モンスターハンター 【紅い双剣】 (海藤 北)
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第一章 【紅い双剣】
第一話 目覚め


 初めての方は初めまして、海藤 北です。
 お久しぶりの方、本当にすいませんでした。お久しぶりです。

 この度、キャラクターの設定やストーリーなどを練り直して再始動する事といたしました。幾分かは文章力も向上いたしましたので、本作を楽しんでいただけるとうれしいです。
 更新はゆっくりになってしまいますが、気が向いたときに読んでいただけるとうれしいです。

 前置きはこのあたりにして、本編をどうぞ。


 大地を、大洋を、そして大空を、数多のモンスター達が翔けている世界。

 その強大な自然と共存し、そして立ち向かうために知恵を絞り、腕を振るう者たちを人々はハンターと呼んだ。

 そのハンターたちの聖地とも言える都市、ドンドルマ。ここは狩りの最重要拠点の一つとなっていた。ハンターならばここに憧れぬ人はいないだろう。

 ここは多くのハンターが集まるため、必然的に生活物資も多く必要になり、また多くの情報も飛び回っていた。そうしてドンドルマは、狩猟都市としてだけでなく、地方でも最大級の交易都市となっていた。

 

 そんな、ドンドルマからは離れたとある山間。猛吹雪の峠道に一つの人影があった――

 

 

◇ ◇ ◇ 

 

 

 視界が悪い。多めに持ってきたはずのホットドリンクも殆ど底をついた。頭から足の指の先まで、全身が凍り付いているみたいだ。いや、本当に凍っているのかもしれない。

 意識が薄れる。

 

 ──しかしここで止まる訳にはいかない。

 

 寒さや手足の痛みをぐっとこらえてその青年はまた一歩一歩と踏み出した。

 

 その青年を上から見下ろすもう一つの影があった。

 青年はその影の奇襲に気がつけなかった。普段の彼ならばその『職業柄』からしても、すぐに対応出来る筈だった。

 しかし、ひたすらに進み続けることに必死になっていた彼は、その影への反応に遅れた。

 飛び降りてきた襲撃者の爪青年の背中をかすめた。

 

「っ?!」

 

 かすめただけの爪に青年は数メートルも吹き飛ばされ、ニ、三度雪の上を転がされた。青年はすぐに振り返って襲撃者を見た。

 青年は初めて目にするそれに硬直した。

 青年の中を支配したのはただ純粋に恐怖だけだった。いつも狩る側にいた青年が、狩られる側に立たされた。そんな久しく感じたことがなかった感覚のせいで彼は何もすることができなかった。

 

 気がつけば青年は宙を舞い谷底へと落ちていった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

──ポッケ村のとある民家──

 

 

「まだ、目は覚めないかの?」

「ああ、ただ傷は大体は癒えたみたいだ。大した回復力だ」

「ふむ、そうか。目が覚めたらこのオババに教えてくれの」

「はいよ、オババ様」

 

 部屋に一人になった男は、ベッドに寝かせている青年を見下ろした。

 

「これも運命の巡り会わせってか?偶然にしては世の中よくできているもんだ」

 

 彼はそう言って手の中のペンダントを見つめた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ここは、どこだ……」

 

 目を覚ますと見知らぬ部屋に寝かされていた。

 辺りを見回すと大きな道具箱と本棚、それから自分の寝ているベッドぐらいしかない質素な部屋だった。窓の外を見るとまだ朝らしい。

 

「お、目が覚めたか」

「……あんたは?」

「私か?私はブルックだ。山中にキミが倒れていたところを、私が助けたのだよ」

 

 そこに立っていたのは五十歳ぐらいと思われるフードをかぶった男だった。いまいち状況が掴めていないが、とりあえず一言「ありがとうございます」と礼を言った。

 

「で、俺が山の中に倒れていたって?」

「覚えていないのい?」

「……ああ、全く」

 

 まだちゃんと意識が覚醒しきっていない様子のその青年を見て、ブルックは少し考えてから言った。

 

「念のため聞くが、まさかキミ、記憶喪失とかではないよな?」

「記憶……」

「……まさか本当に記憶喪失なのかい?」

「……わから、ない」

「あちゃー、冗談のつもりだったんだけどなあ」

 

 ブルックは気まずそうに頬を掻いた。

 

「自分の名前は覚えてるかい?」

「いや、本当に何も……」

「そうか……。ああ、いや、気にすることはないと思うよ。おそらく何らかのショックによる一時的なものだろうから。……ああそうだ、まだ傷も完全には癒えていないから、しばらくはここで安静にしているんだ」

「そういえば、この部屋は?」

「ここは、私がハンター稼業をしていた頃に使っていた部屋だ。引退して今はもう使っていないから、自由に使っていいぞ。ああ、あと余裕があれば村長に挨拶をしておくんだぞ」

 

 元気になったら部屋賃は払ってもらうぞ、と言い残してブルックは部屋を出ていった。

 

 不思議だった。自分のことは何一つ覚えていないのに、知識というものだけはしっかり残っていた。

 ベッドの横の窓に止まっていた小鳥を見ると、慌てて飛び去って行ってしまった。

 

「何だっけなぁ……。なんか、大事なことを忘れている気が……」

 

 なぜ自分が雪山にいたのか、その重要な理由もすっかり忘れてしまっていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 次に目を覚ますと、もう日が落ち始めていた。

 

「は、腹減ったな……」

 

 おそらくここに運ばれてから数日寝ていたのだろう。胃が絞った雑巾のように小さくなっているようだった。

 青年はベッドから降りて自分の体を見回した。

 

(そういや俺、何も着てないじゃないか)

 

 インナー以外は脱がされており、体のあちこちに包帯が巻かれてある。おそらく傷の手当の時に着ていたものを脱がされのだろう。

 着るものが何か入っているだろうかと思い、部屋の隅の道具箱の方へ歩いた。体の節々が痛かったが、それでも歩けない程ではなかった。

 箱の中を覗くと、マフモフと呼ばれる防寒具が入っていた。

 

(とりあえずこれを着ておくか)

 

 青年は誰の物かもわからないマフモフを身につけて部屋の外へ出た。

 

「おお、これは……」

 

 外に出て目にしたものは、見渡す限りに連なる山々。『初めて』見るその景色に感動した。ちょうどその時風が吹き、青年のの黒髪を揺らした。

 

「うわっ、これは寒いな」

 

 ここポッケ村は、もともと地域的に寒い地方で更に標高の高いところに位置するため非常に寒い気候となっている。村といっても規模はそこそこに大きく(ドンドルマなどとは到底比べものにはならないが)地域地域を結ぶ峠の中央部にあるため、大都市からの狩りや物資輸送の中継地点として多くの人が訪れる。

 ただし、あくまで中継地点であって腰を据える人は少なく、時期によっては全くと言っても良いほど人がいなくなることもある。

 辺りを見回すと、村の人々は自分と同じような防寒着を着ているが、全く寒そうなそぶりは見せない。やはり慣れだろうか。 

 道を下っていくと、村長らしき老婆が焚き火の前で座っていた。同じような格好をしたアイルーと呼ばれるネコ型の獣人種が横に立っていた。

 目が開いているのかもよくわからないほど細目のその老婆は青年に気が付いたらしく、青年にそばへ来るように手招きをした。

 

「おお、すっかりよくなったようだの。雪山に人が倒れていると聞いたときには驚いたよ。改めて自己紹介させてもらおう。このオババが、ここ『ポッケ村』の村長さ。よろしくたのむの」

 

 村長はその小さな体でペコリとお辞儀をした。

 

「こちらこそよろしくお願いします。えっと、俺は……」

「事情はブルックから聞いておるよ。まあ、この村での生活の中でゆっくりと思い出していくとええ」

 

 焚き火を杖でつついていた村長はこちらを向き直すと改めて言った。

 

「生活を保証する代わりに、というわけではないのだが、一つオヌシに頼みがあるのだが聞いてもらえるかの?」

「ええ、なんでしょうか」

「うむ。実はこの村には、手練の専属ハンターがいなくての。……以前は五人もいたのだが、それぞれ引退したり色々あっての。今は一応そのハンターの子供に修行も含めて簡単な依頼をこなしてもらっておるのだが……。一人でこなすには依頼の量が多いこともあるし、手に余る難度の高い依頼は、たまたま村に訪れていたハンターに頼んだり他の街から呼んだりしているのが実情での。無理を言っているのは十分承知ではあるが、オヌシは今収入原がないだろうからの、ひとつこの村の専属ハンターを引き受けてくれぬかの」

 

 随分と急な申し出だった。しかしまたこれは幸運だとも思った。先程ブルックに家賃を払えよと言われた時に、さて身元もわからない自分がどうやって働こうかと思ったが、まさかこうも早く仕事の候補が見つかるとは思っていなかった。

 

「でも俺はハンターなんて未経験ですよ……、おそらく」

「別に構わぬよ。あの子と一緒に頑張っていっておくれ。オヌシらが一人前になるまでは今までどおり、他のハンターにもお願いしてなんとかするつもりだからの、心配せぬともよい」

 

 あの子、とはおそらく先程の話に出てきた元ハンターの子供のことだろう。自分一人ならば心細いと思ったが、仲間がいるならば色々と楽だろう。

 

「……分かりました。引き受けたいと思います」

「おぉそうか、引き受けてくれるか。……そうだホレ、支度金だよ。少ないけれど受け取っておいておくれ」

 

 そう言うと村長は1500zを手渡してくれた。数日の食事の分だと考えれば十分な額だ。

 

(これで狩りの準備をしろってことか。でも……)

「ま、まずは食べ物だ。そろそろ、限界だ……」

 

 青年はそのままふらふらとした足取りで、集会所の中へと入っていった。

 

 集会所の中には、受付嬢などを除くと数名しかおらず、それもハンターらしき人は一人もいなかった。おそらく仕事を終えた後であろう村の人たちが、麦酒とおつまみで卓を囲っていた。

 自分にはああやって楽しく笑い合える仲間はいない。そう思うと急に忘れかけていた孤独感に再び襲われた。

 そうしてしばらく沈んだ面影で立っていると、入口付近にいた女性が話しかけてきた。

 

「あら、初めまして~。話は聞いているわ~。私はポッケ村でギルドマネージャーを務めさせてもらっている者ですわ~。よろしくね~」

 

 話しかけてきた女性は、極東の地の民族衣装をまとっており、また竜人族と呼ばれる種族の特徴である長い耳をしていた。

 

「あ、ど、どうも」

 

 軽く会釈をすると、ニッコリと笑い返してくれた。大人女性、という感じで少しドギマギした。

 そこで我に返った。今はそれどころではない。すぐにでも最優先事項を済ませねば、と。

 

「あ、あのすいません。食事ってどこでとればいいでしょうか?」

「あら、食事?うちの村の人たちは自宅で自分で作ったり、アイルーさんに作ってもらったりするのが普通だけれども、集会所でも食事は可能よ~。そうね~、歓迎の意味も込めて今回だけはおごってあげましょか」

 

 悪いですよ、と断ろうかと一瞬思ったが、自分の全財産が1500zであるということを思い出して、素直に好意に甘えることにした。

 集会所の中央にある席に腰掛けてしばらく待っていると料理が運ばれてきた。ステーキに芋が少し添えられている簡単なものだったが、溢れ出る肉汁とほくほくと出る湯気と香りに思わず生唾を飲み込んだ。

 

「いっただきます!」

 

 勢いよく口に放ると、想像以上に熱く口の中を火傷しそうになった。しばらく口を開けて冷ましてからゆっくりと噛み始めた。その味に思わず言葉が漏れた。

 

「……美味い。……でも初めて食べる肉だな」

 

 それは彼の知らない(・・・・)味だった。

 

「あら~、ポポのお肉は初めて?」

 

 いつの間にか前の席にはギルドマネージャーが座っていた。

「これがポポ肉……」

「そうよ~。ポポはこの付近にしか生息していない草食獣なの~。こうやって食用に使うこともあるけれども、気性が穏やかで力持ちだから、人と一緒に暮らして、荷物運びや農業のお手伝いもするのよ~。このあたりは高い山に囲まれて生態系が一部独立しているのよ~。だから珍しいものが多いかもしれないわね~」

 

 その後も様々なことを教えてもらいながら食事をした。どれも新鮮な話ばかりで、おそらく自分はこの辺の人ではなかったのだろうということが想像出来た。

 ギルドマネージャーは村の人たちから人気があるらしくいつの間にか二人は沢山の人たちに囲まれていた。なにせ美人である。ギルドマネージャー目当てでこの集会所に足を運んでいる人も多いようだ。

 そしてそこに同席していた青年にも自然と声が掛かるようになった。

 

「きみ、初めて見る顔だな。引っ越してきたのか?」

「私ここを出たところで雑貨屋を営んでいるの。今度何か買いに来てね」

「ビールでも一杯おごってやろうか?」

 

 そんな調子でお酒までおごってもらえた。この国の法律では飲酒に対して年齢制限がなく若いうちから飲む人も多い。

 自分の喉がジョッキに注がれたビールを欲しているところから察するに、どうやら自分は日常的に飲んでいたらしい。

 ぐいっと一飲みでジョッキの半分ほどを飲み干した。冷えたビールが喉を通る感じが非常に心地よい。「おうボウズ、若いくせによく飲むじゃねえか!」と、さらに継ぎ足してくれる。周りの人たちも料理や酒を注文して、集会所はほとんど宴会状態になった。

 親切なな村人たちだ。これなら記憶が無い自分でも暮らしていける。そう思えた。

 記憶を失った自分に居場所などないのではないか。そんな不安はいつの間にか消えてなくなっていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 村の人たちと酒を交わし始めてからしばらくした時、突然集会所のドアが勢いよく開け放たれた。

 

「みんなー!たっだいまー!」

 

 集会所全体にまで響き渡る大きな声と共に入ってきたのは、ランポスシリーズと呼ばれる防具を身に付け、大剣のゴレームブレイド改をを背負った十五、六歳と思われる少女だった。髪の毛は先が外側に跳ねたショートで、茶髪は先に行くほど色が薄くなり、毛先は金髪のようになっている。瞳は炎のように赤く、口元から白い八重歯がのぞいていた。見るからに元気いっぱいの少女だ。

 

「「おぉっ、帰ってきたか!」」

 

 賑やかだった集会所がさらにそのボリュームを上げた。

 

(あれが、村長の言っていたハンターの子供。てっきり男だと思ってた……)

 

 まだ集会所に入って一分と立っていないのに彼女は村人たちに囲まれて、食べ物を勧められたりなんだりと、身動きが取れなくなっていた。

 

(しかしすごい人気だな……)

 

 しばらくその様子を眺めていると、お互いに目があった。

 

「あれ、初めて見る顔だね。キミ、旅の人?」

 

 突然話しかけられてどうしようかと思ったが、ここまでの経緯を話すことにした。記憶がないことを聞いた村の人たちは驚いていた。

 

(そういえばまだ村長やギルドマネージャーしか知らなかったんだっけ。……ああ、あとブルックさんもか)

「そっか、自分の名前も覚えていないんだ……」

 

 少女は少し困ったような顔してから、ぱっと顔を上げて言った。

 

「名前が無いんじゃなんて呼べいいか困るし、いま決めちゃおうよ。とりあえずでいいからさ」

「……ん?」

 

 一瞬何を言っているかわかなかった。

 

(な、名前を付ける?いま?)

 

 突拍子もない話に面を喰らってしまった。たしかに呼ばれる名がないのは困るが、会っていきなり名づけてやろうなど、普通の人は考えないだろう。

 しかし彼女は既に少年の黒い瞳を覗き込んで何がいいかと考え出している。彼女の身長は少年の肩ほどまでで、必然的に上目遣いのような形になっている。

 

「ちょっ……!」

 

 思わず顔をそらしてしまう。記憶は無いといえど、本能的な部分、特に感情の部分が失われた部分ではない。

 年下に見えるとはいえ、ある程度成熟した身体の、しかも初対面の異性にいきなり接近されると気恥ずかしいものがある。

 当の本人はそんな様子には気づかず、あれでもないこれでもないとまだ考えている。

 しばらくしてポンと手を叩くと、笑顔で言った。

 

「よし、キミの名前は今日からカイト。カイトに決定ね!」

「決定したのかよ!……一応聞くけどなんでまたカイトって名前にしたんだよ……」

「えっとね、ウチの好きな物語の主人公の名前なんだ」

「も、物語の主人公ねえ……」

 

 架空の人物の名前を付けられるなど少々どころかかなり恥ずかしい気がするが、周りの人たちが「カイトか、いい名前じゃないか」「よろしくねカイト君」なんて言い出すものだから、どうやらこのまま決定してしまいそうな雰囲気になってしまった。

 

 「そうだ、まだこっちが名乗ってなかったね。ウチの名前はリンっていうんだ。よろしくねカイト」

 

 あまりの強引さにあっけに取られていたが、思わずため息をついて笑顔がこぼれた。

 

(なるほど、村の人たちからも人気があるわけだ)

 

 一緒にいるだけでこっちも元気なってしまう。そんな娘だった。

 カイトはため息を付いてから笑いながら手を差し出した。

 

「じゃあ、これからよろしくな、リン」

 

 こうして、カイトのハンターとしての生活が幕を開けることになった。




 一話の分量はこのぐらいです。更に長くなることもあれば、短くなること(こっちのパターンが多そうですが)もあります。

 お気づきの方もいるかもしれませんが、主人公の名前と、ヒロインの一人称が変わりました。


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第二話 双剣

どうもどうも、大体これぐらいのペースでの投稿を“目標に”頑張っていきたいと思います。とはいっても、まだ改訂前とほとんど内容が同じなので、割とハイペースでいけるとは思うのですが……。


「それで、具体的には何をやっていけばいい思う?」

 

 カイトはリンと二人、集会所の長椅子に座っていた。早朝ということもあり集会所には二人と受付嬢ぐらいしかいない。

 ハンターになるとは言ったものの、何をどうしていけばいいのかサッパリわからなく、結局何もせずに数日が過ぎてしまった。その数日で村の暮らしにもだいぶ慣れてきたので、いい加減動き始めねばとリンに相談を持ちかけたのだ。

 

「カイトは全くハンターの経験がないんだよね?」

「いや、確証があるわけじゃないんだが、持ち物にはそういった類のものがなかったってブルックさんが言ってたからさ」

 

 リンとは歳も近いので、村長たちと話すときとは違って言葉遣いに一々気を使わなくていいので楽だ。

 

「シビレ罠の調合も下手糞だったもんね~」

 

 実は先程、罠の調合をすることになったのだが、経験があるかもわからないのでリンに手伝ってもらうことになった。「罠の調合も出来ないんだから、きっとカイトはハンターではなかったんだろうね」と笑われたが、調合ミスの原因はほとんどリンの方であり、カイトはそれなりに上手くいっていた。リンは調合のような細かい作業は苦手らしい。

 

「うーん、ウチもまだ初心者だから教えるような立場には立てないし、やっぱり教官のおっちゃんに鍛えてもらうのが一番じゃないかな」

 

 リンによると、この村にはハンターのための訓練所があるらしい。

 

(しかし、肝心の教える相手が全然いないのに、訓練所だけがあってどうするんだ)

 

 そんな下らない事を考えていると、リンが「じゃあ、ついておいで」と言って、さっさと集会所を出て行ってしまったので慌ててその後を追った。

 

「ここが訓練所……」

 

 訓練所は集会所からさほど離れておらず、すぐに到着した。

 

「ウチは教官を呼んでくるからここで少し待っててね」

 

 そういうとリンは建物の中に消えていった。

 

(しかし、よくもまあこんな施設を作れたものだ)

 

 眼前にある施設は、木造二階建ての建物だけでとてもハンターの訓練ができる場所には見えない。 そんな考え事をしているところにリンの声がかかった。

 

「ほら、こっちこっち。紹介するね、これが四日前に引っ越してきたカイトだよ」

 

 『これ』とはなんだ。俺だって一応人間だ。そんな文句を押し殺して、リンが連れてきた人物を見た。

 

「……ほぉ、貴様がカイトか」

「ど、どうも……」

 

 現れたのはクロオビSシリーズに身を包んだ四十代ぐらいの体躯の良い男で、眉間に掘られた深いシワ、鼻の下と顎にヒゲを蓄えたその顔は威厳と威圧を感じさせた。

 

「今日から吾輩が貴様の教官だ!ビシビシ扱いてやるから覚悟せい!」

 

 有無を言わさずそのまま襟首を掴まれ、カイトはズルズルと建物の中に引きずられていった。

 

「まず始めに貴様が使う武器の種類を決めないといけないな」

 

 そう言って教官は目の前に様々な種類の武器を並べた。どれにも太陽を模ったクロオビの紋章が刻まれており、どうやら教官の私物であるようだ。

 

「あれ?双剣はないのか?」

「うむ、双剣は癖が強い武器だからな。吾輩は使わないからあまり持っていないのだよ」

「えー、使わないじゃなくて使えないの間違いじゃないのー?」

「ち、ちがうもん!オジサンだって双剣ぐらい使えるもん!あんまり馬鹿にしないでよねっ!」

 

 いい年をして十代であろう女のに可愛い子ぶる中年男を見て、カイトはこの人物がどのような人間なのか大体理解をしたのだった。

 カイトは並べられた武器を全て手に持ってみるが、いまいち手に馴染むものがない。

 

「どんなのでもいいので、双剣を見せてもらえますか。一応手に持ってみたいんですが」

「む……、そうか。わかった、ここで少々待っておれ」

 

 そうして、「さて何処にあったか」と言いながら教官はどこかへ行ってしまった。

 

「……あんなおっちゃんでもね、昔は名の知れた凄腕のハンターだったんだよ」

「昔……?今はもう引退しているのか?」

 

 そこで村長との話を思い出した。きっとあのおっさんが昔この村で専属ハンターをしていた人の内の一人だ。

 

「そうなんだよねー。本当はまだ現役でも十分やっていける歳なんだけれども……」

 

 そういってリンは目を逸らした。いつも元気なリンが珍しく、何か悲しいような目をして黙ってしまった。

 急に場の空気が重くなったので慌ててこの話題を打ち切ろうとした、その矢先のことだった。

 

「貴様ァ!何をした!!」

 

 そんな雄叫びとともにカイトの横っ腹に教官の強烈なドロップキックが入いる。

 

「ぐほっ?!」

 

 カイトはそのまま地面を転がり、訓練所の壁と衝突した。

 

「いってぇ!なにすんっ……」

 

 容赦のない不意打ちに抗議の声をあげようとすると、胸倉を掴まれて持ち上げられた。

 

「貴様!ウチのリンを泣かせたなッ!許せんっ!!」

 

 真っ赤に充血させた目を見開いて睨みつけてくる。リンとこの教官の関係は詳しくは分からないが、おそらく保護者に当たる人物なのだろう。カイトがリンを泣かしてしまったと勘違いをしてすっ飛んできたのだと思われる。

 

「え、え~と、大丈夫だよ?おっちゃん、ウチ別になんにもされてない──」

 

 リンが必死に弁明してくれるが、教官は全く聞く耳を持たない。

 それから十数分経ってようやく、誤解だとわかった教官はその手を緩めた。

 

「……ヌ、ヌハハハハッ。も、もちろん吾輩は貴様がそんなことやあんなことをする様な男では断じてないと信じていたぞ!」

「本当にそう思っていたなら早く開放して欲しかった……」

 

 教官が思いっきり背中をバシバシと叩くものだから、先程蹴られた腹のあたりが非常に痛む。

 

「そうだ、倉庫の奥から双剣を探し出してきたぞ」

 

 そう言うと教官はカイトに剣を手渡した。ボーンシックルと呼ばれるその双剣は、数種類の獣の骨を巧妙に組み合わせて作られたものだ。如何に骨だけで出来てるとはいえ、よほど相手の肉質が固くない限りその肉を切り裂くことなど容易い。

 カイトの手には、不思議と双剣が一番馴染んだ。むしろ昔から使っているような錯覚を覚えた。

 

「……そうだな、とりあえず双剣を使うことにするかな」

 

 そう言ってカイトはボーンシックルを高く掲げた。これ以外は考えられない、そんなふうに思うえるほど双剣という武器は手によく馴染んだ。

 

「む、そうか。しかし困ったな……。生憎吾輩は双剣を使わないからな、貴様の指導係になってやることは出来ん。もちろん狩りの基礎はここで教えてやるが、実戦的な部分は実際に狩りの場に赴いてもらうことになるかもしれん」

 

 「それでも構わないか?」と言われたが、別に構わないと返したところ、「そうか」とだけ返された。それから、狩りの心得や道具の扱い、モンスターの基礎知識などに関する講習が始まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 今日の講習はそろそろ終わろうとしていたところに村の人が慌てて駆け込んできた。

 

「大変だ!村を出て行った商団が、雪山でギアノスの群れに襲われて引き返してきたみたいだ!幸い死者はいないが、皆重軽傷を負ったそうだ。安全ルートの確保のためにギアノスを討伐して欲しいと村長から依頼が出ている」

「うんわかった。すぐに行くよ!」

 

 リンはいつもと違い非常に真剣な顔をしていた。ハンターへの依頼の達成有無は人の命にも関わってくる大事なことだ。真剣になるのも当然のことだ。

 

「依頼の受諾は村長からしてください。それではよろしく頼みます」

 

 そういってその村人は訓練所を出て行った。

 

「それじゃあ、おっちゃん、行ってくるね!」

 

 そう言って出ていこうとした教官はリンの肩を掴んだ。「何?」とリンが振り向くと。

 

「今回の狩りにはカイトも連れて行くんだ」

 

 え、とカイトとリンが驚く。今の今まで武器なんて手にとったことがない(と思われる)カイトがいきなり実戦に行っても平気なのだろうか。

 

「お、おっちゃん……。そんないきなり実戦なんて……、大丈夫なの?」

「ギアノス程度なら別に問題もないだろう。それにさっきも言ったとおり、結局実戦に関しては我輩の指導はできない。今回はちょうどいい機会だろう」

 

 リンは「まあ、それもそうかなあ……」と納得してカイトのことを呼んだ。リンはギアノス程度ならば何度も一人で狩猟しているというので、カイトもそれならばとついて行くことにした。

 

「それじゃあ準備しようか!」

 

 カイトはリンに半ば強引に手を引かれて訓練所を飛び出した。二人の背後から「今日の講習で使用したアイテムとその双剣は貴様にくれてやろう!」という教官の声が聞こえた。ほとんど文無しのカイトにとってはありがたいことだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「フン、あんな光景も懐かしいな……。なぁブルック?」

「……バルドゥス、俺は……」

 

 ブルックと呼ばれた男は顔に陰りを見せた。ブルックはカイトに部屋を貸し出してくれた人物だが、いつものような陽気な顔はしていない。

 

「そんな顔するな。別にそういう意味で言ったんじゃない。……ただ単純に、昔を思い出しただけだ」

「…………」

「だから、そんな顔するなって言っているだろう」

「しかし……」

 

 今は教官をやっているバルドゥスというこの男は、手甲を外すと煙管を取り出して、苦笑いし煙管を「ふぅ」とふかした。煙はそのまま留まる事はなく風に攫われて消えていった。

 人の心に立ち込めた煙はそんな風に簡単には晴れてはしない。十年の時が経っても消えることが無かったように、これからも決して晴れることは無い。

 

「……もう、起きてしまったことはしょうが無いんだ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「じゃあちょっと持ち物を揃えてくるからからここで待っててくれ」

「あ、うん、わかった」

 

 カイトが駆け足で自室に戻っていく後ろ姿を見送ってからリンは近くにあった石に腰掛けた。それから思わず笑みがこぼれてしまった。

 

(そういえば、同世代の人と話すのなんて久しぶりだな~。ちょうど同世代の子が少なくて上にも下にも歳がみんな離れているんだよね。そのせいで友達って呼べる人は一人もいないし……)

 

 足をぶらぶらさせ、鼻歌を歌いながらカイトを待った。

 

「あ、でもカイトが初めての友だちになるのかな……」

「そうなのか?」

「わっ!?」

 

 いつの間にか準備を終えたカイトが後ろに立っていた。

 

「お前、友達いないのかよ」

 

 ちょっと意地悪っぽく、ニヤニヤしながら言ったところ、リンは顔を真っ赤にして言った。

 

「なっ!わ、悪いか!ウ、ウチだってね……!」

 

 リンは目尻に涙を浮かべ顔を逸した。少し怒っているようだ。

 まさかここまでの反応をされるとは思わなかったカイトは慌てて言葉を継いだ。

 

「い、いやまあ俺だって友達はいないからなっ、お互い初めての友達ってことだな!うん、そうだよなっ!」 

 

 リンは目元の涙を手で拭いて、カイトを見た。

 

「……ほ、ほんと?ウチら友達……?」

「あ、ああ、友達だよ。だからそんなすぐ怒んなって、な?」

 

 どうすれば良いのかわからないのでとりあえず、頭を撫でながら慰めてやる。すると後ろの方から修羅のごとき形相で迫る影があった。

 

「貴様ァ!何をした!」

 

 怒れる教官が再びカイトに向かって走ってきているのが見えた。

 

「うわやべえっ、早く逃げるぞ!」

「え?あ、わあっ!」

 

 今度はカイトがリンの手を握って走り出した。二人はポポに繋いである荷車に乗り込むと急いで走らせた。

 村を出てしばらくの間も教官は後ろをダッシュで追いかけてきているのだった。

 

「あ、危なかった……」

「なんか怒ってたねー」

「……な、なんでだろうな?……ホント、何で現役じゃないんだよあのオッサン……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 村を出て数十分。流石に共感の姿が見えなくなったころ、荷車の上でカイトは手綱を握っているリンにこんな質問をした。

 

「そういやさ、リンって今何歳なんだ?」

「ウチ?ウチは今ね~……えっと、十八歳だよ」

「え、なんだって?じゅう……はち?」

「うん、十八」

「い、いやいや!十八には見えないぞ?」

「え、なになに?もっとオトナの女性に見えるって?」

「逆だ!十五、六歳だと思ってたから!」

「な、なにそれ!失礼だよ!」

「え、いや。むしろ歳食ってるように見えるって言ったほうが失礼だと思うんだけど」

「ウチは子供っぽいっていわれるのが嫌いなの!」

「そ、そうか。そりゃあ悪かった」

「ふん、わかればよろしい」

(ふう、女の子の相手ってのは難しいな……)

 

 これから二人で狩りをすることを思うと、少し不安になった。連携など上手く取れるのだろうか。なにせまだ出会って数日の仲だ。

 

「そうだ、ここから狩猟場にはどれぐらいで着くんだ?」

「うーん、何事も無ければ日没前には着くかな?とはいってもベースキャンプから先は徒歩だから、実際に狩りをするのは夜かもしれないけどね」

「なるほどな、思ったよりもかからないんだな」

「そう?」

「いや、だってさ、狩猟場ってことは危険なモンスターが生息しているんだろ?もっと村から離れたところにあるものだと思っていたからさ」

「まあそれが本来ならありがたいんだけどね。あくまでウチらは自然と共生しているんだから、危険とだって隣り合わせなもの。絶対な安全地帯なんて生きていくうえでは存在しないんじゃないかな」

「共生、か」

「そう、共生。ウチらハンターはなにも娯楽やお金目的でやってる仕事じゃないからね。もちろんお金は必要だから大事だけど、それと同じぐらいに自然と人間とのバランスを保つことを目的とした職業なんだよ」

「そのために管理組織、ハンターズギルドがある、か」

「お~、ちゃんと講義内容覚えられたみたいだね」

「あれ位は当然だろ」

「……ウチ、初回から補習くらいまくったんだけどね」

「…………」

 

 その光景が容易に想像できたが、カイトはそのことは口に出さなかった。

 

「え~と、今回の狩猟対象はギアノス、だっけ?」

「そうだよ。鋭利な爪が危険だけど、厄介な相手ではないと思うよ」

「そうか、まあ俺は初めてだから頼りにするよ」

「うん、ウチにまっかせて!」

 

 そんな会話をしているうちに、日は西へと傾き始めていたのだった。




主人公は双剣使いとなったわけですが、自分は、ラオやミラ三姉妹以外ではあまり使いません。
メイン武器とかはあんまり無くて全部使う派なんですが、大抵双剣使いはパーティーにいますからね。武器は他人とかぶせたくなくてつい別の武器を選んじゃうんですよ。


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第三話 肉食竜のリーダー

最近暑くなってきましたね……。
北国育ちの私は先が思いやられます。


 目的の狩場付近へは日が暮れる前に着いた。日没前に拠点に着いて一安心だった。

 

「村の人たちや商隊の人たちのためにも、確実に狩りを済ませたいね」

 

 リンの顔つきは真剣そのものだった。さっきまでからかわれて半泣きしていた娘と同一人物とは思えない。

 拠点(ベースキャンプ)に着くと、支給品の入っている青いボックスがある。中から、応急薬や携帯砥石を取り出してポーチへとしまった。

 リンが赤い液体の入った小瓶を全て自分のポーチへとしまってしまったのを見てカイトは抗議の声を上げた。

 

「それ、俺にもくれよ」

 

 そう言うと、リンはポーチの口を押さえてカイトを睨んだ。

 

「ダメ!これはゼッタイあげないからね!キミは全身モコモコで暖かいけど、ウチはホットドリンクが無いと絶対駄目だから!ウチ、寒いのすごい苦手なんだからさ!」

 

 たしかにリンの装備は、白い太ももが少し覗いていたりなんだりと、自分の防具よりは寒いのかもしれない。しかし、自分だって寒いのは苦手だ。村の中でも寒く感じたのに、これから雪山へと入っていくと思うと今から身震いが起きる。

 結局リンに押し切られてしまったカイトは、少しでも寒さを和らげようと袖口をきつく締め、フードを深くかぶり直した。

 

「よし、そんじゃあ行くか」

「そうだね。ウチも支給品の分しかホットドリンク持っていないし早めに終わらせたいね」

 

 二人は拠点をあとにすると深い雪山へ向かって歩みを進めていった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 リンはポーチから支給された地図を取り出すとカイトに説明した。

 

「洞窟を通過してからエリア6,7,8辺りを捜索しようかな。商隊の人たちもこの辺りで襲われたみたいだし」

 

 通常ギルドの管轄の狩場には、場所ごとに区切ってエリア番号が設定されている。これは、狩りを円滑に進めるためだけでなく、モンスターの目撃情報等をすばやく正確に伝えることに役立っている。

 

「うっ、やっぱり寒いな……」

 

 洞窟の中はやはりかなり寒かったが、マフモフを着ているおかげで何とか我慢は出来た。そこら中に巨大な氷柱や氷塊があり、見ているだけでも寒くなってくる。

 

(リンの言っていた通り、この狩りは早く終わらせたいなぁ…)

 

 黙ってって止まっているとますます寒くなってくるので、リンを待たずに更に奥へと入っていった。

 

 洞窟を抜けてエリア6に達すると、全身が白い鱗で覆われた小型の竜がいた。それこそが今回の狩りの目的であるギアノスと呼ばれるモンスターである。ギアノスは鳥竜種に分類されており、つまるところ鳥に近い仲間なのだが、羽や羽毛はなく、代わりに鋭利な爪や、固い鱗を持っている。ランポスと呼ばれる鳥竜種の仲間で、集団で連携して獲物を追い詰めることを得意としている。

 

(そういえば、いつの間にかリンと離れている。このまま自分一人で狩りをするのは危険だろうな)

 

 カイトはこれが正真正銘初めての狩りとなるので、何も知らない初心者が一人で突っ込むのはまずいだろうと判断し、引き返すことにした。

 しかし、ギアノスはカイトの存在に気が付きギャアギャアと鳴き始めた。その声に呼応するように更に二頭のギアノスが現れた。急いで逃げようとするが、雪が深く上手く走れない。深雪に手間取っているカイトの所へ、距離を詰めた一頭が飛びついてきた。

 

「うわっ!」

 

 とっさに横に飛ぼうとするが、雪に足を取られて転んでしまう。その体スレスレのところにギアノスの爪が食い込む。

 そのまま横に転がると、背中からボーンシックルを抜き、ギアノスに向かって構える。そのままギアノスに向かって突進すると横薙ぎに攻撃を入れる。ギアノスを血飛沫を上げて怯んだが、直ぐに体勢を立て直した。足元の不安定な状態で十分な踏み込みが出来ていない上、そもそも、双剣は手数があて初めて真価を発揮する武器であるため、単発では大きなダメージにはならなかった。

 

「くそッ!」

 

 更に一撃を入れようと構えるが、既にギアノスはその鋭利な爪でカイトを切り裂こうと振り上げていた。カイトは双剣でガードしようとするが、防御に不向きな双剣では防ぎきれず、剣は手から離れ、カイトは尻餅をついてしまった。

 ギアノスはそこへ更に追撃を加えようと飛び上がる。

 

「……っ!」

 

 全身から血の気が引く。頭の中を死の予感がよぎる。

 

(まずいっ……!)

 

 カイトの目と鼻の先まで来ていたギアノスが、突如、何者かによって切り伏せられた。驚いたカイトが横を見ると、そこにはゴーレムブレイド改を振り下ろしたリンが立っていた。

 リンは、カイトの方を見ると声を張り上げた。

 

「何で勝手に先に行ったのさ!ウチがあと少しでも遅かったらどうなっていたと思ってるの!」

 

 リンの顔を見ると、どうやら本気で怒っているようだ。

 

「……すまん」

「……はあ、別に今回はいいよそれよりホラ、来るよ!武器を拾って!」

 

 先程のギアノスはリンの一撃で息絶えていたが、残りの二頭が二人を挟むようにして距離をゆっくりと詰めて来ていた。最初に動いたのは向かって右側のギアノスで、その強靭な脚力を使って、一跳びで襲い掛かってきた。リンは振り下ろしたままにしていた剣を飛んできたギアノスに向かってそのまま斬り上げた。間髪いれずに、その後ろからもう一頭が距離を詰めてくる。

 

「伏せて!」

 

 そう言ってリンはゴーレムブレイド改を180度以上も横に回転させて、カイトのフードを翳めてそのままギアノスを斬り飛ばした。

 

(すごいな……)

 

 リンは小柄な体にもかかわらず、身の丈ほどもある大剣を軽々と振り回して、確実に目標を沈めている。

 その時、先程斬り上げたギアノスが立ち上がリンに襲い掛かった。

「っ!傷が浅かった!?」

 

 リンが必死に回避したその場所に、ボーンシックルを握ったカイトが飛び込んだ。ギアノスの頭に一発叩き込むが、軽く怯むだけで直ぐに反撃へと移ろうとする。

 しかし、構わずにカイトは二撃、三撃と加えていく。最後に両方の剣で縦に一閃入れると、ギアノスは真っ白な雪の上に鮮血を撒き散らして倒れた。

 

「っはぁはぁ……。た、倒せた……」

 

 たった一頭倒しただけで、どっと疲れがたまった。こんな調子ではこの先が思いやられるなとカイトは深く溜息をついた。

 

「すごいすごい!本当に初めての狩りなの!?今のすごい良かった!」

 

 面と向かって褒められると恥ずかしくて、「そうか?」と適当に返して目を逸らす。確かに自分でも驚くほどよく動けていたとは思う。ただし今のはかなり必死だったことも確かだ。やれと言われてそうなんども出来るような芸当ではなかった。

 

「よし、じゃあ次いくか。また遅れるなよ」

「なっ、さっきのはウチが遅れたんじゃなくてキミが……!」

 

 はいはい、と適当に流して歩き始める。すると視界の先にギアノスらしき影を見つけた。

 

「よし、次は一人で狩ってみる」

 

 そう言って行こうとするとリンが「待って!」と叫んだ。

 

「そんな……、“アレ”がいるなんて情報は入ってない!」

「な、何だ?」

 

 よく見るとそのギアノスは他の固体よりも一回り以上大きく、頭には水色の大きな鶏冠がついている。

 

「何で……、何でドスギアノスがこんな所に!?」

 

 ドスギアノスは二人に気が付くと大きく啼いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ドスギアノスがいるなんて……!」

 完全に計算違いの事態だ。ギアノスの群れを殲滅しろということならば問題ないのだが、そのリーダー格であるドスギアノスがいるとなると話は変わってくる。

 

「カイト!一旦引こう!」

(何度も倒したことはあるけど、あれとやり合うほどの準備はしてきていないし、そもそもカイトがいるから……)

 

 リンは納刀して、引き返そうとする。しかしカイトは、ドスギアノスが一体どれほどのモンスターなのかを知らない。リンがなぜそこまで焦っているのかを理解できず指示にすぐに従えなかった。

 

「引くって、何でだ!?あんなの少し大きいギアノスだろ?だったら……」

「いいから早く!」

「お、おう!?」 

 

 ものすごい剣幕で怒鳴られたカイトは、よく分からないが急いで納刀してその場から退却しようとした。

 しかし、その時には既に、すぐ傍まで距離を詰めていたドスギアノスが、カイトへ向かって爪を振り下ろそうとしていた。

「まずいっ!」

 

 体をひねって紙一重で避けた──かと思われたが、通常のギアノスよりも大きな体をしたドスギアノスの爪を避けきる事は出来ていなかった。

 

「がっ……、あぁっ!?」

 

 爪がカイトの左肩に食い込み、衝撃でそのまま数メートル吹き飛ばされた。激痛がカイトの肩に走った。

 

「カイトっ!」

 

 リンはカイトの元へ駆け寄ろうとするが、いつの間にか集まってきたギアノスたちに先を阻まれた。

 

「邪魔っ!」

 

 ゴーレムブレイド改を抜くと横に大きく薙ぎ払い、三頭のギアノスを蹴散らす。左肩を抑えてうずくまるカイトの顔をリンは心配そうに覗き込む。

 

「カイト!大丈夫!?」

「……ぐ、うう……」 

 

 カイトは頭を強くぶつけたらしく、意識が朦朧としている。肩の傷口はかなり深いようで、血が止まる様子は無い。早く処置をしないと危ないと思われる。

 

(一旦エリア5の方まで戻らないと……!)

 

 しかし、大剣を持ちながら手負いのカイトを運ぶことは困難である。先程蹴散らしたギアノスが体勢を立て直して一斉攻撃の構えに入っている状態でそのような行為は危険極まりない。

洞窟の入り口まではざっと見て100メートル程で、モンスターの攻撃を避けながら人を担いで進むには少々遠い距離である。

 

(でも、今は逃げるしかない!)

 

 ぐったりとしたカイトに肩を貸して走り出すが、比較的小柄であるリンは、カイトの体を支えることが出来ず上手く進めない。

 その背後からギアノスが一頭飛び掛かり、リンの頬と首筋を爪が掠める。

 

「うぐっ!」

 

 痛みと衝撃で足をもつれさせて転んでしまう。ギアノス達は転んで無防備になったリン達に止めを刺そうと距離を詰める。

 

(早く、逃げないと……)

 

 しかし失血による目眩で真っ直ぐに歩くことが出来ずに、立ち上がってもすぐに膝を付いてしまう。呼吸が荒くなっていき、視界も定まらなくなっていく。

 虚ろな瞳で横に倒れているカイトの方を見て、肩を掴んで揺さぶってどうにか起こそうとする。

 

「はあ……はあ……カイト、起きて……。ウチが、群れを引き寄せるから……、その間に逃げて。体勢を立て直したら……、戻って来てくれる……かな……?」

 

 リンはぼろぼろの体で、剣を地面に突き立てて杖代わりにして立ち上がる。カイトは顔を上げて制止しようとするが、声が出ない。

 リンは目の前にいるギアノスたちの中のリーダーであるドスギアノスに向かって残った力の全てをもって突進し、剣を振り下ろす。しかし、剣は鱗に弾かれてしまい、リンは大きく仰け反った形になってしまう。そこから立て直す余力はリンには残っていない。

 ドスギアノスがその口を大きく開けてリンの頭へと喰らい付こうとする。その顎の力をもってすれば、人間の頭を潰すことなど容易いだろう。

(……ウチ、ここで死ぬのかな……)

 

 逃げようとしても体が動かない。目前の死への恐怖に、涙が頬を伝う。

 

(……いやだ、死になくないよ)

 

 体が小刻みに震えて、涙と血が雪へ落ちる。まさかこんなことになるとは、狩りに出る前までは思ってもいなかった。

 

(助けて……、誰か助けて……!)

 

 霞んだ視界の先で辛うじて見える。目の前で少女が一人死にそうになっている。まだ知り合ったばかりの少女だ。自分の家族でなければ、特別親しい間柄であるというわけでもない。

 もちろん彼女が死んでしまったら少しは悲しむだろう。しかし、それが深い傷となるほど彼女とともに生きてはいない。

 

 しかし、

 

「……見捨てる理由もない……!」

 

 男が一人、雄叫びを上げながら地を蹴る。

 

「おおおおおおおっ!!」

 

 リンへ喰らい付こうとしていたドスギアノスの顔へ一太刀を入れる。剣は動脈を丸ごと切り裂き、そこから大粒の血飛沫が舞う。大きく仰け反るドスギアノスを蹴り飛ばし、右方で突然の襲撃に呆然としているギアノスの首元に剣を突き刺す。

 ギアノスは悲鳴をあげ、どうにか後ろへ逃げようとする。

「逃がすかっ!」

 

 もう片方の手の剣を放し、ギアノスのクチバシを鷲掴みにして一気に引き寄せる。剣は喉に深く食い込みそれを絶命させた。

 一頭、また一頭と仕留めていく。

 視界の端にドスギアノスが白銀の鱗を紅く染めながらも反撃の体勢をとっているのが写った。

 先ほど手から放した剣を拾い上げ、頭の上で構えて全身の力を腕に集中させる。

 

「殺すっ!」

 

 跳躍のために頭を下げたその瞬間に一気に距離を詰めた。

 斬って、斬って、斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬り続ける。

 ひたすらに斬り続ける。

 腕が千切れたような感覚がする。剣が欠けた音がする。剣を握る手から血が滲む。肩の傷がさらに開く。貧血に視界が歪む。

 それでも斬り続ける。

 

「ああああぁぁ!」

 

 両腕を一気に振り下ろす。決めの一撃の勢いでドスギアノスは後ろに大きく吹き飛ばされた。

 しかし、ドスギアノスはまだ余力を残しているようでヨロヨロと立ち上がるとエリア8の方へと逃げていった。

 

「……っ!待ちやがっ……」

 

 そう叫びかけたところで、貧血と疲労にカイトは次こそ本当に意識が無くなった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

(……な、に、今の……)

 

 死を覚悟した次の瞬間、横からカイトがドスギアノスを撃退してくれた。

 しかし、その形相は今までに見たことのないものだった。返り血を浴びたその顔には憎悪しか写っていなかった。

 恐ろしい、と思ってしまった。目の前の殺戮に恐怖を感じた。自分の狩りとは、何かが違う気がした。

 

「カ、カイト……?」

 

 恐る恐る声を掛けるが、鬼人化によるスタミナ切れで完全に気を失っている。

 

(鬼人化なんて、素人は知らないはずなのに……)

 

 ポーチから応急薬を取り出して一口飲む。それからカイトの首筋に手甲を外した手を当て息があることを確認した。

 

(カイトの記憶が無くなる前って、一体……)

 

 そんなことを考えながら、カイトの口へ残りの応急薬を流し込む。

 そしてリンは気が付くいた。

 

(……あ、あれ?こ、これって……。も、もしかして間接キスというやつなの!?)

 

 自分の行動に頬を赤らめ、そしてブンブンと首を横に振る。

 

(い、いや変に意識しちゃ駄目だって!別に恋人同士ってわけでもないんだし!……ん、アレ?恋人同士じゃないから意識しちゃうのかな?)

 

 あれ?とリンが混乱している横でカイトが目を覚ます。

 

「う……。ど、どうなってるんだ……?」

 

 立ち上がろうとするところをリンに制止されれる。傷口からはまだ塞がっているはずもなく、下手に自分だけで歩きまわるべきではない。

 

「だ、駄目だよまだ立っちゃ!もう少しここで処置してからキャンプへ戻ろうよ。怪我が酷いんだから無理しないで」

「……ドスギアノスは?」

 

 カイトはそう言って辺りを見回している。まるで自分が撃退したのを忘れたかのような様子だ。

 

(あれ?もしかして覚えてない?)

 

「あ、うん……。ええっと……エリア8のほうに逃げて行ったよ。このあたりは安全だから今のうちに避難しようよ」

「避難?ドスギアノスはどうするんだ?」

「この傷じゃ無理だよ。ドスギアノスを狩る機会はまたあるだろうし……」

「……機会?機会って何だよ?別に俺は今回、自分の経験のために来たわけじゃないんだぞ。……いや、まあそれも少しはあるけど、一番の理由じゃない。お前と同じで、村のみんなの助けになりたいから来たんだぜ?」

 

 リンはまだ何か言おうとして、口をつぐむと、一つため息をした。

 

「……そうだね、カイトの言う通りだよ。ドスギアノスが標的を前に逃げたってことは瀕死のサインだから、回復する前に仕留めよう」

「そうだな、それじゃあ急いで……痛っ!?」

 

 今になって自分の怪我の酷さ気が付く。

 

「す、すぐに動いちゃ駄目だってば!取り敢えず処置をしなくちゃ!」

 

 そう言ってリンはポーチから薬草と包帯を取り出すと、処置を施そうとする。

 

「え~と、防具脱いでくれないと処置できないかも」

「断る」

 

 応急処置の為に凍死しろというのでは元も子もない。こんな雪原の真ん中で防寒具を脱げるはずがない。

 

「……う~、仕方がない。動かないでね」

 

 そう言うとリンは、カイトのコートの首の部分から手を入れた。

 

「っ!?」

 手はそのまま這うように伸びて行き肩の傷口に触れる。その手には潰された薬草が握られており、傷口に塗られていく。

 

「っ痛てて……」

「我慢して……」

 

 しかし、傷口が痛むことよりもさらに困ったことがあった。

 

(近い……)

 

 小柄なリンでは防具の嵩張りによって肩のほうまで手が届きにくく、体に密着してなるべく奥まで手を伸ばそうとしているのだが、そのためカイトに抱きついているような形になってしまっている。

 

 当の本人は気付いていない様で、包帯を巻きつけ始めている。

 

「よし、終わった!それじゃあ行こうか!」

「おう……」

(顔に当たってた髪の毛、いい匂いがしたな……)

 

 先に歩いて行ったリンの後を、まだ若干痛む傷口に顔をしかめながらついて行った。しかし、しかめっ面ながらもどこかいい事があったかのような表情をしていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 エリア8に入るとまだそこにドスギアノスはいた。二人が追撃してくることは分かっていたようで、警戒を全く解いていない。

 

「作戦は覚えている?」

「もちろんだ」

「よし、じゃあいくよ!」

「おう!」

 

 二人は二手に分かれて走り始めた。カイトはそのままドスギアノスに向かって走って行き一撃二撃と入れる。深追いはせず、ヒットアンドアウェイを繰り返す。

 

(……まだかっ!?)

 

 カイトはリンのほうを一瞬見るがそれあだとなった。ドスギアノスはその隙を逃さずカイトに氷液を浴びせてきたのだ。

 

「なっ……!体が凍って!?」

 

 必死に氷を砕こうとするが、両手にも氷液を浴びており、うまく動けない。そこにドスギアノスが飛び掛ってくる。

 

(くそっ、避けられない!)

 

 必死に避けようとしたカイトの襟首が、突如つかまれて、大きく後ろに放り投げられる。

 そして自分を投げ飛ばした人物が横に滑り込んでくる。

 

「ふう、間一髪だったね」

 

 大剣を扱っていることといい、今のことといい、その小柄な体のどこからその怪力が沸いてくるのか不思議である。

 

「さあ、来るよ!」

 

 リンのサポートによって攻撃を邪魔されたドスギアノスが一直線に突進してくる。

 しかし、二人は回避しない。それどころか、これを待っていたと言わんばかりの笑みを浮かべた。

 

「よし、ジャスト!」

 

 カイトがドスギアノスを引き付けている間に設置された、携帯シビレ罠にドスギアノスは見事に掛かった。

 先ほどリンに投げられて、体に付着した氷は砕けて落ちていた。

 

「これで……、倒す!」

 

 これがおそらく最後のチャンス。絶対にここで倒さなければならない。

 

(……何だ?体が……、勝手に……?)

 

 カイトは無意識のうちに鬼人化の構えを取る。そして大きく息を吸い込んだ。

 

「うおおおおおおおおおお!!」

 

 乱舞──、そう呼ばれる所以は一目見れば解かるであろう。双手に剣を携えて乱れ斬る姿は、まさしく舞のように美しい。

 乱舞が終わるとともに、シビレ罠の効力も消えた。

 しかしドスギアノスはまだ倒れていない。

 

「駄目か……!?」

 

 そう思った直後、突如視界の横からそれは振り下ろされた。

 

「はああああああああ!!」

 

 最大限に溜めて振り下ろされた大剣がドスギアノスの脳天に直撃した。ドスギアノスそのままの勢いで吹き飛ばされ、それから二度と立ち上がることはなかった。

 

「狩れた、のか……?」

「……うん、ウチ達だけで、倒せたね……」

 

 その事実に、もはや言葉は出なかった。喜び、充実感、さまざまな感情が心を駆けた。

 二人はしばらくの間放心状態で、ただただその達成感を噛締めていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 素材を剥ぎ取り下山した二人は、荷車に乗って村へと向かっていた。

 

「……そういえばカイト、どこで乱舞なんて覚えたの?」

「ん、何だそれは……」

 

 カイトのその顔を見ると本当に知らないようだ。

 

「あ、いや、ううん、何でもないよ」

「ん……?」

 

(アレはたまたまだったのかな……。いや、でもやっぱり気になるなぁ。カイトの過去のことと関係ありそうだし……)

 

 それから二人は特に言葉も発することなく、一人は未だに感動に満たされ、もう一人は一つの疑問を抱えながら、ポポが引く荷車に揺られながら村への道を上って行った。




モンハンはDosから始めたのですが、2nd無印での初めてのドスギアノス、ドスランポスと同じだろうと思って舐めてかかって氷液で一落ちしたのを覚えています。


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第四話 ドンドルマからの来訪

 大体周一更新で固定されそうな気がしてきましたが、今回に限り、明日も更新できるようにしたいと思っています(あくまで願望)。
 それでは、第四話をどうぞ。


 二人が村に着いたときには、村の人総出で出迎えられた。

 ドスギアノスの目撃情報が自分たちの出発からしばらくしてから入り、急いでギルドに頼んで増援を送ろうという話になったそうだが、教官のおっちゃんが「これも経験だ」と言って止めたらしい。

 

「増援、送ってくださいよ……」

「ガハハハ、そんな顔するな。自分たちだけで達成できたことは気持ちが良かったろう?」

「まあ、そうですけど……」

 

 でもやっぱり増援が送れたならば送ってほしかった。

 

「死ぬところだったんですよ?」

「フン、ドスギアノス如きにやられている様じゃ、この先ハンター務まらん」

 

 ガハハハともう一度笑って、ジョッキに注がれたビールを一気に飲み干す。カイトも一口飲んで、料理に手を伸ばす。「初狩猟の祝いだ」ということで、教官のおっちゃんが奢ってくれたのだ。

 

(食事に関してはこのまま奢りだけでいけるんじゃないか……?)

「しかし、怪我はもう大丈夫なのか?」

「ああ、はい。リンに治療してもらったので」

「ヌハハハ、やはりな。通りで包帯が滅茶苦茶な訳だ」

 

 おっちゃんの言う通り、肩に巻かれた包帯は文字通り滅茶苦茶だった。あの状況なので、手元が不自由だったということもあるだろうが、リンは相当手先が不器用なようだ。

 ちなみにリンは、「あら大変、怪我してるじゃない!こっちに来なさい、処置してあげるわ」と、現れたおばさん方に連れられて自室のほうに向かったようだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 しばらく黙々と食事を続けていると、ギルドマネージャーがテーブルに近づいてきた。

 

「狩りの方お疲れ様~。大変だったでしょう?お疲れだと思うんだけど、寝る前に一つやって欲しいことがあるのよ~」

 

 そう言ってカイトに数枚の書類と羽ペンを手渡した。

 

「本来、狩りをするにはギルドへの登録が必要なの~。密猟や乱獲を抑えるためにギルドのほうで色々把握しなくちゃならないからね~。今回は特別無許可で狩りに出てもらったけど、本当は駄目なことなのよ~」

 

 食べ終わった食器を片付けて「書き終わったら持って来てね~」と言って、カウンターの方へと戻って行った。

 今日中に書いてしまおうとペンを走らせ始めた直後に急に眠気に襲われた。

 

(あ、急に疲れが……)

 

 閉じようとする目を必死でこすって書類を書き進める。

 

「あ、やばっ……」

 

 気が付くと、サインの欄以外に勝手に文字を書き始めていた。

 

(何勝手にやってんだ……。相当疲れてるな俺……)

 

 カウンターで新しく紙を受け取ると改めて必要事項を書き直した。

 

(早く部屋に戻って寝よう)

 

 書類をカウンターに置くと、いびきをかいて寝ている教官を置いて一人集会所を出た。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そこには血まみれで倒れている男がいた。

 

 次は……、その男の葬儀だろうか、沢山の人がいる。

 少女が泣いている。

 

 

 ……あれは、リン?何で泣いているんだ?

 一体何だこれは……。

 昔の……、記憶か?

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「いつまで寝てんの!そろそろ起きなよ!」

 

 目を覚ますと目の前にリンの顔があった。

 

「……おおうっ!?」

 

 驚いて跳ね起きてしまい、思いっきり頭突きをしてしまう。

 

「ぐあっ!」

「痛ぁ!?」

 

 お互い頭を抑えてうずくまる。リンは相当の石頭だ、と後にカイトは語った。

 

「き、急に起きないでよ!」

「お前こそ何で俺の部屋にいるんだよ!?……鍵は閉めておいたはずだぞ」

「エヘヘ、窓から入った」

「窓から?」

 

 言われてみればベッドの横の窓は全開になっている。

 窓から這い出てきたためか、リンは上に覆いかぶさるような姿勢になっていた。

 

「目が覚めてきて気が付いたんだが、お前今の自分の体勢どうなってるのかわかってるか?」

 

 ここは慌てず冷静に指摘をするべきだと思った。慌てれば不利になる気がしたのだ。

 

「体勢……?って、わっ!?」

 今になって気が付いたらしく急いでカイトの上から避けようとする。しかし、足がもつれてそのまま床に落ちてしまう。顔面を打ったらしく、鼻を押さえて涙目になりながらカイトを睨んできた。

 

「……馬鹿」

「いや、俺は悪くないだろ!」

 

 八つ当たりもいいところである。

 

「こんなことをするような人だとは思わなかった」

「いやいや、さすがに八つ当たりも過ぎるだろ!」

「う……、もう知らない!」

 

 そう言ってリンは部屋から飛び出していってしまった。

 

「何なんだよ一体……」

(まるで俺が悪かったみたいじゃねえか)

 

 窓の外を見るとリンが集会所の中に入って行くのが見えた。

 

(……俺も腹が減ったし、そろそろ行くか)

 

 カイトはまだ少し痛む頭を擦りながらベッドから這い出て、ボックスから取り出したマフモフを着込んで、部屋を出たのだった。

 

 集会所に入ると奥のほうが何やら騒がしかった。

 

(ん?……誰だあれは)

 

 よく見ると、リンが知らない人と話している。少し年上であろう筋肉質の男で、赤髪のオールバックが顔の厳つさを増させている。ディアブロシリーズを纏い、肩にはヘビィボウガンのデュエルキャストが担がれている。少なくとも自分やリンよりもずっと上手のハンターだ。

 

(この辺の知識はハンター日誌を読んでいるおかげでだんだん付いてきたな。……それより誰だアイツは。この村には専属のハンターがいないんじゃなかったのか……?だとしたら流れのハンターか。でもそれなら何でリンとあんなに親しそうなんだ?)

 

 男とリンが楽しそうに話しているのを見てカイトは内心ムッとした。リンと仲良さそうにしている事に対してではなく、自分の知らない関わりに嫉妬心が沸々と湧き上がった。その場で自分一人が無知であることは、だれにとっても避けたいことなのだ。

 不機嫌な顔のまま奥の席へ向かい乱暴に腰掛ける。

 

「……おはよう」

 

 横目でリンを見ると少し困ったような顔をした。

 

「あはは、まだ朝の事起こってる……?え~と、ごめんね。あの時は私もちょっと、その、取り乱しちゃって……」

 

 リンは少し照れくさそうに顔をそらす。

 

「……別にそのことは怒ってないけどさ」

 

 では何に怒っているのかと、リンは困ってしまった。

 すると、リンの向かいに座っていた男が話しかけてきた。

 

「おや、初めましてだな。俺はガウ。この村で専属のハンターをやっていた(・・)モンだ。よろしく頼む」

 

 若干表情を崩しての手を差し出してくる。印象とは裏腹に、そこまで堅苦しい男ではないようだ。

 

「専属をやっていた……?」

「ああ、諸事情でこの村を出ることになってな。今はドンドルマを拠点に活動している」

(それにしてもこの顔……、もしかして)

「……もしかして教官の息子か何かなのか?」

「……認めたくは無いが一応血は繋がってる。……そんなことより握手だ握手!いい加減手を出しっぱなしにするのも疲れた」

 

 そういって宙を掴んでいた右手で無理やりカイトの手を取るとブンブンと握手した。

 

(どうやら家庭の事情があるみたいだな……)

「ん?って事はリンとは兄妹……?」

「兄妹……。まあそんなもんだな」

(そんなもんだな?それってどういう──)

「それで、お前の名前は?」

 

 考える間もなく質問されてしまった。

 

「お、俺は」

「カイトって言うんだよ。事故で記憶が無いっていうからウチがつけてあげたんだ」

「記憶が?そうか……しかしお前が名前をつけたのな、ナルホドナルホド」

 

 ガウはニヤニヤとリンの方を見る。

 

「あ。ち、違うからね!そういうんじゃないから!」

「いやでも前にさ、ホラ」

「だから違うってば!」

(何の話だ……?)

 

 昔に何かあったようだがカイトは完全に置いてけぼりだ。

 リンがぎゃーぎゃー騒ぐのをガウは軽く受け流している。

 

(それにしても仲いいな。しかし、兄妹なのか……それなら通りで)

 

 二人の談笑に嫉妬していた自分が急に恥ずかしくなった。

 

「で、どうだった?ドンドルマは」

「どうもこうも、やはりあそこは凄い。こことは比べ物にならない。広くて、全てがデカイ」

「ドンドルマかぁ……一度でいいから行ってみたいなぁ」

「機会があればいつか連れてってやるさ」

「本当!?」

 

 ドンドルマ──数ある狩猟都市の中でも最大級の狩猟拠点のうちの一つであり、ハンターの憧れの地。

 

(何でだろうな……。何故か懐かしさを感じる響きなんだよな……)

 

 日も完全に上がり集会所は徐々に騒がしくなってきた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「そっちに行ったぞ!」

「っと、あぶねえ!」

「カイト、もっと集中して!」

 

 今三人はテロス密林で狩猟を行っている。標的は、近頃ランポスの群れを従えて農場を荒らしているというドスランポスだ。見た目はドスギアノスとほぼ同じだが、体を覆う鱗は青く、赤い立派な鶏冠がある。ドスランポス自体はドスギアノスのように氷液を吐くこともしないのでそこまで手強いという訳ではないのだが、密林は草木が多く茂り大変視界が悪いため狩猟を困難にしている。

 

「早く狩らねえと、また逃げちまうぞ?」

 

 新しくパーティーに加わった(正しくは自分が後から入ったのだが)ガウは回復弾等の支援をするだけで、直接狩りには参加していない。

 

(あくまで俺たちの特訓のための狩りか)

 

 リンはというと、身につけている防具を見れば解かる通り、以前も何度もガウと一緒にドスランポスを狩っているようで、馴れた立ち回りをしている。

 そして、その標的のドスランポスは、急いで隣のエリアへと逃げ込もうとしていた。

 

「逃がすかよ!」

 

 カイトは腰から生産したばかりのギアノスクロウズ改を抜く。前回の戦いの報酬を防具に回すか武器に回すか悩んだ挙句、狩りの最中自分の武器の威力の無さを痛感したことから、新しい双剣を生産することにしたのだ。ドスギアノスの爪が刃の部分に使われており、その翡翠色の刃は美しさの裏腹に非常に鋭い切れ味と、氷の属性を纏った実践向きの武器に仕上がっている。

 

「せりゃあ!」

 

 カイトは洞窟へ逃げ込もうとするドスランポスの腹に二、三撃と加える。たまらずドスランポスは怯み悲鳴を上げる。そこに更に斬撃を加えると、ドスランポスは転倒しそのまま動かなくなった。

 

(凄いな……。少し斬っただけで解かる。武器を変えただけでぜんぜん違う)

「よし、良くやったな」

「ふぅ、お疲れさん」

 

 リンとガウの二人が駆け寄ってくる。ガウはともかくリンですらも全然疲れた様子を見せていないのでまだまだ実力の差を感じてしまう。

 

「よし、んじゃあ、とっとと剥ぎ取って帰るか」

「この素材で更に双剣を強化出来るといいなあ」

「お金があればな」

 

 痛いところを突いてくる。実際、ギアノスクロウズ改を作ったせいでカイトの所持金はゼロに等しい。せめて食事代を稼がねばと今回の狩りに出たのである。

 

「まあ、初めの内はお金も貯まらんさ。空腹に毎日苦しむ、それもそれで駆け出しハンターの青春のいい思い出になるのさ」

「そんな青春ならいらないな……」

「うぅ、空腹空腹言うから、ウチ本当にお腹減ってきちゃったよ……」

「ん、確かに少し腹減ったな。ベースキャンプで肉でも焼いて食べるか」

「よし!」

 

 カイトは「待ってました」と言わんばかりのガッツポーズをする。やはり新しく双剣を作った為に食事自体余り出来ていなかったのだ。

 

「家に持って帰る分の肉も取って来るかな」

 

 そう言ってその場を去ろうとしたとき、ガウが「待った」とカイトを引き止める。

 

「まだお前が単独で行動するのはマズいだろう。お前らのドスギアノスの時みたいに、狩りの対象以外に危険なモンスターが潜んでいる可能性もある。……そうだな、リンと二人で素材探しに行って来い。俺は先に拠点戻っている。但し、一時間以内には戻って来い」

 

 そうしてカイトたちはガウとエリア3で一旦分かれた。

 

「よし、それじゃあどこに行くか」

「えっとね、さっきエリア7でアプトノスの群れを見たよ」

「エリア7……すぐ近くだな。よし、ガウにも一時間したら戻れって言われてるし、さっさと終わらせますか」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 エリア7に入ると、アプトノスの群れがいた。

 アプトノスは、代表的な草食獣で、家畜であったり荷車を引いたりと人との関わりは深い。普段はおとなしいが、群れを守るために反撃をしてくる個体もいるので注意が必要だ。打撃に特化した大きな尻尾を振り回して繰り出す一撃は、ランポスたちの鋭利な爪の攻撃とはまた違った恐ろしさがある。ハンターでない人が、密猟をしようとして反撃されて大怪我を負った、なんていうのはよくある話だ。

 

(ただ、慎重にいけば、恐れるような相手でもない)

 

 カイトとリンは武器を構えるとゆっくりと近づき、二人で同時に攻撃を浴びせる。

 

「ッンモオォォ!」

 

 アプトノスが悲痛な叫びを上げる。驚いたほかの個体はすぐさま隣のエリアに逃げて行く。

 

(あくまで目標はこの一体……)

 

 アプトノスはほんの数激で息絶えて動かなくなった。

 リンは「ごめんね……」と手を合わせると、腰からナイフを取り出して肉を剥ぎ取り始めた。

『モンスターも人と同じ生き物である。この事実を忘れてはいけない』。これはおっちゃんが講習の一番最初に言った言葉だ。必要以上には狩らない。ハンターの心得の基本中の基本だ。

 テロス密林で増えすぎたアプトノスの間引きもギルドから依頼されていたのだ。つまりこれは必要な狩りだっと言える。

 

「それじゃあ俺も剥ぎ取るとするか」

 

 そうして二人が大方必要な分を剥ぎ取ったであろう時、異変は起きた。

 どさり。と二人の背後に何かが落ちる。反射的に振り返るとそこにはアプトノスの死体が落ちていた。

 

「何だ、これ……」

「っ!カイト、上!」

 

 は?と上を見るとそれ(・・)は羽ばたいていた。

 十五メートルは遥かに超す巨躯、鮮やかな緑の鱗──雑誌の『狩に生きる』で読んだ覚えがある。

 

「リオ、レイア!?」

 

 突然カイトは、思い出した。絶対的な力の前に、その巨躯に恐怖し、動けなくなったあの時の事を。

 

(く……!何だ、これ……!?)

 

 カイトは覚えの無い記憶に困惑する。そしてそのときと同じように(・・・・・・・・・)その体は動かなくなってしまった。

 

「カイト!?早く逃げないと!」

「わ、かってる……!」

 

 動けない。体が動かない。頭が真っ白になる。

 リオレイアが目の前に着地した。

 

 (あぁ、またか。駄目だな、俺……)

 

 そう自嘲した時に、その声は飛び込んできた。

 

「おい!目をつぶった方がいいぜ!」

 

 その声が聞こえたかと思うと、突然閃光が走り、爆音が聴覚を奪った。

 

 気が付くと二人はガウの両脇に抱えられてエリア3にいた。

 

「……あれ、さっきのは?」

「お、視界は戻ったか?ここも安全とは言えないからな。とりあえずキャンプまで戻るぞ」

 

 まだ視界がくらくらすることに加えて何らかの音に三半規管をやられたカイトは、ガウに肩を貸してもらいながらベースキャンプへと戻って行った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「──という訳で、ドンドルマからのリオレイア目撃情報が、ポッケ村まで伝達されてなかったみたいでな、俺はキャンプに戻る途中に、たまたまドンドルマでの狩猟仲間に会ってな。もしやと思って一緒にお前らを探してもらったんだ。閃光玉を投げてくれたのもそいつらの内の一人だ」

 

 三人はベースキャンプで焚き火を囲んで肉を焼いていた。

 

「ウチ達は行かなくていいの?」

「今のお前らが行っても足手纏いになるだけだろう。それに向こうは三人だから行けても一人。だがお前たちを置いていくわけにいかないしな」

「あ、そっか」

「狩猟パーティーって人数制限があるのか?」

 

 カイトがそう聞くとガウは「いやいや」と手を振って否定した。

 

「四人までって言う決まりはないんだが、ちょっとしたジンクスがあってな」

「ジンクス?」

「ああ。昔、ココットの英雄と呼ばれていたハンターがいたんだが、彼が四人のパーティーで狩りをしている際に、婚約者を亡くしたという話があってな。それからは暗黙の了解でパーティーは四人までってことになってんだ」

 

 横を見るとリン表情がさっきとは違って暗いものとなっていた。

 

(リンって急に暗くなることあるけれど、一体何なんだろうか……)

「まあ、俺たちの狩りは終わったわけだし、村へ帰るか」

「よし、そうしますか」

「……うん、ウチも早く帰って温泉入りたいや!」

 

 リンはいつの間にかいつもの明るい顔に戻っていた。

 きっとリンは自分の知らない、辛い何かを抱えている。

 そして自分にも自分の知らない過去がある。そんなことを少しずつでいいから知っていきたい、思い出していきたいとカイトは思っている。今日、あの時の事を思い出せたように。

 例えどんなに辛い過去であっても、それを受け止めようとカイトは思ったのだった。




 フロンティアがVitaで出るとか何とかいってますが、PS系統で普通のナンバリング出してほしいです!DS系統は操作性に難有りすぎて……。
 まあ色々あったみたいですから仕方が無いんですけどね。

 前から読んでいただいてる方はお気づきだとおもいますが、ガウの性格を変えさせてもらいました。理由は後々。ではまた明日(願望)!ましたが、今回に限り、明日も更新できるようにしたいと思っています(あくまで願望)。


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第五話 リンの過去

遅れてしまって申し訳ないです!
お詫びにいつもより少し長めです。


 リンは自室で調合書と睨めっこをしていた。

 

「うぐぐ、この通り調合すれば出来るはずなんだけど……!」

 

 リンの周りには既に調合を失敗したごみが散乱している。

 リンはトウガラシを磨り潰しながら考え事をしていた。

 

(ドスギアノスの狩りの時、カイトを危ない目にあわせちゃったなあ……。ウチのほうがハンターでは先輩なんだから、もっとしっかりとしないと!そのためにも調合ぐらいは上手くならなくちゃ!)

 

 そうしているうちに出来上がった赤い液体を小瓶に入れる。

 ドロリとしたその液体は、寒冷地での狩りでは必ず世話になる物だ。

 

「出来た! ホットドリンク完成!」

 

 リンは出来上がった赤い液体を早速飲んでみる。

 しかし、その効果は予想とは真逆のものだった。

 

「……うっ!? な、なんで? 逆に寒気がする……」

 

 またしても失敗かと思ったその瞬間、ポンと手を打った。

 

「……そっか、こういう失敗をするってことは、きっとクーラードリンクをつくれば逆に暖かくなるハズ!」

 

 そう言ってアイテムボックスから氷結晶を取り出すと、ゴリゴリと調合を始めた。クーラードリンクらしきものが出来上がると、それを一気に飲み干す。

「……うえ。ぬ、ぬるい……」

 

両手を突いてがくりとうなだれる。ある意味天才的な不器用さは、そう簡単には直りそうにない。

 

(や、やっぱり実践練習したほうがいいかも……。う、うん、そうだよ! 将来的に狩りで活きるのはそっちのほうだから!)

 

 そうと決めるとリンは早速武器を取り出して訓練所へと向かう。

 彼女が調合の腕を改善するのはまだ先の話になりそうだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……暇だ」

 

 カイトは自室のベッドで寝転んでいた。

 ここ数日、これといった依頼もなく暇を持て余している。

 ベッドの横の本棚からおもむろに一冊を取り出す。月刊誌『狩に生きる』の先月号だ。

 

「月頭に発売って書いてあるのになあ」

 

 ポッケ村は僻地であるため、モノや情報の流通が遅い。特に雑誌等の品は、都市からの行商が来ない限り手に入らないのだ。

 先月号をパラパラとめくると、目に留まる記事があった。

 『フラヒヤ山脈一帯における生態系の異変。その原因は!?』という題目とともに、学者の見解やコメントが書かれていた。

 

(他人事じゃないよな……)

 

 記事によると近年フラヒヤ山脈の一帯において、モンスターの大量の目撃情報などの異変が起きているらしい。中でも凶暴なモンスターが奥地から出てきたという情報も多々あり、近辺の村では常に厳戒態勢がしかれている。

 

(って言ってるのに、この村はなあ……)

 

 実質まともなハンターと言えるのはガウ一人だけ。もしものことがあったときに対処できるような状況ではない。 

 

(だからこそ、俺も早く強くならないとな)

 

 カイトは体を起こすと、身支度をして部屋を出た。

 

 村を歩いていると村長が誰かと真剣な表情で話しているのが見えた。

 

(村長と、おっさんとブルックさんと……、あと誰だあれ?)

 

 見るとその集団の中に知らない男が一人いる。五十代ぐらいと思われるその顔には深い彫があるが、厳ついといったイメージはなく、むしろ優しそうな印象の方が強い。赤いベストと同色の羽付き帽子をかぶっているところを見ると──

 

(ギルドナイトか……)

 

 ギルドナイトに関してはきちんと知識があったらしく、瞬時に頭に浮かんだ。

 ギルドナイト──ハンター統括組織である『ハンターズギルド』の所属部隊で、表向きは、難度の高い狩猟依頼や、ギルド統括都市の警備、王立書士隊の警護などをしていることになっているが、裏では密猟者や違反を犯したハンターを罰している、即ち暗殺をしているというのがもっぱらの噂だ。

 ちらりと村長らの方を見るとどうやら話は終わったようで、各々解散しようとしている。ブルックがカイトを見つけて声を掛ける。

 

「お、そんなところで何やってんだ?」

「え、あ」

 

 声を掛けられたのでとりあえず四人の所まで下りていくことにした。

 

「君は……?」

「あ、どうも。えっと、名前は、カイトって言います。あ、一応この村でハンターをやっています」

 

 初対面の、しかもギルドナイトが相手となるとなかなか言葉が出てこない。

 

「ふむ、君のような若いハンターがいればこの先この村も大丈夫だろう」

「あ、ありがとうございます」

 

 カイトは褒められたような気がして少し照れくなった。

 

「私はジャン・マーカット。見ての通りギルドの者だ。フラヒヤ山脈周辺の村や町のギルド支部の経理を担当している」

「経理?ではさっきはそういった話を……?」

「まあ、そんなところだ」

 

 そこに教官のおっちゃんが会話に割ってはいった。

 

「それよりも貴様、少々汗臭くないか?体を洗って来たらどうだ」

「え!?臭いですかね?」

「ふむ、臭いぞ。とっとと温泉につかって来い」

「は、はあ、そうします」

 

 カイトはそう言うと急いでその場を立ち去り、村の上の方の共同浴場に向かう。

 

「そうやってすぐに追い返さんでもええのにの」

「奴が聞くにはまだ早過ぎる話だ」

「そうやって誰も彼も子ども扱いするのは良く無い癖だの。あの子の事もそうであろう……」

「ム、それは……」

「何やらいろいろあるようですな。まあそれでは私はこの辺で」

「ふむ、お疲れさん。詳しい話はまた今度やるかの」

「ええ、では……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 村の上の方にある階段を更に上がって行くと温泉の密集地帯に着く。

 

(ふう……、このあたりは暖かくていいな)

 

 温泉から立ち込める湯気で辺りは暖かく、カイトはコートを脱いでも寒いとは感じなかった。

 

「今日は一番広い露天風呂に行ってみるか」

 

 カイトは脱いだコートを片手に脱衣所に向かった。

 下着も全て脱いで脱衣所の暖簾をくぐると、大浴場とその先に見える雄大な景色が目に写った。 

 

「……こいつは、スゲェ……!」

 

 目の前に広がるのは、真っ白なフラヒヤ山脈の山々とそこへ沈もうとしている夕日。その紅と白から織り成される景色はまさに──絶景。

 

(この景色を見ながら温泉に入れんなんて、贅沢すぎるな……)

 

 カイトは早速湯船に足をつける。少し熱めの湯に一瞬足を引っ込めるが、次に一気に肩までつかる。

 

(ああ、すっげえ気持ちが良い)

 

 身体の芯まで冷えていたのだろうか。湯に使った身体がゾクゾクと震え、逆に身体の芯まで温まるのが感じられた。

 もっと景色を良く見ようと、カイトはお湯をこいで奥の方まで進んでいく。

 そして大きめの岩を通り過ぎたとき、そこにもたれかかっている人影を発見した。

 

「お、リンか……」

 

 そこにいたのは、一糸纏わぬ姿で岩にもたれているリンだった。

 しかしリンは、カイトに対して反応を見せず、目を瞑っている。

 

(ん……? もしかして、のぼせてるのか……? だとしたら早く湯船から上げないと)

 

 一瞬躊躇したものの放っておく訳にも行かないので、カイトは両腕でリンを抱き上げる。

 そしてなんともタイミングがよく、リンが目を覚ました。

 

「……ん? だ、誰……?」

「お、お前……ただ寝てただけかい!」

「え? あれ? ……ってカイト!?」

 

 リンが悲鳴を上げそうになったので、反射的に手で口を塞ぐ。

 しばらくリンはもがもがと抵抗していたが、カイトの必死の形相に一度抵抗を止め、「離して」と身振りをした。

 カイトから開放されたリンは肩まで湯船に浸かって、それからカイトの方を睨んだ。その形相は雪獅子の如くだったと後にカイトは語っている。

 

「……それじゃあ、ウチに何をしようとしていたのか説明してもらえるかな?」

「いや。リンがのぼせているかと思ってな……。勘違いだったみたいだ。すまん」

「……まあ、いいよ。許したげる」

 

平手の一つでも来ると思ったカイトは、リンのその返答に拍子抜けした。

 

「なにさ」

「い、いや。いつもなら頬にもみじ形のスタンプをもらっているところだと思ったんだが……。どうかしたのか」

「すっごく失礼だね」

「……すまん」

 

 これ以上喋るとせっかく回避したイベントを再発させてしまいそうなのでカイトは黙ることにした。

 

「ちょっと剣の練習をしてたから疲れてるだけ」

「ん?今朝は調合の練習をするって言ってなかったか?」

「む、それは……。……ナシになったの」

「ん……?」

 

 なにやらもごもごと言っているリンを不審に思ったが、カイトはそれ以上詮索しないことにした。

 

「いやしかし、いい景色だな」

「……そうだね。ここはウチもお気に入りなんだ」

「いつも風呂はここに来てるのか?」

「うん、大抵はここかな」

「俺もここが気に入ったよ」

「……それはウチと同じ湯に浸かりたいという意味?」

「違う! ただ気に入ったってだけだ! ……本当にいい場所だからな」

「……ふふ、そっか」

 そんな調子で二人は景色を楽しみながら温泉を堪能した。

 結局リンはのぼせてしまい、カイトは色々と苦労することになった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「約束の日だ!」

 

 カイトはベッドから跳ね起きると、瞬時に着替えて鍛冶屋へと向かって走っていった。

 

「すいません、アレ出来てますか!?」

「お、来たな。もちろんだ、今取ってくる」

 

 そういうと鍛冶屋の男は店の奥に入って行き、しばらくして双剣を手に戻ってきた。

 

「はいよ、注文の品だ」

「これが……」

 

 カイトが手渡されたのは、ドスランポスの素材を用いた双剣『ランポスクロウズ』。ギアノスクロウズ改からの強化品であるが、氷の属性が消えており双剣の利点を最大限には発揮できない。

 しかし、ギアノスクロウズ改は切れ味が低く、手数の多い双剣としてはこれもまた力を発揮することが出来なかった。

 それに比べてこのランポスクロウズは、切れ味がギアノスクロウズ改よりも高めで、属性を除いた武器自体の攻撃力も大きく上がっている。

 

「それにしてもラッキーだな兄ちゃん。まさかアルビノエキスを持って帰ってくるとはな」

「ぼくのお陰ニャ!」

 

 カイトの横でドンと胸を叩いたのは、最近のカイトのパートナーになった、茶ぶちアイルーのモンメ。

 アイルーとは、獣人種と呼ばれるモンスターの仲間で、外観は猫そのものであるが、二足歩行をしており、更に非常に知能が高く、人間のように社会を築いている。さらに人語を理解するため人間社会で暮らしているアイルーも少なくない。

 彼らはその外観からは想像出来ないほど手先が器用で、料理等の家事をもこなす──はずなのだが、モンメは想像を絶するほど手先が不器用であるということがこの数日の共同生活でわかった。そのため、それ以来は一緒に狩りに赴いて、サポートに徹してもらうことにしていたのだ。

 

(狩りの最中になんか拾っているとは思ったんだけれど、まさか『フルフル』の素材だなんてな)

 

 フルフルは、主に洞窟の中になどに生息する強力な『飛竜』の一種で──何だっただろうか。『狩りに生きる』に生態が書いてあったのだがほとんど忘れてしまった。

 

(でも素材があったってことは、あの山のどこかにフルフルがいるっていうことだよな……)

 

 以前遭遇したリオレイアの事を思い出して、思わず寒気がする。飛竜種の絶対的な力を前に一歩も動けなくなってしまった。

 もしかすると『あの時』見たあのモンスターも飛竜なのだろうか。

 

(そういえば、記憶が少し戻ったこと、まだ誰にも話してないな)

 

 何故あの時自分は雪山にいたのか、そういったことは、まだ全く思い出せないでいる。

 

(まあ、早めにみんなに話したほうがいいよな)

 

 ランポスクロウズを腰に下げると、村長が腰をすえている広場の方へ歩き出した。

 

「ふむ、どんなモンスターに襲われたのかの」

 

 取り敢えずカイトは村長に話してみようと思い、村長と焚き火を囲んでいた。

 

「ええと……本当に知らないモンスターだったんですよね……」

「姿形や色を、出来る範囲で教えてもらえるとわかるかもしれんの」

「う~ん、そうですね、なんと言うか大きなトカゲみたいだったな……。黄色っぽい体の……」

 

 それを聞いた瞬間、村長の顔が強張る。

 その額には汗が浮かんでいた。

 

「……それはこいつのことか?」

 

 気が付くと後ろにはブルックが立っていた。

 ブルックは手に持っていたモンスター絵の描かれた一枚の紙をカイトに差し出した。

 

「……これは……! そ、そうだ、こいつだ! 俺はこいつに襲われたんだ!」

 

 そこに描かれていたのは、雪山で自分を襲ったやつの姿だった。

 

「……村長。これは……」

「ふむ……まさかこやつが再び出てくるとはの……」

 

 カイトは二人の反応を見て顔をしかめる。

 危険なモンスターであるということは二人の反応からわかる。

 

「……村長、こいつはどんなモンスターなんですか」

「フム……。こやつの名はティガレックス──またの名を轟竜という。飛竜の始祖種と言われておるが詳細は不明での。寒さに弱く、普段は砂漠におるのだが、なぜか過去に一度、この近辺にこやつが現れたことがあるのじゃ」

 

 そしてブルックが衝撃の言葉を口にする。

 

「……そしてこいつに、バルドゥスの嫁さんと、リンの母さんは殺された」

「な……」

 

 カイトは一瞬何を言っているのか理解出来なかった。

 

(殺された? こいつに……?)

 

 バルドゥスとは、確か教官のおっちゃんの名前だ。

 カイトはふと、リンの時々見せる悲しげな顔を思い出した。

 そのとき、ふとカイトの頭にある疑問が浮かび上がった。

 

(ん? そういえば今の話おかしくないか?)

 

「バルドゥスの嫁さん『と』リンの母さんは、ってどういう事だ……?」

 

 バルドゥスがリンの父親なら、リンの母親とバルドゥスの妻は同一人物であるはずだ。

 

「──その話はウチ達から直接話すよ」

 

 カイトが振り向くとそこには、リンとガウが立っていた。

 リンの表情は、暗い。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 三人はは集会所のテーブルを囲って座っていた。一応朝食を注文はしたが、全く手をつけていない。

 ちなみに、モンメは集会所にいたアイルーと何か話している。

 

「…………」 

 

 重い空気の中リンが口を開く。

 

「……それじゃあ、一から説明するね」

 

 話すだけでも辛い事なのだろう。リンの顔にはいつもの眩しいほどの笑顔の面影も無い。

 

「ウチのお父さんとガウの両親とブルックのおじさんは、この村で生まれて一緒に育ったんだって。お母さんは、どこかから引っ越してきたみたいだけど……。多少の歳の差はあったもののみんな本当に仲が良かったみたいでね、ウチら位の年齢になるころには皆でハンターをやっていたんだって。前も話した通り、五人のパーティーなんてのは不吉だって言われたんだけれども、それでも皆仲良しだったから、五人で狩りを続けたんだってって言ってた」

 

(おっちゃんとブルックさんがよく一緒に話しているのは見かけていたけれども、狩りの仲間だったのか……)

 

「そうして、ウチの両親とガウの両親が結婚して、ウチらが生まれてしばらくした時のことなんだけどね。フラヒヤ山脈でのティガレックス目撃情報があったんらしいんだ。我が狩らんとドンドルマやミナガルデから赴いた手馴れのハンターですら次々にやられてしまうほど、すごい強力な固体だったらしいんだ。当時各地に散らばっていたウチの両親達も『自分達の故郷は自分達で守る』ってこの村に戻って来たんだって。それでまた五人で狩りに出て……そのまま──うぅっ……ひぐっ……ぐすっ」

 

 ついに耐えられなくなったのかリンは泣き始めてしまい、その横に座っていたガウは、優しくリンの頭を撫でてあげ、その先の言葉を継いだ。

 

「それで俺の母さんと、こいつの母さんはティガレックスにやられちまったんだ。ココット村の話と同じように、な……。それからうちのクソ親父がリンのことを面倒みることになってな、以前、兄妹『みたい』なもんだ、って言ったのはそういうことだ」

「…………」 

(大体は、今の話で納得できた。だが……──)

「……リンの親父さんの方は?」

「……その後、ティガレックスが雪山から姿を消したと思ったら、こいつの親父も突然いなくなっちまったんだ。……そんで三年前、この村に帰ってきたよ。死体でな」

「し、死体で……!?一体どういう……」

 

 リンの横でこのような話を進めていくのは非常に心苦しかったが、今ここで全てを聞いてしまいたかったため、カイトはそのまま話を続けた。

 

「正確な死因は解かっていない……。ハンターズギルドの人間が棺桶に入れてわざわざ運んできてくれたんだ」

「そんなことが……」

 

 テーブルの空気が重苦しく、カイト自分が作り出した空気にも関わらず耐えられなくなり、何か口にしようとしたその瞬間──

 

「こりゃ! 食事様を目の前にしてなんて話をしておる!」

 

 驚いて振り返ると、黄色いヘルメットをかぶった竜人族の老人が立っていた。

 

「……あ、トレジィさん……」

 リンの顔が少し明るくなる。

 

「あ、どうも、先生」

 

 リンの横でガウが頭を下げている。ガウにとってこの老人はどんな人なのだろうか。

 

「先生?」

「ああ。俺ボウガンの使い方を教えてくれた人だ。皆には親しみをこめてトレジィって呼ばれている」

「おっちゃんに習ったんじゃないのか?」

「……いや。クソ親父は大剣と片手剣とランスとハンマーと弓しか(・・)使えないからな。トレジィはこう見えても昔はかなりの腕利きのライトボウガン使いだったみたいでな。どうせなら、ってことで専門家に習うことにしたんだ」

(『しか』って、それだけ使えれば十分じゃないのか……。……そういえばガウって全部の武器を使えるって言ってたよな。冷静に考えると、かなり……いや凄過ぎないか?)

 

 横に立っている大男に、素直に感心する。

 こんなガタイをして、案外器用なのかもしれない。

 

「ふん、ワシの事などどうでもいいわ。それよりも、せっかくの料理を前に全く手を付けないとはどういうことじゃ!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 リンがしゅんとなって謝る。それにあわせてカイトとガウも「すいません」と謝った。

「……あ、あのね、おじいちゃ……じゃなくてトレジィさん」

「ふむ、別に好きな呼び方でかまわんぞ」

 

 リンの顔がまたぱっと明るくなった。

 

「おじいちゃん、あのね! ウチね、シビレ罠の調合できるようになったよ! 前おじいちゃんが教えてくれたからね」

「ほぉ、そうか! 流石ではないか」

 

 そう言ってトレジィはしゃがんで話していたリンの頭を撫でる。撫でられたリンは「えへへー」と満面の笑みである。

 

(リンって本当に十八歳だよな……)

 

 どう見てももっと年下にしか見えない。

 もっとも、そのことをリン本人に言うと怒るので口には出さないが。

 

(……身寄りがないから、甘える対象を他に求めているんだろうな)

 

 そう思うと、目の前の『祖父と孫のほのぼのとした光景』がとても悲しいものに見えてしまう。

 そんなことを考えていると、ガウがカイトの肩に手を置いて言った。

 

「……そいつは違うな。確かに家族が一人もいないという事は悲しい事だがな、今そこに見えている光景は、紛れもないあいつの幸せだ。ここに至った経緯なんてどうだっていい。今あいつが幸せだっていうその事実だけで十分だろ?」

「その通り、かもしれない……」

 

 大事なのは過去ではなく、今。そして未来を幸せに生きていくこと。過去の因果に囚われ続けてはいけないのだろう。

 

「ホラ、飯、冷めちゃったけど食べるぞ」

 

 ガウは席について二人を呼ぶ。

 

「うん!」

「おう」

 

 三人は集会所に入ったときとは全く違って、笑顔で食事をしているのであった。

 いつの間にか集会所は朝食を食べに来た人たちで満たされており、いつもの喧騒が戻っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 食事を進めながら、カイトはとある相談をガウに持ちかけていた。

 

「──だから俺はもっと強くなりたい。ドスギアノスに苦戦しているようじゃ、この村は守れない。如何なる状況でも村を守れるようなハンターになりたいんだ」

「それで、少し難度の高いクエストにいきたいと? ……まあここはハッキリと言うがな、その武具だと──」

「別に一時の感情の高まりで言っている訳じゃないんだ。俺だってわざわざ死にに行くようなことはしない。ただ、今のままじゃ駄目だってこともわかったんだ」

 

 カイトは思わずガウに詰め寄る。

 

「……なるほど、ただ思い付きで言っているわけではないようだな。……そうだな、ちょうど俺のところにイャンクックの討伐依頼が来てるけど、同行するか?」

「イャンクック!? それ、ウチも行きたい!」

 

 イャンクックと言えばハンターならば必ず通らなければならない登竜門。ランポスやギアノスと同じ鳥竜種でありながら、その風貌は飛竜と酷似している。翼を用いての飛翔攻撃や尻尾回転、そしてブレス(イャンクックの場合は火炎液)など飛竜の攻撃の基礎をここで学ぶのだという。そのため一部から『先生』などと呼ばれている。

 基礎だ基本だと言っても、立派な大型モンスターである。イャンクックと対峙してハンターの道を諦める者や、最悪死亡するケースも少なくない。

 

(正直自分の武具では厳しい狩りになるだろう……。だが──)

「丁度いい、と言うよりむしろタイミングがいい。もちろん行くさ! 行かせてもらう!」

「だね!ウチも久しぶりに行きたいかな!」

「よし、そうと決まりゃ、部屋帰って準備して来い。昼に再度集合だ」

「ああ」

「うん!」

 

 そうして三人は自宅に戻り、それぞれの準備を始めた。

 カイトにとって初の中型モンスターとの戦いになるため、その準備はいつも異常に入念なものとなった。




 クック先生と言えば、復活おめでとうございます、ですね^^
 とはいっても3DS持っていないので、感動の再開はできていないのですが……。


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第六話 密林の大怪鳥

試験期間が明けたので、投稿再開します!
長めです!


「あづい……」

 カイトとリンとガウの三人は、三日間かけてテロス密林に到着した。ちなみにポポは暑さに弱いため、途中の村でアプトノスの竜車に乗り換えている。

「前も暑かったけど、今日は特に暑いね~」

「お前、よくマフモフなんて着てて大丈夫だな」

「だ、大丈夫じゃな、い……」

 ポッケ村よりもかなり南に位置するテロス密林は一年を通して温暖で、毛皮のコートでいるには少々暑すぎる気候である。

 マフモフ全装で固めたカイトは当然、赤顔多汗の大惨事である。

「こまめに水分補給をするんだぞ。狩りに来て熱中症で倒れました、なんて元も子もないからな」

「わがってます……」

「よし、そしたら二手に分かれて捜索しよう。お前ら二人は絶対一緒にいること。標的を発見したらかならずペイントボールを当てること」

「らじゃー!」

「了解……」

 二人はガウと分かれるとエリア4の海岸線を抜けてエリア3に到達した。

 カイトはふとエリア7へと続く洞窟の入り口を見た。

 後からガウに聞いた話だが、リオレイアはガウの友人らが無事討伐したらしい。

(俺もいつかは、あんな飛竜を狩れるようなハンターになりたい)

 カイトは決意に燃える瞳を静かに閉じた。

 それを見てリンは微笑んだ。

(……ウチも、頑張るよ)

 二人は再びイャンクックの捜索を再開した。

 

「げ、行き止まりか」

 カイトはエリア8の岸壁の上に立っていた。

「このツタで下りられるんじゃない?」

 リンの指差した先には、岸壁に何重にも絡まってツタが生えていた。

「なるほどな。んじゃあ降りてみるか」

 そう言ってカイトはツタ伝いに下りていく。そしてそれにリンも続く。

 降りていく途中でカイトに近付く影があった。

「……!気をつけてカイト、ランゴスタだよ!」

 ランゴスタは甲虫種の仲間で、巨大な蚊のような見た目をしている。尾の針から分泌される麻痺性の液で獲物を弱らせ捕食するのだが、人間はならば数秒麻痺する程度で済む。そのため直接命に関わるようなことは無い。しかし──

(今やられたら、落ちる!)

 しばらく空中停止していたランゴスタが急降下をしてカイトを狙う。

「うぉっ!?」

 カイトは体をひねって紙一重で麻痺針を避ける。

「あ、あぶねー……」

 安堵するカイトの頭上で、ぶちっ、と音がした。

「ん、何の音だ?激しくいやな予感がするんだが……」

 ぶちっ、ぶちぶちぶちっ、とその音は続く。

 よく見るとカイトの握っているツタが次々と切れている。

「えっ、ちょっとまっ──」

 ぶっちーん、とついにツタは切れて、カイトはまっさかさまに落下する。

「っうおぉぉぉおぉ!?」

 どちゃっと地面に落ちるが、幸い下は何らかのモンスターの巣立ったらしく、小枝と枯葉のクッションが衝撃を和らげてくれた。

「…痛ててて…ついてねえ……」

 起き上がろうとしたカイトのお腹の上に何かが落下してきた。

「ぐほっ!?」

 同じツタにつかまっていたリンもその上に落ちてきたのだ。

「わわっ、ごめん!今上どけるから!」

「……お、重い……」

 ぶっちーん、とツタではなく、他の何かが切れる音がした。そして続いて「ばっちーん」と何かが叩かれる音がした。

「……キ、キミはデリカシーってものが無いのかな?」

 リンはワナワナと体を震わせてカイトを睨む。

「……すいませんでした」

 ぶたれた頬がまだ痛む。

「……いいよもう、先進もう」

「……はい」

(怒ってる……。温泉の時並に怒ってる……)

 「ゴゴゴゴゴゴゴゴ……」という効果音とともに進んでゆくリンの後ろを、カイトは静かについて行った。

 

 エリア6に入ると、リンは何かに気が付いたように急に真剣な顔つきになる。

「大型モンスターの寝床みたいだね」

 言われてみれば洞窟の中央部に何か大きなものが居たであろう痕がある。

 丁度その時翼のはためく音が二人の耳に入る。そしてそれは、洞窟の上部に開いた穴から入ってきた。

「あ、あれが」

「……イャンクックだね」

 全身を覆う赤い鱗、青い大きな翼、顔全体を覆う大きなクチバシ、そして何よりも──こちらの存在に気が付いたイャンックックが咆哮とともに広げた扇状の耳。

 自分の何倍もある巨躯、初めての大型モンスターとの闘いを前にカイトの体中から汗が噴出す。

「クエェェエェ!」

 イャンックックが、自分の縄張りに入った敵へ、怒りを向ける。

「来るよ!」

「おうよ!」

 二人は武器を抜くと臨戦態勢にはいる。

 カイトはふと竜車に乗っているときのガウの言葉を思い出す。

『イャンクックは人間を捕食すようなことはしない。しかし、縄張り意識が強いから、自分の縄張りに入った奴は徹底的に排除しようとする』

 なるほど、と思うとカイトはリンに叫ぶ。

「常に洞窟の出口の近くで戦うんだ!イャンクックは俺達を縄張りから追い出したいだけだから、そこまで追って来るような事はしないはずだ!」

「なるほどね……うん、わかった」

 イャンクックが二人に向かって突進をする。

 リンは大剣の腹でガードし、カイトは大きく跳躍して避けると、腰にぶら下げておいたペイントボールを手に取りイャンクックに投げつける。「べちゃり」という音と共にペイントの実の粘液がイャンクックの体に付着し、鼻を刺すような臭いが辺りに広がる。

「う、この臭い結構きつい……」

 リンは突進の勢いで前のめりになっているイャンクックに一撃を叩き込む。

 しかし、目に見えるようなダメージは無く、逆にリンは甲殻に弾かれ仰け反っている。

「この甲殻、思った以上に硬い!」

 イャンクックは立ち上がるとリンに向かって尻尾を回転させる。

「うわっ!」

 リンはとっさに前転回避すると、納刀して距離を取る。

「甲殻が硬い上に、尻尾のせいで後ろにも死角が無い!これじゃ思うように攻めれないよ!」

(甲殻は硬くて歯が立たないか、それなら──)

 カイトはランポスクロウズを構えてイャンクックに向かって突進し、腹下にもぐりこむ。そして腹に向かって回転しながら三連撃を叩き込む。

「やっぱりな!甲殻の無いお腹なら十分に歯が通る!」

 イャンクックが突進をしようと構えたので、足に巻き込まれないようその場を離脱する。

 イャンクックはそのままリンに向かって突進するが、再びリンはガードをして防ぎ、腹下へと潜り込む。

「はあっ!」

 頭上に弧を描くようにゴーレムブレイド改で斬り上げる。

 イャンクックが怯んでいる隙に足元を離脱し、すばやく納刀する。

 一撃離脱──それは、極端な重量武器である大剣を扱う上で最も基礎的な立ち回りだ。一撃を抜刀で与え、納刀し、隙を見つけてまた抜刀する。大剣を構えると非常に動きが鈍くなってしまうため、このようにして戦わないとモンスターの攻撃を喰らう可能性が非常に高くなってしまう。

 つぎの標的をカイトに絞ったイャンクックは突進のモーションに入る。

(ギリギリまで引き寄せて避けた方が、カウンターに早く移れるな)

 カイトはイャンクックが突進をしかけるのを待った──しかし、イャンクックは突然『十数メートルもの距離を一跳躍で詰めてきた』。

「なっ!?」

 突然の攻撃に、横へ飛び込むような形で回避する。

(なんつー脚力だよ!)

 跳躍距離としてはドスランポス等と大して変わらないのだが、その巨体がそれだけ跳ぶという時点でおかしいのだ。

 カイトが立ち上がろうとした瞬間───

「っ!カイト、危ない!」

 イャンクックは跳躍した姿勢のまま体をひねり尻尾をカイトへ向かって振ろうとしていた。

「くっ……!」

 その尻尾を避けようと更に横へ逃げる。

 しかし、イャンクックは更に次の攻撃へと移ろうとする。

「はぁっはぁっ!クソッ、スタミナが……!とにかく逃げねえと……!」

 スタミナが尽き、視界も不安定になってきた。

「カイト!腹下!」

(腹下……そうか!)

 疲労に固まった体を無理矢理動かすと、最後の力で突進を仕掛けて来たイャンクックの腹下を前転回避で避ける。

 そこへリンが飛び込み渾身の回転斬りをイャンクックの足へ叩き込む。

「クワァアァア!?」

 その一撃でイャンクックは転倒し、リンはカイトに肩を貸すとエリア5の方へ向かって走り出す。

(……クソッ、また助けられた……)

 逃げながらカイトは、自分の弱さを痛感した。

 

 

 

「取り敢えず水飲んで」

 カイトはリンに手渡された水筒の水を飲む。

「はぁ……。悪いな、助かった」

「ううん、礼を言われるようなことじゃないよ」

 ニコッと可愛らしく笑う。イャンクックと対峙する前の怒りオーラは全く見られない。狩りのこととなるとスイッチのオンオフがすぐに出来る奴だ。……単にアホ、ではなく忘れっぽいだけかもしれんが。

「……いま、すっごい失礼なこと考えたでしょ?」

「滅相もございません」

(何でこの村の連中は人の心が読めるんだ)

 また怒られても困るので、すぐに話を切り替えた。

「それよりもイャンクックへの立ち回りのことなんだが、最後みたいに連続して攻撃されるとスタミナが持たない。どうにかしてうまく立ち回れねえかな……」

「あ、その事なんだけどね、さっきお腹への攻撃をした時に気が付いたんだけど、足元って実は向こうの攻撃が全然こないんだよね。だから足元を中心に立ち回っていれば基本大丈夫かな。突進されたときは横に飛ばばいいし、さっきみたいに距離を詰められたり、尻尾を振り回されたら、腹の下をくぐって避けるのがいいかも。イャンクックは急に真後ろ向けないみたいだしね」

「な、なるほど……」

 カイトは素直に感嘆してしまう。

(さっきの短い戦闘の間にそこまで観察できるなんてな……。大剣の扱いもそうだし、リンは間違い無くハンターとしての天賦の才能の持ち主だ)

「あ、ちょっと待ってね、いま回復薬の調合するから……わぁっ!?ナニこれ、紫色になった!」

 ──実戦においては、か。

 

 

 

「それじゃあ、十分に休憩したし行くとするか」

「……ううん、その必要は無いみたい」

 言われてみればペイントの臭気がこちらへ近付いている。

「よし……、さっきやられた分ここでやり返す!」

「油断しちゃ駄目だよ!」

 イャンクックの着地点にリンは移動してゴーレムブレイド改を構える。

「はああぁぁぁ!」

 イャンクックは最大溜めの斬撃に堪えられず地面に落下する。

 地面でもがくイャンクックにリンは回転斬りを、カイトは乱舞を叩き込む。

(ドスギアノスの時には無意識にやっていたけれども、これ鬼人化って言うんだってな……)

 無意識で鬼人化を取得したということには、ガウもブルックも驚いた。

 それもそのはず、鬼人化は素人が双簡単に扱えるほど易しい技ではないのだ。

(にしても、鬼人化はスタミナの消費が激しいな……。あんまり使いすぎると、もしもの時に回避が出来ないな)

 イャンクックが立ち上がろうとすると、カイトは素早く距離をとり納刀する。

「はぁっ!はぁっ……!」

「大丈夫?」

「あ、ああ……」

 口では大丈夫だといっているが、たった一度の乱舞で休憩した分のスタミナを全て持っていかれたような錯覚に陥る。

(クソッ、こんなのそう何回も使えねえぞ……!)

 リンは立ち上がったイャンクックの足元へ素早く移動し、抜刀、回転斬り、斬り上げの三コンボを見舞う。

 イャンクックの意識は完全に足元のリンにいき、リンをクチバシでついばもうとする。リンはそれを横へ回避すると、納刀して更に距離をとる。

 その隙にカイトはイャンクックへ接近し、連続して剣を叩き込む──しかし、その内の一撃がイャンクックの足へヒットしてしまう。肉質の硬い足を全力で斬りつけてしまったカイトは当然体を大きく仰け反らしてひるんでしまう。

 そしてそこへイャンクックの回転尻尾攻撃が向けられる。

(避けれねえ!)

 カイトはとっさに頭部を両腕で覆う。その瞬間、イャンクックの尻尾が腕ごとカイトを吹き飛ばす。

「かはっ……!」

 カイトは二、三度バウンドして、さらに地面を転がる。

「カイト!」

 倒れているカイトの元へリンが駆け寄る。

「大丈夫!?意識はある!?」

 リンはカイトの顔を覗き込む。するとカイトは「いててて……」と頭を押さえながら上体を起こす。

「尻尾を喰らう直前に、自分で後ろに跳んでショックを和らげたから、思ったほどのダメージは無いな……。それよりリンは、目の前の目標に集中してくれ……!」

 カイトが無事なのを確認すると、リンはホッと胸を撫で下ろして、イャンクックの方へ向きなおす。

「カイトの敵は、ウチが取る!」

「いや、まだ俺死んでないけどね!?」

 リンがイャンクックに向かって走っていくのを見て、カイトは立ち上がると、口元の血をぬぐって応急薬を飲む。

(あの硬い甲殻が厄介だな……。どうにかしてアレを吹き飛ばせないか)

 イャンクックと闘っているリンの方へと走っていく途中で、さっきの洞窟を脱出するの時の光景を思い出す。

(そういや、足には大剣の刃が通ってなかったのに、どうして転倒させることが出来たんだ……?いくらリンが馬鹿力だからといって、打撃だけで転ばすことが出来るのか……?)

 カイトの接近に気が付いたイャンクックは猛ダッシュでカイトに向かって突進する。それをカイトは回避し、振り向きざまに急ブレーキを掛けて、ターンをしようとするイャンクックを見る。そして気が付いた。

(……そういうことか!)

 カイトはイャンクックの攻略法を確信すると、リンに向かって叫ぶ。

「リン!急停止したタイミングだ!」

 それだけ言っただけでリンはハッとした顔をして、納得したようにうなずく。

(たったこれだけ言って理解するなんて、やっぱさすがだな)

 再びターンをしてカイトへ突進するイャンクックをかわすと、カイトはその後を追う。そしてそれに気が付いたイャンクックは更にターンをしてカイトを迎撃しようとする。

「……今だ!」

「うん!」

 今まさにターンをしているイャンクックの元へリンが走りこむ。ターンをしているそしてイャンクックの軸足──すなわち内側の足を、外側からなぎ払う。

「クエエエェェ!?」

 急ターンというバランスが不安定な状況にあった所へ、更に外部からの力が加わり、イャンクックはいとも簡単に転倒した。

「よし!」

「そんじゃあ、畳み掛けるぜ!」

 カイトは頭上でランポスクロウズを交差させる。「バシュッ」という音と共にカイトと双剣を赤いオーラが包む。

(動き回るイャンクックに鬼人化をしても意味がない。確実に何発も食らわせる状況にだけ使う!)

「おおぉぉぉ!」

「はあぁぁぁ!」 

 カイトは胴体へ乱舞を、リンは頭部へ溜め三攻撃を与える。

「グワアアァァ!」

 イャンクックは大ダメージを負って、じたばたともがく。

 ここで更に追撃をしたいところだが、鬼人化の長時間維持は体がもたないので、武器を収めて距離をとる。それにあわせてリンもイャンクックから距離をおく。

 イャンクックは立ち上がると、その大きな翼をはためかせ飛び始めた。

「まずい、エリア移動か!……クソッ、ペイントの効力が切れている!」

 気が付くと、辺りにはあの鼻を刺すような臭いはなくなっていた。

 飛び去る方向を見極めようと、イャンクックを注視していると、イャンクックは突然エリアを囲むように旋回飛行を始めた。

(……?なんだ、何をしている……?)

 イャンクックはしばらくエリアの周りを飛び回ると、突如二人の居る方向へ急降下してきた。

「んなっ!?」

「うわっ!」

 カイトは大きく横にだいぶして避けるが、リンは反応に遅れてしまい、苦し紛れにガードをする。

 しかしリンはそのガードごと吹き飛ばされてしまい地面を転がり、岩壁に衝突する。

「……ぐっふぅっ……!」

「リン!」

 カイトはリンの元へ駆け寄ろうとするが、イャンクックがカイトの目の前に割って入り、思わず距離をとる。

 しかしそれがまずかった。イャンクックは後ずさったカイトに向かって火炎液を放つ。

「なっ!?」

 初めて見る攻撃にカイトは一瞬動揺し回避が遅れた。直撃はしなかったものの、フードや、コートの袖の部分に火炎液を喰らい燃え始める。

「あづっあぁ!」

 マフモフは殆どがガウシカの毛皮で作られているのであっという間に火が広がていく。

「ぐっ、がっああぁぁ!」

 エリア5の付近には水場がなく、火を消す手段がない。コートを必死で脱ごうとするが、マフモフは頭からかぶるポンチョのような構造をしているので素早く脱ぐことが出来ない。

 そして、熱さにもがくカイトへ向かってイャンクックが突進を仕掛ける。

(ぐっ!くっそ、避けらんねぇ……!)

 避けなくてはならないことは頭ではわかっているが、熱さのあまり体がいうことをきかない。

イャンクックがカイトへ到達する瞬間、一発の発砲音が響き、続いてイャンクックの頭部で爆発が起きる。

 そして、少し離れたエリアの境目辺りから一つの影がカイトの元へと走り寄って来る。そしてその影は、腰からナイフを取り出すとカイトのコートを縦に引き裂き、無理矢理脱がせた。

「はあっ……はあっ……。ガウか……。た、助かった」

 カイトを助けたのは先程二手に分かれたガウだった。

 カイトは応急薬を飲み干すと辺りを見回す。

「そんなことより、リンは!?」

 先程イャンクックの滑空に吹き飛ばされたリンを土煙の中に探す。

「ウ、ウチは大丈夫だよ……」

 予想外にも後ろから声を掛けられる。

「リン!大丈夫だったか!?」

「うん、直接的な攻撃は大剣のガードで喰らわなかったし、壁に衝突したときも防具のお陰で何とか……」

 リンを見ると擦り傷や切り傷が多少見られるがそれといった外傷はなく、防具にも大きな破損は見られない。

(それに比べて──)

 自分はどうだろうか。カイトは上半身がインナーだけになった自分の体を見回す。

 マフモフは一応分類では防具ということになっているが、実際にはただの防寒具だ。イャンクックの火炎液を一度喰らっただけで殆ど燃え落ちてしまった。

(そろそろ防具も作らなきゃやっていけないってことか……)

「さて、そろそろイャンクックの意識が戻るぞ?お前等準備はいいか?」

 イャンクックは背筋を伸ばして顔を上に向けてふらふらと立っている。

 イャンクックは、非常に優れた聴覚をしている半面で大きな音に弱いという弱点がある。ハンターは普通、音爆弾などでイャンクックの聴覚を奪うが、他にもタル爆弾でも可能である。そして今回の場合は、ガウの徹甲榴弾である。

 イャンクックは意識が戻ると、嘶き、その場で何度も跳ね、その口からは火炎液が漏れていた。

「怒り状態だ、気をつけろ!特にカイト、今のお前が攻撃を喰らってタダですむと思うな!」

 怒り状態とは、名の通りモンスターが怒った状態で、攻撃力や肉質が大幅に上昇したり更には──

(……早い!さっきまでとは比べ物になんねえ!) 

 カイトはイャンクックの猛攻を右へ左へと回避しながら反撃のタイミングをうかがう。しかし怒り時の凄まじいスピードのイャンクックを前に全く攻撃が出来ない。

 リンの方を見ると同じようになかなか攻撃に踏み込めず苦戦しているようだ。

 カイト達が一番恐れていることは、誤って肉質の硬い部分に攻撃がヒットしてしまった時のことである。攻撃が弾かれひるんでしまったら、まず次の攻撃は避けれないだろう。

(そういえば……)

 ガウ、と呼ぼうとした所でイャンクックが飛び去ろうとする

「まずい!ペイントの効果が切れてるよ!」

 リンが叫ぶや否や、ガウはヘビィボウガンのタンクメイジを構えると空へ舞い上がったイャンクックにペイント弾を打ち込む。

 タンクメイジは、火力が特別火力が低い訳ではないのだがそれでもカイトと集会所で始めて会った時肩に担いでいたデュアルキャストと比べるとやはり劣るものがある。回復弾やペイント弾が撃てるところから補助用に使っているのだろう。

「ふぅ、まあこれで一旦体勢を立て直せるか。さっきは助かりました有難うございます」

「まあな!格好よかっただろ、ピンチに駆けつけてさ」

 ガウが胸をドンと叩く。

 しかし、リンはそのガウをジト目で見てこう言った。

「……ずっと陰に隠れていつ飛び出そうかタイミング窺ってたしょ」

「え?」

「ふふ、あの狩りの最中俺の存在に気が付くとはさすがだ」

「……オイ、アイテムの荷台はどこやった……?」

「おやおや、急に言葉遣いが荒くなったな」

 カイトは額に青筋を浮かべてガウを睨む。

「年上には敬語を使うようにしていたんだが……アンタは例外だ」

「例外!?」

 ガウは「何故!?」という顔をしているが、カイトとリンは相変わらず冷ややかな目でガウを見ている。

「ぐ……ま、まあいいじゃないか。もう過ぎた話だろ?ホラ、こっちに荷台があるから」

 ガウについていくと草むらの影にさまざまなアイテムの乗った荷台が隠されていた。そして──食べ散らかされたヤングポテトチップスと、食べながら読んだであろうオトナ向けの雑誌が散乱している。

 上段回し蹴り一発。

 平手打ち一発。

 最初がカイト、二発目がリン──かのように見えるが実は逆である。一発目のリンの上段回し蹴りがあまりにも強烈で、ガウが少しかわいそうに見えたため、平手打ちで勘弁してやることにした。

 しかし、一発目が強力すぎたのか、ガウはそれでKOされてしまった。

「わあ、カイトの平手打ち効果抜群だね」

「いや、多分違うと思うぞ」

 ガウは完全に白目をむいて動かなくなってしまった。

(第一印象ではもう少し真面目な人だと思っていたんだけどな……)

 

 

 

「それじゃあ作戦通りに行くぞ」

「うん」

 ペイントの臭気を追って三人(うち一人は意識不明の重体により二台の上)はエリア3に来ていた。

「それじゃあ準備が出来たらサインを送って」

「うん、わかった」

 カイトは、イャンクックに気付かれないように静かにエリアの端を移動する。そしてイャンクックをはさんで丁度リンと反対側まで来ると、大声出してイャンクックの注意を引く。

「こっちだ鳥野郎!」

 カイトに気が付くとイャンクックは飛び跳ねてから、突進を始める。まだ怒り状態から戻っていないようで、口元から火炎液が漏れている。

 カイトはそれを大きく避けると、距離をとって攻撃に移ろうとしない。

 イャンクックは振り向くと火炎液をカイトに向かって吐き出す。

 カイトはそれを横に避けるが、その避けた方向へ更に火炎液が吐き出され、カイトの目の前に着弾する。

「あづっ!」

 カイトは更にイャンクックから距離をとる。

(あんなに連発できるのかよ……!こりゃ、長くは持たないな)

 カイトは額から吹き出す汗をぬぐう。

 丁度そのときリンが声を上げる。

「準備できたよ!」

「よし!」

 カイトは一直線にリンの元へと向かう。そこにはシビレ罠が設置してある。つまりドギアノスの時と同じく陽動作戦である。

 しかし、ドスぎあのすの時とは決定的に違うことがある。それはシビレ罠と一緒に設置された二個の大タル爆弾である。大タル爆弾はタルの中に大量の火薬を詰めた非常な危険なアイテムであるため、人によっては敬遠しがちな傾向にあるが、その危険さと引き換えに絶大な破壊力を誇る。また、安全面への考慮からギルドは一人が一度に設置できる大タル爆弾は例外を除いて二つまでという決まりを定めている。

 カイトがリンの元へ到達しようであろうその時、カイトは突然横に吹き飛ばされる。

「がはっ!?」

 カイトを襲撃したのを猪のような外観をした牙獣種ブルファンゴである。

 ブルファンゴは環境適応能力が高く、ほぼ世界の全域に生息する。どこからともなく現れ突進をして、今日もどこかで大型モンスターと戦うハンターの邪魔をしている。

「……っ!」

 イャンクックはリンに向かって突進を始めたが、その先にはカイトが倒れている。上半身インナーのカイトは防御力が無いに等しく、先程のダメージでなかなか立ち上がれないでいる。

 リンはカイトの元へ滑り込み、抱きかかえると、そのまま一緒に横へ回避した。そして、そのまま横にいたブルファンゴを抜刀で斬り捨てる。

 振り返ると停止できずにシビレ罠にかかったイャンクックが体を痙攣させていた。

 リンは手元を見ると、先程まで起爆用に持っていた石ころが無くなっていた。おそらく回避した際にどこかに落としたのだろう。

(どこかに代わりになるものは!?)

 必死に辺りを見回すが、草が生い茂っており石のようなものは見当たらない。

(まずい……!そろそろシビレ罠の効力が切れちゃう!)

 直後にシビレ罠が「ボン!」と音を立てて壊れた。

(こうなったらウチの剣で起爆する!)

 リンがゴーレムブレイド改を抜こうとした瞬間、突如大タル爆弾が爆発し、リンは熱風に思わず顔を手で覆う。

(だ、誰が起爆を!?)

「ふう……今のはマジでギリギリだったな」

「ガウ!」

 土煙の向こうには、荷車に腰掛けたままタンクメイジを構えるガウの姿があった。

 そして大タル爆弾の爆発で倒れたイャンクックが──立ち上がった。

「お、瀕死のようだな」

 イャンクックの耳が小さくたたまれている。これは瀕死状態の合図である。

 イャンクックは立ち上がると足を引きずって逃げ出そうとする。

「待っ……痛っ!」

 リンは立ち上がって追いかけようとするが、先程の回避行動の際に足を挫いたらしく、足を押さえて座り込んでしまう。

 ガウは既にボウガンをしまいその様子をじっと見ている。

「これだけ攻撃して、大タル爆弾も当てたのにまだ生きてるなんてよ……。どんだけタフなんだよ、モンスターってのは」

 先程まで倒れていたカイトは、上半身を起こして立ち上がろうとしている。インナーだけになった上半身には火炎液による火傷と打撲や切り傷が至る所にあった。ボロボロの体を無理矢理起こすと腰からランポスクロウズを抜く。

「……いい加減疲れたから、そろそろ終わらせんぞ!」

 カイトは鬼人化するとイヤンクックへ乱舞を仕掛ける。足の辺りの甲殻は大タル爆弾で吹き飛んでおり、容易に斬る事が出来た。足に連続して攻撃されたイャンクックはたまらず転倒する。

 下敷きにされないように後ろにステップをしてかわし、更に乱舞を叩き込む。背甲はまだ残っていたがそれでも乱舞を続ける。火傷した手からは血が滲み、自分の血と返り血とでマフモフの白い毛皮が赤く染まっていく。腕が取れたのではないかと錯覚するまで斬り続けた。

 そしてついに、狩りの終わりがやってきた。

 イャンクック一度身体を勢いよく起こし、自分を仕留めた小さな狩人を見て、それから小さく鳴くと、そのまま動かなくなった。

「はは、さすがに限界だ……」

 イャンクックの亡骸に覆いかぶさるようにカイトも意識を失った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 深夜、テロス密林を抜けた草原の道を進む竜車の荷台にの上には、手綱を握るガウとその横に座っているリン、そして後ろのホロの中で寝ているカイトの三人がいた。

「ふう、今回は本当に大変だったなあ」

「ま、これでお前たちも初心者は卒業ってことだな」

「ううん。ガウに二回も助けられちゃったし、まだまだだよ、ウチ達は」

 それを聞いてガウは笑う。

「ははっ、昔からそういうところだけは真面目だな。ま、そうやって一つ一つ反省していけるなどんどん上達していくだろうな。『兄貴』として鼻が高いな」

「そういうところ『だけ』ってなにさ!…まあ…その、うん、ありがとうね」

 それを聞いてリンは微笑した。身寄りの無い自分を本当の妹のように慕ってくれることがうれしかった。

「それにしても楽しみだなあ」

「リンはポッケ村から出たとしても狩場だけだったもんな」

「うん。だからすっごい楽しみなんだ。カイトもびっくりするだろうね。起きたら知らない所なんだから」

「そういやアイツ、あれから一度も起きてないもんな。いや~、竜車まで運ぶの大変だった」

「荷車に乗せてたから大した事ないでしょ。それだったらウチらだってガウのこと運んだんだからね」

「いや待て。俺を気絶させたのはお前等だろ!?」

「原因を作ったのはそっちでじゃん!」

「いやアレはお前たちの成長のためにも──」

「あんな雑誌のどこが必要だったのさ!」 

 静かな草原に、そんな二人の声だけが響き渡っていた。




クック先生に会いたいのでMHP2Gを買いなおしたいこの頃。


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第七話 新たな仲間

サボってましたすいません(^人^;)


「──という訳でウチ達はここ『ザンガガ村』にしばらく滞在することになったんだよ」

「え?どういう訳で?」

 カイトが目を覚ますと、知らない部屋のベッドの上だった。

 カイトは半ばリンに叩き起こされる形で目覚めたので、眠気でリンの説明のほとんどが頭に入ってこなかった。リンは上下インナーだけというラフな格好をしている。

「だから、ガウが眠ったままのカイトを乗せて峠をこえるのは危ないからって、途中のこの村にウチたちを降ろして、ガウだけポッケ村に戻ったんだよ」

 なるほど、大体状況把握は出来た。確かに、眠ったままの、しかも極度の疲労による睡眠でいつ目を覚ますか解からないような人を乗せて峠を越えるのは危ないだろう。当然モンスターの襲撃もあるだろうし、山の気候は変わりやすく、吹雪に見舞われる可能性も高い。そこで、途中の村に自分と付き添いのリンを降ろして、自身はクエストの報告を済ませ、引き続き村でのハンターの仕事にあたるのであろう。

「俺はどれぐらい寝てた?」

「う~んと、この村に着いたのが昨日の明け方だから、まる一日以上は寝ていたかな?」

「な、そんなに寝てたのか」

「そうだよ。カイトが寝てる間に部屋の手続きとか日用雑貨の買出しとか色々大変だったんだからね」

 そう言ってリンは隣のベッドに腰掛ける。

 そこでカイトは「ん?」と思い、部屋をの中を見回す。あるのはテーブルと椅子が四つほど、大きな埃っぽいタンスが部屋の角においてあり、部屋に唯一の窓の近くにベッドが二つ。そして、アイテムボックスらしき箱の近くに自分とリンの荷物がまとめられている。

「……アレ?俺とお前なんで同室なんだ?」

「あ、うん。ここはそんなに大きい村じゃないからね、空き部屋がここしかなかったんだ。幸い部屋もそこまで狭くないしベッドも二つあるから問題なさそうだしね」

「……問題大有りだろう」

 リンが「え、何で?」と言った瞬間、部屋のドアがノックされ、扉の向こうから声を掛けられる。

「リンちゃんの部屋ここであってる?」

「そうだよ~。鍵開いてるから入って入って」

 ドアがギィィと音を立てて開き、一人の少女が入ってくる。

 背丈はリンより少し高いぐらいだ。髪型はリンと同じくショートだが、リンの髪が金交じりの茶髪で、毛先が外にはねているのに対して、少女の肩まで伸びた髪は緑で毛先もスッと真っ直ぐに伸びている。

「おっはよ~フローラ!」

「おはようリンちゃん。今起きたの?」

 フローラと呼ばれた少女はカイトの方を見ると怪訝そうな顔をする。

「ところでそちらの方は……?」

「あ、まだフローラには言ってなかったね。しばらくウチと一緒にこの村に滞在さてもらうカイトだよ。カイトはまだハンターになったばっかりなんだけど、ポッケ村を拠点にウチと一緒に狩りをしているんだ」

「ん、カイトだ。よろしく」

 フローラは依然としてカイトのことを睨んでいる。初対面であって、なにか失礼なことをした覚えも無いのでカイトは困ってしまう。

「……なんで、二人は同室なんですか……?」

「え?部屋が一つしか取れなかったからだよ?」

 フローラはツカツカとリンに近付き、ガシッと両肩を掴む。

「リンちゃん、いいですか!?男なんて皆、所詮はケダモノなんですよ!一緒の部屋で寝たりしたら何をされるかわかりませんよ!」

 散々な言われようだが確かにその通りである。年頃の女の子が同年代の男と同室というのは問題大有りだろう。

 それを聞いてリンはカイトをジト目で見る。

「……ウチのこと襲う気だったの?」

「誰がんなこと言った!?」

 リンは時々理不尽な怒り方をする気がする。

「部屋が一つしかないなら仕方がありません。私の家に来ませんか?ベッドなら丁度一つ余っていますから」

「あ、気持ちはうれしいんだけど、もうこの部屋の分のお金は払っちゃってるんだよね……」

「え、お前そんなお金持ってたのか?」

「ううん、ここにウチたちを降ろすときにガウがお金をくれたんだ。ドンドルマで結構稼いでいるから大丈夫って言ってた」

 それを聞いてフローラは「それならば仕方がありませんね」とカイトの方を見る。

「あなたが部屋の外で寝れば問題ないでしょう」

「待て、それはおかしい」

「おかしくなんかありません!同年代の男女が寝食を共にするということがおかしのです!」

「ぐ……まあ、それは反論は出来ないが。……だけどな、別に俺はこいつにどうこうするつもりはねえよ!」

「信用できませんね」

「してくれないと困る」

「むむむ……」

「ぐぐぐ……」

 睨みあう二人に、リンが「まあまあ」と割って入る。

「フローラ、心配しなくても大丈夫だよ。ウチは強いから、襲われそうになってもカイトぐらい拳で撃退できるよ」

「まあ、そういうことでしたら……。もし、何かされそうになったらすぐに家に来ていいからね」

「待て待て、俺は何にもしないって言ってるだろうが!」

(それにリンに殴られるのなんて勿論御免だ……。あんな怪力で殴られたら頭蓋骨なんて簡単に陥没するぞ……)

 反論するカイトを無視してフローラは振り返ってドアの方へ向かう。

「食事を作っておきますので、家にいらしてくださいね。……一応あなたの分も作っておきますから」

 カイトの方をチラッ見るとそのまま部屋を出て行った。

「何なんだあの女……」

(リンにはあんなに柔らかく接しているのに俺に対して何であんなに厳しいんだ?まあ、リンと仲がよくなるのは解かるが……。俺と始めてあった時と同じ様に、ひたすらに自分のペースで話を進めたんだろうな。例え顔見知りが激しいのだとしてもアレは無いんじゃないか?)

「まあまあ、怒らないで。カイトも準備できたら行くよ」

 そう言うとリンはランポスグリーヴをはきはじめた。

(あいつさっきまでインナーだけでいたんだよな。ほんとに自分でそういうところ気が付かないよな。でも指摘したらまた『変態!』とか言われるだろうから、言わないでおくか……。そんなことより──)

「俺布団から出たくない」

「突然何を言い出すの!?」

「……寒い」

 先日のイャンクック戦でマフモフジャケットとフードを焼失してしまったカイトは布団を頭からかぶる。

 ザンガガ村はポッケ村よりも温暖な気候だがカイトにはそんなことは関係なかった。

「あははっ、カイトって本当に寒がりだね」

 リンはカイトのベッドの方に歩いていくとそのまま寝転んだ。

「……お前何してんの?」

「ん~、カイトずっと寝てたからね~。布団すごいあったかいや~」

 リンは「う~っ」と伸びると、布団に包まると寝始めた。

「……」

「寝るのはやっ!?というか、起きろよ!これから飯食いに行くんだろ!?」

 カイトがリンの肩を揺さぶって起こそうとしたその時、

「リンちゃん、家来るの面倒だろうからご飯もって来──」

(あ、まずい)

 カイトは本能的にそう感じた。全くその気がないとはいえ、二人は布団の中で添い寝をしており、更にカイトがリンを起こそうと肩に手を掛けている。傍目に見るとリンのことを襲っているように見えなくもない。

「だから……男ってのは……!」

「ま、待て!これは誤解──」

 カーン、と鍋のふたがカイトの頭にヒットし、カイトはその一撃で沈んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……」

「……」

「……」

 三人は、テーブルを囲っておいしそうな料理を頬張っている。料理はフローラのお手製らしく、スネークサーモンの猛牛バター焼きというなんとも贅沢な料理である。──それにも関わらず、テーブルの面子はちっとも美味しそうに食べていない。

 ちなみにカイトは寒いのでインナーの上に毛布で体を巻いている。

「本当にウチのことを襲おうとするなんて……」

「これだから男は……」

「だから誤解だって……」

 しばらく沈黙が続くが、とある男の登場によってそれが破られる。

「いや~いないと思ったら、こんなとこにいたのか!」

 フローラはその声に反応して大きく目を見開き、それからキッと振り返る──その瞬間、突如部屋に入ってきた声の主は、フローラの胸をわし掴んだ。

「いや~相変わらず小さなおっぱいだなぁ。しかし、ドンドルマの豊満なおねえさん方のおっぱいも良かったが、やはりこれもまた……」

「「!?」」

「……っ!!」

 突然の行動に呆気に取られるカイトとリン。そして、ワナワナと肩を震わせるフローラ。

「……これだから」

「ん?どうしたフロー……」

「これだから男ってのはぁぁっ!!」

 ばきっ

 がっしゃーん

 リンにも全く引けを足らない正拳突きが男の顔面にヒットし、男を壁まで吹き飛ばす。

 カイトは大丈夫かと心配になるが、その男は何事も無かったかのように立ち上がる。

「はっはっはっ、そういうところも相変わらずだな!」

「嘘……」

「アイアンボディーかこいつは……」

 またしても呆気に取られる二人を見ると、その男は「おや?」という顔をする。

「君達とは初めてじゃないな。前は自己紹介の時間も無かったからな。ラインハルトだ、よろしく」

 リンとカイトは「え?」と顔を見合わせる。目の前のインナー一丁で、鼻血を流しながら仁王立ちしている男。カイトよりは少し背が高く、その紫色の髪はドスタワーにセットされている。はっきり言って知り合いにこんな変な髪形の人はいない。

「え、いや……初対面だと思うけど……」

「いやホラ、この間──」

「……何で会話しながら私のお尻を触っているのかな……?」

 額に青筋を浮かべるフローラと、親指を立てるラインハルト。

「それはそこに尻があるからさ!」

「……(ブチッ)」

「おや?何か変な音が聞こえたようだが──ぎゃああああぁぁぁぁ!!」

(なるほど、フローラの男嫌いはこいつのせいか……)

(そうみたい……)

 リンとカイトは目で会話すると、視界の端に映る惨劇をなるべく見ないようにしながら食事を再開した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「しかし、お前たちも『あのクラス』のリオレイアに遭遇するなんてついてなかったな」

 カイトは朝食を食べ終え、借りた部屋の食卓をリンとフローラとラインハルトの四人でお茶を飲みながら囲んでいた。

「本当にあの時は助かったよ。ありがとうね!」

 リンがラインハルトに礼を言うと「自分の依頼をこなしたまでだ!はっはっは!」と腰に手を当てて笑う。

 目の前にいる男こそが、先日のドスランポス狩猟の依頼の際に遭遇したリオレイアから閃光玉で自分等の退却を手伝ってくれた人物だ。更にそのリオレイアを討伐したのだという。前のガウの話からすると、おそらくガウのドンドルマの友人だろう。

「でもリオレイアの討伐以来が回ってくるなんて相当ランクが高いんでしょ?いいな~、ウチもそんなふうに強くなりたいな~」

 リンが尊敬の眼差しでラインハルトを見る。そして、それはカイトも同じことであった。

「リンちゃん、こんな男褒めるだけ損ですよ!そりゃあ狩りは多少出来ますが、人間としての根本が腐っていますから!」

 リンの横で先程朝食を作って持ってきてくれた少女、フローラが声を上げる。ちなみに余程ラインハルトの隣に座るのが嫌なのか、カイトとリンの座る二人用の長いすの端に無理矢理座っている。なのでテーブルを挟んでラインハルトが一人で据わっている形になっている──はずだったのだが

「そんな冷たい事言うなよ~」

 いつの間にやら背後に回っていたラインハルトがフローラの尻を撫でている。

「うん、胸は無いけどお尻はそれなりに──ごばぁっ!?」

 フローラは振り返ることもせずに、ラインハルトの鳩尾(みぞおち)に肘鉄を入れる。

「……いい加減に、してくれるかな?」

「え?なになに?もっと良い加減で触って欲しいっ──がはっ!」

 鳩尾を押さえてうずくまっていたラインハルトの頭をそのまま踏みつけて沈黙させた。

「何で帰ってきたの……?ドンドルマに住むって言うからやっと平和に暮らせると思ったのに……」

 するとラインハルトはヨロヨロと立ち上がると説明を始めた。

「そ、それはだな……。この付近でダイミョウザザミ等の大型モンスターの目撃情報が複数あってな。既に密林近くの農家が被害を受けているらしい。報告エリアがドンドルマよりもこの村のほうが近かったから、ここを拠点に依頼をこなすことにした訳だ。心配しなくても一時的に戻ってきただけだから依頼を達成すれば向こうに戻るさ」

 急に口調がまじめになる。さすがはガウの友人といったところか。普段はおちゃらけているが、真面目になる時は真面目になる人達だ。

 ちなみに彼はガウよりも年下で大体カイトと同い年らしい。

 それを聞いてフローラは喜ぶかと思いきや、少し驚いたような残念そうな、微妙な顔をしている。

「そ、そう……また帰るの……」

「まあ、依頼を全部済ませるには最速でも一週間は掛かるだろうし、その間はお前の家にでも──」

「野宿しろ」

「あ、はい」

 フローラはモンスターのような形相でラインハルトを睨む。

 カイトはリンに耳打ちをする。

(こりゃ相当嫌がってるな……)

 それに対してリンはにやにやとすると囁き返す。

(ふふふ、まだまだ解ってないね~)

(ん?どういう意味だ?)

(何でもないよ~)

 依然としてにやけているリンに、カイトは頭の上に疑問符を浮かべるだけだった。

「ところでさっきの話なんだが……」

 やはりまだ先程の肘鉄が効いているのか、鳩尾の辺りを押さえて前屈み気味のラインハルトは「ああ」と言うと、数枚の紙を取り出した。

「これがクエストの契約書なんだ。今日は最近特に頻繁に目撃情報が増えているダイミョウザザミの討伐に向かうつもりなんだが……、折角だからお前等も行かないか?っていうお誘いをするためにここに来たわけなんだわ」

「もちろん行く!」

 即答したのはリンだ。

「……私も行く」

 そして次に答えたのは意外にもフローラだった。

(こいつハンターだったのか。それよりも嫌いなのにわざわざついて行くのか?……変わったヤツだな。まあ俺は寒いし別に──)

「はっはっは、こりゃ両手に花だな!」

「──俺も行くわ」

「そうか、じゃあ四人全員で行くってことでいいな。それじゃあ準備が出来たら村の入り口の辺りに集合だな」

 そう言って部屋を出て行くラインハルトに続いてフローラも「それじゃあ私も準備してくる」と言って出て行った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「──マズイ、すっかり忘れてた……」

 二人が出て行った部屋の中でカイトがとあることを思い出す。

「俺、上の防具無いじゃん……」

 カイトは先日のイャンクックとの一戦で上半身の防具を焼失しているのだ。

 今回の狩猟対象であるダイミョウザザミは甲殻種の大型モンスターの代表格で、その堅固で大きな爪から由来して『盾蟹』と呼ばれる。全身が非常に硬く、並みの武器では刃が通らない。また甲殻種特有の素早く直線的な動きと爪を使った攻撃は、その見た目に似合わず非常に素早く避けにくい。更に、大型飛竜である『モノブロス』の頭殻を背負っており、後ろにいる敵に対しての突進は絶大な威力を誇る。

 そんなダイミョウザザミを、モンスターを相手に防具を身につけずに挑むなど自殺行為に等しい。

 しまった、と頭を抱えるカイトに対してリンは思いもよらない言葉を掛ける。

「ああ、その事なら大丈夫だよ。ウチ等がこの村についた日に鍛冶屋に討伐したイャンクックの素材を持っていって防具の製作依頼を出しておいたから」

「本当か!?……しかしそんなに早くできるものなのか?」

「イャンクックの防具はよく作るから慣れているし、そもそもクック素材は加工しやすいから一日あれば出来るって言ってたよ」

「それならもう出来てるかもな、行ってみるか。いや、やっぱ寒いわ!外出たくねえっ!」

「またそんな事言って!二人を待たせたら悪いからさっさと行くよ!」

 リンは布団から出たがらないカイトを無理矢理引き摺り下ろすと、そのまま部屋の外へと連れ出していった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 カイトはリンに手を引かれたまま鍛冶屋の前に付く。

「ごめんくださーい!」

 リンはカイトの手を握ったまま大きな声で店の人を呼ぶ。

 しばらくすると店の奥から、眼鏡を掛けた老人が出てくる。

「はいはいどちら様かな……。おや君は昨日の……。ほっほっほ、お二人さんディトかね?」

「ま、まさか!そんな訳ないでしょう!」

 カイトは必死に否定する。

「そうだよ!ウチがカイトとデートなんてありえないよ!」

(そこまできっぱりと言っちゃうかよ!いや、別にだからって何とも無いけどさ!でも何か……アレだ!)

 何かモヤモヤとする感情をカイトは無理矢理押さえ込むと、老人に問いかける。

「それで防具の方は」

「もちろんできておるよ。ちょいと仲間で一緒に来てもらえるかの」

 カイトとリンは老人に続いて店の中に入って行く。

 

「これが…」

「わあ……すごいねカイト!」

 店の奥の木彫りのマネキンに着せられていたのは、イャンクックの赤い鱗を全身に使った防具『クックシリーズ』だ。イャンクックの鱗を使っているため、カイトのマフモフシリーズはもちろんリンのランポスシリーズをも大きく上回る防御力を誇り、更に耐火性能も高い。

「一晩でこれを作るなんて……」

「ああ、すげえな……」

 リンとカイトは驚きの余りつい言葉を漏らしてしまう。

「ふぇふぇふぇ……、こりゃあ、ばあさんのお陰だよ」

 よく見ると店の更に奥で、竜人族の小柄な老婆が椅子に腰掛けて編み物をしていた。

(竜人族の知恵ってのがあれば一晩でこんなことも出来てしまうのか……)

「っと、あんまり時間無いね。はい、おじいさん、コレ代金ね!」

「うぃ、確かに受け取った。ホレ、時間が無いならここで着替えていきなさい」

 いわれるままにカイトはグリーヴを履き、メイルを身につけ、フォールドを巻き、アームを履く。そして最後にヘルムをかぶると、ランポスクロウズを腰の簡易鞘に収める。

(やっぱり、マフモフよりはずっと重量感があるな……。慣れるまでは少し大変かもしれないな……)

「よし、準備完了だ」

「それじゃあ行きますか!」

 二人は若干急ぎ足で店を出て行く。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「おいおい遅いぞ、何やってた?あ、もしかして二人で──」

「リンちゃんはそんなことする人じゃありません!可能性があるとすれば、そっちの輩が!」

「なっ!?言いがかりもいいところだこの野郎!」

「ねーねー早く行こうよ~」

 そんな調子で四人はああだこうだと言い合いながら竜車に乗り込む。

「ここからだと密林まではどのぐらいかかる?」

「ん、ああ、まあ夜中までには向こうに着くだろ」

「了解。眠いし寒いし、一眠りするかな……」

 カイトが寝袋に包まって寝ようとするとフローラが「男は竜車の先導していてください!」と、カイトを叩き起こす。

 

 喧騒が二倍になった竜車が、テロス密林を目指して進んでいく。




ザンガガ村はオリジナル設定の村です。
公式マップのテロス密林とグロムバオムの間辺りにあると思ってください。


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第八話 密林の盾蟹を狙え!

 学生の特権、春休みを利用して投稿します。
 フルフル倒してないのにダイミョウザザミ狩るとか、そもそもキークエストじゃないとか、そういうのは気にしないでいきましょう。しないでください^^;


──テロス密林へ向かう竜車の上で──

 

 

「わあ……、今気がついたんだけど、それってリオレイアの防具でしょ?」

「ん、まあな」

 ラインハルトの防具はあのリオレイアの素材を用いた防具だった。武具は通常、そのレア度が高くなればなるほど製作に素材を沢山消費するのだという。ランクの高い防具の素材となるアイテムは加工がし難く、多量に素材を用意しても使えるのがその内極一部であるためだそうだ。

(俺のクックシリーズはイャンクックを一頭狩るだけで全部作れたが……。レイアシリーズ一式そろえるなんてどれだけ時間が掛かるんだ……)

 自分にとっては途方もない話に思われ、カイトは思わず溜息をつく。

(しかし何だろう……。ラインハルトのレイアシリーズ、『狩りに生きる』で見たのと少し違うような……)

「フローラもフルフルシリーズなんてすごいね!ウチなんて以前一度遭遇したことがあるんけどさ……、思わず逃げ出しちゃったよ」

 リンは「あははっ」と頭を掻く。

「しかしフローラもわざわざフルフルを狩るなんて、お前もへんた──ぐはぁ!」

「私だって好きで狩ったワケじゃないです!」

「ラインハルトさん、あんまりフローラいじめたら駄目ですよ~」

 三人がああだこうだと言い合っているが、カイトは一体何の話かわからないで頭の上に?マークを浮かべる。

(フローラは何であんなに嫌がってるんだ?そんなにあの防具のデザイン変か?)

 フローラの着ているフルフルシリーズは、リンのランポスシリーズ等とは異なり、鱗のようなものが無く、白色のつるっとした防具だ。飾り気の無い防具だが、体にフィットするため、フローラの体のラインを浮かび上がらせている。

(別にデザインに問題と思うんだけどな)

 フルフルの姿を見たことが無いカイトは、三人が何故そんなにも言い合っているのかがわからなかった。

 ちなみに頭防具はつけておらず、スキルは装飾品でカバーしている。本人曰く、「フルフルシリーズのガンナーの頭防具は、視界を狭めるから嫌いなんです。ガンナーは攻撃を喰らわなければいいので、防御力はあまり気にしないですね」だそうだ。

「よし、それじゃあ作戦会議だ」

 カイトを除く三人はしばらくアレだコレだと騒いでいたが、しばらくすると話も収まった(フローラがラインハルトを撃沈したため)。相変わらずのアイアンボディーのラインハルトは直ぐに復活すると今回狩りについて話を移した。

「ダイミョウザザミの生態については後でコレを呼んで確認しておいてくれ」

 ラインハルトは三人に甲殻種のモンスターリストを渡すと話を続ける。

「基本的には二人一組で行動してもらう。……そうだな、武器的に考えると、フローラとリンちゃん、俺とカイトで組んだ方がいいか。目標を発見しだい必ずペイントボールでマークすること。きつかったら離脱してもう一グループの到着を待つこと。これは厳守だ」

「了解」

「おっけ~!」

「わかってます」

 自分、リン、フローラの順で返事をした。すでに目的地も近くなってきたので各々の準備を始めた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 カイトとラインハルトはリン達と別れると海沿いに捜索を開始した。

「ダイミョウザザミの甲殻はイャンクックとは比べ物にならないぐらい硬いからな。鬼人化を有効活用しろよ」

「そうは言っても、アレ、あんまり連発できないんだよ。スタミナもそうだけど、肉体的にかなり負荷が掛かるからな……」

「もちろん、狙える時はの話だ。ダイミョウザザミは腹の部分が比較的柔らかいから通常時はそこを狙うといいだろう」

「なるほどな」

 こういった上級者の話をよく聞くことが何事においても大切だ。

 カイトとラインハルトが話しながらエリア4を進んでいくと、目の前に二頭のランポスが現れた。

「どうする、狩るか?」

「……いや、ダイミョウザザミがこのエリアまで来ることは無いだろうから狩っておく必要は無いだろう。必要以上に狩るのは俺のポリーシーに反するしな」

「なるほど、解った。じゃあとっととここを抜けようか」

 モンスターだからといって、無闇やたらに狩ってしまえばいいのではない。カイトはラインハルトの考えに少しばかり感心した。

 

 

 二人がエリア3に達すると、『ヤツ』を発見する。

(いたぞ……、ダイミョウザザミだ)

(先に罠を張っておいてから、ペイントでマーキングするぞ)

 そう言うとラインハルトは岩陰に隠した荷車からシビレ罠を取り出した。ダイミョウザザミに見つからないように身を屈めながらに移動して、平らなところにそれを設置する。

 カイトは腰のポーチからペイントボールを取り出してダイミョウザザミに投擲する。

 ペイントボールが体に付着したことにより、ダイミョウザザミがカイト達の存在に気が付く。

 ダイミョウザザミは大きなはさみを上に振り上げ威嚇モーションをとると、振り返ることなくラインハルトに向かって突進をする。

「っと、危ねえな!」

 ラインハルトは急いでダイミョウザザミと逆方向にダイブして突進を避ける。

 ダイミョウザザミはラインハルトを狙っていたため当然彼の仕掛けていた罠を踏む。

 シビレ罠から麻痺成分が分泌しダイミョウザザミの自由を奪った。

「よし、掛かった!」

 カイトはランポスクロウズを構えて鬼人化をすると、ダイミョウザザミに乱舞を叩き込む。

(くっ……!全然刃が通らない……!)

 ダイミョウザザミの堅固な甲殻に、カイトの攻撃はほとんど弾かれてしまう。双剣を握るカイトの手は、弾かれた衝撃で徐々に力が入らなくなり剣を落としそうになる。

(イャンクックの甲殻なんかとは比べ物にならないな。全てを弾かれてしまう……。これじゃあ、まともなダメージが与えられないぞ……!)

「ふははっ!そこをどけぇっ!」

「なっ!?」

 カイトが後ろを振り返ると、ハンマー『グレートノヴァ』を大きく振りかぶったラインハルトが目の前まで来ていた。

「おらぁぁっ!」

 カイトが横に避けると同時に、ラインハルトは大きく踏み込み、その豪快な一撃をダイミョウザザミの殻に叩き込む。打撃と同時に、グレートノヴァの属性である雷が発生し、ダイミョウザザミの体を駆ける。殻の破片が粉々に砕け飛び、地が揺れる。

「……な、なんつー威力だ……。じゃなくてオイ!危ねえだろ!?」

「はっはっはっ!悪い悪い」

「悪い悪い、……じゃねえよ!当たったらどうするんだ!死ぬぞ!?」

「まてまて、言い合いをしている時間は無いようだぞ。罠の効力が切れる」

「ああクソッ!……よし、受け取れラインハルト!」

 カイトは岩陰の荷車まで戻ると、ラインハルトの方へ大タル爆弾を転がした。

「……オイ、待て待て待て!それはマズイ!」

 転がってくる大タル爆弾を避けてラインハルトは大きく前に飛び越す。

 その瞬間シビレ罠の効力が切れてダイミョウザザミに自由が戻る。ダイミョウザザミの足元に大タル爆弾が到達すると同時に、カイトが石ころを投げて起爆した。

 大爆音と共に大タル爆弾が爆発し、ダイミョウザザミを炎が包む。

「は、ははは……、俺を殺す気か!?」

「ふははっ、悪い悪い」

「この野郎……」

 その後も相手に当てんとばかりのギリギリのところで武器を振り回したりと、ダイミョウザザミなど二の次であるかのように互いに闘争心をぶつけ合う。もちろんその全ての攻撃をお互いに避けており、ダイミョウザザミにはちゃっかりしっかり全部当たっているのだが。

 カイトとラインハルトは互いに睨みあう。

「……お前とは気が合いそうにないな」

「……同じくだ」

 睨みあう二人に向かってダイミョウザザミが突進を仕掛ける。

「「引っ込んでろ!!」」

 カイトは両方の剣を縦に同時に振り下ろし、ラインハルトは渾身の一撃を叩き込む。

 二人の本気の攻撃をモロに受けたダイミョウザザミは大きく仰け反って怯み、未だに二人が言い合いをしている隙に地面へ潜って逃走した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

──数分前

 

 リンとフローラはエリア1を抜けてエリア9の探索をしていた。

「単刀直入に効くけど、フローラってラインハルトの事好きなんでしょ?」

「なっ!?」

 突然のリンの爆弾発言にフローラの声が思わず裏返る。

「な、何のこ、事でしょうか?何をワケの解らないことを……」

「ふふ~ん、ウチには隠しても無駄だよ。本当はラインハルトが帰って来てくれて嬉しかったんでしょ?」

「そ、そんなことは……」

 フローラは若干顔を赤らめてうつむく。

「でも、照れ隠しのはずが……、ああやってやりすぎてしまったと」

「……うん。……でも、アイツのああいう所は普通に嫌なんですけどね!」

「あはは、ああいう所ね」

 ラインハルトのセクハラ行為を思い出してリンは苦笑いする。

「まあそれでも、好きなんでしょ?」

「うん……、って何言わせてるんですかっ!そういうリンちゃんこそどうなんですか、彼とは!」

 フローラは照れ隠しにリンへ質問し返す。

「あはは、ウチとカイトはそういう仲じゃないよ。ウチ達は、大切な大切な仲間……ううん、友達だから」

 リンはニコッと笑う。

 同時にあることに気が付く。

「ペイントの臭気だ!」

「え……、あっ、本当です!」

 リンは目を閉じて嗅覚を集中させる。

「……そんなに遠くじゃないね。方角は北の方」

「ここから北というと、エリア3ですね」

 「行きましょう」とフローラが言いかけたところで爆音が二人の耳に届く。

「大タル爆弾の音ですね」

「……ペイントの臭気が近付いてくるよ!気をつけて!」

 その直後ダイミョウザザミが二人の目の前に土の中から現れた。

「はあっ!」

 リンは素早くダイミョウザザミに近付き、大剣を振り下ろす。

 リンのゴーレムブレード改はダイミョウザザミの硬い爪に弾かれること無く、逆にそれに亀裂を入れる。

「どうやらあっちの二人が大分ダメージを与えてくれたみたいだね」

「ラインハルトの使うハンマーは、甲殻種の弱点である打撃武器ですからね」

 フローラはライトボウガンのグレネードボウガンに徹甲榴弾Lv.1を装填して発射する。グレネードボウガンは徹甲榴弾LV.1を速射できるため、三発の徹甲榴弾がリンの壊した逆の爪に次々と刺さり、連鎖的に爆発を起こして爪を破壊する。

「おお~すごい!射撃が正確だね!」

「いえいえ、たまたまですよ。精密射撃のスキルが発動してますから」

「いやいや、これなら大分有利に進められそうだね!」

 振り返ることも無くフローラと会話をしながら、リンは徹甲榴弾でダウンしているダイミョウザザミに連続して攻撃を加えていく。思い切り振り下ろし、薙ぎ払い、切り上げ、また薙ぎ払い……、リンの豪快な攻撃が次々と叩き込まれる。

 ダイミョウザザミが立ち上がると、リンは武器をしまって一旦距離をとる。

 ダイミョウザザミは口から白い泡をブクブクと吹きながら威嚇をする。

「リンちゃん気をつけて!怒り状態の合図だよ!」

 怒り状態の手強さは前回のイャンクック戦で嫌と言うほど身に染みたので、リンは全神経を尖らせてダイミョウザザミに対峙する。

 そんなリンを避けてかどうか、ダイミョウザザミは突然フローラのほうを見ると、鋏を頭の前でクロスさせながら泡を溜めて、それからフローラ目掛けて泡ブレスを放つ。

「フローラ!」

「大丈夫です、この距離なら当たらない」

 その言葉の通り、泡ブレスはそこまでリーチが無いようで、フローラの目の前で霧散して消えている。

 フローラは貫通弾Lv.2を素早くセットし、次々と打ち込む。

 弾は亀裂の入っている甲殻をぶち破り、貫通弾がダイミョウザザミの体を紫色の体液と一緒に突き抜ける。

 フローラの連続攻撃に何とか耐えたダイミョウザザミはフローラに向かって一直線に突進をする。

「どっちを向いているのかな!」

 リンは足に向かって横薙ぎに大剣を振るってダイミョウザザミを転倒させる。

 チャンスとばかりに、リンは大剣を振るい、フローラは貫通弾を次々とリロードしながら確実に打ち込んでいく。もちろん、接近して戦っているリンに当たらないようにしながらである。

 ようやくダイミョウザザミが立ち上がろうとした瞬間、リンは大きく後ろにステップする。

 そこに間髪入れずにフローラが拡散弾Lv.2を打ち込む。

(……フローラは射撃が精密なだけじゃない。状況に合わせて素早く弾の種類を変えているんだ……!)

 拡散弾をモロに食らったダイミョウザザミは大きく仰け反る。

「フローラ、見て!口の泡の色が紫色だ!」

 ダイミョウザザミは怒り時に吐く白色の泡ではなく、紫色の泡を口から吐いている。

「どうやら瀕死のようです!おそらくどこかで休憩を取って体力回復を狙うはずなので、出来ればこのエリアで仕留めたいです!」

 それを聞いてか否か、ダイミョウザザミは急いで地面に潜って逃げようとする。

「って言ってるそばから逃げられちゃいましたね……。仕方がありません、まだペイントの効果も切れないでしょうし、目標を追いかけましょう」

 そう言ってフローラがグレネードボウガンをしまおうとしたその時、

「……!フローラ、危ない!」

 フローラの足元の地面が揺れている。そう、ダイミョウザザミは逃げたのではなく、単に攻撃のタイミングを見計らうために地面に潜っただけだったのだ。

(えっ、避けられ……ない……!)

 フローラはぎゅっと目を瞑って、身体をこわばらせて下からの衝撃を覚悟したその時、なぜかフローラは横からの力で突き飛ばされる。

 驚いたフローラが目を開けるとそこには──

「はっはっは、危なかったな!」

 フローラを庇う様にして倒れているラインハルトと、ダイミョウザザミに剣を抜いて対峙しているカイトがいた。

「油断大敵だぞ~フローラ。……さて、それじゃあとっとと止めを刺してしまおうじゃないか!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

(みんなの攻撃で、ダイミョウザザミの甲殻にヒビが入っている……。これならいける!)

 紫色の泡を吹きながら威嚇するダイミョウザザミに、カイトは鬼人化をすると乱舞を叩き込む。

 狩りの序盤では弾かれていたカイトの剣も、ボロボロになった甲殻に対してならば十分にダメージを与えられている。

 乱舞を続けるカイトに対してダイミョウザザミは大きく両鋏を開いてから、両側から挟むように攻撃する。

 それをカイトはダイミョウザザミの足下をくぐることで回避する。

(やっぱり大型モンスターの攻撃は足元では殆ど当たらないみたいだな)

 ダイミョウザザミの側面に回ったカイトは後ろ足に5撃連続で斬りつける。

 完全にカイトに意識がいったダイミョウザザミが反転しようとして瞬間、リンがゴーレムブレイド改の抜刀斬りを、大鋏を両断するかのような勢いで叩き込む。

「お二人とも離れてください!」

 体勢を立て直したフローラがグレネードボウガンを構える。カイトとリンがダイミョウザザミから離れると、フローラは拡散弾Lv.1を発射する。

 そして、爆炎に包まれるダイミョウザザミにラインハルトがグレートノヴァを構えながら突進する。

 しかしその煙の中には、ダイミョウザザミの姿は無かった。

「む、これは……!」

「危ない!上だ!」

 空中の『ソレ』に気が付いたカイトが声を上げる。

 ラインハルトの真上には、数メートルも飛び上がったダイミョウザザミの姿があった。そしていま、その巨体がラインハルトに向かって落下しようとしていた。

(あんなのくらったらタダじゃすまないぞ!) 

 場の空気が凍りつく。

 しかし、ただ一人、ラインハルトだけは冷静だった。

 そしてその先の光景に、三人は目を疑った。

 

 ラインハルトは落ちてくるダイミョウザザミを一瞥もせずに、その場で片足を軸に急ターンする。そして、掠めるか、掠めないかのギリギリのラインに落ちたダイミョウザザミに向かって軸足をそのままに、振り向いた時にハンマーに掛かった遠心力を利用して、更に半回転してダイミョウザザミに叩き込んだ。

 その勢いは止まらずに、ラインハルトは両足を軸にハンマーの遠心力で更に数回転しながらダイミョウザザミに攻撃を加える。そして最後に片方の足で急ブレーキをかけて、グレートノヴァを下から上へフルスイングする。

 一切の無駄の無い、まるで最初からわかっていたかのような一連の攻撃に三人は唖然とする。

(これが……、リオレイアをも討伐するハンターの実力か……!)

(す、すごい……。ウチ達とは格が違う……!)

(しばらく会わない内にまた強くなってる……)

 言葉が出なくなっている三人にラインハルトは高らかに笑う。

「はっはっは、終わったぞ!」

 腰に手を当てて笑っているラインハルトの後ろのダイミョウザザミは、既に動かなくなっていた。

 

 

──ポッケ村のとある家の一室──

 

 

「──と、いう訳でお前にはザンガガ村に向かってもらいたいんだが、いいか?」

「ふ、お安い御用ですよ。友の頼みとあれば、断る理由が無いですから」

「それは助かる」

「しかし、この辺りはどうも嫌な感じがしますね。気を付けてくださいね、ガウ」

「ああ。お前も道中気を付けろ、ダフネ」

 そういうと、ダフネと呼ばれた男は立ち上がって玄関へ向かう。

「もう行くのか?」

「ええ、ドンドンルマ方面に行くっていう商隊の荷車に乗せてもらいますから」

「そうか、じゃあ頼んだぜ」

「ええ、任せてください」

 

 部屋を出て行く男に一瞥だけすると、ガウはコーヒーを啜った。

「嫌な予感なんて、とっくの前からしているんだよ」




次の話もできているので、また後日投下します。


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第九話 静かな始まり

ヤツです


 テロス密林からそう遠くない、巨大な平原に位置する村『ザンガガ村』。カイトとリンの二人はポッケ村を離れて一時的にこの村に滞在している。

 テロス密林における大型モンスターの発生情報が複数報告されたため、村専属ハンターであるフローラと、その幼馴染でドンドルマ帰りのラインハルトと、滞在している間の時間で出来る限りの狩猟依頼をこなしていこうということになっていた。

「──なっていたんだけれども……」

 カイトはビールを一気に飲み干す。

「なっていたんだけれども、これはどういうことだ!?」

「そんなことウチに言われてもどうすることも出来ないよ……」

「なんで他の依頼が既に達成されているんだ!?」

 机の上に『依頼達成』の判が押された、依頼書を放る。

「う~ん、ウチたちがダイミョウザザミと戦っている間に誰かがやったってことだよね」

「誰かったって、この量だぞ俺たちが狩りに出ていた時間は移動含めて二日間。その間にイャンクック二頭と、ダイミョウザザミを狩るなんて有り得るのか……?」

「もしかしたら一人じゃなかったのかもよ。ここに来たハンター」

「う~ん……」

 カイトはジョッキをテーブルに置くとそのまま突っ伏す。

 実は、カイトは防具を一式新調したので、超金欠状態なのだ。そのため、この機会に沢山のクエストをこなしてお金を稼ごうと考えていたのだが、肝心の依頼が全て達成された後だったのだ。

「あ、おはようございます」

 いつの間にか集会所に人影が二つ増えていた。

 今挨拶したのがフローラ。そしてその後ろからついて来たのがラインハルト。

「あっ、二人ともおはよう!あははっ、二人で仲良く登場だね」

「なっ!そんなんじゃありません!」

「はっはっはっ、俺たちカップルに見えちゃうかい!まあ間違ってはいないけ──おぶぅっ!」

 最早お約束となったフローラの拳がラインハルトに炸裂する。

 フローラとラインハルトは幼馴染らしいのだが、フローラはラインハルトの性格のせいで男嫌い気味であるという。

 ラインハルトが長椅子に座ると、フローラはわざわざ椅子を他から持ってきて離れたところに座った。

「お前、どんだけ嫌われてんだよ……」

「はっはっはっ、嫌よ嫌よも好きのうちさ!」

 その言葉に反応して、フローラはラインハルトをギロリと睨む。

「……黙っててください」

「あ、すいませんでした」

 あまりの迫力に思わずカイトもたじろぐ。

「あはは~、あんまりきつく当たってると嫌われモガモガ」

「ちょっとリンちゃん?」

 フローラがあわててリンの口を両手でふさぐ。

「何言おうとしているんですか?」

「ついうっかり」

「ついうっかり!?」

 そんな二人のやり取りを、何も知らない男二人は「はて?」と首をかしげる。

「……なんだかよくわからないけど、あんまり人をからかうんじゃないぞ?お前なんてからかわれたら直ぐに泣きそうな顔になるくせに」

「な、泣かないよ!?勝手に話を捏造しないでよ!」

「あれ~もしかしてリンちゃんって意外と泣き虫さんなんですか?」

「違うってば!」

 そういうリンは既に涙目になりかけている。

「はっはっはっ、本当に仲がいいな」

「全くだ」

 相変わらず輪の中にに入れない男二人は、そばで静観している事しか出来なかった。

 

 しばらくフローラと取っ組み合っていたリンは、急に何かを思い出したかのように顔を上げた。

「そういえばウチホットドリンク買い足しておこうと思ってたんだ。ドコに売ってるか教えてくれる?」

「ん?あ~、その辺のものが売ってる店は裏路地にあるから結構わかりにくいかもな。……なんなら俺が案内してやろうか?」

「それがいいでしょうね。私はこの方と話すことがあるのでここに残ります。……手を出したら殺しますからね?」

 フローラは再びラインハルトを睨む。

「大丈夫だよ!ウチ拳には自信あるから!きっとフローラよりも強いと思うよ」

「ああ、そこは俺も保障するわ」

 自信満々に言うリンに、カイトも真面目な顔でに肯定する。

「おおうふ……。は、はっはっはっ、気をつけるよ」

 対するラインハルトは顔面蒼白で額に汗を掻きながら小さくうなずく。

「それじゃあ行きますか」

「うん、すぐ戻るね」

 そういってリンとラインハルトは酒場を出て行く。

 残された二人はテーブルを挟んで座り、お互いに一言も発しない。

(こ、これは気まずいな)

 普段リンがそばにいるときならば何とかコミュニケーションをとることが出来るが、二人っきりで話したことなんて一度もない。

(……くそっ…こういう空気は苦手だ)

 何か言わねばとカイトが口を開きかけた瞬間、

「……あなたはリンちゃんのことどう思っているんですか?」

 意外にも先に口を開いたのはフローラだった。

「どうって……、狩りが上手いよな~とか?」

 それを聞いてフローラは大きくため息をつく。

「そうじゃなくて、女の子としてどう見ているかって事ですよ」

「女の子として……?」

 そんなことを質問されるのは初めてだった。

(う~ん、いやまあ確かにアイツ可愛いけどね……。可愛いけど、別にそういう感じじゃ……。いや待てよ。そうだ、すごい可愛いじゃん?そんな()と一つ屋根の下で暮らしてる俺って実は超幸せ物じゃね!?……もうしばらくこの生活続けたいかも)

「……なにニヤけてるんですか、気持ち悪いですよ」

「気持ち悪いっ!?」

 思わず声が裏返る。

「……まあ、あなたがどう思っているかなんてどうでもいいんですが、少なくともリンちゃんはあなたにそういった感情はありませんよ?」

「は、はあ」

「この間のダイミョウザザミの狩りをしている時にリンちゃん本人が言っていたんですけれども、あくまで『友達』だそうですよ?」

「ふ、ふーん……だから?」

(……何だこれ!?この、告白していないのにフラれた感じはっ!?)

 理由は良く解らないが急に気持ちが沈んでしまい、カイトはテーブルに突っ伏すとそのままビールを一杯注文した。

 

 それからお互いに話すことなく沈黙がしばらく続いていた。

 その酒場に一組の男女が入ってくる。

「ホ~ント田舎よねぇ。何もないんだから~。ね、タッくん?」

「まあまあ、そう怒るなよ。こんな田舎に何日もいるつもりはないさ。あくまで中継地点だよ」

「そうよね~、私こんな田舎には住みたくないわ~。てか、なんでこんなところに住んでいる人がいるのかしら~」

「ふっ、それは貧乏だからに決まっているだろう」

「さっすが~、タッくん物知り~」

 入ってきた二人組みはどうやらハンターのようで、二人ともボーンシリーズを身につけている。

(あ~、ああいう人たちとは関わり持ちたくねえなあ……) 

 カイトが二人をボーっと見ていると、フローラはテーブルを叩いて立ち上がり、その男女の元へと向かっていく。

「今の言葉、撤回してください」

 フローラはカップルの前に立つと、キッと睨みつける。

「あ?誰だよお前?調子乗ってんとブッ飛ばすぞコラ」

「や~ん、タッくんこわ~い」

 男がフローラを睨み返すが、フローラは動じない。

「……この村には、この村が大好きで住んでいる人が一杯いるんです!……そんな人たちを馬鹿にすることは私が許しません!」

 フローラはラインハルトを睨んでいるような時とは全く比べ物にならないような表情で男を怒鳴りつける。

(まあ俺もさっきの言葉にはカチンときたな……)

「は?許さなかったらどうなんだよ?やんのかコラ!ああん!?」

「てかコイツ何熱くなってんの~きも~い。さすが田舎娘って感じよね~」

(っと、流石に止めに入らないとまずいな)

 カイトが腰を上げて、フローラのところへ行こうとした瞬間、

「まあまあ、お互いに落ち着いてくださいな」

 仲裁に入ったのはこの酒場のマスターである、六十代ほどであろう、落ち着いた雰囲気のある老人だ。

「フローラちゃんも、ここはひとまず…」

 老人になだめられたフローラは、まだ何か言いたそうな顔をしていたが、渋々席の方へ戻ってくる。

「あはは~アイツ逃げてったよ。ダッサぁ」

「オイおっさん、何か依頼無いの?俺たち超つえーからよ、何でもやってやんぜ」

「申し訳ありませんが、ここ数日これといった依頼が無いのです。ですから──」

 老人が言いかけたところで、村人が酒場に飛び込んでくる。

「だ、誰かハンターはいないか!?緊急の依頼だ!」

 村人は走って来たのか、息を切らしている。

 依頼書をマスターに手渡そうとすると、横からかカップルに奪われる。

「丁度いいや。俺たちがやってやんよ」

「さすがタッくん、かっこい~」

「そ、そうですか!助かります!」

 そう言うと村人は酒場を出て行った。

 カップルも早々に酒場から出て行ってしまい、再び沈黙が訪れる。

「……くそっ、久々の依頼だったのに!マスター、お代わり!」

 結局カイトはそのままビールを飲み続けて、リン達が戻ってくるころにはすっかり酔いつぶれていた。

 

 

──フラヒヤ山脈の洞窟内部にて──

 

 

「つーか、さっきの女マジむかつくわ。一回ぶっ飛ばしときゃよかった」

「やだ~タッくんてばすぐ暴力で解決しちゃうんだから~」

「ま、こんな依頼とっとと終わらせてドンドルマに向かうぞ」

「そういえば今回の依頼って何の依頼なのぉ?」

「あ~、えっと確か──」

「……?どうしたの急に黙っちゃって……」

 女が振り向くとそこには誰もいなかった。

「……タッくん?っちょ、ちょっとお、どこ行ったの?」

 女は辺りを見回すが誰もいない。

「……ちょ、ちょっ、フザけんな!私一人置いてく気!?」

 大声で喚く女の後ろに、ドサリと何かが落ちる音がした。

「……な~んだ、タッくんそこにいたの──」

 女が振り返った先には血まみれの男の上半身だけが落ちていた。

「……は?ちょっと……何、コレ」

 はっと上を見上げるとそこには真っ白い飛竜がぶら下がっていた。

「……は、はは……」

 完全に腰が抜けた女はその場に座り込んでしまう。

 飛竜はその首を伸ばすとそのまま女を丸呑みにする。

「嫌だああぁぁぁ!やめてってば!放してよおぉ!」

 必死にもがこうとするが、既に飲み込まれていて体を動かせない。

 そして、腹の中の女の体を、何本もの触手のようなものが這う。

「……じょ、冗談でしょ……?」

 

 

 

 『帯電飛竜フルフル』──大きく伸びる頭や、放電攻撃で対象を追い詰める。洞窟に多く生息し、目が退化している代わりに非常に優れた聴覚を持つ。雄雌の区別がなく、自身の体内で受精した卵を、他の生物に植え付けて産卵させる。幼体は母体を食い破って生まれてくるという。




そう、次回はヤツです


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第十話 私たちの村

前回に引き続き短めです。
前回はフルフル戦が来ることを匂わせていましたが、すいません。それは次回になりました。


「ハンターが二人狩りに行ったまま戻らない?」

 リンに対して酒場のマスターは黙ってうなずく。

「四日ほど前にこの村から出発して行ったのですが、達成報告はおろか、他のギルド支部に行ったという情報も無いというのです」

 カイト達がザンガガ村に来て既に三週間が経ち、そろそろポッケ村に帰ろうかという話が出た矢先のことだった。

「それはちょっと心配だね。ただ単にギルドへ未報告ってことならまだいいんだけど、その人達に何かあったって可能性もないわけではないからね」

 リンが狩りの時にしか見せない真剣な表情になる。

 そしてフローラは別の理由でその顔を険しくさせた。

「……別に、心配する必要なんか無いと思います」

 リンと話す時はいつも笑顔のフローラが、機嫌の悪そうな顔で吐き捨てるように言った。

「フ、フローラ?えっと、どうしたの?」

 様子のおかしいフローラに、リンは動揺する。

(ああ、あの時のことまだ引きずってんのか……。戻って来ない二人のハンターって絶対あいつらのことだしな……)

「あんな人達の事、心配する必要ないです」

 フローラは繰り返すように言った。その顔はますます機嫌が悪そうになったように見える。

「オイオイ、何があったか知らんけど、そういうことは言うもんじゃないぞ」

 横で黙って聞いてたライハルトが口を開く。

「心配する必要なんて無いんです!」

「何があったのかは知らないけどさ、私情を挟んでいられる事態じゃあないんだぞ」

 ラインハルトがたしなめるように言うが、フローラの口は止まらない。

「あの人たちは、あの人たちはこの村のことは馬鹿にしたんですよ!この村のこと何も知らないクセに!もし狩りに出て死んだのなら──当然の報いです!」

「フローラッ!!」

 ラインハルトが今まで見たことも無い怒りの表情で怒鳴った。初めて向けられる怒りの表情と怒声に、フローラは肩をビクリと震わせる。

「……俺たちの村のこと馬鹿にされたことに腹を立てるのはわかる。……だがな、死んで当然の報いだと?ふざけるな!人の命をそういう風にしか考えることが出来ないのなら、お前にハンターをやる資格は無い!」

 いままでラインハルトに怒鳴られたことなど無いフローラは、目を見開いて体を強張らせる。

「……だって、私……悔しかった……から……」

 フローラは瞳に涙を浮かべながらそう言い、ラインハルト達に背を向けて酒場から走って出て行った。

 酒場が一瞬にして静まり返る。そのまましばらく誰も言葉を発することなく時が刻まれた。

 その沈黙に耐えかねえたリンが口を開く。

「……えっと、さすがに言い過ぎたんじゃないのかな~、とか」

 直接ラインハルトに言う勇気が出ないのか、カイトの方を見ながら問いかけるようにいった。

(俺に振るなよ、あいつに直接言えって)

(だ、だって怖いんだもん。さっきから一言も発しないし全く動かないよ……!カイトが何か言ってよ!)

(だから、何で俺が……)

「その、何だ、まあ言ってる事は間違ってはいないが、あそこまで言う必要は無かったんじゃないか?」

 カイトが恐る恐る声を掛けるが、ラインハルトの反応は無い。

「え~っと……」

「──った……」

「ん?」

「せて……った……」

 ラインハルトが“オーマイガー”のポーズで叫ぶ。

「な、泣かせてしまったあああああああああああっ!!」

「わあっ!?」

「おおう!?」

 突然の怒号に二人は驚いて尻餅をつく。

「やってしまったあああっ!えっ、ちょっ、どうすればいいんだああああああ!!ただでさえ嫌われてるのに!!」

(自覚はあったのか!)

「もう駄目だああああああああああああああっ!!」

 ラインハルトはオーマイガーポーズのまま酒場の中をローリングし始める。机椅子を薙ぎ倒してもなお、彼は止まることを知らない。

「まずい!このままじゃ店が壊れる!」

「な、何とかして止めないと!」

 リンとカイトが店が壊れる前に止めねばと、ラインハルトに飛び掛ろうとしたその瞬間──

「とりあえず、これでも飲んで落ち着きなされ」

 落ち着いたデザインのベストを身に着けた白髪の老人が、暴れまわるラインハルトを片手で止めていた。もう片方の手には紅茶が握られている。

「マ、マスター!?」

 細身の老人であるマスターが、ガタイのいい男を片腕で止めている光景は、なかなか奇妙である。

「恋は駆け引き、焦ってはいけませんぞ。お茶で一息ついたら、仲直りのアプローチを焦らずゆっくりとかけてみなさい」

 マスターの言葉にラインハルトの肩が震える。

「……マ、マスタあああああああぁぁぁぁぁ!」

 そのままラインハルトは泣き崩れた。

「か、かっくい~!」

「いや待て、あの爺さん何者だよ!」

 感動の涙を流したままラインハルトはドアを突き破って走っていってしまった。

「結局店壊れたし!」

 

 ツッコミ役不足のために、その役目に落ち着きつつあるカイトだった。

 

 

──村外れの丘にて──

 

 

「ラインの馬鹿……」

 膝を抱えて座っているフローラは、草をむしっては捨て、むしっては捨てている。

「あれは、ちょっと機嫌が悪かったから口が滑っただけなのに……」

 

『人の命をそういう風にしか考えることが出来ないのなら、お前にハンターをやる資格は無い!』

 

 さきほどのラインハルトの言葉が胸に残っている。

(資格が無い、か……)

 草をむしる手が止まる。

(……そもそも私がハンターになった理由は、ラインと離れたくなかったから。ラインが狩りに行っている少しの間でも離れるのが嫌で、一緒について行こうって思って……。でも、ラインはそうしてる間にもどんどんハンターとして成長しちゃって。ドンドルマに遠征するようになって……。自分もドンドルマに行ける位強くなってやろうって思ったけど、一人じゃどうにもならなくて……)

「せっかく帰ってきたのに……、私の馬鹿……」

 フローラはそのまま草むらの上に寝転がった。怒ったり泣いたりで疲れたのか、急に眠気がこみ上げてきて、フローラはそのまま深い眠りについた。

 

 

 

「……おいフローラ、起きろって」

 身体をゆすぶられたフローラが目を覚ますと、横にはラインハルトがしゃがんでいた。

「……あ、私寝てた……?」

「ったく、こんな所にいたのかよ。散々探したぞ」

 ラインハルトは笑っているが、フローラは先ほどの事を思い出して急に気まずくなる。

「あ、あのさっきは──」

「さっきは悪かったな」

「ごめんなさ──って、え?」

「さっきは悪かった。許してくれ」

 ラインハルトは深く頭を下げて謝る。  

「ちょ、ちょっと頭なんて下げないでよ!それにさっきは私が悪かったんだし……」

 そう、『死んでも当然の報い』という言葉は不適切すぎた。相手が本当の悪人ならまだしも、“ただの嫌なヤツら”だったのだ。行方不明とわかったならば、心配しないにしても取るべき態度は他にあったはずなのだ。

「俺たちの村のことを大事に思ってのことだったんだろ?それを、俺も感情的になっちまって思わずキツイ口調で……。お前、昔から本当にこの村のことが好きだもんな。俺がいない間は、ずっと一人で村のこと守ってくれてたんだもんな。……本当に、ありがとうな」

 突然に礼を言われてしまったフローラは気恥ずかしくなってしまう。

「や、そ、そんな、当然のことしてきただけだからっ」

 

「……好きだ」

 

「……へ?」

 突然ラインハルトの口から漏れた言葉にフローラは耳を疑う。

「なっ、ななっ!?」

 今、なんと言ったのだろうか?「好きだ」と言ったのだろうか?好き、とはあの好きでいいのだろうか?それ以外なにがあるというのだ。誰が?ここにいるのは、自分とラインの二人だけ。他には誰もいない。……つまり──

「あの、えっと……」

「好きなんだ。──俺もこの村のことが好きなんだ」

「……はい?」

「俺もな、この村のことが大好きだからな、ハンターとしてもっと成長したらこの村に留ま──ってどうした?」

 ラインハルトの発言にフローラはワナワナと肩を震わせる。

「き、期待させて……この馬鹿ぁっ!」

「──ごっ…ぽぅぉおお!?」

 相変わらずの精度で的確に鳩尾(みぞおち)に拳をヒットさせるとフローラはそのままその場を走り去っていった。

「……な、なんだってんだ、よ……」

 

 一時間後、ラインハルトは近くを通りがかった村人に発見され、無事村に搬送された。

 

◇ ◇ ◇

 

「それでは、これからブリーフィングを始めます」

 酒場に戻ってきたフローラはクエストの契約書類を机に広げる。

「……あいつはいいのか?」

 カイトはチラッと横目で、ベンチに寝かされたまま反応のないラインハルトを見た。

「問題ありません」

「あ、そうですか」

 フローラがあまりにきっぱりと言うので、カイトはそれ以上何も聞くことができなかった。

「契約書によると、今回私達が討伐に当たるモンスターは『フルフル』ですね」

「フルフルか……」

「フルフルはご存知ですか?

「いやまあ 名前を何度か聞いたことがあるだけだ。俺のこの『ランポスクロウズ』にフルフルの素材を使っているんだけど、それは、拾って来た素材を使っただけさ。実際にフルフルに遭遇したことはないな」

「……そうですニャ。このボクが拾ってきた素材ですニャ」

 突如カイトの背中の方から声が聞こえて振り返るが不思議なことに誰もいない。

「ん?」

「し、下ですニャー!ぼくですニャご主人様!モンメですニャ!」

 そのまま視線を下ろすとそこには茶ぶちの猫──カイトのオトモアイルーであるモンメがいた。

「モンメ!?何でここに!?」

「お久しぶりですニャご主人様!長い間一緒に狩りにも行けず寂しい思いをしていたところ、ご主人様がこの村にいっらしゃると聞いたので、商人の荷車に乗ってここまで来たのですニャ!」

 モンメがカイトの足に飛びつく。

「あ、すまん。すっかり忘れてた」

「ひどいですニャ」

「きゃーーっ!!」

「何事!?」

 突然フローラがモンメに飛びついて抱き上げる。

「何!?なになにこのコ!?カイトさんのアイルーですか!?」

「え、あ、そうだけど……」

「か、かかか……可愛い~~!」

 モンメを強く抱きしめてそのまま頬擦りする。

「た、たすけてご主人」

「あ~ん、もう!可愛すぎる!カイトさん、このコ持って帰っちゃってもいいですか!?」

(こ、こんな親しそうにフローラに話しかけられたの初めてだぞ……。いつのまにか『さん』付けになってるし。何だこれ、アイルーが繋ぐ新しい友情なのか?)

「ちょ、ちょっとフローラ!?落ち着いて……」

 暴走するフローラをリンがなだめるのに三十分ほど掛かったとか。

 

 モンメの登場で目を離していた間に、酒場のベンチに寝かされていたラインハルトは姿を消していた。




コメント、ブックマーク、評価、とてもうれしいです。ありがとうございます。
次回こそヤツです。


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第十一話 雪山に潜む影①

 フルフル戦その一です


「いや~、フローラがあんなにアイルー好きだったんだってね~」

「お恥ずかしいところをお見せしました……」

 カイト、リン、フローラ、ラインハルトの四人はフラヒヤ山脈の峠道を歩いているところだ。

 やっとのことでフローラを落ち着かせたと思ったら次はラインハルトが行方不明になってしまい、彼の捜索をしている内に日が暮れてしまい、出発を一日遅らせたのだ。

 ちなみにラインハルトはドンドルマの狩り仲間だという男と話していたという。つい先日までポッケ村に滞在しており、ザンガガ村に来て数日依頼を一人でこなしていたという男だ。

「それにしてもあの量の依頼を一人でこなすなんてすごい腕だよね~。流石はガウとラインハルトの仲間ってところだね」

「確かにな……。しかし、別の意味でも、流石はガウ達の仲間って感じだったな」

「あははっ、確かに!」

 昨日ラインハルトと話していた男は、大柄なガウよりもさらに背の高い男だった。ハンターの間で『鎧竜』と呼ばれる上級飛竜、グラビモスの素材で作ったであろう防具を身に纏っていた。しかし通常ならばグラビモスの甲殻は灰色をしているのだが、その防具は黒い甲殻で覆われていた。

 武器は持っていなかったので不明だが、防具からでもその腕は十分に窺える。『しかし』──

「なんというか……強そうに見えなかったんだよな……」

「そうだよね~」

「ふふっ、むしろ弱々しい印象の方が強かったですね」

 ダフネ、と名乗ったその男はその巨躯に見合った立派な筋肉で、褐色の肌はその威圧感を増させている──ようなことは無かった。

 何が悲しいのか知らないが、何ともいえない悲壮感に満ち溢れた表情をしており、目の周りに出来た陰影は、ダフネのネガティブなオーラを増させていた。自己紹介の声も非常に弱々しく小さな声であった。

 しかし何よりも目を引いたのは、青色のアフロである。ガウ一味は奇抜な髪型や色にするのがルールなのだろうか?

「はっはっは、あいつは俺も認める変わり者だからな」

「お前が言うなよ……。ていうか寒っ!そういや俺もうマフモフじゃないんだった!ホットドリンク五個で最後までもつかなあ」

 寒さが苦手なカイトはフラヒヤ山脈の冷気に思わず身震いした。

「お前はよくその格好で平気だな……」

「あはは、ウチもかなり寒いよ」

 リンは先日のダイミョウザザミの狩りで入手した素材でザザミシリーズを製作したのだ。しかしこのザザミシリーズという防具、とにかく素肌が出ており、極寒の雪山には寒すぎる格好だ。

 クセのある茶金のグラデーションの髪が冷たい風にふわりと揺れる。

 リンの燃えるように紅い瞳は、ザザミの甲殻の赤色とよくマッチしている。

「はっはっは、リンちゃんがが倒れた時は荷台に乗せていくが、カイトが倒れた時はそのまま捨てていくから安心しろ」

「一々お前は俺に喧嘩を売るスタイルなのか」

 二人が睨みあう中、リンが前方の影に気が付く。

「カイト!ラインハルト!フローラ!前方にギアノスが四頭!」

「っと、お喋りはここまでだな」

「わかってら!」

 カイトとラインハルトは素早く前方に視線を向け、武器に手をかける。

「これに続いてくださいっ!」

 フローラはグレネードボウガンを構えて散弾Lv.2を装填し引き金を引く。くつにも分裂した弾丸が複数のギアノスにヒットする。

「グギャアアァ!?」

 遠距離からの思いがけない先制攻撃にギアノス達は動揺し動きが鈍る。

「はっはっは!行くぞお前ら!」

「「了解!」」

 そこに近接武器三人が一気に走りこむ。

「はあっ!」

 リンが近くにいた二頭を薙ぎ払って吹き飛ばす。その二頭が立ち上がろうとしたところをラインハルトがハンマー『グレートノヴァ』を振り下ろして絶命させる。

 残りの二頭が跳躍をしようとした瞬間、カイトが一瞬で距離を詰めて斬りつける。ひるんだ二頭のうちの一頭の首筋を切り上げるようにしながらバックステップで距離をとる。そしてその瞬間にもう一頭の頭を通常弾Lv.2が貫く。

「ふう……、とりあえず終わりかな?」

「なんか組んで間もないのにいいコンビネーションだったな」

「まあ俺とフローラの愛の絆のお陰かな!」

「黙っててください」

「スイマセンでした」

 安心した四人が武器をしまおうとしたその瞬間、

「ギャアギャア!」

 仲間の悲鳴を聞きつけてか、十頭以上のギアノスが集まり四人を取り囲んだ。

「やべっ!」

「正面の五頭を倒して、とりあえずこの場を脱出するぞ!」

「フルフルに取っておきたかったんですが、ここは仕方がないですね!」

 フローラは拡散弾Lv.1をセットすると、前方五頭の内一頭に打ち込む。

 ギアノスにヒットした拡散弾の弾が、周りにばらばらと広がり一気に爆発を起こす。

「ついて来て!」

 リンが走り出し、その後ろにフローラが続く。

 カイトとラインハルトは武器をしまうと荷台を全力で押す。ザンガガ村近辺に人に飼われたポポがいなかったため、荷台を人力で運んできたのだ。

「クソッ!足元が雪の所為で安定しねえ!」

「ゴタゴタ言ってねえで前に進むことだけ考えろ!」

 二台運搬にもたついている二人に後方からギアノスが飛び掛ろうとする。

「こいつはヤベェ……なぁっ!」

 ラインハルトは荷台から手を離すと後ろのギアノスの迎撃に掛かる。

「カイト!後ろは俺に任せな!」

「二人とも急いで!」

 既にギアノスの群れを突破したリン達が二人を呼ぶ。

 荷台を押すカイトの前にギアノスが立ち塞がる。

「邪魔だぁっ!」

 勢いをつけて荷台を押し、ギアノスにぶつける。

 しかし、ギアノスは一瞬ひるんだものの、体勢を直ぐに立て直すとカイトに襲い掛かろうとする。

「カイトさん!」

 フローラはギアノスに通常弾を撃ち込む。

「グギャアァァ!?」

 二発の通常弾を受けたギアノスはその場に倒れる。

「まだっ……!」

 絶命したと思われたギアノスが起き上がりそのままカイトに襲い掛かる。

「ぐはぁっ!」

「カイト!」

 そのまま横に薙ぎ倒されたカイトの上にギアノスが圧し掛かる。背中から落ちたため、腰のランポスクロウズを抜くことが出来ない。

 カイトを押さえ込んだギアノスが攻撃をしようとする。

「カイトさん動かないでください!」

 フローラはカイトの上のに乗っかったギアノスに照準をあわせ引き金を引こうとする。

「!?」

 しかし、その瞬間その照準の延長線上にラインハルトの姿が映る。

 撃ちだされた弾は狙いをそれて荷台の車輪に当たる。

 荷台はバランスを崩して転倒し、荷物が雪原にばら撒かれる。そのうちの一つ、大タル爆弾が転がっていき、谷の方へ落ちる。

 

 それは偶然に偶然が重なっただけだった。

 

 寒冷地方の空気は、水が蒸発せず空気中のわずかな水分も凍ってしまい、非常に乾燥している。

 偶然(・・)フローラの弾が車輪に当たった。そして荷台から落ちた大タル爆弾が偶然(・・)むき出しになっていた岩肌に落下した。

 

 ドゴオオオオォォォォォォン!!

 大爆音と共に大タル爆弾が爆発した。

 爆発は地を揺らし、驚いたギアノスが力の上から飛び退ける。そして次の瞬間、ミシッ、という音と共にラインハルトの足元の雪に亀裂が入る。

「んなっ!?まずい──」

 次の瞬間轟音と共に一気に雪が崩れる。

「うっ……!うおぉぉ!?」

「ライン!?」

 ラインハルトはギアノスと共に雪崩に巻き込まれて谷底へと落ちていった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 それから、谷に下りてラインハルトを探しに行こうとしたフローラを止めて、泣きじゃくるのをなだめている間にしばらくかかった。

「……それじゃあ、このままギルドに報告に向かう形でいいな……?」

「はい……。ラインを捜索に行って私達まで迷ったら話になりませんから……」

 説得の結果、フローラにラインハルトの捜索は後回しにして、まずはギルドに報告に行くという形になった。

 正直な話、カイトだって直ぐに捜索を始めたかったが、フラヒヤ山脈はギルドでも捜査があまり行き届いていない地域で、峠道以外の詳細な地形が地図に記されていないのだ。先程まで晴れていた峠道も吹雪き始めてしまい捜索が困難なのは自明であり、苦渋の選択の結果だった。

「それに、ラインはこれぐらいで死ぬような人ではありませんから……」

 フローラは心配な気持ちを精一杯抑えながら言葉を紡ぐ。

「ああ、そうとなれば急ぐぞ」

「そうだね。ギルドへの報告は早ければ早い方がいいからね」

「……はい」

 三人は壊れた荷台の車輪を簡易的に補修すると先へと進んだ。

 

 

 

「今は……、エリア6だから、洞窟を突っ切るのが一番近道だな」

 ラインハルトとはぐれてから既に二時間以上歩き続けていた。日が天頂から西の空へと向かい始め、段々と薄暗くなってきていた。

「夜になる前には村に着きたいな」

「そうですね、急ぎましょう」

 そのまま三人は洞窟の中に入っていく。

 そして洞窟に入ってしばらくして。

「……!」

 ピクリとカイトが顔を上げる。

「どうしたの?」

「……血の臭いだ。人の血の臭いがする……」

「え!?」

 なぜ人の血の臭いであると思ったのかはわからないが、彼の本能がそう告げていた。

「……この先だ。大分近いから気をつけろ」

 リンとフローラはそれぞれ武器を抜き、カイトも荷台を引きながらも腰の双剣に意識をおく。

 カイト達が進んだ先に何かが落ちているのが見えた。

「あっ!」

「きゃっ!」

 リンとフローラが悲鳴を上げる。

「これは……」

 そこに落ちていたのはボーングリーヴとそれを履いている『足』だった。

 足とは言っても、ギアノスなどのモンスターに食い荒らされたようでほとんど肉は残っておらず、骨が出ていた。しかしながら、氷点下の気候であるため骨にこびりついた肉は腐ることなく残っていた。

「この防具……、おそらくあの時のカップルのだな」

「た、確かに……」

「じゃあ、ギルドに報告が無かったのって……」

 亡骸の一部から目をそらしながらリンが尋ねる。

「ああ、こういう事だな。おそらくもう一人もな」

 その時フローラの口から思いがけない言葉が出る。

「……これは放っては置けませんね。他へ被害が出るのも時間の問題です。村への報告の前にフルフルの討伐を完了させてしまいましょう」

「なっ、お前ラインハルトの捜索はどうするつもりだ?」

「さっきも言ったでしょう?彼は……ラインは、あんなことで死ぬような人ではありませんから」

 何らかの根拠を持って言っていることではない。しかし、翡翠色の瞳からは不安の色が少しばかりは減っているように見えた。

 彼女には解るのだ。彼は生きていると。それは長い付き合いの間柄だからこそ信じられることなのだろう。

「ねえカイト。フローラが大丈夫って言ってるんだから、私たちはフルフルの狩りをした方がいいんじゃない?」

「……ああ、そうだな。フローラ、防具を見る限りお前はフルフルを狩った事あるんだよな?」

「はい、今まで一人で五頭ほど……」

「一人で五頭!?そ、そいつは心強いよいな。俺たちに対フルフルのアドバイスをもらいたいんだが」

「そういう事でしたら、今ここで軽く作戦会議をしましょうか」

「そうだね。でも、その……。ちょっと、ここから離れたいかも……」

 チラリと落ちている足の方を見る。

「ああ、じゃあ場所を変えるか」

「そうですね……」

 

 カイト達はエリア4の方に移動し階段状の段差の上に腰掛ける。

「それではフルフルの生態からお話しますね」

 それからフローラは十分ほどかけて、フルフルの生態について話した。出発前にラインハルトが話したよりもずっと詳細に。

「音に敏感となると奇襲もなかなか出来そうに無いな。背後から近付いたところではなから見えていないらな意味が無いからな」

「そうですね。正面に立つと首を伸ばして噛み付いてくるので注意してください。後ろ側、特に尻尾の肉質は非常に硬いので並の武器じゃ刃が通りませんね。近付いた時は発電攻撃に気をつけてください。あと、距離を取ると三方向に分かれる電気ブレスを撃ってくるので──」

「待て待て、待てよ。前は駄目、後ろも駄目、近付いたら駄目で距離をとっても駄目だと?んなもんどうやって戦えばいいんだよ」

「確かにかなり厳しいそうだね」

「フルフルが次に何を攻撃をするのか予想しながら戦っていかないと厳しいですね。とは言っても皆さんはフルフルの狩猟が初めてですから、私の方から指示を出しますので狩猟中は私の声を注意して聞いてください」

「まあそうするしかないな。了解だ」

「おっけ~」

「それでは行きましょうか」

 三人は立ち上がってエリア5の方に引き返した。

 

「この先のエリア3がフルフルの巣になっていることが多いですね。気を引き締めていきましょう」

 カイトは岩陰に荷台を隠し奥へと進む。

「……何も、いないな」

 辺りを見回すがギアノスどころかランゴスタの一匹も飛んでいない。

「他にモンスターの姿が見えないってことは、フルフルがここを巣にしている可能性が高いってことだよね」

「まあ、今はいないみたいだな」

 カイトは双剣をしまうと洞窟の中を探索し始めた。リンとフローラもそれぞれフルフルの痕跡を探すべく洞窟の中を歩き回る。

 そしてカイトがとあることに気が付く。

(ん、アレは……)

 洞窟の高台の上に何かがあった。

 カイトは慎重に近付いていくと、だんだんとその姿が鮮明に見えてきた。

(アレは、もしかして……!)

 高台の上にあったのは、ボーンシリーズを身に纏った女性の死体だった。その時、カイトはその死体に違和感を覚える。

(何でこの死体は五体満足に残っているんだ……?)

 さきほどの男の死体のように食い荒らされた形跡はない。

 そして違和感がもう一つ。

 それは、まるで妊婦のように膨れ上がった腹。数日前にカイトが酒場で見た時にはなっていなかった。

「一体何が……」

 カイトが屈んでよく見ようとしたその時、女の腹がうごめいた。

「な!?」

 カイトが咄嗟に後ろに仰け反った瞬間──

「ピギィィァァア!」

 女の腹が割け白い生物が飛び出してきた。

「何だぁコイツ!?」

 腹を割いて出てきたその白い生物は、女の内臓を貪り食い始めた。それは、肝臓を裂き、眼球を抉り取り、腸を引き摺り出す。

 そこへ、カイトの声を聞いたリンとフローラが駆けつける。

「カイト!どうしたの!?」

「っ!お前らは見るなァッ!」

 これは彼女達に見せてはいけない。彼女達が見て良いもではない。そう思った彼は叫んだ。

 しかしその声は突如の轟音に掻き消される。

「──ヴァァァアアァァァ!!」

 いつの間にか現れていた白い悪魔は、鼓膜を破るほどの爆音で(さえず)った。

 

 

──フラヒヤ山脈の谷底──

 

 

 吹雪の谷底をラインハルトは右足を引き摺りながら歩いていた。

(痛てえ……。骨が折れてないのがせめてもの救いかね……)

 雪崩に巻き込まれたラインハルトは奇跡的に雪中に埋まることなく、打撲などを数箇所に負ったが、大きな怪我は無かった。

(大きな怪我はしていないと入っても……、この崖は登れないよな)

 ラインハルトは自分が落下した崖を見上げる。

 崖というよりは一キロメートル以上も続く険しい斜面だ。雪崩れたばかりなので歩くと足が深く埋まってしまう上に、雪崩れの再発の恐れもある。

(他に登れそうなところを探すしかないな……)

 ラインハルトがその場を立ち去ろうとした時、彼は背後に現れた『ソレ』の存在に気が付く。

「……オイオイ、マジかよそりゃ勘弁だぜ」

 人生で初めて陸の女王と対峙した時と同じ感覚に襲われる。それは『死』の感覚。予感でも恐怖から生まれた幻想でもなく、明確な死へ向かっている感覚。

「この場は見逃して……、くれはしないよなぁ」

 ラインハルトはゆっくりとグレートノヴァを抜く。

 それは生への活路ではなく、死の延長に過ぎない行為だとわかっていながら。




 2ndから始めた人のバインドボイスの初体験は、クエスト順的に恐らくコイツだと思います。通常時は拘束時間が長い割りに向こうも動かないので大したことが無いんですが、怒り状態だと一転してやられちゃうことありますよね。
 ラインハルトが遭遇したモンスターはさて何者なんでしょうね。


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第十二話 雪山に潜む影②

 フルフル戦その2です。


 突然の咆哮(バインドボイス)にカイト達は耳を両手でふさぐ。しかしそれでも、その爆音は彼らの鼓膜を耐えられないほどの大きさで揺らす。

「うが……あぁ……!?」

 それは彼らの聴覚だけでなく、三半規管の麻痺によって平衡感覚までも奪った。真っ直ぐに立てなくなったカイトは足をもつれさせて、高台の上から落下する。

 咆哮が鳴り止んでもなお、そのダメージに苦しむカイト達を、フルフルは見えはしないが確かにカイト達の姿を捉えた。そして、よたよたとした足取りでカイト達に突進する。

 三人は未だにふらつく足取りで、ほとんど倒れるように横に回避する。

 フルフルは大したスピードを出していないにも関わらず、止まることができずに壁に激突する。その間にカイトは体勢を立て直す。

(まだ頭がフラフラする……。なんつーデカイ声だよ。……しかしこいつ、動きは鈍いな。この程度の動きなら油断しなければ大した事は無いかもしれないぞ)

 カイトはランポスクロウズを抜くと、やっとのことで立ち上がろうとしているフルフルの足に攻撃する。フルフルは特に痛がる素振りも見せずそのまま立ち上がる。

「動きも鈍ければ痛みの感覚もかよ!そういうことなら効くまでやらせてもらうぜ!」

 ゆっくりと振り向くフルフルにカイトは更に攻撃を加えていく。そこへ聴覚も大分回復したたリンがゴーレムブレイド改を抜刀して加わる。

 フルフルは体を大きく回転させて尻尾で二人を払おうとするが、動きがゆっくりとしているので簡単に避けられてしまう。

 二人がフルフルから距離をとると、フローラはその体目掛けて散弾Lv.2を発砲する。分離した弾全てがフルフルの巨体に当たる。

「本当は火炎弾を撃ちたいところなんですけどね……!」

 フローラの現在使用している『グレネードボウガン』は、フルフルの弱点である火炎弾を含む属性弾を一切打つことが出来ないのだ。彼女の他に持つ火炎弾を打つことの出来るライトボウガンは生憎現在工房で修理中である。

 未だに尻尾攻撃を続けるフルフルに、カイトとリンはヒットアンドアウェイを繰り返す。フローラは装填弾を通常弾Lv.2に切り替えると、二人の攻撃の合間を縫って確実に打ち込んでいく。

(話を聞く限りではすごい強そうなイメージがあったけど、これぐらいならたいしたこと無いな。スピードの面を考えるとイャンクックの方が強いぐらいじゃないか?)

 現時点で優勢にたっているカイトはふと油断してしまう。

 カイトは足元でリンと交互に攻撃するのは効率が悪いと考えフルフルの正面に立つ。そしてカイトが頭を切りつけようとした時、

「うおぉっ!?」

 フルフルがその首を伸ばしてカイトに噛み付こうとする。どういう仕組みなのか、首は胴体と同じかそれよりも長く伸びて鞭を振るうようにうねる。カイトは地に伏せてそれをギリギリで避ける。

「あっぶねえ~」

「カイト!油断しないで!」

「大丈夫だって。避けれない攻撃じゃねえよ」

 引っ込めた首にカイトはすぐさま抜刀して切りつける。

 続いてフルフルは正面のカイトに対して突進する。しかしこの突進も非常にゆっくりとしており、カイトカイトは難なく回避する。

「こりゃ、大したことねえな」

 余裕余裕、とカイトはフルフルに更に追撃しようとする。

 しかしその油断が完全に裏目に出る。

 フルフルが突如体勢を低くし、尻尾の先を大きく広げて地面に吸盤のように吸い付ける。

「カイトさん戻って!」

 『ソレ』に気が付いたフローラはすぐにカイトを呼び止めようとする。しかし時既に遅く、フルフルの十八番(おはこ)の放電攻撃からは逃れられなかった。体内の発電器官から一気に放出された電撃がフルフルの全身を包む。時に一撃で対象の命を奪うと言われるその攻撃を、カイトはモロに喰らってしまう。

「──っう、ぁあ……!?」

 ほとんど声になっていない叫びを上げてカイトはそのまま後ろに飛ばされる。

「カイト!!」

 リンがカイトに駆け寄ろうとするが、カイトは直ぐに立ち上がり「大丈夫だ」と手で制止する。

(何やってんだ俺!さっきあれほどフローラに注意しろと言われただろ!)

 今の一撃で冷静さを取り戻したカイトはフルフルから走って距離をとり、一旦呼吸を整える。

(一瞬気絶したものの、身体自体は何とか平気だな……)

 ポーチから回復薬のビンを取り出すと一気に飲み干す。するとそこへフローラが駆け寄ってくる。

「大丈夫でしたか!?放電の前には必ずあのモーションをするので気を付けて下さい!」

「解った。……すまねえ、さっきせっかくアドバイスしてくれたのに、調子に乗って攻撃してたらこのザマだ」

「いえ、無事だったならいいんです。フルフルは動き自体は遅いですが、それを補う攻撃力の高さと動きの多様性があります。突然予想外の攻撃をしてくることがあるので注意が必要です」

 そう言うとフローラは、一人でフルフルに応戦しているリンの援護に移る。

 カイトは所々が焼け焦げた自分の防具を見回す。あのドスギアノスですらもフルフルの電撃で一撃でやられたという話がある。身体に直接ダメージがかかる電撃攻撃の前に防具など在って無いようなものだ。

 さっき一瞬意識が飛んだだけで済んだのは、単に運が良かったからだろう。本来ならばあのまま目を覚まさなかったかもしれないのだ。

(ああ、油断してんじゃないぞ俺!)

 カイトは自分の頬を思い切り叩くと、リンたちの援護に向かう──が、

「エリア移動ですね!」

「うん、ペイントボールは任せて!」

 翼を広げて飛び立とうとするフルフルにリンがペイントボールを投擲する。

 その直後にはフルフルは翼をはためかせて空に舞い、洞窟の天井の崩落して開いた穴から外へと出て行った。

「追いかけましょう!」

「うん!」

 逃がすまいとリンとフローラは走ってエリア3を出て行く。

 一人残されたカイトは思わず苦笑いした。

「俺、いなくてもいいんじゃないかね」 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 カイトを置いてエリア3を後にしたリンとフローラはエリア4を二人で歩いていた。

「やっぱり、狭いところは闘いにくいですね。洞窟から出てくれたので少し楽になると思いますよ」

「……うん、そうだね」

 リンは聞いているのか聞いていないのか良く解らないような曖昧な返事を返した。

「ふふっ、カイトカイトさんのこと、心配なんですね?」

「へっ!?な、何で!?」

「さっきは放電攻撃を完全に喰らっていましたからね。本人は大丈夫だとは言っていたのですが、それでも身体にはかなりの負担があったはずです」

「……う、うん」

 フローラは歩みを止めるとリンの方を向く。

「それでもカイトさんの元に行かなかったのは、彼のことを信頼しているからですか?」

「…うん、そうだね。正確にはあの時カイトに『信用させられた』のかな。ウチが駆け寄ろうとしたら、目で『俺なら大丈夫だから、自分の狩りに集中しろ』って言われたみたいだったんだ」

「はあ、目で」

「あはは、何となくだけどね」

 フローラは少し沈んだ表情でうつむく。

「リンちゃん達は、出会ってまだ一ヶ月くらいしか経っていないのにすごいですね。……私とラインハルトは小さい時からの幼馴染なのに、私、ラインのこと全然解っていない気がするんです……」

「フローラ……」

 フローラは小さな声で絞り出すように続ける。

「言葉ですら言いたいことを、気持ちを伝えられないのに……。私って、私達って……」

 再びうつむくフローラにリンは息を大きく吸い込んで言い放った。

「フローラの馬鹿ちん!」

「ば、馬鹿ちん!?」

 突然リンに馬鹿ちん呼ばわりされたフローラは、驚きのあまりグレネードボウガンを雪の上に落としてしまった。

「そうだよこの馬鹿ちん!全然解っていない?気持ちが伝わらない?そんなのフローラが解ろうとしていない、伝えようとしていないだけじゃん!」

「そ、それは」

「受身じゃ駄目なんだよ!そう、もっと積極的にいかなきゃ駄目なんだよ!」

 ビシィ、とフローラに人差し指を突きつけるリン。フローラはそのままリンのペースに乗せられると困るので急いで話題転化を図る。

「そ、そういうリンちゃんこそどうなんですか?この間も聞きましたけどカイトさんのことはどう思ってるんですか!」

 どうにか話の流れを変えようと苦し紛れに質問し返した。

 しかし以前リンに同じ質問をした時は、「友達だよ」と言い切っていたことを思い出す。おそらく今回も返ってくる答えは同じだろう──と、思ったのだが……

「ふぇっ!?」

 そんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、リンも手に握っていたゴーレムブレード改を雪の上に落としてしまう。

「……」

「……」

 二人の間にしばらく沈黙が続く。

「……友達だよ?」

「そ、そうですか……」

 予想通りの答えが返ってきたためフローラは少し残念な気持ちになる。

(お二人の仲は未だに進展が無しですか……。う~ん、今後に期待ですね)

 フローラは「ふぅ」とため息をついた。

 彼女はまだ気が付いていなかった。リン本人すら気が付いていない意識の変化が、ほんの少しずつだが出てきたことに。

「あ、カイトさんが来ましたよ」

 後ろの方を見ると、カイトが荷台をひいてフローラ達の方へ向かってきていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ようやくリン達に追い付いたカイトは、荷台の上に腰掛ける。

「お前等フルフル追いかけるために急いでいたんじゃないのかよ。こんな所で何してるんだ?」

「あ、うん、ちょっと世間話を」

「世間話?フルフルは追いかけなくても平気か?」

「フルフルは飛ぶのが非常に遅いので見失うことは無いと思います。だから大丈夫ですよ」

「ふうん、そうなのか。……それで、世間話って何話してたんだ?」

「そ、それは、あの、えっと……」

 フローラは返答に困ってしまう。まさか自分達の恋話をしていた、なんて言えない。どうしようかと困っているとリンが助け舟を出してくれた。

「この間フローラが作ってくれた『サイコロミートのステーキ』のソースのレシピを聞いてたんだ。アレ凄く美味しかったから自分でも作ってみたいな~、って思ってね」

 咄嗟に思いついた嘘だがカイトは特に疑うことなく「そうか」とだけ言うとポーチからホットドリンクを取り出してみ干した。

「まあ、フルフルのことを見失いはしないにしても、ホットドリンクの残りが少ないから急いだ方がいいかもしれないな。こんなの飲んでも寒いものは寒いし……」

「そうですね。ペイントの臭気は……、エリア6ですね。ここからそう遠くないです」

「よし、そんじゃあ行きますか」

 カイトは再び荷台をひき始める。

 

 

 

「お、いたいた……」

 カイト達がエリア6に着くとすぐにフルフルを発見できた。カイト達に気付いているのかいないのか良く解らない様子でフラフラ歩いたり辺りを見回したりしている。

「……よし、こいつを使うか」

 カイトは荷台から大タル爆弾を降ろす。

 先程大タル爆弾を誤爆してしまったため残りの数が少なくなっており、使うタイミングが大事になっている。

 しかし、今のカイト達はこの狩りを素早く終わらせる必要があるため、使えるところで使っておきたいのだ。特に大型モンスターが怒り状態になってしまうと非常に凶暴になるため、大タル爆弾の設置に大きなリスクを伴う可能性があるからだ。

「俺がコイツをセットして離れたら、フローラが起爆してくれ」

「わかりました」

 カイトは背中に大タル爆弾を抱えると、フルフルの方に慎重に近付く。

 そしてフルフルの真後ろに回りこんだというところで、突如フルフルがカイトの方へ振り返る。

「なっ……!」

 カイトは今大タル爆弾を抱えているせいで両手がふさがっており、加えて素早く動き回ることが出来ない。

 そのカイトに対してフルフルが放電攻撃のモーションをとる。

(くそっ!冗談じゃねえぞ!そんなの喰らったら腕の中の大タルが起爆する!)

 カイトは背中の大タル爆弾を思い切りフルフルに投げつけて、全力疾走で距離をとる。その直後にフルフルの放電攻撃で大タル爆弾が起爆される。

 完全に爆風から逃れることができなかったカイトは、背中に業火と爆風を浴びて、二転三転と雪の上を転がる。

「ぐおっ……!」 

 いかに耐火性に優れているイャンクックの装備であってもさすがに身体へのダメージがくる。

 なかなか起き上がれないカイトにフルフルが飛びつこうとする。

「させません!」

 フローラはフルフルにLV2拡散弾を打ち込む。当たって少しすると、フルフルの周りで連鎖するように爆発が起きる。

 そしてその爆発に続いてリンが駆けていく。

「やあっ!」

 ゴーレムブレイド改を、爆発で焼け焦げた部位を目掛けて振り下ろす。そしてその勢いを殺さないように─薙ぎに切り払う。

 フルフルの意識がリンの方に向き、リンに向かって噛み付こうとする。そこへフローラがLV2通常弾を打ち込んでひるませる。

 リンとフローラがフルフルに応戦している間にカイトはなんとか立ち上がり回復薬を飲む。

(くっそ……、さっきから二人に助けられてばっかりで全然駄目じゃねえか……!)

 カイトは唇を噛み締める。ハンターになって一ヶ月、最近大分狩りも上達してきたと思っていた。リンやフローラのほうがキャリアが上であると言っても実力の差はほとんどなくなったのではとさえ思っていた。

 しかし、現実にはカイトが何度も致命傷を負っているのに対して、リンとフローラは、掠り傷を追いながらも闘い続けている。

(ただ闇雲に突っ込んでいくだけじゃあ駄目だ。もっと考えて狩りをしないとな……)

 ──近付いてタル爆弾をセットするのは危険だ。だったら……!

 カイトは荷台から残った二つの大タル爆弾を降ろすと荷台から離れたところへと運ぶ。

(よし、この辺りでいいか)

 二つの大タル爆弾をエリアの隅にセットすると大きな声でリンたちを呼ぶ。

「リン!フローラ!フルフルをここに誘導しながら闘えないか!」

 自分から向かうのに大きなリスクを伴うならば、フルフルをこちらに誘い込めばいい。咄嗟に思いついたがいい作戦だと思った。──しかし

 はたしてリン達は自分の作戦を聞いてくれるだろうか?何度も危ない目にあっている自分の言うことなど聞いてくれるのだろうか?信頼してくれるのだろうか?そんな不安がカイトの頭をよぎる。

 しかしそんな不安とは裏腹にリン達は小さく微笑むと「了解!」と言って一旦フルフルから距離をとる。

 あまりにもあっさりと了解されて、なんだかカイトは呆気に取られる。

 そしてカイトも小さく微笑むと呟いた。

「……俺のこと、信頼してくれてありがとうな」

 カイトは静かにランポスクロウズ改を抜くと、フルフルへ向かって走っていった。




 次回でフルフル戦は決着です。


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第十三話 雪山に潜む影③

 フルフル戦、最終話です。


「よっと!」

 リンはフルフルの横殴りの尻尾を避けると、ゴーレムブレイド改をフルフル目掛けて抜刀する。刃が皮を裂き肉を断ち傷口から鮮血が飛び散る。フルフルが苦しそうにひるんだところに更に横薙ぎの攻撃を加える。

 リンが一方的に攻撃しているところでフルフルが突如体勢を低くする。

 リンは前転(ローリング)でフルフルから離れる。その直後、フルフルは全身から青白い電撃を放った。

 そしてその体勢のままの、遠距離からすれば無防備なフルフルにフローラがLV2拡散弾を撃つ。

 地に伏せたような体勢のため連鎖的に起きる爆発のほとんどがフルフルの身体に当たる。

「ゴゥァァッ!」

 爆発の一つがフルフルの頭直下で起き、衝撃でフルフルの頭が跳ね上げられた。

 そしてそこにカイトがもぐりこみ、頭の下からランポスクロウズでアッパーカットのような連続攻撃を叩き込む。

 上半身が完全に上向きになり、全体重が掛かった足にリンの大剣の薙ぎ払いがはいる。身体のバランスを完全に崩されたフルフルはその場にもつれるように転んだ。危うく下敷きになりそうになったカイトは、その巨体から転がるように逃れた。

 フルフルは足をじたばたさせて起き上がろうとするが、もともとアンバランスな身体のつくりをしているのでなかなか起き上がれない。そこへリンの溜め三段階攻撃を、カイトが鬼人斬りを繰り出す。

 攻撃しながらカイトがリンに話しかける。

「転んだタイミングに仕掛けるってのもありだったかもなっ!」

「いまさら言っても遅いってば!今は誘導に専念しよっ!」

 カイトの方を一瞬だけ見てリンが返答する。二人は会話しながらも攻撃の手を休めない。

 やっとのところでフルフルが立ち上がるとフルフルから離れる。フローラが拡散弾を撃つためだ。しかし、フローラが撃ったのは拡散弾ではなく貫通弾だった。

「どうしたフローラ!」

「さっき撃ったのが最後の拡散弾だったみたいです!ギアノスを迎撃する時に無駄に撃ってしまいましたし、そもそも長距離移動の狩りなので装備は軽量化していたんですよ!」

 当然貫通弾だけではひるまなかったフルフルがカイトに向かって飛び掛る。

 カイトはそれを横に避けると一旦武器をしまって距離をとる。

(フローラの拡散弾がないとするとやっぱり──)

 カイトカイトはチラッと後ろを見る。そこには先程仕掛けた二つの大タル爆弾があった。

(何とかしてあそこまで誘導しないとな……)

 カイトがフルフルの注意を引くように正面に立ったその時、フルフルが体勢を低くした。

「放電攻撃か!」

 カイトが真後ろに下がる。

 しかしフルフルの狩りに慣れているフローラが『それ』に気が付く。

「カイトさん違います!“後ろに避けてはいけません”っ!」

 「は……?」と言いかけたところでカイトも気が付く。フルフルは全身から青白い電撃を放つのではなく口元にのみ、白い電気を帯びている。

「──電気ブレスです!」

 フローラが叫ぶと同時にフルフルの口から地面を這うように『三方向に』電気の球体が放たれる。

「っな!?お、おおおおっ!?」

 カイトは身体を無理矢理ひねってブレスの射線の間に倒れこむ。そしてカイトは思い出す。彼の後ろには大タル爆弾があったのだ。

 うつぶせに倒れていたカイトがガバッと顔を上げる。カイトが避けた電気ブレスは──大タル爆弾の横スレスレを通過した。

「あ、危ねえ~!」

 カイトは立ち上がると、フルフルと大タル爆弾のラインから避ける。

(“タル爆弾の方を向かないようにタル爆弾の方へ誘導しなければならない”ってか……)

「こっちこっち!」

 リンがフルフルの頭に攻撃しては後退、攻撃しては後退を繰り返しながらフルフルを誘導している。フルフルはリンを追いかけながら徐々にタル爆弾へと近付いていた。

 この調子ならいける、そう思ったときだった。

「ピギィィアァァ!」

 フルフルが咆哮(バインドボイス)をあげた。

「うっ……!」

「つあ……!?」

「耳がっ……!」

 突如の爆音に三人は耳を塞ぎ身動きが取れなくなってしまう。更に悪いことにそれはただの咆哮ではなかった。

「怒り……状態!」

 フルフルの口からは白い息が漏れており、体中の血管が浮かび上がっている。

 フルフルは全身に電撃を纏うと──無防備なフローラに飛び掛った。

「「フローラ!」」

 カイトとリンが叫ぶ。しかし二人とも咆哮の影響で肝心の身体が動かない。

 飛び掛るフルフルに対してフローラは何とか身体を動かし、地に伏せて避けようとする。

しかしフルフルの身体の一部がフローラの背中に当たり、電撃のはじける音と共にフローラは吹き飛ばされる。

「くそっ!リンはフローラの方へ行ってくれ!フルフルは俺がひきつける!」

「うん、わかった!」

 カイトとリンは二手に分かれて走り出す。カイトはそのままの勢いでフルフルに斬り込む。何度も攻撃を受けてダメージが蓄積しているであろう足を中心に斬り付ける。

「うおおぉっ!」

 これで決着をつけんとカイトカイトは鬼人化する。完全に対象を足に絞って斬り付けていく。溢れ出る紅い血がフルフルの白い皮を染め上げていく。

 カイトの乱舞に悲鳴を上げたフルフルが最後の足掻きと言わんばかりに放電攻撃のモーションに入る。しかし乱舞を続けるカイトの手は止まらない。

「うおらぁっ!」

 渾身の力を込めて双剣を振るう。そして放電体勢に入っていたフルフルが転倒する。

 しかしカイトは転倒したフルフルに攻撃することなく、ランポスクロウズを納刀してフルフルから離れる。そしてタル爆弾の前に立ってフルフルを睨む。

「……」

 両者の間に沈黙が流れる。そして最初に動いたのは──フルフルだ。

 フルフルは全身に電気を帯びてカイトへと飛び掛る。カイトはそれを横に避けることはせず、逆に前へと突っ込んだ。

 カイトとフルフルの身体が交差する刹那、カイトは前転をしてその下をくぐる。そしてフルフルの着地先には大タル爆弾があった。

 フルフルの電気で引火したタル爆弾が爆音と共にフルフルの身体を業火で包む。そしてその爆風はカイトのいる所まで達する。

(避けられねえ……!)

 カイトが頭だけでも守ろうと頭を抱え込む。

 しかし、いつまで経ってもカイトに炎が届くことはなかった。

 恐る恐る後ろを振り返ると、そこには大剣をガード姿勢で構えているリンと、動かなくなったフルフルが見えた。

「ふぅ……、危なかったね~」

 リンがゴーレムブレイド改を地面に突き刺してもたれかかる。その横にカイトも座り込む。

「結局最後も助けられちまったな」

「あはは……、ギリギリだったけどね」

 笑いあう二人のところにフローラが歩いてくる。

「最後は見事でしたね」

「フローラ、体の方は大丈夫なのか?」

「私のフルフルシリーズは対雷属性に優れていますので、重症は避けられたみたいです。まだ若干背中が痛いですけれど」

 そう言いながらフローラも二人の近くに座り込む。

「逆にリンちゃんのザザミシリーズは雷属性への耐性が著しく低いので心配していましたが、大丈夫だったみたいですね」

「あはは、なんとかね」

 そういえば今回の狩りでリンだけはほぼ無傷だ。やはりハンターとしての天性の才能なのだろうか。

「おっとそうだ、とっとと剥ぎ取って村に向かわなくちゃな」

「そうだね、急がなくちゃ」

 カイト達はいち早く村に戻ってラインハルトの安否の確認と、場合によっては救助隊の編成をしなければならない。一瞬今から自分達で捜索をすることも考えたが、吹雪はだんだんと酷くなっており、更にホットドリンクも残りが少ない。

 カイト達はは立ち上がるとフルフル亡骸の元へ寄って行き、ナイフで剥ぎ取りを開始する。

「そういえばフローラ、村でラインハルトとフルフル防具のこと言われて嫌がっていたけど何でだ?」

 カイトが何気なく質問しただけだったのだが、リンとフローラは固まってしまう。

「な、何でって……、ほら、あれでしょ?」

「み、見れば解るでしょう!」

 フローラがフルフルを指差す。カイトはフルフルを見るが「?」と全く解ったようではない。

「……見れば解るって、何が?」

「だ、だから……。って、私に何言わせようとしてるんですか!やっぱり男なんて最低です!」

 突然怒られて訳のわからない様子のカイトにフローラがリンに負けずとも劣らずの強烈な平手打ちの喰らわせる。

「ぶほっ!?」

 倒れこむカイトにリンが冷たい視線を送る。

「カイト、サイテーだね……」

「だから何だっていうんだよ!?」

 カイトは起き上がって叫ぶが二人は無視する。

「ホント何なんだよ……。はあ、剥ぎ取り終わったし行くぞ……」

 そう言って立ち上がったその時、

「っ!?」

 気配を感じて振り返る。そこには──

 

「──ティ、ティガレックス……!」

 

「「……!」」

 その言葉に反応したリンとフローラも振り返る。

 そのティガレックスは全身が傷だらけでおまけに尻尾もなかった。左目には大分古い切り傷があり視力は奪われているようだ。

 その口元は血のようなもので染まり真っ赤になっている。しかし、ティガレックスの身体には古傷ばかりで真新しい傷は見当たらない。つまりそれは轟竜自身の血ではないという事だ。

 『何か』を捕食した後で満腹なのだろうか。轟竜はカイト達に目もくれずその場を去っていく。

「は、はぁ~。助かった……」

「今襲われたら無事ではいられなかったでしょうね……」

「これは急いで下山した方が良さそうだね、カイト」

 リンがカイトの方を見る。しかし彼は全く反応しないでボーっとしている。

「……カイト?」

 

(……あのティガレックス、『あの時』俺を襲った……!)

 頭の中で何かが引っかかる。

(……俺は、その前に……。クソッ、思い出せねえ!)

 あと少しで思い出せそうな気がする。もっと前のことが。自分の事が。

 

 一時の幸せな日常が揺らぎ始めていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

──ポッケ村のとある一室で──

「……」 

 カイトに部屋を貸した男ブルックは、小さなペンダントを部屋の奥の戸棚にしまうと鍵をかけてた。

「……コルト、俺は……」

 そのブルックに後ろから声がかかる。

「ブルック、あんたは何を知っているんだ」

 フェイブルが振り返ると、部屋の入り口には、ガウが立っていた。

「ガウ、お前も“気が付いていたのか”」

「気絶したあいつを運んだ時にな……。だがあんたは、まだ何か知っているんだろう?」

「……ああ、そうだな」

「さっきのペンダントは……。まあ、大体解った気がするな」

 ガウはそう呟くと部屋を出て行った。

「なあ、コルト……。こんな時俺はどうすればいい……?」

 その問いに答える者は、もういない。




 さて、無事フルフルも討伐できたわけですが、ここからどうなるんでしょうかね。ラインハルトは無事なんでしょうかね。よく知らないですが頑張ってほしいです。

 ちなみに忘れた人もいると思うので注釈を。
 最後に出てきたブルックは、カイトに部屋を貸してくれたおっさんですね。2ndのポッケ村で自室を出て少し下にいるあの人です(名前は小説オリジナルですが)。
 ガウは村の教官の息子の、赤髪のキャラクターです。イャンクック戦に一緒に出撃しましたね。強いです。


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第十四話 捜索隊

 フルフルにも勝利したところで、次の問題はラインハルトの安否。
 カイトは捜索隊の編成を打診するが……?


 カイト達がフラヒヤ山脈の峠を越えた頃には既に辺りが暗く、ベースキャンプで一夜を明かすことになった。もちろんリンとフローラがベッドで寝て、カイトはテントの隅で丸くなって寝た。

「んじゃあ、出発するぞ」

 カイトは荷物をまとめて荷台に積みなす。

「う~、まだ少し眠いや……」

「リンちゃん寝不足ですか?」

 リンは寝癖でぼさぼさの茶色の髪を手で軽く整えて、半開きの目をこする。

「……フローラがあんなに寝相悪いとは思わなかった」

「えっ、私そんなに寝相悪かったですか?」

「そりゃもう……」

 リンがガクッとうな垂れる。実はカイトも気付いており、フローラが寝ながらリンにパンチやキックをかましているのを一晩中見ていた。

(とてもじゃないが俺も寝られなかったわ……)

「まあ寝るなら村に着いてからだな。また村に着く前に日が暮れたら洒落にならないからな」

 そう言ってカイトは荷台を引き始める。

「ま、また山を登るんですか……」

 フローラが目の前の山を見てうんざりとした顔になる。

「登るって言ったって、村は三合目辺りだからそんなに遠くはないよ」

 リンがフローラを励ます。実はフローラはあまり運動が出来る方ではないようで、昨日もベースキャンプにつくなり即効でベッドに沈んだのだ。

 しかしその挙句他の二人の安眠を妨害してくれるとはいい迷惑である。

「疲れたら言ってくれ。適度に休憩は取っていく。荷台は全部俺に任せて二人は周りを警戒してくれ」

「わかった」

 リンが荷台の前に、フローラが後ろにつく形で三人は村を目指して前進した。

 

 

 

 ベースキャンプを出発して三時間ほど、そろそろ村も大分近付いてきた頃。

(ん、あれは……)

 カイトが遠くに立つ人影に気が付く。

(あれは前、村長達と話してたギルドナイトの人……?)

 道を大きく外れた崖のそばで、望遠鏡らしき物で遠くを見ている人物は、以前ポッケ村で見かけたことがある初老のギルドナイトだった。

(あんなところで何してんだ……?)

 望遠鏡が見つめる先には連なるフラヒヤ山脈以外特に目立ったものはなく、一体何を見ているのだろうと不思議に思う。

 しばらくカイトが立ち止まっていたので、不思議に思ったフローラが声を掛ける。

「カイトさん、どうかしたんですか?」

 声を掛けられたり気は後ろを振り返る。

「いや、ホラあそこに人が──」

 そう言ってもう一度前を見たとき

(なっ、消えた!?)

 先程の崖には既に人影はなかった。

「ついさっきまであそこにいたのに……」

 崖の周りには木などは生えておらず隠れられそうな場所もない。

「何かと見間違えたんじゃないんでしょうか。カイトさん、少し疲れてるんじゃないですか?」

「それ、フローラの言うセリフ!?」

 珍しくリンがツッコミに回った。

 

 

 

 それから更に歩くこと二時間。途中で昼食をとりながらも、それなりに速いペースで山を登っていく三人。とは言っても、体力が底をついたフローラが荷台に乗っているのだが。

「さ、流石に重い……」

「し、失礼ですね!私はそんなに重くなんかありません!」

 確かに、狩りの間は大タル爆弾が三個も乗っかっていたのだから、実質的な重さで言えば軽くなっているはずだ。しかし、人が乗っかっているということが、精神的な面で重さを増しているのだろう。

「こういう時、ポポやアプトノスのありがたみが解るぜ……」

 はぁ~、と大きくため息をつきながらもカイトは荷台を引く足を止めない。

(何とか体力は持ってるけどな……。記憶がなくなる前の俺!筋肉つけててくれて有難う!)

 体力的にではなく精神的に限界が着始めたその時、

「カイト!村が見えてきたよ!」

 カイトが顔を上げると、そこには自分が目覚めた村が見えてきていた。

 

 

 

「着いたー!三週間ぶりだー!」

 帰って来たことが余程嬉しかったらしく、リンは村に入るなり大きな声ではしゃいだ。

 そして、村全体に響いたのではないかと思わせるほどのその大きな声に反応した村人たちが、村の入り口に集まってきた。

「あら、リンちゃん!お帰りなさい!」

「大丈夫?怪我していない?」

「お、カイトも良く帰ってきたな」

「そっちの嬢ちゃんは初めて見る顔だな」

(そう言えば俺がリンと始めてあった時もこんな感じだったな)

 そうしている内にも村人はどんどん集まってくる。

 村人総出の歓迎にフローラが驚きの声を上げた。

「す、すごいですね……」

「だろ?俺も初めはびっくりした」

 結局カイト達はそれから三十分以上も村人たちに囲まれたまま動けなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「今のところ報告なし、か……」

 やっとのことで村人から解放されたカイト達は集会所で軽食を取っていた。

 ギルドマネージャーに村に男のハンターが来なかったか、と聞いてみたが、ここ数日でこの村に来たのは商人ぐらいだという。

 また近辺のギルドの支部からも、フラヒヤ山脈から救助されたハンターがいるという報告は受けていないそうだ。

「フローラ……」

 リンがうつむくフローラの肩に手を置く。

(無傷で先に村にいてくれればなんて思ったけど……。そう甘くはないか)

 カイトは立ち上がるとギルドマネージャーの方へ向かった。

「救助隊を編成できませんか。出来れば早く、明日にでも……!」

 カイトが必死に頼むが帰ってくる言葉は残酷なものだった。

「私もね、そうしたいのは山々なの。でもね、この村から一番近い支部に救助支援要請を出して、それが仮に承諾されたとして、実際に救助が開始されるのは早くて四日後、手間取れば一週間は掛かるわね……」

 ギルドマネージャーの口調にいつものような穏やかさはない。淡々と現実を突きつけてくる。

「この村から救助隊を出すとしても、あなた達はその怪我でもう一度峠に赴いてもらうわけには行かないし……」

 つまり最低でも四日間はラインハルトをあの雪山に放置しなければならないということだ。

 極寒の雪山に何日もいて助かる可能性は限りなくゼロに近い。すでに危ない状態とも言える。

 ──あの時直ぐに谷に下りて捜索すればよかったのでは。そうすればこんなことにならなかったのでは。あの時の自分の判断が最悪の事態を招くのでは。

 カイトの中に自分を責める感情が浮き上がってくる。

 唇を噛むカイトに、ギルドマネージャーはいつもの優しい口調で「あなたの所為じゃないわよ」と、言ってそのままカウンターの奥の方に姿を消した。

「ラインハルト……」

 カイトが更に強く唇を噛む。唇が切れて血が溢れ出る。

 そんな時、横から男の声がかけられた。

「お前、なんつー顔してんだよ」

 いつの間にかカイトの横には大柄な男が立っていた。

 炎のように真っ赤な髪をオールバックでまとめた、とても二十代前半とは思えない厳つい顔をした男だ。

「あ、ガウか……!」

「よお、久々だな」

 フローラとベンチに座っていたリンも立ち上がってガウの元にやって来た。

「ガウ、久々だね」

「おう、元気してたか?」

 ガウがリンの頭をワシワシと撫でる。傍から見ると、本当の兄妹のようだ。

 ガウは「まあ座って話そうや」と言ってフローラのいるテーブルの近くに腰掛ける。

「そんで、ラインハルトの野郎が行方不明なんだって?」

 フローラは初めて会う男の口からラインハルトの名が出たことに少々驚いた様子だ。

「あ、あなたは……」

「ん、ああ、俺はガウ。ラインハルトとはドンドルマで一緒に狩をしていた仲間同士…いや、先輩後輩の仲だな。もちろん、俺が先輩な」

「あ、あなたがガウさんですか!ラインからお話は窺っています」

「話って言ったってどうせ悪口だろ?」

「えっ!?えっと、その……。ハイ……」

「だろうなあ。アイツは俺のことライバル視してるのか知らんがやたらと絡んでくるからな。全く、先輩に対する態度とは思えんな」

 ガウは腕を組んで「ガッハッハ」と笑った。以前、「親父のことは嫌いだ」なんて言っていた彼が、そういうところはやはりそっくりである。

「血は争えないな」

「ん、何か言ったか?」

「いやなんでも」

「?」

 この様子だと自覚はないのだろう。

「まあいい。それでアイツが行方不明って話だが──ハッキリ言って大丈夫だろう」

「……は?」

 ガウは表情一つ変えずに言い切った。きっぱりと言い切ったのだ。

「な、なんでそう言い切れるんですか……?」

「アイツは今まで何度も死にそうな目にあってきたけどな、そのたび度なんやかんやで生き残っている。初めてレイアを狩りに行ったときなんて、本当に死んだと思ったぐらいだ。ま、要するにアイツはそう簡単にくたばる様なヤツじゃないってことだ」

 それを聞いてフローラが立ち上がる。

「だからと言って今回も無事であるなんて確証はないじゃないですか!どうして仲間が命の危機に瀕しているかもしれないのに、そんなに余裕な態度でいられるんですか!?」

「フ、フローラ、落ち着いて…」

 フローラは少し怒りやすい性格のようだ。翡翠色の瞳に怒りの感情が見える。

 リンがなだめようとするが、フローラはガウを睨んで動かない。

「ほう、なんだ。そうしたらお前はアイツが今、危険な状態にあるとでも言うのか?」

「そ、そういう意味では……」

「大体そんなに心配なら自分らで救助に向かえば良かったんじゃないのか?そうしないでお前等はこの村に来たんだ。来てみて、救助に時間が掛かるとわかったからってガタガタわめくなよ」

「っ……!」

 ガウに戒められたフローラは黙ってしまう。黙って二人の話を聞いていたカイトが口を挟む。

「……村に戻るべきだと提案したのは俺だ」

「それでも最終的に村に向かうと決めるのはそれぞれの意思だろ。なんなら一人で残って探す事だって出来ただろ」

 普段のようなふざけた雰囲気の一切ない、重い言葉を淡々と吐き出した。

 フローラが何も言い返せず固まって知ったのを見てガウは立ち上がると、そのまま集会所から出て行った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ふう、もう日は暮れちまったか……」

 ガウは集会所の外に置いてあった道具をまとめるとポポにつながれた荷台に積み込む。

「う~ん、ちょっときつく言い過ぎたかねえ」

 先程の集会所でのやり取りを思い出して頭を掻く。

 相手にどう映ったかはわからないが、ガウは決して怒っていたわけではない。一つ一つの判断の重要性について自覚してもらおうとしたのだ。

「あんま怒るのはキャラじゃないんだよなあ」

「……な~にが怒るのはキャラじゃない、だ。超絶強面のあんたが何を言うんだよ」

 ガウの後ろには集会所から後を着いて来たカイトの姿があった。

 強面の自覚は十分にあるが、面と向かって言われると苦笑いしてしまう。

「黙ってても怒ってるように見えるんだよ」

「と、年上には敬語を使えよこの野郎」

「イャンクック戦の時宣言したよな?アンタは例外だ」

「れ、例外ってなあ……」

 ちぇー、とガウはアヒル口になる。

 そんなガウを見て次はカイトが苦笑いした。

「だからその顔でそんなことやっても似合わないっての。──それで、あんたは“これからどこに行こうとしてたんだ”?」

「解ってるくせになあ。だから出てきたんだろ?」

「……」

 そう、ガウは狩りの後で消耗したカイト達の代わりにラインハルトの捜索に向かおうとしているのだ。

 救助が一日伸びれば生存確率が反比例的に下がっていくことはガウも良くわかっている。

 だからこそ現在コンディションのいい自分が捜索に行くべきだと考えたのだ。

「なんなら俺も……!」

「お前は残れ馬鹿。そんな疲労困憊のやつは帰って足手まといだ」

 「だけど」と言いかけてカイトは黙った。

 確かに今は平然と歩き回っているとはいえ、目の前にベッドがあったら倒れこんですぐに寝たいような状態だ。ガウの足手まといになるのは必然だろう。

「任せて、いいのか?」

「はっ、お前に心配されるような腕じゃあないんだよ。お前たちはゆっくりと療養しているんだな」

 確かにガウのハンターとしての腕前はカイトとは比べ物にならない。リンとフローラと合わせても敵わないだろう。

 しかし今回はそう単純な話ではない。

「もしかしたら怪我人を運びながら、ってことになるかもしれないんだぞ?本当に一人で平気なのか」

「その辺は心配ねえ。さっきザンガガ村に鷹を飛ばしたからな」

「ザンガガ村に……?ってことは、あの青いアフロの人と?」

 カイトはザンガガ村で会った、ガウの仲間のハンターであるという青いアフロの男を思い出した。その長身に対して肉付きがあまりよくなくげっそりとした印象だったのを覚えている。

「ああ、ダフネと峠で落ち合うつもりだ」

 ランクとしてはガウより上だというダフネが一緒ならば安心だろう。

「……それから、モンメを連れて来てもらう」

「モンメ?……って、ああ!」

 カイトはオトモアイルーのモンメをザンガガ村に置いてきてしまった事を、今思い出したのだった。




 こんな調子でガウがダフネと合流してラインハルトの捜索に向かいます。ガウ、ラインハルト、ダフネはドンドルマを中心に一緒に活動していたパーティーメンバーです。
 GW中にもう一回更新したいです(こう言って実現したためしがあまりないですね)。


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第十五話 ココットの伝説

 少し長めに書きました。


 赤髪のガウさんの後を追ってカイトさんが集会所を出てからしばらく経った。

 カイトさんは一人で集会所に戻ってきた。

 カイトさんの話によると、ガウさんはラインの救助に向かったそうだ。私の村滞在しているにダフネさんにもすでに連絡を飛ばしているそうで、二人ががりで捜索するとのこと。

 ラインもしぶとさは私も良くわかっているし、あのラインの先輩二人ががかりならきっと大丈夫だろう。私は自分にそう言い聞かせて、自分自身の体の回復に集中することにした。

 

 

 

「う~ん、狩りに行かないとなると少し暇ですねえ」

 フローラは馴れない感触のベッドの上でごろんと転がった。

 フローラが今いるのは訓練所に隣接した宿舎の一室だ。ガウの父親であり、教官のバルドゥスが、一時的に滞在するハンターなどに安く提供しているのだという。

 少しで歩いて村の探検をしてみたい気もするが、早めの回復のために、今日一日だけは食事のとき以外は極力安静にしていようと決めたのだ。

「そんなに暇なら出歩こうよ~」

 ソファーに横になっていた茶髪の少女が手足をジタバタさせた。

「だめです。私は今日は安静にすると決めたんですから」

「ちぇ~」

 茶髪の少女──リンは金色の毛先を指でくるくるといじりながら文句を言った。

 もともとじっとしていられない性格であるリンはフローラのように安静に過ごす、ということはあまり実行できない。すでにソファーの上で寝ながら跳ね始めている。

「ちょっと、埃が飛ぶじゃないですか!」

「暇なんだも~ん!せめて部屋から出て散歩とかしようよ~」

「まあ、暇なのは認めますが……」

 確かに何もせずベッドの上にいるのは飽きるうえに、有意義な時間の使いかとは言いがたい。かといってあまり体は動かしたくないのが正直なところだ。

「せめて本でもあればいいんですが」

「本か~……。あっ、それならカイトの部屋にたくさんあった気がする」

「カイトさんの部屋に?」

「うん。ウチはあんまり難しい本には興味が無いんだけど、雑誌とかもあるからたまに読みに行くんだ」

 なるほど、とフローラは少し腕を組んで考えてから、ベッドを降りて立ち上がった。

「そういうことなら行ってみましょうか」

「やった!」

「でも、走ったりはしないでくださいね。本来の目的から逸脱してしまいますから」

「は~い、わかってますよ~だ」

 あらかじめ釘を刺されてしまったリンは唇を尖らせた。フローラは防寒着を羽織って、リンの後ろについていく形で部屋をあとにした。

 

 

 

「それで俺の部屋に来たのか」

 リンとフローラがカイトの部屋に着いた時、カイトはベッドに腰掛けて雑誌を読んでいるところだった。

「ええ、もしお邪魔でなければ置いてある本を読ませていただきたいのですが」

「そういうことなら別にいいよ。というかここの本のほとんどが俺のじゃなくて部屋を貸してくれたブルックさんのものだから、俺が言うのもおかしいんだけどな」

 部屋にある大きめの本棚には見るからに古い本が並べられていた。上のほうに積んである比較的新しい本がカイトの買った本なのだろう。

 置いてある本の種類は様々だった。伝記であったり、物語であったり、たまには難しそうな政治の本であったり、元ハンターらしくモンスターの生態書であったり、全て読むには恐ろしい時間がかかりそうなほどの本が並べられている。

 フローラは本の背表紙をなぞりながらどれを読もうかと思案していた。

 そしてとある一冊の本でその指を止めた。

「あ、懐かしい本ですね」

 フローラがそう言って本棚から一冊取り出す。古ぼけた表紙にはこう書いてあった。

「ココットの英雄伝説、か」

「ココットの村長さんはまだ生きてらっしゃるのに伝説にされるなんてすごいですよね」

「ああ、そうだな……」

 ココット村の名前は以前にも聞いた。

 狩りには五人以上で言ってはいけないというジンクスがあるということ。それがココットの英雄の婚約者の死にまつわることだということ。そして、ガウやリンの母親がそのジンクスの通りに狩りの最中に斃れたということ。

 カイトはふとリンのほうを見た。リンがあまりこの話題に触れてほしくないことを知っている。以前に自分から話していながら泣き出してしまったこともあるのだ。

 しかし以外にもリンの表情は落ち着いていた。

「そうだ、フローラには話していなかったね」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「そんな、ことが……」

 リンは自分の両親たちに起きた事のあらましをフローラに話した。

「すいません、なんか昔のことをえぐるような事になってしまって……」

 あやまるフローラにリンは「ううん、大丈夫」と首を横に振った。

 リンの表情はやはり暗いものではあったが、しかし以前のように取り乱すようなことはなかった。

「前は話すだけでもつらいことだったんだけど、今は少しは楽になったんだ」

 リンはそう言ってカイトの方を見て微笑んだ。

「今では、ウチにも新しい家族ができたからさ」

 

 その言葉にカイトはハッとなった。

 リンの昔のことを知るたびにカイトは悩んでいた。自分はこの子のために何ができるのだろうかと。何か力になれることは無いだろうかと探し続けていた。

 しかし彼は思っていた。人の傷を癒すことができるのは、傷ついてから経った年月よりもずっと一緒にいた人だけのだろうと。この数ヶ月の付き合いでは知りえない、もっと深い何かをわかる人でないとできない事なのだと。

 しかし、今リンは言ってくれた。“自分と言う存在がいるだけで、少しは気が晴れた”のだと。それは長い間傷を癒す方法を模索していたカイトへの一つの解答であった。

 そのことがカイト自身をも、少しばかり楽にしたのだった。

 

「それでさ、フローラ。その本読んだことあるの?」

 リンは話題をフローラの手にしている本に移した。

「いえ、私が昔読んだのは違う本でしたね。ココット村の伝説に関しては吟遊詩人たちが話を盛り上げるためにそれぞれが脚色して言ったものが多いですから、こうやって本になっているものにもたくさんの種類があるんですよ」

「なるほどなあ。俺はまだ読んでないんだけどさ、ココット村の村長さんの伝説ってどんなものなんだ?」

 伝説と言われるからにはそれなりの功績があるはずだが、その内容に関してカイトはよく知らない。フローラは、そうですねー、と少し考えてから手に持ってる本をぱらぱらとめくってあるページで手を止めた。

「まあ、やっぱり一番大きな功績はこれですね。ココット村の村長、彼はまさにハンター業の始祖なんですよ」

「へっ、つまりその村長さんがハンター業を始めるまでは?」

「まあ、個々で対策をしながらモンスターの脅威に立ち向かっていたんでしょうけど、今よりもずっと危険が多かったんでしょうね」

「まあ確かに、初代ハンターとなれば伝説になるよなあ」

「それだけじゃないんです。まだ装備も充実していなくて飛竜クラスの相手に手も足も出ないような時代に、単身でモノブロスを討伐したというのも有名な話ですね。それ以降、モノブロスは単身でのみ狩りを許される、モノブロスを狩って一人前、っていう風習ができたんですね」

「へえええ、そうだったんだ!フローラはモノブロスを狩ったことあるの?」

「ええ、以前に一度だけ。本当にギリギリの闘いでしたけどね」

「ってことはフローラは一人前なんだ!すごーい!」

 リンがキラキラと目を輝かせる。

 確かに規模の小さな村とはいえ、一人で守ってきたからにはそれなりの腕があることは予想がついていたが、よもやそこまでとは流石にカイトも驚いた。

「この間のフルフルが俺の飛竜デビューだったわけだけど、モノブロスはどのぐらい強いんだ?」

「そうですねえ。そもそも戦闘タイプがぜんぜん違うので一概には言えないですが、体力と素早さに関しては段違いですね」

「げええ、そんなのと一人でやり合うのか……」

 カイトは先日のフルフル戦を思い出してげんなりとした。三人がかりであんなに苦労したのに、一人であれ以上の相手と戦うとなると骨が折れるどころの話ではない。

「さらに狩猟場が砂漠でしたので、クーラードリンクのことを気にしながら戦わなくちゃいけなくて、長期戦にはできないんですよ。はあ、二度とやりあいたくないですね」

 フローラもモノブロス戦のハードさを思い出してげんなりとした顔になった。

「は~、フローラってすごいんだねえ」

 リンがフローラに尊敬のまなざしを向けるが、フローラは「いえ」と笑った。

「それよりもココット村の伝説のこれのほうがすごいですよ」

 そういってフローラが差し出したページの内容を見てカイトとリンは驚嘆の声を上げた。

「ラ、ラオシャンロンを……」

「単身討伐……!?」

 

 二人が驚くのも無理はない。

 ラオシャンロン──通称、老山龍。その山のように巨大な体躯が通り抜けた後には何も残らないといわれる程巨大な古龍だ。「歩く天災」、または「動く霊峰」とも称され、その圧倒的な存在に為すすべなく町や村が破壊されるケースも少なくない。なによりも、それは破壊活動ではなく“ただの移動である”ということが恐ろしいのだ。

 古龍とは正式な種の分類ではなく、古来からいると思われる謎の多い個体の総称である。そしてその全てに共通することが、“存在するだけで災厄となる”ということである。

 そのため対古龍戦においてもっとも優先されることは、討伐ではなくその場からの撃退とされている。そのため対古龍のクエストは例外的に、撃退であっても報酬が支給されるようになっている。

 

 しかし、ココット村の村長はそんな規格外の怪物を一人で討伐してしまったというのだ。

「はあ~、すごい人が世の中に入るもんだな」

「さすがに想像できない世界だね……」

「ふふっ、本当にすごいですよね」

「……ん?待てよ、もしかしてっ……!」

 急に思い出したようにカイトは手に持っていた雑誌『月刊 狩りに生きる』のページをめくり始めた。

「カイト、どうしたの?」

「……あった、これだ!」

 カイトが開いたページにはこうあった。

 

『ジャンボ村で発見!老山龍の亡骸に刺さる伝説の剣!?』

 先月の○日、大陸東のジャンボ村にて坑道の中から大昔の老山龍の亡骸が発見された。その頭部には錆びた剣(片手剣と思われる)が刺さっており、大昔にハンターによって討伐したものと思われる。その状況からココット村の英雄の偉業を連想させると指摘する専門かもいるが詳細は不明。発見者は坑道の作業員とハンターの青年で──

 

「これは……」

「まさに、って感じだね」

 ジャンボ村とは、ハンターを中心とした村づくり、という名目で若い竜人族(人の年齢では相当の歳だが)が興した比較的新しい村だ。テロス密林の西の沿岸部にあり、フローラの故郷のザンガガ村からもそう離れてはいない。

「これは、ロマンがあるなあ……!」

「ロマン、ですか?」

 カイトのその発言にフローラが首をかしげた。

「わからねえかな、ほらこう、ワクワクするじゃん」

 カイトが説明しても女性陣にはいまいちわかってもらえず、最終的に男にしかわからない感性として片付けられてしまった。

「しかし、ココット村の伝説の剣か……。いつか見てみたいな」

「まあ、まだ抜けてないみたいですけどね。あと、発見者の青年のものになるみたいです」

「マジか、抜かれる前に見に行きたいな」

「どうぞご自由に~」

 未だに興奮がさめないカイトだが、女性二人はやはり興味がないようであった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そんな風に本を読んだり話しながらしてその日は終わり、各自の部屋に戻って次の日の朝を迎えた。

 そしてその日も特に何もなく日が西に傾き始めていた。

 カイトは体がなまらないように訓練所で軽く運動した後、公衆浴場で汗を洗い流し、それから集会所へと向かった。

 集会所には既にリンとフローラがいた。二人はお茶を飲みながらなにやら話していた。ガールズトークに混ざるのは気がひけるが、特にすることも無いので近くの席に腰をお下ろした。

「あ、カイトだ」

「どうぞ、食べますか」

 フローラがスナックの乗った皿をカイトの前に差し出した。

「お、ありがとう。店員さんすいません、俺にもお茶を一つ」

 カイトは近くを通り過ぎた給仕姿の女性に注文をして、差し出されたスナックに手を伸ばした。

「何を話してたんだ?」

「んー、ナイショ」

「なんでだよ」

「カイトさんは女性から無理やり話を聞き出すのですか」

「そういわけじゃないけどよ」

「ふふっ、からかい甲斐がありますね」

「お前なー……」

 そんな風にフローラにあしらわれたカイトだが、内心少し安心していた。

 ラインハルトが行くへ不明になってから三日目が終わろうとしている。これ以上は例え歴戦のハンターといえども雪山での存命は難しくなるだろう。

 つまり今晩か、明日の朝にでもガウたちがラインハルトを連れて村にやってこなければ、ラインハルトの存命確率はほぼゼロになってしまうということだ。

 そのことはフローラも自覚しているだろう。カイトは彼女がもっと取り乱しているのではと心配していたが、そうでもない様子だ。おそらく、ずっとそばにリンが付き添っていたおかげだろう。リンはそばにいるだけで人を元気にする力がある。

(ガウ、大丈夫なんだよな……)

 ラインハルトの身の安全の確保を一任したハンターのことを思い出す。自分よりも遥かに優れたハンターである彼に出来なければ、自分たちにも無理なのだ。今はあの赤毛の大男に任せるしかない。

 そんな他人任せにしか出来ない、力のない自分を恨んだ。

 

 

 

 そして、そろそろ夕食の時間である、といったその時に事は起こった。

 なにやら集会所の外が騒がしくなったのだ。

「どうしたのかな」

「これは村の入り口のほうか」

 まさか、とカイトたちは席を立って集会所を飛び出した。

 

 

 

 そこに立っていたのは赤毛の大男と長身の青いアフロの男、荷台に横たえられた紫色の髪の男、そしてはじめて見る長い銀髪の女性だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 荷台の上に横たわった男気が付いたフローラが声を上げる。

「ライン!」

 フローラは急いでラインハルトのそばに駆け寄った。

「っ……!酷い怪我……、一体どうして……!?」

 包帯の隙間から見えるラインハルトの顔や手には、爪のようなもので抉り取られた様な痕があったり、内出血で腫れ上がったりしている。リオレイアの鱗と頑丈な鉱石で作られたはずの防具は、何かに思い切り殴られたようにへこんでいた。

「オイ、お前は足を持て!」

「持ち上げんぞ──っと!」

 倒れたラインハルトをカイトとガウは急いで集会所に運び込んだ。

 

「リン!そこのベンチを二つ横に並べてくれ、コイツを寝かせる!」

「う、うん!」

 リンが並べたベンチの上にラインハルトを降ろす。

「カイト、コイツの防具を外すぞ」

「わかってる」

 二人はラインハルトの防具のバックルなどを外して、胴防具(メイル)から順番に外していく。

「っ……!コイツは……」

 すでに包帯などで簡単な処置はしてあったが、それでも傷の様子は良くわかった。

 大きくへこんだ防具の下の肌は内出血により青紫色に変色しており、それを皮膚の上から破ったように血がにじみ出ている。更に首から腕にかけての皮膚がそぎ落とされるようになっていた。

「あ、あああ……」

「フローラ!」

 それを見てしまったフローラが倒れそうになり、リンが慌てて支えた。その時リンもラインハルトの体の傷を見てしまい、フローラを支えたまま青ざめた顔で後ろに下がった。

(やっぱり『アレ』は見せないようにして正解だったな)

 カイトはフルフルの幼体(フルフルベビー)がハンターの亡骸の腹を突き破って出てきた時の光景を思い出す。

(あんなの見た後だったら狩りどころじゃなかっただろうな。しかし俺も肝が据わってるよな……。あの時全然動揺していなかったし……。今も、か)

 カイトはラインハルトの身体を見る。傷の深さはは相当のようで、ガウたちの処置がなければ命に関わっただろう。今生きている事が不思議なくらいの傷なのだ。

「綺麗な水と……、包帯を交換したいな。乾いた布、出来れば包帯かなんかを持ってきてくれ!」

 ガウがカウンターの方に叫び、受付嬢があわてて奥の部屋に入っていった。

「しかし、雪山にこんな傷を残せるモンスターがいるのか……?」

 ガウはラインハルトの傷を見て首をかしげる。

 その正体を知るカイトが口を開きかけた時、

「……この傷は、『轟竜』の仕業だ」

「……親父か」

 いつの間にか二人の後ろにはガウの親父、即ち教官が立っていた。

「雪山にいるモンスターでこんな爪痕をしているのはティガレックス以外いない」

「轟竜、だと……?」

 ガウの顔が強張る。それも当然で、彼にとってティガレックスとは母の仇そのものである。

 カイトはフルフルを倒した後に目撃したティガレックスの姿を思い出した。ラインハルトはあのティガレックスに遭遇したというのが妥当だろう

「カイトたちががフルフルを倒した後にティガレックスと遭遇したらしい。おそらくそいつがやったんだろうと思う」

「姿を見たのか?」

 どんな姿だった、とガウがカイトに聞こうとした瞬間、カウンターの方から受付嬢の一人があわてて走ってきた。

「あ、あの、水を持ってきましたっ!でも、包帯が見当たらなくて……」

「そうか、仕方がない。取りあえず簡単な処置をしているから、カイトとガウは村の人に包帯と薬をもらってきてくれ!」

「わ、わかった!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 集会所を飛び出したガウは包帯を、カイトは薬を調達することになった。

 カイトが薬を置いている雑貨屋を目指して走り出すと、行く手に人影が現れた。

「薬ぐらいなら私が持ってるから、提供してあげようか」

 その人影は、カイトよりも小柄ながら大きな荷物を背負っていた。フードを深くかぶっているため顔はわからないが、声は女性のものだ。フードからはウェーブのかかったブロンドの髪がのぞいていた。

「……アンタは?見ない顔だな」

「私は主に日用雑貨を村に届けてる商人をしている。ポッケ村にはつい先ほど到着したばかりでね」

 商人だという女性は軽くお辞儀をした。

 女性はカイトの方を一瞬だけ見ると、「ええと、薬は……」と言いながら荷物の中をあさり始めた。

「うん、あったあった。塗り薬と、秘薬だよ。あの傷ならこいつらでなんとかなると思うよ」

「えっと、代金は……」 

「怪我人を前に金は取れないさ。ほら早くいきな」

 カイトに半ば強引に薬を手渡すと、フードの女性は村の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 カイトと手に包帯を持ったガウが集会所に戻って来たのはほぼ同時だった。

「待たせたな」

「よし、そんじゃあやるか……!」 

 ネムリ草とマヒダケを通常より少量で調合して作った麻酔薬をラインハルトの口に流し込む。傷口の周りを新鮮な水でふき取り、そこに先ほどもらった薬をつける。

「ぐっ、あああぁぁっ!」

 いくら麻酔をしているとはいえあまりの痛みに何度も意識が戻る。

「耐えろ、ラインハルト!」

 暴れるラインハルトをガウとカイトで取り押さえて処置を続行する。

 

 そんなことを繰り返して一時間ほど経った。

「……ふぅ、これで取りあえずは完了だ」

 教官がラインハルトに包帯を巻き終わり、額の汗をぬぐう。

「さて、コイツをこのままここに寝かせておくわけにはいかないしな……」

「あ、あの……。ここの片付けは私たちがやりますので、ラインをどこかに寝かしてやってください……」

 先程まで後ろの方で見ていたフローラがおずおずと前に出てきてそう言った。

「ふむ、そうか助かる。よし、訓練所の宿舎のベッドに運ぶ。カイト、ガウ、二人とも手伝ってくれ」

 そう言って教官はカイトとガウと一緒に、ラインハルトを担架に乗せて運んでいった。

 

 

 

 三人が去った集会所でフローラとリンが片付けを始めた。

「フローラ、よかったね。命に別状はないって」

 リンがフローラの肩にやさしく触れる。それによって、フローラの内側に溜まっていた感情が一気に溢れ出した。

「うん、本当に……良かった……」

 安堵の涙をこぼすフローラをリンはそっと抱き寄せる。

(泣いてるウチを慰めてくれたカイトってこんな感じだったのかな……)

 そう思うとリンは少し気恥ずかしくなった。




 ココットの伝説あたりは公式設定どおりです。
 しばらく更新できない可能性もありますが、逃亡じゃないですので、ええ。


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第十六話 ラインハルトの過去

 お待たせしました十六話です。
 ラインハルトのお話です。


 ラインハルトを宿舎まで運んだカイトたちは、集会所にいるフローラの元に知らせに行った。片づけを終えたフローラは看病のために訓練所のほうに向かって行った。

 残ったカイトとガウとリンと教官の四人は集会所の席に腰掛けた。

 ダフネと銀髪の女性は、と尋ねるとすでに宿舎の方に案内されたとのことだ。色々と話したいことがあったが、それはまた後日とすることにした。

 リン以外の三人には麦酒が、リンにはお茶が運ばれていきた。普段なら美味そうに見えるお酒も今だけはそんな気がしなかった。

 教官バルドゥスはジョッキの一つをつかみ一口飲むと話を切り出した。

「それで、さっき聞きそびれたんだがな。お前の見た轟竜はどんなヤツだった」

「特徴というと、なんだか全身が古傷だらけで、あと尻尾もなかったような……」

 それを聞いた教官は目を見開く。そして一呼吸置いてから大きく息を吐き出した。既にほぼ確信しているだろう、その轟竜の正体を。

「傷だらけで、尻尾がないか……」

 バルドゥスは最後の念押しのように、その轟竜の特徴をカイトにたずねた。

「そいつの左目に、傷はなかったか」

「……大きな太刀傷が、あった」

 カイトのその言葉が決定打となった。先日遭遇した轟竜は“ヤツ”なのだと。

「親父……」

 ガウの促すような視線にバルドゥスは瞳をゆっくりと動かしてリンの方を見た。

「そいつは、十年前にフラヒヤ山脈に現れたあの轟竜だ。……そう、コルトとメイ、そしてローザの仇だ」

 大体予想がついていたガウに対して、リンは驚愕の表情を隠せない。

 

 コルト・シルヴェールとメイ・シルヴェールはリンの両親であり、またローザ・スチュアートはバルドゥスの妻であり、ガウの母であった女性だ。

 三人とも優秀なハンターで、限られた者のみが到達できると言われている“Gの領域”に至ったハンターたちであった。

 みな家族思いで、暇を見つけては故郷であるポッケ村に足を運び、わが子との時間を大切にすごしていた。

 しかし、凄腕のハンターと言えども、やはり人の子であったということなのか。メイとローザの二人は十年前にとある一体の轟竜の前に斃れることとなった。コルトもその轟竜との戦いの中で行方不明となり、後に死亡が確認されたのだった。

 

 

「あ、あいつが……、お父さんとお母さんを……?」

 リンの顔には悲しみなどなく、ましてや怒りも見られなかった。

 突然として目の前に現れた十年前の因縁に唖然とするばかりで、とても何かを考えられるような状態ではなかった。

 十年前、理不尽にも自分から幸せを奪った元凶。母を殺し、父を自分の元から引き離したその怪物が、今再び故郷の地に現われたという。

 因縁の相手の登場にバルドゥスやガウまでもが黙り込んでしまった。自分のすべきことを計りかねている、そんな沈黙だった。

 普段ならばカイトが何らかの言葉をリンにかけていたところだろう。しかし、今回は様子が違った。

「……カイト?」

 カイトの様子がおかしいことに気がついたリンがカイトの顔を見るが、その表情は呆然としており、目の焦点もあっていなかった。ただ口だけが小さく動き、何かをぶつぶつとつぶやいていた。

 

 

 

 ──コルト……シルヴェール……?

 その名前、以前にも聞いたことがあるような……。

 いつ、どこで……?

 ……また、この映像か……。

 リンが泣いている。とある男の葬儀の場面だ。

 ということは、この墓はリンの父親の……、コルト・シルヴェールのものなのか。

 なんで、慰めに行かないんだ。リンが泣いているぞ。どうして隠れて見ているんだ、行けよ。

 行けよ、俺……。

 

 行けよ!

 

 行け──行けるわけが無いだろう!行けないんだ!!行く資格が無いん俺には!!!!

 

 

 

 血まみれの手に握られた双剣の刃は、紅く紅く染まっていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 突然頭を抑えて気絶したカイトは、看病がしやすいと言う理由でラインハルトと同じ部屋に寝かされることになった。

 倒れたときの記憶は曖昧で、理由はわからないが胸に穴が空いたような感覚に襲われていた。

 まだ少し痛む頭を抑えながらカイトは上体を起こす。カイト自身はなぜ自分が寝かされいるのかも分かっておらず呆然とあたりを見回した。

 自分の部屋ではない、家具という家具はあまりない見慣れない部屋。ボーっとしている頭はそれ以上の行動をカイトにさせず、状態を起こしたまましばらくじっとしていた。

「よう、起きたか」

 すると隣のベッドのラインハルトから声がかけられた。体中包帯まみれで、表情も元気とは言い難いが、口を開けるだけまだ状態は良いということを表していた。

「……意識、戻ったのか」

「意識なら一昨日の荒療治の時に覚醒してるっての」

 カイトはラインハルトに施された力任せの治療の光景を思い出して、ああ、と苦笑いした。

 しかしそこで一つの違和感を覚えた。

「いや待てよ、一昨日の夜だって?」

「そうだ、一昨日だ。俺がこの部屋に移されてしばらくしたらお前も運ばれて来たんだよ。どうしたんだって聞いたら、突然頭を抑えながら倒れたとか。そのまんま昨日も丸一日寝たきりだったんだぜ?」

 そう言われてもいかんせん記憶が曖昧である。確かにラインハルトが集会所から運び出されるところまでの記憶はあるのだが、その先、集会所でティガレックスについての話をしている辺りからの情報が断片的になっている。

 

 ──なにか、とても大事なことを思い出せそうな気がしていたんだが……。

 

 それがなにかは、今となってはまったく分からない。

「本当に急だったからリンちゃんも相当焦っててな、一昨日の晩もそうだし、昨日だって丸一日看護してたぞ」

「あ、ああ、そうだったのか……」

 カイトとラインハルトのベッドの間には、椅子に座りながらカイトのベッドにもたれかかって寝ているリンの姿があった。

 相当深い眠りのようで、カイトとラインハルトが会話をしていても、カイトが身体を動かしても、すうすうと寝息を立てたまま動かない。

「一昨日の晩なんて特にな、落ち着かなくて落ち着かなくて、そりゃあ大変だったぜ」

 確かに自分の“家族”が突然倒れた自分も右往左往するだろう。

 しかし、「愛されてんなあ」というラインハルトの言い方は明らかに冷やかしの意図しかなく、照れ隠しか単に反撃か、カイトは話題をラインハルトの方に転換した。

「まあ、お前も同じような状況に見えるけどな」

 カイトの指摘するように、ラインハルトのベッドにはリンと同じようにフローラがもたれかかって寝息を立てていた。理由もリンと同じように看護の疲れからだろう。

「ま、ご名答さ。昨日は久々にフローラに甘えられたよ。もうあんなことや、こんなことや……」

「はっ、怪我をいいことに良くやるな」

 もちろん、例えこんな状況であってもフローラが簡単にあんなことやこんなことを許すわけがないので、九割盛られた話なのだろう、と心の中で話は落としておいた。

「ま、これでもかなりの大怪我だからな、本格的に甘えるのはまだ控えるさ。俺様の完璧な応急処置と、ガウやダフネの救援、それから秘薬の力が無かったらまだ意識も戻ってなかっただろうな。もしくはもう死んでいたかな」

 今生きているからこそ言えるブラックな発言を放ち、ラインハルトは一人笑った。しかし、カイトは笑う気にはなれなかった。

 ここには死ぬような思いでその安否を心配した女性(ひと)がいるのだ。

「……ああ、わかってる。わかってるさ。俺だって谷に落ちた後すぐにでも引き上げたかったさ」

 ラインハルトはそういって自分の紫色の長い髪をかきあげた。普段のようにドスタワーに固めておらず、サラサラと背中まで伸びた髪がラインハルトを別人のように見せていた。

「ただ、谷に落ちてすぐヤツと遭遇したんだ。逃げられる気はしなかった。ハンマーを抜いたものの勝てる気もしなかったがな」

 ラインハルトはその時の光景を思い出すようにしながら口を紡いだ。目前にいるのは圧倒的なオーラを放つ“怪物”。にじり寄ってくる轟竜に対して自分の足は雪原に捕らえられたまま動かなかった。動けと思っても何かに固定されたように一向に足は上がろうとしない。

 自分の体が動いたのは、目と鼻の先まで轟竜が飛び掛ってきたその時、辛うじて身体を横に倒れさせることが出来た時だった。

「強大な相手を前にあんなにビビッたのは、そうだな、俺がハンターになろうって志したあの日以来か」

 ラインハルトは何かを懐かしむように目を細めた。まだ彼が少年だったころのその景色が彼の眼前には広がっていた。

「ハンターを志したきっかけ、か」

「おう、どうせ暇だし聞かせてやろうか。俺がハンターなんかになろうって思ったあの日のことをさ」

 そうしてラインハルトは、十年以上も前のことを思い出しながら語りはじめた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ラインハルト・ベイヌは西シュレイド地方の王都の貴族の家に生まれた。

 一家の長男として大切に育てられたラインハルトは何一つ不自由なく成長していった。下級貴族ではあったが、寝食に困るようなことは決してなかった。

 

 彼の父親、サー・ベイヌはナイトの爵位を持ちながら王立書士隊に勤める人物だった。

 王立書士隊とは、王立古生物書士隊の略称で、モンスターの生態を観察、考察、研究している公的組織のことを指す。

 その研究の結果などは古龍観測所に報告され、、ハンター向けに書き直され、ギルドを通して販売されている。ここで、王立書士隊は公的機関であり、古龍観測所およびハンターズギルドは独立した私的機関であることを明示しておく。

 王都に篭って黙々と研究をする者もいるが、中には実地に赴くことを積極的に行う隊員も多く存在した。しかしモンスターの生息エリアへの進入は非常に危険な行為であるため、多くの場合ギルドに要請して護衛のハンターをつけてもらうことが多い。中には自分自身がハンターである、といった変わり者存在し、有名な例としてはジョン・アーサーやダレン・ディーノといった高名な書士隊員の名前が挙げられる。

 しかしサー・ベイヌはハンター業に携わったことは無く、そちらに関しては素人であった。彼はその多くが謎につつまれた古龍を担当としている隊員だった。彼は画家としても有名であり、老山龍の絵画だけでなく、金獅子ラージャンの絵画を作製したこともあり、その精巧さから重要な資料として古龍観測所に収められている。ちなみに金獅子の絵画に関しては様々な情報からの予想で描かれたものとされているが、それは実物の特徴をよく捉えたものとなっているという。

 

 ラインハルトはそんな父親を尊敬していた。自分も将来、王立書士隊に入って未知のモンスターの研究をしたいと考えていた。

 そんなある日、ラインハルトは父親の仕事デスクにとある資料を発見した。

 そこには、古龍である風翔龍クシャルダオラが王都周辺に姿をあらわしたという情報が記載されていた。

 

 王都ヴェルドは別名城塞都市といい、高い城塞とバリスタや大砲で囲われたその周辺にはほぼまったくといって良いほどモンスターの姿はなかった。

 そのため、城塞の中に住む人々はモンスターの姿を見たことが無い人も多い。少し昔にはハンターの存在が伝説だと思われていたほどだ。

 ラインハルトも例外ではなく、モンスターは父の口から語られるおとぎ話の中の存在でしかなかった。

 そんな彼も王立書士隊員の息子である。風翔龍が伝説の存在であることは知っている。彼にとっては伝説の存在であるモンスターの、その中の更なる伝説ということだ。少年心が躍らないはずがなかった。

 

 気づけば彼は家を飛び出し、キャラバンに紛れながら城塞の外に出ていた。それから資料にあったクシャルダオラの目撃情報のあった地点周辺へとたどり着いた。

 運が良いのか、それとも悪かったのか、そこで彼は風翔龍と出会った。

 

 風を纏ったその身体は鋼のように輝いており、その深い蒼色の瞳が動く方向に嵐は吹き荒れ、気づけば空は灰色に濁った雲に覆われていた。

 まさに圧倒的なその存在にラインハルトは腰を抜かしてしまった。

 

 ──これが本当に自分と同じ生きた物なのだろうか?

 

 存在そのものが天災と言われる古龍が、自分のようなちっぽけな存在を認識しているかなんて分からない。おそらくは認識されることも無く、気づけば殺されてしまうのだろう。そんなことすらも思った。

 そしてぐるぐると走馬灯のようなものが頭の中を駆け巡った時、彼らは現われた。

 

「お、なんでこんな所にガキがいるんだ?」

「格好的には、貴族の家の子っぽいね」

 

 後ろに立っていたのは、武器を携えた二人のハンターだった。

 

 

※ ※ ※ 

 

 

 一人はクロオビXと言われる、ハンターの教官が身に着ける中でも最高峰の防具を身につけた男だった。

 そして何よりも目を奪われたのはもう一人の女性の防具だった。キリンXと言われる防具で、伝説の古龍のキリンの素材の中でも最高のものを用いなければ作ることの出来ない、まさに伝説級の防具である。

 ただしラインハルトは防具の知識などほぼ無く、彼が目を奪われたのはその多く露出した肌であったのだが。デザイン上、胸やお腹や太ももが大きく露出しており、小柄ながら豊満なボディであるその女性は完璧に着こなしていた。

 ラインハルトはこの頃からすでにエロガキだったのだ。

「さ、少年大丈夫かい」

 その女性のウェーブのかかった綺麗なブロンドヘアーの間からのぞく紅い瞳が、クシャルダオラを前に崩れていたラインハルトの心を落ち着かせた。

 

 おそらく彼らはこのクシャルダオラに対するクエストを請け負ったハンターだろう。となると相当名高い腕利きであることは確実である。

 そんな彼らが強大な相手を目の前にして、堂々と立っている姿は眩しく、力強く、なにより格好良く見えた。

 

「バルドゥスたちと合流しないとな。ペイントボールをつけるぞ」

「わかったけど、私はまずこの少年を城塞の仲間で送り届けてくるよ」

「了解した。なるべく早く戻ってきてくれよ」

「へいへい、わかってますってば」

 そうしてラインハルトはブロンドヘアーの女性に連れられて城塞の中へと連れて行かれた。

 後にそのことが発覚し大目玉となり、母親に散々に怒られることとなった。

 それだけに終わらず、次はハンターになりたいと言い出すものだからまたもや怒られることに。母親としては危険な職業などにつかず、役所などで働いてほしいのだ。そのため夫のように書士隊になることにも反対だった。

 しかし、父親であるサー・ベイヌはラインハルトに賛成した。

 曰く、やりたいことをやれ、と。

 

 父親のつてでザンガガ村で暮らし始めることとなったラインハルトは、そこでハンターライフを始め、フローラと出会い、後に修行としてドンドルマに出て行った際にガウたちと出会いパーティーを組むこととなった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「で、紆余曲折ありながらも今に至るというわけだ」

「お前、貴族の家の出身だったのかよ……」

 そう言われてみると、髪を下ろしたラインハルトはなにか気品のようなものが漂っている気がしなくも無い。

 確かにきちんとした分別があるが、言動などは豪胆であるガウに対して、ラインハルトはおちゃらけてナンパではあるが一つ一つの所作が丁寧であると感じたことは何度かあった。

「ははっ、なんだ意外か?」

「いや、まあお前みたいなおちゃらけたヤツがねえ、って思ってな」

「はっ、貴族だからってお堅いみたいなのはよしてくれや。それに所詮下級貴族だから体面なんて気にしなくていいしな」

 家が下級貴族であろうと、サー・ベイヌの名前は有名である。カイトも『月刊 狩りに生きる』の紙面で何度もその名前を見ている。そんな人物の息子がこんなであるというのはなんとも言えない感じである。

 ラインハルトは痛む身体をゆっくりと起こして、ベッドにもたれて眠るフローラの方を見た。

「あの二人のハンターに助けてもらった時思ったんだ。俺にもこうやって誰かを守れるような力がほしいってな。あれからは頑張ったぜ。のうのうと屋敷で暮らしてた身体を作り変えねーとやっていけねーからな。初めの頃はフローラにも全然敵わなくてよ。ドンドルマに行ったのも一つの逃げだったのかも知れねえな」

 ラインハルトはそんな自分を思い出して苦笑いした。しかし年下の女の子に体力的に負けるなどプライドがズタズタに引き裂かれるに決まっている。その当時は相当堪えていたに違いない。

「ま、結果としてガウたちと出会えて、成長できて、今の自分がいるからオーライなんだけどな」

 ラインハルトは目を細めると、フローラの頭に手を伸ばした。そして頭を優しくなでると小さくため息をついた。

「でもまだ駄目だな。心配かけるようじゃまだまだだぜ」

「……ま、頑張れよ」

「うるせえ、お前よりはずっと優秀なハンターであるということを忘れんじゃねーよ」

「ぐっ……」

 ぐうの音も出ないカイトを見てラインハルトは笑うと、疲れたから寝る、と言って再びベッドに沈んだ。

 

(……今思えばあの時の女性(ひと)って……。まさか、な……)

 

 十分ほどすると、部屋の中の寝息は再び三つになっていた。

 もう頭痛もしないカイトはそっとベッドを降りて、リンとフローラをベッドの上に寝かしつけて、自身はソファーに座って暖に当たりながら読書を始めたのだった。




 サー・ベイヌ、ジョン・アーサーやダレン・ディーノといった王立書士隊の面子の名前や設定は公式どおりです。他にも色々います。
 サー・ベイヌ息子のラインハルトは本小説のオリジナルです。

 さて、ラインハルトの回想に出てきた女性の正体は大体察しがつくと思います。キーワードは「ブロンド、紅い瞳」ですね。このキーワードに注意して過去の話を読み返すと面白いことが分かるかもしれませんね。

 さて、これからはほぼまったくストックが無い状態ですので、本当にゆっくりな更新となります。申し訳ございません……。
 少し短めにして短期更新するなど色々な手はありますが、どうでしょうかね。ご意見などお待ちしてます。
 誤字脱字報告等も随時受付中!(笑)

※コメント欄でのネタバレ等はご遠慮ください


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登場人物紹介① ※十六話までのネタバレあり

 1~16話の登場人物紹介です。


 年齢等は16話時点のものです。

 

 

 

 カイト・シルヴェール(暫定的にシルヴェール姓) (男・推定20歳程度) 下位

 

【防具】クックシリーズ

【武器】双剣

【容姿】黒髪黒瞳。

 

 本作の主人公。フラヒヤ山脈で傷だらけのティガレックスに襲われ記憶喪失になる。自分を保護してくれたポッケ村でハンターの仕事をこなしている。

 記憶を無くす前がハンターだったのかは定かではないが、双剣を握ると手に馴染む感覚があった。

 リンに好意を持っているが、肝心の相手が鈍感な模様。

 

 

 リン・シルヴェール (女・18歳) 下位

 

【防具】ザザミシリーズ

【武器】大剣

【容姿】セミウェ-ブのかかったショート。色は、地が茶色で、毛先にかけて金髪になっている。身長は低め。そのくせにの癖に胸はある。瞳は紅色。

 

 本作のメインヒロイン。天真爛漫で、村のアイドル。時々強気になったりするが、基本泣き虫。一人称は「ウチ」。幼いころに両親をなくしている。普通の人より体力があり、反射神経なども鋭い。酒に極端に弱く、気化したアルコールを吸っただけで酔ってしまうことも。

 

 

 フローラ・トレイス (女・21歳) 下位

 

【防具】フルフルシリーズ

【武器】ライトボウガン

【容姿】薄緑色のショートヘア。リンよりも少し身長が高い程度で小柄。胸は平坦。自分より年下であるリンが大きいことで人生に絶望を覚えた。

 

 フラヒヤ山脈の麓にあるザンガガ村の若い専属ハンター。長い間一人で村を守り続けてきたので、まだランクこそ低いが確かな腕を持つ。幼馴染のラインハルトに想いを寄せているが、彼の適当で下品な言動にキレまくりで空振りまくり。可愛いものに目がなく、特にアイルーが好き。甘党。

 

 

 ラインハルト・ベイヌ (男・23歳) 上位

 

【防具】レイアSシリーズ

【武器】ハンマー

【容姿】髪型は紫色のドスタワー。地毛は金色。髪を下ろして脱色すると、金髪ロングのイケメンなのに残念な人。身長は170後半。

 

 フローラの幼馴染だが、出身はザンガガ村ではなく、王都ヴェルドの下級貴族の家に生まれる。父親のサー・ベイヌのような王立書士隊隊員に憧れていた。少年の頃にクシャルダオラから二人のハンターに助けられた事をきっかけにハンターの道へと進む。ふだんからおちゃらけていて、また美人に目がない。フローラの好意には気づいているが、あえて気づいていないふりをしている。

 

 

 ガウ・スチュアート (26歳・男) 上位

 

【防具】ディアブロシリーズ

【武器】全ての種類

【容姿】超マッチョ体型。とても20代には見えない。髪は地毛は茶色だが赤に染めており、オールバックにまとめている。初対面では非常に恐ろしい見た目だが、性格は真面目。しかし気を抜いている時はただのダメ親父風。

 

 ポッケ村出身のハンター。八年前の母親を亡くした事件以来、まったく狩猟に出なくなってしまった父親に嫌気が差して、大喧嘩の末に村を出た。いろいろな武器を持っているため金欠で、持っている武器は殆ど下位武器。近々G級へ昇格するだろうと言われている。リンのことを本当の妹のように大事に思っている。

 

 

 銀髪の女性ハンター (推定20代半ば・女) G級

 

【防具】凛・極シリーズ

【武器】太刀

【容姿】銀髪のロング。凛系統のスタンダード状態であるので想像しやすいと思います。身長は女性としては高めの170ほど。

 

 ラインハルトを救出してくれたメンバーの中の一人。おそらくはガウのドンドルマでのパーティーメンバーだと思われる。

 

 

ダフネ・フランク (推定20代後半・男) G級

 

【防具】グラビドZ

【武器】狩猟笛

【容姿】身長190が以上もあり、更に褐色肌に青いアフロと、聞くだけならば相当怖い容姿を彷彿させるが、実際には、ゲッソリとした細身の男。

 

 ガウのドンドルマでのパーティーメンバーの一人で、カイトとリンがザンガが村を訪れた際に一度会っている。

 

 

 バルドゥス・スチュアート (51歳・男) G級

 

【防具】クロオビSシリーズ

【武器】双剣などは苦手だが、一通りは扱える。

【容姿】ゲーム中の教官そのまま。

 

 所謂、教官のおっちゃん。ガウとは父子の関係。八年前のティガレックスの狩猟で妻ローザを亡くしている。現在はハンターを引退している。ガウとは親子関係が上手くいっていない様子。

 

 

 ブルック・ペッパー (52歳・男) G級

 

【防具】不明

【武器】ヘビィボウガン

【容姿】ゲームで、主人公を助けてくれて、部屋を貸してくれたあの人。

 

 フラヒヤ山脈でカイトが倒れているのを助け、部屋を貸してくれた人。元ハンターだが引退している。八年前に二人の友人を亡くしたのは自分が足を引っ張ったせいだと自責の念にかられている。

 

 

 メイ・シルヴェール (享年37歳・女) G級

 

【防具】キリンXシリーズ

【武器】大剣

【容姿】身長は低くリンを金髪にした見た目。

 

 リンの母親。相当の手練だったようだが八年前のティガレックス戦で死亡したとされている。遺体は見つかっていない。

 

 

 コルト・シルヴェール (享年42歳・男) G級

 

【防具】クロオビXシリーズ

【武器】主に大剣だが、教官を務めていたこともあり様々。

【容姿】初代の頃の若い教官のようなな感じ。

 

 リンの父親。八年前のティガレックス戦で行方不明になっていたが、五年前に遺体でポッケ村に運び込まれた。その死には不可解な点が多い。

 

 

 ローザ・スチュアート (享年36歳・女) G級

 

【防具】レウスXシリーズ

【武器】弓

【容姿】スレンダー。髪型はポニーテール。

 

 ガウの母親。八年前のティガレックス戦でブルックを庇って死亡。

 

 

 謎のギルドナイト (推定50代後半・男)

 

 村長やバルドゥスたちと話しているのをカイトが目撃している。

 

 

 ギルドマネージャー(本名不明) (年齢不明・女)

 

【容姿】2ndGのそのまま。

 

 ポッケ村に配属されているギルドマネージャー。

 

 

 モンメ(オス)

 

【容姿】一番スタンダードなアイルー柄

 

 カイトのオトモアイルー。オトモアイルーとしては優秀だが、キッチンではあまり活躍できないようだ。



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第十七話 家族の話

 説明回。


 ラインハルトに続きカイトも目を覚ましたという報告を聞いて一同は胸を撫で下ろした。

 しかし、ラインハルトは寝ているフローラをベッドに無理やり引き込んだらしく、フローラの全力のコークスクリュー・ブローによって再び意識がなくなったらしい。

「いや~、びっくりしたよ!ウチがご飯を持って部屋に入った瞬間、フローラがラインハルトに拳をめり込ませたんだからさ。ウチと同等……いや、ウチ以上の威力があったかもしれないね」

 自分が見た光景をやや興奮気味に話すリン。そしてその横で恥ずかしそうにうつむくフローラの姿が集会所にあった。

「だ、だって急にあんなことするから……その……」

 フローラが何かゴニョゴニョと言っているが、声が小さくてよく聞き取れなかった。

「まあ何にせよあいつの復帰はまだ先みたいだな」

「ちょっと、何で嬉しそうなんですか……」

 含み笑いをするカイトをフローラが目を細めて睨み付ける。

 何かとラインハルトへの当たりが強いフローラが、こういう時はかばう一面も見せ、内心ではどれだけラインハルトのことが好きなのか周りにはバレバレである。

「いや~、別に~?」

「ほら!絶対笑ってるでしょ!」

「だから笑ってないって」

「笑ってますってば!」

「ほらほら二人とも落ち着いて……」

 身を乗り出して言い合いを始めた二人をリンがたしなめるが、そんなリンもニヤけながらの仲裁で状況を楽しんでいるのは言うまでも無い。

「そんで、いつもならこの辺りでガウかラインハルトの茶々が入る頃だけど、どっちもここにいないからな」

「ラインハルトはわかるけどガウはどこに行ったんだろうね。おっちゃんやブルックさんも見てないし……」

 リンが首をかしげる。いま名の挙がった人物はみな、朝からずっと姿を見せていない。普段ならばここ集会所に食事を取りに現われるはずなのだが、その気配はない。

「ラインの怪我の治療をしてもらったお礼を言おうと思っていたんですけれど、一体どこに居るんでしょうね」

 フローラはジョッキに麦酒を注いで一口飲む。そのままリンのグラスへ注ごうとするが、リンは手を横に振って断った。

「あっ、ウチは大丈夫だよ。ウチ、お酒はちょっとね……」

 フローラの差し出した瓶とは別の、水の入った瓶を手に取って自分のグラスへ注いだ。

 以前リンは、アルコール度数の低い果実酒の一杯で泥酔し服を脱ぎだそうとしたことがった。それほどにお酒に弱いリンはそれ以降絶対にお酒は飲まないようにしている。

「うふふ、苦手なんですか」

「そ、そんな目で見るなあ!子供っぽいって馬鹿にしてるんでしょ!」

「そんなことないですよ~?うふふふふ~」

 顔を真っ赤にさせて唸るリンの頭を、フローラは満面の笑みで撫でる。フローラの顔は完全に小動物を愛でる時のそれであった。

(あ~、ありゃモンメを撫でてて時と同じ顔してんな…。相変わらず可愛いものには目がないってか)

 カイトはそこまで考えて頭にひっかるものを感じた。

「ん……、あれ?何か忘れているような……」

「そ、それは僕のことですかニャ……」

「な……」

 後ろから聞こえた声に振り向くとそこには──

「モ、モンメ!」

「久しぶりですニャ……!」

 集会所の裏出口の壁にもたれ掛かりながら親指(?)をグッと上げているのは、カイトの一時の相棒、モンメだった。

「一時って言うか一瞬だったな。久しぶり」

「……もうこのご主人様は嫌ですニャ」

 ザンガガ村に一匹で置いてけぼりにされていたモンメは、青アフロの男ダフネにポッケ村まで連れて来てもらったのだ。

 ちなみにダフネと銀髪の女性は早朝から狩りに出かけたようで、またしても声をかけるタイミングを失ってしまった。

 

 

 それから集会所は食事をする人々で混んできたため三人は外へ出ることにした。フローラはラインハルトの看病をしながらモンメと遊ぶということで、モンメを抱えて訓練所の宿舎のほうへ行ってしまった。

 残された二人は特に行く当てもなく、それぞれの家へ戻ろうとした。

 そのとき後ろからカイトを呼ぶ声が聞こえた。

 二人が同時に振り返るとそこには、通称"鍛冶屋の兄さん"と呼ばれる青年が立っていた。

「おっと、悪い悪い。急に呼び止めちまってよ」

 鍛冶屋の兄さんは笑いながら頭を掻く。

「それで用ってのは、まさか……!」

「そう、そのまさかだよ。……頼まれてた特注マフモフ、完成したぜ」

「よしキタァ!」

 全力のガッツポーズのカイトに、親指を立てる鍛冶屋の兄さん。状況を読めていないリンが一人、ポカンとしている。

「特注?」

「そう、特注!俺のマフモフ、クック戦の時に燃えちゃったじゃん。けれどこの村やっぱり寒いからさ、マフモフ作ることにしたんだけど、どうせならってことで毛皮増量の特注品にしてもらったんだよ」

「どんだけ寒がりなのさ……」

 リンも今は上に防寒着を羽織っているとはいえ、集会所などではインナーしか着ていない。

 しかしカイトはたとえ建物の中でも決して着ているものを脱ごうとしない重度の寒がりなのだ。

「ふふっ、この数日間は本当に地獄だったぜ……。しかし、今日からは俺は寒さには負けない!」

「いや、この時点で負けてるでしょ」

 リンの冷静な突っ込みを聞き流したのか、聞いていなかったのか、カイトは鍛冶屋のお兄さんと一緒に颯爽と居なくなってしまった。

「……ウチは自分の部屋に戻るかな」

 一人ポツンと残されたリンは自室へと戻ることにした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 リンは部屋に帰るとアイテムの調合の練習を始めた。なにを隠そう、リンは調合が大の不得意である。

 最初こそカイトに教える立場だったが、今となっては、コツをつかんだのか急成長したカイトの足元にも及ばない状態となってしまった。

(前カイトに思いっきり馬鹿にされたからなあ……。うん、そろそろ見返してやるから!)

 と、気合は十分なのだが、リンが調合を始めたのは基礎中の基礎、回復薬の調合である。これではカイトを見返すことになるのはだいぶ先だろう。

 そして更に、

「うわっ!な、なにこれ!」

 回復薬になるはずだったのその液体は、何故か煙をもうもうと出し始め、そして……しめやかに爆散した。

「あわわわわっ!」

 飛び散る硝子から顔を守るように手を交差させ、そのままの体勢で尻餅をつく。

「爆発音が聞こえたけど大丈夫か!?」

 その音を聞きつけてカイトが部屋に飛び込んできた。

 しかし流石ラッキースケベマン、床に転がっていた瓶を踏んでしまいバランスを崩して前のめりに転んでしまった。そしてその先には尻餅をついたままのリンがいた。

「どわあっ!」

「へっ……?って、わわわわわっ!」

 倒れるリンの上に覆いかぶさるカイト。その二人の顔の距離実に十センチ弱。リンが顔を真っ赤にして口をパクパクとさせ、カイトも顔面蒼白で額に汗を流す。

 二人の間に数秒の沈黙が流れ、そして──

「……キ、キミってのは……」

 拳に力を入れるリン。慌ててカイトが弁明しようとするが、リンの顔は聞く耳を持たないと語っている。

「ま、待て!これは事故だ!」

「いっつもいっつも……!」

 カイトが必死だが既にその拳は握られていた。もはやカイトには衝撃に備えることしか出来ない。

「なんでそうなのさああぁぁ!」

「だから誤解だっ──ごふっ!!」

 フローラのコークスクリュー・ブローをも凌駕するパンチをまともに受けたカイトは、そのまま入り口のほうまで飛んで行き、部屋から自動退場となった。

 それから冷静になったリンが急いで部屋の外に転がっているカイトをベッドに運び看病したが、彼が起きるまでには実に三十分もの時間を要した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「痛てて……本気で殴りやがって……」

「あはは……、え~っと、ごめん」

「はあ、そう思うならもう少し済まなそうにしろよな……」

 リンのベッドの上で目覚めたカイトは、まだ体が痛むためしばらくベッドから動けず、そのままリンと世間話をしていた。

 新しく入荷された本があんまり面白くなかっただの、集会所の新メニューが美味しかっただの、僻地はあまり華のある話題はないが、こういった身近な話題についての雑談は楽しいものである。

 

「そういえば、お前が俺にカイトって名前をくれた時、物語の主人公の名前だって言ってたじゃんか。探しても主人公の名前がカイトの物語が見つからないんだよな。リンはその物語の本とか持ってたりしないのか?」

「あ、うん、ええとね。その物語は本とかじゃないんだ」

「それって、吟遊詩人とかから聞いた話ってことか?」

 リンはううん、と首を横に振った。そうだとするとどういうことなのか、とカイトは尋ねた。

「その物語は、ウチのお母さんが聞かせてくれたやつなんだ」

「リンの、母さん……」

「うん……」

 度々話には聞くリンの母親。

 教官のバルドゥスとその妻や家主のブルック、それにリンの父親とは違いこの村の出身ではないということは以前聞いたことがあるが、それ以上詳しいことを聞いたことは無い。

「ちょっと、見てもらいたいものがあるんだ」

 そう言ってリンは立ち上がると、リンの部屋のインテリアにしては小洒落た、背の低い棚の引き出しを開けて、一枚の小さな紙のようなものを持ってきた。

「写真技術って、知ってる?」

「ん、ああ……。確か、見たものをそのまま紙に写しだせるっていうすげえ技術だろ」

「うん。都会でもまだまだ普及していない技術らしいんだけどね、その技師さんが昔、このポッケ村に数日間滞在したことがあったんだ。なんでもここからのフラヒヤ山脈の景色を写したいって」

 ポッケ村から望むフラヒヤ山脈の景色は圧巻である。カイトが露天浴場からその景色を見た時は息を飲み込んだものだった。

 そんな絶景の噂が伝わり、風景画などを好んで描く画家などにはひっそりと人気を集めていたりしている。

 おそらくその写真技師も、噂を聞きつけてやって来たのだろう。

「その時ね、記念にどうぞって、うちの家族とガウの家族とブルックさんで写真を撮ってもらったんだ」

 

 そういってリンが差し出した一枚には、七人の姿が写されていた。

 狩りの前か後に撮ったのか、大人は全員防具を身に着けていた。

 リンの両親が亡くなったのよりも前ということは、色々な話から想像するに十年以上は昔であると思われる。

 真ん中で緊張した表情で立っているリンは、今でも十分幼い容姿をしているが(顔のみ)、それよりも純粋なあどけなさがあった。

 その左横には元気のよさそうな少年が腕を組んで立っている。髪がオールバックでないことや、そもそもガタイが今ほどよくないので全く別人に見えるのだが、おそらくガウであろうという少年はリンと打って変わって笑顔で写真に写ってた。

 ガウの後ろには、ガウと同じように腕を組んで笑っているバルドゥスの姿があった。親子で同じポーズを取っているあたり、今とは違って仲も良かったのだろう。顔こそバルドゥスのものだが、今のように髭は生やしておらず、クロオビシリーズも身に着けておらず、グラビド系の鎧をまとっていた。

 その右横には髪の長い女性が写っていた。立ち位置的におそらくガウの母親であるローザ・スチュアートという女性なのだろう。おそらくレイア系の防具だが、写真には色が無いため詳しくは分からない。

 

 そして、その右に写る二人に目を移したとき、カイトは先日の夜のような謎の頭痛に襲われた。

「くっ……!?なん、だ……これ……」

「カ、カイトッ……!?」

 頭を抑えて膝をついたカイトの顔をリンが慌てて覗き込んだ。

 カイトは額に汗を浮かべてしばらくしばらく顔をしかめていたが、やがて痛みも引いたのか一息ついてからゆっくりと立ち上がった。

「だ、大丈夫……?」

「おう、なんとかな……。この間といい一体何なんだ?」

 カイトは連続して起こる頭痛に困惑していた。ただ原因として共通していることがある。

「リンの両親、か……」

 

 カイトはもう一度写真に目を落とした。

 ローザの隣、リンの後ろから肩を回している笑顔で写っている女性。この人がリンの母親であるメイ・シルヴェールだろう。身長はおそらく今のリンとさほど変わらず、顔立ちもよく似ている。髪の毛もリンと同じようにウェーブのかかったショートヘアーであるが、写真から色は判断できないものの、リンと違って全体が薄い色の髪であるようだ。身に着けている防具はリンの身体に隠れて詳しくは見えない。

 そしてその右隣に立っているのが、リンの父親であるコルト・シルヴェールだと思われる男性だ。身に着けている防具はクロオビ系統のようであるが、バルドゥスが現在身につけているクロオビSシリーズに比べて色が薄いような気がしなくも無い。

 そして、その横にいるのが若かりし頃のブルックなのだろう。今と違って厳格そうな表情をして写っていた。防具はブロス系統のものだと思われる。

 

 写真の中にあるのは本当に幸せそうな風景だ。愛する家族や友と共に身を寄せ合っている、ありふれていながら、それ以上に無い喜びのひと時。

 しかし、ここに写っている風景は今となっては存在しない。その事実が胸に深く刺さった。

 

 リンは写真に写った緊張顔の自分と、輝くような笑顔で笑う母親の姿を見て、懐かしむように、そして悲しげに目を細めた。

「お母さんはウチが眠れない時はいっつも一緒の布団に入って物語を話してくれたんだ」

 リンの脳裏に浮かぶのは、本当に幸せだった日々。狩りの遠征の合間、どれだけ疲れているかも分からない状態で、リンが寝るまで朝から晩まで一緒にいてくれた母の顔が今でも鮮明に思い出される。

「その中で、ウチがすっごい好きだった物語があるんだけどね。その主人公の名前がカイトっていうの」

「それは、どんな話だったんだ?」

「う~んとね、まず主人公のカイトはすっごく強いハンターなの。すっごく強いんだけどね、仲間が一人もいなかったんだ」

「……なんか傷つくな」

 自分と同名の、というか自分の名前の由来のキャラクターにいきなりボッチ設定がつくとはあまり気分のいいものではない。

「あははっ、確かにね。それでね、いっつも人を寄せ付けない感じで振舞って、どんなに危険なクエストにも一人で行っちゃうんだ。でもカイトの周りで、実はカイトは心の優しい人だってことに気が付きはじめる人たちが出てくるんだ。カイトは周りの人に危険なクエストに行かせたくなくて一人で行動しているんだって。それでその人たちにカイトもだんだん気を許していって仲間になっていく、っていう感じのお話だったなあ」

 要約してしまえば、孤独に振舞っていた心優しい青年が徐々に他人に心を許していく物語、ということだ。

「あははっ、今こうやって口に出してみるとなんてことない内容だけど、子供の頃のウチにとっては本当に心が温まって大好きな物語だったんだ」

「それは、リンのお母さんが考えた話なのかな」

「う~ん、今となってはわからないね」

 一つ安心したことは、自分の名前の下となったキャラクターが極悪非道の悪人だったりしなかったことだ。もしそうだとしたらしばらく立ち直れないだろう。

 

「あ、ちなみにウチの名前にも由来があるんだ」

「リン、にか?」

「うん。リンっていう名前は、古龍の“キリン”から取ったんだって。キリンのように気高く、美しく、強くなって欲しいって」

「古龍、か」

 古龍とは一般的に、詳細が判明していないモンスターの総称である。固体の生存数が極端に少ないことに加えて、一固体で天災にも匹敵する危険性をもっているため、調査が進展しない厄介なモンスターである。

 その古龍の情報を専門に取り扱う機関が『古龍観測所』である。竜人族を中心とした組織構成をしており、大陸各地、更には他の大陸にまでその調査の足を伸ばしており、各地で古龍観測所の飛ばした気球を確認することが出来る。

 時にはその古龍観測所の力を以ってしても、中には本当に存在しているのかもわからない、まさに伝説のような古龍の名前が語られるようなこともある。

「その古龍がいるところは嵐になる、とか、その古流が通り過ぎたところには何も残らない、とか固体によって色んな伝説があるけど、キリンって古龍は、雷を操るってこと以外は詳しい生態は分かっていないらしいんだ」

「雷か……。フルフルの電撃とは違うんだろうな」

「あはは、だろうね~」

「それにしても、気高く、美しく、強く、か……」

「……なにかな?」

 カイトが顎に手を当てて復唱するのを見てリンは目を細めた。

「強く、は分かるけど気高くっていうのはどうだろうか……」

「……カイト~、どういう意味かな?」

「いや、気高いって言うのはもっと大人びて、凛としていて……」

 カイトとしてはいたって真面目に考察していたのだが、自分の過ちに気づいた時には既に遅く、満面の笑みで拳を握るリンの姿が視界に写った。

 

 まだ先ほどのダメージが抜け切っていないカイトに容赦ない一撃が加えられる。殴り飛ばされたカイトはそのまま窓から外へ落下していった。一階でなければ大事だっただろう。

 カイトにとっては本日二度目の退室(強制)となった。

「いてててて……。少しは手加減しろよな……」

 窓の外で大の字に倒れているカイトはジンジンと痛む箇所を手でさすって大きくため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 ────やはり俺はあの男のことを知っている

 

 




 楽しい話もそろそろ。


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第十八話 ギクシャク

 冒頭に少し狩りの場面がありますが、また基本的には村での話になります。


 ラインハルトの看病をするといったフローラを置いて、カイトとリンは村に入ってくる依頼を二人でこなしていた。

 しかしいつものように二人の息が合わず、なんとなくギクシャクしてしまい結果の乏しい狩りを続けることになった。

 そんな今日も雪山で二人の口論が続いていた。

「っと、クソッ!あっちこっち走り回るんじゃねえ!」

「カイトが動き回るから、そっちに付いて行くんでしょ!もっと考えて動いてよ!」

「もっと考えてって、お前が言うか!?」

 という様に、あまり喧嘩もしなかった二人が、口論ばかりでまったく連携が取れていなかった。

 ちなみに今回狩りに来ているのは、牙獣種のドスファンゴで、全身でぶつかる突進こそ脅威だが今の二人が苦戦するような敵ではない。

 しかし、お互いの息が合わなければ戦力は半減する。今は素早く動くドスファンゴを、機動性のあるカイトが追い回し、大剣を使うリンがなかなか攻撃を加えられずダメージが稼げない状態でいた。

「……エリア移動しやがった!」

「ちょっと待って!」

 逃げたドスファンゴを追おうとするリンが止める。何かに焦っているカイトをさすがのリンも見咎めた。

「お前、これで逃げられたらクエストの制限時間来ちまうぞ!」

「だからちょっと落ち着いてって!いつもと全然違うよ!」

「だったらなんだよ!……クソッ、もういい、俺一人で行く!」

「あっ、ちょっと待ってってば!」

 リンは先に走り出してしまったカイトを慌てて追いかけた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 結局、クエストの制限時間ギリギリでドスファンゴを討伐した二人はその日の内にポッケ村へ帰還した。

 集会所でお互いに向かいって座ってこそいるが、全く言葉を発しない。そんな二人のところへギルドマネージャーが水の入ったコップを持ってくる。

「はいお水、ここに置くわよ~。……ねぇ、どうしちゃったの二人とも。最近狩りの調子悪いんじゃない?それに……」

 竜人族であるギルドマネージャーはその細い目をさらに細めて、目も合わせようとしない二人の顔を交互に見る。

(あらら~これは困ったわね~)

 二人の間に何があったか知らないギルドマネジャーだが、女の直感で大体の見当をつけた。

「これは、あれかしら~?痴話喧嘩っていうのかしら~?」

「な?」

「へ?」

 予想外すぎる質問に二人とも声が裏返る。 

「い、いや別にそういう訳じゃ……」

「違います!そもそもウチたち恋人ですらないです!」

 きっぱりと。リンがきっぱりと否定する。

「あら~、そうだったの~?お姉さん勘違いしてたわ~」

 そう言って自称お姉さんの、軽く百年近くは生きている竜人族のギルドマネージャーは二人の席から離れてカウンターの方へ戻って行った。

 一方、そこまできっぱりと否定されるとは思わなかったカイトは若干ショックで落ち込んでいた。

「……あ、あれ?どうしたのかな?」

 さっきとはまた別の雰囲気で黙り込んでいるカイトの様子を見て、リンは少し困惑した。

 リンが試しに頬を突っついてみるが、カイトはまるで石のように動かなかった。

 

 

 

 結局、動かなくなったカイトを集会所に残してリンは一人自宅に戻っていた。

「ふ~、カイトってば突然どうしたんだろう……」

 集会所から自宅の移動の間に羽織っていたコートを、壁のフックに掛ける。インナーだけのラフな格好になったリンはそのままベッドに飛び込んだ。

 そして横の机においてある調合素材とビンに目をやる。

(前は失敗したけど今度こそは……!)

 ベッドの上で半身を起こした状態で調合を始める。

 ガチャガチャと手ごろなサイズのビンを手にとって、調合所を見ながら作業を開始する。

(アオキノコを磨り潰して……、それで薬草を入れてもう一度……)

 試行錯誤するうちに何とかそれらしき液体が出来る。

 ドロッとしたその液体は、一応回復薬の色をしている……、と言えないことも無いような見た目をしていた。

「で、出来た……!今回は煙が出てないよ!」

 もはや喜ぶポイントがずれているのだが、本人は全く気にしていない様子。そして喜びのばんざいをしたときに、ビンの中の液体が混ざり──

「……ってあれっ?っとあわわっ!」

 ──液体が火を噴いた。

「熱っ!熱っ!あちちちっ!」

 リンは慌ててビンから手を離した。床に落ちたビンは割れこそしなかったものの、液体が床にこぼれそこからブスブスと黒い煙を上げ始める。

「あわわわ……!」

 机の上の水差しを取って中の水を掛けようとするが、誤って手を滑らせてしまい自分の頭ごと水をかぶってしまった。

 結局その水が床の上に広がり火事は未然に防ぐことはできた。

 

 濡れた髪の毛をバサバサと振ってからベッドにもう一度寝転ぶ。

 それから調合に失敗したものの残骸にめをやって、うまくいかないなあ、とため息をついて目を閉じた。

 そうしていると先ほどギルドマネージャーに言われたことを思い出した。

 

『これは、あれかしら~?痴話喧嘩っていうのかしら~?』

 

(……いや、ないないない!)

 心の中で全力で否定する。

(だから違うってば!ウチとカイトはそんな関係じゃないんだってば!)

 ベッドの上でゴロンと転がりうつ伏せになり、枕をぎゅっと抱く。

(他の人達にはつ、付き合っているように見えるのかな……?そんな風にカイトのこと見たことなかったから………。でも……)

 そうやって言われるとなんだか、なあ……。

 枕を抱いたまましばらくぶつぶつと自分に質問を投げかけていたがやがて頭の沸騰を起こしてしまった。。

「あ~もうなんなんだろう!全然わかんないっ!」

 体をガバッと起こし、髪の毛をワシャワシャと掻く。そしてベッドから降りて外の景色を見ると、もうすっかりと暗くなっていた。

「髪の毛もぬれちゃったし、フローラでも誘って温泉いくかな……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 一方その頃、ようやく先ほどのショックから少し立ち直ったカイトは、集会所を出てから村の道を特に行く当てもなく歩いていた。

「……俺とリンは最初(ハナ)から恋人でも何でも無いんだけどさ、あそこまではっきりと言われるとやっぱりなあ……」

 ブツブツとつぶやきながらも、まあいつも通りのことだとあきらめた。

 

 そのまま村の中をぶらぶらしていたカイトは雑貨屋の店頭でとあるものを発見する。

「お、『月刊 狩に生きる』の買い逃してたバックナンバーじゃん!」

 それを一冊手に取り100zを店のおばさんに手渡す。そしてその場でぱらぱらとページを捲りながら見出しを見る。その中でカイトカイトはとある記事で目を止めた。

 『ドンドルマ大長老杯 狩猟祭 優勝は単身エントリーの【白銀の鋼刃】のレイラ』

(狩猟祭……?ハンターの大会みたいなものか……。ドンドルマにはそんなイベントもあるんだな……)

 その記事の横には優勝者と思われる長い髪の美しい女性の肖像画が載っていた。

 こういったところにも写真が使えるようになると面白いのだろうが、まだそこまで普及した代物ではないということだ。

(しかしすごいな。女性で、しかも絵を見る限り若い人なのに大会で優勝するなんて……。しかも『単身エントリー』って書いてあるから、他の出場者はパーティーで参加しているところもあっただろうに)

 世の中にはすごい人がいるもんだ、とカイトは感心する。

 一瞬、絵に描かれている女性どこかで見たような気もしたが、勘違いだろうとそれ以上は気にしなかった。

 結局それからカイトは近くのベンチに座ったまま『月刊 狩に生きる』を熟読し、そのまま最後まで読みきってしまった。

「ふう、なんか勢いで全部読んじゃったな……」

 部屋に持って帰ってから暇な時に読もうと思ったのだが、全部読んでしまったのでその必要はなくなってしまった。

「そうだラインハルトの野郎、ずっとベッドに寝たきりで暇だろうから、冷やかしついでにこいつを持って行ってやろうか」

 そうと決めるとカイトはベンチから立ち上がり、訓練所の宿舎のほうへ向かった。

 

 カイトが宿舎の休憩室に入ると、ラインハルトは上体を起こして窓の外をボーっと見ていた。

 聞くところによると、さっきまで看病をしてくれていたフローラはリンに誘われて温泉に入りに入ったのだとか。

 それでちょうど暇だったらしく、カイトが雑誌を持ってきたことをラインハルトは素直に喜んだ。

 それから少しラインハルトと話していたが、夕食時も近づき、フローラも部屋に戻ってきたため入れ替わりでカイトは部屋を後にすることにした。

 本格的にすることの無くなったカイトは懐にお金があることを確認してから、そのまま集会所のほうへと向かうことにした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 集会所に入ると夕食時ということもありそこそこ客入りがあったが、リンの姿はそこには無かった。

 見知った顔といえば、カウンターのそばで他のお客さんと談笑しているギルドマネージャーや、最近よく見るアイルーとなにやら話しているオトモのモンメの姿ぐらいだった。

 ちなみにモンメと話しているアイルーは以前、カイトのことを「ご主人様」と人違いしたことがある。

 話を聞くところによると、“ご主人様”とはこの村に来るまでは一緒に行動をしていたらしいが、その後は行方がわからなくなっているのだという。

 

 お腹の虫が鳴き始めたので料理を注文することにした。

 くの字エビの出汁の効いたスープにクック豆の入った比較的安価な料理を注文し口に運んだ。

 安価とはいえ、少し前の自分では出し惜しみする値段である。数ヶ月の頑張りで生活水準は少しずつ上がってきていた。

 カイトがスープをすすっている間にも、背後ではモンメが他のアイルーとなにやら言葉を交わしていた。

 ここでカイトはふと、久々にモンメとクエストに行こうと思い立った。

 最近は自室で過ごしているときに猫飯を作ってもらったり、一緒に布団で寝たりするだけ、などオトモアイルーらしい仕事をしていないモンメであったので、その提案を快く承諾した。

「ご主人との狩りは久々ですニャ」

「まあ、とりあえずカウンターで一緒に行けそうなのがないか見てくる」

 

 完食したあとの食器を戻しに行くついでにクエストカウンターに顔を出した。

 自分の受付担当嬢の二つ隣には“G級”の受付をしているシャーリーと目が合う。

 時々みせる大きなあくび以外は一流のギルドガールズのメンバーである。G級を専門に担当するということが証明するようにその仕事ぶりは確かである。

 ちなみにバストサイズに関しても、ポッケ村に所属する他の二人の受付嬢とは比較できないほどG級であるということは、他のギルド支部に知れ渡るほど有名である。

「ふふっ、お仕事頑張ってくださいね」

「いやあ、まあそうですね。いつかはそちらの受付を利用できるぐらいになれるように頑張りたいです」

 G級に到達することの出来るハンターはごく一部だ。

 シャーリーは義務的に設置された受付にいるだけで、実質受付嬢としての仕事はなかなかない。たまに周辺でG級のクエストが取り扱われた時に、外部からやってくるG級ハンターと連携するということはあるが、それ以外は基本的に書類の整理などを行っているのが現実だ。

(村に専属のG級ハンターが就けば、遠方のG級クエストの依頼なんかもくるようになるらしいんだけど、今は最高ランクのガウでも上位止まりだからな……。なんだか申し訳ないというか……)

 しかし、今カイトにこなせるのは下位のクエストのみ。今はただそれらに取り組み、日々精進するしかないのだ。

「クエストの一覧を見たいんですが、いいでしょうか」

「はい、現在はこちらの依頼がきています」

 そういって受付嬢が手渡してくれた依頼書の束の、一枚一枚に丁寧に目を通す。その内の一枚でカイトの手が止まった。

「……このドドブランゴの討伐って、緊急性はないんですか」

 ドドブランゴといえば雪獅子として恐れられる大型モンスターだ。牙獣種を代表するその豪腕があるため、飛竜のように飛ぶことが出来なくとも十分な脅威となる相手として知られる。

 同じ牙獣種であるババコンガを相手に、ザンガガ村に滞在している時に狩猟を行ったことがあるが、そのトリッキーな動きに大分苦戦したのを覚えている。

「ええとですね、こちらのクエストはもしかしたら必要がなくなる可能性がありまして……」

 受付嬢の言葉に思わず「え?」と声が出てしまった。クエストが必要なくなる、とはどういうことなのだろうか。討伐対象のモンスターが別の地域に移動したということなのだろうか。

「実は昨日、ザンガガ村から伝書の鷹が来まして。それによりますと、先日のクエスト達成後ザンガガ村に移動してクエスト報告をなさったらしいあのお二方が、また別のクエストをあちらで受注してフラヒヤ山脈入りしたらしいんです」

 “あのお二方”というのは、ガウがラインハルトの救出時に一緒についてきた青髪アフロのダフネと、銀色の長い髪が美しい謎の女性のペアのことだろう。

 ラインハルトの救出の翌日にはすでにクエストを受注しポッケ村から姿を消していたが、どうやらザンガガ村に滞在していたようだ。

「あちらで受注されたクエストの討伐対象はドドブランゴではないのですが、クエスト指定エリアに若干の被りがありまして、もしかしたら同時に処理してしまう可能性もあるということで」

 受付嬢の言葉の意味のとおりならば、あの二人は自分たちの目的のモンスター以外が乱入してきても全く問題なく処理できるということだろう。ガウの狩猟仲間ということで実力の高さは予想出来ていたが、こういった説明を受けるとその凄まじさに絶句する。

 カイトは他のクエスト依頼書に目を通すが、“あることを確かめるのに十分なクエスト”は無いように思えた。そうなるとここで選ぶ方法は一つしかない。

「まあ、でもそのドドブランゴのクエストはまだ破棄されてはいないんですよね」

「え、ええ。そうではありますが、もし受注後に向こうのお二方がドドブランゴを討伐されてしまうとその後の処理に色々と面倒が起きてしまうので、このような場合は原則クエストの受注を一旦停止することになっていまして……」

「そういうことなら、もし向こうがドドブランゴを討伐しちゃった時は報酬もいらないからさ、そのクエスト受けさせてもらえませんかね」

「えっと、ですが……」

 受付嬢が答えかねていると、近くにいたギルドマネージャーが助け舟を出した。

「あら、カイトくんがこう言っているならいいんじゃないのかしら~?もちろん、向こうでクエストが処理されていたら報酬も出ないですし、契約金も返金することができなくなりますがそれでもいいなら、という条件ですけれどね」

「ええ、それで構いません。さっそく契約書にサインしてもいいですかね」

「は、はい。ギルドマネージャーがそうおっしゃるなら……」

 受付嬢は少し困った顔をしながらも契約書とペンを目の前に差し出してくれた。カイトはそこに自分と、オトモであるモンメの名前を書き込み、それを提出後自室に戻って狩りの準備を始めた。




 2ndGの受付嬢はG級担当のシャーリーだけ名前がついているみたいですね。
 次回はドドブランゴ戦です。短いですが。


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第十九話 回帰点

 久々に受注した難易度の高い依頼の明細書を片手に、カイトは珍しく一人で荷車に揺られていた。

「しっかし、一人で狩りに出るのなんて久しぶりだな」

「ご主人、一人と一匹ですニャ」

 すぐに同じ荷台に乗っているモンメからツッコミが入った。ちなみにモンメと共にいく狩猟もかなり久しぶりのことである。

 今回の狩りの対象となる『ドドブランゴ』は、大型の牙獣種で、ブランゴの群れをまとめるリーダー格のモンスターだ。素早いステップで相手を翻弄し、その豪腕で対象を叩き潰す。また、相手を氷結状態にする氷ブレスや氷塊を投げるなどといった、厄介でバリエーションの多い攻撃を仕掛けてくる。

「モンスターとしてのランクはフルフルとさほど変わらないらしいけれど……」

 今回はフルフル戦と違ってソロでの狩猟である。苦戦を強いられることが予想される。

 属性は炎が有効ということらしいが、カイトの持っている素材では炎属性の双剣を作ることはできず、すっかり手に馴染んだランポスクロウズを、今回の狩りでも使用することにした。

 カイトはポーチの中と荷台のアイテムをざっと確認する。

(一人での狩猟となる分、回復系統のアイテムは勿論、スタミナをつけるアイテムや、砥石もいつもより多く必要になる。ポーチが少しかさばるけど、これは仕方がないな)

 荷車に揺られながら、カイトはふと、向かう先のフラヒヤ山脈を見た。山脈は大きな雲をかぶっていた。天気は、吹雪。

 そしてカイトはふと思い出す。あの時も吹雪であったと。

 今回の狩猟には、“あること”を確かめるために来ている。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ああクソッ……、やっぱり冷えるな……」

 猛吹雪のエリア6を、カイトは震えながら歩いていた。時折体に襲いかかる風が、その冷気でカイトの体を芯から冷やし震え上がらせた。

「よりによって吹雪とはなあ……」

 ぶつぶつと一人で文句を言いながらエリア8の方へと向かって歩いていた。そもそも寒いのが大の苦手のカイトは、本来ならば雪山でのクエストというだけで乗り気ではないのだ。天気が悪ければ尚更である。

 しかし、狩りの拠点をポッケ村に置いている時点で避けて通れないのは確かである。

「毎度言っていますが、文句を言っても始まりませんですニャ」

「わかってるけどさ」

「寒いのは自分だって同じですニャ。お互い頑張るしかないのですニャ」

 オトモアイルーに諭されている自分が情けなくなり、今回は寒さへの文句はもう言わないようにしようとカイトは思った。

 それからカイトは足を止めると周りを見回した。

「ギルドからの報告によるとこの辺りか……」

 フラヒヤ山脈の峠道の頂とも言えるエリア8でカイトは地図とクエスト明細書を広げる。本来ならば、絶景が目の前に広がっているのだが、この天気では白い絵の具で塗りつぶされたように何も見えなかった。

「こんなに寒いのに、ここ一帯を形成する山が火山だってのは驚きだよな」

 フラヒヤ山脈の山々は火山であるということはあまり知られていないことだが事実である。中には未だに時折噴火を繰り返す山もあるという。

 

 カイトはしばらくエリア8を捜索するが、ドドブランゴはおろか、ポポなどの草食系モンスターすら見当たらない。

「……おかしいな、この近辺に依頼書の内容としてはドドブランゴとブランゴの群れが出現したから、東の峠が使用不可になる前になってしまう前に排除しろって要請だったのにな。ブランゴの群れっていうぐらいならどこかに姿ぐらい見えてもいいと思うんだがな」

 そう呟いて、カイトが一歩前に出た瞬間──

「ギャウァッ!」

「なっ!?」

 突然、カイトの周りの地面から五頭のブランゴが飛び出してきた。

「雪中に潜っていたのか!」

 予想外のところからの登場にカイトの判断は遅れ、背後からの奇襲を喰らってしまう。ブランゴはギアノスたちほど長くは無いが、非常に鋭利で攻撃力としては十分な爪を持っている。

「がっ!」

「ご主人さまっ!」

 幸いクックメイルのお陰で、その鋭利な爪が肌まで届くことはなかったが、大きく前に突き飛ばされたカイトは雪の上を何度も転がり、こうなると前も後ろも、自分が今どこにいるのかわからなくなってしまう。急いで立ち上がるが、目の前にはブランゴたちの姿はなく、ハッとしている間に、更に横から攻撃を受けてしまう。

「くそっ!」

 出鼻をくじかれて冷静冷静さを欠いたカイトは闇雲にランポスクロウズを振り回した。しかし剣先が一頭にかすっただけで、他のブランゴ達は巧みなステップでそれを避けていった。

「ちょこまかと動き回るんじゃねえっ!」

 それでも何とか喰らいつき、なんとか二頭のブランゴを倒す。三頭が崖の下で固まってこちらの動きを窺っているのを見つけたカイトは、ダッシュで斬り込みに掛かる。

 ──いつものカイトならば気付いていただろう。冷静ならば気が付かないはずがなかった。その存在に。その殺気に。

「ご主人さま危ないですニャ!」

「!?」

 突如カイトの周りに大きな影ができる。モンメの警告はすでに遅く、カイトがハッとして見上げると、その影の主はカイトを目掛けて飛び込んできていた。

 咄嗟に後ろに跳んだカイトをかすめるようにして大きな腕が地面へとめり込んだ。少しかすっただけだったはずが、カイトの頭からは赤い血がたらりと流れ落ちてきた。

「……お前が、ドドブランゴ……!」

 そこにいたのは、通常のブランゴよりもはるかに大きな個体、つまりドドブランゴであった。カイトを襲った腕は、それだけで人間の成人男性の身体よりも太く、大きい。牙を剥き出した顔からは溢れんばかりの殺気が漂ってくる。

(こんな気配プンプンのヤツに気がつけないなかったのか……!どうにも今日は調子が悪い……!)

 目に入りそうになった血をぬぐってカイトはランポスクロウズを構えた。

 しかしそんなカイトが動くよりも先にドドブランゴが動いた。動いたというよりも“跳んだ”という方がいいだろう。

「……は?」

 さっきまで十メートル先にいたはずの巨体が、巨腕が、今カイトの目の前に迫っていた。横へ?後ろへ?前へ?

 回避方法を思案するが、今の状態からそれを避けることなど出来なかった。ただ腕を前で交差させて、急所を守ることしかカイトには出来なかった。

 

 ──ゴキュリ

 

 嫌な音とともに、ランポスクロウズ共々衝撃に貫かれ、カイトの左腕の骨がピシリと嫌な音を立てた。

 ハッと気が付けばカイトは仰向けに倒れていた。ドドブランゴと遭遇してからわずか数秒、電光石火の出来事に頭が混乱する。そして、痛みが遅れてカイトの体に襲いかかった。

「──……っぁぁぁあああああ!?」

「ご主人さま、大丈夫ですかニャ!」

 カイトはそれをモロに食らってしまた。人体を支える芯に対して、理不尽な、強大な力を無理矢理にねじ込まれた。見てわかるような折れ方はしていないが、ヒビは確実に入っている。腕のありとあらゆる神経が脳へ痛覚を送った。

「があああああぁぁぁっ!」

 あまりの痛みに、雪の上を転がってもだえるカイト。せめてブランゴを近づけまいとモンメが武器を振るってカイトを守る。しかし敵の大将は待ってくれるはずもなく、ドドブランゴは追い討ちをかけるようにして地面から自身よりも大きな氷塊をすくい上げ、それをカイトの方へと放った。

「ご主人っ!あれは避けないとまずいですニャッ!」

(……!あんなのにつぶされたら、骨折どころじゃねえ!)

「……っ!おおおおおおおおおおっ!」

 カイトは獣のような雄たけびを上げて、負傷した左腕のことなどお構い無しに思い切り横へ飛んだ。しかし、落下時に砕けた氷の破片が頭に当たる。その一撃で視界が歪み、足取りがおぼつかなくなる。

 そしてそんなフラフラのカイトにドドブランゴは容赦なく飛び掛る。

「……いい加減に、しろっ!」

 飛び掛ってきたドドブランゴを避けながら、負傷を免れた右手のランポスクロウズを振るい、腕を落とさんと言わんばかりの勢いでドドブランゴの肩にねじ込んだ。

「ゴォォォッ!?」

 予想外の反撃にドドブランゴは大きく後ろヘ跳んで、一定の距離をとって威嚇する。

 カイトはポーチから、回復薬にハチミツをいれた強化版、回復薬グレートのビンを取り出し、口で蓋を開けてそのまま中身を一気に飲み干した。

「はぁっ……!はぁっ……!……クソッ、予想よりも……全然、速い……!」

「ご主人様、撤退を推奨しますニャ……!」

 カイトは激しく痛む左腕に顔をしかめた。体を動かすたびに腕の芯がギシギシと痛んだ。

(この怪我で狩猟続行できるのか……?もっと集中しなきゃやられるのに、痛みで意識が持ってかれる……!)

 

 今の状況をみると、モンモの言うとおり撤退(リタイア)が最も賢い判断だ。

 しかし、今のカイトにその選択肢はなかった。

(あと、あと少しで“思い出せそうなんだ”……。じわじわと“感覚が戻りつつあるんだ”……!)

 いま、扉の前に立ち、その扉を開けようとしているカイトにリタイアという選択は絶対になかった。

 しかし、劣勢なのは確かである。何か方法を考えて現状を打開せねばとカイトは辺りを見回した。

(何か、何かないか……?今の状況じゃ全力でやり合っても確実に負けるだけだ。何かアイツに致命傷を与えられるようなものは……!)

 カイトとドドブランゴはお互いに睨みあい、両者の間に数秒の沈黙が流れるが、それを破って先手に出たのはやはりドドブランゴの方だった。

「ゴオオァァッ!」

「ぐっ……!」

 ドドブランゴは両手を挙げて二足で立ち上がり大きく咆哮した。耳を押さえるカイトの周りの雪中からブランゴが飛び出てきた。おそらく今の咆哮は仲間を呼ぶためのものだったのだろう。

「ニャニャッ、囲まれましたニャ!」

 モンメはカイトの背後を守るようにして武器を構えた。このブランゴの群れを相手にするのはまだしも、向こうにはドドブランゴもいるため状況は劣勢を極めている。

 

 ──考えろ、考えろ。普通に立ち向かったところで勝ち目はない。まず周りのブランゴを排除しろ。一撃で、素早く、ドドブランゴから意識をはずさないように……。

 ぐるりと思考を巡らせてからカイトはドドブランゴと視線を合わせながら武器を腰の鞘へしまった。

「……あるじゃねえか、ドドブランゴの豪腕があるからこそ、この状況を覆せる一手がな……!」

 カイトは血まみれの顔でニヤリとすると、ドドブランゴの正面からそれるように横へ走り出した。当然それを追ってドドブランゴは拳を振りかぶるが──

「よしジャストだ!」

 その拳の先には同じくカイトを追ってきたブランゴが割り込み、骨が砕け、内臓がつぶれる音と共に、比喩などではなく本当に紙切れのように飛んでいった。

 自分の同胞を倒してしまったことに焦ったのか、一旦距離をとるドドブランゴ。そして再びカイトの元へ飛び込んでくるが、

「何度やっても同じだ!」

 ドドブランゴはまた見事にカイトの誘導に引っかかり、次は二匹いっぺんにブランゴを倒してしまう。

 強大な腕による攻撃を引き付けてから避ける。そんなギリギリの戦いの中で、カイトの脳はビリビリと熱を帯び始めてきた。

 

(あと少し、あと少しなんだ……!死ぬ間際の、命と隣合わせの状況で俺は感覚が戻っていく……!)

 思えば、リンとの最初の狩りでもそうだった。数多の経験を得て修得するはずの双剣の秘技『乱舞』をカイトはあの場で成してしまった。それはドスギアノスとギアノスの群れに追い詰められた絶体絶命の状況において。

 カイトがあの場で乱舞を習得したのではない。“過去の自分の技を思い出した”に過ぎないのだ。記憶を失う前の自分は双剣の扱いに秀でていたということはもう確信している。闘技場で初めて双剣を手にした時手に馴染んだのもそのためだろう。

 

 カイトはドドブランゴの猛攻を避けて同士討ちを狙いながら、ランポスクロウズを抜いて少しずつドドブランゴにダメージを与えていった。ヒビの入った左腕の痛みは、湧きでたアドレナリンによって意識の外へと飛ばされていた。

 モンメも、カイトに意識の集中しているブランゴを死角から一頭ずつ順番に仕留めていった。

 そしてそんなことを繰り返しているうちに、いつのまにかドドブランゴを取り囲むブランゴの姿はなくなっていた。

「……ゴオオァァッ!」

 再びドドブランゴが咆哮する。しかし、今回のそれは仲間を呼ぶためのものではなく怒りの咆哮である。その口元からは白い息がもれている。

 白い毛を逆立て息を荒立てているドドブランゴは唸り声とともに雪原を蹴り、わずか数歩でカイトとの差を詰めた。

(速い……!)

 横殴りの拳をカイトはしゃがんで避ける。自分の体の上を通り越したドドブランゴの背後から一撃を加えようとするが、相手のバックステップによって阻まれる。

 再び頭上を通り越して、次はカイトの背後に回ったドドブランゴは四足を地面につけたまま大きく仰け反ると、口から氷の粉末を吐き出した。

(ブレス……!?)

 横へ回避しようとするが、反応が一瞬遅れたためブレスをモロに喰らってしまった。氷のブレスはカイトの上半身を氷結させて動きの自由を奪った。

(まずい……、このままだと……!)

 再び焦りを覚えたカイトだが、じわっとした脳の感覚のあとには冷静さを取り戻していた。

 そしてぐるっと後ろを振り返ると視界の端に小さな穴が飛び込んだ。

「モンメ、あの穴だっ!」

「りょ、了解ですニャッ!」

 カイトは思うように動かない体で必死に走り穴を目指した。その後ろからは全速で追いかけてくるドドブランゴの雪を蹴る音が近づいてきていた。ドドブランゴは最後の一歩で大きく跳躍しカイトへと拳を振るう。

「……間に、合えぇぇっ!」

 間一髪で穴の中にカイトとモンメが滑り込み、空を切ったドドブランゴの拳は雪の壁にあたり、その衝撃で上から崩れた雪にドドブランゴ埋まって身動きが取れなくなった。

「はぁっ……!はぁ……!な、何とか助かったか……!」

「ギ、ギリギリですニャ……」

 そのまま穴の中をはって進むと、出た先は思いのほか落差があり、落ちた衝撃で上半身を覆っていた氷塊が割れた。しかしそれと同時に左腕に大きな負荷がかかり、カイトはたまらず悲鳴を上げてしまう。

(ああ……痛え……)

 歯を食いしばりながら何とか立ち上がり、自分の這い出てきた穴の方を見る。

(雪に埋まったぐらいじゃまだ死んでないはずだ……。早く次の手を考えないとな)

 そこでカイトは穴とは逆の方向の高台を見上げた。

「……そんじゃあちょっと、仕返しといくか」

 足と右腕だけの力で何とか壁を登りきり、そこから下を見下ろす。そこにはちょうど雪に埋まっていたドドブランゴが這い出てくる姿が見えた。

(急所の心臓は、あの厚い背筋のせいで絶対に刃が届かないからな……)

 左のランポスクロウズを鞘にしまい、残った方を両手で構えて飛び降りようとした、その時、カイトは信じられないものを視界にとらえた。

「……な、んだコレ……」

 カイトの立っているちょうど横に見たこともないモンスターの姿があった。

「死体……いや、“抜け殻”……?脱皮する竜、だと……?」

 そうしてその抜け殻らしきものをカイト覗き込んだとき──

「ニャニャッ!?」

「うわっ!……クソッ、フルフルベビーか!」

 その中からフルフルベビーが飛び出してきて、カイトに噛み付いた。そしてその時上げた声で下のドドブランゴに気が付かれてしまった。

「ああもう、行くしかねえじゃねえか!」

 噛み付いているフルフルベビーを強引に引き剥がすと、モンメを高台に残したままランポスクロウズを構えて一直線に飛び降りた。

「あっ、待ってくださいですニャー!」

「喰らえええぇぇぇぇっ!」

 その刃先はドドブランゴの首元へ、その奥まで突き刺さった。

「ゴオオオオォォ!?」

 ドドブランゴは悲痛の叫びを上げると、カイトを振り払おうとして暴れ出した。首元から溢れる血と共にランポスクロウズがずりゅりと抜け、そのままの勢いでカイトの体も放り出され、雪原に転げ落ちた。

 深手を負ったドドブランゴはカイトに背中を向けて隣のエリアを目指しはじめた。

「逃すかよっ!」

 そしてそこで安易に追いかけてしまったのが良くなかった。ドドブランゴはぐるりとカイトの方に振り向きながらその拳を振るった。

「しまっ……!」

 しまった、と言い終える前にその拳はカイトの体に至り、内臓という内臓を揺らし、谷の方へと飛ばされてしまった。

 

 その時脳にぶつり、という音が響いいた。

 この光景を思い出すのは何度目だろうか。目の前にいる轟竜。その眼光に足を止めてしまった自分は次の瞬間谷の底へと真っ逆さまに落ちていった。

 

 

 血まみれの双剣と、目の前に倒れている男。

 

 その男の葬儀を隠れるようにして見ている自分。

 

 逃げるようにフラヒヤ山脈に辿り着いた自分。

 

 そして、轟竜との対峙。

 

 自分が何者なのか。

 

 そんな映像と情報が一気に頭の中を駆け巡った。

 

 

 そこで、はっと意識が覚醒し、谷底まで転げ落ちないように雪に刃を突き立てた。

「ご主人様大丈夫ですかニャー!」 

 姿は見えないが、モンメの声が聞こえるということはそこまで落下していないと思われる。

 崖、と言ったが上から見てそう見えただけで実際には斜度が三十度程度の急斜面だった。痛む体でなんとか這い上がるとモンメが駆け寄ってきた。

「し、心配しましたニャー!」

「悪い、ちょっと無茶した」

 カイトは回復薬グレートを飲み干してからモンメの頭を撫でた。モンメは頭をなでられるのが好きで、気持ちよさそうに目を細めた。

 

「寒い……」

 寒さに苦手な体質と、大量の出血のせいでカイトの身体はすっかり冷えきっていた。回復薬の空き瓶をしまうついでにホットドリンクを飲もうとポーチを探るが、中のビンのほとんどは割れていた。

「さっきの衝撃で……。だったらさっさと帰らないとやばいな……」

 膝に力を込めて何とか立ち上がると、フラフラとモンスターの休息エリアであるエリア5へ向かって歩き始めた。

 モンメは気が付かなかったが、カイトは今まで見たことのないような瞳をしていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

(血の匂いが濃くなってきた……。やっぱりこの先にいるな…)

 カイトが鼻をすすると、冷気による痛みと一緒に“嗅ぎ慣れたなまぐさい匂い”が鼻を刺した。

 カイトはランポスクロウズを鞘からぬいて慎重に歩みを進める。そしてエリア5に踏みこみ、ドドブランゴの姿を発見した。

(……寝ているな)

 

 目標のドドブランゴはエリア5の真ん中で横になって睡眠をとっていた。

 雪獅子の名の由来である真っ白い体毛は血で紅く染まっており、自慢の牙も半分に欠けていた。突然睡眠行動に入ったということは瀕死の状態であるということだろう。

 しかし、対するカイトも相当の重症である。お互いに体力を消費しきっているため、決着はこのエリアで着くと思われる

「(ご主人様、どうしますかニャ……)」

「(……そうだな、荷台の大タル爆弾を使おう。勝負は一瞬で決めたい)」

 カイトは荷台から大タル爆弾二つをおろして、ドドブランゴの傍らに気付かれないように並べた。

 モンメにアイコンタクトを送るとモンメは頷いて小タル爆弾を持ち上げた。そうしてそれを大タル爆弾目掛けて精一杯投擲した。

 小タル爆弾は大タル爆弾の少し手前に着弾し、小さな爆発を起こした。そして大タル爆弾二つがそれに誘爆して巨大な爆発を起こした。

 爆音でドドブランゴの悲鳴は聞こえなかった。爆炎と爆風のせいでその姿もよく見えない。

「や、やりましたかニャ……?」

「……いや」

 カイトがスッと目を細めたその先の、雪煙が舞うその中からドドブランゴが飛び出してきた。

「……!」

 それに対してカイトは一切のためらいもなく地面を蹴った。方向はドドブランゴの飛び出してきた方向の真正面。このまま行けばドドブランゴの豪腕の餌食になるだろう。

「ご、ご主人っ!?」

 今まで見たことのない、自分の主の無謀な行動にモンメは動揺を隠せなかった。

 しかしカイトは至って冷静で、ドドブランゴの振りかぶった左の拳をくぐるように身をかがめ、二本の剣を左に水平に構えてドドブランゴの顔面から左肩にかけてを薙いだ。

 カイトとドドブランゴがすれ違った時には、ドドブランゴは力尽き地面へと倒れこんだ。

「や、やりましたのかニャ……?」

「……ああ、今回の狩りは終わりだモンメ」

 カイトは振り返らずそう言ったため、モンメにはその表情を見ることはできなかった。

 カイトはしばらくそのまま立っていたが、やがてランポスクロウズを鞘に納めるとモンメの方を振り返ってこう言った。

「さ、とっとと剥ぎ取って帰ろうぜ」

 その表情は、違和感なくいつものとおりだった。

 

 

 そして、

 

 

 そして、エリア5に新たな二つの影が飛び込んできた。

 

 

 カイトが見上げると、そこには帯電竜フルフルとその亜種の姿があった。フルフル亜種は白い身体をした通常個体とは違い、血のような紅い体色をしている。基本行動は同じだが、弱点属性に違いがあることで知られている。また体力は通常個体よりも多い場合が多く、単体でも厄介な相手だ。

 しかし、単体でも厄介な相手が今は通常個体も携えてこの場にいる。

 しかもカイトとモンメはドドブランゴ戦の後である。

「ご、ご主人様!ここはこの場を早く離脱したほうがいいですニャ!フルフル二体の相手は万全な時でも厳しいと思われますニャ!」

 モンメが慌てて退却を促すが、カイトは二頭を見上げたまま動こうとしない。

「……そうだな。……()()()()()()()()()

 そう言ったカイトの目の前に二頭の飛竜が舞い降りた。

 モンメは完全にパニックになっていたが、カイトはやはり動こうとしない。

 

「──でも今回は平気だ」

 

「ニ、ニャ……?」

 カイトの言葉の意味をはかりかねたモンメだが、次の瞬間その意味を分からせられた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 結果、二頭のフルフルはどうなったかというと、きちんと二頭とも討伐された。

 しかしやったのカイトではない。

 

 フルフルとその亜種が舞い降りた直後、その背後に更に二つの影が飛び降りてきた。

 一人は『グラビドZシリーズ』の防具を身にまとった長身の男、もう一人は『凛・極シリーズ』を身にまとった長い銀髪の美しい女性ハンターだった。

 そして、それぞれが一撃を持って二頭を仕留めたのだった。

 

 どうやら二人の討伐対象のフルフルだったようで、瀕死に追い込んだあとペイントの効果が切れていまいしばらく探しまわっていたそうだ。

 剥ぎ取りを済ませると、ポッケ村に向かうといういう二人と一緒にフラヒヤ山脈を下山していくことにした。

 ベースキャンプで一晩明かした後、今はポポに荷台を引かせて村に向かっている最中だ。

 手綱を握っているのは『グラビドZシリーズ』のヘルムを取ったダフネという青いアフロの男だ。

 以前ザンガガ村で初めて会って以来しばらく顔を合わせていなかったが、この間のガウの救出時にポッケ村に顔を見せていた。とはいってもその後すぐにザンガガ村に戻ってしまったため、ちゃんと顔を合わせたのは今回が初となる。

 そしてその横に座っているのが『凛・極シリーズ』を身につけた女性、名前はレイラという。ガウ、ラインハルト、ダフネと共にドンドルマを中心に狩りをしていたらしい。

 注目すべきは、その二人の防具だ。それはG級の狩りをこなした者のみが手に入れることのできる素材から作られた防具だ。言い換えれば、ハンターの頂点である『Gの領域』に到達していることを証明しているということだ。

 さらに、レイラの『凛・極シリーズ』はG級指定されたラオシャンロンの亜種の素材から作られた防具だ。G級指定の老山龍のクエストに駆り出されるということは、頂点であるG級ハンターの中でも更に特別な存在であるということだ。

(それもそのはずだ……。この人は【白銀の鋼刃】の二つ名で通った超有名人。若手ハンターの中で最も注目されていると言ってもいい)

 先日カイトが読んでいた『月刊 狩に生きる』の記事の中にも、狩猟祭での優勝に関するものがあった。

 ちなみに二つ名とは、G級のハンターにのみ与えられる通称のようなものである。

 

(それに俺はこの人と……)

 横から吹き流れた風に揺れた、【白銀の鋼刃】の二つ名の由来でもある長い銀の後ろ髪をじっと見る。

 そのカイトの視線気づいたのかレイラが振り返ってカイトの方に寄ってきた。

「……ふむ、やはり“貴様とは以前ドンドルマで会ったことがあるな”」

 カイトは横目で荷台の奥でモンメが丸まって寝ているのを確認した。それから小さくため息をついてから、レイラの蒼い瞳を見て、こう言った。

 

「……ああ、久方ぶりですね、レイラ・ヤマブキさん」

 

「はあ、敬語はやめないか。狩人の世界に年功序列などない」

 レイラはカイトのカタい返事に苦笑いした。

 カイトもそれ聞いて「それもそうか」と言葉を崩した。

「それで?私は貴様が記憶喪失だと聞いていたんだが……」

「……どこからそんな情報を」

「ふふ、聞くかね?」

 レイラが妖しく笑ったのをみて、どうせ話す気はないのだろうとカイトは諦めた。

 それからカイトはレイラの問に答えた。

 

 

「つい、昨日思い出したんだ……。いや、確信に変えた、ってところか……」




 カイトの記憶が戻りました。次回以降、とんとんと話が進んでいきます(予定)。

 ついに新キャラの名前が出ましたが、レイラのルックスは『凛・極シリーズ』まんまです。前髪パッツン、銀髪ロングです。
 ダフネはグラビド防具をつけている時はアフロが隠れてしまいます。
 二人ともG級ハンターで、ガウとラインハルトは上位ハンターなので格上です。
 年齢は、ダフネ>ガウ>レイラ>ラインハルトで、ダフネはすでに30代。

 不定期更新ですが、金曜日投稿が多いので二週間に一回ぐらいチェックしてみてください(読んでくださいお願いします)。


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第二十話 目標

 お待たせしました。
 カイトのことに触れる前に一旦ラインハルトの話を挟みます。


 カイトがリンたちに無断でドドブランゴ狩りに出発した後に場面は戻る。

 

 いつも通りベッドで療養中のラインハルトはあまりの退屈さに大きくため息を付いた。

「はあ、ずっとベッドの上ってのもストレスが溜まるな」

 それを聞いたフローラは読んでいた本を閉じ、仕方がないでしょ、と同じく溜息を付いた。

「傷口は閉じてるとは言っても、まだ骨は折れているんだから。そんな自由に出歩かれても困るから」

「とは言っても、この部屋を出れるのは頭から水をかぶる時だけってさあ」

 ラインハルトの言うように、彼は湯を浴びるために浴場に行く時以外は基本的に外には出られない生活を送っている。

 下半身の怪我というの切り傷や擦り傷程度だったので、実は自由に歩き回ることは可能なのだが、「もし転んだりしたら大変だから」というフローラの過剰な心配と監視のもと、ラインハルトは制限された生活を送っていた。

「はやく狩りに復帰していんでしょ?」

「そりゃあなあ、俺はまだまだ高みを目指したいんだ」

「だったら一日でも早い復帰のために安静にしてください」

「あのなあ、これだと安静にしすぎだ……。身体が鈍って歩くこともできなくなっちまうぜ?」

 実際、このままの生活を送っていると、いざリハビリの時に相当苦労することになってしまうだろう。今のうちからやれることはやるべきだというのがラインハルトの考えだ。

「そ、そう言われると……」

「な?」

「ま、まあたしかに……」

 しぶしぶ頷くフローラを見てラインハルトはニヤリとすると、ベッドから降りて靴をひっかけた。

「あ、こら勝手に!」

「ちょっと待ってろよ、いま髪型セットしてくるからよ」

 そう言ってラインハルトは洗面台の方に消えた。

 今のラインハルトは肩よりも下、背中まで伸びたすみれ色の綺麗な長髪をしている。口調とは裏腹に端正な顔つきをした彼は、貴族の家の息子であるという事実を聞かされてもなんの違和感も感じない。

 しかし、洗面台から出てきた彼の髪型は、ドスタワーと言われる珍妙は髪型で、整髪剤でタワーのようにその長髪を逆立てるスタイルをしていた。

 ラインハルト的には男らしくてお気に入りの髪型らしいが、フローラの反応はそうではなかった。

(はあ、髪下ろしてる時のほうがかっこいいのになあ……)

「溜息ついてんじゃねえよ、惚れたか?」

「……逆よ、逆」

「照れんなって。じゃ、行こうぜ」

「ってああ、コラ!」

 言っても止まらないであろうラインハルトの後に続きながら、フローラはもう一度小さく溜息を付いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 商店などが集まるポッケ村のメイン通りに差し掛かった時、二人は散歩中のリンと遭遇した。

「あれ、ラインハルトさんが外出なんて珍しいね」

「それが、私の静止も聞かずに無理やり……」

「暇だったんだからしょうがないだろー?まあデートだと思ってさあ」

「デッ、デート!?」

「あはは、フローラ顔真っ赤」

「違いますっ!」

 リンのからかいを真っ赤になって否定してから、フローラはラインハルトの頭に軽く一発お見舞いをした。まだ怪我は完治していないのであくまで優しく。

「誰がこんなセクハラ野郎とデートなんてしますか!」

「おいおい、ひどい言い草だなあ」

「あはは、お似合いだよー」

「リンちゃんっ!!」

 

 珍しく意地悪い顔のリンに、フローラは為す術無くからかわれ尽くしてしまった。

 メインストリートを少し上がって道をそれた所の、フラヒヤ山脈を見渡せるテラスにリンとラインハルト、そしてむくれ顔のフローラは腰を下ろしていた。

「えーっと、フローラ、ごめってば」

「……」

「これは完全にいじけてるぞ」

「いじけてない!」

「いじけてるだろー。リンちゃん謝ってるんだから許してやれよー」

「いじけてないってば!」

 ラインハルト以外からからかわれる経験があまり無かったフローラは、そのためか完全に拗ねてしまっていた。いくら声をかけてもそっぽを向いてしまい、さすがのリンも苦笑いしてしまった。

 その様子を見たラインハルトは、やれやれと腰を上げリンに耳打ちした。

「(──のことを言えばいいと思うぞ)」

「(え、そんなことで大丈夫なのかな……?)」

「(ああ、絶対乗ってくるぜ)」

 そっぽを向いていたフローラだが、リンとラインハルトのヒソヒソ声にちらりと視線を移した。

「……ちょっと、何の話してるんですかー?」

 あくまでムスッとした表情は崩さず、リンの紅い瞳にジッと視線を合わせた。

 リンは「あ、ちょっと気になってる。眼力緩んでる、可愛いなー」と内心思いながら、ラインハルトに言われたことを口にした。

「えっとね、なんか集会所で新しいスウィーツのメニューが出るらしいんだけど……」

 とリンが“スウィーツ”という単語を出した時点でフローラの肩がピクリと反応した。その様子を見てリンは「おお、本当だ」と思い、ラインハルトはただただ黙ってニヤニヤしていた。

「その、新作スウィーツの試食を頼まれているらしんだけど──」

 そこまで聞いたところでフローラはガタッと立ち上がった。

「行きましょう」

 春の葉の色のように綺麗な髪をかき上げてフローラはスタスタと集会所を目指し始めた。

「ほ、ほら早くっ!」

 フローラは大の甘党だという。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 のれんをかき分け、勢い良く集会所に飛び込んだフローラは、リンとラインハルトがついた頃にはすでに甘味の試食を始めていた。

「もぐもぐ……、こ、これは……っ!?」

 フローラは初めて食べるその味にスプーンを落としてしまった。

 フローラの対面に座っているギルドマネージャーはその様子を見ながらニコニコしていた。

「東方原産の小豆という豆を使ったものでね、あんこっていうのよ~。わたしも大好きだから仕入れちゃったの~。美味しいかしら~?」

「すごく美味しいですっ!」

 さっきのむくれ顔はどこへやら、見たことのないような満面の笑顔、そして翡翠色の瞳はキラキラと輝いていた。

「(な、単純だろ?)」

「(単純ってよく言われるウチから見ても単純だ……)」

「(普段は大人ぶって場を取り持つ役でいようとしてるけどな、中身はまだまだお子様なんだよなあ……)」

「(ふーん……)」

 フローラを見て笑っているラインハルトの表情はとても楽しそうで、リンは少しうらやましいと思った。

「あら~、リンちゃんにラインハルトさんじゃない。ほら二人も座って、いま甘味を持ってくるわ~」

「あ、お願いしまーす」

 そうしてリンとラインハルトも試食に参加したのだった。

 

「お、確かにうめーなこりゃ」

「この緑茶っていうのを使ったお菓子、苦くて苦手なんだけど、あんことは良く合うんだねー。これなら食べれるよ」

「ほんっとに美味しいっ!」

 ギルドマネージャーが運んできてくれた甘味を食べる二人の前には、大いに満足したのフローラが満面の笑みで座っていた。

 もうさっきのことなど気にしていない様子である。

 甘味を食べ終えた三人は、サービスで出してもらったお茶をすすりながら午後の時間を雑談にふけって楽しんでいた。

「いやー、それにしてもやっぱり幼馴染みってすごいねえ」

 リンのその発言に、またさっきの話を蒸し返すのかとラインハルトは一瞬ヒヤッとしたがそれは杞憂に終わった。

「フローラの機嫌を治すにはスウィーツの話すればいいだぞ、って聞いた時にはやっぱり付き合い長いと好みとかも分かっちゃうんだろうなー、って程度の感想だったんだけどね。その後の話で、そういう表層的なことじゃなくて、心の部分についても分かっちゃうんだなって思ったよ」

「その後の話、というと?」

 その後の話、とうのはもちろん「普段は大人ぶって──」のことであるが、リンとラインハルトのひそひそ話であったため当然フローラには聞こえていなかった。

「うん、ええっとまあ、それはこっちの話なんだけどね」

「あ、なんか誤魔化そうとしてる」

「し、してないよー?」

「リンちゃん嘘ヘタ」

「うー……」

「……まあ、いいですけどね。それよりライン、あんた普通にあんこ食べてたけどあれっていいの?ずっと消化しやすい粥とかばっかり食べてたじゃない」

 まだ怪我の様態も良くない頃は消化器の働きも落ちていたため、消化の良い食事ばかりをとっていたラインハルトが、急に甘味という重たいものを摂る気になるとは思えなかった。

「ん、ああそれなんだけどよ、食欲自体はわりと早めに戻ってたんだよな」

「あれ、そうだったの?そういえば傷も深かったのに治りはずいぶんと早かったよね……」

「んー、あれじゃないか。カイトが金髪の商人に貰ったっていう秘薬の効果なんじゃねえかな」

「そういえばそんなこと言ってましたね」

「ああ、そのこと聞いてさ、ただで貰ったいうからその商人にお礼しようと思ったんだけどよ、もうポッケ村からは出て行っちゃったみたいでそれらしい人は見当たらなかったんだよなあ」

 その商人のことはリンも聞いていた。しかし、村の人々に訪ねてもそもそもそんな商人のことは知らないという。商人が村を訪れてロクに商売もせずに出て行ったというのだろうか。

「う~ん……」

「リンちゃん、どうしたの?」

「いやー、なんかその商人変だなーって思って」

「まあ確かに不審ですよね……。まるでカイトさんに秘薬を渡すためだけに現れたような……」

「……まあ、深く考えてもわからないものはわからないし、いま気にすることでもないか!」

 と、リンのお気楽思考によってその話は流れ、また雑談は続いていった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 それからしばらく経ち日が沈み始めた頃、ギルドマネージャーや業務もかたがついて暇になっていた受付嬢を交えて飲み会のような状態になっていた。

 そこでうっかり受付嬢がカイトが単身で狩りに出たことを漏らしてしまい、リンは唖然としてから怒り心頭。しばらくずっとカイトのことを毒づいていた。

 今思えば何かの拍子に他の人のお酒を飲んでしまい苦手なアルコールに当てられていたのだろう。

 しばらく顔を真赤にして怒っていいたリンは気がつけばベンチに横になって寝てしまっていた。

 ギルドマネージャーが部屋まで運んで寝かしつけると言ったところで宴会はお流れになった。

 

 酔いを覚ますためにラインハルトとフローラの二人は昼間にも訪れたテラスに来ていた。

 二人はしばらく夜風にあたりながら満天の星空を見上げていた。

「ふう、久々に楽しかったぜ」

「本当はまだお酒は飲ませたくなかったんだけどね……。まあ今日は特別」

「いやいや、本当にもう体のほうは平気なんだぜ?きっとあの貰ったっていう秘薬、ただの秘薬じゃないと思うんだよな。いにしえの秘薬か、それとももっと特別ななにかか……」

「体の調子は良くなってても、まだ完全に復活したわけじゃないでしょ。酔った勢いで転んだりしたら大変だから気をつけてよね」

「お、心配してくれんのか」

「……悪い?」

 フローラはベンチに横になっているラインハルトとは目を合わせないでぶっきらぼうに答えた。紅潮した頬は酔いのせいか、それとも照れているからなのかはわからない。

 そこで会話は途切れ、またしばらく黙って夜空を眺めていた。

 

 そして夜もいよいよ深まり、村の家々の明かりも少しずつ消え始めた頃、フローラが口を開いた。

「……怪我が治ったら、どうするつもりなの?」

「そりゃあ、すぐに狩りに復帰してやるさ」

「そうじゃなくて、どこに行くかってこと」

「んー、そのことか」

「当たり前でしょ。今は療養のためにポッケ村にいるけど、ずっといるってわけにはいかないでしょ」

「まあな」

「今のホームはザンガガ村なんだから。ちゃんと帰らないと」

「……そのことなんだけどさ。……俺はドンドルマに帰ることにする」

 フローラが一番聞きたくない回答が返ってきた。

 ラインハルトは“私達の故郷”ではなく“自分の故郷”を選択したのだ。

 昔ラインハルトが「修行だ」と言ってドンドルマに出て行った時と今回とでは意味合いが異なっているのをフローラはわかっている。

 ラインハルトは、ドンドルマに行くのではなく、ドンドルマに帰るのだ。

「……それって、そういうこと、だよね……?」

「ああ。完治したら、ザンガガ村に寄って荷物まとめて、それからドンドルマに帰ることにする」

 ズキズキと、フローラの心臓が痛む。

 寝転んでいるためラインハルトの表情はよく見えない。しかし、その声は特に抑揚なく、事実のみをフローラに伝えようとしているように感じられた。

 また彼は離れていいってしまうのか。

 空を見上げて涙をぐっと堪えた。

「……行っちゃうんだね」

「……ああ、行くよ、俺は」

 

 

「──ところでお前も来ないか?」

 

 

「……え?」

 その突然の言葉に間抜けな声が出てしまった。

 フローラにはラインハルトの言っている意味が理解できなかった。「来ないか」、とはどこへ来ないかと言っているのだろうか。

 ラインハルトはぐっと上体を起こしてフローラと向き合った。

 フローラはぽかんとした表情でラインハルトの方を向いた。

 

「だからさ、お前もドンドルマに来いよ。俺が思うにお前はハンターとしてまだまだ伸びる。一度狩りの本場で腕を磨くことが必要だと思うんだ」

 

「え、えっと……」

「二人でドンドルマで頑張ってみねえか?俺自身、もっと高みを目指したいし、お前にも目指して欲しい」

「あ、あれ?二人で……?あの、ガウさんたちは……?一緒のパーティだよね……?」

「こないだガウには話した。俺の目指す所はあいつらと一緒にいるよりも他の道を行ったほうがいいって気づいたんだよな」

 ラインハルトは少年時代の自分を思い出し、気持ちまでもが昔に戻った気がして、懐かしくて思わず目を細めた。

「俺は、王立書士隊に入って、親父に追いつくのが夢だったんだ……。その夢を叶えるには、ドンドルマに戻って、狩りはもちろんだけど勉強をもっとしなくちゃいけない。そんで王立書士隊の入隊試験を突破して、各地を飛び回って後世に残す記録をつけていきたいんだ」

 そういって自分の夢を楽しそうに語るラインハルトを、フローラはただただだまって見ていることしか出来なかった。

 何かを言おうとしても言葉が喉から先に出て行ってくれなかった。

 ただ、代わりにさっきとは違う涙が瞳に溜まっていった。

 それからラインハルトはガシガシと髪型を崩して、軽くまとめて後ろに回した。

 少し言いよどんでから、しっかりとフローラを見てこう続けた。

「それでさ、久々に親孝行もしたいし、目指す目標でもある親父にからアドバイスもらうついでに挨拶しに行きたいんだけどさ……。親父にお前を紹介したいんだけど、ついて来てくれねえかな」

 そこでラインハルトは一度言葉を区切り、それから真っ直ぐと言い切った。

 

 

「俺は自分の夢を追って残りの半生を過ごす。その半生のパートナーはお前しかいないと思ってるからさ、一緒に来てくれねえかなって……」

 

 

 ラインハルトが話し始めた時に、きょとんとしたまま表情の固まってしたフローラの翡翠色の瞳から、ぱたぱたと雫が溢れていった。

 普段のいい加減な態度に呆れたり苛立ったりしながらも、陰ながら彼を支え、心配してきた。フラヒヤ山脈で離れ離れになった時には目の前が真っ暗になった。救助され返ってきた時には夜通し泣いて神に感謝した。

 そんな彼女は、涙を拭ってこう答えた。

 

「────もちろん、よろこんで」




 と、いうわけでした。
 要約すると、怪我が完治し次第、ラインハルトはガウたちのパーティを抜けて、ドンドルマにフローラを連れて戻って王立書士隊隊員を目指すってことですね。

 さて、次回こそカイトの話になります。
 前期末ということで更新速度が落ちていきますことを予めご了承ください。
 ではまた次回で。

 質問等はコメントで受け付けています。
 毎回感想がついていてとても嬉しいです。


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第二十一話 罪と思惑

 お久しぶりです。
 まとめ回です。ずっと会話と説明です。
 自分でも驚くほどわかりにくい文章になってしまいました。
 わからない点などの質問は随時お答えします。


 カイトたちがポッケ村に帰還して一番、リンからの鉄拳をお見舞いされた。なぜ黙って狩りに出たのか、と。

 カイトは黙って狩りに出たことを謝りながら何とかリンをなだめた。

 しばらく姿を見せていなかったガウとも集会所で顔を合わせることができた。カイトと一緒にポッケ村入りしたレイラとダフネはガウと顔を合わせると神妙な顔で何か言葉を交わしていた。

 ラインハルトを含めた四人で狩りをしてきたという彼らだ。積もる話もあるのだろう。

 しかし、今回の話題はそれだけではなかった。

 

 そのあとガウ達四人に呼び出されたカイトは、村外れの空き家へと向かった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 定住者のいない空き家ではあるが定期的に使われているようで、掃除をしているのかあまり埃っぽくはなかった。

 カイトがその空き家を訪れた時にはすでに、居間にある長机にガウ、レイラ、ダフネ、ラインハルトの三人が席についていた。

 カイトも椅子の一つを引いて座り、三人と視線を合わせた。

「あー、話すことは色いろあるんだがな……。そうだなまずは──カイト、お前記憶が戻ったらしいな」

 カイトにとってはメインとなる話題に、ガウはいきなり斬りこんできた。

 しかし、それはすでに質問ではなく確認であるということは理解している。特に否定をする理由が見当たらない回との返答は決まっていた。

「……ああ、余すこと無く全部思い出した」

「そう、か」

 そこで二人は少しだけ考えた。ガウはそのことを喜ぶべきなのかどうか、カイトはガウが“どこまで知っているのか”ということを。

 しかし今となっては、カイトにとってガウが“知っているか知っていないか”は問題ではない。この事は自分の口から語らねばならないと思っているからだ。

 この事を語った後も、ガウやリンたちと今まで通りの関係が続くとは思わない。

 いや、本来ならばこの数カ月の関係など成り立つはずもなかったのだ。

 

 全て話そう、そう決めてカイトが口を開きかけた時、新たに二人の男が空き家に現れた。

「……オヤジか」

「そう睨まないでくれガウくん。バルドゥスも君たちと大事な話をするために来たんだ」

 バルドゥスを睨むガウをブルックがなだめた。それからブルックは布で包まれた細長いものをカイトに手渡した。

「君を雪山で発見した時の持ち物だ。いつ返すべきかと思っていたが、それは今のようだね」

 カイトが慎重に布の中から取り出したのは、蒼と碧の対になった双剣『マスターセーバー』だった。

 マスターセーバーとはホーリーセーバー派生の水属性の双剣で、高い属性値・切れ味を誇る業物だ。また、素材にはG級ハンターからのみ、加工のオーダーを受けることができる貴重な鉱石を含んでいる。

 そして何より、このホーリーセーバー系統の双剣は“ギルドナイトの正装”の一つである。

 

 

「……レイラからすでに聞いたかもしれないが、俺の本職はギルドナイトだ」

 

 

 この場にいる人間には今更隠すことではない。バルドゥスとブルックの二人もマスターセーバーを保管していたということとはずっと自分の正体を知っていたということだ。

 唯一、ラインハルトだけは少しだけ動揺していた。

 自分の後輩だと思っていたハンターが実は自分よりもはるかに実力があるとわかったのだから当然といえば当然である。

「っていうことはあれか?ハンターとしてのランクも……」

「まあ、G級だな」

 マジかよ、とラインハルトは頭を抱えた。この場にいるハンター中でG級ではないのは自分とガウだけだ。しかし、ガウの実力は申し分ないほど高く、近々昇格するという噂もある。

 周りが優秀すぎるだけなのだが、ラインハルト心に少し焦りが出た。

「それよりお前は大丈夫なのか、怪我の方は」

 カイトが一人で狩りに出て行くまではベッドの上だったラインハルトが、今ここにいることは大丈夫なのだろうか。フローラが簡単に外出を許可するとは思えない。

 ちなみに髪型は怪我の以前のようにドスタワーに整えられている。

「ああ、狩りに出向くようなことは無理だけどな少し歩く程度なら平気だ。怪我してからずいぶんと日も経ったからな。それより、お前こそドドブランゴに酷くやられたって聞いたけど平気なのか」

 はたして、その話題を出したのはモンメかレイラかは分からないが、今日帰還した狩りのことはすでに耳に入っているらしい。

「大怪我はしていなけど数日は安静にするつもりだ」

「まあ、平気ならいいか」

 カイトとラインハルトは歳が近いせいか、こういった友達感覚の会話がよく進む。思えば記憶を無くす前は同世代の友人というものはいなかった。

 

 そんな二人の会話が一区切りついたのを見て、ガウが次の話を切り出した。

「カイトが記憶を無くす前はハンターだったんじゃねえかってのは薄々感づいていたからな、そこまで驚きはしなかった。ギルドナイトってのは予想外だったが……。それで今回来てもらったのはそのことの確認と、もう一つ話しておくことがある」

 もう一つ、と言ったがおそらく次が本題だ。

 ここ最近定期的に姿を見せていなかったことに関係しているのだろう。

「ここのところ、本部から出張ったっていうギルドナイトと村長やオヤジ、ブルックさんやギルドマネージャーが集まって協議をしていたことがあるんだが……」

 ガウはそこで一旦言葉を区切ってからこう言った。

 

「ポッケ村のギルド支部の全権がこれから派遣されるギルドナイトのものとなることが決定した」

 

「……」

 カイトはやっぱりか、と溜息をついた。

 “あいつはまだそんなことを続けているのか”、と。

「本格的にギルドナイツが配属されるのはまだ少し先だが、すでにここ一帯の狩場の統治権はあのジジイ──ジャン・マーカットとかいうギルドナイトに移ったと言ってもいい」

「一ついいか?そのジャンとかいう野郎にギルド支部の主権が移るとなにが不味いんだ?まさか狩猟依頼が発行されないなんてことになったりはしないだろうし」

 ラインハルトの疑問も当然で、ハンターにとってはギルド支部の主権が誰のもとにあっても関係が無いのだ。言ってしまえばハンターとは発行されたクエストをこなすだけの仕事であって、その上で行われる事務処理には全く関わる必要がないのだ。

 しかしガウの口から飛び出たのは信じられない言葉だった。

「いや、“その可能性もある”っていうのが不味いんだ」

「なっ、どういうことだよ!」

「そのままの意味だ。“例え商隊のキャラバンがモンスターに襲われたとしても、村の近辺にモンスターが出現したとしても、その依頼を出さないことができる”、それが今のやつにある権限だ」

「……んなこと許されるわけねえだろ!」

 ラインハルトが怒りのあまり机に拳を叩きつけた。身体の怪我の具合のことを考えるとするべきではない行動だが、感情が理性を超えて彼の身体を怒りで掻き立てた。 

「落ち着けラインハルト。体に障るぞ」

 そう言ってラインハルトを諌めたのは銀髪の剣士レイラだった。凛として芯のある声がラインハルトに冷静さを取り戻させた。

「す、すまん……」

「謝るな、貴様の気持ちは大いにわかる。ただし感情では問題の解決には至らない。まず考えるべきは奴がそんなことをするメリットだ。目的がわかれば自ずとこちらの指針も定まる」

 レイラの言うとおりで、ジャンというギルドナイトがわざわざ辺境のギルド支部の実権を握った理由を考えるのが先決である。ギルドナイトであるだけで多大な報奨が約束されているため、田舎のたかが一支部を統治した程度で舞い込むお金など興味はないだろう。

 そうなるとやはりここ一帯の狩場をコントロールすることが目的となるはずだ。

 問題はそれによって何をしようとしているか、だ。

 

「さて、ここで貴様に聞くぞ。貴様はなにか知っているのではないか?」

 レイラがラインハルトから視線を移した先にはカイトがいた。

「私も自分が普通よりも早く腕を上げ出世してきた狩人であるという自覚はある。ギルドからの勧誘もしょっちゅう受けてきた。今のところは興味が無いから全て断ってきたがな。そんな中で貴様の噂も度々聞いていた。私と負けず劣らずの腕を持った若手ハンターがいると」

 レイラやカイトは数十年に一度と言われる速度で狩りの腕を上達させていった稀代のハンターだった。しかし、レイラが表の世界で有名になっていく一方で、カイトは早いうちにその価値を見出されギルドへと勧誘されたまま、表にその名を轟かせることはなかった。“無名の実力者”というものがギルドにとって必要になる場面があるのだ。

「私への勧誘はしつこくてね。よく茶菓子だけ頂いて失礼していたんだが、そんな中で貴様にも会ったことがあったし、あのジャンというギルドナイトの姿を見たこともある。同じドンドルマのギルドナイトだ、何か知っていることぐらいあるのではないかと思ってね」

 レイラはそのまつげの長い目をスッと細めてカイトを見た。何か知っていることぐらいあるのではないか、ではなく、知っているはずだ話せ、と目が語っていた。

「……ああ、大体の予想はついている」

 そして、ジャンのその目的のために犠牲になった人のことをカイトは知っていた。

「ハンターズギルドポッケ村支部現支部長、ジャン・マーカットの目的は“未知のモンスター発見”だ」

 未知のモンスター、という言葉に王立書士隊隊員の息子であるラインハルトはピクリと反応した。

「それは未確認の古龍がこの辺にいるってことか?」

「いや、一定数の個体が確認されている古龍とは比べ物にならない程特殊なケースだ」

「古龍よりも特殊、だと……?」

 古龍でさえ天災と呼ばれながらも遭遇ケースはめったにあるもので無く、一生目にすること無く終わることもあるような存在だ。その古龍をも凌ぐ特殊なケースとは一体何なのだろうか。

「ラインハルトは、『アカムトルム』って聞いたことあるか?」

「……火山帯の奥地に存在するって言われてる飛竜の祖先、だな。通称覇竜、資料では見たことがあるが、目撃記録や交戦記録だけなら近年でも一定数あるが討伐記録までは見たことがないな」

「そのアカムトルムと同列のモンスターがこのフラヒヤ山脈のどこかにいる、って言われてるんだ」

「なっ……」

 その場にいた全員が驚きを隠すことが出来なかった。冷静沈着なダフネですらも目を大きく見開いた。

 そして何か思い当たるフシがあったのか、バルドゥスが、もしや、と呟いた。

「……『白き神』、か……?」

 その言葉にポッケ村出身であるガウとブルックも反応した。

 白き神とはフラヒヤ山脈周辺に伝わる伝説の竜のことで、白き神の襲撃を受けた村は詳細な被害状況がわからないほどの壊滅を迎えたという。

 そして、白き神、をポッケ村の古い言葉で呼ぶとこうなる。

 

「『ウカムルバス』、──崩竜と呼ばれるアカムトルム同様の“古龍級生物”だ。そいつがジャンの目標だと思う」

 

「そんな伝説みたいな奴を探して、奴は何をしようってんだ」

「簡単な話だ、あいつは権力が欲しいんだ」

「権力、だと……?」

「ああ、伝説とされるモンスターの詳しい生態の記録、そしてそのモンスターを捕獲までしたらギルドにとっての貢献度は計り知れないものになる。そうなればあいつは二階級特進なっていう小さな昇格じゃない、ハンターズギルドの幹の部分まで自分のポジションを食い込ませることができるだろうな」

「権力か、くだらないな」

 レイラはそう吐き捨てた。彼女がこの世で最も興味のないものの一つが権力だ。彼女は権力ではなく、実力のみを頼りに今まで生きてきた人間だからだ。

 出世を否定しているのではない。高みを目指すのと権力にしがみついて他を切り捨てていくのとは違う、と彼女はよく言っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「次は俺から質問をいいか」

 話に区切りがついたところで次はカイトからガウやバルドゥスに向けて質問が投げかけられた。

「ジャンを中心とするギルドナイトにポッケ村のギルド支部の実権を握られたって話だが、個々の実権はギルドマネージャーにあったはずだ。どういう理由でその権利が移ったんだ?とてもあの女性(ひと)が権利を譲渡するとは思えない」

 各ギルド支部の最高責任者は竜人族が務めることが多い。それは永い寿命のために得られている多くの経験と知識がギルド支部の運営には求められるからである。

 その権利をやすやすと譲渡することは自他共に簡単に認められるはずはない。

 そこにはなにか特別な理由があると考えるのが普通だ。

「やはりそのことであるか……」

 バルドゥスはそのことについて聞かれることを予想していたのかすぐに説明を始めた。

「今回やつにギルド支部の実権を譲渡せざるを得なくなった理由はギルド支部におけるある制約のせいだ」

「ある制約、ってのは……?」

「一つ目に、『いかに小規模であってもギルド支部には最低一人は上位以上の専属ハンターの登録が必要となっている』、というものだ」

 それを聞いてラインハルトが「あれ?」と疑問を口にした。

「ザンガガ村に専属ハンターとして登録されているのはフローラだけだけど、あいつはまだ下位ハンターなんだが……」

「うむ、そういった村々には『準支部』が置かれる。これは狩場を共有する他の支部の更に傘下として扱われることになる」

「……なるほど」

 そこでカイトが「だが」といった所でブルックが声を重ねて続けた。

「だがポッケ村にはガウという上位ハンターがいる、か。確かにガウは最近所属をドンドルマからこのポッケ村支部に移した。しかしここでもう一つの制約がネックとなる」

「……なるほど、『所属支部の変更は手続き後一年で有効になる』、というあれか」

 レイラは納得したようで、やれやれと溜息をついた。

 バルドゥスも溜息を付いて補足説明を始めた。

「支部の専属ハンターになると、その支部での活動に限りハンターにとって有益な特典がある。ギルド傘下の店や宿の値引きなどが一般的なものだ。そもそもこの制度は、地方の村にもハンターが専属として長く居ついてもらうための制度だ。特典を受けるためにホイホイと支部の登録変更をして転々とされては元も子もない。だから、一年という制限が設けられている」

「……つまり、いまこのポッケ村には専属の上位以上のハンターがいないってことになるのか」

「そうだ。そして条件を満たさなくなった支部の取る選択は二つだ。一つ目は準支部への降格。ほとんどはこっちのケースになんだが、この村ではそうはいかない」

「……なるほど。この山脈地帯にポッケ村より東をカバーする支部は無い。それに加えてポッケ村はフラヒヤ山脈を経由する商隊にとって必須のオアシス。支部としてしっかりと機能してもらわなきゃ困るってことか」

 カイトはようやく全体像がつかめてきた。ジャンは支部として機能せねばらないポッケ村が、機能できない状況にあることにつけ込んできたのだ。

「そう、そこでもう一つの対応策を取ったってことだ。支部のある村にギルドナイト商隊を駐屯させるとその制限が消えることになっているのだ」

 

「ただおかしくないか。今更すぎるじゃねえか」

 しかしラインハルトの指摘する通り今更すぎる。カイトがこの村に来るまではしばらく専属ハンターは下位のリン一人だったはずだ。それをなぜ最近になって急に指摘してきたのだろうか。

「……俺の生存が確認されたから、か」

「まあそれが一番妥当な考えであるな。そもそも今言った制約は特に言及されない限り黙認されている、甘い扱いのものだ。人手不足はどこでも起きる。そういったところにおいては見て見ぬふりをされるのが普通でこの村もそうだった。乗っ取るチャンスであるから、遅かれ早かれ行動には移していたのであろうが、特にギルドが介入してくる様子はなかった。……半年前まではな」

 しかし、この半年で急にポッケ村に介入をしてきたことを考えると、“半年前にこの村に来た人物が関係していること”を疑うの容易なことだ。

「ギルドナイトであるカイトがポッケ村にいるとなると話は変わってくる。記憶をなくしているようだがあろうことかポッケ村の専属ハンターとして登録をしてしまったからな。何かの拍子で記憶が戻れはそこにいるのはG級ハンターだ。新規ハンターの登録は期間制限無しにできているから、登録証をちらつかせればいくらでも支部としての権利の主張ができる。まあ屁理屈ではあるがな。奴はそれを恐れ行動に移した」

 なるほどそういうことか、とすべての歯車がカッチリと合わさったカイトの、その黒い瞳には怒りと悲しみの色が浮かんでいた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……さて、ここまで整理できたら、俺からも話すことがある」

 

 

 この十年あまり、ポッケ村やカイトの身の回りで起きていた一連の出来事は、全て一つの思惑の上でつながっていたのだ。

 これから話すことをガウたちが聞けば、彼らとの関係は今まで通りにはならないだろう。

 そういった言い方よりも適切な言葉を選ぶとすれば、これからカイトから語られる事実を彼らが知っていればこの奇跡のような半年間はあり得なかった、ということだ。

 ただ、このことは話さねばならない。カイトはもう逃げるわけには行かないのだ。

 

 

「……さっき言ったとおり、俺はドンドルマのギルドでギルドナイトとして活動していた。ギルドナイトと言ってもその根幹はハンターであり、通常は狩場に赴く事が多い。必然としてギルドナイトの内外と固定パーティを組んでいく人が多かった」

 ギルドナイトではないハンターとの行動は情報機密のリスクが有るという理由でであまり奨励はされてないが、昔からのパーティとして外部のハンターと組んでいるギルドナイトは多くいた。

「ただ俺は昔から一人でギルドナイトのメンバーとして育ち、己のポテンシャルを最大限に引き出すために一人で狩りに行かされることが多かったし、俺自身もそのほうが気が楽でいいと思っていた。そんな風に育っていったからなにか勘違いしたんだろうな。自分が“集団の狩りが嫌いだと思うようになっていた”。ハンターとして成熟した後、他の隊員から狩りの誘いを受けることも多くあったが、それを俺は頑なに拒んで一人孤立していた」

 そんなある日、カイトの前に現れた人物がカイトにとって大きな転機をもたらすことになった。

 

 

「あの日俺の前に現れたのは、任務帰りだという“コルト・シルヴェールという名のギルドナイト”だった」

 

 

「コルト・シルヴェール、だと……!?それはリンの親父さんの名前じゃねえか……!」

 ガウはカイトの言葉に大きく目を見開いた。リンの父親がギルドナイトだったなどという話は聞いたこともない。

 コルト・シルヴェールはその当時大陸に名前を馳せたハンターの一人だ。ギルドナイトになる実力は申し分無いほど備わっている。しかし、そんな気配も噂も一度も耳にしたことはなかった。

 当時コルトと行動を共にしていたバルドゥスとブルックは知っていたようで特に驚いたリアクションはなかった。むしろカイトの言葉に補足するようにしてガウに説明をした。

「ここまで隠すこともないから話す。……我輩の妻でありお前の母親であったローザもギルドナイトの一員だった。我輩を含めた他三人にも誘いはきていたが我輩達は興味がなくてな。あの二人は我輩たちと狩りをする傍らギルドナイトの仕事もこなしていたのだ」

「な……、んだと……」

 ガウはまさに絶句、であった。

 家族同然の少女の父親だけでなく、自分の母親までもがギルドナイトという一大組織の構成員だったとは全く知らなかった。

 何も教えてくれなかったことに怒りと悲しみを覚え、それ以上に何も知れなかった自分が惨めに思えた。

「……いずれは話そうと思っていた。それが今だったということだ」

 そう告げたバルドゥスを、ガウは睨むだけでそれ以上は何も言わなかった。

 

 話をいったん中断していたカイトだが二人が黙るの見て再び口を開いた。

「おそらくその任務っていうのは、『例の対轟竜戦』のことだと思う。思う、と言うよりは確信している。その後コルトが長期で姿を見せないようなことはなかったからな」

 カイトの言葉はつまり、やはりコルトは対轟竜戦では逃げ延び、その後ドンドルマに向かったということがわかる。ポッケ村に向かわなかったのはその『任務』というのが関係しているのだろう。

 

 カイトは初めてコルトと会った時に事をはっきりと覚えている。

 彼の目は死人の目だった。生気が感じられず表情は後悔か何か、後ろめたい感情に縛られているように見えた。

 そんな彼がカイトを視界に捉えると一変、表情に少しの色が戻った気がした。

 彼は初対面であるカイトにこう言った。

 「ああ、君が」と。

 

「……その後なんだかんだと世話を焼いてきたんだ。最初のうちは無視していたんだけどな、ついに根負けして一緒に狩りに行くまでになっていた」

 なぜコルトがそこまでカイトに執着していたのか、その理由が今ならわかるが、そのことをここで話すつもりはなかった。

「二人でいろいろな狩りに行った。始めのうちはなれない連携での狩りに戸惑ったけど、向こうのレベルが高いこともあってすぐに狩りの効率は上がっていった」

 

「……ただ、」

 

 ただし、

 

「そんな日々も長くは続かなかった」

 

 そう言ってカイトはブルックがカイトの双剣と一緒に持ってきていたペンダントを受け取った。ブルックとバルドゥスはその先でカイトが言おうとしていることはわかっているような目をしていた。

 それを見てガウも薄々と『嫌な予感』が当たりつつあることを感じていた。

 

 カイトが手にしたペンダントはコルトが身につけていたものだった。

 コルトはそのペンダントをとても大事にしていた。

 というのも、そのペンダントは実はロケット式のもので、中には妻と娘と一緒に取った写真が入っているものだったからだ。

 そんな大事なものを、コルトは死ぬ間際にカイトに渡した。

 

 小屋に迫る足音が二つ。

 カイトはそれに気づいていた。

 しかし、気づいていたからこそカイトは続けた。

 

「……俺が、」

 

「カイト、やめろ……!」

 ガウもまた、その足音に気づいており、カイトを止めようとした。

 

「俺がこの手で」

「言うなッ!!」

 

 丁度その時小屋の扉が開かれ、二人の女性が姿を現した。

 

 

「あの日、俺がこの手で、この双剣でコルト・シルヴェールを殺した」

 

 

「…………え?」

 小屋の扉を開けたリンの、何を言っているのかわからない、という間抜けた言葉が聞こえてからすぐ、ガウの拳がカイトの顔面へと叩き込まれた。




 わかりにくかったですね……、すいません。
 簡単にまとめると、

ジャンはウカムルバスの調査を集中的に行いたい

フラヒヤ山脈一帯の管理権限が必要

「ギルド支部に一人以上は上位ハンターがいなければならない」「支部への専属ハンター登録は一年の期間がいる」という制限からポッケ村支部の実権を手に入れた。
 
 ということです。
 「ギルド支部に一人以上は上位ハンターがいなければならない」「支部への専属ハンター登録は一年の期間がいる」という設定はこの作品での創作です。

 アカム・ウカムが飛竜の祖先というのはティガレックスなどをの姿形と比べると納得ですよね。ティガレックスも飛竜の中では古い個体のようですし。
 ウカムルバス伝説についてはまだ触れていないところもありますが、それはまた後ほどです。


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第二十二話 ガウという男

 ガウとレイラたちの出会いについて簡単に説明する回です。


 当然、いまこのタイミングで言ったのはわざとだ。

 リンには絶対に言わなければならないと、記憶が戻った時からそう思っていた。

 

 あんたがこの場にいたら、言葉足らず過ぎるだろう、と言っただろう。

 でもそれはあんたも同じだ。

 

 まあ当然こんなことをした自分を、ガウが許すはずはなくて思い一発を食らってしまった。

 全くもって悪いのは自分であるのでやり返したり、文句をいうこともせずに立ち上がり、未だに呆然としているリンにコルトの形見のペンダンを渡した。

 

 まだ怒りの収まらないガウをレイラが止め、自分はリンとフローラの横を通って小屋を出た。

 あの場で自分を責めたのはガウだけで、バルドゥスやブルックはただ黙って見ているだけだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 困ったことに自分は今まで通りに振る舞わねばならなとい。

 というのも、自分の記憶が戻ったことがポッケ村に駐留しているギルドナイトたちの耳に届いてしまっては、向こうが方針を転換してしまうおそれがある。

 あくまで自分は“かけ出しハンターであるという体で”奴らの計画を潰さなけれなならない。

 その点に関してはあの場にいた人間はわかっているので、リンとフローラにも口止めをするだろう。

 

 こんな自分がのうのうとこの先も生きていくつもりはない。償いは必ずする。

 しかしそれはポッケ村の問題を解決した後だ。

 そのためには自分は今まで通りである必要がある。

 

 ただ、いまの自分はかなり動揺している。

 リンにばらしたのは自分自身で、覚悟もしていたが、いざこの身になってみるとやはり心への影響は大きいものとなっていた。

 今までどおりの自分を振る舞うために気持ちの整理をする時間が必要だ。

 

 そう考えたカイトは装備を整えてから集会所に向かい、適当なクエストを一つ受理して村を一旦離れることにした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……それで、なにか用でもあるのか、レイラ・ヤマブキさん?」

 フラヒヤ山脈の中腹でカイトは追跡者の方を振り向いて声をかけた。

 名前を呼ばれたレイラは特に悪びれた様子もなく影から姿を現した。

 相変わらず美しい銀の髪を風になびかせて、逆に不敵さが感じられるほどの真っ直ぐな笑顔をしていた。

「なにが“さん”だ。ずいぶんと他人行儀じゃないか」

「あのなあ、他人の狩りのフィールドにクエストを受注していないハンターが勝手に立ち入るのは協定違反だぞ……。あんたはもっと規則に忠実な人間だと思っていたが」

 それを聞いたレイラは次こそは不敵に笑った。

「むしろ私は自分のためなら積極的に決まりを破っていく人間だぞ。まだ貴様は私という人間がわかっていないようだな」

「そりゃあ、接点なんてギルドで顔を合わせた程度だからな。会話だってこの間が初めてだろうが」

 それもそうか、とレイラは笑った。

 豪胆で実直、とだけ言えばリンも同じように聞こえるが、この女性はまた別のタイプの人間だ。

「それで、なんか用があってあってついてきたんだろ。まさか誰かに探して来いとか言われたんじゃないよな」

「ああいや、個人的に一対一で話したいことがあってね」

 そこで一旦ためを作ると、レイラはこう続けた。

「私は貴様が握っている“鍵”の足りないピースを持っているぞ」

「……!」

 カイトはレイラが何を言いたいのかすぐに理解した。

 もちろん鍵とは比喩であり、ジャンのポッケ村での権限を剥奪するのに必要な情報のことだ。

「その反応は貴様が“持っている”ということでいいみたいだな。まあ貴様がその“鍵”を握っている可能性があるからこそあいつらは貴様に安易に手を出せないでいたということだろうな」

「……」

「沈黙は肯定ととる。まあ、つまりは“貴様が証拠を持っていて私が権限を持っている”ということだ」

 つまりレイラはこう言っているのである。「私に情報を提供すればジャンをポッケ村から締め出せる」、と。

「……何が望みだ」

 わざわざこうやって話を持ちかけてきているということは、何かしらの対価を要求していくるということだろう。

 金品の類ならば払う自信はある。ただしレイラがそんなものに興味があるとは思えない。そうなると何が欲しいのだろうか。

「私から提示する条件は二つだ。一つは私の話を聞いて欲しい」

「……そ、そんなことでいいのか?」

 あまりに予想外な条件にカイトは拍子抜けしてしまった。

「正しくは、私が知っている限りのガウの話を聞いて欲しい、ということなのだが」

「聞くだけでいいなら、話してくれ」

「ふふっ、かたじけない。所々私が勝手に予想して保管する箇所があるが、大方間違っていないと思うのでな。あまり気にせず聞いてくれ」

 そう言ってレイラは少しの間、語りの時間に入った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

──八年前、ポッケ村──

 

 

 ガウが十八歳という年齢になってしばらくして悲劇は起こった。

 自分の両親とその友人、更に友人夫婦の“計五人”のパーティーで行われた轟竜討伐クエストが失敗に終わった。自分の母は死に、両親の友人夫婦の遺体は見つからなかった。ポッケ村に返ってきたのは満身創痍の父とその友人一人だけだった。

 討伐は失敗に終わったが、轟竜も相当の深手を負ったようでその後フラヒヤ山脈にその轟竜が姿を見せることはなかった。

 

 当時のガウは駆け出しハンターという様子ではなくなり、近々上位ハンターへの昇進をギルドに認めてもらおうと努力をしていた。

 ガウの憧れはハンターの一つの極地であるG級に到達した両親であり、その友人たちであった。特に自分の父とリンの母親は全大陸にその名を轟かせるほどの手練であり、それが自分のように誇らしく思えた。

 

 そんな尊敬する父であるからこそ、ガウはその後の様子を見て愕然とした。

 当然、かたきである轟竜を探し出し次こそ討伐せんとする、それがガウの知っている父の姿だった。

 しかし、そのクエストから帰還した後の父とその友人は武器を置き、すっかり狩りには出向かなくなってしまった。

 その姿を見てガウは激怒した。自分はこんな弱い男を目標に生きてきたのか、と。ガウは普段の生活こそずぼらであることがあるが、根は真面目で実直。信念を曲げるようなことは許せない性格をしていた。

 牙をもがれた父を怒鳴りつけ、荷物をまとめてガウはポッケ村を出ることにした。

 父の友人夫婦の娘で、自分の実の妹のように可愛がっていたリンのことが心配ではあったが、それでもガウは一度この村を離れて己を磨き上げる必要があると考えていた。

 

 

 

 そうしてガウは狩人の都市、ドンドルマを訪れた。

 手続きが有効になるのは一年後だが、かなり長く滞在するつもりだったので迷わず専属ハンターの登録を行った。

 それから次に行ったのはパーティーメンバーの募集だ。ガウがわざわざこの都市を訪れたのは、自分よりも優れたハンターからその技術を会得するためだ。今までその役割は両親たちが務めていたが、今は他人に頼っていくしか無い。

 わざわざ固定のパーティーメンバーを募集していたのはじっくりと一人ひとりの技術を盗むためである。

 

 しかし、物事はそう簡単には進まない。ガウはまだ下位のハンターである。下位のハンターを固定パーティーに迎え入れてくれる実力者などそう都合良くはいないのだ。世の中お人好しばかりではないということだ。

 そこでガウは方針を変更し、まずは上位を共に目指す仲間を募ることにした。

 するとラインハルト・ベイヌという十五歳の青年が名乗り出てきた。聞くところによると有名な王立書士隊隊員の息子であるということだが、なぜか狩人修行をしているらしい。

 来るものは拒まない状態だったガウはラインハルトとコンビを結成し、しばらくして無事に上位への昇格を果たした。

 

 上位に上がってからも二人はコンビを解散せず、共に固定で組んでくれる実力者を探す名目でゲストメンバーを迎え入れながら狩りをしていた。

 そんなある日、二人は思わぬコンビと共に狩りに出ることになった。

 その一人はサラリとした銀髪の美しい女性で、もう一人は褐色肌に蒼いアフロヘアーという謎めいた男だった。

 なんとその銀髪の女性は【白銀の鋼刃】の異名を持つあのハンターだった。自分より歳下であるにも関わらず既にG級の領域に踏み込んでおり、その将来はリンの母親にも匹敵すると言われていた。

 また、一緒にいたダフネという男も年齢は自分たちよりはるかに上のようだが、G級ハンターであるということでまさに今ガウたちが求めている人材だった。ダフネに関して気になる事といえば、兜は取っても消して鎧は脱ごうとしない点だった。頬や首周りなどを見る限りかなり線の細い体をしているようなので、単にそのことを気にしているだけかもしれないとそれ以上は詮索しないことにした。

 

 そうしてその四人でリオレイアの狩りを終えた後、ガウはレイラ達に話を持ちかけた。当然内容は、自分たちと固定パーティーを組んでくれないかというものだった。

 それに対してレイラはこう聞き返した。

 

「なぜ私達とパーティーを組みたい」

 

 そしてガウはそれにこう答えた。

 

「お前たちの技術を盗みたいからだ」

 

 それを聞いたレイラは一拍おいて笑い始めた。「貴様のような奴は初めてだ」と。

 今までもレイラに固定パーティーの誘いをするものは多くいた。しかしそれはレイラの実力のもとで楽に狩りをしたい、とかレイラのその美貌に惚れ込んで、とか下心ばかりの人間ばかりだった。

 言ってしまえばガウも下心なのだが、己の成長のための下心を包み隠さず言える実直さをレイラは気に入った。

 レイラは同伴のダフネに確認して、それからガウたちとの固定パーティーの結成を承諾した。

 

 それから時は経ち、レイラの人脈経由でガウの故郷であるポッケ村にギルドナイトの影響が及ぼうとしていることを聞きつけ、ガウはパーティーを解散し帰郷することにした。

 その頃にはガウもラインハルトも独り立ちするには十分な実力を身につけており、反対するものはいなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「──とまあ、そんな感じで今に至る。ガウが親父さんと仲良くないのもそういう理由からだ」

 簡単に今までの経緯を話したレイラはそう言って一息ついた。雪山の乾燥した空気で少々長く話していたので喉が痛くなったのか、凍らないように保温して持ってきた飲料水を口に含んだ。

「……対価として本当にこんなものでいいのか?」

「まあ一つ目としてはこんなものだ。少し思い出話を聞いて欲しかっただけさ」

 そして、とレイラは続けた。初めに言ったとおりレイラはカイトに二つの対価を要求している。その二つ目としてレイラが要求したことはこうだった。

 

「リンの父親、コルト・シルヴェールの死の真実をあの場にいた全員にその口で話せ。それが二つ目の対価だ」

 

「……!」

 カイトは予想外の提案に動揺した。この女性(ひと)はどこまで知っているのだろうか、と。

「いったい何があって、どういう経緯でコルト・シルヴェールは死んだのか。あんな適当な説明で納得するものがいるわけがないだろう。もちろんあの場にいた全員とはリンたちも含む」

 そうすれば、ポッケ村を救ってやろう。それがレイラの提案だった。

 

 全てを話すということは、自分にとっては逃げになってしまうと思っている。

 しかし、コルトとの“約束”を果たすにはもうそれしか道は無いということだ。

 

「……わかった。帰ったら、全て話す……」

 

「よし、素直でよろしい」

 そこでレイラは、さて、と洞窟の方へと歩き始めた。

「貴様に見てもらいたいものがあるのでな、クエストで依頼されている雪山草の採取ついでに少し付き合ってくれ」

 カイトは返事をする間もなく洞窟へと入っていったレイラの後を、ホットドリンクを飲み干してから付いて行くことにした。

 

 

 

 そして二人がやってきたのはエリア3だった。大型モンスターの休息エリアとなることが多いこのエリアに、普段とは違い上から全体を見下ろせる地点から入った。

 先日フルフルとフルフル亜種を強襲したレイラとダフネはここから飛び降りてきたのだろう。

 しかし今日見下ろした先にいるのはフルフルではない。

 

「ティガレックス……!」

 自分の半生において大きなキーとしてあり続けてきた轟竜が、目下で休息をとっていた。

「さすが、八年前にG級ハンター五人を退けただけはある。存在感が雑魚とは段違いだ」

 レイラは「しかし」と言った。

「今のヤツに全盛期の実力はない。尻尾は切り落とされ、左目は潰されているが八年前にやられたのだろうな。個体としてももう歳なのだろう。話しに聞くバケモノのような個体がここにいる我々に気が付かず寝ているとは思えん」

 レイラは背中から龍刀【劫火】を抜いて、剣先を轟竜に向けた。

「特別に装備を整えてきたわけではないから苦戦をするだろうが、貴様と私だけでも今狩ってしまおうことができるだろう。ラインハルトのやつがあそこまで重症に追い込まれたのは、老いてなお衰えないあの気迫に飲まれてしまったからだけだ。ヤツは最早特別な脅威ではない。その理由として──」

 そこでカイトがハッとして口を挟んだ。

「その理由として考えられるのはフルフルの存在、か……」

「その通りだ」

 轟竜は電撃を苦手とすることが最近の調査で知られるようになった。そのためフルフルがここのエリアをねぐらにしていた間、ティガレックスがここにいられなかった、というのは辻褄が合う。しかし、いかに電撃が苦手とはいえ、伝説級のG級ハンターを退けた個体が、たかが下位認定のフルフルを避けるとは思えない。

 これはつまり、もうこのティガレックスには全盛期ほどの力は残っていないということだ。

 

「もう一度言うが、ここで轟竜を始末してしまうことはできる……、がどうする?」

 

 レイラの問に、カイトは一瞬肯定の言葉を出しかけ、それから首を横に振りこう言った。

 

「こいつは、俺やリンやガウにとっての“決着”になる。だからこいつは俺たちで狩る。今はまだその時じゃない」

 それを聞いたレイラは僅かに微笑み、龍刀【劫火】を納刀した。

「……そうだな、よく分かっているじゃないか。そう思うならまず帰ってやることがあるだろう?」




 レイラとダフネの関係に関してはもう少しお待ちください。


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第二十三話 真実

 展開が早いですが、二十一話のカイトの語った話の補完に入ります。


 カイトはクエスト達成条件をすぐに済ませ(もちろんレイラの助けは無しで完遂させ)、日付が変わり空が白んできた頃にはポッケ村へと戻ってきていた。

 まだ朝も早く、早起きなお年寄りや、開店準備をしている店主たち以外はまだ置きて活動している様子はない。

 そんな人たちとすれ違いざまに会釈をしながらカイトはまず酒場へと向かった。酒場の暖簾をくぐってすぐのギルドの受付カウンターには既に業務の準備を始めている受付嬢たちとギルドマネージャーの姿があった。

「雪山草の採取クエスト、終わらせてきました」

「あ、お疲れ様です。……はい、確かに受け取りました。こちらが報酬です」

 非常に難易度の低いクエストを受注していたため報酬金は小さな硬貨で事足りるような少ないものだった。もともと気持ちの整理をするために村から出ただけだったので報酬については特に気にしていない。

 朝が早いためか、最近酒場の中で業務を取り仕切っている赤装束のギルドナイトたちの姿はなかった。その代わりに防寒具を着込んだ見慣れない男が、何やら書類を指さしながらギルドマネージャーと話し込んでいた。

 カイトに気がついたギルドマネージャーが「あら、おはようございます」と声をかけてきたので、カイトも軽く会釈で返した。

「そちらの方は……?」

「古龍観測隊の方ですわ~。最近気球から突発的な局地的天候異常を観測しているようでして……。近いうちに猛吹雪が来るかもしれないと」

「猛吹雪ですか……」

「ですから本日中には村の皆さんに有事に備えておくように通達する予定ですわ~」

 カイトはギルドマネージャーの説明に一部違和感を覚えた。その違和感を、ある一つの仮説とともに口に出した。

「“突発的な”天候異常……。それは古龍の関わりを疑ってもいいんですね」

 古龍とはその存在があるだけで周りの環境に影響を及ぼしさせするという、歩く災害とまで呼ばれる存在だ。突発的に、尚且つ局地的な天候の異常が見られるというのは古龍の関係を疑っても不思議ではない。

 そしてギルドマネージャーの口から告げられたことはカイトの予想通りであった。

「その通りですわ~。古龍観測隊はこの件が風翔龍クシャルダオラによるものだと睨んでいます」

 やはりか、とカイトは唾を飲んだ。先日のドドブランゴ戦で見たモンスターの抜け殻。あれはクシャルダオラのものだったのだ。

 そうなると早めに対策を取らないといけなくなる。もしもクシャルダオラが村へと接近してきたらその被害は甚大なものとなってしまう。最悪のケースでは村を捨てることになるかもしれない。

「その件に関するクエストは?」

 カイトの問に対して受付カウンターの奥にいたG級受付嬢のシャーリーが肩をすくめた。

「今のところ受理されていないわ。あのギルドナイトたちが何を考えているのか知らないけど困ったものね」

 

「ギルド支部の権限があいつにわたった弊害が既に出始めているということか」

 いつか話を聞いていたのか、酒場の入り口にはガウが立っていた。その後ろにはラインハルト、フローラ、ガウとレイラ、そして目をそらして俯いたリンの姿があった。

「……お前ら、ずいぶんと早いな」

「……ふん。昨日の話、まだ最後まで聞いてなかったからな」

 ガウはあくまで刺すような視線で、カイトに話しを促した。

 ガウはカイトが過去に何があったのかとは関係なく、わざと言葉足らずでリンにあのことを聞かせたことを責めているのだった。

「……そうだな、座って話そうか」

 フラヒヤ山脈でレイラと話し覚悟を決めていたカイトは五人を奥のテーブル席へと招いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 六人が着席した後、飲み物と軽くつまめるものを運んでもらってからカイトは“続き”を語りはじめた。

「コルトと俺は常に行動を共にするようになった。俺は両親の顔も知らずに育ったから、父親というものがいればこういうものなのだろうかと思った」

 懐かしそうに、遠いものを見るような目でカイトはそう言った。実際にコルトがどのような気持ちで、理由でカイトといたのかは今となっては分からないが、誰にも愛されず育ったカイトにとっては常に身近にいてくれる人物の存在は大きく影響を及ぼした。

 その時点での狩りの技術はそう変わらないものだったが、カイトは狩りの技術以外にコルトから学ぶものがたくさんあった。

 そのおかげで、カイトは少しだけ歳相応の顔を見せるようになった。

 

「そんなある日の事だった、コルトが倒れたのは」

 原因は食事に毒を盛られたためだった。

「なぜ毒を盛られたのかを説明する前に、ひとつ話しておかないといけないことがある」

 カイトは瞳を閉じ、意を決して口を開いた。

 

 

「──対轟竜戦はそもそも、ギルドナイトであるコルト・シルヴェール及びローザ・スチュアート両名が、ポッケ村専属のハンターを事故に見せかけて殺害するという指令を含んだクエストだったんだ」

 

 

 カイトのその発言にレイラ以外の五人が固まった。レイラは知っていたのか悟っていたのか、ただ一人その発言に動じずにいた。

「そ、それって、どういう……」

 一番動揺していたのはリンだった。

 それも当然で、自分の父が母の死の原因だと言われても素直に飲み込めるはずがない。

「……あの後ガウ達に詳細を聞いたかは分からないが、今ポッケ村に滞在しているギルドナイトのジャンはポッケ村でのギルド支部の権限を欲していた。その上で邪魔になるのがギルド支部に専属として登録している上位以上の実力を持ったハンターだ。だからヤツはどうにかポッケ村の五人のG級ハンターを専属から外したかった」

 しかし、故郷への愛の強いメイ・シルヴェールらはギルドにいかなる待遇の保証を受けてもそれを良しとしなかった。彼女たちは例え遥か遠方の地へと狩りへ赴いても、最後に帰るのは故郷であるポッケ村であり、専属ハンターとしての登録を変えるつもりはなかった。

 

 しかし、そこでついにギルドナイトであるコルトとローザの二人にギルドの上層部から命令が下った。

 二人は自然と共存するためにあるハンターズギルドという組織のあり方に、一種の忠誠心のようなものを抱くようになっていた。

 そのためか、普通ならば絶対に受諾し得ないこの指令を二人は最終的に受けてしまったのだ。

「そんな、馬鹿な……」

 ガウも自分の母の犯してしまったことに歯噛みした。

 その命令を実行するためのクエストとして選ばれたのがその頃多くのハンターが討伐に失敗したという、ティガレックスの強力な個体の討伐だった。

「ここから先の話はコルトの話してくれていたことからの推測も入る……が、おそらくほぼ合っていると思う」

 

 そうして狩りに出た五人はティガレックスの相まみえた。確かに強力な個体ではあったが、当時大陸でその名を馳せていたハンターがいるそのパーティーに討伐が不可能であるということはなかった。

 その狩りの中で、コルトはついに意を決した。

 何か別の動作をするふりをして、コルトはブルックを突き飛ばした。

 ブルックの目の前には牙を向いて迫る轟竜。ブルックはその時死を覚悟しただろう。

 しかし、そうはならなかった。

 三十年近くも共に過ごしてきた仲間だ。いかにギルド上層部の命とはいえ、仲間を見捨てることなどできるだろうか。

 しかしその時ローザが正気に戻った。

 ローザはティガレックスの目の前で尻もちをついているブルックをさらに突き飛ばす形でかばった。

 そして、ティガレックスの牙は代わりにローザを貫くことになった。

「ブルックのおっさんが、バルドゥスに時々負い目を感じているような態度を取るのはそのせいだと思う。ブルックからすれば、友であるバルドゥスの妻は自分を庇って死んだということになるからな」

「……そ、んな……」

 リンは父がそんなことをしたということが信じられなかった。自分にっとての父コルトは、仲間を第一に大事にし、自分と母であるメイを大事に愛してくれた優しい人だったからだ。

「そこでコルトも正気に戻ったんだろう。バルドゥスとブルックの狩場からの撤退を助けた後、コルトは一人ドンドルマに戻った」

 指令内容はポッケ村の上位以上の専属ハンター全員を死亡させるものだったので本来ならば失敗であるが、メイはティガレックスにやられたのか行方不明となり、バルドゥスとブルックはハンター稼業を引退してしまったため、結果として目的は達成されコルトはお咎め無しという結果に終わった。

 

 そこでコルトはとある少年に出会った。

 妻であるメイから聞かされていた“その才能が故に大人に利用されてしまった少年”のことであるとひと目見てわかった。

 その少年の名はカイトといった。

 髪と瞳が黒いその少年のことを、メイは常々気にしていた。メイ自身はギルドナイトではなかったが度々くる勧誘の中でカイトの姿を見ていたのだろう。

「じゃ、じゃあお母さんがよくウチに話してくれていたお話の主人公のカイトって……」

「俺のこと、なんだろうな」

 リンが以前カイトに話してくれた、リンの母であるメイがよく話してくれた物語。その内容は、実力はあるがいつも一人のカイトというハンターが徐々に仲間ができていき、一緒に狩りをして成長していくという物語だった。

 これはおそらく、カイトにそうなって欲しいというメイの願望だったのだろう。稀代の狩りの才能を持った身寄りのない少年がは、大人の黒い欲望がために育てられ利用されていた。

 しかし、そのことをやめさせ、少年を引き取る正当な理由などどこにもなかった。その少年はギルドナイトという一職務を全うしていただけで、睡眠や食事の制限などを受けているわけでもない。むしろ平均的な生活水準よりもはるかに良い環境で暮らしていた。

 いかに狩人としての腕があっても、メイはその少年を救う手立てはなく、ただこうあってほしいという理想を抱くことしか出来なかった。それを物語として、時々自分の娘へと聞かせていたのだった。

 それがなんの因果があってか、記憶をなくしたカイトという青年に、リンという娘が昔聞かされた物語の主人公の名を取ってカイトと名付けることになったのだ。

 

「コルトは俺と行動を共にしながら、とあることを調べ始めた」

「自分にくだされた命の真実をか」

 大体察しのついてきたガウが眉間にしわを寄せたまま言った。ろくに髪を整える暇もゆとりもなかったのか、普段はオールバックにまとめている真っ赤な前髪が眼前に垂れ、その間から二つの瞳が覗いていた。その鋭い眼光は未だに昨晩のカイトを責めているようだった。

「そうだ。そうしてコルトは自分に命を下した大本はジャン・マーカットという老いたギルドナイトであるということ、そしてその目的がポッケ村の支部の権利であることを知った。それからコルトはジャンの計画を止めるべくジャンの身辺調査を始めた」

 ジャンは今おこなっていることを見てもわかるとおり、権力に目のない男だ。その時あったポジションに至るまでにも様々な汚職をもってのし上がっていったのだ。コルトはその汚職の証拠を少しずつだが集めていった。

 しかし周りを嗅ぎまわっていることは察知され、そうしてコルトを秘密裏に処分することをジャンは決定した。

「ただし処分しようにもそう簡単には行かない。不当に個人の情報を嗅ぎまわっていることを咎めようにもその内容が内容だ。ヤツは自分の派閥以外の力を借りることは出来なかった。直接手を下そうにもギルドナイトといえどもそう簡単に人を斬って捨てることはできない」

 よく噂で出回るような『ギルドナイトがギルドに不利益になる人間を秘密裏に処分している』ということは殆ど事実ではない。というのはそう言った違法行為を行うハンターに対する処罰は公的な手続きを踏んで行われるためである。

 ハンターズギルドとはあくまでモンスターを相手に自然と共生していくべくして設立された組織であり、軍人以外に公に武具の装備を許されている特殊なケースの人々が集まっている。

 しかし、ハンターの人口とは非常に多くそれは軍人をも上回る。もしも狩りにそのハンターたちが一つの目的をもって武装蜂起を起こしたりしたらそれはちょっとの問題では片付かない。

 故に習慣付けの意味も込めてハンターが人間に対して武器をふるうことは固く禁じられ、それを破ったものには厳罰がくだされる。それはギルドナイトも例外ではない。そのために、どうしても処理をしなければならない場合には一度王立の騎士団への許可証申請を取らなければならない。

 もちろんギルドの上層が絡むような裏の案件では秘密裏に暗殺が行われる。それが“殆ど”以外のケースだ。

 ジャンはその経歴のため、他の派閥からは警戒されており暗殺を行うにも一苦労といった状況だった。

 

「そこでジャンは俺に目を目をつけた。俺は幼い頃にギルドに引き取られたがその扱いは明確には決められず、もう少し成長して個人としての性質を見極められてから本格的に職務につかされることになっていた。だから暗黙の了解として数あるどの派閥にも引き込んではいけない、というものがあった。だから、“俺にコルトを殺させれば誰も誰かを咎めることは出来ないし、有用性のある俺はどの派閥からも守られる”。つまりは俺は絶好のツールだったわけだ」

「で、ですがもしジャン氏がカイトさんにコルトさんの暗殺を依頼したら結局はジャン氏の立場が悪くなるだけなんじゃないですか……?」

「そうだな、フローラの言うことは正しい。だからジャンは俺に暗殺依頼を出さずにコルトをこの手で殺させた」

 一体どうやったのか、さすがのガウでもその方法は思いつかなかったらしい。

 自分の父の死の事実を語られようとしていることに、リンは知りたいという気持ちの一方で何も聞きたくないという気持ちがせめぎ合っていた。

「ある日とあるギルドナイトに呼び止められて少し話を聞いていた時、その場にゲリョスの毒にやられたというハンターが担ぎ込まれてきた。もちろんそのとあるギルドナイトっていうのはジャンの派閥の人間だし、負傷したハンターが担ぎ込まれてきたのも計算のうちだ」

 本来ならゲリョスの毒程度なら解毒薬で処置できる。しかしそのハンターは大怪我を負った上でその傷口に毒液を大量に食らったようで、既に血管中を毒が回りそれは心臓にも至っていた。つまりは手遅れであった。

「今思えば白々しい演技だ。その場にいたジャンの派閥のギルドナイトは『苦しんで死ぬならばせめて一思いで殺してやろう』と剣をそのハンターに突き立てた」

 そうしてカイトは“毒で苦しんでもう助からない人間は一思いに殺してあげたほうがいい”、ということを学んだ。

「それからしばらくしてのことだ。遅効性の毒が食事に盛られていたんだろうな。コルトは一緒の狩りの最中に倒れた。ご丁寧にゲリョスのクエストの時だったな。コルトは毒を盛られていたということに気がついて、死ぬ前に俺にとあるモノを託した。それはコルトが集めていたジャンの汚職の証拠の在り処だった」

 それを告げたコルトは独の痛みにのたうち回った。そこでカイトは思い出した。こういう仲間を見た時自分はどうするべきかを。

 震える手でマスターセイバーを掴んだカイトにコルトはこう告げた。

 

『躊躇うことはない。楽にしてくれ』

 

、と。

 コルトは自分の首にかかっていたペンダントをカイトに預けると瞳を閉じた。

 そしてカイトのマスターセイバーはコルトの心臓を貫き、“毒に苦しむ仲間を泣く泣くその手で楽にした、どの派閥にも属さない可哀想な青年”としてなんのお咎めもなくその件は収束したのだった。

 しかし、唯一の心の拠り所が消えたカイトの動揺は大きかった。

 カイトはコルトの遺体がポッケ村に送還されるのにそっと付いて行き、そこで行われた葬儀を影から見ていた。そこではコルトの娘と思わしき少女が泣きじゃくっていた。

 その時カイトはなにか自分は取り返しの付かないことをしてしまったのではないかと罪悪感に苛まれた。それが例えカイトのせいでないとしても。

 

 それから一度はドンドルマに帰ったカイトだが、その罪悪感が消えることはなかった。そしてある日ついに、無断でドンドルマを離れ逃げるようにしてフラヒヤ山脈の方へと消えていったのだった。

 そこで轟竜と対峙し、谷へと落とされ、そして今までに至ったのである。

 

「……これが、事の顛末だ」

 カイトがそう言い終えた時の反応は三者三様であった。

 リンはその紅い瞳涙を浮かべてカイトを見ていた。その評定は怒りの表情であったが、憎悪のものとは違った。

 

「カイトは……、カイトは自分がお父さんを殺したって言ったけど……。違うよ……!カイトが殺したのとは違う……!悪いのはギルドナイトの奴らだよっ……!」

 

 リンはただ、罪を一人で被ろうとし、その事実を自分たちに隠そうとしたカイトの態度に怒っているのだ。カイトの話から、自分の父親はカイトがいなくても毒殺されてしまっていたことがわかる。カイトはただその介錯をしただけなのだ。その裏にあった権力への汚い欲望のことなど知らずに。

「それでも直接手を下したのは俺だ!」

「そんなの関係ない!カイトは悪くない!なんならお父さんだって悪いよ!そんあ悪い人たちの言いなりになっていたんだから!」

 リンはポロポロと涙を流しながら震える声で言った。

「お父さんが死んじゃったのは悲しいけど……、それを自分のせいだってカイトがいうのはもっと悲しい。そんな風に被らなくていい罪を勝手に被らないでよ……!」

「……だけど、俺は……」

「だけどもクソも無いんだよ」

 ガウが手で乱暴に髪を後ろにかきあげながらそう言った。

「俺が昨日お前を殴ったのはこういうことだ。お前が全てを話した所でこいつが同情やそういった類の感情を持つと思うか?こいつはそんなやつじゃねえ。正しいことには正しい、間違っていることには間違っているって言えるやつだ。それなのにお前は勝手にお前が罪が被れるように、お前にとって都合のいいように言葉を切って、勝手に悲劇の主人公になろうとしていただけだ。そんな女々しいことは俺は許さねえ。だから殴った」

 ガウがそう言って笑って手の甲でカイトの胸板を小突いた。さっきまでもの凄い眼光で睨んできていた大男がそん風であるのにカイトは呆気にとられてしまった。

 それから自分の馬鹿さに心底呆れて溜息をつき、まだすすり泣いているリンのそばに寄って頭を下げた。

「本当に、すまん……」

「あ、謝らないでって──」

「これは昨日のことへの謝罪だ……。それ以外の意味は無い」

「あ……、うん。……そうだね。仕方がないから昨日のことは許してあげる……」

 まだ鳴き声混じりの声でリンはそう答えた。

 その様子を見ていたラインハルトとバルドゥスはほっとして胸をなでおろし、レイラはやれやれと肩をすくめた。

 

 そうして一旦は話に決着がつき、次に事が動いたのは数日後のことであった。




 話のはじめの方から度々出てきていたリンが泣いている光景が写っていたカイトの記憶は、コルトの葬儀を隠れて見ていた時のものですね。
 ここで、カイトたちに残った問題は轟竜と風翔龍とギルドナイトのジャンのこととなりました。クライマックスも近いです。


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第二十四話 三つの敵

 少し遅れましたが二十四話です。
 ここでお知らせとなりますが、この「モンスターハンター 【紅い双剣】」のメインストーリーは後数話で完結いたします。
 詳しくは最終話のあとがきをお読みください。


 カイトは過去を打ち明け、リンはそれを受け入れた。彼女は罪を赦すのではなく、それを罪として見なかった。

 カイトの気持ちはそのことによって救われ、五年間抱き続けていた自責の念が幾分か肩荷から降りた。

 まだ彼らにはポッケ村におけるジャンの存在という解決すべき問題があるのだが、カイトにとって大きな問題を一つ解決できたことによってそちらに集中できるようになったと言える。

 

 しかしカイトに対してリンは少し様子が違っていた。

 端的に言うと、彼女は困っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「はい、注文のもの」

「おばちゃん、ありがとう」

 リンはあつあつの焼き立てパンを受け取ってゼニーを支払った。

 カイトの記憶のことをジャン達に悟られては面倒なことになる可能性もあるので、普段通りに生活するように言われている。

 あの日(・・・)のあと、カイトに語られたことはバルドゥスとブルックにも伝えられ、二人は自分たちの妻や友人たちの最期と真実を知ることになった。二人が少し悲しげに表情を曇らせただけで終わったのは歳のせいか時のせいかはわからない。

(……ただ一つ気になったことといえばうちのお母さんの最期のことがわからないことかな)

 カイトの語った話の中で轟竜戦におけるメイについての詳しい話はなかった。

(まあ今となっては迷宮入り、かあ……)

 リンが母のことを思い出しながらも取り乱さないのも時が解決してくれたのか、それとも別の理由があるのか。

 

「ん、リンか。そのパン早めの昼食か?」

「あっ、んええっと……!そ、そうだよ!」

 買い物帰りのリンはカイトに遭遇し、表情に出るぐらいに動揺してしまった。

 実はあの日(・・・)以来リンはいつもこうだった。

「えっとな、リン。なにか言いたいことがあるなら言って欲しいんだが……」

 カイトもカイトで記憶が戻ったばかりで気持ちの整理が完全についたわけではない。しかしジャンに悟られないように平静を何とか取り繕っている。

 しかしカイトの目の前のリンは明らかにあの話を聞いてから動揺している。

 本人はカイトのせいではないとは言っていたが、やはり自分の父に刃を突き立てたカイトに距離をおきたいのだろうか。

「う、ううん、全然そういうのじゃなくてっ……!とにかく大丈夫……!」

「あ、おいちょっと待てよ……!」

「ごめん本当になんでもないからっ!」

 慌てて両手を振ってカイトの心配を否定しつつも、リンはその場から全力で逃げ出してしまった。

 駆け足で逃げるリンはただただ困惑していた。

 今眼の前にいたカイトは、“記憶を失う前のカイト”なのか“自分と出会ってからのカイト”なのか。自分はどちらとして接していくべきなのか。

 そこに恐怖などといった感情はなく、リンはただひたすらに自分の行動指針が立たずに困惑しているのだった。

 そうして、ああでもないこうでもないと浮かんでは消える考えがその表情にそのまま現れており、たまたま通りすがったフローラに心配されたのであった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「今のカイトさんとどう接するべき、ですか……」

「うん……。頭ではいつも通りって思ってもなんかできなくて」

「まあ確かに少し雰囲気は変わった気はしますけど……」

「なんか聞いた話の通りならカイトって、その……。昔は根暗系だったってことだよね?」

「こらこら」

 リンの少しズレたところからの切り込みにフローラは苦笑いした。

「うーん、私は普段通り接してますし、リンちゃんもそこまで気にすることは無いんじゃないですか?」

「頭では分かっているんだけどね。どうしても記憶を無くす前のカイトが別人のように思えちゃうみたいで」

「なるほど……」

 フローラはリンの言いたいことも理解できる。自分たちが接していたカイトは、一度身辺の記憶がまっさらに消えた状態で出会い、いわば自分たちと一緒に人格形成をしたと言ってもいい状態だった。

 しかし今のカイトは記憶が戻り、この半年の経験とは関係なしに元からの人格が彼の土台を成していることだろう。

 そう考えると全くの別人になったと言い換えることもできる。

「でもちゃんと話してみないことには何もわからないと思います。今のカイトさんがどのような人間なのかなんて」

「で、でも何となく話しかけにくくて……」

「そうやって逃げ続けているだけじゃ駄目です」

「う、うん……」

 リンがフローラに怒られてしゅんとしたところで、別の通りからレイラとガウがやってきた。

「おや、貴様ら何の話をしていたんだ?リンがへこんでいるように見えるが」

「まあリンが悩んでいることなら大体検討つくがな」

「レイラさん……、ガウ……」

「大方カイトのことだろう」

「や、やっぱりわかる?」

「当たり前だ」

「そ、そっかあ……。あの、ガウはもういいの?……その」

 リンがしどろもどろ聞こうとしていることもガウはすぐに察することが出来た。

「カイトのやつを殴ったことか?」

「うん……」

「はんっ、あんな事とっくにあいつと解決している。話してしまえば解決してしまうことは意外と多い」

「話してしまえば……かあ」

「……ひとつ言っておくが、カイトは記憶が戻っただけで俺たちとの半年の記憶が消えたのとは違う。カイトはカイトで何も変わっていない」

「……うん、そうだね」

 ガウのその言葉を聞いてリンは意を決してきた道を引き返し始めた。

「ありがとうガウ!ウチ少し話してくるね」

「おうおう、急ぐのはいいけど転ぶなよ」

「わかってるー!」

 そう言って坂を駆け下りていったリンの後ろ姿を見て、ガウは深くため息を付き、レイラは笑った。

「やれやれ元気なことだな」

「もうすぐ二十だってのになあ。少し心配だぜ……」

「貴様も昔のようにもう少し血気盛んでもいいと思うがな」

「うるせえ、少しは大人になったってことだろ」

「早くやる気を出してG級認可の試験を受けてもらわないと困る。ここで足踏みしてるわけにはいかんだろう」

「ま、まあそれはそうだがよ……」

「それに以前の活力をもってしてくれないと、夜も楽しめないしな(・・・・・・・・・)

「お前、あのなあ……」

「ふふっ」

「フローラちゃんいるから」

「む、そうだったな」

「あわわ……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「カ、カイト!」

「ん、リンか。その袋、まだ飯食ってないみたいだけどどうした?」

「えっと、その……。そ、そう!一緒に食べようかなって思って!」

「お、分けてくれんのか?」

「それはない」

「ケチくせえなあ……」

「う、うるさいっ!」

 暗に食い意地が張っていると言われたリンは顔を真赤にして怒った。

 そんなリンを見てカイトは少し微笑んで小さくため息をついた。

「カイト?」

「いや、なんか最近避けられてた気がしたからさ。こんなふうに話すのも久々で」

「あ……」

「やっぱりコルトの……、お前の親父のことなのか……?」

 カイトの表情が少し曇った。

 先日の過去の告白の時、リンは確かにカイトのことを責めはしないとは言ったが、それでもカイトはリンがそのことを気にするだろうとは思っていた。

 どんな理由や状況であったとしても、リンの父親の最期に手をかけたのは自分なのだから。

 しかし、それは杞憂であり、リンがカイトとなんとなく話しづらかったのは別の理由であった。

「ううん、違うんだ。それに、ごめん。もうカイトのことを避けたりしないから。ウチの中で整理がついたから」

「そ、そうか……?」

「うん。……だから今まで通りでいよう、ね?」

「……ああ」

 少し不安げなリンの頭をカイトは軽くなでた。

 リンは子供扱いするな、と手を払いのけたがその顔は少し嬉しそうであった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そして、日も落ち始め、村の人々が燭台に明かりを灯し始めた頃。

 ついに恐れていた事態が発生した。

 

「き、緊急です!」

 それは、古流観測隊隊員が声を荒らげて集会所に飛び込んできたことから始まった。

 夕食時のため集会所には多くの村人が集っており、そこにはカイトたちの姿もあった。

「何事ですか」

 ギルドマネージャーが古流観測隊隊員の耳打ちに一瞬その細い目を見開き、それから表情を曇らせた。

 ギルドマネージャーらは、“これから起こりうる事態”について村人たちに前々から説明しており、各々にそのことに備えるようには通達してあった。

 できることならば回避したかったことだが怒ってしまったことは仕方がない。

 ギルドマネージャーは集会所の中央に立ち村人たちに状況の説明を開始した。

「前々から説明していましたが、このポッケ村周辺で古龍クシャルダオラの目撃情報が相次いでいました。そして最新の情報によりますと、最悪の事態ですが進路をこのポッケ村の方に向けているとのことですわ」

 その言葉で集会所中がざわついた。

 それも当然のことで、古龍がポッケ村程度の村に訪れれば跡形もなく消え去るというのが何度も繰り返されてきた歴史である。

 戦えぬものはその身を引くしか無いのだ。

「みなさんもある程度の覚悟と準備はなされてきたことと思いますわ。我々はこれから三日後以内にこのポッケ村を発ち、南西へ向かいフラヒヤ山脈の向こうにあるいずれかの村へ一時避難をさせていただくこととしますわ」

 村人たちが不安げにギルドマネージャーの方を見た。

「そ、それはこの村を捨てていくということですか……?」

「いいえ、この村の守護は今ここに滞在して頂いているハンターの皆さんに依頼いたしますわ。村の皆さんにはあくまで一時避難をしていただくという形を取るだけでございますわ」

「あ、あの、その事なんですが……!」

 ギルドマネージャーに慌てて書類を持って駆け寄ったのは、G級受付嬢のシャーリーだった。

「つい先程なのですが、例の轟竜がフラヒヤ山脈の南下ルート周辺で目撃情報が出たようで」

「……それでは南への避難は危険すぎますね」

「え、ええ……。如何様にすれば……」

「……困りましたわね」

 流石のギルドマネージャーも思案顔であった。

 クシャルダオラが接近しているということはいずれこの村に大嵐が来るということである。その前に村人を避難させたいのだが、その進路にティガレックスが待ち構えているということである。

 村人全員を護衛するだけの人材は当然ポッケ村にはない。

 ギルドマネージャーの「最悪は私達が」というつぶやきにシャーリーはコクリと頷いた。

 

「あ、あの!ウチたちがティガレックスをどうにかするよ!」

 

 しばし訪れた沈黙を破ったのはリンだった。

「リンさんたちが、ティガレックスを討伐なさるということですか?」

「うん。確かに村のみんなを護衛するだけの人数のハンターはいないけど、ティガレックスとクシャルダオラを別々に相手にできる人数は揃っているよ」

「ですが、クシャルダオラは最低でも上位以上の個体と観測されていますし、ティガレックスに至ってはG級指定を受けている個体ですわ。今いるハンターでG級超えはレイラさんのみ(・・・・・・・)。かと言ってレイラさん抜きでクシャルダオラ討伐のパーティーを組むのはリスクが高すぎますわ」

 カイトの名前を挙げなかったのは、まだカイトの過去については他の村人たちには秘密にしてあるからである。

 カイトは「ダフネは」と一瞬思ったが、そういえばここ数日姿を見ていなかった。あの巨躯に青いアフロなので、いれば気がつくはずである。おそらく何らかの用事のために既に村を発った後なのだろう。

 

「失礼ですがギルドマネージャー殿。あのティガレックスの個体がG級指定を受けたのは遥か昔の話ではないか?」

 

 次に口を開いたのはレイラだった。

「と、言いますと?」

「いや、実はこの間カイト殿と一緒にあのティガレックスの姿を目撃したのだが……。あれは既にG級の域にある個体ではない。下位レベルと言ってもいいだろう」

「なんと、下位レベルとまでおっしゃいますか」

「ええ、その覇気こそ過去に絶対強者であったことを証明していたが、すでに身体的限界が来ていた。あの個体の相手は私がいなくても十分であると思う」

「……【白銀の鋼刃】のお言葉ですから信用いたしましょう。レイラさんを中心にクシャルダオラ撃退パーティーを編成し、もう一方でティガレックス討伐パーティーを編成します」

 ティガレックス討伐、という言葉にリンとガウ、そしてカイトの胸が高ぶった。各々の人生に大きく影響してきた相手とついに対峙することができるということである。

 

 そしていざ本格的な話に移ろうとした時、革靴の音が集会所に入り込んだ。

 

「いやいや、お話中の所申し訳ないが、その話はまた後日にしていただこうか」

 

 集会所に入ってきたのはジャンとその部下のギルドナイトたちだった。

「我々には時間がないのでね。そんな事は後回しにしてフラヒヤ山脈の環境調査(・・・・・・・・・・・)に赴いてもらわねばならない」

「ふざけるなよ。この村の存続がかかっている」

 額に青筋を浮かべて前に出てきたガウと目も合わせずにジャンは鼻で笑った。

「ふざけてなどいないさ。それにお前が怒ったところでなにも変わらんぞ?この村のクエスト発行権限は誰にあると思っているんだ?」

 そのセリフはつまり、フラヒヤ山脈の環境調査という名のウカムルバス調査が終わらない限りティガレックスやクシャルダオラへの対策は取らせない、ということだ。

 それをさらに言い換えるならば、村人たちは見捨てよ、ということだ。

「ふざけんなっ!」

 ガウが怒鳴ってジャンに飛びかかろうとするが、それは寸前で止められた。

 ジャンの部下たちが腰から抜いたギルドナイトセーバーの剣先をガウに一斉に向けたからだ。

「ここで怒っても何も変わらんと言っているだろう。お前たちのすべきことはいち早く“フラヒヤ山脈の環境調査”を終わらせることだと思わないかね?」

「きっ、貴様……!」

 今にも剣など気にせず殴りかかりそうなガウの肩にギルドマネージャーが手を置いた。その顔は普段の温厚な彼女のものとは大きく異なっていた。

「ジャン・マーカトさん。ギルドとは常に自然の安定とともに人々の安全を第一に考えるべきではありませんか?今の貴方の態度はそのような考えが見られませんわ」

「おおこれはこれはギルドマネージャー殿。確かにそのとおりであるが貴女も勘違いしない方がいい。ここはギルド本部ではない、貴女の言動が私の行動を束縛することなど出来ない。そして事が終われば私は貴女よりも高みに立つことになる。貴女の偉そうな口上も二度と聞くことは無いだろう」

「……若造があまり調子に乗らない方がいいですわよ」

「くっくっく、言ってろ竜人の老いぼれが」

「あなた、さすがに失礼が過ぎているわよ」

「まあまあ、シャーリー君。君も受付嬢などに収まる器ではないだろう。私についてくれば確かなポジションを確約しよう」

「あいにく興味が無いですね」

 普段からは想像できないような声色で話すギルドマネージャーと受付嬢シャーリーと、それを笑って受け流すジャンを村人たちは固唾を呑んで見守っていた。

「もっとわかりやすく言いましょうか。──あなたは指を咥えて黙ってみていればいいということだ」

「……ほう……?」

 普段ギルドマネージャーが仰いでいる明るい色の扇子は今日手元に無く、何故か金属の音がする(・・・・・・・・・・)紫色の扇子を翻していた。

 シャーリーもどこから持ちだしたか、布に包まれた長物を手に持っており、カイトも腰のホーリーセーバーに手をかけた。

 ガウやラインハルト、バルドゥスたちはもしもの時に村人たちを守るように備え、リンとフローラはどうすればいいのか分からず蒼白になっていた。ただ一人レイラだけは、何かを待っているかのように落ち着いていた。

 

 そして一触即発のその空気を打ち破ったのは集会所の外からの新たな来訪者だった。

 

「そこまでですよ、ジャン・マーカット」

 

 そう言って姿を現したのはここ数日姿を見せていなかったダフネだった。

「お前は確か【白銀の鋼刃】の相方か……。たかがG級ハンター風情が私に指図できると思っているのか?」

 ジャンの言葉にもダフネは一切動じずただただ言葉を続けた。

 

「──ハンターズギルド本部であなたの拘束が決定した。すぐに武器を置いて投降していただきます」

 

「な、んだと……?」

「心当たりはあると思いますよ?あなたの犯した罪の数々の証拠が存在しているのです」

「ぐっ……!」

 ダフネの言葉に動揺したのはジャンだけではなく、カイトも同じだった。

 ジャンの汚職の証拠。それはカイトが現物を持ち、先日交換条件でレイラが情報をカイトに提示すると言ったものだ。もしもの事態に備えてレイラはその現物の隠し場所は教えたが、ここからそれを回収しに行き、評議会にかけられて判決が下されるには日数が足りなすぎる。

 それなのにダフネはこういうのである。

「既に現物は評議会のもとに晒され、あなたを拘束するための調書も作成してある」

 そう言ってダフネが差し出した羊皮紙には確かに、ダフネを拘束せよという旨とハンターズギルドの印が押されていた。

「ぐっ、いつの間に……!やはりコルト・シルヴェールから流れたものかっ!」

「その通りです。今は亡きコルト・シルヴェールの集めたあなたの汚職の数々の証拠。それが五年の歳月を経て陽のもとに晒されたということです」

 それを聞いてジャンはカイトの方を睨んだ。

「カイト、貴様記憶が戻ったなっ……!やはり貴様も始末しておくべきだった……!」

「ひとつ言っておきますと、確かに現物の在り処を教えてくださったのはカイトさんですが、実際に評議会へ申請をしたのは私です。一週間前のことです」

「一週間前だと!?ここからドンドルマへは片道で三日はかかるということが分かっているのか?」

「ええ、ですから私はドンドルマにいた知り合いに鷹を飛ばして、代わりに評議会へ現物の提出をしてもらったんです」

 確かにそれならば日数も十分足りる事になる。

 一つ謎が残るとすれば、ハンターズギルドがそのような汚職の告発を外部から受けとこに対して素直に評議会で判決を下したことである。自らの立場を悪くする可能もあるような証拠はそのまま隠蔽することもできたはずである。

「その評議会もすぐに終わったようでしてね。その知り合いにこの調書を徒歩で届けて貰ったんです。恐ろしく足の早い方でね、このような事態にどうにか間に合ってくれました。ちなみに私がしばらく姿を見せていなかったのは村の外でその方を出迎える準備をしていたためです」

 そしてダフネの後ろから小柄な影が姿を現した。

 身体に対して大きめの外套をかぶっており、フードのせいでよく顔は見えない。

 おそらくこの人物が、ダフネの知り合いということなのだろう。

 カイトはその姿に覚えがあった。

 あのラインハルトが

 フラヒヤ山脈から命からがら帰還した夜、カイトにいにしえの秘薬をくれた行商人だった。

 そしてその人物はフードを脱ぎながらこう言った。

 

「やあやあ、ずいぶんと懐かしい顔が勢揃いしているねえ」

 

 フードの下から現れたのは女性の顔だった。

 クセのある髪は肩ほどまでの長さで、色は綺麗なブロンド。

 瞳は燃えるような紅色をしていた。

 

 その姿を見て、その場の多くの人々が目を見開いた。

 中でもリンは特別動揺し、表情が固まっていた。

 

 

「…………おかあ、さん…………?」




 はい、今までもちらほらと伏線をはらせていただきました人物の登場ですね。
 詳しくは次回で説明があります。


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第二十五話 八年の月日を経て

 だらだらと続いてしまった解説回も今回でラストです。


「…………おかあ、さん…………?」

 

 リンはまだ信じられなものを見るかのようにその女性に問いかけた。

 

「……リン、大きくなったね。前にも一回来たんだけど、まだ顔を見せられない理由があってね」

 

 クセのあるブロンドヘアーとその紅い瞳。リンの髪は父譲りの茶色も混じっているが、ひと目で親子とわかるし、またはその若々しさから姉妹と間違えられるかもしれない。

 レイラのような凛とした声とはまた違い、芯がありながら子供のような朗らかさのあるその声は確かに昔聞いた母の声だった。

「ううっ……お母さん……」

「ほれほれ、胸に飛び込んできていいんだぞ」

 その一言で心の堤防は決壊し、ギルドナイトたちと対面しているという緊迫感にも関わらず泣きながらメイの胸へ飛び込んでいった。

「うわあああああっ、お母さんっ!今ままで何してたのさ!ずっと、ずっと死んじゃって思ってたのに……!」

「ごめんね。簡単にはこっちに顔を出せない理由があったから……」

「お母さんっ……!お母さんっ!」

 幼い子供のように泣き止まないリンをそっと抱いて、メイはやれやれとため息をつきながらその頭を撫でた。

「メ、メイ……」

 メイの顔を見て驚いたのはリンだけではなく、共に狩場を渡り歩いたバルドゥスとブルックも呆然と立ち尽くしていた。

 メイは二人に「詳しくはまたあとで話すよ」とだけ笑いかけると、ほとんど身長差のないリンの肩に手を回しながらジャンの方を向いた。

「やあ、ジャン・マーカット。幾度かのギルドナイトへの勧誘の時以来じゃないか」

「……メイ・シルヴェール本人で間違いないな」

「もちろん、正真正銘メイ・シルヴェール本人さ。“あの狩り”の時、なんとか逃げ延びてね。まああんたらの差金だったことは見当がついていたから、身を隠しながらこの機会をうかがっていたのさ」

「ぐっ……、しかし何故だっ……!ハンターズギルドとしてはギルドナイトの汚職などもみ消したいはずだ!なぜ素直に貴様らの提示した証拠品を評議会にかけ、私の拘束を決定した!?あいつらの得になることなど一つも無いはずだ……!」

 ジャンの言うとおりで、内輪の汚職を認め、それを評議会にかけるということは自分たちハンターズギルドの立場を悪くするだけだ。現物を受け取り次第それを処分してしまうのが最も懸命な判断といえる。

「それは私の協力者のお陰だね」

 そう言ってメイはレイラの方を見てニカッと笑った。それに対してレイラもニヤリと不敵に笑い返した。

「今となっては言わずと知れたG級ハンター【白銀の鋼刃】こと、レイラ・ヤマブキ。その子はここら一帯とは大きく離れた地方から来た異郷のハンターなんだ。当然ハンターズギルドの体系も大きく異なっていてね。もちろん別組織というわけではないんだがその実はほとんどそれぞれが独立をしていると言っても過言ではないんだ。そしてその双方はお互いに監視し合ってバランスが崩れないようになっているんだ」

 そんな異郷の地の出自のハンターであり、今となっては大陸中に名が通っているレイラが、異郷の地のハンターズギルドに少し情報を流せば当然調査の目が入る。

「そしてもう一人の協力者がこれまた強力でねえ……」

 そう言ってメイが手を置いたのは、青アフロの男、ダフネの肩だった。

 

「この人はダフネ・フランク。──こう見えて“古龍観測所の所員だ”」

 

「なにぃっ……!?」

 この言葉にはジャンも驚きを隠せなかった。

「……こうなっては隠す必要もありませんね」

 そう言ってダフネは普段人前で絶対に取らない鎧の篭手を外した。

「……なるほどな」

「あらあら~……」

 カイトとギルドマネージャーがその篭手の中からあらわれた手を見て納得の表情をした。

 それもそのはず、ダフネの指は四本指なのだ。これはギルドマネージャーや村長と同じ竜人族である証拠だ。

「尖った耳は普段このアフロに隠れてるから見えませんが、私は竜人族であり、古龍観測所所員でもあります」

「く、クソッ……!そういうことかっ……!」

 ジャンが焦るのも当然である。

 ハンターに大きく関わる組織として、ハンターズギルド、王立書士隊、そして古龍観測所の三つが挙げられる。

 ハンターズギルドは王立書士隊に、王立書士隊は古龍観測所に、そして古龍観測所はハンターズギルドに対して抑止力を持つことで力のバランスを取っている。

 つまりハンターズギルドは古龍観測所からの圧力には弱いのである。

 今回ハンターズギルドがジャンの拘束に乗り出したのは古龍観測所所員のダフネの口添えがあったからに他ならない。

「ま、というわけだジャン。私は駆け足で先に来たけど、もうすぐギルド本部のギルドナイトたちが来る。これ以上罪状を増やしたくなければおとなしくしていることだね」

 メイがはっきりとジャンの敗北を言い渡した。

 ギルド本部が動いたとなればジャンとて逃げ延びることは出来ない。

「私達はあんたに色々と言いたいことがあるけど、その辺りは法の目のもとで堂々と言わせてもらう。そういわけで今はドンドルマにお帰り願うよ」

「ぐぬううっ……!こんなところで……、こんなところでっ……!」

「素直に諦めることだね。今のあんたにできることはないよ」

「貴様ァッ……!」

 ジャンの部下のギルドナイトたちは既に自分たちの行く末を悟り武器を収めていた。

 しかしジャン本人だけは未だにホーリーセーバーを抜身でメイの方に向けていた。

「刺し、違えてでもっ……!!」

「……!」

「お、お母さんっ!」

 ジャンはホーリーセーバーを握ってメイの方に突進した。

 メイはリンの前に立ちふさがり背中の大剣に手を伸ばした。

 メイの大剣が振り下ろされるよりも早くにジャンがその懐に飛び込む。そんな未来が見えた矢先だった。

 

 横から飛び込んだカイトのホーリーセーバーがジャンのそれを弾き飛ばし、そのまま肘鉄をジャンの顔面にお見舞いした。

「がぁっ!」

 床に叩きつけられたジャンがその体を起こそうとすると、その喉元にはホーリーセーバーの剣先が向けられていた。

「諦めて縄につけ。お前の目論見はもう失敗に終わったんだよ」

「ぐっ、クソォォッ……!」

 

 カイトたちに縛り上げられたジャンたちが、遅れて村に到着したギルドナイトらに身柄を確保されたのはそれから数時間後の事だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ジャンがギルドナイトに連れて行かれたあともしばらくは集会所は騒然としていたが、今は大分その落ち着きを取り戻していた。

「まあ、なんだ……。久しぶりだなメイ」

「バルドゥスもブルックも元気そうでよかったよ」

「それはこっちのセリフである」

「確かにな」

「まあ、それもそっか」

 幼馴染三人はテーブルを挟んで少しの酒を入れながら、お互いの再開を喜んでいた。

 メイの知り合いは他にもたくさんに村におり、そのみんなと再開の挨拶を交わしては握手をしたり抱き合ったりしていた。

「それで、あの轟竜戦で逃げ延びた後、お前はどこに行っていたのだ」

「そうだね、その話をするか」

 メイは酒を一杯口にし、隣で泣き疲れて寝てしまったリンの頭を撫でながら話を始めた。

「あの後、ドンドルマのギルドナイトの差金だと踏んだ私は、とりあえずこっちの地方から離れる事を考えた。西に西に逃げてミナガルデまでついてね。そこから更に移動して港から船に乗って遠くに逃げたんだ」

 ミナガルデとは西シュレイド地方の街である。切り立った岩の中の僅かな平地一杯に作られた都市で、周辺にはモンスターも多く、それだけ聞くと住みにく場所である。しかし、だからこそモンスターを迎撃する設備が豊富で、必然的にハンターも集いその安全性を増させている。

 ハンター以外の人々も多く住み、商人などもよく行き交う非常に活気のある都市の一つである。

「それで、船に乗ってついた先がモガの村っていう遥か離れた土地の港町でね。そこで私は話題の【白銀の鋼刃】と古龍観測所所員の二人に出会ったんだ」

「もう八年も前のことですか」

「なんかついこの間のことみたいだよねー」

 ダフネとメイが「時が経つのは早いものだ」と笑った。

「まあそこで特にレイラと意気投合しちゃってね。まあお互いに名前だけは一人歩きしていたハンター同士だったから、っていうのもあるんだろうね。ある日私は自分の置かれている状況を二人に話したんだ。そうしたら二人は近いうちに武者修行のためにドンドルマに向かう予定があるっていうんだ」

「ダフネに関しては古龍観測所の所属が変わっただけのようだったがな」

「武者修行も兼ねていたことには間違いはない……」

「とまあ、私の身の上を聞いた二人はその件についての調査を引き受けてくれたんだ」

「古龍観測所所員としてギルドナイトの横暴は見逃せませんから……」

「それで私はレイラの出身地だって言うユクモ村っていう温泉の有名な村を紹介されてね。レイラに手を回してもらって、別人として向こうのギルドに登録させてもらったんだ。まあお世話になったユクモ村のみんなにだけは正体を明かしていたけどね。それから七年としばらくの月日が流れた頃にレイラたちから文が届いてさ。『そろそろ事が動きそうだ』っていうから私もこっちに戻ってきて、姿を隠しながらドンドルマ周辺の村で潜伏生活を始めたんだ」

「そしてつい先日に、カイトから聞いていた汚職の証拠品の隠し場所と、ダフネに書いてもらった古龍観測所からハンターズギルドに向けた調査の要請書を同封してドンドルマの近くにいるメイさんのところまで届けてもらってわけだ」

 それがこの八年間のメイの潜伏の一部始終だった。

 そんな語りを終えたメイに向けてカイトが口を開いた。

「俺から聞きたいことが二つあるんだけど、いいか」

「はいはい、なんなりとどうぞ」

「一つ目は、この間ラインハルトが負傷した時に『いにしえの秘薬』をくれたのはあんただろ。なぜこの村に来ていたんだ?」

「え、そうだったんか」

 さらっとカイトの口から出たその事実にラインハルトは驚きを隠せなかった。

「おお、気がついていたかー。あの時は旦那の……、コルトの墓参りに来ていたんだ。命日ってわけじゃないけど、さすがに一度も行ってないのはまずいなあって、思いつきでね。身を隠すべき立場をわきまえてください、ってダフネには呆れられたけどね」

「誰かにバレたらとヒヤヒヤしましたよ……」

「あははっ、まあまあ。それで、二つ目っていうのは?」

「……二つ目は、この八年間のあんたのしてきたことは、復讐のためなのか?」

「……」

 リンはカイトに罪は無いといったが、メイがどう思っているかはわからない。どんな理由があっても自分はメイの夫であるコルトの死に関わった人間の一人なのだから。

「……復讐、の気持ちがゼロなんて言ったら嘘になっちゃうね」

「……」

「でも、そんな事はどうでもいいんだよ」

「ど、どうでもいいって……」

「確かに八年前に親友のローザが死んだ時も五年前にうちの旦那が死んだ時も悲しみと怒りがこみ上げたよ。でもね、そこで復讐の鬼になったところで誰も救われないんだ。考えてみなよ。八年前のあの日、私達を殺しきれなかったような甘い奴らだぞ。復讐なんかしたって喜びはしないさ。だからこれはただのケジメのための八年間だったんだ」

「ケジメの、ための……」

「そうさ、ケジメさ。生真面目すぎるが故に間違ってしまった親友と旦那のための尻拭いを、代わりに私がしようって思っただけ。まあ、実際のところ殆どレイラとダフネがしてくれちゃったんだけどね。これだけは一生かかっても返せない借りになってしまった」

「いえいえお気になさらず」

「うむ、気負われても私達が困る」

「そういうわけにはいかないんだけどね……。まあ、私からは以上だよ。私としては、君がとてもいい目をするようになったことが何よりも嬉しいよ」 

 そう言ってメイはカイトの黒い瞳を覗きこんだ。

 少年の頃のカイトの濁った瞳ではなく、そこには力強い意志が見えた。

「リンの、お陰なんだ。リンと出会えて俺は変われた……」

「そっかそっか、それは良かったよ。もうこの子に寝る前のお話を聞かせてやる必要はないってことだね」

 未だに机に突っ伏して寝ているリンの頭をメイはもう一度なでた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 その後の話で昔ラインハルトをクシャルダオラから守り、ラインハルトにハンターになるきっかけを持たせたのがメイとコルトの二人であったことが判明した。

 ラインハルトのドスタワーという奇抜な髪型はメイのセンスであったということだ。

 

 そうして思い出話も落ち着き始めた頃、いよいよ“本題”に戻り始めた。

 

「この村に接近しつつあるクシャルダオラ及び峠に出没するティガレックスの対処のことであるが」

 バルドゥスがそう切り出すと、その場のハンター全員が真剣な表情に変わった。

「メイと先ほどの本部のギルドナイトは峠を越えてきたはずだが、そこにヤツの姿はあったか?」

「いいや、運良くか悪くか、大型のモンスターとは全く遭遇しなかったね」

「そうか……。しかしやはり油断はできぬ。村人を引き連れて峠を越えるのは最終手段である」

「そうなるとやっぱりティガレックスとクシャルダオラのどっちも相手にしなきゃいけないわけだ。そこで私が思うにティガレックスの相手は、カイト、リン、そしてバルドゥスとブルック、あんたらがやるべきだと思う」

「なっ……!」

「それはどういう……」

「あんた達四人は少なからずあのティガレックスに因縁があるだろう。適役だとは思うが」

「まっ、待つのだメイ……!俺達はあの日以来ハンターは引退しておる。とてうもじゃないが……」

「引退したとは言ってもギルドから除籍はしていないんだろう?何よりその肉体だ。ハンターを引退したまま惰眠を貪っていては維持できない身体……、おそらく狩場には行かずともトレーニングだけは続けていたんだろ」

「ぬう、それは……」

「……そうだったのか親父……」

 自分の父がただの腑抜けになってしまったとばかり思っていたガウはそのことに少しばかり驚いた。

「それとも何だ、【銀竜殺し】と【黒狼の眼】とまで呼ばれた二人が、よもや下位レベルまで落ちた轟竜を相手に恐れをなしているのか?」

 ニヤニヤとしたメイにそこまで煽られてはバルドゥスもブルックも黙ってはいられない。

「ムムッ……。いいだろう、やってやろうではないか……!」

「この眼、衰えていないことを証明してやろう……!」

「よしよし、十分だ。やっぱり二人はこうでなくてはな」

 メイに上手く乗せられた中年二人はカイトがかつて見たことがないほどにやる気に満ち溢れていた。

「そして対クシャルダオラにはレイラ、ガウ、ダフネ、ラインハルトに向かってもらう」

「お、俺ですか……?」

 まさか自分が名指しされるとは思っていなかったラインハルトは困惑した。

「しかし、俺はこの通りまだ怪我は全快とも言えないですし……。なんならメイさんの方が適役では……」

「いや、私は一応こっちでは死亡扱いになっていてギルドから除籍されている。事が解決したのもついさっきで除籍取り消しの手続きにはまだ時間がかかるからな。今回は君を一応パーティーメンバーとしては登録するが、実際に狩りに参加して貰う必要はない。いつも一緒に狩りをしてきた君なら他の三人の実力は分かっているだろう。君が参加しなくても平気だ」

「じゃ、じゃあ俺は何をすれば?」

「ペンと羊皮紙を大量に持って行くといいさ。君の将来の夢は王立書士隊なんだろう?」

「……!」

「精々頑張ってくれよ、未来の王立書士隊隊員くん?」

「お、おおっ……!」

 バルドゥスとブルックに続いてラインハルトまでもをやる気にさせてしまったメイは人の心の湧きたて方をよく心得ているのだろう。

 そうして采配が決まったところでおずおずと手を挙げる影があった。

「あ、あの……。私だけお仕事が無いのですが……」

 対ティガレックスのメンバーにも対クシャルダオラのメンバーにも名前が無かったフローラがちょっと落ち込んだような顔でメイの方を見た。

「私の実力では、役不足ってことなんでしょうか……」

 たしかにこの場にいるハンターたちはみな軒並み実力が高く、それを除いてもリンやラインハルトのように狩りについていく理由もない。

 自分がメンバーに選ばれていないのは当たり前のことだが、それでも気持ちは沈んでしまう。

 しかしそれに対するメイの回答は予想外のものだった。

「いやいや、フローラちゃんには別の仕事を任せたいんだよね」

「べ、別の仕事ですか……?」

「そう。さっき言ったとおり今の私はハンターでもなんでもないんだ。だから危険地域に武器も持たずに行くのはちょっと心もとなくてね。ぜひとも調べたいところがあるんだけど、その護衛役として君を雇いたいんだ」

「わ、私を護衛に、ですか……」

「や、やっぱり狩りに出たいかな……?」

 メイとしては怪我人のラインハルトの代わりにフローラをクシャルダオラの撃退に向かわせたかったのが本当のところだが、ティガレックスと違い今回のクシャルダオラは上位認定を受けており、フローラのハンターランクでは参加することが出来ない。

 さすがに無理があったかな、とメイはおそるおそるフローラの顔をのぞき込んだがその心配は無用であった。

「わ、私が【赤眼の獅子】の護衛をできるなんて光栄です!ぜひともやらせてください!」

 メイ本人にはそこまでの自覚は無いが、【赤眼の獅子】ことメイ・シルヴェールは多くのハンターにとって目標であり憧れとなる人物の一人だ。そんなハンターの護衛を任せられるなど、フローラにとっては光栄以外の何物でもなかった。

「ま、まあフローラちゃんがいいならこれで決定するよ。各々準備を整えて出発は明日の早朝にしよう。今日はゆっくりと休むことを優先させるんだよ」

 メイのその言葉でその場はお開きとなった。

 

 結局最後まで寝たままだったリンをメイが背負って運んでいく様は、ポッケ村に久々に見られた仲良し親子の姿だった。




 3(tri)以降のステージ、つまりはモガの村やユクモ村のある地方に関してのお話を少し。
 3以降はステージも登場モンスターも大きく変更があり、プレイヤーの間では2ndG以前を旧大陸、3以降を新大陸と暫定的に呼ぶ流れがありました。
 生態系が大きく異なっているという点でモガの村やユクモ村がドンドルマやポッケ村とは大きく離れた場所に存在していることは間違いないのですが、新大陸と旧大陸という呼称は4Gの発売で大きく揺らいでしまいました。
 というのは4の世界観はキャラバン隊が各地をめぐり様々な拠点で狩りをする、というものですが、生態系としては新大陸のものが多く存在します。
 とはいえ旧大陸のモンスターも追加されていた4の時点で「実は新大陸と旧大陸は陸続き(つまり同一大陸)」説は出ていました。
 その説をほぼ決定づけたのが、4Gにおけるドンドルマの追加。
 キャラバン隊が行ける範囲でドンドルマが存在するということはつまり新大陸や旧大陸という概念はなく、同じ大陸の別の地方なのではないかという説が最有力なものになりました。
 なので今回は、メイが八年前に逃亡していた際に船に乗ってモガの村に向かっていますが、これは別の大陸であっても同じ大陸であっても、遠くに移動しただけ、ということにして矛盾が出ないように表現をぼやかしました。
 (ただこの説で疑問が残るのは、公式の大陸地図にモガやユクモの文字はなく、該当するような遠く離れたスペースが存在しないということですね。ドンドルマなどから離れて大陸の最南端に移動しても2ndG以前の新旧砂漠地帯が広がっていますからね……。)

 そんなこんなで今回のまとめとしては

・レイラはユクモ村出身
・ダフネは古龍観測所所員
・メイはユクモ村に逃げ延びていてた

 といったところでしょうか。
 次回からは狩り編に入ります。

 ちなみに受付嬢シャーリーがギルドナイトと関わりがあるように匂わせたのは公式小説のオマージュです。
 公式小説内でミナガルデの酒場で働いているベッキーが実はギルドナイトである、と書かれているシーンがあります。実際ベッキーの給仕服と同じ見た目であるメイドシリーズはギルドナイトシリーズと性能が全く同じなんですねえ……。


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第二十六話 絶対強者①

 ついにティガレックス戦です。
 これは強大なラスボス戦、と言うよりは締めくくりの一戦です。なんならフルフル戦の方が苦戦したんじゃないかって感じるような内容にもなっているかもしれませんが……。


 怒涛の一夜を越えて、そして早朝を迎えたポッケ村の集会所にはハンターたちの姿があった。

「では皆さん、こちらの契約書にサインを」

 下位受付嬢、上位受付嬢からそれぞれ契約書を受け取ったハンターたちは各々の名前をインクに浸したペンで書き込んだ。

「……はい、確かに受理いたしました。下位クエストとしてティガレックス一頭の討伐。それから山脈深部の調査」

「そして上位クエストとしてクシャルダオラの撃退のクエストの契約の成立を認めます」

 受付嬢が契約内容を淡々と読み進める。

「ティガレックス一頭の討伐には、カイトさん、リンさん、バルドゥスさん、ブルックさんの四名。山脈深部のの調査にはフローラさんと同行者としてメイさん」

「クシャルダオラの撃退には、ガウさん、レイラさん、ダフネさん、ラインハルトさんの四名の登録となっています。くれぐれもお気をつけて」

 最初に動き始めたのはクシャルダオラ撃退チームだった。

「おし、気合入れていくぞ」

「いかに古龍といえど、上位個体相手に遅れはとらんさ」

「油断は禁物ですよ……」

「あー、緊張してきた……」

 ガウ、レイラ、ダフネ、ラインハルトの順に席を立ち、集会所から出て行く。

 獲物は順にヘビィボウガン、太刀、狩猟笛、ハンマーであるが。実質ラインハルトは戦力ではないので、遠距離、近距離、補助、とバランスのとれたパーティーとなっている。

 

「それじゃあそろそろ私達も出発するとしますか」

「はい、そろそろ向かいましょう」

 そう言って次に準備を整えたのはメイとフローラのペアだった。

「山脈のかなりの深部まで行くからね、ホットドリンクは調合分も合わせて満タン持ってきたよね」

「はい、もちろんです。抜かりありません」

「よし上出来だ。基本的には現在指定されている狩猟エリアの外に行くわけだから、モンスターとの戦闘は避けながら進んでいくからね。ギルドからの監視も行き届いていないから強大なモンスター複数との遭遇も想定されるから、くれぐれも気をつけて行くよ。危険だと思ったらすぐ引き返すことだけは忘れないように」

「わかっています。安全第一で絶対に無傷で帰還しましょう」

 フローラの返事に満足したメイは、道具袋だけを背負って立ち上がった。

 それからバルドゥスの前に立って、自分よりもはるかに背の高いその男の胸に拳を突き立てた。

「よし、それじゃあ私達は行くよ。八年の因縁、ちゃんと決着つけてきてよね。帰還後祝杯でもあげようじゃないか」

「フン、精々我々よりも早く戻ってくることだな」

「メイ、気をつけて」

 親友二人の激励に、メイは「まっかせな!」と元気に応えた。

 それから実の娘のリンのもとに歩み寄り頭をガシガシと撫でた。

「あのティガレックスは、今となっては老いた個体ではあるが、昔に私達を退けたヤツには変わりない。少しの油断でもあれば一瞬でやられてしまうからね」

「う、うん。わかったお母さん」

 少し不安げなリンを見て「しょうがないね」と笑ったメイは、ほぼ同じ背丈になってしまった娘を抱き寄せて背中をさすってあげた。

「私とリンのこの紅い瞳。これはね、私たちの“血筋”を示すものなんだ。私と同じ血を引くお前が負けるわけなんかないんだから、頑張ってきなさい」

「……わかった。わかったよお母さん。頑張ってくるね」

「よし、それでこそ私の娘だ」

 親子というほど歳が離れて見えない二人は、知らない人が見るとまるで姉妹のようであった。

「じゃあそろそろ行ってくるよ」

 そう言ってメイは手をひらひらと振りながらフローラを引き連れて集会所を後にした。

 

 そして残されたハンターは四人となった。

 大剣担当のリン、ランス担当のバルドゥス、ライトボウガン担当のブルック。そして双剣担当のカイトという、超攻撃型の三人をブルックが援護する形になる。

「よ、よーし!私もお母さん目指して頑張るぞ!」

「ガハハ、この腕が鈍ってないか確かめるには申し分ない相手である。気合入れていくぞ!」

「バルドゥス、くれぐれも無理だけはするなよ」

「なんというか少し不安なパーティー編成だな……」

 いざ出発しようとしたところで、一人の婦人が不安げにブルックのもとに寄ってきた。

「あなた……、狩りなんて久々なんですから無理はしないでくださいね……」

「その点は大丈夫だ。全員信頼できる仲間だからな」

 そう言ってブルックは不安げな婦人の手を握った。

 その光景を見てカイトが信じられないものを見たような表情になった。

「あ、あんた既婚者だったのか……!?」

「ど、どういう意味だ……!?」

「い、いや。幼馴染五人衆の中で余っていたから独身だと……」

「お前、失礼すぎるだろ!」

「あははっ、カイト知らなかったの?」

「知らなかったも何も夫婦で一緒にいるのを初めて見た……」

「だからと言って人を勝手に独身だと決め付けるな!」

「ムム……、なんというか少し不安なパーティー編成であるな……」

 

 そうして対ティガレックスパーティーの四人も続けて集会所を出発したのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

──雪山エリア3──

 

「この間レイラと来た時にはここで休息を取っている姿を目撃したんだが、今はいないみたいだな」

 カイトたちはポポに荷馬車を引かせベースキャンプに辿り着き、そこから徒歩でエリア3まで登ってきていた。

 出発したのが早朝だったためまだ日が沈むまでには時間があり、その点では余裕のある狩りができそうである。

「おそらく餌であるポポなどを捕りに行っているのであろう」

「そうであるとすれば、エリアは6、7、8、の三つに絞るのが妥当な所か」

「そうであろうな。エリア1である可能性も捨てられはしないが、先ほど通りすぎた感じでは周辺に潜んでいる気配は無かった」

 バルドゥスとブルックが地図を指さしながらこの先の移動経路について話し合っていた。

 カイトにとってのこの二人は、リンに対して過保護な飲んだくれ教官と、自分に部屋を提供してくれている大家さんであったので、このように真面目な顔で狩りの場にいるという状況がどうにも見慣れないでいる。

「こう見るとこの二人もハンターなんだな、って思うわ……」

「あはは、まあ昔に戻ったって感じかな。やっぱりおっちゃんとブルックおじさんはこうでなきゃね」

「リンは見慣れているんだろうけど、俺には新鮮すぎてな……」

「ま、そのうち慣れるでしょ」

「そう願いたいな」

 しかし人の第一印象とはそう簡単に変わらないものである。

 

 それからエリア5経由でエリア6に抜けた一同だが、そこでもティガレックスの姿は目撃出来なかった。

「ムムッ、そうなると次はエリア7の方に回ってみるか」 

「相手は飛竜だからな。延々と追いかけっこになる可能性もあって怖いな」

 そう言ってバルドゥスとブルックがエリア7へ続く山道に向かおうとした時、カイトがとあることに気がついて二人を止めた。

「待ってくれ、ポポだ」

「ム……?」

「ポポがエリア8から逃げてきている」

「あ、本当だ」

 リンにも見えたようで、確かにエリア8方面からポポが群れで逃げてきている。

「ポポ肉はティガレックスの好物だ。そのポポが群れで逃げてきているということは……」

「ティガレックスがあの先にいる、ということであるな……」

「そ、そうだよね……」

 リンは思わず生唾を飲み込んだ。

 このメンバーの中で一番ハンターとしての歴もランクも低いリンは今回のクエストへの不安は人一倍だった。

 周りがとても優秀であるため、いざというときに助けてもらえるであろうという安心と、その反面そのせいで周りに迷惑をかけてしまうかもしれないという自分への無力感に苛まれていた。

 そんなリンの様子に気づいたのか、カイトはリンの肩に手を置いた。

「あのティガレックスは、“四人で”狩るぞ」

「……う、うん!」

「レイラは下位レベルだって見積もっていたけど、正直油断は出来ない。俺だって初めて会った時は足がすくんで動けなかったからな」

「それで谷底に落とされて、それをブルックおじさんに発見されてポッケ村に運ばれてきたんだよね。でも、今思えばなんでブルックおじさんはその場にいたんだろう」

 ここ八年間、ハンターとして狩場に赴くことがなかったブルックだけに、モンスターの出現リスクが高いエリアに単身でいたという状況は少し違和感がある。

 不思議そうな顔でリンがブルックの方を見ると彼は「ああ」と思い出したように笑った。

「あれは娘の風邪薬のための薬草類を採取しに来ていたんだ」

「娘までいたのか……」

 ブルックが既婚者であることを知ったばかりのカイトにとっては、更に子供がいるという事実も驚きの事実だった。

「私は結婚自体が遅かったからな。娘もまだ六歳なんだ」

「六歳ぐらいの女の子なんてこの半年で見たことが無い気がするが……」

 カイトのその言葉にブルックは困ったように頭を掻いた。

「いやあ、本来なら外で元気に遊んで欲しい年頃なんだが。どうにも部屋で本を読んでいる方が好きみたいでな。なかなか家の外に出てこないんだ」

「な、なるほど……」

 育児というのはなかなか上手く行かないということを痛感した六年間だという。

 そんな会話で緊張感をある程度ほぐした四人はいよいよティガレックスがいるであろうエリア8へ向けて歩き始めた。

 

 そして彼らは再開した。

 

 全ての原因ではなく、全てのきっかけであったそれに。

 

 彼らにとってこれは復讐ではなく、この一つの物語の終劇のための狩りだ。

 

 飛翼と一体化した前脚でポポを押さえつけ、強靭な顎でその肉を貪り食っていたそれは、四人の足音に気が付き振り返った。

 そして彼らを敵と認識したそれは、雪崩が起きそうなほどに大きな声で()いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ティガレックスと目を合わせた瞬間、リンの足はすくんで動かなくなってしまった。

 他の三人も額に嫌な汗を浮かべていた。

 隻眼となったその紅いまなこには、幾年と生き抜いてきた猛者たる気概が見えるようだった。

 じりじりと、じりじりと歩み寄ってくるティガレックスを前に、どうしても身体が言うことを聞かず、ただただ敵が接近するのを許してしまっている。

 そして、ひと跳びで四人を咥えられる距離まで来たところで、ティガレックスが雪原を蹴った。

「くっ……!と、跳ぶのだっ!」

 やっとのことで声を絞り出せたバルドゥスが他の三人に怒鳴りあげた。

 ハッとしたカイトとブルックが即座に反応するが、リンの足が動く気配がない。

 あとひと瞬きすればティガレックスに丸呑みにされていたであろうところで、カイトがリンの襟首を掴んで放り投げた。

 轟竜の鋭い牙が目の前を掠めた、と思いきや、リンは雪原に放り出されていた。

「リン、しっかりしろ!」

「え、えっと……、うん」

 リンは曖昧に返事をするが、やはり意識が集中していなかった。

 いつものように体が自由に動かず、まるで両手両足に鉄枷をされているかのような感覚だった。

 それはティガレックスと目を合わせるたびに重くのしかかってきた。

 集中しろと自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど息は荒くなり、視界は歪んでいく。リンは完全に敵に対して臆してしまっていた。

 

 次に動いたのはティガレックスではなくバルドゥスだった。

 『ツワモノランス』という毒属性のランスで、G級ハンターの資格を持ちながら教官職に身を置く者に贈呈される逸品で、高い攻撃力もさることながら、存分に空いた装飾品用のスロットが狩人のサポートをする。

 背中からランスを抜きながら大きく踏み込み、ティガレックスの横腹を取る。そのまま右手を大きく振りかぶってからの刺突がティガレックスの鱗を抉り取るように繰り出された。

 かつて【銀竜殺し】まで言われたバルドゥスの刺突はティガレックス程度の鱗で妨げられるものではなかった。その切っ先は安々と肉を抉り、引きぬかれた箇所から血が溢れ出た。

 

 ティガレックスの意識が完全にバルドゥスに向いたところで飛び出したのがカイトだった。

 ティガレックスの首がバルドゥスの方を向いたその視覚に音もなく踏み込み、喉元を掻っ切る横薙ぎの斬撃をマスターセーバーで繰り出した。

 喉元の鱗のない箇所はなんの抵抗もなく刃を受け入れティガレックスの身体に大きな傷を残した。

 

 もちろんやられたままで終わるような相手ではなく、バルドゥスとカイトを同時に巻き込むように回転攻撃を仕掛けてきた。

 しかし、八年前の激闘で尻尾を切り落とされていたせいで通常のようなリーチはなく、二人に安々と避けられてしまった。

 ティガレックスが一回転を終えたところで再び二人の猛撃が始まった。

 そんな二人が紙一重で攻撃を躱しながら、ベッタリとティガレックスの周りに纏わり付いて攻撃をしている最中、ブルックが『ハートフルギブスG』に通常弾Lv.2を装填していた。

 その様子を見てリンが不安そうにブルックに尋ねた。

「あ、あんな風に戦っているところにボウガンなんて打ち込んで大丈夫なの……?」

 リンの不安も当然のことで、目の前ではカイトとバルドゥスがティガレックスの周りを縦横無尽に駆けまわりながら戦っている。そんなところにボウガンを打ち込むというのはその二人に当ててしまうリスクがあるということだ。

 しかしブルックの反応は至って冷静なもので、「大丈夫」とだけ言うと、G級フルフル亜種素材を元として作られるライトボウガン、ハートフルギブスGを構えてその瞳を細めた。

 そして引き金が引かれ放たれた弾丸は、戦う二人の間を縫うようにしてティガレックスに命中した。その後も次々と弾丸が打ち込まれていくが、動きまわる二人には全く当たること無く着実にティガレックスにだけ命中させていった。

 ボウガンを構えた時に細められたその瞳こそが【黒狼の眼】という二つ名の所以なのかもしれない。

 

 リンはそんな三人の戦いぶりを見て、まずこう思った。

 「レベルが違う」と。

 三人の動きはちょっとやそっと努力しただけでは到達できない領域だった。武器を自分の手足のように操り、その場その場で的確な動きをする。

 それはとてもではないが今の自分にできるものではなかった。

 しかし、そこで心折れないのが、このリンという齢十八の少女のいいところであった。

 彼女の心には「負けられない」という対抗心がくつくつと煮えたぎってきていた。

 どこまでも向上的である姿勢は、母であるメイ譲りの大きな長所である。

 しかしリンがメイから譲り受けたものはそのメンタル面だけではなかった。

 

「リン、気を付けろ!」

 カイトの怒鳴り声でハッとしたリンが前を見ると、カイトたちの猛攻から逃れるように走りだしたティガレックスがリン目掛けてその牙を剥き出しにしていたのだ。

 その瞳と目を合わせる未だに足がすくむ。

 ガクガクと震える足をどうにか奮い立たせて、横に倒れこんでそれを避けた。

 

まだだ(・・・)!!」

 

 カイトの怒号に気づいた時にはそれは迫っていた。

 リンに突進を避けられたティガレックスはそのまま走り抜けること無く、雪面に爪を突き立て急ターンをしてリンの背後すぐに迫っていた。

 並の人間の反射神経ではそれにすら気がつくことはできなかっただろう。

 しかしリンは本能的にそれを察知し、思い切り雪原を蹴ってほとんど転がるようにしながらその攻撃主避けてみせた。

 リンが母親から受け継いだものは、その超人的な反射神経と身体能力もまたである。

 紅い瞳の彼女たちについて詳しくは、いずれ語られるであろう。

 

 今その紅い瞳の少女は強大に敵に立ち向かっていた。

 しかしそれは個体としての強さにではなく、その覇気に気圧されているというだけである。

 その敵は今、リンが突進を避けたために、岩盤がむき出しになっている壁に噛み付いて動けなくなっていた。

 しかしそのチャンスにすらリンはなかなか動き出せずにいた。

 それでも恐怖に抗おうと一歩一歩踏み出し、大剣の柄に手を掛ける。

 ティガレックスがもがき、やっとのことで岩盤から離れられたところで、彼女はその一歩を踏み出した。

 

 大きな踏み込みで放たれた一撃はティガレックスの脳髄をなぞるように縦一閃の傷を残す。

 その一撃こそがこの狩りにおけるリンの初めての一撃で、彼女にとって大きな一歩となる一撃だった。




 初めてティガレックスと遭遇したのは村☆1の採取クエストですが、あの時の絶望感は忘れられませんね。
 正規にティガレックスのクエストが出る前に爆弾を駆使して討伐した思い出があります。採取クエストで制限時間がシビアなのが下位装備(おそらくフルフルとか)では辛かったのが記憶に……。
 あのティガレックスではレア素材が出ないようになっているんですかね?肩装備か何かだけを作って終わった気がします。

 さて、次回は他のメンツの状況を少し挟ませていただこうかと思っています。
 テキストの方は一応最終話まで完成させてあるので、手直しをしながら完走に向けて頑張りたいと思います。


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第二十七話 閑話

 一方その頃……、の回です。


 ポッケ村に滞在しているハンターたちが三つのパーティーに分かれて狩りをしている最中、カイトのオトモアイルであるモンメは集会所の奥にくべられた薪の前で暖を取っていた。

 そんなモンメの横には他のアイルーの姿があった。

 そのアイルーは以前カイトのことを自分の「ご主人」と間違えたことがあり、それ以来かモンメとは仲の良いアイルーの一匹となっていた。

 そんな二匹はいま暖炉の前で丸くなりながら何やら話をしていた。その光景はこの集会所では見慣れたもので、受付嬢たちが書類整理の合間にあくびをしながらそんな二匹を見ていたりした。

 

「ニャ、モンメのご主人はいまティガレックスの討伐に向かっているとか」

「そうだニャ。ご主人ならきっと難なく討伐して帰ってくるニャ」

「とても強いお方のようですからニャ」

「さすがに記憶が戻って正体がギルドナイトだったと聞いた時には驚いたけどニャ……」

「ええっ、そうだったのニャ?」

「ま、まあ、ただならぬ気配を前々から感じてはいたがニャ」

「……なるほど、でもこれで合点がいったニャ」

 そのアイルーは握った手をもう片方の手の肉球の上にポンとおいた。

「合点がいったとはどういうことニャ?」

「モンメのご主人と自分のご主人を間違えてしまった理由だニャ」

「つまり?」

「ぼくのご主人もギルドナイトだから後ろ姿の雰囲気が似ていて間違えたんだニャ」

「ニャニャッ!?そちらのご主人もギルドナイトであったとはニャ」

「そうだニャ」

「ところで質問なんだがニャ」

「どんとこいなのニャ」

「ご主人がギルドナイトってことは他人にバラしても平気なのかニャ?ぼくのご主人は村の中でもう問題ないってひろまったけど、そっちは誰にも知られていないとかないのニャ?」

 モンメの質問にそのアイルーはしばらく固まり、それから目線を逸らしながらこう言った。

「ま、まずいかもニャ……」

 

 

 

「それで、昨日ドンドルマに連れて行かれたギルドナイトのなかにご主人はいなかったのニャ?」

「あ、それはないニャ。ご主人はああやって大人数で群れて動くのは嫌いだからニャ」

「それは孤高の人ということかニャ?」

「いや、ただの自由人だニャ」

「ニャ、ニャルホド……。それで、ご主人とはどこまで一緒にいたのかニャ」

「この村に来るまでは一緒だったニャ。それでこの村についてから一晩経った時にはもう部屋はもぬけの殻だったニャ……」

「もうこの村にいないという可能性は」

「それはないニャ。時たま帰ってきた形跡が部屋にあるんだニャ。ただ一度も顔を合わせること無くすれ違いになっているニャ」

「そんなにコソコソと何をしているのかニャ……」

「それはぼくにもさっぱりなんだニャ……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ポッケ村から見て東側、フラヒヤ山脈とは逆側の山中でガウ、レイラ、ダフネ、ラインハルトの四人は吹雪の渦中にいた。

 横殴りの雪で視界はホワイトアウトし、ほとんど手探りで行動をしなければならないほどだった。

 そんな状況で彼らには更に対処しなければならないものがった。

「ク、クシャルダオラを見るのはメイさんに助けてもらって以来だ……」

 ラインハルトは幼少以来の対面となった古龍、クシャルダオラを前に体中の筋肉が強張っているのを感じた。

(これが古龍……!天候さえも操る生き物の頂点……!)

 たとえ相手が上位指定種であり、過去に交戦経験のあるレイラやダフネでさえもその顔には緊張が見られる。古龍とはそれほどの存在なのだ。

 すでに交戦を初めてからしばらく経つが、なかなかクシャルダオラに決定的な一撃は与えられずにいた。

「あの風の鎧が邪魔だ……!近接武器を持って近づくのは“笛の効果”でなんとかなっているが、俺の弾丸がほとんど弾かれてしまう……!」

 ガウが毒づいた通り、レイラとダフネの近接武器組は、ダフネの狩猟笛である『マジンノオカリナ』の音色の効果で龍風圧を無効にして戦っている。マジンノオカリナはオオナズチの素材も用いた希少性の高い狩猟笛だ。

 しかしその効果は狩人自身に付くもので、ガウの放つ弾丸はクシャルダオラの風の鎧に弾かれて、急所への攻撃がままならなくなっていた。

 狩り自体に参加していないラインハルトとしては、攻めあぐねているガウになんとかアドバイスをしたいところだ。彼としてはガウがちゃんと攻撃をできる状態にして、“父の書いた生態書に書かれたこと”を試してみたいところだ。

(よく観察して考えろ……。なにか突破口があるはずだ……!)

 そこでふとラインハルトは思い出した。この狩りの間に何度かクシャルダオラの風の鎧が消えていることに。

(“この生態書に書かれた条件”以外に風の鎧を消す方法があるのか……?)

 ラインハルトがそう考えている時にクシャルダオラが行動を起こした。

「まずい、行かせるな!」

 レイラが怒号を放った時にはすでにクシャルダオラは雪を巻き上げながら飛んでいた。このままだとエリア移動をされてしまう。

 しかし、村のためにも早期決着をつけたい四人としてはエリア移動をあまりさせたくないところだった。

 唯一武器を出していなかったラインハルトがとっさにポーチから閃光玉を取り出してクシャルダオラの眼前に投げた。甲高い音と眩い閃光から逃れるように顔を覆い、次に目を開けた時には雪原にクシャルダオラの巨体が落下していた。

 今がチャンス、とレイラとダフネがクシャルダオラに向かう。

 しかし、ラインハルトだけが別のことに気がついていた。

(……そうか、閃光玉で視界を奪ったり転倒をさせれば風の鎧が消えるのか……!)

 そしてラインハルトはここでもう一つの仮説を立てた。それを確かめるために戦っている三人に指示を飛ばした。

「クシャルダオラの風の鎧は転倒時や視界を奪った時に消える!近接の二人はそれを重点的に狙ってくれ!あとこれは予想だが、状態異常時にも風の鎧が消える可能性がある!ガウは二人がクシャルダオラの風の鎧を無効化させている間に毒弾を重点的に叩き込んでくれ!」

「「「了解!」」」

 このパーティーのなかでは最年少であるラインハルトの指示に三人はすぐ従った。それは年齢や経験の差で物事を捉えず、各々の実力を信じているからこその団結力から成るものだった。

 レイラは龍刀【劫火】で、ダフネはマジンノオカリナでクシャルダオラの転倒を狙い、ガウが風の鎧が消えた隙に毒弾を叩き込む。ダフネのマジンノオカリナの毒属性も効いてかクシャルダオラに異変が見られた。

 その口元から紫色のあぶくが漏れだしており、その身にまとう風の鎧が消えているのだ。

「よしっ!予想通りだ!!」

 ラインハルトは素早記録を取りながら、“父の書いた生態書”から次の指示を飛ばした。

 

「クシャルダオラの風の鎧を永久的に消す方法がある!頭の角を破壊するんだ!毒の効果で一時的に風の鎧が消えている今がチャンスだ!」

 

 その指示を聞くや否や、ガウは『ナナホシ大砲』に徹甲榴弾Lv.3を装填した。ナナホシ大砲はてんとう虫の殻のうような見た目をした可愛らしい見た目をしたヘヴィボウガンだが、徹甲榴弾Lv.1~3に加えて毒弾Lv.1~2が装填可能という偶然にも今回の狩猟に最適な武器となっていた。

 毒の効果が消える前にと、ガウは次々と徹甲榴弾をクシャルダオラの頭に放った。

 風の鎧が消えているクシャルダオラめがけて飛んでいった弾丸は、その鋼のような身体になんとか突き刺さり、時間差で轟音とともに爆発を起こした。

「あと一発……!」

 ガウが最後の一発を装填したところでタイムオーバとなってしまった。

 いつの間にか口元からはあぶくが消え、風の鎧がその身を覆い始めていた。

「くそっ!あと少しのところで……!」

 ガウが歯噛みしたところでその二つの影が目の前に割って入った。

「諦めるのは」

「……いささか早い」

 レイラとダフネの二人の攻撃が同時にクシャルダオラの頭に叩きこまれ、次の瞬間、パキリ、という音とともにその角が欠け落ちた。

 

 そのクシャルダオラを見てラインハルトは手の中の書類を握りしめた。

「……ふう、助かったぜ親父……」

 

 風の鎧は完全に消えてなくなっていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「あんなに酷い嵐だったのに急に静かになりましたね」

 カイトたちやラインハルトたちとはまた別の方面の散策をしているフローラはふと足を止めてそう言った。

「クシャルダオラに何かあったのかもしれないね。向こうは順調そうで何よりだ」

 それに対して答えたのはメイ・シルヴェール。かつて【赤眼の獅子】という二つ名を持ち、大陸中にその名前を轟かせた彼女だが、今はわけあってこちらのギルドからは除籍されている。

 そのため狩場で武器を振るえないので、護衛としてフローラを付けて行動している。

「でも雪山で本当にあぶないのは吹雪の後だからね。ガリガリに雪面に急に積もった新雪がその後の温度上昇で滑りだして雪崩を起こすことがある。不自然に木々が生えていない所は雪崩が発生しやすいという証拠だから注意して進もう」

「は、はいっ!気をつけます!」

 伝説級とまで呼ばれたハンターと二人で狩場に出てきたフローラは緊張でカチコチしていた。

 メイとしてはもっとフランクでいてくれた方がやりやすいのだが、当のフローラがこの調子なのでなかなかそうはなりそうになかった。

(しかしこの子、想像以上の逸材かもしれないね……)

 現在メイの足元には討伐後のドドブランゴが転がっていた。

 メイという“無防備な人間”を護衛しながらフローラがたった一人で討伐したものだ。

(ボウガン使いのような後衛に求められるのは、ブルックのようにピンポイントで目標を狙う眼はもちろんだけど……。その他に広い視野を持って立ちまわることが重要。今回は私自身は逃げに徹すること無く観察させてもらったけど……。この子、その視野の広さに関してはもしかしたらブルック、あんた以上かもしれないよ……)

「え、えーっと。メイさん、どうしたんですか黙ってしまって」

「ん、いやなんでもないよ。じゃ、もう少し奥に行こうか」

「あの今更なんですけれども聞いてもいいですか?」

「ん、なんだい」

「今私達が探しているのってもしかして……」

「そう、予想通りだよ。目標は崩竜ウカムルバスさ」

 予想通りではあったが、あまり当たってほしくなかっただけにフローラの表情が強張った。

「なあに心配しないでって。ただ見に行くだけだからさ」

「い、一体何のために、ですか……?」

「……崩竜ウカムルバス。ここらへんの言い伝えでは白き神と呼ばれたアカム科の飛竜……、とされているバケモノ。ポッケ村の初代村長であった伝説の竜人でさえこの山奥に追い込むことまでしかかなわなかった相手」

 メイはフローラの碧い瞳の前に人差し指をピッとつきだして苦笑いした。

「世の中には触れちゃいけない禁忌ってものもあるんだ。もし特に手出しをしなくてもいいような状態だったらあまり関わりたくないからね。その見極めをしに行くのさ」

「……禁忌、ですか」

 伝説級のハンターでさえ身震いするような相手に向かっているという事実が改めてフローラに重くのしかかった。

 そんなフローラを見て「やばいと思ったらすぐ逃げるから大丈夫」とメイが笑って、それからその場にかがんで雪原を観察し始めた。

「……私たち以外にここを通った形跡があるね」

「モンスターですか?」

「……いや、これは人間だ」

 それはつまりこういうことである。

 

「私たち以外にウカムルバスを探している奴がいる……!」

 

 それが敵か味方かは今の二人には判断できない。

 今の二人に与えられた選択肢は二つ。

 一つはこのまま何者かの足跡を追う。もう一つは一度村に戻って報告するという手段がある。

「でもこんな雪に残った足跡なんてもう一嵐が来たら簡単に消えちゃうからね」

「となると、取るべき行動は一つですね」

「もちろんこの足跡を追うってことだね。見たところ複数人じゃなくて単独行動だ。何かあっても最悪私が対処するから大丈夫」

 これ以上にない頼もしい言葉を聞いたフローラは決心を固めた。

「それでは、行きましょう……!」

「よしよしその意気だ」

 

 そうして雪原に残された謎の足跡を追うようにして、二人は雪山の更に深部へと足を踏み入れて行った。

 だんだんとゴツゴツとした岩肌が露出している険しい道のりになっていき、標高が上がったためか風が強くなってきた。

 そしてついにある地点で何者かの足跡を追うことができなくなってしまった。

「だめだ……、ここ一帯は風が強いから足跡がすぐにかき消されてしまうみたいだし、むき出しの岩も多いからその上を歩かれたらとてもじゃないが追跡することはできない」

 さすがのメイもお手上げといった表情だった。

 かなり深部まで来たのでそろそろ引き上げることも視野に入れなければならない。

「足跡の人物の正体がわからなかったのは残念だけど、ウカムルバスの件はそう急ぐことでもないからね。今日はそろそろ引き上げようかと思うんだ」

 メイの提案にフローラは少し残念そうな表情をしながらも、それが妥当な判断だと分かっているので反論はしなかった。

「成果がなかったのは残念ですが、仕方がありませんね」

「うん、まあ帰ったらギルドマネージャーに足跡のことは報告しよう」

「そうした方がいいでしょうね」

「よし、そうと決まれば──」

 帰ろうか、とメイが言いかけたところでその口がピタリと止まった。

「ど、どうかしましたか」

「しっ、誰かいる」

 メイの剣幕にフローラも状況を察し、岩に隠れるようにして辺りをうかがった。

「あの大きな岩の向こうだ。そっと見に行くよ」

「……わかりました」

 二人は物音を立てないように慎重に進み、岩陰からその先を覗き込んだ。

 

「な、んだ……と」

 

 二人が見たのは一人のハンターと思しき男と────。

 

 直後に大きな地揺れが一帯を襲った。

 この先の話は一旦地揺れが起こる前の時間に戻る。




2ndGの集会所にいるアイルーは度々プレイヤーを『ご主人』と間違えていましたが、その正体を知っている人ならこの先のことも少しは予想できるかもしれませんね。
次回はティガレックス戦の場面に戻ります。


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第二十八話 絶対強者②

 ティガレックス戦の続きですよ。


「おおおっ!!」

 雄叫びとともに振り下ろされた大剣がティガレックスの鱗を切り裂いた。

 リンが握っている大剣は、以前討伐したフルフルの素材やザンガガ村に滞在中に入手したゲリョスの素材から作られた『フルミナントソード』だ。

 近年の研究でティガレックスに一番有効な属性は雷であることが明らかになっており、フルフルや雷光虫の発電組織を参考にして作られたこの大剣は今回非常に有効な武器といえる。

 狩りの初めの方では思うように動けていなかったリンも、今は他の三人に混ざって猛撃を振るっている。

 カイトが怒涛の乱舞を足に見舞い、リンが豪快な溜め攻撃を頭に叩き込み、バルドゥスが俊敏なステップとともに側面からの攻撃を行い、そんな三人の間を縫うようにしてブルックが弾丸を打ち込む。

 そんな流れるような連携による優勢がしばらく続いた。

 しかしそう簡単に終わらないのが狩りというものである。

 ティガレックスは前衛の三人から離れるようにバックステップで距離を取った。

 逃すまいとリンが距離を詰めるがそれが間違いであった。

「リン!そうじゃない逃げろ!」

「えっ」

 バルドゥスの忠告は既に遅く、バックステップをしたティガレックスは大きく口を開き、次の瞬間には爆音で咆哮をした。

「くっ……!」

「ヌゥゥッ……!」

 ティガレックスが轟竜と言われる所以はこの咆哮だ。その大きな音とは耳をふさいでも頭に響き、そしてその近くにいるものは衝撃波で飛ばされてしまうという。

「っああ!!」

 実際にティガレックスに近寄ってしまったリンは衝撃波でカイトたちの方に飛ばされてしまった。

 衝撃波の影響かそれとも爆音で耳がやられたのか、リンは苦悶の表情でのたうち回っていた。

「うああっ……!」

「おいリン!平気か!」

 なかなかリンが立ち上がれない様子を見てバルドゥスが「まずい」と表情を強張らせた。

「ヌウウ、あやつ怒っておる。今の状態で戦うのは少々分が悪い……!」

 今まで黄色だったティガレックスの鱗が全体的に赤みを帯びており、特に目の周りや足先などのはその怒りを体現するかのように真っ赤に染まっている。

「閃光玉を使って一旦退却する!眼をふさげ!!」

 ブルックのその怒号の直後、ティガレックスの目の間で閃光玉が炸裂し、その視界を奪った。

「よし、今だ!」

 そう言ってカイトがリンを担いで退却しようとした時、

 

 ティガレックスが目の前に回り込んできた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「こいつ、閃光玉が効かないっ……!?」

「いや違う!闇雲に暴れまわっているだけだ!」

 カイトの言うとおりティガレックスは誰も居ない方向にも跳びかかったり突進を繰り返したりしている。

 ティガレックスは怒り状態で視界を奪われると更に獰猛になる性質がある。

「なんつー気性の荒さだ……!」

「気をつけながら撤退するぞ!」

 岩陰に隠していた荷台から大タル爆弾を一つ下ろしそのスペースリンを乗せた。

 後ろからカイトが荷台を押し、前からバルドゥスが引っ張った。その後ろをハートフルギブスGを構えたブルックが警戒する。

 そんな四人を視界に捉えたのか、それともまだ見えていないのかはわからないが、ティガレックスが四人めがけて突進を仕掛けてきた。

 それに対してブルックはあくまで落ち着いてハートフルギブスGを構えると、先ほど荷台から下ろした大タル爆弾にティガレックスが差し掛かるところで引き金を引いた。

 ドォンという爆音とともにティガレックスは炎に包まれその足を止めた。

 その様子を横目に見ながらブルックはエリア8から撤退していった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 エリア6ではティガレックスが追ってくる可能性があるため、一同は一気にエリア5の洞窟の中まで撤退した。

 荷台に腰掛けたまま頭を押させているリンにカイトは回復薬を渡した。

「まだどこか痛むか?」

「ううん。ちょっと頭がぐわんぐわんするだけ」

「そうか、無理だけはするなよ」

「うん、大丈夫」

 一同はギルドから支給された携帯食料でスタミナを回復させ、細かい切り傷などを薬草で応急措置した。それから武器の刃こぼれなどを確認し、必要な部分は砥石で研磨した。

 それから四人は軽いブリーフィングを始めることにした。

「さっきリンがやられたあのバインドボイスはティガレックスの行動の中でも厄介なものだ。吾輩やリンは衝撃波をガードすることができるが、潜り込んで攻撃することが多いがガードをすることが出来ないカイトは気をつけるのだぞ」

「ああ、わかった」

「他にも奴が取る行動の中に投石がある。雪山地帯では大きな雪の塊を投げてくるのだが、三方向に飛ばす上に飛距離もかなりある。距離を取ったからといって油断してはならぬ」

「うう、厄介だね……」

「ふむ、あやつの前では直線的な動きは命取りとなる。必ず弧を描くようにして正面から遠ざかることを心がけるのだぞ」

「う、うん。わかったよ」

「……ックシュン」

「……」

 その場の張り詰めた空気をぶち壊すようにくしゃみをしたのはカイトだった。

 カイトはポーチからホットドリンクを取り出してそれを飲み干し、軽く咳払いをした。

「……その防具寒そうだもんね」

「……ああ」

 カイトが現在身につけいる防具は『ナルガXシリーズ』というG級ナルガクルガ装備だ。

 ナルガクルガとは近年になって存在が確認された飛竜種で、ティガレックス同様に飛竜の始祖であるあると言われているアカムトルムと似た骨格構造をしている。

 そんなナルガクルガの素材から作られた防具は肌の露出部分が多く、雪山に着てくるには少々寒々しいものだ。

「記憶が戻っても寒いのが苦手なのは変らないんだね」

「動きやすくていい防具なんだけどな」

「ギルドナイトってみんながみんなあの赤い服を着ているわけじゃないんだね」

「あれはあくまで正装だからな。狩りの時は好きな防具を身につけるのが普通だ。中にはあの正装のまま狩りに出る物好きもいるが……」

「そういうものなんだ。あー、ウチもそろそろ新しい防具作りたいな」

 リンはザザミ一式をまだ大事に使っていた。

 しかし、いずれは防御力の面で不安が出てくるので、そろそろ新しい防具を検討したいところなのだ。

「この狩りが終わった後にレックス一式を揃えるのはどうだ?」

「うーん、ゴツくてあんまり可愛くない防具になりそうであんまり……」

「……お前がファッションを気にしだすとは思わなかった」

「……」

 

「……来たか」

 カイトがスンと鼻から空気を吸い込むと、ペイントボールの異臭が近くなったのが感じられた。

「ティガレックスが隣のエリア6に来た。各自気をつけて行くぞ」

 先頭を切り出したカイトの頬は紅葉のように赤く腫れ上がっていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 洞窟を抜けエリア6に入ると、崖っぷちにティガレックスの姿を確認することが出来た。

 怒り状態はまだ収まっていないようで、真っ赤に染まった目元が四人の狩人の空気を緊張させた。

 ブルックが弾丸を装填し、狙いを定めてから引き金を引いた。

 バスッ、という発砲音に気がついたティガレックスがこちらを向いたが、それがティガレックスにとってはいけなかった。

 貫通弾Lv.2が喉から背にかけてを貫き、その肉をえぐる音が第二幕の開戦の合図となった。

 まず最初に駆け出したのはカイトで、マスターセーバーを抜くと、肉質の柔らかい後ろ脚を重点的に狙って攻撃を開始した。

 当然ティガレックスはそれを嫌がりカイトに向き直るようにターンをした。

 そのターンによって死角になった背後からバルドゥスがツワモノランスを構えて突進した。カイトの攻撃でダメージが蓄積していた後ろ脚にバルドゥスの重い一撃が叩きこまれ、耐えかねたティガレックスはその場に転倒した。

 ここがチャンスとリンもティガレックスに向かってかけ出した。

 そして頭の前に移動すると、フルミナントソードを大きく振りかぶりその両腕に力を込めた。大剣からか、それとも腕からなのか、キシキシという音が鳴り、刃が仄かに雷を帯びた。

 その小柄な身体からは想像の使いないほどの豪腕によってフルミナントソードをティガレックスに振り下ろされ、深々と突き刺さった刃からは電撃が走りティガレックスの鱗を焼いた。

 そのまま黙ってやられていられないティガレックスは立ち上げると、その顎でリンを一噛みしようと前に乗り出した。

 リンはそれを紙一重で避けて二歩三歩と後ろへ下がって納刀した。

 そんなリンの方へ追い打ちをかけるようにして突進をしてきたため、リンは直前まで引きつけてから横に飛んでそれを避けた。先ほどのように折り返してくることを考慮してすぐに立ち上がるが、ティガレックスはリンのことは無視をしてそのまま直進し続けた。

 ティガレックスの狙いはリンではなく、後衛から弾丸を打ち込んでくるブルックだったのだ。

 ブルックはボウガンをしまう暇もなく横に飛んで回避するが、ここでティガレックスの十八番が出る。強靭な爪によって、動きにくい雪原であるにも関わらず急ターンを繰り出し、ブルックの背後から迫る突進を仕掛けてきた。

「くっ!」

 しかしその攻撃は先程も目にしていたため、ブルックはそれももう一度横に飛ぶことで回避した。

 

 しかしそれでは終わらなかった。

 

「もう一度だと……!?」

 ブルックの意表を完全についた二度目のターンが繰り出された。

 ブルックは流石に対処が間に合わず、背中からモロに突進をお見舞いされてしまった。

「ぐっ……はっ……!」

「まずい……!」

 ティガレックスは狙いをブルックに絞ったようで、倒れたブルックに飛びかかろうとしていた。

 どうにかブルックから意識を逸らさねばとカイトがティガレックスに向かおうとしたところで、ブオォ、という角笛の音が辺りに響いた。

 角笛を吹いたのはバルドゥスだが、効果はてきめんのようでティガレックスの意識がブルックからバルドゥスに移った。

「さあ来いっ……!」

 実はティガレックスとブルックの間の雪の中には既にシビレ罠が設置されている。角笛で挑発されたティガレックスに突進をさせてシビレ罠を踏み抜かせるという算段である。

 しかしその目論見は失敗に終わることとなった。

「と、飛び越えるでないわっ!」

 ティガレックスがそのシビレ罠を踏み抜くことはなく、一気に跳躍をしてバルドゥスに襲いかかったのだ。

 バルドゥスは盾を構えてその攻撃をしのぎ、顔面に一突きをいれてからバックステップで撤退した。

「今のは偶然か、それとも……」

 もしティがレックスがわかっていてシビレ罠を避けたのだとすれば、今回の狩りの難易度は予想よりも格段に跳ね上がる。

「どちらにせよ、設置したシビレ罠を無駄にはしたくない。どうにかして罠を踏み抜かせんとなあ……」

「俺が弾をばら撒いて進路を罠の方へ絞らせる。詰めは近接組でなんとかしてくれ!」

 バルドゥスの誘導で事なきを得たブルックは既に体制を立て直し、散弾を使ってティガレックスの進路を罠の方へと向けさせていた。

 当然ティガレックスはそれを嫌がり、再び標的をブルックに絞って突進を仕掛けようとした。

 その時、完全に意識の外にいたリンの斬り上げが顎にクリーンヒットした。

 不意打ちということもありティガレックスの巨体が大きく揺らぎシビレ罠の方へ倒れそうになる。

 

 しかし、あと少しというところでティガレックスは体勢を立て直し、隻眼をギョロギョロとさせて四人を交互に見た。

 自分よりもはるかに小さな四匹の獣に押されているという事実がティガレックスを困惑させていた。

 ティガレックス自身自分が老いた個体であることを自覚していた。だからこそ他の大型モンスターとナワバリが重なることも極力避けて行動してきたのだ。苦手な帯電飛竜が消えてやっとここ一帯をナワバリに出来た矢先にこうなるとは思いもしなかった。

 しかしこのティガレックスは思い出し始めていた。かつて同じような獣が五匹、最盛期の自分を追い詰めていた事を。

 

 死ぬ気でやらねば死ぬ。そう思わせてしまった。

 野生の獣は追い込んでからが手強い。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 カイトたちの戦況はと言うと、実に最悪な事態になっていた。

 順調にティガレックスを追い込んでいったカイトたちだったが、罠にはめようという一歩手前で突然ティガレックスが飛翔しエリア移動をしてしまった。身体の構造上あまり長距離は飛べないが、度々着地を繰り返しながら移動をしたようで、ペイントボールの臭気はいつのまにかエリア1の方角にあった。

 しかしペイントボールの効果は四人がエリア1に到達する前に消えてしまい、ティガレックスの姿もすでにエリア1には無かった。

 そしてここで四人は判断ミスを犯した。

 既に日は落ち始め気温が急激に下る時間帯になってきたが、ホットドリンクの残量が心許無くなってきたためクエストの続行に若干の不安が出始めた。

 早くクエストを完了したいところだが、肝心のターゲットの足取りが掴めなくなってしまったため二手に分かれて捜索を開始することになった。これこそが大きな判断ミスだった。

 タッグ経験を加味してカイトとリン、バルドゥスとブルックのペアに分かれることになった。

 バルドゥスとブルックはエリア2、7と経由して再びエリア8の方へ、カイトとリンはエリア4、5を経由してエリア3に到達した。

 

 そしてカイトとリンはティガレックスの強襲を受けた。

 エリア3に姿が見られなかったので引き返そうとした矢先、上方の空洞に潜んでいたのかティガレックスの滑空が二人を襲った。

 いち早く気がついたリンがカイトを突き飛ばしたがこれも若干間に合わず、ティガレックスの欠けた爪が鈍器のようにしてカイトの背中に命中した。

 G級装備の防御力をもってすれば普通ならば大したことも無かったのだが、ここで先日のドドブランゴ戦で負った傷が響いてきたのだ。鎖骨に入っていたヒビがその衝撃で深いものとなり、カイトの身体に激痛が走った。

「うぐっ……!」

「カ、カイト!?」

 予想よりもダメージを負っているカイトにリンは戸惑った。カイトの防具ならば今の程度ならば歯牙にもかけないはずなのに、実際には目の前でうずくまって悶えているからだ。

「カイト!どうしたの!?」

「……クソッ……!」

「早く立ち上がらないと……!」

「……と、とりあえずお前は逃げろ……!俺は、自分で何とかする……!」

「そ、そんなこと言ってる場合じゃない!」

 いまだに全身を襲う激痛に悶えているカイトに追い打ちをかけるように衝撃が走った。

「ぐはぁっ!」

「ひゃっ!」

 ティガレックスの腕がカイトに駆け寄ったリンを払いのけ、カイトの上に振り下ろされたのだ。

 今のカイトにそれを除ける力は無く、体重を乗せられたからだがミシミシと悲鳴を上げる。

「ぐっ、がああああっ!」

「カイトッ!」

 全身に力を込めれば脱出できなくはないが、身体のあちこちの骨がそうさせてくれない。骨とは人体の芯であり、それにヒビが入っているため身体へ自ら負荷をかけることが出来ないのだ。

 リンはカイトが自力で脱出できないことを悟り、そして一呼吸をついてからフルミナントソードを構えた。

 その紅い瞳からの視線がティガレックスにのみ注がれ、リンの全身に力が込められた。

 それから一歩踏み出して怒号とともに放たれた一撃がティガレックスの頭の側面を捉えた。

「おああああああああああああっ!!!」

 極限まで振りかぶった後に、すべての力を振り絞っての横一閃の斬撃は、ティガレックスの頭に到達した瞬間まるで鈍器で殴ったかのような衝撃音を出し、それから鱗をブチブチと剥がし肉を切断する音、そして遅れてその身から血が溢れ出るのが見えた。

『グォォォォォォォォォォォォッ!!』

 洞窟に響くティガレックスの絶叫。

 上からの圧力が無くなりだらりと横たわったカイトをリンは素早く抱え上げ、空いた手でポーチからペイントボールを取り出し未だに怯んでいるティガレックスに投げつけてからエリア3を脱出した。

 

 

 

「はぁっ……!はぁっ……!」

 カイトを抱えながら何とかエリア5に逃げ延びたリンは、カイトをそっと地面に下ろし自身も雪の壁にもたれかかるようにして腰を下ろした。

(今のは……、ちょっと危なかったかも……)

 未だに心臓はドキドキとしており呼吸も乱れている。

 カイトがティガレックスの下敷きになった時、真っ先にリンを襲ったのは絶望感だった。

 下位指定個体とはいえ、今まで自分が戦ってきたものとは格の違う個体。それを前に何とか戦ってこられたのは三人の強力なパーティーメンバーがいたからだ。

 しかし、その内二人が別行動中で、一緒に行動していたカイトが戦闘不能になってしまい、リンの心の支えは無いに等しかった。

 今回の狩りが始まった時のように足がすくみ、目の前が真っ白になってしまった。

 

 しかしそれは一瞬のことだった。

 目の前でティガレックスに押し潰されそうになっているカイトを見て、リンの心の内で何かがぷつりと外れた。

 まだ出会って半年と少しの間ではあるが、かけがえのない狩りの仲間であり、ポッケ村でともに暮らす友であり、家族であり。そして無意識のうちに、しかしはっきりと友達以上になりたいと思えるようになった彼を救わねばならないと、体中の筋肉に力が戻ってくるのが感じられた。

 結果、その小柄な身体からは信じられないほどの重い一撃でティガレックスを怯ませ、窮地を脱することが出来た。その一撃は自身でも信じられないほどの威力だった。

 リンは出発直前に母であるメイからかけられた言葉を思い出した。

 

『私とリンのこの紅い瞳。これはね、私たちの“血筋”を示すものなんだ。私と同じ血を引くお前が負けるわけなんかないんだから、頑張ってきなさい』

 

 その“血筋”というのが何を示すことなのかは分からない。しかし、度々発揮されるこの力はきっとその“血筋”のお陰なのだろう。

「……おかげで助かったよ」

 今はただ、自分がメイの子であることに感謝をすることしか出来なかった。

 

「……それにしてもカイト、目を覚まさないなあ……」

 隣ではカイトが横たわったまま一向に目を覚まさないでいた。

 呼吸はしているためとりあえずは安心だが、このままだと狩りの続行に支障が出る。

「痛みからの気絶、だとは思うんだけど……。外傷も痣とかは少しあるみたいだけど、早急に手当しなきゃいけない感じのは特に無いし。……やっぱり骨、の方なのかな」

 完全に骨が折れてしまっていてはここでは処置の施しようがないため、カイトに関しては狩りの続行は不可能となってしまう。

「でも腕とか足とがボッキリ折れてる感じはないんだよね……。やっぱりヒビが入っているとか、剥離骨折とか、そういう感じのなのかな」

 専門知識のないリンには、カイトの体の痣が骨折による腫れなのかどうかも見分けがつかず、どうにもこうにもしようがなく困り果てていた。

(直接的に傷が綺麗サッパリ消えるわけじゃないけど、回復薬は飲んでおいたほうがいいと思うんだよね……。そうなんだけど……)

 意識のない人間に飲料を飲ませるというのは一苦労するものである。

 体はダランとしているにも関わらず、口の方は何故か半開きのままなかなか動いてくれない。瓶から回復薬を飲ませようにもわきからボタボタとこぼれ落ちてしまうのだ。

(ホットドリンクの効果もそろそろ怪しくなってきたし、早く飲ませなきゃなんだけど……)

試行錯誤するがなかなか上手くいかない。こなってはカイトが起きるまで待つのも手だが、処置というのは早ければ早いほどいいものであってあまり悠長に待つのはいただけない。

 さてここで、リンとしては思い出したくなかったとある物語の一節が頭に浮かんできた。

 あれはフローラと夜更けまで小説を読んでいた時のこと。

 主人公の青年が、毒にやられたヒロインに解毒剤を飲ませるシーン。

 その青年はヒロインにとある方法で解毒剤を飲ませるのだが、そのシーンのところでフローラと大いに盛り上がった記憶がある。

 その方法というのが────、

 

「……く、口移し……!」

 と、自分で口に出した後に恥ずかしくなってしまったリンは、「いやいや無い無い」と一人で首を横に振った。

(い、いや、駄目でしょっ……!寝てる人に勝手に、キ、キスとかっ……!じゃなくて、それ以前にそういうのは好きな人同士が……!)

 一人で一通りあたふたした後、ふうと一息ついて胸に手を当てた。

「これはキスじゃない、人命救助活動……」

 ぷるぷると震える手で回復薬グレートの瓶を開け、それを少し口に含んだ。

(キスじゃないよ、人命救助だよ……。キスじゃないよ、人命救助だよ……)

 何度も何度も自分に言い聞かせるがなかなか体がそれ以上動かない。

 もしかしたら最初にティガレックスを前にした時の体の硬直よりも酷いかもしれない。

(……人命救助活動なんだから平気……!)

 やっとのことで意を決して、腕を回して抱き上げるようにカイトの頭を軽く持ち上げた。

(…………)

 もう片方の空いた手で頬を支え、ゆっくりと顔を近づける。

 そこまでいってもまだリンには躊躇いがあったようで、そのままの状態でしばらく停止していた。

 そしてそれから少しの間を置いて────、

 

「……んんっ……」

 

 口から口を伝って回復薬はカイトの体内に侵入した。

 ゆっくりと離された唇からは細い一本の糸が伸びている。

 まだ紅潮して火照っている頬に、その糸が滴ったのを舌でなめりとったその時。

 

「……リン……」

「…………」

「…………」

「……起き、てた……?」

「……接したところで……」

「…………」

 

「うわああああんっ!寝ててよおっ!!」

「……申し訳ないです」

 

 しばらくの間、氷の洞窟にリンの絶叫がこだましていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ペイントボールの臭気が、移動した。




 ティガレックスとの戦いも次回で決着です。
 度々顔を見せていた個体だけに「やっとか」という感じがありますね。
 それにともなってこのカイトのお話も残すところあと二話となりました。色々と報告がありますので、前々からお伝えしている通り三十話が出次第、あとがきをお読みください。

 それではまた、来週の二十九話で。


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第二十九話 絶対強者③

 ティガレックス戦、最終話です。


 エリア8に到着していたバルドゥスとブルックが、かすかなペイントボールの臭気を感じ取って立ち止まった。

「ブルック、これは方向的にはエリア3か」

「ああ、そうだな。どうする、向かうか?」

「……いや、すぐに移動する可能性もあるだろう。少しだけ様子見してみようではないか」

「じゃあそうするか」

「……」

 それから二人は沈黙してしばらく谷の底を見ていた。

 日が沈み風はすっかりと止み、しんしんと降る、という表現がよく合う静かな雪の夜だった。

「こうして防具を纏って狩場に来るのも八年振りか」

「そうだな……。そんなにも経ったか」

「吾輩達も歳をとったもんだな」

「すっかり腕もなまってしまったな」

 バルドゥスはツワモノランスを地面に突き立て「そうだな」とわらった。

「ヌハハッ、日々の運動は欠かさないようにしていたつもりだったんだがな」

「そりゃあ実戦とは違うものだからな」

「まあ、そのとおりであるな」

 二人はまたしばらく黙って、遠くの夜空の星を眺めていた。八年前のあの夜ではなく、それよりももっと前の、楽しかったあの日々に思いを馳せて。

 そして、今そんな楽しい日々を過ごしている子どもたちのために、自分たちの世代の因縁を断ち切る必要がある。そんな思いで今回は武器をとった二人だった。

「……さて、一仕事するぞ」

「ふう、怪我なく帰らないとなあ。メイにうるさく言われそうだ」

「それは嫌であるな」

「だろ?」

 ふたりはニヤッと笑うと、それぞれの武器を手に持って構えた。

 ペイントボールの臭気はすぐそこ、頭上に迫っていた。

「フン、G級ハンターを舐めるなよ」

「今のお前の敵じゃあ無いってことを教えてやる」

 

 そうして二人にとって八年ぶりの激闘は、第二ラウンドを迎えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 本日二度目の平手を食らったカイトは頬をさすりながら立ち上がった。

「カイト、怪我の方は大丈夫なの」

「鎖骨のあたりは痛むけど、まだやれる。……まあ両手使うのは厳しいかもしれん」

「無理はしないでね……」

「わかってる、大丈夫だ」

「危なかったすぐに離脱だからね」

「わかったよ」

「……」

「……」

「この頬の心配は?」

「無いよ」

「わかりました」

「……ペイントの臭気、移動したね」

「これはエリア8……いや7の方に移動した。あの二人が戦ってたみたいだな」

「じゃ、合流しよっか」

「だな、行こう」

 そうして二人はエリア5の洞窟を抜けエリア6へと立ち入り、そこからエリア7へと向かった。

 

 

 

 二人がエリア7に入ったのと、ティガレックスが着地したのはほぼ同時だった。

 傷だらけで既に満身創痍に見えるにも関わらず、それはまだ四本の脚でしっかりと立っていた。

 それはゆっくりと二人の方を振り返った。その瞳には相変わらず衰えない圧力があり、リンは再びあの悪寒に襲われた。

 しかし、それでもリンは一歩前に出た。

「終わらせるよ……」

「……おう」

 ティガレックスがゆっくりとゆっくりと振り向き、リンもそれに合わせるようにしてゆっくりとゆっくりと歩を進めた。

 ゆっくりとゆっくりと、まるで互いに歩み寄るようにして二者は向き合った。

 

 そして、次の瞬間には互いの“牙”が、互いを狙って剥かれた。

 

 轟竜の爪がリンの頬に触れ、一筋の赤い線を描いた。

 リンのフルミナントソードが轟竜の頬を切り裂き、一筋の紅い線を描いた。

 

 それを皮切りに、二者の激闘が幕開けた。

「おおおおっ!!」

 リンはティガレックスの隻眼による死角を上手く活用し立ちまわった。それに業を煮やしたティガレックスが、自分の周り一帯を巻き込むように回転攻撃をおこなった。

 しかし今回の狩りで一貫して、切断された尾のおかげでその攻撃は有効打となっていない。リンは軽く身を翻すだけでその攻撃を避け、モーションが終わる隙を狙って大きく踏み込んでからの斬撃を繰り返している。

 大剣の立ち回りでは基本中の基本と言える“一撃離脱”を、その卓越した反射神経と運動能力によって素早いローテーションで繰り出している。

 リンは執拗にティガレックスの脚を狙い、ついに転倒させることに成功した。一瞬タル爆弾を設置することを考えたリンだったが、すぐにそれを否定してフルミナントソードを構えた。

「ウチには馬鹿正直なパワー勝負が合ってるからね!」

 そう言って“溜め”のモーションに入って、最大限の力を剣に乗せて振り下ろした。

 ティガレックスの頭部に切り裂かれた傷が出来るだけでなく、上からの衝撃によって顎が地面に叩きつけられ、ガクンとバウンドした。

 脳震盪(のうしんとう)でフラフラとしているティガレックスの姿を見て、チャンスと思ったリンがもう一度正面から溜めのモーションに入った。

 しかし、このティガレックスというモンスター、先ほどの閃光玉の件然り、自分が混乱に陥ると暴れだす性質がある。

 おそらく焦点も何もあっていない状態にも関わらず、ティガレックスは大きく口を開いて前方へと噛みつきの動作をとった。

「……!」

 まさかこの状態で反撃をしてくるとは思っていなかったリンは溜めの攻撃を止めようとする。

 しかし、重い大剣を大きく振りかぶった状態で動きを急に止めてしまったためか、リンは大きく後ろにバランスを崩して尻もちをついてしまった。

 

 「ああ、まずい」とリンが自分の状況を理解した時、ドン、という鈍い音がエリア7に響き渡った。

 口からボタボタと血を流しながらもティガレックスはまだ倒れはしなかったが、その動きを止めた。

 リンはその隙にティガレックスの攻撃圏内から離脱した。

 それと入れ替わるようにして、別の方面からの攻撃がティがレックスに放たれた。

 落ち着いたリンが横目で確認すると、銃口から紫煙を上げるハートフルギブスGを構えたブルックがエリア8の方面の道に立っていた。

 そして間髪入れずに叩きこまれた刺突は、全速力で突進を繰り出したバルドゥスによるものだった。

「ヌハハッ、余計な手出しだったか?」

「ううん、助かったよ。ありがとう」

「よぉし、まだまだいかせて貰うぞ!」

 そう言ってバルドゥスはツワモノランスを水平に、三突きティガレックスにお見舞いした。

 その一突き一突きが重く、まるでハンマーで殴っているかのような衝撃がティガレックスの体に走っていた。

「こっちも使い切る勢いでいかせて貰う」

 ブルックは残弾を気にせず、次から次へとリロードをしてティガレックスに弾薬を打ち込み続けた。もう狩りの終りが近いことはその場の全員が気がついていた。

 

 二人の猛攻に耐えられなくなったティガレックスはバックステプで大きく距離をとった。

 それを見てバルドゥスが叫んだ。このモーションはさっきも見た、アレの前兆だ。

咆哮(バインドボイス)がくるぞ!!」

『グルオオオオオオォォォォォォォォォ!!!』

 バルドゥスの叫び声をかき消すようにして、耳をつんざく爆音がエリア一帯に響いいた。

 衝撃波で巻き上げられた粉雪の向こうに見えるティガレックスの鱗は紅く燃え上がっていた。

 怒り状態になったティガレックスは所構わず暴れまわるため非常に戦いにくい、ということは先ほど嫌というほどに経験している。

 しかし四人はわかっていた。これはティガレックスの力を振り絞った最後の抵抗であることを。

「よし……!」

「カ、カイト……!?」

 雪煙の中にティガレックスの姿を捉えた瞬間、カイトは鬼神化をしてその懐へと飛び込んだ。

 そのまま左の剣から始まる乱舞に入った、のだが、

「ッ……!!」

 右の剣をティガレックスの鱗に振り下ろした瞬間、腕の芯に激痛が走った。やはり剣を振るうには厳しい状態まで怪我が悪化していたのだ。

 その隙を逃さんとティガレックスはカイトに噛み付こうとする。

 しかしカイトは間一髪で前へ(・・)回避することでその攻撃を避けた。大型モンスターを相手にする時は、この腹下を抜ける前への回避が非常に重要になる。

 そしてカイトはティガレックスに接近できたチャンスをそのまま逃すようなことはしなかった。

 無理やりポーチに押し込んでいた携帯シビレ罠を、ティガレックスの後方から足元に設置した。

 すぐに罠を踏み抜いたティガレックスは、ゲネポスの麻痺毒などから作られたその罠によって体を痺れさせて動きを停止させた。

 この時点で捕獲用麻酔玉を用いて捕獲するという選択肢もあった。

 しかし四人はそうはせず、各々の武器を構えた。

 バルドゥスの刺突、ブルックの連続射撃が嵐のようにティガレックスに叩きこまれ、その間に溜めモーションに入っていたリンの強烈な一撃が遠慮なく放たれた。

 ようやく罠の効果が切れ、ティガレックスがヨロリと動いたところで三人はカイトを見た。

 

「……とどめ!」

「ウム……!」

「やれっ……!」

 

「ああ……!!」

 

 どうにか動く右腕でマスターセーバーを握り、カイトは走りだした。

 逆手に構えた剣を、大きく振りかぶって、そして、

 

「うおおおああああっ!!!」

 

 全力で振り下ろされたマスターセーバーの剣先がティガレックスの脳天を貫いた。

 それから数秒、その巨体はピタリと動きを止めた後にゆっくりと雪原に沈んだ。

 完全に息絶えた事を確認した四人は、各々の武器を収納してからティガレックスを囲むようにして集まった。

 

「……終わった、ね……」

「ウム……」

「そうだな……」

 

 このエリアはカイトが半年前にティガレックスと出会い、記憶を失くした場所だ。

 そんな始まりの地に沈んだ巨体を見下ろし、カイトは大きく息を吐いた。

 

「……終わり、か……」

 非常に切迫した狩りだったように思えるし、案外呆気なかったような気もする。

 八年間もの間彼らを振り回した元凶は、もうピクリともせず目の前に転がっていた。

 既に月明かり以外彼らを照らすものがない、そんな時間だった。

 各々の想いを胸に合掌した後素材を剥ぎ取り、荷車を回収してから四人は峠を下り始めた。

 

 

 

 そんな四人がエリア1に差し掛かった頃、巨大な地揺れがフラヒヤ山脈一帯を襲った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 四人がポッケ村についたのは早朝だったが、かなりの村人の姿を外で見ることができた。

 というのも深夜の地揺れのせいで積んである薪が崩れたり、老朽化していた建物の壁が剥がれ落ちていたり、家具が散乱したりと散々な状況だったからだ。

 幸い重傷者はいなかったが、軽いけがをした人もいたらしい。

 カイトたち四人の無事の帰還を村人たちは大いに喜び、復旧作業の手を一旦止めて四人のもとに駆け寄ってくれた。

 カイトたちよりも若干早く帰還していたガウたちのパーティーは、村人たちと一緒に散乱した資材の片付けなどを手伝っていた(村人たちには早く休むように言われたようだが、体力が取り柄であるハンター四人は狩りで疲れた体を鞭打って作業に参加していた)が、カイトたちの姿を見つけると同じように手を止めて四人の元へ来てくれた。

 

 話を聞くと、どうやらガウたちのパーティーは、クシャルダオラを撃退ではなく討伐まで達成してしまったらしい。

 上位個体であるとはいえ、古龍を逃さず討伐するのは中々できることではない。ラインハルトが怪我で戦力外だったため実質三人でそれをやってのけたということから、改めてこのパーティーの実力の高さを思い知らされた。

 ガウは父であるバルドゥスの姿を見つけると、「やっと戻ってきたか」とだけ言ってそれっきり口は開かなかった。

 バルドゥスはそれを見て笑ってこう言った。「待たせたな」と。

 ガウにとって憧れだった狩人である父の姿が八年ぶりに戻ってきた。

 

 ラインハルトは満足行くデータを記録できたようでご満悦、といった表情だった。今回の記録は今後の古龍の研究に大いに役立つはずだと気合が入っていた。

 しかし、そんなラインハルトの表情が段々と焦りのものへと変化していった。

 フローラとメイが捜索に行った方面の一帯で、先ほどの地揺れによる雪崩が発生したという情報が飛び込んだからだ。

 クシャルダオラの影響による悪天候で今まで積もっていた雪の層の上に、新たに雪の層ができて雪崩れやすくなっていたところで先程の地揺れである。あちこちで雪崩が観測されているが、フローラたちが向かった方角では一際大きなものが発生したという。

 何より、ただエリアの捜索に向かっただけにしては帰還が遅すぎる。

 もしやメイたちは雪崩に巻き込まれたのでないかと段々と騒ぎは大きくなった。

 ラインハルトもフローラのことが心配で今にも村を飛び出そうとした時の事だった。

 

「やあやあ、遅れちゃって済まないねえ」

 

 集会所の空気にそぐわない、のんきな女性の声が入口の方から聞こえてきた。

 そこに立っていたのはメイと、その肩を借りてぐったりとしているフローラ。そして見慣れないハンターらしき男の三人だった。

「フローラ!大丈夫なのか!?」

 ぐったりとした様子のフローラが心配なラインハルトがそこに一番に駆け寄った。

 フローラは意識はあるようで、疲れた顔ながらも顔上げてラインハルトの方を見た。

「……平気。疲れてるだけ、だから……」

「い、一体何があったんだ……?」

「さっきの次揺れのせいで、雪崩が発生しちゃってね……。反応遅れた私が巻き込まれちゃって。メイさんのおかげでなんとか助かったけど……」

「他にも雪崩の発生しそうなポイントがあったから、それを回避しながら戻ってきていたらすっかり遠回りになっちゃってね。それで一度雪崩に巻き込まれたのがよっぽど堪えてたのか、フローラちゃんすっかりまいっちゃててさ。体力的な面もそうなんだろうけど精神的にやられちゃってみたいでこれさ」

「も、申し訳ないです……」

 依然としてフローラはメイの肩に寄りかかってぐったりとしているが、怪我はないということでラインハルトもひとまず安心した。

「……それで、そっちの人は?」

 リン最初に口を開いたが、その場にいた人は皆気になっていただろう。メイとフローラと一緒に現れた謎の男ハンターのことだ。

 一斉に視線を向けられたその男ハンターは被っていたフードを取って軽く会釈をした。

「どうも、自分はカーク・ハマンドってもんでね。今更隠すこともないんで言っちゃうけど、ウカムルバスの調査をするためにこのポッケ村に滞在させてもらってた」

「……!」

 ギルドナイト、という言葉に敏感になっている一同はその男に警戒の視線を送った。

 そんな一同にメイは「心配ないよ」と補足説明を始めた。

「カークはジャンとは無関係のギルドナイトで私の古い知り合い。ユクモ村に逃げ延びた私だったけど、何か出来ることがないかって個人的に連絡を取っていたんだ。そしたら何とか先手を打てないか個人で調査してくれる、って言ったきりだったんだけどね。まさか本当に一人でいるとは思わなかったよ」

「ま、自分がやっとやっと辿り着いた(・・・・・・・・)時には村のほうで解決しちゃってたみたいだけどね」

「辿り着いた……?」

 カークの言葉の違和感をカイトは聞き逃さなかった。彼の言い方ではまるで────

 

「うん、ウカムルバスの居場所を突き止めたよ。ついさっきね」

 

「「なっ…………!」」

 カークのその発言にさすがに一同は驚きを隠せなかった。

 カークは伝説上のモンスターの存在を確かに捉えたというのである。

「まあ、見つけた瞬間にさっきの地揺れと雪崩だからね。見失っちゃったけど、まあおそらく立地的にあそこから動くことは無いとは思うんだよね」

「私が見ていた限り、しばらくは平気かな。雪崩のせいでいよいよ捜索は難しそうになったけどね」

 メイは「まあしょうがないよねえ」とのんきに笑った。その余裕はおそらくは、ポッケ村に被害が及ぶリスクが低いと判断したからだろう。

「あとね、ウカムルバスがいたところ、他の大型モンスターがいた形跡があるんだよね。おそらくウカムルバスに追い出されちゃったんだろうけど」

 その発言でカイトは「もしや」、とひらめいた。

 八年前に現れてから忽然と姿を消していた轟竜が最近になって急に出現した理由。それは山脈の奥地のねぐらからウカムルバスによって追い出されてしまったからではないだろうか。

「丁度あの辺りは、その昔ベースキャンプになる予定だったところでね。そのテントの残骸なんかも転がっていたんだけど、立地が悪すぎて放置されちゃったらしいね。まあ、あんなバケモノが出ちゃうような場所はそもそもベースキャンプに出来ないけど」

 そんな風に現場の事をカイトたちに詳しく話してくれていたカークの元に、一匹のアイルーが駆け寄ってきた。

「ご、ご主人様ニャッ!」

 そのアイルーは以前カイトの事を自分の主人と間違えた、集会所でよく目にするアイルーだった。カイトのオトモであるモンメと仲がよく、たびたび二頭で話している様子が見かけられていた。

「ご主人様、今までどこに行っていたんですニャ!自分は心配で心配で……!」

「いやあ、悪い悪い。仕事でどうしてもね……」

「せめて行き先を言ってからいなくなってくださいニャ!」

「こ、今度からは気をつけるよ……」

 そんな一人と一匹の様子を見ていたカイトの元にモンメが歩いてきた。

「いやあ、あいつのご主人が見つかってよかったニャ」

「なんだ、もうすっかり仲良しみたいだな」

「そうですニャ。……でも……」

「ん?」

「ご主人が見つかったってことは、そろそろお別れってことだニャ……」

「……そうだな」

「……人生、もといニャン生とは出会いと別れの繰り返しなんですニャア……」

「急に悟るな馬鹿」

「冗談ですニャ」

「……そうだな、今日の飯は豪勢にいこうか」

「……ありがとうございますニャ」

 

 

 

 そうして大分集会所に落ち着きが取り戻ったところで、カイトたちハンター一同は村人たちによって半ば強制的に睡眠を取ることになった。まだ手伝うことがあると言ったガウ達も、最終的には言葉に甘えて自室に帰ることにした。

 各々の部屋について防具を脱いでベッドに倒れ込んだ瞬間すぐに意識は闇に落ちていき、全員の目が覚めたのは太陽が南に登った頃だった。

 そんなカイトたちは、昼食を採り終えると村長やギルドマネージャーに呼ばれて農場の方へと向かった。

 まだ地揺れの影響で農機具が倒れたままになっていたりとあまり手が回っていないようだが、それらは一旦無視して農場の奥の洞窟の方へと一同は案内された。

 

「…………こ、これは……!」

 

 そこには、ポッケ村に伝わるとある伝承が実物として残っていた。




 ということで長きに渡る轟竜との因縁に決着がついた、という話でした。
 コメントで頂きましたように「キャラクター数が多くてわかりにくい」という事は自身も自覚していたのですが、とある都合により最後の新キャラを出させて頂きました。
 2ndGのゲーム中でも集会所のアイルーの行方不明の主人としてギルドナイトの存在が仄めかされています。ウカムルバスの捜索中に雪崩に巻き込まれて行方不明になっていた記憶がありますが、今回は無事帰還できた設定にさせていただきます。
 このキャラクターを出した理由は次回のあとがきにて説明したいと思っています。
 あと、登場人物紹介も来週の投稿か、その前には上げさせて頂きます。

 さて、次回、三十話が最終話ですが……。再投稿を初めて一年以上経っているんですね。早いものです。
 2ndGをプレイしている方ならわかると思いますが、今回の地震で村にちょっとした変化が起こります。そのことも少しだけ次回で触れたりします。

 それでは願わくば来週の投稿で会いましょう。


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第三十話 それぞれの道を

 お待たせいたしました、三十話です。ふと気がつけば三十話です。
 長いようで短いお話でしたが、最後まで読んでいってください。


「リン、本当に忘れ物はないか」

「子供じゃないんだからそんなに何回も確認しなくても平気だってば」

「リンはまだまだ子供だろ」

「もう二十歳になったから!」

「……二十歳ってことは、もう二年経つのか」

「そうだねー。長かったような短かったような……」

「はじめに十八歳って聞いた時は驚いたなあ。てっきり十五かそこらかと」

「失礼だなー……!」

「若く見えたってのは褒め言葉だろ?」

「物は言いようだよ、それ。まあお母さんに言ったら喜ぶんじゃない」

「お前の母さんは異常だよ……!姉妹って言っても違和感ないからな」

「あの時母さんが言ってた“血筋”っていうのが原因なんだろうけどね」

「……人間じゃない血が混じってる、ってことだよな」

「そうだね。この世界には竜人族や海の民、土竜族みたいに人間の他にもいろんな種族が暮らしているからね。もういない種族なのか、それともどこかでひっそりと生きているのかわからないけれど、ウチの先祖はきっと人間以外の別の種族だったんだろうね。お母さんとお揃いのこの紅い瞳と、この毛先の黄金色がその証拠」

 そう言ってリンはその髪を優しく撫でた。二年前とは異なり肩の少し下まで伸ばしたその髪型のおかげで、なるほど少しは大人びて見える。

「ウチの反射神経とパワーは、この血のお陰だね」

「言っておくが、それだけじゃないからな。努力があって今のお前があるんだって事を忘れんなよ」

「わかってるってば。ウチだってずっと頑張ってきたんだから」

「その調子で俺に追いついてくれよな」

「あのねえ、上位とG級では大きな隔たりがあるんだからね」

「……まあ俺がいうのも何だけど、お前も十分異常なペースでランクアップしてるんだからな。出会った時はまだ下位のヒヨっ子だったのに、今じゃ上位のクエストじゃ敵なしの実力だからな」

「だからこそG級って言う壁の高さを身をもってわかってるんだよ」

「ま、精々頑張ってくれ」

「もっちろん頑張らせてもらうよ」

「はっ…………」

「むむっ…………」

「……」

「……」

「……はあ……」

「なんかね……」

「色々あった二年間だったね」

「あり過ぎだ。二年前のティガレックス戦が可愛く思える」

「それは言い過ぎじゃない?」

「言いすぎじゃねえよ……。なんだよこの結婚ラッシュは……」

 そう言ってカイトは手元の封筒に目をやった。

 差出人はラインハルトとフローラ。結婚式を挙げるからドンドルマに来いという旨のものだった。

「あはは……。ガウとレイラさんはユクモ村の方で早々に挙式しちゃうしね」

「親族にすら結婚事後報告ってどういうことだよ……。バルドゥスのおっさん、結婚式行きたがってたじゃねえか」

「んー、恥ずかしかったんじゃない?」

「そういうものか?」

「そうじゃないかなー」

「そんなこと気にするやつじゃないだろ」

「まあ、確かに……」

「ガウたちには時間が空いた時に会いに行こうぜ。それより今はラインハルトとフローラだろ」

「だねー、二年ぶりかあ」

「もう二年経つんだから早いよな」

「あはは、ほんとにね」

 ほんの少しの立ち話のつもりが思った以上に話がはずみ、二人は荷台に腰掛けて続きを話し始めた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ──二年前、ポッケ村──

 

 村長とギルドマネージャーに呼ばれてカイトたちが訪れたのは農場の奥の洞窟。

 以前は氷の壁に阻まれて奥までいけなかったのだが、地揺れの影響で氷壁が崩れており先へ進めるようになっていた。

 奥に行くと空間が広くなっているところがあり、洞窟の天井が崩れているため光が差し込んでいた。

「…………こ、これは……!」

「なんと……」

「大剣……?」

 カイトたちが目にしたのは氷に突き刺さった大剣だった。

 大剣とは言ってもその大きさは普通の大剣とは比べ物にならないほど大きく、とてもではないが持ち上げることなどできないものだ。

「……これは一体……」

 巨大な大剣を前に唖然とするカイトたちに村長がしわがれた声で説明を始めた。

「これは遠い遠いご先祖様の使っていた大剣での。“とあるモンスター”を追っている間に心半ばで倒れてしまったまま放置されていたのであろうな」

「いやいや待ってよ村長さん!こんな大きな武器どうやって使ってたっていうの!?」

 リンやフローラは自分の身の丈の何倍もある大剣を目の前に、これが何者かの手によって振るわれていたという事が現実的な話とは思えなかった。

 しかし、他のハンターたちは何か思い当たるフシがあるのか何やら納得しているようだった。

「伝説の巨大竜人、か……」

「きょ、巨大竜人……?」

 カイトがポツリと呟いたその単語をリンは聞き逃さなかった。文字通りであれば巨大な竜人、ということだが、果たして本当にそんな竜人が存在するのだろうか。

 そのカイトのつぶやきに対する村長の反応は肯定だった。

「その通り、千年に一人しか生まれないという巨大な竜人がこの大剣の持ち主であり先祖での。まあ、ドンドルマのハンターであるヌシらには馴染み深いかの」

「いえ、馴染み深いということは無いんですが……」

 カイトたちが本拠地にしていたドンドルマには大老殿という場所がある。ここは首脳たちが集まる場所であるため一部の認められた人々しか立ち入ることが出来ないのだが、ここにとある有名な人物がいる。

 その人物というのが大長老と言われる巨大な竜人だ。

 この大長老、若い頃(一体何百年前のことだかは不明)にはハンター稼業に身をおいており、かのラオシャンロンを相手に素手で相撲をしたり、その尻尾を切断してしまったなどといったにわかに信じられないような伝説を残している。

 現役を引退した今もその気迫は衰えておらず、彼に謁見するには相応の実力者でなければならないというルールがある。

「ワシのご先祖様はかの“黒き神”、アカムトルを退けたお方でな。双対を成す“白き神”も倒さんと、その拠点にするためにポッケ村を拓かれたそうな。それまではアイルーたちが暮らしていた何もないところだったのだがな、幸いな事に温泉が湧き、鉱石にも恵まれた土地であったために今も村は続いておる」

 そんな伝説的なハンターが使っていたという得物が、目の前にそびえている大剣だという。

「ポッケ村に伝わる伝承にはこんなものがあっての。『狩人、白き神、討ち下しかけるも、災害、白き神守護し、その争い引いて分ける結末なり。未来ある狩人、黒き神を討ちし“災厄の戦士”怪なる物滅ぼし続ける時、

白き神目覚め、かつての怨念、成就願わん。さりとて“未来ある狩人”、白き神を討ち倒し、全てを守り全てを終わらさん。』……とな」

「黒き神、と言うのは先ほどもおっしゃっていたアカムトルムのことですかね」

 そう聞いたのはラインハルトだった。彼の知識欲が刺激されたようで、その目は少しか輝いていた。

「うむ。まあ、覇竜が動いたという目撃情報は今のところ聞いておらん。しばらくは平気であろう。だがしかし、もし覇竜が打倒されるような事がれば、願わくば若き狩人たちよ。もう一度この村を訪れてはくれんかの」

 村長がハンター全員を呼んだ理由はこれだった。もしも村に有事があった時には力を貸して欲しいという、村長直々のお願いだった。

 そしてそれに対する狩人たちの返事は皆同じ、首を縦に振るもだった。

「……ありがたやありがたや。ポッケ村も安泰だの……」

 ここが故郷である者にとってもそうではない者にとっても、この村は大切な、掛け替えのない場所になっていた。

「お礼に、という訳ではないのだがの、ヌシらに使ってもらいたいものがある」

 そう言って村長が向き直った先には、巨大な大剣がそびえ立っていた。

「そ、村長さん。いくらなんでもウチらにこんな大きな武器は……」

「ホッホ、違うでの。この武器をこのまま扱える者はもう数百年現れんだろうからの。お主らにこれを削りとって使って貰いたいという話での」

「削りとって……?」

「ウム、見たところ古龍の骨などを使用した硬質なピッケルならば、表面をどうにか剥がし取れると思うのでな」

「今回は私の方からピッケルを提供させていただきますわ」

 そう言ってギルドマネージャーはリンに大きなピッケルを手渡した。

「え、えっとじゃあ、いかせてもらいます」

 リンは自分でいいのかと戸惑いながらも、普段大剣を振るう要領で思い切り特製ピッケルを振り下ろした。

 ガツン、という音が洞窟に響き渡り、少し遅れて何かがゴロリと落ちる音がした。

「この黒い塊は……」

「おそらく龍属性を内包した素材かの。是非武具作成に役立てておくれ」

 リンはしばらく自分の手で持っている黒ずんだその塊を眺めていたが、ハッとしてみんなの方を振り返った。

「あ、でも一つしか無いしどうしよう……」

 自分がほしい、という願望が全く隠せておらず顔に出ているリンを見てカイトたちは苦笑いした。そして、この場で最年少であるリンに気をつかってあげるのが年長者の勤めだろうと、心のなかで満場一致したのだった。

「俺たちはいま武器とかに困ってないから、それはリンが使いなよ」

「え、ええ、でも……」

 と遠慮したような素振りを見せるが、リンの顔は若干笑っている。相変わらず隠し事が出来ない体質のようだ。

「い、いいんだよー。リンちゃんが使っちゃって」

(フローラ、完全に子供扱いしてるな……)

「ほ、本当にいいの……?」

「いいからいいから」

「……じゃあ、ありがたく」

(……なんともいい笑顔だ)

 そんな調子で黒い塊はリンのものとなり、そのまま鍛冶屋で武器に鍛えあげてもらうことになった。

 

 

 

 そうして一週間後、村もすっかり元通りになり今まで通りの賑わいを見せ始めた頃。

「そろそろ俺たちはここを発とうと思う」 

 村人たちで混み合った酒場の、とある一角のテーブルでそう言ったのはガウだった。

「ギルドナイトの問題も解決したからな。また腕を磨くために別の地方へ行くことにする。専属をポッケ村に移したばっかりで手続きが面倒だが、まあ仕方がない」

「私もそろそろだと思っていたからな、問題ない」

 ダフネもレイラと同じく問題は無いようで、黙って首を縦に振った。

 しかしラインハルトだけは、なにか言いたげな顔をしていた。

 レイラはラインハルトの言いたいことはある程度察しがついていたが、本人の口から言わせようと、ラインハルトに話すよう促した。

「なにか言いたいことがあるのだろう?」

「……あ、ああ……」

 ラインハルトは一呼吸整えてから、ガウ、レイラ、ダフネの三人の方に身体を向けた。

「……俺は、このパーティーを抜けようと思う……」

「……」

「俺には王立書士隊に入るっていう夢がある……。そのためにはものすごい量の勉強をしなくちゃならないんだ。はっきり言って、数年は狩りが疎かになっちまうと思う。三人には迷惑かけられないから、抜けさせてくれ……!」

 それを聞いたガウはゆっくりと立ち上がり、ラインハルトの目の前まで歩いて行った。

 そしてその太い腕を振り上げて──、

 

 拳でラインハルトの額に軽くどついた。

 

「おいラインハルト」

「な、なんだよ……」

「迷惑かかるから、じゃなくて、夢を追うため、って言えばいいだろうが。面倒なやつだな」

「……悪い」

「まあお前が勉学なんぞにカマかけてる間に俺はG級への一歩を踏み出させてもらう」

「はっ、試験通ったらG級へに速攻昇級してやるからな……!」

「へっ、吠えてろガキ」

 そんな風に悪友どうし軽口を叩き合う二人を、レイラとダフネは黙って見守っていた。

 八年前、親元を離れてたった一人でドンドルマに飛び出してきた者同士、偶然にもパーティーを組みそれからずっと切磋琢磨し合ってきた仲だった。

 そんな二人も、それぞれの目指す道のためにここでお別れとなる。

 その晩は年長者であるダフネ持ちで、日付が変わっても飲み明かしていた。

 

 そして、それから二日後。ガウ達はポッケ村を発った。レイラ、ダフネ、に加えてウカムルバスの調査に来ていたギルドナイトのカークが新しいメンバーとして迎え入れた。

 行き先はカークの故郷だというジャンボ村だ。

 ジャンボ村はポッケ村からひたすら南下した所にある海沿いの村だ。

 村としては新しい方で、若い竜人族が開いた村だという。

 カークは、久々に家族に会いに行くのが目的のようだが、レイラとガウに関しては新たな狩猟場への期待でいっぱいのようだ。

 ガウは去り際に、父であるバルドゥスと一言だけ交わし合い、あとは振り返らずに行ってしまった。非常に潔い別れではあったが、まさかその一年後に結婚報告が来るとはバルドゥスも思っていなかっただろう。

 

 

 

 それから一月も経たないで、次の別れがやってきた。

 怪我が完治したラインハルトが、フローラとともにドンドルマに行くという。

 ラインハルトの王立書士隊入隊試験のためであり、フローラのハンター修行のためであり、そしてラインハルトの実家にフローラを紹介するためだという。

 最後に関してはラインハルトが無事試験に合格して、落ち着いてからだという。

 リンとフローラは泣いて抱き合い別れを惜しんでいた。リンとしては、初めての、そして唯一の同世代で同性の友人であり大切な仲間だった。

 中々二人が泣きやまず、予定よりも少し出発が遅れたりもした。

 一方でカイトとラインハルトは、ガウとラインハルトがそうであったようにお互いに軽口を叩き合い、それから固く握手を交わした。

「書士隊の試験パスしたら、ハンターとしてもすぐに追いついてやるからな」

「まあ、気長に待ってやるよ」

「言ったなこの野郎……」

「おうおう、いくらでも言ってやるさ」

「…………くくっ」

「ははっ……、最後までこんな調子かよ」

「俺ららしいだろ」

「……だな」

 特殊な環境で育ったカイトにとって、親友と呼べる存在は彼が初めてだった。

 別れが惜しくないかと言われれば、惜しいに決まっているが、それでも彼らはそれ以上は言葉を交わさなかった。

 

 それは、不思議な縁でまたすぐ会えるような気がしたからだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「そして現に、またこうして会う機会が出来たわけだからな」

「だね。思ったよりもずっと早くね」

「試験は一発パスだったみたいだな」

「正直ウチにはどれぐらい凄いことだかわからないんだけどね……」

「まあお前には一生無縁のことだからな」

「そ、それってどういう意味さ!」

「なんでもねーよー」

「馬鹿にしてるでしょ!」

「冗談だって」

「ふんっ……!」

「悪かったって、そんなに怒るなよ」

「…………出発前にパンおごって」

「……わかった。それでチャラにしてくれ」

「……よろしい」

 リンはニヤッと笑うと、荷台から飛び降りた。

「そろそろお花持って行こうか」

「……そうだな」

 リンが白い花束を取り出したのを見てカイトも荷台から降りた。

 二人が向かった先は、住宅がある地域から少し離れた丘の上。村で亡くなった人たちの眠る小さな墓地だった。

 その中の、特別大きくは無いが、手入れが行き届いていて綺麗な二つの墓石の前で立ち止まった。

 その墓石にはこう書かれていた。

 

『コルト・シルヴェール、ここに眠る』

『ローザ・スチュアート、ここに眠る』

 

 既に墓石の前には花が添えられていた。おそらくメイとバルドゥス、ブルックのものだろう。

 リンは父の墓石の前に花束を添えて手を合わせた。

 カイトもそれに続いて手を合わせ、暫くの間墓地には風の音だけが通り抜けていた。

 それからリンはしゃがみこんで、今は亡き父へと語りかけた。

「お父さん、ウチは今年で二十歳になりました。まだまだお父さんたちには遠くおよばないけど上位のハンターになったよ。お父さんの最期を看てくれたカイトもここにいるよ。あのね、ウチねドンドルマに行くんだ。お父さんたちが見ていた景色をウチも見てみたくなって。しばらく戻れないかもしれないけど、心配しないでね。ほら、元気だけが取り柄だから……。うん、だから挨拶しに来たんだ。……行ってきます」

 リンはもう一度父の墓石手を合わると、次はローザの墓石の前で手を合わせた。

 「あなたの夫は相変わらず元気です」とか「でもちょっとやかましいです」とありたっけの報告をした。

 そして、もう言うことも思いつかない、となったところで、やっとのこととで二人は墓地をあとにした。

 

 二人が墓地から村の中心部に戻ってくると、早朝にもかかわらず村中の人たちが集まっていた。

 それはもちろん二人を見送るために集まった人たちだった。

 道中困らなようにと、ありったけの干し肉や豆をくれる人がいれば、中には樽ごとお酒をくれる人もいた。

 二十年間自分を育ててくれた村の人々との別れが惜しいリンは、一人ひとりに挨拶をして回っていた。

 そしてやっとのことで二人が荷台の近くまでたどり着くと、そこには村長とギルドマネージャー、G級受付嬢のシャーリー、そしてバルドゥス、ブルック、メイの三人がいた。

 まず村長とギルドマネージャーから、ドンドルマのギルド支部での登録が円滑に行えるように紹介状が手渡された。

 シャーリーもドンドルマの知り合いの受付嬢に二人のことは伝えてあると言ってくれた。

 

 リンのことを我が娘のように育てたバルドゥスは年甲斐もなく鼻水を垂らしながら泣いていた。髭まみれのおっさんが泣いて抱きついてくるわけだが、リンは嫌な顔はせず、むしろもらい泣きをして抱き返した。

「リンッ……!元気でやるんだぞぅ……!」

「うん……!ウチ頑張るよ……!」

 リンが若干バカっぽく育ってしまったのは、この髭のおっさんのせいでは無いかという説もある。

 

 記憶をなくしていたカイトを雪山で救ってくれたブルックは、カイトと一緒にそんな二人を見て苦笑いしていた。

 カイトはポケットから鍵を取り出してブルックに手渡した。

「お借りしていた部屋の鍵、お返しますね」

「……うん、たしかに」

「二年と、半年……。ほんとうにお世話になりました」

「いやいや、大したことはない。それにしても不思議な縁だったな。雪山で倒れている君を見た時から、何かが始まる予感はしていたんだ。おかげで流れるように時が過ぎた」

 そう言って笑ったブルックは、ポケットをごそごそと探って、そこから新しい鍵を取り出した。その鍵はよく見るとカイトが返却した部屋の鍵と同じものだった。

 それをカイトに手渡してブルックは言った。

「それはその部屋のスペアキー。……ここに帰ってきた時は、いつでも使っていいからな。この村を実家だと思ってくれればいい」

「……ありがとう、ございます……」

 カイトは手渡されたその新しい鍵を、大事にポケットにしまった。

 

 そして最後に二人はメイと対面した。

 メイは二人が何か言おうとする前に、二人をぎゅっと抱き寄せた。

「おっとっと……」

「うわわっ、お母さんっ!?」

「まあまあ、しばらくお母さんに抱かれていなさい」

 二人はしばらく、言われるままにメイの腕に抱かれていた。

「私もリンぐらいの年の頃には、バカ四人と一緒に大陸中旅をして回っていたもんだよ。世界ってのは広くてね。今まで全く知らなかったことや、自分よりずっと優れた人々……、綺麗なもの、理不尽なこと、好きな人、嫌いな人……。そりゃあもう、色々あるんだ。だからハンターとしてだけじゃなくって、もっといろいろな経験をして成長してきて欲しいんだ」

 リンの頭をガシガシと撫でてからメイは言った。

「ただ、自分の命だけは大切に。それだけは母さんと約束して」

「……うん。ありがとうお母さん……!」

「……良い返事だ。そして……」

 メイは二人を抱いていた腕をぱっと離して、それからカイトの瞳を覗き込んだ。

「……本当にいい眼をするようになったね。昔見た時は、暗く濁った黒だったけれども、今は透き通った綺麗な黒だ」

「……この村に来て、たったの半年で変わっちゃいましたからね。……本当に、いい所です」

「環境は人を変えるからね。各地を回る旅は、リンだけじゃなくて君にとってもいい刺激になるはずだ。目一杯、この広い世界を堪能してくるといいよ」

 メイは最後にもう一度二人を抱き寄せ、それからポンポンと頭を撫でた。

 二人とも二十歳を超えているにもかかわらず、不思議と恥ずかしかったり、嫌な気はしなかった。

 

 それからもう一度村の人々全員に向けて別れの挨拶をすると二人は荷車に乗り込んだ。それを確認したモンメが手綱を握ってポポを進め始めた。二人が見えなくなるまで村の人々は手を降ってくれており、二人もそれが見えなくなるまで手を振り返し続けた。

 やがてポッケ村が見えなり、二人は狭い荷車に揺られながらただ前を見つめていた。

「ドンドルマにはどれぐらいで着くかな」

「んー、そうだな。ゆっくりと向かうから四日、ってところじゃねえかな」

「そこそこかかるね……」

「移動こそが旅の醍醐味だからな。少し寄り道しながら向かおうぜ。どうせ式までは一週間以上あるんだ」

「まあ、それもそっか。そうと決まれば美味しい特産品のある町を回っていこうよ!」

「相変わらず食い意地張ってんな……」

「なっ、そういうわけじゃないよっ!どうせなら、って事で……!」

「はいはい、そういう事にしておくよ」

「ぐぬぬぬぬ……」

「パンでも食べて機嫌直しせ」

「食べ物で釣られると思わないことだよっ!」

「食べないのか?」

「…………食べる」

「だろ?」

 

 二人のやり取りを横目で見て「うるさい人達ですニャ……」とモンメはこぼした。いつになっても変らない二人に半ば呆れているオトモであった。

 

 

 

「今日中にはフラヒヤ山脈は越えちゃいたいんだけど、ギルドマネージャーからもらった情報によると、ドドブランゴの目撃情報が出ているらしい」

「……なんならいま、少しずつだけどブランゴの群れに囲まれてるよね」

「これはお出ましかな……」

「早めに荷車は隠しておいたほうがいいかもね」

「だな、そうするか」

 

 そして二人は獣の咆哮を聞いた。

 

「やっぱり旅にトラブルは付き物だな」

「でも、問題は無いでしょ」

「……まあな」

 

「──だって、ウチらはモンスターハンターなんだから」

 




 まず最初に一言だけ。

 一年と五ヶ月間、本当にありがとうございました。

 誤字脱字が多かったり、文章構成力の無さから読みにくい文章になってしまったり反省点は山のようにありますが……。ひとまずこの三十話を迎えられたこと、本当に皆さんのお陰だと思っています。コメントや評価、お気に入りが励みになりました。

 話数30話、文字数20万字余りと決して長いお話ではありませんでしたが、かなりの体力を取られる作業でした……。


 さて、皆さん。
 「回収してない伏線あるじゃないか」と思われた方もいると思います。それもそのはずです。
 何を隠そうこのお話、書き始めた頃は四部構成の予定でした!(笑)
 このベースで書き続けると完結は120話……。私の遅筆ではとてもとても達成できません……。
 それでもこの打ち切りのような終わり方ではあんまりですし、まずキャラクターの掘り下げがされてなさすぎますよね。

 そこで、頑張って続きを書かせていただきます。
 ですが、一章30話といった分量にはもちろん出来ませんし、まず書き溜めが皆無です。いつ投稿が始まるかもわかりませんし、いつ完結するかも全くわかりません。
 それでも一人でも読んでくださる方がいる限りは続けていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。


 ここで少し30話の内容に触れましょう。
 巨大竜人の事は、ゲーム上でドンドルマに訪れたことがある人なら馴染み深いでしょう。
 ポッケ村の開祖が巨大竜人だったってお話、非常に興味深くて面白いですよね。あの巨大な大剣を使うような人たちなら、ラオシャンロンの尻尾を切断しても納得できますよね。
 ただ逆に、『大長老の脇差』って太刀ありますけれど、あれは彼らの脇差しにしては小さすぎませんかね……。


 さて、すぐ始まるかもしれないし、開始まで時間がかかるかもしれない次章のタイトルは『白銀の鋼刃』です。
 そうです、ガウの相方のレイラが主人公です。
 時間軸は30話時点から10年前まで遡り、そこから今現在に至るまでのお話、つまりは第一章の裏話のようなものになります。
 回想で一度登場しましたが、ガウとレイラの出会いについてなども詳しく書かせていただきます。

 あと、この後に三十話までの登場人物紹介も投稿させていただきます。
 ぜひ読んで復習してみてください。


 『紅い双剣』としては最終話ですが、同じ小説の中で章分けで続きを投稿していきますので、新たに検索していただかなくて結構です。

 ではまた次章でお会いしましょう!


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登場人物紹介② ※三十話までのネタバレあり

17~30話の登場人物紹介です。


 年齢等は30話時点のものです。

 

 

 

 カイト・オスカー (男・25) G級

 

【防具】ナルガXシリーズ

【武器】双剣

【容姿】黒髪黒瞳。

 本作の主人公。フラヒヤ山脈で傷だらけのティガレックスに襲われ記憶喪失になる。自分を保護してくれたポッケ村でハンターの仕事をこなしながら徐々にその記憶を取り戻していく。

 記憶を無くす前はギルドナイトで、双剣が馴染む感覚があったのはそのため。

 ジャンに毒をもられてしまったコルトを介錯している。

 鈍感なリンにようやく意識してもらえた模様。

 レイラと並ぶハンター界の神童として有名。

 

 

 リン・シルヴェール (女・20歳) 上位

 

【防具】ザザミSシリーズ

【武器】大剣

【容姿】セミウェ-ブのかかったショート。色は、地が茶色で、毛先にかけて金髪になっている。身長は低め。そのくせにの癖に胸はある。瞳は紅色。

 

 本作のメインヒロイン。天真爛漫で、村のアイドル。時々強気になったりするが、基本泣き虫。一人称は「ウチ」。酒に極端に弱く、気化したアルコールを吸っただけで酔ってしまうことも。

 普通の人より体力があり、反射神経なども鋭い理由として考えられるのが、人間以外の種族の血を引いている事が考えられる。詳細は不明。

 目覚ましい成長であっという間に上位ハンターに駆け上がった。

 カイトのことを意識し始めてしばらく経つが、初心な彼女はまだ一歩を踏み出せていない様子。

 

 

 フローラ・トレイス (女・23歳) 上位

 

【防具】フルフルSシリーズ

【武器】ライトボウガン

【容姿】薄緑色のショートヘア。リンよりも少し身長が高い程度で小柄。胸は平坦。自分より年下であるリンが大きいことで人生に絶望を覚えた。

 

 フラヒヤ山脈の麓にあるザンガガ村の若い専属ハンター。長い間一人で村を守り続けてきたので、まだランクこそ低いが確かな腕を持つ。

 今は幼馴染のラインハルトとともにドンドルマを拠点にして彼を支えている。

 メイ曰く、狩場全体を見通す能力は誰よりも優れており将来が楽しみなハンター。

 可愛いものに目がなく、特にアイルーが好き。甘党。

 

 

 ラインハルト・ベイヌ (男・25歳) 上位

 

【防具】レイアSシリーズ

【武器】ハンマー

【容姿】髪型は紫色のドスタワー。地毛は金色。髪を下ろして脱色すると、金髪ロングのイケメンなのに残念な人。身長は170後半。

 

 フローラの幼馴染だが、出身はザンガガ村ではなく、王都ヴェルドの下級貴族の家に生まれる。父親のサー・ベイヌのような王立書士隊隊員に憧れていた。少年の頃にクシャルダオラから二人のハンターに助けられた事をきっかけにハンターの道へと進む。その二人のハンターの正体は実はリンの両親。

 ふだんからおちゃらけていて、また美人に目がない。

 クシャルダオラの詳細な記録をとった功績が評価されたこともあり、ついに念願の王立書士隊隊員になることが出来た。次は書士隊の仕事の傍らにG級ハンターを目指すつもりでいるようだ。

 近々フローラと挙式する。

 

 

 ガウ・スチュアート (28歳・男) G級

 

【防具】ディアブロXシリーズ

【武器】全ての種類

【容姿】超マッチョ体型。髪は地毛は茶色だが赤に染めており、オールバックにまとめている。初対面では非常に恐ろしい見た目だが、性格は真面目。しかし気を抜いている時はただのダメ親父。

 

 ポッケ村出身のハンター。八年前の母親を亡くした事件以来、まったく狩猟に出なくなってしまった父親に嫌気が差して、大喧嘩の末に村を出た。リンのことを本当の妹のように大事に思っている。

 父親とは和解したが、そんな父に前もって告げること無くユクモ村でレイラと籍を入れている。

 ティガレックス戦後すぐにG級ハンターに昇格している。

 

 

 レイラ・スチュアート(旧姓ヤマブキ) (27歳・女) G級

 

【防具】凛・極シリーズ

【武器】太刀

【容姿】銀髪のロング。凛系統のスタンダード状態であるので想像しやすいと思います。身長は170ほど。

 

 ガウ達とドンドルマでパーティーを組んでいた。

 カイト同様神童として大陸に名を馳せていた。

 ティガレックス戦後、ガウ、ダフネ、カークとともにジャンボ村を拠点に狩りをしていたが、一年後にガウとともに自身の故郷であるユクモ村に帰り籍を入れた。

 【白銀の鋼刃】の異名を持つ。

 

 ダフネ・フランク (94歳・男) G級

 

【防具】グラビドZ

【武器】狩猟笛

【容姿】身長190が以上もあり、更に褐色肌に青いアフロと、聞くだけならば相当怖い容姿を彷彿させるが、実際には、ゲッソリとした細身の男。

 

 ガウのドンドルマでのパーティーメンバーの一人で、カイトとリンがザンガが村を訪れた際に一度会っている。

 その正体は古龍観測所の所員で竜人族。竜人族であるため見た目こそ20代後半だが、実際には94歳だという。

 

 

 バルドゥス・スチュアート (53歳・男) G級

 

【防具】クロオビXシリーズ

【武器】双剣などは苦手だが、一通りは扱える。

【容姿】ゲーム中の教官そのまま。装備はXシリーズを作ったようでそこだけ変わります。

 

 所謂、教官のおっちゃん。ガウとは父子の関係。十年前のティガレックスの狩猟で妻ローザを亡くしている。しばらくハンター稼業から離れていたが二年前のティガレックス戦を機会に復帰した。

 【銀竜殺し】の異名を持つ。

 

 

 

 ブルック・ペッパー (54歳・男) G級

 

【防具】ガルルガXシリーズ

【武器】ヘビィボウガン

【容姿】ゲームで、主人公を助けてくれて、部屋を貸してくれたあの人。

 

 フラヒヤ山脈でカイトが倒れているのを助け、部屋を貸してくれた人。元ハンターだが引退している。十年前に二人の友人を亡くしたのは自分が足を引っ張ったせいだと自責の念にかられていた。

 バルドゥス同様に二年前からハンターに復帰している。

 【黒狼の眼】の異名を持つ。

 実は既婚者で八歳の娘がいる。

 

 

 メイ・シルヴェール (47歳・女) G級

 

【防具】キリンXシリーズ

【武器】大剣

【容姿】身長は低くリンを金髪にした見た目。

 

 リンの母親。相当の手練だったようだが十年前のティガレックス戦で死亡したとされていたが、レイラの助けもあってユクモ村に逃げ延びていた。

 伝説的な実力を持つハンターで、【赤眼の獅子】という異名を知らないハンターはいないと言ってもいいほどだ。

 人間以外の何らかの種族の末裔のようで、その容姿は人間で言えば二十代ぐらいである。

 

 

 コルト・シルヴェール (享年45歳・男) G級

 

【防具】クロオビXシリーズ

【武器】主に大剣だが、教官を務めていたこともあり様々。

【容姿】初代の頃の若い教官のようなな感じ。

 

 リンの父親。八年前のティガレックス戦で行方不明になっていたが、五年前に遺体でポッケ村に運び込まれた。

 その正体はギルドナイトで、ジャンの命令でバルドゥスらを事故に見せかけて殺そうとするが、ローザの行動を見て思い止まる。ドンドルマに帰還後はジャンを失脚させるための情報収集を始める。その際にまだ少年だったカイトと一緒に狩りに行くようになる。

 しかしその三年後にジャンによって毒を盛られ、カイトの介錯によって死亡した。

 

 

 ローザ・スチュアート (享年36歳・女) G級

 

【防具】レウスXシリーズ

【武器】弓

【容姿】スレンダー。髪型はポニーテール。

 

 ガウの母親。八年前のティガレックス戦でブルックを庇って死亡。

 コルト同様にギルドナイトであったが、ブルックをティガレックスの目の前につきだしたところで正気に戻り、ブルックを庇う形で死亡。

 

 

 ジャン・マーカット (59歳・男) G級

 

【容姿】初老のギルドナイト。

 

 ポッケ村におけるギルド支部の権限を手に入れ、ウカムルバスの捜索を成功させ、その暁にギルドの上層へと昇格しようと目論んでいたギルドナイト。

 彼の謀略によりコルトやローザは命を落とすこととなった。

 しかし彼の目論見は失敗し、現在は投獄されている。

 

 

 ギルドマネージャー(本名不明) (年齢不明・女)

 

【容姿】2ndGのそのまま。

 

 ポッケ村に配属されているギルドマネージャー。

 竜人族んの女性で、ギルドでの立場は高いようだ。

 普段の物腰は柔らかいが、ジャンの一件ではテッセンらしき双剣を持ち、鋭い眼光でジャンたちを牽制する姿も見られた。

 

 

 シャーリー (年齢不明・女)

 

【容姿】2ndGのG級受付嬢そのまま。

 

 胸のサイズもG級。

 ギルド職員としてベテラン。

 ジャンの一件で、元々ギルドナイトのメンバーであったかのような様子を見せている。

 

 

 カーク・ハマンド (32歳・男) G級

 

【容姿】サラッとした銀髪。

 

 フローラがメイと雪山の奥地を散策していた際に遭遇したギルドナイト。メイとは知り合いのようで、メイがユクモ村に逃げ延びた後にコンタクトを取り、彼女の依頼でウカムルバスの調査を単独で行っていた。

 集会所に居ついていたアイルーの主人。

 ラインハルトが抜けたガウたちのパーティーに代わりに参加し、家族に顔を見せるために彼らを連れて故郷のジャンボ村に帰省した。

 

 

 モンメ(オス)

 

【容姿】一番スタンダードなアイルー柄

 

 カイトのオトモアイルー。オトモアイルーとしては優秀だが、キッチンではあまり活躍できないようだ。



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第二章 【白銀の鋼刃】
第三十一話 旅立ちの決断


 本章は第一章の終了時点から十年遡ったユクモ村から始まります。
 主人公はガウのパーティーメンバーでありポッケ村での騒動の決着に一役買った、太刀使いのレイラに移ります。
 第一章では非の打ち所のない天才的なハンターとして登場しましたが、十年前の彼女はどうでしょうか……。

 第二章の話数は第一章と比べてかなり少ないです。狩りの場面も少なくかなりハイペースでお話が進んでいきますが、第一章の裏話として読んでいただけたらと思います。


 ハンターの世界において多くの英雄譚が語られるシュレイド地方からは遥かに離れた地。

 そこにはまた別の生態系が根付き、それに適応したハンターたちが己の武器を振るっていた。

 その地方の玄関口とも言えるモガの村から、大陸の奥へ奥へと進み、険しい山道を登り切ったところ。そこには温泉街として有名なユクモ村がある。

 山奥にある分モンスターからの被害も決して少ないとは言えず、専属のハンターが常駐している。

 そんな専属のハンターの中に、稀代の名ハンターとして若いながら有名になった一人の少女がいた。

 

 彼女の名前は、レイラ・ヤマブキ。まだ齢十七でありながら、G級ハンターとして狩猟場で活躍している。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ただいま帰った」

「あ、お帰りなさいレイラさん」

「お帰りなさーい!」

 

 レイラが依頼を終えて集会所に戻ると、ユクモ村専属のギルドガールであるササユとコノハが迎えてくれた。

 

「依頼の方は達成した」

「伺っています。ええと、渓流でのナルガクルガ亜種の討伐クエストでしたね。報酬はこちらとなっています」

「うん、確かに」

 

 ユクモ村における、いわゆる集会所は湧き出しの温泉浴場が併設されており、集会浴場と呼ばれている。

 そんな集会浴場で、『日向・覇シリーズ』の防具を身につけた少女が受付嬢と書類の交換などを行っていた。

 彼女の身につけている日向・覇シリーズは、『峯山龍ジエン・モーラン』の上位素材を用いて作られた防具であり、その堅牢な作りに加え、刀剣を振るう者にとって有用なスキルが多く付与されている。

 

「レイラさん、お疲れのようでしたらぜひ浴場に浸かって帰ると良いと思いますよ」

「む、そうだな。そうさせてもらう」

 

 クエストから帰還したばかりでかなり汗もかいているので、レイラはササユの勧め通り湯に浸かることにした。受け取った報酬をポーチに入れ、番台をしているアイルーに挨拶をしてから浴場スペースに入った。

 武具を脱いだ彼女は「ふう」と一息ついた。武具というのはやはり重いものであり、脱いだ時の開放感とともに、狩りの疲れがどっとその体を襲う。

 

(この防具はやはり良い防具だ。……しかし、峯山龍の討伐は私一人で行ったものではない。いつまでもこんなものに頼っていてよいものか……)

 

 彼女はギルドカード上ではG級の称号を得ているが、ユクモ村にはG級の窓口が主事情より設置されていないため、それに合わせてあえて上位防具を身に着けている。

 

(まあ、峯山龍級の『バケモノ』を私一人で相手になど出来るわけがないのだが)

 

 レイラがジエン・モーランの素材を手に入れたのは、修行のために村を離れていた際に大砂漠の都市ロックラックにて開催された『峯山龍狩猟祭』に参加した時だった。

 ジエン・モーランは超大型古龍に分類される非常に危険なモンスターだが、その反面ジエン・モーランがもたらす素材や鉱石の希少価値が高く、街には大きな恵みを、立ち向かったハンターには大きな栄誉をもたらす『勇気と繁栄の象徴』とされ、『砂の国の風物詩』として広く知られている。

 対ジエン・モーランの狩猟は例外的に五人以上での参加が認められており、各々のパーティーが撃龍船に乗って、砂の大海原を駆けまわりながら己が腕をふるう。

 しかし対ジエン・モーランの狩猟はあくあまで街への被害を出さないことを優先としているため、討伐は義務とされていない。この点は他の古龍のクエストとも共通している。

 ──レイラが参加した際には無事討伐されたのだが。

 

(この武具は己が腕の象徴ではない。本当に高みを目指すならば自分一人で強大な敵に打ち勝たねばならない)

 

 ただひたすらにハンターとしての高みを目指している彼女は、ただG級という称号を手に入れだけでは満足できていない。

 防具を全て脱いだレイラはユアミタオルを体に巻き、頭から湯をかぶった後、足先からそっと湯に浸かった。

 狩りで使った全身の筋肉がほぐされていく感覚に、普段の彼女からすれば珍しい緩んだ表情で「はあーー……」と長い溜息をついた。

 自慢の長い銀髪が湯につかないように頭の上で丸めてあるため、うなじから覗く白い肌が色っぽく赤らんでいた。

 普段はハンターとしての修行に没頭している彼女だが、女性としての嗜みを捨てているわけではない。

 このように狩猟が終われば思い切り羽根を伸ばして、温泉の湯で肌を撫でながら、その艶などをまめに確認したりしている。

 その後しばらくしてから温泉から上がり、普段着として利用しているユクモノシリーズに着替えから、日向・覇シリーズは両手に抱えて集会浴場をあとにした。

 ユクモ村のハンターは、集会浴場から渡り廊下で直通の部屋を与えられるが、レイラは両親の実家で暮らしているため、いつも正面口から集会浴場を出入りしている。

 レイラが石階段を下っていると、下の方から自分と同じユクモノシリーズを纏った少女が急いで駆け上がってくるのが見えた。

 

「おや、サクラじゃないか。どうしたんだそんなに急いで」

「あっ、レイラさん!」

 

 サクラと呼ばれた少女はレイラに呼び止められてその足を止めた。

 髪型はレイラと同じようにロングで前髪を切りそろえており、瞳もその髪と同じように美しい黒色をしている。

 

「もしかしてご両親と一緒に狩りに行くのか?」

「は、はいっ!あの、お父さんとお母さんはもう来てましたか?」

「いや、私が出た時にはまだいなかったから大丈夫だと思う」

「良かったー……。畑にお水をあげていたら思いのほか遅くなっちゃって」

「そんなに急いで転んで怪我でもしたら、元も子もないから気をつけるんだぞ」

「は、はいっ!気をつけます……!」

「じゃ、またな」

「いってきまーす!」

 

 そう言って黒髪の少女サクラは、さっきよりは速度をゆるめた軽い駆け足で石階段を登っていった。

 レイラは彼女の一家が好きだった。

 サクラの両親は両名ともハンターで、サクラもその影響を受けて駆け出しハンターとして頑張っている。ハンターとは言ってもまだ十歳になったばかりの彼女は、キノコやはちみつ採取程度のクエストにしか行っていない。

 サクラの両親はというと、両名とも上位の資格を持つハンターだが、腕前としては可もなく不可もない。レイラと比べてしまうと遥かに劣ってしまう。

 しかしサクラは腕前が劣る人間が嫌いなわけではない。確固たる目標や、意志のない、人間が嫌いなのである。

 サクラの両親、シラカゼ夫婦は村のみんなを守りたいという一心からいつも狩猟場を駆けまわっている。その姿はレイラにとって尊敬すべきもので、いつかああなりたいと常日頃から思わされていた。

 

 レイラが石階段を下り終えると、左手に長椅子に座って涼んでいる竜人族の女性の姿があった。

 

「どうも村長さん」

「あらレイラさん。クエストお疲れ様」

 

 人よりも永く生き、人よりも多くの英知を持つ竜人族は人々を導く存在として村や街の長に就くことが多い。

 この村長も、見た目こそ三十代ほどではあるが、実際のところどれほど生きた存在なのかはわからない。

 

「あの、この間相談した件なのですが……」

 

 レイラにしては珍しく、申し訳無さそうに村長の顔を伺った。

 対して村長はニッコリと笑うと「そんな顔なさらないで」、とレイラの肩に手をおいた。

 

「もう一度村を出て修行の旅に出たい、ということでしたわね」

「はい……」

「大丈夫ですよ。この村にはシラカゼさんの一家以外にも多くのハンターさんがいらっしゃいますわ。だからレイラさんは何も気にせず、自分のやりたいことをやればいいのですわ」

 そう言って村長は、懐にしまってあった紙の束をレイラに手渡した。

「これは……?」

「わたくしの知り合いの方々が多くいらっしゃる地方の地図ですわ。──ドンドルマ、という名に聞き覚えはあるでしょう?」

「ドンドルマといえば、遥か離れたこの地にも聞き及ぶハンターの街ですね」

「まだまだ若いのですから、どうせならば遠く離れた異国の地まで行って、そこで己の力を高めてくると良いでしょう」

 

 いずれは遠くへ行ってみたいと思っていたレイラにとってはこれ以上にない申し出だった。

 それにドンドルマのといえば、風邪の噂に聞く伝説級のハンター、【赤眼の獅子】などもいるという街ではないか。その他にも自分とさほど齢の変わらないというG級ハンターもいるとか。

 レイラはすでにまだ見ぬ異郷の地に心を踊らせた。

 

「しかしレイラさん。これには一つ条件があります」

「条件、ですか」

「はい。レイラさんは、今となってむこうの地にも広く名の知られたハンターです。悲しいことですが、あなたのことを利用しようとする人間も沢山出てきます」

「…………」

 

 村長の言っていることはレイラにとって見に覚えのある話だった。

 以前モガの村やロックラックに修行に行った時に、自分に向けられる沢山の悪意があることを知った。

 

「ですから、わたくしが呼んだ者をお一人だけ同行させて欲しいのです」

「……つまり監視する人を付けなさい、ということですね」

「そうです。数日以内には村に来られるそうなので、出発はその時でよろしいですか?」

「……そうですか、わかりました」

 

(村長の紹介する人物なら、何も問題はない、はずなんだが……)

 

 村長と別れた後も、レイラはなにかモヤモヤと引っかかる感情に苛立っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ただいま」

 

 そう言ってレイラが実家の扉を開けると、両親と美味しそうな香りが出迎えてくれた。

 

「おかえりなさいレイラ。ご飯できてるわよ」

「母上、今日は献立は……」

「ヨロイシダイの煮付けよ」

「やった!私の好物!」

 

 両手を上げて喜ぶレイラの様子は、家の外ではなかなか拝めない。

 普段から大人びた言動をするレイラだが、そんなに取り繕ったところでまだ十七歳の少女である。

 

「でも、ヨロイイシダイのうろこ取りなんて大変だったんじゃないの」

「そこはお父さんに任せたから大丈夫よ」

「やれやれ骨が折れたよ……」

「父上、ありがとうございます!」

「はは、レイラの喜ぶ顔が見られたから良かったよ」

「お父さんったら、わざわざ自分で釣りに行ったのよ」

「たまには行かないと腕がなまってしまうからな」

「はいはい、それじゃあ食べましょうね。ほら、レイラも席について」

「あっ、いま防具置いてくるから」

 

 自室に武器と防具を置いたレイラは席につき、手を合わせてから両親との食事を楽しんだ。

 

(やっぱり母上の料理が一番だな)

 

 そんなことを思いながら、レイラはとあることを言おうかどうかの決断に悩まされていた。

 とあること、とはもちろん、さきほど村長から受けた提案のことである。

 ロックラックなどに出向く際も一度は止められたほど心配症な両親だ。遠く離れた異国へ行くとなれば一悶着あるに決まっている。

 だが、今回その話題を言い出せないでいる理由はそれだけではない。

 それほど遠く離れた地へ赴くということは、簡単には帰ってこられないであろうということだ。

 気軽に往復できるような距離ではない。折角の機会を有効に使うためには、一年や二年程度では戻ってくることはできないだろう。

 

「どうしたの、レイラ。お箸が止まっていますよ」

「あ、いや……。その……」

 

 この母の料理ともお別れとなると考えると、いよいよ話題を出しにくくなってしまった。

 そのため次にレイラの母が言った言葉は、彼女を動揺させるには十分だった。

 

「村長さんからお話は聞いています」

「……え、それってどういう……」

「レイラが最近、また村を離れて修行したいって言ってるってこと。ちゃんと聞いてますよ」

 

 母はあくまで微笑んでいるが、父は仏頂面で黙っているので、やはり反対されるのだろうな、とレイラは半ばあきらめた。

 両親といえば、自分がハンターになるといった時でさえ反対したのだ。一人娘を異国の地に行かせてくれるほど甘くはないだろう。

 しかし母の言葉は、またもやレイラが予想もしなかったものだった。

 

「……行ってもいいんですよ」

「…………えっと、……え?」

「今回は私は反対しません」

「で、でも……。今回はモガの村やロックラックに行った時とは話が違うよ……。一度行っちゃったら、何年も戻ってこないかもしれない。一度熱中しちゃったら、私にはそれ以外見えなくなっちゃうから……」

「お、俺は反対したぞ……!」

 

 いつもならもっと強く出てくるレイラの父も、今日ばかりはなぜか大人しかった。

 

「レイラはもう十七歳。人の家に嫁いで、ここを出て行く事だって出来る年齢なんだから。いつまでも親が縛り付けていちゃだめかなって、お父さんと話し合いをしたの」

「ふん……」

「父上、母上……」

「だから、私たちは止めないわ。レイラのやりたいようにやりなさい。出発の日まで、ご飯はレイラの好きなもので作ってあげるから、食べたいものがあったら言ってね」

「…………ありがとう、ございます…………。本当に…………」

「あらあら、泣かないで。もう十七歳でしょ」

「…………わかってる、だけど…………」

「大丈夫、大丈夫。何も今生の別れってわけじゃないんだから、ね」

 

 若くしてG級まで上り詰めた天才レイラは、本当に久しぶりに親の腕の中で泣いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 いよいよレイラがユクモ村を発つ日になった。

 その見送りは村人総出によるものだった。激励をしてくれる人、ねぎらいの言葉をかけてくれる人、笑って手を握ってくれた人、泣きながら惜しむように手を握ってくれた人。

 そんな村の人々を見て、レイラは自分は幸せ者であることを実感し、後ろ髪を引かれる思いになった。

 しかしそんな名残惜しさを振りきって、グァーガが牽引する荷車へと向かった。

 その荷車の際には、村長と初めて見る長身の男が立っていた。

 

(この人が……)

 

 村長が言っていた監視役、なのだろう。

 村長の気持ちは痛いほどわかるが、それでもレイラは心のモヤモヤが消えなかった。

 レイラはあくまで、己の力を試しに新天地へと赴くのであって、同行者などは不要であると考えている。

 もしも自分一人では完遂不可能なクエストが出てきた時、その時に初めて現地で仲間を集め、そのクエストが終われば解散させてしまえばいいというのがレイラの考えだった。

 目の前の男の身長はゆうに一九○を超えており、身につけている武具もG級のものだ。

 

(まあ村長の紹介の人だから、実力は確かなんだろうけど……)

 

 そんなことは今のレイラには関係なかった。

 彼女にとって同行者のだというこの男の存在が、体にできたしこりのように思えてならなかった。

 

「ダフネ・フランクだ。よろしく頼む」

「……レイラ・ヤマブキだ」

 

 村長との約束なので同行を断るわけにも行かず、レイラは渋々ながらダフネと荷車に乗り込んだ。

 ふと後ろを振り返ると、涙を浮かべながら見送ってくれている両親と、大きく手を振りながらレイラに別れの言葉をさけんでいるサクラの姿があった。

 

「レイラさん!私っ……、絶対にレイラさんにみたいなハンターになります!!絶対に、なりますからっ!!だからっ、それまではさようならーー!!」

 

 そんなサクラにレイラも大きな声で別れの言葉を返した。

 村人が点になって見えなくなるまで、レイラはずっと後ろを振り返っていた。

 そして遂に何も見えなくなると、前を向き直し、それから横で手綱をにぎるダフネの方をちらりと見た。

 

 その視線はやはり不要なものを見るそれであったが、レイラの、ダフネへの見方が変わったのはこの後すぐに遭遇する出来事のおかげだったりする。

 

 端的に言うと、旅路でいきなりモンスターと遭遇したのだった。




 十年前のということで、レイラの歳は十七歳。この時点でG級ハンターであり、その腕前は十分なものなのですが、第一章のレイラと比べると色々と幼いです。
 第一章ではスポットがあまり当たらなかったダフネもたくさん登場してきます。その他だ一章の登場キャラクター達はあと少しお待ち下さい。
 あと、今回は一章の反省を活かして、こまめに登場人物紹介を挟むことにします。
 本文が読みやすいように改行などを少し改善しました。第一章にもそれらを適用させて順次直していくつもりです。
 
 それではまた次話で。


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第三十二話 依頼

 三十二話です。更新遅くてすいません……。
 今後もこんなペースです。


 ユクモ村を出発した翌日、レイラたちはとあるモンスターと遭遇した。

 そのモンスターの名はクルペッコ。彩鳥の異名を持つ鳥竜種の仲間だ。

 その他多くの鳥竜種のと異なり空をとぶことが出来る。こちらの地方での生息は確認されていないが、イャンクックと同じような立ち位置のモンスターと考えてもらっていい。

 しかしこのクルペッコには、イャンクックにはない厄介な生態が確認されている。

 それは他の大型モンスターの鳴き声を真似するというものだ。その鳴き真似は、実際に真似たモンスターを呼び寄せる事ができ、それによって、狩りの最中に予想外に強力なモンスターの乱入があることもあるという。

 そのためハンターは常に気を配り、クルペッコが鳴き真似を始めた際に迅速に妨害をするようにしなければならない。

 ちなみにこの鳴き真似中、クルペッコは踊りとも取れる奇怪な動きをするのだが、クルペッコの自然な死因としては、この踊りの練習中に雛が巣から落下してしまう、というものらしい。

 

 さて、そんなクルペッコにレイラとダフネは遭遇したのだが、正直に言ってレイラ一人でもすぐに倒してしまうことが出来る、つまりは役不足な相手だ。

 

 レイラは早く終わらせようと愛刀のうちの一つである『疾風刀【裏月影】』を抜いた。G級ナルガクルガ亜種の素材から作られる太刀で、高い切れ味と従来シリーズに無かった麻痺属性が付加されていることが特徴だ。

 なぜG級武器を装備しているかは、G級クエストが開放されている地域に向かうからというだけである。ちなみに、防具に関しても、ユクモ村で愛用していた日向・覇シリーズは実家に置いて来ており、現在は『レイアXシリーズ』を身にまとっている。これは、言わずと知れたG級リオレイアの素材から作られる防具であるが、この武器と防具のチョイスには実はわけがある。

 というのも、これからレイラが目指す新天地はモンスターの生態系が著しく異なっている。日向・覇シリーズはジエン・モーランの素材から作られる防具だが、向こうの地方ではその存在が確認されていないという。すなわち、日向・覇シリーズを身に着けているというのは、非常に周りから浮く(・・)ということだ。

 なるべく目立ちたくないレイラとしては、向こうの地方でも見られるモンスターの素材から作られた武具を身につけておきたい、ということだ。

 とは言っても、武具のデザインとはその地方地方の特色が顕著に現れるため、多少の違いが見られるようだが、その点に

関しては致し方無い。

 

 レイラの武具の説明を長々としてしまったが、まとめるならば、今目の前のクルペッコは精々上位レベル。対してレイラの装備はG級のものだということだ。

 レイラの腕前を考えれば、勝負の行方など火を見るよりも明らかだ。

 レイラはダフネが狩りに参加するかどうかには興味がなく、いち早く終わらせようとばかり考えていた。

 

 そんなレイラの手が、狩りの最中に止まった。

 見惚れたしまったのだ、ダフネの手腕に。

 ダフネが手にしているのは『ルナーリコーダー』というG級リオレイア希少種から作られる狩猟笛だ。属性の相性は良くないが、レイラと同じから武器を選んだ場合に、これ以外の選択肢が無かったのであろう。

 レイラの得物は太刀、ダフネの得物は狩猟笛であり、武器の扱いを参考にすることは出来ない。更に言うならば、レイラは武器の扱いに関してはもはや人を手本にする段階にはない。

 ではレイラはダフネのどこに見惚れたのか。それは彼の狩りにおける立ち振舞そのものだ。

 ダフネの狩りは、ひたすらに依頼達成までの時間を早くしようと考えるレイラのそれと異なり、あくまで安全さに重きが置かれている。安全とは、もちろん狩りをしている自分へのものでもあり、また、ともに狩りをしているレイラに対するものである。

 クルペッコには決して鳴かせず、笛の音色による支援を怠らず、モンスターの標的が片一方に絞られないように調節をしながら戦っていた。

 レイラはそのキャリアに対して集団での狩りの経験が少ない。レイラが極めてきた個人での狩りとは似ても似つかないダフネの集団での狩りの立ち振舞は、レイラに大きな衝撃を与えた。

 しかし、今のレイラにとってそれは“自分の狩りとは異質な何か”であって、その意味までを理解することは出来なかった。彼女にとって集団での狩りとは未だに、実力不足を補うための妥協策でしかないのだ。

 

 しかし、レイラが最初にダフネに向けていた不信感のようなものは、これを機会にだいぶ和らいだと言ってもいい。

 

「なんというか……、凄いな。正直に言ってこれ程とは思っていなかった」

「いえ、ただ歳を重ねた分だけ、ほんの少々経験を積んでいるというだけです」

 

 そう言ってダフネは篭手を外してレイラに手を見せた。

 

「え、あ……、もしかして……」

 

 そこには指が四本しかなく、これは竜人族の特徴だとレイラは知っている。

 

「ものすごい、歳上の方ですか……」

 

 歳上に対しても物怖じしないで振る舞う(失礼な態度を取るという意味ではなく)レイラだったが、せいぜい三十歳だと思っていた相手がその三倍近くはゆうに生きているであろうということがわかり、流石に恐縮してしまった。

 しかしダフネは、そんなに改まらないでください、と苦笑いをするのだった。

 あまり敬語を使われても息苦しいということで、結局レイラは今まで通りに話すことになった。

 話を聞く所によると、ダフネは古龍観測所の所員らしく、なるほど監視役にはうってつけ(・・・・・・・・・・)だとレイラは納得した。

 自分をしつこく勧誘してくるギルドの連中は、古龍観測所を大の苦手としているのだから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そうして日が昇り、日が沈むのを何度か見た頃、ついに二人は孤島地方と呼ばれる地域についた。

 この孤島地方といえばモガの村がある場所で、定期船でタンジアの港と行き来ができるようになっている。

 もちろんレイラたちの荷車はタンジアの港についたのだが、目的の新天地まで行く船の便がしばらくないということがわかり、急遽モガの村行きの船に荷物を積んで移動したのだ。

 ギルドが運営するハンター用の部屋がタンジアの港には沢山あったにも関わらず、レイラがモガの村に移動したのは彼女の個人的な理由のためだ。というのも、まだ駆け出しの頃に拠点にしたことがあり、その時のお礼を言うためだ。

 

 レイラが船を降りてモガの村に降り立つと、村の人々は少しばかりレイラの顔を見回して、それから合点がいった者から大騒ぎをし始めた。

 やあ、あれほど小さかった少女が立派になったものだ、とレイラは大変な歓迎を受けた。

 G級ハンターのレイラ・ヤマブキとしてではなく、久々に再開した家族を出迎えてくれたような、そんなモガの村の人々の姿を見てレイラは、本当に来てよかったと思ったのだった。

 モガの村の人々は、その多くが“海の民”と呼ばれる種族で、人間とも竜人族とも異なっている。爪は鋭く、指の間に水かきのようなものが見られるが、基本的な容姿は人間とほぼ同じだ。水中での狩りを得意とする一族で、

 

 ダフネはというと、なにやらモガの村の村長と話しているらしい。竜人族でさらに古龍観測所の所員ともなれば顔も広いのだろう。この村長はその昔はハンターだっとという話を聞いたことがあるが、詳細まではレイラは知らなかった。

 二人はしばらく話し込んだあと、レイラの方に手招きをした。そのままついていくと、案内されたのは村長の自宅で、そこには自分たち三人以外に背中に太刀を背負った長身の竜人族の男と、大剣を背負った小柄な女性のハンターがすでに席についていた。

 村長はレイラとダフネにも席につくように促し、咳払いをしてから先客の紹介を始めた。

 

「お前さんたたちにこの二人を紹介したい。まず、こっちの背の高いのが交易船の船長だ。各地を船で回っているから、別の場所でも会うことがあるかもしれんな」

「二人ともよろしくゼヨ!」

「よ、よろしくお願いします」

 

 どうやらこの竜人族の船長、語尾に『~ゼヨ』とつけるのが常らしく、その後もゼヨゼヨと自身の交易船について語っていた。

 

「それで、もう一人の、そっちのハンターさんがちょっとワケありでな」

 

 交易船の船長の横に座っている小柄な女性、身につけている装備は見たこともない装備だった。しかし一つだけ心当たりがあった。

 

(もしかして、いやおそらくあれは、幻獣キリンの防具だ……)

 

 キリンとは、ここからは遥か離れた地域に生息するという古龍種だ。古龍、などと言われているが、その容姿は馬に近く、体躯も小型モンスターと変わらない。しかしそんな小さなモンスターが、大型モンスターとして扱われ、古龍とまで呼ばれているのはその強さ故である。故郷であるユクモ村に伝わるアマツマガツチや、彼の地に伝わるクシャルダオラと同様に、時には天候さえも支配すると言われている。キリンは点から自在に雷を落とすことができ、その落雷により村一つが滅ぼされたこともあるという。

 その恐ろしさの一方で、モンスターの中では飛び抜けて賢いとも言われており、人間の赤子を育てたという逸話が残っている。

 幻獣の名の由来の通り、とにかく神出鬼没であり未だに解明されていないことが多いモンスターとしてこの地でも時おり名を耳にする。

 

(あれがキリンの装備であるとすればこの女性(ひと)は一体……)

 

 歳は幾つほどだろうか。容姿としては二十代半ばのように感じるが、必ずしも相手が人であるとは限らない。レイラが女性としては背が高い方であるのに対して、目の前の御仁は女性としても少々背が低い。しかし、クセのある金色の前髪から覗く紅い瞳や、使い込まれた武具から、レイラは本能的にかなわない相手だと悟った。

 その女性は席から立ち上がるとレイラとダフネの方に視線を動かした。

 

「どうもはじめまして。私は少し離れた土地から来たハンターなんだけどね、ちょっとワケありで船長さんを頼ってここまで逃げてきた身なんだ。ええと、そうだ。名前を言わないとね」

 

 そう言って紅い瞳の女性から紡ぎだされた名を聞いて、レイラは思わず席から立ち上がった。

 

「…………メイ・シルヴェール、とおっしゃいましたか…………!?」

「あ、私の事知ってくれてるんだ。嬉しいなあ~」

「知っているも何も、今の世代のハンターでメイ・シルヴェールの名を知らない者なんていませんよ!」

 

 普段落ち着いているレイラがここまで興奮しているのも仕方がない。

 レイラの目の前にいる女性は時代を代表するハンター、メイ・シルヴェールに他ならないのだから。その小柄な体躯からは想像できない大剣さばきで、達成困難と言われた狩猟の数々をこなしてきたという。【赤眼の獅子】という彼女の異名は、「狩場に靡く金色の髪と、紅い(まなこ)は金獅子の如く猛々しい」といういつしか同行したハンターの口から語られた言葉が由来だという。レイラには“金獅子”というものは馴染みが無いが、聞く所によると、時には古龍級に警戒されるモンスターだという。

 

 レイラの興奮した様子を見て、メイは「まいったなあ」と頭を掻いた。

 

「いやあ、ここまで来れば知っている人間もいないかと思ったんだけど……。名前ってのはどんどん独り歩きして行っちゃうもんなんだねえ」

 

 どうやら今の彼女にとって自分の名前が知られていることが問題があるらしい。そういえば、最初に村長がメイを紹介しようとした時に「ちょっとワケあり」と言っていたが、その事と関係があるのだろうか。

 想像を巡らるだけでは何もわからないと、レイラは直接メイ本人に聞いてみることにした。

 

「失礼ですが、貴女の抱えている問題というものを聞かせてもらえないでしょうか」

「もちろん。むしろ君に頼みたいことがあってね」

「え、ええっと。それはどういう……?」

 

 予想外にすんなりと首を縦に振られたこともそうだが、それどころか自分に話さねばならない事情とは一体何なのか。思い当たる節のないレイラは目をパチクリさせるだけだった。

 

「うーん、まずいま私が置かれている状況を説明しないと駄目だよね」

 

 それから、メイは今に至るまでの事の顛末をレイラとダフネに語った。

 故郷のポッケ村付近に出没した轟竜を狩るために幼馴染四人と集まったこと。ハンターズギルドの陰謀で自分たちが消されそうになったこと。その実行役の一人が自分の夫であること。直前で思い留まったもう一人の実行役が、結果として身を挺すことで命を落としてしまったこと。彼女はメイの一番の親友であったこと。現在ギルドの記録上ではメイは行方不明扱いになっていること。身を隠しながら故郷の地を去り、交易船の船長の助けでここまで逃げ延びてきたこと。

 そういった経緯や、現在のギルド内部の腐敗についても事細かに語った。そんな中彼女が一番気に病んでいたことは、故郷に残してきた一人娘の事だった。

 

 メイがレイラに頼みたいこととは、ずばりユクモ村に自分を匿って欲しいということだった。事の解決のために行動するには、一旦は長期的に身を隠してギルドから死亡扱いを受けることが望ましい。捜索の目があってはどうにも行動が制限されてしまうからだ。

 レイラはそれを快諾し、後で村長に向けた手紙を持たせることを約束した。

 しかし、レイラはそれにとどまらなかった。

 レイラは今回の件に関する調査などを受け持つと言い出したのだ。メイは流石にそこまでしてもらう訳にはいかないと焦ったが、すでにレイラの決心はついており、最終的にメイの根負けでレイラに一任する事に決まった。

 当然、レイラの監視役(保護者)であるダフネも反対はしたが、不正や権力闘争を親の敵のように憎むレイラをなだめることは出来なかった。それどころか、レイラは古龍観測所の所員が味方にいるとは心強いと喜んでいる始末だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 レイラたちは船長の交易船が翌朝に出発するという事を知り、タンジアの港に戻る計画を急遽変更しそちらに同行させてもらうことにした。

 レイラはユクモ村の村長に手紙を書く傍ら、憧れのハンターであるメイから様々な冒険譚を語ってもらっていた。

 そんな中、レイラはとある疑問をメイに投げかけた。

 

「メイさんはパーティーでの狩猟が多いようですけれども、それは狩りの効率が良いからなのですか」

 

 狩りとはあくまで己の力を試す場だと思っているレイラにとって、メイほどのハンターがほぼ全ての狩りをパーティーで挑んでいることに疑問を覚えた。

 メイはそんなレイラに、一心不乱に高みを目指していた頃の自分の姿を見た気がした。

 

「まあ、それが理由じゃないことはないよ。依頼の達成までの時間も短く済むし、何より安全性が増す」

 

 「でもそれは本当の理由ではない」とメイは続けた。

 

「狩りに仲間と行きたいんじゃなくて、大好きな仲間たちだから一緒に狩りに行きたいんだと思うよ。もう少し簡潔に言うなら、狩りに仲間を求めているんじゃなくて、仲間のいる狩りを求めているってこと。同じように感じるかもしれないけど、これは大きく違うこと。私にとっては仲間がいることが前提なんだろうね」

 

 そう言ってメイは、今はバラバラになってしまった仲間たちの顔を思い浮かべた。

 仲間がいることが前提、という言葉にレイラはピクリと眉をひそめた。

 

「……では、個人での狩りは必要ないと思っているのですか」

「いやいやまさか。個人の狩りのレベルが低ければ、いくら集まったって烏合の衆さ。むしろ仲間を危険に晒すリスクが高まるだけ。己を高める狩りは誰とっても必要だよ」

「それでは、貴女は己を高める必要はもうないと思っているということですか」

 

 もしそうだとすれば、レイラは大いに失望することになる。レイラの持論として、人は死ぬまで成長すべきだ、というものがある。もしメイが、己が狩人としての限界の到達点に至っていると感じており、自己研鑚の歩みを止めているのだとすれば、それはレイラが最も恥ずべきだと思う態度だ。

 しかしメイは、そんなレイラの心中を知ってかどうかやはり「まさか」と言うのだった。

 

「“道を修める”なんて言うけどね、人が定める到達点があったとしても、その先に道がないわけじゃないんだよ。私は巷では随分と持て囃されているみたいだけど、頂にたったと自惚れてこの場に立ち止まるつもりなんて毛頭ないよ」

 

 「ではなぜ」とレイラが口を挟もうとするが、メイの「でもね」という言葉にそれは遮られた。

 

「でもね、歩みを進めることと孤独な自己研鑚は必ずしも同じことではないよ。仲間との狩りというのは自己鍛錬の中止とは全く違うことだからね」

 

 メイはモガの村の看板娘であるアイシャが淹れてくれたお茶を一口啜ると、レイラが書き終えた手紙を受け取ってこう言った。

 

「いわば今の君は、本の左側の頁だけをひたすらに埋めていて、右側を白紙で放置している状態なんだよ。一人で完結するほど狩人の世界は簡単じゃないからね。そのままじゃ、この素晴らしい世界の序章すらも満足に読むことができないんじゃないかな」

「…………一人じゃ、どうやっても半人前にしかなれないということですか?」

「君の目的は一人前になることなのかな?」

「それは…………」

 

 結局、寝ても目覚めてもレイラにはメイの言葉を飲み込むことはできず、モヤモヤとした気持ちを抱えながら交易船に乗り込んだ。

 目的地は、待ちに待った新天地だ。




 というわけでメイとの出会いです。覚えていますか、リンの母親です。
 第二十五話のメイの語りの中に出てきた場面です。
 こんな風に回想や語りに出てきたシーンを順番に拾っていく章になります。
 次回がいつになるかはわかりませんが少々お持ちください。


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第三十三話 黒龍伝説

 遅ればせながら三十三話です。


 レイラが交易船に乗り込んで数日経ち潮風の香りに違和感を感じなくなった頃、船は目的地へと到着した。

 それなりに大掛かりな荷物を船員の助けを借りて下ろし、新天地の大地に一歩踏み出した時、レイラの心にゾクゾクと湧き上がるものがあった。これから始まる新しい生活に大いに心が踊り、今この場で立ち止まっていることすらを無駄に思えた。

 

「ここが、これから私が生きていく大地…………!」

 

 ぐるりと当たりを見渡すと、やはり故郷の大地とは何かが違う。生い茂っている植物、鳥の鳴き声、行き交う人々も少し顔つきが違うように思えた。

 そして何よりも、既に何人か目撃した自分の同業者たち。彼らの身につけている武具はどれも見たことがないものだった。それを見ていよいよレイラは自分は異郷の地へ来たのだと実感した。

 

 こちらの地方で主に活動しているというダフネが、手慣れた様子で新しい荷車を手配した。荷車を引くのはアプトノスという草食種で、世界中に幅広く生息しているようで見慣れたモンスターだ。運搬用以外にも食肉用に重宝されており、アプトノスの肉を見たことがない者はおそらくいないだろうと思われるほどメジャーな存在だ。

 

 ダフネが手綱を握り荷車を走らせた。向かう先はミナガルデと呼ばれる街だ。西シュレイドと呼ばれる地方にある街で、近辺では最大級の狩りの拠点となっている。他の大型都市にも見られる傾向だが、ハンターが集う街はそれだけ安全であり、一般市民も多く住んでおり、商人の行き来も盛んである。

 

「シュレイドという名前、どこかで聞いた気がするのだが……。一体何だったか…………」

「……おそらく“黒龍伝説”に出てきたんじゃないですかね」

「黒龍伝説……、ええっと……」

 

 思い出せそうで思い出せないレイラにダフネは丁寧に解説を始めた。

 

「黒龍伝説はこちらの地方に伝わる言い伝えの一つで、かつて栄華を極めた一国を、たった一頭のモンスターが滅ぼしてしまったというお話ですね。その国の名前がシュレイド王国です。現在西シュレイド、東シュレイドと呼ばれている地方の間にあるシュレイド城を中心として栄えた王国だったようですが、今は見る影もなく国そのものが存在していません」

「国そのものが……」

「ええ、かつて人々が暮らしていたであろう街ですら廃墟になっている有様です。原因は国の東西分裂と、“大いなる竜の災厄”だと言われています。詳細は全くの不明で、あくまで推測にすぎないのですがね……」

「その大いなる龍というのが、黒龍というわけか」

「ええ、またの名をミラボレアス。その名は“運命の戦争”や“逃れられぬ死”を意味していて、多くの民話や伝承においてこの世に災厄と滅亡をもたらすと語られています。あまりに不明な点が多くただのお伽話として扱われることが多いです」

 

 そこでダフネは一旦話を区切り、しばらくはアプトノスの歩く音と車輪が砂利の上を転がり、軸が軋む音だけが響いていた。それから「しかし」と続きを語り始めた。

 

「しかし、ギルドや古龍観測所の見解としては、黒龍は存在することになっています。トップシークレットですがね」

「トップシークレットをそんな簡単に私に話してしまって構わないのか」

「貴女ほどのハンターならば、私が話さなくてもいずれその耳に入ったでしょう」

「…………」

 

 上り坂に差し掛かりアプトノスの歩く速度が落ちてきたが、ダフネは手綱を振るって急かすことはせず、二人を載せた荷車はゆっくりとその坂を登っていった。ダフネはその髪型のせいで少々暑いのか、額を一筋の汗が伝った。

 

「かつて、時代を代表するような優秀なハンターたちが黒龍討伐のためにシュレイド城へ赴いたことがありました。しかしその殆どが姿を消して、かろうじて生還した者も決してその目で見たものを語ろうとせず、遂には古城周辺は完全に立ち入りが禁止されるようになりました」

「ハンターならば立ち向かうべきだとは思わないのか」

「古城には、古龍ですらも近づかないと言われています。実際に古龍がシュレイド城から引き返してくる姿が目撃されています」

「古龍が……」

 

 古龍とは伝説の存在と言ってもいいほど、強力で、気高いモンスターだ。しかし、古龍を伝説と呼ぶならば、その古龍を近付けすらしない黒龍とは一体なんと呼べば良いのだろうか。

 

「世の中には、触れないほうが良い事もあるということなんですかね」

「…………」

 

 レイラは新天地に来てまだ数刻であるが、いきなり身震いをするのを感じた。しかしそれは、強力な相手と対峙した時のいつもの武者震いではなかった。

 日が暮れる前にミナガルデ到着したが、その晩に食べたものの味はよくわからなかった。その晩はギルドと提携しているゲストハウスで体を休めたのだったが、しばらくはシュレイド城があるという方角を見つめたままで寝付くことができなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜が明け窓から差し込む陽の光に当てられてレイラは目を覚ました。昨夜は中々寝付けなかったため少々寝不足気味であるが、さすが大都市、日が昇れば辺りは賑わい始め、寝坊気味の彼女をそのまま寝かしてはくれなかった。レイラが眠い目を擦りながら部屋を出ると、すぐに美味しそうな香りが彼女の鼻孔に届いた。その香りに誘われるようにレイラは部屋着のまま階段を下っていった。

 ミナガルデでは自然の洞窟を利用したこの酒場が有名で、クエストの受注を行っている受付も併設されているが、今回はミナガルデで狩猟を行う予定はない。レイラとしては新天地での初狩猟と行きたいところではあったが、“メイからの頼まれ事”のためにもまずはドンドルマに向かうべきだということは重々承知であった。

 酒場は朝早くであるにもかかわらず中々の賑わいを見せていた。これから狩りに向かうのか既にフル装備のハンターもいれば、レイラと同様に部屋着のまま朝早くから酒盛りを始めている集団もいる。レイラ自身はあまり場を盛り上げたりするような性格はしていないが、こういった喧騒が嫌いなわけではなく、むしろ大きな街に来たということを実感して少し心が踊っていたりする。

 

「おはようございます。ミナガルデの街は気に入っていただけましたか?」

 

 まだ頭がさえ切っておらず、しばらくボーッと立ち尽くしていたレイラに背後から声がかかった。振り向くとダフネが既に自分の分の朝食を食べ始めていた。

 

「気に入るも何も今日で出発だろ……」

「まあ、いずれ来る機会は何度もありますよ。生息モンスターの多様化によって今現在はドンドルマのギルドと提携こそしていますが、アルコリス地方の森丘、メタペ湿密林、ジォ・テラード湿地帯、デデ砂漠、北エルデ地方の火山帯などといった有名な狩猟地はミナガルデの管轄です。ドンドルマで受注したクエストのためにこちらに来る、なんて事も沢山ありますよ」

「まー、それなら良いのだが……」

「まだ眠そうですね」

 

 らしくない間延びした返事をするレイラにダフネは苦笑いした。G級ハンター、レイラ・ヤマブキの最大のは朝だったりする。

 レイラはウェイトレスにダフネと同じメニューを注文しゆっくりと口に運んだ。

 

「うん、美味しい……」

「昨晩は何も食べていないですから、一際でしょうね」

「え、そうだったか……?」

「ええ、何やら呆けたような顔で部屋の方に戻ってしまいそのままでしたよ」

「ああ……」

 

 どうやら“黒龍の話”は想像以上に効いているらしい。街一つを滅ぼす力を持つ古龍の逸話ならば幾らでも聞いたことがあるが、国をまるごと滅ぼす怪物の話など前代未聞だった。どうとも形容しがたいそのスケールの差に、「世界とは広いのだなあ」と馬鹿らしい言葉をつぶやくしか出来なかった。

 

「そういえば、ここミナガルデの近くに“あの”ココット村があるそうだが」

 

 逸話、と言えばとレイラはふと思い出したようにダフネに尋ねた。ココット村といえば“英雄譚”で有名だ。パーティーの人数制限が四人である暗黙の了解も、その英雄譚の一節から浸透したものだった。

 ダフネがレイラの問に答えようとしたその時、代わりに返答をする者がいた。

 

「その通り、ここから少し東に向かうとあのココット村が見えてくるよ」

「……貴様は?」

 

 突然話に割り込んできた男をレイラは怪訝そうに見た。今までの彼女の経験からすると、こうやって自分に近づいてくる連中の殆どが自分を利用してやろうと言う輩だったからだ。

 しかしその男はレイラのその視線を受けて本当に焦ったような顔をしてしまった。

 

「あ、もしかしてお邪魔だったかなあ……。いやあ、すいませんねえ」

「い、いや、少し寝ぼけていただけだ。気にしないでくれ」

 

 どうやら“そういった輩”ではないらしいその男をいきなり邪険に扱ってしまったことに申し訳なくなってしまった。お詫びというのも少しおかしいが、レイラは飲み物をいっぱい注文してその男に席につくように勧めた。その男は「わざわざ飲み物なんていただけない」と困ってしまったが、最終的には奢られる側が根負けするという奇妙な形で決着が着いた。せっかくなので、ということでその男はレイラにココット村を含めた周辺の地理や歴史について少しばかり語ってくれた。

 

 「カーク・ハマンド」と名乗ったその男、年齢はレイラよりは歳上のようで顔は優男風で飄々とした感じがあるが、筋肉はしっかりと付いていた。何となく雰囲気から同業者ではないかとレイラは感じていた。人探しの途中だというカークが立ち去るその瞬間まで、レイラは“その事”に気がつくことが出来なかった。

 彼が折りたたんで手に抱えてた真っ赤なジャケット。それはギルドナイトの一員である証だ。

 

「いくらなんでも寝ぼけ過ぎだな……」

 

 いま最も警戒すべき相手と何も気付かずに同席してしまうとは、あまりにも集中力が欠落していると反省した。ちなみにダフネに気が付いていたのかと問うと、「変に警戒するほうが怪しいでしょう」という答えが返ってきたのだった。

 

「もう一杯水を飲んだら出発しよう」

「もう少しゆっくりされないのですか?」

「今はいち早くドンドルマに向かいたい」

「……それもそうですね」

 

 レイラが水を持ってきてくれるようにウェイトレスの一人を呼び止めると、そのウェイトレスはダフネを見て「あっ」と声を上げた。

 

「こんにちはダフネさん。お久しぶりですね!」

「……ああ、ベッキーさん。これはこれはお久しぶりです」

 

 赤いベストが似合う茶髪のウェイトレスとダフネはどうやら旧知の仲らしい。

 

「……私の記憶が正しければ、たしか貴女はココット村の受付をなさっていたはずですが……?」

「兼業ですよ、兼業。ミナガルデとココット村はさほど離れていないですから、こちらが忙しい時は手伝いに来ているんです」

「なるほどそうでしたか……」

「しばらくは“向こう”にいられると聞いたのですが、戻ってこられたんですね」

 

 “向こう”とは、レイラの故郷がある地方のことだろうか。そんなことを考えていると、そのベッキーという女性はレイラのことが気になったのかダフネに尋ねた。

 

「ええと、そちらの方は……」

「……古い知り合いに頼まれてですね」

 

 名乗っておくのが礼儀だろうと思い、レイラは席を立ってベッキーに軽く会釈をした。

 

「はじめまして、レイラ・ヤマブキといいます」

「あら、ご丁寧にどうも。そんなに畏まらなくてもいいですよ。気軽にベッキーって呼んでくださいね。……それにしても、レイラさんですか……。なるほど貴女があの……」

 

 ベッキーの反応からすると、やはり自分の名はこちらでもある程度知れ渡っているのだろう。そう思うと少し憂鬱な気持ちになった。

 

「あ、そういえば私を呼び止めたのって何か用があったからでしょ?」

「ああ、そういえば。水を頂きたいと思って」

「はあい、了解しました!」

 

 ベッキーはレイラのオーダーを受けるとすぐに厨房の方へと戻って行った。

 結局その日は朝食が終わるとすぐに荷物をまとめ直し、すぐにミナガルデを出発することになった。残念ながらルート上にはココット村はなく、当然シュレイド城もその視界に入ることは無かった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「レイラさん、見えてきましたよ」

 

 ミナガルデを発ってから数日、荷台でうたた寝をしていたレイラはダフネのその声で目を覚ました。目を凝らしてみると、はるか先前方に大きな街が見えてきている。あの街こそが目的の場所だ。

 

「あれが、ドンドルマか……!」

 

 更にドンドルマに近づくと、ミナガルデで他の大型都市と同様に非常に堅牢な砦に囲まれていることが分かった。その目的はもちろんモンスターが街に進入するのを防ぐためだが、時には天災とも言える強大な古龍から街を守らねばならないこともあるという。

 

 門の前に到着したところで一旦荷車を降り、ランスを携えたガーディアンズに街への立ち入り許可証を発行してもらうことになった。このガーディアンズという組織はハンターズギルドとは無関係で、主に街の治安維持を務めている。しかし古龍襲来などの緊急事態においてはハンターと共にモンスターに立ち向かうこうともあるという。

 一応荷の確認はされたが、ほとんどが狩猟道具であったし、何より二人の出で立ちがハンター以外の何物でもなかったので特に長い時間を取られるようなことはなかった。

 若いガーディアンが門を開け、いよいよドンドルマの市街へと入ることが出来た。

 

「ドンドルマでの生活、楽しんでくださいね!」

「ああ、ありがとう!」

 

 若いガーディアンのその何気ない言葉ですら嬉しく感じるほど、いまのレイラは興奮していた。船を降りた時も、ミナガルデについた時も同じようにはしゃいだが、今回は一際であった。なぜならば、ついに新天地での狩猟を始めることができるからだ。今すぐ荷物をまとめてクエストボードへ走り出したい気持ちを抑えて、ひとまずはギルドの受付に向かい、諸登録を済ませに行くことにした。

 ギルド支部への登録に必要な書類の項目を埋め、ハンターの身分証明書であるギルドカードと一緒に受付へ提出した。

 その書類を受け取った受付嬢はレイラの顔を二度見した。それもそのはずで、その書面にあるのは“G”の文字。それは目の前のまだ十代かそこらであろう少女にはあまりにも似合わない物だからだ。

 

「ん?書類の書き込み不備でもあっただろうか」

「い、いえ……。ええと……、ダフネ・フランクさん、レイラ・ヤマブキさん両名の登録を受理します……」

 

 受付嬢は未だに信じられないものを見るような目でレイラ達を見ていたが、当の本人は早くクエストに向かいたい一心で全く気にしていなかった。二人はギルドカードに承認の押印してもらうと荷物を持ってハンター用のゲストルームに向かった。

 

 ここ数日は移動してばかりでさすがに疲れたと布団に転がり込んだダフネが、防具一式を身につけたレイラのノックに叩き起こされるまではそれほど時間はかからなかった。




 レイラに接触してきたギルドナイトは誰なんですかね。
 さて、いよいよドンドルマに到着しました。ドンドルマに到着したということは彼らと出会います。

 次回辺りで登場人物紹介を挟むつもりです。


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