったらァ。おっちょこちょォい!」

「真癒さんでも、あんな所あるんですね」

「言っとくけど、お姉ちゃんは割と抜けてるわよ。やり忘れが多くて母さんに注意されまくってたわ」

「そうだな。閃光玉やこやし玉を忘れて危なくなったこともあるしな」

「昔も凄かったよォ。ラージャンを狩る時も……」

 

ナナさんとアニキと真治によって、真癒さんの黒歴史が掘り出され始めた。……なんというか、真癒さんへの親近感が強くなった。因みに真癒さんが戻ってくるまで続いた。もちろん真癒さんは怒った。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「それで二人共、どう感じた?」

「感じたままをォ、言えばいいんだよォ?」

ナナさんと真癒さんが、前に並ぶ。言えることがあるとすれば……

 

「やっぱり、相方の細かいところを理解している、って感じでした」

「各々の立ち回り方だけじゃない。二人の距離もあんまり変わってないように見えたわ」

「わァお!よく見てるねマヤァ! 撫でてあげるゥ!」

「あわわわわわわぁ!?」

「話が進まねえ、そこまでにしとけ」

「んもォ、しょォがないねェ」

 

またしてもナナさんに揉みしだかれ出した。しかし今度はアニキがすぐに止めた。

 

「そォ。ガンナーと剣士の理想的な立ち回りは射線を遮らずゥ、剣士を撃ち抜かずゥ、離れすぎず近過ぎずゥ。そォそォ出来はしないけどォ、これができれば敵無しだよォ!」

「だが姐御とナナーラはやり遂げた。何故だと思う?」

「……もしかして、二人も?」

「イエェス! 要は信頼関係だよォ!」

「信頼……」

「関係……」

 

真治に顔を向ける。真治も俺を見ていた。

そして互いに顔を俯かせて、同時に答えた。

 

「「少し……考えさせてください」」

「……まァ、これも経験だねェ」

「この後はどうする……いや、言わんでいい。答えは分かった。今日はここまでだ」

「「訓練、ありがとうございました!」」

「試験頑張ってねェ!」

 

今日は解散、後は各々でやる事となった。俺は少しの素振りと日課の水獣(ロアルドロス)毒怪鳥(ゲリョス)の狩猟を最低限こなしてから、訓練室を後にすることにした。真治は残るようだが。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「信頼、か……」

 

職員食堂。既に日は高く、多くの人が空腹を感じ、抗いがたい香りに食欲を刺激されて集まり出す時間だ。そう考えていると、正午を告げるチャイムが鳴った。

もっとも、今日は訓練――大半は真癒さんとナナさんの模擬戦を見ただけだが――が普段よりも早く終わったため、ここに来て考えてたらいつの間にかお昼だった、という感覚なのだが。

 

「そういえば腹減ったな」

 

なんだかんだ運動はしたので、当然といえば当然か。空腹に悶えては何も出来ない。今日は火曜日。つまりはお気に入りの煮込みハンバーグ定食がある日だ。ソースとケチャップを中心に作られた特製ソースがたっぷりと塗られたあのハンバーグは絶品だ。誰よりも早くいただくとしよう。

 

「おまちどーさん!モスの煮込みハンバーグ定食だよ!」

「はーい」

 

近年、普通の豚は減少傾向にあるらしい。というのも、ほとんどが龍力の影響を受け、『モス』と呼ばれる〈モンスター〉の一種に変化しつつあるからだ。最初こそ多大な悪影響が懸念されたが、食べる分には全く影響が無かったため、今も世界各地で自然発生した、モスのような無害な草食種の〈モンスター〉が狩猟されたり、家畜用として捕獲されたりしている。しかし草食種〈モンスター〉は、総じて無害な事と小型である事から、龍力レーダーにも反応がない、あるいは非常に薄い反応を示す程度であったりするため、出現しても警報が鳴ってない事が多い。しかし肉食〈モンスター〉は彼らを察知できるためか、その後釣られるように有害な〈モンスター〉も現れたりする。例外はあるが。

 

閑話休題

 

今はとにかく、この煮込みハンバーグだ。白飯と千切りキャベツとミネストローネが付いたこの定食を楽しまねば。

まずは一口……うーーーーん、美味い……!煮込みソースが舌に絡みつき、ハンバーグの肉汁が味蕾を震わせる……!ご飯も続けて放り込む……これだよこれ……ご飯の甘さと煮込みハンバーグの良きしょっぱさ。交互に来るこれが絶妙に俺の歯と舌と胃を唸らせる……!!まだだ……これらをじっくり胃に押し込んでから、スプーンにすくったミネストローネを啜る。これも美味い。程々な塩味と秘めたる甘さが煮込みハンバーグで踊った口を落ち着かせる。そして飲み込んだ後は千切りキャベツを頬張る。良き良き。そして箸を動かし、ハンバーグを切り取って口に入れる。千切りキャベツは、ハンバーグの為のいわば着火剤、あるいは薪だ。これが俺の口の中から奥を更にヒートアップさせる……!そして追加のご飯を……!!

 

「……ず、随分美味しそうに食べますね」

「……(ゴクリ)。イネシア査察官、どうしましたか?」

 

若干引き気味な声で俺に話しかけてきたのは、『リンドヒルト=イネシア』査察官だ。返した言葉に「いえ、ちょっと気になって」と言いながら、彼女は俺の向かいの席に座った。彼女が引き気味なのが気になり、なんとなく周りを見渡すと、さっきまでこちらを見てたかのように自分の食事に集中している他の職員が見えた。因みに他の〈ハンター〉達の姿は見えない。訓練室の掃除の最中なのか?

 

「中々、素晴らしい食べっぷりでした」

「は、はあ……どうも」

「体が資本の〈ハンター〉にとって、食べて蓄える事は務めの一つです。恥ずべき事ではありません」

「ありがとうございます……」

 

好きに食ってるだけなのに褒められた。なんかむず痒い。……む、箸の持ち方が少し変だな。その()()か若干掴み辛そうだ。

 

「イネシア査察官、箸の持ち方はこうです」

「……あ、はい。ありがとうございます」

「……どうかしましたか?」

 

妙な間を感じたので聞いてみる。もしやカンに障ったか?試験に影響とかないといいが……

 

「いえ、こうやって教えられることに、少し懐かしいモノを感じただけですので。お気になさらず」

「そういう事でしたら」

 

再び定食に目を向ける。さて……宴の再開といこうか――

 

「食べる前、何か考えてたようですが、いかがなされましたか?」

 

と思った矢先に再び会話が始まる。流石に上官にあたる人の前で食べながら会話は良くないので止めねば。

 

「真治との、連携です」

「剣士とガンナーのツーマンセル……確かに難しいものです。私は本職というわけではありませんが……」

 

イネシア査察官も手を止めて話し始める。

 

「ここまで一年、共に戦った仲間なのです。信じれば道は開けると思いますよ」

「……ありがとうございます」

 

背中を押してくるその言葉は、正直意外だった。こんな言葉がイネシア査察官から飛んでくるとは思わなかったからだ。でも少し、顔に翳りが指した気がする。

 

「まあ、これは受け売りなのですが」

「本職の知り合いがいたんですか?」

「知り合いというか……兄です。もう遠くへ行きましたが」

「それは、すみません」

「気にしないでください。私も気にしていません。それより……」

 

謝罪として下げていた頭を上げると、微笑んだ顔でこちらを向いていた。

 

「自分の仲間を信じてあげてください。私は、貴方達がこの試練を乗り越えることを期待してますので」

「――――――」

 

少し、安堵を覚えた。それは、イネシア査察官の俺達に対する目線の内容を知れたからか、それとも――この奥底のナニカからなのか。言いようのない安堵感が、そこにあった。

 

「――ごちそうさま、でしたか。この国ではそう言うのでしたね?」

「え、ああ、はい」

「それでは先に失礼します」

 

そのまま立ち去っていった。俺は目を離せないでいた。

 

「……俺も食べるか」

 

煮込みハンバーグの残りは少し冷めたが、ミネストローネがまだ温い。今の内に、楽しもう。

……因みに、食べてる途中、また周りから視線を感じた。なんなんだ?

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「……アイツまだやってたのか」

 

食事を済ませ、腹を休めてから訓練室に行くと、真治がARシミュレータでイャンガルルガ相手に走りながら撃ってるのが見えた。せっかくだし見てくか。

持つのは先日と同じくチャナガシュート。やはりアイツも、先日の特訓の時に思うところがあったのだろう。タッグを意識してるせいなのか、普段のソロ連の時よりも距離が遠い気がする。ソロの時にタッグを意識してどうすんだ?

 

「なぁにしてんだアイツは」

「アニキ」

「何であいつ、()()()()()()()()()()()してるんだ?」

「――え?」

 

訓練室を見直す。すると、確かに蒼い防具を身に纏って双剣を振るう男がいた。だが少し透けてる。確かにアニキの言う通り、アレはARシミュレータのリプレイ映像だ。

ARシミュレータは最新の稼働から十回前までの稼働を記録しており、それをそのままリプレイとして再現することが出来る。普通はそのまま観るためのモノなのだが、ああやって特訓をするとは考えたモノだ。

だが映像であるため、もちろん互いに当たることは無い。だがARモードが稼働してる為、真治のボウガンから発砲されたように見える。そしてその弾は、俺をギリギリ掠めずにイャンガルルガに命中する。

 

「……すげぇ……!」

「あいつも思うところあったんだな。俺の見る限り、ナナと姐御の模擬戦見てからずっとここにいたみたいでな。飯に関しては俺から奢っといた。思わずそうしちまうぐらい、今のアイツは凄みがある」

「真治……」

 

引き続きイャンガルルガの頭部に水冷弾が刺さる。真治は、火球ブレスにも突進にも臆することなく場を駆け抜け、的確に撃ち抜く。

見惚れていると、イャンガルルガが倒れた。リプレイ終了だ。それを確認した真治は、腕時計のように付けているものを確認している。そして今度はボウガンに取り付けていたと思われる物を手に取って確認する。すると真治の口からとんでもない言葉が飛んできた。

 

『命中率99.1%……か。まだ詰められるわね』

「「――ッ!?」」

 

命中率99%、それを()()()()()()()と聴いて、俺とアニキは戦慄した。

同時に疑問を抱く。何故そこまでできるのか。俺は『信頼』で悩んでて特訓に手が付かないのに、何故あいつはここまで打ち込めるのか。

 

「なにか聞きたそうだな?」

「……うん」

「俺から聞いてやる。俺も気になってるしな」

 

そう言って訓練室に入るアニキを見て、俺は咄嗟に影に隠れた。なんか、そうするべきな気がしたのだ。

 

「よう真治、お疲れさん。調子はどうだ?」

「お疲れ。……そうね、もう少し、って感じ」

「オイオイ、命中率99%行ってそれ言うのかよ。末恐ろしいな。なんでそこまで詰めたがる?」

「決まってるわよ」

 

悔しいけどね、と付け足して続けた言葉に、俺は俺自身を心から嫌いそうになった。だって――

 

「アタシは、まだアイツにとって心から信頼出来るガンナーじゃないから。そこに辿り着きたいだけよ」

 

――アイツは、俺が悩んでるラインなんてとうに超えていた。

 

「…………っ!!」

「……ふっ、そうか」

 

俺はバカか。俺がウジウジ悩む間に、アイツは俺に背中を預ける選択をさっさと済ませて出来ることをしていたんだぞ。

 

『自分の仲間を信じてあげてください』

 

イネシア査察官の言葉が反響する。そうだ……俺は、真治を信じきれてなかったんだ。だから進めなかった……だから、何も出来なかった。

普通に考えて、信じてもいない奴を自分と同じ空間で、しかも眠る間に放って置くわけがない。そうか……『日常の中の答え』ってのはこういう事だったんだ……! そして真治は、それに辿り着いてた。俺はただ訳が分からず、流されてここまで過ごしただけだ……!何も信じてなかった……真癒さんもアニキも真治さえも……!

ならばどうする。決まってる。今からでもきっと間に合うと信じて行動するしかない!そうと決まれば――

 

「……なあ真――」

 

ヴィィィィ!!ヴィィィィ!!

 

「っ!!」

「仕事が来たぜ!〈モンスター〉のお出ましだ!」

「雄也!行くわよ!」

「……あ、あぁ!!」

 

言いそびれてしまった。とにかく、司令室に急ごう。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「常磐誠也、冬雪真治、上田雄也。以上三名、ただいま到着しましたぁ!!」

「ご苦労。さて今回の〈任務(クエスト)〉だが……」

「私から話しましょう」

「任せましょう」

 

支部長に代わって前に出たのは、イネシア査察官だ。という事は……

 

「今回出現が予測されている〈モンスター〉が、冬雪真治及び上田雄也の両名の上位昇格試験のターゲットに最も適していると判断したため、今回の〈任務〉を上位昇格試験とさせていただきます」

「つまり、私と誠也は今回おやすみ。いざって時は出るけどね」

「そうか、来たか」

「それで、今回のターゲットは?」

 

真癒さんの問いに答えるように、イネシア査察官が部下に指示を出す。彼女の部下が端末を操作すると、司令室のメインモニターにその〈モンスター〉が映った。

全身が黒く、鋭利な翼と細身な身体が特徴だ。この飛竜は確か……

 

「今回あなた方が狩る〈モンスター〉の名は、『迅竜 ナルガクルガ』です」

 

黒き疾風。かつて読んだ資料にてそう呼ばれた漆黒の飛竜だった。




※雄也への視線の理由
職員A「……相変わらず、すごい食べっぷりだな」
職員B「見てるこっちが食べながら腹が減りそうなレベルだ……」

心情描写よりも食事シーンの方がスラスラ書けた()
なるべく三月中に書き上げたいなぁ……でも戦闘回は難しい

ワールド楽しいです。でもはよリュウノツガイ出せやこら
あとラオシャンロンも出せ。双焔構えてキオごっこできないじゃないか


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第17話 紅煌双影

筆が乗るとこんなに早く書けるんですね。いつもこれぐらいならいいのに

試験的ですがタイトル変えました。納得したらこのまま行きます


7月24日

 

「『迅竜』……」

「『ナルガクルガ』……」

 

龍大戦時代の富士の樹海にて、ある石板が発掘された事がある。その石版には、黒い竜の事が書かれてあったという。そしてそこから数ヶ月後。その記述に該当する〈モンスター〉が現れた。それがこの『ナルガクルガ』だ。甲殻ではなく体毛に覆われた柔軟な黒い身体で、縦横無尽に森林を飛び回って〈ハンター〉達を翻弄しただけでなく、強靱かつしなやかな尾を用いた必殺の一撃を持つという、極めて隙のない〈モンスター〉だ。

それが俺達の試験対象。強者でも不慣れであれば、瞬く間にボロボロにされる、そんな強豪だ。しかし――

 

「……また強力なのが来たな」

「相手にとって不足はないわ」

 

——互いを信じれるのならば、問題ない。俺も、真治を信じきってみたい……!

 

「了解しました。それでは、ヒトヨンサンマルに、ヘリポートまでお願いします」

 

現在時刻はPM14:00(ごごにじ)。三十分で支度しろ、との事だ。大丈夫だな。

 

「分かりました」

「すぐに済ませてきます」

「では、二人は三十分後までにここに戻ってきてください」

「「了解!」」

 

すぐさま司令室を出た。確か奴は、熱や電流を苦手としている。即ち火属性と雷属性の武器が適しているという事だ。

そして昨夜、その武器の整備が完了したという知らせが入った。まだ一度も振るってはいないが、多少の素振りをする時間はあるだろう。急ごう。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「カッカッカッ!出来ておるぞ!持ってけ!!」

「……こいつが……って、思ったより熱が通るな」

「そら、火竜の魂そのものみてぇなモンだからなぁ」

 

布に包まれた二振りの剣は、まるで生きてるが如く強き熱を抱いていた。その双剣の銘は『ツインフレイム改』。天空の赤き王『リオレウス』と大地の緑の女王『リオレイア』の魂を封じ込めた赤緑の双剣だ。その刀身が秘める炎熱は、火竜の炎そのもの。あらゆる障害を焼き斬る代物だ。

 

「気に入ったか?」

「最高だよおやっさん」

「カッ!なら持ってけぇ!だが無茶な扱いはするんじゃねえぞ!」

「そうならないように気をつけるよ!」

 

A(アームド)C(カスタマー)C(コンパクト)デバイスを起動、『ツインフレイム改』を登録する。よし、あとはアイテム整理だけだ。『購買課』に行くかな。

『武具課』を出ようとすると、真治とすれ違う。

 

「先に言ってて。結構調整に時間かけるから」

「分かった……あのさ」

「ん?」

「俺も、お前を信じてみる」

「……そこそこ期待してる」

 

そのまま中に入っていった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「なんて言うか、無理して迷走しそうよねアイツ」

 

試し撃ちと細かい調整を済ませて司令室に向かう途中。アイツの言葉を吟味して、つい口を突いて出た言葉がさっきの物だ。アイツはアタシを『信じたい』なんて言ってたけど、なんとなく、アタシはアイツが己の言葉通りの事を出来ない気がしていた。

何故ならアイツは、独りでなんでもしようとする癖があるからだ。どう育ってああなったかは知らないが、少なくともアタシと二人の時はやたらと突っ走る。初陣でアタシを抱えて、リオレウスとリオレイアの亜種から逃げた時の反応がいい例だ。要するに、切羽詰まると人の話を聞かないのだ。

 

「……ちゃんと、合間を縫ってしっかり話さなきゃね」

 

その為にも、お願いね。『赤緑の対弩』。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

俺が生まれた『玉野市』は海に面しているため、いくつか港町がある。

俺と真癒さんはその内一つの港町……の隣の区域で出会った。そして今回行くのは、山と海に挟まれた区域の山だ。ナルガクルガはそこに現れたらしい。そう聞いた俺は、とても憂鬱だ。

 

「随分と暗い顔ね。何があったのよ?」

 

そう聞いてくる真治は、得物の点検をしていた。どうやら無言でやるのに飽きたがための暇潰しと、素朴な疑問の解消を兼ねての問いのようだ。

 

「……この山の辺りに婆ちゃん()があんだよ。父方のな」

「ふーん……心配ね」

「避難はしてるだろうけどさ、家を壊させたくねえんだ。思い出あるし、婆ちゃんの飯は美味いからさ。しばらく食べられなくなるのは嫌だな、って」

「……そうね。じゃ、無事に終わったらアンタの婆ちゃん家で祝勝会のご飯でも頂こうかしら」

「いきなりな上に随分図々しい提案だな……別にいいけど」

 

気の紛れるような会話をしていると、スピーカーが雑音を出し始めた。アナウンスか。

 

『間もなく降下地点に到達します。準備確認の方をお願いします』

「「了解!」」

 

まずはアイテム確認。治療薬飲料(回復アイテム)を数種類、鬼人薬や硬化薬に加えて強走薬グレートのような一時的なドーピング剤、閃光玉やペイントボールに音爆弾とこやし玉といった投擲系アイテム、砥石と罠に捕獲用麻酔玉、そして各種毒薬を塗り込んだ投げナイフ。これが今回持ち込んだアイテムだ。どれも欠けることなく持ち込まれてる。問題ない。

続いて双剣。『ツインフレイム改』は受け取った時と同じ熱を帯びている。

そして防具。リオソウルシリーズはおやっさんがしっかり整備してくれてるお陰で何の問題もない。ナルガクルガの甲高い咆哮も防いでくれることだろう。

 

「いつでも行けるわ」

「同じく」

『到着しました。ご武運を』

 

見下ろすと、木の枝の無い開けた場所が真下にあった。あそこが今回のベースキャンプなのか。

 

「行くぞ!」

「言われずとも!」

 

俺はリオソウルを纏い、真治はリオハートを纏い、森に降りる。

 

「……なるほどね、〈モンスター〉が入れないほど小さく、しかし人間が活動するには問題無い広さね」

「設営班は相変わらずすげえよな」

「アタシ達も手は抜けないわ。さっさと整えるわよ」

「おうよ」

 

すぐさま鬼人薬と硬化薬を口に放り込む。

 

「……やっぱり不味い」

「味の改善が早くされると良いわね。その前にアンタの味覚が壊れるかもだけど」

「そうならねえといいなぁ……」

 

強走薬は発見の目処が立ってから飲むとしよう。いくら改良版(グレート)でも、効果時間は一時間にも満たないため、歩くだけで貴重な強走薬を消費したくないのだ。まあ、既に舌がグチャグチャだし、時間を空けたいというのもある。

 

「さて、マップはどうなってる?」

「……やっぱり一つ一つが狭いわね。大きな山でもないけど木が多いから、ナルガクルガは左右(よこむき)じゃなくて上下(たてむき)の動きが多くなるかもね」

 

ナルガクルガが脅威とされたのは、その速度だけでなく地形に対して柔軟に動き回る点だ。甲殻を持たないがために余計に動きを阻害されることが無く、迅速な攻撃を行える。つまり、ヒット&アウェイの立ち回りを要する相手だ。

 

「……となると、木が多そうな辺りか」

「山林だからどこも多い気がするけど」

「少なくとも人が使う道より、林の中の方がいる気がする」

「同感ね。あと、出来れば『ケルビ』を見つけたいわね。奴を誘い出せるかもだし」

「……〈モンスター〉と言えど、小動物を囮に使うのは気が引けるな」

 

取り敢えずの方針が決まった。林にあたる場所は……あっちか。

 

「アテがある。付いてこい」

「来たことあるの?」

「そこそこ前、親父が一家勢揃いでピクニックしよう、つった時に来たことがある」

 

もう昔の話同然だがな。

 

「ところで真治、そいつは……」

「ああ、このボウガン?『スパルタカスファイア』も『ヴァルキリーファイア』も中途半端だー、ってお姉ちゃんがおやっさんに頼んだんだって。さっきの二つを足して二で割らない性能を目指したんだってさ。毒弾と火炎弾の速射に長けてるわ」

「それは心強いな」

「当然、使いこなすわ」

 

そこで雑談を切り上げる、と言わんばかりに走り出した真治を見て俺は、麻痺投げナイフを指したホルダーを太腿に付け、真治を追い始める事にした。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「……この傷」

「どう見てもナルガクルガだな」

 

俺のアテの一つにたどり着くと、そこは何本かの木が切り倒されており、残った木にもいくつか刀傷や刺さった棘が見受けられた。棘は黒く、刀傷と思われる物もとても鋭く、かつ荒々しいモノだった。ナルガクルガのモノと見て間違いない。

 

「……そろそろ強走薬飲んでおく」

「火炎弾は、とっくに込めてるわ」

 

ならペイントは俺の役目だ。オマケにリオソウルの耳栓ならば、ナルガクルガの咆哮にも十分な効果を発揮し、吠えるアイツにも一撃は加えられるはずだ。

 

キュルルゥゥイ!!

 

「っ!ケルビの鳴き声ね」

「大分切羽詰まってる……もしや」

「行くわよ」

「待て、剣士の俺が先行する」

 

ケルビ。ナルガクルガが仕留めたこの小型〈モンスター〉を捕食している姿が多かったことから、ナルガクルガの主食とされている〈モンスター〉。基本的に臆病。その角に含まれる特殊な成分は、文字通りの『万能薬』になりうるモノであり、『改良秘薬』の名前で〈ハンター〉達に支給されている。と言っても、真癒さんや陽子さんレベルの高位の〈ハンター〉に限るとのこと。数が少ないことが要因らしい。

 

「馬みたいな足音ね」

「こっちに来てるな」

 

キュウウウ!!

 

「随分慌ててるな」

「黒色……メスね。なんかお腹が大きいし」

「ッ!! って事は、今もしかして……!」

「ええ、さっさと見つけるわよ。アタシも、あのケルビがやられるのはあんまり好かないし」

「……おうッ!」

 

音を立てぬよう、なおかつ迅速にケルビの足跡を辿った。足跡は茂みの方向にあった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

前と足跡を交互に見ながら歩いていると茂みの端、すなわち開けた場所が見えてきた。少し薄暗い気はするが、視界はそこまで悪くない。……正直、ナルガクルガ相手だと不足な気はするが。

 

「あの黒い影は……」

「間違いない、ナルガクルガだ」

 

フルル……グシュルルル……

 

視線の先には、『迅竜 ナルガクルガ』が興奮気味にケルビの肉を啄んでいた。ケルビの色は……ダメだ、血で汚れて分からない。

 

「……オスね。角がメス(さっきの)より大きいわ」

「それじゃあつまり――」

「試験、開始よ。構えなさい」

「……なら、作戦がある」

「いいわ、教えて」

「まず――」

 

説明を終え、俺と真治は静かに動いた。

 

『――こちら真治。位置に付いたわ』

「こちら雄也、同じくだ。いつでも始められるな?」

『始めから装填済みよ』

「オーケーだ。なら……行くぞ……!」

 

通信を切ると同時、ナルガクルガはちょうどケルビを食べ終えた。頭の位置は動いてない。ならば行ける……!

 

「タッ!」

 

ホルダーから五本の『麻痺投げナイフ』を抜き、その内の二本をナルガクルガの頭部に当てた。

 

……ッ!!フシュルルル………!

 

こっちを向いた。次は『毒投げナイフ』!

 

フルル……コアァァァァァァ!!!

 

()()()()()()()()()()()()事は、真治も知っている。なにせそれが『合図』だからだ。

 

「せいぜい味わいなさい!」

 

茂みから現れた『赤緑の対弩』の銃口から、三発の弾丸が放たれた。

――速射。多くのライトボウガンに搭載された特殊機構。特定の弾丸を内部装置の龍力でコピーし、一定数追加で射出する機構だ。この機構もあってか、ライトボウガンのカスタムは外付け以外では不可能に近いものであるが、強力な性能を発揮する物がほとんどだ。そしてこの機構は、設計時点で発生しない。つまり、用いた素材が持っていた龍力が自然と生み出した『奇跡の機構』なのである。

 

閑話休題

 

火炎弾の速射。威嚇の咆哮を行ったナルガクルガにとってこれは、避けられない攻撃であった。必然として、彼は痛手を被る。

そして奴が咆哮したという事は、リオソウルを着た(みみせんをつけた)俺にとって大きな隙だ。

 

「開幕で!食らっとけぇ!!」

 

ギュエエエエ!?

 

鬼人化と乱舞。二本の炎の翼が、火炎弾共々ナルガクルガの顔面を灼き尽くす。効果覿面。奴は大きく怯んだ。であれば奴は――

 

ギュアァ!!

 

乱舞の最終段(ふりおろし)から顔を上げると、ナルガクルガは既に眼前にはいなかった。しかし紅い残光が目の前に残っていた。すぐさま振り向く。既にナルガクルガは俺の背後に回っていた。――(はや)い。一瞬で背後に回られた。

 

フルル……ゴアァァァァァァァァァァ!!!!

 

もしこれが興奮による過剰な威嚇を示す咆哮でなかった場合、既に俺はここで色んなものとおさらばしていた所だ。嫌な冷や汗が背筋を伝う。危なかった。侮ったつもりは無いが、もっと気を引き締めねば。

 

「雄也!麻痺投げナイフは!?」

「あと三本。少なくともあと一本でいける。毒投げナイフも撃った。()()()()()()()()()()

「……分かったわ」

 

フルル…………!

 

ナルガクルガはこちらの出方を警戒してか、こちらを睨む。すぐには動かないだろう。

それを見た真治が火炎弾を再装填している間、右太腿のホルダーに手を伸ばした。こっちには麻痺投げナイフ。左太腿にも手を伸ばす。こっちは毒。そして左腰――アイテムポーチは右腰側だ――のホルダーに手を伸ばす。これは『眠り投げナイフ』。これはこちらの態勢が大きく崩れた時の保険だ。いかに大型飛竜種〈モンスター〉と言えど、眠っていればすぐに襲われることはない。取り敢えず今は、『眠り投げナイフ』に用はない。右に麻痺を一本、毒を二本掴む。指同士で挟むようにかつブレないように、指一本ずつに確実に力を込める。狙いは頭部。すぐさま攻撃に転じれるよう、左には緑剣(リオレイア)を掴む。

 

「アタシが撃ったら動いて」

「オーケーだ」

 

右手を振りかぶる。ただし真後ろではなく左側にだ。これなら射角が広い。

 

タン!タン!!タァン!!!

 

火炎弾が放たれた。

 

ギュアァ!!

 

対しナルガクルガは、回り込むように跳び跳ねる。右側……ありがとよ……そこは射程内だ……!

 

「たァ!!」

 

動き回るやつに対し、この際当たる箇所は問わない。刃翼以外に当たれば良い。だが俺の狙いは――

 

ゴォエェェ!?

 

──グレート、だ。飛び上がった瞬間にいきなり全身が言うことを聞かなくなり、そのまま着地出来ずに転倒した。心做しか、目の紅光は弱まり、顔色も悪く見える。毒が効いてる証拠だ。

 

「今だ!!」

 

右に赤剣(リオレウス)を構え、即座にナルガクルガの頭部に飛びついた。狙うは当然、弱点への乱舞だ。だが、真治の射線を遮っては勝利が遠のく。ここは真治に頭の先を譲っていこう。

 

「でやぁぁ――」

「待ってバカ!?」

「え?――っだァ!?」

 

突如、背中に三回衝撃が叩き付けられた。しかも熱い。これは……火炎弾か!?

 

「おい真治!!」

「アンタこそなんで射線に入るのよ!?」

「お前にそっちを譲ろうとしたんだよ!」

「はあ!? い、いいわよ別にそんなの!」

「そんなのって何だよ!?もういい!」

 

ナルガクルガへの攻撃を再開しようと振り向くとそこには――既に迅竜の姿は無かった。

 

「……どこ行ったんだよ」

「アタシも、見てないわ」

 

溜息をつき、再探索に切り替えようとしたその矢先――

 

ゴアァァァァァァァァァァ!!!

 

上から咆哮が鳴り響いた。蹲りながらも振り向くと、樹上に迅竜がいた。

 

「ッ!! そこか!」

「……待って!アイツ……さっきの奴じゃない!」

「――え?」

 

コアァァァァァァ!!!

 

背後からも甲高い咆哮が鳴り響いた。つまりこれは――

 

『緊急事態です!!ナルガクルガは……()()いました!!』

「……ッ!!」

「ふざけないで……欲しいわね……ッ!!」

 

上位昇格試験は、混迷の状況に突入し始めた。




〈オリジナル武器紹介〉
赤緑の対弩
作品内設定:リオレイアのライトボウガン『ヴァルキリーファイア』とリオレウスのライトボウガン『スパルタカスファイア』の長所を掛け合わせた新型ライトボウガン。火炎弾と毒弾の発射に長けている。

メタ的な設定:雄也がツインフレイムで雌雄両方使うのに真治だけ片方なのが嫌だったので、P2GのG級ライトボウガン『深紅深碧の対弩』の下位版として出した。上位版だと『紅碧の対弩』になる。

今後もこんな解説があったりなかったり


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第18話 心、響き合わせて

おはこんばんちは。Gurren-双龍です。
試験終了までもう少しです。多分


7月 24日

 

「……さぁて、どうする」

「このままじゃ、動けないわよ……」

 

真治と背中合わせに愚痴る。眼前にはさっき逃がしたと思ったナルガクルガが。そして背後──真治の視線の先──には、樹上から降りてきた一体目よりも大きなナルガクルガ。最近国語で習った『四面楚歌』とはこういうことを言うのか。いや、真治がいるから違うか。むしろ『絶体絶命』の方が正しいかこれは。

 

「アンタ……絶対呑気なこと考えてるでしょ」

「歴戦の〈ハンター〉仕込みの思考回路なんでな、そりゃ」

「……その割に震えてる気がするわよ」

「うるせーやい」

 

ナルガクルガの動きに合わせて歩きながら駄弁る。こうでもしないと恐怖で弾けそうなのだ。そして弾けた瞬間、俺達は死ぬ。それを理解しているから、真治も俺に付き合ってくれるのだろう。

 

フシュルルル……

グルルォ……

 

「そろそろ来るかもね。慌てないでよ?」

「……そっちこそ」

 

双剣(ツインフレイム改)を握る手が更に強くなる。だが抑えろ。向こうから来るまで待たねばならない。例え通信への応答であれ、下手に動くのは死に直結する。

故に動き続けて延命する。だがいつまで持つ? そんな俺に答えるように、足に小枝がぶつかる。……閃いた。

 

「なあ真治」

「……そろそろ動かそう、ってわけ?」

「なんだ、小枝に気付いてたか」

 

ナルガクルガは音に敏感だ。小枝の音ですら何かしら大きな反応をしてくれる可能性が高い。

 

「どうする? アンタが踏む?」

「そうする」

「スリーカウントとゴーで行くわよ」

「オーケーだ」

 

3(スリー)……2(トゥー)……の声に合わせ、脚に意識を向ける。そして聞こえた1(ワン)に合わせて踏み抜いた。

 

「ゴ──え?」

「え?」

 

グルァ!

ギャルルァ!!

 

前後のナルガクルガが、刃翼を構えて飛びかかってくる。構えた刃は同じ方向──すなわち、奴らは左右違う翼を振るってきたということ。であれば飛ぶ方向は……

 

「危ねえこっちだぁ!?」

「で、出遅れるところだった……」

 

幸い、俺も真治も飛び込むように刃を逃れられた。すぐさま立ち上がり、双剣を構え直す。

 

「ちょっとアンタ! なんで1で踏んだのよ!?」

「ゴーで飛び出すのかと思ったんだよ!」

「飛び出すのはナルガクルガが来てからでしょ!?」

「……あ」

「こんのバカ! 取り敢えずここを離れるわよ! ペイントするから閃光玉お願い!」

「わ、分かった!」

 

二体のナルガクルガはちょうどこちらを向いた。今だ!

 

ギェェェェ!?

ギュエアァ!?

 

成功した。あとは真治がペイント弾を打ち込むだけだ。

 

「……小さい方には二発撃ったわ。臭いの強さで分けれるわ」

「助かる」

「さ、行くわよ。なるべく早くね」

 

そういうと真治は煙玉を地面に二つ叩き付け、自分達の方向とは違う方向に徹甲榴弾を放った。爆音で俺達の足音を撹乱するためだろう。流石だな。

 

「取り敢えず遠くまで行きましょ」

「……お、おう」

 

話しかけようとしたら、何やら圧を感じたので少し引っ込めた。……やらかした、かな。話、出来たらいいな……

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

先程のベースキャンプほどの広さで、しかし入り口は狭いそこそこ開けた場所に着いた。ここなら安全だろう。

 

「……雄也」

「……すまねえ、パニクってた」

「そこはもういいのよ。アタシが気にしてるのは……」

「射線に入った事か? アレは、ホントにすまんかった。次は気を付け──」

「そうだけどそうじゃなくて……あぁーもぉー!! 何勝手に一人納得して終わらせてんのよこのアホ!!」

「うわぁっ!?」

 

胸倉──ではなく甲殻で出来たショルダーアーマーの棘を掴んで無理矢理引っ張られて立ち上がらされた。

 

「なにすんだよ!?」

「アンタが一人閉じこもってんのがイラつくのよこのタコ!」

「閉じこもる!? タコ!? 何言ってんだ!?」

 

な、なんだかわからんが真治がすげえ怒ってる!?

 

「アンタはいっつも……いっつもそうやって……!!」

 

そのまま真治は息を荒くしたまま、乱暴に投げ捨てるように俺の肩から手を離した。普段なら怒るが、真治の余りの激情っぷりとその形相に、怒りではなく疑問が浮かんでくる。もちろん、このまま疑問を捨て置いていいはずはない。喧嘩したままでは何も出来なかったこと、それは一年前の俺達から学んでいる。アイツがここまで怒るのは、やはり俺がとんでもないことをしてしまっているからだ。でも今の俺に、ハッキリとしたそんな自覚はない。だが前に進まなければ。このままでは俺も真治も到底納得出来ない。だから俺は──

 

「真治」

「……なによ」

「俺はさ、人との会話だと結構鈍いし、気の利いたことも言えないし、話の上手い切り出し方なんかもまるで分からない。だからさ、ストレートに言うぞ。俺は、お前に何をしちまったんだ?」

「……実に、アンタらしい聞き方ね」

「頼む真治。このままなんて、俺は嫌だ。自分で気付くのが最上なのは分かってる。でも俺はバカだから、助けて貰わないとダメなんだ。だから真治、頼む。助けてくれ」

 

直立の姿勢から頭を下げる。真治にしっかり伝えるには、これしかない。

 

「……ハァ。なんか、こんなに悩んでたのがバカみたいね」

「真治?」

「なんでもな──いえ、これじゃ逆にアタシがダメね。……まあ、ちゃんと話をしようと思って、そのタイミングを色々探ってたことが、ね。いいわ、話すわよ」

 

顔を上げて見えた真治の顔は、なんだか吹っ切れたように見えた。そしてそのまま、浮き上がった木の根に座り、『赤緑の対弩』を立て掛けた。俺も地面に座り、木の幹に研ぎ終えた『ツインフレイム改』を立て掛けた。

 

「じゃあまずは、最初の話にするわ」

「確か、俺に対して『閉じこもってる』とか言ってたな。アレは?」

「アンタさ、お姉ちゃんやアニキには頼ってアタシには何も言わないままでしょ? 関東出張の時がそうだったけど」

「……まあ、な。俺の負担は俺の分も考えれそうな余裕がある人にだけ、って考えてたから」

「つまり、アタシはそうでなかった、と?」

「同期だからなそりゃ。お前にも相当な悩みとか負担とかあったと考えりゃこうもなる」

「……そうね、確かにそう考えたくもなるわね」

 

でもね、と続けてから、真治は掛けておいた赤緑の対弩を手元に置いた。

 

「アタシさ、アンタにまだ借りがあるままなのよ」

「借り?」

「そ、一年前のことよ」

「……ああ、あれか」

 

忘れもしない。俺の間抜けで怪我をした真治を抱えて、リオレウス亜種とリオレイア亜種から逃げ回ったあの時を。

 

「確かに、アレはアンタの不注意で起きた事よ。でも、それすら補って余りある脱出を、アンタは成し遂げたとアタシは思ってる。だって、まだあの時は訓練生よ?それが臆して竦むこともなく走り続けたのよ? アタシがあの時、アンタに勝てる要素は皆無よ。だから『借り』」

「……そっか」

「だから、いざって時はちゃんと助けてやろ、って思ってたわけ。借りっぱなしは性に合わないし、納得いかないし」

「俺は、そんなお前の気も知らずに一人で意地張ってた、ってわけか……」

 

思わず天を仰ぐ。己の馬鹿っぷりに呆れ果てた。やはり俺はまだ誰かを信じれてはいなかった。故に同期(まや)を頼らなかった。先輩(アニキ)師匠(まゆさん)を頼ったのは、あくまで相手の立場を選んでたが故なのだ。アホらしい。俺は立場で人を選んでいたのだ。最低すぎて自害したくなる。

 

「……また、なんか一人で完結してない?」

「まあ、自分の最低さを噛み締めてた」

「……そ。なら、最低なヤツなりに前向いて、進んで、乗り越える方法でも探すわよ。アタシはまだ借りを返せてな──ううん。借りとかじゃなくて、信頼出来る仲間として、手は貸すわよ」

「そいつは、心強いな……!」

 

パンパン!! と頬を叩く。気合充填、立て掛けてた双剣を腰に提げて臨戦態勢に移る。

 

「さ、まずはナルガクルガをやるわよ」

「となると、最初に出会った奴からか」

「ええ。まだペイントの効果は残ってるわ。追うわよ」

 

話を終え、己が得物を携えた俺達の顔は、きっと晴れ渡っていただろう。さあ、戦い(クエスト)を再開するか。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

なんとか言えたかな。ちゃんと信じてる、ってこと。信じて欲しい、ってこと。

因みにアタシは、雄也にそういう感情がある訳じゃあない。多分あっちにもない。でも雄也も言ってた通り、アタシもあのままなんて嫌だった。でもこうして前に進めた。ならアタシ達は、まだやれる。お姉ちゃんみたいに、なれるはずだから。

さ、気分も晴れたし、やることやろっか。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

先の広場から少し歩いた所。ペイントの臭いがさっきより強くなってきた。

 

「そろそろね」

「なあ真治、作戦は?」

「奇襲しようにも物資がないし、しようがないわね」

「取り敢えず、確認するか」

 

太ももや腰に付けたナイフホルダーと、アイテムポーチを確認する。大ダメージを狙える爆弾の類は、生憎今は持ってない。

 

「投げナイフも……単体では麻痺できないな」

「こいつが麻痺弾撃てるからそこは大丈夫よ」

「なら大丈夫か……眠り投げナイフは、いらなかったかこれ?」

「弱ったところを無理矢理眠らせれば捕獲のチャンスになりうるわ」

「なるほど」

 

 

そうしてアイテム確認を済ませ、俺達が出した結論は『なるようになる』だった。つまりは通常戦法しかない。

 

「──ッ! 来るわ」

「あぁ、ホントだ。影がある」

 

既に夕闇が近い現時刻はPM16:25。これ以上長引かせては奴の独壇場となる。暗闇は奴の隠れ家。好き好んで敵のホームグラウンドでやり合う気は無い。故に──あと30分でカタを付けてやる。

 

「よし、そんじゃまあ」

「ええ」

「──一狩り行くか」

 

土埃と大きな音を立て、一体目のナルガクルガが地に降りた。

 

「せっかくだ、とっておきを見せてやる」

「カバーは任せなさい」

「当たり前だ」

 

もう少し後まで取っておく予定だったが、慣らし運転も兼ねてここでやるのが最上だ。すなわち──ここが正念場。見たけりゃ見せてやる。見たくなくとも目に焼き付けてやる。双剣使い、その奥義を──

 

フシュルルル……

 

「ふぅ……」

 

グォォォォォォォォ!!!

 

「──ッ!はぁっ!!!」

 

双剣を天高く掲げて全身の気を高める──鬼人化──そしてそれを、打ち鳴らしつつ前後に腰低く構え、更に気を高める。

 

「『真・鬼人解放』!!!」

 

あの模擬戦の後、俺はただ燻ってただけでない。イメージトレーニングは重ねた。飯前の訓練では何度も挑戦した。だが全ては掴めなかった。しかし今──俺は掴んだ、辿り着いた、モノにした!ならば後は振るうまで──!!

 

グァォ!

 

素早い動きで奴は背後に回り込んできた。だが、もはやそれに惑わされる俺ではない──!

 

「刃翼!」

「分かってる!」

 

ギャア!!

 

「見えてんだよ!」

 

バック宙の要領で、振るわれた刃翼を回り込むように回避、そして同時に振るったツインフレイム改で奴の皮を、鱗を、毛を焼いていく。

 

「ノロマめ!」

「刃翼を撃つ!」

 

火炎弾が放たれる音が聞こえた。もう一度後方回避を入れて射線から逃げる。俺は刃打ち、そして火炎弾が一、二、三、よし今だ!

 

「そぉこぉ!!」

 

さっき火炎弾が叩き付けられた箇所に、全力で緑剣(リオレイア)を振り抜く。

 

ギュゥアァ!?

 

刃翼が半ばで折れた。痛みのあまり、ナルガクルガはそのまま崩れ落ちた。このまま頭部を──!

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

両の刃を構えて斬り進み、そして乱舞を叩き付ける。だが侮るなかれ、これで終わると思うな──!

 

「であぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

叩き付けて地に伏した刃をもう一度起こす。乱舞にも劣らぬ速さでもって刃を円を描きつつ振るう。この双刃は()()()()の如く──!

 

「乱舞旋風!!」

 

最後に振り下ろした刃がナルガクルガの眼球を捉え、目を潰した。いい調子だ。これで奴も相当な痛手を負った、このまま──!

 

「下がって雄也!」

「あ!? まだ行けるぞ!!」

「兜のスリットから血を出しといて、よく言うわよ!」

「──え?」

 

スリットを拭うと、真っ赤な血が手に付いた。今気付いたが、確かに口元になにか温かい液体が流れていた。吐血した?何故?

 

「何困ってんのよ! アンタの身体がキャパオーバーしたからに決まってるじゃない! いいから下がって! それ以上やると多分動けなくなるわよ!」

「お、おう」

 

()を抜いて『真・鬼人解放』を解く。すると一気に脱力感に見舞われた。

 

「うっ……なんだ、これ?」

「雄也!」

 

ギュアァァァァァァァ!! ギュア!

 

ナルガクルガは雄叫びを上げ、そしてそのまま──飛び去った。

 

「……どうやら」

「向こうは引いたみたいね」

 

その脱力感に従うまま、俺はへたり込もう──と思ったらそのまま倒れてしまった。

 

「うわ?」

「雄也!?」

「……ちょっと、想像以上に、負荷が強い、わこれ」

『違うよ。雄也が加減も知らないのにブッパしたからそんなに疲れてるんだよ』

「!? お、お姉ちゃん!?」

 

突然通信が入ったかと思えば、真癒さんからだ。しかしその声は少し不機嫌とも取れる。

 

『取り敢えず雄也、ほぼ初めてなのに〈真・鬼人解放〉を発動させ、力を発揮させたことに関してはよく出来ました、と言ってあげる。でもまだ実戦で使えるモノじゃない。それは理解してる?』

「……え、え。身をもって、知りま、した」

『……話は後にしたほうがよさそうだね。真治、取り敢えずキャンプに撤退して。誠也を行かせるから』

「というか、もう来てるぞ」

「うぇっ!?」

 

背後からアニキの声が聴こえた。もう到着してたのか。

 

「いつ、現地入り、した?」

「実はナルガクルガの二体目の出現の時点で、少なくとも俺の現地入りが確定してたんだ。その後現状の進行を決める方針だったんだ」

「そうだったの……」

「取り敢えず、ここを離れるぞ。真治、雄也を抱えてやってくれ」

「待ってアニキ。すぐ動かすには雄也の容態が……」

「分かった。ほれ雄也、『真・秘薬』だ。ゆっくり飲め」

「おう……」

 

うつ伏せのまま顔だけを上げて、ヘルムを外されて薬を飲む。

…………にっっっっっっがっっっっっ!!動けてたらのたうち回るレベルだこれぇ!?

 

「お、美味いか?」

「ンなわけないじゃない。回復薬グレート以外みんな苦くて不味いんだから」

「それもそうか。実際顔色悪いしな」

「ーッ!──ッ!!」

 

しかし身体が動くようにはなってきた。おかげで味への苦しさから手足がバタバタしてきたしな!!

 

「よし、もういいだろ」

「プハァ! な、なんだよこの薬は……」

「元気出た?なら行くわよ。見たところ歩けそうだし」

「あ、いや実は歩くのはな……頭がまだぼんやりで……」

「……肩貸してあげるわ。ほら」

「ありがとう、助かる」

 

双剣(ツインフレイム改)とナイフホルダーを量子化させ、運びやすい状態になる。

 

「……こうやって抱えてみると、あんた背が伸びたわね」

「そうか?ならよかった。鍛えると背が伸びにくいとか聞いたことがあってな……」

「小回り利かす双剣使いなら、小さいほうがいいんじゃない?」

「……それは悩みどころだ」

 

その後、安全にベースキャンプに着いた。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「試験中止が検討されてる?」

「あぁ、今回は想定外のイレギュラーが発生したからな。通常業務への移行を考えてるらしい」

 

キャンプにて。今は一部アイテムの整理を済ませ、支部と通信を繋ぎつつアニキから話を聞いている。

 

「……アタシとしては、そうならないで欲しいわね」

「もちろん俺もだ。ここまで来て辞めろなんて、流石に勘弁願いたい」

『それが、貴方達の意見である、と』

「っ!イネシア査察官……」

 

【第一中国地方支部】との通信が繋がり、第一声に『リンドヒルト=イネシア』査察官の声が通ってきた。

 

「えぇ。そのつもりです。こっちはようやく纏まってきたので。どの道続行するつもりです」

「俺も同じく。理由はもう真治が言っちまったけど」

『……本気なのですか?相手は貴方達の経験数の少ない相手、それが二体もいる。到底敵うかも分かりませんよ?』

「そんな事は、今まで多くの〈ハンター〉達がしてきた事です。それに、イネシア査察官。『仲間を信じてください』。貴女が言った言葉です。俺はその言葉を信じて続けるつもりです」

『……分かりました。試験内容を変更します。目標はナルガクルガ二体の狩猟。生死は問いません、己の力をナルガクルガ二体にぶつけるといいでしょう』

「「ありがとうございます!!」」

『……ご武運を』

 

通信が切れた。どうやらこのまま続けていいらしい。

 

「はぁ……お前らホント、最高だわ!!ハッハッハッハァ!!」

「ま、そういう事だ。頼むな真治」

「こっちこそよ。いくらでもカバーしたげる」

 

互いの手のひらを打つ。今の俺達なら勝てぬものなどないとさえ思える。

 

「取り敢えず、俺は戻るぜ。あ、そうだ。雄也、これ持ってけ」

「これは?」

「『真・秘薬』だ。姐御からも貰ってたんで、その分だ。いざって時は飲め」

「分かった。ありがとう。真癒さんにもよろしく言っといてくれ」

「おう、頑張れよ」

 

風と轟音が降りてくる。迎えのヘリだ。着陸と同時に真癒さんが出てきた。

 

「雄也!」

「真癒さん!?」

「『真・鬼人解放』のコツは、鬼人化の時に高めた気の中で余計なものを捨てる感じだよ! 覚えて!」

「唐突!? ……でも、わかりました!」

「……それ、わかってるの?」

 

俺の返答に満足したのか、真癒さんもヘリに戻り、そしてそのまま飛び立った。

 

「さて、やるわよ」

「もちろんだ」

 

双剣は研いだ。腹もある程度満たした。ならばもう心配はない。

試験再開だ。今度こそカタを付けてやる。




真治がめっさイケメンになった印象。
次回、一気に二体とも片付けるかもです。流石にこれ以上話数稼ぐのはよろしくないので

因みに雄也の加減失敗はゲームで言えばどんな感じかというと
真・鬼人の体力減少が倍速+鬼人化のスタミナ減少
が同時発生

スタミナが切れて更に体力の減少速度が上がる

体力切れ。ぶっ倒れた。
って感じです。


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第19話 黒き風を越えた先

早く書けたから置いておきます

あと長いけど許して


7月24日

 

 

「鬼人化で高めた際の余分な『気』を捨てる……」

「お姉ちゃんが言ってたわね。どういうことなのかしら」

「……本番で試してみる」

「ぶっつけ本番なんて戦いにおいて以ての外だけど、アンタの『真・鬼人解放』の都合上、そうするしかないものね」

 

ペイントの匂いを辿る道すがら、体力の消耗を避けるために走らず歩いてる俺たちは、真癒さんのアドバイスを思い出していた。あの言葉の意味は『真・鬼人解放』と『鬼人化』は実際には()()()()()()ということなのかもしれない。実際、『鬼人化は極限の集中状態』にあたるモノだ。いくら限界に達しても、吐血なんてことは無かった。つまり『真・鬼人解放』は『集中力』そのものと言うよりは、『龍力活性による一種の限界突破』なのだろう。でなければあんな事は起きない。真癒さんが『加減を間違えてる』と言ったのは龍力活性の度合いのことなのだ。加減を知らずアクセル全開で行ったらそりゃすぐガス欠を起こす。もっと長く発動していたら気絶も有り得た。

 

「……龍力活性を元に、か。つまりそれ、実質〈龍血者(ドラグーン)〉専用技じゃない?」

「いや、もしそうなら俺はとっくにくたばってる。さじ加減さえすればなんとかなる範囲なんだ」

「こればかりは、アンタ次第ね。信じて任せるわ」

「頼む」

 

匂いが強く──そして一瞬で弱まった。近くまで来たがもう匂いが切れたか。大きい二体目の方は既に効果切れを起こしているため、今度こそ探さねばならない。

 

「やるか」

「ええ」

 

フルルル……

 

地面に鞭打つ音が聴こえる。既に夕闇が近い現時刻。少なくともこいつだけは迅速に終わらせたい。大丈夫だ、今の俺には真治を信じて背中を預けられる覚悟がある。だから──

 

「ここで一気にカタを付ける!!」

 

鬼人化。だがまだその先に行くべきではない。奥義とは放つべき時があるのだから──!

 

「麻痺は任せて。アンタに奴への殺傷力を任せるわ」

「おうよ」

 

逆手に構える。奴の動き同様、(さか)の刃は時に絶対的な威力を持つ一閃になりうる。ならばそれに倣うまで──!

 

ギャア!

 

紅い残光と共に飛びかかってくる。だがそんな大振りには当たらない。離れ、そして着地に合わせて切りつける。連撃を撃つのが双剣の手だが、今はまだだ。

 

グルル……

 

紅い残光を引きながらこちらに振り向き、構えた。ここで決めるつもりらしい。上等だ。察した真治はより正確に頭部を撃ち続ける。

 

「フゥ──ハッ!」

 

鬼人化を解き、そして真・鬼人解放。真癒さんの言ってた()()()()を実行するには、まだ俺は経験不足。故に確実な手を取るまで──!

 

グルゥ!

 

敵の一閃目。だが距離がある。まだだ。真治は相変わらず撃ち続ける。

 

グリュゥアァ!

 

二閃目。来る──!

 

「でやぁ!!」

 

振るわれた右翼の後ろに飛び込むように切りかかる。上手く抜け、同時に斬り付けた。このまま左翼同様に斬り砕いてやる!

 

ギュルアァ!

 

奴が飛び込みながら後方で振り向く。こっちに来るつもりか。上等!

 

ギュアァァァ!!

 

「この瞬間を待っていたんだよォ!!」

 

ナルガクルガの飛びかかりを見て、すぐさま俺は右の赤剣(リオレウス)を奴の残った眼球目掛けて投擲する。言ったはずだ、俺の狙いは──

 

ギュアァ!?

 

グレート、だってな!!

 

ギュアァァ……!

 

「ならアタシの狙いは、パーフェクトね」

 

ナルガクルガに麻痺拘束が発生している。一度俺の麻痺投げナイフで麻痺していたために耐性がついていたが、ようやく達したようだ。つまりほとんどの麻痺弾Lv.1とLv.2を直撃させたのだ。ならここで決める他はない。

 

「そこだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

左の緑剣(リオレイア)を右手に握る。右が穿つは眉間、左が目指すは右眼に突き刺さった赤剣。狙うは無論──必殺のみ。

 

「でぇぇぇぇぇぇぇぇぇやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

緑剣が確実に眉間を捉え、左手が赤剣を掴んだ。あとは──

 

「これでぇぇぇぇぇ!!終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

グルルギュアァァッ!?

 

中の頭蓋骨ごと斬り砕いて左右に一閃。恐らく大脳にまで刃が達している。つまりこれで──

 

ギュアァァ……

 

黒き風は、地に伏した。

 

「やっと一頭、片付いたわね」

「……ああ。だが……」

 

双剣を一振りし、血を払う。しかしそこには盛大に刃毀れした『ツインフレイム改』の片割れ──緑剣があった。

 

「……これじゃ、戦えないわね。仕方ないし、撤退(リタイア)を……」

「いいや、まだだ」

 

俺には秘策がある。とっておきのが、な。

 

「そうは言っても、その双剣でどう戦うってのよ」

「うってつけのがある。真治、力を貸してくれ」

「……?」

 

その方法を聞いた真治は、ブチ切れ呆れ、そして笑って手伝いを承諾してくれた。ホント、最高の相棒だよこいつは。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

現場から戻ってざっと三十分経過した。私は万事に備えていつでも出れるようにしつつ、ゆっくり茶菓子を楽しんでいた。落ち着きの時だ。

 

「落ち着こう、って割にカップが震えてる気がするけど気のせいか姐御?」

「き、気のせいだよ」

「セイヤァ。マユは嘘が下手ってェ、知ってるよねェ?」

「だよなぁ!ハッハッハッハ!」

「……」

 

落ち着け、平常心だ。後輩二人にいじられた程度で取り乱してはいけない。何のために鍛えた心だ。

 

『こちら冬雪、一体目のナルガクルガの討伐が完了しました』

『了解、引き続き狩猟に専念せよ』

「っ!!真治!」

「あっちぃ!?紅茶が跳ねたぞ姐御!」

「聞いてなさそォだねェ。ほらほらハンカチ」

 

急いで司令室に行かなきゃ!

 

「おじ──支部長!二人は!?」

「真癒か。ほれ、映像出すから安心せい」

 

慌てて入ると、スクリーンに映像が出ようとしていた。UAVからのものだろう。

 

「どうやら、二人とも無事のようですね」

「……ほっ」

「……待て、雄也の双剣、片割れはあんなに黒かったかの?」

「──え?」

 

目を凝らして雄也を見る。するとツインフレイム改が信じられない姿をしていることに気が付いた。

 

「ななな、なんで!?」

「どれ、聞いてみるかのう……聞こえとるか、二人とも?」

『こちら上田、何かありました?』

「どうしたもなにも!なんで……なんで……!」

 

震えを抑えつつ疑問をしっかり提示する。

なにせ雄也の双剣に──

 

「なんで()()()()()()()()()()()()()()()()の!?」

 

あるハズの無いものがあるのだから。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

真癒さんが思いっ切り突っ込んで来たので、事の経緯を説明した。

要するに、『双剣がやばい』→『そういえばナルガクルガの刃が折れかけ』→『それ使ったら代わりになるんじゃね?』→『出来た。俺天才かよ』という感じだ。

 

「まあ、帰ったらおやっさんに土下座して直してもらうんで」

「今回ばかりはしょうがない、って思ってお姉ちゃん……」

『えぇ……?流石に私もこれは予想外……』

『使える物を全て使ってでも戦う。良い心掛けです。高評価に値します』

「あ、ありがとうございます」

 

しっかし、これ付けるの苦労したよホント。刃翼を縄で括り付けるために、まず縄が通る場所を砥石やこいつの他の刃翼で削って凹ませて、縄を切られないようにするのは難儀した。その過程で砕いたりしたら意味がなくなるからな。しかもそれを二箇所。その間に襲われなくて良かった。

 

「とにかく、これで行きます。大丈夫、俺達なら出来ますから」

「だから心配いらないよ、お姉ちゃん」

『……うん、わかった。ちゃんと帰ってきてね!』

 

通信が切れる。……さて、ここからナルガクルガをどう探すか。

 

「……もう夕方。辺りもだいぶ暗いわ」

「ここからは、向こうの独壇場(ホームグラウンド)か……」

 

時刻はPM18:34。もう夕闇に包まれる時間帯だ。そしてナルガクルガは暗闇に紛れることを好む暗闇の狩人(アサシン)。ただでさえ視界は良好でないこの山林においては奴の方が有利、そしてその優位性は更に加速する。はっきり言えば、夜が明けるのを待ってから戦いところだ。だがそうはいかない。迅速に狩らねば家に戻れない人達が何人も出てきてしまう。それは避けなければならない。

 

「頼むぞ……えぇっと……」

「何よ、名前つけたいの?」

「いやまぁ、せっかくだし?」

「ふぅん……なら、『ツヴァイウイング』、なんてどう?」

「よし、それで行こう。頼むぜ、『ツヴァイウイング』」

 

リオレウスとナルガクルガ、二つの力を合わせた双刃、『ツヴァイウイング』。うん、いい名前だ。

 

「さ、行くわよ」

「おうよ」

 

ツヴァイウイングを納めようとして、今気付いた。

 

「……これ、納刀出来ねえわ」

「サイズオーバー……仕方ないわね」

 

黒翼(ナルガクルガ)だけ出して動くことにした。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

歩き続けてざっと15分。広間に出た。

 

「今回の不幸中の幸いは、今日が晴天で満月な事ね」

「それに、街灯がついてないから月明かりが薄れることもない……夜間にしては絶好の環境だ」

「ええ、だから」

「思ったよりもあっさり見つけられたわけだ」

 

フシュルルルル………!

 

眼前にいるのは二頭目。さっきよりも大きく、そしてこちらを視認するやいなやすぐさま構えた、好戦的なナルガクルガだ。つまりはさっき以上の強敵足りうる存在。闇雲に突っ込めばただでは済まない。だがそうはいかない。

 

「アンタのツヴァイウイングに、アイツの刃翼破壊を賭けるわ。頼むわよ」

「あぁ、任せろ!!」

 

迷うことなく鬼人化とその解除、そして『真・鬼人解放』に繋げる。手順も加減も覚えた。あとは経験値のみ。

 

「火炎弾も残り少ない……全部その眉間にぶち込んであげる!」

 

ゴォア!!

 

狙い撃とうとするのを察したかのよに、ナルガクルガが左側に回り込んできた。しかし──

 

ギェェア!?

 

「──アタシの弾を外させたけりゃ、光の速さを超えてから出直してきなさい」

 

もはや『魔弾の射手』と呼ぶに相応しい腕を持つ真治の前には無意味な行動だ。真治はナルガクルガが回り込もうと力を入れた瞬間を見逃さず、方向転換して引き金を引いていた。

 

「流石だ……なァッ!!」

 

刃翼に回転斬りを当て、確実に削る。こっちも同じ物で斬ってるのだ、向こうにも相当な傷が入る。問題は──既にある程度傷付いた黒翼(こいつ)がもつかどうかだ。その為にも確実に、かつ深く切り込まねばならない。剣術の腕を問われる場面だ。

 

「つまりは──原則一撃勝負」

「双剣で一撃に賭ける、ってのも変な話ね」

「だが危険を取り除く為には止むを得ねえよ」

 

双翼を逆手に持ち変える。手数と一撃、両者をもって切り抜くにはこれしかない。

 

「……切り込む。音爆弾を頼む」

「ええ、任せて」

 

グルルル……

 

奴も刃を構えた。だが今度は正面から挑むわけには行かない。流石に黒翼がもたなくなる。故に取るべき手はただ一つ──

 

「そぉこぉ!!」

 

ギィィエェアァ!?

 

甲高い音が炸裂すると共に迅竜が姿勢を崩した。これはナルガクルガが音に弱いことを利用したやり方。奴にとっては集中を掻き乱された挙句、惨めに隙を晒すという醜態だ。だがその後に今は構っていられない。刃翼──ではなく頭に切り込む。少しでも奴との決着を早めるにはこの手に限る──!

 

「貰ったぁぁ!!」

 

乱舞を叩き込む。左の袈裟、右からの薙ぎ払い、双刃を左に払い、右の逆袈裟──突如、黒翼に衝撃が走り、そのまま弾け飛んだ。

 

「なっ!?」

「ごめん!弾が黒翼に!!」

「ちっ……!リーチの長さがここで仇になるか!」

 

黒翼はナルガクルガの後方へと飛んだ。しかし認識すると同時、ナルガクルガが立ち上がった。そしてその瞳は真紅に輝き始めていた。

 

ギュアァオォ!!

 

紅い残光を引きながら俺の横側に回り込む──のではなくそのまま後方に飛んだ。この野郎、俺の得物が飛ばされたのしっかり見てやがったな。

 

グルル……ギュアァァァァァァァァァ!!!!

 

怒りの咆哮。まずい。このままでは黒翼を拾う隙がない。だが見つけなければ何も出来ない。

 

フシュルル……

 

棘飛ばしだ。まだ軌道を覚えてないため、一気に近付いて懐に潜り込むしかない──!

 

「せめてその眼を貰うぞ……!」

 

赤剣を構えて突っ込む。狙うは眼球。奴の視界を潰せば少しは拾う隙も見えてくるはずだ……!

 

「ダメ!!雄也、下がって!!」

「──なっ!?」

 

シャッ!!

 

「しまっ──!!」

 

奴は俺の急接近を読んでいた。奴は己の眼前に棘を叩き付けてきた。

 

「危ねぇ!!」

 

咄嗟にブレーキを掛け、後方に飛びのこうとする。しかし同時に金属製の物質が散乱する音が聞こえた。

 

「しまった!ナイフホルダーが!」

 

両太腿の脇に付けていたナイフホルダーが、麻痺投げナイフと毒投げナイフを入れたホルダーが、高速で投げつけられた鋭い棘によって破壊され、落とされてしまった。まだ二体目を麻痺にはしていないため、これを落とすのは非常に厳しい。

 

ギィェア!

 

しかしそんな俺にお構い無しに、ナルガクルガは全身ごと尻尾を振り回してきた。

 

「危ねぇ!!」

 

間一髪、伏せて躱すことに成功した。しかし向き直るとそこにはいなかった。

 

「野郎どこに──」

 

瞬間、俺は地に伏せていた。……なにが、起きた?

 

ギュアァァ!!

 

しかしそんな問いを無視するように、ナルガクルガは尻尾を振り付けてきた。

 

「がはっ!?」

 

背中に伝わる鈍い衝撃と共に、閉じ掛けの視界が、ナルガクルガから遠ざかったことを感じ取った。

 

「雄也!しっか……て……てよ……うや……」

 

瞬間、世界が閉じて暗転した──

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

伸ばされた尾に叩きつけられた後、吹き飛ばされた雄也を見て、流石にアタシも焦りを感じる。生きているだろうか。いいや、生きてる。アタシの相棒だ、そう簡単にくたばられては困る。

 

「雄也!!……気絶、しちゃったか……」

 

散弾Lv.1に切り替え、奴が少しでもこっちを見るように誘導している。これで雄也に気が向くことも早々無いはずだ。

 

「……隠した方がいいよね?」

 

決意し、右で構えつつトリガーを引き続け、左でポーチを漁る。たしかまだ残って……あった、閃光玉だ。

 

「食らって!!」

 

ギィアァ!?

 

上手くかかった。すかさず斬裂弾に切り替える。狙いは雄也──がぶつかった木の枝。

着弾。数瞬遅れて弾が炸裂、そこから刃が飛び散り、木の葉と枝は細切れになって雄也の元へ落ちる。これでいい迷彩になったはずだ。

 

「それじゃ、やれる限りやるかな」

 

貫通弾に切り替える。ここからはちまちま当てるのではなく、必殺級を確実に、一つずつ叩き付ける方向でいく。狙うは刃翼ただ一つ。

 

「ま、外すつもりも、食らってやる気も無いんだけどね」

 

……思えば、アタシ一人なんて珍しい気がする。というか飛竜相手に単独戦(ソロ)は初めてだ。……いいわ、見せてあげる。

 

グルルル……

 

目が戻ったのか、刃翼を構えてきた。引き絞ったのは左翼……この距離で当たるとしたら右翼の二撃目……ここでの選択は『一撃目に合わせて発砲』、『一撃目の内に二撃目の範囲外に逃げる』のどちらか。だがアタシには第三の選択がある。それは当然──

 

「全部やるに、限るのよ!」

 

一撃目の着地点の延長線上に、麻痺投げナイフが落ちていたことにアタシは気付いていた。つまりこれと、残った麻痺弾Lv.1四発ならば……!

 

シュッ!!

 

あの体躯が動く事で発生する風圧、アタシが走ることによって起きるブレ、元の風向き……そこ!

左肩から右後ろ脚までを貫いた。狙い通り。そして麻痺投げナイフを拾う。黄色い麻痺液が月明かりに反射していたがために、これが麻痺投げナイフだと分かったのだ。

 

シャッ!!

 

二撃目。さっき通ったとこをナルガクルガが斬り付ける。そこを奴の右側から狙い撃つ。これは右翼から左翼を貫いた。刃翼にもヒビが入った。恐らくあと一撃。

 

シャアッ!

 

三撃目。通り過ぎていく。貫通弾を放つ。今度は左後ろ脚の付け根から通った。徹甲榴弾に切り替え。そして閃光玉を取り出す。

 

グルルル……ギュアァァ!!

 

そのままこちらに向き直りながら地面に飛び込み、そしてこっちに飛びかかってきた。

 

「狙い通りなのよ!」

 

左手から閃光玉を放つ。既に安全紐(セーフティ)は外してある。そしてナルガクルガは宙に浮いている。炸裂すればどうなるかなんて、言うまでもない。

 

ギィアァ!?

 

黒い巨躯が地に落ちる。目が眩み、地に伏して手足を藻掻く。今の内に麻痺投げナイフを!

 

「てやっ!!」

 

投擲が得意でないアタシだが、上手く刺さった。

そのまま徹甲榴弾を右刃翼に放つ。炸裂、そして刃翼の一部が砕け飛んだ。これで少しは楽になる。さあ、あとはアンタが目を覚ますだけよ、雄也。アタシは信じてるから──!

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

再び貫通弾に切り替え、反動を無理矢理押し殺して引き金を連続で引き続ける。火炎弾が尽きたアタシでは決定打に欠ける。早く、起きなさいよ、雄也。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「いだっ!?」

 

今回の目覚ましは、突如顔面に飛び込んできた硬いナニカだった。ヘルムを被ってるとはいえ、割と痛い。

 

「……っと、寝てたのか俺は」

 

自分の状況を確認する。まず俺の容態。まず全身が痛い、特に背中が痛い。確か盛大に食らったはずだ。確かあれはナルガクルガ最大の一撃である尻尾叩きつけ。通称『ビタン』だ。アレを直撃した挙句吹き飛ばされたのだから、気絶してても仕方ないか。

次に周りだ。まず俺のすぐ周りに木の葉や枝が細切れになって落ちている。所々に小さな刃が落ちている。真治の斬裂弾だろう。上手いことやるなあいつ。

今度は俺の双剣の場所だ。吹き飛ばされた時に、赤剣も手を離れた。えっと……あった、赤剣は赤く月明かりを反射し、黒翼は緑剣のパーツが上手く目立ってる。

最後にナルガクルガ。今は真治が相手している。あの迅速な動きを、鍛え上げられた鷹の瞳で捉え、躱し続けている。流石だな。……寝てんのもここまでだ、さあ、行くかな……

 

「うおぉぉぉあぁぁぁ……!!」

 

全身に力を入れて無理矢理立ち上がる。激痛が走るが今は無視だ。さて、まずは強走薬と秘薬を飲もう。

 

「……やっぱり不味い」

 

愚痴りながらも、愚痴が出るならもう大丈夫だと思ってこれ以上は抑えていく。さあ、双剣を取りに行こう。と思って歩き始めると、足になにかが当たる。見てみると黒い物体だ。

 

「なんだこれ……って、どっかで見たことあるような……」

 

それは細く長い刃のようだった。……ん?刃?

もしやと思いナルガクルガの方を見ると、そこには、右翼の刃が欠けたナルガクルガが見えた。つまり真治は、たった一人であの刃翼を叩き割ったというのだ。よくやるもんだ。折れ目が温かいため、恐らく徹甲榴弾を用いたのだろうが、それでもよくやるもんだ。……そうだ、これを使えば──!

 

「すぅぅ……真治ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「──ッ!」

 

こちらに気付いた真治は、俺を一瞥すると何をするか悟ったかのようにこっちに走り出した。ナルガクルガもそれを追うように振り向いた、今だ──!

 

「そぉこだァ!!」

 

ナイフ投げとは少し違い、槍を投げるように刃翼を振るい投げた。狙うは迅竜、その眼球。

 

ギィエアァァ!!??

 

ヒット、見事に刃先から左眼に突き刺さった。痛みに悶え、奴はその場で暴れだした。しばらくはこちらに気が向くことはないだろう。

 

「遅いわよ、雄也」

「すまん、遅刻した。それと、ありがとう。ここまで引き付けといてくれて」

「礼はまだいいわ。それよりアンタ、双剣は?」

「一応見つけた。まだ取ってない」

「なら行ってきなさい」

「背中は預ける」

 

そう聞いて走り出した。まずは赤剣。近くにあるのはこいつだ。しかし今こいつはナルガクルガのすぐ近く。つまり細心の注意を払わねば痛手を負う。だが真治の事だ。その辺も考えているのだろう。故に躊躇わず、突き進む。

 

「まっすぐ行って!」

 

やはり来たか。言われるまでもない。赤剣はすぐそこ。だが暴れるナルガクルガもすぐそこだ。だが──

 

ギエェェアァァ!?

 

銃声と激痛がほぼ同時に聞こえた。そして同時に迅竜が飛び跳ねるように後ずさった。お陰で赤剣を拾えた。……恐らく、刺さった刃翼に弾丸を当てて更に押し込んだのだろう。流石だな。

次は黒翼。その斬れ味を誇示するように、地面に深く突き刺さっていた。

 

「さぁて……抜けてくれよ……!!ふんぬぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 

マ〇ター〇ードの如く中々抜けない。片手では厳しいと判断して両手を使っても少ししか動かない。いや、少しでも動いているならまだ希望はある──!

 

「雄也!棘が!!」

「なっ!?うおっ!?」

 

思わず飛び退き、地面に転がる。

 

「いってぇ……だが、思わぬ幸運だなこりゃ」

 

立ち上がりながら、双剣を構える。左手に黒翼(ナルガクルガ)、右手に赤剣(リオレウス)。急造品『双翼(ツヴァイウィング)』が両手に揃う。さっき飛び退いた時に一緒に引っこ抜けたのだ。斬れ味も問題ない。すぐやれる。

 

「さぁ!!行くぞォ!!」

 

再び『真・鬼人解放』。全身に力を入れ、余計なものを削ぎ落として充填させる。狙うは奴の絶命一点のみ。刃翼は既に片翼を折って奴の目を潰したから無視でいい。

 

「雄也、チャンスはアタシが作る。アンタはそれまで引き付けて」

「オーケーだ。全力でやってやる!」

 

散開。しかし動くのは真治のみ。俺は『真・鬼人解放』特有の気迫で無理矢理俺に向かせる。俺に背を向けてみろ、死ぬぞ、と。効果あったのか、奴は俺に釘付けだ。

 

フシュルル……!

 

「来いよ、殺られるぜ?」

 

ギェアァ!

 

俺の右側に回り込むように飛び跳ねる。当然視線は外さない。

 

シャッ!!

 

「危ねぇなぁ!!」

 

刃翼の一撃をバック宙の要領で回避する。銃声二回。

一撃を外したためか、再びナルガクルガは飛び跳ねる。身体の向きは常にナルガクルガ。だが決して見逃しはしない──!

 

シャアァッ!!

 

「見えてんだ!そして俺たちはこの時を……」

「この瞬間を!待っていたのよ!!」

 

フシュ……グルルル……!?

 

銃声が更に二回。ナルガクルガはその場で動くことなく悶えだした。そう──麻痺弾だ。

 

「そして、終わりだ──」

 

双翼を逆手に持ち、迅竜の眉間に深く突き立てる。迅竜の刃翼と、火竜の魂と呼べる刃の一刺しだ。ただでは済まない。

 

…………

 

迅竜は無言で事切れた。脳髄を突き破られたのだから当然だ。

 

「……終わりね」

「……あぁ、終わったよ」

 

双剣を手放し、糸が切れたように思わずへたり込む。真治もその場に崩れた。

 

「……疲れた」

「……えぇ。あ、報告」

「……不要みたいだぜ?」

 

ヘリのローター音が響く。どうやらUAVから状況を絶えず見ていたらしい。ご丁寧なこった。

 

「真治……俺寝るわ」

「……奇遇ね、アタシもよ……」

「そっか……」

 

視界が暗転。ギリギリで倒れ込む真治と、俺自身が倒れ込んでるのを知覚できた。ただ、それだけだ。

 

 

◇◆◇◆◇

 

7月26日

 

「上田雄也。君は肋骨二本をやった。しばらくお休みだ」

「目を覚ますなりいきなりっすね……」

 

昇格試験から二日経った日の朝。医務室──それも、俺が真癒さんに初めて連れてこられた──にて、花音(かのん)さんからしばらくドクターストップを申し渡された。いやまあ、仕方ないけども。

 

「むしろ、ナルガクルガのビタンを受けて肋骨二本で済んでるのが驚きだがね。〈ハンター〉の回復力ならあと二日あれば完治するよ」

「ならなんで『しばらく』なんて使ったんですか?」

「上位〈ハンター〉への昇格に関する審査と書類の関係で、しばらく休暇を出させることになってるのです」

「……イネシア査察官」

 

病室に入ってきたのは、彼女だけでなく冬雪姉妹とアニキ、そして支部長だった。

 

「試験の結果を伝えに来ました」

「真治の得意気な顔がもう物語ってますけど、分かりました」

「では、ゴホン……上田雄也、冬雪真治。両者は上位昇格試験において一定の成績を残しました。よって、今回は『合格』とさせていただきます」

「ありがとうございます」

「お二人の努力の賜物です。おめでとうございます」

 

祝辞を述べると、彼女は手を差し出してきた。

 

「これからも、その可能性を抱いたまま突き進んでください。応援しています」

「……ありがとうございま──いだっ!?」

 

手を伸ばそうとしたら肋骨が響いた。しばらく動けそうにない。

 

「はぁ……君はしばらく安静だ。冬雪姉妹、看病よろしく。美少女二人に挟まれれば彼も悪い気はせんだろ。傷の治りも早まるかもね」

「はーい」

「えぇ……」

「ふふっ。では、私はこれで失礼致します」

「本部に戻るのですかな?お見送りいたしましょう」

 

支部長とイネシア査察官は去っていった。俺の方を向いて一度微笑んだ気がしたが気のせいだろうか。

 

「……さて、合格おめでとう。雄也、真治」

「俺からもおめでとう、だ。あともう行っちまったが、ナナからも祝の言葉来てたぜ。今度会ったらまた礼を言っとけ」

「うん」

「取り敢えず、この後のことは雄也が完治してからだね」

「そうよ、アンタの婆ちゃんの手料理の件、忘れてないわよ」

「わかったよ。また連絡しとく」

「それは楽しみだね。あ、私はちょっと支部長に用事があるから出るね。誠也、ここお願い」

「おうよ」

 

真癒さんが部屋を出る。イネシア査察官とは対照的に、こちらに振り向くまいとしたモノを感じ取った。なんだろうか。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

支部長(おじいちゃん)とイネシア査察官を見送ったあと、私とお爺ちゃんは誰もいない部屋に来た。

 

「……それで、話とは?」

「知ってるよね、私の余命(タイムリミット)

「……あと、一年だったかの」

「うん。だから私が真治と雄也の面倒を見れるのも限りがあるの。そこで、お願いがあるの」

「……言うてみろ。数少ない、孫の頼みじゃ。何でもやってやろう」

「二人を、新年度が来る前に『凄腕』ランクに昇格させたい。その為に力を貸して」

「……いいだろう……任せろ」

「ありがとう、お爺ちゃん」

 

私の礼を聴いたお爺ちゃんは、どこか辛そうにも見えた。……無茶苦茶言ってるのは分かってるけども、私はそれでも……それでも……




評価が黄色になったよ。やったね

あと今回で一章も折り返しです。真癒の余命と共にひとまずの決着が近付いてます。これ……今年中に一章終わらせられるかもですね。頑張ります。


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第20話 雪に降り立つ白と黒

ざっと一ヶ月ぶり、おはこんばんちは、Gurren-双龍です。

3ヶ月+約2週間ぶりのチルレコでございます。短編書いてたら力尽きたんです七月中には更新出来たから許してくださいなん(ry(言ってないよ)


2013年 1月17日

 

「……着きましたね」

「うん。取り敢えず先遣隊と合流しよっか」

 

ヘリから降りて、白銀の地を睨む。風でマフラーが靡く。凍えた強風が山地(ここ)の厳しさを感じさせる。

 

「…………寒っ!!」

「雪まで積もってるのにその程度の防寒じゃあ、そりゃ寒くもなるってば……」

 

そんな俺の服装は、適当なロングのTシャツの上にそこそこ厚めの黒パーカー、そして適当な黒い長ズボン。そこにマフラーと手袋程度。なるほど寒くなるわけだ。

さて、そんな訳でここは岡山県県北。俺と真癒さんは蒜山高原のとある山地にやってきた。ジャージー牛の飼育が出来るほど北海道とほぼ同じ気候になるこの山地は、恐らく西日本で最も寒い場所だろう。

因みにホットドリンクで事足りるだろ、と鷹をくくってた俺は見事に己の考えの甘さを思い知らされている。死ぬ。この寒さは死ねる。

さて、今回ここに来た理由は、この蒜山高原でとあるモンスターの反応が確認されたからだ。飛竜であること以外不明であり、その情報を掴んだ際のレーダーもどこかノイズがかった調子だったという。未確認の古龍級の可能性も鑑みた結果、うちのエースである真癒さんと、真癒さんの指名で俺がここにお呼びとなった。まあ実際のところは、アニキが出張中で俺か真治のどちらかが留守番役として残らなきゃだったので、修行も兼ねて俺を指名した模様。なんにせよ経験の機会をくれるのはありがたい。

 

「……さて、早速現地入りしますか?」

「うーん、調査開始は明日からだし、それまではゆっくりしない?」

「それは賛成……でも言っときますが、俺にスキーは出来ないし、出来るとしても無駄に疲れそうなので遠慮しますよ?」

「もちろん分かってるよ」

 

これからの予定を話しながら、物資輸送と拠点設営を行った先遣隊のいる宿に向かう。と言っても部屋は彼らとは違うらしい。わざわざ用意してくれたとのこと。着いたら礼を言わねば。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

『んで、何でアンタはアタシに電話してんのよ?』

「仕事以外で真癒さんと二人きりの経験、ほぼ無いんだから助けてくれ。いくら師弟でもプライベートで気まずくするのは嫌だ」

 

宿について荷物を預けた俺と真癒さんはそのまま出掛けることになった。しかし女性と二人きりという状況に耐性のない俺にはどうしたらいいのか分からないため、同期にして真癒さんの妹という強い立場の真治を頼ることとした。

 

『適当にやんなさいよ。アタシは今から射撃訓練に入るのよ』

「適当ってお前な……」

『いつぞやの夏に3人で出かけた時、アンタ凄いフリーダムだったじゃない。アレで行けばいいじゃない』

「そらお前がいたから問題ないなー、って思ってそうしてただけだっつーの!」

 

しかし首尾は良くない。完全に突き放されてるのである。だがこんなところでは終われない。何の成果も得られませんでした、なんて冗談はやだね!

 

『だからそれで大丈夫だってば。お姉ちゃんは騒がしいの好きじゃないし、要所要所の反応があればそんなに心配しないし、そもそもアンタだからその辺は分かってそうだし』

「……それもそうか……待て、騒がしいの好きじゃない、って。アニキはどうなる?」

『例外なんじゃない?とにかく、アタシは行くわよ。じゃあね』

「おう。頑張れよ」

『そっちもね』

 

電話が切れる。ここまで大丈夫と言われたら流石に引き下がる。

さて、何でわざわざ真治に助けを乞うたかといえば──

 

「雄也ー。早く行くよー」

「……はい」

「楽しみだねー。最近出来た()()()()()()()

「……そうですねー」

 

人酔いすると俺は、無言かつゾンビみたいに呻くのだ。そして行き先は、人酔いしやすい俺が最も苦手な、デパートであった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

宿からバスで20分ほど。例の大型デパートに着いた。目を輝かせてる真癒さんとは対照的に、俺は少しブルーな気分であった。

 

「おー。大きいね」

「……色々ありそうですね」

「さてと。久しぶりのお出かけだから楽しみだなぁ」

「……自分は買う物ないので、荷物持ちに徹します」

「何言ってるの。今日の目的の一つは雄也の服だよ?」

「…………はい?」

 

想像の埒外の返答に、久しぶりにかなり間抜けな声を出してしまった。顔もさぞ間抜けなものなのだろう。

 

「ほら行くよ。私のも選ぶからササッとね」

「ちょ、ちょっと待って真癒さん、何で俺の服?」

「し◯◯らなんかで適当に見繕ってる弟子のセンスを磨くのも師匠の務め!良いの選んであげる!!」

「あ、ちょっ、引っ張らんでくださいよ転けるぅっ!?」

 

気乗りしない、とまでは言わずともスイッチオフのまま連行されてしまった。あぁ、もう二年近く会ってない両親よ。息子の服装センスはここでアップデートされるようです。お前ら俺がガキの時にもっとマシな服選んどけやチキショウ。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「雄也!これいいかも!これは!?これもどう!?」

「服の名前とか全然わからんし組み合わせの良さとかの知識も皆無なんでわからんです!!」

 

そこそこ大手の服飾店のテナント。俺は見事に着せ替え人形にされていた。しかも知らない単語を並べ立てられて混乱する。なるほど、訓練生時代の座学でめっちゃ頭抱えてた真治の心境はこういう事か。次からそういう方向でいじるのやめてあげよう。

 

閑話休題(まあそれはさておき)

 

冬服など、Tシャツとパーカーと長ズボンとジャンパーくらいしか知識がない俺には、『ダッフルコート』すら『ワッフルチョコ』と脳内変換して現実逃避してしまうため、真癒さんの言ってる意味がイマイチわからん。ジャケットがギリギリなんなのか察せる程度だ。

服装などある程度の機能性とあまりに珍妙な格好でなけりゃ何だっていいだろうに。偉い人のスーツ?アレは立場上良いもん着るしかないんだから、俺の中では『機能性』として含む。役割あるならそれは俺の中では機能性扱いだ。

 

「ちょっと雄也?人の話聴いてる?どっちがいい?」

「聴いてます聴いてますどっちも良さそうですね真癒さん適当に決めてください」

「やっぱり聴いてない!師匠の言葉は聴いておくべき物だって、よく分かってる癖に!」

 

軽い現実逃避から引き戻される。あと今の真癒さんは『師匠』と言うより『ただの女子高生』だ。『学校でボッチの男子中学生』とは色々違いすぎて付いていけない。

さて、そんな彼女が手に持つ服は、ベージュのワッフルチョコと、ミリタリーチケットとやらだ。

 

「ダッフルコートとミリタリージャケット!名前くらいは覚えて!」

「はい……でも、何がいいのかよく分からんです……色はともかく服の種類の組み合わせとかさっぱりですよ……」

「うーん……誠也……は服の趣味と似合う服の方向が全然違うから参考にならないし……そうだ!【関東支部】の友達は?」

 

【関東支部】──以前俺とアニキで出張に出て知り合った『桐谷昂助(きりたに こうすけ)』の事か。確かに同年代のアイツの服装なら参考になりうる。しかし──

 

「アイツもアニキの弟分だと言えば察するでしょ?」

「……うーん、困ったね……洞窟でアクラ・ジェビアとフルフル亜種特異個体に挟まれた時くらい困った……」

「伝わりますけど喩えが微妙すぎません?」

 

首を捻って思考を回す真癒さんだが、その喩えが〈ハンター〉の中でも限られた者にしか分からない物なので、伝わりはしてもイマイチ同意しづらい。

 

「要するに八方塞がり、って事だよ。……もう、一回試着した方が早いかもね。ほら、取り敢えずこの黒いミリタリージャケットと……雄也が最初に選んだこのグレーのパーカーと……はい、ジーパン。ほら入って」

「……わかりました」

 

言われるがまま試着室に入る。しかしパーカー以外初めての物ばかりだ。ジーパンすら履いたことがない。

 

「あ、そうそう。ジャケットはファスナー開けてね!」

「分かりました」

 

パーカーの上からジャケットを羽織り、既に履いたジーパンのベルトの締り具合を確認してから鏡を見る。

 

「……悪くは無い、のかな」

 

本音を言えば俺の感性にかなり響いたが、一般的な良し悪しを考えるとよく分からない、としか言いようがない。まあ真癒さんが『良い』と思って選んだのだから良いとは思うが。

 

「どう?」

「開けます」

 

意を決して試着室のカーテンを開ける。なるべく堂々と構える。

 

「おぉっ!!いいよこれ!!私の目に狂いは無かったね!」

「良かったです。俺も、結構気に入ったので。……ところで真癒さん、その手に持ってる服、なんか、俺が試着室に入る前より増えてません?」

 

話題を振ると、真癒さんはキョトンとした顔で己の手に握るものを見始めた。

 

「何言ってるの雄也。これだけで終わる訳ないでしょ?比較的雄也の好みに合わせて、なおかつ似合いそうな物をリストアップして来たの」

「……まだやるんすか!?」

「当然!!マフラーや手袋と言った小物も揃えてるよ。さあ!まだまだ試すよ!!」

「勘弁してください!!」

 

真癒さんの中では、俺の着せ替え人形役はまだまだ終わらないようだ。この後も色々着せられた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

『お疲れ様。よくお姉ちゃんの着せ替え人形タイムに付き合いきれたわね。アタシは好きだから慣れるも何もないけど』

「お前知ってて言わんかったな!?」

 

お昼時。適当なファミレスに入って注文を済ませ、真治に愚痴ってる所だ。因みに真癒さんは今、諸用(お花摘み)でここにいない。

 

『どうせ逃げられないんだもの。余計な情報は無い方がいいかな、って。で、どうだった?』

「……まあ、楽しかったよ。色んな服も買えたし、悪くは無い」

『良かったわね。かっこよくもダサくもない中途半端なんかよりよっぽど良いものになったと思うわ』

「そうかよ。ってか、写真送られたのか」

『アニキにも来てるわよ。ってか、電話の前にアタシに教えようとROADで送って来たし』

「はえーよアニキ……出張中だろ……?」

 

ROADの伝達速度恐るべし。と感嘆していると、電話の向こうからお昼時のチャイムが鳴った。

 

『さ、アタシはお昼食べるからここまで。アンタもお姉ちゃんとでしょ?』

「あぁ。つっても適当なファミレスだがな」

『そ。なら師弟デート、適当に楽しみなさい』

「師弟じゃデートになんねぇだろ……?それに、俺にそういう気持ちはねえよ」

『なんでよ?お姉ちゃん綺麗で良い人なのに。最高に優良物件よ?』

 

確かにそうだ。かつて彼氏もいたらしいし、別れた原因も〈ハンター〉としてのやり方云々で揉めて自然消滅した、ってだけだ。普通に付き合う分には真癒さんほどの人もそうそういない。が、俺はどうもそういう気が起きない。何故ってそりゃ──

 

「師弟だから、さ」

『……アンタなりの信念でもあんの?』

「恋人ってさ、『並び立つ』モンだろ?でも師弟ってのは『超え合う』モンだ。並び立つにしたって、そんなの一瞬だ。目ェ離したらいつの間にか超えるか超えられてるか、だ。だから師弟でそういうのは、成り立たないと俺は思う」

 

師弟とは『研鑽し合い』、『競い合う』者達でもある。だからどうあろうと恋人に(そう)はなれない。俺はそう思う。

 

『……ふーん、そういう事。ま、良いんじゃないそういうの。アタシは嫌いじゃないわ。でも、その在り方を押し付けないようにね』

「……肝に命じておく」

『よろしい。じゃ、ご飯行ってくるわ。アンタの好きな『モスの煮込みハンバーグ』食べてくるわね』

「安心しな。モスの煮込みハンバーグならこっちにもあるからよ」

『あら良かったじゃない。それじゃ』

「おうよ」

 

通話が切れる。通話時間はそこそこ長かったか。

 

「楽しかった?真治との通話は」

「うわ!?ああ、真癒さんですか。おかえりです」

「ただいま。それで、どうだったの?」

「どうって……別になんてことは無かったですけど」

「ふーん……結構気の知れた仲だし、そういう事もあるのかな、と思ったんだけど……」

 

姉妹揃って同じこと聞きおって……まあいい。

 

「互いの好きな物食べる宣言してたのは?」

「そこも聴いてたんすか……まあ、軽い嫌味混じりのジョークなんじゃないんすか?お前が食べたいであろう物を私は存分に味わって楽しんでやる、とか」

「……雄也、物事への認識が結構ひねくれてるね?」

「そっすか……?少なくとも真治にそんなつもりはなかった気がしますけど……それにアイツは、大体事は一直線に撃ってきますし」

「そう言われたらそうかな……」

 

取り敢えず納得はしてもらえた。一息つくためにメロンソーダを口に含む。このわざとらしいメロン味の甘さは最早癒しだ。

そこから少し無言が続くと、店員が料理を持ってこっちに来るのが見えた。

 

「お待たせ致しました!モスの煮込みハンバーグのランチセットと、ブルックのリブステーキのランチセットでございます!」

「モスは俺です」

「ブルックはこっちに」

 

お待ちかねの料理がやってきた。煮込まれたデミグラスソースのハンバーグと、オニオンソースのリブステーキだ。

 

「さ、食べよ」

「はい。待ちきれませんからね……!」

 

ハンドルマの食堂の特製ソースとは違うデミグラスソースの煮込みハンバーグ……見せてもらおうか。ファミレスならではの、モスの煮込みハンバーグの味とやらを……!!

 

「「いただきます」」

 

まずは煮込みハンバーグにナイフを入れる。肉汁が溢れ出す。その肉汁を逃がすまいと即座に口に放り込む。肉汁が口の中で踊り出す。そこにデミグラスソースのコクが混ざり、俺の舌に絡み付く。……美味いッッッッ!!!!最早言葉など無粋……それほどまでの……「美味い」が、ここにあるッッッッ!!!!

 

「ん〜〜〜〜っっ!!」

 

真癒さんも唸っている。無理もない。ブルックは険しい山地などに住む〈モンスター〉で、筋肉が多く付いてる。彼らから取れる肉は必然的に肉厚で、しかしそれでいて脂っこくない。老若男女問わない人気を持つ肉なのだ。俺も以前食べたが、非常に食べ応えがあって楽しめた。一時期はモスの煮込みハンバーグよりもハマっていた。

 

「「……ンンっっ!!」」

 

そのまま食べ終わるまで、俺と真癒さんは無言でその味を堪能し続けた。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

……なんて楽しんでたのも束の間。私達は今、デパートに来た時のバスで逆戻りし、バス停を降りたところから全力疾走してるところだ。因みに荷物は全て持ったままなので、揺れて当たる袋がチクッと来たりする。

 

「色々美味しい想いをしてたってのに……!!もうー!」

 

食事を終えて私の服を買いに行こうとしたら、急遽先遣隊から連絡が入ってしまったため、買い物はあえなく中断。この日ほど〈モンスター〉の出現を恨んだのは久しい。

 

「にしても、先遣隊がこうもすぐ連絡を出すなんて……やばい反応が出たのか、それとも例の反応がやばいから神経質になってるのか……」

「どっちにしても!!買い物を邪魔されたのはムカつく!!」

「あ、はい」

 

そんな塩な返事をした雄也は、なんかその奥で安堵を感じてるのが伝わってくる。そんなに私との買い物が嫌だったのだろうか。

 

「人酔いしやすいからそこから逃げれたのが安心ってだけです……!」

「……そういう事にしといてあげる」

 

サラッと心を読まれたが、今大事なのはそこじゃない。それでも、乙女の楽しみを邪魔されたのは悔しくてならない。可愛い弟子との楽しみは今度に取っておこう。

 

「因みに真癒さん、古龍以外で今回の反応を出しうる奴って、心当たりあります?」

「一応ある……けど、今回の反応は多分違うと思う。例の反応が出た時のレーダー波系を見せて貰ったけど、私がかなりの危機感を感じたの。でも今回はこれがないの」

「だから違う、と。真癒さんにしては随分と抽象的というか感覚的な根拠っすね……」

「〈龍血者(ドラグーン)〉なんて、大体これくらい感覚的な方が向いてるよ。陽子だって結構勘に頼ってるし」

「そうなんすか……ナナさんにも聴いとこ……」

 

しかし、雄也には言わなかったが僅かにでも感じてるのは事実だ。今は眠ってるか、少し遠くに潜んでるか。どちらかの可能性がある。雄也に話さなかったのは、やはり目の前の戦闘に集中して欲しいがため。無駄な要素は省こう。……この判断で好転するといいけど。でも頑張らなきゃ。私は師匠、弟子(ゆうや)の未来を閉ざしうる芽は摘まなきゃ──

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

冬雪 真癒(ふゆき まゆ)上田 雄也(うえだ ゆうや)、着きました。先遣隊の皆様、ご苦労様です」

「こちらこそ、ご足労頂いて感謝します。私は先遣隊隊長の内海(うつみ)と申します」

 

メガネで白髪混じりの先遣隊の隊長と、真癒さんが握手し合う。無論興味はないので、寝室に急遽設置されたスクリーンに目を向ける。

 

「状況は?」

「〈モンスター〉の出現時に発生する(ひず)みはいつも通りです。しかし、先日ほどではありませんがノイズ掛かった調子でして……戦闘の際はお気を付け下さい」

 

そう言って、既に映されたスクリーンに指を向ける。指先は、如何にもレーダーと言った部分に向けられている。確かに、レーダーの波の打ち方が不規則すぎるのだ。〈モンスター〉が放つ龍力の波は、火や冷気などの持っている力──これらは通称『属性エネルギー』と呼ばれている──によって、一定の法則性を持っている。のだが、今回の反応は、そういった法則性から外れているのだ。いや、火や冷気を持たない、いわゆる無属性エネルギーに分類される反応に近いのだが、それにしては乱れているのだ。こうなんというか、無理矢理混ざってるようなそんな感じ。

 

「……今回のパターンは?」

「飛竜です。しかし龍力波の乱れによって、レーダーが誤認してる可能性もあります。降雪地帯や寒冷地帯に出現する〈モンスター〉の傾向を無視したモノが現れるかもしれません」

「……まあ、それでも私の武器は黒天白夜(この二振り)だけだし、雄也だけ気をつければいいのかな」

「そうなりますね」

 

環境を無視する〈モンスター〉が現れるかもしれないとはいえ、環境を考えれば降雪地帯の傾向で考えるのがベストだろう。となれば、アイツを使うか。

 

「では、そろそろ出撃をお願いします。それと……」

「山の近くは気流の乱れが起きやすいから麓まで、ですね?」

「お察し助かります。ではお願いします。ヘリはもう飛ばせますので」

 

それだけ告げて、先遣隊の隊長は作業に戻った。俺も装備確認をしよう。

 

「私はヘリで待ってるね」

「わかりました。五分で行きます」

「ん、分かった」

 

先遣隊が持ってきていたアームド・カスタマーに、俺のデバイスを接続。現在の武器は、『鎧竜 グラビモス』とその亜種の素材から作られる、鋸のような刃を持つ白と黒の双剣『メルトブレイヴァー』。鋸を引くように斬ることで、溢れる炎熱と毒ガスを流し込む強力かつ危険な双剣だ。そしてこの武器との噛み合わせ(シナジー)も考慮すると……よし、こいつだ。

 

「アイテムはいつものと……ホットドリンクに解氷剤、吹雪いてた時用に『爆雷針』、かな。よし」

 

アイテムを整え、真癒さん達の待つヘリへと向かう。経過時間はざっと三分。セーフだ。

 

「お待たせしました!!」

 

既にローターを回しているヘリの前で、真癒さんは腕を組んで待っていた。

 

「よし、一狩り行こうか」

「はい!!」

 

上位昇格試験から6ヶ月(はんとし)。俺は上位ランクのその()()()()()、『凄腕ランク』に到達した。そして今回は、昇格後の初仕事である。




今回は日常メイン。久しぶりにそんなの書いた気がする


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第21話 影を裂く黒

おはこんばんちは、Gurren-双龍です
大遅刻申し訳ないです。歌姫迎撃戦とかベヒーモスとか歴戦王とかしてたらこんなことになってました


1月17日

 

「さあて……山登りになりますね」

「まあ、なんとかなるよ」

 

 雪山麓のベースキャンプ。というかほぼスキー場の休憩所。民間人は避難してる為、ここは実質貸切になるのだ。

 

「ヘリでは登れないと言っても、ここまでなら大丈夫なんですね」

「スキー場辺り、そこそこ高い場所だけど人は普通にいられるからね」

 

 出発する前に少しだけストーブで暖まりながら、ACCデバイスで装備の再確認と、この山の地図を頭に叩き込んでおく。と言ってもそこまで複雑じゃないし、戦えそうな場所など限られてるから、そこまで活かすことは無さそうだが。

 

「もういい?」

「ええ、行きましょう」

 

 ホットドリンクを一気飲みする。ホットドリンク。寒冷地戦闘において重要なアイテムだ。主に凍傷を防ぐために服用する。飲むと血流が活発化し、一種の興奮状態ともいえる状態になる。しかしそれによって血管は広がるため、多少は冷えてしまう。まあ凍傷よりは遥かにマシだし、若干ポカポカするからいいのだが。

 

「よし、とりあえず平地を目指していこうか」

「ええ」

狩猟開始(クエストスタート)

 

 ACCデバイスから機会音声が流れ、龍子化させていた武具の装備を開始。手足の指先、首の部分から徐々に発生する。インナースーツから現れ、そしてその上に防具が重なる。色は紫、鋭い鱗がこの身に連なり、鎧と成す。

 

「……ガルルガX、だね?」

「メルトブレイヴァーには丁度良いと思って」

 

 ガルルガXシリーズ。『黒狼鳥 イャンガルルガ』から作り上げた紫黒の防具。マントと羽飾りが付いた戦国武将のような防具だ。縄帯と黒狼鳥の頭部を模したような兜──因みに被り物(フェイク)ではない──が特徴的だ。武器が持つ毒素などをより活性化させる効果や、ある程度の防音効果に斬れ味保持に向いた効果を発揮してくれる。

 そしてこの背に提げているのは、最近愛用している毒と炎熱の鋸双(きょそう)『メルトブレイヴァー』。この双剣の片割れが持つ毒素と、双剣という手数が多く斬れ味消耗の激しい武器には、もってこいの防具だ。

 

「……あれ?ガルルガXにマフラーなんてあったっけ?」

 

 首元に巻きついた、翠の羽飾りを指指される。首元を一周して後ろに流しているが、それでも腰辺りまで伸びているほど長いそれを。

 

「これですか?元々は(ヘルム)に付いてた羽飾りなんですけど、邪魔になりそうだったんで付け替えて貰ったんです」

「……半分くらい趣味だよね?」

「こっちのがかっこいいかな、と」

 

 翠の長い羽飾りと、背中のマントが風になびく。

 

「……まあいいか。よし、行こうか」

「はい」

 

 目指すは山頂近くの平地。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「……真癒さん」

「爪痕、大きいね」

 

 山頂付近の道中、壁のようになった箇所に、大きな爪痕が刻まれていた。爪は三本。飛竜クラスの大きさだ。

 

「相手は、確定かな」

「……耳栓付きなのが幸いです」

「まあ、衝撃波を伴うからそんなに効果なさそうだけどね」

 

 片割れの黒剣を左に握り、右手は太もものホルダーに付けた投げナイフの柄に伸ばす。

 上位昇格試験より以前から用いている投げナイフ。試験の際、どうにも嵩張る気がした俺は、細く、薄く、鋭くを主軸に、投げナイフを()ち直してもらった。ちょうど、暗殺者が愛用するような投擲用の短剣が近い形状だ。というか最早下敷きより薄い板ってレベルだ。しかもしなる。

 

「感知は任せて。隙はちゃんと作るから」

「頼みます。まあ、こっちでも探しますけど」

 

 背中合わせに剣を構えつつ、麻痺投げナイフの柄に触れる。取り敢えず三本ほど。大抵のモンスターはこれで拘束できる。

 ティガレックスは別段、防御面に強みがあるわけではないが、突進を始めとした肉弾戦に特化した〈モンスター〉だ。故に防いでては負ける。攻め倒すまで。麻痺投げナイフはその足掛かりだ。

 次に取るべき行動が見えた俺は、感覚を全力で研ぎ澄ます。銀世界に目を凝らし、風と呼吸に聞き耳を立て、指先に伝うナイフの柄を鎧越しに感じ、ティガレックスの痕跡を掴もうと世界を睨む。

 故に掴めた。俺の見るべきは──

 

「「上だ!!」」

 

ゴォォアァァァァ!!

 

 青縞混じりの黄色い外殻の、恐竜の王(レックス)の名に違わぬ風貌を持つ飛竜、『轟竜 ティガレックス』が、俺達を喰らわんと飛び降りてきた。

 

「散開!」

 

グルァァオォ!!

 

 真癒さんの一言でティガレックスの左右それぞれに分かれる。俺は左側、真癒さんは右側。俺は麻痺投げナイフ、真癒さんは毒投げナイフの柄に指をかけつつ、ティガレックスを挟み込む。

 

一撃離脱戦法(ヒットアンドアウェイ)、ティガレックスはこの戦法が基本だよ」

「走り回ってきますからね……こいつァ……!」

 

グルル……ゴガァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!

 

 雰囲気か何かで、真癒さんをより脅威と感じたのか、地面に爪を突き立て、轟竜は真癒さんに向かって吼え立てた。

 

「麻痺拘束は!」

「興奮状態になってから打ち込みます!!」

 

 真癒さんに向いてる隙に強走薬グレートをすかさず飲み干す。一方ティガレックスは真癒さんに向かって走り出した。多くのモンスターが持ちながらも、この〈モンスター〉の象徴と言える攻撃、『突進』だ。

 無論そんな単調な攻撃に引っかかる真癒さんではない。しかし右は崖、左は壁。普通に考えたなら逃げ場はない。だがな──

 

「大股で走ってくれるの、小柄な私にはありがたいよ」

 

 ティガレックスは前進するために前肢を大きく上げて走る。より速くより力強く獲物を屠るために、絶対強者が本能に従って得た動きだ。

 そして彼の者が好むのは脂肪を蓄えた生物。彼が狙う獲物は例外なく、鈍く、大きく、そして群れているのだ。故にその大股の疾走は、本来なら利点にしかなり得ない。

 人間という極めて小型の生物を狙わないのならばの話だが──

 

「ほらお土産!!」

 

 故に真癒さんは、その大股に振り上げられた前肢と脇の間を縫うように、そのバネのような加速で潜り込んで後ろに回り込んだ。それも通り過ぎ様にペイントボールを当てながら、である。

 

グルルァ!!

 

「獲物を狙う事に関してはほんと鋭いよねこいつ……ちょっと脇から抜けただけなのを見逃してないもん」

「平気であの突進の脇を抜ける事が異常なんすけどね……無論そんなのを見逃さない向こうもイカレてますけど」

 

 次の行動に備え、メルトブレイヴァーを構える。しかし訓練生時代に教わった基礎の構えではなく、それをベースに、俺なりに動きやすい型にしたモノだ。

 足幅をそのままに、グリップを握った拳を太腿に来るまで下ろし、右手は投げナイフを取るために少し緩めて剣を握る。身体の向きは基礎の構え同様に左側を前面に出す。つまり双剣自体は()()()()()()()()()。それが俺のこの構え。言うなれば無形だ。投擲術、双剣術、この二つを最大限に発揮するために、教官や真癒さんに何度も相談をした結果、凄腕試験までに獲得した俺の型だ。どこからでもかかって来やがれ。

 

グガァ!!

 

 ダイブするように突進を急停止させたティガレックスが、こちらに振り向いて飛び込んできた。その距離、目算で15m。ティガレックスほどの巨体と、地上生物の平均的なジャンプ力を考慮すれば破格の飛距離だ。だがその脅威の身体能力は、隙を生むことにもなる。

 

「目を庇ってください!」

 

 左手に両の剣を握って右手で龍子化ポーチから閃光玉を取り出し、そして口で安全紐を抜き取ってすぐさまそれを投げる。奴のジャンプが最高高度に達する位置、発光タイミング、俺の投擲速度、全てを勘で捉えて結果に叩き付ける──!

 

ギャガァァ!?

 

「ダッシュ!」

「はい!!」

 

 空中で視界を潰されたために、ティガレックスはその跳躍の勢いのまま着地に失敗して地に伏した。その際頭部を激しく打ったためか、そのまま痙攣し始めた。脳震盪でも起こしたのかもだろう。好機──!

 

「だぁぁぁぁらぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 鬼人化──からすかさず真・鬼人解放へと昇華させる。狙うは弱点たる頭部。当然二人がかりだ。

 刃を水平に構えながら頭に向かって駆ける。そして乱舞で最初に振るう左腕──ではなく右腕から構える。そしてそれを、右足を踏み込みながら貫くように振り抜く。だがそれで終わりはしない。続いてその手を引っ込めながら右の刃を突き出し、そこから入れ替えるように左の刃を振り抜く。

更に左脚で一歩踏み込み、それを軸にしながら回転して両の刃を一閃する。真癒さんに剣を教えたという男が編み出した双剣の奥義『乱舞・改』。凄腕試験昇格の祝いとして、真癒さんからこの技を伝授された。

 曰く、無間の斬撃であること。

 曰く、無終の連撃であること。

 曰く、無双の乱撃であること。

 まさに奥義。乱舞とは違い、その一つで完結する剣戟ではなく、持ちうる刃全てを構え、繋いで振るう乱舞の最上。

 

「まだまだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

そして乱れ連なる剣は、旋風の如く迷いなく、違いなく、しかして規則的に乱れ、相対するモノを確実に切り裂く。乱舞旋風は最上の乱斬に続いて吹き荒れる。

 更には、風は二つ。俺と真癒さんの双腕が生む二つの旋風が、轟竜の牙を、鱗を、頭殻を斬り砕く。

 

グルルル……!

 

 ちょうどそのタイミングで、ティガレックスが起き上がる。仮にもこんな緩急激しい雪山を闊歩するほどの強靭な四肢を持つ竜だ。高々自分のジャンプから落ちた程度では、手首足首を折り挫く、なんてことは無いようだ。

 

グルォァ!!

 

 顔面や爪先を朱に染め、先程のジャンプ地点よりも更に後ろに飛び退いた。目は見えてないはずだが、躓くことも転げ落ちることもなく見事に着地して見せた。しかしその手つき足つきはどこか乱暴で。当然、怒り狂っていた。

 

グルルァ……ガア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!!!!!!

 

 前肢を荒く構え、轟竜はその名の如く天に向かってその憤怒を轟かせた──

 

「怒り状態……雄也」

「麻痺投げナイフ、いつでも行けます」

 

 真・鬼人解放を解き、右の白剣の握りを緩めてナイフの柄に指先を掛ける。ここからのペースは全てこちらが握るつもりで行く。幸い今は視力の事もあって威嚇し続けている。

 さて、今回は一回の麻痺に恐らく麻痺投げナイフ三本を要するだろう。そしてもう一度麻痺拘束を投げナイフのみで行うとなると、俺と真癒さんの手持ち全てを使えば確実に拘束できる。〈モンスター〉の生命力は脅威的、と言わざるを得ないもので、神経性麻痺や催眠性の毒素にすぐ耐性を得てしまう。人間でも、麻薬や覚せい剤に耐性が付いて摂取量が増える現象があるが、〈モンスター〉のそれは段違いのスピードで耐性を獲得する。

 つまりは、主導権を握り続けるには投げナイフを全て確実に当てなければならないということだ。だが心配も不安もない。俺にはここまでで培ってきた技術がある。仮にも今の俺は、真癒さんと同じく凄腕ランク帯の〈ハンター〉。確実にやれる。そう己に言い聞かせながら、投げナイフを抜いた。すると同時、ティガレックスは視力が回復したのか、雄叫びを上げながら首を振る。

 

ガルル……グァ!!

 

「目が戻って早々に……っ!岩来るよ!!」

「また対応しづらいのを……!」

 

 視力が回復したティガレックスは、今は近付くのを危険と感じたのか、ティガレックスはその強靭な前肢で地面を抉り、雪混じりの土塊を投げ飛ばしてきた。それも器用に三つを三方向別々にだ。間を縫って避けるのは容易いが、奴がこの岩飛ばしをする時は、大抵懐に潜り込めないような距離の時だ。力づくで戦う癖にこういう所は頭が回るのが、ティガレックスの特徴だ。だが悪足掻きもここまでだ。ここからは俺の、俺達のターン──

 

グルアァ!!

 

「あ」

「はぁ!?ちょっおま、逃げんなぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 戦闘開始から五分と経たずに、ティガレックスはこの場を去っていった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「全くあのヤロー……無駄な手間を掛けさせやがって……」

 

 ティガレックスの逃走からざっと十分ほど。俺と真癒さんは、緩やかとはいえ吹雪の中でも効果を発揮するペイントボールの匂いを辿りながら雪山道を歩いていた。

 

「……雄也、珍しく荒れてるね?いつもなら『早く終わらせてやらないとな……』とか言うのに」

「そりゃ、今回は凄腕昇格試験の後の最初の仕事ですから……どうにもササッとかっこつけて終わらせたい、って気持ちが……」

「……まあ、そういうスタンスの〈ハンター〉は多いし、咎めたりはしな……ッ!」

「真癒さん?」

 

 会話を遮るように、真癒さんは急に前方を向いた。何かを感じ取ったようだ。ティガレックスを見つけた──視覚的情報によるものではないので不適な表現かもだが──だけならここまで鋭敏な反応はしないだろう。ナニカがそこにあると、俺も否応なしに(わか)らされた。

 

「……慎重に、かつ迅速に見つけるよ。投げナイフも準備して」

「はい」

 

 さっきティガレックスに投げようとした時と同じようにナイフを掴み、臨戦態勢に入る。

 

「……この坂の曲がり角にいるよ……1、2、ゴー、で飛び出すよ」

「投げるのは?」

「こっち向いた時でいいよ。じゃあ……1、2、ゴー!」

 

 合図に合わせ、角を飛び出す。しかし、そこにティガレックスはいなかった。正確には、()()()()()()()()()はいなかった。

 

「……なに、これ……」

「……やられた、っぽいですが……この傷跡……変ですね。赤黒いな……血液とは思えない……いや、灼かれてる?」

「……ッ、触っちゃダメ!」

「え、あ、はい」

 

 そこにいたのは、左爪先から右翼先端まで赤黒い傷に一閃されて倒れ伏したティガレックスだった。しかし血溜まりはなく、むしろ傷口を焼き尽くされて血液の一滴すらも出ていない。異常としか言いようのない状態であった。

 

「……やはり息をしてません。まあ明らかに脊髄ごと焼かれてますからね……」

「…………まさか…………」

「真癒さん?」

「あ、な、なんでもないよ! と、とにかく調査班を呼ぼう!?」

「……?まあ、分かりました」

 

 真癒さんの様子に疑問を抱いたが、野暮な事かもしれないし、弟子の俺如きが知るべきことではないのかもしれん。

 

──後悔するかもしれんぞ

 

「!」

 

 ナニカが聞こえた気がした。感覚は真癒さんに初めて会う前の、謎の俺への指示をした声のようなそれに近い。いや、むしろそれそのものか?

 なんで今更?なんでまた?そんな俺の疑問を他所に、その感覚は雪解けのように消え去った。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「そういえば真癒さん、なんで俺の凄腕試験、あんなに早かったんですか?」

 

 帰りのヘリの中。あの謎の声を疑問に抱き、考えた結果、質問の足がかりとしてかねてからの疑問を投げることにした。

 

「え?なんでその疑問?」

「上位までで一年ほど、そこから半年程度でいきなりその上のランクにもされたら、流石に驚きますよ」

 

 凄腕試験を受ける条件は上位ランクであること以外ないのだが、それにしたって半年は随分早いと思ったのだ。

 

「えっとね……凄腕と上位での仕事量の差が結構大きくてね……」

「仕事量の差?」

「うん。ぶっちゃけると、下位と上位の仕事の差なんて、任される〈モンスター〉の種類だけなの。それに対して凄腕ランクは、より遠くの出張の許可が出るの。無論それは海外出張も含む。そうなれば、雄也と真治の仕事の幅が増えたりスキルアップに繋がるからね」

「……なるほど。それは重大ですね」

 

 思いの外、その理由は大きな事だった。単純に俺たちの腕を上げたわけではなかった。確かに、ランクは当人の戦歴と生存能力を表すものだ。

 

「質問はそれだけ?」

「もう一つだけ……真癒さん、あの黒い傷跡はなんですか?」

「……分からない」

「心当たりがある、って事くらい分かりますよ?俺だって付き合いが長──」

「分からないって言ってるで──なんでもない」

 

 声を荒らげかけたところで、真癒さんはその口を閉じた。……心当たりがあるのは確かだ。だがなんというか、渋ってるというか、伝えていいのかと迷ってるというか。いや──

 

 己の想定を信じたくない、と言った感じに見えた。なら、待つしかあるまい。俺は、真癒さんを信じる他ないのだから。その後は着陸まで無言が続いた。




サブタイの『影』、ティガレックスと関係あるからちょっと思い出してみよう


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第22話 机上の真実

大遅刻失礼します。Gurren-双龍です。

ここからチルレコが本気で動き出す、くらいの場面のつもりです。いつもよりなんか凄いの書けた気がする(魔王感)


1月 18日

 

「…………マジで何しよう」

 

 『轟竜 ティガレックス』を狩猟した翌日。俺と真癒さんには今日一日の休息(オフ)が言い渡された。身体が資本の身には確かに休めるのはありがたいが、ぶっちゃけほとんど戦闘をしてないのに……って気持ちにはなる。オマケに疑問が山積みだ。あの赤黒い傷口の正体、それに対する真癒さんの様子、そして当の真癒さんはどこに行ったのか、などだ。

まあ今の真癒さんの行方は、書き置きからして、またデパートに行ったのだろう。主婦とJKは洋服の買い物が死ぬほど好きらしいし。……これは流石に偏見か?

 でも真癒さんいないし仕事無いし、慌ててこっち来たから普段使ってるゲーム機も置いて来てしまったし、通話なんてACCデバイスで済むじゃん、ってスマホとかも持ってないし……帰ったら支部長(じいさん)にスマホの事、お願いしようかな……

 そういう契約なら親に頼むべきとは思うが、親とは未だに会ってないしまだ会う気が起きないので、親にお願いして契約とかはぶっちゃけ嫌だ。盛大に喧嘩しておいて、久しぶりに顔合わせていきなり『スマホ契約させろ』とか厚かましいにもほどがある。

 

閑話休題(まあこれは後にするか)

 

 取り敢えず今は暇潰しも兼ねて疑問の消化に努めよう。

 まずあの赤黒い傷口。とても単なる炎熱や雷撃などで出来たモノとは思えない。血が滲んだり焼けた跡にしては、アレは余りにもそれは黒かった。……俺の知らない〈モンスター〉によるものだろうか。

 ……先遣隊の方々は何か知ってるだろうか……あわよくば、真癒さんのことも聴いてしまおう。……いくらなんでも、知らないままで居続けるには、これは疑問が絶えなさすぎる事柄だ。

 

「よし、行くか」

 

 先遣隊がいる別室に向かうべく、部屋を出た。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「さぁて……何を買おうかな……」

 

 昨日来たデパートに、今度は私一人で来た。今日の目的は雄也の服ではない。1月21日。この日までに、私は何かを買っておきたいのだ。何せその日は──

 

『去年逃した、アイツの誕生日のプレゼント選び……お姉ちゃん張り切ってるね……』

「うん、真治なら雄也の趣味嗜好分かるかな、って」

『なるほど……というか、なんで師弟揃ってアタシを頼るんだろ……』

 

 通話先の真治がどこか呆れた声を出してるが、取り敢えず気にしない。

 

『まあいいわ。それで、雄也が気に入るモノ……お姉ちゃんは、何かアテとかあるの?』

「無いよ!」

『即答か……と言っても、アタシも雄也と仕事以外で絡むこと、あんまり無いのよね』

 

 思い出すように、真治が驚きの事実を述べた。

 

「……意外。二人は同級生だし、もっと関わりあると思ってた」

『ないんだよねそれが。男女で違うからってのもあるのかもだけど。実のところ、アイツとアタシの関係はホントなんていうか、ビジネスライク?的な、仕事のみの関係って感じね……』

 

 思い返せば、雄也の事を仕事と訓練、そしてご飯やお風呂に向かうところ以外で見かけたことは、あまりない。たまに散歩に出てる、ってぐらいだ。最近は散歩に出てるのすら見てないが。

 

「ふぅん……じゃあ私が選んでも真治が選んでも同じなのかな……」

『かもね。あ、そうだ。アニキなら少しは分かるかな?』

「仕事中かもだし多分無理かもね……うん、頑張る」

『そうそう、アドバイスが一つだけ。お姉ちゃんなら分かってると思うけど……相手を考えて選ぶ、それだけで意味はあると思うから、固く考えなくてもいいと思うよ』

「ありがとう、真治。ほどほどに考えてみるね」

 

 ん、という返事と共に通話が切れる。……そういえば、雄也とは仕事以外で通話してみたことないなぁ……ちょっと、プレゼントの参考に何か聴いてみようかな……でももう少し考えてからにしようか。

 

「まあでもダメ元で、誠也に聞いてみようっと」

 

 私は無邪気に、買い物を続けた。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「今出来る限りの情報の開示?……申し訳ないですが、確定情報でないと教える訳には……」

「なるほどわかりました。でもこっちこそ申し訳ないですが、〈モンスター〉という未知数の塊のような存在由来の情報に、絶対的な確定情報など無いと思います。なので今の段階の情報でも十分です」

 

 部屋を出て数分、情報の開示を渋る先遣隊のリーダーである内海(うつみ)さんに、屁理屈全開で無理矢理交渉していた。無論欲しいのはあの傷跡の手がかり。炎熱でも電撃でもない、俺の知らないナニカ。しかし彼らは特に驚いた様子もなく──正確に言えば、「あ、珍しいな」程度の反応はあったが──それらを見つめ、轟竜の亡骸を処理していた。つまり彼らはあの傷跡の原因を知っている。となれば問い詰めない理由はない。真癒さんが私情故に答えないなら、公的な理由を付けて答えられる人に聴くまで。

 

「はぁ……わかりました。少し待っててください」

「無茶を聴いて頂き、ありがとうございます!」

 

 思ったよりあっさり折れてくれた。無論礼を欠くことはしない。真癒さんにその辺は徹底的に叩き込まれたなぁ……

 

「まあ、とはいえそこまでたくさん掴めてる訳では無いのですが……資料です……っとと」

「ありがとうございます……って、結構ありますね……」

「参考用にぃ……ッ、ある程度……ッ!持ち運んで確認しないとォ……行けないんでぇ……ッ!!」

 

 内海さんがとても重そうに運んできた資料は、段ボールが三箱、縦に積み上げられたモノだった。想像以上に多い。

 

「……やはり、多いでしょうから、なんの情報が欲しいか次第で資料を絞りますね……我々も全て持ってかれると困ります」

「あ、やはりそうでしたか……何から何までありがとうございます」

 

 全力で迷惑掛けといて何を今更、って所だが、今は考えないでおく。

 

「なんの情報ですか?」

「……先日のティガレックスの亡骸に刻まれた、あの赤黒い傷跡です」

「……となると、これらの資料でしょうか」

 

 そう言って、二冊の資料を差し出してきた。どちらもハードカバーの分厚い本だ。

 

「……『属性エネルギー論』と、『〈龍血技術(ドラグテック)〉・属性エネルギー編』……ありがとうございます」

「お力になれたようで何よりです」

「いえ、ご迷惑をお掛けしました!必ず相応の成果を出します!!お忙しい中失礼しました!!」

 

 はい、という言葉と共に彼は戸を閉めた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「……属性、ということは……俺の知らない属性エネルギーが存在している……そして凄腕になってもそれが隠されてたってことは……並の〈モンスター〉が持つ力ではないということだよな……」

 

 渡された資料を捲りながら、一つ一つ確かめるように独り言をつぶやく。これは昔からの癖で、独り言をくっちゃべりまくる癖自体は良くないと思いつつも、俺自身が効率的に事を運ぶのに大事なことなので治しようがない。

 

閑話休題(まあそれはいいとして)

 

 属性エネルギー。それは〈モンスター〉の放つ炎や雷撃に含まれる龍力由来のエネルギー。

 龍力は本来、意思や感情の影響を受けて現象を引き起こす。その為、身体機能であるそれらに龍力が絡むことは不可能であると考えられていた。

 しかし龍大戦から研究を続けていた『ゼロス=エガルト』と『篝火 波桜(かがりび なみお)』の二人によって、属性エネルギーを生み出す身体機能のそれを、『肉体の意思』と定義付けたのだ。更に従来言われていたそれらを『精神の意思』と定義付ける事で、区別していったのだという。

 さて、そう考えるとあの傷跡はどういった身体機能から生み出された属性エネルギーなんだろうな。リオレウスかロアルドロスのような袋型器官に溜め込み放つタイプか、それともジンオウガやラギアクルスのように発電するように生み出したか、それともグラビモスやウラガンキンのように排気ガスの一種のような形なのか。

 そうしてページをめくっていくと、見知らぬ名前が目に入った。

 

「……『龍属性』?」

 

 かつて世界に舞い降りた異邦者の名を冠する力が、そこに刻まれていた。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 デパートの休憩フロアで、炭酸ジュースを飲み干して、プハァ、と息を吐き、さっきの通話を思い出した。

 

「誠也め……盛大にはぐらかしたなぁ……!?」

 

 誠也に通話したが、誠也は全然質問に答えず、しかしそれをすぐ悟らせない程度に綺麗に話題を躱された。誠也め……脳筋のように見えてかなり頭脳派な事を……!

 

「……でも、良いことは聴けたや」

 

 誠也曰く、『趣味が分からねえなら仕事の助けになるモンならどうだ!!あと一つで不安なら、何個か買ってもいいと思うぜ!!』とのこと。

 ……アレ?実ははぐらかされてない?いや、誠也自身のプレゼントを聴いても全く答えてくれてないしやっぱり調弄されてる。

 

「でも仕事関係か……何がいいのかな……」

 

 雄也が使いそうな新しい物だとしたら、新調したナイフホルダーか、あるいは新デザインのACCデバイスとかだろうか。少し悩む。

 

「……聴いてみようかな」

 

 落ち着いてベンチに座り、りんごのマークの付いたスマートフォンの通話を起動した。どんな反応するかなー?

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 資料を読み漁ってざっと一時間ほど。龍属性の項から読み取れた情報に、俺は打ち震えていた。

 

「嘘……だろ……?」

 

 残酷すぎる。その存在は、その力は、その真実は。彼らは……先遣隊の人達や先人の狩人達はこんな恐ろしい代物を知りながら、これらに立ち向かい、時に武器として使っていたというのか……?

 

「……なるほどこりゃ……すぐ教えてもらえないわけか……」

 

 ついつい、自嘲気味に笑いながら呟いてしまう。だがそう思わずにはいられないほど、龍属性という存在は衝撃的だった。

 

「……やべぇ……今回の仕事、途端に怖くなってきちまった……」

 

 手が震える。この手は資料を掴んでるが、すぐに零れ落ちてしまいそうだ。恐怖で息も荒くなってきた。部屋が暖かいから視覚的には何も無いが、外だったら間違いなく口元は冷えた息で真っ白になってるだろう。

 ……何分経ったろうか。息も落ち着いてきた。もう一度読んで整理しよ──

 

「……ッ!?」

 

 と思ったところで、手首に巻き付けた腕時計型のACCデバイスが震えた。携帯電話のバイブレーションと同じ機能、すなわち通話が入ってきたという事だ。

 持っていた本を落ち着いて閉じて机に置く。デバイスを確認すると見慣れた番号が並んでいた。

 

「……全く、間が悪いなホント……」

 

 少し愚痴りながら、通話を起動する。

 

「もしもし?」

『あ、雄也?今大丈夫?』

 

 聞き慣れた真癒さんの声だ。いつもの会話……と思いたいが、今発した自分の声が、少し震えてるように感じた。悟られぬよう、一旦深呼吸をした。

 

「大丈夫です。どうしました?」

『うんとね、今買い物に出てるんだけど、雄也に意見を聴いてみようと思ってね』

「はぁ、どんなものです?」

『うんとね、腕時計なんだけど。雄也はどんなデザインが好き?』

「……中学生には随分やりづらい質問っすね」

 

 デバイスに腕時計型を選んでおいて、って気はするが、持ち運びと使い勝手で選んだだけなので、デザインなどは特に気にしてなかったしな。

 

「うーん……俺は自分の気に入ってます、としか。だから……派手すぎないのがいいと思います。でも少しこだわりを入れて、みたいなのとか」

『ん、ありがとう!参考にしてみるね!じゃ!』

 

 通話が切れた。自分のなのに俺に聞いて良かったのかいささか疑問だが、まあ本人がいいなら良しとしよう。

 

「……真癒さん、俺がこれを知ったと聞いたら、どう思うかな……」

 

 壁にもたれるように座りながら、通話前のさっきまでの自分を思い出す。傷跡の原因、龍属性エネルギー。その真実を知った今、俺はこの件に対してどう向き合うべきなのだろうか。

 龍属性エネルギーの正体。それは──

 

 

「『知性体の血肉を蝕む超速効性ウイルス』、あるいは『龍の殺意が生み出した純殺傷性の龍力の塊』ってさ……なんなんだよ……これじゃあまるで──」

 

 

 世界を滅ぼす力じゃないか。

 改めて真実を知った実感から現実逃避するように、俺は頭上の電灯を眺めることにした。でも、まるで見られてたかのように、現実は俺を逃がさなかった。

 

ビィィィィ!!ビィィィィ!!

 

 〈モンスター〉出現警報が鳴り響いた。無論、俺のACCデバイスも緊急招集時特有のバイブレーションを起こしていた。

 

「……はい、上田です」

狩猟(クエスト)です。至急集合してください』

「……了解」

 

 プツン、と通話が切れたことに安堵しつつ、その時が来てしまった事を実感してしまった。

 

「……クソッタレ」

 

 立ち上がるが、足取りは未だ覚束無い。恐怖なのか単なるショックなのか、とても本調子ではない。だが仕事が仕事だ。他の人に任せるには危険が過ぎる。やらねばなるまい。 そう己に言い聞かせながら、先遣隊の部屋に戻る。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「……真癒さんは?」

「彼女なら今急いでこっちに来てますよ。もう少しお待ちください」

 

 部屋に着くと、先遣隊の方々がバタバタ慌てながら情報整理に務めていた。取り敢えず邪魔にならないよう、入口付近で座って待つことにした。

 

「……さっきの資料、成果は出せそうですか?」

 

 そう声を掛けてきたのは、さっき資料を貸してくれた先遣隊のリーダー、内海さんだ。

 

「えぇ……嫌という程知れました」

「……そうですか、気負いすぎないでください」

 

 祈るような言葉と共に、内海さんは先遣隊を纏めに向かった。

 

「出現した〈モンスター〉の詳細、出ます!!」

「っ!!」

 

 内海さんが俺のところを離れてすぐ、情報が舞い込んできた。

 

「映像は!?」

「もうすぐカメラの調整も……よし、映像、モニターに出します!!」

 

 調査員の声と同時、室内の大型モニターに吹雪舞う雪山の映像が出た。そこに映っていたのは、大きな翼から尻尾のように長く伸びた鉤爪を携え、三本の尻尾を備え、その角は後ろに長く伸びた、白い飛竜だった。

 

「────」

 

 最悪だ。よりにもよって、()()()()()()()()()()()()

 

「すみません!!遅れました!!……って、アレ、どうしたんですか?」

 

 思考がフリーズした瞬間に、部屋に真癒さんが飛び込んで来た。……慌てようからして、部屋の中は見てないようだ。

 

「……来たか、冬雪隊長」

「……作戦をお願い致します」

 

 真癒さんに続き、敬礼をして身を整える。真癒さんも察しているのか、表情は険しい。

 

「……今回の出張の原因たる謎の波形パターン……その正体は──」

「……冥雷竜、ドラギュロス」

 

ガアァァァァァァ!!!!

 

 内海さんの声を遮った俺に応えるように、モニターから咆哮が響く。

 

「待って、なんで雄也がその名を?──まさか」

「……話が早いな。では君達に、この『ドラギュロス剛種特異個体』の討伐作戦を依頼する。健闘を祈る」

「……了解」

 

 より一層、外の吹雪が強くなった気がする。




これが私なりの、龍属性の解釈です


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第23話 黒は雪華を斬り裂いて

二ヶ月半の大遅刻でございます。お待たせしました


1月18日

 

「では、お気を付けて」

「……はい」

 

 輸送ヘリが飛び去る。場所はティガレックスの時と同じで、スキー場の休憩場だ。しかし前と違い、俺と真癒さんは無言を貫き合う。当然だ。真癒さんは俺に隠し事をしたのにそれを暴かれ、そして俺は暴いた事に対する軽い罪悪感と、真実のショックがまだ尾を引いている。到底会話などする気にはなれないし、真癒さんもどう言葉を連ねたらいいか悩んでるのか、あれから一言も発してない。

 しかしこのままの訳にもいかない。どう言われることになろうとも、俺は俺の言葉を使おう。

 

「知らないままではいられない。それだけです」

「……そう」

 

 だいぶ怒ってる……いや、どちらかと言えば戸惑ってる感じか?声に張りがないし、すぐに俯いてしまっている。

 

「……もっと早く言うべきだったよね……ううん。それが出来なくてもせめて、あの傷を見た瞬間に、すぐ認めて言うべきだったね」

「……」

 

 人間、受け入れ難いことを受け入れるのは中々難しい物だと、若輩者の俺とて理解している。故にかけられる言葉はない。何を言っても慰め以下にしかならないだろうからだ。

 

「なんであれ、仕事だよ。準備を済ませて行こうか」

「はい」

 

 ティガレックスの時のような気を紛らす会話は一つとしてなく、そのまま狩猟に出ることになった。

 

「……行くぞ」

狩猟開始(クエストスタート)

 

 ガルルガXとメルトブレイヴァーを身に纏い、休憩場を出る。吹雪だけの、嫌なくらいの静寂が耳に響く。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「……」

「……」

 

 あれからも言葉はない。黙々と目の前の仕事を見るだけだ。……真癒さんはどうなのか知らないが。

 そこを考えても仕方ないので、周囲に気を向ける。……先日よりも吹雪が激しくなってる。それにもうすぐ夕方なので、前よりも少し薄暗い。例の龍属性エネルギー──ドラギュロスの資料には『冥雷』と記載されていたあの黒い雷──は見えづらくなるし、その上肝心のドラギュロスの体色は白。まだ日が出てるがために吹雪が吹く今、視力だけに頼っていては保護色のように隠れるドラギュロスを見逃しかねない。しかし匂いも音もかき消される今、どう見つけたものか。

 

「……私が探知するから、雄也はいつでも動けるようにして」

「……はい」

 

 左に剣を握り、右はナイフホルダーに挿したナイフの柄に伸ばす。触れたナイフは麻痺投げナイフ。麻痺拘束の下準備は鉄板だ……俺にそう指示したは良いものの、真癒さんはそのまま棒立ちしてしまった。

 

「……真癒さん?」

「静かにして……」

 

 少し俯きながらその場に立ち止まった。よく見ると目を瞑っている。……なるほど耳を澄ましているのか……?俺とは違い、感覚が最早〈モンスター〉とすら言えるほど鋭い〈龍血者(ドラグーン)〉ならば、この吹雪の中を聞き分けれるのかもしれない。となれば身動き一つする訳にはいかない。余計な音を立てては仕事の妨げになる。

 

「……ここじゃない。もう少し先……」

「わかりました」

 

 成果はゼロ。剣を納め、再び歩を進める事となった。だが会話が進むことは無いだろう。そう思った矢先──

 

「ねえ、雄也」

 

 真癒さんが再び切り出した。

 

「はい」

 

 何故ここで、とかそんな疑問が湧くが、今はただ答える。

 

「……龍属性について、調べたんだよね。どこまで知った?」

「……性質というか、特性というか。その辺りです。『知性体の血肉を蝕む超速効性ウイルス』、あるいは『純粋に殺傷力のみを宿す龍の殺意そのもの』、だとか」

 

 あの資料のまとめを、なぞるように思い出す。

 

「……それだけ?」

「まだ……あるんですか?」

 

 しかし返ってきた予想外の答えに、思わず問いに問いで返してしまう。

 

「……もう一つ、あるんだ。龍属性の力は」

「それは……」

「そこまで知ったんだもの。もう引き下がる気は無いんだよね?」

「……えぇ。言いつけを破った以上、罰を受けるのも覚悟しています」

「ならいいよ。その力は──ッ!」

 

 最後の一声を出そうとした瞬間、真癒さんの意識を何かが逸らした。

 

「……仕事の時間だね」

「終わった後で必ず答えてもらいますよ……!」

 

ギュラルルルルゥ……

 

 降り立ったドラギュロス剛種特異個体が、こちらを睨んで唸り出す。既に向こうもこちらとやる気満々といった感じだ。

 すぐさま『真・鬼人解放』の構えを取り、いつものように投げナイフを撃ち込みやすい構えに直す。

 ……見れば見るほど、舞雷竜(ベルキュロス)にそっくりだな……亜種の類だとは書いてあったが、それだけじゃない物を感じるし何より──奴は龍属性エネルギーを持つ〈モンスター〉。ベルキュロスなど比にならない危険な力を持つかもしれない。増してや奴は、『剛種』にカテゴライズされるだけでなく『特異個体』、即ち従来の個体が持たない特徴や力を振るうという事だ。

 

「……え?」

 

ギュラァ……ギュルルルァァァァ!!

 

 冥雷竜(ドラギュロス)が開戦を示すように雄叫びを上げる。が、その直前、真癒さんは呆けた声を上げた。……まずい、これが動揺だとしたら、また何かが置きかねない。

 

「真癒さん!来ます!!」

「え、あ……分かってる!!」

 

 すぐに正気を取り戻したのか、抜刀してすぐさま側部に回り込んだ。俺が叫んで間もないこの反応速度は流石だ。俺もすぐさま回り込む。狙いを一つに絞らせないためだ。この辺りは人手が少ないが故に、怪我をしないよう4人で戦いを回してきた【第一中国地方支部】のメンバーならではだ。

 

「まずは……!」

 

 さっき右の指で触れていた麻痺投げナイフを二本撃ち込む。麻痺拘束の下準備、俺の常套戦法の第一歩だ。ここから1~2本打ち込めば麻痺しない〈モンスター〉はまずいない。

 

「来るか!」

 

ギュルルァ!

 

 投げナイフを撃ち込んだ俺の方に向いてきた。ベルキュロスの亜種というだけあって、その風貌はまさしく生態系の頂点に座す者の覇気を感じさせる。

 

ギュラァァ!

 

「喰らうか!!」

 

 さながらリオレウスの火球ブレスのように、頭部を持ち上げるように溜めてから直線の冥雷ビームを撃ってきた。しかしあまりに細くあまりにまっすぐなそのビームを躱すのは容易だ。

 

「でぇぇやぁ!!」

 

 真・鬼人回避の前進ステップをしながら双剣を交差して頭部を斬り付ける。手応えは悪くない。が、他の〈モンスター〉の頭部と比べて少し硬く感じる。ベルキュロスの時と同じだ。となればやはり──

 

「真癒さん!尻尾を!」

「……っ」

 

 返事はない。しかし伝わっているのか、真癒さんが剣を振り抜き空を裂く音が聞こえる。まあ吹雪のせいで僅かだが。

 

「離れて!」

「っ!」

 

 予想通り噛み付いてきた。幸い牙は逃れた、が。

 

「ガっ!?」

「雄也!」

 

 謎の黒い衝撃波に吹き飛ばされる。稲妻のように枝分かれした光と、冷えた日にドアノブに触れて喰らう静電気の何万倍もの衝撃が身体を襲ってきた。

 

「カハッ……こ、これは……?」

 

 身体が、ラングロトラやランゴスタの麻痺液が起こす麻痺とは違ったそれを起こしている。決して動かない訳では無いが、痙攣していて動き切らないし、何より吐き気がする。

 

「私が引き付ける!!直ぐに『ウチケシ剤』を使って!!」

「……!」

 

ギュルルラァ!!

 

 上手く声を張り上げられなかったが、しっかり聴こえたことに答えるように、俺はすぐさまウチケシ剤──『ウチケシの実』をすり潰した物を、『にが虫』の体液と龍力ハチミツと混ぜ合わせ、これらの活性化成分を利用して服用後にある程度症状の耐性も得られるようにした特殊な回復薬──を飲み干した。ハチミツを使っているとはいえ、やはり苦味がある。だがもう身体は動く。真癒さんに気を向けて尻尾を見せたドラギュロスに切りかかる──が、

 

「でぇぇやぁぁっ──なっ!?」

 

 柔らかいはずの尻尾の鱗を切り捨てることなく、俺の斬撃は完全に弾かれてしまった。どういう事かと双剣を見ると、そこには何か赤黒いモノがへばりついていた。

 

「これは……」

 

 これは奴の噛みつきを食らった時に付いたものだろう。とするとこれは、冥雷を含んだ奴の唾液。龍属性エネルギーによって変質し、粘性を得てしまっているようだ。

 

「研がないと……クソっ!」

 

ギュララァ!!

 

 肝心な所で、奴がこっちを向いた。明らかに、俺がさっき斬りかかったからなので自業自得だが、こういう理不尽はあまり易々と納得出来るモノではない。

 

「どう来やがる……」

 

ギュルルァ!!

 

 俺の問いに答えるように、ドラギュロスは滑空して来た。だが距離はまあまあ開いている。これは躱せる。

 

「この程度……危ねぇ!?」

 

 と思って横に避けた矢先、奴の翼から長く伸びた鉤爪に引っ掛かかりかけた。すんでのところで飛び込んでかわせたが、見落としていれば冥雷を宿した鉤爪によって見事に八つ裂きにされていたところだ。

 

「ならもう……!真癒さん、行きます!!」

「雄也……?ま、まさか!?待っ──」

「せいっ!!」

 

 なにか言おうとした真癒さんの言葉を遮る形になりながら、麻痺投げナイフをドラギュロスに撃ち込む。一本。翼の付け根に刺さる。既に二本撃ち込んでる。あと一本か二本──!

 

「止まれええええええええええええ!!!!」

 

ギュルルララァ!!

 

 翼を振り上げる冥雷竜を迎え撃つように、切り札の一つと言える麻痺投げナイフの残り二本を一気に撃ち込む。これで麻痺しない〈モンスター〉など、それこそ麻痺を扱う〈モンスター〉、例えば『舞雷竜(ベルキュロス)』くらいなもの──

 

「──あ」

 

 ここに来て、次の一撃を喰らえばただでは済まないこの局面で。俺は致命的なミスを犯したことに気付いてしまった。

 そう。ドラギュロスの近縁種である『舞雷竜 ベルキュロス』には()()()()()()()()()()()()()()()。そしてそれは目の前の竜も例外ではなかったのだと、鉤爪に刺さっている何の力も発揮しない麻痺投げナイフが物語っていた。

 

「──」

 

 迫り来る鉤爪がやたらゆっくりに見える。困惑はない。今はそういう事なのだとしか考えれない。

 鉤爪がやがて黒い稲妻を纏い始めた。冥雷の一撃だ。次を喰らえばどうなるやら。さっきのような得体の知れない痙攣が襲うのか。それとも俺の体内の龍力に影響を及ぼし、俺の身体が破裂したりとかするのか。それとも俺の精神を破壊するような作用が発生するのか。いずれにせよただでは済まない。いや、それで済むかすら怪しい。迫り来る力──龍属性エネルギー──は『知性体の血肉を蝕む超即効性ウイルス』、あるいは『龍の殺意が生み出した純殺傷性の龍力の塊』。すなわち『世界を滅ぼす力』と言える代物。そんな物を一度ならず二度までも受ければ──最早未来は見えている。

 

 ああ、ちくしょう。真癒さんに言った夢……叶えたかったな……こんな背中じゃ、安心どころかかえって不安が募るな……

 

 死が、迫る。

 

「雄也ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

「え──がぁっ!?」

 

 瞬間、振り下ろされる鉤爪とは別に、脇腹に衝撃が走り、その勢いのまま吹き飛んだ。それとほぼ同時、黒を纏った鉤爪は積雪の山肌を斬り裂いた。

 

「今の……は」

「……無事……なんだ……ね」

「あ!真癒……さ……ん……?」

 

 突然起きた出来事に身体が置いてかれ掛けたが、聞き慣れた声のおかげで現実に戻れた。

 でも目の前の光景は……俺には現実的とは言えない代物だった。

 

「真癒……さ、ん……まさ、か……」

「ハァ……ハァ……もっと、上手くやりたかったんだけどね……」

「そんな……そんな……!」

 

 彼女の髪や防具の持つ色が、雪にとけ込む白ではなく、赤が、(あか)が、(あか)が、雪に染みて目の前に広がっていた。

 倒れる真癒さんの背中は防具が破けたように露出し、かつて見た水着姿の時のような白ではなく、血と火傷が作る赤黒い荒地が出来ていた。しかも彼女を襲った冥雷は未だにスパークしている。

 

「あ……あ……」

 

 色が消えていく。生きた赤は死した灰に見え、彼女の白は初めから居なかったように雪に融けていくように見えた。

 

ギュルルァァ……!

 

 元凶は何食わぬ顔で倒れた真癒さんを眺めている。邪魔者を一人始末できて満足感を得ているのかもしれない。だが今はそれすらどうでもいい。問題は──コイツガマユサンヲコロソウトシタコトダ。

 

「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

セメテソノツノヘシオッテメンタマクリヌイテヤル!!!!!!

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

 

コワレロ!!!!!クダけロ!!!死ネ!!!!!殺さレろ!!!!

 

「オマエ!!!!オマエェ!!!!コワレロ!!!!!!」

「……雄……也……?」

 

ギュルルァァ………

 

「……ハァ……ハァ……」

 

 ヨウやク、ドラギュロスガ倒レた。角ガ折レて目玉ニ刺さっテる。有言実行……ダな。

 目のアった所から赤い血が流れてる。……赤が分かるってことは……あ、いつの間にか色が見える。

 

──離れろ。

 

「ッ!」

 

 さっきも聴こえた知らない声。だガまだ殺意が退くこトを考えてくれナいせいで、すぐ動けない。

 しかし倒れてるはずのドラギュロスからスパーク音が聴こえる。よく見ると、黒い稲妻と共に先程の戦闘で飛び散った小石や小岩が浮き上がっていた。

 

「……なんだ……これ……」

「雄也!!!!」

「わっ!?」

 

 前方が炸裂すると同時に、後ろ手に引っ張られて倒された。声を聞く限りは真癒さんだが……

 

「……こんな事になる気がして、一応専用の薬は用意してあったんだ……こんなに早く使うとは思わなかったけど」

「……すみません」

「それより……ドラギュロスだよ」

 

 真癒さんの声に応じて前を向くとそこには──

 

ギュゥルルルルルラァァァァァァァァァァァァ!!!!!!

 

 倒れたはずの冥雷竜が、その激しい憤怒を示すように小岩を浮かばせながら雄叫びを上げた。

 

「なんで……こいつ……」

「……『幻の冥雷竜』」

「……え?」

 

 これは後で知った事だが。『冥雷竜 ドラギュロス』、その剛種にして特異個体(ハードコア)の中には極稀に、一度地に伏した後に再び目覚め、覚醒以前を上回る冥雷を振るう個体がいるという。

 その冥雷竜はなんびとたりとも怯ませることは叶わず、命尽きる時までその膝を地に付かせることもできず、ただその冥雷をもって目の前の外敵を蹂躙し尽くす。

 前例は、この目の前の竜を除いて『ただ一度』のみ。故に『幻の冥雷竜』。そして以前はその竜の討伐には『失敗』したという。つまりこいつは──

 

「嘘……なんで……こんな所に……」

「真癒……さん……?」

 

 すぐ隣の彼女は、今までにないほど震えていた。いや、完全に怯えていた。他に言い様がないほど、彼女の顔は恐怖に歪んでいた。

 

「……逃げるよ」

「え?」

 

ギュルルラァァ!!!!

 

 そんな俺たちを逃がすまいと、冥雷竜はレーザービームのような冥雷ブレスを放ってきた。慌ててそのまま横に転がって躱す。

 

「あと二発来るよ!!このまま!!!!」

「はい!!!!」

 

ギュルルァァ!!

 

 その予告通り、更に撃ってきた。しかもかなり正確な狙いだ。

 

「この!!」

「ふん!!」

 

 三発目。スレスレにはなったが何とか躱せた。

 

「モドリ玉!!」

「はい!!」

 

 俺と真癒さんが玉を地面に叩き付けると、緑の煙幕が広がり始めた。この煙は〈モンスター〉の視覚、聴覚、嗅覚の三覚の認識を阻害し、〈モンスター〉から感知されなくなる成分が含まれている。残念ながら触覚まで阻害できないため、どんな形でも触れたりすればこちらの居場所を知られてしまう。『緊急撤退用認識阻害煙幕玉』。通称『モドリ玉』。〈ハンター〉にとっては生き残るための最後の切り札と言えるアイテムだ。

 

ギュルルァァ!!

 

 ドラギュロスの怒れる雄叫びを他所に、俺と真癒さんはこの場所を後にした。




年内はこれが多分最後ですね……良いお年を


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第24話 舞う冥雷(くろ)、零れる鮮血(あか)、沈めし銀世界(しろ)

おはこんばんちは、Gurren-双龍です
新年あけましておめでとうございます。そしてご卒業、ご進学、ご就職おめでとうございます皆様

短編『ECLIPSE BLAZER』を除けば2019年初の投稿になります。本当にお待たせしました


1月19日

 

「……知らねえ天井だぁ……」

 

 このセリフを言う時は、決まって病室のベッドで寝てるものなのだが、俺に限っては、今にも降ってきそうな氷の天井と、空との境目から覗く太陽が見えた。

 

「……スゥ……」

「……あ、真癒さん……」

 

 右肩に重みを感じて振り向くと、そこには真癒さんが俺の肩を枕にして眠る姿があった。そんな俺達の姿は、さながら電車で眠るカップルのようだが、そう思うには血生臭い物が感じられた。

 

「血は止まってる……専用の薬を使ったと言ってたが、効いてるようで良かった……」

 

 真癒さんの背中には、俺を庇ったが為にドラギュロスから受けた大きな生傷が出来ている。翼尾の爪が鎧を砕き、その破片が刺さっただけでなく爪が纏っていた冥雷が彼女の血肉を蝕みかけたが故に、その傷は見るに堪えない物となっていた。

 飲むだけでは効果が見込めないとすら見えたそれは、専用の薬の飲用に加えて『ウチケシ剤』を()()()()()()事で治癒の阻害が解かれ、自然治癒の目処が立っている。事実、眠る前よりは人間の皮膚らしさが戻っている。

 

「……うっ、流石にホットドリンクの効果も切れたか」

 

 末端の冷え込みがより強く感じた。防具を纏うことによってACCデバイスが生命維持装置を起動させてくれるため、凍傷には至ってないが、それでも確かな痺れと痛みがあった。

 

「無駄遣いは出来ない……まずは真癒さん……」

 

 痺れと痛みによって手が震えるが、落とさないよう地面につけて蓋を開ける。両手を使い、ほぼ掴めてないがなんとか真癒さんの口元にホットドリンクを運ぶ。幸い、真癒さんの頭防具(ヘッド)は口元が開いているため、飲み物を飲ませるのに苦労はない。強いて言うなら、俺がちゃんと飲ませられるか、だが。

 

「ん……んぁ……?」

「あ、真癒さ──」

「──へ?」

 

 真癒さんの目覚めについ喜びが現れ、手元が狂う。そしてそのままホットドリンクは彼女の顔面へ──

 

「あ」

 

 真癒さんはその一文字のみ発して、顔面で赤い液とビンを受け止めた。

 

「…………」

「……お、おはようございます、真癒さん」

「……おはよう」

 

 真癒さんの目覚めは、ホットドリンクに含まれる『リュウガラシ』のお陰で、実にホットで刺激的な物だったに違いない。ホットドリンクのそれとは別物の赤が彼女の顔を染めていくのが、その証左だ。

 

「──雄也?」

「イタズラのつもりではない、という遺言だけはどうか残させてください」

 

 空になったホットドリンクのビンが、砕け散りながらガルルガXヘルムを打った。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「……さて、私達の状況を整理しよう」

「……はい」

 

 無事に罰を受け、そして真癒さんの手当をもう一度済ませた俺達は、自分達の状況の整理と確認のために向き合う。確かに数時間前に喧嘩こそしたが、仕事となれば多少はしっかり抑え込む。

 

「現時刻を見るに、私達はどうやら一夜をここで明かしたみたい。幸い、一番冷える場所ではなかったから、思ったよりホットドリンクの効果が伸びてくれたお陰で凍傷の危険性も無し」

 

 タブレットのマップを開いて現在位置を確認しつつ、アイテムポーチの中身を取り出して物資の把握を始める。

 

「物資は……そんなに使う前に撤退したから消費はあまりないです」

「でも奴には……麻痺毒や睡眠毒、それだけじゃなく閃光玉までもが効かないから……実質、使い物になるのは毒投げナイフと各種回復アイテムだけだね……」

「伊達に『剛種』にして『特異個体』ではないですね……」

 

 互いに冷静に情報を読み解いていくこの時間。寝る前は凄まじく気まずくなっていたなど想像もつかない。

 しかしそうなっていたことを忘れたわけじゃない。それは真癒さんも同じのはず。何か、何かそれを話すきっかけは──

 

「聴いてる?雄也?」

「え、あ、はい」

 

 そんな思考を巡らせる俺の沈黙を、真癒さんの小さな疑問が破った。

 

「……『死地』と呼んでも差し支えないこんな所で、そんな様子の君を放っておく訳にはいかない。話して雄也」

「……っ」

 

 思わず引き下がろうとするが、手を掴まれる。しかも更に逃げようとしても岩のように重くて動けない。ただでさえ消耗した真癒さんの身体にこれ以上力を使わせる訳にもいかないので、とりあえず諦めよう。

 

「……俺は、知りたかったんです。真癒さんがそこまで恐れるナニカを。確かに、一度は待とうと思いました。でも……知りたくなったんです」

「そうだね……雄也は、疑問が出たらすぐに聞く子だったね」

「でも、真癒さんは、教えてくれそうにはなかった」

「……うん。あの時は私も、動揺してたからね……雄也は、それがどうしたの?」

「え?」

 

 思わず顔が上がる。もしかして俺は……妙なことを気にしていた……?

 

「私は、勝手に調べたこととかを気にしてたんじゃなくて……伝えることから逃げた自分を責めてただけなんだ……」

「真癒さん……?」

 

 掴む腕が離れた。

 

「……私ね、以前あの竜に会ったことがあるの」

「ってことは……」

「うん。戦って、勝てなかった。撃退自体は成功してたけどね。でも……私にはアイツへの恐怖が焼き付いた」

 

 その手には、肩には、確かに震えが取り憑いていた。

 

「あの傷を見て、私は気付いてたんだ。あれほどの黒い火傷……そんなのあの、『幻の冥雷竜』しかありえないと」

「『幻の冥雷竜』……」

 

 あの場所から逃げる去り際に真癒さんが呟いた竜の名前。

 

「……ドラギュロス剛種の特異個体は、これまでも複数の討伐報告と発見報告があるの。奴はそのイレギュラー……その痛覚を自らの冥雷で焼き殺して荒れ狂う黒い暴風……」

「痛覚を……ってことはもしかして」

()()()()()()()()。尻尾も、出血こそするけど切断出来る気配がない……それどころか、疲労に膝をつく気配すらない」

「そんな……」

 

 絶望をもたらしかねない情報。力の差は歴然。小細工も全くの無意味。その上向こうは一撃決殺はもちろん、生き残っても血肉を蝕み死をもたらす黒雷を常に振るう。……勝機は、ないのか?

 

「……とりあえず、連絡を入れてみる。運が良ければ、陽子が来てくれるかもしれない」

「はい……」

 

 結論として、俺達だけでは狩猟不可能と判断。真癒さんは重傷、俺は実力不足。真治やアニキが来ても、これほどの力の前では恐らく【第一中国地方支部】のメンバーは歯が立たない。

 血肉を蝕む殺意そのもの。それは今まで相対したあらゆる〈モンスター〉を上回る。最早『古龍』の領域。……龍……そういえば、龍属性エネルギーにはもう一つの力があると言っていた。今なら聴けるだろうか。とりあえず聞いてみるか。

 

「真癒さん、龍属性エネルギーのもう一つの性質って──ガッ」

 

 腹部に感じたことの無い重い拳が刺さる。ピントがズレたように視界がぼやける。何とか合わせて拳の主を確認しようとすると、そこには見慣れた白銀があった。

 

「真癒……さ……」

 

 やばい、途切れちま──

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「……ごめんね。でも、もうこれしかないと思うから……」

 

 初めて。初めて人を殴って気絶させた。互いの鎧にヒビは入ってない。上手くやれた。

 

「……毒投げナイフ、借りるね。奴にはよく効くから」

 

 追い剥ぎのように、雄也から投げナイフホルダーを取り外して自分の太ももに巻き付ける。麻痺投げナイフも睡眠投げナイフも置いてきていたので、付ける余白は十二分にある。

 

「毒テングダケは持参したし、何も塗ってない投げナイフもある……毒で削るには十分……」

 

 横抱きで雄也を抱え上げ、雪の少ない、なおかつ起伏の少ない場所に雄也を寝かせる。

 

「……()()()()()()()()()()()()()……」

 

 そんな独白は、誰にも届かず風と消える。さぁ、行こう。実は……ペイントが無くても私には奴が分かる。だから、行こう。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「……やっぱり、まだここにいたんだね……お久しぶり、幻のドラギュロス」

 

ギュルルァ……

 

 地面を後ろに蹴りながら、ドラギュロスは私を威嚇するように吠え立てる。お待たせ。さぁ、始めようか。

 

「そういえば、まだ使ってなかったこのお薬……まさか飲む日が来るなんてね」

 

 ポーチから秘薬とも強走薬とも似つかぬ、如何にも怪しい薬を取り出し、飲み込む。すると力が漲り、感覚が全てクリアになった。なら、やるしかない。

 

「ハッ!!」

 

 天高く双刃を打ち鳴らし、そして地平に沿うように構える。『真・鬼人解放』、発動。今の私なら、薬が切れるまでの間は常に維持出来る自信がある。吹っ飛ばされなければ、の話だが。

 

「多分、黒天白夜は有効打となる属性じゃないけど……きっと倒せる……だって私は……〈龍血者(ドラグーン)〉で、雄也の師匠だから!!」

 

ギュアァァァ!!

 

 高く飛び上がり、さしずめ獲物を狙う猛禽類のように天高く旋回し始める。この技……旋回落雷!!

 

「ここ!!」

 

 全力で走り、落雷をすんでのところで避ける。いくら生物由来とはいえ、電流の回避など常人には不可能──しかし、私は〈龍血者〉。それも、雷鳴を纏いて振るう龍の力の持ち主。()()()()()()()()の落雷の位置くらい、把握出来なくてどうする。

 そしてなにより、奴の冥雷は『純粋な龍属性エネルギー』と言うよりは、『龍属性の力を持った雷』に過ぎない。

 

ギュルルゥアァ……!!

 

 当てられなかった苛立ちを表すように、ドラギュロスが唸り声を上げる。

 

「確か、尻尾が柔らかいんだったよね?」

 

 当然着陸の位置も把握済み。奴の背後を一瞬で取り、高く伸びたドラギュロスの副尾を飛び上がって車輪のように切り付ける。

 

「はぁあぁぁぁぁ!!」

 

 当然それを見逃すドラギュロスでは無い。更に奴は本来のドラギュロスとは比較にならないほど動きが早い。だがそんなことは……()()()に嫌という程思い知っている……!

 

ギュルァ!

 

 軽く飛び上がり、そして三本の尾を地面に叩きつけて放電する。速い。が、当然見切っている。むしろその降りた尻尾が狙い目……!放電し切った尻尾に斬りかかる。

 

「フッ!フッ!ハッ!!セイヤァ!!」

 

 乱舞・改をその三本の尾に叩き込む。旋風まで行きたいが、この竜のスピードの前では、到底そんな暇はない。すぐさまバック宙の要領で後ろに飛び退く。

 

グルルル……ギュア!

 

 こっちを振り向いたドラギュロスは、「これならどうだ」と言わんばかりに、翼爪に冥雷を纏わせ、バックジャンプをする。この技は……三対の交差する冥雷……!流石にこの壁を超えるのはリスクが高い。となれば一つ。距離を取り、まだ使ってなかった毒投げナイフを撃ち込む。ナイフホルダーから四本掴み、三対の冥雷の壁の隙間を縫うようにドラギュロスに向かって投げる。左翼、左翼肩口、折れた角、右翼、命中確認。

 

ギュルルルル……!

 

 今度は滑空。しかし脇がガラ空きだ。きりもみ回転するように脇を通り過ぎ、そしてその回転を利用して奴の翼を斬りつける。

 そして通り過ぎて振り向くように着地したドラギュロスは、またしても当てられなかった屈辱を表すように吠え立てる。

 しかし距離が開きすぎた。投げナイフを使おうにも、毒投げナイフ以外はそもそも置いてきたし、雄也の持ってた他の投げナイフだって嵩張るから持ってこなかった。毒で奴を削ることが一つのダメージソースなため、自由に投げられる投げナイフはもうない。()()()()()をすればこの遠距離も無視した攻撃が出来るが、属性エネルギーの塊をぶつけるそれは、私の黒天白夜の属性と奴の属性を考慮すれば、大したダメージは期待できない。むしろ、それをすることで激しく消耗し、『症状』が悪化する可能性が高いのだから、デメリットが大きすぎる。

 

「……こんなに激しく戦うの、【第一中国地方支部(こっちの方)】に来る前以来だね……こういう時は誠也だったり陽子だったり……あるいは雄也と真治がいたもんね……」

 

 意味もなく双剣を指で回す。悪い癖だ。陽子に以前『物凄く余裕な時か、物凄く追い詰められてる時にだけしてる』と言われたことがある。この状況なら後者……なのだが、何だか心は前者のそれのように思えてくる。さっきの冥雷の一撃で、自分の中のどこかが壊れたか?とつい疑ってしまう。

 

ギュルルァァア!!

 

 冥雷ビームの構えを取ってきた。奴のビームは三連続な上に、『幻の冥雷竜』と呼ばれる奴のそれは、恐ろしい程に高速化している。息付く間もなく、動く他ない。

 

ゴォアァ!

 

「ふぅっ!!」

 

 一発目。ドラギュロスに対し垂直の向きに走りながら、そのままステップを踏み、射線を逃れる。

 

ギュラアア!

 

「こっ……のっ……!」

 

 二発目。同じ向きのまま走って射線から身を外す。

 三発目を放とうとするドラギュロス。しかし今は奴ではなく、目の前に立ちはだかる岩壁に目をやる。当然、このままでは避けきれない。だが侮るな。私は〈龍血者〉、仮にも古龍という超常の力を宿した存在。であれば、飛竜如きに翻弄されたりなどしない。

 

ギュロロルァァ!

 

「はぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 ビームが放たれる直前で、立ちはだかる岩壁を駆け上がりそして──

 

「私はこの時を……待っていたんだぁぁぁぁぁ!!」

 

 左の白い剣、白夜に大量の龍力を注ぎ込む。『白光』、そして『白雷光』よりもより大きく、深く、そして詰めるように──

 

「『龍妃の(ジーク)』……『白翼(リンデ)』……!!」

 

 〈滅龍技(グラム・アーツ)〉、『龍妃の白翼(ジークリンデ)』。純白の雷光で出来た刃は今、奴の首筋を──

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「──はっ!?」

 

 知らない天井……なのは少し前の話だ。ここはさっき真癒さんと寝てた場所だ。あの時俺は……真癒さんとの蟠りを解く機会を探して……情報交換して……援護を呼ぼうとして……そして……

 

「そうだ、真癒さんにいきなり腹パンされたんだ……いねぇ……ってことはまさか!!」

 

 念の為ホットドリンクと強走薬を飲み直して走り始める。また口の中が毒沼みてぇなことになった。

 ACCデバイスには真癒さんの位置情報が載っている。そしてそのアイコンは『Active(戦闘中)』の表記、つまりドラギュロスの元にいるという事だ。

 

「馬鹿野郎……陽子さんを待てばよかったのに……!!」

 

 途中でギアノスやブランゴ共に見つかったが、どうせドラギュロスには効かない閃光玉などを使って無理矢理退け、真癒さんの元へ走る。頼む、間に合ってくれ。全てが手遅れになる前に──!

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「はぁ……はぁ……真癒……さん!!」

 

 ポイント地点近くに辿り着いた。ドラギュロスにいきなり襲われるかもしれないほど大きな声を上げたが、今はそんなとこまで頭は回ってない。むしろ真癒さんを殺させまいとする事しか考えれてない。

 視界は悪い。吹雪いてるせいで真癒さんもドラギュロスも見えづら──いや、ドラギュロスはたてがみが朱く染まっていたからまだ見える方だ。ともかく、白に紛れた白を探す。

 

ギュルルァァア……!

 

「この声は……!」

 

 冥雷竜の呻きが聴こえた。となれば……!

 

「真癒さん……真癒さん……!!」

 

ひ人影が見えてきた。いかにも見慣れた、白に小さな赤と黒の混じった人影だ。

……一つ、違いがあるとすれば──

 

「真癒……さん……?」

 

 ──彼女が手で口を抑えながら、足元に大きな血溜まりを作っていることだろうか。

 

「雄……也……!?」

「真癒さん!!」

 

ギュルルルラララァ……

 

 そしてもう一つ、()()()()()()()ドラギュロスが、痛みに呻いていた。首筋近くから夥しい血を流しながら。

 

「なんだよ……これ……!?」

 

 まだ知る由もない、世界を揺るがす『龍』の力の死闘が、ただただ目の前にあった。




次でドラギュロス戦も大詰めになります


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第25話 勇気はここに黒裂く蒼雷を招く

お待たせしました。いつもより多いけどめっちゃ遅い割には少ないです


ゴォアァ!

 

 傷を負った冥雷竜は、絞り出すように叫び、その場を去った。さっきまで奴の足場だった場所の雪には、夥しい量の血の跡が深く紅く刻まれていた。

 

「真癒さん!!」

 

 危機が一時的にも去ったのだ。ここを逃しはしない。全力疾走ですぐさま真癒さんの元へ駆け寄る。

 

「雄……也……わた、し……」

「真癒さん喋らないで……とにかくここを動きます。流石にこの雪の中では応急処置も出来ませんから」

 

 血反吐を吐いて蹲る彼女を、これ以上吐血しないよう慎重に抱き上げ、容態を確認する。背中がヌルッとした。ということはまた血が出始めたのかもしれない。血涙も出てるし口角から血も垂れてる。当然顔は青い。このままでは死は免れない。

 

「真癒さん……動きます。しっかり気を持ってください……ね!」

 

 なんとか抱え上げ、動き始める。かつて毒を受けた真治を抱え上げる時と違い、何倍も慎重に、緊張しながら運ぶ。しかし動く度に彼女の血が滴る。……どうしたら良いんだろうか……なんにせよ、さっき眠ってたあの場所、とは行かずとも、少しでも安全な場所まで動かなくては。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 さっきの戦場近く。到底奴が入ってこれないであろう洞穴に潜り込んだ。

 

「……出血が酷いな……これは奴から受けた傷と言うよりは……」

 

 まるでパンクしたタイヤのように、中から弾けたようだ。しかも血だけではなく真癒さんが体内で生成する龍力すらも漏れてるようだ。さっきから真癒さんの周りで小さな赤いスパークが起きてる。彼女の龍力が持つ属性エネルギーの影響だろう。

 

「薬は……」

「もう……使い切ってる……」

「真癒さん……起きたんですね」

 

 目を覚ましたよく見聞きした声が聞こえた。彼女は弱々しく俺の手を掴んだ。

 

「……雄也……どうして……」

「貴女からは、必要な時に逃げる術を教えられました。でも、仲間を見捨てることなんか教えられてませんよ」

「……バカ……」

 

 あの時の真治など比較にならないほど弱っていた。脈はあるがいつもと比べれば微弱そのもの。血が足りないのか顔も青い。

 

「……とにかく止血……いや、もう血は止まってるな……早い」

 

 龍属性のダメージがあったとはいえ、一応しっかりした抗体を用いただけあって、回復は始まっている。しかしそれだけでは足りないだろう。既に応援を呼んだが、いつ頃になるか。そして何より、()()()()()()()()()()()()()()。俺のデバイスのレーダーには映ってないが、真癒さんのデバイスには未だしつこく奴の存在を知らせる反応を示している。過去の因縁からして、奴の反応を登録していたのだろう。念の為、俺のデバイスにも後で同期しておこう。

 

「……よし、ほぼ素人の俺に出来るのは、ここまでだ……」

 

 回復薬の飲用はもちろん、傷が空気に触れないように包帯でカバー、そして毛布で彼女の身体を保護、更に凍傷防止のためにホットドリンクを飲み直させた。俺に出来るのはここまでだ。これ以上動かすにも、奴に襲われる可能性が大きい。だからここで置いておく。幸い風が通らないため、無駄に身体を冷やさせることも無い。ポイントも転送している。出来ることはやった。後は──

 

「……やってやるしかないな」

 

 彼女が俺から勝手に盗っていった投げナイフセットを、今度は俺がセットし直す。毒投げナイフ、調合分を含めて残り11本。俺の双剣、メルトブレイヴァーの毒の刃も含めれば毒攻めは余裕以上だ。

 

「……こっち使うか……」

 

 極寒の中、装備を解除する。と言っても自殺行為の為ではなく、装備の入れ替えのためだ。

 この状況、俺が取るべき戦い方は長期戦ではない。俺自身が勝利することだ。となれば単なる毒攻めでは足りない。純粋な攻撃力が、斬れ味が必要なのだ。故に、もう一つ持っているこの装備が必要だ。

 

「……来い!!」

 

 光の粒子が実体となる。

 その姿は、全身を朱い刃で作り上げたような甲冑を着込んだ騎士のようとも思えた。その名は『ギザミZシリーズ』。己が刃に絶大な斬れ味を与え、会心の一撃を振るうための目を覚まさせる朱色の鎧。この騎士の握る刃は、いかなる敵をも切り裂く業物となる。

 

「……調子はいい。双剣も振りやすいし握りやすい」

 

 試しに振るった双剣はいつもより鋭く空気を切った気がした。まあメルトブレイヴァーの刃なので、鋭いと見なすには微妙なとこだが。

 

「雄……也……?」

「それじゃ……行ってきます、真癒さん」

 

 背中を向け、ドラギュロスの反応の位置に向かって歩き出す。振り返った真癒さんが俺に手を伸ばしたように見えたが、構わず俺は歩き出した。もう、恐怖に震えてる場合じゃない。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 まただ。私はまた、自分を傷つけた挙句大事な人を無理矢理前に進ませてしまった。

 違う。私はこんなことをしたいんじゃない。私はこんなことのために突き進もうとしたんじゃない。

 私は……守りたかったのに……結局……守られて……これじゃ……待って……雄也……アロ──

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 奴は思いの外遠くまで行っていた。それどころか人が通るには厳しい道を通る以外は、回り道をするしかない、そんな場所に行っていた。

 故に、考える時間が出来た。もちろんドラギュロスとの戦闘のための算段を立てる為にも使ったが、それ以上に真癒さんのあの謎のダメージが気にかかった。

 

「……そういや、なんで吐血や血涙が……?」

 

 背中は分かる。俺のせいで焼け爛れたし、傷口が開いたのだろう。だが吐血や血涙となれば大きく話は変わる。何せ通常の病ですら、そんな症状の病は滅多にないし、それどころかそんな症状は最早死期を悟るようなレベルの代物だ。だがそういったものは突発的に罹るようなものでは無い。それこそ蝕まれた結果、といった代物であることが多い。

 

「じゃあ……もしかして……」

 

 結論は一つしか思いつかない。だがこれは本人の口か、あるいは主治医に聴く他ない。俺としては嘘だと思いたい……思いたいが……今更目を逸らして逃げ惑うほどガキのつもりもない。

 

「……まあ、なんにせよ狩らなきゃ始まらねえ……」

 

 空気の変化を嫌でも受け止めさせられる。いつの間にか、反応は最高潮に達していた。

 

「来たか!」

 

 咄嗟に抜刀、しかし右手は毒投げナイフを四本構える。ナイフの本数からして、これに加えて俺の双剣の毒を打ち込むべきだろう。単に毒を打ち込む以外に、牽制の役目としても投げナイフは残したい。

 

グルル……

 

 冥雷竜が降りてきた。その姿、周囲に浮かぶ小岩とそれを取り巻く黒雷、いずれも俺に深い恐怖を刻んでいた。でも──

 

「ここで逃げるような男に……なった覚えはねえ!!」

 

 切っ先を向け、高らかに叫んで己を鼓舞する。勝負はここで決める。俺一人にせよ、ギリギリで応援がたどり着くにせよ……もう俺の心は、『不退』の二文字で固まった。俺は負けない……俺は死なない……俺はお前を絶対に狩る……三つ……俺も『覚悟』を決めていくぞ……!!

 

ゴォォォギャァァァ!!!

 

「でぇぇやあぁぁ!!!!」

 

 真・鬼人解放。片手は投げナイフのままだが、その程度の差は誤差にもならない。

 

「まずは!!」

 

 右手に握る投げナイフを振るう。左翼、左翼肩口、折れた角、右翼、全て命中。それを確認して、右手に剣を握り直し、奴に向かって走る。

 剣を交差しつつ、強く踏み込み斬りつける。左で斬り上げ右を斬り下ろし──奴が構えた。その場で力を溜める体勢……小ジャンプ放電か!バック宙の要領で斬りつけつつ距離を開ける。放電を確認、自身の行動のリズムを崩せばこいつには勝てない!!リズムを整えるために刃同士を打ち合わせ、そして先ほどと同じように踏み込みながら交差に斬りつける。

 

「でぇぇやあぁぁ!!!!」

 

 乱舞・改の三連突きを打ち込む。しかし踏み込み斬りまでは行かず再び後退する。奴はかなりの速度で動き回ってる。乱舞旋風は愚か乱舞・改すら全て打ち込むのは不可能だろう。

 

グルル……ギュルルォ!!

 

「そんな分かりやすい動きに!!」

 

 ドラギュロスはその場で飛び上がり、冥雷を纏わせた右翼をそのまま前方に薙ぎ払ってきた。しかし予備動作の大きいこの攻撃は、振るった翼の反対側に回れば脅威ではない。

 だがしかし、動きは単純で大振りなこれは、片翼の羽ばたきのみで滞空して翼を振り抜くその脅威のバランス感覚を大いに示している。それを理解すればするほど、嫌というまでに奴の異常性を思い知らされる。

 

「……化け物だな……!」

 

 そのまま着地する。その隙を突き、左翼側から丁寧に双剣を振り抜く。そして剣を振りながら気が付く。こいつ……そういえば俺が片目を潰してたな……左目が閉じたままだった。

 

「もしかしてこれなら……!」

 

 思い至り、立ち回りの変更を実行する。今までは単に前後に動く一撃離脱戦法(ヒット&アウェイ)。だがもし、この予想が正しければ──!

 

ギュルルァ!!

 

 冥雷ビームが放たれた。いつでも動けるようにしていたので、速い予備動作にも対応できる。放たれる直前で()()()()に走り込む。

 

ギュルルァ!!

 

 いくら左眼が潰れたとて俺がその方向に動いた事まで見落とすほど、奴は間抜けではなかった。故に次弾の射線は、さっきよりも少し左側にズラされた。だが当たりはしない。とうに俺は奴の死角に潜り込んでいるのだから……!!

 

「ここ……!!」

 

 首筋の左側から三連突きを打ち込む。刃の熱は鱗を砕き、毒素は皮を溶かして肉に忍び込む。

 

ギュルルァ!!

 

 当然俺が見えてはいないドラギュロスだが、刃を当てられて気づかないほど愚鈍な訳でもない。しかし冥雷ビームの3発目を既にその口腔に集めていたドラギュロスは、赤黒い一閃で虚空を裂いた。その間に、乱舞・改だけでなく乱舞旋風も振るい切った。上手くいった。160ギリギリな小柄が役に立った気がする。

 すぐさま奴の左翼の前辺りに動く。ここが最も奴の動きを見切りながら死角に潜り込める場所だからだ。

 

ギュルルララァ!!

 

 だがそんな俺を煩わしく感じてか、奴は飛び上がった。空中なら片目でも俺を認識できるからだろう。

 

「って、まさかこれは──!」

 

ゴォォアァァ!!

 

 ドラギュロスが空中で旋回飛行を始めた。行きのヘリコプターの中で見た資料映像にもあった。これは──!!

 

「うおぉぉあぁぁぁ!?」

 

 頭から飛び込むように地に伏せ蹲る。直後、闇色の雷光が周囲に降り注ぐ。ドラギュロスが旋回しながら放電し、落雷のように撃ってきた。直撃は避けられた、が。

 

「いっ……てぇ……!」

 

 その強力な落雷は周囲に広がる、山特有の硬い石のような土や雪を削り、俺に叩きつけてきた。

 

ギュルラァ!

 

「このやろう……!」

 

 ギザミZの鋭利な鎧が飛んできた硬い土や雪を斬り裂いてくれたおかげで、それらの直撃は思いの外軽く済んだが、落雷自体の衝撃波が軽くとはいえ頭を揺らしてきた。それも四方八方からだ。お陰で視界が少しブレてきた。双剣を握る手の力だけ緩んでないのが幸いだが、少し脚もふらついてる。破片が刺さった、などは無いが太ももやふくらはぎが妙に熱い。打ちすぎて腫れて来たか。だがこの程度、まだ動ける。龍力のサポートシステムが強く機能してるため、動くことは出来そうだ。だが奴の攻撃を捌くほどの俊敏性に関しては……自信を持てそうにはない。

 

ギュルルラァ……!

 

 そんな俺を見たドラギュロスは、勝ちを確信したかのようにその場で吠えたて、俺を威嚇してきた。最早俺は、取るに足らない存在のようだ。舐められたものだ……!確かに俺は経験もまだ浅いし真癒さんに比べれば決定打に欠ける。だが……だが……!!

 

「お前にくらい噛みつけるんだよォ!!」

 

ギュルララァ!!

 

 意趣返しの如く噛み付こうとしてきた。が、倒れるように首筋に潜り込んだお陰で冥雷の波動も避けられた。

 そう、首筋だ。そこには見るも無惨な、()()()()()()()()()()が残っていた。言うまでもない、真癒さんによるものだ。それを見た俺はすかさず()()()()()()()()双剣の片割れを突き立てた。

 

ギュラララァァァァァ!!??

 

 痛みに悶え、暴れだした。本来怯むはずのない幻の冥雷竜。しかし同格、あるいはそれ以上を誇る何かしらの力の前では、それは無力。しかし俺にそんな力はない。だが既に傷跡がある。故にそれを利用すれば、焼き切れた痛覚すらも呼び覚ましてこの竜に深い傷を与えられる──!

 

ギュルラララァ!!ギュオオルルララァァァァ!!!!

 

「この……っ、クソっ……!!」

 

 案の定暴れ回る。しかも覚醒してからの高速化した挙動のせいで、揺れた脳が更に揺さぶられる。まずい、剣から手が離れそうだ……!このままだと落ちる……!!

 

ギュララララァァァァ!!!!

 

「うわ……あぁっ……!!」

 

 しかし四方八方の衝撃を受け、更には生物の挙動としては限界を超えた速度で振り回された俺の身体は既に限界に達していた。手が……離れる……!!

 

「ガァッ……!!ハァッ……!!」

 

 ドラギュロスの首元を離れ、思いっきり地面に叩きつけられる。雪のクッションに加えてギザミZの頑強な鎧といえど、振り落とされた速度が速度。到底立てそうにはない。

 

「が……あ……!!」

 

 何とか上体だけでも起こすが、視界はブレまくっており、どこか赤が滲んでるようにも見える。さっきの落下で頭のどこかを切り、その時の血が目に入ったか。

 左手に黒い剣も無く、刺さったまま手を離してしまった事を実感する。

 

ギュララァ!!

 

 声に反応してその方向を見ると、ボヤけてはいるがこちらを向いたドラギュロスがそこにいた。奴は俺を振り落としたことに気付いたようだ。威嚇するように牙を向け、唸り声をあげている。一見、動けなくなった俺を舐めたような行動だが、焼き切れた痛覚ごと身を刻んできた相手に対する殺意と敵意は並ではない。奴の怒りに呼応するように足元の小岩は浮く数を増やし、それどころかその黒雷で自らの鱗を灼き始めてもいた。ヤバい。これは死ぬかもしれない。

 

──右側に少しでも動け

「……はっ!?」

 

 時々聞こえるまたしても現れた正体不明の声に、俺自身の生への執着は不本意ながらも声に従い、倒れ込んででも動く。

 数瞬──

 

ゴォルルララ──

 

「うっさい」

 

ギュルルラァア!?

 

 燃え盛る一条、いや、複数の光がドラギュロスに向かって飛び、俺が剣を突き立てた傷口に突き刺さった。

 

「まさかこれは──うわっ!?」

 

 それを見た瞬間、突然抱き上げられるような感覚に見舞われる。

 

「やれやれ……真癒ですら死にかけた相手によくもまあここまで食らいついたものだ」

「怪我したアタシを抱えて亜種火竜夫妻から逃げ切ったバカですよコイツ。……でもまあ、ここまで足掻くなんて驚きだけど」

「その声……まさか……」

 

 抱き上げられたまま後退し、物陰に隠れた後聴こえた声は、片や聞き慣れた声、片や聞き慣れずとも一瞬で理解させられる猛者の声。

 

真治(まや)……陽子(ようこ)さん……!?」

「待たせたわね、増援よ」

「久しぶりだな。覚えていてくれて嬉しい限りだ」

 

 片や深紅と深碧を抱くライトボウガン『深紅深碧の対弩』を抱えた『アグナXシリーズ』の少女──俺の相棒たる冬雪真治(ふゆきまや)

 もう一人は、防具と呼ぶにはあまりに貧弱さを感じさせる見た目とは裏腹に全てを弾き返さんと言わんばかりの年季を感じさせる『キリンシリーズ』の類……のようだが、かなり違いを感じる。その防具に加え、見たことも無い太刀を背負う……ではなく腰に提げた、真癒さんとほぼ同年齢らしい女性、岸野陽子(きしのようこ)さんだ。

 

「……まさか、またこいつと相見えるとはな」

「……倒せそうですか?」

「絶対倒すさ。それに──」

「陽子さん!ブレスが!!」

 

ギュララァ!!

 

 品定めするような陽子さんに怒りを覚えたのか、それとも過去の因縁を思い出したのか、怯みから立ち直ってこちらを向いたドラギュロスは、陽子さんを見るなりいきなり冥雷ビームを放つ。しかも奴の速度なら陽子さんは──

 

「ふん」

 

 そんな予想を容易く斬り捨てるように、陽子さんは腰に提げた太刀を振るい、そのビームを一撃で斬り裂く。裂けたビームは俺達の後方二箇所を虚しく焼き払った。

 

「……え」

「真癒とて万全ならこれくらいは出来るさ。〈龍血者(ドラグーン)〉とはこういう類の代物だ、覚えておけ」

 

 そう言って、先程一振した美しく輝いた蒼い刀身を持つ太刀を、陽子さんは優雅に納刀した。

 

「とにかく、ここは私が片付けよう。真治、既に真癒は救護班が回収済みだろうが、雄也がボロボロだと思って何人か残してある。連れてってやれ」

「はい!」

「陽子さん……アイツは……!」

「気持ちは分かるが──私とてアイツを切り刻まねば気が済まん」

 

 真癒さんとは違う、蒼白いスパークが発生する。それと同時に、ドラギュロスのモノすら赤子と感じる殺気が、辺りを席巻していく。

 

「行け」

「雄也」

「……はい」

「なに、任せておけ。『須佐能乎姫(スサノオひめ)』の二つ名、伊達ではないとご覧に入れてやろう」

 

 前口上のような呟きと共に、陽子さんは風と化したかの如くスピードでドラギュロスの背後に周り、尻尾に居合一太刀を浴びせた。それを薙ぎ払うように再び冥雷ビームを放つが、三発全て斬り裂いた後に真癒さんの作った大傷に再び居合一太刀を乗せる。納刀と抜刀が、最早雷光と呼ぶ他ない速度で入れ代わりながら戦闘が繰り広げられている

 

「行くわよ雄也。ここにいても、アタシ達には何も出来ない」

「……分かった」

 

 瞬間、何とか姿勢を保っていた身体は全て崩れ去り、思いっきり倒れ込んだ。流石に……限界か……

 

「雄也!!雄也……あぁーもう……やっぱりか……」

 

 真治の愚痴る声を聞き流しながら、俺はそのまま眠った。




来月投稿は少し短い……かも

人龍問答や或守ファミリアも少し手を加えたりするかも……?


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第26話 最終カウントの幕開け

感想を受止め、自分なりに今後のためにと戦闘シーンを書き直した形です。
納得してもらえるかは分かりませんが、少なくとも、感情はこうでした


ギュルララララァ……!

 

「……三年……いや、正確には二年半ぶりだったか?」

 

 腰に携えた愛刀──『幻雷刀【聳狐】』の鯉口を切りながら、眼前の仇敵を睨む。二年半前、真癒はとある〈モンスター〉との戦いで重傷を負い、そして──

 

「ようやく会えたな……最早逃がさん。良い吹雪だ、貴様に断末魔を上げる権利すら、この轟音はかき消してくれよう」

 

 姿勢を低くする。私にとって必殺を振るうには最高のポジションだ。

 

「だがただでは殺さん。貴様には──」

 

 最速で踏み込む。左手で鞘を抑え、右手は柄を掴む。

 

「あの日からの怒りを全て、私からこの一刀でくれてやる!!!!」

 

ギュラララァァァァァァァ!!!!!!

 

 ドラギュロスが咆哮を上げる。私の殺気を前に、ついに害敵と認めたようだ。そうでなくては困る。貴様には恐怖と苦痛に心を歪ませてもらわねば困るでな──!

 

「──フゥッ!」

 

 踏み込んだ足で駆け抜け、ドラギュロスの右側を通りながら背後に回る。奴の部位で最も刃が通るのは、尻尾とその隣から伸びる二本の副尾。真正面から相手する必要はない!

 

「断ち切れぬとしても!!」

 

ギュルロルラァ!?

 

(──何?)

 

 居合一閃。背後に回り込むことで奴の尻尾を確実に刃の芯で捉えた。そして驚くことに、奴は()()()()()()()()。その冥雷で痛覚すら焼き殺してしまったが故に、あらゆる攻撃でも怯むことすらしなかったあの幻の冥雷竜が。とうとう制御すらままならぬら冥雷が痛覚すら起こしたか、あるいは()()()()()が与えた首の傷のおかげか。どちらにせよこれは好機。怯むに足る一撃を浴びせれば奴の隙を更に作り出せるということだ。ならば──!

 

「その傷……貰った!!」

 

 即座に納刀、振り向く前に頭部にこの切っ先を叩きつけんがために刀の柄を撫でる。しかし奴の危険察知、伊達にあの日の私達から逃げ仰せた訳では無いようで、これは外れると直感させられた。

 

ギュルラァ!!

 

 即座にその場から浮き上がり、私の刃を掻い潜ってきた。更に高く飛び上がりながら旋回している。いかん、旋回落雷か!だが──!

 

「たかだかこの程度は!!」

 

 私は『幻獣 キリン』の〈龍血者(ドラグーン)〉。落雷を視認するなど造作もない──!

 

「フッッ!!ハッッッ!!タァァッッ!!!!」

 

 振ってくる雷光をその一太刀一太刀で撃ち落としながら、程よくステップを踏んで動き、奴の降下地点に狙いを定める。今の私の位置から左な斜め後ろ!平晴眼に構え、最速の一歩でその首を──!

 

「貰った!!!!」

 

グギュルルララルラァ!!??

 

 血の色だけではない、赤黒く滲んだ奴の首元に青い刀身を一閃。最早叫び声にもなってない情けない声を上げながら、今にものたうち回りそうな勢いで仰け反る。やはり。これは真癒の【黒天白夜】が付けた巨大な刀傷。それも、今の真癒に出来る最大限の無茶(グラム・アーツ)によるものだろう。

 

「真癒……」

 

 「ここまでさせてしまった」という自責の念と、「ここまでしてくれてありがとう」という感謝の念が湧く。お陰で──

 

ギュルララァ!!!!

 

 横っ飛びしながら叩きつけてきた翼爪を、(しのぎ)で弾いて()()()ながら、こちらも横に飛ぶ。私がさっき立っていた位置には、冥雷を放つ鉤爪が鋭く重く刺さっていた。衝撃波もバカにはならんだろう。だがその重みに、今更恐怖などしない。

 

「お陰で……奴を殺し切れる……!!」

 

 私と鉤爪の間に薄く張られた、黒い壁。これで奴の衝撃を殺した。黒い粒が密集して生まれたような構造となっており、まるで砂のよう。

 

「……これを覚えたのは、この日のため……今ならそう思えてくるよ……『ラコル』」

 

 使い方を教えてくれた友人への感謝は尽きない。彼女なくしてこの力──私の電気を利用して磁力を使い、『砂鉄』を操る力を手にすることは出来なかっただろう。それも、ただ操るではなく、『超振動』をさせて殺傷力を高めて操作するほどのレベルともなれば──!!

 

「来るがいい……貴様の雷鳴、その尽くを斬り裂いてやろう!!」

 

ギュルルロラララァァァァ!!!!

 

 こちらに向き直り、冥雷ビームのブレスを放ってきた。だが今更そんなもの──

 

「私に当たると思ったかッッッッ!!!!!!!」

 

 一閃。黒い奔流は、蒼雷を纏った刀身をもって斬り裂かれる。しかし二射・三射も忘れてはいない。それらを一刀一刀、丁寧に斬り潰す。同時に砂鉄を左右から操り、奴の顔面に切り傷を付けていく。そして撃ち終えた隙は逃さない。夥しい量の砂鉄を連れて、奴の首元を狙って一歩、踏み込む──!

 

「そこ──ガッ!?」

 

 最速の踏み込みで距離を詰めると同時、薙ぎ払う一撃に吹き飛ばされる。反射的にした砂鉄のガードは間に合ったが、流石に着地まではカバー出来ない。ブリッツFXだからこそ怪我はないが。

 

「迂闊だな……尻尾の振り回し如きに当たるなど」

 

 怒りがこみ上げてくる。何も変わってない。イケそうなタイミングで突っ込んで、最悪のミスを犯した、あの日から──

 

『喰ら──ガァッ!?』

『陽子!!』

 

『真……癒……?』

『良かった……怪我はな、い……?』

『真癒……真癒!!??』

 

「──もういい、終わらせてやる」

 

 親指の腹を噛みちぎり、流れた血を啜り、飲み込む。途端、私の内から雷光が溢れ出す。私の様子に、流石のドラギュロスも様子見をしている。

 〈龍血活性(ブラッド・アップ)〉。自身の血液を摂取し、自身の龍力を最大限に引き出すための、〈龍血者〉の切り札。故に、私の雷光も砂鉄も、最大限の性能を振るう。

 

「三回。貴様はもう、あと三回で葬ってやろう」

 

 愛刀の柄を撫でるように右手を添える。全て居合。それをもって、この狩りを終わらせる。呼吸を整える。向こうも私の動きを睨みながら伺っている。ようやく自分を『蟻を潰す象』ではなく『雀蜂に襲われている羆』であると、理解したようだな?

 

「──なら、行くぞ」

 

ギュルラァ!!

 

 冥雷ビームのブレス。砂鉄の壁で無理やり逸らす。全体の四割がここで焼け溶けた。問題なし。

 

「貴様さえいなければ──」

 

 〈破龍技(ジーク・アーツ)〉の『雷電』。奴のまだ潰れていない方の眼球を斬り裂く。

 

ギュルロルラルラァァァ!!??

 

 痛みに耐えかね飛び上がりながら翼爪を振り回す。今更こんな悪あがきに当たりはしない。次は──

 

「真癒は……!!」

 

 〈破龍技〉の『鳴神』。奴の右翼の根元に、砂鉄共々刀身を添えて──

 

グギュルロレロラルラァァ!!??

 

 翼をもがれた冥雷竜は地に落ち、最早混乱しきって意味不明な声を上げている。無様な事だ。終わらせてやろう。

 

()()()はッッッッ!!!!!!!」

 

 『雷切』。私に撃てる、最大火力の〈破龍技〉。

 

──ッ

 

 音すら鳴らぬ断末魔と共に、竜はその首を冥府へと落とした。

 

「……」

 

 納刀。切り落とした竜の首に近付く。それは、今にも動き出しそうな生々しさを感じさせると同時に、最早動くことは無いだろうという確信を持たせてくれる。

 

「……」

 

 この竜が現れてからの日々を思い出す。真癒は傷付き、しかも元々決まっていた仲間達の異動が重なったことで彼女を癒せる者は誰一人として居なかった。それ故に荒れた。私も、真癒も──

 

「……!」

 

 脚が上がる。真下には丁度、転がった生首が落ちている。それを──

 

「──私だ、岸野陽子だ。片付いた。亡骸は適当に回収しろ。私は勝手に戻る」

 

 触れることなく、地面を砕きながら、事務的行動を済ませた。

 

「……私も、まだ死者の尊厳を踏みにじるほど落ちてはいないようだ……」

 

 ドラギュロスから目を逸らす。それで今気付いたが、視界が半分赤い。力を使いすぎて血涙が出たか。

 

「……頼むぞ、凪咲(なぎさ)

 

 血涙を拭って、その場を離れた。残ったものは、何も無かった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

1月20日 未明

 

「……真治(まや)か?」

「おそようさん。痛む箇所はない?」

「特にはない」

 

 目が覚めた。ベッドではなくソファーに寝かされていた。しかし見覚えがあるような無い場所な気がする。

 

「……ここは?」

「アンタとお姉ちゃんが拠点にしてたスキー場の休憩所よ。お姉ちゃんは医務室。どうやら関東支部に居るはずの主治医まで来てるみたいよ」

「そうか……主治医の先生まで……」

 

 頭に乗せられていた、温められていたであろう冷めたタオルを取りながら上体を起こす。確かにここはスキー場の休憩所だ。視界の奥に荷物整理をするために入ったフードコートエリアの入り口が見える。

 

「……真癒さんは?」

「お姉ちゃんならそこの医務室で手術中よ。まさかこんな医療機関でもない所でするなんて正気じゃないけど、それだと……」

「そうか……急を要する事態だったんだな」

 

 かかっていた毛布を置いてソファーに座る形で起き上がる。視界のぼやけは無いが、まだ少し頭がぼーっとする。やはり軽く脳震盪の類でも起こしてたか?

 

「アンタも本調子ではないみたいね……まあ、無理もないけど。よく生き残ってたわね」

「……それは真癒さんに言ってくれ……」

「全くだね。よく生きてたよ真癒は」

「「っ!」」

 

 振り向くとそこには、栗色の長髪をポニーテールに纏めた、白衣を羽織った小柄な女性が立っていた。

 

「……貴女は?」

「この人がお姉ちゃんの主治医の先生よ 」

「そうそう、『篝火 凪咲(かがりび なぎさ)』。気が向いたら覚えてねー……ふぅ……」

 

 ソファーの空いてる方である俺の隣に深く座り込み、白衣のポケットから缶コーヒーを取り出す。青い山岳が特徴的なアイツだ。

 

「グクッ……ゴクッ……グッ……」

「あの、凪咲さん……聴いても、良いですか?」

「ぷっはぁ……生きてるよ。何とかね」

「そっか……良かった……」

 

 耐えかねた真治が急ぐように尋ねた問いに、質問内容も聞かずにさっさと答えてしまった。まあ内容なんてこの状況じゃ聞かずとも一つしか無いだろうしな。

 

「でもぶっちゃけ、ほぼアウト。なんで即死じゃないのか不思議なくらい」

「ッ……!!」

「〈龍血者〉なんだ。ちょっとやそっとの事で簡単に不死身じみた生存能力を発揮してしまうものだろ?私達は」

「陽子さん……」

 

 声の方を振り返ると、狩場でも見た青いポニーテールを持つ長身の女性が歩いてきた。

 

「おかえり。随分速いね……それと、ありがとう」

「私は好きよなようにしただけさ。それに、礼を言うならこちらの方だ……さて、詳細は?」

「そうだね。じゃ、場所を変えようか」

「ここでいい。……二人もいい加減知るべきことだからな」

「は?何言って……待ってまさか」

 

 信じられないような物でも見るような表情で、言葉を返す篝火さん。どういうことだ?

 

「あぁ、真癒は二人に話していない。ずっと心配させまいと黙っていたようだ」

「ッ……!何やってんだよバカ真癒……!!」

 

 歯を食いしばりながら壁を殴る篝火さん。しかし俺と真治は蚊帳の外。二人が何を話しているのかまるで意味が分からん。

 

「分かった……まず二人に何が起きているのかから話そうか。でもその前に……聴衆はもう一人いるね」

 

 白衣の内ポケットから大型タブレットを取り出し、操作してから俺達の方向に向けた。

 

『……聴こえるかの?』

「お久しぶりー、冬雪支部長。聴こえてるよー」

「し、支部長!?」

「おじ、じゃなかった!支部長……お疲れ様です!」

 

 慌てて立ち上がり、気をつけの姿勢で支部長に向き直す。

 

『うむ。その様子だと皆無事のようじゃな?真癒もかの?』

「もちろん。私が間に合っておいて死なせるわけがない」

『それは何よりじゃ……おっと……凪咲君のことをワシからも紹介しておこうかの。この子は【関東支部】の『龍技課』課長にして真癒の主治医、篝火凪咲君じゃ』

「『龍技課』課長……!」

 

 サラッと彼女が最前線の技術を支える凄い人だと知らされる。……とてもそうは見えないが。

 

「そんな偉いわけじゃないよ。好きなようにさせてくれるのはありがたいけど」

『さて、凪咲君よりも先に、今回の任務(クエスト)の報告をくれんか、上田雄也』

 

 今度は俺の方に視線が向く。しかし心做しか、いつもより支部長の表情は厳しい。孫の大怪我だから無理もないとは思うが……何故かそれだけじゃないモノを感じる。

 

「は、はい。『冥雷竜 ドラギュロス』剛種特異個体の狩猟、応援部隊のお陰で全員帰還、討伐も完了した模様です。ただ……」

『ただ?』

「相手が、『幻の冥雷竜』と呼ばれる個体であった、らしいです」

『……そうか、道理で……ご苦労……さて、凪咲君』

「はーい」

 

 別のタブレットを取り出し、操作してから再び支部長に向き直る。

 

『……ッ!』

「さて、私は彼らにこの事の説明をしますねー」

「……あの……全く話が見えないんですけど……」

「何故、真癒の傷があんな異様な代物だったか想像つく?」

 

 タブレットを置き、篝火さんが席を立つ。俺と真治の周りを、円を描くように歩き始めた。

 

「それは……流石に分かりません……」

「上田雄也君、冬雪真治君。君達は、『龍属性』をどれほど知っている?」

「『龍属性』って……何?」

「なるほど、真治君は知らない、と。でも上田雄也君、君は違うようだね?」

「……!」

 

 蛇に睨まれた蛙とはまさにこれなのだろう。どこかニヤついていながらもその目は全く笑いがない。これが彼女の平常運転に近いのか……?

 

「さて、君が読んだ資料に言わせれば龍属性エネルギーとは、『知性体の血肉を蝕む速効性ウイルス』、あるいは『龍の殺意が生み出した純殺傷性の龍力の塊』だったね」

「はい……」

 

 俺が読んだあの資料を、またあの白衣の中から取り出した。

 

「だがこれらはどちらも違うよ。いや、違いはしない。ここに書いてある記述通りのような現象は起きている。でも本質じゃない」

「本質……?」

 

 資料の束を叩きながら、語りは続く。その目は益々、俺の奥底を覗き込むようだった。

 

「上田雄也君……実はね、真癒は本質を知っているのだよ……それだけではない、と」

「ッ!……は、はい」

「正確には、『それだけではない』じゃなくて『その程度ではない』と言うべきではあったが……確かにあるのさ、その正体が」

「……待って、お姉ちゃんのそれと龍属性エネルギーに何の関係が……」

「真癒の双剣、【黒天白夜】の片割れは龍属性エネルギーを持つ。身近にあるんだよ、その力はね」

 

 それを聞いて言葉に詰まってしまう真治。俺ももう言葉の出しようがない。

 

「世界を滅ぼす力……真癒が言っていたよ……君も言ってたそうだね?彼女が君からその思いが伝わってきたと言ってたよ」

「……」

「いい加減結論を述べよう。龍属性エネルギーとはね……『マイナスの性質の龍力』なのさ」

「……マイナス?」

 

 予想していたよりも、どこかチープというか、弱い感じのある本質だった。だが……ナニカ引っかかる。

 

「……本来、龍力とは思い通りの力を発揮するモノさ……だが龍属性エネルギーだけは……違った」

 

 歩みを止めた。まるで食いしばるように……

 

「奴は尽くの現象に、まるでマイナスの掛け算のように全てを……『反転』させていたんだ……」

「それが……どういう……」

「その反転対象はね……『生』と『死』にすら及ぶんだ」

「──え」

 

 あたまがまっしろになった。

 

「『生命』は『絶命』し、『固体』は『融解』し、『正常』は『異常』と化す……覚えはないかい?例えば……妙に液体が固まってたり」

「……ハッ!」

 

 ドラギュロスの噛みつきの波動で付いた唾液は、確かに俺の双剣にへばりつき、斬れるどころか炎や毒素すら出てこれなくなっていた。

 

「そう……そしてここからが本題……真癒の状態、それは……」

「『反転』の性質が、真癒さんの身体に……!?」

「惜しいね。正確には彼女の龍力に起きたのさ……彼女の病は……」

「え?」

 

 再びソファーのタブレットを取り出し、操作して俺達にある画面を見せる。

 

「『体内龍力の機能』……?」

「私の父──研究者『篝火 波桜(かがりび なみお)』の論文さ。曰く『龍力は体内において、肉体の恒常性に強く働き掛け、宿主を強くする性質がある』とさ。だから傷は自然治癒しまくるし、病気もしない……まあ体力が落ちればなり得るけどね」

「とにかく、私達〈龍血者〉はその機能によって、風邪なんか引きゃしないし怪我してもすぐ治ってくれるんだ。だが……」

「そう、一つだけ例外があった。それが龍属性エネルギー……反転さ」

 

 今度は真癒さんの状態を示す画面に切り替わった。

 

「実は元々ね……真癒の力は非〈龍血者〉のハンターに毛が生えた程度の力しかないんだよ……でもさっきまで幻の冥雷竜と互角以上の戦いを演じてみせた……何故だと思う?」

「……まさか……」

「そう、『反転』したのだ。まず保有する龍力の量、続いて放出量。これのお陰で、真癒は私に匹敵するほどの力を得た」

「でも、それだけなら……まさか……」

「そう、そして……龍力の『肉体を保持する力』すらも、反転したのだ……!」

「そんな……!」

 

 彼女の言葉の意味するところ……つまりそれは……

 

「つまり真癒はね……最強クラスの〈龍血者〉となる代償に、力を使いすぎる度に龍力に肉体を蝕まれる病となったんだ」

「前者は副次効果に過ぎないけど……この病の名は……〈絶龍症(ぜつりゅうしょう)〉」

「〈絶龍症〉……」

「そんな、お姉ちゃん……ずっと黙ってて……」

 

 俺も真治も項垂れる。衝撃の新事実、としか言い様のないこれを、受け止めるので精一杯になってる。

 

「そして本題その二。なんで真癒の傷があぁなっていたか」

「そうだった、私はそこを聞くつもりだったのだ。……凪咲」

「ただでさえ奴の冥雷を纏った一撃を貰ったのを、特効薬で無理矢理回復させた身体……『龍活剤』使った挙句〈滅龍技(グラム・アーツ)〉まで使ったら、そりゃ肉体が限界にも達するってものさ」

「真癒め……馬鹿なことを……!」

 

 耳馴染みのない単語がいくつか出たが、要は『しちゃいけない無茶をした』って事か……

 

『……そろそろワシからも良いかの?』

「支部長……」

『うむ。ワシからもまだ話がある……今後の真癒の処遇についてじゃ』

「え?それは……支部長が決めることでは……」

『その通りじゃ……じゃが……』

 

 支部長すらも少し俯いた。きっとその先の言葉は、どれほど重いのか……

 

『真癒の今後を決めるには……ワシだと余りにも……私情が挟まる』

「それは……俺達もじゃないですか……!」

『後ろでふんぞり返るだけのクソジジイ如きにッッッッ!!!!!!可愛い一人の孫をこれ以上死に向かわせることなど決められるかッッッッ!!!!!!』

「ッ……!」

『じゃが真癒は〈龍血者〉……人類にとって貴重な戦力……故に……そう易々と辞めさせられぬのじゃ……ふざけおって…………ッッッッ!!!!』

 

 その声は今まで聞いたどんな言葉よりも深く重く、響き渡った。

 

「……真癒の余命は……一ヶ月に二回の戦闘があり、そして〈破龍技〉を月に一度だけ放ったという仮定の場合……」

『もって……三ヶ月じゃ』

「……っ」

『そして真癒は……もう託す事を覚悟しておる……だから……託す相手であるお主達にこそ……決めて欲しいのじゃ……!!』

 

 顔こそ隠してるが、その雰囲気からして、もう泣いてることや食いしばるような表情をしてる事は隠しきれていない。

 

「……真治……」

「……アタシの答えなんて決まり切ってる……アンタは、どうなの?」

「俺、は……」

 

 真癒さんと出会い、〈ハンター〉になり、そして弟子入りした時のことを思い出す。

 リオレウスに追われていたところを助けられ、両親と喧嘩してでも〈ハンター〉の世界に入った俺をサポートしてくれ、強くなりたいと思う俺の師匠になり、戦いの中で『生き物を殺戮する』という最も毛嫌いしている行為をしている自分との矛盾に一つの導きをくれて……そして今日に至るまで、真癒さんはずっと俺を助けてくれた。

 しかしここで真実を告げられて、一つ気がかりなことがある。それは──

 

「真癒さんは……いつから……?」

「……そうだね、そこも知る必要があるね」

「私から話そう……真癒があのドラギュロスと戦った時……お前と出会う半年以上前になるな……」

「そんな……」

 

 つまり真癒さんは、三年半くらいも前からあの病に……?

 

「話さなかった以上、一度もそんな素振りは見せなかったんだろうね……意地っ張り真癒め……無茶なことを……」

 

 ……ここで整理しよう。真癒さんは死に到りうる病に罹っている。そして篝火さん達の、苦しむ真癒さんへの対応を見るに、恐らく治療方法は確立されておらず、治せる病ではない。そして彼女は、少なくとも三年半くらい前からこの病に罹っている。更に言えば長くはない。

 

「篝火さん……一切この先戦わなければ……いつまで生きられますか?」

「……君達が中学校卒業前後まではもつと思うよ。加えて、【関東支部(こっち)】にある医療用ポッドの中で液体漬けにするなら、君達が成人するまでは生きられる」

「陽子さん……真癒さんは、どうしたがると思いますか?」

「……いざと言うときには、動こうとするだろうな。死ぬとわかってても」

「……」

 

 予想通りの答えが返ってきた。だったら……もう答えは決まった。

 

「……俺も戦わせたくないです。でも……『上』がそれを許さないと言うなら……」

 

 作戦用に用いられるタブレットを取り出し、【ハンドルマ】の『狩人療養規則一覧』のページを出す。

 

「……これです、『無期限療養権』。『甚大な損傷を受けた〈ハンター〉は、治療の目処が立つまで戦闘を行ってはならない。ただし、人類の存続に関わりうる危機に対しては上記の制限を緊急解除する』……これなら、貴重な戦力は緊急時には使える、と言うことになります。でもそうでも無い時は、ちゃんと休ませられます」

 

 陽子さんや篝火さんなら、当然この考えに至ってるとは思う。でも俺の意思はハッキリ伝えなくてはならない。

 

「そうだな……以前これを適用させようとした時、『上』が突っぱねてきたが……今ほどの状態となれば、流石に受け入れざるを得まい……最高戦力の一角たる私からも、嘆願書を出すことにしよう」

『すまぬな……辺境の支部長如きでは『上』の圧力を突っぱねて療養を獲得出来ぬのだ……』

「俺達みんな……真癒さんを死なせたくないですから……」

 

 支部長は心底安心した様子だ。自分以外に救おうとしてくれる手が、それほど嬉しかったのだろう。

 

「私からも嘆願書を出すかな。余り書きたくないけど……『生きた絶龍症患者のサンプル確認』って名目を使うよ。……書いてて破り捨てないよう気を付けよ」

「……では、私と凪咲は、真癒を連れて【関東支部】に向かうとするよ。しっかりとした環境で真癒を整えるためにな」

「だねー。それじゃ、二人も早く帰って休みなよ?」

「「はい」」

『では、ワシもすぐにそちらに迎えを出そう。【関東支部】のヘリも今そちらに向かってる』

「「了解」」

 

 そこでタブレットの支部長との通信が切れる。タブレットをしまい、篝火さんがじゃ、とだけ言って二人はその場を去っていった。

 

「……俺達も、帰り支度をするか」

「えぇ……報告書、アタシがやっとくわね。アンタは、疲れてるでしょうし」

「いいよ……お前は増援で俺は本隊。それぞれのがいるだろうしな……」

「……そう……ねえ、雄也」

「なんだ……?」

 

 真治の方を向くと、両手を包むように握られた。それは、いつかの真癒さんのような──

 

「アタシは……アンタがお姉ちゃんを止められてたら、なんて思わない……だから、自分を責めたりは、しないで……」

「……真治……?」

 

 いつもと違う、らしくなく俯いて絞り出すような言葉だった。しかもよりによって、大事で大好きな姉を失いそうになった真治からのそれだから、驚きは止まらない。

 

「ど、どうしたんだよ……いつもなら『アンタが気絶してなければもうちょっとマシになってる』とか、分かってても言ってくるじゃねえか……なのに……どうしたんだよ……」

「どうしたもこうしたも……アンタ、ずっと握り拳じゃない……血が……」

「……え?」

 

 真治に手を離してもらって確認すると、そこにはいつかの琵琶湖での話の時よりもどくどくと血を流す俺の掌があった。

 

「無意識にずっとそこまでしてる奴に……何を言えってのよ……!」

「き、気にすんなよ……俺だって〈ハンター〉だ。このくらいの傷は──」

「傷の深さなんか問題じゃないの!!」

 

 俯いたまま、しかしいつもより激情の篭った声だった。心做しか、煌めきが飛び散ったように見えた。

 

「確かに……アンタの間抜けが原因かもしれない……でも、結局は傷を負った本人の責任……この業界はそうでしょ……?」

「で、でも……」

「だからお願い……アンタは、お姉ちゃんにとってもらアタシにとっても、みんなにとっても、大事な……」

「わ、分かった……気を付ける……いくらミスしても、もうちょっと自分を大事にしろってことだな!?わ、分かった」

 

 思わず、その手を振りほどく。いつもと違うしおらしすぎる真治のその様に、耐えられなくなりそうだった。

 

「て、手当は自分でやるよ。自分の傷は自分の責任だろ!?」

「……うん……そうね……何かあったら、言いなさいよ……?」

「わ、分かってるって」

 

 じゃ、とだけ言って真治もその場を去っていった。さっきまで何人もいたソファー周りは、俺だけになった。

 

「な、なんだったんだよ……」

 

 最後まで、分からない……でも……なんか……痛かった……傷なんか、屁でもないくらいに……

 

「聞けば、良かったのかな……ナルガクルガの時みたいに……」

 

 なおも成長しない自分が嫌になる。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「……アタシ、どうしたらいいのかな……」

 

 魘されていた。お姉ちゃんの元に行かせてもらえなかったのもあるけど、だから離れられなかった。思わず眠るその手を握ってた。そうしないときっと、握った拳の強さで、自分を傷付けそうだから。でも目を覚ましたあいつは、やっぱりその拳で……傷ついた。

 

「臆病だなアタシ……目覚めたアイツに、何もしてあげられない……」

 

 嫌になる。そんな自分が心の底から。友達を、仲間を、思い切って助けてあげられない。

 

「助けてよ……アタシ……」

 

 

◆◇◆◇◆

 

1月21日

 

「……届け物?俺に?」

 

 いつものように朝飯を食いに行くと、受付さんから包みを渡された。とりあえず腹は減っていたので、飯を食ってから部屋に持ち帰った。

 

「……何なんだろうか……届け先は……【関東支部】?」

 

 しかし心当たりは全くない。陽子さん?篝火さん?それとも……昂助……?いや、真癒さんの可能性もあるな。とにかく開けてみよう。

 

「これは、腕時計……いや、これは……ACC(アームドカスタマーコンパクト)デバイス……!?」

 

 しかも、かなり俺の好みにピンとくるデザインだった。ゴツ過ぎず、しかし薄っぺらくもない、実用的な感じと少しオシャレをした感じがそこにあった。

 しかし起動はしない。流石に何も繋いでないのに起動はしてくれ無さそうだ。後でACデバイスのとこに持っていこう。

 

「ん?なんか落ちた」

 

 デバイスを取り出すと、紙のようなものが落ちた。よく見ると封筒に包まれてる。

 

「手紙……?誰から……?」

 

 二枚入ってた。一つは茶色い紙で、篝火さんから。もう一枚は白い紙で、真癒さんからのようだ。なんだろ?まずは篝火さんから。

 

「なになに……?」

『やあ上田雄也君。あれから調子はどうだい?問題なければそれでよし。さて、今回これを送ったのは他でもない……まあこれは真癒が伝えるだろう。これは君用の新規のACCデバイスだ。多機能かつ丈夫に仕上げた。そして君好みであろうデザイン……しっかり仕上げた。大事に使ってくれたまえ。

P.S.もし、龍力絡みで色んな疑問があれば、いくらでも私に聞いてくれたまえ。知識欲のある者を、私は拒まない』

「なるほど、新型か……へぇ……そういや真癒さんもか……何が書いてるかな……」

 

 もう一枚に取り替えて読む。

 

『雄也、14歳のお誕生日おめでとう。任務中に誕生日を迎えそうかな、と思ってたけど……何とか休みの時に迎えられて良かったです。去年は言えなかったから、何とか雪辱を果たせました。

さて、今回お手紙を書いたのは、お祝いの言葉だけじゃなく、一緒に送った物のこともなの。それは私が凪咲に頼んで仕上げてもらった新型のデバイス。私からの誕生日プレゼントです。雄也のデバイス、いい加減ボロボロだったからね。良いものとなら戦う時も少しは気分が良くなるかな、と思って贈りました。

これと一緒に、どんどん強くなってね。そして……いつか私と、一緒に強敵と戦おうね。雄也と一緒に並び立つ日が、楽しみです

P.S.二月になるまでに帰れそうです。またしっかり修行付けてあげるね』

 

 手紙の内容は、ただただ……ちっぽけな、切なる願いと、優しさが綴られていた。それを分かってしまった俺は──

 

「グッ……う、あっ……」

 

 手紙を涙で、濡らしていた。

 

「ごめん……なさい……真癒、さん……!!」

 

 1月21日。この日は、俺の誕生日であり、憧れの英雄〈滅龍剣皇(ジークフリート)〉こと『ジグリード=クライン』がKIAとなった日、そして──

 

「もう、貴女と狩りには……行けない……!」

 

 真癒さんに『無期限療養』が課せられる事が、本人に通達される日であった。




最新話はまだまだお待ちください

捕捉
・ドラギュロスの怯み
幻の冥雷竜。これは溢れる冥雷で自身の痛覚すらも焼いてしまったことにより、痛みを感じず怯むことを失った存在である。しかし今回、怯んでしまった。要因は一つ。真癒の双剣、【黒天白夜】の龍属性の反転作用が働いた為である。このため、ドラギュロスは陽子の一太刀に大きく仰け反った。

・〈龍血活性(ブラッド・アップ)
自身の血液を摂取することで自己強化を行う、〈龍血者(ドラグーン)〉の切り札。しかし、既に体内にある物を、むしろ本来ない場所に摂取することに効果はない。むしろこれは、『薬品摂取で強化』の気分を味わい、そしてその精神作用で実際に強化を行う、一種のプラシーボ効果による強化である。精神が直接影響する龍力だからこそなせる技である。無論、これを知る〈龍血者〉はいない。因みに血液を飲むこと自体は健康に良い訳では無い上、むしろ胃に負荷をかける可能性もあるため、これを行った〈龍血者〉は回復薬の類を飲むことを推奨されている


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第27話 せめて、前に

ジャスト一ヶ月だわーい


2013年 8月12日

 

ゴォァ!

 

「そっち行ったぞ雄也(ゆうや)!!」

「分かってる!!」

 

 真・鬼人回避の前身ステップで、リオレイアの突進をすり抜けつつ斬りつけて躱す。この程度は造作もない。その上俺の双剣──『極舞雷双【雀鷹(つみ)】』の雷撃を纏う斬撃が、奴の強靭な脚を灼き斬る。

 

「受け取りなさい……よォッ!!!!」

 

 真治(まや)のライトボウガン、『天狼砲【北斗】』から放たれるLv.1貫通弾の超速射が、リオレイアの翼から胴体を貫き反対側の翼膜を焼き切る。超速射──即ち、装填分全てを加速させて撃ち尽くしながらも、続く弾を内部機構によって追加生成して射出するライトボウガンの切り札たる特殊機構。代わりに射撃位置を固定せざるを得ないほどの連続的な反動に襲われるため、いくら真治と言えども狙いを絞られる。

 

ゴォァォ……!

 

「よくやったァ!!」

 

 超速射の威力に怯んで身をよじっている隙を付き、属性エネルギーを纏った砲撃──属性砲を撃ち込む常磐誠也(アニキ)。更に続け様に振り下ろすヒートブレードで翼爪を切り落とし、更に薙ぎ払うように属性砲のフルバーストを撃ち込む。

 

グォアォアァ……!!

 

「いけるかしら……二人とも、捕獲するわよ!」

「「了解!」」

 

 俺は斬り刻む手を止め、アニキは砲身を折りたたみ、リオレイアの脚元を離れる。捕獲準備……俺が閃光玉で足止め、アニキが罠設置、真治が麻酔弾の役割分担だ。

 

「動くんじゃねえよ!!」

 

ゴァォァ!?

 

 閃光玉がリオレイアの眼前で炸裂する。眩い光は前方を向いた火竜の双眸を確かに灼き、暗闇に引きずり込んだ。これで奴は身動きが取れない。

 

「よっ……ほっ……よし!いつでも良いぜ!!」

「こっちもいいわ!」

「了解!!」

 

 罠の方へと動く。今回はシビレ罠。本体のスイッチを直接踏むか、センサー内に身体が入ったことに反応し、本体から金属棒が展開、そこから放たれる電流によって捕縛するタイプの携帯トラップだ。しかし本体は手のひらサイズの携行も簡単な代物。故に大柄な〈モンスター〉はそれがあることにほとんど気付けない。よって──

 

ゴオォアァァ!?

 

 何も考えず突っ込む〈モンスター〉にはかなり効果的である。本体に極めて頭が近付いたその瞬間、センサーが作動して放電棒が展開され、放電して敵を拘束する。

 

「これで……終わりね」

 

グゥゥゥルゥゥル……

 

 麻酔弾が二発、リオレイアの腹部に刺さり、弾丸が弾けて麻酔液が傷口や呼吸と共に体内に侵入する。次第に瞼が重くなったのか、虚ろな顔をし始め、そしてシビレ罠の電流が弱まると同時、リオレイアは地に伏した。しかしその巨躯にはまだ生気が残っており、心做しかいびきと鼻ちょうちんまで出来上がっている。

 捕獲。シビレ罠や落とし穴のような携行トラップを利用し、弱らせた〈モンスター〉に即効性の麻酔を撃ち込むことでその〈モンスター〉を生きたまま無力化して回収する手段。〈モンスター〉及び龍力の研究のために、可能な限り【ハンドルマ】から推奨される手法である。無論、現場的には確実に罠に掛けられる保証も無い上、何を見て弱ったと判断するか、判断材料が今なお充分とは言えないため、確実性の薄いこの方法を好む〈ハンター〉は少数である。今回は戦い慣れたリオレイアであることと、捕獲を一応要求されたのでやったのだが。

 

「終わったなぁ……今日も指示出しバッチリだぜ、真治」

「ありがとうアニキ。でもまだまだ、かな。捕獲出来そうってのもなんとなくだし」

「確証に拘って失敗するくらいなら試してくれていい。俺は付き合う」

 

 真癒(まゆ)さんが療養のために無期限休養期間に入ってから半年以上。その間はこの三人で指示出し係を回しながら、〈モンスター〉の脅威に対抗していた。しかし真治の指示出しがかなり的確だったりしたこともあり、最近は真治が主に司令塔となっている。元は憧れの姉の立場だったこともあり、緊張と不安と課題点を抱えながらも、真治はしっかりと俺達の司令塔をしてくれている。

 

「そう……なら、次はそうする」

「そうしてくれ」

「ぶっちゃけ、姐御よりも立ち位置の関係で、視点と視野が大きめだからな。直感と経験の分は、お前のセンスと立ち位置で補えてるぜ」

「そっか……なら、もうちょっと大胆に言っても良いのかな」

 

 ポーチからメモ帳とペンを取り出し、早くも振り返りやまとめをしている。座学が死ぬほど嫌で訓練課程に遅れが出るほどだったのに、随分熱心になったもんだ。

 

『こちら司令部。周囲に龍力組成反応無し。これ以上の〈モンスター〉の出現は無さそうです。合流ポイントへ移動の後、帰投してください』

「こちら冬雪(ふゆき)。了解、上田・常磐共に帰投します」

「よし、今日も生き残れたなぁ」

 

 アニキのホッとしたような一言が今日の仕事も完了したことを実感させてくれるのは、やはりいつも通りが訪れるからだろうか。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「……今日も無事帰還、か」

 

 オペレータールーム。インカムとマイクを外して、ホッと一息つく。

 

「……毎度聞くようで悪いが、やはり歯痒かろう、()()?」

「支部長、野暮ですよ?」

 

 今年の1月──『冥雷竜 ドラギュロス』、その剛種特異個体の中でも『幻』の一文字の銘がついた黒雷の竜との戦いから、半年以上の時が過ぎた。体調が安定した3月頃から私は、戦えない代わりにせめてオペレーターの仕事をさせて貰えるよう嘆願し、今に至る。当然勉強を重ね、何とか5月から本職の方と一緒にオペレーターの役割を持てるようになった。力を振るえない。故に──

 

「これが、今の私の戦いですから」

 

 こう言う自分の顔は、我ながらどこか自嘲気味な笑顔な気がした。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「……あれは」

「あ、お姉ちゃん!」

 

 ようやく支部に戻り、雄也共々食堂に向かっていると、お姉ちゃんの姿が見えた。ちょうど待っていたのかな?

 

「おかえり。雄也、真治」

「ただいま帰投しました」

「ただいまお姉ちゃん」

「……固いね雄也?」

 

 そう言われた雄也は、やっぱりどこか居心地悪そうに見える。

 

「……真治、俺は先に行ってる」

「あ、ちょっと雄也!」

 

 止める間もなく、足早に食堂に姿を消した。

 

「……この半年ずっとあれ貫くって、頑固にも程があるわよ……」

「仕方ないよ真治……罪悪感って、相手以上に自分のことで一杯にしちゃうものだから……」

「お姉ちゃんも甘いよ……残り少ない時間、事務的な師弟関係だけで終わるのはあんまりだって……」

 

 まあ、捕まえとかないアタシもアタシなのかもしれない。でも、あの時の事が事だ。結局遅れてきたアタシには、何も言える気がしない。でも、目を逸らし続けていい事じゃないのはアイツだって理解してると思うから。

 

「大丈夫……アタシがちゃんと、逃がさないから。絶対、この夏の間に去年までの二人に戻す……これがアタシの今の野望!!」

「や、野望って……でも、ありがとう。お願いね」

 

 どこか困ったようなお姉ちゃんの顔は、さっきよりは晴れてる。よし、なら()()も聴いてくれそうかな?

 

「……ねえ、この後も雄也と訓練あったよね?」

「え、うん。どうかした?」

「ちょっと……行く前に……」

「……えぇ?」

 

 耳打ちしたお姉ちゃんは、どこか困惑してたけど。雄也……あんた言ったわよね?『確証に拘って失敗するくらいなら試してくれていい』って……させてもらうわ早速ね!!

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「それじゃ、今日もやろうか」

「了解!」

 

 ()()()()()()()事務的に、()()()()()の返事で訓練開始の心構えを取る。そう、いつも通りだ。真癒さんから剣を含めた戦闘を学び、生きるための術を知る。今以上にするために、真癒さんを狩場に引きずり出さないために。

 いつものように挨拶を交わすと、真癒さんはARシミュレータのために足早に観察室に向かった。去っていくその表情はいつも通り……にしてはなんか恥ずかしがってた?

 

「あ、今日はアタシとの連携訓練も兼ねてだからね」

「わかった」

「ところで雄也……お姉ちゃんを見て変化を感じない?」

「……?」

 

 隣にいた真治が突拍子も無いことを聞いてくる。なんだ?爪先なんて見てないからネイル変えたとかなんて分からんが……あ。

 

「……いつもより肌の生気があった。今日は調子が良いのかもな……いや、厚化粧か……?」

「いやそこまで細かくじゃなくて……というかアタシ、そこは気付かなかった」

「肌じゃない……?」

「もっと目立つところよ」

 

 もっと目立つ……?女性が変化をつけるものと言ったらもうそれこそ……

 

「髪の毛か……?でも俺、首から上見てねえから知らねえよ」

「……アンタ、ホントとことんお姉ちゃんの顔を正面から見なくなったわよね……」

「……合わせる顔がないことくらい知ってる癖に」

「半年も一緒に居るのにそれ貫くのは頑固どころか一周回って『アホ』よ。お姉ちゃんの事を気遣ってんじゃなくてそれは知らんぷりしてるってのよ」

 

 返す言葉も無い。だが、生きてて欲しいとか、まだ俺の師匠でいて欲しいとか、身勝手な願いで真癒さんの生き甲斐や欲する役目を奪った負い目がある。奪っておいて今まで通り接しようなんて虫がいいにも程がある。

 

「お姉ちゃんは……奪われたなんて思ってない」

「でも……」

「あーもう……雄也。明日ちょっと付き合いなさい。お姉ちゃんも一緒だけど諦めなさい」

「お前な……」

「『確証に拘って失敗するくらいなら試してくれていい』だったわよね?させてもらうわよ、早速」

「……好きにしろ」

 

 自分の言葉で退路を失った。だが撤回しようと思うには、どの道真治に勝つ要素が無さすぎるので意味が無かった。大人しく、やられてやるしかない。

 

『──準備はいい?』

「相手は?」

『蛮竜グレンゼブル。10秒後、狩猟開始(クエストスタート)!』

「「了解!」」

 

 真癒さんの合図と同時、ACCデバイス起動。武器、『極舞雷双【雀鷹】』。防具、ドラギュロスの『エミットFシリーズ』、装備完了。

 真治の武器、『天狼砲【北斗】』。防具、パリアプリアの『ディボアFシリーズ』、装備完了。二人共準備が整った。

 

「麻痺ガスのカウンターがある以上、チャンスの時も気を抜けねえ……」

「効く以上は使う方がいいわ。怒り始めたら投げナイフお願い」

「了解」

『グレンゼブル、出ます!!』

 

 真癒さんの言葉と同時に、周囲の背景が『フィールド:高地』に切り替わる。崖を登った先で現れる、一面空しかないとすら言える頂上地点。しかし山の天気は変わりやすい、を体現したようなフィールドだ。

 

グルル……

 

 飛竜の体重がそのまま地面に叩き付けられた音が響く。その音の主は、剣のように研がれた蒼い巨角の持ち主たる竜、『蛮竜 グレンゼブル』。その角に似合う凶暴さを感じる風貌に、無駄のない筋肉の塊のような引き締まった巨躯、更には飛竜として申し分のない強靭な双翼。『飛竜』と『強者』の雰囲気をこうも無駄なく兼ね備えた稀有な生物ならではの覇気を感じさせる竜が、天より舞い降りた。

 

「……少し角がデカいわね……特異個体か……」

「あの様子では『剛種』でもありそうだ。まあ俺達のランク的に、剛種でなければなんだという話だが」

 

 駄弁りつつも武器を構え、斬れ味確認と弾丸装填を行う。同時、グレンゼブルがこちらを認識する。

 

グルルル……

 

「正面を避け、側面から打ち込むわよ」

「了解!!」

 

 グレンゼブルは、その風貌に反して誰彼構わず襲う生き物ではないという。奴に見つかり慌てて逃げた調査隊を追いはしなかったが、迎撃する護衛の〈ハンター〉には執拗に攻撃を仕掛けたという報告があったそうだ。敵意の有無を解し、更にその上で自分の威嚇に怯まない敵を選別して攻撃を仕掛ける特徴があった。この竜は驚くことに、敵を選んでいたのだ。そしてそれは、ARシミュレータで再現されたこの目の前のグレンゼブルも例外ではなく──

 

グゥゴゴァガァァァァッッ!!!!

 

 自分に向かってくる二人の小童(虫けら)に対し、最終警告とすら言える咆哮を上げて、戦闘開始の鐘を鳴らした。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「……真治ったら……こんなの、雄也は見てないよ……」

 

 戦闘が始まり、とりあえずは見守ることになったので、つい愚痴がこぼれる。訓練場に行く前、何故か真治に『アタシと同じ髪型にして』と言われ、いきなり慣れないサイドテールにされた。曰く、『アタシも絡んでくると言外に伝えるため』らしいが。しかしこんなのなんの為に……

 

「ううん……まず試さないと始まらない、だったよね、真治」

 

 当人同士──私と雄也はこの通り隔たりが出来て、誠也はこういう蟠り得意じゃないから静観してる。今、頼れるのは真治だけだ。それに……可愛い妹の頼みなんだから。

 

「また、前みたいに話せるかな……雄也」

 

 グレンゼブルの猛攻すら見事に捌きながら双剣を振るう愛弟子を見る。ヘルムを被ってるから、当然顔なんて見えない。でも、いつも見せた一生懸命な顔は、いつでも思い浮かぶ。まるで……

 

「……違うってば。雄也は違うんだから……」

 

 思わず出てきた思い出を振り切り、再び戦闘状況の確認に戻る。

 

「……でも、明日どんな顔して行けば良いのかな……」

 

 真治からの提案は髪型だけじゃなく、明日……買い物にも付き合ってもらうとのことらしい……雄也も混じえて。ちゃんと、話せるかな?雄也は、買い物、そんなに好きじゃないかもだし。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「フッ!!セイッ!!ハァァァッッ!!」

 

 グレンゼブルの水晶のような大角が俺目がけて振り下ろされ、地面を叩き割り、更にはそれを薙ぎ払う。すんでのところで振り下ろしも薙ぎ払いも避けれたが、アレに当たれば命はないだろう。『真・鬼人解放』の絶大な集中力と反応速度がもたらす恩恵は、やはりとてつもなく大きいと感じる。だが──

 

「ここで──ガッ!?」

 

 脳裏にノイズがかった感覚が襲う。まるで俺を縛り付けるかのように。

 

「雄也!!」

 

グルルォ!?

 

 小気味良いテンポで刻まれる発砲音を感じる。真治の超速射だろう。

 

「クソ……活動限界かよ……!」

 

『真・鬼人解放』。鬼人化以上に龍力を活性化させ、鬼人化以上の凄まじい集中力と反応速度を使用者に与えるが、代償に自身の血液を消費してると錯覚するほどの疲労感と貧血感をも与える。しかも実際に、〈ハンター〉及び〈龍血者(ドラグーン)〉にとって生命線とも言える龍力を体力共々消費する。故にその喪失感と疲労感は鬼人化の比ではない。当然、限界が来れば動きは鈍くなるどころでは無い。その為の外部安全装置(セーフティ)が存在しない(そもそも身体機能に働きかけているそれにどう安全装置を設けるんだという話でもあるが)ため、限界が来れば力が解ける以外では、自身の意思で体内の龍力を操作する感覚を覚える他ない。

 

「目だけ庇っといてよ!!」

 

 反射的に視力だけ守ると、眩い光が広がった感覚と、弾ける音が聞こえた。閃光玉が起動した音だ。

 

「ほら一時撤退!!」

「わ、悪い……」

 

 膝をついて動けなくなった俺は引きずられるように、真治と共にその場から撤退した。無論諦めた訳じゃないが。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「ハァ、ハァ……流石に、こっちまでは走っては来れないでしょ……」

「ふぅ……すまねえ真治……」

「全くよ。アンタ、お姉ちゃんに無理させないために無理してるのはバレバレよ」

 

 逃げ仰せて落ち着いたところで、見下ろすように真治から睨まれる。

 

「……それがどうした……」

「分かってるでしょうけど敢えて言っとくわ。アンタがいくら無理したって、お姉ちゃん一人分の戦力はどう足掻いても補い切れないわ。いくら病に侵されてて十全でなくたって、お姉ちゃんは〈龍血者〉……一人で1PT分以上の戦闘能力を有することは変わりないわ」

「……だから俺のやってることは無駄の極みで、意味ねぇからさっさとやめていつも通りやれってのか!!!!」

 

 貧血感も忘れて思わず立ち上がって胸倉に掴みかかる。自分のしてきた事の多くを否定したようなものなのだ、真治は。いくら戦友でも黙ってられない。

 

「そうじゃないことくらい、分かっててキレてる癖に」

「見透かしたように言ってんじゃ──」

「バレバレなのに隠してるつもり?」

「ッ……」

 

 どの道こいつに勝てないことは流石に悟った。胸倉から手を離して、再び座り込む。冷静になったらまた頭痛がしてきた。

 

「っつ……!」

「ほらね……でもお姉ちゃんが同じくらいのことしてたら、グレンゼブルはもう倒してる……アンタには出来ない」

「分かってんだよ……!」

「焦って振り絞っても死ぬだけよ。ねえ、アタシを見て雄也?」

「っ……」

 

 一年前の試験を思い出す……また俺は……仲間を信じれてなかった……

 

「また……同じ過ちを……!!」

「アタシ達はまだまだ子どもよ。だからまた同じ過ちを繰り返すけどね……また、直す機会があるじゃない」

「……そうか」

「そ、だから落ち込んだり後悔してる暇があったら、とりあえずやるのよ。時間は嫌でも動くんだから」

「……そうだな。ありがとう」

 

答える真治の顔は、いつも通り勝気で明るい笑顔だ。ホント、敵わない。

 

「で、体調はどう?まだ頭痛が辛い?」

「……あと五分で落ち着くと思う。肉も食っとくか」

「……頭痛がしてるのによく肉なんか食えるわね」

 

 呆れられるが、食欲だけはいつも多めだ。量子化ポーチからこんがり肉を取り出し、骨を掴んでかぶりつく。

 

「ふぐっ……ほが……んぐっ……」

「相変わらずいい食いっぷりねぇ……アタシまでお腹減りそう」

ふうは(食うか)?」

「自分で何とかするわよ」

 

 ……断られた。美味いのに。

 

「ま、そんだけ食べて欲しいなら奢られてやらんことも無いわよ?」

「んぐ……はぁ……ま、程々の値段なら良いぜ」

「そ、ならいただくわ」

 

 弾薬調合と装填を済ませた真治は、あとは俺だけ、と言わんばかりの待機体勢に入った。さて、少しくらい立ち直らないと……もう頑固なままなのも終わらせなくちゃなのかな。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「……勝てたな」

「ま、ちょっと落雷に当たったのは間抜けと思うけどね」

「貧血なとこに落雷まで食らうのは流石に死を覚悟したな……」

 

 訓練終了。いつも通り、俺と真治の連携は完璧だ。グレンゼブルの猛攻を凌ぎきり、見事討伐した。

 

「二人とも、お疲れ様」

「お姉ちゃん乙ー」

「……お疲れ様です」

 

 ……流石にすぐ態度を直すのはちょっと恥ずかしいな。真治に脇を小突かれたが気にしない。

 

「それじゃ、また後で報告書お願いね。私はもう戻るね」

「また明日ね、お姉ちゃん」

「うん、また明日。約束は大丈夫だよ」

「分かりました。お疲れ様です」

 

 ん、とだけ言って真癒さんも戻って行った。

 

「さて、明日次第よ。案外、アンタがすぐ自分の態度直そうとしてて感心したわ」

「……流石に、変化ないままなんて良くないからな」

「そ。さて、アンタの反省の色が見えたという良いこともあったし、今日はカロリー気にせずモスの煮込みハンバーグでも頼もうかしら」

「へいへい、奢りますよ」

「覚えてて何よりよ。先に行くわ」

 

 飲み干したドリンクをゴミ箱に突っ込みながら、真治も去っていく。また、真治に助けられた。いつか、ちゃんとまた助けたいな。

 

「……今日は、特盛にしよ」

 

 先に行った真治に追いつくために、少し早足にした。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「……ふむ」

 

 支部長の仕事もいつもより早く終わり、久しぶりに家に戻って寝ることにしたワシは、珍しく自分の車で帰ることとした今日。帰り道に珍しい物を見た。

 

「……金粉……?中国からの黄砂にしちゃ随分綺麗じゃしのう……」

 

 赤信号の待ち時間、風が程よく吹いていたので窓を開けると、窓から金粉が入り込んできた。それも一粒だけでなく、掌に円形にして広げられるほどだ。

 

「……まさか」

 

 最近、妙に風が吹く日が多い気がする。過去の報告を、何となく思い返す。

 

「……また布団では寝れなさそうじゃ……すまぬな婆さん」

 

 家に連絡を入れ直し、道を引き返す。この老いぼれの勘、外れていて欲しいものだ。




あと何話で終わるかな


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第28話 途切れた声と痕跡と

半年ぶりの最新話です。おはこんばんちはGurren-双龍です
フロンティアは終わりましたが、相変わらずこちらのフロンティアモンスターは生き続けます

書き直した第26話『最終カウントの幕開け』も読み直してね


 8月13日

 

 

「……さて、こっちか」

 

 真治の策略によってやむを得ず──と言うには、嫌々ではなく納得してるからこの表現は違うかもしれんか。ともかく、冬雪姉妹と一緒にお出かけすることとなり、繁華街まで来た。

 

「……そういや、あん時以来か、こんな風にここに来るの」

 

 ざっと二年前。つまり訓練生から正式に〈ハンター〉としての仕事に就けるようになった頃。姉を独占してるという不当かつ身に覚えのない罪で突然買い物にも付き合わされたことがあった。あの時は慣れない場所に加えて、今よりもっと小さい身体だったので、改札付近を通ることすら大苦戦した末に二人の元に着いた記憶がある。

 

「んで、あん時の真治は……マジでガキだったよなぁ……ツンケンしてるなんてレベルじゃなかったし」

「アタシが何だって?」

 

 背後から何か突きつけられた。察して両手を上げる。

 

「今の真治は落ち着きのある素晴らしいレディですねって話」

「……アンタも随分、昔より喋るじゃない?」

「確かにな……ってか、真癒さんと待ってたんじゃねえのか?」

「……いつものよ」

 

 察した。いい加減目覚まし時計を核爆弾にした方が良いんでは無いのか? 

 

「ともかく行くわよ。というかあっつい……」

「あ、突きつけられたのボウガンじゃなくてペロキャンの棒か……?」

「さて、どっちかしらね?」

「……せめて良い方の想像をしておく」

「その方が健全ね、色々と」

 

 最近ハマったらしいペロキャンを口に咥えて歩き始める。そして同じく、最近気に入ったのを見つけたらしい緑色のパーカーとその下にラフなTシャツ。そしてホットパンツ。いつも通りのラフさが売りな姿であった。

 

「あー真治? その……似合ってる」

「……夏風邪引いてたんなら帰っていいわよ?」

「人がいつぞやのアドバイス通りに動いたらそれかオメーは」

「嘘よ。ありがとう」

「へいへい」

 

 並んで歩く。どうせすぐ近くの噴水で真癒さんと合流だが。

 

「ん、あれか」

「……年甲斐もなく手を振ってる……のはいつもの事かな」

「年甲斐もなくとか言ってやるな……地味に、真癒さんにとって久しぶりの外出だろうしな」

 

 病状悪化してから既に7ヶ月ほど。あれから全く外に出てない訳では無いが、やはり彼女は病人。外出は一ヶ月に一回と限られてる。これほど低頻度の外出は、久しぶりと呼ぶには充分なほど期間が空いている。まあ休みに関しては、元々のオペレーターさんがいる分そこそこあるのだが。

 

「お待たせお姉ちゃん」

「真癒さん、あまり日に強くないんですし、無理してここで待たなくても……」

「大丈夫だよ、噴水が霧みたいになるから涼しいし」

「いえ日光が……」

「さっさと日陰に連れてきゃいいのよ」

 

 真治は問答無用と言わんばかりに、俺と真癒さんの手を引いて歩き始めた。今日はいつもより強引だ。昨日もまだ俺達が拗れてたから、なのだろうか。今日は終始真治のペースになるだろう。

 

「あはは……真治、お昼ご飯行こっか。何食べたい?」

「お姉ちゃんにお任せ!」

「じゃあ雄也」

「これと言って決まった気分じゃ──あぁいや、なら……この店に行きましょう」

 

 真治の睨みが入った。というわけで、適当に思いついたイタリアンを選んだ。まあチェーン店だが。

 

「アタシはそれでいいわ」

「私も賛成。久しぶりにピザとかパスタ食べたいなぁ」

「では行きますか」

 

 いつもの調子が、みんな出た気がする。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

「いただきます」

 

 注文が出揃った。さて食べるか。フォークとナイフをしっかり揃え、いざその麗しい肉塊に刃を向ける。

 

「……あんた、ここですら『モスの煮込みハンバーグ』なのね……」

「違う違うよく見ろよ。『モスのチーズ&煮込みハンバーグ』だ」

「少なくとも一個はあるんじゃない……」

「あはは……二人とも冷めちゃうよ」

 

 いつも通りモスの煮込みハンバーグ……だけではせっかくの外食が勿体ないので、チーズハンバーグもセットの物にした。美味そうだ。パチパチと跳ねる油やソースが食欲を湧き立てる。セットにしておいたライス(大)と一緒に食べればどれほどの物になるやら。検討もつかないほど美味そうだ。つい二回も言っちゃうくらい美味そうなのだ。

 

「にしても……まさか二つとも頼むとは」

「だって雄也が譲らないし」

「何せ真治が譲ってくれませんので」

「あはは……私が〈龍血者(ドラグーン)〉で良かったね。この燃費じゃないと女子の胃袋にはキツいよこれは……」

 

 そんな真癒さんの目の前には、あっさりさとまあまあの量がある物を、ということで俺からはカルボナーラ、真治からはグラタンを選んだ。が、どっちが良いとも決まらず、結果として二つの料理が並んだのである。真癒さんの腹の容量を知らない訳じゃないが、残ったら自分が代わりに食べる位は出来るので、多分大丈夫だ。真癒さんは食べ切れるだろうけど。

 

「それじゃ、いただきます」

「「いただきます」」

 

 頂く食材という命への感謝の言葉、食事にとって当然の挨拶と共に、食器類を手に取る。まずは上側に乗っているチーズバーグの方から。フォークで刺し押さえ、ナイフで切り取り、口に運ぶ。

 

「……!」

 

 最早何も言うまい。ただこの瞬間を味わっていたい。素晴らしい肉感と肉汁、甘さも辛さも整ったこのソース、そしてそれと絡み合うチーズ。全てが素晴らしい……一介のチェーン店と侮ることは無い。美味い、旨い。食事が楽しくて仕方ない。

 

「……ほんと、アンタの食べっぷりはいつも満腹になりそうよ」

「ん? 食べねえのか?」

「食べるわよ。あーもう、なんか悔しいわね、そこまで美味そうに食べられると」

「?」

 

 何を張りあってるんだ? 真癒さんの方を見ても苦笑いしてるだけ。まあいいか、旨い飯は気にせず食べるが一番である。

 

「ふふ、私もいつもより食べられそうかな」

「ええそうね……カロリー気にしてるのが馬鹿みたいに思えるわよ、全く」

 

 何故だか文句を垂れながら、真治も飯を食い始める。どうやら俺に向いてるようだが、よく分からないし飯が旨いので気にしないでおこう。

 

「美味しいねえ」

「いつも支部の食堂じゃ飽きちゃうし、たまにはこういうのも良いわね」

「……!」

 

 やっぱりハンバーグは米と合う……あぁ……ビバ、ハンバーグ……ハンバァ──

 

「ちょっとトイレ行ってくるね」

「……アタシも行こうか?」

「吐血じゃないよ!? 本当にトイレだよ?」

「そう、なら行ってらっしゃい」

「何かあったら、すぐ言ってください」

「ん、ありがとう」

 

 真癒さんが席を立つ。以前は真癒さんが席を立つ時は、大抵血を吐く時だった。最近は戦闘を行ってないこともあってほぼ吐いてないらしいが、それでも三年間ずっと血反吐を吐いてそれを隠してたので、一人で動くともなれば心配もする。如何に食事に夢中でも、そこの切り替え位は出来る。

 

「……ふーん、飯食ってたらあんまりゴチャゴチャしないのね?」

「ん? ……言われてみれば、だいぶ余裕持って会話出来たような……?」

「そういや、ご飯の時すらお姉ちゃんを避けてたわねアンタ……ホント、筋金入りの頑固ね」

「そういうお前こそ、あそこで滅茶苦茶強引になりやがって。……まあ、別に良かったけどさ」

 

 一緒に頼んでたドリンクバーのメロンソーダを啜りながら文句を返す。まあ、確かに飯食った後の余裕のお陰で、ドラギュロス戦の前くらいの調子に戻ったような気がしないでもないが。

 

「……はぁ……アンタ、飯食ったらすーぐ機嫌よくなる単純だからもっと早くするんだった……」

「おい待て確かに飯は好きだがそこまで単純扱いされるのは心外だぞ」

 

 しかし抗議は受け入れてもらえず。真治はどこ吹く風で白ぶどうソーダを飲み始める。なんか悔しいしもう食べるか。

 

「あ、そうだ。アンタあれ忘れてない?」

「アレ……あ、そっかこの時期は……」

「覚えてるみたいね、()()()()()()()()()のこと」

 

 8月31日。真癒さんの誕生日だ。最初の年は知らなかったので何も出来ず、去年も去年で、上位から凄腕ランクへの鍛錬で大したプレゼントが出来なかった。……もしや真治の奴、このためにこのタイミングで……? 

 

「……そうだな……何がいいかな……」

「アタシはアタシでやるけど、アドバイスくらいは聞き入れるわ」

「……その時はそうさせてもらう」

「素直でよろしい」

 

 再び飯に手を付ける。……誕生日プレゼントかぁ……去年はよく分からず似合いそうな靴下をあげたっけ。……なんで靴下を選んだんだ俺? あとあげた癖に気にしなさすぎて履いてたかどうか覚えてないし。

 

「……アンタのあげた靴下なら、必ず週一で履いてるわよ」

「そうか良かった……って、お前まで心を読むのか……」

「アンタは顔に出ずとも雰囲気に出やすいのよ」

「……訓練しなきゃなぁ」

「お姉ちゃんはその分野分からないと思うわよ」

「そっかぁ……」

 

 俺の返事で会話が終わった感じがした。お互いにそれを感じたのか、食事に戻る。さて、次は煮込みハンバーグの方を……

 

「……ッ!」

 

 …………ハンバァ──

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

「はぁ……ツイてねえなぁ……俺だけまた仕事とはよぉ……」

 

 俺は常磐誠也(ときわせいや)。17歳の高校二年生。【ハンドルマ第一中国地方支部】に所属する〈ハンター〉だ。最近は姐御が雄也達の育成に滅茶苦茶専念しており、割と単独の任務クエストばかりだ。今日も、他のみんなはオフだが俺だけは仕事に駆り出された。まあ元々オフではないから良いんだがな! 

 

「……ここかぁ!?」

 

(周り曰く)デカい声で確認する。今日の仕事場は鍾乳洞。なんでも、夜の内に爆破されたのか、ってくらい荒れてたらしい。しかも県内でも有数の観光地の一つとして知られていた鍾乳洞。損害はかなり大きい。危険性から、自衛隊だけでなく俺までお呼ばれされてしまった。

 

「ええ、ここなのでデカい声は辞めてください」

「あっ、すみません……」

 

 先に来てたウチの調査員に怒られてしまった。普通のつもりだが仕方ねえ。気を付けるしかない。

 

「(そ、それで……なにが……?)」

「小さすぎです。もっと丁度いいの無いですか?」

「あーあー……これでいいすか?」

「はい。では本題に。まずはこちらへ……」

 

 歩き出した調査員に着いていく。なんか切り替えた途端にすげー表情かおしてたが……何があったんだ? 

 

「……あちらです」

「…………なぁっ!?!?!?!?」

 

 俺達が来た鍾乳洞は、まず河川を挟んで河原から橋を通って入るのだが。その橋が途中から消し飛び、入口は大きく抉れていた。それこそ、〈モンスター〉が入れそうな程のサイズだ。

 

「まさか……」

「今回の原因、〈モンスター〉の可能性が高いんです。相手を特定次第、もしかしたら【関東支部】への応援を要請する可能性もあります」

「陽子の姐御まで呼ぶかもしれねえのか……?」

 

 岸野陽子。二年前に『覇竜アカムトルム』の討伐作戦で鬼神の如き活躍をし、世界的にも『最強』の一人に数えられるほどの〈ハンター〉。姐御を呼ぶ事態となると、それこそ相手は──

 

「おいおい嘘であって欲しいな……」

「その為に、来て貰ったんです」

「おうよ。まずは爆破された部分を見ねえとな」

 

 同じ気持ちなのか、調査員も現場に向かう。案の定ボートに乗る必要が出たか。

 

「しっかし……きれいな水だな」

「鍾乳洞は水場が近いのと、綺麗な地下水も関係してるはずなので」

「なるほどなぁ……」

 

 思わず飲みたくなるほど透き通った水だが、ボートから手を伸ばして濡らすだけにしておくか。

 

「あったけえなぁ……ん? なんだこれ?」

「着きましたよ。どうしたんですか?」

 

 手に付いたモノを見ていると、調査員が立ちながらこっちを見ていた。

 

「ん? いや、なんか()()みてぇなのが付いてな。こんなのもあるのか?」

「砂金? そんなものはここの辺りにはないような……どれどれ……本当だ、砂金みたいですね」

 

 手に付いたそれを見せると、彼も同じ反応をした。どうなっているんだ? それに、こいつを見てると妙にザワつく。俺の勘が『こいつは何かある』と告げてくる。

 

「ったく……訳わかんねえな……見てみたら分かるかねえ?」

「ですねえ。すみません、【ハンドルマ】の者です」

 

 調査員が身分証を見せると、貼られたテープの前にいた警備員が通してくれた。お疲れっす。

 

「まだ誰も入ってねえのか?」

「危険性が高すぎると見なして、ウチから警告したからね」

「……支部長の旦那はそんなに事態を重く見てんのか」

 

 支部長の旦那は、姐御の祖父(じいさん)なだけあって勘が鋭いし大局を見る目が強い。何より、聞いた話ではあるが『龍大戦時代』の司令官でもあったらしい。あの人の判断なら大丈夫だろう。そう信じて、鍾乳洞に踏み込む。まずは見渡す。

 

「……変だな?」

「何がです?」

「……〈モンスター〉が荒らしたにしちゃ、随分綺麗に削れてんな?」

「……確かに」

 

 入口も橋もだが、力ずくで壊したと見るにゃ丁寧な破壊がされたような感じだ。というかまるで()()()()()()()()()と言わんばかりの綺麗な壊れ方をしている。

 

「……ん? また砂金じゃねえか」

「本当だ、なんで……」

「……ッ! これは!!」

 

 中に入ろうとすると、光が反射してきた。電気系も壊されてる今、光るモノなど反射してきた光しかない。だが鍾乳洞に光を綺麗に反射するほどの鍾乳石はあるのか? まずない。というかこれは……

 

「け、……結晶!?」

 

 あまりにも不自然な、透き通るような結晶がいくつか点在していた。しかも、かなり大きくなって震えている。いかんこれは!! 

 

「下がれ!!」

 

 ベルト型のACCアームドカスタマーコンパクトデバイスを起動して装備、即座にガンランスのシールドを構える! 

 

「伏せろ!!」

 

 瞬間、爆ぜた。

 

「ぬぅっ!?」

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 衝撃を受け止めきったが、今度は入口の警備員が爆音を心配して見に来た。こんな時に!! 

 

「伏せろ!! 今すぐ!!」

「は、はい!!」

 

 またしても爆ぜる。これで二個目。見える限りではこれで残り一個!! 

 

「くっ……動くなよ!!」

 

 範囲ガードモード起動! これで耐える!! 

 

「おおおぉぉぉぉ!!!!」

 

 三度目の爆裂。一、二発目より離れていたため何とか耐えられた。

 

「あっぶねえ……」

「誠也さん、今のは……」

「やべえぞこれは……支部長の勘が当たっちまってる!! 今すぐ戻るぞ!! 陽子の姐御も呼ばねえと!!」

「誠也さん!?」

 

 装備を解除し、支部に連絡を──

 

「俺だ!! 常磐だ!! 支部長に連絡を──」

『こちら司令部!! ポイントエリアに出動お願いいたします!!』

 

 こちらの要件と運悪く被った。しかし出動ということは〈モンスター〉の出現だ。それはいい。確認してすぐに連絡を──

 

「なっ!? そこかよ!?」

 

 今日は、どうにもツイてない。

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

「食った食った」

「オッサンか」

 

 一介のチェーン店でも、美味いものは美味い。良いもんだな。

 

「あはは……それじゃどこ行く?」

「んー、一応デパートあるしそこにしよっか」

「この手のプランの立て方知らねえんで、任せた」

「はいはい」

 

 真治主導の元、デパートに向かう。さて……ここで買っちまいますかねえ。何買うか決めてもないが。とりあえず真治に聞くが早い。

 

「なあ真治」

「あげるものの方向性くらいは自分で絞りなさい」

「……うっす」

 

 先手を打つのが早すぎる。また顔だか雰囲気に出てたとでも? 

 とはいえ、真治の言う通りだ。流石に方向性も絞れてないのに相談されても限度があるだろう。しかしまあ上げるとしたらなんだろうか。去年は靴下。今年は……もうちょいオシャレなのあげたい。つまりアクセサリーの類だろうか。何がいいだろう。ネックレスとか指輪は流石に値が張りすぎるし、何よりこれらは、男女の間柄でないと良くない気がする。だからパス……他に思い付くのは……

 

「なぁ真治」

「まあ無難にヘアピンが良いんじゃない? 選ぶの手伝うわよ?」

「お前はなんでそう思考を読めるんだよ……」

 

 真癒さんのように〈龍血者〉という訳でもなし、本当に俺があまりにもわかりやすい故なのだろうか。ここまでだと流石に別の理由を疑う。

 

「何色が良いかな……アンタはお姉ちゃんに付けてもらうなら何色のイメージが湧く?」

「そうだな……真癒さんの髪の色や目の色からして……」

 

 目の色からイメージして赤系? それともあの銀髪に似合う青みのあるカラー? それとも……

 

「……よし、この色どうだ?」

「良いんじゃない? お姉ちゃんのイメージにも合うと思う」

「よし、これにしよ」

「……ホント、即断即決ねアンタの買い物は」

「うじうじ悩んで決められないくらいなら今ピンと来たものを選ぶ。選ばない後悔より選んだ後悔だ」

 

 それもいいんじゃない、って感じで納得した真治は、自分のプレゼントを買うためにそそくさと歩いていった。まあ俺もあとは会計して待つのみだから良いのだが。……そういえば真癒さんはどこだ? 

 

「何買ったの?」

「わっ!? ま、真癒さん……」

「それ……誰用?」

「え、えっと……【関東支部】に仲のいい人がいるんで! もうすぐ誕生日だしプレゼントでもー! と!!」

「ふーん」

 

 まあバレてるだろう。しかし表面だけでもそうするわけには行かないのだ……! 

 

「そっか、また次の出張で渡せるといいね」

「そうですねえ……まあ次の出張も決まりませんし、とりあえず郵送になるかな……?」

「そっか」

 

 そこで会話が終わった気がした。そして、真癒さんの顔が心做しか曇ったような──

 

「真癒さ──」

 

 もう一度話しかけようとした刹那、ACCデバイスが震えた。司令部からの通信だ。

 真癒さんと顔を見合わせる。彼女も神妙な面持ちだ。

 

「……こちら上田」

『こちら司令部!! 緊急出撃です!! 間もなく指定エリアに〈モンスター〉の出現が予測されます!!』

「……ッ! ここは!?」

 

 指定エリアは、俺達のいる街だった。しかもこう伝えてきたということは、ダミービル群に誘導することも難しいのだろうか。

 

「相手は?」

『波形パターンとの照合の結果、飛竜種と思われます! しかも……二体!』

「アニキ……誠也さんは?」

『彼には先に伝えてます! 急いでください!』

 

 通信が切れる。エリア指定のビーコンだけが残された。……確かに、俺達の現在位置からそこまで遠くない。俺達の全力疾走なら五分とかからない場所だ。間もなく警報も鳴り響くだろう。

 

 ヴィィィィィィィ!! ヴィィィィィィィ!! 

 

「真癒さん……」

「私は迎えが来るから、ヘリで支部に戻るよ。それより雄也、物資は大丈夫?」

「真癒さんの迎えのヘリからある程度貰えるので、そこから」

「雄也! お姉ちゃん!!」

 

 鳴り響く警報で人々が逃げ惑う中、何とか掻い潜って真治が合流してきた。あちらも買い物を終えたのか、袋を持っていた。

 

「真癒さんはヘリで戻るらしい。恐らく物資もそこにあるだろうし、貰っていこう」

「分かったわ。アニキも後から来るのよね? 急ぎましょう」

 

 頷き、走り出す──真癒さんを抱えて。

 

「え、雄也!?」

「今の真癒さん、龍力そのものがダメなんですから俺達に追いつけないでしょ」

「仕方ないけど、暫くは雄也のお姫様抱っこでお願いね?」

「……なんかすみません」

「……はーい……あ、ここの屋上に来るよ」

「了解!」

 

 屋上か。まあこの人混みを抜けるにはちょうどいい。幸いここはそれなりに高い階、階段を上るにしても上にいる人はそんなに多くないし、階段も複数ある。なんなら壁走りで駆け抜けることも出来る……はずだ。

 

「む、来たか」

「壁で飛ぶわよ!」

「お、お手柔らかにね!」

 

 一般人の客が上の階から階段で降りてくる。いくらかはエスカレーターやエレベーターを利用しているだろうが、それでもやはり多い。壁で飛ぶしかない。何度か経験してるから行けるが! 

 

「くっ!」

「ふっ!」

「二人とも……手馴れてるね」

 

 真癒さんから感心したような声が上がる。訓練の成果を間近で見るのは、真癒さんからしたら久しぶりだろうしな。

 

「次の階が屋上ね」

「よし、もういっ──」

 

 ふと、何か聞こえた。〈モンスター〉の咆哮の類でもない。むしろもっと弱々しい──

 

「……真治、真癒さんを頼む」

「え? どうしたのよ!?」

「迷子がいる。しかも、逃げてる途中にはぐれたかもしれねえ……今すぐ行く!」

「ちょ、ちょっと!」

「雄也」

 

 行こうとして、真治に渡した真癒さんに呼び止められる。その目は、ドラギュロス戦あの日のように真っ直ぐだ。

 

「助けたいって、決めたんだね?」

「はい」

「後悔しない?」

「しません」

「絶対に?」

「……はい!」

「なら、早く行ってあげて」

 

 無言で頷き、駆け出す。方向は何となく覚えてる。確か……

 

「……いた! 君、大丈夫!?」

 

 ベンチに座って泣く女の子が、聞こえた通りそこにいた。幸い人の波から外れてるため、巻き込まれて怪我をした様子もない。

 

「……喋らなくてもいい、頷くだけでいい。お母さんとはぐれた?」

 

 頷く。となるとやることは一つ。

 

「分かった。なら、俺が下まで一緒に行こう。立てる?」

「……ん」

 

 信じてくれたようだ。よし、急ぐか。

 

「ごめんね、いい?」

「……ん」

 

 抱え上げるジェスチャーをすると、分かってくれたのか返事してきた。よし。女の子を横抱きに抱え、階段に目を向ける。強いて言うならお母さんも見つけてあげたいが、流石に時間がかかりすぎる。せめて安全な場所──避難シェルターに送り届けよう。

 

「ちょっと揺れるね」

「うん」

「それじゃ……行くよ!」

 

 天井、壁、様々な部分を確認し、踏み込む。これらは、度々こちらを見に来ていた陽子さんから教わった『障害物を利用した高機動力の確保』の応用だ。苦労はしたが、今ここに実を結んでることを実感する。

 そして同時に、ACCデバイスに通信が入る。参ったな、今は両手が塞がってる。仕方ない。

 

「ごめん、俺の腕時計の大きいボタン、押せる?」

「えっと……これ?」

「うん、お願い」

 

 押してくれた。お陰で通信が繋がる。

 

「こちら上田。真治か?」

『お姉ちゃん回収してもらって物資も貰ったわ。今どこ?』

「早いな……今女の子抱えて一階まで飛び降りてる。もうちょいでシェルター近くに着くぞ」

『そ、ならアタシもそっちに行くわ。アンカー使って壁を駆け下りる』

「……陽子さん仕込みのお陰で随分色々できるようになったよなぁこういうの……」

 

 前ならヘリから飛び降りようとしてたろうけど、こういう返答な辺りに修行の成果を感じる。

 

『とりあえず、降りたら連絡またちょうだい』

「おうよ。あ、出現まで時間あるよな?」

『そうね……飛竜二体ともなればあと一時間は猶予があると思うけど……』

「なら行ける。なんなら一度支部に戻っていいまであるな?」

『気ぃ抜くんじゃないわよ』

 

 へいへい、と返事しつつ、階段の踊り場の階数表示には『1F』の文字があった。目的達成。シェルターへはここからなら余裕だろう。

 

「降ろすね?」

「うん」

「さて……お母さんとすぐ会えるか分からないけどさ、シェルター……避難する場所の方まで行けば、きっとお母さんもいる。そこまで頑張れる?」

「うん」

「よし、あそこのお兄さんに聞いてらっしゃい」

 

 女の子は頷き、その場を動いた……と思ったら、こっちに戻ってきた。どうした? 

 

「何?」

「……お兄ちゃんは?」

「……あぁ、俺はまだやる事あるから大丈夫。先に行ってな」

「……うん」

 

 手を振って別れる。これで良い。流石にもう一人二人とまでは出来ないが、せめて出来ることはした。

 

『……早かったわね』

「あ、そういや繋いだままか」

『アンタ、子ども好きなのね? というかロリコン?』

「おい馬鹿やめろ」

『冗談よ。……それじゃ、すぐそこの交差点で待つわ』

「おうよ」

 

 一旦通信を切る。すぐに真治と合流しよう。全てはそこからだ。

 

「……今回も、真癒さんを出すような事になんて、絶対しない……!」

 

 誕生日プレゼントに真癒さんから貰った、二代目のACCデバイスを撫でる。俺はこいつに誓った。もう二度と、無様な真似はしない。もう二度と負けはしない。もう二度と──

 

「──真癒さんを戦わせないために!!」

狩猟開始(クエストスタート)

 

 この狩りで、半年前の師弟関係に戻る。三つの覚悟を束ねて、俺は走り出す。



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第29話 金色は迫る

おはこんばんちは。お久しぶりですGurren-双龍です
頑張ります


「どっか行ってろ!!」

 

 こやし玉。〈モンスター〉の排泄物を詰めたボールで、ぶつかると弾けて激臭を放つ。これを利用し、〈モンスター〉をその場から追い出すアイテム。そう、例えば──

 

グルルオォアァ!!

ギェエアァァ!!

 

 〈モンスター〉が同時に二頭、一緒にいる時なんか効果覿面のアイテムだ。

 リオレウス亜種とリオレイア亜種。雌雄(つがい)の飛竜で、俺と真治(まや)にとっては因縁浅からぬ〈モンスター〉達だ。

 

「リオレイアに当てた!!」

「しばらくはリオレウス亜種よ!!」

「おうよ!!」

 

 こやし玉の臭いはおぞましいほどに強烈で、これを受けて逃げない〈モンスター〉など滅多に居ない。リオレイア亜種は直にここを去っていくだろう。しかし火竜の夫婦(めおと)は固い絆で結ばれた生き物。排泄物の臭い程度で引き剥せる代物ではなく、多くの例でも追い払ったがまた合流されたという報告が上がっているという。今回もその例に漏れることは無いだろう。故にこその「しばらく」である。

 

「雄也、閃光玉はいつでも用意を。脚に斬り込んで」

「分かった」

「アニキ、落とし穴を。その後爆竜轟砲の準備」

「おうよ!!」

 

 真治の指示が入り、即座に散開。アニキが落とし穴を仕掛ける間に隙を晒す。俺の仕事はそこを狙わせないことだ。

 

「雷属性でやや通りづらいとは思うが……いくぞ……!」

 

 その背中から抜き放つは舞雷竜(ベルキュロス)の角や鱗から鍛え上げ、半年前に倒した冥雷竜(ドラギュロス)の素材で更なる補強を施した双剣。銘を『極舞雷双【雀鷹】(ごくぶらいそう【つみ】)』と呼ぶ。片や鉤爪の如く、片や尖角の如く刃を構えて打ち鳴らし、いざ真・鬼人解放を行う。

 

「せやっ!!はぁぁっっ!!」

 

 まずはステップの要領で踏み込み斬り。そのまま左の剣を逆袈裟に斬り上げて脚部の鱗を削り、皮を裂く。痛みの原因たる俺を認知したリオレウス亜種がこちらを振り向く。いいぞ、このまま走ってこい。

 

ゴォアァ!!

 

「おっと!?危ねぇ……!?」

 

 そのまま走ることはなく、その名──『蒼火竜』──の名を誇示するが如く、蒼き翼を震わせながら火球を叩き付けてきた。ある程度予測出来てたので回避は出来たが、少し遠のいた。だが──

 

「熱い火には冷えた弾がちょうど良いわね!!」

 

 氷結弾が真治のライトボウガン──『天狼砲【北斗】』より放たれる。放たれた三発が雄大な蒼翼に吸い込まれるように着弾し、凍結して弾けた。リオレウス亜種は傷を突き刺すような冷気の元を見やり、首をもたげる。火球ブレスだ。

 

「雄也、落とし穴に!!あと麻痺を二本!!」

「了解!!」

 

 走りながら右手を太もものナイフラックの付いたベルトに伸ばす。右の剣を納める暇はないため、人差し指と親指の根で挟みながら、人差し指と中指、中指と薬指の間で一本ずつナイフを掴み、それをリオレウス亜種に向けて放つ。ヒット、頭と翼だ。

 

「滑空来るわよ!!」

「そう飛べると思うなよ!!」

 

 真治の言葉に振り返り、今度は左手で閃光玉を掴む。口で安全紐を抜き、今にも飛び立ちそうなリオレウス亜種の視線ど真ん中に投げ込む。

 

グオォォアァ!?

 

「グレート!!落とし穴にそのまま突っ込むぜ!!」

 

 飛び立って慣性が乗った瞬間に視界を潰されたリオレウス亜種は、その勢いのまま地上に落下、そして俺達の方を向いていたこともあって、落とし穴の方向に滑ってきた。

 

「いくぞ……爆竜轟砲、発射ァァッッ!!!!」

 

 竜撃砲の構えから砲弾の発射準備も整え、威力を更に増した大砲撃。爆竜轟砲が、轟竜の咆哮もかくやの圧と、鎧竜の熱戦を思わせる熱量をその蒼躯に叩き付ける。

 

グォオォルラガァァァァ!!??

 

 その爆発に耐えかねた右の翼膜は穴を開け、翼爪は砕け、各部位の鱗は何枚も弾けた。海外の〈ハンター〉から竜の息吹(ドラゴンブレス)の愛称を持たれることも頷ける威力だ。

 

「総攻撃!!麻痺を掛けた後『超速射』!!射線上に気を付けて!!」

「「了解!!」」

 

 俺に撃ち込ませた麻痺毒の効力を発揮すべく、Lv1麻痺弾を撃ち込む。すると効いてきたのか、自由を奪われた身体が重力に従って翼と頭を地につけた。俺は柔らかい頭へ、アニキはまだ砕けてない左の翼へ砲撃を繰り返す。そして真治は──

 

「発射準備、完了!!」

 

 頭から背中に抜ける位置に構え、トリガーを引いた。Lv1貫通弾が放たれ、頭部の甲殻を貫き、胴体に突き抜ける。だが一発ではない。二発、三発と速射が発生する。しかし侮るなかれ、まだ終わりではない。四発、五発、六発とまだ終わりはない。そして次第に放たれる弾の感覚は短くなりそして──

 

「──ッ!とぉっ!撃ち切った、そろそろ出てくるわよ!!」

「了解!閃光玉、用意!!」

 

グォガアァ!!

 

「飛んだ──投擲!!」

 

 投擲から一秒、光が弾けた後に地面に叩き付けられる音が響いた。

 

「シビレ罠、行くぞ!!」

「了解!!」

 

 アニキが悶えるリオレウス亜種の足元の、もがく足に蹴られない位置にシビレ罠を仕掛ける。センサーの範囲内に入ることで起動するそれにとって、撃墜によってもがく竜の躯体を捕捉することなど容易いこと。落とし穴・麻痺毒・撃墜に続く4回目の拘束、シビレ罠のコンボ。最近の真治の指揮では、最早定番となりつつあるほどの作戦だ。

 剣を構えて設置を待つ間に、リオレウス亜種が起き上がろうとする全身を一瞬で強張らせた。

 

「総攻撃!!」

「「了解!!」」

 

 刃を通しやすい頭はガラ空き。ここしかないと言えるほどの弱点に、乱舞・改と乱舞旋風を続け様に叩き込む。アニキは叩き付けフルバーストを撃ち込み、真治はリオレイア亜種が戻って来ないかレーダーを気にしつつ氷結弾を放っている。順調だ。だが──

 

──覚悟を決めておけ

 

 ()()()が久しぶりに五月蝿い。こいつが聞こえる時は、大体ロクでもない事がこれから起きるか、既に起きてる時だ。でも──俺に何ができるってんだ。

 

「そろそろ壊れる!リオレイア亜種も来るかもしれない!!リオレウス亜種を牽制しつつこやし玉用意!」

「「了解!」」

 

 今は、目の前の狩りに集中するのみだ。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「すみません、遅れました!」

「気にするな。むしろオフなのだ、避難側にいても良かったのだぞ?」

 

 【ハンドルマ第一中国地方支部】の司令室(オペレータールーム)。雄也達と外出していた私が持ち場に戻った頃には既に交戦開始、そして有利に事を運んでいる最中だった。

 

「そうは行きません。私は……」

「分かっておる。持ち場に着け」

「了解!」

 

 服はそのままだが、ヘッドセットをセットして席に座り、状況を確認する。

 リオレイア亜種とリオレウス亜種の同時出現の予報、人民の避難は出現前に完了、同時出現の後、こやし玉を用いた分断作戦から各個撃破という状況。至って順調だ。まるで心配する要素がない。だと言うのに──

 

(胸騒ぎが止まらない)

 

 これは経験による勘か、それとも〈龍血者(ドラグーン)〉ならではの直感か。どちらにせよよろしくないものが私の中に渦巻く。

 

(なんなの、これ)

 

 だが現場に居ない私に、どれだけのことが分かる。雄也達はまだ何も訴えてこない。ならば下手に混乱させることは、言えない。

 

「……冬雪オペレーター、高高度にもレーダーを機能させてくれ」

「りょ、了解!!」

 

 しかしそんな不安を知ってか知らずか、支部長(おじいちゃん)からの指示が、私の不安に突き刺さるように下った。その指示通り、レーダーを高高度──皮肉にもかつて私が乗ってたヘリが撃ち落とされた辺りの高度が自動で検出された。

 

「──え?」

 

 天罰でも下って来たかのような衝撃が降りてきた気分になる、そんな結果から目が離せなくなった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「もう!!牽制で精一杯になるなんて、思ったより強いわねこの個体……!」

 

ゴオォォ!!

グゴギャアァ!!

 

 リオレイア亜種がリオレウス亜種の元に再び合流して以来、中々分断出来ずにいる状況が続く。というのも、飛行能力も地上戦能力も高い上に、夫婦同士で意思疎通が取れてることと知能の高さも相まって、良い具合に向こうにペースを握られ、特に俺と真治の行動を制限されている。

 俺があの激臭の元と見なし、また真治がこのチーム(奴らからしたら『群れ』か?)の主軸だと気付いたらしい。俺の至近距離まで来たと思えば真治に向けてブレスを撃つ。そこを突こうとすればもう片方が追ってくる、なんてのがさっきから続いている。状況を打破しようにも、アニキは低い機動力が災いし、俺の元にも真治の元にも駆けつけられないという状況が続く。

 

「クソっ、俺がこやし玉を投げる隙を見つけられねえとは……」

「麻痺弾が撃てても隙が大きい……どうしたら……!」

「クッ……もっと俺がアイテムを持っておけば……!!」

 

 アニキは比較的フリーになりやすいが、こやし玉も閃光玉も持っていないため、攻撃以外の手段はない。罠は合流前に使い切ってしまったのだ。ここは……賭けに出るか!

 

「来やがれ!」

「雄也!?退いて!!」

「あの馬鹿野郎……!」

 

 そう言いつつも、真治は弾の装填を、アニキもそこらの石ころを拾って気を引く準備を始めていた。

 そして俺の手には二つのこやし玉。リオレイア亜種を分断するための物だが、最早この際選り好みすらしてられない。両方とも離れてしまったならそれで構わないし、片方だけでも戦況は変えられる──!

 

ゴオォアァ!!

ゴギャアァ!!

 

「来た来たァ!!」

 

 ビンゴ!とかグレート!って言いたくなるくらいの思惑通り。さっきまでしてない動きに対し、とりあえず同時に詰めて止めるつもりのようだ。だが、俺に注意を向けすぎだ。真治は耐性蓄積を考慮してリオレウス亜種に睡眠弾を、アニキは石ころではあるがリオレイア亜種の気を引く。その隙ならば──

 

「もら──」

 

ヴィィィィィィィィィィィ!! ヴィィィィィィィィィィィ!! 

 

 と思った矢先、先程聞いたばかりの警報、いやそれ以上の音量で鳴り響いた。この轟音に、流石に火竜夫妻も困惑して動きを止めた。

 しかしなんなのだこれは、〈モンスター〉の乱入?いや、それなら警報では無いはずだ。では何故──

 

『こちら司令部!!総員撤退してください!!』

「真癒さん!!どうして!?」

 

 考えを巡らせていると、司令部(まゆさん)から連絡が入る。しかし意味不明だ。まだ俺達は目標の〈モンスター〉の迎撃を完了していないのだ。

 

『高度3000メートル、北北東より超高濃度龍力生命体の感知あり!!これは──』

 

ゴオォアァオォ!?

グギュウアァ!?

 

 真癒さんの声を遮るように、突如火竜達が怯えるような声を上げ始めた。ますます意味がわからない。今までこんな状況は──

 

「逃げるぞ雄也!!真治!!ここに居たらやばい!!離れろォォ!!!!」

「アニキ!?」

 

 大抵のことには臆せず動じないアニキが、信じられないくらい慌てて真治の手を引きながら俺の元まで走ってきた。そのまま俺の手を掴み、走り出した。

 

『超高濃度龍力生命体の感知、こちらに近付いてます!!急いでください!!』

「分かってるよ姐御!!」

「待てよ何なんだよこれ!?説明してくれ!!」

「説明はあとだ!!死ぬぞ!!」

「死ッ……!?」

 

 いつになく鬼気迫るアニキの顔に、俺も真治も何も言えない。

 

ゴオォアァ!!

グギュウアァ!!

 

『リオレイア亜種、リオレウス亜種、共に離脱体勢!撃退と見なし、本クエストは完遂と見なされます!!』

「完遂とみなす、つったって……」

 

 あまりにも不可解な決着だった。だが説明を待つしかない。

 

『──ッ!!超高濃度龍力生命体、こちらへの接近速度を速めました!!これは……撤退、間に合いません!!姿を隠してやり過ごしてください!!』

「応ッ!!」

「ちょ、アニキ!!指揮権は今私──」

「そんなこと言ってる場合かッッッッ!!!!!!」

「──ッ、ごめん……」

 

 真治がいつもの強気をあっさり崩された。アニキの本気度でここまでのは見た事がない。だからこそ不可解な点が増えていく。そもそもアニキは何が来るか知って──

 

「ん?アニキ、()()なんて降ってたか?」

「──雄也、今なんつった」

「いや、金粉が降ってたかなって」

「…………ッ!」

 

 顔こそ(ヘルム)で覆っているが、アニキが絶句し青ざめていくのが何となくわかった。

 

「アニキ……?」

「クソ、駅付近の地下通路使うぞ!!」

「お、おう!」

『超高濃度龍力生命体とリオレイア亜種及びリオレウス亜種、接敵──何これ、接近者側に膨大な龍力エネルギーの圧縮と放出を検知──みんな逃げて!!!!!!』

「──え?」

 

 

 

 

 

キア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッッッッッッッッ!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 空から、光が世界を塗りつぶす様な圧を感じた。




第一次クライマックスまであと僅か


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第30話 蒼空の流転者

お待たせしました
内定取れたから、卒論に支障ない範囲でペース取り戻します


「……ん……っ?」

 

 目が覚めると、妙に薄暗かった。しかし細かく光が差し込んでるようにも見える。これは……

 

「あぁ……そっか」

 

 天空から広がった、謎の光の大爆発を受けたのだ、俺たちは。んで、俺達はギリギリのタイミングで常磐誠也(アニキ)に蹴飛ばされ、地下道への入口の影に入ったんだ。そして今、大爆発の影響で吹き飛んだ瓦礫が地下道への入口を塞ぐも俺達自体を埋めはしなかったようだ。現に俺は瓦礫に足を挟まれた、ということもなく、真治(まや)もまだ起きてこそないが俺のすぐ隣で寝ている。

 

「……はっ! アニキは!?」

 

 が、肝心要、俺と真治を助けたアニキの姿が見えない。まさか地下道の入口に入り損ねたのか。

 

「真治……真治起きろ!!」

「んっ、……はっ!ここは?」

「地下道の入口。瓦礫で塞がれてるけどな……それより、アニキを見てないか?」

「……もしかして……」

 

 周りを見て気配を確認できないことから察したのか、真治もACCデバイスをすぐさま確認し、アニキの場所を確認する。だが──

 

「嘘……映らない!?」

「故障……いや違う、このノイズって……?」

『ふた……も……える!?』

 

 考えていると通信が入った。だが酷くノイズがかっている。

 

「雄也、地下基盤回線に変えるわよ」

「分かった」

『……あ、繋がった!?映像も見える!?』

真癒(まゆ)さん!」

 

 ハンドルマは異変が起こって通信に支障が出た時のために、地下に回線を張っている。全支部が支部のある地に近い都市部や戦闘に利用する可能性の高い区域にそれを行っている。だが滅多に使われるとこはなく、今はそれを利用するほどの事態ということだと、否応なしに理解を強いられてることを実感する。

 

「今、何が起きました!? アニキはどこに!?」

『……順を追って説明するね。まず何が起きたか……コンソールに資料送ったよ』

 

 ポーチにしまっておいた携帯用コンソールが光った。壊れてはないらしい。

 

「これは……?」

『結論から言うよ。龍力の奔流ともいえる大爆発が、岡山駅付近一帯を薙ぎ払ったの。しかもそれは高熱性で、地下通路の入口の屋根みたいなサイズの物は熱膨張が酷すぎてそのまま崩れたの。これらは突如現れた超高濃度龍力生命体──現時点では『古龍』クラスとされる龍力生命体が、膨大な龍力を圧縮と放出をしたせいでね』

「──ッ!」

 

 瓦礫の理由に納得できた。だが同時に、悪寒が走る。アニキは?確か俺達がここにいるのは、アニキに蹴飛ばされたせい──

 

「……まさか」

『誠也は……二人の避難を優先した結果被弾したよ』

「──アニキっ!!」

 

 すぐ救助しなくては。だが。

 

「……この瓦礫が、邪魔すぎる……!」

 

 市街地故に大タル爆弾を使えば余計な破壊をしかねない。それにアニキがこの瓦礫の壁近くにいるかもしれない。どうしたら──

 

『幸い、地下通路は無事だし他の建物自体は無事なものが多いよ。案内するから動いて!』

「「了解!!」」

 

 地下通路に足を向ける。待ってろアニキ!!今すぐ行く!!

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「……グッ……」

 

 ACCデバイスから喧しいアラートが鳴り響き、目が覚めて最初に目に入ったのは、空から降り注ぐ金粉だった。忘れもしねえ、二年前の梅雨頃、天空に座していた()()()のそれだ。

 

キシャアラルラァ………

 

 かの龍が俺を認識し、降りてくるのが見える。身体に力は入らない。まるで全身に火傷を負ったような感覚で、中身まで焼け爛れたと思わせられる。デバイスのアラートはそれなんだろうなぁ。

 

「……ケッ……」

 

 奴が着地した。死んだな、こりゃ。自分のことなのに、何だか他所のそれを見てるみてぇだ。

 ……雄也と真治は無事だろうか。流石に地下まで焼き殺すような物ではないと思いたいな。

 

キシュルルララァ……

 

 奴が俺に近づく……なんか、顔が鋼龍(クシャルダオラ)に似てんなぁ……キンキラしすぎてるし、角も水晶か何かで出来てるからちょっと似ても似つかねえ気はするが。

 ともあれこいつがかの──

 

「お前か──いつかの金塵龍(きんじんりゅう)ってヤローは」

 

キア"ァ"……

 

 動かない身体で、眼光だけで挑むしか出来ない。体がダメでも心までてめぇにやられたつもりはねえぞ、金塵龍。さぁ来やがれ。転がるだけでも雄也と真治が目を覚まして避難する時間くらいは稼いでやる……!!

 

キア"ァ"……キシャア"ァ"!?

 

 瞬間──奴の頭に徹甲榴弾が刺さり、爆ぜた。まさか……!

 

「アニキ!! 無事!?」

「俺が牽制する! 真治はアニキを!」

「お前……ら……!」

 

 俺の後ろから現れたのは、今まさに逃がそうと思っていた後輩二人だった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「何なのこいつ……!」

「……!」

 

──見たことがないな。

 

 俺と同じ考え。でも、何か含んだ違いを感じる声がまた響く。やめろ、()()が聞こえると大体何かが起きそうなんだ。眠っててくれ。誰か知らないけどもさ。

 

「アニキ、立てるか?」

「はは……悪ぃ……全身……焼かれた……みてぇでな……」

 

 やはりか……ならば、と双剣を抜き、投げナイフホルダーに手を添えて構える。

 

「……真治」

「あんた正気?アニキは救護班に任せてアタシ達二人で止めた方が現実的よ?」

 

 真治もライトボウガンを構える。どちらも迎撃体勢は万全──だが。

 

「アニキがもってくれるか、相手は古龍だ……直撃受けたアニキの容態が一番心配な案件なんだよ……」

「ヘリはもう動いてる……さっきのデパートの屋上までの行き来で……十分、もたせられる?」

 

 十分──未知にして先輩たるアニキを一蹴する程の存在から十分凌ぎ切る……至難の業にも程がある……が。

 

「……司令部、アニキ達から離しつつ、奴の気を引いて安全に下がれるルートの検索を」

『十秒待って』

「了解」

 

 真癒さんがルートの検索を開始。ホント、板についたもんだな真癒さんの支援も。

 

「ルート検索が済んだら3カウント……1を言ったら閃光玉を投げる」

「……すぐ戻るわ」

 

 投げナイフからポーチの閃光玉に手を伸ばす。だが奴からは目を背けない。

 

『検索完了しました。いつでも誘導できます』

「助かります……3……」

 

 俺は閃光玉を取り出し、真治はライトボウガンを納めつつアニキに目線をやる。金色の龍は怪訝そうにこちらを見る。

 

「2……」

 

 安全紐をもう片方の手の空いた指で掴む。真治は少し後ずさった。龍はこちらを未だ睨むのみ。

 

「1……」

 

 紐を抜く──真治は完全に背を向け、走り出す準備だ。奴は上体を上げんと前肢を地から跳ねさせる。

 

「行け!!」

「死なないでよ!」

 

キ"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!!!

 

 閃光玉を投げ付ける。奴が咆哮を放たんとするのは見えた──ならばそこの目線に合わせるのみ!

 

キシュルラア"ァ"!?

 

──恐らく長くは効くまい

 

 だろうな。そんな気は俺もしている。だからまずは後ろに回り込みながら!!

 

「こっちだこっち!!」

 

 大声を上げながら投げナイフを頭部に当てる。一瞬とは言え目が眩んだ古龍は、しかし当てられたナイフの側に振り向く。その隙に真治の側を確認──既に地下通路にアニキを抱えて飛び込んだようだ。アニキはあのままさっきのデパート屋上まで運び込み、真治はその後こちらの援護に来る。ここからの十分が勝負だ!

 

「来やがれ金ピカデカブツ野郎!!お前の相手はこの俺だ!!」

 

 罵倒を混じえた大声で奴の気を引く。〈モンスター〉に対して罵声を浴びせるような悪趣味なことはしたくないが、今は何としても気を引かねばならない。

 

キア"ァ"ッ!

 

 目が治ったらしい。こちらを睨みつけてきた。

 

「誘導お願いします!」

『市役所方面の大通りへ! 下手に隠れきれる位置を使えば救護ヘリに気付かれるため、危険を承知で遮蔽物を利用してください!』

「了解!」

 

 ヘリに気付かれないようにする、つったら……やはり大きな音や光か……?だが音爆弾はない……遮蔽物の破壊音を利用するしかねえか!

 

キア"ァ"……!

 

「突進……! このっ!!」

 

 横に飛び退いて突進を回避する。見たところ、やはりというかリオレウスよりも遥かに大きい。頭から尾先に掛けて、古龍ならではの圧を感じる──というか、角と尾先、更には四肢に翼の各部位に水晶が散りばめられている。これは……?

 

『まだその大通りを奥に進んでください! 路面電車の路線に沿いつつお願いします!』

「了解!」

 

 路面電車の路線か、わかりやすくて助かる。ついでに向こうは俺とやり合う気満々──俺自身は直接ぶつかって生きていける自信はないので、今は睨み合って引きつけるのが精一杯だが!

 

キア"ァ"ァ"……ッ!

 

 立ち上がった。翼を拡げた。飛んでくるのか?

 

「ん……! これはぁ!?」

 

 奴に向かって風が吹き始め、そして俺も吸い込まれる程の暴風が吹き始めた。

 

「まずっ……!」

 

 足を取られ、浮いてしまった。だが!!

 

「こっ……のぉ!!」

 

 取っておきの一本、ワイヤー付き投げナイフを路面電車の駅の柱に向けて投げ、括り付ける。

 

「ぐっ……うぅ……!」

 

 しかしそれでもなお引っ張り続けられる程の風が吹く。そして。

 

キア"ァ"ァ"ァ"ッ!!!!

 

「うおおぉぉ!? ガァッ!?」

 

 今度は吹き飛ばすような風を放った。いきなり逆方向に飛ぶ力が働き、ワイヤーを括り付けた地点から弧を描いて地面に叩きつけられた……いってぇ……!

 

「くっそ……何だ、あれは……!?」

 

 かの龍を睨み直すと、周囲の木々や道路に氷……いや……アレは奴の持つ結晶か……!?

 

『あの〈モンスター〉の風を伴った攻撃には、結晶化液が混ざっている模様……あれを受けて結晶化すれば到底逃げ切れません……!』

「アクラ・ヴァシムのアレと同じか……!このっ!!」

 

 痛みはするがすぐさま立ち上がり、距離を取りつつ投げナイフをぶつける。当然だが刺さらない。硬すぎる。……投げナイフはここで捨てざるを得ないワイヤー付きも使ってしまったため、残りは5本……他の投擲アイテムも、閃光玉は残り2つ、こやし玉が9つってとこか。気を引くには十分……だが……あれほどの攻撃、己の身を守るにはもう心許なくすら感じる……凌げるか……?本当に……

 

『動いてください! そのままでは!』

「いや、下手に動くのではなく……ここに釘付けにしていく……! ワイヤーもない……また吸い込まれたら今度こそ終わりだ……!」

 

 ここを離れれば次は掴まれる場所を見つけるのに時間がかかる。路面電車の駅……ここで完全に壊す羽目になろうとも使わねば死ぬ……!

 

『雄也! 雄──』

 

 通信を切る。一瞬でも他に気を取られては死ぬ……そんな予感がした。

 

「来やがれ……てめぇをどこにも行かせはしねぇぞ!!」

 

キア''ァ''ァ''ァ"!!

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「雄也! 雄也!! ……ダメです、通信切られました……」

「再接続を試みますが、龍力も濃いこともあって難しいかと」

「……参ったのう……【関東支部】からの援軍は!?」

「『岸野陽子』は現在『インド洋』にて古龍『大海龍』の討伐・撃退任務(クエスト)の途中とのこと!」

「なんと……! くっ、国外の〈龍血者(ドラグーン)〉のいる支部全てにコンタクトを取れ!急げ!!」

 

 司令部が慌ただしくなる。陽子は別の戦い……ナナーラや()()()も、恐らくそれに行っているか、万が一動けても時間がかかる……それじゃあ雄也は……真治は……!

 

「……でも……それは……」

 

 私は、もうそれを選んでは行けない。でも……私は──

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

キア"ァ"ァ"!!

 

「このぉ!!」

 

 噛み付きを躱し、顔を横殴りにするように斬りつける。流石に双剣の斬れ味で弾かれることは無い──が、思った以上に浅い。剣が宿す電撃は、恐らく金属製であろう奴の甲殻や鱗に通じているとは思うが、直接的な打撃や斬撃ではあまり有効性を感じない……! 武器の斬れ味も俺の精神も、もつのか、これ?

 

キア"ァ"!

 

 次は引っ掻き攻撃、思いの外単純な攻撃が多いが、いつまたさっきの吸い込みや、あれに準ずる未知の技が来ると思うと、うかうかしてられない……!

 

キア"ァ''ァ''……!

 

 突如浮き上がった。しかも口から吸い込むように風を集めながら……これは……初めて見る攻撃!……着地した?いや、これは恐らく何かを放ってく──

 

──近寄れ!!

「な──ッ!?」

 

 身体が声に従った。直後、奴が羽ばたいた。ほら見ろやはりこれは──来ない? いや、奴の身体から1メートルほどの距離を複数の竜巻が渦巻いた。なるほど、騙されてしまったがそういう攻撃か!向き直ると、そこには奴の前足がある……結晶部分ならどうだ!!

 

「でぇぇやぁっ!!」

 

 左の剣を振り抜く。結晶は──少しだが割れた!いける、こいつは俺でも戦える!

 

キア"ァ"!

 

 案の定引っ掻いてきた。シミュレーターで戦った古龍は大体、横殴りにするように引っ掻いてくる!こいつもその例に漏れなかったか!

 

「雄也!!」

「真治か!」

 

 通常弾が甲殻に打ち付けられる音が響いた。アニキは無事搬送できたようだ。

 

「撤退するわよ!アタシ達で相手しきれるような奴じゃないし!!」

「撤退するつったって、どこにだよ!」

「増援来るまで地下よ!!」

「やっぱりそれか!」

 

 しかしそれしか手はない。俺自身既にリオレウス亜種とリオレイア亜種と交戦してそのままこいつとやり合っている。疲労も集中切れも、飛竜達とは比較にならないほどのものを感じている今、退く以外の選択肢は選ばないほうが賢明だろう。

 ひとまず真治に気を向けた隙に後ろ側に回り込み、通信を起動させつつ作戦を立てる。

 

「どこで地下に行く?」

「アニキを助け出した時の地下通路が一番近くて入りやすいわ。というか、駅周辺の建物の外の地下通路の入口はさっきの光の爆発でぶっ壊れたから……」

「退路は一つしかない、か……!」

 

 真治は徹甲榴弾を頭に、俺は再び投げナイフを首に当てる。それを見た真治が何か違和感を感じた声を上げた。

 

キア"ァ"……!

 

「……今気付いたけどあいつ、クシャルダオラそっくりなのに、風の鎧を纏わないのね……」

「ん……あぁ、今気付いた……本当だな」

「アンタが見落とすってことは、よっぽどキツい戦いしてたのね。でもこれは……」

 

 麻痺投げナイフに手を伸ばす。これならもしや──

 

「待って。リスクが高いわよ。それよりは拡散弾や徹甲榴弾で瓦礫を作って、それや土煙に紛れて撤退する方が確実よ?」

「……それもそうか……でも瓦礫にしたって、ここらはビルばかりで安易に崩せないぞ?」

「崩された地下通路の入口があるわ。あれなら容易に吹っ飛ばせる!

「なら……下がるぞ!!閃光玉行くぜ!!」

 

 背を向けて走りながら、閃光玉の安全紐を抜いて投げ、刹那──光が弾けた。

 

キア"ァ"!?

 

「すぐに目を覚ます!真治!!」

「分かってるわよ!!」

 

 装填に難のあるLv3拡散弾をなんとか走りながら装填した真治は、すぐさま通り過ぎた瓦礫に向かって弾を放つ。

 

「伏せて!」

 

 内包された爆弾が爆ぜた。爆発に巻き込まれないように蹲る。しかしあまり時間もない。すぐさま立ち上がって走り──

 

キア"ァ"ァ"ァ"!!!!

 

「散開!!」

「ぬぁっ!?」

 

 金色の龍が突っ込んできた。吹き飛ばした瓦礫を物ともせず、俺達目掛けて駆け抜けてきた。

 

「見られてたわね……!」

「クソっ……もう一度閃光玉で……奴はどこだ?」

 

 直撃ではないが吹き飛ばされ、姿勢を取り戻すのに時間を取られた隙に、奴を見失った。俺達に強襲を仕掛けた主は、どこにも見えない。見えるのは辺りに舞い散る金粉と、何故か生えてきた結晶のみ。これはまさか!

 

──奴は

「上か!!」

 

 しまっ──

 

「雄也!」

「ガッ!?」

 

 真治の声と同時、吹き飛ばされた。刹那──

 

「あ"ぁ"ぁぁぁぁぁっ"!!??」

 

キア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッッッッ!!!!

 

 真治の悲鳴にもならない悲痛な叫びを、奴の咆哮と砕け爆ぜる結晶が呑み込んだ。

 

「真治ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 せめて攻撃で吹き飛んだ真治を地面にぶつける訳には行かないと、落ちてきた真治をなんとか抱きとめる。これは──

 

「真治、真治!」

「うっ……ぐっ……」

 

 彼女の纏うディボアFシリーズの所々の隙間から、奴の各部位に根付く結晶と同じようなものが覗いていた。しかもこの結晶、肉体に刺さっている……放置などすれば、環境に合わない部分から結晶が爆ぜていく。そんな事が起きれば真治は当然タダでは──

 

「置いて、いきなさい……」

「バカ言うな!真癒さんまで傷つけて……お前まで……!」

 

 急いで抱き上げ、走り出す準備をする。そんな時に限って──

 

キア"ァ"……

 

「この光は……!」

──光の壁が見えないか?

 

 声に従って見ると、確かに奴の周囲に光るドームのようなものがある。まさかアレの中は無事とでも?だが何もしなければ二人とも死ぬ、だったら!!

 

「こんっ、のぉ!!」

 

 真治を抱えながら奴の懐に飛び込む。そしてその瞬間。

 

キア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッッッッッッッッ!!!!!!!!!!

 

「ぐおぉぉ……!」

 

 光が世界を塗り潰した。その圧、アニキの身を焼いたあの光の大爆発と同じそれだった。なるほど、この光のドームは、己すら耐えられない光から身を守るための──!

 

「光が収まった……けど!」

 

 奴もこちらに向き直っていた。こちらの対抗する力が削がれたことを奴も理解したのか、脅威と見なしてないのか、睨むだけで何もしてこない。くそっ……逃げるには好機かもしれないが下手にこういう時動くとどうなるか……!

 

「くっ……どうしたら……」

 

 少しずつでも後ずさってはいるが、限界がいつ来るかなど分かったものでは無い。見逃されることを祈るしか無いのか。

 

キア"ァ"……!

 

 俺に……もっと……

 

「力があれば……!!」

 

 あの日の雪山で、昇格試験で、初狩猟(ファーストクエスト)で、嫌という程湧き出た想い。仲間を何度も傷付けて、俺は……俺は……!

 

キア"ァ"ァ"ァ''ッッ!!

 

 奴が動いた。もう容赦しないと、そう叫ぶように。しかし同時──

 

『龍力生体反応接近』

 

 ありえないアラートが響いた。

 

「はっ!?」

──伏せろ!

「くっ!?」

 

 結局、この何もかも分からない声に従うしかない。しかし今の反応、なんだ?

 

キア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッッ!!??

 

「え……コホッ、コホッ」

 

 伏せた瞬間、奴の絶叫と土煙が巻き上がった。土煙は周囲の瓦礫をも吹き飛ばし、奴を大いに仰け反らせて下がらせた。

 

「な、何が……」

『こちら司令部!! あなたの目の前に来たのは誰!?』

「うぇっ!? あ、こちら上田雄也……誰って……え、何なんですか?」

 

 司令部からの予想外の通信が入る。真治用に使ったから開けてたか。

 それはさておき……誰……誰って……援軍じゃないのか?まずはこの目で──

 

「──え?」

 

 土煙は、襲来者によって砕かれた古龍の黄金の鱗の欠片と共に晴れて行った。

 

「嘘だ……そんな……どうして……!」

 

 あの日(二年前)から忘れたことのない、()()()()()()()()()()()が目に入った。

 

「──ごめんね、雄也」

 

 白夜のような刃が、黒き(そら)を押し込めたような切っ先が見えた。

 

「どうして──真癒(まゆ)さん!!」

 

 居るはずのない狩場(ばしょ)に、来るはずのない彼女(まゆさん)が、いる。困ったような笑みが、彼女であると思い知らされた。




とりあえず今年中目指す


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第31話 血混じりの白金

ほぼ半年ぶり申し訳ない。卒論は終えたのでここから頑張り直します


「メキシコシティ支部の二名、現在別任務中でした!!」

「グランドキャニオン支部、こちらは休暇です! すぐ向かわせるとの事!」

「スコットランド支部、こちらは関東支部と同じ回答です!」

「トムス=オルダックだけでも来られるか……! 急がせるんじゃ!! ドクター篝火も呼ぶよう関東に再度連絡を!!」

 

 雄也との通信が途絶えてから数分、司令部は急いで、各国支部の中で〈龍血者(ドラグーン)〉が所属する支部に片っ端から連絡を入れている。その中ですぐに動けるのは一人だけ……トムスは確かに頼れるけど、それでも雄也と真治(まや)の撤退の後に間に合うか。そもそも、二人が撤退すら出来るか。二人の力を疑う訳じゃない。それでも……

 

『彼が一人で!? なんで!?』

『お願い……無事でいて……!!』

『一人で無茶して……馬鹿……!』

 

 ドラギュロスの時は、私や仲間が行って、()は助かった。すぐ皆が動けたから。でも今は、何もかも違う。雄也は()と違って〈龍血者〉ではない。すぐに駆けつけてくれる仲間は、他に居ない。助けられるのは、動けるのは、ただ一人──

 

「……うっ」

「大丈夫、真癒ちゃん?」

「……トイレ、行ってきます」

「……うん、こっちは気にしないでね」

「ありがとう、ございます……」

 

 そして、ごめんなさい。オペレーターさん。

 

「すみません支部長……」

「無理は、するでない」

「ありがとう、ございます」

 

 ごめんなさい、支部長(おじいちゃん)

 

 「……」

 

 司令室を出て、トイレ……ではなく、屋上に出た。

 

「ごめんなさい。私は──」

 

 私は、私を想ってくれた人、助けてくれた人、全てを裏切ってでも、過ちを繰り返すとしても──

 

「大事な人を、助けたいから」

 

 紅が迸った。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「なんで……真癒さん……」

 

 俺と真治の目の前に、金色の龍の眼前に立ちはだかったのは、忘れもしないあの日(始まりの刻)に差し伸べられた、救いの手の持ち主。

 

『この識別信号……まさか!!』

「……ごめんなさい。でも……」

 

 申し訳なさそうに、しかし硬い決意を表すように、剣を強く握ると彼女の身体に紅い雷光が走った。

 

『馬鹿者!! お前……真癒……なんてことを……!』

『トムスさんが来るのよ!? 貴女が出ることなんて……!』

「私は今、二人を守りたい……!」

 

ギュルルロロォアァ!!

 

「二人から……離れて!!」

 

キ"ア"ァ"!?

 

 白夜を一閃、次は奴の左眼を斬りつけた。

 

「動かないで!!」

 

 怯んだ隙に投げナイフを打ち込む。俺では弾かれたが真癒さんなら──

 

キ"……ア"……アッ"……!

 

 〈龍血者〉の膂力と精度なら、甲殻の隙間を塗ってナイフを打ち込み、肉を切って麻痺毒を入れるなど造作もないらしい。

 

「二人とも!」

「ま、真癒さ──あぁっ!?」

 

 凄まじい力で引っ張られる。しかも今まで体感したことの無いほどのパワーだ。そのまま、逃げ込もうとした地下道への入口にまで引っ張られた。

 

「よっと。ここなら、アレも来れないかな……」

「……真癒さん……」

「話は後。真治の応急処置をするよ」

「……はい」

 

 横抱きにしていた真治ごと地下に運び込まれたが、真癒さんはここまでパワーがあったろうか……そんな疑問は尽きないが、まずは真治をゆっくりと横にする。

 

「雄也、結晶化への対処方法は?」

「衝撃です。人体に無害な方法を取るなら、音爆弾のような高周波を利用します……でも真治の結晶は……」

「刺さってる、ね。幸い急所には刺さってない。でもこのまま対処すると、真治の体内に結晶成分が残る……」

 

 でも、と言いながら、真癒さんは黒天の切っ先を真治の結晶に付けた。すると──

 

「……! 分解……されてる……?」

「……凪咲(なぎさ)から……ドクター篝火から聞いたんでしょ?龍属性の力のこと」

「反転……」

「やったことは無かった……この結晶の龍力が『結合』されてるから、逆にする……『分解』するなんて」

 

 一つずつ、切っ先を当てていく。幸い大きな結晶が数箇所、これならこの処置で……待て、龍属性?ってことは……

 

「待って真癒さんそれは──」

「黙って。集中出来ない」

「……ッ……はい……」

 

 真治の治療も必要な以上、ここで邪魔すれば無駄になる。黙るしか、できない。

 黙って見守っていると、最後の結晶に切っ先が触れ、粉のように、結晶が消えた。

 

「……後は……」

 

 真治の胸元に、手を添えた。すると、温かな光が真癒さんの手元から放たれた。

 

「……これは……」

「龍力は意思に応える力……特にそれが強く根付く〈龍血者〉のそれは……特殊な性質を発することもあるの」

「性質……?」

「私の性質は……『治癒』……龍力を通して、生物の身体を治す力……これが私の性質」

 

 確かに、力を受けた真治の呼吸はみるみる安定し、流れてた血もあっさり止まって傷口も塞がった。

 

「私の体内機能を担う龍力は反転したけど……これは無事で良かった……」

「真癒さん……」

 

 真治が回復したことを確認し、かざした手を離す。

 

「雄也、手を出して」

「あっ、はい……」

 

 言われるがままに手を差し出す。手を取った真癒さんの手から、また温かな光が放たれた。

 

「……これは……」

 

 痛みが引いていく。身体が軽くなる。今までのダメージが嘘のようだ。

 

「もういいかな?」

「あっ……はい」

「なら撤退しよう?そのために移動してたわけだし」

『……もう良いかの』

「支部長……」

 

 通信を付け直すと同時、支部長からの通信が入る。やはりというか、真癒さんの行動に対してただならぬ感情になっているようだ。

 

「……ごめんなさいお爺ちゃん。でも私は……」

『……まずは帰ってくるのじゃ。無事にな』

「…………はい」

 

 険しい表情をしていたであろう声が、少し緩んだ。支部長も、これ以上は帰ってこないとどうしようもないと理解したからだろう。……俺としても……帰らなくてはなんともならないしな。

 

「真癒さんは、先導をお願いします。真治は俺が」

「うん、お願い」

 

 こちらを一瞥し、歩き始めた。俺は真治を背負い、歩き始める。

 

「真癒さん……一つだけ良いですか?」

「何?」

「……ACCデバイス……ロックされてたはずなのに……どうやって……」

「所詮機械だもの、私の雷なら、強制起動も出来る」

「真癒さん……」

 

 聞きたくなかったけど、やはりそうなのか。龍力ってのは、つくづくデタラメだ。

 

「……もう、無茶はしないでくださいね。これ以上は……」

「分かってるって。私も死にたいわけじゃないもの」

「なら、いいんです。これ以上は……真治やアニキが悲しむ」

 

 背負った戦友を一瞥する。半年前、一番焦ったのはこいつだろうに、俺を案じて、なんも言わなかった。でも、きっと悲しんでたし悔やんでた。これ以上、そうはさせたくない。

 アニキだって、俺よりも真癒さんとの付き合いは長い。俺たちに見せなくても、悔しさと悲しさでいっぱいだったはずだ。

 

「……雄也は?」

「俺だって……同じです。真癒さんに死んで欲しくないし、それに……」

「それに?」

 

 先を行く真癒さんを少しだけ追い越して、目を見る。

 

「俺、まだ真癒さんのこと、守れてないですから」

「……そっか」

 

 真癒さんは、安堵したような、少し寂しいような、そんな顔をしていた。

 

「だから、早く帰りましょう、真癒さん?生きて帰れば、何とかなりますから!」

「……うん」

 

 再び避難経路に足を向けた。その瞬間──

 

「うわっ!?」

「これは……」

 

 天井が……いや、地下である以上これも地鳴りか。地鳴りが始まった。地震か?

 

「……もしかして……もう……?」

「真癒さん……?」

「眼を叩き切ったから、しばらくはのたうち回って私達を探すことも無いと思ってたけど……」

 

キア"ァ"ァ"ッッ!!

 

 真癒さんの想定を嘲笑うように、黄金の龍の咆哮が地下にまで響く。

 

「ここに来る前に鍾乳洞で食事をしてたらしいし、私も力が落ちてきたのかな……思ったより治りが早かったみたいだね……!」

「そんな……!」

「もっとも、今は探してると言うより自分に傷をつけた私への怒りで暴れ回ってる感じだね。それでも、下手したらこの地下道まで突き破ってくるかもしれない」

「……!」

 

 それは、今最も避けなくてはならない。怪我をした真治と、これ以上の戦闘は更に寿命を縮めてしまう状態の真癒さんに、大きな怪我こそしてないが消耗した俺。とても奴と戦えるような状態ではない。

 

「だ、だったら! 地下道でも建物の真下に当たる部分はありますよ!!そこに──」

「いくら〈ハンター〉の身体能力でも、人間一人抱えてるんじゃ速度が落ちる。それに、ここから建物の下にまで行くには、多分──間に合わない」

 

 断言して俯く真癒さん。諦めるなんて、そんな貴女らしく、俺達らしくないじゃないですか真癒さん……だったら……!

 

「じゃあ真癒さんが真治を!その間に俺が奴を引き付ければ──」

 

 腹に痛みが走り、全身に軽い電流が走った

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「ガッ──」

 

 小さな断末魔を上げて、真治を背負ったまま雄也は倒れる。腹パンだから前に倒れ込むし、超弱めの電流も入れたから何とか気絶してくれた。背負ってた真治も怪我はない。

 

「……ごめんね雄也。君は強くなったよ……でも……古龍は……」

 

 背負ってた真治と雄也をそれぞれの手で抱き締めてから、床に寝かせる。あ……雄也のACCデバイス、ちゃんと私からの誕生日プレゼントなんだ……良かった……ちゃんと、受け取って使ってくれて。

 これをあげることを決めた日を思い出す。アレは古龍でこそ無かったが、それでも匹敵する存在になり得た。だからますます実感する。

 

「あの古龍(やくさい)は、()()では立ち向かえない」

 

 だからこそ、前大戦でも今も、〈龍血者〉が産まれたんだ。人が生きるために、常人の肉体を捨てて前に進む存在が。

 

「……司令部、こちら冬雪真癒」

『……真癒ちゃん……貴女……!』

「時間がありません。私の今いるポイントに雄也達を置いていますから、回収を。それから……」

 

 聞くことは酷だと思う。それでも、進むために。

 

「──私の活動限界時間はどれほどになりますか?」

『ッ……それは……』

『……ドクター篝火曰く、通常戦闘なら6時間、『龍活剤』の服用で4時間まで減少、〈破龍技(ジーク・アーツ)〉一発ごとに30分減り、〈龍血活性(ブラッド・アップ)〉を一度でも使えば2時間まで縮小する、とのことじゃ』

「……分かりました」

 

 支部長(おじいちゃん)が答えた。これは恐らく、戦闘後に「十分な処置を行えるライン」だろう。凪咲は私の最も信頼するドクターだ。必ず私の生命を救うため、私が無茶を選んだとしても、という手段を用意しているはずだ。だからこそ、この時間。でも──

 

『ドクター篝火にはもう声をかけてある。だから無理はするな』

「了解」

 

 私は、もうそれすら裏切ってでも二人を守ると決めたんだ。謝って済むことじゃない。死後にどんな謗りを受けるか分かったもんじゃない。それでも、私は迷いたくない。助けたい生命のために。

 

「奴は、まだ上だね」

 

 外に出よう。まずはそこからだ。来た道を戻り、再び奴を見つけた。まだ気付いてない、今の内に『龍活剤』──『ドラギュロス』の時にも飲んだ、私用の活性剤を飲み干す。

 

キア"ァ"ァ"ッッ!!

 

 私に気付き、怒りに吠える黄金の龍。これからの攻撃は、きっと雄也がギリギリで捌いてきたそれとは比べ物にならないだろう。でも、それでも──

 

「──最後だよ、黒天白夜。私の生命を使い尽くしてもいい、だから……」

 

 双剣を抜き、親指の腹を噛み切って己の血を啜る。強く握った双剣が力を纏い始める。白刃に赤雷が、黒剣に火炎が走る。

 

「どうか、あの龍を退ける力を」

 

キア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッッ!!!!

 

「はぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」

 

 鬼人化(天へと掲げ)真・鬼人解放(果てに振るい)極・鬼人解放(地に払う)。〈龍血活性〉に極・鬼人解放。私に振るえる全てをこの龍にぶつけて、私はこの龍を退ける!!!!

 

「過ちを繰り返したとしても……これが、私の生命の使い道だから!!」

 

 愛する者の為に生命を使う。そもそも私は、おじいちゃんの仕事を助けたくて、お父さんが死んじゃって大変な私の家族を守りたくて、この戦場に来たんだから!!

 

キア"ッ……キア"ァ"ァ"……!!

 

 吠えたててすぐに飛び退く金色の龍。同時に周囲から光が目覚め始めた。あらゆる外敵を焼き滅ぼす黄金の光が。

 

「もうその技は……喰らわない!!」

 

 だけど私はもう気付いてる、絶殺の光だけではなく、奴自身を覆う薄い光があることに。つまりそれは──

 

「その光に! 貴方自身も耐えられないってことでしょ!!」

 

 地を蹴り、光の壁に入り込み、そして!

 

「でぇぇぇぇぇぇいっっっっ!!!!」

 

キシャァ"ァ"ァ"ッ"ッ"!!??

 

 咆哮のために持ち上げたその顔面を、首ごと揺らすために蹴りを入れる。直後──

 

キ"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ッ"ッ"!!??

 

 焦げ臭い匂いが立ち込めた。あまり体感したことは無いが、これが「金属の灼ける音と匂い」なのだろう。上手く行った。さしもの古龍も、普段が四足歩行なら二足でのバランスは劣悪。そこを強く横に揺らされれば体勢を崩し、そしてその巨大な翼を含む巨躯は、否応なしに光の壁の外に出て、己を守る膜も意味を為さずにその身を焼く──!

 

「これで──カフッ!?」

 

 こんな時に血が……!しかも空中だってのに……いだっ……着地、失敗……でも向こうも痛みに悶え苦しんでて良かった。反撃の気配はない。

 

「ふぅ……悪いけど、これ以上は好きにさせられないよ」

 

キィ"ィ"ア"ァ"ァ"……!!

 

 血を拭いながら、通じるはずのない言葉を語る。私自身の独り言か、本気で語り掛けてるのか、自分でも少し曖昧だが。

 しかしここからこの龍は、恐らく怒りのボルテージも過去最大、少なくとも私の今まで相手してきた〈モンスター〉達の中でも最強クラスの存在となるだろう。興奮しきったあの巨躯は、翼や手足を打ち破ったくらいでは止まる気配はない。龍属性の痛覚反転も、そもそもドラギュロスと違って焼き切れたわけでは無いため、効果は無いだろう。それでも──

 

「一歩だって退いてなんかやらない。この想いは……」

 

 剣を構える。私の覚悟はただ一つ。

 

「古龍だろうと、止めさせない!!!!」

 

キ"ィ"ィ"ィ"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッッッッ!!!!!!!!

 

 再び吠える金色の龍に、白夜の切っ先を向ける。例え古龍(天災)相手だろうと、私は高らかに吠えてやる。

 刹那、背中が熱くなる。あるはずの無いものが光り始めるような、無くしていたものがもう一度目覚めるような、そんな熱が広がる。そっか……これは……()()()!!

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!!」

 

キァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッッッッ!!!!!!

 

 地を蹴り、交差した刃を左前脚に斬り払う。奴が振りまくような黄金の粉塵が舞う。やはりアレは、この龍の鱗や甲殻由来の代物──!

 

ギャア''ァ"ァ"!!

 

「確かあの時感じたのは……白夜(こっち)!!」

 

 右前脚の振り払いに合わせるように白夜を逆袈裟に薙ぎながら距離を取る。上手く斬りつけた右前脚を注視すると、白夜の赤雷が僅かに帯電していた。それも、割れた鱗が弾けるように。

 ──雷が効果アリだ。あの時の勘はやはり間違いではなかった。白夜と黒天の柄尻を連結し、白夜に力を集中させる。空いた右手には投げナイフ……こちらは帯電させれば何とか有効打になるか。場合によっては投げナイフに龍力を溜め込み、当たった所で爆発させれば──!

 

「はぁっ!!」

 

 もう一度右前脚に向け、投げナイフを撃ち込む。狙うは先程斬りつけた傷口!!

 

キアァ"ァ"……!

 

 抵抗するかのように左前脚で薙ぎ払──おうとするも、電撃の痺れが発生したのか、鈍化した動きでは間に合わず投げナイフは傷口に刺さった。それを確認して、指を鳴らす。

 

キア"ァ"ァ"!?

 

 やはり効いた。クシャルダオラ同様、甲殻や鱗の内側は中々柔らかい。オマケに金属の外殻が肉に刺さるため、余計に効くはずだ。いくら痛覚が弱くなったとしても、そもそも動かせないまでのダメージともなれば、話は別物だろう。よし──っ!

 

「こふっ!? ……ま、また……!」

 

 思ったより早く次の吐血が来た。やはり負荷が尋常じゃない……でも当然かな。〈龍血活性〉に龍活剤に極・鬼人解放。更には私にとっても久しぶりの〈羽化(アウェイクロージョン)〉だ。龍力の元の古龍の力をこのタイミングで新たに引き出したことへの疲労と、力そのものからの負荷が重なり、長期戦は望むべくもない。が、()()()()まで獲得した今、雄也達のいる地下道から引き離すことはより容易になった。あとは……

 

「私が空を征することが出来るか、だね……!」

 

 白い影のような、形無きこの翼は、きっと生命を差し出した甲斐なのだろう。私のような才能もなければ運もない女に、代償もなしに巡るには過ぎた力だもの。それでも、今はこれ以上に心強いものは無い……!

 

キア"ァ"ァ"ァ"ァ"!!

 

「っ、おいで!!」

 

 雷光を纏う白翼を羽ばたかせ、突進を躱す。私を見失った金色の龍が、戸惑うように首を回し、ようやく私を捕捉した。

 

「着いておいで!!」

 

キア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!!!

 

 挑発する私に応えるように、金色の龍が飛び上がる。やはりクシャルダオラ同様に高い飛行能力だ。あの時は地上から待ち続けたり、わざわざ高いところに登って対処したりとしたが──

 

「今なら──逃がさない!!」

 

 それが人を捨てた選択としても!!

 

キア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッ!!

 

 風のブレスが放たれた。クシャルダオラのそれと比べ、黄金の粉塵混じりなそれはまだ視認性においてはマシのようだ。弾速は……思ってたより遅い!! 反撃まで行ける!!

 

「そこぉ!!」

 

キア"ァ"ァ"ッッ!!

 

 二発目。だがそれも遅い。翼を翻し、弾くように回避して距離を詰める。狙うは砕いた右前脚!そこを起点に、私の全龍力を使っての大放電でなら──!!

 

「勝てる!!」

 

 帯電投げナイフを右前脚──ではなく頭部と左翼に向けて二本ずつ投げつけ、指を弾き鳴らす。

 

キア"ァ"!?

 

 瞬間、ナイフが弾け飛び、爆風が奴の視界を僅かに奪う。その隙を突けば!!

 

「貰っ──」

 

キア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!!!

 

「ガッ──!?」

 

 剣を振るうと同時、突如横薙ぎに吹き飛ばされた。

 

「いっ、だ──!」

 

 咄嗟に翼で受けたけど、衝撃は殺せずビルの壁に叩きつけられる。こんな、時に……!

 

ギャア"ァ"ァ"ァ"ァ"!!

 

「ッ!! こっの!!」

 

 休む暇もなく飛び退く。その直後に私が埋まりかけた壁の凹みを金色の龍が上書きするように押しつぶす。危なかった。

 ここからどうするか。悔しいけどナイフの爆風じゃ決定打の布石にもならなかった。いや、なり得たが思わぬ反撃に手を止められた。そして二度目が通じる可能性は低い。

 どうする?目の潰れた側に回り込み続ける?違う、それじゃ傷付けた右前脚が遠のく。力づくで足を砕く?いくら〈龍血者〉でも死に体の私では膂力で並ぶことすら出来はしないか。身を隠して隙を着く?ダメだ、隠れるために龍力を抑えたら次の放出で身体が持たなくなる。八方塞がりだ。

 

キア"ァ"ァ"!!

 

「うっ……!」

 

 突進してくるが横に回避。私が打つ手を失ったと見たか、急に攻撃的になってきた。完全に向こうのペースだ。いけない、呑まれる。見つけなきゃ。奴の穴を、隙を、突破口を。

 こんな時、雄也なら極限まで動き続ける。真治なら極限まで目を凝らす。誠也なら極限まで耐え抜く。なら、私は?

 

「──私は」

 

 奴が壁に埋めていた顔を出すのを見て、投げナイフを取り出し、龍力を込める。

 私は、極限までこの剣を振り続ける。だって──

 

「私は……誠也の姐御で、真治のお姉ちゃんで、雄也の師匠なんだから!!」

 

 奴の眉間に向けてナイフを投げ、込めた龍力を爆発させ、真っ直ぐに突っ込む。怯んでなどいられない、恐れたところで何も出来ない、一度退くなど意味は無い。風が向かうなら切り裂くまで。爪牙が襲うなら砕くまで。それを成してこそ私達〈龍血者〉の本懐──!

 

キア''ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!!!

 

「はぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

 爆煙を抜けてきた龍が左の爪を振るう。負けはしない。連結していた黒天を再び右手に握り、爪を受ける。重い、あまりにも重い。けど──

 

「こ、のぉぉおぉぉ!!!!」

 

 衝撃を流すように身体を回し、爪の勢いを逃がす。空振り同然の隙を作らされたこの龍の右前脚は、ガラ空きだ。つまり──

 

「今度こそ、貰ったぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 白夜を逆手に持ち替え〈破龍技(ジーク・アーツ)〉──『白光』による龍力の刃を、穿たれた右前脚に突き立てる。

 

キ"ィ"ィ"ィ"ィ"アァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッッッッ!!??!!??

 

「くぅっ……!」

 

 大きな一撃を撃ち込むことは成功したが、当然その激痛にのたうち回る金色の龍。深く穿った刃は中々抜けず、大暴れする龍の激動に負けぬよう剣を硬く握り、形無き白翼で龍を抱き締めるようにしがみつく。ここで突き放されれば、次のチャンスを掴めないかもしれない。それだけは許す訳には行かない。この勝機だけは、零してなるものか……!

 

「こ、っのぉぉぉぉぉ!!!!」

 

キ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッッ!!??

 

 白夜に更に電撃を流し込み、追い討ちを入れる。暴れることすら疎うほどのダメージを入れれば、死に体の私にも勝機を引き寄せられるはず!!

 

「負け、ない……!!」

 

 自分の足を、剣を刺した右前脚に組みつき、より一層固くしがみつく。その間も放電を続け、全身全霊をもって龍の生命を削る。私が先か、龍が先か。

 

キァ"……ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッッッッッッッッ!!!!!!

 

 龍の咆哮と共に、周囲が微弱ながらも光に包まれ始めた。これは、あの光の大爆発の予兆だ。しかし光の幕の内側、即ち自身に密着したモノにそれは通じない。なのに何故──

 

「──まさか!?」

 

 よく見ると光の幕がまだ見えない。まさか、自爆覚悟で私を焼き殺すつもりか……!!

 

「させ、るかぁぁぁ!!」

 

 剣を引き抜いてすぐに距離を──

 

キア"ァ"!!

 

「ちょっ!?」

 

 しかし今度は追い払うためというより、逃がさぬと言わんばかりに左前脚や右後脚を私に向けて振ってくる。こうなったら──

 

「これ、で……抜けてぇ!!」

 

 黒天を再び連結し、もう一度『白光』の刃を形成する。持ち手を長くし斬れ味を上げればこの深く刺した刃でも!!

 両手で剣を握り、両脚で龍の胸を蹴り飛ばし、形無き白翼は蹴りと同時に強く羽ばたかせる。

 

「抜け、たぁ!!」

 

キア"ァ"ァ"ァ"ァ"!!??

 

 成功した。強く蹴り大きく羽ばたいたために少し体が回りはしたが、上手く空中に留まる。龍力を使う度に、身体が翼の使い方を覚えていくような、そんな気がした。まだ行ける。私の命は確かに削られてるのだろうが、私の力はまだ強くなってる気がする。力が漲る。散り際の炎は最も輝くことと、同じかもしれない。それでも──

 

「まだ……行ける!」

 

 この剣は、翼は、まだ──折れてない!!

 

キアァ"ァ"ァ"!!

 

 奴は光の爆発を放ち損ねた。深く貫かれた右前脚のダメージは、例え怒り狂って感じなくなった痛みを差し置いたとしても力の行使を阻害するものだった。決死の抵抗は怒れる暴龍にも効果を成した。ならば──まだ抗う意思は折れない!

 

「これで……!」

 

 龍が吼え、こちらに向けて羽ばたく。奴の全速力を乗せた滑空突進だ。受ければタダでは済まず、躱すにはその広がった翼と速度が許さない。 ──手は一つ。

 

「……終わらせる!!」

 

 連結した双剣に力を込める。私に残された全て、生命の灯火。ありったけの〈天龍力(アルズマ)〉を叩き込んで長剣と成す。

 

キアァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!!!

 

 白光が閃く。龍の黄金の体躯が白金のように照らされる。

 剣を振るう。龍の首、その潰した眼球諸共に斬り捌いてみせる。

 そしてこの一刀に──未来を切り開くかを賭ける!!

 

「『龍妃の白翼(ジークリンデ)』……!!!!」

 

 雷光が、落ちた。



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