死戦女神は退屈しない (勇忌煉)
しおりを挟む

第一章「これが今の日常」
第1話「襲撃されて気づくこともある」


 リメイク前とは多少ストーリー進行や設定が異なるところがあります。


 人生には楽しいこともあれば、その分めんどくさいこともある。当然だな。どんなに楽しようとも、それは必ず自分へ返ってくるのだから。

 けど楽しいことは好き。これも当然だ。退屈を満たしてくれるからな。

 例え乱闘でも楽しいものは楽しい。だから人は生きていられるんだろう、きっと。

 

 

 

 そんなことを考えつつも、アタシは――

 

 

 

「――緒方サツキさんとお見受けします」

 

 街灯の上に立っている緑髪の女を見て困惑していた。

 今も思う。どうしてこうなった。

 

 

 

 

 

 

 

「暇だ……」

 

 ベッドでゴロゴロしながら呟く。マンションで一人暮らしをしているため、家には誰もいない。

 昨日もケンカしたけど、やっぱり手応えのある奴はいなかった。

 このミッドチルダに来てからもなんだかんだで喧嘩三昧だが、正直に言うと楽しめた奴はたったの一人だけ。試合も含むなら二人だ。

 

 

 ――当然、アタシの血は渇いたままだ。

 

 

「テレビは……いや、運動する方がまだ暇潰しになる」

 

 テレビも最近はいい番組ないからな。運動するにもこっちじゃストライクアーツしかまともなスポーツがない。流行的な意味で。――ん?

 

「ストライクアーツ……?」

 

 そうだわ、それがあったな。すっかり忘れていたぜ。

 しかし、今のアタシはきっと苦虫を噛み潰したような顔をしているに違いない。いい思い出ないからな……。

 

「はぁ、しゃーねえか」

 

 考え事は終わりだ。そう自分に言い聞かせるとアタシは行動を開始した。

 

 

 ――数分後――

 

 

「さて、どこに行こうかな?」

 

 家から出たのはいいが、目的がない以上ぶらつくしかない。しかもまだ昼過ぎだからとても困っていたりする。

 ちなみに今日の服装は久々にジャケットだ。

 学校に関しては始業式だったからさすがに行ったよ。そういやあの虹彩異色のガキは今年で10歳か。今朝も会ったけど。

 

「やっぱり考えもなしに出たのは間違いだったな……」

〈マスターはいつも喧嘩ばかりしておられますからね。そんなんだからこっちでは“()(せん)()(がみ)”なんて名前で呼ばれるんですよ〉

「うるせえよ、ラト」

 

 チョーカー型の愛機(デバイス)、アーシラトに毒づかれて思わずイラつく。まあ、コイツの言っていることは一応正論だけどな。

 

「うーん……また()()調()()するか?」

〈よく飽きませんね……〉

「飽きてたまるか」

 

 なんか不満そうに言われたが気にしない。よく集団をぶっ倒してから一人一人の財布を漁ってるっけ。

 ていうかアタシ、いろいろとやらかしてるけどよく捕まらないな。――こっちじゃ。

 

「いや、ケンカならまだしも昼間だとさすがに厳しいか……?」

〈それでもやる気はあるんですね……〉

 

 チッ、やっぱり目立たない程度の成績で済ませとけばよかったよ……。影響はあるだろうし。

 それに意識してなかったとはいえ、自分でもあそこまで進めるとは思わなかった。

 

「……たまには無心でフラフラするのもいいか」

〈どうせなら常に無心でいてくださいな。その方が私も楽です〉

 

 お前はもう黙れ、な?

 

 

 

 

 

 

 

 それからはホントに何もなく街中をぶらつき、気づけば夜になっていた。そして今に至る。

 ……うん、アタシは何もしてない。珍しく何もしてない。当然、誰かに恨みを買われるようなこともした覚えはない。

 

「――ことがあります」

 

 それにしてもアイツが着けている仮面みたいなのなんだっけ? えーと、確か……

 

〈バイザーです〉

「そう! バイザー!」

「……聞いていましたか?」

「……………ていうか名前ぐらい名乗れよ」

 

 とりあえず誤魔化そう。何を話していたのか全く聞いてなかったわ。

 

「失礼しました。――カイザーアーツ正統、ハイディ・E・S・イングヴァルト。“覇王”を名乗らせて頂いてます」

 

 バイザーはそのままか。ま、別に外せとは言ってないからな。

 にしても……覇王って噂に聞く通り魔の名前じゃないか?

 

「では改めまして……あなたにいくつかお伺いしたい事と、確かめさせて頂きたい事があります」

「ふーん、何を?」

 

 うん、これはとんだ一日になっちまいそうだ。まさか例の自称“覇王”に絡まれるとはな。

 ……まあ、ちょうどいい暇潰しにはなりそうだけど。

 

〈相変わらずですね、マスターは〉

 

 否定はしない。

 

「あなたの知己である“王”達、聖王オリヴィエの複製体(クローン)と冥府の炎王イクスヴェリアについてです」

 

 街灯から飛び降りた覇王はさっそくと言わんばかりに問いかけてきた。

 ……はい? 聖王? クローン? それに冥府の炎王って……冥王か。雷帝なら知ってるけど……聞く相手間違ってないか? コイツ。

 

「あなたはその両方の所在を――」

「いや、知らねえな」

 

 マジで。つーかアタシが聖王や冥王と知り合いだってこと自体が初耳なんだが。

 

「……わかりました。その件については他を当たることにします」

 

 おう、そうしてくれや。聞かれたときは思わず目が点になったぞ。

 

「ではもう一つ、確かめたい事は……あなたの拳と私の拳、一体どちらが強いのかです」

「…………いいねぇ」

 

 はっ、そうこなくちゃ。その言葉を聞いた瞬間、アタシはうっすらと笑みを浮かべた。

 

「防護服と武装をお願いします」

「あー…………そんじゃご遠慮なく。アーシラト、セットアップ」

〈セットアップ〉

 

 とりあえずアーシラトを起動させ、防護服もといバリアジャケットを着用する。

 

「……学生服、ですか?」

「ああ、まあな」

 

 アタシのそれは学生服、というか漫画や映画の不良がよく着ている学ランがモデルになっており、その中にパーカーを着込んだだけのシンプルな構造だ。しかも全体的に動きやすい。

 そういやシグナムの奴が騎士甲冑やらなんやら言っていたのを思い出すなぁ。うん、それらしい部分はないな。

 ちなみに元からあった部分はパーカーだけだったりする。寂しいなおい。

 

「では……参ります」

 

 へぇ、この距離で構えるか。射砲撃(ミドルレンジ)のそれとあんまり変わらな……!?

 

「おっ!?」

 

 突き出された右拳をとっさに避ける。気づいたら目の前にいやがったぞ、コイツ。しかも体勢を建て直すの早いな。

 次に流れ込むような感じで繰り出された左拳を顔面に食らってしまうも、これを難なく受けきる。

 なるほど、歩法(ステップ)か。それもコイツ独自の。似たようなやつならアタシもできる。

 

「こんだけ良いもの持ってるのに、なんで通り魔じみた街頭試合するんだよ」

 

 残念ながら、コイツは通り魔だけど。

 

「――強さを知りたいんです」

「強さを、ねぇ」

 

 強さにも種類ってのがあってだな……いや、だから知りたいのか?

 ま、どうでもいいや。別にアタシの知ったことじゃないし。コイツが何をしようと関係ない。それでも今は……

 

「テメエを叩き潰すだけだ」

 

 そう言って少し距離を置く。構えはしない。たまに構えることもあるけど基本的にはこれが合うんだよ。

 

「……」

 

 向こうは構えた。さて、どのタイミングで動くか。見たところ覇王の構えに隙はないし、見せてくれそうもない。ならば――

 

「……!?」

 

 ――アタシは覇王が動くよりも先に一瞬で詰め寄り、突き出していた左腕を引っ込めると同時に右拳を鳩尾に打ち込んだ。

 もちろんこれだけじゃ終わらない。覇王も負けじと右拳を繰り出すが、それを左拳で相殺する。

 その勢いで右脚による蹴りをかますも、空いていた左腕でガードされる。それでもお構いなく連続で同じところに蹴りを叩き込み、最後にハイキックをお見舞いした。

 全部ガードの上からぶつけたのだが、少しは押せたらしく覇王は一瞬だけ体勢を崩す。当然、それを見逃すわけがない。

 

「おらっ!」

「ぐ………っ!?」

 

 その一瞬をつき、さらに速度を上げたハイキックを左側から打ち込む。これもガードされるが、今度はそのガードごと押しきった。

 今のでアタシも体勢を崩してしまったために追撃は叶わなかったけど。

 

「ふぅ……」

 

 すぐさま体勢を整える。そしてすぐに左拳を打ち出すも、同じ左拳で相殺される。そこからは拳の打ち合いになった。

 覇王が右を出せばアタシも右を、アタシが左を出せば覇王も左を、まさにそんな感じだった。

 このままだと均衡状態に入るな……いや、入ってるか? うん、どっちにしてもそろそろか。

 

「ふんがっ!」

「っ!?」

 

 そう考えるとアタシは覇王の右拳をかわすと同時に右腕を掴んで引き寄せ、顔面に頭突きをかます。するとバイザーが壊れ、綺麗なオッドアイが晒された。

 

 

 ――オッドアイ?

 

 

「……もしかしてカラーコンタクト?」

「違いますっ!」

〈れっきとした虹彩異色みたいですよ、バカマスター〉

 

 マジかよ。あのガキといいコイツといい、カラーコンタクトが流行ってるのかと思ってたわ。ていうか……

 

「誰がバカだ!」

〈マスター以外に誰がおられると?〉

 

 そんな事実は認められない。

 

「はぁ……なんかシラケちまったからこれで終わりにするわ」

「……………わかりました」

 

 覇王は何か言いたそうにしていたが、こっちが離れてから構えると気を引き締めたような表情になった。

 そして構えた瞬間、足下に三角形の魔法陣が浮かび上がる。ほう、アタシと同じベルカ式か。

 

「…………」

 

 それに対し、アタシは何もしない。手の内は見せない派……というかほとんどないんで。覇王が何やら気を練り始めた――そこだっ!

 

「覇王……」

 

 向こうが気を練り上げているうちに突撃する。残念なことに、それでもタイミング的にはほとんど変わらないみたいだが。それなら……!

 

「……ッッッ!!」

 

 両脚でブレーキを掛け、覇王の一歩手前で急停止する。アタシは右拳に魔力を込めてから一歩踏み出し――

 

「――断空拳!」

「だらぁっ!」

 

 それを顔面に打ち込んだ。しかし、同時に断空拳とやらもアタシの顔面に直撃した。

 その衝撃にアタシと覇王は思わず二、三歩ほど下がってしまう。そして……、

 

「っ………!」

 

 先に倒れたのはアタシだった。仰向けで。覇王がどうなったかはわからない。

 だけど今ドサッ、って音がしたからおそらく倒れたんだろう。しっかしまあ……

 

「……痛いんだけど」

〈マスター、それくらい我慢してください――とはいっても軽い脳震盪を起こしてるようですが〉

「そうなのか?」

 

 顔が痛い、めちゃくちゃ痛い。体のあちこちもそこそこ痛むけど、顔の痛みはそれの比じゃない。あの技こんなに威力あったのか?

 

「痛いんだけど」

〈魔法陣を展開した時点で察してください。子供でもわかりますよ〉

「………………うっせぇ」

 

 それからしばらくじっとしていたけど、起き上がることはできるので覇王の様子を確認するとしよう。さて、どうなってるか……な……?

 

「あれ?」

 

 そこにいたのは少女ではなくロリだった。つまり幼女。アタシはこのガキにやられたのか……?

 

「そんなことがあってたまるかっ!」

〈現実を見てください〉

 

 だが断る。そんな現実いらない。っと、こんなことしてる場合じゃねえわ。

 

「さっさとずらかろう」

 

 覇王のガキが目を覚ます前に退散ってね。ホントはこのあと滅茶苦茶ケンカしたかったけど、身体的ダメージが思いのほか大きい。なので……

 

「……おつかれしたー」

 

 そう言い残し、アタシはその場から立ち去った。

 このときアタシは心のどこかで安心していたのだろう。自分には関係ないから大丈夫だと。

 

 

 そして今回の出来事を経て気づいたのだ――今年は今年で退屈しなさそうだな、と。

 

 

 

 




 なぜサツキのバリアジャケットが学ランなのかというと、『特攻服がありなら学ランもありじゃね?』という感じで決めました。

《今回のNG》TAKE 11

 それにしてもアイツが着けている仮面みたいなのなんだっけ? えーと、確か……

〈暗視ゴーグルです!〉
「え? マジで?」
「違いますよ!?」
〈違うんですか!?〉
「…………」

 アホだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話「アタシと魔女と居心地の悪さ」

「……サツキ、朝だから起きて」

「ん~……おう、ファビアか」

 

 覇王とやり合った翌日。アタシは魔女っ娘ことファビア・クロゼルグに起こされて目が覚めた。

 コイツとはもう2ヶ月の付き合いだ。その過程でわかったことなのだが、アタシの知る人物の中では一番良い子だったりする。

 だから友達とまではいかなくとも合鍵を渡せるほどの関係にあるわけだ。どっかの放浪乞食とは大違いである。

 とはいってもコイツがこうして家に訪れてくるのはかなり珍しいんだけどな。

 

「……お腹すいた」

「飯食ってねえのかよ」

 

 せめて食ってから来いよ。イチイチお前の飯まで作るのめんどくさいんだよ。

 それにしても、コイツの生活がどうなっているのか気になる。魔女だけど良い子だからな。

 

「ま、いいか。そんじゃついてこい」

「…………(コクリ)」

 

 しかも扱いやすくて非常に助かる。おかげでストレスも溜まらないし。

 

 

 ――数分後――

 

 

「ほれ、目玉焼きだぞ」

「………………ケーキは?」

「悪いが材料を切らしてるからなしだ」

 

 即席で作った目玉焼きをリビングで食べていると、ファビアがそんなことを言ってきた。昨日は買い物し忘れたからな。仕方ないんだよ。

 

「それとな、目玉焼きにケーキは合わねえんだぞ」

「…………忘れてた」

 

 コイツ、ケーキを始めとするお菓子のことになるとよく暴走するんだよな。

 そして今のように他のことが見えなくなる。まあ、今のはまだマシな方だけど。

 

「さてと、行ってくるかぁ」

「……いってらっしゃい。もしサボるなら、道中に気をつけて」

 

 さっさと飯を食い終わったアタシは用意してあった制服に着替え、ファビアに見送られながら家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

「くっそ眠い……」

 

 家から出て数分。目を擦りながら欠伸をする。昨日の疲労が半端じゃねえ。

 というか初日から行かなきゃならねえって誰が決めたんだよ全く。

 

「やっぱ帰ろうかな?」

〈初日からサボる気ですか……〉

 

 気にしたら負けである。

 

「ちゃんと出席日数は計算してあるつもりだ」

〈そういう問題ではないかと〉

 

 抜かりはない、今までもそうしてきたからな。でなきゃとっくに留年している。

 ……うん、サボろう。そう考えるとなんかめんどくさくなってきた。

 

「よし、というわけでお家へ――」

「サツキさ~ん!」

「――ん?」

 

 誰かアタシを呼んでいるな。声を頼りに振り返ってみる。

 そこには年齢10歳ぐらいであろう、金髪カラーコンtゲフンゲフン、オッドアイのガキんちょがいた。というか高町ヴィヴィオだった。

 

「おはようございますっ!」

「おう、ヴィヴィオ」

「昨日に続いて今日も早起きなんですね。いつもはギリギリなのに」

「あれ? アタシお前に教えたっけ?」

「昨日、サツキさんがせっかくだからとか言って教えてくれたじゃないですか~!」

 

 前言撤回。思わぬところで抜かっていた。

 

「ホラホラ、早く学校行け」

「そういうサツキさんは?」

「眠いから家に帰るんだよ」

「……えっ?」

 

 今のアタシはきっとドヤ顔だろう。そんな確信が持てるほどのサボり宣言だった。

 ヴィヴィオはそんなアタシを見て何を言っているんだこの人は? という表情になっていた。

 

「んじゃそういうことで」

「ダメですよっ!?」

 

 帰ろうとしたら腕を全力で掴まれたでござる。わけがわからないよ。

 つーかお前、ガキのくせに意外と力あるんだな。格闘技やってるなら当然か。

 

「ヴィヴィオ、離してくれるとお姉さんとても嬉しいんだけど」

「そしたらサツキさんは学校サボっちゃいますよね!?」

 

 当たり前だ。眠いしダルいしタバコも吸いたい。

 

「……チッ、わかったよ。行けばいいんだろ? 行けば。途中まで一緒に行ってやる」

 

 このままじゃラチがあかないので途中まで一緒に行くという提案をしてみる。これなら問題はないだろう。多分。

 

「それならいいです……」

 

 アタシの提案を聞いてホッとした表情になるヴィヴィオ。大人しくしていれば撫で撫でしたくなるほどカワイイんだけどな。

 

「なんせアイツが母親だからな……」

「なにか言いましたか?」

「いや別に」

 

 苗字ですぐにわかったことなのだが、コイツの母親はあのエース・オb……白い悪m……高町なのはだ。おお、怖い怖い。

 ま、そんなわけでヴィヴィオと一緒に行くことになった。そっからはコイツのデバイスの話で盛り上がっていたな。――ヴィヴィオだけが。

 

「お、ここまでのようだな」

「みたいですね」

 

 気づけば別れ道じゃないか。時間が経つのってホントに早いな。

 

「じゃあなヴィヴィオ、ちゃんと学校行けよ」

「それはこっちのセリフです!」

 

 別れ際にそんなセリフが聞こえる。お前はどっかの番長(笑)か。

 ガキのくせになんておせっかいな奴……時間帯によっては障害になり得るな。

 

「さて、アタシも行くとするかな」

〈その意気ですよ、マスター〉

 

 ああ、行くに決まっているじゃないか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――我が家に!」

 

〈私の応援を返してください〉

 

 何を言っているんだ? コイツは。つーか誰が応援してほしいなんて言ったよ。

 

「いいか? ラト」

〈良くないです。今この状況が良くないです〉

「アタシはな――」

 

 勘違いしているな、このバカな愛機は。だとすればこれは言っておかないとな。

 アタシはラトの戯言を無視しつつ一旦言葉を句切り、笑顔ではっきりとそれを告げる。

 

「学校に行くとは一言も言ってない」

〈そんなことだろうと思ってましたよ!〉

 

 なんだ、予想できていたのか。それならツッコミは不要のはずだが?

 疑問に思っていると、ラトがこんなことを言ってきた。

 

〈マスターほど思考回路がまともじゃない人はそういませんからね〉

「……どういう意味だテメエ」

 

 これでもアタシは常識人だぞ。少なくともそこらの不良よりは。

 やるときは相手を選ぶし、空気を読むときはちゃんと読む。それぐらいのことはできるんだよ。

 

〈そもそも常識のある人は()()調()()なんてしません〉

「それについては否定しない!」

〈そこは否定してほしかったです……〉

 

 めんどくさいからやだ。それに楽しいからな。ケンカは! ()()調()()はそのついでだ。

 

「そんじゃ、帰るとしますか」

〈いつになったら治るんですかね……そのサボり癖は〉

 

 大人になるまでは決して治らないと思う。よし、懐かしでもない我が家へGOだ!

 

 

 

 

 

 

 

「……それはどういうことだ」

『つまり、ヴィヴィオがお前とも練習してみたいって言ってんだよ』

 

 あれから家に帰って爆睡し、起きたら夕方になっていた。そしてちょうど通信がきてたから出てみるとその主はノーヴェ・ナカジマだった。

 ノーヴェとは楽しいケンカから始まった仲だ。それでも知り合い程度だけど。

 

「断るに決まってんだろ?」

『即答だな……じゃあ、見るだけでもいいから来てくれ』

「へいへい……」

 

 適当に返事して通信を切る。さて、面倒なあまり了承してしまったが……ま、見てるだけなら問題ないな。

 アタシは未だに痛みの感じる体を無理やり起こし、外出の準備を始めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

「やっと来たか」

「ったく。こっちだって暇じゃねえんだよ」

「嘘つけ」

 

 そんなわけで練習場なう。ていうかいきなり失礼な奴だな。アタシからすれば充分に忙しいんだよ。

 あと居心地が悪い。生理的なレベルで無理なんだけど。これを我慢しつつ、辺りを見回してヴィヴィオを探す。

 

「…………へぇ」

 

 ヴィヴィオはすぐに見つかったが、アタシはそれを見て少し驚いた。アイツのストライクアーツは初めて見るが、筋はいい方なんじゃねえの?

 

〈他にも二人、ヴィヴィオさんのお友達でしょうか?〉

「だろうな」

 

 その傍らにはツインテールのガキと……や、八重歯? が特徴的なガキが練習していた。

 その二人とやらも……悪くはねえか? っと、そんなことより……

 

「おいノーヴェ」

「どうした?」

 

 今思い出したが、アタシからすれば明らかに場違いだ。ここにいるのは不良ではなく、どっからどう見ても誠実な連中ばかりである。

 まあ、なんだ……マジで居心地悪いぜ……。

 

「――帰っていいか?」

「さすがに早くないっスか?」

 

 アタシが帰れるかどうかを確認しようとノーヴェに問いかけると、姉の代わりと言わんばかりにウェンディ・ナカジマが話しかけてくる。

 お前のその軽い性格、どうにかなんねえのかマジで。ちょっと馴れ馴れしいんだわ。

 

「早いかどうかの問題じゃねえ。居心地がいいかどうかの問題なんだよ」

「いや、意味わかんないっス……」

 

 苦笑いをするウェンディにアタシは思わずため息をつく。話す相手を間違えたようだ。

 しかも、コイツと会話したところで居心地が悪いことに変わりはないわけで……

 

「なんで来ちまったんだろう――」

〈マスター、男は諦めが肝心です〉

「アタシは女だ」

 

 他の女子よりちょっと不良な普通の女の子だ。それかケンカが大好きな普通の女の子だ。

 

〈不良の時点で普通ではないことを理解してください〉

 

 あれ? そうなの?

 

「サツキさーん!」

「…………」

 

 誰かに呼ばれたかと思ったら、ヴィヴィオがこっちに手を振っていたのでとりあえず人差し指と中指をくっ付けてビッ! とカッコよく返す。

 一度やってみたかったんだよね、この挨拶。

 

「ま、もう少しの辛抱だ。それまで我慢してくれ」

 

 そう言うとノーヴェはヴィヴィオのところに行きやがった。あ、ヴィヴィオの体が成長した。

 それと同時にギャラリーが集まってきた。なぜだろう、居心地の悪さが増した気がする。

 

「変身魔法だな」

〈変身魔法ですね〉

 

 昨日やり合ったガキも使ってたっけ……思い出したらムカムカしてきた。

 少しイライラしていると、それを払拭するようにラトが話しかけてきた。

 

〈マスター、スパーが始まりましたよ〉

「そうか。……お、意外とやるなアイツら」

 

 ノーヴェと大人ヴィヴィオ、結構いい勝負してるでないの? 両者ともに一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 そろそろ限界だ。アタシはいつものようにアタシのやりたいことをやるとしよう。

 

「ウェンディ、アタシはもう行くわ」

「どこに行くんスか?」

 

 はっ、そんなの決まってる――

 

「――ちょっと野暮用だ」

 

 

 

 

 

 

 

「がはっ!」

「今回も手頃なサンドバッグが見つかったな! アタシに楯突いたキサマらの愚かさを、その骨の髄にまで刻み込んでやるぜぇぇぇっ!」

〈マスター、今日はやけにハイテンションですね……〉

 

 あれから二時間後。アタシは夜道で集団を相手に大暴れしていた。

 ラトにハイテンションと言われたがそんなことはない。ほんの少しハイなだけだ。

 まあ、その原因が夕方の場違いによる不快さと思い出しによるムカムカであるのは否定できないが。

 

「し、死戦女神の噂は本当にあっぶべらっ!?」

 

 アタシの蹴りを受けてバタリ、と最後の一人が倒れた。今日もたくさんやったなぁ。

 うん、いい運動になったぜ。最後になんか聞こえたけどきっと気のせいだろう。

 

「さーて、今日の報酬額は――」

 

 アタシが資金を調達しようと財布を漁っていると、いきなりズドォン! という感じの轟音が響いた。

 あらやだ、面倒事の臭いがする。そうとわかれば早く帰ろうっと。

 

「ぬふふ、今日も大漁~♪」

 

 少し上機嫌になったアタシは、少し頬を緩ませながら帰路についた。さてさて、今日の資金はいくらだろうな~。

 このとき、ノーヴェvs覇王のバトルが繰り広げられていたことをアタシは知るよしもなかった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 3

「やっと来たか」
「ったく。こっちだって暇じゃねえんだよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃねえよ。ケン――練習で忙しいんだよ」
「待て。今ケンカって言おうとしたか? したよな?」
「いや、気のせいだろ」

 危ねえ、思わずケンカって言いかけたよ。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話「屋上はアタシの場所」

「あー、ダルい。ケンカしてぇ……」

 

 首を鳴らしながらダルそうに通学路を歩く。とりあえず今日は学校に行くことにした。さすがに連続でサボるわけにはいかないからな。

 いや、別にサボってもいいんだけど後がめんどいじゃん。そう思いながら、アタシはタバコを取り出して一服する。

 えーっとライター……クソッ、オイル切れてんじゃねえか。仕方ねえからマッチにしよう。

 

「やっぱりタバコにはオイルライターとマッチが一番だよな」

〈マスターが学校に行くなんて……今日は爆弾と隕石がセットで降ってくるのでしょうか……〉

 

 マッチでつけたタバコを吸っていると、ラトがふざけたことを抜かしやがった。

 お前さ、ホントにデバイスでよかったな。もしそうじゃなかったら今ごろドラム缶の中だぞ。

 

「いくらなんでも度が過ぎねえかお前? 少しはアタシを敬えよ」

〈残念ながら、マスターを敬うのはさすがにあり得ませんので〉

 

 知っているか? コイツ、これでもアタシの愛機なんだぜ? 忠誠心の欠片もねえわ。

 どうやらアタシは愛機にすら見放されてしまっていたようだ。この扱いはあんまりだろ。

 

 

 

 

 

 

 

「うぃーす」

「おっ、サツキじゃねーか」

 

 あれから数分、遅刻ギリギリで学校に着いた。アタシの席どこだっけ……。

 それと誰だ、人の名前を軽々しく呼ぶ見ず知らずのアンポンタンは……って。

 

「なんだハリーか。メガネはどうした?」

「オレはポッターじゃねーよ!」

 

 あれ? 違うの?

 

「ったく、同じクラスになったらこれかよ」

「黙れ弱虫」

「誰が弱虫だ!」

 

 この妙にムカつく奴の名前はハリー・トライベッカ。あだ名は砲撃番長(バスターヘッド)。実は中等科のときから交流があったりする。

 ちなみにコイツの周りにはよくリンダ、ルカ、ミアという三人の取り巻きがいる。

 まるでコバンザメだな。アタシはまとめて三人組と呼んでいる。

 

「うーん、あれだ。シバくぞ」

「いやなんでだよ!? オレなんもしてねーだろ!」

 

 ムカつくからに決まってんだろ? それ以外に一体何があるというのか。

 今日の予定を考えていると、ハリーが納得のしてない表情である疑問を投げかけてきた。

 

「まったく……初めて会ったときから思ってたけど、そんなんで進級できんのか?」

「実際にこうやって進級できてんだろうが。お前はアホか」

 

 これでもコイツよりは遥かに成績がよかったりする。だから問題は出席日数だけなのだ。

 なんで成績がいいかというと、留年してお先が真っ暗にならないようにするため、ある方法で学力を上げたからだ。いや、正確には暗記だな。

 決してカンニングなどではない。あれはむしろ成績が落ちる。

 

「一時間目、サボろうかな?」

「お前の頭の中には授業をちゃんと受けるという選択肢はないのか……?」

 

 ない。

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん、やっぱり屋上で寝るのは最高だな」

 

 昼休み。アタシは屋上に置いてある炬燵で昼寝していた。季節に合わせて毛布を取ったりできるから使いやすいんだよね。

 入学してからずっとここを使っているけど、これほど寝心地のいい場所は家以外にはないぞ。

 授業はちゃんと受けたよ、二時間だけな。その二時間を使ってアタシは全ての教科書を読み終えた。達成感が半端じゃねえ。

 

〈たった二時間でよくあの量を読んで覚えられましたね……〉

「まあな」

 

 炬燵の上に置いてあったミカンを食べつつ、話しかけてきたラトに反応する。

 内容を覚えておけば損はない。備えあれば憂いなしってやつだ。姉貴によれば、アタシは人よりも記憶力がいいらしいからな。

 まあ、完全記憶能力には及ばないので覚えるのも意外と大変だったりするんだぜ? たまに頭から抜けることもあるし。

 

「この方法にどれだけ助けられたか」

〈そういえば小学校の頃にも同じことしてましたよね?〉

「あー……確かに」

 

 懐かしいな。あの頃からケンカ――もといやんちゃしまくっていたっけ。

 地球にいたときはそのせいで鑑別所に収容されたこともあったっけ。

 

「ここにいたか」

 

 地球にいた頃を懐かしんでいるとハリーがやってきた。へぇ、今回は一人か。

 番長! 今日もへそチラありがとうございます! って男子には思われてそうな服装だなぁ。

 

「よくここがわかったな」

「お前がよくいそうな場所なんてここぐらいだからな、この学校じゃ。それとだな――」

 

 ハリーは一旦言葉を句切ると、少しイラつきながらアタシに向かってはっきりと告げた。

 

「こんなでけー旗が立ってたら嫌でもお前の居場所なんてわかるっつーの!」

 

 なんだ、そんなことか。ハリーの言う通り、この屋上にはアタシのお手製である『無限こそ真理』と書かれた大きな旗が立てられている。

 この旗はアタシが屋上にいるときだけ立てており、それ以外のときは降ろしている。

 そのせいで去年はよくこの学校の不良たちに因縁つけられたっけ。1年が調子乗ってんじゃねーぞとか、女が意気がってんじゃねーぞ、とか。

 なんだかんだで全員ブチのめしたよ。それ以降は何も言わなくなったな。――コイツ以外は。

 

「それとここはおめーの家じゃねーぞ!? なんで炬燵があるんだよ!」

「バレなきゃいいんだよ」

「よくバレなかったなぁ……!」

 

 さすがに旗はバレバレだろうが、炬燵はなぜかバレていない。

 それとも黙認されているのだろうか? 別にどうでもいいけど。

 

「そうだ! 今度はラジオでも持ってくるか!」

「持ってこなくていい」

 

 ハリーのいけず。人でなし。ペッタンコ!

 

「サツキ。なんかお前をシバきたくなったんだが」

「理不尽に暴力を振るうのは感心しねえな」

「それ、おめーが言える立場じゃねーから!」

 

 やっぱり女はスタイルの話になるとやたら鋭くなるみたいだ。

 そういやコイツは何しに来たんだ? まさかアタシを連れ戻すためだけにここへ来たわけじゃあるまいな?

 

「ほら、もうすぐ午後の授業が始まるから行くぞ」

「絶対にイヤだ」

 

 マジでアタシを連れ戻す気だったのか。もう習う範囲なんて覚えた。これ以上やることはない!

 そんなアタシの考えをよそに、ハリーは無理やりアタシを炬燵から引きずり出そうとする。

 

「ワガママ言うな! さっさと出てこい!」

〈そうですよマスター、ワガママ言わないでください〉

「お前らなんなの!? ダブルでなんなんだよ!?」

 

 お前らはアタシの母親か。初めて会ったときからまるで変わってねえなおい!

 当然、無抵抗なアタシではない。炬燵にしがみついて精一杯ハリーに抵抗したが、健闘むなしく引きずり出されてしまった。

 なんでこういうときだけ無駄にパワーがあるんだよ。普段はアタシよりも非力なくせに。

 

「アタシは今からここで睡眠を取るんだ。邪魔をするなこの弱虫!」

「うっせー! 毎回おめーを連れ戻すこっちの身にもなってみやがれこのサボり魔!」

「やかましい! こっちはテメエに連れ戻してくれって頼んだ覚えはねえんだよ!」

「んだとてめー!?」

「あァ!?」

 

 この状況をなんとか切り抜けないと……アタシのお昼寝計画が水の泡になっちまう。

 そうと決まれば実行に移そう。アタシは真剣な表情でハリーを見つめながら嘘を――

 

「トワイライト! 実はアタシ」

「よーし行くぞー。あとオレはトライベッカだ」

「……体調が悪くて……」

 

 ――つく前に実力行使に移されてしまった。

 早い! 早すぎる! まだ話の内容を言ってないのに!

 

「3年以上も一緒にいればお前の考えなんか手に取るようにわかるってんだ」

「このストーカー野郎!」

「お前は何を言って――だあっ!?」

 

 嘘をついてはぐらかそうという作戦が失敗した今、アタシにできるのはこれだけだ。

 アタシはハリーの手を力ずくで振りほどき、後ろから蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされたハリーは見事に地面とキスしていた。おおう、キレイな白だな。

 

「いつつ……てめー、いきなり蹴飛ばすやつがあるか!」

「黙れ純白! アタシを連れ戻したけりゃ力ずくでやってみるんだなぁ!」

「結局そうなんのかよ! あとさりげなく見てんじゃねーよっ!」

 

 このあとハリーと殴り合いを繰り広げ圧勝したが、その甲斐なく連れ戻されてしまった。

 ……あれ? 勝ったのはアタシなのにどうして連れ戻されたんだ? おかしくね?

 

 

 

 

 

 

 

「やっと終わった……」

 

 あれから午後の授業をなんとか乗りきったアタシは机の上で項垂れていた。

 なんで授業ってこんなに疲れるんだ? 未だに解けない謎の一つだ。

 

「いやいや、お前あれから寝てただけだろうが」

 

 そんな事実はどこにもない。

 

「んじゃま、帰るわ」

「ちょっと待て。オレも一緒に帰る」

 

 教室を出る途中、後ろからハリーが同行する宣言をされてしまった。

 マズイ。これじゃケンカしに行くことができない。ま、家に帰ってからでもいいか。

 ちなみにそのハリーは頭に軽く包帯を巻いている。大袈裟なんだよテメエは。あれ明らかに掠り傷だったただろうが。

 

「よし、帰ろうぜ」

「コバンザメみたいな三人組はどうした?」

「コバンザメっていうのやめろ。三人とも、用事があって今日は無理だってさ」

 

 もう聞いてきたのか。三人のことに関しては相変わらず手を回すのが早いな。

 というわけで、アタシはハリーと一緒に帰ることになった。

 今思えば、ハリーと二人だけで帰るのはずいぶんと久しぶりだな。どうでもいいけど。

 

「あっ、コラ! タバコはやめろって!」

「うるせえなぁ……」

 

 一服しようとマッチを探していると、口に咥えていたタバコを取り上げられた。

 お前には関係ねえだろうが全く。チッ、今回は諦めるか。

 そういえば最近はビールも飲んでねえな。ふぅむ……たまには買うか。

 

「このあとどうすんだ?」

「知り合いのジムでスパーの予約を入れてるんだよ。まあ、つまりはそういうことだ」

 

 ビールの調達を決意したアタシはとりあえずハリーのこのあとの予定を聞いてみた。

 スパーねぇ……。ぶっちゃけ二、三回しかやったことねえわ。

 それにしてもお前はホントに努力家だよな。そこまで興味はないけど。

 

「そういうお前は?」

「家に帰る」

「…………」

 

 おいハリー、そんな疑うような目でアタシを見るな。家に帰るのはマジだって。

 ケンカしに行くのはそのあとだから安心しろ。

 その願いが通じたのか、ようやくハリーはアタシから目を逸らした。

 そのあとは普通に別れて、ハリーはスパーを、アタシはケンカをしに行った。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 33

「理不尽に暴力を振るうのは感心しねえな」
「それ、おめーが言える立場じゃねーから!」
「なんだとこのペッタンコ!」
「ペッタ……!? て、てめーは言っちゃいけねーことを言ったぞ……!!」
「ならどうすんだよ?」
「やるに決まってんだろ!」
「…………はっ、上等だバカヤロー!」
〈マスターもハ――ペッタンコさんも落ち着いてください!〉
「お前までペッタンコ言うなぁ――っ!!」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話「意気がってる奴ほど弱い」

「というわけで遊びに来たぜ」

「何がというわけなのか詳しく説明してもらえないかしら?」

 

 アタシは今、ヴィクターことヴィクトーリア・ダールグリュンの屋敷に遊びに来ている。

 ヴィクターとはインターミドルの都市本戦でやり合った仲であり、勝敗は一勝一敗。

 アタシはもうリベンジを果たしたからどうでもいいのだが、ヴィクターは納得してないらしい。

 

「相変わらず美味しいよな、この紅茶」

「恐縮です」

 

 ま、遊びに来ているとはいっても紅茶を飲んでいるだけだがな。

 とりあえず真面目に美味しかったので執事のエドガーに称賛を送ってみる。

 

「あなたから称賛が送られるなんて……」

「おいコラなんだそのあり得ない……! みてえなアホ面は」

「誰がアホ面ですって?」

 

 おかしい。アタシはただ素直に称賛を送っただけじゃねえか。

 そしてアホ面はお前だ。一応お嬢様なんだからもう少し上品に振る舞えよ。

 

「ところでお前、いつもより疲れてないか?」

「当然よ。だってあなたやポンコツ不良娘の相手は実際に疲れるもの」

「誰がポンコツ不良娘だと!?」

「どうしてあなたがそこに反応するのかしら!?」

 

 自分の悪口に反応するのは当然だろ。紅茶のせいで頭もアホになっちまったのかコイツは。

 けどポンコツ不良娘ってどっかで聞いたことあるような……ないような……。

 

〈マスター、ポンコツ不良娘というのはハリーさんのことですよ〉

 

 穴があったら入りたい。

 

「少しは落ち着きなさい」

「…………そういやアイツは?」

「今日はまだ会ってないからわかりませんわ」

「すげえ安心したわ」

「どれだけあの子が苦――嫌いなのよ……」

 

 できるならマウントポジションで殴りまくってやりたいほどに苦――嫌いだ。

 それとヴィクター、オブラートに言い直したつもりだろうがむしろ悪化してるぞ。

 

「ところでダールグリュンって言いにくいよな」

「……本当にマイペースね、あなたは」

「いっそのことダース・ベ○ダーにしろよ」

「原型がほとんどないのだけど!?」

 

 知ったことか。言いやすいから大丈夫だろ。それにおもしれーから悪くねえじゃん。

 いや実際にダールグリュンって言いにくいし。あとフルネームが長すぎなんだよ。

 

「要は言いやすくておもしれーかそうでないかの問題なんだよ」

「だからといってなんでもいいわけではないのよ?」

「……え……?」

「待ちなさい。なにその嘘だろ……? みたいな顔は」

 

 あれ? もしかして表情に出てた?

 

「今度ポーカーフェイスの練習をする必要があるな」

「はぁ、付き合ってられませんわ……」

「お前、客人に対してマジ失礼だぞ」

「あなたや不良娘なら問題はないのよ」

 

 人が大人しくしてりゃ調子乗りやがってこのアマ……!

 という感じにアタシがイラついているとヴィクターが頭に手を当て、まるで疲れたかのような声でこんなことを呟いた。

 

「まったく……。あなたといい、あのポンコツ不良娘といい、どうしてこう相手にすると疲れるのよ……」

「誰がポンコツ不良娘だと!?」

「だからどうしてあなたがそこに反応するのかしら!?」

 

 ムカつくからに決まっているだろうが。

 もういいだろうと思い、帰ろうと立ち上がってからヴィクターに一言だけ告げる。

 

「そんじゃ帰るわヴィク――ダース・ベ○ダー」

「待ちなさい。合っていたのにどうして言い直す必要があったのかしら?」

 

 しまった。言いにくいから間違えちゃった。別におもしれーからいいけどさ。

 仕方がない。いっぺんコイツのフルネームを口にしてみるか。めんどいけど。

 

「えーっと……ビクター・ダースグリュン?」

「いろいろ混ざっているのだけど!?」

 

 あれま。

 

「まあいいや。今度こそ帰るよ」

「そう。……そういえばあなたに言わなければならないことがあるのだけど」

 

 ん? 言わなければならないこと?

 帰ろうと歩き出していたアタシは一旦足を止め、ヴィクターのいる方へ振り向く。

 なぜだろう。イヤな予感がする。

 その予感は的中したらしく、ヴィクターは良い笑顔でこう告げてきた。

 

 

「――明後日からあの子のこと、お願いね」

 

「キサマァァァァァァァァァァァ!!」

 

 

 このときほど聞かなきゃよかったと後悔したことはそうそうないだろう。

 アタシの渾身の叫びは屋敷中に響いた。幸いにもガラスが割れたりはしなかったけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「がァああああああああッ!!」

「あがっ!?」

 

 その日の夜。アタシは文字通りストレス発散のため大暴れしていた。

 今はハイキックで仕留めた奴をとにかく踏みつけている最中だ。途中で変な音がしたけど気のせいだろう。

 次に鉄パイプを持った男が向かってきたが、アタシはこれをローリングソバットで沈め、再び踏みつけを再開する。

 

〈マスター。それ以上はアウトです〉

「るっせえなゴラァ!!」

「ごふっ!!」

 

 ラトに注意されて思わず踏みつけを中止すると同時に、近くにいた大柄な男を殴り飛ばす。アタシよりでけえからって勝てるわけじゃねえんだよ。

 そして殴り飛ばした奴を右手で持ち上げ、そのままアイアンクローをかます。

 

「ぐぎゃぁぁぁ!!」

「うるせえから黙ってろ」

 

 なんか喚き出したので空いていた左を使ってボディブローを打ち込み、意識を翔ばす。

 邪魔でしかなくなったそれを適当に投げ捨て、最後の一人を迎え撃つ。ソイツはアタシを見てビビっていた。さっきまで意気がっていたくせに。

 

「ちょ、調子こいてんじゃぺぎゃっ!?」

 

 アタシはそれを跳び膝蹴りで沈め、着地してから周りに誰かいないか確認する。

 ……よし、誰もいないな。気配も感じないから間違いないだろう。

 とりあえず一服しながら資金を調達し、暴れた場所から立ち去る。

 

〈マスター。やるにしても限度というものがありますよ?〉

「ギリギリセーフだ」

 

 ホントにギリギリだったけどな。ぶっちゃけどうでもいいと思っているのだが、周りの連中がそれを許してくれない。

 まあ、だからこそ自分じゃ歯止めの利かないときがあるんだけどね。

 でもアタシとしてはまだまだ物足りない。もう少しだけ暴れるかぁ。

 

〈マスター、もうすぐ11時ですよ。あと一時間で一日が終わってしまいます〉

「そうか。どうせなら朝まで暴れるか!」

〈もう好きにしてください〉

 

 アタシの夜はこれからだ!

 

 

 

 

 

 

 

「マジ眠い……」

「あはは……」

 

 あれからホントに朝帰りしたアタシは家に帰ってからシャワーを浴び、飯も食わずに着替えてそのまま登校するはめになった。

 せめてフレンチトーストだけでも食っときゃよかったよ。

 ヴィヴィオとは途中で合流した。ま、朝帰り自体は慣れてるんだがな。

 

「サツキさん。昨日は通信にも出ずになにしてたんですか?」

「あー…………」

 

 マズイ。なんて説明すればいいんだろう。正直に言えばめんどくさいことになるぞこれは。

 ていうか通信してたのね。全く気づかなかったよ。

 まあ、コイツはガキんちょだから適当にはぐらかせば大丈夫だろう。多分。

 

「実は寝――」

「嘘はいいです」

「――てた」

 

 ……せめて最後まで言わせてくれよ。さすがに傷つくだろうが。

 ヴィヴィオは呆れたようにため息をつき、ジト目でアタシを睨み始めた。

 うん、もう一度はぐらかしてみよう。今度はきっと上手くやれるさ。

 

()( )()( )()( )()( )()( )()( )()( )()

「…………あの、今なにか本音のようなものが聞こえたんですけど……」

 

 しまった。ついアタシの正直な部分が出ちまったみたいだ。

 

「……もういいです。ところでサツキさん」

「ん? どったの?」

「この前、別れたあとはどうしたんですか?」

 

 ヴィヴィオは一瞬だけもう諦めたという表情になってから問いかけてきた。

 一難去ってまた一難とはまさにこのことだろう。さてさて、どうしたものか。

 あー……うん、これも適当にはぐらかそう。

 

「もちろん行ったに決ま――」

「サボったんですね?」

「……お、おう……」

 

 なんでコイツまでアタシの考えがわかるんだよ。アタシが単純なのか? いや、そんなことはないはず。ならどうしてだ?

 アタシが疑問に思っていると、ヴィヴィオが予想通りという感じで再びため息をついた。

 

「やっぱり……」

「待てコラ。まるでアタシがサボりの常習犯みてえじゃねえか!」

 

 ガキんちょにまでサボり魔扱いされるとは心外である。どういう教育してるんだよ、なのはの奴。

 これだからゆとり世代は……いや、ミッドチルダにゆとり世代ってあるのか? あるとしたら年齢的にアタシまで入っちまうな……。

 

「違うんですか?」

「違うに――」

〈違いませんよヴィヴィオさん。一定の間隔がないほどにはサボってます〉

「まあな――決まってんだろ」

 

 ダメだ。ラトのせいで言い逃れができなくなってしまった。

 おのれラト。どこまでアタシを陥れるつもりなんだ。

 

「サツキさん……」

「やめろヴィヴィオ。アタシをそんな目で見るな」

 

 いかにも怒ってます、みたいな表情で睨まれてしまった。コイツの場合はカワイイ方だけどな。

 そんなどうでもいいことを考えていると、まだ怒っているらしいヴィヴィオが口を開いた。

 

「で、今日はちゃんと学校に行くんですよね?」

「…………一応な」

 

 とはいっても午後は思いっきりすっぽかすつもりでいるがな。食料調達のために。

 なんせ明日は奴がやってくる。かつてアタシの食料を食べ尽くした最悪の乞食女が。

 

〈ヴィヴィオさん。マスターがそう簡単に行ってくれると思いますか?〉

「…………」

「だからそんな目で見るな」

 

 再び呆れたようなジト目で睨まれてしまった。ジト目好きだなコイツ。

 それにすっぽかすといっても別に一日中サボるわけじゃない。午前は行くつもりだ。午前はな!

 ……やっぱり学校そのものをすっぽかそうかな? なんか行く気が失せてきた。

 

「そういやメールに書いてあったガキってどんな奴だ?」

「……ごまかさないでください」

 

 そんなことをした覚えはない。

 ちなみにコイツからメールが届いているのに気づいたのは家から出ようとしたときである。

 すぐに消去しようとしたのは内緒だ。

 

「期待したわたしがバカでした……」

「そもそも期待される覚えはねえ」

 

 わりとマジで。誰かに期待されたくて何かをしたことなんて一度もねえし、する気もない。

 欠伸をしながらそう考える。なんで人間ってのは期待されたがるのか。

 

〈マスターに何かを期待すること自体が間違いなんですよ〉

 

 お前、ホントに愛機じゃなかったら今ごろシュレッダーにぶちこんでるぞ。

 

「で、どんな奴なんだ?」

「あ、そうでした!」

 

 

 ――しばらくお待ちください――

 

 

「とまあ、こんな感じです」

「……なるほどな」

 

 ヴィヴィオから聞いた話をまとめよう。

 ソイツはベルカ古流武術の使い手らしく、しかも学校の先輩なんだと。

 それに加えてスパーとはいえヴィヴィオを打ち負かしたほどの実力を持つ。

 しかし、アタシが一番引っ掛かったのは……

 

「虹彩異色ねぇ……」

 

 なんかもう、心当たりしかないんですけど。ベルカ古流に虹彩異色って。間違いなく例の自称覇王だろ。

 つーかアイツ、あれで中坊だったのか。

 

「サツキさんのお知り合いだったりしますか……?」

 

 悪いがその問いには答えられない。なぜなら知り合いというより、加害者と被害者っていった方がめちゃくちゃ正しいからだ。

 現にアタシは絡まれた側なんだし。あのときのダメージはなんとか回復したけど。

 

「そんじゃ、またな」

「はいっ!」

 

 いつもの別れ道にたどり着き、アタシはヴィヴィオが進んだ道とは反対の方へ歩き始める。

 さぁて、試練に向けて準備するかな。お金はそれなりにあることだし。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 5

「だからといってなんでもいいわけではないのよ?」
「……え……?」
「待ちなさい。にゃに――なにその嘘だろ……? みたいな顔は」
「……………………っ!」

 ダメだ。今笑ったら殺される。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話「進撃のアホミア」

「さて、なに食べようかな?」

 

 ついに訪れた運命の日。アタシはいつも通り朝飯の準備をしていた。昨日はとにかくそこら辺のスーパーで買い物しまくったよ。

 そのせいでケンカができなかった。なので少しだけイライラしていたりもする。

 

「今回はどれだけの食料が犠牲になるのやら……」

〈どうせ量に関係なく食べ尽くされますよ〉

 

 クソッ。反論したくてもできない。アイツが食べ物を残したことって一度もないからな。

 ちなみに今日の朝ご飯は和食だ。自分で言うのもなんだが、結構な出来上がりだと思う。

 

 

 ――ピンポーン

 

 

 ちょうど朝飯の準備が終わったと同時に呼び鈴の音が響く。

 ついに来たのか? いや、もしかしたらファビアかもしれない。

 

「さて、吉と出るか凶と出るか……」

〈マスター。嫌な予感がするので大凶です〉

 

 言うなラト。例えわかっていようとも言うな。

 アタシは殺気を隠しながら警戒体勢に入り、扉の前に立つ。

 

「へーい、どちらさんでー?」

 

 そして普通に返事をしながら扉を開ける。するとそこには――

 

「サッちゃん! 久しぶり」

 

 

 ――バタン。ガチャンッ!

 

 

「……じ、ジーク……?」

 

 残念ながらファビアではなく、件の乞食女ことジークリンデ・エレミアがいた。

 やっぱり来やがったのか。その事実を知った瞬間、わずかな希望は打ち砕かれた。

 

『さ、サッちゃん!? なんで閉めるん!?』

 

 なんか聞こえるけど今は『開けてサッちゃん!』それどころじゃない。どうしよう、予想外だから打つ手がない。

 確かに来るとは聞いていたが、まさか早朝に来るなんて思いも『サッちゃーん!』しなかった。

 もしかして奴はこのタイミングを狙っていたのか? 気配なんて全く感じなかったぞ。

 

『お願いやから開けて! お腹すいて倒れそうなんよ! この通りや!』

 

 アタシが頭を回転させているとジークが必死に懇願してきた。何がこの通りだゴラァ。

  そんなもの聞けるわけねえだろ。キサマのせいでどれだけの食料が犠牲になったと思ってんだ。

 そして予想通りというか、やはり目的は食べ物か。なら倒れてしまえ。嬉し泣きしてやるから。

 ……いや、冷静になれアタシ。あれは生き霊ってこともあり得るだろ。うん、きっとそうに違いない。

 

(ウチ)、サッちゃんに酷いことしたくないんよ!』

「待て! お前はアタシに何をするつもりだ!?」

 

 ジークが扉の向こうでさらっととんでもないことを言いやがった。

 初めて会ったときのジークは人見知りでかなり大人しかったはずだ。多分。

 まあ、それでもアタシと一度だけ殴り合いのケンカをしたことがあるのは事実だが。試合ではなくプライベートで、だけど。

 

『――殲撃(ガイスト・ナーゲル)は使いたくないんよ!』

「やめろっ! そんなことをしたらアタシまで犠牲になっちまう!」

 

 よりによってガイストとかイカれてやがる。お前、あれだけ危険だとかほざいてたくせにアタシには躊躇いもなく使用するのかよ。

 いつからコイツはここまで変わってしまったのだろうか。いや、おかしくなったといった方が正しいかな?

 

「ヴィクターんとこ行けよ! つーかなんでアタシなんだよ!?」

『だってサッちゃんの料理おいしいんよ!』

「エドガーにでも食わせてもらえ!」

 

 こっちは数に限りがあるんだよ。加えてそれ以前にお前を家に入れたくない。

 入れてしまえば家計が確実に圧迫されてしまうだろう。おお、怖い。

 

「ていうかいつまでドアノブガチャガチャしてや――」

『サッちゃんが開けてくれるまで帰らへんよ!』

 

 コイツ、ちょっとヤバイわ。病んでないだけマシなのかもしれないが、アタシとしては病んでる方がブチのめしやすいからこれは厄介だな。

 ……あのとき見逃さずにトドメをさしておけばよかったんだ。

 

『あーもー! 使うで! ほんまにガイスト使うで!?』

「待て早まるな!」

 

 マズイ。あのアホ、自棄になってやがる。こうなったらやるしかない……!

 

 

 ガチャッ(ドアを開ける音)

 

 ドゴッ(アタシがジークに回し蹴りをかます音)

 

 バタンッ ガチャンッ(アタシがドアを閉めて鍵を掛ける音)

 

 

「危なかった……!」

『こ、こっちのセリフなんやけど!?』

 

 見えたのはほんの一瞬だったが、マジでガイストを使おうとしてやがった。

 おっと。奴を一回退けたからといって安心はしてられない。

 

「ジーク! 実はアタシ」

『ご託はええから開けてやぁ!』

「……風邪を引いてて……」

 

 ダメだコイツ。聞く耳をまるで持ってねえ。

 

『仕方あらへん。もういっちょいくで!』

「さらっと連続で使おうとしてんじゃねえ!」

『サッちゃんがドアを開けてくれるまで! (ウチ)はガイストを使い続けるっ!』

 

 なんだその某ジ○ジョみたいなセリフは。内容は全然違うけど。

 お次はどうするかな……ハイキックか? ローリングソバットか? それともアッパーか?

 

『ガイスト――』

 

 ――やっぱりあれしかねえよなぁ。

 

 

 ガチャッ(ドアを開ける音)

 

 タッ ゴスッ(アタシが少しジャンプしてジークに頭突きをかます音)

 

 バタンッ ガチャンッ(アタシがドアを閉めて鍵を掛ける音)

 

 

「もう勘弁してくれ!」

『あたた……そやからこっちのセリフなんやけど!?』

 

 仕方がない。窓から逃げよう。

 そう決意したアタシがベランダに向かうと同時に――

 

 

「そや、前に来たとき合鍵を借りさせてもらったんよ。すっかり忘れとったわ」

 

 

 ――玄関の方から声が聞こえた。振り向くと、そこには外にいるはずのジークが家の中にいた。

 普通ならどうやって入ったんだ? と思うところだが……

 

「テメエ今なんつった? 合鍵だと?」

「うん」

 

 合鍵はファビアに渡したやつを含めても五つしかない。しかもうち一つはここにはない。さらにうち二つはアタシが持っている。

 つまり残り一つをパクられたのか。貸した覚えはないし、貸すつもりもないからな。

 

「貸した覚えはねえぞ」

「当たり前やろ。だって(ウチ)――無断で借りたんよ?」

 

 アウトだバカ野郎。

 

「……………………もういっぺん言ってみろ」

「そやから(ウチ)、無断でサッちゃんから合鍵借りたんよ」

「………………」

「あっ! 痛っ! サッちゃっ……! 暴力はあか……っ!」

 

 現在進行形でジークのマウントを奪い、ひたすら殴り続けているアタシは絶対に悪くない。

 

 

 

 

 

 

 

「シャワーおおきに~」

〈マスター。抑えてください〉

 

 数時間後。今は夕方――というか午後7時を過ぎたところだ。

 あれからジークは朝飯を食べるだけに飽き足らず、昼飯やアタシが買ってきたお気に入りのお菓子まで食べやがった。

 挙げ句の果てにはシャワーまで勝手に使ってやがるし……いつかぶっ殺す。まあ、過ぎたことは置いとくとしよう。とりあえず今あるのは……、

 

 

・ドデ○ミン

・麦茶

・パエリア

・酢豚

 

 

 こんなもんだな。もちろん料理はアタシの手作りだ。パエリアとか久々だわ。

 

「サッちゃんはどれにするん?」

 

 目を輝かせ、よだれを垂らしながらアタシに問いかけてくるジーク。汚えなおい、さっさと拭けよ。

 どれにする、か。そうだな――

 

「――ドデ○ミンと麦茶とパエリアと酢豚だ」

(ウチ)の分は!?」

 

 実はないわけじゃないが今後のために出したくないというのが本音だ。

 つまりはないってことになるな。ていうか絶対に出さねえぞコラ。

 

「まさかサッちゃん、(ウチ)には――」

 

 それに食費もヤバイことだし、これ以上の犠牲は出したくない。

 今後の食生活どうしようか。このままではジークのせいで清貧生活になってしまう。

 

 

「――(ウチ)にはカップ麺のプラモデルを食べろっちゅうんか!?」

「待て! 何をどうやったらそんな解釈になるんだ!? しかも無機物でも食おうとするお前の思考に一瞬どころかマジで引いたぞ!?」

 

 

 アホなことを言い出したジークにマジでドン引きする。頭おかしいとかそんなレベルじゃねえ。

 これが乞食の王者とでもいうのか……!?

 

「というか、うちにそんなプラモデルはない」

「じゃあ、あそこにある怪○王のフィギュアを食べあだぁあああああっ!!」

 

 怒りのあまりジークにアイアンクローをかます。それを食ったら殺すだけじゃ済まさん。

 つーかいい加減にプラモやフィギュアから離れろ。だがそれを食えばマジで殺す。

 

「ご、ごめんやっ! (ウチ)が悪かったからぁっ! あ、そや、実はサッちゃんがシャワー浴びてる間にもお菓子をいくつか食べあだぁああああっ!!」

「遺言書は書いたな? お祈りは済ませたな? 懺悔も済ませたな? 未練はないな? 思い残すことはないな? ――ブチ殺す」

 

 アタシは墓穴を掘ったジークを粉砕するべく、空いている左手に魔力を込める。

 やっぱりコイツを生かしておいたのが間違いだったようだ。ここでケリをつけてやる。

 

「ま、待ってサッちゃん! それは洒落にならへんからっ!」

♪◇▽□◆◎×☆★(この一撃にアタシの全てをかける!)

「ほんまになに言うてるかわからへんよ!?」

〈つまりマスターは今から使おうとしている攻撃に全てをかけているようです〉

「ラトも淡々と翻訳してないでサッちゃんを止めてやぁ!」

〈アホミアさん。男は……諦めが肝心です……っ!〉

(ウチ)は女子や! ていうかその家族を戦場に送り出すような雰囲気で言うのやめてくれへん!? あとエレミアなんやけど!? ――ってストップ! サッちゃんストップ! ほんまに(ウチ)死んでまう! 死んでまうからぁあああっ!!」

 

 

 閑話休題。

 

 

「…………マジで反省してるんだろうな?」

「はい……」

 

 あれから数十分ほど愛機による必死の制止が続いたので、悔し泣きしながらジークを解放した。

 魔力込めるとか贅沢せず普通に決めとけばよかったぜ。今は土下座させてお説教なう。

 

「サッちゃん。お願いやからちゃんとしたご飯を食わせてつかぁさい……!」

「はぁ……まあいいか」

 

 どうせ外に追い出しても合鍵あるいはガイストを使って入ってくるだろうし。

 それに何より、コイツの相手をするのは一番疲れる。昔はあれだけ仲が悪かったというのに……

 

「ほ、ほんま!?」

「ああ。下手な真似したら殺すけど」

「えへへ……!」

 

 どうしてこうなった。ジークはまるでアタシに気があるかのような素振りだし。

 いや、ないと思いたい。さすがにコイツもその辺りの認識はできるはずだ。

 このあとはジークと一緒にご飯を食べ、成り行きで一緒に寝るはめになった。すぐに奴をベッドから蹴り出してボコボコにしたのは内緒である。

 

 

 

 

 

 

 

「あ~……最悪だ」

 

 翌朝。ジークは満足できていたらしく、幽霊のように姿を消していた。

 とりあえずそれは置いといてだ。恐れていた事態が発生してしまったのだ。

 

「――今月の()()が底を尽きた……」

 

 この先どうやって生きていこうか。いや、別に清貧生活自体はいけるんだぞ? ガキの頃に山籠りを経験したことがあるからな。

 問題は食費の確保だ。この先アイツが居候する可能性を考えると()()調()()だけじゃとても足りない。

 最近の奴は所持金少ないからな。おそらく一週間と持たないだろう。

 

「実はジークって貧乏神の化身じゃないか?」

〈……残念なことに否定要素がありません〉

 

 あのラトですら疲れたような声になっている。

 仕方ねえ。職場体験を利用するしかないな。でないと電気代までなくなる可能性がある。

 そんなことを考えながら、アタシは制服に着替えて家から出た。

 

 

 

 これだからアイツは――ジークリンデ・エレミアは大嫌いなんだよ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 87

「へーい、どちらさんでー?」

 そして普通に返事をしながら扉を開ける。するとそこには――

「サッちゃん久しぐふぉ!?」

 ――アタシに抱きつこうとしていたジークがいたので前蹴りをお見舞いしてやった。

「いたた……久しぶりに会って最初にすることが前蹴りってどーゆーことや!?」
「手を抜いてやっただけありがたく思え」

 ホントならこれにパワーボムも追加するつもりだったんだからな。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話「イメージに騙されるな」

「今日はまっすぐ帰るか……」

〈あのマスターがまっすぐ帰るなんて……今日は空飛ぶ亀が現れるかもしれません〉

「それはそれでありかもな」

 

 放課後。昨日のジーク蹂躙によりケンカする気力すら失ったかもしれないアタシはとにかくベッドにダイブするため、普通に帰ることにした。

  授業? サボる気力もなかったので察してくれると嬉しい。ずっと寝てたけどな。

 

「さて、帰ってたっぷりと睡眠を――」

「サツキさ~ん!」

「――あ?」

 

 疲労回復の決意を改めてしたと同時に声をかけられる。というかこの声は……ヴィヴィオだな。

 声がした方に振り向いてみると、アタシを呼んだであろうヴィヴィオと二人のガキんちょがいた。

 一人はツインテール、もう一人はチラチラと見せている……や、八重歯? いや、吸血鬼の牙か? そんな感じの歯が特徴ってとこだな。

 

「おっす」

「はいっ! この時間帯で会えるなんて思ってもみませんでした」

 

 それは同感だな。まさか会うことになるなんて思いもしなかったぜ。

 ふとヴィヴィオの友人であろうガキ二人を見てみると、この人があの……? って言いたそうな表情でアタシを見ていた。

 一方的か。まあ、コイツらとは初対面のはずだ。練習場のあれはノーカンだろうし。

 

「で、そっちの二人は?」

「え、えっと、コロナ・ティミルです」

「リオ・ウェズリーですっ!」

 

 ふむふむ、なるほど。

 

「――ツインテールがコロナ・ビーム、そっちの……変なのが吸血鬼(オーガ・バンピエス)?」

「「違いますよっ!?」」

 

 二人同時に否定されてしまった。後者はともかく、前者は悪くないと思うんだけどなぁ。

 ほら、カッコいいじゃん。まあ、冗談でしかないってことが残念だけど。

 

「冗談だよ、ティミル」

「あたしは冗談じゃないんですか!?」

 

 ギャーギャーうるさいな、このガキは。今生えている全ての歯を引っこ抜いてやろうか。特にや……や……そう、八重歯とやらを。

 どう見てもあれ、吸血鬼が血を吸うとき首筋に突き立てるやつに似てるんだよなぁ。

 ひょっとしてコイツ、デイ・ウォーカー? だとしたら銀の杭もにんにくも効かないのか……。

 

「これは厄介だな」

〈気にしないでください皆さん。マスターはバカなんです〉

 

 そんな事実は何度言われようと認めない。

 とりあえず頭があんまり回らないので考えるのをやめた。まさかここまで影響があるとはな。

 それにしても聞いたことのある名前だな、ウェズリーって。いや、あれはウィーズリーか。

 

 

(「ねえ、この人が本当に)(あの緒方サツキ選手なの?」)

 

(「そ、そうだけど……?」)

 

(「イメージと全然違うよ……」)

 

 

 おいコラ聞こえてんぞクソガキ共。何がイメージと違うだぁ? 勝手な理想像作ってんじゃねえぞコノヤロー。

 イメージに合わないことなんて山のようにあるんだよ。現実を見ろってんだ。

 ていうかインターミドルが絡んでるな。選手呼びってことは。

 

〈マスター。髪を束ねてみては?〉

「あ?」

 

 なんで試合でもねえのに束ねる必要があるんだよ。

 そう思いながらも、アタシは髪を束ねてみる。さて、変化はあるかな?

 無事に束ね終わり、まだ騒いでいるであろうガキ共の方を見てみる。

 

「「…………」」

 

 さっきまでなんとも言えない表情をしていたウェズリーとティミルが大人しくなっていた。

 それどころか、まるで信じられないような感じでアタシを凝視している。

 どうやら効果はあったようだ。つーかありすぎじゃね?

 

「「――ほ、本人!?」」

 

 ここまで効果があるとは思わなかった。

 

「本物に決まってんだろうが」

 

 まさかそこから疑われているとは思ってもみなかったぞ。これはさすがに酷すぎだろ。

 選手としてのアタシってどんな風に見られてるんだろ? わりとマジで気になるんだけど。

 

「すみませんでした……」

「ごめんごめん♪」

 

 ティミルは素直に謝ってくれた。ファビアにはほど遠いがそこそこ良い子なのかもしれない。

 だがウェズリー、テメエはダメだ。

 

「り、リオ!」

「軽々しく言っちゃダメだよ!」

「えー、なんでー?」

 

 なぜ頭にいくつもの疑問符を浮かべながらアホ面になっているんだコイツは。

 上下関係というものを知らないのか? いくらなんでもそれはねえだろ。

 きっと残念な子なんだなと思い、もう一度だけ謝らせてみることにした。

 

「ほら、もういっぺん言ってみろ」

 

 これでコイツも過ちに気づくだろう。ちなみにヴィヴィオとティミルは必死になっている。

 別に取って殺そうってわけじゃねえから安心しろ。アタシもそこまで鬼じゃない――

 

「――ごめんごめん♪」

 

 ぶっ殺す。

 

「サツキさん抑えてください~!」

「お、落ち着いてくださいっ!」

 

 ウェズリーに引導を渡そうと迫ったらヴィヴィオとティミルがしがみついてきた。

 離せお前ら。死にたくなければ離せ。アタシは今からこの変なのをぶっ殺す必要があるんだ。

 ウェズリーはまたなんで? というアホ面になっていたがそんなことはどうでもいい。

 

「ストップだサツキ」

「あ、ノーヴェ」

 

 いざ行かん! というところでいきなり現れたノーヴェに止められてしまった。クソッタレめ。

 ウェズリー含むガキ共はホッとした表情になっていた。待て待て、なに被害者ぶってんのお前。

 チッ、もういいわ。やる気が失せちまったよ。

 

「そんじゃ、アタシはこれで」

「おう」

 

 とりあえずその場から立ち去ることにした。疲れが余計に溜まったような気がするよ。

 ……いや、暴れに行こう。気力がないとか言ってらんねえわ。それに今ので暴れたくなった。

 ストレス発散のため、アタシは再び湧いてきた気力で暴れることにした。

 

 

 

 

 

 

 

「たでーまー」

「お帰りや~……」

 

 これでもかというほど大暴れして、深夜に帰宅したアタシを出迎えてくれたのはジークだった。

 ていうかなんで起きてんだ? コイツ。

 この時間帯なら間違いなく寝てるはずだぞ。あれ? もしかしてジークの体内時計おかしくなっちゃった? そんなわけないか。

 

「なんでいるんだ? そしてなぜ起きている」

「サッちゃんを待ってたんよ……」

 

 と、眠そうに欠伸をする。誰も待ってほしいなんて一言も言ってねえがなぁ。

 しかしここはジーク。見事にアタシの予想を裏切ってくれた。

 

「う~ん……正確にはサッちゃんの()()を待ってたんよ~……」

 

 うん。コイツがこんな時間まで起きてる理由なんて大体これだ。前にもあったのを思い出したよ。

 さすがにアタシ個人を待ってはいないだろう。百合じゃあるまいし。

 

 

(「ほんまはサッちゃんと)(一緒に寝たかったんよ……」)

 

 

 百合じゃあるまいし。

 

「んで、ご注文は?」

「ん~…………サッちゃ――おでん」

 

 今アタシだと言いかけたのは気のせいだと心の底から信じたい。

 きっとジークは寝惚けているんだ。そうだよ、そうに違いない。

 

「う~……サッちゃ~ん」

「抱きつくな」

 

 わりとマジで寝惚けていたらしく、唇を尖らせながらアタシの腰に抱きついてきた。

 ねえ、頼むから離れてよ。アタシもいろいろと限界なんだよ。

 これもう殺っちゃっていいよね? いいよね? ずっと我慢してきたけどいいよね?

 

〈アホですか。ダメに決まってるでしょう〉

 

 アタシの心情を察したラトにいち早く止められた。なんでだよ。

 あー……これは力ずくだな。

 

「オラァ!」

「ごふっ!?」

 

 腰に抱きついてきたジークの後ろに回り込み、すかさずバックドロップをかます。

 別にジャーマン・スープレックスでもよかったんだけど、咄嗟にやっちまったからな。

 ジークはしばらく目を回していたが、やっと目が覚めたらしくすぐに立ち上がった。

 

「さ、サッちゃん!? あれ? なんでぇ!?」

「それはこっちのセリフだ」

 

 どうやらここにいる理由すらわからないらしい。寝惚けてるって怖い。

 つーか痛み感じねえのかお前は。あれ結構な威力だったはずだぞ。

 さすがはチャンピオンといったところか。伊達に鍛えているわけではないみたいだ。

 

「とりあえず帰れ」

「それはお断りや」

 

 なんだこの打ち合わせしたかのようなリズム感は。

 そうか。これはきっと悪ノリってやつだ。そうとわかればもう一度言ってみるか。

 

「帰れ」

「お断りや」

 

 悪ノリでもなんでもなかった。

 

「ぶっ殺すぞ!?」

「やれるもんならやってみーやっ!」

 

 しかもアタシのセリフまで取られた。マジになってやがるなコイツ。

 ある程度の距離をとり、互いに構える。どうする? 相手は打撃もできるグラップラーだ。

 だが肉弾戦ならアタシの方が上だ。これに関しては絶対に譲らねえ。

 

「年貢の納め時だなぁ、ジークちゃんよ」

(ウチ)のセリフ、取らんといてーや」

 

 このあとそれなりの小競り合いを繰り広げたが、眠そうにしているジークがアタシに勝てるわけもなくあっさりと勝負はついた。

 ちなみに決め手は一本背負いだ。投げ技くらいアタシにだってできるさ。

 お互いに万全だったら前みたいにすげえケンカができたんだろうけど……まあいいか。

 

 

 

 

 

 

 

「サツキさんとノーヴェってどんな経緯で出会ったんですか?」

「なんだよ藪から棒に」

 

 翌朝。たまたま合流したヴィヴィオと一緒に登校していると、いきなり私、気になります! って感じの表情で問いかけられた。

 ノーヴェとの出会いね……あれは忘れられないなぁ。久々に生きてる実感がした。

 

「なんでまたそんなことを?」

「それは……気になるというか、知りたいというか……」

 

 そこははっきりしろよ。どっちもあんまり意味は変わんねえけど。

 それにしても過去話かぁ。最近は振り返ることなんてなかったから細かいところは忘れつつあったよ。

 ……たまにはいいか。別に減るもんじゃねえし。

 

「別に話してもいいぞ」

「いいんですか!?」

 

 なんで驚いてるんだ? 聞きたいつったのお前だろ。まあいいか。

 

「あれは確か――いつだっけ?」

「わたしに聞かれても……」

 

 ホントにいつだっけ? でも半年前とかそこまで経ってはいないはずだ。

 だとしたら数ヶ月ほど前か。それでもわりと月日は経っているのな。

 

「ま、いつでもいいや」

 

 

 

 その日も確か、集団相手に大暴れしてたんだよなぁ……。

 そんなときだった――アイツと出会ったのは。

 

 

 

 




 というわけで、次回はサツキとノーヴェの出会いという過去話になります。

《今回のNG》TAKE 20

 ふむふむ、なるほど。

「――ツインテールがコロナ・ティミル、そっちの……えっと……ごめん、忘れた」
「違いま――いえ、その通りです!」
「今言ったばかりなのに!? それになんでコロナだけ合ってるんですか!?」
「悪い悪い。えーっと……ウェズリー・リオ?」
「惜しいっ! とても惜しいです! 苗字と名前を逆にすれば正解です!」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話「久々のタイマンだったわ」

「オラァ!」

「ぐふぅ!!」

 

 午後8時半ごろ、アタシは公園の近くで集団狩りをしていた。

 このミッドチルダに来てからもうすぐ3年が経つ。インターミドル・チャン……えーっと……なんだっけ? まあいい。そのインターミドルとやらにも3回は出ている。――あれ、てことは4年か。

 しかし、未だに強者は現れない。試合では一人いたけど。確かジークなんとかエレミアだったかな? ずっとジークやエレミアって呼んでたから覚えてねえや。

 

「やっぱり暴れてる最中に考え事はダメだな。集中できねえよ」

〈……いつまで続ける気ですか、これ〉

 

 暴れた場所から少し離れて休憩していると、愛機(デバイス)のラトが呆れたような声で話しかけてくる。

 つーかその質問、これで何回目だよ。軽く20回はいってんぞ。

 それにまだ資金を調達していない。コイツら結構持ってそうなのに。

 

「飽きるまでずっとだ」

〈つまり無期限ですか。バカですか? バカですよね?〉

「うっせぇ。アホよりはマシだ」

 

 それにしても足りねえなぁ。こっち側でも強い奴がいてくれるとよかったんだけど……どうやら地球とは勝手が違うらしい。

 今日はもう帰ろうと、タバコを吸いながら立ち上がったときだった。

 

「おい、あれやったのお前か?」

「あァ?」

 

 いきなりなんだ? と思って声がした方へ振り向くと、そこには赤い髪と黄色い目が特徴的な女が立っていた。うん、そこまで年は離れてないな。

 あれというのはおそらくさっきの集団狩りに違いない。でなきゃ少し怒気を含んだ声で話しかけてはこないだろう。

 

「……だったらどうなんだ?」

「どうなんだ? じゃねえ。やるにしても限度ってものがあるだろ」

「知るかそんなもん」

 

 確かに血だらけになるまで殴り続けたのは認める。だが骨を折ったわけじゃない。

 せいぜい関節を外したりした程度だ。つーか誰も死んじゃいねえだろ。

 

「ま、そういうことで」

「いやいや、このまま帰すわけないだろ?」

 

 今度こそ帰ろうとしたら肩を掴まれたでござる。ですよねー。

 ……仕方がない。吸っていたタバコを捨てて、女と正面から向き合う。

 それに今、コイツが誰なのか思い出したよ。直接会うのは初めてだけどな。

 

「……おい」

「ん? なんだ――っ!?」

 

 アタシはその女をいきなり殴り飛ばす。

 女は拳が当たる直前に両腕でガードし、数十メートルほど後ろに下がったところで止まった。

 

「お前、確かナンバーズのノーヴェって奴だよな?」

「なんでそれを……」

「姉貴から聞いた」

 

 たまにアタシの元を訪れる姉貴がよく話してたのを覚えている。JS事件の内容と共にな。

 なんで姉貴が知ってるかというと、その姉貴が当事者だったからだ。つーかそんな大事なこと話してもいいのか? って毎回思う。

 

「姉貴……そうか。お前、スミレの妹か」

「…………緒方サツキだ」

 

 まさかこんな形で会うことになるとは思いもしなかったけどな。

 実は戦闘機人ってのにちょっと興味があったんだわ。これでやっと実現できる。

 

「さっそくだがノーヴェ、やろうぜ」

「……チッ、先にやったのお前だからな?」

 

 ノーヴェが同意したことを確認し、お互いにバリアジャケットを着用する。

 久々のタイマンだよ、タイマン。ちょっと楽しみだわ。アタシは少し背伸びしてから……

 

「いくぞ」

「お――おぉっ!?」

 

 ノーヴェの顔面目掛けて飛び蹴りを繰り出すも、ギリギリのところでかわされた。おいおい、マジかよ。こっちは当てるつもりだったんだぞ。

 着地してからすぐに体勢を整え、振り返り様に右拳を打ち出す。ノーヴェはこれを左腕でガードし、右蹴りを繰り出してきた。

 アタシはその蹴りを左腕で受け止め、空いている右手で肩を掴んでから頭突きをお見舞いする。

 

「っ……!」

 

 まさか頭突きをされるとは思っていなかったのか、ノーヴェは少しだけ驚いていた。もちろん、それを見逃すアタシではない。

 すぐさま右の前蹴り、左のハイキックと連続で繰り出す。前蹴りはガードされ、ハイキックはギリギリで避けられてしまい、代わりに奴の右拳を顔面にもらってしまった。

 

「……へぇ、そこらの奴よりはできるみてえだな」

「うっせぇ……!」

 

 ちょっと頭にきたのか、ノーヴェは怒り気味に左拳を突き出してきた。アタシもそれに合わせて左拳で殴りかかる。

 その結果――先にノーヴェの拳がアタシの顔面に突き立てられたが、アタシはこれを意に介さず奴を殴り飛ばした。

 殴られたノーヴェはかなり後ろに下がったが、ローラーブーツみたいなので踏みとどまっていた。

 いいねぇいいねぇ、そうこなくちゃおもしろくねえよなぁ!

 

「オラァ!」

「ぐおっ……!」

 

 その隙を突いて一気に詰め寄り、一歩手前で急停止すると同時に押し出されるような感じで前蹴りをぶつける。

 これには反応できなかったのか、蹴りを食らったノーヴェは体勢を崩して倒れた。

 倒れたから待つ――なんてことはせず、少しダッシュしてからジャンプし、ノーヴェが起き上がった直後を狙って右フックを打ち込む。

 ジャンプしているのでフックが当たる場所は必然的に顔面だ。

 

「おま……!」

 

 しかしノーヴェはこれを両腕でガードし、直撃を免れた。その様子だと待ってほしかったみたいだな。

 まだ追撃は終わっちゃいねえ。すぐに体勢を整えてから前蹴りを繰り出し、左拳で殴り飛ばす。

 蹴りは防がれたものの、痛そうにしている表情から察するに拳は入ったようだ。

 

「かはっ、待てよっていうならお断りだ」

「……そういうとこ、マジでスミレに似てんな」

 

 否定はしない。とはいっても一息つくときはさすがに追撃しねえけどな。

 

「ま、それでも少しは待てってんだっ!」

「が……!?」

 

 そう言うとノーヴェはアタシの腹部にボディブローを打ち込む。次にお返しと言わんばかりにアタシが突き出した右の掌底をかわし、その隙をついて後ろ回し蹴りを顔面にぶつけてきた。

 アタシはそれをモロに食らってしまい、少しふらつくもなんとか踏ん張った。痛いなコノヤロー。思わず倒れそうになったじゃねえか。

 すぐさま右拳を振るうも、かわされてハイキックを頭にぶつけられる。今度はノーヴェが右拳を突き出してくるもこれをしゃがんで避け、そのまま足払いで奴を転倒させた。

 

「いって……」

「あたた……あれ」

 

 一息つこうと口元を右手で拭ってみると、手には血が付いていた。あーらら? さっきの蹴りでやられたのかぁ?

 だとしたら――おもしれーじゃん。アタシはこういうのを待ってたんだよ。

 

「あっはは……!」

「チィッ!」

 

 そこからは拳の打ち合いとなった。嬉しすぎて思わず声が出ちまったよ。

 しばらくの間はアタシもノーヴェも譲らなかったが、お互いの右拳が顔面に直撃したことでその打ち合いは終わった。

 一旦距離を取ったノーヴェはアタシを見て少し驚くも、すぐに苦笑いした。

 

「なんか……嬉しそうだな、お前」

「ああ、嬉しくて仕方がないさ」

 

 なんせ久しぶりに強そうな奴とケンカしてるんだからな。ただひたすらに、めちゃくちゃ楽しい。今はそれで充分なんだわ。

 ノーヴェは気を引き締めると、今度は右拳を振るってきた。アタシはこれを左手で受け止め、腕をガッチリと掴んでから空いている右でボディブローを二発ほど打ち込み、最後に顔面を殴りつける。

 かなり効いたらしく、ノーヴェはふらついている。それでもすぐに踏ん張ってから足下に魔法陣を浮かばせ、そこからウイングロードのようなものを展開し始めた。そして――

 

 

 ――ガキィンッ

 

 

 アタシの四肢にはバインドが掛けられた。

 

「チッ……」

「最後に聞いておく。お前、なんで喧嘩なんかやってたんだよ? 確かインターミドルにも出てるって聞いたんだが」

「……お前にはわからんさ。アタシはこっちの人間だからな」

「…………そうか」

 

 納得したのか、それ以上聞いてくることはなかった。ノーヴェはすぐに展開した道を激走し、跳び回し蹴りを繰り出してきた。

 しかし、それとほぼ同時に全身がアタシの魔力光である赤紫色に輝き始める。

 

「ノーヴェ。一つ訂正させてもらうぞ。お前は最後といったが――」

 

 アタシは一旦言葉を句切り、薄笑いではっきりと告げる。

 

 

 

「それを決めるのはアタシだ」

 

 

 

 そう宣言した瞬間、全身から魔力の衝撃波が放たれた。四肢のバインドは破壊され、跳び回し蹴りを繰り出していたノーヴェは吹き飛ばされた。

 ノーヴェが体勢を整えたことを確認すると、助走をつけてからジャンプし、右脚による跳び横蹴りを繰り出す。

 ノーヴェはこれを胸部に受け、踏ん張ることすらできずに倒れた。まあ、それでも終わってねえけどな。

 

「ほら、立てコノヤロー」

 

 倒れたノーヴェを無理やり立たせ、懐に膝蹴りを二発ほどかまし、次に頭突きをお見舞いする。

 それでもなお力は残っていたらしく、アタシの顔面に右拳を突き立て、ハイキックをぶつけてきた。

 アタシはこれを避けずに受けきり、再び助走をつけてからジャンプし、左拳によるトドメの一撃を顔面にぶちかました。

 これをモロに食らったノーヴェはその場で頭を撃たれたかのように倒れ、やっと沈黙したのだった。

 

「はぁ……はぁ……っしゃ!」

〈お疲れ様です、無駄に暴れたマスター〉

「うるせぇよ……」

 

 ヤッベェ、久々だったからかめちゃくちゃ疲れた。ダメージも結構受けたし。

 気を緩めたら倒れちゃいそうだ。――結局、本気を出すには至らなかったけど。

 

〈ですが楽しめたはずですよ? なんせ久しぶりに技能(スキル)を使ってましたから〉

「……マジで?」

 

 いやホントにマジかよ。今初めて知ったぞ。

 

「まあ、お前の言う通り楽しかったよ」

 

 これはホントだ。でなきゃラトの言うように、技能(スキル)を使ったりはしなかっただろう。

 とりあえず口に溜まっていた痰を唾ごと吐く。珍しく血は出なかったな。口は切れたけど。

 

「さぁて、どうすっかなぁ……あれ」

〈ノーコメントで〉

「おい」

 

 そこは助言するだろ普通。ま、ぶっちゃけどうするかは一応思いついてるけどな。

 アタシはノーヴェを担ぎ上げ、その場から立ち去ろうと歩き始める。

 

「家まで送り届ける」

〈気と頭が狂ってしまわれましたか、マスター〉

 

 なんて失礼なことを言うんだコイツは。

 

「いやいや、貸しを作っておくのは大事なことだろ?」

〈なるほど。いつものマスターで安心しました〉

 

 このあとノーヴェをナカジマ家に届けてから帰路につき、勝利の味という感じで一服した。

 出てきたスバルには驚かれたが、アタシがちょっと説明するとすぐに納得された。

 

 

 

 これがアタシ、緒方サツキとノーヴェ・ナカジマの邂逅となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ希望は残ってたんだな、この世界にも」

〈あくまでマスターにとっての希望ですけどね〉

「ホントは今年で地球へ帰るつもりだったけど……もう少しだけいてみるかぁ」

〈マスターにしてはいい心掛けです。これを機に更正してくれると――〉

「ぜってーしねえぞコノヤロー」

〈ですよねー〉

 

 

 

 




※IFルートを読みたい人はこちらからご覧ください。

https://syosetu.org/novel/61711/113.html


 予告通り、今回は過去話でした。サツキとノーヴェはこうして出会った。


《今回のNG》


※サツキが怪我をしたカラスの治療をするそうなのでお休みします。


「そうや、(ウチ)もカラスになればサッちゃんに優しくしてもら――」
「やめてくれマジやめてください」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話「残念だったな、トリックだよ」

 時は過去から現代に戻ります。


「まさかまたお前と会うとはな」

「い、いや~……その……お、お久しぶりです」

 

 ヴィヴィオに昔話をした翌日。暇なので街中をぶらついてから聖王教会に行こうと思っていたらシャンテ・アピニオンと遭遇した。

 ていうかコイツ、今はシスターをやっているとかヴィヴィオから聞いたんだが。

 ちなみに初めて出会ったとき、コイツは鉄パイプ持ちの不良だった。当然、そんなものでアタシを倒せるわけがなく逆にボコしてやったけどな。

 

「お前、シスターの仕事は?」

「なんでサツキさんがそれを知ってるかはおいといて、シスターにだって休暇はありますよ」

 

 あれ? シスターって年中無休だったような……いや、さすがにそれはないか。

 まあいい。ちょうどサンドバッグがほしかったところだ。半分は嘘だけど。

 

「つまりその休暇を使ってアタシにボコられに来たと?」

「それだけは絶対にないです!」

 

 チッ。

 

「あれはトラウマものですから……」

「マウントを奪って殴り続けただけだぞ? トラウマというほどのものでもない」

 

 そうそう、あのときのアタシは確かケーキを食い損ねてイライラしてたんだよ。

 そんなときにたまたまケンカを売ってきたのがお前だったからストレスを発散させてもらったわけだ。

 かなり殴ったことは認めるが、死ぬほど殴ってはいないはずだ。

 

「それをサツキさんがやったからトラウマなんですよ! 本気で死ぬかと思ったんですから!!」

「もういっぺん死んでみるか?」

「マジで勘弁してください!」

 

 そこまで怖がられるとやる気がしないな。つーか以前と比べて弱気になってないかコイツ。

 それにしても――

 

「――お前がシスターとかなんか似合わねえ……!」

「バカにしてませんか? してますよねっ!?」

 

 いやいや、あれほどグレていた奴がよりによってシスターとかマジでおもしろいんだけど。

 昔のアピニオンを知ってる身としては普通におもしろい。知らないなら仕方ないけどな。

 なかなか根性あったからな、あのときのお前は。強くはなかったけど。もう一度言おう、だから完膚なきまでにボコボコにしてやった。

 

「それで、ホントは何をしてたんだ?」

「言ったじゃないですか~。休暇だって」

「で――本音は?」

「サボっちゃいました☆」

 

 手のひら返すの早すぎだろ。

 

「いずれ不良シスターとか言われそうだな。もう言われてたりしねえのか?」

「確かに仕事はサボりますけど、まだそこには達していませんよ!」

「……え……?」

「待ってください。なんでそこまで驚くんですか?」

 

 マジかよ。まだ呼ばれてないのか。てっきり呼ばれるどころかそれ以上になってるかと思ってたわ。

 それはそれで残念だな。せっかくいいネタになるかと思ったんだが。

 

「冗談だよ。――3割は」

「残り7割は本気ってことですか……?」

 

 別にそう捉えてくれて構わない。しかしちょうどいい。コイツも連れていくか。

 今日はヴィヴィオも同行してくれるけど、アイツとは現地で合流予定だからな。

 

「よし、行くぞ」

「へ? ど、どこに?」

「教会」

「え、ちょ――」

 

 安心しろ。お前の意見などハナから聞く気はねえから。

 

 

 

 

 

 

 

「よう! さっきぶりだな」

「待ってください。さっき陛下と一緒に向こうへ行ったはずじゃ……!?」

「残念だったな、トリックだよ」

 

 数時間後。なんだかんだで聖王教会に訪れたのだが、その結果がアピニオンとの再会である。

 おかしいな。アタシは確かにコイツをシャッハ・ヌエラに引き渡したはずなんだが。

 それとアピニオンのシスター姿を見たのは今回が初めてだけど――

 

「――似合わねえな」

「放っといてください」

 

 実を言うと見た目だけは様になってるような……そうでないような……どうでもいいか。

 だがコイツの内面を考えると間違いなく不良シスターだろう。

 

「まあまあ、おもしれーじゃん」

「あたしはおもしろくありませんよ!?」

 

 大丈夫だアピニオン。今のお前はあの頃よりほんの少しだけ輝いているから。

 

「そういえばサツキさんってインターミドルにも出てたような……?」

「だったらどうなんだ?」

「ケンカしちゃって大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ、問題ない」

 

 正直、インターミドルは二の次だからな。とはいえ、負けっぱなしじゃ終われねえけど。

 アピニオンはアタシを見てやっぱりか……って感じの表情になっていた。

 なんだ? 見ているとムカつくな。ケンカ売ってんのかコイツは。

 

「さすがはサツキさん! もはや凶悪でしかない……!」

 

 マジでケンカを売られていた。

 

「今ここでやるか!?」

「ダメですよサツキさん! せめて用事を済ませてからにしてください!」

「陛下止めて! お願いだから止めて!」

 

 ヴィヴィオもなんだかんだでズレてるんだよね。そこは普通なら止めるだろ。

 とはいってもアタシからすれば好都合でしかないがな。

 それと喚くなアピニオン。お前は育ち盛りの幼女かってんだ。

 

「安心しろ。半殺しで済ませてやるから」

「安心できる要素がないんですけど!?」

 

 否定はしない。

 

「ま、そういうことだ。アタシは用を済ませてくる」

「いや何がですか……」

「こんなシャンテ初めて見たよ……」

 

 そりゃそうだろ。大体はタメ口で話すあのアピニオンが逃げ腰で敬語を使っているんだから。

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。ってことはそんときはまだ意識があったわけだな?」

「はい、そうなんです」

 

 数十分後。グラシアと少し会話をしてから例の冥王であるイクスヴェリアのお見舞いを済ませた。

 ヌエラは相変わらず生真面目でした。めちゃくちゃ気に入らねえほどに。

 

「そんでもって、お前が聖王の複製体(クローン)と」

「そうです」

 

 とんだ連中と知り合いになっちまったもんだぜ。

 ヴィヴィオといいこないだの覇王といい今回のイクスヴェリアといい、ベルカ王族の末裔ばっかじゃねえか。しかもかなり有名な。

 珍しく笑えねえよ。シリアスで笑えねえよ。あのしんみりとした空気は無理なんだよ。

 

「よお、アピニオン」

「っ! ……ま、まだいたんですか」

 

 まさかのアピニオンと三度目の遭遇である。もしかしてコイツ、分身だったり?

 意外とあり得そうだな。それを悪用して仕事をサボっているコイツの姿は容易に想像できる。

 

「いちゃ悪いかコラァ」

「ここ、サツキさんがいるべき場所じゃないでしょ!?」

「その言葉、昔のお前にぴったりだな」

「……昔と今は違いますよ」

 

 確かにな。よりによって教会とか、アタシにとっては場違いすぎる。練習場のときより居心地が悪いかもしれない。

 ちなみにヴィヴィオは話についてこれなかったらしく、アタシの横で可愛らしく首を傾げていた。

 

「サツキさん、少し変わりました?」

「あァ?」

 

 何を言っているんだ、このバカは。シスターになったせいで頭がおかしくなったか?

 

「アタシが変わるわけねえだろ」

「で、ですよねー。サツキさんにしては大人しかったからつい――」

「アピニオン、ミット打ちをしようぜ。アタシが打つからお前はサンドバッグな」

「待ってください。それだとあたしは大変なことになるんですが!?」

 

 そんなことは気にしたら負けだ。気にしたらできねえじゃんか。

 それにお前が大変なことになるなんて当たり前のことだろうが。

 

「仕方ねえな。そんじゃスパーリングしようぜ。だからサンドバッグになれ」

「イヤに決まってるじゃないですかっ! それらをサツキさんとやること自体が危険なんですよ!?」

 

 これも否定はしない。まあ、もうここに用はないし帰るとしよう。

 これ以上はマジで気分が悪い。まだ路地裏の方がマシに思えてくる。

 ここまで平和かつ退屈そうな雰囲気は初めてかもしれない。

 

(「二度と来ないで)(ください……」)

 

 お前、次会ったら全殺しな。そう心に誓ったアタシは聖王教会を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「そういや練習はどうした?」

「あ、その辺は大丈夫です!」

 

 帰宅中、アタシは思い出したかのようにヴィヴィオに質問してみた。

 もうすぐ知り合いの先輩って奴と試合するんだろ? 練習は欠かせないはずだ。

 まあ、一週間程度で埋められる実力差ならまだわかるけどな。

 

「たまには普通に帰るか」

「サツキさんがいつもどんな帰り方をしているのか気になるんですけど……」

「ヴィヴィオ、世の中には知らない方がいいこともあるんだぜ?」

 

 まだ純粋なお前にあの世界は悪影響だ。

 

「知らない方がいい、ですか……」

「お前は今のままでいいんだよ」

 

 ぶっちゃけるとお前みたいな奴がこっちの世界に来られても迷惑なだけだし。

 それに来ちまったらお前の怖い怖い二人の母親が黙っちゃいねえだろう。

 

「じゃあな」

「え、そっちは違う道――」

「アタシ、これから買い物に行くから」

 

 でないとご飯がない。しかも家にはジークがいるから食料のなくなるスピードが早いんだよ。

 なんか後ろでヴィヴィオが叫んでるけど気にしない。うん、気にしない。

 

「よし、さっさと飯の材料を買っちまうか」

〈珍しくまともですね〉

「はっ、まさか」

 

 タバコとビールも買うに決まってんだろ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 13

 (「二度とこにゃいで)(ください……」)

「…………今噛まなかったか?」
「…………いえ、気のせいかと」
「ラト。録音したか?」
〈はい。しっかりと〉
「……再生しろ」
「すみません噛みました! だから再生するのやめてください――っ!!」

 こうしてアピニオンを弄るネタがまた一つ増えたのだった。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話「お代官様? いいえ、アホです」

 昨日行った二度目の怪獣酒場が最高でした。メトロン星人と店長のカネゴンとのツーショットも撮れましたし。


「はろはろ~」

「おう、サツキか」

 

 今日も珍しく朝からの登校。このあとどうやってサボろうかを考えている。

 昨日はアピニオンをほんの少ししか弄れなかったし。残念だわ。

 アタシは荷物を机の上に置き、教室から出ようと歩き始める。

 

「いきなりどこに行く気だ?」

「保健室だ。ハリー、お前も来るか?」

「さらっとオレを巻き込もうとすんな」

 

 なんでやねん。

 

「お前なぁ……」

「さらばだっ!」

「あっ、コラ待て!」

 

 ふははは、もう遅い! 一度走り出したら止まれないのだよ!

 それにしても保健室に行くのは久々だな。サボるときはいつも屋上だったし。

 ちなみに保健室の存在、ついさっき思い出したんだよね。すっかり忘れていたよ。

 

〈そのサボり癖、どうにかなりませんか?〉

「なんねえよ」

 

 

 

 

 

 

 

「意外と早かったな。戻ってくるの」

「うっさい」

 

 一時間後。あっさりと教室に帰ってきてしまった。というか毎回サボってたら留年しちまうだろうが。別にいいけど。

 そういや二時間目ってなんだっけ? 時間割りも喪失してしまったから忘れちまったよ。

 ま、見てるがいいさ。アタシだってその気になれば授業に出られるんだよ。

 

 

 

 

「――であるからにして――」

「………………」

〈マスター。真面目に受けるふりをしつつパラパラ漫画を書くのはやめてください〉

「ちょっと黙れ。今いいところだから」

〈よくバレませんね……〉

「伊達にサボってるわけじゃないんだよ」

「……緒方。保健室に行ってきなさい」

「は?」

 

 

 

 

「――つまり、この公式は――」

「……………」

〈今度は爪の手入れですか〉

「別にいいだろ」

〈そういうのは休み時間にしてください〉

「やだね。アタシがやりたいときにやる」

「……緒方さん。保健室に行ってきては?」

「あァ?」

 

 

 

 

「――これらの活用は――」

「…………」

〈まさか授業中にゲームをしながらお菓子を食べるとは思いませんでした……〉

「だって食いたかったんだよ」

〈そういう問題ではありません〉

「くそっ! また打た――」

「緒方。保健室で寝てこい」

「――んだとゴラァ!?」

「サツキ抑えろ! 相手は先生だぞ!?」

 

 

 

 

「おいサツキ」

「どうした?」

 

 昼休み。ハリーがちょっと怒った感じで話しかけてきた。アタシ、なんもしてないぞ。

 つーかよぉ……

 

 

『緒方。保健室に行ってきなさい』

 

 

 これ何回言えば気が済むんだよ!? さっきなんか思わずキレちまったぞ!

 あれから何度も言われたから間違いなく20回は越えたはずだ。

 ハリーが止めてくれなかったらその先公は血祭りにされたあと、窓から投げ捨てられていただろう。

 

「お前、まったく授業聞いてなかっただろ」

「なんのことやら」

「いや、明らかに聞いてなかったよな?」

 

 なんて確信の強さだ。

 

「ま、いいか。ハリー、何度も思うんだがお前なんで自称なんだよ」

「いいじゃねーか別に。そういうお前だって不良つっても何やってんだよ?」

「…………」

 

 言えない。こっちじゃまだ前科はないけど実は地球じゃ鑑別所に収容されたこともあるだなんて。

 ネンショーじゃなかっただけマシかもしれない。まあ、公にならないとはいえ前歴には残ってしまうけど。

 仕方がねえ。ここはとりあえず逃げるとするか。アタシはハリーの後ろをじっと見つめる。

 

「どうした? なんもねえぞ――っていねえ!?」

 

 ハリーがアタシが見つめていた方向に視線を向けた隙に教室から逃げ出す。

 気配を消すのには結構慣れているものでね。ていうか視線誘導マジ便利。

 目指すは屋上! だがハリーを完全に撒いてからだ。でないとすぐに捕まってしまう。

 

 

『サツキィィ――!!』

 

 

 教室からハリーの叫び声が聞こえてきた。捕まったら地獄行きだな、確実に。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃ~」

 

 屋上にある炬燵でお休みなう。相変わらず気持ちいいな~。ミカンも美味いわ。

 旗は珍しく降ろしている。立てたら絶対に見つかってしまうからな。

 その肝心のハリーだが、今のところは大丈夫だろう。

 なぜなら……、

 

 

『サツキ!! どこ行きやがった!!』

 

 

 奴は今も校舎を探し回っているからだ。一度屋上にも来たが、そのときはぶら下がって回避したよ。

 猿みたいに両手でぶら下がりつつ移動するのはホントに大変だったよ。

 ていうか少しは静かにしろってんだ。屋上にまで声が響いてんぞ。

 

〈マスターって人間なんですよね?〉

「当たり前だ」

 

 ちょっとケンカが大好きで仕方のない、どこにでもいる普通の女の子だ。

 

〈普通なら素手でアスファルトを粉砕したり、バインドを力ずくで振りほどいたりすることはできないはずですが? それも魔法なしで〉

「…………」

 

 どうしよう、弁解の余地すらなくなったよ。

 

「今年もやるのかインターミドル」

〈どうなされますか?〉

「一応、出るさ」

 

 気分次第でもあるけどな。去年はまあ……失望ってやつをして出場辞退したんだよな。

 今年はそんなことが起こらないことを願うよ。

 インターミドルで一番印象に残ってるのは一昨年の都市本戦決勝だな、やっぱり。

 

〈それにしてもなかなか来ませんね〉

「そうだな。さすがに同じところを探しには来ないだろうし、このままいけば勝つる!」

 

 

 ――ガチャッ!

 

 

「見つけたぞサツキィィ!!」

〈マスター、見事なフラグです〉

「しまったぁああーっ!!」

 

 今日も逃げ切ることはできないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

「――ここはこの方式を使って――」

「……………」

〈マスター。何をしているんですか……〉

「エロほ――参考書を読んでるだけだが?」

〈それが当たり前みたいに言うのやめてください。どこから仕入れたんですかそれ〉

「内緒だ」

「緒方。体調が悪いなら保健室に行ってきてもいいんだぞ……?」

「…………」

 

 

 

 

「――物体の落下速度というものは――」

「……………」

〈よりによってコインを垂直に立てるとはどうかしてますね〉

「話しかけるな。倒れたらどうしてくれるんだ」

〈いっそ倒れてほしいものです〉

「冗談じゃねえよ」

「……緒方さん? 無理せずに保健室で――」

「ぶっ殺すぞコノヤロー!?」

「だから抑えろって!」

 

 

 

 

「頭いてえ……」

 

 放課後。アタシは頭を抱えながら自分の机で項垂れていた。

 あれからどうなったかって? 授業には出たさ。その結果が……、

 

 

『緒方。保健室に行ってきなさい』

 

 

 これだよ。全く変わってねえ。ちなみに言われた回数は11回だ。

 つまり一日で30回以上は言われたことになる。そこまでアタシが授業に出てるのはおかしいか?

 

「サツキ。やっぱり授業聞いてなかったよな?」

「聞いてたっつーの」

「嘘つけ。さっきなんか読んでたろ」

「さあ?」

 

 お前にはまだ早いものを読んではいたな。コイツ、なんだかんだでウブだからな。

 それに加えて怖がりでもある。前にテケ○ケの話をしたときなんか大泣きしやがったし。

 あの反応をもう一度見てみたいものだ。写真を撮って男子に売りつけたらかなりの額になる。

 

「サツキ。なんか企んでねーか?」

「ハリー、こないだ話したテケ○ケの話には続きがあってな――」

「やめろぉ――っ!!」

 

 耳を塞ぎながら一目散に逃げ出してしまった。おいおい、まだ話し始めたばっかだぞ。

 まさかここまでとは。次は口○け女の話でもしてやるか。また違う反応が見られるかもしれない。

 他にはなんかあったかな……うーん……やっぱスプラッターものだな。今度話してやるか。

 

 

 

 

 

 

 

「たでーまあぁあああっ!?」

 

 玄関の扉を開けた途端にガイストが飛んでくるなんて斬新なお出迎えだなおい。

 何も壊れなかったのが幸いといったところか。ていうか危ねえだろうが。

 ガイストが飛んできた方向を見ると、顔を俯かせたジークが佇んでいた。

 

「サッちゃん……?」

「なんだよ」

(ウチ)、お腹がすいて死にそうなんよ」

「死ね」

 

 そんな理由でアタシはお星様になりかけたのか。さすがにキレてもいいかと思っている。

 そんなアタシの心情をよそに、ジークは笑顔でこう告げてきた。

 

「おにぎりとおでんで許したるわ」

「テメエ何様だ」

 

 わりとマジで。コイツ、居候だよな? いや、まだ居候にはなってないか。

 どんだけ態度でかいんだよ。ハリーの次くらいにはペッタンコなくせに。

 

「お代官様や!」

「どこでそんな言葉を覚えたのかはともかく、意味わかってんのか?」

「え、あ、う~…………え、偉い人やっ!」

「お前はアホだ」

 

 お前みたいなのがお代官様とか同業者涙目でしかねえんだよ。お代官様やってる人たちに謝れ。

 見た目だけならなんて可愛らしいお代官様なんだ! とか騒がれそうだがホントに見た目だけだ。

 その役にはまず向いてないだろう。つーか向かないでほしい。

 

「そ、そんならサッちゃんは何様なん?」

「アタシか? アタシは――」

 

 あんまりこういう言い方はしねえんだけど……まあいいだろう。たまには。

 アタシはジークの目をしっかりと見つめ、当たり前のように返答する。

 

「――強いて言うなら、不良様だ」

 

 そこまでこだわっているわけではないが、何様かと聞かれたらこう答えるしかない。

 そのあとはガイストされた仕返しにジークを殴り飛ばし、一服してから眠りについた。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 42

「テメエ何様だ」

 わりとマジで。コイツ、居候だよな? いや、まだ居候にはなってないか。
 どんだけ態度でかいんだよ。ハリーの次くらいにはペッタンコなくせに。

「神様や!」
「…………」
「あっ! 痛っ! サッちゃ……っ! ビンタはグーでするもんと……っ!」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話「あれは……金髪の……!」

「う~ん……いい朝だなぁ~」

 

 アピニオンとの再会から数日経った日の朝。アタシは久々にスッキリと目覚めることができた。

 な~んか大事なことを忘れてるような気がしてならねえんだよな~。

 なんだっけか……二つほど忘れてるような……。特に一つは身内のことのような……。

 

「確かに二つほど忘れてるね」

「……ん?」

 

 あれ? おかしいな。ここにいるはずのない奴の声が聞こえたぞ。

 ちょっと試してみるか。とりあえず適当なことを呟いてみた。

 

「いやー、始業式の夜は疲れたな~」

「サツキちゃんは手加減してたよね~。偉い偉い!」

「八重歯って吸血鬼の牙みたいだよな~」

「つまりウェズリーちゃんはデイ・ウォーカーってことだね」

「………………」

「やっはろー、サツキちゃん」

「どの面下げて出てきやがったぁ――っ!!」

 

 声がした方に振り向くと、アタシと同じ色の髪と全てを射貫くように鋭い目付きが特徴的な女がいた。しかし、アタシとは違って短髪だ。

 なぜだ、なぜコイツがいるんだ! しばらくは音沙汰なしだったのに!

 

「スミレお姉ちゃん、帰還しました♪」

「今すぐ消えろ。そして死ね」

「もうっ、サツキちゃんのいけず~」

〈お久しぶりです、スミレさん〉

「ラトも久しぶり~」

 

 この掴みどころがなさすぎる――ウザすぎる女は緒方スミレ。果てしなく不本意だが、不本意なんだが……アタシの姉貴だ。それも実の。

 昔はこんな奴じゃなかった。かつて不良の連合軍を最年少で率いるトンデモ野郎だったのをアタシは鮮明に覚えている。

 さらにJS事件の当事者で、当時はよくルーテシアと共に行動していたとか。

 それが今はどうだ。ただのおてんば娘じゃねえか。どうしてこうなったんだ。

 ……そういや姉貴で思い出したけど、下のアイツは元気かなぁ? そこまで離ればなれではないが。

 

「なんで今になって帰ってきやがった? しかも最近の出来事については教えてすらいないはずだし、どうやってアタシの家に入った?」

「サツキちゃんのことならなんでもお見通し、不可能はない」

 

 カッコいいセリフを言っているつもりなところ悪いが、どうあがいても変人でしかねえぞお前。

 何より今のコイツは死ぬほど嫌いだ。なんだこのシスコン全開な振る舞いは。

 

「そんじゃ本題に入るね。サツキちゃん、合宿の返事はどうしたのかな? なのは、激おこだったよ?」

「…………あ」

 

 コイツに言われてようやく思い出した。完全に忘れてたよ。一つはコイツ、もう一つは合宿だ。

 確か前期試験の後にある試験休みを使って合宿するんだっけか。

 アタシもなのはに誘われていたんだけど、今日に至るまで忘れていたってわけだ。

 

「そんだけか?」

「――そんだけだ。あとなのはから呼び出し食らってるんだぜ? お前」

「っ……」

 

 やっぱ慣れねえな。姉貴の急な豹変いや、切り替えは。アタシが尊敬するのはこっちの姉貴だ。

 ていうか呼び出しってマジか。うわぁ……またアイツと直接会うのかよ……。

 

「……わかったよ」

 

 今の姉貴は間違いなく全盛期だった頃の状態だ。

 実力以前の問題で勝てる気がしない。まあ、いずれブチのめすけどな。

 

「ちなみに私も行くからよろしく~」

「なにィィィィィィ!!」

 

 前言撤回。最悪の朝だ。

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで助けてヴィクター」

「あの人が帰ってきたのね……」

 

 複雑そうな表情になるヴィクター。まあ、姉貴を知る人物ならそういう反応するわな。

 コイツも姉貴には苦労させられていたはずだ。主にギャップで。

 

「というわけで助けてヴィクター」

「残念だけど、それは無理な願いよ」

「この薄情者がぁ!」

 

 酷い。酷すぎる。必死の思いで姉貴から逃げてここに来たというのに。

 残念ながら救いはなかった。まあ、ぶっちゃけコイツには期待してなかったけど。

 

「それにあなたの問題でしょう? しかもサツキならどうなっても構いませぶふぉ!?」

「離せエドガー! このバカを骨の髄から撃滅させてやるんだ!」

 

 最後の一言は明らかに余計だ。

 

「いたた……だから顔を殴るのは――」

「やっはろー、ヴィクターちゃん」

「――やめってす、スミレさん!?」

「どの面下げて出てきやがったぁ――っ!!」

 

 忘れていた、奴はいつでもどこでも神出鬼没だったな。あとその天然みたいな振る舞いはやめろ。

 更生中に何があったんだ。会う度に思うよ。

 

「お、お久しぶりです……」

「久しぶり。どうやって入ってきたとかは不問にしてね」

「なんの用だ姉貴」

「――帰るぞサツキ。私から逃げようなど、一生無理なんだよバカめ」

「ちくしょう!」

 

 ダメだ。この姉貴からは逃げ出せない。ほんの少しだけ抵抗するも、まるで赤子を扱うかのように連行された。

 クソッタレめ、いつかぶっ殺してやるからな。

 

「相変わらず、嵐のようなお方ですわね……」

 

 

 

 

 

 

 

「もう着いちまったか」

「着いちゃいましたね……」

 

 翌日。アタシは高町宅の前に佇んでいる。今すぐ帰りたい。

 実を言うと呼び出しを無視しようと思ったのだが、ヴィヴィオに待ち伏せされてこのザマだ。

 

「サツキさん!? スゴく震えてますよ!?」

「大丈夫、これは痙攣だ」

〈マスター! それは問題でしかありません!〉

 

 おかしいな。伊達に修羅場をくぐり抜けてきたアタシではないはず……

 

「た、ただいま~!」

「オイィィィィ!?」

〈知りません。私は何も知りません〉

 

 あ、開けやがった。コイツ最後の扉を開けやがった……! しかもラトが現実逃避を始めた。

 お、おう、地獄からの使者の者であろう足音がだんだんと近づいてきた……!

 気づけば手遅れ。目の前には茶髪のサイドポニー? が特徴的な高町なのはがいた。

 

「お帰りヴィヴィオ~。それと……久しぶりだね、サツキちゃん」

 

 

 ダッ(逃げ出すアタシ)

 

 ガッ(その首根っこを掴むなのは)

 

 

「どこに行くつもりかな?」

「こ、このアマ……!」

 

 残念ながら逃げられなかった。前に会ったときよりも怖くなってるのは気のせいじゃないはず。そのままアタシはリビングへ連行されてしまった。

 クソッ、アタシのスピードを持ってしても逃げられないなんて……!

 ヴィヴィオにアイコンタクトを送ってみるも、見事に理解されなかった。

 

「時間がないから本題に入るね。サツキちゃん、どうして無視したのかな? 言ったはずだよね? 大事なことだって」

 

 ヤベェ、これが命の危機ってやつか。下手すると砲撃を死ぬまでぶっ放されるのだろうか?

 だとしたら洒落にならんぞ。アタシが味わうのは生き地獄じゃねえか。

 あとその笑顔やめろ。お前がするとさしずめ閻魔のそれでしかねえから。

 

「あー……合宿の件だっけ?」

「そ。で――返事は?」

 

 

 ダッ(逃げ出すアタシ)

 

 ガッ(その首根っこを掴むなのは)

 

 

「だからどこに行くつもりかな?」

「放せなのは! 後生だ、後生だから放してくれ!」

 

 アタシはまだ死にたくねえ! やり残したことがたくさんあるんだ!

 

「へ、返事なんだが……却下で」

「…………」

 

 マズイ。殺気のようなものが膨れ上がった。一歩間違えるとあの世行きだ。

 いつも笑顔を絶やさないアタシもこれは笑えねえ。ケンカでもなきゃ笑えねえ。

 ていうかなんで却下したらダメなんだよ。そこに関しては解せねえぞ。

 

「さ、サツキさん。来てくれないんですか……?」

「正直に言うと行きたくない」

 

 ヴィヴィオがめちゃくちゃ来てほしいです、みたいな表情で話しかけてきた。

 確か四日間も使うんだったな? その期間だけとはいえ、ケンカができなくなる。

 練習するぐらいならケンカしてナンボだろうが。

 

「仕方ないなぁ。――じゃあ当日、迎えに行くからよろしくね?」

「さらばだァ!」

 

 この間、わずか一秒未満。迎えに行く宣言を聞いた瞬間に、アタシは玄関へと駆け出していた。

 逃げないと、ひたすら遠くへ! なんなら地球に行こうか?

 よし、玄関が見えてきた! と同時に玄関の扉が開いた。ん? あれは……なんだ、おっぱいか。

 

「ただいま~……え? さ、サツキ? なんでここに――」

「邪魔だ」

「――いたぁっ!?」

 

 突然現れた金髪のおっぱいをデコピンでどかし、高町家から脱出することに成功した。

 まるでネンショーから脱獄するような気分だぜ。ていうかあのおっぱい……誰だっけ?

 

『ふぇ、フェイトママ大丈夫!?』

『うう~……。なのは、なんで私はデコピンされたの……?』

『そ、それは……』

 

 背中の方で何か声が聞こえたけど、もう振り返らない。振り返ったら生きて帰れない気がしたからだ。

 形は違うけど、脱獄犯の気持ちがなんとなくわかったような気がする。

 そして今回の出来事により学んだことが一つある。それは――

 

「――生きてるって、素晴らしいな」

〈返事はどうしたんですか?〉

「言ったろ、却下だって」

 

 帰ったらまず逃げる準備だ。ジークがいた場合は囮にしてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このあと言うまでもなく姉貴に捕まり、合宿に強制参加されられることになったのは余談である。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 31

突然現れた金()のおっぱいをデコピンでどかし、高町家から脱出することに成功した。

〈マスター。金()ではなく金()です〉

 穴があったら入りたい。なんだよ金色のおっぱいって。気持ち悪すぎんだろうが。
 一瞬想像して吐きそうになったぞ。ホントになんなんだよ金色のおっぱいって。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話「一番下は努力家」

「会わせたい人がいる?」

『はいっ! そうなんです』

 

 合宿に強制参加されられることが決定してから数日後。暇なのでタバコを吸っているとヴィヴィオから通信がきた。

 どうもアタシに会わせたい人が二人ほどいるらしい。なぜかアイツが思い浮かんだのは気のせいだろう。

 

「どうしようか?」

〈一応会った方がいいかもしれません〉

「……んじゃ、会ってやるよ。一応な」

『ありがとうございますっ!』

 

 そんなに嬉しいかね? ただ会うだけだぞ?

 それにしても妙な予感がするな。今までご無沙汰だった奴ともうすぐ会えるみたいな予感が。

 

『それじゃあ、時間と場所は――』

 

 

 

 

 

 

 

「サツキさ~ん!」

 

 ヴィヴィオに言われた時間と場所になんとか到着できた。間に合わなかったらボイコットするつもりだったんだけどな。

 ていうかここ、練習場じゃね? 今すぐ帰ってもいいだろうか?

 

「お前が引率か。ノイズ」

「まあな。あとノーヴェだ」

 

 ま、当然といえば当然か。

 

「そんで、お前らもいるわけか」

「「あ、はいっ」」

 

 二人とも元気よく返事してくれた。うんうん、ガキはそうでないと。

 ……でだ。なんか予感というものが当たってしまったんだけど。

 そう思いながら、アタシはノーヴェの隣にいる短髪のクソガキへ視線を向けた。

 

「なんでお前がいるんだよ?」

「いやいや、それはこっちのセリフだから!! なんで――なんで姉さんのような人がこんなところにいるんだよ!?」

「「「姉さん?」」」

 

 アタシを姉さんといったコイツの名前は緒方イツキ。女みたいな名前だけどれっきとした男子だ。

 いわゆる末っ子というやつで三姉弟の一番下だ……立場的にもな。まさか再会するなんて思ってもみなかったけど。

 ちなみに今は中等科1年だから……つまり年齢的にもガキんちょってことになるな。

 つーか姉貴といいコイツといい、最近身内と再会することが多くなっている気がする。

 

「せ、先輩」

「なんだよ?」

「今姉さんって……」

「言わなかったか? この人も俺の姉さんだよ」

「先輩、二人もお姉さんがいたんですか!?」

「普通なら苗字で気づくだろ……」

 

 ……ちゃんと話してなかったのか。ていうかお前、ヴィヴィオらと仲いいんだな。

 さすがにリア充ではなさそうだが……男友達はいなさそうだ。どうでもいいけど。

 

「今までなにしてたんだ?」

「それはこっちのセリフだつってんだろ。俺はあんたら二人と違ってちゃんと練習に励んでたんだよ」

 

 こうやって話してみるとマジで似てないんだよなぁ。コイツだけ努力家ってやつだし。

 タバコも吸わないし、酒も飲まない。盗んだバイクで走り出したりもしない。

 こんなに似てないイツキだが、それでも似てるところはある。ま、それについてはまたの機会だな。

 

「ところで……お前誰だっけ?」

「またですか!? リオ・ウェズリーですっ!」

「悪い悪い。確かリ――∵♪☆◆◇△●■だっけか?」

「それっぽく言ったつもりでしょうけど、最初の一文字以外を早口で誤魔化さないでくださいっ!」

「うるさいから黙れ、ウ(ry」

「先輩まで!? さっきまでちゃんと呼んでくれてたのに!」

 

 ……ああ、やっぱりお前はアタシの弟だよ。どうあがいても似てしまうのだから。

 少なくとも同じではない。努力家という時点でアタシや姉貴とは大違いだ。

 

「おいノーヴェ。さっさと後ろの奴を出せよ」

「おっとそうだったな」

 

 さっきからノーヴェの後ろに隠れているイツキと同い年ぐらいのガキんちょがようやく出てきた。

 って待て、コイツは……

 

「お、お前……」

「前に会ったそうじゃねえか。コイツから話は聞いてるぜ?」

「姉さん……」

「待てイツキ。とうとう一線越えちまったか、みてえな顔でアタシを見るな」

 

 ノーヴェはイヤな笑みを浮かべ、イツキには犯罪者を見るような軽蔑の眼差しを送られた。ムカつくな、その顔。

 そうだ、コイツは始業式があった日の夜にリアルファイトしたカラコン娘じゃねえか。

 

「確かインドネシアだっけか?」

「イングヴァルトですっ!」

 

 そうそう、そんな名前だった。完全に忘れてたけどな。

 

「アインハルト・ストラトスです」

「ラインハルト・ストライク……だと……?」

「アインハルト・ストラトスですっ!」

「略してアイちゃん」

「そ、その呼び方はやめてください……っ!!」

 

 なんだそのキュンとくるような呼び方は。もしかしてお前、狙ってたりする? アイちゃんとやらも顔を真っ赤にしてるし。

 それにしてもあり得ない。奴はブ○イドに一刀両断されて死んだはずじゃ……生きていたのか?

 

「――ラインハルト! 死きてはずじか!?」

「だからアインハルトです!」

「落ち着けサツキ。いろんな言葉が混ざって未知の言語になってんぞ」

「ていうか次世代語だな」

 

 ヤベェ。焦りすぎた。

 

「で、そのストラトスがなんの用で?」

「イツキさんがいるとペースを乱されるので単刀直入に言います――もう一度私と勝負してください」

「却下」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アタシは条件反射で答えていた。嬉しい限りではあるんだがな。

 ふとイツキを見ると何を言ってるんだこの子は、という表情になっていた。

 

「おっと悪い。判断を早めてしまったな。理由は?」

「あの勝負は引き分けだったからです」

「はぁ!? 姉さんと引き分けたってマジかよ!?」

 

 え? あれ引き分けだったの? あとイツキ、うるさいから黙れ。

 信じられないのはわかるが見方によってはそうなるんだろうな。

 

〈先に起き上がった方が勝ちだなんて誰が決めましたか?〉

「アタシだ」

 

 てっきりアタシが勝ったものかと思ってたよ。ルールって大事だな。

 まあ、ケンカにルールもクソもねえけど。

 

「返事だが、やっぱ却下で」

「なぜですか?」

「勝負自体は喜んで引き受けたいんだが……いかんせん場所が悪い」

 

 だってここ室内だし。人多いし。居心地が悪いし。

 

「あのときは街頭試合だったから受けたんだ。それに手の内は見せたくない」

「姉さんに見せられる手の内なんてあったっけ?」

「黙れイツキ」

 

 毎回横から口を挟むんじゃねえよ。少しは空気を読めバカヤロー。

 そんなんだから姉貴に殺されかけたんだろうが。

 

「ま、とりあえず今日は却下だ。またの機会にしてくれや。機会があればの話だがな」

「…………はい」

「どうしても納得がいかないのなら、ちゃんとした場所を用意してくれ。気が向いたら相手してやる」

 

 本気は出さないがな。

 

「そういやサツキ。あたしとアインハルトが喧嘩してたとき、近くにいたのはなんでだ?」

「なんのことだ?」

 

 ていうかいつだよそれ。仮に近くにいたとしてもアタシはなんも知らねえよ。ずっとケンカしてたんだし。

 ……ああ、始業式の翌日か。なんかそれっぽい音もしてたし。

 

「で、お前は何をしてたんだ?」

「夜道を散歩してた」

「嘘つけ」

 

 まるで打ち合わせしていたかのような返答である。うん、ムカつくほど見事だ。

 

「喧嘩してたんじゃないのか?」

「そのようなことがあろうはずがございません」

 

 実は毎日してるんだよね、とか言ったら間違いなく殺される。

 やめろイツキ。さっさと吐いちまいなよって面でニヤニヤすんな。

 

「そうか。それじゃあ――ラト。あの日、サツキは何をしていたんだ?」

 

 

 ダッ(アタシ、猛ダッシュ)

 

 

『おいっ! サツキ!?』

『姉さん!?』

『さ、サツキさん!?』

『どこにいくんですか!?』

 

 背中の方から声が聞こえてくるがそれどころじゃない。ラトは口が軽いから間違いなく暴露される!

 

〈失敬な。これでもプライバシーは守る方です〉

「嘘つけ! お前わりと喋るだろ!」

〈否定はしません〉

 

 改めて、アタシの愛機はまるで信用できないことがわかった。

 一度逃げたからには戻るわけにもいかず、結局大暴れしてから帰ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ。伝え損ねちゃったよ」

「そうですね……」

「ところでアイちゃん」

「その呼び方はやめてくださいっ!」

「やだ。そんなことよりも、姉さんと引き分けたってホントかよ?」

「は、はい……」

「へぇ……ならそれは奇跡と思っといた方がいいよ」

「え?」

「ま、合宿辺りで再戦できるだろうからそのときに思い知ることになるさ」

「……誰が相手でも、私のやることは変わりません」

「…………あっそ」

 

 

 

 




 リメイク前では進みすぎたせいで登場させるタイミングを完璧に失ってしまったキャラです。

《今回のNG》TAKE 25

「ところでアイきゃん」
「………………きゃん?」
「…………ごめん。言ってみたかったんだ。後悔はしてない」
「は、はぁ……」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話「黒ツヤ降臨!」

「さ、サッちゃん!」

「なんだよ? 朝から騒々しい」

「ゴキ――Gが出たんよぉ!!」

「あっそ」

「ちょ、スルー!? サッちゃんなんも思わへ……!?」

「お、黒ツヤ」

「ガイスト――」

「危なーい!」

「ぐふぅ!?」

「危なかったな、黒ツ――ジーク」

「待って。(ウチ)をアレと同列に扱うのだけはやめてほしいんよ。あと蹴飛ばす必要あったん!?」

「いや、マジで(我が家が)危なかったじゃねえか」

「今小声で我が家がって言わへんかった?」

「気のせいだ。ほら、ホイホイ買ってこい」

「お金は……?」

「自腹に決まってんだろうが」

「サッちゃんのアホー!」

 

 

 

 

 

 

 

「あわ……あわ……あわ……!」

「これはさすがに多すぎだろ」

 

 イツキと再会してから二日後のこと。ジークが出たやらなんやらうるさかったのでホイホイを買ってきたのだが――

 

「――うじゃうじゃいるな」

「う、(ウチ)はなんも見てへん……! 見てへんよ……!」

 

 もはや手遅れ寸前の状況に陥っていた。黒ツヤが大きさ問わず大量発生していたのだ。おかしい、今までこんなことはなかったのに。

 しかも季節的にはまだ早すぎる。マジでどうしてこうなった。

 ちなみにジークはアタシの後ろでブルブルと震えている。携帯のバイブかってんだお前は。

 

「や、やっぱりガイストで」

「天誅!(ブスッ)」

「あ――!! 目が、目がぁあああっ!!」

 

 アホなことを抜かしたジークに目潰しを食らわせる。前にそれやって家が半壊しかけたのを忘れたとは言わせない。

 

「それよりも原因を調べ――あ、お前か」

「待って。いくら(ウチ)が居候みたいやからって決めつけるのはよくないと思うんよ」

 

 そんなことはない。どういうわけかお前がいると黒ツヤの発生頻度も増える。

 この時点で原因は明らかにテメエだろうが。それ以外に何かあるなら教えてくれ。

 

「ところでジーク。お前、食べ物を溢したりは?」

「し、してへんけど……あ」

「なんだ?」

「お菓子ならよく溢しとったあだぁああああああっ!!」

「やっぱりテメエが原因じゃねえか!」

「とりあえずアイアンクローをやめてほしいんやけど!?」

 

 これでも掃除はしているからな。しかし、コイツならアタシの目の届かないところでお菓子を食べ溢していても不思議じゃない。

 実はコイツ、黒ツヤが擬人化した姿ではないのだろうか。お菓子を溢すことで仲間を呼び寄せる。ほら、ぴったりだろうが。

 

「次からは念入りに掃除するかな」

「それよりも(ウチ)をアイアンクローから解放するのが先決うぅうううううっ!?」

「ま、その通りだな。このままじゃなんもできねえし」

「なんで強めたん!?」

「許せ。なんとなくムカついた」

 

 なんかジークがうるさいので仕方なく解放する。確かに邪魔だ。

 

「久々に使ったな、アイアンクロー」

「使わんといてほしかった……」

「それはお前の努力次第だ」

 

 アタシだってできることなら使いたくな――いや、今すぐにでも使いまくりたい。

 だってお前へのアイアンクローが一番馴染むのだから。

 

(「サッちゃんのおたんこなす……」)

 

 聞こえないように小声で言っても無駄だ。あとでシバく。

 

「とにかく、コイツらを駆除しないことには始まらないぞ」

(ウチ)、用事を思い出したからこれで――」

「手伝ってくれたらおでんを作ってやる」

「――任せてサッちゃん! やれることはやったる!」

 

 こういうときに限ってチョロい。

 

 

 

 

 

 

 

「サッちゃん! やっぱり(ウチ)には無理や!」

「今さらそれはねえだろ」

「そ、そやけど――」

 

 

 

 

「――そやけど(ウチ)が台所担当なんて無理にもほどがあるやろ!?」

 

 あれから相談した結果、ジークには台所の黒ツヤ駆除を担当してもらうことになった。

 お掃除のときに着用する割烹着(かっぽうぎ)と三角巾がなんともお似合いである。なんで着てるのかは知らんけど。

 

「大丈夫、アタシはお前を信じている。だから行ってこい」

「ほ、ほんま? ほんまに(ウチ)でええんか?」

「ああ。それに殺虫スプレーもあるじゃないか」

「あ……ほ、ほんなら行ってくるわ……!」

「あいよ」

 

 やっと行ってくれたよ。まあ、ここはジークに任せるとしよう。アタシにはアタシの仕事がある。

 

「まずはこのバ○サンを設置して……」

〈待ってください。それだとジークさんはどうなるんですか?〉

「知らん」

 

 実は黒ツヤごと駆除できればいいな~とか思っていたりする。

 初見だから効果はあるだろう。……人間がバ○サンで死ぬとかシュールだな。

 

「アイツはアイツでなんとかするだろ」

〈ところでそのバ○サン、どこにあったんですか?〉

「洗面所の下に閉まってあった」

〈ホイホイの意味ないじゃないですか……〉

 

 そうでもない。バ○サンで殺しきれなかった個体を駆逐できるという点ではホイホイも使える。

 いざというときはジークをバットにすればいい。役に立つかは知らんけど。

 

〈ならどうして最初から使わなかったのですか?〉

「忘れてた」

〈そんなことだろうと思いましたよ!〉

 

 仕方ないだろ。忘れてたんだから。

 

 

『ギャ――!!』

 

 

〈マスター。今、断末魔のようなものが聞こえたのですが……〉

「心配するな。全て計算通りだから」

「計算通りってどーゆうことや!?」

「前言撤回。これは想定外だ」

 

 どうやら生き残ったらしい。これは褒めた方がいいのかな?

 

(ウチ)を信じてるって言うたやん!」

「うん、信じてはいたさ」

「そ、そんならなんで……」

「できる方に信じたわけじゃない!!」

「キメ顔で言うたよこの人!?」

 

 黒ツヤを見ただけでガイストをぶっ放すような奴にちゃんとした黒ツヤ駆除ができるわけがない。

 それならできない方に信じるのが必然というものだろう。

 

「う~……」

 

 なぜだろう。涙目で唸っているコイツは可愛く見える。しかも今は割烹着と三角巾を着ていることもあってさらに可愛さが増したようにも思える。

 もしアタシが男だったら内心悶えていたに違いない。でも残念、アタシは女だ。

 

〈マスター。バ○サンはどうなされるのですか?〉

「トドメに使う」

〈なるほど〉

「バ○サンってなんや……?」

〈「あ」〉

 

 しまった。コイツはバ○サンの存在を知らなかったんだ。どうやって説明するか……。

 仕方がない。ありのままの答えを出させてもらおう。

 

「これはだなジーク。トドメの一撃に使うもんなんだよ」

「そうなん?」

「そうだ」

 

 あっさりと信じてくれた。素直な子は嫌いじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

「や、やっと終わったで……」

「お疲れさん。そんじゃ次はリビングよろしく」

 

 まるで地獄の底から生還したかのような状態でジークが台所から戻ってきた。

 キサマに休息などない。だが何も壊さなかったのは褒めてやろう……すまん、やっぱ褒めない。

 

「まだやるん!?」

「これを見ろ」

 

 

 ガチャッ(風呂場のドアを開ける音)

 

 カサカサ(黒ツヤが蠢く音)

 

 バタンッ(風呂場のドアを閉める音)

 

 

「アタシはこっちもやらなきゃならんのだが……お前がやるか?」

「う、ううん。リビングでええわ……」

「良い子だ」

「あ……」

 

 励ましの意味を込めてジークの頭を撫でてやる。

 

「そんじゃあと一息、頑張るか」

「そうやね!」

「ど、どった? 急に元気になりやがって」

「サッちゃん! (ウチ)、今なら頑張れそうな気がするんよっ!」

 

 なんだ? 何がコイツをここまで奮い立たせたんだ?

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、こんなもんかな」

〈見事に丸一日は使ってしまいましたね〉

 

 やっとほとんどの黒ツヤを葬ることができた。時間と引き換えにな。

 丸一日も黒ツヤ駆除に使ったのは今回が初めてかもしれない。

 

「サッちゃ~ん。こっちも退治できたで!」

 

 どうやらリビングの方も終わったらしい。残る心配は――

 

「――なんも壊してないよな?」

「だ、大丈夫や」

 

 そうか。なら後で確認するとしよう。

 

「まさか(ウチ)がGを普通に退治するなんて夢にも見んかったよ……」

 

 確かにな。いつもどんだけアタシが体を張っているか……わかっているのか? コイツは。

 体を張る度に命の危険を感じているからな。屈辱ではあるけど。

 

「そろそろ脱げよ、その服」

「えー……結構着心地よかったんやけど……」

 

 割烹着で着心地がいいとか言っている奴は初めて見たぞ。だがそれでは困る。

 このとき、割烹着姿のヴィクターを想像したのは内緒である。

 

「それアタシのだぞ。どっから引っ張り出してきたのかは知らねえけど」

「ん? クローゼットに入っとったで?」

「…………」

 

 今思い出した。そのまま放棄してたんだっけ。

 

「そんなことよりもサッちゃん、ご飯はまだなん?」

「お前の頭ん中マジで食うことしかねーのか」

 

 乞食の名は伊達じゃないか。もういっそ乞食の世界チャンピオンでよくねえか?

 乞食の世界チャンピオン……響き的には悪くねえな。実際乞食だし。

 

「ご飯の前に、まずはトドメを刺すことが先決だろ?」

(ウチ)やられるん!?」

「待て。なんでアタシがお前を殺らねばならんのだ」

「だってサッちゃん、(ウチ)のこと嫌いやろ……?」

「ああ、大嫌いだ」

 

 ここで好きとか愛してるとか言ったら今のコイツは間違いなく盛大な勘違いをしてしまうだろう。

 もし言ってしまったときのことを思うと寒気がする。あと貞操の危機も感じる。

 

「……んん? もしかしてサッちゃん、ツンデレなん?」

「お前は何を言っているんだ」

 

 わかってはいたが、面と向かって言われると思わずこの言葉が出てしまう。条件反射だな。

 

「え、違うん……?」

「違うわ」

「なんでや!?」

「お前はアタシに何を求めてるんだ!?」

「な、何をってそんなん……」

「言えないようなことか?」

〈マスターも隅に置けませんね〉

「やめろラト。このタイミングでそのセリフは寒気がする」

 

 わりとマジで何を求めてるんだコイツは。それとだな、その言い方だとアタシがラノベ主人公みたいじゃねえか。

 まあ、コントはこの辺にしてさっさと仕上げを済ませちまうか。

 

「とにかくバ○サンを起動しないとな」

「ほんまにそれで終わるん?」

「無理でもホイホイがある」

「このホイホイは伏線やったんか……」

 

 ついさっき思い付いたことだがな。それじゃあバ○サンを起動して……

 

「ジークはリビングで待機しといてくれ」

「そんだけでええんか?」

「大丈夫、問題はない。アタシはちょっと散歩してくるわ」

「わかった~」

 

 計画通り。

 

〈マスター。後が怖いのですが……〉

「大丈夫だろ」

 

 

『な、なんやこれ――――!?』

 

 

 良い子の皆は真似するなよ? 今断末魔をあげたアホミ――ジークみたいになるから。

 

 

 

 

 

 

 

「サッちゃんの嘘つき! ホラ吹き!」

「騙される方が悪いのだよ」

 

 帰ってみれば案の定、ジークは蒸せてやがった。しかしまあ――

 

「――よく生きてたな」

(ウチ)を殺す気やったんか!?」

 

 当たり前だ。でなきゃお前をリビングに待機させたりはしない。

 結果だけ言うなら当然のごとく失敗に終わってしまった。残念だよ。

 

「そんなに嫌われてるんか……」

「それ以上だ」

 

 だが生きてたのなら仕方がない。ご褒美をやらねばな。

 

「ジーク。とりあえずご飯作るから座って待ってろ」

「ご飯? ご飯やな!?」

「落ち着け」

 

 ご飯という単語を聞いただけで元気になるとは思わなかった。

 まあ、一応頑張ってはくれたし。今回は許してやるか。

 

「ほらよジーク。約束のおでんだ」

♪▲◎★□×▽◇(ま、待ちに待ったおでんや!)

「マジで落ち着け。ここは異世界じゃない」

 

 気持ちはなんとなくわかるけどな。

 

「んー! サッちゃんのおでんは最高や!」

「よせやい、照れるじゃねえか」

 

 仕事をしてから食べる料理がここまで美味しく感じるとは思わなかった。悪くない。

 この日を黒ツヤ大駆除記念日とでも名付けようか。読みにくいけど。

 

 

 

 

 

 

 

「平和やね~」

「そだな」

 

 翌日。アタシとジークはだらけていた。だって疲れたし。

 あれからジークが怖いから一緒に寝てほしいって大変だったのだ。蹴り出したけど。

 

 

 カサカサ(黒ツヤが徘徊する音)

 

 

「あ、黒ツヤ」

 

 やはり生き残りがいたか。それにしてもどこに潜んでいたんだ?

 

「ど、どこや!?」

「ほらそこ」

「~~~!!」

 

 ああ……またこの流れか。慣れてしまった自分が怖い。

 許せ――いや、許さなくてもいい。自業自得だジークちゃんよ。

 

「ガイスト――あれ? なんや急に目の前が真っ暗になったんやけど……」

「危機一髪だな」

「って痛ぁっ! 目ぇむっちゃ痛いっ! サッちゃんなにしたん!? (ウチ)まだなんもしてへんよ!?」

「いや、現在進行形でやろうとしてたよな?」

 

 しかもド派手なのを。

 

「まあいいや。ジーク、動くなよ?」

「動こうにも目が痛くてなんも見えへんよ……!」

 

 それでいいんだ。今からやることを見せたらお前は失神する可能性があるからな。

 ……いっそここで失神させてからヴィクターに引き渡すか?

 

「……そこだっ!」

 

 

 ガシッ(アタシが黒ツヤを掴む音)

 

 グシャッ(掴んだ黒ツヤを握り潰す音)

 

 

「存在の抹消、完了」

 

 今回の元凶は滅びた。もうガイストが使われる心配はない。

 

「さ、サッちゃん? い、今変な音がしたんやけど……」

「気のせいだ」

 

 久々にやってみたのだが……やっぱり次からは普通に叩こう。手を洗うのが大変だ。

 さてさて、これでホントに黒ツヤ駆除は終わったし、何をしようかな~?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで(ウチ)の目はいつになったら見えるようになるん!?」

 

 しまった。力を入れすぎたかもしれない。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 54

 実はコイツ、黒ツヤが擬人化した姿ではないのだろうか。お菓子を溢すことで仲間を呼び寄せる。ほら、ぴったりだろうが。

「……待てよ。ってことはジークってベルカ王族? の末裔じゃなくて火星に放たれた黒ツヤの進化形ではないだろうか? 外見といい人間臭さと――」
「サッちゃんのバカ! アホ! おたんこなあぎゃああああああっ!!」
「――人間臭さといい、より人間らしさを追求したという見方をすれば納得がいく」

 なんか後ろでジークが叫びながら飛び交う数匹の黒ツヤから逃げ惑っているがアタシには関係ない。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話「俺とアイちゃんと危険な姉――店員」

 今回はイツキ視点でお送りします。今後もこういうことがあるかもしれません。


「おいハリー」

「どうした?」

「職場体験、こことかよくね?」

「……珍しいな。お前がちゃんと職場体験をやろうとするなんて」

「………………アタシにもいろいろあるんだよ」

「そ、そうか……」

「で、どうする? ここでいいか?」

「いいんじゃねーの?」

「でもここ――ゴスロリファッションだぞ?」

「チェンジだ」

「んじゃ、喫茶店にするか」

「んー……まあいいか」

 

 

 

 

 

 

 

「ここがそうなんですか?」

「みたいだな」

 

 俺は今、アイちゃんことアインハルト・ストラトスと一緒に姉さんのバイト先である喫茶店に来ている。

 まあ、姉さんのことだからすぐに辞めるだろうけど。だから一度だけでもあの人のウェイトレス姿を拝んで爆笑してやるんだ。

 ホントはヴィヴィオたち初等科組も来る予定だったのだが、なんか急用で来れないらしい。その結果、俺とアイちゃんだけになったわけだ。

 しかしこれ、傍から見るとデートってやつに見えるな。ま、アイちゃんだから大丈夫だろうけど。

 

「いらっしゃいませ~!」

 

 ハキハキとした声で俺たちを出迎えてくれたウェイトレスの店員さん。

 なぜだろう。なんとなく見覚えのある人のような……。

 

「アイちゃん。先に座っといて」

「あ、はい」

 

 とりあえずアイちゃんを先に行かせ、改めて店員さんを確認してみる。

 赤髪のポニーテールと赤い眼、そんでもってペッタンコ。わりと女受けしてそうなその店員さんは俺を見てあれ? コイツどっかで見たような? という表情をしていた。

 えーっと名前は確か――

 

「――ハリー・トランシルバニアさん!」

「…………トライベッカだ」

 

 苗字以外は合っていたようだ。

 

「なにやってんだよ?」

「見りゃわかるだろ。職場体験だよ」

 

 さいですか。

 

「ていうか早く座れよ。こっちは忙しいんだ」

「うぃーす」

 

 じっとしていても仕方がないのでアイちゃんが座っている窓際の席にかける。まあ、向かい合った状態になるのは必然か。

 メニューを見ているとお(ひや)をトレイに載せた別の店員さんがやってきた。

 

「…………ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」

 

 ……あるぇ? この声、めちゃくちゃ聞き覚えがあるんですけど。

 俺はお冷を持ってきてくれた店員さんに視線を向けてみる。

 肩まで伸びる赤みがかった黒髪、三白眼ほどではないが鋭い目付き、それを含めても整っている顔立ち。ついでにバランスの良い体型。

 間違いない、この人は……!

 

「姉さん……!」

「……なんだよ」

 

 俺の下の方の姉、緒方サツキだった。やっとお出ましかコノヤロー!

 しかし俺は同時に愕然とし、思わず膝をついた。希望が絶望に上書きされたような気分だ。

 

「なんで――なんでギャルソンスタイルなんだよ!?」

 

 そう、今姉さんが着ているのはギャルソンスタイル。つまりウェイトレスではなく男性用の制服である。なぜだ。

 ちくしょう! 無駄にそれらしいから笑うに笑えねえ……!

 

「い、イツキさん?」

「気にすんなストラトス。どうせ二分後には立ち直るさ」

 

 当たり前のように対処しないでほしい。さすがの俺もこれにはガッカリだ。オットーみたいに中性的じゃあるまいし……。

 そしてアイちゃん。なんでお前はツッコまないんだ?

 そうしてるうちにも、姉さんはカウンターの方に戻ってしまった。

 

「悪いアイちゃん。もう大丈夫だ」

「はぁ……」

 

 少し唖然としていたアイちゃんに一声かけておく。アホみたいに悩んでも仕方ないな。

 それからアイちゃんと他愛もない会話をしていて気づいた。まだ注文決めてねえや、と。

 こっちを見た姉さんは察してくれたのか、ちょうどいいタイミングで来てくれた。とりあえず……

 

「すみません。ホットココアとホットケーキで」

「私はミルクティーとチーズケーキを」

「…………あいよ」

 

 どうやらかなり機嫌が悪いみたいだ。まあ、無理もないかな。

 いくら自分の意思とはいえ、元々こういうことは生理的レベルで受け付けない人だ。

 そのせいか、知り合いである俺たちの前ということもあって口調がいつも通りになっている。

 簡単にメモを取った姉さんはまるで忍のようにカウンターの方へ戻っていった。どうやったらできるんだよ、あんな動き。

 

「……凄いです」

「あの、アイちゃん? 別に見とれる必要ないからね?」

 

 あの動きは俺たちにできるものじゃない。

 

 

 ――数十分後――

 

 

「……旨いな」

 

 注文したホットケーキを一口食べて呟く。うん、わりといけるな。

 アイちゃんも無言ではあるがお気に召されたようで、リスみたいにチーズケーキを頬張っていた。

 ただ……注文した品を持ってきてくれた姉さんに『このホット野郎が(笑)』と言われて思わず涙が出そうになった。解せぬ。

 

 

「おいおい! こんなもんよく食い物として扱えるな!」

 

 

 ちょっと落ち込んでいると、なんの前触れもなく店内にクレームであろう罵声が響いた。

 なんだ? と思いつつ罵声が聞こえてきた方を見てみる。そこにいたのは耳にピアスをした男と金髪のチャラ男みたいなアホ面という喫茶店には似合わない二人組のチンピラだった。

 片方はピアス、片方はチャラ男と呼ぶことにしよう。ほとんど二人組になるだろうけど。

 ソイツらによる罵声が響き渡る店内を見渡してみると、他のお客さんは様々な反応をしていた。特に多かったのは見て見ぬふりをする奴だな。

 まあ、自分が巻き込まれなければそれでいいんだろうが……うちの連れはそうでもなかったようだ。

 

「アイちゃんストップ。君が出る幕ないから」

「…………どういう意味ですか?」

 

 チンピラの罵声で機嫌を損ねたらしいアイちゃんがなぜ邪魔をするんですか、と言わんばかりに俺を睨んできた。

 

「動かない方がいいってことだ」

「どうしてですか?」

「……すぐにわかるさ」

 

 とりあえず激おこなアイちゃんを無理やり座らせる。落ち着け、な?

 俺の予想が正しければ、このあと待ち受けているのは間違いなく制裁だろう。

 チンピラ方、あんたらはケンカを売る相手を選ぶべきだったよ……。

 そう思いながら、二人組に向かって思わず合掌してしまった俺は絶対に悪くない。なぜなら――

 

「――ただいま店長が不在のため、代わりに私がお聞きいたします。何かご不満な点でもございましたでしょうか?」

 

 クレーマーの始末に向かったのが姉さんだからだ。対処ではなく、始末。ここ重要。

 姉さんはチンピラたちを見ても全く動じず、ホテルのウェイターみたいに振る舞っていた。

 まるで模範的な責任者のようだ。――ついさっき困っていた様子の店長らしき人を後ろから仕留めていなければ。

 

「不満も何も、このケーキが不味いんだよ!」

「ミルクティーも飲めたもんじゃねえしな!」

「ふむふむ……なるほど」

 

 二人組の罵声を聞き流すかのように姉さんは考え込んでいた。

 まあ、あの姉さんのことだ。絶対にまともな返答はしないだろう。

 

「――つまりお金は払うから帰らせてほしいということですね?」

「「はぁ!?」」

 

 その反応は決して間違っていない。普通の店員なら謝罪の一言でも入れてから作り直したものを持ってくるはずだからな。

 

「……え? あれ?」

 

 アイちゃんも今の返答には疑問を感じたらしく、目が点になっていた。

 他のお客さんも同じような反応をしていた。姉さんとしては金を出してくれるならどうなってもいいんだろうな。

 やっと駆けつけたトライベッカさんに至っては遅かったか……! って呟きながら傍観を決め込んでいた。ホントなら今ごろ、姉さんをギリギリのところで止めていたんだろうなぁ……。

 

「こんな不味いもんに金なんか出せるかってんだ!」

「申し訳ありませんが、この店舗ではそういう決まりになっているんです」

 

 そんな決まりがあるのはこの喫茶店をおいて他にないだろう。

 それにしても姉さんには驚かされる。あれだけ文句を言われても落ち着いてられるなんて。

 

「何かご不満でも?」

「いやいや、作り直しもせずに金を払わせるとかどういう神経してんだ!?」

「これは作り直したところで同じ反応をするであろうテメ――お客様への対応策でございます」

 

 あ、言動が綻び始めた。

 

「お客――テメエらのように学習能力を持たないサル共ならともかく、普通の人間様にこの策を活用する必要はありません。ちゃんとマナーを守っているお客様だとなおさらです」

 

 わりと丁寧な口調の中に本来の口調が散りばめられている。やっぱり姉さん、相当キレてるなぁ。

 アイちゃんもそれに気づいたらしく、なんとも言えない表情になっていた。

 

「要するに、店のマナーを守れないなら、さっさと有り金を全部出してから失せろクソザル共、というわけです」

 

 うん、俺の知ってるいつもの姉さんだ。あとキリッとしてもカッコよくねえから。

 そんな慇懃無礼な姉さんの嘘っぱちな説明を受けて、二人組は完全に怒っていた。

 

「こ、このアマ……!」

「ふざけんなふぎゃあっ!」

 

 まあ、やっぱりこうなるよね。姉さんに掴みかかろうとしたピアスがきりもみ状態になって吹っ飛んだ。

 あーあ……。

 

「…………え?」

「オラ、テメエらこっち来いよ。な?」

「え、あ、いや――」

 

 姉さんは怯えたチャラ男と気絶したピアスの首根っこを掴み、二人を引きずりながら店内から退場していった。……ご愁傷さま。

 ふと周りを見ると、アイちゃんを含む店内のお客さん全員が呆然としていた。そりゃそうか、目の前で竜巻に遭遇したようなもんだしな。

 

 

 

 

 

 

 

「今日はその……ありがとうございました」

「気にすんな」

 

 あれから復活した店長がなんとかその場を収め、店内の雰囲気は平常に戻った。

 姉さんは間違いなく辞めるだろう。あそこまで怒った理由もなんとなくわかるし。

 ちなみに今はアイちゃんを家まで送っている最中だ。

 

「ごめんな。うちの姉さんが……」

「い、いえ! 言っていたことはともかくいいお姉さんだと思いますよ?」

 

 アイちゃん。もしかして君の目は節穴かい? あれのどこがいい人に見えるのだろうか。

 むしろ理不尽野郎の方がしっくりくると思ったのは俺だけじゃないはずだ。

 

「あの、イツキさん」

「ん? どった?」

「えっと……またこうし――お手合わせ願いますっ!」

 

 うん。少しだけ本音が出てたね。

 とまあ、俺たちはこんな感じで帰路についたのだった。楽しかったからいいけどね。

 

 

 

 




《今回のNG》


※裏話により今回はお休みします。


《こんなことがあったのだよ》

「よく来てくれたね。今日一日よろしく頼むよ」
「は、はい」
「へーい」

 その日の午後。アタシはハリーと一緒に喫茶店に勤めに来ていた。
 見かけは普通の男だな。知り合いの変人みたいな奴でなくてよかった。

「それじゃあこれ、君たちの制服。サイズが合わなかったら言ってね」

 店長がアタシらに畳まれた制服を渡す。

「「性別が合いません(わねえ)」」

 渡された瞬間、アタシとハリーの声が綺麗に重なった。
 無理もない。このタイミングで渡されるのはウェイトレスの制服のはずだ。なのに渡されたのはギャルソンスタイルの制服である。
 これ、確か男性用だよな?

「あれ? おかしいな……きちんと目測したんだけど……」

 いや、サイズ以前の問題なんだが。

「でも……二人とも女受けしてそうなんだけどね……」

 この店長、わりと侮れないかもしれねえ。アタシはともかく、ハリーが女受けしてそうなのは正解だ。

「それは違うかと……」
「はぁ!?」

 世紀末最大の嘘を前に、思わず驚いてしまった。お前、実際に女受けいいじゃねえか!

「ハリー。見え透いた嘘はやめるんだ」
「う、嘘じゃねーよっ!」

 見苦しいにもほどがある。

「ごめんごめん。実はウェイトレスの制服が一つしかなくてね……」

 だからといってここまで豪快な間違いはしないだろう。

「じゃあ、アタシはこれ着るからコイツにウェイトレスの制服を渡してやってくれ」
「お前、こういうときぐらい敬語を使えよ……」

 さて、やれるだけやってやろうじゃねえか!


 ――数時間後――


「サツキちゃん」
「あい?」
「ちょっと厨房を手伝ってくれないかな? 確か料理もできるってハリーちゃんから聞いたんだけど」
「…………まあ」

 イツキのデート現場に遭遇したあと、先輩らしき店員に助けを求められた。
 つーかハリーの奴、余計なことを抜かしやがって……。

「……で、メニューは?」
「うん。ケーキとミルクティーなんだけど……」
「ああ、それぐらいなら楽勝なんで」

 実は一人暮らしに備えてできるだけ身につけた、とか言えねえよなぁ。


 ――数十分後――


「おいおい! こんなもんよく食い物として扱えるな!」


 イツキたちに料理を出してからカウンターに戻ると、いきなり罵声が響いた。
 ……こんなもん、だと? そのケーキとミルクティー、アタシが作ったんだけど。

「いや、サツキの料理がマズイはずないんだが……」

 ハリーが呆れたような声で呟いた。
 ついでにイツキたちのメニューもアタシ特製だ。

「困ったなぁ……。――くぺっ!?」

 アタシは厨房から出ると、近くで困り果てていた店長の頸動脈を後ろから押さえた。
 あんたがいるとめんどくさいんでね。さて――

「――ぶっ殺す」

 アタシの料理を貶した罪は重いぜ?




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話「混ぜるな危険」

 今回もイツキ視点です。それと……

『混ぜるな危険』

 とにかくこの一言に尽きます。


「サッちゃん?」

「んだよ」

「タバコはあかんって言うたやろ!?」

「うるせえな。こちとらバイト先でいろいろあって疲れてんだよ。ちょっと黙れ」

「……ご飯は?」

「ない」

「えぇ――っ!?」

「だからうるせえんだよアホ!」

「アホはサッちゃんやろ!」

「なんだとこの乞食!」

「乞食ちゃう! お代官様や! それとアホなんはサッちゃんやて何回言うたらわかるんよ!?」

「んだとゴラァ!! それはこっちのセリフなんだよ!」

「あかんあかん! サッちゃんのパワーで腕十字はあか――あ、でも手におっぱいの感触が」

「あ゛ァ!?」

「ちょちょちょちょい待ったァ!! サッちゃんこれ以上は洒落にならへアァ――ッ!! いや、ほんまにお願いやサッちゃ――」

 

 

 

 

 

 

 

「ご無沙汰してるわ、八神さん」

「敬語やったら褒めてあげたんやけど……」

 

 俺は今、姉さんの付き添いで八神家に来ている。はっきりと言おう、今すぐ帰りたい。

 まず俺と会話しているのは八神はやてさん。スミ姉と同い年のセクハラ狸である。

 まあ、なんで狸かというと俺にもわからない。でも狸である。

 

「私は狸ちゃうよ?」

「嘘つけッ!!」

 

 この通り、心まで読まれてしまう。あれ? 狸って読心術にも長けていたのか?

 

「ところで姉さんは? 先に来てるはずなんだけど」

「あー……実は――」

 

 

『オラオラどうしたァ! んなもんかァ!?』

『それは私の台詞だ!』

 

 

「――シグナムと手合わせしてるんよ」

「アホかこのクソ狸!!」

「なんで私が責められるんや!?」

 

 なんてことをしてくれたんだ! これで48回目だぞ!?

 八神さんを無理やり連れて表に出てみると、案の定というべきか姉さんとシグナムさんが凄まじい勢いで模擬戦をしていた。

 いや、あれはもはや決闘だ。しかもだんだんと激化してるように見えるんだが……!?

 俺は思わず姉さんを止めに入った。シグナムさんの方は八神さんがなんとかしてくれるだろう。

 

「姉さんストップ!! それ以上はヤバイって!」

 

 主に周囲への被害が。

 

「離せクソがァ!! 邪魔すんじゃねえよ!!」

「これ模擬戦だから! タイマンじゃねえから!」

 

 スミ姉に負け劣らず歯止めが利かねえのは相変わらずだなおい!

 

「なんでいつもやり過ぎるんや……」

「すみません。少し熱が入ってしまいました」

 

 声が聞こえた方を見ると、すでに止まったであろうシグナムさんと呆れた感じの八神さんが会話していた。止まるの早くない?

 それとシグナムさん。結構不満そうに言ってるところ悪いけど入った熱は絶対に少しじゃない。

 

「ほら、シグナムさんは止まったから姉さんもストップしろ!」

「ざけんなオラァ!! まだ終わってねえだろうがぁ!!」

「たった今終わったんだよ! それぐらい認識しろやこのアマァ!!」

「んだとゴラァ!? ぶっ殺すぞテメエ!」

 

 マズイ。矛先が俺に向いてしまった。

 

「待て姉さん! 今のは言葉のあやなんだ! だから止まって――」

「くたばれぇ!」

「ぶふぉ!?」

 

 弁解をしようとしたら姉さんの拳が顔面に打ち込まれ、俺はきりもみ状態になって吹っ飛んだ。

 理不尽にもほどがあんだろ……これのどこがいいお姉さんなんだよアイちゃん……。

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんの用だ?」

「ミウラの家庭教師になってほしいんよ」

「死ね。ていうかミウラって誰だよ」

「姉さん。断りの返事ならともかく死ねはどうかと思うんだ」

 

 あれから数十分後。俺を殴り飛ばしたからか姉さんは落ち着きを取り戻した。つまり俺の犠牲と引き換えに今回は止まったわけだ。

 にしても姉さんが家庭教師……。ヤベェ、似合わなすぎて笑いしか出ねえ。

 

「八神さん。マジで考え直した方がいいよ?」

「アタシもイツキと同じ考えだ」

「そうは言うてもなぁ……サツキの場合、苦手なだけで無理ってわけやないやろ?」

「めんどくさい」

「ならイツキがやるか~?」

「ぜってーにしねえよ」

「バカにできるわけねえだろ」

 

 悔しいが姉さんの言う通りだったりする。俺はスミ姉や姉さんと違って勉強はできない方だ。

 なのでその面に関してはアイちゃんに教えてもらっていたりする。わりとマジで。

 

「もし受けてくれるって言うんなら――」

「断るつってんだろうが」

「――お給料出したるわ♪」

「喜んで引き受けよう」

 

 わお。見事な手のひら返し乙。

 

 

 ――というわけで――

 

 

「初めましてっ! ミウラ・リナルディです!」

「おう。弟がいつも世話になってんな」

 

 なってねえよ。

 

「まあ、さっさと始めようか(ドサッ)」

 

 姉さんはそう言うと同時にどこから取り寄せたのかわからない教科書の山を荒々しく机の上に置いた。

 まあ、勉強はできても教えるのには向いてないからなぁこの人たち。

 

「ふぇ!? こ、こんなに!?」

「いちいち思い出すのめんどくせえんだよ。引き受けたからにはお前を優等生にまで仕上げてやる」

 

 今の姉さんは乞食女ことアホミ――ジークさんのせいでお金が必要になってるからな。

 そんな妙に気合いが入った姉さんを見てリナルディは焦りまくっていた。

 

「さて、これからお前を徹底的に叩き直す。覚悟はよいか?」

「「叩きのめす!?」」

「……叩き直す、だ」

 

 そんなこんなで姉さんによる徹底指導が始まった。

 

 

 

 

 

「A、B、C、D、E、F、G――」

「あまりにも基礎すぎんだろ!? アルファベットなら俺でも言えるぞ!?」

「黙れイツキ」

「――H、I、J、K、L、M、S!」

「…………え?」

「……ポテトじゃねえよ? L、M、N、だ」

「は、はいっ! すぅ~……L、M、S!」

「「N!!」」

 

 

 

 

 

 次の計算をしなさい。

 

 α×χ

 

「…………あれ? 数字は?」

「それが式だ」

「あぅ……」

「……姉さん」

「んだよ」

「もう少し簡単なやつにしてやれよ!」

「待て! これ中学で習う範囲の問題だぞ!?」

「嘘つけ! どう見ても高校レベルじゃねえか!」

「いやマジだから! マジで中学で習う範囲の問題だから!」

「ふ、二人とも落ち着いてください~っ!」

 

 

 

 

 

 次の漢字の読みを答えなさい。

 

 胡桃

 

「こんなの習ってませんよぉ~!」

「いや、中学で習う範囲だぞ?」

「あんたの言う中学って地球の方だろ!?」

「そうだが?」

「ここはミッドだ! それとその漢字は絶対に高校レベルだろ!」

「気にすんな」

「気にするわっ!」

 

 

 

 

 

「や、やっと終わりました~……!」

「お疲れさん」

 

 かれこれ数時間。ようやく全教科の問題を解いたらしいリナルディは机で項垂れていた。

 それにしても姉さんには呆れるよ。地球とミッドじゃ内容が違うってのに……。

 

「あれ? サツキさんは……?」

「そういえば……」

 

 姉さんの奴、どこいったんだ?

 

「ちょっと探してくるから待ってろ」

「あ、はい――」

 

 

 ――ドォォン

 

 

「……は?」

 

 なぜだろう。イヤな予感しかしない。

 

「マジで待ってろ! ここから動くなよ!?」

「ひゃいっ!?」

 

 慌てふためくリナルディをスルーし、俺は一心不乱で階段を駆け抜けて表に出た。

 なんせ二階の部屋で勉強してたからな。――リナルディだけが。

 

 

「あっははは!」

「やはりこの時間は楽しい!」

 

 

「またかぁああああああっ!!」

 

 姉さんとシグナムさんが再び模擬戦という名の決闘を繰り広げていたのだ。それを目撃した俺は思わず膝をついた。

 あれだけやってまだ懲りねえのかよ!? 姉さんはともかくシグナムさん! あんたさっき八神さんに釘を刺されてたはずだ!

 

「二人ともやめいっ! もうええやろ!」

 

 たった今駆けつけた八神さんが叫ぶも、二人は熱中しているのか全く反応しない。

 ええい、こうなったら力ずくだ! 八神さんも同じことを考えてたらしく、シグナムさんの方へと走っていった。

 

「姉さんストップ! いい加減やめろってんだ!」

「またかテメエ!! 離せよおい!」

 

 後ろから姉さんを羽交い締めにするも、全く止まってくれない。

 

「そんなにケンカしたいなら裏路地でやってこいや! 周りに迷惑かけんじゃねえよ!」

「じゃかましいっ! テメエには言われたくねえんだよ!」

 

 ごもっとも。

 

「とにかくストップ! 止まれこのアバズレ!」

「誰がアバズレだゴラァ!!」

「ごふっ!!」

 

 今度は姉さんの横蹴りできりもみ状態にされ、再び吹っ飛ぶはめになった。

 ちくしょう。なんで俺ばかりこんな目に……!

 

 

 閑話休題。

 

 

「ちくしょう。二回も邪魔しやがって……!」

「待ってほしい。なんで俺が責められてるんだ?」

 

 俺を蹴り飛ばして落ち着いたらしい姉さんは、お茶を飲みながらもまだ引きずっていた。

 ……俺、そこまで悪いことしたか?

 

「ミウラはどうやった?」

「んー……あれだ。イツキ並みのアホだった」

「いや、あれと同列にだけはしないでくれ」

 

 さすがの俺でもアルファベットぐらいは言えるし、漢字も読める。

 

「まー、やるだけやったし約束の給料くれよ」

「イツキに渡しといたはずやけど?」

 

 そういえばそうだったな。さっきトイレに行こうとしたとき八神さんから封筒を渡されたんだ。

 まさかあれが給料だったとは……まあ、なんとなくわかってたけど。

 

「ならいいか。帰るぞイツキ」

「へいへい。ではまたの機会に」

 

 とりあえず必要最低限の挨拶を済ませ、八神家から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、給料も確かに受け取ったことだし暴れに行くか」

「たまには普通に帰れよ」

「だが断る」

 

 帰り途中、姉さんがいつものように暴れに行こうとしていた。

 少しは休めよ。どんだけタフなんだよあんた。

 

「俺には関係ないから別にいいけど」

「あっそ。じゃあな」

 

 そう一言だけ告げると、姉さんはどこかへと走り去っていった。

 相変わらず速いな。もう見えなくなったぞ。

 

「さて、俺も帰るかな」

 

 今日は晩飯なんだろうな。スミ姉も久々に帰ってくるらしいし。

 

 

 

 




 バトル回ではないのでさすがに詳しい戦闘描写までは書けなかった。

《今回のNG》TAKE 99

「――H、I、J、K、L、M、N!」
「「そこはSだろ!」」
「ふぇぇ!? なんで合ってるのに怒られるんですかぁ~!?」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話「アタシと理不尽と久々のスパー」

「ハリー」

「どした?」

「もうすぐ前期試験だったよな?」

「ああ。つってもまだ先だぞ?」

「勉強しなくていいのか?」

「おめーには言われたくねえ!」

「アタシはもう上位確定なんだよ」

「どっから沸いてくるんだよその自信」

「さあ?」

「まあいいか。そうだ、帰りに飯でも食いに行かねーか?」

「いいぜ。お前の奢りなら」

「奢らねーよ!」

「なんでだよ!?」

「奢り前提で考えてたのか!?」

「当たり前だろ!」

「もう一回言うが奢らねーからな!」

「んだとゴラァ!」

「待て! オレなんか間違ったこと言ったか!?」

「じゃかましいっ!」

「いやマジで待てよ! つーか最近お前ますます理不尽になってないか!?」

「リーダー。サツキの理不尽なんて今に始まったことじゃないっスよ」

「そうそう。こないだ無銭飲食させられそうになったのを忘れたんですか?」

「……………………ああ、そうだったな」

 

 

 

 

 

 

 

「……お帰り」

「おう、ただいま」

 

 いつも通り帰宅すると、ジークではなくファビアがいた。

 つーかマジでご無沙汰だな。今までなにしてたんだよ。めちゃくちゃ気になるじゃねえか。

 まあ、今日も疲れてるから聞かないでおこう。

 

「……ケーキ屋巡りで大変だった」

「わざわざ教えてくれてありがとう」

 

 コイツも心を読めるのだろうか? まあ、他の連中よりかはずーっとマシだけどな。

 どういうわけか不快にならない。だからといって心地が良いわけでもないけど。

 

「…………他にもいろんなお菓子屋を回った」

「お前の頭の中にはお菓子しかないのか?」

 

 どんだけお菓子大好きなんだよ。ツッコむ気にもなれねえよ。

 

「もういいわ。ご飯食おうぜ」

「……わかった」

 

 

 ――数十分後――

 

 

「ごちそうさん」

「…………ごちそうさまでした」

 

 とりあえず晩飯を済ませた。ちなみに今日のご飯は中華料理だ。

 

「お前って小さいんだな」

「……何してるの?」

 

 後ろから抱きしめてるんだけど?

 

「悪いな。最近ストレスが溜まることばっかでよぉ……」

「…………そう」

 

 なんか妹を抱きしめてる感じだな。アタシはジークと違って永遠にノーマルだから百合に目覚めたりはしない。絶対に。

 ファビアはアタシに抱きしめられても全く嫌がってない。それとも無表情だからわかりにくく嫌がってるのか?

 

「…………不思議と嫌な感じがしない」

「マジかよ」

「……マジ」

「…………そうか」

 

 まあ、そろそろ寝るか。アタシはファビアから離れ、自分の部屋にあるベッドにダイブした。

 

「ふかふかだぜコノヤロ~……」

「…………あ、あの」

「どうした? 枕なんか持って」

「……………………一緒に、寝てもいい?」

「別にいいけど」

 

 お前のおかげでストレスも解消されてることだし。なんでかは知らんけど。

 このあとファビアと一緒に寝たが、ジークのときと違ってイヤな感じは一切しなかった。

 ……それと気遣いの良さパネェなマジ。改めてファビアの気遣いに感心させられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「サッちゃん! 今日のご飯は?」

「そこにあるだろ」

 

 翌日。満足したらしいファビアが帰ると同時に、まるで入れ替わるようにジークがやってきた。

 来るなりご飯を求めるのはおそらくお前だけだ。ファビアなんか礼儀を重んじないんだぞ。

 

「今日は……骨?」

「おうとも。骨だ」

(ウチ)は犬とちゃうよ!?」

「違うのか!?」

 

 これは驚きだ。

 

「しょうがねえな。ほらよ」

「待ってサッちゃん」

「なんだゴラァ」

「ゴラァちゃうよ!? 今度は卵の殻ってどーゆーことや!?」

 

 別にどうもしない。お前にやるご飯はねえってことだ。

 あーどら焼き食いてえ……。今日はどら焼きでも買いに行こうかな?

 

「まだ昼だもんなぁ……」

「??」

 

 アタシの呟きに首を傾げるジーク。深く考える必要はないんだがな。

 ま、アホだから無駄に考えてしまったということか。さすがだな。

 

「ちょっと出掛けるわ」

「どこ行くん?」

「暇潰し」

(ウチ)も――」

「確か冷蔵庫にアタシの食べかけだけどヨーグルトがあったなぁ」

「――お留守番しとく!」

 

 チョロい。

 

 

 

 

 

 

 

「ってわけだ。侵略者のせいで遅れた」

「お前は何を言っているんだ」

 

 実を言うと今日はハリーとお出掛けである。

 目的は……えーっと――

 

「――なんだっけ?」

「お前な…………」

 

 仕方ねえだろ。忘れたものは忘れちまったんだから。

 ……あ! スパーか! そんでもって――スパーキングか!

 

「ハリー! アタシは思い出したぞ! 今日は確かスパーキングするんだよな?」

「スパーリングだ」

 

 あれ?

 

「まあいいか」

「よくねーよ」

「なんだとこのペッタンコ!」

「黙れデカパ――」

「オラァ!(ブスッ)」

「ぬぉおおおおおおっ!! 目が燃えるようにいてえー!?」

 

 ざまあみろ。口を滑らすからそうなるんだよ。

 次なんかしたら日本の都市伝説で泣かしてやる。そしてそれを写真に収めて配信してやる。

 それにしてもスパーか。一年ほどやってなかったような気がするな……。

 

「着いたぞ。いつまで目を押さえてるんだよ」

「おめーのせいだろうが!!」

 

 そんな事実は認められない。

 

「いいからいくぞ。今日は久々に本気でやろうと思ってんだからさぁ」

「……………………今なんつった?」

「だから、本気でやるつったんだよ」

「マジか!?」

 

 そこまで驚くようなことなのだろうか。確かに本気でやるのは一昨年以来ではあるけど。

 とはいってもたまには本気でやらないと体が鈍ってしまうからな。

 もう一度言うが、スパーをやること自体が久々だったりする。いつもは喧嘩三昧だったし。

 

「ぶっちゃけお前にそれを見せるのが目的だしな」

「なんでオレなんだ?」

 

 なんで、か……。ま、理由は一つだな。

 

「――付き合いが長いから、かもな」

 

 

 

 

 

 

 

「…………ま、マジかよ……?」

「ふむ。これなら実戦でもいけそうだな」

 

 あれから数十分後。久々に本気を出したアタシはハリーを相手に無双した。

 とはいっても所詮はスパーだから試合じゃこう簡単にはいかない。

 本気のアタシを相手にしたハリーは驚愕の表情を浮かべ、その場に座り込むほど疲れている。

 

「なんで今まで隠してたんだよ……!」

「別に隠した覚えはないがな」

 

 誰にも聞かれなかったし、一昨年は一応出したには出したけど誰にも指摘されなかったし。

 

「ま、しばらくは出す必要ないかもな」

「なんでだ……?」

「なんでってそりゃお前――そうする必要がないからに決まってんだろ」

 

 そうする必要があった奴なんてジークぐらいだしな。アイツ、試合だとやたら強いんだよ。

 姉貴に至っては出しても勝てないのが目に見えてる。だからといって諦めはしねえけど。

 だからこそ楽しめるんだけど。強い奴とのバトルは試合でも飽きることがない。

 

「前々から思ってたけど、お前って人間……だよな?」

「人間だ」

 

 どっからどう見ても普通の人間だ。

 

「実は人間やめてるんじゃねーか……?」

「ぶっ殺すぞコノヤロー!?」

「待て! あれだけやっといて普通の人間とか言ってられる方がどうかしてんぞ!」

「ケンカ売ってんのか!? 売ってるよなぁ! 表出ろゴラァ!」

「だから待てって! オレ今疲れて動けねーんだよっ!」

「知るかボケェ!」

「どこまで理不尽なんだよ!」

 

 そんなのアタシの知ったことじゃねえ。アタシを怒らせたお前が悪いんだ。

 ていうか動けるじゃんかお前。普通に立ってられるじゃねえか。

 

「……嘘ついたな?」

「…………あ」

「こっちこいコノヤロー」

「あ、ちょ――」

 

 このあと起きたことはハリーの名誉のためにも言わないでおく。

 

 

 

 

 

 

 

「今日も疲れた~」

「ご飯まだ~?」

「オラァ!」

「ぶっ!? ちょ、なんで服投げたん!?」

「お前へのご褒美」

「嬉しないよ!?」

「嘘だろ!?」

「嘘ちゃうよ!?」

「ば、バカな……」

「どうせならサッちゃんに抱きしめられた方がよっぽど――」

「シャラッパッパー!!」

「サッちゃんあかん! 確かに抱きしめられた方がマシや、って言おうとしたけどこれはあかん! フロントチョークはあかんよ!」

 

 

 

 




 活動報告の方にも書いてありますが、実はイツキを主人公にした外伝作でも書こうかなと考えていたりします。

《今回のNG》TAKE 11

「ぶっ!? ちょ、なんで服投げたん!?」
「おもしれーじゃん」
「おもろないよ!?」
「……え……?」
「待って。なんやその変態を見るような目は」
〈こっちが本編でも違和感がありませんね……〉




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話「アホはどこまでもアホ」

「サッちゃんご飯まだなん!? (ウチ)お腹がすいて死にそうなんよ!?」

「お前マジで何様だ!?」

「お代官様や!」

「…………」

「あっ! 痛っ! サッちゃ……っ! ビンタは肘でするもんと……っ!」

 

 ハリーと久々にスパーした日から二日後。今アタシの家にいるジークが昼飯を求めて駄々をこねていた。

 この乞食アマ、ホントに客人なのか? さっきから我が物顔で振る舞ってやがる。

 

「ったく。もうできてんぞ」

 

 ちなみに昼飯は野菜炒めだ。これがなかなかの美味でな。

 いや、こないだ作ったパエリアも美味かったな。うーん、どっちもどっちか。

 

「…………サッちゃん?」

「どうした?」

(ウチ)の分ってこんだけなん……?」

 

 一体どうしたというんだ。

 

(ウチ)のご飯って…………氷だけなん!?」

「まあな。卵の殻よりかはマシだろ」

「サッちゃん酷い!」

「水分が取れるだけありがたく思えよ!?」

 

 お前ならそれだけでも充分に生きていけるだろうが。

 例え飢え死にしたとしてもアタシの知ったことじゃねえけど。

 

「サッちゃんの料理やないとあかんの!」

「どんだけアタシの料理が恋しいんだよ!?」

「いつでもどこでも食べたいくらいには恋しいんよ!」

「意味わかんねえよ!」

 

 マジでなんなのコイツ。一体どこで何をしたらこんな頭になってしまうのだろうか。

 

「ってちょっと待て。つまり毎日作れと!?」

「うん」

「ふざけんなちくしょう!」

 

 食料を貪るだけでなくアタシの精神まで削りに掛かるだと!?

 そんなことをされたらアタシは暴れ狂うただの獣になってしまう!

 

「あーもうわかったよ。ちゃんとしたやつを持ってくるから待ってろ」

「最初から持ってくればよかったやん……」

 

 最初からそんな気はなかったからな。

 

「ほらよ」

「…………サッちゃん?」

「今度はなんだ」

「今度はなんだ、ちゃうよ!? なんでトマトのへたの部分しかないん!?」

「天罰だ。今までの恨みと食べ物の恨みを思い知れ」

 

 ホントならへたではなくトマトの皮を出すつもりだったのだから。

 いや、どうせなら木の根っこでよかったか? それとも紫陽花の花びらか?

 

「贅沢言うなよ」

「贅沢もくそもないで!? まだ氷の方がマシや!」

「ほらよ」

「持ってきてほしいわけじゃないんよ!?」

 

 あれ?

 

〈マスター、もういいでしょう〉

「………………………ほらよ」

「そこまで渋るんか……?」

 

 だってお前に食わせるのって――

 

「――そこに餌があると教えてるみたいでイヤじゃん?」

(ウチ)は人間や!」

「……はぁ……?」

「待って。その反応なんなん!?」

 

 なんなんって言われてもなあ……、

 

「察しろよ」

「わからへんよ……」

〈マスター、私にもわかりません〉

 

 実を言うとアタシにもわからない。細かい内容は考えずに直感だけで言ったからな。

 やっぱりこういうことは少しでも頭を使った方がいいのかもしれない。

 

「サッちゃんってときどきなに言うてるかわからんときがあるんやけど……」

〈ま、うちのマスターは基本バカですから〉

 

 そんな事実は存在しない。

 

「やっぱサッちゃんの料理はおいしいんよ~!」

「これ食ったらマジで帰れ。そして二度と来るな」

「あれ? 言うてなかった? 晩ご飯も食べるつもりで来たんやけど」

 

 今なんて言いやがったこのアマ。いや、きっと気のせいだ。そうに違いない。

 今日は晩ご飯も食べに来たなんて、何かの聞き間違いだろう、うん。

 

「これ食ったらマジで帰れ」

「そやから、晩ご飯もここで食べたいんよ」

 

 気のせいじゃなかった。

 

「ふざけんなこの乞食!」

「サッちゃんの料理おいしいんやから仕方ないやろ!」

「仕方なくねえよ!?」

 

 こっちの身にもなれよ。お前のせいでどんどけ食料を失ったと思ってんだコノヤロー。

 美味しいって理由だけでこうなるんだったらほとんどの家庭が食料不足になるじゃねえか。

 

「食料は……」

〈マスター! 冷蔵庫がもうすぐ空になります!〉

「ダニィ!?」

 

 マジかよ。まさか買う量を間違えるなんて。

 

「仕方ねえ! 晩飯はこれで切り抜けるしかない!」

「サッちゃん? さっきからなにブツブツ言うてるん?」

「気にするな。献立を考えていただけだ」

 

 内容はお前をどうやって撃退するか、だけどな。楽しみで仕方がない。

 パワーボムか? いや、一本背負いか? いやいや、ここはバックドロップか?

 

「ところでジーク」

「なんや?」

「お前は何を食べてやがる?」

「袋にお菓子が入ってたから食べてええんかといだだだだだだだっ!! サッちゃんアイアンクローはやめてぇえええええっ!!」

 

 アイアンクローマジ便利。

 

「これに懲りたらもう勝手に人のお菓子食べんなよ?」

「わかったから離してやぁ――っ!!」

 

 仕方なくアタシはジークを解放した。次は本気で潰す。脅しじゃねえぞ?

 それかお前の鼻にダンゴムシを突っ込んでやる。

 

「いたたた……」

〈マスター。またあと一歩で殺人犯でしたが?〉

「そのときはコイツの自殺って扱いにする」

「どうやったらそうなるん!?」

 

 そんなのは自分で考えることだ。いちいちアタシに聞かないでもらいたい。

 

「さてと、アタシたちの戦いはこれからだ……!」

〈頑張りましょう、マスター。今後の生活のためにも〉

 

 

 

 

 

 

 

「サッちゃん」

「なんだよ」

 

 あれから数時間後。夜になってもジークは帰らなかった。宣言通りマジで晩飯も食っていくつもりらしい。

 ちなみに合鍵は借りパクされたままだ。さっき頭突きしまくったのだが返してくれなかった。

 

「“死戦女神”って知ってる?」

「知ってるけど、それがどうかしたか?」

 

 自分の呼び名を知らないわけがない。地球じゃ“暴帝”って呼ばれてたけどな。

 今じゃこの名前はインターミドルでの通り名となっている。ちくしょう。

 

「なんや最近噂になってるから気になったんよ」

「そうか」

 

 そりゃま、あれだけ派手にケンカしてりゃ噂の一つや二つにはなるだろうよ。

 そういや、どういう風に噂されてんのか気になるな。

 

「噂の内容はどんな感じだった?」

「んー……街灯を引っこ抜いて振り回した、集団で掛かろうものなら一分後には血だまりができてる、人を殺めたこともある。こんなもんやな」

「…………なるほど」

 

 もうそこまで広がってるとはな。信憑性でもあるのか? 張本人のアタシが言うのもなんだけど。

 それと最後のやつは完全な嘘だ。殺しかけたことは何度もあるが、マジで殺したことはない。

 殺し合いなら何度かしたことはあるけど。それでも殺らなかったアタシは偉い。

 

「サッちゃん、いつもより大人しいけど……どうしたん?」

「別に。ちょっと物思いに耽っていただけだ」

 

 マズイ。このままじゃ怪しまれる。なんとか誤魔化さなければ。

 ジークを釘付けにするものといえば……おう、これでいくか。

 

「あー! なんか胸が苦しいなー!」

「それはあかんな! (ウチ)が見てぐふっ!?」

 

 これはこれで後味が悪い。

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさん」

「…………」

 

 夕食後。あれからジークは黙ったままだ。ちゃんと誤魔化したはずなんだけどな……別に大したことではないけど。

 

「どうした? お前こそ、いつもより大人しいじゃねえか」

「やっぱりサッちゃん、なんか隠してるやろ?」

「人には秘密の一つや二つはあるってんだ」

「ううん。サッちゃんが隠してるのはそんなもんとちゃう。誤魔化そうとしても無駄や」

 

 地味に傷ついた。そんなもんはないだろ、そんなもんは。ていうかさっきしっかりと誤魔化されてたじゃねえか。

 そんな空気も、次の一言で吹っ飛んだ。

 

「――死戦女神って、サッちゃん?」

「…………」

 

 やはりそうきたか。アタシが死戦女神だってことを知るのはファビアに続いて二人目だな。

 ヴィヴィオはもちろん、ハリーにすら知られていないアタシの正体。

 

「根拠は?」

「なんとなくや。確証なんてないし、あるとすれば今のサッちゃんの態度。いつもより大人しいなんて、ほんまにおかしいんよ」

「………………」

 

 お手上げとはまさにこのことである。ぶっちゃけ隠すことでもないのだが、あんまり知られたくないというのもまた事実だ。

 

「ふぅ……。もしもアタシがその死戦女神だとして、お前はどうするんだ?」

「そ、それは……」

「言っておくが、いなくなるなら今のうちだ」

 

 こっちは気が楽になる。今まで通りの平穏な一人暮らしに戻れると思うとな。

 しかし、ジークの口から出た言葉はアタシの予想の斜め上をいくものだった。

 

「……サッちゃんはサッちゃんや。噂になってる不良やったとしても、(ウチ)は嫌いにならへんよ」

「ジーク……お前……」

 

 ちょっと感動したな。いつも飯ばっか食ってこっちのことは全く考えない奴かと思ってた。

 

「――だって、これでサッちゃん家に居候できるもん」

 

 アタシの感動を心の底から返してほしいと思った。

 

 

 ~~しばらくお待ちください~~

 

 

「うう……ごめんや……」

「弱味を握ったつもりだったんだろうが、別に秘密にするほどのことでもないんだわ」

 

 お説教完了。殴らなかっただけ感謝してほしいものだ。

 やっぱりジークはジークだった。アホ以外の何者でもない。

 

「まあ、そんなわけでアタシの合鍵返せ」

「絶対にイヤや!」

「なんでだよ!?」

 

 それアタシのだぞ!? お前のものじゃねえ!

 

「か・え・せ・!」

「何度言われようと返さへん!」

「そんなにアタシの合鍵が恋しいのか!?」

「違うんよ! (ウチ)が恋しいのは(サッちゃんの)料理なんよ!」

 

 今小声でサッちゃんの、と言わなかったら完璧だったに違いない。

 

「とにかく返せ!」

「いーやー! しつこいようならガイスト使うで!」

「待て! いつからアタシは加害者になったんだ!?」

〈最初からでしょう〉

 

 待て待て待て待て、アタシ被害者! 加害者コイツ!

 

〈マスターが被害者とか……これまたおこがましいですね〉

「おいコラどういう意味だ……!」

 

 コイツが、コイツが愛機じゃなければ――

 

「――シュレッダーへぶち込めたのに!」

(ウチ)を!?」

〈マスター。会話がおかしくなっていますよ〉

 

 あれ?

 

「返せ!」

「お断りやっ!」

「返せつってんだろテメエ!」

「サッちゃんあかん! ヘッドロックは洒落にならへんよ!?」

 

 このやり取りは今日が終わるまで続いた。結局、ジークは鍵を返さないどころかアタシのベッドで寝ていきやがった。

 もちろんすぐに追い出したのだが……ストレスは溜まる一方だ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 25

「噂の内容はどんな感じだった?」
「んー……………………忘れた」
「…………」
「…………」
「……緩いな、このNG」
「……そやね」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話「安心と信頼のサッちゃん」

「なあファビア」

「……なに?」

「お前ってさ、アタシに見返りを求めたりはしないのか?」

「…………そんな必要はない」

「マジかよ」

「……だって、もう見返りは得たから」

「……は?」

「…………」

「まあいいか。お前がそう言うのなら」

「……あの」

「…………ケーキか?」

「うん。モンブランがいい」

「別にいいけど……よく知ってるな」

「……これくらい当たり前」

「あ、そう……」

 

 

 

 

 

 

 

「ミカンうめえなぁ~」

〈マスター。その組み合わせはどうかと思います〉

 

 学校の屋上なう。いつものように炬燵に入りながらミカンを食べているのでござる。

 組み合わせつってもよ、ミカン食いながらタバコ吸ってるだけじゃねえかコノヤロー。

 まあ、一番合うのはラーメンだな。ラーメンとタバコ……悪くない。

 

「……お前、なんつー組み合わせしちゃってるんだよ。ていうかタバコやめろ!」

「あっ! 返せゴラァ!」

「返せじゃねーよ! 大体どっからタバコ仕入れてんだよ!」

「禁則事項です♪」

「…………サツキ。冗談でもそういうのはやめてくれ。マジで気分が悪くなるから」

「……正直、悪かったと思ってる」

 

 ぶっちゃけお前よりもアタシへのダメージの方が大きいけどな。

 

「んで、何しに来たんだよ」

「おめーを連れ戻しに来た」

「あ、後ろにテケ○ケ」

「ガンフレイ――」

「落ち着け」

 

 テケ○ケの名前を出した途端、いきなりセットアップして得意の砲撃魔法をぶっ放そうとしやがった。どんだけ怖いんだよ。

 ていうかそこまで引きずってるとは思わなかった。これはこれでいい収穫だな。

 

「大丈夫だ。アイツは夜にしか現れないから」

「ほ、本当か……?」

「ああ。昼、というか夕方に現れるのは口○け女だ」

「~~~~!!」

 

 こういう反応はマジでおもしれーな。だからこそ弄り甲斐があるってもんよ。

 

「そうだハリー。たった今思い出したんだけどよ」

「今度はなんだよ……!?」

 

 その場で踞りながら怒鳴られても全然怖くない。むしろカワイイってやつだ。

 アタシはハリーの背後に回り込み、耳元で囁くように呟いた。

 

「実は夢の中に――」

「やめろぉ――っ!!」

 

 やはり耳を塞ぎながら一目散に逃げ出してしまった。結構おもしろい話だったんだけどなぁ。

 

「まあいいか。邪魔者はいなくなったことだし一服するかぁ」

 

 その日、アタシは久々に授業をサボった。午前のみならず、午後の部も。

 

 

 

 

 

 

 

「ヴィクタァァァァァァ!!」

「ぶっ!?」

 

 翌日。アタシは本能的な感覚でヴィクターの屋敷を訪れた。目的はジークの件だ。

 今日こそコイツに奴を引き渡して、喧嘩三昧のアウトローな日々を取り戻すんだ。

 

〈マスター。それならいつもやってるでしょう?〉

 

 違った。平穏な一人暮らしを取り戻すんだった。

 

「いたた……挨拶がてらにドロップキックだなんてどうかしてるわよ!?」

「キサマこそどうかしてんぞ!? 何が目的だ!」

「あの子が駄々を捏ねて聞いてくれなかったのよ」

 

 清々しいほどにあっさりと認めたなコイツ。さて、そうとわかれば処刑せねば。

 首折りか? 腰折りか? 目潰しか?

 

「そっちでなんとかしろよ! アタシは関係ねえだろうが!」

「そうは言っても――」

 

 今度はなんだ?

 

 

 

 

 

「――『うん、サツキならどうなってもいいわね』って思ったからごふっ!?」

「またかおい! あと離せエドガー! アタシはコイツの頭を撃○指で粉砕しなければならねえんだ!」

 

 コイツといいジークといいハリーといいノーヴェといい、マジでアタシをなんだと思ってんだ!?

 

「また顔を殴るなんて……!」

「次は頸動脈、最後に脳髄だ」

「待ちなさい! それ以上は危険よ!」

 

 殺すのだから当たり前だろう。今さら何を言うかと思ったら……。

 実はサンドバッグにしてから吊るしてやろうと思っていたのは内緒だ。

 

「まったく……前にも言ったはずよ? 少しは加減しなさいって」

「充分すぎるくらいにしてるわ」

 

 これ以上どうやって加減しろというんだ? フルパワーでビンタとか?

 

「それより、お前らアタシのことなんだと思ってんだ? 聞けばアタシなら何をしても大丈夫みたいなこと言いやがって。これでも普通の人間だぞ?」

「……え……?」

「待てコラなんだそのバカな……! みてえな面は」

 

 コイツとジークは一度精神科に突き出す必要があるかもしれない。

 あと数人ほど追加で。ついでにウェズリーも。アイツは礼儀を知る必要がある。

 

〈マスター。自分のやらかしたことを一つずつ思い出してください〉

「えーと……まずアスファルトを粉砕――」

「待ちなさい。その時点でとんでもない気がするのだけど!?」

 

 いきなり驚かれたが、まあいい。いや、驚くようなことか? お前らだってその気になればできるだろうに。

 特に重装甲のお前ならそれくらい朝飯前だろう。多分。

 

「次に街灯を引っこ抜いたな」

〈マスター。当たり前のようにおっしゃられてますが、普通ならできませんよ?〉

 

 そんなことはない。身体強化魔法があれば誰でもできる。

 ヴィヴィオやストラトスだってそれで一時的に強くなったりしてるんだから。

 

〈次で最後にしましょう。マスターのやらかしたことは多すぎますから〉

「最後はそうだな……」

 

 何にしようかな……そうだ。あれがあった。

 

「力ずくでバインドを振りほどいたこともあるな」

「い、意外と普通ね……。いえ、本当に普通なのかしら?」

〈ヴィクターさん、惑わされないでください。今挙げたことをマスターは魔法なしでやっているんです。決して普通ではありません〉

「…………」

 

 あ、絶句した。おいおい、その顔おもしれーじゃん。写メ撮っておこう。

 よし、これでまたネタが増えたぜ。ついでに加工もしてやろう。

 

「……ま、まあ、今回のことでわかったことがあるの」

「なんだ?」

 

 なぜだろう。イヤな予感しかしない。

 

「――サツキになら何をさせても大丈夫だということがわかったわ」

「よし表に出ろ」

 

 アタシは人外じゃねえ。ましてやお前らの実験台でもねえ。

 アタシは人間だ。どこにでもいる普通の女の子だ。……ごめん、不良に訂正するわ。

 

「いえ、今の話を聞いたあとでサツキが普通の人間だなんて……誰がどう聞いてもあり得ないって答えるはずよ?」

〈マスター。こういう諺を知っていますか?〉

「諺?」

〈安心と信頼の街づくり……です〉

「つまりアタシは人外だから何をさせても安心と信頼ができるってか? ふざけんなよ!?」

 

 そういやジークも安心感がスゴいとか言ってやがったな。こういうことだったのか。

 しかもそれは諺じゃない。

 

〈弁解の余地はありませんよ?〉

「だがアタシは人間だ……!」

 

 これだけは譲れない。

 

「サツキ? そろそろ現実を受け止めた方がよくてがふっ!?」

「離せエドガー! 今度こそ……今度こそコイツの頭に破壊の鉄槌を!」

〈マスター。これ以上人間をやめないでください〉

 

 アタシは人間だコノヤロー。なぜ見た目と中身だけで判断するんだテメエらは。

 おっと危ない。本来の目的を忘れるところだった。

 

「ヴィクター。お前に話がある」

「ジークを私に引き渡したいと?」

「…………」

 

 おかしい。アタシはまだなんも言ってないはずだ。なんで知ってんのコイツ。

 けどまぁ、知ってるなら話は早い。

 

「そういうことだ」

「それは無理な相談よ」

「嘘ぉ!?」

 

 あまりにも予想外な返答だったので驚いてしまった。あり得ねえ。

 お前なら息を荒くしつつ喜んで承諾してくれると思っていたのに!

 

「可愛い子には旅をさせよ、って言うじゃない」

「…………」

 

 えー……。

 

「……そんだけ?」

「それだけよ」

 

 こうしてアタシは目的を果たすことができなかった。

 あと成長したな、ヴィクター。以前のお前ならジークいなきゃダメ! って感じだったのに。

 

(「うう、ジークぅ……!」)

 

 前言撤回。全然変わってなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ってことがあったんだよ」

「ほんまにもうヴィクターは……」

 

 帰宅後、今日の出来事をジークに話した。まあ、ヴィクターの過保護は今に始まったことじゃねえし。

 さすがのジークもそれは知っているのか、意外と困っていた。

 

「どうせなら愛の逃避行でも――」

「あー!! なんか言ったか?」

 

 何をどうやったら愛の逃避行なんて言葉が出てくるのかアタシには全くわからんのだが。

 

「誤魔化さんといてや……」

「はっはっは。なんのことやら」

「ところでサッちゃん」

「あ?」

(ウチ)のおらん間になんかあったん?」

「なんだよ急に」

「その……臭いが増えたっていうか……」

 

 なんか寒気がしたけど大丈夫だろう。……多分。うん、大丈夫だよね?

 ていうかなんで臭いなんだよ。そこは気配だろうが。

 

「そうか?」

「うん。他の女の臭いがする」

 

 今すぐコイツと縁を切りたい。

 

「そんなはずねえだろ。するとしたらそれは姉貴のやつだ」

「スミさん?」

「おう。こないだ帰ってきたんだよ」

 

 嘘は言ってない。帰ってきたというのはマジだからな。

 おそらくコイツが嗅ぎ付けた臭いはファビアのものだろう。

 さすがにアイツを巻き込むことはできねえな。こんな奴と会ったら道を踏み外しかねないし。

 

「……ダウトや」

「何が?」

「見え透いた嘘をついてもあかんよ。(ウチ)にはお見通しなんよ!?」

 

 ぜってーに言わねえぞコラ。いずれ会うことになるとしてもこんなことでアイツを巻き込ませはしねえ。

 アイツはある意味アタシにとって最後の希望なんだよ。

 

「サッちゃん! 答えて!」

「ハリーだ」

「番長?」

「おうよ」

 

 とりあえずハリーを生け贄にしよう。こういうときマジ便利だわ。

 お詫びになんか奢ってやるとするか。バレたらの話だけど。

 

「番長ぇ…………」

「聞くならインターミドルにしとけ」

「わかってる」

 

 今から聞きに行っちゃいそうでちょっと怖い。

 

〈最低ですね、相変わらず〉

「いつものことだ」

「あ、言い忘れてたんやけど――(ウチ)はいつでも(サッちゃん)一筋なんよ?」

 

 今小声でサッちゃんと言わなかったら完璧だったぞ。

 しかもそれだとアタシを恋愛対象として見ているような言い方じゃねえか。

 

〈夫婦の時間はそこまでにしてください〉

「待て。お前は何を言っているんだ」

(ウチ)とサッちゃんが……(ポッ)」

「…………」

 

 アタシの知っているジークはもう、どこにもいないのかもしれない。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 30

「んで、何しに来たんだよ」
「おめーを連れ戻しに来た」
「あ、後ろにテケ○ケ」
「ガンフレイ――」
「違った。足下にテケ○ケ、後ろに口○け女だ」
「頼むからやめてくれぇ――っ!!」

 まさかこう簡単に泣くとは思わなかった。弱虫ってのは伊達じゃねえな。
 もちろん写メは撮った。今度配信してみよう。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話「なんでそうなる!?」

「久しぶりだな、ウェズリー」

「は、はい……」

 

 放課後。偶然にもや……や……や、八重歯が特徴的なウェズリーと出会った。

 たまにはルートを変えてみるか、なんて思ったらこれだよ。

 ていうかこっち見んな。チラチラと見てんじゃねえよ。

 

「そういやお前んとこも前期試験あるんだってな。大変か?」

「大変に決まってるじゃないですか……」

〈マスターのように全ての教科書を暗記してみては?〉

「無茶ぶりにもほどがありますよ!?」

 

 大丈夫だ。その気になれば誰にでも可能なはずだから。

 

「サツキさん! 質問です!」

「なんだ」

「タメ口で話しても――」

「殺すぞ」

「――最後まで話を聞いてくださいよ!?」

 

 やだ。なんかムカついたからやだ。

 つーかなんでタメ口なの? 年上ナメてんのか? キレるぞおい。

 アタシが怒りを抑えていると、ウェズリーがとんでもないことを呟いていた。

 

「どうすれば弄――構ってもらえるのかな……」

 

 まさかの構ってちゃん発言だった。コイツって確かまだ10歳だよな?

 この年であっちに目覚めることってあるのだろうか。だとしたら笑えねえぞ。

 

「おい。まさかとは思うが……構ってほしいのか?」

「そ、そんなことありませんっ!」

「待て。なんだそのツンデレは」

「あっ! いえ、これはその……!」

 

 非常にわかりやすい反応をありがとう。

 

「マジかよ……」

「な、なんですか?」

 

 まさかウェズリーにMっ気があるなんて思いもしなかった。

 それがどんだけのものか試してやろうじゃねえか。暇だし。

 

「最近アタシに構ってもらえなくて寂しいのか? 寂しいんだよな?」

「う……。だからそういうのじゃありません!」

「だよな。それはない――」

「はぅ…………」

「ダウトだリ――♪☆◆△◎×∵■○」

「また早口!?」

 

 見事に否定しなかったぞコイツ。

 

「まさかお前がマゾ――構ってちゃんだったとはな」

「否定はしませ――ち、ちちち違いますよぉ!!」

「…………それはそれで残念」

 

 今肯定しかけたな。それと少しずつ本性が現れているような感じだ。

 もしかしたらコイツ、ジーク並みかその次くらいにはめんどいのかもしれない。

 

「まあ、お前が構ってちゃんでないならもういいわな」

「もういいって……?」

「ウェズリー。お前には――」

 

 これは言っておかないとな。

 

「――お前にはもう飽きた」

「…………ぇ……?」

「待て。まさかそこまで驚かれるとは思わなかったぞ」

 

 マジで巨人に食われる一秒前……みてえな顔になりやがった。

 たった一言でここまで絶望した奴は初めて見たぞ。

 

「あ、ああ飽きたってどどういう……」

「そのままの意味だ。実はドッキリでした! なんてオチもない」

「うぅ……」

「やっぱり構ってちゃんか」

「違いま――違いますよ……」

「力なく言われても説得力がねえぞ。あと言い直せてない」

 

 なるほど。これがマゾの弄ってもらえないときの反応か。

 

「ウェズリー? おーい」

「………………あ、はい」

 

 大丈夫かコイツ。全身真っ白になってんじゃねえか。

 もしかして口から白いもの出る? 出るなら見せてくれ。写メ撮るから。

 とりあえず弄ってみよう。この状態だと反応はどうなるのだろうか。

 

「八重歯」

「はい……」

「リオズリー」

「はい……」

「ウィスラー」

「はい……」

 

 ダメだ。想像以上のダメージを受けてやがる。脆すぎるだろコイツ。

 いっそ額に根性焼きでもしてみるか? いや、それはマズイか……。

 

「悪い。ちょっと言い過ぎたな。事実だから謝りはしねえけど」

「ぐすっ……!」

 

 何がいけなかったのか、とうとう泣き出してしまった。え? なんで?

 

「おい泣くなよ。な? お前は元気に振る舞ってこそ真価を発揮するんだから」

「で、でもサツキさん、あたしには飽きたって……」

「…………」

 

 しまった。言い方を誤ったからか盛大な勘違いをされている。なんとかこの誤解を解かなければ。

 そしてジークがいなくてよかった。もしこの場にいたらヤバイからな。いろんな意味で。

 

「ウェズリー。さっきの言葉は少し訂正させてもらう」

「訂正……?」

「そうだ。お前を弄るのは飽きたって意味で、お前に飽きたわけじゃない」

「な……」

「構ってほしいのならいつでも構ってやる。だから安心して泣き止め」

「なんで……」

「ん?」

「なんで飽きちゃうんですかっ!!」

「待て! キサマ正気か!?」

 

 ガキのくせになんて発言をしやがる。とても小学生とは思えない。

 ……てことは合法か? コイツ合法ロリか? うんにゃ、それはヴィータか。

 

「あたしはサツキさんに弄られて楽しかったんですよ!? 不器用なお姉ちゃんって感じだなと思ってたんです。なのに飽きたって……!」

「待て。いやマジで待とうか。それ以上はいけない。本音出ちゃってる、モロ出ちゃってるから」

「なら撤回してくださいっ!」

「だが断る」

「やっぱり、サツキさんはあたしに飽きたんですね!」

「なんでそうなる!?」

 

 昼ドラでも見てんのかコイツは。それとアタシは不器用なお姉ちゃんでもない。

 

「じゃあ構ってください!」

「それはいいが弄りはしねえぞ。飽きたからな」

「飽きてるじゃないですかっ!」

「お前の言うそれとは違うからな!?」

 

 なぜお前と昼ドラみてえな展開を繰り広げなければならんのだ。

 マゾってのがここまでめんどくさいとは思わなかった。

 

「もう一度言おう。お前には飽きてないから安心しろ」

「安心できません! それだとあたしは生まれたての小鹿みたいになっちゃいます! 泣き喚いてしまいます!」

「それはそれで見てみたいものだ」

 

 見れたそのときにはネタとして撮っておきたい。そしてファビアに見せてやるんだ。

 ていうかコイツの本性、ヴィヴィオやその他二名のガキが知ったら泣くぞ。

 

「酷いです、サツキさん……」

「酷くて結構。それがアタシだ」

 

 優しいアタシとか……あかん。心身ともにアウトだ。

 イツキならまだしも、アタシが優しいなんてマジねえわ。

 

「それで、これからどうするんですか?」

「じゃあな」

「サツキさんの大バカ野郎! 間抜け面!」

「お前、どこでそんな言葉を覚えたんだ……?」

 

 マジギレしなかったアタシは絶対に偉い。

 

 

 

 

 

 

 

「ハリー、帰っていいか?」

「ダメに決まってんだろ」

 

 翌日。学校に着いたのはいいがアタシのライフはゼロどころかマイナスの域だ。

 早く屋上の炬燵に入ってお寝んねしたい。でないと眠気で倒れそうだ。

 とりあえず今は休眠を取らなきゃな。

 

「それじゃあお休み――」

「誰が寝ていいと言った?」

 

 えー。まだ学校に来たばかりだぞ?

 

〈学校は寝る場所ではありません〉

「ラトの言う通りだ。学校は勉強する場所だ」

「なん……だと……」

 

 バカな。学校は青春をまっとうする場所だというのは嘘だったのか……?

 学校はなんでも学べる場所だというのは嘘だったのか……?

 

「とにかく、アタシは寝る。別に起こさなくてもいいからな――パトラッシュ、アタシはもうダメだ……」

「サツキ! 寝るな! 起きろぉーっ!」

 

 

 

 

 

 

 

「もう昼か」

 

 昼休み。アタシは欠伸をしながら体を起こす。どうやらスッキリ眠れたようだな。

 よし、家に帰るか。ケンカもしたいし一服もしたい。そして何より寝たい!

 

「結局寝やがったか……」

「悪いか?」

〈むしろ悪くない方がおかしいでしょう〉

 

 そんな事実は認めない。

 

「さて、帰るか」

「さらっと帰ろうとしてるとこ悪いが、まだ午後の授業が残ってるぞ」

 

 しまった。早く帰って寝たいと思うあまりマジで忘れかけていたぜ。

 しかしそんなことで諦めるアタシではない。

 

「…………帰るわ!」

「言い直してもダメだ」

 

 解せぬ。

 

「そんじゃ、飯でも買ってくる」

「さっき鞄におにぎりが入ってるのを見たんだが?」

「プライバシーの侵害だぞ!」

「ならもうちょいまともな嘘をつけ!」

〈全くです〉

 

 これでも充分にまともである。相手が悪いだけなんだ。ホントだぞ?

 ちくしょう、こうなったら……!

 

「…………」

「その手にはもう引っ掛からないぞ」

 

 それはどうかな? パターンが一つとは限らないんだぜ?

 アタシは鞄に入っていた紙ボールを取り出し、真上に放り投げた。

 

「? こんなことしても無駄――っていねえ!?」

 

 ハリーが紙ボールに気を取られた一瞬のうちに離脱してやった。成功した以上やることは一つ。

 

「アディオス!」

 

 逃げるだけだ、窓から。でないと……

 

『サツキィィ――ッ!!』

 

 確実に殺される。

 

 

 

 

 

 

 

〈またですか〉

「まただよちくしょう!」

 

 また屋上に来てしまった。確かにここしか場所がないのは否定できないけど来てしまった。

 仕方がない。隙を見てここからずらかるしかねえな。

 

「さて、とりあえず準備でも――」

「サツキィィ!!」

「――しうえぇえええええっ!?」

 

 早い! 早すぎる! いくらアタシの隠れる場所がここだけとはいえ早すぎる!

 どんなトリックを使いやがったんだ!?

 

〈いえ、これくらいが当たり前かと〉

「…………」

 

 身も蓋もない発言である。

 

「さすがにもう抜からねーぞ」

〈マスター。私に策があります!〉

「聞こうか」

 

 これでもアタシの愛機。きっとそれなりの策に違いない。

 

〈正面突破です〉

 

 前言撤回。これもう万事休すだ。

 

〈もしかしてマスター、ご自分のスペックをお忘れで?〉

「…………はっ!」

 

 そうか。そういうことか。いつも逃げてばっかだったから忘れていたぜ。

 逃げてもダメなら向かっていけ、ということだな。果てしなくわかりやすいぜ。

 

「おい、サツキ?」

「……ハリー! テメエに恨みはな――」

 

 ここでアタシは思い返す。ホントに恨みがないのか。

 コイツとのやり取りは3年以上も続いている。ホントに恨みは……ああ、うん。

 

「――大ありじゃボケぇえええええっ!!」

「なんでそうなるんだあぁああああっ!!」

 

 

 

 

 

 その日の昼休み、屋上からとてつもない轟音と叫び声が聞こえたという。

 

 

 

 




《今回のNG》


※新聞部の特集によりお休みします。


《昼休みの出来事について聞いてみた》

同級生
「ちょうど友達とあっち向いてホイ! をしていたときでした。スゴい音と共に教室が揺れたんです。一体何があったんでしょうか……なんか叫び声も聞こえましたし」

先輩
「一瞬だったが揺れはスゴかったな。おかげで良いところまできていたジェンガが台無しになってしまった。ただ、叫び声の主には同情せざるを得ないね」

後輩
「とにかくスゴかったです。揺れも音も。思わず教室が崩壊するんじゃないかって思いましたよ! ……おかげで弁当が大変なことになりましたけど」

教師
「スゴい音が屋上辺りから聞こえてきたな。また緒方が何かやらかしたんじゃ……書類も大変なことになったしな」



提供:市立学校高等科新聞部




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話「この恨みは一生忘れない」

 サツキの弟であるイツキを主人公とした外伝作を投稿したので、よろしければそちらもご覧ください。


「……よう」

「久しぶりだね、サツキ」

 

 街をぶらついていたらミカヤ・シェベルと遭遇した。相変わらずのおっぱいだな。

 コイツの揺れるおっぱいでも見たいのか、周りの男たちはチラチラとこっちを見ていた。

 なに見てんだゴラァ。ぶっ飛ばすぞコノヤロー。

 

「なにしてんの? お前」

「見ればわかるはずだが?」

「わかんねえよ」

 

 どう見たって洋服買いに来てるようにしか見えねえぞゴラ。

 ……洋服? コイツが? マジで?

 

「ああ、洋服買いに来たのか!」

「正解だ」

 

 とりあえず素直に答えを言ってみた。うん、だよな。お前も一応、一応女だもんな。

 つーか笑ってもいいかな? アタシは懐からタバコを取り出して一服……あれ?

 

「って……この……!」

「…………何をしているんだい?」

「見てわかんねえのか。火をつけようとしてんだよ」

 

 クソッ、つかねえぞこれ。どうやらオイルが切れたみたいだ。

 仕方がないので上着のポケットからマッチを取り出し、それでタバコに火をつけた。

 

「かー! マッチでやったの始業式の翌日以来だな……多分」

「うん。とりあえずタバコを吸うのはやめないか? まだ未成年だろう?」

 

 そんなことは気にしない。

 

「で、まだ買う気なのか?」

「当然だ。明日からまた稽古だからね」

「ようやるなぁお前ら」

「そういう君はどうするのかな?」

「さあな」

 

 ぶっちゃけケンカするしか思いつかないんだよね。いや、それでいいんだけどさ。

 まあ、ちょうどいいか。夜まで暇だし。

 

「付き合うよ」

「へぇ。どういう風の吹き回しだい?」

「気まぐれ」

 

 そろそろ服も買い換えないとなぁ。昨日着てたジャケットとか返り血が取れなくなったんだよ。

 返り血がついたままなのはさすがにマズイからな。下手すれば足がつくし。

 ちなみに今日着ている服はパーカーだ。頭を隠すフードがたまんねえんだよ。

 

「この店か?」

「そうだよ」

 

 なんか見かけはブランド物とかそういうの売ってそうな感じの店だな。

 まあ、中に入らなきゃなんにも始まらねえな。

 

 

 ――そんなこんなで時間が経ち――

 

 

「ふぅ~買った買った」

「……意外と楽しんでないか?」

「気のせいだろ」

 

 とにかく服を買いまくったアタシとシェベルは公園のベンチで休憩することにした。

 もちろんアタシは一服している。さっき何度も注意されたけど。

 実はシェベルの目を盗んでライターのオイルを買ったのは内緒である。

 

「さて、このあとどうすっかなぁ……?」

「帰らないのか?」

「帰るには帰るさ。けどたまには飲みてえだろ」

「…………2年前を思い出すよ」

「2年前……なんかあったっけ?」

 

 全く記憶にございません。

 

「私が都市本戦で負けたその日に君が来たんだが……そのときの第一声を覚えてるか?」

 

 ……ああ、ちょっと思い出した。確かにその日はシェベルのところに行ったな。

 えーっと第一声……第一声……なんて言ったっけか……そうだ。

 

「確か『よう! 慰めに来てやったぞ!』だっけか?」

「いいや、『よう! 負け犬という名の間抜け面!』だ。しかも君は笑顔でビールを飲みながらそう言ったんだ。目が点になったよ」

 

 最初の二文字しか合っていなかったようだ。

 

「まあまあ、おもしれーからいいじゃねえか」

「おそらくそう思ってるのは世界中どこを探しても君だけだ。それと私がおもしろくない」

「テメエの事情なんざ知ったことか。アタシがおもしろけりゃそれでいいんだよ」

「……変わらないな、本当に。初めて会ったときもそうだ。特に第一声で君に『お前がおっぱい師範か』と言われた恨みは一生忘れない」

 

 お、懐かしいこと言ってくれるじゃん。だってお前でけえだろ。実際に。

 ていうかまだ恨んでたのな。試合で水に流してくれるって言ったのは嘘だったのか。

 

「そんじゃ、飲みにいこうぜ」

「いや、だから君が……はぁ。食べにいくのなら構わないよ」

 

 そんなわけでシェベルと外食することになった。どさくさに紛れて飲んでやるがな!

 

 

 

 

 

 

 

「ヤベェ、飲みすぎたか……?」

〈そのわりには平常通りですよ?〉

「あ? そうなのか?」

 

 二時間後。あれからシェベルと別れたアタシはいつも以上に大暴れした()()()

 らしいっていうのはその辺りの記憶が曖昧になってるからだ。まあ、いつも通りだったらしいけど。

 とりあえず一服して頭の中を整理する。……うん、これ明日は二日酔いだな。

 

「……終わった?」

「なんでいるんだよ」

「…………たまたま」

 

 一服しながら裏路地から出ると、ファビアがいつの間にか隣に立っていた。

 おかしい。アタシは誰にも教えてないはずなんだけど……?

 

「……サツキの行動パターンくらい読める」

「なるほどな」

 

 コイツはアタシが死戦女神だということを知ってるからな。それに付き合いも短くはない。

 しっかし、わざわざここまで来たのはなんでだ? 普通なら家で待つ方が安全だぞ。

 

「…………そ、その」

「ん?」

「チーズケーキが食べたくて待ちきれなかった……!」

「……うん、そうか」

 

 それは仕方ないな。だって材料ないし。加えてどこぞの乞食が食べまくるからあったとしても一気になくなるし。

 思い出したら腹が立ってきたな。今度会ったらフランケンシュタイナーかましてやる。

 

「じゃ、買いにいくか」

「…………(コクリ)」

 

 ……あれ?

 

「あのさ、この時間に空いてるスーパーなんてあったか?」

「…………………………あ」

 

 ダメだ。コンビニならいけるが、スーパーとなれば夕方辺りに行くべきだった。

 明日にするか。アタシもチーズケーキ食いたかったけど。

 

「……帰ろう」

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 あれから何事もなく家に着いたけど……マズイな、この気配。これ確実にいるぞ。

 ファビアを見てみるも、全く気づいていないようだ。なんとか最悪の事態をかわすしかない。

 

「そぉい!」

「……!?」

 

 家に入ると同時にファビアをアタシの部屋に投げ込み、ドアを閉めた。

 閉まる寸前に見えたのだが、ファビアはベッドの下に潜り込もうとしていた。

 もしかしてアタシの考えがわかったのか? まあいい。

 

「お帰りや~」

 

 平常心を保ってリビングに向かうと、やはりと言うべきかジークがテレビを見ながらお菓子を食べていた。

 ていうかなに勝手に食ってんだコラ。それファビアのために取っといたんだぞ。

 とはいえ、他にもいくらかあるから問題はねえけどよ。

 

「なんでいるんだよ?」

「おったらあかんの?」

 

 あかん。

 

「それと勝手にテレビ見てんじゃねえよ。電気代に影響すんだろうが」

「別にええやん。お金払うの(ウチ)やなくてサッちゃんやろ?」

「だからダメだつってんだよ」

 

 食費だけでもピンチなのに、電気代まで危ういとマジで終わる。

 さて、そんなことは後にして……どうやって追い出そうか?

 

「帰らないのか? いや帰れ」

「イヤや。今の時期やとあれが出るし」

「うん。確かに出てるな」

「やろ? そやから一番確率の低いサッちゃん家に泊まろうと思ったんよ」

「で、本音は?」

「サッちゃんと一緒に寝たくて――」

「ファ――ッ!!」

「サッちゃんあかん! いつも通り洒落にぶっふぉ!?」

 

 ジークの本音を聞いた瞬間、アタシは奴にフランケンシュタイナーをかました。

 

「あたた……首の骨が折れたらどうするん!?」

「ドラム缶に入れて亜空間に放り込む」

 

 海に捨てると言いかけたが、それだと海がかわいそうだ。

 ていうかさっさと帰ってくんねえかなぁ? ファビアもそろそろ限界だろうし。

 

「ぶー……今日のところは帰ったるわ」

「二度と来るな」

 

 アタシの願いが通じたのか、なんとジークは自分の意思で帰っていった。

 ふぅ……危なかった。もしアタシの部屋に入っていったりしたらバレてたよ。

 

「…………よし、いいぞ」

「…………一体何が起きていたの?」

「気にすんな」

 

 とりあえずジークの気配が完全になくなったのを確認し、自分の部屋の扉を開ける。

 するとめちゃくちゃ疲れたという感じでファビアがアタシのベッドの下から出てきた。なんかすまん。

 それとコイツの反応を見る限り、アタシとジークが何をしていたのか知らないようだ。

 おそらくさっきまでリビングにいたのがエレミアの末裔なんて想像もつかないだろう。

 

「……寝よう」

「そうだな」

 

 そのあとは普通に寝た。だって疲れたし。ちなみにファビアは布団で寝たよ。良い子の鑑だ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 44

「…………よし、いいぞ」
「…………一体何が起きていたの?」
「気にす――」
「サッちゃーん!」
「そぉい!」
「また……!?」

 すまんファビア。どうしてもバレたくないんだよ。もしバレようものならお前が危ないし。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話「テントは譲らねえ」

「サッちゃ~ん!」

「……よう」

 

 アタシは今、ジークのテントに泊まりに来ている。理由は……なんだろうな。

 ああそうだ、なんでもアタシと一緒に釣りをしたいらしい。すげえ嘘臭いけど。

 でもさぁ――時間は選べよ。今深夜だぞ。真夜中だぞ。アタシにとってはケンカする時間だぞ。

 

「サッちゃん……一緒に寝よ?」

「死んでろ」

「ぶー……!」

 

 アヒルみたいに唇を尖らせてもダメだ。あと頬を膨らますな。

 

「アタシはテントの中で寝かせてもらうから、お前は水中で寝ろ。いいな?」

「うん、わかった――待って。今のは少しおかしい気がするんよ」

 

 はて? 今の丁寧な説明のどこにおかしい部分があるというのか。

 アタシにしては珍しくまともな説明のはずだが。それとも言い方が悪かったか?

 仕方がない。もう少しわかりやすく言ってやるか。コイツはバカだし。

 

「いいかジーク。――お前は水の中で寝るんだ」

「それやそれ! なんで(ウチ)は水の中で寝なあかんの!?」

「邪魔だから」

「サッちゃんのアホー!」

 

 解せぬ。

 

「いや実際に邪魔だし」

「そもそもここは(ウチ)のテントや! テントで寝るのは(ウチ)なんよ!」

「いやいや、ここは客人であるアタシだろ」

「いーや、ここはテントの主である(ウチ)やね」

「あァ?」

「…………っ!」

 

「「テントで寝るのはアタシだ((ウチ)や)!!」」

 

 やってやんよバカヤロー! こうなりゃタイマンでケリをつけてやる!

 アタシはジークの首根っこを掴み、テントの外に出てからジークを投げた。

 

「ぶっ!?」

「かかってこいオラァ!」

「なんでそうなるん!?」

 

 テントで寝たいから。

 

「くっ! 仕方あらへん! (ウチ)がテントで寝るためにも勝たせてもらうで!」

「上等だゴラァ!」

 

 このあとジークと軽くタイマンを繰り広げ、アタシはテントで寝る権利を勝ち取ったのだった。

 ――すぐにジークがテントに侵入してきたのは言うまでもないが。ま、元々ジークのテントだし、脱がなかっただけマシとしてやるよ。

 

 

 

 

 

 

 

「大物きたでー」

「……おっ、こっちも大物きた」

 

 翌日。アタシは今、ジークと共に川で釣りをしている。ホントに釣りだったんだな。

 しっかし、改めて確認してみるといかにジークが貧乏人なのかを思い知らされるな。

 ていうかこの魚でかい。コイ並みにはでかいぞコイツ。

 

「意外と美味いなこれ」

「やろ?」

 

 そのわりには美味いもん食ってるがな。マジで旨いぞこれ。

 もう一匹くらい釣ってお持ち帰りしようかな? そして骨はイツキに分けてやるんだ。

 いや、骨はヴィクターに分けるか。イツキには何もあげない。

 

「ちょっと物足りへんなぁ……」

「まだ食うのかよ。なら野草でも食べるか?」

「サッちゃん……ちょっと馴染んでへん?」

 

 否定はしない。

 

「ジーク。これなんかどうだ?」

「サッちゃん、こっちのもいけるんよ」

 

 これ……貧乏生活というよりサバイバルじゃね? 馴染んでる自分がマジで怖い。

 やっぱり幼少期の山籠り経験が生きたか。熊に追いかけられたり、追い詰められたときは戦ったり大変だったけどな。

 

「あなたたち……何をしているの?」

 

 あらやだヴィクターに見られちゃった。

 ヴィクターはこっちを見て呆然としていた。そりゃ無理もねえか。

 

「なにってそりゃお前――ジークの食料調達だろ」

「当たり前みたいに言うのやめなさい」

 

 頼むからアタシが悪いみたいな感じで見ないでくれ。そういやジークが大人しいような――

 

「――お前は何をしてんだ?」

「……ん?」

「じ、ジーク!?」

 

 当のジークは採った雑草を食べてやがった。人が雑草をもしゃもしゃ食べてるところは初めて見たぞ。

 なんて大胆な。ちょっとすげえって思っちまったじゃねえかちくしょう。

 

「なんてもの食べてるの!」

「あー!」

「全くだ。少しは我慢しようって心掛けはないのか?」

「さ、サッちゃん……?」

「さりげなくこちら側に来てるけど、あなたも同罪よ?」

 

 そんな事実は……事実は……!

 

「認めない!」

「認めなさい」

「サッちゃん……!」

 

 アタシは食べてない。魚は食べたが雑草は食べてない。つまり無罪なんだよバカヤロー。

 あとジーク。恨めしそうな瞳でこっちを見ないでくれ。呪われたくないから。

 

「アタシが食べたのは魚だけだ! 雑草は食べてねえんだよ!」

「ジーク……?」

「え? これ(ウチ)が悪いんか?」

 

 元はといえばお前が『川釣りしよー』とかいって誘ってきたのが始まりだからな。

 アタシはケンカしたかったのに。――結局しちゃったけどさ。

 

「でも一緒に探そうって言ったんはサッちゃんなんよ!」

「サツキ、どうなの?」

「探したことは認める。だが、食べてはいない」

「食べていないから無罪――なわけないでしょう!」

「バカなっ!?」

 

 探した時点で有罪なのか!?

 

〈いえ、提案したことがダメかと〉

 

 もうダメだ、おしまいだ。それと身も蓋もない発言は控えてくれ。

 めちゃくちゃ傷ついたじゃねえか。涙は出ねえけど。

 

「とりあえず、二人ともうちに来てもらうわよ」

 

 そんなこんなで、アタシとジークはヴィクターの屋敷に連行された。

 待て。なんでアタシまで連行されてんだ? 連れていくのはジークだけにしてくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

「ジーク、今日は泊まっていかない?」

「アタシも賛成だ」

「んー……え? サッちゃんはどうなるん?」

「帰るに決まってんだろ」

 

 ヴィクターの屋敷にて、ジークをどうするか会議中。ヴィクターはどうやら自分とこに泊まらせたいようだ。

 正直、アタシも賛成なんだがな。自分の平和のためにも。

 

「泊まるのが嫌なら住んでもいいのよ?」

「ほい賛成!」

「なんや打ち合わせでもしてたんか?」

 

 そんなものはしていない。意見が最善すぎるだけなんだ。アタシにぴったりなほどに。

 とりあえずタバコ吸おう。アタシは懐からタバコとオイルライターを取り出して一服する。

 

「サツキ。ここでタバコはやめなさい。というか吸うこと自体をやめなさい」

「やだね」

 

 どいつもコイツもめんどくせえなぁ、おい。

 

「ところでサッちゃん。ヴィクターと打ち合わせでもしてたんか?」

「そんなわけないでしょう?」

「そうだぞジーク。アタシとこの……えっと……」

「いつも通りでいいわよ……!」

 

 ダメだ。あだ名が出てこない。あ、ヴィクターってのがあだ名か。

 つまんねえにもほどがあるぞ。もう少しおもしれーあだ名はないのか?

 

「つまり――」

「ま、とりあえず今日は泊まっていけよ。な?」

「――つまり(ウチ)には飽きたってことなん!?」

「待て! 何をどうやったらそんな解釈になるんだ!? それにアタシとお前はそんな関係じゃねえだろ!」

 

(「………………羨ましい」)

 

「…………ヴィクター?」

 

 今コイツなんて言いやがった。羨ましいだと?

 

「じゃあ代わってくれよ」

「ぜひともそうしたいのだけど、ジークの意思を尊重しないと――」

「その気遣いをこっちに回してくれると嬉しい」

 

 マジでな。そのせいでアタシの人権がどんどん犠牲になってるんだよ。

 そろそろアタシにも人権をくれ。ホントに。

 

「はぁ……どうしてあなたの意思まで尊重しなければならないの?」

「あァ?」

「前にも何度か言ったはずよ――『サツキならどうなってもいいわね』ってごふぅ!?」

「離せジーク! エドガー! このバカの頭を花火みてえに破裂させてやるんだ!」

「あかん! サッちゃんそれはあかんよ!」

 

 結局、ジークは屋敷で泊まることになった。アタシはもちろん帰ったよ。泊まる理由もないし。

 今日の晩飯はなんにしようかな~? たまにはピザとかもいいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、マジかよ」

 

 さらに翌日。ヴィクターから写真付きのメールがきた。その写真に写っていたのは、なんとメイド服を着たジークだった。

 いやホントにマジかよ。なんかわりと様になってんぞコイツのメイド服姿。

 

〈これはまた珍しいものが見られましたね〉

「実物で見たかったぜ……」

 

 ちょっと後悔した。泊まっていけばよかったと。

 

「ジークってコスプレイヤーだったのか?」

〈いえ、これはコスプレではないかと〉

「でなきゃ駄メイドだぞ」

〈駄メイドですか……〉

 

 まあいいや。今度なんか着せてやろう。おもしろいし。

 そんなことを考えつつも、アタシは学校に向かった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 1

「ジーク。これなんかどうだ?」
「そ、それはあかん! 食ったらサッちゃんでも死んでまうよ!?」
「なんでそんな危ないもんが生えてんだよ!」
「わからんよ!」

 なんでここの住民であるお前が知らねえんだよ。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話「アタシとハリーと逃亡劇」

「お前のせいで死にかけたぞ……」

「なんで生きてんだ? てっきり仕留めたかと思ってたわ」

「こっちは必死だったんだよ……!」

 

 ジークのメイド服姿を拝んでから数十分後。学校に来てみればハリーが頭に包帯を巻いた状態で登校してきた。

 よくその程度で済んだな……。アタシとしては本気で殺ったつもりだったんだぞ。

 付き合いが長い分、体も丈夫になってきたみたいだな。結構結構。

 

「次からは実力行使も行うので夜露死苦!」

「夜露死苦じゃねーよ。試合でもないのに暴れるのはやめろ!」

「試合ならいいのか!?」

「お前が思ってるようなことはやめろよ!?」

 

 なんでやねん。

 

「チッ。仕方ないから行ってくるわ」

「どこに行くんだ?」

「そもそも何が仕方ないんだ?」

「またリーダーから逃げるとか?」

 

 そうしたいのは山々なんだが……そうだな。アタシはある事を確認するために懐に手を突っ込む。

 うん、やっぱりだ。タバコがない。そうとわかれば買いに行かなきゃな。

 

「いやなに、ちょっとタバコを買いに」

「待て。タバコってどういうことだ?」

 

 しまった。口が滑った。なんて誤魔化そうか……そうだ。これならいける。

 

「間違えた。タバコを取りに帰るんだった。あははは」

「あははは、じゃねーよ!?」

〈マスター。それじゃほとんど変わりませんよ〉

 

 恨むぞアタシの判断力。

 

「これ、オイルライターってやつか?」

「あ、ビールもある」

「それに……薄い本?」

「おいコラ人の鞄を勝手に弄るな」

 

 マズイ。鞄の中にはタバコやビール以外にもいろんなものが入っている。これ以上はヤバイ。

 アタシは三人組から力ずくで鞄を取り返すことにした。

 

「だらっしゃあ!」

「お、おいっ!?」

「それ以上はいけない!」

 

 よし。鞄はなんとか死守したぞ。ホントに危なかった。いやマジで危なかった。

 しかし、そうは問屋が卸してくれない。今度はハリーが出しゃばってきたのだ。

 

「サツキ。その鞄をよこせ」

「しかし断る」

「よこせ」

「でも断る」

「……よこせ」

「けど断る」

 

 なんてしつこいんだこの番長は。このしつこさが試合で生かされてんのか。

 そりゃあヴィクターと泥試合になるわけだ。アタシには全く関係ないけど。

 

「サツキ、これが最後だ。鞄をよこせ」

「……いいだろう」

「やっとその気にな――」

「実力行使だ」

「――って待て待て待て待て! なんでそうなる!?」

「そんなの決まってる。鞄を守るためだ」

 

 連続でやりたくはなかったが……そうせざるを得ないなら仕方ねえな。

 目立たない程度に構え、いつでも逃げられるようにしておく。

 

「鞄のためだけに実力行使とか、大袈裟すぎないか!?」

「鞄は学生生活における重要なパートナーなんだよ。つまり一心同体ってわけだ」

「それっぽく言っても無駄だ――」

「さらばだっ!」

「結局逃げんのかよ!」

 

 先手必勝ってなぁ!

 

「待てサツキ!」

「――なんてなっ! 食らえ鉄拳!」

「ちょ、おまぐふぅ!?」

「「「リーダー!?」」」

 

 教室から出る寸前で振り返り、追ってきたハリーを殴り飛ばした。実力行使と言ったろうが。

 その隙をついて一気に走り出す。そこそこ全力疾走だな。

 

「はっはっは! キサマはそこで寝てろぉ!」

「ち……ちくしょう……!」

 

 こうなりゃこっちのもんだ。一旦止まっていたアタシは今度こそ屋上へと走り出した。

 待ってろアタシのアガルタ……いや、桃源郷だっけか? まあなんでもいいや。とにかく待ってろよアタシの屋上!

 

「またなハリー!」

「く……次は負けねえからな……!」

 

 上等だ。いつでもかかってこいや。

 

 

 

 

 

 

 

「待ちやがれサツキィィ――!!」

「待てと言われて待つアホはいない!」

 

 あれから時間が経って昼休み。復活したハリーから逃走中なう。なんでこうなったかは言うまでもない。

 実はこのやり取り、結構続けているんだけど……最近、奴の判断基準が厳しいでござる。

 これがなかなか撒けないんだよ。奴もそれなりに成長しているってことか。

 

「朝は抜かったからな。午後はちゃんと授業を受けてもらうぞ!」

「それ言うの何回目だよ! いい加減飽きたぞ!?」

「お前がちゃんと授業を承けるまで何度でも言ってやる!」

「冗談じゃねえー!」

 

 アタシにはアタシのペースがあるんだよ!

 

〈マスター、諦めてちゃんと授業を受けましょうよ〉

「サツキ! そろそろ諦めろ!」

〈ほら、ハリーさんもああ言ってることですし〉

「アタシは絶対に諦めねえ!」

「諦めろよ!?」

 

 ここ最近いろいろあってストレスを発散しきれなかったんだ。マジで休ませてくれ。

 でなきゃこの学校を潰しかねない。こうなったらあれを使うしかない!

 

「誰か助けてぇ! 変態番長に犯されるーっ!」

「お前は毎回なんて悲鳴を上げやがるんだ!?」

 

 毎回って……この前は確か『やめて番長! アタシにそっち系の趣味はないのよっ!』だっけか?

 思い出すと恥ずかしいな。女口調で喋ってしまうなんて……屈辱だ。

 

「とりあえず、とにかく逃げよう。捕まれば()()行きだからな。それだけは避けたい!」

〈まあ、せいぜい頑張ってください〉

「大人しく捕まりやがれ!」

 

 愛機が味方してくれない件について。

 

 

 

 

 

「まずは荷物を回収だ!」

「さ、サツキ!? リーダーはどうしたんだ!?」

「後ろだ」

『サツキィィ!!』

「よし! 荷物は確保した。悪いが先を急がせてもらう!」

「っておい! サツキ!」

「窓から行くのかよ!?」

 

 

 

 

 

「どけテメエら!」

「ぼふっ!?」

「ぶべらっ!?」

「お、緒方さん!? 廊下は走っちゃダメですよ!」

「待てサツキ!」

「トライベッカさんも!」

 

 

 

 

 

「あ、あのっ! この前はありがとうございました!」

「ん? 何が?」

「助けていただいて……」

「ああ、ナンパの件か。あれは――」

「そのまま動くなよサツキ!」

「ま、気にすんな! そんじゃアタシはこれで」

「あ、はい……」

 

 

 

 

 

〈それでまた屋上へリターンですか〉

「ははっ。返す言葉もねえな……」

 

 あれから結構逃げ回ったが、なんだかんだで屋上に戻ってきてしまった。

 まあ、ここには炬燵もミカンもあるしな。仕方ねえや。

 

 

『サツキ! どこにいやがる!』

 

 

 ハリーは未だに校舎でアタシを探している。アイツに学習能力というものはないのだろうか。

 アタシの逃げ込む場所なんてわかりきってるはずなのに。

 これはこれで時間稼ぎになるけど。さすがに飽きてきたなぁこの追いかけっこ。

 

〈ところでマスター、さっきの件……〉

「ナンパの件か? あれは別に助けたわけじゃないさ」

 

 ナンパしてたクソヤローがお金持ってる発言したからぶっ殺しただけだ。そうでなきゃスルーしていた。

 おかげで儲かったけどな。大丈夫だ、病院送りにはならない程度にボコっただけだから。

 

「今日は外食でもするか」

〈ジークさんの分はどうするんですか?〉

「ジーク? 誰それ?」

 

 そんな奴いたっけ?

 

〈マスター。冗談もほどほどに〉

「はいはい。買ってやればいいんだろ買ってやれば」

 

 めんどくせえが仕方がねえ。ていうかなんにしようかな? 今日の晩飯は。

 なんせ外食だからなぁ。たまにはラーメンとか食いたいな。

 いや、ここは贅沢に回転寿司でもいくか? でもこの辺りに寿司屋なんてあったっけ? 別に握り寿司でもいいけどさ。

 

「それよりも、アイツに余計なことをされてないか心配――」

 

 待てよ。今家にいる可能性があるのは貧乏神じゃないかという疑いが浮上している()()()

 おそらく食料でも漁っているに違いない。それかファビアのために買ってきたお菓子でも食ってそうだ。

 

「――よし、帰ろう。食料どころか部屋まで荒らされているかもしれない」

〈いつもなら止めますが、空き巣のように荒らされては困りますからね〉

 

 奴はそれだけのものを持っているからな。間に合うといいんだが――

 

 ガチャッ

 

「それよりも午後の授業だ……!」

 

 ――その前にようやくやってきた絶賛息切れ中のハリーをなんとかしなきゃならんみたいだ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 15

〈マスター、諦めてちゃんと授業を受けましょうよ〉
「サツキ! そろそろ諦めろ!」
〈ほら、ハリーさんもああ言ってることですし〉
「諦めるわけねえだろバーカ! 弱虫バーカ!」
「誰が弱虫だぁ!?」
「お前だよペッタンコ!!」
「なんだとてめー!?」
〈……こちらが本編でもよかったのでは?〉




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話「あれ? 同性結婚じゃないの?」

「前期試験なぁ……」

「勉強しなくていいのか?」

「もう覚えたから大丈夫」

 

 前期試験まであと二日。アタシとハリーとその愉快な仲間たちは猛勉強に励んでいた。

 ……正確にはアタシ以外の全員が、だけど。アタシはイツキからパクったエロほ――参考書を読んでいる。

 

「ていうかなに読んでんだよ」

「成人向けの参考書」

「………………はぁ!?」

 

 さすがはウブなハリーちゃん。見事な茹で蛸の完成である。

 

「なんつーもん読んでんだおめーは!」

「読むか?」

「え、えっと……少しだけなら――やっぱいい!!」

 

 この反応がいいんだよ。ほら、周りの男子も顔を少し赤くしながらハリーの方を見てるし。

 アタシはどうかって? 見られることはあんまりないな。

 よくわかんねえけど目が合ったら殺されるって学校中の噂になってるし。

 多分、去年暴れまくったのが原因だろうな。屋上の扉についた血なんか未だに取れないし。

 

「早くしてくんねえか?」

「いや、帰りたいなら先に帰れよ。これ自習だから」

「は? 自習?」

「……先生の話、聞いてなかったのか?」

 

 全然聞いてなかった。

 

「アタシはどうしようかな」

「オレとしては帰ってほしい」

「……なんだとゴルァ」

「待て。ここでキレるのはさすがによしてくれ」

「なんで?」

「皆はおめーと違って勉強してるからだよ!」

 

 皆、という言葉に反応したアタシはとりあえず周りを見てみた。

 アタシが振り向いた途端、一斉に目を逸らすクラスメイト。

 あれ? アタシお前らになんかしたったけ? なんもしてないよなぁ?

 

「――ぶっ殺す」

「やめろサツキ! そんなんだから皆に避けられるんだよ!」

 

 ごもっとも。別にいいけど。

 

 

 

 

 

 

 

「試験が終われば合宿かぁ……」

「……合宿?」

「ああ。なんか試験休みを使って旅行するんだと」

 

 その日の夜。アタシは合宿の準備をしつつ、最後の癒しであるファビアと会話していた。

 ぶっちゃけ癒しになるのならファビアでなくてもいいんだけどね。

 癒しにならねえのなら利用価値はねえし。だから今のファビアは癒し要員である。

 

「…………サツキも行くの?」

「一応な」

「……そう」

「その間、家の出入りは自由にしていいぞ」

 

 コイツならまだジークよりは信用できる。

 

「さすがにお菓子やご飯は出ねえがな」

「…………自分でなんとかする」

 

 さすがはファビア。ジークやハリーとはある意味次元が違う。

 アタシは一服しつつ、冷蔵庫から買っておいたビールを取り出す。

 

「このビールやタバコともしばらくお別れになるのか……」

 

 なんせ姉貴が同行するからな。一つでも持参すれば間違いなく盗られる。

 イツキはそういうのやってないから大丈夫だろうけど。

 いや、アイツもなんだかんだでアタシらの弟だからな……将来的にはやりそうだ。

 

「……大丈夫。なんとかして買っておくから」

 

 マジか。

 

「いや、アタシとしてはありがたいけど――お前、未成年だろ?」

「……サツキも人のこと言えない」

 

 ごもっともでございます。そういやそうだ。もしここが地球ならアタシもバリバリの未成年だ。

 いや、こっちでも未成年だったな。今までよくビールを入手できたものだ。

 

「やっぱりうめえなぁ。ところでプチデビルズは元気か?」

「……うん」

 

 アイツらとは最近会ってないもんな。んーと、確かド○キーみたいな一号、縞模様の二号、槍を持った三号がいたはずだ。

 まあ、コイツが元気っていうなら元気なのだろう。悪さしてそうだけど。

 

「とにかく、試験は余裕だから準備しなきゃ」

「……手伝う」

「お、助かるわ」

 

 そういえばジークもアタシのいない間にここへ来そうだな。

 アタシは一枚の用紙を取り出し、ジーク宛の置き手紙を書くことにした。

 そうだな……置き手紙なんだしどうせなら壮大にいくか。

 

「ファビア。合宿初日だけはここに来るな」

「……わかった」

 

 ここまで理解が早いとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、無事に試験が終わったねサツキちゃん」

「るせえよ」

 

 合宿当日――違う、初日か。アタシは金髪おっぱいが運転する車に乗っている。

 姉貴の言う通り試験は無事に終わった。成績は今回も学年5位。今もこの順位をキープしている。

 ハリーの奴は二桁で喜んでたけどな。まあ、それが普通か。

 

「サツキちゃん、ここまで来て逃げるのはなしだからね?」

「誰が逃げるかよ――ところでその金髪おっぱい誰?」

「もしかして私、忘れられてる!?」

 

 運転手の金髪おっぱいが少し慌てる。事故だけは勘弁な。死ぬのはお前らだけだが。

 

「サツキちゃん、テスタロッサだよ。ほら、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン」

「なんだその無駄に長い名前は」

 

 いくらなんでも長すぎる。実在する人物にしては長すぎる。

 架空ならまだそれ以上に名前の長い奴がいるけどな。例えば山神ル○シーとか。

 

「よろしくな、テスタロッサ」

「私って影薄いのかな……?」

「そ、そんなことないよフェイトママ!」

 

 お前の目立つところなんてその金髪と揺れるおっぱいだけだろ。

 フェイトママという呼び方から察するにどうやらヴィヴィオのおふくろみてえだな。

 ……あれ? ヴィヴィオのおふくろってなのはじゃなかったっけ? なんで二人もいるんだ?

 

「お前らどういう家庭なの?」

「確か同性結婚だったような――」

「「違うよっ!?」」

 

 違うんかい。

 

「じゃあなんでママなんだよ。ヴィヴィオを後継者にでも育て上げるつもりか?」

「サツキちゃん。向こうに着いたら――」

「あーあー!! 聞こえない聞こえない!」

 

 その先を聞いたら今回の合宿が絶望の色に染まってしまう。

 こちとら無理やり連れていかれるってのにそれだけは避けたいところだ。

 

「ところでイツキは?」

「もう次元港に行かせてある」

「どうやって行かせたんだよ」

「普通に地図を使わせた」

 

 なるほど。確かにアイツの記憶力じゃ次元港までの道は覚えられないもんな。

 どこに住んでるかは知らねえけど、よく行けたもんだ。

 ていうかアタシが一人で行ってイツキがこの車に乗ればよかったんじゃねえか?

 

「なんでこっちに乗せなかったんだよ」

「そうすると今度はサツキちゃんが逃げるでしょ?」

 

 否定できないのが悔しいところだ。

 

「それにしても八重歯ちゃんは可愛いね~」

「八重歯じゃないです! リオ・ウェズリーです!」

「知ってるよ。八重歯ってその吸血鬼の牙に似てる歯のことだよね?」

「あたしが言ったのは名前で八重歯のことを言ったわけじゃないです……」

「本当にサツキさんのお姉さんだね……」

「うん……」

 

 姉貴はウェズリーの隣に座っている。まさにギリギリって感じだな。

 ていうかそうしないと全員入らない。アタシは空いていたストラトスの隣の席に座っているけど。

 

「それにしても、あのサツキが合宿とか似合わねえな」

「黙れノーヴェ。その鹿みたいな脚をへし折るぞ」

「お前が言うと冗談に聞こえないからやめてくれ……」

「なら茶化すな。アタシは機嫌が悪いんだ」

「サツキさん」

「…………んだよ」

 

 何かと思えばストラトスが真剣な表情でアタシを見つめていた。

 

「再戦の件ですけど――」

「やんねえよ」

 

 なんで一度やり合った奴とまたやんなきゃなんねえんだよ。

 とはいえ、このまま断り続けたら逃げたと思われるな。それはそれで癪だわ。

 はぁ、ホントにめんどくせえけど仕方ないか。ホントにめんどくせえけど。

 

「――やっぱり受けるわ」

「……本当ですか?」

「ああ、ホントだ。ただし、時間と場所はお前が決めろ。いいな?」

「はい!」

 

 いい返事も聞けたことなので、アタシは寝るとしますか。

 幸いなことに姉貴のおかげで今の話は聞かれなかったみたいだし。

 さてさて、合宿では何が起こることやら。まずストラトスとの対戦は確定だけど。

 

 

 

 




 サツキの弟、イツキが主人公の外伝作を投稿しているので見てもらえると嬉しいです。


《今回のNG》


※おまけによりしばらくお休みします。


《サツキ宅にて》

「サッちゃんがおらへん……なんや? 置き手紙?」


『ちょっと宇宙を救う旅に出てくる。
 実はアタシの故郷が大変な事態になってね。
 しばらく帰りません。あばよとっつぁん!
 
 
       ここだけの話(笑)
    実はアタシ――両利きなんだ。
 
 
 P.S.言っとくがご飯はどこにもねえぞwwww』


「………………サッちゃん許すまじ」

 ――ガ・イ・ス・ト・か・く・て・い・や・ね




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話「合宿の始まりだコノヤロー!」

「来てしまった……」

〈ついに来ちゃいましたね〉

「久しぶりねースミレちゃん」

「メガーヌこそ久しぶり」

 

 約四時間後。目的地である無人世界カルナージには無事に到着した。否、してしまった。

 挨拶は一通りいや、適当に済ませた。顔見知りばっかだし。

 

「なんですと!? 1.5㎝も伸びたのに!」

 

 ふとそんな声が聞こえる。声の主はキャロのようだ。ていうか――

 

「――1.5㎝()()伸びてないの間違いだろ?」

「そ、そんなぁ!?」

 

 現実とは残酷なものだ。どんなに誤魔化しても意味がないほどに。

 ちなみにアタシもそこまで伸びてはいない。かといって伸ばすつもりもない。

 

「アインハルト・ストラトスです」

「あ、うん。よろしくね、アインハルト」

 

 しかし切り替えは早いんだな。ん? あれは……なんだガリューか。

 

「!?」

「あー! 大丈夫ですアインハルトさん!」

「あの子は……」

 

 ストラトスがいきなり構える。まあ、初めてアイツを見れば大体はそういう反応をするわな。

 ちなみにアタシは初対面で攻撃を仕掛けている。なんせ殺り甲斐がありそうだったんでね。

 

「私の召喚獣で大事な家族。ガリューって言うの」

「し、失礼しました!」

「わたしも最初はびっくりしました」

 

 あ、そういやコイツの主はルーテシアだったな。ていうか忘れてた。

 ちなみにイツキはというと姉貴にもみくちゃにされている。どうりで静かなわけだ。

 

「サツキ。お前も来るだろ?」

「何が?」

「……話聞いとけよ。川遊びだ」

 

 川遊び……ああ、あの水をぶった斬るやつか。

 

「また割っていいのか?」

「………………やり過ぎるなよ?」

「…………」

〈前回の記録を更新できるといいですね〉

 

 ノーヴェの忠告に思わず目を逸らしてしまう。今回は何分ほど持つだろうか。

 そしてラト、余計なことを言うな。ノーヴェの警戒心が強まったじゃねえか。

 

「じゃ、着替えてからアスレチック前に集合しよう!」

「「「「はいっ!」」」」

「ちょっと待て。なぜ姉貴がそっちにいる?」

「おやおや? もしかしてサツキちゃん、私がいなくて寂しいとか~?」

「死ね」

 

 ちょっとでも気にしたアタシがバカだった。そうだそうだ、姉貴も大人だったな。

 でもイツキはどうすんだ? 確かアイツだけ男だろ?

 

「イツキ。お前はどうすんだよ?」

「川遊びに決まってんだろ。アガルタが俺を待っているんだぞ!?」

 

 だろうな。お前のことだからそう言うと思ってたよ。

 もしここで行かないとか言ったらお前は偽物だ。間違いなく。

 

「水着に着替えてロッジ裏に集合だ。いいな?」

「あいよ」

 

 さてさて、お楽しみの川遊びだ。

 

 

 

 

 

 

 

「暇だな……」

「お前も泳げばいいじゃんか」

「めんどいからやだ。それにさっき泳いだし」

「撮らなきゃ後悔する……!」

 

 川に来たのはいいがやることがなさすぎる。ちなみに水着は青のビキニだ。今は上着を着ているがな。

 あとイツキ。お前はまず鼻血を拭いた方がいいぞ。写真を撮る前に。

 

「つーかよ、これちょっとキツいぞ……」

「お前、年齢のわりにはどっちかというと大きいもんな」

「!?」

 

 否定はしない。どこが大きいかは察してくれると嬉しい。

 イツキ。アタシのキツいって言葉に反応してこっち見んのはやめろ。

 

「しかもお前、泳ぐのも速くないか?」

「自慢にもなんねえよ。潜水に至っては体をくねらせとけばスピード出るぞ?」

「それであんなにスピードが出せるのはお前だけだ」

 

 魚というか……半魚人だっけか? ああいうのを真似すれば泳ぎは楽勝だ。

 体をくねらせて泳ぐやつはエイ○アンでも見れば大体はできる。潜水も結構いけるしな。

 ちなみに泳いでる最中にイツキを溺れさせたのは内緒である。

 

「にしてもよ……アイツらの水着って小学生が着ていいもんなのか?」

「ヴィヴィオの水着はそれなりに珍しいぞ」

 

 ちなみにラトとイツキの愛機であるセラはヴィヴィオのデバイスであるクリスが持ってくれている。

 偉いぞクリス。少なくともイツキよりは偉いぞ。

 

「ビキニにスク水に……後はなんだっけか」

「ワンピースタイプだよ」

 

 まずヴィヴィオ。アタシと同じビキニタイプを着ている。色は明るい方だ。

 次にティミル。ぶっちゃけコイツが一番小学生らしい水着を着ているぞ。つまりスク水。

 その次にウェズリー。イツキの言ったワンピースタイプ、しかもフリフリ付きのな。

 ルーテシアもタイプ的にはウェズリーと同じやつのようだ。多少違った点はあるけど。

 最後に今上がってきたストラトス。黒のビキニタイプ……ブルータス、お前もか。

 

「ビキニ率高くねえか?」

「それがいいんだよ……!」

「ノーヴェ。この変態を殺してもよいか?」

「やめとけ」

 

 ちくしょうめ。

 

「ヴィヴィオ、リオ、コロナ! ちょっと“水斬り”やってみてくれよ!」

「「「はぁ――い!」」」

「このときを待っていた!」

〈待たなくていいです〉

「ヤバイ。ちょっと輸血しよ……」

 

 なんてことを言うんだお前は。川遊びなんてぶっちゃけ水斬りのためだけにやってるんだよ。

 ていうかイツキ。お前って奴は……こんなときにまで輸血すんのかよ。

 お、始まった始まった。ティミル、ウェズリーが次々と水柱を立てていく。そして――

 

「――いきますっ!」

 

 最後はヴィヴィオだ。三人の中で一番大きな水柱を立てやがった。音もスゴいのなんの。

 

「アインハルトもやってみる?」

「――はい」

「……お前らはやらないのか?」

「アタシは最後だ」

「写真を撮るのに忙しい」

「サツキさんの場合は毎回ド派手ですからね。あとイツキはアウトだよ」

 

 まあ、ルーテシアの言う通りではある。そんで毎回やり過ぎて説教を食らうのだ。

 それとイツキ。お前の場合、撮影よりも輸血の方が忙しいだろ。

 

「…………!」

 

 ストラトスの方を見てみると、相応の轟音と共に大きな水柱が立っていた。

 

「天然シャワー!」

「水柱、五メートルくらい上がりましたよ!」

「……あれ?」

 

 しかし当の本人は納得がいってないようだ。どっかでミスったか?

 

「お前のはちょっと初速が速すぎるんだな」

 

 どうやら初速に誤差が生じていたらしい。

 少しそれらしい説明をすると、ノーヴェはお手本と言わんばかりに脚で水斬りを披露してみせた。おおう、ちょっと水底が見えたぞ。

 

「――こうなる」

 

 それはお前だからだ。思わずそういうツッコミを入れたくなった。

 だが説明の最中にそれを入れるのは野暮というものである。

 ストラトスはさっきとは違い脱力した構えをとる。そして拳を突き出すと再び水柱が立った。

 んー、最初よりは進んだっぽい。

 

「そんじゃ、最後はサツキだな」

「やっと順番が回ってきたか」

 

 待ちかねたぞ。首を鳴らしながら下半身だけ水に浸かり、ストラトスのそれによく似た構えをとる。

 周りを見るといつもの三人組は目を輝かせながら、ストラトスは真剣な表情でこっちを見ていた。

 なんか期待されているな。ならその期待に応えてあげようじゃないの。

 

「……っ!」

 

 アタシは拳や脚ではなく掌底を突き出した。

 すると今までで一番の水柱が立っただけでなく、川が文字通り真っ二つになった。

 さて、後は――

 

「――これが何分持つかな?」

「だからやり過ぎるなつったろ!」

「っ……痛えなこんちくしょう!」

 

 何も本気で叩くことはねえだろ。地味に響いたぞ。

 

「スゴ~い! これどうなってるのかな?」

「道ができちゃってる!」

「本当に凄いです……」

 

 ガキ共は一時的にできた道ではしゃいでいた。よく見ればあのストラトスまでいる。

 喜んでもらえて何よりだ。イツキもあれぐらい子供だったら悩むことなかったのにな。

 

「どうすんだよこれ……」

「そのうち元に戻るだろ」

「そのうちってお前な……」

「川ってホントに真っ二つになるんだな……」

 

 ホントにそのうちとしか言いようがない。前回は三分ほど持ったけどな。

 頭を抱えるノーヴェの隣では、イツキが珍しく興奮していた。

 

〈マスター、三分経ちました。記録更新です〉

「マジか。だとしたら……」

 

 五分いけるか? 思わずそんな希望を抱いてしまう。

 

「あー!」

「道がなくなっていく~!」

「え? え?」

 

 しかし、それは儚い夢となった。川が少しずつ元の形を取り戻し始めたのだ。

 ガキ共も結構慌てている。ストラトスに至っては少し混乱してやがるぞ。

 仕方ないな、一時的なものだったし。

 

「ラト、記録は?」

〈約四分半です〉

 

 五分とまではいかなかったか。それでも新記録であることに変わりはない。

 

「アタシは戻るよ」

「おう。言い訳考えとけよ」

「待った姉さん! とりあえず考え直すんだ!」

「死ね」

 

 余計なお世話だ。

 それとイツキ、テメエは後でフルボッコだコノヤロー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか凄い音がしたけど……サツキかな?」

「きっとサツキちゃんだね」

「川を真っ二つにでもしたんだろうな」

「ところで皆は大丈夫ー?」

「だ、大丈夫でーすっ!!」

「バ……バテてなんかいないよ……?」

「倒れた状態で言われても説得力皆無だわ」

「なんであんたは涼しい顔してんのよ……!」

「お前らとはモノが違うんだよ」

 

 

 

 




《緒方サツキについて》

雷帝
「扱いが雑とはいえジークの面倒を見てくれることには感謝していますわ…………羨ましい」

砲撃番長
「中等科からの腐れ縁っつーか……まあ、友達だ。本物の不良だって知ったときにはびっくりしたけどな」

不良シスター
「えーっと……う、トラウマが――」
※頭を抱えながら倒れてしまったので取材は断念せざるを得なかった。

アホ○ア
「美味しい料理を作ってくれるええ人や。あとは………………(ポッ)」

天瞳流師範代
「そうだね……活発すぎるかな。試合ではいつもやり過ぎている。対戦相手の安否が気になるよ」

魔女っ子
「……決して良い人ではない。でも嫌いになれない。そんな感じ」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話「チンズレとババチル」

「うめえなこれ」

「おい姉貴! それアタシのだぞ!」

「おかわりはまだあるから慌てないの」

「慌てないと姉貴が全部食っちまうんだよ!」

「待てスミ姉! それは俺のだって!」

 

 待ちに待ったお昼ご飯なう。野外といえばバーベキューでしょ。

 しかしこのままでは姉貴に食い尽くされてしまう。なんとしても阻止せねば。

 一瞬、イツキと目が合う。どうやらアタシと同じことを考えてるみたいだな。

 

「もーらい」

「お前絶対に確信犯だろ!? アタシやイツキのばっか食べやがって!」

「だって他の子の分を取るわけにはいかないし……妹や弟の分なら問題ないかなって」

「大ありじゃボケぇ!」

 

 ナメやがってこのアマ……!

 

「とにかく食べるのやめろババアチルドレン!」

「…………テメエ今なんつった?」

「ババアチルドレンつったんだよ」

「あっはっは――人が下手に出てりゃ調子乗りやがってこのアバズレ」

「誰がアバズレだゴラァ」

 

 つーかアタシはアバズレじゃねえっつの。お前といいイツキといい、そこまでアタシをアバズレにしたいのか。

 むしろアバズレなのはテメエだろうがおい。それ以上にババアチルドレンだけど。

 

「こ、これってヤバイんじゃ……?」

「ヤバイってレベルじゃないよ……」

「よりによってサツキさんとスミレさんが衝突するなんて……」

 

 なんかガキ共が呟いてるけどそんなことはどうでもいい。

 それにアタシと姉貴の衝突なんて今に始まったことじゃねえし。

 

「相変わらず口だけは達者だなクソガキ」

「テメエこそ年増になったせいで落ちぶれたかぁ?」

「落ちぶれてもテメエに負ける気はしねえんだよバーカ。ていうか誰が年増だゴラ」

「テメエだよババアチルドレン」

「またそれかこのガキ。ぶっ殺すぞ?」

「上等だよ。今度こそブチのめしてやっからかかってこいよ」

 

「「…………!!(ガンのくれ合い)」」

 

 ちょうどいい。今までの借り、今ここで全て返してやるよクソ姉貴。

 

「あ、あの、二人とも落ち着いて――」

「黙れこんちくしょう」

「テメエ関係ねえだろ」

 

 ちょうど今から姉貴をぶっ殺そうというときに割り込んでくるなよルーテシア。

 ここの住民だからって調子こいてんじゃねえぞクソッタレが。

 

「さ、サツキさんもスミレさんも落ち着――」

「すっこんでろカラコン一号」

「ちょっとガキんちょは黙ろうかァ?」

「ふぇぇ!?」

 

 次にヴィヴィオが割り込んでくるも当然これを退けた。

 ガキの分際で大人の揉め事に首突っ込んでんじゃねえよ。

 

「ルーちゃんとヴィヴィオの言う通りです! 二人とも――」

「ちっさい子は黙っててな?」

「おチビちゃんは大人しく座っててね?」

「私だけ優しく諭されたっ!?」

 

 なんかキャロまで割り込んできたけど大人の対応をしてやったから問題ないな。

 

「雑魚のくせに吠えてんじゃねえよ三下」

「よく言うぜ。得物使わなきゃタイマンも張れない腰抜けが」

「いやいや、丸腰でもお前よりはずっとタイマン張れるっつうんだよ」

「なんだとゴラァ」

「やるか? このチンピラ女子が」

「テメエ次世代単語作ってんじゃねえぞ」

 

 とはいえこのままだとラチが明かねえ。どうやってケリをつけようか。

 ここでおっ始めたら間違いなくなのはがキレる。むしろ今キレてないのが奇跡かもしれんが。

 それとなんだよチンピラ女子って。その言い方だとアタシが雑魚みてえじゃねえか。

 

「大体テメエは更生中に何があったって話なんだよババアチルドレン」

「ババチルババチルうっせえんだよチンピラアバズレ」

「誰がチンズレだコノヤロー」

「テメエだバカヤロー」

「次こそ立てねえようにしてやるよババチル」

「上等だよ。遊んでやるよ」

「さっさと始めようぜ年増チルドレン」

「テメエホントにチルドレン好きだな。あァ?」

 

 そんなことを言いつつも、姉貴は持参してきたリンゴがある方へと歩き始めた。

 ……おいおい、あんた食べ物は粗末にしないはずだろう?

 

「どっちが一番か決めてやるよ。このクソッタレが(グシャ)」

 

 姉貴はリンゴを一個だけ持つと、それを片手で軽々と握り潰して粉々にした。

 なるほど、そういうことね。アタシも持参したリンゴがある方へと歩き出す。

 

「……おもしれえ(グシャ)」

 

 姉貴と同じくリンゴを一個だけ持ち、それを片手で軽々と握り潰して粉々にする。

 

「…………へぇ、やるじゃねえか」

「こんなもん基本中の基本だろうがよ」

 

 リンゴを魔力なしで握り潰すなんて足し算するようなもんだろうが。

 

「――はいそこまで!!」

「いっつ!?」

「なにすんだテメエ!?」

 

 脳天に痛みを感じ、声がした方へ振り向くとそこには笑顔を浮かべたなのはがいた。

 ヤベェ、ついに怒らせてしまったようだ。

 ていうかそこまで怒るこたぁねえだろうが。テメエには迷惑かけてねえはずだ。

 

「二人とも、お行儀が悪いよ?」

「はぁ?」

「なんでそうなる――」

「…………お行儀が悪いよ?」

「「……チッ」」

 

 なぜだろう。これ以上なのはを怒らせてはいけない気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさん」

「ごっつぁんです!」

 

 あれから数十分後。なのはのお説教によりアタシと姉貴の衝突は免れた。

 ちくしょう、あと少しでタイマン張れると思ったのに。ホントにちくしょうだよ。

 

「片付け終えて一休みしたら、大人チームは陸戦場ねー」

「「「はいっ!」」」

 

 大人って大変だなぁ。さて、アタシはどうしようか……。

 

「サツキ。どうすんのお前は?」

「うっせえな。今それを考えてたところだよ」

 

 さっきよりは大人しくなった姉貴に話しかけられ、思わずイラつきながら対応する。

 さっきあんだけやっといてよく平然と話しかけられるもんだな。

 

「……吸うか?」

「いいのか?」

 

 何を出したかと思えば、それはしばらくお別れしたはずのタバコだった。

 いやまあ、確かに吸いたいけどいいのか? ホントに。

 

「今回だけは見逃してやるよ」

「……それはこっちのセリフだ」

 

 と言いつつも、タバコは素直に吸わせてもらうことにした。

 どうせ他の連中にはバレてそうだけど気にしない。気にしたら負けなんだよ。

 

「ったく、借りはタイマンで返すわ」

「そうしてくれ。お前から得られるものはねえからな」

 

 うるせえよちくしょうめ。

 

 

 

 

 

 

 

「この音……」

〈おそらく大人チームの皆さんでしょう〉

 

 一服してから数時間後。ちょうどいい場所を見つけたので昼寝している。

 少し前からそれなりに大きな音が聞こえるんだが……近くに陸戦場があるのか。

 

「……ん?」

 

 何やらミット打ちの音が聞こえるな。えーと、この気配は……

 

「ヴィヴィオとストラトスか?」

〈そのようです。というかよく聞こえますね〉

 

 五感は人より優れているんでな。イツキには動物並みなのは確かだ、とも言われた。

 

「行ってみるか」

〈襲わないでくださいよ?〉

「お前はアタシをなんだと思ってやがるんだ?」

〈ケンカ大好きなチンピラ女子ですかね。変態属性の付いた〉

 

 コイツの排除に全神経を使ってみようか。かなりの集中力がいるけどな。

 ただしケンカ大好きなのは否定しない。チンピラ女子と変態は否定させてもらうが。

 

「ま、それが当たり前なんだよな」

 

 そう、アタシは不良ってやつだ。世の中には自分が不良だと思い込んで実際はそうでない奴もいる。

 だがアタシと姉貴は決して違う。どちらかと言えば確実に不良という類いの人間だろう。

 

「あ、サツキさん!」

「よう」

 

 ミット打ちをしていたのはやはりヴィヴィオとストラトスだった。

 ていうかコイツら、なんか妙に滾ってないか? さっきよりも熱気が入ってるぞ。

 

「何かに触発されたって感じだな」

「ま、まあ……。そういうサツキさんは何をしていたんですか?」

「昼寝」

「ですよねー」

「サツキさん」

「……どした?」

 

 今度はストラトスに呼ばれたので向き合ってみる。

 つーかコイツ、アタシを呼ぶときは必ず真剣な表情になってないか?

 

「――再戦を申し込みます」

「……いいぜ、やってやんよ」

 

 うん、わかってた。時間と場所はコイツに任せたしな。それを承知で切り出してきたのだろう。

 準備をしようとラトに触れると同時に、ヴィヴィオの後ろからイツキが現れた。

 

「よう、イツキ」

「やるのか? 姉さん」

「まあな」

 

 約束した以上はやらなきゃな。あとケンカしたいし。ガチの。

 

「え、えーっと……」

「お前はイツキと一緒に立会人として残れ」

「ふぇ……?」

「証人は必要だからな」

 

 とりあえずあたふたしていたヴィヴィオには証人として残ってもらうことにした。

 別に隠すことでもない。それにどのみち知られるだろうし。

 

「これといったルールはなしだ。前回と同じ条件でいこうや」

「構いません」

 

 気づけばストラトスは大人モードになっていた。アタシもバリアジャケットをすでに着用しているがな。

 やっぱ学ランはいいねぇ。今度自分で作ってみるか。

 

「今回は手を抜かないって約束だったな?」

「はい」

「そんじゃ、お前は全力でこい。でないと――」

 

 一旦言葉を句切り、アタシはストラトスにはっきりと告げる。

 

 

 

 

 

「死ぬぞ」

 

 

 

 




《“死戦女神”について》





※取材を受けてくれた()()のほとんどが情緒不安定になったり、錯乱したり、名前が出た途端に逃げ出したりなど取材にならなかった。中には失禁する者や気絶する者まで現れる始末だったとか。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話「覇王vs死戦女神」

「――死ぬぞ」

 

 

「「「っ!?」」」

 

 アタシのその一言で試合は始まった。ストラトスはかなり警戒しながら構えている――いや、アタシの殺気に押されたという方が正しいか?

 どうやら今の宣言がかなり効いたらしい。嘘はついていないがな。

 イツキとヴィヴィオも蛇に睨まれた蛙のような表情になっている。そこまで響いたのかよ。

 

「どうしたよ? こねえのか?」

「……………………参ります」

 

 返事を返すまでに結構間が空いたな。ちなみにアタシは構えていない。だってそんな必要ないし。

 さて、どう暴れようかな? いつも通りにいきたいところだがそれじゃコイツ相手だとおもしろくない。

 たまにはやり方を少しだけ変えてみるか。いい機会だし。

 

「おっと」

 

 前回同様、気づけば目の前に左拳があった。

 アタシはそれを受け流すと同時に左腕を掴み、そのままストラトスに背負い投げをかます。

 そして仰向けになったところを思いっきり踏みつけた。

 

「…………っ!?」

「同じ手が何度も通用するわけねえだろうが」

 

 仰向けになったストラトスの顔を見下ろすように覗き込む。

 表情を見る限り一瞬何が起きたのかわからなかったって感じだな。

 ま、悪く思うなよ。手を抜かないって約束した以上は容赦しねえ。

 

「っ……」

 

 意外と効いたらしく、ストラトスは立ち上がりつつもその整った顔を歪めていた。

 

「なんだ。そんなもんか?」

 

 答えはしなかったが、雰囲気から察するに否定の意を示しているな。

 少し距離を取ってから再び構え、今度は歩法(ステップ)ではなく普通に突撃してきた。つまりダッシュだな。

 だがな、それは今のアタシに言わせれば攻撃してくださいと言っているようなものだ。

 

「――このっ!」

 

 ストラトスの眼前に一瞬で詰め寄り、しゃがみ込んでその体勢から奴の顔面目掛けて右脚による回し横蹴りを繰り出す。

 完全に意表をつかれたのか、ストラトスは反応すらできずモロに食らってしまった。

 手を抜くことをやめたアタシは他の連中ほど優しくはねえ。一方的になったとしても決着が付くまで気を緩めることはないだろう。

 ストラトスはなんとか踏ん張っていた。おおう、痛そうに右の頬を押さえてら。

 そしてすぐにその場で構えた。どうやら距離を取ることはやめたらしい。

 

「……っ!」

 

 お次は拳……殴り合いをご所望か。しかし――

 

「…………」

 

 それに応えるようなことはせず両手を交互に使って拳を受け流す。

 右、左、右、左。こんな感じで拳のラッシュを打ち込んできたが、それらも受け流すことにより回避した。

 それでも数発ほど顔や胴体にもらってしまったが、その分に関しては正面から受けきった。

 それが気に入らなかったのか、ストラトスは左蹴りを入れてきた。アタシはこれを受け止め――

 

「あーらよっとぉ!」

 

 ――そのままジャイアントスイングで投げ飛ばす。木に激突するとまではいかなかったようで、受け身を取って着地していた。

 チッ、ぶつかっていればいいものを。根性だけはそれなりにあるってか。

 

「まだやんのか?」

「はい……。このままじゃ終われません……!」

 

 少しふらつきながらも立ち上がったストラトスは、再び歩法からの拳による一撃をアタシの顔面に打ち込んできた。

 アタシはそれを難なく受けきる。おおう、ほんの少しだけ効いたな。ほんの少し、だけど。

 

「ふんがっ!」

 

 今度はストラトスが逃げられないように両手で肩を押さえ、頭突きを脳天にブチかます。

 こればかりはストラトスにとっても予想以上の威力だったらしく、またしても仰向けに倒れた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 しかし、それでも踏ん張りながら立ち上がった。マジかよ。

 ちなみに今の頭突きはかつてハリーやジークですら一撃でダウンさせたものだ。

 

「おいおい、ちょっとやる気を出しただけでこれかよ?」

「…………っ!」

 

 ストラトスは一瞬だけ悔しそうな表情になるも、すぐにいつもの無表情に戻って構えた。

 ここまでやられてまだ闘志を失ってねえとは少しおもしれーな。

 

「はあぁぁっ!!」

 

 なんか叫びながら右拳を懐に打ち込んできたが、それを避けずにあえて食らう。

 それをチャンスとでも思ったのか、次に左拳を顔面に打ち込み、脇腹に右蹴りを入れてきた。

 アタシはそれを待ってました! と言わんばかりに受け止め、右のエルボーを受け止めた右脚に二発ほどブチ込む。

 右脚をやられたストラトスは体勢を崩すもなんとか踏ん張っていたが、アタシがそこに前蹴りを入れると見事に倒れた。

 

「オラ立てよゴラァ」

 

 当然休ませはしない。アタシはストラトスを無理やり立たせてから顔面に右の肘打ちを二発ほど打ち込み、頭突きをかましてから前蹴りを入れる。

 今度は倒れずに踏ん張ったが、アタシにとっては都合がいい。

 再びストラトスの拳が二発も懐に打ち込まれたが、アタシはそれを意に介さない。

 ふらついているところを見逃さず、両手で奴の頭を固定し、しゃがませてから横へ吹っ飛ぶように膝蹴りをかました。

 

「それで終わりか? あァ?」

 

 倒れたストラトスを踏みつけようとするも、ほとんどかわされてしまった。

 さすがに全部は食らわなかったか。ストラトスは回避した勢いで立ち上がった。

 とはいえ、フラフラなのは変わらないが。すると奴は体勢を整えると同時に魔法陣を展開した。

 

「覇王――」

 

 またあの技か。以前は気が緩んでいたから脳震盪を起こすはめになったが……もうしくじらねえ。

 

「――断空拳!」

 

 そんなことを考えていると、おそらく必殺であろう一撃が右の拳として繰り出された。

 だが、アタシはこれを……

 

「っ!」

 

 あえて避けずに受けた。ご丁寧に顔面かよ。

 

「サツキさん!?」

 

 今まで全く喋らなかったヴィヴィオが初めて声を発した。

 そりゃそうだわ。防御もなしに必殺の拳が顔面にぶつけられているのだから。

 ただし、それをぶつけたストラトス本人は違う意味で驚いていた。

 

「…………え……?」

「うん、良い拳持ってんじゃねえか」

 

 なぜならアタシは平然としていたからだ。顔がそこそこ痛むから効かなかったわけじゃない。

 だけどアタシは倒れるどころかふらつきすらしなかった。つまりはそういうことだ。

 攻撃の受け方を変えればこんなもんよ。普段はあんまりしないんだけどな。

 

「けどな――それじゃアタシには勝てねえよ」

 

 ストラトスの懐に膝蹴りを入れ、前屈みになったところで胴辺りを両腕でクラッチし、奴の体を反転させながら頭上まで跳ね上げ――

 

「くたばれオラァ!」

 

 ――足下に思いっきり投げる形で叩きつけた。

 

 

 

 




《緒方サツキの良いところ》

雷帝
「……良いところ……?」

砲撃番長
「……良いところ……?」

不良シスター
「良いところ……え? 良いところ?」

アホ○ア
「美味しい料理を作ってくれるところやな。あとは合鍵を(無断で)くれたり、お風呂を(無断で)貸してくれたり、(無断で)泊めてくれたり、(無断で)一緒に寝てくれたり……こんなとこやね」
※サツキの人権はどこにもありません。

天瞳流師範代
「ないね(笑)」

魔女っ子
「…………これから探す。だから大丈夫」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話「不良ナメんじゃねえよ」

「あー終わった終わった」

 

 アタシはストラトスがどうなったか確認してみると、叩きつけたストラトスを中心にクレーターができていた。決め手はパワーボムだ。

 わりと威力が出ていたのか、ストラトス本人は全く動く気配がない。どうやら完全に沈黙したようだな。

 あとは……幸いにも周りにある木が無事だったことに喜ぼう。

 

「よっしゃ! 周囲への被害を最小限に抑えたぞ」

〈よっしゃ! ではありません。やり過ぎであることに変わりはありませんからね?〉

 

 そんなことはない。いつもならトラウマができるほどにボコっている。

 そういやストラトスの使っていた流派――確か覇王流……だっけか。まだまだ伸びるかもな。

 

「アインハルトさん!」

 

 沈黙したストラトスはヴィヴィオに任せるとしよう。後始末とかマジめんどいし。

 イツキもヴィヴィオと同じようにストラトスの元へと駆けつけていた。

 

「カラコン一号。二号は任せたぞ」

「えっ? さ、サツキさんは!?」

「ロッジに戻る」

「あ、はい……それとわたしはヴィヴィオです!」

 

 ツッコむところそこかよ。思わず転けそうになったじゃねえか。

 ま、そこそこ楽しめたから問題ねえかな。そう思いつつ、アタシはその場を立ち去ろうと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あたぁっ!?」

 

 ――立ち去ろうとしたら後ろから思いっきり蹴飛ばされた。

 誰だいきなりアタシの腰を蹴飛ばしたクソッタレは!? ケツじゃないだけマシだが。

 

「…………やっぱテメエか」

「悪いな。なんか俺も体動かしたくなったんだわ」

 

 振り向いた先にいたのはイツキだった。しかし、蛇に睨まれた蛙のような表情とは打って変わって闘争心丸出しの好戦的な表情をしている。

 ……今のでスイッチ入ったのかよお前。以前はそんなことなかっただろ。

 アタシはすかさずバリアジャケットを着用した。向こうも着用してるからな。

 

「なんでだよ」

「理由がなきゃケンカできねえのかおめえは」

「あ゛ァ?」

「……いいよ、なんでも。やろうぜ、地球の続きだよ」

 

 こんのガキ……言わせておけば調子乗りやがって。

 あとケンカすんのに理由はいらねえよ。これ常識な。

 

「ったく、お前はどこまでもバカだなぁ?」

 

 アタシとイツキはゆっくりと構え、すぐさま右拳を互いの顔面へ同時に突き立てた。

 クソッ、意外といてえな。伊達に努力してるわけじゃないってことか。

 拳が直撃した衝撃でアタシとイツキは二、三歩ほど下がってしまうも、アタシは間髪入れずに奴の顔面を右拳で殴り飛ばす。

 殴られたイツキもお返しと言わんばかりに同じく右拳でアタシの顔面を殴ってきたのでこれを受けきり、前蹴りを入れる。

 

「――んのヤロォ!」

 

 頭にきたのか、イツキは右のハイキックをぶつけてきたのでこれをガードする。

 次に簡易的な飛び蹴りをかましてきたので横に逸れて回避し、殴りかかろうとするも裏拳を繰り出してきたのでバックステップでかわす。

 すぐに右拳を突き出したがこれも受け止められ、逆にボディブローを打ち込まれ、追撃のアッパーが繰り出されるもギリギリで回避した。

 アタシはなんとか反撃しようと繰り出された右蹴りを受け止め、右手で肩を掴んでから頭突きをお見舞いした。

 

「っ!?」

「テメエばっか動いてんじゃねえよ!」

 

 奴の動きが止まった一瞬の隙を見逃さず、膝蹴りを入れてから左拳で殴り飛ばす。

 踏みとどまったイツキは右拳をアタシの顔面に打ち込み、前蹴りを入れてきた。

 

「ナメんなクソガキ!」

「しま……っ!?」

 

 しかし、それらを受けきったアタシは再び突き出された右拳を左腕でガードし、渾身のハイキックをぶつけた。

 これをモロに食らったイツキは見事にぶっ倒れた。はっ、準備体操でくたばってんじゃねえよ。

 

「チィッ! こんのアマァ……!」

 

  イツキは痰を吐きながら立ち上がり、今度は左蹴りを入れてきたがアタシはこれを軽々と受け止める。

 するとこれを狙っていたのか、奴はアタシが蹴りを受け止めると同時に空いていた右脚でこっちの顔面を蹴飛ばしやがった。

 アタシは当然不意をつかれ、見事にぶっ倒れる。クソッタレが、なかなかやるじゃねえか。

 

「あー……いってぇ~」

「余裕こいてんじゃねえよ……!」

 

 アタシとイツキはすぐに立ち上がり、間合いをとる。これがまたいてえのなんの。

 こっちの態度がよほど頭にきたのか、額に青筋を浮かべたイツキはアタシの懐に膝蹴りを入れてからハイキックをかましてきた。

 アタシも負けじと奴の顔面に肘打ちを繰り出し、かわしたところを狙ってジャンプしてからの後ろ回し蹴りをかました。

 

「クッソ……」

 

 あれを食らったってのに踏ん張るか。さすがはアタシの弟ってとこかぁ?

 

「さっきからクソだのなんだのうるせえんだよクソバカ」

「それを言うならテメエもだろクソアマ」

「…………」

「…………」

 

「「誰がクソアマ(バカ)だァ!?」」

 

 今回ばかりは頭にきたぜクソが。アタシはすかさず奴の脇腹に右拳を二発ほど打ち込む。

 対するイツキも右拳でアタシの顔面をぶん殴り、再び殴りかかってきたがアタシはこれを腕が組み合った状態になるように受け止める。

 そして膝蹴りを二発ブチ込み、そこそこ大きな木がある方へ放り出す。

 

「イィッシャァ――ッ!」

 

 するとイツキはその木を蹴って飛び上がり、アタシの顔面目掛けて回し蹴りをかましてきた。

 さすがのアタシもこれは防げず、モロに食らって倒れてしまった。

 ヤッベェ、コイツぁ想定以上だわ。まだ想像を越えたわけではないがな。

 アタシはゆっくりと立ち上がって血の混じった痰を吐き捨てる。

 ふとイツキの方を見ると、完全にしてやったりな表情になっていた。ムカつくな。

 

「まだこれからだろうが」

「相変わらずなんつータフさだよ……アイちゃんと戦ったあとだってのに」

 

 体勢を整え、イツキの顔面を思いっきりぶん殴った。

 奴も踏ん張るとすぐに殴りかかってきたが、なぜかさっきよりも攻撃の精度が落ちていたので楽々かわすことができた。

 どうやらぶん殴られた際に目を痛めたらしい。アタシは間髪入れずにもう一発拳を打ち込んだ。

 

「っ! こんにゃろ……!」

 

 今度は連続で殴りかかってきたが、やはり攻撃の精度が落ちているので簡単にかわせた。

 次に繰り出された左拳をしゃがんで回避し、すかさず前蹴りを入れた。

 すると奴はアタシの懐に突っ込んできた。アタシはこれをなんとか受け止め、肘打ちを三発ほどかましてから引き剥がす。

 そして頭突きをお見舞いし、左蹴りをぶつける。

 

「この……!」

「オラッ!」

 

 イツキはその蹴りを受け止めるも、それを狙っていたアタシは体を横回転させ、左側から右の回転蹴りをブチかました。

 左脚を受け止めている状態で同じ左方向から入れられた蹴りを止められるはずもなく、奴はこれをモロに食らってド派手にぶっ倒れた。

 もちろんここを見逃すわけがない。アタシはすぐに立ち上がるとイツキのマウントを奪い、右拳で顔面を二発ほどぶん殴った。

 さすがに響いたのか、イツキはとうとう動かなくなった。

 少し息を荒くしながら、アタシはその場にいる連中全員にはっきりと告げる。

 

 

 

 

 

「…………不良ナメんじゃねえよ、クソ共が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

「あ、アインハルトさん!」

「ヴィヴィオさん……私は……」

「大丈夫ですか?」

「今は動けませんがなんとか大丈夫です。……イツキさんは?」

「え、えーっと……」

「…………あれ? どうしてイツキさんが倒れているんですか?」

「それはですね……」

 

 

 ――しばらくお待ちください――

 

 

「と、というわけなんです……」

「………………私が気を失っている間に一体何が……!?」

「ごめんなさい! わたしにもわかりません!」

 

 

 

 




 今回派手に暴れたイツキが主人公の外伝作「学校嫌いな彼は死戦女神の弟」もできればよろしくお願いします。


《緒方サツキの悪いところ》

雷帝
「一つ一つ挙げていくとキリがありませんわ。代表的なものでいうならよく私の顔面を殴る点ですわね」

砲撃番長
「悪いところとかマジでキリがねーよ。強いて言うならサボり癖が凄まじいところだな」

不良シスター
「悪いところって……そもそも存在自体が――」
※これ以上は彼女の命が危ないので断念せざるを得なかった。

アホ○ア
「うーん……よく暴力を振るうところやね。特に(ウチ)なんか()()()()()で……」

天瞳流師範代
「ふむ……スポーツマンシップがないところかな?」

魔女っ子
「…………悪いところだらけ。でもやっぱり嫌いにはなれない」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話「タオル風船は必須なのだよ」

「あークソッ……愚弟のせいで無駄に疲れたぞゴラァ」

「ようサツキ」

「……お前もやる気か?」

「私は君たちと違って大人だからやるわけないじゃん」

「いや、それは理由になるのか?」

「なるさ」

「…………ま、それはそれで残念だ」

「で、あの二人はどうだった?」

「実力的には同格じゃねえか? 多分」

「……あっそ」

「そんじゃ、アタシは戻らせてもらうよ」

「どうぞご自由に」

 

 

 

 

 

 

 

「タオル風船は最高だぜ!」

「サツキちゃん。家族として恥ずかしいからやめてくれ」

「…………チッ」

 

 ただいまお風呂なう。周りが楽しく雑談をしている中、アタシはタオル風船に熱中していた。

 ていうかマジで疲れた。ストラトスだけならまだしも、どういうわけかイツキにまでケンカ売られたし。ブチのめしたけど。

 

「うーん、ここの角度をこうしたらもっといいはず……」

「サツキさーん! 何をしてるんですか?」

「ああっ! ダメだよリオ、邪魔しちゃ――」

「八重歯引っこ抜くぞクソコラ」

「なんでですかぁ!?」

「あーもう言わんこっちゃない……」

 

 こっちはタオル風船を作るのに忙しいんだ。つーかウェズリーよ、顔は嫌がっても雰囲気でめちゃくちゃ喜んでいるのがバレバレだぞ。

 まさかここまでの変態だったとはなぁ……今度そのちっこいケツと八重歯を鞭で打ってやろうか。原型を留められない状態になるまで。

 言っておくがアタシにSMの趣味はない。見るには見るけど。

 

「待ってろよ、今作ってやるからな」

「えっと……」

「サツキちゃん、タオル風船にはかなり凝ってるんだよね」

「あ、あはは……」

「そうなんですか~……」

 

 なんかドン引きされているけど気にしない。そんなことよりもタオル風船だ。

 

「いいぞ、この調子を維持す――」

「サツキちゃん。せっかくの眺めを見逃す気かい?」

「もうあんたを家族として見るのやめようか?」

「やっはは、冗談だよ」

 

 そりゃまあ、大きなお友達にとっては桃源郷で間違いなしだろうけどさ。

 アタシと姉貴を除いてもランスターとスバルとノーヴェの豊満なおっぱいにルーテシアの隠れ巨乳、そしてその他大勢のペッタンコ。

 お尻は……よくわからん。胸は大きさで判別できるがケツはあんまり変わらねえし。

 まあ、人類がまだ四足歩行だった頃の背景がわかればケツの良さもわかるかもしれないけど。

 当時突き出していたのはケツでおっぱいは隠れていたはずだし。

 それにこういうのはイツキの専門分野だ。きっと今ごろ、カメラで撮りまくってるだろうなぁ。

 

 

 ――ブシャァァア

 

 

 なんか鼻血の噴射音が聞こえたけど気のせいじゃないのは確かだ。

 

「キャロ、ジュースくれ」

「あ、はい」

 

 とりあえずキャロにジュースを取らせ、アタシはそのままタオル風船の作成を続行することにした。

 だってタオル風船楽しいし。ケンカほどではないけど楽しいし。

 

「いよっし! 一号は完成した。次のタオル風船っと」

 

 見事な形でござる。これだからタオル風船はやめられない!

 たまたま近くにあったタオルで第二のタオル風船こと二号を作成し始める。

 

「ふむ……これも悪くない」

 

 これまた良い形の風船ができてきたぞ。あとは形を維持できるように固定して……。

 

「ふえっ!?」

「どうしたの?」

 

 突然キャロが声を上げた。いきなりはやめてくれ、タオル風船が台無しになるところだったじゃないか。

 すると今度はランスターが跳ね上がり、すぐさま湯船から上がってルーテシアに抗議していた。

 いや、抗議というより……んん? まあいいや、どうでも。

 

「ここをこうして、次は」

「はわっ!」

「きゃあ!」

 

 

 ――ズパァッ

 

 

「この空いてる部分を……」

 

 なんか周りが騒がしいけどどうでもいい。今いいところなんだ。邪魔したら殺す。

 なんかティミルやヴィヴィオまで騒がしいけどそれもアタシには関係ない。

 ストラトスに至っては水斬りをかましている。火事場のバカ力ってやつか。

 

「よし、順調だ。あと一息だな……!」

 

 もう少しで、タオル風船二号が――

 

 

 バシャッ(何かがアタシの胸をタッチする音)

 

 ゴポッ(タオル風船が壊れる音)

 

 

 ――タオル風船二号が。

 

「「「あ……」」」

「…………」

 

 た、タオル風船が……

 

「…………」

 

 タオル風船が……

 

「あっ!?」

「ふえっ」

「うわっ!」

 

 魂のこもったタオル風船が……

 

「がお――っっ!」

 

 アタシの……タオル風船が……!

 

「や――っ!!」

 

 ふ、ふふ、ふふふふふ……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ぶっ殺す」

 

 よくもタオル風船を……タオル風船を……!

 

「アタシは……! アタシは怒ったぞ……!」

「さ、サツキさん! 落ち着いてください!」

「いくらなんでも人殺しはよくねえ!」

「イィッシャァー!!」

 

 体にタオルを巻き、ノーヴェとティミルの制止を振りきって大ジャンプする。

 止めるな、タオル風船を壊した奴――セインをぶっ殺さなきゃアタシの気は収まらねえ……!

 

「え? さ、サツキ?」

「死ねやこのクソッタレがぁ――っ!!」

「ぐふぉ――っ!?!?」

 

 吹っ飛んだセインに追いつくと同時に踵落としを腹部に打ち込む。

 これがまた見事に命中し、温泉にダイナミック落下した。それに続いてアタシも着地する。

 

「まだ終わってねえ!」

「ちょ、サツキ、まっ……!」

 

 浮きながらもなんか言おうとしたセインに跨がり、喋る余地すら与えずひたすら殴り続ける。

 死ねぇ……! ひたすら死ねぇ……! 殴りまくったアタシはセインを片手で水中から引き上げ、何度も何度も頭突きをかました。

 

「サツキ! それ以上はアウトよ!」

「落ち着いてくださいー!」

「セインが死んじまう……!」

「ダメだってば!」

「死ねっ! 死んでアタシに詫びろぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

「ま、誠に申し訳ありません……!!」

「抑えてください……!」

「離せ……! 離せテメエら……!」

 

 目の前でボロ雑巾になったセインが土下座している。絶好のチャンスなのに!

 なのにストラトスを始めとするガキ共、というかほぼ全員に全力で抑えられて動けない。

 マジで離せキサマらぁ! コイツは今すぐここで汚え花火にするべきなんだっ!

 

「落ち着けサツキ」

「ごふっ!?」

 

 今までどこに行っていたのか、突如戻ってきた姉貴のボディブローがアタシの腹部に直撃した。

 

「よし、皆。もう離しても大丈夫だ」

「――はっ!?」

「気分はどうだ?」

「……………………いいわけねえだろ」

 

 今すぐにでもセインを葬りたい。

 

「チッ。アタシは先に上がっとく」

「へいへい」

 

 そんなわけでアタシは一足先に温泉から退場したのだった。

 あークソッ、せっかくタオル風船の作成を楽しむつもりだったのに最悪だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらサツキちゃん、早かったわね」

「…………ああ」

「……さ、サツキさん? もしかして――」

「それ以上はいけない」

「わ、わかりました……」

「ちょっと部屋で横になってくる」

「そ、そう? じゃあご飯ができたら呼ぶわね」

「…………メガーヌさん」

「ええ、起きてしまったみたいね……」

「一体誰が犠牲になったんでしょう……」

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 39

「うーん、ここの角度をこうしたらも――ああっ! また崩れた! ならもう一回……!」

「…………」
「……は、話しかけづらいね」
「うん」
「そだね」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話「アタシと夜這いと模擬戦」

「リオ、どこいくの?」

「サツキさんの部屋!」

「でもスミレさんもいるんじゃ……」

「さっき頼んだらとっても楽しそうにオーケーしてくれたよ!」

「そ、そうなんだ……」

「あれ? じゃあスミレさんは」

「やっはろー!」

「あ、スミレさん!」

「うんうん、皆大好きスミレさんだよ~」

「スミレさんはどこで寝るんですか?」

「野宿だよ」

「「「……え?」」」

 

 

 

 

 

 

 

「なあウェズリー」

「あ、はい」

「夜這いってのは主に異性に対してやるもんだよな?」

「そうですけど……それがどうかしたんですか?」

「そうかそうか。ならアタシの認識は間違ってないんだな?」

「そういうことになりますけど……」

「よかった。てっきりアタシがおかしいのかと思ったよ。はっはっは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――じゃあなぜお前はアタシのベッドで寝ているんだ!?」

 

 ご飯を食べてから部屋に戻ってみればこの有り様だちくしょうが。

 なんか布団が膨らんでいるなー、とか思って捲ったらウェズリーがアタシのベッドを占拠していやがった。

 

「スミレさんが許可を出してくれたんです!」

 

 あのクソ姉貴……!

 

「とりあえず自分の部屋に戻ろう、な?」

「イヤですっ! サツキさんと一緒に寝たいんです!」

 

 それだけの理由でベッドを占拠したのかこの八重歯は。

 いつも破天荒な笑顔のアタシもこれは笑えない。

 

「どうしてもダメだと言うのなら噛みますよ?」

「なぜそうなるのかお姉さんにもわかるように説明してくれ」

 

 わけがわからないでござる。

 

「わかったよ。一緒に寝てやるから床――外で寝ろ」

「それはサツキさんの方ですよいだだだだだっ!!」

 

 意味不明なことを言い出したウェズリーにアイアンクローをかける。

 なんで自分の部屋なのに床で寝なければならんのだ。頭おかしいぞこの八重歯。

 

「さ、サツキさんっ! 頭が、頭が割れるように痛いですぅうううううっ!!」

「じゃあそっからどけ。それだけで許してやる」

 

 運がよかったな。今日のアタシは紳士だ。

 

「離れますっ! 離れますからアイアンクローをやめてくださいっ!」

 

 どうやらこのままでは動けないらしい。仕方なくウェズリーを解放する。

 ……やっぱり握り潰しておけばよかったか? その方が何かと手っ取り早いし。

 

「いたた……」

「謝らねえぞ」

 

 逆に謝罪を求めたいくらいだ。

 

「ま、もう遅いしアタシは寝る」

 

 全く、ガキのくせに夜這いとか――

 

 

 ピョンッ(ウェズリーがベッドに飛び乗る音)

 

 ボフッ(ウェズリーがベッドに寝転がる音)

 

 

 ――もう殺っちゃっていいよね?

 

「…………っ!!」

〈マスター。表情が引きつって額に青筋が浮かぶほどムカつくのでしょうが抑えてください〉

 

 アタシだって人間だ。どんなに抑えても限界というものはある。

 

「ほらサツキさん! 早く寝ましょうよ!」

「何事もなかったかのように誘うのやめろ。そしてベッドから降りなさい」

 

 最後辺りで口調を和らげることができたアタシは絶対に偉い。

 いつもならここでマウントを奪ってひたすら殴っていたはずなのだから。

 

「何事もって……最初からこうでしたよ?」

「待て。さりげなく記憶を改竄するな」

 

 少なくとも最初からではない。最初はお前なんていなかった。

 そうだとも、ここにいたのはアタシだけだ。ウェズリーなんて変態はいなかった。

 

「…………オラ、どけ」

「サツキさんは気にせず入ってきてください!」

 

 むしろ気にしない方がおかしいだろう。

 

「はーやーくー!」

「――ああ、わかったよ」

 

 そうだ。最初からこうすればよかったんだ。

 アタシはどこからともなくペンチを取り出し、それをウェズリーに見せつけた。

 

「待ってください。その右手に持ってるものってペンチですよね?」

「ん? お前の望み通りにしてやろうと思ってな」

「八重歯は抜かせませんよ!」

「チッ」

 

 さすがにペンチを取り出せば気づくか。ならこのペンチには生け贄になってもらおう。

 

「ウェズリー。早くベッドから降りろ。さもなくば――」

 

 

 ――グシャッ

 

 

「こうなる」

 

 内容はこうだ。見せしめとしてペンチを握り潰し、粉々に粉砕する。

 これで効かなかったら文字通り遠慮なしの実力行使だ。死んでも責任は取らねえ。

 

「……………………あ、はい」

 

 どうやら忠告が効いたらしく、ウェズリーはベッドから降りてくれた。

 ついでに部屋から出ていってくれるとマジで嬉しい。ていうか出ていけ。

 

「さて、今度こそ寝るか」

 

 さっそく布団に入り、明日に備えて寝ることにした。これでやっと眠れる――

 

 

 モゾモゾ(布団の中で何かが蠢く音)

 

 ガバッ(ウェズリーの頭がヒョコっと出てくる音)

 

 

「「…………」」

 

 これは幻覚か?

 

「ウェズリー。さっきの忠告が聞こえなかったようだな」

「え、えーっと…………テヘッ☆」

 

 

 

 ――このあとロッジ中にガキの悲鳴が響き渡ったが、何があったかは想像に任せる。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、覚悟しろよサツキ」

「どうあがいても絶望な件について」

 

 翌日。めちゃくちゃ突然で悪いがただいま例の模擬戦に参加している。

 どうやら最初は1on1でいくみたいなんだが……アタシの相手は言うまでもなく姉貴。場所はビルに挟まれた地上だ。

 上ではウイングロードやらエアライナーやらを道にしてそれぞれの1on1が展開されている。ついでに魔法の弾幕も飛び交っている。

 アタシは赤組、姉貴は青組だ。ポジションは互いにFA(フロントアタッカー)、LIFEは3000。これだけ見れば同じ条件だろう。しかし――

 

「1on1とか久々だかんなぁ……どうやって狩ろうか」

 

 アタシが狩られるのはすでに決定しているらしい。冗談じゃねえけど。

 

「なら姉貴、素手でかかってこい。そのガントレットから出している鉤爪みたいな刃物は仕舞うんだ」

「これもれっきとした白兵戦だ」

 

 おかしい。会話が微妙に成立していない。

 ちなみに姉貴の愛機はエリアスというガントレット型のアームドデバイスだ。

 外装どっかで見たことあるような? とかツッコんだら負けである。中身はデバイスだから。

 

「――そんなわけでくたばれ愚妹!」

「お断りじゃボケぇ!」

 

 そんなことを考えていると姉貴が例の刃物を振りかざしてきやがった。

 相変わらず動きも速いのなんの。アタシはそれをバックステップでかわす。

 普通なら姉貴と正面からやり合っても勝ち目はない。幸いにも手加減+制限ありだからなんとか対抗できているけど。

 残りLIFEが気になるけど姉貴相手にそれを確認する余裕はどこにもない。なんせそれだけで命取りになるからな。

 

「だらぁ!」

「甘いね!」

 

 すぐさまハイキックを連続で繰り出すも、当然のようにしゃがんで避けられる。

 その隙をつかれて足払いを掛けられる。もちろんかわせるわけがなく――

 

「ぶっ!」

 

 見事に後頭部から転んだ。痛い。

 

「立てよオラ」

「るっせぇ!」

 

 イラつきながら立ち上がって回し蹴りをかますが、これも余裕で受け止められた。

 次に空いていた左脚で蹴り飛ばそうとするも、姉貴はその脚に拳を突き立てた。

 

「……っ!?」

 

 完全に力負けし、思わず後退してしまう。相変わらずなんてパワーだ。

 伊達に“(せん)(じん)”の名で呼ばれちゃいねえか……!

 

「おっとサツキ、残念ながら選手交代だ」

「は? 一体どういう――」

 

 

 

「――シュートッ!」

 

 

 

「なしてっ!?」

 

 突如アクセルシューターと思われる桜色の弾幕が複数飛んできたのでアタシはこれを壊さずに受け止め、一つに束ねる。

 そしてこれを撃ってきたクソヤローを迎え撃つ。姉貴は……どこ行きやがった。

 ちなみに弾殻(バレットシェル)を壊さずに受け止めるという技術はストラトスのやつを真似てみた。

 さっき旋衝波とかいってヴィヴィオにかましてたからな。

 

「次は私が相手だよ、サツキちゃん」

 

 やはりと言うべきか、上空から現れたのは高町なのはだった。なんだこの絶望感は。

 姉貴がいないのを確認して残りLIFEを見てみる。えっと……1600か。まだやれるな。

 

「まさか魔王様が相手してくれるとはな」

「そういう――待って。魔王って私のこと!?」

「テメエ以外に誰がいんだよ」

「そっか……それじゃあ、その事について聞かせてもらおうかな」

「そのわりには殺気がすげえぞ」

 

 にしてもエース・オブ・エースと正面からやり合うことになるなんてな。

 勝てるかどうかは知らんが、相手に不足がないのは確実だ。

 アタシは右手を突き出し、一つに束ねていた弾幕をなのは目掛けて弾き飛ばした。

 

 

 ――やってやんよクソッタレが!

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 1

「リオ、どこいくの? ――荷物まとめて」
「帰らせてもらうんだよっ!」
「「待って待ってストップストップ!!」」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話「チーム戦ってなんだっけ?」

「当たっちまえよオラァ!」

「それは無理な話だねっ!」

 

 アタシは今、姉貴と入れ替わるように登場したなのはと交戦を始めている。

 さっそく束ねていた弾幕を弾き飛ばすも簡単にかわされてしまった。

 

「ところでストラトスはどうした?」

「アインハルトちゃんならさっき仕留めてきたよ」

「マジ――」

「ファイアッ!」

「おまっ!?」

 

 いきなり前触れもなく撃ちますか普通!?

 

「――なんてな♪」

 

 それでもアタシは砲撃を片手で弾き返す。まあ、このくらいならわけないさ。

 しかし、その砲撃がなのはに当たることはなかった。チッ、ちょこまかと……!

 

「そんじゃま、さっさと落ちろエース様ぁ!」

「おっと!」

 

 一刻も早く終わらせるため、なのはに蹴りと拳のラッシュを掛ける。

 なのはもレイジングハートを使って防いではいるが、だんだん押され始めた。

 

「やっぱりサツキちゃんはスミレちゃん似で強いねぇ……!」

「似てるだけで一緒ではないがな……!」

 

 少し空いた懐に左の拳を突き立てる。なんらかの手応えはあった。

 あったにはあったんだが……この違和感はなんだ?

 

 

 ガシャッ(アタシの左腕にバインドが掛けられる音)

 

 

「しまったあぁあああああっ!!」

〈このバカマスター! 少しは頭を使ってくださいよ!〉

 

 まさかの捕縛盾(バインディングシールド)である。

 確かこれはなのはの近接封じの必勝パターンだっけか。まあいいか、どうでも。

 掛けた本人はというと、ジャケットの腹部辺りが破けながらも上空で砲撃を撃とうとしていた。手応えの正体はあれか。

 

「このままではヤバイな……」

〈このままでは、ですけどね〉

 

 ちなみについさっきランスターがクロスファイア・フルバーストを放ったが、姉貴とその姉貴に守られたなのははノーダメージだった。

 前者は明らかにおかしいだろ。実はチラッと見えたんだが両手のみで弾幕を相殺してやがった。

 全く、そこは脚も使うところだろうが! 少しは考えろよ!

 

「――とりあえず、考えるのはこんぐらいにして」

「にゃはは……やっぱりダメか~」

 

 左腕に掛けられているバインドを力ずくで振りほどく。

 伊達に姉貴の拘束技(物理)を攻略してきたアタシではない。

 傷ついているなのはの懐目掛けて突撃する。今度こそぶっ潰す!

 

「やらせないよっ!」

 

 当然それを許すはずもなく、準備が完了したであろう砲撃が放たれた。

 さっきのと違っておそらく本物ってやつだな。

 

「チッ。あんまり使いたくはなかったんだが……」

 

 アタシは左手を前に突き出し、右手を猫の手のような形にしてから後ろに引いて構え――

 

 

 

「――絶花」

 

 

 

 左手を引っ込めると同時に構えた右手を突き出して砲撃を弾き返した。

 その際、砲撃に螺旋回転を加えて貫通力を向上させているので……

 

「……!?」

 

 咄嗟に展開されたなのはの障壁が見事に粉々になった。しかし、手応えがない。なんで……?

 

「――さすがにそれはアウトだ」

「姉貴……!」

 

 どうやら姉貴がなのはを助けたようだ。それにしてもダメージを負った様子がまるでない。

 さすがに受けきったはないだろうから……かわしたのか、あれを。

 

「スミレちゃん! 私を助けるためとはいえ、いきなり投げ飛ばすなんてどうかしてるよ!?」

「さて、続きをやろうか」

「あれ? スルー!?」

 

 なのはが珍しく猛抗議していた。そうか、またやらかしたのかあんた。

 気のせいかなのはのジャケットがさらに傷ついているようにも見える。

 

「さっきまでどこに行ってたんだよ」

「ちょっとランスターと軽く遊んでた。ついでにお前をなのはに任せてな」

「ついで、ねぇ……」

 

 アタシもナメられたもんだなぁ、おい。

 ちなみにこのとき、周りでは2on1が展開されていたことをアタシは知らない。

 

「潰してやるよ」

「その言葉、そのまま返してやる!」

 

 姉貴が突き出した右拳をかわし、左拳を打ち込んでから左蹴りを肩にぶつける。

 それらを受けきった姉貴はアタシの懐目掛けて渾身の回し蹴りを繰り出してきた。

 あまりの威力に意識が翔びそうになるもなんとか耐え、懐にタックルをかます。

 不意をつかれたのか、姉貴は踏ん張れずに倒れた。

 しかしすぐに立ち上がり、何事もなかったかのように間合いを取った。

 

「「せーのっ!!」」

 

 ガシィッ! という音と共に取っ組み合いを始める。

 力んだ際に地面が少し陥没してしまったが気にしないでおこう。

 

「やるじゃねえか……!」

「伊達にあんたの妹ってわけじゃねえんだよ……!」

 

 そしてここからの動作は一つ――

 

 

 

「「――ふんがっ!」」

 

 

 

 頭突きしかない。

 

 最初の一発を皮切りに競い始める。もちろん最初は互角だったのだが……

 

「がっ!?」

「テメエじゃ私には勝てねえよ……!」

 

 当然、競い負けた。これはチーム戦なのだが、アタシと姉貴は独断行動が許される。

 というよりもその方がより実力を発揮でき、結果的にチームにも貢献できるらしいのだ。

 ……あれ? チーム戦ってなんだっけ?

 

 

『『集束砲(ブレイカー)で一網打尽にするから(しますから)っ!』』

 

 

「「は?」」

 

 ふと、そんな声が聞こえてくる。集束砲だと? さすがにそれはマズイ。

 一瞬、姉貴と目が合う。少し焦った表情をしつつもアタシと同じ目をしているな。どうやら考えは一緒のようだ。

 

 

((コイツを生け贄にすれば……!))

 

 

 なんとも魅力的な提案である。けどそうなれば実力で劣るアタシが生け贄になる。それなら――

 

「アチョッ!」

「っぶねー!?」

 

 まずは目潰しを仕掛けてみるも、咄嗟にかわされてしまった。

 このクソアマが……。相変わらず野生の直感は健在か!

 

「危ねえなおい(ブスッ)」

「がああぁっ! 目が、目があぁ……!」

 

 逆に目潰しを掛けられてしまった。目がたまらなく痛い。

 

「いってて……」

 

 えーと、LIFEは――

 

 

 LIFE 900

 

 

 あ、詰んだなこれ。それに比べ姉貴はまだまだ余裕といった感じだ。そんなら……

 

「ほいっと!」

「あらぁー!?」

 

 一瞬の隙を突いて姉貴を転ばす。ふはははは、これで条件は同じだァ!

 姉貴も後頭部からいったらしく、意外と悶えていた。

 

「クソッタレめ!」

「おおぅ!?」

 

 姉貴が転んだまま例の刃物を振りかざしてきた。アタシはこれをバックステップで回避する。

 ていうかさっきから周りが騒がしいような……。

 

 

『『スターライト――!!』』

 

 

 ……え? もう集束終わったのか? なんかいつもより早くない?

 クソッ、やっぱりここは姉貴を道連れにしてやる。一人だけ生き残るなんて不公平だからな。

 

「抜け駆けは許さねえぞ」

「テメエこそなぁ……!」

 

 姉貴は折り曲げて刃間の間隔を広げた二枚刃を壁側へ追い詰められたアタシの首に突き立てた。

 当然、これにより逃げ場をなくしたアタシは姉貴が逃げられないように首を掴んだ。そして――

 

 

『『ブレイカー!!』』

 

 

 ――桜色と橙色の閃光が激突し、アタシは姉貴と共になす術なく飲み込まれた。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 9

((コイツを生け贄にすれば……!))

 なんとも魅力的な提案である。けどそうなれば実力で劣るアタシが生け贄になる。それなら――

「わかってるよな、姉貴」
「言われるまでもない」

 アタシたちは互いに拳を突き出す。もちろん、これで決まるのだ。

「「最初はぐふぅ!!」」

 最初はグー! と同じリズムでパンチを顔にぶつけた。結果は――

「「やんのかゴラァ!!」」

 ――当然こうなる。だってアタシらそういう人間だし。





「さすがにあれは予想外ね」
「アイツら本当に周り見えてんのかな……」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話「楽しめるかどうかだろ」

「さすがに3連戦はキツいわねー」

「本当だね」

「正直私はいけたかなー」

「お前と皆は違うんだよ……ていうか初戦以降、全く参加してねーだろ」

「あ、ノーヴェ」

「おう」

「私だけじゃないよ。多分サツキちゃんもおんなじこと考えてる」

「それにしてもあんた、随分変わったわね」

「何が?」

「あたしたちと初めて会ったときはかなり荒れてたじゃん」

「それは――ノーヴェの方だろ。私は平常通りだったはずだ」

「さらっとあたしを巻き込むな」

「どっちもどっちじゃない」

「そうそう。特にスミレなんか敵味方関係なかったもんね」

「それは今もだ。私に歯向かうなら容赦はしねえ」

「昔よりはマシよ。あのときのあんた、おもしろいと思ったことならなんでもする人間だったんだから」

「だっておもしれーじゃん」

「だからお前と皆は違うんだよ……」

 

 

 

 

 

 

 

「インターミドルで強い子って実際本当に強いよねえ」

「そうなの!」

「良い例ここに」

「待て。なぜアタシなんだ」

 

 模擬戦が無事に終わり、ロッジで休憩していたのだが……この有り様である。

 ようやくインターミドルの話題が持ち上げられたのだ。

 模擬戦は姉貴と共に集束砲に飲み込まれてリタイアした。

 わりとマジで計画通りなのだよ。2、3戦目は参加しなかったけど。

 ちなみにイツキは2戦目でヴィヴィオと対決している。

 

「え? サツキさんってそんなにスゴい人なんですか?」

「八重歯へし折るぞ」

 

 それだとアタシがホラ吹きみてえじゃねえか。

 

「そういえば、以前お会いしたときに会場では敵同士とか言ってましたけど……」

「そうなんですか?」

「まあな」

 

 ここでアタシは少しだけ疑問に思う。あれ? もしかしなくてもコイツら忘れてねえか?

 それはそれでなんか釈然としねえが……まあいいか。

 

「大会が始まればすぐにわかることだろうし」

 

 アタシの呟きは誰にも聞こえなかったらしく、ガキ共は未だにはしゃいでいた。

 そのあとはストラトスが大会出場を決意したかと思えばまさかのデバイスありません事態に陥り、ルーテシアが真正古代(エンシェント)ベルカな大家族こと八神と愉快な仲間たちに協力を要請するということで話は終了したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 真夜中。またしてもウェズリーがベッドに侵入してきたので放置プレイを使って撃破した。

 だが、それのせいで眠れなくなったのでロッジの外にて久々に精神統一をすることにした。

 ぶっちゃけスポーツ選手がやるような練習はあんまりやってねえからな。

 かといって完全な才能の塊というわけでもないが。

 

「………………ストラトスにイツキか。どうした?」

「あ、その……眠れなかったので少し起きてたら集中力のようなものを感じたので――」

「ここに来たってわけだ。ていうかあんた、人間やめろよ」

「だが断る。アタシは人間だ」

「…………」

 

 まさかストラトスやイツキの部屋にまで伝わっているとは思わなかったな……。

 ちなみにヴィクターが言うには観客席にまで伝わっていたこともあるとか。

 

「インターミドルに出る理由は――やっぱ覇王の悲願に関係することか?」

「はい」

「それとイツキ。お前は出ないのか?」

「興味ねえよ」

 

 ストラトスの行動原理はある程度ノーヴェから聞いている。

 それでも詳しくは知らんし、どうでもいいけど。

 ついでに言うとイツキがインターミドルに出ないのは予想済みだ。

 

「……無理だな」

「姉さんもそう思う?」

「……なぜサツキさんもイツキさんも、わかったような言い方ができるんですか?」

「わかるからだ」

 

 いくらベルカ王族の子孫とかいっても、コイツはジークみたいに別格ってわけじゃない。

 いや、ベルカ王族の子孫自体が別格なのか? うん、それはないな。

 まあ、アイツは王族じゃなくて戦闘民族っぽいやつらしいけど。どこのサ○ヤ人だよ。

 もしもコイツが誰がどう見ても規格外ならアタシやイツキが黙っちゃいないだろう。

 

「大会予選までは時間があると聞きます。それまでに鍛えれば……!」

「ある程度は強くなるだろうな。でもな――」

 

 そうなればコイツでもエリートクラスはホイホイ進めるだろう。――対戦相手次第で。

 だけどそれまでだ。初参加のルーキーがそう簡単に都市本戦まで来れるわけがない。

 

「世の中そんなに甘くねえよ」

「っ!」

 

 ストラトスの表情が険しくなる。例を挙げるなら、アタシに真っ向から挑んで勝てなかったという事実。

 この実力差をたかだか数ヶ月鍛えただけで縮められるとはとても思えない。

 埋めるなんてもってのほかだ。それだけは絶対にねえよ。

 

「まさかとは思うが、あれがアタシの本気とか思ってないよな?」

「……違うんですか?」

「違うわ。お前と約束したのは『手を抜かない』ってやつだ。手を抜かない=本気を出すなんて方式、誰が決めたよ?」

 

 手を抜かないってのはあくまで気を引き締めるという意味だとアタシは思っている。

 格下だろうと格上だろうといきなり本気を出すのは気が引けるんだよ。マジでつまんねえからな。

 

「それともう一つ。アタシの知る裏舞台にお前の居場所はねえよ」

「…………それはどういう意味ですか?」

「ふはっ――笑わせんな。ぶっ殺すぞ」

「……っ!?」

「姉さんストップ。それ以上はマジで危ないから」

 

 頭に手を当てると同時に()()()()()が出てしまった。だってそうだろう?

 例えるなら世間知らずのお嬢様が素手でプロの殺し屋に勝てます、って言ってるようなもんだ。

 

「ま、大丈夫とは思うが……つまりはそういうことだ。アタシはもう寝る」

「あっそ。お休み、姉さん」

 

 とりあえず、ベッドを占領しているウェズリーの再撃破に当たるとしますか。

 

 

 

 

 

 

 

「今日から受付……で、間違いないな?」

〈そうですよ。よく覚えていましたね〉

 

 翌日。すぐさまラトに毒づかれた。なんでやねん。

 あれからウェズリーを再撃破するのにかなり手間取った。なのでとても眠い。

 今日が休みでよかったよホントに。学校はあるみたいだけど。

 

〈出場、なされるのですか?〉

「一応な。今年はおもしろそーな奴らもいるし。つまりおもしれーじゃん」

〈マスターらしい理由ですね〉

 

 とりあえず通信端末を使って連中に宣戦布告をしておいた。これで伝わるだろう。

 

 

 

【かかってこいや!】

 

 

 

 たった一言、たった一言のシンプルなメッセージだ。

 うむ、我ながらいい出来だ。細かく伝えるよりずっとわかりやすい。

 

「どうだ、完璧だろう?」

〈ノーコメントで〉

 

 そこはコメントしてほしかった。

 

「そんじゃ、さっそくルーテシアからもらった申請書でも書きますかぁ」

〈今年こそ優勝してくださいよ?〉

「どうでもいい」

 

 優勝よりも、まずは楽しめるかどうかだ。

 

 

緒方サツキ(15)

市立学校高等科2年

Style:我流格闘戦

Skill:(ぜん)(てい)(ほう)(しゃ)

Magic:真正古代(エンシェント)ベルカ

Device:アーシラト

IM参加履歴:3回

最高戦績:都市本戦準優勝

 

 

〈……優勝、してくださいね?〉

「どうでもいい」

 

 

 

 




 リメイク前ではあやふやになった技能(スキル)名も無事に決まりました。

《今回のNG》TAKE 13

「昔よりはマシよ。あのときのあんた、おもしろいと思ったことならなんでもする人間だったんだから」
「例えば?」

「そうだな――おっさんやルーテシアと旅してたときに立ち寄った研究所で大暴れしたのは楽しかったと感じている」

「「「アウトだよ(よ)」」」
「え? どこがアウトなんだ?」
「大暴れってところよ!」
「いや普通だろ?」
「ていうか初耳なんだけど?」
「…………あ」
「待て。なんだそのしまった……! みたいな顔は」
「さあ?」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章「インターミドルと無限書庫」
第31話「癒し要員を泣かす奴は極刑な」


 えーっと……ギャグのつもりで書いたんですけど……どうしてこうなった。


「我が家よ! アタシは帰ってきたぞ!」

〈マスター。死ぬほど恥ずかしいのでやめてください〉

 

 無事に合宿を終えたアタシはついに我が家へと帰還した。

 いやーホントに大変だったよ。街に帰ってくるなり集団に絡まれたし。

 もちろんボコってから持ってるもん奪ったけどね。お金やタバコとか。

 

「たっだいまー!」

「……お帰り」

「おう、ファビア」

 

 出迎えてくれたのはファビアだった。ジークじゃなくてよかったよ。

 もしジークだったら顔面に絶花をブチかましていたに違いない。

 ほら、某バスケ漫画の影薄い主人公みたいにさ。

 

「ギタギタ!」

「お前らもいたのか」

「カッカッカー!」

 

 へぇ、今日はプチデビルズも一緒か。

 

「ゲゲゲッ!」

「ん? 何々、家の近くに不審者がいたから追っ払った? ナイスだ三号」

 

 どうやらアタシん家の近くに不審者がいたので、それを追っ払ってくれたらしい。

 なぜだろう、その不審者が知り合いな気がしてならない。

 

「ファビア、タバコ」

「…………ここにある」

 

 アタシはファビアからタバコを受け取り、久々にマッチで火をつけて一服する。

 ……これだよこれ。荷物を置きながらタバコを懐かしむ。

 

「……サツキ。二つほど言いたいことがある」

「なんだ?」

「……………………そ、そろそろ――クロって呼んでほしい」

 

 ファビアが顔を真っ赤にしながら俯く。なんだ、そんなことか。

 そういや会ってから一週間でそれらしいの言ってたっけ。忘れてたけど。

 

「ファ――クロ。これでいいか?」

「うん」

 

 クロが目を輝かせながら顔を上げる。すげえ嬉しそうだな、おい。

 今にもぴょんぴょんしながらバンザイでもしそうな勢いで歓喜してやがる。

 しかもプチデビルズまで歓喜してるからパレードみたいになってやがる。

 やっぱりお前はアタシの()()()()だよ。今のところはな。

 

「……で、もう一つは?」

「今日はケーキの特売……!!」

「…………は?」

「ケーキの特売がもうすぐ始まる……!!」

「よし30秒ルートで行くぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

「どけどけどけぃ――っ!!」

「ごふっ!?」

「あべしっ!?」

 

 近くのスーパーでケーキの特売があることを知ったアタシは全力疾走していた。

 ちなみにクロは箒に乗って飛んでいる。

 あと邪魔な通行人は風のごとく殴り飛ばす。時間短縮は大切だもんな!

 

「クロ! あと何分だ!?」

「もう始まってる……!」

「ちくしょう! 邪魔だコノヤロー!」

「ぶほっ!?」

 

 クソッ、間に合わなかったか……!

 そしてついにスーパーに到着した。うわぁ、店ん中女だらけだな。

 なんか無駄に若いのがいっぱいいる。まあ、ブチのめすから関係ねえけど。

 だってアイツら――全然並んでないし。

 

「クロ。お前は晩飯のおかずを買ってこい。アタシは――戦争してくる」

「頑張って……!」

 

 口ではそう言っているクロだが、目がヤバイ。絶対に取れよ!? みたいな感じになってる。

 

「はいはい、邪魔邪魔ァ!」

 

 さっそく近くに群がっていた若いのを無理やり引っ張り出し、道を作る。

 次にその道を塞ごうとしてきた奴らを強引に押し退ける。弱っちいのが無茶してんじゃねえよ。

 この光景は地球でも見たことがある。そのときの特売は豚肉だったけど。

 別に殴り飛ばしてもいいのだが、ここのスーパーは通常時でもお買い得だから出入り禁止にはされたくないんだよね。

 

「ごめんねごめんね~」

 

 軽い感じの口調とは裏腹に、一人一人を投げたり押すような感じで退けたりと結構大変だ。

 だってキリがないし。ていうか人気ありすぎだろこのスーパー。

 

「よしっ! ケーキ確保ぉ!」

 

 ケーキを二つゲットしたアタシは代金を奪い取った札で支払い、女の群れから脱出した。

 これでクロに顔合わせができる。別にしなくてもいいけど。

 

「……終わった?」

「こっちは疲れてるってのに余裕だなぁお前は」

「……疲れてるようには見えないけど」

 

 だって嘘だもん。

 

「さてさて、早くケーキ食わねえとな」

「……楽しみで仕方がない」

 

 お、おう、無表情なのにわかってしまうほど喜んでんなコイツ。

 スーパーから出たアタシとクロは達成感に満ち溢れていた。

 アタシはケーキゲットの記念として一服した。やっぱ基本はオイルライターだな。

 ってクロ。早く現実に帰ってこい。前見ろ前。思いっきり意気って群れてるのがいるから。

 つーかアイツらも前見てねえな。頼むから避けろ、ホント頼むから。

 

「それでよ~」

「あう――っ!?」

 

 しかし、アタシの願いが通じることはなく見事にぶつかってしまった。

 もちろんその衝撃でクロはケーキを落としてしまった。うわー、原型留めてねえよ。

 

「………………!?!?」

 

 クロはこんなの嘘だ! と言わんばかりに震えながら膝をついた。

 これが絶望した人間の面か。なかなか暗いな。何度か見たことあるけど。

 耳を澄ますと泣き声みたいなのが聞こえてきた。……え? マジ?

 

「私の……私のケーキが……!!」

「…………」

 

 気づけばアタシはタバコを捨て、無言で動き出していた。標的はもちろん――

 

「――おい」

「マジかよ!」

「おう、マジだって!」

 

 クロを泣かせたクソ共だ。

 

「おいカス」

「……あ? 俺?」

「テメエらだよ。待てコラ」

「なんだお前? てゆーか誰?」

 

 なるほど、四人か。ソイツらはアタシを見てなんだコイツ? みたいな感じで笑い出した。

 おーおー、その面今すぐ整形してやんよ。あと遺言残しとけや。

 

「……ちょっとこい」

「は?」

「ちょっとこいつってんだお前ら。面貸せゴラ」

「なんで俺らが――」

「早くこいよオラ」

 

 

 

 

 

 

 

「ひぃっ!?」

「逃げんなクソが!」

 

 近くの裏路地にて、アタシはカス四人を相手に大暴れしている。

 四人のうち二人を一撃で沈め、残り二人を落ちていた鉄パイプでシバいてる最中だ。

 なんで鉄パイプを使ってるかというと、最近あんまり使ってなかったからだ。

 ほら、たまには使いたいじゃん? それに相手は多人数なんだし。

 

「な、なんなんだよお前!?」

「さあ、なんでしょうな?」

 

 やっぱり群れる奴は雑魚だ。ヘドが出るほどに雑魚だ。

 

「大体俺らが何をしたってんだよ!?」

「何をした……だと……?」

 

 おいおい、ここまでされといてまだ自覚がねえのか。

 お前らがやったことは重罪のそれなんだよ。その薄汚え体に刻み込んでやろうか?

 

「――テメエらのせいでアタシのケーキ代が水の泡になっちまったじゃねえかおい!」

「はぁ!?」

「お前なに意味不明なこと言ってぐふっ!?」

 

 なんか叫ぼうとしたカスを思いっきり蹴飛ばす。

 意味不明だと? あのケーキはアタシが金を出して買ったんだぞ!?

 せっかくの報酬が無駄になっちまったんだよ! わかってんのかお前ら!?

 

「ケーキ代返せクソヤロー!」

「知るかよそんなもん!」

「あァ!?」

 

 残った一人にたった一言で一蹴されたので鉄パイプでぶん殴る。

 痛そうに肩を押さえているとこ悪いが、一発で終わらせはしねえぞ。

 アタシは鉄パイプを両手で持ち、足を滑らせて倒れたソイツ目掛けて何度も振り下ろした。

 

「…………こんなもんかな」

 

 最後の一人が動かなくなったのを確認し、鉄パイプを投げ捨てる。

 あースッキリした。とりあえずケーキ代をもらうとしますか。

 

〈いつもよりさらにやり過ぎてませんか?〉

「そりゃそうだろ」

 

 今回ばかりは否定しない。

 

「ま、金はもらったことだしもう一回特売へ行くわ」

〈……マスター〉

「んだよ」

〈その特売、ついさっき終わりましたよ?〉

「……は? う、嘘だろ?」

〈いえ、時間的にもうおしまいです〉

「…………」

 

 最悪だ……。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐすっ……!」

「いい加減に泣き止めよ」

 

 家に帰宅したのはいいが、クロがなかなか泣き止んでくれないでござる。

 あれからダッシュでスーパーに戻ったら店自体が閉まってやがった。

 まあ、飯の材料はクロに買わせたから特に問題ないけど。

 

「私の、ケーキが……!」

「ここにあるだろ」

「でもそれはサツキの――」

「ここにあるだろ」

「…………」

 

 とりあえずケーキに関してはアタシのやつをあげることでなんとかできた。

 後はクロを泣き止ますだけか。とはいってもここまで泣かれちゃあそう簡単にはいかねえよなぁ。

 

「……クロ。屋上行こうぜ」

「………………屋上?」

「ああ」

 

 

 ――そんなわけで――

 

 

「どうだ、風当たりがいいだろ?」

「……うん」

 

 マンションの屋上に来ちゃった。風がめちゃくちゃ気持ちいいのだよ。

 しかも夜だから星空が綺麗だし。まさかここでもこんな眺めが見られるとはな。

 肝心のクロはというと、今は泣き止んでケーキを食べている。

 

「お前、目が腫れてんぞ?」

「…………!? み、見ないで……!」

 

 もう見ちゃったから無理。顔を真っ赤にされても無理なものは無理。

 

「まあなんにせよ、泣き止んでよかった」

 

 これ以上泣かれたら額に青筋が浮かぶところだったよ。

 こういう適応力の早さも癒し要素の一つなんだよな。いろんな意味で。

 

「…………サツキ」

「ん?」

「…………あ、ありがとう」

「いいよ別に」

 

 お前が癒しであるならそれで。

 今は一服してるから平常でいられるが、もしタバコを吸っていなかったらコイツを膝の上に乗せていたかもしれない。

 それだけストレスを発散してくれるんだよ、()()()()ってやつは。

 この日は結局、クロを泊めることにした。帰って早々いろいろあったからな。

 

 

 

 




 クロちゃんの出番はできるだけ増やすつもりです。

《今回のNG》TAKE 24

「…………サツキ」
「ん?」
「ひ、膝の上には乗せないんじゃあ……?」

 やってもうた。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話「こんなお付き合いはイヤだ」

「なあラト」

〈どうかしましたか?〉

「久々に奴の気配を感じたんだが……」

〈……いますね〉

「いるな」

〈しかも家の中にいます〉

「マジかよ……」

〈まあ、合鍵を借りパクされている以上は当然かもしれません〉

「そんで、家のどこにいるんだ?」

〈風呂場です〉

「…………」

〈…………〉

「〈風呂場……?〉」

 

 

 

 

 

 

 

「たでーまー」

「お帰りや!」

 

 

 ――バタンッ

 

 

 アタシは何も見ていない。これは間違いなく幻覚だ。

 ドアを開けたら目の前にバスローブ姿で髪を下ろしたジークがいたなんてことはきっと気のせいだ。

 

 ガチャッ

 

「お帰りや!」

「服着ろやこの変態がぁ――っ!!」

 

 気のせいでも幻覚でもなかった。

 

「仕方ないんよ……。シャワー浴びてたらサッちゃんの足音と心臓の鼓動が聞こえたんやから」

「待て! キサマは足音と心臓の鼓動だけでアタシかどうかを判別できるのか!?」

 

 臭いならともかく、まさか足音や心臓の鼓動だけでアタシなのかを判別されるとは思わなかった。

 ていうか心臓の鼓動って……どうやったら聞き取れるんだよ。

 こないだなんか気流の流れでアタシの存在を感知しやがったし。

 

「とにかく、服を着ろ」

「えー? 今からサッちゃんも一緒に入るんよ?」

「いつアタシが今から風呂に入ると言った!?」

 

 今からタバコを買いに行く予定なんだけど。

 

「サッちゃん! ウェルカムや! はよ服を脱いで!」

「だが断る」

 

 何がウェルカムだコノヤロー。つーかどこで覚えたんだそれ。

 それとこのアホ、ヨダレ垂らしてるんだけど……言った方がいいか?

 

「ウェルカムや! でないと――」

「しつこい。断るつっただろうが」

「――ガイストぶっ放すで?」

「今準備するから風呂場で待ってろ」

 

 最近アタシへの脅しに遠慮がなくなっている件について。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうな、サッちゃん」

「なんでアタシがお前の髪を洗わねばならんのだ……」

 

 というわけでジークと一緒にお風呂なう。相変わらず長いな、コイツの髪。

 しかし痛んでいる。ヴィクターの方がちゃんと洗えるんだろうな~。

 それにしてもコイツ、スポーツ選手にしてはいい体してるよな。微乳だけど。

 

「ほら目を閉じろ。でなきゃ片目と鼻と片耳と口に洗剤とカミソリ突っ込むぞ」

「んー!」

 

 何がそんなに嬉しいのか理解できないな。相手が好きな異性ならともかく。

 

「よーし、こんなもんだろ」

「つ、冷たいッ! サッちゃんそれお湯ちゃう! 冷水や!」

「んなもん流せば同じだ」

「それは違うと思うんよ……」

 

 やかましい。頭をちゃんと洗ってやっただけ感謝しろ。こっちは命が掛かってんだ。

 さてと、やっと自分の体を洗えるぜ。まさか一人いるだけでここまで手間が掛かるとはな。

 

「次は(ウチ)の番やね! ほな背中をこっちに――」

「向けるかバカ」

「なんでや!?」

「お前にやらせるとろくなことがないからな」

 

 黒ツヤの件でもそれは明らかだ。ソイツを見ただけでガイストするような奴がちゃんと背中を洗えるとはとても思えない。

 コイツにやらせるくらいならクロにやらせた方が断然マシだ。

 

「サッちゃん! 早く早く!」

「お前、アタシの話を聞いてたか?」

 

 仕方がない。神に祈るとしよう。

 

「――アーメン」

「なんやそれ?」

「いいから。やるならさっさとやれ」

 

 後は無事に終わってくれれば――

 

 

 ザシュッ(何かがアタシの背中を切り裂く音)

 

 ドサッ(アタシが倒れる音)

 

 

「ど、どないしたん!?」

「何をしやがったこのアマァ……!」

 

 背中がめちゃくちゃ痛い。鋭い複数の刃物で同時に切り裂かれたかのような痛みだ。

 まさか風呂場で背後から切り裂かれるなんて思いもしなかった。

 

「な、何があかんかったんやろ……?」

「殺すぞテメエ!? その手に持ってる物がアウトだろうがボケ!!」

 

 両手にタワシとか鬼畜過ぎんだろ!? もはや悪意と殺意しか感じねえぞ!?

 

「ご、ごめんや。次はちゃんとするから……」

「いつつ……」

 

 どうやらアタシは神に嫌われたらしい。にしても酷すぎだろ。

 だからといってここまで痛い目に遭うとは思わなかったぞ。

 

「ほ、ほないくで!」

「頼むぜマジ……」

 

 次こそちゃんとした洗い方であってほしい――

 

 

 ザシュッ(何かがアタシの背中を切り裂く音)

 

 ドサッ(アタシが倒れる音)

 

 

「カミソリをよこせぇ!!」

「あかんよサッちゃん! カミソリは凶器じゃないんよ!?」

「テメエに言われたくねえわクソッタレがぁ!!」

 

 今度は両手に掃除用のブラシだと!? どんだけアタシを殺したいんだよ!?

 

「お前にやらせたアタシがバカだった……」

「じゃ、じゃあ前向いて!」

「絶対に向かねえよ。次また余計なことをほざいたらブチのめすぞ」

 

 しかもお次は前からアタシを引き裂くつもりらしい。

 お前はどっかの都市伝説に登場する怪人か何かか?

 

「お前は大人しく風呂にでも浸かってろ」

「ぶー……」

 

 可愛らしく頬を膨らませてもダメだ。

 

「こういうときこそタオル風船だな……」

「……ま、まだやっとったん?」

「悪いかコラ」

 

 身体を洗っているとジークに意外そうな顔で聞かれた。

 うるせえな、こちとら好きでやってんだよ。

 

「それもサッちゃんらしくてええけどな」

「こんなことでアタシを褒めたのはお前が初めてだ」

 

 まさかタオル風船で褒められるとは思ってもみなかった。

 

「サッちゃん、はよ風呂に浸からへんと風邪引くよ?」

「じゃあお前が出ろ。早急に」

(ウチ)はこのままがええんよ」

 

 いつからここまで頑固になったのか……昔のジークが消えつつある。

 つーか……あれ? 昔のジークってどんな奴だったっけ?

 

「ふぅ……あったまるなぁ~」

「そやね~」

 

 湯船に浸かったのはいいがなぜだろう。いつもより疲れている気がしてならない。

 

「どないしたん? なんや疲れてるように見えるけど……」

「それはきっとお前のせいだ。あとさりげなく抱きつくな」

「こうすればあったまるって本に書いてあったんよ」

「うん。どうでもいいからおっぱい鷲掴みすんのやめろ」

 

 あまりにも自然体だったから気づくのが遅れたぞ。

 ていうかなんの本を読んだらそういう結果にたどり着くんだ。

 ただでさえ湯船に浸かっているというのにこれ以上暖まってなんの意味があるんだよ。

 

「チッ……何か言うことは?」

「もう一声や!」

「そうか! そんなに死にたいか!」

「サッちゃんあかん! ここでの打ち下ろしは洒落にならへんよ!?」

 

 今の言葉を聞く辺り、反省する気は全くないみたいだ。ブチ殺すぞコノヤロー。

 このあとはどうにかジークを土下座させ、無事にご飯を食べて無事に寝ることができた。

 それでも寝る際にジークが顔を真っ赤にしながら侵入してきたのは言うまでもないが。

 

 

 

 




 クロちゃんの出番が増えてもジークの出番が減るわけじゃない!←

《今回のNG》TAKE 48

「チッ……何か言うことは?」
「写真撮っといたで!」
「待て! 今の一瞬でどうやって撮ったんだ!?」

 バカな。ここは風呂だぞ。
 隠しカメラならともかく真正面から撮られるならアタシが気づかないなんてあり得ない。

「サッちゃんのことならお任せあれや!」
「ふざけんなこの変態乞食!」
「合わせてもあかんよ! (ウチ)はお代官様や!」
「まだそのネタ引きずってたのか……」

 このあとシバき倒したのは言うまでもない。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話「激おこぷんぷん丸」

 今回は主にハリー視点でお送りします。


「チィッ……!」

「どうしてこうなったんだ……?」

 

 オレの友達である緒方サツキは今、めちゃくちゃイライラしている。

 いやいや、そこまでイライラする必要あんのか? まあ、気持ちはわからなくもねーけどさ。

 

「あ、あのさサツキ――」

「じゃかましいクソヤローがァああああッ!!」

「ぶふっ!?」

 

 なんとか宥めようと声をかけたら顔面に裏拳をかまされた。

 いてーなおい!? 何も問答無用で殴り飛ばす必要はねーだろ!?

 

「今アタシはすげえイライラしてんだよ!! テメエは気楽でいいよなぁ!! 次また気安く声をかけたらブチのめすぞゴラァ!!」

「待て! さすがにそれは――」

「はいドーン!!」

「ぶふぉ!?」

 

 またしてもサツキの拳がオレの顔面に突き刺さった。

 ていうか頼む。せめて会話ぐらいはさせてくれ。

 クソッ、オレが一体何をしたってんだチクショー……!

 事の始まりは今から五時間ほど前だ。あんなことさえなけりゃ……!

 

 

 

 

 

 

 

「またやらかしたのか……」

「だったらなんだゴラ」

「サツキ。とりあえず落ち着け」

 

 オレとサツキは職員室に呼び出された。なんでもサツキがまたやらかしたとか。

 何をやらかしたって? 大方ケンカだろーな。それ以外に思いつくことはない。

 コイツ、初めて会ったときからこんな調子だもんなぁ。

 

「だったらなんだ、ではない。いいか? 大体君はだな――」

 

 あー、また始まったよ。この先生の説教、めちゃくちゃ長いんだよ。

 しかもサツキはこれで三度目だ。停学じゃないだけマシだけどな。

 ちなみにオレは証人ということで呼び出されている。まあ、慣れてるけどよ。

 

「少しは反省しないか! しかも今回は――」

「……………………っ!」

 

 あ、ヤバイ。サツキの奴、かなりキレそうになってる。

 表情は話を聞き流すときのそれだが、握っている拳からは血が出ている。

 耐えろサツキ。頼むから耐えてくれ。あと殺気は抑えろ。

 

「それと君には学習能力がなさすぎる!」

「……っ!!」

 

 お、おい? なんか前よりも沸点が低くなってねーか?

 だとしたら早く帰りたい。でないとオレの胃が持たねえ。

 

「――不良なんてくだらないことはやめて、他の生徒のように将来のことを考えるんだな」

 

 っておい先生! それは禁句だって! 今なんかプッツンって聞こえたから!

 

「…………い、今なんつった?」

「だから、不良なんてくだらないことはやめて他の生徒のように将来のことを考えろと言ったんだ」

 

 あ、これもうダメだ。

 

「――殺すぞテメエぇえええええええッ!!」

「サツキストップ! 相手考えろ!! 先生だぞ!? 洒落にならねーって!!」

「知るかボケぇ!! つーかウジウジと話長えんだオラァ!! 簡潔に20文字以内でまとめろやァ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「――クソッタレが……!」

「はぁ……」

 

 とまあ、こんな感じで今に至るわけだ。

 いつものことだから大丈夫だと思ってた自分が凄え憎い。

 そーいやサツキに常識が通じるなんて思ってた時期もあったなぁ。

 

「そんでさー」

「へぇー」

 

 すると前から他の生徒が二人ほど歩いてきた。忘れていたが今は放課後だ。

 つまり下校中の生徒もいるわけで――

 

 

 ドンッ

 

 

「――ちょっと、気をつけなさいよ!」

 

 見事にサツキとぶつかってしまった。ていうかサツキ、前くらいは見ろよ。

 まったく、完全に周りが見えてねーな。……あれ? これヤバイんじゃ……?

 

「――あァ?」

「「「っ!?」」」

 

 おいおい!? これ威圧じゃなくて殺気じゃねーか!?

 

「…………あ、あのですね――」

「何が気をつけろだァ……?」

「ひぃっ!? な、なんでもありません! すみませんでした――っ!!」

 

 サツキが少し目を細めると、ぶつかった女子生徒は脱兎のごとく逃げていった。

 相変わらず凄まじいな。見てるこっちが怖えよ。

 

「チッ、雑魚が」

「…………」

 

 えー……。

 

「いや、威圧ならまだしも殺気はどうかと思うぞ?」

「…………はァ?」

「待て待て! 今の言葉のどこに怒る要素があったんだ!?」

 

 なんかさっきよりも苛立ってねーかお前!? だんだん殺気が濃くなってるぞ!?

 明日には元に戻ってくれるといいんだが……大丈夫か?

 

「タバコは……お、あった」

「だからやめろ――」

「テメエ……黒ツヤみてえに駆除したろか?」

 

 さすがにあの虫と同列にされるのは心外だな。

 そう考えてる間にも、サツキは一服してしまった。またしても止められなかったよ……。

 

「ったく……散々な一日になりそうだ」

 

 お前のおかげでもうなってるとか言ったら間違いなく殺される。

 

「でよー……ん?」

「どうした?」

 

 今度はサツキの言う意気がってる男子生徒二人とすれ違った。

 サツキは相変わらず苛立ったままだ。お願いだから面倒事はよしてくれ。

 

「…………なんだよあんた?」

「あ? テメエなに見てんだ――」

「はいはいはいはいストップストップ!!」

 

 ゆっくり振り向いたかと思えばこれかよ!? 目が合っただけだぞ!?

 

「は、早く行こうぜ」

「ああ、そうだな」

 

 オレがサツキを止めてる間に男子生徒はどっかに行ってしまった。

 よ、よかった……いろんな意味で。しかしこれじゃしばらく続きそうだ。

 

「いい加減に機嫌直せよ!!」

「なんだゴラァ!?」

「なんだじゃねーよ! 些細なことでイライラすんな!」

「甘ちゃんの分際で何を言うかと思えば……ぶっ殺すぞ?」

「上等だ。ビビってたオレがバカだったよ」

「テメエは常にバカだろうが」

「んだとてめー!?」

 

 チクショー! こうなったら当たって砕けろだ!

 

 

 

 

 

 

 

「炬燵が気持ちいいなぁ~」

 

 翌日。アタシは学校の屋上に設置してある炬燵で寝ている。

 なんか昨日はいろいろあったけど……まあいいや。今となってはどうでもいいし。

 それと今日は珍しくハリーが休みなんだよな。なんでも体調不良かつ頭を負傷したとかで。

 

「珍しいこともあるもんだ」

〈それはひょっとしてギャグで言っているんですか……?〉

 

 いや、そんなつもりで言ったわけじゃないんだけど……。

 

「平和もたまにはよし、だな」

 

 退屈なのはつまらんが、刺激がありすぎても困る。要はバランスが一番だな。

 今日は何をしようかな~?

 

 

 ――ガチャッ

 

 

 そんなことを考えていると屋上の扉が開き、二人の男子が入ってきた。

 あの服は……1年か? うん、1年だな。つーかなんでケンカ腰なんだ?

 

「ま、別にいいか」

 

 そっちがその気ならやるまでだ。

 今日もアタシは退屈しない。全く、いつまで続いてくれるのやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーダー! 大丈夫っスか!?」

「これが大丈夫に見えるか……?」

「何があったんですか?」

「昨日サツキが……そうだ、サツキは?」

「屋上で1年の男子二人とケンカしたらしいっス。そのあとはいつも通り――」

「寝てたってか?」

「お、オッス!」

「…………誰か胃薬持ってねーか……?」

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 5

「昨日サツキが……そうだ、サツキは?」
「屋上で1年の男子二人とケンカしたらしいっス。そのあとはいつも通り――」
「寝てたってか?」
「いえ、授業に出てました」
「はぁ!?」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話「盗んだバイクでツーリング♪」

「えーっとパエリアの材料は……」

「サツキ……! これこれ……!」

「ん? おお、モンブランじゃねえか」

 

 ただいま近所のスーパーにて、クロと一緒にお買い物なう。

 ここのスーパー、前に特売があったスーパーと同じくお買い得から気に入ってるんだよね。

 もちろんお金はある。最近、()()調()()で万札がいっぱい出てくるんだよ。

 ていうかクロ、お前は落ち着け。目が輝くほど嬉しいのはわかるけどさ。

 

「まあ、金はあるからいいけどよ」

「……ごめん」

「いいつってんだろ」

 

 全く、一回で理解しろっての。

 

「パエリアだけじゃ足りねえな。他には……お?」

「……どうしたの?」

「たまにはこれでも食うか」

「…………お好み焼き?」

「ああ」

 

 地球じゃわりとメジャーな食べ物だ。よく鉄板でひっくり返してたっけ。

 そういや鉄板といったらもんじゃもあったな。まあ、その話は置いといてだ。

 

「他にほしいもんはねえか?」

「……好きなものでいいの?」

「当たり前だろ」

 

 するとクロは、少し息を吸い込んでから口を開いた。

 

 

「――チーズケーキとショートケーキとホットケーキとロールケーキとチョコレートケーキとシフォンケーキとカステラとマカロンとスポンジケーキとマドレーヌとバウムクーヘンとシュークリームとエクレアとクッキーとビスケットとタルトとパンケーキとレープクーヘンとプチフールとアップルパイとミルフィーユとスイートポテトとプリンとゼリーとその他諸々がほしい……!」

 

 

「……………………え?」

 

 え?

 

「そ、それがお前のほしいもんか……?」

「………………あ……っ!?」

 

 やっと我に返ったらしく、クロは顔を真っ赤にしてその場にしゃがみこんだ。

 雰囲気からしてやってもうた……! って感じだな。うん、お前はやってもうたよ。

 つーかその他諸々ってなんだよ。もしかして和菓子も含まれてんのか?

 

「言うまでもなくわかるだろうが、そんないっぺんには無理だからな?」

「……………………わかってる」

 

 それとそろそろ立ち上がってほしい。恥ずかしいのはわかるが、ここ店内だから。

 つまり他のお客さんもいるわけだし――要は目立ってしまうんだよ。

 

「……迷惑かけた」

「…………別にいいよ」

 

 やっと立ち上がったか。

 

「さっさと並ぶぞ」

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

「……美味しい」

「そりゃよかった」

 

 あれから少し時間が経ち、今は家で晩飯を食べている。

 メニューはもちろんさっき買ってきた材料で作ったパエリアだ。

 ついでにお好み焼きも作ってみた。せっかく買ったんだし、何よりめっちゃ懐かしいわ。

 

「さてさて、明日の晩飯は何がいい?」

「……サツキ。私、居候じゃない」

「あ」

 

 しまった。唯一の()()()()ということもあってか居候感覚で接してしまった。

 なんせ一緒にいるとストレスがどっかに散っていくもんなぁ。

 

「――ラーメン」

「ラーメン?」

「……うん。前にサツキがケンカしてから食べに行ったやつ」

 

 あー、あれか。

 

「晩飯にそれを求めると?」

「うん」

「…………了解っと」

 

 とりあえず明日の晩飯はラーメンに決まった。種類はチャーシューとネギまみれでいいか。

 あとは適当なお菓子とタバコとビールだな。日本酒は……やめておこう。

 そんなこんなで、アタシとクロは晩飯を共にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「サッちゃん! 隣町に行こー!」

「ここは行き止まりです。そのままUターンしてお帰りください」

「どう解釈したらそんな返答ができるんや……?」

 

 翌朝。早朝から誰か来たと思えば案の定、ジークだった。

 さすがに朝早くはやめてほしかった。まあいいや、ちょうど出掛けたかった気分だし。

 今日の服装はジャケットでいいかな。あとはお金を持ってと。

 

「よし、行くか」

「うん」

 

 支度を終え、戸締まりをしっかりとしてから出発する。

 ちなみにジークはめちゃくちゃはしゃいでいる。ヴィクターが見たら多分蒸発するな。

 

「つってもよ、どうやって隣町に行くか考えてんのか?」

「……………………あ」

 

 アホだ。

 

「そんじゃちょっと待ってろ」

「え? サッちゃん? どこ行くんや?」

「交通手段の確保だ」

 

 そう言ってアタシは二人乗りできそうなバイクを探し始める。

 この辺りは意外とバイクが多いからな。前にクロとツーリングしたときも当たりがあったし。

 

「お、これがいいな」

 

 ちょうどいい大きさのバイクが見つかった。しかもキーが挿しっぱなしだ。

 これは確実に当たりだな。あとは持ち主を探すだけだ。

 とはいってもここから離れるわけにはいかないのでバイクが壊れてないか調べていると、一人の青年がやってきた。

 

「あ、あの……それ俺のバイクなんだけど」

「マジで?」

「うん、マジで」

「それじゃあこれ貸してもらえませんか?」

「……は!?」

 

 とりあえずできるだけ平和的に頼んでみる。これで承諾してくれるといいんだけど……。

 

「ダメに決まってるだろ! ふざけ――」

「なんだとこのっ!」

「へぶっ!?」

 

 残念ながら平和的交渉は決裂してしまった。

 アタシは青年をドロップキックでダウンさせ、その隙にバイクのエンジンを掛ける。

 安心しろ。用が済んだら返してやる。忘れてなかったらの話だけどな!

 

「おいジーク!」

「あ、サッちゃ――なんやそのバイク!?」

「親切な人が快く貸してくれたんだよ」

「そ、その親切な人って……あそこで倒れてる」

「早く乗らねえと置いてくぞー」

「…………あー! 待ってサッちゃん! 置いてきぼりはごめんやー!!」

 

 ジークは急に表情が青ざめるも、なんとかアタシの後ろに座った。

 無理もねえか。以前、近所のコンビニに立ち寄った際にも置き去りにしたからな。

 そのときのジークときたら傑作だったよ。なぜか店員に囲まれてあたふたしていたのだから。

 

「お前はこれ被ってろ」

「……ヘルメット?」

「死にたくなければ被れ」

「サッちゃんは?」

「いらねえよ」

 

 ヘルメットはそれ一つしかないし。

 

「う、運転できるん……?」

「余裕だよ」

「ほんまに大丈夫なん? (ウチ)、まだ死にたくないんよ?」

「だから余裕だって。地球にいた頃に経験積んでるから」

「待って。今さらっと聞き捨てならんことを言わへんか――」

 

 ジークがなんか言おうとしていたけどアタシがバイクで走り出すと同時に聞こえなくなった。

 それに事故ったとしても死ぬのはお前だけだ。アタシは絶対に死なねえよ。

 走り出してから数分、妙な違和感を感じるので道路の隅っこもとい人気のない場所で止まってみた。

 

「……ジーク」

「ど、どないしたん?」

 

 やはりと言うべきか、ジークがちゃんとしがみついていなかった。

 マジで死にたいのか? コイツは。いや、別にどうなってもいいんだけど。

 

「そんなに離れてるとすぐに落ちるぞ。もう少しちゃんとしがみつけよ」

「こ、こう?」

「テメエ落としたろか」

「なんでや!?」

 

 誰がおっぱい掴めつったよ。腰辺りに両腕を巻きつけるようにしてしがみつくんだバカヤロー。

 ジークもやっとその違いに気づいたらしく、なんとかもたれ掛かるようにしがみ――

 

「――誰が胸を押しつける感じで密着しろつったよ」

「え、違うん……?」

「アイツならまだしも、テメエが密着すると体格的に邪魔でしかねえんだよ!」

「アイツって誰や!?」

 

 もちろんクロだ。アイツは小柄だから結構楽なんだよ。わりとマジで。

 

「これは……浮気の臭いがする!」

「隣町に着いたら殺すから遺言考えとけよ」

「ああっ! 違うんよサッちゃん! 今のは言葉のあやでその――」

 

 ジークの言い訳を遮るように再びバイクを走らせる。

 確か隣町には名物とやらがあったはずだ。早く行かねえとなくなっちまう!

 そう考えつつ走行スピードを上げると、さすがのジークも黙り込んだ。うん、それでいい。

 全く、このアホといると先が思いやられるぜちくしょう。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 12345

「――チーズケーキとショートケーキとホットケーキとロールケーキとチョコレートケーキとカステラとスポンジケーキとマドレーヌとバウムクーヘンとシュークリームとクッキーとビスケットとタルトとパンケーキとレープクーヘンとプチフールとアップルパイとミルフィーユとスイートポテトとプリンとゼリーとそのチゃッ!」


「………………ま、また噛んだ……!」
〈今度はシフォンケーキとマカロンとエクレアが抜けてますよ〉
「いやこれ絶対に無理だろ!?」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話「待ていッ!!!!」

「よーし、着いたぞジーク」

「し、死ぬかと思った……!」

 

 あれから数十分後。ようやく隣町に着いたのでバイクを専用の駐車場に置いてきたところだ。

 さて、こっからは歩きかぁ。アタシは問題ないけどジークが心配だな。

 だってコイツ――方向音痴でもないのに勝手に迷子になることがあるのだから。

 

「どうした? そんなにぐったりして」

「サッちゃんのせいやろ……!」

「あ?」

「サッちゃんが何度か急ブレーキ掛けた際に放り出されそうになったんよ!?」

 

 そういやそんなこともあったな。

 

「そのまま放り出されてたらよかったのに」

「サッちゃんのアホー!」

「誰がアホだと!?」

「サッちゃんに決まってるやろ!」

「街灯ぶつけたろかテメエ!?」

 

 そうすればコイツのイカれた頭も元通りになるかもしれない。

 命の保証はどこにもないけどな。ていうか必要ない。

 

「オラ、さっさと名物のお菓子を買いに行くぞ」

「ぶー……!」

 

 だから可愛らしく頬を膨らませてもダメだつったろうが。

 それにしても……マズイな。前に来たとことは違う場所だぞここ。

 

「ヤバイ、道がわからねえ」

「え? う、嘘やろ……?」

「嘘じゃねえよ。テメエのせいで道がわからねえんだってば」

「なんで(ウチ)のせいなん!?」

「バイク乗ってるときにテメエが後ろでじっとしてれば予定してた場所に着けたんだよ!」

「サッちゃんのバイク運転が荒いのが悪いんよ!」

「アタシの華麗な運転技術にケチつけてんじゃねえよ!」

「あれのどこが華麗やて!? あれでほんまに華麗やったらまだヴィクターと自転車の二人乗りをした方がマシやっ!」

「例えが意味不明なんだよ! このアホミア!」

(ウチ)はアホミアとちゃうよ!?」

 

 クソッ、やっぱりこんな奴を連れてきたのが間違いだったぜ。

 ちなみに運転が荒かったのは何度かジークを振り落とそうと試みたからである。

 

「アホミアじゃなければ百合ミアだ!」

「ゆ、百合ミアぁ!?」

 

 こればかりは絶対に間違っていない。なんかそんな気がするからな。

 図星だったのか、ジークは顔を赤くしながら呆然としていた。……え? マジだったの?

 だとしたらあれを実行するしかないな。アタシはジークの顔を両手で掴む。

 

「ひゃっ!? さ、さささサッちゃぁん!?」

「ジーク、頼む――」

 

 退くなアタシ。ここでやらなきゃいつやるんだ。

 

「――アタシと縁を切ってくれ」

「やーっ! それだけは絶対にごめんなんよっ!」

「縁を切れぇ!」

「イヤに決まってるやろ!」

「アタシが切れつったら切るんだよっ!」

(ウチ)がイヤって言うたらイヤなんよっ!」

 

 そんな決まりはどこにもない。

 

「じゃあなんだ!? 愛してるとでも言えばいいのか!?」

「…………い、今なんて……?」

「だから、愛してるとでも――」

「それほんまっ!?」

「んなわけねえだろ!?」

 

 しもた。こんなことを言ったらコイツは盛大な勘違いをするってことを忘れたのかアタシは!?

 ジークはさっきよりも顔を真っ赤に染め、ぐるぐると目を回していた。

 マズイ。このアホ、見事に混乱してやがる。

 

「さ、サッちゃんが、サッちゃんが(ウチ)を愛してる……!」

「だから違うつってんだろうが!」

「ほ、ほんなら今すぐウェディング――」

「戻ってこいオラァ!」

「ぶふぉ!?」

 

 とりあえずジークの顔面をぶん殴る。これで無理だったらいつものあれをやるしか……!

 

「――はっ!? う、(ウチ)は一体……」

「悪いもんにとり憑かれてたんだ」

「そ、そうやんな。サッちゃんが(ウチ)のことを愛してるなんてあり得へんからな……」

 

 それだけは絶対にあり得ねえよ。

 

「わけのわからねえこと言ってねえで、早く行くぞ」

「道わかるん?」

「知らん」

 

 だがバイクが置いてある場所さえ覚えとけば戻ってこられるさ。

 アタシとジークによる名物探しというちょっとした旅が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「思ったより早く見つかってよかったよ」

「おにぎりおにぎり~♪」

 

 あれから二時間後。アタシはお目当ての名物を探し当て、ジークはおにぎりを大量に買い込んでいた。

 当然、そのおにぎり代はアタシが仕方なく出したものである。

 

「どんだけ買ってんだよお前」

「その場にあったやつを全部買い占めたんよ!」

「返せよ!? おにぎり代ぜってーに返せよ!?」

 

 どうりで万札が逝ってしまったわけだ。

 

「…………う、うん。多分返す」

「多分じゃねえ。絶対だ」

 

 テメエの多分は絶対に返さないのそれだからな。

 とはいえ、またとない機会ゆえにまだまだ買いたいものはある。

 

「そんじゃ、次に行くか」

「そやね! (ウチ)もまだ見たいものがあるんよ」

「あ、そう」

 

 

 ――さらに数時間後――

 

 

「ふぅ」

 

 疲れた。わりとマジで疲れた。特に食べ物を見るなり暴走しまくるジークを止めるのに疲れた。

 そんなことを考えながらも、アタシは近くにあったトイレで用を済ませていた。

 もしなかったら以前のジークと同じく漏らしていたかもしれない。

 

「ま、いざというときは――ん?」

 

 街灯下で待たせているジークの元へ向かうと、そのジークが三人の男に絡まれていた。

 へぇ、ナンパか。アタシも経験あるけど言葉で追っ払うのは大変なんだよ。

 だからいつもストレスの捌け――実力行使で追っ払っている。

 

「な、別にいいだろ?」

「そ、その、(ウチ)は――」

 

 しつこく食い下がられているが当然だな。なんせアイツ、押しには弱いし。

 それに加えジークには味方がいない。つまり一人だ。

 男たちもそれを知って絡んできたのだろう。

 

「どうせ暇なんでしょ?」

「そやから(ウチ)は人を――」

「大丈夫大丈夫。すぐに終わるって」

 

 ジークはアタシでも探しているのか、周りを見渡すように首をキョロキョロさせている。

 もちろん、アタシは助けない。だってめんどくせえじゃん。

 それにアイツはその気になれば実力行使で追っ払えるしな。

 まあ、運がなかったということで諦め――

 

「――あれ?」

 

 ジークを置き去りにしてその場を立ち去ろうとしたアタシの足が止まる。

 今持っている袋の中身を確認したのだが、なぜかおにぎりしか入ってない。

 おかしい。アタシは確かに例の名物品を入れたはずだぞ。

 ふとジークの方を見ると、痺れでも切らしたのか三人のうちの一人がジークの持っていた袋をはたき落としていた。

 その袋を見てみると、『地球名物! 結構美味いどら焼き』と書かれた大きな箱が入っていた。

 

 

 ――うん、あれアタシが買ったやつだ。

 

 

「待ていッ!!!!」

 

 

 気づけばアタシは自分でもわかるくらい大きな声を出していた。

 なんつーか……自分の財布と同じ柄の財布を持った奴とぶつかって、互いに落とした財布がその際に偶然すり替わってしまったような気分だ。

 

「あ?」

「な、なんだよ?」

「サッちゃん……!」

 

 当然、男たちが気づかないわけがない。ジークも救世主を見るような顔でアタシを見ていた。

 連中はアタシを見るなりジークのときと似たような感じで絡んできた。

 

「何々? 君も混ざりたいの?」

「悪いけど、俺たちこの子に用があるから――」

「お、おい待て。こいつどっかで見たような……」

 

 すると男の一人が、アタシを見て何かを思い出そうとしていた。

 それはそうと、アタシの買ったどら焼きを落とした罪は重いぞゴラァ。

 

「ちょっと面貸せ」

「はぁ?」

「お前なに言って――」

「面貸せつってんだコノヤロー」

 

 

 ~~しばらくお待ちください~~

 

 

「あースッキリした」

「そやからタバコ吸うたらあかんよ!」

「るせえな。ていうか、無事か?」

 

 とりあえずあの三人は楽にしてやった。今ごろあの世で喜んでいることだろう。

 

「う、うん。大丈夫やけど――」

「お前じゃねえ。アタシのどら焼きは無事かつってんだよ」

「それも大丈夫やけどたまには(ウチ)のことも心配してほしいんよ……」

 

 別にお前のために暴れたわけじゃねえんだよ。アタシはアタシのために暴れたんだよ。

 全く、せっかくアタシが稼いだ金で買ったどら焼きを危険に晒しやがって。

 

「帰るぞ。もうここには来たくない」

「うー……」

 

 何がそんなに不満なのかさっぱりわからないんだけど。

 まあいい。アタシとジークは早々にその街から立ち去ったのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 27

「――あれ?」

 ジークを置き去りにしてその場を立ち去ろうとしたアタシの足が止まる。
 今持っている袋の中身を確認したのだが、なぜか名物のどら焼きしか入ってない。

「あ、どら焼きか。ならいいや」

 アタシは再びその場から歩き始めた。なんか忘れてるような気がするけど気のせいだろ。

「サッちゃーん!! (ウチ)を忘れとるよ!」

 人違いです。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話「上目遣いってヤバイよな」

「ほら、お土産」

「…………ありがとう」

 

 ジークを連れて隣町に行った日の夜。アタシは買ってきたどら焼きをクロにあげていた。

 全く、今日も今日でいろいろあったから疲れたよちくしょうが。

 クロは水を得た魚のように喜んでいた。無表情でも目が輝くからわかりやすいな。

 しかも今は踊っているかのように体を回転させているからなおさらだ。

 

「喜ぶのはそこまでにして、晩飯作るからテーブルの上を片付けといてくれ」

「……わかった」

 

 とりあえずクロにタバコや灰皿が置いてあるテーブルの上を片付けさせる。

 アタシが誘ったとはいえ飯を食うからには手伝いの一つや二つはしてもらわねえとな。

 

「それと冷蔵庫からビール出しといてくれ」

「……了解」

「ついでにDVDも見るから準備よろ」

「任せて……!」

 

 DVDという単語が出た瞬間、クロはお菓子を見つけたとき並みに嬉しそうな声を出した。

 ぶっちゃけテレビの活用理由なんてこれしかない。ニュースやお笑い番組は最近いいのないし。

 そうしてるうちにもご飯はできあがった。メニューはもちろん約束通りラーメンだ。

 

「……サツキ」

「どうした?」

「…………どれがいいやつなのかわからない」

「あー……」

 

 そういやクロに選ばせるのって初めてだったな。

 

「そうだな……これにするか」

「……それは?」

「アニメだな。確か山登りするやつ」

「……そう。ご飯は?」

「もうできたよ」

 

 自分から聞いといて素っ気ない対応はねえだろ。

 思わずDVDケースを握り潰しそうになったじゃねえか。

 とまあ、ひとまずこれは置いといて飯にするか。

 

「……いただきます」

「あいよ」

「……!?」

「クロ?」

 

 クロが自分のラーメンを見て驚いていた。なんだなんだ?

 

「……サツキ」

「ん?」

「チェンジ」

「ダメに決まってんだろ」

「ネギが……ネギが多すぎる……!」

 

 そりゃそうだろ。だってお前のやつ――ネギまみれのラーメンなんだから。

 贅沢言うなよ。麺が入ってるだけマシだろうが。ちなみにアタシのはチャーシュー麺だ。

 

「大丈夫だ。麺はちゃんと入ってるから」

「…………そういう問題じゃない」

 

 いや、そういう問題だ。

 

「チェンジを要求する……!」

「やだ」

「ならサツキのやつを……!」

「好き嫌いは感心しねえな」

「こ、これ麺とネギしか入ってない……! せめて、せめてチャーシューを……! チャーシューをお恵み――」

「好き嫌いは感心しねえな」

「……………………」

 

 やっと諦めたのか、クロはその場で膝をついた。

 どんだけチャーシュー食べたかったんだよ。他にももやしとかもやしとかいろいろあったろうが。

 

「……サツキ」

「ん?」

「……好き嫌いは感心しない」

「アタシはいいんだよ」

 

 お前はお前、アタシはアタシなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

「なあハリー」

「ん?」

「今度アタシん家で都市伝説の話でもしようぜ」

「……それって怖いやつじゃねーのか?」

 

 翌日。暇だから屋上で昼飯を食べつつハリーと会話している。

 ていうかお前、勝手に人様の炬燵に入ってくんなよ。

 せっかくの心地よさが台無しじゃねえかコノヤロー。

 

「バカだなお前は――怖いやつしかねえんだよ」

「ふざけんなよてめー!?」

 

 ハリーは顔を真っ青にしながらアタシに抗議してきた。

 しかしだなハリーよ……やっぱりその場で踞られると全然怖くないんだわ。

 

「ところで、あの三人は?」

「教室で弁当食べてるよ」

「あっそ」

 

 どうりでコイツ一人なわけだ。

 

「ところで、お前はインターミドルに出るのか?」

「それはこっちのセリフだサツキ。お前は出るんだろうな?」

「出るから宣戦布告したんじゃねえか」

 

 何を言っているんだコイツは。なんで出場しないのに宣戦布告する必要があるんだ?

 とはいえ、今年のインターミドル次第でアタシの今後が変わるけどな。

 

「ま、せいぜいアタシを楽しませてくれや」

「おめー何様だよ」

「不良様だよ。オラ、アタシを拝むんだ」

「断るに決まってんだろ」

 

 なんでやねん。

 

「拝めろよぉ! 拝んでくれよぉ!」

「なんでそんなに必死なんだお前は!?」

 

 ハリーの拝み姿が見たいからに決まってんだろ。

 別にアタシ自身が拝んでもらいたいわけじゃねえんだよ。

 ていうかそういうの好きじゃねえし。

 

「…………ほ、ほら、これでいいか?」

「おう(パシャ)」

「待て! 今写真撮らなかったか!?」

「気のせいだろ」

「だったらそのニヤニヤした顔をやめやがれ」

「はて? なんのことやら?」

 

 まあ、実際に写真は撮ったけどね。なかなかいいぞこれ。

 恥ずかしそうに上目遣いで拝むハリー。コイツは意外と売れそうだぞ。

 あとで校舎にバラ撒いてみよう。何かおもしろいことが起きるかもしれない。

 

「後は……下乳写真が撮りたい」

「変態かてめーは!?」

 

 失敬な。

 

「アタシは変態じゃない。ケンカ大好き娘だ」

「間違ってねーから余計に腹が立つ……!」

 

 だろう? アタシは世間にそういう人間として見られているはずだからな。

 ま、世間の目が怖くてケンカができるかってんだ。

 

「それよりもほら、下乳出せコラ」

「嫌に決まってんだろ!?」

「じゃあ水着を着てくれ」

「おめーはオレに何を求めてんだよ!?」

「えーっとなんつーか……あれだよ、エ――」

「言わせねーよ!?」

 

 じゃあどうしろってんだよクソッタレが。このままじゃ昼休みが終わっちまうぞ。

 まあ、写真を撮る理由は商売目的だけどね。お前のやつ、女子に人気なんだわ。

 

「ハリー! 頼む――」

「だから、嫌だつってんだろ」

「――裸Yシャツやってくれ」

「シバくぞてめー!?」

 

 あれ?

 

 

 ――しばらくお待ちください――

 

 

「ダメなものはダメだからな!」

「チッ! 今回だけは諦めてやるよ」

「……どさくさに紛れてタバコ吸おうとしてんじゃねーよ」

 

 あれから数分間の攻防が続いたが、結局ハリーは撮らせてくれなかった。

 まあいい。上目遣いで拝む姿は撮れたからな。あとはプリントするだけだ。

 

「さてと……」

「お、おい。何をする気だ……?」

 

 アタシはあらかじめ用意しておいたスピーカーを取り出し、校内に向かってこう叫んだ。

 

 

 

「お前らぁ!! 恥じらうハリーの写真がほしいか!?」

 

 

 

「なんてこと言うんだおめーは!?」

 

 なんてことってお前――商売だから仕方ねえだろ。それに……

 

 

『『『もちろんだあぁあああーーっ!!』』』

 

 

「お前らも応えなくていいんだよっ!!」

 

 ほら、まさに鶴の一声ってやつだ。めっちゃ盛り上がってんぞ。

 ちなみにこうしてやったのはこれで三回目だったりする。

 

「どーすんだよこの始末!?」

「お前が生徒一人一人に上目遣いを披露してやればいいんじゃね?」

「ふざけんなよ!? いやマジでふざけんなよ!?」

「はっはっは。おもしれーじゃん」

「おもしろくねーよ!!」

 

 お前の事情なんて知ったことじゃねえ。

 

「ま、別に一人でヤってる写真を拡散されるわけじゃねえんだから少しは落ち着け」

「これでもまだ落ち着いてるわっ! つーかヤってるってなんだよ!? どういう意味だよ!?」

 

 お前にはまだ早かったな。ていうか前に薄い本で見ただろうが。

 そんなこんなで、今日の昼休みは珍しく大盛況だった。主にハリーへの大歓声で。

 やったねハリー! これでまたファンが増えたよっ! ……ヤバイ、やっぱ裏声はダメだ。

 ちなみに当のハリーは周りには見えないように胃薬を飲んでいた。……何があったの?

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 1234

「こ、これ麺とネギしか入ってない……! せめて、せめてチャーシューを……! チゃッ!」


「………………もうやだ、喋りたくない」
「……いや、前のあれよりはマシだろ」
「…………そういう問題じゃない」


※クロちゃんは噛みネタが多いです。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話「癒しだけはまともであってほしい」

「サッちゃーん!」

「…………な、なんだ? そのクソでけえ荷物は?」

 

 朝から誰だコノヤローとか思ってみれば案の定ジークだった。

 朝に来る来訪者はまずコイツだと覚えておこう。

 ていうかその背中に背負ってる荷物なんすか? いやマジでなんすか?

 

「サッちゃん! 実は(ウチ)――今日からここで暮らすことになったんよっ!」

「………………ふぁっ?」

 

 今なんつったコイツ。

 

「も、もっかい言ってみろ」

「そやから(ウチ)――今日からここで暮らすことになったんよっ!」

 

 

「――クソッタレぇえええええええええっ!!」

 

 

 その言葉の意味を理解した瞬間、アタシはひたすら叫ぶしかなかった。

 

 

 ――しばらくお待ちください――

 

 

「ほな、今日からよろしくやサッちゃん」

「今すぐ帰れ」

 

 ジークの衝撃発言から数分後。そのジークを殴り飛ばすことで落ち着いたアタシは頭を抱えた。

 いやそうだろう? いきなり居候ができちまったんだぜ? しかも足手まといでしかない奴。

 正直、コイツに期待できることなどほぼない。あるとしたら――なんだろう?

 ちなみにジークはアタシに殴られた右頬を押さえながらも平静を保っている。

 

「そう言われても……仕方ないんよ。(ウチ)、サッちゃんが恋し――」

「あ、後ろに黒ツヤ」

「ぴゃっ!?」

 

 おおう。めっちゃ跳ね上がったぞ。どうやったらそんな跳ね上がり方ができるんだ?

 

「どどどこにおるん!?」

「いねえよ」

「………………え?」

「だから、最初からいねえつってんだよ」

「なんやて!? まさかサッちゃん、(ウチ)を騙したんか!?」

「うん」

 

 仮にホントだったとしてもアタシは嘘だと述べるだろうな。

 だっておもしれーじゃん。コイツがマジで失神するところを見るのは。

 

「うー……! サッちゃんのスカポンタン……」

「シバいたろか」

 

 最近、アタシの口調に少しずつ関西弁が混じってきているが気のせいではない。

 まあ、コイツやウェズリーによるストレスも原因の一つだろうな。

 そういやウェズリーとは最近会ってないな。一体どこで何をしているのやら。

 

「まあええわ。そんなことよりもサッちゃん」

「なんだよ」

(ウチ)の寝る場所ってどこなん?」

「路上」

「…………へ?」

「だから、路上のど真ん中――」

「さすがの(ウチ)も本気で怒るよ!?」

「――あァ?」

「ごめんや。今のは言葉のあやなんよ」

 

 だったらなんも言わずに受け入れろや。

 

「ま、とにかくそれがイヤなら帰れ。いや、今すぐ帰ってくれ」

「それだけはイヤなんよ。サッちゃんと、サッちゃんと離れてまうのはイヤなんよ!」

 

 ホントに頼む。誰かコイツを引き取ってくれ。

 もし引き取ってくれるならコイツのあられもない写真を無料で提供してやる。

 

「まあいいや。今日は泊めてやるから明日になったら帰れよ。あ、お前の寝場所はバスタブな」

「サッちゃんのアホー!」

 

 アホはお前だ。

 

 

 

 

 

 

 

「――ってことがあったんだよ」

「…………サツキ」

「ん?」

 

 数時間後。ジークを家に置いてきたアタシはクロと一緒にスーパーに買い物に来ている。

 アイツが居候するとなれば食材は常に買わねばならないからな。

 つーかクロ、お前なんか怒ってないか? 珍しく怒ってないか?

 

「今すぐそのアホに会わせて……!」

「ぜってーにダメだ」

 

 ()()だけはまともであってほしいんだよ。

 

「ほら、そんなことより早くほしいもん買ってこい」

「…………うん」

 

 クロはどこか納得いかないという表情でケーキのコーナーへと走っていった。

 さてと、アタシも……あれ?

 

「なんの材料を買おうと思ってたんだっけ……………………あ」

 

 そうだそうだ、おでんだ。おでんの材料を探していたんだ。

 アタシはすかさず野菜コーナーへ駆けつけた。よかった、まだ残ってる。

 

「えーっと大根にごぼう、こんにゃくに……」

 

 他に何があったっけ?

 

「ま、こんなもんか」

「……サツキ」

「ん?」

「…………これ」

「おお、サンキュー」

 

 クロが足りない分の材料を持ってきてくれた。なんだこの便利屋は。

 いや、言うほど便利でもねえか。それでも助かったけどな。

 

「はぁ、これからどうしようか……」

「……そんなの簡単」

「お? なんか案でもあるのか?」

「……さっき言ってた居候の名前を教えて」

「…………何をする気だ?」

 

 なぜだ。絶対に教えてはならない気がする。

 

「――ブチのめす」

「まさかお前からそんな汚え言葉が聞けるとは思わなかった」

 

 ヤベェ、目がめっちゃ怖い。コイツわりとマジで本気だ。

 なんか背中から黒いオーラみたいなのが出てるんだけど。あ、翼の形になった。

 

「だから名前を――」

「いくぞクロ。ソイツはアタシでなんとかする」

「……………………わかった」

 

 これまた納得いかないという表情で歩き始めるクロ。撫でてもいいかな?

 

「……サツキ」

「今度はなんだ?」

「……あれ、何?」

 

 クロが指差す先にあったのは福引き会場だった。へぇ、ミッドにもあるのか。

 そういやこないだ手に入れた福引き券の使い道がなくて持ちっぱなしなの忘れてたわ。

 せっかくなのでアタシとクロはそこに立ち寄ることにした。

 

「おっ、やっとお客さんきたよ」

 

 アタシたちを見た女性店員がそう呟く。

 え? ここ今まで誰も来なかったのか? こんなに目立つのに?

 

「……やっとって?」

「うん。ついさっき開店したのに誰も来なくて困ってたんだよ」

 

 そりゃ来ねえよ。

 

「……景品表ある?」

「こちらになります」

 

 えーっと何々……

 

 

 0等 シークレット(はぁと

 1等 地球旅行

 2等 ホテル・アルピーノ

 3等 タワシ(1年分)

 4等 万札つかみ取り

 5等 犬耳

 6等 蚊取り線香と歯ブラシ

 ハズレ 翼をください

 

 

 おいこれ間違ってんぞ。なんかいろいろ間違ってんぞ。

 つーか最初のシークレットってなんだよ。表記がむっさ腹立つんたけど。

 しかも3等がタワシとかどうなってんだよ。明らかに4等の方がお得じゃねえか。

 ハズレに関してはもはや要求である。あれ? アタシらお客さんだよな?

 

「「……………………」」

 

 とりあえず4等狙うか。

 

「……最初は私」

 

 どうやらトップバッターはクロで決まりのようだ。

 クロはアタシが渡しておいた福引き券を店員に渡し、抽選器のハンドルを持った。

 

「…………残り物には福がある」

 

 いやこれ出だしだから。まだ残ってるとは言わねえから。

 

 

 ガラガラ(抽選器を回す音)

 

 ポロっ(玉が出てくる音)

 

 

「おぉ――! 0等当たりました!」

「キタコレ」

「いやキタコレじゃねえよ!?」

 

 いきなり大穴引くとかどんな神経の持ち主だお前は!?

 

「では、こちらがシークレット景品になりま~す!」

「……どうも」

 

 店員はそう言いながらクロにそこそこ大きな箱を渡した。

 何が入ってんだろうなあれ。めちゃくちゃ気になるんだけど。

 っと。次はアタシか。待ってろ4等! 後はいらねえから!

 

「うしっ、いくぞー」

 

 

 ガラガラ(抽選器を回す音)

 

 ポロっ(玉が出てくる音)

 

 

「5等当たりました!」

 

 ハズレの間違いだろ。

 

「ではこの箱に手を入れて掴んでください」

 

 あれ? 犬耳なのに4等のやつと同じことすんの?

 ま、まあ、やってみるしかないよな。うん、やってみよう。

 アタシは仕方なく右手を箱に入れ、適当なやつを掴んでから引っ張り出した。

 

「……猫耳?」

 

 おかしい。確か5等は犬耳のはずだ。なのにどうして猫耳が出てきたんだ?

 

「これはどういうことだ?」

「それは数ある犬耳の中に一つだけ混ざっていることがある猫耳ですね。当たりですよお客様」

 

 だからハズレの間違いだろ。

 

「まあいいか。さてさて、この猫耳はどうしたものか……」

「…………どうしよう、これ」

 

 会場から離脱したアタシは猫耳を、クロはシークレット景品(らしい)をどうしようか考える。

 手っ取り早い方法としてクロかジークに装着させるというやつがあるけど……。

 クロはいつでも大丈夫そうだからパスしよう。となるとそれ以外だな。

 

「何が入ってんだ? それ」

「…………帰ってから見てみる」

 

 どうやら今ここで開けるつもりはないみたいだ。ちくしょうめ。

 そんな調子で、アタシとクロは帰路についたのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 2468

「――ブチュっ!」


 ダッ(身を翻すクロ)

 ガッ(その肩を掴むアタシ)


「放して……! もう生きていける気がしない……!」
「セリフ噛んだぐらいで大袈裟なんだよ……」

 まあ、めっちゃ可愛いから癒されるんだけど。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話「大惨事まであと一歩☆」

「たでーまー」

「お帰りや」

 

 夕方。帰宅したアタシを迎えてくれたのはやはりジークだった。

 無理もねえか。クロは居候じゃねえし。それにコイツには会わせたくない。

 ていうかお前は何をしているんだ? なんでまた割烹着を着てるんだ?

 

「それ、気に入ったのか……?」

「うんっ! これ意外と着心地がいいんよ~」

 

 割烹着で着心地が良いとかいう奴はお前しかいない。

 そうだ、猫耳は……さすがに合わねえか。今回はパスしよう。

 

「まあいいか。後で写真撮らせろよ」

「ん? 別にええけど……」

 

 これはこれで絶対に売れる。

 

「サッちゃん! 今日のご飯はおでんやんな!?」

「まあ、そうだけど」

 

 いくら好きだからって盛り上がり過ぎだろ。少しは落ち着けよ。

 やっぱりおでんじゃなくてイカそうめんにすべきだったか?

 

「――おかずは!?」

「だからそれがおでんだよ!」

 

 え? 何? もしかしてコイツ、おでんが主食なのか?

 

「先に言っておくが、主食はおにぎりだ」

「具は?」

「海鮮丼で使ってたやつを全部」

「……具は?」

「だから海鮮丼で使ってたやつを――」

「入るわけないやろ!?」

 

 入るんだなこれが。誰にでもできる方法としておにぎりの大きさを調節すればいいのだから。

 ほら、海鮮丼の具が全て入るサイズにすれば大丈夫だろう?

 ……しかしそれだとおにぎりが大きくなって食べにくくなってしまうな。

 

「大丈夫だ。お前のやつだけ特別製にしてやるから」

「と、特別って?」

「通常よりも大きなおにぎりを握ってやる」

「なんや複雑やけど……まあええわ」

 

 なんだかんだで納得してもらえて何よりだ。従順な奴は好きだよ。

 アタシは机に置いてあったタバコとオイルライターを取り、その場で一服する。

 ジークはこっちを見てしまった! という表情をしているがもう遅い。

 にしてもよく没収されなかったな。いや、ジークが勝手に忘れていたのだろう多分。

 

「タバコ吸ったらあかんて何回言うたらわかるんや!?」

「うるさい黙れ。キサマはそこに這いつくばれ」

「なんやその理不じ――ふにゅう!?」

 

 なんかジークが邪魔してきたので組み伏せてから頭を踏んづける。

 せっかく人が一服しているというのに邪魔しやがってコノヤロー。

 

「あれ? またオイル切れか?」

 

 ヤバイな。最近オイルの入れ忘れが多くなっている。

 今回も仕方なくマッチを使うことにした。明日こそはオイルを買わねば。

 それにしてもさっきから足下に何か柔らかいものがあるような気がするんだけど……。

 ほら、あれだよ。なんというかその……おっぱいというか顔というかそんな感じのやつだよ。

 

「さ……サッちゃん……! そろそろどいてくれると嬉しいんやけど……!」

「…………………………なにしてんのお前」

 

 足下を見てみるとそこにいたのはジークだった。いやホントになにしてんのお前。

 

「なにしてんの、ちゃうよ!? (ウチ)を踏んづけたのサッちゃんやろ!?」

「はぁ? お前やっぱ頭湧いてんのか?」

「なんで(ウチ)がおかしいみたいな言い方になってるん!?」

「いやいや、お前が地べたで寝てるからこうなるんだよ」

「記憶が改竄されとる……!?」

 

 何を言っているんだお前は。記憶の改竄とかした覚えないんだけど。

 せっかくなのでもっと踏みつけることにした。おおう、柔らかいぞこれ。

 

「さ、サッちゃんやめひぇっ! (ウチ)にしょんな趣味はにゃいんよっ!?」

「え? 何? なんて言ってんのか聞こえないんだけど~?」

(ウチ)は、(ウチ)は……純粋にサッちゃんが――」

「……………………」

「あっ! 痛っ! サッちゃ……っ! それ以上の踏みつけはほんまにあか……っ!」

 

 せっかくなのでもっと踏みつけることにした。――本気で。

 

「オラ、早く立てよ」

「サッちゃんのアホ~……」

「飯食わせてやるから立てよ」

「ほんま!? ほんまにほんま!?」

「うん。マジだから落ち着け」

 

 魔法の言葉って便利だな。

 

「気が変わった。お前の飯は――」

「え? おでんやろ? 違うんか?」

「――お皿だ」

「一文字しか合っとらんよ!?」

「じゃあ空気でも食っとけ」

「待って! それはもはや有機物でもないんよ!」

 

 そんなのアタシの知ったことじゃねえ。空気、というか酸素だな。

 生きるためには必要不可欠だろうが。相変わらずバカだなお前は。

 

「ま、運がなかったということで諦めるんだな」

「待ってほんまに待って! お願いやからおでんを! (ウチ)におでんとおにぎりをー!!」

 

 いや、気が変わったつっただろ。だからあげない。

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……」

「ん……? なんだよ……最悪だ」

 

 翌朝。目を開けて声が聞こえた方を見てみると、そこにはジークの顔があった。元々コイツはかなり整った顔立ちをしているのだが――

 

「えへへ……」

 

 今のコイツにそんな面影はなく、もはや人には見せられない表情になっていた。なんてだらしない寝顔なんだろう。

 しかも()()の距離はほんの数センチ。大惨事まであと一歩というヤバイ状況だ。

 

〈これはですね……思いきってやっちゃいましょう、マスター〉

「ふざけんな」

 

 誰がやるか。何があっても絶対にやんねえよ。

 

〈ですがここでやれば既成事実が成立――〉

「しねえよ」

 

 あれはキスだけじゃ成立しねえんだよ。ていうか成立させたくない。

 幸いにも同性だと成立は不可能だから問題はないけど……ないよね? 問題。

 いや、レズビアンなんてものもあるし……あれ? 何気にアタシヤバくね?

 

「起きろジークコラァ!」

「ぐふっ!」

 

 とりあえずジークをベッドから蹴り出す。朝から久々に最悪の目覚めだ。

 蹴り出されたジークは少し転がって壁に激突した。うわぁ、ひでえな……。

 それでもまだ寝てやがるぞ、アイツ。普通なら起きて当たり前なんだけど。

 

「ったく……」

〈そういえば昨日、ジークさんは寝る前にマスターの――〉

「殺す! コイツの口から白いもんが出るまで殴り続けてやる!」

 

 もう許さねえ! これ以上は許さねえ! ぜってーに許さねえ! ぶっ殺すマジ殺す!

 

「くたばれジーク! そしてアタシに詫びろ!」

「な、なんや!? 朝からサッちゃんがめっちゃ怒ってとにかくキまっとるんやけど!? (ウチ)なんかしたん!? (ウチ)なんもしてへんよっ!?」

 

 このあとひたすらジークを殴り続けたが、残念ながら口から白いもんは出なかった。

 まあ、なんだかんだで許してしまったアタシも甘ちゃんだな……クソッタレが。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 8

「うーん……」
「ん……? なんだよ……は?」

 翌朝。目を開けて声が聞こえた方を見てみると、そこには――ホッケーマスクがあった。

「ってお前かい!」
「ごふっ!?」

 正確にはそれを被ったジークだったけど。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話「アタシと乞食と七夕祭り」

 季節的にはもうすぐハロウィンですが、こっちでは七夕です。あと今回のNGはお休みします。


「サッちゃん、七夕祭りってのに行こー」

「へぇ、こっちでもやってんのか」

「なんや今年から始めたみたいやで?」

「……………………え? 今年から?」

「うん」

「ま、まあいいか」

「そやから行こー!」

「やだよめんどくさい」

「今日ぐらいええやん!」

「七夕は今日だけだ」

「行かへんのなら――」

「はっ、何を言おうと無駄無駄」

「――ガイスト使うで?」

「喜んで行こう」

 

 

 

 

 

 

 

「マジで来ちまったよ……」

「わー! サッちゃん、食べ物がいっぱいや!」

 

 7月7日。アタシとジークは七夕祭りに来ている。

 しかもジークは浴衣を着て髪を簪で束ねているから結構新鮮だ。

 最初に見たときは誰かと思ったよ。無駄に美人化しやがって。

 ちなみにアタシはいつも通りパーカーだよ。浴衣は動きにくいからな。

 

「サッちゃん。あれ食べてもええかな?」

「奢らねえぞ」

「サッちゃんのケチ……」

 

 そうは言うがなジークよ、お前めちゃくちゃ嬉しそうじゃねえか。

 あとあっかんべーはやめろ。周りの男たちがこっち見てるから。ていうか見んな殺すぞ。

 

「はいサッちゃん!」

「サンキュー……フランクフルト?」

 

 いきなり定番がきたな。まあいいや――

 

「ふんぐっ」

 

 ――噛みちぎろう。まさか官能的に食べると思っていたのか?

 

「あむっ!」

「…………」

 

 いたよ、官能的に食べてる奴。とはいってもしゃぶってる感じだけどな。

 ほら見ろ、また周りの男たちがこっち見てる。だからこっち見んな殺すぞ。

 

「――熱っ!? サッちゃん、これ熱いんやけど……」

「冷まして食べないからだ」

 

 まあフランクフルトだしな。できたての。それにしても、これだけじゃさすがに足りないな。

 他には……綿菓子にたこ焼きに焼きそばか。地球じゃ定番のものばっかりだな。

 

「んじゃ、これ食べるか」

「それなんなん?」

「なにってお前……回転焼きだよ」

 

 まさかあるとは思わなかったが、これは思わぬ収穫だ。

 カスタードクリーム大好きなんだよ。普通はあんこなんだけど。

 

「一つ食うか?」

「あ、おおきに」

 

 とりあえず一つ分けてやることにした。コイツにも回転焼きの美味さを知ってもらいたいしな。

 いやーホントに美味い。相変わらず美味い。懐かしさも感じる。

 

「んぐ……補正付きで美味しいってことやな」

「補正付き?」

 

 何が付いてくるというんだ。

 

「それじゃあ素では美味くないと?」

「あっ! そ、そうじゃないんよ! サッちゃんがこれを作ってくれたら嬉しいとか思ってたわけじゃ――」

「今度作ってやろうか?」

「え?」

 

 アタシも食べたいし、何より好きな食べ物だ。作り方なんぞとっくに学んでいる。

 

「どうなんだ? つっても作るがな」

「そ、そんならお願いします……」

「素直でよろしい」

 

 ちょっと嬉しかったのでジークの頭を撫でてやる。

 すると顔を真っ赤にしながらも嬉しそうに微笑んだ。ヴィクターが夢中になるわけだ。

 

「えへへ……」

「恋人じゃあるまいし、そこまで照れなくてもいいだろ」

「え、違うん?」

「待て。なんだそのすでに恋人同士やろ? みてえな顔は」

「違うん!?」

「違うわ!」

 

 お前の中でアタシがどういう存在なのか非常に気になるんだが。

 

「次は何を食べるん?」

「お前、七夕って知ってるか?」

「食べ物のことやろ?」

「帰る」

「ああっ! 違うんよ! ほんまは竹の子って言おうとしたんよ!」

「なぜそこで竹の子!?」

 

 確かに笹と竹って似ているけどさ。わざわざ竹の子にしなくてもよかったんじゃないか?

 まあ、ミッドチルダじゃ七夕は新しい文化だろうけどさ。

 

「え? 笹って竹の子やろ?」

「お前ホントに義務教育終えてんのか?」

 

 笹は竹にめっちゃよく似た植物なんだが。

 

「まあ、食べるもんは食べたしそろそろ短冊を吊るしにいくか」

「短冊?」

「あー……」

 

 

 ――しばらくお待ちください――

 

 

「理解したか?」

「願い事……」

 

 説明したのはいいが、コイツがホントに理解しているのか心配で仕方がない。

 それよりさっきから願い事願い事うるせえよ。いてまうぞゴラ。

 

「ほら、これが例の笹だ」

「願い事を書いた短冊をこれに吊るしたらその願いが叶う……やったっけ?」

「まあ、その通りではある」

 

 願い事が叶うかは知らんがな。

 

「ほんなら(ウチ)はそれ書いてくるな~」

「へいへい」

 

 じゃあアタシはその間に短冊の内容でも見ますかね。まずは……これはタスミンのか。

 

 

『新作アニメのDVDと雑誌とメガネが手に入りますように。

             エルス・タスミン』

 

 

 うん、まだ普通ではあるが……わざわざ短冊に書くほどのことなのか? これは。

 

「えーと次は……アピニオンか?」

 

 珍しいな。シスターも短冊は書くのか。内容は……

 

 

『休養日が増えますように。

           シャンテ・アピニオン』

 

 

 どんだけ仕事サボりたいんだよ。さすがのアタシもちょっと引いたぞ。

 

「にしても多いなやっぱ……お?」

 

 シェベルのやつもあったぞ。何々……

 

 

『相手の服を切り裂くスタイルを今年中にものにできますように。

             ミカヤ・シェベル』

 

 

 この願いが叶わないことを心から祈るよ。気を取り直して、次は……クロ?

 アイツがこういうのやってるとかなんか似合わねえな。

 

 

『いつも世話になっている友達が幸せでいられますように。

           ファビア・クロゼルグ』

 

 

 ヤベェ、泣きそうになった。自分より他人を優先した願い事とか……クロちゃんマジ良い子。

 

「お次はっと……ウェズリーか」

 

 まさか奴も来ていたとは。しかしだな……

 

 

『サツキさんにいじめ――構ってもらえますように。

             リオ・ウェズリー』

 

 

 願い事にまでアタシの名前を出すな。しかもいろいろと手遅れだぞ。

 あのガキ……次に会ったら八重歯を引っこ抜いてやる。もう一回気を取り直そう。

 

「お、ティミルも書いていたのか」

 

 ウェズリーの短冊の隣を見るとティミルのやつが吊るしてあった。

 

 

『ヴィヴィ×ア――友達がまともになってくれますように。

             コロナ・ティミル』

 

 

 うん、見なかったことにしよう。アタシまで対象にされると困るからな。

 これもなんか書き直されてるっぽいけど中途半端だから意味ねえぞ。

 その隣は……ストラトスか。あの堅物みたいな奴でも短冊は書けるようだ。

 

 

『覇王の悲願が成し遂げられますように。

         アインハルト・ストラトス』

 

 

 コイツだけシリアス過ぎんだろ。どんだけ過去を引きずってんだよ。

 まあ、これも気のせいにしておこう。さらにその隣は……リナルディね。

 

 

『赤点を回避する方法を教えてください。

            ミウラ・リナルディ』

 

 

 七夕はいつから質問BOXになったんだ。つーかアイツ、八神んとこで書かなかったのか。

 まあいいや、どうでもいいし。

 

「お、姉貴のじゃねえか」

 

 なんと姉貴のやつもあった。これは気になるぞ。

 

 

『いつか必ず、不良界の頂点に――不良界の頂点に立てますように。

                緒方スミレ』

 

 

 あんたもう立っているようなものじゃねえか。ていうか七夕でそんな物騒なこと書くなよ。

 それに書き直したつもりだろうが、内容は一切変わってない。姉貴だから仕方ねえけど。

 

「って、イツキと来たのか」

 

 姉貴の短冊の隣を見るとイツキのやつがあった。ふむ、どれどれ……

 

 

『盗聴器と隠しカメラと保健体育の参考書が手に入りますように。

                緒方イツキ』

 

 

 コイツ最低だ。なんでこれが処分されてないんだよ。

 アタシはふとその短冊の裏を見て――それに納得がいった。

 なるほどな。そりゃ処分されなかったわけだ。でもこれ公開処刑に等しいぞ。まあいい。

 

「これはハリーのか」

 

 やっと見つけたって感じだわ。さてさて、何が書いてあるのかな――

 

 

『今年は都市本戦まっしぐらだ。今度こそ覚悟しろよヘンテコお嬢様!

           ハリー・トライベッカ』

 

 

 ハリー、これは願い事ではなくて私情だ。一緒にするなよややこしい。

 ふと横を見るとヴィクターのやつがあった。なぜだ、イヤな予感しかしない。

 

 

『上等ですわ。ポンコツ不良娘!

      ヴィクトーリア・ダールグリュン』

 

 

 短冊で会話すんなこのバカ共。さらに横を見るともう一枚あった。

 わざわざ二枚も書くなよ――

 

 

『ジークをうちに居候させられますように。

      ヴィクトーリア・ダールグリュン』

 

 

 ――全面的に協力しよう。この願いが叶えばアタシに平和が訪れる。

 それにしてもろくな願い事がねえな。時期的にインターミドル関連があってもいいはずなんだが。

 あ、ハリーとヴィクターのはノーカンだ。あれ願い事じゃねえし。

 

「サッちゃん」

「お、書いたのか?」

「うん!」

 

 そういや、ある意味コイツが最後か。

 

「どれどれ……」

 

 せめてマシなのであってほしい。そう思いながらジークの短冊を手に取る。そこには――

 

 

『サッちゃんのヒモになれますように。

          ジークリンデ・エレミア』

 

 

「……………………(ビリビリ)」

「あー!! なんてことするんや!?」

 

 見てない。アタシは何も見ていない。幻覚だ、今のは幻覚に違いない。

 

「書き直せ。今すぐに」

「うー……」

 

 そんでもってなんでお前はそんなに不満そうなんだよ。

 あと頬を膨らますのはやめろ。それでアタシが動くと思ったら大間違いだ。

 

「さてと、アタシも書くか」

 

 せっかくだしな。しっかしなんて書こう……ううむ……ちょっと考えてみるか。

 

 

・願い事その1『知り合いの願い事全てが叶いませんように』

 

 うん、明らかに最低だ。だが今回限りは正義であること間違いなし。ま、次にいくか。

 

 

・願い事その2『天の川でス○ゴジが大暴れしてくれますように』

 

 ヤッベェ、めっちゃときめいたんだけど。これにしようかな? いや、まだ早いな。次だ次。

 

 

・願い事その3『早く地球へ帰れますように』

 

 これは完璧だな。――うん、言っちゃいけない感がスゴいけど完璧だな。

 

 

 要するにどれも最低な願い事であると考えられる。

 つまり、ここから新たな選択肢を生み出さないと短冊を吊るすことはできないわけだ。

 よし、こうなったら第四の選択肢にするとしよう。

 

 

『これからも元気にケンカできますように。

                緒方サツキ』

 

 

「よし、完璧だ。あとは……」

 

 念のため、アタシはその短冊の裏に荒々しくこう書き殴った。

 

 

『この短冊を弄らないこと。もしパクったり、喪失させたり、落書きしたり、破損させたりした奴は“死戦女神”の名の下に私刑を執行する』

 

 

 これでいいだろう。でないとおふざけとか称して破かれる可能性もあるのだから。

 

「サッちゃ~ん」

「お、ジーク。今度はマシなのにしたんだろうな?」

「その点は大丈夫や!」

「なら期待するとしよう」

 

 さてさて。コイツの短冊は……あったあった。えーと何々――

 

 

『サッちゃんのお嫁さんになれますように。

          ジークリンデ・エレミア』

 

 

 期待したアタシがバカだった。

 

「………………」

「サッちゃんストップ! ライターは、ライターは堪忍や!」

「じゃあ書き直せ」

「それはイヤなんよ!」

「なんでだよ!? さっきとほとんど変わってねえじゃねえか!」

 

 コイツ、最近マジでイカれてやがる。さっきだってなんの躊躇いもなくヒモを志願するし。

 しかしヒモよりはまだ可愛く感じるぞちくしょうめ。

 

「この短冊に手を出すならガイスト使うで!?」

「お前ガイスト乱用しすぎだろ!」

「ガイスト――」

「やめろジーク! 早まるなぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめんや。(ウチ)、気が動転してたんよ……」

「どう見ても正常だったぞ」

 

 帰宅途中。ジークに謝罪されたが惚けたので論破してやった。

 ちなみにあの短冊は討論の末、吊るされることになった。泣いてもいいよな? これ。

 あれの裏にあんなことが書かれてなきゃ確実に燃やしてやったのに。

 

「やっぱお前嫌いだわ」

「それ言われるん何回目やろ……」

 

 何度だって言ってやる。嫌いなものは嫌いだからな。

 脅しがなければとっくに追い出している。嘘じゃねえよ?

 

「それに今はサッちゃん家の居候……えへへ……」

「はぁ……」

 

 こればかりは祈るしかない――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早く昔のジークに戻ってくれますように」

「なんか言うた?」

「なんでもねえよ」

 

 

 

 




 ハロウィンに関しては原作13巻に追いついた辺りで書こうと思ってます。

《とある短冊の裏に書かれていたこと》


『いつかサッちゃんと仲直りできますように』




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話「そんな偶然あってたまるか」

「サッちゃんって予選何組なん?」

「あ? えーと……3組のトップシードだ」

 

 選考会まであと数日。アタシとジークは朝食を食べていた。

 やっぱり和食は最高です。まあ、洋食も悪くないけどな。

 

「そうなん……」

「なんだよ? 初っぱなからアタシとやりたかったのか?」

「それはごめんや。サッちゃんと当たるのは都市本戦がええんよ」

 

 アタシとしてもそれには賛成だ。いきなり頂上決戦はおもしろくない。

 でも本戦でいきなり当たるってならそれはそれでいいけどな。

 

「だよなぁ。つーか都市本戦に出なきゃ当たんねえよ」

「やり過ぎたらあかんよ?」

「…………」

 

 マズイ。シェベルだけでなくジークにも知られていたのか。

 アタシが対戦相手に必要以上の攻撃を加えてよくエミュレートを越えそうになるのを。

 いや、都市本戦だと普通に越えてたっけ。多分そんな気がする。

 

「それは約束できねえな」

「なんでなん……?」

「一瞬の気の緩みが命取りだからだ」

 

 実際、コイツとの戦いはまさに死闘といっても過言じゃなかったし。

 だからこそ楽しかったんだよ。――あの一悶着さえなければ。

 

「…………試合とサッちゃんの言うケンカは違うんよ?」

「否定はしない」

 

 だけどその言葉、戦闘民族じみたエレミアの子孫であるお前には言われたくなかったな。

 

「はぁ……ちょっと話をしてやる」

「話?」

 

 あんまり言いたくはなかったが……コイツはアタシが死戦女神だってことを知ってるから問題はない。

 まあ、ぶっちゃけ今から話すことは死戦女神とはなんの関係もないがな。

 

「昔、怪我で入院したことがあってな――」

「入院!? どーゆーことや!?」

 

 おい、まだ話し始めたばっかだぞ。いきなり話の腰を折られては困る。

 

「人の話は最後まで聞くもんだぞ?」

「あっ……」

「まあいい。そこまで重傷じゃなかったから傷口自体は三日ほどで塞がり、無事に退院したところまではよかったんだが――」

 

 あれは良くも悪くも貴重な経験になった。これがアタシの歩む世界、姉貴のいる世界なんだってことを存分に思い知らされたからな。

 

「――怪我が完治する前に闇討ちを受けたよ。もちろん返り討ちにしたけどまた傷口が広がって病院へUターンだ」

 

 決して忘れられない当時の記憶。今でもそれは鮮明に覚えている。

 小学生だからそんなことはないと思っていた。でもあったんだよ。

 

「そ、そんなことが……」

「あったんだよ実際に。ベルカ時代じゃそういう闇討ちはなかったのか?」

 

 そのときはまだ経験が浅いということもあって今よりも暴れていたからな。

 おそらくどっかでケンカを売る相手を間違えたに違いない。

 それに不良がそこまでするなんて思いもしなかった。侮っていたアタシの失態だわ。

 

「前に何度か言うたけど、個人の記憶はほとんど残ってへんのよ……」

「チッ、役立たずが」

「サッちゃん酷い!?」

 

 そうだった。コイツが受け継いでいるのは戦闘経験だけだったわ。

 果てしなく気に入らないがなんて都合がいいんだこんちくしょう!

 

「とにかく、アタシが歩んできたのはそういう世界だ」

 

 ケンカに試合のようなルールはない。

 正攻法じゃ勝てないからよく武器を使ったり卑怯な手段を使う奴がいる。

 これが試合なら反則になったりするけど、それはルールがあるからだ。

 

「だから一瞬の気の緩みは命取りなんだよ」

「それはそやけど、でも……!」

「言いたいことがあるならプレイで示せ。まあなんにせよ――」

 

 毎回こうして釘を刺さなければならないのがコイツらのめんどくさいところだ。

 

「――アタシに勝ってから言うんだな」

「っ!」

 

 とりあえず威圧でジークを黙らせる。大会が近い以上、お前らの戯言なんざ聞いてらんねえよ。

 それに言葉だけなら誰でもいくらだって言える。そういう奴も見てきたしな。

 

「お前らがアタシと相容れることは決してないからな。立場的な意味では」

「それは…………」

 

 アタシたちはいわば誠実と不誠実の関係。常に対極であってナンボだろうが。

 

「ま、そんなことよりご飯だご飯」

「…………やらへんよ?」

「いらねえよ」

 

 なんでアタシがお前の食べかけを食わなきゃならんのだ。アホか。

 ていうかジーク、テメエは何を食ってやがるんだ?

 

「いやご飯前になにお菓子食ってんのお前?」

「これ? サッちゃんの部屋にあったやつなんよ」

「待て。それはアタシのお気に入りなんだが?」

(ウチ)の物は(ウチ)の物、サッちゃんの物も(ウチ)の物や!」

 

 

 ゴキッ ゴキン

 

 

「―――っっ!?」

「どうした? 急に涙目になって」

 

 一体どうしたというんだ……?

 

「当たり前のように(ウチ)の右手の関節を外してからまたハメ直すのやめてくれへん!? めっちゃ痛いんやけど!?」

「天罰だと思え」

「ひ、開き直った……!?」

 

 アタシは理由もなしに相手を痛めつけたりはしない。ケンカだと話は別だが。

 最近の奴は武器と数で物を言わせてるからな。こっちもたまに鉄パイプを使ったりする。

 

「やっぱお前といるとろくなことがねえわ」

 

 食料は犠牲になるし、合鍵は借りパクされるし、あられもない写真は撮られるし、アタシの不良としての実態は知られるし、背中を見せようものなら切り裂かれるし、部屋に侵入してくるし。

 

「うん。ゆっくり思い返してみると、ホントに良い思い出が微塵もないわ」

「うぅ……ぜ、全部たまたま起きたことなんよ!」

「待て! どうやったらあれだけのことを偶然でまとめられるんだ!?」

 

 ダメだコイツ。もう手遅れだ。

 

「そ、そんならサッちゃんのせいでええやん!」

「コイツよりによって被害者のアタシに押しつけやがったぁ!!」

〈マスターはいつでも加害者でしょう?〉

「久々に喋ったかと思えばなんてこと言いやがるんだお前は!」

 

 あれだけの被害を受けたにも関わらずその全部がアタシの自業自得だと!?

 さすがにそれは理不尽すぎて泣くぞ!? いや泣かねえけども!

 

「お前はアタシをなんだと思ってやがるんだ? 何度も聞くけど」

「え、えーっと……恋――愛――正――そんなんわからへんよっ!」

 

 ならどうしてアタシから目を逸らすんだ。しかもなんで今連続で言い直した。

 それと顔を赤くするなと何回言えばわかるんだコノヤロー。

 とまあ、こんな感じで今日もいつも通りだったよ。いつも通り過ぎて……泣きたくなったよ。

 

 

 

 




 ちょっとしたお知らせですが、実は無限書庫編が終わったあとに過去編を書こうと思います。
 なのでその辺りから更新が不定期になりますがご了承ください。では!


《今回のNG》TAKE 16

「そうなん……」
「なんだよ? 初っぱなからアタシとやりたかったのか?」
「…………さ、サッちゃん?」
「あ?」
「その……う、(ウチ)でええんか……?」
「とても良くないです」

 なんか身の危険を感じるんだけど。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41話「砕け散るまで戦え」

「ジーク、先に行ってろ」

「サッちゃんは?」

「今日はちょっと先約があってな」

「先約……?」

「ああ、クラスメイトを迎えにいく」

「…………ならええけど」

「待て。なんだその決まった行動以外はダメだよみてえな顔は」

「何を今さら――」

「次は肩の関節を外そうか?」

「ごめんや。調子に乗りすぎました」

「とりあえず、これ持ってけ」

「……お金?」

「ジャンクフード代だ」

「もう少しくれてもよかったと思うんやけど……?」

「文句言うな。そんだけしか渡せないんだから」

(ウチ)、知っとるんよ? 最近サッちゃんが大金を入手したこと」

「あれはアタシのだ」

「サッちゃんのアホー!」

「やっぱ返せオラァ!」

 

 

 

 

 

 

 

「起きろハリー!」

「んー……あと五分……」

「起きろつってんだろうが!」

 

 選考会当日。コバンザメ三人組から必死に拝み倒されて仕方なくハリーを起こしに来たんだがなかなか起きない。

 なぜアタシが選ばれたのかは知らんが、さしずめコイツ特有のしぶとさが原因だろう。

 

「こんなとこでそれを発揮すんなよ……」

〈前にハリーさんが起こしに来てくれた際に彼女の顔に裏拳をかましたマスターがそれを言いますか〉

 

 そんな昔のことは忘れた。

 

「最終警告だ。起きろ!」

「んー!」

「がっ!?」

 

 なぜだ。なぜ起こしてる側のアタシが殴られるんだ。

 しかもご丁寧に顔面を狙ってきやがった。

 

〈こればかりは因果応報ですね〉

「否定できないのが悔しい」

 

 まあいい。なんにせよ、コイツは最終警告を無視した。こっからはアタシのターンだ。

 

 

 ゴキッ

 

 

「―――っっ!?」

「これで大丈夫だろ」

〈大丈夫じゃありません。大問題です〉

 

 これだけやったのにもし起きなかったらアタシはハリーを尊敬してやる。

 アタシは殴られたところを押さえながらハリーの家から出る。

 

「お、サツキ」

「リーダーは?」

「もう起きるだろ」

 

 

『右肩の関節がぁ――!!』

 

 

「ほらな」

「お前は何をしたんだ!?」

「なにってお前――関節を外しただけだが?」

「当たり前だろ? みたいに言うな!」

 

 起きなかったハリーが悪い。

 

「使命は果たした。次の約束があるから先に行っとくわ」

「お、おう――いや、せめてリーダーの関節元に戻せよ!?」

「やだ、めんどいし」

 

 アタシはミアの申し出を普通に断ってその場から立ち去る。

 全く、朝から重労働させやがってこんちくしょう。

 

 

『リーダー! 大丈夫ですか!?』

『大丈夫なわけあるか! めちゃくちゃいてーよ!』

 

 

「……大変だな、アイツも」

〈他人事みたいに言うのはやめてください〉

 

 さて、会場に行くとしよう。今日は先約がいっぱいなんだよ。

 アタシは一服しながらジョギング感覚で走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「あれはねえよマジで」

〈何がですか?〉

「タスミンの『えいえいおー!』だよ」

 

 会場なう。途中でめんどくさくなったから家でゴロゴロするつもりだったのだが、ハリーからタスミンが選手宣誓をすると聞いて笑いに来てやった。

 これは来て正解だったわ。まさかこの年になってあの掛け声を聞けたのだから。

 

「ではサツキならどう言うのかしら?」

「アタシか? そんなもん――」

 

 一旦言葉を句切り、アタシは同行していたヴィクターに堂々と告げた。

 

 

 

 

「砕け散るまで戦え」

 

 

 

 

「アウトですわ」

 

 解せぬ。

 

「いやいや、この大会にはぴったり過ぎるだろ」

「インターミドルは殺し合いじゃないのよ!?」

 

 しまった。いつもの癖が出てしまった。

 

「ま、気にすんな」

「はぁ、まったく……あら?」

「なんだ?」

 

 何かを見つけたヴィクターの視線を追うと、ジャンクフードを貪るフード野郎がいた。

 うん、奴だ。最近アタシの家に居候しやがったアイツだ。

 

「見ーつけた」

「んあ?」

 

 後ろからいきなりフードを取るとは見事なり。フードの主は言うまでもなくジークだった。

 つーかマジでジャンクフード買ってやがるよ。これには驚きだな。

 

「ヴィクター? それにサッちゃんも」

「久しぶり、ジーク」

「さっきぶりだな」

 

 今朝送り出して以来だ。

 

「そんなに深くフードをかぶってちゃダメよ。見えづらくないの?」

「目立つの嫌やもん」

「見方を変えれば不審者だけどな」

「う……」

 

 言い訳の一つもできないらしい。というか不審者扱いされてもなんにも言えねえなこれ。

 着ている服は真っ黒だし、顔はフードで隠してるし。

 

「またこんなジャンクフードを!」

「あー! せっかくサッちゃんがくれたお金で買ったのに!」

「……サツキ?」

「…………まさかホントに買うとは思わなかったんだよ」

 

 あの金額ならおにぎりくらいは普通に買えたはずなんだが。

 ていうかアタシが悪いみたいな感じで睨むのやめてくれ。

 

「念のために聞くけど、ちゃんとしたご飯は食べてるの?」

「サッちゃんのおかげで人並みには。それはたまたまなんよー!」

 

 こういうときに名前を出されるのってなんかイヤだなぁ。めんどくさいし。

 別に恥ずかしいわけじゃないぞ。うん、恥ずかしいわけじゃないからな。

 

「予選が始まる前にあなたと会えて良かったわ」

「アタシは会いたくなかったがな」

(ウチ)、なんもしてへんよ……?」

 

 今はなんもしてないな。今は。

 

「……去年はごめんやった。ヴィクターと当たる前に欠場してもーて」

「ちゃんと謝ってもらったし、それはもういいのよ」

 

 こうして見るとコイツら、マジで一つの家族に見えなくもないよな。

 確か昔馴染みなんだっけ? いつからここまでの関係になったのかは知らんが。

 

「――あなたは私の目標なんだもの」

「前から言ってるやん。(ウチ)は目標にしてもらうような選手とちゃうよ。サッちゃんにも似たようなこと言われたし」

「……サツキ?」

「……………」

 

 頼むからこっちを見るな。そして睨むな。

 

「それに、ヴィクターや番長たちの方がずっと凄い」

「それでも私は好きよ。あなたの強いところも、戦技も」

 

 確かに、コイツのそういった部分は嫌いじゃない。強い奴と戦うのはおもしろいからな。

 だからこそ、一昨年に起きたあの一悶着だけは絶対に許せなかった。

 

「見てたんでしょ? 選考会。今年の選手達はどう?」

「何人か面白い子が――」

 

 

「あーくそ! すっかり遅刻しちまった!」

「あれから大変でしたからね~。いろいろと」

 

 

 おいおい、誰だか知らねえけど空気読めよ。今おもし――おもしろいところだったんだからさ。

 その空気を読まなかった奴はこっちの存在には気づかずどんどん近づいてきた。

 

「ま、結構面白い選考試合も見れたし、良しとするか……お?」

 

 なんだ。誰かと思えばハリーじゃねえか。関節は……ちゃんとハメ直せたようだな。

 そこはハメ直すなよ。外されたまんまにしとけよ。

 

「ポンコツ不良娘! どうしてあなたがここに?」

「ヘンテコお嬢様じゃねえか」

 

 泥試合した者同士が再会するとか、小競り合いの予感しかしねえよ。つーか……

 

「誰がポンコツ不良娘だと!?」

「またなのっ!?」

「おめーが反応するのかよ!?」

 

 これ、見方を変えたらまんまアタシの悪口にもなり得るからなマジで。

 せめて不良を取り除け。でないと体が勝手に反応してしまうから。

 

「そういや、お前って今年は選考会からスタートだったか?」

「違うわよっ! 私は6組の第1枠(ファーストシード)っ!」

「あー、そうだったか?」

 

 また始まったよ。めんどくせえ。

 

「こちとら、お前の事なんざ眼中にねーから見落としてたのかもしんねーな」

「あなたこそ、今年は早めに落ちてくれると助かるわ。ていうか負けちゃって? あなたやサツキと戦うの面倒臭いから」

「なんだとてめー!?」

 

 おいコラなんでアタシの名前を出しやがった。

 しかしハリーよ、それをスルーしてくれたのはナイスだ。後で褒めてやる。

 

「あぁ、ヴィクターも番長もサッちゃんも……」

「待て。アタシは見ていただけでなんも関係ないんだが?」

 

 マジでなんもしてないぞ。いやマジで――

 

 

 ガキンッ(バインドが掛けられる音)

 

 

 突如ハリーとヴィクターの四肢にバインドが掛けられた。――そして、なぜかアタシにも。

 

「なんですか! 都市本戦常連の上位選手がリング外でケンカなんて!」

 

 声が聞こえた方を向くと、そこにはデコと眼鏡が特徴のえいえいおー! ことエルス・タスミンがいた。

 おぉ、このバインド掛けたのテメエかぁ。そっかそっかァ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――テメエは半殺し決定だなァ」

 

 

「さ、サッちゃん……? なんかいろいろと怖いんやけど……?」

 

 安心しろ。気のせいだから。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 19

「お、サツキ」
「リーダーは?」
「もう起きるだろ」


『ぎゃぁ――!!』


「ほらな」
「お前は何をしたんだ!?」
「なにってお前――ふっ」
「い、言えないようなことなのか……?」

 起きなかったハリーが悪い。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話「さらばチビデコ」

「チャンピオン?」

「え、どこどこ?」

「本当だ! 2階席のあそこ!」

「一昨年の世界戦優勝者! ジークリンデ・エレミア選手!」

「それに去年の都市本戦2・3・5・8位の上位選手が揃い踏みっ!」

「でも……なんでハリー選手たちはバインドされてるんだろう?」

「……なんでだろ?」

「それにサツキさんが……なんていうか……」

「見てるこっちが怖いよ……」

「ヤバイ。キレちゃってる、姉さんモロにキレちゃってるよ……」

 

 

 

 

 

 

 

「ま、ここは大人しく退散すっか(パキィッ)」

「嘘っ!?」

「まったくよ。どうしてあなたと会うといつもこうなるのかしら(パキィッ)」

「そんな簡単に!?」

「………………めんどくせえ(パキィッ)」

「この人に至っては魔法なしで!?」

 

 とりあえず四肢に掛けられたバインドを力ずくで引きちぎる。

 よく考えたらこの程度なんてことねえわ。

 ちなみにさっき下からヴィヴィオたちの声が聞こえたがそんなもんはどうでもいい。

 

「さ、サッちゃん? (ウチ)のジャンクフード勝手に食べるのやめてくれへん?」

「いいじゃねえか別に。お前だってよくアタシのお菓子食うじゃん」

 

 そのせいでどんだけお気に入りのお菓子が犠牲になってることか。

 アタシの分だけでなくクロの分まで犠牲になってるからな。

 

「それでもあかんよ~!」

「やかましい。これでもアタシなりに抑えてるんだ」

「何を抑えてるのかわからへんよ……」

 

 しかも今、かなりイライラしてるからな。下手すればジークに矛先が向くかもしれない。

 いや、周りにいる連中全員に矛先が向いても不思議じゃない。

 

「お、そういやアホのエルス」

「誰が『アホの』ですっ!?」

 

 お前だよお前。

 

「あと私は年上! できれば敬語!」

「うるせえよアホ」

「黙れデコ」

「誰がデコですか!?」

 

 だからお前だよチビデコ。

 

「お前とオレは同じ組だからよ、楽しくやろうぜ」

「去年の雪辱、果たしますからね」

 

 そういやコイツら、去年当たってたな。今まで忘れてたわ。

 そもそもアタシには関係ないんだよね。試合で当たらない限りは。

 

「おうよ。やれるといいなぁ。――それまでに生きていればの話だが」

「へ? それはどういう……」

「話は終わったか?」

「………………お、おう」

 

 やっとバトンタッチしてくれたよ。ホントに待ちくたびれたぜ。

 アタシは首と拳を鳴らしながらタスミンことチビデコと向き合う。

 今のアタシは泣く子も黙るほど綺麗な笑顔を浮かべているに違いない。

 

「おいチビデコ」

「チビデコじゃありません!」

「どうでもいい。さっそく一つ質問がある」

「な、なんでしょう?」

 

 そんじゃ、最後まで付き合ってもらうぜ?

 

「なんでバインド掛けた? アタシ、なんもしてなかったんだけど」

「あ……て、てっきりケンカしてるのかと思いまして――」

「オーケー。遺言はそれだけか?」

「待ってください。さらっと私の死が確定しているのですが」

 

 そりゃそうだろ。テメエは半殺し決定なんだから。

 むしろ全殺しでないだけマシだと思ってほしいくらいだ。

 

「ジーク、先帰ってろ。ヴィクター、見送りは任せる」

「え、ええ……」

「や、やり過ぎたらあかんよ……?」

「大丈夫だ。死なない程度にするから」

「遺言と言った時点でその言葉は信用できないのですが!? というか皆さん止めてくださいよっ!」

「わ、私はまだ死にたくないので……」

「悪いがオレもだ……」

「右に同じや……」

「一体何があったんですか!?」

 

 さすがに死んだら洒落にならん。まあ、アタシとしては問題ないが社会的にアウトだ。

 よしよし、どうやって料理してやろうかな。タコ殴りか? 頭突きか? 踏みつけか?

 

「さて、こいチビデコ」

「え、ちょ、待っ――」

 

 このあとどうなったかは想像に任せる。

 だけどアタシが言えることはただ一つ――タスミン、お前のことは多分忘れない。少なくとも三分くらいは。いや、一分ほどでいいか?

 

 

 

 

 

 

 

「ここにいたか」

「……思ったより早かったわね」

 

 あれから数十分後、アタシはヴィクターと合流した。ジークは……いないな。

 チッ、アイツのジャンクフードをもう少しだけ食べてやろうと思ったのに。

 

「一応聞くが、ジークは?」

「ついさっき帰ったわよ」

 

 どうやら遅かったらしい。

 

「……不安か?」

「ええ、多少は」

 

 いや、雰囲気で多少どころじゃないってのが丸わかりだぞ。そんなに心配かよ。

 まあ、親馬鹿でない分だけマシ……いや、もうダメなくらいには親馬鹿だったなコイツ。

 

「あなたはどうするの?」

「そうだなぁ……買い物と用事を済ませてから帰るよ」

 

 タバコとビールを買って、あとは喧嘩三昧といこうか。

 とはいっても最近は雑魚しかいないわけだが。

 

「どうしてかしら。今すぐあなたを止めなければならないような気がしたのだけど」

「気のせいだ」

 

 コイツもコイツで鋭いな。

 

「じゃあな」

「ええ。また都市本戦で戦いましょう」

「……当たればな」

 

 

 

 

 

 

 

「ぐほっ!」

「はいお疲れー」

 

 数時間後。アタシは珍しく日中からケンカをしていた。夜じゃなきゃしないとでも思ったか?

 ケンカができるなら時間や場所は問わねえんだよ。――いや、場所は問うか。

 今回も相手は集団である。強者の一匹狼はいねえのか。地球の連中みたいにさ。

 

「えーっと……こんだけか」

〈もうやめません?〉

「やめねえ――」

「このガキィ!」

「よっと」

「がぁっ!?」

 

 まだいたのか。思わずストマックブローを使ってしまったぞ。なんの問題もないけどな。

 アタシは倒れたソイツをひたすら踏みつけ、最後に思いっきり蹴飛ばした。

 

「どうせなら正面からこいよ」

〈どっちにしても同じ結果になりそうなんですが……〉

 

 そんなことは気にしない。

 

〈マスター。そろそろずらかりましょう〉

「そうだな」

 

 最低限の資金は手に入った。もうコイツらに用はない。

 一服しつつも裏路地から離脱し、周りを見渡す。ホントに今日は誰もいねえな。

 

〈ずっと聞きたかったのですが、ケンカの何が楽しいんですか?〉

「そんなもん、やってみなきゃわかんねえよ」

 

 これは言葉じゃ語れない。むしろ語る方がおかしいかもしれない。

 

「早く帰らねえと、ジークがなんかやらかしそうだ」

〈そうでしょうか?〉

「ああ。こないだはお菓子を探すためだけにアタシの部屋を漁ってたしな」

〈そのせいで下着とか散らかってましたね~〉

「下着を被ったり臭いを嗅いだりしてたわけじゃねえから軽い罰で許してやったけどな」

〈…………軽い罰ってなんでしょうね〉

 

 軽い罰は軽い罰だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 今日も良い汗掻いたな。疲れたけど。帰ったらシャワーでも浴びるか。

 とまあ、そんな感じでアタシは帰路につくのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 4

「チャンピオン?」
「え、どこどこ?」
「本当だ! 2階席のあそこ!」
「一昨年の世界戦優勝者! ジークリンデ・エレミア選手!」
「それに去年の都市本戦2・3・5・8位の上位選手が揃い踏みっ!」
「でも……なんでハリー選手たちはバインドされてるんだろう?」
「……なんでだろ?」
「それにサツキさんが……なんていうか……」
「見てるこっちが怖いよ……」
「ヤバイ。キレちゃってる、姉さんモロにキレちゃってるよ……」










「うぅ…………っ!」
「あ、アインハルトさんっ!?」
「なんで泣いてるんですか!?」
「私だけ、セリフがありません……っ!」
「あ……」
「け、けど出番はあった――」
「それらしい描写もありません……っ!」
「あぁっ!? このままだとアインハルトさんが大泣きしちゃう!?」
「大丈夫ですよアインハルトさん! 次がありますよきっと!」
「イツキさんっ! なんとかしてください!」
「無茶言うなよ!?」
「うぅ………………っ!」
「は、早くしないと大泣きしてしまいます!」
「だから無茶言うな――」
「ぐすっ……!」
「ああもう! 泣くなアイちゃん! テメエチームの最年長だろうがぁああああああ――っ!!」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話「あ、水着か――え? あれ?」

「夏だな~」

「夏やね~」

「暑いぞゴラァ……」

「…………」

「ジーク?」

「サッちゃん。その扇風機、(ウチ)の方にも向けてほしいんやけど……」

「仕方ねえだろ。エアコンが壊れちまったんだしよ……」

「そやからって――わざわざ(ウチ)を一番日当たりのいい窓側に押しつける必要あるん!?」

「お前、邪魔だし」

「うぅ~……」

「こんなときは海に行きたいな」

「海?」

「おう、海だ。地球にいた頃はいつでも行けたのに……そうだ」

「どしたん?」

「プールなら行けるな」

「そ、そやね」

「ん? どうした?」

(ウチ)、その……み、水着ないんよ……」

 

 

 

 

 

 

 

「なんでアタシがお前の水着なんか……」

「ごめんや……頼れるのサッちゃんしかおらへんのよ……」

「いや、ヴィクターがいるだろ」

「サッちゃんがええの!」

「理由になってねえよ」

 

 選考会から二日後。見事にエアコンが壊れたから直るまでの間プールへ行くことにしたのだが、ジークが水着はないといったので仕方なくそれを買いに来た。

 だってそうしないと――アタシが家ごとガイストされる。

 

「サイズは問題なさそうだな」

「どこ見て言うとるん?」

「そのちょっと貧相な胸だ」

 

 お前、アタシより年上なのに小さいからな。いや、年齢は関係ないか。

 ていうかお前が年上だってこと初めて会ったときからずっと忘れてたぜ。

 

「サッちゃんって変態なん……?」

「シバくぞ」

「ごめんや」

 

 思わず素が出てしまったがアタシは悪くない。絶対に。

 

「ほら、さっさと選んでこい」

「わかった~」

 

 そう言うとジークはスキップで走っていった。さてと、アタシも選ぶとするか。

 にしてもいろんなのがあるよな。今までビキニと学校で着用するスク水しか着たことないし、それで充分だったからあんまり知らなかったりする。

 

「まずトランクスタイプは確定だ」

 

 これは見逃せねえ。かなり動きやすそうだし。だから一度着てみたかったのだよ。

 

「他は……やはりビキニか」

 

 なぜかビキニやトランクスタイプ以外の水着が思い浮かばない。スク水はノーカンだ。

 スク水や……あ、フリフリだ。あれほど動きにくいものはない。ケンカをするときに困る。

 

「サッちゃーん」

「おう、ジークか」

 

 どうやら選び終えたらしいな。それにしても……

 

「ちょっと多くないか?」

(ウチ)じゃどれを選べばええかわからへんからサッちゃんに選んでほしいんよ」

 

 そういうことか。

 

「どれどれ……」

 

 とりあえずジークが持っていた買い物かごの中を覗き込み、どんな水着があるのか確認することにした。

 さて、コイツのセンスはいかがなものか。

 

 

 →(まわ)

 →スリングショット

 →サラシ

 →体操服

 →カツラ

 

 

 センス以前の問題だった。どうしよう、まともな選択肢が一つも見当たらねえ。

 いやいやクールになれ()(がた)サツキ。どう見ても常識はずれのチョイスだが、もしかしたら意外といけるかもしれない。見方を変えて正しいと思われる選択肢を選ぼう。

 

 

・選択肢①:【廻し】

 相撲で力士がつけるふんどしだ。ちょっと斬新かもしれないが、これはこれでいける! ……なわけねえだろ。上半身どうすんだよ。着けるもの何もないぞ。ていうかなんでこんなもの売ってんだよ。

 

 

・選択肢②:【スリングショット】

 露出度が非常に高い上級者向けの水着。どう考えてもジークが着れるものじゃないし、着たとしてもサイズが合うかわからない。あくまでも上級者向けなので決して初心者が着ていいものではない。

 

 

・選択肢③:【サラシ】

 ブラジャーの代わりに胸に巻く布だ。本来は綺麗に漂白された白い布を意味するのだが、この店に売っていたということは下着だろう。今度は下半身に着けるものがない――いや、さっきの廻しと合わせたらいけるかもしれない。どっちにしろ、これは下着で水着じゃない。

 

 

・選択肢④:【体操服】

 学校の体育の授業の際に着用する服だな。しかもブルマだ。さっきの廻しとサラシを着て、その上にこれを着たら服装としては成り立つだろう。しかしこれは上着というやつで下着でも水着でもない。

 

 

・選択肢⑤:【カツラ(ちょんまげ)】

 服ですらない。

 

 

「ごめんやサッちゃん。サイズが――」

「いや、見るべきところはサイズじゃないと思うんだが」

「――サッちゃんには合わへんかもしれんけど許してな?」

「待て! これ全部アタシに着せるつもりなのか!?」

 

 なんと自分ではなくアタシの水着にするつもりだったようだ。

 いや、水着でなくても着たくねえぞこれ。特にカツラは。

 

「まともな水着どころかスリングショット以外は水着ですらねえんだよ!」

「そ、そうなん……?」

 

 コイツに選ばせたアタシがバカだった。

 知識がないというのもあるだろうが、それでもこれは酷すぎる。

 

「おかしいなぁ……ちゃんとした水着を選んだつもりやったのに……」

 

 ちゃんとしたやつが一つもないんだよ。ナメてんのかテメエは。

 そのジャージの中に着てるスポーツブラみたいなやつ公衆の面前でさらけ出したろか。

 

「つーか、お前のは?」

「…………忘れてた!」

 

 おい。

 

「じゃあこのスリングショットにしとけ」

「それ肌の露出度高いやん……」

「贅沢言うな」

「は、恥ずかしいんよっ!」

 

 正直、アタシとしてはサラシとふんどしを水着にしようとしてる奴の方がよっぽど恥ずかしく思えるんだが。しかも致命的なレベルで。

 それにお前、アタシと風呂に入ったりアタシにセクハラのようなスキンシップをしといて恥ずかしいはねえだろ。恥ずかしいは。

 

「じゃあもう一回だけ選んでこい。今度しくじったらお前の飯はつまようじだけだ」

「りょ、了解や……!」

 

 ジークは再び走っていった。今度こそマシなのであってくれよ。

 アタシのじゃなく、お前のやつでな。アタシのやつはもう調達したから。

 

「サッちゃん! 今度はこの中から選んでほしいんよ!」

「……またか」

 

 戻ってくるの早いなおい。ていうかまた選ばなきゃならんのか。

 まあ、アタシのじゃなくてコイツの水着を選ぶんだし別にいいか。

 

「えーっと……」

 

 再び買い物かごの中を覗き込み、マシなのでありますように、と祈りながら確認する。お、ちゃんとした水着じゃねえか――

 

 

 →白のビキニ(Sサイズ)

 →赤のビキニ(Mサイズ)

 →青のビキニ(Lサイズ)

 →トランクスタイプ(男物)

 

 

 待て。最後の一つだけ明らかにおかしかった気がする。いや、もしかしたら気のせいかもしれない。そう自分に言い聞かせながら、アタシはもう一度かごの中を覗いてみる。いくらジークでも性別を間違えるなんて――

 

 

 →トランクスタイプ(男物)

 

 

 残念ながら気のせいではなかった。

 

「なんで男物が入ってんだ!?」

「え? ――あー! な、なんでや!? (ウチ)はちゃんと女物を入れたはずやのに!」

「……お前、もしかして上があるかどうかを確認しなかったのか?」

「……………………あ」

 

 やっぱりアホだ。

 

「仕方がない、トランクスタイプにしろ」

「上があらへんよっ!?」

「アタシもそれにするつもりだ」

 

 当然、女物だけど。

 

「そうなん? なら(ウチ)もこれにする!」

「そうしろよ」

 

 もちろんこのあと、ジークが男物を買おうとしていることに気づいた店員がそれを止め、その店員から話を聞いて顔を真っ赤にしたジークは結局ビキニを買ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしっ、プールに行くか!」

「おー!」

〈マスター。メールです〉

「メール? ……ジーク」

「サッちゃん? プール行かへんの?」

「帰るぞ」

「…………へ?」

「エアコン直ったから帰るぞ」

「イヤやっ! せっかくサッちゃんの水着姿が見れるんよ!? この機会を逃すわけにはいかへんよ!」

「……………………うん、帰るぞ」

「な、なんでや!?」

「今のでなおさら行く気が失せた」

「サッちゃんのアホー!」

 

 エアコンが直ったので結局プールはおじゃんとなった。――助かったわ、マジ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 33

「どれどれ……」

 とりあえずジークが持っていた買い物かごの中を覗き込み、どんな水着があるのか確認することにした。
 さて、コイツのセンスはいかがなものか。


 →黒のストッキング
 →純白のエプロン
 →メイドカチューシャ


 なるほど。つまりアタシに萌え萌えキューン! をしろということか。

「誰がするかボケェ!!」
「ぐふっ!?」

 しかもこれ、水着じゃなくてメイド服だ。アタシよりお前の方が似合うじゃねえか。

「せ、せっかくサッちゃんの萌え萌えキューン! を撮影して全世界に配信しようと思ったのに……」
「心の底からやらなくてよかった」

 もしやってたらと思うと寒気がする。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話「もうイヤやこの三人」

「さてと、行くか」

「どこ行くん?」

「デ――」

「嘘や絶対に嘘やっ!!」

「……………………まあ、嘘だけど」

「よかった……」

「んじゃ、今度こそ行くわ」

「あっ、サッちゃん!」

「……んだよ」

「どこ行くん?」

「またかコラ」

「はぐらかしたサッちゃんが悪いんよ?」

「姉弟でいろいろと街を回るんだけど……」

「はいっ!! それ(ウチ)も行くっ!!」

「……やめといた方がいいぞ?」

「それでも行くっ!!」

「…………いやだからやめといた方が――」

「それでも行くっ!!」

「勝手にしろぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「お、サツキちゃーん!」

「よう」

 

 アタシは今、姉貴やイツキと街で合流している。

 コイツらと一緒に出掛けるのは地球にいたとき以来だからな。ちょっと楽しみなんだわ。

 なんせいざというときには罪を擦りつけることができるからな。それなのに――

 

「――お前マジでついてきたのかよ」

「うぅ……」

 

 なんか増えてしまった。そう、なんか増えてしまったのだ。

 

「あれ? なんでジークさんが……? あ、もしかしてデート中だった?」

「殺すぞ」

「…………冗談だよ姉さん」

 

  テメエなんてこと言いやがるんだ。コイツはコバンザメみたいについてきただけだっつの。

 ほら見ろ、ジークもかなり引いてんじゃねえか。ていうか頼む、お前は今すぐ帰ってくれ。

 

「ジーク。帰れ」

「い、イヤやっ!」

「なんでだよっ!? テメエ明らかに自分場違いじゃね? 場違いじゃね? って顔してんじゃねえか!」

「それでも、来てもうたからには帰らへんよっ!」

「いやそこは二つ返事で帰れよ!」

 

 はっきり言って迷惑でしかない。

 

「まあまあサツキちゃん。来ちゃったものは仕方ないよ」

「夫婦ケンカはそこまでにしてさ、早く回ろうぜ。時間がもったいないし」

「ふ、夫婦……!?」

「そだな。あと夫婦じゃねえよ」

 

 それだとハネムーンに行かなきゃなんねえからな。

 

「どこから回るのかな~?」

「そうだな……公園でよくね?」

「そだな。俺もちょうど休憩したかったし」

「皆ほとんど動いてないと思うんやけど!?」

 

 あのジークがツッコミをした……だと……?

 

(なあ、今日のジークおかしくねえか?)

(どうして?)

(いやだってよ、あのジークがまともにツッコミしたんだぞ? 普通ならあり得ねえよ)

(確かに。いつもなら姉さんがツッコミ役だもんな)

(うーん……たまにはそういうときもあるんじゃない?)

(…………そういうことにしとくか)

(そだな)

 

「さ、三人して何を話してるんや……?」

「「「禁則――なんでもねえ」」」

 

 アタシたちの声が綺麗にハモる。

 前みたいに甘ったるい声は出さねえぞ。あれ気分が悪くなるからな。

 

「このあとどうする?」

「ケンカしようぜ!」

「それいつもやってるように思えるんやけど!?」

「いや、ここはスカートの中を撮るべきだろ」

「イッちゃんって変態さん……?」

「いやいや二人とも、ここは間を取って闇拳クラブにでも行こうよ」

「そんなクラブあるわけないやろ!?」

「それ2、3年ほど前に参加したことあるわ。そのとき連勝していた奴を半分ほど再起不能にしてやったけど」

「再起不能はやり過ぎやろ!? っていうかほんまにあったん!?」

「じゃあテメエはどうしたいんだよ!」

「どうせあんたは姉さんと核融――イチャイチャしたいとか言うんだろ!」

「なんでジークちゃんはこんな変態さんになってしまったのやら……」

「え? あれ!? なんで(ウチ)が責められとるんや!?」

 

 ツッコミがうるさいからに決まってるだろ。

 

「まあいいや。こんなの放っといてさっさと行こうぜ」

「だからどこに行くんだよ?」

「街をぶらつきながら決める」

「もうそれでええやん……」

 

 よくねえよ。刺激がなさすぎる。とてもつまんねえ。

 そういやあの闇拳どうなったんだろう? アタシが連勝していた常連をぶっ潰して以来、それらしい噂がなくなったんだよなぁ。

 

「とりあえず行こうや」

「へーい」

「そだね」

「おー!」

 

 一人うるさい。

 

 

 

 

 

 

 

「これなんかどう?」

「スミさん……?」

「おいおい、ここはこれでいいっしょ」

「怒るよイッちゃん?」

「なんで俺だけ怒られるんだよ!?」

 

 服屋にて。アタシたちは今、ジークに学生服を着せている。それと猫耳と尻尾。

 いわゆるコスプレってやつだな。ちなみに姉貴が勧めたのはスク水、イツキが勧めたのは某麻雀アニメで悪石なんとか仮面な女子が着ていた巫女服だ。しかもすっげえはだけたやつ。

 

「ほらほら、早くやれよにゃんにゃん!」

「やらせてどうする気なん!?」

「写真を撮って商品にする――」

「売られてまうんか(ウチ)!?」

「――って、イツキが言ってた」

「シバくでイッちゃん!?」

「汚えぞ姉さん! 俺に罪を擦りつけるなんて!」

 

 擦りつけてはいない。実際にお前、そういうことやってるじゃん。

 まあ、アタシもそれを参考にさせてもらってるんだけどね。

 

「ジークちゃん本人はサツキちゃんのものでしょ?」

「ちげえよ」

「そこんとこどうなのジークさん?」

「え、あ、うぅ…………!」

 

 問い詰められたジークは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 ……え? なんだその満更でもない感じは? 肯定するようならブチのめすぞ?

 

「う、(ウチ)は……」

「ん?」

(ウチ)は……」

「何かな?」

「…………に、にゃんにゃん♪」

「あ、尻尾が取れたからやり直しね」

「えぇ――っ!?」

 

 急ににゃんにゃんしたかと思えば尻尾が取れてしまったらしいのでやり直しとなった。

 ドンマイ、ジーク。一切手助けはしないからそこんとこよろしく。

 当のジークは顔をさらに赤くしてにゃんにゃんポーズのまま固まっている。

 よし、後でイツキが撮った写真をもらうとしよう。撮るのめんどいし。

 

「ほらジークちゃん! もう一回やりなよ!」

「早く早く!」

「サッちゃん一生のお願いや! ここから連れ出して! お姫様抱っこで!」

「へぇ、こんな服もあるんだな」

「サッちゃんのアンポンターン!」

 

 後でシバく。

 

 

 

 

 

 

 

「もうイヤやこの三人……」

「どうした? アイス食べないのか?」

「食べるに決まってるやろ……!」

 

 あれから数時間。アタシたちはジークを使って存分にストレスを発散すると同時に様々な方法で弄んだ。

 ガーターベルトを着用させたり、体操服を着せてから路地裏に放り込んだり、単純にパシったりと。

 路地裏に関しては餌として利用したから釣れた連中はアタシと姉貴でボコった。

 

「今日はお疲れだったね♪」

「誰のせいやと思ってるんよ……!?」

「いや、ついてきたあんたが悪いかと」

「全くだ。姉弟水入らずだったのに来ちゃったし」

「ま、ジークちゃんで三人目だよ」

(ウチ)以外にも被害者が……!?」

 

 そういやいたな。

 

「とにかく、今日は久々に楽しかったな」

「そだね。こんなに楽しい休日は久々だったよ」

「いい商品――もといサンプルも手に入ったし一石二鳥だ」

「……………………」

 

 アタシたちがそれぞれ感想を述べる中、ジークはただ一人俯いて黙り込んでいた。

 ま、放っておこう。アイツもアイツでそれなりに疲れているはずだし。

 そんなこんなで今日はストレスが発散できたということもあって楽しい一日となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな扱いあんまりやぁ――っ!!」

 

 なんか後ろでジークが叫んでいるけど気のせいだろう、きっと。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 85

「今日はお疲れだったね♪」
「誰のせいやと思ってるんよ……!?」
「お前だろ」
「ジークちゃんだね」
「ジークさんでしょ」
「仮にそうやったとしてもこれは酷すぎやろ!?」
「いや何がだよ?」
「こ、この格好や!」
「あぁ、チアコスか」
「私はいいと思うけど?」
「とりあえず足上げようか」
「ほんならイッちゃん、そこに頭を置いて」
「待て! それだと俺の頭が踵落としでザクロになってしまう!」
「はよ置け!」
「だが断る!」

 カメラどこだっけ……。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話「いや、それはねえよ」

「なあジーク」

「んー?」

「アタシ、暇なんだけど」

「そ、それは……」

「いやいや――なんでアタシがお前の準備運動に付き合わなきゃなんねえんだよ!」

「え、えーと……なんでやろ?」

「なんでじゃねえよ。これでも出場選手だぞ?」

「……え……?」

「…………」

「待ってサッちゃん。魔力付与打撃は洒落にならへんと思うんよ」

「耐えろ」

「無茶ぶりにもほどがあるやろ!? サッちゃんの攻撃に無防備で耐えろなんて!」

「なら死ね」

「どうあがいても絶望やん……!?」

 

 

 

 

 

 

 

「おーいジーク。いるかー?」

「番長?」

 

 ついに迎えた予選当日。アタシはなぜかジークの準備運動を手伝わされていた。

 そして今、ハリーがやってきたけど理由はなんとなくわかっている。

 

「お、サツキもいたのか」

「このアホのせいでな」

(ウチ)はアホやないよ……」

 

 いや、お前はアホだ。アタシが知る人物の中でも一番のアホだ。

 しかもただのアホではなく変態化してきている特異のアホだ。

 

「ミカ姉の試合見に行かねえのか? もう始まってるぞ?」

「……行かへん」

「逝けよ」

「待って。それやと(ウチ)が死地に行くみたいやねんけど」

 

 何を言っているんだコイツは。

 

「――当然だろうが」

「言いきった!? そこは冗談だって言うところやないの!?」

「冗談――冗談じゃねえ」

「言い直したつもりだろうけどまったく言い直せてねーぞ」

 

 なんでこんな奴に冗談かまさなきゃなんねえんだよ。めんどくせえ。

 

「ったく……なんでだよ?」

「ミカさんには合わせる顔もあらへんし、せやのに(ウチ)が応援するんもなんや筋が違うと思うんよ」

「ハリー」

「わかってる」

 

 とりあえずハリーにジークを連行するように促してみた。

 承知したようにハリーが指を鳴らすと同時にリンダ、ルカ、ミアの三人がジークを持ち上げる。なんて連携プレイだ。

 

「「「失礼しまーす」」」

「ええ――っ!?」

 

 こっち見んなジーク。捨てられた子猫のような目をしても無駄だ。むしろ腹が立つ。

 クロならまだしも、それはお前がしていい目付きではない。

 

「合わせる顔だの筋だの、んなもんオレの知ったことか。今年はミカ姉、気合い入ってんだから見てやれよ」

「サッちゃん助けてー!」

「ハリー、今なんか聞こえたか?」

「さあ? 気のせいだろ」

「やっぱりスルーされたっ!」

 

 ぶっちゃけハリーの意見には賛成だ。誰かの筋とか基本的にはマジどうでもいいし。

 

 

 

 

 

 

 

「ほら見ろ! お前らがグダグダしてっから試合が終わっちまったじゃねーか!」

「さりげなくアタシを入れんな。全部ジークのせいだろうが」

「当たり前のように責任転嫁されたんやけど!?」

 

 観客席に着いたのはいいが、ハリーの言う通り目的の試合はたった今終止符が打たれたような感じだった。

 全貌は確認しきれなかったが、見えた部分で説明していくとシェベルがスタートダッシュで突っ込んできたガキんちょに月輪という技を食らわせ、そのあとに水月の二連撃で場外に吹っ飛ばしたってとこだな。

 なんでシェベルがどの技を出したのかわかるかというと、過去にこの目で見たことがあるからだ。それも至近距離でな。スタートダッシュはアタシの推測だが、斬られ方からして間違いないだろう。

 場外に吹っ飛んだガキの方を見ると、よろよろしながらも立ち上がっていた。へぇ、少しはやるじゃん。

 

「……あれ?」

「終わってへんやろ? あの子、ミカさんの斬撃をそれなりに防いでたんよ」

「勝手に終わらすなボケ」

「ぶっ!? いってーなサツキ!」

 

 どうやらハリーは試合が終わったと本気で思っていたらしいので、軽い罰として後頭部を殴っておいた。

 よかったなハリー。ホントなら頭がザクロなことになっていたぜ?

 

「つっても致命傷であることに変わりはねえけどな」

 

 防いだからなんだ。そっからどうやって勝つかが問題だろうが。

 まあ、どっちが勝とうとアタシには関係ねえがな。誰が来ようとぶっ潰すのみ。

 

「ん? アイツ、もしかしてミウラ・リナルディか?」

「知り合いなん?」

「ああ。以前アイツを家庭教師として指導したことがある」

「お前、何気に交友関係広いよな……」

「サッちゃんが家庭教師……!?」

 

 一応八神やイツキから話は聞いていたが、まさかホントに出場していたとはな。

 

「ま、さっきも言ったように致命傷レベルだ。次のラウンドはもう無理だろ」

「うん。ミカさんもそれに気づいてるから慎重になってるんよ。『なのにこの子はどうして立ってきて、どうして()()()()()()()()()のか』って」

「考えてるってか?」

 

 確かに今のシェベルの表情から見て大体そういうこと考えてそうだな。

 そんなもん、答えは一つしかねえだろ。予想が正しければリナルディはまだ攻撃をしていない。しようとして一方的にやられただけ。

 つまり手札はまだ残ってるということになる。それもこの状況下で使える切り札ってやつが。

 

「ま、終わんなきゃわかんねえよマジで」

「サッちゃん。とりあえず――どさくさに紛れてタバコを出そうとしてもあかんよ」

「チッ」

 

 バレてしまっては仕方がない。タバコを吸うのは諦めるか。

 それにしてもよくやるよなアイツ。シェベルに強烈な一撃を打ち込んでやがるよ。

 

「ミカ姉、動きが鈍ったな」

「うん。ミカさん、速度優先で装甲も薄い。密着状態で純格闘型(ピュアストライカー)の打撃を食らうんはキツいと思うんよ」

「…………そのわりには堪えてんじゃねえか」

 

 そういうタイプって数発食らったらすぐに終わるはずなんだが。

 そう考えているとリナルディがミッド式の魔法陣を展開、アイツを中心に大量の魔力が集まり出した。あれどっかで見たことある気がするんだけど……あ、()()()()()だ。

 

「ミカ姉、逃げ切るつもりはサラサラねえな」

「研ぎ澄まされた居合刀の一閃は速度が破壊力になる。最速最強の一閃で切り伏せるんがミカさんのスタイルや」

「……知ってるよ。オレだって3年前にそれ食らって秒殺されてるんだよ」

「あ、ごめ――」

「あれは傑作だったよな」

「け、傑作……!?」

「サッちゃんのアホー!」

 

 なかなか笑えたぞあれは。当時は腹抱えて爆笑してやったっけ。

 そんでハリーが泣き出してやらなんやらでホントにおもしろかった。

 

「番長、サッちゃん! 二人が動く!」

「言わんでもわかるわ」

 

 ジークの宣言通り、シェベルとリナルディは互いの技を激突させていた。おーすげえ……ん?

 

「…………」

「どうしたサツキ?」

 

 この試合、今の一撃で決まったぞ。

 

「あのチビ、残りライフ300じゃ蹴りと刀がぶつかっただけでも――!」

「ミカさんが――」

「いや、それはねえよ」

 

 見えたのはほんの一瞬なんだが、最初の激突の際にシェベルの刀もといデバイスである(セイ)(ラン)の刃が()げたはずだ。そんなナマクラであの蹴りに押し勝つのはさすがに無理だろう。

 リナルディの蹴りとシェベルの晴嵐が再び激突するも、押し勝ったのはリナルディだった。

 それどころか晴嵐を破壊しやがったぞ。シェベルはすぐさま小刀で反撃しようとするが……それじゃ遅えよ。

 

 

(バッ)(ケン)(セイ)(オウ)()――ッ!!」

 

 

 一閃必墜と言ってから繰り出されたその飛び蹴りをモロに食らったシェベルは場外に吹っ飛ばされた挙げ句、壁に激突した。うわ、クレーターできちゃってるよ。

 

 そしてそれは――勝者が決まった瞬間でもあった。

 

「…………」

 

 もう用はねえな。さっさとずらかるか。

 

「サッちゃん? どこ行くん?」

「帰るに決まってんだろ」

「まだ試合は残ってるぞ?」

「アタシの試合はもう終わったから別にいいだろ」

「いやそういう意味じゃなくて……」

 

 これ以上の観戦は無駄だし。何より、早く帰ってゆっくりしたい。

 そう思いつつ観客席から立ち去った。――後ろからジークの声が聞こえるけど気にしないでおこう。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 12

 そしてそれは――勝者が決まった瞬間でもあった。

「…………」

 今日はハイボールでも飲もうかな?




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46話「これはヤヴァイ……!」

「試合、どうだった?」

「……とりあえず勝った」

 

 リナルディ対シェベルの試合から数時間後。アタシはクロと合流して近くにあったスーパーで晩飯の材料を買っている。

 ちなみに試合は二つとも秒殺でクリアしたよ。説明する必要もねえや。

 

「……サツキ」

「どうした?」

「なんでこのシフォンケーキ、こんなに高いの……!?」

「どれどれ……」

「シフォンケーキだけじゃない……! ホットケーキやロールケーキも同じように――」

 

 少し怒りながらなんか語り出したクロから差し出されたシフォンケーキの値段表を見てみる。

 ……マジかよ。いつも行っているスーパーのやつよりも10倍は高いじゃんこれ。

 どうりで違和感あったわけだ。他の商品を見てみると、やはり高価なものばかりだった。

 

「明らかにぼったくってるな……」

「…………告訴しよう」

「やめろ恥ずかしい」

 

 それに何より、ひたすらめんどい。

 

「ソイツは諦めろ。今度アタシが作ってやるから」

「……わかった」

 

 クロは少しだけ目を輝かせるとシフォンケーキがあったであろう場所へと走っていった。

 子供は風の子っていうけどあながち間違いでもねえな。

 そんなことを考えていると、クロが今度はショートケーキを持ってきた。

 テメエ値段が高いとかケチつけときながら別のケーキ持ってきてんじゃねえぞコノヤロー。

 

「これは安い……!」

「うん。だから?」

「そ、その……! か……か……!」

「か?」

 

 なんだ? 風邪でも引いたのか?

 

「買………………………………ってください」

「悪いクロ。間が長すぎてわからなかった」

 

 さすがのアタシもこれには驚いた。いくら口下手といってもこれは長い。

 まあ、これもこれでクロなりに勇気を出して言ったんだろうが……わからなかったよ。

 

「とりあえず、それを買ってほしいんだな」

「…………矛盾してる」

「えっ」

「え」

 

 え?

 

 

 ――数十分後――

 

 

「うはー、買った買った」

「……いつもより多い」

「今後の分も買ってあるからな」

 

 あれからアタシとクロはとにかく買いまくった。野菜やらお肉やらお魚やらと。

 それに加えてクロ希望のショートケーキ二箱分。さりげなく多い件について。

 クロはそれを持ちながらスキップしている。落とすなよ、頼むから。

 

「このあとどうする?」

「鍋……! 鍋……!」

「いやなんで鍋? もう晩飯の材料は――」

「鍋ぇ……!!」

「はいはい。とりあえず落ち着け」

 

 かなり興奮しているのか、スキップしながら無表情で鍋を連呼してきた。

 なんの鍋かは知らんが懐かしいな。最近は全くやってなかったし。

 何鍋にしようかな? ちゃんこ鍋か? すき焼きか? 餃子鍋か? あんこう鍋か?

 

「……闇鍋がいい」

「ダメだ」

 

 それだけは絶対にダメだ。

 

「……どうして?」

「想像してみろ。何も見えない真っ暗な部屋にて、お前を含めた数人の若者が鍋を囲っているところを」

「…………むぅ」

 

 何を思ったのかは知らんが、とりあえず想像したらしいクロはなんとも言えない表情になった。

 いやいや、そこは普通に苦虫を噛んだような表情になるべきだろ。

 闇鍋はハリーたちと何度かやったことがある。アタシはとにかくタバスコや砂糖をブチ込んでたっけ。そんでそれを食べたハリーたちが悶えていたのはマジでおもしろかった。

 ちなみにアタシも食べたがそこは気合いで堪えた。人を笑っといて自分が倒れるとか普通に恥ずかしいからな。

 

「ま、今回はしゃぶしゃぶにすっかぁ」

「……何それ?」

「あ? んー……薄く切った肉を鍋にブチ込む料理だ」

「…………雑すぎる」

 

 否定はしない。

 

 

 

 

 

 

 

「なんか荷物増えたんだけど……」

「……頑張って」

 

 さらに数十分後。鍋はしゃぶしゃぶに決定したので、いつものスーパーで材料を買い占めた。

 その結果、アタシはさっき買った分に加えクソでけえ袋を片手に二つずつ、合計四つも持つはめになっちまった。

 クロもクロでさっきの箱に加え、モンブランが入った箱を持っている。

 偶然とはいえ、事前に()()調()()しといてホントによかった……。

 

「バイト代だけだったら絶対に足りなかった」

「…………そのバイト代はどうしてるの?」

「家賃その他諸々」

「……把握」

 

 どこで覚えたんだそんな言葉。

 

「……着いた」

「そだな」

 

 なんだかんだと話しているうちに着いたみたいだ。

 アタシは扉を開けようとするが……ヤバイ。手が塞がっていてドアノブに触れられない。

 

「…………(ガチャッ)」

「お、サンキュー」

 

 アタシが仕方なく袋を置こうとしたらクロがドアを開けてくれた。

 こういうときの人手はホントに便利だよな。クロ本人は早くケーキを食べたいのか、いつもより若干早歩きでリビングへと直行していった。

 

「そんじゃアタシも……」

 

 さっそく自分の部屋へ戻り、まずはこっそり買ってきたビールをお手製の道具箱に隠す。

 次にこれまたこっそり買ってきたタバコを上着のポケットに仕舞う。

 後はライターのオイルとマッチだな。うん、オイル以外はタバコと同じ場所にでも仕舞っとこう。

 よし、ざっとこんなもんかな。別に堂々と出してもいいけどジークがいると没収されるんだよ。

 

「…………ジーク?」

 

 ここでアタシは思い出す。今、アタシの家にはジークリンデ・エレミアという居候がいる。

 クロことファビア・クロゼルグはベルカ時代にいた魔女の末裔で同時代に存在したエレミアと覇王と聖王の末裔に恨みを持っている。

 居候であるジークリンデ・エレミアは黒のエレミアの後継者、つまりエレミアの末裔であること。

 よってコイツらとクロを会わせてしまうと面倒事しか起きないという――

 

 

『あれ? なんで幼女がおるんや?』

 

 

 ――マズイぞ非常にマズイぞこりゃ。まさに最悪の事態じゃねえかコノヤロー!

 事の重大さも思い出したアタシはすぐさま部屋から飛び出し、リビングへと直行する。

 なぜアタシがクロの私情を知ってるかというと、クロ自身がさりげなく話してくれたからだ。

 そしてそれを知ったアタシはできるだけソイツらとクロを会わせないようにしていた。

 まあ、ヴィヴィオを除くソイツらとは今年知り合ったばっかだけど。

 って、そんなこと考えてる場合じゃねえ! 早くしないとこの家がお星様になって……!

 

「っと!」

「あ、サッちゃん!?」

「…………サツキ!?」

「……………………」

 

 どうする? どうすんのアタシ!?

 

 

 

 




 活動報告にて過去編に関するアンケートをしているので、協力してくれると助かります。

《今回のNG》TAKE 1954

「いやなんで鍋? もう晩飯の材料は――」
「なビぇッ!」


「…………………………ぐすっ!」
「……………………」

 まさか泣くとは思わなかった。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話「玉砕しろ、ジーク!」

「…………誰?」

「そっちこそ誰や……?」

 

 なんか居候と癒しが対面してしまったが……そうだ、話をしよう。

 あれは確か4、5年前ほどのこと。不良デビューして1年経った頃だ。アタシはいつものようにケンカをしてからジュースを買おうと近くにあった自動販売機に立ち寄った。

 とりあえず冷たいやつが飲みたかったのだが、どういうわけかその自販機には熱いのしかなかった。いや、あるにはあったのだが値段が160円のやつしかなかった。アタシは思わず某総統閣下みたく「ちくしょうめぇぇぇぇ!!」って叫んじゃったよ、うん。

 だって財布には200円しか入ってなかったんだから。こういうのはさ、160円ぴったしで払いたいじゃん? なのにここで200円を使うと40円のお釣りが出る。なんか中途半端でイヤじゃん? もっかい言うけどこういうのはやっぱり160円ちょうどで払いたいじゃん? なのに財布の中には200円しかないんだぜ?

 ……アウトだバカヤロー。納得がいかなかったから自販機の下とか周辺とかを探しまくったよ。そしたら上級生っぽいクソガキが三人ほどやってきたのよ。リーダー格らしい爽やか(笑)な奴は子分たちに自慢話ばっかりしてたね。傍から聞いてもわかるほどの捏造話をさ。だから聞いてるこっちはイライラしてきたんだよね。おいテメエこっちは必死になって60円を探してるっつーのにくだらねえこと話してんじゃねえぞコノヤロー。そこでアタシは思いついたんだ。

 

 

 そうだ、()()調()()しよう。

 

 

 さっそくアタシはその三人に声をかけ、勇気を出して、できるだけ優しくこう言ったんだ。「にーちゃん、有り金全部ちょーだいっ!」って。それなのに向こうは嘲笑しやがったんだよ。これにはいつも超笑顔なアタシもムカついたね。だから不本意とはいえ実力行使に――

 

 

〈マスター!! あることないこと考えてないでさっさと現実に戻ってきてください!!〉

 

 

「――はっ!?」

 

 なんだ!? アルマゲドンか!?

 

「…………あれ?」

 

 あれ? アタシは何をしてたんだっけ……あ、そうだそうだ。確かジークとクロが対面してしまったんだっけか。

 それにしても静かだな。二人は睨み合って動こうともしな――ん?

 

「なんだあれ?」

 

 ジークの方を見ると、なぜか奴は仮面ラ○ダーのお面を被っていた。しかも初代の。

 そのおかげ? いやそのせいか? まあいい。それにより奴の素顔は見えない状態にある。

 なるほど、どうりでクロが大人しいわけだ。顔が見えてないから。ていうか震えてんぞコイツ。

 

「へ、変人……!」

「誰が変人や!?」

 

 いや、クロの言う通り今のお前は一般人から見ても変態だぞ。なんせお面を被った知らない人が家にいるのだから。……決してパンツではない。

 どうやらクロの感性は一般人だったようで、震えながらもジークを睨みつけていた。

 とはいえ、そのお面を取ってしまえば今度こそ我が家がお星様になってしまう。

 

「あっ! 後ろに黒ツヤが!」

「ひゃっ!?」

 

 よし、ジークが後ろを振り向いた今のうちに……!

 

 

 ダッ(クロを抱えて部屋に直行する音)

 

 ポイッ(クロを部屋に投げ込む音)

 

 ダッ(部屋から元の位置に戻る音)

 

 

 この間、わずか一秒未満である。

 

「……おい、嘘だから安心しろ」

「また(ウチ)を騙したんか!?」

 

 いや、今回は騙したというよりお前の気をクロから逸らすための策なんだけどね。

 まあ本人がそう思っているなら別にいいか。バレさえしなければ問題はないし。

 

「悪い悪い」

「…………あれ? 幼女がおらへんよ?」

「幼女? そんなのいたか?」

 

 とりあえずクロは元々存在しなかったことにしておく。でないと後々めんどくさいからな。

 ジークはアタシの返答に納得がいかなかったのか、辺りを見回していた。

 

「………………何を探してるんだ?」

「幼女に決まってるやろ」

「その発言、聞き方次第じゃ犯罪のそれにしか聞こえねえぞ」

(ウチ)にそんな趣味はないんやけど!?」

「ないのか!?」

「ないよ!?」

 

 チッ、せっかく通報してやろうと思ったのに。

 

「……サッちゃん、なんか(ウチ)に隠してへんか?」

「アタシがお前に隠し事をしたことがあったか?」

「めっちゃしとった気が――」

「お姉ちゃん……」

「――い、今なんて言うた……?」

 

 お姉ちゃんって言ったんだけど……ダメだったか? 年齢的には間違ってないはずだが。

 よし、一気に仕留める。アタシはジークからお面を奪い取ると同時にしがみつき、少ししゃがむことでクーデレの上目遣いを再現する。

 いくらアタシでも涙目は無理だからな。ジークの顔を見てみると、見事な茹で蛸が出来上がっていた。

 

「さ、サッちゃん……!? どないしたん!?」

「お姉ちゃん――」

 

 玉砕しろ、ジーク!

 

 

「――い、一緒に寝よ……?(※サツキ)」

「☆●◆♪◎×@*%▽□!?!?(ブシャァァア)」

 

 

 うわぁ……。こういう反応が返ってくることは予想できてたけどまさか鼻血を噴水のように出すとはな。

 完膚なきまでに散ったジークは血溜まりを残してその場にぶっ倒れた。

 どうすんだよこれ。掃除がめっちゃ大変じゃねえかこんちくしょう。

 

「…………終わったぞ」

「……なんだったの?」

「どうやら変態だったらしい」

 

 とりあえずクロにも嘘をついておく。あれはエレミアの子孫ではなくジークという名の変態だということにしておこう。

 このあとアタシはクロを家まで送り届け、ジークのせいで汚れた床の掃除に励んだ。

 ちなみにジークはアタシが寝る前に一度だけ起きたが、貧血だったのかすぐに眠っちまったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サッちゃん……」

「どうした?」

「昨日おった幼女はなんやったと思う?」

「お前まだそんなこと言ってんのかよ」

「確かにおったんよ!」

「気のせいだろ」

「気のせいやないって! おったのは間違いないんよ!」

「だとしたらソイツは幽霊だな」

「ゆ、幽霊……?」

「おう。あの死んだ人が成仏できずに現世に留まってしまった存在だよ」

「う、(ウチ)はいつから霊能者になったんや……!?」

「……………………いや、今回はたまたまだったのかもしれないぞ?」

「たまたまで幽霊なんて見えるんか……?」

「そういうこともあるんだよ。――多分」

「それとなんや一部だけ記憶がなくなってるんよ」

「…………そうか」

 

 

 

 




《今回のNG》


※サツキが疲労のあまり寝込んでしまったのでお休みします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話「どうしてこうなった」

 やっと書けた……。今日は訳あってオールナイトしなきゃならんから大変だな全く。

 あ、過去編に関するアンケートは継続中です。詳しくは活動報告にて。


「プライムマッチ、明日だっけか?」

『おう。暇なら観にこいよ。つってもお前は暇でしかねーだろ?』

「なんて失敬な。アタシにだって忙しいときぐらいあるわ」

『例えば?』

「ケン――練習とか」

『待て。今わりと物騒なこと言おうとしたよな?』

「気のせいだ」

『いや、絶対にケンカって言おうとしただろ?』

「お前の耳がおかしいんだろ」

『どういう意味だ!?』

「まんまの意味だバカヤロー」

『お、お前なぁ……!』

「ぶっちゃけお前らの試合とか興味ねえけど……一応見ておくわ。録画で」

『はっきり言うなぁ、相変わらず』

「じゃあな。明日は泣いてこいよ!」

『うるせー!』

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてこうなった……」

「えへへ~……」

 

 祝日。目を開けると体が縛られたような状態になっていた。

 ま、簡単に言えばジークがアタシに寝技を掛けたまま寝ているため動けないのだ。

 幸いにも服は着てるが……コイツは一体何をしようとしたんだ?

 

「よっ――お、普通に抜けたわ」

 

 とりあえず起きるために寝技から力ずくで脱出する。うん、楽勝だったよ。

 今回は珍しく掛け布団なしで寝たからちょっと冷えてるな。えーっとパーカーどこだっけ……。

 

「んー……………………あれ? サッちゃん?」

「よう、起きたか」

 

 アタシがパーカーを着ると同時にジークも起きたみたいだ。

 わお、髪ボサボサじゃねえか。さすがにそれは女としてどうかと思うぞ。

 ボサボサという点ではアタシも一緒だけどな。ケンカで引っ張られたりするし。

 

「お前その髪なんとかしろよ」

「ん、ほな一緒にお風呂入ろ!」

「いや、アタシは朝飯作るから――」

「お風呂入ろ!」

「だからアタシは朝飯――」

「お風呂入ろ!」

「……朝飯――」

「お風呂入ろ!」

「一人で入ってこいバカヤロー!!」

「サッちゃんあかん! それ以上は(ウチ)の足が現代アートみたいになって――」

 

 なんなら近代アートにしてやってもいいぞ。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ、サッちゃんのアホ~……」

「テメエがアタシの寝込みを襲ったのが悪いんだよ」

 

 数十分後。朝飯のハンバーグを食べながら涙目で訴えてきたジークを黙らせている。

 実を言うとコイツ、服は着ていたがその服がちょっとだけはだけてたんだよ。

 おそらくルパンダイブでもやろうとして失敗したんだろうな。

 

「寝込み? なんの話や?」

「いや襲っただろ?」

(ウチ)はただサッちゃんの隣で寝ようと――」

「襲ってんじゃねえか! しかも暴力的な意味で!」

「襲ってへんよっ! 一緒に寝るだけやのに襲う必要がどこにあるんや!?」

「じゃあなんでアタシに寝技掛けてたんだよ!?」

「寝惚けてたから仕方ないんよっ! よくあることやろ!?」

 

 よくあってたまるか。

 

「寝惚けてたとしてもせめて抱きつくとかキスするとかの方がまだわかりやすいぞ」

「……………………くっ」

「なんでそんなに悔しそうなのお前」

 

 まるで今言ったことをできなかった自分が憎いって感じになってるぞ。

 俯いていたジークは顔を上げたかと思えば、今にも泣きそうな表情で口を開いた。

 

「サッちゃん!! もう一回やろ!!」

「待て! お前はアタシに何をする気だ!?」

 

 なんだ!? アタシは何をされちまうんだ!?

 

「もちろんちゅーするに決まっ――」

「ふんぬっ!」

「ごっ!?」

 

 とんでもないことをほざいたジークに頭突きをかます。

 全く、痛そうにしてるとこ悪いが一発だけにしてやっただけありがたく思えよ。

 

「…………あ」

「さ、サッちゃん?」

「よかったなジーク。ちゃんとキスしてたぞ」

「な、なんやて!? それほんまっ!?」

「もちろんだ」

 

 ああ、しっかりしていたぞ――

 

「――額同士で」

「サッちゃんのアホ! アンポンタン! おっぱい星人! 理不尽娘!」

「死ねぇぇぇぇ!! 今すぐ死ねぇぇぇぇ!!」

「あ――!! そ、それ以上は(ウチ)の髪と右腕が芸術品のごとく壮絶なことになって――」

 

 

 ~~しばらくお待ちください~~

 

 

「また死ぬかと思った……」

「死んどけばよかったのに」

 

 あれから数分後。アタシとジークは適当にテレビでも見ながらゴロゴロしている。

 とはいってもこれといった番組はないんだけどね。そんでもって眠い。

 ジークも寝惚けたっていうから眠いんだろうな、ウトウトしちゃってるよ。

 

「お前、練習は?」

「ん~…………そういうサッちゃんは?」

「出掛ける」

「……………………どこに?」

「近寄んな気持ち悪い」

 

 アタシが出掛けると言った瞬間、妙に真剣な表情になったジークが顔を近づけてきた。

 寄るなクソッタレ。それ以上近寄るとオブジェにすっぞコラ。

 

「どこってそりゃお前――禁則事項に決まってんだろ」

「な、なんでや!? そこはさらっと教えてくれるとこやろ!?」

「個人情報さらっと教えろみたいに言うな」

「……もしかして、番長といいんちょの試合を観に行くんか?」

「おうよ」

 

 嘘だけど。

 

(ウチ)も行く!」

「そっか。そんじゃアタシの席も取っといてくれ」

「あれ? 今から行く――」

「ちょっと寄り道するから」

「…………わかった」

 

 すげえ怪しまれてるけどこれでいいかな。アタシは行かねえし。

 今回行くのはシェベルの道場だからな。確かなんとか天瞳流だっけか。

 あれ? 抜刀術なんとか居合だっけ? いや抜刀なんとか流だっけか?

 すげえ曖昧で覚えてないけど……まあいいや。どうでもいいし。

 

 

 

 

 

 

 

「2年ぶりにやってきたぜ!」

 

 というわけでミッドチルダ南部――つまりアタシが通ってる学校と同じところにあるなんとか天瞳流の道場にやってきた。

 今言った通り、ここに来るのは2年ぶりだったりする。懐かしいな。

 扉の前で突っ立っているアタシは好奇心と懐かしさを胸に一歩踏み出し――

 

 

 ガラッ(アタシが扉を開ける音)

 

 チンッ(目の前でシェベルが刀を鞘に納める音)

 

 スパーンッ(アタシの着ていた服が破れる音)

 

 

 ――服を切り裂かれた。

 

「だあぁあああああああああっ!! お気に入りのパーカーがあああああああああぁっ!!」

「なんだ、サツキか。だがこれはこれで眼福だね」

 

 このパーカー(だったもの)限定ものでもうどこにも売ってないのに!!

 しかもこないだ破損したから縫って修復したばっかなのに!!

 許さん。だから服を着る前にテメエをスクラップにしてやる。完全にブチギレたアタシは――

 

 

 

 

 

「――ぅアチョー!!」

「待てサツキ! まずは服をぐふぉっ!?」

 

 

 

 

 

 全力で飛び蹴りを繰り出した。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 3

(ウチ)も行く!」
「そっか。そんじゃお留守番よろしく」
「あれ? 今から行く――なんでや!?」
「その微乳な胸に手を当ててごらんなさい」
「シバいたろか!?」
「上等だゴラァ!!」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49話「くっそ吹いた」

 なかなかネタが思いつかない。まさかここまで掛かるとはなぁ……。まあ、オールナイトが響いたな。間違いなく。


「まったく、君は加減というものを知らないのか!?」

「出会い頭に人の服を切り裂く奴には言われたくねえよ! あれアタシのお気に入りだったんだぞ!? 今すぐ全裸で弁償しろやおい!」

 

 あれから数十分に渡る攻防の末、アタシはシェベルを文字通りフルボッコにしてやった。

 それもあってか、今のシェベルは顔を中心に傷だらけになっている。

 ヤベェ。今は激おこなアタシだがそろそろ爆笑したい気分なんですけど。そろそろしちゃってもいいのかな? これ。

 

「ノックもせずに入ってきた君が悪い」

「あの手のドアにノックもトスバッティングもねえよ」

「ならせめて声でもかけてほしいね」

「めんどいからやだ」

 

 ちなみに今はたまたまシェベルに預けていた別のパーカーを着ている。

 胴着でもよかったが、それ以上にパーカーが着たかったんだよ……!

 

「今日はプライムマッチがあるけど……観に行かないのか?」

「それよりも負け犬の顔を拝む方がおもしれーじゃん」

「それは誰のことを言っているのかな……?」

 

 良い笑顔になりながらも、シェベルは怒気を含んだ声で問いかけてきた。

 いやいや、一回戦でルーキーに大逆転負けを喫したおっぱい侍つったらお前しかいねえだろ。

 なんか正直に言ったらまた服を切り裂かれそうだな。それでも正直に言うけどね。

 

「――お前しかいねえじゃん」

「…………率直に言われるというのはここまで傷つくものなんだね……」

「なんで泣きそうになってんのお前」

 

 今ここにカメラがあればその顔を撮りまくってるところだったぞ。

 コイツはコイツでそれなりに人気あるからな。商売的な意味でも。

 そういやここ最近で一番人気があったのは巫女コスをしたヴィクターだった気がする。

 ちなみに学生服やメイド服を着たシェベルの写真ならあったりする。

 

「失礼だな! 私はこう見えても乙女なんだぞ?」

「ぶっ!!」

 

 くっそ吹いた。

 

「お、お前が乙女とか……っ! それはそれでおもしれーが……っ!」

「もう泣いてもいいかな……? というか泣くよっ!?」

「勝手に泣いてろ。前みたいに――いや、いつも通り笑ってやるから。まあ、今回は特別に嘲笑してやるよ」

「そこは常識的に考えて慰めたり励ましたりするところじゃないか!?」

「慰め? 励まし? 何それ食えんの?」

 

 そんな名前の食べ物は存在しない。

 

「……ところで、今日はなんの用があって来たのかな?」

「暇潰し」

「………………ああ、だろうね……」

 

 アタシの返答を予想していたのか、シェベルは泣くことをやめガックリと肩を落とした。

 なぜだろう。今のシェベルは見た目以上に年を取っているように思えてくる。

 もしかしてコイツ、実は若返ったババアなのか? つまり……なんだろう?

 

「サツキ。今私を年寄り扱いしなかったか?」

「はて、なんのことやら」

 

 ダメだ。今言ったら殺される。

 

「ま、拝むものは拝ませてもらったから帰るわ」

「まだ30分も経ってないよ?」

「負け犬の顔を一日中拝むとかアホだろ」

「そろそろ負け犬というのはやめてもらえないか?」

「しばらくは無理だ」

 

 目的を果たしたのでとりあえずこの道場からは立ち去ることにした。

 このあとは……ま、適当に街をぶらつくか。家に帰ってもやることないし。

 

 

 

 

 

 

 

「せっかくだから隣町行こうぜ」

「……隣町? 別にいいけど」

 

 あれから一、二時間後。アタシはたまたま出くわしたクロと共に隣町へ行くことにした。

 当然、交通手段であるバイクは調達済みだ。今回も当たりを引いたよ。

 ていうか今乗ってるこのバイク、前に乗ったやつより大きいんだけど。

 

「……大丈夫?」

「何が?」

「運転」

「前にもやっただろ」

 

 これが初めてというわけじゃないんだからそこまで心配しなくてもいいだろ。

 まあ、最初はお前がソワソワしてたせいで危なかったけどな。

 

「ほら、早く乗れよ」

「……わかった」

 

 そう言うとクロはちょこんとアタシの後ろに座った。

 なんだこの小動物。後でいっぱい撫で回してやる。

 とりあえずバイクのエンジンを掛け直して出発する。うん、感度良好だ。

 

「ちゃんと掴まってろよ。落ちても知らねえぞ」

「わ、わかった……!」

 

 一気にスピードを上げると同時に忠告する。一応危ねえからな。

 当然クロは必死になってアタシにしがみついている。そんなに死にたくないのか。

 ただ、ジークのときよりは圧倒的にマシだな。しがみつき方といい、この大人しさといい――

 

「――扱いやすくて助かる」

「お、落ちる……!」

「大丈夫だ。落ちても助けてやる」

 

 ()()()()である限りは。

 

 

 ――数十分後――

 

 

「ほら、着いたぞ」

「………………死ぬかと思った」

 

 スピード違反しないように注意しつつ走っていたらいつの間にか着いていた。

 さて、こっからは歩きだ。バイクは……どうしようかな、これ。捨てちまおうか?

 ていうか失礼だなお前は。そんなに運転荒くなかっただろ。

 

「…………気分が悪い」

「吐くなよ?」

「……大丈夫。ゲロインというのにはならないから」

 

 だからどこで覚えたんだよそんな言葉。

 

「……ケーキを食べながら本を読んで覚えた」

 

 なるほど。しかしケーキは全くといっていいほど関係ないだろう。

 それともあれか、ケーキを食べることで脳が活性化するというのか?

 なんか聞いたことあるぞ、これをすると私の脳が活性化するのだよ的なやつ。

 

「まあいいや。さっさと行こうぜ」

「……どこに?」

「んなもんお前――適当に決まってんだろ」

「…………うん、わかってた」

 

 なら聞く必要はなかったはずだが?

 

「……でも」

「でもなんだ?」

「……せめてケーキがある場所には行ってほしい」

「ケーキねぇ……。そこら辺のコンビニやスーパーじゃダメか?」

「ダメ。コンビニやスーパーはサツキの家の近くにあるやつしか認めない……!」

 

 落ち着け。お前のこだわりはなんとなくわかったから落ち着け。

 ていうかなんで範囲がアタシん家の近くに限定されてるんだよ。

 

「とりあえず行くぞ。こうしてるうちにも時間は過ぎていくんだよ」

「…………うん」

 

 そのあとは適当にぶらつき、クロの要望通りケーキ屋にも行ったりしたのだった。

 それにしても……なんか忘れてるような気がするけどきっと気のせいだな、うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……。一人は寂しいんよ……サッちゃんのアホー!」

 

 うん、気のせいだ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 35

「……大丈夫?」
「何が?」
「運転」
「前にもやっただろ」
「……やったっけ?」
「やっただろ」
「……覚えてない」

 そろそろシバいてもいいんじゃないかと思う。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50話「今年のルーキーは異常なのか?」

 アンケートはまだまだ実施中です!


「たでーまー」

「サッちゃんのアホー!!」

「おおうっ!?」

 

 帰宅早々、いきなりジークが殴りかかってきた。なんなの一体。

 

「なんのつもりだ?」

「なんのつもり……やと……? 自分のやらかしたことも忘れたんか!?」

「うん、忘れた。なんかやらかしたっけ?」

(ウチ)との約束を破った!!」

「いや、まず約束なんてしてねえし」

「一緒に試合を観るって約束したやろ!?」

「だからしてねえって」

「こ……このわからず屋――!!」

「ぬおっ!? 危ねえなクソヤローが!」

 

 涙目になったかと思いきや拳の連打を繰り出してきた。

 アタシはこれをかわしたり受け流したりしつつリビングにたどり着いた。

 

「鉄拳制裁やぁーっ!」

「あらよっと」

「ぶへっ!?」

 

 ジークが突き出してきた右拳をかわすと同時に右腕を掴み、そのまま背負い投げをかます。

 怒りで我を忘れていたのか、ジークはこれをモロに食らった。

 投げ技を十八番としているお前ならかわすと思っていたんだがな……。

 

「ったく、今のは避けて当然だろうが」

「あいた~……待って。なんや今日のサッちゃん、結構理不尽な気がするんよ」

「いつもこんな感じだろ」

「いつもはもっと優しいんよ!」

「そうか。ヘドが出るな」

 

 優しいとか、アタシは善人かっての。別にそこまで善が嫌いというわけではないが。

 なんか最近は偽善とかそういった言葉が流行ってるからな。あんまり良い気はしない。

 

「ま、さっさとプライムマッチ見ようぜ。明日は一応早いんだし」

「うー……」

 

 唸ってもダメだ。アタシからすればウザいだけなんだよ。

 

 

 ――数十分後――

 

 

「なるほどね……アホだろ」

「う、(ウチ)が?」

「うん、もちろんそうだけど少し黙ろうか。な?」

 

 ぶっちゃけるとジークのせいで集中できなかった。内容、どんな感じだったかな……。

 なんかアタシが葬ったはずの眼鏡な生徒会長がいたのは気のせいだろう。もしかしたらアイツ、双子なのかもしれない。

 

「ただ、自分の腕を撃つのはねえわー」

「そ、そやろか?」

「ねえよ。あそこは力ずくで引きちぎってナンボだろうが!」

「皆がサッちゃんみたいにできるんとちゃうんよ!?」

 

 え? そうなの?

 

「だが、鎖を口にくわえて引き寄せたのはおもしろかったぞ」

「番長らしいって感じやったね」

「アタシと当たったときはボコボコにしてやるけどなぁ」

 

 アイツらには絶対的な差というものを見せてやる。とはいえ……

 

「アタシも予選あるから勝たなきゃな。余裕だけど」

「そんなんやと足元をすくわれてまうよ?」

「すくわれても勝つ。アタシを誰だと思ってやがる?」

「……サッちゃんらしいわ」

「そういうお前こそ、案外早めに負けるんじゃねえの?」

「大丈夫や。サッちゃんと当たるまでは負けたくないから」

 

 そこはアタシではなく他の奴を意識してほしかったな。

 

「この話はしまいだ。あ、そういやおでんが残ってるから食べるか」

「お、おでん……やと……?」

「やんねえよ?」

「ちょい待ったぁ! サッちゃん、勝負や!」

「ほう。勝負内容は?」

「心理戦ありのジャンケン!」

「ふっ」

「待って。なんで(ウチ)、鼻で笑われたん?」

 

 コイツ、わざわざ負けに来ているということに気づいていないらしい。

 実はそれ、アタシは結構前にハリーとやったことがあるんだよ。

 

「まあええわ。ほんなら、(ウチ)はパーを出す!」

「そうか。ならアタシはお前がパーを出さなかったら――ぼっきりと殺す♪」

「ちょ、どういう意味や!?」

「ジャンケン」

「わぁぁっ!」

 

 

 チョキ(アタシ) パー(ジーク)

 

 

「決まりだな。お前にはやらん」

「も、もう一回!」

「ジーク。命は大切にしろ」

「さ、サッちゃんに命の大切さを諭されるなんて……屈辱や……っ!」

 

 なんだとこのアマ。

 

「何度でも聞くけどさ、お前はマジでアタシをなんだと思ってんだ?」

「そ、そんなん――死と戦を運ぶ女神様や!」

 

 

 死+戦+女神=()(せん)()(がみ)

 

 

 アタシの呼び名を分解しただけじゃねえか。ナメてんのかお前は。

 

「ではお前に死を」

「ま、待ってサッちゃん! 生身の人間に身体強化打撃はあか――」

 

 そんなこんなで今日もいつも通りだった。明日は目白押しな試合がいっぱいあるけど……アタシも試合があるから見てはやれんな、ほとんど。

 

 

 

 

 

 

 

「で、どうしてお前らと見なきゃなんねえんだよ」

「私に会ったのが運のツキだと思ってくれ」

「ざけんなこの負け――負け犬!」

「事実だからといって堂々と言うのはやめてくれ! それと言い直したつもりだろうがまったく変わってないよ」

「あ、あの、二人とも落ち着いてください!」

「第3ラウンドが始まりますよ!」

 

 翌日。自分の試合を終わらせたアタシはヴィヴィオ対リナルディの試合を観に来たのだが、運悪くシェベルに捕まってしまった。

 しかもティミルとマゾ――ウェズリーまでいる。なんでいんのお前ら。

 一人で観ようと思ったらこれだよ。やっぱりすっぽかすべきだったのかもしれない。

 

「……サツキ。頼むからこの子達の前でタバコは控えて――た、タバコじゃない!?」

「タバコがなんだよ? これはガムだぞ」

「一体どういう風の吹き回しかな?」

「今切らしてるんだよ」

 

 朝起きてみれば箱が空になっていたんだ。これじゃ一服できねえじゃんか。

 そんなわけで持参したのが今噛んでいるフーセンガムだ。これがまたなかなか便利でね。

 

「にしてもすげえ打ち合いだな。前半がどうだったかは知らんけど」

「前半からあんな感じです」

「うん。どっちも負けてないよ」

「ふーん……!?」

 

 おいおい、まさかとは思ったがやはりできるのか。思わず目を少し見開いてしまう。

 

 

 

 ――両手両足の抜剣。

 

 

 

 リナルディの抜剣を初めて見たときに予想はしていたが、この目で見れるのはもう少し先だと思っていた。

 それをこれほど早い段階で見れるとはな。それだけヴィヴィオが手強かったのだろう。

 

「これは遅刻しなきゃよかったなぁ……」

「サツキ?」

「あ? なんだ?」

「…………いや、なんでもない」

 

 なんなんだよ、一体。

 

「か、会場が揺れました……!」

「途方もない魔力量だ」

「…………」

 

 確かにすげえよ、魔力量は。だがそれだけだ。そんでもって当たればヤバイだろうが、当たらなければどうということはない。

 それに今戦っているヴィヴィオが攻略法を教えてくれた。

 あれの劣化版なら――やめとこう。アタシの性に合わねえや。

 

「へぇ、膝蹴りか」

〈何気に初めて見ましたね。今年のインターミドルで使った人は〉

「そうだな。早く(つえ)え奴とやりてえわ……」

〈話、聞いていましたか?〉

 

 すまん、聞いてなかった。にしても手応えなさすぎるんだよな、最近の連中は。

 ……もしかして他の組にいる奴らが異常なのか? 特にルーキーが。

 

「あれは決まったな」

〈はい。もう左腕は使えないでしょう〉

 

 ヴィヴィオの左腕にリナルディの蹴りがドンピシャで直撃した。

 あれはもう互いに限界だな。特にヴィヴィオは左腕が使えない。

 かといってリナルディも立っているのがやっとだろう。できればもう少し見ていたいが――

 

「アタシ、帰るわ」

「え? さ、サツキ?」

 

 ――見てるだけじゃつまんねえ。もう抑えらんねえよ。

 そう思いながら、アタシは観客席から立ち去った。そのあとはある種の衝動を抑えるために裏路地で大暴れしたけどな。

 ちなみに観れなかったティミルとストラトス、ハリーとウェズリーの試合はしっかりと録画しておいたから問題はないはずだ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 12

 確かにすげえよ、魔力量は。だがそれだけだ。そんでもって当たればヤバイだろうが――



 ――当たらなければ()ということはない!



〈絶対に言うと思いました〉




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51話「カッコいいじゃん」

「お願いします!」

「んー……やっぱり悪いよー」

「そこをなんとか!」

「さ、サッちゃん……」

「いいんじゃねえの? ていうかどうでもいい」

「ええー……」

「必ずお役に立ちますから!」

「ほら、コイツもこう言ってるんだし」

「でも……」

「タスミン、オーケーだそうだ」

「サッちゃーん!?」

「ほ、本当ですか!?」

(ウチ)なんも言ってへんよ!?」

「そんじゃ、当日は任せた」

「はいっ!」

「さ、サッちゃん……?」

「アタシは帰る」

「サッちゃんのアホー!」

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー!」

「ぶふっ!?」

 

 翌日。久々に予定のないアタシはヴィクターの屋敷に訪れた。マジで久しぶりだわ、この感じ。

 

「やっほー! じゃないわよっ! 出会い頭にラリアットをかますなんてバカなの!? あなたバカなの!?」

「おもしれーじゃん」

「どこがおもしろいのか説明してほしいのだけど!?」

 

 自分で考えてくれ。

 

「んで、そっちはどうなんだ?」

「今のところ問題ないわ。そういうあなたは?」

「楽勝。このままいけば都市本戦は確実だな。つーか見てねえのか?」

「あなたなら絶対に勝ち上がってくるもの」

「すげえ確信の強さだな」

 

 どうしたらそんな確信が持てるのかぜひとも知りたいところだ。もしかしてアタシに何か期待でもしているのか?

 だとしたら照れるじゃねえか。まさかそこまで注目されるなんて。

 

「ハリーの試合は?」

「一応、一応見ましたわ」

「じゃあ『ハナから通じない』のか『対策ができる』のかどっちなんだよ?」

「待ちなさい。どうしてあなたがそれを知っていますの?」

「エドガーから聞いた」

 

 でなきゃ知ってるわけねえじゃん。聞いたときはおもしろくてちょっと笑ったけどな。

 明らかに注目してる奴のセリフだったからな。いわゆるツンデレってやつか?

 

「まったく……」

「そういやお前、アピニオンをボコったんだって?」

「アピニオン……もしかしてシャンテ選手のことかしら?」

「そうそう」

「彼女は強かったわよ?」

「あっそ」

 

 正直どうでもいいことだが、多分アイツには勘違いされてるぞ。

 負けたあと絶対に拗ねただろうな。なんだかんだで天邪鬼っぽいし。

 

「そういうあなたはどっちかしら?」

「そうだなぁ……どっちでもねえよ。通用はするし、対策もしねえ。出したきゃ好きなだけ出しゃあいい、って感じだな。出したところで結果は変わんねえんだし」

「その自信がどこから沸いてきているのか知りたいところですわね」

 

 アタシだって知らねえよ。ただ、お前らと違って鍛練で強くなったわけじゃない。

 強いて言うなら歩んできた道が違うといったところか。

 そんなこんなで、アタシとヴィクターはお茶を飲みながら共に過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「というわけでアピニオン、スパーしようぜ」

「なんでですか!?」

 

 さらに翌日。負け犬となったアピニオンの顔を拝み、どんな戦法でヴィクターと戦ったのかを確かめるために聖王教会を訪れた。

 なんかシェベルといいコイツといい、最近負け犬の顔を拝むことが趣味になってる気がするけど気のせいだと思いたい。

 

「ちなみに許可はとってある」

「手を回すのが早すぎる……!」

 

 さすがに無断はあれだからな。いや、別に無断でもいいけどさ。

 いざというときには全部アピニオンに押しつけることができるし。

 

「あれ? もしかしてビビってる?」

「そ、そんなことな――」

「本音は?」

「――今すぐ泣きたいです」

 

 すげえ変わり様だ。いくらなんでも酷すぎる。ここは年上としてヤキを入れてやるか。

 

「おら、さっさと構えろ」

「え? サツキさんはそのままなんですか?」

「テメエごときにバリアジャケットはいらねえんだよ」

 

 これはマジだ。ストラトスやイツキやノーヴェのときはフェアにするためだけに着用したけどな。

 普段は着用せずにケンカしてるからなぁ。ていうかそんな必要ねえし。

 

「それはちょっと――バカにしすぎ……!?」

「なんだよノロマ」

 

 いきなり視界から消えたかと思えば人様の背後をとりやがったんで、逆に奴の背後へ回り込んでやった。

 双剣の向きを見る限り、どうやら左側から斬りかかるつもりだったらしい。

 ……へぇ、やはりアームドデバイスか。しかもヌエラと同じデザインだな。

 

「ふぅ…………」

「緊張しすぎだろ。もうちょい肩の力抜けよ」

 

 一旦距離を取ったアピニオンは、いつもの余裕はどこへやらと言わんばかりにしっかりと構えていた。

 ヴィクターから聞いた話だとあっけらかんとした態度だったらしいが……

 

「サツキさんが相手なのにできるとでも?」

 

 どういう意味だ。

 

「そういやアピニオン。一つ思い出したことがあるんだわ。お前さ、アタシが前に来たときなんて言ったよ?」

「な、なんにも言ってませんが」

「『二度と来ないでください』だっけかぁ? つくづくいい度胸してんな、お前」

「聞かれてた!?」

 

 アタシの五感をナメるな。伊達に幼少期を山籠りに費やしたわけじゃねえんだよ。

 

「そのときに決めてたことがあるんだよ」

「決めてたこと? い、嫌な予感しか――」

「テメエは全殺し決定だ」

「最悪だぁ――っ!!」

 

 嘆いたってもう遅い。キサマはアタシを怒らせたんだよ。

 スパーついでにボコボコの刑だコノヤロー。服ごとミンチにしてやる。

 

「いくぞゴラァ!」

「来ないでくださいー!」

「ならもっと早く逃げろ腰抜けが!」

「…………腰抜けじゃ、ありませんっ!!」

「おっ?」

 

 逃げようとしたかと思えば振り返ると同時に斬りかかってきたので、こっちも弾き返す形で双剣に拳を打ち込んだ。

 これは驚いたな。まさか逃げずに向かってくるなんて思いもしなかったぞ。

 

「逃げたところでトラウマが増えるだけですからね。どうせなら真っ向勝負した方がマシだと思ったんですよ」

「へぇ、カッコいいこと言うじゃん」

 

 ならそのセリフに相応しいものを見せてもらおうじゃねえか。

 

「こいよ」

「……それじゃご遠慮なく!」

 

 ちょっと気合いが入ったらしいアピニオンはそれなりのスピードで肉薄し、左側から斬り込んできた。

 アタシはこれを最低限の動きだけでかわし、二、三歩ほど後退する。

 今度はさっきと同じスピードでアタシの後ろに回り込み、頭部目掛けて双剣を振るってきた。

 

「よっと!」

「また白刃取りぃ!?」

「いや、普通に刀身を掴んでるだけだが?」

 

 当然アタシはこれに反応し、すぐに双剣を受け止めた。

 刃物はいろいろあって慣れちまったんだよ。主にシグナムや……ケンカのせいで。

 ていうかまたってどういうことだ。まさかヴィクターに真剣白刃取りでもされたとか?

 

「カッコいい捨てゼリフ吐いたわりには大したことなかっ――」

「後ろががら空きだよっ!」

「――あ?」

 

 後ろから声がしたかと思ったら新たなアピニオンが出現していた。幻術という名の増殖である。

 えーっと……確かに遠慮なくって言ってたけどそこまでやるか?

 これがお前の言う真っ向勝負ってやつか。けどな……

 

「オラァッ!」

 

 アタシは背後から迫ってきた第二のアピニオンを後ろ蹴りで蹴散らし、最初のアピニオンに関しては投げ技をかましてすぐにマウントを奪った。

 マウントを奪う経緯が少し異なるが……あのときと同じだな。この光景は。

 

「本体と分身の位置が反対ならよかったぞ」

「…………いつあたしが本体だと錯覚していたんですか?」

 

 なん……だと……?

 

「――隙ありっ!」

「っ!?」

 

 いきなり上から声が聞こえたかと思えば、第三のアピニオンによる奇襲だった。

 なるほど。コイツが作れる分身は一人だけじゃなかったってことか。

 

「だったらこうすればいい。必殺、アピニオンバリア!」

「え、ちょ――」

「あ」

 

 アタシはマウントを奪っていた方のアピニオンを盾にすることで奇襲を回避した。

 身代わりとなって攻撃を食らったアピニオンは跡形もなく消失していた。

 マジで分身だったのか、あれ。いつ入れ替わったんだ?

 おそらく本体であろうアピニオンの動きが緩んだ瞬間を見逃さず、すぐさま奴の左側へ回り込む。

 

「コラ」

「しまっ!?」

「――何が隙ありだバカッ!」

 

 そして動揺しきった奴を左拳で殴り飛ばした。

 拳をモロに食らったアピニオンは数十メートルほど吹っ飛んだところで沈黙した。しかし……

 

「大したもんだな。まだ意識があるとは」

「あはは……もう動けませんけど」

「一応聞いておく。なんで分身した?」

「…………ダメでした?」

「アタシじゃなかったらアウトだ」

「ですよねー……」

「じゃあな」

「せめて起こしてくださいよ……」

 

 コイツの戦法は大体わかった。迷彩(ミラージュ)幻術(ハイド)と分身による多重攻撃だ。

 コイツはまだ弄り甲斐がある。そう思いつつ、アタシは教会をあとにした。

 このあとヌエラのものであろう怒鳴り声が聞こえてきたけど、アタシは絶対に悪くない。

 だって先に手を出してきたのはアピニオンだし。アタシじゃねえし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャンテ。サツキとスパーしたんだって?」

「ま、まあね」

「どうだった? 見た感じは結構いい勝負してたみたいだけど」

「………………こ、怖かった」

「え?」

「もしあの人が本気を出したらと思うと……命の危険を感じずにはいられなかった……!」

「しっかりしろシャンテー!」

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 33

「いくぞゴラァ!」
「来ないでくださいー!」
「ならもっと早く逃げろ腰抜けが!」
「言われるまでもなくそうするつもりですよ!」
「逃げてんじゃねえぞこのアマァ!!」
「逃げていいのかそうでないのかどっちなんですかぁ――っ!?」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52話「フラグには勝てなかったよ……」

「はよ行こサッちゃん!」

「離せジーク! アタシは治療中なんだ!」

「サッちゃんは試合あらへんから関係ないやろ!」

〈それに治療といっても少し手を痛めただけですし〉

「お前は黙ってろ」

「はーやーくー!」

「行かねえつってんだろ! テメエの試合なんざどうでもいいんだよ!」

「外にヴィクター待たせてるから! サッちゃん、ウェルカムや!」

「ウゼえ! お前がウェルカムを使うとひたすらウゼえ!」

「サッちゃん――」

「行かねえって何度言えばわかるんだよ」

「――生きて、いたい……?」

「よし待ってろ。三分で準備を済ませる」

 

 

 

 

 

 

 

「準備は万全よね?」

「うん」

「じゃあアタシは帰ってもいいか?」

「あかんよ。サッちゃんには聞きたいことがあるんやから」

 

 ついにやってきた運命の日。今日は地区予選最大の注目試合こと四回戦プライムマッチ――ストラトス対ジークの試合だ。

 アタシは行くのがめんどくさかったのでこれをボイコットしようと思ったのだが、ジークに脅されやむを得ず来てしまった。

 仕方ねえだろ。そのときのジークは笑顔なのに目からハイライトが消えており、両手にはガイストのような何かという死亡フラグのオンパレードみたいな状態になっていたんだから。

 もし断ろうものならアタシの我が家がお星様となっていたに違いない。

 

「んで、聞きたいことってなんだよ」

「あの子と戦ったことあるってほんま?」

「あの子って今日の対戦相手か?」

「うん」

「待て。なぜお前がそれを知っている」

「スミさんが教えてくれたんよ」

「ああ……」

 

 なるほど。それなら納得だ。姉貴なら暴露しても不思議じゃねえし。

 

「サッちゃんから見て、どう思う?」

「別に。ただ、世の中ナメんなとは言ってやりたい」

「何があったんや……」

「世の中ナメんな」

(ウチ)への言葉やったんか!?」

「いや、お前ら旧ベルカの末裔への言葉だ」

「そ、それやとサッちゃんとスミさんも含まれてまうよ?」

「ジークの言う通りですわ。あなた、仮にも真正古代ベルカ継承者でしょう?」

 

 しまった。そこまでは配慮してなかった。

 

「すみません、そろそろ入場準備を!」

 

 そんなどうでもいい会話をしていると、ジークのセコンドとなったタスミンがやってきた。

 ていうか死んだはずだろアイツ……なんで生きてんだよ。幽霊かっての。

 

「あ、これ食べてからでも……」

「いえ、そこまでお急ぎでは!」

「ごちそうさま」

「相変わらず食うのは早いな」

「おかげさまで」

「え、えーっと、お二人はどういう――」

「それ以上聞くとお前の命がなくなるぞ?」

「なんでもありません……!」

 

 危なかった。ジークがアタシん家の居候だとバレたらいろんな意味でマズイからな。

 なんとか誤魔化せてよかったよ。もしバレていたら再びタスミンを葬る必要があったし。

 

「ほんならヴィクター、サッちゃん。いってきます」

「ええ、頑張りなさい」

「おう、死んでこい」

「今日ぐらいは普通に見送ってほしいんよ……」

 

 だが断る。

 

 

 

 

 

 

 

「うはは、器用だなあいつ!」

「ベルカ古流の使い手ならそう珍しい技でもありませんわ」

「ってことはサツキも使えんのか?」

「朝飯前だ。とはいってもアイツみたいに投げ返すわけじゃねえけどな」

「お前の場合はちょっとした倍返しだっけか?」

「そういうことだ」

 

 場所は変わって観客席。アタシは成り行きでヴィクターやハリーと一緒にジーク対ストラトスの試合を観戦している。

 今起きたことを説明すると、ジークの弾丸をストラトスが投げ返したところを見たハリーが興奮し、ヴィクターが解説した。こんな感じだな。

 

「低空タックルか」

〈まるでストラトスさんを試しているかのような攻撃ですね〉

 

 懐かしいな。アタシのときはジャンプしてからの踏みつけで対処したっけか。

 ストラトスは蹴りで対処しようとするが、逆にその脚を掴まれて投げ技をかまされ、そのまま関節技(サブミッション)を掛けられていた。

 

「お、蹴りで脱出したか」

「サツキはシンプルに力ずくだったよな」

「ええ。今でも信じられませんわ」

「お前らはそろそろ現実を見た方がいいぞ」

 

 いくらアタシがジークの関節技(サブミッション)から力ずくで脱出したことがあるからってそこまで驚くことはねえだろ。

 小細工する必要がなかっただけだし。……ってことはストラトスのあれは技術的な何かか?

 

「アホかあいつ!? ダウン判定なんだから少しは休めよ!」

「焦っちゃったんですかね?」

「あの子からすればこれは試合ではなく、きっと戦場なんでしょう」

「戦場…………」

「ハリー、こっち見んな」

 

 なぜかハリーにジト目で睨まれた。解せぬ。アタシはなんもしてないのに。

 ちなみに何が起きたのかというと、ストラトスがジークに投げ技を二連続で食らわされたのにすぐさま立ち上がったのだ。

 これにはさすがのハリーも焦りの色を隠せないでいる、というわけだ。

 

「お、『鉄腕』を解放したぞ」

「確か球速が――」

「その鉄腕じゃありませんわ!」

「十万馬力の少年ロボ――」

「そっちでもないわよっ!」

「………………安心しろ、冗談だから」

 

 なんだよ、ちょっとふざけてみただけじゃねえか。にしてもあれを見るのは久しぶりだ。

 

「古流ベルカの武術の世界は広いようで狭いものですわ」

 

 なんかヴィクターが解説を始めたけどスルーしておこう。

 一般人のアタシには関係のない話だからな。それにしても……

 

「黒のエレミア、ね……」

〈どうしました?〉

「いや、あれってそんなにスゴいものなんか?」

〈凄いに決まってるじゃないですか〉

 

 そんなことは意識せずにやり合ったからなぁ。ていうかどうでもいい。

 どういうわけかストラトスは感情的になり、とにかくジークに拳を打ち込んでいる。

 つーかガンガンガンガンうるせえよ。耳障りなんだけど。

 

「なんかストラトスの奴、クラッシュエミュレートがどんどんヤバくなってるような……」

「あれは防護武装らしいからな」

「防護武装……?」

 

 え? そうなの? アタシはてっきり鉄の手袋かと思ってたよ。――飾りの。

 まあ、納得はできる。あれがあるから腕に負荷を掛けることなく全力が出せるってことだな。

 

「……ちょっとトイレ」

「ん? ああ、早めに戻れよ」

 

 このとき、まさかジークがストラトスのカウンターでクリーンヒットを食らわされていたなんてアタシは知るよしもなかった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 19

「お、『鉄腕』を解放したぞ」
「確か球速が――」
「そっちの鉄腕じゃありませんわ!」
「十万馬力の少年ロボ――」
「そっちでもないわよっ!」
「おもしれーじゃん」
「さすがに空気読んで冗談だって言ってくれ!」
「やだよ。めんどくせえ」
「あなたの将来が心配になってきましたわ……」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53話「浴場にとつげきー!」

「ヤバイ、結構なタイムロスだ」

〈マスター、急いでください。試合に動きがあったようです〉

「そんなもん歓声でわかるわ」

 

 トイレから戻っている途中なのだが、どうも試合に動きがあったらしい。

 さっきからジョギング感覚で走ってはいるが、観客席まで意外と距離があるから困る。

 

「よし、出口だ」

 

 やっと観客席に出られたよ。しかしハリーたちのいる場所からはちょっと遠いな。

 早く戻りたいってのに階段を降りなきゃならんとか骨が折れる。

 

「試合はどうな……って……」

 

 リングの方を見てみると、まるで削り取ったかのような痕があった。それもかなり大きいやつ。

 とうとうガイストを使いやがったか。相変わらずえげつねえ破壊力だな。

 

「クソッ、こうしてる間にも時間が……ええい、しゃらくせえ!」

 

 ちょっとイラついたのでハリーたちがいるであろう場所に向かってジャンプした。そして……

 

 

 ――ズドォンッ

 

 

 という音と共にさっきまでアタシが座っていた席の前へ着地した。

 ……よし、クレーターはできていない。どうやら成功のようだな。

 

「さ、サツキ!? お前今どこから降ってきたんだ!?」

「そんなことはどうでもいい。試合はどうなってるんだ?」

「ジークがエレミアの神髄を発動しましたの」

「果てしなくわかりやすい説明をありがとう」

 

 別にジークの状態を聞いたわけではないが、そのキーワードだけで状況は掴める。

 要はストラトスが命に関わるほどの攻撃をジークに食らわせたのだろう。それによりエレミアの神髄が発動した。それだけだ。問題は……

 

「ストラトスの奴、生きて帰れるんかねぇ?」

「お前、めちゃくちゃどうでもよさそうだな」

「そうか? これでも心配してる方なんだが……」

「あ、あのサツキが誰かを心配するなんて……!」

「あり得ねえ……!」

「テメエら後でヤキ入れな。それに今のは嘘だ」

 

 そんな会話をしているうちにも、ジークはストラトスに容赦なく拳を打ち込んでいく。

 ただの拳ならまだしも、消し飛ばす魔法であるイレイザーをまとったそれは強力だもんなぁ。

 そしてフィニッシュと言わんばかりに大技をかまそうと――

 

「あの馬鹿! あんな大技をかましたらまた……!」

「ジ――――クッ!!」

 

 ――したところでストラトスがギリギリでかわし、大事には至らなかった。

 

「……戻ってるか?」

「ええ」

「…………あ、戻ったのね」

 

 なんだ、もう終わりか? と言おうとしたが空気的に厳しそうなのでやめておいた。いくらアタシでも空気を読むぐらいはできるってんだ。

 ストラトスは満身創痍ながら最後の力を振り絞ったであろう右拳を放つも、ジークはそれを左拳で迎え撃ち、その隙に空いていた右拳をストラトスに打ち込んだ。

 当然それを食らったストラトスは倒れ、試合はジークの勝ちで終了した。

 

「ったく、ヒヤヒヤさせやがって」

「そうか?」

「お前はもう少し緊張感を持て」

「緊張感? 何それ食えんの?」

 

 お前らは緊張し過ぎなんだよ。

 

「…………」

「どこに行くのかしら?」

「ちょっと野暮用があってな」

「「「野暮用?」」」

「別にいいだろ。じゃあな」

「……待てよ。オレも行く」

 

 そんなわけで、アタシとハリーは観客席を後にした。――目指すはジークだコノヤロー。

 

 

 

 

 

 

 

「よっ! 邪魔するぜ!」

「ば、番長!?」

「あのさジーク、サツキを見なかったか?」

「え、サッちゃんもおるん!?」

「遅えぞハリー」

「お前が早すぎるんだよ……」

「………………ほ、本物!?」

「…………」

「あっ! 痛っ! サッちゃ……っ! ビンタは手刀でするもんと……っ!」

「サツキ抑えろ! 頼むから今は抑えてくれ!」

 

 あれから時間は経って浴場なう。ジークに偽物扱いされちまったんで、その対処をしてやった。

 そして今は全員湯船に浸かっており、ハリーがジークを諭している最中だ。

 

「お前はいずれオレらが倒す相手だし、お前の『鉄腕』も隠し球も、全部含めてのお前を倒すつもりでいるんだ」

「…………」

「私もそう思うよ。まあ、自分を倒した相手が強い選手であってほしいというのも理由の一つだけどね」

「サッちゃんの次はミカさん……!?」

「油断したな。もうミカ姉の間合いだぜ」

「つーかあれ……」

 

 晴嵐? いや、いくらシェベルでも風呂場に持ち込むなんてことはしないはず。

 となればあれは練習刀かなんかだろう。それを殺気で隠しているのか。

 斬りかかろうとしたシェベルにジークはエレミアの神髄を発動させ、迫ってくるそれを弾いた。

 

「……練習刀?」

「だろうな」

「さすがに風呂場で真剣を振るったりはしないよ」

 

 ジークが弾いたのは予想通り、練習刀だった。

 当のジークは殺気でわかってなかったみたいだがな。そういうところも相変わらずか。

 

「全てを出しきった状態の君を超えて、次は必ず自分が勝つ。君と戦って負けた人は皆そう思っているはずだよ。選手なら負傷は覚悟の上だしね」

「…………」

「ハリー、こっち見んな」

 

 シェベルはかつて破壊されたらしい右手首を振りながら、今の言葉に偽りはないということを笑顔で語っていた。

 そんな中、アタシはハリーにジト目で睨まれた。……いやなんで?

 

「ちなみにそれは回復完了のお披露目だと思ってくれていい」

「へ? ……あ――!!」

「おおっ! 見ろよサツキ!」

「はいはい、とりあえずお前は落ち着こうか」

 

 アイツが居候になってから風呂で何回も目にしているジークの裸体が、バスタオルを斬られたことにより露となっていた。

 スタイル抜群とまではいかないが、ハリーといい勝負ができる体つきだろう。

 まあ、そんなジークの裸体をアタシは何度も見ちゃってるからなぁ……風呂で。

 

「サツキ。なんかお前をシバきたくなったんだが」

「ほう。なら今ここでやるか?」

「二人とも。さすがに風呂場で暴れるのはやめた方がいいよ」

「大丈夫。動くもの以外は攻撃しないから」

「そういう問題じゃない」

 

 説得は失敗に終わってしまった。暴れるのはまたお預けだな。

 

「サツキ。このあとお前はどーすんだ? オレらはジークと覇王娘の話に参加するけど」

「帰るに決まってんだろ」

 

 そんなのに参加してなんの得があるんだよ。

 

「そんじゃ、またいつか」

「もう二度と会えないみたいに言うな」

 

 そこは気にしたら負けだ。家に帰ったらビールでも飲むかねえ。

 久々に一人でゆっくりできそうだ。あとタバコも吸おう。最近吸ってなかった気がするし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サッちゃんにも参加してほしかったんやけど……」

「じゃあなんでそう言わねーんだよ」

「言うたところで断られるのは目に見えてるから……」

「まあな。普通に言っても酷いときはスルーされるし」

「うー……なんとかして参加させたいんよ!」

「なんでそこまでこだわるんだ?」

「そ、それは……」

「……そこまで言うのならオレに考えがある」

「考え?」

「ああ。ただし、失敗すれば殺されるぞ? それでもいいのか?」

「平気。それくらい日常茶飯事なんよ」

「お前の身に何があったのか詳しく知りたいんだが」

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 8

「サッちゃんにも参加してほしかったやけど……」
「じゃあなんでそう言わねーんだよ」
「言うたところでご飯を抜かれるのは目に見えとるから……」
「待て。なんかおかしいところがあったぞ」
「え?」
「ご飯を抜かれるってどういうことだ?」
「ごめんや。これ言うたら(ウチ)の命が危ないんよ」
「ちょっと待ってろ。サツキと話してくる」
「あ、番長! 行ったらあか――」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54話「うるさい奴は放置に限る」

 今回も早めの投稿です。というよりちょっとペースを上げていくかもしれません。


「死ね! 今日こそあの世に逝けぇ!」

「待ってサッちゃん! お願いやから話を聞いて! 拳を振るうのやめてー!」

「抑えろサツキ! オレらが悪かった!」

「それ以上はダメよ! もし当たればジークが……!」

「ジークが死んでしまう!」

「お、落ち着いてくださいっ!」

「離せテメエら! 今回は絶対に許さねえ! 許さねえぞぉ!!」

「皆さん、一体何をしたんですか!?」

 

 アタシは今、夜景が素晴らしいホテルみたいな場所で猛烈にキレている。

 事の始まりは帰宅中にジークから送られてきたメールだ。そこにはこう書いてあった。

 

 

【今日、(ウチ)とあの子で過去のことを話し合うことになったんよ。番長やヴィクターたちも同席してるから、サッちゃんにも来てほしいんよ。返事待ってるから】

 

 

 これだけならすぐに断っていただろう。しかし、このメールには写真が添付されていた。

 どうせ話し合う場所でも写したんだな、と思って写真を見てみると――

 

 

【来なきゃこれを燃やすぞ】

 

 

 ――という文字と共に、ジークに借りパクされたままの合鍵が写されていた。

 その真下には燃え盛る炎があり、合鍵を落とせば文字通り燃え尽きてしまうというシチュエーションがそこにはあった。

 さすがのアタシもプッツン通り越して爆発した。タスミンのときよりは確実にキレたよ。

 合鍵を奪うに飽き足らず、今度はそれを燃やすだと!? 物事には限度があるんだぞ!?

 ブチギレたアタシは本能で奴等のいそうな場所を捜索し、数分で見つけたってわけだ。

 まず手始めに合鍵の真下で炎を燃やしていたであろうハリーに跳び膝蹴りをかまし、次にメールの主であるジークをフルボッコにしようとしたところでヴィクター、シェベル、タスミン、そして復活したハリーに取り押さえられ今に至る。

 

「まさか、これほどのパワーとは……っ!」

「実際はこれ以上だ……っ!」

「待てコラジーク!」

「イヤや! (ウチ)にはまだやり残したことがたくさんあるんよ!」

「というかこの人、本当に人間ですか!?」

「残念ながら人間よ……っ!」

「アタシは人間だぁ!」

 

 ……とはいっても、アタシからすればそれもあってないようなものだがな。

 そんなことよりもジークだ。エレミアの神髄を使う間も与えずにぶっ殺してやる!

 

『…………そっちで何が起きているの?』

「え、えっと……」

「スミレがいてくれたらええんやけど……」

「サツキさんっ! 暴れるならこっちで――」

「リオは落ち着いて! ていうかもう喋らないで!」

 

 なんか今スクライアの声がしたけど……まあいいか。ここにはいねえみたいだし。

 

 

 ~~しばらくお待ちください~~

 

 

「や、やっと収まった……」

「一時はどうなるかと思いましたわ……」

「ふぅ。なんか落ち着いたらバカバカしくなってきたから帰るわ」

「えーっ!? サツキさん帰っちゃうんですか!?」

「当たり前だ。アタシは招かれざる客だしな」

 

 少しだけスッキリしたアタシは帰ろうと準備する。

 周りを見渡すと、アタシを止めようとしたであろう連中が完全にバテていた。

 ちなみにジークは顔面に一発ブチ込んだだけで許してやった。

 

「その辺は大丈夫や。ジークリンデがサツキも参加するって言うてたから、ちゃんと人数に入れといたんよ」

「待て八神。アタシが大丈夫じゃねえ。つーか本人の許可もなく勝手に入れんな」

「インターミドル中の大事な時期や。一番問題を起こして――起こしそうな子をここにきて野放しにすると思うか?」

 

 そこを突かれるとかなり痛いな。ていうかなんでコイツ知ってんの?

 言った覚えないんだけど。もしかしてマークされてたとか?

 ……そういえばシャマルは知ってたな。なるほど、奴を経由したのか。

 

「それにサツキもなんだかんだでベルカっ子や。同胞は少しでも多い方がええからな」

 

 やはりそういうことか。恨むぞ古代ベルカ。

 

「……もういいや。けど今日のところは帰らせてもらうぞ」

「つまり明日の無限書庫探索ツアーには参加するってことでええんか?」

「おうよ」

 

 よかった。家に帰るのはオーケーみたいだ。

 

「サツキさん! 早く部屋に行きましょう!」

「おいコラ引っ張るなウェズリー。……ジーク。テメエはなぜアタシの右腕に引っ付いてやがるんだ?」

「サッちゃんと寝たいんよ」

「サツキさんはあたしと寝るんです! これだけは譲れません!」

「サッちゃんと寝るんは(ウチ)やと大昔から決まってるんよ!」

「いや決まってねえし。それとウェズリー、いつアタシがお前と寝るつったよ?」

 

 ていうか一人でいいだろうが。なんでそんなにアタシと寝たがるんだよ。迷惑でしかねえぞ。

 

「アタシは家に帰るんだよ。お前らで勝手に言い争ってろ」

「「え?」」

「だがその前にハリー、シェベル。さっきまで何を話していたか聞かせてもらうぞ」

「あ、ああ……」

「別に構わないが……」

「さ、サツキさん!?」

「え、ちょ、サッちゃーん!?」

 

 とりあえずうるさいジークとウェズリーは放置しておこう。ウザいし。

 そんなこんなで、アタシは二人から詳しい話を聞いてからホテルを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「……え? お前も来るの?」

「……うん。私も無限書庫に行く」

 

 帰宅したのはいいがなぜかクロがいた件について。まあ、そんなことは置いといてだ。

 コイツが言うにはさっきまで窃視と盗聴を行っていたとか。

 恨みがあるとはいえ良い子なお前がそこまでするとはねぇ……いや、まだマシか。

 

「アタシはお前の内通者ってわけか?」

「……私の協力者」

 

 ほとんど一緒だコノヤロー。

 

「ていうかいつアタシが協力するって言ったよ?」

「…………協力、してくれないの?」

「いや、おもしろそうだからしてやってもいいぞ」

「……本当?」

「嘘はつかん」

 

 ここで断った場合、下手すれば癒しを失うことになってしまう。

 当然、今のアタシにとってそれはダメージが大きすぎる。

 なら協力するのは必然だろう。例え大丈夫だったとしても。

 

「………………ありがとう」

「別に。もう一度言うけどおもしろそうだしな」

「…………それだけ?」

「うん。それだけ」

 

 おもしろくなけりゃバッサリ捨てるけどね。

 

「ま、それはそうとして今日はもう遅いから泊まってけ」

「…………いいの?」

「ホントはダメだが今回は良しとしよう」

「………………じゃあお言葉に甘えて」

 

 このあとアタシとクロは適当に計画を立て、すぐに就寝したのだった。

 もちろん、クロはジーク――エレミアの末裔がアタシん家に居候してることは知らないままだ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 51

「や、やっと収まった……」
「一時はどうなることかと思いましたわ……」
「ふぅ。なんか落ち着いたらバカらしくなってきたから――ジークをもう少しだけ殴るわ」
「なんでだよ!?」
「待ってサッちゃん! これ以上は(ウチ)の身が滅んでしまうんよっ!」
「よし、歯を食いしばれ」
「最悪や――っ!!」
「サツキを止めろ――っ!!」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55話「発音ぐらいしっかりしろよ」

 無限書庫探索ツアー、始まります。


「おー! やっぱり本局内部はすげえな」

「これで一つの町ですもんね」

「朝からうるせえんだよお前らは……」

 

 翌日。アタシたちは朝イチで管理局本局内部を訪れている。目的地は無限書庫だけどね。

 昨日はなぜか眠れなかった。もしかしたら心のどこかで楽しみにしていたのかもしれない。

 

「サッちゃん、眠そうやね」

「まあな………………ウェズリー、今すぐ降りろ」

「なんでですかっ!?」

「あかんよリオちゃん。サッちゃんに迷惑かけてええのは(ウチ)だけなんよ?」

「………………」

「あっ! 痛っ! サッちゃ……っ! ビンタは靴でするもんと……っ! ていうかそれ(ウチ)の靴や……っ!」

 

 さっそくと言わんばかりにジークが意味不明なことをほざいたので思わずビンタしてしまった。

 ……やっと降りてくれたウェズリーがこっちを羨ましそうに見てるけど気のせいだと思いたい。

 

「ま、まさかサツキって……そっち系か?」

「ハリー、サンドバッグになれ。さもないとブチ殺すぞ」

「オレには死ぬという選択肢しかないのか!?」

 

 危ない危ない。付き合いの長いハリーから誤解を受けそうになったぞ。

 仮に受けたとしても口封じできるから別にいいけどさ。

 

「う、(ウチ)は別に誤解されても問題ないんよ……?」

「あたしも(叩いてもらえば)特に問題ありませんよ?」

「死ね」

 

 お前らが良くてもアタシがイヤなんだよ。

 

「皆さん、こっちでーすっ!」

「ここが?」

「そこらの図書館となんら変わりねえな、相変わらず」

「そういえばサツキさんも来たことあるんですよね?」

「待てウェズリー。なぜそれを知っている」

 

 ここにいるメンバーじゃ八神とハリーしか知らないんだぞ、それ。

 

「さっき八神司令から聞きました!」

 

 よし、クソ狸の処刑は決まった。あとで数百年前に地球で使われていた昔の拷問器具を取り寄せるとしよう。

 いや、取り寄せることはできないから作るとしよう。なんかおもしろそうだ。

 

「お前の交友関係の広さに改めて驚かされたわ……」

「いや、そんなに驚くことか?」

 

 大体が姉貴経由なんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

「おお――っ!」

「いいよなぁお前らは。遠足感覚ではしゃぎやがってよ」

 

 場所は変わって無限書庫の古代ベルカ区画。受付では上位選手として紹介され、ゲート前では注意事項の説明。まるで遠足じゃねえかコノヤロー。

 そして入ったのはいいが、目的の場所はまだ先のようだ。

 

「そういや、サツキも余裕みたいだな。体幹バランスが半端じゃねーよ」

「もしかして飛行魔法を習得していたりしますか……?」

「そんなもんねえよ」

 

 つーかあってもなくても関係ない気がする。

 

「あ、そうだストラトス。ジークの教育はお前に任せる」

「わ、私……ですか?」

「おう」

「きょ、教育と言われても何をすれば――」

「とりあえず常識を教えてやってくれ」

「サッちゃんのアホー!」

「え? え?」

 

 こんなときに混乱されても困るんだが。ていうかジーク、頬を膨らませても無駄だぞ。

 それが通用する相手はヴィクターだけだ。ほら、早くヴィクターにその顔を見せてやれ。

 

「ここが今回の目的の場所です!」

 

 どうやら目的地に到着したらしい。案外早く着いたな。

 ていうかスカートの奴はパンツ丸見えだな。イツキが見たら発狂して自滅するに違いない。

 まずはハリー。へぇ、ドット柄か。以前は純白だったお前がドット柄……成長したな。

 次にヴィヴィオ。ストライプか……まあ、妥当っちゃあ妥当かもな。

 リナルディとティミルとストラトスは……安定の純白ですかそうですか。チッ。

 最後にヴィクター。えっと…………うわぁ。なんてもん履いてやがんだあのバカ。うん、本人の名誉のためにも見なかったことにしておこう。

 

「一次調査が行われているんですが、危険物は確認されていないみたいです」

「よかった……」

「チッ」

「待ってサッちゃん。なんで舌打ちしたんや?」

 

 つまんねえからに決まってんだろ。少しは考えろよ。

 

「それじゃあ扉を開きますね!」

 

 ヴィヴィオが魔法陣を展開しながら手をかざすと、目の前にある大きな扉がゴゴゴゴ……、という音と共に開かれた。

 その中にあったのは物凄い迷宮だった。確か迷宮型……だっけか?

 

「楽しそうやね、ヴィヴィちゃんたち」

「そうだな。そんなことより粘土板や死者の書はないのか? ここにはいろんな種類の本あるんだろ?」

「ね、ねんどばん……ってなんや?」

 

 発音ぐらいしっかりしろよ。

 

「……一応言っておきますがいやらしい本はありませんよ?」

「……え? ないの?」

「ありませんっ!」

「じゃあレメゲトンは?」

「え、えっと――」

「パピルス書物は? 法の書は? エイボンの書は? 桃太郎は? 抱朴子は?」

「いっぺんに言わないでくださいっ! 何を言ってるのかわからなくなりますっ!」

「そんじゃ桃太郎で」

「多分ないと思います……」

 

 なんでやねん。

 

「とりあえず、目的の本がありそうな場所は10箇所くらいまで絞り込めました」

「手分けして探します?」

「そうすっか!」

「ジーク、離せ。ストラトス、手始めにコイツを引き剥がしてくれ」

「は、はいっ!」

「あー! サッちゃ~ん!」

 

 聞こえない。アタシには何も聞こえない。近くではウェズリーがシェベルと行こうとしていた。

 うんうん、無理矢理アタシを拉致ろうとしないだけジークよりはマシ――

 

「サツキさんも一緒に行きましょう!」

 

 全然マシじゃなかった。

 

「断る。アタシはハリーと行くって決めてるからな」

「えーっ!?」

「えー、じゃない。恨むならハリーを恨め」

 

 とりあえずハリーを生け贄にしておこう。おもしろそうだし。

 あとそこまでしてアタシと一緒に行きたいとか、とんだ物好きだなお前ら。

 

「サツキさんのアホ面! バカ面!」

「それ以上言うとブチのめすぞ」

 

 いくらテメエがマゾだからって何を言ってもいいわけじゃねえんだよ。

 

「じゃあ入り口の位置と通信コードを皆さんのデバイスに記録しましょう!」

「あ……そういや忘れてたわ、お前のこと」

〈忘れられるのは心外ですね〉

 

 ()()の存在をガチで忘れていた件について。

 

「それでは調査に入りましょう!」

 

 おーっ! と元気のいい返事が響き渡る。ていうかうるせえ。少しはクールになれよ。

 クロとは途中で合流する予定だ。それと同時にハリーたちを仕留める……らしい。

 

「いくぞサツキ」

「あいよ」

 

 いよいよ探索か……ま、アタシ的にはおもしろけりゃなんの問題もないがな。

 少しだけ期待を抱きつつ、アタシはハリーたちと共に探索を始めた。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 80

「手分けして探します?」
「そうすっか!」
「ジーク、離せ。ストラトス、手始めにコイツを引き剥がし――ブチ殺せ」
「なんでそうなるんや!?」
「落ち着いてくださいっ!」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56話「ああ、そういう呪いなのか……」

「そういやオレ、ベルカ文字はわかんねーな」

「はっ、アホが」

「んだとてめー!?」

「だ、大丈夫ですよ。私がわかりますから」

「お世話になるッス、エルスさん……」

「アタシは読めるから別にいいけどな」

「マジかよ……」

「ベルカっ子である以上は読めなきゃな」

「なんだ? そういう決まりでもあんのか?」

「ねえよ」

「それにしても、本当にいろいろな本がありますね……」

「伊達に書物庫ごと納まってるわけじゃねえってことだ」

「えーと、確かこっちだっけか?」

「そのはずですけど……」

 

 

 

 

 

 

 

「……終わった」

「そうか。次は誰を剥ぐんだ?」

「…………その言い方は誤解を生むからやめてほしい」

 

 探索を始めてから数十分後。アタシは予定通りクロと合流した。

 クロはすでにハリーやシェベルたちを小さな瓶の中に閉じ込め、エレミアの手記を探している。

 それにしても瓶の中に閉じ込めるだけならまだしも、服を剥ぐ必要はあんのか?

 

「どういう仕組みなんだ? これ」

 

 アタシはウェズリーとシェベルが閉じ込められている瓶を手に取り、中を見つめる。

 ……なんでお前ら裸で抱き合ってんだ? ひょっとしてそういう趣味?

 とりあえずこの瓶でシェイクしてみよう。よく考えたらまたとない機会――

 

 

『サツキさん!! あたしに構わず思いっきり振っちゃってくださいっ!!』

『待つんだリオちゃん! サツキのパワーで振られたら嘔吐程度じゃ済まない!!』

『大丈夫ですっ! むしろ本望ってやつですよ!』

『どうすればそんな答えにたどり着くんだい!? 一体サツキに何を吹き込まれたんだ!?』

 

 

 ――なんか寒気がするからやめとこう。

 

「なんでサッちゃんがそっちにおるんや!?」

「あ?」

 

 あれ? もうツインテール組とご対面か。ほら、あの二人ツインテールじゃん。

 しかしこうも早くジークと再会することになるとはな。

 ていうかストラトスはどこいった? さっきから見当たらねえけど……

 

「……もう閉じ込めた」

 

 早いな。

 

「……クロ、先に行け」

「…………でも」

「大丈夫だ。上手くやる」

「……ご武運を」

 

 アタシはクロが行ったことを確認し、ジークと正面から向き合う。

 とはいってもケンカするわけじゃない。残念ながら時間稼ぎだ。

 その鍵となるプチデビ二号がアタシの後ろに隠れている。

 

「なあジーク――」

「許さへんよ、サッちゃん」

「……じゃあどうする?」

「――ぶん殴る」

 

 へぇ、大きく出たな。

 

「アタシをか?」

「そや。言い訳してもあかんよ」

「お生憎様、そんなものは考えてねえよ」

「ほな歯ぁ食いしば――」

「ジーク、後ろ」

「――へ?」

 

 ジークが後ろを振り向いた瞬間、凄まじい爆発音が室内に響き渡った。背後をとった二号が爆弾を投げつけたのだ。

 つーか危ねえな。こっちも巻き込まれそうになったじゃねえか。

 

「…………」

「おいおい、マジかよ」

 

 あれを至近距離で食らったってのにほぼ無傷かよ。

 しかもダメージを受けるどころかエレミアの神髄が濃くなったように感じるんだが。

 周囲には高密度弾の弾幕陣が生成されており、その光景を見た二号はビビっていた。

 まあ、無理もねえけどさ。ていうかさっきの爆弾って確か呪いを形にしたものだった気が……

 

「ゲヴァイア・クーゲル」

 

 少し首を傾げながら考えていると、ジークが周囲に生成した弾幕陣を撃ってきた。

 一発でも食らえば致命打は確実といっても過言じゃない。――並みの奴だったら。

 アタシは二号を庇う形でこの弾幕陣を壊さずに受け止め、一つに束ねる。

 次に二号が逃げたのを確認し、左手を猫の手のような形にしてから後ろに引いて構えた。

 

「絶花――!」

 

 そしてすぐさま左手を突き出し、一つに束ねていた弾幕を弾き返す。

 ジークはそれを受け止めようとしたが、螺旋回転が加えられていることに気づいたのかギリギリで回避した。

 

「んじゃ、この辺でずらかるとしますか」

「逃がさへ――はうぅっ!?」

 

 アタシたちを追いかけようとしたジークが顔面から綺麗に転倒しやがった。

 なんつーか……躓いたというより靴のサイズが合わなかったせいで転んじゃったって感じだな。

 

「あう……な、なんでブーツが……?」

 

 ジークも似たような答えにたどり着いたみたいだ。

 ……あれ? なんかアイツ徐々に縮んでないか? いや、きっと気のせ――おい待てガチで縮んでやがるぞ!?

 内心で驚いている間にジークは幼女となってしまった。呪いってそういうやつか……。

 

 

 

「なんやこれ――――っ!?」

 

 

 

 そしてそれは『ちゃんぴおん(笑)』誕生の瞬間でもあった。

 

 

 閑話休題。

 

 

「……落ち着いたか?」

「う、うん……」

 

 あれからひたすらジークを慰めた。とにかくうるさかったよ。

 ジークが縮んでいるというのもあるが、キレなかったアタシは絶対に偉い。

 しかし呪いと聞いてはいたがまさか幼児退行の類いとは思わなかったぞ。

 

「動きづらいなぁ~……」

「そりゃそうだろ」

 

 服のサイズが合ってないんだから。

 

「サッちゃん――(ウチ)を抱っこして!」

「顔面に絶花ぶつけたろか」

 

 え? 何? 幼女になったからって優しくしてもらえるとでも思ってんのか?

 ジークはなんでや!? と言わんばかりに驚愕し、なんか呟き始めた。

 

 

(「どないすればサッちゃんに……いて……」)

 

 

 内容はあえて聞かなかったことにしておく。

 

「……貸し三つな」

「え――ふえぇっ!?」

 

 時間がないので仕方なくジークをお姫様抱っこする。

 もしかしたら最大級の屈辱かもしれない。まさか嫌いな奴を抱っこするはめになるなんて。

 ジークもまさかホントに抱っこされるとは思ってなかったのか、今まで以上に顔が真っ赤になっていた。

 

「さ、さ、さ、サッちゃぁんっ!?」

「なんだようるせえな」

「え、これ、今(ウチ)はサッちゃんに抱かれてるんか……!?」

 

 めっちゃ不本意だがその通りだ。

 

「これで一歩前進や……!」

「…………」

「サッちゃんあかん! それ以上は(ウチ)の身体がボールみたいになって――」

 

 

 ~~しばらくお待ちください~~

 

 

「次余計なことをほざいたらお前の髪で裸締めをかますぞ」

「は、はいー……」

 

 ジークをダンゴムシのように丸めてからどっかにぶん投げようとしたが、あまりにもじたばたするので結局丸めることはできなかった。

 ちなみにお姫様抱っこは継続中だ。どういうわけかジークはいつもより大人しくなってるし。

 とりあえず移動しないと始まらないので、警戒しつつその場から立ち去った。

 

 

 

 




 活動報告で実施しているアンケートの期限が迫ってきました。まだの人は協力してくれると助かります。
 なお、投票は感想欄ではなく活動報告欄でお願いします。

《今回のNG》TAKE 5

「次余計なことをほざいたら坊主頭にしてやる」
「それだけは堪忍や――っ!!」
「素手で綺麗に抜いてやるから安心しろ」
「安心でけへんよ!?」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57話「敵同士なら問題ない」

「サッちゃん、もっとぎゅってして!」

「するわけねえだろ」

「おねーちゃん、もっとぎゅってして!」

「死ね」

 

 ただいまクロを探すために動き回っているのだが、なんかジークがいつもよりうるさい。

 さっきまで大人しかったのになんなんだよ一体。幼女になったのがそんなに嬉しいか?

 ってかしがみつくな。か弱い幼女っぽくしがみつくのやめろ。

 

「うぅ……ほ、ほなちゅーして!」

 

 ぶっ殺してもいいだろうか?

 

「はぁ、もう喋んなクソガキ」

「なんでや!?」

 

 ウゼえからに決まってんだろ。それ以外に何があるってんだよ。

 まさか人格まで幼女になったってのか? 全く、冗談じゃねえぞ……。

 

「サッちゃん」

「今度はなんだ」

「……あのときのこと、覚えてる?」

「いつのこと――」

「一昨年のことや」

「……………………当たり前だろ」

 

 あれだけは忘れたくても忘れられねえよ。

 

「覚えとったんか……」

「忘れてたのはお前の方だろ」

「………………」

 

 マジで忘れてたのか……いや、忘れたかったという方が正しいか?

 その証拠に、指摘されたジークは気まずそうに目を逸らしつつ顔を俯けている。

 

「言っとくがぜってーに忘れねえぞ」

「まだ怒ってるんか……?」

「……まあな」

 

 あれで怒らない奴は相当なお人好しに違いない。それかただの抜けてる奴か。

 

「ほら、行くぞアホミア」

「う、うん――(ウチ)はアホミアとちゃうよ!? あとなんでお姫様抱っこやめたん!?」

「めんどいから」

 

 それにお前、アタシの胸に顔を寄せてばっかじゃねえか。

 はっきり言って邪魔でしかない。あとくすぐったい。

 ていうか手を繋いでやってるんだから感謝してほしいぐらいだ。

 

「お~い魔女っ子~!」

「チャンピオン――!?」

「あ?」

 

 なんかさっきよりも広い場所に出たかと思ったら大人モードのストラトスと遭遇した。

 ……あれ? 確かコイツの場合は武装形態っていうんだっけ?

 まあそれは置いといて、とりあえず状況を確認してみようか。

 やり合った形跡がある広場、ルーテシアに大人モードのヴィヴィオ、アタシを見て構え出したストラトス。そして薄い本よろしくと言わんばかりの格好で縛られた……クロ、だよな?

 ここから導き出される答えは――事後ですね、わかります。

 つーかクロは外見が大人びてるから一瞬わかんなかったぞ。

 

「あの子の魔法にやられちゃいました? ……なんでアインハルトは構えてるの?」

「恥ずかしながら~」

「それは――」

「ストップやハルにゃん! 今攻撃したら(ウチ)が盾にされてまう!」

 

 チッ、余計なことを言いやがって。まあ、一応感謝しておこう。

 ストラトスがこちらを睨みつつも構えを解いたし。いやいいんだよ? やっちゃっても。

 

「クラウス、エレミア……! 私は――呪うことをやめない」

「クロ?」

 

 恨みの籠った声がした方を振り向くと、クロがバインドによる拘束から脱出すると同時に背中の翼を巨大化させていた。

 にしてもすげえ迫力だな。見た目は魔女なのに。悪魔と融合でもしたか?

 そういやプチデビルズがいないな。どこに消えたんだよアイツら。

 

「私を見捨てたあの王たちを、私は絶対に許さないから――!」

「来ます!」

「黒炎!」

 

 明らかに激おこなクロは無数の弾をほぼ全域に、かつ見境なく撃ち込み出した。

 さすがにこれはヤバイ。こうなったらジークを盾にして――どこ行きやがったアイツ!?

 

「ちょっと待って!」

「あーもう! こっちにまで撃ってんじゃねえよ!」

「…………………………あ」

 

 今気づいたのか。

 

「待ってってばー!」

 

 黒炎を回避しつつクロとの距離を詰めたヴィヴィオの顔前に箒が突きつけられた。

 なるほど、槍としての用途もあるのか。魔女にとっては乗り物も武器ってか?

 ヴィヴィオはそれに物怖じすることなく両手を上げ、笑顔でクロを説得し始めた。

 アタシはその隙にポケットからタバコとライターを取り出し、バレないように一服する。

 ここで吸うのはどうかと思っていたが、状況が状況なだけに大丈夫だろう。

 

「それでも、私は話を聞きたいです」

「――帚星」

 

 ヴィヴィオの申し出を拒否したクロは突きつけていた箒を撃ち出す。

 普通ならあの距離で避けるのは不可能に等しいが、ヴィヴィオはそれを寸前で回避し、クロの手を掴んだ。へぇ、反射神経は悪くねえな。

 

「少し聞いてくださいね」

「すごいなぁ……あの距離で避けたよ」

「ええ」

「でしょ?」

「………………ん?」

 

 なぜだろう、とてもイヤな予感がする。その予感を頼りに後ろを振り向くと、チカチカと点滅する小さな瓶があった。

 ジークとルーテシアもそれに気づいたのか、アタシと同じように小さな瓶を見つめていた。

 

『ブチ抜けぇ――ッ!』

「ファッ!?」

 

 小さな掛け声と共に瓶から噴射されたのはイレイザーだった。

 軌道上にいたアタシはこれをギリギリでかわし、ヴィヴィオとクロもなんとか回避していた。

 

「おっと」

 

 何かにぶつかったと思ったら壁だった。正確には本棚か。バックステップの要領で回避したから気づかなかったよ。

 ……噴射されたイレイザーをバックステップで壁側に回避、だと?

 

「――くぁwせdrftgyふじこlp!?」

〈マスター! 死ぬわけではないので落ち着いてください!〉

 

 再びイヤな予感がしたので上を見てみると、イレイザーによるものであろう瓦礫が絶賛落下中だった。

 一つや二つじゃねえ。光景からすればどう見ても土砂崩れのそれである。

 変な声が出たせいで逃げ損ねたアタシはなす術もなく瓦礫に埋もれてしまった。

 

「………………お、死なずに済んだか」

 

 わりと本気で死ぬかと思ったが、どうやら生き埋めで済んだみたいだ。

 なんつーか……土砂崩れに巻き込まれた人たちの気持ちがなんとなくわかったよ。

 

〈死ぬと思っていたことに驚きです〉

 

 いや死ぬだろ普通。

 

「ま、それよりもここから出ることが先決だよなぁ…………ん?」

 

 とりあえず腕を動かそうとしたら赤紫色の稲妻が右腕を走った。

 なんで稲妻? アタシ変換資質は持ってないんだけど。そう疑問に思っていると、いきなり全身が赤紫色に光り出した。

 ノーヴェとやったときみたいに輝くような感じではなく、身体の所々が点滅している。

 

「――ああ、またか」

 

 そうアタシが呟くと、全身から魔力が衝撃波のように放出された。

 アタシを生き埋めにしていた瓦礫の大半が吹っ飛び、やっと外の様子が見えた。

 えーっと状況は……まずクロは元の姿に戻ってる。クロを囲うようにベルカ組とルーテシアが、その近くには瓶から脱出したであろうハリーやシェベルたちがいた。それに加えさっきまでいなかったティミルとヴィクター、そしてほぼ全裸同然のリナルディまでいる。まさに全員集合だな。

 アタシは近くにあったサッカーボールくらいの瓦礫を手に取り、イレイザーを撃った張本人であるハリー目掛けて思いっきりぶん投げた。

 

「いってぇ――!?」

「あー! サッちゃんどこ行ってたん!?」

 

 瓦礫がハリーの後頭部に命中すると同時にジークたちがアタシの存在に気づいた。

 どこに行ってたって言われても……生き埋めにされてたとしか言えない。

 他の連中も気づく中、ハリーだけは後頭部を擦りながらアタシを睨みつけている。

 全く、睨みたいのはこっちだよ。偶然とはいえ人を生き埋めにしやがって。

 

「何すんだてめー!?」

「なにってそりゃお前――仕返しだよ」

 

 まさかその程度で許されると思ってんのか? だとしたらお前はアホだ。

 首を鳴らしつつ、ハリーたちの元へゆっくりと歩いていく。

 

「あ、あのさサツキ。やる気になってるとこ悪いがもう終わったぞ……?」

「そういえばサツキさん、さっき番長の砲撃をかわしたとき崩壊に巻き込まれてたような……」

「そうか、見ていたのか。じゃあ拳骨で許してやる。だがハリー、テメエはダメだ」

「わたし殴られるんですか!?」

「待て! お前自分がやったこと忘れてねーか!?」

 

 アタシがやったこと? そんなの、隙を見てタバコを吸っただけだ――

 

「――バカなっ!? あの小さな瓶の中からアタシが一服してるのを見たというのか!?」

「お前は何を言っているんだ!? オレが言ってんのは裏切ったことだよ!」

「……………………あ、そっちか」

 

 なんだ、てっきりここで一服したことを責められるのかと思ったよ。

 ってか裏切った覚えはねえぞ。スパイ活動をクロと合流するまでやってただけだ。

 とはいってもそれらしいことはほとんどしなかったけどね。

 

「それはさておき、なあハリー。お前の言う通りならアタシとお前は敵同士だ」

「まあ、そうなるけど…………まさかお前」

「おうよ――」

 

 一旦言葉を句切り、いつの間にかアタシの正面に立っていたハリーにはっきりと告げる。

 

 

 

 

「やろうぜ? 今ここで」

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 17

「サッちゃん」
「今度はなんだ」
「……あのときのこと、覚えてる?」
「いつのこと――」
「朝のことや」
「だからいつだよ!? 朝は大体お前のせいでろくなことがないんだぞ!?」
「祝日の朝や! サッちゃんのアホ!」
「ぶっ殺すぞテメエ!?」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第58話「番長と一匹狼」

「がぁ……!」

 

 無限書庫にて、アタシとハリーはタイマンを張ることになった。もう一度言おう、タイマンだ。

 とはいっても吹っ掛けたのはアタシだけどな。こんな簡単に乗ってくれるとは思わなかったよ。

 今は先制の前蹴りを受けて前屈みになったハリーを見下ろしている。こんな簡単にくたばる奴ならハナからケンカを売ったりはしねえ。

 

「うらぁっ!」

「おっ……!?」

 

 体勢を整えてから繰り出されたハリーの左拳が頬に直撃する。もちろんこの程度じゃアタシを(ひざまず)かせることは無理だがね。

 けど今のは効いたなぁ。思わず一歩下がっちまったよ。

 再び一歩踏み出すと同時に左ジャブをハリーの顔面に連続で打ち込み、回し蹴りを左肩に放ってから距離を取る。

 奴はこれを両手で防いだりかわしたりして切り抜けたが、左肩を押さえているところを見ると回し蹴りだけは防げなかったようだ。

 

「はっ、もうギブアップとか言わねえよな!?」

「勝手に決めてんじゃねーよ! ガンフレイムッ!」

 

 挑発に乗ったのかは知らないが、右手からお得意の砲撃を撃ってきやがった。

 当たれば大ダメージ確定だが、直射ということもあって右に逸れるだけで回避できた。

 それに今の状態で弾き返すのは得策じゃない。奴にはレッドホークもあるし。

 アタシが避けたことに気づいたハリーは魔力弾をマシンガンのごとく撃ってきた。

 もちろん逃げはしない。弾幕をかわしつつハリーに詰め寄っていく。

 

「おっ?」

 

 その矢先、一つの魔力弾が右脚に迫ってきた。これかわせねえぞ……。

 あまり触れたくはなかったが、命中するよりはマシなので仕方なくその魔力弾を蹴り返した。

 ハリーは顔を驚愕の色に染めつつも蹴り返された魔力弾をかわす。次にその勢いを保ったまま飛び蹴りを繰り出すも両腕でガードされた。

 

「チッ……!」

「ずいぶんと余裕だなサツキィ!」

「そりゃお前が雑魚だからじゃねえかぁ?」

「誰が雑魚だてめー!?」

「テメエだバカヤロー!」

 

 叫びながら突き出してきた右拳を片手で受け止め、ハイキックを左右ほぼ同時にぶつける。

 ハリーは倒れそうになりながらも踏ん張っていた。まさかハイキックが左右同時に来るなんて思いもしなかったはずだしな。

 アタシは倒れそうなハリーに掬投をかまし、仰向けに叩きつけたところを一撃踏みつけた。

 ちなみに今使った掬投は柔道のやつだ。決して相撲の決まり手の一つである掬い投げではない。

 

「げほ、げほ……ッ!」

 

 咳き込むハリーから少しだけ離れて一息つく。

 右脚が妙に熱いので視線を向けてみると、見事な焼け跡があった。さっき魔力弾を蹴り返した際にできたもので間違いないな。

 ていうかズボンに穴が空いたってことじゃねえか。ま、炎熱だから当然か。

 それと前々から思っていたことだが、どうしてミッドチルダの連中は打撃オンリーなんだ?

 特にグラップリングを使ってる奴とかジークだけじゃん。

 

「――ブラックホーク!」

「それアタシが知ってるブラックホークと違ぐふっ!?」

 

 アタシの知るそれは確か乗り物の名前だったはず。なのにハリーが打ち込んできたそれはレッドホークに守られた左手での拳打だった。

 ヤベェ、顔がめちゃくちゃ熱い。火傷したかのように熱いです。

 再びハリーが殴りかかってくるもアタシはこれを頭突きで弾き返し、奴の胸ぐらを掴んでもう一度頭突きをかます。

 

「よく覚えとけ番長。これが頭突きだ」

 

 前にも言った覚えがある言葉だが、ふらつくハリーには……まあいいだろう。

 ふらつきを押さえた奴の蹴りが左肩に直撃するも、アタシはこれを意に介さず再び胸ぐらを掴んで頭突きをお見舞いし、前蹴りで吹っ飛ばした。

 ハリーが壁に激突したのを確認してすぐさまドロップキックを繰り出すも、ギリギリのところでかわされた。

 

「てめーばっか攻撃してんじゃねーよ! 今度はオレの番だっ!」

 

 怒りと笑いが込められたような表情でアタシの懐に右拳を打ち込んできた。次にやはりと言うべきか左拳が顔面に突き刺さる。

 なかなか効いたな。それにしても、これだけやっといてレッドホークは使わねえのか。……あれ? もしかしてアタシ、舐めプされてる?

 

「――こんのガキャァ!」

「っ!?」

 

 ちょっぴりキレたアタシはお返しに魔力の衝撃波を投げつけるような感じで放つ。

 続いて右のハイキックを繰り出し、顔面を左拳で殴り飛ばす。ハイキックはガードされたが、拳はドンピシャで食らわすことができた。

 ハリーは膝をつきながらも、右の手のひらの上にいくつか魔力弾を生成していた。

 

「おりゃあ――っ!」

 

 そしてその魔力弾をアタシ目掛けて投げるように発射してきた。アタシはこれを弾いたりせず、必要最低限の動きでかわす。

 別に弾いてもいいんだけど……距離が近い分、その隙をつかれる確率が高い。いや、どっちもどっちか?

 全ての魔力弾を回避したアタシは右の跳び回し蹴りを奴の顔面目掛けて繰り出し、次にそのまま回転して左の跳び後ろ回し蹴りをぶつける。

 完全に不意をつかれたハリーはこれをモロに食らい、見事にぶっ倒れた。

 

「ほら、早く立てよ」

「……上等だっ!!」

 

 ハリーは起き上がると、プライムマッチで使っていたバーストバレットの4連発をアタシの懐にかましてきた。クソッ、さっきのよりも熱いな。

 それを受けきってからすぐに左の肘打ち二発と右拳をハリーの顔面に打ち込み、その勢いを保ったまま回し蹴りを懐に放った。さすがに拳は防がれたが、それ以外は食らったようだな。

 あーあ……また燃えちまったじゃねえかコノヤロー。お腹が冷えたらどうすんだよ。……後でルーテシアからタオルか毛布でももらおうかな。

 

「なに寝てんだコラ」

 

 倒れていたハリーの頭を両手でしっかりと固定し、膝蹴りをぶつける。もちろん一発で終わらせはしない。

 そのあと顔面に三発、懐に二発ほど膝蹴りをかまし、トドメに右のアッパーを打ち込んだ。

 

「……ナ、メんなっ!」

「ぐっ……!?」

 

 が、それでもハリーは立ち上がって殴りかかってきた。今の確実に入ったはずなんだが……少し詰めが甘かったか。

 ストラトスのときと同じ課題だなこれ。ちょっと反省した方がいいかも。

 

「は~……あのさ、そろそろ終わらせてもいいか?」

「どういう、意味だよ……!」

 

 よろめくハリーにラリアットをかまし、それに続く形でアタシもわざと体勢を崩して倒れ込み、エルボー・ドロップを食らわせてから一言。

 

「こういうことだよ」

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 57

「は~……あのさ、まだ気づいてないのか?」
「どういう、意味だよ……!」
「いや、その……さらし破けて丸見えになってんぞ」
「へ? ――●◇☆*×#♪↑▼□◎!?」

 なんつーか……シェベルが言ってた眼福の良さってのがなんとなくわかった気がする。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第59話「一番は人畜無害な奴」

 無限書庫編、これにて完結。


「それで……何か言うことは?」

「「コイツが悪い」」

 

 ただいまアタシとハリーはシェベルに説教されている。そんな中、綺麗にハモるアタシとハリーの声。お互いを指差す姿勢まで全く同じだった。

 あれからハリーを旅立たせようとマウントを奪ったのだが、その隙をつかれてシェベルとヴィクターとタスミンに文字通り全力で止められた。

 

「おいコラ先に手を出したのお前だろうが!」

「うるせえ! こちとらあんな場所に全裸で放り込まれて我慢の限界だったんだよっ!」

「知るかボケ! だとしても人に向かってイレイザーぶっ放す必要あんのか!? お前あれか!? トリガーハッピーってやつか!?」

「そこにお前がいるって知らなかったんだよ! それに今のお前は敵だろ!? 敵に攻撃して何が悪いんだよ!」

「……………………あ」

「忘れていたのか……」

 

 シェベルの言う通りだ。完全に忘れていたよ。周囲からは呆れたような目で見られているが、そんなことは気にならない。

 クロは泣いてしまってるからそれどころじゃないって感じだし――ん?

 

「おい。なんでクロは泣いてるんだ?」

「クロって……あの魔女っ子のことか?」

「他に誰がいるんだよ。それよりもなんでアイツは泣いてるんだ?」

「さ、さあ……」

「そうか。ところで――」

「何かな?」

「――クロを泣かしたのは誰だ?」

「よし、まずは落ち着こうか」

 

 失敬な。今のアタシはサイボーグもびっくりなレベルで落ち着いているんだぞ。

 えーっとクロの周りにいるのは…………ストラトスとヴィヴィオ、ルーテシアに『ちゃんぴおん(笑)』ことロリジークか。

 ……うん、一人ずつ殺るよりもまとめて殺った方がいいかもしれない。

 それといたぶる必要はなさそうだ。首をポッキリと折れば一瞬で終わるし。

 

「あのー……出遅れてるうちに状況は解決してもうたってことでええんかな?」

「いえ、本当にナイスタイミングです八神司令」

「その二人は何があったんや……?」

「これはその――」

「我慢ができずに暴れた。後悔はしている」

「で、本音は?」

「ケンカがしたくて堪らなかった。後悔は微塵もしてない」

「なるほど。非常にわかりやすい説明で助かるわ」

 

 どうやら今の一言で八神もわかってくれたらしい。理解が早くて何よりだ。

 八神は夜天の書を開くと壊れに壊れまくっていた建物を修復し始め、同時にアタシたちの治療もしてくれた。

 建物の修復はおそらく司書長が取ったであろうバックアップのデータによるものだろう。さすがに八神一人だと限界があるしな。

 

「ハリー」

「おう」

「――貸し一つだ」

「待て。それはオレのセリフだぞ」

「アホか。これは敵味方関係ねえだろ」

「そういう問題じゃない。なんでお前ばっか得しようとしてんだよ」

「なんでお前に利益を与えなければならんのだ。めんどくせえ」

「「…………」」

 

 さすがはハリー。なんだかんだで考えていることは一緒のようだな。

 

「「――やるか!?」」

「やらなくていいわよっ!」

 

 

 ~~しばらくお待ちください~~

 

 

「ほんなら、私達は一旦この子とサツキを連れて戻るな~」

「はいっ!」

「と、八神司令は言ってますが……どうしますか? このツアーが終わるまでならいても構いませんけど……」

「いやダメだろ。ま、どっちにしても戻るけど」

「……なんでや!? こっちはサッちゃんがおらんと困るんやけど!?」

「そうですよっ! サツキさんがいないと何にもおもしろくないですっ!」

「今のでなおさら戻りたくなったんだが」

「まあまあ、落ち着くですよ~」

 

 とりあえず一段落ついたので、八神、リイン、ルーテシアの三人は戻るようだ。

 ぶっちゃけアタシも探索ツアーに飽きたので一緒に戻ることにした。これは嬉しい誤算だ。

 それに当然と言っちゃ当然だが……事情聴取は免れないし。

 

「ファビア、お別れの前に皆に謝っとこか?」

「……………………ごめんなさい」

「あのさクロ。できるならアタシから離れてその言葉を言ってくれないか?」

「はよサッちゃんから離れーや!」

「テメエは黙ってろ」

「あれ? なんやこの扱いの差は!?」

 

 クロがアタシの後ろに隠れてなかなか出てこない。あとジーク、お前はうるさい。

 被害者一同は快くクロを許してくれた。さてと、もう用はないから戻るとしよう。

 

「……って、その前に(ウチ)の体を元に戻してぇ~」

「「「あ……」」」

 

 そういやジークはロリ化していたんだっけか。まあ、写真も撮ったことだし別にいいけど。

 このあとロリジークは無事に元の姿に戻り、今度こそアタシとクロは八神たちと共に無限書庫を後にしたのだった。

 その際、後ろの方からジークとウェズリーの叫び声っぽいのが聞こえたのは気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、聞かせてもらおか。魔女っ子――ファビアとはどーゆー関係や?」

「アイツはアタシのアロマテラピーだよ。そんでもってストレスが溜まらないほど良い子だ。お前らよりずっとな」

 

 クロと共に事情聴取と事後処理を終えた(切り抜けたとも言う)アタシは、家で待ち構えていたジークに本日二回目の事情聴取をされていた。

 ていうかコイツ、最近わりと目が据わってきているような気がするんだけど。

 まあ、それでも昨日のやつよりは遥かにマシだがな。あれは危なかったよ――我が家が。

 

「……………………嘘ついてへんか?」

「ついてねえよ」

「ならサッちゃんはええ子が好きなんか?」

「良い子が好きっていうか……とりあえずお前はキライだ」

「そんなズバッと言わんでもええやろ……」

 

 今ここでそうだと答えたらコイツは間違いなく良い子ぶろうとするに違いない。そうなればアタシは毎日胃薬を飲むはめになるだろう。

 アタシがアイツを嫌わないのは真性の良い子だからだ。つまりはそういうこと。

 ヴィヴィオとかはめんどくさいだけだから良い子なら誰でもいいってわけじゃねえけど。

 タイプで言うなら人畜無害な奴が一番かな。クロも一応その部類に入るし。

 

「やっぱりサッちゃんってツンデレさん?」

「は?」

「素直に好きやと言ってくれてもええんよ……?」

「そうか。なら死んでもらおう」

「サッちゃんストップや! 本気の頭突きは洒落にならへんからあか――」

 

 このあとジークに数発ほど頭突きを食らわせ、奇跡的に部屋から追い出すことができた。

 この日は久々にぐっすり眠れた気がする。家にジークがいるにも関わらず。

 

 

 

 




 活動報告で取ったアンケートは今回で締め切りです。たくさんの投票、ありがとうございました。
 内容はサツキが地球にいた頃の話を書くか書かないかというものでしたが、結果だけ言うと①の『書いてからミッド移住編へ』に決定しました。
 次々回から過去編に突入しますので、そのプロローグという形で書かせていただきます。

《今回のNG》TAKE 16

 失敬な。今のアタシはサイボーグもびっくりなレベルで落ち着いているんだぞ。
 えーっとクロの周りにいるのは…………ストラトスとヴィヴィオ、そしてルーテシアか。
 ……うん、一人ずつ殺るよりもまとめて殺った方がいいかもしれない。
 それといたぶる必要はなさそうだ。首をポッキリと折れば一瞬で終わるし。

(ウチ)のこと忘れてへんか!?」
「あ」

 すっかり忘れてた。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第60話「小さな修羅場」

「…………あのさ」

「な、なんや?」

「なんでクロがいるんだよ。ていうかどっから連れてきたんだよ」

「…………」

 

 二度も事情聴取を受けた翌日。料理中に誰か来たと思ったらジークがクロを連れて帰ってきた。

 思わず通報しかけたよ。お前、ついに幼女を誘拐しちゃったのかと。

 クロはジークをジト目で睨みつつ、早く放せと言わんばかりにジークに握られた手を振りまくっている。

 なのにジークは全く気づいてない。普通なら気づくだろ……。

 

「さ、サッちゃん? これはその……たまたまなんよ……!」

「…………クロ、どうなんだ?」

「……連れてこられた。鬼のような形相で」

「「…………」」

 

 もう逃げ場はないぞ、ジーク。

 

「……二人はどーゆー関係なん!?」

「よく見とけクロ、これがアホミアだ」

「…………(コクコク!)」

「変なこと吹き込むのやめてほしいんやけど!?」

 

 まだ引きずってたのかよお前。あの温厚なクロですらドン引きしてるぞ。

 

(ウチ)はアホやない、お代官様や!」

「なあクロ。お前が恨んでた相手はこんな変態だぜ? 恨んでてバカバカしくならねえか?」

「…………恨む相手を選ぶべきだった」

「やめて! そんな目で(ウチ)を見んといて!」

 

 クロのジークを見る目はまさに可哀想なものを見る際のそれだった。

 うわぁ、ここまで避けられちゃうとはな。哀れジーク。そしてざまあ。

 

「それにこの子幽霊やろ!? なんでこうして触ることができるんよ!?」

「そりゃお前が霊能者だからだよ」

「……霊能者? 幽霊?」

「要するに痛い子だ」

「サッちゃんの方がよっぽど痛いわ!」

「………………」

「あっ! 痛っ! サッちゃ……っ! ビンタはフライパンでするもんと……っ!」

 

 気づけばアタシはフライパンでジークに往復ビンタをかましていた。

 誰が痛い子だテメエ。次言ったらフライパンじゃ済まさねえぞ。

 にしてもフライパンでビンタはちょっとダメだな。後で洗う必要がある。

 台所にある道具って武器として使えるやつが意外と多いんだよな。

 

「ま、来ちゃったものは仕方ねえ。昼飯、食べてくか?」

「………………お言葉に甘えて」

「待って。さりげなく(ウチ)から離れんのやめて。地味に傷つくから。あとサッちゃんにしがみつくのもやめーや」

 

 そんなんだからお前はアホなんだよ。いい加減に気づけっての。

 

 

 ――数十分後――

 

 

「サッちゃんとはどーゆー関係なん!?」

「……(擬似的な)友人」

「いくら友達でも普通はしがみついたりせーへんよ!」

「静かにしろジーク。鼻の骨へし折るぞ」

(ウチ)だけ!?」

 

 昼飯を食べたのはいいが、さっきからずっとこの言い争いが続いている。クロもマジでうんざりしてるっぽいし。

 ていうかうるさいのお前だけなんだよ。クロは静かにしてんだろうが。

 あと普通はしがみついたりしないって言葉、いつもアタシのベッドに侵入したりちょっぴり過激なスキンシップかましてきたりするお前が言っていい言葉ではない。断じて。

 

「……ざまあ」

「今なんて言うた……?」

「ざまあ」

「サッちゃんのアホー!」

 

 アホはお前だ。アタシとクロに事実を言われたからってアタシだけに当たるなよ。

 まあ、クロに当たって泣かせようものなら徹底的にブチのめすけど。

 

〈マスター。ハリーさんから通信です〉

「ハリーから?」

 

 久々に愛機のラトが喋ったかと思えば意外と普通の内容だった。

 ハリーからの通信? もしかすると決闘の申し込みかもしれない。とりあえず出てみよう。

 

『よっ、サツキ!』

「おっす。さっさと用件を言え、ほら」

『何様だお前は』

 

 不良様にしてヤンキー様だ。

 

『まあいい。ちょっと頼みがあるんだけど』

「頼み? 報酬はいくらだ?」

『金ならねーぞ』

「冗談だからそう硬くなるなって」

『お前の冗談は笑えねーんだよ……』

 

 つまりアタシにはジョークのセンスがないと言いたいのか? 失敬な奴だ。

 なんかイラついてきたので切ってやろうとしたが、ハリーがなんか言おうとしてるのでやめた。

 

『今度――』

「教えて魔女っ子!」

「……やだ」

『――なんか今ジークと魔女っ子の声が聞こえなかったか?』

「気のせいだ」

 

 ここでバレるわけにはいかない。

 

「で、頼みってなんだよ」

『おおそうだそうだ。今度オレと――』

「お菓子あげるから教えて!」

「…………そんな誘惑には釣られない……っ!」

「気のせいだから早く用件を言え」

『いや気のせいじゃねーだろ!? そっちで何が起きてるんだ!?』

 

 ダメだ。あっけなくバレてしまった。こうなったら適当にはぐらかすしかない。

 とはいえ、やっぱり気が引けるなぁ……ま、それでも言うしかないな。

 

「なにってそりゃお前――修羅場だ。女の戦いとも言う」

『……マジか?』

「マジだ」

『原因は?』

「つまようじ」

『………………は?』

「だから、つまようじの取り合いだよ」

『つまようじが原因で修羅場とか聞いたことねーぞ!?』

 

 安心しろ、アタシも聞いたことないから。

 

「そういうことだから、また今度な」

『あ、ああ……』

 

 とても会話できる状況ではないので頼み事は持ち越しとなった。

 全くお前らは……せっかく金になりそうな頼み事だったのにフイにしやがって。

 

「……少しは落ち着いたら?」

「これが落ち着いてられるんか!?」

「騒いでるのお前だけだから。マジで黙れ」

 

 客人に対して失礼だろうが。普通なら間違いなくそう言われるだろう。

 するとジークは何かを決心したかのような表情になり、アタシとクロにこう告げた。

 

 

「――サッちゃんと寝るのは(ウチ)や!」

 

 

「クロ。今からケーキを作るんだが食べるか?」

「もちろん」

「スルーだけはやめてー!」

 

 聞こえない。アタシたちには何も聞こえない。

 

 

 

 

 

 

 

「コラー! 魔女っ子~!」

「…………なんなの一体」

「もうすぐ晩飯の時間だっつうのにうるせえよ。殺すぞ」

 

 数時間後。買い物から帰ってみるとこの有り様である。まだ言い争ってたのかお前ら。

 ……いや、ジークだけか。クロはなんもしてないしな。

 つーか今度はなんの話題で言い争ってんだ? アタシとクロの関係でないことは確かだけど。

 

「…………サッちゃん、最近なんや口が悪い気がするんやけど?」

「気のせいだ」

 

 いつもこんな感じだから。

 

「タバコあったかな……」

「待って。さらっとタバコ吸おうとしてもあかんよ?」

「お前がうるさいのが悪い」

「……サツキ、これ」

「お、サンキュー」

「鉛筆をあげるような軽さでタバコを渡すのやめーや!?」

「だからうるせえんだよ」

 

 もはやストレスでしかない。……今さらか。よくジークを生かしといたな、アタシ。

 そう思いながら、オイルライターでタバコに火をつける。

 もちろんジークには内緒だが、ビールもきちんと買ってある。

 

「……大丈夫?」

「おう、ありがとな。アタシの心配をしてくれんのはお前だけだ」

「……そうなの?」

「ああ。これはアホだし、家族もそこまで優しくはないんだよ」

「それ関係ないやろ!」

 

 大ありだね。賢くて気遣いのできる奴ならクロみたいな対応ができるんだよ。

 

「クロ、変態。飯はどうする?」

「……任せる」

「おでん――待って。(ウチ)だけ名前で呼ばれてないんやけど!? 今明らかに変態って言うたよな!?」

「クロ。お前が――」

「もうええやろ!?」

 

 そうだな。アタシもそろそろ飽きてきたし。

 

「そんじゃ、今日の晩飯は韓国冷麺にすっか」

「「??」」

 

 あー……そうだ、お前らは知らなかったっけか。あれ結構旨いのになぁ……。

 そういやミッドチルダの料理ってどんなやつがあるんだっけ? 地球産のものばっか食ってたせいで全然わからねえ。

 

「いいか? 韓国冷麺ってのはな――」

 

 ジークとクロに韓国冷麺のなんたるかを教え込み、そのあとは普通にそれを作って食べた。

 なかなか美味しかったよ。クロは喜んでたし、ジークは喉に詰まったとか言ってたし。なんで詰まったのかは全くもってわからんが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでサッちゃん。外にあるはずのないバイクがあったんやけど?」

「ちょっと親切な人から拝借した」

「…………前に来たときはなかった」

「サッちゃん……またやらかしたんか……」

「いつものことだ」

「ようバレへんな……」

「……ある意味凄い」

「今度は自動車でも運転しようと思ってるんだけど……お前らもどうだ?」

「「……………………」」

「なんか言えよ」

 

 

 

 




 次回からいよいよ過去編に突入します。

《今回のNG》TAKE 1

「いいか? 韓国冷麺ってのはな――」
「ちょっと待って。韓国ってなんや?」
「……………………」
「あっ! 痛っ! サッちゃ……っ! ビンタはスリッパでするもんと……っ!」

 少しは空気を読めこのKYが。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去編
第1話「全ての始まり」


 今回から過去編に突入です。それと今回のNGはお休みします。

 あと章設定はタイトルが思いつき次第やろうと思います。


「……サツキ」

「なんだ?」

「……昔はどんな感じだったの?」

「あ、それは(ウチ)も気になってたんよ」

 

 韓国冷麺を食べてから一時間後。クロが唐突に口を開き、ジークがそれに乗っかってきた。

 昔ねぇ……どっから話そうか。ぶっちゃけ幼少期からでもいいんだよなぁ。

 

「親父が言うにはやんちゃだったらしい」

「……今と大して変わらない」

「ただ、幼少期はおふくろと共に山籠りしてたしな。その前はまだ大人しかったのかもしれない」

「あはは、サッちゃんのことやからきっと獣みたいに吠えながら暴れてあだぁあああああっ!!」

 

 ムカついたのでジークにアイアンクローをかます。

 山籠りしていたのは事実だが間違っても吠えたりはしてない。

 

「いたた――待って。さらっと聞き流しそうになったけど山籠り!?」

「そうだ。かなり過酷だったぜ? 何度も死にかけたし」

 

 熊や猪に追いかけられたり、追い詰められたときは戦ったり、川で溺れかけたり、崖から転落しそうになったり……そのときの出来事は今も鮮明に覚えている。

 もちろん得たものもあるけどな。例を挙げるなら気配に敏感になったことだ。

 

「……じゃあ、魔法が使えるようになってからは?」

「あー……まあなんだ、そっからはまとめて話してやるよ」

 

 このままだとただの質問ラッシュになってしまう。それだと拉致が明かない。

 そもそもクロはアタシの過去を知りたがってるんだし、ジークはまあ……どうでもいいか。

 さて、時間は今から約5年前に遡る。つまりアタシが小学生の頃だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 始業式を明後日に迎えたある日。道行く先で咲き誇る桜がとても綺麗で、それを見た通行人の大半が写真を撮ったりしていた。

 しかし、アタシはそれに目もくれずとある目的を執行している最中だ。それは――

 

「はぁ、はぁ…………」

「ぇ、おぉ……」

 

 ――お礼参りだ。なぜなら今日は鑑別所から出所した日でもあるのだから。

 アタシは自分が収容される原因となったクソヤローを血眼で探し回り、路地裏にてやっと見つけたわけだ。ソイツを含めて四人ほどいたが、そこらにあるものでなんとか始末できた。

 当然、アタシとて無事ではない。頭を負傷し、右足もやられてしまったのだから。

 残るはその野郎だけだ。奴はたった一人で中学生を蹴散らしたアタシを見て腰を抜かしている。

 

「に、人間じゃねぇ……!」

「ははっ、それは――こっちのセリフだァ!」

 

 鉄パイプを片手に持ってソイツに歩み寄り、脳天目掛けてそれを振り下ろした。

 奴は寸前で頭を守ったらしく、左肩を押さえていた。チッ、そこに当たったのかよ。

 もちろん休ませもしないし、見逃しもしない。再び脳天目掛けて鉄パイプを振り下ろす。今度は右肩に直撃したようだが……しつけえな。

 アタシはソイツの鳩尾を蹴りつけ、その隙に鉄パイプで何度も殴りつけた。

 さすがに同時に防ぐのは無理があったらしく、ついに鉄パイプが脳天に直撃し、奴はその場から動かなくなった。あら、気絶したのか――っ!?

 

「いって……っ!」

 

 今になって頭の傷が痛んできやがった。ここにいるのは得策じゃねえな。

 アタシは隅っこに置いていた荷物を持って路地裏から走って脱出した。右足の痛みは気合いで切り抜けている。要するに我慢だ。

 そして数キロほど離れたところにある河原に身を隠し、まずはおふくろがくれた包帯を頭の傷に巻く。次に負傷した右足に絆創膏を大きくしたようなやつを貼り、これの上からも包帯を巻いた。

 

「よし、こんなもんかな」

 

 しばらく安静にしていた方がいいかもしれない。さっきから頭がクラクラするし。

 一通りの応急処置を終えたアタシはポケットからタバコを取り出し、マッチで火をつける。

 

「――けほ、けほっ!」

 

 くっそ、不良ってやつになってから1年経つとはいえまだ慣れないなこの感覚。ビールを飲むときだってそうだ。

 やっぱり未成年というのが大きいかもしれない。……未成年ってなんだっけ?

 そんなことを考えていると、日が沈んでいくのが見えた。もうそんな時間なのか……。

 

「何ボーッとしてんのよ、サツキ」

「…………アリサ?」

 

 夕日を眺めていると、金髪のショートカットに声をかけられた。というかアリサだった。苗字は知らん。というか覚えてない。

 コイツ確か海鳴市在住のはずなんだけど……。

 あ、海鳴市といえば喫茶店の【翠屋】だな。コイツと出会った場所でもあるし。

 

「ボーッとしてたわけじゃねえよ。夕日を眺めてたんだよ」

「……どうりでボーッとしてたわけね」

「だからボーッとしてねえって」

 

 アリサはアタシの隣に座ると、まるで妹を扱うような感じで頭を撫でてきた。

 なんつーか……スミ姉とはまた違う感覚だ。振り払う気がしない。

 初めて会ったときからこんなんだったか? いや、まだツンツンしてたぞ。

 

「またケンカしたの?」

「…………ちょっと転んだだけだ」

 

 実はお礼参りしてました、なんて口が裂けても言えない。

 

「…………ふぅん。ま、元気そうでよかったわ」

「ていうか何しに来たんだよ? あんたは」

「気分転換にお買い物よ」

「……いつもの連れは?」

「いつもの連れ? すずかとは後で合流する予定だけど……」

 

 お買い物が気分転換とは……まあ、人それぞれだけどさ。

 それと――すずかって誰だっけ? 苗字を思い出せばわかるんだけど……えーっと月、月……。

 

「……すずかって誰だ?」

「相変わらず人の名前は覚えないのね……月村すずかよ。あたしの親友」

「んん?」

「ほら、あたしとよく一緒にいた紫髪の――」

「ああ! あのおっぱいが大きかった奴か!」

「…………間違ってはないけど、顔ぐらい覚えなさいよ」

 

 無理。おっぱいの方がインパクトあったもん。

 

「あ、でもカチューシャは覚えてるぞ!」

「……あのね、胸とカチューシャを覚える前にまず名前と顔を覚えなさい!」

「うるせえ! あんなのおっぱいが顔みてえなもんじゃねえか!」

「それすずかが聞いたら泣くわよ!?」

 

 それはぜひとも見てみたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あー、まだクラクラする……」

 

 あれからアリサと他愛のない会話をして別れたアタシは、人気のない丘に来ていた。

 もう辺りは真っ暗。幸いにも街灯はあるから真っ暗闇ではないんだけど……。

 この丘にも桜が咲き誇っており、満月によって照らされたそれは昼に見たときよりも綺麗なものとなっていた。一言で言うなら妖艶ってやつだ。

 

「こういうのを夜桜って言うんだっけか……ん?」

 

 その妖艶な桜に見惚れていると、一瞬だけ右手から稲妻のようなものが走った。……稲妻? 稲妻ってあの雷と同じ電気だよな?

 そんなものが走ったにも関わらず手がビリビリしないことを疑問に思っていると、

 

「え?」

 

 今度は全身が赤と紫を合わせたような色に点滅し始めた。な、なんだ? アタシの身体で何が起こってるんだ?

 頭がクラクラしているということもあり、状況の整理がつかなくなり始めたときだった。

 

「――っ!?」

 

 突如全身から衝撃波のようなものが放たれたのだ。あまりにもいきなりだったので、思わず吹き飛ばされそうになる。

 周囲にあった桜の木が暴風に晒されたかのように揺らされる感じの音が聞こえてくる。マジでなんなんだよ……!

 しかしそれが長く続くことはなく、気づけば何もなかったかのように治まっていた。すぐに周りを見渡すも、これといった変化は起こってない。

 

「ははっ、こりゃ帰ってすぐに寝た方がいいな」

 

 きっと夢でも見てたんだな。そう思って右手を見ようと下を向いたときだった。

 

「は……?」

 

 足下に巨大な正三角形が浮かび上がっていたのは。しかもただの三角形ではなく、内側にはわけのわからない紋様まで刻まれている。

 今度こそ夢じゃなかったことを実感したアタシは、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

 

 

 

 

 ――これが『魔法』との出会いであり、全ての始まりでもあった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話「魔法と翠屋」

「こ、こうか……?」

〈そうです。術式の性質上、難しいでしょうが頑張ってください〉

 

 謎の現象から数ヶ月経った夏のある日。小学4年生になったアタシは夏休みを利用し、とある広場にて魔法の練習に励んでいた。

 あの日、アタシが呆然としているとなんの偶然かアリサとすずかが駆けつけた。二人によるとアタシが足下に発生させた三角形は魔法陣というものらしく、簡単に言えばアタシは『魔導師』とやらになったとのこと。……あれ? 魔法使いや魔術師とは何がどう違うんだ?

 それからいろいろと大変だったよ。なんとかハラオウンっておばさんがやって来たりスミ姉がとっくに魔導師になってることがわかったりと……思い出すとキリがない。

 そんな中、理解できたこともいくつかある。アタシが異能の力を使えるようになったこと、それをちゃんと使うにはデバイスと呼ばれる制御杖のようなガラクタが必要なこととかだ。

 もちろん、アタシにもそのデバイスとやらは贈られた。名前はアーシラト。首に付けるチョーカー型なんだけど……

 

「術式の性質上?」

〈はい。マスターの術式はベルカ式なので、魔力の直接射出や放出はどうしても難しいものになってしまうんです〉

 

 コイツ、やたらとうるさい。今はちゃんと指導してくれてるが普段はマジでうるさい。

 マスター認証のときは機械らしかったのに一週間でこれだよ。どうしてこうなった。

 

「つまり弾幕やビームは出せないってことか」

〈基本的に厳しいかと〉

 

 それは残念だ。某龍球のキャラみたいにか○はめ波とか撃ってみたかったのに。

 どうやらベルカ式ってのは格闘戦には向いてるけど遠距離戦はダメダメってことになるのか。

 そういや今ではミッド式とやらが一般的になってることもあってベルカ式そのものが希少な存在だと聞いているが……なんでだ?

 まあコツは掴んだことだし、そろそろ例のあれをやることにしよう。

 アタシは脱力した自然体になり、両腕に魔力をまとっていく。

 

「んー…………こんな感じか?」

〈えっとですね、対戦ゲームで自機を操作するような感じでやればいいかと〉

「……自機ってあれか? 1Pってやつか?」

〈そうです。ゲームでいう主人公のことです〉

「つまり自分自身をゲーム感覚で操作しろってことか……」

 

 魔法には当然バリエーションがあるわけで、それを知ったアタシはその中から必要と思ったものだけを習得することにした。

 そのうちの一つが今練習している『身体自動操作魔法』というやつだ。

 この魔法、リスクがかなり高いとか言われてるけどアタシには関係ない。身体を自動で動かせるとか最高じゃねえか。緊急時に使える。

 

「んん――お? 今のはどうだ?」

〈確かに一瞬だけ発動していましたが……まだです。使えるには至ってません〉

「………………だよなぁ。リスクが高いってのに簡単に使えるわけねえよな」

〈はいはい。それと周りには少しでも警戒してくださいよ? マスターは最近、周囲の不良から“暴虐の帝王”と呼ばれつつあるんですから〉

 

 なんだその物騒な呼び名は。

 

「警戒しろと言われてもなぁ……ていうかその呼び名はなんだ? 初めて知ったんだけど」

〈だから言ったじゃないですか。呼ばれ始めたのは最近だと〉

「アタシなんか大それたことしたっけ?」

〈では最近の出来事を思い出してください〉

「えーっとまず鑑別所を出所してすぐに中学生数人を蹴散らして、次に5月下旬に高校生とタイマンを張って、その次は――」

〈それですよそれ! 今言ったこと全部です!〉

「いや、ケンカしただけで全部勝ったわけじゃないんだけど……」

 

 むしろ最初のやつ以外は黒星が多かったはずだ。少なくとも“負け犬の帝王”と言われるのが当然なほどには。

 ちなみになんで中学生や高校生とケンカできてるかというと、アタシの容姿が小学生にしては大人びている、まとっている雰囲気が強者のそれ、ということが当てはまる。

 なんでも中学生どころか高校生と言われても違和感がないとか。泣くぞコラ。

 

〈マスター。そろそろ晩御飯の時間です〉

「おっとそうだった。今日はアタシが料理担当だしな」

 

 集中しすぎて忘れていたよ。空は星で輝き始めてるし。確かに周りには気を配った方がいいな。

 すぐさまダッシュで広場を後にし、そのまま全力でスーパーに向かったのだった。

 はぁ、これからいろいろと大変だな。先が思いやられるよちくしょうめ。

 

 

 

 

 

 

 

「で、その顔の傷は何?」

「階段で転んだだけだ」

「さすがにその言い訳は苦しいと思うよ……?」

 

 翌日。午前中に出所した日に叩きのめした連中とはまた別の中学生とケンカしたアタシは、傷だらけのまま海鳴市に訪れた。

 今は途中でたまたま出会ったアリサやすずかと一緒に喫茶店【翠屋】でゆっくりしている。

 

「ふーん……それにしてもあんた、本当に小学生なの?」

「どこからどう見ても普通の小学生だろうが」

「どこからどう見ても中学生か高校生にしか見えないけど……」

「どこからどう見ても普通じゃないわね」

 

 まさか近隣の不良だけでなくコイツらにまで言われるとは思わなかった。

 

「いや普通だろ!?」

「普通の小学生だったら会う度に傷だらけとかあり得ないわよ!」

「アタシはよく転ぶ体質なんだよ!」

「だとしても転びすぎだよね!?」

 

 やっぱりこのバニシング野郎、一発ぶん殴った方がいいか?

 

「――はいどうぞ。元気なのはいいけど、身体は大切にね? サツキちゃんも女の子なんだから」

 

 アタシとアリサが張り合う中、そう言ってアタシにショートケーキを持ってきてくれたのはこの店のパティシエ、高町桃子。

 見た目だけなら間違いなく大人のお姉さんってやつだが、話によると子持ちらしい。話によるとってのは実際に会ったことはないからだ。

 桃子って名前、どっかで聞いたことあるような気がするんだけど……気のせいか?

 ほら、なんかのアニメにそんな名前のキャラいたじゃん。見た目は違いすぎるけど。

 

「はいはい、できるだけ善処しとくよ。……ところで善処ってなんだっけ」

「うふふ、頭の方はまだまだ小学生ね」

 

 どういう意味だ。

 

「あっ、なんか今日で一番安心した気がする!」

「大人なのは見た目だけってことね」

 

 えっ? 何々? なんでお前らまでホッとしてんだよ?

 

「ほら、早く食べなさい」

「わかってるよ」

「サツキちゃん、帰りはどうするの?」

「徒歩に決まってんだろ」

「送ってくわ……」

 

 このあと本当に車で送られてしまった。別にそんなことしなくてもいいのに。

 ちなみにまだ先の話ではあるが、アタシは魔法が文化になっている街へ移住させられるらしい。魔法が文化になってる街か……チ○カラホイとかやってたりすんのかな?

 そしてアタシが一番気掛かりなのは向こうにも強い奴がいるかどうかだ。まあ、いるにはいるんだろうけど……祈るしかないな。

 

 

 

 




 地球にいた頃の話はこれで終わりです。次回からミッドチルダ編に突入します。

《今回のNG》TAKE 33

「はいはい。できるだけ善処しとくよ。……ところでクソババア、善処ってなんだっけ」
「うふふ、頭の方はまだまだ小学生ね」
「今のを流そうとする桃子さんが凄いわ」
「う、うん……」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話「最低な出会い」

 今回言えることは一つ、二人の関係はここから始まった。


「ダルいなぁ……」

〈いつものことじゃないですか〉

 

 放課後。今年で中等科1年になるアタシは、とある公園のベンチに座りながら一服している。

 魔法と出会ってから2年。魔力運用や魔法の制御など、必要最低限の技術を身につけたアタシは正月にミッドチルダという街へ移住した。

 こっちに来てからもう三ヶ月は経つが、まだ馴染めていない。というかおもしろいことがない。

 特にそれが顕著なのがケンカだ。手応えがなさすぎる。集団相手に余裕で勝ったことすらある。

 当然だが、こっちに来て驚いたことはある。それはこっちだと初等科は5年制、中等科および高等科は2年制ということ。つまり地球の学校よりも1年早く進級および卒業できるのだ。

 

「それにしても、まさかこっちにもタバコがあるなんて思わなかったぞ」

〈むしろなくなってしまえば良いんです〉

「アホか。そんなことになればアタシはフーセンガムを噛むしかないから困るんだよ」

〈そっちの方が健康的だと思いますよ?〉

「……………………」

 

 正論を突きつけられて思わず黙り込んでしまう。言われてみればその通りだ。なんでそうしなかったんだろう。気づけなかった自分が憎いぜ。

 

 

 ガタッ

 

 

「おぉっ!?」

〈どうかしましたか?〉

 

 せっかくだからもう一本吸おう、などと考えていると、突然ベンチが揺れた。

 

「なんか今ベンチが揺れたんだけど」

〈マスターが動いたからでしょう?〉

 

 いや動いてないんだけど。ならベンチの脚が不安定になってるのか?

 そう思って少しだけ動いてみたが、特にグラつきはしなかった。

 

〈ベンチが壊れているわけではなさそうですね〉

「おいおい、まさか心霊現象とかねえよな?」

 

 

 ガタッ

 

 

「……今アタシは動かなかったぞ」

〈わかってます〉

 

 いつからアタシは霊能者になってしまったんだ。それと気のせいか、なんか下半身がくすぐったいうえに湿ってるような感じがする。

 例えるならバスローブ姿で生暖かい風を浴びてるような感じだ。

 さすがにおかしいと思い、ベンチから立ち上がって座っていた場所に視線を向ける。

 するとそこには、

 

「やっと息ができる~…………ん?」

 

 アタシより少しだけ低い身長で頭にはフードを被り、顔が見えないこともあって胸の膨らみがなければ男にも見える中性的な容姿のジャージを着た女が横になっていた。――よだれを垂らして。

 

「変態だぁーっっ!!」

 

 目があった瞬間、思わず大声で叫んじまった。

 なんだコイツは!? 変態か!? そうでなければ変質者か!? いや変態だ!

 

「え!? 変態!? どこにおるんや!?」

「お前だお前! ジャージを着てよだれを垂らしてさらに息を荒くしてるそこのお前!」

 

 なんでいきなりキョロキョロと周りを見てんだよテメエは!? もしかして自分が変態であることに気づいてないのか!?

 ソイツは服装を指摘されたことでようやく自分のことだと気づき、よだれを拭いてから両手をこっちに突き出して振り始めた。

 

「ち、違うんよ! これはやな!」

「違う!? まさかこの期に及んで言い訳でもしようというのか!?」

「これは君のお尻に(ウチ)の顔が埋もれたからであって!」

「待てコラ! いくら尻フェチでも限度ってもんがあるだろ!?」

 

 気配もなくベンチで横になっていたのはアタシのお尻に顔をうずめるためだったのか!?

 ていうかなんでアタシがこの公園に来るってわかったんだよ!?

 

「待って、それも違うんよ! 君のお尻に埋もれてたのは(ウチ)が気持ちよく寝てた――」

「しかも野宿だと!? お尻に顔をうずめるためにわざわざ一晩寝てたのか!?」

「あかん! どんどん誤解が深まっていくー!」

「安心しろ! おそらくアタシは誤解なんざしてねえ!」

 

 コイツは間違いなく究極的な尻フェチだ! この行動力といい、尻に顔をうずめた後の状態といい、どうあがいても誤解のしようがねえ!

 

「お、お願いやから(ウチ)の話を」

「近寄んな! それ以上近寄ればアタシまで変態になってしまう!」

「違うって言うてるやろ――!!」

「来ないでくれぇーっ!」

 

 あまりにも普通に近寄ってきたのでその場から全力で走り去る。

 後ろを振り向くと、奴が猛スピードで迫っていた。この変態、尻フェチのくせにやたらと速い!

 

「オーケー! アタシは誤解していた! だから追いかけてくんな!」

「嘘や! 誤解したと思ってるなら今すぐ立ち止まるはずなんよ!」

「アホかお前! 変態に追われてるんだぞ!? 立ち止まったら大切な何かを失ってしまうだろうが!」

「それが誤解やって言うてるのに! こうなったら力ずくで」

「挙げ句の果てには力ずくだと!? ふざけんなこんちくしょ――っ!!」

「あ――っ!! それ以上はあかん! 誤解が誤解を呼んで大変なことになってまうっ!」

 

 撒くこともできず、かといって捕まるわけでもない。文字通り鬼ごっこという名の無限ループが完成していた。

 今までいろんな奴と対峙してきたが、こんな恐怖を味わうのは初めてだ。味わったことのない未知の恐怖……理屈ではどうにもならない。

 本能で逃げ回っていたアタシは、いつの間にか街中を走っていた。……街中? ということは人が大勢いるはず。一か八か、試してみるか……!

 

 

「変態だぁ――っ!!」

 

「誤解やぁああーっ!」

 

 

 ザワッ

 

 

『へ、変態……!?』

『いや変態というより不審者だろ!?』

『クソッ、男のくせに可愛い声出しやがって!』

 

 

 計画通り。

 

「ちょ!? (ウチ)は不審者でも変態でもあらへんよ!? ていうか最後の誰や!?」

 

 お前の声に嫉妬した勘違い野郎だよ。性別間違えられてるし。

 それにしてもマジでしつこいぞこの変態。こうなったらこっちから引導を渡すしかない。

 アタシは立ち止まらずにUターンし、変態に向かって走っていく。そして……

 

「くたばれやオラァッ!」

「なんでそうなるぶべらっ!?」

 

 左拳で変態を殴り飛ばした。どうやら殴られるとは思っていなかったのか、変態は数十メートルほど吹っ飛んだところでダウンした。

 よし、今のうちに逃げよう。今なら絶対に捕まらない!

 

 

『なんで……こんなことになったんや……。(ウチ)はただ、ベンチで横になって日向ぼっこしてたときに君が(ウチ)の顔の上に座ったから、息ができなくなったって言おうとしただけやのに……』

 

 

 逃げるために走り出した瞬間、そんな弱々しい声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 




《今回のNG》


※エレ――変態とサツキの出会いそのものがNG。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話「腐れ縁」

「はぁ~……」

 

 学期内試験も無事に終わり、季節はもう秋。制服を秋服に衣替えして少し経ったある日、アタシは最近の出来事を振り返っていた。

 夏はインターミドルなんとかに出場したが、都市本戦で雷帝のヴィクト……なんだっけ? まあいい。その雷帝とやらに惜しくも敗れた。

 クソッ、出し惜しみしたのが運のツキだったか。次当たったときはすぐにブチのめしてやる。

 ……それにしても眠い。眠くて仕方がない。よし、久々にぐっすりと寝てやりますか!

 

「おいサツキ、授業中にボーッとすんな」

 

 さっそく居眠りしようとしたら隣の席に座っている赤髪のポニーテールに注意された。

 

「気安く名前で呼ぶな。えーっと……」

「ハリー・トライベッカだ」

 

 そうそう、そんな感じの名前だったな。いかにも番長な雰囲気をまとっているから初対面で少し期待したことがある。

 しかし現実は非情だった。体育の模擬戦で対戦してわかったことだが、コイツはケンカを知らない。加えてそのときは魔法なしというルールもあってアタシが圧勝することとなった。

 それ以来、コイツはアタシに絡んでくるようになった。正直言ってウザい。

 

「そうか。そんじゃ寝るから後はよろしく~」

「いやいやよろしくじゃねーよ! 授業中に寝るなバカ!」

「テメエ誰がバカだ」

 

 ブチのめすぞ。

 

「いいかトライベッカ。授業中に居眠りは常識なんだよ」

「そんな常識あってたまるか!」

「常識じゃないのか!?」

「当たり前だろ!?」

 

 そ、そんなバカな……アタシはただ寝たかっただけなのに……。

 夜は暴れるから寝る時間が減ってしまう。だから今寝ようと言うのに……!

 

「ラト。どうすれば今すぐ眠れると思う?」

〈その意欲を夜に発揮すればいいと思います〉

「…………」

 

 まるでアタシの考えがわかっていたかのような発言だった。

 

 

 

 

 

 

 

「次、緒方、トライベッカ。それぞれ位置につけ」

 

 二時間後。体育館にて、アタシはトライベッカと模擬戦をすることになった。これで何回目だよ。

 まあ体育館でわかると思うが、今やってる授業は体育だ。運動着洗っとけばよかったよ……。

 ちなみに審判を務める先公は女だ。いわゆるクールビューティーってやつらしい。

 そんなことを考えつつ、言われた通り指定の位置につく。……距離は五メートルほどか。

 

「ルールは魔法なしの格闘オンリーだ。気絶とリングアウトは負けと見なす。……いいな?」

「押忍ッ!」

「へーい」

 

 格闘オンリーか。こないだは魔法もありだったから苦労したよ。

 とはいえこのままじゃいつも通りすぎておもしろくないな……そうだ。

 

(なあトライベッカ。一つ賭けをしようぜ)

(賭け?)

 

 とりあえず念話で話しかける。声に出せば間違いなく何かしらの注意を受けてしまうからな。

 

(ああ。内容は至ってシンプル、負けた方が勝った方に飯を奢る。どうだ?)

(うーん……悪くはねーけどさ、どうしたんだよ急に)

(別に。ちょっとしたスパイスだよ)

 

 よし、交渉成立だな。俄然やる気が出てきたぜ。奢ってもらう飯は何にしようかな?

 

「それでは模擬戦を開始する。――始め!」

 

 その一言を聞いた瞬間、アタシは一気に駆け出した。

 トライベッカはアタシのスタートダッシュに少し驚くも、その場で構えたまま動かない。どうやら迎え撃つつもりらしい。

 相手との距離が二メートルほどに迫ったところでジャンプし、トライベッカの脳天目掛けて踵落としを繰り出すも両腕でガードされた。

 

「防御してんじゃねえよ!」

「しないと負けちまうだろーが!?」

「んなもんとっくに決まったことだろ!」

「決まってねーよ!」

 

 そう叫びながらトライベッカは右手で胸ぐらを掴んで左拳を放ってきた。

 アタシはそれが当たる前に奴の顔面へクロスカウンターを打ち込み、少し距離をとる。

 それが効いたのか、トライベッカはその場にバタリと倒れ込んだ。――え?

 

「は? いや、ちょっと待とうか? うん、待とう。ここは待とう。とにかく待とう」

〈とりあえず落ち着いてください〉

 

 確かに負けろとは言った。でも、でもさ――

 

「――あっけな過ぎだろ!?」

 

 コイツ我慢強いんじゃなかったのか!? パンチ一発でダウンしやがったぞ!?

 初めて戦ったときの秒殺KOはともかく、さすがにパンチ一発でKOはねえだろ!?

 アタシはすぐさまトライベッカの元へ駆け寄り、なんとか起こそうとする。

 

「お、おい! もう終わりか!? おい!!」

「…………終わらせたのお前だろ……」

「まだ意識があったのか!?」

「その言い方だと、まるでなかった方が良いみたいな感じだな……」

「いや意識があるなら起きろよ!?」

「意識があるだけで、身体が動くわけじゃねーんだ……よ……」

「トライベッカ? おい、トライベッカ!?」

 

『………………誰かあの茶番を止めろ』

『は、はいっ!』

 

 トライベッカを起こそうと頑張っている際、先公がなんか言っていたが気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「…………おい」

「んだよ」

「なんでオレが奢られる側なんだ?」

「気にすんな」

 

 翌日。あれから何度も顔を叩いたり揺らしたりしてみたが、結局トライベッカが目を覚ましたのは授業が終わる一分前だった。

 それだけならまだ良かったのだが、なぜか罪悪感が湧いてきたのでアタシがトライベッカに昼飯を奢ることにした。

 当然だが、今は外食中である。ちなみに場所は地球でいう居酒屋のような小さな店だ。トライベッカはミッドチルダ出身ということもあってか、まだその事に気づいていない。

 

「ま、そういうわけだから遠慮せずに食え」

「…………なんでオレが――」

「気にすんな。次言わせたら全額払わすぞコラ」

「いや、さすがにこの額は厳しいぞ……」

「だったら何も言うな。頼むから」

「一体何があったんだ……?」

 

 謎の罪悪感に押し潰されそうなんです。

 

「それにしてもこんな店があったなんて知らなかったぞ」

「………………お前ホントにミッド出身か?」

「当たり前だろ」

「なら店の数ぐらい把握しとけよ」

 

 とはいえ、コイツがミッドチルダのどこ出身かは知らんからな。

 もしかしたら別の地方出身なのかもしれない。……地方っていくつあったっけ?

 他人と必要以上に会話するなんてミッドじゃ初めてな気がする。あ、あの変態はノーカンな。

 

「お前とは長い付き合いになりそうだ」

「奇遇だな。オレも似たようなことを考えていたところだ」

「同じじゃねえのかよ」

「お前と同じ考えになるなんてあり得ねーよ」

 

 ごもっとも。

 

「…………つーわけでよろしくな――ハリー」

「何がつーわけだ…………え?」

「そんじゃあな。金は置いてくから後はご自由に」

「お、おいサツキ!? 今オレのこと――」

 

 店から出る際、ハリーが何か言おうとしていたがアタシはそれをあえてスルーした。

 長い付き合いになりそうなのは確かだが……友達とは言い難い。どちらかと言えば腐れ縁ってやつだろう。なんかピッタリだし。

 明日の空は何色だろうか。そう思いながら、アタシは一服したのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 10

「…………つーわけでよろしくな――奴隷」
「誰が奴隷だてめー!?」
「いやお前だよ。むしろお前しかいねえよ」
「ひでえ……」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話「聖夜」

 クリスマスが終わるまでに書けてよかった。


「……よう」

「大会以来、ですわね」

 

 12月25日。大晦日――じゃなくて、元日まであと一週間。アタシは今、大会でやり合った雷帝とやらが住んでいるお屋敷に来ている。

 季節がバリバリの冬ということもあり、顔に当たる風は冷たく、道には雪が少しばかり積もっていた。

 ていうかこっちでも雪は降るのか……季節はあっても天気は変わらないのかと思っていたよ。

 目的はパーティーへのご招待だとか。それとアタシに会わせたい奴がいるらしい。

 ま、アタシとしてはパーティーを楽しむことができればそれでいいんだけど。

 

「にしてもよ、食事が多すぎねえか?」

「問題ありませんわ」

「いや、こんなの大食いな奴でもいない限り絶対に残るぞ」

 

 もしかしてお前の分だったりする?

 

「つーか大会でやり合っただけなのにパーティーに招待とはね……」

「知り合いに頼まれましたの」

「知り合い?」

 

 アタシの交友関係にそんな奴はいないはずだが……マジで誰なんだよ。

 っと、そんなことより食事は……それなりに大きいケーキ、ローストチキン、そしておでんか。

 

「――おでん?」

「知り合いの好物なの」

「うわ。こっちにも和風な奴がいんのかよ」

 

 ていうかその知り合いも来るのか。まあ、アタシを呼んだんだし顔は見ておきたいな。

 雷帝の知り合いだからきっと相当なお嬢様に違いない。高飛車なんだろうなぁ。

 ふと周りを見てみると、窓の近くにそこそこ大きなクリスマスツリーがあった。へぇ、わかってんじゃん。……煙突はないけど。

 

「ヴィクター!」

「来たわね」

「あれ? なんか聞き覚えのある声だな……」

 

 どうやら例の知り合いが来たみたいだ。しかしなぜだろう。室内なのに寒気がする。暖房も掛かっているのに寒気がする。

 アタシはその違和感の正体を確かめようと、声がした方を振り向いた。

 そこにいたのは黒くて長いツインテールと澄んだ青い瞳、そしてジャージが特徴的な美少女だった。――ん? ジャージ?

 

「そ、ソイツが知り合いってやつか……?」

「そうだけど……なぜそんなに汗をかいているのかしら?」

「久方ぶりやな!」

「……どちら様?」

「あれ? 忘れてるんか?」

 

 忘れてるも何も、お前とは初対面なんだが?

 

「前に公園で会ったやろ?」

「いや、会ってない」

「会ったやろ!?」

「会ってない」

 

 お前みたいな美少女なんぞ知らん。アタシが知ってるのは変態だけだ。

 しかもアイツはフードで顔を隠してたからどんな面かわかんなかったし。

 

「ほ、ほら、これで思い出せるはずやっ!」

「だから、お前なんぞ知ら……ん……」

 

 再び奴の方を見て思わず絶句してしまった。だってそこにいたのは――

 

「――変態だぁああああっ!!」

「誤解って言うたやろーっ!!」

 

 例の尻フェチだったのだから。

 

 

 ~~しばらくお待ちください~~

 

 

「じ、ジークリンデ・エレミアです~……」

「死ね」

 

 数分後。なんとか落ち着いたアタシは変態に自己紹介されている。

 どうやら尻フェチの名前はジークリンデ・エレミアというらしい。エロミアの間違いだよな?

 ていうかフードを被っただけで変態になれるとは盲点だった。どうやってその長い髪をフードに納めてるんだよ。あのときは短髪かと思ったよ。

 

「だからあれは誤解やって!!」

「一体何をやらかしたの?」

「お尻に顔をうずめられました」

「…………………………じ、ジーク?」

「待ってヴィクター。そんなついに目覚めてしまったの? みたいな顔をされても困るんよ」

 

 ついでに雷帝の名前はヴィクターというらしい。だけど本名ではなくあだ名みたいだな。

 まあ、アタシとしてもそろそろ雷帝って呼ぶのめんどくさくなってたから助かったよ。

 それにしても、まさかコイツが会わせたい奴だったとは……なんかイヤだ。

 

「ジーク。まだ辛いことがあるなら、相談に乗るわよ……?」

「ま、待って! 違うんよ! (ウチ)は自分の意思でサツキのお尻に顔をうずめてたわけやない!」

 

 なんて見苦しい言い訳なんだ。

 

「――むしろそういう形にしたんはサツキや!」

「待て! 人のお尻に顔をうずめたかと思えば、今度はその罪をアタシに擦りつけるだと!? この愚か者が! 恥を知れ恥を!」

「は、恥を知るのはそっちやろ! 人が気持ちよく寝てたっちゅうのにその上に座るなんて!」

「ベンチに座って寝るならまだしも、横になっていたお前が悪い! そもそもベンチは腰掛けの一種であって座るための道具だ! 布団でもベッドでも寝袋でもねえんだよ!」

「さらっと(ウチ)をバカにしてへんか!? これでも最近はタマネギとネギの区別ができるようになったんよ!?」

「やめなさいジーク。それは胸を張って自慢するほどのものではないのよ?」

 

 うん、バカだコイツ。タマネギとネギの区別なんかウニとイガグリを区別するよりも簡単なことだぞ。まず見た目が違うし。

 そういえばこの尻フェチ、確かインターミドルにも出てたらしいな。

 

「なるほど、脳筋か……」

「ちょっと話があるから表に出よか?」

「一人で勝手に出てろ」

「ダメよジーク。外は寒いうえに雪も降っているのよ? 凍え死んでしまうわ」

 

 そろそろ料理を食べたい。これ一応パーティーなんだろ?

 変た――エレミアは納得がいかないと言わんばかりに雷帝ことヴィクターに抗議している。

 まあどうでもいいので、とりあえずローストチキンを食べることにしよう。

 

「うめえなこれ」

「あーっ! まだいただきますもしてへんのに!」

「お前とするぐらいならしない方がマシだ」

 

 想像するだけで寒気がする。

 

「まったく、はしたないわよ?」

「いいじゃねえか別に。そんなことより、さっきから気になってたんだけどさ……」

「何かご不満な点でも?」

 

 いや、別に不満というわけではない。ちょっと納得がいかないだけだ。

 今日はクリスマス、昨日の夜はイブ。クリスマスと言えばサンタクロース。要するに――

 

「――なんでケーキの上にサンタさんが乗ってないんだよ!?」

「「そこ!?」」

 

 おいおい、クリスマスケーキつったら普通サンタさんが乗ってるもんだろうが。

 サンタさんが乗ってないクリスマスケーキなんてただのケーキだ。おもしろくない。

 せっかくツリーまであるってのにこれは残念すぎる。ミッドの人間には理解できなかったか。

 

「お前らなんもわかってねえ! クリスマスと言えばケーキ! そのケーキの上にはサンタさん! 常識中の常識だろうがボケ!」

「え、えーっと……少しは落ち着きなさい」

「あ、アホや……」

「アホはテメエだろうがアホミア」

「そろそろ(ウチ)もブチギレるよ? 温厚な(ウチ)にも限度はあるんよ?」

 

 限度は誰にだってある。その言い方だとお前が特別な存在みてえじゃねえか。

 むしろブチギレたいのはアタシの方だ。まだ慰謝料もらってねえんだよ……!

 

「ブチギレる前に慰謝料よこせや。それでチャラにしてやっから」

「離してヴィクター! (ウチ)はこのアホの頭をかち割る必要があるんよっ!」

「ダメよジーク! そんなことをしたら犯罪者になってしまうわ!」

「やれるもんならやってみろ。雑魚が」

「離すんやヴィクター!! 早くこのアホの頭を粉砕する必要があるんよ!!」

「ダメだと何度言えばわかるの!? くだらないことで人生を棒に振るのはやめなさい!」

 

 確かにくだらねえな。冷静な奴ならクールに流すことができるんだぞ。あ、お前には無理か。

 

「くだらなくなんかあらへんっ! (ウチ)は、(ウチ)は……っ!」

「あ?」

 

 なんだ? 言いたいことがあるならさっさと言え。ローストチキンが冷めちまう。

 何か決心でもしたのか、エレミアはかなり真剣な表情でアタシを見つめながら口を開いた。

 

「――(ウチ)は変態でも不審者でも尻フェチでも脳筋でもない! ジークリンデ・エレミアや! そのアホで足りん頭にしっかり入れとくんやな!」

「離せヴィクター! アタシはこのクソヤローをぶっ殺す必要があるんだっ!」

「二人とも、後でお説教ね……」

 

 このあとヴィクターにお説教を受けてからパーティーをそれなりに楽しんだが、アタシとエレミアが険悪な状態であることに変わりはなかった。

 そしてクリスマスケーキにサンタさんが乗せられることもなかった。クソッタレが。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 25

「――なんでケーキの上にサンタさんが乗ってにゃいんだよ!?」
「「……………………っ!」」

 ひたすら殴れば全部忘れてくれるだろうか?




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話「二つの噂」

「うぅ、寒い……」

 

 1月中旬。寒さが一段と増した街中を、アタシは一人で歩いている。久々に朝早く出歩いているのにこの始末だ。やっぱり寒すぎる。

 ちなみにカウントダウンは無事に完遂した。あのときの達成感は絶対に忘れない。

 それとやはり地球とは文化の違いがあるのか、初詣はできなかった。

 

「やっぱ早朝に出歩くのは無理があったか?」

〈それ以前にどうして冬の早朝に出歩く必要があるんですか……〉

 

 暇だから。

 

「おー寒い寒い……ん?」

「あ?」

 

 声がしたかと思ったら、こっちに歩いてくる人影があった。

 目を凝らして容姿を確認してみるも、ビルの影が邪魔でわかりにくい。

 だけどこっちに近づいてることもあり、影はすぐになくなったので容姿を再確認してみる。

 栗色の髪に紫色の瞳、そして上半身に着ているジャージが特徴的な……男か女かわからない奴がそこにはいた。

 両手にゴミ袋を持っているのを見る限り、どうやらそれを出しに来たらしいな。

 

「…………」

 

 ソイツはこっちに気づくと立ち止まり、こちらを睨むような感じで見つめてきた。

 あくまで睨むような感じだ。ホントに睨んでるわけじゃない。強いて言うなら観察されている。なのでアタシも睨むような感じでソイツを見つめ、その場で立ち止まる。

 しばらく互いの視線が交差していたものの、先に動いたのはアタシだった。別に何かする必要もないしな。あと寒い。

 ソイツもゴミ出しの最中なのを思い出したのか、それを特定の場所に置くとこっちを一瞥してから立ち去っていった。

 

「……………………」

〈あの方がどうかしましたか?〉

「……いや、別に」

 

 風も強くなってきたし早く帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

「闇拳クラブ?」

 

 昼休み。昼飯であるメロンパンをちぎってから食べていると、ハリーが妙な話題を出してきた。

 あれから家に帰宅して制服に着替えるところまでは良かったが、あと数十分で遅刻という緊急事態に陥ったため全力でダッシュした。

 結果はギリギリだったよ。よくボイコットしなかったな、アタシ。

 

「おう、最近噂になってるんだよ。なんでもそこで勝ったら凄え大金が手に入るとか」

「ふーん……」

 

 そりゃ闇金融みたいな名前なんだから金は間違いなく絡んでるだろうよ。

 大金か……アタシとしてはそれよりも強い奴を所望したいところだ。

 そんなアタシの願望が通じたのか、ハリーの口から興味深い内容が語られた。

 

「実はその闇拳において常勝を誇る凄腕のファイターがいるって噂もあるんだけど……」

「なんだよ? 言いにくいことなのか?」

「昔、格闘技の試合で対戦相手を再起不能にしたことがあるってよ。ま、全部なんの根拠もない噂だけどな」

「…………へぇ」

 

 正直闇拳クラブはどうでもいい。個人的にはそのファイターが気になる。果たしてホントにいるのかどうか……いるなら戦ってみたい。

 闇拳クラブの所在はさすがにわからないが、ファイターの方には心当たりがある。しかし確証がない。こればかりは調べる必要があるな。

 

「ところでお前、髪切ったのか?」

「……なぜわかった」

「いや、ロングがショートになれば誰にでもわかるぞ」

 

 なんてこった。そんな盲点があるなんて……!

 ハリーの言う通り、アタシは正月に入ってからすぐに髪を切った。正直腰まで伸びていたから邪魔でしかなかったんだよね。

 それにほら、ケンカになるとよく引っ張られるし。こないだなんて燃やされそうになったよ。

 まあデメリットもある。首筋がスースーして寒い。マフラーを巻こうと思うほどには寒い。

 

「髪のことはまた今度にして、さっきの噂はどこで聞いたんだ? 出所は?」

「知り合いに聞いたんだよ。出所はオレにもわからねえ。ただ、クラナガンでも同じ噂が流行ってるみたいだぜ?」

「クラナガンか……」

 

 そこって確かミッドチルダの首都だったな? そんな国の中心部とも言える大都市でも噂になるなんて影響ありすぎだろ。

 とはいえ、ニュースや記事にもなってないから信憑性自体は薄そうだ。

 

「サツキ、まさかとは思うが――」

「一応調べる。もしかしたら掘り出し物があるかもしれない」

「……そうか。悪いがオレはパスだ。今日はスパーの予約もあるしな」

「最近スパーしかやってなくねえか?」

「いいんだよ別に。あんな結果は二度とごめんだからな」

 

 どこまで進んだかは覚えてないが、コイツはインターミドルでおっぱい侍に秒殺されている。

 あれ? 侍……で一応合ってるよな? 居合の剣術みたいなの使ってたし。

 ソイツに秒殺されてからだ。ハリーのスパー回数が増えたのは。

 

「あー、確か瞬殺だったか?」

「……………………秒殺だよ」

「同じだろ」

「同じじゃねえ! 秒殺の方が酷いんだよ!」

「……自分で言ってて悲しくねえのか?」

「…………ぐすっ……!」

 

 あ、悲しいんだ。

 

「お前……弱虫だったのか」

「…………悪いか?」

「うん、悪い。だからアタシの前でメソメソそんな。――ブチのめすぞ」

「オレは泣いただけで殺されるのか!?」

 

 もちろん。だって状況によっては泣かれてもウザいだけだし。

 でも負けて悔しいってのはなんとなくわかる。アタシも負けたし。

 

「ところでサツキ」

「まだなんかあんのか?」

「予鈴まであと数分だ」

「……マジかよ」

 

 ヤベェ、まだメロンパンが半分も残ってる。早く食べなければ。

 ……今日の放課後から調査に当たってみますか。まずは路地裏だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ここもハズレか……」

 

 翌日。アタシは闇拳クラブの噂が本当かどうか確かめるべく、手始めに近辺の路地裏を訪れた。

 少し危険ではあるが、そこに群がる連中なら何か掴んでると思ったからだ。

 しかし残念ながら収穫はなし。しかも襲いかかってきたので返り討ちにしておいた。

 ちなみに表の連中にも聞いたが、結果はハリーから聞いた内容と同じものばかりだった。

 いくら信憑性が薄くても手掛かりはあるはず。まずは噂の出所を特定せねば。

 

「さすがに近辺はなかったか」

 

 あったらあったで手間が省けるから助かるんだけど……仕方ねえな。世の中そう簡単にはいかないってことだ。

 近辺の路地裏はこれで最後だし、今度は隣町にでも行ってみるか。

 歩きタバコをしつつ路地裏から出たアタシは、次の目的地へ向かうことにした。

 

〈隣町は一つだけじゃありませんよ?〉

「マジか。どこから調べりゃいいんだ?」

〈頑張ってください〉

 

 先が思いやられる。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 40

〈隣町は一つだけじゃありませんよ?〉
「マジか。どこから調べりゃいいんだ?」
〈頭を使ってください〉

 そろそろスクラップにしてもいいかな?




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話「闇拳クラブ」

 年内最後の更新です。


「やっと、やっと見つけたぞ……!」

 

 調査を始めてから三日。クラナガンを始め様々な街(の路地裏)を歩き回った結果、ようやく真相を突き止めた。

 闇拳クラブは実在する。それも大都市のクラナガンではなく、そこから南西に数キロほど離れた位置にある都市の路地裏に。

 まさかそんな微妙な場所にあるなんて予想だにしなかったけどな。

 とにかく、第一の噂は真実だった。次は闇拳の凄腕ファイターだ。というかそれが本命だし。

 

「あ、サツキ~!」

 

 いきなり呼ばれたので後ろを振り向くと、青髪のショートカットと緑色の瞳が印象的な女性が元気よく駆けてきた。えーっと――

 

「――スバル・ナカジマ、だっけ?」

「そうそう!」

「何してんのお前? 仕事は?」

「今日は休みだよ……」

 

 確か特別救助隊に所属してる……元機動六課の関係者? だったはず。

 機動六課という部隊そのものはこのミッドチルダじゃかなり有名らしいが、地球出身のアタシにはよくわからない。

 なんでアタシがそんな有名人と知り合いかと言うと、スミ姉――姉貴経由で紹介されたからだ。

 ていうかどうしたんだ? なんか慌ててるようにも見えるが……

 

「ティアを見なかった!?」

「ティア? 誰それ?」

「あー……ほら、ティアナ・ランスターだよ!」

「ああ、ランスターか! ……そのランスターがどうしたって?」

「一緒に休日を満喫してたんだけど、その……はぐれちゃって……」

 

 アホだ。

 

「アタシは知らんぞ」

「そっか……ところでサツキは何してたの?」

「ぶらり旅」

「……ぶらり旅?」

「要は観光だ」

「ふーん……」

 

 嘘は言ってない。闇拳クラブという場所を観光するという意味では合ってるはずだ……!

 

「って、もうこんな時間!? じゃあねサツキ!」

「おう」

 

 何やら時間がなかったのか、スバルは慌ただしく走り去っていった。

 ていうかランスターを探さなくていいのだろうか? いや、もしかしたらどっかで合流するのかもしれないな。

 

〈あのですねマスター。観光とは他国・他郷を訪れ、景色や風物などを見て歩くという意味であって危険な施設を訪れるという意味では――〉

 

 アタシもさっさと行きますか。バレたらバレたで厄介だし。

 

 

 

 

 

 

 

「ここか」

 

 数時間後。綺麗な夕日が見える中、アタシはついに闇拳クラブがある路地裏へとたどり着いた。

 聞いた話によると、この地下へ続く隠し階段を降りていけばいいみたいだ。

 それにしても長かった。三日とはいえ、長かったな。まるで一ヶ月ほど経ったような感覚だぞ。

 まあ、地下にあるのは当然かな。普通のお店と同じように営業してるならすぐに管理局の連中が飛んでくるはずだし。

 階段をひたすら降りていくものの、まだ下が見えない。冗談抜きで長い。

 

「どこまで続いてるんだよこれ……」

 

 思わずイラつきながらそう呟いてしまう。周りはトンネルみたいに壁ばっかで、天井には申し訳程度の明かりがあるだけ。

 なんつーか……殺風景だ。よくこんなところに来られるな常連は。

 そろそろ走ってやろうかと思ったが、ちょうど階段が終わった。着いたのは倉庫のような場所だった。……いや、本物の倉庫だなこれ。

 耳を澄ますと、何やら歓声のようなものが聞こえてきた。というか歓声だな。

 

「防音性か」

 

 とはいっても、完全に音を遮断できてるわけではない。今やったように耳を澄ませば音は微かに聞こえてくる。

 それに加え、倉庫の扉自体が壁の色と完全に同化している。つまりカモフラージュだ。

 はは、こりゃバレないわけだよ。一体ここで何年やってきたんだろうな。

 呆れを通り越して苦笑いしつつ、アタシは扉を開けた。

 

「うわ、倉庫のまんまかよ」

 

 第一声がそれしか出なかった。賭けファイトをやる場所にされているのもあってか、中はかなり広い。入ってすぐ右側にはいくつかダンボールが積み上げられている。

 その奥には観客と思わしき十数人ほどの人が円を作るように集っているのが見える。そして……

 

『決まったぁーー!! チャンピオンの右ストレートが挑戦者の顔面に直撃ーっ!』

 

 と、実況の声が室内に倉庫内に響いた。

 チャンピオンってことは……間違いないな。あの噂も本当だったわけか。

 円の中央近くへ行ってみると、チャンピオンらしき人物が堂々と立っており、その足下には挑戦者であろう男性が血まみれで倒れていた。

 

『アスカ! アスカ! アスカ!』

 

 ついでに喝采がうるさい。まあ、おかげでチャンピオンの名前がわかったし見逃してやるか。

 アスカね……どっちかと言うと女っぽい名前だが男の名前としても使えるんだよな~。

 

(――いつか来ると思っていたよ)

(っ!?)

 

 突然念話で話しかけられ思わず驚く。辺りを見回すも、それらしき人影はいない。

 

(どこを見てるんだい? 君の目の前にいるじゃないか)

 

 そう言われたので視線を再び円の中央に向けてみると、栗色の髪と紫色の瞳が目に映った。

 両手には包帯のようなものが巻かれており、雰囲気はまさに強者のそれだった。

 予想してたとはいえ驚きだ。まさかチャンピオンの正体が、三日前にすれ違ったゴミ野郎とは。

 

「あっははは! あっはは――」

 

 なんか観客の一人が汚い声で笑いながらアタシの隣に来たので殴ってやった。

 それと同時に、チャン――アスカへの喝采も一気に止んだ。

 

(やっぱりお前だったか)

(いつから気づいていたのかな?)

(確証はなかったが、最初からだ)

(なるほどね。ま、僕も君がただ者じゃないってことはすぐにわかったよ)

 

 するとアスカは念話を切り、アタシを試すかのように口を開いた。

 

「闇拳へようこそ。――やる?」

「は?」

 

 観客および実況者の視線が全てアタシに向けられる。頼むからそんなに見ないで。

 

『おおーっとここで緊急参戦か!?』

 

 どうやら実況者はこれを緊急参戦と受け取ったらしい。間違ってはないんだろうなぁ。

 闇拳自体に参加する気は毛頭なかったんだけど……どうしようか。

 参加するかどうか迷っていると、アスカが再び念話で話しかけてきた。

 

(いいんだよ? 無理にやらなくても)

(お、なら辞退させて――)

(君が僕に勝てる要素はないしね)

(…………なんだと?)

(そのままの意味だよ。君なんかじゃ僕には勝てないってことさ)

 

 辞退させてもらえるかと思ったらただの挑発だった。さすがにこれはムカついた。

 ここまでコケにされたのはミッドに来てからだと今回が初めてだ。

 

『さぁさぁ、お嬢さんはこの挑戦を受けるでしょうか――がっ!?』

 

 実況者がうるさく語りながら近寄ってきたのでこれも殴ってやった。

 

「――上等だよ」

 

 アタシは着ていたパーカーを脱ぎ捨て、円の中央に立つ。

 アスカもアタシと向かい合う形で堂々と立っていた。まるでスポーツの試合だな。

 

「いてて……。えー目潰し、噛みつき、急所、魔法の使用。全てが正当攻撃です。心に善意の欠片も残すことなくやり合ってください」

 

 なるほど。要は死なない程度に殺し合えってことか。そして実況者は審判でもあった。

 説明中なのにアスカは構えていたが、その構えに少し見覚えがあった。

 顔面をガードするかのような拳、そしてパンチを早く打つための姿勢。コイツは……

 

「では始めますよ? レディ――」

「ッ!」

「ん……!?」

「――ゴー!」

 

 開始の合図を遮りアスカに殴りかかるも、ちょっと驚かれただけで難なくかわされる。

 次に蹴りを入れてみるがこれも軽くいなされ、さらに右拳を連続で放つも左手だけで捌かれた。

 それでも右拳を繰り出すがすれ違う形で避けられ、右、左の順にジャブを打ち込まれた。

 

「チッ……!」

 

 なんとか踏ん張るも、顔面には鈍い痛みが広がり、思わず顔をしかめてしまう。

 今度は左で殴りかかるが、大振りだったせいか再びすれ違う形でかわされた。

 

「くふふ、そんなんじゃ一生当たらないよ?」

「ちょっと黙ってろこのクソヤロー!」

 

 アスカの挑発に触発され、怒りに任せて前蹴りを繰り出すが避けられてしまい、次に左拳を放つも右手で受け止められる。

 間髪入れずに密着してから膝蹴りを連続でかますも空いていた左手でガードされ、すぐに密着状態を解かれてしまった。

 めげずに右で殴りかかるも、かわされると同時にボディブローを打ち込まれた。

 

「……んなろっ!」

 

 再び右拳を放つがこれまたガードされ、膝蹴りからのハイキックというコンボを食らわされた。

 こうなったらマウントを奪おうと、低空タックルをかますも上手く受け止められてしまい、逆にマウントを奪われた挙げ句、ひたすら殴られた。

 アスカがアタシから離れた瞬間、起き上がろうと上半身を起こしたが……

 

「冗談だろ……?」

 

 視界に入ったのは周囲に弾幕陣を生成したアスカだった。そして――

 

「――シュート」

 

 その無慈悲な一言と共に、弾幕をアタシに撃ち込んできた。

 

 

 

 




 では、良いお年を!

《今回のNG》TAKE 31

「そっか……ところでサツキは何してたの?」
「えーっと……聖地巡り?」
「せ、聖地? なんの?」
「さあ?」
「……………………」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話「闇拳の猛者vs暴虐の帝王」

 遅れましたが明けましておめでとうございます。


「…………」

 

 アスカにひたすら殴られ、弾幕を撃ち込まれたアタシはうっすらとした意識で天井を見上げていた。格闘技ができるとは聞いていたが、まさかボクシング経験者だったなんて思いもしなかった。

 それだけならまだしも、さっきの弾幕の撃ち方は明らかにシューターと同じものだ。魔導師としても相当な実力者なのは間違いないだろう。

 ボクシングができるアウトレンジシューターとか反則にも程があんだろ……。

 ていうかヤバイ。意識が遠のいてきた……もういっそのこと寝てやろうかと思っていると、アスカが物足りないといった感じで呟いた。

 

「――起きなよ」

 

 その一言は断ち切れそうだったアタシの意識を取り戻すには充分なものだった。そうだ、まだ勝負は始まったばかりじゃねえか。

 とりあえず身体をゆっくりと起こし、口の中に溜まっていた血の混じった痰を吐き捨てる。

 そしてすぐさま懐へ突っ込むが首を脇に抱えられる形で受け止められ、そのまま膝蹴りを連続で食らわされる結果となった。

 それでもアタシは突っ込んだ状態のまま堪えていたが……

 

「ぐ……!? ぉお……ぁ、がぁ……!?」

「あっはは、死んじゃいなよ」

 

 アスカはそれを良いことに、いきなり脇に抱えていたアタシの首を絞め出した。

 意識を遮断するだけのフロントチョークが遥かにマシなレベルだ……!

 や、ヤベェ……! このままじゃ、マジで逝ってしまう……!

 

「――ラァァッ!!」

「!?」

 

 アタシは思いきってアスカの身体を持ち上げ、近くにあった柱へ突っ込む。

 さすがのアスカもこれは予想外だったのか、なす術もなく柱に叩きつけられた。

 もちろんこの好機を逃すアタシではない。そこから連続でタックルをかまし、ようやく左拳をアスカの顔面に叩き込んだ。

 ダメ押しでもう一発打ち込もうとするも右手で受け止められ、右フックを顔面に叩き込まれてから前蹴りを入れられた。

 さらに追い討ちと言わんばかりに三つの魔力弾を撃ち込まれて倒れそうになるも、どうにか踏ん張ることができた。危なかった……。

 

(へぇ、やればできるじゃん)

(黙れカス)

 

 アスカが念話で話しかけてきたが、上から目線だったので一蹴してやった。

 互いに一息ついてから少しずつ歩み寄り、距離的に殴り合えそうな位置で立ち止まる。

 先に仕掛けてきたのはアスカだった。アタシの顔面に左、右の順にジャブが、最後に左ストレートが打ち込まれる。

 しかしさっきのタックルが効いたのか、動きが若干鈍くなっているな……。

 これを逆襲のチャンスと判断したアタシは繰り出された左の回し蹴りを受け止め、空いていた左手で肩を掴んでから頭突きをお見舞いした。

 

「う……っ!?」

 

 次に怯んだ隙をついて奴の身体を真横に投げ捨て、起き上がろうとしたところを蹴り飛ばし、さらに立ち上がった瞬間を狙って旋風脚を放つ。

 間髪入れずに繰り出される猛攻を前に、アスカは柱に誘導される形で食らい続けるだけだった。

 別の柱が見えたところでアスカの懐に横蹴りを入れ、左拳を連続で放つも右手で捌かれる。

 だけど反撃される前にアスカを柱へ蹴り飛ばし、そこに密着させてから膝蹴りを入れる。

 そして奴の懐にひたすら拳の連打を放ち、最後に蹴りを入れた勢いで宙返りしてから着地した。

 

「調子に、乗るな……!」

「調子に乗ってんのはテメエだろ……っ!」

 

 さっきまでの余裕はどこへやら、アスカの表情は怒りに満ちていた。いや、怒りたいのはアタシの方なんだけど。散々人をコケにしやがって。

 アスカは周囲に弾幕陣を生成し、それを一つ一つ違うタイミングで撃ってきた。

 アタシはその一つ一つを上手くかわしていき、かわせないものは右手から放つ魔力の衝撃波で相殺していく。

 

「……そういえば君の名前、まだ聞いてなかったね」

「……………………サツキだ」

「そっか。じゃあ――続きをやろうか」

 

 そんな中、なぜ今アタシの名前を聞いたのか全くわからなかったが、それもアスカが魔力弾を撃ってきたのですぐにどうでもよくなった。

 飛んでくる魔力弾をかわして近づき、右のミドルキックを入れるも左腕でガードされる。

 そして右のボディブローと左のアッパーを打ち込まれるも、どうにか耐え抜いたアタシはハイキックでアスカとの距離を広げ、跳び膝蹴りと右のアッパーというコンビネーションを放った。

 

「が……っ!?」

 

 これを食らったアスカは地に伏した。けどな、これだけで終わりだと思うなよ。

 苦しそうに倒れ込んでいるアスカの元へ歩み寄り、顔面に思いっきり蹴りを入れる。次に右腕を踏みつけ、さらに懐を何度も蹴りつけた。

 アスカが大量の血を吐いたところで蹴るのをやめ、一旦距離を置く。

 

「ほら、起きなよ、ねぇ?」

 

 さっきアスカが言ったセリフをそのまま返す。

 癪ではあるが、この一言でアタシは目を覚ました。コイツにも効果はあるだろう。

 するとアスカは、左手でアタシが踏みつけた右腕を痛そうに押さえながらも立ち上がった。

 

「ぼ、僕はまだ……!」

「しつけえ野郎だ……」

 

 とはいえ、こっちも受けたダメージは大きい。ふらつきながら立っているのがやっとだ。

 それでもアタシは止まらない。なぜなら――

 

「はは……!」

 

 ――力がどんどん湧いてくるから。もう自分で抑えるのが難しいほどに。

 以前から似たような感じはあったが、ここまで力がみなぎってくることは一度もなかった。

 もしかしたらどっかのネジが外れかけているのかもしれない。

 

「オラ、よっ……!」

 

 よろめくアスカの髪を右手で掴み、思いっきり顔面を柱に叩きつける。

 吐血し、額から血を流すアスカ。しかしそんなことに構うようなアタシではない。

 その後もアスカの顔面を何度も柱に叩きつけたが、傷は増えたものの大量出血はしなかった。

 

「お前、丈夫だなぁ?」

「……そ、それは、褒めてるのかな? 貶してるのかな?」

「さぁなっ!」

 

 アタシはアスカの髪を掴んだまま頭突きをかまし、顔面に膝蹴りを入れる。

 続いて左拳を顔面に叩き込んだが、その際に腕から変な音がした。

 

「ぐぅ……!?」

「しっ!」

 

 その隙をつかれ、ワンツーからのアッパーというコンビネーションを受けてしまう。

 思わず倒れそうになるも、両手を膝の上に置くことでなんとか堪える。

 マズイ。これ以上あのパンチをモロに食らったらマジでくたばっちまう。

 

「うおら……っ!」

「げおっ!?」

 

 繰り出されたワンツーをかわし、右のアッパーを打ち込む。

 その衝撃で後退したアスカは、これで最後と言わんばかりに無数の魔力弾を撃ってきた。

 

「チッ……!」

 

 それをいくつか避けるも、大半は避けきれずに命中。しかも一発は額に当たったので意識が翔ばされそうになった。

 それでも歯を食いしばって耐え抜く。全身が痛い。とにかく痛い。おそらく顔は傷だらけだろうな。さすがに無傷はあり得ないし。

 まあ、これだけやられてるのに立っていられること自体が奇跡かもしれんが。

 アタシは助走してからジャンプし――

 

「だらぁっ!」

 

 ――アスカの顔面目掛けて豪快な跳び膝蹴りを放った。

 アスカは反応すらできずにこれを食らい、数メートルほど転がっていった。

 しかし、奴は辛うじて立ち上がった。こればかりは驚くしかなかった。

 

「負けられないんだよ……! だってここは、僕の……!」

 

 なんつー執念だ。何が奴をあそこまで動かしてるんだ?

 もう負けたら後がないみたいな言い方なのも引っ掛かる。

 だけどアタシにそこまで考える気力は残っていない。だから……

 

「これで――しまいだっ!!」

 

 握り込んだ左の拳を、アスカの顔面にブチ込んだ。

 同時に左腕からさらに変な音が、それこそ骨が砕けるような音が響く。それでもアタシはこの拳を振り切った。

 渾身の一撃を食らい、アスカは派手に吹っ飛んだ。そのあと地面をゴロゴロ転がり、壁に激突してついに動かなくなった。

 実況者や観客も静まり返っており、完全な静寂がその場を支配していた。そして――

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

「で、今度は何をやらかしたの?」

「ケンカの最中に階段から転げ落ちました」

 

 一週間後。左腕をギプスで固定され、頭に包帯を巻かれた状態のアタシは今、八神家でシャマルから事情聴取を受けている。

 あれから賞金を受け取ったアタシはついでに実況者を殴り飛ばし、左腕の治療をしてもらうために満身創痍のまま八神家を訪れた。

 ぶっちゃけそこしか宛がなかったからな。無料で診てくれそうな場所は。

 診てくれたシャマルによると、左腕は完全に骨折しており、顔は案の定傷だらけとのこと。そのせいかしばらくは絶対安静って言われたよ。

 

「そう。――真相は?」

「だからケンカの最中に階段から転げ落ちたんだよ」

「その左腕の怪我は転んでできたというより、何らかの負荷に耐えられなかった結果できたものだと思うんだけど……」

 

 なぜだろう。全く否定できない。

 

「……ケンカでやり過ぎたのね」

「…………ケンカの最中に、階段から転げ落ちたんだ……っ!」

「まるで自分は犯人じゃないみたいな言い方になってるわよ?」

 

 これも否定はしない。

 

「とにかく、アタシは階段から転げ落ちたんだ! それでいいだろ!」

「あ、ごまかした」

 

 そんな事実は認められない。

 

「…………」

「どうかした?」

「いや、ちょっと気になることがあってな」

 

 これはマジだ。あのとき聞こえた、何かが外れた音は一体なんだったのだろうか。

 魔法が使えるようになったときといい、今回といい、アタシの身体はどうなってるんだ?

 

「そういうわけだから、アタシは寝る」

「はいは――ん?」

 

 シャマルがなんか首を傾げていたが、そんなことには構わずベッドの中に入る。

 このあとアタシはホントに寝てしまい、危うくベッドから落ちそうになるのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 44

「…………」
「どうかした?」
「いや、どら焼きはないのか?」
「ないわよ……」

 早く食べたいんだけど。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話「トランプ」

「やっと腕が治った……」

「転んだだけで骨折するなんてアホやなぁ」

 

 闇拳で戦った日から四ヶ月後。中等科2年になったアタシは、ヴィクター達と骨折していた左腕がやっと完治したことを屋敷で話していた。

 ホントは一ヶ月半で治るはずだったのだが、それを気にせずケンカしたせいで悪化してしまい、今月にまで引き延ばされてしまったのだ。

 正直やらかしたと思ってる。ちなみに闇拳で戦ったことだが、コイツらには話してない。

 

「怪我をしているのに暴れるなんて言語道断よ」

「るせえな。お前はアタシのなんなんだよ」

「保護者ですわ」

「いつからそうなったんだ……」

「あなたがジークと揉めてからよ」

 

 なぜかヴィクターが保護者な件について。

 

「治ったってことは今年のインターミドルには出るんよね?」

「どうだろうな?」

「……出るんよね?」

「気分次第だ」

「男ならビシッと決めーや」

「アタシは女だバカヤロー」

 

 ここ最近、エレミアのウザさが増しているのは気のせいだろうか?

 エレミアとはまだ赤の他人程度の関係でしかないが、初対面のときよりは話すようになった。存在を認識されないよりはマシだろう。

 とはいえ、それでも一触即発な雰囲気であることに変わりはないんだけどね。

 

「つーかエレミア。アタシが去年出場したの知ってるだろ?」

「え? 去年出てたんか!?」

「さっき思いっきりアタシの試合見てたじゃねえか。それもどこで録画したかわからねえやつ」

 

 それを見たお前が少し興奮したのをアタシは絶対に忘れない。

 

「私が録画したものですわ」

「お前かぁ――っ!!」

 

 録画した奴が意外と近くにいたんだけど。

 

「対戦相手の研究をするのは当たり前よ?」

「アタシは研究されていたのか……」

 

 どうりでやりにくかったわけだ。重装甲だけなら苦戦はしないからな。

 ていうかアタシを研究したところで得られるものなんて何一つねえはずだ。

 むしろ得られるものがあるなら教えてほしいぐらいだね。

 

「それはそうとサツキ」

「んだよ」

「いつになったらジークを解放するのかしら?」

「解放? なんの話だよ?」

「あのな――(ウチ)はいつまでサツキの椅子になればいいんよ!? そろそろ解放してほしいんやけど!?」

「あ」

 

 忘れてた。エレミアは今、四つん這いでアタシの椅子になっている。というのも一時間前に……

 

 

『この神経衰弱で負けた方が勝った方の椅子になるんや!』

 

 

 エレミアがこんな感じでアホな発言をしたのが始まりであってね。

 まあ結果は今の本人の発言でわかるだろうが勝ったのはアタシだ。

 言い出しっぺが負けるのってよくあるよね。思わず爆笑してしまったよ。

 

「動くなよエレ――イスミア」

「待って。なんで合ってたのに言い直したんや?」

「お前が椅子だからだよ」

「ぐぬぬ……!」

 

 そもそもお前は負け犬だろうが。負け犬にどうこう言われる筋合いはない。

 ちなみに座り心地は全然良くない。今すぐにでもスクラップにしてやりたい気分だ。

 けど勝ち組としてはいい気分かな。まるで反抗してきた庶民を服従させているような感覚だわ。

 

「さ、サツキさん……! (ウチ)をこの状態から解放してください……!」

「えー……やだ」

「なんでや!?」

「言い出しっぺのくせに虫が良すぎるんだよ」

「くぅううう……!」

 

 なんかエレミアがめっちゃ悔しそうな顔をしているが、同情はしない。だって自業自得だもん。

 

「だけどサツキ、時間的にもそろそろ解放してあげた方がいいんじゃ――」

「やだね」

「後で覚えときや……!」

 

 上等だコノヤロー。

 

 

 ――二時間後――

 

 

「やっと、やっと解放された……!」

「良かったわね」

 

 あれからずっとエレミアを椅子にしていたが、時間が経つにつれ元々良くなかった座り心地が悪化してきたので解放してやることにした。

 つーかエレミア、お前動きすぎなんだよ。五回も落ちそうになったじゃねえか。

 

「ほなサツキ。今度は(ウチ)のターンや」

「は?」

「勝ち逃げは許さへんよ?」

「めんどくせえ……」

 

 また神経衰弱やんなきゃならんのか……いや、別にいいけどさ。

 仮にこれが大富豪だったとしても勝つのはアタシだからおもしろくねえし。

 アタシがトランプを探していると、エレミアがさらに面倒な発言をした。

 

「今度はババ抜きで勝負や!」

「……ルール知ってんのか?」

「サツキが教えてくれるから問題ないんよ」

「大ありだバカ野郎」

 

 なんでアタシが教える前提で話が進んでるんだよ。それぐらい自分で調べろよ。

 神経衰弱だってそうだ。全く知らないから教えてほしいってせがみやがって。

 結果としてはちゃんとできるようになったが、まだ初心者の域である。ついでにヴィクターにも教えてあるから一騎討ちにはならない。

 

「ヴィクター! ババ抜きのルール知ってる!?」

「ごめんなさい。まずババ抜きというのは何かしら?」

 

 ダメだコイツら。まるで話にならねえ。

 

「あーもー! 教えてやるからこっち来いバカ共!」

「一言余計だけど、お言葉に――」

「バカはそっちやろ!?」

「殺すぞゴラァ!?」

 

 人がせっかく教えてやろうってのになんて態度だ。親の顔を見てみたいよ。

 おっと、そのためにもトランプがなきゃ始まらねえ…………あれ?

 

「なあ、トランプ知らねえか?」

「知りませんわ。最後に使ったのはジークだもの」

(ウチ)はサツキに渡したよ?」

「アタシはもらってねえぞ」

「「「……………………」」」

 

 おいマジでどこいった。

 

「どこやったテメエ!?」

「あんたに渡したはずや!」

「だからもらってねえんだよ!」

「いーや渡したはずなんよ!」

「もしそうならアタシはトランプがどこにあるか知ってるはずだろ!」

「サツキが忘れてるだけやろ!」

「そこまでアタシのせいにしたいか!?」

「そっちこそ、そんなに(ウチ)のせいにしたいんか!?」

 

「「…………!!(ガンのくれ合い)」」

 

「二人とも、くだらないことで喧嘩するのはやめなさい」

 

 決してくだらなくはない。アタシにとっては一大事なんだよ。

 しっかしまあ、ホントにトランプはどこにいったんだろうな。ポケットの膨らみを見る限りエレミアは持ってなさそうだし。

 

「ね、ねえ……」

「ヴィクター?」

「どないしたん?」

「とても言いにくいのだけど……トランプ、ありましたの」

 

 そう答えるヴィクターの右手にはトランプが握られていた。

 けど気まずそうにしているのはなぜだろうか。もしかしてトイレか?

 

「どこにあったんだ?」

「……………………さっきあなた達が神経衰弱をした部屋ですわ」

「は?」

「え?」

 

 それってつまり――

 

「「――エレミア(サツキ)のせいか!」」

 

 なんだとコノヤロー。

 

「お前のせいだろ!?」

「あんたのせいやろ!?」

「どっちもどっちよ!!」

 

 このあとヴィクターに説教されながらもアタシとエレミアは口論し続けた。

 もう関わるのやめようかな? このままだとろくなことにならない気がするんだけど。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 15

「ね、ねえ……」
「ヴィクター?」
「どないしたん?」
「とても言いにくいのだけど………………あれ? なんでしたっけ?」
「「…………」」

 聞かれても困るんだけど。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話「初対面」

「お前がおっぱい師範か」

「今までいろんな子と出会ってきたが、初対面でそんなことを言われたのは君が初めてだよ。それと私の名前はミカヤ・シェベルだ」

 

 8月下旬。今年もインターミドルに参加することになったアタシは、ベテランのミカヤ・シェベルと記念すべき初対面を果たしている。

 去年の大会で都市本戦に出場したおかげか、今回は選考会が免除された。いわゆるシードだ。

 そんで……エリートクラスだっけか? そこからスタートすることになった。

 ちなみにシェベルは去年、試合でハリーを秒殺した張本人だったりする。……マジかよ。

 

「いいじゃねえか別に。おもしれーじゃん」

「私としては何一つおもしろくない」

「つーかこんなところで何してんだよ? ここはケーキ屋だぞ?」

「まるで場違いみたいな言い方だね。私だってケーキぐらい食べるさ」

 

 現在アタシは結構な行列ができているケーキ屋で並んでいたりする。

 なんせ今日は当日限定のアップルケーキが売り出されるからな。これは食べておきたい。

 そして並んでいる最中に前の客がシェベルだと気づき、一応挨拶したってわけだ。

 

「緒方サツキだ。よろしくなおっぱい」

「サツキ、とりあえずその呼び方はやめようか。見られてるからやめようか」

 

 誰に見られてるんだよ。

 

「じゃあおっ――」

「まずはおっぱいという単語を使わないことから頑張ろう。話はそれからだ」

「いや、使わないつってもよ……大体お前、なんの師範やってるんだよ?」

「抜刀術天瞳流だよ」

「抜刀術天眼流?」

「天瞳流だ」

 

 超人的な視力を持って相手の動きを見切り、最後に刀で切り捨てるスタイルって感じだから天眼流と思ったが違うみたいだな。

 それからもシェベルと適当な会話をしていると、非情とも言える一言が聞こえた。

 

 

『すいませーん! アップルケーキ完売しましたー!』

 

 

「「え?」」

 

 アタシとシェベルの声が綺麗にハモる。今のは完璧だったぞ。っと、そんなことより……

 

「う、売り切れ……?」

「そのようだね……」

 

 いや、嘘だろ? 嘘だよね? こっちは朝イチで並んでたんだぞ? なのに売り切れってどういうことだよ。冗談抜きで納得いかねえんだけど。

 そう思うとイライラしてきた。どうしよう。この怒りはどこにぶつけたらいいんだ……?

 うーん……やっぱりこのイライラは拳に乗せて放つべきだよな。うん、その方が手っ取り早い。

 

「シェベル!」

「な、何かな?」

「今すぐアタシにボコられろ!」

「どうしてそうなるんだい!?」

 

 何かを殴ってスッキリしたいから。

 

「な、いいだろ? 顔面に拳をめり込ませるだけだから」

「……ダメに決まってるだろう」

「なぜ!?」

「少しは自分の立場を考えたらどうだ!?」

 

 それはどの立場のことを言っているんだ? 不良としての立場なら問題ないぞ?

 このやり取りが数十分に渡って行われたが、結局シェベルから許可が下りることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ、このイライラはどこにぶつけたらいいんだよ」

〈どこにもぶつけないでください〉

 

 あれから数時間後。シェベルと別れたアタシはイライラしながら昼飯も食べずに人気のない街中を彷徨っていた。

 晴天の真っ昼間だというのに人が少ないのはちょっとおかしい。しかし、それも右側にある建物を見た瞬間に納得できた。

 視線の先にあったのは近寄りがたい雰囲気の廃墟と化したビル群だった。……どうりで通行人が避けて通るわけだ。

 いかにも不良もといゴロツキ辺りが利用してそうな感じはあるが、建物の周辺には誰もいない。

 

(せっかくだから入ってみるか)

 

 その場でボーッと立っていても仕方ないので、一番近くにあったサラリーマンが通いそうなビルへ歩み寄ろうと一歩踏み出して――

 

 

「おうっ!?」

 

 

 ――見事に躓いた。誰だ足下にマネキンを置きっぱなしにしたバカヤローは!? 思いっきり顔面から転びそうになったじゃねえか!

 

「こんなところにマネキンなんか捨てるなよ!」

〈マスターが躓いたのはマネキンではなく人です〉

「え?」

 

 ラトに指摘されて足下を見てみると、そこにあったのはマネキンではなく男性だった。

 しかもアタシがさっきまでいそうだと予想していたゴロツキの類いである。

 待てよ。ゴロツキは大抵、数人のグループで行動するはず。ということは……

 

「やっぱりか……」

 

 案の定、周りには四人ほどのゴロツキが倒れていた。全員男だ。

 何かが暴れたような痕跡はあまりなく、連中には外傷が見られない。少なくとも刃物でやられたわけじゃなさそうだな。

 倒れてる男たちに近づこうとした瞬間、人の気配を感じた。すぐに視野を広げて全体を見渡してみると、背後に一人の少女がいた。

 体格はアタシより一回りほど小柄で髪は橙色。右手には一本の鉄パイプが握られている。

 ソイツはアタシを敵と見なしているのか、その鉄パイプで殴りかかってきた。……え?

 

「ちょっと待て! アタシは――」

「くたばれぇっ!」

 

 急いで弁解しようと振り向くも、鉄パイプが頭に直撃した。

 ゴヅン! という鈍い音が響き、食らった衝撃で視界が揺れる。

 しかし、アタシは倒れることなくその場に立っていた。もちろん出血もしていない。

 

「……何すんだテメエ」

「あ、あれ――ッ!?」

 

 アタシが倒れないことに驚いていた少女の顔面を右手で鷲掴みにし、そのまま後頭部から地面に叩きつける。

 その衝撃で地面は少し陥没し、それなりの轟音が響き渡った。

 ケーキ屋の件といい今回といい、アタシが一体何をしたってんだよ……!

 

「人がイライラしてるときに不意討ちするとはいい度胸だなぁ?」

「あ、あんた本当に人間か……!?」

 

 そのうえ人外扱いである。初対面の相手に対してこれほど失礼なことはないだろう。

 とはいえ、ミッドチルダの人間でアタシへの不意討ちを成功させたのはお前が初めてだ。

 

「…………お前、名前は?」

「……シャンテ・アピニオン」

「一応覚えとく。そんじゃ……」

 

 アタシはアピニオンの顔面を掴んでいた手を放し、すぐにマウントを奪う。そして――

 

「一生寝てろ」

 

 微笑みながらアピニオンの顔面にひたすら拳を振り下ろし続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「あースッキリしたー!」

〈アピニオンさん、死んでいなければいいのですが……〉

 

 溜まっていたもの全てを拳に乗っけてアピニオンにブチ撒けたアタシは、今朝とはうって変わって上機嫌になりながら帰路についている。

 アピニオンに拳を放ちすぎたせいか、両手が少しヒリヒリする。

 にしてもアイツ、なんで不意討ちなんか仕掛けてきたんだ? 誰かの陰謀か?

 そんなことを考えながらも、アタシは上着のポケットからタバコを取り出す。

 

「大丈夫だって。人はそんなに簡単に死なねえから」

 

 そう言いながら鉄パイプで殴られた頭を擦る。

 あの日――闇拳で戦ったとき以来、アタシは並みの打撃なら平然としていられるようになった。

 今では射撃魔法を食らっても平気である。さすがに砲撃魔法は厳しいけど。

 

「さて、今日の晩飯はなんにすっかなぁ~?」

 

 とりあえず今日の献立を考えよう。イライラしてたせいでなんも考えてなかったから。

 アタシはスーパーが閉店してないことを祈りつつ、久々の歩きタバコを堪能するのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 8

「緒方サツキだ。よろしくなパイオツ」
「大して変わらないからやめようか」
「じゃあなんて呼べばいいんだよ!?」
「とりあえず胸にこだわるのはやめようか」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話「鉄腕と本気」

「もうすぐ決勝だな」

「そうだね~」

「……ところでさ」

「ん? 何かな?」

「なんで姉貴がアタシん家にいるわけ?」

「最近出所したからだよ」

「あ、そう――じゃねえ。あんた自分の家は?」

「出所して間もないんだよこっちは。だから仕事に就くまではここに住ませてもらうよ」

「居候かよ……」

「ま、そういうこと」

「…………管理局には入らなかったのか?」

「入れたとしても入る気はないね」

「なぜ?」

「めんどいから。若い間は自由気ままでいたいのさ」

 

 

 

 

 

 

 

「サツキちゃん。今回の相手は今までの奴とは格が違うよ?」

「今さらなんだよ」

 

 都市本戦決勝当日。会場が揺れるほどの歓声の中、アタシはベンチで姉貴と話し合っていた。

 去年のセコンドは大会のスタッフだったが、今回は姉貴がセコンドになっている。

 今日の対戦相手はジークリンデ・エレミア。試合では無敗を誇るらしい。……アイツには日頃の恨みがあるから勢い余って殺しちゃいそうだな。

 

「あの子の戦闘スタイルは文字通り総合格闘技。それに魔法戦を加えたものだよ。つまり何をしてくるかわからない」

「グラップリングもあり得るってか?」

「当然だよ」

 

 近接戦と遠距離戦の両方をこなせる総合型ね……闇拳のアスカを思い出すな。

 だけどアイツはボクシングでエレミアは総合格闘技。この違いは大きいぞ。

 

「私としてはサツキちゃんが油断しないか心配だよ」

「ああ、それについては大丈夫だ」

「へぇ……なぜ?」

 

 なぜって言われてもそりゃお前――

 

「今回はアタシも本気を出す必要があるからだ」

「……気でも感知できるの?」

「雰囲気でわかる」

 

 あんた自分で言ってたじゃねえか。エレミアは今までの奴とは格が違うって。

 肩まで伸びた髪を束ねていると、姉貴が微妙な視線を向けながら口を開いた。

 

「……ところでさ、それバリアジャケットだよね? なんで学ラン風?」

「気にすんな。アタシの好みだ」

 

 スケバンが着ているあれは動きにくいんだよ。

 

「中に着ているパーカーも?」

「もちろん」

 

 

《両選手、リング中央まで移動してください》

 

 

「ん、もう始まるのか」

 

 アナウンスの指示通りにするため、アタシはリングに入った。

 その中央には先に移動していたのか、対戦相手のエレミアがいる。

 

「そんじゃ暴れてくるわ」

「サツキちゃん、勝てると思う?」

「知るか」

 

 

 

 

 

 

 

「よう」

「選手として会うのは初めてやね」

 

 リング中央に移動したアタシは必然的にエレミアと向き合う形となった。

 それにしてもコイツのバリアジャケット……なんかすげえ薄着だな。

 胸元のやつが取れたら公衆の面前でおっぱいが晒け出されるぞ。

 

「初めて見たときから思ってたけど、なんで男子の制服なん?」

「これは学ランって言うんだよ。その空っぽな頭に刻んどけ」

「ここでも(ウチ)を怒らせたいか……?」

 

 そんなことはない。

 

「まあええわ。エレミアの技で沈めたるから」

「やれるもんならやってみろ」

 

 

《それでは――試合開始ですっ!》

 

 

 そのアナウンスと共に開始の合図であろうゴングが鳴り響き、ほぼ同時にエレミアも構える。

 アタシも一応ボクサーみたいに構えたが、違和感がヤバかったのですぐに構えを解いた。

 

「……構えへんの?」

「アタシは格闘家じゃねえんだよ」

 

 と言いつつも、脱力した自然体の構えをとる。例えるなら獣みたいな感じだ。

 エレミアはこっちの出方を窺っているのか全く動かない。最初はアタシもそうしていたが……

 

「さーて、いきますかぁ」

 

 めんどくさくなったのですぐに突撃した。スタートダッシュをかましたせいか、立っていたところがその衝撃で少し陥没した。

 エレミアは動じることなく右拳を突き出してきたが、拳が当たる寸前で急停止してから左に逸れて左拳を構える。

 すると今度は銃の形にした左の人差し指から射撃魔法を撃ってきたが、アタシはそれを強引に方向転換して右側に回り込むことで回避し、そのまま左の拳ではなく右の拳を顔面に打ち込んだ。

 

「っ……」

 

 あそこから方向転換されるとは思っていなかったのか、エレミアの顔に動揺の色が見える。

 一息ついてから左拳を振るうも上手く捌かれ、投げ技をかまされた。

 いつつ……投げ技の威力じゃねえぞこれ。それともクラッシュエミュレートのせいだろうか?

 エレミアはそのまま左腕に関節技を掛けようと両手で掴んできたが、これを力ずくで振りほどき、奴の顔面に裏拳をブチ込んだ。

 

「いってぇ……」

 

 すぐに立ち上がったのはいいが、背中がめちゃくちゃ痛い。エレミアの方も裏拳が効いたのか、右手で顔を擦っていた。

 アタシが構え直した瞬間、エレミアは姿勢を低くしながら突撃してきた。低空タックルだな。

 同じ低空タックルで相殺してやろうかと思ったが、それじゃおもしろくないので……

 

「――死んでろオラァッ!」

「んっ!?」

 

 その場で垂直にジャンプし、奴が真下に来たところを左脚で踏み潰しに掛かった。

 エレミアは驚きながらもとっさに身体を左に逸らしたことで直撃を免れたが、轟音と共に踏みつけた位置を中心に大きなクレーターが発生した。

 

「今のは危なかったぁ~」

「チッ……」

 

 ぶっちゃけ回避されることは予想していたが、これでも平常通りか。

 

「隙あ――」

「させっかボケぇ!」

 

 エレミアが下から柔道の腰技に類似した投げ技を仕掛けてきたので、これを上から圧する感じで受け止めてその場に踏み止まる。

 全く……姉貴に油断しないか心配されてたけどこれじゃ油断もクソもありゃしねえ。

 体勢的にはタックルを受け止めたときとほぼ同じ状態だったので、すかさず膝蹴りを二発ほど入れ、最後に肘打ちと膝蹴りを同時に放った。

 

「あらよっと!」

 

 次にダメージで怯んでいたエレミアの胸ぐらを両手で掴み、そのまま背負い投げをかます。

 そしてすぐさま踏みつけようとするも、ギリギリのところでかわされた。

 

「まさか(ウチ)が投げ技を食らわされる側になるなんて思いもせんかったわ……」

「ならもう一度食らってみるか!?」

「お断りやっ!」

 

 そう言いながら左のローキックを放つも姿勢を低くしたエレミアに受け止められ、再び投げ技をかまされたうえに関節技を掛けられた。

 空いている右脚を使って脱出しようと考えたが、それでもアタシは関節技を掛けられていた左脚を強引に動かして脱出した。

 ヤバイな……左脚の踏ん張りがちょっと利かなくなっている。

 

「じょ、序盤から飛ばし過ぎやろ……」

「テメエがスロースターターなだけだろ」

 

 互いに距離を取り、体勢を整える。強いとは聞いていたが、正直予想以上だった。しかも向こうはまだエレミアの技とやらを出していない。

 癪だがエレミアの言う通り、実は結構飛ばし気味だったりする。まだ本気じゃないけど。

 

「ほな少し早いけど、殴り合おか。サツキの実力も大体わかったし」

「……知ったような口を利くな」

 

 やっとエレミアの技とやらを見せてくれるらしい。……そうだよね?

 

「鉄腕、解放」

 

 そう言いながら拳にキス? をした瞬間、奴の両手に籠手のようなものが装着された。

 あれが鉄腕ってやつか……肘の上まで覆われてるな。

 

「こっからは全力のエレミアが相手や。無事に帰れると思ってもらったら困るよ」

 

 そう宣言したエレミアの周囲に高密度弾の弾幕陣が生成され、そして――

 

「ゲヴァイア・クーゲル!」

 

 技名を叫んで弾幕陣を一気に撃ってきた。さすがに高密度弾は危ないかな。

 アタシはこれをぎこちない動きでかわしていき、最後の一発を……

 

「絶花――!」

 

 あらかじめ猫の手のような形にしておいた右手で螺旋回転を加えてから弾き返した。

 エレミアはこれを受け止めるも、貫通力が増したこともあって押されていき、

 

「あっ……!?」

 

 威力を殺しきれずに後頭部から派手に転んだ。ま、()()()()をどうにかするなんて難しいよな。

 これにカチンときたのか、起き上がったエレミアはどこかムッとした表情になっていた。

 

「――今のはムカついたわ」

「おぉ……っ!?」

 

 さっきよりも数段速いスピードで接近してきたエレミアに少し驚いたことで反応が遅れてしまい、右拳を突き出すもそれを利用した一本背負いのような投げ技を食らわされた。

 右腕から骨が折れるような音が聞こえ、それに伴った激痛が走る。……これもクラッシュエミュレートだよね? そうなんだよね?

 このまま仰向けなのもあれだと思ったアタシは、後頭部と空いている左手を使って逆立ちの要領で立ち上がり、エレミアに馬乗りすると同時に左のエルボーを顔面に打ち込んだ。

 

「ふぅ……」

 

 一息ついてからクラッシュエミュレートで骨折扱いされている右腕を無理矢理動かし、左手で押さえていたエレミアの顔面に肘打ちをかます。

 右腕にさらなる激痛が走るも、これを顔には出さず堪えた。こっちは本物の骨折を経験してるんだ。擬似的な痛みなんざどうってことねえ。

 次に右拳を振り下ろすも、エレミアが後ろに後退する形で回避したので地面に直撃。新たなクレーターが轟音と共に発生した。

 

「~~~~ッ!」

「自業自得やろ……」

 

 とはいえ右腕が痛いことに変わりはないので、無茶した分の痛みが今になって響いてきた。

 エレミアも顔を歪めてはいるものの、体勢はほとんど崩れていない。

 

「全力と言ったわりには大したことねえな」

「人をバカにすんのもええ加減に――!?」

 

 エレミアがプンスカな状態になったところを狙い、シンプルに左拳で殴り飛ばした。

 これをモロに食らったエレミアはリング外まで吹っ飛び、壁に激突してダウンを取られた。

 

 

 

「――()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 そんなアタシの宣言と同時に、第1ラウンド終了のブザーが鳴り響いた。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 2

「……ところでさ、それバリアジャケットだよね? なんで学ラン風?」
「気にすんな。アタシの好みだ」
「ふーん。じゃあ部屋にあった水玉模様のエプロンは?」
「それもアタシの――待て。キサマいつ見たんだ!?」
「身内にも秘密の一つや二つはあるんだよ?」
「そういう問題じゃねえ! いつ見たかって聞いてんだよ!」
「だから秘密だって」

 このあと数十分にも渡って問い詰めたが、結局姉貴が教えてくれることはなかった。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話「殲撃と怒り」

「さっきからニヤけてるけど、なんかええことでもあったんか?」

「ん、ちょっと嬉しくてな」

 

 ベンチでの休憩も終わり、第2ラウンドに入ってすぐにエレミアが話しかけてきた。

 正直嬉しくてたまらない。娯楽のために参加した大会でこんなすげえ奴に出会えたのだから。

 それにここからはアタシも手加減なしの本気でいく。……本気を出すのは闇拳以来だな。

 まあクラッシュエミュレートも回復したし、思いっきり暴れますか。

 

「せいぜい楽しませてくれよ? ここから先はアタシにとっても未知の領域だから」

「……へ? それってどーゆー意味や?」

 

 そのままの意味だ。

 

「いくぞ――」

「!?」

 

 ある程度あった間合いを一瞬で詰め、顔面に右拳を二発ほど叩き込む。もう一発ブチ込もうとするもさすがに見切ったのか片手で受け止められ、右のボディブローを打ち込まれた。

 続いて手刀を繰り出してきたが、アタシはそれよりも速く左のストレートを顔面に打ち込み、懐に前蹴りを入れてからハイキックで蹴り飛ばす。

 しかし、エレミアは両手で顔面をガードしていたので倒れることはなかった。

 それを見たアタシは自分でもわかるぐらいニヤけてしまい、思わず右手で口元を押さえる。

 間違いない、コイツは本物だ。変態でなければ素直に褒めていたぞ。

 

「…………飾りのわりには硬えな」

 

 左脚がちょっとズキズキする。感覚的には打撲だなこれ。

 それに攻防の対応が速すぎる。もう少しスピードを上げた方がいいかもしれない。

 

「鉄腕は飾りやないよ?」

 

 いつの間にか不満そうな表情をしたエレミアがアタシの懐へ潜り込んでいた。

 すぐにタックルの要領で受け止めようと構えた途端、それに気づいたのか一歩後退してから左拳を打ち込んできた。

 脇腹から骨の軋むような音が聞こえ、思わず顔を歪めてしまう。

 それでもアタシはその場で踏ん張って迫り来る右拳を左手で受け流し、右手で胸ぐらを掴んで引き寄せ、頭突きをお見舞いする。

 

「はい次ぃ!」

 

 さらに間髪入れず拳の連打を、それこそマシンガンの如くエレミアの顔面へ打ち込んでいく。

 エレミアはこれを両手でガードしていたが、力負けしたのか次第に押され始めた。

 しかし拳の痛みもどんどん増していき、額に嫌な汗が滲み出る。

 このままじゃ拉致が明かない。そう思ったアタシは拳の連打をやめ、がら空きの懐へ魔力の衝撃波をゼロ距離から撃ち込んだ。

 

「……シュペーア・ファウスト!」

「メテオブロー!」

 

 その場で踏ん張ったエレミアの左拳から渾身の一撃が放たれ、アタシもこれに対抗すべく即席で編み出した左の拳打をぶつける。

 通常の拳とは違い、魔力を拳に集中させているのが特徴だ。要は魔力付与打撃だな。

 その拳とエレミアの拳が激突し、そこから辺り一面を吹き飛ばすほどの衝撃波が発生した。

 アタシが拳を痛めているということもあってか、しばらく押し合っていたが――

 

「「っ!?」」

 

 互いに弾かれる結果となった。体勢を整えて左手を動かそうとするも、思ったように動かない。

 ヒリヒリするなんてレベルじゃないぞこれ。

 それはエレミアも同じだったらしく、右手で左手を押さえていた。

 

「――あはははははっ!」

 

 とうとう我慢できずに笑い声を上げてしまう。心踊るってのはこんな感じなのか。

 エレミアは再び周囲に弾幕陣を生成し、それを一斉に撃ち込んできた。

 アタシはそれをかわしつつ間合いを詰めていき、前方宙返りをして踵で顔面に蹴りを入れる。

 仰向けになる前に起き上がってエレミアが放った左の回し蹴りを受け止め、掌底を打ち込むと見せかけて胸ぐらを掴み、頭突きをかました。

 

「またか……っ!?」

 

 体勢を立て直したエレミアの右拳が顔面に突き刺さる。だけどアタシはこれを意に介さず、ジャンプすると同時にハイキックを放つ。

 続いてラリアットで叩きつけ、立ち上がろうと前屈みになったところをサッカーボールキックで蹴り飛ばした。

 やっとダウンが取れると思いきや、エレミアは何事もなかったかのように立っていた。

 ――寒気がするほど冷たく、機械のように澄み切った目で。

 

「……っ!」

 

 雰囲気が一気に変わったことを察し、脱力した自然体で構え、五感を研ぎ澄ませる。

 視野を広げろ。耳を澄ませ。肌で気流の流れを読み取れ。決して気を抜くな。

 そんなアタシの気を知らずにか、エレミアは無表情で構えている。すると……

 

「ガイスト・クヴァール――」

 

 ボソリと呟いた瞬間、目の前からわずかな音を立てて姿を消した。並みの選手ならどこに消えたんだ!? とか思うんだろうな。

 だけど今のアタシにははっきりと見えている。どこに消えたって逃がさねえよ。……いた。右斜め後ろ。加えてジャンプしてやがる。

 左手に魔力をまとってるな。後はエレミアのスピードに対応できるかどうかだ……!

 

「この……ぉ!?」

 

 エレミアがいる方向へ振り向き、奴の左手と交差する形で左拳を打ち込む。

 交差した左手はアタシの左腕をリングごと削り取るも、エレミア本人は殴られた衝撃があったのか数メートルほど後ろへ下がった。

 幸いにも左腕は残っていたが、感覚はない。痛覚もなければ自力で動かすこともできない。

 激痛は何度も経験しているが、感覚そのものがなくなるのは擬似的とはいえ初めてだ。

 

(クソッ、これがイレイザーか)

 

 イレイザー。対象を消し飛ばす魔法であり、その性質ゆえに加減が効かないとされる。

 知識でしかその存在を知らなかったが、まさかこんな大会でお目にかかれるとはな。

 痛みすら感じないのですぐに意識をエレミアの方へと向け、突っ走る形でエレミアと交差する。

 放った右拳は奴の肩に命中したが、当然と言うべきか今度は右腕の感覚がなくなった。

 

(ははっ、残ってるだけマシかな?)

 

 なんかクラッシュエミュレートに助けられた感じだ。というか助けられた。

 もちろんここで引き下がりはしない。まだ両脚が生きている。

 一旦リングの端まで下がり、そこから一気に駆け出し……、

 

「オラァッ!!」

 

 ある程度間合いを詰めたところで左の飛び蹴りを繰り出した。

 ほぼ同時にエレミアの左拳が迫るも、アタシは首を左へ傾けることで回避し、エレミアは右手で蹴りをガードしていた。

 体勢を整えようとするも両手が動かないせいで上手くいかず、未だ機械のような状態にあるエレミアの拳が両脚に打ち込まれた。

 それにより感覚が麻痺したのか、自然と膝をついてしまう。

 

「……ッ!」

 

 視線を戻してみると、エレミアがトドメと言わんばかりに左腕を思いっきり後ろへ引いていた。

 さすがにあれを食らうのはマズイ。とはいっても四肢が動かない。首は動くが届かない。

 全てを消し飛ばすであろうエレミアの左手が振り下ろされようとした瞬間、身体の所々が赤紫色に点滅し始めた。そして――

 

「ん……!?」

 

 全身から魔力が衝撃波のように放たれた。

 エレミアはこれを避けることすらできずにリング外まで吹っ飛び、後頭部から壁に激突した。

 この技を見るのは3年ぶりだな。何度か試しても使えなかった技だ。そんな技が、なんで今になって発動したんだ?

 とにかく最大の危機は去ったが、次はもう避けられない。こうなったら……

 

 

 

「――動け」

 

 

 

 アタシは五体を外から完全操作することで立ち上がった。

 地球で習得した身体自動操作魔法。今使わなきゃいつ使うって話だよ。

 バリアジャケットを確認してみると、イレイザーを食らった部分を中心にボロボロになっていた。もはや面影すらない。

 リングに入ってきたエレミアはそんなアタシを見て驚愕していた。……正気に戻ったのね。

 

「そこまでして勝ちたいんか……!?」

「うるせえな……」

 

 いきなり怒鳴るなよ。こっちだって今にも倒れそうなんだぞ。

 かく言うエレミアもさっきの攻撃によるダメージがようやく響いてきたのか、顔を歪ませながらふらついている。

 まあ、そんなことはもうどうでもいい。意識が翔ぶ前に決着をつけるだけだ。

 

「くく……!」

 

 思わず笑いかけるもギリギリで堪え、エレミアを右拳でぶん殴る。奴は両手でガードしていたが、そんなのお構い無く振り切った。続いて胸ぐらを掴み、頭突きを三発ほどブチかました。

 エレミアはよろめきながらも体勢を整え、仕方ないといった表情で左のハイキックを放つ。

 アタシはこれを受け止め、エレミアの身体を持ち上げて地面に叩きつけた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 あーヤバイ。身体中が悲鳴を上げてやがる。この操作を解いたらすぐにくたばっちまうな。

 だけどこの勝負はまだ続けたい。でも時間は限られている。

 

「あはは……次で終わらせるしかないや」

 

 立ち上がるエレミアをよそに右の拳を握り込み、そこに力を集中させる。

 エレミアもアタシの意図に気づいたのか、ふらつきを押さえて構えた。

 もう待つ時間すらもったいない。腹をくくったアタシは一歩踏み出し、

 

「ブチ抜けぇ!!」

 

 顔面に渾身の一撃を打ち込んだ。それと同時にエレミアの拳もアタシの顔面に直撃した。

 その衝撃が頭に響き渡り、二、三歩ほどふらついてから倒れてしまった。

 クラッシュエミュレートによる脳震盪で意識が朦朧とする中、視界に入ってきたのは……

 

 

 

「――ごめんな」

 

 

 

 寂しそうな表情で謝罪の言葉を呟くエレミアだった。

 アタシはそんなエレミアにかつてないほどの怒りを覚え、そのまま意識を手放した。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 1

「さっきからニヤケてるけど、なんかええことでもあったんか?」
「…………」
「待って。なんで(ウチ)を軽蔑の眼差しで見る必要があるん?」
「じゃあ言ってやるよ。話しかけるなこの変態」
「シバいたろか!?」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話「亀裂」

「また折れたのか」

「まただよ」

 

 目が覚めるとそこは緊急医務室のベッドの上だった。

 姉貴が言うには左腕は完全に骨折、両脚には打撲の痕、加えて重度の脳震盪による昏睡状態に陥っていたとのこと。

 そのため左腕はギプスで固定され、頭と左腕以外の四肢には包帯が巻かれていた。ほぼミイラ男じゃねえかこれ。

 ……ちなみに診てくれたのは姉貴じゃなくてシャマルらしい。

 

「それよりも姉貴、なんで二回目だって知ってるんだ?」

「シャマルから聞いたんだよ。ケンカの最中に階段から転げ落ちたって」

「まあな」

 

 嘘だけど。

 

「で、試合はどうなった?」

「あのザマで勝ったと思うか?」

「ですよねー」

 

 わかってはいたが、やっぱりアタシは負けたみたいだ。

 なら次は勝つ。いつものアタシならその一言で済ませていただろうが……

 

「エレミアは?」

「こことは別の医務室にいるよ。なんでも左手のダメージが大きいとかで」

 

 左手といったら第2ラウンドで拳をぶつけ合った際のあれで間違いないだろう。

 さすがのエレミアも無傷では済まなかったということだ。

 

「……ちょっと席を外すよ」

「おう」

 

 アタシの心情でも悟ったのか、姉貴はそう言い残すと部屋から出ていった。

 

「…………」

 

 あのとき、アタシが気を失う前に見せた寂しそうな表情、そして……あの言葉。

 

 

『――ごめんな』

 

 

 なんで謝る必要があるんだよ。だったらアタシが出した本気はなんだったんだよ。

 しかもあんな面までされるとは思わなかった。なんだあの後悔の念に襲われたような表情は。なんだあの申し訳なさそうな表情は。

 

「ふざけんなよ……!!」

 

 感じたことのない怒りが沸き上がり、思わず我を失いそうになる。くらくらするほど腹が立ち、やり場がいくつあっても足りないほどの怒り。

 そんな抑えようのない怒りが全身を駆け巡り、いつの間にか握っていた拳からは血が出ている。

 我慢できずに憤激の雄叫びを上げようとした瞬間、不意に扉の開く音がした。

 

「失礼します」

 

 すぐに平静を装って声がした方へ振り向くと、部屋を間違えたのかヴィクターが入ってきた。

 どうやら一人のようだな。あのエドガーって執事がいないし。ていうか……

 

「…………ノックぐらいしろよ」

「あなたが気づかなかっただけでちゃんとしていますわ」

 

 全然気づかなかった。

 

「で、何しに来た?」

「友人のお見舞いよ」

「なら部屋を間違ってるぞ」

「…………あなたも私の友人よ?」

 

 さらっと衝撃の真実が明かされた瞬間だった。

 まあ、おかげで沸き上がっていた怒りは収まりつつある。今回は感謝するよ。

 血だらけの拳を必死で隠していると、再びドアの開く音がした。……ノックぐらいしろっての。

 

「――え? サツキ?」

「……ッ!!」

 

 聞き覚えのある声に思わずカッとなって振り向くと、左手と頭に包帯を巻いたエレミアがいた。

 今の反応を見る限り、おそらくこの部屋にアタシがいるとは思わなかったのだろう。

 しかしアタシにとってはどうでもいいことだった。どの面下げて来てんだよ……!

 

「………………なんの用だ」

「ヴィ、ヴィクターを探してただけや。そしたらサツキがおったんよ」

「だったら早く失せろ。テメエの顔なんざ見たくねえんだよ」

「…………やっぱり、怒ってるんか?」

「当たり前だろうが……!」

 

 収まりつつあった怒りが再び沸き上がり、声もだんだん怒気を含んだものになっていく。

 落ち込んだ表情のエレミアを静かに睨みつける。ヴィクターもそれに気づき、訝しむような視線をアタシたちに向けていた。

 それだけならまだ良い。まだ抑えられる。だからさっさとアタシの前から消えてくれ。

 

「その……ごめんな」

 

 あのときと同じ言葉。それをしっかりと聞いたアタシはいつの間にか立ち上がり、エレミアの胸ぐらを掴んで壁に押しつけていた。

 かなり強引に動いたのか四肢に激痛が走るも、歯を食いしばって耐え抜く。

 血だらけの右手を使っているため、掴んだ胸ぐらも血で染まっていた。

 

「サツキ!? 何を――」

「テメエは黙ってろ」

 

 止めに入ろうとしたヴィクターをドスの利いた低い声で黙らせ、視線をエレミアに戻す。

 エレミアは顔を歪ませながらも、申し訳なさそうな表情を崩していなかった。

 それを見て体が熱くなるほど腹が立ち、静かながらも怒りのこもった声で怒鳴りつけた。

 

「一丁前に気ぃ遣ってんじゃねえよ……!!」

 

 言いたいことはたくさんある。けどな、一番気に食わねえのはお前の面だ。

 そんな面が見たくて怪我したわけじゃねえし、謝罪の言葉を聞きたかったわけでもねえ。

 

 

 

「――アタシはお前らみたいに仲良しごっこがしたかったんじゃねえ!! ただ本気を出させてくれる相手が欲しかっただけだ!!」

 

 

 

 怒りに任せて本音をぶち撒ける。アタシがインターミドルに出場したもう一つの理由を。

 不良を続けるだけならこんな大会に出たりはしない。不良をやるうえで、そういう相手が欲しかった。だけど現実はどうだ。闇拳以来、そんな相手はどこを探しても見つからなかった。

 だからこそアタシは出場した。もちろん娯楽のためというのも嘘ではない。むしろ最初はそれだけのために出ていた。

 でもヴィクターに負けて以降、少しばかり期待するようになった。そして今日、お前と対峙した。コイツとの試合は過去最高のものだった。なのに……それなのにお前は……!

 

「………………そっち……こそ…………」

「あァ?」

 

 エレミアが俯いたまま何かを呟く。今度は何を言う気だ?

 

「そっちこそ、知ったような口利かんといてーや!」

 

 

 ゴスッ! と大きな音が響いた。

 

 

 その怒鳴り声を聞いた瞬間、血だらけの拳でエレミアをぶん殴っていた。

 殴った衝撃で右腕にさらなる激痛が走り、殴られたわけでもないのに視界が揺れていた。

 

「テメエもういっぺん言ってみろオラァ!!」

 

 もういい。身体がどうなろうと関係ない。コイツをブチ殺すことに集中してやる……!

 もう一度拳を振り上げるも、ヴィクターに後ろから羽交い締めにされた。

 

「落ち着きなさい! 暴力じゃ何も解決しませんわ!」

「離せヴィクター! 今すぐコイツをぶっ殺してやるんだ!」

「ジークにはジークの事情があるのよ!」

 

 そんなもん知ったことか。仮に知ってたとしてもやることは同じだ。

 

「…………っ!」

 

 エレミアは顔を押さえながら立ち上がると、脇目も振らずに部屋から逃げ出しやがった。

 すぐに追いかけようとするが、ヴィクターに羽交い締めにされているせいで動けない。

 おそらくヴィクターは離してくれないだろう。怪我によるダメージで振りほどこうにも振りほどけない。クソッ、怪我さえしてなければ……!

 

 

「エレミアァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 

 こみ上げてくる悔しさを抑えられず、アタシはただ叫ぶしかなかった。

 

 

 

 




《今回のNG》


「無理。そんな気分じゃねえから」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話「死戦女神」

「はぁ……はぁ……」

 

 ミッドで二度目の正月を迎えてから一ヶ月半は経ったある日の夜、アタシは各地の路地裏でひたすら暴れていた。

 怪我がある程度治って以降、自分の足で得た情報を頼りに強いと噂される奴らを見つけ出し、問答無用でブチのめすことを繰り返している。

 あれからエレミアとは一度も会ってないし、会いに行くつもりもない。

 

「ふぅ……50点かな」

 

 今回の標的は大規模らしい集団を束ねているリーダー格ということもあり、一応評価は高めにしておいた。実際にそこそこ強かったし。

 周りにはその集団の構成員である男たちが倒れており、アタシの目の前にも一人倒れている。まあ、ソイツがリーダー格なんだけど。

 

(これで何人倒したっけ……)

 

 首都のクラナガンを始め、いろんな街(の路地裏)に出向いたからなぁ。さすがに白昼堂々と出歩いている奴はいなかったし。

 地球でいう暴走族の頭、ギャングの長、不良校を占める番長、札付きのワル。

 様々な敵と戦ってきたが、やはりあのアスカやエレミアほどの強者は現れなかった。

 しかも暴れすぎたせいか、最近は闇討ちまでされるようになった。

 

〈そりゃあれだけ派手にやれば目をつけられるのも無理はありませんよ〉

 

 愛機のラトにそう言われ、思わず苦虫を噛み潰したような顔になる。まあ、仕方ないよね。

 ちなみにその派手にやったというのは、こないだの大晦日に下水道で戦ってる最中、いきなりカウントダウンが始まったせいでアスファルトを粉砕したことである。

 おかげでカウントダウンには間に合ったが、その事が後日ニュースになってたから焦ったよ。

 

「あれは危なかった……」

〈今も充分に危険です〉

 

 右手に付いた血をキレイに舐め取り、唾と一緒に吐き捨てる。

 さっきから左手が痛いな……もう少しだけ評価上げとくか。

 

「さーて、帰りますか」

〈道、わかるんですか?〉

「全然」

 

 そういやここ、どこの路地裏だっけ?

 

「……明日は明日の風が吹くってね」

〈誤魔化さないでください〉

 

 このあとひたすら歩き回り、夜が明けたところでようやく我が家にたどり着いた。

 眠かったのですぐにベッドで爆睡したよ。その日が休日でホントに良かった……。

 

 

 

 

 

 

 

「なあサツキ」

「……………………ん?」

 

 数日後。学校で寝不足のあまり机に突っ伏してボーッとしていると、なんとも言えない表情をしたハリーが話しかけてきた。

 まあ、今は休み時間だから先公に注意されることはないけどさ……。

 とりあえず右手で目を擦ってから上半身を起こし、座ったまま背を伸ばす。

 

「大丈夫か?」

「…………は? 何が?」

「いやお前……ここ最近凄え眠そうにしてるからよ」

「あー……………………ぐぅ」

「おい寝るな! 起きろサツキ!」

「はっ!?」

 

 いけない。少しでも気を抜いたら寝てしまうぞこれ。

 そういや最後に寝たの数日前だったな……あれから仮眠すら取ってないし。

 欠伸しながら今夜はどこで暴れようか考える。もうほとんど出向いたもんなぁ。

 

 

『聞いたか? また現れたってさ』

『ああ。なんでも腕自慢のヤンキーや集団相手に一人で蹂躙してるってやつだろ?』

『最近じゃ“()(せん)()(がみ)”って名前で有名だぜ』

 

 

 なんか近くで数人グループになっている男子が妙な会話をしているな。……死戦女神?

 

「おいハリー。死戦女神ってなんだ?」

「え? …………お前知らねーのか!?」

 

 知らねえから聞いてんだろ。

 

「最近ミッドチルダで暴れてるって噂の不良だ」

「……それだけ?」

 

 そんなのいくらでもいるぞ。真面目な奴が頭を抱えてしまいそうなレベルでいるぞ。

 

「わかってるのは各地の路地裏に一人で現れるってことぐらいだ。情報がごっちゃになってるせいでどれが本当なのかわかんねーんだよ」

「なるほど」

 

 なんか今回は胡散臭いな。そんなすげえ奴がいるならアタシが見逃すわけがない。

 一人ね……アタシと同じだな。もしかして一匹狼か? にしても死戦女神ってなんつー大袈裟な名前だよ。名付け親の顔が見てみたいわ。

 何が由来でそんな名前になったのかは知らんが、女神とな。……死神の間違いだろ。

 

「う~…………」

「寝るなよ? もうすぐ授業始まるから寝るなよ!?」

 

 ま、それよりも今は眠たくてたまらない。ていうか今すぐ寝たい。

 次から毛布でも持参してやろうかな? そうすれば暖かで眠れるぞ。

 ある漫画じゃ学校に布団を持参してるやつもあったしな。

 

「頼むから寝かせてくれ」

「ちゃんと睡眠を取らなかったお前が悪い」

 

 正論すぎて何も言えない。

 

「だってよ~……………………むにゃ」

「喋ってる最中に寝るやつがあるか! ほら起きろって待て! オレは枕じゃねーからしがみつくな! 周りが見てるから早く離れろ!」

 

 どうやらハリーは抱き枕としても使えるみたいだ。めちゃくちゃ暖かい……。

 今度業者に頼んでハリーをアタシ専用の抱き枕にしてもらおうかな?

 この数分後、ハリーに頭を殴られてようやく目を覚ましたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「はい終了~……げほっ」

 

 その日の夜。以前アピニオンと遭遇した廃墟を探検していると、いきなり数人の男が闇討ちを仕掛けてきたので返り討ちにしておいた。今は廃墟の中で休憩している最中だ。

 こっちの連中は地球の奴らと違って魔法を扱う奴もいるからたまに苦労させられるよ。さっきだって一人を殴ってる間にもう一人が後ろから魔力弾をぶつけてきたりしたし。

 おかげで頭がクラクラしたよ。ゲームやアニメでいう目を回したような感じだったね。

 

〈それにしても皮肉なものですね〉

「だよなぁ……」

 

 

 ――まさか“死戦女神”の正体がアタシだなんて思いもしなかった。

 

 

「楽しみが一つ減っちまったよ」

 

 せっかく骨のある奴とやれるかと思ったのに……かなりショックだわ。また新しい標的を探さなきゃなんねえのかよ。

 近くにあった柱にもたれながら座り込み、ズボンのポケットからタバコを取り出して一服する。

 

「ふぅ……やっぱりケンカした後のタバコは最高だな」

〈やめてください。せめてガムにしてください〉

 

 やなこった。

 

「んなことより、そろそろ帰らないとな。このまま過労死なんてゴメンだし」

〈数日前のように丸一日休んでみては?〉

「気が向いたらそうするわ」

〈気が向かなくてもお願いします……〉

 

 結局この日は闇討ちされただけで、収穫は噂されていた死戦女神の正体がアタシだってことぐらいしかなかった。ちくしょうめ。

 ……たまにはラトの言う通り、ベッドに入ってぐっすり眠りますか。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 17

「だってよ~……………………むにゃ」
「ちょ、おいコラ力を弱めろ! このままじゃオレの腰がエビ反りみたいになってしまうっ! いや冗談抜きでやめいだだだだだっ!!」

 うるせえなぁ……こっちは眠たくて仕方ないんだバカヤロー……。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話「ガキんちょと卒業」

「あ、あのっ」

「あ?」

 

 死戦女神の正体が判明してから数日経った日の朝。珍しく早めに登校していると、後ろから金髪カラーコンタクトのクソガキに声をかけられた。

 コイツの制服、確かなんとかヒルデ魔法学院ってとこのやつだな。それも初等科。

 そんな奴と知り合いになった覚えはないはずだが……どっかですれ違ったとか?

 

「緒方サツキ選手ですよね!?」

「だからなんだよ」

 

 クソガキはアタシがインターミドルの上位選手とやらであることを知ってたらしく、尊敬の眼差しでこっちを見つめていた。

 やめろ、そんな目でアタシを見るな。アタシはお前に尊敬されるようなことはしてない。

 つーかさっきからしつこいなコイツ。もしかして通学路同じだったりする?

 

「ていうか誰だよお前」

「あっ、はじめまして! St.ヒルデ魔法学院の初等科2年、高町ヴィヴィオです!」

「あっそ――ん?」

 

 高町?

 

「おいクソガキ」

「クソガキじゃありません! 私は――」

「お前の母親って高町なのはか?」

「え? そ、そうですけど……」

 

 うへぇ、アイツ子供いたのか。父親の顔を見てみたいものだ。

 高町――いや、コイツと被るからなのはでいいか。アイツとは半年前に出会ったんだよな。姉貴が会わせたいとかなんとかで。

 それにしても、まさかこんなにド派手な娘を持っていたとは驚きだ。全然似てねえぞ。

 

「で、その高町のクソガキがアタシになんの用だ? あと選手って呼ぶのやめろ」

「いえ、その……サツキ選――さんが私と同じ通学路を歩いていたから思わず……」

 

 マジで通学路が同じだったらしい。もう少し時間をずらすべきだったな。いつもはギリギリだし、たまにすっぽかしたりしてるし。

 もう少し家で寝とけば良かったと後悔していると、クソガキは目を輝かせつつこう言った。

 

「チャンピオンとの試合、凄かったです!」

「チャンピオン?」

「はいっ!」

 

 チャンピオンって誰だ? そんな珍しい名前のやついたっけ?

 とりあえず思い返してみよう。えーっとチャンピオンチャンピオン……うん、知らない。そんな名前の知り合いはいない。

 というかチャンピオンって単語の方か? それともミドルネームってやつか? いや、もしかしたらファーストネームかもしれない。

 どっちにしてもマジで珍しい名前だな。案外テレビに出たりしてそうだ。

 

「おい、チャンピオンって誰だ」

「…………えっ? じ、ジークリンデ・エレミア選手ですよ?」

 

 聞くんじゃなかった。

 

「あ、アイツ優勝したのか……」

「知らなかったんですか?」

 

 うん、あれから絶縁レベルで音沙汰なしだったからアイツに関する情報は何一つ知らない。

 加えて負けたあとはインターミドルへの興味が薄まるしな。仕方ないのだよ。ついでに奴のフルネームも忘れてたわ。

 って、こんなことしてる場合じゃねえ。これ以上遅刻するとヤバイんだった。

 

「じゃあなクソガキ。こっちは時間がないんだよ」

「え? それって……あと私はクソガキじゃありません! 高町ヴィヴィオですっ!」

 

 ほざいてろ。

 

 

 

 

 

 

 

「卒業式かぁ……」

 

 高町のクソガキと出会ってから一週間後。なんだかんだで無事に中等科の卒業式を迎えたアタシは、その卒業式をボイコットして学校の屋上で仰向けになっていた。

 だってめんどいじゃん。料理が出るならまだしも、紙切れの入った黒い筒を受け取って合唱するだけの簡単な作業だろ?

 んなもんやるくらいなら一人でカラオケに行った方がマシだっての。……ごめん、今の嘘。

 

「――見つけたぞサツキ!」

「んあ?」

 

 扉のある方から声がしたので首だけ動かしてみると、胸にバッジのようなものを付けたハリーが走ってきていた。

 へぇ、あれが卒業生が付けるバッジとやらか。初めて見たぞ。

 

「ほら、もうすぐ始まるからいくぞ」

「めんどいからやだ」

「なんでもそれ言えば許されると思うなよ!?」

 

 あれ? ダメなの?

 

「ま、アタシはもう帰るから――」

「なに勝手に帰ろうとしてんだお前」

「離せハリー。期間限定のどら焼き(プレミア)がアタシを待ってるんだ。早く買わねば。そして食わねばならんのだ」

「そんな言い訳が通るとでも思ってんのか!?」

「これでもダメなのか!?」

「卒業式が終わるまでは絶対にダメだ!」

 

 すぐさまその場から離脱しようとするも、テンポよく捕まってしまった。

 なんてこったい。このままじゃどら焼き(プレミア)が売り切れてしまう。

 あれもう今回限りのレア物なんだよ。ついでに今日はイカそうめんが安いから買いたい。あれはあれで美味しいんだよ。

 

「そういうお前はどうなんだよ? アタシを連れ戻すと見せかけてサボろうとしてんじゃねえのか?」

「お前と一緒にすんな。オレは先生に頼まれてお前を迎えに来たんだよ」

 

 恨むぞ先公。

 

「とにかく、アタシは行かねえからな」

「なんでそんなに行きたくねーんだよ?」

 

 呆れたような表情のハリーに問いかけられて少し考え込む。

 確かにめんどいってことを除けば特に理由はないな……はっ!?

 いかんいかん、危うく釣られそうになったぞ。コイツめ、考えおったな。

 

「そんじゃ、今度こそ帰る――」

「だからなに勝手に帰ろうとしてんだお前」

「いいだろ別に!? じゃあなんだ! アタシが帰っちゃいけない決まりでもあんのか!?」

「逆ギレしてんじゃねーよ! 卒業式くらい出ろってんだ!」

 

 ええい、しつこい野郎だ! アタシ一人がいなくても卒業式やれるだろうが!

 全く、一体どうなってやがるんだ。以前はこんなことなかったぞ。

 

「上等だてめー! そっちがその気ならこっちも手段は選ばねえ!」

 

 ハリーはさりげなく物騒なことを言ったかと思えば、両手でアタシを担ぎやがった。

 あらやだ、コイツ意外と力あるのね……って違う違う。これ魔法による身体強化だわ。

 コノヤロー、アタシを連れていくためだけに魔法まで使いやがってぇ……!

 

「おいコラ離せ! アタシは帰りたいんだ!」

「離したら逃げるだろーが!」

「当たり前だ!」

 

 一度きりのチャンスは掴むものだ。そう、宝くじのように!

 

「いいから離せ! アタシは」

「はいはい。言い訳は向こうで聞いてやる」

「ちくしょうめぇぇぇぇぇーっ!!」

 

 こうなったら向こうでフルボッコにしてやる。覚えとけよ……!

 結局アタシはそのままハリーに連れていかれ、()()()()()()()に出るはめになったのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 35

「とにかく、アタシは行かねえからな」
「なんでそんなに行きたくねーんだよ?」
「…………おい、あれ」
「ん?」


 ダッ(アタシ、猛ダッシュ)


「なんもねーぞ――あれ? どこ行きやがった!?」

 さあ、どこでしょうね。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話「サッちゃん」

「あ゛~疲れた~」

 

 ほとんど右から左へ流したとはいえ、卒業式を無事に終えたアタシは帰宅途中に一暴れして、ようやく我が家であるマンションにたどり着いた。

 しかも夢中になりすぎたせいか、辺りは真っ暗になっていた。

 晩飯なんにしようかな? 最近は和食ばっか食ってたし……たまには洋食でも食ってみるか。

 

「しっかし卒業式ってのはどこでもああなんかね? 泣いてる奴もいれば写真を撮りまくる奴もいたし。危うく巻き込まれるかと思ったよ」

〈そこは人それぞれでしょう〉

 

 まるでお別れ会でもやってるかのような雰囲気だったぞ。大袈裟なんだよアイツら。

 ったく、一生会えなくなるわけじゃないんだからさ……まあ、場合にもよるけど。

 なんにせよ疲れた。正しい姿勢を保つのに体力使うなんて思いもしなかったよ。

 とりあえず帰ったらすぐに寝よう。そう思いながら階段を上がっている時だった。

 

 

(『へっくしょんっ!』)

 

 

 ふと、そんな音が聞こえてきた。

 

「ん……?」

 

 一旦その場で立ち止まり、耳を澄ましてみる。

 今の音……いや、くしゃみか?

 このマンションの壁は防音じゃない。だけどそう薄いわけでもない。

 

(『ぶぇっくしっ!』)

 

 もう一度聞こえてくるくしゃみ。やっぱり室内のものではないな……。

 止めていた足を動かし、階段を上がりきる。

 そして、我が家の玄関前を見て言葉を失った。

 

「アイツ……」

 

 そこに、あのジークリンデ・エレミアが身体を震わせながら座っていたのだから。

 

「エレミア……」

「あ、久しぶりや~……」

 

 エレミアはその場で踞るように体育座りしながら、その場でバッタリ出会ったかのような挨拶をかましてきた。

 いやいや、玄関前に座っときながら偶然出会ったような反応をされても困る。

 よく見ると顔は少し赤く、表情もボーッとした感じになっていた。……風邪だなこりゃ。

 

「今さら何しに来た? つーかどうやってここがわかった?」

「ん……どうしても、サツキと話したくて……」

 

 微笑みながら、絞り出すように声を出すエレミア。チッ、全く意図が読めない。

 アタシはお前を見てると苦虫を噛み潰したような表情にしかならねえんだよ。なのに、なんでお前は笑ってるんだ? なんでだよ?

 決して仲が良かったわけじゃない。気が合っていたわけでもないし、そんな笑みを見せるような関係でもなかった。

 そんな奴を、わざわざ体調を崩してまで訪ねる必要がどこにあるってんだよ――!

 

「はぁ……とりあえず退いてもらおうか」

「あ……」

 

 今さら怒鳴る気にもなれねえや。というかこのままじゃアタシまで風邪を引いてしまう。

 仕方なくエレミアを赤ん坊のようにおんぶし、そのまま家に入る。

 不本意だが、体調不良に陥ってる奴を放置すれば近所の連中に白い目で見られてしまうしな。

 これ以上の孤立は生活にも影響する。それだけはごめんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

「なんでアタシがこんなことを……」

 

 エレミアを自分のベッドに寝かせ、濡らしたタオルを額に乗せるという古典的な方法で看病したアタシは、片手で頭を抱えながらそう呟いた。

 だってそうだろう? 友人でもない奴を自分のベッドで看病したんだぜ? ……笑えねえよ。

 ホントなら風邪薬でパパーッと解決! だったけど……その薬が切れていた。

 

「ごめんな……看病まで、させてもうて……」

「いつからあそこにいたんだよ?」

「えーっと……朝からやと思う……」

 

 そりゃ風邪も引くわな。

 

「まあいい。治るまで待つ気はないからさっそく本題に入る。――何しに来た?」

「言うたやん。サツキと話したいって……」

「アタシは話すことなんてねえ」

「サツキにはなくても、(ウチ)にはあるんよ……」

 

 そう言うエレミアの目付きはアタシを睨みつけるほど真剣なものになっていた。

 どうやら真面目な話っぽいな。表情を見る限り、ジョークや逃げるの文字が見当たらない。

 話を聞くべきか考えていると、エレミアが何かを思い返すように口を開いた。

 

「――(ウチ)が触ると、みんな壊れてしまう」

「は?」

 

 いきなり何を言ってるんだお前は。

 

「昔はそうやったんよ。どんなものでも、触れただけで当たり前のように全部壊れる」

 

 なんかしんみりと語り出したかと思えば昔話が始まったんだけど。

 全部壊れる? 触るとみんな壊れる?

 これだけ聞けばアホかお前、としか言えないがコイツにはあのイレイザーがある。

 つまり……

 

「あの試合で使ったイレ――ガイストとやらが暴発したってことか?」

「そんなもん、やね……」

 

 なるほど。当時は何らかの理由でガイストをぶっ放しまくってたのか。

 だけどコイツが言いたいのはそんな昔話ではないはずだ。

 もしこれが目的なら窓から放り投げてやる。ついでに塩もまいてやる。

 

「で、何が言いたいんだ?」

「……使いたく、なかったんよ」

「ガイストをか?」

「うん。当たれば問答無用で、何もかも壊れてまうから……試合では使わへんって決めてたんよ」

 

 問答無用かどうかは置いとくとして、あれに加減が効かないというのは確かだ。

 現にアタシは左腕をモロにやられた。そのときは骨折で済んだが、クラッシュエミュレートがなければ今ごろ隻腕になっていた可能性もある。

 ……いや、クラッシュエミュレートの有無は関係ないか。

 それにアタシが言えた義理じゃないが、ガチの殺し合いならともかく、スポーツの試合で死人を出すのはマズイしな。

 

「…………なあエレミア」

「ん――あたっ!?」

 

 とりあえずエレミアに拳骨をかます。

 要は使いたくなかったガイストで大怪我を負わせてごめん、ってことだろ。

 結局は謝罪が目的じゃねえかコノヤロー。真面目に話を聞いたアタシがバカだったぜ。

 

「謝ろうってなら答えはノーだ。あれを許すつもりは毛頭ない」

 

 そう言うとエレミアは少し沈んだような表情になり、そのまま俯いた。

 仮に許す気があったとしても、その程度で許すほどアタシは優しくない。

 ケンカだろうと試合だろうと怪我は付き物。当たり前のことで謝られたくねえんだわ。

 

「…………そっか」

「それと一つ、お前に言っておくことがある」

 

 また同じ理由で謝られちゃあ敵わねえからな。

 俯きながらボーッとし出したエレミアの顔を見つめ、はっきりと告げる。

 

 

 

「アタシは逃げもしねえし隠れもズルもしねえ。だから心配せずに安心して掛かってこい」

 

 

 

 言いたいことをそれらしくまとめた一言。もちろん嘘偽りのない本心だ。

 これを聞いたエレミアは顔を上げ、目を見開いてソワソワし始めた。

 

「え? え? ど、どーゆー意味や……?」

「……言い方を変えよう。――次からはプレイで示せ」

「…………っ!?」

 

 アタシの言ってることを理解した瞬間、エレミアの顔が驚愕の色に染まった。

 無理もねえな。使いたくないガイストを遠慮なく使えって言われてるようなもんだ。

 

「で、でもそれやと……!」

「怪我は免れねえな」

 

 エレミアが心配してるのはガイストの使用で相手を壊してしまわないかってことだろう?

 ――それがどうした。

 コイツの考えなんてどうでもいいし、アタシも自分の考えを曲げるつもりはない。

 

「そもそも虫が良すぎるんだよお前は。魔法戦競技で思いっきりかましてるくせに誰かを傷つけるのはイヤだとか……ナメてんのか?」

「あぅ……言われてみれば返す言葉もあらへんわ……」

 

 むしろ返す言葉があるならぜひとも聞いてみたいところだ。

 競技でも負傷者は当然のように出る。なのに、傷つけるのはイヤとか……。

 

「…………少し、考えさせて」

 

 すぐには答えが出なかったらしく、エレミアは黙り込んでしまった。

 アタシもこれ以上話すことはないので、お粥を作るためにキッチンへ向かう。

 とりあえず明日には治ってもらわないと困る。主に生活リズム的な意味で。

 

「どこで寝ようかな?」

 

 あと寝床の確保も必要だな。

 

 

 ――数十分後――

 

 

「お、美味しい……!?」

「おいコラなんだそのあり得ない……! みたいな顔は」

 

 残っていた材料でお粥を作ったのはいいが、現在進行形で食べているエレミアからすればアタシが料理できるのはあり得なかったらしい。

 

「ご、ごめんや。サツキのことやからてっきりカップラーメンが出されると思ってたんよ」

「お前アタシをなんだと思ってんの?」

 

 病人にカップラーメンはねえだろカップラーメンは。せめてのど飴にしろよ。

 ……風邪引いてるときに食べていい料理なんてあったっけ?

 

「ところでサツキ」

「なんだ?」

「なんでマスクしてるん?」

「予防のためだ」

 

 どうもアタシは薬が効かない体質らしく、こないだ風邪を引いた際に薬を飲んでも全く効果がなかった。そのせいで一週間も鼻声だったわ。

 加えて病原体に強いわけじゃない。だからこその予防なんだよ。

 

「ほら、もう寝ろ」

「うん……」

 

 上半身だけ起こしていたエレミアを寝かせ、その上から掛け布団を被せる。

 明日は薬局に行こう。そう決意したアタシは、再び濡らしたタオルをエレミアの額に乗せた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………ん」

 

 カーテンの隙間から入り込んでくる日差しを顔に浴び、目を覚ます。

 ……いっけね、よりにもよって床に就く前に寝落ちしてしまったようだ。

 すぐに身体を起こし、目の前のベッドを視認する。どうやら看病の最中に寝てしまったらしい。

 ふと枕の方を見てみると、アタシよりも早く起きてたらしいエレミアが微笑んでいた。

 そして、アタシが風邪が治ったかどうかを聞こうとするよりも先に、笑顔で口を開いた。

 

 

「おはよう――()()()()()

 

 

 

 




《その後の二人》

「おいエレミア」
「んー?」
「そのサッちゃんって呼び方やめろ」
「えー? サッちゃんはサッちゃんやろ?」
「…………」

 どうしてこうなった。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話「ジーク」

「んふふ~♪」

「……とりあえずアタシの膝上に座るな」

「ほなジークって呼んで!」

「断る。さっさと降りろ」

「ジークって呼んでくれたら降りたるわ」

 

 6月半ば。ついに高等科1年となったアタシは、七ヶ月ぶりにヴィクターの屋敷を訪れた。

 あれからエレミアは週に三回の割合でアタシん家を訪れるようになり、しかも一触即発だった当初が嘘のように今ではこの通りベッタリである。

 これを見たヴィクターも呆れを通り越して苦笑いしていた。いや笑ってないで助けろよ。

 

「呼ばねえつってんだろ。いいから早く降りろ。頼むから降りろください」

「なんて~? 聞こえへんよぉ~?」

 

 そろそろブレーンバスターを掛けてもいいかなと思ってる。

 

「ねえサツキ。せっかくだし呼んであげたらどうかしら?」

「だからなんで――」

「ナイスやヴィクごぺっ!?」

 

 エレミアがヴィクターにサムズアップをした瞬間にブレーンバスター……ではなく、ジャーマン・スープレックスをブチかます。

 これを食らったエレミアは仰向けになって完全にのびた。ったく、さっさと降りないからそうなるんだ。頭冷やして反省してろ。

 

「…………少しやり過ぎですわ」

「こんぐらいがちょうどいいんだよ」

 

 少なくとも脳天から落とすパイルドライバーよりはマシだと思う。

 

「あたた……」

「ジーク、大丈夫?」

「う、うん。なんとか~」

 

 五分も経たないうちにエレミアが復活した。にしても早すぎだろ。

 とりあえず、何しようか? トランプは去年やったし……そうだ。

 

「エレミア。今からアタシが出す問題に答えろ。正解できたらジークって呼んでやる」

「ほ、ほんま!?」

「ああ、約束する。ただし、正解できなかったり逃げたりしたら――捻り潰す」

「え」

「何かしら、この天と地の差は」

 

 安心しろヴィクター。ぶっちゃけ言うほどの差はないから。

 

「んじゃ……トランプの数字以外の特徴はなんでしょう?」

「…………(ウチ)の負けや……!」

「一つも答えられんのか!?」

 

 改めてエレミアがアホだと思い知らされた瞬間だった。

 いやいや、さすがにこれは酷いぞ。ジョーカーがあるって答えればすぐに終わるものを……。

 ていうかお前、去年トランプで遊んだじゃねえか。ババ抜きや神経衰弱で。

 

「ヴィクター、代わりに答えてくれ」

「仕方ないわね。えーっと……ジョーカーがある、かしら?」

「正解だ」

 

 ヴィクターの答えは予想通り、ジョーカーの有無だった。

 他にもスペード、ハート、クローバー、ダイヤといった四種類の柄が存在する点が挙げられる。

 

「あれ数字ちゃうんか!?」

 

 あんな数字は存在しない。

 

「つーわけでエレミア。こっちに頭をよこせ」

「サッちゃん、それ言い方おかしいよ?」

 

 とりあえず答えられなかったエレミアに罰ゲームを執行しよう。

 さっきはジャーマン・スープレックスだったが、今度はパイルドライバーを掛けてやる。

 

「ほら、こっち来いエレミア」

「イヤやっ! そっちに行けば(ウチ)の頭がかち割れてまう!」

 

 チッ、やはり一筋縄ではいかないか。

 こうなったらコイツの望み通り、愛称で呼んでやる。そうすれば寄ってくるだろう。

 ……ところで愛称なんだったっけ? えーっと確かジ……ジ…………ジークか!

 

「ジ……ジジ……ジジジジ……!」

「……セミの鳴き声でも真似したいんか?」

 

 違う! 違うんだ! 決していざ言おうとすると拒否反応が出るとかじゃないからねっ!

 

「サツキ。深呼吸してみては?」

「そ、そうだな。すぅ~……はぁ~……」

 

 ヴィクターの言う通りに深呼吸し、後頭部を押さえているエレミアの方を見る。

 エレミアとヴィクターは暖かい目でアタシを見つめていた。その目はやめてくれ。

 と、とにかく……乗り越えろアタシ。苦手なもんは克服してナンボだろ!

 

 

「…………ジ、ジーク」

 

 

 よし、これでなんとか――

 

「なんて~? 聞こえへんよぉ~?」

 

 ならなかった。

 

「だ、だから……! ………………ジーク」

 

 おそらく今のアタシはハリーもびっくりなレベルで赤面しているに違いない。

 だというのに……

 

「ん~?」

「今なんて言ったのかしらねぇ?」

 

 エレミアはおろか、ヴィクターまでムカつくほどニヤニヤした面になっていた。

 事が終わったら記憶がなくなるまでぶん殴ってやる。特にエレミアは生きて帰さない。

 

「……………………ジ、ジーク……!」

「うんっ!」

 

 覚悟を決めてそう呼ぶと、エレ――ジークは可愛らしい笑顔で頷いた。

 ヴィクターもホッとしたような表情でアタシとジークを交互に見ている。

 さて、とりあえず……

 

「おいで、ジーク」

「? ご褒美でもあるんか?」

 

 できるだけ優しい声でジークを呼び寄せる。

 まあ、ご褒美ではないが……アタシにとっては嬉しいことだ。

 ジークはきょとんとしながらもアタシの前に来てくれた。うん、いい子だね。

 

「さてと――」

「さ、サッちゃん? なんで(ウチ)の頭を膝の間に挟み込むん?」

「罰ゲーム執行じゃぁーっ!」

「へぶぅぅっ!?」

 

 パイルドライバー成功。これでジークは二度も脳天痛打を味わったことになるな。

 気絶したジークは後回しにして、次はヴィクターだ。タコ殴りの刑にしてやる。

 

「次はキサマだ」

「待ちなさい。何そのどこかで見たような立ち方は」

 

 そう、今アタシは某悪のカリスマと同じ『きさま! 見ているなッ!』のポーズを取っている。

 とはいえ、あくまでもポーズだけで言ってることは全く違うけどね。

 ちなみにこのポーズ、取りやすいけど結構恥ずかしかったりする。

 

「ほら、おいで」

「それはできない話ね。私はジークほど丈夫な身体ではありませんし、それに――」

「ごちゃごちゃ言ってねえでさっさとこっち来いやぁ!」

「来いと言っておきながらどうして私の頭を両足で挟んでるのかしら!? というかなぜ両足!? そこは普通両手で掴むもので――ちょ、ちょっと待って! これ以上は洒落になりあべしっ!」

 

 続いてフランケンシュタイナー成功。ホントはタコ殴りにしたかったぜ……!

 

「記憶の抹消、完了」

〈そう簡単にいくとは思えませんが……〉

「黙れラト」

 

 二人が気絶してる間にポケットからタバコとオイルライターを取り出し、一服する。

 脳天から落としたんだ。記憶の一部が翔んでもおかしくないだろう。つーか翔んでくれ。

 とうとう奴をジークと呼んでしまった。しかも女の子っぽい声で。……一応女だけど。

 

「………………夜の街にでも行ってみるか」

 

 たまには街中をうろつくのもいいな。

 アタシは倒れてるジークをチラチラと見つつ、片手で頭を抱えながらそう思ったのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 13

「ほら、おいで」
「それはできない話ね。私はジークほど丈夫な身体ではありませんし、それに――」
「胸の大きさも違うってか?」
「ええ、それもありま――せんわよ!? どうして胸の話になるのかしら!?」
「それっぽい気がしたからつい……」
「ついで済む話ではなくてよ!?」

 いや、わりとついで済む話だと思う。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話「炬燵と暴徒」

 早起きは三文の徳、という諺があるのをご存じだろうか。なんでも早起きをするとその日は何かと良いことがあるって意味らしい。

 なら常に早起きしてる人は幸せに包まれている可能性がある。なんて羨ましいんだ。

 

 

 ――そう思ってる時期が、アタシにもあったんです……。

 

 

 

 

 

 

 

「最悪だ……」

「自分の日頃の行いがか?」

 

 雲一つない晴天。下手すれば眠気が吹っ飛ぶほどの暖かな日差し。賑やかな教室。

 訳あっていつもより一時間も早く登校したアタシは、その疲れと空腹で机に突っ伏しながら同級生のハリー・トライベッカと会話している。

 まさか朝食どころか材料すらないとは思いもしなかった。今日の放課後に最低でも一週間分の食料は調達しなければ……!

 

「ちげえよバカ。珍しく自分に落ち度があったことが最悪なんだよ」

「お前の場合、全体の99%が落ち度で構成されてるじゃんか」

 

 なんてことを言うんだ。

 

「いいかハリー。アタシの半分は女子力でできてんだよ、女子力で」

「半分じゃダメだろ」

 

 そこは気にするな。

 

「冗談は置いといて、何が最悪なんだよ?」

「おう、実は――」

 

 ガラッ

 

「みんな席につけー」

 

「……実は」

「いやいや、先生が来たってのに無理して話そうとすんな」

 

 話そうとした瞬間に出席簿を持った担任が入ってきた。もうそんな時間か。

 仕方がないので話すのは諦めよう。それに起きてるときに出席を受けるのは久しぶりだしな。

 アタシの席は後ろの方にあるが、出席番号順ということもあって扉側にあったりする。要は寝てしまってもバレる確率が意外と低いのだ。

 担任が開いた出席簿を見ながら番号順に名前を呼んでいく。……そろそろアタシの番だな。

 

「緒方さん」

「……………………ハリーがラブレターをもらったってよ」

 

 

『何ぃぃっ!?』

 

 

 さっきまで教室に漂っていたのどかな雰囲気が、アタシのさりげない一言で壊された。予想以上の反応をありがとう。

 

「お前はいきなり何を言ってるんだ!?」

 

 身に覚えがないらしいハリーは顔を赤くしながら叫んでいた。

 実は結構小声で言ったのだが、まさかクラスの全員が聞き取っているとは思わなかったんだよ。

 

『嘘だろ!? トライベッカさんがラブレターをもらうなんて!』

『クソッ、俺狙っていたのに!』

『私だって……狙ってたのに……!』

『り、リーダーの人気がそこまであるなんて知らなかった……!』

『はっ! もしかしたら俺ん所にもあったりして!?』

『ダメだ! マウスと壊れたキーボードしか出てこない!』

『そっちは!?』

『――あったぞ! こないだ買った萌えキャラのマウスパッドだ!』

『なんでそんなものが出てくるんだ!?』

 

 教室の中を怒号が飛び交う。アタシですら予想できなかった光景が、そこにはあった。

 担任も予想外の出来事を前にどうすればいいのかわからず、ただひたすらオロオロしている。

 ……よし、今がチャンスだ。

 

「ラブレターをもらったって本当なのトライベッカさん!?」

「本当なら見せてくださいっ!」

「持ち主を屠殺する必要があるので!」

「あ、あれはサツキのデマでそんな――って、ちょっとは落ち着けよお前ら!」

 

 クラスの女子全員がハリーに問い詰めてるのを好機と見たアタシは、早く登校する原因となった()()()()()を持ち、教室を後にしようとする。

 しかしそれを良しとしなかったのか、騒ぎの中心人物であるハリーが訴えてきた。

 

「待てサツキ! サボるならせめてこの騒ぎを沈めてからにしろ!」

 

 保身のためなのか、もうなりふり構っていられないって感じだな。

 とはいえ、無言で立ち去るのはさすがに罪悪感がある。ちょっと言ってやるか。

 扉を開けてから一歩踏み出し、首だけハリーの方へ向ける。

 

「勘違いするなハリー」

「は? 勘違い?」

 

 まだわかってないのかコイツは。

 

「お前はバカだ」

「ちょっとでも期待したオレがバカだったよ!」

「ま、ちゃんと話し合うんだな」

「後で覚えとけよてめぇぇ――っ!」

 

 そんなハリーの叫びを背に、アタシは今度こそ教室を後にした。

 少しやり過ぎた感があるけど……後悔はしてない。だっておもしれーじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……こんなもんかな」

 

 あれから誰にも見つからずに屋上へたどり着いたアタシは、さっそく作業に取り掛かっていた。

 えーっと、アンテナが端っこの方にあるからコンセントの長さはこのくらいかな?

 アンテナの付け根辺りにコンセントの先端が常時触れた状態になるように巻きつける。

 後はコンセントが張らないように本体を定置にセットして……完成だ。

 

「よしっ! これでオアシスの出来上がりだ!」

〈この時期に炬燵がオアシスだなんて、マスターも変わった趣向の持ち主だったんですね〉

「黙れラト」

 

 さすがにこのクソ暑い中、炬燵のスイッチを入れたりはしないから。

 とまあ、今回アタシが屋上に設置したのは炬燵とミカンである。だって暖かいじゃん。

 

「後はこれをここに立てて……はい終了!」

 

 炬燵と共に持参したお手製の大きな旗を、あえて少し目立つような位置に立てた。

 これで屋上はアタシのテリトリーだ。入り浸る奴がいようものなら裁きを下す。

 

 

 

 

 

 

 

「くたばれサツキィィッ!」

「うおっ!? なんだよいきなり!?」

 

 テリトリーの形成を終え、屋上へと続く階段を降りたところで待ち構えていたらしいハリーが、不意討ちのごとく殴りかかってきた。

 全く、最近の女子は血の気が多いな。少しは……ダメだ、お淑やかな女子の見本がいない。

 

「…………!!(ギリッ)」

「落ち着けハリー。親の仇を睨むような目でアタシを見るな」

「お前のせいで……お前のせいでオレは男も女もイケる『バイ』って扱いになったんだよ!! どうしてくれるんだてめー……!」

 

 何を今さら。

 

「違うのか?」

「オレは普通に男子が好きなんだよ!」

「だってよ皆」

「え?」

 

 アタシはハリーの言質を取ったところで、近くの教室からこっそり様子を見ていたクラスメイトではない同級生たちの方へ振り向く。

 ハリーは全く気づいていなかったらしく、殺気はどこへやら顔を真っ赤にしていた。

 

『そ、そうか。トライベッカさんはノンケだったのか!』

『良かった。レズビアンじゃなかったんだ……』

『そんな……! トライベッカさんはずっと百合だと思ってたのに!』

『だからこそ彼女はバイなんでしょ!?』

『なるほど! だからさっきまで隣の教室が賑やかだったんだね!』

「なるほどじゃねーよ! オレにそんな特殊性癖は存在しねえっ!」

 

 ハリーが同級生に抗議しているうちにその場から離脱する。

 アタシも奴が殴りかかってきたときに偶然気づいたのだが、まさかこうも上手くいくとはな。

 さて、もう屋上はアタシの場所だ。文句がある奴は掛かってこいって全校生徒に言わなきゃな。

 

 

『チクショー! 今に見てろよサツキィィッ!』

 

 

 人混みの中からふと、そんなハリーの断末魔が聞こえてくる。

 いいだろう。忘れてなきゃ見てやるよ。今はインターミドルの真っ最中だし、季節はまだ蒸し暑い夏だから忘れる可能性の方が高いがな。

 

「早起きは三文の徳なんて誰が言ったのかね」

 

 そう呟きながらインターミドルへのちょっとした不安を胸に、アタシは学校を後にした。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 5

「違うのか?」
「オレは普通に男子が…………男子が、好きなんだよ……」
「はっきり言えよバカ」

 どっちかわかんねえだろうが。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話「もういいや」

「は? 出場辞退?」

「あ、ああ」

「冗談みたいな話だなおい。いや、ホントに冗談だったりして……?」

「冗談じゃない。知り合いから聞いたんだよ」

「情報操作とかは――」

「ないって。つーかどうしたんだよ急に。お前らしくねーぞ」

「…………わかんねえよ。アタシにも」

「そうか……」

「とりあえず、欠場ってこと……だよな?」

「まあ、そういうことだ」

「マジかよ……」

 

 

 

 

 

 

 

「はは、笑えねえよ」

 

 一週間前、都市本戦への出場が決まった矢先に険しい表情のハリーから語られた出来事。

 ――ジークの欠場。

 この一言が未だに頭から離れない。これを聞いたアタシは今までにないほど取り乱しかけた。

 

「サツキちゃん。今は目の前の相手に集中しなよ」

「お、おう……」

 

 セコンドの姉貴に声をかけられてハッとする。

 そうだ、今から準決勝だってのに何ボーッとしてるんだアタシは。

 今年もここまでやって来たが、都市本戦の先へ行くつもりは毛頭ない。

 個人的な目的に加え、本来の立場もあるからこれ以上目立つわけにはいかないんだよ。

 

「………………今日の相手、誰だっけ?」

「いや相手ベンチを見ればわかるじゃん。ヴィクターだよ、ヴィクトーリア・ダールグリュン」

 

 姉貴に言われて相手ベンチを見てみると、鎧のようなものを装着したヴィクターがいた。

 確かあれ、ダールグリュンの鎧って言うんだっけ? 鎧にしては装甲が薄く見えるんだけど。

 ……そういえば、一昨年アタシを負かしたのはヴィクターだったな。忘れてたよ。

 

「…………行ってくる」

「あいよ」

 

 このままじゃ意気消沈してしまう。そう思ったアタシは両手で自分の頬を叩き、リングに入ってヴィクターが立っている中央へと歩いていく。

 ヴィクターはそんなアタシを見て訝しむような表情になっていた。

 

「随分と余裕ですのね」

「は?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、思わず間の抜けた声を出してしまった。

 余裕? 何を言ってるんだコイツは。一度負けた相手に余裕なんて見せるわけねえだろうが。

 

「どういう意味だよ」

「対戦相手が目の前にいるというのに、この試合とは無関係のことを考えているのが何よりの証拠ですわ」

「……………………そいつは悪かったな」

 

 正論過ぎて反論すらできない。

 確かにこいつは無礼にも程があるな。自分を負かした奴が眼中に入らないなんて。

 いつからジークだけになっていたんだよ。期待できる奴は目の前にもいるじゃねえか。

 

「まあ、ホントにそう思うなら潰してみろ」

「言われなくてもそうするつもりよ」

 

 口だけならなんとでも言える。ならば実力、プレイで示してもらうしかない。

 ヴィクターもその事は理解してるはずだ。ていうかしてもらわないと困る。

 

 

《――試合開始ですっ!》

 

 

 聞き慣れたアナウンスと同時に、開始の合図であるゴングが鳴り響く。

 とりあえず脱力した自然体の構えを取る。ヴィクターもブロイエ・トンベという戦斧のデバイスを剣道のように両手で構えた。

 去年のジーク戦同様、少しだけ様子見に徹していたが、今回もアタシが先に動いた。

 間合いを一気に詰め、彼女が構えている戦斧を左手で押さえてから右拳を打ち込む。

 

「っ……!」

 

 一瞬たじろぐも、ヴィクターは二、三歩後退したところで踏ん張り、戦斧を振り下ろしてきた。

 モロに食らえばダメージは大きいが……遅い。

 焦らずに右へ逸れる形でかわし、そのままボディブローをブチ込んだ。

 

「相変わらず遅えなぁっ!」

 

 口元を歪ませながら挑発する。

 重装甲の宿命とはいえ、威力がある分スピードはからっきしだ。

 今度は薙ぎ払うように戦斧を振るってきたが、柄の部分を左手で掴んで受け止め、牽制する感じで速度重視の右拳を顔面に叩き込む。

 続いて左の拳に力を込めて殴りかかるも戦斧でガードされたが、アタシはこれにお構い無く拳を振り切ることでヴィクターを吹っ飛ばした。

 

「……………………」

 

 ヴィクターがリング外まで吹っ飛んだのを確認し、左手をまじまじと見つめる。

 

 ……なんだ? この違和感は。

 

 手応えはあった。なのに痛くない。素手で鎧を殴ったというのに痛みが感じられない。

 いくら魔力ダメージだから負傷しないとはいえ、クラッシュエミュレートにすら引っ掛からないのはさすがにおかしい。

 去年、ジークの鉄腕を殴ったときは普通にクラッシュエミュレートで打撲扱いされた。今回も条件は全く同じなのに……。

 

「また考え事ですの?」

 

 感じた違和感に対してあれこれ考えていると、いつの間にかヴィクターがリングインしていた。

 

「さあな」

 

 その問いに答える必要はないと思ったアタシは適当に流し、その場で構える。

 これをどう受け取ったのかは知らないが、ヴィクターはそれ以上言及してこなかった。

 

(…………あれ?)

 

 構え直したヴィクターを見てさらなる疑問がアタシの頭をよぎった。

 怒濤のラッシュをしたわけでもないのに、彼女の鎧の一部が破損していたのだ。

 そこまで拳に力を込めた覚えはない。仮に力を込めていたとしても、重装甲に加えて豊富な魔力をまとった鎧がそう簡単に壊れるとは思えない。

 

(力を入れすぎたか?)

 

 そうとしか思えなかった。きっと力加減を間違えたんだと。

 ヴィクターが踏み込んだところを狙って懐へ潜り込み、さっきよりも力を抑えた右の拳を――

 

 

 バゴォッ

 

 

 ――彼女の左肩に打ち込んだ瞬間、豪快な音を立てて肩の装甲が跡形もなく砕け散った。

 

「は……?」

 

 絞り出すように出たのは驚きの声だけ。その声の主は――ヴィクターではなく、アタシだった。

 アタシは確かに力を抑えたはずだ。なのにどうして、どうしてこんな簡単に……?

 闇拳で外れた何かといい大抵の攻撃を受けてもへっちゃらな身体といい今回といい――!

 

(……まさか)

 

 ここで一つの結論が思い浮かんだ。

 まだそうと決まったわけじゃないが、可能性があるとしたらそれしかない。

 その結論が真実かどうか確かめるべく、アタシは再び脱力した自然体の構えを取る。

 ヴィクターは痛みで顔を歪ませながらも体勢を整え、戦斧に電撃を纏わせていた。

 

「四式『瞬光』!」

 

 技名らしきものを口にし、戦斧の槍のような部分を使って突きを放つヴィクター。

 アタシはこれを正面から迎え撃ち、左拳をぶつけることで弾き返した。

 

「なっ……!?」

 

 今度はヴィクターが驚きの声を上げる。素手で刃をぶん殴ったんだ。驚くのも無理はない。

 そして、アタシは思い浮かんだ結論が真実であることを確信した。

 

 ――アタシが強くなっていたんだ。

 

 これ以上にないほどシンプルな答え。

 いや、むしろ一番最初に気づきそうな答えなのになんで気づけなかった?

 もっと早く気づくべきだった。バカみたいにケンカしていたのだから、強くなって当然だと。

 

「あ、はは……」

 

 やっとその事実に気づき、力なく笑ってしまう。どうりで周りと差が開きすぎていたのか。

 そりゃつまらないわけだ。アタシがやっていたのは、勝負ではなくただのワンサイドゲーム。

 クロスゲームのような緊迫感どころか気持ちの高揚すら感じられない。

 

 そんなもんの何が楽しいの?

 

「サツキ…………」

 

 いつの間にか体勢を立て直したヴィクターがアタシを見て絶句していた。

 一度負けた相手でさえ、もうアタシの敵じゃない。そう思うと胸が痛んで仕方がなかった。

 唯一可能性のあったジークに至っては欠場している。……あぁ、もういいや。

 

「ぐ……っ!?」

 

 左手でヴィクターの首を掴んでから右拳を何度も顔面に叩き込み、

 

「――歯ぁ食いしばれ」

 

 彼女が怯んだところを左拳で殴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 結局、試合はアタシの圧勝で幕を閉じた。当然と言えば当然か。

 唯一の救いはヴィクターがボロボロになりながらも最後まで諦めなかったことだろう。

 そして決勝前日――アタシはジーク同様、出場辞退をするしかなかった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 17

「冗談みたいな話だなおい。いや、ホントに冗談だったりして……?」
「だったらどうする?」
「ブチ殺すぞ」
「………………」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話「癒しとの出会い。そして今――」

「よっと」

「ぐはぁっ!?」

 

 1月半ばに入ったある日の夜。アタシはエルセア地方にあるスラム街を訪れ、ギャングのような連中をブチのめしていた。

 インターミドルを欠場して以来、今まで以上に暴れるようになった。目的は言わずもがな。

 しかし、最近はそれすら見失いつつある。勝っても何も感じなくなってきたのだ。

 なんかもう……冷めたって感じだよ。

 いや、こうして暴れてるってことはまだギリギリ冷めていないのかもしれない。

 

「ごふっ!」

「ふぃ~……」

 

 やっと最後の一人を叩きのめし、右手に持っていた()()()()()()()()()()()()()

 ガコン! という大きな音が響き渡るが、アタシにとってはどうでもいいことだった。

 いやー軽い気持ちで試した結果がこれですよ。

 雑草を抜くような感覚でやったら引っこ抜けちゃったんですよ。

 

「この調子だとビルを投げるなんてことも……」

 

 そう呟きながらタバコを取り出し、マッチで火をつけて一服する。

 実は近いうちに地球へ帰ろうと思っている。ここにはもう、何もないのだから。

 とはいえ、ジークに負けっぱなしってのもイヤだしなぁ。どないしよか……。

 

「とりあえず、帰ろうか……」

 

 もうすぐ夜も明けるしな。

 

 

 

 

 

 

 

「なんてこったい……」

 

 スラム街でケンカしてから二週間後。アタシは公園のベンチで項垂れていた。

 しくじった。まさか本日限定のショートケーキを買い損ねるなんて……!

 これからどうしようか。ケーキを買い損ねた以上、今日の予定は何もない。どうせなら暴れるか? いや、それは夜に実行する予定だし……。

 

「…………(トントン)」

「ん?」

 

 マジでどうしようか考えていると、いきなり後ろから肩を叩かれた。

 こんなときに誰だコノヤローと内心で苛立ちながら振り返る。

 

「…………」

 

 そこにいたのはおとぎ話に出てきそうな魔女のコスプレをした幼女だった。

 金色の瞳にテスタロッサと同じ金髪、それでいて無表情。友達いなさそうだな。

 右手には箒を、左手には何かが入ったビニール袋を持っている。……ケーキの匂い?

 

「おい――」

「これ」

「は?」

 

 ビニール袋に何が入ってるのか聞こうとした瞬間、幼――魔幼女はその袋を差し出してきた。

 

「何が入ってんだ?」

 

 差し出されたビニール袋の中を見てみると、アタシが買い損ねたショートケーキが入っていた。

 ――ショートケーキ、だと?

 

「……なんだこれは。嫌みか?」

 

 欲しかったのに買えなかったものを見せるとか完全な嫌みだろ。

 久々にムカついたので魔幼女を葬ろうと右手に力を込めると、魔幼女が唐突に口を開いた。

 

「……あげる」

 

 …………ふぇ?

 

「あ、あげる……?」

「うん」

 

 魔幼女の言ってることが信じられない。だってそうだろ? せっかく手に入れた限定品を赤の他人にあげるんだぜ?

 もしもアタシが同じ立場なら例え関係の深い友人だろうとあげはしない。

 

「…………いい、のか?」

「大丈夫。問題ない」

「そんじゃあ……」

 

 物凄いドヤ顔で大丈夫と言われたので、遠慮なく受け取ることにした。

 おおおっ……! まさかこんな形でケーキがゲットできるなんて思いもしなかったよ……!

 さっそくその場で箱を開け、袋に入っていたフォークを使って一口食べてみる。

 

「う……んめぇ!」

 

 口の中に広がる……えっと……まあ、あれだ。

 とにかく美味しい。今まで食ってきたどのケーキよりも美味しい。

 

「ありがとな。魔幼女」

「……魔幼女じゃない。私にはファビア・クロゼルグというちゃんとした名前がある」

「会って間もないのにそんな心外だ、ってみたいな顔で睨まれても困るんだけど」

 

 まだ出会って一時間も経ってないよね?

 

「そ、そうか。そいつは悪かったな。ちなみにアタシは緒方サツキだ」

 

 礼の一つとして名前ぐらいは名乗っておくか。

 コイツも勢いでフルネーム名乗ったし。それにジークと違ってストレスが溜まりにくい。

 ……ストレスが溜まりにくい、か。コイツはもしかしたらかなりの収穫かもしれないぞ。

 

「チッ、仕方ねえな」

「……??」

 

 もう少しだけこの世界にいてやるか。期限は高等科を卒業するまでだ。

 その間は未練が残らない程度に好き勝手してやる。やりたい放題してやる。

 

「……よろしく、サツキ」

「ああ、よろしくなファビア」

 

 これが()()()()、ファビア・クロゼルグとの出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――とまあ、こんな感じだ」

 

 ようやく過去話を終えたアタシは、真剣に聞いていたクロといつの間にか夢の世界へ旅立ったジークを見てため息をついた。

 いつから眠りについたんだお前は……。

 よく見ればクロもクロで眠たそうに目を擦ってやがる。まあ、無理もねえか。

 

「…………長かった」

 

 実はこの話には続きがあったりする。

 カラコン――ヴィヴィオにしか話してないが、クロと出会ってから二日後の夜にノーヴェとケンカしているのだ。

 あれがなかったら今のアタシはケンカすらしなくなっていたに違いない。

 

「アタシの過去を知りたいと思った自分自身を恨むんだな」

 

 お前が質問さえしなければこっちが話す必要はなかったのだから。

 とはいえ、さすがに二時間も同じ姿勢で起きてるのはキツイな。めちゃくちゃ眠いや。

 

「……サツキ」

「なんだ?」

「………………今も地球に帰りたいって思う?」

「当たり前だ」

 

 はっきり言って地球で過ごした日々が一番楽しかった。この事実は変わらない。

 加えてアタシの原点だ。これだけはどうあがいても譲れないし、譲る気もない。

 

「……そう」

「ところでクロ。なんであのとき、見ず知らずのアタシに接触してきたんだ?」

 

 これは未だにわからない。なんでコイツがアタシに接触してきたのか。

 ケーキをあげるため? 同情? 弱味でも握って見返りを得ようとか?

 そんなアタシの考えを見抜いたのか、クロははっきりとこう告げた。

 

「…………友達に、なりたかったから」

「…………」

 

 それを聞いた瞬間、アタシは言葉を失った。

 物好きにもほどがあんだろコイツ。少しは相手を選べよ、相手を。

 クロには悪いが、アタシは()()になったつもりはない。まだお前は()()()()でしかねえんだよ。

 

「そんな物好きと一緒にいるアタシも、意外と物好きかもしんねえな」

「…………何を今さら」

 

 ひでえ。

 

「……エレミアはどうするの?」

「ベランダに捨てとけ」

 

 さっきから座ったままコクリコクリと眠っているジークを見て即答する。

 コイツを始末するためにクロをけしかけるのは辛いが、これも運命かもしれないな。

 しかし残念だ。またジークをあの世に送らなければならないなんて。

 

「そんじゃ、アタシは寝るから」

「…………お休み」

「サッちゃ~ん……」

 

 とにかく眠いのでジークの後始末をクロに任せて早く寝よう。

 このあと処分されたはずのジークがいつも通りアタシのベッドに潜り込んできたが、対処よりも眠気の方が勝ったので奴を抱き枕にしてやった。

 ……ここだけの話、意外と抱き心地は良かった。また機会があれば抱いてやろうと思う。

 

 

 

 




 過去編、これにて完結。次回から本編に、いつもの日常に戻ります。

《今回のNG》


※皆が眠ってしまったのでお休みします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章「賑やかな日々と垣間見えるもの」
第61話「基準がおかしい件について」


 

「サッちゃ~ん! 起きてや~!」

「やだよ眠い……あと一週間……」

「どんだけ寝たいん!? ……はっ! てことはその間にサッちゃんの――」

「殺すぞ」

「ごめんや。お願いやから今日だけは見逃して」

「わかったから寝かせろ……ふあぁ……」

「あかんよ!? 起きてサッちゃん!」

「どっせい!」

「ぶふぉ!?」

「しつけえんだよお前は!」

「あ、アッパーはないやろアッパーは! あと少しで顎にクリーンヒットするところやったわ!」

「そこはヒットしろよ!」

「怒るで!? (ウチ)かて怒るときは怒るんよ!?」

「だから人ん家に無理やり居候してる分際で調子乗ってんじゃねえぞゴラ」

「う……」

「……はぁ、ビビるんだったら啖呵なんて切るんじゃねえよアホ。――そんじゃお休み」

「サッちゃん起きてぇ――っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 韓国冷麺を食べた次の日の夜。アタシはジークから誘われていたヴィヴィオとストラトスの試合をすっぽかし、さっきまで夢の中で暴れていた。

 すっぽかした理由は二つある。一つはアタシが部外者だということ、もう一つは単にめんどくさくて仕方がなかったということだ。

 そして今――

 

「は、早く引けよ……」

「そ、そんな急かさんといてや」

 

 ――アタシとジークはババ抜きの最終決戦の真っ最中である。クソッ、ツイてねえ……。

 

「…………まだ?」

 

 ちなみに一番抜けしたクロは早く終わってほしいと言わんばかりにジト目でこっちを見ている。

 このガキ、自分が一度もジョーカーを引かずに楽々と勝ち抜いたからって……!

 

「えーっとえーっと…………これやっ」

 

 アタシが持っている二枚のうちの一枚(右側)を引いて確認した瞬間、げっ!? というわかりやすい表情になった。

 そりゃジョーカーを引いたらポーカーフェイスが下手な奴はそういう表情になるよな。

 次はアタシの番だ。これ以上長引かせるわけにはいかない。さっさと終わらせる!

 

「は、早く引いてや?」

 

 何がしたいのお前。

 

「…………頭の良さアピール?」

「言ってやるなクロ……っ! どんなアピールをしても、コイツがアホミアであることに変わりはないから……っ!」

 

 今ジークはカードを持っている左手を前に突き出し、右手の人差し指で額を押すというまさにインテリ(笑)なポーズを取っている。

 それを見たクロは何がしたいの的な視線を送り、アタシはひたすら笑いを堪えていた。

 

「そ、それはええから早く引いてほしいんよっ」

 

 いつの間にか顔を赤くしていたジークにそう言われ、「仕方ないな」とため息をついてから左側のカードを引く。

 今残っているカードはスペードのキング二枚とジョーカーのみ。

 手応えはあった。今度こそアタシの――

 

 

 → さっきまで手札にあったジョーカー

 

 

「なんでやぁ――っ!」

 

 思わず関西弁で叫ぶと同時に二枚のカードを足下に投げ捨てた。

 バカなっ!? 感触は明らかにスペードのキングだったのに!

 

「……カードに何を求めてるの?」

 

 クロが地味に鋭いツッコミを入れてくる。

 やめろクロ! アタシとジークのライフはもう満身創痍だ!

 そんなアタシの心情を見抜いたのか、ジークは微妙な胸を張ってこう告げた。

 

「これで(ウチ)の勝ちやな!」

「ぐぅ……!」

 

 なんだ? 何か秘策でもあるってのか!?

 

「今サッちゃんが引いたカードをずっと見とけばええんよっ!」

「「…………」」

 

 墓穴を掘ったとはまさにこの事である。

 

「ほいっと」

「ああっ! 後ろに隠してシャッフルするなんて卑怯や!」

 

 そんなルールは存在しない。仮に存在したとしても意味ないけど。

 ある程度シャッフルし、二枚のカードをジークの目の前に差し出す。

 ジークはこれまたわかりやすい表情でどっちを引こうか迷っていた。

 

(「この場合、左は確実にフェイクや。)(けどそやからって右とは限らない……」)

 

 な、なんか小声で呟き出したぞ? ついに頭がおかしくなったか?

 

「――右やっ!」

 

 長々と呟いた末に自信満々な顔で右側にあったカードを引き、その場で膝をついたジーク。

 ……えーっとあれだ、深読み乙。

 

「ヴィ、ヴィクターの法則が破られた……!?」

 

 何その法則。ていうか何デタラメなもん生み出してんだよヴィクター。

 

「はっ、んなデタラメなもんに頼るから勝てねえんだよ」

 

 今度こそアタシの勝ちだ。ジークは起き上がると焦り気味にカードを後ろに隠しながらシャッフルし、アタシの目の前に差し出してきた。

 今度こそ終わらせてやる。そう決意し、再び左側のカードを引――

 

 

 → また会ったなジョーカー

 

 

「この(検閲削除)がぁ――っ!!」

 

 またもやカードを足下に投げ捨てるアタシ。

 なぜだ!? なぜジョーカーしか出てこねえんだ!?

 

「…………」

「ま、魔女っ子、今のはアウト? セーフ?」

「……………………チェンジ」

 

 そしてジークとクロはアタシが言った言葉の判定をしていた。どうやらアウト三つのようだ。

 

「チッ、さっさと引いてくれ」

「芸があらへんなぁサッちゃんは」

 

 何を求めてるんだお前は。

 

「まあええわ。最後に笑うのが(ウチ)であることに変わりはないんやし」

 

 その余裕がムカつく……!

 ジークはイラついているアタシを一瞥し、これでフィニッシュと言わんばかりの勢いで右側のカードを引いて――

 

「なんでやぁ――っ!」

 

 再びその場で膝をついた。哀れなり。

 

「なんでジョーカーしか引けんのや……!?」

 

 ジーク。それさっきアタシが思ってたことと全く同じだぞ。

 それでも降参する気はないのか、二枚のカードを右手に持つと再び差し出してきた。

 こうなったら――

 

「ジーク。一緒に寝てやるからスペードのキングを出してくれ」

「はいっ――あっ!?」

 

 チョロい。

 

「これだな(スッ)」

「ひ、卑怯や! 下劣やっ!」

 

 うるさいな。卑怯であろうとなんであろうとアタシの勝ちだ。

 さて、ババ抜きも終わったことだし寝る準備でもしますか。

 

「……待って」

「? どないしたん?」

「……まだ罰ゲームがある」

「クロ。それはなしだ」

「……大丈夫、受けるのはエレミアだから」

「大丈夫やないよ!?」

 

 ふむ……せっかくだし、ジークが罰ゲームを受ける姿を見てから寝よう。

 

「クロ。罰ゲームの内容は?」

「…………負けた人は二番目に抜けた人にキスされること」

「「は?」」

 

 今なんつったこのガキ。

 

「……だから、負けた人は二番目に――」

「聞こえねぇーっ!!」

 

 よりによってなんて罰ゲームを思いついてんだお前は!?

 ジークもかつてないほどの表情でアタシをチラチラと見てんじゃねえ!

 

「……ほら、早く」

「嫌じゃぁああーっ!!」

 

 ふざけんな! なんで勝ったアタシが罰ゲームを受けなきゃなんねえんだよ!

 ていうか巻き込むな! やるならお前らだけでやれってんだ!

 

「さ、サッちゃん。(ウチ)なら構わへんから……」

「アタシが構うんだよ!!」

 

 絶対にしねえぞアタシは!

 

「はよしてサッちゃん! 早く寝たいんやろ!?」

「それとこれとは話が別だ!」

「…………じれったい」

「待てクロ! 押すな! お前が押し始めたせいでジークが目を瞑っちまったじゃねえか! おいやめろ! 頼むからやめて――」

 

 この時ほど罰ゲームの基準がおかしいと思ったことはない。

 

 

 □

 

 

「はぁ、はぁ、なんとか唇は守ったぞ……!」

 

 あれから数十分後。なんとか接吻だけは免れたアタシはその場で仰向けになっていた。

 しかし、それでも完全に回避することはできず額にキスしてしまった。おうふ。

 元凶であるクロにはチョップを食らわせるだけで許してやった。アイツもアイツなりにストレスが溜まってたんだな……。

 

「♂♀△$×¥……」

 

 当のジークはこの通り、言語が人のものではない何かになってしまった。

 嬉しかったのか恥ずかしかったのか。あるいはその両方か。顔が真っ赤だ。

 

「…………痛い」

「その程度で済んだだけありがたく思え」

 

 ホントなら首をへし折っているところだ。例えクロであろうと。

 

「♂♀△$×¥……」

「……エレミアはどうするの?」

「ほっとけ」

 

 そのうち元に戻るはずだ。

 

「にしても、まさかお前にしてやられるとは思わなかったよ」

「…………私だって、やるときはやる」

 

 やるときが間違ってると思うのはアタシだけではないはず。

 このあと、言語がおかしくなったジークを布団でぐるぐる巻きにしてから眠りについた。

 これからは癒しの効力がなくならないようにしなくては……!

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 33

「…………痛い」
「その程度で済んだだけありがたく思え」
「……次からは優しくしてほしい」
「人の話聞いてたか?」

 何をどう優しくしろってんだ。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第62話「趣味は人それぞれ」

 

「…………」

 

 とある晴れた日。ハリーと共に本屋のバイトをすることになったアタシは、目の前にいる不審者を通報した方がいいのかどうか考えていた。

 顔をマスクとサングラスで隠してるけど、その不審者がエルス・タスミンであることはバレバレなんだけどね。さて、どうしたものか。

 

「ん? 確かあの棚は……」

 

 タスミンが周りを気にしながら向かった先はアニメ雑誌が置いてある棚だった。

 へぇ、真面目な生徒会長にオタク趣味があるとはな。こいつはおもしれーぞ。

 その棚から『アニメエース』という月刊の雑誌を取ると、やはり周りを気にしながらレジへと向かっていった。

 そういやレジの担当って確か……

 

「なんだ、エルスじゃん」

「は、ハリー選手!?」

 

 うん、ハリーだったな。残念だったなタスミン。見事にバレてしまったぞ。

 それにしても……すぐ後ろにアタシがいるのになんで気づかないんだろう?

 

「……オレだけじゃねーぞ。ほら、後ろ」

「う、後ろ――!?」

「よう(ニヤニヤ)」

 

 ハリーに背後を指摘され、ようやくアタシの存在に気づいたタスミン。

 周りを警戒してたのに背後をとられるなんて情けないにもほどがあんだろ。

 タスミンはアタシとハリーを交互に見ながら焦りに焦っている。はは、ワロスワロス。

 

「とりあえず待ってろよ。オレとサツキはあと五分で休憩時間だから」

「…………!」

 

 アタシとハリーがもうすぐ休憩時間に入ると聞いた瞬間、タスミンの顔が弱みを握られた際のそれと全く同じものになった。

 ……もしかして、オタク趣味を知られたくなかったのか?

 

 

 □

 

 

「よっ、待たせたな」

 

 そして五分後。休憩時間に入ったアタシとハリーはタスミンと合流した。

 バイト中はずっと我慢してたあくびをしていると、唐突にタスミンが口を開いた。

 

「い、いくら欲しいんですか……!?」

「へ? い、イクラ?」

 

 そっちのイクラではない。

 

「オレはウニ派かな……」

「そうだな……とりあえず、有り金全部出せ」

「うにゃぁっ!?」

「は? な、何を言ってるんだお前は?」

 

 いや、今のは明らかにお金をやるからこの事は黙っててもらえませんか、って意味だろ?

 それなら遠慮なく今コイツが持ってるお金を全部出してもらわないと。

 ハリーはようやくその意味に気づいたのか、慌ててタスミンに弁解し始めた。

 

「ち、違うぞエルス! オレはサツキみたいな考えでそう言ったわけじゃなくてだな……!」

「で、でも見たんでしょう?」

「そんなもんいちいち覚えてねーよ」

「えーっと、確かアニ――」

「わぁああああああーっっ!!」

 

 アタシが正直に言おうとすると、タスミンが物凄く慌てながらアタシの口を封じてきた。

 ハリーの方をチラッと見てみるも、呆れた表情になってるだけで役に立たなそうだ。

 ていうかそろそろ口に当てている手を退けてもらえませんかねぇ?

 

「あ、もしかしてやらしい本とか?」

「やめろよハリー。お前じゃあるまいし」

「……その言葉、そのままお前に返すぞ」

 

 そんなことを言われるような覚えはない。

 

「それにしても、お二人が本屋でアルバイトなんて……」

 

 似合いませんよ、と半信半疑でアタシとハリーを見つめてくるタスミン。

 職場体験のハリーはともかく、アタシは家賃その他諸々を稼がなきゃなんねえからなぁ。

 でないとジークのようなサバイバル生活になってしまう。

 

「サツキはともかく、オレや他の皆は授業の一環で毎週やらされてるんだよ」

「ま、真面目な不良……」

「誰が真面目な不良だ殺すぞ」

 

 思わず拒否反応に近いものが出てしまったが気にしたら負けだろう。

 

「先週はドーナツ屋だったなぁ。サツキはどこだったっけ?」

「雑貨店だったな。確かアニ――」

「ほわっつ!?」

「ど、どうしたエルス?」

 

 アニメグッズがあったな、と言いかけたところでタスミンが反応した。

 ……何これ、ちょっとおもしろそうだな。

 他に何かないかと考えていると、ふと使えそうな話題が浮かんできた。

 

「そういやさ、この前イツキの奴がアニ――」

「んひゃぁっ!?」

 

 アニメのDVDを買えずに落ち込んでいた、と言いかけたところで再びタスミンが反応。

 お、おおう。これはおもしれーぞ。

 

「イツキの奴がどうかしたのか?」

「ああ、イツキがアニ――」

「げほっげほっ!!」

「さっきからおかしいぞお前……」

 

 タスミンはハリーがフォローしてるから置いといて……アタシとハリーがタスミンと合流した辺りから後をつけられてるな。

 すぐさま視野を広げ、ストーカーの正体を確かめる。……ティミルとウェズリーか。

 これはこれでおもしろいことになりそうだし、今は黙っといてやろう。

 

「で、では私はここで失礼――」

「まあまあ、休憩が終わるまで付き合えよ」

「…………仕方ありませんね」

 

 秘密を知られまいとその場を後にしようとしたタスミンを、ハリーが引き止めた。

 しかも缶コーヒーを奢ってもらってるから退路は断たれたな。

 近くにあったベンチに座り、タスミンとハリーは買ったコーヒーを飲み始めた。

 ……後ろにティミルとウェズリーがいるな。

 

「ところでピ○ミン」

「誰がピ○ミンですか」

 

 お前以外に誰がいる。

 

「……で、さっきは何を買ったんだよ?」

「ブッ!!」

 

 いきなり飲んでいたコーヒーを噴き出すタスミン。汚えなおい。

 もしもアタシの方に噴いていたら問答無用でぶっ殺していたぞ。

 

「何を買ったんだ?(ニヤニヤ)」

「あなたはわかってて言ってますよね?」

 

 うん。

 

「さ、参考書ですよ参考書!」

「エロアニ――」

「違いますっ!!」

 

 知ってるよ。『アニメエース』って名前の月刊雑誌だろ?

 ……てことは半分合ってんじゃねえか。何が違うだコノヤロー。

 

「ちょっと見せろよ」

「え、ちょ、待って――」

「いいじゃん。減るもんでもないし」

「ですから待って――」

「どれどれ」

「ああっ、もうダメ……!」

 

 セリフだけ聞けば本番の真っ最中と言われても違和感がないぞこれ。

 もちろんそんなことはしておらず、ハリーがタスミンが買った雑誌を読もうとしているだけだ。

 ……しかし、そうだと気づいていない奴もいるわけで――

 

「さ……さすがに無理矢理はよくないと思いますッ!!(ガサァッ)」

「天誅!(ブンッ)」

「コロナ危ぐぇっ!?(ゴスッ)」

 

 今起きたことを冷静に述べていこう。

 

 何を勘違いしたのか、顔を赤くしたティミルが後ろから飛び出してきた。

  ↓

 それを沈めようと拳を放つアタシ。

  ↓

 すかさずティミルを庇って(幸せそうな顔で)アタシの拳を顔面に食らうウェズリー。

 

 とまあ、こんな感じだ。

 

「……今何が起きたんですか?」

「そんなのオレが聞きたいよ……」

 

 

 ――しばらくお待ちください――

 

 

「す、すみません。酷い勘違いを……」

「大丈夫ですよ……」

 

 案の定と言うべきか、ティミルは薄い本絡みの勘違いをしていた。それとウェズリーが殴られた部分を押さえながら嬉しそうな顔をしているのは気のせいだと心の底から信じたい。

 その間にも、アタシとハリーはタスミンが買った雑誌を読んでいく。

 内容はなんてことのない、普通のアニメ雑誌だった。……期待して損したぞ。

 

「なんだよ、アニメの雑誌じゃんか!」

「へ?」

 

 ハリーも似たようなことを考えていたのか、期待して損したって感じに近い表情でそう言った。

 タスミンはそんなハリーを見てポカーンとしている。

 

「そ、それだけ……?」

「ん? 何が?」

「だってこ、こういうの変じゃないですか?」

 

 驚きながら「いい年してアニメなんて……」と、ハリーに問い掛けるタスミン。

 するとハリーは無駄にカッコいい表情でこう答えた。

 

「趣味は人それぞれだろ。好きなら読めばいいし、そんな隠すようなことじゃねーって」

 

 おい待て、せっかく見つけたネタがパーになるようなこと言ってんじゃねえよ。

 

「あ、その雑誌なら私も読んでますよ」

「ほ、本当ですか?」

「はいっ」

 

 アニメ雑誌を見たティミルがそう言うと、タスミンは同志を見つけたような顔になった。

 あー……良かったなタスミン。――ティミルが普通の感性で見てたらの話だけど。

 

「女の子同士とかいいですよね!」

「…………それはちょっと見方が違うかと」

「え?」

 

 やっぱりか……。

 

(…………カツ丼食べたい)

 

 もう今起きてることがどうでもよくなったので、一足先にその場を離れることにした。

 そしてハリーたちが見えなくなったところでタバコを取り出し、一服したのだった。

 休憩時間なのに余計疲れるってわりとあるけど……今回はダントツかもな。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 18

(…………カツ丼食べたい)

 もう今起きてることがどうでもよくなったので、一足先にその場を離れることにした。
 そしてハリーたちが見えなくなったところでタバコを取り出し、一服したのだった。
 休憩時間なのに余計疲れるってわりとあるけど……今回はダントツかもな。


『――サツキ×エルスもありですよねっ』


「……………………」

 ちょっと用事ができたので戻ることにしよう。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第63話「ウチとサッちゃんととある一日」

 

「ん~……!」

 

 罰ゲームとはいえサッちゃんにちゅーされた日から二日後。(ウチ)は窓から差し込む陽の光で目を覚ました。よう寝たなぁ~。

 隣ではいつも通りサッちゃんこと緒方サツキも目を覚まし、まじまじとこっちを見ていた。まだ眠そうにしているその顔を見て思わずニヤけそうになるも、そこは気合いでグッと堪える。

 普段のサッちゃんはどこか刺々しいんやけど、寝惚けてるときのサッちゃんは抱き枕にしたくなるほど可愛いものがあるんよ。

 

「よう、ジーク」

「おはよ、サッちゃん」

 

 右手で目を擦るサッちゃんと挨拶を交わし、ベッドから出る。今日のパジャマは星柄っと。下着は……確か昨日は赤やった気がする。

 完全に目が覚めたらしいサッちゃんは(ウチ)を見るなりなんでアタシの部屋にいるんだ? とか思ってそうな顔になった。そして何を決意したか、ベッドから出ずにこう言ってきた。

 

「ジーク。ちょっとそこから動かないでくれ」

「? 別にええけど……」

 

 サッちゃんの指示に従い、近くにあった椅子に座って待機する。

 なんやろ? もしかしてご褒美かな?

 その可能性もあるかなと考えていると、おもむろに通信機を取り出してどこかへ連絡し始めた。

 外食の予約でもするんやろか? だとしたら近くの回転寿司がええなっ。

 

 まあ、そんなこんなで――

 

「――もしもし管理局ですか? 不法侵入です」

 

 (ウチ)らの一日は始まる。

 

 

 

 

 

 

 

「サッちゃんのアホッ! 脳筋!」

「黙れカス」

 

 無事に朝食を食べ終わり、すぐさまサッちゃんに抗議する。

 もしも管理局の人がサッちゃんを二次元と三次元の区別ができない妄想ヤンキーとして扱ってなかったら、(ウチ)は今ごろ御用になってたんよ。

 それにしても何があかんかったんやろ? 一緒に寝るなんて今に始まったことやないし……。

 あ、寝る前に胸を揉んだこととか? でもそれに関しては右手首の関節を外すだけで許してもらえたし……ほんまに何があかんかったんやろ?

 

「あのさ、お前いつまで居候するつもりだよ」

「サッちゃんが死ぬまで」

「ごめん。聞いたアタシがバカだった」

 

 な、なんで今謝罪されたん? あとそんな哀れむような目で見んといて。

 けど暇やなぁ~。なんもやることがあらへ……そうや、デ――お出かけしよか。

 

「サッちゃんっ」

「ドラム缶にでも入ってろ」

「せめて話だけでも聞いて!?」

 

 何をどう考えたらドラム缶に入れなんて言えるんやろ? サッちゃんが素直やないのは知ってるけどこういうところは酷いんよ。

 それでも(ウチ)は諦めず、なんかの本を読んでるサッちゃんに話し掛け続けた。

 

「あ、あのなっ」

「ノーロープバンジーでもしてろ」

「ええ天気やから」

「タイキックでもされてこい」

「デパートにでも」

「(放送事故)でもやってろ」

「い、行かへん?」

 

 あかん。ちゃんと話しても適当に流されてまう。あと最後のは聞かなかったことにしとく。しかもサッちゃんにしては珍しくクールな表情をしてるから思わず見惚れそうになった。

 ……こうなったら強行手段や。どんなことをしてでもサッちゃんを連れ出す!

 

「サッちゃん!」

「星に帰れ」

「ガイストとデパート、どっちがええかな?」

「ちょっと待ってろ。五分で支度する」

 

 ふふん。これぞ発想の勝利や!

 

 

 □

 

 

「到着やー!」

「帰りてえ……」

 

 バイクで一時間ほど掛け、(ウチ)とサッちゃんは隣町のショッピングモールへと来ていた。

 サッちゃんには電車やバスという交通手段はないんやろか? いつも『親切な人が貸してくれた』とか言うてバイクに乗ってるけど……明らかに窃盗な気がしてならへんのよ。

 肝心のサッちゃんは今にも(ウチ)を置き去りにして逃げそうやから右腕に関節技を掛けることで捕獲してある。いつもは掛けられる側やけど、そうは問屋が卸さへんよ。……というか、なんでこの人は平然としてるんや? 普通なら痛がるやろ。

 後は周りの視線やけど……いつも通りフードを被ってるし、何よりサッちゃんの方が目立つから大丈夫……やんな……?

 

「ジーク」

「んー?」

「帰りたい」

「あかんよ。今日は帰さへんから」

 

 モール内を歩いていると、いきなりサッちゃんがアホなことを言い出した。ここで逃がしたらほんまに帰れなくなる。かなり荒々しいとはいえ、バイクを運転できるのはサッちゃんだけやし。

 ようやく観念したのか、サッちゃんはため息をつくと左手で(ウチ)の頭を撫でてきた。こ、これはあかん……! 力が抜けてまう……!

 その隙に関節技を掛けていた右腕を強引に振りほどかれ、同時に頭を撫でていた左手が離れていくのが見えた。うぅ……またやられた。

 あ、べ、別にもっと撫でてほしいとかそーゆーわけやないんよ?

 

「そんで、どうすんだこの先は」

「……………………あ」

 

 どないしよ。サッちゃんを連れ出すことで頭がいっぱいになってたから考えてなかった。ショッピングモールって何があるんやろ?

 

「え、えっと……」

 

 やっぱりここは食べ物がええかな? ううん、それやと(ウチ)が食べ物を見てる間にサッちゃんが神隠しのように失踪してまう。ほんならお化粧のコーナーとかは…………うん、サッちゃんそーゆーのまったくせえへんからこれもアウトやな。

 うーん……あ! こんだけ広いんやからきっとゲームセンターもあるはずや。そこにしよか。

 

「げ、ゲームセンターでええかな?」

「…………無難だな。なんでお前がゲームセンターを知ってるのかが気になるけど。それと正確にはアミューズメントエリアだ」

 

 一言余計やけど似たようなことを考えていたのか、サッちゃんは渋々ながらも了承してくれた。

 ……ところで、

 

「ゲーム――アミューズメントエリアってどこにあるんや?」

「帰ろう、ジーク」

「あかんよ」

 

 帰すまいとサッちゃんの首元を掴む。まあ、関節技に比べたらマシやろ。

 まったく、(ウチ)が方向音痴でもないのに高確率で迷子になるからって不安になりすぎなんよ。そらこないだ別の街へ行ったときは六時間も街中をさまようはめになったけど……今回は大丈夫や。広いとはいえ、一応屋内やからな。屋外よりも迷子になる確率は結構下がると思うんよ。

 

「なあジーク」

「あかんよ」

「いや、そうじゃなくて……ほら」

「へ?」

 

 サッちゃんの目線の先にあったのは今から探そうとしていたアミューズメントエリアだった。

 

「探す手間が省けたなぁ~」

「…………」

 

 なんやろ? 今日のサッちゃん、今までで一番大人しいやんか。

 ――もしかして、偽物?

 あのサッちゃんがこんだけ大人しいのはさすがに珍しすぎるわ。ちょっと確かめてみよ。

 

「サッちゃん」

「あ?」

「今夜一緒にお風呂入らへん?」

「目ぇ瞑って歯ぁ食いしばれ」

 

 よかった。この反応は本物や。

 

 

 □

 

 

「迷子になってもうた……」

 

 数時間後。サッちゃんとはぐれた(ウチ)は朝から懸念していた迷子になってしまった。さっきアミューズメントエリアではしゃぎまくったときや食堂でおにぎりとおでんをお腹いっぱい食べてたときはまだおったんやけど……。

 それにしてもここ何階やろ? サッちゃんを探し回って地下から屋上まで走り続けたのにまったく見つからへん。まだサッちゃんの気配がするから帰ってへんのは確かなんよ。

 

 

『お、これはいいな』

 

 

 はっ! 今のはサッちゃんの声! 間違いない、近くにサッちゃんがおる。えーっと、声が聞こえたのはこっちの方向……あ、ここや。

 微かに聞こえたサッちゃんの声をたどっていくと、見えてきたのは女性用下着店だった。

 

 ――下着、店?

 

「う、嘘やろ……!?」

 

 あのサッちゃんが下着店を徘徊している。

 そんな信じられない気持ちを抑え、とりあえず店内へ入ってみた。

 白。

 黒。

 赤。

 水色。

 何種類ものブラジャーやショーツがディスプレイされている。見てるこっちが恥ずかしくなってくるんやけど……布地が薄いやつもあるし。

 一通り店内を見渡すも、サッちゃんらしき人影は見つからなかった。ってことはもう――

 

「ん? この気配は……ジークか?」

「さ、サッちゃん!?」

 

 (ウチ)の真後ろにある更衣室からサッちゃんの声がはっきりと聞こえてきた。やっぱり、そこにおったんか……!

 すかさず声がした方の更衣室のカーテンを開け、中を確認する。そして、

 

「……………………何してんの? お前」

 

 下着姿のサッちゃんと目が合った。

 ヴィクターやミカさんには及ばへんけど充分に大きなバスト。引き締まったウエスト。それらが今、下着姿とはいえ目の前で露になっている。残念ながらお尻は見えへんけど、それでも眼福であることに変わりはなかった。

 ……って、なんで同性の下着姿を冷静に分析しとるんや(ウチ)は! いくら相手がサッちゃんやからってこれはあかんやろ!

 

「さ、サッちゃん! はよ前を隠して! 見てるこっちが恥ずかしいからっ!」

「いや、同性相手にそこまで慌てる必要ねえだろ。それにお前、こないだは――」

「聞こえへん聞こえへん! (ウチ)にはなんも聞こえへんよ!」

 

 なぜかこみ上げてくる鼻血の衝動を必死に堪え、できるだけサッちゃんを見ないように顔を逸らしつつカーテンを閉める。

 するとその二分後、サッちゃんが更衣室から出てきた。――どこか怒ったような表情で。

 

「サッちゃん?」

「んだよ」

「お、怒ってる……?」

 

 恐る恐ると言った感じでサッちゃんに話しかける。そんな引け腰の(ウチ)を見たサッちゃんはため息をつき、こう言ってきた。

 

「あのさジーク」

「はいっ!?」

「実は今日、お前をブチ殺したいって衝動を必死に抑えてたんだよ」

「え……」

 

 それを聞いた(ウチ)は表情にこそ出さなかったものの感動してしまった。だって暴力の化身であるサッちゃんがそれを抑えてるんやで? これはちょっとどころかかなりの進歩やと思うんよ。

 まあ、どうりでいつもより大人しかったわけや。いつもなら事あるごとにぶん殴ってくるサッちゃんが、関節技を掛けられても怒るどころか反撃すらしてけえへんかったし。

 

「でも……それは逆効果だったぜ」

 

 あ、あれ? なんやサッちゃんからやたらとオーラのようなものが見えるんやけど? それに雰囲気もだんだんと変わってきとる……? いや、これは変わってるというより、いつものサッちゃんに戻ってきてるような……!?

 

「さ、サッちゃん……?」

「やっぱりさ、無理に我慢するのは良くないと思うんだよね。だから――」

 

 サッちゃんはそう言うと、普段は絶対に見せない可愛らしい笑顔で、

 

「――この際、全力全開でやってやるよ」

 

 と、無慈悲に死刑宣告をすると同時に力の込められた拳を放ってきたのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 1

「いや、同性相手にそこまで慌てる必要ねえだろ。それにお前、こないだは――」
「聞こえへん聞こえへん! (ウチ)にはなんも聞こえへ――待って。なんでそれを知ってるんや!?」
「内緒」
「サッちゃんのアホー!」
「ブチ殺すぞテメエ!?」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第64話「不良メイド降臨!」


『命が掛かっていたとはいえやけくそでやった。今は心の底から後悔している。
                by死戦女神』



 

「これはまた凄いお屋敷ですね……」

「たんまりもらえそうだな」

 

 ある微妙に曇った日。ハリーは職場体験で、タスミンとアタシはアルバイトでヴィクターの屋敷に訪れていた。なんでもタスミンは財布の中身がピンチになっているらしく、それを知ったハリーが丸め込んだってわけだ。……アタシも食費がヤバイからその気持ちはよくわかるぞ。最近なんかジーク達のコスプレ写真を売り飛ばして稼いだ分も入れてるのに足りなくなってきてるし。

 だけどこの二人、ここがヴィクターの屋敷だってことを知らないみてえだな。まあ、初めて来たわけだし無理もないけど。

 

「ちわーっす」

 

 ガチャッ

 

「職場体験とアルバイトの子ですわね。お待ちしておりま……!?」

「「!?」」

 

 屋敷の主人であるヴィクターが出てきた瞬間、アタシ以外の全員が驚いていた。ヴィクターもアタシたちが来るとは思っていなかったのだろう。しかしそんな空気もヴィクターが口を開いたことですぐに変わり、いつもの雰囲気になっていた。

 ちなみにアタシは声を殺して笑うのに必死である。だっておもしれーじゃん。ただ、もしもこれで両者の反応が予想に反するものだったら驚くのはアタシの方だったよ。

 

「じゃあ三人とも、これに着替えてちょうだい」

「こ、これは……サツキ。そろそろ笑うのやめろ」

「お、おう……」

 

 そう言ってヴィクターが持ってきたのはメイド服だった。まあ、人数分あるのはいいが問題はサイズだ。合わなかったらピチピチという名の罰ゲームを味わうはめになってしまう。

 前にサイズギリギリのTシャツを着たときはそれはもう胸元がキツくて大変だったよ。周りからは『猫ちゃんが大変なことに!?』って何度も言われたし。大変なのはこっちだっつの。

 とりあえず……着替えるか。サイズが合うかは着てみないとわかんないし。

 

 

 ――数分後――

 

 

「サツキー、後はお前だけだぞー」

「……言われんでもいくよ」

 

 ハリーとタスミンがメイド服を着るとすぐに出ていったのに対し、アタシは鏡の前でちゃんと着れてるかどうかを確認していた。

 まさかホントに着ることになるとはな。それにしても、マジでらしくねえや。

 

 

 肩まで伸びる赤みがかった黒髪。

 三白眼ほどではないものの鋭い目付き。

 どっちかというと端整な顔立ち。

 服の上からでもわかるバランスの良い体型。

 着用しているメイド服。

 

 

 アンバランス過ぎるだろ。特に顔立ち。目付きの悪さを入れると完全に不良メイドじゃねえか。そのせいでいろいろと台無しになっている。やはり容姿というのは一つの悪さで崩れるようだ。

 

「待たせたな……ん?」

「「「…………」」」

 

 な、なんだ? やっぱり似合わねえか?

 

「そ、その、なんというか……」

「え、ええ……」

「えーっとですね……」

 

「「「――どちらさま?」」」

 

「テメエらヤキ入れてやっからそこに並べ」

 

 

 ――しばらくお待ちください――

 

 

「で、仕事の内容は?」

「服装でわかるはずなのだけど……」

 

 あれからわりとマジでヤキを入れ、ようやく平常通りになってきた。ちゃんとアタシだって気づいてもらえたし。ていうか髪型一つや服装一つで認識が変わるとかどうなってんだよ。

 ……まあ、それはそれで使えそうだけど。言い換えれば同一人物だってことがわからないということだ。これは一つの長所だ。間違いなく。

 

「んー……掃除、炊事、洗濯……」

「夜のご奉仕……む、無理です!」

「あなたの知識どうなってますの……?」

 

 大方二次元寄りだろうよ。でなきゃそんな発想は出ない。アタシはそっちの知識もあるので一瞬思い浮かんだけど。

 駄弁るのもいいが、そろそろ仕事内容を言ってほしい。でないと仕事しようにもできない。

 

「あなたたちには屋敷の大掃除をしてもらいます」

「マジかよ……」

 

 さっそくハリーがげんなりとした表情になる。

 ま、こんだけ大きな屋敷なんだ。さすがにエドガーだけじゃ足りないのは当然である。むしろアイツ一人で今までよくやってこれたと褒めてもいいぐらいだ。ハイスペック過ぎるだろあの執事。

 とはいえ、さすがに三人だけじゃ人手が足りない。あと五人くらいはいてもいいと思うのはアタシだけじゃないはず。

 

「他に誰かいないのか?」

「実はもう一人いるんだけど――」

「やあやあ、(ウチ)がメイド長や!」

 

 

 コッ(アホが躓く音)

 

 ビターンッ(アホが思いっきり顔から転ぶ音)

 

 

「な、なんで番長たちが……?」

「これは頼りねえ……」

「いや使えねえだろ」

 

 どう見ても役立たずじゃねえか。今いるメンバーの中でも一番の足手まといに違いない。それとうつ伏せになった顔を中心に血だまりができているのは気のせいだと心の底から願いたい。

 呆れつつ転んだジークを見ていると、ハリーがニヤニヤしながら「起こしてやれよ」とか言ってきたので蹴り飛ばしてやった。蹴られたハリーはなぜか仰向けではなく、うつ伏せでジークの隣に倒れた。なぜジークの隣に倒れたんだコイツは。

 

「じ、ジーク。大丈夫か……?」

「…………ば、番長……っ! 倒れてる場合じゃないんよ……っ!」

「……ジーク。確かに今のサツキはオレでも別人に見えるほどのもんだが――そのカメラじゃ無理だぞ」

 

 最初に倒れたジークはというと、カメラを鮮血に染めながらも必死にそれを構え、ハンカチで顔を拭きながらハリーにも予備であろうもう一台のカメラを差し出していた。どんなにシャッターを切っても二台ともレンズが血で覆われているから意味ないと思うぞ……。

 しかも今のジーク、試合のときとほとんど同じくらい、誰もが見惚れるぐらいカッコいい表情をしてやがる。――鼻血が出ていることを除けば。

 

「それじゃあよろしくね……?」

「うん……ま、任せて!」

 

 ダメだヴィクター。任せてはいけない。お前明らかに人材を間違ってるぞ。そんなアタシの願いは通じず、ヴィクターはそのまま部屋の方へと去っていった。その判断は五分後に後悔へと変わるぞ。絶対に。

 ま、これ以上考えても仕方ないか。決まったものは決まってしまったんだし。やっと落ち着いたらしいジークとハリーは手順をどうするか話し合っていた。

 

「どーするメイド長。手分けするか?」

「せやなあ……皆で協力して一部屋ずつかたしていこー!」

 

 元気よく指揮を執るジークにアタシたちは、

 

「うっすメイド長」→ハリー

「了解ですメイド長」→タスミン

「くたばれメイド長」→アタシ

 

 と、告げた。

 

「待って。今一人だけ酷いこと言わんかった?」

「気のせいだろ」

「そ、そやね。ほんならもう一度……皆で協力して一部屋ずつかたしていこー!」

 

 さっきと同じように元気よく指揮を執るジークにアタシたちは、

 

「あいよメイド長」→ハリー

「わかりましたメイド長」→タスミン

「惨めにくたばれメイド長」→アタシ

 

 と、告げた。

 

「待って。やっぱり(ウチ)、酷いこと言われてるんやけど!?」

「気のせいだろ」

「自分で言うといてそれはないやろ!?」

 

 チッ、バレたか。しかしまあ、ハリーとタスミンはよくなんも言わなかったな。

 ジークは『メイド長』と呼ばれるのが恥ずかしかったらしく、メイド長というあだ名はすぐに取り消されることとなった。

 

「よし、まずは客室からや!」

 

 

 

 

 

「ゲホッ! ゲホッ!」

「ジーク! テメエ掃きすぎだゴラァ!」

「ご、ごめんや」

「ブチ殺すぞ」

「抑えろサツキ」

「さすがにそれは不味いです」

 

 

 

 

 

「あっ!?」

「うおっ!? あぶねえ!」

「大丈夫ですか!?」

「ったく、付き合ってらんねえな」

「お前も手伝えよ!」

「めんどいしアホが移るからやだ」

「なんて理不尽な……」

 

 

 

 

 

「や、やっと終わった……」

「じゃあ次に移動しよー!」

 

 

 ゴンッ(ジークがバケツを蹴飛ばす音)

 

 バシャッ(バケツの水がぶちまけられる音)

 

 

「「「「………………」」」」

 

 あれこれ手間が掛かった末にようやく部屋の掃除が終わったかと思えばこれである。ぶっちゃけ言うと足を引っ張っているのはジークだけだったりする。これは酷い。

 

「……ジーク」

「は、はい……」

「お前に頼みたい仕事がある」

 

 

 ――数時間後――

 

 

「皆お疲れ様。少し休憩してちょうだい」

 

 パンパン、と手を鳴らしながらヴィクターが告げる。そうか、やっと休憩か。ハリーやタスミンも「待ってました」と言っている中、アタシはジークの方を見ていた。

 あれからハリーの提案により、ジークには特別任務を与えることになった。それは……

 

「……ジークは何をしているの?」

「…………三人を遠くから見守る仕事」

「それとその首からぶら下げているものは何?」

「サッちゃんがこれ掛けとけって……」

 

 今、隅っこでボーッと体育座りをしているジークの首には『私は皆の足を引っ張ったことを反省しています』と書かれたプラカードがぶら下げられている。なんておもしろい図なんだ。

 

「さすがのお前もフォローできねえだろ」

 

 そう言うと少し気まずそうに目を逸らすヴィクター。あれでフォローができる奴はそういないはず。できる奴がいたら称賛ものだぞ。

 

 

 □

 

 

「あら、ありがとう」

 

 食堂にて。休憩かと思えばその前に食事を運ぶ作業があった。やっぱりこういうのもやるんだなぁ、メイドである以上は。

 近くでタスミンが『萌え萌えきゅーん』を披露していたが、そっちの感性には疎いヴィクターは何を言っているんだこの人は、みたいな表情になっていた。

 

「そんなに期待の眼差しを向けるな、ジーク」

「サッちゃんはせーへんの!?」

 

 誰がするかバカ。あんなのをアタシがしたら一気にシラケるわ。そして生理的に無理。

 そんなことは置いといて、さっき運んだチキンソテーを食うとしますか。どう見ても賄い料理の範疇を越えてるけど気にしないでおこう。

 

「ジークもどう? 美味しい?」

「…………はにゃあ?」

 

 マズイ。コイツ酔ってやがる。確かにこのチキンソテー、赤ワイン仕立てだけど……この程度で酔うとかどんだけお酒に弱いんだよ。

 これはヴィクターも予想外だったらしく、ハリーたちも意外そうな顔になっていた。ちなみに「サッちゃんふわふわ」と呟かれた際、今すぐブチのめしてやろうかと思ったのは内緒である。

 

「そうじー……きれいに――」

「ジーク。こっちだ」

「…………?」

 

 今少しでも遅れていたらこのアホはド派手なのをぶっ放していたに違いない。アタシに向けて。こっちに気を引きつけたのはいいが、ここからどうすればいいのか全く考えてなかった。

 

「えーっと――」

 

 ええい、こうなりゃ自棄だ! こっちは命が掛かってんだから!

 

 

「――萌え萌えキューン!(※サツキ)」

「「「!?」」」

 

 

 ああ……死にたい。これで止まらなかったら皆殺しにしてやる。

 

「…………ま」

「「「ま?」」」

 

 ジークからふわふわな感じがなくなり、やらかしたアタシを見て固まっていた。そして――

 

「――マーベラァース!!(ブシャァァッ)」

 

 意味不明な言葉を叫ぶと同時に、噴水のような鼻血を出しながら倒れた。

 

「じ、ジーク!?」

「うぉい! この出血量はヤバくねえか!?」

「……か、構わへんよっ。本望、やから……!」

「そういう問題じゃありません!」

「サツキ! 声を殺してさめざめと泣いてるところ悪いがいろいろと手伝ってくれ!」

「………………やだ」

 

 今はそんな気分じゃねえ。

 

「さ……サッちゃんの泣き顔……!?」

「お前は安静にしてろ!」

「後でまた見れますから!」

「さらっと酷いこと言いますわね!?」

 

 絶対に見せるもんか。見せるぐらいならお前との縁を切ってやる。

 このあとアタシが見えないように泣いている間にジークは一命を取り留めたらしく、アタシが泣き止むと同時にカメラを持ちながら顔を覗き込んできたからびっくりしたよ。

 また、別料金とはいえジークが汚した床の掃除もやることになった。この一件から学んだことがあるとすれば、次からはもう少し身の丈にあった仕事を選んだ方がいいということぐらいだ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 122

「えーっと――」

 ええい、こうなりゃ自棄だ! こっちは命が掛かってんだから!

「――言えるかボケェ!!」

「ぐほぉ!?」
「え、エルス!」
「サツキ、そろそろ覚悟を決めなさいな!」
「ふざけんなドアホ! こんなもん一生掛かっても無理じゃゴラァ!!」
「サッちゃ……っ! なんで(ウチ)ばっか……っ!」
「やめろサツキ! それ以上はジークがマジでヤバイ!」
「知るかこんちくしょうがぁ!!」


※このあと言えました。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第65話「無銭飲食の危機(前編)」

 

「旨かったな」

「……………………おい」

「なんだよ」

 

 さっきからハリーがご機嫌斜めでござる。一体どうしたというのだろうか。女受けのいい顔が台無しだぞ。そんなんじゃ孤立するぞ。

 アタシが屋上にテリトリーを作った際にも鬼のような形相してたっけ。あの顔、ガキ共に見せたら絶対に泣くだろうな。

 

「お前、問題ないつったよな?」

「確かに言ったな」

「……じゃあもう一回聞くぞ。金持ってるって言ったよな?」

 

 一回で理解してもらいたいものだ。そうできるように説明したはずなのだが――

 

 

「――嘘だよ(笑)」

 

 

「それだよそれ!! マジで意味わかんねーよ! 目的なんだよ!?」

「おもしれーじゃん」

「おもしろくねえよ!?」

 

 ただいまハリーと一緒に最近できたファミレスに来ているんだが……お金がないので店内に閉じ込められている感じだ。つまり帰れない。とはいえ、食ってしまったことに変わりはないのでどうしようもない。

 しかしだなハリー。アタシは誘う際、お金があるとは一言も言っていない。ま、アタシとしてはコイツの財布をアテにしてたからちょっとガッカリしている。これで二回目だぞ全く。

 一回目のときはハリーとその取り巻きに期待したのだが、結果は今回と同じだった。あのあと三時間も店にいた記憶がある。

 

「なんで他の奴を呼ばなかったんだよ」

「それは生け贄を増やば良かったってことか?」

「そういう――いや、助っ人を増やせば良かったってことだよ」

 

 正直ハリーならいつもの三人組を呼ぶと思っていたんだが……仕方がない、コイツを置いて帰るか。さすがに財布は持ってくるべきだった。次からは金がなくとも財布は持ち歩くとしよう。

 ま、ジッとしてるだけじゃ何も始まらない。そうと決まればさっそく行動に移そうか。

 

「で、どうすんだ? お前のせいでこっから出られないんだぞ?」

「アタシ帰るわ」

「さらっと逃げようとすんな」

 

 どさくさに紛れて帰ろうとしたら見事に引き止められた。じゃあどうすんだよ。お前と心中なんて死んでもごめんだぞ。誘ったのアタシだけど。

 ちなみに今座っている席は喫煙席なのでタバコを吸っても問題はなかったりする。だからハリーに『タバコはやめろ』と何度も言われてるけど気にしない。……やっぱりオイルライターが一番だな。とりあえず、このままだとマジで帰れない。どうしたものか。

 

「ならタスミンでも呼ぶか?」

「エルスか……アイツ金持ってたっけ?」

「わかるかそんなこと。まあ、生け――助っ人が増えるに越したことはない」

「お前最低だな」

 

 何を今さら。

 

 

 ――数十分後――

 

 

「………………え? い、今なんと?」

「何度も言わせんな全く――持ってねえよ」

「どういうことですか!?」

 

 というわけでタスミンを呼んでみた。まさかこんな簡単に呼び出せるとは思わなかったがな。

 ちょっと通信で『ファミレスの飯旨いからお前も来いよ!』って言っただけで来たんだもの。アタシですら予想外だわ。内容を説明する手間が省けたのはいいけどさ、チョロすぎだよコイツ。せめて説明の素振りくらいはさせてくれってんだ。

 今ハリーが「止められなかったオレの失態だ」とか言って謝っているが、どういう意味だよそれ。ていうかお前、止める気なんて全然なかったじゃねえかおい。

 

「わ、私、お札二枚しかありませんよ?」

「オレは……小銭が少しあるだけだ」

 

 最近の女子高生の小遣い事情が知りたいと思った瞬間だった。

 

「で、サツキは?」

「財布もない」

「なんでそんなに余裕なんだ……?」

 

 はぁ……素直に持ってくるの忘れたと言った方がいいだろうか? いや、今言ったところでなんの解決にもならねえし……よし、現状を素直に言った方がいいな。むしろそうすべき。

 

「――言っとくけどな、お前らも食ったんだ。つまり共犯だぞ?」

「「う……」」

 

 そう、文句を言っているコイツらもなんだかんだで食ってる。もうアタシだけのせいじゃない。

 

「それにしても……私の前で喫煙とはいい度胸ですね」

「別にいいだろ」

「オレさっきやめろつったよな?」

 

 喫煙席でタバコはいけないなんて矛盾しているな。ここは一つ教えてやるか。

 

「いいかお前ら。喫煙席ってのはな――タバコを吸ってもいい場所なんだよ」

 

 今、アタシは物凄くドヤ顔になっているだろう。だが間違ったことは言ってないはずだ。対となる席に禁煙席ってのがあるぐらいだしな。

 

「いえ、場所以前の問題なんですけど……」

「その前にまずお前が未成年だってことを覚えとけ」

 

 あれ? そっち?

 

「そんじゃ、次の生け――生け贄は」

「待ってください。さすがにこれ以上はマズイかと」

「それに言い直したつもりだろうがまったく変わってないぞ」

 

 さあ、誰を呼ぼうかな? ヴィヴィオは……ダメだ。巻き込めばもれなくあの母親がついてくる可能性がある。ならティミルはどうだろうか? いや、呼んだところでカップリングのネタにされるのがオチだろうな。コイツもなしだ。ウェズリーは論外だから除外するとして、リナルディは……あかんな。イツキとストラトスも金は持ってなさそうだからアウト。残るはアピニオンだが……来ても役に立たなそうだからやめとこう。

 

 となると残るは一人――よし。

 

「シェベルにすっか」

「よりによってミカ姉かよ……」

 

 もう誰だろうと関係ねえ。

 

 

 ――数十分後――

 

 

「待ってほしい。今言ったことは本当かな?」

「紛れもない真実だ」

「もう食べてしまったぞ……」

 

 つーわけでシェベルを呼んでみたんだが……コイツもハズレか。しかしどいつもコイツも呼び出すのに手間が掛からなかったのはスゴいわ。

 ちょっと通信で『皆と飯食ってるんだけどこれが旨くてさ。お前もどうだ?』って言ったら笑顔で快諾してくれた。タスミンレベルでチョロすぎだよお前さん。どんだけ飢えてるんだよ。もう次から説明するのやめるよアタシ。

 それにしても、これまたおもしろい表情してんなぁお前。見事にしてやられたって感じの顔だよそれ。冷静を装ってるけど。

 

「この件が終わったら君には灸をすえる必要があるな」

「やれるもんならやってみやがれ」

 

 斬られるのが怖くてケンカができるか。

 

「あとタバコはやめないか」

 

 これで何度目だろう。喫煙で注意をされたのは。そろそろスルーしてくれてもいいのに。ていうかしてくださいお願いします。

 ……タバコで思い出したがあと何本残ってるかな? えーっと…………ヤバイ。タバコはあるけどライターのオイルが切れそうだ。マッチも残り五本しかない。さてピンチだ。どうしよう。

 

「こうなったらヴィクター呼ぶか?」

「これ以上犠牲者を増やさないでください」

「いや、アイツは金持ってるだろ」

「ならどうして呼ばないんだ?」

「オレはアイツに借りができるのがなぁ……」

「こういうこと」

「なるほど」

 

 そう、ホントならヴィクターを呼べばすぐに終わるのだがハリーが頑固なせいで呼べない。だからさっき呼ぶ相手候補には挙げなかったのだ。

 さっきもタスミンがスパゲティを食べてるときに呼んでみようかと提案したが、却下されたうえにいきなり頭を抱え出したので保留となってしまった。変なところで頑固なんだよなコイツ。

 

「君のお姉さんはどうなんだ?」

「ここ最近は音信不通だ。セコンドやるときにしか現れなくなってる」

 

 実はもう四年前に死んでるんじゃないかと思っていたりする。だとしたらすげえな、いつ死んだんだあの人。どうやって現世に居座っているのだろうか。そしてどうやって黄泉から戻ってきたのだろうか。今度会ったら聞いてみよう。

 

「……いや、まだ方法はあるぞ」

「聞こうか」

「それでも嫌な予感しかしないのですが……」

「その方法とは?」

「一回しか言わないからよく聞けよ」

 

 全員が聞いているかどうかを確認し、アタシははっきりと告げた。

 

「――ジークを呼ぶ」

「「「却下」」」

 

 一斉に却下されてしまった。なんでやねん。

 

「まあいい。とりあえず呼んでみる」

「聞いていましたか!?」

「私たちは却下したはずだが?」

 

 却下されたからといってそれに従うアタシではない。時間も限られてるしな。

 

 

(「二人とも。サツキが)(オレらの意見をまともに)(聞いたことなんてあったか?」)

 

(「ないね」)

 

(「……ありませんね」)

 

 

 なんか三人が小声で会話してるけど気にしない。早くジークを呼ぼう。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 35

「わかるかそんなこと。まあ、生け――助っ人が増えるに越したことはない」
「お前最低だな」
「んじゃ、ちょっとトイレに行ってくるわ」
「さっきもそんな感じで逃げようとしたよなお前。これで五回目だぞ」

 ちくしょう。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第66話「無銭飲食の危機(後編)」

 

「な……なんやて……?」

「だからねえんだよ、お金」

「嘘やろ!?」

 

 とりあえずジークも呼んでみた。ぶっちゃけコイツは一番期待できない。それでも逆転の一手として呼んでみたのだ。

 真面目に言うと呼び出すのはタスミンやシェベルよりも簡単だった。二人と同じく通信で『皆で飯食ってるからお前も来いよ』って言おうとしたらわずか数分で来たのだから。ていうか、最初の三文字で通信を切ったというのにどうして場所がわかったんだ? もしかして特殊なセンサーでも装備してる? そのツインテールがセンサーだったりする?

 ……とにかく、ジークも共犯になったというわけだ。やったねアタシ! 道連れが増えたよ! とか思ったのは内緒である。

 今ハリー達が順番に謝っているが、ジークは右手にフォーク、左手にスプーンを持ちながらあたふたしている。どうやらまだ混乱が解けていないようだ。あと頬についたご飯粒を早く取れ。

 

「ジーク。折り入って頼みがある」

「それ聞いたらこっから出れるんか……?」

 

 当然だ。でなきゃアタシだけでなく他の三人も帰れないからな。

 なぜ一番期待できないジークを呼んだのか。そんな理由は一つしかない。

 

「ヴィクターを呼んでくれ」

「おいサツキ。それ何度かやって出なかったのを忘れたのか?」

「忘れるわけがねえだろ。だが今度は違う」

 

 アタシがそう言うと、タスミンとシェベルは納得したような表情になった。相変わらずお前らは理解が早いね。まあ、助かるけど。

 おそらくヴィクターはこっちで面倒事が起きているのを察している可能性がある。だから居留守を使ったのだろう。アイツ、今日は特に予定ないはずだし。だけど昔なじみ兼自分の娘的な存在であるジークを使えば少なくとも確率は高まる。いざというときにはジークを人――交渉材料にする。それでも無理ならジークにひたすら飯を食わせて店内を混乱させてやる。

 

「ジークが呼べば奴は必ず出てくれる」

「いやいや、そう簡単には――」

 

 

「お願いやヴィクター」

『任せなさい。今そっちに向かうわ』

 

 

「――いくのかよ!? オレらのときと違ってめちゃくちゃあっさりしてんなおい!」

 

 すぐそばではジークが通信でヴィクターを呼び出していた。見てたけど呼び出すのに二分も掛からなかったな。ジーク恐るべし。何より計画通りであり期待以上の結果だ。マジで。

 タバコ――というか、マッチがあと二本しかないからそういう意味でも助かった。ライターのオイルも完全に切れたし。

 

「なぜ始めからこうしなかったんですか?」

「ハリーが頑固なせいで――」

「悪かった。今は反省してる」

「ハリーが謝ることはない。元はといえば……」

 

 そう言ってシェベルはアタシを睨む。まあ、否定はしない。しかしあんな手に釣られるそっちもどうかと思うがな。少し頭を冷やせばすぐに見抜けただろうに。ちょっと情けねえぞ。

 それにしても、人ってのは簡単に騙される生き物だな。とはいってもここまで上手くいくとは思わなかったけど。コイツらの将来が本気で心配だよ。詐欺とか麻薬とか賭博とかその手のやつにハマってしまいそうで。

 

「あれ? ということは最初からチャンピオンを呼べばすぐに終わったんじゃ……?」

「そうだな」

「ならどうして私たちは呼び出されたのかな?」

 

 タスミンがジト目でこっちを睨み、シェベルが怒気を含んだ声で問いかけてくる。おいおい、年頃の女子がそんな顔するもんじゃねえぞ。ウェズリーだったら喜ぶかもしれんが……。

 

「パーティーみたいに皆で食った方が盛り上がるだろ」

 

 うんうんと頷きながら語るアタシ。

 

「で、本音は?」

「帰れなくなった腹いせにお前らを巻き込んでやろうと思った」

 

 その直後にとても涼しい顔で本音を暴露するアタシ。それを聞いたシェベルは「大体予想通りだね」と呟いていたが、タスミンはあり得ないと言わんばかりに絶句していた。タスミンよ、この程度で絶句するなら後が持たねえぞ。にしても、ヴィクターが来るまでまだ時間があるな。それとジークがあまりにも静かだ。

 ……と思ったら静かに特大のオムライスを食べていた。何クソ高いの注文しちゃってんだお前。

 しかもよく見てみると近くにはいくつもの皿が大小問わず積み重なっていた。どんだけ食ったんだよお前。さすがにドン引きだわ。

 

「おいジーク。それ以上食うな」

「サッちゃんの奢りやから問題ないんよ」

 

 今ここでシバいてやろうか。

 

「あとサッちゃん、タバコはあかんよ」

「もう聞き飽きたぞ……」

「いや、サツキを知る人間なら誰もが同じことを言うと思うよ?」

 

 呆れ顔のシェベルにそう言われ、思わずなんでやねんとツッコミそうになった。お前らがアタシをどういう風に見ているのか果てしなく気になるところだ。吸っていたタバコを灰皿に押しつけながら、半分ほどげっそりとしているハリーにふと思い出したことを言ってみた。

 

「そういやハリー。あれからどんぐらい時間経った?」

「えーっと……六時間だ」

「「「………………」」」

 

 その答えを聞いて絶句する一同。……ま、まだマシだと思っておきたい。前回は三時間も経っていたからな――いや、記録更新ですね、はい。

 えーっと一日の時間が24時間だから……つまりその4分の1をこのファミレスで過ごしたということになるな。これほど時が経つのは早いと思ったことはない。

 

「サッちゃん……」

 

 何を思ったか、ハリー達が呆れと哀れみを込めたような目で睨んできた。ここまで複雑な感情で睨まれたのはさすがに初めてだ。

 

「そんな目でアタシを見るな」

 

 そう言うと、シェベルを皮切りにハリー、タスミン、ジークの順にアタシを諭してきた。その内容のほとんどが『非難されないだけマシだ』というものだったが、それを聞いたアタシは思わず感動しかけた。言われてみればその通りだ。お前ら意外と優しいんだな。

 そのあともヴィクターが来店してくるまでその話で持ちきり状態だったが、アタシは感動するまいと必死に堪え続けた。

 

 

 □

 

 

「まったく、ジークからやんちゃだとは聞いていたけどここまでやるとは思わなかったわ。……それとタバコはやめなさい」

 

 あれからさらに二時間。やっと駆けつけたヴィクターが全額払ってくれた。当然、そのあと説教を受けたのは元凶のアタシだけだ。今は全員で帰っている途中ね。だけどアタシは最後のマッチを使って本日最後の一服をしている。

 ちなみに今回、ヴィクターが払った分は丸々アタシの借金となった。こいつぁ大打撃だぜ。来月の食費は確実に水の泡だな。

 

「ジーク、そろそろ離してくれ」

 

 現在、アタシの右腕にはジークが抱きついている。ていうか本気で力入れるのやめてくれ。歩きにくいしそうでなくてもウザいから。

 

「そしたらサッちゃんは逃げるやろ?」

「当たり前だろ」

「そやからあかん。――ずっと離さへんよ」

 

 最後の一言は聞かなかったことにしよう。明らかに余計だし、なんか怖い。

 

「まるで悪事を働いた娘の説教をした感じでしたわね……」

「お前、子供いたのか?」

「そこにい――いないわよっ!」

 

 今ジークが自分の娘だって言いかけたぞコイツ。端から見ればあながち間違いじゃないけど。実際は昔なじみなのにジークが実は義理の娘だと言われても全く違和感がない。

 ヴィクターの反応を見て、さすがのジークも苦笑いしていた。タスミンやシェベルもこっちはこっちで大変だね、みたいな顔で、ハリーは完全にげっそりとした感じでこっちを見ている。

 

「まあいいか。とりあえず……」

「んん!」

 

 アタシはタバコを咥え、それにより空いた左手でジークの頭を撫でてその隙に右腕から引き離す。おいコラヴィクター、頼むから自分の娘を奪われたような目でアタシを見るな。それだとアタシがまるでジークを寝取ったみたいじゃねえか。

 

「まさかサツキ選手も不良生徒だったとは……今までの行動に納得がいきましたよ」

「こんな自称と一緒にすんな。アタシはアタシだ」

「自称で悪かったなぁ……!」

 

「「…………!!(メンチのくれ合い)」」

 

 どうやらコイツとは本気で話し合う必要があるみたいだ。

 

「二人とも、少しは落ち着かないか」

「「周りには迷惑掛けない(ねえ)から大丈夫だ」」

「その周りには(ウチ)らも含まれてるとええんやけど……」

「というか皆さん止めましょうよ……」

 

 それは暴れてからのお楽しみ。そんなこんなでアタシたちはこの一日を共に過ごしたのだった。

 ……とりあえず来月の食費をどうやって稼ぐかだけを考えよう。でないと他の分からごっそり差し引かなければならない。

 

 

 

 




《今回消費した金額の合計(円単位)》

 サツキ 14990
 ハリー 15110
 エルス 13900
 ミカヤ 12000
 ジーク 26000

 合計  82000円
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第67話「二度あることは三度ある」

 

「魔女っ子~!」

「エレミア…………っ!」

 

「……何これ?」

〈さあ?〉

 

 ある日の深夜。路地裏だけを徘徊するのに飽き、暇潰しに夜の街へ繰り出していた際、ちょっとした揉め事に巻き込まれたアタシはそれをすぐに片付け、たった今帰宅したのだが――

 

「何これ?」

〈知りませんよ〉

 

 リビングにて訳のわからない争いが起きていた。何してんのコイツら。見る限りはテレビのリモコンを取り合っているようにしか見えないが、二人とも空いている方の手に魔力をまとって攻撃態勢に入っている。やめろお前ら、頼むからやめてくれ。何アタシん家でぶっ放そうとしてやがる。やるなら外でやれ。

 これはとりあえず事情を知る必要があるな。早くしないと我が家がお星様になってしまう。つーか最近、アタシよりも我が家の方が消滅の危険に晒される確率が高くなっている気がする。

 

「おい」

「あっ、サッちゃん」

「……おかえり」

「おう、ただいま」

 

 その場で一服しながらそう言ってみると、ジークにはいたの? みたいな反応をされたがクロは普通に応えてくれた。なんだこの静かさは。普通ならジークの方がテンションは高いはずなんだが……あ、寝る時間なのに寝てないからか。コイツ、いつもなら今ぐらいの時間にアタシのベッドに侵入してくるし。ま、そんなどうでもいいことは後回しにして、さっさと吐かせますか。

 

「何してんの? お前ら」

「魔女っ子にテレビのリモコン取られたんよ!」

「取ったのはそっち……!」

 

 予想通り過ぎて鳥肌が立った。

 

「そ、そうか」

「そーゆーサッちゃんはこんな時間までどこで何してたん? タバコまで吸って」

「……それは私も思った」

「お前らはアタシの母親か」

 

 物凄いデジャヴだ。確か数ヵ月前、ハリーにも似たようなことを言われた気がする。……むう、思い出したらムカムカしてきたぞ。だけどそれ以上に眠気がヤバイ。コイツら(とハリー)に八つ当たりするのは明日にして、とっとと寝ますか。

 

「ちょっと遊びに行ってたんだよ。んじゃ、シャワーを浴びて寝るからそゆことで」

「待ってサッちゃん! その服と顔に付いた血はなんなん!?」

「……それは私も思った。刺されたの? 吐血したの?」

 

 いきなりアタシの顔と胸元を指差して何を言うかと思えばそんなことか。クロもそこを見て少し不安そうな顔をしている。今日は白のTシャツを着てみたのだが、運の悪いことにブチのめした相手の吐いた血をモロに浴びてしまったのだ。上にお気に入りのパーカーを着てて助かったよ。もし着てなかったら通報待ったなしだからな。

 

「なんてことのない、ただの返り血だ」

 

 タバコを灰皿に押しつけながら正直に応えてみる。確かに傍から見れば胸元を刃物で傷つけられたように見えるな。けど服には汚れていることを除けばこれといった破損箇所はない。だからこれは返り血だ。顔に付いたやつは言うまでもない。

 アタシの返答を聞いたクロはホッとしたような表情になったが、ジークはそれでも納得がいかなかったらしく、少し怒り気味に抗議してきた。

 

「あのなサッちゃん。返り血の時点でなんてことないっちゅうのはあり得へんよ!」

「…………サツキだから仕方ない。うん、きっとそう。そうに違いない。サツキだから――」

「待つんや魔女っ子。自分に言い聞かせてもあかんよ」

 

 ジークにはそろそろ慣れてほしい。反対にクロはまるで呪文を唱えるかのように必死になっていた。頑張れクロ。その調子で友達も作ってしまえ。それとお前ら、実はめっちゃ仲良しだろ。

 しかし、クロに関してもそろそろ見解を改める必要があるかもしれない。最近ははっちゃけすぎだ。こないだはそんなにお転婆じゃなかったろお前。もしもそれが本性だってなら……合鍵を返してもらう。いずれにしても見切りはつけるしな。

 まあ……争奪戦も終わってることだし、マジで寝かせてもらおうかね。

 

「そんじゃ、お休み」

「サッちゃん!? まだ話は――」

 

 しつこい。ちょっとは慣れろよ。そしてうるさいから黙れ。やっぱりぶん殴ろうと思って振り返ると、クロがジークを必死に押さえていた。そういうところは変わってないか……よし、今度お前の大好きなショートケーキを作ってやろう。

 そのあとは最初に言った通り、風呂に入って普通に寝た。意識があるうちはジークがとにかくうるさかったけどな。

 

 

 

 

 

 

 

『サツキさん! 私と試合してください!』

「………………は?」

 

 翌日。またしてもテレビのリモコンの使用権で言い争っていたジークとクロを黙らせると同時にヴィヴィオから通信がきたと思ったらこれである。目が点になるほど驚いたアタシの反応は絶対に正しいはずだ。あと画面端にアピニオンの慌てる姿が見えたがきっと気のせいだろう。

 背景と少しだけ見えたアピニオンから推測すると、どうやら聖王教会から連絡してきたようだ。なんか用でもあったのか? 今後ろをアピニオンと妖精みたいなのが通過したけど。……あ、気のせいじゃなかったんだな。にしてもあの妖精はなんだ? どっかで見たような外見だったが……。

 

「はっ、おもしろい冗談だ」

『冗談なんかじゃありません!』

 

 マジだった。

 

「……なんで?」

『アインハルトさんとは二回も試合しているのに、私だけ一度もしてないなんてズルいです!』

 

 まるで理由になってない。確かにストラトスとは試合をしたが、一回は野良試合だし、もう一回は白黒つけるための試合だ。それに対してコイツはどこか挑戦的な感じで申し込んできている。アタシ相手にどこまでやれるかを試そうってか?

 ――だとしたらナメられたもんだぜ。LIFE制のインターミドルならまだしも、普通の試合でアタシとやり合えるわけがねえだろ。

 別に受けてもいいが、今はインターミドル真っ只中だ。あんまり手の内は見せたくない。それにコイツの意図が見えない。何が目的なんだ? 今言ったことも嘘ではなさそうだが……。

 

「受けなきゃダメ?」

『できれば受けてほしいです』

 

 そう言うヴィヴィオの瞳は真剣そのものだった。そこまでしてやる必要がどこにあるんだよ。

 ……とはいえ、ここまで真剣に申し込まれちゃあ断りにくいな。これこそ断ればアタシは腰抜けだ。格下相手に背を向けるとか。

 それに――ガチで売られたケンカは買うのがアタシの主義だ。

 

「いいよ、受けてやる」

『本当ですかっ!?』

「おう。だから本当のことを言え」

 

 受けるには受ける。だが、まずはコイツの真意を知っておきたい。なんか隠し事をされてる感じで気に入らない。

 するとヴィヴィオが目を泳がせながらも口を開いた。何を慌ててるんだ?

 

『じ、実は先日、久しぶりに一昨年の都市本戦決勝の映像を見たんです』

「へぇ、それで?」

『えっと、その……サツキさんの強さを直で知りたくなりましたっ!』

 

 そう言いながらテヘッ、と舌を出すヴィヴィオ。つまりアタシの強さを知るために試合をするってわけか。まあ、ジークとやり合ったのは試合じゃ一昨年の都市本戦決勝が最初で最後だし、今と昔とじゃ実力は変わってるもんなぁ。

 それにしてもコイツといいクロといい、この世界には物好きな奴が多いな。好奇心が旺盛なのか、それともただのバカヤローか。……もちろんジークはどちらでもない。あれはただの変態だ。

 

「とりあえず、日時と場所を教えろ」

『はいっ! それじゃあ――』

 

 ヴィヴィオにさらっと日時と場所を教えてもらってから通信を切り、いつの間にか三度目のリモコン争奪戦を始めていたジークとクロをできるだけ優しく静めたのだった。

 ……そういやヴィヴィオとやるのは初めてだな。明後日はどうなることやら。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 4

「とりあえず、日時と場所を教えろ」
『はいっ! それじゃあ――今から一時間後に練習場へ来てくださいっ!』


 ピッ


「よし、寝るか」

 スーパーの特売に備えて。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第68話「見えない拳」

 

「へぇ……」

 

 ヴィヴィオに試合を申し込まれてから二日後。アタシは指定された時間と場所――真っ昼間にどっかの港を訪れていた。見たところ倉庫区画のようだが……。

 それにしても、まさかこんなところがあるなんて知らなかった。もう少し早く気づいていればここを隠れ家にしていたところだ。

 

「サツキさーん! こっちで~す!」

 

 声がした方を振り向くと、ヴィヴィオが元気に右手を振りながら立っていた。その近くにはノーヴェとストラトス、そしてその他二名のクソガキがいる。おいおい、今からやることは見せ物か?

 そんなことを考えつつも、アタシはヴィヴィオから少し離れたところに向き合う形で立つ。

 

「今日は来ていただいてありがとうございますっ!」

 

 そう言ってペコッと頭を下げるヴィヴィオ。この礼儀正しさ、誰に似たのやら……。

 アタシは周りを見渡し、よくこんなところを確保できたなと素直に感心した。どうせ練習場でやるんだろ? とかずっと思ってたし。

 

「ここは廃倉庫だし、許可も取ってあるから安心していいぞ」

「つまりそれはここが壊滅するまで暴れてもいいってことか?」

「…………………………ほどほどにな」

 

 なんだ今の間は。

 

(それと頼みがある)

 

 いきなり念話に切り替えたかと思えば頼み事かよ。それぐらい口頭で言えよめんどくさい。久々にイラッときたが、この程度でキレるわけにはいかないのでグッと堪える。

 最近は短気じゃなくなってると思ってたのになぁ……まあ、我慢しますかね。

 

(で、頼みってなんだ?)

(……今回は真面目に相手してやってくれないか?)

(は?)

 

 そう言われて何を言ってるんだコイツは、って感じの表情になる。つまり本気を出せってことか? それとも真面目に戦えってことか?

 ははっ……バカじゃねえの? なんでアタシがそんなお節介しなきゃなんねえんだよ。

 

(お断りだ)

(頼む。今度定食でも奢ってやるから)

(うぐっ……)

 

 ここで定食(タダ飯)を取引材料に出すとか卑怯にもほどがある。

 

(…………少しでいいか?)

(ああ、やってくれるなら)

 

 定食(タダ飯)の誘惑に負けてしまい、少しだけ真面目にやることになってしまった。

 ファミレスの件でヴィクターに多大な借金ができた今、タダ飯は貴重な食料だ。食費は家賃や水道代その他諸々から引こうと思っていたが、それを知ったクロから野菜やら魚介類やらの差し入れをもらうことで事なきを得ていた。だけどもう大丈夫。これで三日は飯抜きでも生きていけるぞ!

 

「最初から全力でいかせてもらいますっ!」

 

 そう言ってクリスを高く掲げ、「セットアップ!」と叫んだヴィヴィオは光に包まれる。そして一分も経たないうちに大人モードとなった。

 それに対して、アタシは何もしない。というかする必要がない。素が一番だしな。

 

「……セットアップしないんですか?」

 

 必要ねえからな、と一蹴する。ストラトスやノーヴェのときはフェアにするためにセットアップしていたが、無限書庫でハリーとやり合ってからは気が変わった。していようとしてなかろうと同じことだと。

 ヴィヴィオは一瞬だけムッとした表情になる。

 まあ、無理もないか。生身でセットアップした相手とやる。傍から見ればそれは自分をバカにしているのか? と捉えられるのが普通だからな。

 ノーヴェがルールを説明してる中、アタシはまだ抜けてない眠気のせいであくびしていた。

 

「それじゃあ――試合開始ッ!」

 

 そんじゃ、遊んでやりますか。

 

 

 □

 

 

 私は棒立ちであくびをしているサツキさんに開幕速攻でハイキックを繰り出すも、まるで最初から読まれていたかのようにかわされてしまう。

 見た感じは隙だらけで、アインハルトさんのような威圧感はまったく感じられない。だけど合宿のときにそのアインハルトさんを圧倒していたのは事実だし、無限書庫では番長、一昨年の都市本戦ではジークさんとも互角に渡り合っていた。でもこうして向かい合ってみると、それが全て嘘のように思えてくるほど何も感じられない。底も見えないし、強さも曖昧だ。なのに得体の知れない違和感がある。だから私は直で知りたいと思った。この人の本当の強さを。

 すぐにサツキさんの顔へ右拳の連打を放つも、彼女はこれを遅いと言わんばかりに身体を少し逸らすだけで回避し、次に繰り出した左の蹴りも同じ要領で避けられてしまった。

 今までのサツキさんは回避主体ではなく、圧倒的な耐久力にものを言わせて大抵の攻撃を受けきる戦法を取っていた。だけど今回は違う。受けきれる攻撃を、攻撃そのものをかわしている。

 

 バリアジャケットを着けてないから?

 これが本来の彼女だから?

 それとも――私とやるのが不満だから?

 

 最初の答えはまずないだろう。彼女は無限書庫で戦った際、生身で戦っていたのだから。

 なら本来の姿はどうか。……失礼だけど、あのサツキさんが綺麗なスタイルで戦うとはとても思えない。これもないかな。

 残った答えは一つ。やっぱり、私相手じゃダメなのかな……?

 

「おぅ?」

 

 そう考えているうちにも、私は拳のラッシュと蹴りでサツキさんを壁側へと追いつめた。彼女自身はその事にまったく気づいていなかったようで、ちょっと呆けた顔になっている。

 これなら……!

 

「スパークスプラッシュ!」

 

 私は右の拳に電撃を纏わせ、それをサツキさんの懐へ打ち込んだ。壁に激突したらしく、その衝撃で煙が舞い、彼女の姿が見えなくなる。

 サツキさんは避ける素振りを一切見せていなかった。だから捉えたのは確実だ。ダウンは無理でもダメージくらいは与えたはず――

 

(――いない!?)

 

 煙が晴れるとそこにサツキさんの姿はなく、私の拳が直撃したことで破壊されたであろう壁があった。じゃあ私が捉えたのは残像……っ!!

 背後から凄まじい殺気を感じ、急いで振り向くと無傷のサツキさんが立っていた。ほぼ条件反射で防御体勢に入ろうとするも、彼女は一瞬で目の前に現れ、右の拳を振り――!?

 

 

「え――」

 

 

 サツキさんの右腕が視界から消え、一瞬だけ脳裏を“死”という文字がよぎる。

 その直後、顔面を中心に強い衝撃を受け、私の意識は途絶えた。

 

 

 □

 

 

「ん……」

「お、気がついたか?」

 

 目を開けると私は仰向けになっていた。コロナとリオは心配そうに、アインハルトさんとノーヴェはホッとした顔で私の顔を覗き込んでいる。

 私はすぐに上半身を起こし、頭の痛みを堪えながら周りを見渡す。なんで仰向けになってたんだっけ……頭もクラクラするし……はっ!

 

「サツキさんは!?」

「先ほど帰られましたよ」

 

 アインハルトさんにそう言われ、自分が負けたことを実感する。そっか……やっぱり負けちゃったのか。一発も当てられなかったなぁ~。

 それにいつものサツキさんらしくなかったとはいえ、強かったのは確かだ。力だけじゃなく、残像を作れるほどのスピードもあった。どうすればあんなに強くなれるのかな……?

 

「サツキさんの拳、速すぎて見えなかったよ」

 

 私がそう言うと、ノーヴェ以外の全員が顔を合わせて「え?」という表情になった。あ、あれ? 何か変なこと言ったかな?

 

「そんなに速かった……?」

「いえ、そこまで速くなかったような……」

「少なくともあたし達には見えてたよ?」

「え? え?」

 

 みんなには見えてたってどういうこと? 私にはまったく見えてなかったのに……。

 私が困惑していると、何かの映像を見ていたノーヴェがやっと口を開いた。

 

「……これを見てくれ」

 

 そう言ってノーヴェは自分が見ていた映像を見せてくれた。そこに映っていたのは、右拳を振り下ろすサツキさんと身構えようとしている私だった。みんなの言う通り、彼女の拳は視認できないほどのスピードで振り下ろされてはおらず、どっちかと言うとその拳はパワー寄りのものだった。

 しかもよく見てみると拳は寸止めされており、その直後に私は倒れている。おそらく拳を止めた際の衝撃を受けてしまったのだろう。

 それを見た私はさらに困惑してしまう。確かに今ははっきりと見えている。なのにあのときは全然見えなかった。なんで……?

 

「一応だが、心当たりはある」

「ほ、ほんと?」

 

 ノーヴェの言葉を聞いた私は俯きそうになっていた顔を上げる。だけどすぐに「まだ確証がない」と言い、そのまま考え込んでしまった。

 このあとサツキさんが回避主体のスタイルになっていたのは、ノーヴェがそうしてほしいとお願いしていたせいだとわかった。でもノーヴェが言うには『本気でやってほしい』という意味で、サツキさんらしくない『真面目な戦い方でやってほしい』という意味ではなかったとのこと。サツキさん、勘違いしちゃったのか……。

 今回の試合でわかったのは、サツキさんの強さが本物だったということ、実際に対峙しないとわからないこともあるということだ。相手の実力は映像や客観的な視点だけじゃ測りきれない。私は改めてそれを思い知らされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈マスター〉

「なんだ?」

()()()()()()()()()()()()?〉

「あー……言えることは一つだけ。次からは例えタダ飯1年分がもらえたとしても、()()()()()()()()()()死んでもごめんだ」

〈……………………〉

「なんか言えよ」

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 5

「え――ぐがっ!?」
「あ」

 サツキさんの拳が顔にめり込み、私は仰向けに倒れてしまう。これで五回目だよ……痛いってレベルじゃない。鼻が折れてなきゃいいけど……。

「「ヴィヴィオぉ――っ!?」」
「ヴィヴィオさぁーん!?」
「ちゃんと止めろよサツキ! マジでヴィヴィオの顔が持たねーぞ!」
「お、おう……ごめん」

 申し訳なさそうなサツキさんの謝罪を最後に、私の意識は途絶えた。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第69話「ありがとな」

 

「おい。その情報、マジもんか?」

『マジもんだよ、残念ながら』

「なんで残念なんだよ。とても喜ばしいことじゃねえか」

『いやいや、実の姉が犯罪者になっていくと思うと……なぁ……』

「失礼な! まだその域には達してねえよ!」

『まだ!? まだつったなあんた! てことは近いうちにやらかすってことだろ! えぇ!?』

「……………………切るぞ」

『おい待て逃げんな! 最後まで話を――』

 

 

 

 

 

 

 

「あっはははっ!」

「ごっ!?」

 

 ヴィヴィオを軽くいなした日の夜。たまには集団相手にケンカしようと思ってイツキに歯応えのある奴がいないか調べさせた結果、管理局に目をつけられているらしい武装集団の情報を得たアタシは連中のアジトへ殴り込みに来ていた。なんでも噂じゃ腕のある連中の集まりだとか。

 実際に対面してみたらただの仮面を被った変人の集まりって印象しかなかったが、いざ勝負してみるとそれなりに骨のある連中だとわかった。今アタシが笑い声を上げたのは、それを知ったことでテンションが上がってきたからだ。

 三人目を膝蹴りで沈め、向かってきた四人目の顔に右ストレートを打ち込み、いつの間にか背後に回り込んでいた五人目に裏拳をブチかます。次に五人目の頭を掴み、近くにあった柱へ叩きつけるも、その隙にデバイスであろう杖で脇腹を殴られてしまう。が、アタシはこれを意に介さず殴った本人である六人目の顔を殴り飛ばす。その衝撃で仮面が破損し、男性らしき素顔が露になった。

 

「なるほど、大体が男か……」

 

 そう呟きながら倒れていた六人目の頭を右手で掴み、握り込んだ左の拳で殴りつける。五発ほど殴ったところで後頭部に強い衝撃が走り、感触から鈍器のようなもので頭を殴打されたのだと理解した。すぐさま六人目を盾にして追撃を防ぎ、左のストマックブローを鉄パイプを持っていた七人目に打ち込んだ。

 それからも向かってくる奴は全員ブチのめしていたが、頃合いと思ったアタシは一旦攻撃を止め、周りを見渡してみる。夢中になっていて気づかなかったが、アタシがぶっ倒した奴の大半が血を流していた。えっと……やり過ぎたか?

 

「随分と派手にやってくれるなぁ嬢ちゃん」

「ん――!?」

 

 そんな声が聞こえると同時にいきなり吹っ飛ばされ、かなりのスピードで壁に激突した。いってえなおい、昔のアタシだったら死んでたぞ。

 すぐに体勢を整え、さっきまでアタシがいたところに視線を移すとバスケ部のキャプテンみたく上着を羽織った一人の男が立っていた。

 茶髪に凶悪な面とハンサム顔を足したような顔付き、遠目でわかりにくいがアタシより一回り大柄な体格、そして雰囲気……へぇ。

 

「お前が親玉かぁ……」

「まあな。ていうか、廃墟でもここはビル内だぞ? 少しは控えたらどうだ」

「アホか。そんなことしたら袋叩きにされるだろうが」

 

 初対面で変なところを注意されるとは思わなかった。アタシはこれをいやいや、と手を振りながら適当に否定する。

 だってそうだろう? 敵の集団が相手なのに控える理由はどこにもない。むしろ暴れまくってナンボというやつだ。つまり肯定する必要がない。

 

「さっそくだが親玉」

「誰が親玉だ。俺にはリーフって名前があんだよ。……あんた、死戦女神だろ?」

「知ってんのか」

「当然。結構有名だからな」

「そいつは光栄だ」

 

 どうやら不良だけでなくその道の連中にも知られていたようだ。チッ、せっかく『名乗るほどの者じゃねえ』ってキメようと思ってたのに。

 

「なら話は早い。……やろうぜ、無駄話はこの辺にしてよ」

「おっ、気が合――」

 

 いつも通り一瞬で距離を詰め、リーフが何か言おうとしたところを右の拳で思いっきり殴り飛ばす。この不意討ちを食らったリーフは見事に吹っ飛ぶも、両手から魔力を噴射することで壁への激突を免れた。おいおい、そんなのありかよ。おもしろそうだから参考にさせてもらうわ。

 

「ふ、不意討ちはねえだろ不意討ちは。一瞬走馬灯が見えたぞ」

「防いどいてよく言うぜ」

 

 なんとかなった、みたいな顔を焦りながらやっとけばごまかせるとか思ってんなら無駄だぞ。

 アタシの拳が当たる寸前、コイツは咄嗟に両腕をクロスさせることで防御していた。すげえ動体視力だ。……ホントに楽しめそうだよ。

 お返しを終わらせたアタシは久々に脱力した自然体の構えを取り、リーフもボクシングのそれに近いスタンダートな構えを取った。

 そのまま三分ほど経ったところで――リーフが動いた。アピニオンの倍はあろうかと思われるスピードでジグザグに動きながら肉簿し、メリケンサックで強化された右拳が懐に叩き込まれる。

 予想以上の威力に思わず顔をしかめ、膝をつきそうになる。続いて左の拳が眼前に迫ってくるも、咄嗟に上体を後方に反らすことで回避し、そのまま両手を地面につけると同時に右脚でリーフの顎を蹴り上げ、すぐさま上体を起こす。

 

「いつつ……」

 

 未だに痛む懐を擦り、体勢を整えていたリーフのメリケンサックがはめられた両手を見つめる。

 いつ装着したんだ?

 あと正直、メリケンサックの威力をナメてた。

 雑魚がよく使うショボい武器も、強い奴が使うとここまで変わるのか。今後のために覚えておくとしよう。ところで……

 

「それ、デバイスか?」

「お、よくわかったな」

 

 やはりメリケンサックはリーフのデバイスだった。ていうか、あんな型もあるのかよ。ここまで来たら包丁型のデバイスがあっても驚かないぞ。

 アタシが構えると同時にリーフも右手に魔力をチャージし始めた。このパターンは……

 

「砲撃か」

 

 そうだ、ハリーが砲撃を撃つために魔力をチャージするときの状態とほぼ同じなんだ。

 今なら奴をサンドバッグにできる。そう思ったアタシは左手に力を込め、スタートダッシュの要領で突撃した。その衝撃で踏み込んだ位置が陥没してしまったが、そんなことはどうでもいい。

 あと一歩のところまで迫り、左の拳でぶん殴ろうとした瞬間、全身に鎖状のものが絡み付き、その場から動けなくなった。クソッ、この距離でチェーンバインドとか洒落になんねえぞ!

 そんなアタシの心情をよそに、チャージが完了したらしいリーフは右手をこっちに向けてきた。

 

「さすがの女神様も、これならダメージはあるだろ」

 

 してやったぜ! 的な表情のリーフにそう言われ、アタシはため息をつきそうになった。いや、まあ、確かにこれならダメージはあるよ。

 ……けどさ、ここまでするか普通? それと誰が女神様だおい。

 

「ほいっと」

 

 とりあえず全身に掛けられたバインドを力ずくで振りほどき、発射寸前だったリーフの右手に手刀をかましてから懐に蹴りを入れる。危ない危ない。もしも発射されてたらダメージを受けてたうえに、管理局の連中にも勘づかれてたぞ。そうなればアタシまで御用になってしまう。

 リーフは懐を押さえながら痛そうな顔をしているが、まだ余力を残しているのは明らかだ。

 

「やっぱりバインドは意味ねえか……!」

 

 今の反応を見る限り、どうやらアタシにバインドが効くかどうかを確かめたかったらしい。

 するとリーフは両手に魔力を纏い、再びスタンダートな構えを取る。

 

「そうこなくちゃ、おもしろくねえ!」

 

 アタシはすかさず右拳を振り上げ、リーフの右拳と激突させるも、すぐに裏拳の要領で弾かれたため押し合いにはならなかった。

 そこから先は力と力のぶつかり合いとなった。

 リーフがぶっ放した弾幕を絶花で弾き返したり、顔を柱へ叩きつけられたり、ひたすら殴り合ったりした。それでも互いに膝をつくことすらなく、傷だらけになりながらもぶつかり合う。

 しかし、どんな物事にも終わりがあるわけで……この勝負(ケンカ)にも、ついにそれが訪れた。

 

「はぁ……はぁ……身体強化なしでこの強さとか反則だろ」

「そう愚痴るな。――強いよ、お前も」

 

 互いに距離を取り、体勢を整えてからそう呟く。こんなに強い奴はアスカ以来かもしれない。

 そうリーフを評価すると同時に、ちょっとした虚しさも感じてしまう。このレベルでもアタシは満たされないのかと。

 

「さてと……よっ(コキンッ)」

 

 つい先ほど外された左腕の関節をはめ直し、息が乱れているリーフ目掛けて突撃する。

 アタシが関節をはめ直したのを見てギョッとしていた顔も、すぐに集中した際のそれへと切り替わった。割り切るの早いな。

 突撃の勢いを保ったまま左の拳を握りしめ、左腕を思いっきり後ろへ引く。それを見たリーフは一瞬で魔力をチャージした右手を突き出し、ハリーのガンフレイムに勝るとも劣らない砲撃を放ってきた。アタシは絶花を使わずにジャンプすることでこれを回避し、

 

「くたばれぇっ!」

 

 そのまま奴の顔面に豪快なサッカーボールキックをブチ込んだ。

 これを食らったリーフはその場で静かに倒れ、アタシも近くに着地した。

 

「…………げほっ」

「へぇ、まだ意識あんのか」

 

 マジで凄えよお前、と付け加える。最後の蹴り、結構本気でやったはずなんだけどな。

 

「……いてえわ、やっぱり」

「そんだけで、済むのか……」

 

 頭と右脚に激痛が走り、ようやく自分が大きなダメージを負ったことに気づいて顔を歪める。頭と右脚以外だと脇腹も痛い。というか、身体中が痛みでズキズキする。帰ったら応急処置をして安静にする必要があるわ。

 今にも倒れそうな身体を引きずるように動かし、仰向けに倒れているリーフの顔を覗き込む。

 

「ありがとな」

 

 口に溜まっていた血の混じった痰を吐いてから微笑み、ボーッとしていたリーフに礼を言う。

 これをきっかけに、インターミドルから身を退けそうだ。いずれそうするつもりだったが、そのきっかけが見つからなかったんだよ。

 

「そいつはこっちのセリフだぜ――()()()()()

「っ!!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、痛みを忘れてしまうほど驚愕してしまった。コイツ……知ってたのか。

 

「あんたと勝負できて良かったよ。……負けちまったが」

「そうかい」

「…………はは」

「どした?」

「あはは…………もう、桁違いすぎて笑うしかねえって感じだよ…………」

 

 その言葉を最後に、リーフは意識を失った。

 ……さてと、アタシも帰りますか。あの砲撃で管理局の連中に気づかれた可能性があるし。

 このあと気合いで右脚を動かし、痛みを堪えながら路地裏から下水道を伝い、無事に帰宅したのだった。ジークに騒がれたのは言うまでもない。

 

 

 

 




《今回のNG》


※裏話により今回はお休みします。


《今日のジークちゃん》

「えっと、確かここにサッちゃんがお菓子を隠してたはずなんよ……」

 サッちゃんがヴィヴィちゃんと軽く試合するために出ていった二分後、(ウチ)はサッちゃんの部屋を物色していた。ぐふふ、お菓子そのものは隠せても匂いがプンプンするから丸わかりや~。
 ベッドからは缶コーヒーと灰皿が出てきたが、肝心のお菓子は匂いしかせーへん。けどこの匂いをたどっていくと……

「ビンゴやっ!」

 案の定、衣類(下着)が詰められたタンスの奥からジャンクフードと地球産のどら焼きってお菓子が出てきた。大博打が当たった気分や!

「ほなさっそく――」


 ガチャッ


「…………」
「……へ?」

 な、なんで魔女っ子が入ってくるんや? 念のために鍵は改造しておいたやつを含めて三重に閉めといたはずやのに。

「……管理局ですか? ここに下着泥棒が――」
「誤解や魔女っ子! (ウチ)はただサッちゃんのタンスを」
「……下着が散らばっている時点で言い訳しても無駄だから」
「そやから誤解って言うてるやろ! お願いやから通報するのだけはやめてー!!」



 二人は今日も平常運転だった。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第70話「手負いでも平常運転」

 

「よしッ! 学年85位! 二桁順位キープだオラァ~!」

 

 武装集団のアジトへ殴り込みに行ってから二日後。今日は学期内試験の結果が発表される日だ。

 目の前のハリーみたくガッツポーズしてまで喜ぶ奴もいれば、へこみ過ぎて校内のガラスを割ろうとするバカ、嬉しさのあまりトリプルアクセルをカッコ悪く決めるバカ、好きな女子に特攻するバカ、自分の成績に合わせて感情を露にする普通のバカがそこら中に湧いてくる日でもある。

 ちなみに、ハリーの取り巻きであるルカとリンダは追試を免れたというのにグッタリしている。

 そこはもっと喜ぶべきだろ。さっき廊下ですれ違ったトリプルアクセルのバカみたいにさ。

 

「みんな、追試にならなくて良かったよ……」

 

 ハリーと愉快な仲間たちの一人であるミアは、親分のハリーと仲間の二人が追試にならなかったことにホッとしていた。さすが、学年9位の優等生は言うことが違うね~。

 

「なあサツキ」

「アタシはお前らの仲間じゃねえぞ」

「まだなんも言ってないだろ……怪我、大丈夫か?」

 

 ミアに心配そうな顔で訪ねられ、近くにあった鏡で今の自分の状態を確認してみる。頭には一昨年以来であろう懐かしの包帯が巻かれ、右脚も骨折とまではいかなかったものの負傷してしまったため、補助として松葉杖をついている。どうやらあの親玉とのケンカによるダメージが想定以上のものだったらしく、準決勝までに完治できるかどうかは運次第とのこと。

 ま、運良く怪我が治ったとしても関係ないんだよな……どのみち引退するし。

 ハリーとその他二名も、今はいつも通りにしているがついさっきまでめちゃくちゃうるさかったよ。『なんでこんな大事な時期に怪我してんだ!』とか、『脚を怪我してまでやることがあんのか!?』とか言われたし。当然だが、今年でインターミドルを引退することは話してない。

 

「サツキは何位だったんだよ?」

 

 やっと喜び終えたハリーが、なぜか自信満々な顔でそう問いかけてきた。え、何? もしかして勝ったとか思っちゃってる?

 

「ああ、上から5番目だ」

「「「え?」」」

 

 現実を突きつけた瞬間、ハリーの取り巻き三人の声が綺麗に重なり、教室も一気に静まり返った。クラスメイトのほとんどが信じられないという顔でアタシを見ている。ルカとリンダに至ってはさっきまでグッタリしていたのが嘘のようだ。

 

「な、なんだって……?」

「だから、学年5位だよ」

 

 ハリーが今度は震え声で問いかけてきたので、今度はわかりやすくはっきりと告げる。するとハリーは顔を俯かせ、ワナワナと震え始めた。

 ……あ、これはお怒りのパターンですね。なんとなくわかります。

 

「…………納得いかねぇ――っ!!」

 

 顔を上げたかと思えば、いきなり鬼の形相になって吠えやがった。

 しかし、この雄叫びでクラスメイトもハッと我に返り、静まり返っていた教室も一気にざわつきを取り戻した。相変わらず極端だなぁ。お前が納得してないのは今の叫びでよくわかった。でもな、アタシが納得してるからそれでいいんだよ。

 

「お前まったく勉強してなかっただろ! どうやったらそんな順位になるんだよ!?」

 

 お怒りの表情でアタシの胸ぐらを掴み、前後に揺さぶりながら叫ぶハリー。どうやったらって言われてもなぁ……とりあえず揺さぶるのやめろ。

 正直に登校二日目に全ての教科書を読んで覚えました、とか言っても信じてもらえないのは目に見えてる。ならカンニングと言えばいいのか? いや、コイツらのことだからその可能性はとっくに考えてるはずだ。アタシの口からそれを言えばすぐさまチクられるに違いない。これもあかん。

 こうなったら適当にはぐらかすしかない。そうと決めれば早くしよう。でないと吐く……!

 

「ま、前にも言ったろ。お前らとは、モノが違うって……!」

「今初めて聞いたぞ!?」

「ストップですリーダー! それ以上やるとサツキが吐いてしまいます!」

 

 アタシの顔が青ざめているのに気づいたリンダがすかさず止めてくれた。く、空気を吸うだけで幸福感が得られるとは思わなかったぞ……。

 あと一歩でも遅れていたらアタシはゲロヤンキーと呼ばれるはめになっていただろう。そう思うだけでゾッとする。

 

「と、ところでサツキ。チビ達の学院祭には行かないのか?」

 

 このままだとアタシが吐きながら暴れるとでも思ったのか、リンダと共に黙りしていたルカが別の話題を振ってきた。

 えーっとチビ達って……多分いや、間違いなくヴィヴィオ達のことだよな。うーむ……アタシとしてはそんなお祭りを楽しむより早く脚の怪我を治して暴れたいんだけど。

 ところで――

 

「学院祭ってなんぞ?」

 

 思ったことをハリーたちにそのままぶつけてみると、マジかコイツと言わんばかりに驚かれた。

 いやマジで知らないんだけど。驚かれても困るんだけど。今回初めて聞いた単語なのに知ってるわけねえだろうが。

 

「ヴィヴィたちの学校でやる文化祭と同じような行事だよ」

 

 なんとか落ち着いたハリーがわかりやすく一言で説明してくれた。なるほど、出店やミニゲームをやったりするあの文化祭と同じやつか。……練習場よりも居心地が悪そうだから絶対に行きたくねえな。家でゴロゴロする方がマシだ。

 

「行くわけねえだろ」

〈マスター。ウェズリーさんからメールが来てますよ〉

「ウェズリーから?」

 

 ていうかウェズリーって誰だっけ。

 

「多分、学院祭の招待状だと思うぞ」

 

 ハリーにそう言われ、とりあえずメールの内容を確認してみることにした。

 どれどれ……

 

 

【お久しぶりです! 今度殴って――じゃなかった。今度うちの学校で開催する学院祭に来てください! あと蹴り飛ば――間違えた。あたし達のクラスの出し物である『魔法喫茶』にも来てくれると嬉しいです! それと会わせたい人(?)がいるので投げ飛ば――違った。会わせたい人がいるので、お昼を一緒にいかがですか? あと、あと…………あたしを張っ倒し――】

 

 

 ピッ

 

「…………」

 

 すぐさまウェズリーを着拒に設定し、それのアドレスと履歴を跡形もなく削除する。よし、これで一週間は大丈夫なはずだ……め、メイビー。そしてたった今、思い出した。ウェズリーってあのや、八重歯? が特徴的なマゾガキの名前じゃねえか。なんで今に至るまで忘れていたんだ。さすがにこれは大失態だよ。ヴィヴィオを軽くいなした日にもいたじゃねえか。どうして忘れてたんだアタシのバカヤロー……!

 思わず読んでる途中でメールを閉じてしまったが、最後まで読みたいという気持ちより、最後まで読まなくてよかった、という気持ちの方が圧倒的に勝っているから問題ない。

 ま、まずはハリーに報告するとしよう。すげえ気になる的な視線をこっちに向けてるから。

 

「ただの迷惑メールだったよ(ガクガクガク)」

「何があった――いや、どんなメールを見たんだ!? なんか生まれたての子鹿みたいに足が震えてるぞお前!?」

 

 はっはっは、何を言ってるんだお前は。アタシの足がそう簡単に震えるわけがないだろう。多分これは武者震いだ。いや、そうに違いない。ていうかそうであってくれ、頼むから。

 しかしなぜだろう。さっきから身も凍るような物凄い寒気がするんだけど。アタシは何も悪くないのに。まだ何もしてないのに。

 

「と、とりあえずメールの内容を見せて――」

「メールなんて来なかった。いいね?」

「「「………………」」」

 

 今のアタシはお坊さんもびっくりなレベルの真顔をしているに違いない。

 

「で、でもよ――」

「メールなんて来なかった。いいね?」

「………………は、はい」

 

 この事はキレイさっぱり忘れるとしよう。もうすぐ昼飯の時間だし。

 

 

 □

 

 

「屋上で食べる飯は美味しいにゃ~」

「気持ち悪いから語尾に『にゃ~』って付けるのやめろ」

 

 昼休み。屋上に設置してある(忘れかけてたのは内緒)炬燵で、アタシはお手製弁当を、ハリーはコンビニ弁当を食べている。

 それにしてもさ――

 

「なんでお前がいるわけ? 結構前から思ってたけど」

「いいじゃねーか別に」

 

 全く、今朝テレビでやってた占いが当たってる気がするぞこれ。ジークが見ろ見ろうるさいから仕方なく見たけどさ……もう絶対に見ないぞあれは。何がハロー占いだよ。妙な名前のくせに当たりやすいとかムカつくんだよ。当たりやすいじゃねえよ、当たってんだよ悪い方向に。

 今朝の出来事を振り返っていると、ハリーが頬にご飯粒をつけながら口を開いた。

 

「サツキ」

「んだよ」

「お前さ――どうやって屋上までたどり着いたんだよ? その脚で」

 

 なんだ、そんなことか。

 

「両手でよじ登ったに決まってんだろ」

「さも当たり前のように言うな。両手だけで校舎の壁をよじ登れる人外はお前だけだ」

「誰が人外だテメエ」

 

 なんで最近の知り合いはアタシを人外として扱おうとするんだ。そりゃ前に大型バイクや電話ボックス(みたいな何か)を投げ飛ばしたことはあるけどさ、そういうのですぐに人外として扱うのはやめてもらいたいね。

 

「ごちそうさん」

「おい。なんでオレから逃げようとしてんだ」

 

 飯を食い終え、屋上の端ら辺にある配水管のようなパイプを伝って下へ降りようとしただけなのに逃亡者扱いである。どこまでも失礼な奴だ。

 それでも松葉杖を背負い、パイプを伝って降りようとした瞬間、ハリーが待ったを掛けてきた。

 

「待て待て待て待て! どっから降りようとしてんだお前!?」

「どっからって、パイプからだけど」

「普通に階段から下りればいいだろーが!」

「そっか。じゃあな」

「ちょ、おま――」

 

 ハリーがまた何か言おうとしていたが、アタシはそれを無視して屋上から離脱した。今からスーパーの特売があるからな。これを逃すわけにはいかない。逃せば今の清貧生活が悪化してしまう。

 今夜のご飯は何にしよう。そう考えつつも、アタシは急いでスーパーへ向かうのだった。

 屋上から降りる際、ハリーが胃薬を飲んでいたけど……きっと気のせいだろう。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 50

「両手でよじ登ったに決まってんだろ」
「さも当たり前のように言うな。両手だけで校舎の壁をよじ登れる人外はお前――ぶべらっ!?」
「誰が人外だテメエ」
「あぶねーなおい! 松葉杖をバットみてーに扱うな! あと一歩でオレが場外ホームランになってたぞ!?」
「チッ」

 なってればよかったものを。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第71話「限界突破とラブフィーバー」

 

「サッちゃん。女の子の格好してくれへん?」

「お前は何を言ってるんだ。アタシは女だぞ」

「女の子の格好してくれへん?」

「ナイスジョークだジーク。あとアタシは女だ」

「女の子の格好してー」

「…………冗談が好きだな、ジークは。ね、冗談だよね? アタシは女だぞ?」

「はよ脱げや」

「テメエそれが本音だろ!?」

「…………え、エレミア。冗談も程々に――」

(ウチ)はいつでも本気なんよ」

 

 間合いを取りながらとてつもない緊張感を漂わせるアタシたち。

 

「おいクロ。これなんとかしてくれ」

「……それはこっちのセリフ」

 

 目の前にいるジークを警戒しつつ、クロと二人で天を仰ぐ。

 

 

 ――きっかけはジークの些細な一言だった。

 

 

「ロシアンチョコ食べよ!」

「なんだその物騒な名前のチョコレートは」

 

 学期内試験の結果が発表された日の夜。ギリギリでスーパーの特売に間に合ったアタシが帰宅すると、ジークが黒い箱を掲げながらそう叫んでいた。なんだよロシアンチョコって。名前だけでどんなお菓子かわかってしまったじゃねえか。

 そのすぐそばで「まさにアホミア」と、呆れた顔でジークを見ているのは癒し要員のクロ。そろそろ癒しじゃなくてストレスになってきたと思っているのは内緒である。まあ、そんな顔をしているという点ではアタシも同じだがな。あのジークが、自らギャンブルを提案してきたのだから。

 そう思いつつ、両手に持っていたスーパーの袋をテーブルの上に置く。

 

「ヴィクターがくれたんよ」

「何あげてんだあの親バカ……!」

 

 次会ったらけちょんけちょんにしてやる。

 

「アタシはいらねえから、一人で勝手に食ってろ」

「……右に同じ」

 

 なんか危ない気配がビンビンなので、アタシとクロはジークの誘いをバッサリと断ることにした。とりあえず上着のポケットからタバコを取り出し、オイルライターで火をつけ一服する。

 ライターで火をつけるこの感触、久々だなぁ。

 最近はマッチで火をつけてたから忘れそうになってたよ。

 

「なんや二人とも、ノリが悪いなぁ~……タバコ吸うのやめーや」

 

 そう愚痴りながらジークはチョコレートの箱を開け、さっそくと言わんばかりに一つ頬張った。

 それにしても……ロシアンチョコ、ねぇ。ロシアンつったらやっぱりロシアンルーレットのロシアンだよな? だとしたらあのチョコには何種類の味があるというんだ……?

 

 ――よし、前言撤回。

 

「一つよこせジーク。食べてやる」

「へ? な、なんや急に」

「…………私にも一つ」

「あっ、魔女っ子まで!」

 

 ジークが持っている箱からチョコを一つ取り、思いきって頬張る。すると何度か味わったことのあるフルーツ果汁のような味が口いっぱいに広がり、まるでミックスジュースを飲んでいるかのような……って、

 

「ミックスジュースか!」

 

 まさかのミックスジュース味だった。チラッとクロの方を見てみると、今にも床の上でのたうち回りそうな顔になっていた。ふむ、何かを堪えているようだが……あ、吹き出した。

 我慢できずに吹き出したクロはひぃひぃ言いながらキッチンに走り、口を洗うように水を飲み始める。ああ……辛い系の味に当たってしまったのか。ドンマイとしか言えないな。

 そういや一番最初に食べたジークは何味だったのか。ふと気になったアタシはさっきから人形のように動かないジークの方へと視線を向ける。やけに大人しいな……それにアイツからアルコールの匂いが――

 

「んちゅ~」

「ホアッタァ!?」

 

 いきなり抱きついてきたかと思えば唇をすぼませてキスしてきやがった。もちろんさせるわけがない。唇だけは守ろうと必死に顔を逸らすも、頬に柔らかい感触が押しつけられる。

 危ねえ! いや最悪だ! 額の次は頬かよ! ていうかアルコールの匂いヤベェ! なんの味食べたらこうなるんだよ!?

 

「サッちゃ~んちゅ~して~」

「死ね! 今すぐ死ね!」

 

 なんじゃコイツ!? 酔ってるせいか無駄に力が強えっ! クソッ、全く引き剥がせないし右脚が動かせないから踏ん張りも利かねえ……! ていうかやめろ! それ以上引っ付くな! 暑苦しいしなんかハーブの匂いがするし……

 

「ん? ハーブ?」

 

 なんでアルコールにハーブの匂いが混じってんだ? しかもこれは……ニガヨモギ、アニス、ウイキョウ。これらのハーブを扱ったお酒と言えば……おいおい、よりによってアブサンかよ。

 アブサンと言えば複数のハーブやスパイスを主成分とした薬草系リキュール――混成酒の一つだったはず。アルコール度数は70%前後……チョコに入れていいもんじゃねえぞ!?

 

「はむっ」

「んぅ!? おいバカやめろ! 耳を噛むな!」

 

 くすぐったい! なんかくすぐったいし変な声が出そうになったからやめてくれ!

 てか、よく考えたらいくらなんでもおかしいぞ。アルコール度数の凄まじいアブサンを摂取したんだ。ワインの香り程度で酔っ払うジークならすぐに酔い潰れて眠るはずなのに……なんでこんなに元気なのコイツ。

 そんなアタシの心情を見透かしたのか、ジークはそこそこある胸を張ってこう告げた。

 

(ウチ)のサッちゃんへの愛……ラブパワーや!!」

「そんなラブパワーがあってたまるか!」

 

 何堂々と宣言してやがる。顔も真っ赤にしやがって。あと酒臭い。

 要はこういうことだろう。ジークのアタシに対する愛とやらが酔っ払うことで限界突破してしまい、歯止めが利かなくなったと。……これのどこに意識を保っていられる要素があるんだ?

 

「とりあえず結婚しよ~」

「待て! 過程はどうした過程は!? いきなりハネムーンでエンジョイする気か!?」

 

 ええい、こうなったら……!

 

「クロ! この酔っ払いをなんとかしてくれ!」

 

 いつの間にか復活していたクロがすぐそばでアタシたちを見ていたので、迷わず助けてもらうことにした。頼むぞクロ……!

 

「…………今、鉛筆を削るのに忙しい」

 

 

 《知り合いの貞操》<《鉛筆削り》

 

 

 アタシの貞操もずいぶん軽く見られたものだ。

 

「鉛筆を削ってるように見せかけてアタシのどら焼きを勝手に食べてるクロなんて大っ嫌いだ!」

「…………っ!!(ブンブン)」

 

 赤面した状態で否定のポーズを取りながらも、どら焼きを食べることは全くやめないクロ。なんてわかりやすい奴なんだお前は。

 しかし、クロはどら焼きを食べながらもこっちに来てジークを引き剥がしてくれた。

 

「………………これをどうしろと?」

「始末してくれ」

「無理」

 

 この役立たずが。

 

「サッちゃ~ん」

「な、なんじゃい」

「服を脱いで~」

「脱ぐわけないやろこのドアホ!」

 

 思わず関西弁で返してしまった。あー……地球にいた頃が懐かしい。

 

「ほら~はよ脱いで~」

「脱がへんつってるだろ! なんぼ言うたらわかるんやおどれは! わかったらその裾を掴んでいる手を離せ! 服が伸びてまうやろ!」

「……サツキ、口調口調」

「あ」

 

 もうダメだ。コイツのアタシに対する愛とやらが限界突破しているように、アタシのコイツに対するストレスも限界突破しているんだ……。

 これがハリーやシェベルにバレようものならアタシのあだ名は“女たらし”になってしまうな。

 

「そや、脱ぐのが嫌なら――」

「見えない! アタシにはジークがどこからともなく取り出したとにかく透け透けのウェディングドレスなんて全く見えねえぞ!」

 

 クソッタレが。そんな衣装を着るぐらいなら裸の方がマシだって一瞬思っちまったじゃねえか。

 

「えへへ~揉み心地ええなぁ~」

「おまっ!?」

 

 ジークはいつの間にかアタシの胸を揉んでいた。今度はセクハラか――いや、よく考えたらこれは日常茶飯事だわ。もう慣れた。

 

「離せ酔っ払い!」

「おぶふっ!?」

 

 やっと反撃するだけの気力を取り戻したアタシは右の拳で思いっきりジークを殴り飛ばし、次に持っていた松葉杖でひたすら追い討ちを掛ける。

 これを食らったジークはその場で力なく倒れ、ようやく沈黙した。

 よ、よし……! これで起きる頃には酔いが覚めて元に戻ってるはず……!

 

「…………お疲れさま」

 

 疲労のあまり肩で息をしていると、右手で鼻を摘まんだクロが突然口を開いた。

 

「よく言うぜ、この薄情者が」

「……私だって自分が可愛い」

 

 お前の言う友達とはその程度か。

 

「とりあえず、明日には記憶がなくなってるはずだ。酔っ払うってのはそういうもんだからな」

「……疲れたから帰る」

「そうか」

 

 そんじゃ、アタシも寝るとしますか。

 ジークを処分するとしたら明日だ。最低でも喉元は潰してやる。……やれやれ、これで何度目の処分になるのかねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

「おはよサッちゃん。今度のハネムーンはどこがええかな?」

「なぜだぁあああああああっ!!」

 

 翌日。ジークは酔いから覚めていた。しかしこの通りである。吹っ切れた感が尋常じゃない。

 今までのジークもそれなりにぶっ飛んだ発言はあったが、それでも一線は弁えていた。だからこそ、第一声がハネムーンはさすがに笑えねえ。いきなり叫んだアタシは絶対に悪くないぞ。

 

「子供は何人――」

「それ以上はいけない!」

 

 言葉を遮って正解だった。最後まで聞いていたら恋愛の定義を崩されていたかもしれん。

 しかもそれ以前に性別という壁が立ちはだかっていることをコイツは知らない。

 

「ジーク。昨日のことは覚えてるか?」

「昨日? 覚えてへんけど、サッちゃんが浮気でもしたんか?」

 

 なぜそうなる。

 

「……あっ、思い出した!」

 

 なんだ? 何を思い出したんだ?

 

「――(ウチ)は今日もラブフィーバーや!」

「どこからツッコめばいいのかわからねえ!!」

 

 今このときほどジークへのツッコミが追いつかないと思ったことはない。

 このあとも朝食を食べながらジークのお喋りに付き合わされたが、最終的に松葉杖でひたすら殴ることで落ち着かせたのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 36

「…………今、どら焼きを食べるのに忙しい」


 《知り合いの貞操》<《どら焼き》


 クロは自分に正直で偉いなぁ……!!




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第72話「表と裏の日常」

 

「サッちゃん! これに名前を書いて!」

「あ? どれだよ――誰が書くかバカヤロー」

 

 ジークが限界突破を果たしてから一週間後。

 アタシはジークが差し出してきた婚姻届を見て心底呆れていた。……これ、軟化するどころか悪化の道をたどっているんだけど。あと貞操の危機が倍増した気しかしない。

 このままいけば、コイツはアタシ以外にも食いつく百合女になってしまう。確実に。

 

「べ、別に書くだけならええやろ!?」

「よくねえよ」

 

 吹っ切れた変態ほど怖いものはない。これに関してはジークの他にもウェズリーが該当する。それ以外の連中はまともだと信じたい。

 まともな奴ほど扱いやすいし、個性もそんなに強くないからな。

 

「ところでジーク」

「んー?」

「圧力鍋が真ん中から破裂していたんだが、心当たりはないか?」

「………………(サッ)」

 

 やっぱりテメエかコノヤロー……!

 

「あれいくらしたと思ってんだ!? お前が着てるそのボロジャージの二倍は高いんだぞ!?」

「ボロジャージって言うのやめてーや! せめて勲章のついたジャージと言ってほしいんよ!」

 

 まずは勲章という言葉の意味を一週間かけて調べてこい。話はそれからだ。

 今朝、いきなりジークが『花嫁修行するからまずは料理をやってみたいんよ』とかほざいたので仕方なくやらせることにしたのだ。なんの料理をやったのかは知らんが、料理器具を破裂させたのだから絶対に手順以前の問題である。どうやったら圧力鍋が破裂するんだよ。

 とりあえず、コイツが料理できないのはよくわかった。もう二度とさせない。

 

「そんなことより、はよ書いてほしいんよ!」

 

 何がそんなことだテメエ。お前にとってはそんなことでも、アタシにとっては一文無しになるかならないかの瀬戸際なんだぞ。財布も軽いし、何よりヴィクターへの借金が返済できていない。

 それにお前、去年なんて掃除してたときに椅子をぶっ壊したり、食器を洗ってるときに皿を割りまくったり、挙げ句の果てにはリモコンを壊しかけたこともあったよなぁ? アタシは決して忘れねえぞ。無念に散っていった彼らの想いを。

 

 まあ、このまま放置しておくのもあれなので、仕方なく婚姻届を受け取る。

 どれどれ……おい、

 

「なんでお前が嫁なんだよ!? ここはアタシにするべきだろ!」

「サッちゃんはどう見てもお婿さんやろ! 無駄に漢らしいし!」

 

 それは褒めてんのか? 貶してんのか?

 

「チッ…………まあいい(ボォッ)」

「あ――!! 燃やさんといてぇー!!」

 

 だが、もう遅い。必死の消火活動も空しく、婚姻届は五分も経たないうちに綺麗さっぱり灰となった。ありがとう、マイライター。

 ジークは燃え尽きた婚姻届(だった灰)を両手で持ちつつ落胆している。けどまあ、コイツのことだから婚姻届の予備はまだあるんだろうな。そう思うと気が遠くなってきた。しかも、これはある意味始まりに過ぎないんだよねぇ……。

 遠い目になりながら苦虫を噛み潰したような顔になっているアタシをよそに、ジークはすぐに立ち直ってどこかへ出掛けようとしていた。

 

「どこ行くんだ?」

「ヴィクターから婚姻届をもらいに行くんよ」

 

 あんの親バカァ……!

 

「……アタシも行く」

「へ?」

 

 とりあえず婚姻届の発生源であるアイツはこの手でブチ殺す必要がある。

 

 

 □

 

 

「どうしてサツキがいるのかしら?」

「いちゃ悪いのか?」

 

 ヴィクターの屋敷――ダールグリュン邸。

 久々に訪れたということすら忘れつつあるアタシは、屋敷の主であるヴィクターを今すぐぶん殴ろうと拳を握り締めていた。

 最近会ってなかったから気づかなかったが、ロシアンチョコの件も大体コイツのせいだ。一言で言うなら全ての元凶。ボロクソになるまで処刑するには充分な動機である。

 さっそく拳を振り上げるも、後ろにいたジークに引き止められた。

 

「サッちゃんストップや! ここでヴィクターを殺してもなんも解決せーへんよ!?」

 

 いや思いっきり解決するから。発生源であるコイツは今この場で葬り、畑の肥料にしなければならねえ……!

 ゲームでもよくあるが、無限に量産される敵はこまめに一つ一つ倒してもキリがない。そんなときは二度と生み出されないように生みの親を徹底的にブチのめす。アタシがやろうとしていることはそれと全く同じことである。

 

「まったく…………あなたはいつもカッカしすぎよ? 少しは牛乳でも飲んで落ち着きなさいな」

 

 落ち着けないのは主にお前らのせいだ。

 

「ヴィクターの言う通りや。最近のサッちゃん、いつもより短気になっとるよ?」

 

 だからさ、その原因が君たちにあるということを察しようよ。でなきゃアタシもこんなにイライラすることはないんだよ。

 とにかく、ジークと畑の――ヴィクターはここで葬ってやる。

 

「なあジーク」

「なんや――へぶっ!?」

「ぶへっ!?」

 

 今起きたことを簡単に述べると、ちょっぴりキレたアタシがジークにジャーマン・スープレックスをかまし、たまたま後ろにいたヴィクターがそれに巻き込まれた、というわけだ。

 互いに頭のてっぺんから激突したジークとヴィクターは目を回していた。ざまあみろ。

 

 

 ――しばらくお待ちください――

 

 

「ひどい目に遭いましたわ……」

(ウチ)が何をしたって言うんよ……」

「それぞれ自分の胸に聞いてみろ」

 

 数分後。消化不良ながらもヴィクターへの復讐を果たしたアタシは、ただ一人紅茶を飲みながらジト目で二人を見つめていた。

 まずお前らは反省するということを覚えようか。話はそれからだ――とは言わないが、そうでもしないと永遠に解決しない。それだけのことをコイツらはやらかしちゃったわけだし。

 こんな奴の借金を返済しようと言うのだから、アタシもなんだかんだでバカである。

 

「で、用は何かしら?」

「婚姻届をもらいに来たんよ!」

「ごめんなさいジーク。婚姻届はあれで最後だったの」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ジークは仏像みたいな顔になった。おいおい、あかんわこれ……モザイク掛けんとヤバイわ。見せられないよマジで。

 モザイク必須な顔になっているジークは、その顔を保ったまま夢かどうかを確かめるために自分の頬をつねり出した。

 そして思いっきり息を吸い込み、

 

「……ヴィクターのドアホーー!!」

「グッハァッッ!!」

 

 涙目で屋敷全体に響くほどの大声で罵声を上げた。それをモロに聞いたヴィクターは白目になって吐血し、再びぶっ倒れたのだった。

 一部始終を見たアタシは顔を引きつらせながらこう思った。

 

 ――親バカってのは諸刃の剣だったのか。

 

 

 

 

 

 

 

「がぁっ……!?」

 

 翌日。夕方の路地裏にて、アタシはある程度回復した右脚のリハビリを兼ねて暴れ回っていた。

 ……よし、痛くない。たった今もゴロツキである男を蹴り飛ばしたが、違和感はなかった。これならもう少し派手にやっても大丈夫だろう。

 さっそく蹴り飛ばしたゴロツキの頭を両手で固定し、その顔面に膝蹴りをひたすら入れる。歯が抜けようと、流血しようと関係なく蹴り続けた。

 

「ん?」

 

 そして十発目を入れようとした瞬間、男の一人が背後からアタシを羽交い締めにしてきた。

 へぇ、少しは頭を使えるのか。今まではとにかくビビりながら向かってくる奴ばっかりだったもんなぁ……おもしろい。すぐに標的をその男へと変更し、羽交い締めにされたまま前進する。

 

「こ、こいつ……!?」

「はっ、死にたくなけりゃしっかり掴まってろ。……どっちにしろお前らの末路は変わらんがな」

 

 前進する先にはこの男の仲間たちが出口を塞ぐように立っており、退いてくれそうにはない。

 ――よし、一人残さずブチのめそう。

 まずはアタシを羽交い締めにしている男の脇腹へ肘打ちをかまし、足払いで男をうつ伏せの状態にしてから鳩尾へ蹴りを入れて沈める。

 次に別の男が振り下ろしてきた鉄パイプを右手で受け止め、左の拳を顔面へ打ち込む。その直後に後頭部を鈍器で殴打され、懐を蹴られるも、振り返りながら後ろにいた男を殴り飛ばす。

 そんな調子で出口を塞いでいた連中をブチのめしていき、最後の一人を思いっきり壁へ叩きつけたところで攻撃の手を止めた。

 

「…………あれ? もう終わり?」

 

 つまんねえの。

 外面では声を殺すように笑いながらも、内面ではそう思って痰を吐く。ん……また口が切れたな。よくあることだけど。

 それにしても、スタンガンはねえだろスタンガンは。ヴィクターのせいで耐性がついていたから良かったものの……普通なら気絶してるぞ。

 フードを被って路地裏を後にし、タバコを吸いながらケーキでも買って帰ろうかなと思ったときだった。

 

「サツキ?」

 

 背後から聞き覚えのある声で名前を呼ばれ、後ろを振り返ると私服姿のハリーが立っていた。

 

「……何してんだよ」

「なにってそりゃお前――ケンカだよ」

 

 何を今さら、と軽く笑いながら答える。ハリーはそんなアタシを見て目を見開き、まるで信じられないものを見るような顔になった。

 ……もしかしてインターミドルを今年限りで引退することがバレたのか? いや、あれは誰にも話してないからそれはないな。ま、例えバレようと引退することに変わりはないけど。

 吸っているタバコの煙をリング状にして吐きながら、少し首を傾げる。それなりに付き合いの長いお前は知ってるだろうに。

 

「お前…………」

 

 ハリーが何か言おうとしていたが、途中で口ごもったせいで聞き取れなかった。なんて言おうとしたんだ? ……まあいいか、どうでも。

 そんなことより今の時間がもったいないと思い、何も言わずにその場を後にする。その際、後ろからハリーの声が聞こえたような気がしたが、これを気のせいだと思って聞き流すことにした。

 

 

 □

 

 

 オレは何も言わずに立ち去っていくサツキの背中を見て少しばかり戦慄する。フードを被ってたせいで口元しか見えなかったが、それは何かの呪縛から解放されたことを喜ぶように歪んでいた。

 サツキがケンカ好きなのはとっくに知っている。だけど、それでもあいつのあんな表情を見たことは一度もない。今までのサツキは楽しそうにしながらも、心のどこかで諦めている節があった。それは今になっても変わらないのだろう。

 

 なら、あの表情はなんだったんだ?

 

(サツキ……)

 

 普段はオレたちをとことん振り回してやりたい放題した挙げ句、まったく反省しない理不尽なヤツ。公式戦で戦ったことは一度もないが、模擬戦では何度も戦った仲だ。

 ……そんな腐れ縁が、今では遠い誰かにしか見えなくなっていた。

 

 

 ――お前は本当にサツキなのか?

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 9

「サッちゃん! これに名前を書いて!」
「あ? どれだよ――」


 → 記載済みの婚姻届と誓約書


「……………………」
「サッちゃんあかん! 頭が、頭蓋骨がメキメキ言うてる! 言うてるからぁーっ!」

 無言でジークにアイアンクローをかましたアタシは何も悪くない。絶対に。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第73話「お願い誰か助けて」

 

「よっ! アピニオン!」

「ぎゃあぁああああああーっ!!」

 

 学院祭とやらを二日後に控えたある日。

 アタシは暇潰しのためだけに聖王教会を訪れていた。相変わらず居心地が悪いな。

 裏庭ら辺をうろついていたのだが、そこでアピニオンが植木に水やりをしていたので声をかけてみたのだ。それでも第一声で悲鳴を上げられるとは思わなかったけどな。全く、アタシになんの恨みがあるってんだ。

 

「な、な、なんでいるんですか……!?」

 

 ぎこちない動きで後ずさりしながらそう問いかけてくるアピニオン。声が震えてるぞ。

 

(「帰ってください……! お願い)(だから帰ってください……!」)

 

 なんかすげえ小さな声で呟きながらシスターらしくお祈りし始めたんだけど。

 まるでアタシがいるなんて悪夢でしかないみたいな言い方だな。悪夢かどうかはともかく、なんでいるのかに関しては正論である。しかし、今のアタシは暇を潰すためならどこにだって行く。

 ……ヤバイ、そろそろ気分が悪くなってきた。

 

「ところでアピニオン――」

「サンドバッグにはなりませんよ!? あたしだってまだ生きたいんですっ!」

「――トイレはどこ?」

「へ?」

 

 早くしないとゲロインになってしまう。

 

 

 ~~しばらくお待ちください~~

 

 

「あ~スッキリした~」

「………………(ガクガクガク)」

 

 数分後。逃げようとしたアピニオンの首根っこを掴んで捕獲し、強制的にトイレへ案内させることで事なきを得た。

 危なかった。一分でも遅れていたら(ピー)を廊下にぶち撒けていたぞ。今回だけはアピニオンに感謝だ。今みたいにガクガク震えながらもちゃんと案内してくれたのだから。偉いぞアピニオン。後でサンドバッグにしてやる。

 それにしても……震えすぎだろ。首根っこを掴んでいる左手にまで振動が伝わってきてるぞ。こういうところはちょっと可愛いんだよな。だからこそ虐めたくなるんだけど。

 

「落ち着け。別に取って頭を撫でるわけじゃないんだから」

「落ち着けるわけないじゃないですか! これから何をされるかわかんないのに落ち着けるわけないじゃないですか! あとその方向でお願いします! 頭を撫でる方向でお願いしますっ!!」

 

 なんて失礼な奴だ。

 

「気が変わった。やっぱり取って――」

「なんだかんだであたしをサンドバッグにする気満々じゃないですか」

「――殺す」

「殺す!? 食うじゃなくて殺す!? 食われるかサンドバッグにされる方がまだマシだ!」

 

 アピニオンはアタシから逃げようとその場でじたばたするも、アタシが首根っこを掴んで持ち上げているので逃げられなかった。

 諦めろアピニオン。お前の末路はどっちにしてもサンドバッグなんだよ。

 

「さーて、ディードのとこに行くか」

「なんでディード!? そこは普通騎士カリムかシスターシャッハですよね!?」

 

 なんでってそりゃお前――

 

「――お前を縛り上げてもらうために決まってんじゃねえか」

「いやぁああああーっ!!」

 

 自分の最期が見えたらしいアピニオンは涙目で悲鳴を上げた。

 ついでに言うとアタシ、お前の上司は大嫌いなんだよね。あのクソ真面目な人格ゆえにどうも気が合わない。勢い余ってブチ殺してしまいそうなくらいには気が合わない。それに比べればトップのグラシアはまだ融通が利くからマシな方だ。

 ま、そんなことは置いといて、早くディードを探し出すとしますか。

 ……あれ?

 

「おいアピニオン」

「なんですか……?」

「ディードの部屋ってどこだっけ?」

「…………」

 

 そんな目でアタシを見るな。知らないくせに行こうとしてたのかこの人は、みたいな感じの視線をアタシに向けるな。

 この調子だとアピニオンの口からは聞けそうにないので近くにあった扉を順番に開けていき、そこにディードがいるかどうかを確認していく。扉多すぎだろ。何人シスターがいるんだよ。

 そうしてるうちに10枚目の扉へたどり着き、イラついていたこともあって蹴り飛ばすようにして開けてから中に入ると、部屋の右側に二段ベッドがあった。どうやらここは寮室のようだ。

 

「あれ? サツキ――とシャンテ?」

 

 二段ベッドの上段から声がしたので見上げてみると、水色の髪が印象的なセインがうつ伏せになってこっちを見つめていた。

 コイツとは強化合宿以来か…………タオル風船の恨みは忘れない。

 

「何してんだお前」

「それはこっちのセリフだよ……特にシャンテ」

「助けてセイン! このままだとあたしはサツキさん専用のサンドバッグにされてしまう!」

 

 今がチャンスだと言わんばかりにじたばたするアピニオン。おいやめろ。それ以上暴れるな。ガキじゃあるまいし。

 セインはそんなアピニオンを見かねたのか、アタシに些細な抗議をしてきた。

 

「あ、あのさサツキ。イタズラもその辺に――」

「バカかお前。これはストレス発散だよ。決してイタズラなんかじゃない」

「イタズラの方がまだマシだー!!」

 

 さっきからうるせえなお前は。そろそろブチのめしたろか。

 

「…………で、サツキは何してたんだよ?」

「諦めるなセイン! お願いだからあたしを無視するのはやめて!」

 

 セインはアピニオンの救出を諦めたらしく、目の前でじたばたしている彼女を幽霊のように扱い始めた。哀れアピニオン。

 しかしこれは助かった。これ以上扉を破壊すると奴がすっ飛んでくるからな。……もう飛んできているかもしれないが。

 

「あー、実は――」

 

 

 □

 

 

「ほら、あそこがディードの部屋だよ」

「もうダメだ、おしまいだ……!」

 

 セインの案内でようやくディードの部屋にたどり着いた。それにしても長かった。時間的には短かったのに長かった……。

 アピニオンに至っては完全にヘタレ化しており、ボソボソと何かを呟いている。

 そんなアピニオンにため息をつきながら扉の前を見てみると、大人びた容姿のディードと中性的な容姿のオットーが何か話しており、さらにオットーの横へ視線を移すとベリーショートの髪型をしたシスターが一人立っていた。

 

(アイツは――!)

 

 そのシスターが誰かわかった瞬間、アタシはほぼ反射的にアピニオンをセインの方へ投げ捨てていた。そして一気に距離を詰めて跳躍し、ソイツの顔面目掛けて飛び膝蹴りを放つ。シスターはアタシの予想よりも早く反応し、瞬時に双剣型のアームドデバイスを展開して蹴りを防いだ。

 

「チッ……!」

 

 あと一歩で殺せたのに……!

 

「…………相変わらず度が過ぎますね、サツキ」

「テメエこそ、相変わらず生真面目だなヌエラ。生真面目すぎて――ブチ殺したくなる」

 

 何事もなかったかのように綺麗な笑顔でアタシを睨みつけるシスター――シャッハ・ヌエラ。

 彼女とは初めて会ったときからこんな調子で殺し合っている。コイツは教育的指導と同じ感覚でアタシとやり合っているらしいが、その生真面目な人格がさらにムカついて殺意しか湧かない。あの姉貴ですら『次会ったらポキッて殺しちゃいそう♪』と笑顔で言うほどのレベルである。

 ついでに言えば、コイツこそが気が合わないと言ったアピニオンの上司その人だったりする。

 

「出会い頭に飛び膝蹴りを放つなんて、一体誰に似たのやら……」

 

 やれやれと頭を抱えるヌエラだが、展開した双剣は解除しようとしない。しかも、今の言葉を聞く限り前にも同じことがあったようだ。

 基本的にこんな調子ではあるが、毎回こうなるわけではない。前に会ったときはグラシアが、サボっていたアピニオンを連行した際にはヴィヴィオもいたのでこんな風にはならなかった。けど、今回はそういった障害が存在しない。

 

 つまり――存分に殺し合えるというわけだ。

 

「今日こそ地獄に送ってやるよ……!」

「その無礼極まりない態度、今度こそ叩き直してあげますっ!」

 

 口元を歪ませながら脱力した自然体の構えを取る。それを見たヌエラも双剣を構えた。その隙をついて突撃し、右側から拳を放つ。

 彼女はこれを左の双剣で防御し、右の双剣を腹部へ振るってきた。アタシは迫り来る双剣を左脚で踏んづけてジャンプし、右の蹴りを繰り出すも再び左の双剣によって阻まれてしまった。

 互いに一旦距離を取り、すぐに構え直す。今のは小手調べだ。次は本気で殺る。

 今度は思いっきりスタートダッシュをかまして距離を詰め、右の拳を振り上げる。ヌエラもほぼ同時に双剣を振るい、それが振り下ろした右拳と激突した……。

 

 しばらくの間こんな感じでやり合っていたが、とうとう決着が着くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セイン姉様、あれは一体……」

「………………あれがあの二人の日常なんだよ、きっと」

「んなわけあるかっ! あれどう見ても殺し合いにしか見えないんだけど!?」

「…………ところでシャンテ」

「な、何?」

「裏庭の水やりはどうなったんですか?」

「………………」

「またサボってたのか」

「ちょ、今回だけは完全に誤解だって! サツキさんに無理やり連行されてきたんだよっ!」

「………………()()()()()?」

「あ」

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 21

(「帰ってください……! )(お願いだから帰ってくだちゃい……!」)


「………………また噛んだか?」
「………………いえ、気のせい《二度とこにゃいでください……》わぁああああああーっ!!」
「おいコラ誰が前に録画したやつを再生しろつったよ(※第8話のNG参照)」
〈そろそろ忘れてる頃かと思ったので〉
「確かに忘れてたけどよ……」
《二度とこにゃいでください……》
「もうやめてぇえええええーっ!!」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第74話「言い訳は向こうで」

 

「あ~暇じゃの~」

「…………さすがにだらけ過ぎ」

 

 ジークが学院祭とやらへ出向いている日の朝。

 あれからヌエラとの殺し合い(ケ ン カ)によるダメージが響いてしまい、このままでは右脚の怪我が悪化するとみたアタシは休養のため、家でゴロゴロしている。ベッドがふかふかしてて気持ちいいな。

 そんなアタシを見たクロには心底呆れたような視線を向けられるも、それだけで済んでいるのだからまだマシである。

 もしもこれがジークやウェズリーの場合、間違いなくアタシの貞操は汚されてしまうだろう。

 

「今日ほど平和な日って、あると思うか?」

「……ないと思う。エレミアがいないから」

 

 意見どころか理由まで一緒とは思わなかった。

 ぶっちゃけジークがいなければほとんどの日々が平和に違いない。アタシにとっては。

 なんせ奴の存在そのものがアタシの……えっと……まあ、何かを狂わせているからな。何を狂わされているのかはわからんが。

 たまには昼寝(まだ朝だけど)をしようと仰向けになると、目の前に見慣れた画面が現れた。

 

「ん? メール?」

 

 仰向けになったまま誰だろうと思って見てみると、画面の端に【変態乞食】という四文字が表示されていた。どうやら送り主はジークのようだ。

 嫌な予感しかしないが、放っておくとろくなことがないのでメールの内容を確認する。

 えーっと何々……

 

 

【サッちゃんも学院祭に来てーやー!】

 

 

「………………」

 

 どうでもいい内容だった。それを理解したアタシは返信もせずに無言でメールを閉じた。

 

「…………誰からだったの?」

「迷惑メールだったよ」

 

 なぜかアタシが昼飯にしようとしていた焼きそばを勝手に食べているクロにそう聞かれ、適当にはぐらかす。ってかおめえ、人の焼きそば勝手に食うなよ。今それとイカそうめんとお茶碗一杯分のご飯しかないんだぞ食料。

 こればっかりはクロでも許すわけにはいかない。拳骨の刑だ。

 アタシはクロから焼きそばを取り上げ、その小さな頭に拳を振り下ろした。

 

「…………痛い」

「人の楽しみを奪った罰だ」

 

 無表情ながらも涙目になったクロに軽く訴えられる。そこは可愛いのなお前。

 撲殺しなかっただけマシだと思ってほしい。お前にはまだ癒しとしての利用価値があるから刑を緩めにしただけなんで。

 ……そろそろ癒しとしての効力がなくなってきてるのは間違いないけど。

 せっかくなのでもう一発やっておこうと思って拳を振り上げた瞬間、再び通信端末の画面が目の前に現れた。今度は誰だよ……。

 クロへの拳骨を渋々と取り止め、さっさとメールを開く。……またジークか。やっぱり返信しなかったのが間違いだったようだ。

 ちょっと後悔しながらメールの内容を確認する。えー何々……

 

 

【はよ来ないとこの写真をヴィヴィちゃん達に見せるで~】

 

 

「………………」

 

 そのメールには一糸纏わぬ姿でシャワーを浴びているアタシの姿が写真となって添付されていた。ていうかあの野郎、いつ撮ったんだよ。

 

「……さ、サツキ?」

 

 クロが珍しく動揺しながらアタシの顔を覗き込んでくる。

 ……これはレアなもんを見たな。あのクロが表情を変えるなんて。

 

「ん? どうかしたか?」

「…………どうして怒ってるの?」

「は? 怒ってる?」

「……うん。笑顔が怖い」

 

 はっはっは、心外だな。今のアタシは怒るどころかむしろ落ち着いているんだけど。ああそうとも、とりあえずジークをブチ殺そうと思ってるほどには落ち着いているとも。

 

 ――処刑じゃボケ。

 

「エレミアァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 頭は冷静に心は熱く。今のアタシ、ある意味こんな状態になってるわ。

 アタシはすぐさま行動に移っていた。いつものパーカーを着用し、時間をショートカットするために自室の扉と玄関を破壊。そして四階から飛び降り、無事に着地して学院祭の開催校であるなんとかヒルデ魔法学院へ向かうのであった。

 

『………………この壊れた扉は私が直すの?』

 

 玄関の方からそんなクロの呆れた声が聞こえたが、ジークをブチ殺すことしか頭にないアタシにとってはもはやどうでもいいことだった。

 だってそういう後始末はいつも手際がいいお前にやらせてたじゃん。気づけよ全く。

 

 

 □

 

 

「――っ!?」

「番長? どないしたん?」

 

 St.ヒルデ魔法学院で行われている学院祭へ招待され、チビ達の出し物である『魔法喫茶』を満喫していたオレは、一瞬だけ恐ろしいものが体中を走り抜けるのを感じていた。

 前にも感じたことがあるぞこれ。確か学校で授業をサボろうと逃げ出したサツキを屋上で見つけたときだ。

 あのときも一瞬だけ似たようなものを感じ、そのあとサツキにボコられたんだっけ。

 ……今思えばよく生きてるなオレ。あれは本気で死ぬかと思ったよ。

 

「あ、ああ、なんでもねえ」

 

 ジークはきょとんとした顔になっていたが、特に言及はしてこなかった。

 同席しているエルスとミカ姉には訝しげな視線を向けられていたが、うさぎの人形を模したゴーレム達と再び戯れることで上手くごまかした。

 なんだったんだ今の寒気は……今日はサツキがいないから平和だと思ってたのに。

 

「にしても、よくできてるな~」

「ええ、なかなかの完成度です」

 

 最初に見たときは一瞬ファンタジーな世界に迷い込んだのかと思ったぞ。今店内で行われているおもちゃのダンスパーティなんて永遠に続けばいいのに、と思ってしまうほど可愛らしい光景になっている。

 可愛いもの好きなヤツ(オレとか)にとっては完全に天国である。今戯れているうさぎだってお持ち帰りしたいぐらい可愛い。ていうかお持ち帰りさせてくれ、頼むから。

 

「まだ来ないんかな~?」

「どうかしましたか?」

 

 さっきから満喫しつつもキョロキョロしているジークを見かねたのか、オレの隣に座っているエルスが心配するように口を開いた。

 なぜだろう。嫌な予感しかしないうえにまた寒気がしてきたのだが。

 そんなオレの予想通り、ジークはとんでもないことを言い放った。

 

「実はさっき、メールでサッちゃんを呼んでみたんやけど……全然返信があらへんのよ」

「バカヤロォォォォッ!!」

「え!? な、なんで番長が怒鳴るんや!?」

 

 何やらかしてんだこいつは!? せっかく平和な一日になると思ってたのに! あいつが来たら悪い意味で賑やかになっちまうだろーが!!

 寒気の正体がわかった。理由はわからねーが、サツキがこっちに向かってきているんだ。いや、もう着いている可能性もある。

 来るなサツキ。こっちに来ればお前はゲロってしまう。あとオレのためにも来ないでくれ。

 本当にサツキが来るのかはわからないが、もし来たらと思うとシスターのように祈らずにはいられなかった。

 

「どど、どうしてサツキ選手を……?」

「ん、お婿さんだけ仲間外れはあかんやろ? そやから一緒に回ろうと思って呼んでみたんよ」

 

 オレにはジークの言っていることが何一つとしてわからない。

 

「さ、サツキが旦那だとすれば……君は奥さんかな?」

「ミカさん正解! サッちゃんは女の子やけどお婿さんで(ウチ)はお嫁さんなんよ!」

 

 ミカ姉の一言はジークをさらに興奮させる結果となった。それとジークが何を言っているのかますますわからない。

 これにはさすがのミカ姉も冷や汗を流しており、エルスも口を開かないだけで不安そうな顔になっている。みんな考えることは同じのようだ。

 

「なんで皆そんなに不安そうな顔してるん?」

 

 これから天災が訪れるというのに不安にならない方がおかしい。

 つーかよく考えたらサツキを呼んだのはジークだよな? ということは……この場から離脱すれば巻き込まれずに済むということか!

 そうと決まれば行動に移そう。でないとオレまで巻き込まれる。

 

「ちょ、ちょっとオレ、席を外――」

 

 

(『エレミアァァァァァァァァァァァァ!!』)

 

 

「っ!?」

 

 い、今のはサツキの声!? くそっ、もう来たのかあいつ……!

 

「な、なあエルス。今サツキの声がしなかったか?」

「いえ、何も聞こえませんでしたよ?」

「番長にも聞こえたんか……」

 

 どうやら今の叫び声を聞き取ったのはオレとジーク、二人だけのようだ。

 しかもあいつ、呼び方がジークからエレミアに戻ってたな……それだけ頭にくることがあったのか。一体何をしたんだジークは。

 今度こそ席を外そうと立ち上がった瞬間、メイド服を着て接客をしていたちびリオが叫んだ。

 

 

『あっ、サツキさんだ!』

 

 

「やっと来たんかサッちゃん……!」

「しかし姿が見えないぞ」

 

 ついにサツキが来てしまったようだ。だけどミカ姉の言う通り、周りを見渡してもそれらしき人影は全く見当たらない。

 ……さっきの声は幻聴だったのか? だとしたらもう心配する必要は――

 

「――見ーつけた」

「「「っ!?」」」

 

 ジークのいる方から聞き覚えのある声が聞こえ、急いで振り向くと彼女の後ろに私服姿のサツキが立っていた。

 多分ジークが送信したらしいメールを見てここへ来たのだろうが、当のサツキからは呼ばれて来ただけとは思えないほどの殺気が感じられる。

 ていうか幽霊みたいにいきなり現れるのはやめてくれ! 心臓に悪すぎるんだよ!

 

「サッちゃん! やっと来てくれたんか! ほなさっそくやけど一緒に――ん? なんで(ウチ)の頭を鷲掴みにするんや?」

「……なんだ、あのメールは」

「ああっ、あれは一週間ほど前にこっそりと撮った写真や。よく撮れてたやろ?」

 

 何を撮ったんだお前は。

 

「とりあえず、話を聞かせてもらおうか」

「待つんやサッちゃん。君は勘違いしてるんよ。あれはあくまでも脅しであって実行する気は」

「うん、言い訳は向こうで聞いてやる」

 

 サツキ&ジーク退場。

 

「ん?」

 

 その直後、見慣れた画面が目の前に現れた。どうやらメールのようだ。

 さっそくそのメールを開き、内容を確認する。

 

 

【んば長たすけて】

 

 

「っ……!?」

 

 内容を見た瞬間、一気に目頭が熱くなった。おそらく『番長』と打ちたかったのだろう。

 

「どうして泣いているんですか!?」

「何かあったのか?」

「あ、ああ。実は――」

 

 このあとオレが見たメールの内容を二人に見せると、ミカ姉は合掌し、エルスは涙目になった。

 結局、なんでサツキが怒っていたのかはわからなかったが、ジークという尊い犠牲と引き換えに平和な一日となったので結果オーライとしよう。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 3

「今日ほど平和な日って、あると思うか?」
「……ないと思う。サツキがデブ猫のように大人しいから」
「ちょっとそこに正座しろ」

 誰がデブ猫だコノヤロー。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第75話「とても嬉しい」

 

「……やっぱこの程度か」

 

 右脚に不安を残しながらもインターミドル地区予選の準決勝を迎えた日の午後。試合を1ラウンドKO(秒殺)で終わらせた今、アタシはクラナガンの路地裏へ出向き、そこを占拠していたならず者の集団をブチのめしている最中だ。

 天気は曇り。加えてにわか雨が降る可能性もあるという不安定な気象にある。もし雨が降ればずぶ濡れは免れないだろう。

 

 ――それでもアタシは暴れ続けた。もうすぐ自由になれることへの喜びを示すかのように。

 

 タバコを咥えながら最後の一人を落ちていたパイプ椅子でぶん殴り、使い終えたそれをゴミのように投げ捨てる。

 最近、自分でもわかるほど暴れる回数が増えた気がする。暇があれば休養のためゴロゴロするか、ケンカしに行くかの二択だもんな。

 

「さーて、買い物にでも行くかぁ~」

 

 いつものようにフードを被ってから路地裏を後にし、雲行きを気にしつつ街中を歩く。この近くにスーパーでもあればいいんだけど……ないな。

 ちなみに現金は久々に()()調()()した分が結構な額だったから問題ない。

 

「お、コンビニ見っけ」

 

 交差点へ出てみると、さっそく一軒のコンビニが見つかった。スーパーらしき店舗は見当たらなかったが、この際食料が買えるならどこでもいいので、そのコンビニへ小走りで向かっていく。

 そして無事に道路を渡り、コンビニの目の前まで来たところで膝をついた。

 

(なんで閉まってんだよ!?)

 

 コンビニはこれから建て替えますと言わんばかりに閉店していた。それらしき貼り紙はどこにもないのに。

 ……ショボくれても仕方がない、とりあえず動こう。何もしないのが一番ダメだ。

 そのコンビニを見なかったことにし、高層ビルが建っている方へと歩を進める。多分この都市の中心部だな。

 

 それからもアタシは夜になるまでスーパーやコンビニを探し続けたが、なぜか見つけた店舗は全て閉店していた。なんの嫌がらせだクソッタレ。

 

 

 □

 

 

「たでーまー」

 

 あれから地元のコンビニやスーパーにも行ってみたが、どの店舗も開店時間が過ぎていたせいで見事に閉まっていた。これはヤバイ。お金が手に入っても食料が買えなきゃなんの意味もねえ。

 冷蔵庫になんかあったかな? 覚えている限りではイカそうめんがあったはずだ。

 ――賞味期限切れの。

 

「あ、詰んだわ」

 

 食べ物どころか飲み物すらない。賞味期限切れのイカそうめんはジークに食わせるとして、飲み物は水道水で大丈夫だろう。

 頼みの綱であるクロは自室の扉と玄関を直して以降、態度が少しツンとしたものになってあまり口を聞いてくれない状態にある。しかもその態度に意外と萌えてしまったのが悔しかった。ていうか自分から作業しといてあの態度はないだろ。

 

「あ、お帰りや~」

 

 そんなことを考えながらもリビングに行ってみると、ジークがイカそうめんを勝手に食べていた。……もう罠に掛かっていたか。

 ズボンのポケットからタバコを取り出し、テーブルの上に置いてあったマッチで火をつける。そろそろこのタバコも飽きてきたな。今度街に出たら新しいやつでも買おう。ついでにライターも買い替えるとしよう。

 

「…………微妙な表情でタバコを吸ってるとこ悪いんやけど、大事な話があるから吸うのをやめてほしいんよ。ていうかタバコ吸うのやめーや」

 

 ジークにしては珍しく真剣な表情で喫煙を注意してきた。それと話したいことってなんだ?

 仕方なくタバコを灰皿に押しつけ、煙を吐きながらジークの顔を見つめる。

 

「実は連休を使ってルーフェンへ行くことになったんよ」

「は?」

 

 ルーフェン? そこって確か春光拳発祥の地だったか? 詳しくは知らんが。連休を使って行くってことは……その間はコイツが家からいなくなるってことか!?

 なんにせよ、ありがたい話だ。これで少しはジークの圧力から解放される。

 

「…………なんか嬉しそうやな」

「ん? そりゃあな」

 

 数日とはいえ、お前という脅威がこの家からいなくなるのだからそりゃ嬉しいさ。

 ジークはちょっとばかり喜んでいるアタシを見てジト目になった。

 

「まさかとは思うけど、(ウチ)が出ていくことに喜んでるとか……?」

 

 なぜわかった。

 

「それはねえよ。少しの間とはいえ、お前がいなくなるなんてちょっと残念だなぁ」

「下手な嘘はつかんでええよ」

「おいおい、アタシがお前に嘘をついたことなんてあったか?」

「嘘しかついてへんような気がせんでもないんよ」

 

 これはおかしい。あのジークがこんなに鋭いなんて……一体どうなっているんだ。

 それと何が嘘しかついてないだコノヤロー。いくら隠し事の多いアタシでも嘘ばかりついてるわけじゃねえんだよ。

 

「正直に言って」

「とても嬉しい」

「サッちゃんのアンポンタン! バカタレ! アバズレ! 男女!」

 

 正直に言ったら思いっきり罵倒された。ていうか誰がアンポンタンでアバズレだゴラァ。そろそろアタシもブチギレるぞ。

 アタシを罵倒したジークはジト目から考え事をしている顔になり、さらにありがたいことを呟いていた。

 

「こっちに帰ってくる頃にはラブパワーも切れてるはずやし……婚姻届も……どないすれば……」

 

 どうやら限界突破には期限があるらしい。しかもルーフェンへ行ってる間に切れると。それが本当なら素晴らしいことだ。

 コイツが限界突破した原因は弁えていた一線を越えてしまったことにある。アブサンで酔ったときの勢いを一時的に保っていたのだろう。

 酒に弱いジークは基本的に少量のアルコールで酔っ払っていた。しかし、アブサンのアルコール度数はそこらの酒なんか比にならないほど凄まじい。あのときジークが素面に近い振る舞いをしていたのはおそらく、彼女の脳内で摂取した大量のアルコールが回りすぎてしまい、脳が麻痺しすぎて一周回った結果だとアタシは見ている。

 

 そしてここからが本題である。

 その翌日。ジークは酔いから覚め、二日酔いもなかったがどこか吹っ切れていた。あれは多分、酔いそのものは覚めたが脳の低位機能が表層化したままだったのだろう。でなきゃ記憶もないのに酔いが覚めたら吹っ切れていた、なんて普通はあり得ないからな。

 つまり限界突破を防ぐにはアルコールを摂取させ過ぎないことだ。少量なら経験上、限界突破に比べたらマシな程度で済むはずだし……。

 ま、どんなに考えても所詮は素人考えでしかないからな。推測に過ぎないけどそうであってほしいと心から願っている。

 ……ただ、なんで限界突破が切れるってジーク本人にわかるんだ?

 

「――人の話聞けやっ(ブスッ)」

「ぐああぁっ! なんだ!? 急に目の前が真っ暗になったぞ!?」

 

 今何が起きたの!? 目に割り箸で突かれたような痛みが走ったと同時に視界がシャットアウトされたんだけど!?

 クソッ、人が考え事をしているときに攻撃してくるなんて卑怯にもほどがあるぞっ!

 

「何しやがったテメエ……!」

「いつぞやの仕返しや。これで(ウチ)の痛みが少しはわかったやろ?」

 

 仕返しされるようなことをした覚えはない。

 

「うぅ……で、話とは?」

「ルーフェンに行くの、サッちゃんにもついてきてほしいんよ」

「当然だが断る」

 

 そもそも行く理由がない。あと行ったとしても得られるものがない。コイツのことだから目的は武術体験のはずだ。そんなもの、アタシがやってなんの得があるというのか。

 お前がいない間くらい、自分のペースでゆっくり過ごしたいんだよアタシは。いつもはなんだかんだでペースが乱れてるし。

 ……とりあえず、ホントに限界突破が切れかかっているのか確かめてみよう。

 

「なあジーク」

「んー?」

「『好き』って言ってみろ」

「へぅっ!?」

 

 一瞬でジークの顔が茹で蛸になった。どうやら限界突破が切れかかっているのは本当らしいな。

 ジークは顔を赤くしたまま、泳ぐようにあたふたしている。まるで恋する乙女だ。

 

「さ、サッちゃんは……」

「あ?」

「サッちゃんは好きって言うてくれへんの?」

「死ねならいくらでも言ってやる」

「サッちゃんのアホー!」

「………………」

「あっ! 痛っ! サッちゃ……っ! ビンタはお玉でするもんと……っ!」

 

 悪口だけどかなり懐かしい言葉を聞いた気がする。ビンタする感覚も懐かしいな。

 その後もアタシはルーフェンの件でジークにせがまれたが、さすがにしつこかったんで彼女の頬が腫れるまでビンタし続けたのだった。

 

 

 

 




 やっとリメイク前に追いつきました。

《今回のNG》TAKE 1

「――人の話聞けやっ(スカッ)」
「……………………ダセえ」
「サッちゃんも充分にダサあだぁああああああっ!!」

 アタシのどこがダサいってんだコノヤロー。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第76話「一体何が起きているんだ」

 

「……サツキ」

「なんだ? 珍しくマジな顔になっちゃって」

 

 ジークがルーフェンへ旅立ってから二日ほど経ったある日。リビングにあるソファーでくつろいでいると、いつもの無表情はどこへやら、真剣な表情のクロがそこそこ大きな箱を持ちながら話しかけてきた。ってかその箱、なんか見覚えがあるんだけど……。

 ただ、ジークがいなくなっても自分のペースには持っていけないようだ。解せぬ。

 箱の中身は全くわからねえが、まずはその箱について聞いてみるとしよう。絶対にろくなもんは入ってなさそうだが。

 

「その箱は?」

「…………覚えてないの?」

「覚えてたら聞かねえよ」

「………………福引きのシークレット」

 

 それを聞いた瞬間、自分の顔が引きつったような気がした。お、おう。あれか。景品の順番と内容がとにかくおかしかったあの福引きのやつか。

 どうでもいいから適当にはぐらかそうと思ったけど気が変わった。それの中身がなんなのかずっと気になっていたからな。

 

「開けるのか?」

「うん」

 

 クロにしてはこれまた珍しい即答だった。なんで今に至るまで開けなかったのかそれも気になるところだが、とりあえず箱の中身を確認することだけに集中しよう。何が出てくるかわからんし。

 それと同時に表向きは真剣になりつつも内心ではワクワクしている。なんつーか……幼かったあの頃に戻ってるような気分だ。

 アタシがワクワクしてる間にも、クロは箱の蓋を持ち上げていた。さてさて、中身は――

 

「……………………おい」

「…………何?」

「………………なんだこれは」

「…………私も同じことを考えてた」

 

 箱の中にあったのは千手観音の銅像(手のひらサイズ)だった。よく見るとそれはまるで生き物のように動いており、しかも全自動なのかゼンマイらしきものも見当たらない。マジでなんなのこれ。見てるだけで妙な恐怖を感じるんだけど。

 手のひらサイズの千手観音は上を向くようにこちらを見ると、挨拶するように何も持っていない手を上げた。もしかして意思疏通が可能なのか?

 アタシとクロはそんな千手観音を見て呆然としている。ブリキにしては出来すぎだぞコイツ。

 

「…………どうすんだ、これ」

「…………とりあえず箱から出してみる」

 

 そう言うとクロは箱から千手観音を出そうとするも、そんな必要はないと言わんばかりに千手観音の方から勝手に出てきた。

 千手観音は箱から出るとテレビでも見たかったのか、近くにあったリモコンを勝手に操作してテレビの電源を入れやがった。おいおい、いくらなんでも自律しすぎだろ。ここまで来たらただの小人じゃねえか。

 まさか全自動型のロボット? いや、にしては動きが人間臭いし……今にも言葉を話しそうでこれまた恐怖を感じる。だとしたらティミルが作ったゴーレムか? でも魔力はほとんど感じられないし……何よりゴーレムにしては自律しすぎだ。

 

「おいクロ。あれをなんとかしろ」

「…………あなたは何者? どこの星からやって来たの?」

 

 クロに話しかけられた千手観音はリモコンを器用に弄りながら彼女の方を振り向くも、お前には興味がないという感じで顔を背けた。ていうか宇宙人扱いなのね、千手観音。

 生意気な態度で顔を背けた千手観音は、リモコンを操作しながら周りを見渡している。そして何か見つけたのか、リモコンが置いてあるテーブルから華麗に飛び下りると、冷蔵庫の方へと走り出した。この光景を他の奴らに見せたら大騒ぎ間違いなしだな。

 ちなみにクロはさっきから顔を俯かせてしょんぼりしている。ていうか半泣きになってやがる。

 

「…………私が、主なのに……っ!」

 

 拳を握り締め、血が出るほど唇を噛み締めながら「納得いかない」と怒り気味に小声で呟き始めた。まあ、一応そうなるな。あれが入った箱を手に入れたのはクロだし。

 どうしようかと考えていると、缶ビールを持った千手観音がクロの肩に飛び乗り、そのままテーブルに飛び移ってさっきまでいた位置に舞い戻ってきた。おいコラ何人の缶ビールを勝手に飲もうとしてやがる。それはアタシのだぞ。

 

「返せコノヤロー」

 

 すぐさま千手観音から缶ビールを取り上げ、もう取られないようにその場で開けて飲む。当の千手観音は缶ビールを取られたことへの怒りか、剣を持っている手をアタシの方へ向けていた。

 お、なんだやんのか? 手のひらサイズだからって容赦しねえぞ。

 千手観音は助走をつけてからジャンプし、剣をアタシの顔面に突き刺――

 

「ゲッゲー!」

 

 ――そうとしたところで、どこからともなく現れたプチデビ三号に槍で吹き飛ばされた。

 吹っ飛んだ千手観音は空中で回転しながら床に着地し、剣を構える。ムカつくから無駄にカッコいい動きすんのやめろ。ティミルの巨大ゴーレムですらそんな動きはしねえぞ。

 それを見た三号も槍を構えた。え、何? アタシの目の前で何が起きようとしてんの?

 

「ゲゲゲッ!」

 

 先に動いたのは三号だった。千手観音目掛けて急降下し、槍頭で突き刺そうとする。千手観音は複数の腕を波のように動かし、剣先を当てることで突き出された槍を弾いてみせた。

 なんかドラ○エの某暗黒の使いを彷彿とさせるような動きだったな。どうせなら外見も同じにするべきだとアタシは思う。

 魔女の使い魔と手のひらサイズの千手観音によるとにかく小さな決闘が行われている中、やっとクロが泣き止んだ。まだ目が赤いけど。

 

「…………計画通り」

 

 そう呟き、どっかで見たことのある邪悪な笑みを浮かべるクロ。全然似合わねえからその顔はやめろ。泣き止んだばかりの顔でそれをされても違和感バリバリだからやめろ。

 それからも両者による決闘は続いたが、途中で加勢したプチデビ一号と二号により、千手観音がボコボコにされたことで決着はついたのだった。

 ……とにかく寝よう。そうすればこの奇妙な夢は覚めるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

「――センジュカンノン? なんやその真珠みたいな名前は」

「………………あ?」

 

 数日後。ルーフェンから帰宅し、インターミドルの予選決勝を勝ちで終えてアタシん家に戻ってきたジークに数日前の出来事を話すと、アホちゃうかこの人って感じの視線を向けられた。これにはさすがのクロも苛立ちを隠せず、無表情ながらも額に青筋を浮かべている。

 あれから話し合った結果、千手観音はアタシん家に住ませることが決定してしまった。めちゃくちゃイヤなんですけど。今現在もリモコンを操作して勝手にテレビを見ちゃってるんですけど。

 ちなみにそんなアタシも予選決勝は余裕で通過したので、都市本戦への出場が確定している。

 

「…………エレ、ミア……ッ!!」

 

 落ち着けクロ。気持ちはよくわかるがとにかく落ち着くんだ。

 

「サッちゃんが珍しく真剣な顔になってるから話を聞いてみれば、なんやただの妄想やないか」

 

 じゃあなんでテレビの前でリモコンを操作している千手観音から目を逸らしているんだ。本当にアタシたちの妄想ならそんなことする必要はないはず。さてはお前、現実を見れてないな?

 ちょっと現実逃避しちゃってるジークを現実に引き戻すべく、テレビに夢中になっている千手観音を右手で掴み彼女の眼前へ持ってくる。

 

「…………(サッ)」

「キスしてやるからこっち見ろ」

「なんやて――ぎゃあぁあああああっ!!」

 

 アタシの巧みな言葉に釣られたジークがこっちへ振り向くと同時に悲鳴を上げた。なるほど、彼女にとってはあまりにも非現実的な光景だったのか。どうりで見たくなかったわけだ。

 目の前で悲鳴を上げられた千手観音はブチギレたのか、アタシの手から離れてジークの額をひたすらシバき始めた。

 

「いたたたたたたたっ!! 謝る! 謝るからシバくのやめてぇっ!」

 

 ジークはどうにかして千手観音を引き剥がそうとするも、千手観音はタコのように張りついて全く離れない。いいぞもっとやれ。

 

「クロ。アイツの名前は決めたのか?」

「…………田中でいいと思う」

 

 どんだけ適当なんだよ。せめてアレックスにしてやれよ。しかも田中って苗字じゃねえか。

 ……田中と言えばそんな名前の宇宙人が主人公の漫画があったな。

 

〈マスター。遊んでる暇があるなら次の試合に集中してください〉

「………………言われるまでもねえさ」

 

 久々に喋った愛機のラトにそう言われ、ため息をつきながらそう答える。

 集中しないわけがねえだろ。次は一年ぶりの都市本戦だぜ? それに――

 

 ――次はハリーとやるのだからなおさらだ。

 

 まさか一回戦でアイツと当たるとはね。ハリーとやるのは無限書庫以来だが、公式戦だと今回が初めてだったりする。

 今年ほど都市本戦が楽しみだと思ったことはおそらくない。あるとしても一昨年以来だ。

 だから嬉しいんだよアタシは。引退試合には持ってこいの相手だし、何より……

 

「アタシが本気を出せるかもしれない、数少ない相手だからな」

 

 リビングで戯れている千手観音とジーク、それを見守るクロを尻目に一人微笑んでそう呟いた。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 88

「クロ。アイツの名前は決めたのか?」
「…………ヘルクラッシャーでいいと思う」

 それはそれでアウトな気がする。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第77話「見たかコノヤロー!」

 

「サツキちゃん、そろそろ時間だよ」

「…………ああ」

 

 試合当日。いつもより早めに着いたアタシは珍しくアップをしていた。とはいっても今は入場準備を終えてベンチにいるけど。

 今までは控え室に着くどころか試合そのものに間に合うこと自体がギリギリだった。そのためアップする時間はもちろん、対戦相手がどんな奴か確認する時間もなかった。

 仮に時間があったとしてもそんなことは絶対にしない。こういうのは初見だからこそ楽しみが増すもんだ。事前に知ったらおもしろくねえだろ。

 ……まあ、今回の対戦相手であるハリーは初見じゃないけど。

 

「それにしても、姉さんがアップするなんてマジで珍しいな。どういう風の吹き回しで?」

「別に。ただ……ずっと楽しみにしてただけさ」

 

 姉貴と共にアタシのセコンドとなった弟のイツキに微笑みながらそう答え、先にリング内へ入ろうとしていたハリーに視線を移す。

 彼女と出会ったのは3年前。中等科で同じクラスになったのがきっかけだった。その頃からお前は無駄に活発で社交的、一匹狼として振る舞っていた(らしい)アタシにもよく絡んできた。そういうのもあって腐れ縁のような関係に……いや、今じゃ腐れ縁そのものだな。だけど模擬戦じゃアタシは負けなし、ハリーも数えきれないほど挑んできたが結果は変わらなかった。加えてアタシとお前には絶対的な実力差があった。なのにお前は果敢に挑んでくる。その度胸には驚かされたよ。

 だからこそ、今まで一度も折れなかったハリーにはちょっとばかり悪いと思っている。確かにお前と公式戦でやるのは楽しみだ。その気持ちに嘘はない。けど――

 

「――勝つのはアタシだ」

 

 

 □

 

 

 会場が揺れるほど凄まじい歓声の中、オレは学ラン風のバリアジャケットを着用したサツキが、ゆっくりとリングに入ってくるのを見て感慨深いものを感じていた。まさかこうしてお前とインターミドルの舞台、しかも都市本戦で戦える日が来るなんてな。まだ年寄りじゃねーが、長生きはするもんってか?

 オレがそうこう考えているうちに、サツキはリングの中央に立っていた。その顔には見覚えのある表情が浮かんでおり、目は髪に隠れてよく見えない。ただ、前回とは異なり明らかに喜んでいる。一体何に対して……?

 まあいい。とりあえず言いたいことは言わせてもらおう。

 

「公式戦は今回が初めてだな。――負けねえぞ、サツキ」

「……今まで一度でも、アタシに勝ったことがあったか?」

「今日勝つんだよ。オレがな」

 

 胸を張ってそう宣言する。無限書庫じゃボコボコにされたが、試合なら話は別だ。ルールがある分、実力差があるオレでも対抗できる。サツキは動きを制限されるしな。

 ……これでもオレはサツキに劣等感ってやつを抱いている。初出場の際、都市本戦であいつとヘンテコお嬢様の試合を見たときから。

 あとこうも思っていた。自称不良のオレが、筋金入りのおめーに勝てるわけがないってな。

 

「相変わらず言ってくれるじゃねえか」

 

 サツキはどこか嬉しそうに笑みを浮かべ、準備運動のように首を鳴らし始めた。

 そんな彼女をよそに、オレは開始の合図であるゴングを待つように構える。するとサツキも、いわゆる『脱力した自然体の構え』を取った。一言で言うなら野生の獣のそれだ。

 ゴングが鳴った瞬間、オレは目の前で構えているサツキと殴り合うことになるのか……ははっ、未だに実感がねえや。

 

 ま、宣言したように勝つのはオレだがな。

 

 

《――それでは試合開始ですっ!》

 

 

 いつものアナウンスと同時に、聞き慣れたゴングの音が鳴り響く。ついに始まったか……!

 すぐさま右の拳に魔力をチャージし、発射するタイミングを窺う。今発射しても確実にかわされる。それどころか背後を取られて大打撃を浴びてしまう。下手すればワンパンで終わる。魔法ならともかく、身体能力でサツキに勝つのは不可能だ。読み合いで彼女の先を行くしかない。

 当のサツキは構えたまま二、三歩ほど後退すると右手に力を込め、その手でリングの床を突き刺すように掴んだ。

 

 ――その瞬間、地震が起きたかのように足下がぐらついた。お、おい待て、なんか凄えデジャヴなんだけど!?

 

「よっこらせっ」

 

 軽い掛け声と共に、サツキはリングの床を割り砕いて持ち上げた。ええい、オレの知り合いには馬鹿力しかいねえのかっ!

 同じくリングの床を持ち上げたことがあるちびリオと違う点は、その巨大な岩塊を片手で軽々と持ち上げているところだ。加えて今回はバインドが掛けられていない。岩塊を投げてきたとしても難なくかわせる。だけどそうすれば先回りしたサツキに撃墜されるだろうな。あいつも多分、それを狙っているはず……。

 だったらオレのやることは一つだけだ。またあの岩塊を単射砲撃で粉砕してやろうじゃねーか。

 

「でぇやぁああーっ!!」

 

 オレが一旦魔力のチャージを中断して単射砲撃をいつでも撃てるように構え直すと、サツキもほぼ同時に今度は力のこもった掛け声を出し、右手だけで持ち上げていた巨大な岩塊をこちら目掛けてぶん投げてきた。

 くそっ、思ってたよりも岩塊のスピードが速え! 間に合うか……!?

 

「ブチ砕けぇ――ッ!!」

 

 急いで右の拳を岩塊に向かって突き出し、そこから固体プラズマ砲――パイルバンカーを撃ち出す。放たれたプラズマ砲によって迫りくる岩塊は粉砕される形で迎撃されたが、それを投げたサツキは視界から消えていた。

 オレが迷わずに後ろを振り向くと、案の定と言うべきか左の拳を振り下ろすサツキの姿があった。首を右へ傾けることでそれをかわし、がら空きの懐に左拳を打ち込む。油断していたのか、彼女は痛みに顔を歪めながら踏ん張っていた。まだだ、まだもう一押し必要だ……!

 すかさず生成した三つの魔力弾を投げるように放ち、サツキを足止めするように全身へ命中させる。次に蹴りを入れて突き放すようにサツキとの距離を広げ、その隙に魔力を右の拳へチャージさせていく。

 当然、それを見逃すサツキではなかった。いきなり目の前に現れ、容赦なく左拳を顔面へ打ち込んできた。オレは顔に広がる鈍い痛みを歯を食いしばることで耐え抜くも、今度は右拳の連打を打ち込まれ、続いて膝蹴りをこれまた顔面に叩き込まれる。あまりの威力に視界が霞んで顔の痛みも増したが、それでも魔力のチャージはやめない。

 

「ぐぅ……!」

「へぇ、いつもより粘るじゃん」

 

 痛みを堪えるオレとは対照的に、サツキは余裕があると言わんばかりに微笑を浮かべている。完全にこの試合を楽しんでるな。まあ、実を言うとオレもちょっと楽しんでいるが、それ以上に顔が痛くて表情に出せなかったりする。

 

「でもな――テメエの準備が整うまで待ってやるほど、アタシはお人好しじゃねえんだよ」

 

 サツキは低い声でそう言うと左のハイキックを繰り出し、オレがそれを右腕でガードした隙に握り込んだ右の拳を腹部へ打ち込んできた。モロに食らったこともあって思わず悶絶しそうになるも、出そうになった声を喉元で抑える。

 やっぱりオレが魔力をチャージしていたのは知られてたか……けどな、だからって今やめるわけにはいかねえんだよっ!

 空いている左拳に炎熱を纏わせ、それをサツキの顔へ打ち込む。右拳に魔力をチャージしているため、今のオレにできることは限られている。それでもやれるだけやるしかない。主導権さえ握ればこっちのもんだからな。

 一方、拳を打ち込まれたサツキは少し下がっただけで全然堪えていなかった。ちっ、単発じゃ炎熱を纏わせてもダメか……!

 

「――ちゃんと集中しろよ、おい」

 

 そんなサツキの声が聞こえたかと思いきや、両手で胸ぐらを掴まれ背負うように投げ落とされた。背中に走る激痛で顔をしかめる暇もなく、オレは目の前に迫りくるサツキの右脚から転がるように逃れてすぐさま立ち上がる。そーいやこいつも投げ技が使えるんだったな……。

  次はどうしようかと考えているうちに、ようやく魔力のチャージが完了したことに気づく。後はタイミングよく撃つだけだ。

 そして、その機会はすぐにやってきた。オレがダメージによるふらつきを押さえてサツキの懐へ潜り込もうと一歩踏み出した瞬間、ありがたいことにサツキの方から突っ込んできたのだ。

 

「ん?」

「これならどうだ――!」

 

 オレはさらに一歩踏み出して魔力をチャージし終えた右拳を迫ってくるサツキの顔へ突き出し、十八番とも言うべきガンフレイムを撃ち出す。

 ゼロ距離からの砲撃魔法。いくら対処法を持ってるお前でも、これなら止められねーだろ!

 

「マジでやりやがったコイツ……っ!」

 

 オレの予想通り、さすがのサツキもゼロ距離からの砲撃は厳しかったようだ。右手で砲撃を受け止めてはいるが、完全に力負けして徐々に後ろへ押され始めた。

 それを好機と見たオレはフルバーストとまではいかないが、一気に砲撃の威力を強めた。このままリングの外へ押し出してやる!

 

「こ、んの……ぉ!?」

 

 押されていたサツキはリングの端で踏ん張っていたが、砲撃を弾こうと左の拳を振り上げた瞬間、踏ん張りすぎていたせいか足下が崩れたことでついにリングの外へ押し出され、そのまま思いっきり壁に叩きつけられた。

 疲れで少し息を荒くしながらも、叩きつけられた痛みで顔を歪めるサツキをはっきりと見たオレは、自分がサツキから初のダウンを奪ったのだと実感し――

 

 

「主導権もらったぁ――っ!!」

 

 

 ――嬉しさのあまり、右の人差し指をサツキに向かって突き出した。

 

 

 □

 

 

「う、嘘やろ……?」

 

 サッちゃん家のリビングにあるテレビでサッちゃんと番長の試合を観ていた(ウチ)は、驚きのあまりボソリと震え声で呟いた。

 驚いたのは番長がサッちゃんからダウンを奪ったというのもあるが、それよりもあのサッちゃんが初めてダウンを奪われたという事実の方が大きかったりする。実際、試合でサッちゃんに勝ったことのある(ウチ)でもダウンは一度も奪えてない。

 でも、番長は奪った。もしかしたら、番長ならサッちゃんに――!

 

「……田中。お願いだから主である私の言うことを聞いて」

「魔女っ子のアホぉ――っ!」

 

 今回ばかりはまったく空気の読めない魔女っ子が鉛筆を持って逃げ回る変な銅像(?)の田中をどたばたと追い回してるのを見た(ウチ)は、久々に怒りの叫び声を上げた。

 せっかくサッちゃんと番長の試合がええ展開になってるっちゅうのにあんたらは……!

 

「……エレミア。無駄に叫ぶ暇があるなら田中を捕まえて」

「こっちはあんたのせいで叫んでるんよっ!」

 

 まあええ。ちょうど第1ラウンドが終わったところやし、田中の捕獲を手伝うことにしよか。

 まったく、寝坊した(ウチ)がバカやった。しばらくはサッちゃんのこともバカにでけへんなぁ。

 

 

 ――試合は始まったばかりやけど、今回はほんまにどうなることやら。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 10

「……鈴木。お願いだから主である私の言うことを聞いて」
「魔女っ子のアホ――ん?」

 鈴木って誰や?




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第78話「砲撃番長vs暴帝」

 ハリーはサツキが“死戦女神”であることをまだ知りません。ここでのサツキは“暴帝”の異名を持つ上位選手です。


 

「はぁ……はぁ……」

 

 主導権を握ったまま第1ラウンドが終わり、オレもベンチで荒れた息を整えている。

 たった数発入れられただけなのに……まさかこんなに消耗するなんて思いもしなかった。これじゃまるで試合終盤を迎えてるようなもんじゃねーか……クラッシュエミュレートも発生してるし……初っぱなからこれはキツいな。

 

 ――さすが、“(ぼう)(てい)”の名は伊達じゃねーか。

 

 いくら主導権を握ったとはいえ、それだけであいつに勝てるとは思わない。今はほんの少し有利になっただけだ。

 

「リーダー! そろそろ時間ですよー!」

「ああ、わかってる」

 

 ミアに呼び掛けられ、クラッシュエミュレートを回復してすぐに立ち上がる。いつもより休憩時間が短く感じるぜ。

 

「んじゃ、いってくる」

「「「オスっ!」」」

 

 ルカ達に一声掛けてからリングに入り、すでにリング内で待機しているサツキへ視線を移す。その顔にさっきのような余裕の笑みはなく、今までにないほど集中した表情になっている。どうやらやる気になってくれたらしいな。オレとしてはありがたくもヤバイという複雑な気持ちだけど。

 サツキはオレの方を見ると、感心したと言わんばかりに口を開いた。

 

「まさか、初のダウンがテメエとはな」

「はっ、当然だろ。おめーのことはオレが一番よく知ってる」

「……なるほど」

 

 正直、お前のよく言えばシンプル、悪く言えば単純な戦い方はオレでなくても、ある程度実力のある奴なら誰でも対応できる。これといった特殊な技もほとんどないしな。

 

 

《ラウンド2、開始ですっ!》

 

 

「でもなハリー――」

「なっ!?」

 

 開始のアナウンスとほぼ同時にサツキが目の前に現れ、オレがレッドホークを使おうと左腕を動かしたところを、ボールをカットするような感覚で左肩に右の拳を打ち込んできた。

 読まれてる……!? いやそれより、さっきよりも動きが一段と速え……!

 

「お前がアタシのことを知ってるなら、その逆もあるって気づけよ」

 

 そう言うサツキの表情は集中しながらも楽しそうな笑みを浮かべている。まったく、どんなに集中しててもそういうところは変わんねーな。

 肩の痛みに怯まず生成した魔力弾を至近距離から撃ち込み、サツキの動きが一瞬止まった隙に蹴りを入れるも彼女はそれを受け止め、右手でオレの肩を掴んでから頭突きをお見舞いしてきた。頭突きのそれとは思えないほど強烈な痛みが走り、嫌でも表情を歪めながら後退してしまう。感覚的には鉄球をぶつけられたような痛みだ。

 頭を振って気を取り直し、再びレッドホークを使おうと試みるも今度はサツキの右手から放った魔力の衝撃波に阻止されてしまった。どうしてもオレにレッドホークを使わせたくないらしい。

 警戒されてるのか……いや、あいつのことだから自分のペースに持ち込みたいんだな。サツキの専門分野が殴り合いなのに対し、オレは近接射砲撃。まったく異なるスタイルだ。意外とやりにくいのかもしれない。……仕方がねえ、お前のペースに持ち込まれてやろうじゃねーか!

 

 サツキの懐目掛けて突っ込み、右の拳に炎熱を纏ってそれを腹部へ叩き込む。こいつの場合、単発でのダメージは無理でも急所を狙えば一瞬だけ動きを止められる。……気は進まねーがな。

 動きが止まったサツキの顔に左のハイキックをぶつけ、間髪入れずに4連発のバーストバレットを右脚へ撃ち込んでさらに動きを止める。その隙に距離を取ろうとするも平然とした顔のサツキに左手で胸ぐらを掴まれ、握り込んでいた右拳を顔に打ち込まれてしまう。次に右の膝蹴りを鳩尾に叩き込まれ、そのまま取っ組み合いに持ち込まれて再び頭突きを食らわされた。

 ちっ、さすがに持ち込まれ過ぎたぜ。しかも顔や急所ばっか狙ってくるから痛すぎて今にも涙が出そうだ。しかも未だに取っ組み合いの状態を保たれている。これじゃ圧倒的にオレが不利だ。どうにかしてこの状況から脱出しねーと……!

 

「うらぁっ!」

 

 オレは躊躇わずに頭突きをかました。ちびリオのときは拳に打ち付けたが、相手の頭にやるのは今回が初めてかもしれない。無限書庫でやったときはされる側だったしな。サツキはそれが予想外だったのか、笑うように歯を食いしばりながらも表情を驚愕の色に染めていた。

 

「んなろ……っ!」

 

 しかしすぐに集中した表情に戻り、お返しと言わんばかりに本日三度目の頭突きを繰り出してきた。オレもそれを迎え撃つべく頭を振るい、迫りくるサツキの額に自分の額をぶつけた。その衝撃で視界が揺れ、非常に鈍い音が頭に響き渡る。

 オレとサツキは歯を食いしばるように頭の痛みを堪え、お互いの頭を無我夢中でぶつけ合っていく。それだけじゃ押し負けると思ったオレは途中で膝蹴りを見様見真似で鳩尾へ叩き込んだが、大した変化は起こらなかった。

 

 このやり取りは五回ほど続き、互いに押し合ったまま迎えた六回目のぶつけ合いで――

 

「「――ッ!!」」

 

 ついに取っ組み合いから解放された。それと同時に緊張の糸が切れたのか夢中で堪えていた頭の痛みも風邪がぶり返すように響き始め、思わず倒れそうになる。オレは両手を膝の上に置いて踏ん張り、少し荒れ気味の息を整えながら焦点が定まってなかった視線をサツキの方へと定める。

 多少ふらつきながらもオレよりはしっかりと立っており、口に溜まっていたらしい痰を吐き捨ててから話し掛けてきた。

 

「おいおい、もう終わりかぁ?」

「……まだまだやれるってんだ!」

 

 挑発してきたサツキにそう告げ、右の拳から無数の魔力弾を放つ。彼女はこれを若干ジグザグに動きながらかわしていき、目前に迫ったところで視界から姿を消した。背後を取られたと思ったオレは後ろを振り向くもそこにサツキの姿はなく、周りを見渡すために首を動かそうとした瞬間、左の頬に鋭い衝撃が走った。

 またしても視界が揺れ、口内に歯が抜けたような痛みが広がったことでオレはサツキの拳をモロに食らったのだと理解した。急いで拳が飛んできた方へ振り向き、サツキの姿を視認すると同時に左の拳を打ち込まれてしまう。

 もう何度目かわからない顔の痛みを堪え、どうにか踏ん張るもすかさず左の拳を連続で打ち込まれる。このままやられっぱなしというわけにもいかないので、がら空きになっていたサツキの懐へ渾身の一撃を叩き込む。続いて顔にブチ込もうと右拳を振るうもしゃがんでかわされてしまい、ボディブローを二発ほど入れられてから顔面を左、右の順に物凄い速さでぶん殴られてしまった。

 両脚がガクガクと震えながらもなんとか踏ん張り、右、左の順にサツキの顔面を思いっきり殴りつける。すぐさま距離を取ろうとするも、余裕で耐えたサツキに左、右の順に再び目にも止まらぬ速さで殴り返された。

 

 文字通りの殴り合い。それを切り抜けたオレは全部出しきったと言わんばかりに棒立ちしているサツキから距離を取ることに成功し、今度こそレッドホークを起動する。

 

「散々殴ってくれたな。その分、今からきっちり返してやるぜぇっ!」

 

 起動させた赤熱の鎖を鞭のようにしならせ、未だに棒立ちの状態にあるサツキへ弾丸とも言える速度で放つ。しかし、サツキはレッドホークの先端部が目前に迫ったところを右の裏拳で弾きやがった。弾くだけならまだしも、それを素手でやるとかどんな神経してんだ!?

 弾かれたレッドホークを遠隔操作し、次は頭上から潰しに掛かる。するとサツキはこれを見ることなく後退して回避した。オレは内心で舌打ちしながらもレッドホークを振るい、それを打ち付けるようにサツキの脇腹や肩へと命中させる。当のサツキは顔を歪ませながらも、変幻自在の軌道を描くレッドホークを掴もうとしていた。

 掴めるもんなら掴んでみろ。そう思いながらレッドホークを振るった瞬間、サツキの動きが不自然な形で止まり――

 

「がぁ……っ!?」

 

 ――レッドホークがサツキの顔面に直撃した。

 

 それでも彼女は倒れなかったが、さすがに顔面への直撃は効いたのか小さな呻き声を上げつつ顔を押さえている。

 

「目が見えねえ……!」

 

 顔を押さえていた手を退けたサツキは、痛そうに目を瞑りながらそう嘆いた。もしそれが本当なら……お前には悪いが、オレにとってはまたとないチャンスだ。

 すぐにガンブレイズ・フルバーストを撃とうと魔力のチャージを始める。どんなに強い奴でも、視界を奪われたら強さは半減するんだ。サツキを仕留めるなら今しかない……!

 オレが魔力をチャージしている間に落ち着いたのか、サツキはすぅっと息を吸い込んで……

 

「――トライベッカァァァァァァ!!」

 

 と、怒りの籠った声で叫んだ。おい待て、学院祭のときみたいに呼び方が戻ってるぞ!?

 サツキは叫び終わると今まで以上のスピードで視界から姿を消し、回し蹴りを懐へ叩き込んできた。なす術もなくそれを食らったオレは、魔力のチャージを中断されると同時に一瞬息が詰まってしまう。くそっ、どんだけ視界から消えたら気が済むんだお前は……! しかも目が見えないのになんで普通に動けるんだ……!?

 

 その後もサンドバッグの如く拳や蹴りを打ち込まれたが、目の見えないサツキがなんで普通に動けるのかわからずじまいのまま、第2ラウンド終了を知らせるブザーが鳴り響いた。

 

 

 □

 

 

「………………」

 

 ベンチにて、やっと目が見えるようになったアタシは一昨年のそれに匹敵するほどの怒り心頭で向こう側のベンチにいるハリー――いや、トライベッカを睨みつけていた。

 まさか、まさかあそこで治ったはずの右脚の怪我が再発するなんて思いもしなかった。それさえなければレッドホークを掴んでいたのに……!

 痛みで震える右脚を忌々しく見つめる。さっきは脚と目の痛みを堪えつつ、少なくとも動物並みに発展した五感を駆使してなんとかトライベッカを翻弄できた。脚の怪我はともかく、アイツがこの事実に気づくことはないだろう。

 

「ベンチにいるときぐらい落ち着けよ」

 

 そうイツキに呆れたという感じで声を掛けられるも、どうでもよかったので右から左へと聞き流した。まあ、姉貴に至ってはそんなアタシの心情を察したのか全然話し掛けてこないけどな。

 ふざけやがって……! たかが試合でここまでやられるとは思わなかったぜ……!

 

「ぶっ潰してやる……!!」

 

 今このときほど、試合で心底ガチになろうと思ったことは一度もない。アタシは怒りを感じながらも、心のどこかで期待し始めていた。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 3

「ベンチにいるときぐらい落ち着けよ」
「失せろクソガキ」
「さすがにその扱いはあんまりだぞ!?」

 知ったことか。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第79話「死に物狂いの形相」

 

「ふぅ……」

 

 ベンチで息を整えながら、どうして目の見えないサツキが普通に動けたのかを考える。

 なんだかんだで未だにわからねーが、目が見えなくなった後の動きは目が見えてるときに比べて動物的なものだった気がする。一番最初に見せた『脱力した自然体の構え』となんか関係があるのか? ……とりあえずキレてるのは明白だけど。

 オレが顔を俯かせながら考え込んでいると、心配そうな顔のリンダが呼び掛けてきた。

 

「リーダー、さっきよりも疲労が……」

「大丈夫だ」

 

 顔を上げ、どうにか微笑んでそう答える。まだ顔のダメージは抜けてねえか。

 魔力も体力もまだ残ってるが、おそらく最後まで持つことはないだろう。しかも第1ラウンドのときより疲労やボディのダメージが蓄積しているのもまた事実だ。だから――

 

 ――このラウンドでケリを着けてやる。

 

「さぁーて、軽くぶっ飛ばしてやりますか!」

「「「オォスッ!!」」」

 

 さっきと同じくルカ達の気合いの入った掛け声を背に受け、クラッシュエミュレートを回復してリングに入る。

 サツキはとんでもなく強え。ヘンテコお嬢様やミカ姉、それにもしかしたらジークより強いかもしれない。それでも勝たなきゃなんねえ。勝たなきゃ先には進めない。

 

 ――オレは勝ってあいつらと一緒に世界戦に行きたいんだよ。

 

 前にした決意を固めながら、リングの中央で歩みを止める。今倒すべき相手であるサツキは、目の前で顔を少し俯かせながら沈黙していた。

 初めて見るな……こんなサツキは。そう思うとほぼ同時に、彼女のある変化に気づく。

 

(こいつ……)

 

 試合じゃ必ず束ねていた髪が解かれ、いつも通りの髪型になっていたのだ。

 どういうつもりだ? 髪は鬱陶しいから試合前に必ず束ねている。サツキ自身がいつもそう言っていた。なのに、わざわざ自分からその髪を解くなんて……。そのせいかはわからないが、観客の一部もサツキを見てざわつき出していた。

 今のサツキには何を言っても無駄だな。彼女の纏う雰囲気でそう判断し、深呼吸してから気を引き締めて構える。

 

 絶対に勝つ。今はそれだけを考えろ!

 

 

《第3ラウンド、開始ですっ!》

 

 

 開始のアナウンスと共にブザーが鳴り響き、サツキから目を離さないように睨みつける。

 そのサツキはブザーの音が聞こえなかったかのように棒立ちの状態から動きがない。本当に、こんなサツキは初めてだよ……。

 じっとしていても仕方がない。そっちが動く気ねえんならこっちから動いてや――

 

「――っ!?」

 

 こっちから仕掛けようとした瞬間、背筋が凍るほどの寒気を感じ、本能的な感覚で両腕を顔の前で交差する。そしてその直後、身体が吹っ飛ばされるように宙を舞っていた。な、何がどうなってんだこれは……!?

 ぎこちない感じでどうにか着地し、隙を突かれないようにすぐさま体勢を整えてから右の拳を突き上げているサツキへと視線を移す。表情は髪に隠れてわからないが、その姿勢からオレを殴り飛ばしたということだけはすぐに理解できた。

 オレが慎重に構え直すと、サツキは立っていた場所を陥没させるほどのスピードで突っ込んできた。これを迎撃するために急いでサツキの顔目掛けて右拳を突き出そうとした瞬間、ようやく彼女の顔を見たオレは絶句すると同時に体中の血液が逆流するほどの恐怖を感じ、思わず目を見開く。

 

 死に物狂いの形相。

 

 それは試合じゃいつも余裕を見せていたサツキが、今回初めてその余裕をなくすほど追い詰められたことにより、集中力が一段と増したことを物語っていた。お前でも余裕がないときはここまで必死になるのか……。

 その勢いと凄みに気圧されたオレはサツキから逃げるように仰け反ったことで、顔面を左の拳で思いっきりぶん殴られてしまった。

 

 ――その直後、背後から何かを吹き飛ばしたような轟音が響いてきた。

 

「嘘だろ……?」

 

 顔の痛みを堪えながら後ろを振り向いたオレが目にしたのは、サツキの拳圧で削り取られたように変形していたリングだった。それを見て背筋に嫌な汗が流れ落ち、再び本能的な感覚で上体を右へ反らす。さっきまで頭があったところをサツキの右拳が通過し、風を切る轟音と壁が砕ける音を耳にした。危ねえ……けど、やっぱりそうだ。

 サツキの振るう速くて鋭い拳が雑な大振りに変わっている。純粋な破壊力が増した分、精度が落ちているので比較的かわしやすくなった。

 しかし、それは並みの選手だったらの話。サツキの場合は力を抑えるために無理やりはめていた型を脱ぎ捨てたようなものだ。

 

(これが本来のサツキか……!!)

 

 雑な大振りであるにも関わらず、振るう拳の速さと鋭さは健在。精度に至ってはさっきよりも向上している。よく見れば体勢も完全に素人のそれである。なのに……付け入る隙がない。

 オレも負けじと右の拳をサツキの顔面に打ち込んだが、彼女は何事もなかったかのように左拳で顔面をぶん殴ってきた。これを上体を少しだけ後ろへ反らすことでなんとか回避するも、避けきれなかった拳圧がオレを襲った。あまりの衝撃に意識が翔びかけてしまうも、ギリギリのところで保つことに成功する。そしてすぐさま生成した魔力弾を撃ち込もうとするが、それよりも早くサツキの左拳が腹部に叩き込まれた。

 一瞬息が詰まってしまい、お腹を押さえながらその場で踞りそうになる。続いて右の拳が目に入り、避けるどころか動く暇もなくそれをモロに食らってしまう。鼻の辺りからそこの骨が折れたかのような激痛が走り、倒れはしなかったものの痛みを堪えきれずに膝をつく。

 

「誰が休んでいいつったよ?」

 

 このラウンドに入ってから一度も口を開くことのなかったサツキは低い声でそう言うと左手で膝をついていたオレを無理やり起こし、握り込んだ右の拳を叩き込んできた。同時に発生した拳圧により再びリングの表面が轟音と共に吹き飛び、拳を打ち込まれたオレは倒れるか倒れないかというギリギリの状態に持ち込まれてしまった。

 どういうわけか、サツキの攻撃はモロに食らっても不思議とダウンを奪われることがない。それでもダメージは受けるし体力も削られる。サツキとリング内にいるときは一時も休むことができないし、許されることもない。

 

 まさに生き地獄だ。ここまで厄介だと思ったことは一度もねえ。

 

「…………やるしかねーな」

 

 このままじゃ最後まで持つどころか今倒れちまう。こんなところで力尽きるぐらいなら一か八かやってやる……!

 ふらつきながらもサツキから距離を取り、ガンブレイズ・フルバーストを撃つためにもう一度魔力のチャージを始める。当然、そうはさせまいと言わんばかりにサツキが突っ込んできた。

 

 ――お前ならそう来てくれると思ったぜっ!

 

「レッドホークッ!」

 

 すぐさま左腕から赤熱の鎖を放ち、サツキを足止めするように身体の至るところへ打ち付けていく。サツキも一度はこれを素手で弾くも、鎖の先端に気を取られていたのかそれ以外の部分による打ち付けをモロに食らっていた。さらにその場で立ち往生し始め、突撃どころじゃなくなっている。よし、足止めは成功だ。次はチャージし終えた魔力を一気にぶっ放す!

 レッドホークを一旦引っ込め、それとほぼ同時に右の拳から特大の砲撃魔法――ガンブレイズ・フルバーストを撃ち出した。

 それを見て悔しそうに舌打ちし、仕方ないといった感じで左手を猫の手のような形にして後ろへ引くサツキ。これも予想通りだ。この局面ならお前は砲撃を避けずに必ず弾き返してくる。ここまでは狙い通りなんだよ! ここまではな!

 

 案の定、サツキは後ろへ引いていた左手を突き出し、螺旋の回転というおまけ付きでガンブレイズ・フルバーストを弾き返してきた。オレはその隙にサツキの左側へ回り込んでレッドホークを起動させ、ガクンと動きが止まった彼女を嘲笑うかのように遠隔操作でいなし、拘束する。

 サツキは珍しく『しまった!』という顔になるも、慌てることなくレッドホークを力ずくで引きちぎるように破壊し始め、同時に拘束も解き始めた。心なしか、身体の所々が赤紫色に点滅してるようにも見える。ちぃっ、やっぱりサツキには拘束なんて通用しねえか……!

 オレは右手を地面に付かせてから魔法陣を展開し、左の拳を魔法陣の中心に叩きつけ――

 

「ヴォルカニック・ブレイズ!」

 

 サツキの足下から全力の遠隔発生砲撃をぶっ放した。予選じゃできるだけ出し惜しみしてた隠し球だけど、お前が相手ならその必要もねえ。それに、これなら弾き返すことはできねーはずだ。

 疲れとダメージで息が荒れ、視界は混濁し、立っていることすらままならないが、それらを全部気合いで堪えながら立ち込める爆煙が晴れるのを待つ。これで終わってくれれば……

 

 

「なん……っ!?」

 

 

 だが――その心配は一瞬で霧散した。ボロボロになったサツキが爆煙の中から現れたのだ。

 

 ――ドロップキックを、繰り出しながら。

 

「がぁ……!」

 

 立つだけで精一杯のオレがそれを避けられるはずがなく、モロに食らって数メートルほど転がるはめになった。

 あの一瞬でかわしたのか……拘束が意味を成さなかったとはいえ、さすがにあれをかわすのは無理だと思ってたぜ。だけどあいつのバリアジャケットはボロボロだった。つまり回避はできたが完璧にかわせたわけじゃないってことになるな。

 全身の痛みに耐えながら歯を食いしばり、とにかく立ち上がろうとわずかに残った気力を振り絞る。まだだ、まだ終わっちゃあいねえ……! サツキだって満身創痍なんだ……勝機が完全になくなったわけじゃない……! それに、こんなところで躓いて――

 

 

「――あ」

 

 

 やっと立ち上がったオレの視界に入ったのは、豪快な跳び膝蹴りを放つサツキの姿だった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 8

 なんだかんだで未だにわからねーが、目が見えなくなった後の目が見えてるときに比べて動物的なものだった気がする。一番最初に見せた『脱力した自然体の構え』となんか関係があるのか――

「あ」

 よく考えたらあいつ、いつも動物みたいな動きをしていた気がしないでもない。……てことはいつも通りか。

「深く考えたオレがバカだった」
「り、リーダー……?」

 なんか向こうでサツキが『お前は元々バカだろ』って言ってるような気がするけど気のせいだろう。うん、多分。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第80話「心配してたのは――」

 

《試合終了~~!! 上位選手同士の対決、この激戦を制したのはサツキ選手!! 最後は豪快な跳び膝蹴りで、ハリー選手を下しました!!》

 

「………………」

 

 テレビの実況がリビングに響く中、(ウチ)と魔女っ子は無言で画面を見つめている。

 画面には倒れた番長を見下ろすように立っているサッちゃんが映っており、死闘が繰り広げられたリングに至っては原型を留めていない。それを目の当たりにした(ウチ)は、番長に対してちょっとした妬心と羨望感を抱いていた。

 サッちゃんは一昨年、(ウチ)と試合したときはそこまで真剣にはやってなかった。せやのに今回、特に第3ラウンドに入ってからは今までで一番真剣にやっとった。それに負けたとはいえ、サッちゃんから初のダウンを奪った番長。かつて(ウチ)がでけへんかったことを、彼女は成し遂げた。それだけやのに、たったそれだけやのに――!

 

「……エレミア」

「ど、どないしたん?」

 

 ちょっとした妬心と羨望感で拳を握り締めていると、テレビの方に顔を向けたままの魔女っ子に声を掛けられた。なんや一体。

 

「……サツキの脚、本当に治ったの?」

「うん。でもクラッシュエミュレートのこと言うてるんなら大丈夫やろ、サッちゃんなら」

「……じゃあ、なんでサツキは右脚を引きずっているの?」

「え……?」

 

 その言葉を聞いて一瞬呆けてしまうも、ハッとしてすぐさまテレビの方へと視線を移す。

 

「な、んでや……?」

 

 そして画面を見た瞬間、思わず自分の目を疑った。そこには魔女っ子の言う通り、右脚を引きずりながらリングを後にするサッちゃんの姿が映っていたのだ。

 ど、どーゆーことやこれは……確かにサッちゃんは以前、右脚を負傷している。けどそれは予選準決勝の時点でなんの支障もなく動かせるくらいには治ってたから心配ないはずなんよ。

 ……ううん。(ウチ)らが勝手にそう思ってただけで、ほんまは完治なんてしてなかったんや。しかもあの第3ラウンド、サッちゃんはただひたすら真剣になってただけやない。怪我の痛みを必死に堪えとったんや。

 

「……っ!」

 

 今度は自分の不甲斐なさに腹が立ち、少し顔を俯かせながら唇を噛み締める。いつもサッちゃんの側にいながら、居候までしているのに全然気づけんかった……!

 

「…………考えるのは後にしたら?」

「…………そ、そやね」

 

 魔女っ子にアホかこいつ、といった感じの視線を向けられ、ハッと我に返る。

 なんや結構癪やけど……仕方あらへんな。怪我の件はサッちゃんが帰ってきたら最低でも48時間ほどは問い詰めるとしよか。

 

「二人とも、お疲れ様や」

 

 

 □

 

 

 仰向けのまま首を動かし、うっすらとした意識で右脚を引きずりながら退場していくサツキの背中を見つめる。あいつが脚を痛めているのは第1ラウンド後半から薄々気づいていた。ときたま動きが鈍っていたのはそれが原因だろう。けど、まさかサツキ自身がその事に気づいていなかったとは思いもしなかった。

 今倒れているオレの周りでは駆けつけたルカ達が心配そうな顔になっているが、それでもサツキから目を離せずにいた。オレの思い込みだろうが、あいつの背中が寂しそうに見えたからだ。

 そうしているだけで薄れていた意識が少しずつ戻ってくるも、同時に身体中が悲鳴を上げていることを思い出して顔を歪めてしまい、さらになかった実感もようやく湧いてきた。

 

 

 ――サツキに負けたという事実。

 

 

 動かしていた首を再び元の向きに戻す。首から下が動かない状態にある中、視界に入っているのは雲一つない青空。それを見た瞬間、目頭が徐々に熱くなるのを感じ、右腕で目元を隠す。

 

「チク、ショウ……」

 

 勝てなかった。あれだけ頑張ったのに……勝てなかった。あと少しだったのに……!

 

「チクショウ……」

 

 泣きたくないのに……皆の前なのに……なんで涙が止まらねーんだよ……!

 

「チクショウ……!」

 

 溢れ出る涙を抑えられず、悔しさのあまり声を殺して号泣するしかなかった。

 

 

 □

 

 

 物凄い歓声が未だに鳴り止まぬ中、右脚を引きずりながらこっちへ戻ってくる姉さんを見てため息をつく。表情は前髪が邪魔して見えないが、あの必死さを見る限りいっぱいいっぱいだったのは確かだろう。

 姉さんはベンチに戻るなり、まるで何事もなかったかのように引きずっていた右脚を踏み込んだ。全く、冷や冷やしていた俺とスミ姉の身にもなってくれよ。ていうかこんなに大勢の人の前で強がっても無駄だぞ。

 さっきから気になっていたことがある俺は、その場で呼吸を整える姉さんに問いかけてみた。

 

「これが最後の試合なんだろ? 声ぐらい掛けてもバチは当たらないと思うぞ」

 

 第1ラウンドが終わったあとに聞いた話だが、姉さんはこの試合を最後にインターミドルから身を退くらしい。それなら他の選手みたいに礼儀を示すか認め合うように言葉を交わしたって別にいいだろ。ま、あの姉さんに前者をやるのは絶対に無理だろうけど。

 その姉さんは俺を睨むように一瞥し、珍しく力のこもった声でこう答えた。

 

 

「アタシは仲良しごっこがしたいんじゃねえ。勝者が敗者に掛ける言葉なんて、ないんだよ」

 

 

 姉さんはそう言うとバリアジャケットを解除し、スミ姉に一声掛けてから会場を後にした。

 そんな彼女の背中を見届けた俺は、いつものように気楽な態度でいるスミ姉へ視線を移す。

 

「本当にいっぱいいっぱいだったな、今回の姉さん」

「ん~……いっぱいいっぱいというか……多分、試合じゃあれが“限界”なんだよ」

 

 は? 限界?

 

「あれが姉さんの限界……?」

「うん。アイツの専門分野はあくまでルール無用のケンカだ。だからルールがある試合じゃどうしても実力を出しきれない。それに今回のサツキは確かに本気だったけど、右脚の怪我がモロに響いた。あれがなければもう少し強かったはずだよ」

 

 それを聞いた俺は素直に納得した。

 姉さんはこのスミ姉と同じくバカみたいにケンカばかりやってた筋金入りだ。加えて練習のれの字も知らない才能の塊。そして何より、一度エンジンが掛かると歯止めが利かない。そんな人がルールを無視して全力を出せば相手を殺める可能性が高まってしまう。

 今回は怪我のせいでクラッシュエミュレートを越えない程度の本気になってしまったんだろうけど……途中で冷静さを失ってたからな。万全の状態で本気を出してたらトライベッカさんが冗談抜きで危なかった。

 俺は姉さんの本気を見たのか……などと感慨深いものを感じていると、スミ姉がやれやれと言わんばかりに口を開いた。

 

「にしても、まさか束ねていた髪を解くなんてね……あれじゃ自分が“死戦女神”ですって言ってるようなもんだよ」

「いや、あれはどう見ても確信犯だろ」

 

 でなきゃ邪魔だと言っていた髪をわざわざ解いたりはしないだろう。

 それにしても、右脚の怪我というハンデを背負ってなおあの強さか。薬が効かない体質らしいし、姉さんの身体は一体どんな構造をしているんだ? というか万全の状態での本気を知りたくなった。今度ケンカでも申し込んでみようかな。

 

「まっ、私が唯一心配してたとすればあの子の中に残ってる“慢心”だけだよ」

 

 そう言ってスミ姉は妖艶に微笑んだ。頼むからこんなところでその笑みはやめてくれよ……その言葉には同意せざるを得ないけど。

 ……さてと、話も終わったことだし後始末を済ませてしまおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、姉さんはインターミドルを出場辞退した。一般的に見れば理由は不明だが、最も有力な説を挙げるなら脚の怪我と本人が最初からそうするつもりだったということぐらいである。

 こうして俺とスミ姉は、姉さんのセコンドという役目を終えることとなった。

 

 

 

 




 これにて第三章は完結です。次回から第四章に入るのですが……ある程度片付いたので外伝の方に集中したいと思います。ではでは。

《今回のNG》TAKE 5

「……じゃあ、なんでサツキは右脚を引きずっているの?」
「え……?」

 その言葉を聞いて一瞬呆けてしまうも、ハッとしてすぐにテレビの方へと視線を――


 グキリッ


「く、首が……! 首が……!」
「……なんで首を痛めてるの?」

 そんなん(ウチ)にもわからへんよ……!




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四章「最強選手と最強ヤンキー」
第81話「相談は前置き」


 

「おい、なんだこれは」

「そんなことはどうでもええ。脚の怪我が治ってなかったこと、なんで黙ってたんや?」

 

 誰か教えてくれ。どうしてアタシは帰るなりジークに緊縛と正座をさせられているんだ。ヒモが食い込んでめちゃくちゃ痛いんだけど。

 一度はクロに助けを求めてみたが、アイツは何を思ったのか今までにないほどスルーをかましやがった。これにはさすがのアタシもどっかのパンツみたいな反応をしてしまったよ。

 さてと、まずはこの状況をなんとかしねえといい加減食い込んでいるヒモがヤバイ。あっちの動画みたいになるかと思ってたらひたすら痛いという結果だぜこんちくしょう。

 

「答えて」

「黙れ変態」

 

 変態に言うことなど何もない。

 

「…………もう一回言うてみ」

「死ね変態」

「サッちゃんのドアホッ!!」

 

 もう一度言えと言われたのでちょっぴりアレンジして言ってみたらビンタが飛んできた。少し頬がヒリヒリするな。

 当然カチンときたアタシはジークを思いっきり睨みつけるが、らしくないほどお怒りっぽいジークはそんなことはお構い無しと言わんばかりに涙目でこう怒鳴ってきた。

 

(ウチ)は本気で心配してるんよっ!!」

 

 その言葉に一瞬だけ動揺しかけるも、冷静になって今の状況を考えるとアホらしくなった。

 ちゃんとした姿勢で話し合っているのならまだしも、緊縛された状態で真面目なことを言われても全然しっくりこない。

 さすがに何様だと思ったアタシは身体に食い込んでいたヒモを力ずくで解き、未だ涙目のジークにアイアンクローをかました。

 

「あだぁ……っ!?」

「何を言うかと思えば――」

 

 勝手に居候したのを皮切りに、風呂場で人の背中を切り裂く、飯は食い散らかす、ほぼ毎日添い寝してくる、貞操狙いでセクハラしてくる、人の家を破壊しようとする、挙げ句の果てには人を緊縛して正座させてビンタときた。

 

「今まで散々好き勝手してきたくせに……都合のいいときだけ保護者面してんじゃねえよ!!」

 

 これで何度目だろうか、思い出したらまた腹が立ってきた。コイツが居候してからろくなことがない。しかも食料関連は居候してなかったときから酷い。ホント、よく一緒にいられたものだ。

 

「保護者やない、友達や……!!」

 

 アイアンクローをかましている右手を両手でガシッと掴み、反抗的な態度で言い返すジーク。

 へぇ……お前が真っ向から反抗するなんて珍しいな。けど――

 

「いつアタシがお前の友達になったよ……!?」

「あ、あんたをサッちゃんって呼び始めたときからや! あだだだだ……っ!」

「勝手に決めてんじゃねえよ!」

「決めるも何も決まってるんよ!」

「アタシは認めてねえ!」

「いい加減に認めたらどうや!?」

「お断りじゃボケ!」

「そのツンデレも大概にあだぁああああっ!!」

 

 ジークの頭を掴む力を一気に強める。クソッタレが……いつもならこの辺で引っ込むくせになぜ今回はここまで出しゃばるんだ? ていうかマジで心配してるなら緊縛する必要がどこにあるんだボケぇ! テメエの趣味かあれは!?

 このままだとキリがないと判断し、ジークをアイアンクローを掛けていた右手で投げ捨てた。

 

「おぶっ!? さ、サッちゃん?」

 

 なんで解いた? という感じで声を掛けられるも聞き流し、自分の部屋に入って鍵を閉めた。

 しかもさっきから右脚がズキズキと痛む。どうやら知らないうちに負担を掛けてしまっていたようだ。これじゃ治らねえな……

 

『サッちゃん開けて! まだ話は終わってへんし始まったばかりなんよ!』

「……………………チッ、アホらし」

 

 扉越しにジークの声が聞こえる中、絞り出すように呟けた言葉はそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「――ってことがあったんよ」

「緊縛ってなんだ?」

 

 サツキに負けた次の日。オレ達はどういうわけかジークに呼び出されていた。どうも昨日の夜、サツキと大喧嘩したらしいんだけど……。

 つーか他に相談相手いなかったのかよ。なんでオレも含まれてるんだよ。負かされた相手に関する相談事とかめちゃくちゃ気まずいんだけど。

 

「えーっとな、とりあえず説教の仕方が間違ってると思うぞ、それ」

「そんなアホな!? 一昨日ちゃんとネットで調べたんよ! 説教の際は相手を緊縛する必要があるって掲示板にも書いてたし!」

 

 なぜだろう。こいつの話を聞いてるとオレの中にある常識という定義が崩されつつあるのだが。

 

「そうね……」

「まずその掲示板自体が間違ってることに気づこうか」

 

 ジークからの相談ということもあってか真剣に考えているのはヘンテコお嬢様、オレと同じ結論にたどり着いて単刀直入にそれを言ったのはミカ姉だ。二人とも年長者らしく振る舞ってはいるが、表情は完全に呆れたときのそれである。

 ちなみに今回、ジークのセコンドであるエルスは呼ばれていない。ジークが言うには真面目だから呼ばなかったとのことだ。哀れエルス。

 それならなぜオレは呼ばれたのだろうか。オレとしては今すぐ帰って練習したいんだけど。今回負けたからって終わるわけじゃない。インターミドルは来年もあるからな。次こそサツキやヘンテコお嬢様に勝って世界戦へ行ってやる。

 

「それでジーク。ヘンテコお嬢様やミカ姉はともかく、なんでオレまで呼んだんだよ?」

「あっ、そうやった。まだ本題に入ってへんかったわ」

「今のが本題じゃなかったのか!?」

 

 てっきりその相談が本題かと思ってた。というか相談を前置きにするほどの本題ってなんだよ。

 オレが聞こうとするよりも先に、ずっと考え込んでいたヘンテコお嬢様が口を開いた。

 

「本題って?」

「サッちゃんの弱みを握ろうと思うんよ」

 

 この上なく最低だ。

 

「そんなの一人でやれよ……」

「今さら感が凄いけど、なぜかしら?」

 

 さっきよりも呆れた顔になるミカ姉とヘンテコお嬢様。そんなことでオレ達を巻き込むなよ。ヘンテコお嬢様の問いに対し、ジークは試合のそれと同じレベルの真剣な表情になって一言。

 

「最近(ウチ)ら、サッちゃんにやりたい放題されてるやん?」

「確かにそうだが……」

「言われてみれば……」

 

 ジークの言葉に思わず納得する年長者二人。オレもそれには同意せざるを得ないが、やっぱり今さら感が凄いな。オレ達がサツキに振り回されるなんて今に始まったことじゃねーし。だからそこまで悔しくはない。ああそうさ、もう慣れっこだから全然悔しくなんかねーぞ!

 ……それにしても、あの温厚なジークからこんな提案を持ち掛けられるとは思わなかった。とりあえず確認はしておくか。

 

「理由は?」

「そろそろサッちゃんにも痛い目にあってもらおうと思ってるんよ」

 

 オレがサツキから聞いた話だと、最近お前のせいで何度も痛い目にあっているそうだが?

 なんでもかなりの頻度でセクハラされたり飯を食い荒らされたりしてるとか。そこまでやっといてまだ懲りないのかお前。

 

「てなわけで今度、サッちゃんについて調査しようと思うんよ。まだ謎もあるし」

「「乗った!」」

 

 乗るな年長者二人。

 

「番長はどうなん?」

「却下。そんなことする暇があるなら練習する時間を増やした方がマシだ」

 

 やっと呼ばれた理由がわかった。オレが一番サツキに近いからだ。クラスメイト的な意味で。

 要は学校でのサツキがどんな感じなのか知りたかったのだろう。だからクラスメイトであるオレに白羽の矢が立った。なんて単純なんだ……。

 

「じゃあオレはこれで――」

「どこへ行くんや?」

 

 帰ろうとしたらジークに肩を掴まれた。心なしか肩から骨が軋むような音も聞こえてくる。

 

「は、離せジーク。オレはこれから練習に行くんだ……っ!」

「離したいのは山々なんやけど、番長だけ綺麗なままなんてあかんと思うんよ」

「離す気ねーだろお前!? それならエルスはどうなるんだよ!? あいつも綺麗なままだぞ!」

「言うたやん。いいんちょは生真面目やから呼ばんかったって」

 

 助けを求めようとミカ姉とヘンテコお嬢様へ視線を向けるも、ミカ姉は学院祭で見せた合掌を披露し、ヘンテコお嬢様は諦めろという感じで首を横に振りやがった。

 しかし、このまま放っておくとオレの肩が無惨に砕け散ってしまう。仕方がねえ……!

 

「わ、わかった! オレも話に乗るからその手を放してくれ! 肩の骨が砕けちまう!」

「交渉成立や♪」

 

 脅迫の間違いだろう。

 

「大丈夫か?」

「これが大丈夫に見えるか……?」

 

 心配してくれたミカ姉には悪いが、あと一歩でも遅れていたらオレの肩骨は粉々になっていた。

 げんなりとしているオレやミカ姉をよそに、ジークは満面の笑みを浮かべている。ヘンテコお嬢様も笑ってはいるが作り笑顔だ。あいつですら今のジークにはついていけないらしい。

 

「……あのさ、二人ともさっきまでノリノリだったじゃねーか」

「ノリノリではない。日頃の恨みからつい乗ってしまっただけだ」

「右に同じよ」

「キリッとした顔で言うな」

 

 このあとジークも入れていつサツキについて調べるのか話し合ったが、無駄に溜まった疲れのせいでまったく集中できなかった。

 ……右肩を犠牲にしてでも断るべきだったかもしれない。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 3

「番長はどうなん?」
「却下。そんなことする暇があるにゃら練習する時間を増やした方がマシだ…………あ」
「「「…………っ!!」」」

 誰かこいつらの記憶を消してくれ。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第82話「最初で最後の調査」

 やっと書けた……最近手がまったく進まない。今回のNGはお休みです。


 

「ほなさっそく調査開始や!」

「待ちなさいジーク。一昨日結成したばかりよね? この……えっと……だ、団体?」

「集団かな?」

「グループでいいだろ」

 

 なんだかよくわからないグループが結成された二日後。いきなりオレ達はヘンテコお嬢様の屋敷に呼び出された。ジークによれば『善は急げ』らしい。悪の間違いだろ。

 まあ本音を言うとオレもサツキには恨みがあるのでこの機会にそれを晴らそうと思っている。主にオレの恥ずかしい写真を校内にばら撒かれた事とか公衆の面前でスカートを捲られたりズボンを脱がされたりした事とかその他諸々の恨みを。

 念のために胃薬も持参しておいた。これで万が一胃が痛くなっても大丈夫だぜ。

 

「とりあえず、あいつに関する情報をわかりやすくプロフィールにしてみたぞ」

 

 そう言いながら一枚の用紙を取り出し、ジーク達に見せる。ただ、弱みを握るためだけにここまでする必要があるのか正直疑わしいところだ。

 

 

 名前:緒方サツキ

 市立学校高等科2年

 性別:(一応)女

 身長:180後半

 体重:外見に反して重いとのこと

 出身:第97管理外世界

 性格:一言で言うと傍若無人。喫煙・飲酒・暴力・怠惰と絵に描いたような問題児。

 特徴:赤みがかった黒髪と鋭い目付き

 趣味:ケンカとタオル風船

 

 

「サツキの名前ってひらがな表記じゃないのか?」

「わかりやすくするためにカタカナ表記に変えたとかそんな感じだと思いますが……」

 

 確かに、あの八神司令と同じ地球人で出身国も同じだから名前がひらがな表記じゃないというのは少し引っ掛かるな。それにミッド人とのハーフってわけでもないみたいだし。

 もしもサツキの名前が本当はひらがな表記だとすれば、実の姉弟であるスミレさんとイツキも同じひらがな表記の名前に違いない。それにあいつの性格を考えると、今さら変えるのが面倒だからカタカナ表記でやってきたというのもあり得る。

 

 三人で深く考え込んでいると、唯一話に入ってこなかったジークが不満そうに口を開いた。

 

「…………で、他には?」

「え? 他にって……これで全部だが?」

「サッちゃんの行動パターンとかスリーサイズとか行動パターンとかいろいろあるやろ!?」

「それもうただのストーカーじゃねーか!?」

 

 今やってることでもギリギリなのに何を言い出すんだこのアホ娘は。それと今、行動パターンって二回言わなかったかこいつ?

 

「あのな、オレ達の目的はあくまであいつの弱みを握ってちょっぴりこらしめるだけだろ? そんな病んでる女子がするようなことはやめ――」

「ほな今から尾行しに行こか!」

「無視すんなてめー!」

 

 てか尾行ってなんだよ!? こっちはなんも聞いてねーぞ!?

 ジークの言葉に思わず『は?』とでも言いたそうな顔になるミカ姉とヘンテコお嬢様。安心しろ、多分オレも同じ顔になってるから。

 

「ほら、はよ行こ!」

「……仕方ないわね」

 

 ヘンテコお嬢様がやれやれといった感じの笑顔でジークの後へ続き、オレとミカ姉も冷や汗を流しながら苦笑しつつも後へ続くしかなかった。

 ――目的はどうであれ、その笑顔はさすがに卑怯だぜジーク。今回だけだぞまったく。

 

 

 □

 

 

「さっそくいたな」

「しかしこれはバレるんじゃないか?」

「少し距離が近いわね……」

「大丈夫や、問題あらへんよ」

 

 屋敷を後にしてから数十分後。少し人気のない街中にて、タバコを吸いながら暇人のようにうろつくサツキを発見した。まったく、大体検討はつくけど何してんだあいつは……。

 サツキが歩いていく度にオレ達も見つからないようにかつ見失わないように尾行していると、彼女はごく自然に左へと曲がった。確かあっちは路地裏だ。前にサツキと会った場所も路地裏かつ事後だったが……ケンカの現場に鉢合わせするのは今回が初めてだな。

 そう感慨深いものを感じていると、路地裏の方から声が聞こえてきた。

 

 

『ぎゃああああああっ!!』

『骨が、骨がぁああああっ!!』

『お、俺の歯が折れごふっ!』

 

 

 一体何が起こっているんだ。

 

「……と、止めた方がいいかな?」

「無理だと思うぜ」

 

 オレ達が割って入ったところでゴロツキ共々返り討ちにされかねない。下手したら殺される。ちなみにゴロツキってのはサツキがよく言っている不良の呼称だ。

 それでも皆でサツキの暴行を止めるかどうか話し合っていると、路地裏からフードで顔を隠したサツキがそれはもう不審者っぽく出てきた。よく周りに怪しまれないなあいつ。

 さっきよりも早足で歩くサツキを慎重に尾行するオレ達。するとサツキは数分も経たないうちにこれまた自然な足取りで怪しげな雰囲気の店へと入っていった。

 

「なんの店だと思う?」

「どう見ても子供が入ってはいけない感じの店にしか見えませんわ」

 

 再び皆で話し合っていると、サツキが今度は堂々と店から出てきた――って!

 

「隠れろッ!」

 

 サツキがこっちを向いたのでミカ姉と一緒にヘンテコお嬢様とジークを後ろへ無理やり押し込み、オレも曲がり角に急いで身を隠す。危ねえ……少しでも遅れていたら見つかってたぞ。

 しばらく二人を庇うように隠れていたが、こっそり様子を見ていたミカ姉が手招きし始めた。どうやら見つかりはしなかったらしい。

 ちょっと不満そうなジークとヘンテコお嬢様に手招きして大丈夫だということを伝え、尾行を再開する。いつまで続くんだこれ……。

 

 

 

 

 

 ~ 公園 ~

 

『ふぅ~……』

「離せミカ姉。オレは今すぐあの白昼堂々とベンチに座ってタバコを吸ってるバカをとことん殴る必要があるんだ」

「待つんだハリー。ここで見つかったらすべて終わりだぞ」

「少しは自制心を持ちなさい。こっそり抜け出そうとしているジークもね」

「ん――!?」

 

 

 ~ 小さな屋台の前 ~

 

『ここのどら焼きも悪くないな』

「離して番長。(ウチ)は白昼堂々とほっこり顔になっとるサッちゃんに話があるんよ」

「お前どら焼きが食べたいだけだろ」

「後で買ってあげるから落ち着きなさい」

「ぶー……!」

 

 

 ~ 再び路地裏 ~

 

『あぎゃああああああっ!!』

「……離すんだヴィクター。例え命が掛かっていようとやらねばならないことがある」

「落ち着くんやミカさん。チャンスならまだあるから」

「ちょっと意味のわからない部分があるけどジークの言う通りですわ」

「だからその刀は下ろそうぜ、な?」

 

 

 

 

 

「ははっ、サツキを尾行してただけなのにもう一日が終わろうとしてるよ……」

「なんというか、ここまで無駄な時間を過ごしたことはないね」

「ですがそれもあと一息。後はジークが諦めてくれるのを待つだけ――」

 

 あれから日が沈むまでの間、何度も見つかりそうになりながらサツキを尾行していたが彼女の弱みと言えるものは未だに得られていない。マジで時間だけが過ぎていったよ……。

 ヘンテコお嬢様以外は尾行している最中にイラついて飛び出し掛けるもなんとか踏み留まっている。反省はしていない。むしろ飛び出すべきだったと考えている。唯一飛び出そうとしなかったヘンテコお嬢様だが、オレらほどではないけど結構苛立ってるみたいだ。

 サツキの尾行はやや距離を置きながら続けているが、そろそろどうでもよくなってきたのでやめようと思ってる。これ以上尾行したところで得られるものなんてないだろうし。

 

『あ、そういや忘れてたな』

 

 サツキはふと呟くと、少し焦り気味な感じでこっちへ歩いてきた。……え?

 

「隠れるんだッ!」

「はにゃぁっ!?」

 

 そう言うとミカ姉はオレ達を近くにあった建物の陰へと無理やり押し込み、さっきと同じように様子見の体勢に入った。にしては何らかの疑問を感じてるようだが――

 

「――いない?」

 

 どうやらサツキを見失ったらしい。いやいやちょっと待ってくれ。あと一息ってところで見失うとか洒落になんねーんだけど!?

 まさかと思い、ほぼ本能的な感覚で後ろへ振り向くも尻餅をついているヘンテコお嬢様と、どういうわけか顔面から盛大に転んでいるジークしかいなかった。よかった、気のせいか。

 

「どないしたんや?」

「なんでもねーよ……」

 

 ホッとすると同時に緊張していた分の疲れが一気に押し寄せてくる。

 ジークだけは痛そうに顔を擦っていたが、ミカ姉もヘンテコお嬢様も今になって疲れが……という感じだった。

 

「……もう帰ろうぜ」

 

 オレが胃薬を飲みながらそう言うと、皆はなんの躊躇いもなく肯定してくれた。

 ちなみに言うまでもないけど、これがサツキの弱みを握るための最初で最後の調査となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあジーク」

「んー?」

「なんで昨日アタシをつけてたんだ?」

「えへへ、実はサッちゃんの弱みを――ふぇ?」

「弱みを……なんだって?」

「あ、いや、その~……」

「…………ジーク」

「は、はいっ!?」

「――歯を食い縛りなさい」

 

 

 

 




《尾行されているサツキ》

『さっそくいたな』
『しかしこれはバレるんじゃないか?』
『少し距離が近いわね……』
『大丈夫や、問題あらへんよ』


 なんか後ろの方から聞き覚えのある声が聞こえるので視野を広げてみると、ハリー、ヴィクター、シェベル、ジークが隠れながらこっちを見ていた。どうあがいてもバレバレなんだが、アタシはどう反応すればいいのだろうか。

(……放っとこう。ジークは明日シバくけど)

 とりあえず泳がせてみることにした。なんか面白そうだし。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第83話「ちっちゃくなった(前編)」

 

「ぎ、ギタギタ……」

「カッカ……」

「ゲゲゲッ……」

「ん~……?」

 

 ジークを某磔の呪文よろしくと言わんばかりにボコってから二日後。アタシは眩しい日差しをモロ顔に浴び、聞き覚えのある騒音をモロ耳にして目を覚ました。騒音がなんなのか気になるが、まずは上半身を起こして背伸びを――

 

「あれ……?」

 

 なんだろう、寝惚けているせいかいつもより視点が低く感じる。それにギリギリ布団に納まっていたはずの足が、それはもう亀がびっくりするレベルですっぽりと納まっている。

 両手で自分の頬を叩き、眠気が吹っ飛んだのを確認してもう一度今の状態を確認する。……やっぱり視点がいつもより低い。それによく見ると手のひらが子供のサイズに縮んでおり、アタシの周りをクロの使い魔であるプチデビルズが、どこか慌てた感じで飛び回っていた。

 プチデビルズと言えば、前に無限書庫でジークに呪いを掛けていたな。幼児退行の呪いを。最近クロから聞いた話だが、幼児退行だけでなく真逆の成長する呪いもあるらしい。そんなことを思い返しつつ、ベッドから降りてパジャマを脱ぐ。今着てるパジャマ、どういうわけかサイズが全く合っていない。しかもパジャマだけではなく、下着もサイズが合っていなかった。一言で言えばブカブカだ。

 

「……え?」

 

 制服を取ろうとクローゼットへ向かう途中、近くに置いてある鏡に自分の姿が写った。それだけならアタシはスルーしていたに違いない。しかし、鏡に写る自分の姿を見て完全に目が覚めた。

 

 

 ――身体が縮んでいたのだ。容姿を見る限り、5歳児と言ったところか。

 

 

「くぁwせdrftgyふじこlp!?」

 

 それを理解した瞬間、アタシはひたすら言葉にならない悲鳴を上げていた。

 

 

 □

 

 

「最悪ね……」

 

 悲鳴を上げてから数分後。今の身体のサイズに合った服を急遽一から縫って完成させ、すぐさまそれを着たアタシは駆けつけたジークと偶然やってきたクロに事情を話した。

 やはりと言うべきか、アタシの身体が縮んだのはプチデビルズが使う幼児退行の呪いによるものだった。しかも本当ならすぐ元の姿に戻せるはずが、運の悪いことに反対の成長する呪い爆弾を切らしているらしく、丸一日はこの姿で過ごさなければならないとのこと。

 それを理解したアタシは少なからず絶望し、泣きたくなった。なぜなら――

 

「ロリサッちゃんキター!!」

 

 ――アタシが幼女になったと聞いて、口からよだれを垂らしながら暴走しかけているこの変態と共に過ごすはめになったからだ。

 最初はそれを危惧したクロが無理やりジークを追い出そうとしたのだが、非力な彼女にそんなことができるわけがなく、結局いつも通りの形に落ち着いてしまった。

 ていうかそろそろジークには離れてもらいたい。さっきからアタシを後ろから抱きしめているのだが、体格があれなだけにマジでウザい。とりあえずぶっ殺してもいいかなと思ってる。

 

「離れなさいこのドアホっ!!」

 

 後ろにいるジークへ思いっきり頭突きをかまし、座っていた椅子からジャンプして倒れた彼女の腹部を踏みつけた。その際、両足に力を込めたのでダメージにはなっているはずだ。

 ちなみに今、女の子のような喋り方をしたのもアタシだ。一体どうなっているのか定かではないが、男口調で話すことができなくなっている。まあ性別は女性なので特に問題はないけど。

 

「い、今誰が喋ったんや……?」

「……サツキだけど」

「嘘や。サッちゃんが女の子みたいに喋るなんて幽霊が目の前に現れました並みにあり得へんよ」

 

 訂正。ここに問題あり。

 

「ジーク。アタシよアタシ」

「………………」

 

 女口調で喋ったのはアタシであることを認めさせようと声を掛けるも、ジークは信じられないという感じの視線を向けてきた。頼むからそんな目でアタシを見るな。

 ジークが再び「嘘や」と抗議してきたが、アタシがもう一度喋るとすぐに諦めてくれた。意外とあっさりしているが……ま、別にいいだろう。

 ある程度今の自分を把握したところで、冷蔵庫から隠しておいた缶ビールを取り出し――

 

「――げほっ、げほっ!」

 

 飲んだだけなのに思いっきり蒸せた。何この感覚。昔味わったことがあるんだけど。

 まさかと思ったアタシはすぐさま缶ビールを冷蔵庫に直して自室へ走って戻り、制服のポケットに入れていたタバコとオイルライターを取り出す。そして火を付け――

 

「――ごほっ、ごほっ!!」

 

 ちょっと一服しただけなのにこれまた思いっきり蒸せた。間違いない、身体がタバコやビールに慣れていない状態へ戻ってしまっている。

 にしてもアタシが幼児退行するなんて思いもしなかった。タバコも吸えないしビールも飲めない。だけど右足に負担を掛けさえしなければケンカはできる。それが唯一の救いだな。

 一息ついたところで吸いきれなかったタバコを机の上に置いてある灰皿に押しつけ、ジーク達がいるリビングへと戻る。

 

「あっ、ロリサッちゃん」

「その呼び方はやめなさい」

「ほんならサッちゃんもその口調やめて」

「好きでこんな喋り方してるわけじゃないわよこのバカ!」

 

 戻るなりこれである。まずはロリサッちゃんと呼ぶのを心底やめてほしいところだ。あと口調に触れるのも心底やめてほしい。

 

「…………とりあえず呪い爆弾を作るから邪魔はしないでほしい」

「あー、早めに頼むわよ。でなきゃ首の骨へし折るから」

「……………………は、はい」

 

 よし、念のためクロに釘を刺しておいた。これで余程のことがない限り逃げ出しはしないだろう。そうと決まればアタシも行動するか。

 さっそく今のサイズ――つまりお子さまサイズに合ったパーカーを作る準備に入る。どうやら小さくなってもスペックは大して変化しなかったようで、さっき試しにジークの腹部へ拳を打ち込んだら見事に悶絶してくれた。

 それにしても5歳児かぁ……このときは確か、山籠りを終えたばかりの頃だったな。そんでひたすらケンカしてぶん殴ってたっけ。懐かしいぜ。

 

 

 □

 

 

「できたっ!」

「お上手やね~♪」

 

 数十分後。アタシは見事お子さまサイズのパーカーを作り上げた。ついでに下着も。これで外出には困らないぞ。

 次はお子さまサイズの靴を調達したいのだが、いかんせんジークがアタシを高い高いしたまま下ろしてくれない。しかも体格に大きな差が出ているせいでなかなか抵抗できずにいる。……魔力が撃てるか試してみようかな?

 右手に魔力を溜めようとするが、残念ながらなんの変化も起きなかった。身体能力はそのままだけど魔力はその限りじゃないということか。

 

「ジーク、そろそろ下ろしてくれない?」

「んふふ~♪ あと一時間はこのまごぺっ!?」

 

 このままじゃキリがないと判断し、ジークの顔面を蹴り飛ばして着地する。

 

「全く……さてと、服もできたことだし出掛けるわよ」

「あいたた――はぇ?」

「出掛けるって言ってんのよ」

 

 靴を調達しなければならないし、飯の材料の買い出しにも行く必要がある。さっき缶ビールを取り出した際に中がほとんど空っぽだったからな。

 少しサイズが大きいけどクロの靴を履き、不本意ではあるが荷物持ちとしてジークを同行させる。クロは呪い爆弾を作るのに忙しいからコイツしかいないのだ。イヤだなぁ……。

 いつも通り飛び降りようとするも、その寸前でジークに引き止められた。

 

「何すんのよ」

「何すんのよ、ちゃうよ!? いくら身体能力がそのままやからってお子さまサイズで飛び降りるのはどうかと思うんよ!」

 

 言われてみればそうかもしれない。いつも気にせずに飛び降りていたから全く気づかなかった。

 仕方ないので今回は普通に階段を下りることにした。……結構下りにくいな。いっそ途中でジャンプしてみるか?

 ということを考えつつもなんとか階段を下りることができたアタシは、後ろから微笑ましい表情になっているジークを見て殴りたくなった。いや、だってそうじゃん? 人が必死になってるってのに見てるだけなんだぜ? ムカつくわ。

 

「殴るわよ?」

「なんでや!? (ウチ)まだなんもしてへんやろ!?」

「まだ? ――遺言は?」

「待って。その二文字を聞いただけで遺言を求めるのはちょっとおかしいと思うんよ」

 

 何もおかしいことはない。ただお前を葬るだけなのだから。

 ジークはアタシの意図に気づいたのか、弁解するように慌て出した。おい待て、と言いたいところだが今回はそれでいい。

 

「…………さっさと行くわよ」

「はーい!」

 

 アタシ以上に子供っぽくついてくるジーク。これじゃどっちが子供なんだか……別にいいけど。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 32

「…………さっさと行くわよ」
「どこに?」
「はっ、バカね」
「待ってサッちゃん。なんで今鼻で笑ったんや? ちょっと歯を食い縛ってほしいんよ」

 絶対にお断りだ。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第84話「ちっちゃくなった(後編)」

 

「えっと……つまりその子はサツキさんということになるんですか?」

「まあ、そやね」

 

 不本意ながらジークと手を繋いでスーパーに着いたのはいいが、運悪くヴィヴィオたち初等科組と遭遇してしまった。

 というかこの状態、傍から見れば姉妹か親子にしか見えない気がする。アタシがこの変態と姉妹もしくは親子だと……? 最悪にも程がある。今日だけの辛抱とはいえ、今までで最大級の拷問かもしれない。早く帰りたいんだけど。

 ヴィヴィオ達は幼女化したアタシを見て信じられないという顔になっている。――いや、ウェズリーだけ新しいオモチャを見つけたと言わんばかりに目を輝かせているな。それを見たティミルは小声で『リオ×サツ!? リオ×サツなの!?』と呟き、さらにそれを見たヴィヴィオはあたふたし始めた。うん、ぶっ殺してもいいかな?

 

「小娘のくせに生意気ね」

「…………い、今のサツキさんですか?」

 

 三人ともアタシが喋ると今度は呆然とし、その内の一人であるティミルが恐る恐ると口を開いた。どうやらアタシの女口調はコイツらにとっても違和感を感じるものだったみたいだ。

 はっきり言って今すぐ帰りたい。ジークが説明したから事情は把握しているはずだが、それでもガキ共はまだ半信半疑といった感じである。

 ……仕方がない。物は試しようって言うし、コイツらなら問題はないだろう。

 

「ウェズリー」

「はい! なんです――かは……っ!?」

 

 とりあえず、新しいオモチャを見つけたような視線を未だに向けていたウェズリーへ鋭い腹パンをかましてみる。

 拳をモロに打ち込まれたウェズリーはお腹を押さえながらその場で踞りそうになるも、気合いと根性で切り抜けやがった。おかしいな……手加減した覚えはないんだが。もしかして体格が小柄になったせいで力を充分に発揮しきれなくなったとかそんなんだろうか? それでもどこか嬉しそうな顔をしているのはある意味大したもんだが。

 次はアタシをカップリングの材料にしようとしたティミルへ腹パンをかまそうとするも、二度は打たせまいとジークに止められた。

 

「離しなさいジーク。この子たちは殴られて当然なのよ」

「当然なわけないやろ!? この子たちが何をしたって言うんや!?」

「人のことをオモチャを見るような目で見た。殴る理由なんてそれだけで充分でしょ」

「すみませんっ! リオには私から記憶に焼きつくほど厳しく言っておきますから!」

 

 ヴィヴィオが涙目で必死に懇願してきたので仕方なくやめた。それに場所が悪すぎる。公園でいう中央広場のようなところにいるせいか周りの連中からの視線がとても痛え。

 まあ、この調子ならウェズリーはいきなり腹が痛くなったのでお腹を押さえたとしか見られないし大丈夫だな。そう思うとティミルを殴らなくて正解だったのかもしれない。

 そろそろ立ち話を始めてから時間が経っていることを感じ、ガキ共と話し込んでいるジークを置いて行こうと――

 

「あっ、こらロリサッちゃん!」

「何度言えばわかるの!? その呼び方はやめなさいって言ったでしょう!」

 

 一歩動いただけなのにあっさりと捕まってしまった。やっぱり気配でアタシの存在がわかるジークから逃げられるわけがなかったんだ。

 ジークはアタシを捕まえるとすぐに抱き上げ、逃げられないようにするためなのかそのまま肩車されてしまう。いい歳して肩車とは……さすがに恥ずかしいぜこれは。

 しかし、この程度でアタシが諦めると思ったら大間違いだ。

 

「あーっ! あんなところにおでんが!」

「ほんま!? どこどこ――」

「チェスタァァァァッ!!」

「くぺっ!?」

 

 ジークの気を違うものに引き付け、その隙に彼女を気絶させる。決して頭は悪くないであろうジークの単純な部分を利用した作戦だ。

 気絶したジークをガキ共に任せ、その場から離脱した。さてさて、どこに行こうか?

 

 

 □

 

 

「なるほどね……」

 

 あれから一時間後、かなり暇になっていたアタシは八神家を訪れていた。当然、最初は全員から『誰だお前』的なお出迎えを受けたがな。

 幸いと言うべきか、今回は八神家の全員が集合していた。八神にシグナム、クソガキもといヴィータにシャマル。ついでにリイン二世とアギト。ザフィーラはアタシの事情を知ったあとすぐに表へと出ていった。どうやら愛弟子のリナルディを指導するのに忙しいようだ。二世とアギトも八神と一緒についさっき出掛けていったし。

 今のアタシを面白いとでも感じたのか、シグナムが楽しそうな笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「ミウラと組み手をしてみないか?」

「おっ、それいいな」

 

 何を言い出すんだこのクソガキとボインバーサーカーは。

 

「…………いいわよ別に。ちょうど身体も鈍りかけてたし。理由は?」

「その姿ならお前がサツキだとミウラにはバレないからだ。それにあいつの練習相手としては不足がない。万が一のときにはシャマルもいる」

 

 なんか言ってることがよくわからないが、半分は褒め言葉か? シグナムなりの。まあ、シャマルがいるなら多少やり過ぎても問題はないな。

 そうと決まれば早くやろうぜ。すぐにシグナムやヴィータと共にザフィーラとリナルディがいる庭のような場所へと向かう。庭というより砂浜だけど。実際に八神家は海岸沿い(?)にあるし。

 ザフィーラとリナルディは、八神家から海岸沿い(?)に歩いて数分のところにいた。リナルディはアタシを見て首を傾げている。知り合いの中に見知らぬ女の子がいたらそうなるわな。

 

「え、えっと……は、初めまして……!」

「……落ち着けミウラ」

「そんなに緊張しなくてもいいわよ」

 

 まだ一日も経ってないのに女口調が染み付いている気がしてならない。

 ちなみに今のアタシは『ヴィータのツテで連れてこられた将来有望な女の子』ということになっている。釈然としないが仕方ねえな。

 簡単に挨拶を済ませ、時間が午後を過ぎているということもあり急いで構える。……ほう、ルーフェンに行って何をしてきたのかは知らんが以前よりちょっと剥けたか。いや、この場合は一皮剥けたと素直に褒めるべきかな?

 ザフィーラが審判をやるらしく、ルールを簡潔に説明してくれた。一言でまとめるならやり過ぎるな、ということらしい。

 

 数分もしないうちに、審判であるザフィーラの合図で組み手が始まった。

 開幕速攻でリナルディが猪のごとく突撃し、懐へ拳を入れてきたがすぐに反応して両腕でガードする。その際、腕から骨が軋むような音が聞こえ、それに伴った痛みも感じたがどうにか受けきった。コイツの拳、こんなに威力があるのか?

 次に彼女はお得意の蹴り――左のハイキックを繰り出した。拳の威力を考えると、この蹴りを今の素で受けるのは危ねえな。アタシは不本意ながら蹴りを右腕でガードし、三歩ほど後退する。

 リナルディは逃がすまいと間合いを詰め、今度は右のミドルキックを放つ。頭突きで弾き返してやろうと思ったが、見方を変えれば新鮮なシチュエーションでの戦いを体験してることになる。ならこの際、戦い方も変えてみよう。すぐさま左脚でリナルディの蹴りを受け止め、左の拳を彼女の顔面へ突き出して寸止めする。

 

「がら空き」

 

 一言だけリナルディに伝え、少しだけ距離を取る。リナルディは悔しそうに顔を歪めるも、気を引き締めるように頭を振って、殴り合いでもしたいのか拳を連続で打ち込んできた。アタシは拳の連打をちゃんと視認したうえでかわしていき、バックステップで後退する。そして後退したことでできた間合いを無造作に一瞬で詰めた。

 驚くリナルディをよそに、右の人差し指と中指を彼女の左胸に向かって突き出し――

 

「――ッ!?」

 

 すかさず握り込んだ右の拳を目にも止まらぬ速さでその左胸へと打ち込んだ。

 リナルディは反応すらできずに拳を食らい、口から血を吐いて踞るように倒れた。ちょっと力を入れすぎた気がしないでもないが……死んだわけじゃねえし大丈夫だろ。

 

「少しやり過ぎだぞ」

「あんたに言われちゃあおしまいよ」

 

 シグナムと軽口を叩きつつ、新鮮なシチュエーションでの戦いを体験したことに感謝してシャマルたちに一声掛けてからその場を後にした。ふむ、いい運動になったな。

 

 

 □

 

 

「アタシは元に戻ったぞ!」

 

 アタシは帰宅してすぐ元の姿に戻ることができた。この幸福感を無駄にはしない。

 クロは呪い爆弾を作るのに体力を使いきったのか、珍しくげっそりしていた。数時間前に置き去りにしたジークは嬉しいのか悲しいのかよくわからない複雑な表情になっている。頼むから嬉しいと言ってくれ。もう縮むのは懲り懲りだ。

 

「あーてふてふ……ぶっ殺すぞコノヤロー!!」

「なんでや!?」

「私、頑張ったのに……!?」

 

 しまった。叫んだせいで冗談だと言うタイミングを失ってしまった。

 

「……といきたいところだが、アタシも今日は疲れたから見逃してやる。ジーク、飯の材料は?」

「あ……か、買うの忘れてた」

「お前だけは殺してやるぞ」

「待つんや! あのときサッちゃんが(ウチ)を気絶させたのが悪いんよ!」

「人のせいにすんなバカヤロー。さあ歯を食い縛れ。今すぐ顔を差し出せ」

「いつもより短気になっとらんか!?」

「…………縮んていた際に溜まったストレスのせいかもしれない」

 

 このあとジークを三発ほどぶん殴り、ついでにクロを引っ叩いてからベッドへダイブしたのだった。もちろん風呂には入ったぞ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 15

「私と組み手をしてみないか?」
「お断りよ」

 今の姿でシグナムと組み手なんてさすがにヤバイっての。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第85話「解放された少女」

 

「ふぅ~……」

 

 ある日の深夜。アタシは顔や手に付着した返り血も気にせず、一服しながら路地裏で一人佇んでいた。数分前まで武装したゴロツキの集団をボコボコにしていたのだが、インターミドルから解放されたこともあってやり過ぎてしまったのだ。

 これでアタシを縛るものは何もない。地球にいた頃――やりたい放題していたあの頃には及ばないが、それでも思う存分ケンカができることに変わりはねえ。問題はその相手がいるかどうかだったが、この調子なら大丈夫だろ。まあ、強い奴もそのうち現れるかもしれないし。メイビー。

 まだ油断はできないが、右足の怪我もほぼ完治したと言っていい。……それにしても解放感が凄すぎる。ホントに“選手”という呪縛から解放されたんだな、アタシは。

 

「この解放感に身を任せて空を飛べたりしねえかな……」

〈それはあり得ないです〉

 

 ちょっとした幻想を抱いただけなのに愛機のラトが釘を刺してきたんだが。というかコイツが喋るの久々な気がする。

 イチイチ苛立っても仕方がないので、とりあえず手に付着していた血をキレイに舐め取って唾と一緒に吐き捨て、続いて顔に付いた血をパーカーの袖で拭き取っていく。そしてゴロツキから調達した資金を丁寧に数え、次の予定を決めた。

 

「――そんじゃま、タバコでも買いに行くか」

 

 

 

 

 

 

 

「たでーまー」

 

 販売機にお金が飲み込まれるというハプニングが発生するもどうにかタバコを入手し、いつもなら朝飯を作っている時間に帰宅した。一言で言うなら朝帰りだ。

 朝飯なんにしようかな……和食でもいいがたまには洋食とかやってみるか。朝の洋食と言ったらスパゲティやピザ辺りか? どっちを作るにしても二人分の材料はあるからなんとかなるし。

 しばらくの間は解放感に身を任せるつもりなので朝帰りになる可能性が極めて高くなる。なんせこれからのアタシは選手だったせいで抑えていた分の衝動も解放し、ひたすら暴れるはずだ。となれば朝飯は携帯食材に変更だな……カ○リーメイト辺りでいいか?

 

「こんな時間までどこをほっつき歩いとったんや?」

 

 そんなことを考えていると、(珍しく)パジャマ姿で抱き枕を抱えたジークが目の前に立っていた。なんか髪を下ろしてるせいかいつもより可愛く見える。てかそれアタシの抱き枕じゃねえか。

 

「テメエ……人の枕を勝手に使っといて親面してんじゃねえよ」

 

 いつものようにアイアンクローをかましてやろうかと思ったが、とにかく眠いし学校にも行かなきゃならないのでスルーしておく。

 それによく見ればジークも眠たそうに目を擦っており、今にもパジャマ(特にズボン)が脱げそうになっていた。半分ほど見えてるし。――いやなんでやねん。なんでズボンが脱げそうになっとんねん。まさか(自主規制)や(放送事故)、もしくは(検問削除)でもやろうとしたのか?

 あくびしながら朝食を作ろうとしたが、それよりも携帯食材の方が手っ取り早いと思ったので今日は作らないことにした。

 

「サッちゃん、朝ごはんは?」

「ない」

「……ごめん。ちょっと耳がおかしくなったみたいやからもう一度言ってくれへん?」

「朝飯はない」

「ない!? ないやて!?」

 

 眠たそうにしていたのが嘘のようにカッと目を見開かせ、アタシの胸ぐらを掴むジーク。いやいや、どうしてこんなに怒るのか理解できないね。

 まだ揺らしてないだけマシだが、ここまで顔を近づけられるとイラついてくる。こっちは時間がないってのにこのアマ――

 

「ないってどういうことやー!?」

「お、うぷっ……!? やめろジーク……! それ以上揺さぶるなぁ……!」

 

 とうとう上下に揺さぶってきやがった。ていうかやっぱダメだこれ。スゲえ吐きそうだ……!

 

「やめろと言ってるのが聞こえんのかぁっ!?」

「ごふっ!!」

 

 ジークの両肩を掴んで頭突きをかまし、ついでに胸元へ踵落としを叩き込む。全く、コイツといいハリーといい、どうしてこう人の胸ぐらを掴んで揺さぶりたがるのかね。人が気持ち悪くなって惨めに吐いてる姿が楽しいとでも? アタシは見てて楽しいけどな!

 ――とはいえ、さすがのアタシも自分が吐きそうなときは笑えねえがな。皆そうだろう? 誰だって結局は自分がカワイイんだよ。……まあ、この世界の物好きはそうでもなさそうだが。

 

「オラ、さっさと起きろ間抜け」

「寝かすようにぶっ飛ばしたのはどこのどいつや!?」

 

 起き上がったジークは涙目で抗議してきたが、それを華麗にスルーして制服に着替える。

 えーっと時間は…………うん、あと3分で予鈴が鳴るじゃねえかこんちくしょう。半分ほどジークのせいだと思ったアタシは決して悪くない。

 

「そんじゃ、アタシは学校があるからもう行くわ。朝飯だがそこら辺の雑草でも食ってろ」

「お腹壊してまうやろ!?」

「実際に食ったことのある奴が何ほざいてんだ」

 

 川沿いにテントを張ってサバイバルしてきたお前なら多少の腹痛は大丈夫だろ。ていうかそのまま腹痛になってしまえ。できれば食中毒で逝ってくれると嬉しい。葬式には出てやるよ。

 そうなればいいなと思いつつ、アタシはタバコを吸いながら家を出た。

 

 

 □

 

 

「眠い。帰っていいか?」

「いやダメだから」

 

 それくらい別にいいだろうが。ついさっきまで授業には出てたんだからよ。

 あのあと、アタシは堂々と遅刻した。さすがに3分で遅刻するなというのは無理がある。そんで今は四時間目が終わってすぐ屋上へ行き、何故かついてきたハリーに眠いから帰っていいかと率直に申していたところだ。当たり前のように断られたけど……そこは嘘でもいいからノリでオーケーと言ってほしかった。

 とまあ過ぎたばかりの話は置いといて、まずはコンビニで買ったおにぎりでも食べるとしよう。

 

「おい待て。タバコはやめろって何度言えばわかるんだてめー」

「おいコラ返せ泣き虫。そいつはアタシが早朝に買ったタバコだぞ」

「人の話を聞け! タバコはやめろって何度言えばわかるって言ってんだよ!」

「うるせえボケナス! 人から物をパクっといて説教とはいい度胸してんじゃねえか!」

 

 そろそろコイツを下水道にでも流してやろうかと思ってる。

 アタシはすぐさまハリーから今朝買ったばかりのタバコを取り返し、ポケットに仕舞い込む。景気付けに吸おうと思っていたがこの調子だとまた取り上げられそうだ。

 

「まったく、お前も一応選手なんだからこういうのは控えろよ」

「………………」

 

 どうしよう、もう選手であることはやめたって素直に言った方がいいだろうか。……うん、言った方がいいな。後から追及されるよりはマシだ。

 

「あのさハリー――アタシはもうインターミドルには二度と出ねえぞ」

「…………え……?」

 

 アタシの言葉を聞いたハリーは一瞬固まり、今までにないほど驚愕していた。おそらく唐突な告白に理解が追いつかなかったんだな。

 ハリーは2分ほど固まっていたが、我に返ると同時に口を開いた。

 

「な、なんだよそれ……どういうことだよ!?」

「別に驚くこたぁねえだろ? 選手はいずれ引退するのが宿命だ」

「そういう問題じゃねえ! お前はまだまだやれるだろ!?」

 

 確かに、やれないと言えば嘘になる。でも選手として試合に挑めば挑むほど本来のアウトローな日常が離れていく。アタシはそれが思い出を失うかのように怖くなっていた。だからその日常が離れないように、そしてバレないように裏で暴れていた。はっきり言って優勝や強さを求めるなんざクソ食らえだ。

 けど、もうその心配はいらない。アタシは選手を引退した。これからは自由にバカをやれる。誰に邪魔されようと関係ない。ガキである内はやりたいことを存分にやってやる。

 

「ぶっちゃけ引退は去年から考えてたんだよ。まっ、一言で言うなら飽きた。それだけだ」

「お前な……っ!!」

 

 ハリーは納得がいかなかったらしく右手で胸ぐらを掴んできたが、アタシはそれを軽くいなし、彼女に背負い投げをかました。

 

「言い分なら後でいくらでも聞いてやる。今は飯の時間だ」

「くそっ……!」

 

 はぁ……先が思いやられる。

 

 

 □

 

 

「ごはぁっ!?」

 

 放課後。どうにかハリーを説得したアタシは、隣町の路地裏で昨夜のゴロツキとは別の集団を相手に蹂躙していた。

 タバコを口に咥えながら、向かってきた大柄な男をボディブローで沈め、次に背後から鉄パイプで奇襲を仕掛けてきた耳にピアスの男を裏拳で仕留める。少しは頭も使ってほしいぜ。

 ま、所詮は雑魚の寄せ集めだな。やっぱり強い奴は群れないのかもしれない。

 

「根性ぐらい見せろやァ!」

 

 適当なことを叫びつつ、スタンガンを突き出してきた小柄な男を蹴り飛ばす。運が良ければ今ので顎の骨が逝ったかもしれないね。

 続いて右側から殴りかかってきた男の顔面へ蹴りを入れ、左側にいた別の男へ向かって投げ飛ばした。挟み撃ちとは考えたな。

 

「どっせいっ!」

 

 最後に投擲されたナイフを素手で受け止め、投げた張本人であろうちょっとマシな顔立ちの男の顔面へアッパーを打ち込んだ。

 そのまま男が吹っ飛んで気絶したのを確認し、咥えていたタバコを右手に持つ。そして持っていたナイフを握り潰した。……ちょっと痛いな。

 しばらくはアタシもこういう連中もこんな調子なのかもしれない。そう思いながら綺麗な青空を見上げ、思わずため息をついたのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 20

「オラ、さっさと起きろ間抜け」
「あ、もうちょっとだけ待ってほしいんよ。この角度やとズボンの隙間からパンツが見え――」

 このあとひたすらジークを踏み潰したアタシは絶対に悪くない。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第86話「魔女とヤンキー」

 

「……田中が言うことを聞いてくれない」

「だからなんだよ」

 

 まだ早朝でしかも今日は学校が休みだ。こんなときぐらい寝かせてくれよ全く。

 ていうかあの千手観音、なんだかんだで名前は田中になったのか。アタシ的にはアレックスかピエール辺りが妥当だと思うが……まあいいや。

 ベッドから起き上がり、服を着替える。早くしないとジークが起きてしまうからな。こないだなんて下着姿を見られた挙げ句、どういうわけか千手観音――田中が加勢したせいで貞操が危なかった。思い出すと身体が震えちゃうね。

 

「ふわぁ……」

 

 起きてしまったからには仕方がない。さっそく暴れに行こう。飯は帰りにコンビニで買えばいいや。イチイチジークに作る必要もないし。

 お気に入りのパーカーを着て、クロにジークが起きてないか確認させる。今見つかったらまたうるさくなるのが目に見えてるからな。

 

「……大丈夫。イビキをかくほど熟睡してる」

 

 それは女性としてどうかと思うが、どうでもいいのでスルーしておく。

 さぁーて、後始末はクロに任せて今日も派手にやってやりますか!

 

 

 □

 

 

「あがぁっ!?」

 

 クラナガンの路地裏にて、ちょうど四人の不良グループがいたので相手してもらっている。

 二人目を思いっきり壁に叩きつけ、背後から殴りかかってくる三人目の動きを後ろ蹴りで止めミドルキックをブチかます。ふぅ、狭い路地裏とはいえ人数が少ない分、意外と対処しやすいな。

 四人目をどうしようかと考えていると、起き上がった一人目に脇腹を蹴りつけられ、二人目に裸締めを掛けられる。これちょっとヤバイかも。

 

「しゃら、くせえっ!」

「おぐぅ!?」

 

 二人目の足を踏みつけ、腕の力が緩んだ隙に右のエルボーを叩き込む。

 コイツら……一人一人は大したことねえがなかなか粘り強い。まるでゾンビだ。

 鳩尾を押さえている二人目を上から両脚で踏んづける。続いて一人目が繰り出した蹴りを受け止め、頭突きを浴びせて顔面に裏拳をブチ込む。例え歯が抜けようと、拳に血が付こうと、後ろから殴打されようと関係なく何度も殴りつけた。

 そうして一人目の顔が血だらけになったところで彼を壁へ叩きつけるように投げ捨て、鉄パイプを振り上げた三人目に前蹴りをかました。

 

「が……!?」

 

 その直後、後ろから髪を引っ張られる。誰かと思えばまだ一発も殴っていない四人目だった。

 髪が抜けそうな勢いで後ろへ引っ張られていくが、それでもアタシの顔を鉄パイプで殴りつけた三人目をハイキックで沈め、無理やり振り返って四人目の懐へひたすら拳の連打を叩き込む。

 そして壁側へ追い詰め、ジャンプからの肘打ちを顔面に打ち込んだ。

 

「あら、あらら?」

 

 四人目が額から血を流して倒れたのを確認し、タバコを取り出そうとしたら急に身体がふらついた。目眩かと思ったが、頭から何か液体のようなものが流れ出るのを感じて後頭部に触れてみると、手に赤い液体――血が付着していた。

 どうやら髪を引っ張られた際に無理やり振り返ったことで、髪が皮膚ごと抜けてしまったようだ。なんてこったい。

 とりあえずそれを隠すためにフードを被り、路地裏を後にする。バレなきゃいいけど……

 

「……血が出てるから頭を見せて」

 

 バレた。近くの街灯でアタシを待っていたクロに一発で見抜かれた。なぜだ。

 周りに人がいないうちにフードを取る。どうやって止血するのだろうか。

 

「……頭をこっちへ」

 

 言われた通りに後頭部をクロに見せ、その間にズボンのポケットからタバコを取り出す。

 頭にひんやりとした感触が伝わると、少しずつ流血の感触がなくなっていく。アタシの後頭部で一体何が起きているんだ。

 多少の不安を感じながら一服していると、唐突にクロが口を開いた。

 

「……もういいよ」

 

 そう言われて彼女の方へ振り向き、謎の感触があった後頭部に触れる。

 ……血が止まってるな。インクリースタイプの補助魔法でも使ったのか? にしちゃあそういう類いの気配は感じなかったが。

 

「……お手製の消毒薬を塗ってみた」

「貴様アタシを実験台にしやがったな!?」

 

 もしも失敗して変な化学反応でも出ちゃったらどうするつもりだったんだこのクソガキ。治ったからよかったものの……!

 

「……頑強な身体のサツキは実験台にしやすい」

「泣き喚くまでぶん殴ってやるから目を閉じて歯を食いしばれ」

 

 今ほどクロにムカついたことはない。

 

「…………チッ、コンビニへ行くぞ。殴るのは帰ってからだ」

「……どうせなら今のうちに殴ってほしい」

「なんでだ? もしかして目覚めたか?」

「……違うし目覚めもしてない。やるならさっさと済ませてほしいってことだよ」

 

 野郎、平然としてやがる。もう少し怯えてくれてもいいはずなのに。

 ていうか怯えろ。歯をガチガチ鳴らして涙目で怯えろ。鼻水も出せ。

 

 

 □

 

 

「……サツキ」

「なんだ」

「…………どうしてケーキを買わないの?」

「いつでも買うと思ったら大間違いだ」

 

 服に返り血が付いていることもあり、買い物を珍しく三分で終わらせた。そのせいでケーキを買い損ねたことをクロに責められている。

 コイツってこんなに自分勝手だったか? なんかアタシの影響を少なからず受けているような気がしてならない。

 ……それを言うとハリーやヴィクターも受けてそうだな。しかしウェズリーとジークはあれだ、アイツらが自分で勝手に目覚めただけだ。

 

「……聞いてるの?」

「いでで、痛い痛いっ! 引っ張るなバカヤロー! アタシの脇腹はお餅じゃいでででっ!」

 

 痛い! さっき蹴られた箇所というのもあって余計に痛い!

 

「…………」

「なんで膨れっ面になってんだよ」

 

 膨れっ面になりたいのはアタシの方なんだよこんちくしょう。ていうかお前の膨れっ面カワイイな。男子に見せたら昇天ものだぞ。

 そうだ、たまにはミネラルウォーターでも買おう。いつもビールかお茶の二択だったしな。

 

「……今度はどこに行くの?」

 

 そんなクロの呟きをスルーし、ミネラルウォーターを買うために自動販売機を手当たり次第に調べていく。探してみるとないもんだなぁ。

 ……そういやこれ、一般的には親子か姉妹が仲良く歩き回っているように見えなくないぞ。

 そうこうしてるうちに一時間が経ち、諦めかけたところでクロが静かに声を出した。

 

「……あれがそうじゃない?」

「どれどれ……」

 

 彼女が指差す先には一台の自動販売機があった。まだ調べてないやつだ。それをよく見てみると、商品の一覧に探し求めていたミネラルウォーターが含まれていた。

 すぐさまミネラルウォーターを購入し、そばに置いてあったベンチに腰を掛ける。やっと買うことができたよ……まさか一時間も掛かるとは。

 クロもアタシの隣に座ると、いつの間にか購入していた栄養ドリンクを飲み始めた。ドッピングでもするつもりか?

 

「……一つ言いたいことがあるんだけど」

「内容次第だ」

 

 内容次第でお前の口を縫い合わせてやる。

 

「……地球に帰らないで」

 

 その言葉を聞いて一瞬理解が追いつかなかった。帰らないで? なぜ? どうして故郷に帰っちゃいけないんだ?

 驚きのあまり呆然としているうちに、静かな怒りが心の底から湧いてきた。とはいっても感情に任せて怒鳴り散らすほどのものではない。ほんの少しイラッとする程度のものだ。

 やっと言葉の意味を理解できたアタシは、一息ついてからゆっくりと口を開く。

 

「無理に決まってんだろ」

 

 今さら考えを改めるつもりはない。鳥だって帰巣本能で自分の巣に帰るんだぞ。人間が同じような感じで帰ってもなんの問題もないはずだ。

 言葉だけ聞くと自分勝手に思えるが、実際そうなのだろう。クロだってまだ子供だ。ワガママの一つや二つ言ったって不思議じゃない。

 アタシの返答にクロはやっぱりと言わんばかりに唇を噛みしめ、顔を俯かせた。わずかな望みでもあると思ったのだろうか?

 

「はぁ……そんなすぐに帰るわけじゃねえよ」

 

 重い雰囲気に耐えられず、どうにか和ませようとクロの頭を撫でる。

 せっかく朝っぱらから暴れて気分が有頂天だったというのにこの始末だ。次からこういう真面目な話も家に帰ってからさせよう。タイミングが悪すぎなんだよテメエ。

 

「…………もう一暴れするかぁ」

「……次はこの内出血を治せる薬を使わせてほしい。それかこの切り傷に塗る薬を――」

 

 なんかクロが軽いマッドサイエンティストになりつつあるんだが。

 今までジークやウェズリーに何度かビビったことはあるが、クロに対してガチでビビったのは今回が初めてかもしれない。

 ……まさかとは思うがこれもアタシの影響だったりする? 絶対にあり得ねえけど。

 

 

 

 




 ちょっと行き詰まったなぁ……これと次回しかネタが思いついてない。


《今回のNG》TAKE 5

「……鈴木が言うことを聞いてくれない」
「知らん奴の名前を出されても困る」

 それにしてもなぜ鈴木?




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第87話「それは言っちゃダメ」

 

「お帰りやサッちゃん! ご飯にする? お風呂にする? それともちゅーするごふっ!?」

 

 帰って早々ジークを蹴り飛ばしたアタシは絶対に悪くない。なに正妻風に正座で出迎えしてやがんだコノヤロー。まるで似合ってねえんだよ。

 クロはそんな状況などどうでもいいのか、独り言をブツブツと呟いている。……結構理論的な内容から察するにまた薬でも作る気か?

 ジークは痛そうに顔を擦りながら起き上がると、涙目で怒鳴り始めた。

 

「いきなり蹴飛ばすとは何事や!?」

「テメエ自分がやったことを思い出してみろ」

「普通にお出迎えしただけやろ!」

「どこが普通だ!? あんな出迎え最近の夫婦でもしねえよバカ!」

「誰がバカやこのアホ!」

「テメエだバカヤロー! 朝っぱらからケンカ売ってんのかあァ!?」

 

 なんなのコイツ。こんなに短気だったか?

 

「…………多分私が作った短気薬を飲んだせいだと思う」

「なに作っちゃってんのお前」

 

 魔女は薬も作ると聞いてはいたがここまでやるか普通。このままいけば真○薬とか作っちゃいそうで怖い。あれは洒落にならねえぞ。

 クロによるとジークが誤って飲んだ短気薬とやらは10分ほどで切れるらしい。……無制限じゃなくてよかった。

 

「とりあえず飯にしようぜ」

「今日のご飯は?」

「お前は生卵だ」

「…………はぇ?」

「だから、お前は生卵――」

「ご飯は!? おかずは!?」

 

 前言撤回。もっと早く切れてくれ。

 

 

 □

 

 

「オムライスならオムライスって素直に言えばええのに」

「…………クロ。短気薬よこせ」

「絶対に危ないからダメ」

 

 いつも以上にニヤニヤしてるジークがとてつもなく気に入らねえ。

 ちなみにアタシの朝飯は炊き込みご飯で、クロはコンビニ弁当だ。オムライスなんて買わなきゃよかった……!

 

「でもサッちゃんが作る料理の方が美味しいんよ」

「……それは同意件」

「褒めても今は拳しか出ねえぞ」

 

 わりとマジで。

 

「…………今は? ほな後で褒めたらご褒美が出るんか!?」

「蹴りが出るぞ」

 

 そんな期待するような目で見られても心底困る。だから見んな。

 とにかく話を変えようと、パッと頭に浮かんだことを口に出す。

 

「クロ。とりあえずあの千手観音を持ち帰ってくれ」

「……どうして?」

「どうしてじゃねえよ。あれお前の使い魔だろ」

「……わかった。もう大丈夫なはずだし」

 

 何が大丈夫なのか不安で仕方ないが、千手観音はクロに引き取ってもらうことが決定した。正体は未だにわからないが、少なくとも生物ではないことと、クロの魔力を動力源にしているということは判明している。やっぱりゴーレムかな?

 炊き込みご飯を食べ終わり、隠し持っていたタバコで一服する。さて、何すっかなぁ……ケンカはさっきしてきた。今はスポーツで言うところのインターバルだ。アタシにとって休憩に値することと言えば……タオル風船か? いや、あれは風呂に入ってないと無理だし……うーん……

 

「サッちゃん」

「なんだ? 今考え事で忙し――」

「一緒に寝よ!」

 

 我慢の限界がきたのでジークをブチのめそうと立ち上がったときだった。

 

 

 ――ピンポーン

 

 

 いきなり呼び鈴の音が響いてくる。誰だよこんな朝っぱらから。少なくともジークとクロではない。だって目の前にいるし。

 妙に重く感じる腰を上げ、ゆっくりと玄関へ歩いていく。

 

「へーい」

 

 めんどくさいので適当に返事をしてドアを開ける。そこにいたのは――

 

「おっす!」

「……ハリー?」

 

 腐れ縁のハリー・トライベッカだった。マジで何しに来たんだ?

 

「オラ、さっさと用件を言って失せろ」

「なんでそんなにイラついてるのかは知らねーが……遊びに来るぐらい別にいいだろ」

 

 そう言うとハリーはアタシに断りもなく家に入ってきた。いやいやちょっと待て、なに勝手に入ってきちゃってんのお前。

 無断で上がってきたハリーは近くにあるアタシの部屋など眼中にないと言わんばかりにリビングへと一直線に歩いていき、

 

「ば、番長!?」

「ジークに魔女っ娘!?」

 

 クロとジークに出会っちゃった。とうとうバレてしまったか。

 ハリーはアタシと二人を交互に見て口をパクパクと開いている。まるで餌を欲する金魚だな。

 ジークもジークで困惑してるが、クロだけはいつも通りだった。というより、顔に出てないだけで何か感じているのかもしれない。

 

「サツキ、説明頼む」

「ジークは居候でクロは……まあ、常連だな」

「な、なるほど……」

 

 嘘は言ってない。ジークに関しては紛れもない真実だ。クロは通い妻とでも言ってやろうと思ったが後がめんどいので無難に常連にしといた。

 いつかバレるとは思っていたが……時期的な意味でちょうどいいかな。

 

「ほら、お前も食ってけよ」

「あ、いや、オレは飯を食いに来たんじゃなくて遊びに――」

「ほら、さっきまでジークが食ってたオムライスだ。召し上がれ」

「待つんやサッちゃん。(ウチ)の飯がなくなってまうやろ」

 

 なくなってまえ。

 

「早く食べろ。さもないと――」

「だからオレは飯を食いに来たわけじゃ」

「――ジークのガイストが飛んでくるぞ」

「待て! それオレがオムライスを食べるかどうか以前の問題なんだけど!?」

 

 このあとオムライスを取り返そうと大暴走し始めたジークと、なんだかんだでオムライスを食べることにしたハリーによる小規模リアル鬼ごっこが展開されたのだった。

 ……頼むからお前ら、そういうことは表でやってくれよ。

 

「…………うるさい」

 

 

 □

 

 

「サツキさん! あたしを殴って――」

「リオの言うことは無視してください。構ってほしいだけなので」

 

 気持ちはわかるがそれは親友としてどうかと思うぞ、ティミル。

 ジークとクロの面倒をハリーに押しつけて外出したのはいいが、ばったりと出会ったのはチームナカジマのメンバーだった。よりによってガキ共かよ……しかもウェズリーの第一声からして不安しかないんだけど。

 試合なら受け付けるが、それ以外はお断りさせてもらうぜ。

 

「すみません、いつもリオがご迷惑を……」

 

 ヴィヴィオが申し訳なさそうに頭を下げるのを見てため息をつく。お前はもう少しはっちゃけるべきだ。格闘技以外でな。

 ティミルはアタシとウェズリーを交互に見ながらウェズリーを羽交い締めにしている。これはありがたいのでスルーしておこう。カップリング関連を呟いてないだけマシってのもあるが。

 ストラトスは苦笑いしながら年長者のように初等科組を見守っていた。……いや、チームナカジマでは一応年長者だっけか。

 

「それにしてもお前、いつからそんなにはっきりと笑うようになったんだ?」

「へっ? あ、えーっとですね……いろいろあったとしか……」

「殴り合いとか?」

 

 適当にカマを掛けてみると、ストラトスはわずかに肩をピクッと揺らした。……え? マジで殴り合ったの?

 

「へぇ、殴られて笑うようになったのか。変態だな」

「ち、違いますっ! ヴィヴィオさんと試合をして負けて――」

「なるほど。それがきっかけで吹っ切れたと?」

「は、はいっ!」

「変態だな」

「だから違います!!」

 

 いや変態だろ。負けて吹っ切れたとか稀によくあることじゃねえか。

 ストラトスがウェズリーに匹敵するほどの変態であるということが明かされた瞬間だった。

 

『ヴィヴィオさん。私、この人嫌いです……』

『しーっ! それは言っちゃダメですよアインハルトさん!』

「聞こえてるぞクソガキ」

 

 ムカついたのでヴィヴィオとストラトスの頭にアイアンクローをかます。別に嫌われようがどうでもいい。だがな、それを本人の前で言うのはご法度なんだよ。理解しろ。

 なんというか、ジークの気持ちがほんの少しわかっちゃった気がする。わかりたくなかったのにわかっちゃったよクソッタレ。

 アイアンクローを掛けている手の力を少しずつ強めていく。もう潰れちゃいなよ。

 

「お、落ち着いてくださいサツキさん! アインハルトさんは変態じゃいだだだだっ!!」

「むしろ変態というのはリオさんのことではないでしょうかぁぁぁぁぁっ!?」

 

 いくらウェズリーが筋金入りのマゾだからって濡れ衣を着せるのはどうかと思う。

 ……まあ、弱いものいじめはやっても楽しくないのでそろそろ離してやろう。それにこの反応を見る限り、ストラトスはマゾじゃなさそうだし。

 

「アタシのことを嫌ったり憎んだりするのは自由だ。けどそれを口に出すな。オーケー?」

「お、オーケーですっ!」

「き、肝に命じておきます……っ!」

 

 いい返事をしたところで二人を解放する。久々に力を入れちまったよ。

 アイアンクローを使ったらやる気が出てきたのでさっそく路地裏に向かおうとしたら、ティミルから逃れたらしいウェズリーが可愛らしい八重歯をのぞかせながら話しかけてきた。

 

「サツキさん! あたしにもアイアン――」

「ティミル。押さえろ」

「わかりましたっ」

 

 危なかった。あと少しで人として大切な何かを失いかけたぞ……!

 その場にいるのがイヤになったアタシは、早々と路地裏へ直行したのだった。もちろん、憂さ晴らしもやるつもりだ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 9

「サッちゃん」
「なんだ? 今考え事で忙し――」
「一緒に抱き合おっか!」
「殺すぞキサマァァァァァァ!!」

 悪くない、思わずプッツンとキレてしまったアタシは絶対に悪くない。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第88話「一時決別と覚悟」

 かなり急ですが、そろそろ完結に向かおうと思います。


 

「……おふくろか」

『久しぶりやね、サツキ』

「せやな」

『元気でやっとるか?』

「一応、元気にしとるよ」

『強い奴はおったか?』

「いるにはいたが……どいつもコイツも相手になんねえよ」

『……はは。嘘はあかんな、嘘は。お前、その相手とやらの一人に負けたやろ』

「…………チッ」

『素直でよろしい。ところでイツキとスミレにはもう会ったか?』

「とっくの昔に会ってるよ」

『そうかそうか。それはともかく――前置きはここまで。本題に入ろか』

「おう」

『――年末、あるいは年始に地球へ帰ってこいって言うたら、お前はどうする?』

 

 

 

 

 

 

 

「アタシ、今年限りでこの世界を出てくわ」

「………………え?」

 

 晴天の朝。あまりにも突然すぎる告白に、思わずその場で呆然としてしまう。

 この世界を出てく? つまりサッちゃんが(ウチ)らの前からいなくなるってこと?

 意味がわからへん。確かに前々から地球に帰るとは言っとった気がせんでもない。でも、今年限りでいなくなるというのは紛れもなく初耳や。お願いやから冗談であってほしい。それが今出せる精一杯の結論だった。

 

「じょ、冗談もほどほどにしてーや。寝惚けてるんと違う?」

「アホか、冗談なわけねえだろ。最近親と話し合ったんだよ。いつ帰るかをな」

 

 そう言って、サッちゃんは今まで見せたこともなかった冷徹な眼差しで(ウチ)を一瞥して荷物をまとめていく。

 う、嘘や……(ウチ)、まだまだサッちゃんとやりたいことがたくさんあるんよ。せやのに、帰るやて……? 悪い夢でも見てるんか……?

 試しに自分の頬を引っ張ってみたが、ちゃんと痛覚があった。

 

「……エレミア。少しは落ち着いて」

 

 無気力な声でそう言ってきたのは魔女っ子だ。けどな、そういう魔女っ子かて顔に動揺の色が表れとるよ?

 

「……帰るにしても、理由を説明してほしい」

「今年限りで帰ることが決まった。それだけだ。お前はもう用済みだよ、()()()()()

「…………っ!?」

 

 魔女っ子を『クロ』ではなく『クロゼルグ』と呼んだことに一層驚いてしまう。

 よりにもよって一番仲の良かった魔女っ子から距離を取ろうとするなんて……。

 

「まさかとは思うが……アタシと友達にでもなったつもりだったのか? エレミア」

「………………」

 

 (ウチ)の呼び方も『ジーク』から『エレミア』になっとる。

 友達にでもなったつもり……そや。一昨年、(ウチ)とサッちゃんの間にできた溝はまだ埋まってなかったんよ。今、思い出した。

 肌を痺れさせる一触即発の空気の中、(ウチ)は意を決して口を開いた。

 

「……好きにすればええよ」

「エレミア……?」

「…………へぇ」

 

 強制的に止めはしない。そんなことしても無意味なのは目に見えてる。それでも、こういう形ならあんたは絶対に食らいつくやろ?

 

「尻尾巻いて、惨めにいなくなればええやん」

「…………」

 

 サッちゃん――いや、サツキが目を細める。今の一言でもう(ウチ)の意図に気づいたんか?

 まあ、それならそれで都合がええわ。こっちも説明する手間が省ける。

 

「……つまり、アタシがお前に負けたからいなくなるとか思ってんじゃねえだろうなぁ?」

「少し違うよ。(ウチ)に負けっぱなしのまま、背を向けて逃げ帰ったらええやん……って言いたいんよ」

 

 一瞬、サツキが口元を引きつかせたのを(ウチ)は見逃さない。

 

 

「――この世界から出てくなら、最後に(ウチ)とタイマンでも張りーや。“死戦女神”のあんたならそれくらい簡単やろ?」

 

 

 (ウチ)の言葉に魔女っ子は目を大きく見開き、サツキもわかってはいたが実際に言われると驚く、といった感じの複雑な表情になった。

 らしくないのはわかってる。けど、こうでもせんと後悔してまう。そんな気がするんよ。

 

「…………なるほどな」

 

 サツキは一人納得したかのようにうんうんと頷き、口元を軽く歪ませた。

 

「……その勝負、受けてやる」

「それでええんよ。あんたが断るはずあらへんからな」

 

 ケンカ好きのサツキが売られたケンカを放置するわけがない。むしろ断る方が難しいのだ。

 もちろん、交渉はこれだけじゃ終わらない。すぐさま元々考えていたことを口に出す。

 

「その勝負で、(ウチ)が勝ったら(ウチ)らと今まで通りの関係でいてほしいんよ。地球へ帰ることに関してはほんまに自由や」

「ほう?」

 

 サツキが意外そうな顔になる。おそらくこの世界に残れ、とかを予想してたんやな。

 気づけば、サツキと睨み合う形になっていた。どうりで緊迫感が尋常じゃないわけや。

 

「それじゃあ、アタシが勝ったらお前らとの関係を完全に絶つ。これを呑み込むのならお前が出した条件を呑んでもいい」

「……ええよ。勝つのは(ウチ)やから」

「言うようになったじゃねえか、エレミア」

 

 珍しく嬉しそうに声を出し、笑みを浮かべるサツキ。そういうの、もっと早う見たかったわ。

 日時はその場で決め、場所は後で(ウチ)がメールで知らせることになった。

 

 

 □

 

 

「サツキが“死戦女神”……?」

「やはりか……」

 

 ダールグリュン邸にて。(ウチ)はすぐに番長、ミカさん、いいんちょ、そして屋敷の主であるヴィクターにサツキの実態を明かした。

 番長は自分のすぐそばに巷で有名な不良がいたことに驚きを隠せないのか少し呆然としており、ある程度予想してたらしいミカさんは納得するように呟いている。

 ヴィクターも顔を驚愕の色に染めながらも落ち着いているが、いいんちょは違った。

 

「し、“死戦女神”? それって二年ほど前から有名になっていた不良の事ですか?」

「ええ。その正体がサツキですの」

 

 いいんちょは“死戦女神”を噂程度にしか知らんかったみたい。

 無理もあらへん。インターミドルの上位選手でもあるサツキが、実は有名な極悪ヤンキーでしたなんて言われても、普通は信じられへんからな。

 このあと番長から聞いた話によると、サツキは『インターミドルにはもう二度と出ない』と彼女に公言していることがわかった。

 

「……腹立たしいにも程がありますわ」

 

 最初に口を開いたのはヴィクター。彼女はサツキと試合で二度も対戦し、一勝一敗というイーブンな結果を残している。

 しかし、内容は大きく異なっていた。初戦はサツキの慢心をついて勝ったらしく、納得のいく勝ち方ではなかったとのこと。……が、二戦目はたった数発ぶん殴られてKO負けというにわかには信じられないものだった。

 ヴィクターが装着するダールグリュンの鎧はかなりの防御力を誇る。サツキはそれを小細工なしのステゴロで制したのだ。驚くしかない。

 当時、(ウチ)は体調を崩していたのでこの事実を知らずにいた。なんというか、まさに蓋を開けてみると……って感じや。

 

「だろ? 完全に勝ち逃げだぜ」

 

 ヴィクターの言葉に同意したのはそれを話した番長だ。彼女がサツキから初のダウンを奪ったのは記憶に新しい。

 

「……私は君達ほどサツキといい勝負をした覚えはない。けど腹が立つことに変わりはないね」

 

 次に同意を示したのはミカさん。一昨年の都市本戦でサツキと対戦している。

 結果は1ラウンドKO負け。見ていた限りでは斬撃をすべて避けられ、ヴィクターと同じくたった数発ぶん殴られて終わってたはず。

 唯一サツキと対戦経験もなく、親しみもなかったいいんちょだけは話についてこれないのか(ウチ)らを見てあたふたしていた。

 

「私、この場に必要ないのでは……?」

 

 そうでもない。いいんちょはこれから話すことに関わってくるのだから。

 

「で、ジーク。おめー今度サツキとタイマン張るんだっけか?」

「うん。そやから場所をヴィクターにどうにかしてほしいんよ」

「……サツキ絡みというのが心底気に入らないけど、それくらいなら任せなさい」

 

 やっぱりヴィクターは優しいなぁ。今度差し入れでもしてあげよかな?

 番長とミカさん、そしていいんちょにはいざという時の制止役を頼んだ。

 

「それで止められるならいいが……」

「ああ、そのためのエルスか」

「話を聞く限り、とても役に立てるとは思えませんよ……?」

 

 サツキはいいんちょの武器を詳しく知っているわけではない。止められる可能性は充分にある。

 番長とミカさんには申し訳ないが、二人には真っ向から全力で制止役をしてもらう。

 

「……日時は決まっているのか?」

「クリスマスの正午や」

「わかりやすいな、おい」

 

 これは(ウチ)も思った。サツキって実はロマンチストだったりするんかな?

 

 

 □

 

 

「………………」

「まだ落ち込んでるん?」

 

 ヴィクター達との話し合いを終え、今日限りで出ていくことになったサツキの家に帰宅すると、明らかに落ち込んでいる魔女っ子がおった。

 

「……こうなるのは、わかってた」

 

 (ウチ)の方に振り向き、そう呟く魔女っ子。

 わかってた? それって、いずれサツキに見限られるのを承知で接近しとったんか? もしそうやとしたら……健気にも程があるんよ。

 魔女っ子は顔を俯かせたまま、何かを堪えるように続ける。

 

 

「……でも、やっぱり友達になりたかった」

 

 

 顔を上げた魔女っ子は泣きそうな顔をしていた。むしろよう泣かんかったと褒めてやりたい。

 ……あー、魔女っ子には悪いけど、この際やから正直に言っとこう。

 

「ごめんな魔女っ子。サツキと戦うのはあんたのためやなくて――」

「……自分のため?」

「――う、うん」

 

 そんなことはとっくの昔に知っている、みたいな感じで返された。

 こればっかりは約一分前の(ウチ)の決意を返してほしいと心から思う。

 

「……エレミア」

「ん?」

「………………勝って。絶対に」

「……言われんでも、そのつもりや」

 

 勝たなきゃ何もかもが水の泡や。それに、前々からあのアホはシバく必要があると思ってたし。

 

 

 ――覚悟しいやサツキ。今度の(ウチ)は、今までで一番強いよ?

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 3

「私、この場に必要ないのでは……?」
「そ、そうでもあらへんよ! な、番長?」
「お、おうよ! おめーのバインド、打ち砕くのに結構手間取ったんだぜ!?」
「……以前、簡単とか言ってましたよね?」
「「「………………」」」

 どないすればええんや、これ。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第89話「黒のエレミアvs死戦女神」

 

 12月25日。ヴィクトーリアが用意したダールグリュン邸の近くにある土地にて、ジークリンデは堂々と遅れてやってきたサツキを見つめていた。

 周りにはジークリンデに頼まれた役目を果たしに来たハリー、ミカヤ、エルス、そして二人の喧嘩の行く末を見届けに来たヴィクトーリア、ファビアの五人が待機している。

 サツキは遅れてきたにも関わらず、タバコを吸いながらまるで間に合ったかのようにジークリンデと向かい合う。決めた時間などあってないようなものだと言わんばかりに。

 ジークリンデはそんな彼女の態度にため息をつき、今も吸っていたタバコを地面に捨てて踏み潰しているサツキに話しかけた。

 

「二つええか?」

「あァ?」

 

 サツキがめんどくさそうに返事したのを確認し、彼女は言いたいことを口に出す。

 

「まず一つ、(ウチ)が負けたらほんまに(ウチ)らとの関係を絶つんか?」

「まあな」

 

 今回の喧嘩でジークリンデが負けた場合、サツキは彼女達との関係を断ち切ると約束してしまったのだ。ジークリンデは手始めにそれをサツキが覚えているかどうか確認したかったのだ。

 サツキが約束を覚えていたことに不満そうにため息をつくも、すぐに気を取り直す。

 

「もう一つは――ありがとうな」

 

 その言葉を聞いたサツキは思わず「は?」と間の抜けた声を出した。声にこそ出してはいないが、ファビア達もよくわからないと言った感じで首を傾げている。

 

「礼を言われる覚えはねえぞ」

「サツキにはなくても、(ウチ)にはあるんよ。……今日、(ウチ)は全力のサツキに初めて勝った相手になるんやから」

 

 ジークリンデは一昨年の都市本戦以来、サツキに対して強い対抗心を抱いていた。

 かつてのエレミア達の戦闘経験を受け継ぎ、鍛練も怠らなかった自分が実力で及ばないと痛感させられた相手。しかもサツキの専門分野は試合ではなく、ルール無用の喧嘩だという。つまり専門でも何でもない分野で彼女に及ばなかったのだ。

 そんな強敵と、今度は喧嘩をすることになった。喧嘩はサツキの専門分野だ。これに勝てば自分は純粋な実力でサツキを越えたことになる。

 

「……言いたいことはそれだけか?」

「うん。そっちこそ、言いたいことがあるなら今のうちに言っときや」

「あるかそんなもん――いや、一つある」

 

 思い出したかのように答えるサツキ。小声で「一つ?」と呟くジークリンデをよそに、真剣な表情で口を開く。

 ファビア達もそれが気になるのか、聞き耳を立てるようにサツキを見つめた。

 

「ムカつく奴は片っ端からぶん殴って、頭はぜってー下げねえ。昔から何かに縛られることなく、ただひたすらバカをやって過ごしてた。鑑別所にブチ込まれたこともある」

 

 地球で過ごした日々、ミッドチルダで過ごした日々。両方の日々を懐かしみながら思い返す。

 鑑別所という聞き慣れない単語に一同は首を傾げるも、サツキはお構い無く続ける。

 

「特にケンカは最高だった。今みたいに出し惜しみする必要もなく、本能のままに全力でやったときなんか生き甲斐すら感じたぜ」

 

 アタシはケンカが大好きだ。誰にどう言われようと、サツキはそう言いきるだろう。

 しかし、それは当時の話に過ぎない。今でも好きであることに変わりはないが、心から楽しめているかと言えばそうでもないのだ。

 

「このケンカに勝とうと負けようと、アタシはそこへ戻れる。この先何があろうと絶対に背は向けねえ。だからさ――」

 

 一旦言葉を句切ると、サツキはそれを隠すことなく一字一句はっきりと告げた。

 

「――最後くらい味わわせてくれよ。『生きてる実感』ってやつをよぉ!」

 

 不気味に微笑むサツキのその一言が開始の合図となった。先に動いたのはジークリンデだ。

 突撃しながらバリアジャケットを装着し、鉄腕を解放する。相手は生身でこの場にいる誰よりも命のやり取りや修羅場をくぐってきた猛者だと聞く。その猛者であるサツキは私服姿のままだが、一瞬たりとも気は抜けない。

 無防備に立つサツキの右側へ回り、握り込んだ右の拳を顔面目掛けて放つ。

 サツキはそれを視認すると上半身を少しだけ反らしてかわす。次に伸びきったジークリンデの右腕を両手で掴み、軽く跳躍すると右の回し蹴りで彼女の顔を蹴りつける。繰り出された蹴りは正確に左の頬を捉え、強烈な風切り音を生み出した。

 

「……ッ!?」

 

 よろけながらも踏ん張るジークリンデを、サツキの左拳が襲う。

 頭をザクロのように砕きかねない一撃をどうにか右腕で防ぐも、鉄腕越しに腕の骨がミシッと悲鳴をあげ、ガードごと身体が派手に吹っ飛ぶ。

 コンマ一秒前までジークリンデがいた場所から、異様な轟音が響き渡った。

 宙を泳ぎながらも体勢を整え、華麗に着地するジークリンデ。轟音が聞こえた方を見てみると、拳圧により削り取られた地面が目に入った。

 

「ほんまに削り取れるんか……」

 

 サツキの拳にそれだけの破壊力があることは知っていたジークリンデだが、直にその光景を見るのは今回が初めてだった。

 背筋に嫌な汗が流れ落ちるのを感じ、右腕のしびれに気づいて一瞬だけ表情を崩す。

 ――サツキは自分を殺しに来ている。それは火を見るよりも明らかだ。

 

「エレミアァァァァァァァァ!!」

 

 腹の底から爆ぜるように吠え、地面を蹴りつけて跳ね上がるサツキ。宙を切り裂き、回転しながら右腕を構えて飛来する。その動きは人間というより、もはや四足獣の動きに等しかった。

 十メートルほどあった距離が一気にゼロへと縮まり、斜め上空――至近距離から一刀両断のごとく振り下ろされる右拳を、

 

「くっ……!?」

 

 バックステップで後ろに後退し、間一髪で回避する。ジークリンデが立っていた位置にサツキの右拳が突き刺さり、回避した彼女に代わって地面が破砕音と共に叩き割られた。

 驚愕するジークリンデをよそに、サツキは陥没した地面から拳を引っこ抜く。口元を歪め、愉しそうに赤みがかった瞳をギラつかす。

 ジークリンデはそんな彼女を見て一瞬たじろぐも、すぐさま周囲に高密度の弾幕陣を生成する。

 

「ゲヴァイア・クーゲル!」

 

 間髪いれず生成した弾幕陣を一斉に撃ち、その隙に突撃する。サツキのことだ。これくらいの弾幕なら簡単に対処してしまうだろう。

 ジークリンデの予想通り、サツキは弾幕を壊さずに受け止めていく。そして受け止めた弾幕を一つに束ね、左の掌底で弾き返してきた。

 螺旋の回転が加えられたそれは唸りを上げながらジークリンデに迫る――が、彼女も待ってましたと言わんばかりに左へ逸れることで回避し、同時に構えた左拳をサツキの顔面に打ち込んだ。

 ようやく攻撃が入ったことに内心ホッとしかけるジークリンデだが、すぐに切り替えて打ち込んでいた左拳を引き、今度は右の手刀を彼女の左肩に叩き込む。

 

「いってぇ!?」

 

 その一撃が思ったより効いたのか、手刀が叩き込まれた左肩を右手で押さえる。だらんとして動かなくなった左腕を見る限り、どうやら肩の関節が外れているようだ。

 

「あァクソッ! 何回外れたら気が済むんだこんちくしょう!」

 

 サツキは荒々しく叫びながらも、外れていた左肩の関節をあっさりとハメ直す。当たり前のように行う辺り、結構手慣れているのだろう。

 目付きの悪い顔に目立った外傷はないものの、殴られた部分は少し赤くなっていた。

 

「……さァて、もうちょっとやる気出すか」

 

 晴天の真っ昼間、サツキは赤みがかった黒髪をなびかせ、脚に力を入れると身体を沈めた。

 ――直後。

 

「え……?」

 

 サツキが目の前にいた。音も気配もなく、無造作にジークリンデの間合いへ入ったのだ。

 一瞬の出来事で理解が追いつかず、金縛りに掛かったかのように動きが止まる。当然、それを見逃すサツキではない。

 犬歯をのぞかせ微笑み、人ではなく獣のような雰囲気を纏う彼女は少し身を屈めて左の手のひらにテニスボールほどの大きさの魔力を生成し、それを掴んでジークリンデの鳩尾へブチ込む。

 するとブチ込んだ左拳から赤紫の凄まじい衝撃波が放たれ、ジークリンデは数十メートルも後ろへ引きずられた。しかも、放たれたそれは衝撃波というよりもはや光線に等しかった。

 あまりの威力に口から血反吐を吐くジークリンデだが、休む暇など与えるつもりのないサツキはすかさず間合いを詰め、握り締めた右拳を放つ。

 

「あか――!?」

 

 頭部を粉砕せんと迫る一撃を前に、彼女の思考は停止させられる。

 ――己の命を守るために発動した、エレミアの神髄によって。

 

「…………へぇ」

 

 自身の拳をあっさりと右手で受け止めたジークリンデに少しばかり感心するサツキだが、彼女が左手を振り上げると焦るように後退し、コンマ数秒ほど遅れて繰り出されたイレイザー――ガイストを横に転がって回避する。

 放たれたガイストは抉るように地面を削り取っていった。サツキはふとジークリンデの背後に目をやる。そこには受け止められた右拳の拳圧により削り取られた地面があった。

 それを見て険しい表情になり、機械のように澄み切った瞳のジークリンデを軽く睨む。

 

「ガイスト・クヴァール――」

 

 ボソリと呟き、先ほどのサツキに勝るとも劣らない動きで彼女の背を取るジークリンデ。そして魔力をまとった右の鉄腕を振り下ろした。

 あらゆる命を刈り取る鉄の爪を視認することなくかわし、振り返り様に右の拳を突き出す。

 なんの反応も示さないジークリンデは難なく拳を受け止め、両手に圧倒的な力をまとって躊躇うことなく進撃してくる。

 

「チッ……」

 

 次々と繰り出される攻撃を舌打ちしながらもかわしていき、ジークリンデをどうやってブチのめそうかと考える。

 魔法抜きの純粋な身体能力ではサツキの方が圧倒的に上だが、戦闘経験は最低でも500年分の経験と記憶を受け継ぐジークリンデに分がある。魔法に関しては言うまでもないだろう。

 サツキは以前、エレミアの神髄を発動したジークリンデに苦杯を嘗めさせられている。なので今の彼女に弱点はないかと睨むように観察していたが、一つの答えを導き出し考えるのをやめた。

 

 ――目の前のバカをぶん殴る。それだけだ。

 

「目には目を、シンプルにはシンプルを」

 

 エレミアの神髄を発動したジークリンデは意識こそあるが、思考と感情は欠片もないというほぼ機械に等しい状態にある。

 数ある選択肢の中から最善のものを選び、目の前の敵を殲滅するために圧倒的な力を振るう。

 実にシンプルかつ強力である。だからこそ、サツキもまたシンプルな選択を選んだ。

 

「……ッ!」

 

 サツキは右の拳を握り締めると、ジークリンデが捉えたと言わんばかりに振り下ろした左の鉄腕を紙一重でかわし、

 

 

「――歯ァ食い縛れ」

 

 

 無防備になった彼女の下顎を、右のアッパーカットで殴り飛ばす。

 殴られたジークリンデは宙を泳いだ後、地面に叩きつけられ、動きが止まる。そして――エレミアの神髄は解除された。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第90話「反撃と全力」

 

「な、なんで……」

 

 サツキのアッパーカットを食らって吹っ飛び、エレミアの神髄を解除されたジークリンデはただ驚いていた。

 何か特殊な小細工をされたわけでもなく、純粋な一撃で解除されたのだ。驚くのも無理はない。

 受けたダメージで重くなった身体を動かし、何とか立ち上がって構える。

 

「なんでってそりゃお前――実力だよ」

 

 きょとんとした顔で答えると、サツキは目にも止まらぬ速さでジークリンデに肉薄し、彼女の上半身へ猿のように飛び乗った。

 すぐに両手で振り落とそうとするジークリンデだが、素早くサツキが繰り出した頭突きを顔面に食らってしまう。

 頭というより、鉄球をぶつけられたような感覚を覚えるジークリンデ。しかもその頭突きを一発だけではなく、何発もぶつけられていく。

 

「この――っ!?」

 

 ジークリンデは苦しげに握り込んだ右の拳を放とうとするも、サツキはそれを察したのか少しだけ体勢を変えると両腕をジークリンデの首に巻きつけ、捻るように彼女を投げ倒す。

 すかさずマウントを奪い、ジークリンデの顔面に拳の連打を打ち込むサツキ。ジークリンデも鉄腕を装着した両腕でガードしてはいるが、マシンガンのように打ち出される連打を防ぎきれず、放たれた拳の大半を食らってしまった。

 

「離れて……やっ!」

 

 拳の連打が一旦終わると同時に、突き出した左手から射撃魔法を放つ。サツキはこれをかわし、ジークリンデから距離を取った。

 一方のジークリンデもその隙に立ち上がって構え、サツキから目を離さないようにしつつ酷く乱れた息を整える。

 一瞬でも目を離せば今のような攻撃を食らうことになる。それだけは避けないと。

 

「っ……」

 

 骨こそ折れてはいなかったが、ダメージ自体はかなり受けていたこともあり痛みで顔を歪める。

 あれだけの連打を食らっといて、鼻の骨が折れなかったのは奇跡に等しい。

 口内で出血していたのか、口から痰を吐くように吐血してしまう。

 

「加減ってものを知らんのか……?」

「何を今さら」

 

 喧嘩と試合は違う。試合が決められたルールに従って競い合うように行うものであるのに対し、喧嘩には最低限の流儀こそあるものの試合のようにちゃんとしたルールは存在していない。

 何か打つ手はないか。必死に考えるジークリンデだが、これといった策は浮かんでこなかった。

 

「どないすれば……」

 

 どうすればサツキを倒せる? どうすればサツキにダメージが通る?

 彼女の頭はその事でいっぱいになっていた。しかし、サツキは考える時間すらくれない。彼女がいきなり繰り出した前蹴りに合わせ、ハッとしながらジークリンデも前蹴りを繰り出す。

 両者の蹴りは互いの腹部に命中。それを皮切りに、蹴撃の応酬が始まった。

 右、左、右、左、右、右、左、左とひたすら蹴り技をぶつけ合う。前蹴り、ハイキック、ミドルキック、ローキック、後ろ回し蹴り、膝蹴りなど、繰り出された蹴りの種類も様々だった。

 

「オラァッ!」

 

 その応酬を制したのは、やはりと言うべきかサツキだった。ハイキックをかわすと同時に、ジークリンデを足払いで転ばせたのだ。

 急いで立ち上がろうとするジークリンデの顔面目掛けてサッカーボールキックを放ち、彼女がそれを防御したと見るや否や右脚で踏みつける。

 腕の痛みを堪えながら、迫り来るサツキの右脚を転がるようにかわして立ち上がった。

 

「…………そや」

 

 口元から流れる血を拭き取り、何かを思い出したようにサツキを見つめる。

 サツキはバリアジャケットを装着しておらず、魔法による身体強化も全くしていない。さっき手刀を打ち込んだときは痛がっていた。もしかしなくても自分の攻撃は通るんじゃないか?

 ジークリンデはある事を決意すると、身体強化に使っていた魔力の量を増やした。

 

「……いくで」

 

 地面を蹴り、さっきのサツキに勝るとも劣らない速度で彼女の懐へ潜り込む。

 すぐに察知したサツキもそうはさせまいと接近するジークリンデを受け止める体勢になるが、彼女の狙いは別にあった。

 タックルを受け止める体勢――それはつまり、タックル以外には無防備になった瞬間でもある。

 

「お返しやっ!」

 

 サツキの鳩尾へ握り締めた左の拳を打ち込み、間髪入れずに右のアッパーで彼女の顎を殴り飛ばし、伸びきっていた右腕を掴んで一本背負いのような投げ技を繰り出した。

 怒濤の攻撃に思わず顔を歪めるサツキだが、ジークリンデは手を緩めない。

 関節技を極めようと掴んでいた右腕を捻るも、逆立ちの要領で立ち上がったサツキに馬乗りされてしまい、左のエルボーを打ち込まれる。

 

「クソがぁ……!」

 

 ジークリンデの顔を押さえたサツキは噛み締めるように声を出し、怒りを露にする。

 一昨年の都市本戦決勝の時とほとんど同じシチュエーションになっているが、両者にとってはどうでも良いことだった。

 サツキが右の拳を振り上げた瞬間、二度も同じ手を食らってたまるかと言わんばかりに右手を上に向けて射撃魔法を放ち、がら空きだった彼女の顔へ命中させた。

 

「まだまだ……!」

 

 すぐさま立ち上がると、痛そうに顔を押さえているサツキをハイキックで蹴り飛ばす。

 ジークリンデは自身の出世と性格上、試合中は常に相手が大きな怪我をしないように気遣っている。だがそれは、自分の実力に蓋をしているのとほとんど同じことだった。

 彼女は今回、サツキを倒すためにそのリミッターを外したのだ。

 

 

(ほんまはこんなことしたくない。けど、それでも……今ここで負けるよりはマシなんよ)

 

 

 心中でそう呟くと、体勢を整えたサツキに牽制として射撃魔法を放ち、彼女が視界から消えると迷わず右側へ拳を打ち出す。

 拳が打ち出された先には回り込んでいたサツキがおり、動きを先読みされているとは思っていなかったのか避けられずに拳を食らっていた。

 次にジークリンデは左の拳を構え、よろめくサツキの懐に、

 

「シュペーア・ファウスト!」

 

 渾身の一撃をブチ込む。

 サツキは驚きのあまり目が点になり、血反吐を吐いて数メートルほど吹っ飛んだ。

 吹っ飛んだサツキから目を離さず、安心したように息を整える。

 

「ふぅ……」

 

 舞っていた砂煙が晴れ、震えながら立っているサツキが目に入る。

 息の乱れや脚の震えなどお構いなしに歩み始めるサツキ。少なからずダメージは受けているようだが、あれだけ打ち込んだのに膝すらついていない事には驚きを隠せない。

 放っておくと何をしてくるかわからない。そう思ったジークリンデは周囲に高密度の弾幕陣を生成し、サツキへ撃ち込む。そしてジークリンデ自身も速度を落とし、彼女に接近していく。

 

「――くたばれカスがぁっ!」

 

 弾幕陣を全て受け止め、一つに束ねたそれを怒鳴りながら掌底で弾き返すサツキ。

 そう来ると思っていたジークリンデはあっさりと弾丸を避け、左の手刀を右肩に叩き込み、右の地獄突きを鳩尾へとブチ当てた。

 未だに踏ん張るサツキだが、彼女はそれさえも見越して――

 

「もう一発っ!」

 

 ――腹部に後ろ回し蹴りを叩き込んだ。

 さすがのサツキも身体をくの字に曲げ、それでもなお踏ん張っていたがとうとう膝をついた。

 言うまでもなく、サツキが膝をつかされたのは今回が初めてだった。

 

 

 □

 

 

「…………スゲえ……」

 

 ハリー・トライベッカはただ驚愕し、戦慄していた。緒方サツキとジークリンデ・エレミアの、次元の違う戦いを目の当たりにして。

 しかもサツキが初めて膝をつき、ジークリンデが初めて相手への配慮を完全に捨てた。

 一瞬理解が追いつかないほどの出来事が二つ同時に、それも目の前で起きているのだ。驚くのも無理はないだろう。

 

「まさかこれほどレベルが違うとはね……」

 

 そんな彼女に同意するかのようにボソリと呟いたのはミカヤだ。

 表向きこそ冷静そのものだが、彼女もまた驚愕のあまり目の前の出来事に実感が持てていないうちの一人だった。

 ヴィクトーリアも二人と同じ心境にあったが、それでも娘を心配するようにジークリンデを見つめていた。

 

「は、ハリー選手!? どうして泣いているんですか!?」

 

 目が覚めるようなエルスの叫び声で戦っている二人以外の皆がハリーの方へと視線を向ける。ハリー自身も違和感を感じ、自分の目を拭って初めて涙を流していることに気づいた。

 その涙は悲しみによるものではない。嬉し涙でもなければ、怒りによるものでもなかった。

 

「わ、わかんねえ……けど」

「けど?」

 

 なんで泣いているのか自分でもわからない。しかし、これだけははっきりと言える。

 

 

「――アイツらを見てると、涙が止まんねーんだよ……!」

 

 

 その涙が一体何を意味しているのか。それは誰にもわからなかった。

 

 

 □

 

 

「あ、が……っ!」

 

 関節が外れたであろう右腕をだらんとさせ、口から血を吐くサツキ。

 彼女のそんな姿を見て思わず顔を背けそうになるが、こうでもしなきゃ自分が彼女と同じ状態になっていたと割り切る。

 血を吐いて落ち着いたのか、サツキは右肩の関節をハメて立ち上がり、その場で考え込む。

 

 

 自分よりケンカの強い奴などいやしない。表向きは楽しむためと一つの本音を言いながらも、心のどこかでずっとそう思っていた。

 

 エレミアだってそうだ。一度はもしかしたらと希望を抱けるほど強かった。だが、ちょっと本気で戦ってみたら負けはしたものの、終始押していたのはアタシの方だった。

 

 でも、今は違う。これこそ、コイツとのケンカこそが、アタシがずっと待ち望んでいた勝つか負けるかわからない――極限のクロスゲームだ。

 

 

「ふふっ……あはははは……」

 

 顔を俯かせ、不気味な笑い声を上げるサツキ。ジークリンデは警戒して構えるが、すぐに顔を上げた彼女は口元を愉しそうに歪ませて一言。

 

 

「――全開だ」

 

 

 直後。ジークリンデの身体が派手に吹っ飛び、きり揉み回転しながら宙を泳いだ後、地面に叩きつけられる前に先回りしたサツキの踵落としで、力が加算される形で叩きつけられた。

 ジークリンデは何が起こったのかわからず唖然としていたが、叩きつけられた衝撃で自分が攻撃されたのだと理解する。

 追撃が来る前に急いで立ち上がり、できるだけ距離を取る――が、サツキはその距離を音も気配もなく一気に縮めると左手で胸ぐらを掴み、力を一点に込めた右の拳でジークリンデの顔を何度も殴りつけた。

 

「あはははははははは!」

 

 心の底から、それこそ子供のように嬉しそうな笑い声を上げ、赤みがかった瞳に殺意を灯す。

 傍から見れば狂気に満ちたものでしかないが、ジークリンデはジークリンデなりに、サツキが心から笑っているのだと解釈する。

 すぐに左の拳を握り締めるも、今までのそれとは比べ物にならない反応速度で右の肘打ちを叩き込まれ、そのまま右の裏拳でぶん殴られて吹き出すように吐血してしまった。

 

「はぁ……はぁ……ごふっ」

 

 ウォーミングアップと同じ感覚で攻撃していたのか、サツキが一旦離れたことで事なきを得たジークリンデ。しかし、あまりにもダメージが大きかったのか再び口から相応の血を吐いた。

 これがサツキの本気。正真正銘の全力全開。

 身を持って思い知らされる事実に戦慄し、さらに蓄積されたダメージで視界が薄れていく。

 しかし、アドレナリンでも出ているのか痛みはあんまり感じられない。

 

「こ、ここまで来たんや……」

 

 やるしかない。サツキが本気を出した以上、もう勝つしか道はない。

 口元を拭き終え、己を奮い立たせるように両手で頬を叩いて気合いを入れ直すジークリンデ。

 ――不思議なことに、命の危機を感じることはなかった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第91話「最強と最強」

「あはははははははは!」

「ぐぅっ!?」

 

 拳と拳がぶつかり合い、凄まじい衝撃波が吹き荒れ足下に巨大なクレーターが発生する。

 サツキは狂ったように歓喜の声を上げ、ジークリンデは力負けして顔を歪めた。

 それを皮切りに、二人は残像が生じるほどのスピードで動きながら拳と蹴りのラッシュを自身が出せる最高の速度で繰り出していく。

 

「がは……!」

 

 一瞬だけ動きが止まったことで腹部にサツキの拳が深く突き刺さり、視界が揺らぐほど息が詰まると同時に吐血してしまうジークリンデ。

 倒れそうになるも歯を食いしばって耐え抜いた彼女は、お返しと言わんばかりにサツキの顔面を左の拳で殴りつけるが、サツキはその一撃を意に介さず、迫り来る左脚を右腕で受け止め、左のハイキックをジークリンデに浴びせた。

 今の二人が行使しているのは競技選手のように相手を倒すための一撃ではなく、相手への配慮を一切考えない殺すための一撃だった。

 

  今度は脚と脚がぶつかり合い、再び凄まじい衝撃波が吹き荒れる。

 待機していたファビア達は吹き飛ばされそうになるもどうにか踏ん張っていた。

 そんなことを知るよしもない両者の戦いは熾烈を極めていき、拳と蹴りのラッシュを繰り出す速度も上がっていく。

 ジークリンデの右拳が掬い上げるようにサツキの鳩尾へ直撃するも、彼女は口元から血を吐きながら前蹴りをブチかました。

 

「くふふ……最高だぜ、エレミアァッ!」

 

 一度顔を俯かせたかと思えばすぐに顔を上げ、無邪気な子供のように笑うサツキ。

 それに釣られてジークリンデも微笑む。本当はそんな余裕などないのだが、それでもサツキの笑顔を見ると微笑まずにはいられなかった。

 互いの右拳と左拳をぶつけ合い、間髪入れずにジークリンデは左のカウンターを打ち込もうと構えたが、サツキが放ったハイキックに構えた拳ごと一蹴されてしまう。

 

 手足が痺れ、視界が混濁する中、ジークリンデは両手両脚に魔力を流し込み、そのしびれをかき消す。そして棒立ちするサツキに肉薄すると右手を突き出し、そこから射撃魔法を撃ち出した。

 サツキは零距離から放たれたそれをあっさりとかわし、軽く跳び上がって事前に振り上げた左拳を顔面へ叩き込む。

 あまりの威力に思わずよろけたジークリンデの左腕を掴み、背負い投げを繰り出す。

 

「あーらよっとぉっ!」

 

 なす術もなく地面に叩きつけられ、息が詰まって悶絶しそうになるジークリンデ。その一瞬が仇となり、サツキの左脚に踏みつれられてしまう。

 彼女も今が好機と判断し、動く隙を与えずに何度も何度もジークリンデを踏みつけた。

 次に首を踏みつけようと左脚を上げたところへ射撃魔法を放ち、それをサツキが避けた一瞬の間に立ち上がって距離を取る。

 

「く、首はあかんやろ……」

 

 もしも踏みつけられていたら首が折れていた可能性が高い。何気に命の危険が迫っていたにも関わらず、エレミアの神髄は発動しなかった。

 だが、今はその事に疑問を抱く暇はない。いつ身体が動かなくなってもおかしくないのだから。

 サツキが一瞬で目の前に現れたが、事前に予測していたジークリンデは膝蹴りを彼女の鳩尾へ打ち込み、少し間が開いたところで、

 

「シュペーア・ファウスト!」

 

 握り込んだ左拳を顔面に突き刺す。

 またしても吹き飛びそうになるサツキだが、今度は下半身に力を入れることで踏ん張った。

 体勢を整えると目を見開いて驚くジークリンデの顔面を右拳で殴りつけ、続いて力を一点に集中させた左の拳で思いっきりぶん殴った。

 必死に踏ん張るも数十メートルほど後ろへ引きずられ、ようやく踏み止まるもサツキが放った飛び蹴りを胸部に食らってしまう。

 

「――甘いッ!」

 

 しかし、ジークリンデも負けてはいまい。胸部に打ちつけられたサツキの右脚をガッチリと掴むと、顔面から叩きつけるように背負い投げた。

 見事に顔面から叩きつけられ、顔を歪めるサツキ。すかさず立ち上がるもジークリンデに捕まり、取っ組み合いに持ち込まれる。

 これを逆に好機と見たサツキだったが、そうは問屋が卸さなかった。

 

 ジークリンデはサツキの脇腹を蹴りつけると、彼女がその衝撃で後退したところを狙って右腕を軽く捻り上げ、握り締めた右の拳を放つ。

 サツキは彼女が放った拳を迎え撃とうとするも、いきなり全身が赤紫色に輝き始めたことに気づき、構えを解いて微笑む。

 思わずサツキに訝しむような視線を向けたが、時すでに遅しだった。

 

「――終わらせるかよ……こんなところで終わったら一生後悔しちまうじゃねえか!」

 

 全身を包み込んでいた赤紫色の光は流し込まれるようにジークリンデが捻り上げていた右腕へ集束されていき――放せと言わんばかりに彼女の左手を爆発させたのだ。

 突然の出来事に驚愕し、尋常でない痛みに顔をしかめて思わず左手を押さえる。

 当然、サツキはその一瞬を見逃さない。顔面を粉砕する勢いで頭突きを浴びせてから右のハイキックを繰り出し、前屈みになったジークリンデの鼻っ面を左の膝で二度も蹴り上げ、最後は豪快に振りかぶった右の拳で彼女を殴り飛ばした。

 

「あぐ……っ!」

 

 しばらく宙を泳いだあと地面に叩きつけられ、ゴロゴロ転がっていくも両手の爪を地面に食い込ませて勢いを殺していく。

 完全に勢いを殺すとすぐさま立ち上がり、静かに佇むサツキと真正面から向き合う。

 気づけばお互いすでにボロボロで、顔や口元を始め身体の至るところに無数の傷跡がある。

 

「……やってみる価値はあるな」

 

 そう呟くと、ジークリンデは腹をくくって両手に魔力を纏わせていく。

 この技を自分の意思で使用したことはほとんどないし、できれば使いたくない。けど、今回は相手が相手だ。使わないと勝てない。

 サツキがジークリンデのただならぬ雰囲気に対抗するかのように身構えた瞬間、自身の身体強化に回していた魔力の量をさらに増やし、黒い弾丸となってサツキに迫った。

 

「ガイスト・クヴァール――!」

 

 サツキとの距離を二メートルに縮めたところで、あらゆる命を無価値にする鉄の爪をサツキ目掛けて振り下ろす。あれだけ使うことを拒んでいた殲撃を、自分の意思で使用したのだ。

 放たれたガイストをサツキは何の苦もなく回避し、四足獣のように跳ね上がる。だが、それこそジークリンデの狙い通りだった。

 彼女はエレミアの一族でありながら、壊すことを望まない。倒すべき相手であるサツキへの配慮をやめた今でも、その意思は変わらない。

 

 ガイストが当たって壊れてしまうのなら、当てなければいい。

 

 そんな人を傷つけることを望まないジークリンデが導き出した、シンプルな結論。

 どんなに強力な技も、当たらなければどうと言うことはないのだ。

 

「このぉっ!」

 

 地面を蹴って跳ね上がり、サツキの頭上に到達したところで踵落としを繰り出す。

 サツキは咄嗟に両腕を交差させてガードし、ジークリンデの右脚を掴むと地面に向かって投げ飛ばした。

 宙を泳ぎながら体勢を整え、華麗に着地するジークリンデ。

 

「エレミアァ――ッ!!」

 

 同じく無事に着地したサツキは腹の底から叫ぶと、地面を陥没させて姿を消し、彼女の背後から跳び上がって左の拳を振り下ろすも、そう来るのがわかっていたジークリンデは拳を両手で受け止め、背負うようにしてサツキを投げ飛ばした。

 今のサツキの速度には全く反応できないジークリンデだが、今までの経験から彼女の動きを読み取ることはできるのだ。

 

「…………ここやっ!」

 

 決めるなら今しかない。彼女はそう判断すると再び黒い弾丸となり、何の迷いもなくサツキに向かっていく。

 サツキも同じことを考えていたのか、ありったけの力を一点に集中させた左拳を構えていた。

 右の鉄腕を振り上げ、刈り取るように振り下ろす。そしてサツキが迫り来るガイストをかわしたところへ先回りし、彼女の懐に魔力で強化された後ろ回し蹴りを打ち込む。

 

「ブチ抜けえええええっ!」

 

 サツキは噛み締めるように痛みを堪え、溜めに溜め込んだ左の拳を繰り出した。

 全てを粉砕せんと迫る最速にして最強の一撃。

 魔法は一切使わず、ただ全力の力を一点に集中させただけのシンプルかつ絶対的な一撃。

 迫り来る死の鉄拳を前に、極限まで全神経を稼働させたジークリンデは一つの答えを叩き出す。

 

 直撃したら死ぬ。

 

 今のジークリンデにこの一撃を避けられるほどの実力はない。仮にエレミアの神髄が発動したとしても直撃は免れない。

 その刹那、彼女の脳裏に走馬灯が走る。

 ご先祖様から受け継いだ力に振り回された日々、いろんな人に導いてもらった日々、楽しくも穏やかな日々、そして――目の前にいるサツキと過ごしたお茶目な日々。

 そこへ戻る道はすでに閉ざされた。彼女に残された選択は進むことだけ。

 

(……痛そうやなぁ)

 

 ここに来て、ジークリンデはもう一つの答えを導き出す。しかし、それは大きな賭けでもあった。成功すれば勝算はあるが、失敗すれば死ぬ。

 ……そんなの関係ない。直撃すればどのみち死んでまう。やるしかないんよ。

 覚悟を決めた彼女はありったけの魔力で右腕を強化し――

 

「止まれぇぇ――ッ!!」

 

 ――その腕を犠牲にすることで、死の一撃を受け止めた。

 腕から骨が砕ける音と血が噴き出すような音が聞こえ、激痛のあまり涙が出そうになるも、歯を食いしばって必死に耐え抜く。

 ジークリンデが拳を受け止めた際、衝撃波が発生して辺り一面をごっそりと削るように吹き飛ばしたが、待機していたファビア達は驚愕しながらも吹き飛ばされないよう必死に踏ん張った。

 

「――ッ!?」

「これで……」

 

 ボロボロになった右腕をだらんとさせ、腕の痛みを堪えるジークリンデ。

 一瞬の間もなく目を見開いて驚愕するサツキの顔面へ、全身の魔力を込めた左拳を、

 

 

「チェックメイトやあぁ――ッ!!」

 

 

 腕の骨が砕ける勢いでブチ込んだ。

 

「…………」

 

 拳をノーガードで食らったサツキはしばらく立ち尽くしていたが、止まっていた時が動き出したかのようにふらつき、仰向けに倒れた。

 それをしっかりと確認したジークリンデも少し遅れて力尽き、その場に倒れ込む。

 しばらく呆気に取られていたヴィクトーリア達だったが、ハッとしてすぐにジークリンデの元へと駆け寄っていった。

 

 

 □

 

 

「…………」

 

 負けた。全力を出して、初めて負けた。

 サツキは呆然とするように空を見上げていたが、その顔に悔しさというものは一切感じられず、むしろ憑き物が取れたようにも見える。

 これで悔いはない。何一つ心配もなく、安心して故郷に帰ることができる。

 ――しかし、どんな物事にも誤算は付き物だ。

 

「……生きてる?」

 

 皆がジークリンデの元へ駆け寄る中、ファビアだけはサツキの元に駆け寄っていた。

 心配そうな顔で自分を覗き込んでくる彼女を見て、思わずため息が出そうになる。

 どこまで健気なんだコイツは。いや、これはもう健気というよりお人好しだな。

 

「…………」

 

 彼女の問いには答えず、ただ空を見上げるサツキ。視線の先にはさっきまで降る気配すらなかった雪が降り始めていた。

 彼女はそれを目に焼きつけると、空を見上げたまま力なく微笑んで口を開く。

 

 

「はは……ホワイトクリスマスじゃねえか……」

 

 

 この呟きを最後に、その日は一言も喋ろうとしなかったという。

 彼女の近くではジークリンデの腕の骨が何やらとヴィクトーリア達が騒いでいたが、サツキはそれを気にすることなく空を見上げ続ける。敗北という事実を胸に刻みながら。

 

 

 最強選手と最強ヤンキー。限界を越えた二人の対決は、今ここに幕を閉じた。

 

 

 

 




 次回で完結です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話「これからも続く日常」

 

「……それで、負け犬のあんたはノコノコと逃げ帰ってきたわけ?」

「やかましい」

 

 アイツとの決闘から一週間後。今日は元日だ。

 故郷である第97管理外世界――地球へ里帰り中のアタシは、海鳴市にある喫茶店【翠屋】で懐かしのショートケーキを頬張っていた。

 今回はたまたま隣で紅茶を飲んでいたアリサ・バニングス、月村すずかの二人と実に三、四年ぶりの再会を果たしたので、土産話として一週間前の出来事を話していたところだ。

 ちなみに着物姿ではない。コイツら、初詣はどうしたのだろうか。

 もう一度言うが今日は元日。まあ、アタシ以外にも里帰りをしている奴はいるわけで……

 

「――はーいサツキちゃん。紅茶だよー」

 

 そう言って注文していた紅茶を持ってきたのは高町なのはだ。この【翠屋】はコイツの実家でもある高町家だからな。こうして鉢合わせしても何ら不思議じゃない。

 ついでに言うと、さっき八神と愉快な仲間達にも出会った。テスタロッサはあのクソガキと一緒にのんびり過ごしてるんじゃねえか? 多分。

 そのクソガキで思い出したが、アイツも戦技披露会とやらで一波乱あったらしい。何があったかまではさすがに知らんけど。

 

「……また随分と派手にやったんだね」

 

 紅茶を飲み終えたすずかが、包帯が巻かれたアタシの両腕を見て思わず苦笑いする。

 アタシが負った怪我はそれほど大きいものじゃないらしく、あと数日経てば治るとのこと。

 

「それにしても、サツキちゃんがケンカで負けるなんて正直驚いたよ」

「あれだけやんちゃしたバチが当たったのね」

「それならまだバチは当たると思うけど……」

「お前らアタシに恨みでもあるのか!?」

「恨みしかないわよ」

 

 ひでえ。

 

「ダメだよ二人とも。サツキちゃんはこう見えても私達と同じ女の子なんだから」

 

 限界が来ていたのでキレようかと震えていたら、珍しくなのはが助け船を出してくれた。ありがとう。この恩は二日だけ忘れない。

 二人もからかいすぎたと思ったのか、いつもの明るい笑顔になった。なんかムカつくな。

 紅茶を飲み終えたところで時間がなくなってきたことに気づき、店から離脱しようと席を立つ。

 

「サツキ」

「あ?」

 

 すると何を思ったのか、アタシを引き止めたアリサとすずかは互いの顔を見合わせると姉のように微笑み、ゆっくりと口を開いた。

 

「お帰り」

「明けましておめでとう」

「…………おう」

 

 故郷ってのはいいもんだ。

 

 

 □

 

 

「ここに帰ってくるのも何年ぶりかな……」

 

 今、アタシの目の前に建っているのはそこそこ立派な一軒家……実家だ。海鳴市の隣町にある懐かしの我が家である。

 家は五人家族ということもあって結構広く、親父によれば三、四年経った今でもアタシ達の自室がそのまま残っているらしい。

 タバコを吸いながら突っ立っていても仕方がない。とりあえず入るとしますか。

 

「たでーまー」

「おう。帰ってきよったか」

 

 出迎えてくれたのは、首の後ろで束ねられている赤みがかった黒の長髪が目立つ、アタシのおふくろだった。相変わらず若々しいババアだぜ。

 うちの母親はかつて関西で極悪ヤンキーとして名を馳せるほど有名だったらしく、アタシと姉貴はこの人の気質を色濃く受け継いでいる。ちなみに親父は優しさの塊と言っていいほど温厚な人で、泥酔していても他人を気遣える凄い奴だ。

 ……まあ、それでも資質は自前だがな。あくまでも受け継いだのは気質だけだし。

 

「親父は? おらんのか?」

「今ビールを買いに行かしとる。もうすぐで帰ってくるはずや。タバコは灰皿な」

「わかってるわ」

 

 親父はいないのか。てっきり毎度のごとくおふくろとイチャついてるのかと思ったが……。

 アタシを出迎え終わると、おふくろは台所へ走っていった。何かパーティーでもするのか?

 考えても仕方がないので、さっそく吸っていたタバコを携帯灰皿に押しつけながら自分の部屋へ向かうことにする。

 

「おおっ、マジでそのままじゃねえか」

 

 二階の突き当たりにある扉を開き、掃除されている点を除けば当時とほとんど変わりのない部屋を見て素直に感心してしまった。

 未だに貼られている怪獣の古くさいポスター、棚に積み込まれた大量の漫画と小説とDVD、旧型の冷暖房とテレビ、勉強机の上に置かれた昔のタバコと灰皿とライター、窓側のベッド、中央にポツンと置いてあるテーブル、そして――

 

「あっ、サッちゃん!」

「遅かったね」

 

 ――バタンッ

 

 おかしいな。今、変態乞食と魔幼女がいたように見えたんだけど。嬉しさのあまり幻覚でも見てしまったんだな。きっとそうだ。

 これは気のせいだ。そう何度も内心で復唱しつつ、もう一度扉を開ける。ははっ、こんなところにアイツらがいるわけ――

 

「扉の前で何してるんや?」

「この漫画面白いね、サツキ」

「不審者だぁああああああーっ!!」

 

 なんでいるんだよ!? お前らミッドチルダで適当に過ごすとか言ってなかったか!?

 

「待つんやサッちゃん! 誤解や! ほら、(ウチ)(ウチ)! ジークリンデ・エレミアや!」

「私はファビア・クロゼルグ」

「知っとるわボケッ!」

 

 いくら約束を守ったからってここまで押し掛けてくるか普通!? 頼むから一人で故郷を満喫させてくれ! ホント頼むから!

 不審者を抹殺するべく、急いで一階に下りておふくろからアレを借りることにした。

 

「おふくろ! 不法侵入してきた輩と不審者が二人いるからフライ丁と包パン頂戴!」

「落ち着け。ここは日本やぞ。包丁なんぞ使ったら銃刀法違反で御用になってまうわ。ていうかちゃんとした言語で話せや」

 

 そんなの大したことじゃない! アイツらをぶっ殺すことに比べたら優しいもんや!

 

「それに初めての友達を不審者呼ばわりはあかんやろ。少しは自重せい」

「ちょー待てい! いつからアタシとアイツらが友達になったんよ!?」

 

 関係が今まで通りに戻ったのは認める。けど友達になった覚えはない!

 わからず屋なおふくろをぶん殴ろうと左の拳を握り込み――

 

「たっだいまー!」

 

 ――振り上げようとしたところで姉貴のあっけらかんとした声が聞こえてきた。

 

「あれ? おふくろとサツキじゃないの。二人して何やってんのさ」

「私はこのイカれたクソガキを黙らせようとしてたところや」

「アタシはイカれてねえ! これ以上にないほど正常だっつの!」

 

 楽観的に話しかけてきた姉貴に事情を説明すると、何かを思い出したかのように呟いた。

 ていうか何さっきからケラケラと笑ってやがる。人の不幸を楽しみやがって。

 

「それ、八神ちゃんの差し金だと思うよ?」

「八神いぃいいいいっ!!」

 

 今ほどあの狸を殺したいと思ったことはない。

 

「あ、そう言えば二時間前にタヌキちゃんが家を訪ねてきたわ。知り合いを二人ほどこちらに置いてもいいかって」

「断れよ!」

「ついノリで承諾してもうたわ」

「なおさら断れよ!?」

 

 せっかく実家に帰ってきたというのになんでこんなに疲れなければならんのだ。そもそもこうなったのはアイツらのせいだ。

 その後も何とかならないかと必死に相談したが最終的におふくろの鉄拳を食らわされ、話すらさせてもらえなかった。

 

 

 □

 

 

「クソッ、加減ってものを知らんのかあのババアは……」

 

 殴られた頬がめちゃくちゃ痛い。どうなってんだあの人の拳は。

 親父もたまに照れ隠しと自業自得で殴られてたけど、よく生きてられるよなあの人も。

 部屋の前まで戻ってきたのはいいが、二人が何か言い争っているな。一体何を――

 

「魔女っ子! それはあかんて!」

「大丈夫。サツキならツンとした態度で許してくれる。私は信じてる」

「許すわけないやろ」

 

 このクソガキ、人のテレビで勝手に青春映画を見てやがる。あとドヤ顔で信頼されても困る。

 乞食は乞食で人が地道に集めた漫画を勝手に読んでやがるし……コイツらには人の家でのマナーというものがないのだろうか。

 

「そーいやサッちゃん。喋り方変わった?」

「変わるも何も、アタシは元々こういう喋り方なんだが?」

 

 関西弁を使わなくなったのは初めて鑑別所にブチ込まれてから……だな。

 それまでは普通の口調に関西弁を思いっきり混ぜたもので話していた。故郷へ帰ってこれた安心感と嬉しさで弾けちゃったのかもしれない。

 ……数日くらいは泊まらせてもいいか。経験上、追い出した方が面倒なことになりそうだし。

 

「……なあエレ――ジーク」

「んー?」

「そんな腕で大丈夫か?」

「大丈夫や。問題あらへ――大ありや! 右腕だけで全治四ヶ月なんよ!?」

「治るだけマシだと思う」

 

 ノリツッコミをかますジークの厚みのある包帯が巻かれた右腕と、左腕と頭にも一応巻かれた包帯に目をやる。

 ジークがあの決闘で払った代償はかなり大きかった。アタシに勝ったんだから当然だけど。

 なんでも右腕は粉砕骨折、左腕も日常生活をするに当たっては特に問題はないが、それでも不全骨折しているとのこと。

 あとコイツの防護武装である鉄腕も原型がなくなるほど破損していたらしく、しばらくは使えないと聞いている。

 

「責任、取ってもらうからな?」

「やだ」

「なんでや!? 責任取るって言うたやん!」

「言ってねえよ! 勝手に捏造設定を作るな! クロゼ――クロも何とか言ってくれ!」

「諦めが、肝心だよ……!」

「聞いたアタシがバカだったよこんちくしょう! てか笑うな! 殺すぞ!」

 

『サツキちゃん……相手は女の子なのに……』

『感性は人それぞれや、スミレ』

 

「ほら見ろ言わんこっちゃねえ! テメエらのせいで誤解されちまったじゃねえか!」

「ッ……そんなに喋ってて疲れないの?」

「疲れるに決まってるやろがあぁあああっ!!」

 

 コイツらとアタシの間にあった溝は完全に消えた。認めたくないが、次にこの二人と友達だって言われたら否定はできねえかもな。

 アタシははっちゃけるバカ共に全力でツッコミながらそう思い――

 

 

「――くたばれアホがぁっ!」

「ごふっ!?」

 

 

 一本締めをするようにジークへ今年最初の一発をブチ込んだ。

 その直後、クロは腹を抱えながら心底嬉しそうに爆笑したのだった。

 

 

 こうしてアタシは歩き出す。これからも訪れるであろう、面倒で退屈しそうにない日々へ。

 

 

 

 




 死戦女神は退屈しない、これにて完結です。
 あらすじに書いてある通りこの作品はリメイクです。それでも、無事に完結できたのは作者として非常に喜ばしいことだと思っています。
 しばらくは現在執筆しているバカテスの二次と今作の外伝に集中していくつもりです。
 最後まで読んでくださった読者様、ありがとうございました。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF第一章「歓楽街のヒュドラ」
第1話「原点回帰」


「はぁ……はぁ……」

〈お疲れ様です。無駄に暴れたマスター〉

 

 夜の公園付近にて、アタシは赤髪黄眼が印象的なノーヴェ・ナカジマとのケンカに勝利した。

 久々にやる気を出したからかめちゃくちゃ疲れた。ダメージも結構受けたし。

 気を緩めたら倒れちゃいそうだ。――結局、本気を出すには至らなかったけど。

 

〈ですが楽しめたはずですよ? マスター、珍しく笑ってましたし〉

 

 おいおいマジかよ。それ今初めて知ったぞ。

 ていうか、さっきから愛機のアーシラトがうるさい。次からメンテするのやめてやろうか。

 とりあえず口に溜まっていた痰を唾ごと吐く。珍しく血は出なかったな。口は切れたけど。

 

「お前の言う通り楽しかったよ」

 

 これはホントだ。でなきゃラトの言うように笑ったりはしなかっただろう。

 

「――けど、やっぱりダメだわ。満たされた気が全くしねえ」

 

 楽しいって気持ちだけじゃアタシの血は騒がないし滾りもしない。もっと、もっと強い奴でなきゃダメなんだ。

 アタシにとってのケンカってやつは、全力の自分と対等以上にやり合える奴と殴り合って初めて最高と言えるものになる。それ以外は消化不良、もしくは悔いが残っちまう。

 それに今のでよーくわかった。ヤンキーはケンカだけじゃない。ヤンキーの中にはケンカのできない奴だっている。それでもヤンキーであり続けた奴が地球には何人かいた。

 

 ――ケンカでダメなら常に突っ張り通せ。自分のやりたいようにやる。それでいいんだよ。アタシは今からそうさせてもらうぜ。

 

「ま、ケンカはやめねぇけどな」

 

 もちろんケンカは続ける。満たされるかそうでないか以前に、好きでやってることだからな。

 アタシの足下に横たわるノーヴェをナカジマ家へ届けてやろうかと思ったが、勝者が敗者に手を貸すってのはどうかと思うし、何よりどうでもよくなったので放置しておく。運が良ければ誰かに起こしてもらう程度で済むだろ。

 ダメージで痛む身体を少しだけ引きずり、一服しながらその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に切るの?」

「おう」

 

 一時間後。無事に帰宅したアタシは最近知り合った金髪金眼の正統魔女(トゥルーウィッチ)、ファビア・クロゼルグを急遽呼び出した。

 心機一転の証として今からリビングで髪を切るのだが、一人じゃ失敗する可能性があるので念のために呼んだというわけだ。

 まずハサミを右手に持ち、首回りには使わない新聞紙を巻く。続いて机の上にスキバサミ、コーム、霧吹き、ケープ、タオル、髪の毛を止めるクリップが置いてあるかを確認する。

 後ろの方をバッサリと切るだけなので本格的な用意はいらないのだが、それを用意したファビアが言うには『髪は女の命』らしい。そのため前髪も切ることになってしまった。

 

「…………よし」

 

 さっそく手鏡で視認しつつ、慎重かつ速やかに前髪を切っていき、大体切り終えたところで一旦手を止めてズレがないか確かめていく。

 事前に髪は洗っておいたが、それでも乾いている可能性はあるので霧吹きを掛ける。

 そしていよいよ、本命である肩まで伸びている髪を切りに掛かった。

 

「んしょ……」

「…………」

 

 ファビアが少し緊張しながら見守る中、前髪のとき以上に慎重な手つきで切っていく。

 ちょっとイライラしてきた……なんで髪を切るだけなのにここまで時間を使うんだよ。

 ――ええいっ、めんどくさい。

 

「てやっ」

「!?」

 

 チマチマ切るのが面倒になったので、後ろの髪を文字通りバッサリと切った。

 サポート役のファビアはアタシの隣で驚愕してるけど、驚く暇があるなら手を動かせ。

 首筋を覆っていた髪がなくなったせいか、妙にスースーして寒いな。

 

「ふぅ……こんなもんだろ」

「……せっかく準備したのに」

 

 と、机に置いてある散髪道具を見てションボリするファビア。

 

「いいんだよこれで。心機一転の証だからな」

 

 こういうのは気を遣うようにチマチマと切るのではなく、バッサリと切ってナンボだ。

 手鏡で髪型がおかしくなっていないか確認し、首回りに巻いていた新聞紙を外す。

 

 

 ――これでアタシの不良道は原点回帰した。つまり新たな始まりでもあるわけだ。

 

 

「おいファビア」

「……?」

 

 可愛らしくきょとんとしているファビアに右手を差し出す。

 いい機会だからパートナー的存在も作っておこうと思う。万が一裏切った場合は遠慮なくぶっ殺せばいいだけだし。

 アタシは口元を軽く歪ませ、彼女の目をしっかりと見つめながら一言。

 

「改めて、()()()()()

「…………うんっ!」

 

 ようやく差し出された右手の意味を理解したのか、ファビアは快く握手してくれた。その顔には満面の笑みが浮かんでいる。

 女子とはいえ、小さくて柔らかい手だな。アタシのそれとは大違いだ。

 ファビアは握手している手を放すと顔を俯かせ、少しすると顔を上げて口を開いた。

 

「わ、私のことはその……く、クロって呼んでほしい……!」

 

 そう言った彼女は恐ろしく真剣な顔つきでアタシを見つめているが、顔は赤面している。

 まあ、それくらいなら別にいいかな。ぶっちゃけもう経験済みだし。

 

「んじゃあ……クロ。これでいいか?」

「…………!!(コクコク)」

 

 そこは返事しないのね。無邪気に目を輝かせてるから嬉しいってのはわかるけどさ。

 こうしてアタシとファビア――いや、クロの間に『付かず離れずの関係』が生まれたのだった。パートナー的存在とは言ったが、それや友達とはまた違う微妙な関係だ。友達には近いがな。

 さーて、そんな記念に一服でもしますかぁ。ついでにビールも飲もう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいねーちゃん」

「こっちこいよコラ」

 

 原点回帰した二日後。たまには外で昼飯を食おうと街へ繰り出したら、建物の隅っこにある街灯のそばで座り込んでいる二人のチンピラに呼び止められた。

 日中ということもあり、街中は人で溢れ返っているがこの辺りにはそんなにいない。

 ……よし、やっちゃいますか。絡んできたのはコイツらの方だし。

 チンピラの指示通り彼らの元へ歩み寄って耳にピアスをしている方の男を比較的軽めに蹴り飛ばし、片手で無理やり起こしてから一発殴り、街灯へ三回ほど顔面から叩きつけてダウンさせた。

 

「ひっ……!?」

 

 続いてこっそり逃げようとしていた茶髪の男を捕まえ、顔面に膝蹴りを二発入れてからピアスの男と同様、彼を街灯へ叩きつけた。

 茶髪の顔面から鈍い音が聞こえ、街灯からは金属音が響き渡る。

 当然そんなことにはお構い無くもう一度茶髪を街灯へ思いっきり叩きつけ、最後に倒れたところを踏みつけて完全に沈めた。

 

「気安く話しかけんじゃねえよゴラ」

 

 顔面からだらしなく血を流し、気絶しているチンピラ共に軽く忠告してさっさと歩みを進める。

 全く、こうしてるだけで三分も時間を食っちまったじゃねえかコノヤロー。

 それから数分後、アタシはケーキ屋らしき店の前で立ち止まった。

 

「……さすがにケーキはねえな」

 

 ないない。ケーキはおやつだ。それを昼飯として食うなんて……ちょっとないかな。

 止めていた足を動かそうとした瞬間、その店から見覚えのあるクソガキが出てきた。

 

「――サツキ?」

 

 クロだった。両手にケーキが入っているであろう袋を持ち、口元にほんの少しだけ生クリームがついている。可愛い奴め。

 

「おう、アタシだ。とりあえず動くな」

 

 両手が塞がっているクロに代わり、口元の生クリームを拭き取る。

 舐め取ったりするとでも思ったか? お生憎様、アタシにその気はない。

 

「あ、ありがとう……」

 

 頬をほんのりと赤く染め、目を泳がせながらもちゃんとお礼は言うクロ。

 ちょっとだけ微笑ましく思い、タバコとオイルライターを取り出す。

 

「なあクロ。この辺に安くてイチオシの飯屋はないか?」

「それなら良い場所がある。ついてきて」

 

 お安いご用と言わんばかりに道案内をしてくれるらしい。良かった。今回は飯にありつけそうだ。ここ三日、まともに食べてなかったからな。

 そのイチオシの店へ行く途中、クロと一緒にいたせいか四回もナンパにあったのだった。全員ブチのめしたけどね。

 

 ムカつく奴はぶん殴り、どんなに責められても頭は絶対に下げない。

 幼い頃から今に至るまで、何があってもこの姿勢を貫いた。魔法と出会ってからもそれは変わらず、ミッドチルダに来てからも同様である。

 それが災いして闇討ちやリンチに何度も遭い、果てには強姦されかけたこともある。もちろん屈することは一度もなかった。

 

 

 何故ならアタシ――緒方サツキはヤンキーだからだ。

 

 

 

 




 分岐点は本編7話の終盤です。

 本当はさらにリメイクして書こうと思ったのですが、何度もリメイクというのはどうかと思ったのでこういう形に納めました。
 ちなみにIFルートなので本編よりもギャグは少なめでいきます。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話「歓楽街」

「…………」

「ねえ、お金持ってるでしょ?」

「へ? え、えっと――」

「いいから取っちゃいなよ」

「そうだよ。早く取りなさい」

「や、やめてください」

「なんでよ? こんなところをうろついていたあんたが悪い――」

「…………(トントン)」

「――え?」

「悪い。ムカつくからボコらせろ」

 

 

 

 

 

 

 

「あがっ!?」

 

 深夜の人気のない駐車場にて、アタシは何となくムカついた女子のグループを蹴散らしている。

 家にいてもやることがなかったので街へ繰り出し、道脇でタバコを吸いながらう○こ座りしていたところへ貧弱そうな男子を数人の不良っぽい女子が恐喝しながら目の前を通過、とりあえず気に障ったため行動に移したのだ。

 一言で言っちゃうと暇潰し……だが、ムカついたというのも事実だから問題はない。

 

「あ、あんたねぇ……いきなり何のごっ!?」

 

 なんか言おうとしたピンク髪の女を蹴り倒し、胸ぐらを掴み何度も殴りつける。

 その最中、背後からデバイスのような杖を振り下ろしてきた茶髪女の腹に背を向けたまま拳を入れ、悶絶したところをハイキックでブチのめしもう一度マウントを奪ってピンク殴りを再開。

 ていうか、デバイスあるのに殴ることしかできないのかね君たちは。いや、魔力付与打撃って可能性もあるな。

 

「ちょ、やめなさいってば……!」

 

 しかし、集中しすぎていたせいで前頭部を金属のようなもので殴打され、殴られた部分から液体のようなものが流れ出てきた。

 ……ていうか、これ血じゃねえか。

 アタシの頭を殴った張本人であろう青髪が再び金属のようなもの――鉄パイプ型のデバイス(多分)を振り上げたところを殴りつけ、近くにあった車へ思いっきり顔面から叩きつける。

 

「が……」

 

 何度も叩きつけてから投げ捨て、これまたピンクのマウントを奪ってタコ殴り再開。最低でも五発は打ち込んだ。

 最後に蹴りを入れてきた黒の短髪を殴り飛ばし、怯えて動けない二人の女の前に立って一言。

 

「どけオラ。ヤンキー様のお通りだ」

 

 二人の間を堂々と通過し、その場を後にする。

 そう言えば、絡まれていた男子がいないな。アタシが暴れている最中に逃げたか。まあ、いたところで邪魔になるだけだから別にいいけどさ。

 よしよし、ほんの少しだが暇は潰せた。さっさと帰って寝よう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――起きてサツキ。もう昼だよ」

「…………ん」

 

 聞き覚えのある声が耳に入り、夢の世界から現実へと引き戻される。すぐ声がした方へ振り向くと、倒れた人を覗き込むようにこちらを見つめるクロがいた。

 まずは確認だ。ここはアタシの家で、今いる場所はフカフカのベッド。よし、問題ない。

 朝帰りとはいえ、まだ眠いな。それに今日は特に予定もないし……もう一度寝――待て。

 

「おいクロ」

「何?」

「なんでこんなに寒いんだ」

 

 寒い。とにかく寒い。ベッドに入っているのに寒い。なんというか、冷凍庫に長時間入れられていたのかってぐらい寒い。

 いくら二月だからって全身が凍結しそうなほど寒いのはおかしいだろ。

 一人極寒とも言える寒さに震えていると、クロが呆れ顔で口を開いた。

 

「……とりあえず服を着たら?」

「あ?」

 

 クロの言葉を聞いて自分の身体を見てみると、細かい傷痕がいくつもある身体が目に入った。ていうかアタシの身体だ。

 その身体に着用されているのは黒のブラとパンツだけ……下着だけ?

 

「テメエ服をどこにやった!?」

「ご、誤解だよ……! 私が来たときにはもう下着姿だった……!」

 

 そんな事実はどこにもない。

 

「チッ、まあそういうことにしといてやるよ。で、今日はなんの用だ?」

「新しくできたケーキ屋に行こうと思って」

「そうか。アタシは寝るぞ」

 

 ベッドのそばに脱ぎ捨てられていた服を一ヶ所にまとめ、タンスから引っ張り出した適当な服を着てベッドにダイブする。

 するとクロは一緒に来てほしいと言わんばかりの眼差しを向けてきた。いや、そんな視線を向けられても寝ることに変わりはないんだが。

 

「早く帰れ。アタシは寝るんだ」

「起きるまで帰らない」

 

 なんて迷惑な奴なんだ。どんだけアタシとケーキ屋行きたいんだよお前。

 ……さっきからめちゃくちゃ寒いな。服を着た分マシにはなったが、それでもまだ外にいるような感じだ。ここ室内だよな?

 あまりの寒さにベッドへ潜り込んでいると、布団越しにクロの声が聞こえてきた。

 

「それとサツキ」

「んだよ」

「エアコンが壊れてたよ」

 

 どうやら起きるしかなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サツキ。昨夜も遅かったみたいだけど、どこに行ってたの?」

「……歓楽街だ」

 

 あのあとクロの協力もあって気合いと根性でベッドから抜け出し、冬用のパーカーを着てどうにか外出することに成功した。今は首都クラナガンから数キロほど離れた位置にある東北の歓楽街へ訪れている。

 まさかエアコンがイカれていたとは……どうりであんなに寒かったわけだ。

 しっかしあれ買ったばかりなのにどうして壊れたのだろうか。酷く弄った覚えはないのに。

 

「この……っ! つけオラ……っ!」

 

 とりあえずタバコを吸おうとしているのだが、オイルライターの火がつかない。出るのは小さな火花ばかりだ。

 仕方なくオイルライターをポケットに仕舞い、代わりにマッチで火をつけた。

 そろそろタバコも調達する必要がありそうだ。たまにはメンソール味がいいかな?

 

「……おいクロ」

「ん?」

「何だアレ?」

 

 一服したところで少し開けた道に入ると、数人の女子が目立つ格好で群れながら歩いていた。気のせいか、深夜にボコった奴らと似ているな。

 この街のことは何も知らないので野菜ジュースを飲んでいたクロに聞いてみると、いきなり苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

「…………お願いだから夜はまだしも、白昼にゴタゴタはやめて」

「まだなんもしてねえだろ」

 

 それだと今からアタシがアイツらにケンカを吹っ掛けてもおかしくないみてえな言い方じゃねえかコノヤロー。

 にしてもあの連中、群れているとはいえ随分と粋がってんな。今ヤクザみたいなのとすれ違ったけど特に何も言われてないっぽいし。

 服装は全員、どっかの学校の制服だ。某砲撃番長みたいなスケバンではない――いや、スケバンというよりレディースかあれは?

 

「とりあえず、目を合わせないように」

「……もう合ってるよ」

 

 目なんて初見の時点で合っている。ほら、今もアイツらこっち見てるし。

 

「じゃあ絡むのはやめて。ここで暴れられたらこの辺りにある美味しいケーキ屋に来れなくなる」

「ケーキ屋なんざどの街にもあんじゃねえか」

 

 ケーキをメインで販売している店舗なんて腐るほどある。アタシのこっちの地元にもあるし、クラナガンにもある。

 アタシの返答が気に入らなかったのか、クロはジト目で口を開いた。

 

「……ケーキを笑う者はケーキに泣く。ケーキには糖分とイチゴと生クリームと夢と希望がたっぷり詰まっている。ケーキを食べたいときに限ってお金はあるのにケーキがどこにもないと気づいたとき、サツキは有り難みを知ることになる」

「……………………そ、ソダネ」

 

 要約すると『私はケーキがこの上なく大好きです』ってことか。妙に哲学っぽく説明されても返事に困るだけだバカ。さすがのアタシもちょっと引いたぞコラ。

 てかあの連中なんなんだよ。ひょっとしてこの辺をシメてる奴らか?

 クロと会話を交わしているうちに互いの距離は縮まっていき、ついに真正面からすれ違って二、三歩歩いたところで立ち止まり、振り向いた。

 

「……何よ?」

「あ? テメエ何見てんだ――」

「ゴタゴタ禁止……!」

 

 群れているから余裕だと言わんばかりに嘲笑されたのでブチのめそうとしたら、クロが必死にアタシを制止してきた。

 アタシを嘲笑したリーダー格であろうボーイッシュな女とその取り巻きは、こちらを一瞬睨むとすぐに歩みを再開して立ち去っていく。

 嘲笑したかと思えば今度はガン飛ばしかよ。マジでケンカ売ってやがるな。

 

「サツキ……!」

「なんだよ急に」

 

 目的地の家電量販店に着くと、いきなり膨れっ面のクロに怒鳴られた。アタシなんかしたっけ?

 

「……白昼にゴタゴタはなしって言ったはずだけど。私の話、聞いてたの?」

「…………ペッ」

「うん。今ので聞いていないというのがよーくわかったよ」

 

 口内に溜まっていた唾を吐いただけなのに勝手に解釈された。まあ、聞いたところでそれを守るようなアタシではない。

 呆れたようにため息をついた金髪魔女は、周りを見渡してから小声で話しかけてきた。

 

「……いい? “ヒュドラ”にだけは手を出しちゃダメだよ」

「“ヒュドラ”?」

 

 なんだその伝説の生き物は。

 

「さっきあなたがブチのめそうとした女子校生のグループ名。どういうわけかあっち側の人達も一目置いている」

「へぇ……」

 

 クロの話によればこの街も昔は治安が良かったらしいのだが、なぜか今では“ヒュドラ”が堂々と徘徊するほど悪くなってしまったとのこと。

 まあ、アタシの地元は治安が良かったけどこの街以上に無法地帯だったから別に驚きはしない。

 こいつは暇潰しにちょうどいいな。まあ、今回はエアコンが目的だからそっちを優先しよう。

 

「ところでサツキ。――私とケーキ屋に行く約束、覚えてる?」

「行くとは言ったが約束はしてねえぞ」

「…………バカッ」

 

 このあと選択に二時間ほど掛けて買ったエアコンを無事に持って帰ることができたが、その途中で三回もナンパされたよ(クロが)。

 そして今日、アタシはエアコンの有り難みを生まれて初めて知ったのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 90

「……ケーキを笑う者はケーキに泣きゅッ!」
「…………」
「…………」
「…………おい」
「私、帰る……!」

 このあと数十分にも渡る攻防の末、クロを止めることに成功したのだった。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話「迅速果断」

「……おいクロ」

「……何?」

「――金がねえ」

 

 エアコンを買ってから二日後。家賃以外の金を払えなかったせいでエアコンはおろか、電気や水道が止められ使えなくなっていた。今はクロと一緒に歓楽街の道隅で座り込んでいる。

 さて、どうしたものか。最近は稼げるバイトがねえしなぁ……あるとしても水商売とかそういう類いのもんだ。()()調()()に関しては数日分の食費が精一杯だな。この時期じゃ。

 財布の中身を確認してみるも、そこには千円分のお札が一枚あるだけ。小銭すらない。ポイントカード? 一昨日来やがれ。

 

「……つまり飯を奢れと?」

「まだ朝だぞ」

 

 アタシに朝飯を二度も食えというのか。

 

「……そう言えば」

「? なんか秘策でもあんのか?」

「そんなものはない。昨日、ずっと家にいなかったけどどこで何してたの?」

「公園で寝てた」

 

 そうだそうだ。昨日はブラブラしすぎて疲れたから公園のベンチで寝たんだわ。

 野外で寝るのは何年ぶりだろうか。こういうケースは何度かあったからな。さすがにシャワーは浴びたぞ。今から一時間ほど前にクロの家で。

 じっと座っていても仕方がないので、求人やってそうな店を探そうと立ち上がったときだった。

 

「――あ、あいつよあいつ!」

 

 どこか聞き覚えのある声が聞こえてきたのは。

 何だと思ってアタシとクロが振り向いた先にいたのは、以前深夜の歓楽街でフルボッコにした女子のグループだった。……いや、前より数が多いな。もしかしてアイツらも“ヒュドラ”なのか?

 クロがアタシの後ろに隠れたのを確認し、その傷だらけの女共と対峙する。

 

「まだやられ足りねえのか」

「はぁ? そんなわけないでしょ?」

「ナメてるとマジで殺すわよ」

「はいはい、とりあえず落ち着きなさい。今回はやり合いに来たんじゃなくて、この街にあんたがいるって情報を耳にしたから通告しに来たのよ」

「通告だぁ?」

 

 どうやらマジでコイツらも“ヒュドラ”の連中っぽいな。しかもその言い方だともうアタシは標的にされてるってことか?

 後ろに隠れているクロの視線が痛い。まあ、あんだけ手は出すなって言ってたし当然か。

 傷跡が痛々しい黒の短髪は嫌な笑みを浮かべ、胸を張ってこう告げてきた。

 

 

「――“ヒュドラ”は動き出した。あんたがどこへ逃げようと必ず追いかけるわよ」

 

 

 そんなことだろうと思ったよ。ていうか、この手の通告って大体こんなもんだしな。

 アタシの服を掴んでいるクロの手に力が入り、震え出す。いやお前、その気になればこんな雑魚ども魔法やら呪術やらで何とかできるだろ。

 まだガキとはいえ、正統派魔女(トゥルーウィッチ)のクロがここまで怖がるんだ。少なくとも口だけの連中じゃないのは確かだ。

 

「おぉそっかそっか」

「……ナメてるでしょ? 死んでもぶっ!」

 

 いきなりししゃり出てきた青髪に頭突きを浴びせ、右の拳でぶん殴る。

 どのみち狙われてるんだから別に手を出しても問題はねえよな?

 数人ほど倒れた青髪の元へ駆け寄り、二人ほど彼女の前へ出てきた。

 

「大丈夫!?」

「くっ! 通告はしたからね!」

 

 小物臭い捨て台詞を吐くと、女共は気絶した青髪を抱えて走り去っていった。

 さてと……

 

「おい。そろそろ離れろ」

「…………」

 

 これは困った。クロが全然離れてくれない。このまま動こうにも服が伸びてしまうし動きづらい。どうしたものか。

 しっかし、まさか知らぬうちに“ヒュドラ”の連中をボコっていたとはね。悪い意味でなるようになっちまったわけだ。

 やむを得ずクロを無理やり引き剥がすことにした。そうでもしないと離れそうにないんで。

 

「離れろクソガキ……!」

「やだ……! 離れたくない……!」

 

 誰か助けてくれ。コイツ、まるでタコやイカみたいに張りついて離れる気配がない。

 

「アタシといたら巻き込まれるぞ……!」

「それでも、サツキのそばにいるのが一番安全だから……っ!」

「そもそもお前、狙われてねえだろ……!」

「サツキの次に狙われる……っ!」

 

 なんでアタシなんだよ。そこは警察か管理局にでも行けよ。十中八九そっちの方がどう考えても安全だろうが。

 そこまでしてアタシと一緒にいたいのか、クロは自分の使い魔であるプチデビルズを使役してアタシを妨害してきやがった。

 こんなことのためにわざわざ使い魔よこすか普通!? お前バカだろ!?

 

「あーもうっ! 邪魔だこんちくしょう!」

「ギターッ!?」

「ゲーッ!?」

 

 一旦クロの引き剥がしを中断し、プチデビルズを蹴散らすもすぐに復活された。

 それから数十分後、アタシの拳骨を受けたクロはようやく離れてくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんで……“ヒュドラ”ってどんな連中なんだよ?」

 

 公園のベンチにて、アタシは一服しながらもう一度クロから“ヒュドラ”について教えてもらうことにした。

 歓楽街一つをシマにしているような奴らだ。何も知らずにいるのはさすがにあかん。

 クロは決心したのか、真剣な表情になってアタシと向き合った。

 

「“ヒュドラ”はこの歓楽街を支配している女子校生の集団。数十人程度なのにやりたい放題しているし、前にも言ったけどあっち側の人達も一目置いている」

「……それだけか?」

「うん。後は二人のリーダー格がいるって話ぐらいかな」

 

 へぇ。ソイツらはやれそうだな。その話が本当ならちょっとは楽しめるか?

 あっち側の連中と繋がっているのは大方お金絡みだろう。肉体関係にしては数が多いからな。

 これ以上は聞いても意味がなさそうなので、話題を変えることにする。

 

「ところでさ、お前は正統派魔女の末裔で記憶継承者だよな?」

「……それがどうしたの?」

「なんで聖王と覇王を恨んでるんだよ」

 

 コイツは古代ベルカに存在した魔女クロゼルグとやらの末裔らしく、ご先祖の記憶だけでなく恨みや憎しみまで引き継いでいる。

 

「――私を、私を見捨てたあの王達が許せないから。だから次に会ったときは呪ってやる」

 

 怒りの籠った声で静かにそう答えるクロ。金色の瞳には普段の彼女からは想像もできないほどの私怨が感じられる。

 私を、ねぇ。別にお前自身が見捨てられたわけじゃないだろうに……ややこしいことをしてくれるな、古代ベルカの連中は。魔女クロゼルグといい、エレミアといい、その聖王や覇王といい、ろくな奴がいなさそうだ。

 まあ、これはあくまでコイツの問題だからアタシには関係ねえな。

 それとクロは気づいていないが、さっきから後ろの方が騒がしい。そろそろか。

 

「――伏せろ」

「んっ!?」

 

 アタシは屈むと同時にクロの胸ぐらを掴み、無理やり屈ませる。

 すると一瞬前までアタシ達の頭があったその高さを、鉄パイプのようなものが風切り音と共に通過していく。

 急いで後ろを振り向くと、レディースの格好をした女子校生が五人ほど武器を持って構えていた。さっき通告してきたと思ったらもう仕掛けてきたか。まさに迅速果断ってやつだな。

 

「意外と近くにいたのね。驚きだわ」

「ほう、わざわざ命を捨てに来たか」

「奪いに来たのよ。あんたの命をね!」

 

 その直後、後頭部に鈍い音が響き渡る。なんか殴打されたっぽい。

 クロの方を見てみると、三人の女と箒に乗ったクロが魔法戦を繰り広げていた。……さすがに管理局が動くだろこれ。

 できるだけ早急に済ませるため、まず手始めにアタシの後頭部を殴った女を殴り飛ばす。次にセミロングの女が放った蹴りを脇腹に食らうもすぐに肘打ちをかまし、不意討ちを仕掛けた張本人であろうツインテールの女に前蹴りを入れる。

 

「チッ……!?」

 

 いきなり後ろへ引っ張られるような感覚を覚え、右手に視線を向けるとバインドが掛けられていた。すぐさま振りほどこうとするも顔面に拳を打ち込まれ、懐へ蹴りをブチ込まれてしまう。

 バインドを掛けられるのは今回が初めてじゃない。けど、右手にだけ掛けられたのは初めてだ。無駄に細かい技術を使いやがる。

 かといって不利になったわけでもない。さっさと雑魚共をぶっ潰すだけだ。

 

「オラァッ!」

「ぐぇっ!?」

 

 右手に掛けられたバインドをそのまま放置し、起き上がったセミロングの顎を蹴飛ばす。

 続いて背後から裸締めを仕掛けてきた短髪へ頭突きを食らわせ、懐へ後ろ蹴りを入れて沈める。

 クロの方も少し傷ついてはいたが、どうにか敵を退けていた。……頃合いか。

 

「よいしょ」

 

 右手のバインドを軽く振りほどき、脚を震わせながらも立ち上がったツインテールの女と向き合う。とりあえずコイツで最後だな。

 

「あたしを倒したところで、何も変わらないわ……! あんたは一生追われる身よ……!」

「ああそうかい。まっ、どっちにしろムカつくからブチのめすだけだ!」

「おぶっ!」

 

 ツインテールの女を殴り飛ばし、口元を拭きながらクロと合流する。

 一生追われるのなら、こっちから出向いてぶっ潰してやるよ。

 

「……終わった?」

「見りゃわかんだろ」

 

 と言って周りを見渡す。そこにあるのは屍となった女共だけだ。

 これからどうしようか……いやまあ、やることは決まってるんだがな。

 クロの小さな頭を軽く撫で、口に溜まった痰を吐き出す。

 

「“ヒュドラ”の拠点はどこだ?」

「……歓楽街のどこか。それしかわからない」

「この役立たずが」

「……私は知恵袋じゃない。だからサツキの知りたいことに何でも答えられるわけじゃないよ」

 

 そりゃそうか。変なものを継承してるとはいえ、お前も人間だからなぁ。

 明日は休もう。さすがの連中も毎日襲ってくることはないだろうし。

 メンソール味のタバコを吸いながら、アタシは空を見上げるのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話「お節介な魔女」

「ふぁ~……」

 

 “ヒュドラ”の奇襲を受けてから三日。アタシは公園のベンチで目を覚ました。

 なんかこのベンチ、フカフカじゃないのにちょっと寝心地がいいぞ。慣れって怖い。

 まずは身体を洗わなければ。せっかくなので腐れ縁の番長を訪ねようと思ったときだった。

 

「……おはよう」

 

 またクロか。ていうかコイツ、最近アタシにベッタリ過ぎるだろ。他に友達いねえのか。

 上半身を起こし、軽く周りを見渡してからクロの頭を撫でる。撫でられたクロは目を細め、幼い子猫のように頭をスリスリと擦りつけてきた。そんなに気持ちいいのか。

 そういえばここ最近、一人でいた記憶がない。常にコイツが一緒だったな。まあそういう関係だから仕方ないと言えば仕方ないんだけど。

 

「お前、もしかして暇なのか?」

「サツキにだけは言われたくない」

 

 否定できないのが心底悔しい。

 

「今度はなんの用だ?」

「友達の様子を見に来ているんだけど……何か問題でも?」

 

 いつアタシがお前と友達になったよ。あくまでそれに近い関係だって言ったろうが。

 背伸びをしながら立ち上がった瞬間、お腹からお決まりの音が聞こえてきた。そういや昨日もまともな飯食えなかったんだよなぁ。

 

「クロ。なんか食い物ねえか?」

「…………そう言うと思って買ってきた」

 

 少し呆れながらも、クロは一つの箱を差し出してきた。気のせいか甘い匂いがする。

 首を軽く鳴らしつつ、クロから箱を受け取って中身を確認してみると……

 

「うん。だろうと思った」

 

 案の定、ショートケーキだった。なんで朝からケーキ食わなきゃなんねえんだよ。いや、食えるだけマシだけどさ。

 一緒に入っていたフォークを持ち、てっぺんのイチゴに刺してそれを頬張る。

 やっぱりイチゴは甘いな……けど、これ味が薄い。前に食ったやつの方が美味かった。

 

「……どう?」

「イチゴの味が薄い」

 

 それ以外は普通に美味しいのに、イチゴの味の薄さで台無しになっている。

 ケーキに限らず、食べ物ってのは一つの要素が外れるだけで旨みが軽減されるんだよね。

 アタシの答えが良かったのか、そうだろそうだろって感じで頭を縦に振るクロ。

 

「……やっぱりサツキは同志だよ」

「勝手に同志にしてんじゃねえ」

 

 今回は意見が一致したに過ぎない。それだけで同志って言われてもなぁ。

 ケーキを食べ終わったアタシはポケットからタバコを取り出し、クロにオイルを補給してもらったライターで火をつけた。

 ふぅ~と煙を吐きながら、今日の行き先を考える。いやまずはシャワーだけど。

 

「…………早く私の家へ」

「お前はエスパーか」

「違う。だって正直、少し臭うから」

 

 事実とはいえ、実際に言われると傷つくもんだな。ズキッときたぞコラ。

 とにかくやることは決まった。シャワーを浴びたら飲み物を調達しよう。

 一服し終えたアタシは、鼻を摘まみながら歩くクロの後へ続いた。……そこまで臭うのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……サツキ。早くこっちへ」

 

 翌日。アタシとクロはコソコソしながら街をうろついていた。

 どうもあの日以来、連中の動きが見てわかるほど活発になってきているのだ。この四日間で五回も襲撃を受けたよ。

 アタシはもちろん、クロも目立つほどの傷を口元に負っている。幸いにも治る程度のものだが。

 

「なんで他の街にまで来てるんだよアイツら」

「連中はこう言ってた。どこへ逃げようと必ず追いかける……って」

 

 あのときは軽く聞き流していたが、まさか本格的に行動範囲を広げてくるとは思いもしなかった。こんなに大胆な奴らは久々だよ。

 そのせいで家に帰ることすらできない。見つかれば一貫の終わりだからな。我が家が。

 もういっそのこと、次の支払いまで我が家は放置するか? いても気温が外と変わらないし。

 

「ここ路地裏だけど大丈夫か?」

「……サツキがいるから大丈夫」

 

 アタシは囮かコノヤロー。

 

「つーかさ、いずれ見つかるだろこれ」

「一日でも多く生きる。今はそれしか考えてなかったから……」

 

 何その逃○中的なサバイバルは。クロの表情でその考えが本気なのはわかるが。

 生き延びるために逃げる。別にそれが間違ってるとは言わねえよ。

 

「やっぱり片っ端からブチのめすか。コソコソすんのは性に合わねえわ」

「…………キリがないと思うけど」

「あのなクロ。連中は無限に沸いてるわけじゃねえんだ。出所を潰せばこのコソコソ劇も終わる。だから今の方がキリはないんだよ」

 

 どこへ逃げようと追いかけてくるんだ。おそらく聖王教会や別の世界へ逃げても結果は同じだろう。それに加え、逃げるのはアタシの癪に障る。

 クロもアタシの言い分に納得してくれたのか、ため息をつきながらも肯定した。

 そうと決まればさっそく逆襲開始だ。生まれてきたことを後悔させてやる。

 

「行くぞクロ!」

「が……ッ!」

 

 そう言うと同時に、背後に迫っていた一人の女を叩きのめす。

 ほら言わんこっちゃない。数は少ないけど狭い路地裏というのもあって囲まれてるぞ。

 やっとその事に気づいたのか、アタシと背中を合わせる形になるクロ。

 

「………………おい」

「何? 今は話してる場合じゃ――」

「邪魔だバカ」

 

 これは邪魔すぎる。徒手格闘の使い手とかならまだしも、コイツはあくまで魔女。正統派の魔女がステゴロで戦えるなんて聞いたこともない。

 敵の方は何かと怒鳴っているが、どうでもいいのでほとんど聞き流している。

 クロはむ~と言わんばかりに不機嫌な顔になった。そういうのは後にしてくれ。

 

「…………ひどい」

「ほざけ。とりあえずここから出るぞ」

 

 数が少なくても場所的に不利だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アイツ遅えな」

 

 一時間後。蹴散らせば蹴散らすほど増える連中に手こずりはしたが、どうにか路地裏から脱出することに成功した。

 が、途中で別れたクロがまだ来ない。ホントなら今ごろ合流してるはずなんだけど。

 まさか拉致られちゃった? アイツに限ってそんなことは……あり得るな。

 

「めんどくせえな」

 

 仮にクロが“ヒュドラ”に拉致られたとしよう。連中のアジトはわからないし、電気が止められているから通信端末も使えない。

 ……おい詰んだぞこれ。電気代払っとけば良かったって改めて思ったじゃんか。

 クロが近くにいないか集中してみてはいるが、それらしき気配は感じられない。もちろん臭いもしなければ音も聞こえてこない。

 

(足で探すしかないか……)

 

 そう思って一歩踏み出した瞬間、右側からバイクのエンジン音が聞こえてきた。

 ただ聞こえただけなら気にしないが、今聞こえたやつは距離的に近すぎる。明らかにアタシを呼んでいるような音だ。

 ゆっくり振り向いてみると、そこそこ大きなバイクに乗った女がこちらを見ていた。

 

「――やあ、いつ以来かな?」

 

 馴れ馴れしく挨拶してきたソイツは、以前アタシを嘲笑ったボーイッシュな女だった。

 レディースがバイクに乗るって……暴走族か愚連隊かよ。

 アタシが警戒しつつ睨んでいると、女は軽く笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「君の友達、ウチで預かってるから」

 

 これはラッキーだ。コイツからアジトの場所を聞き出せたらクロの居場所も掴める。

 てかクロの奴、マジで拉致られていたのかよ。可能性はあると考えていたし、現に捜索しようともしたけど……そうか、拉致られちゃったか。

 

「……お前らの相手はアタシだろ?」

「もちろん。だからあの子を利用させてもらうことにしたんだよ。私達“ヒュドラ”の狙いはあくまでも君だからね、“死戦女神”」

 

 その名前を出すってことはとことんガチみてえだな。しかも初めて会ったときとはまるで雰囲気が違う。こっちが素のようだ。

 それにしても、クロを餌にしてアタシを誘い出すってやり方か。古典的かつ典型的だけど、これがアタシ以外なら有効な手段ではある。

 女はついてこいという感じで首をクイってやると、軽くエンジンを鳴らして走り出した。

 

「……ご丁寧にスピードまで落とすか、男女」

「まあね。それと私の名前はカマロだ」

 

 バイクでゆっくりと走る男女、カマロの後へついていきながら一服する。

 太陽は沈みそうな状態――もう夕方になっていた。時間が経つのは早いな。

 周りの視線がめちゃくちゃ突き刺さる。アタシが悪いのかこれ。

 

「まあ、やっと見つかったわけだ……」

 

 カマロを見失いさえしなければ“ヒュドラ”のアジトに着ける。

 けどまあ、コイツはリーダー格じゃなさそうだな。リーダー自らが出しゃばるのは稀だし。

 そのリーダー格で思い出したが、あの噂は本当なのだろうか。

 

「おい」

「何よ?」

「お前んとこ、リーダーが二人いるって話は本当か?」

「本当だよ。一人はクロマ、もう一人が私だよ」

 

 へぇ、お前もリーダー格だったのか。それなりの地位は持ってるとは思っていたが。そんで、もう一人はクロマって名前か。

 早く着いてほしいと思いつつ、アタシは沈んでいく夕陽を眺めるのだった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話「ヒュドラと死線女神」

 完全に日が暮れ、空がお星様でいっぱいになった頃。“ヒュドラ”のリーダー格の一人でボーイッシュな外見のカマロについていったアタシは、ようやく連中の拠点らしき廃墟のような溜まり場に来ていた。

 まさか歓楽街のど真ん中にこんなところがあったとはね。よくバレなかったものだ。

 しかしまだ拠点に着いたわけではないらしく、そこへ続いているであろう道を歩いている。

 

「着いたよ」

 

 少し開けた場所に着いた途端、奥の方にバイクを停め、こっちへ振り向くカマロ。

 アタシも立ち止まって周りを見渡してみる。

 広場の隅っこには木製のテーブルと椅子がいくつか配置されており、ドラム缶のようなものもある。そして数十人はいるであろう女子校生が一定の距離を保ちながらアタシを囲っていた。

 

「――へぇ、意外と子供なんだね」

「あ?」

 

 妙にのほほんとした声が聞こえた方へ視線を向けると、アタシに勝るとも劣らない体格のカマロよりさらに一回り体格の良い女がちょっとした高台に座っていた。めっちゃ見下ろしてやがる。

 銀髪のポニーテールをしたその女はカマロと同等の雰囲気を纏っており、他とは明らかに格が違うというのがよくわかる。

 つまり……アイツが“ヒュドラ”のリーダー格二号のクロマで間違いないだろう。

 

「お前がクロマか」

「私の名前を知ってる君が“死戦女神”~?」

 

 とりあえず「そうだ」と適当に返す。なぜ自分の名前を知っているだけでアタシが“死戦女神”だと判断したのだろうか。

 そういや拉致られたクロはどこにいるんだ? まさかデマだったり――

 

「おっ?」

 

 もう一度周りを見渡してみると、カマロが停めたバイクの近くに金髪の幼女が倒れていた。

 拉致られる前よりも顔の傷が多くなっているけど、見間違うわけがない。あれはクロだ。意識はないようだが、お腹の動きが寝ているときのそれなので死んではいないようだ。

 クロの無事を確認したところでカマロを一瞥し、クロマへ視線を戻す。

 

「カマロから聞いたが、テメエらの狙いがアタシってのはどういうことだ?」

「“死戦女神”はこの界隈じゃその名を知らない者はいないほどの有名人でさ……畏怖を抱く奴もいれば、敬意を払う奴もいるんだよ」

 

 そいつは驚きだ。アタシのような奴に敬意を払うバカがいるなんて。

 一旦言葉を句切ったクロマは、両足をブラブラと動かしながら「でもね」と続ける。

 

「――私達“ヒュドラ”が黙って道の真ん中を歩くには邪魔でしかないの。目障りなんだよ、君」

「……それはこっちのセリフだボケ。だからこうして終わらせに来たんだろうが」

 

 アタシの返答を聞いて嬉しそうにケラケラと笑うクロマ。何が嬉しいんだ?

 

「活きがいいねぇ~。それでこそ殺り甲斐ってものがあるんだよ」

 

 胆が座っているのか、あるいはただのバカなのか。クロマは余裕の笑みを崩さない。

 もうお喋りはいいだろう。こうしている時間がもったいなくて仕方がねえんだわ。

 

 

 

「――全部壊してゼロにしてやるよ」

 

 

 

 その一言が引き金となった。

 拳を振るってきた女子の一人を鋭い蹴りで吹っ飛ばした直後、恐るべき正確さで繰り出された左のハイキックを咄嗟に右腕で防いだ。

 危ねえな。防いでなかったら右の頬が真っ赤に腫れて大変なことになってたぞ。

 アタシは静かに蹴りを放った張本人、カマロへ視線を向ける。

 

「あんたの相手はこっちよ」

 

 そう言ってアタシの意識を自分へと向けさせるカマロ。……なるほど、タイマンか。

 

「少しはマシな奴が“ヒュドラ”にもいたか」

「一人で戦う自分はカッコいいってやつかしら? 形はどうであれ、人は助け合うものよ」

 

 一瞬だけ迷ったが、ムカついたので彼女の挑発に乗ることにした。強そうな奴と殴り合うのは久々だからちょっと楽しみだぜ。

 少し足を開き、胸元で小さく構えるカマロ。周りの奴らは……手を出してくる気配はない。

 手を出してくるならまとめてブチ殺すところだが、そうでないなら後回しだ。

 

「ふぁ~……テメエらの場合は『群れなきゃ生きれねえ』ってやつだろうが」

 

 アタシはあくびし終えると同時にカマロへ殴り掛かった。

 手加減なしで繰り出した右拳がカマロの顔面に突き刺さり、続いて放った右フックも命中する。

 カマロは少しふらついたものの、それらを余裕で耐えていた。お返しだと言わんばかりに腹部へ蹴りを入れ、アタシが怯んだところを狙ってアッパーカットをご丁寧に顎へ打ち込んできた。

 一瞬倒れそうになるもどうにか持ちこたえたアタシは負けじと頭突きを浴びせ、胸元へ繰り出した前蹴りでカマロを張っ倒す。

 次にマウントを奪ってタコ殴りにしようと右脚を掴んだ瞬間、顔に何か熱い弾丸のようなものが直撃。思わず掴んだ右脚を離してしまう。

 

「よいしょっ!」

 

 その隙に立ち上がるとすぐさまアタシの身体を両腕で持ち上げ、数メートルほどの位置に置いてあるドラム缶目掛けて投げ飛ばすカマロ。投げ飛ばされたアタシは頭からドラム缶に激突した。

 身体に乗っかったドラム缶をどかし、ダメージで重くなった身体を起こして額から流れ出る血を拭き取る。

 それにしても顔が火傷したかのように熱い。この季節にしては異様に熱い。

 

「…………炎熱か」

 

 某砲撃番長やバトルジャンキーのおっぱい剣士と同じ変換資質だ。その手の属性としてはメジャーな方である。

 しかし、今の季節に暖房よりも熱いものは温度差的な問題で危ない。下手すれば心筋梗塞や脳梗塞を引き起こしかねないのだから。

 体勢を整え、もう一度胸元へ前蹴りを叩き込もうとするも今度は軽くいなされる――が、間髪入れずに懐へ後ろ蹴りを入れる。

 次に振り返って左腕を薙ぐも、炎熱を纏った右腕でガードされた。チッ、当たっていれば首が刈れていたかもしれないのに。

 薙いだ左腕を引っ込めると同時にカマロの顔面へ右拳を打ち出す。これは当たるかと思ったが見事に受け止められ、空いていた右の拳に炎熱を纏った一撃を食らわされた。

 

「全く、熱いったらありゃしねえ……」

 

 凍結ならまだしも、季節的には暖房の代わりになるからご褒美に……なるわけがなく、ダメージにしかなっていない。

 切れた口元を拭き、握り込んだ左の拳を少し大振りで繰り出す。

 カマロは上体を軽く反らして拳を回避し、そのまま膝蹴りの連打を懐へ叩き込んできた。なす術もなくそれを食らったアタシは退かすように投げ出され、豪快な炎熱の空中蹴りで地面に叩きつけられてしまった。

 

「がは……」

 

 伸し掛かるように叩きつけられたので息が詰まり、思わず吐血してしまう。

 ただでさえ熱いのに空中蹴りかますかよ。お腹の部分が焼けて素肌丸出しになっちまったじゃねえか。風邪引いたらどうすんだよ。

 

「もう終わり?」

 

 息を切らしながらも、余裕のある笑みを浮かべるカマロ。まだ余裕だと言いたいが、次に控えているであろう集団とクロマのことを考えると余裕とは言い難い。

 まあ、今はコイツをブチのめすことだけ考えよう。なるようになれ。

 アタシは立ち上がるとハイキックを左右ほぼ同時にぶつけ、空中蹴りを食らわされたお返しに跳び後ろ回し蹴りを顔面へ繰り出した。ハイキックは完璧に防いだカマロだったが、この蹴りだけは防げずガードごと吹っ飛んだ。

 ……あのハイキックを防ぐか。あれ防いだ奴は今まで一人もいなかったのに。

 

(……もう少しだけ本気でやるか)

 

 この調子だと持久戦になりそうだ。かといって短期戦には持ち込めそうにもない。

 体勢を整えたカマロの懐へ突っ込むが受け止められ、膝蹴りからの右ストレートを打ち込まれるもまずは二発目を左腕でガード。続いて右のボディブローを二発ブチ込み、左拳を一発顔に入れてから前蹴りを鳩尾へ叩き込んだ。

 やられ過ぎて腹が立ったのか、踏ん張ったカマロはどこか怒った感じで炎熱の右拳を繰り出す。

 その拳を受けきるところまでは良かったが、一瞬たりとも反撃させたくないのか炎熱の左腕とハイキックをほぼ同時に放ってきた。

 さすがのアタシもこれは防ぎようがなく、ガードの上からあっさり押されて再びドラム缶目掛けて蹴飛ばされてしまい、三つほどドラム缶を巻き込んでぶっ倒れた。

 

「……お前は、アタシをドラム缶とくっつける趣味でもあんのか?」

 

 ちょっと呆れながらまた乗っかったドラム缶をどかし、さっきよりも軽快に起き上がる。

 カマロは怒りの表情を浮かべているが、動きは至って冷静だ。そんな彼女の懐目掛けてタックルを繰り出すも、やっぱり受け止められてしまう。

 そのまま膝蹴りをぶつけてきたが、二度も同じ手を食うのはごめんなので左腕で防ぐ。すると今度は肘打ちらしき攻撃を三連続で打ち込まれ、呆気なく引き剥がされてしまった。

 急いで上半身を起こし、握り込んでいた左の拳を手加減なしで叩き込む。カマロもそれに応えるかのように微笑み、炎熱の拳を振るってきた。

 それを耐えきったアタシも休む暇を与えまいと頭突きをお見舞いし、右の掌底をブチ込んだ。

 

「んなろ――!?」

 

 テンポよく放った左の蹴りを右腕で受け止められ、右拳からのハイキックというコンビネーションをモロに食らってしまった。

 見事にぶっ倒れたアタシはすかさずカマロが繰り出した蹴りを受け止め、立ち上がると同時に彼女をドラム缶目掛けて投げ飛ばす。

 上半身を起こしたカマロの胸ぐらを掴んで持ち上げ、頭突きを二発浴びせてから顔面に膝蹴りを叩き込んだ。

 

「この……!」

「一生喋んなクソが!」

 

 カマロがやっと口を開くもすぐに黙らせるべく横から膝蹴りを叩き込み、お返しのハイキックをこれまたテンポよくぶつける。

 そして口元の血を拭きすらしないカマロを殴りつけるも意に介しておらず、逆に鳩尾へ膝蹴りをひたすら連続でブチ込まれ続けた。

 十発ほどブチ込まれたところで引き剥がされて息ができるようになったのも束の間、今度は炎熱を纏った左の踵落としを鼻っ面に叩き込まれた。

 

「いってぇ……」

 

 鼻っ面に叩き込まれたことで必然的に倒れたアタシは鼻が折れていないか確かめる。

 ……よし。感触的に顔は傷だらけだが折れてはいない。整形は必要なさそうだ。

 せっかくなので両腕も確認してみると、炎熱によって長袖が半袖になっていた。

 

「まあいいか……」

 

 そろそろマジでブチのめすとしよう。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話「お返し」

「んにゃろっ!」

 

 カマロに渾身の頭突きをお見舞いし、彼女が大きくよろけたところで今度は軽くジャンプして頭突きを食らわせる。

 倒れそうになるもギリギリ踏ん張ったカマロは懐へ前蹴りを入れてきた。が、これを余裕で耐えたアタシは再度頭突きを浴びせ、炎熱の拳を放とうとしていたカマロをラリアットで張っ倒す。

 彼女の懐を一撃踏みつけ、次に本気で顔面を踏み潰そうとした瞬間、視界が真っ赤に染まって火傷を負ったかのような痛みが走った。

 

「隙……ありっ!」

 

 視界が元に戻ったかと思えばいきなり炎の拳を叩き込まれ、炎熱の魔力弾を至近距離から腹部へ撃ち込まれてしまう。

 数メートルほど引き下がるも壁に激突する寸前で踏み止まり、その壁を蹴って跳ね上がることで宙を切り裂く。そして開いていた距離をゼロへと縮め、力いっぱい左腕を振り下ろす。

 振り下ろした左腕は炎熱を纏った右腕でガードされるも、その隙をついてボディブローを打ち込み、怯んだカマロを近くにあったテーブルへ顔面から思いっきり叩きつける。

 何度も何度も手加減なしで叩きつけ、途中で拳を二発打ち込み、そしてまた何度も叩きつける。それをひたすら繰り返し、テーブルが負荷に耐えきれず壊れたところでぐったりとしたカマロを投げ捨て、助走をつけてから右の拳をブチ込んだ。

 彼女の顔面は血だらけになっていたが、そんなことに構うようなアタシではない。

 

「うぐ……こはっ!」

 

 血反吐を吐き、痛みでガクガク震えながらも必死に立ち上がろうとするカマロ。

 口内に溜まっていた痰を吐き、荒れていた息を落ち着いて整える。

 立ち上がったカマロは右手を突き出すと、そこから炎熱の弾幕を連射してきた。

 その一つ一つを丁寧に弾いていき、拳が届く距離へ到達する。そしてトドメの一撃をブチ込もうと左の拳を振り上げたが、それを振り下ろす前にカマロの、おそらく全力の一撃であろう炎熱の拳が顔面へモロに直撃してしまった。

 

「ッ!?」

 

 さっきよりも吹っ飛ばされるはめになり、ドラム缶や椅子を巻き込んで今度こそ壁に激突する。

 いってぇなおい……奥歯がおかしくなっちまったじゃねえか。頬も切れてるっぽいし、お腹にはちょっとだけ焦げ跡のようなもんがあるし。

 身体の上に乗っかったドラム缶――ではなく、椅子をどかして立ち上がり、

 

「――ウオラァッ!」

 

 渾身の飛び蹴りをカマロへ叩き込んだ。

 これを食らったカマロは仰向けにぶっ倒れ、ついにその場から動かなくなった。

 ヤベェ、あの野郎が予想以上に強かったせいで疲れた。ちょっとフラフラするわ……。

 

「……カマロ~?」

 

 倒されたカマロへのほほんとした声を掛けたのはもう一人のリーダー格、クロマだ。

 アタシが乱れた息を整えている間にも、両足をブラブラさせながらマイペースに「おーい、カマロってば~」と呟くクロマ。

 手っ取り早く終わらせるならリーダー格のアイツを潰せばいいか? けど周りの雑魚共も邪魔だしなぁ……まっ、しょうがねえや。

 

「おいゴラァ――ッ!?」

 

 クロマを潰すべく一歩踏み出すも、背後から鉄パイプのようなもので殴打された。

 後ろを振り向くと、さっきまでじっとしていた下っ端の女たちがそれぞれ武器を持って動き出していた。獲物は弱らせてから仕留めるってか?

 再度振るわれた鉄パイプを受け止め、ふらつきながらもそれを振るった女を殴り飛ばす。続いて別の女が脇腹へ繰り出した蹴りを左腕でガードし、エルボーでその脚を潰してから前蹴りを女の鳩尾へ叩き込む。

 しかし連中は休ませてくれず、次々と湧いてくる。お前らは黒ツヤかっての。

 

「落ちなさいっ!」

「クソが……!」

 

 右から振り下ろされた鉄パイプを受け止めようとするも失敗して両腕に直撃してしまったが、鉄パイプを振り下ろした張本人へ拳を打ち込んだ。

 数が多いって厄介だな。この感覚、長い間忘れていたよ。

 さらに間髪入れず殴り掛かってきた短髪の女をハイキックで沈め、近くまで迫っていたロングヘアーの女に頭突きをお見舞いし、もう一発ブチかまそうと胸ぐらを――

 

「おぶふっ!?」

 

 ――掴んだ瞬間、左から電撃を纏った強烈な蹴りがアタシを襲った。

 その蹴りをモロに食らい、踏ん張ることすらできずに倒れてしまう。

 チィッ、ただ痛いだけならまだしも炎熱の次はビリビリかよクソッタレ……。

 ぎこちない動きでどうにか立ち上がると、さっきまでのんびり座っていたクロマが目の前に立っていた。今の蹴りを食らうまでこれっぽっちも気配を感じなかったぞ……。

 

「お返し~」

「お返し……何の?」

「カマロの」

「…………おぅ、そうかいそうかい」

 

 とりあえずぶっ殺すか。そう思って若干大振りの拳を放つもあっさりと避けられ、電撃の拳を顔面に打ち込まれる。

 顔中が痺れ、思わず膝をつきそうになるもすぐさま体勢を整えてハイキックを放つ――が、これも軽々と受け止められてしまい、電撃を纏った拳の連打を素肌丸出しの腹部へ叩き込まれた。

 血反吐を吐いて視界がぼやけながらも倒れまいと必死に踏ん張り、拳の連打を繰り出す。

 

「ありゃりゃ~遅い遅い」

 

 しかし、クロマは楽しそうに笑いながら最小限の動作で拳を回避していき、電撃の肘打ちからの右ストレートでアタシを壁まで吹っ飛ばした。

 左手で額から流れる血を拭き取り、歯を食い縛ってめり込んだ右腕を引き抜く。

 フラフラしながらクロマへ近づいたが、今度は立ち止まったところを前蹴りで張っ倒され、電撃を纏った右の拳でひたすら顔面を殴られた。

 

「チッ――がぁっ!?」

 

 ゆっくりと起き上がろうとしたら踏みつけられ、再び右拳で殴られ続ける。

 このままじゃ顔面の原型がなくなる。いや、それどころか死ぬ。

 とうとう焦りを感じたアタシは口内に溜まっていた血をクロマへ吐きかけ、彼女がそれを拭いている間に立って鋭い蹴りを放つ。足の甲がクロマの鳩尾を捉えた――かと思いきや、惜しくも当たる寸前で空を切っていた。

 どこに消えたのか確かめるべく視野を広げ、気配を感じ取ろうとしたが……

 

「女の子の顔に血を吐くなんて失礼だよっ!」

 

 そんな声が聞こえると同時に後ろから蹴りらしき攻撃をかまされ、アタシが振り向いたところをクロマはどこからともなく取り出した短めの鉄パイプでぶん殴ってきた。

 異様な速さで迫る鉄パイプをどうにか受け止めるも、その隙にスタンガンを強化したかのような一撃を叩き込まれて少し悶絶してしまう。

 

「こんにゃろ……」

 

 それでも諦めずに持ちこたえ、電撃による痺れを我慢しつつ握り込んだ左の拳を――

 

「へやぁっ!」

 

 振り上げる前に掌底を打ち込まれて数メートルほど引き下がってしまい、何とか踏み止まると同時に豪快な空中蹴りが、アタシの懐へ炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………さ、サツキ……?」

 

 金髪金眼の正統派魔女(トゥルーウィッチ)、ファビア・クロゼルグは呆然としていた。

 それもそのはず、おそらく自分を助けに来たであろう友達――に近い関係の緒方サツキが、たった今目の前で倒されたのだから。

 出会ってから二週間も経っていないので把握していないこともあるが、映像越しで見たサツキの強さは自分なりにわかっているつもりだ。インターミドルをほぼ魔法抜きで勝ち上がり、本戦の決勝ではあのエレミアをも圧倒した。

 そんな彼女が倒される姿を、ファビアは意識を取り戻すと同時に目撃したのだ。

 

「……ピース~」

 

 呑気に下っ端の女子へ二本の指を立てているのはサツキを仕留めた張本人であり、女子校生だけで構成された集団“ヒュドラ”のもう一人のリーダー格でもあるクロマだった。

 せめてサツキの安否を確認するために起き上がろうとするも、身体に蓄積されたダメージと恐怖心のせいで動くことができない。

 使い魔のプチデビルズはファビアのそばでぐったりとしている。使役は難しいだろう。

 

「健気だねぇ~」

「ごは……っ!」

 

 そう言ってファビアの小さな身体を容赦なく蹴りつけるクロマ。爪先が腹部を抉るように食い込み、反射的に嘔吐しそうになる。

 目に涙を溜め、咳き込みながらクロマを睨みつけるも全く意に介されない。

 少し震えながらも残った力で動こうとするが、やはり身体が言うことを聞いてくれなかった。

 

「はぁ~……もういいや」

「が――!?」

 

 興醒めしたらしいクロマはため息をつくと、片手でファビアを持ち上げ、愉しそうに微笑みながら首を絞め出した。

 親指で気管を、人差し指で頸動脈を、中指で頸静脈を圧迫し、真正面から喉を潰す。

 最初はできるだけ抵抗したものの、次第に肺から酸素がしぼり出されていき、視界がぼやけ始めたところでそれをやめてしまう。

 ぼやけた視界に浮かんできたのは継承された古代ベルカの記憶、そして――先ほどクロマに倒されたサツキの姿だった。

 まだだ。やり残したことがたくさんある。やりきるまでは死ねない……!

 

「ぐ……ぁ……!」

「へぇ~、まだそんな力があるんだ」

 

 再び抵抗を始めたファビアに少しばかり感心するクロマだが、首を絞める手を緩めはしない。

 いよいよファビアの息の根を止めるべく、手っ取り早くするため両手を使おうと――

 

 

「ぎゃぁっ!?」

 

 

 ――左手に力を込めた瞬間、突如吹っ飛んできた下っ端の女がドラム缶に激突した。

 何事かと思い、ファビアを解放して一旦扼殺を中断するクロマ。

 呼吸が自由を取り戻したものの身体が地面に落下し、叩きつけられるファビア。

 

「…………マジか」

 

 何かを見て信じられないといった感じで呟くクロマ。そんな彼女の視線を追ってみると、さっきまで倒れていた少女の姿が目に入った。

 

「…………」

 

 その少女――緒方サツキは拳を突き出したまま微動だにせず、意識があるのかも疑わしい。

 だが、むせ返るファビアからすればサツキの意識があることを願わずにはいられなかった。

 そしてそれは、不審に思った別の下っ端が彼女に近寄ったことで確信へと変わる。

 

「ごはっ!?」

 

 下っ端がサツキに触れた瞬間、殴り飛ばされたかのように吹っ飛ばされ、拳を繰り出したであろう彼女がこちらに向かってきたのだ。

 正直信じられないとは思うが、それ以上に安心してしまうファビア。

 だが、サツキとの付き合いがそんなに長くない彼女はまだ知らなかった。

 

「やっと動けるようになったわ~……」

 

 

 

 

 ――サツキの本当の強さを。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話「最強vs極悪」

「…………」

 

 意識を取り戻したアタシの視界に入ってきたのは、雲一つない夜の綺麗な星空だった。

 なんで地面に寝そべってるんだっけか……あ、そうだそうだ。“ヒュドラ”のリーダー格、クロマに散々ボコられたせいだわ。

 一体あれからどれだけ時間が経ったのだろうか。痺れがなくなったおかげでさっきよりも身体は軽くなっているが、ダメージはまだ残っている。それに今のままだと状況が全くわからない。

 周りの状況を確認するため音を立てないようにゆっくりと身体を起こし、辺りを見渡す。ふむ、雑魚の数が減っているな。クロマの不意討ちを受けるまでがむしゃらに暴れたのが功を奏したか。

 

「ぐ……ぁ……!」

「へぇ~、まだそんな力があるんだ」

 

 そして最後に視線を向けた先には、今にも窒息してしまいそうな顔で必死に抵抗するクロと、彼女を片手で持ち上げながらその首をとても愉しそうに絞めるクロマがいた。

 あれはさすがに死ぬな。クロマの奴、正確無比にクロを殺しに掛かっている。アイツの使い魔であるプチデビルズも全員ダウンしているし。

 ……やるか。とりあえず弱い者いじめを見てたら無性に腹が立ってきた。

 バレないよう静かに立ち上がり、一番近くに立っていた下っ端の女を一瞬で殴り飛ばす。

 

「ぎゃぁっ!?」

 

 奇声を上げ、数メートルほど吹っ飛んだところでドラム缶に激突する下っ端の女。

 さすがに気づいたクロマは扼殺を一時中断すると、クロを解放しながらアタシの方へ振り向き、信じられないといった感じで何か呟いている。クロもむせ返しながら彼女の視線を追い、アタシの姿を視認すると驚愕していた。

 よし、あんまり回復はしてないが痺れはない。普通に動けるぞ。けど油断は禁物だからもう少し身体を慣らしておこう。

 一度はやられたアタシが起き上がったことを不審に思った別の下っ端が近づいてきたので、目にも止まらぬ速さで彼女をぶん殴った。

 

「ごはっ!?」

「やっと動けるようになったわ~……」

 

 悶絶しながら吹っ飛んだ下っ端を尻目に、今度こそクロマをブチのめそうと前進する。

 同時に止まっていた時が動き出したかのように雑魚共が騒ぎ出し、一斉に襲い掛かってきた。

 

「もう一度くたばり――!?」

 

 あくびをしながらまずは鉄パイプを振り上げた一人目の胸部に拳を打ち込む。次に迫り来る椅子をかわし、二人目の下っ端を肘打ちで沈める。

 さらに挟み撃ちを仕掛けてきた奴らを右、左の順に殴り飛ばし、正面から向かってくる女には息をするように前蹴りを入れた。

 一人ずつではあるが下っ端の数は確実に減っている。この調子でいくぞ。

 

「ふざけんじゃないわよっ!」

 

 いきなり叫びながら殴り掛かってきた女を両手で受け止め、反対側から攻めてくる別の女には鋭い蹴りを入れる。

 ソイツが力なく倒れたのを確認したアタシは受け止めていた女を殴りつけ、背後から近づいてきた奴には頭突きをお見舞いした。

 あー、ちょっと手が痛い。魔法を使ってたらこういう痛みもなくなるんかね?

 そんなどうでもいいことを考えながら、右、左の順に雑魚へ右の前蹴りを入れていく。

 

「しっ!」

 

 ボクシングの真似事でもしていたのか、突然頭にハチマキを巻いた女がジャブを打ってきた。

 もちろんこの程度の拳でアタシを倒せるわけがない。あえてそれを食らうと同時にテンポよく反対側へ歩いていき、口に溜まっていた痰を吐く。

 

「もうちと真面目にやれや」

「おごっ!?」

 

 アタシの言葉に腹が立ったらしいハチマキは再びジャブを放ってきたが、それが当たる前に右拳で彼女をぶん殴る。

 これにより怯んだハチマキを右フックで沈め、奴のマウントを奪って三発ほど殴りつけた。

 ふぃ~……これで雑魚は片付いたな。後は呆然としているのか感心しているのかわからない微妙な表情でクロから離れているクロマだけか。

 

「――さっきはよくもやってくれたな、おい」

「っ!?」

 

 間合いを一瞬で詰め、散々やられた分のお返しとして渾身の左拳をクロマへ叩き込んだ。

 この一撃をノーガードで食らった彼女はきりもみ回転しながら吹っ飛び、壁に激突した。

 それでも「いったいなぁ~!」と言いながら立ち上がるクロマ。だが脚の震えを見る限り、さっきのような素早い動きはもう無理だろう。

 

「まったく、君って実は化け物だったりする?」

 

 できる限り平静を保ち、やれやれと呆れながら首を振るクロマ。

 おいなんだコイツ。あれだけアタシを痛めつけといて化け物呼ばわりとかふざけてんのか。

 ……まあいい。どのみちコイツはブチ殺す。それにここまで来たら選択肢は一つしかない。

 

 

 

「――タイマンだゴラ」

 

 

 

 タイマン。つまり一対一でやる殴り合いだ。

 この提案を聞いたクロマは少し考え込むも、すぐに仕方がないと言わんばかりにため息をつく。

 そしてこちらを見て軽く微笑み、ゆっくりとした足取りで近くに倒れているクロへ接近するクロマ。開いていた彼女との距離がほとんど縮まったところで立ち止まり、

 

「がは……ッ!」

「まっ、そういうのも悪くないね」

 

 クロの小柄な身体を思いっきり蹴りつけた。どうやらやる気満々のようだ。

 しかも今の行動が開始の合図にでもなっていたのか、一、二歩アタシに近づいたところで電撃の拳を繰り出してきた。

 咄嗟に首を反らすことでこれを回避。すぐさま右の拳を顔面へブチ込み、脇腹にも一発打ち込むがまるで意に介していないクロマに右拳で顔面を殴られ、電撃を纏った右脚が腹部に突き刺さる。

 血反吐を吐くもその脚を両手で掴み、頭突きをお見舞いして右腕を振るうもガードされ、電撃の魔力弾をゼロ距離から撃ち込まれてしまう。

 それによりアタシの動きが止まったところで回し蹴りを放ち、間髪入れずに電撃を纏った膝蹴りを入れてきた。

 

「んだオラァッ!」

 

 歯を食い縛って堪えたアタシは左拳でクロマをぶん殴り、膝蹴りを入れてから右の拳で顔面をひたすら殴り続ける。

 十五発ほど殴ったところで拳を受け止められたが、そんなことに構うはずもなく肘打ちを叩き込み、さらにクロマが電撃を纏った右腕を振り上げた瞬間を狙ってボディブローをかまし、最後に怯んだ隙をついて拳の連打を懐へブチ込み続けた。

 ついに耐えきれなくなったのかクロマは左手から電撃の弾幕を連射して距離を取ろうとするも、アタシは彼女の左手を掴んで引き寄せ、渾身のストマックブローを叩き込んだ。

 

「げほっ、ごふっ……!」

 

 かなり効いたのか鳩尾を押さえながら咳き込み、涙目で血を吐き膝をつくクロマ。

 立つまで待つ必要はない。彼女の顔面目掛けてサッカーボールキックを入れ、仰向けに倒れたところを跳び上がって両脚で踏んづける。

 そのあと三回ほど踏んづけたが四回目の踏みつけを回避され、助走からの鋭い蹴りを食らって壁に激突してしまう。

 これを好機と見たのか、クロマはさっきアタシを悶絶させたスタンガンを強化したような一撃を繰り出してきた。

 

「二度も同じ手を食うかッ!」

 

 カマロのときもそうだが、いくらアタシでも同じ手を二度も食らいはしない。その一撃を交差した両腕でガードし、軽く押し返してから前蹴りをぶつける。

 少しだけ驚愕するクロマ。だが、アタシは顔色を変える隙も与えるつもりはない。前屈みになったクロマを蹴り上げ、回し蹴りで壁に叩きつける。そして顔面を右手で鷲掴みにし、何度も何度も後頭部から壁へ叩きつけていく。

 クロマが吐いた血を右手に浴びようと、クロマがゼロ距離から撃ち込んできた電撃の魔力弾を食らおうと関係なくひたすら叩きつけ、フィニッシュに彼女を投げるように地面へ叩きつけた。

 その衝撃で小規模のクレーターが発生し、地面には亀裂が生じていた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 乱れた息を整えるべく一旦クロマから距離を取り、深呼吸して落ち着く。

 当のクロマはゆっくりと立ち上がり、ダメージによるふらつきを押さえていた。

 息を整えたアタシはクロマがふらつきを押さえた瞬間に肉薄し、右フック、膝蹴り、左拳の順に叩き込んで少し距離が開いたところでドロップキックをブチかました。

 

「がぁ……!」

 

 再び壁に叩きつけられ、さっきよりも多めに血反吐を吐くクロマ。

 それでもアタシが入れた蹴りを受け止め、電撃を纏わせた右拳を引っ掻くように振り上げた。その場から動けないこともあって拳をモロに食らってしまい、倒れそうになるも気合いで堪える。

 すると四肢に電撃を纏ったクロマは、漫画のようなラッシュを繰り出してきた。

 怯んだアタシにこれを避けられるはずがなく、一発も外れることなく食らい続け、電撃を纏った地獄突きで壁に叩きつけられた。しかも限界が来ていたのか壁が崩壊し、その壁の瓦礫を巻き込んで仰向けに倒れてしまう。

 

 

「……ウガアァアアアアアーッ!!」

 

 

 ヤベェ、今にもやられそうなのにちょっとニヤついてしまいそうだ。以前のアタシなら笑い声を上げるほど喜んでいただろうな。

 けど――今のアタシは違う。今は目の前のムカつく奴をブチのめすだけだ。

 そう思いながら、仰向けから前屈みになったアタシは天に向かって獣のような雄叫びを上げたのだった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話「生まれついてのヤンキー」

「デヤァッ!」

 

 地面を蹴って五メートルほどあったクロマとの距離を一気に縮め、後ろ回し蹴りからのハイキックを奴の顔面へ叩き込む。

 よろめきながら壁に激突するクロマへ追い討ちを掛けるも驚異的なスピードで回避され、アタシの右拳は彼女の代わりに壁を粉砕してしまう。

 急いで後ろへ振り向くと拳が目前まで迫っていたので頭突きで弾き返し、結構効いたのか右手を押さえるクロマへハイキック、後ろ回し蹴り、もう一度ハイキックの順に繰り出す。

 そして彼女が膝をつく前に頭髪を掴んで無理やり起こし、右拳を顔に、蹴りを鳩尾に入れ、最後に胴辺りを両腕でクラッチし、その体を反転させながら頭上まで跳ね上げ――

 

「吹っ飛べやぁっ!」

 

 ――反対側の壁(があった場所)へ思いっきり放り投げる。

 投げられたクロマは途中でドラム缶を巻き込みながらバウンドし、今いる廃墟とは別の建物の柱へ後頭部から叩きつけられた。

 再び追い討ちを掛けようと前進するも、何を思ったか向こうから接近してきた。アタシからすれば動く手間が省けるのでありがたい。

 

「そろそろこっちの番だッ!」

 

 そう叫ぶと右の指全てに電撃を纏わせ、アタシの両目目掛けて振り下ろしてきた。

 ビンタならまだしも、まさか引っ掻いてくるとは思わなかったので咄嗟に右腕でガード。両目への直撃は免れたものの、右腕に大きな引っ掻き傷ができてしまった。

 これが思ったよりも痛く、傷が深いのか出血までしている。

 ……なんつーか、攻撃の仕方が某エレミアのガイストに似ているな。属性は違うけど。

 互いにフラフラしながらも間合いを詰めていき、拳が届く距離まで来たところでほぼ同時に拳で顔面を殴り合い、クロマが左手を振り上げたところへボディブローを叩き込んだ。

 

「こは……!?」

「ドラァッ!」

 

 息が詰まったらしいクロマへ何の躊躇いもなく二発目のボディブローを叩き込み、自然に壊れていない方の壁へ追い詰めもう一発拳を入れる。そのまま反撃しようとするクロマを動けないよう壁に留まらせ、ひたすら拳を打ち込んでいく。

 顔面、鳩尾、腹部、脇腹など様々な部位へ拳を打ち込み、彼女が少しでも動こうものなら前蹴りで壁に押しつける。

 それを拳の威力が落ちるまで繰り返していき、頃合いが来たところで動きを止めるべく懐に膝蹴りを入れて障害物のない位置へ投げ出し、その勢いで後ろ蹴りを繰り出す。

 これによりうつ伏せに転倒したクロマを踏みつけようと右脚を上げた瞬間、隙ありと言わんばかりに足払いをかまされた。

 

「あが……!?」

 

 後頭部から派手に転び、夜空を見上げる形になってしまう。

 チッ……そろそろ脚が持たねえってか。今気づいたが、さっきよりも身体が重くなってやがる。立ち上がるのも一苦労だなこりゃ。

 そんな中、クロマがアタシを差し置いて立ち上がろうとしていたので仰向けのまま彼女の顔を蹴りつけ、その隙に立ち上がろうとするも鼻っ面を蹴り返されてしまった。

 このままじゃ先にくたばるのはどう考えてもアタシだ。さて、どうしたものか。

 

「こ、んの……!」

 

 とりあえず震えながらも気合いで立ち上がり、身体のふらつきを押さえる。

 いつの間にかクロマも立ち上がっていたが、仕掛けてくる気配はないのでこっちも動かない。

 本当なら今までのように攻撃どころか動きすらさせないのだが、生憎今のアタシにそんな余裕はなく、単純に動くので精一杯だ。

 

「ふふっ……こんなの、初めてだよ……。出血多量で死んじゃうかも……」

 

 と、不気味に微笑んで口元を拭うクロマ。血だらけになっているせいか、その顔はどこか狂っているようにも見える。

 前屈みの状態から背筋を伸ばし、口内に溜まった血を唾ごと吐き出す。

 全身が軋むように痛い。多分今さらだろうが、とにかく全身がめちゃくちゃ痛い。

 それでもアタシは体勢を整え、ふと頭の中に浮かんできた言葉をそのまま口にした。

 

 

 

 

「アタシは生まれたときから……ヤンキーで出来てんだよ」

 

 

 

 

 なんでこんなことを言ったのか。そんなのアタシにもわからない。ただ、相手が誰だろうとアタシは同じことを言っていたはずだ。

 互いにボロボロで立つのもやっと。なら力尽きる前に叩きのめす。

 ゆっくりと歩き出し、クロマの顔面を思いっきり殴りつける。続いて右、左の順に拳でクロマをぶん殴り、鋭い蹴りを放つも受け止められ、頭突きを連続でお見舞いされた直後、電撃付きの豪快なラリアットをモロに食らってしまう。

 仰向けになったところを踏みつけられるもその脚をしっかりと掴んで退かし、すぐさま立ち上がる。そして繰り出された蹴りを受け止め、お返しに頭突きを浴びせて薙ぎ払うようにぶん殴った。

 

「まだまだぁ……!」

 

 踏ん張ったクロマが打ち出した電撃の拳をかわし、胸ぐらを掴んでシンプルに殴りつける。

 何だかんだでほぼ殴るしかやっていないが、むしろ今の状態で拳を振るえるとか上出来だわ。

 握り込んだ左の拳を顔面に打ち込み、膝蹴りを入れてもう一発拳を叩き込んだ。

 

「さ、さすがにしつこ――」

「オラ……ッ!」

 

 なんか言おうとしてたクロマをとりあえず殴りつけ、再び口を開こうとしたところへ正拳突きを打ち込んで息をするかのように左でぶん殴る。

 次に右肩を掴んでボディブローを叩き込み、頭突きで怯ませ懐へ拳を一発一発丁寧に、かつ何度も何度も打ち込んでいく。

 だが、さらにもう一発ブチ込もうとするも先に電撃付きの拳を打ち込まれ、動きが止まったところを拳骨気味に殴られた。

 必死に踏ん張るも壁にぶつかってしまい、思わず崩れ落ちそうになる。

 

「はぁ、はぁ……このっ」

「んなろ……!」

 

 しかしギリギリのところで持ちこたえ、再び歩き出してクロマと胸ぐらを掴み合い、互いに自分の額をぶつけ合う。

 一回ぶつけ合うごとに鈍い音が頭に響き、ぶつけた衝撃で視界が揺れる。

 これを三回ほど行い、なんとか押し勝ったアタシは密着状態にあったクロマを押し退け、

 

「――終いだぁっ!!」

 

 助走をつけて力を一点に集中させた渾身の左拳を、正確無比に顔面へブチ込んだ。

 情け容赦のない一撃を食らい、クロマの身体が力なく仰向けにぶっ倒れる。

 やっと……やっと終わった。物凄い達成感に浸りながらアタシは仰向けに倒れ、大の字になって夜空を見上げ出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あークソッ。やっぱり置いていこうかな?」

 

 あれから数十分後。アタシは“ヒュドラ”を潰すついでに回収しに来たファビア・クロゼルグの元へ、フラフラしながら向かっている。

 正直、数分前まで完全に存在を忘れていた。ホントについでだったからなぁ……。

 この際だからマジで置いていこうか。そんなことを考えつつも、クロの元へたどり着いた。

 

「おーい。生きてるかぁ~?」

 

 まずは倒れているクロの前にしゃがみ込んで声を掛けてみるも返事がない。まるで屍のようだ。

 これは力ずくで起こす必要があるか? いや、無駄な体力は使いたくないしやめとくか。

 次にできるだけ楽に起こそうと彼女のほっぺたをペチペチと叩く。触り心地いいなコイツの頬。めちゃくちゃプニプニしてる。ちょっとこれ病みつきになりそうだ。

 

「…………何、してるの」

「おう、目ぇ覚めたか?」

 

 いつの間にか目を覚ましていたクロを見て少しだけホッとする。さすがに死体を持って帰るわけにはいかんからな。

 プチデビルズはいなくなっていたが、コイツが無事ということは死んでいないってことだ。

 クロも結構なダメージを負っているのか、なかなか起き上がろうとしない。

 

「無事で、良かった……」

 

 アタシをジロジロ見回すと、安心したかのように微笑むクロ。

 素直に言うと嬉しいが、コイツは今の自分の状態をわかっているのだろうか。アタシほどではないはずだが結構なレベルで傷だらけなんだけど。

 ポケットからタバコとライターを取り出し、その場で一服する。

 

「ふぅ~……おいコラ」

「……?」

「誰のそばにいるのが一番安全だって?」

 

 煙を吐きながら、きょとんとした顔のクロに問いかける。

 この野郎、数日前“ヒュドラ”に狙われるのを恐れてアタシから離れようとしなかったからな。プチデビルズまで使役して。

 その事を思い出したのか、クロは少し苦々しい表情になって一言。

 

「………………前言撤回」

 

 それを聞いてやはりか、と言わんばかりにため息をついて持っていたタバコを投げ捨てる。

 まあ無理もないわ。こんだけ傷だらけになっといてアタシのそばが一番安全なわけがない。むしろ一番危険である。今回のように巻き込まれる可能性が極めて大だからな。

 つまりアタシは何も悪くない。少なくとも、コイツが巻き込まれたことに関しては。

 

「とりあえず早く立て。そろそろマッポが来る」

「ま、マッポ……?」

「警察だバカヤロー。さっさと立て」

 

 さっきから懐かしくも感じるサイレンが聞こえている。間違いなくパトカーのそれだ。距離がありすぎてクロには聞こえていないようだが。

 ていうか、こっちの警察もパトカーや白バイに乗っているのだろうか? 連中の乗り物、未だに見たことないからわかんねえや。

 クロが鉄パイプで身体を支えながら立ち上がったのを確認し、一刻も早くその場から離脱するべく足を動かす。後ろからおんぶしてくれ的な視線を向けられているのは気のせいだきっと。そもそも今のアタシにそれをこなすほどの力はない。

 

「全く、めんどくさい世の中だよ……」

「とりあえず、何か食べよう……」

 

 そう適当に呟きながら、アタシとクロは溜まり場から離脱したのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話「夜明け」

「……おいクロ」

「……何?」

「ここ、どこだ……?」

 

 あれからどれだけ時間が経ったのか。どれだけ歩いたのか。全然わからないが、“ヒュドラ”の拠点である廃墟のような溜まり場から離脱したアタシとクロはどっかの公園にたどり着いていた。

 無事に歓楽街から出たのはいいが、今も遠くからサイレンの音が聞こえてくる。いや、距離はあるから尻尾掴まれなきゃ大丈夫か。

 まあ何にせよ、今は休息がほしい。とりあえず近くにあるベンチにでも座るとしよう。

 

「ふぅ……」

「こんな体験、初めてだよ……」

 

 ベンチに座って背筋を伸ばし、途中でクロが買ってきたらしいフライドポテトとジュースを袋から取り出す。どこで買ったのかは知らん。

 一方のクロは今までにない体験をしたせいでぐったりしており、まるで人形のように空を見上げていた。

 お前の場合、継承している魔女クロゼルグの記憶があるからこれくらい問題ないと思っていたが……そんなに甘くはなかったか。

 フライドポテトを一本ずつゆっくりと食べていき、身体中から走る痛みに顔を歪ませる。一体どんな状態になっているんだアタシの身体は。

 

「……大丈夫?」

「……お前はまず自分の心配をしろ」

「それなら大丈夫。さっき手鏡で見たから」

 

 お人好しは皆こうなのか? 他人を必要以上に心配する奴なんてアタシが出会ってきた連中の中ではコイツが初めてだからな。よくわからん。

 ちなみに大丈夫だと言ったクロの顔は擦り傷や打撲の痕が非常に多く、とても人に見せられるような状態ではない。

 服は多少破れているものの原型は留めており、腕や脚には目立つほどの傷こそないが、目には見えないだけで相応のダメージを負っているのは確実だろう。震えてるし。

 

「結局、何だったんだろうな。あの連中は」

「……この前みたいに説明するのなら簡単だけど、その手の質問には答えられない」

 

 あっち側の連中と繋がっているのを良いことに群れて粋がっていたのか。それとも何らかの目的で勢力を拡大していたのか。

 どっちかと言えば前者かな。実際に群れて粋がってたし、組織的な感覚で勢力を拡大してるようには見えなかった。

 ま、どうでもいいか。考えたところで何かが変わるわけでもないし――いや、歓楽街は連中の支配から解放されたしちょっとは変わるかな?

 なかなか鳴り止まないサイレンの音を耳にしつつ、今度はジュースを頂く。ご丁寧にストロー付きである。

 

「今回の件、親にどうやって説明しよう……」

 

 顔を擦りながら考え込むクロ。まあコイツにはコイツなりの家庭事情ってもんがあるんだろうな。先祖が魔女だし。

 それにしても今何時だ? まだ深夜のはずなのに少し明るくなってきてるぞ。もしかして夜明け来ちゃってる?

 クロもそれに気づいたのか、辺りをキョロキョロと見渡し始めた。何をそんなに焦っているのかアタシにはわからない。夜明けの一つや二つ、生きているうちに体験するもんだろ。

 可愛らしくあたふたするクロを尻目に、ポケットから取り出したタバコにマッチで火をつける。ライターはオイルが切れてた。

 

「ど、どうしよう……! 深夜だと思ってたのに夜が明けてきちゃった……!」

「ああ、そだな」

 

 こういう形で夜明けを迎えるのには慣れている。最近だと闇拳クラブのときもこんな感じで夜明けを迎えたしな。我が家に着いたときには太陽が昇り切っていたよ。

 親に連絡でもするつもりなのか通信端末を開き、結構なスピードで手を動かすクロ。もうここまで来たら腹括れよ。連絡しようがしまいが、普通の家庭なら間違いなく説教食らうから。

 一旦タバコを左手に持ち、空いている右手でフライドポテトを一本ずつ食べていく。

 残り三本まで減ったところで手を止め、左手に持っているタバコを吸う。

 

「ふぅ~……で、連絡はついたのか?」

「…………い、一応」

 

 気まずい表情でそう答え、自棄になったのか残り三本のフライドポテトをまとめて頬張り、ほとんど手をつけてなかったジュースを一気に飲み干すクロ。どうもお説教は確定のようだ。

 アタシも昔はよく殴られ――怒られたっけか。それでも懲りなかったんだよなぁ。

 空になった紙コップを袋ごと丸め、数メートル先にあるゴミ箱へ投げ込む。

 

「んじゃ、帰るか」

「……うん」

 

 がっくりとうなだれたクロはベンチから立ち上がると、ダメージによる疲労でふらつく身体を引きずるように歩き始めた。

 そんなクロに続いて首を鳴らし、ゆっくりと立って空を見上げる。お星様が消えてるな。いつの間にかサイレンの音も聞こえなくなってるし。

 襲い来る眠気でだらしなくあくびをしながらも、我が家に帰るべく公園を後にする。

 

「サツキ」

「なんだ」

「このあとどうするの?」

「そうだなぁ……」

 

 無事に我が家へ戻れたとして、コイツが言いたいのはそのあとどうするかだ。

 すぐに帰ってベッドにダイブしてもいいのだが、いかんせん電気や水道が止まっている。ダイブしたところで気持ちよく眠ることはできない。

 どうしたものかと考えていると、一ヶ所だけ自由に過ごせる場所が頭に浮かんできた。

 我が家――マンションの屋上。あそこなら誰にも邪魔されることなく寝れそうである。よし、戻ったら頑張って屋上に登るか。

 

「とりあえず……ぐっすり寝たい」

「…………だよね」

 

 吸っていたタバコを捨てて踏み潰し、口の中に残った煙を吐く。

 あれま、もう朝日が出ちまってるよ。雲はないし、今日もいい天気になりそうだ。

 そんでもって……やっとアタシにも明日が来た。ここ数日は“ヒュドラ”に狙われてたせいでまともに過ごせなかったしな。

 しかもこのまま金を払わなければ電気や水道はおろか、住む家まで失ってしまう。マジでホームレス一直線だ。この年でそれはごめんである。

 

「バイト探すかぁ……」

「……サツキ。眠いからおんぶして」

 

 なんでやねん。

 

「何のために足が生えているんだコノヤロー」

「……歩くため。でもおんぶがいい」

 

 コイツいっぺんブチ殺したろか。十三歳のクソガキがなに甘えたこと抜かしてんだゴラ。

 とはいえ、置き去りにして親とかに発見された際、アタシの名前を出されても困る。……全く、疲れてるってのに世話かけさせやがって。

 仕方なくクロをおんぶし、我が家があるであろう方角へ歩いていく。当のクロは嬉しそうにアタシの首へ手を回しているが、はっきり言って邪魔でしかない。

 

「ん…………」

「何のんきに寝てんだ……」

 

 安心でもしたのか、クロは一分も経たないうちにスヤスヤと眠ってしまった。クソッ、いい寝顔じゃねえかこんちくしょう。

 なんつーか、コイツと一緒にいると先が思いやられる。完全に子守だよこれ。

 朝の日差しを顔に浴びつつ、人目を避けるべく路地裏へ向かうのだった。力尽きたら野宿確定だなこりゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~……これもなしか」

 

 数日後。アタシは自室のベッドでゴロゴロしながら求人雑誌を開き、手ごろなバイトがないか探していた。

 にしてもこれといったバイトが見つからない。接客業は好き嫌いに関係なくできないしなぁ。前にやったときは散々だったよ。

 ちなみに電気や水道は止まったままなので、部屋の中は未だに寒い。フカフカの布団があるとはいえ、正直外にいるときとほとんど変わりない。

 ついでに言えば知識の海であるパソコンも使えない。まあ、最近は使う機会すらなかったけど。

 

「つってもバイトは接客業が大半だしなぁ」

 

 悲しいかな、バイトの半分以上は接客業で占められている。力仕事やゲーム会社で試作ゲームのテストプレイヤーも一応あるが、前者は効率が悪いし、後者は向いていない。

 まあ、力仕事は効率の悪さに目を瞑ればアタシにとって一番やりやすい作業になる。

 こうなったら某番長に何かいいバイトがないか探してもらうか? どうせその大半が接客業なんだろうけど。

 そろそろ頭を使うのにも疲れてきたので一旦求人雑誌を閉じ、机の上に置いてあるタバコにオイルライターで火をつける。バイト探しってこんなに大変なものだっけ?

 

 

 ――ピンポーン

 

 

 少しだけ途方に暮れていると、いきなり呼び鈴の音が響いてきた。誰だ一体。

 吸っていたタバコを灰皿に押し付け、椅子に掛けてあった上着を羽織って玄関へ向かう。

 

「へーい」

「おっす!」

 

 ドアを開けると見覚えのある赤髪の少女が目に入った。よりによってお前かよ。

 この妙に明るそうな女の名前はハリー・トライベッカ。一言で言えば腐れ縁だ。

 なんか大事な用でもあるのか、半パンとTシャツというシンプルな服装なのにどこか気合いが入っているようにも見える。

 

「他ァ当たれ」

「いや何さりげなくドアを閉めようとしてんだよ」

 

 今日は一人でいたい気分なんだ。確かにお前をアテにしてはいたが、そっちから来いとは言ってねえぞ。

 さっさとドアを閉めようとするも、何を思ったのかハリーは勝手に入ってきた。

 

「こうでもしねーとお前は閉めるだろ」

「なぜわかった」

「何年おめーと一緒にいると思ってんだ」

 

 追い返したくて仕方ないが、生憎今のアタシにコイツを追い返す力はない。

 じっとしていても仕方ないのでハリーを上がらせ、バイト探しに付き合わせたのだった。

 ……その際、顔の傷や暖房が止まっていることについてめちゃくちゃ言及されたが、説明が面倒だったので全部受け流した。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF第二章「二人の挑戦者」
第10話「始業式の朝」


「あ゛~疲れたぁ~」

 

 三月下旬。ハリーに紹介された短期バイトをようやく終えたアタシは、無事に入手した給料を水道・ガス・電気代・家賃の支払いに使い果たし、我が家のベッドでゴロゴロしていた。

 全くあの野郎……何が接客業じゃねえから安心してくれだ。今回のバイトにはそれ以前の問題があったぞ。とりあえずハリーを三発ほどぶん殴ってやりたいところだが、ここは我慢だ。次のバイトを探すとしよう。

 そうと決まれば求人雑誌の出番だな。えーっと求人雑誌求人雑誌……

 

「……あ」

 

 しまった。支払いのことばっか考えてたせいで新しい求人雑誌を買うの忘れてた。つっても今さら買いに行くのもなぁ……ネットもあるし。

 そういやもうすぐで三月も終わりか。最近ゴタゴタしていたせいでほとんど忘れていたが、来月からまた学校が始まる。あそこには屋上以外何にもないけどな。

 まあバイトはネットで探すとして、久々に焼き飯でも作るか。材料揃ってたはずだよな?

 

〈マスター、ハリーさんから通信が来ています〉

「おう。久しぶりだな」

〈全くです。マスターが電気代を払ったおかげでようやく再起動できました〉

 

 いきなり懐かしい機械質の声が聞こえたかと思ったら愛機のチョーカー型デバイス、アーシラトだった。マジで懐かしいなおい。

 魔法をろくに使ってなかったからコイツの出番も減っていったんだよな。つい昨日までただのチョーカーとしか思ってなかったし。

 で、因縁あるハリーから通信が来たわけだが……言いたいこともあるし一応出るか。

 

「はいよ~」

『ようサツキ! バイトはもう終わったか?』

 

 開いた画面に見慣れた顔が映し出された瞬間、タイミング良く挨拶するハリー。相変わらずうっとうしいなその笑顔。

 

「ああ、無事終わったよ」

『そっか。アレ、結構似合ってたぞ……っ!』

 

 笑いを堪えるハリーを見て思わず画面に拳を振るいそうになるも、何とか握り込んでいた拳を解いてギリギリ平静を保つ。

 ちなみにアレというのは、バイト先でたまたま身に付けたネコミミのことだ。猫耳喫茶ではないので常に付けていたわけではなかったが、なぜかアタシが使っていたロッカーに入っていたのでテイクアウト。それを好奇心で付けたところをハリーにバッチリと見られてしまったのだ。

 その場に関しては付けていたネコミミを破壊し、ニヤニヤしていたハリーを殴り飛ばして事なきを得た。今になってその話題を出してきたということは――

 

「――何が言いたいんだ?」

『お前のネコミミ姿、しっかりと写真に収めといたぞ』

 

 今なんつったコイツ。

 

「……も、もういっぺん言ってみろ」

『お前のネコミミ姿、しっかりと写真に収めといたぞ』

「ふざけんなよテメエ!?」

 

 可能性として考えていたことが現実になってしまった。マズイ、早く止めないとアタシのネコミミ写真が世界に拡散されてしまう。

 どうやってハリーを止めてボコボコにしようか考えていると、当の本人があの時のようにニヤニヤしながら口を開いた。

 

『じゃあなサツキ。学校で会おうぜ!』

 

 そう言うとハリーは最後に良い笑顔でサムズアップし、通信を切ったのだった。

 いやいやじゃあなじゃねえよ。せめて写真をアタシの目の前で削除してから通信を切れよ。

 このままだと冗談抜きでヤバイぞ。握られた弱みをどんな手段を使ってでも潰さねば。

 

 

 

 

「――やるしかねえな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい天気だなぁ~」

 

 始業式当日の朝。早起きに成功したオレは一足早く登校していた。

 それにしても、まさかあんな形でサツキのネコミミ写真が手に入るとはな。これでサツキの弱みを握れたわけだが、油断はできない。アイツのことだから絶対に何か仕掛けてくるに違いない。

 まあ、さすがに今日は何もしてこないはずだ。なんせ始業式があるからな。

 

「となれば、問題は明日以降か」

 

 明日になればサツキは本格的に動くだろう。その前に奴のネコミミ写真を複製しておかないと。

 これでもたった一つの弱みだ。そう簡単に失ってたまるか。オレはいつもお前にやられてるんだ。今回ぐらいは勝たせろってんだ。

 ちょっとした優越感に浸りながら学校に向かっていると、十メートルほど先に誰か立っているのが見えた。あの制服はうちのやつだな――

 

「……え?」

 

 それが誰なのかわかった瞬間、オレは間の抜けた声を出していた。そりゃそうだろう。そこに立っていたのはまず、この時間にはいるはずのない人物――サツキだったのだから。

 珍しくちゃんと制服を着ており、らしくないほど穏やかな表情でこちらをじっと見つめている。ついでにタバコも吸っていない。

 なんて話しかけたらいいんだろう。スルーしちゃうわけにもいかないし……

 

「ひ、久しぶりだなサツキ。こんな朝早くどうしたんだ……?」

「…………」

 

 とりあえず挨拶してみたが、オレの声が聞こえていないのかまったく反応がない。穏やかな表情のまま微動だにしないんだけど。

 次はなんて言おうか必死に考えていると、サツキが穏やかな表情のままゆっくりと動き始めた。良かった、オレの声は聞こえていたのか。

 ゆっくりと動き始めたサツキはらしくないほど穏やかな表情を少しずつ怒りのそれへと変えながら、こちらに向かって走ってきた。

 ……え? 怒りの表情? 走ってきた?

 

「ちょ、おま!?」

 

 逃げないとマズイ。本能的にそう感じ取ったオレはサツキに背を向け全力で走り出す。

 魔力で身体強化させているのに全然振り切れず、後ろから地獄への足音が近づいてくる。

 こうなったら全魔力を身体強化に使おうとした瞬間、

 

「――だあぁっ!?」

 

 背中を蹴られたような感覚と共に身体が吹っ飛び、顔面から盛大に転んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 始業式を迎えた今日。アタシはハリーを叩きのめすべく、わざわざ早朝に起きて登校。

 そして彼女が通りそうな道で待ち伏せ。予想通り現れたと思ったらいきなりハリーが逃げ出したので追いかけ、ある程度距離を詰めたところで飛び蹴りをかまして今に至る。

 余裕のない反応を見る限り、どうやら写真はまだ拡散されていないようで安心したよ。

 起き上がったハリーの顔面へ右の拳を繰り出すも、顔は殴られたくないのかあっさりと避けた。

 

「ちょ、ちょっと待てごふっ!」

 

 必死に弁解しようとするハリーをぶん殴り、懐に膝蹴りを入れてもう一発拳を打ち込む。続いてハイキックを放つもしゃがんでかわされ、すかさず蹴り上げたがこれも避けられる。

 コノヤロー……今回はやけにかわすなおい。いつもなら簡単に食らってくれるのに。

 今度は前蹴りを食らってハリーが後退した隙に彼女の背後へ回り込み、こっちへ振り向いたところを拳骨気味に右拳をブチ込む。

 

「っ……いきなり殴ることはねーだろ!?」

 

 何とか持ちこたえたハリーはそう叫ぶと、お返しだと言わんばかりに右の拳をアタシの顔面に叩き込んできた。

 もちろんアタシはこれを意に介さず、ハリーの左肩を掴んで頭突きをお見舞いし、握り込んだ左の拳で思いっきりぶん殴る。

 ハリーが再び拳を握り込んだところを狙ってボディブローを打ち込み、ミドルキックを脇腹へぶつけて薙ぎ払うように蹴り飛ばす。

 

「…………あ、あのな」

 

 吹っ飛んだハリーが壁にぶつかったところで一旦攻撃を止め、一息つく。

 こういうときに我慢強さを発揮してどうすんだよ。苦しむ時間が長くなるだけだぞ。

 体勢を整えたハリーはアタシを睨みつつ、何か言おうとしている。まあ、どっちにしてもブチのめすから弁解は無駄だけどな。

 

 

「――時と場所くらい選べよ!? 今日は始業式なんだぞぶぁっ!」

 

 

 どうでもいい内容だったので話を遮るように殴り飛ばし、腹部を蹴りつける。

 話し合いが無駄だと判断したのか、ハリーは炎熱を拳に纏ってそれを連続で突き出してきた。朝だから人が少ないとはいえ、ここは街中だ。砲撃をぶっ放すわけにはいかないのだろう。

 最初の一発は顔面に入るも二発目を受け止め、右拳で殴り返し、軽くジャンプして上から左拳を振り下ろした。

 

「おごっ……い、一度ぐらいオレに勝たせてくれてもいいだぁっ!」

 

 前屈みになったところで膝蹴りを鼻っ面に叩き込み、彼女の顔面を真横から蹴りつける。

 さすがのハリーもブチギレたのか、額に青筋を浮かべて鎖のようなものを振り回してきた。

 炎熱の鎖で何度も脚や腕を殴打されるも、顔に迫ったところを右手でキャッチ。それを右腕に巻きつける形でハリーをこっちへ引き寄せる。

 

「そ、そんなのアリかよ……!?」

 

 にしても右腕がめちゃくちゃ熱い。まあ、炎熱の鎖を腕に巻きつけているんだから当然だけどやっぱり熱い。火傷してないか心配だ。

 目と鼻の先まで引き寄せたところで彼女の首をしっかりと掴み――

 

「――くたばれぇっ!」

 

 力を一点に集中させた左の拳をブチ込んだ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 8

「いい天気――じゃねえ!? なんでこんなに雨が降ってきているんだ!? 今日は晴れじゃねーのかよ!?」

 このあとオレはなんとか雨宿りに成功するも、雨はしばらく降り続けたのだった。大雨に雷とかふざけんなよ……。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話「食費と通り魔」

「…………」

 

 通学路で待ち構えていたサツキにボコボコにされ、顔が傷だらけになったオレは壁に背中をくっつけ座り込んでいる。

 今日は始業式があるからと完全に油断していた。まさか早起きしてまで仕掛けてくるなんて思いもしなかった。オレの失態だなこりゃ。

 当のサツキはオレに背を向けながら隣でちょっと下品に座り込み、財布の中身を確認している。確かヤンキー座りって言うんだっけ。

 それにしてもコイツ、いつの間に髪を短くしたんだ? 違和感なさすぎて気づかなかったぞ。

 立ち上がろうにも身体が動かない。くそっ、容赦がないにもほどがあるぞ。始業式に間に合わなかったらどう責任取ってくれるんだ。ネコミミ写真も削除されたし。

 

「…………」

「どこ行くんだよ……?」

 

 財布をポケットに仕舞うと背筋を伸ばすように立ち上がり、用は済んだと言わんばかりに立ち去ろうとするサツキ。

 やることやって学校には行かず退散か。何のために制服着てきたんだよ……それなら別に私服でも良かっただろうに。

 

「帰ってどうすんだよ? また部屋でゴロゴロすんのか?」

「…………」

「今日ぐらいちゃんと顔出せよ。始業式だぞ?」

 

 あのサツキが復讐のためとはいえ、こんなに朝早くから出てきたんだ。引き留めないわけにはいかねーだろ。

 オレの声に耳を貸す気もないのか、サツキは若干ふらつきながらも足を進めていく。あと一瞬、アイツのお腹から聞き慣れたグ~という音が聞こえたのは気のせいだろうか。

 わかってはいたけどやっぱダメか……さすがに罪悪感は感じるからこれだけは言っておこう。

 

「あー、その、あれだ…………悪かったな。オレもちょっと調子に乗りすぎたよ」

 

 今言ったことに関しては紛れもない事実だ。サツキの弱みを握ったことでやっと優位に立てた。写真を複製する気も少しはあったし……。

 けど正直、お前と出会ってからオレばかり振り回されて損してるのは割に合わない。たまにはサツキが痛い目に遭ってもいいだろとは思っている。ほどほどに、だけど。

 ダメージを受けて重くなった身体を動かそうと一人で奮闘していると、置いていった鞄でも取りに来たのかサツキがこちらに引き返してきた。

 ……な、なんかこっちに来てないか? まだオレを殴り足りないとかじゃねーよな!?

 

「ちょ、ちょっと待て! これ以上は――」

 

 せめて最後の抵抗にとオレとサツキの鞄で顔を隠すも、サツキは自分の鞄を取っただけで何もしてこない。

 疑問に思ったオレがすぐそばに立っているサツキの顔を見ようとした瞬間、彼女のお腹から再びグ~という聞き慣れた音が聞こえてきた。

 ――ひょっとしてコイツ、朝飯食ってなかったりする?

 それをどう聞こうか迷っていると、今日は一言も話していないサツキがようやく口を開いた。

 

「………………食費ねえんだわ」

 

 なぜだろう。他人事なのに涙が出そうだ。バイト代はどうしたんだよバイト代は。

 お前が朝飯どころかここ最近、まともなご飯すら食ってなさそうで心配になってきたんだけど。

 

「あー……放課後ラーメンでも食いに行くか?」

 

 行くにしても今からじゃ間に合わない。それに今日は午前だけだからな。

 サツキはちゃんとオレの提案を聞いてくれたのか、口から白い煙を吐きながら学校がある方向へ歩き始めた。何があってもタバコは吸うのかよ。

 オレはこの沈黙を肯定と受け取ることにした。少なくとも拒んでいるような感じはないし、余計なことを言って怒らせるよりかはマシだ。

 時間はまだあるがこんなところを見られるのはマズイので慌てて立ち上がり、サツキの後を追うように学校へ向かった。

 

 

 

 

 

 このあと二人揃って生活指導の先生に叱られたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たでーまー」

「……遅かったね」

 

 放課後。今朝フルボッコにしたハリーとラーメンを食べに行き、彼女に全額奢らせたアタシは少しだけスッキリとした気分で帰宅した。

 当然、目的のネコミミ写真は真っ先に削除した。これでアタシに平穏が訪れたわけだ。

 そんなアタシを出迎えてくれたのは魔女っ子のクロだった。ご丁寧に差し入れらしき袋を持っている。またケーキか?

 

「今日はチーズケーキにしてみた」

「どうせならマグロにしてくれよ」

 

 コイツの差し入れはケーキオンリーだ。それ以外は全然持ってこない。こないだの差し入れなんてどこで買ってきたのかモンブランだった。

 ミッドチルダに来てからというものの、魚介類を食べる機会が激減している。

 スーパーに売ってはいるのだが、食費がないことに加えて売り切れるのが早いからなぁ。

 

「……ま、マグロ?」

「おう、マグロ」

 

 マグロという言葉を聞いたことがないのか、なんだそれはと言わんばかりに可愛らしく首を傾げるクロ。

 あー……コイツにも知らないことはあるんだねぇ。クロには悪いが、マグロについては自力で調べてもらおう。

 それにしても食いすぎたかな? いつも以上にベッドでゴロゴロしたい気分だわ。

 なんか眠くなってきたのであくびをしていると、クロがジト目で睨んできた。あら可愛い。

 

「…………このケーキ、消費期限が今日までだから早く食べてほしいんだけど」

「それならそうと早く言え。もう少しで眠っちまうところだったぞ」

 

 なぜいつも消費期限がギリギリのやつを買ってくるんだお前は。拳骨かましたろか。

 しかし、ケーキに罪はないので捨てたりはしない。食べ物を粗末にするとバチが当たるからな。

 襲い来る眠気を堪えながらケーキを完食し、夜までぐっすり眠った。

 

 

 

 

 ……晩飯どうしよう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしよし、これで明日と明後日の晩飯は確保できたぞ」

 

 その日の夜。アタシは食費を調達するため繁華街へ繰り出していた。正確にはその街の路地裏だけどな。

 ちなみについさっき、十人のゴロツキからお金を調達することに成功している。

 せっかく手に入れた資金だ。少しぐらい好きに使っても問題はなかろう。

 いつものようにポケットからタバコを取り出し、マッチ棒で火をつける。

 

「……今日のところは引き上げるか」

 

 アタシは腹が減った。早く帰ってお腹いっぱい飯を食べるんだ。

 近道をしようと繁華街を出て、よく利用する人気のない公園に入る。

 ……さっきから後をつけられているな。最初は気のせいだと思っていたよ。

 周りに人がいないことを確認し、近くにあった街灯から少し距離を取る。

 

「――とりあえず、誰だお前」

 

 そう言って街灯の上に視線を向けると、仮面のようなもので顔を隠した女が器用に立っていた。

 長い緑の――いや、碧銀の髪にあのバリアジャケット……ベルカ式だな。肝心の目はその仮面のようなもので見えない。ふむ、体格的には十代後半といったところか。

 ていうかあのちょっとカッコいい仮面みたいなやつ、なんだっけか……あ、バイザーだ。

 

「緒方サツキさんとお見受けします」

「……で、誰だお前」

 

 人の話を聞かない奴だな。この手のバカはどこにでもいるのか。

 

「失礼しました。――カイザーアーツ正統、ハイディ・E・S・イングヴァルト。“覇王”を名乗らせて頂いています」

 

 覇王? それって最近噂になっている例の通り魔じゃねえか。

 わざわざ格闘戦技の実力者に街頭試合を申し込み、フルボッコにするだけの簡単な作業を繰り返している大バカヤロー。

 ボコボコにするならイチイチ申し込まなくてもいいだろ。どうせやることは同じなんだから。

 

「貴方にいくつか伺いたい事と、確かめさせて頂きたい事があります」

 

 伺いたい事? 後者は腕比べとかそんなんだろうけど……伺いたい事?

 伺いたい事ってなんだ。アタシがコイツに教えられることなんて一つもないぞ。

 ハイディは街灯から綺麗に飛び降りると、アタシの返事も待たずに問いかけてきた。

 

「あなたの知己である“王”達、聖王オリヴィエの複製体(クローン)と冥府の炎王イクスヴェリア。その両方の所在について――」

「知るかそんなもん」

 

 質問の内容を理解したアタシは、吸っていたタバコを投げ捨て彼女の話を遮るように返答する。

 いきなり知らないことを聞かれても困る。アタシが知ってるのは雷帝と黒のエレミア、そして魔女クロゼルグの末裔。その三人ぐらいだ。いつアタシが聖王や冥王と知り合いになったよ。

 そもそもクローンってなんだよ。類似的なやつにサイボーグの戦闘機人がいるけど。

 まあ一つだけ理解できたことがある。この世界にはサイボーグの他、クローンを造る技術が存在するってことだ。まるで漫画のような世界だな。

 

「……わかりました。その件については他を当たります」

 

 納得してくれたのか、ハイディはそれ以上言及してこなかった。

 全く、アタシを何者だと思ってんだ。ベルカ王族の末裔とかじゃねえんだぞ。

 さてと、お次はコイツの言う確かめたいことってやつだ。これに関しては一つしかねえだろ。

 

 

 

 

「ではもう一つ、確かめたい事は――あなたの拳と私の拳。一体どちらが強いのかです」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話「覇王vs最強」

「――あなたの拳と私の拳。一体どちらが強いのかです」

 

 

 

 ハイディに挑戦状を叩きつけられたアタシは、表情を変えることなく彼女を睨みつける。

 それにしてもコイツ、どうやってアタシのことを調べたんだ? 選手としての情報だけならまだしも、アタシがどの道を通るかもしっかり把握していた。まあ、心当たりはあるけど。

 奴の目的は格闘戦技の実力者を倒すこと。アタシもその一人だったわけだ。

 原点回帰する前だったら嬉しそうに笑っていたかもしれない。ちょうどいいカモだとか言って。

 

「防護服と武装をお願いします」

「お前の実力次第だ」

 

 ハイディの要求をあっさりと一蹴する。どうやら同じ条件下での勝負をご所望らしい。

 いやいや、なんで自分より弱い奴に条件を合わせなきゃならないのか。そんなことは昔のアタシみたいに戦いを楽しむ奴しかしねえよ。

 これはスポーツの試合じゃねえ。ケンカだ。この場合、野良試合や街頭試合とも言うらしいが。

 

「……どういう意味ですか」

 

 アタシの言葉を侮辱と受け取ったのか、少し怒気を含んだ声になるハイディ。

 なんだコイツ。もしかしてハンデなしの正々堂々としたやつが好きなのか?

 まあアタシもそういうのは嫌いじゃねえから気持ちはわからなくもないが、ルール無用のケンカにそんな綺麗なもん求められてもなぁ……。

 

「そういう意味だ」

 

 ぶっちゃけ深くは考えてないし、イチイチ説明するのもめんどいので適当に返答しておく。

 ――お話はここまでだ。時間がもったいねえし、さっさとやっちまおう。

 ハイディはどこか納得していないようだが、諦めたのかその場で攻撃の構えを見せた。距離的には射砲撃(ミドルレンジ)のそれと変わらないな。

 アタシはここでハイディの足下に目をやる。覇王イングヴァルトは古代ベルカの王。仮にコイツがマジで覇王の末裔なら、術式も当然古代ベルカ式。その性質上、射砲撃はほぼあり得ない。

 これらの推測が全て合っているとすれば、今から何を仕掛けてくるかは――

 

「――おっ」

 

 ハイディが一瞬で間合いを詰め、流れるように右の拳を打ち込んできた。五、六メートルはあった距離をたった一歩の踏み込みでゼロにするか。

 予想通りの動きだったということもあり、目と鼻の先まで迫った拳を最小限の動きでかわす。

 拳が空を切ったことでそのまま一直線に通過するも、ハイディはその途中で踏ん張るようにブレーキを掛け、完全に止まったところで再び間合いを詰めてきた。

 確かに射砲撃(ミドルレンジ)の距離からでも届く踏み込みには驚かされたが、事前にそう来るとわかっていれば簡単に対処できる。

 ずっと避けるわけにもいかないので彼女が構えていた右拳を突き出すよりも先に、

 

「っ……!?」

 

 右の前蹴りを懐へ叩き込んだ。踏み込みの勢いもあったせいかハイディは防御すらできずにこれを食らい、後退して膝をついた。

 あらら、そんなに効いたのか……そりゃ手加減はしてないけどさ。

 痩せ我慢でもして痛みが引いたのか、ゆっくりと体勢を整えるハイディ。

 

「なんで通り魔やってんだよ?」

「……強さを、知りたいんです」

「あぁそう――探求ごっこなら他ァ当たれ」

 

 おいおい、バカかコイツ。強さを知る方法ならいくらでもあるだろ。

 迷惑にもほどがある。そんな理由でアタシは目をつけられたのか。

 彼女は頑固なのか「それはできません」と否定し、こう告げてきた。

 

 

「私の確かめたい強さは、生きる意味は――表舞台にはないんです」

 

 

 表舞台にはない。それを聞いたアタシは純粋にムカついた。このクソヤローをブチのめす理由としては充分すぎるからだ。

 

「私には――」

「もういい、こいよオラ」

 

 まだ何か言おうとしていた彼女の言葉を遮り、手のひらを上に向けて指を手前に曲げる。次はこっちの番だ。様子見とはいえ、一応先手は取られたからな。

 ハイディは我でも忘れていたのかハッとした顔になり、少し慌てて構えるとすぐさま突っ込みながら掌底を繰り出してきた。

 アタシはそれを受け止め、頭突きをお見舞いしてから左の拳を顔面に打ち込んだ。頭突きを食らわせた際、付けていたバイザーが粉々になって紫と青の虹彩異色――オッドアイが晒された。

 これでハイディが覇王イングヴァルトの末裔であるという事実が確定したってわけだ。

 

「ぐ……っ!?」

 

 間髪入れずに右拳で殴りつけ、両手で頭を掴んで膝蹴りを二発ほど叩き込み、怯んだところを右拳で思いっきり殴り飛ばす。

 数メートルほど吹っ飛んだハイディは受け身を取りつつ地面に叩きつけられたが、そんなことに構う気は毛頭ない。徹底的に叩きのめすべく開いた距離を一気に詰め、ハイディが立ち上がった瞬間に吹っ飛ばす勢いでタックルを浴びせる。

 続いて左のハイキックを放つも右腕でガードされ、隙だらけになった懐へ拳を打ち込まれた。

 さすがに効いたので二、三歩下がるも余裕で持ちこたえ、そのまま彼女の懐を蹴り上げて顔面にミドルキックを叩き込んだ。

 

「っ……はぁ!」

 

 少し転がるもその勢いを利用して立ち上がり、拳を突き出してきた。

 とりあえず威勢だけは褒めてやる、といったところか。体感的にはノーヴェクラスだな。

 迫り来る拳を受け流し、右肩を掴んでボディブローの連打をブチ込む。

 五発目を入れたところでハイディが吐血。連打を中断してラリアットのような拳打を叩き込み、数メートル先の木までぶっ飛ばす。

 

「がは……っ!?」

 

 今度は受け身も取れずに叩きつけられ、木にもたれ掛かるハイディ。

 それを好機と見たアタシは助走をつけ、左の拳を彼女の脳天目掛けて振り下ろす。が、当たる寸前で避けられてしまい、脳天の代わりにハイディがもたれ掛かっていた木が犠牲になった。

 バキバキと音を立てながら倒れる木をよそに拳で追撃を掛ける。その際カウンターを顔面にもらうも殴り返し、前蹴りを叩き込んだ。

 

「やっぱ痛えな……」

 

 左手がちょっとヒリヒリする。素手で木はアウトだったか? けど前にコンクリ的な壁を粉砕したときは痛くなかったぞ。

 アタシが左手の痛みを気にしてる間にも、ハイディはふらつきながら体勢を整える。

 その整った顔は傷だらけで、特に口元は遠くから見てわかるほど赤くなっていた。

 とりあえず立てなくしてやろうと後ろ回し蹴りを繰り出すも、脚を振り切ったところで緑色のバインドが掛けられた。カウンターバインドか。

 

「はぁ、はぁ……。覇王――」

 

 ここで決めるつもりなのか、ハイディは足下にベルカ式の魔法陣を展開して構える。

 足先から気を練り上げているな……まあいい、まずは掛けられたバインドをどうにかしよう。

 左腕のバインドを破壊し、右腕のバインドも引きちぎろうとするも、

 

「――断空拳!」

 

 必殺とも言うべき断空の一撃をブチ込まれた。体勢が崩れた状態で食らわされたため地に伏してしまい、軽く血を吐く。

 舞った煙でアタシの姿が見えないのか、小さな声で呟き背を向けて歩き出すハイディ。

 なんて呟いたのかはさておき――勝手に終わらせてんじゃねえよ。

 ゆっくりと立ち上がって体勢を整えたアタシは助走をつけてジャンプし、

 

「なっ――!?」

 

 跳び膝蹴りの要領で渾身の蹴りを、ハイディの頭目掛けて繰り出した。

 やっと気づいた彼女はこちらを振り向いて驚愕するも、放たれた蹴りをモロに食らってゴロゴロと地面を転がっていく。

 それを追うように着地し、震えながらも必死に立ち上がろうとするハイディに目をやる。

 

「お呼びじゃねえんだよ、お前みたいな奴」

 

 コイツはさっき、自分の求めるものは表舞台にはないと言った。

 最初の方はどうでもいい。アタシがムカついたのはこんなクソ真面目ちゃんが裏舞台にいようとしていることだ。正直言って邪魔でしかない。

 仮に求めるものがあったとしても、裏舞台にお前の居場所はないんだわ。

 とどめを刺すため、ハイディが立ち上がった瞬間を狙い――

 

「――オラァッ!」

 

 あらかじめ握り込んでいた左拳で、ハイディを殴り飛ばした。

 何度もバウンドしながら吹っ飛び、さっきへし折ったやつとは別の木に激突するハイディ。

 彼女が動かなくなったのを確認し、口内に溜まっていた唾を吐き捨てる。

 

「……一生寝てろ、クソガキ」

 

 最後にそう呟き、警察か管理局が来る前にその場から立ち去る。

 少し歩いたところでもう一度振り返ると、十代後半の大人びた外見から中坊ぐらいの外見になったハイディが倒れていた。

 あれ変身魔法だったのか……一目見ただけじゃ区別って付かないもんだなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――てなわけで晩飯はお預けな」

 

 数十分後。無事に帰宅したアタシは、我が家で待っていた魔女っ子のクロにさっきまで何をしていたかわかりやすく報告していた。

 アタシの話を聞いたクロは珍しく怒っている。あー……ご先祖が覇王と因縁あるんだっけか。

 放っといて寝ようと自室のベッドに向かおうとした瞬間、後ろから服の裾を掴まれた。

 

「どうして私のいないときにクラウスが……!」

 

 普段のクロからは想像できないほどの表情で、恨めしそうに口を開く。

 てかクラウスって誰だよ。アタシが対峙したソイツの名前はハイディだったぞ。

 

「おい離せ。クラウスって誰だよ」

「覇王イングヴァルトの名前。フルネームはクラウス・G・S・イングヴァルト」

 

 そこまで聞いてねえし。

 

「とにかく、アタシは疲れたから寝る。泊まるとしても騒いだら叩きのめすぞ」

「…………わかった」

 

 朝のハリーといい夜のハイディといい、今日は疲れちまった。絶対に寝よう。

 だけど最低でもシャワーは浴びる。身体が臭いのはイヤだしな。

 このあと数分でシャワーを浴び、まだ話があるといって泊まることになったクロが布団で寝たのを確認し、アタシも眠りについた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話「招かれざる客」

「ここに、あの“死戦女神”が……」

 

 ミッドチルダ南部のエルセア第9地区にある市立高等学校。今年ここに入学した少年は校門前に堂々と立ち、目的の人物がこの学校に通っているということに実感が持てずにいた。

 “死戦女神”。ミッドチルダの不良界で最も有名な最強のヤンキー。神のように崇拝されているわけではないものの、彼女に畏怖を抱く者もいれば尊敬の念を抱く者も少なからず存在し、新入生の彼もまたその一人である。

 しかし、彼女に会うことが彼の目的ではない。右の拳を握りしめ、穏やかな目付きを好戦的なものに変えて口を開く。

 

「今、ぶっ飛ばしにいきます……」

 

 力を込めてそう呟き、憧れの存在に会うべく止めていた足を動かす。

 彼の目的は“死戦女神”を倒すこと。一言で表すなら――下剋上だ。

 中学生にも見えるほど小柄な少年は、その顔に狂気的な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、暇潰しに裸踊りでもしろよ」

「するわけねーだろ!? バカかお前!?」

 

 噂の通り魔で覇王イングヴァルトの末裔であるハイディをブチのめしてからしばらく経ったある日。アタシは二週間後にある前期試験には見向きもせず、屋上で退屈していた。

 目の前ではファッションヤンキーのハリー・トライベッカが真面目にテスト勉強をしている。何でもアタシの監視が目的らしい。

 ここはアタシの屋上だぞ。なんで部外者のテメエが堂々と居座ってんだよ。金は取らねえから一発芸でもやれってんだ。

 

「おめーこそ寝る暇があるなら勉強しろっ! 再来週だぞ前期試験!」

「まあまあちょっとは落ち着けよ。上も下も白いんだからさ」

「誰のせいだと思ってんだ!? あとさりげなく見てんじゃねーよ!」

 

 見られてることに今気づいたのか、赤くなっていた顔をさらに赤くして怒鳴り散らすハリー。相変わらずうるせえな。こっちは徹夜続きで眠いんだバカヤロー。

 とりあえずタバコを吸うことにしよう。ポケットから一本取り出し、彼女が予習している隙にお手製の大きな旗の近くへ座り込み火をつける。

 真っ白な旗にはでっかく『無限こそ真理』と書かれており、ここがアタシの場所だということを証明するために常時立てたままだ。

 ハリーはかなり集中しているのか、タバコを吸っているのも関わらず全く反応しない。臭いでさすがに気づくだろそこは……。

 

「さぁーてどうすっかなぁ……」

 

 今のアタシには前期試験以上の問題が立ちはだかっている。その問題というのは、生きていれば誰もが一度はブチ当たる壁――将来についてだ。

 これだけはどうあがいても逃れることができない。金持ちの連中みたいに最初から将来が決まっている奴もいるけどな。

 ちなみにあの番長は局員志望で、希望部署は警邏隊。もちろん最初に聞いたときは彼女が泣き出すまで爆笑したものだ。

 だがしかし……将来の目標が決まるということはヤンキーの卒業を意味している。ヤンキーであることはアタシの最大のアイデンティティだ。そう簡単に捨てられるかよ。

 

「おいコラサツキ! タバコはやめろって!」

 

 アタシが珍しくマジで考え込んでいると、ようやく気づいたらしいハリーがプンスカ怒りながらこっちに向かってきた。

 タバコを口に咥えながら立ち上がり、迫り来る手を何度も払いのける。コノヤロー……さすがに今は空気を読んでほしかったわ。

 

「逃げるなバカ! 大人しくおぶるぁ!?」

 

 いつも通りしつこいので殴り飛ばし、うつ伏せに倒れたハリーの背中に座り込む。

 こういうパターン前にもあった気がするぞ。その時は四つん這いの椅子に座ってたなぁ。座り心地は言うまでもなく悪かったけど。

 当のハリーは抵抗すらせずにぐったりしており、恨めしそうな視線をこっちに向けている。どんなにしても無駄だけどさ。

 

「………………そろそろ予鈴が鳴るから退いてくれぇっ!?」

 

 そう言われると同時に妙な気配を感じ、タバコを投げ捨てどうでもよくなったハリーを踏んづけ、ちょっと慌てて扉の方へと向かう。

 いたた、と頭を擦りながら起き上がるハリー。どうやらアタシが感じた妙な気配には気づいていないようだ。

 にしても何だこの感じは。今まで感じることのなかった――いや、裏で有り触れていたものがこっちに近づいてくる。

 開きっぱなしの扉を睨むように見つめていると、可愛らしくひょこっと頭を出すように一人の男子が現れた。見たところ一年だな。

 

「…………」

「…………」

「な、なんだお前ら?」

 

 ソイツはアタシを隅から隅まで観察しているのか、全く目を逸らそうとしない。なのでアタシも睨むようにソイツを見つめる。

 間違いない、感じた気配の正体はコイツだ。ハリーよりも非力に見える華奢な体格に童顔。女子にモテるというより可愛がられるタイプだな。

 とりあえず「さっさと失せろ」と言いながら邪魔なハリーを屋上から追い出し、ショタ野郎と二人きりになった。

 

「…………あ、あのっ」

 

 意を決して口を開くショタ野郎。やっぱりアタシに用があるのか。絶対にあり得ないが、もしかして告白だったりする?

 

「不良の緒方サツキさん……ですよね?」

「だったらなんだ」

 

 この学校にいる緒方サツキはアタシだけだ。なぜわざわざ確認を取ったんだ? てか不良のは余計だ。一応合ってるけど。

 さっきから緊張していたショタ野郎はホッとため息をつくと、某金髪カラーコンタクトのクソガキを思い出させるほど明るい表情になった。

 何この眩しい笑顔。吐き気がするから直視したくないんだけど。

 

「俺、一年のクーガ・ビスタと言います。本日は先輩に用があって参りました」

「そっか。んじゃ帰れ」

「え? それはできませんよ?」

 

 何を言っているんだという顔になるショタ野郎もといビスタ。やけに冷静だなコイツ。控えめに言っても異質感丸出しである。

 アタシの素行の悪さを知ってる奴らは普通、軽蔑するか恐れをなすかの二択だ。ハリー達のような物好きは別として。

 なんでこんなに異質感があるのか疑問に思っていると、それを払拭してしまうほどの一言がビスタの口から飛び出した。

 

 

「やっと会えましたね――“死戦女神”」

 

 

 考えることすら忘れ、思わず目を見開いて驚愕してしまう。とうとうアタシの正体を知っている生徒が現れてしまったか……。

 どうりで冷静にいられるわけだ。その事実を知っている奴は大抵が裏の連中、もしくはそういう奴らと繋がりがある。コイツも例外なくその一人ってことだからな。

 とはいえまだプロの殺し屋が出しゃばってきたことはない――いや、去年の春に二人だけ出張ってきたな。なかなかしぶとかったよ。結局病院へ行くはめになったし。

 

「テメエ何者だ」

「あなたのファンですよ。でもって――」

 

 いきなり何かが迫ってきたので咄嗟に受け止め、それが拳であることを確認する。

 へぇ、格闘技経験者か。それもストライクアーツではなく、地球でいう拳法の類い。

 

 

「――あなたを倒す者です」

 

 

 このとき、アタシは少しだけ期待していた。退屈しのぎには持ってこいだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、さっきの一年と何してたんだよ?」

「何してたっつうか……宣戦布告された」

「は?」

 

 放課後。眠りから覚めたアタシはハリーに質問攻めを食らっている。

 あのあと、ビスタは慌てて去っていった。午後の授業が始まる一歩手前だったしな。

 アタシとしてはあのままおっ始めても良かったんだけどな……つまんねえ奴だ。

 

「宣戦布告って……今度は何やらかしたんだ?」

「なんでそうなるんだよ」

 

 今回は何もしてねえぞ。今回は。

 

「いや、そうでもなきゃ宣戦布告なんてされねーだろ。で、何やらかしたんだ?」

「知らねえよ。何度も言わせんなこのバカ」

 

 しつけえな全く……そんなのアタシが知りたいくらいだ。

 まあ確かに、今までケンカでブチのめしてきた奴らがアタシに恨みを持っても何ら不思議じゃない。昔はそれが原因で闇討ちを受けたし。

 ――あ、今日の晩飯は何にしようか。最近クロのせいで甘いものばっかだったし、たまには辛いものでも食べたいぞ。

 

「……違うこと考えてないで、ちょっとは質問に答えろよ」

「やだ怖い。もしかしてエスパー?」

「おい待て。地味にオレから離れるな! ついでに逃げようとすんな!」

 

 いや逃げるだろ普通。だって目の前に妖怪の覚がいるんだぞ。

 ちなみに覚ってのはアタシの故郷である地球、その日本の民話に登場する人の心を見透かす妖怪だ。この場合は小五ロリタイプか?

 

「お前だって目の前に変態がいたら逃げるだろ? それと同じだよ」

「オレは変態じゃねえし、ついでにエスパーでもねえっ! しがない一般人だ!」

「どの口で一般人とかほざいてんだ」

「おめーにだけは言われたくねえぇーっ!」

 

 こんな感じでアタシとハリーは一緒に帰りながら言い争っていたが、埒が明かないので最後はいつものように殴り飛ばした。

 それにしてもクーガ・ビスタか。どっかで聞いたことのある名前なんだけどなぁ……。

 とりあえず帰ってから調べよう。あとクロにも調査させるか。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 12

「オレは変態じゃねえし、ついでにエスパーでもねえっ! しがない一般人だ!」
「…………え……?」
「や、やめろっ! 頼むからその反応だけはやめてくれぇーっ!」

 この手の反応にトラウマでもあるのだろうか。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話「挑戦状」

「それで、ビスタについてわかったことは?」

 

 ビスタに宣戦布告された日の夜。あれからクロに奴が何者なのか調査させていたのだが、待っているうちに寝落ちしたせいで結果を聞き損ねてしまった。

 クーガ・ビスタ……年下のショタ野郎で格闘技経験者。流派は地球で言う拳法の類い。見た限りストライクアーツじゃないのは確実だ。

 いるんだよなーそういう奴。ストライクアーツは確かにこのミッドチルダで最も普及している格闘技だが、格闘家の誰もがそれをやっているわけじゃない。ボクシングをやっている奴もいればグラップリング寄りの総合型もいる。ハイディのやつも覇王独自のものだったしな。

 

「…………また言わなきゃならないの?」

「ケーキ作ってやるから」

 

 アタシの一言で折れたのか、ため息をついて「今度は寝ないでよ?」と釘を刺しながらもちゃんと話してくれた。

 名前はクーガ・ビスタ。どうやら本名らしい。四年前のインターミドル・チャンピオンシップ男子の部において、最年少ながら初参加で都市本戦に出場。さらに都市選抜へ進出するもそこで敗退。それ以降インターミドルはおろか、他の競技大会にも出場していないとのこと。その強さから“魔闘士”と呼ばれた時期もあったとか。

 幸いにも当時の試合映像が残っていたので見てみたが、この時から拳法を使っていたようだ。術式がミッドチルダということもあって魔法をバンバン使用していやがる。

 これだけの成績を残しているにも関わらず、なんで一回しか出ていないんだ? 家庭で何かあったにしても情報がないようだし……。

 

「……言ったからケーキを」

「さっき作ったやつが冷蔵庫にある」

 

 そう言うとクロは目を輝かせて冷蔵庫に直行していった。お前、もしかしたらケーキ愛だけで生きていけるんじゃないか?

 それにしても裏との繋がりがあるかどうかは掴めなかったな。アタシが“死戦女神”であることを知っている以上、連中との繋がりはあるかと思っていたが……アテが外れたかな?

 冷蔵庫の前に座り込んでケーキを頬張るクロを尻目に、タバコを吸うべく自室へ向かう。ちょっと眠くなってきたわ。

 

「げっ、一本だけかよ……」

 

 自室に入るなりベッドへダイブしそうになるもグッと堪え、机の上に置いてある箱の中を確認するも白い棒が一本しか入っていなかった。

 仕方がない、今日は暴れるついでにタバコも調達するか。お金も調達できるし一石二鳥だよ。

 パーカーを羽織るように着用し、クロがケーキを食べ終わっているか確認しに行く。

 

「おい、行くぞクロ」

「待って。もう少しで食べ終わるから――!?」

 

 時間がもったいないのでクロを持ち上げ、嫌々ながらも肩車して玄関へ向かった。

 ……とりあえずクロ、怒っているのはわかったからアタシの頭にフォークを突き立てるのやめろ。怪我しなくても痛いもんは痛いから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これだけか……」

 

 翌日。ゴロツキを片っ端からボコボコにし、タバコと資金を調達することには成功したのだが、数えてみるといつもより少なかった。

 金が少ないのはいつものことだ。けど、タバコまで少ないのは今回で三回目だ。販売機で買うのめんどくさいんだぞ。

 今は早起きで登校しているのだが、さっきから隣で喋っているクソガキがうるさすぎる。

 

「――サツキさんっ! 聞いてるんですか!?」

「うるさい黙れ」

 

 この右目が翡翠、左目が紅玉のオッドアイと長めの金髪が特徴的な幼女の名は高町ヴィヴィオ。かのエース・オブ・エース、高町なのはの娘だ。だが娘と言っても血の繋がった親子ではなく、四年前になのはが引き取った孤児(?)である。

 四年前つったらJS事件があった年だ。事件の内容はある当事者から聞いているので大体把握している。変態のマッドサイエンティストが率いるサイボーグ集団+αと、管理局の精鋭である機動六課が街中で大規模バトルを繰り広げたらしい。

 おいおい、これ地球だと事件なんてもんじゃ済まされねえぞ――いや、そうでもないな。あっちでも同時多発テロなんてもんがあるくらいだし。

 

「? 私の顔に何かついてますか?」

「髪に虫が付いてるぞ」

 

 下手に言及されても困るので適当にはぐらかす。そんな目でアタシを見るな。

 ヴィヴィオはアタシの嘘を真に受けたらしく、慌てて頭をぐしゃぐしゃし始めた。あーあ、整ってた髪が残念な状態になってるぞ。

 別に我慢する必要はないのでタバコを取り出し、ゴロツキからパクった使いかけのライターで火をつける。

 

「さ、サツキさん。その白い棒ってタバコじゃあ……?」

 

 髪に付いていた虫(最初からいないけど)を払い除けたヴィヴィオがぼさぼさ頭のまま、ジト目で問いかけてきた。

 本人の名誉のためにも言わないでおくが、今のヴィヴィオからは清楚というものがまるで感じられない。寝起きもこんな感じなのだろうか。

 バレたからといって隠れる必要はないので堂々と一服し、口から煙を吐いて一言。

 

「そうだが?」

「まだ未成年ですよね!?」

「細けえこたぁいいんだよ」

「よくありませんっ!」

 

 なんて聞き分けの悪いクソガキなんだ。

 

「吸ってんのはアタシだ。お前じゃねえ」

「そういう問題でもありませんっ!」

 

 言葉での説得は無駄だと判断したのか、ハリーと同じようにタバコを取り上げようと小さな手を伸ばしてきやがった。

 軽くいなしてやりたいところだが、体格差のせいで上手くいかない。まさかコイツ、それも織り込み済みで仕掛けてきたのか?

 通行人に気を付けながらヴィヴィオの手をかわしていき、分かれ道まで来たところで口に咥えていたタバコを隠し、同時にそれとは別のタバコを投げ捨てた。

 飛んでいく白い棒を見て悔しそうに唸るヴィヴィオ。あら可愛い。しかも今回はぼさぼさ頭になっているから少し新鮮である。

 

「じゃあなクソガキ」

「サツキさんのバカぁっ!」

 

 後ろから恨めしそうな幼女の声が聞こえてきたが気にする必要はない。

 いつ早退しようかと考えつつ、隠し持っていたタバコで一服する。

 そろそろビスタと接触してみるか? 放っておいても向こうから仕掛けてきそうだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこにもいねえ……」

 

 アタシは夜の街で頭を抱えていた。一昨日ビスタと接触するため学校中を探し回ったのだが、どういうわけかどこにもいなかったのだ。

 奴のクラスメイトが言うにはちゃんと学校に来ていたらしく、授業も寝ることなく真面目に受けていたとのこと。

 今アタシが夜の街に繰り出しているのは、学校がダメならそれ以外の場所を当たってみようという魂胆だ。これならアタシも自由に動ける。

 とはいえ、二日も経っているのに手がかりすら見つかっていないがな。もういっそこのまま一晩明かしてしまおうか?

 

「……ん?」

 

 徹夜を覚悟したその時、ビスタらしき男子とすれ違った。急いで振り返るもソイツは人混みに紛れながら路地裏へ入っていく。

 人違いとも考えたが、スルーするよりはマシだと思いすぐさま後をつけることにした。当たりなら結構な収穫だし、ハズレでもゴロツキから資金を調達できる。完璧じゃねえか。

 しばらく歩いたところで音を立てないように壁をよじ登り、ビルの屋上へ到達する。これですぐに気づかれることはない。

 ビルからビルへとジャンプしながらソイツを見失わないように追いかけ、ある光景が目に入ったところで思わず足を止めてしまう。

 

「へぇ」

 

 そこには族相手に一人で立ち回っているビスタらしき奴の姿があった。というかもうめんどいからビスタでいいや。

 族の方も銃をぶっ放したり鉄パイプを振り回したりと頑張ってはいるが、ビスタが強すぎるのか一方的にやられている。

 しばらく連中と彼の小競り合いを見ていたが、数分で族が全滅した。……早いな。

 

「よっと――」

 

 ちょうどいいタイミングなので屋上から飛び下り、しっかりと両足で着地する。その際、軽い轟音とも言えるほどの落下音が響き渡り、少し力んだせいで地面が陥没した。

 さすがに気づいたのかこちらを振り向くビスタ。まさか落下してくるとは思っていなかったようで、その童顔は驚きに満ちている。

 

「…………やっぱり先輩でしたか」

「まあな」

 

 いつから気づいていた、なんて野暮な質問はしない。別に隠れてたわけじゃねえしな。

 

「とりあえず質問だ。――どうやってアタシが有名な“死戦女神”だと気づいた?」

「簡単に言うと、先輩が暴れているところを直に見ただけです。まあそれだけじゃ名前がわからないので親切な人に協力してもらいました」

 

 つまり今回みたいにゴロツキをボコってアタシが何者か聞き出した、というわけか。

 それとここからはアタシの推測だが、多分コイツはインターミドルで活躍するアタシを最初に見たはずだ。でなきゃ本名までわかるなんておかしいだろ。まあよく同一人物だとわかったな。

 まずはどうしてやろうかと唸りながら考えていると、ビスタが冷静に口を開いた。

 

「では明日の放課後、屋上へ来てください。いろいろ聞かせたうえで、倒してあげます」

「…………上等だ」

 

 待ちに待ったタイマンの申し入れ。断るわけがなく、二つ返事で承諾する。

 てかアタシを倒して何がしたいんだろうな、コイツは。そこが謎だわ。

 その後、アタシはビスタを置き去りにして警邏隊から逃げるように再びビルの屋上へとよじ登り、ビルからビルへと跳び移りながら帰宅した。

 

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 25

「そうだが?」
「まだ未成年ですよね!?」
「細けえこたぁいいんだよ」
「では歯を食いしばってください! ストレートにいきます!」

 会話になってないぞ。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話「放課後」

「サツキ。さっきから様子が変だけど……何かあった?」

「別に。ちょっと考え事してただけだ」

 

 いつも通りギリギリの時間に起きたアタシは、焼き飯を食べながら放課後ビスタとサシでやり合うことだけを考えていた。

 相手は最年少で都市選抜へ進出、判定でやっと負けるほどの実力者だ。一回限りとはいえKOどころかダウンすら取られたことがない。ダウンに関してはアタシと同じだな。

 格闘戦技の選手としては格上とも言える。初対面でアタシに放った拳の練度は本物だったし、族を一人で蹂躙していた姿もハッタリじゃない。おそらく陰で鍛錬を積んでいたのだろう。

 ついでに言えばワクワクもする。なんせ“ヒュドラ”以来の強敵、しかも格闘技経験者だ。遠慮なくブチのめせる。

 

「…………」

「どうした? ケーキはないぞ」

「何でもない。少し考え事をしてただけ」

「真似すんじゃねえよ」

 

 なんかデジャヴだと思ったらアタシの真似だった。にしては深く考え込んでいたようだが……またケーキのことだったりしてな。

 食器を下げて自室へ向かい、制服をしっかりと着用して部屋から出る。まさか制服で気合いを入れることになろうとは。

 

「んじゃ、今日の飯は自分で何とかしろよ」

「わかった」

 

 クロが半居候となっていることに全然違和感を感じないアタシであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう、その炬燵を端っこに寄せてくれ」

 

 昼休み。放課後に向け、通学途中で買った携帯食を口にしながらハリーと共に屋上でお片付けをしている最中だ。

 つっても片付けるものなんて炬燵とお手製の旗ぐらいだからハリーに丸投げしちゃってるけど。

 ちなみに頑張っているハリーは何故かバテバテになっている。コラコラ、若いのにその程度でくたばってどうすんだよ。

 

「だらしねえぞハリー」

「おめーが手伝わねえからだろ! こっちはテスト勉強で眠れてないんだよ! なのに屋上の炬燵をどかすってどういう風の吹き回しだ!? そもそもこういうのはお前がやるべきだろ!」

「ごちゃごちゃうるせえんだよテメエ。黙って片付けろ」

 

 ハリーの言っていることは確かに正論だが、タイマンを控えている以上こんなところで無駄な体力を使うわけにはいかない。

 タバコを吸いながら空を見上げ、風の音を聞きながら景色を眺める。地球で番を張っている奴らの気持ちが何となくわかった気がするよ。

 彼らはこのてっぺんから見る壮大な景色を守りたかったのかもしれない。一人で突っ張って、屋上を部屋のように扱っていたのが恥ずかしいぜ。

 

「ぜぇ、ぜぇ……景色を眺めているところ悪いが、タバコは没収だ」

 

 やっと片付けを終えたらしいハリーが息を切らしながら近づいてきた。汗で服が透けていることには気づいていないようだ。

 とりあえず彼女の頭を左手で鷲掴みにし、動きを止める。ぐるぐるパンチをしても無駄だ。どうせ届かないんだから。

 ジタバタするハリーを投げ捨て、屋上が綺麗になったことを確認してその場を後にする。タバコはどこで処理しようかな? 投げ捨てたハリーはもう追いついてきたし。

 

「おいサツキ。なんで屋上を片す気になったんだよ?」

「でっかい予約が入ったんだよ」

 

 タイマンという名の予約が。

 

「よ、予約?」

 

 一服しつつ「予約ってなんだよ」と何度も聞きながらタバコを取り上げようとしてくるハリーに軽く裏拳を入れ、彼女が顔を押さえている隙に女子トイレへ逃げ込んだ。

 放課後まであと二時間か。それまでにできることは睡眠補給――しかないな。タバコを流して教室に戻るとしますか。

 

「サツキ! 出てこい!」

 

 急ごう。炎の拳もしくは砲撃や射撃が飛んでくる前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったですね、先輩」

 

 ついに訪れた放課後。アタシはハリーと愉快な仲間達と適当な理由で別れ、一服しながら屋上へ到着した。このタバコで何本目だろうか。

 先に待っていたビスタはどこか我が物顔で振る舞い、制服のネクタイを丁寧に外して格好良く投げ捨てた。

 はっ、やる気満々じゃねえかコイツ。目付きまで変えやがって。

 

「で……何がしたいんだ?」

「と言いますと?」

「目的だよ、目的」

 

 やる前に話すって言っただろうが。ここに来て忘れたとは言わさねえぞ。

 ビスタは初対面のときに見せた明るい表情になり、待ってましたと言わんばかりに語り始めた。お願い、そんな顔でアタシを見ないで。

 

 

「――刺激が欲しかったんですよ」

 

 

 たった一言。たった一言だが、アタシはそれだけでコイツがどういう人種なのか理解できた。

 バトルジャンキーの快楽主義者。そう言ってもいいだろう。でなきゃわざわざヤンキーのアタシに挑戦状を叩きつけたりしないはずだ。

 初のインターミドル以降、競技大会に出場しなかったのも楽しめる相手がいなかったからだ。当時はジークも出てなかったしな。

 

「俺より強い奴なんていない。鍛錬しながらずっとそう思っていた――あなたが現れるまでは」

 

 なるほど。なーんかコイツ、誰かに似ているかと思ったらアタシじゃねえか。旅人のように放浪し、好敵手を探していた頃のアタシに。

 ――てことは亡霊退治かこれ。別の意味で面白くなってきたじゃねえか。

 

「なんでアタシなんだ? そういうことなら他にもいるだろ」

「確かに。でもね、それでも俺は――あんたを倒したいんだよ」

 

 ビスタがそう言った瞬間、アタシの身体が宙を舞って壁に激突した。

 いってえなおい……不意討ちとはいい度胸じゃねえか。思ったよりも効いたぞ。

 狙い通りという表情で笑うビスタ。あーそうかいそうかい、そんなにアタシを倒したいか。

 

「スイッチ入ったか“死戦女神”ぃ!?」

 

 ああ、おかげでスイッチが入るどころかワクワクが増してしまったよ。どうやら今の一撃は奴なりの挑発だったようだ。現に好戦的な笑みを浮かべ、さっきまであった礼儀正しさが消えている。

 すかさず開いた間合いを詰め、前蹴りを入れるもガードされ、素早く振るった右拳の連打も片手であっさりと捌かれてしまう。

 次にハイキックからの連続蹴りを繰り出すも来るのがわかっていたかのように回避され、間髪入れずに放った二段蹴りも丁寧にガードされる。

 するとビスタはがら空きになったアタシの懐へ拳の連打を突き出してきた。これを両手で必死に捌くも顔面に一撃打ち込まれ、鳩尾に正拳突きを叩き込まれた。

 拳の威力が想像以上だったために思わず後退してしまい、その隙に繰り出された後ろ回し蹴りが左瞼付近に直撃。左目に鈍い痛みを感じながら倒れ込んだ。

 

「いつつ……」

 

 痛みで左目を閉じつつ瞼付近から流れ出る液体のようなものに触れ、それが赤い液体――血であることを右目で確認する。

 ヤベェ……これじゃ血が止まるまで左目は使えない。見事なまでに視界が狭くなってしまった。いつもみたいに視野を広げられないぞ。

 とはいっても下半身をやられたわけじゃないのですぐに立ち上がり、残った右目でビスタの姿を捉える。

 

「あはは、いきなり目が潰れるとか……!」

 

 てな感じで笑いを堪えるビスタだが、全く隙のない綺麗な構えを取っている。チッ、笑ってるのに慢心してないとかムカつくなおい。

 助走から鋭い蹴りを放つも交差した両腕に阻まれ、見えない左頬に脚のようなものが直撃した。多分ハイキックだな。

 さすがにこの程度で倒れはしないので持ちこたえ、脇腹に迫るミドルキックを受け止めてお返しのハイキックを繰り出すも当たる寸前でガードされてしまう。今度は右の後ろ回し蹴りを顔面に入れる――ように見せかけて膝を曲げ、脇腹目掛けて曲げた膝を伸ばす。いわゆる可変蹴りである。

 しかし、ビスタはこれすら簡単に防いだ。そして彼の握り込んだ拳を腹部へ打ち込まれ、鼻っ面に膝蹴りを叩き込まれた。

 

「クソが……!」

 

 格闘技経験者と戦ったことは何度かある。ボクシングはもちろん、空手やプロレス、ムエタイに柔道の経験者など。でもここまでの熟練者とやったことはほとんどない。あるとすればそれこそ某エレミアのようなグラップラーぐらいだ。

 ビスタの額へエルボーを突き出すも最小限の動きでかわされ、蹴り上げからの踵落としも上体を反らすことで回避されてしまう。

 続いて左拳をジャブ気味に打ち出すも受け止められ、死角の左側から連続蹴りと思われるものをもらったせいで繰り出した手刀の軌道がズレてしまい、前蹴りで壁まで吹っ飛ばされた。

 

「っ……!」

 

 ちょっとこれヤバくねえか? いくら相手が熟練者だからって一発も当たらないとかあり得ないんだけど。

 とりあえず口内に溜まった痰を吐き捨て、背筋を伸ばすように体勢を整える。

 ビスタは真剣な表情で攻撃――というか迎撃の構えを取っている。こっちから突っ込んでくるのを待っているのか。

 だが突っ込まないと攻撃は当てられない。でも突っ込めば迎撃されてしまう。……あー、やっぱり深く考えるのは止そう。左目付近が痛いこともあって頭が回らねえや。

 

「いつも通りでいっか」

 

 下手に対策を考えるよりも、自分に合ったやり方が一番だ。それにこんだけボコられると嫌でも向こうの動きがわかる。

 ――そろそろ五感をフル稼働させてみるか。最近は平常運転だったし。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話「最強vs魔闘士」

「すぅ~……はぁ~……」

 

 久々に五感をフル稼働させるため息を整え、脱力した自然体の構えを取る。

 つっても左目が開けないので不完全な形となるのが少々痛い。マシにはなった方だが、未だに血は流れ出ている。早く止まんねえかな。

 ビスタはアタシが向かってくるのを待っているのか、それとも警戒しているのか構えたまま動こうとしない。

 これはこれで都合が良いので、奴が動く前に五感へ全神経を集中させていく。ガキの頃みたいに野生の獣になりきる――いや、自分が理性のない獣に戻るような感じだ。

 

「どうした先輩。来ないのか?」

「…………すぐ行くよ」

 

 よし、五感は研ぎ澄まされた。ちょっと鈍っている感が拒めないけど問題はないだろう。

 ただなぁ……こうなるといつもより歯止めが利かなくなるんだよね。感覚的には人間というより動物だし。

 一昨年の都市本戦でも誤ってアイツを殺しかけたしな。別にそれ自体は気にしていないが、やっぱり制御ってもんは必要かもしれない。

 まあ考えるのはこの辺にして、なんか待たせてしまったらしい後輩をブチのめしますか。

 

「――行くぞ」

「おっ!?」

 

 両脚に力を入れ、最初のように一瞬で間合いを詰める。四足獣並みに反応速度が増したおかげで身体が軽く感じるぜ。

 驚くビスタのボディへ握り込んだ右の拳を打ち出すがギリギリのところでガードされ、続いて左腕を薙ぐもしゃがんでかわされてしまう。

 薙いだ左腕を引っ込めようとするも鎖状のバインド――チェーンバインドが左腕に絡み付けられ、同時にゼロ距離から撃ち出された砲撃が恐るべき正確さで顔面を捉えた。

 魔力ダメージによる痛みで本格的に意識が翔びそうになるも、歯を食いしばって持ちこたえ、左腕に掛けられたバインドを力ずくで振りほどく。

 

「チッ、まだだ……!」

 

 研ぎ澄まされたとはいえまだ完全に獣の五感じゃねえ。半分ほど人間の部分が残っている。

 右、左の順に拳の連打を繰り出すもそれぞれ丁寧に捌かれていく。だが、ビスタも全く意に介していないわけではないらしく、動きに少しだけ焦りが見える。

 次に慣れない連続蹴りや二段蹴りではなく、使い慣れたハイキックでビスタをガードの上から押し切り、彼の体勢が崩れたところで跳び後ろ回し蹴りを叩き込んだ。

 

「いって……」

 

 さすがにガードしきれなかったのかビスタはこの蹴りをモロに食らい、ラリアットをかまされたような感じで倒れ込む。

 やっと、やっと一発入った……。まさかたった一発ブチ込むのにここまで時間が掛かるとは思いもしなかった。無駄に長かったわ。

 痛そうに顔を押さえながら立ち上がり、気合いを入れるように頬を叩いて構え直すビスタ。その間にもアタシは今の状態を維持するべく脱力した自然体の構えを取る。

 ビスタは分析でもしたいのかアタシの構えを隅々まで観察するように見つめていたが、諦めたのか気を紛らわす感じで話しかけてきた。

 

「何すかそのダサい構え」

 

 安い挑発なのか単純に質問なのか、それとも他に意図があるのか。アタシはそれに反応もせず、残っていた人間の部分を獣へと切り替えていく。

 切り替えるといっても外見が大猿になったりとか、身体の一部が動物になったりするわけじゃない。感覚と意識を獣のそれにするだけだ。

 意識が戦闘一色になり、無駄な情報は省かれシンプルかつ有効な選択肢を選ぶ。言うなればかのエレミアが『神髄』と呼ばれる状態に入るのと同じである。違いがあるとすれば、物事に対する基準も変わるという点だな。

 深呼吸をし、身体を微かに揺らす。アタシは人間じゃない、人の姿をした獣だ。目の前にいるのは敵。敵は問答無用で排除する――!

 

「ガァァァッ!」

 

 床を蹴って跳び上がり、四足獣のように両手を構えながらビスタへ襲い掛かる。

 迎え撃とうとしていたビスタもアタシの咆哮じみた叫び声を聞いて危機感を感じたらしく、振り下ろされた右腕を横へ転がって回避する。右腕は彼の代わりに金網フェンスを引き裂く形で破壊し、勢い余って床も削り取ってしまう。

 着地してすぐに流れるような動きでビスタへ迫り、打ち出された拳をかわして顔面に右のアッパーカットを突き刺す。その拳がめり込んだところで顔を鷲掴みにし、掬い上げるように持ち上げて後頭部から床に叩きつけた。

 その衝撃でビスタを叩きつけた場所が少し陥没してしまい、床には相応のヒビが入っていく。

 

「っ……この――!?」

 

 起き上がろうとした彼のマウントを奪い、ビキビキという音が聞こえるほど握り込んだ拳で顔面をひたすら殴り続ける。

 最初は両腕でしっかりと防御していたビスタだが、五発目を叩き込んだ際に両腕を無理やり弾いたことで丸腰となってしまい、されるがままに殴られ続けた。

 それでも諦めてはいなかったようで、十五発目を入れようと左腕を振り上げたところへ射撃魔法を顔面へ正確に撃ち出し、アタシがそれを避けた一瞬の隙に抜け出して立ち上がった。

 だからと言って逃がすつもりは毛頭なく、彼が構える前に跳び掛かって蹴撃を繰り出すも屈んで避けられてしまう。

 

「逃げんな……ゴラァァァァァァ!!」

「チィッ!?」

 

 右拳を若干大振りで振るうも頭部を掠っただけで当たらなかったが、斜めに放った左の蹴りが顔面にクリーンヒットした。続いて顔を歪めるビスタに右拳を叩き込み、さっきのお返しとしてミドルキックからの前蹴りで壁まで吹っ飛ばす。

 もちろん間髪入れずに再度床を蹴り、彼の頭を粉砕しようと飛び蹴りを放つが、これを待っていたのかビスタは跳び上がっているアタシをハイキックで撃墜しやがった。

 蹴りが直撃した腹部を押さえながら床に叩きつけられ、血反吐を吐いてすぐに立ち上がる。あれに反応できないとかやっぱり鈍ってるな……。

 ビスタが射撃魔法の構えを取ったところで間合いを詰めて右フックを打ち出すもガードされ、彼の右拳から放たれた魔力弾をバックステップでかわしながら跳び回し蹴りをブチ込んだ。

 

「ッ……!」

 

 少しだけ姿勢を低くしながら右ストレートを打ち出し、これが防御されると同時に繰り出されたミドルキックを突き出した右腕を曲げることでなんとか防ぎ、左の蹴りを放つ。続いて彼がそれを受け止めた瞬間に身体を横回転させ、左側から右の回転蹴りをブチかます。

 この蹴りをモロに食らい、倒れそうになったビスタの頭を半回転してから両脚で挟み込む。そして変則的な四つん這いの状態に入り、その状態からバック宙の要領で彼を脳天から叩きつけた。

 脳天を押さえて悶絶するビスタをよそに立ち上がり、獣のように構える。今のが成功したってことは大分野生に近づいてきたか。

 ってか落ちる寸前で防御魔法を展開していたとはいえ、よく生きてるなアイツ。普通なら魔法で身体強化していようと頭蓋骨割れてるぞ。

 

「ふぅ~……」

 

 そんなに乱れていない息を整え、脳天を押さえながらも立ち上がるビスタを見つめる。ビスタもダラダラしていると一気に食われる、ということを学習したのかすぐに構え、アタシを警戒するように一定の距離を保つ。

 考える時間も与える気のないアタシは地面を蹴って跳躍し、ビスタの顔面へ両膝を突き刺そうとするも上体を後方に反らすことで回避され、そのまま壁に四つん這いで張り付く。

 張り付くといっても手足に吸盤があるわけじゃないし、蜘蛛の糸を使ってるわけでもない。両手の指を壁に食い込ませてるだけだ。

 壁を蹴って跳ね上がろうとしたが、それよりも先にビスタがハイキックを繰り出してきたので咄嗟に伸びきった四肢を曲げ、蛙のような体勢になることでギリギリ回避した。

 

「よっと!」

 

 壁に張り付いたまま右脚でビスタの後頭部を蹴りつけ、彼がその場から離れた隙に両手の指を引っこ抜いて着地する。

 続いて放たれた連続蹴りを最小限の動きでかわし、すかさず慣れない二段蹴りで牽制からの左拳でビスタを殴り飛ばす。

 さらに壁に激突した彼の懐へ膝蹴りを三発ほど入れ、強引に投げ出し勢いをつけた蹴りで思いっきり吹っ飛ばした。

 だが、ビスタは上手く着地すると蹴りのモーションから衝撃波のようなものを飛ばしてきた。

 

「邪魔ァ!」

「がぁっ……!?」

 

 こちらへ向かってくるビスタを視界に入れつつ衝撃波のようなもの――魔力の塊を片手ではたき落とし、迫り来る右の拳をエルボーで受け止め、攻撃の勢いを利用して弾き返す。いわゆる攻性防御ってやつだ。

 これにより右手を痛め、顔をしかめるビスタ。すると今度は足下にミッドチルダ式の魔法陣を展開し、連続蹴りのモーションからさっきの衝撃波みたいな魔力を連射してきた。

 倍にして返そうとするも場所が悪いので断念。魔力の塊を一つ一つ丁寧に弾いていき、最後の一つをボールのように蹴り返す。

 ビスタはそれを左拳で相殺し、体勢を整えようと身体のふらつきを押さえた。

 

「くそっ、やるにしても限度ってもんがあるだろ……!」

 

 吐き捨てるようにそう呟き、口元の血を拭き取るビスタ。チッ、構えたままかよ。隙あらば食い殺すようにブチのめしてやるっつうのに。

 敵は生かして帰すな。殺られる前に殺れ。勝負ってのは殺ったもん勝ちだ。

 ビスタが放ったミドルキックに同じミドルキックをぶつけて相殺。次に跳び後ろ蹴りを入れて彼の繰り出した後ろ回し蹴りを右腕でガードし、左拳をフック気味に顔面へ叩き込む。

 

「おっ?」

 

 左目が見える……どうやら左目付近の出血が止まったらしいな。いつ止まったかはともかく、これで五感を完全な形でフル稼働できるぞ。

 改めて確認するべくしっかりと両目を開き、少し息を切らしているビスタを視認する。

 

「くふふ……」

 

 思わず笑い声を出してしまうも、顔を俯けることで声を押し殺す。

 そんなアタシを見て首を傾げるビスタ。怪しまれてるが……別に何か隠してるわけじゃないし問題は何一つない。

 

 

 

 

 ――お前を叩きのめす準備が整った、という点を除けばな。

 

 

 

 

 




 いつの間にかサツキに半居候扱いされている魔女っ子ファビア。

 Vivid Strike!2話を見て思った……あれだけ万能なのにパワー型とかリンネ強えなおい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話「その先には」

「ふぅ~……」

 

 一息ついて脱力した自然体の構えをベースにして四つん這いに近い体勢を取り、警戒するように守りの構えを取ったビスタを観察する。

 どうやら攻・守・迎と状況に合わせた構えがあるみたいだな。にしてもあの構え、どう見ても攻性防御のそれでしかない。

 身体を微かに揺らし、ビスタがピクッと反応した一瞬の隙をついて突撃。右の拳で腕と腕の間から顔を殴りつけ、繰り出された鋭い蹴りをわざと転倒することでかわすと同時に、伸ばしきった右脚を顔面にブチ当てる。

 そして仰向けに倒れるもすぐに両手を使って起き上がり、両腕で顔を守るビスタへ前回し蹴りを放ってガードごと彼を吹っ飛ばす。

 

「っ……ざけんなオラァ!」

 

 華麗に着地し、目にも止まらぬ速さで漫画のような拳と蹴りのラッシュを繰り出すビスタ。しかし五感が研ぎ澄まされた状態で両目が見えるようになった今、アタシにはそれが止まって見える。

 一つ一つを最小限の動きでかわしていき、突き出された右拳が顔面に当たるよりも先に左のクロスカウンターをブチ込み、怯んだところへ前方宙返りからの浴びせ蹴りを入れた。

 顔面を押さえて後退するビスタに追い討ちを掛けるため、獣の如く低空姿勢で詰め寄って跳び掛かり、両手で頭を掴んで左膝を顔面に突き刺す。

 さらに休むことなく体勢を崩して仰向けに倒れたビスタの鳩尾を踏みつけ、無理やり起き上がらせて裏拳の連打を叩き込んだ。

 

「おいもう終わりかよ?」

「るせえなクソアマっ!」

 

 追い込まれていることもあってか、煽りへの耐性がないビスタは怒りに任せて痛めているはずの右で綺麗な正拳突きを放つ。

 アタシはこれをかわしてから迫り来る左の拳を踏んづけて跳び上がり、彼の後頭部を蹴りつけ上手く着地する。次にこっちへ振り向いた瞬間を狙ってハイキックを繰り出し、軽くジャンプして上から右拳を振り下ろした。

 よろめきながら壁にぶつかり、傷だらけになった顔を袖で拭くビスタ。その間にも四つん這いに近い体勢を取り、獣のように身体を揺らす。

 

「グルル……」

「獣みたいに唸りやがってぇ……!」

 

 どうもアタシの構えと雰囲気が気に入らないビスタはかなりイラついており、頭を掻きむしるように抱えてから開いていた間合いを詰めてきた。

 今のところ表には出ていないが、実は結構疲れていたりする。少なくとも、気を緩めたら膝をついてしまうほどには。

 感覚と意識を獣のそれに切り替え、獣じみた動きも可能にするこの状態――野獣モードは体力よりも精神力を大幅に消耗する。なんせ人の身でありながら獣になっているうえ、発動するには五感を最大限に研ぎ澄ませる必要があるからな。

 ちなみに野獣モードって名前は今つけた。野生の獣、略して野獣。単純だが呼びやすい名称だ。最近はあんまり使ってなかったし、そもそも使う機会が非常に少ない。もしかしたら今回限りかもしれないな、これを発動させんのは。

 

「■■■■■■■■!!」

 

 獣の如き咆哮を上げながら地面を蹴り、宙を切り裂き回転しながら左腕を構える。

 対するビスタも攻性防御の構えを取り、立ち止まってアタシを迎撃しようとする。

 このままだと向こうの攻性防御が成功してしまう。でも、今やっている動作をキャンセルすることはできない。それなら――!

 

「ドラァッ!」

「ぐ……っ!?」

 

 構えていた左拳を一刀両断の如く振り下ろし、ビスタが突き出した左の肘をあえてぶん殴る。

 アタシの拳とビスタの肘から骨の軋むような音が聞こえ、互いに顔を歪めてしまう。

 それでも血が出るほど拳に力を入れることで攻性防御を押し切り、

 

「ガァァァッ!」

 

 左の肘を破壊してビスタを殴り倒した。

 その衝撃で床にヒビが入り、血反吐を吐きながら壊れた左肘を押さえ倒れ込むビスタ。

 着地すると同時にふらついて倒れそうになるも、両手を膝の上に置いてギリギリ堪えた。

 

「――はぁ、はぁ……!」

 

 今までほとんど感じていなかった疲労が、野獣モードを解除した瞬間にどっと押し寄せてきた。そのせいで精神的にもヤバイ。

 まあ、やっと終わったわけだ。少しは気が晴れるぜ全く……。

 一気に乱れた息を整えつつ、左肘を押さえながら苦しそうに踞るビスタの元へ歩み寄り一言。

 

 

「これがヤンキーだ」

 

 

 彼を見下ろしながらそう告げ、西へ沈んでいく太陽に目をやる。そこには昼休みに見たときとは比べ物にならないほどの、壮大な景色があった。

 ああ、そっか……これがてっぺんに登ってから見る本当の景色なのかもしれない。

 あまりにも綺麗なその景色に見とれていると、グラウンドを始め学校中が騒がしくなっていることにようやく気づいた。そりゃこんだけ派手にやり合えば嫌でも注目を集めてしまうわな。

 

「んじゃ、後は任せたぞ後輩」

「はは……そりゃないっすよ先輩……」

 

 今日のところは面倒なことを敗者に押しつけ、パイプを伝って屋上から離脱する。

 まずは帰って寝よう。どうせ明日になれば責任の大半はアタシに来るのだから。

 学校の外に脱出し、ポケットからいつものように取り出したタバコにライターで火をつけた。

 

「……お疲れ様」

「あ?」

 

 いきなり隣から聞き慣れた声が聞こえてきたかと思えば、いつの間にか魔女っ子のクロがアタシの隣を歩いていた。

 珍しいな。コイツが放課後のアタシを迎えに来るなんて。普段は我が家にいるか、後からやって来るかの二択なのにどういう風の吹き回しだ。

 白い煙を口から吐きつつ、さっきからジト目で睨んでくるクロに話しかけてみる。

 

「用件は?」

「どうせサツキの考え事なんてこんなことだろうと思ったから、迎えに来ただけだよ」

 

 どうせって何だゴラ。ていうか、迎えに来て何がしたいんだお前は。

 身体がふらついて壁にもたれ掛かってしまい、痛みで顔が歪む。クソッ、後から響いてくるダメージってのはキツいもんだな……。

 壁に右手を当ててふらつく身体を支えていると、左から誰かが肩を貸してくれた。

 

「…………誰だお前」

 

 とりあえず礼を言おうと肩を貸してくれた奴に視線を向けると、アタシより少しだけ背が低い金髪美女がそこにはいた。

 外見はクロを成長させた感じで結構大人びている。うん、誰なのコイツ。

 金髪美女は首を傾げると、きょとんとした顔で口を開いた。

 

「どうかした?」

「お前クロか」

 

 変身魔法を使ったクロだった。声が幼女のときと全然変わらないからすぐにわかったよ。

 

「元の姿だと支えられそうにないから姿態編成(シェイプシフト)した。サツキは外見に反して重いし」

「やかましい殺すぞゴラァ」

 

 人に体重のことでどうこう言われる筋合いはない。太ってるわけじゃないし。

 右手に持っていたタバコを吸い、大人モードのクロに支えられながら歩く。

 ……そういや晩飯どうしよう。当然だけど作る気力もないからなぁ。

 

「言っとくが、飯はねえぞ」

「いらない。それにいざというときは私が作る」

「おいやめろ」

 

 嫌な予感しかしねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何してんだよお前は……」

 

 ビスタとタイマンを張った日からちょうど二日後。アタシは三日間の自宅謹慎となり、ビスタも期限はわからないが停学となった。

 本来なら停学になるべきなのはアタシだが、どうもアイツに庇われたらしい。いろいろやらかしたわりには結構軽い処罰だしな。

 今はハリーが差し入れを持ってきたところだ。甘い匂いがする。

 

「何ってそりゃお前――ケンカだろ」

「当たり前のように言うな」

 

 当たり前だから仕方がない。

 

「ケンカするなら試合でも良いだろ。なんでわざわざリアルファイトするんだよ」

「なにお前? 今度は全世界の不良にケンカ売ってんの?」

 

 左手の怪我が治っていたら今すぐコイツをボロ雑巾にしているところだ。

 ポケットから一枚の用紙を取り出し、ハリーに渡す。危ない危ない、忘れるところだったよ。

 

「これ先公に渡しといてくれ」

「ん? これって進路調査の――」

 

 

【ヤンキーはヤンキーにて死すべし】

 

 

「――アウトだアウト! こんなの先生に見せられるか!」

「いいから渡しとけ」

 

 アタシなりに将来を考えたが、これしか出てこなかった。お先は真っ暗だ。

 それにしても、今日は天気が悪いな。さっきから雨の音が激しくなってるよ。そのせいで洗濯物は室内に干さなければならない。

 差し入れも受け取ったことだし、ハリーにはお引き取り願いましょうか。

 

「ほら帰れ」

「おい待て押すな――」

 

 無理やり外へ追い出し、玄関の鍵を閉める。これで面倒なのは消えた。

 タバコを吸いながらリビングへ行き、テレビを見ながら座っているクロの隣に腰を下ろす。

 差し入れの中身は……あれ? ハチミツ?

 

「なんでハチミツ……」

「は、ハチミツ……!」

 

 ハチミツの匂いを嗅いだ途端に目を輝かせるクロ。この野郎、甘けりゃ何でもいいのかよ。

 しかし困った。このハチミツの使い道がわからない。そのまま頂くにしても甘すぎるしな。

 地球だとホットケーキに挟んだり、焼いた食パンに塗ったりするハチミツ。こっちじゃどういう使い方をしているのだろうか。

 

「おいクロ。これはどうやって使うんだ?」

「舐める」

「……そのまま?」

「そのまま」

 

 ダメだこりゃ。そう思ったアタシはクロにハチミツを渡し、灰皿にタバコを押しつける。

 周りを見渡してみると、主人のクロを放ったらかしにしてプチデビルズが一部の家事を勝手に行っていた。主に洗濯と掃除。

 今年のインターミドルについて考えながら、今朝の食器を洗うのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF第三章「揺らぐヤンキー」
第18話「まさに厄日」


「…………サツキ。これは何?」

「ちょっと黙れ」

 

 雲一つない晴天の朝。アタシとクロはミッドチルダ西部の山林地帯を流れる川で釣りをしている。にしても綺麗だなこの川の水は。水底が鮮明に見えるぞ。

 隣で釣り糸の先端にある釣り針に餌を付けているクロは退屈なのか、可愛らしくあくびをしている。興味ないのかコイツ。

 ちなみに魚は二匹しか釣れていない。しかも二匹ともアタシが釣った鮭の成魚並みのやつだ。意外とでかいもんだから最初はびっくりしたよ。

 しっかし眠い。たまには釣りがしたいという軽い気持ちで早朝に出たのは失敗だったな。休日とはいえ朝飯も食ってないし。

 

「……あ、また釣れた」

「餌が付けられない……!」

 

 竿が少し曲がったので引っ張り上げてみると、先の二匹よりも小さめの魚が釣れた。大きさ的には鮎かイワナ並みか。これで三匹目だな。

 さっきからクロが釣り針に餌を付けるのに苦戦しているが……大丈夫かこれ。アイツ未だに釣り糸をぶら下げてないからな。ぶっちゃけ足手まといでしかない。

 このままじゃ拉致が明かないと判断し、クロの釣り糸に餌を付けて水中にぶら下げる。後はさすがのコイツでもどうすればいいかわかるだろ。

 

「……待っていればいいの?」

「竿が少しでも動いたら引っ張り上げろ」

 

 今アタシたちが使っているのは安物の竹竿だからな。一般でよく使用されるリール付きの竿とは残念な方で勝手が違う。

 設置している自分の竿の前に戻り、取り出したタバコにオイルライターで火をつける。やっと本日最初のタバコである。

 クロは眠そうに目を擦っており、プチデビルズに自分の竿を見張らせていた。便利だなプチデビルズ。三体もいるし。

 

「おっ、いい当た――」

 

『サッちゃんの気配がする……!』

 

「――っ!?!?」

 

 竿が曲がったので引っ張り上げようとした瞬間、凄まじいレベルの寒気を感じた。まるで変態に貞操を汚される一歩手前まで来てしまった、そんな感じの寒気が。しかも聞き覚えのある声が聞こえてきたし。

 周りを見渡し、何か怪しいものがないか確認する。クロもアタシが焦っていることに気づいたのか、両手で頬を叩くとプチデビルズを本格的に使役し始めた。

 だが魚は釣り上げよう。さっきから曲がっている竿を今度こそ引っ張り上げると、そこそこ大きな魚が掛かっていた。また鮭並みか。

 釣れた魚をバケツに入れ、吸っていたタバコを携帯灰皿に押しつける。嫌な気配が近づいてきている。距離的にはちょうど川の向こう側だ。

 

「ギタギター!」

「カカカーッ!」

 

 クロに使役されたプチデビルズが慌てて戻ってきた。どうやら何か見つけたようだが……一体何を見つけたというんだ。慌て方が尋常じゃない。

 主人であるクロもそれが気になったのか、某ゲームの初期モンスターによく似た姿のプチデビ一号から事情を聞き出していた。

 そういえば槍を持ったプチデビ三号がいないぞ。ちなみに縞模様のやつがプチデビ二号だ。三体合わせて我らプチデビルズ! ってやつだな。

 一号から事情を聞き終えたクロがプチデビ二号からも事情を聞き出していると、川の向こう側からガサガサという音が聞こえ――

 

「ゲ、ゲゲ……」

「危ないなぁこの子は。いきなり襲ってくるなんて失礼やろ…………ん?」

 

 ――茂みの中からボロボロのプチデビ三号を掴んだ一人の少女が現れた。

 足まで伸びた黒のツインテールに澄んだ碧眼、そして黒のジャージ。

 クロもソイツを見て一瞬固まったが、すぐに表情が憎悪の籠ったものへと変わった。

 アタシはアタシでソイツと目が合い、思わず苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。少女の方はアタシを見るなりにへら顔になっていた。

 

 間違いない、コイツは――!

 

 

「サッちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

「逃げるぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 少女が大声で叫ぶと同時にクロの襟元を掴み、釣った魚を放置して猛ダッシュで駆け出す。

 するとその少女――ジークリンデ・エレミアは川を跳び越し、チーターも真っ青なレベルのとんでもない速さで追いかけてきた。

 こんなことだろうと思ったよちくしょう! 最悪にも程がある! なんでこんな朝早くからダッシュしなきゃなんねえんだよ!?

 とりあえず逃げよう。天国だろうと地獄だろうとどこへでも逃げてやる。でないと――

 

「サッちゃん待ってぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 ――終わる。いろいろと終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「離してサツキ……! 私はクロゼルグの使命を遂行するんだ……!」

「知るかボケッ! んなもん後にしろ!」

 

 山の中を必死に駆けているのだが、さっきからクロが離せ離せうるさい。

 まあ、相手はクロゼルグの使命とやらの対象に入っているエレミアの末裔だからな。否が応でも恨みを晴らしたいのだろう。

 アタシには関係のないことだし、やるなら勝手にすればいい。だが今回は逃げるが勝ちだ。

 ちなみにジークは今もアタシの後ろをついてきている。全然振り切れてないのかよ……!

 

「サッちゃん! 会うの久しぶりやのになんで逃げるんや!?」

「変態から逃げない奴はいねえっ!」

(ウチ)は変態やないよ!? ただ純粋にサッちゃんが大好――」

「言わせねえよ!? 言ったら縁切るからな!」

「縁切ったらサッちゃんの手足もぎ取るよ!? もぎ取って身体の方を(ウチ)の抱き枕にするから!」

「お前もう喋んな! 二度と喋んな! 死ぬまで喋んな! 一生喋んな!」

「いくらなんでもそれはあんまりやっ!」

「喋んなつっただろうがぁぁぁぁぁ!!」

「サッちゃんのアホー!」

 

 ダメだ。会話が成立しないどころか脅しが通用しない。しかも逆にヤバイこと言われた。手足もぎ取るってどういうことなの。いつからヤンデレになったのアイツ。

 このままじゃキリがないと判断したアタシは近くにあった木のてっぺん――樹上へ跳び上がり、樹木から樹木へと跳び回って逃げることにした。

 ジークは木の枝に髪やフードが絡まるのが嫌なのか、普通に走りながら追ってきている。大自然でリアル鬼ごっことか勘弁しろよ。

 クロは未だにジタバタしている。とりあえずコイツを捨てて身軽になる必要があるな。どっかに池か湖があればいいんだけど……お?

 

「そぉい!」

「え、ちょ――」

 

 方角で言うと東の方にそれなりに大きな池が見えたので、そこへ右手で持っていたクロをすかさず放り投げた。なんか言おうとしていたけど問題はないな。一応、無事を祈っといてやるよ。

 これで身軽になった。逃げるスピードを上げてさっさとジークを撒いてしまおう。

 ちょうどジークが木の根っこに躓いたので一気に跳び回るスピードを上げ、階段で言う二段飛ばしで彼女との距離を広げていく。

 

『あー!? サッちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!!』

 

 ついさっきまで普通に聞こえていたジークの声が小さくなっていた。どうやら逃げおおせたらしいな。ひとまず安心したよ。

 ていうかなんでジークがこんなところに……あ、そうか。アイツ絶賛放浪中だったな。最近いろいろあったから完全に忘れてた。

 さぁーて、逃げ切ったことだしぶん投げたクロを回収しに行くか。アタシに助けを求めているのかは知らんが、数十キロ先で使い魔のプチデビルズをそれっぽく使役してるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 数分後。池のど真ん中でプカプカと浮いていたクロを救出したのはいいが、悔しそうに唇を噛み締めてこっちを向いてくれない。

 別に怒るこたぁねえだろ。わざわざ比較的安全な形で逃がしてやったというのに。そんなにエレミアの末裔であるジークを呪いたかったのか。

 これじゃずぶ濡れになってまで救出したアタシがただのバカみたいじゃん。まあ今まで散々バカやってきたことは否定しないけど。

 

「とりあえず機嫌直せバカヤロー。チャンスはいくらでもあるから」

「…………次は許さないよ」

 

 そう言ってこっちを向いてくれたが、珍しく恨みの籠ったジト目でアタシを睨んできた。

 上等だコノヤロー。マジでやろうってもんなら何度でも返り討ちにしてやるよ。そんで生まれてきたことを後悔させてやらぁ。

 クロの機嫌が直ったところで……どこだここ。逃げることに集中してたから右も左もわかんねえや。何か目印みたいなものはないのだろうか。

 樹上に跳び上がって出口がどこにあるか確認しようとした瞬間、再び凄まじい寒気が全身を走った。おいおい、もう追いついたのかよ。

 

「良かったなクロ」

「何が?」

「チャンス到来だぜ」

 

 樹上から下りてクロにそう告げ、池の反対側へ目をやる。そこには一張りのキャンプ用テントが設置されており、タイミング良く茂みの中から一人の少女が出てきた。

 というか、ついさっき撒いたはずのジークだった。どうやら意図せぬうちに奴の拠点へ来てしまっていたようだな。

 向こうは最初から気づいていたのか少し黒い笑みを浮かべており、クロは恨めしそうな表情で臨戦態勢に入っている。

 

「エレミア……!」

「サッちゃんと雌ね――魔女っ子見っけ!」

 

 今クロのことを雌猫って言いかけたぞアイツ。

 

「さすがにもう逃げへんやろ?」

「…………チッ」

 

 こうなったら力ずくで叩きのめすしかない。もう一度逃げても奴はどこまでも追ってくるに違いない。会ってしまったのが運のツキかよ……!

 山林を流れる綺麗な川で釣りがしたかっただけなのにどうしてこうなった。全く、今日ほどの厄日はいつ以来だろうか。

 

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 35

「……待っていればいいの?」
「竿が少しでも動いたら引っ張り上げろ」

 バキッ

「…………」
「…………」
「…………折れた場合は?」
「知らん」

 それは自分で何とかしろ。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話「最強vs最強」

「ここなら誰にも邪魔されへんよ」

 

 アタシとクロはジークについていく形で池を後にし、木が一本も生えていないとある平原地帯に来ていた。なんつーか、どんな山林地帯にもこういう場所はあるのな。

 ピクニック気分にでもなっているのか鼻歌を歌いながら前を歩いているジークだが、クロは物凄い目付きでずっと彼女を睨んでいる。ちなみにアタシはタバコを吸いながら、こっそりと二人を交互に見ているだけだ。

 そういやアイツはクロと対面したのにこれといった反応はしてないよな。やっぱりクロと違ってエレミア一族の戦闘経験とその記憶しか受け継いでいないからか。

 ジークは平原の中心部であろう位置で立ち止まり、クルリとこちらへ振り向く。アタシたちもそれに合わせて立ち止まる。

 

「ほな雌ね――魔女っ子は下がって。邪魔やから」

 

 またクロのことを雌猫って言いかけたぞアイツ。何故に豚ではなく猫なのか。

 

「下がらない。下がるとしても、エレミアであるお前を骨の髄まで呪ってからだ……!」

「呪われるようなことをした覚えはないんやけど……そこまで言うなら相手してやらんこともあらへんよ? ――サッちゃんの前座として」

 

 そう言ってさっきから右手に持っていたボロボロのプチデビ三号を見せつける。まさか温厚なジークがあそこまでやるとはなぁ……一体何がアイツを動かしているんだ?

 クロはカッとなったのか箒に跨って飛ぼうとしている。こりゃダメだな。仮に突撃しても三号を盾にされて返り討ちに遭うのがオチだろう。

 冷静になって考えてみると、奴の狙いはあくまでアタシだ。いくら古代ベルカ絡みとはいえ、今クロがやろうとしているのはアタシの邪魔でしかない。皮肉にもジークの言う通りである。

 

「下がれクロ」

「断る。邪魔をするならサツキでも――っ!?」

 

 頭に血が上っているのか聞く耳を持たないクロを殴りつけ、襟元を掴んで後ろへ投げ捨てる。話を聞かない奴は大体殴れば解決するからな。

 後ろからクロに憎しみが籠った鋭い視線を向けられるも、当然その程度で狼狽えるアタシではない。とうとう恨みから憎しみへランクアップしてしまったよ。

 

「前言撤回。チャンスはいくらでもあるが、今アイツとやるべきなのはアタシだ。邪魔しようってんならジークを殺るついでにブチ殺すぞ」

「ぐっ……!」

 

 悔しそうに言葉を詰まらせるクロ。悪いな、今度ハチミツ入りのモンブランでも作ってやるから今回は黙って引っ込んでろ。

 邪魔者になりかけたクロが渋々ながらも下がってくれたのを確認し、持っていた三号を投げ捨てたジークと向き合う。

 さっきの変態っぷりがまるで嘘のような顔付きになっているジーク。この野郎、動機はなんであれやる気満々じゃねえか。いつの間にかバリアジャケットまで着用しやがって。

 

「クロ」

「…………何?」

「ジークの狙いはアタシだ。ここでアタシが勝てば、アイツは何度でもアタシを狙ってくる。意味、わかるな?」

「……大体は」

 

 正直に言うと、どうせジークのことだから勝敗に関係なく狙ってくるのは明白だ。しかし同時にクロがアイツを呪うチャンスが倍増するという利点が発生する。

 要はジークの関心をアタシに向け、その隙にクロの呪いとやらを掛けて撃破する。クロを差し向けることで狙われる確率が減り、クロがやられても漁夫の利を得る形でジークをブチのめす。

 上手くいけばこんな感じになる。まあそうなればいいな~と考えてはいるが、ならなくてもチャンスがあるのは本当だから別に大丈夫だろう。

 今度こそクロが機嫌を直して下がったのを見届け、もう一度ジークへ視線を向ける。なんでちょっとニヤけているんだあのバカ。

 

「その子を庇ってるのが見え見えやで。そんなに大事なんか?」

「別に。ただ邪魔をされたくなかっただけだ」

「…………そっか」

 

 何か策があるのか、嫉妬に狂って食らいつく様子がないジーク。嘘は言っていない。お前の言う通り、クロがやろうとしていたのはアタシの妨害になることだったしな。

 背筋を伸ばし、吸っていたタバコを携帯灰皿に押しつけていると、ニヤけ顔から引き締まった表情になったジークが口を開いた。

 

「言い忘れてたけど、(ウチ)が勝ったらサッちゃんの所有権はもらうからな」

 

 アタシの選択肢が勝って四の五の言わせないの一択になった。そもそも所有権って何なの。勝手に作ってんじゃねえよ。

 

 

 

 

「ほんなら――始めよか!」

 

 

 

 

 妙に気合いの入った彼女の一言が開始の合図となった。さっさと終わらせるべく早歩きで間合いを詰めていくも、同じく間合いを詰めてきたジークが少し屈んだ姿勢から前蹴りを入れてきた。

 不意をつかれたこともあってモロに食らってしまい、一、二歩下がるも余裕で持ちこたえ、蹴られたところを二回ほどはたく。

 続いて打ち出された右の拳を左拳で薙ぎ払うように弾き、右脚で腹部を蹴りつけ左のハイキックをぶつける。それを右腕で防いだジークだが、蹴りの威力は殺しきれなかったのか二、三メートルほど吹っ飛んだ。

 間髪入れずに着地した彼女の胸ぐらを掴み、背負い投げで落として踏みつけからのエルボー・ドロップを鳩尾へ何度も叩き込む。

 

「ごは……!?」

 

 初っ端から猛攻が来るとは思っていなかったのか、目を点にして吐血するジーク。

 お前には悪い――とは微塵も思っていないが、何気にアタシの人生が掛かっているからガチでいかせてもらう。死んでもお墓参りには行かねえからな。てか行きたくない。

 地面を蹴って跳び上がり、両脚で踏みつぶそうとするも横へ転がるようにギリギリでかわされ、そのまま立ち上がるのを許してしまう。

 しかもそのせいでジークの代わりに地面を踏んづけた瞬間、轟音や一瞬の揺れと共に大きなクレーターが発生した。やりすぎたかな?

 

「ちょ、ちょっと頭冷やしぃ!」

「テメエがなァ!」

 

 アタシの左拳とジークの右拳がぶつかり合い、凄まじい衝撃波が吹き荒れる。

 少しするとジークが力負けしたのか顔を歪めたところで互いに拳を弾き、彼女の懐へ前蹴りを入れてから跳び後ろ蹴りで突き飛ばした。

 さらに低空姿勢から右のアッパーカットを繰り出すも交差した両腕で受け止められ、その右腕を掴まれ一本背負いで落とされてしまう。

 かなり頭に来ていたのか、額にうっすらと青筋を浮かべたジークはアタシが起き上がるよりも先に、掴んだ右腕へお得意の関節技――腕挫十字固めを極めてきた。

 

「ぐぅぅ……!?」

「いっぺん脱臼してまえ……!」

 

 どうやら本気で関節を外す気らしい。全く、極める側のお前にはわからんだろうが外れた関節をハメるのって大変なんだぞ。

 とはいえイチイチハメ直すのもあれなので十字固めから力ずくで脱出し、お返しとして裏拳を叩き込んですぐに立ち上がる。

 右腕がズキズキと痛む。まあこのくらいなら支障は出ないから問題ねえがな。ジークの方も片手で胸元を押さえながら立ち上がっていた。

 

「おいおい、誰かを傷つけるのは嫌じゃなかったのかよ?」

「せやな。けど、身体の丈夫なサッちゃんなら何をしても大丈夫やろ?」

 

 そういう問題じゃない。

 

「ゲヴァイア・クーゲル!」

 

 アタシが距離を取ると自分の周りに高密度の弾幕陣を生成し、それを一斉に撃ち出すジーク。当たれば並みの選手なら致命傷だな。

 飛んでくる魔力弾を一つ一つ丁寧に捌いていき、最後の一つに左の掌底で螺旋の回転を加えて貫通力を向上させ、そのまま弾き返す。

 すかさず受け止めようとしたジークだが、前にそのせいで痛い目に遭ったことを思い出したのか当たる寸前で回避した。

 その隙に開いた間合いを詰めようと翔けていくも、ジークは姿勢を低くしながら突撃してきた。確か低空タックルだったな。

 ジャンプからの踏みつけで潰してやろうかと思ったが、さっきみたいに避けられそうなので断念。立ち止まって弾丸のように迫るジークの身体を受け止め、

 

「ウラッ!」

 

 バックドロップを繰り出した。一度やってみたかったんだよね、これ。

 顔をしかめるジークの髪を持って立ち上がり、右膝を鼻っ面に叩き込んで膝をついていた彼女を無理やり起こす。次に払った右脚を左の脇に抱え、胸ぐらを掴んで後ろへ投げ飛ばした。

 受け身を取って叩きつけられたジークが上半身を起こしたところへサッカーボールキックを放つも、交差した両腕でガードされてしまう。

 

「な、何をそんなに焦っとるんや……!?」

「こちとら人生が掛かってんじゃボケェ!」

 

 ふらつきながらも立ち上がり、非難の叫びを上げるジークを握り込んだ右拳で殴りつける。

 これを左腕でガードした彼女の身体が数メートルほど左へ引きずられ、轟音と共に発生した拳圧で地面が大きく削り取られた。

 踏ん張りながらも顔を歪め、骨折でもしたかのように左腕を押さえているジーク。へぇ、手加減なしで殴るとああなるのか……。

 

「お、一昨年やった時よりも馬鹿力になってるやん……雌ゴリラって呼ばれる日も近いんやなぁ」

 

 今度は卑怯な人間を見るような目でアタシを睨んできた。どっちかというと卑怯なのは先祖から戦闘に関する記憶を継承しているお前だと思う。ていうか誰が雌ゴリラだゴラァ。

 出ていた鼻血を拭き取り、足下にベルカ式の魔法陣を展開して籠手のようなもの――鉄腕を装着するジーク。こっからが本番ってやつかぁ?

 

「こいよジーク。テメエのクソッタレな野望を潰してやるからよ」

「そうはいかへんよ! (ウチ)はこの勝負に勝ってサッちゃんと生涯を共にするんやから!」

 

 絶対に阻止してやる。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話「勝負の行方」

「とりあえず――落ち着きぃ!」

「ブチ殺すぞテメエッ!?」

 

 アタシの右拳とジークの鉄腕を装着した右拳が互いの頬に突き刺さり、その衝撃で後退してしまうもよろけた彼女の懐へ前蹴りを入れる。

 続いて右のミドルキックを放ち、ジークが右脚を受け止めた瞬間に空いていた左脚で顔面を蹴りつけるも右腕でガードされてしまう。

 しかし体勢が変わる前に身体を横回転させ、今度は右側から左の回転蹴りをブチかました。

 

「っ……!?」

「あはは……っ!」

 

 倒れ込んだジークの髪を乱暴に掴み、そのまま地面へ顔面から叩きつける。

 二、三回叩きつけてからジークが土で汚れた顔を痛そうに歪めていることを確認し、血を吐くまで何度も何度も手加減なしで叩きつけていく。

 そして地面に赤い液体がポタポタと落ち始めたところで彼女を立ち上げらせ、ラリアット気味に左の拳打を振るうも片手で受け止められた。

 額と口元から血を流しているジークだが、その澄んだ瞳にはまだ生気が感じられる。ついでに後ろへ目をやると、受け止められた左拳の拳圧によって地面が削り取られていた。

 

「こ、ここまでやることあらへんやろ……!?」

 

 そんなのアタシの知ったことじゃねえ。ムカつく奴は徹底的にブチのめす。相手が強い奴だろうと弱い奴だろうと、やることは同じだ。

 ギチギチと握り込まれ、鼻っ面目掛けてジークが打ち出した左拳を一歩も下がることなく受けきり、アタシが振り上げた左の拳を防ごうと彼女がすかさず構えた腕を右腕で掴み、その隙に左拳を腹部へ叩き込む。

 が、牽制気味に叩き込んだせいで威力が半減していたようで、これを難なく耐えたジークの右アッパーが下顎に炸裂してしまう。

 少し仰け反りながら後退するも、すぐに体勢を整えてジークを睨みつける。あと口元の血を舐め取り、唾と一緒に吐き捨てた。

 

「ぶっ殺してやるゴラァ……!」

 

 地面を蹴って跳び上がり、渾身の蹴撃を顔面にぶつける。見せ技のつもりだったがどうも予想以上の威力だったらしく、この蹴りをモロに食らったジークは後退しながらよろめいている。

 着地してすぐに間合いを詰め、跳び膝蹴りを繰り出すも屈んで避けられてしまい、伸びていた左脚を掴まれ後頭部から投げ落とされた。

 ゴンッという音と共に鈍い痛みを感じ、思わず顔をしかめる。コンクリートに叩きつけられたときよりはマシだが、痛いことに変わりはない。

 関節技を極めようと迫ってきたジークを蹴り飛ばし、彼女が後退した一瞬の間に立ち上がって助走をつけ、走りながらラグビーのタックル並みに低い姿勢でジークに頭をぶつけたがそのまま飲み込まれるように受け止められ、絞め技のフロントチョークへ持ち込まれてしまう。

 

「殺す殺す物騒やねんこのアホ……!」

 

 これは厄介だな。意識を遮断する絞め技が完全な形で決まっている。下手に抜け出そうものなら首を痛めるし、折れる可能性だって拒めない。

 少しずつ、本当に少しずつ意識が薄れていく。けど走馬灯が見えない辺り、ちゃんとした格闘技の一つであることがよくわかる。

 とはいえこのままやられるのは癪なので逆エビ反りの要領で身体を曲げ、右脚をジークの脳天にぶつけて腕の絞めが緩んだ隙にフロントチョークから脱出し、怯んだジークを跳び後ろ蹴りで思いっきり突き飛ばした。

 

「とっととくたばれアホが!」

「そのセリフ、そのまま返したる!」

 

 顔面にジークの右拳が突き刺さるもすぐに同じ右拳で殴り返し、流れるような動きで左の後ろ回し蹴りをブチ込む。

 次に左拳を打ち出すも受け止められ、後ろで地面が削り取られていることなどお構いなく右の拳を突き出すジーク。はっ、もう慣れたってか。

 すぐさま拳を受け止めようと空いていた右手を構えるが、ジークは突き出した拳を途中で止めるとそれを銃の形に変え、アタシの眉間目掛けて人差し指から射撃魔法を撃ってきた。

 対処法がいくらでもあるのでどうしようか考えていたが、行動に移すよりも先に魔力弾が眉間に直撃してしまい、意識が翔びそうになるも歯を食いしばって堪える。

 

「んなろっ!」

 

 少し昏倒していた意識が安定したところでジークに頭突きをかまし、前蹴りを入れて彼女との距離を開ける。

 そして開けた距離を詰めるべく翔けていき、ジークがカウンターであろう左の拳を突き出してきた瞬間に急停止。まっすぐ伸ばされた左腕を抱え込むように掴み、

 

「あが……ぁ……!?」

 

 左肩の関節を強引に外してからテンポよく右拳で殴り飛ばす。

 しかし、ジークも負けてないと言わんばかりに関節が外れた左腕をだらんとさせつつ、右の手刀をアタシの左肩へ叩き込んできた。

 激痛と共に左腕が動かなくなり、手刀を叩き込まれた衝撃で肩の関節が外れたのだと悟る。

 脱臼の痛みで涙目になっているジークをよそに、何度も脱臼を経験しているアタシはさも当たり前のように外れた左肩の関節をハメ直した。

 

「どうだ? いい経験にはなっただろう?」

「ま、まだや! まだ終わってへんよ……!」

 

 お前のためにあえて口には出さないでおくが、そのセリフはフラグだぞ。

 まあ何気に絶好のチャンスなので決めさせてもらうよ。ゆっくりと痛そうに左肩を押さえているジークへ歩み寄り、左の拳を――

 

 

「百式『神雷』!」

 

 

 ――振り上げた瞬間、聞き覚えのある声が響き渡り、膨大な魔力が変換されたものであろう雷がすぐ目の前で放電された。 

 ダメージのせいで身体が重くなっていることもあり避けようにも避けられず、なす術もなく迫り来る雷に飲み込まれ、視界が黄色ではなく青白に染まってしまう。これに関してはジークも同じだったようで、左肩を押さえた状態のまま無抵抗で飲み込まれていた。その際、裏切り者を見るような目で雷が発生した位置を睨みつけていたな。

 そんな状態でも意識だけは遮断させまいと必死に歯を食いしばって堪えていると、青白一色だった視界に拳圧のせいですっかり変形してしまった平原が入ってきた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 視界から青白が完全に消えたことで放電が終わったことに気づくも、ホッとして気を失わないよう全身から感じる痺れに耐える。

 雷が発生した位置へ目をやると、重装備の甲冑みたいなバリアジャケットを身に纏った金髪少女が立っていた。

 緑の瞳にどこぞのおっぱい剣士並みのナイスバディ。加えて全体的な容姿が少女というにはかなり大人びている。お姉さんと言ってもいい。

 その少女――ヴィクトーリア・ダールグリュンは険しい表情で口を開いた。

 

「喧嘩両成敗ですわ!」

 

 今ダジャレやギャグが滑った際に感じる寒気と同じものを感じたのは気のせいだと思いたい。

 アタシが言い返すよりも先に、膝をつきながらも意識を保っていたジークが抗議した。

 

「ヴィクター……邪魔せんといてや!」

「今回ばかりはジークの言う通りだ。邪魔すんじゃねえよ」

「ならあなたたち、周りを見てみなさい」

 

 言われた通りに周りを見渡してみるも、目に入ったのは変形した平原だけだ。

 ……ああ、そういうことか。ヴィクターが何を言いたいのかは何となくわかった。ジークは首を傾げる辺りわかっているかどうか怪しいが。

 少しずつジークの元へ歩み寄り、警戒するかのように戦斧型のアームドデバイスを構えるヴィクターへ視線を向ける。

 

「地形が少し変わってなくもないな」

「思いっきり変わってますわよ!! どうしてこんなになるまで殴り合ったのですか!?」

「コイツがムカつくからだ」

「サッちゃんを(ウチ)のモノにするためやっ!」

「……ジーク。話の方向がおかしくなるからあなたはちょっと黙ってて」

「ヴィクターのドアホーー!!」

「グッハァッッ!!」

 

 大好きなジークに罵倒されたのがよほどショックだったのか、白目で吐血するヴィクター。夫婦漫才はよそでやれ。

 

「大丈夫か?」

「さ、サッちゃん……」

 

 とりあえず膝をついているジークを起こそうと手を差し伸べる。

 ジークは驚愕のあまり固まっていたが、頬を引っ張ってこれが夢ではないことを確かめると、満面の笑みで差し伸べた手を掴んだ。

 ヴィクターですらアタシの行動に呆然とする中、アタシはジークが掴んだ手を引き、

 

「死ねオラァ!」

「ごぶぅっっ!?」

 

 空いていた右の拳でぶん殴った。許すとは一言も言ってねえんだよ。

 涙目ながらもどこか悟った表情で仰向けに倒れたジークのマウントを奪い、右、左と一発一発丁寧に拳を叩き込んでいく。

 その衝撃で地面にヒビが入り、少しとはいえ陥没しようとお構い無く殴り続ける。

 

「あっ! 痛っ! サッちゃっ……! 殺戮的な暴力はあか……っ!」

「やめなさいサツキ! それ以上やるとエレミアの神髄が発動してしまいますわ!」

「知るかクソッタレ! 何が出ようと全部ブチのめせば同じことだろうがァ!」

「その発想なんとかなりませんの!?」

 

 このあとひたすらジークを殴り続けたが、ヴィクターが背後から羽交い締めにしてきたせいで強制的に中断させられた。

 ちなみにクロはヴィクターの執事であるエドガーと共に、少し離れたところにある大きな木の下へ避難していた。アイツの存在、忘れてたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったくあなたたちは! 久しぶりに再会したかと思えばすぐに拳を振るい合うなんて……!」

「いやいや、アタシらは川で釣りをしていただけだって」

(ウチ)は山菜を採ってただけなんよ」

「だまらっしゃい!」

 

 アタシとジークは今、平原のど真ん中でヴィクターに叱られている。アタシは胡座を掻いているが、ジークの方は礼儀正しく正座である。

 クロは未だにジークを睨みつけており、エドガーは相変わらず落ち着いた姿勢を取っている。そういやエドガーが動揺したところ、見たことないな。常に静止してるし。

 ジークとの勝負は話し合った結果、ドローとなってしまった。あれもうアタシの勝ちで良いだろ……ふざけんなよクソが。

 

「次やったときは(ウチ)が勝つからな」

「上等だコノヤロー」

「二人とも私の話を聞いてますの!?」

 

 済まん。どうでもいいからこれっぽっちも聞いてなかったわ。

 ちなみにアタシが外したジークの関節はもうハメ直されている。やればできるじゃん。

 

「……次はハロウィンだ」

「わかった。ええ記念日になりそうや」

「聞・い・て・ま・す・の・?」

 

 それから数分ほど説教が続いたものの話が全然進まないということで平原を後にし、渋るクロの首根っこを掴みながら川へと戻って釣った魚を回収。道路に駐車されてあったヴィクターの車に乗せられたのだった。

 ……ヴィクターの家であるダールグリュン邸へ行く途中、ジークが車内でプチデビルズにボコボコにされていたのは内緒である。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話「あなたの進む道は」

「で、どうして殴り合いに発展したのですか? 自然まで巻き込んで」

「ジークが悪い」

 

 ダールグリュン邸に着くなりこれである。今度は地べたではなく椅子に座っているだけマシだが、せめてお菓子でも出してほしい。紅茶だけじゃ物足りないんだわ。

 ついさっきまで険悪だったジークとクロ、特にクロの方はかなり落ち着いたようで持参していたお菓子を貪るように食っている。

 アタシの返答に何か物申しでもあるのか、ジークは持っていたカップを置いて口を開く。

 

「サッちゃんと会ったせいで我慢ができんかったんよ」

「「「…………」」」

 

 発情期の獣かお前は。さすがのヴィクターも固まってんじゃねえか。クロなんかドン引きして静かにお前から距離を取ってるし。

 クロの上着ポケットに入れておいたタバコを取り出し、ゴロツキからパクった使い古しのライターで火をつける。

 

「サツキ……タバコはやめなさいと何度言えばわかるのかしら?」

「さあな」

 

 あまりにも聞き慣れた注意を軽く聞き流し、口から白い煙を吐く。

 周りから冷たいような、呆れたような、そんな感じの視線を向けられるが今さらなので気にならない。クロだけはいつも通りの視線だが。

 しかしジークはそれだけじゃ我慢できなかったようで、いつかのハリーみたいにタバコを取り上げようと迫ってきた。

 

「それは没収やごぺっ!?」

 

 この手のやつは逃げても無駄なのでぶん殴って鎮静化させることを心掛けている。なのでジークの顔面に拳を一発叩き込み、彼女が座っていた椅子へ掌底で押し返す。

 躓きながらも尻餅をつくように座り込んだが、勢いがありすぎたせいで後頭部から転倒。何故か左の親指を立てながら力尽きた。どこのサイバネティック生命体だよ。

 ヴィクターはそれを見て頭を抱え、彼女の後ろで待機していたエドガーは丁寧に倒れたジークと椅子を片付けていく。執事にまで物扱いされてんのかよアイツ。

 その光景を見たクロと周りを飛び回っているプチデビルズは心底呆れるようにため息をつき、どこか吹っ切れたような表情で一言。

 

「あんなのを恨んでいた私がバカだった」

 

 先祖から引き継いだエレミアに対する恨みがあっさりとなくなった瞬間だった。まだ覇王に対する恨みが残っているけどな。

 さっきからクロを舐め回すように見つめていたヴィクターだが、プチデビルズを見た途端に何か思い出したかのようにハッとした顔になった。

 

「あなた、魔女クロゼルグの……」

「うん、魔女の末裔」

「今気づいたのかよ」

 

 どうやら今に至るまでクロが古代ベルカに存在した魔女の末裔であることに全く気づいていなかったようだ。にしても知識豊富だな。普通なら何かのコスプレと勘違いするしてるはずなのに。

 クロも雷帝ダールグリュンに対してはそこまで恨みがないのか、ジークのときよりは比較的穏やかに肯定した。

 ……プチデビルズが屋敷中を飛び回って悪戯しまくっていることにはツッコまなくていいのだろうか。なんか割れた音もするんだけど。

 

「とりあえずジークがいなくなったところで本題に入りましょうか」

 

 愛しのジークがいなくなったかと思えば、試合でも控えているかのように真剣な表情になるヴィクター。てかお説教が本題じゃなかったのかよ。

 アタシとクロが首を傾げ、悪戯を終えたプチデビルズが戻ってくるとヴィクターは勢いよく立ち上がって力のこもった声でこう告げてきた。

 

「私と勝負しなさい」

 

 彼女の言葉にアタシは吸っていたタバコを携帯灰皿に押しつけながら目を丸くし、クロはご愁傷様と言わんばかりに小さく合掌し始めた。まさかコイツからケンカを売られるとはねぇ。

 ジークやハリーならまだわかるが、お嬢様のヴィクターがアタシのようなヤンキーに挑戦状を叩きつけてくるなんて想像がつかなかった。

 とはいえケンカを売られたことに変わりはないので、アタシの返事は言うまでもなくこれ一択だ。他の選択肢など存在しない。

 

「――上等だよ」

 

 ちょうどジークとのケンカを邪魔された分のフラストレーションを晴らしたかったしな。これはこれで手間が省けて助かるぜ。

 こっちの返答を聞いたヴィクターは予想通りといった感じで微笑む。……にしても、オツム使って何がしたいんだコイツは。

 このあと何事もなかったかのようにジークが戻ってきたが、アタシとヴィクターが模擬戦をすると聞くや否や羨ましそうに睨んできた。ヴィクターが懸念していたのはこれだったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ魔女っ子。(ウチ)がお片付けされてる間に何があったんや?」

「…………ダールグリュンがサツキにケンカを売った。それだけだよ」

 

 屋敷の庭にて、アタシとヴィクターは正面から向き合う形で立っている。コイツとやり合うのも都市本戦以来だな。

 ……アタシが異常なまでの強さを得ていたことに気づいたのもコイツとの試合がきっかけだった。当時はそれが原因で憂鬱してたんだよな。今となっては懐かしいぜ。

 棒立ちのまま呑気にあくびをするアタシとは対照的に、重装備の騎士甲冑みたいなバリアジャケットを身に纏って戦斧型のアームドデバイスを構えるヴィクター。

 言うまでもないが、アタシはバリアジャケットを身に纏っていなければ得物もない。素の状態かつステゴロである。

 ちなみにジークとクロは離れたところで観戦している。――クロはジークからどんどん距離を取っているがな。

 

「テメエ何がしたいんだ?」

「どういう意味ですの?」

「いや何、お前がただの模擬戦を目的にアタシを選ぶなんざジークが正常に戻るくらいあり得ないことだからな。何かあるだろ?」

「さらっと(ウチ)を異常者扱いすんのやめてくれへん!?」

 

 事実だから仕方がない。

 

「そうね。まずどこから話せばいいのか迷うところだけど……」

 

 そう言って考え込んでしまうヴィクター。話の段取りぐらいまとめておけよ。こっちはさっさとお前をブチのめしたいんだよね。

 三分ほど経って言いたいことがまとまったのか、ヴィクターはジッとアタシの瞳を見つめながらゆっくりと口を開いた。

 

 

「あなたは一体どこへ進もうとしているのかしら?」

 

 

 凛とした声で発せられた純粋な疑問。それはアタシの脳を揺らし、一瞬とはいえ思考を停止させるには充分すぎるものだった。

 一体どこへ? あなた……アタシが? 進もうとしている?

 アタシなりに考えたところで今度は自ら思考を停止させる。答えは出た。でも即答する必要はない。まずはコイツをブチのめすことが先決だ。

 ある程度開いているヴィクターとの距離をゆっくりと詰めていき、彼女も察したのかジリジリと詰め寄ってくる。そして――

 

「――はぁっ!」

 

 戦いの火蓋は切られた。最初に動いたのは意外にもヴィクターだ。アタシも拳を構えたが、それよりも先に彼女の戦斧が振り下ろされた。

 アタシは迫り来る戦斧の刃を右の人差し指と中指で受け止め、握り込んだ左拳を懐へブチ込む。

 拳をブチ込んだ懐の鎧部分が骨の軋むような音と共にボロボロと削ぎ落ち、彼女の綺麗なおへそが露になった。しかも相当効いたのか膝をついている。やっぱり本気でなくてもこうなるのか。

 なかなか動かないヴィクターの頭を両手で掴み、膝蹴りを三発ほど入れて乱暴に顔面から地面へ投げるように叩きつけた。

 

「質問が目的なら最初に言えよ。わざわざ挑戦状まで突き付けて聞くか普通?」

「げほっ、ごほっ……あなたの場合、こうでもしないとまともに話を聞かないでしょう?」

 

 いや、それはアタシの気分で変わることだからケンカを売られても聞かないときは聞かないし、聞くときはちゃんと聞く。今回はたまたま後者になっただけだ。

 震えながらも立ち上がり、戦斧を構えるヴィクター。彼女から一歩だけ後退し、口内に溜まっていた唾を吐き捨てて首を鳴らす。

 跳び上がろうと脚に力を入れた瞬間、戦斧に電撃を纏わせ槍のような部分を使って鋭い突きを放ってきた。確か……瞬光、だっけか。

 右脚で柄の部分を蹴ることで突きの軌道をズラし、左の前蹴りを胸元へぶつける。蹴りつけた鎧部分に亀裂が生じ、今にもポロポロと削ぎ落ちそうな状態となった。

 

「つーかよ、こんなこと聞いてどうするつもりだよ?」

「っ……どうもしませんわ。けど、返答次第ではあなたの根性を叩き直してあげます」

「はっ――最初からそれが目的かクソヤロー」

 

 とりあえずイラついたので怒りに任せて鋭い蹴りを繰り出し、重装甲を纏った彼女の身体が浮き上がったところへ後ろ回し蹴りの要領で放った踵落としを右肩に叩き込んだ。

 肩の鎧部分が砕け散り、地面に叩きつけられるヴィクター。追い討ちを掛けるべく地面を蹴って跳び上がり、両脚で踏みつぶそうとするも戦斧で薙ぎ払うように迎撃してきたので咄嗟に戦斧の穂先を蹴って宙を舞い、華麗に着地する。

 そろそろ拳でスカッと殴り飛ばしてやるべく早歩きで間合いを詰めるも、電撃を纏った左手で顔面を鷲掴みにされてしまう。この野郎、後頭部から地面に叩きつけるつもりだな。

 もちろんこの程度で怯みはせず、電撃で感覚が麻痺する前に右手でヴィクターの左腕を握り潰す勢いで掴み、空いている左拳を後ろに引く。

 

「そういや、質問の答えがまだだったなァ?」

「ぐっ――!?」

 

 掴んだ左腕からメキメキと骨が悲鳴を上げる。顔面を掴む力が緩んだところで左腕を退かし、後ろに引いていた左拳で彼女を殴り飛ばした。

 放物線を描くように宙を舞い、地面に叩きつけられるヴィクター。腕が微かに動いているのを見る限り、意識はまだ残っているようだ。

 まあいいか。意識があるなら質問の答えをこの場で返すことができる。つくづくお前は手間が省けて助かるよ。

 

「アタシは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遠慮って言葉、知ってる?」

「何だ藪から棒に」

 

 ダールグリュン邸から帰宅している途中、タバコを吸っているとジト目のクロがいきなり話しかけてきた。何が気に入らないのだろうか。

 ジークとダウンしたヴィクターは万能執事ことエドガーに押しつけた。とっとと帰りたかったし、何よりジークと同じ空間にいるのはごめんだ。いろんな意味で。

 それにしても、今になって身体中が痺れてきたんだけど……これどうすればいいんだよ。静電気で頭がパーマになっちまうかもしんねえぞ。

 

「……もう少しマシな言い方があったと思うんだけど」

「ああ、そういうことか。あれでちょうどいいんだよ」

 

 こんな感じでアタシとクロは軽口を叩き合い、我が家を目指して歩いていく。結構距離があるから帰る頃には一日経っている可能性があるな。

 まあとりあえず、インターミドルはどうしようか。好敵手探しをやめた以上、出場目的が娯楽しか残っていない。もう出る必要はねえか……。

 それにアタシは心の芯までヤンキーだ。だからこそ――

 

 

 

 

 

 ――アタシはアタシのやりたいようにやる。邪魔する奴は誰であろうとブチのめす。それがアタシの進む道だ。

 

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 5

「サッちゃんと会ったせいで我慢ができんかったんよ」
「あなたは発情期の獣なの!? サツキが絡む度におかしくなるのはやめて!」
(ウチ)は至って正常やろ!? ヴィクターこそ、たまにやるヒステリックな言動をやめてほしいんよ!」
「ひ、ヒステ……!?」


「…………帰るぞ」
「…………うん」

 付き合ってらんねえよ。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話「東を目指して」

「ごはっ!」

 

 五月末。近辺の路地裏を徘徊しても暇でしかなく、家にいてもやることのないアタシはクロを連れて東を目指すことにした。今はその道中で絡んできたゴロツキを叩きのめしているところだ。

 ちょうど学校の前期試験が終わったと同時にヴィヴィオの母である高町なのはから、試験休みを使って行われる三泊四日の合宿旅行に参加しないかと誘われたがこれを問答無用で一蹴した。

 誰が好き好んでそんな合同トレーニングに参加しなきゃならんのだ。金銭関連の見返りがあるならともかく、得られるものがないんだぞ。

 そういやインターミドルの参加申請、今日から受付開始だっけか。クロは何故か参加するらしいが、もうアタシにその気はない。

 

「このガキ――ッ!?」

 

 背後から鉄パイプで殴りかかってきた男の首を右手で掴み、前蹴りを二発入れてそのまま身体を持ち上げ、二、三メートル先にあった壁へ思いっきりぶん投げる。

 男は後頭部から激突し、血を吐いて白目を剥いた状態で力なく倒れ込んだ。最初は四、五人ほどいたがこれで片付いたな。

 口元に付いた血を拭き取り、手を締めるように痰を吐き捨てその場から立ち去る。さーて、どこに置いてきたか覚えてないクロを回収しに行くか。マジで覚えてないけど。

 特にアテもないので商店街のような街中を見回しながら歩いていくと、比較的大きなスーパーの近くに見慣れた金髪少女――ファビア・クロゼルグがムッとした顔で立っているのが見えた。

 

「こんなところにいたのか」

「……今までどこに行ってたの?」

 

 やっと見つけたということにして接してみたが、珍しく怒気の含んだ声で返された。なんでそんなに怒ってるんだよお前は。

 さっきのゴロツキから資金と共にパクったタバコを口に咥え、マッチ棒で火をつける。今日はまだ一本も吸ってなかったわ。

 プンスカしているクロの頭を二回ほど軽くポンと叩き、旅を再開する。また一人にされると思ったのか、少し慌ててついてくるクロ。

 今アタシらがいる街はいわゆる中間地点に過ぎない。なのでこっからさらに東へ向かう。どこまで行くのかはアタシにもわからない。旅ってのはそういうもんだ。

 

「このまま東に向かったところで……何かあるの? 森林地帯は『聖王のゆりかご』が出てきた場所として観光地になってるらしいけど」

「観光したいのなら一人で行ってこい」

 

 なんでそんな危険物が埋まっていた場所へ行かなきゃならねえんだよ。てか観光地作るなよ。ヤバイ副産物でも出てきちゃったらどうすんだよ。

 中間地点に該当する街を後にし、東の方角へひたすら進んでいく。一応それなりの食料と水はあるから飢えて死ぬことはないと思いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが東の果てか……」

 

 東を目指して三時間。アタシとクロは地球でいう田舎町にたどり着いていた。自然豊かでレールウェイがなく、事務所のような建物が場違いなほど目立っている。

 コンビニはすぐそばにあるが、言い方を変えるとその一軒しかない。買い物するにしてもさっきまでアタシらがいた街までわざわざ時間を掛けて行く必要がありそうだ。

 クロもこのような町に来るのは初めてなのか、興味津々で辺りを見回している。ミッドチルダにも田舎ってのはあるんだねぇ。

 ジッとしていても仕方がないので、とりあえず車の通る気配すらない道路に沿って歩く。自転車があればかなり楽になるぞこれ。

 

「どうするの? ここには宿泊できそうな場所がないんだけど」

「そのときは野宿だ。川か池があれば一週間は持つ」

「持ってきた食料のことを忘れてる……?」

 

 取り出したタバコで一服しつつ、普段は決して見ることのない眺めを目に焼きつける。田んぼのようなものが見えるのは気のせいだろうか。

 だがクロの言う通り、まずは寝床を確保しなければならない。アタシは別に野宿でも生きていけるが、問題はそういった経験がないクロだ。

 魔女には山小屋に住んでいるイメージもあるが、生憎コイツは都会出身。加えて一日に三回はケーキを食べたがる極度の甘党だから発狂しちゃいそうで困る。

 歩くこと約三十分。奇跡的にバス停があったので一旦足を止め、空いていたベンチに腰を下ろす。やっと休憩ができるぜ。

 

「み、水が飲めるって素晴らしい……!」

 

 十五分ほど前から汗だくでバテていたクロは水を飲んで生き返っていた。ヴィヴィオと違って体力ないのなお前。古典的な魔女だからか?

 少しだけ水分を取り、一服してからタバコを投げ捨てる。ここに来てようやく小さな工場が目に入ったが、人の気配はまだ感じられない。

 せっかくなのでバス停の時刻表を見てみる。表のほとんどが空白になっており、今から次のバスに乗るには明日の早朝まで待たないといけない。

 一応このことを記憶の隅っこに入れておき、旅を再開する。もう太陽の位置的に夕方だよ。今日はマジで野宿かもしれないな。

 

「そういやお前、インターミドルに参加するんだって?」

「うん。優勝に興味はないけどオリヴィエやクラウスの子孫が出てくるかもしれないから」

「修行とかしなくていいのか?」

「サツキと一緒にいれば嫌でも鍛えられるから問題ない」

 

 やはり目的はそれか。クロゼルグの血脈に課せられた使命――覇王イングヴァルトと聖王オリヴィエへの復讐。エレミアへの恨みはこの間吹っ切れたから大丈夫だろ。

 覇王と聖王の子孫がどんな奴か確かめ、ある程度情報が集まったところで仕掛けるといった感じだな。あくまでアタシの予想だけど。

 それにしてもアタシといるだけで鍛えられるってどういう意味だコラ。人のことを最新のトレーニング器具みたいに言いやがって。

 

「クロ。日が沈むまでに宿泊先が見つからなかったら野宿な」

「…………生きて帰れるか心配になってきた」

 

 しかしもう手遅れだ。そろそろ山に入ろうと別の道を探していると、十メートルほど先に四つん這いで何かを集めている少女の姿が見えた。

 赤い服に黒の短髪。目は伏せているせいで見えないが、何とも地味な特徴である。体格も小柄だし、中学生くらいかな?

 ソイツの手元をよーく見てみると、コンビニで買ってきたらしい果物がいくつも散らばっていた。帰る途中で落としてしまったのか。

 もしかしたら宿泊先を確保できるかもしれないと思い、恥ずかしがってアタシの後ろに隠れたクロに代わってその少女に話しかけてみた。

 

「ちょっといいかな?」

「ひぇっ!?」

 

 声を掛けただけなのに怖がられてしまった。

 

「な、なんでしょう……」

「この辺りに宿泊できるところとか、ない?」

「宿泊先……都会の人ですか?」

「旅人だ」

「……旅人です」

 

 それも間違ってはいないが、ここは正直に旅人と答えておく。散らばっていた果物を集め終え、袋に入れながら立ち上がる少女。

 あどけない顔立ちに髪と同じ色の瞳。顔が見れたのはいいが、やっぱり地味だ。

 少女はアタシたちをジロジロと不審者を見るような視線を送ってきたが、何を見て大丈夫だと判断したのか警戒心を解いてくれた。

 

「な、ないと言ったらどうするんですか?」

「山で野宿」

「……不本意ながら」

 

 どうやら宿泊先は野宿で決定のようだ。コイツの話によれば、この辺りには外から人が来ること自体珍しいのでそういった施設はないとのこと。

 野宿が決定したせいでさめざめと泣き出したクロの首根っこを掴み、山に入るべく道探しを再開しようとした瞬間、天使の声が聞こえてきた。

 

「そ、そういうことなら――私の家に泊まっていきませんか?」

「「え?」」

 

 一瞬幻聴じゃないのかと疑ってしまうほどの一言。クロもすぐに泣き止んで目を輝かせている。そんなに野宿が嫌だったのか。

 ハリーやヴィクターならまだしも、さすがに見知らぬ人の家に泊まるのはちょっとなぁ……昔の経験からこれすら罠になることをアタシは知っているため、すんなりと肯定できない。

 野宿するにあたってお荷物になりそうなクロを押しつけようか考えていると、それを察したのか少女が少し慌てながら口を開く。

 

「あ、お姉さんが思っているようなことはないので安心してくださいっ!」

「エスパーかテメエは」

 

 完全に見透かされたような発言。まるで以前にも似た経緯で人を自分の家に泊めたことがある。まさにそんな感じだ。

 ……しょうがねえ、世話になるか。アタシ一人で野宿しようにも、泊まる気満々で目を輝かせているクロが右手を離してくれないし。

 

「そんじゃ世話になるわクソガキ」

「ではついてきてください! あと私はクソガキじゃなくてシルビアです!」

「……当たり前のように言われても困ります」

 

 何故か張り切りながらアタシたちを先導し始める少女――シルビア。やっぱり田舎にいると都会の人間と出会う機会がないのだろうか。名前に関してはクロが小声でツッコんでくれたのでアタシは何も言わない。

 田舎の人間は都会に出ると大抵バカにされる。アタシみたいに魔法文化のない地球からミッドチルダにやってきた人間もバカにされる。

 そんなどうでもいいことを一服しながら考え、シルビアの後についていく。太陽はとっくに沈み、空がお星様でいっぱいになろうとしていた。

 

 

 

 




《今日のジークちゃん》

 ――ピンポーン

「はーい!」

 呼び鈴の音が聞こえたので玄関へ向かう。こんな朝早くから誰やろ。
 朝御飯の串カツを左手に持ちながら、右手で扉を開ける。そこにいたのは――

「――番長?」
「じ、ジーク!?」

 番長ことハリー・トライベッカだった。(ウチ)に何の用やろか?

「なんでお前が出てくるんだ……?」
「え? 別に普通やろ?」
「普通じゃねーよ! なんで()()()()()にお前がいるんだよ!?」

 番長の言う通り、今(ウチ)がおるのはサッちゃんこと緒方サツキの家である。
 せやけど何が問題なのかわからへん。サッちゃんの家に合鍵を持つ(ウチ)がおるのは何らおかしくないはずなんよ。
 けどそんなことより、早朝から番長がサッちゃんの家に来るってことは何かあるんやな。

「用件はなんや?」
「もうすぐうちの学校で運動会があるからサツキに協力を要請しに来たんだよ」

 このあと番長と一緒に朝御飯を食べ、運動会について話し合った。
 運動会……体操服姿のサッちゃん……見てみたいわぁ……!




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話「二人のヤンキー」

「ん……」

 

 小鳥のさえずりが聞こえ、日差しを顔に浴びて目を覚ます。まず目に入ってきたのは木材でできた天井。次に田舎特有の懐かしみある匂いがアタシの鼻をくすぐっていく。

 ……ああそうだ、そうだったわ。昨日からクロと一緒にシルビアっつうクソガキの家に厄介になってるんだった。布団の寝心地が良すぎて半分ほど忘れてたわ。

 眠気が取れないまま上半身を起こし、背筋を伸ばす。旅のお供であるクロは隣でスヤスヤと赤ん坊のように寝ている。もう少し縮めば赤ん坊と変わりねえがな。

 布団から出てさっきから聞こえてくる鍬で畑を耕すような音がする方へ振り向くと、この家の主であるシルビアが何かの畑をたった一人で耕していた。音のまんまかよ。

 

「あ、おはようございますっ」

 

 こっちの視線に気づき、一旦作業を中断して元気よく挨拶するシルビア。庭がどでかい畑ってなんか凄いよな。しかも一人で全部の作業をやってるのだからなおさらだ。

 ここに来てわかったことの一つとして、畑や田んぼを耕すときに目立った魔法を使わないという点がある。そもそも地球人のアタシから言わせてもらうとそれが当たり前だけどな。

 しかし、一人で畑一つを耕すのだから身体強化の魔法は少なからず使っているはずだ。そこが地球とは唯一違う点だろう。

 言ってしまえば某魔法界のように何をするにも魔法を使う、なんてことはない。ミッドのやつはあくまで戦いがメインだと思っている。

 

「…………サツキ。ケーキはまだ?」

「とりあえず起きろ。話はそれからだ」

 

 起きたかと思えばさっそく寝惚け出すクロ。どうやらここがアタシの家だと勘違いしているみたいだ。そりゃ最近はほとんどアタシの家にいたから無理もないけどさ。

 パジャマとして着ていた服を脱ぎ、上着に着替えてからクロに持たせていた鞄からお手製の防暑用ウインドブレーカーを羽織るように着用する。

 このブレーカーは夏を始め暑い日に着るものであり、袖があるにも関わらず半袖を着ている状態と全く変わらないという代物である。お手製なので当然非売品だ。

 シルビアも畑の耕しが終わったようで、顔に泥を付けながら戻ってきた。首にタオルを巻いているから農林娘って言葉がよく似合いそうだな。

 

「ファビアちゃんも起きたことですし、朝ご飯にしましょう!」

 

 そう言いつつ、眩しいほどの笑顔で額の汗を拭うシルビア。昨日わかったことなのだが、コイツはクロより一つ年上である。なので会ったばかりのクロを妹のように可愛がっている。

 当の本人も満更ではなさそうだし、見ているこっちも心がほんの少しだけ温かくなる。そして同時に虚しくも感じた。なんでだろうな。

 ま、勉学ができてもこういうことに頭を使うの苦手だから深く考えるのはやめよう。今は朝飯を食って腹を満たす。それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがこの町にある唯一の学校です! 小中高併設になっています!」

 

 アタシは今、シルビアに田舎町を案内してもらっている。……とはいっても、彼女によればここぐらいしか案内できる場所はないとのこと。

 現在では不良の巣窟になっているらしく、一番上――てっぺんには“狂犬”と呼ばれる番長が存在する始末だとか。ちなみにシルビアが在学していた頃は平和だったらしい。

 クロは彼女の家でお留守番させることにした。一応インターミドルに向けて修行したいとか言ってたし、何より荷物番が必要だしな。

 まあ一つ気になったことがあるので、考えることなくさっきから笑顔を絶やさないシルビアに聞いてみることにした。

 

「今は学校に行ってないってお前……中退でもしたのか?」

「まあ、そんなところですね。今はご存知の通り、農業でご飯を食っています」

「そうか――ん?」

 

 微かに足音が聞こえたので再び学校の方へ振り向いてみると、一人の女子が大勢の生徒を連れてこっちへ近づいてくるのが見えた。

 亜麻色の髪に黄色の瞳。体格はアタシより一回りほど小柄だが、纏っている雰囲気は紛れもなく強者のそれだ。一人だけ格が違う。

 ソイツは迷うことなくアタシの元へやってくると、まるで退けと言わんばかりにメンチを切ってきた。もちろんアタシも退かずに対峙する。

 彼女の後ろで下っ端と思われる生徒たちが騒ぎ出し、アタシの後ろではシルビアがちょっと困惑しているがどうでもいい。

 

「退きなさい」

「テメエが退けよ」

 

 アタシの一言でさらに騒がしくなる生徒たち。だけど手を出してこない辺り、我慢する程度の自制心はあるっぽいな。

 だが正直に言うと、アタシの方は少しイラついている。そろそろ騒いでる奴ら全員ぶん殴ってもおかしくない状態である。

 彼女――番長と思わしき人物はアタシを舐め回すように観察し、騒ぐ下っ端を静かにさせると目を細めて警戒心を強めた。なんかデジャヴだと思ったら初対面のシルビアと同じ反応だこれ。

 

「……見ない顔ね。あなた都会の人間?」

「だったらなんだ」

「…………そう」

 

 一瞬何かを考えるような表情を見せたが、すぐに凛々しい顔になって今度は苦笑いしているシルビアに視線を向けて口を開いた。

 

「大丈夫? 何もされてない?」

「だ、大丈夫だよメルちゃん……」

 

 シルビアの言葉を聞いて安心したのか、ホッとした表情で下っ端と共に学校を去っていった。てかメルちゃんって……あだ名可愛いなおい。

 にしても今の接し方を見る限り、シルビアとあの番長は赤の他人じゃなさそうだ。そうと言うにはあまりにも親しすぎる。

 苦笑いのまま、頬を掻くシルビア。その間にタバコを取り出し、オイルライターで火をつける。ちょっと一服して苛立ちを抑えよう。

 

「す、すみません。メルちゃんがご迷惑を……」

「いいよ別に。ところでアイツ誰?」

「……あの子はメルファ。この辺りでは一番強い不良です」

 

 メルファ、か。一番強いってことはやっぱりアイツが“狂犬”で間違いねえな。下っ端の中に不満を持つ者がいないってことはリーダーシップもかなりのものだろう。

 さて、シルビアによる町の案内も終わったしこれからどうしよう。ここまでド田舎だとやることが限られてくる。お約束と言っていいほど電波も届かないし。

 ――うん、とりあえずシルビアの家に戻ろう。無期限で泊めてもらっているのに何もしないのはちと気が引ける。働かざる者食うべからずだな。

 

「戻るか」

「あ、はいっ」

 

 そう言ってシルビアと一緒に来た道を戻る中、ここでアタシに問題が浮上した。魚の獲り方や火のつけ方、さらに狩りの仕方も知っているアタシだが、こればかりは全然知らない。

 

 

 

 

 ――畑ってどうやって耕すの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では今から私がお手本を見せますので、しっかり見ててくださいね!」

 

 まるで幼い子供に教えるかのような感じで自前の備中鍬を自分の頭ぐらいまで振り上げ、ロープで区切ったスペースに振り下ろしてざっくりと耕すシルビア。

 彼女の家に戻ってきたのはいいが、クロは家のすぐ傍で基礎的なメンタルトレーニングと箒型のデバイス『ヘルゲイザー』を自由自在に乗りこなす練習をしていた。

 今はシルビアに注意されたこともあり休憩しているが、どこから取り出したのか魔導書のような本を読んでいる。そういや八神があんな感じの本を持ってた気がする。別物だろうけど。

 シルビアが耕し終えたのでアタシも右手に持っていた備中鍬を振り上げ、目の前の畑目掛けて軽めに振り下ろした。

 

「……え?」

 

 すると大きな金属音が響き渡り、思わず間の抜けた声を上げるシルビア。アタシも疑問に思って振り下ろした備中鍬を見てみると、その先端がぐちゃぐちゃに折れ曲がっていた。

 本を読んでいたクロも呆然としており、シルビアも目の前で起きていることが現実かどうかを確かめるために自分の頬を引っ張っている。

 あーあ、久々にやっちまったよ。使い慣れている鉄パイプならまだしも、普段使うことのないもんだとよくこうなるんだったわ。

 

「――シルビア?」

 

 いきなり第三者の声が聞こえたので視線をそちらに向けると、二時間ほど前に対峙した亜麻色の髪が特徴的な番長――メルファが立っていた。

 

「あっ、メルちゃん」

「……なんで都会っ子が二人もいるのよ」

「いちゃ悪いかコノヤロー」

 

 使い物にならなくなった備中鍬を投げ捨て、メルファの元へ歩み寄る。彼女も目付きを鋭くし、一歩も退かずに再びアタシと対峙する。

 なんかよくわからないが、コイツは嫌いだ。殺したいほどの恨みがあるとかじゃなくて、どうしても好きになれない。

 クロもシルビアも黙り込んだせいか、一触即発の空気が漂い始めた。が、メルファの方は乗り気じゃないのか警戒心を解き、ため息をついた。

 

「シルビア。このバカ借りるわよ」

「えっ? メルちゃん?」

「………」

 

 右手を掴まれ、無抵抗のままメルファに引っ張られていく。どうもタイマンするわけではなさそうだが……何がしたいんだ?

 シルビアの家からある程度離れたところで立ち止まると辺りを見回し、「ここなら大丈夫ね」と小声で呟きアタシと向き合うメルファ。

 

「やっぱりやんのか?」

「やらないわよ。あんたたち、シルビアに手を出してないわよね?」

「はァ?」

「あの子は私の妹よ。危害を加えたらブチのめす」

 

 妹……いや待て、にしちゃ外見似てなさすぎだろ。まさに正反対だぞお前ら。だけどまあ、どうりで無駄に親しく接していたわけだ。

 でも姉妹なら同じ屋根の下に住んでいて当然のはずだろ。なのにどうしてついさっきまでアタシとクロの存在に気づいてなかったんだコイツ。

 まっ、そんなことはこの際どうでもいい。アタシもコイツに聞きたいことがある。ヤンキーのくせにケンカを買わないコイツに。

 

「何がしたいんだテメエ。まさかそんなことを言うためだけにアタシを連れ出したわけじゃないよな?」

「当たり前よ」

 

 よかった。まだ本題には入ってなかったようだ。もし今の話が本題だったら問答無用でぶん殴っているところだったぞ。

 あまりにも退屈なのでタバコでも吸おうかと考えていると、メルファが恐ろしく真剣な表情になって口を開いた。

 

「――あんたには護るものとかないわけ?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、思わずさっきのシルビアみたく間の抜けた声を出しそうになった。

 護るものってなんだ。真っ先に思い浮かんだのはかつて成り行きで助けたことのあるクロだけど……ずっと一人で拳を振るってきたアタシに護るものなんてあるのか? そもそもなんで会って間もない奴にそんなことを聞く必要があるのか?

 未だかつてない質問に少し混乱しているアタシをよそに、メルファは続ける。

 

「あるでしょ自分より大事なものが。例えばあんたのお友達の魔女っ子とか」

「……くだらねえな」

「くだらなくて結構よ。――さっさとこの町から出て都会に帰りなさい」

 

 念入りにと言わんばかりに釘を刺し、立ち去っていくメルファ。

 ムカついたのでぶん殴るべく追いかけようと思ったが、それ以上に彼女の質問が頭の中で何度もリピートされるせいで動けなかった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話「後には退けない」

「……まさか本当にあるとは」

 

 狂犬番長ことメルファにわけのわからない質問をされてから三日。アタシとクロはシルビアが教えてくれた自動販売機の前に立っている。

 田舎町なのでさすがにスーパーはなくても、タバコやビールが売ってる自販機くらいならあると思ったのだ。今回はそれが良い方に的中した。

 クロはジュースやお茶がある全年齢対象のやつで、アタシはお酒とビールオンリーの成人向けでそれぞれ目的の物を買っていく。一つだけじゃ足りねえからな。

 ビールを三日分ほど買ったところで自販機を後にし、買ったうちの一つを歩きながら飲む。ビール飲むの何日ぶりだろうか。

 

「…………護るもの、ねぇ」

 

 トコトコとアタシの後ろを歩くクロを見て、メルファに言われたことを思い出す。

 護るもの。そんなものがあったとして何になるってんだ。アタシはただ、自分のやりたいようにやってムカつく奴をぶん殴る。

 誰かに対して期待や信用といったものを寄せたりすることもない。アタシは一人でヤンキーを貫いていく。今までずっとそうしてきた。

 自分より大事なものなんてない。あるわけがない。アタシが何かを大事にするとすれば、それはきっとアタシ自身だ。

 何かを護るために拳を振るう。確かに一つの理由としては成り立つ。けどな、力を持つ者全員がそうだとは限らないんだよ。

 飲み終えたビールの缶を握り潰し、自販機のそばに置いてあったゴミ箱へ投げ捨てる。そういや雲行きが怪しくなってきたな。

 

「……お見事」

 

 投げ捨てた缶は一寸のズレもなくゴミ箱に入り、クロが称賛するように呟く。五メートルほど距離があったけど余裕だったな。今度は十メートルで挑戦してみよう。

 本日四本目のタバコを吸いながら歩き続けていると、十人はいるであろう学生服を着た男達が一人の女子を森の中へと連れていくのが目に入った。あーらら、もしかしてそういう展開?

 普通なら助けるか通報するんだろうけど、生憎メリットというものがないので放っておくことにする。一人で行動していたのが運のツキってね。

 見なかったことにして止めていた足を動かそうとした瞬間、誰かに左手を後ろから引っ張られた。……ああ、またお前かクロ。

 

「なんだ?」

「今森の中に連れていかれたの、シルビアさんだよ」

「…………」

 

 クロにそう言われ、一、二分前に見た女子を思い出してみる。小柄な体格に黒の短髪、そしてあどけない顔立ち。言われてみればあの女子の外見、シルビアとほぼ一致しているな。

 仮に連れていかれた女子がシルビアだったとして、姉のメルファはどうした? 妹が危険な目に遭っているのに助けに来ねえのかよ?

 ……あーもういい。どうせバレる前に済ましちまおうとかそんな魂胆だろ。アイツが来ねえのならアタシがやるだけだ。世話になった奴を見捨てるのは酷でしかない。

 クロに買ったビールを持たせてから吸っていたタバコを投げ捨て、さっき男達が入っていった森の中へ単独で突入する。

 

「おっ? 意外と近いな」

 

 森に入ってすぐに聞こえてくる争うような声。今は微かに聞こえるだけだが、距離的にはそう遠くない。まっすぐ走れば間に合うぞ。

 足下に気を付けて走ること三分。言い争う声がはっきりと聞こえ、視界に女子を殴りつける男の姿が入ってきたところで走るのをやめる。

 殴られた女子はクロの言う通り、シルビア本人だった。たまたま狙われたのか、メルファに恨みのある奴らが行っているのか。

 ――うん、どっちにしても全員ブチのめすからどうでもいいや。事情なんてシルビアに聞けばわかるだろうし。

 

「オラァ!」

「ごふっ!」

 

 音を出さずに近づき、とりあえず近くにいた男を殴り飛ばす。殴られた男は宙を舞い、シルビアを殴った男を巻き込んで地面に叩きつけられた。

 これによってシルビアを含むその場にいる連中全員の視線がアタシに向けられ、男達は驚きの声を次々と上げていく。

 シルビアは声も出せないほどダメージを受けているのか、木にもたれて込んでぐったりしている。顔も見事に傷だらけだ。

 

「こ、コイツ例の都会っ子だ!」

「気を付けろ! どこかにもう一人いるぞ!」

「だから俺はもう少し奥へ行こうって言ったんだよ!」

 

 一人はアタシを知っていたのか思い出した感じで叫び、一人はおそらくクロを警戒して周りを見渡す。最後の一人に至ってはアタシが見ていることに気づいていた。

 男達が言い争っているうちに状況を確認する。人数はざっと十人。森の中なのでそこら辺に木が生え、根っこが丸見えになっているものもある。

 まあ状況がわかったところでやりますか。個人的には天候が悪くなる前にさっさと終わらせるのがベストだ。

 さっそく一人目の懐へ前蹴りを入れ、左側から殴りかかってきた二人目にラリアットをかまして思いっきり踏みつける。

 

「都会っ子が――ぁ!?」

 

 三人目が魔力を乗っけたハイキックを放ってきたがこれを顔の真横で受け止め、その脚を脇腹に抱えて右の手刀でへし折り、ミドルキックで退かすように吹っ飛ばす。

 唾を吐いて四、五人目を拳一発で片付け、背後から接近してくる六人目をひねり蹴りで沈め七人目の顎を左のアッパーで打ち砕く。

 残るは三人。二分もあれば問題ないが、動けないシルビアを人質にする可能性も充分にあり得るから一気にカタをつける。

 まずは丸見えになっている木の根っこを踏み台にして跳び上がり、シルビアの一番近くにいた男を蹴撃で叩きのめす。

 

「ちっ! コイツがぶべらっ!」

 

 次に予想通りシルビアを人質にしようとした小柄な男を捕まえ、頭突きを二発お見舞いして三メートル先にある木に向かって投げ捨てる。

 そして最後の一人に顔面を殴られ、後ろ回し蹴りをぶつけられたが余裕で堪え、大きく振りかぶった右拳で殴り飛ばした。

 なんか、いつもより手応えがなかったな。覚えた怒りも普段のそれとは違う感じだった。こんなことは初めてだ。

 

「……動けるか?」

 

 木に激突して苦しそうに唸る奴、脚の骨が折れて顔を歪め踞る奴、顎を砕かれて悶絶する奴、その他ダウンしている奴らの姿を一通り確認してシルビアの元へ歩み寄る。

 震えながら立ち上がろうとするも途中で体勢を崩してしまい、痛そうに顔を歪めつつ苦笑いするシルビア。思ったよりダメージ受けているのな。

 その姿を見て少しだけやるせない気持ちになる。目の前でこの数日世話になった奴が傷ついているのに、アタシは何もしてやれていない。

 

「す、すみません……少し厳しいですね……」

「チッ……めんどくせえ」

 

 にしてもコイツ、さっきまであんな目に遭っていたのに怯えてないな。もしかして今回が初めてじゃなかったりする?

 イラつきながらも動けないシルビアをおんぶし、跳び跳ねるように走り出す。早くしねえといつ天候が悪くなるかわかんねえからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんであんなことになってたんだ?」

 

 森から出たところでクロと合流したアタシは、徒歩で一時間ほど掛けて家の前に着くと同時に背負っていたシルビアを下ろす。

 もう夕方になっているけど、青空が一ミリも見えないせいでわかりにくい。距離的にはまだ遠いが、雷まで鳴り始めている。

 アタシがボコった連中、外の奴らじゃなくてここの奴らだった。表には出てないだけでメルファへの不満はあったんだな。でなきゃシルビアを狙ったりはしないだろう。

 

「か、簡単に言うと……私はメルちゃんの代わりに狙われることがあるんです。学校の皆が皆、メルちゃんを支持しているわけじゃないので――」

「本人とやり合っても勝てないから、アイツが大事にしているお前に手を出すと?」

「はい……なんで私なのかわかりませんが、狙われる度にメルちゃんが護ってくれました。今回はサツキさんでしたけど……」

 

 お前がメルファの妹だから。そう言おうとしたところで思い止まる。コイツ、自分がメルファとは姉妹だってことに気づいていないのか?

 詳しい事情は知らねえが、多分コイツとメルファは幼馴染のように接してきたんだな。互いに姉妹だと知っているなら、メルファの性格を考えると一緒に暮らしているはずだ。

 ズボンのポケットに入っていたタバコを吸いながら、後ろで何を考えているのかわからない顔をしているクロに視線を向ける。

 クロの視線がいつもより痛いのは気のせいだろうか。すると彼女は自分を蚊帳の外にするなと言わんばかりに口を開く。

 

「……どうするの? このままだと死人が出るよ?」

 

 シルビアはクロが何を言っているのかわからないのか目を点にしているが、アタシはその言葉の意味をすぐに理解する。

 今まではアイツ本人がシルビアに気を遣いながら降りかかる火の粉を払っていたに違いない。だが今回はアタシが火の粉を払った。となればメルファが今回の件を知った場合、シルビアを拉致った連中をマジで殺しかねない。

 つまりこれ、シルビアを『殺人犯の妹』にさせないようピエロを演じる必要があるってことだよな。めんどくせえったらありゃしねえ。

 

「――手ぇ出したらブチのめす。そう言ったはずだけど?」

 

 突然第三者の声が聞こえたのでシルビアの後ろに目をやると、鬼の形相とも言える物凄い表情のメルファが息を切らしながら立っていた。

 おそらく『シルビアがアタシら都会っ子に拉致られた』みたいな感じの偽情報に騙されて探し回っていたんだな。反乱分子の連中、今回はアタシ達を利用したのか。

 怒りで我を忘れているのか、拳を握り込んでこっちへ歩いてくるメルファ。それをシルビアが必死に食い止めようとしがみつく。

 

「ち、違うのメルちゃん! これは」

「お前が無様に騙されるから、アタシでも簡単に手ぇ出せるんだよ」

「離しなさいシルビア! コイツはここで刺し違えてでも殺――」

「メルちゃん!!」

 

 シルビアが涙を流さんばかりの声を上げた瞬間、我に返って拳を解くメルファ。チッ、結局そんなんかよ。がっかりだバカヤロー。

 

「……お前本当に番長かよ? 大事なもん傷つけられてるのにケンカもできねえとか、何が護るだクソヤロー」

 

 これは紛れもなくアタシの本心だ。ぶっちゃけコイツに限ったことじゃねえ。護るために戦うだとか、護るために強くなるだとか。行動に移すだけならまだしも、そういった信念を掲げている奴らは心底くだらねえんだよ。

 アタシの一言が響いたのかメルファは反論したそうな表情になるもすぐさま思案顔になり、歯痛にでも襲われたかのように口元を歪める。

 一、二分ほど経ったところで腹をくくったのか、恐ろしく真剣な顔付きでしがみついていたシルビアを引き剥がし、アタシの真横まで近寄ってきた。そして、

 

「――――」

 

 やっと待ちに待った番長らしい言葉を口にすると、そのまま立ち去って行った。

 シルビアが言葉を失って呆然とし、クロが睨みつけるように真剣な視線を送ってくる中、アタシもシルビアの家に戻っていく。

 これで賽は投げられた。事の元凶が何であろうと関係ない。

 

 

 ――アタシはヤンキーだ。ここまで来たらバックレるわけにはいかねえ。

 

 

 

 




《ハロウィンについて》

「なぁ番長。ハロウィンはどないする?」
「なんだ藪から棒に」

 いきなり五ヶ月も先のことについて質問されたんだが……マジでどうしたこいつ。
 ハロウィンってのは毎年10月31日に地球で行われる民間行事だ。数年前からミッドチルダでもやるようになってきている。
 確か仮装ってやつをしたりカボチャでランタンしたりするんだよな……。

「で、ハロウィンがどうしたって?」
(ウチ)、その日は大事な用があるから早めにやろうと思ってるんやけど……協力してくれへん?」
「そういうことなら別にいいぜ」

 なんだそんなことか。てっきりサツキに露出の高い服を着せたりトリック・オア・トリートとか言いつつサツキに迫るのかと思ったぞ。
 どういうわけかこいつ、去年からサツキに気持ち悪いほどベッタリだからな。

「おおきに。ほなまずサッちゃんに着せる服についてやけど――」
「露出の高いやつはダメだぞ」
「なんでや!?」
「当たり前だろ! 風邪でも引いたらどうすんだよ!」
「サッちゃんはアホやから問題ないんよ」

 さすがのサツキもお前にだけはそんなこと言われたくないと思う。
 というか、案の定そういうことかよ。ちょっとでも期待したオレがバカだった。

「ったく、この話は白紙だ。それよりもどうやってサツキを運動会に参加させるか――」
「大技ぶっ放したろか!?」
「待てジーク! やるにしてもサツキの家でやるのはやめろ! 後が怖いからやめろ!」
「せーの」
「やめろつってんだろうがぁーっ!」

 このあとジークを止めるのに三時間も掛かり、ハロウィンの件は無事白紙となった。
 それとあの大技はアウトだ。やったら後で間違いなく殺される。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話「最強vs狂犬」

「…………」

 

 賽が投げられた日の翌日。降りしきる雨の中、アタシは傘を差しながらこの町唯一の学校の校門前に立っていた。

 天候が悪いのになぜわざわざこんなところに来たのか。理由は至ってシンプル。雨でぐちゃぐちゃになったグラウンドのど真ん中に立っている番長――メルファをブチのめすためだ。

 アタシがウインドブレーカーなのに対し、向こうは相当気合いが入っているらしく昔のヤンキーが着るような学ランをその身に纏っていた。雰囲気も相まってなかなか似合ってるな。

 首を動かして周りに不審物がないことを確認し、グラウンドのど真ん中まで歩いたところで立ち止まってメルファと対峙する。

 

「お前一人か」

「タイマンは一対一でやるもんでしょ?」

 

 それを聞いて素直に安心する。もしもここで群れるようなことをしようものなら、この学校ごと潰す必要があったからな。

 もう話すことは何もないし、思いつきもしない。ならやることは一つだけ。メルファも同じ考えなのかうっすらと笑みを浮かべている。

 

「さあ――やるかァ!」

 

 アタシがそう叫んだ瞬間、お互いに持っていた傘を真上に投げてほぼ同時に間合いを詰め、顔面を殴りつける――が、メルファは頬に突き刺さる拳を意に介さず放った拳を振り切った。

 殴られたアタシは数メートルほど後退してしまい、立ち止まったところへ顔面に前蹴りを食らって体勢を崩し、後頭部からぐちゃぐちゃのグラウンドに倒れ込んだ。

 頭と背中が泥水で汚れるも、イチイチ気にしてたらキリがないので何事もなかったかのように立ち上がり、右拳からのハイキックでメルファを左腕のガードごと吹っ飛ばす。

 ふらつきながらも堪えたメルファだが、そこへアタシが繰り出した延髄切りを食らい、足が滑ったように転倒した。

 

「立てゴラァ!」

 

 口内に溜まった痰を吐き捨てて喝を入れるように叫び、跳び上がって仰向けになったメルファの顔面を踏みつけようと右脚を伸ばす。

 メルファは一瞬驚くも横へ転がるように迫り来る右脚を回避し、その勢いで起き上がる。アタシは間髪入れずにミドルキックを放つも受け止められ、左の連打を右腕でガードしている隙に右膝を懐へ三発ほど叩き込まれるも右拳で彼女の顔面をぶん殴り、密着状態を解く。

 続いてメルファが繰り出した前蹴りを受け止め、頭突きを浴びせて怯ませたところで握り込んだ右拳を顔面にブチ込み、そのまま鷲掴みにして後頭部から地面に叩きつける。

 さらに顔を蹴りつけ、胸ぐらを掴み無理やり立たせて後ろ蹴りを放つが、これを耐えたメルファはアタシの胴を両腕で抱え込み、上下逆さまにして持ち上げると肩にうつ伏せでアタシを乗せ、首の付け根と腰を抱えた瞬間、後頭部から地面に落としてきた。

 

「が……!?」

 

 なす術もなく叩きつけられ、痛みで顔を歪めてしまう。まさかエメラルド・フロウジョンをモロに食らわされるとは思わなかった。

 軽い脳震盪でも起きているのか意識が混濁し、付着した泥のせいで鼻が使えない中、アタシは気配でメルファの位置を把握しつつ立ち上がる。

 体勢を整えていると、ぼやけた視界に目と鼻の先まで迫る拳が入り込んできた。ガードじゃ間に合わないため頭突きで弾き返し、メルファの動きが止まった一瞬の隙に右、左の順に殴りつけ、顔面に跳び後ろ蹴りを叩き込む。

 蹴りを受けて上体を後ろに反らすも、ギリギリ踏ん張るメルファ。彼女が反撃してくる前に沈めるべく、上体を戻したところへ左拳を二発連続で打ち込んでから地面を蹴って跳び上がり、渾身の蹴撃を浴びせた。

 

「うぐっ……!」

 

 顔をしかめて後退し、膝をつくメルファ。もちろんこの好機を逃がすわけがなく、着地すると同時にサッカーボールキックを放つ。

 メルファもこれに気づき両腕を交差して防ごうとするが間に合わず、アタシの右脚が彼女の鼻っ面をへし折る勢いで蹴り飛ばし、後頭部からグラウンドに倒れた。

 アタシはメルファが上半身を起こす前にマウントを奪うと左手で胸ぐらを掴み、握り込んだ右拳をひたすら叩き込んでいく。

 そして十発目を入れようとした瞬間に顔面を殴られ、無理やり突き飛ばされる形でマウントから抜け出されてしまった。

 

「やってくれるじゃない都会っ子……!」

 

 ふらついたところへハイキックが迫るもしゃがんでかわし、放たれた左のミドルキックを受け止めて左の連打を顔面にブチ込み、胸ぐらを掴んで強引に地面へ投げるように叩きつける。

 再びマウントを奪おうとしたが両脚で顔を挟まれ、膝を曲げて持ち上げるように身体を起こしたメルファは太ももで両側からアタシの首を固定し、拳のラッシュを脳天に打ち込んできた。

 すかさず引き剥がそうとそのままパワーボムを繰り出すも、こういうのを待っていたのかフランケンシュタイナーで返され、投げ出されるように後頭部から落とされてしまう。

 さすがのアタシもこれには無様な声を漏らしそうになり、叩きつけられた頭を押さえて転がるも流れるような動きで立ち上がる。雨でぐちゃぐちゃになったグラウンドで転がったため全身が泥だらけになってしまったが、降り続ける雨はその汚れを少しずつ落としていく。

 

「チッ……上等だコノヤロー」

 

 多少おぼつかない足取りで口元を拭うメルファへ近づき、突き出された右拳を受け止め前蹴りを入れて彼女が懐を押さえながら一、二歩下がったところで乱暴に左肩を掴み、頭突きからの左の連打を顔面に叩き込んだ。

 口から血を吐くメルファだが、それによって落ち着いたのか右のローキックをアタシの脹脛へぶつけると、お返しだと言わんばかりに右肩を掴んで溜めていたらしい右拳を打ち込んできた。

 拳が鼻っ面に突き刺さるもなんとか踏ん張り、左の拳で殴り返した直後に右拳をテンポよくブチ込まれてしまう。

 その後も右、左、右、左と譲れないほど殴り合ったが、アタシが掴んでいた左肩を離したことでこの殴り合いは終わりを告げた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 口内に溜まった血を唾ごと吐き捨て、互いに乱れた息を整える。どれだけ殴ったか、どれだけ殴られたのか、どれだけ時間が経ったのか。

 そんなことはもうわからない。今アタシが気にしているのはたった一つ――いつになったらメルファがくたばるかだ。

 

「しぶといわねあんた……!」

「はっ……まだまだこれからだろうが」

 

 口元を三日月のように歪めて力なく棒立ちしているメルファの顔面を右の拳で殴りつけ、彼女が放った前蹴りを軽くいなして左のボディブローを叩き込む。

 息が詰まったのか腹部を押さえ、身体をくの字に曲げる。メルファが体勢を整える前に仕留めるべく両手で頭を掴み、膝蹴りを五発ほど入れてからもう一度右拳で殴り飛ばした。

 メルファの身体が宙に舞い、数メートルくらい吹っ飛んで地面に叩きつけられる。アタシは助走をつけて跳び上がり、肋骨を砕こうと曲げた両膝を鳩尾へ突き刺す。

 直撃寸前で彼女の交差した両腕に阻まれたが、威力を完全に殺しきれなかったのか顔を歪め、口元から血を流すメルファ。

 

「あ、ぐ……!」

 

 胸ぐらを掴んで仰向けに倒れていた彼女の身体を起こし、右フックを二発打ち込んで頭突きをお見舞いして投げ飛ばす。

 放物線を描くように宙を泳いだあと再び地面に叩きつけられ、メルファの身体はボールのようにゴロゴロと転がっていく。

 そして五メートルほど先で止まったかと思えば動かなくなり、同時に雨の勢いが弱まり始めた。雨もアイツも終わったってことかァ……?

 背筋を伸ばして唾を吐き、くたばったメルファに背を向けて歩き出す。校門前を見てみると、いつの間にやってきたのかシルビアとクロが傘を差しながら立っていた。

 

「…………ん?」

 

 雨の降る音に混じってピチャピチャと微かに足音のようなものが聞こえ、二人ともアタシの後ろを見て驚愕の表情を浮かべている。

 何かと思って眉をひそめ、だんだん近づいてくる足音がする方へ振り向いて――

 

「っ!?」

 

 ――飛び蹴りを繰り出すメルファを目の当たりにし、シルビアとクロみたく驚愕した隙にそれを食らって数メートル以上も引きずられてしまう。

 まだそんな力が残っていたのかアイツ……しっかりくたばったはずだろうがよ。今回はガチで油断しちまってたじゃねえかクソッタレ。

 転倒した身体を震わせながらも気合いで起き上がらせ、足を滑らせて情けなく転ばないようにふらつきを押さえる。

 メルファも体勢を整えてはいるがよろめいている。仕方がねえ、今度は徹底的にやってやんよ。弾みで逝っても知らねえぞ。

 

「このくたばりぞこないが……!」

「黙れ死にぞこない……!」

 

 アタシとメルファは間合いを詰めながら互いに毒づきあい、血が出るほど握り込んだ左の拳をほぼ同時に突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メルちゃん……」

 

 二人のヤンキーが死闘を繰り広げる中、昔から親しかったメルファを心配そうに見つめるシルビア。彼女が実の姉だということは知らないが、それでも心配せずにはいられない。

 その隣で表情を変えることなく死闘を見ている金髪金眼の小柄な少女、ファビア・クロゼルグも内心ではサツキを心配していた。

 彼女たちの心配している人が少し先で拳をぶつけ合い、その衝撃と音がファビアとシルビアのところまで波のように響き渡る。

 人形みたいに全く表情を変えないファビアを見て少し戸惑うシルビアだが、思いきって彼女に話しかけることにした。

 

「ふぁ、ファビアちゃん」

「……はい」

 

 直立不動のまま首だけを動かし、シルビアの顔に視線を向けるファビア。眉一つ動かさないのを見て少し怖くなるも表情には出さない。

 

「この戦い、どうなると思う?」

「私は相手が誰であろうと、サツキが勝つと信じています」

「そ、そっか……」

「シルビアさんはどう思っているんですか?」

 

 迷うことなく答えたファビアに驚くと同時に微笑えむシルビア。ファビアはそれが気に入らなかったのかほんの少しだけ眉をひそめるも、すぐに悪気がないことに気づいて無表情に戻る。

 シルビアは彼女の答えを聞いて、自分はどうなんだろうと考え込む。メルファに勝ってほしいのか、負けてほしいのか。

 数分ほど考えたところでファビアからサツキとメルファがいるグラウンドへ視線を戻し、いつもの明るい表情で口を開いた。

 

「私は――勝ってほしいとは思う。でもそれ以上に、メルちゃんが無事なら勝ち負けはどうだっていいかな」

「……そうですか」

 

 シルビアの返答を聞いて一瞬呆気に取られるも、うっすらと微笑むファビア。

 さっきまで降っていた雨はすっかりと止み、雲の隙間からは太陽の光が差し込んでいた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話「じゃあね」

「んのやろ……っ!」

 

 雨が止んで太陽の光が差し込む中、アタシは前方宙返りからの浴びせ蹴りを入れ、顔面を押さえて後退するメルファの懐へ膝蹴りをブチ込んだ。

 が、二、三歩下がったところで踏ん張ったメルファに前蹴りを二発連続で腹部へ叩き込まれてしまい、フィニッシュと言わんばかりに裏拳を右の頬に打ち込まれた。

 ガクッと倒れそうになるも両手を膝の上に置いて堪え、乱れた息を整えてから握り込んだ左の拳で彼女を殴りつけ、右手で髪を掴むと同時にもう一度左拳で殴り飛ばす。

 またも踏ん張るメルファだが、その際に足を滑らせ転倒した。まあ無理もない。雨が止んでも地面はぐちゃぐちゃのままだからな。

 

「オラ立てチンピラ番――!?」

 

 仰向けに倒れたメルファに喝を入れる感じで叫び声を上げるも狙っていたのか足払いを掛けられ、後頭部から派手に転倒してしまう。

 さすがにいってぇなコノヤロー……せっかく視界がクリアになってきたっつうのにまたぼやけたらどうしてくれるんだよ……!

 ダメージでおもりを付けているかのように重く感じる身体をゆっくりと起こし、振りかぶった右拳で立ち上がったメルファの顔面を殴りつける。

 いつ倒れてもおかしくないほど身体を震わせ、痛々しい姿で血反吐を吐くメルファ。ああ、痛々しいのは一応アタシもか。

 

「ナメんじゃ、ないわよっ!」

 

 メルファはふらつきを押さえると全身をオーラのような魔力光で包み込み、左のアッパーをアタシの下顎へ打ち込んでアタシが仰け反った瞬間に豪快な空中蹴りを繰り出し、腰の骨を折る勢いで地面に叩きつけてきた。

 腰辺りから骨の軋む音がはっきりと聞こえて意識が翔びそうになるも気合いで持ちこたえ、突進の要領で頭突きをかましながら立ち上がって左のハイキックを放つ。

 もうガードする力も残っていないのか、これらの攻撃をモロに食らって顔をしかめるメルファ。その隙に前蹴りを入れ、屈んだところで膝蹴りを叩き込む。

 顔を押さえながらも踏ん張り、さっきよりも大雑把に右拳を振るってきたがアタシはそれを左手で受け流し、ほとんど時を置かずに空いていた右の拳を腹部へブチ込んだ。確かベルカ古流術で『一拍子』って言うんだっけか、これ。

 

「ぐぅ……っ!?」

 

 息が詰まって苦しそうに唸るメルファにミドルキックをぶつけ、脳天から倒れたところを右手で強引に起こし、溜めに溜めておいた左の拳をひたすら叩き込んでいく。

 鼻血を出そうと、大量の血を口から吐こうと、全身を包んでいた魔力光が消えようと殴り続け、苦し紛れに腹部を蹴り上げてきたところで連打を中止、ラリアット気味に放った左の拳打で思いっきり殴り飛ばす。

 この拳打を食らったメルファは踏ん張ろうとしたが三メートルほど後ろへ引きずられ、途中で尻餅をつくように後頭部から転倒した。

 首を横に何度か振り、痰を吐き捨てぎこちない動きで彼女の元へ歩み寄っていく。今度こそ終わらせてやるよ、狂犬番長。

 

「ウラァ……!」

「この……!」

 

 互いに胸ぐらを乱暴に掴み合い、己の額を何度もぶつけ合う。ぶつける度に鈍い音が頭に響き、その衝撃で視界が揺れる。

 六回ほどぶつけ合ったところでどうにか押し勝ったアタシは、密着状態になっていたメルファを無理やり突き飛ばし、右拳を打ち込む。

 すると体勢を崩すも片足だけで持ちこたえ、アタシの顔面を右拳でシンプルに殴りつけてきた。アタシもそれに耐えてから再度右拳でぶん殴り、堪えたメルファも右拳で殴ってくる。こんな調子で今度は右だけを使う殴り合いとなった。

 ただの殴り合いなので顔の痛みに耐えながら拮抗していたが、メルファの拳が当たる前に彼女の身体をクロスカウンターで押し退け、

 

「――■■■■■■■■ッ!!」

 

 獣の如き咆哮を上げながら地面を蹴って跳び上がり、渾身の頭突きを食らわせた。しかしその反動で頭部を負傷してしまい、血がドクドクと流れ出していく。

 この一撃を受けたメルファの身体は銃で撃たれたかのように崩れ落ち、力なく倒れ込んだ。

 チッ、予想以上に手こずらせやがって……頼むからもうどこぞのサイバネティック生命体の如く起き上がるのは勘弁しろよ全く。

 やっと終わったということを実感しながら棒立ちのまま天を仰いでいると、メルファの実の妹であるシルビアが彼女の元へ駆けつけた。

 

「し、シルビア……」

「メルちゃん……」

 

 メルファが無事だったことに安堵の息をつき、彼女の上半身を必死に起こすシルビア。

 その光景を見て少しだけ羨望感を抱き、目を細める。アタシも、この二人のように生きていたら今とは違う明日を迎えていたのかもしれない。

 

「ねえ……名前……」

 

 荒れた息を整えながら校門前で佇んでいるクロに視線を向けていると、ふと何かを思い出したらしいメルファが話しかけてきた。

 名前……ああ、そういやコイツにも教えてなかったっけ。今まではイチイチ名乗るのがめんどいから言わなかったりスルーしたりしてたけど、今回はそうもいかねえよな。

 喋る気力がほとんど残っていないアタシはフルネームで名乗ることを諦め、下の名前だけ言っておこうと振り向いて口を開いた。

 

「……サツキ」

「サツキ……じゃあね」

「…………おう」

 

 血だらけの顔で微笑むメルファと軽く頭を下げるシルビアから再び校門前のクロへ視線を向け、おぼつかない足取りで歩き出す。

 途中で身体が大きくよろめくも歯を食いしばって踏ん張り、再び足を進めてアタシを出迎えるように立っているクロの真横へたどり着いた。

 そこで全く表情を変えないクロと少しの間だけアイコンタクトをかわし、崩れるような危なげな足取りで学校から立ち去っていく。

 今回ブチのめしたヤンキー、メルファ。アイツはアタシと同じであって違う存在。だからこそ、アタシはもう一度考えてしまう。

 

 

 

 

 ――アイツみたいに生きれたら、アタシの明日はどうなっていたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何にもねえな」

 

 翌日の早朝。アタシは一人で田舎町を去るべく、世話になったシルビアには何も言わずに家を出て初日に見つけたバス停に向かっている。

 居心地が悪くないとはいえ最初から居座るつもりなんてないし、ここのトップである狂犬番長はブチのめした。もうこの町には何もない。

 ちなみにクロは寝てたから置いてきた。アイツならこの町でもやっていけるだろう。多分。

 朝日が出てきている点を除けば初日に見たときと何ら変わりない景色を眺めながら歩いていき、目的のバス停に到着した。

 

「えーっと次のバスが来るまで……あと二十分か」

 

 ボロボロの時刻表を見てホッとする。間に合わなかった場合は傷の癒えない身体を引き摺るように徒歩で帰る必要があったんだよ。

 二十分とはいえ立って待つのもあれなのでがら空きのベンチに座り込み、ポケットから取り出したタバコで久々に一服する。実を言うと昨日は今まで以上に神経を張り詰めていたため、タバコは一本も吸っていないのだ。

 それを堪能しつつ昇ってくる朝日をのんびり眺めていると、すぐ近くから足音が聞こえてきた。こんな朝早くからウォーキングか?

 とりあえず誰なのかを確認しようと、足音がする方へ振り向く。せっかくなのでからかってやろうと思っていた――その姿を見るまでは。

 

「……勝手に置いていかないでよ」

 

 小柄な体格に金髪と金色の瞳、そして嫌というほど見慣れた無表情な顔つき。足音の主は魔女っ子ことファビア・クロゼルグだった。

 しかし置いていかれたことに怒っているらしく、少しだけ憤然とした面持ちになっている。別にそこまで怒らなくてもいいだろうに。

 クロはアタシの隣にどっかりと腰を下ろし、自分を置いてきた罰だと言わんばかりに左肩へ軽くグーパンチをしてきた。ちょっと痛い。

 お返しに脳天へ軽くチョップをすると、今度は左肩へ軽くツッコミを入れる感じで裏拳をかましてきた。やっぱりちょっと痛いわ。

 

「何すんだゴラ」

「それはこっちのセリフだよ」

 

 イラッときたのでクロの胸ぐらを左手で乱暴に掴み、無理やり引き寄せて軽く睨み合う。さすがにやられっぱなしは癪なのか、いつも以上に睨みを利かせるクロ。

 なんか拉致が明かなくなってきたと思いきや、タイミングよくかなり遠くから車のエンジン音が聞こえてきたので、そちらへと視線を向ける。

 クロもその音が聞こえたようで、アタシと同じ方向をじーっと見つめる。田舎には都会と比べて雑音や障害となるものがない。だから人並みのクロにも遠くの音が聞こえたのか。

 しばらく音がする方向を見つめていると、何もない道路から少しずつ現れるようにこちらへ走ってくるバスが目に映った。

 

「やっと来たか」

「……さらば田舎町」

 

 走行するバスを見ながら、この町で体験したことを振り返っていく。

 ……何だかんだで濃い一週間だったな。宿主の畑耕しを手伝い、その姉に因縁を吹っ掛けられ、終いには雨の中でソイツと殴り合った。

 うん、どう考えても濃い内容だ。たった一週間、されど一週間。タイマンもやったことだし、一応忘れないでおこう。

 このあと世話になったシルビアに感謝の置き手紙を書いてきたとクロから聞き、未練なく到着したバスに乗ってこの町を後にしたのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 15

「何すんだゴラ」
「それはこっちのセリゅッ!」
「…………」
「…………」
「…………やっぱり帰るのやめる」

 そうか。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF第四章「たった一つの思い出」
第27話「イタチごっこ」


「いくぞお前らぁ!」

『おぉおおおおおお!!』

「……上等だコノヤロー」

 

 都会に戻ってから一ヶ月後。アタシは休む暇もなく喧嘩三昧の日々を送っている。クロと共に都会へ帰ってくるや否や武器を持った何人ものゴロツキに絡まれ、ムカついたのでブチのめした。

 そこまではいつも通りだった。しかし次の日には別のゴロツキが十人ほど奇襲を掛けてきたのだ。もちろんこれもブチのめしたが……とまあ、こんな感じの日々を過ごして今に至る。

 言ってしまうとキリがない。こういうのは初めてミッドチルダの来たとき以来だ。ケンカは好きだが場所は選んでくれ。最近なんか武装したゴロツキの集団と校内でやり合ったから現在進行形で停学処分にされてるんだよ。

 ゴロツキ達が叫び声を上げた瞬間に翔けていき、まずは拳を振り上げた男を跳び膝蹴りで片付ける。次に右から鉄パイプを振るってきた奴を殴り倒し、すぐさま振り返って背後にいた男に左の拳を叩き込んだ。

 

「ちっ、このアマ――!」

 

 正面から殴りかかってきたピアスに前蹴りをぶつけ、左で構える男を蹴り飛ばし、茶髪男のタックルで壁に叩きつけられるも難なく受け止め、膝蹴りを入れて彼の身体を真横へ投げ捨てる。

 続いて小柄な男へハイキックを放とうとするも背後から羽交い絞めにされ、腹部を鉄パイプで殴打されてしまう。

 アタシはこれに余裕で耐えて殴ってきた奴の金的を蹴りつけ、アタシを羽交い絞めにしている男を壁にぶつけて引き剥がし、顔面を殴りつける。

 さらに鈍器のようなもので後頭部を殴られ少し体勢を崩すも持ちこたえ、ひねり蹴りで後ろの奴を仕留めてさっき投げ捨てた茶髪男が立ち上がった瞬間に首を掴み、壁に叩きつけて右の拳でひたすら殴っていく。

 

「が、ごふ……!」

 

 茶髪男が大量の血を吐いたところで殴るのをやめ、背後から振るわれた鉄パイプの盾にして鉄パイプを持つ紫髪の男を前回し蹴りで沈め、盾にした男をその場に捨てる。

 残るは……何人だ? まあ別に何人だろうと関係ないか。とっととブチのめして資金を調達したら我が家のベッドに入ろう。

 流れるような動きで左斜め後ろにいる男に裏拳をかまし、緑色の服を着た奴が振り下ろした鉄パイプを片手で受け止めて前蹴りを入れ、最後に仕留め損ねていた小柄な男の顔面へボディブローからのアッパーを同時に叩き込み、他に取りこぼしがいないか目で確認していく。

 動く気配がないのでもう終わったのかと思いきや、背後で一人、また一人と立ち上がっていた。ちょっと手ぇ抜きすぎたか……しょうがねえ、死ぬまで付き合ってやるか。

 

「オラァッ!」

「あがっ……!?」

 

 赤色の服を着た男へ振り返りざまにハイキックを繰り出し、後ろから肩を掴んできた奴には頭突きをお見舞いしてから右肘の連打を入れる。

 その隙に脇腹を蹴られるも意に介さず、蹴りつけた男の顔面へ鋭い蹴りを放ち、仰向けに倒れたところでマウントを奪って茶髪男同様、握り込んだ拳でひたすら殴っていく。

 殴って殴って殴りつけ、血反吐と共に抜けた歯を吐いてもお構いなく殴り続け、終いには顔面が血だらけになろうと殴りまくった。

 その途中で胸ぐらを掴み、残った左の拳でひたすら男の顔面を殴っていると、振り上げた左腕を誰かにしがみつくような感じで掴まれた。何だよいいところで……!

 

「ダメだよサツキ……! それ以上やると死んじゃうって……!」

「………………チッ」

 

 アタシの左腕を掴んだ張本人――魔女っ子のクロにそう言われるもやめる気はなかったが、遠くからサイレンの音が聞こえてきたので渋々ながらも胸ぐらを掴んでいた手を離す。

 殴り終えたところで男の状態を見てみると、顔面が凄惨なレベルで血だらけになっており、ピクリとも動かないから死んだのかと思えば、お腹が上下に動いているのでギリギリ生きていることがわかった。虫の息ってやつか。

 さらっと周りを見渡して全員ダウンしているのを確認し、資金を調達してから警邏隊が来る前に路地裏を立ち去った。

 途中で口内に溜まった唾を吐き、血で真っ赤になった左手を払ってビシャァと辺りに血が散るのを横目で視認する。結構な量だこと。

 

「……やりすぎだよ」

「あァ?」

 

 払いきれなかった左手の血を拭いていると、怒気を含んだ声でクロが話しかけてきた。なんでそんなに怒ってるんだお前。

 

「サツキは自分のスペックをもう一度考えて。人を殺すなんて容易にできるんだから」

 

 そう言うとクロは黙り込み、アタシから目を逸らす。ちょっとイラッときたので何か言い返そうと思ったが、どういうわけか言葉が出なかった。

 ていうか、自分のスペックをもう一度考えたところで何になるんだよ。そんなもんはアタシが嫌でも一番把握してるんだよ。

 気を紛らわすべくタバコを吸い、とりあえず考えることをやめる。やっぱ一人でいる方が気楽で良いわ。アタシにとっても、コイツにとっても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのさサツキ。オレぁ思うんだけどよ……」

「何がだ」

「最近お前、会う度に傷が増えてねーか?」

 

 翌日。停学期間真っ只中のアタシの元を訪ねてきたのは、腐れ縁ことハリー・トライベッカだ。わざわざ差し入れ持ってまでアタシん家に来るとは、暇してるんだねぇコイツも。

 今日はクロもいないし久々にゆっくりできると思ったら結局こうなるのね。クロといいお前といい、当たり前のように来てんじゃねえよ。

 アタシが校内での乱闘によって停学にされて以降、毎日のように誰かが訪ねてくる。筆頭はもちろんクロ、次にこのハリー、三日前にはとうとうあの乞食――ジークまで来やがった。

 身近にいるクロと同級生のハリーはともかく、現在進行形で放浪中のジークは明らかにこのタイミングを待っていた気がする。

 

「用が済んだら帰れ」

「今日は帰らねーぞ。お前がその傷について説明してくれるまではな」

 

 彼女のいう傷とはここ一ヶ月でアタシが顔に負わされた無数の掠り傷を差している。毎日ケンカしてると嫌でも怪我はしてしまうんだよね。

 確かにアタシはそこら辺の連中に比べたら丈夫な方だが、それでも人間だ。怪我するときは怪我するし、骨が折れるときは骨が折れる。

 本日最初のタバコを吸い、口から白い煙を吐きながらハリーの顔を見つめる。今にタバコを取り上げたそうな感じでイラついてやがるなぁ。

 

「…………ちょっとな」

「お前、それ言えばどうにかなるとでも思ってんのか……?」

 

 もちろん思ってる。思ってるし何よりめんどいからこの一言で済ましてるんだろうが。そんなこともわかんねえのかテメエは。

 しかもちゃんと説明した場合、それが先公に伝わってもっと面倒なことになりかねない。まあほぼバレているようなもんだが。

 コイツのことだからどうせアタシの口から真実を聞きたいとか確証を得たいとかそんなんだな、と勝手に解釈しておく。

 

「ちゃんと説明しろ! やっぱりケンカだろ!? つーかそれしかねえよな!?」

「…………ちょっと」

「一文字なくしても意味ねえんだよ!」

 

 自分の髪と同じくらい顔を真っ赤に染め、殴りたそうに拳を握り締めるハリー。おっ、もしかしてやる気か? やる気なのか?

 それにしてもイチイチ細かい奴だな。オウムみたいに簡単な一言を繰り返してもダメだって言ったのは他でもないお前だろうに。

 差し入れが入っているであろう袋を開け、中身を確認する。えーっと……なんだこの腐ったイカみたいな生物は。めっちゃ臭うんだけど。

 あまりの刺激臭に鼻を摘み、汚物を見るような目でハリーを睨みつける。そのしてやった顔、今すぐやめろ。ムカつくから。

 

「おいコラなんだこの腐ったもんは……!」

「健康食だよ。タバコ吸ってばっかのお前にはピッタリだろ?」

「ふざけろ……!」

 

 してやった顔の次はニヤけ顔とはいい度胸だなコノヤロー。さすがのアタシもはらわた煮えくり返ってきたんだけど。

 てかよ、なぜアタシが好き好んでこんな臭いもん食べなきゃなんねえんだコラ。このイカもどき、見た目からして味も絶対にアウトだろ。

 あとで部屋の空気を徹底的に入れ換える必要があるな。加えて身体にも臭いは付くからシャワーも浴びないとダメだ。あまりにも臭すぎる。

 

「そんなことより早く説明しろ。会う度に顔の傷が増えていく理由を」

「この悪臭の中で説明しろと……!?」

 

 野郎、狂ってやがる。

 

「言っておくがお前よりはまともだぞ」

「ぐっ……人の思考読み取ってんじゃねえよサイコ(自主規制)が」

「些細な弱みを握られただけで始業式の早朝待ち伏せした挙げ句、問答無用で拳を振るう奴の言うことじゃねーな」

 

 と、呆れ顔で返すハリー。コイツマジで殺す。肉体の原型がなくなるほど殴って(放送事故)にしてやる。そして飼い犬の餌に混ぜてやる。

 こっちはイタチごっこの真っ最中なんだぞ。そろそろ弾みで人を殺してもおかしくないというのに、わずかな休みの時間まで潰す気かこのアマ。

 健康食とやらの悪臭をタバコの臭いでごまかしつつ、今日の予定を考える。今日も隣町まで行かなきゃなんねえだよなぁ。

 そろそろいつものようにこっちから仕掛けるか? 停学期間だから少しだけ大人しくしていたが、こうも終わる気配がないと関係のないところにまで危害が及ぶ。

 

「――おいサツキ!」

 

 ハリーの叫び声にも等しい大きな声が耳に入り、反射的に両耳を塞いで自分の世界から現実へと引き戻される。鼓膜破りたいのかお前は。

 タバコをテーブルの上に置いてある灰皿に押しつけ、恨みの籠った視線をハリーに向ける。予想外だったのか一瞬たじろぎ、身構えるハリー。

 

「……………あ、なんだゴラ」

「お前オレの話聞いてたか?」

 

 どうでもよくなったので全然聞いてなかった。

 

 

 

 




《ジーク来襲》

「サッちゃん停学になったって聞いたけど大丈夫なんぶへっ!?」
「唇を尖らせながらよだれ垂らして抱きついてくんなボケ!」

 玄関のドアを開けた途端にこれである。変態の一言に尽きるわ。
 校内で乱闘した結果、停学処分にされてから少し経ったある日。アタシの元を訪ねてきたのはよりにもよってジークリンデ・エレミアだった。
 なんでコイツなんだよ。せめてヴィクターにしてくれ。それかヴィクターを同伴させろよ。
 そんなアタシの心情にお構い無く、ジークは勝手に家に上がってくつろいでいる。

「サッちゃん、顔の怪我は大丈夫なん?」
「ああ、これくらい大したことねえよ」
「ちぇっ、大事なら(ウチ)がつきっきりで看病したのに……」

 大事にならなくて心の底からよかった。

「てか、なんでお前アタシが停学になったって知ってんの?」
「魔女――とある知り合いから無理やり聞き出したんよ」

 とりあえずクロの処刑は決まった。髪の毛以外全部なくしてやる。
 イラつきのあまり拳を鳴らしていると、ジークがニコニコしながら口を開いた。

「とりあえず今日は一緒に寝よか!」
「話の飛躍が半端じゃねえ!」

 ヤベェ、とりあえずの次に添い寝宣言とか頭おかしいだろコイツ。親の顔が見てみたいものだ。

「別におかしくないやろ? いつも通りやし」
「お前の頭の中どうなってんだ」
「禁則事項ぶっ!」

 イラッときたので何となくぶん殴った。ホント何なんだよこのアホは。
 こんな調子で一日を過ごし、ジークが泊まっていくことを止められずに悔し涙を流しかけたのだった。ベッドにまで入ってくんな。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話「限度」

「……サツキ」

「……なんだゴラ」

 

 ハリーが悪臭漂う健康食とやらを持ってきた日から一週間。赤い瞳と黒髪ストレートが特徴的なおっぱい剣士、ミカヤ・シェベルとショッピングモールの休憩所で再会した。

 久しぶりに早起きし、毎日ケンカを繰り返すうちに服が破けて使い物にならなくなったので、とりあえず新しい服を買おうとここに来たらバッタリ出会ってしまったのだ。

 シェベルは確か……インターミドルのベテラン選手かつ抜刀術天瞳流の師範代だったな。そんな外見は堅物に等しい女が、服屋で楽しそうに目を輝かせているのを見たときには吹き出しそうになったよ。まさに珍光景だったね、あれは。

 休憩所が喫煙所ということもあり、今は堂々とタバコを吸っている。シェベルは今すぐ舌打ちしそうな顔でアタシを睨んでるがな。

 

「タバコはやめるんだ」

「ふざけろタコ」

 

 言うと思った。言うと思ったよこんちくしょう。お前らの第一声は大体それだもんな。それ以外で言うとジークの添い寝宣言が――忘れよう。

 自己主張の激しいお胸を揺らしながら注意してくるシェベルをひたすら無視していたが、首元に刀を当てられてしまった。

 やだ怖い。人がいないとはいえ公の場で刀を使うなんて銃刀法違反だぞ。それともミッドチルダにはその法がないのか?

 どこから取り出したのか刀型デバイスの晴嵐を右手に持ち、今にもキレそうなほど黒い笑みを浮かべるシェベルはゆっくりと口を開く。

 

「……少しは人の話を聞こうか」

「殺すぞテメエ」

 

 首元の刀と何気に彼女が飛ばしてくる殺気に物怖じすることなくシェベルの胸ぐらを掴み、ガンを飛ばす。どこぞのバトルジャンキーのせいで刃物にも慣れちまったんだわ。

 三分ほど経ったところでシェベルが先に刀を鞘に納め、アタシも胸ぐらを掴んでいた手を離す。アタシが一体何をしたというんだ。

 吸っていたタバコを灰皿に押しつけ、口の中に残っている煙を吐く。今日で何本目だっけか、このタバコ。もうすぐ箱が空になってしまうぞ。

 やっとシェベルの殺気がなくなったところで視線を逸らし、念のためにライターのオイルとマッチ棒の残量を確認する。

 

「……会ったときから思っていたが、妙にイライラしてないか?」

「あァ?」

 

 何かを諦めたと言わんばかりにため息をつき、恐ろしく真剣な顔付きになるシェベル。これが年長者としての気遣いってやつか。

 勝手に保護者面してんじゃねえ。イラッときたのでそう言い返そうとしたものの、最初のイラッときたところで踏みとどまった。

 言われてみればお前の言う通りだ。最近のアタシはイラついてばっかで、いつも以上に怒りに任せてとにかく拳を振るっている。

 ここ数日の自分を振り返りつつ、苛立ちを抑えるように右手で頭を掻く。そういや息をするように相手を殺しかけたこともあったな……。

 

「チッ……」

「私は君の事情を知らない。だからこれ以上は口を出さないでおく。けど、誰かに相談したり、頼ったりするのも一つの解決策だと思うよ」

 

 今度は穏やかな表情になると、立ち上がって世話の焼ける後輩を励ますようにアタシの頭を軽く叩いて休憩室から出ていくシェベル。

 なるほど。あれが人格者ってやつか。どうりで他の出場選手からも尊敬され、慕われるわけだ。人間性がしっかりしているから。

 彼女がいなくなったのを確かめて新たなタバコを取り出し、マッチ棒で火をつける。気づけば苛立ちも消えており、かなり落ち着いていた。

 ひとまず落ち着いたところでアタシも少しだけ吸ったタバコを灰皿に押しつけ、買った服が入っている袋を持って休憩室を後にする。

 

「よし……」

 

 まずは今日の予定を片付けよう。イタチごっこもまだ終わってねえんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぁっ!?」

 

 シェベルとの軽いいざこざから二日後。アタシはイタチごっこを終わらせるべく、隣町を始めクラナガンの路地裏をくまなく徘徊している。

 本当はもう少し大人しくしていようと思っていたが、昨日ゴロツキの一人に頭部を鉄パイプで殴打されたことでついに堪忍袋の緒が切れた。

 殴られた頭部には包帯が巻かれており、顔の傷はさらに増えた。一か月前に負った傷も癒えるどころか悪化してしまってるし、これ以上の負傷は避けたいところだ。

 体格の良いゴロツキをぶん殴り、震えながらも上半身を起こしていた男をもう一度蹴り倒し、ビビったのか逃げようとした奴の背中に前蹴りを入れ、壁に叩きつけられてこちらへ振り向いたところを右、左と殴りつけ、右拳を三発叩き込んだ。

 

「おう、待てやコラ」

「ひっ……!?」

 

 もちろんこの程度じゃアタシの苛立ちは収まらない。路地裏の奥へ逃げようとしていた金髪の男を捕まえ、顔面から壁に何度もぶつけて血だらけにしてから脇腹に拳を何発も打ち込み、彼の身体を片手で持ち上げ近くにあった使い古しのゴミ箱へ頭からブチ込む。

 右の蹴りで壁を粉砕し、口内に溜まった唾を吐き捨て、腹の底から湧いてくるイライラを紛らわすかのように右手で髪を掻き上げる。

 あークソッ、こんなに怒りが湧いてくるのは初めてだ。殴っても殴っても収まる気がしねえ。ムカついてしょうがねえっ!

 シェベルに指摘される前からわかってはいたが、やっぱりこういう衝動的なのはそう簡単に抑えられるものじゃない。

 

「っ……!?」

「まだ死にぞこないがいたかァ……」

 

 誰かが立ち上がったような音が聞こえたので後ろを振り向くと、最初に気絶させたリーダー格の男が仲間を見捨ててこっそり一人で逃げようとしているのが目に入った。

 お前らといいそこらの連中といい、都合良く群れるくせにいざというときは簡単に仲間を見捨てる。だから仲間とかほざく奴はムカつくんだよ。

 蛇に睨まれた蛙の如く動きを止めた男へゆっくりと近づき、右手でうなじを掴んで持ち上げ、十メートル先にある壁へ投げ飛ばす。

 男が壁に叩きつけられると同時に開いた間合いを一気に詰め、壁際に蹲った彼の身体を容赦なく何度も蹴りつける。その途中で両手を壁に当て、蹴る速度を上げていく。

 

「がは……!」

 

 足下に血だまりができたところで蹴るのをやめ、すかさず上から何度も踏みつける。骨の砕ける音が聞こえたところで踏みつけを中止、片手で男の身体を持ち上げて頭突きをかます。

 もう一回頭突きをお見舞いしようとした瞬間、左から微かに音が聞こえたので動きを止め、音が聞こえた方へ視線を向ける。

 そこに立っている人物の姿を見て目を丸くするも、すぐに意識をゴロツキへ向け、だらしなく倒れている奴に跨ってタコ殴りを開始しようとした途端に後頭部を鉄パイプで殴打されてしまう。

 頭から液体のようなものが流れ出るのを感じながら後ろへ振り向き、鉄パイプを持って震えていた黒髪の男を殴り倒した。

 

「殺してやるよクソが……」

 

 右手で男の首を絞め、そのまま顔面を粉砕しようと左の拳を振り上げるも、タイミングよく誰かに左手をしがみつくように掴まれてしまう。

 もう感覚で誰なのかわかるので視野を広げたり振り向いたりはしない。静かに、それでいて恨みの籠った声でその人物に怒鳴りかける。

 

「離せクロ」

「やだ……!」

 

 怒りで声を震わせながらもそう答えたのは、ついさっきアタシの視界に入ってきたクロだ。ああ、だろうなァ。お前ならそう言うと思ったよ。

 左腕に絡みついたクロを無理やり引き剥がし、右手で掴んでいた男を殴ろうとするも今度は後ろからしがみつかれ、力が緩んだせいで掴んでいた男の首を離してしまう。

 腰に回された両腕をこれまた強引に引き剥がそうとしたが、身体強化でもしてあるのか全然ほどけない。いくらクロでもこれは鬱陶しい。

 思わず怒鳴りそうになるも今は手を抜きまくっていることを思い出し、ほんの少しだけ力を入れてクロを引き剥がすことに成功した。

 

「お前だろうと邪魔するなら殺すぞ!?」

「そうなる前にあなたを止めるから……ケンカにも限度がある……!」

 

 クロは必死に叫ぶと、アタシの顔面に容赦なく魔力弾を撃ち込んできた。呆気に取られたせいで動きが止まったアタシはこれをモロに食らい、ぐらついて倒れそうになるも何とか持ちこたえる。

 あなたを――アタシを止める。その一言とたった今顔面に撃ち込まれた魔力弾のダメージでアタシの中で何かがプッツンと切れ、体勢を整えると同時にクロを握り込んだ右拳で殴り飛ばす。

 当然というべきか小柄で非力なクロがアタシの拳を受けきれるわけがなく、派手に吹っ飛ぶも壁に激突する寸前で無数の使い魔――プチデビルズをクッションにして二次的なダメージを防いだ。

 それでも殴られた衝撃は大きかったのか、口元から血を流し、震えながらも歯を食いしばることで立つのがやっとという状態になっていた。

 

「…………ないよ……」

「あァ?」

「そんな拳、響かないよ……!」

 

 痛みで顔を激しく歪め、両脚をガクガクと震わせながらも、信じられないほどまっすぐな瞳でアタシを見つめるクロ。

 その瞳には確かな怒りも籠められているがそれ以上の何かをはっきりと感じ取り、さすがのアタシも少し驚いてしまう。

 ああそうか、そんなにアタシを止め――アタシの進む道を邪魔してえのかお前は。言うまでもないが、話し合いなんてするつもりはない。

 

「……やっぱ、タイマンしかねえな」

「っ……」

 

 タイマンという単語を聞いたクロは一瞬驚愕するも、すぐ何事もなかったかのように予想通りといった感じの表情となった。

 はっ、こうなることは読めていたのか。面白いというか何というか……まあいい。ブチのめせば全部同じことだ。

 クロと至近距離で睨み合い、田舎町のときとは比べ物にならないほどのメンチを切る。それこそ、目で人を殺せるほどの眼力で。

 

「……傷はいつ治るの?」

「……多分、何の支障もなければ一週間くらいで治るはずだ」

「じゃあ十日後。私が決めた場所に来て。その場所については後々連絡するから。それと――」

「ん?」

 

 一旦言葉を句切ると、アタシを舐め回すように見つめるクロ。彼女の周りではプチデビルズが無駄に騒いでいる。

 

「――ちゃんと治してきてよ? 絆創膏を一つでも貼ってたら、私は相手にしないから」

「…………上等だ」

 

 口元を三日月のように歪めて返答し、路地裏を後にするアタシ。

 まさかクロ、お前とタイマンを張ることになろうとはな。生きていれば何が起こるかわからないってのはこの事だ。

 さりげなくゴロツキの一人からパクったライターを取り出し、口に咥えたタバコに火をつけて一服する。なるようにしかならねえなこりゃ。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話「嵐の前の静けさ」

「ふぅ……」

 

 クロとタイマンを張ることになってから三日。アタシはてっぺんの景色を見るべく、停学期間であるにも関わらず未だに復旧の目途が立っていない学校の屋上へ来ていた。

 もちろん誰にもバレないよう、早朝に無断で来ているため制服ではなく私服を着用している。校内に入りさえしなければほぼバレないからな。

 さっきから大きな掛け声が聞こえてくるのでグラウンドに視線を移すと、体育系の生徒が部活の朝練に励んでいた。ご苦労ってやつだ。

 綺麗な朝日を目に焼けつけながらタバコを一口吸い、ため息をつくように煙を吐き出し、日向ぼっこするようにその場で仰向けになる。

 

「っ……痛え」

 

 床に後頭部が接触しただけで痛みを覚え、思わず顔をしかめてしまう。顔の傷はだんだん治っているのだが、何度もやられたせいか頭の怪我だけは一向に良くならない。

 そんなアタシの視界に雲一つない青空と、生物のようにうねる感じで立ち昇るタバコの煙が入ってくる。蚊取り線香の煙みたいだな。

 蝕むように襲い来る眠気をごまかすために空いている左手で目を擦り、仰向けのままタバコを吸い、視界が濁ってしまうほどの煙を吐く。

 てか眠気って……ちゃんと睡眠は取っているはずだ。やっぱり日頃の疲れが残っているのか、あるいは不眠症か。

 

「――うわ、まだ床のヒビが残ってやがる」

 

 せっかくだからこのまま寝ようと思っていたら、扉の開く音と共に聞き覚えのある明るい声が聞こえてきた。まだ登校時間じゃないよな?

 視点を屋上全体を真上から見たものに脳内で切り替え、たった今屋上にやってきた人物がハリー・トライベッカであることを確認する。

 辺りを見渡しながらも落ち着いているのを見る限り、停学中のアタシがここにいることを知って来たわけではなさそうだ。

 脳内で切り替えた視点を元に戻し、タバコを口に咥えて青空を眺めていると、さすがに紫煙と臭いで気づいたのかハリーがこっちへ振り向く音が微かに聞こえた。

 

「さ、サツキ……!」

 

 なんでここにいるんだ。そんな感じで驚きの声を上げ、少しずつ表情を怒りのそれへと変えながらこっちへ歩み寄ってくるハリー。

 

「とりあえずタバコを吸うな!」

「え? そっち?」

 

 ほぼ反射的にそう言ったアタシは絶対に悪くない。なんかいつも通りすぎる。てっきり別のことで怒られるのかと思ったのに。

 まあ時間的に退却した方が良さそうなので、ずっとくつろいでいた屋上の一番高いところからタイマンの爪痕が残っている床へ、駆け寄ってきたハリーをかわすように飛び降りる。

 その際、メシッというとても小さな音が耳に入ってきた。どうやら一歩間違えると床に大きな穴が開いてしまうようだ。現時点で開いていないだけ奇跡だが。

 口に咥えていたタバコを右手に持ち、視線をかわしたハリーに向ける。彼女もゆっくりとこちらへ振り向き、呆れたように口を開いた。

 

「お前停学中だろ……」

「いいじゃねえか別に」

 

 ぶっちゃけ場所を限定される謹慎処分よりかは比較的マシだと思っている。それに教職員にはバレてないし、アタシの場合は有期停学だ。

 右手のタバコを一口吸い、弱々しく煙を吐き出して校門前に視線を向け、どんどん登校してきている生徒たちを目にする。

 ヤベェな、もうそんな時間になっていたのか。ちなみにアタシの体内時計はここに来てからまだ五分しか経っていない。修正の必要があるな。

 

「てかどうしたお前? いつもより大人しいじゃねーか」

「ん、ちょっとな」

「またそれかよ」

 

 実は近いうちに知り合いの魔女っ子とタイマンを張るから頑張って傷を治しています、なんてバカ正直に言えるわけねえだろ。

 ある程度吸ったタバコを投げ捨て、口内に残った相応の紫煙を吐きながら、最近非常用出口になりつつあるパイプがある方へと向かう。

 

「おいサツキ、まさかそのパイプを伝って下りる気じゃ――」

「じゃあな弱虫」

「誰が弱虫だてめー! 待てサツキ!」

 

 待たない。時間がないから待たない。時間があっても待たない。パイプを伝って屋上から離脱し、他の生徒にバレないよう学校を後にする。

 ……今回だけは感謝するぜハリー。実はついさっきまでもどかしい気分だったけど、お前のおかげで多少は落ち着いたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サツキと、勝負……」

 

 人気のない公園のベンチにて、周りに不気味な姿をした使い魔を従える一人の少女――ファビア・クロゼルグは空を見上げていた。

 金髪とジト目気味の金眼に無表情な顔つき。そんな特徴を持つ彼女は、たった今呟いたことに対して未だに実感を抱けずにいる。

 数日前に流れるような形で決まった、最強のヤンキー緒方サツキとの勝負。不良である彼女風に言うところのタイマンだ。

 しかし、ファビアはサツキと真っ向からやり合って勝てるかどうかではなく、それ以外の方法でサツキの暴走を止められないかを考えていた。

 

「ん……」

 

 膝の上に置いているショートケーキを一口頬張り、腐るほど感じてきた程よい甘さを飽きることなく口の中で堪能する。

 ファビアの知るサツキは何者にも縛られることなく自分の進む道を貫いており、当時から感情に任せて拳を振るうことはよくあった。

 だが今の彼女は喧嘩三昧の毎日を送っているうちに冷静さを失い、怒りに飲み込まれて暴走している。それは火を見るよりも明らか。

 怒りの感情は諸刃の剣である。サツキにとっては原動力の一つと言えるが、一歩間違えると今回のように我を忘れてしまう。だから彼女と勝負をすれば暴走に拍車が掛かり、手がつけられないどころではなくなると危惧しているのだ。

 

「ギタギタ……」

「大丈夫だよ」

 

 頬張ったケーキを堪能し終えたところで、自分を心配そうに見つめる使い魔――プチデビルズの頭を軽く叩き、あやすように撫でていく。

 使い魔には大丈夫と言ったファビアだが、その無表情な顔つきからは想像もできないほど内心では焦っていた。

 彼女は先祖である魔女、クロゼルグの血脈に課せられた古代ベルカの王達への復讐という使命を記憶と共に背負っているが、今回の問題はその使命以上に大変なものだと思っている。

 友達に近い存在――いや、友達の暴走を何としても止める。頭の中がその事でいっぱいになっていたせいか、ファビアは自分の隣に座った人物の存在に気づかなかった。

 

「どうかしましたの?」

「っ……!?」

 

 いきなり声を掛けられ、驚きのあまり飛び跳ねるように立ち上がり、声の主とプチデビルズから離れるファビア。彼女の視界には一人の少女が映っていた。

 綺麗な金髪に緑の瞳、そして全体的に大人びた容姿。まさにお嬢様の一言に尽きるその少女を、ファビアは知っている。

 

「ダールグリュン……」

「久しぶり」

 

 ヴィクトーリア・ダールグリュン。インターミドルの出場選手であり、模擬戦を含めてサツキと三度も対決したことがある実力者だ。

 ミドルネームで自分を呼んだファビアに穏やかな笑みを浮かべている彼女もまた、『雷帝』ダールグリュンという古代ベルカに存在した王家の血を『ほんの少しだけ』引き継いでいる。

 ファビアは話しかけてきた相手が見知った人物であることにホッと胸を撫で下ろし、プチデビルズを回収してベンチに腰を下ろす。

 

「何を悩んでいたの? 周りが見えてなかったようですが」

「…………エレミアには言わない?」

「ジークには内緒……サツキ絡みかしら?」

「それ以外にあると思う?」

 

 目を細めるファビアに「ありませんわね」と少し呆れた感じで返すヴィクトーリア。彼女ならエレミアよりは大丈夫だと判断し、自分とサツキの間に起きたことを話すことにした。

 サツキの毎日が喧嘩三昧になっていること、そのせいで感情的に暴走していること、彼女の暴走を喧嘩以外の方法で止めたいこと。

 ファビアの事情を聞き終え、前々から恐れていたことが起きてしまったと言わんばかりに不安の表情を見せるヴィクトーリア。

 

「やはりそうなってしまいましたのね」

「気づいてたの?」

「ええ。だから私はあの子に模擬戦を申し込んだの」

 

 ヴィクトーリアはサツキがいずれ、怒りの感情に飲み込まれることを知っていた。そうなる前に模擬戦でサツキに勝利し、どうにかして彼女を止めようとしたのだろう。

 しかし、サツキとの実力差は非常に大きく、止めるどころか彼女の本気を引き出せずに圧倒されて敗北するという結果に終わってしまった。

 そのときのことを思い出したファビアも少しだけ不安の表情になり、頭を抱えそうになる。もうサツキを止める術はないのかと。

 

「…………」

「約束した以上、サツキとの勝負は避けられませんわ。あの子が約束した勝負事を反故にしたことは一度もないもの」

「だよね……」

 

 サツキは喧嘩が好きだ。それは初めて出会ったときからわかりきっていた。喧嘩をしているときの彼女はどこかイキイキしている。

 

「――あっ」

 

 ここでファビアは一つの結論にたどり着く。暴走しているサツキを止める方法は喧嘩しかない。喧嘩以外の方法じゃない、喧嘩しかないのだと。

 ファビアの瞳が少しずつ決然たるものになっていき、ヴィクトーリアもそれに気づいて微笑みながら口を開く。

 

「決心はついたようね」

「うん」

「頑張りなさい」

 

 照れているのか右手の人差し指で頬を掻き、そっぽを向いてヴィクトーリアには見えないように笑みを浮かべるファビア。

 こんなの私らしくない。そんなことはサツキと出会ってから少なからず思っていた。

 それでも、ファビア・クロゼルグは『魔女』だ。魔女は欲しいものがあるとき、魔法を使って手に入れる。今回もそうするだけだ。

 

 

 

 

 ――勝てるかどうか、それで止められるかどうかじゃない。やるしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……きたか」

 

 ついに訪れた決戦当日。アタシはクロに指摘された以前ジークとやり合った場所で、タバコを吸いながら現れたクロに目をやる。

 腹をくくったのかその瞳には迷いがなく、わずかな動揺すら見受けられない。この十日間、奴が何をしていたのかは知らんが大したもんだ。

 クロはアタシを舐め回すように観察すると、表情を変えないままちょっと意外そうな声で話しかけてきた。

 

「……ほんとに治したんだ」

「まあな」

 

 彼女の言う通り、顔の傷はほぼ完治している。残念ながら頭の怪我はまだ治ってないが、包帯を巻きさえしなければバレないだろう。

 

「もういいか?」

「うん」

 

 左手に持っていたタバコを足下に投げ捨て、火が消えるまで踏み潰す。

 対するクロは自分の周囲に使い魔を三体ほど使役し、箒型のデバイスに跨がった。

 

「魔女の誇りを傷つけた者は――」

 

 そんなものに傷をつけた覚えもなければ、汚した覚えもない。アイツにとっては決め台詞的なものなんだな、きっと。

 まあどうでもいいからそれはそれとして、アタシも改めて腹ァくくるか。

 多分、これが最初で最後。ヤンキーであるアタシと、魔女の末裔であるクロのタイマン。

 

「――未来永劫呪われよ」

 

 さあ、幕開けだ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 1

「ヤンキーの道を邪魔する奴は――未来永劫死にさらせ」

「…………」
「…………」
「…………ダサい」
「お前が言えつったんだろうが」

 アタシだってこんなクソダセえ決め台詞言いたくねえよ。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話「最強vs魔女」

「……っ!」

 

 両脚に力を入れてスタートダッシュをかまし、箒型のデバイス『ヘルゲイザー』に跨って飛び上がろうとしているクロの顔面目掛けてローリングソバットを繰り出す。

 クロは驚きながらも咄嗟に右足で地面を蹴ってアタシの予想よりも早く飛び上がり、直撃寸前で回避することに成功した。

 だがいきなり飛び上がったせいで感覚が狂ったのか、真上に飛んだかと思えば空中で慣れない箒を扱っているように姿勢が安定しないクロ。

 そんな格好の的と化した魔女を見逃すわけがない。すかさず体勢を整えるクロに向かって右手を突き出し、そこから赤と紫が混ざった非常に禍々しい色の衝撃波を放つ。

 

「なっ……!?」

 

 的にされたクロは再び驚愕の顔になり、横へスライドして衝撃波をかわす。安定したのか縦横無尽に動き回るその姿を目で追いつつ、右手から衝撃波を連続で撃ち出していく。

 続いてクロが正面に来たところで四足獣のように跳ね上がり、空中にいるクロに肉薄すると同時に組んだ両手を脳天へ振り下ろす。

 さすがに避けられないと判断したのか、使い魔の一体を盾にするも殴打の威力を殺しきれず、使い魔共々地面へ叩きつけられた。

 その衝撃で砂埃が舞い、クロの姿が見えなくなる。そこで右腕に力を込めて横へ振るい、彼女が動く前に邪魔な砂煙を風圧で一掃する。

 

「え……」

「もう終わりかよ?」

 

 身体が震えているクロを見て、腹の底から怒りが湧いてくる。つまらなすぎて腹が立つ。この程度の奴ならさっさとブチのめすに限るな。

 握り込んだ拳を振り上げた瞬間、背後から複数の不気味な笑い声とジジジという音が聞こえてきた。この気配はクロの使い魔か――!

 

『ゲゲゲゲーッ!』

 

 クロを視野に入れつつ振り返ると、無数の使い魔――槍を持ったプチデビ三号が全員片手に爆弾を持ちながら浮遊していた。

 えーっと一、二、三、四……何体いるんだこれ。数が多すぎて壁みたいになってんぞ。あと笑い声がめちゃくちゃうるさい。

 急いでクロから距離を取り、大量の爆弾が同時に投げられたことで起きた大爆発に巻き込まれるのをギリギリ免れ、至近距離で響き渡る轟音に思わず耳を塞ぐ。

 音が止んだところですぐさま視線を爆煙に向けると、そこから生還するようにクロと使い魔が現れた。あの野郎、防御魔法を使ったか。

 

「魔女には、魔女のやり方がある……」

「誰も卑怯とは言ってねえぞ」

 

 確かに数は多いが対人戦という意味では一対一だし、使い魔に関しては主であるクロを叩きのめせば問題ない。それにこういうのは慣れっこだ。

 試しにつま先で地面をちょこんと蹴ってテニスボール並みの破片を生成し、クロの額目掛けて蹴り飛ばす。破片は高速でクロに迫るが、これも使い魔の一体が身体を張って止めやがった。

 しかし今の牽制を見て焦ったのか、使い魔を防壁の如く配置して守りを固めるクロ。奴らをまとめて吹き飛ばそうと右手を――

 

失せよ光明(ブラックカーテン)……!」

 

 ――突き出した瞬間、辺り一面が真っ暗になった。目くらましってやつか。にしてはクロの姿がどこにもないし、背景が丸々変わっているが。

 

「ギタギタギタ~!」

「あァ?」

 

 妙に大きな鳴き声が聞こえたので前を向くと、蝙蝠みたいな外見のプチデビ一号の巨大化した姿が目に入った。でかすぎて顔しか見えねえぞ。

 巨大化した一号が大きく口を開けてアタシを飲み込むと、再び辺り一面の背景が変わる。今度は一号の体内みたいだな。

 足下がいつの間にか水――というか唾液っぽいものに浸かっている。感触はあるがちょっとおかしい。やっぱこれ幻覚だわ。さっきの目くらましと上手く併用しているのか。

 足下から大量の手が出てくるというホラーな光景をよそに目でクロの位置を把握しようとするも、幻覚が邪魔で何にも見えない。

 

「さすがにまだ無理か……」

 

 苦笑いしながらそう呟き、今度は目に頼らず視覚以外の感覚でクロの位置を探っていく。その間にも足下の手は、アタシを引きずり込むような感じで掴んでくるけど単純にウゼえ。

 徐々に苛立ちが増していき、いっそのこと獣みたいに雄叫びでも上げて何もかも蹴散らしてやろうと思ったときだった。

 

「――見っけ」

 

 改めて正面に感覚を向けた瞬間、十メートルほど先に嗅ぎ覚えのある臭いと猫のような気配を感じた。表現はともかく、クロで間違いないな。

 とりあえず何もないのに人の気配がするところをぶん殴るべく駆け出し、地面が陥没する音を耳にしながら握り込んだ左の拳を振るう。

 その途中、何か柔らかいものが全身に当たり、変な鳴き声も聞こえたが意に介さない。鳴き声と感触を考えるとさっき防壁と化したプチデビルズだろう。視界を眩ませ、幻覚を見せるだけか。

 

「が……!?」

「おっ」

 

 振るった拳が何か――人の顔らしきものを捉え、それを振りきると捉えた何かがバウンドしながら吹っ飛ぶ音が耳に入る。

 同時に真っ暗闇だった背景が元に戻り、アタシの周りには拳圧で蹴散らされたであろうプチデビルズと、数メートル先には踞っているクロの姿があった。やはり殴ったのはクロの顔だったか。

 蹴散らされたプチデビルズは浮いたまま動かなくなり、クロも小刻みに震えてはいるがそれ以上は動かない。もう、終わりかよ……?

 増していた苛立ちが烈火のごとく全身を駆け巡り、それが雄叫びや拳に乗せて出そうになるのを必死に堪える。何が止めるだクソヤロー。

 

「ぐぅ……」

 

 苛立ちをごまかそうと右手で頭を掻いていると、クロが最後の力を振り絞るように立ち上がっていた。まだ立てるのかよ、アイツ。

 骨にヒビでも入ったのか右頬には痣ができており、倒れないよう三体のプチデビルズに後ろから支えてもらっている。そういや数が減ったな。

 再び箒型の――もう箒でいいや。箒に乗って飛び上がり、自分の周囲に生成した弾幕陣を一斉に撃ち出してきた。ジークの弾幕を思い出すぜ。

 撃ち出された弾幕を一つずつ弾いていくも、背後から轟音と共に発生した爆風に巻き込まれて身体が宙を舞い、体勢を整えるよりも早く地面に叩きつけられてしまった。

 

「っ……痛えなテメエコノヤロー」

 

 頭に亀裂でも入ったかのような激痛が走り、糸を引いたように流れ出る血が視界に入り込んでくる。頭部から叩きつけられたせいか、塞ぎかかっていた頭の傷が開いたようだ。

 頭の痛みに耐えつつ、追撃を警戒しながらのっそりと立ち上がる。止まってくれねえかな、この出血。視野が狭くなったんだけど。

 今の爆発はおそらく三号が持っていた爆弾によるものだろう。どうやってアタシの後ろを取ったのかは知らんが、大したもんだわ。

 

「怪我は治ったはずじゃ――撃って!」

 

 アタシが頭から血を流しているのを見て動揺するも割り切るように首を横へ振り、一号みたいに巨大化した三号に大声で命令を出すクロ。

 命令を出された三号はどでかい槍の穂先をアタシに向けるや否や、間髪入れずにそれを投擲してきた。音速には及ばんが、速い。

 かわしてもさっきみたく吹き飛ばされる気がしたので左の拳を溜めるように構え、ゴオッと音を立てながら迫る穂先目掛けて一気に突き出す。

 身体を捻るように打った拳が綺麗に槍の穂先へ命中した瞬間、穂先から柄に掛けてヒビが入っていき、破裂するように槍は粉々になった。

 

「ゲェ――ッ!?」

 

 さらに拳を打ち出した際に発生した凄まじい拳圧が三号のクソでかい図体を吹き飛ばし、放物線を描いて地面に叩きつける。

 突き出した左拳からは血がポタポタと地面に落ちていき、帯のように腕を伝っていく。でかい刃物を殴ったらこうなるのか。

 頭と左手の出血を意に介さず、傷口から脳に伝わってくる痛みを表情に出すことなく堪える。殴り合ったときとはまた別物だな。

 吹っ飛んだ三号は元のサイズに戻ると縞模様の二号と共にクロの懐へ飛び込み、一号は再度でかくなると大きな口を開けて彼女をばっくんと丸呑みにしてしまう。

 一箇所に集まった標的をまとめて吹き飛ばすために衝撃波を放とうと右手を突き出すが、ほぼ同時に一号の身体がガラスのように弾けて消滅し、一人の女性が姿を現した。

 

「魔女の誇りを傷つけた者は――未来永劫呪われよ」

 

 両端がドリルのようになっている金髪、露出が増した魔女の黒い服、膨らんだ胸と長身。アタシは以前、彼女と同じ姿の女性に肩を貸してもらったことがある。

 というか、その女性と同一人物だ。つまり変身魔法で二十代の女性になったクロである。どうやらプチデビルズと融合したらしく、背中には一号か三号のものと思われる小さな翼が生えている。何に使うんだあれ。

 

()()()()()()()()

「っ……!?」

 

 クロが詠唱らしき言葉を呟いた瞬間、いきなり重圧であろう物凄い力に上から圧し潰されそうになるも、重力に逆らって必死に踏ん張る。

 重力発生魔法。ミッドやベルカの魔法にはない、ていうかそれらとは随分違う珍しい魔法。こんな形でお目に掛かれるとはね。

 っと、感心してる場合じゃねえ。こうしてるうちにもアタシの身体は圧し潰されていくんだ。どうにかして脱出しなければ……!

 歯を食いしばって一歩一歩前に進んでいき、魔法が掛けられている範囲からの脱出を試みる。両脚で常に踏ん張っている以上、ここから跳び上がるのはちと厳しいからな。

 

「――■■■■■■!」

「が、あぁっ……!?」

 

 こちらの意図に気づいたのかクロが慌ててベルカの言語を唱えると、アタシに掛けられていた重圧が倍増し、その場から動くことすらできなくなってしまう。

 ヤベェ、ヤベェぞこりゃ。ただ圧し潰されているだけじゃない。頭の怪我にも響いてやがる。意識が翔ぶどころじゃねえぞ。

 膝はつくまいと四つん這いになってとにかく踏ん張るが、数分も経たないうちに四肢がガクガクと震え始めた。だらしねえなおい……!

 何かしようにも全く動けない。少しずつ呼吸もままならない状態となり、いよいよ視界が薄れてきたときだった。

 

「……?」

 

 突然赤紫の禍々しい光――魔力が全身を駆け巡っていき、両手からは同じ色の稲妻が発生し始めたのだ。ちなみに変換資質は持っていない。

 魔力の暴発とも言える光景を見たクロがなんだと言わんばかりに首を傾げた瞬間、全身から魔力が衝撃波のように放出され、アタシに掛かっていた重圧が消し飛ばされた。

 

 

 ――(ぜん)(てい)(ほう)(しゃ)

 

 

 古代ベルカ式魔法の稀少技能にして、アタシの固有スキル。練度に関係なく任意での使用は不可能なため、使い勝手こそ非常に悪いがこいつには二度も助けられている。

 一度目は一昨年の都市本戦決勝でジークと戦ったとき、二度目はノーヴェとのタイマンだ。発動はいずれもピンチに陥ったときだった。

 そして今回も、アタシはピンチに陥っていた。おそらくこれはそういうシチュエーションでしか効果を発揮しない技能に違いない。

 しかも都合よく必ず発動してくれるわけじゃねえ。これに関しては今までの戦いを振り返れば火を見るよりも明らかだ。

 

「な……」

 

 重力発生魔法が消し飛ばされたことに唖然としているクロだが、重圧で体力を持っていかれたアタシには余裕がない。

 だというのに、怒り以上に面白いという感情がアタシの中で湧き上がっていた。本能的に好戦的な笑みを浮かべてしまうほどのレベルで。

 

「――やるじゃねえか魔女」

 

 もう二度目はねえぞ。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話「どっちもバカ」

「なっ……」

 

 最強のヤンキー緒方サツキとの戦いの最中、使い魔のプチデビルズと悪魔合身(デビルユナイト)し、姿態編成(シェイプシフト)して成長した姿になっているファビア・クロゼルグは驚き、戦慄していた。

 箒型のデバイス『ヘルゲイザー』に跨って飛んでいる彼女の視線の先には、サツキが息を切らしながら立っている。頭と左手から血を流すその姿は見ていて非常に痛々しい。

 サツキはファビアが掛けた重力発生魔法、それも最高レベルのものを自力で消し飛ばしたのだ。しかもさっきまで怒りにしか満ちていなかった顔に、いつものサツキがよく浮かべる好戦的な笑みが戻っている。

 もしもサツキの暴走が止まっているとすれば、ファビアは目的を達成したことになる。戦いが終われば全て解決するかもしれない。

 

「黒炎――!」

 

 だが、それはもしもの話。そう簡単に暴走が止まるとは思っていないし、仮に暴走が止まっていたとしてもファビア自身がこの戦いから生還しなければならない。

 周囲に無数の黒い火球の弾幕を展開し、それを一斉に撃ち出す。ただの弾幕ではない。黒い火炎を弾丸にした燃焼系の弾幕である。

 疲労で回避がままならないこともあり、迫り来る火炎弾を一つずつ四方八方へと弾いていくサツキ。弾く度に顔をしかめる辺り、熱によるダメージは受けているようだ。

 当然というべきかファビアはその隙を見逃さず、間髪入れずに巨大化させた蝙蝠型の使い魔に指示を出してサツキを圧し潰そうと試みる。

 

「ナメ、んなァ……!」

 

 一度は使い魔の巨体を受け止めるもそのまま圧し潰されそうになったサツキだが、しっかりと両脚で踏ん張ってから使い魔を真上に軽く放り投げ、握り込んだ右の拳ですぐに落ちてきた使い魔を遥か上空へと殴り飛ばす。

 

「対象、サツキ・オガタ!」

『真名認識・水晶体認証終了――吸収(イタダキマス)

 

 が、そうなることを予想していたファビアがその場で殴り飛ばされた使い魔に命令を出すと、一分も経たないうちに使い魔が大きな口を開けて落下してきた。

 さすがに二度も殴り飛ばすのは効率が悪いと判断したのかサツキは抵抗もせず、なす術もなく使い魔に飲み込まれてしまう。

 

 ファビアの使う魔法の一つであり、古き魔女の捕獲魔法。

 対象の名前を呼び視線を合わせ、巨大化した蝙蝠型の使い魔に対象を飲み込ませて無力化させる。今となっては時代に取り残されたと言われるほど古典的な技であるため、飲み込まれる前に素早く動けば回避は可能だが、今のサツキにはそれをこなすほどの体力が残っていなかったのだ。

 

「ギタ――!?」

 

 サツキを飲み込んだ使い魔は少しの間、口をモグモグと動かしていたが突然身体の中から後ろ、右、左へと凄まじい衝撃を食らい、人間でいう泡を吹くような感じで苦しみ出す。

 ファビアも何事だと焦る中、再び後ろへ引っ張られる使い魔を見てその体内で何かが暴れているのだと確信した。

 ――直後。

 

「アハハハハハハハ!!」

 

 使い魔の巨体がガラスのように四散し、飲み込まれたはずのサツキが狂気じみた笑い声を上げながら姿を現した。体内で暴れてダメージを与え、内側から身体を破壊したのは確実である。

 しかし、ファビアはある一点に疑問を抱いていた。本来ならサツキは飲み込まれてすぐに小瓶へ閉じ込められているはず。どうやって私の捕獲魔法から脱出したの?

 巨体を四散された使い魔は元のサイズに戻るも生きており、内からダメージを受けたせいで苦しそうにファビアの元へ舞い戻っていく。

 まるで精神的に壊れたかの如く大きな声で笑うサツキを目の当たりにして恐怖を覚えるファビアだが、同時にある確証を得ていた。

 

 サツキの暴走が止まっている。

 

 その笑い声からは怒りだけでなく、子供のような無邪気さも感じられる。ついさっきまで清々しいほどに怒り一辺倒だったサツキが、怒りながらも自分の道を貫くために拳を振るう――ファビアがよく知るサツキに戻っていたのだ。

 思わず変な声を出しそうになったファビアだが、すぐに咳払いをしてごまかす。当初の目的こそ達成したものの、戦いがまだ終わっていない。

 

「■■■■■■――()()()()()()()()

 

 サツキ相手に長期戦は不利だと知っているファビアは、一気に決着をつけようと今じゃすっかり忘れられつつあるベルカの言語を早口で唱え、重力発生魔法を最大出力で発動させた。

 今にも倒れそうな感じでふらつき、息が荒れているサツキの周囲にとてつもない重圧が掛けられ、彼女の足下が陥没していく。

 にも関わらず、サツキは四つん這いになることなく両脚だけで踏ん張っていた。彼女に同じ技は二度も効かないということだろう。

 その間に地面へ降り立ち、箒型デバイスの鋭い穂先をサツキの額に向けるファビア。己の額には尋常でない量の汗が滲み出ており、右頬の痣は成長した姿になった今でも目立っている。

 

「――箒星!」

 

 ファビアがそう叫ぶと、エンジンでも掛けられたかのように箒が加速し始め、必死に踏ん張って重圧に耐えているサツキの額へ突き刺さらんと向かっていく。

 しかしこのままでは撃ち出された箒が重力発生魔法による重圧で減速・無力化されるため、範囲内に到達したところで魔法を解除する。

 

 皮肉なことに、それが仇となった。

 

 

 

「■■■■■■■――ッ!!」

 

 

 

 魔法が解除された一瞬をつき、額に迫る箒を弾くと天に向かって獣の如き咆哮を上げるサツキ。

 耳を塞いでいるファビアの鼓膜を破らんとするほどの大音量が響き渡り、決戦の地である平原地帯を振動させていく。

 

「っ……!」

 

 ファビアは本能的に命の危機を感じて使い魔に回収してもらった箒に跨り、サツキから逃れるように飛び上がって火炎の弾幕を展開する。

 それを視認したサツキは音の嵐を終わらせた途端に地面を蹴って四足獣のように跳び上がり、上空のファビアにあっさりと肉薄してしまう。

 殴られると悟ったのか、痛みと衝撃に備えて目を瞑るファビア。だが、拳を構えるサツキの口からあり得ない一言が告げられた。

 

 

「――ありがとな」

 

 

 信じられない言葉を耳にしたファビアは思わず目を見開くも、視界に飛び込んできたのは血で汚れたサツキの左拳だった。

 正確無比に放たれた拳はファビアの右頬に容赦なく突き刺さり、そのまま腕を振り切って彼女の身体を地面に叩きつける。

 そして拳をブチ込んだサツキも後を追う形で吸い込まれるように落下していき、先に叩きつけられたファビアのすぐそばへドスンと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いってぇ……」

 

 やっとクロを倒すも力尽きてしまい、死んでもおかしくない高さから落下したアタシの視界には、多少の雲と青空が映っていた。

 もう怒りはほとんど湧いてこない。どうやらクロとやり合っているうちに落ち着いたようだ。何というか、すっきりしたよ。

 とりあえず仰向けに倒れたまま右手を動かし、アタシより先に落下して仰向けになっているクロの頬を手の甲でペチペチと叩く。

 反応がなかったらどうしようかと思っていたが、お返しと言わんばかりにアタシの額を叩く小さな手を目にしてホッとする。

 

「おいクロぉ」

「……目が覚めた気分はどう?」

「わかんね」

 

 目が覚めたつっても精神的に落ち着いただけだし、気を失っていたわけでもない。まあ強いて言うなら、爽快感があるな。

 クロは魔力が切れたのか二十代の姿から幼女に戻っており、彼女と融合していたプチデビルズは目を回してダウンしている。

 今思い返すとコイツの成長した姿、結構迫力あったぞ。控えめに言っても、あれが本来の姿だと言われても違和感がないほどには。

 アタシの返答が気に入らなかったのか、軽く髪を引っ張り始めるクロ。彼女なりの些細な抵抗ってやつかもしれない。

 

「髪引っ張んなバカ」

「……ちゃんと質問に答えてよバカ」

「黙れバカ」

「……バカバカうるさいよバカ」

「うっせバーカ」

「……バーカ」

「バーカ」

「……バーカ」

 

 しばらくバカの応酬が続いたものの、最終的にクロが吹き出すように笑い出したことで幕を閉じた。なんか嬉しそうだな、お前。

 かく言うアタシもそれに釣られて笑ってしまい、ちょっと新鮮な気分になる。今までこんな風に笑ったことは一度もねえからな。

 バカの応酬同様、しばらく笑い合っていたがキリのいいところで笑うのをやめ、アタシの髪をグイグイと未だに引っ張っているクロの手を退かす。マジで小さいなコイツの手。

 

「あー、クロ」

「……何?」

「なんつーか……ほら、あれだよ」

「あれ……?」

 

 途中で言葉が詰まってしまい、なかなか言い出せない。たった一言なのに言い出せない。そもそもこういうの得意じゃねえんだよなぁ……。

 それでもコイツには言わなきゃならないので、途中で詰まった言葉をさらっと口に出す。

 

「――悪かったな」

「えっ」

 

 アタシが腹をくくってそう告げると、クロはまるで信じられないことを聞いたと言わんばかりに立ち上がる。そんなに驚くことかよ。

 てか無茶しやがってこのガキ、まるで生まれたての小鹿みてえに震えてんぞ。

 とまあ立っているのはキツかったらしく、一分も経たないうちに膝をついたクロ。後ろから支えてくれるプチデビルズもいないし当然か。

 

「さ、サツキ」

「あァ……?」

「今なんて――」

「何でもねえよバカ」

「――バカッ」

 

 無表情な顔つきとは裏腹に慌てた感じで顔を覗き込んでくるクロを適当にあしはらい、右手で彼女の額にデコピンを入れる。

 このあと再びバカの応酬が繰り広げられ、日が暮れる頃にそれは終わりを迎え、アタシとクロは立ち上がってもう一度笑い合った。

 誰かと共に笑い合う。何てことのない当たり前のことだが、アタシにとっては非常に尊いものだと改めて実感せざるを得ない。

 こんな日常がこれからも続き、アタシもその輪に入っていく。心のどこかで、少しはそう期待しているに違いない。

 

 

 

 

 

 ――それでもアタシは自分の道を進んでいく。アタシがヤンキーであり続けるために。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話「選考会」

「もうこんな時期か……」

 

 DSAA主催の公式魔法戦競技会、インターミドル・チャンピオンシップの選考会当日。喧嘩三昧な日々もひとまず終わりを迎え、暇だったアタシはタバコを買うついでにそれを観に来ていた。

 アタシが移住しているミッドチルダは魔法が文化となっている次元世界だ。当然、魔法を活かしたスポーツ大会、その運営団体も存在する。

 

 D(ディメンション)S(スポーツ)A(アクティビティ)A(アソシエイション)

 

 次元世界のスポーツ競技運営団体の一つで、U15の格闘競技において世界大会を開催している三大団体の中でも最大規模を誇る。

 この団体が主催の大会は体重による階級の区別がない無差別級で、競技の内容にもよるが魔法や武器の制限も全くない。

 そして現在進行形で選考会が行われているインターミドル。去年までアタシが出場していた10歳から19歳までが参加できる競技大会であり、個人計測ライフポイントを使用して限りなく実戦に近いスタイルで行われる魔法戦競技だ。

 もちろん制限がないといってもスポーツなのでルールがないなんてことはなく、DSAA主催の大会にはクラッシュエミュレートという概念を始めとするDSAAルールが存在している。

 

「……サッちゃん」

「んだよ」

 

 買ったばかりのタバコで観客席に座りながら一服していると、隣で大量のジャンクフードを食っているジャージ女ことジークリンデ・エレミアに話しかけられた。

 普段はフードで顔を隠して目立つのを嫌がるほど人見知りな彼女だが、これでも一昨年のインターミドル世界代表戦で優勝を経験しており、未だに試合では一度も負けたことがない次元世界最強の十代女子である。

 魔女クロゼルグの末裔であるクロによれば古代ベルカ時代にはすでに存在してそれよりも古い格闘戦技の概念がなかった時代から戦乱などを通じ、己の五体で人体を破壊する技術を求め、極めていった『エレミア』という一族の末裔らしい。

 現代のエレミアであるジークもまた、クロと同じ記憶継承者だが個人の記憶ではなく先祖から続く『エレミア』の戦闘経験を受け継いでいる。最低でも500年分の戦闘に関する記憶と経験を。

 数字だけ見ればそれより古い時代を生きていた偉人もいるんだからそこまで驚くことでもない、とか思いそうだがそれはバカだ。コイツの場合は()()()()5()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というもはやなんだこの戦闘民族といってもいいほどぶっ飛んでいるのだから。

 

「――聞いてるんかサッちゃん? 聞いてないならちゅーするよ?」

 

 しかし悲しきかな、哀れむべきかな。現代のエレミアが同性に発情する変態だと知ったらエレミアの先祖たちは間違いなく嘆くだろう。

 とりあえず唇を奪われたくはないので「聞いてるからやめろ」と脳天にチョップを入れ、人目を気にすることなく紫煙を吐き出す。

 

「で、用件は」

「いたた……単刀直入に言うわ。なんで今年は出場してへんの?」

 

 拗ねるようにムッとした顔のジークに言われた通り、アタシは今年のインターミドルには出場していない。――いや、正確にはそうする必要がなくなったというべきか。

 昔は全力の自分と対等に渡り合える奴を探していた。インターミドルに出場したのはその一環でしかなく、ついでに言えば娯楽のためだ。

 タバコを右手に持ち、空いている左手でジークのジャンクフードを勝手に食べる。元々アタシのお金で買ったもんだから大丈夫だろ。

 

「ん、ちょっと」

「……番長から聞いた通りやな」

 

 ジークは呆れたようにため息をつくと、手元のジャンクフードを貪るように食べていく。誰も取らねえからそんなに急ぐなよ。

 まあアタシの口からバカ正直に言わなくても、コイツらはとっくに気づいているはずだ。アタシが出場しなかった理由に。

 会場内でワイワイとはしゃいでいるオッドアイのクソガキ――高町ヴィヴィオとハイディ、ついでにその他五人へ目をやり、もう見るものはないと判断して帰ろうとしたときだった。

 

「――見ーつけた」

「んあっ」

 

 いきなり第三者が現れ、ジークが顔を隠すために被っていたフードを捲ったのだ。それによりどうやって収納されていたのかわからない黒のロングツインテールが曝け出され、美少女といえる整った顔も露わになってしまう。

 帰るために立ち上がっていたアタシは腰を下ろし、じゃれ合う感じでジャンクフードを奪い合うジークと第三者――ヴィクトーリア・ダールグリュンを一瞥して会場を見つめる。

 ここは第一会場。今ごろ第二会場ではクロが選考会に参加していることはずだ。アイツは魔女だから精神攻撃のイメージが強いけど物理的な技も使えるから大丈夫だろ。

 昔馴染みのジークとじゃれ終わったのか、ヴィクターはアタシの左側に座っているジークの隣ではなく、空いているアタシの右側へ腰を下ろした。わりと真剣な顔で。

 

「久しぶりね、サツキ」

「…………ああ」

 

 右手のタバコを一口吸い、これまた何か言いたそうな顔をしているヴィクターに視線だけを向ける。顔は会場の方を向いたままだ。

 

「一応聞くけど、なぜ今年は出場していないのかしら?」

「ん、ちょっと」

「…………そう」

 

 ジークのときと同じ返答をしたというのに、少し考え込むと納得したように微笑むヴィクター。まるで予想通りと言わんばかりの反応だな。

 今度こそ帰ろうと立ち上がった――のに、遠くからこちらへ歩いてくる赤髪の少女とその取り巻き三人組を見て硬直してしまう。

 彼女はヴィクターに視線を向けると立ち止まり、どこか意外そうな顔になった。何なの一体。なんでどいつもコイツもこっちに来るんだよ。

 

「ポンコツ不良娘……なぜあなたがここに?」

「誰かと思えばヘンテコお嬢様じゃ――」

 

「誰がポンコツ不良娘だと!?」

 

「どうしてサツキが反応するのよっ!?」

「おめーに言ったわけじゃねーから落ち着け!」

 

 吸っていたタバコを乱暴に投げ捨て、人のことをポンコツ不良娘と罵倒したヘンテコヴィクターにガチの殺意を向ける。

 さすがにムカついたぜ。不良娘であることは否定しねえがな、誰がポンコツだ誰が。アタシはお前らほどポンコツじゃねえんだよ。

 赤髪の少女――ハリー・トライベッカとヴィクターは気を取り直すと、まるで息をするかのように火花を散らし始めた。

 

「こちとらサツキが暴力沙汰を起こして停学になってたから、お前の事なんざ見落としてたわ」

「あらあら、それは大変でしたわね」

「なんでツッコまねーんだよ……!」

 

 むしろツッコんでくれると思っていたお前に驚きだわ。自分で言うのも何だが、日常茶飯事となっていることにツッコむのは野暮でしかない。

 

「今年はさっさと負けてくださる? あなたと戦うのはこの上なく面倒なので」

「言ってくれるじゃねーか。ならお前が先に敗退するんだなぁ?」

「その台詞、伸しつけて返しますわ!」

「上等だてめー!」

 

 どうやら罵り合いでも冷静でいられるヴィクターの方が優勢……というわけでもなく、落ち着いているように見えるヴィクターの額にはうっすらと青筋が浮かんでいた。

 やっぱりこういう光景を見てると虚しく感じてしまう。コイツらなりに一生懸命生きて、コイツらなりに青春しているんだな。

 ハリーの取り巻き三人組は苦笑いしながら二人のやり取りを見つめ、フードを被り直したジークはそっと二人の間に割り込んでいく。

 ジークが二人を止めようと名前を呟いた際、どういうわけかアタシの名前まで呟いていた。アタシは何もしてねえだろうが――

 

「――はァ?」

 

 ガキンという音が聞こえたかと思えば、ヴィクターとハリー、そしてなぜかアタシまで捕獲魔法のチェーンバインドに身柄を拘束されていた。

 周りの『何してるんだコイツら』的な視線を意に介さず、ヴィクターの背後に立っている幼児体型のえいえいメガネ――チビデコのエルス・タスミンを睨みつける。

 ちなみに元凶であるハリーとヴィクターはようやく今の状況が把握できたらしく、まるで時が止まったかのように罵り合いが止んだ。

 

「まったく……都市本戦常連の上位選手がリング外で喧嘩など言語道断ですよ!」

 

 何の罪もないアタシにバインドを掛けたテメエの方がよっぽど言語道断だコノヤロー。どっかのボールキャラみたく一頭身にしたろか。

 

「インターミドルがサツキ選手のような子たちばかりの大会だなんて思われたらどうします!」

「テメエブチ殺すぞ」

 

 このクソデコ的には『ガラの悪い子たち』と言いたいのだろうが、アタシからすればケンカを売られているようなもんだ。

 アタシがイライラしているうちにフードを取ったジークがタスミンにリング外での魔法使用にツッコんだ瞬間、彼女の一言で状況が動いた。

 

「ああっ、チャンピオン!」

『え? チャンピオン?』

『どこどこ?』

 

 チャンピオン――まあジークのことだ。そのジークが会場内にいると聞いて、選考会に励んでいたルーキー共の視線がこちらに向けられる。

 当然と言えば当然か。インターミドルのてっぺんに立ったことがあり、試合じゃ負けたことのない生粋のエリートファイター。そんなスゲえ奴を生で見られるんだ。騒ぐのも無理はない。

 会場へ視線を向けると、例のオッドアイコンビもこっちを凝視していた。特に碧銀のオッドアイことハイディは予選で対戦することが決まっているのか、ジークに釘付けだ。

 ……今度こそ退散した方が良さそうだ。ジークに向けられていた視線が、バインドされているアタシやハリーたちにも向けられ始めた。

 今この場にはチャンピオンのジークだけではなく、去年のミッドチルダ都市本戦2・3・5・8位の上位選手も居合わせている。順番的には上からアタシ、ヴィクター、ハリー、タスミンだ。

 

「なんかこのままだと騒ぎになりそうだし、この辺で大人しく退散すっか」

「嘘っ!?」

「まったく、あなたと会うといつもグダグダになるわね」

「そ、そんな簡単に!?」

 

 さすがに目立ちすぎたと判断したらしく、タスミンに掛けられたバインドをあっさりと引きちぎるハリーとヴィクター。

 だがな……アタシにはやることができた。こちとらありもしない濡れ衣着せられているのにタダで帰るわけねえだろうが。

 

「今度こそ帰らせてもらうぞ」

「この人に至っては埃をはたくように魔法なしで!?」

 

 とりあえず両腕に掛けられたチェーンバインドを埃のように払い除け、たじろぐタスミンの小さな頭を右手で鷲掴みにする。

 今からアタシが何をしようとしているのかを悟ったのか、ハリーは合掌し、ヴィクターは目を逸らし、ジークに至っては知らんぷりし始めた。

 

「あ、あの――」

「ふんがっ」

「ごあっ!?」

 

 彼女が何か言う前に頭突きをお見舞いし、気絶したタスミンを置いて真っ先に会場を後にする。そろそろクロも選考会を終えているはずだし、飯でも食いに行くか。

 

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 30

「――聞いてるんかサッちゃん? 聞いてないなら(自主規制)するあだぁあああああっ!!」
「ふざけろタコぉ!!」

 しかし悲しきかな、哀れむべきかな。現代のエレミアが同性に発情する変態だと知ったらエレミアの先祖たちは間違いなく――

「さ、サッちゃん待って! とと、とりあえずアイアンクローをやめいだだだだだっ!!」

 ――嘆くだろう。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話「写真」

「おいサツキ!」

「あ?」

 

 会場から出た途端、アタシの後を追ってきたらしいハリーが息を切らしながら左肩を掴んできた。ただ追いつくだけじゃ逃げられると判断したのだろうか。

 一旦立ち止まってタバコを一口吸い、息を整えているハリーの方へ振り返る。取り巻き三人組はいないのか。名前忘れたけど。

 大方ジークやヴィクター同様、アタシが今年のインターミドルに出場していないことを問い詰めに来たのだろう。

 正直早く帰りたいが、このまま放っておくと付きまとわれる可能性があるからここでケリをつける。いつものようにはぐらかせばコイツは呆れて何も言ってこないはずだし。

 息を整えたハリーはどこか憤然とした表情でアタシを睨みつけ、今にも全力で殴りかかってきそうな勢いで口を開いた。

 

「お前、なんで今年のインターミドルに出場してねーんだよ!」

「ん、ちょっと」

「っ……いい加減にしろよお前!?」

 

 吹き出すように怒ったハリーはアタシの胸ぐらを乱暴に掴むと、周りの視線などお構いなしにアタシの身体を壁に叩きつける。

 痛えなコノヤロー。なんで怒っているのかはわからんが、何もそんな乱暴にしなくてもいいだろ。あと服が伸びてしまう。

 

「口を開けばちょっとちょっとって……こっちは大真面目に聞いてんだ! ふざけてんのか!?」

「…………許してやるから離せ」

 

 ウザくなってきたので湧き上がってくる怒りを堪えながら静かに、それでいて力の籠った低い声でハリーに警告を促す。

 何をそんなに怒っているのかと思えば……どうでもいい内容じゃねえか。こっちはさっさと帰りたいんだよ。帰ってゆっくりしたいんだよ。

 アタシの警告を聞いたハリーは肩をわなわなと震わせ、胸ぐらを掴んでいる手に力を入れる。だからそれ以上やったら服が伸びるっての。

 

「んだとてめ――っ!?」

 

 警告したにも関わらずなお突っかかってくるハリーの鳩尾へ膝蹴りを入れ、胸ぐらを掴んでいた手が離れたところで顔面に右拳をブチ込んだ。

 完全な不意討ちを食らったせいか息を詰まらせ、その場で蹲るハリー。加えて脳震盪を起こしたのか、意識が朦朧としているようにも見える。

 そんなハリーを一瞥し、左手に持っていたタバコを吸いながら歩き始める。とりあえずこの場からは退散しよう。もし警邏隊にでも通報されたら堪ったもんじゃねえ。

 五歩ほど歩いたところでタバコを投げ捨て、あくびをしたところで後ろからハリーの霞むような声が聞こえてきた。

 

「くそ……ちくしょう……!」

 

 立ち止まらずに聞いていたが、弱虫ゆえに泣いているのかと思ったら声質的にまだ怒っている感じの悔しそうな声だった。

 悪いなハリー。もう下手な馴れ合いはしたくねえんだわ。ただでさえクロという魔女の末裔がいるのに、これ以上は手に負えねえよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……サツキ」

「どした急に」

 

 翌日。特にやることもないからゲーセンをブラブラしていると、考えが読めない無表情のクロが唐突に話しかけてきた。

 ハリーと揉めたあと資金を調達するべく路地裏で一暴れし、返り血で顔を汚したまま帰宅するとクロがリビングでくつろいでいた。せっかくなので選考会の結果を聞いたところ、精神攻撃を使って勝ったがルールに引っかかっていないかどうかを確認されたらしい。

 そりゃされるだろうなぁ……魔女の魔法は時代遅れと言っていいほど古い。知っている人がスタッフ側にいなかったのだろう。

 にしても最近、どういうわけかろくなバイトが見つからねえんだよな。こうなったらコンビニかスーパーで妥協するべきだろうか。

 

「写真撮らない?」

「写真?」

 

 思わず目を点にしてしまった。ゲーセンで写真つったら……まあ撮れないことはないけどよ、ここじゃそういう機械はプリクラしかねえぞ。

 というか、こっちにもプリクラはあるのね。地球で見慣れたゲーセンがあるからまさかとは思っていたが、やっぱりあるのか。

 だが、それ以上に今日のクロは変だ。マジでどしたお前。どっかで頭打ったか? いや打ったよな? 間違いなく打ったよな?

 

「頭、大丈夫か?」

「……失礼な。昨日サツキのパソコンを弄ってたとき、こういう場所にはぷりくらがあるって知っただけだよ」

「テメエ人のパソコン勝手に弄ってんじゃねえぞコノヤロー」

 

 どうりで夜中にカタカタカタカタとキーボードを打つ音が聞こえてきたわけだ。しかも地味にうるせえからこっちは眠れなかったんだぞ。

 まあそれはさておき、どうしたものか。クロがそういうのに興味を持つなんて予想だにしてなかったし、プリクラで撮ったことなんざ一度しかねえぞ。

 ――たまにはいいか。写真シール機は近くにあるし、ジークと違ってセクハラ行為をされることもなさそうだしな。

 承諾の意を込めてクロの小さな頭を軽く叩き、最新型とは言えないもそれなりに新しい個室へ入る。クロが入ってきた途端、元々狭い個室がさらに狭くなった。ここは二、三人用なのか。

 

「おい狭いぞ」

「サツキが、サツキがでかすぎるだけ……!」

 

 失礼な。確かにアタシの身長は180後半とそこらの女子がちっぽけに見えるほど高いが、今いる個室が狭くなるほど太っているわけじゃない。

 クロにタッチパネルが操作できるとは思えないのでアタシが代わりに操作し、カメラの準備を整える。これで合っているといいが……。

 彼女の周りでプチデビルズが騒いでいるのを見てちょっとばかり不安になるが、パシャッというシャッター音の合成音が個室に響いたことで不安が払拭された。

 前方の画面に撮った写真が表示されたのでクロが何とか見えるように確認するも、写真を見て思わずげんなりしてしまう。

 

「お前笑えよ!」

「サツキこそ……!」

 

 無。まさにそう言えるほど酷いものだった。常にケタケタと笑っているプチデビルズはともかく、クロは平常通りジト目の無表情。アタシも笑っていないが、無でないだけクロよかマシだ。

 とりあえずもう一回撮るべくタッチパネルを適当に操作し、撮影モードに設定する。そしてすぐにシャッター音が響いた。

 今度はマシであることを祈りつつ画面に表示された撮影画像を確認するも、やはりクロが無表情のままだ。プチデビルズは少し配置が変わったが相変わらずケタケタと笑っている。

 

「証明写真じゃねえんだぞ!?」

「……笑顔って難しい」

 

 コイツいっぺんシメたろか。

 

「ほら、次が最後のチャンスだ」

「頑張る」

 

 両手の人差し指で口元を吊り上げるクロを尻目にタッチパネルを操作し終え、彼女を抱っこするように抱えて前に立たせる。

 目立つのが嫌なのか頬を赤く染め、恨めしそうにこちらを睨みつけるクロ。あのな、お前が笑顔になればこんなに手間掛けなくて済むんだよ。

 前に立たせたクロの肩に両手を置き、カメラの方へ向くとパシャリとシャッター音が響いた。今度こそ撮れてるよな? 最後なんだぞ?

 相当恥ずかしかったのか頬を膨らませ、個室から出ていこうとするクロを捕まえて画面に映し出された写真を確認する。

 

「は、離して……!」

「黙れバカ――へぇ」

 

 ジタバタするクロから画面へ視線を向けると、笑ってはいないものの恥ずかしそうに頬を赤くしてカメラから目を逸らすクロが映っていた。

 心なしか嬉しさが顔に表れているようにも見える。どうせなら普通に笑えば良かったとも思うが、これはこれでアリなので問題はない。

 出来上がった写真を手に取り、互いに一枚ずつ持つことにした。クロはその写真を無ではない穏やかな表情で眺めている。

 とはいえ、この写真はどこに仕舞っておこうか。ポケットはダメだし、財布に入れるなんて意外とよくある……そうだ。

 

「なぁクロ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ……!」

 

 写真を撮ってから二時間後。目を輝かせるクロの首にはさっき撮った写真が入っているロケットペンダントがぶら下げられている。

 アタシとクロは写真を入れるためのロケットペンダントを入手するべくゲーセンを後にし、ついさっきまで雑貨店を三件ほど回っていたのだ。

 ようやく手に入れたロケットペンダントに写真を入れ、堂々と見せびらかしているクロを見てため息をつき、呆れるように右手で頭を掻く。

 

「サツキ?」

「……何でもねえ」

 

 イチイチ指摘するつもりはないのではぐらかし、ポケットから取り出したタバコを口に咥え、マッチ棒で火をつける。

 今日は違う意味で疲れたな。慣れないことに励んだせいだろうか。タバコの味もいつもと違う感じがするし、夕焼けは綺麗だし。

 口から紫煙を吐きつつ、結局上着のポケットへ仕舞っていたロケットペンダントを取り出す。ちなみに見た目も中身もお揃いだ。

 まあとにかく、プリクラではあるがクロの要望通り写真は撮れた。当の本人も喜んでいるし、アタシも別に悪い気分じゃないし良しとしよう。

 そしてこの時はアタシもさほど気にしていなかったのだが、この写真が――

 

 

 

 

 

 ――アタシとクロが二人で撮った、最初で最後の写真となった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF第五章「ダブルリセット」
第34話「動き出す黒」


「うーん……」

 

 ジークリンデ・エレミアは海岸の砂浜でランニングとシャドーを同時にこなしつつ、ある人物について考え続けていた。

 その人物とは数日前に再会した筋金入りのヤンキー、緒方サツキ。イメージトレーニングの際、真っ先に顔が浮かぶ相手でもある。

 勝負で負けたわけでもなければ、試合で引き分けに持ち込まれたわけでもない。ましてや一度勝ったことのある相手だ。なのに彼女の顔が真っ先に浮かんでくるのは何故か。

 理由は至って単純。ジークリンデ自身がサツキに対して強い対抗心を抱いていることに他ならない。かつて自分と互角に渡り合い、数ヶ月前に個人的な事情で行った野良試合では自分を敗北寸前まで追い詰めたサツキに。

 

「やっぱり、おかしいんよ……」

 

 しかしそれとは別に、サツキの異常ともいえる圧倒的な実力には強い疑問を抱いていた。

 最低でも500年分は受け継いでいる先祖から続く『エレミア』の戦闘に関する経験と記憶、戦うことを前提とした強靭な肉体。それらに驕ることなく鍛錬を積んできた。

 そんなジークリンデに追随する強さを持つサツキ。魔法抜きの純粋な身体能力に至っては完全に負けており、今でも追いつける気がしない。

 控えめに言ってもあり得ない。その強さを、相応の才能を持ったうえで過酷な訓練を毎日行って得たのならまだわかる。

 だが、ヤンキーであるサツキがトレーニングというものを行うわけがない。強いて言うなら喧嘩漬けの日々を送ってきたらしいが、それだけで自分に迫るほどの強さが得られるのだろうか。

 

「まあ才能はある…………はずやし」

 

 苦笑いするジークリンデの脳裏に浮かんだのは、三年前に観たサツキの初試合。そのときから感じていた。サツキには『エレミア』である自分に比肩するほどの才能があると。

 というより、そうでもないと説明がつかない。ひたすら身体資質が優れているだけなのか。何らかのリミッターが外れているのか。

 頭の中のメモをペラペラと捲っていたが、結局一つの結論にしかたどり着かなかった。その答えもまた、あり得ないうちに入るものだった。

 もう考えるのはやめよう。そう思った瞬間、あることを思いついたジークリンデの頭に電流が走った。それが上手くいけば、次代に伝える『エレミア』の完成へ大きく近づくと確信したのだ。

 

「これいけるんとちゃう?」

 

 思案顔から一変、水を得た魚の如く目を輝かせる。失敗するかもしれないが、それでも試してみる価値はあると見た。

 ジークリンデは頭脳をありったけ回転させたところで今度こそ考えるのをやめ、ランニングとシャドーに専念する。

 

 

 

 

 ――サツキと再び拳を交えるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……話って何だよ?」

 

 選考会から一週間以上経ったある日。アタシは険しい表情のヴィクターから呼び出しを食らい、タイミングよく我が家にやってきたクロに留守を任せ、徒歩でダールグリュン邸を訪ねていた。

 インターミドルの地区予選が昨日から始まっており、同日にベテラン選手のミカヤ・シェベルがルーキーのミウラ・リナルディに一回戦1ラウンドKOで敗退するという番狂わせが発生している。

 まあ番狂わせつっても稀によくあるけどな。特にアタシが出場していた時期なんて番狂わせのバーゲンセールだったし。

 右手に持っていたタバコを一口吸い、上品に紅茶を飲んでいたヴィクターに視線を向ける。何の用だ全く。内容によってはキレるぞ。

 

「インターミドルがライフ制なのは知っているわね?」

「一応、な」

 

 そう、インターミドルの戦闘はライフ制。双方共に初期数値は固定で、これが0になると敗北になる。いわば某カードゲームみたいなもんだ。

 もちろんこれだけが勝利方法ではない。TKOや対戦相手の棄権による勝ち方だって存在するし、最終ラウンドまで縺れ込んだ際には協議判定で勝敗が決められる。

 てかライフ制なの最近まで忘れてたよ。そう思いながらタバコを口に咥えて外を眺めていると、ヴィクターが怒気を含んだ声で呟いた。

 

「……やらかしてくれたわね」

「はァ?」

「ライフの初期数値が一回戦から25000ってどういうことなの!? 去年までは12000ほどだったのよ!?」

 

 やらかしてくれたわね。その言葉を聞いて彼女の方へ振り向くと、今度はいきなり立ち上がって怒鳴り始めた。アタシを指差しながら。

 何かわけのわからないことでキレられた。ていうかライフの初期数値がちょっと増えたくらいでそんなにキレんなよ。

 確かに彼女の言う通り、去年はライフの初期数値が平均で12000~20000ほどだった。どうも今年はその平均が倍近くにまで上がっているらしい。

 つーか抗議する相手を間違ってるぞお前。そういう苦情の類いは普通、運営団体であるDSAAに出すもんだろ。なんで無関係のアタシが叱られなきゃなんねえんだ。

 

「アタシは関係ねえだろ」

「そう言うと思って、ついさっき運営団体に問い合わせてみたの。そしたらこう返答してきたわ」

 

 ヴィクターは一旦言葉を句切ると、少し落ち着いた表情でこう告げてきた。

 

「『三年前からある選手があまりにも怪我人を出すので、その対策の一つとしてまずライフの初期数値を上げました』と」

 

 なるほど。怪我人を出さないための措置ってわけだ。一つってことは他にもあるということだろう。例えばクラッシュエミュレートの強化とか、ルールの追加とか。

 ……この野郎、ハナからアタシを叱るつもりだったな。でなきゃ事前に運営団体に確認したりはしない。お母さんかコイツは。

 それにしても気になることを言ってたな。ある選手――ソイツがシステム強化の要因になっている。要はそれだけ強いってことだな。

 吸っていたタバコを携帯灰皿に押しつけ、どうでもよさそうにあくびをする。ここに来てまだ一時間も経ってないのに帰りたくなったんだけど。

 

「そんな奴がいんのか」

「それはひょっとしてギャグで言っているのかしら……?」

「え? 違うの?」

「違うわよっ!」

 

 また怒鳴られた。しかもヒステリック気味に怒鳴られた。そんなんじゃいつかジークに嫌われるし、白髪が増えるぞ。

 そういや今日はハリーとタスミンのプライムマッチだっけか。あの二人は何だかんだで仲が良いからな。今ごろ楽しく殴り合っていることだろう。いわゆる殴り愛ってやつかもしれない。

 これ以上は話すことがなさそうだと判断し、腰を下ろしていた椅子から立ち上がって背伸びをする。紅茶は飲み終えたから大丈夫だ。

 

「帰ろうとしているところ悪いけど、まだ話は終わってないわよ」

「…………まだあんのかよ」

「当然ですわ。ライフの初期数値が増えただけでわざわざあなたを呼んだりしないもの」

 

 ヒステリックな状態から一変、キリッとした顔でこちらを睨みつけるヴィクター。実は一番感情の起伏が激しいのではなかろうか、コイツ。

 仕方ないのでもう一度椅子に腰を下ろし、仕切り直しにズボンのポケットから新しいタバコとライターを取り出す。

 そういや最近、タバコを吸っていることについては注意されなくなった気がする。やっと諦めてくれたのだろうか。

 アタシが取り出したライターでタバコに火をつけ、それを一口吸うと同時に真剣な顔付きのヴィクターが口を開いた。

 

「やってくれたわね」

「お次はなんだよ」

「DSAAルールに新しい項目が追加されていたのだけど……これですわ」

 

 そう言いながら通信端末を弄り、今大会の注意事項が書いてある説明書らしき紙の写真を出すヴィクター。その最後の方にこう書いてあった。

 

 

 倒れ込んだ相手への踏みつけ、及び頭部へのサッカーボールキックは禁止とする、と。

 

 

「心当たり、ありますわね?」

「ねえよ」

「まだ白を切るつもりなの? ここに記されている攻撃を頻繁に行っていたのはあなたでしょう」

 

 目付きをより鋭くしたかと思えば、今度は静かに怒り出した。八つ当たりでない辺り、本当に面倒見がいいのだと実感させられる。

 そんで否定できないのが悔しい。確かにこれらの攻撃を、相手の急所へ息をするかのようにやっていたのはアタシだ。でもそれだけでルール追加なんて……ああ。

 

「それを頻繁にやってるうちに怪我人が続出、ってか?」

「そういうことよ。あなたの場合、試合が終わると対戦相手には脇目も振らずに会場を後にしていたからわからないのでしょうけど」

「あっそ……で、結論は?」

「どうせ止めても聞かないでしょう? それでも、次からは気を付けなさい」

 

 ヴィクターはため息をつくと、やれやれと言わんばかりに首を振って忠告してきた。おいテメエ、まるでアタシが何にもわかっていないバカみてえじゃんか。

 とにかくよくわからんが、コイツがここまで言うのだから間違ってはいないのだろう。つっても死んでるわけじゃねえし問題はないと思うがな。

 聞くだけ聞いたので吸っていたタバコを右手に持って立ち上がり、口の中に溜まった紫煙を吐き出す。やっと帰ることができるわ。

 にしてもピンポイント過ぎやしませんかね、あの項目。明らかにアタシ一人へ向けられているようなもんだろ。ふざけろよ。

 

「じゃあな」

「サツキ。どんな道を行こうと……無茶だけはしないで」

「…………ほざけ」

 

 彼女に背を向けているので表情はわからないが、我が子を心配するような声を出すヴィクター。どうせならジークを心配しろよお前は。

 それとお前、次からは気を付けろつったな。お生憎様、もう選手じゃないアタシに次はないんだよ。あったところでどうもしないが。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話「無限書庫」

「無限書庫だァ?」

「うん」

 

 ヴィクターに呼び出されてから二日後。資金の調達を終えて家に帰るなり、真剣な顔付きのクロがデートの申し入れをしてきた。あと二日前のプライムマッチはハリーがギリギリで制した。どんまいタスミン。

 この二日間、目白押しといえる試合がいくつもあって消化するのに時間が掛かった。名勝負製造機とまではいかねえが、悪くないやつばかりだ。

 まずハイディと……えーっと……コロナ・ティミル、だっけか。覇王流とゴーレムマイスター。なんでも同門対決だったらしい。お互いに拮抗していたが、最後はハイディが僅差で勝利。

 次にヴィクトーリア・ダールグリュンと聖王教会のシスター、シャンテ・アピニオンの試合。重装甲と機動型。序盤はそれを活かしてアピニオンが優勢だったが、ヴィクターの装甲を上回るほどのダメージは与えられず、最後は何故かブチギレたヴィクターの猛攻で沈められた。

 その次は高町ヴィヴィオとシェベルを破ったミウラ・リナルディの試合。こちらは反撃型と強打者による格闘戦技対決。お互い殴り合うのが楽しいのか所々で笑顔になっていたが、最後は左腕を痛めたヴィヴィオの隙をついて強烈な蹴りを放ったリナルディが勝負を制した。

 

 そんでその日最後の目玉となったハリー・トライベッカと……えー名前は……八重歯のクソガキことリオ・ウェズリーの試合。

 リングの床を割り砕いて持ち上げるほどの怪力と多彩な技を駆使して戦うウェズリーに対し、ハリーは相変わらずのバカ魔力と我慢強さを活かした近接射砲撃で対抗。互いに炎熱の変換資質を持っていたため(ただしウェズリーは炎と電気のダブル変換資質所有者)にガチの熱戦となったが、素直すぎる故に追い詰められたハリーが最後の最後で遠隔発生砲撃をブチかまし、オーバーキル並みのダメージを与えて辛勝。

 続いて翌日――今日行われたプライムマッチ、ジークリンデ・エレミアとハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルトの試合。昨日知ったばかりだけど名前長えよアイツ。

 グラップリングを主体とした総合型のジークと拳打を主体とした覇王流のハイディ。ジークは序盤からハイディをお得意の投げ技や関節技でいなし、スイッチが入ったのか鉄腕を解放。しかしそれを見て酷く動揺したのか、ハイディは猪の如く突っ込んでいくも攻撃のバリエーションを増やしたジークにはまるで歯が立たず、中盤でやっと一矢報いるも最後は大敗。

 ジークはこの試合で一矢報いられた直後にエレミアの神髄を発動。両手に纏ったイレイザーでリングを削り、ハイディの四肢感覚を麻痺させるなど一方的に蹂躙したが、最後は彼女が放った大技をハイディが気合で回避。ジークも元に戻った。

 

「無限書庫ねぇ……」

 

 振り返るのはこのくらいにして、今はクロに誘われた無限書庫への同行についてだ。一週間後からまだしも、明日とか急過ぎる。

 無限書庫。時空管理局の創設よりも前から存在していた巨大な倉庫。その無重力空間には数多の書籍がされており、最も古い書籍でおよそ6500年前。世界の歴史も納めていることから『世界の記憶が眠る場所』なんて言われているらしい。

 ちなみに司書長はユーノ・スクライア。ヴィヴィオの母である高町なのはの友人である。向こうに感付かれるのは確定だなこれ。

 クロはそんな無限書庫へ不法侵入をかますつもりのようだ。さっきまで盗聴と窃視という何気にイケないことをしていた彼女によると、何でもヴィヴィオとハイディとジークを中心に大勢でエレミアの手記とやらを探しに行くとのことだ。

 で、どういうわけかアタシがコイツに誘われた。もちろんデートってのはこれのことだ。面白そうだが、リスクも大きい。どうしようか。

 

「……エレミアと殴り合えるかもしれないよ?」

「乗った」

 

 そういうことなら乗らない手はない。路地裏で雑魚の集団を相手にするよりはマシだろう。資金の調達には必要なことだが。

 ちょうどいい暇潰しにもなるし、そろそろアイツとはケリを着けたいとも思っていたところだ。一昨年と数ヶ月前のケリを。

 マッチ棒で火をつけたタバコを一口吸い、紫煙を吐きつつそれを灰皿に押しつける。明日を迎えるのが楽しみに思えるのは久しぶりだな。

 ただ……何もなかったらクロを囮にして逃げよう。無駄足にもほどがあるし、何よりそう易々と捕まってたまるかってんだ。

 

「ところで何しに行くんだ? 無限書庫へ」

「エレミアの手記を手に入れる」

 

 手に入れてどうする気なのかは知らんが、覇王の末裔であるハイディと聖王の末裔らしいヴィヴィオがいるってことは二人への復讐だろう。

 なんかショボいレベルの復讐だが、コイツにとってはそうでもなさそうだ。目付きが相手に憎しみを向ける際のそれになっているし。

 しかし、これはクロ自身の問題だ。アタシが簡単に首を突っ込んでいいものではない。めんどくさいってのもあるけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うへぇ~、相変わらず本しかねえなここは」

 

 翌日。アタシはクロと共に彼女が考えた独自のルートから侵入して無限書庫のベルカ方面、その未整理区画を訪れていた。

 確かここはB009254G未整理区画。王族が所蔵していた書物庫らしい。前にヴィヴィオから聞いたので大体は知っているのだ。

 アタシの先を飛んでいったクロはさっき例の古き捕獲魔法で八重歯のクソガキとシェベル、ハリーとタスミンとその他三名を無力化しており、現在はハイディとジークに矛先を向けている。

 にしても暇だなここは。そろそろ眠くなってきたよ。未だに取れない眠気と格闘しながら無重力空間に身体を慣らしていた途端、いきなり壁を砕くような音が耳に入ってきた。

 耳を塞いで音の聞こえた方へ視線を向けると、物凄いスピードでクロとプチデビルズがアタシの目の前まで飛んできて急停止した。危ねえな。

 

「サツキ、後は任せた……!」

「は?」

 

 少し慌てた感じでそう言うと、クロは箒に乗りながら脱兎の如く逃げていった。おい待て、アタシには何が何だかさっぱりわからねえぞ。

 どうしてあんなに慌てているんだ、と言いかけたところで声を詰まらせる。背後に人に気配を感じたからだ。それも怒っている。

 感じ慣れた気配だったので後ろを振り向くと、黒のバリアジャケットを纏った少女――ジークリンデ・エレミアが視界に映った。

 怒りというよりも無に近い表情を浮かべ、両腕には鉄腕を装着している。あの野郎、エレミアの神髄を発動していたのか。

 

「……サッちゃん?」

 

 こちらを見るなり少し目を見開き、静かに驚きの声を上げるジーク。まるで本当にアタシがいたと言わんばかりの反応である。

 クロの奴、最初からアタシとジークをぶつけるつもりだったのか……一番厄介なジークと、そんな彼女に対抗できるアタシを。

 つまり囮はアタシの方かよ。もっと早く気付くべきだった。あのクソガキ、事が済んだら両腕へし折ってやる。ついでに指も折ってやるぞ。

 本当に会えた。その事実をようやく理解し、口元を軽く歪める。わざわざ不法侵入をかましてまで来た甲斐があったよ。

 

「よう、会いたかったぜ」

「なん……やて……」

 

 アタシに会いたかったと言われたことに今度は心底驚いたのか、絞り出すかのように震え声を出すジーク。そんなに衝撃的か、おい。

 ジークの無に近かった表情が好きな人に告白された際のようにテンパったものとなり、頬も赤くなっていき、若干据わっていた目が泳ぎ始めた。

 あー、平和ボケでもしていたせいかナチュラルに地雷を踏んでしまったようだ。控えめに言って口に出すべきじゃなかったかも。

 地雷を踏まれたジークはこっちに背を向け、小声でボソボソと呟いている。一応何を言っているのか確認しようと耳を澄ませることにした。

 

「さ、サッちゃんが……あの暴力の化身が……(ウチ)に会いに来た……!?」

「殺すぞテメエ」

 

 誰が暴力の化身だコノヤロー。それだとアタシは暴力という概念が人という形を得たことで誕生した設定の存在になっちまうじゃねえか。

 しばらく混乱していたジークだが、自分の頭をそばにあった本で叩いて冷静さを取り戻した。ショック療法だよな、あれ。

 ジークは未だに頬を赤くしながら嬉しそうな表情を浮かべ、深呼吸してから咳払いをすると自信ありげに口を開いた。

 

「実は(ウチ)も、サッちゃんに会いたかったんよ」

 

 その一言で身構えそうになったが、貞操の危機が迫るときに感じる寒気はなく、むしろ好戦的な言い方だったので少し驚いてしまう。

 競技選手である以上、人見知りなジークでも強い相手と戦うのは楽しみなのかもしれない。けど、ここまで露骨なのは初めてだ。

 野郎、オツム使って何を企んでやがる。ジークをブチのめしたかったアタシとしては歓迎できる状況だが、正直言って気味が悪い。

 ずっと浮いているのもあれなので一旦地面に着地し、アタシを追うように下りてきたジークを睨みつける。やっぱり足は地面についてないと。

 

「やる気満々じゃねえか」

「当たり前や。今なら合法的にサッちゃんを倒せるんやから」

「ああ、なるほど」

 

 ジークは許可をもらったうえで無限書庫を探索しているのに対し、アタシは不法侵入者。当然だが罪に問われるのは後者だ。

 加えて今はインターミドルの真っ只中。問題は起こせないし、アタシがそれに出場していない。だから今がチャンスとでも見たのだろう。

 だけどそんなことはこの際どうでもいい。コイツをブチのめしてさっさとここから離脱する。最悪捕まってもブチのめす。

 首と拳を軽く鳴らしていると、ジークは構えもせずに小さく力を溜めるような姿勢を取ると、

 

「――はぁっ!」

 

 気合いを入れる感じで掛け声を上げた。

 それを見て思わず訝しむも、ジークがいつものシンプルな構えを取ったので再度彼女を睨みつける。まあ、何であろうとやってやるよ。

 管理局が創設される前から存在していた無限書庫、その古代ベルカの未整理区画。無重力に保たれた空間の中で、アタシとジークは対峙する。

 そして――

 

 

 

「ケリつけんぞ、()()()()

「それはこっちのセリフや、()()()

 

 

 

 今この時を以って、第三の撃鉄は落とされた。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 1019

「サツキ、後は任ちぇだッ!?」
「……わお」
「…………こういうの無理……!」

 頑張れ。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話「成長」

 

 

 ほぼ同時だった――アタシとエレミアが地面を蹴ったのは。

 

 

 

 二、三歩進んだだけで間合いが詰められ、お互いの左頬に右の拳が突き刺さる。

 拳をブチ込まれた衝撃で少し後退するも、前蹴りをエレミアの懐へ入れる。が、彼女は交差した両腕で蹴りをガードし、五メートルほど後ろへ引きずられるも余裕を持って踏ん張った。

 すかさずその五メートルを一瞬でゼロへと縮め、握り込んだ左拳でエレミアの整った顔面を殴りつける。これを右腕で防いだエレミアだがアタシはそれを意に介さず、拳を防いだ右腕ごと彼女の身体を豪快に吹っ飛ばす。

 エレミアは激突する寸前で体勢を変え、本棚を両脚で蹴ることで勢いを相殺、地面に着地する。無重力空間だからできたのだろうか。

 口元の血を拭き取ると周囲に高密度の弾幕陣を生成し、それを一斉に撃ち出すエレミア。アタシは突撃しながら迫り来る高密度の弾幕を丁寧に弾いていき、槍撃の如く鋭い蹴りを放つ。

 だが、エレミアはこの蹴りを左手で綺麗に受け流し、アタシのがら空きになった胴を両腕で抱え込んでそのまま叩きつけるように投げた。

 

「んのやろっ!」

 

 追撃が来る前に立ち上がって右のハイキックを繰り出し、エレミアが左腕でガードした隙に両手で胸ぐらを掴み、背後の本棚へ投げ飛ばす。

 間髪入れずに投げ飛ばしたエレミアへ突っ込み、さっきと同じように勢いを殺して着地した彼女の鳩尾へ右肘をブチ込んで、今度は一本背負いで背後の地面へと投げ落とした。

 エレミアが立ち上がる前に懐を右脚で何度も踏みつけ、血反吐を吐いたところで中断。次に首を掴んで彼女の身体を軽々と持ち上げ、右の肘が伸びきったところで固定する。

 その直後に首を掴んでいた右手の力を緩め、構えていた左拳を右頬へ打ち込み、腕を振り切ることでエレミアの身体を草のように薙ぐ。

 続いて受け身を取りながら壁に激突したエレミアの元へ翔けていき、そのまま跳び上がって後ろ蹴りを放つも首を横へ傾けられたことで右脚が空を切り、壁に突き刺さる。

 するとエレミアは突き刺さった脚を両腕でしっかりと掴んで引っこ抜き、アタシの身体を横に振って顔面から壁へ叩きつけてきた。

 

「いって――おぉ!?」

 

 声を出した途端に後頭部から地面に落とされ、掴んでいた脚を今度は抱えられてアキレス腱固めを極められてしまう。

 痛い。地味に痛い。しかもまだ仰向けで極める通常のアキレス腱固めだ。裏を極められたら今よりも脱出しにくくなる。

 とりあえず裏の方を掛けられる前に脱出しようと、空いていた左脚でエレミアの鼻っ面を何度も蹴りつけ、腕の力が緩んだ一瞬の隙に右脚をスルリと引っこ抜く。

 そしてアキレス腱の痛みを意に介さず起き上がり、左手で顔を押さえているエレミアから二、三歩ほど離れて鼻血を拭き取る。

 エレミアも立ち上がると顔をしかめ、鼻血と口元から垂れている血を拭き取って構えた。チッ、どこぞの後輩とは違って学習能力は高めか。

 

「ほんま容赦ないなぁ……」

 

 エレミアが呟いた一瞬をついて間合いを詰め、風切り音が聞こえそうな速さで左のハイキックを繰り出すが右腕でガードされてしまう。

 次に右脚でエレミアの下顎を蹴り上げ、上げた右脚をビデオテープを巻き戻すかのように振り下ろすが、交差した両腕で防御された。

 その腕を蹴って背後に回り込み、彼女が振り向くと同時に軽くジャンプして右拳を拳骨気味に振り下ろすも再び交差した両腕に阻まれる。

 右の脇腹へ膝蹴りを放つも右肘で弾かれてしまい、左のジャブを顔面に打ち込まれ、

 

「シュペーア・ファウスト!」

 

 フィニッシュと言わんばかりに、ギチギチと握り込んだ右の拳を鳩尾へブチ込まれた。

 踏ん張っていなかったので身体が宙を舞い、後頭部から壁に激突して血反吐を吐く。しかもさっきと同じ場所に激突したせいか、壁に穴が開いて向こう側へと投げ出されてしまう。

 ってえ……あの野郎、前よりも腕を上げたか? 鍛錬を毎日欠かさずにやっているから当然だろうが、にしては違和感があるな。

 口内に溜まった痰を唾ごと吐き捨て、何事もなかったかのように立つ。この程度、まだまだ序の口だ。やりたいこともあるし。

 

「ぜあぁっ!」

 

 懐に突っ込んできたエレミアを受け止め、鳩尾がある位置へ右の膝と左の肘を同時に何度も打ち込み、彼女が離れた瞬間に左の拳を放つ。

 エレミアはこれをあっさりとかわし、アタシの伸びきった左腕を掴んでお返しと言わんばかりに背負い投げで落としてきた。

 なす術もなく背中から地面に叩きつけられ、息が詰まってしまう。だが、彼女が関節技を極めようと左腕を捻った隙に後頭部と右手を使って逆立ちの要領で起き上がり、エレミアに馬乗りすると同時に右の肘を鼻っ面へ叩き込んだ。

 そして痛みで歪んだ顔を目にしながら、すかさず右手でエレミアの顔面を上から押さえる。このまま地面に叩きつけてやろうか。

 

「またこのパターン……!?」

「懐かしいだろ?」

 

 実はこのパターン、一昨年の都市本戦決勝でコイツと対戦した際に披露している。その時は左じゃなくて右の腕をやられたけどな。

 危うく変な方向へ曲げられそうになった左腕を軽く動かし、何の支障もないことを確認して脳天に左の拳を振り下ろす。

 しかし、拳が当たる寸前で視界が相応の痛みと共に遮断され、拳が地面に突き刺さって地面を叩き割る音が響いてきた。

 目をやられたせいで視界がぼやけてしまうも、それ以外の感覚を駆使して自分の背後にエレミアがいることを突き止める。

 

「チッ……」

「視界を奪われた気分はどうや?」

「ほざけアホ」

 

 後ろへ振り向きながら右のハイキックを繰り出すも左腕で難なくガードされ、間髪入れずに横回転して右側から左の回転蹴りを放つが、エレミアはこれを屈んで回避した。

 そのせいで勢い余って地面へ落ちそうになるも、無重力空間であることを活かして宙に浮きながら体勢を整え、着地に成功する。

 さすがに殴打での追撃は無理そうなので後退し、つま先で地面をちょこんと蹴ってハンドボール並みの破片を生成。それをエレミアの額へ正確に蹴り飛ばす。

 彼女は「は、破片を!?」と軽く驚いていたが、ギリギリのところで上体を後ろに反らして回避していた。何で驚いたんだアイツ。

 

「避けてんじゃねえよ」

「避けな当たってまうやろ!?」

 

 エレミアが上体を起こすと同時に地面を蹴って跳び上がり、渾身の蹴撃を顔面にぶつける。実は結構気に入ってるんだよね、これ。

 この蹴撃を右腕でガードしたエレミアだが、それを見越していたアタシは左脚を振り抜いてガードごと彼女を吹っ飛ばす。

 そうなることがわかっていたらしいエレミアは体勢を変えると壁に向かって射撃魔法を放ち、その衝撃で飛び散った大きな破片の一つを蹴って勢いを殺していた。

 一旦攻撃をやめ、我慢していたあくびをする。本棚や壁が何らかの終わりを迎えたかのように崩れていき、大きな崩壊音が耳に響いてくる。

 

「ガラガラうるせえなぁ……」

「自分でやらかしといてよー言うわ」

「半分はテメエのせいだろうが」

 

 一息ついて構えたエレミアの懐へ突撃しながら後ろ蹴りを繰り出すも受け流され、ギチギチと握り込まれた右の拳を顔面にブチ込まれてしまう。

 鈍い痛みが広がり、顔をしかめた隙をつかれて右脚を掴まれたかと思いきや、身体を引き寄せられて今度は左の拳を懐へ打ち込まれた。

 後ろへ引きずられる身体がくの字に曲がるもどうにか踏ん張り、膝をつかずには済んだ。すぐさま両脚に力を込め、開いた間合いを詰めていく。

 エレミアは構えたまま微動だにしない。拳を突き出すとかやってくれたらこっちもやりやすかったんだけどなぁ……まあいっか。

 

「ウラァッ!」

 

 エレミアの眼前で立ち止まり、溜めていた右の拳を腹部へ打ち出すも左手で受け止められ、発生した拳圧が背後の地面を削り取っていく。

 やはりもう慣れたのか、後ろには目もくれずに銃の形へ変えた右手を突き出し、アタシの眉間目掛けて射撃魔法を撃ち出すエレミア。

 メキメキと拳を掴まれているせいで避けようにも避けられず、正確無比に眉間へ直撃するも歯を食いしばって堪えきる。

 が、開いた視界に入ってきたのは鉄腕を装着したエレミアの拳だった。それを腹部に叩き込まれ、拳を掴んでいた手が離されたことで後ろへ大きく引きずられてしまう。

 

「が、あァ……!?」

「もういっちょ!」

 

 両腕を広げて力を溜めるような姿勢で踏ん張るも左の拳打による追撃を食らい、壁に激突したことで後頭部に鈍い痛みが走る。

 

「…………思った通りや」

 

 両手をまじまじと見つめながら握る、開くを繰り返し、何かを確信したかのように呟いて口元を軽く歪めるエレミア。

 その間に壁から離れ、唾を吐いて口元の血を拭き取る。クソッ、後頭部がズキンズキンと音を立てているように痛えな。

 

「おおきにな、サツキ」

「は?」

「あんたのおかげで確信できたわ」

 

 こっちを向いたかと思えば、いきなりお礼の言葉を述べられた。

 アタシのおかげ? 言っていることの意味がまるでわからない。アタシが何をしたってんだ。少なくとも、お前に何かをした覚えはないぞ。

 マジで意味がわからないので頭に疑問符を浮かべて首を傾げていると、やれやれと呆れてため息をついたエレミアが口を開いた。

 

「はぁ……ヴィクターの言う通りやな。ほんまに自分のことわかってへんのか」

「勿体ぶらねえでさっさと話せ」

「……まあええわ。身を以って思い知らされたけど、サツキは成長してるんよ。戦いの中で」

 

 ジト目でアタシを睨みつけるエレミアの口から出た言葉に、思わず変な声が出そうになる。バカかコイツ。アタシが成長してるって? トレーニングをしていないアタシが?

 というかヴィクターの奴、エレミアに何を吹き込みやがった。内容によってはアイツをブチ殺す必要があるんだけど。

 

「これは(ウチ)の推測やけど、自分と同等以上の強い人と戦っている最中に強くなってる。どうせあんたは気づいてないやろ?」

 

 ムカついたんで言い返そうにも、否定の言葉が出てこない。何故なら自分が成長しているとは微塵も考えていなかったからだ。

 戦いの中で成長する。ないとは言い切れないが、そういうのは鍛錬を積み重ねた奴の特権だろ。何でアタシがそのカテゴリーに入るんだよ。

 まあ確かにケンカばっかりしていたから少しは強くなっているはずだが、彼女の言う推測がわからない。どうして強い奴に限定したのか。

 強い奴と弱い奴。どっちとケンカしたってそれを繰り返せば腕っ節は上がっていく。鍛錬ほどの効果が期待できるかはともかく。

 

「その手の成長はサツキだけの特権やあらへん。条件さえ満たせば誰にでも起こり得ることや」

「……で?」

 

 エレミアはうっすらと笑みを浮かべると、それを一字一句はっきりと告げてきた。

 

 

「――(ウチ)も今、成長しとるんよ。サツキと戦ってるから」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話「再臨」

 

「――(ウチ)も今、成長しとるんよ。サツキと戦ってるから」

 

 

 

 エレミアも成長している。それを聞いても別に驚くことはなかったが、やり合う前に抱いていた違和感の正体がようやくわかった。

 その際に見せた力を溜めるような姿勢……アタシが感じたのはコイツの成長だったのだろう。掛け声のせいでわからなかったのかもな。

 しかし、ここで新たな疑問が発生した。コイツは『エレミア』という一族の末裔で、先祖から続く戦闘経験と記憶を最低でも500年分は受け継いでいる。つまり戦いの中で強くなるとやらについても記憶の中に含まれているはずだ。

 そんな馬鹿げた奴がどうして『成長』しただけでアタシに感謝したんだ? ただの皮肉か? それともコイツの先祖である『エレミア』絡みか?

 

「で、お前の成長とアタシに何の関係があるんだ?」

「サツキの成長が教えてくれたんよ。戦いの中で成長する。それは(ウチ)にもできることやって」

 

 どうやらアタシの成長とやらがコイツの成長に影響を与え、それを促してしまったということか。正直信じられないが、コイツがそう言うのなら間違いはないんだろう。

 戦いの中で成長することは自分にもできる。おそらく、エレミアは今まで追い詰められるほどの戦いを経験したことがない。もちろんそこに継承された記憶は含まねえ。

 エレミアはさっきこう言った。『自分と同等以上の強い奴と戦うことで成長できる』と。これは条件さえ満たせば誰にでも起こり得るらしい。もしそれが本当だとすれば、コイツも同じ条件を満たしているはずだ。

 つまり試合じゃ負けなしのエレミアを、そうする必要があるほど追い詰めたのはアタシが初めて。要はそういうことだろう。多分。

 

「それにこの成長性を応用すれば、次代に伝える『エレミア』の完成へ大きく近づけるかもしれへん。個人的には不本意やけどな」

 

 次代に伝える『エレミア』の完成。それが何なのかはよくわからないが、エレミアが今回の戦いで学んだことをそいつに組み込もうとしているのは確かだった。

 ていうか、成長性って組み込めるもんなのかね。高等技術や未知の流派といった珍しいやつならまだしも、誰もが持っているものを応用したって大した変化はないと思うぞ。

 ……おい待て。もし成長性の応用とやらができた場合、戦えば戦うほど強くなれるってことになりかねないぞ。マジで戦闘民族じゃねえか。

 

「せやから――ありがとうな、サツキ」

 

 お礼の言葉を述べられた瞬間、アタシの腹部へ目にも止まらぬ速さで左の拳がめり込むように打ち込まれ、吐血してしまう。

 マズった。まさかエレミアに不意討ちされるなんて思いもしなかった。しかも動くスピードがさっきよりも速くなってんじゃねえか。

 すかさず引き剥がそうと膝蹴りを入れるも右腕でガードされ、一旦引いた左拳を今度は鳩尾へ打ち込まれて再び壁まで吹っ飛ばされる。

 痛みで顔を歪める暇もなく迫り来る右の拳を左手の甲で綺麗に受け流し、ほとんど時を置かずに右の拳を繰り出すも左手で受け止められた。

 

「それ……『一拍子』やろ」

「らしいな」

 

 一拍子。古流武術の攻防を一動作で行う高等技術で、現代で言うカウンターのようなものだ。田舎の番長と殴り合ったときにも使用している。

 もちろん最初から使えたわけじゃない。何せクロからこういう技術があるということを聞くまでは存在すら知らなかったのだから。

 

「ほんまに、サツキは生まれてくる時代を間違えとるよ」

「テメエにだけは言われたくねえなっ!」

 

 受け流したエレミアの右腕を掴んで頭突きをお見舞いし、左の前蹴りを放つがそれよりも早く左拳を顔面に打ち込まれてしまう。

 が、どうにかこれに耐えたアタシは右脚で鳩尾を蹴り上げ、エレミアが息を詰まらせた隙に再度頭突きをかましてから左の拳を顔面にブチ込み、思いっきり地面に叩きつける。

 激しく叩きつけたせいでバウンドしたエレミアへサッカーボールキックを放ち、シュートを撃つかのように蹴り飛ばす。

 宙に舞ったエレミアは途中で体勢を変え、何事もなかったのように着地すると鉄腕に魔力を纏い始めた。ああ、これを見るのは二度目か。

 

 

 ――エレミアの神髄。

 

 

 命の危機を感じると自動的に発動する、一種の防衛機能みたいなものだ。持ち主の意思に関係なく圧倒的な力を振りかざし、敵を殲滅していく。

 余計な思考感情はなくなり、数ある選択肢の中から最善のものを選んで行動を起こす。スポーツで言うゾーン、もしくは機械に近い。

 

「ガイスト・クヴァール――」

 

 ボソリと呟いたエレミアは不意討ちを仕掛けてきた時よりもさらに速い動きでアタシの背後を取り、イレイザーという消し飛ばす魔法を纏った右手を振るう。

 迫り来る鉄の爪を後方へ宙返りすることで回避し、それが地面を削り取っていくのを目にしながら着地して後ろ蹴りを繰り出す。

 だが即座に反応したエレミアは最小限の動きで蹴りをかわすと、空を切って伸びきった左脚へ左の鉄腕を振り下ろしてきた。

 当たると洒落にならないのですぐさま空いていた右脚をエレミアの左脇へブチ当て、鉄腕の軌道を逸らすことに成功する。

 

「チッ、やりにくいなっ!」

 

 思わず舌打ちした途端に振るわれた鉄腕を回避するも、体勢が崩れていたためにギリギリで右の袖を持っていかれた。野郎……この服手作りなんだぞ。どうしてくれんだコラ。

 圧倒的な力が纏われた鉄腕から次々と繰り出される攻撃を掠りすらしないようにかわしていき、壁際まで追い詰められたところでもう一度後方へ宙返りして背後を取る。

 このまま避け続けてスタミナ切れを待つか? いや、アタシが先にバテるから意味がないな。それに何より――

 

 

 ――敵に背を向けて逃げるのは癪だ。

 

 

「ガイスト――」

「吹っ飛べオラァ!」

 

 機械のように無表情なエレミアが左の鉄腕を振り下ろし、それが目の前まで迫った瞬間に掌底で彼女の身体を豪快に吹っ飛ばす。

 次に地面を陥没させるほどの力で蹴って跳び上がり、数メートル先の本棚に激突したエレミアへ溜め込んだ左の拳を叩き込んだ。

 その衝撃で壁に大きな穴が開き、エレミアの身体が向こう側へと投げ出される。アタシもその後を追っていくと、

 

「サツキ……!」

「ちゃ、チャンピオン!?」

「あれま、あの子が言ってた味方ってサツキさんのことだったんだ……」

 

 長めの紫髪と年齢の割には結構発達した胸、そして独特のリボンが特徴的なルーテシア・アルピーノと成長した姿の――大人モードのハイディとヴィヴィオに出くわした。

 投げ出されたエレミアはそのまま本棚に激突し、ハイディとヴィヴィオはそれを見て驚愕している。ルーテシアも多少驚いてはいたが、実戦経験が豊富なせいか落ち着いている。

 エレミアが動かなくなったのを確認してから口内の唾を吐き捨て、その場で固まっているハイディらをよそにクロの声がした方へ振り向く。

 

「ご、ごめん……」

 

 そこにはチェーンバインドで卑猥な感じに縛られたクロの姿があった。しかも二十代の姿になっているせいかもっと卑猥に感じる。

 しかし重要なのはそこじゃない。クロが縛られている。重要なのはそこだ。脱出できる可能性もあるだろうが、クロが敵に捕縛された。

 クロを縛ったのは誰だ。いや、そんなことはバインドの色を見ればわかるからどうでもいい。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「が――――」

 

 腹の底から湧き上がってくる怒りのせいか、意識が勝手に切り替わっていくのを感じる。余計な思考が省かれた戦闘一色へ、人から獣へと。

 こいつはできれば使いたくない。一歩間違えれば人じゃなくなるし、味方側の人物であるクロまで手に掛けてしまう恐れがあるからな。

 だが、エレミア一人を相手にしただけでこのザマだ。さすがに彼女ほどの強さではないだろうが、今や他に三人もいる。

 もう抑えられない。抑える必要もない。自由に解放しろ。五感を研ぎ澄ませろ。アタシは獣だ。

 

 

 

 ヤンキーだが、人間じゃない――!

 

 

 

「■■■■■■■――ッ!!」

 

 

 

 力を溜める姿勢を取り、秘められたものを解放するように天に向かって獣の如き咆哮を上げる。

 この場にいる耳を塞いでいる奴ら全員の鼓膜が破れてもおかしくないほどの大音量が響き渡り、書庫内を振動させていく。

 ガキ共の苦しそうな表情を目にし、感覚と意識が切り替わったところで音の嵐を終わらせ、視野を最大限に広げて標的を捉えた。

 

 

 さあ、刮目せよ――

 

 

 

 

「グルルルル……」

 

 

 

 

 ――野獣の再臨だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……」

 

 古代ベルカ時代に存在していた魔女、クロゼルグの末裔であるファビア・クロゼルグはさっきまで有利だった形勢を逆転されていた。

 敵勢の大半を魔女の捕獲魔法で無力化。コロナ・ティミルとヴィクトーリア・ダールグリュンを無数の使い魔で足止めし、最も厄介なジークリンデ・エレミアには同行していた緒方サツキをぶつけて同士討ちさせようと図ったのだ。

 それもこれも全てはクロゼルグの血脈に課せられた使命――聖王オリヴィエと覇王イングヴァルトへの復讐のため。彼女たちが探し求めている『エレミアの手記』を奪うことも、ファビアにとってはその一環でしかない。

 しかし時空管理局の嘱託魔導師、ルーテシア・アルピーノが現れたことで状況は一変。小瓶に閉じ込めていた高町ヴィヴィオと覇王の子孫であるハイディ、そしてヴィヴィオの友人のミウラ・リナルディを奪い返されてしまう。

 自身もルーテシアに翻弄されたが、使い魔と悪魔合身(デビルユナイト)して姿態編成(シェイプシフト)を果たしたことで一度は形勢を逆転。重力発生魔法で追い詰めるも小瓶から脱出したハイディとヴィヴィオが加勢したことにより、今度こそ形勢を逆転されてしまった。

 

「グルルルル……」

 

 そんな彼女は今、高町ヴィヴィオにチェーンバインドで拘束されたまま地上で唸っているサツキを見て心の底から驚いていた。

 正方形だった瞳孔が猫のような垂直のスリット型になっており、威嚇する犬や猿みたいに犬歯を剥き出しにしていたのだ。

 ファビアが驚いている間にも獣の雰囲気を纏ったサツキは四足獣の如き姿勢となり、彼女を迎え撃とうとヴィヴィオ達も構える。

 

 荒野の風の音が聞こえてきそうなほどの沈黙がその場を支配していたが、ある少女の一瞬の硬直がそれを打ち破った。

 

「がは――!?」

 

 サツキが立っていた場所を陥没させて姿を消し、硬直を見せた少女――ハイディの懐へボディブローを打ち込んでいたのだ。

 打ち込んだ左の拳を引き抜くと、ハイディは苦しそうに腹部を押さえて蹲る。その姿をどうでもよさそうに一瞥し、次はお前だと言わんばかりにルーテシアを睨むサツキ。

 睨まれたルーテシアは動じることなくサツキへ肉薄し、ゼロ距離から砲撃を撃つ。が、サツキはこれを見切ったうえで回避し、ルーテシアの背後に回って裏拳を繰り出す。

 咄嗟に展開した障壁で直撃は避けたルーテシアだったが、威力を殺しきれずそのまま数メートル先の壁まで吹き飛ばされてしまう。

 

「ま、待ってください!」

 

 制止の声を掛けられたサツキはキッと睨み返すように振り向き、話を聞いてほしそうに慌てるヴィヴィオを視界に捉える。

 そして聞く耳も持たず、彼女に肉薄して死の鉄拳を突き出した瞬間だった。

 

 

「サツキーッ!!」

 

 

 復活したであろう、ジークリンデ・エレミアの声が聞こえたのは。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話「野獣vs鉄腕」

「グルルルル……」

「…………ぇ?」

 

 突き出した右の拳をヴィヴィオの目と鼻の先で寸止めし、忌々しそうにジークリンデの声が聞こえた方へ視線だけを向けるサツキ。

 寸止めした際に発生した凄まじい拳圧が背後の地面を吹き飛ばすように削り取っていき、その先にある壁が砕け散る。いくら魔法で身体能力を強化していてもここまでの威力は滅多に出ない。それだけサツキが規格外なのだろう。

 ヴィヴィオがその爪痕を見て戦慄している間にも、サツキはどうにか立ち上がったジークリンデを見つめる――いや、この場合は睨みつけるといった方が正しいかもしれない。

 頭から血を流し、乱れた息を整えるジークリンデ。バリアジャケットも所々破けており、両手に装着している鉄腕にも少しヒビが入っている。

 

「あんたの相手は(ウチ)や! 浮気は許さへんよ!」

 

 最後の方は聞かなかったことにし、拳を引っ込めてジークリンデと正面から向き合う。ハッとなったヴィヴィオが話し合いで何とかならないかと説得してくるも、興味がないと言わんばかりに振り向きすらしない。

 サツキが野獣モードと名付けたこの状態。動物並みの五感を最大限に研ぎ澄ませることで意識と感覚を獣のそれに切り替え、圧倒的な身体能力を通常以上に活かして獣じみた動きも可能にする。引き換えとして体力よりも精神力を大幅に消耗し、理性の大半を削られてしまう。

 一歩間違えると力を振るうだけの猛獣と化してしまうため切り札というより禁じ手になっており、サツキ自身もあまり使いたがらない。

 なので正確にはちゃんとヴィヴィオの話を聞いてはいるが、わずかに残っている人としての理性を保つことに集中しているせいでとても会話できる状態ではないのだ。

 

「ッ……!」

 

 一瞬で姿を消し、ジークリンデ――を素通りして未だにバインドで縛られている味方側の魔女、ファビア・クロゼルグの元へ駆けつけるサツキ。

 彼女の怒りに満ちているかのような顔を見て反射的に強張る。そして殺されるとでも思ったのか目を瞑って歯を食いしばり、そのまま俯く。

 

 

 

 ――刹那。頭を愛撫されたような感触がした。

 

 

 

「えっ」

 

 思わず顔を上げたファビアだがすでにサツキの姿はなく、さっきまで彼女を拘束していたバインドが跡形もなく消えている。

 頭を撫でられた? でも何で? どうして?

 いつの間にか地上でジークリンデと戦っているサツキを見つめ、ヴィヴィオに声を掛けられるまで呆然としていたファビアだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■ッ!!」

 

 サツキは獣じみた雄叫びを上げながら、ジークリンデはギチギチと拳を握り込みながら間合いを詰めていき、射程距離へ到達した瞬間に互いの左拳をぶつけ合う。

 衝撃で辺り一面が削られるように吹き飛び、両者の足下には大きなクレーターが出来上がった。ヴィヴィオやハイディ達も吹き飛ばされないよう必死に踏ん張り、両腕で顔を護る。

 互いに退くまいとしばらく拮抗していたが、やがてジークリンデが力負けして顔を歪め、徐々に迫ってくるサツキの左拳を弾く。

 三歩ほど後退し、追撃に備えて構えるジークリンデ。サツキは一瞬で彼女の背後に回り込み、後ろに引いていた右の拳を突き出す。

 

「う、ぐぅ……!?」

 

 拳が当たる寸前で反応し、振り返って交差した両腕でガードするも防ぎきれなかった分の威力が全身を駆け巡り、思わず顔を歪めてしまう。

 その一瞬を見逃さず、拳の連打をマシンガンのように打ちまくるサツキ。一発一発が凄まじい威力であるため、ガードの上だろうと拳が直撃する度に強い衝撃が伝わってくる。

 最初は難なく耐えていたが徐々に押されていき、避けようにも拳を繰り出す速度が速すぎて避けられず、ついには防護武装の鉄腕越しに腕の骨がミシッと悲鳴を上げ始めた。

 このままだと腕の骨がやられる。その考えが通じたのか連打が終わり、サツキが最後の一発を雑な大振りで繰り出してきた。

 

「でやぁぁぁっ!」

 

 それに対抗しようと右手に魔力を纏い、サツキの左拳へ握り込んだ右拳をぶつけるジークリンデ。避ける余裕がなかったのだろうか。

 再び発生した衝撃で踏ん張っていたヴィヴィオとハイディが吹き飛ばされたものの、先回りしていたルーテシアが展開した魔法陣にぶつかったことで二人は二次的なダメージを免れた。

 両者はそんなことにお構いなく、ぶつけた拳で押し合う。今度は文字通り拮抗しており、押しては押され、押されては押し返していた。

 

「ガァァァァ……!」

「ぐぎぎぎぎ――せやぁっ!」

「ゴハァッ!?」

 

 が、ほんの少し押し返したジークリンデがぶつけていた拳を下へ動かし、両脚に力を入れて体勢を崩したサツキの懐へ右の拳を叩き込み、彼女の屈強な身体を吹っ飛ばす。

 サツキは綺麗な放物線を描きながら十メートルは吹っ飛んでいき、その途中でたまたま落ちてきた大きな破片にぶつかって地面に落下していく。

 後を追ってきたジークリンデはサツキと適度な距離を置き、いつものシンプルな構えを取った。サツキもよろめきながら立ち上がり、血の混じった唾を吐き捨てる。

 

 猫のような垂直のスリット型瞳孔、剥き出しにした犬歯。

 今のサツキはエレミア風に言えば『野性の神髄』を発動している状態なのだと、サツキ自身が付けた野獣モードという名前を知らないジークリンデは結論付けた。

 他に何か変わっていないところがないか舐め回すようにサツキを観察していたが、彼女の右腕を見て思わず息を呑んだ。

 

「何や、それ……」

 

 猛獣にでも切り裂かれたかのような、痛々しい大きな引っ掻き傷の痕。それがサツキの右腕に、まるで古傷のようにあったのだ。

 この傷痕は今年の二月に“ヒュドラ”という不良グループのリーダー格と交戦した際に負わされたものだが、当然ジークリンデがそんなことを知っているわけがない。知っているのは当時その場に居合わせたファビアだけである。

 

「グルルルル……」

 

 ジークリンデの問いを鼻で笑うかのように唸り声を上げ、四足獣の如き姿勢となるサツキ。まさに人の姿をした獣と言っていい。

 再び沈黙がその場を支配し始め、遠くから微かに聞こえていたヴィヴィオ達の声も耳に入らなくなった瞬間であった。

 

 

 ――サツキが静かに姿を消したのは。

 

 

「え――がぁっ!?」

 

 その直後、ジークリンデの眼前にサツキが現れ、懐へ左の拳を叩き込んだ。同時に発生した拳圧が周囲の地面を吹き飛ばしていく。

 身体が少し後ろへ傾いたことでようやく自分が攻撃されたという事実に気づき、口から血を吐きながら懐に叩き込まれた拳を抜こうとする。

 しかしそう来るとわかっていたサツキは自ら拳を引っこ抜き、お返しと言わんばかりに右の拳でジークリンデの顔面を殴りつけた。

 ジークリンデは斜めへ傾くように体勢を崩しながらも、右手からサツキの鼻っ面目掛けて正確無比の射撃魔法を撃ち出す。

 

「ラァァァ!」

 

 サツキはこれをあえて避けずに食らい、受けきったことでジークリンデが少し目を見開いた隙に左のハイキックをブチ当てる。

 続いて繰り出した右のハイキックを左腕でガードされるも、顔ではなくその左腕を破壊する勢いで脚を振り切り、鉄腕を破損させた。

 さらにすかさず握り込んだ左拳をジークリンデに向かって突き出し、そこから飛ばされた拳圧をかわしたジークリンデを空中へ蹴り飛ばす。

 吹っ飛んでいた際に途中で破片とぶつかって落下したサツキとは異なり、ぎこちない動きで体勢を整え宙に止まるジークリンデ。

 

「■■■■■■ーッ!」

 

 地面を蹴ってあっという間にジークリンデに肉薄し、肉眼では捉えられない速さで拳と蹴りのラッシュを彼女の全身へ叩き込む。

 ありったけの魔力を全身に流し込んでひたすら防御力を上げ、急所への直撃だけは避けようと攻撃が来る位置を直感気味に予測しながら両腕でガードしていくジークリンデ。

 とはいえ、さっきの連打以上に速い攻撃をその程度でどうにかできるはずがない。最高速度であろう速さで放たれているサツキのラッシュにガードが追いつかなくなり、滅多打ちにされ始めた。

 ただ速いだけじゃない。蹴りや拳の一発一発がこの上なく重いうえに、真正面から受けるとガードが意味を成さなくなるのだ。

 

「ゼァァァァ!」

 

 一旦ラッシュを終えた直後に後ろ蹴りでジークリンデの身体を蹴飛ばし、裏拳の要領で力を込めた左腕を振るって衝撃波を飛ばす。

 壁に激突する寸前で停止したジークリンデは襲い来る衝撃波をギリギリのところでかわすも、真上に現れたサツキに地面へ叩き落とされた。

 全身から響いてくる痛みに悶える暇もなく急いで立ち上がり、間髪入れずにサツキが打ち出した渾身の右拳を両手で受け止める。

 無重力空間に慣れていなかったせいで宙に浮いている間は最低限の防御しかできなかったが、両脚で立っている地上なら話は別だ。

 

「はあぁぁぁ!」

「デヤァァァ!」

 

 二人は地面を蹴りつけると互いに全力であろう拳と蹴りのラッシュを、誰も反応できないほどのスピードで動きながらぶつけ合っていく。

 拳と拳、蹴りと蹴りがぶつかる度にその衝撃でとてつもない力の余波が発生し、無限書庫の壁や床を淡々と破壊していく。

 

「あっ……!?」

「な――」

 

 呆然としていたヴィヴィオと腹部を押さえて膝をつくハイディの目の前を、風の如く殴り合いながら通過するサツキとジークリンデ。

 一瞬ではあるが、二人の姿は見える。だけど彼女達が何をしているのかまではわからない。

 近くにいたルーテシアとファビアも、その様子を上から眺めているせいか、見えない何かが戦っているようにしか感じられなかった。

 

「ガァ……!」

「くぁ……!」

 

 拳や蹴りが直撃する度にメキメキと互いの骨が悲鳴を上げ、ジークリンデに至っては痛みのあまり遠くから見てもわかるほど顔を歪めていた。

 それに対してサツキは顔こそしかめているものの、多量のアドレナリンでも分泌されているせいか攻撃の大半を意に介していない。

 このままじゃ拉致が明かない、キリがないと判断したジークリンデは、無理やり上体を後ろに反らして猛然と繰り出される拳と蹴りのラッシュから逃れることに成功する。

 が、もちろんサツキがそう易々と逃がしてくれるわけもなく、すぐに胸ぐらを掴まれて右のハイキックを叩き込まれてしまう。

 

「がは……こんのぉっ!」

 

 指を食い込ませる勢いでサツキの左肩を掴み、ギチギチと握り込んで魔力を纏わせた左の拳を鳩尾へブチ込むジークリンデ。

 彼女の拳をモロに食らったサツキは少し後退しただけで堪えきり、強く踏み込んで血が出るほど溜め込んだ右拳を繰り出す。

 これを左腕でガードしようとしたジークリンデだが惜しくも間に合わず、顔面を殴りつけられそのまま地面に思いっきり叩きつけられた。

 ガクガクと震えながらも立ち上がろうとするジークリンデ。その姿をジッと見ていたサツキの瞳孔が垂直のスリット型から少しずつ正方形になっていき――

 

 

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 

 

 ――野獣はヤンキーに戻った。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話「今この瞬間」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 時間切れにでもなったのか野獣モードが解除された瞬間、あまり感じていなかった痛みや疲労が津波のようにドッと押し寄せてきた。

 息が苦しい。身体が重い。頭が割れるような激痛を感じる。どう表現すればいいのかわからないほどの鈍い痛みが全身を駆け巡っていく。

 生きている心地すら薄れていくかのような、そんな痛みと疲労に身体が支配されていた。どんだけ攻撃を食らえばこうなるのだろうか。

 地面にポタポタとバケツの水を掛けられたように液体が落ちていき、尋常でない量の汗を掻いているのだと思い知らされる。

 とりあえず腹の底から逆流してきたように溜まった血を嘔吐のように吐き出し、両手を握る、開くを繰り返して支障がないか確認する。

 

「あ、ぐっ……!」

 

 特に支障がないと判断したところで口元を拭き、今もなおガクガクと震える身体を必死に起こそうとするエレミアに視線を向ける。

 あの野郎、あれだけのラッシュを食らったというのにまだ懲りねえのか。こっちはもうそのラッシュが出せる状態じゃないってのに。

 今のうちに追撃を仕掛けたいのだが、なんか失敗しそうな気がしたので断念するしかなさそうだ。アタシもアタシで満身創痍だからな。

 エレミアは生まれたての子鹿以上に震える身体を動かし、途中で血と折れたらしい歯を吐いてバランスを崩しながらも、両手を膝の上に置くことで立ち上がることに成功した。

 

「いい加減くたばれよ、テメエ……」

 

 いくら魔法で身体強化を行っているとはいえ、ここまでしぶとい奴だとは思わなかった。アタシの問いに、エレミアは微笑みながら答える。

 

「冗談が上手いなぁ、サツキは……大好きな人の前でくたばるのはごめんや」

 

 大好きな人。それは言うまでもなくアタシのことを指しているのだろうが、疲労が激しいのでツッコむ気が起きない。いや嫌いだけど。

 ていうかそういう意味ならさっさと、できるだけ惨めにくたばってくれ。アタシの心の平穏のためにも、アタシの貞操のためにも。

 まあ冗談はこの辺にしよう。不愉快なことに向こうは大真面目のようだし。アタシとしては最低でもふざけろと大声で叫びたいがな。

 気合いを入れるように背筋を伸ばし、未だに微笑んだ顔で構えたエレミアを睨みつける。どんな攻撃にも対応してみせますってか。

 

「それにやな、(ウチ)は今この瞬間を最高に楽しんでるんよ。持てる力の全てを出し切っても倒せない、あんたとこうして殴り合うのを」

「……初めて意見が合ったな」

 

 ジークリンデ・エレミアという人物は心底嫌いだ。気持ち悪いほど引っ付いてくるし、同性のアタシが大好きだと公言する変態だし。

 おまけに選手としての意見が根本的な部分からこれでもかというほど合わない。武術や試合を通じていろんな奴と楽しみ合うエレミアに対し、アタシは全力をぶつけられる相手だけを欲した。

 ぶっちゃけ少しは期待していたのだが、結果だけ言うとそんな相手は現れなかった。強いて言えばエレミアとヴィクターはマシな方だったが、前者はとある理由でフイにされ、後者はすぐに差が開いてあっさりとリベンジができてしまった。

 ……つっても昔の話だけどな。今はもう自分に匹敵する奴が何人現れようと関係ないし、どうでもいい。何があろうと、ヤンキーであり続けることだけがアタシのアイデンティティだ。

 そんなヤンキーであるアタシと選手であるコイツの、唯一合致した意見。それは――

 

 

 

 

 ――今この瞬間が最高に楽しい。

 

 

 

 

「ほな……やろか」

「人のセリフ取んなボケ」

 

 インターバルは終了を迎えた。エレミアの魔力を纏った右の拳が頬に突き刺さるも意に介さず、握り込んだ右拳で殴り返す。

 エレミアがよろけた隙をついてもう一度右の拳で殴りつけ、尻餅をついた瞬間に流れるような動きで右のエルボーを鼻っ面に叩き込む。

 が、ほぼ同時に彼女が尻餅をついたまま放った右の鋭い蹴りを食らってしまい、無理やり退かされるように後退してしまう。

 口元から血を流しながら立ち上がると、エレミアはギチギチと握り込んだ左の拳に魔力を纏い、アタシの懐へ叩き込んできた。

 

「がは――ドラァ!」

「だぁっ!?」

 

 その拳を避けることなく食らって血を吐くほど息が詰まるも、すぐさま左拳を彼女の脳天目掛けて拳骨気味に振り下ろす。

 身体を固定していた糸が切れたかのようにエレミアは後退し、アタシは振り切った左腕を引っ込めると同時に繰り出した右のアッパーを、下顎へ正確にブチ込んだ。

 放物線を描きながら十メートルほど宙を泳ぎ、地面に叩きつけられるエレミア。それをおぼつかない足取りで追いかけていく。

 そして首を横に振って起き上がったエレミアに追いついたところで前蹴りを入れ、彼女が蹴りを両腕でガードした隙に右肩、頭部の順に踏みつけて背後へ回り込む。

 

「っと!」

 

 左脚が地面についた瞬間に膝を溜め込む感じで曲げ、バネのようにその膝を伸ばして跳ね上がり、こっちを振り向いたエレミアの顔面へ右の鋭い蹴りを斜め上から叩き込んだ。

 エレミアがよろけて膝をついている間にバランスを崩した状態で着地し、できるだけ早めに体勢を整える。いやーちょっと危なかった。下手すれば腰とか捻っていたかもしれない。

 起き上がるや否や、また抜けたらしい歯を血と共に吐き捨てる。エレミアの奴、二十歳になった頃には入れ歯になってそうだな。

 胸部へ左の掌底を放ち、エレミアがガードしようと構えた右腕を左手で掴み、頭突きと右ストレートのコンビネーションをお見舞いする。

 

「せやぁ!」

「んなろ!」

 

 一気に畳み掛けるべく拳の追撃を入れようとするも、なぜか取っ組み合いに持ち込まれ両手が塞がってしまう。

 とはいってもこの場合、有利なのは力の勝るアタシだがな。手が使えない以上、できることも限られてくるし。

 実際、現在進行形でアタシの方が押してはいるのだが、ぶっちゃけ予想よりも拮抗している。こんなに力あったっけコイツ。

 するとエレミアは脇腹へミドルキックを何度もぶつけ、最後に前蹴りを放ってきた。攻撃手段としては妥当か。

 アタシはそれを耐えきり、頭突きを二発ほど浴びせて取っ組み合いが解けたところで後ろ蹴りを懐へ叩き込む。

 

「ウオラァァ!」

 

 続いて打ち出された左拳の軌道を右手の甲で逸らし、右手で彼女の左腕を掴んで前蹴りを懐に入れる。その際、掴んだ左腕を思いっきり引っ張ったので脱臼する音が聞こえてきた。

 女性としては整った顔を歪め、左腕をだらんとさせるエレミア。腕の状態を見る限り、どうやら本当に肩の関節が外れているらしい。

 だけどそんなことに構うようなアタシではない。肩の脱臼を治すことなく右の拳を打ち込んできたエレミアだが、その一撃を意に介さず右のハイキックを左肩へピンポイントにブチ当てる。

 

「があぁぁぁぁっ!?」

 

 外れていた関節から無理やりハメ直されるような音が聞こえ、同時にバキボキと粉々に砕け散る感じで肩の骨が悲鳴を上げていく。

 しかも今まで経験したことのない壮絶な痛みでも走ったのか、さすがのエレミアも目を白黒させながら絶叫に等しい叫び声を上げた。

 これをチャンスと見たアタシはすかさず追い討ちを掛けようとするも、再び膝をついたエレミアの射撃魔法を顔面に食らって一時的に視界を遮断されてしまう。

 少しすると視界がクリアになったのでエレミアの方へ視線を向け、肩を押さえながらも立ち上がっている彼女の姿を捉える。

 

「いつつ……」

 

 地面を蹴って跳び上がり、左肩を押さえるエレミアに渾身の蹴撃を繰り出すも上手く受け止められ、後頭部から投げ落とされた。

 寝技を掛けられる前に右手を地面について身体を支え、跳ね上げた両脚でエレミアを蹴りつけた勢いを利用して起き上がる。

 蹴りを食らって後退し、両手に魔力を纏って構えるエレミア。アタシもそれに合わせてパキパキと拳を握り込み、睨みを利かせる。

 

「クソボケがぁ!」

「アホンダラぁ!」

 

 握り込んだ左の拳で彼女の顔を殴りつけるも、その直後に左拳を顔面に打ち込まれる。もう一度左でぶん殴ると、同じ左が顔面へ叩き込まれる。

 殴れば殴り返され、殴られては殴り返すの繰り返し。そこにはガードも回避もなく、いつの間にかアタシのようなヤンキーがよくやる純粋な殴り合いへと発展していた。

 こうなればこっちのもんだ。何故ならアタシの最も得意なやり方がこの殴り合いであり、エレミアよりも劣っている要素がほとんど関係なくなるからだ。……体調が万全だったらの話だが。

 右、左の順に顔面を殴りつけ、左の拳を打ち込まれるもすぐに左拳で殴り返し、テンポよく右の拳をがら空きの腹部へブチ込む。

 

「かは……!」

「オラァッ!」

 

 エレミアが息を詰まらせた瞬間にブチ込んだ右拳を引っこ抜き、あらかじめ後ろへ大きく引いておいた左の拳を彼女へ繰り出す。

 直撃はヤバイと感じたのかとうとう両腕を交差してガードしようとするも、アタシの拳はそれをもろともせずに抉じ開け、顔面に突き刺さる。

 ここで地面を強く踏み込んでいればエレミアの身体が吹っ飛んでいたのだろうが、そうはしていなかったため少し宙に浮く程度で納まった。

 彼女はギリギリ倒れずに踏ん張り、アタシはいきなり目まいにでも襲われたかのように立ちくらみを起こし、倒れそうになったが両脚に力を入れて持ちこたえる。

 そして間髪入れずに血だらけの右を振るうも、凄まじい拳圧が地面を削り取っただけで拳自体はエレミアの眼前で空を切った。

 

「はぁ、はぁ……チッ、クソが……」

 

 ほんの少しだけ脱力した途端、整っていた息が急に乱れ始めた。身体を動かす体力はまだあるが、どうも精神的には限界のようだ。

 それを察したのか、エレミアも構えながら左の拳に魔力を溜めている。何だかんだで向こうも肉体的には限界が来ているはずだ。左肩は実質的に死んでるような状態だし。

 アタシもこれで最後だと言わんばかりに右の拳を、軽く血が吹き出るほど強く握り込む。ここで何の支障もない左を使うのは逃げでしかない。

 拳から流れ出ている血がポタリと地面に落ちた瞬間、アタシとエレミアは立っている場所が陥没するほど力の籠った一歩を踏み出し――

 

「「――くたばれぇ!」」

 

 互いに溜め込んだ拳を顔面に叩き込んだ。その衝撃で周囲の地面がちょっとだけ吹き飛び、足下にはクレーターが出来上がった。

 エレミアもアタシもそのままの体勢で一、二分ほど静止していたが、

 

「っ……」

「ぁ……」

 

 紙一重で繋がっていた糸がプツリと切れたかのように、ほぼ同時にぶっ倒れた。倒れ込む音が二重に聞こえたから間違いない。

 そして仰向けになったまま、衝撃で破損したであろう大きな亀裂の入った天井を最後に、アタシの意識は少しずつ途絶えていった。

 

 

 

 

 ――いつまで続くんだろうな、この因縁。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話「八神家」

 

 

「――ん……」

 

 

 

 目が覚めた。一体どれだけ寝ていたのだろうか。一体どれだけくたばっていたのだろうか。

 

「…………」

 

 目を開ける前に、何か危険なものがないか鼻と肌と耳で念入りに確認していく。

 まずは臭い。ちょっと嗅ぎ覚えのある生活臭がするのはいいが……薬品の臭いはしない。どうやらここは病院じゃないらしい。

 次に音。足音のようなものと息遣いらしき音が聞こえることから、人がいるのは確実だ。聞き覚えのある声もする。それも複数。

 最後に感触。やはり風は吹いておらず、近くに人の気配を感じる。音で把握したやつとは全く別の気配だ。この気配は――

 

「ん?」

 

 その気配に違和感を感じ、ようやく目を開ける。視界に入ってきたのは知らない天井――ではなく、一度だけ見たことのある天井だ。

 気配を感じた方向へ視線だけを動かし、こちらを心配そうに見つめる金髪幼女の姿を目にする。いや待て待て、何でお前がここにいるんだよ。

 小柄な体格に長めの金髪とジト目気味の金眼、無表情な顔つき、そして正装であろう真っ黒な服……魔女っ子のファビア・クロゼルグである。

 彼女に視線を向けながら身体を起こし、同時に骨の髄から全身に掛けてズキズキとした痛みを覚え、思わず顔をしかめてしまう。

 最後の記憶は無限書庫にて、エレミアとぶっ倒れた際に亀裂の入った天井を目にしたところ。皮肉にもクロの目論み通りの結果となったわけだ。

 

「さ、サツキ――」

「あれから何日だ?」

 

 何かを切り出そうとしたクロの言葉を遮り、最初に思ったことをそのまま問い掛ける。コイツの言い分は大体わかるから急いで聞く必要もない。

 アタシの疲労レベルから考えると最低でも三日は経っている。肉体的な疲労だけならともかく、今回は精神的にも限界だったしな。

 

「…………一週間だよ」

 

 クロは遮られたのが気に入らなかったのか、頬を膨らませて睨んでくる。その視線をあくびしながら受け流し、今度は周りを見渡す。

 机に小さな窓に本棚のようなもの、そしてアタシの真下にはベッド。どうやら誰かの私室みたいだ。つっても誰の部屋なのかは空気中に残っている臭いで目星がつく。

 これからどうしようか。目は覚めたし、ここにいる必要はない。ていうか今すぐ出ていきたい。クロを置いてでも出ていきたい。

 よし、そうと決まればさっそく行動に移そう。幸い部屋にはクロしかいないし、扉が無理でも窓がある。そこから脱出すれば――

 

「――逃げようとしてるとこ悪いけど、そっちも行き止まりや」

 

 窓に向かった途端、散々聞き慣れた関西弁が扉の方から聞こえてきたので振り向かずに視野を広げ、茶髪の女性を視界に捉える。

 成人女性の割には小柄、なのに胸は大きめ。いわゆるトランジスタグラマーってやつだ。さらに胡散臭さまで感じる狸のような雰囲気。

 そんな狸野郎の名前は……八神はやて。アタシと同じ地球出身で時空管理局に所属している海上司令。以前は機動六課という部隊の隊長をやっていたらしい。高町なのはの同期だな。

 ていうかそっちも行き止まりってどういう意味だ? 確かに窓の向こうからも複数の気配を感じるが……あれ? もう退路断たれちゃってる?

 

「チッ、そういうことか」

 

 窓を開けた瞬間、ライムグリーンのワイヤーみたいなものが目に入った。バインドタイプの拘束魔法か。しかもご丁寧に囲ってやがる。

 さらにその先へ視線を移すと、その身にバリアジャケット――ベルカ式で言うところの騎士甲冑を纏う三人の女性が宙に浮いていた。

 

「まさか本当にこちらへ来るとは……」

「こいつ自分がどういう状態なのか絶対にわかってねーよ」

「出てこられるとは思えないんだけど……」

 

 真っ先に口を開いた桃色の髪をポニーテールにしている女性がシグナム、呆れ気味に呟いたクソガキがヴィータ、バインドを張り巡らせた張本人である金髪美女がシャマル。

 コイツらはヴォルケンリッターと呼ばれる、何とかの書の主を守る守護騎士だ。正確には騎士ではなく守護的なプログラムらしい。

 さすがにコイツら全員を相手にするのは無理ゲー過ぎる。支援型のシャマルと近接戦でやり合うならともかく、シグナムとヴィータに関しては一人でも手を焼くレベルだぞ。

 一旦扉の方へ視線を向けてみると、八神の後ろから青い狼――ザフィーラが現れた。奴もヴォルケンリッターの一人で守護獣という存在だが、人間としての姿は筋肉モリモリのマッチョマンだ。

 

「一人のヤンキーを相手にここまで揃える必要あんのかよ」

「念には念を入れよってやつだ」

 

 にしても入れすぎだろ。

 

「まあとりあえず……ドラァ!」

 

 逃げ道を確保するべく握り込んだ左拳のみを窓の外へ突き出し、そこから飛ばした拳圧で張り巡らされたワイヤーを一掃する。

 本気だったせいかワイヤーを一掃した拳圧はそのままシグナム達を襲ったが、シャマルは射程圏内に入っていなかったので直撃を免れ、ヴィータは魔法陣を展開して受け止め、

 

「――はぁっ!」

 

 シグナムに至っては剣型のアームドデバイス、レヴァンティンで拳圧を切り裂いていた。避けることを知らないのだろうか、コイツら。

 

「っ、手負いの状態でこの拳圧か」

 

 相応の手応えを感じたらしく、面白そうなものを見つけたと言わんばかりの表情になるシグナム。いやいや、三年ほど前からアタシと何度もやり合っているだろお前は。

 シャマルはワイヤーが一掃されたのを見てポカンとしているが、ヴィータだけは特に驚いていない。これは意外だ。一番騒ぐと思っていたのに。

 

「……どうりでシグナムとやり合えるわけだ」

 

 若干震えている手をまじまじと見つめ、納得したかのように呟くヴィータ。あのガキ、驚かないと思ったら警戒心を強めやがった。

 

「そんじゃ失礼して――」

「勝手に逃げないの」

 

 窓から飛び下りるもシャマルにワイヤーで拘束され、地面に叩きつけられた。怪我が治っていないということもあり、全身に鋭い痛みが走る。

 同時に地面から複数の拘束条が突き出し、捕獲檻のようにアタシを閉じ込めていく。拘束条の色は白だ。てことはザフィーラの仕業か。

 とりあえずこの捕獲檻から脱出するべく、アタシの身体を拘束しているワイヤーを力ずくで引きちぎるも、再度そのワイヤーで今度は立ったまま拘束されてしまう。

 

「そろそろ降参したらどうだ?」

「ふざけろ」

 

 どこからかザフィーラの渋い声が聞こえてくるも、彼が使用している捕獲檻のせいで姿は見えない。声の大きさからして近くにいるのは確かだ。

 自力で拘束を解いたとしてもまた拘束される。しかもこのワイヤー、魔法の使用を妨害しているようだ。魔力の衝撃波が出せない。

 こうなったら向こうが音を上げるまで根比べでもしてやろうかと思った瞬間、突然身体の所々が禍々しい赤紫色に点滅し始めた。

 姿は見えないけどシグナム達の視線がこっちに向けられる中、

 

「――っ!」

 

 全身から魔力が衝撃波のように放出され、アタシを拘束していたワイヤーと捕獲檻が跡形もなく粉々になった。どうやらこいつは例外のようだ。

 

「ほぅ……」

「嘘……」

 

 シグナムは興味深そうに口元を軽く歪め、シャマルはさっきよりも驚いた表情になる。ヴィータは何か心当たりがあるのか目を細め、途中参戦のザフィーラはアタシの目の前で沈黙していた。

 自由になったのはいいが、どうしようか。今度はこっちの番だとか言って攻撃するところだが、バカ正直に実行しても瞬殺されるのがオチだ。

 考えろ。とにかく考えるんだ。普段は使ってない頭をフルに回転させるんだ。この状況を打破できる、逆転の一手を思いつくまで。

 

「本気になった方がいいと思うか?」

「やるにしても場所を選べ」

「確かに元気すぎるけど、仮にも相手は怪我人よ?」

 

 ダメだ、何にも思いつかない。やっぱり扉の方から逃げようか。確かにこの状況は無理ゲーだし敵に背を向けるのは癪だが、怪我の悪化を覚悟すれば一瞬で逃げられる。

 うーん……素直に逃げるべきか、目の前の敵をブチのめすべきか。目を瞑って考えていると、シグナムの凛々しい声が聞こえてきた。

 

「まさかとは思うが……無様に背を向けて逃げるわけじゃあるまいな?」

「おいシグナム。いくらサツキでもそんな安い挑発に引っ掛かるわけが――」

 

 

「やってやんよコノヤロォォォォ!!」

 

 

「コイツ馬鹿だぁぁぁぁ!!」

 

 

 無理ゲーだろうと何だろうと、コイツらだけはブチのめしてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとやり過ぎたか?」

「大丈夫だヴィータ。むしろちょうどいい感じだったぞ」

「お前らマジで殺す……!」

 

 結果だけ言うと瞬殺された。

 

 一瞬だけ隙を見せたヴィータを、彼女が展開した魔法陣ごと不意討ちで殴り飛ばし、背後から斬り掛かってきたシグナムのレヴァンティンを片手で受け止めた直後、ヴィータのグラーフアイゼンによる一撃を後頭部に食らってダウン。

 このときアタシも彼女の顔面に左の裏拳を叩き込んだが、効果があったのかは不明だ。もしかしたら当たっていない可能性もある。

 要はシグナムの挑発にまんまと乗せられ、バカ正直に特攻した結果が瞬殺ってわけだ。まさに懸念通りの無様な結果になってしまった。

 今はベッドに連れ戻され、後ろからクロに抱き着かれている。拘束はされていない。おそらくしても無駄だと判断したのだろう。

 

「とりあえず、何で逃げようとしたんや?」

 

 呆れたようにこめかみを押さえ、ごもっともな質問をする八神。へぇ、狸女でもそんな顔になるんだな。常に余裕かと思ってたよ。

 

「面倒なことになると思ったから」

「あんたが無限書庫で暴れた時点でもうなっとるわ!」

 

 それを言われるとぐうの音も出ない。無限書庫の件がどうなったのかは知らんが、結構アウトなところまで行ってしまったのは確実だ。

 

「まあ無限書庫の件は後で説明するとして、次の質問や」

「まだあんのかよ」

「これでも少ない方やけど……増やそか?」

「勘弁しろ」

 

 二つでも充分に多いってのに、これ以上増やされたら堪ったもんじゃねえ。情報全部吐いて丸裸にされんのだけはごめんだぜ。

 八神は呆れたような表情から一変、真剣な顔つきになって口を開く。どんな質問だろうと適当に答えてやる、的な感じで身構えていたが――

 

 

 

「――シャマルのバインドとザフィーラの捕獲檻を粉々にしたアレは何や?」

 

 

 

 その質問は、思わず苦々しい表情になるくらい予想通りの内容だった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 12

「一人のヤンキーを相手にここまで揃える必要あんのかよ」
「念にはなんとかってやつだ」
「それを言うなら念には念を入れよだ」

 バカだこのクソガキ。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41話「全抵放射」

「…………簡単に話すとでも?」

「そう言うと思ったわ」

 

 第二の質問――固有スキルの全抵放射について聞かれたことで動揺してしまったが、はいそうですかと素直に話すほどアタシは単純じゃねえ。

 そもそもアレに関してはこっちが知りたいぐらいだ。実戦を通じてある程度把握してはいるものの、わからないことの方が圧倒的に多い。

 とりあえずタバコを吸おうとポケットを探るも、出てきたのはこないだ手に入れたロケットペンダントだけだった。コイツら、アタシが寝ている間にパクりやがったな。

 ついでにわずかな望みを掛けてクロのポケットも探してみたが、やはり何も出てこなかった。また買わなきゃなんねえのかよ。

 

「タバコなら数日前に一本も残さず処分しといたぞ」

「ふざけろこのクソガキ!」

「シバくぞてめー!?」

 

 さも当たり前のように告げてきたヴィータに軽く殺意を向ける。クソッ、手負いじゃなければ最低でも一発はぶん殴っているところだ。

 このままじゃ話が進まないと判断したのか、答える気のないアタシに代わってヴィータが仕方ないと言った感じで質問の答えを口に出した。

 

「アレは全抵放射だよ。ベルカ諸王時代に一回、それよりも前の時代に二回だけ見たことがある」

 

 そう言い終えた途端、昔の黒歴史を思い出したかの如く苦々しい表情になるヴィータ。どうも全抵放射に対してあまり良い思い出がないらしい。

 

「全抵放射……」

「心当たりでもあるんか?」

「はい。ある書籍に稀少技能(レアスキル)の中でも古くから存在し、一度使用すればあらゆる危機を打破できると記されていた代物です。私も実物を見たのは今回が初めてですが……」

 

 そこからはシグナムとヴィータによる全抵放射についての説明タイムとなった。せっかくなのでアタシも聞いておくことにする。

 

 

 (ぜん)(てい)(ほう)(しゃ)

 

 

 特に栄えた時期はないが、最初にその存在が確認されたのは古代ベルカ時代の初期。

 

 過去に実物を見たことのあるヴィータによれば全身の皮膚から魔力を衝撃波のように放出し、様々な危機的状況を打破する起死回生の切り札というものらしい。

 発動の際には全身が所有者の魔力光と同じ色に輝くという特徴があり、これにはいくつかパターンが存在する。アタシが知っているやつを挙げていくと、単に全身が輝くのと身体の所々が点滅するの二通りだな。

 使い道は主に拘束を振り払うときだが、結界による隔離や敵が作ったフィールド、迫り来る敵本体(数は問わない)に対しても効果を発揮するとのこと。口頭には出さないがここにアタシが体験した事例である、重力発生魔法を消し飛ばしたというのも追加しておく。

 条件を満たせば自動的に発動するため、それを阻止することは基本的に不可能。どういうわけか魔力発露を阻害する効果があるシャマルのワイヤーとて例外ではなく、AМFという魔法に対する強力なジャマーフィールドの中でも一切の影響を受けずに発動できる可能性があるようだ。

 

「便利すぎひんか、それ……」

 

 二人の説明を聞き終え、本当に驚いたという声を出す八神。まあ長所だけ聞けばそうなるわな。あまりにも使い勝手が良いように思えるから。

 てか当時から全抵放射って名前だったのね。全抵放射という名前はアタシが付けたものだから、それとは別に名前があるのかと思ってたよ。

 

「……短所はあらへんの?」

「それについては所有者であるサツキ本人から聞いた方が早いと思います」

「そろそろ吐いて楽になれよ、な?」

 

 やはりそう来たか。嫌な笑顔でアタシの肩をポンと叩くヴィータを見て舌打ちしそうになるもグッと堪え、どこから話そうか考える。

 こうなったら全抵放射に関する話題で他の質問ができないようにしてやる。その代わり、知っていることは話してやるよ。

 

「あー、長所だけ聞けばチートみたいなもんに聞こえるけどこいつは使い勝手が非常に悪いんだ」

「というと?」

「まず――」

 

 八神、ヴィータ、シグナム、クロの四人が耳を傾ける中、アタシは全抵放射について知っていることを丁寧に話していく。

 

 短所その一。練度に関係なく、自分の意思で発動することは絶対にできない。これはガキの頃に実証済みだ。どんな方法を取っても無理だった。

 短所その二。前述の通り自力で使用することができないため、射程範囲などの制御は実質不可能。それでも暴発が起きることはないのであまり気にしていない。

 短所その三。相手を問答無用で吹き飛ばすくらいならできるが、直接的な威力はかなり低いので攻撃には使えない。普通に手のひらから飛ばす衝撃波の方がまだ使える。

 短所その四。例え条件を満たしたとしても、必ず発動するわけではない。確率的には良くて五分、悪くてゼロ。しかも条件下とはいえ、必要のない場面で発動することもある。

 

「――ってな感じだ」

 

 今覚えていることを全て説明し終え、四人の反応を確認する。

 クロは継承された記憶の中に全抵放射に関することがないか確かめるように考え込み、シグナムは興味深そうにアタシを見つめ、ヴィータは何とも言えない表情になり、八神は……

 

「なるほどなぁ……どうりで現代には残っとらへんわけや。あと暴発はないって言うてたけど、実用化されたことはないんか?」

 

 と、素直に納得してふと思い出したかのように疑問を口にした。ぶっちゃけ平和な日常生活を送るには必要なさすぎるからな、この技能(スキル)

 今となっては古代ベルカ式魔法そのものが稀少技能(レアスキル)に認定されているほど数が少ないんだ。全抵放射が現代に残らないのも無理はない。

 仮にアタシ以外の所有者がいたとしても、発動条件がアレなだけに探し出すのは至難の業だろう。加えて見かけはただの衝撃波だし。

 

「私の知る限りでは一度もありません。おそらく自力での使用はできないという点が大きいかと思われます。それが原因で安全性の面に響いたのでしょう」

「いざというときに使えない技能(スキル)なんて宝の持ち腐れだからな」

「それ以前に稀少技能(レアスキル)ってのもあるだろ」

 

 ただでさえ特別扱いされる古代ベルカ式魔法の稀少技能(レアスキル)。その中でもさらに希少価値とされる全抵放射。しかもメリットが多い分、デメリットも多い。この極端さに関しては稀少技能(レアスキル)以外の能力でも有りがちなことだ。

 アタシ達が話している間も真剣な表情で考え込んでいたクロだが、何も出てこなかったのかため息をついて少し落胆していた。

 前線で戦っていたヴィータでもたったの三回、知識として知っていたシグナムに至っては今回が初見なんだ。そう簡単にポンポン出てくるわけねえだろ。多分、シャマルとザフィーラも今回の件を除けば実物は見たことなさそうだしな。

 

「ここまで来ると全部知りたくなるなぁ……」

 

 どうやら説明しすぎたようだ。八神とシグナムが探求心丸出しの表情でこっちを見ている。クロとヴィータも二人ほどではないが、やはり知りたそうにしている。

 つってもなぁ……これ以上はアタシも知らないんだよね。ろくに調べなかったというのもあるが、古代ベルカという戦乱の時代を生きたヴォルケンリッターの二人でも詳しく知らないやつを、アタシが知っているわけがないのだ。

 

「そんなに知りてえならお前らだけで調べろ。シグナムが目を通したっていう書籍とかあるだろ?」

 

 彼女が目を通したっつう書籍。ぶっちゃけその本、あの日見つかったらしいエレミアの手記より貴重かもしれないのでアタシも見てみたい。

 

「あればええんやけど……シグナム。その書籍を読んだのはいつ頃なん?」

「ベルカ諸王時代、ちょうど戦乱が起き始めた頃です。今も残っているとすれば無限書庫のベルカ方面、その未整理区画に埋まっているかと」

「あの中から探し出すのかよ……」

 

 無限書庫の未整理区画という言葉を聞いた途端、めんどくさそうな顔になるヴィータ。うんうん、その気持ちはよくわかるぞ。

 まあそれはどうでもいいとして、傷の痛みも引いたからそろそろ帰りたい。話せることは話したんだ。これ以上ここに居座る理由はない。

 未だに後ろから抱き着いているクロを引き剥がし、扉の方へ向かう。これなら便所とか言えば何とかなるだろう。ていうかなってくれ。

 ドアノブに手を伸ばした瞬間、後ろから肩を掴まれてしまう。気配と手の大きさ、この部屋にいる連中の位置関係からして……シグナムか。

 

「待てサツキ。まだ肝心なことを聞いていない」

「それに無限書庫の件を話しとらんから帰るにはまだ早いで~」

 

 ……何でだろう。今からシグナムが聞こうとしていることが何となくわかった気がする。あとヴィータの視線がとても痛い。

 八神の言葉を聞いて動かそうとしていた足を止め、ため息をついてベッドの上にドカッと座り込む。確かに事の結末は知る必要がある。

 タバコが吸えないので代わりにプニプニしてそうなクロの頬を両手で引っ張っていると、シグナムが涼しい顔で口を開いた。

 

 

「――原理についてだ」

 

 

 全抵放射の原理。

 

 所有者が絶体絶命のピンチに追い込まれると自動的に発動し、基本的にいかなる危機的状況だろうと必ず打破してしまう。

 それを阻止することはできず、ヴィータによるとリンカーコアが生きてさえいれば所有者自身の魔力が残っていなくとも発動するらしい。

 しかも条件下であろうと必ず発動するわけではなく、任意による使用は不可能。あくまで防御系の技能であるため攻撃には使えない。

 

 そりゃ知りたくもなるよな。こんな能力がどういう原理で成り立っているのか。所有者のアタシだって知りたいんだから。

 

「やっぱり一番知りたいのはそれやなぁ。こんな地味に見えて異質な技能(スキル)、他にはあらへん」

「書籍にも名前と簡単な詳細しか書かれていなかった」

「アレにはやられっぱなしだったんだ。中身ぐらい知ってもいいだろ」

 

 どうしよう。八神家の連中が梃子でも動きそうにない。クロも右腕にしがみついて離れなくなった。下手な嘘もつけねえぞこれ。

 とはいえ、知らないものは知らないのでコイツらの期待に答えることはどうやってもできない。だからアタシは何も悪くないはずだ。

 

「アタシから言えることは一つだけ。知っているなら教えてくれ、だ」

「…………ちょっと予想通りすぎるわ、その返答」

 

 八神が呆れたように呟き、クロは役立たずと言わんばかりに腕をつねってきた。ヴィータとシグナムにも残念そうな視線を向けられてしまう。

 

「一応言っておくが、応用するのは無理だぞ。もうこれ以上は発展できないし、他の能力との相性もよくない。能力としては一つの完成形だ」

 

 そう、自力で使用できないものを発展させることはできない。ましてや他の能力と併用するなんてどうあがいても無理だ。

 完成形という表現も、欠点の多さを除けば決して間違ってはいない。原理がわからない以上、改良や量産もできないしな。

 これを聞いた八神は「そんなつもりはないんやけど……」と困った顔で返答し、騎士の二人はまだ納得がいかないのか今度は微妙な表情をしている。探求心って凄い。

 気づけば昼飯の時間になっていたので話は一旦中断され、アタシとクロは成り行きで彼らと共に食事することとなった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 1

「私の台詞がないんだけど――」
「それ以上は言うな、クロ」

 次があるさ、多分。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話「今度こそ」

「……傷は大丈夫?」

「今のところはな」

 

 昼食を食べ終えたアタシは、クロと共に八神家から帰宅する途中でタバコを調達していた。幸いにも金銭は無事だったからな。

 無限書庫での一件については八神と話し合った結果、全抵放射に関する情報を全て提供することで『今回だけはお咎めなし』という結果に落ち着いた。次はないようだ。

 それでいいのかとツッコみかけたが、そんなことでお咎めなしになるならしないに越したことはないのですぐさま承諾させてもらったよ。

 要は質問責めから逃れようと犠牲にした全抵放射がアタシを助けてくれたってわけだ。その他にも匿名二人の弁護があったらしいけど。

 

「ふぅ~……一週間ぶりのタバコは染みるぜ」

 

 一口吸っただけで溜まった懐かしくも感じる紫煙を口から吐き出し、思わず頬を緩める。何というか、自由になった解放感がヤバイ。

 にしても、一週間というものがこんなに長く感じるとは思いもしなかった。学校はともかく、家はどうなっているのだろうか。

 ちなみにクロは罪状の取り消しと引き換えに、時空管理局の嘱託魔導師とやらになってしまった。アタシとしては良い気がしないなぁ。思いっきり監視されてるみたいで。

 次はビールを買いに行こう。そう決意して一歩踏み出した瞬間、クロに後ろから服を掴まれた。相変わらず小さい手だな。

 

「何だよ」

「あ、あの……えと……ごめん」

 

 俯きながら目を泳がせ、申し訳程度に謝罪の言葉を述べるクロ。彼女なりに誠意を込めているのはわかるが、せめて目を合わせてほしいものだ。というか何で謝られたのだろうか。

 クロは顔を上げると、原点回帰した日を思い出させるほど真剣で、それでいて罪悪感を表に出した表情となって口を開いた。

 

 

「私は……目的を達成するためだけに、あなたを利用した」

 

 

 その言葉を聞いて、一瞬だけ片方の眉をピクリと動かす。そんなことだろうと薄々気づいていたよ。山林地帯でエレミアと再会した辺りから。

 先祖から受け継がれたものとはいえ、復讐心に駆られている奴が普通の青春を送ろうとはしないだろう。加えてコイツ、復讐の対象が話題に出るだけで過剰に反応してたし。

 

「魔女クロゼルグの血脈に課せられた使命。最初は一人でやろうと思っていた。けど、いざ衝突すればプチデビルズを使役しても一筋縄じゃいかないのは目に見えてた。だから――」

「プチデビルズ以外にも、ソイツらに対抗し得る駒が欲しかったと。それも使い捨ての駒を」

 

 コクリと頷き、気まずそうに目を逸らすクロ。目が合ったら殺されるとか思ってそうだな。いや正直に言えば三発ほど殴りたいけどさ。

 確かにベルカ王族の子孫は強い。それは今のエレミアで確認済みだ。ハイディだってそこらのゴロツキよりかはずっと手応えがあったし、ヴィクターも試合で一度アタシに勝っている。

 大体は前線で戦っていたためか身体資質に優れているが、古き魔女の子孫であるコイツは肉体的に弱い反面、精神攻撃と呪術に長けている。

 一見有利に見えるが、エレミアの場合は神髄を発動されたらその大半が通用しなくなる。例え使い魔を使役しようと殲滅される可能性が高い。

 

「最初はいたらラッキーくらいの気持ちだったんだけどね……」

「そんなときにアタシを見つけたのか」

「うん。この人ならいける。本能というか何というか、直感的にそう思ったの」

 

 コイツ、インターミドルの試合映像を見たな。それも生中継のやつを。でなきゃアタシがエレミアに対抗できるなんてわかるはずがない。

 

「なるほどねぇ」

 

 けどまあ、これで合点がいった。どうして見ず知らずのアタシに近づいてきたのか、いきなり友達になろうとしたのか。こればかりはずっと気になっていたんだよ。

 要はアタシの信頼を得たかったんだな。その上でアタシを駒として利用し、用済みになれば切り捨てる。ざっとこんなもんか。

 そもそもヤンキーであるアタシと友達になろうとしていた時点で違和感はあった。アタシに近づいてくる奴なんてまずいないし、仮にいたとしてもほとんどが虎の威を借りる狐でしかない。

 

 

 結局はコイツも、そういう奴らとさほど変わらなかったわけだ。

 

 

「だから条件さえ満たしていれば、別にサツキじゃなくても良かった。ただ、クロゼルグの使命を果たすために必要だったんだよ」

 

 必死に声を上げ、逸らしていた目をこちらに向けて一点の曇りもない真剣な面構えになるクロ。まるで死を覚悟したかのようにも見える。

 つってもなぁ……正直、反応に困るんだけど。ぶっちゃけそういう可能性は出会った当初から予想してたし、本当にそうならブチ殺せばいいとしか考えていなかったし。

 

「あー……大体そんな事だろうと思ってたよ」

「……やっぱり驚かないんだね」

 

 今度はアタシがクロから目を逸らし、人差し指で軽く頬を掻きながら口を開く。恥ずかしいことにまともな言葉が全然出てこなかった。

 アタシの若干適当な返答を聞いてもクロは一切動揺せず、枯れたような笑みを浮かべる。どうやら予想通りだったらしい。

 適当ながらも返答はした。後はアタシのやりたいようにやるだけだ。さっそく握り込んだ左拳を大きく振りかぶり、

 

「え、ちょ、ちょっと待って――」

「オラァ!」

 

 それをクロの顔面へ思いっきりブチ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「し、死ぬかと思った……」

「死ねよ」

 

 無事に我が家へ帰宅したのはいいが、またしても電気と水道、さらにはガスまで止まっていた。家賃はギリギリ大丈夫だった。

 だけど幸いにも今は夏だ。半年前よりは比較的過ごしやすい。飯に使う金銭が一週間分しか残っていないことを除けばな。

 アタシがぶん殴ったクロの右頬は赤く腫れており、まるで長い間放棄していた虫歯がピークに達したかのような光景となっている。

 まあ最大限に手加減したので当然ではあるが。ちょっとでも力を入れてたらタイマンを張ったときのように頬骨が折れていたはずだし。

 とりあえずリビングに置いてあるテーブルの椅子へ腰を下ろし、懐からタバコを取り出す。目の前にある灰皿が懐かしく見えるぜ。

 

「ところでクロ」

「な、何……?」

「聞き遅れたけど、先祖から課せられた使命とやらはもういいのか?」

「うん。もう大丈夫だと思う」

 

 そう言うクロの顔はどこか憑き物が取れた感じになっていた。それにしても、吹っ切れたじゃなくて大丈夫なんだな。

 

「後さ――何でここにいるんだよ」

 

 アタシの問いを聞いて一瞬肩をピクッとさせ、少し怯えた表情になるクロ。いや、この場合は怯えているというより不安に近いか。

 クロはもう管理局側の人間だ。鑑別所に何度も収容されたり、殺し合いとも言える賭けファイトに参加したり、挙げ句の果てには不良界で有名になっているアタシと一緒にいていいはずがない。

 というかアタシが困る。これじゃ監視されてるみたいに、自由じゃなくなったみたいに感じて堪らない。不快さが半端じゃない。

 

「っ…………」

 

 不安を堪えるかのように唇を噛み締め、クロは目元が言えない程度に俯く。どう答えればいいのかわからないのだろうか。

 だがしかし、悪いとは言わないし思いもしない。こればっかりは拗れないうちに、今のうちにケリをつけておいた方がいいからな。

 取り出したタバコにライターで火をつけ、一口吸って少量の紫煙を吐く。そろそろ答えを出してほしいものだ。一分も経っていないけど。

 

「もう一度聞くぞ。何でここにいる?」

 

 アタシがドスの利いた低い声でそう聞くと、今度は小さく悲鳴を上げて一歩下がるクロ。どうせなら殺気も含んだ方が良かったか?

 それでも今ので答えが出たのか、クロは顔を上げると不安そうな目付きのまま真剣な表情になり、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「さ、サツキと……今度こそ、友達になりたいから……!」

 

 

 面を食らうとはまさにこのことだろう。目を白黒させるほど呆気に取られたアタシは、脳内でその言葉を一字一句丁寧に何度もリピートする。

 

 友達になりたい。

 

 コイツ――ファビア・クロゼルグは確かにそう言った。間違いなくそう言った。思わず自分の耳を疑うほど信じられないが事実だ。

 クロの瞳を見てみると、不安ながらも逃げまいとアタシを捉えている。人が良いとかそんな次元じゃねえ。ちょっとした敬意まで感じるよ。

 戸惑いを隠しきれずにまだ一口しか吸っていないタバコを灰皿に押しつけ、舌打ちしながら右手で頭を抱える。ああ、前言撤回。コイツは虎の威を借りる狐じゃねえ、ただのバカだ。

 

「だから、その……さっき言ったこと、一つだけ訂正する」

「一つだけ?」

 

 クロは覚悟を決めるかのように深呼吸すると、真剣な表情の次は比較的穏やかな表情になって続ける。不安な目付きはそのままだ。

 

「サツキは、使い捨ての駒なんかじゃない。一緒にいて、ケンカの後に笑い合って……た、楽しかった」

 

 噓つけバカヤロー。楽しかったのに何で笑顔なのに口元だけ引きつらせてるんだよ。『楽しかった記憶がない、どうしよう』ってのがビシビシ伝わってくるぜ。

 ……まあ、コイツと過ごした日々は悪くなかった気がする。少なくとも、エレミアやハリーと過ごした時間よりかはマシだった。

 チッ、仕方がない。アタシとは正反対の存在である管理局側の人間ってのが心底嫌だけど、彼女の口を封じておけば問題はないだろう。

 

「クロ」

「…………何?」

 

 アタシはアタシのやりたいようにやる。だからコイツが途中で躓くようなら置いていくし、ついてこれるならそれでいい。

 いつものようにクロの頭をポンと軽く叩き、小さな子供の髪の毛をぐしゃぐしゃにする感じで頭を撫でながら返事を返す。

 

「そこまで言うならちゃんとついてこいよ? できるもんならな」

「っ…………うん、どこまでもついてく」

 

 クロは目元に涙を浮かべると、嬉しさのあまりかそれを流しながら満面の笑みになって頷いた。まるでプロポーズを受けた人間の反応だな。

 話が終わったところで新しいタバコを取り出し、ライターで火をつける。クロと一応和解したのはいいが、これからどうなることやら。

 友達、友人。まだそこへ至ったわけじゃないが、前よりもさらに距離が縮まった感はある。エレミアのようにならないことを祈るか。

 

「さ、サツキ」

「あ?」

「恥ずかしいから、頭を撫でるのやめて……」

 

 頬を赤く染め、可愛らしく目を泳がせるクロ。残念だがそいつは無理な注文だ。ていうか頭撫でっぱなしなの忘れてた。

 

 

 ヤンキーと魔女。誰がどう見ても相容れることのないアタシとクロの関係は、今このときを以って本当の意味で始まったのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF最終章「孤高の最強ヤンキー」
第43話「勧誘」


「君なら絶対にできるから!」

「あー、えっと……」

 

 アタシは今、スーツを着た金髪の男に両肩を掴まれながら執拗に勧誘されている最中だ。隣では不機嫌そうな顔のクロがこちらを睨んでいる。

 これは怒っているというより……嫉妬か? いやまさかな。エレミアじゃあるまいし、関係が戻ってすぐにそんな感情を抱くわけがない。

 目の前にいる男を見て思ったが、ナンパの方が対処しやすいと感じたよ。ぶっ殺せばすぐに終わるし。だがこういうのはやりにくいぜ。

 

「実はウチの事務所、何かと――」

「はぁ……」

 

 この通り、どういうわけか腕っ節を買われてしまったのだ。アタシの数少ないアドバンテージが活かせる仕事。それが何なのか見当はつく。

 断るだけなら一発殴ればいい。しかし職の勧誘となるとそうもいかない。バイト探しを諦めていたアタシにとってはまさに天の恵みだからだ。

 男が事情とやらを話している最中にため息をつき、めんどくさいと言わんばかりに天を仰ぎそうになる。いや実際にめんどくさいけどな。

 

 

 

 

 ――事の始まりは二時間前に遡る。

 

 

 

 

「おいクロ」

「何?」

 

 雲が太陽を覆っている微妙な午前。アタシとクロはバイトを探すべく、ミッドチルダ西部にある都市へ訪れていた。中央区画――クラナガンだと面が割れているからな。

 顔に当たる風が心地よく感じられる。雨が降ってきそうで少し不安だが、太陽が雲に隠れていることもあって季節的には結構涼しい。

 とりあえずマッチ棒で火をつけたタバコを一口吸い、風が吹くと同時に紫煙を吐き出す。

 クロはその風に乗ったタバコの煙を顔に浴び、慌てて首を横に振る。てっきり慣れているものかと思っていたが、案外そうでもなさそうだ。

 

「金がねえ」

「半年前にも同じようなこと言ってなかった?」

 

 ジト目でアタシを睨み、呆れた感じの声を出すクロ。よく覚えているなそんなこと。お前に言われるまで完全に忘れてたぞ。

 現在、家賃以外の全てが止まった状態にある。飯代は一週間分しかないし、半分はタバコに回すからいずれ一文無しになるのは目に見えてる。それは避けないとならない。

 それにしてもよ、顔見知りに会うのを避けるためにわざわざ遠征したっつうのに、これといったバイトが見つからないのはどういうことだ。

 春はバイト見つけるのにここまで苦労しなかったぞ。精々求人雑誌を読み漁った程度だ。まあ、あの時はハリーの協力もあったけどな。

 

「お金がないからバイトを探してるんでしょ?」

「わかってるよ」

 

 クロに苦言を吐かれながらも右手で頭を軽く掻き、一口吸ったタバコを投げ捨てる。稼ぎ以外の理由でバイトをする奴なんてそうはいないぞ。

 手ぶらで帰るのはアレなので近くにあるコンビニで求人雑誌を買おうと思った瞬間、お腹から音が鳴った。腹が減ったらよく鳴るあの音だ。

 そういや今日は朝飯も食ってねえなぁ……せめて昼飯ぐらいは食ってくか。クロも自分の腹からグ~という音が鳴った途端に頬を赤くしてるし。

 

「なに食べたい?」

「奢って……くれるの……?」

 

 アタシの発言をどう受け取ったのか、絞り出すように震え声を出すクロ。誰が奢るつったよ。割り勘に決まってんだろうが。

 

「んなわけねえだろ。むしろ奢ってほしいぜ」

「…………牛丼ならいいよ」

 

 牛丼か。ていうか牛丼ならいいのか。嫌いじゃねえが、アタシは人よりも少食だ。お米で一週間は持つし、水だけで過ごしたときもある。

 貸しを作るのは個人的に癪なので彼女の恵みともいえる提案を保留にし、バイトから飯屋へ探し物を変更する。もうバイトはいいや。

 ズボンのポケットからタバコを取り出し、マッチ棒で火をつける。ちなみに一本のタバコを持てなくなるほど吸ったことはない。

 空腹による苛立ちを抑えながら歩いていると、五メートルほど先にうどん屋があった。たまにはラーメン以外の麺類も食ってみるか。

 

「あそこにするぞ」

 

 クロがコクリと頷いたことを確認し、左手に持っていたタバコを吸いつつうどん屋へ向かう。どうせならバイト募集してないか確かめよう。

 口内に溜まった一定量の紫煙を吐いていると、アタシの右手をクロの小さな手が掴んでいた。何か言いたいことでもあるのだろうか。

 いつもの無表情はどこへやら、人が変わったみたいに可愛らしい笑顔を浮かべているクロ。見ていて虚しく感じるほど微笑ましい光景である。

 

「ふふっ」

「……何笑ってんだよ気持ち悪い」

「ううん、何でもない」

 

 こういう反応、どっかで見たことあるぞ……そうだ。ある漫画で主人公とデートしていた恋人が嬉しそうに名前を呼ぶ場面と似ているんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味かったな」

「……お金、返してよ」

 

 たらふくうどんを食べ終え、腹を満たしたアタシとクロは人気の少ない通路を歩いていく。つーか財布がヤバイってのに借金ができちまった。

 一週間という空白を埋めていくかのようにタバコを一口吸い、紫煙を吐きながら周囲を見渡す。何かスラム街みたいだな、この辺り。

 クロはアタシの手を掴んで離さず、プチデビルズを試運転感覚で使役している。この世界における使い魔はペットと同類なのだろうか。

 愉快な使い魔達がゲラゲラと笑い声を上げる中、アタシは空を見上げながら次の予定を考えていた。さっきよりも増えてるな、雲。

 

「雨、降りそうだね」

「ああ。さっきの店から傘をパクっとけば良かったかもな」

「そういう考えはよくない」

「バカヤロー、しばらく貸してもらうだけだ。盗んだりしねえよ」

 

 失礼な奴だな全く。お金以外の物を無断でパクったりするわけねえだろ。去年ニュースになっていた窃盗犯じゃあるまいし。

 たまに乗ることがあるバイクを貸してもらうときだって持ち主に一言告げておくし、食い物を買うときはちゃんとお金を払う。

 数メートル先に見える廃墟のビルを目指すように歩いていると、都市と廃墟の境界ともいえる場所に事務所らしき建物があった。

 

「……何の事務所だと思う?」

「モデルかあっち側の人達の拠点」

 

 早口で質問に答えるや否や、クロはここから離れようと言わんばかりにアタシの手を引っ張り始める。モデルを知っているのかお前。

 とりあえず建物の前で立ち止まり、眺めるように観察する。看板はあるけど古すぎて字が読めない。何の事務所かますますわからないな。

 まあ確かに不穏な空気が漂っているのでそそくさと立ち去るべく一歩下がった瞬間、建物の入り口から複数の声が聞こえてきた。

 声のトーン、重複、足音から判断すると人数は三人。全員若い男だな。やっぱりクロの言う通り、ここはモデルの事務所かもしれない。

 

「――ん?」

「あっ」

 

 アタシの予想通り、若い男が三人出てきたと思えば目が合った。一人は茶髪、一人はサングラス、一人はピアスという今時の外見をしている。

 自分は関係ないと後ろに隠れたクロは放っておくとして、問題は連中の方だ。珍しいものを見ているかのようにこっちへ近づいてきた。

 

「……あのさぁ」

「どうした?」

「俺、目が曇ったかもしんねえ」

「マジで?」

 

 茶髪がアタシとクロを交互に見ながら目を擦り、ピアスが驚きの声を上げる。サングラスは比較的落ち着いているが、アタシとクロに対する反応は茶髪とそんなに変わらない。

 どうやって対処しようか。今日は乗り気じゃないからできるだけ穏便に済ませたいと思っていると、サングラスの男がゆっくりと動いた。

 これあれだ、ナンパだろ。アタシの後ろに隠れているクロをナンパするつもり――

 

「俺の目もおかしいわ。だせぇ物体が二つも見える」

「お前もか。俺もだよ」

「だろ? これヤベェわマジ」

 

 死にたいかムシケラ共。

 

「……殺したろかおい」

 

 口調が関西弁になるほどキレているアタシは絶対に悪くない。ナンパならまだしも、初対面で『だせぇ物体』は私刑ものである。

 クロは未だに後ろでジッとしており、何故か震えている。男達が怖いのだろうか。それとも寒いのだろうか。まあ季節的に後者はないな。

 アタシの一言が頭にきたのか、目が曇っている男達は舌打ちする程度に怒りを露わにし、うち一人はサングラスを外しながら口を開いた。

 

「俺、こう見えてもキレると見境ごぁっ!?」

 

 元サングラスの言葉を遮る形で頭突きをお見舞いし、前蹴りで建物の壁まで吹っ飛ばす。次に殴りかかってきたピアスの腹部へボディブローを叩き込み、顔面に蹴りをぶつけた。

 身体をくの字にして後退する彼の髪を右手で掴み、顔面に膝蹴りを入れてから左拳で殴りつける。あらら、髪が抜けちゃってるよ。

 手に残った髪の毛を軽く払い落とし、呆然としている茶髪へ視線を向ける。さっさと済ませるか。他の二人も起き上がったし。

 復活するや否や、元サンは懐へ蹴りを入れてきた。アタシはそれを当たる寸前で叩き落とし、左のハイキックで彼を沈める。

 

「このアマ――」

 

 だらしなく鼻血を流しているピアスが振るった拳を難なくかわし、直後にカウンターという形で右拳をジャブ感覚で打ち込む。

 ゾンビのように起き上がった二人の男を、今度こそブチのめしたところで唾を吐き捨てる。そして未だに動いていない茶髪へ歩み寄る。

 

「チッ、ふざけんなごはぁっ!?」

 

 妙にお怒りな茶髪の拳を顔面に食らってしまうが、もちろん意に介すことなく速攻で殴り返す。これもカウンターだな。

 次に体勢を崩しながら壁に叩きつけられたソイツの鳩尾へ拳をブチ込み、右、左の順に顔面を殴りつけていく。もはやサンドバッグ状態である。

 ストレスをブチ撒けるように殴り続けていたが、入り口から第三者が乱入してきたのでやむを得ずに殴る手を止める。誰だ一体。

 

「え、ちょ、何これ!?」

 

 ムシケラ達の落ち度によって引き起こされた惨状を目にし、慌てる一人の男。キッチリと着こなされたスーツ、綺麗に整っている金髪。

 身なりからして、おそらくこの事務所のプロデューサーだろう。アタシと倒れている男達を交互に見て、最後にバッとこちらへ振り向く金髪。

 なんか面倒なことになりそうだと直感したアタシは後ずさるように立ち去ろうとしたのだが、彼はズカズカと歩み寄ってきて、

 

 

「お嬢ちゃんケンカ強いねえ! 君にピッタリな仕事があるんだよ!」

 

 

 両肩を掴んで勧誘してきた。何なの一体。

 

 

 

 




 では、良いお年を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話「相談」

「はぁ……」

「……どうだった?」

「とりあえず働くってことで落ち着いた」

 

 あのままじゃ拉致が明かないので金髪の男と事務所で話し合った結果、日給で働くことになった。仕事の内容は言うまでもなく警備員。たまにボディーガードらしい。

 ちなみに何の事務所だったかというと、お金のない人にお金を貸し、それを期間以内に全額返させる――いわゆる金融会社だった。

 なんかハメられた気がしないでもないが、やるといったからにはやるしかない。金がもらえるなら尚更である。そうでなかったらやめるだけだ。

 不安そうな顔をしているクロの頭を撫で、左手に持っていたタバコを一口吸う。仕事は明後日からだし、明日は身体を休めよう。

 

「サツキが社会人……あのサツキが社会人……」

 

 アタシの働いている姿でも想像したのか、いきなり上の空になったかと思えば顔を引きつらせ始めた。明らかに引いてるなコイツ。

 ていうか心外にもほどがある。これでも今まではバイトで稼いでたんだぞ。主に家賃とかガス代とか水道代とか電気代とか。

 食費に関してはゴロツキの集団から調達することもあるが、それだけで生活しているとでも思っているのか。あの程度で足りるわけねえだろ。

 

「多分バイトだ。社会人じゃねえ」

「そうじゃない。サツキが働くこと自体がおかしいんだよ」

「殺すぞクソガキ」

 

 どうしてもアタシが働くという事実を認めたくないようだな。だがどうあがいても現実だ。アタシも認めたくないが事実だ。

 

「……でも、少し羨ましい」

 

 今度は嫉妬しているかのような表情になり、可愛らしく頬を膨らませるクロ。一体何が羨ましいのかこれっぽっちも理解できない。

 こちとらお金がないから働くってのに、何で妬まれなきゃならねえんだよ。つーかどこに妬む要素があったのか教えてくれ。

 最低でも三発はコイツを殴りたいという衝動を抑えながらも、口に咥えていたタバコを左手に持ち、紫煙を吐いて口を開く。

 

「何でだよ」

「だって、唯一の取り柄を存分に活かせるとか天職だもん」

 

 唯一の取り柄って何だゴラ。アタシはこう見えてもお前よりかは取り柄があるんだよ。専業主婦とか土木とか建築とかアスリートとか。

 吸う前の半分の長さになったタバコを投げ捨て、クロの小さな頭へ軽いチョップを入れる。本当なら拳を叩き込んでいるところだ。

 一応手加減したつもりなのだが、チョップを食らった彼女は涙目でこちらを睨んできた。やっぱり他よりも耐久力が低いらしい。

 

「頭が痛い……」

 

 クロの非難を聞き流し、我が家へ帰ろうと適当な道を歩いていく。明日は久しぶりの学校だ。せっかくだからハリーにも相談してみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――というわけでお前の意見を聞きたい」

『…………お前に何があった』

 

 翌日。約一週間ぶりに学校へ顔を出したアタシは、先公が来る前に用事を済ませようと便所に入っているハリーに事情を説明していた。

 しばらく顔を出していなかったせいか、教室に入った途端すぐさまクラスメイト全員の視線を向けられた。驚きと恐怖に満ちた視線を。

 元々悪かった居心地もさらに悪化し、外の空気でも吸おうと教室を出たところでトイレに入っていくハリーを目撃して後を追い、今に至る。

 ぶっちゃけこんなところで話すのはごめんだが、教室で彼女と話すよりかはマシだろう。アタシ自身が用を足したかったってのもあるが。

 

「いろいろあった」

『いろいろって何だよまったく。こういう時ぐらいちゃんと説明しろ…………あれ?』

「何だよ」

『いや、その……か、紙が切れた……』

 

 は? 紙?

 

「まさかお前……大きい方か?」

『そのわざとらしい言い方やめろ!』

 

 なんて冗談を言いつつも、掃除道具が入っているロッカーの近くに置いてあるトイレットペーパーを手に取り、ハリーが入っている個室のドアを軽めにノックする。

 どうりで何か、微かに臭ってたわけだ。この野郎、嫌なもん嗅がせやがって。今度からお前をクソヤローって呼んでやろうか。

 アタシが内心でイラついている間にドアが少し開き、顔を赤くしながらも右手を伸ばし、便器に座っているハリーと目が合う。

 

「わ、悪いな…………」

「謝る暇があるならさっさと拭け。臭うから」

「まだ臭ってねーよ……!」

「いいから紙を受け取れ。話はまだ終わってねえんだよ」

 

 ハリーの様子から察するに、並みの嗅覚だと臭わない程度のものらしい。こういう時に限って優れた五感は不便だと思い知らされるな。

 こちらが全く意に介していないように見えたのか、ムッとした顔になったハリーは小声ながらも怒鳴るように声を出した。

 

「少しはオレの話を聞けっ!」

「うるせえクソヤロー。臭うから近寄んなクソヤロー」

「っ……上等だてめー。オレが出てくるまでそこで待っとけ!」

 

 どうやら堪忍袋の緒が切れたらしく、額に青筋を浮かべたハリーはトイレットペーパーを受け取ると乱暴にドアを閉めた。

 待てと言われても困る。最初からそのつもりだったし、何より話を吹っ掛けたのはアタシの方だ。手間が省けるからいいけど。

 そういえば廊下にいる生徒達の動きがさっきから慌ただしいな。

 何かあったのか確かめようと廊下に出た瞬間、予鈴が校内中に響き渡った。予鈴が鳴ったってことは……うん、ここは一旦退こう。

 職員に見つからないよう廊下を翔けていき、教室に戻って堂々と席につく。周りからの視線がウザいけど、今回は特別に見逃してやる。

 

「よし。後は――」

 

 

「サツキィィィ!!」

 

 

「――ん?」

 

 さっそく寝ようと一晩掛けて作った携帯枕を鞄の中から取り出すと同時に、これでもかと言うほど憤然としたハリーが歩み寄ってきた。

 

「何だよ。話なら後で」

「逃げてんじゃねーよ腰抜け! オレは待っとけって言ったはずだろ!」

 

 腰抜けという言葉を聞いた瞬間、アタシの中で何かが切れた。

 頭突きをかます勢いで立ち上がり、ビックリして少し後退したハリーの胸ぐらを乱暴に掴む。彼女もそれに対抗するかのようにこっちの胸ぐらを掴み、一歩踏み出してアタシと対峙する。

 

「誰が腰抜けだクソヤロー! テメエが臭えのが悪いんじゃゴラァ!」

「臭うだの臭いだのうっせーんだよ! 無駄に鼻が利くとか犬かてめーは!?」

「汚え手で人様の胸ぐら触ってんじゃねえぞボケ! とっととその手を離せや!」

「洗ってきたに決まってんだろ! 石鹸で! 綺麗に! てめーの手の方がよっぽど汚えだろうが!」

「ケンカ売ってんのかお前はァ!? テメエの手に比べたら輝いてる方だよ!」

「んなわけあるか! タバコ吸ってる奴が何ほざいてんだ!」

「「ッ…………!!」」

 

 互いに一歩も退くことなく言いたいことをブチ撒けていき、最後にガンを飛ばし合う。どうやらコイツとは今すぐケリをつける必要があるな。

 

 

「「――表出ろやァ!!」」

 

 

「その前にまず席へ座りなさい!」

 

 アタシとハリーはしばらくの間ガンのくれ合いを展開していたが、いつの間にかやってきた担任とその場にいた生徒達に食い止められた。

 ……もちろん、そのうちの半数が一時的に浄土へ旅立っていったのは言うまでもない。無傷で済むと思ったら大間違いなんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで……用件は?」

「今朝言ったろうが」

「お前のせいでこれっぽっちも覚えてねーよ」

 

 放課後。朝の騒動が原因で相談できなかったアタシは、学校の近くにある公園でハリーに改めて話を聞いてもらうことにした。

 当のハリーもトイレでアタシが話したことを忘れており、訝しむような視線をこちらへ向けている。まるで豚と同列に扱われている感じだな。

 ちなみに今回の件、コイツ以外には話さずにいようと思う。めんどくさいし絶対に正気を疑われるからな。失礼なこった。

 ハリーに今朝話したことを再び一字一句丁寧に説明していき、取り出したタバコにライターで火をつけ、話が終わったところで一口吸う。

 

「な、なるほど……一つ確認していいか?」

「あ?」

「誰だお前」

「殺すぞテメエ」

 

 正気どころかアタシが本物かどうかを疑われてしまった。やっぱり相談なんてらしくねえことはするべきじゃなかったか。

 現実を受け入れられないのか、自分の頬をつねった直後にビンタをかますハリー。残念ながら夢じゃねえぞ。認めたくないが現実だ。

 ようやく現実を受け入れたハリーは困ったように右手で後頭部を掻き、いつもなら注意してくるタバコのことも忘れて口を開いた。

 

「ボディーガードとかお前からすれば天職じゃねーか。腕っ節で稼げるんだから」

 

 クロと言ってることが同じじゃねえかコイツ。いくらバイト戦士でも本格的な就職に関してはお手上げだったのだろうか?

 

「お前の唯一の取り柄が存分に活かせるんだ。迷う必要はないと思うぜ」

「やかましいわボケ。これでもお前よりかはできることが多いんだよ」

 

 思わずキレそうになるがグッと堪える。クロといいコイツといい、普段アタシをどういう風に見ているのかよーくわかったよ。

 口の中に溜まった煙と痰を吐き捨て、リラックスしようと一服する。

 

「ふぅ……で、後は?」

「タバコを吸うのやめろ」

「ふざけろ」

 

 お決まり過ぎるのでさらっと流す。イチイチツッコんでたらやってらんねえからな。

 どうやらこれ以上はアドバイスが得られそうにない。そう判断したアタシはタバコを投げ捨て、火が完全に消えるまで踏みつける。

 職に就いた以上、いよいよ学校にも通う理由がなくなってきたな。てっぺんから見る景色は綺麗だが、退屈という事実は決して揺るがないし。

 これからもヤンキーであり続けたい。その思いは今でも変わらねえ。しかし、拳を振るうだけじゃ腹が満たされないのも確かだ。

 

「まあ話はそんだけだ。じゃあな」

「あっ、おい!」

 

 ハリーの制止を聞かずに公園を立ち去り、あくびをしながら足を進めていく。明日から人生初の仕事か……柄にもなく緊張するな。

 だけど……これでいいのだろうか。社会人になる。それは一般的にはいいことなのかもしれない。でも、アタシにとっては――

 

 

 ――自分が自分じゃなくなっていく。そんな気がしてならねえんだ。

 

 

 

 




 明けましておめでとうございます。
 楽しみにしていたVivid Strike!もあっという間に終わってしまいましたが、この作品はもう少し続きます。
 まあ今年もできればよろしくお願いします。ではでは。

《サツキが働くと聞いた人達の反応》

雷帝
「あの子が働く……ここはまだ夢の中なのね」

不良シスター
「はっはっは。あの人が働くなんて世界の終わりでも来ないとあり得ないよ」

アホ○ア
「先越されてもうた!?」

天瞳流師範代
「…………そ、そうか」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話「初仕事と最後の――」

「それじゃ、これが本日分の給料ね」

 

 ついに訪れた人生初の仕事当日。先払いという形でプロデューサーからお札を五枚ほど受け取り、ズボンのポケットに仕舞い込む。

 今日からピチピチのスーツを着るはめになると思っていたものの、ありがたいことに服装は自由だった。これはマジで助かる。

 改めて仕事の内容をまとめると、アタシが今いる事務所内の警備と社員の護衛。前者は比較的楽だが、後者はまだわからない。

 というかボディーガードってこれかよ。社員の護衛って何だよ。警備とどう違うんだよ。

 

「みんな大事な社員だから死ぬ気で護りなよ?」

「はぁ……」

 

 真剣な声でそう言うと、プロデューサーはすぐ近くにあった事務室へ入っていった。警備員という立場上、室内に入るのはダメらしい。

 ずっと立っているのもあれなので、とりあえず意外と広い事務所の構造を把握するべく、軽い運動も含めて廊下を歩いていく。

 プロデューサーから自由行動の許可は下りてるため、特に問題はなかったりする。まあ警備員だしそれくらいはしてもらわないと。

 階段を上がって三階にたどり着き、廊下へ出た途端に三人の男とすれ違った。もちろん、前にボコった奴らとは別人だ。

 

「…………」

「ヴェルサ君?」

 

 連中とすれ違い三歩ほど歩いたところで、男の一人がヴェルサという名前を口にして足を止めた。呼ばれたヴェルサの方も立ち止まっている。

 アタシも振り向かずに立ち止まり、視野を広げて男達の姿を捉える。栗色の髪とサングラスが特徴的な男がこちらを見つめており、他の二人が彼に声を掛けていた。

 まーあれだ。こっちを見ている男がヴェルサで間違いないだろう。外見的にある種のモデルみたいだと思ったアタシは絶対に悪くない。

 ただ……ちょっとした違和感がある。まるで自分のテリトリーを汚された動物に殺す勢いで睨まれたかのような、そんな違和感が。

 

「どうかしたのか?」

「…………別に」

 

 お連れに適当な返事をすると、ヴェルサは静かに止めていた足を動かし歩き出す。お連れの二人も後を追うように去っていった。

 彼らの姿が見えなくなったところでアタシも再び足を進め、廊下を徘徊していく。いつ呼び出されるかわからないからな。できれば今日中に事務所の構造把握を済ませたい。

 

「っと、行き止まりか」

 

 廊下の端まで来たところで引き返し、さっきすれ違った三人のことを思い出す。

 二人の方はともかく、ヴェルサだけ明らかに他と雰囲気が違った。あんなに黒いもんを纏っている奴はさすがのアタシも初めてだ。

 殺し屋じゃなければ、あっち側の人でもない。どう表現すればいいのかわからないが、何かの機会を窺っている梟みたいだった。

 

「一旦戻る――」

「おっ、いたいた!」

「――ん?」

 

 声がした方へ振り向くと、プロデューサーがこちらへ駆け寄ってくる姿が見えた。どうやらアタシを探していたらしい。

 アタシが片眉を吊り上げながら「何か?」と問い掛けると、彼はさっきと同じくらい真剣な表情になって一言だけ告げてきた。

 

「ふぅ……護衛の時間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 どういう反応をすればいいのかわからないとはまさにこの事だ。

 

 アタシは今、三階の廊下ですれ違ったヴェルサと社員の男二人と共に仕事用の車に乗っている。まあ仕事自体はさっき終わったところだが。

 今回の仕事は借りたお金を期日までに返済せず、事務所の電話も無視した人から直接もらいに行くというものだったが、内容が酷すぎる。

 目的の人が住んでいる街の道路で待ち伏せし、それらしき男性が通りかかったところを強襲。その人も最初は逃げ出したものの、最後は行き止まりに突き当たってしまい確保された。

 お金を返すだけなのにどうして逃げたのか疑問に思っていたが、男性がリンチされ始めたのを見てすぐにわかった。そして確信してしまった。

 

 ああ――ここ闇金融だったのね、と。

 

 結局、リンチされた男性は顔面が血だらけになったものの返せるだけのお金はなかったようで、また後日ということでようやく収まった。

 見ているこっちは日頃行っている資金の調達を思い出させられた。少なくとも、いい気分ではない。腐った自分の姿にも見えたからだ。

 一番の実行者であるヴェルサは隣で呑気に焼き鳥を頬張っており、まるで何事もなかったかのように我が物顔で振舞っている。

 

「…………クソガキ」

 

 気分が悪いので早く事務所に着かないのかと考えていると、いきなりヴェルサに声を掛けられた。しかも彼はこっちを見ていない。

 アタシが聞いていないと思ったのか、もう一度「おいクソガキ」と今度は低い声で話し掛けられた。誰がクソガキだコノヤロー。

 

「……あァ?」

「お前いくつだよ?」

「…………15」

「おいおい、マジでガキじゃねえか」

 

 と、焼き肉の串を押しつけてくるヴェルサ。思わず拳を振るいそうになるもギリギリ我慢し、そっぽを向くことで怒りを抑える。

 しかし、それでもムカつくことに変わりはないのでグイグイと頬に押しつけられる串を払い退け、嫌々ヴェルサの方へ振り返った。

 正面から見た彼の顔は嫌な感じに笑っており、『殴りたい、この笑顔』という言葉を見事に体現していた。ぶっちゃけ潰したくもなるぜ。

 

「押しつけんじゃねえよ汚えな」

「はっ、身ぐるみ剥ぐぞクソガキ」

「殺すぞテメエ」

 

 さすがに我慢できなかったので反射的にヴェルサの胸ぐらを掴み、少し引き寄せて睨みつける。人が下手に出てりゃ調子に乗りやがって。

 乱暴に胸ぐらを掴まれても怒るどころか、さらに口元を歪めるヴェルサ。一体何がしたいんだコイツは。考えが全く読めない。

 いつまでも掴んでいるわけにはいかないので胸ぐらを掴んでいた手を離し、とりあえず聞いておこうとある質問を投げかける。

 

「……さっきのアレは何だ」

「ビジネス」

「チッ、くだらねえ」

 

 そんなくだらない単語を当たり前のように言うと、ヴェルサはこちらへの関心を失くしたのか残っていた焼き鳥を一気に頬張る。

 このあとアタシらを乗せた車は無事に事務所へ到着し、アタシはプロデューサーから追加でお札を五枚ほど受け取って人生初の仕事を終えた。

 はぁ、こんなのが毎日続くのかよ……。勧誘されたあの日にプロデューサーが言っていた『厄介事が多い』という事情だが、そりゃ多いだろ。だってここ闇金だもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「憂鬱だ……」

 

 翌日。今日は学校も仕事もない、文字通りの休日だから我が家でゴロゴロしている。ブラックな闇金であっても休みはあったのだ。

 すぐにでも辞めたいところだが、一週間も経っていないのに辞めると逆に目をつけられる可能性があるから迂闊に動けない。

 まさか人生初の就職先がブラックな闇金融だなんて夢にも思わなかった。これでアタシも裏への第一歩を踏み出してしまったのだろうか。

 一服しようとベッドから起き上がり、机の上に置いてあるタバコを口に咥えライターで火をつける。とりあえず気を取り直そう。

 

「タバコは身体に毒やって、何回言うたらわかるんよ?」

 

 口から紫煙を吐いていると、胡坐を掻きながら人の漫画を勝手に読んでいるエレミアに注意された。もう聞き慣れたつったろうが。

 ついさっき狂ったかのように慌てて我が家にお邪魔してくるや否や、

 

『なんで(ウチ)よりも先に働いてるんや!?』

 

 とかほざいたエレミアだが、時間が経った今ではだらけるようにゆっくり過ごしている。左腕には包帯が巻かれており、少し痛々しい。

 本人の話によれば左肩の骨にヒビが入るほど関節を痛めたらしく、インターミドルに関しても途中欠場せざるを得なくなったとのこと。アタシは決して悪くない。実際に合理的とか言い出したのはエレミアの方だし。

 肩骨のヒビは治りつつあるが、腕も痛めているので包帯はそのままにしているらしい。らしいってのはエレミアから聞かされた話であり、アタシが直接確認したわけではないからだ。

 後、しばらくはエレミアという呼び方でいこうと思う。元々そんなに仲が良かったわけじゃねえし、仲良くなりたくもねえし。

 

「そういやサツキ」

「あ?」

「就職先はどこなん?」

 

 普通の金融会社だと思ってたら、実は闇金融でしたとか正直に言えるわけねえだろ。どうして質問の内容がそんなにピンポイントなんだよ。

 ていうかコイツ、場所を聞いてくるってことは職場に来る気か。冗談じゃねえぞ。巻き込むまいとクロにすら詳しいことは教えてないのに、アタシの努力を無に帰したいのかお前は。

 

「教えねえよ」

「何でや?」

「何でもだ」

 

 適当にはぐらかしつつ、彼女の頭を乱暴に撫でる。こうしてみるとエレミアがアタシよりも年上だなんて嘘に思えてくる。

 アタシが就職したのを知っているのはクロとハリー、そしてこのエレミアだけ。まあハリーが他の奴らにも広めてそうだが。

 この調子だと、コイツ以外にはヴィクターやシェベル辺りが訪ねてきそうだな。下手をすればガキんちょにも知られてるかも。

 はぐらかされたのが気に入らなかったのか、エレミアはムスッとした顔になると部屋の隅に置いてあった掃除道具を、何故かアタシの頬に押しつけてきやがった。

 

「おいやめろ」

「ええやん別に。減るもんちゃうし」

「減るんだよ」

 

 精神的な余裕が。

 

(ウチ)は大丈夫なんよ!」

「アタシが大丈夫じゃねえんだよボケッ!」

「ぶふっ!?」

 

 昨日とは違い仕事中じゃないのでエレミアの顔面へ容赦なく拳を叩き込み、掃除道具を取り返してさらにもう一発ぶん殴る。

 やっと殴れたという達成感とムカつく奴を殴れたという爽快感がアタシの中で湧き上がり、思わず頬を緩めてしまう。

 そしてそれを見たエレミアが怒って可愛らしく頬を膨らませ、駄々を捏ねるように両手を振り始めた。いや、あれはマジで駄々捏ねてるな。

 そのエレミアを脳内でクロに変換し、ちょっと似合わなかったので頬を引きつらせる。ないない、アイツが駄々捏ねとかないわ。

 

「まったく、こっちは大事な話があるから一日掛けて猛ダッシュで来たっちゅうのに……」

「ならその大事な話とやらをさっさと言え」

「わかった。わかったから拳を引っ込めてほしいんよ」

 

 そう言われて渋々振り上げていた拳を引っ込め、エレミアの顔に視線を向ける。真剣な表情になっているということはガチだろう。

 

 

「――いい加減、ケリつけよーや。10月31日の午後、山林地帯の近くにある平原で」

「…………いいぜ。上等だよ」

 

 

 こうして、エレミアとの第四ラウンドがほぼ二つ返事で決まった。しかも日付けが地球でいうハロウィンじゃねえか。

 おそらく最後になるであろう彼女との真剣勝負。今度こそ、今度こそ本当にケリをつけてやる。引き分けもなしだコノヤロー。

 何とかその日まで生き延びようと密かに決意しつつ、アタシは左手に持っていたタバコを一口吸って紫煙を吐くのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 31

(ウチ)は大丈夫なんよ!」
「アタシが大丈夫じゃねえんだよボケッ!」
「ぶふっ!? で、でもサツキ、この前減らないからいくらやっても大丈夫ってごぶるぁっ!?」
「勝手に捏造するなドアホッ!」

 それはトランプなら何度やっても大丈夫、というのであり決してそういう意味ではない。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46話「ポイ捨て」

「あ、あ、あの、しゅ、就職したって話、本当ですか……!?」

「…………まずは落ち着け」

 

 仕事まで時間があったから暇潰しに公園のベンチでくつろいでいたのだが、そんなアタシの目の前を聖王教会のシスター、シャンテ・アピニオンが通りかかった。

 何故かアタシの方を見てビクビク震えていたから声を掛けたところ、ビックリした猫の如く逃げようとしたので先回りし、一発入れて今に至る。

 

 アピニオンと直接会うのは二年ぶり――初対面以来だ。そのときアタシはケーキを買い損ねてイライラしていたのだが、何を思ったのかコイツは鉄パイプで不意討ちをかましてきやがった。

 当時は今ほど強くなかったとはいえ、もちろんその程度でアタシがくたばるわけがない。すかさずアピニオンの顔面を鷲掴みにして後頭部から地面に叩きつけ、文字通り半殺しの状態になるまで拳のラッシュを叩き込んだよ。

 ちなみにこのとき、アタシは笑顔でアピニオンを殴っていた。なんせアタシへの不意討ちを初めて成功させた相手だからな。心のどこかで嬉しさを感じていたのかもしれない。

 

 こんなんでもれっきとした初対面である。これ以降、教会のシスターになったと聞いたが会うことはなかった。そうする理由もなかったし、教会は居心地が悪いからな。

 というか、なんでシスターになれたんだコイツ。性格的に向いてない気がするんだが。まだクロがシスターになった方がよっぽど可愛い気があるわ。

 

「お、落ち着いてられるわけないじゃん……」

「いや落ち着けよ。死ぬわけじゃあるまいし」

「いつ殺されるかわからないのに落ち着けと!?」

「誰にだよ」

「サツキさんに決まってるじゃないで――あっ」

 

 なんかムカついたので本能的にアピニオンの顔面目掛けて左拳をわりと本気で突き出し、寸止めしたアタシは絶対に悪くない。

 コイツといいエレミアといい、口は災いのもと、雉も鳴かずば撃たれまいという諺を知らないのだろうか。それとも確信犯なのか。

 あと何でアタシが職に就いたことを知っているんだよ。まーあれだ、コイツが知っているということはガキにも知られているなこりゃ。

 

「心身共に召したろか?」

「ごめんなさいごめんなさいっ! 命だけは……命だけは取らないでください……!」

 

 かなり恐怖しているのか、アピニオンは涙目になると携帯のバイブみたいに震え出した。普段は砕けた態度でいるらしいが、今の彼女にその面影は全く感じられない。

 渋々突き出した拳を引っ込め、今度は右手を突き出して寸止めする。完全に不意を突かれたせいか跳び上がり、ドスンと尻餅をついて小さく悲鳴を上げるアピニオン。

 ……はぁ、そこまでビビられるとシラケてまうわ。アタシの何がそんなに怖いのだろうか。

 だが、アピニオン的には早く立った方が良いと思う。周りの視線がこっちに向けられてるし、今シャッター音が聞こえたし。

 

「ほら立て。見られてるから。ついでに写メも撮られてるから」

「誰だ写メ撮った奴!?」

 

 さすがのアピニオンも勝手に撮られるのは嫌のようで、失禁待ったなしの泣き顔から頬を赤くしたテンパり顔になって叫び出す。

 しかしその反応が面白かったのか、こちらへ向けられている視線が増えた気がする。そんでもってクスクスという声も聞こえてきた。

 ウガーと威嚇するように声を上げる彼女を視界に入れつつ、取り出したタバコに火をつけて一服する。とりあえず笑えばいいのか、これ。

 

「あ、あの……」

 

 周囲に合わせようとわざとらしく「はっはっは」と笑いながらタバコを投げ捨てた瞬間、後ろから肩をツンツンと叩かれた。誰だ一体。

 うっとうしく思いながらも後ろを振り向くと、緋色の髪が特徴的な一人の少女がオドオドしながら立っていた。マジで誰だコイツ。

 アピニオンはギャラリーを追い払うのに必死なので、今のうちにこの女と会話させてもらおう。

 

「何だよ」

「タバコのポイ捨てはいけないと思います……!」

 

 少女はそう言うとアタシが投げ捨てたタバコをご丁寧に差し出してきた。まさかコイツ、こっちが投げ捨てた直後に拾い上げたのか?

 仕方ないので差し出されたタバコを受け取り、火を完全に消してからもう一度投げ捨てた。よし、これなら大丈夫だろう。

 未だに立ち往生しているアピニオンを置いていくつもりで立ち上がった途端、少女が投げ捨てられたタバコを拾って再び差し出してきた。

 

「ポイ捨て自体がいけないんです……っ!」

「…………黙れクソアマ」

「えっ」

 

 罵倒されたからか、何が起きたと言わんばかりにポカンとした顔になる少女。同時にオドオドした感じもなくなっている。

 再び差し出されたタバコを今度は握り潰し、粉々になったのを確認して埃のように払い捨てる。これなら拾われる心配はない。

 口の中に溜まった唾を吐き捨て、ようやくギャラリーを追い払って息が上がっているアピニオンの襟元を掴んですたこらと退散したのだった。

 

 

 

 

「……く、クソアマ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そろそろ離してくれませんか……?」

 

 公園を後にしてから一時間後。アタシはアピニオンの襟元を掴んだままビルからビルへと飛び移り、程よい高層ビルの屋上で休憩していた。

 肌に当たる風が気持ちよく、天気が良いこともあって景色も綺麗なものとなっている。

 仕事まであと一時間もないが、急げば間に合うから問題はない。そもそも公園でゆっくりできてたらこんなところに来る必要はなかったのだ。

 相変わらず逃げたそうにしながらも、ここから見える景色に見惚れているアピニオン。意外とロマンチストだったりするのか?

 

「どうだ? 悪くねえだろ?」

「は、はい……ところでサツキさん」

「あ?」

「大したことじゃないんですが、あたしはどうやって帰ったらいいんですかね?」

 

 普通に魔法で身体強化してアタシが魔法なしでやったようにビルからビルへと飛び移ればいいと思う。それかここから飛び下りるとか。

 それでも嫌なら飛行魔法でも使えよ。お前ら魔導師はそういうの使える奴が多いから、こんな状況もどうってことねえだろ。

 

「飛び下りろ」

「それ自殺志願者のやることですよね!? 殺す気ですか!?」

 

 誰もそんなことは言ってない。

 

「あー……お前自殺志願者なのか?」

「待ってください。引くだけならまだしも、あたしをここに置いていかないでください」

 

 アピニオンが自殺志願者だと思って隣のビルへ飛び移ったのだが、彼女は子犬のように助けを求めてきた。どうもコイツの頭には屋上の出入口から下りるという選択肢がないっぽい。

 時間が経ったこともあってか、アピニオンもある程度の落ち着きを取り戻したみたいだ。ていうか最初の乱れようは何だったんだ一体。

 今いるビルの屋上からアピニオンがいる方の屋上へ飛び移り、タバコを吸いながら座り込む。位置的に一歩間違えたら真っ逆さまに落ちるな。

 やっと逃げるのを諦めたのか、ため息をついてアタシの隣に座り込むアピニオン。

 

「いつもこんなことしてるんですか?」

「今日だけだ。公園のときはお前のせいでギャラリーが増えたからな」

 

 コイツがあんなに声を出してビビりさえしなければ、今もアタシは公園のベンチでゆっくりしていたはずなんだ。つまりお前が悪い。

 

「人のせいにしないでくださ――あ、いえ、何でもないです。だからその拳を引っ込めてください。違います、引っ込めるんです。振り上げて引くんじゃなくて下げるように引っ込めるんだよ! 何度も言わせんな!」

「……テメエ誰にモノ言ってんだゴラァ」

「あ、しまぶべらっ!?」

 

 振り上げて引いた拳でアピニオンを殴り飛ばし、彼女がきりもみ回転しながら叩きつけられる姿を尻目にタバコを一口吸う。

 ギリギリのところで止めるつもりだったのに、最後の最後で余計なこと言いやがったから思わず振り下ろしてしまったよ。

 鼻血を流すほどだらしない顔を痛そうに押さえ、再びアタシの隣に座り込むアピニオン。とりあえず鼻血を拭き取れ。

 

「ふぅ……お前も吸うか?」

「ぜ、全力でお断りします……」

 

 紫煙を吐きながらアピニオンにタバコを勧めてみたが、やはり断られてしまった。いや、この誘いに乗られても困るだけだが。

 両脚をブラブラさせながらタバコを口に咥え、ただ黙って景色を眺める。こういうのは大自然や自分がシメている学校の屋上でしか見れないと思っていたが、都会でも見れるもんなんだな。

 一方でアピニオンも黙って景色を眺めつつ、時おり下の方もチラチラと見ている。目を泳がせるようにしているということは飽きたのか?

 

「飽きたか?」

「いや、飽きてはいないんですが、その……そろそろ教会に戻らないとシスターシャッハに怒られるんですよね……」

 

 どうでもいい内容だったので綺麗に聞き流し、味わう感じでタバコを吸う。まあ、アタシもそろそろ仕事に行かなきゃならねえけど。

 

「さーて、仕事に行くかァ」

「…………」

「アタシは本物だぞ」

「ちくしょう! 目の前の現実が信じられないっ! 実は夢でした、みたいなオチじゃないよね!? ていうかそうだよねっ!?」

 

 どうしてもアタシが職に就いたという事実を認められないのか、ついに頭を抱えて現実逃避を始めてしまったアピニオン。

 そんな彼女を今度こそ置き去りにし、ビルからビルへと飛び移っていく。まあこの世界の住民で魔法が使えるなら大丈夫だろう。

 飛び移りながら視野を広げ、自分の頬を思いっきり引っ張るアピニオンの姿を捉える。やってることがありきたりだな。

 

『頬を引っ張っても痛いってことは現実か……ってああっ!? 待ってサツキさん! ここどこなの!? 置いていかないで! お願いだから置いてかないでぇ――っ!!』

 

 かなり離れたところでアピニオンの叫び声が聞こえてきたが、仕事に間に合うかどうかの瀬戸際にあるアタシはもう止まらない。

 アピニオンの叫び声を背に、どんどん飛び回るスピードを上げていく。仕事まであと三十分、距離的にもギリギリ間に合うといったところだ。

 

 

 

『助けてシスターシャッハ――ッ!!』

 

 

 

 最後に聞こえたアピニオンの渾身の叫びは、まるで助けを求めるヒロインのようだった。

 

 

 

 

 




《緒方サツキという人物を一言で表しなさい》

雷帝
「危ない橋を渡ってそうな子」

砲撃番長
「腐れ縁」

不良シスター
「トラウマ、悪魔、化け物」

アホ○ア
「暴力の化身」

天瞳流師範代
「一匹狼」

魔女っ子
「大切な友達」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話「クソと現実」

「…………」

 

 今日もヴェルサの護衛として同行し、分割で借りた分を返せないからこっちの方で仕事を発生させてもらっている奴の元で見張りを任された。今は途中まで送ってもらっているところだ。

 仕事の内容はアタシも見ていないし聞いてもいないのでよくわからないが、大体予想通りのはずだから深くは考えないことにしよう。

 うんざりな気分を紛らわそうとマッチ棒で火をつけたタバコを一口吸い、アタシの乗っている車が止まると同時にドアを開けて降りる。

 

「はぁ、ダルい……」

 

 紫煙を吐きながら呟き、ゆっくりと歩いていく。気分だけならともかく、特に何もしていないのに身体までダルく感じるのは初めてだ。

 もう深夜だし帰って…………明日の仕事に備えて寝よう。今日はケンカする気すら起きねえ。社会人になったせいなのか、それともアタシ自身が変わってきているのだろうか。

 とにかく帰りたい。帰るのではなく、帰りたいだ。ここまで逃げるように後ろ向きになっているなんてアタシらしくないが、そんな言葉が頭の中を駆け巡っているのだ。

 

 

「――おいクソガキ。ちょっと付き合え」

 

 

 そしてそういうときに限り、面倒事は起きる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 まただ。どういう反応をすればいいのかわからないとはまさにこの事だ。

 

 焼き鳥を美味しそうに食っているヴェルサに付き合わされ公園に来ているのだが、互いにさっきから一言も喋っていない。アタシは沈黙、ヴェルサはただひたすら焼き鳥を頬張っている。

 というか、話すことが全くない。なんでヴェルサがアタシを誘ってきたのかも全然わからない。何もないわけじゃなさそうだが……。

 とりあえずタバコでも吸おうかとポケットに手を入れた途端、焼き鳥を食い終えて串を投げ捨てたヴェルサが唐突に口を開いた。

 

「お前、今日も債務者に同情してただろ?」

「はぁ?」

 

 何を言い出すかと思えば、いきなり訳のわからないことを聞いてきたぞコイツ。

 同情? アタシが? 他人に?

 まあ少し胸糞な感じだったし、うんざりしていたのは確かだ。けど債務者に同情した覚えはこれっぽっちもない。

 さすがにあり得ないと鼻で笑い、どうでもいいことに付き合う必要はないと公園から出ようと立ち上がり、一歩踏み出したときだった。

 

「クソが――」

「クソはお前だよ」

 

 ヴェルサはさっきまでのアタシをバカにするような気色の悪い声ではなく、嫌悪感丸出しの声で見下すようにそう言ってきたのだ。

 いつもとは違い聞き流そうにも聞き流せず、思わず動かしていた足を止めてしまう。ただの悪口なのに。言われ慣れたことなのに。

 そんな中、一つ言えるのは――ムカついた。護衛対象だか何だか知らねえが、ブチのめすには充分だ。この前の件もあるしな。

 拳を握り込み、回れ右してヴェルサへ歩み寄っていく。何を思っているのか、彼は嫌な笑みを浮かべている。その顔変形させてやるよ。

 

「三回殺すぞボンクラが――!?」

 

 迷わずヴェルサの鼻っ面目掛けて右の拳を振るうが、まるで止まって見えると言わんばかりにあっさりとかわされてしまう。

 内心驚きながらも間髪入れずに左の拳を、今度は暴風気味の拳圧が発生するほどの速度で振るうも最小限の動きだけであっさりとかわされてしまい、簡単に背後を取られた。

 拳の軌道を予測して回避している、にしては動きが咄嗟だ。つまりアタシの拳をきちんと視認した上でかわしてやがる。

 

「当てたら殺す」

「上等じゃねえか」

 

 どっちかというと美形なのは認めるが、顔に当てられるのを嫌がるとかナルシストかコイツ。追加で四回は殺したくなってきたよ。

 これでも一応、驚いてはいる。ただの立場にモノを言わせるだけのゲス野郎かと思いきや、ケンカのできるゲス野郎だったとはな。

 

「俺より下の奴らに金を貸し、その分を期日以内に返金させる。それの何が悪い? ていうか、お前はどうなんだよ。未成年、学生なのを良いことに何の目的もなく粋がってるだけじゃねえか」

「上から目線で説教かよ」

 

 アタシの言ったことに聞く耳を持たず、ヴェルサは続ける。

 

「俺はこれでも、自分が人間以下のクソだと自覚してる。それに対してお前は、粋がって暗部に首を突っ込んでるくせに自分は真人間になれると虫の良い希望を抱いてやがる」

 

 コイツ、今暗部つったな。アタシは何も話していない。もしかしてアタシが闇拳に参加したことを調べたのか? それとも現在、アタシが闇金で働いていることを言っているのか?

 まあこの世界の場合、わりと規制されている地球とは多少違うところがあるのか、少し調べるだけである程度の情報は簡単に手に入るからな。

 

「……何が言いたいんだ、お前」

「話の途中で口を挟むな。お前は俺のビジネスをくだらないと言い、許せないと思っている。だからお前は債務者に同情し、この仕事に嫌気が差してきた。楽して金を欲しがってた分際で、今さら善人気取りとか笑わせんなよ」

 

 ヴェルサの言うことに反論できず、殴ろうにも手が動かないので湧き上がる怒りを必死に抑え、歯を食いしばって睨みを利かせる。

 違う。アタシは同情なんかしていない。アタシが信じ、愛するのはアタシだけだ。うんざりはしてたが、同情なんかしてねえ。

 あと、何の目的もなく粋がっているという点だけは否定させてもらう。アタシはヤンキーだ。ヤンキーであることの何が悪い。ヤンキーがヤンキーらしく突っ張ることの何が悪い。

 それでも何か言い返そうと微かに口を動かし続けたが、言葉というものが全く出てこなかった。悔しいにも程があんだろ……!

 

「アイツら底辺は、俺が金を貸してるから生活できるんだよ。そして俺はそれを糧にし、いつかこのドブの中から抜け出してやる」

 

 ドブから抜け出す、か。いつまでも底辺でくすぶっているつもりはないってことだな。人にクソだの真人間だの散々言っといて、自分はクソのまま羽ばたくのかよ。

 身体が金縛りに遭ったかのように動かない。動いてくれない。今コイツを殴っても意味はないのかもしれない。でも、アタシは――

 

「アウトローごっこも大概にしろよ」

「っ、黙れクソヤロー!!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アタシは金縛りから解放されたように動いていた。怒りに任せて拳を振るうも、やはり簡単に避けられてしまう。

 ごっこじゃねえよ……アタシのヤンキー道は、ごっこや遊びなんかじゃねえっ!!

 アタシが諦めずに再度突き出した拳を軽くいなし、ムカつく笑みを浮かべながら背を向けて立ち去るヴェルサ。ふざけやがって……!

 

 

「待て逃げんなッ! 戻ってこいッ! 逃げんなクソがァァァァ!!」

 

 

 どんどん離れていくヴェルサの背中を追いかけられず、アタシはただ叫ぶしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう……逃げたのね」

「逃げたんだ」

「…………チッ」

 

 ヴェルサとのやり取りから二日後。今日も仕事はあるのだが、アタシは仮病を使ってダールグリュン邸へ訪れていた。学校にも行っていない。

 自分の全てを、自分が積み重ねてきたものを崩された。本当に崩されたわけじゃないが、今の気分はマジでそんな感じである。

 ジッとしていても何かが変わるわけじゃない。だからこの屋敷に来たのだ。何か得られるものがあるかもしれないと思って。

 アタシだって他人を頼りたくはない。でも、自分だけじゃどうにもならないってことは嫌でも他人を頼る必要があるということだ。

 火のついていないタバコを左手に持ち、ボーっとしながら窓の外を見つめる。ヴィクターの言ったことに言い返す気も起きねえわ。

 

「はぁ……」

「これで八回目よ。あなたがここに来てため息をついたのは」

 

 呆れながらそう呟くヴィクターの方へ視線を向け、紅茶を飲み終えて腕組みしている彼女の姿を捉える。いつものアタシならすかさずぶん殴っているところだ。三発ほど。

 

「アタシだってため息ぐらいつくよ」

「家にいたときの分を含めると今ので十五回目。たまにつくとかそんなレベルじゃないから」

 

 今度はアタシについてきたクロがジト目でツッコミを入れてきた。いや、アタシがため息をつくことに何か問題でもあるのか?

 そもそもここに来たのもクロが原因だ。最初は年長者であるシェベルの元を訪ねようとしたのに、コイツが急に顔を真っ青にして嫌がったので断念せざるを得なかった。

 左手にずっと持っていたタバコにライターで火をつけ、一口吸って紫煙を吐き捨てる。やっと、いつもやっていることができたよ。

 

「まあ逃げたことは置いておくとして、本題に入りましょう」

 

 呆れ気味の表情から一変、真剣な表情になるヴィクター。クロもそれに合わせてジト目をやめた。元々ジト目だから大した変化はないが。

 

「結論から言います。全部とは言い切れないけど、その人の言ったことは間違っていませんわ。だからあなたも手が出せなかったのでしょう?」

「っ……!」

 

 思わずカッとなるもギリギリのところで抑え、代わりにヴィクターを睨みつける。これで人を殺せたらどれだけ凄いことか。

 そんなアタシの心情を見透かしたかのように、ヴィクターは目をすうっと細めて続ける。

 

「悔しそうに堪えている今のあなたが何よりの証拠です。本当に違うのなら、今ここで私を殴るなり、言い返すなりしているはずよ」

 

 ヴェルサのときと同じだ。言い返そうにも言葉が出てこない。殴ろうにも手が動かせない。相手は知り合いのヴィクターなのに、会う度に一回は殴り飛ばしている相手なのに。

 

「あなたは以前、アタシはアタシのやりたいようにやると言った。その結果がこれですわ。突き付けられた現実から逃げるあまり、決して頼ることのなかった他者を頼っている」

 

 私としては少し複雑な気分だけど、と目を逸らしながら口元を引きつらせるヴィクター。

 つまりアタシは自分がヤンキーでありたいがために現実逃避している、ということか。それも頼りたくない他人に縋ってまで。

 

 ……なら話は早い。突き付けられた現実を受け入れたうえで、自分のヤンキーを貫く。簡単じゃねえのは百も承知だが、口だけで行動を起こさないよりかはマシだ。

 

 左手のタバコを一口吸い、携帯灰皿に押しつける。もう充分だ。突破口を開いてくれたヴィクターには礼を言わなきゃならねえ。

 彼女はアタシのやろうとしていることに気づいたのか、慌てふためいて椅子から立ち上がり、コソコソと後退りし始めた。

 

「さ、サツキ? 言いたいことがあるならちゃんと言葉で――」

「ありがとなっ!」

「ごぶぅっ!?」

 

 思わず嬉しさを含んだ声を出してしまうも、ごまかすように振り上げた右腕でヴィクターを殴り飛ばした。これだよ、これなんだよ。

 まだ根本的な部分が解決したわけじゃないが、降りてきた蜘蛛の糸は掴んだ。後はこいつが切れないように登っていくだけ。

 

「帰るぞクロ」

「う、うん」

「その前に何か言うことがあるでしょう!?」

 

 大丈夫だ、ちゃんと言ったから。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話「変化」

「せっかくだし、このまま散歩でもするか」

「……うんっ」

 

 ダールグリュン邸からの帰り道。アタシの提案を聞いて目が白黒になるほど驚くも、すぐに言葉の意味を理解して頷いたクロ。

 そんなクロだが初めて出会ったときよりも比較的表情豊かになっており、男だったら思わず可愛がってしまうほどグッとくるものがある。

 可愛らしく微笑む彼女を堪能しつつ、見慣れた街を歩いていく。まあここ一応、ミッドチルダの首都であるクラナガンだからな。

 ……にしても、皮肉なもんだ。他人を信じないとか言いながら、だんだんクロ――ファビア・クロゼルグという存在を受け入れつつある。

 

「サツキ」

「ん?」

「仕事は辞めるの?」

「あー……」

 

 ひょこっとアタシの顔を覗き込んできたクロにそう言われ、少し気まずくなって視線だけを逸らす。正直に言うとさっさと辞めたいが、辞めたところで状況が悪いのは変わらない。

 箱から取り出したタバコにオイルライターで火をつけ、一口吸ってすぐに白い煙を天に向かって吐く。次はリングの形にしてみようかな。

 

「まあ、辞める予定ではあるが…………あるんだけど……」

「あるんだけど、何?」

 

 仕事を始めてまだ一週間しか経っていない。せめて一ヶ月は続けたいと思っているが、ヴェルサに言われた通り嫌気がさしているのもまた事実。

 すんなり辞めるにしても闇金の連中に目をつけられる可能性があるし、続けるにしてもアタシが持つかどうかが問題だな。

 辞めるべきか、続けるべきか。タバコを口に咥えながらわりと真剣に考えていると、お腹からぐう~という音が聞こえてきた。

 ああ……そういやここ最近、まともな食事はできてない気がする。お金を得ているとはいえ、貯金しているため使うわけにはないのだ。

 

「…………何がいい?」

「そんじゃ贅沢に定食弁当を」

「別にいいけど……サツキって少食じゃなかった? いつもバナナ一本分のご飯しか食べないし」

「そりゃあれだ。ガキの頃は山に籠ってたから自力で収穫したもんしか食えなかったしな。それ以降多めに食べるのは控えてるんだよ」

 

 クロは納得したかのようにため息をつくと、コンビニかスーパーがある方向へと走っていった。おいコラアタシは置いてきぼりかコノヤロー。

 咥えていたタバコを右手に持ち、ため息をつきながら近くの公園に入ってベンチへ腰を下ろす。はぁ、結構な距離を歩いたから疲れたよ。

 少し落ち着いたところで一服し、そのタバコを当たり前のように投げ捨てた瞬間、後ろから肩をツンツンと叩かれた。あれ、何かデジャヴ。

 とりあえず振り向いてみると、緋色の髪をした少女がしっかりとした態度でアタシが投げ捨てたタバコを持っていた。またお前か。

 

「タバコのポイ捨てはいけませんっ!」

 

 そうそう、前もこんな感じだった気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自己紹介が遅れました。私はサフランと言います」

「ご丁寧にどうも。緒方サツキだ」

 

 五分後。緋色の髪の少女――サフランにしつこく迫られたアタシはやむを得ずタバコをちゃんと処理し、一段落したところで今に至る。

 このサフランという女、暇があれば近場の公園で清掃活動をしているらしい。タバコのポイ捨てを積極的に注意してきたのもその一環だろう。

 つまり何だかようわからん知り合いがまた一人増えてしまったわけだ。しかも同い年。ボランティア活動もしているときた。

 まあグダグダと考えていても仕方がない。コイツにはクロが戻ってくるまで暇潰しに付き合ってもらおう。何か情報が得られるかもしれん。

 

「とにかくタバコのポイ捨てはやめてください。衛生上よくないので」

「やなこった」

「拒否してもダメです! そもそも未成年が喫煙している時点でアウトなのに……!」

「ほざけタコ」

「クソアマの次はタコ……ほんと最低ですね。あの人達よりはマシのようですが」

「あの人達?」

 

 いきなり嫌悪感丸出しの表情になったかと思えばいきなりゴミを見るかのような目でアタシを睨み、愚痴り出すサフラン。

 だけどあの人達って誰だ。アタシに面影を重ねているようだけど。そんなアタシの疑問に、サフランは吐き出すかのように答えてくれた。

 

「金――借金取りの人達です」

「ん?」

 

 今言い直したなコイツ。単に間違えたのだろうか。それとも本当は話したらダメなことだったのか。一応記憶に留めておくか。

 それにしても借金取りね……アタシも闇金融で働いているとはいえ、いい気はしないな。世の中金が全てだとか思ってそうだし。

 あれ? もしかして借金取りと闇金融って一緒だったりするのか? 違うよな? 似ている感は拒めないけど別物だよな?

 

「……何かやらかした?」

「その言い方だと私が借金を背負っていることになるんですけど」

「違うのか?」

「うぅっ……違いませんけど、その……色々あったんです。今じゃ生活にも困っています」

 

 人がいいのか、出会って一時間も経っていないアタシにあっさりと教えてくれるサフラン。偽情報の可能性も視野に入れとこう。

 というか、こうしてみると借金を背負っている奴のほとんどが生活に困っているんだな。そういう法則でもあるのだろうか。

 

「ああそう」

「ところで私達、どうしてこんなに仲良くなってるんでしょう?」

「別に仲良くするつもりはねえし、それはアタシが聞きたいくらいだ」

 

 アタシに基本的なコミュニケーション能力はない。だが最近、変わり者を引き寄せる能力に目覚めてしまった感じではある。

 小さな子供は知らない人であろうと遊んでいるうちにソイツを友達と認識してしまうらしい。今回の件もそれと似たようなものだな、きっと。

 クロはまだ戻ってこないのかと気にしながら一服していると、サフランの視線が少し鋭いものに変わっていくのを感じた。

 それを意に介することなく紫煙を口から吐き捨て、ふと浮かび上がった疑問をぶつけてみることにした。ついでにごまかそう。

 

「お前さ、借金あるのにのんびりボランティア活動してる場合じゃねえだろ」

「……わかってます。今日はたまたま時間があっただけで、普段は仕事漬けですから」

 

 サフランは両膝に置いていた拳を強く握り締め、俯くと暗い表情になった。

 休日だからやりたいことをやる、というパターンか。確かにそういうことなら納得はいく。けど、今の言動からして何か隠してるな。

 

「…………そか」

 

 しかし、アタシはこれ以上の言及はしないことにした。お節介は好きじゃないし、悩みがあったとして相談に乗れるわけでもねえ。

 ……けどまぁ、これで仕事を続ける理由はできたな。ほんのちょっと悪いとは思うが、コイツの借金事情を存分に利用させてもらおう。

 

「そんじゃアタシはいくわ。これ、返済の分に入れとけ」

「えっ? こんなにたくさん――じゃなくて、何ですかこれ!?」

「何ってお札だよ」

「そういうことではなくどうして赤の他人であるあなたが見ず知らずの私にお金をくれるんですか!?」

「んー……知らね」

 

 財布のお札の半分を彼女に手渡し、言及を避けるように公園を後にする。

 ははっ、ダールグリュン邸で現実逃避を自覚させられた途端にこれだよ。ムカつくけどヴェルサの言う通りだな。皮肉過ぎて笑いも出ねえや。昔のアタシが知ったら卒倒するかもしんねえわ。

 右手のタバコを一口吸っていると、後ろからサフランの慌てた感じの声が響いてきた。

 

「あ、ありがとうございます!」

「…………チッ」

 

 自分が自分じゃなくなっていく。アタシが危惧していたことはこうして現実となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………まだか」

 

 急いでクロと別れた地点に着いたのはいいが、肝心のクロがいない。ていうか戻ってこない。まさかまた拉致られたのか?

 五感を駆使しても姿は見えないし気配も感じられず、臭いもしなければ音も聞こえない。どこまで買いに行ったんだアイツ。

 仕方がない、もう少し範囲を広げてみるか。そう思って五感をさらに集中させようとしたときだった――彼女の気配を感じたのは。

 距離的には跳ねていけば二分で合流できるが……妙だ。動く気配がない。いや、これは動けないと言った方がいいのかもしれない。

 

「っ……!」

 

 気づけば身体が勝手に動いていた。近くにあった街灯の上をウサギやバッタも真っ青な速度と跳躍力でピョンピョンと移動していく。

 十本目の街灯からジャンプしたところでやっとクロの気配を感じた場所にたどり着き、人目を気にしつつ街灯から華麗に飛び下りる。

 そしてすぐに周りを見渡してみると、金髪幼女を五人の男が囲んでいた。間違いない、クロだ。久々にナンパされてやがる。

 

「な、別にいいでしょ?」

「よ、よくないです……」

「そう言わずにさごぶるぁ!?」

 

 とりあえず横やりを入れる形で大柄な男の顔面に鋭い蹴りを入れ、クロの前に立つ。ストレス発散にはちょうどいいや。

 

「何だテメエ!?」

「通りすがりのヤンキー」

「チッ、このアマァ!」

 

 男の一人が掴みかかってきたので背負い投げをかまして顔面を踏みつけ、それを見た細身の男が激昂しながら蹴りを放つ。

 鼻っ面に迫るその一撃を最小限の動きでかわし、握り込んだ右の拳を鳩尾へ叩き込む。鈍い音が響き、細身は泡を吹きながら沈んでいく。

 

「オラ、さっさとこいや」

「上等だおらぁっ!」

「なめやがって……!」

 

 残るは二人。そのうちの一人が繰り出した目潰しがアタシに届くよりも先にこちらも目潰しを放ち、男の目にアタシの指が突き刺さる。

 目を潰されて悶えるソイツを前蹴りでブチのめし、最後の一人に目元を殴られるも意に介すことなく豪快に殴り飛ばした。

 ……あれ、もう終わりなのか。あと三分は粘ってくれると少しは楽しめたんだけど。

 

「っ、さすがにいてえな」

 

 全員くたばったのを改めて確認し、殴られた目元から痛みが響いてきたところで呆然としていたクロをお姫様抱っこしてその場から退散する。

 明日は謝る必要があるんだろうなぁ。正直癪だけど、やるしかないのか。

 先が思いやられると少し憂鬱になりながら、アタシは近道しようと飛び乗った街灯からちょっとカッコつけて大ジャンプするのだった。

 

 

「は、恥ずかしいから下ろして……!」

 

 

 死ぬがよろしいか。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 3

「さ、サツキ? 言いたいことがあるならちゃんと言葉で――」
「ありがとな、おふくろみたいなヴィクター」

「誰がおふくろよっ!?」

 あれ? 何か間違えた?




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49話「天職」

「お前さ、二日も仮病で休んでたのに何も言うことないのかよ」

「………………サーセン」

 

 腹を括って出勤したアタシは今回もまたヴェルサの護衛として彼に同行し、ゴロツキの溜まり場になってそうな工場を訪れていた。

 こういうと護衛しかしていないように思えるだろうが、事務所にいる間は一応警備も行っている。社内を巡回するだけで何もないけどな。

 ヴェルサを含む三人の男性社員のうち、一人はたった今軽く突っかかってきたものの、後の二人は静観していた。アタシとしては助かるよ。

 まあ意外と呆気なく済んだことはひとまず置いといて、問題は今の状況だ。

 

「おいどうしたよ? ビビッて動けねーのか!?」

「ははっ、マジかよだせえな!」

「金を巻き上げることしかできねえってか!」

「モデル気取りの若造が!」

 

 五メートルほど先にいる十人のゴロツキを見てため息をつき、右手で頭を抱えてしまう。闇金融における厄介事にはこういうのもあるんか。

 どうもヴェルサの奴、借金返済とはいえ取り立てと売春でやりたい放題していたようだ。ぶっちゃけ因縁をつけられて当然である。

 当の本人はその場に佇んで動く気配がない。雰囲気と腕のわずかな震えから察するに、手を出すのを我慢しているみたいだ。

 

「戻るぞヴェルサ」

「そうだよ、あんなのほっとけ――」

「あれぇ逃げんの?」

「拍子抜けにも程があるぜ!」

 

 呆れ顔の社員二人がヴェルサを連れて引き返そうとするも、ヴェルサが背を向けたところでゴロツキの挑発がエスカレートし始めた。

 ……しょうがない、やるか。これも護衛という名の仕事だ。その対象が手を出して怪我でもしたらアタシが言及されてしまうからな。

 両脚に力を入れ、ゆっくりと両手をズボンのポケットから出す。前にいろんな奴から天職とか言われたが、確かにその通りだ。

 

「お前の醜態、ネットに晒しごぶっ!?」

 

 ついに我慢の限界が来たらしいヴェルサがサングラスを外すと同時に地面を蹴り、途中で跳び上がって先頭にいたチンピラみたいな奴の顔面にミドルキックをぶつけた。

 その白目を剥いて気絶したゴロツキを踏んづけて着地し、彼に代わって集団の先頭に立つ。

 

「さーて仕事仕事……」

「死ねクソアマ!」

 

 左から振り下ろされた鉄パイプを一歩下がってかわし、一歩踏み込んで鉄パイプを持つおっさんみたいなゴロツキを殴りつける。

 続いて右から放たれた蹴りに耐え、蹴りを放った小柄な男の鳩尾に槍撃の如く鋭い蹴りを入れ、目の前に迫っていた太めの鉄パイプを右手で受け止め、頭突きと空いている左拳で引け腰になっている茶髪の男をブチのめす。

 さらに一息つく暇もなく水平に振るわれた鉄パイプを手刀でへし折り、赤髪の男をローキックと前蹴りのコンビネーションで片付けた。

 追撃を入れる前に周囲を見渡し、しぶとく立ち上がろうとする連中を見て少し驚く。ふらつきながらも起き上がる辺り、そこらのゴロツキよりかは骨があるみたいだ。

 

「ざけんなゴラァ!」

「怯むなお前ら、やっちまえ!」

 

 声を荒げて突撃してきたうちの一人を相討ちで仕留め、振り返りながら背後に迫る大柄な男の懐へ左の踵をブチ込み、身体がくの字に曲がったところで顔面に右膝を突き刺す。

 横から大振りで殴りかかってくる男に左のエルボーを叩き込み、後ろに引いていた右の拳でアッパー気味に殴り飛ばした。

 この瞬間、アタシは知らず知らずのうちに口元を歪めていた。それはもう、善悪の分からない無邪気な子供のように嬉しそうな感じで。

 もちろんすぐに気づいたがそのまま戦闘を続行し、ピアスの男に鉄パイプで後頭部を殴打されるも意に介さず、すぐさま裏拳で叩きのめした。

 

「ははっ! こいよクソ共!」

「や、野郎……!」

「くたばれオラァァァ!」

 

 挑発すると同時に嬉しくて笑ってしまうも、激昂して向かってきたスキンヘッドの男を目にも止まらぬ速さのハイキックで沈め、彼の頭を掴んで顔面から地面に叩きつける。

 顔が潰れたかのような鈍い音が聞こえ、じわっと赤い液体が広がるも気にすることなく男をもう一度顔面から叩きつけ、地面に亀裂を入れた。

 意識を切り替えるように口内の唾を吐き捨て、地面を蹴って跳びながら身体を回転させ、その勢いを利用して繰り出した右の蹴りでガタイの良い男の意識を刈り取る。

 

「くふふ、アハハハハハハッ!」

 

 得意で好きなことを仕事で活かせる嬉しさのあまり空を見上げ、大声で笑うアタシにヴェルサはただただ鋭い視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確かここだよな……」

 

 翌日。あの一件でプロデューサーにべた褒めされ、特別ボーナスとしていつもとは単価の違うお札を追加で五枚ほど受け取った。円単位でいうと一枚で一万ほどだから五万超えは確実だ。

 こうなるとまず考えるのはお金の使い道だ。家賃その他諸々にはもちろん充てるつもりだが、アタシはそれらを後回しにして一昨日訪れたばかりの公園に来ていた。

 アイツは暇があれば近場の公園で清掃活動をしている。本当にそうならここにいてもいいはずだ。アイツの住所とか知らねえし。

 そんな些細な願いが通じたのか、目的の人物がゴミバサミで紙コップを拾い上げ、そばにあるゴミ箱へ捨てている姿が目に入った。

 

「マジでやってんのかアイツ……」

 

 目的の人物――サフランはまるで自分のことのようにゴミ拾いをしており、アタシの向ける視線には全く気づいていない。

 だがアタシ的には好都合なので財布から昨日稼いだお札を半分ほど取り出し、気づかれないよう気配を殺して彼女に近づいていく。

 

「ふぅ、もう一息かな――ん?」

 

 そしてサフランと本人が気づかない程度に接触し、すれ違う形で上着のポケットに取り出したお札を入れてそのまま公園を後にする。

 にしても、どうしてアタシはサフランと知り合いになれたのだろうか。物好きなハリー達は除くとして、アタシに近寄ってくる奴はいない。特に一般的な感性の人間なら尚更である。交友関係を持つなんてもってのほかだ。

 とまあ妙な疑問を抱きつつ、どんどん公園から離れていく。そろそろ昼飯の時間か。せっかくだから少し贅沢でもしていくか。

 

 

『何だったんだろう――えっ? 何でポケットにお札が入ってるの!?』

 

 

 距離的にアタシだけが聞き取れるほどサフランの驚きに満ちた叫び声を背に、ズボンのポケットからタバコを取り出して一服する。まあ、頑張れとは言わんが気楽にやっていけよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 正午ジャスト。アタシは景気付けにハリーとシェベルを力ずくで連行し、ミッドチルダ南部の街にある焼肉屋に訪れていた。

 当の二人からは恨めしそうな視線を向けられているが、今さら反応するのはめんどくさいので涼しい顔でスルーしている。

 本当はヴィクターとクロも拉致ってこようかと思ったが断念した。アイツの家遠いし、お嬢様だから焼き肉を食べる姿が想像できないし。

 クロに関してはいつも一緒にいるから面白味がない、ということで断念。あと一人誰か忘れている気がするけど問題はないだろう。

 

「わざわざ私たちを強引に連れてきた理由はこれか……」

「おう」

「はぁ、またオレたちに奢らせる気かよ?」

「いや、今回は割り勘だ」

 

 アタシがそう当たり前のように返答した途端、ハリーは驚かずに自分の頬を引っ張り始め、シェベルは素直に凛々しい顔を驚愕の色に染めた。

 ……その反応から見るに、お前らの中じゃアタシは本当に傍若無人を体現した存在なんだな。今さら否定はしねえけど。

 

「飯食ったら病院に行くぞ。精神科の方だ」

「ここでその魂滅したろかコラ」

「特殊な廃棄物でも食べたのかい?」

「廃棄物前提かよ」

 

 控えめに言ってもこれは酷い。自分のイメージに合っていなくて驚く気持ちはわかるが、それにしたってこの扱いは酷いだろ。

 喫煙席なのでタバコを取り出してライターで火をつけ、気を落ち着かせようと一服する。落ち着けアタシ。コイツらがバカなだけなんだ。

 ようやく現実を受け止めたらしいハリーとシェベルは手を付けていなかったメニューを見ており、アタシは注文した品が来るのを待つ。

 空気を吸い上げる配管みたいなところに紫煙を吐いていると、店員を呼び出して注文しているハリーを差し置いてシェベルが口を開いた。

 

「仕事の方はどう? 順調?」

「ん、一応」

 

 仕事を始めて一週間と少し。初日から色々あったせいで順調とは言い難いが、昨日に限ってはいい仕事をしたと思っている。

 タバコを一口吸い、火が消えない程度に灰皿へ押しつける。そろそろ注文した品が来てもおかしくないんだけど……おっ、来た来た。

 

「お待たせしましたー。カルビ二人前です」

 

 ついに来た。念願の肉、焼いて食べる肉だ。口からよだれが垂れそうになるも必死に抑え、そばに置いてあるお冷を一気に飲み干す。

 肉を、メジャーで贅沢なものを食べるのは何年ぶりだろうか。こっちに来てからは食べた記憶が全くない。刺身は何度か食ったけど。

 カルビを一つずつ丁寧に金網の上へ乗せていき、いい具合に焼き上がるのを待つ。見てないと真っ黒に焦げてしまうからな。

 

「手が震えてるけど大丈夫かお前」

「心配すんな。これは武者震いだ」

「焼き肉食べるだけで武者震い起こすのやめろ」

 

 通信端末を弄っているシェベルを尻目にハリーと軽口を叩き合っていると、肉の焼き上がるいい音が聞こえてきた。早いな焼き上がるの。

 美味しそうに焼き上がった肉の一つを携帯のバイブ並みに震えている右手に持った箸で慎重に、慎重に掴んでそのまま口の中へ放り込む。ちょっと熱いけどこれくらいは我慢しよう。

 

「んぐ……う、まぁい……!」

「良かったな。でも頼むからこれ以上オレの中にあるお前のキャラを潰さないでくれ」

「私も早く食べたいものだ」

 

 心から料理が美味しい。焼き肉そのものが大好きってわけじゃねえし、自分で作ったものではないが、そう思えたのは久しぶりだ。

 微笑ましい視線を向けてくるハリーたちを気にすることなく金網の上で焼けた肉を、あっという間に平らげた。あれ、もう肉がなくなってる。

 しかしあれだ、自分で稼いだ金でこういうものを食べるのはいい気分だな。

 このあとハリーとシェベルが頼んだミノやハラミ、ホルモンなどの肉も存分に味わって食し、今日という日に感謝したのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50話「公園」

「アインハルトさんも吹っ切れたみたいでやっと笑うようになったんですよ!」

「はぁ……」

 

 今日は珍しく休日だったが早起きしてしまい、せっかくなので気持ちのいい風を浴びようと公園に来たら高町ヴィヴィオと遭遇した。

 最初はスルーしようと背を向けたのだが、そんなあからさまな動きを目の良いヴィヴィオが見逃すわけがなくあっさりと見つかったよ。

 いやー何日ぶりだろうか、このクソガキと会話すんのは。前に無限書庫で会ったときは状況が状況だったからまともに話す暇もなかったし。

 話の内容は最近の出来事についてだ。ヴィヴィオはあの無限書庫の一件から二日後に学校の先輩であるアインハルト・ストラトス――ハイディをタイマンで下し、今は学院祭の準備で忙しいとのこと。よく試合なんぞできたな。

 

「ていうかあの野郎、笑ったことがなかったのか」

 

 ハイディとまともに会話したのは通り魔事件の一件だけだ。無限書庫ではニアミスこそしたが、その時のアタシは野獣モードだったからちゃんとした再会にはならなかった。

 それに会話の内容もくだらないものだったしな。強さを知りたいとか、表舞台にはその確かめたい強さや生きる意味がないとか。

 おそらくハイディもまた記憶継承者でクロと似たような境遇だったに違いない。先祖の記憶に振り回され、光のない暗闇の中を彷徨う。

 でなきゃわざわざ通り魔やってまで実力のある奴をボコりはしない。それこそ、クロのように先祖の感情にでも囚われていなければ。

 まあヴィヴィオの証言が正しいのならこれ以上考える必要はないな。とりあえず一服して切り替えようとタバコを取り出した瞬間、あまり聞きたくない言葉が耳に入った。

 

「――そういうサツキさんは最近何をしているんですか?」

 

 純粋な瞳でアタシを見つめ、可愛らしく首をコテンと傾げるヴィヴィオ。ライターを取り出そうとしていた手を止め、冷静に考える。

 ストレートに働いていますと答えようか? いや、ハリーやアピニオンの時みたいに疑惑の眼差しを向けられるのがオチだからやめとこ。

 ならどう返答しようか。話題を逸らしてスルーもありだが、通じなかった時の対処がめんどくさい。言い訳が追いつかなくなる。

 ただ、少なくとも今の発言から察するにヴィヴィオはアタシが就職したことを知らないはずだ。ていうか知らないでくれ。

 

「別にどうもしてねえよ」

「無限書庫でファビアさんと一緒に大暴れした時点でどうもしてないのはおかしいと思うんですけど」

「ほっとけアホ」

「私がアホならサツキさんはバカですねっ!」

「殺すぞクソガキ」

 

 ごまかしてみたがダメだった。しかも引きつった笑顔でバカと言われた。いつもならまずは一発ぶん殴るところだが、今はそんな気分じゃない。

 納得がいかないようで少しむ~っとした顔になっていたヴィヴィオだが、何か思い出したのかハッとした顔で口を開いた。

 

「じゃあどうして今年のインターミドルには出場していないんですか?」

「ん、ちょっと」

 

 とうとうヴィヴィオにまで聞かれてしまったが、いつかのハリーたちの時みたく適当にはぐらかす。めんどくさいったらありゃしねえ。

 しかしこれも納得できなかったようで、ヴィヴィオのむ~っとした顔にジト目が加わった。何かデジャヴだと思ったらクロのそれだ。

 これがヴィクターやエレミアなら何となく察してもらえたに違いないが、ヴィヴィオはそう簡単に問屋を下ろしてくれなかった。

 

「目を逸らさずにちゃんと答えてください!」

「出場する理由がなくなったから。どうだ、正直に答えてやったぞ」

「そ、それだけですか……?」

「それだけだ」

 

 止めていた手を動かしてライターを取り出し、左手に持っていたタバコに火をつけて一口吸う。こちらに向けられる視線がさらに鋭くなったがいつも通りだ。気にすることはない。

 アタシに聞こえないよう配慮しているのか小声で「一度でいいからサツキさんとも戦いたかったのになぁ……」と呟き、落胆するヴィヴィオ。

 ……にしてもあれだ。そろそろコイツとの会話も飽きてきたな。まだ眠いし、風は充分に浴びた。ついでにヴィヴィオが鬱陶しくなってきた。

 

「んじゃ帰るわ」

「あ、はいっ。お仕事頑張ってください!」

「待て小僧。テメエ誰からそれを聞いた。事と次第によっては――」

「わ、私は小僧じゃなくて小娘です! ていうかほんとに待ってください! 何でそんなに怒っているんですか!?」

 

 予想だにしなかった言葉が聞こえてきたので思わず動きを止め、振り向いて声に怒気を含みながらヴィヴィオに問いかける。

 いや待て。本当に待ってくれ。何でだ、何でコイツまで知ってるんだよ。誰かに聞いたとしても広がるの早すぎだろふざけんな。

 まず容疑者になるのはハリーだ。奴なら平然と言いかねない。その次に浮かんでくる容疑者はクロだが、彼女の性格上それはないと思っている。あんなんでも口は固い方だからな、アイツ。

 まあ容疑者は大体絞れたし、手始めにヴィヴィオの口から犯人が誰なのか聞いてみよう。コイツなら正直に答ええてくれる。

 

「もう一度聞くぞ。誰から聞いた」

「しゃ、シャンテから聞きましたけど……ダメでした?」

 

 今度会ったら全殺しにしてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どこに行くの?」

 

 雲の間から日が差す中、アタシはクロを連れて例の公園に訪れていた。もちろん朝にヴィヴィオと遭遇した公園とは別である。

 言うまでもなく、目的はサフランの姿を見せることだ。アイツの物腰の良さはコイツにも見習ってほしいからな。アタシは絶対に見習わねえが。

 今回もサフランはアタシの立っている位置から数百メートルほど先でゴミ拾いをしており、こっちの存在には気づいていない。

 クロはそれに気づいていないのか、呆れるようにアタシを見つめている。どうもアタシが何か企んでいると思っているらしい。

 

「えーっと……」

「それってお札?」

「ああ」

 

 前に渡したお札とは単価の異なるやつを五枚ほど取り出し、気配を殺しつつクロの存在を盾にしてサフランに近づいていく。

 すると磁石にでも引き寄せられたのか、サフランの方からこっちに近づいてきた。とはいってもアタシらの存在に気づいたわけじゃねえが。

 最初は数百メートルもあった距離はどんどん縮まっていき、それがゼロになったところですれ違いを装って彼女の上着ポケットにお札を入れ、そのまま反対側の出入り口へ歩いていく。

 

「えっ? この感覚、前にもあったような――またお札が!?」

「…………さ、サツキ?」

 

 デジャヴを感じて上着ポケットを確認し札束を見て驚くサフランと、心底驚いたと言わんばかりの声でアタシの名前を呟くクロ。

 とりあえずタバコを一口吸い、天に向かって紫煙を吐く。まあ、うん。アタシでさえ驚くようなことだからその反応は間違ってねえぞ。

 

「な、何で……」

「さあな」

 

 強いて言うならこれもアタシが働く理由の一つだが、いつものようにクロにだけ明かすのはやめとこう。口の軽い女だと思われても嫌だし、今朝のようなことになったらもっと困る。

 それにこういうこともあと少しの辛抱だ。必要な分の生活費を稼いだら闇金とはおさらば、いつもの日常に戻れる……はずだ。

 驚くあまり挙動不審になっているクロを一旦置き去りにし、一足先に公園から出たところで思わぬ人物と出くわしてしまった。

 

「クソガキぃ……」

「チッ、何でいるんだよ」

 

 モデルを彷彿とさせる外見に茶髪の髪とサングラス。その男――ヴェルサはアタシと目が合うなり、ムカつく笑みを浮かべる。

 まさか夜の街で複数の女を誑かしてそうな奴がこんな場所にまで出てくるとはな。尤も、コイツの場合は女よりも金だろうが。

 隠すことなく苦虫を噛み潰したような顔になりつつも足を進めていき、いよいよすれ違うというところで互いに立ち止まった。

 

「あのきょどってるチビはお友達か?」

「…………だったら何だゴラ」

 

 どうして挙動不審なだけでアタシの友達と認識したのか気になるが、聞いても口より手が先に出てしまいそうだから聞きはしない。

 しかもサングラスのせいで目元が隠れているから何を考えているのかわからない時がある。今までの奴と違って不気味さを感じるぜ。

 

「別に。ただお前みたいなクソにも友達なんてくだらねえもんがいることに驚きだわ。いや、クソだからいて当然かもな」

「テメエ……」

 

 何が目的だ。嫌味を流してそう言おうとしたところで、ヴェルサはタイミングを図ったかのように止めていた足を動かして公園に入っていく。

 その際、正気に戻ったクロともすれ違ったが特に反応はしなかった。どうやら興味のないことには無関心を貫くスタイルのようだ。

 だけどあの野郎、こんな平和的な場所に何の用があって来たんだ? 雰囲気的には誰かと待ち合わせしている感じだったが……。

 

「遅れてごめ……どうかした?」

「…………別に」

 

 クロと合流してもなおヴェルサの背中を睨みつけていたが、追う気にもなれないのでため息をつきながら止めていた足を動かす。

 そんなアタシを見て気まずさでも感じたのか目を泳がせるクロだったが、気遣いよりも好奇心が勝ったらしく意を決した顔で口を開いた。

 

「……さっき公園で私がすれ違った人、もしかして知り合い?」

「察しろ」

 

 予想通りの質問をクロならわかる程度に答え、右手に持っていたタバコを吸う。ああ、一服すると多少は心が落ち着くなぁ。

 一瞬怪しんだクロだが何となく察してくれたようで、小さいため息をついて頬を人差し指で掻く。まるでイケないことを聞いた子供みたいだ。

 さてと、用も済んだことだし腹ごしらえでもしてからクロと適当に街中をぶらつきますか。タバコとかライターとかマッチ棒とか買いてえし。

 クロの小さな頭を軽くポンポンと叩いてから撫でまくり、手に少しだけ力を入れて車のシフトレバーを動かす感覚で弄り回す。

 

「うぅ、私の頭はレバーじゃない……あっ、写真の入ったペンダントは……?」

「家に置いてある」

 

 頭と同じく小さな両手でアタシの手を掴み、離してほしいと言わんばかりに懇願した直後、クロは例のペンダントについて尋ねてきた。

 クロが今も首に掛けているものと同じやつをアタシは持っているが、見せびらかすほどの物でもないのでリビングのテーブルに放置している。

 

「はは……」

 

 それにしても何やってんだアタシは。ヤンキーであり続けたいだけなのに、何もかも気にせずただ突っ張っていたいだけなのに。

 人として変わらなければいけないのか、アタシが変わることを望んでいるのか。

 まあどちらにせよ――

 

 

「――これじゃ不良気取りの善人じゃねえか」

 

 

 小さな声で呟いたその言葉は、風によってもたらされた木のざわめきに掻き消された。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 21

「目を逸らさずにちゃんと答えてください!」
「出場する理由がなくなったから。どうだ、正直に答えてやったぞ」
「ち、近いですっ! 怖いですっ! そんな人を殺すような目付きで睨まないでぇ~!!」

 そんなに怖いか、アタシの目付き。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51話「邂逅」

 アタシが人生初の仕事を始めてから一ヶ月ほど経ち、ちょうど十月の半ばを過ぎた頃。

 冬が近づいていることを知らせるかのように気温は下がり、肌に当たる風がとても冷たい。

 サフランの件やクロへの軽い借金で生活費がかなり危ないことになっていたが、支払いの期日にはギリギリ間に合ったので止まっていた電気や水道が使えるようになった。

 これにはクロやたまにやって来る(来んな)エレミアも『やっと普通の家になった』と大喜び。無論、アタシにとっても嬉しいことだ。テレビが見れるしネットもできる。ちゃんとした風呂にも入れるし冷房や暖房も自由自在に扱える。

 帰る場所があるってのは実に良いもんだ。まさにそう思いながらいつものようにクロとマンションの階段を上り、四階の右から三番目にある我が家の扉を開いたときだった。

 

 

 

「…………何もねえな」

「…………何もないね」

 

 

 

 アタシの家が、塵の一つも残さず綺麗に無くなっていたことを知ったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ!」

「くたばれこのガキッ!」

 

 闇も一緒に包み込んでザーザーと降り続ける雨の中、人気のない路地裏で一人の少女が不良の集団に囲まれ、袋叩きにされていた。

 長めの茶髪を大きなリボンでポニーテールに纏めたその少女は、鉄パイプで殴られ、頭を踏みつけられてもなお、青緑色の瞳で不良達を睨む。

 そして握り込んだ拳に青色の光――魔力を宿すと、それを掬い上げるように男二人の下顎へ叩き込み、辛うじて袋小路から脱出する。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 少女は荒れていた。どうすればいいのかわからず自棄になり、血気盛んな性格でもあったことから不良との喧嘩へ身を投じるようになっていた。

 とはいえ、少女が喧嘩漬けの日々を送り始めてから約一ヶ月。二、三人ならまだしも、それ以上の数を相手にするのは無謀でしかない。

 

「ナメんなコラァ!」

「ヒャッハァー!」

「っ!? しま――」

 

 一瞬動きが止まったところを一気に畳みかけられ、再び袋叩きにあってしまう。

 もう一度脱出を図ろうと拳に魔力を宿すも、同じ手が何度も通用するほど現実は甘くない。

 すぐに勘付いた不良の一人に腕を蹴られ、握り込んでいた拳を強制的に解かれてしまった。

 痛みで顔を歪める少女に牙を剥かんと襲い掛かる、圧倒的な数の暴力。しかしそれは、突如現れた第三者によって阻止された。

 

「あぎゃぁ!」

「何だてめーは!?」

 

 自分を囲っていた不良が一人、また一人と吹き飛ばされていく。何が起きているのか確かめるため、ガバッと顔を上げる少女。

 鈍い音が聞こえてくる方へ振り向くと、男の顔面に右の膝を容赦なく突き刺し、別の男を豪快に殴りつける女性の姿があった。

 180後半はあろうかという長身に、女性らしさを残しながらも完璧に引き締められた体。

 夢ではない。格闘技選手の理想を体現したかのような存在が、そこにはいた。

 

「くそ、あのガキの仲間か!?」

「構うな! やっちまえ!」

 

 完全に不良達の矛先が少女からいきなり現れた女性へと向けられ、女性の方もそれを待っていたかのように不良を一人ずつ殴り飛ばす。

 不良達には仲間だと認識されたらしいが、少女の知り合いにあんな女性はいない。仮にいたとしても、歴戦の猛者と野獣を掛け合わせたかのような雰囲気の女性など忘れるわけがない。

 女性は金髪の男に鋭い蹴りを入れ、彼が身体をくの字に曲げたところで頭を鷲掴みにし、顔から地面に何度も叩きつけていく。

 これをチャンスと見たのか、不良達は少女の時みたく女性を袋叩きにしようと囲う。が、十秒も持たずに女性が振り上げた拳の風圧で一蹴されてしまう。

 

「ぐはぁっ! おぐっ!?」

「あがっ!? ごふっ!」

 

 圧倒的な数の暴力を捩じ伏せる、一人の女性による絶対的な暴力。降りしきる雨の中で繰り広げられ、止まる気配のないそれを前に、他の不良達は恐怖のあまり動けずにいた。

 それでも彼女を止めようと羽交い絞めにしても簡単に脱出され、背後から後頭部を鉄パイプで殴りつけても全く意に介されない。

 同じくその光景を見ていた少女も、助けられたとはいえやはり良い思いは抱いておらず、苦虫を潰したような顔になっている。

 

「がはぁっ!」

「く、来るなぶふっ!?」

 

 喧嘩腰のまま怯える不良達を一撃で無力化していき、残る不良が二人になったところで細身の男を蹴り倒しマウントを奪う女性。

 彼女がそのまま男の顔面に拳の連打を地面に亀裂が入るほどの勢いで叩き込んでいると、彼の口からある言葉が吐き出された。

 

「お、お前、まさか“死戦女神”か……!?」

「だったら何だゴラ」

 

 死戦女神。他の不良とは一線を画す、ミッドチルダ最強のヤンキー。

 素手でアスファルトを粉砕、街灯を片手で持ち上げ軽々と振り回す、どれだけ徒党を組もうと返り討ちにされるなど様々な武勇伝が存在する。

 特筆すべきはそれらを、魔法によるフィジカル強化抜きで行っているという点である。この世界では当たり前のように使うフィジカル強化を彼女は一切使っていないのだ。

 少女もある程度の噂は聞いていたが、もっと筋骨隆々とした外見の人物だと想像していたため、目の前で暴れている女性が“死戦女神”であることに少なからず驚いていた。

 

「くたばれ化け物――ッ!!」

「あァ?」

 

 未だに状況が飲み込めない少女でも聞き取れるほどの叫び声が聞こえ、化け物呼ばわりされた女性は少し苛立ちながらも後ろへ振り向く。

 二人の視線の先には、自棄にでもなったか女性を轢こうとバイクで走らせる不良の姿があった。おそらく最後の一人だろう。

 女性は逃げるどころかその場で握り込んだ左の拳を溜めるように構え、バイクとの距離が完全に縮まると同時に身体を捻って拳を突き出す。

 

「う――!?」

 

 ――次の瞬間、バイクは跡形もなく粉々になり、間髪入れずに発生した拳圧で女性を中心に降っていた雨が吹き飛ばされた。

 バイクに乗っていた不良と上半身を起こしたまま動かずにいた少女も紙のように宙を舞い、放物線を描いて壁に激突する。

 かつてない痛みが背中を襲い、涙目で顔を歪める少女。その目には女性を中心に隕石が落ちたかのような巨大クレーターが映っていた。

 

「あー……ちょっと力んだなこりゃ」

 

 やっちまったと言わんばかりに空を見上げ、苦笑いでもしているのか左手で頭を掻く女性。もう不良達のことなど眼中にはないようだ。

 唾を吐き捨て、少女の存在に気づいていないのかそのまま立ち去ろうと女性が背を向けた途端、拳圧で吹き飛ばされた雨が再び降ってきた。どうやら一時的なものだったらしい。

 

「何だったんじゃ、ありゃぁー……」

 

 あまりにも唐突過ぎる出来事を前に、少女は闇の中へと消えていく女性の背中を見つめ、冷たい雨を肌に浴びながら呆然とするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「家がぁ、家がぁぁぁぁ……」

 

 エレミアとの決闘まで残り一週間。何の前触れもなく我が家を失ったアタシは、一夜を過ごした公園のベンチで頭を抱えていた。

 今まで当たり前のように過ごしていたせいでこれっぽっちもわからなかったが、帰る場所を失うのってこんなにも響くものなのか。ちょうど『帰る場所があるってのは実に良いもんだ』とか思い始めた矢先に起きたし。

 あのあと管理人へ直訴したものの、誰かに口封じされていたようで肝心なところだけは答えてくれなかった。売り払われたのは確実だが。

 問題は誰が売り払ったかについてだが、それが知っている人物だとすれば大体見当はつく。機会があればすぐにでもブチのめすつもりだ。

 

「……サツキはエレミアみたいに放浪生活でもやっていけるでしょ」

「そういう問題じゃねえんだよ」

 

 半年前のようにアタシの様子を見に来たクロに入れられたツッコミを軽く受け流し、ライターで火をつけたタバコを一口吸う。

 ……だがクロの言う通り、やろうと思えばエレミア顔負けのサバイバル生活でも生きてはいける。実際に経験もしてるしな。

 なので我が家を失ったこと自体はそれほど気にしておらず、帰る場所を失ったことで……えーっと……何て言えばいいのかわからないが、傷付いた心をどうにかしたい。

 

「仕事はまだ続けてるの?」

「一応な」

 

 アタシは生活費の全てを払った今でもブラックな闇金で警備員兼ボディーガードを勤めているが、エレミアとの決闘前には辞めようと思う。

 目標の一ヶ月勤務は達成したし、飯を食える程度にはお金も得た。これ以上暗部に浸っているところで働くのはごめんだ。

 ちなみに口座は依然として空っぽである。元々お金には余裕がなかったので。ゴロツキから調達した分もタバコや飯ですぐに消え去るしな。

 

「…………飯でも食うか」

 

 コクッとクロが頷いたのを確認し、ベンチから立ち上がる。とりあえず気分転換に腹ごしらえだ。それから風呂にも入りたい。

 そういえば最近、学校にもまともに行っていないなぁ。仕事に集中していたせいでもあるが、行く気がなかったのも事実……まあいいけど。

 公園を出たところで紫煙を吐き出し、続いて痰を唾と一緒に吐き捨てる。やっぱりタバコじゃ腹の足しにはならねえか。

 ちょうど交差点付近にあるコンビニを通り過ぎたところでタバコを投げ捨てた瞬間、左の肋骨に小さな肩のようなもの――クロと年齢の近そうなガキんちょがぶつかってきた。

 

「サツキ?」

「おいゴラァ……」

 

 テクテクと前を歩いているクロの声を聞き流し、ムカついたこともあって舌打ちしながらその場で立ち止まった少女に目をやる。

 クロよりほんの少し高い身長、長めの茶髪を大きなリボンで纏めたポニーテール、少し濁ってるようにも見える青緑色の瞳。

 少女はぶつかった拍子に落としたであろう袋を拾い上げ、大丈夫かどうか確認する。匂いからして中に入っているのは食べ物だな。

 どうやら袋は無事だったようで安堵の息をついた少女だが、すぐにハッとなって焦り気味にこっちへ振り向き、ご丁寧に頭を下げる。

 

「す、すみません――あっ!?」

「ん?」

 

 アタシの顔を見るなり驚きの声を上げ、口をパクパクさせる少女。どっかで会ったか?

 

 

 

 




 この出会い、vvst1話を見て絶対にやりたいと思った。時系列的にも問題はないはずだし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52話「三つ巴」

「つまりお前のケンカにアタシが横槍を入れる形になったわけか」

「は、はい」

 

 コンビニ付近でぶつかった少女から話を聞こうとさっきの公園へ連れてきたのはいいが、クロとは昼飯確保のため一旦別れることになった。

 何故かアタシを知っていたこの少女の名前はフーカ・レヴェントン。泊まり込みのバイトで食い繋いでおり、絡んでくる不良達とケンカ漬けの日々を送っている問題児らしい。

 コイツが言うには先日、いつものように路地裏で不良の集団とやり合って袋叩きにされていたところを、どこからともなく乱入してきたアタシに助けられたとのこと。

 最初はただの勘違いだと思っていたが、レヴェントンに『その日は雨が降っていた』と言われたことで曖昧ながらも思い出し、今に至る。

 

「で、何の用だ? わざわざアタシに獲物を横取りすんなとでも言いに来たのか?」

「ち、違います! わしはただ、助けてもらったお礼も含めて緒方さんに会いたいなと――」

「いや、お前を助けたつもりはなかったんだけど」

 

 確かにあの時、ゴロツキ共がコイツを集団でボコっていた。だけど助けたつもりは毛頭ない。たまたまそういう結果になっただけだ。

 納得がいかないのか「それでも……!」と何か言おうとしていたレヴェントンだが、近くにあった時計を見て焦りながら弁当を食い始めた。

 

「焦っても弁当は逃げねえぞ」

「お昼休憩の最中だったんです! じゃけどもう時間がありません!」

 

 そう言いつつ、三箱もある弁当を平らげていくレヴェントン。ちなみに弁当の中身は駅弁のそれだった。匂いである程度わかってたけど。

 トントンと箱を叩いてタバコを一本取り出し、マッチ棒で火をつけて一服する。それにしてもクロがまだ来ない。ガツガツと弁当を食べるコイツを見てたらアタシも腹が減ってきたぞ。

 くつろぐように紫煙を吐いていると、お茶を飲み干したレヴェントンが勢いよくベンチから立ち上がった。よっぽど急いでるんだな。

 

「で、ではまた後日に! 今回はまともに話せんかったので!」

「あっ、おいコラ」

 

 物凄く慌てているようで勝手にまた会う約束を押しつけると、レヴェントンはこちらに一礼し猛ダッシュで公園から去って行った。

 ……いろいろ言いたいことはあるが、それはまたの機会にしよう。強引に約束させられたからどっちにしても会うのは確実だし。

 ていうかアイツの口調、どっかで聞いたことがあると思ったら広島弁か。エレミアの関西弁といい、こっちじゃどういう認識なのか気になるな。

 そういや広島弁のヤンキーともやり合ったなぁと地球にいた頃を思い返していると、隣に二箱の弁当を持ったクロが座り込んだ。

 

「遅えよ」

「……さっきの子は?」

「時間がないとかで弁当食ったら失せやがった」

「じゃあ、そのゴミはあの子のやつ?」

「は? ゴミ?」

 

 思わず首を傾げ、クロが指差す方へ視線を向ける。そこにはさっきレヴェントンが平らげた弁当箱が綺麗に置かれていた。ご丁寧に蓋まで閉め、使ってた箸を紙袋に戻してやがる。

 いやいや、ここまで綺麗に纏めるくらいなら自分で処理しろよ。何で置きっぱなんだよ。いくら故意じゃなくてもこれは酷いぞ。

 口に咥えていたタバコを左手に持ち、口の中に溜まった煙を広げるように吐き出す。とりあえずこのゴミはクロに処分させよう。

 

「汚えから片付けておけよ、そのゴミを」

「な、なんで私が……あうぅ……!」

「適任だからに決まってんだろ」

 

 クロから受け取った豚カツ弁当の蓋を開け、彼女の頭を軽く撫でる。気持ちよさそうに目を細めながら嫌がっても説得力に欠けるぞ。

 このあと本当にレヴェントンの分までゴミを処理してくれたが、これっきりだと可愛らしく頬を膨らませながらそっぽを向くクロだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お、お久しぶりです」

「ああ、そだな」

「うぅ……」

 

 翌日。公園の木の上で寝ていたところを『会うのが恥ずかしい』と訳のわからないことをほざくクロに無理やり連行されたアタシは、出入り口で誰かを待っていたっぽいハイディと再会した。

 覇王の子孫であるハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルト。前から思ってたけど名前長すぎだろ。知っている奴は一回でもいいからツッコめよ。ちなみに友人からは『アインハルト』と呼ばれているようだ。

 気合いでも入っているのか、上着を軽く羽織ったワンピースのような服を着ている。常時フードファッションのアタシにはあんまりわからんが。

 アタシを強引に樹上から叩き落としたクロは頬を赤く染めて後ろに隠れており、チラチラとハイディの顔色を窺っている。

 

「クロ。あなたの言う一緒に連れていきたい人というのは……」

「……こ、このサツキだよ」

「まずは説明しろ。カブトムシみてえに落としやがって」

 

 元凶のクロに説明を求めるも、後ろに隠れたまま出てこようとしない。それを見かねたのかハイディが代わりに説明してくれた。

 内容はこうだ。クロと仲良くなりたいハイディは知り合いを通じて彼女と二人きりで会う約束を持ちかけるも、当のクロが人見知りなのもあって二人きりはまだ無理と一度は拒否されてしまう。それでもハイディが粘った結果、もう一人連れていくという条件で交渉は成立したらしい。

 ……うん、あれだ。クロの野郎、どうでもいいことでアタシを生け贄にしやがった。

 ちょっとイラついたのでクロの頭を一発ぶん殴り、引き剥がしてハイディに押しつける。そろそろアタシから自立することを覚えろ。

 

「い、痛い……!」

「あの、何も殴る必要はなかったんじゃ……」

「アタシの眠りを妨げたソイツが悪い」

 

 痛そうに頭を押さえるクロと、彼女の頭を現在進行形でよしよしと撫でるハイディ。外見は似ても似つかないが、雰囲気は姉妹のそれだ。

 何かタバコを吸いたくなってきたので箱を取り出した途端、お返しのつもりなのか立ち直ったクロにその箱を奪い取られた。

 しかも今度はハイディの後ろに隠れ、さっきみたいにチラッと顔を見せてきた。何コイツ、めちゃくちゃブチ殺したいんだけど。

 

「べー、だ」

「おい返せ」

「どちらをですか?」

「箱に決まってんだろ。ソイツはくれてやる」

「私を物みたいに扱わないで」

 

 まさか大人しそうなハイディまで悪ノリしてくるとは思わなかった。だがしかし、箱を取り返さないとタバコが吸えないままだ。

 ていうか何がべーだコノヤロー。人形のような無に近い表情であっかんべーやりやがって。せめて女の子らしく可愛い顔でやれ。

 

「返せオラ」

「あっ……!」

「!?」

 

 一瞬でハイディの背後に回り込み、クロが持っていた箱を素早く奪い返す。最初からこうすべきだったかもしれない。

 ちょっと速く動いたせいかハイディはアタシの姿を見失っていたが、クロの驚く声を聞いてすぐにこちらへ振り向いた。

 ……仕方がない。ホントは寝るつもりだったけどコイツから何か情報が得られそうだし、クロの誘いに乗ってやるか。

 

「おいハイディ。行き先は決まってんのか?」

「はい。最近できたショッピングモールでランニングシューズを買おうかと――」

「やっぱパス」

「待ってアインハルト、それ私も初めて聞いたんだけど」

「今決めましたので!」

 

 ドヤ顔でペッタン胸を張られても困る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「運動の後はお食事です!」

「元気だねえ」

「うん。つくづくアインハルトが脳筋だって思い知らされるよ」

 

 あれからハイディの提案で何故かスポーツジムに連れていかれ、アタシとクロはやりたくもないトレーニングを散々やらされた。

 だが、アタシがトレーニング器具を破壊しかけたせいで予定よりも早く出られたよ。ちなみにクロは真っ先に死にかけてたな。

 もちろんアタシはトレーニング何ぞこれっぽっちもしていない。というか別に強くなりたいとは思ってないのでする必要がない。

 そして汗をびっしょりと掻いたハイディのお腹が鳴ったので昼飯を食べようとクロが提案し、フード店にやってきたというわけだ。

 

「しっかしこの店、言うほど人気ないのな」

「そうですね。何でも近くに新しいお店ができたせいで、お客さんを持っていかれたとか」

「どんな仕事にも競争はある……」

「管理局にもあるんですか?」

「うん……一応」

 

 ハイディとクロが二人だけの世界に入ったのでアタシは箱からタバコを取り出し、今回はオイルライターで火をつけて一口吸う。

 やれやれ、ここが喫煙席で助かったよ。ハイディのことだから普通に禁煙席という地獄の空間を選ぶのかと思ってたんで命拾いしたわ。

 さて、まだ時間はあるな……またサフランにお札をくれてやるか。すれ違う度に彼女の表情を見ているのだが、未だに余裕がない状態なのだ。

 

「――サツキさん」

「あ?」

 

 財布の中身を確認しようとした瞬間、いきなり二人だけの世界から厳しい現実世界に戻ってきたハイディに話しかけられた。

 

「何だ」

「私は………………い、以前、あなたに勝負を挑んで完膚なきまでに打ち負かされました」

「そうだな」

「そうなの?」

 

 今なんか凄え間があったけど、どうやら通り魔の件はもうハイディにとって黒歴史になってるっぽいな。後でからかってやろう。

 タバコを一口吸って紫煙を吐き出し、トントンと灰皿に吸い殻を落とす。へぇ、他と違ってコイツは注意してこないのか。

 クロはアタシとハイディがやり合ったことを知らない――わけではないのだが、何故か知らない素振りを見せている。さては勘違いしてるな?

 

「通り魔時代の――」

「お、大きな声で言わないでくださいっ!」

「…………あっ」

 

 アタシの通り魔時代という言葉に反応し、顔を真っ赤にしてあたふたと両手を振るハイディ。クロは自分の勘違いに気づいたようだ。

 ハイディはコホンとわざとらしい咳払いをすると、多少落ち着いたのかまだ頬をほんのりと赤く染めたまま真剣な表情になった。

 

 

 

「今の私ではサツキさんやジークさんにはとても敵いません。ですが――いずれお二人に追いついてみせます」

 

 

 

 そう告げるハイディの表情はいい意味で清々しいものになっていた。ヴィヴィオが言っていたことは間違ってなかったらしい。

 

「いいぜ、忘れてなきゃ待っといてやるよ。けどな、生憎アタシは三位決定戦になんぞ興味はねえ。本当に追いつきたいのならまず目先のエレミアに勝つんだな」

 

 彼女の宣戦布告を受け取り、アタシも好戦的な笑みで返す。挑戦状みたいなものを突きつけられるなんて、クーガ・ビスタの一件以来だわ。

 ちなみに目先のエレミアってのはそのままの意味だ。アイツの方がハイディと同じ競技選手である分、距離は近いからな。

 クロが無言でフライドポテトを食べる姿をチラ見で見つめていると、ハイディがきょとんとした顔で口を開いた。

 

「その言い方だと、サツキさんの方がジークさんよりも強いことになりますよ?」

「近いうちにそうなるから大丈夫だ」

 

 

 

 そう、近いうちに――エレミアとの決闘当日である10月31日の午後に。

 

 

 

 

 




 急ピッチで仕上げたとはいえ、広島弁風の口調が死ぬほど難しかった。

《今回のNG》TAKE 18

「通り魔時代の――」
「お、大きな声で言わないでくださいっ!」
「通り魔の――」
「やめてくださいっ!」
「…………通り魔――」
「やめちぇッ! や、やめてくださいっ!」

 何これ面白い。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53話「迷う少女」

『――ま、またお札が入ってる! これで何度目なの!?』

 

 聞き慣れたサフランの叫びを背に、例の公園から離れていく。このやり取りも何回目だろうか。三回目以降はもう数えてねえや。

 トントンと吸い殻を落としたタバコを一口吸い、紫煙を吐いてから投げ捨てる。そろそろ新しいやつを買った方がいいかもしれない。

 昼飯の時間まで一時間か……そうだ、レヴェントンに会ってみるか。まだ約束も果たしていないことだし、何か面白い情報を持ってそうだし。

 そうと決まれば出発だ。例の公園とはまた別の公園に向かおう。ここからだと結構な距離があるけどさほど問題ではない。ビルや街灯の上を跳んでいけば短時間で着けるからだ。

 アタシの知る公園は三つある。一つはヴィヴィオと遭遇した公園、もう一つはこのミッドチルダ西部にある公園、最後につい最近一晩過ごした公園である。意外と多いな。

 

「よし、いくか」

 

 近くにあった街灯に跳び乗り、ビルや別の街灯へ軽快に跳び移っていく。一歩踏み外せば地面に真っ逆さまだが、落ちなければ爽快だ。

 そうしてるうちに景色が変わっていき、嫌というほど見慣れた首都クラナガンにあるアタシが寝床として利用している公園へ到着した。

 アイツが本当にアタシに会いたいと思っているのなら、間違いなくここへ来るはずだ。というかここしか知らないだろうし。

 街灯から木に跳び移り、猿のように樹上へよじ登って公園全体を見渡す。これでレヴェントンが見つかればどんなに楽か。

 

「――おっ?」

 

 入り口付近に視線を向けた瞬間、見覚えのあるポニーテールがキョロキョロしながら公園へ入ってくるのが見えた。ビンゴやな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか本当に会えるとは思わんかったです」

「ああそう」

 

 あのあとすぐに樹上から跳び下りてレヴェントンと周りにいた人達を驚かせてしまい、非常に目立ったこともあり路地裏の近くまで逃げてきた。

 時間的にも昼飯の時間だったのか、レヴェントンの手には弁当が入っているであろう袋が握られている。というか匂い的には前と同じやつだ。

 だけど手ぶらだったアタシに気を遣ってくれたのか、彼女はついさっき三箱もあった弁当箱のうち一箱を分けてくれた。

 もちろん分けてくれたからには食べないといけない。今現在、レヴェントンと他愛のない会話をしながら美味しく頂いているところだ。

 

「お前、駅弁好きなのか?」

「はいっ! 一度食べたときから癖になっとるんです!」

 

 いきなり凄え笑顔になるレヴェントン。駅弁が好きというより、食べることが好きって感じだな。アタシの予想だけど。

 一箱だったこともありすぐに食べ終わり、アタシの倍は食っていたはずのレヴェントンもほぼ同時に完食していた。早すぎだろ。

 ここに来る途中で買ったお茶を飲み、火をつけたばかりのタバコを吸う。とりあえずコイツには聞きたいことがあるんだわ。

 

「そういやお前、バイトで食い繋いでるくせに何でリスクしかないケンカしてんだよ」

「そんなん、仕事中に絡まれたからやり返したに決まっとるでしょう。そしたら向こうが仲間を引き連れて仕返しに来よるんです。そのせいで何度もバイトをクビになりました」

「お前イタチごっこって知ってる?」

 

 それお前のせいじゃね? とか一瞬でも思ったアタシは絶対に悪くない。

 アタシもその手のイタチごっこは経験済みだからな。それもつい最近。あれはクロがいなかったらマジで危なかった。

 プライベートで絡まれたのでやり返した、というのならまだわかる。だけどコイツの場合は仕事中にやり返した。そりゃクビにもなるわな。

 

「アタシが聞きたいのは、お前が意味のないケンカをするようになった理由だ」

「そ、それは……」

「言っとくが強制じゃねえぞ。アタシにだって言いたくねえことの一つや二つはあるしな」

 

 例えば今アタシが働いている職場とか、殺し合いクラスの賭けファイトに参加した事とか、地球でやらかした事とか。まあそれは置いておこう。

 どうして無謀なケンカを繰り返すようになったのか。レヴェントンはそれを、思い出したくないことを思い出したかのような顔で教えてくれた。

 

 

 

 孤児院出身のレヴェントンには、同じ孤児のリンネという気弱だけど大切な幼馴染みがいた。ある日、そのリンネが金持ちであるベルリネッタ夫妻に引き取られ、養子になった。後にリンネが格闘技選手として活躍し始め、レヴェントンも彼女の試合を見に行くなど気に掛けていた。

 だが当のリンネは弱者を見下す者へと変貌しており、意見が合わず口論、さらにはケンカへ発展するも敗北。その際、

 

『私は強くなったし、これからも強くなる。誰にも見下されない、見下ろされない場所に行く。だから……邪魔をしないで』

 

 という言葉を浴びせられ、最終的には彼女の濁ったドブのような目を見て決別。それ以降はケンカ漬けの毎日を送り続け、今に至るとのこと。

 

 

 

「…………そんな奴いたっけ?」

 

 とりあえず事情はわかった。だけどリンネ・ベルリネッタという格闘技選手は見たことも聞いたこともない。総合選手だったアタシとは競技部門が異なるせいだろうか。でもトーナメントで優勝するような奴らしいし……あと無敗だとか。

 もしもレヴェントンの話が全て本当なら、彼女の幼馴染みであるベルリネッタというクソガキはアタシの嫌いなタイプに入る。

 ひたすら強さだけを求め、視野を狭めて周りを見ようとしない。この二つに関しては通り魔時代のハイディにムカつくほどそっくりだ。

 

「知らんのですか?」

「知らねえ。知る暇もなかったしな」

 

 こちとら裏社会への入り口みたいな場所である闇金融で働いてたんだ。そんな暇あるわけがない。あるなら全部休みの時間に費やしてるよ。

 ていうか、幼馴染みとケンカしただけでこんなに荒れるか普通? まあそれだけレヴェントンにとってはベルリネッタが大きな存在だったと大まかな予想はつくけど。

 ライターで火をつけたばかりのタバコを一口吸い、紫煙を吐く。煙をレヴェントンの顔に掛けてやろうかと思ったがやめといた。

 

「で、お前はどうしたいの?」

「わ、わしがですか?」

「他に誰がいるんだよ」

 

 そう、当面の問題はベルリネッタよりもレヴェントンの方だ。前者は競技選手という地位を確保している。金持ちの養子という点を差し引いても、辞めない限り将来は安泰だろう。

 だがレヴェントンはどうだ。住み込みのバイトで食い繋いでるとはいえ、何度も仕事中に揉めてクビになるほど荒れている。それが続くようじゃ孤児院に逆戻りだ。

 ……あれ? 何かレヴェントンの状況がアタシのそれに似てなくもないぞ? い、いや、アタシは一応働いてるし大丈夫…………じゃねえわ。現在進行形で住む場所とお金に困ってるわ。

 とにかく、今この場における問題はレヴェントンの現状だ。ベルリネッタに関してはぶっちゃけどうでもいい。アタシには関係ねえし。

 

「わしは……その、どうしてええかわからんのですが……強くは、なりたいです」

「格闘技やれ」

 

 はい解決。はっはっは、何とも呆気ない終わりだったね。さーて、飯でも――

 

「格闘技はやれません」

 

 あれ? 耳がおかしくなった?

 

「……おい、強くなりたいんだよな?」

「はい。じゃけど格闘技は嫌いなので」

「やりたくないと」

 

 嫌そうな、というより迷いが見える顔でコクリと頷くレヴェントン。

 うーん、単に嫌いなのとはまた別だなこりゃ。もしかしてベルリネッタが格闘技をやっているから自分はやりたくない的なものか?

 そんなアタシの予想は少なくとも当たっていたらしく、レヴェントンはアタシの顔を見ると真面目な顔付きで口を開いた。

 

 

 

「緒方さんは、どうやってあんなに強くなったんですか?」

 

 

 

 それを聞いた瞬間、レヴェントンが気づかない程度に口元を引きつかせ、苛立ちに任せて吸っていたタバコを乱暴に投げ捨てていた。

 

「…………それを聞いてどうするつもりだ」

 

 思わず威圧的な声を出してレヴェントンを睨みつけ、意図せぬうちにビビらせてしまう。

 それでも表情を変えることなく、まっすぐアタシを見つめるレヴェントン。意外と度胸があるのか、身体も全く震えていない。

 

「あ、安直な考えかもしれんのですが……緒方さんと同じことをすれば、何か得られるかもしれんと思いまして――」

 

 緒方さんと――アタシと同じことをすれば。その一言を聞いた瞬間、アタシは話を遮る形でレヴェントンを軽く殴りつけていた。

 レヴェントンは何をされたのかわからないという顔で呆然としていたが、痛みで顔を歪めて自分が殴られたことに気づく。

 

「な……何しよるんですか――ぁ!?」

 

 勢いよく立ち上がって抗議してきたレヴェントンの顔面にもう一発拳を叩き込み、彼女が倒れたのを確認して唾を吐き捨てる。

 どうやらコイツは気づいていないようだ。自分がベルリネッタと同類になろうとしていることに、自分が現状から逃げてることに。

 後者はコイツ自身の問題だからともかく、前者はひたすら気に入らねえ。わざわざアタシの嫌いなタイプになろうとしていることが、心の底から気に入らねえんだよ。

 

「ふざけろ、テメエもベルリネッタと同類じゃねえか。力欲しさにしがみつきやがって」

「っ……」

 

 興醒めだバカヤロー。さっさとその場を後にしようと歩き出し、タバコを吸おうと箱を取り出した途端、後ろから何かがしがみついてきた。

 もう感触と臭いで誰なのかわかるので驚くことなく振り返り、視線を下に向けて腰に両手を回すレヴェントンの姿を捉える。

 これはウザい。今回はあんまり乗り気になれないので見逃してやろうと思っていたが、やっぱりボコろうと拳を握り込んだときだった。

 

 

 

「――わしはあいつとは違うんじゃぁ!!」

 

 

 

 レヴェントンは憤然とした表情でそう叫ぶと両腕に力を込め、アタシの身体を路地裏の奥へと強引に押し始めたのだ。何がしたいのお前。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54話「孤児とヤンキー」

「ぐあぁ……!?」

 

 路地裏の奥にて少女――フーカ・レヴェントンの身体が宙を泳ぎ、壁に叩きつけられたことで鋭い衝撃音とクレーターを発生させる。

 一瞬何をされたのかわからず呆然とするも、背中が悲鳴を上げたことでフーカは初めて自分が投げられたことに気づいた。

 誰に投げられた? わしはさっきまで緒方さんにしがみついとった。つまり――

 

「ボケが……そこでくたばってろ」

 

 そこまで考えたところで苛立ちの籠った刺々しい声が聞こえ、俯いていた顔を上げたフーカは自分を見下ろすサツキの姿を捉える。

 サツキはめんどくさそうに唾を吐き捨てるとフーカに背を向け、何事もなかったかのようにその場から立ち去ろうと歩き出す。

 震える足を気合いで動かし、壁を支えにして立ち上がるフーカ。彼女はサツキに言われたある事がどうしても許せなかった。

 

 

 ――テメエもベルリネッタと同類じゃねえか。力欲しさにしがみつきやがって。

 

 

 孤児だったフーカは人を見下し、弱者を陥れるような人間が大嫌いだ。なのにサツキは、自分がリンネ・ベルリネッタと同類だと言った。強さだけを求めるようになり、弱者を見下す者へと変貌してしまった幼馴染みと同類だと。彼女はそれが悔しくて我慢できなかったのだ。

 地面を蹴り、今にも立ち去りつつあるサツキを引き止めようと、魔力で強化した両手を使って彼女の腰へもう一度しがみつく。

 これにより既視感を感じたサツキは立ち止まって後ろへ振り向き、視線を下に落として腰にしがみつくフーカを見て眉を顰める。

 

「――ごぉっ!?」

 

 そして自分を行かせまいとしがみつくフーカを、まるで赤子を扱うようにあっさりと引き剥がし、懐へ前蹴りを繰り出した。

 二メートルほど身体が後ろへ引きずられ、躓くように転倒したことで背中から後頭部に掛けて凄まじい衝撃に襲われてしまう。

 諦めずに血を吐きながら急いで立ち上がるも、あの時のリンネと似たような目のサツキを見てカッとなり、何かを払うように首を振りまくる。

 

「あいつとは、あれらとは違うんじゃぁっ!」

 

 激昂しながら叫び、今度は魔力を宿した拳でサツキに殴りかかるフーカ。サツキはそれをジッと見つめるだけで迎え撃とうともしない。

 フーカの右拳は唸りを上げながらサツキの腹部へ突き刺さり、抉るようにめり込んでいく。

 しかしサツキはそれを表情一つ変えずに、しかもその場から一歩下がっただけで難なく受けきっていた。余裕にも程がある。

 間髪入れず二発目を腹部へ叩き込まれるも意に介さず、右の膝蹴りをフーカの胸元へブチ込んでから左の拳で殴りつけた。

 

「がは…………わしを、わしをあれらと一緒にするなやぁぁぁ!」

 

 肋骨が悲鳴を上げると共に息が詰まり、またもや倒れ込んでしまうも無我夢中で起き上がって拳を握り込み、再び殴りかかるフーカ。

 本人はまだ知らないが、フーカの骨格は並々ならぬ強度を誇る。どんなに殴られようと肉にしか傷はつかず、骨に傷がつくことは滅多にない。

 無謀な喧嘩を一ヶ月は繰り返しているにも関わらず、彼女が今に至るまで大きな怪我をせずに済んだ要因の一つでもある。

 そのためフーカの放つ拳も非常に硬く、並みの相手なら一撃で沈めることができる。

 

 

 ――とはいえ、今回は相手が悪すぎた。

 

 

 何故なら相手は“死戦女神”というミッドチルダ最強のヤンキーであり、次元世界最強のアスリートとも互角に渡り合える実力を持つからだ。

 これに対してフーカは喧嘩歴一ヶ月の素人。骨格こそ恵まれているが、それだけでサツキに対抗することは不可能に等しい。

 だが、そんなことはフーカ自身が一番わかっていた。自分とサツキの間には、次元が違うと言っても過言ではないほどの絶対的な差があると。

 

「でやぁぁぁっ!」

 

 次は狙いを腹部から顔面へ変更したフーカだが、体格差があり過ぎるためそのままでは届かない。なので足に力を入れて跳び上がり、青い魔力光に包まれた右拳を鼻っ面へ叩き込んだ。

 続いて顔面に右を突き刺した状態で左を後ろに引いた瞬間、

 

「うあぁ――っ!?」

 

 脳天に鈍い衝撃が走り、飛んでいたところを叩き落とされるように地面へと叩きつけられた。

 全身が悲鳴を上げとるかのように痛い。一体何をされた? 一体何が起きた? なしてわしは空を見上げとるんじゃ?

 最初に投げられたときよりも混乱し、自分が仰向けになっていることになかなか気づかないフーカ。そんな彼女をサツキは真上から見下ろす。

 フーカは視界に入ってきたサツキを見てようやく自分の状態を理解すると同時に、掠り傷すら付いていない彼女を目の当たりにして全身から血の気が引くのを感じた。

 

「懲りねえ野郎だな全く。もう立つなよ」

 

 そう言うとフーカの視界から外れ、三度目の正直と言わんばかりに立ち去ろうとするサツキ。

 自分の元から少しずつ離れていく足音を耳にしたフーカは、全身の痛みを堪えながらダルマの如く立ち上がってみせた。

 念のため視野を切り替えていたサツキはその光景を見て立ち止まり、唾を吐きながら唖然とした顔でフーカの方へ振り向く。

 

「……マジでしつけえな、お前。もしかして自殺志願者か?」

「ち、違います……わしはただ、先ほどの発言を撤回してほしいだけです……!」

 

 ならどうしてアタシをこんなところへ連れてきた。そんな必要はなかったはずだが。

 聞く気がないのか目の前で真剣な表情をしているフーカをよそに、周りを適当に見回してタバコでも吸おうかなと考え始めるサツキ。

 

「じゃけん、その……わしはリンネとは、あいつとは同類じゃない――」

 

 その刹那だった。フーカの言葉を遮るように、彼女がいる方向から鈍い音が聞こえてきたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――は?」

 

 レヴェントンが喋ってる最中に突然鈍い音が路地裏に響き、思わず彼女がいる方へ振り向く。

 そこには俯せに倒れ込んだレヴェントンと、前にボコった奴らによく似た数人の鉄パイプを持ったバイカーのようなゴロツキが立っていた。

 つまりレヴェントンは話を遮られる形で倒されたのか。このカス共、こっちはお取込み中なんだぞ。勝手にしゃしゃり出てきやがって……。

 

「こないだは連れが世話になったな――」

「何出しゃばってんだお前らァ!」

 

 お礼参りと言ったところだろうが、そうは問屋が卸さねえんだよ。二度とそんな真似が思いつかないよう徹底的にブチのめしてやらァ。

 まずバカ正直に向かってきたバンダナの男へ前蹴りを入れ、振り下ろされた鉄パイプをかわしながらピアスの男を殴りつける。

 次に右肩を殴られるも意に介さず、裏拳とハイキックで地味な男を地に沈め、懐へ突っ込んできた男を膝蹴りで怯ませ、脳天に肘を叩き込む。

 さらに起き上がったピアスの後頭部を鷲掴みにし、顔面から何度も地面に叩きつけながらレヴェントンの方へ視線を向ける。

 

「ぜあぁぁぁっ!」

「しつこいんだよクソガキ!」

 

 するとそこにはゴロツキの一人と、いつの間にか復活したらしいレヴェントンの戦っている姿があった。冗談抜きでタフだな、アイツ。

 ゴロツキは鉄パイプを振り回してレヴェントンを殴りかかるも、レヴェントンはそれをぎこちない動きで回避していき、青く光る拳で顔面をぶん殴って勝利した。ほう、ワンパンか。

 

「隙ありじゃこのアマ――ごっ!?」

 

 アタシがよそ見してるのをいいことに再び起き上がったバンダナの男が不意討ちを仕掛けてきた。アタシはその鉄パイプを後頭部に食らうも、平然としながら頭突きをお見舞いする。

 続いてだらしなく鼻血を出すバンダナの男を十メートル先の壁まで殴り飛ばし、同時に割り込んできた男を後ろ回し蹴りでダウンさせる。

 レヴェントンはその間にも二人のゴロツキ相手に大立ち回りを演じていたが、アタシにやられたダメージが大きいのか押され始めていた。

 ……まあいいや。別にこの程度、アイツがいなくともアタシ一人で充分だし。

 

「死ねやぁ!」

「邪魔じゃゴラァ!」

 

 バンダナの元へ向かう途中、どこからともなく湧いてきたサングラスの男を殴り飛ばし、辛うじて倒れなかった彼に飛び蹴りを叩き込んだ。

 直後に背後から腰を蹴られてしまうも、相手の姿を確認することなくひねり蹴りで倒す。

 そしてバンダナの元へたどり着き、壁際まで追い詰めてから前蹴りを二発、両手を壁に当てながら膝の連打をブチ込み続けた。

 

「ふぅ、こんなもんか」

 

 とりあえず一通り片付いたが、問題があるとすればレヴェントンだ。タイマンじゃ強いのに二人になっただけで押されてたからな。

 タバコを取り出しながら急がずに歩いていき、二人のうち一人を倒してタイマンに持ち込んだらしいレヴェントンを見つめる。

 だが、それも長くは続かなかった。最後はレヴェントンがさっきのようにワンパンで勝利したからだ。意外と硬いもんなぁ、アイツの拳。

 

「……終わったか?」

「は、はい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 揉めに揉め、途中で第三者にまで乱入され騒がしくなった路地裏を後にした今、特に予定のないアタシとレヴェントンは街中をぶらついていた。

 全く、まさかこんなに粘り強い奴だったとは思わなかった。まあ今まで戦ってきた強敵クラスに比べるとさすがに劣るが。

 さっき取り出したタバコを一口吸い、紫煙を吐いて溜まった吸い殻をトントンと落とす。

 レヴェントンはさっきからハッシュドポテトのようなものをモグモグと食べながら、ほっこりとした笑顔を浮かべている。

 

「あー、おいレヴェントン」

「むぐぐ……ふぁい?」

 

 どうやら話しかけられるとは思ってなかったらしく、レヴェントンは驚きのあまり食い物を頬張ったまま返事してしまう。

 だけどアタシの顔を見るなり、味わうように食べていたハッシュドポテトのようなものをあっという間に食べ終わった。

 

「一度しか言わねえからよく聞け。さっきの質問についてだが……」

「は、はいっ」

 

 レヴェントンがしてきた質問。確かアタシがどうやって今の強さを得たか、だったな。

 嫌味にも聞こえるのであんまり言いたくはないが、そんなの答えは一つだけだ。

 

「結論だけ言うと、そんな方法はない」

「えっ……」

「けどな――」

 

 一瞬驚いたレヴェントンの表情が再びマジなものになったのを確認し、アタシは続ける。

 

 

 

「――お前はお前であって、アタシじゃねえ。アタシはアタシのやり方でやってきた。お前はお前のやり方で強くなれ」

 

 

 

 いつもなら適当にはぐらかすアタシにしては珍しく、比較的まともなアドバイス。

 この言葉の意味を理解してくれたのかはわからないが、レヴェントンは良い笑顔で「はいっ!」と元気に返事してくれたのだった。

 ……別れる際、レヴェントンに『またな』と言ってしまったのはここだけの話。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55話「終わりの始まり」

「ふっ、ほっ、はっ!」

 

 10月30日。ダールグリュン邸の庭でシャドーをこなす少女――ジークリンデ・エレミアは明日の決闘に備えて然るべき鍛錬に励んでいた。

 決闘の相手は筋金入りのヤンキー、緒方サツキだ。彼女とは今に至るまで試合を含めて三度も対決し、初戦こそ僅差で勝利したものの、それ以降は引き分けに終わっている。

 しかし二戦目は第三者の乱入がなければ敗北していた可能性があり、三戦目もジークリンデが現時点で持てる力の全てを出し切ったにも関わらず、倒すには至らなかった。

 ジークリンデにとって、サツキは立ちはだかる壁にして最強のライバルだ。サツキが競技の世界から身を引いたことを一番残念に思っているのも実は彼女だったりする。

 

「精が出るわね」

「……ヴィクター?」

 

 鍛錬に励むジークリンデに優しく声を掛け、暖かい目でそれを見守る金髪の女性。その後ろには執事であろう男性が静かに立っている。

 彼女にヴィクターと呼ばれた女性の名はヴィクトーリア・ダールグリュン。このダールグリュン邸の主にしてジークリンデの昔馴染みだ。

 今でこそある程度の制御ができているジークリンデだが、幼い頃は先祖から受け継いだ力に振り回され塞ぎ込んでいた。その時から彼女を見守っていたのがヴィクトーリアである。

 

「当たり前や。明日になればサツキとやり合える。そう思うと楽しみでしょうがないんよ」

「そう。けど無理は禁物よ? 公式の試合じゃないんだから」

 

 ヴィクトーリアの言う通り、明日行われるジークリンデとサツキの決闘は公式試合ではなく、野良試合どころか下手すれば喧嘩の部類に入る。

 なので世間に知られても問題のないよう、表向きは練習試合として扱われるらしい。尤も、知られさえしなければ何の問題もないのだが。

 

「多分、サツキとまともにやり合える機会は明日で最後かもしれへん。せやから勝つよ」

「ふふっ……頑張りなさい」

 

 小さな子供のように目を輝かせるジークリンデを見て嬉しそうに微笑み、執事のエドガーが淹れた紅茶を椅子に座って飲むヴィクトーリア。

 ジークリンデも一旦シャドーを終えると首に掛けていたタオルで汗を拭き、楽しそうに取り出した通信端末を操作していく。

 

 

 

 

 ――この勝負、勝つのは(ウチ)や。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………いよいよ明日か」

「明日だね」

 

 とある公園――アタシとクロが最初に出会った公園にて、アタシはクロと共についさっき届いたエレミアからのメールを見ていた。

 内容は明日の決闘についてだ。まず場所は変わらず西部の山林地帯の近くにある平原。少し離れたところにある廃工場が目印らしい。

 次に時間は午後とこれも変わらないが、エレミアは日没まで待ってくれるとのこと。

 なお、向こうが言うにはヴィクターが立会人として同行するらしい。ちなみにこっちは管理局員という名目でクロの同行が決定している。

 

「サツキはどう思ってるの?」

「さあな。でもまあ……それなりに楽しみではあるんじゃねえか?」

「疑問形で返されても困る」

 

 よくわからない、というのが本音だった。確かにエレミアとの意外と長き因縁に決着をつけられるのは喜ばしいことだが、最近いろいろあったせいか実感が薄れているのだ。

 つっても人としての感情はまだ残ってるし、人としての価値観もまだ生きている。力に関しては言うまでもない。心配はないだろう。

 タバコを一口吸い、天に向かって紫煙を吐く。まともに吸えなかったあの頃が懐かしいぜ。

 

「それと――仕事を辞めたのも本当なの?」

「ああ。さっき退職願を出してきた」

 

 あのブラックな闇金とは今から一時間前にケリをつけてきた。まるで退職届を出したかのようにあっさりと辞めることができたよ。

 これで無職に戻ってしまったが、ぶっちゃけ不安よりも解放感が勝っているので問題はない。アタシは自由の身というわけだ。

 ……もちろん怪しいところはあるがな。特にあのヴェルサが黙認するほどあっさりとしていたところが。何か裏があってもおかしくはない。

 というか裏社会と繋がりのある職場で働いていた以上、後で消されても不思議じゃねえ。しばらくの間は油断できないな。

 

「……ねえサツキ」

「ん?」

 

 タバコの吸い殻を落としていると、クロが少し頬を赤くしながらアタシの手を掴んできた。いつ見ても小さな手だな、お前の。

 

「エレミアとの決闘が終わったら……また旅にでも出ようよ。二人で」

「…………終わったらな」

 

 何かデートに誘われた。それも新婚旅行クラスのやつに。お前はそれでいいのか、とはあえて言わない。提案自体は悪くねえしな。

 このあとはサフランのいる公園に行って、やることやってどっかの木の上で寝る。銭湯を利用すれば風呂は確保できるので体臭には困らん。

 ……いや、このあとじゃなくて今からか。そろそろアイツが掃除する時間だし。

 

「そんじゃ、日が沈む前に西部の公園に行くか」

「うん――えっ?」

 

 クロの小柄な身体を担ぎ上げ、人が見てないのを確認してから樹上へジャンプする。お姫様抱っこじゃ動きにくいからな。

 その樹上から別の樹木へ飛び移り、さらにそこそこ大きなビルの屋上に飛び移る。さて、こっからどうやって行こうか。

 

「お、下ろして……! こんな形で運ばれるくらいならお姫様抱っこの方がマシ……!」

 

 とりあえず黙ってくれると嬉しい。それとお姫様抱っこはアタシが嫌だ。

 

 

 

「おっ、いたいた」

 

 数十分ほどで西部の公園に到着し、習慣のように清掃活動をしている少女――サフランの姿を捉える。無駄に作業服が似合ってんだよなぁ。

 もう慣れた手つきで財布からお札を取り出し、五枚あることを確認する。これ以上渡すとアタシの生活費が危ないからな。

 それに、こういう形でお金を渡すのも今回で最後だ。そろそろサフランの借金も返済できてそうだしな。無理だったら頑張れとしか言えない。

 サフランにバレないよう近づこうと一歩踏み出した途端、クロが可愛らしい仕草でアタシを引き止めた。ここまで来て何だよ一体。

 

「おい」

「…………」

「おいクロ」

「…………」

「クロ!」

「え、あっ……ご、ごめん」

 

 アタシがサフランに聞こえない程度の声で怒鳴ったところでようやく反応し、服の裾を必死に掴んでいた手が離れる。

 さすがに何事だと思い、一歩踏み出したままクロの顔を覗き込む。その表情は不安に包まれており、どこか遠いところに行こうとしているアタシを引き止めがっているような感じだ。

 

「今はどこにも行かねえよ。今はな」

 

 そう言いながら俯くクロの頭を軽く撫で、止めていた足を動す。早くしねえと肝心のサフランがいなくなってしまうからな。

 小さな足音がしたのでチラッと後ろを見てみると、クロが俯いたままアタシの後をついてきていた。置いていかれるのが嫌だったのだろうか。

 そしていつものように気配を殺してサフランとすれ違い、同時に取り出したお札を彼女の上着ポケットに入れた瞬間だった。

 

「――っ!?」

 

 不意に水でも浴びせられたような悪寒を覚え、思わず立ち止まりそうになってしまった。

 何だ今のは。いや、今のは恐怖だ。何とも知れない恐怖を感じた。エレミアに迫られたときのそれが可愛く思えてくるほどのものを。

 

『あっ、またお札が入ってる』

「っ……!」

 

 それでも立ち止まることなく公園を後にし、胸に手を当てて息を整える。あの場にアタシが恐怖するほどの奴でもいたのだろうか?

 幸いにもサフランはこちらの存在に気づかなかったが、反応が冷静だったのを見る限り薄々勘付かれているのかもしれない。

 詰まりかけていた息が整ったところで一旦立ち止まり、心配そうにアタシの顔を覗き込むクロの存在にようやく気づく。

 

「だ、大丈夫……?」

「あ、ああ……心配すんな」

 

 どうにか笑顔を作って彼女の頭をポンポンと叩き、深呼吸して落ち着く。

 ふぅ……気のせいじゃない。サフランとすれ違った際、確かに悪寒が走った。それも今まで感じたことのなかったものを。

 そもそもサフランって何者だ? ただの借金を背負ったボランティア少女にしてはおかしいところもあったしなぁ。

 もう一度サフランに会うか。そう思ったところで、ズボンのポケットから振動が伝わってきた。ああ、通信端末のバイブか。

 

「誰だこんなときに……」

 

 悪寒に襲われた後ということもあり、苛立ちながら端末を取り出す。誰だか知らんが大した用じゃなかったらブチのめしてやる。

 そう決心して端末を少し乱暴に操作し、メールの画面を表示して送り主の名前を見た瞬間、アタシの顔から表情が消えていくような感じがした。

 

「…………」

「さ、サツキ……?」

 

 何かクロが話しかけてきたがそれどころじゃない。あの野郎、やけに静かだと思ったらこういう形で仕掛けて来るとはな。

 それにこのメールの内容……どうやら明日は人生で一番忙しい日になりそうだ。

 

「……クロ」

「何……?」

「後でエレミアに伝えとけ――」

 

 冷や汗を掻きながらも口元を歪め、クロにハッキリと告げる。

 

 

 

「――大事な用ができたから、遅れるってな」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56話「ありがとう」

「…………ん」

 

 10月31日。ついに迎えた運命の日。公園の一番大きな木に隠し、ぐっすり眠っていたアタシは太陽が真上に来たところで目を覚ました。

 枝の間から差し込む太陽の光が非常に眩しく、寝惚けながら見上げた空には雲が一つもない。どうやら今日は快晴のようだ。

 今日はエレミアとの決闘がある。そう思いながら両手で頬を叩き、眠気を吹き飛ばす。本当に吹き飛ばしたというよりは景気付けだな。

 枝が折れないよう慎重に体勢を整え、脚に力を入れて樹上から約十五メートルほど先にあるビルの屋上に向かって大ジャンプする。

 

「――っと!」

 

 まるで空を飛んでいるかのような浮遊感に包まれたところでビルの屋上へ到達し、音を立てないよう、力んでしまわないよう綺麗に着地する。

 同時に身体がフワッとした感覚に襲われるも、滞空していた時のそれに比べればかなりマシなものだったので気にしたら負けだろう。

 何か怪しいものがないかさらっと周りを見渡し、手に持った白い箱をトントンしてタバコを一本取り出す。目覚めの一本は大事だからな。

 

「ふぅ~……おっ?」

 

 一服しながら下を見下ろした途端、見慣れた金髪幼女――クロとバッチリ目が合った。

 睨むようにこちらを見つめる彼女に裏へ来いとジェスチャーしてから路地裏がある方へ飛び下り、咥えていたタバコを右手に持つ。

 直後に右から足音が聞こえたのですかさず振り向いてみると、さっきアタシがジェスチャーで呼んだクロが立っていた。

 今回アタシに同行するということもあってか、服装は珍しく黒一色の魔女服だ。最近は今時の可愛らしい服ばっか着ていたからな、コイツ。

 

「準備はできた?」

「おう――と言いてえところだが全然だ。ていうか昨日言ったばかりだろうが。大事な用ができたから遅れるって」

「……どうしても?」

「どうしてもだ」

 

 もちろん前々から約束していたエレミアとの決闘も大事だが、今のアタシにはそれ以上にやらねばならないことがある。

 

「……わかった。向こうに着いたら改めて伝えておくから、無理はしないでね」

「お前にはいつも迷惑かけるな」

 

 嬉しさに動かされて反射的に微笑み、クロの小さな頭を優しく撫でる。すると気持ちよくなってきたのか、うっとりと目を細めた。

 ……やっぱり変わったんだな、アタシは。こんなに落ち着いた笑みを浮かべ、誰かと必要以上に関わるなんて。一人だった頃が懐かしいよ。

 右手に持っていたタバコを一口吸い、紫煙を吐いてあと三回は吸えるであろうそれを足下に投げ捨て、火が消えるまで何度も踏み潰した。

 

「気にしなくていいよ。それがサツキだし」

 

 それはどういう意味だコノヤロー。まあちょっとイラついたけど悪い気はしない。お返しにデコピンを食らわせ、彼女に背を向けて歩き出す。

 この際、チラッと見えたのだがクロは穏やかに笑っていた。安心感をくれるかのような、そんな笑顔で。コイツも変わったもんだなぁ。

 エレミアとは今回でケリをつける。決闘が終わったらこの日常にも変化はあるのか。このとき、アタシは少しだけそれを楽しみにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここか」

 

 午後三時を過ぎ、真上にあった太陽が西へ傾いていく頃。サツキは昨日のメールに書いてあった指示に従い、廃工場へ訪れていた。

 本当なら今頃、彼女はジークリンデ・エレミアと一ヶ月ほど前に約束した決闘を行っていただろう。だが、現実はそんなに甘くない。

 とはいえ幸運なことに、その廃工場はミッドチルダ西部の山林地帯、その近くにある平原から少し離れたところにあるものだった。

 ここから急げば時間がギリギリだったとしても間に合う。今のサツキにはそれなりの余裕があった。それがどこまで持つかはともかく。

 

「ふぅ、立ち止まっていても仕方ねえ」

 

 ここに来るまで吸っていたタバコを足下に投げ捨てて静かに何度か踏み潰し、目の前にある廃工場の扉をゆっくりと開ける。

 扉の先は多少の腐食が進んでいることを除けば一般的な工場と何ら変わりなく、今ならまだ復旧の目途が立ちそうな光景が広がっていた。

 明かりの一つもない廊下を歩いていくと、かつて作業現場だったであろう開けた場所に出た。窓からは光が差し込んでいる。

 サツキはそこである人物が、まるで自分が来るのを待っていたかのように座っている姿を目にする。いや、待っていたのだ。

 

「ど、どうも……」

「……おう」

 

 その人物――サフランに軽い挨拶をし、サツキも彼女の隣へ腰を下ろす。こうして二人が面と向かって会うのは実に一ヶ月以来だ。

 昨夜届いたメールにはこんなことも書いてあった。お前一人だけじゃない、と。その言葉通り、ここにはサツキとサフランがいる。

 ――彼女もまた、サツキが一昨日まで働いていた闇金融の債務者だったのだ。

 サフランは膝の上にシフォンケーキでも入ってそうな鞄を置いていた。それが気になったサツキは、周りを気にしながら話しかける。

 

「何だそれ」

「あっ、そうでした。実はここへ来る前にケーキを作ってきたんです。食べますか?」

 

 食べるという提案を聞き、自分が今日はまだ何も食べていないことを思い出すサツキ。同時にお腹から空腹感が湧き上がる。

 思わぬ誘惑に釣られて快諾しそうになるも、さすがに時と場所は選んだ方が良いと思って口を紡ぐ。食べるにしても、事が終わってからだ。

 もう一度「食べますか? 美味しいですよ」と勧めてくるサフランの言葉を聞き流し、とりあえず返答しようと紡いでいた口を開く。

 

「あー……やめとくわ」

「で、ですよね……」

 

 何を言ってるんだろう私、と苦笑いするサフラン。さも当たり前のように振る舞う彼女を見て、サツキは少なからず違和感を感じていた。

 サツキですら内心では緊張しているのに、この状況で平常通りにいられるのはおかしい。後の事を考えると尚更である。

 少し考え過ぎかなと割り切り、座ったまま背筋を伸ばす。そろそろメールの送り主がやってきてもいい頃なのだが、その気配が感じられない。

 

「一つ、いいですか?」

「あ?」

 

 あまりにも退屈だったのでタバコを吸おうと動かしていた手を止め、渋るような仕草を見せるサフランへ視線を向けるサツキ。

 風による木のざわめきがその場を支配する中、挙動不審とも言えるほど目を泳がせていた彼女は意を決してあることを問いかけた。

 

「――ここ最近、私の上着ポケットにお札を入れていたのはあなたですよね?」

 

 やはりそう来たか。予想通りだと言わんばかりに目を瞑り、正面を向いて仕方がないとため息をつき、閉じていた目を開く。

 

「だったら?」

「いえ、別に文句があるわけじゃないんです。むしろ金銭的には助かってました。ただ、どうしてあんなことしたんですか?」

 

 恐ろしく真剣な顔のサフランにそう言われ、「何でだろうな」と右手の人差し指で頬を掻き、口を真一文字にして考え込む。

 もちろん単なるお節介などではない。最初は彼女の借金事情を、自分が仕事を続ける理由として利用していたのだから。

 しかし、時間が経つにつれそんなことは考えなくなった。お節介でこそないものの、彼女の借金がなくなればいいなと思っていたのも事実。

 そこまで考えたところで我慢していたあくびをし、頭の回転を止める。嗚呼、これもまた言葉で表せないことの一つだろう。

 

「わかんねえけど……意味もなくやってたわけじゃねえのは確かだよ」

 

 わからない、どう言えばいいのかわからない。まさに曖昧な返答。理由がないから答えをはぐらかしたかのようにも受け取れる。

 サツキのそれを聞いても特に言及はせず、不器用な人だなと苦笑いするサフラン。納得はいかないがこの調子だと聞くだけ無駄だろう。

 自分を陥れる何かがあるわけじゃない。それがわかっただけでも良いと思い、サフランは胸に手を当てホッと安堵の息をついた。

 

「やっとこれが言えます――ありがとうございました」

「っ!?」

 

 感謝の言葉と共に微笑むサフランを見た途端、身体中の血が凍るような悪寒に襲われるサツキ。

 まただ、またこの悪寒だ。しかも昨日感じたやつよりもはっきりとしていた。まるで隠れていた猛獣が近づいてきたかのようだ。

 首をキョロキョロさせるも他者の気配はなく、ここにいるのはサツキとサフランの二人だけ。もしかしたら自分にはわからないだけで、誰かが隠れているのかもしれない。

 こうなったら直接サフランから聞き出そうと腹を括り――

 

「ん?」

「あっ」

 

 ――口を開きかけたところで、扉の開く音が室内に響き渡った。

 足音から人数はおそらく二人だと判断し、誰にも聞こえないよう小さく舌打ちをする。

 

「来たみたいですね……」

「だな」

 

 膝の上に置いていた鞄を持ち、立ち上がってお尻をはたくサフラン。続くようにサツキも立ち上がり、彼女の前に出る。

 今回は相手が相手だ。これから何をされるかわからない。場慣れしている自分はともかく、そうでないサフランは護る必要があった。

 サツキが内心でらしくない、アホらしい、くだらないと自嘲していると、後ろにいるサフランがどこか残念そうに呟いた。

 

「私、もう少しだけあなたと話していたかったです」

「……そう」

 

 口では言わないものの、サツキもそれには少しばかり同意していた。

 彼女とは短い仲だったが、気に入らないところは何一つない。あと一ヶ月ほど一緒に過ごせば友達とまではいかなくとも、そこそこの仲にはなれていたのかもしれない。

 

「それにわかっちゃいました。どうして私とあなたが、あのときから仲良く話せたのか」

「ああ、あれか――!?」

 

 サフランが言ったことについて思い出し、少し懐かしんで振り返ろうとした瞬間、身体が熱くなるような感覚に襲われた。

 疑問に思ったサツキは下を向こうとしたが、後を追うように鋭い痛みが伝わってきた。

 激痛のあまり顔を歪めるも、声を殺して必死に耐えるサツキ。それでも諦めずに首を動かし、下を向いた彼女は絶句してしまう。

 

 

「――同じところがあるから、です」

 

 

 サツキの身体を、黒い刃が貫いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日没まで、あと三十分。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57話「どんなときでも」

「ごはっ……!」

 

 身体から黒い刃が抜かれ、同時に力も抜けてその場に倒れ込む。口からは血を吐き、腹部にある傷口からは大量の血液があふれ出していく。

 反射的に傷口を押さえ、歯を食いしばるサツキ。そんな彼女を平然と見下ろすサフランの手には、魔力で構成された黒い短剣が握られていた。

 一体何が起きたんだ。いや、そんなことはわかってる。アタシはサフランに背後から刺されたんだ。だから血を流し倒れている。

 我慢しているのがやっとの痛みで立ち上がるどころか、顔を上げることもままならない。そこへ追い討ちを掛けるかのように、近づいてきていた第三者が汚い声で笑いながら姿を現した。

 

「あっはっは……クソガキぃ」

 

 愉快そうにサツキを見下ろし、嘲笑う男。栗色の髪とサングラス、そして殴りたくなるほど腹の立つ笑顔。サツキは彼を知っていた。

 男の名前はヴェルサ。サツキの護衛対象だった闇金融の社員だ。今回、サツキとサフランをメールで呼び出した張本人でもある。

 口元を歪めるヴェルサの隣では黒髪の小柄な少年が腹を抱え、声を殺しながら笑っていた。おそらく取り巻きの一人だろう。

 倒れ込んだまま彼を睨みつけ、空いている左拳を握り締める。それを全く意に介さず、むしろヴェルサは新鮮な空気を得たかのように告げる。

 

「人間は、金と自益で動くんだよ」

「たまに本能で動く奴もいるけどね」

 

 冷静になった取り巻きが補足で付け加えた言葉に「お前のことだよ」とさらに付け足し、震えながらも立とうとするサツキを指差すヴェルサ。

 サツキが立ち上がろうと両手を地面に当てたところで、そのタイミングを待っていたかのようにサフランが()()()()調()()()()()()()()

 

「ごめんなさい。あなたに感謝していたのは本当ですよ? でなきゃお礼なんて言いません」

「じゃあ、何で……っ」

 

 絞り出すように声を出し、問いかけるサツキ。それに答えたのはサフランではなく、愉快そうに二人を見つめていたヴェルサだった。

 

「その女、まともに見えるけど頭のネジがいくつか外れてるんだよ。俺がわざわざソイツのいる公園に出向いて借金をチャラにするつっただけで、尽力してくれてた人を刺せるんだからな」

 

 それを聞いた瞬間、サツキの頭の中が血も凍るほどの恐怖で充満され、同時にバラバラだったパズルのピースが次々とはまっていく。

 表向きこそまともに見えるサフランだが、その本性は必要なら躊躇いもなく人を殺せるサイコパス。普通の人間であるはずがない。

 なのに自分と接しているときやすれ違ったときには何も感じられなかった。これは彼女に限った話ではない。この手の人間は社会で生き残るため、自分の本性を隠すことに長けているのだ。

 そこまで知ったところで一旦考えるのをやめ、先ほど彼女が言った『同じところがある』という言葉を思い出すサツキ。

 

 ――お前とアタシは、人として普通じゃねえところが同じってか。

 

 この場で導き出された、自分とサフランの共通点。多少の違いはあれど、サフランもサツキも人としては普通じゃないのだ。

 もっと早く気づいていれば――いや、気づかないふりをしなければ良かった。あんな間近で悪寒を感じといて、何がわからないじゃボケ……!

 

「彼が言ったじゃないですか。人間は自分に利がある方につくんです」

 

 それが正論だったのか、はたまた負わされたダメージが響いているのか、言い返すことができずに声を殺して悔しそうに俯くサツキ。

 彼女の言う通り、人間は利益がある方につく。自分も同じ立場だったらそうしていたかもしれないと、密かに納得してしまう。

 しかし同時に、ついさっきまでサフランに抱いていたある種の感情――友情に近いものも薄れ始めた。もう、こんなものは必要ない。あっても邪魔になるだけだ。さっさと消え失せろ。

 

「聞いたかクソガキ。要はお似合いなんだよ、お前ら」

 

 頭の中で充満していた恐怖も薄れていき、今度は怒りと殺意が腹の底から湧き上がる。特に怒りに関しては自分自身にも向けられていた。

 騙されるだけならまだしも、おめおめと敵に背を向けた挙げ句、直前で対処できたのに呆気なく刺されるなんて。無様にもほどがある。

 怒りに任せて重くなった身体を動かし、両手に続き両膝をついて四つん這いになるサツキ。そこへしゃがみ込んだサフランが、まるで止めを刺すようにサツキの耳元で囁く。

 

「――だそうです」

 

 次の瞬間、サフランは血反吐と血飛沫を散らしながら宙を舞い、後ろの壁に激突していた。

 彼女がしゃがみ込んでいた場所には、耳元で飛びまくるハエや蚊を蹴散らすように振り上げられたであろうサツキの左拳があった。

 壁に激突したサフランはピクリとも動かなくなった。頭部と顔面からはサツキの怪我にも匹敵するほどの血が流れ出ており、その場に血だまりを生み出していく。

 ヴェルサはそれを見て感心したのか口元を歪め、取り巻きの少年は開きかけていた口を閉ざす。さすがに笑えなかったのだろうか。

 

「単に鈍いのか、それとも現実逃避が上手いのか。どっちにしてもお前、よくそれで生きてこれたな。プカプカ浮いてるクラゲの方が利口だよ」

 

 振り上げていた拳を下ろし、四つん這いの状態から立ち上がるサツキ。腹部に小さく開いた傷口からは未だに血があふれ出ている。

 サツキは脱力した姿勢で後ろへ振り向き、壁にもたれ掛かる形で動かなくなったサフランを一瞥し、すぐさまヴェルサ達の方へ振り返った。

 目元は俯き気味のせいで見えないものの、口元は歪んでいる。さらにサツキの中で少しずつ失われつつあったものに、長年にわたって抱いていた想いに、再び火が灯り出す。

 

 嗚呼……この感じ、久しく忘れていた。ムカつく奴はぶん殴る、頭は絶対に下げない。どんなときでも、アタシは何者にも縛られることなく、アタシのやりたいようにやる。

 

 身体を重くしていた痛みが徐々に感じられなくなっていき、長いこと背負っていた重荷と憑き物が取れたかのように軽くなる。

 口の中に溜まった血を唾ごと吐き捨て、汚れた口元を拭く。もう、サツキを縛る枷はない。いや、今この時を以ってなくなった。

 そんなサツキの心情を察してか、もしくは単なる偶然か。ヴェルサは皮肉にも自分の手元にある起爆スイッチを押すかのように、サングラスを外しながら口を開いた。

 

「マジでさ、目障りなんだよ――“死戦女神”」

 

 まただ。またその名前かよ。もう聞き飽きたぞ。いつものサツキならそう呆れ気味に思い、頭でも掻いてため息をついていたに違いない。

 しかし、今回はその一言がトリガーとなった。静かに立っていたサツキの姿がブレたかと思えば、いきなりヴェルサの目の前に現れ、握り込んだ左拳を振るっていたのだ。

 完全な不意討ちに反応することもできず、顔面に拳を叩き込まれ吹っ飛ぶヴェルサ。それを見た取り巻きの少年は、爆発した火山の如く激昂した。

 

「何してんだごらぁ!」

 

 脱力したところを少年に殴られ、魔力弾を撃ち込まれてふらつきながら後退してしまう。が、その程度で黙るほどヤワなサツキではない。

 再度ヴェルサに肉薄しようとするも少年にしがみつかれ、食い止められたがすかさず少年へ頭突きをお見舞いし、髪を掴んで右の連打をブチ込む。

 サツキは少年の顔が血だらけになったところで鼻っ面と懐へ膝を突き刺し、彼が気絶したのを確認してゴミのように投げ捨てると、

 

 

「■■■■■■■■――ッ!!」

 

 

 内に溜め込んでいたものを吐き出すように、天に向かって獣の如き咆哮を上げた。

 悔しさ、怒り、殺意。全てを乗せたかのような雄叫び。前に使ったそれよりも声量こそ劣るが、サツキにとっては関係のないことだった。

 無我夢中で叫んでいるうちに、身体の底から力がみなぎり出す。どうやらこちら側に掛かっていた枷も、また一つ外れたらしい。

 そんな音の嵐が終わった瞬間、サツキはいつの間にか立ち上がっていたヴェルサの拳をモロに食らってしまい、さらに爆撃弾を撃ち込まれて身体を後ろへ引きずられてしまう。

 

「おいコラ。当てたら殺すって、前に俺は言ったよなぁ? ――死にさらせクソガキ」

 

 ヴェルサが後半でボソッと呟いた途端、それまでの空気が一気に塗り潰された。

 サツキと比べても体格差のない身体から凄まじい重圧が放たれ、今にも吹き荒れそうな嵐を潜ませた瞳で彼女を睨みつける。

 だが、体勢を整えたサツキはそれに呑まれるどころか、むしろ歓迎するかのように殺気交じりのあどけない笑みを浮かべていた。

 

「良い顔になったな、ボンクラァ――」

 

 一旦言葉を句切り、怒り心頭であろう口元を歪めたヴェルサにはっきりと告げる。

 

 

 

「――全殺しにしてやんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 ミッドチルダ西部の山林地帯。その近くにある平原のど真ん中にて、黒髪のツインテールと澄んだ瞳が特徴的な少女――ジークリンデ・エレミアは佇んでいた。

 その身にはバリアジャケットという魔力でできた防護服を纏っており、両腕には防護武装の一種である鉄腕を装着している。

 彼女はこの寒い中、決闘の相手である緒方サツキを少なくとも二、三時間は待っている。が、サツキはいつまで経ってもやってこない。

 そんな平原の片隅では立会人のヴィクトーリアと、管理局員という名目で同行することになったファビアが待機していた。

 

「あの子にしては遅すぎるわね……」

「……遅いよ。普通に」

 

 サツキはそう簡単に約束を破るような人間ではない。それが勝負事ならなおさらだ。これは何かあったのだと判断せざるを得ない。

 

「連絡はしてみたの?」

「したけど一向に出る気配がない」

 

 諦め気味にそう答え、ため息をつくファビア。ヴィクトーリアも全く世話の焼ける子だと、どこかズレた認識で呆れていた。

 こんな感じの二人をよそに、ジークリンデは身体が冷えないよう軽くストレッチをしながらサツキを待ち続ける。

 

 

 

 その瞳に、闘志を秘めて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日没まで、あと二十五分。

 

 

 

 




 一時間はさすがに長いと思ったので、タイムリミットを半分の三十分に変更しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第58話「最強vs最凶」

「――全殺しにしてやんよ」

 

 その一言を以って、死闘が幕を開けた。

 

 間合いを詰めるサツキの顔にヴェルサが一発叩き込むも、すぐさま渾身の一撃を打ち込まれ、よろめいたところで二発目を食らってしまう。

 体勢を整える暇を与えまいと鋭い蹴りを腹部に突き刺し、身体をくの字にして踏ん張ったヴェルサの髪を掴み、鳩尾へ膝蹴りを入れる。

 次に右の拳で彼を殴りつけるも左腕でガードされてしまい、右のハイキックをモロに食らって壁に叩きつけられるサツキ。

 その衝撃は腹部の傷口にも伝わり、鋭い痛みとなって全身を駆け巡っていく。

 

「ぐは……」

 

 口から血を吐き、全身に走る痛みで思わず顔をしかめるサツキ。が、やはり今の彼女を止められるほどのダメージにはならなかった。

 一息ついたサツキは握り込んだ右拳を後ろに引いて構え、同じく右拳で殴りかかってきたヴェルサの顔面にそれを突き刺すように打ち込む。

 上半身を少しだけ後ろへ反らしながら後退し、傷付いた顔を押さえるヴェルサ。そんな隙だらけの彼を、サツキが見逃すわけがない。

 地面を蹴って跳び上がり、体勢を整えたヴェルサに華麗な旋風脚を浴びせる。もちろんそれだけではさしたるダメージにならないので、着地すると同時に彼の下顎へ左の後ろ蹴りを叩き込んだ。

 

「あがっ!?」

「オォラァ!」

 

 間髪入れずにヴェルサの顔を鷲掴みにし、後頭部から壁に何度も叩きつけていく。サツキにとっては十八番とも言える攻撃の一つだ。

 途中で懐へ膝を突き刺したり、前蹴りを入れたりもした。そして口元が汚れた彼の顔から手を離し、弧を描いたハイキックをブチ当てる。

 これによりヴェルサの身体が地面に倒れ込み、サツキはマウントを奪い取った。口元を歪めるサツキに対し、目を細めて睨みを利かせるヴェルサ。

 

「そういや聞き忘れてたけどぉ……アタシん家を売り飛ばしたの、テメエだよなァ?」

「くはっ――だったら?」

 

 サツキにはどうしても確認したかったことが一つだけあった。それは今から約一週間ほど前、サツキの住んでいたマンションの個室が、何の前触れもなく何者かによって売り払われた件だ。

 管理人も口封じされていたせいで口を割らなかったが、彼女は真っ先に裏社会と繋がりを持ってそうなヴェルサを疑っていた。

 犯人が自分の知っている人物だとすれば、犯人候補は限られてくるので簡単に特定できる。仮にそうじゃなかった場合でも、それだけの力を持つ人間は限られてくる。

 こうして、サツキは犯人がヴェルサだと断定したのだ。証拠こそなかったが、たった今本人があっさりと認めたので大丈夫だろう。

 

「一生死んでろ」

 

 家を売り飛ばした犯人がヴェルサだと確定するや否や、ビキビキという音がするほど握り込んだ拳で顔面をひたすら殴りつけるサツキ。

 一発入れた衝撃で地面に亀裂が生じ、それが何度も続いていく。だが、サツキはそんなことにお構いなくヴェルサを殴り続けた。

 もう何発目だろうか。サツキが右の拳を振り上げた瞬間、ヴェルサはあらかじめ魔力で生成しておいた爆撃弾を彼女の顔目掛けて撃ち出す。

 

「があぁ――!?」

 

 撃ち出された魔力弾は着弾と共に爆発し、マウントを奪っていたサツキをその場から離脱させるほどのダメージを与えた。

 ヴェルサはその一瞬をついて起き上がり、右手に再び生成した爆撃弾を投擲。それはサツキの顔にピンポイントで直撃し、爆発を起こす。

 腹部から伝わってくる鋭い痛みとはまた別の、焼けるような痛みで顔を歪め、後退するサツキ。そこへヴェルサが追撃を掛ける。

 まず軽くジャンプして上から右拳を振り下ろし、次にハイキックを顔面に叩き込み、最後にその勢いを利用して後ろ回し蹴りを放った。

 

「あが……!」

 

 追撃にはギリギリ耐えたものの、体勢を崩して転倒してしまう。倒れた際の衝撃は先ほどのように傷口にも伝わり、ダメージを大きくする。

 さらに立ち上がろうとするサツキの、腹部の刺された箇所を正確に三度も蹴りつけ、続いて顔面を思いっきり踏みつけるヴェルサ。

 サツキの身体が俯せになったのを確認し、片隅にあった長い鉄板のようなものを持ち上げ、それをサツキ目掛けて振り下ろす。

 二度振り下ろされた鉄板は彼女の腰にある傷口にこれまたピンポイントで直撃し、腹部への蹴りに続いて血を吐かせた。

 

「立てクソガキ」

「っ……!」

 

 ヴェルサはサツキを無理やり起こすと頭突きをお見舞いし、懐に膝蹴りを入れてから彼女の身体を壁に向かって投げ飛ばす。

 休む暇もなく猛攻を食らい、崩れ落ちそうになるサツキ。ヴェルサに髪を掴まれるも力が入り切らないせいで抵抗できず、そのままお返しと言わんばかりに顔面から壁に叩きつけられてしまう。

 それでも反撃しようと拳を握り込むも、彼の方へ振り向かされたかと思えば渾身の一撃を打ち込まれ、吹き出すように吐いた血がビシャァと音を立てて壁に飛び散る。

 

「チッ……んなクソッ!」

 

 口の中に残った血と痰を唾ごと吐き捨て、前蹴りを入れてから右腕にミドルキックを叩き込み、右拳でヴェルサを殴り飛ばす。

 三メートルほど身体を後ろへ引きずられるも何とか踏ん張り、切れた口元を拭き取るヴェルサ。どうやらそんなに効いていないようだ。

 サツキが繰り出した左の跳び後ろ蹴りを交差した両腕でガードし、強引に右のラリアットで彼女の身体を地面へはたき落とす。

 

「かは……ラァァァ!」

 

 息が詰まり、同時に吐血もしてしまう。が、すぐに立ち上がってヴェルサの胸元を掴み、引き寄せて頭突きを食らわせる。

 執拗に顔面を攻撃されるのが気に入らないのか不快そうに顔を歪め、構えていた左の拳を目にも止まらぬ速さで放つヴェルサ。

 鬼神の如き速度で目前まで迫る拳を、サツキは残像が生じるほどのスピードでかわし、彼の腹部へ左拳を抉るように捩じ込む。

 そして捩じ込んだ左を引くと同時に下顎へ右のアッパーを叩き込み、身体が少し浮き上がったところをハイキックで撃墜した。

 

「ごはっ! やってくれんじゃねえか……!」

 

 打ち落とされたヴェルサは四つん這いで獣のような体勢になり、転倒だけは免れる。ただダメージは受けたようで、少量の血を吐く。

 もちろんここで手を止めたりはしない。ヴェルサを右手で持ち上げ、壁にぶん投げて叩きつけられたところをエルボーで追撃する。

 続いてピンと伸びた彼の右腕を掴み、背負い投げで落としてから鳩尾を何度も踏みつけていく。肋骨が悲鳴を上げてもお構いなしだ。

 それでもさすがにこのままではヤバイと直感したのか、眼前まで迫っていた足を交差した両腕でガードし、すぐさま起き上がって傷口のある腹部へ右脚を突き刺した。

 

「う、く……!」

 

 かなり効いたようで身体をくの字に曲げ、腹を抱えるサツキ。その隙を見逃さず、膝蹴りと前蹴りで壁際に追い詰めて連打を叩き込んだ。

 拳を入れられるたびに血反吐と血飛沫が飛び散り、反撃すら許されない。

 

「が――!?」

 

 容赦ない連打にはどうにか耐え抜いたが、今にも意識を失いそうなほど目が黒くなっていたサツキ。だが、皮肉にもヴェルサに首を絞められたことでその意識を一時的に覚醒させる。

 親指で気管を、人差し指で頸動脈を、中指で頸静脈を圧迫。薬指と小指で固定し、真正面から喉を潰す。それを両手で二重に行い、彼女を本格的に殺そうとするヴェルサ。

 右手で自分の首を絞める二つの手を引き剥がそうと試みるも、やはり力が入らず失敗に終わる。肺からは酸素が徐々に絞り出されていき、とうとう視界がぼやけ始めた。

 しかし、サツキは最後の最後まで諦めることを知らない。残された力で左拳を握り締め、もう一度右手でヴェルサの両手をガシッと掴む。

 

 ――ふざけんな。アタシにはまだ、やるべきことがあるんだ。なのにこんな、こんなクソみたいなところでくたばっている場合かよ!?

 

「ぐ、ぐぁ……!」

「!?」

 

 今や風前の灯火となっていたサツキの手に力が込められ、彼女の首を絞めている自分の両手からメキメキと骨が悲鳴を上げる。

 人間とは思えない握力に思わず顔をしかめ、扼殺を中断して距離を取ろうとしたヴェルサだったが、それよりも先に鳩尾へ拳を打ち込まれた。

 

「ごっ……!」

 

 まさに起死回生と言うべきか。たった一撃入れられただけで息を詰まらせながら血を吐き、驚きのあまり目を白黒させるヴェルサ。

 そんな彼の手を掴んだサツキはぼやけた視界の中、口から流れ出る血にもお構いなく左のボディブローを一発一発丁寧にブチ込んでいく。

 途中で掴む対象を手から肩に変更し、指を食い込ませるほどの勢いで掴む。なので肩骨からもメキメキと悲鳴が上がった。

 十八発目の拳を入れたところでヴェルサの手から解放され、むせ返りながら呼吸の自由を取り戻す。後は呼吸を整えるだけだ。

 

「ふぅ…………うぐっ」

 

 腹部から忘れかけていた鋭い痛みを感じ、呼吸を整えると同時に表情を崩してしまう。

 服は傷口を中心に所々血で赤く染まっており、整えたはずの息が再び乱れていく。顔に至っては口元を中心に傷だらけだ。

 

「生き返ってんじゃねえぞ、クソガキ……!」

「ほざけボンクラ……!」

 

 互いにボロボロであるにも関わらず、闘志は衰えるどころか、ここからが勝負どころと言わんばかりに今まで以上のものとなっていく。

 こうしてるうちにも、日没というアタシにとってのタイムリミットは迫っている。一度動き出した時計の針は止まってくれないのだ。

 サツキが気合いを入れるために両手で頬を叩き、それを見て嫌悪感丸出しの顔になるヴェルサ。くだらないと思ったのかもしれない。

 

 

 

 

 最強のヤンキーと最凶のワル。二人の死闘はまだまだ続く――。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第59話「頼み」

「ゼァァァ!」

「がはっ!?」

 

 サツキの亜音速で振るわれた左拳がヴェルサの腹部に捩じ込まれ、間髪入れずに放たれた右拳で彼の身体が宙を舞い、壁に激突する。

 彼が起き上がる前に追撃しようと一歩、二歩、三歩と少しずつ距離を縮めていくサツキ。その赤みがかった瞳に、殺意を灯しながら。

 彼女が拳を振り上げたところでヴェルサは唾を吐いて起き上がり、隙だらけになったサツキの懐へ鋭い前蹴りを突き刺すように叩き込む。

 が、サツキも負けてはいない。懐に入った彼の左脚を逃がすまいと右の脇へ抱え込むと、空いていた左手で肩を掴んで頭突きを入れた。

 

「ごっ……んなろ、ぉ!?」

 

 壁にもたれ込む形で倒れ込み、ふらつく身体ですぐに立ち上がろうとするヴェルサの顔面へ、サツキは渾身のミドルキックをぶつけた。

 とはいえ、体力の限界が近づいているのはサツキも同じである。脚を振り切った拍子に体勢を崩し、そのまま俯せに転倒してしまう。

 傷口を押さえて蹲り、むせながら血を吐く。このあとジークリンデとの決闘を控えているため、ここで体力を使い切るわけにはいかない。

 震える身体を起こそうとするも、鋭い痛みに耐えきれずバランスを崩し、再び俯せになるサツキ。しかし、それはヴェルサも同じだった。

 

「こ、んにゃろ……!」

 

 そんな中、先に立ったのはサツキだった。そのすぐ後にヴェルサも立ち上がり、息を整えるように見せかけて血で汚れた拳を放つ。

 サツキはそれを両手で包み込むようにいなし、流れるような動きでヴェルサを背中から投げ落とすと、すかさず彼の身体を蹴りつけた。

 一回、二回、三回、四回、五回と容赦なく蹴りを入れ続け、鮮血が噴いたところで蹴りつけるのを中断。今度は顔面を三回踏みつけ、跳び上がって両脚を突き刺そうと構える。

 

「ぐぅっ――!」

 

 迫り来る鋭い脚を、ヴェルサは強引に転がって回避する。空を切ったサツキの脚は地面に突き刺さり、亀裂と小さなクレーターを生み出す。

 転がった勢いで危なげに立ち上がり、右手に爆撃弾を生成し始めるヴェルサ。だが、生成中は集中しているため動くことができない。

 そこへサツキの繰り出した渾身の一撃が無防備な顔面に叩き込まれ、爆撃弾の生成を中断されたうえに奥歯が二本も抜け落ちてしまう。

 体勢を整えようとするが、今にも倒れそうなほどにふらつくサツキ。意識はあるものの、目の焦点は合っていないようにも見える。

 

「はぁ、はぁ……オオラァ!」

 

 息を乱しながらもヴェルサが顔を上げた瞬間に振るった右拳が、ジャストタイミングで顔面に直撃。さらにもう一度右の拳を後ろに引くと、身体を捻るようにそれを打ち出した。

 

「ごあァ……!?」

 

 が、今度は血を吐いても倒れずに踏ん張るヴェルサ。これにはサツキも目を見開いたが、すぐに切り替えて後ろ蹴りを胸部へブチ込む。

 続いてよろめいた彼の肩を固定するように掴み、左の連打を我武者羅に叩き込んでいく。大雑把な大振りを補うほどの、凄まじい速度で。

 ヴェルサの身体から力が抜け始めたところで、めり込ませるように打ち込んだ拳をそのまま振り切って彼を地面に叩きつけた。

 

「ぐっは、あぁ……」

 

 息が詰まり、仰向けになったヴェルサへ踏みつけの追撃を加えるサツキ。腹部ではなく胸元を踏んづけ、さらに息が詰まった隙に無理やり起き上がらせ、右のハイキックを繰り出す。

 そして止めを刺そうと左のハイキックを放つも、ヴェルサが倒れ込んだことで空を切ってしまい、発生した蹴圧が壁を斬るように削り取る。

 だが、サツキはヴェルサが倒れ込んだのを認識できていないのか、今度は右の大振りで虚空を薙いだものの、暴風気味の拳圧が蹴圧同様、地面と壁を抉るように削り取ってしまった。

 

「ぁ……?」

 

 

 ――直後。

 

 

 突如サツキの身体から力が抜け、仰向けに転倒し後頭部を打ってしまう。それはサツキの限界が近づいていることを、より明確に示していた。

 

「あ、がァァ……!」

「ごっは……あァ……」

 

 どん底から這い上がるように声を荒げ、我先にと言わんばかりに立ち上がろうとする両者。ヴェルサは深い傷こそないが無残な姿で、サツキはいつくたばってもおかしくない姿で必死に足掻く。

 身近な存在に裏切られ、殺されそうになった。だから元凶のヴェルサを追い詰め、ブチのめした。しかしそこには何もなく、暗闇のような虚しさだけがサツキの心を支配していた。

 

「ぐ、うぅ――」

 

 こうして勝負には勝ったし、命も奪われずに済んだ。だけど何か得られたのかと聞かれたら、何もなかったと答えるしかない。

 勝ったのに何も得られない。それは今から約四ヶ月ほど前、ミッドチルダ東部の田舎で狂犬番長とやり合ったときにも感じていた。

 傷を負ったわけでもないのに、胸の痛みが辛く感じる。ただ虚しいだけかと思えば、ないと思っていた悲しみも深いところにあった。

 人間はこういうとき、悲しみや辛さという感情に圧迫され涙を流す。じゃあ、どうしてアタシの目からは涙が出ないんだ?

 

 

 

「――■■■■■■■ッ!!」

 

 

 

 泣くように呻きながら上半身を起こすと、天に向かって獣の如き咆哮を、己の中で広がりつつある虚しさを訴えるように上げた。

 違う、違うんだよ。涙が出たところで何になる。アタシはヤンキーでいたいんだ。普通の人間らしく泣きたいわけじゃねえんだ……!

 虚しさを、悲しみを、全てを振り払うように咆哮するサツキ。その顔は、押し寄せてくる感情に流されまいと必死になっていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 音の嵐が終わると共に、サツキは顔をしかめて立ち上がる。ジークリンデとの約束を守るために、彼女と決着をつけるために。

 だがその前に、まだ意識のあるヴェルサに言うことが残っていた。ズボンのポケットから財布を取り出し、唸るだけで動けない彼の元へ歩み寄る。

 ヴェルサの射貫くような視線を意に介さず、お金しか入っていない財布を彼の目の前に落とす。彼にとっては天の恵みと言えるだろう。

 

「欲しけりゃくれてやるよ、こんなもの……」

 

 見下すように口元を歪め、そう告げるサツキ。それがよほど堪えたのか、ヴェルサはボロボロの彼女をとても悔しそうに睨みつけた。

 そんな彼の顔を軽く踏みつけ、気を失ったことを確認して踵を返したところで足を踏み外し、崩れるように倒れ込んでしまう。

 

「うぐ……クソがァ……!」

 

 扉までの距離はそこまで離れていない。諦めずに歯を食いしばって転がり、指を食い込ませる勢いで壁に手を当て、どうにか立ち上がる。

 サツキは先ほどブチのめしたヴェルサの取り巻き、そして壁にもたれ掛かった状態のサフランには見向きもせず、扉に向かう。

 腹部の傷口から鋭い痛みを感じようと、躓くように体勢を崩そうと、口から血を吐こうと、何があっても止まらずに足を進めていく。

 まだ間に合う。そう心の中で何度も復唱しながら、ついに廃工場から出ることに成功。そこでようやく立ち止まり、首に付けているチョーカーを人差し指でコンコンと軽めに叩いた。

 

「時間が、ねえから……単刀直入に言うぞ、アーシラト」

〈半年以上もほったらかしにしていたかと思えば、何ですかいきなり〉

 

 アーシラト、通称ラト。チョーカー型のインテリジェントデバイスであり、今年で五年の付き合いとなるサツキの愛機だ。

 サツキが競技選手だった頃は彼女を陰で支えていたが、最近はまともに魔法を使わなくなったサツキのせいでほとんどスリープ状態にあった。

 久々に起動した愛機の軽い愚痴を聞き流し、サツキはある事を告げようと口を開く。

 

 

 

 

 

「――頼みがあるんだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日没まで、あと五分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今のは?」

 

 平原のど真ん中。そこでストレッチをするジークリンデの耳に、この場を支配していた静寂を打ち破る咆哮とも言える音が入ってきた。

 この辺りに猛獣はいないし、動物の鳴き声にしては変だ。つまり今のが咆哮だとすれば、それを発したのは人間ということになる。

 頭を回転させていた彼女の脳裏に、一人の人物が浮かび上がる。こんな芸当ができる人間は自分の知る限り、一人しかいない。

 とはいえ、これに関しては本人が来たら聞くことにしよう。勝手に決めつけるのはよくないと、頭を人差し指で掻くジークリンデ。

 

「ほんまに遅いなぁ……いつものサツキならもう来てるはずやのに」

 

 日没まで五分を切った。それなのに、肝心のサツキはやってこない。周りを見渡しても姿すら見えない。いや、本当に来るのだろうか。

 タイムリミットが迫っているせいか、とうとうサツキがこの約束をすっぽかしたのではないかと疑いそうになってしまう。

 

「魔女っ子、まだ連絡つかへんの?」

 

 サツキへの疑いを掻き消すように首を振り、平原の片隅で通信端末を操作する金髪幼女のファビアに声を掛けた。その隣では金髪美女のヴィクトーリアが憂わしげな表情を浮かべる。

 ファビアは居場所がわからない、電話に出ないと諦め気味だったが、何もしないよりかはマシだと思い連絡を取り続けていたのだ。

 ――尤も、使い魔を使役すれば済む話だが、不安に駆られるファビアにその考えはない。

 

「やっぱり探しに行った方が……」

「今からじゃ間に合わない。ただ……」

 

 さっき耳に入ってきた咆哮のような音。無限書庫でもサツキの獣じみた咆哮という、これに近いものを間近で聞いたことがある。

 日が暮れているときに廃工場のある方から聞こえたこともあって不気味に思っていたが、よく考えてみたらサツキの声に似ていた。

 サツキは今日、この決闘を差し置いてまで大事な用があると言っていた。もしかして……。

 

「私、サツキの居場所が――」

 

「残念だが、その必要はねえ」

 

「――えっ?」

「!?」

 

 居場所がわかった。そうファビアが言おうとしたところで突然、ヴィクトーリアの左耳に嫌というほど聞き慣れた声が聞こえ、肩を組まれる。

 いきなり組まれた肩を振りほどき、声がした方へバッと振り向くヴィクトーリア。そこにはジークリンデの決闘相手であり、ファビア達が心配していた少女――緒方サツキの姿があった。

 

「さ、サツキ!」

「おう……待たせた、な……」

「全く、今までどこに――!?」

 

 張り詰めていた心の糸が切れたのか、少し声を荒げるヴィクトーリアだったが、一歩前へ踏み出したサツキを見て声を詰まらせ、目を見開く。

 ファビアもサツキの腰へ視線を向けたところで顔が青ざめていき、彼女達から離れた場所で立っていたジークリンデも思わず息を呑む。

 

 

 

 

 ――サツキの引き締まった身体が、血で真紅に染まっていたのだ。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第60話「最初で最後」

「ごは……っ!」

 

 少し足を進めたところで血を吐き、体勢を崩すサツキ。日没というタイムリミットにはギリギリ間に合ったが、身体は限界を迎えていた。

 倒れないよう両手を膝の上に置き、乱れきった息をできるだけ整える。初めは小さかった腹部の傷口は開き、未だに血があふれ出ている。

 一歩、また一歩と、ゆっくりながらこちらへ確実に歩み寄ってくるボロボロのサツキを、ジークリンデはただ呆然としながら見つめる。

 ファビアはそんな彼女を引き止めようと、だらんとしていた左手を掴んで引っ張る。ヴィクトーリアもサツキを止めようと前に出た。

 

「離せ、クロ……!」

「嫌……!」

「無茶も大概にしなさい!」

 

 サツキの目に映るはジークリンデだけ。自分の左手を掴むファビアを乱暴に振り払い、ヴィクトーリアの言葉にも耳を貸そうとしない。

 ついでと言わんばかりにヴィクトーリアの体を張った制止も退け、ダメージがぶり返して重くなった身体を引き摺る形で前進していく。

 が、満身創痍の身で思い通りにいくわけがない。途中で躓くように転倒し、腹部の傷口に衝撃を受けて血反吐を吐いてしまう。

 さっきまでヴェルサとやり合っていたのが嘘のように身体が重い。全身が悲鳴を上げている。腹の傷口も風が当たる度に激痛が走る。

 

「あ、がァ……!?」

「っ……!」

 

 もういい。痛みで悶えるサツキを見て、ファビアはそう思わずにはいられなかった。ヴィクトーリアもサツキから目を逸らしそうになる。

 一方、二人とは真逆にジークリンデは何かを我慢するように顔を歪めるも、自分に視線を向け、起き上がる彼女を見つめ返していた。

 

「サツキ……!」

 

 辛うじて立ち上がったサツキに、今にも泣きそうな顔でしがみつくファビア。

 皮肉なことに彼女の小さな身体が傷口に当たり、さらなる痛みを覚えてしまう。しかしファビアを気遣ってか、声は殺している。

 ファビアの必死な姿、ヴィクトーリアの無力な自分を恨むような表情を見て苛立ってきたのか、隠すことなく眉を顰めるサツキ。

 すると自分にしがみつくファビアを開いた傷口に関係なく強引に引き剥がし、

 

「――っ!」

 

 握り込んだ左拳で彼女を殴りつけた。

 何が起きたのかわからないといった顔で、ヒリヒリと痛む頬を押さえるファビア。ヴィクトーリアも驚きの表情を浮かべ、彼女の元へ駆け寄る。

 ジークリンデさえも呆気に取られて二の句が継げない中、サツキはありのままの自分を表した言葉を、この場にいる全員に告げる。

 

 

 

「ヤンキー、ナメんじゃねえよ……っ!」

 

 

 

 口元から血を流し、息を荒げるサツキ。邪魔するなと言わんばかりにファビアとヴィクトーリアをギロッと睨み、唇を噛み締める。

 二人とも蛇に睨まれた蛙のように身体をビクッとさせ、渋々下がっていく。今のサツキは止められないとようやく悟ったらしい。

 一歩、二歩、三歩と足を進めたところで立ち止まり、ついにジークリンデと対峙する。

 

「げほっ……お待たせ、と言ったとこか」

 

 「ククク……」と喉を鳴らし、口元を三日月のように歪めて無邪気な笑みを浮かべるサツキを見て、思わずたじろぎそうになるジークリンデ。

 彼女は持つ能力こそ凶悪だが、その性格は試合で相手を負傷させただけで心を痛めるほど優しく、繊細だ。サツキも過去に一度だけ『競技選手のくせに虫が良すぎる』と評したことがある。

 そんな心優しいジークリンデが、腹部に風穴を開けて今にも死にそうなサツキを前にしているにも関わらず、止めることを躊躇っていた。

 もちろん、約束なんて投げ出してでも止めたいと思ってはいるが、ここでやめるなんて言ったら重傷を負ってまで約束を守りに来てくれたサツキに申し訳が立たない。

 

「…………もう、止めへんよ?」

「余計な、お世話だ……」

 

 止めたい。早く病院に連れていきたい。

 声を震わせながらも、必死に平静を装う。尤も、サツキやヴィクトーリア達はそれが痩せ我慢であることを見抜いているが。

 戦慄が心に波打つかのように身体も小刻みに震えていたが、サツキに穏やかな声で話しかけられた瞬間、その震えはピタリと止まった。

 

「なあ、エレミア」

「?」

「アタシはごはっ、お前が嫌いだ」

 

 途中で血を吐くも言いたいことを言いきり、苦虫を噛み潰したような顔になるサツキ。

 ジークリンデはもう慣れたと言わんばかりにため息をつき、人差し指で頬を掻いて苦笑いしながら当然のようにこう返す。

 

「ええよ別に。(ウチ)はサツキが大好きやから」

 

 初対面はまさに最悪だった。シチュエーションがアレだったために尻フェチなどと変態のように扱われ、弁解したのに殴られたのだから。

 次に出会ったのはクリスマス。誤解が解けていなかったせいでまた変態扱いされ、誤解だとわかってもらえたが気が合わなかった。

 それからは会う度にいがみ合い、どんなに些細なことでも何かあるとすぐ喧嘩に発展し、最後は保護者のヴィクトーリアに止められる。それが当たり前になっていった。

 

 

 ――しかし、転機は突然訪れる。

 

 

 インターミドル都市本戦、決勝。そこでジークリンデとサツキは激突した。

 これまでの対戦相手とは訳が違う、格闘技は素人ながらも喧嘩殺法を極めた、他とは一線を画す圧倒的な存在。

 ……とはいえ、実力的にはほぼ互角だった。展開的にはサツキが終始優勢だったものの、最後はジークリンデがこの勝負を僅差で制した。

 だが、彼女が試合で取ったある行為が原因でサツキの逆鱗に触れ、二人の間に亀裂が生じたこともあり疎遠になってしまう。

 関係自体は後に少しだけ改善したが、何故かジークリンデはスキンシップが激しくなっていたのだ。サツキの毛嫌いっぷりが増すほどに。

 そして会う度に追いかけっこやバトルと言ったゴタゴタを起こしまくり、今に至る。

 

「…………あはは」

 

 大体思い返したところで乾いた声で笑い、どこか遠い目になるジークリンデ。サツキを好きになれる要素が、どこにもない……。

 いや、そもそもどうして自分はこんなときに笑っていられるんだ。サツキは満身創痍なのに、身体が血で染まっているのに。

 すぐさま苦笑から恐ろしく真剣な表情に戻し、両手で頬を叩く。

 

「かはっ……もう、時間がねえわ」

 

 またもや血で汚れた口元を拭き、血の混じった唾を吐き捨てるサツキと、もう言うことはないとシンプルな構えを取るジークリンデ。

 沈黙がその場を支配し始めようとした瞬間、サツキが唐突に口を開いた。それも、何かを思い出したかのようにハッとした顔で。

 

「エレミア」

「ん……?」

「一つだけ、言っとくわ」

 

 突然らしくないほど優しそうな笑みを浮かべたかと思えば、すぐにいつもの好戦的な笑みに戻るサツキ。そんな彼女を見て、不思議そうに首を傾げるジークリンデ。

 サツキは少し唸りながら考え込む仕草を見せたが、すぐに何かを決心したような顔で告げる。

 

 

 

「――今からやること全部、これで最初で最後だバカヤロー!!」

 

 

 

 次の瞬間、サツキの足下に赤紫色の正三角形を基調とし、内側に紋様が刻まれた巨大な陣――古代ベルカ式の魔法陣が展開された。

 続いて正方形だった瞳孔が猫のような垂直のスリット型へと変化し、威嚇する犬や猿のように犬歯を剥き出しにしていく。

 片隅で待機したファビアもヴィクトーリアも、そして構えたままのジークリンデも、目の前に光景に驚きを隠せない。あのサツキが感情に任せることなく、自分の意思で魔法を使ったのだから。

 

「ハァァァァァ……!!」

 

 今から使いたくもない魔力をフルに使う。

 今から残った力を最後の一滴まで振り絞り、限界を超える。

 今からジークリンデに勝利し、彼女との間にできた因縁に決着をつける。

 それらの『最初で最後』を、サツキは簡潔に一言でまとめたのだ。

 ……本当にこれで最初で最後だと、何度も自分に言い聞かせながら。

 

「さ、サツキ――!?」

 

 力を溜めるような姿勢で魔力をその身に纏っていくサツキの名を呼ぼうとしたところで、ジークリンデの思考が停止しそうになった。

 何かを振り払うように首を横へ振り、停止寸前だった思考を巡らせるジークリンデ。

 一体何が起きたのかと戸惑いを見せたものの、その原因がサツキの周囲の空気を揺るがせ、噴き出るように放たれている今までにない強烈な殺気だというのはすぐにわかった。

 どうにか思考の停止を阻止することに成功し、ホッとしたところで獰猛な笑みを浮かべたサツキがゆっくりと口を開く。

 

「……腰抜けか? お前は」

「は?」

 

 いきなり何を言うてるんや、と思わず間の抜けた顔になるジークリンデ。まさかこんなときに挑発されるとは思いもしなかったのだろう。

 どう答えようか考えていると、サツキができるだけ微笑んだまま独り言のように呟いた。

 

「まァ、別にいいけどな。お前が何をしようと、結果は変わらねえし」

「……その言い方やと、(ウチ)が負けるの確定してるんやけど」

「え? わざわざ負けに来てくれたんだろ? 違うのか?」

 

 その一言が、ジークリンデに心に火をつけた。

 額にうっすらと青筋を浮かべ、口元を引きつかせながらサツキに向かって大声で言い放つ。

 

「――言うてくれるやないかっ!!」

 

 直後だった。ジークリンデの瞳が恐ろしく澄み切ったものとなり、雰囲気も今のサツキに近いものへと一気に変わったのは。

 命の危機が迫ると自動的に発動する、エレミアの神髄。一種の防護機能とも言えるそれを、ジークリンデもまた自分の意思で発動したのだ。

 サツキは機械のように構え直した彼女を見て満足そうに微笑み、四足獣の如き姿勢を取る。

 

 

「さァ、始めようぜ……!」

「……っ!」

 

 

 

 

 最後の撃鉄が、ついに落とされた――。

 

 

 

 

 




 魔法に関してはかなり迷いましたが、最初で最後ということもあり使わせることにしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第61話「決着」

「ガァァァァ!!」

 

 吼えるような声を上げ、オーラ状の魔力光を全身に纏ったサツキの拳と、機械のように冷たい無表情で振るわれたジークリンデの拳が激突する。

 その衝撃で周囲の地面が抉るように削られ、山林の木々はざわめき、両者の足下には当たり前のように巨大なクレーターが出来上がった。

 サツキはギリッと歯を食いしばって突き出した左拳を引っ込め、次は右の拳を打ち出す。

 まるで最初から纏われているかのように風が逆巻き、大気が唸るほどの拳打。さすがのジークリンデもこの一撃は危険と判断し、

 

「ッ……!」

 

 紙一重でそれを避ける。

 ――直後。彼女の後ろから離れた位置に立っている木々が赤紫色の衝撃波に包まれ、吹き荒れる暴風に巻き込まれるように薙ぎ倒された。

 

「き、木が……」

 

 エレミアの神髄を発動しているジークリンデは特に反応しなかったが、二人を見守るファビアとヴィクトーリアは驚きで顔をポカンとさせ、吹き飛んだところをまじまじと見つめている。

 そんな感じで呆然とする二人の金髪少女だったが、その顔をさっきまでの真剣な表情に戻すことはできなかった。何故なら、

 

「えっ」

「消えた――!?」

 

 二人が平原の方へ向き直した瞬間、ジークリンデの目の前にいたサツキが消えたからだ。足音どころか、僅かな気配すら残さずに。

 ジークリンデも完全に見失ったようで辺りを見渡していたが、突然背後に現れたサツキの前蹴りを食らい、前のめりに体勢を崩す。

 咄嗟に踏ん張ったジークリンデは背後へひねり蹴りを繰り出すもすでにサツキの姿はなく、虚空を蹴るだけに終わってしまう。

 

「――ッ!?」

「ハァァッ!」

 

 見えないサツキを警戒して構えた途端、背筋にかつてないほどの悪寒が走り、同時に右から獣じみた声が響き渡る。

 自身の直感が発する危険信号に従い、本能的に首だけ動かす。いや、首しか動かせなかった。

 そしてその先にあったのは――

 

「ッ!!」

 

 ――常軌を逸した轟音と衝撃波が発生するほどの速度で迫り来る、サツキの強靭な左脚だった。

 

 ジークリンデはすぐさま直撃を避けるべく、右腕でガードの構えを取る。

 だが、サツキの左脚はそのガードを装着されていた鉄腕を粉砕することでこじ開け、脚を振り抜いた衝撃で彼女の全身にダメージを与えた。

 さらに発生したそれはこの程度じゃ満足できないと言わんばかりに、ジークリンデの左側にあるもの全てを吹き飛ばしていく。

 

「ガイスト――」

 

 絶対に逃がさない。まるでそんな思いが込められたかのような攻撃を、体勢を整えたジークリンデはサツキの眼球目掛けて正確に振るう。

 が、口元を歪めたサツキは猛獣の爪とも言えるそれを、瞬間移動でもしたように姿を消すことであっさりと回避してしまった。

 このまま翻弄され続けるのか。そう思いかけたところで、サツキが目の前に姿を現す。

 

「ごは、ガァッ!」

 

 彼女は一息つくように血を吐くと三度姿を消し、ジークリンデの頭上を取った。

 これにはさすがに気づいて上方を見やったジークリンデだが、迫り来る槍のようなサツキの両脚を見てすぐに回避行動に移る。

 彼女の鋭い両脚が回避したジークリンデの代わりに地面を突き刺した瞬間、凄まじい轟音と共に大きなクレーターが発生した。

 すかさず宙返りをして体勢を整えるサツキ。それを隙だと判断したジークリンデは、拳を握り込むと一気にサツキの真横を取る。

 

「グゥッ!」

 

 左へ回り込んだジークリンデが放つ、漆黒にも見える紫の魔力が纏われた拳を、止まったハエを見るような目でかわすサツキ。

 今のは消し飛ばす魔法、イレイザーを含んだ一撃だ。当たればどんなに防御を強化していようと、問答無用で大ダメージになる。

 しかし、今のサツキは誰よりも早く反応できる状態――野獣モードになっている。ただでさえ飛び抜けたスピードを出せるサツキが、少なくともその倍は速く動けるようになったのだ。

 例えエレミアの神髄を発動させたジークリンデであろうと、彼女の動きを読まなければ目で追うどころか反応すらできない。

 

 

 

 ――尤も、手負いの状態でそんな動きを長時間維持するのは難しいが。

 

 

 

「あがッ、ごふ……!」

 

 ジークリンデから少し離れたところに姿を現したかと思えば、お腹を抱えて血を吐く。おそらく傷口への負担が大きかったのだろう。

 サツキが顔を上げるよりも先に地面を蹴り、ギチギチと力を込めた鉄腕を目にも止まらぬ速さで振り下ろすジークリンデ。

 命を刈り取る鉄の爪――ガイスト・ナーゲル。

 サツキはそれを残像付きでかわし、身体を捻って音速の拳打を放つ。

 唸る拳を咄嗟にかわすことで直撃は免れたジークリンデだったが、木々を地面ごと吹き飛ばす拳圧が頬を掠り、鮮血が噴き出した。

 

「ッ……」

 

 驚いたかのように立ち止まり、切れた頬から流れる血を凝視するジークリンデ。表情こそ無のままだが、まさか今の自分が傷つけられるとは思っていなかったようだ。

 

「こんなときによそ見かァ?」

 

 サツキはジークリンデが構える瞬間を狙って地面を蹴りつけ、彼女の脇腹へ右拳を叩き込む。

 バキボキと肋骨が痛々しい悲鳴を上げ、脇腹にめり込んだ拳が上方へ振り抜かれたことにより、身体が宙を泳いでいく。

 だが、ジークリンデは途中で体勢を変えると華麗に着地し、何事もなかったかのように構える。その際、少し脇腹を庇うようにふらついた。

 

「ゼァァァァ!」

 

 吼えながら全身に纏ったオーラ状の魔力光を激しく迸らせ、隙ありと言わんばかりにジークリンデの背後へ回り込むサツキ。

 ジークリンデも微かに聞こえた足音を頼りに後ろへ振り向き、すでに目と鼻の先まで迫っていた左拳を交差した両腕でガードする。

 が、拳圧に乗せられる形で放たれた赤紫色の衝撃波に飲み込まれ、単純に拳の威力を殺しきれなかったことも手伝ってガードしたまま数十メートルほど後ろへ引きずられてしまう。

 足下が酷く抉れるも何とか踏ん張り、両腕によるガードを慎重に解いて周囲を見渡すジークリンデ。その周囲も衝撃波によって、ごっそりと削るように吹き飛ばされていた。

 

「チッ……」

 

 突き出した拳をゆっくりと引っ込め、何かを悟ったような顔で舌打ちをするサツキ。

 魔力付与の打撃とはいえ、全力の攻撃を一発放っただけで腹部の傷口から血が軽く拭き出し、拭いたはずの口元からも血が流れ出していく。

 それだけならまだしも、初撃の時点で全身の骨が悲鳴を上げ、野獣モードのリスクでもある精神的な疲労も蓄積されている。

 

 

 

 ――これ以上は身体が持たねえか。悔しいが、次で決めるしかなさそうだ。

 

 

 

 腹を括った顔で左の拳を溜めるように構え、その一点に持てる全ての力を集中させていく。

 同時にサツキの全身を覆っていた魔力光が流し込まれるように少しずつ左拳へ集束され、炎のように揺らめくオーラと化す。

 ジークリンデも頃合いだと判断したのか、紫色に光る圧倒的な力を両手に纏って構える。

 その様子を見ていたヴィクトーリアは二人の無事を祈り、ファビアは今にも崩れ落ちそうな表情でサツキを見つめていた。

 

「エレミア――」

 

 お前は凄えよ。そう言いかけたところで声を詰まらせ、小さく舌打ちをするサツキ。

 普段はスキンシップの激しいジークリンデを毛嫌いしているサツキだが、選手としての意見が合わなかっただけで彼女の実力は認めている。

 己の五体で人体を破壊する技術を求め、極めていった『エレミア』の末裔にして、試合では一度も負けたことがない次元世界最強のアスリート。

 そして何より、

 

 

 

 ――勝ち負けに興味のなかったアタシに勝ちたいと、心から思わせてくれた相手。

 

 

 

 もちろん、最初からそう思っていたわけではない。ジークリンデと何度も対決するうちに『負けたくない』という思いが芽生えたのだ。

 サツキにとっての勝ちは、相手を自分が満足するまでブチのめすことだ。それは今でも変わらないし、これからも変わらない。だが、ジークリンデだけは純粋に倒したい。

 一言で言えばライバル関係だが、それをサツキが知るよしもない。尤も、ジークリンデの方は彼女を強くライバル視しているが。

 

「グギギギギ……!!」

 

 このままではマズイ。そう思ったサツキは拳を構えたまま今度は感覚の方にも意識を向け、野獣モードの発動条件として最大限に研ぎ澄ませた五感をさらに研ぎ澄ませていく。

 脳天と目の奥から信じられないほどの激痛が走り、集中力を乱されそうになるも必死に堪える。

 その痛みと引き換えに、鋭敏だった動物並みの感覚が最後の一線を超えるかのように極限レベルで冴え始めた瞬間、

 

「ッ!」

 

 

 

 ――世界が、変わった。

 

 

 

 周囲の雑音は聞こえなくなり、視界から色が消え、その場に完全なる静寂が訪れる。

 すると今が好機だと判断したらしいジークリンデが、数十メートルは開いていた距離を一瞬でゼロへと縮めてきた。

 すぐに反応して回避しようとしたサツキだが、全身の痛みと左拳に全ての力を一点集中させているせいで動けず、失敗に終わる。

 そんなサツキにお構いなく、触れるもの全てを破壊する左の鉄腕が振り下ろされ、動けない彼女を引き裂いたところで――

 

「ガァッ、あァ……!?」

 

 

 ――世界は元に戻った。

 

 

 戦う前から少し乱れていた息が尋常でないほどに荒れ、全身の力が一瞬抜けてしまう。

 目の前で鉄腕を振り下ろしたはずのジークリンデも、構えた位置から動いていない。

 何らかの確信を持ったサツキは息を整えながらニヤリと笑い、視界が奪われないように頭と両目から流れ出る血を右手で拭き取る。

 

 

 

 ――刹那。

 

 

 

「ガイスト・クヴァール……」

 

 沈黙を貫いていたジークリンデが地面を蹴り、数十メートルはある間合いを一瞬でゼロへと縮める。人間のそれとは思えない、桁外れの動き。

 そして振り下ろされる、あらゆる命を無に帰す漆黒の爪。紫色の魔力が形を変え、サツキの命を刈り取らんと揺らめく。

 初動の時点で反応こそしたサツキだが、全身の痛みと左拳に全ての力を一点集中させているせいで動けない……。

 

 

 

 ()()()()()

 

 

 

「ド、ラァッ!」

 

 彼女は直撃するはずだった漆黒の爪を、あらかじめ僅かに残しておいた魔力で五体をほんの一瞬だけ操作することにより、回避してみせたのだ。

 

 

 

 ――身体自動操作。

 

 

 

 今のように五体を外から完全操作し、身体がどれだけ破損しようと動かせるハイリスクの魔法。

 魔法という存在に出会って間もない頃、サツキが地球で習得した唯一の技術的な魔法でもある。実際に使ったのはこれで二度目だが。

 先ほどサツキの視界に映っていたのは、彼女がジークリンデの振り下ろす鉄腕を避けられずに食らって死んでしまう……という未来。サツキはそれを事前に予知したのだ。

 

「…………ッ!!」

 

 同時に左拳へのチャージが完了し、攻撃を回避するべく事前に弱めていた踏み込みを、地面が酷く陥没するほど強く行うサツキ。

 よほど集中しているのか、踏み込みの衝撃で腹部の傷口が開くも意に介さないどころか全く気づいておらず、その瞳は間髪入れずに右腕を構えるジークリンデの姿を捉えていた。

 

「歯ァ……」

 

 ファビアと過ごした日々、ジークリンデといがみ合い続けた日々。

 それらをまるで走馬灯でも見ているかのように、鮮明に思い返していく。

 

「食いしばれ……!」

 

 サツキよりも早く攻撃を入れるしかないと判断したジークリンデが、イレイザーを含んだ右腕を視界から消えるほどの速度で振り下ろす。

 

「■■■■■■■――ッ!!」

 

 全てを吐き出すように獣の如き咆哮を上げながら、サツキは改めて腹を括る。

 もう、避けることはできない――いや、ここまで来たら避ける必要はない。

 仕掛けてきたジークリンデと同じタイミングで、禍々しい赤紫色の揺らめくオーラが纏われた左拳を、大気が唸るほどの勢いで打ち出し、

 

 

(これで――終いだ……!!)

 

 

 圧倒的な力を纏った右腕に抉られるよりも早く、ジークリンデの右頬へ叩き込んだ。

 そのまま誰にも止められない、破ることのできない絶対の拳を深く、深く顔面に抉り込む。

 すると歯を食いしばって堪えていた、ジークリンデの頬から骨の砕け散るような音が聞こえ、口元から血が吹き出していく。そして――

 

 

 

(エクシード・メテオブロォォォォ――ッ!!)

 

 

 

 ――そして、サツキが身体を捻りながら拳を振り切ったことで、どうにか踏ん張っていたジークリンデの身体が豪快に宙を舞い、辺り一面を抉るように吹き飛ばす拳圧と、ドスンという重い音と共に地面へ叩きつけられた。

 

 

 

 

 ――あばよ。ジークリンデ・エレミア。

 

 

 

 

「…………」

 

 仰向けになったジークリンデが動かなくなったのを確認し、力を使い果たしたこともあってその場に立ち尽くしながら空を見上げるサツキ。

 そんな彼女に元にはファビア、ジークリンデの元にはヴィクトーリアが駆け寄っていく。

 力なく左拳を天に掲げ、勝利を実感するサツキだったが、

 

「――――」

 

 吊っていた糸を切られた人形さながらに、バタリと倒れ込む。

 そしてファビアの悲痛な叫びを最後に、目の前が闇となった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第62話「束の間の一時」

 

 

 この世界――ミッドチルダに来てから、アタシは変わったと思う。

 

 

 

 地球にいた頃はケンカを筆頭に様々な悪事の限りを尽くし、逆らう奴、気に入らない奴、縋る奴は問答無用でぶん殴る。例えそれが、大人や親しい人間であっても。

 こんな感じで少なくとも蹂躙する、または大切なものを奪う側の人間だった。

 当然と言えば当然だが、それが原因で逆襲されたり、危ない目に遭ったり、返り討ちにされたり、なんてこともザラにあった。

 行き過ぎた暴力をしたり、敵の罠にハメられたせいで鑑別所にブチ込まれたこともある。

 時が経てば経つほど、周りの奴は少しずつ大人になっていく。それでもアタシは変わらない。やることは同じだから。

 本当に、本当にそう思っていた。

 

 

 ――魔法に出会うまでは。

 

 

 ただの人間だったアタシが、漫画によくある異能の力を得た。普通の奴なら実感を得た途端、夢にまで見たファンタジーなことができると舞い上がって喜ぶだろう。

 しかし、アタシは素直に喜べなかった。突如発現した力を振るうことに嫌気が差し、それに依存してしまうのを恐れたんだ。

 加えて強くなりたかったわけじゃないし、力が欲しかったわけでもない。そんなもの、生まれ持った才能だけで充分だった。

 

 その後アタシは故郷である地球を離れ、異世界のミッドチルダで住むことになった。魔法に目覚めてしまったのが運のツキだろう。

 そして今に至るまで、いろんな事があった。

 放浪生活のくせに一番強い奴、絵本に出てきそうな魔女、同じ地球の人間とも出会った。

 自分以外の誰かのために行動するようにもなったし、必要以上の関わりも持つようになった。

 

 もう一度言おう。ミッドチルダという世界に来てから、アタシは変わったと思う。

 だけど、アタシとアイツらとでは住む世界が違いすぎる。それは決して変わらないし、どうあがいても変えようのない事実だ。

 それでも一緒にいたいとは……恥ずかしながら、思っている。でもそうすることはできない。

 

 

 

 

 だから――さよならだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 深い闇の中から突然吸い込まれるように引き摺り上げられ、黒一色の空間に差し込む一筋の光に到達したところで意識を取り戻す。

 サツキは開きかけた瞼を無理やり閉じ、まずは犬のような嗅覚で周りの状況を把握しようとするも、妙な生暖かさと息苦しさに阻まれたせいでよくわからなかった。

 次に耳で足音と賑やかそうで騒がしい音、近くを通過したであろう台車の音を聞き取って自分が病院のベッドにいることを確信する。

 最後に口から鼻にかけてマスクを付けられているような違和感を覚え、肌の感触で最終確認をするよりも先に目を開けてしまう。

 

「…………?」

 

 その目に映るは白い天井。この場合、知らない天井とでも言うべきか。

 視野を広げる前に目の状態を確かめようと、瞬きを数回。

 瞼が重いせいで半開きのままだが正常と判断し、視点を病室全体を脳内で上から見たものに切り替え、ベッドの隣にある椅子へ座り込んだポニーテールの少女を視認する。

 だが同時に、口から鼻にかけて感じていた違和感の正体が人工呼吸器だということもわかった。どうりで息苦しかったわけである。

 今すぐにでもこの邪魔臭い呼吸器を外したかったサツキだが、その前に肌の感触と視点を組み合わせて病室に人が二人しかいないことを把握した。もちろん、サツキを含めて二人だ。

 

「…………レヴェントン」

「は、はいっ!?」

 

 視点を脳内で元に戻し、ベッドの隣に座っている少女――フーカ・レヴェントンに声を掛ける。

 まさかこの状況で呼ばれるとは思っていなかったのか、椅子から飛び跳ねそうな勢いで驚きの声を上げ、ハッとして口を塞ぐフーカ。

 そんな彼女をよそに、気でも狂ったかのように呼吸器を外そうと右手で掴むサツキ。当然、常識人のフーカは止めに掛かった。

 

「な、何しちょるんですか!?」

 

 サツキの身体に負荷が掛からない程度の力で右手を掴み、呼吸器から引き剥がす。

 仕方なく呼吸器を外すのを諦めたサツキはフーカへ睨みつけるような視線を送り、今にも跳び掛かりそうな雰囲気で口を開く。

 

「今日は、何日だ……?」

「え? あっ、11月2日です」

 

 11月2日。サツキは目を白黒させ、ジークリンデとの決闘からたった二日しか経っていないことに少なからず驚きを見せる。

 過ぎた時間から察するに目覚めるのが早すぎたらしい。怪我の程度、出血量、それ以外の負担を考えると、良くても一ヶ月以上は寝たっきり、悪くて死んでいたはずなのだから。

 原因がわからないのでこれは一時的な目覚めだと判断し、頭を回転させるサツキ。

 どういう経緯があったのかはさておき、自分のお見舞いに来たであろうフーカがいる以上、何か話した方がいいのかもしれない。

 

「む、無理せんでもいいですよ。息苦しいでしょうし」

 

 サツキが無理に声を出そうとしているのを察したのか、慌てた声を出すフーカ。彼女なりの気遣いといったところだろう。

 しかし、そんなことにイチイチ反応するようなサツキではない。

 

「お前……何でここにいるんだ?」

 

 これしか話題が出てこなかった。内心でダメだこりゃと匙を投げ、拷問を受けているかのように顔をしかめるサツキ。

 が、フーカは非常に真剣な顔でこんな苦し紛れな質問にも律儀に答えてくれた。

 

 今から二日前――サツキとジークリンデが決闘したあの日。いつものように喧嘩で負傷したフーカは軽い治療を受け、病院を出たところで緊急搬送されてきたサツキとニアミス。

 途中まで怪しまれないように後を追い、サツキが運ばれるであろう病室を把握したとのこと。また、フーカが言うには手術も行ったらしい。

 そして後日――いや本日、フーカはこうしてサツキのお見舞いに訪れたというわけだ。

 つまり彼女がサツキの入院を知ったのは偶然、全くの偶然である。

 

「……聞くんじゃなかった」

 

 割りとありがちな理由だったので聞いたことを後悔し、呼吸器越しにため息をつく。

 フーカもフーカで「うぅ……」と小声で唸りながら申し訳なさそうな表情になり、どうすればいいのかわからず視線を泳がせる。

 二人しかいない病室に沈黙が流れ始めたが、それを打ち破ったのは意外にもサツキだった。

 

「レヴェントン……」

「は、はいっ」

 

 絞り出すように声を出し、天井を見つめていた視線をフーカへと移すサツキ。その額には汗が帯のように広がっている。

 

「こないだの発言、少し補足入れるわ……」

 

 フーカと小競り合いを演じたあの日。サツキは自分でも驚くほど比較的まともなアドバイスを彼女に送っており、今でも印象に残っている。

 

 

 ――お前はお前であって、アタシじゃねえ。アタシはアタシのやり方でやってきた。お前はお前のやり方で強くなれ。

 

 

 誰かのやり方を真似しようとするな。自分のやり方を、己の道を自力で探し出せ。

 サツキが送ったアドバイスの意味であり、彼女自身の現在でもある。サツキは誰かに頼ることなく、自分の拳で道を切り開いてきた。

 ……一部の例外を除けば。

 

「補足、ですか……?」

「ああ……これも一度しか言わねえから、よく聞けよ……」

 

 よほど息苦しいのか一旦言葉を句切り、顔を歪める。フーカにはわからないが、腹部の傷に苦しんでいるようにも見える。

 念話で会話すれば息苦しさという問題は解決するのだが、それには魔力が必要である。サツキはその点が気に食わず、使いたがらないのだ。

 

「仮にアタシだけの強くなる方法を、知っていたとしても、お前じゃ絶対に真似できない。何でかわかるか?」

「それは……緒方さんじゃからこそできるんであって、そうでないわしにはできん。ってことですか?」

「まあ、そんなところだ」

 

 自分で探し出した、もしくは考えた方法。それを完璧にこなせるのは、その方法を考えた自分自身。自分にしかわからないものを、他人がどうこうできるわけがない。

 もちろん、スペックなどの条件が満たされていない場合は考えた本人でもこなすことはできないし、本人でなくても条件や理論次第では他人でもこなせる方法も存在したりする。

 

「誰かの真似事をするなとは言わねえし、誰かに縋るなとも言わねえ。まあ、アタシ的には後者を選ぶのはやめてほしいがな」

 

 そして何より、方法以前の問題も当然ある。これに関しては強くなる云々に限らず、あらゆる物事において大前提とも言えること――。

 

 

「まずは自分を信じる。それを絶対に忘れるな。それがなきゃ、何かを思いつき、実行したとしても先には進めねえ。もちろん、信じたところで良い方へ転ぶわけじゃねえし、悪い方に転ぶこともあり得る。それでも、自分を信じろ」

 

 

 表向きは息苦しさに耐えて真剣な顔になっているサツキだが、内心では完全に悶えていた。今すぐ窓から飛び下りたいと考えている程度には。

 ヤバイ、さすがにカッコつけ過ぎた。恥ずかしい。超恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。記憶を消したいぐらいには恥ずかしい……!

 

「は――押忍ッ!」

 

 フーカは言葉の意味を理解したのか、とても良い笑顔でサツキに返事をしていた。

 だがしかし、サツキとしてはそれどころじゃない。後に黒歴史と言える汚点が、今この時を以って刻まれてしまったのだから。

 これではハイディのことを笑えなくなってしまう。困りに困り果てていたサツキだったが、一瞬目の前が真っ暗になった。

 

「……緒方さん?」

「あぁ……もう、限界みたいだ。レヴェントン……アタシが目ぇ覚ましてたの、誰にも言わねえでもらえるか……?」

 

 理由は聞くなと付け足し、だんだんと深い泥の底にいるように苦しげな息遣いになっていく。さすがに喋り過ぎたようだ。

 サツキの懇願を聞いて今度は黙り込んでコクリと頷き、酷く神妙な顔つきになるフーカ。

 病室を後にしようと静かに立ち上がり、徐々に瞼が閉じていくサツキと目を合わせ、神妙な顔つきのまま頭を下げて一言。

 

 

 

「――ありがとう、ございました」

 

 

 

 純粋なお礼の言葉。それを聞いたサツキの薄れていく意識が一瞬だけ覚醒し、病室から出ていくフーカの背中を捉える。

 何でお礼なんか言ったんだ。アタシはお前に感謝されるようなことをした覚えはないのに。

 

「…………」

 

 まあいいかと小さくため息をついたところで、一時的に取り戻していた意識が、プツリとテレビのように途切れた。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第63話「お見舞い」

「ジークさん!」

「お久しぶりです」

 

 高町ヴィヴィオとハイディ――アインハルト・ストラトスは、緒方サツキとの決闘に敗れ、大怪我を負って入院したというジークリンデ・エレミアのお見舞いに来ていた。

 公式試合でないとはいえ、無敗だったジークリンデが完全敗北を喫した。二人とも昨夜にそのあまりにも信じ難い事実を知らされ、驚きのあまりその場で呆然としたほどだ。

 今のところ、ジークリンデの敗北を知っているのは立会人として居合わせたヴィクトーリアとファビアに、二人から報告を受けたヴィヴィオとアインハルトだけである。

 ヴィヴィオに名前を呼ばれ、病室の窓側にあるベッドの上で儚げに外を眺めていたジークリンデは、できる限りの笑顔で振り向く。

 

(ヴィヴィちゃんにハルにゃん。久しぶりやね)

「は、はい」

「……念話、ですか?」

 

 アインハルトの問いにコクリと頷くジークリンデの頭から下顎にかけて、そこそこ分厚い包帯が固定されるような形で巻かれている。

 あの日、サツキの最後の一撃を食らって頬から下顎までの骨が砕け散り、その前にも脇腹を殴られたことで肋骨もへし折れてしまったのだ。

 医者が言うには魔法による処置を行ったので回復に向かってはいるものの、まだ治ったわけじゃないので安静にしておく必要があるとのこと。

 

(しばらくは念話でないと会話もできんのよ)

「そ、そうなんですか……」

 

 困ったような顔で念話を飛ばすジークリンデを見て、何とも言えない表情になってしまう。

 ヴィヴィオが座ったのを確認し、持っていたお見舞いの品が入っている袋を机の上に置き、涼しそうな顔で椅子に腰を下ろすアインハルト。

 こういうとき、何を話せばいいのかわからない。迷いに迷ったジークリンデは最初に思い出したことを聞いてみることにした。

 

(戦技披露会、やったかな? ヴィヴィちゃんはそれのエキシビションマッチをやるって言うてたけど、準備の方はどうなん?)

「順調ですよ~。不安もありますけど、楽しみで仕方ないんです」

 

 ヴィヴィオは管理局主催で行われるイベント、戦技披露会でミウラ・リナルディとのエキシビションマッチを控えており、それに勝てば母である高町なのはと一対一で戦うことになっている。

 これに関しては本人達から話を聞いていたので一応知っているのだが、ジークリンデ自身も当時はサツキとの決闘を控えていたので気に掛ける余裕が全くなかったのだ。

 次に何かを迷っているような表情のアインハルトへ視線を向け、彼女の緊張をほぐそうとにへら顔になるジークリンデ。

 

(ハルにゃんもいろいろ頑張ってるらしいやん)

「……は、はいっ。あなたとの約束を果たすために頑張ってます!」

 

 ジークリンデの声が脳に伝わってボーっとしていた顔がハッとなり、慌てた声で簡潔にまとめた返答をするアインハルト。

 彼女もまた世界一という夢を叶えるべく、そのために無敗の元チャンピオンであるジークリンデと頂点で戦うという約束を果たすべく、まずはU15で世界を取ることにしたのだ。

 しかし、返答したアインハルトは再び何かを迷っているような表情になって少し俯く。

 一体どうしたんだろうとヴィヴィオが不思議そうな顔できょとんと首を傾げていると、彼女は意を決して静かに口を開いた。

 

「――気分の方は?」

 

 気分。そう聞かれて最初は何を言っているんだと片眉を吊り上げるジークリンデだったが、すぐに察したのか一旦目を瞑り、思い返すように目を開けて語り始める。

 

(なんて言えばええのかわからへんけど……良くはないよ。最悪や)

 

 まだ明るさが残っていたジークリンデの表情が徐々に悔しいようなまだ実感が持てないような、曖昧なものになっていく。

 アインハルトとヴィヴィオが一点の曇りもない生真面目な表情で耳を傾ける中、ジークリンデはそれを確認することなく続ける。

 

(最初はエレミアの神髄を発動してたのもあったから、負けたって実感はなかったんよ。けど、殴られた箇所からズキッとした痛みが走る度に、最後の場面が浮かんでくる)

 

 互いに極限レベルの状態で行われた決闘。ジークリンデはエレミアの神髄によって思考が停止していたものの、意識はあった。

 イレイザーという消し飛ばす魔法で蹂躙し、敵を一人残らず殲滅するまで止まることのない最強の自動防衛機能。

 自分では物事の選択ができないのに、身体が勝手に無駄のないシンプルな動きで敵を殲滅していく。機械に身を任せるようなものである。

 そんな神髄を使ったジークリンデを、サツキは真正面から叩きのめした。余計な思考のない状態だったこともあり、まるで実感が抱けなかった。

 

(寝るために目を瞑っても同じや。泣きたくなるほどの悔しさとか、叫びたくなるほどの怒りとか、色んな感情が湧いてきて、頭がおかしくなりそうになるんよ)

 

 ジークリンデ・エレミアは負けたことがない。皆の知らないところで負けている可能性もあるのだが、ヴィヴィオとアインハルトの知るジークリンデは少なくとも無敗の最強選手だ。

 サツキとの決闘も世間では練習試合という扱いになっており、公式でも欠場はしたものの、戦って負けたという記録は存在しない。

 しかし、それは言い換えると胸に刻まれるほどの大きな敗北を知らないことに他ならない。

 だからこそ、ジークリンデは実感を抱けないまま今回の敗北を噛み締めた。おそらく競技選手としては初であろう敗北を。

 

(忘れようにも忘れられへんから、遠い昔の思い出みたいに懐かしんでもみた。けど、やっぱり何も変わらんかった。気づけば朝になってるし、眠れたと思えば夢にまで出てくるんよ)

 

 一番勝ちたかった相手に、これまでにないほど圧倒的な力の差を見せつけられたうえで負けた。

 それが原因なのか、今のジークリンデには敗北が強く表れている。今まで表に出すことのなかった弱さが表面化してしまったかのように。

 

(おまけに胸が締め付けられるような痛みもあるし、苦いし辛くもある。こんなん初めてや)

 

 と、ジークリンデは右手で胸元を掴むと少し俯き気味だった顔を上げ、話を聞いているであろうヴィヴィオ達の方へ振り向く。

 ここでようやくヴィヴィオが顔を曇らせ、アインハルトが険しい表情をしていることに気づき、どうにかしようとあたふたし始める。

 

(ご、ごめんなっ。わざわざお見舞いに来てくれたのにこんなこと言うてしもーて――!?)

「ジークさん!?」

「だ、大丈夫ですか?」

(あはは、大丈夫大丈夫……)

 

 あたふたと動いたことで脇腹の怪我に障ってしまい、涙目になるジークリンデ。下顎が砕けていなければ小さな呻き声も出していただろう。

 すぐに一息ついて落ち着き、まあこれだけは言えると二人に念話を飛ばす。

 

(そやからこそ、今は練習が、格闘技がしたくてたまらんのよ。早よこの怪我を治して、身体を動かしたい)

 

 複雑だったジークリンデの顔に少しずつ晴れやかな色が浮かび、とても自然で裏もなく、楽しみで仕方がないといった感じに微笑む。

 ヴィヴィオは自分のことのように嬉しいのか目を輝かせ、アインハルトも強張っていた表情が和らいでいき、口元を綻ばせる。

 

「――それなら尚更安静にしていないとダメよ?」

 

 二人を見て一安心したジークリンデが背もたれたところで病室のドアが開き、保護者的存在であるヴィクトーリアが入ってきた。

 気づいたヴィヴィオ達が礼儀正しく挨拶する中、ジークリンデは視線を泳がせながら口元を引きつらせる。聞かれてたんか、と思いながら。

 何かイケないことをした際の反応を見せる幼馴染みへ視線を向け、呆れた表情でため息をつく。

 

(そ、そんなことはわかってるんよ。せやけど)

「わかってるのなら隠すような仕草を見せる必要はないと思うけど?」

(…………)

「目を逸らさないの」

 

 まるで親が子を叱るような光景を前に、ヴィヴィオとアインハルトは微笑ましいと思いながらも、苦笑いするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……また来たよ」

 

 最後の決闘が終わってからちょうど一週間。ファビアはあれから毎日、人工呼吸器をつけて眠るサツキのお見舞いに訪れていた。

 規則的に胸を上下させ、静かに息をし続けるサツキ。プスー、プスーという人工呼吸器の音が止むことなく病室の中に響いていく。

 これまで無敗を誇っていたジークリンデ・エレミアとの決闘を、開始前から満身創痍というハンデを背負いながらも制したサツキ。

 

 

 ――しかし、彼女が負った代償は大きすぎた。

 

 

 腹部の刺し傷、出血多量による血圧の低下、神経及び肉体への過大な負荷。

 神経負荷以外は決闘だけでなくヴェルサとの戦闘によるものも大きく、あれがなければここまで酷くはならなかったと思われる。

 一命こそ取り留めたサツキだが、医者が言うには内部へのダメージも大きかったようで、しばらくは目を覚まさないとのこと。

 

 サツキが何らかの事件に巻き込まれたと判断したファビアは翌日、同じ嘱託魔導師のルーテシア・アルピーノと共に平原から少し離れたところに建っている廃工場を調べた。

 その廃墟は以前、決闘の場である平原に行くための目印として扱われており、血だらけのサツキが歩いてきた方向に建っていたものだ。

 ファビアはそこで何かがあったのだと確信した。いくらサツキでも重傷を負った状態で、そこまで長い距離を移動できるわけがないのだから。

 

 

 ――だが、そこに事件性を窺わせるほどの証拠は全くなかった。

 

 

 ただ、痕跡と言えるものは一つだけあった。壁や床のクレーターや亀裂が、できてからまだ日が経っていなかったのだ。

 しかし痕跡が見つかったとはいえ、それだけでは事件性の証拠にはなり得ない。

 そこでファビアは一か八か、ある人物(?)を訪ねてみることにした。

 

「ラト。アーシラト」

 

 静かに眠るサツキ――正確には彼女の首に付いているチョーカーに話しかけるファビア。

 すると名前を呼ばれたチョーカーが赤紫色に点滅し始め、それが終わると同時に言葉を発した。

 

〈何でしょう? ファビアさん〉

 

 サツキの愛機であり、ベルカ式のインテリジェントデバイスであるアーシラト。愛称はラト。

 自分はまだ機能していると言わんばかりに光るラトに、ファビアはある質問を投げかける。

 

 

「――あの日、サツキに何があったのか教えて」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第64話「魔女とデバイス」

「――あの日、サツキに何があったのか教えて」

 

 二人(と一機)しかいない病室に響く、ファビアの凛とした声。顔は無表情そのものだが、鋭い目付きでサツキのチョーカーを睨んでいる。

 彼女に矢で射貫くような睨みを利かされているチョーカー型デバイス、アーシラトはどこか威圧的な雰囲気で小さく光りながら問いかけた。

 

〈単刀直入に結論だけ言うか、説明したうえで結論を言うか。どちらがよろしいですか?〉

 

 本当に機械のボイスなのかと疑いたくなるほど低い声を発せられ、思わず息を呑むファビア。

 サツキがベルカ式のインテリジェントデバイスを所持していることを知っていたとはいえ、まともに会話したことはほとんどなかったりする。

 その理由は言うまでもなく、主である彼女が魔法を全くと言っていいほど使わなくなったことに他ならない。それにより、アーシラトの役目はないに等しくなってしまったのだ。

 なのでほぼスリープ状態にあったのだが、実際は表に出ていなかっただけで、誰にも気づかれないレベルでサツキを支えていた。

 

「……両方で。結論を言って、理由をちゃんと説明して」

 

 ファビアは当たり前のように答えると、無表情からムスッとした顔になる。幼女に間違われる程度には小柄なせいか、とても可愛らしく見える。

 彼女の返事を聞き、審査中と言わんばかりに点滅するアーシラト。が、すぐに点滅をやめて落ち着いた女性のボイスで一言。

 

〈まずは結論ですが――お話しすることはできません〉

「っ!? な、なんで……!?」

 

 清々しいほどバッサリと拒否され、開いた口が塞がらなくなるファビア。まるで期待に背負い投げを食らわされたかのように。

 もしかして自分は信用されていなかったのだろうか……いや、そうだとしても無理はない。ちゃんと会話したこと自体がないのだから、怪しまれても別に不思議じゃない。

 平原を歩いていたら突然砂嵐に巻き込まれたかの如く混乱するファビアをよそに、アーシラトは間髪入れずに説明へ入ろうとする。

 

〈次に説明――まあ理由ですが〉

「ま、待って待って……!」

 

 あまりにも躊躇いのない彼女に慌ててストップを掛け、ひとまず落ち着こうと深呼吸する。

 子は親に似るというが、このデバイスもそういう意味では主に感化された部分があるのかもしれない。いや、間違いなくあるだろう。

 

「ふぅ……よし、落ち着いた。どうして話せないの?」

〈それを今から言おうとしていたのですが〉

 

 今度は大きく光るアーシラトの妙に棘のある言葉を聞いて「うっ……」と少し申し訳なさそうな顔になり、人差し指で頬を掻くファビア。

 しかしすぐに両手で頬を叩いて気を取り直し、真剣な顔付きになって耳を傾ける。

 アーシラトは考え込むように点滅していたが、今度は人間でいうため息をつく感じに大きく光った直後、その光を小さくした。

 

〈では理由を説明しようと思いますが……その前にファビアさん〉

「何?」

〈あなたはこの件を聞いて、どうするつもりですか?〉

 

 どうするつもりなのか。そんなの、この件を調査し始めた時点でとっくに決まっている。

 

「サツキの仇を取る。殺す以外の方法で」

 

 あの日、彼女に重傷を負わせた犯人は捕まっておらず、手掛かりも掴めていない。犯人を知っているサツキならまだ一日経っていないとか適当な理由を述べ、一人でやり返しに行くだろう。

 が、そのサツキは今、目の前で人工呼吸器を付けて眠っている。やり返す以前に、まずは意識が戻らないと意味がないのだ。

 だからこそ、ファビアはサツキに代わって犯人を裁くと決意した。自らの立場を活かした、身柄を確保という合法的な方法で。

 ……尤も、サツキ自身は怪我を負わされた直後に犯人とのタイマンを制しているため、何気に復讐という目的は果たされていたりする。

 

〈勝手に人のマスターを殺さないでください〉

 

 やはりそう来るかといった感じのボイスでツッコミを入れ、呆れたかのように点滅する。

 ちなみに光の大きさを変えたり、点滅したりするのはアーシラトなりの感情表現だ。

 一世一代の決心をしたかのように真剣な表情で胸を張るファビアを前に、彼女は点滅の速度を速めながらポツリと呟く。

 

〈どうやらマスターの考えも、あながち間違ってはいなかったようですね〉

「サツキの考え……?」

 

 細めていた目を少しだけ見開き、呟くように復唱するファビア。まさかサツキ本人がこういう形で絡んでくるとは思わなかったようだ。

 そろそろ始めますよと言わんばかりにピカピカと点滅し、光を程よい大きさにするアーシラト。どうもせっかちなところがあるらしい。

 

 

 

〈私はマスターに頼まれました。――あの日の記録を全て消去し、誰にも言わないでくれと〉

 

 

 

 そしてこれがあの日の出来事を話せない理由です、と補足を入れる感じで言い切るアーシラト。

 

「えっ……?」

 

 彼女の言葉を聞いた瞬間、ファビアは掲げていた目標が遠ざかっていくような衝撃を受けた。

 サツキが……サツキが頼んだ? アーシラトに? 記録を――証拠を全て消せと?

 一体どういうことだと混乱しつつも、何か言いたそうに口を開きながら必死に頭を回転させるファビア。そこへ追撃を入れるかのように、アーシラトのボイスが響く。

 

〈マスターは自分の問題に誰かの手を貸してもらう、逆に手を貸されることを嫌います。例えそれが現時点では唯一の友人である、あなたの手であろうとも〉

「でも、前にサツキは現実逃避の件でダールグリュンを頼ったよ? しかも自分から」

〈それはそうせざるを得なかったからです。まあ嫌がってはいても屈辱的だと思わなかった辺り、マスターも一応変わったようですが〉

 

 やむを得ないとき以外に他人を頼ろうとはしないし、頼りたくもない。以前のサツキにとっては一回でもやると汚点になるようだ。

 愛機のアーシラトにすら変わったと言われたサツキだが、それでも一人で問題を起こし、それを一人で解決できる。誰の助けも借りずに。

 何があろうと最終的には一人で自己完結してしまう、あまりにも強くなりすぎた一匹狼。サツキらしいと言えばその通りかもしれない。

 つまり自分が今やっていることは余計なお世話でしかなく、サツキにしてやれることは何もない。そういうことなのだろうか。

 

〈先に言っておきますが今回の件に例外はなしです。こんなどうしようもないダメ人間でも、私のマスターであることに変わりありませんから〉

 

 今まさに思っていたことを見透かされるように言われ、悔しそうに唇を噛み締めるファビア。

 私はサツキの友達なんだ。何かしてやりたい。友達がこんな状態で眠っているのに、黙って見過ごすなんてできるわけがない。

 胸を上下させ、静かに眠るサツキの右手を両手で包み込んで握り締める。よく見れば細かい傷痕が残っているその大きな手から、他の人と何ら変わりない温もりが伝わってくる。

 もどかしそうにしているファビアの強い意志を察したのか、アーシラトは光を小さくすると穏やかな女性のボイスで彼女に話しかけた。

 

〈その気持ちだけで充分です。その気持ちだけでも、マスターは嬉しいと思ってくれますよ〉

「…………そっか」

 

 無理やり背負っていた重荷が下ろされたのか、ファビアは一瞬目を丸くするもすぐに穏やかな笑みを浮かべ、くすぐったそうに声を出す。

 ファビアがそろそろ病室を後にしようと思い、立ち上がろうとしたときだった。

 

「――ん?」

 

 一瞬、何かに手をギュッと力強く掴まれるような感覚を覚えたのは。

 すぐに下へ視線を向けるも、そこにあるのはサツキの手を握り締めた自分の両手。人間の頭やハンドボールぐらいなら片手で掴める大きな手を、小さな手が包み込んでいる。

 

 

 まさか……サツキが私の手を掴んだの?

 

 

 彼女が何らかの夢を見て、そのせいで反射的に掴んだのならまだわかる。だが、サツキの落ち着いた状態からとてもそうとは思えなかった。

 

「……気のせい、だよね」

 

 苦笑いしながらそう割り切り、いつものように「また来るね」と病室を後にするファビア。その様子を見ていたアーシラトは、サツキ以外誰もいない病室で独り言のように呟いた。

 

 

 

〈気のせい、ですか……その方が良かったかもしれませんよ、ファビアさん〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしよう……」

 

 サツキが入院している病院を後にし、帰路についたファビアは一人悩んでいた。

 気持ちだけでも嬉しいと思ってくれる。アーシラトはそう言ったが、やっぱり自分は友達としてサツキに何かしてあげたい。

 アーシラトが言うようにあの日、何が起きたのかを調べてもサツキは喜ばない。それでも調査自体はこのまま続行するが。

 ファビアはギタギタやらカッカッカやらと騒ぎまくる使い魔――プチデビルズを我が子のように可愛がりながら、頭をフル回転させる。

 

「…………うん、こういうときは明日の私に任せよう。問題、ないよね?」

 

 その結果、導き出された答えがこれである。

 もういい、諦めたと言わんばかりにどこか遠い目でブツブツと呟く。さすがの彼女も今回ばかりはお手上げのようだ。

 そして焼け爛れた真っ赤な空を見上げ、今日は飛んで帰りたいと心底どうでもいいことを考えるファビアであった。

 

 

 

 

 




 やっと書けた……完結まであと四話(今のところ)、頑張ろう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第65話「再始動」

「それにしても意外だよねぇ~」

「意外、ですか?」

 

 ミッドチルダ北部。そこにある聖王教会にて、シスターのシャンテ・アピニオンと来客であるファビアとアインハルトがお茶会をしていた。

 今日の目的はそれに加え、もうすぐ戦技披露会で行われるヴィヴィオの試合の応援に皆で行こうという話もあったのだが、全員承諾であっさりと終わって暇になっていたのだ。

 ちなみにもう一人の来客であるルーテシア・アルピーノと、先ほどまで紅茶を淹れていた二人のシスターは現在、席を外している。

 こっそりと首に掛けているロケットペンダントを開き、一人嬉しそうにほくそ笑むファビアをよそに、シャンテはどこか複雑な表情で口を開く。

 

「――サツキさんが入院するなんてさ」

 

 怒り、悲しみ、失望、安堵がごちゃ混ぜになったような声を出し、拳を握り締めるシャンテ。

 サツキに何か恨みでもあるのだろうか。アインハルトとロケットペンダントを仕舞ったファビアがそう思っている間にも、シャンテは続ける。

 

「あの人さ、他人には散々言うか一発は殴るくせに、肝心の自分は刺されただけで呆気なく倒れてる。納得いくわけないじゃんこんなの」

「刺されたって言うけど、サツキはその後も動いてたんだよ? 倒れない方がおかしいよ」

 

 あの時、サツキは身体が真紅に染まった状態であるにも関わらず、ジークリンデを倒すという思いだけで止まることなく動き続けた。

 彼女は限界を超えていたのだ。腹に風穴を開けた状態で動けるだけでも異常なのに、役目を終えて倒れるのは当然だろう。

 この場でその事情を知っているのは当事者のファビアしかいないのだが、アインハルトはそれを察したかのように俯いた。

 

「そ、それでもあたしは納得できないよ……。あとこういうのは良くないってわかってるんだけどさ、あの人が入院したって聞いたときに安心しちゃったんだよね……」

「「安心?」」

 

 不思議そうに首を傾げ、綺麗に声がハモるファビアとアインハルト。アインハルトに至っては俯いてた顔をすぐに上げている。

 一体何に対しての安心だろうか。発言からして間違いなくサツキだと思われるが、少なくともシャンテの表情を見る限り彼女が無事だったことへの安心ではなさそうだ。

 シャンテは他の人に聞かれていないか周りを見渡し、コクリと頷いて肯定した。

 

「あたしは初めて会ったときからサツキさんのこと、化け物や悪魔だってずっと思ってたんだよね。だから今回の件を聞いて、やっとあの人があたしらと同じ人間だって思えたんだよ」

 

 彼女の本心であろう言葉を一言一句聞いたファビアは心当たりしかないと言わんばかりの表情になり、アインハルトも一戦交えたときを思い出して整った顔を少し歪める。

 数の暴力を単身で払い除け、断空や鉄腕の一撃をモロに食らっても平然と起き上がり、肩の関節が外れてもあっさりとハメ直し、あの神髄を発動したエレミアさえも退けた。

 確かにこれはあり得ない。シャンテがサツキを人外と認識しているのも納得できてしまう。

 ……とはいえ、その一部はシャンテの自業自得によって刻まれたトラウマが絡んだものであり、今のところ半分は過大評価でしかない。

 

「何にせよ、お見舞いには行かないから。あの人が意識を取り戻したところに鉢合わせた結果、流れるように殺されるなんて嫌だし」

「さすがにそれは被害妄想が過ぎるかと……」

「いくらサツキでもそんなことはしない」

「うるせーなっ! わかってるよそんなことは! だけどあの人なら普通にやりかねないんだよ! アインハルトは知らねーだろうが、サツキさんはそういう人なんだよ!」

 

 長い間サツキと一緒にいたファビアはともかく、二回しか会ったことのないアインハルトは絶対に知らないと判断したシャンテ。

 彼女はかつて自ら生んだ誤解でサツキを怒らせ、一方的に蹂躙され死にかけたことがある。その時のことが、今でも心に刻まれているのだ。

 が、そんなトラウマ持ちの彼女へ追い討ちを掛けるように、心外だと言いたそうなムッとした顔のファビアとアインハルトは異議を唱えた。

 

「私がどれだけサツキと一緒にいたと思ってるの? あの人のことは誰よりも、ダールグリュンやエレミアよりもわかっているつもりだよ」

「確かに付き合いは長くありませんが、サツキさんがどんな人かは会話しただけで何となくわかります。多分シャンテさんが思っているほど凶暴な方ではないと思いますよ」

「ちくしょう! これだとあたしが間違ったことを言ってるみたいじゃんか!」

 

 ひねくれ出したシャンテを慌てて宥めるアインハルトをよそに、ファビアはアホらしいとまるでサツキのような態度を取るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここで負けたんやな」

 

 ミッドチルダ西部の山林地帯にある、極限レベルの決闘が行われた例の平原。ようやく補助なしで歩けるようになったジークリンデは、ヴィクトーリアと共にそこへ訪れていた。

 攻撃の余波を受けた地面は酷く抉られ、木々は全て薙ぎ倒されている。あの日以降、誰もここに手を付けていないのだ。

 荒野と化した平原を静かに眺めるジークリンデを、ヴィクトーリアが後ろから母親のように少し不安そうながらも温かい目で見つめる。

 

「ジーク……」

 

 幼馴染みの名前を小声で呟き、あの日ここで起きた出来事を懐かしむように振り返る。

 その日の午後。日没というタイムリミットの三時間前にやってきたジークリンデだが、サツキが現れたのは日没ギリギリだった。

 重傷を負っていた彼女はジークリンデとの約束を果たそうとそのまま戦闘を始め、勝利を収めたのだ。

 ファビアはもちろん、ヴィクトーリアもその瞬間を脳裏に深く焼き付けている。ジークリンデの、幼馴染みの初敗北を。

 

「変わったものね、サツキも……」

 

 出会った当初は加減を知らないだけの選手だと思っていたが、その実態は不良。それもハリー・トライベッカのような見た目だけの自称ではなく、他者の大切なものを平然と奪えるヤンキー。

 彼女とは馬が合わず、常にいがみ合っていたジークリンデは今に至るまで気づいていないが、ヴィクトーリアは早い段階で察した。

 

 ――サツキ自身も把握しきれていない、その内に秘められたドス黒い本質を。

 

 自分達とは決して相容れることのない存在、違う世界の住民。普通に接しながらも、ヴィクトーリアは心の底でそう思っていた。

 しかし、今年に入ってサツキは大きく変わった。一時期とはいえ社会人として働き、誰かのために動いているような素振りすら見せたのだ。

 生粋のヤンキーが少しずつ年相応の少女になっていく姿を見て、ヴィクトーリアはまるで自分のことのように喜んだ。

 ……彼女が今もなお当たり前のように暴力を振るい、当たり前のように喫煙する点以外は。あの二つだけはどうしても許容しきれない。

 

「帰ろ、ヴィクター」

「……ええ」

 

 どこかすっきりとした顔のジークリンデにつられ、にっこりと微笑むヴィクトーリア。

 それでも元気そうに振る舞う彼女の目元が赤く腫れ、少し鼻声になっているのが気になったが、大体の察しはつくので触れないことにした。

 

「もういいの?」

「うん。せやけど、強いて言うならあそこはあの状態のまま残しといてほしいな」

「ふふっ、何とかしてみるわ」

 

 まだサツキの本質が変わっていない以上、決して気を抜くことはできない。だが、今ぐらいは好きにしてもいいだろう。

 隣で楽しそうに空を見上げる幼馴染みを見て、ヴィクトーリアは安堵の微笑をもらした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日もお見舞いとはご苦労なこった」

「毎日行っているらしいじゃないか」

「別に。好きでそうしてるだけだし」

 

 戦技披露会も無事に終わり、今年の終わりまで半月を切ったある日。外では冬の訪れを知らせるように雪が降り始め、少しばかり積もっている。

 そんな寒い中、ファビアはいつものようにサツキのお見舞いへ行く途中でハリー・トライベッカとミカヤ・シェベルの二人に出くわし、目的が同じだったこともあり同行させることにした。

 明るい表情で笑うハリーと涼しい顔のミカヤに対し、ツンとした態度のファビア。

 決して二人を嫌っているわけではないが、サツキと長い間一緒にいたせいか今まで以上に不器用な態度を取るようになったのだ。

 

「サツキの入院にも驚かされたが、あのジークに勝ったと聞かされたときはそれ以上だったね。非公式とはいえ、無敗記録が破られたんだから」

 

 口元を引きつらせるミカヤの言い分にハリーもどこか不機嫌そうな顔で「だよなぁ」と同意し、気を紛らわすようにため息をつく。

 この二人もジークリンデの打倒を目標の一つにしているのだが、よりによってサツキに先を越されたので複雑な心境だったりする。

 そうこうしているうちにサツキの病室がある階へ到着し、ハリーは確認のために口を開く。

 

「この先だっけか? あのバカが寝てやがる病室は」

「そうだよ――ん?」

 

 目的の病室が見えたところで、ファビア達は進めていた足を止めてしまった。その付近に看護師が何人か集まっていたからだ。

 一体何があったのだろうか。そう思ったファビアが声を掛けるよりも先に、最年長のミカヤが看護師の一人に話しかけていた。

 

「何かあったんですか?」

「は、はい。実は――」

 

 まさかと思ったファビアはここが病院だということも忘れて駆け出し、閉まりかけていた病室のドアをやや乱暴に開ける。その刹那、

 

「……サツ、キ…………?」

 

 声がこぼれた。ファビアの腕から持参していた着替えが落ち、彼女の後を追うように病室を覗き込んだハリーとミカヤも目を見開く。

 豪雨や強風に見舞われようとお構いなく、ファビアが毎日訪れていた病室。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには誰もおらず、ベッドの上には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、その近くには破壊された窓があった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話「表の魔女と裏のヤンキー」

「そっか。無事に予選通過できたんだ」

 

 12月14日。さも当たり前のように雪が降り注いで辺り一面に積もる中、ファビアは公園のベンチに座りながらアインハルトと連絡を取っていた。

 首からはロケットペンダントをぶら下げており、さらにその上からロケットペンダントを隠すようにマフラーを巻いた、冬の魔女といってもいいファッションをしている。

 

『ええ。トーナメントの組み合わせも決まりましたし、明日が楽しみです』

「あはは……程々にね」

 

 アインハルトは現在、新しく設立されたナカジマジムの所属選手となっている。

 元々彼女と三人の後輩による『チームナカジマ』という形ができていたらしく、その全員が徐々に頭角を現してきたので、コーチのノーヴェ・ナカジマはジムを持つことにした。

 それが今のナカジマジムである。一般のお客さんも通ってはいるものの、チームナカジマの選手達を育成することを主な目的としている。

 そんなナカジマジムに三ヶ月ほど前、道端でアインハルトに才能を見出され、スカウトされてきたという期待の新人が現れた。

 

 その名は――()()()()()()()()()()

 

 広島弁のような口調で喋る、孤児院出身の少女だ。アインハルトと出会うまでの間、不良達と暴力込みの喧嘩に身を落とす毎日だったらしい。

 最初はその勧誘をどこか鬱陶しそうに、お金持ちのお嬢様とか、金にもならない運動をしている暇はないとか、()()()()()()()()()()()()()とか言って断ろうとしていたフーカ。

 しかし彼女には行き先がなかったようで、ジムに所属すれば衣食住は何とかなると言われて揺らぎ始め、最後は目的を達成するにはこれしかないと判断し、誘いを受けたとのこと。

 ちなみにその目的とは格闘技選手であり、かつて決別した幼馴染みでもあるリンネ・ベルリネッタともう一度向き合うというもの。

 また、ファビアは去年からフーカの存在と事情を知っていたため、アインハルトから聞いたときも大袈裟に驚いたりはしなかった。

 

「格闘技を始めてまだ三ヶ月なのに、成長性凄いよねフーカ」

『私もそれについては少し驚かされました』

 

 フーカは喧嘩慣れしていたこともあり素養自体はあったが、結局は素人なので鍛えられた選手達が相手では歯が立たない。

 目的を達成するにしても、相手はDSAA格闘競技部門のU15ワールドランキング一位の実力者。普通に鍛えただけでやり合うには無理がある。

 そこでノーヴェはフーカの師匠となったアインハルトの『覇王流』をメインに、近代格闘技を覚えさせるという策を取ることにした。

 本人が言うにはバクチだったらしいが、フーカ自身の体をイメージ通りに動かせるセンスも加わり、今のところ上手くいっているようだ。

 

『そちらはどうですか? 何か進展はありましたか?』

 

 その言葉を聞いたファビアは明るい表情から一変、ここからは仕事の時間だと言わんばかりの真剣かつ不安の混じった顔になって口を開く。

 

「進歩なし。たまに噂は聞くけどそれだけかな」

 

 ――今から一年前。

 彼女の大切な友達である緒方サツキが、入院していた病院から姿を消した。

 当時は昏睡状態に陥っていた患者が消えたと大騒ぎになったが、幸い手回しでもされていたのか世間を騒がせるほどの影響が出ることはなく、表向きは小さな事件として扱われた。

 すぐさま警邏隊(とファビア個人)による捜索が近辺で行われたものの、手掛かりすら見つけられず空振りに終わってしまう。

 強いて言えばいなくなってから二日後、ハリー・トライベッカが通っている高等学校に私服姿のサツキが現れたらしい。これに関しては数人の生徒が目撃していたので確実だろう。

 ……尤も、その後すぐに幽霊の如く行方を眩ませ、捜査も振り出しに戻されたが。

 それから数ヶ月ほど経ったある日。裏で大きな事件が起こり始めたという噂のせいか、捜索は完全に打ち切りとなってしまった。

 

 ――だが、ファビアは一人になっても休むことなくサツキを探し続けた。

 

 東北の歓楽街、西部の山林地帯、東部の田舎。

 かつてサツキと共に訪れた場所へもう一度赴いた他、彼女がいそうな場所を何度も回った。

 それでもサツキを見つけることはできなかったが、運が味方してくれたのか月日が経っていくうちにある噂が世間で広がり始めた。

 

 ――“死戦女神”の再来。

 

 たった一人で大きな組織を壊滅させたとか、ワンパンでビルを倒壊させたとか、一っ跳びで高層ビルの屋上まで到達したとか、動くスピードが速すぎてソニックブームが発生したとか。

 どの噂も信憑性の薄いものばかりだが、あのサツキなら普通にできてしまうんじゃないかとファビアは心の底で思っていた。

 なので囁かれる噂が本物かどうかはともかく、もしかしたら手掛かりになるかもしれないので聞いた噂は一応記録していたりする。

 そして一年経った今でも、ファビアはサツキを探し続けている。根拠がありそうでない、最強のヤンキー“死戦女神”の噂を記録しながら。

 

『…………相変わらずデタラメな噂ばかりですね。面識のあるフーカが言うにはたった一殴りで雨すら吹き飛ばしたそうですし』

「でも、サツキならわりと普通に……って思えるところが怖い」

 

 サツキの規格外っぷりは嫌というほど見てきた。もう何を聞いても驚かない自信がある。

 一度倒されてもゾンビのように復活する、格上の攻性防御を真っ向から押し切る、怒り心頭だったとはいえ精神攻撃が通用せず、最大出力の重力発生魔法すらも凌ぐ等々……。

 挙げていけばいくほどキリがない。あの最強ヤンキー、どれだけ人間離れしていることをやらかせば気が済むのだろうか。

 アインハルトと他愛のない会話をし、通信を切るファビア。時間はまだまだあるし、友人に頼まれたことは喜んで引き受けるが、ゆっくりしている暇だけはないのだ。

 

「……たまには近場を回ろうかな」

 

 今日もファビアは探し続ける。彼女と一緒に撮った、唯一の写真が納められたロケットペンダントを身に付けながら。

 

 

 

「……ここもハズレ」

 

 1月11日。未だに雪が降り積もり、地球でいう鏡開きの最中、ファビアは動きにくそうな厚着を着ながらミッド北部の路地裏を徘徊していた。

 あれから紆余曲折を得て、フーカとリンネはついに対決。互いに本音をぶつけ合った末にフーカが勝利し、リンネと向き合うという目的も達成。その後のウィンターカップも無事に終了した。

 U19ではジークリンデ・エレミアが再び総合部門・格闘部門の二冠を取り、公式での無敗記録を更新した。見事なものである。

 一方のU15格闘部門では、決勝でフーカとアインハルトによる師弟対決が実現。両者一歩も譲らない激しい戦いとなった。

 

「はぁ……」

 

 しかし、フーカとリンネが仲直りしたところでファビアが休むわけではない。

 サツキと出会ってからもうすぐ二年の歳月だというのに、肝心のサツキは未だに見つからない。が、今回はちょっとばかりアテがあった。

 最近この辺りで“死戦女神”らしき人物が目撃されたらしく、夜中に路地裏から轟音のような凄まじい音が聞こえたとのこと。

 

 ――今度こそ、あなたを見つける。見つけ出してまた一緒に、自由気ままに旅をするんだ。

 

 ジークリンデとの決闘が終わったら、二人で一緒に旅をする。ファビアが決闘前日にさりげなく交わした、サツキとの約束である。

 実際には本当に旅をしたいわけではなく、自分がサツキといつまでも一緒にいたいという思いから、咄嗟に提案したに過ぎない。

 それもあってかファビアはここが勝負所だと言わんばかりの意気込みで北部の路地裏へ訪れたのだが、結果はご覧の通り空振りだった。

 とはいえ、ここまで来たのに手ぶらで帰るわけにはいかない。なのでせめて何らかの手掛かりを見つけようと徘徊しているのだ。

 

「どうせならジークも誘えば良かったかな?」

 

 サツキがいなくなったと知った面々の中でも、ひときわ動揺していたのがジークリンデだ。そんな彼女をヴィクトーリアが優しく宥めていたのは、今でも鮮明に覚えている。

 ジークリンデは全力を出しても倒せなかったサツキをライバル視していた。そのライバルが突然いなくなり、目標を見失ったのかもしれない。

 だが、この程度でめげる彼女ではない。きっとサツキとまたやり合える日が来るまで、厳しい鍛錬に励んでいることだろう。

 そして現在では最初からそれがなかったかのように、ジークリンデは大会において二冠達成という輝かしい戦績を収めている。

 

「ん?」

 

 ある程度奥へ進んでいくと、まるで通り魔にやられたかのようにゴロツキが倒れ込んでいた。数は五、六人と言ったところか。

 そのうちの一人を軽く蹴ってみるも、反応がない。完全に気を失っているようだ。

 よく見ると他のゴロツキも動く気配がこれっぽっちもなく、気絶していることがわかる。

 刺激を与えないよう彼らを避けながら歩いていくと、どこかの暴走族が溜まり場として使っていそうな開けた場所へ出た。

 

「こ、これって……」

 

 そこでファビアが目にしたのは、素手でぶん殴ったかのような複数のクレーター、粉々になったバイクと車、酷く抉られた地面だった。

 もはや廃墟に等しい状態の溜まり場。ここを拠点にしていたであろう十人以上のゴロツキが、血を流しながら倒れている。

 一種の地獄絵図とも言える、凄惨な光景。それを目にしたファビアは呆然としながらも、微笑を浮かべる程度には懐かしく感じていた。

 私はこの光景を何度も見たことがあるし、その地獄絵図を作る原因となったこともある。

 

 ――こんなことが当たり前のようにできる人物は一人しかいない。

 

 そうファビアが確信し、何かを察したように歩いてきた道の方へ振り向いたときだった。

 背後から少しずつ近づいてくるような足音が聞こえ、人影らしきものが見えたのは。

 

 

 

 ――お前は何者だと訊かれたら、緒方サツキは迷わずこう答える。

 

「アタシはヤンキーだ」

 

 不良と答えても別に間違いではないし、仮にチンピラと答えようと、世間からは『底辺の存在』だと認識されてしまうだろう。

 もちろん、それも正解である。弱者であろうと歯向かう者には拳を振るい、例え一生懸命に生きている者でも気に入らなければ叩きのめすような存在が、世間から嫌われるのは当然だからだ。

 未成年なのに煙草は吸う、アルコール飲料も当然のように飲む、恐喝も当たり前、バイクや車の無免許運転もあっさりとやる。

 オイタが過ぎて鑑別所にブチ込まれようと反省など微塵もせず、出所したその日にどんな手段を使ってでもお礼参りを完遂する。

 

 ――最初からヤンキーとなるべくして、生まれた存在。

 

 誰がどう言おうと頭を下げず、どんなときでも突っ張り通す。それが彼女にとっての生きる意味であり、定められた存在意義だ。

 魔法という異質の力に目覚めようと関係なく、サツキはヤンキーとして突っ張り通した。まるで迫り来る何かに抗い続けるかのように。

 だが異世界であるミッドチルダに訪れ、自分を利用しようと接触してきた一人の少女と出会ったことで、彼女の本質は少しずつ揺らぎ始めた。

 

「さ、サツキと……今度こそ、友達になりたいから……!」

 

 本人のものではない先祖の復讐心に囚われ、代々引き継がれてきた使命を果たすための駒として、サツキを利用していた少女の本音。

 その少女――ファビア・クロゼルグにそう言われたサツキは、思わず面を食らっていた。

 今までゴロツキに因縁を付けられたり、とあるクラスメイトにしつこく絡まれたり、サツキが一番嫌っている乞食の少女ことジークリンデと、会う度にいがみ合うことは何度もあった。

 しかし、さすがに面と向かって友達になりたいと言われたのはこれまでの短い人生の中でも初めての出来事だった。

 

「――あんたには護るものとかないわけ?」

 

 自分と同種の存在でありながら、自由を選ばず一生懸命にかけがえのないものを護り続けてきた少女に突きつけられた言葉。

 そんなものあるわけがない。アタシは一人でやってきた。誰かに期待や信用といったものを寄せることもなく、己のヤンキー道を貫いてきた。

 アタシが何かを大事にするとすれば、それはきっとアタシ自身だ。自分より大事なものなんて、あるわけがないのだから。

 

「そこまで言うならちゃんとついてこいよ? できるもんならな」

 

 そんな自分一筋のサツキは試すことにした。

 ――ファビアの言っていることがどこまで本気なのか、本質そのものがヤンキーである自分に変化が生じるのか確かめるために。

 それからはヤンキーとも無縁の、平和な日々をファビアと共に過ごした。短いながらも、サツキからすれば平和と言える日々を。

 結果が出るまで時間が掛かると思っていたサツキだが、意外にもそれはすぐに表れた。

 時間が過ぎれば過ぎていくほど、ファビアと一緒にいるのが楽しく思える。同時に彼女と一緒にいることが、当たり前になっていたのだ。

 これなら大丈夫かもしれない。信じていいのかもしれない。これまで他人を警戒していたサツキは、心を開いてもいいとようやく思えた。

 自分が自分じゃなく――ヤンキーじゃなくなっていくことに、陰で怯えながら。

 

「クソはお前だ。今さら善人気取りとか笑わせんじゃねえよ」

 

 その過程で無情なまでにはっきりと突き付けられた、途方もなく厳しい現実。

 自分だけを信じ、自分だけを愛していたサツキが心の底で人間らしくなろうと思った矢先に突き付けられた、否定のしようもない残酷な現実。

 完全にサツキの落ち度だった。今まで好き勝手に暴れておいて、何もないわけがないのだ。

 成り行きとはいえ暗部に首を突っ込んでいたサツキが、真人間になれるわけがない。彼女の変化を食い止めるかのように、彼はそう告げた。

 反論もできなければ、拳を振るうこともできない。ただ悔しさを噛み締め、睨みを利かせる。その時のサツキにできたのはそれだけだった。

 そして月日が経ち、ジークリンデとの約束を果たそうと暗部から抜け出したせいで落とし前をつけるはめになったサツキは――

 

「彼が言ったじゃないですか。人間は自分に利がある方につくんです」

 

 ――裏切られた。気まぐれに利用する形で、尽力をしてまで助けようとした少女に。

 そうすれば今よりも、自分にとって大きな利を確実に得られるから。ただそれだけの理由で、彼女はサツキを見限った。

 サツキは裏切った少女を、元凶である一人の男を、不甲斐ない自分自身を憎んだ。

 そんなときだった。サツキの中で失われかけていたものに再び火が灯り出し、生まれ持った本質が変わっていなかったことを示したのは。

 

 ――嗚呼……この感じ、久しく忘れていた。ムカつく奴はぶん殴る、頭は絶対に下げない。どんなときでも、アタシは何者にも縛られることなく、アタシのやりたいようにやる。

 

 彼女は半ば本能の赴くままに、彼らを倒した。一人は顔面を血だらけにし、一人は全力でぶつかり合った末に叩きのめし、屈辱を味わわせた。

 だけど、やることをやっても何かが変わることはなかった。むしろ消えかけていたものが表面化し、元に戻ってしまった感じがあった。

 

「ヤンキー、ナメんじゃねえよ……っ!」

 

 だから()()()()()()()()

 ――人間らしくなることをやめ、これまで通りヤンキーとして突っ張り通すことに決めたのだ。

 サツキは約束を果たすために満身創痍ながらも魔法を含めた全ての力を出し切り、最強選手のジークリンデにようやく勝利したものの、その代償として昏睡状態に陥ってしまう。

 これを好機だと判断したサツキは、ファビア達と『さよなら』をすることにした。彼女達が自分の起こした問題に巻き込まれないように、彼女達を巻き込まないようにするために。

 

 ――だが、そんなサツキでも諦めきれない、どうしても捨てきれないものがあった。

 

 ファビアが大事に首からぶら下げている、自分と彼女のツーショット写真が入ったロケットペンダント。サツキも同じものを持っているのだ。

 こんなガラクタ一つに未練が生じるなんて、アタシも地に落ちたもんだ。

 ……いや、ホントにアタシが未練を抱いているのはペンダントじゃなくてクロの方だな。

 どちらにせよ、サツキにとってはどうしようもなく情けない話である。未練はないと思っていたのに、実際は未練たらたらなのだから。

 しかし、それでも彼女に戻るという選択はないし、生じることもない。あるのはどんなときでも突っ張り通すという強い意志だけだ。

 

 ――現在、サツキは複数のゴロツキと対峙している。理由は至ってシンプル、向こうにありもしない因縁を付けられてムカついたから。

 こんなときに見知った顔が現れたりしないよな、とか思いながら首を鳴らし、第三者からはめんどくさそうに見える仕草であくびをする。

 そしてゴロツキの一人が「何様だお前は」と怒り心頭の声で叫んだ瞬間、サツキは口元を軽く歪めると当たり前のように…………。

 

 

 

 

「アタシは、ヤンキーだ」

 

 

 

 

 

 




 唐突に始めたIFルート、これにて完結です。
 本当はあと二、三話ほど書く予定でしたが、思ったよりも上手く一話にまとめることができたのでこれをエピローグにしました。
 書き始めたときは始めと終わりしか思いついていなかったので書ききれるかどうか不安でしたが、こうして無事に最後まで書くことができ、正直かなり安心しています。
 他の作品については、気が向いたら書いていこうと思います。そうでないときに書いてもなかなか進まないので。
 最後まで読んでくださった読者様、本当にありがとうございました。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後書き
あとがき(IFルート)


 この後書きはネタバレや作者の私情満載なので、作品を読まずにいきなり読む人はご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 では、まず二年越しにIFルートを読んでくれた読者の皆さんへ。

 

 ここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました。今から二年前の事ではありますが、どんなものよりも書きたかったこの物語を完結させることができ、作者である私としても感無量です。

 これを書いた理由は、ふとこの作品を見返しているうちに、書きたくなったから。それだけです。それ以上の理由はありません。

 

 元々本編のギャグ的な物語で終わらせる予定だったのですが、『主人公の不良というキャラを活かしきれていないぞこれ』と思った矢先、ピカンと思いついたのがこのルートです。

 本編のギャグ要素を大幅に捨て、逆に本編にはあまりなかった、私の書きたかった不良要素を多く取り入れました。主に取り入れたのはガチバンシリーズの要素ですね。

 プロットは最低限にしか作らず、それもメモすることはなく、全て脳内に収めておきました。メモはせずとも書き切れると思い、単にめんどくさいから。そう思ったからです。

 ただ、めんどくさいのはあくまで脳内に浮かんだプロットを文としてメモすることであって、プロットを作ることがめんどくさかったわけではありません。プロット作成に関してはむしろ楽しかったぐらいです。

 

 それとせっかくなので、二度と語ることはないであろう本ルートについても軽く話します。本ルートは細かいバトル描写のある回以外は基本ギャグです。原作キャラのキャラ崩壊、主人公の理不尽さ等々。ちなみにネタですが、主にバカテスから取っているものが多いです。

 そういう事情もあって合わない人は多かったはず。実を言うと『今の私』も『うーん』と首を傾げるくらいには合いません。なんで書くことができたのか『当時の私』に聞いてみたいものです。まぁ、ギャグが合わなかったというよりは、IFルートのような展開でないことに不満があったと思われます。

 ただ、バトルに関しては初めから(脳内で)完成していました。特に後半のハリー戦と最後のジーク戦。この二つは個人的にも出来が良いと思っています。

 

 

 

 この物語を書いているときは常に楽しかったし、続きを書くのが楽しみでした。自分で読みたいものを書く。恥ずかしいかもしれませんが、それが最高だったんですよ。まとめるならこれに尽きます。

 

 

 

 では挨拶と当時の心情語りはこの辺にして、そろそろIF本編の話に参りましょうか。まずはこの作品における、メインの原作キャラについてです。

 

 

 このルートのラスボス兼ライバルである、皆ご存知のジークリンデ・エレミア。

 本ルートでは最終的に実質主人公だった子です。彼女がいなければ、この物語が終わりを迎えることはなかったでしょう。本ルートではキャラ崩壊の主人公LOVEな百合ミア子になってしまいましたが、こちらでは物語が進むにつれて比較的まともになっていきました。良かったねジークリンデちゃん。

 その強さも相変わらずで、トレーニングを積んだことにより原作以上の実力を得ました。というかそうしないと主人公に対抗できるか怪しかったです。先祖から引き継がれた、次代に伝える『エレミア』も未完成ですしね。

 ちなみにこの子、その未完成の『エレミア』に主人公の驚異的な成長性を、彼女なりに応用したものを組み込もうとしたことがあります。できるできないかはともかく、洒落にならないのでやめてください。

 

 次に原作キャラで一番好きなファビア・クロゼルグ。

 ポジション的には主人公のパートナーですが、もしもこの物語の主人公が男だった場合は間違いなくメインヒロインとなる子です。ぶっちゃけこの物語で一番強い原作キャラだったりします。なので作中ではジークリンデよりも強いです。主に主人公との相性的な意味で(ここ重要)。

 それに加え、主人公の本質を最も理解しているため、生涯を通じて主人公の隣を歩いていける唯一の人物であります。物語が終わるまで主人公を探し続けられたのもこのためです。

 なので彼女視点のラストシーン。あの後どうなったかは私にもわかりませんが、個人的には『主人公と再会できてると良いね』と思っております。

 

 皆のお母さん、ヴィクトーリア・ダールグリュン。

 彼女はまさに、というか原作からして保護者ポジです。このヴィクトーリアほど、皆を見守るという役目が似合う人はいないと思っています。

 ガチヤンキーである主人公に対しても、主人公の本質をいち早く見抜き、不測の事態が起きぬよう一足先に主人公を何とかしようとしたり、会う度に忠告をするくらいには面倒見が良いです。ただ、主人公を何とかするには実力が足りませんでした。

 

 ハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルト。原作のときから思ってたけど名前が長すぎるので一応アインハルトと呼びます。

 原作通り、覇王の悲願を成すために通り魔をしていたは良かったが、何をどう勝てると思ったのか主人公に喧嘩を売ってしまった哀れな子。

 その結果、最初は引き分けのような結果になった本ルート一話とは異なり、ほぼ一方的にボコられるはめに。アインハルトも覇王断空拳で一矢報いはしましたが、残念ながらさしたるダメージは与えられず、主人公にカッコよく倒されてしまいました。その後は主人公をジークリンデ共々、自分の目標にした模様。いつか越えられると良いね。

 

 忘れてはいけないハリー・トライベッカ。

 本ルートではインターミドルの都市本戦で主人公と戦い、惜しくも敗れてしまった子です。

 このルートにおけるハリーは日常の象徴とも言える存在で、彼女といることで主人公は表の日常に辛うじて戻ることができていました。そのため、ハリーを突き放した時点で主人公に戻る道はなかったのです。

 

 最年長のお姉さん、ミカヤ・シェベル。

 一言で言うなら先輩ポジです。出番は少なめですが、それなりに役割を果たしてくれました。

 タイミングが少しでも違っていれば、主人公の暴走を止めることができたかもしれない凄い人。しかも物理的にではなく、論理的な方向で。彼女もまた、主人公にとって数少ない日常の象徴でありました。

 

 原作の主人公(の娘でもある)、高町ヴィヴィオ。

 主人公とは通学路が一緒で、主人公が早起きしたときは一緒に登校していました。そして主人公の喫煙を注意していました。作中では主人公に小僧と間違われましたが、この子は小娘です。

 彼女も一応競技選手ですが、この物語では日常の象徴の一人として登場させました。主人公と一度でもいいから戦いたかった模様。無茶はやめましょう。

 ちなみに主人公はこの子が関わった事件の詳細を何気に知っていたりします。どこで知ったのやら。

 

 八神はやてと愉快な仲間たち(ヴォルケンリッター)

 この物語に登場する唯一の大人たち。でも他のキャラと比べて印象は薄め。

 彼女たちがいなければ主人公は拘置所にブチ込まれていたかもしれません。そういう意味では大きな役割を果たしていたりします。当人たちも主人公の持つ貴重な情報にほっこり。まさに一挙両得です。

 

 もう一つの可能性。フーカ・レヴェントン。

 ファビアほどではないものの、主人公の隣を歩いていける可能性を持った数少ない人物です。本ルートでは登場どころか存在すら触れられなかった子でもあります(まぁ当時はVivid Strike!がまだ放送されてなかったからね。仕方ないね)。

 当初のフーカは主人公に助けられたこともあり、彼女の『表向きの強さ』に憧れてしまうも、それを快く思わなかった主人公に軽くボコられてしまいました。でもその後は紆余曲折あって主人公からアドバイスをもらうことができました。良かったねフーちゃん。

 

 

 はい、以上メインの原作キャラについてでした。後の原作キャラは本ルートほどの関わりや重要な役割がないので省かせてもらいます。ただ、最初から脳内プロットにいたのはファビアとジークリンデだけだったりします。なので他の原作キャラは好き勝手に動いてくれやがりました。ありがとう。

 

 

 では続いて、オリジナルのボスキャラについてです。先に言っておくとモチーフは大体ガチバンシリーズの敵キャラです。

 

 

 炎熱の少女、カマロ。

 とある歓楽街を支配する女子校生の集団、“ヒュドラ”のリーダー格。

 最初、つまり第一章の敵キャラですが、こいつは後述のクロマと合わせて一人のボスという扱いであるため、こいつとの戦いはいわゆる前半戦として扱いました。

 なので主人公は本気を出さずに勝てましたが、後半戦のために体力温存に専念したせいで予想以上の苦戦を強いられるはめになりました。ちなみに術式はミッドチルダ。炎熱変換持ちです。

 

 電撃の少女、クロマ。

 “ヒュドラ”のもう一人のリーダー。カマロが表のリーダーならこいつは裏のリーダー。

 第一章のボスキャラ。正確には前述のカマロと合わせて一人のボスという扱いですが、強さ的にもこっちの方をボスっぽく扱いました。不意討ちかつ体力が消耗していたとはいえ、何気に主人公を一度倒した凄い奴。

 だが相手が悪く、ファビアを手に掛けようとしたのが運の尽き。短時間で復活した主人公に部下を全員ボコボコにされ、お互い血だらけになるほどの死闘の末に倒されました。ちなみに術式はミッドチルダ。電気変換持ちです。

 

 “魔闘士”、クーガ・ビスタ。

 第二章のボスキャラ。何気にフルネームがある唯一の敵キャラ。かつての主人公のように、自分よりも強い敵を求めた、いわば主人公にとっての“亡霊”。自分よりも強く、かつ近辺にいたという理由だけで主人公に喧嘩を吹っ掛けた迷惑なショタ野郎。

 力では劣るが格闘技の技量で主人公を上回り、主人公に奥の手を使わせた凄い奴。しかも序盤は文字通り主人公を完封していたりします。術式はミッドチルダ。なので砲撃も普通に使いました。主人公の顔面に。

 だけどその奥の手を使い、徐々に彼の動きに対応し始めた主人公の前に、攻性防御の上から肘を拳打で叩き潰されて敗北。そのまま選手生命を絶たれました。その後は主人公を庇って長期停学になった模様。

 

 田舎の狂犬少女、メルファ。

 第三章のボスキャラ。個人的に気に入っている二人のボスキャラのうちの一人です。

 深い理由もなく、完全な成り行きや一方的な私情で主人公と激突してきたこれまでのボスとは違い、こいつと主人公は『信念の違い』で激突しました。ぶっちゃけ一番不良モノらしい理由での激突です。

 同じヤンキーでありながら、主人公とは別の、ある意味正反対の道を歩んでいるメルファ。主人公はそれが気に食わず、メルファもまた主人公の自分本位な信念が気に食わなかったので、タイマンに持ち込みました。

 主人公よりも一回りほど小柄のくせに、魔力なしで主人公と互角のパワーを見せた凄い奴。こいつとの戦いではお互いに魔力を使わせる気はなかったのですが、それだとただのタイマンになってしまう(私はそれでも良かったけど)ので、申し訳程度に使わせました。術式は近代ベルカ。

 彼女の存在は主人公の考えに影響を与え、後の悲劇にも繋がる要因ともなりました。主人公は何気にメルファのことが羨ましかった模様。

 

 闇金のワル、ヴェルサ。

 第四章のボスキャラにして、オリジナルという意味では最後のボスキャラです。そして個人的に気に入っている二人のボスキャラのうちのもう一人です。

 メルファとファビアの影響で自分なりに更生を図ろうとした主人公を、再び暗部の闇へ突き落とした張本人。一言で言うなら全ての元凶です。つまりこいつが悪い。

 でも強さは本物で、触れると爆発する魔力弾を当たり前のように放ったり、強くなる前の主人公の攻撃を軽々と避け、主人公が強くなってもなお互角であり続けた凄い奴(でも描写的には一方的にボコられています)。

 特にバトルの前半は本当に主人公を殺す一歩手前まで追い詰めました。敗因は主人公の爆発的な執念を侮ったことと、精神力の差です。

 彼の存在と行動は主人公に最も大きな影響を与え、更生を諦めさせてしまいました。つまりこいつが悪い。ちなみに術式はミッドチルダ。

 

 ボランティア少女、サフラン。

 ボスキャラではありませんが、主人公に影響を与えたオリジナルの敵ということでここに記します。

 敵と言っても主人公と直接対決する前にあっけなく倒されましたが、その前に主人公に些細な攻撃で重傷を負わせたヤバい奴。描写が足りなかったかもしれませんが、実はサイコパスで自分の利益のためには殺人も厭いません。主人公を背後から、魔力の短剣で刺したのも自分の利益のためです。

 彼女の借金返済に手を貸したのに、恩を仇で返され、見事なまでに裏切られた主人公は軽い人間不信になってしまいました。そこへヴェルサによる精神的な追い討ちを受け、更生を諦めるに至ったのです。ちなみに術式はミッドチルダ。

 

 

 はい、以上オリジナルのボスキャラについてでした。どいつもこいつも書いているうちに、勝手に脳内プロットに組み込まれた奴ばかりです。なので彼らも好き勝手に動いてくれやがりました。ありがとう。

 

 

 この物語において一番書きたかった、やりたかったテーマは『主人公の生き様』です。なのでなんちゃってヤンキーや口だけヤンキーやファッションヤンキーにはならないよう、細心の注意を払いながら書きました。

 まぁ、理由が理由なだけに『オリジナルでやれ』とか思われるかもしれませんが、この原作でやりたかったというのが本音です。

 その理由は『優しい世界』ばかりが描写される中、それ以外の部分があまり描写されていなかったからです。それでヤンキー主人公を書きたかった私は、この原作で書くことにしました。原作ではほとんどなかった『優しくない世界』に、少しでもスポットを照らすために。

 

 

 常に主人公の心情をイメージしながら書いていました。楽しいと思う反面、上手く書けているかが不安でしたが、個人的には大満足な出来になったと思います。創作世界のヤンキーはいいぞ。リアルヤンキー? くたばれ。

 

 

 ちなみに思いついていたネタとして『主人公vsリンネ・ベルリネッタ』というものがあります。でもこれに関してはどう書いても主人公がリンネを一方的にボコるだけで終わってしまうので、即刻没にしました。ただボコることには何の意味もない。

 

 

 まぁ、何はともあれこの物語は二年前に無事完結しました。おめでとう私、ありがとう読者の皆さん。では最後に主人公のIFルート開始時点のプロフィールを公開し、主人公について話してさらばです。

 

 

 

 

 

 ※注意。もう一度言いますが、ここに記するのは『IFルート開始時点の主人公』のプロフィールです。完結時点のプロフィール、つまり完全版は今回は書きません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名前:緒方サツキ

年齢:15歳

身長:180後半

体重:平均より重め(骨格と筋肉の密度が濃いため)

スリーサイズ:わりと大きい・少し細い・普通

Style:我流格闘戦

Skill:全抵放射

Magic:古代ベルカ

 

 

 

 以上、IFルート開始時点の主人公のプロフィールでした。ではこの主人公について話しましょう。

 

 

 

 まず外見的なキャラのモチーフはいません。ここはマジでオリジナルです。名前もふと思いついたものをそのまま付けただけです。

 なので赤みがかった黒の短髪と、髪と同じ色の瞳、当然のように鋭い目付きをしているということだけ覚えておけば大丈夫だと思います。

 彼女の渾名はジークリンデが付けた『サッちゃん』で決定です。個人的に良い響きだと思いますし、何よりギャップを感じるからです。

 

 キャラのコンセプトは本ルートだと『ジークリンデ・エレミアにとってのラスボス』、IFルートだと『生まれついてのヤンキー』になります。なお、コンセプトはもう一つありますが、それについてはまたの機会に。

 原作には先ほど語ったハリー・トライベッカという不良系女子がいましたが、この主人公は彼女を反面教師にして生み出されています。なので一時の優しさはあっても、根本的に優しいとかはあり得ないです。

 

 名前が出た時点でピンときた人はいると思います。そうです彼女は地球人です。それもハーフではなく、純地球の純日本人です。名前がカタカナ表記なのは、文と混ざってややこしくならないようにするためでした。

 基本的に自分本位で、他人を優先することはなかったこの主人公ですが、最終的に突き放されたとはいえ、ファビアが攻略してしまいました。凄いぞファビア。さすが私の推しキャラ。

 

 主人公の愛機は古代ベルカ式のインテリジェントデバイス、『アーシラト』。もうベルカ式のインテリジェントデバイスという時点で突っ込みたくなりますが、深く気にしたら負けだと思っています。

 名前の由来はウガリット神話に登場する、神々の女王から来ています。ちなみに形状はチョーカー型。こうなった理由は主人公が他の形だと喧嘩の際に邪魔になると言って駄々を捏ねたため。

 

 さて、肝心の能力コンセプトですが……

 

 

 『魔法なしの純粋な身体能力』

 

 

 はい、これに尽きます。これで充分です。シンプルでわかりやすいです。その身体能力だけでジークリンデを上回るヤバイ奴が、この作品の主人公です。

 

 ミッドチルダに来た時点でヴィクトーリアより少し強め(でも負けた)、その翌年の時点で『エレミアの神髄』なしのジークリンデ以上(神髄使われたので負けた)、さらに翌年の時点でヴィクトーリアが相手にならないレベル(ようやく圧勝)になってしまいました。この辺りの下りは過去編に簡潔に描かれています。

 

 では主人公が忌み嫌う魔法についてですが、これに関しては発現当初を除いてろくに練習もしていなかったので基本ダメダメです。一応知識はありますが、ダメダメです。

 なので使えるのはその当初に身に付けた『身体自動操作魔法』と『魔力の衝撃波』と『魔力付与打撃』と、A'sでシグナムが使った防御魔法、『パンツァーガイスト』くらいです。一応『魔力による肉体強化』も使えますが、コンセプト上の問題で使用はさせなかったです。誰が使わせるかコノヤロー。

 

 主人公の稀少技能(レアスキル)であり固有技能でもある全抵放射。こいつは起死回生の切り札ですが、欠陥能力です。主人公が絶体絶命のピンチに陥ったときでないと発動せず、しかも発動確率が五分五分というギャンブル仕様の能力です。モチーフはゴジラの体内放射。わかる人にはわかったと思う。

 

 また、作中でジークリンデが彼女なりの答えを導き出したように、実はボスキャラに追い詰められる度に力を上げていた主人公。でもそれに関する詳細は完全版プロフィールと共に話そうと思います。なので今回は保留です。

 

 

 

 

 はい、今回はこれで以上となります。今回語らなかった分、はぐらかした分は完全版プロフィールと共に、現在執筆中の番外編『Vivid Outlaw』を完結させた後に書く、これとは別のあとがきに記します。ここで語ると向こうで語ることがなくなるし、ネタバレにもなるからね。仕方ないね。

 

 

 そしてここだけの話。私は自分の中でこのルートを正史として扱っています。なので正史はこっちです。IFなのに正史とはこれ如何に。

 

 

 そんじゃ、これにて失礼させてもらいます。ここまで見て下さった読者の皆さん、本当にありがとうございました。次にこういう場で会うのは番外編、もしくはバカテス二次が完結したときになると思います。

 

 

 ではまた、その時にお会いしましょう。さらばです。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。