狂医者の死神奇譚 (マスター冬雪(ぬんぬん))
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原作前
▼異世界とシリアルキラー


かなり人を選ぶ作品です。ストックはすぐになくなります。亀更新になります。1話で駄目な方はそっと閉じましょう。


異端だと知っていた。

異常だと知っていた。

それでもやめられるものでもなくて、そもそもやめなければならない理由がわからなくて。

培ったその(さが)は芽吹いて、花が咲いて、熟れた実を腐らせた。

 

 

 

 

 

ざわざわとニンゲンが煩く騒音を立てながらあっちこっちを歩いていく。元いた場所はもっと小さくて静かで寂れていて血の臭いが充満していて死体だらけの筈。こんな意味不明な記号とか言葉とか漫画みたいな飛行船とかなかったのだけど。見上げる空には青空と太陽。薄汚れた摩天楼も暗い夜も赤い月も、今はそこには無い。

僕は黒いフードの下、態とらしく首を傾げてみせた。

……まぁいいや。

然り気無く人混みに紛れ、頃合いでスーツの男の頸動脈を隠し持った医療用のメスで流れるように掻き切った。かっ、と小さく息を詰めて何が起きたか分からないといった様相で立ち止まった男の横を通り過ぎる。

倒れ伏す音。悲鳴、怒号。

 

……─────堪らない。肉を裂く感覚、噎せ返る血臭。

呆然と傷の付いた箇所に触れて真っ青になる表情なんて、見ているだけでえも言われぬ心地になる。その形相のまま首を刈り取ってホルマリン漬けにしてしまいたいくらい。

どろりと溢れた血液が抑えた指から溢れ出し、止めようと陸に上げられた魚みたいに必死に口をパクパクさせながら血液を無意味に掬い上げる様なんて間近で見れたら、もう。

 

惜しい気持ちもあれどそこから立ち去った。遥か後方に騒ぎがうっすら聞こえる中、感傷も程々に男からスった財布を開く。ぽいぽいとレシートに身分証明書やらを捨てて、僅かばかりの紙幣に硬貨をポケットに突っ込んで財布自体も捨てる。メスは血を丁寧にティッシュで拭いて袖に仕舞う。ティッシュも同様に溝に捨てた。直ぐに汚水に濡れて沈んでいく。

 

肉厚な特注の尖刃刀は外科医だった父親の商売道具だったモノだ。僕の手にあるのは彼を僕がこの手で殺して奪ったから。息子である僕に生きたまま解体され、妻と縫合されて物理的に一緒になったあのヒトの顔を、僕は一生忘れないだろう。

子供の時からおかしかった僕はイラナイモノだった。肉を割くのが好きで、血の匂いが好きで、死体が好きで、死の間際の断末魔が好きで。そんな僕だからあのヒト達は僕を嫌って、僕を残して何処かに行こうとしていた。……そんなに一緒に居たいならずうっと離れなくなればイイじゃない?ある意味、僕は親孝行者じゃないか。どうして皆顔を青くさせて怯えるのか。

 

気付いた時には皆も僕も真っ赤に染まっていた。

 

 

─────兎も角、今後のために後2、3人は狩っておきたい。趣味ではあるけれど実益を求める僕は、凄く欲張りだな、なんて。

 

此処は完全に別世界。何をするにも先立つ物は必要である訳で。

 

 

 

 

 

宣言通り2、3人殺ってからホテルに泊まった。この世界のニンゲンは前の世界と同じようで、僕の得物の刃が通った事が少し拍子抜けだった。まあ、殺人童貞の時みたいにはしゃいでしまったのも否めないけれど。

……どうやら金銭的な相場なんかも日本と変わらないらしい。便宜上異世界と仮定して、気付けば僕の容姿は幾らか変わっていた。何処がと問われれば体毛の色。全体の容貌が少し若返っている。黒髪黒目だったし、元は成人して、仕事だってしていたのだ。

肉体の経験を奪われたとでも。通行料としてならばなんて安上がり。

これはもう今までの自分を捨て去りなさいというカミサマの御告げとみた。無神論者だけども。

取り敢えず自己の確立という訳で一人称を小生にしてみる。

 

……拙いなぁ、愉しくなってきた。昂りのままに殺したい欲求が溢れて。ふらりと足が外へ向いていた。

 

 

 

 

 

ふと顔を上げれば、路地裏は血液で真っ赤に染まっていた。この世界に来てから小生の理性は切れやすくなったと思わざるを得ない。大体8人か、滅多刺しにされてニンゲンなのか肉塊なのか別の何かなのか判別不可のそれに、熟れたトマトを連想してしまう。ミネストローネやミートソーススパゲッティが食べたくなった。小生の好物だ。

 

お腹減ったな……

 

朝御飯を食べていないのは事実なのだし。早く血を洗い流したい。まだ拠点も作ってないのに。少し浅慮だった。愉しかったしヨかったけれど。

びしょびしょに濡れた服を取り替えなくてはと周りを見回す。誰かシンセツなニンゲンは居ないだろうか?

……なんちゃって。

 

「■■■■■、■■■■■■■■?」

……おや、

 

随分と影の薄い目撃者がいたものだ。後、随分と奇抜な格好だね。彼は対象外かなぁ、と独り言ちる。

……唯、かなりの強者であるし、この惨状を見てケタケタクツクツと笑っているし、何より彼からは濃厚な死の匂いがする。

面白いニンゲンだなあ。殺したいなあ。ここまで欲求が擽られるニンゲンなんて初めてだ。

でも、……どうしてだろう、今じゃないって気もする。

こういう時って、感覚に従って置いた方がいいんだよなぁ。勿体ないなぁ。

 

「■■■■■」

残念だが小生には君の言葉が解らないよ

「……?■■■■」

 

不思議そうに首を傾ける男。

その身体はまるで鋼の肉体を持つ野生の獣。溢れる言葉は熱く蕩ける声音だった。

聞き覚えのない音を奏でるその口はよく回る。小生は胡散臭い笑みのまま此方に近付く彼に構えもせず見詰めている。

狡猾な蛇や蜘蛛の巣を思わせる、性的にすら感じる粘ついた視線。彼が望むのは、彼が欲するのは、恐らく小生と似たようなモノ。

 

「■■■■■■■■、■■■■■■■■♥」

君は、何だか、

 

 

 

 

基本、面倒なのは嫌いだ。だがそれ以上に退屈が嫌いだ。

価値が無くなれば棄てればイイ。それは釣り人が釣った魚を海に戻すのと同じ。子供が飽きたからと玩具を捨てるのと同じ。

《纏》をして眠る青みがかった銀髪の少年を肩に乗せ、路地裏を進む。

 

公共語のハンター語を話さない、恐らく話せない子供なんて、今時滅多にいないだろう。彼の流星街の子供でも話せるのだから虐待か、ネグレクトか。だけど其れにしては仕草は綺麗で、聞いた事もない言語を操っていたのだからそれらは否定される。ロクな育ち方をしていないだろう事は、彼の持つ狂気と身のこなしから容易に察する事が出来るのだが。

 

「ふふふ、」

 

だが、そんな事に興味を抱いた訳じゃない。 そんな物は幾らでも後付け出来るモノだ。

勘としか言いようがないが、唯単にこの存在とは気が合いそうだったからだ。

 

「君は一体、どんな果実になるんだろうね……♦」

 

ヒソカはまた、クツクツと笑った。

 

 

 




20190209/ちょちょっと書き直しましたよ


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▼朱染めの死神たち

変態×変態。化学反応が起きそうですね。起きないかも知れませんけど。


彼はヒソカと言うらしい。自分を指差して言っていたから確実だろう。

 

何らかの圧に流れ出した何かを留め、力尽きて気絶した小生が目を覚ますと、そこは何処かのホテルのようだった。ビジネスホテルのような物ではなく、華美ではないものの中々良い雰囲気と調度品。割とセンスが良いのかな?ピエロみたいな格好だったけど。

血塗れの服のせいでベッドのシーツがグショグショで不快だったが、丁度シャワー室から出て来たらしいヒソカが赤髪から水滴を滴らせながら小生にシャワーを浴びるよう促した。全裸で。

 

それから、これからはヒソカに面倒を見られる事に不思議となっていた、という訳だ。

幸いな事に公共語らしき記号の連なりは日本語と似たような五十音だった。文字自体も何処と無く酷似している。残るは発音だが、それらはヒソカに頼る事にする。

 

そしてもう一つ。

 

 

【念?】

■■■■■■(そう。さっき君に当てた力の事さ♥)

 

筆談で伝えればヒソカからハンター語と言うらしい言葉が発される。それでヒソカの言葉を紙に書いて答え合わせ、見せれば胡散臭い笑みと頷きが返ってくる。ヒアリングは問題ない域にまで達したと見なして良さそうだ。案外簡単だった。スピーキングは中々に難しい物があるが。

 

「念には四体行とその派生から成る、生命エネルギー、オーラを操る術の事だよ」

「……」

 

奇怪なモノだ。オーラを身に纏う《纏》、体の中に完全に仕舞い気配を消す等の効果のある《絶》、爆発的に量を増やす《練》、そしてその3つを利用し応用するのが必殺技たる《発》。他《円》《隠》《凝》《流》《堅》《硬》と、明らかに現実的じゃない。ファンタジックだ。

 

「感覚にもよるから、後は実践してみるとイイ♣️」

【分かった】

 

身体の底から溢れるモノからして、戦闘関連で強くなって欲しいのだろう。小生が殺人狂の拷問狂(シリアルキラー)ならヒソカは戦闘狂(バトルジャンキー)だろうから。勘だが。

この粘性のある水のようなオーラを淀みなく巡回させる《纏》だが、これは明確なイメージを自分でこじつけた方が良さそうだ。鍛えるには瞑想が好ましいと言う。取り敢えずこれからだと言われた。

 

 

……半ば誘拐された身ながら何故逃げないと聞かれれば、単に面白そうだからだ。彼は目の前でニンゲンを殺しても何ら顔色を変える事もない、面倒を見ると言うからには当面衣食住はタダだ。そしてヒソカ自身が強者であるのは変わらないのだから、彼を殺した時、何れだけの快感が得られるだろうと思うと昂って仕方ない。

 

 

「……ククッ、そんなオーラ出すなよ……興奮しちゃうだろう?♦」

おやおや、それはすまなかったねぇ

 

どうやら同族の上同類で、気も合えば性質も酷似しているらしい。ブレーキを壊してアクセル全開で走る爆走車両の様なものだ。

 

「そう言えば、名前を聞いてなかったね」

 

嗚呼、そう言えば。小生は話す練習だと口を開く。

 

 

 

「小生は、日野原ルカ……此方では、ルカ=ヒノハラ、かな?よろしくね、……ヒソカ」

 

 




かなり短いですがキリがいいので。


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▼力と意欲

グロ入ります。拷問です。有り得ない事を有り得る事と化す、それが念だ(暴論)


修行は問題なく進んでいる。曰く、小生には才能があるという。この世界の平均に興味はないが、今の生活は元の世界よりも自由で楽で愉しい。ザクザクと肉塊を切り刻みながら心底思う。

前の世界は殺人に厳しくて、おちおち眠る事すら出来ないのだ。小生のような殺人鬼にとっては。

 

「あ゙、あ゙、あ゙、や゙め、ゃめ゙でぐれ、やめでぐれ……!」

 

豆腐のように手応えがないのは好きでない。殺戮の際は念を使うが、こういった殺人の際は純粋な自分の力でシたい。ピシャピシャと顔に頬に生暖かい液体が飛び散るのも気にならない。もう頭の先から爪先まで小生は真っ赤に染まっているから。元々、血は好きだしね。

 

「~♪……ん?ああ、小生とした事が。哀れな被害者の最期の嘆きを聞き逃すなんて……ごめんねぇ、もう1回言ってくれるかい?」

「い゙ぎっ?!」

「そうじゃないだろう?ほら、もう一度……」

 

十分に愉しんだ後は《発》を使う。小生の念系統は具現化系寄りの特質系だ。得物を持つ逆の手で掴むのはオーラで出来た針。ずっぷりとそれを首裏に埋め込むと男は四肢を一つ震わせて申し訳程度に悶えるのを今度こそやめた。麻痺だ。更に言えば麻酔のような物で、感覚はないが意識はハッキリしている筈だ。

 

「君はどれだけ耐えられるかねぇ……?」

 

恐怖で涙と鼻水と唾液と糞尿を垂れ流す男の視線ににっこり笑って応える。新たに具現化させたのは手術用の鋸だ。比較的大きなそれを男の右足の裏に当てる。

 

「今から君は足の裏から骨を分断しながら頭の先まで、ホントの意味で2枚におろされるというわけさ。徐々に顕になる断面に零れだした内臓から脳味噌まで余さず小生が見ているから、安心してオペされるといいよォ?」

「……ッ!!!」

「行くよ」

 

そして力を入れ、

 

 

 

 

 

息絶えた真っ二つの肉塊をぼうっと見下ろして、今度はアジの開きみたいにしようか、なんて考えていれば、路地裏の出入口から《絶》をした気配がした。それに顔だけ振り向かせれば、思った通りそこには赤髪の死神が満足そうにニコニコニタニタ笑って立っている。

 

「もうオシゴトは良いのかい?」

「ウン♥終わったヨ」

 

コツリ、ヒールの高い靴が音を立てる。相も変わらぬ奇抜さだと顔には出さず笑みを浮かべる。

遊んでも良いが此処を動くなと言われ大人しくして(人間を誘き出して遊んで)いた次第だ。彼は何処か小生を子供扱いしている節がある。小生の体年齢は大体18程なのだが。今日も派手に散らかしたねという言葉にお互い様だと、わざとらしく口を尖らせてみせた。どちらともなくクツクツと笑えば帰ろうかと手を差し出され、小生は素直にその手を取った。

 

「ああ、そうだな。……<術式完了>。」

 

オーラで具現化した道具が再びオーラとなって空気中に霧散した。

 

死体(ソレ)はそのままかい?」

「町に徘徊させている屍食犬(グールドッグ)に処理させるから問題はない」

 

腐食していくそれに興味なく目を反らしその手を取る。

小生の《発》は2つ。《狂った医者の手術室(マッドドクターズオペルーム)》とその派生《狂気の縫合術式(マッドネスサージェリィ)》。どちらもヒソカが命名した(愛とか恋とか入れようとした時は全霊を持って抵抗した)。

 

小生の家は医科家系。その為知識は十全とあるし、事実思い入れも強い。小生にはぴったりの念能力だと思わないかい?

狂った医者の手術室(マッドドクターズオペルーム)》は術式道具に関する物を具現化する能力。勿論それには特殊な効果があって、麻酔だの止血だのという薬品の効果を一つだけ込められる。能力の始めには<術式開始>、終わりに<術式完了>と宣言しなければならないとかいう細々した制約が多々あるけれど、割と使い勝手が良いと自負する。

二つ目の《狂気の縫合術式(マッドネスサージェリィ)》は簡単に言えば死体をゾンビ化する能力だ。自身の手で殺した死体に《狂った医者の手術室(マッドドクターズオペルーム)》を発動し、オーラを込めて縫合したのが動き出すといった念。その際オーラの込め具合でオーラを纏う唯の動く死体になるか念獣になるかが決まる。こちらも15針以上縫う等の制約が付く。

 

どちらかと言えば小生の能力は拷問、後方支援に当たるだろう。……まあ、小生はそのつもりで作った訳ではないのだけれど。

ともかく小生の作品(人形)である屍食犬(グール犬)が死体処理するという話だ。

 

「時にヒソカ、小生は待ち草臥れた」

「ハイハイ♠今日は君の好きなトマト料理にするからネ」

 

とっぷりと日が落ちた町、小生とヒソカは縫うように歩く。

 

 

隣を歩く影を見下ろして目を細める。随分と甘美に育ったものだ。内心舌舐めずりしつつその事実に酔う。ルカという少年は自分の期待に十二分と応えてくれている。まだ狩るには早い青い果実。食べてしまいたいという欲は強くなるばかりで、今も仕事とは名ばかりの殺戮を終えた所なのだ。だが少年の纏う血臭と興奮が冷めやらぬのか少し波のあるオーラに、端的に言えば欲情しかけているのを感じていた。

 

一口。そうほんの一口だけ……。

嗚呼、ダメだ。まだ、まだ早い……。

 

 

「ヒソカ、オーラを鎮めてくれるかい?触発されてしまうのでね……」

 

ふと再び少年を見下ろすが、少年の視線は変わらず真っ直ぐ前を見ていた。あの日感じていた一人称と話し方の違和はこの2年で完全に抜けきったらしい。自分は少し肩を竦めて洩れ出したオーラを仕舞う。

2年。そう、あれから2年が経つ。それなのに、まだこの子供に飽きが来ないのだ。気紛れで飽きっぽい自分が嘘のようだ。まだ青い果実だから、という理由では有り得ない。嘗ては何度も、その"まだ青かった果実"を喰らって来たのだから。

 

「……♦ルカ、」

「なにかな?」

「いつか、キミが美味しく熟した時。思う存分愉しくヤろうね♥」

「何を今更」

 

子供が自分を見上げた。浮かべた笑みは愉悦に歪み、昏く笑う。

 

 

「小生もその時を愉しみにしているよォ」

 

 

 




分かりにくくてすみません。


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▼出来合いの悲喜劇 前編

何となく前後編に分けます。


ヒソカは生来の性分故か、仮宿を頻繁に変える。依頼の関係でというのもあるが殆どが気紛れだの飽きっぽいだのといった理由だ。その頻度は現在各大陸の町5ヶ所程に腐食犬(グール犬)が数体徘徊していると言えば察しが付くだろう。延々と引っ越しするなんて、何処の葛飾北斎なんだろうね。

 

「……」

 

今回の引っ越し先は北の方、人口の多い雪国。小生は寒いのが嫌いだから、首元のトランプのスートが描かれたマフラーを鼻上まで引き上げて八つ当たりを込めて斜め上を睨んだ。死体が腐らないのはいいけれど、それとこれとは別なんだ。

 

「寒いのかい?」

「小生の母国は温暖でね」

「オーラで調節すればいいのに♣️」

 

そう言うヒソカはいつもの奇術士スタイルではなく、カジュアルな好青年の姿だ。頬に涙と星のマークはなく、小生と色違いのマフラーが首に巻かれている。

 

「気分の問題だよヒソカ。……それよりも、今回小生は何処で暇を潰せばいい?」

 

肉塊鬼(ヴァンチミート)多顔屍食鬼(スライムグール)を作るのは飽きてきた所だ。次は骨のみで白骨鬼(スケルトン)だのを作ろうと頭に思い浮かべる。……その内生物災害でも起きそうだ。

 

「いや♦今回はキミにも手伝ってもらおうかなと思ってるんだ」

「……お前の依頼だろう」

 

こんな視界的にも物理的にも寒い中殺人以外で動きたくはない。

はあ、と両掌に息を吹き掛ける。

 

「急遽一人足りなくなってね♥」

 

簡単な仕事だ、人も殺せる、そろそろ高位の念使いとの戦闘をするべきだ、という風に言葉を重ねるヒソカに何やら予感を覚えつつ分かった分かったと了承した。

 

 

 

何処が簡単だ気違いピエロめと吐き捨てた。だが高揚している自分がいるのも事実だった。向かってくる黒ずくめのヒトガタの持つ得物と、医療用、かつ巨大な翦刀()を合わせながら思った。

 

 

 

遡る事数日前。ヒソカの紹介という体で同業者と顔合わせした。ヒソカのようなタイプは団体行動が苦手だと思っていたために意外だと思ったのは新しい記憶だ。

 

「揃ったようだな」

 

筋骨隆々としたアマチュアブラックリストハンターに見下されつつ漸く依頼人が現れる。この国の宰相だという白髪混じりのグレーの髪の、初老の男。神経質そうな顔立ちを更に引き締め、威厳を見せ付けている。中々の使い手だが隣に立つヒソカがゾクゾクしているのを感じて、嗚呼コレはヒソカの獲物かと興味を逸らした。

 

依頼内容は単純なる物でパーティに出る彼の護衛だった。宰相なる立場となると幾ら自身が強かろうが、護衛を一人も付けないのは駄目なのだとヒソカは笑って言った。飾りだけの護衛も肉壁に位はなるだろうと小生も笑った。オーラの扱えない生者としてではなく、念で造られた死者として。

 

 

 

"使える"者は優先的に宰相の車両付近に配置された。ヒソカは前方、小生は後方の車両と分かれる事になる。

 

「じゃ、また後で♠」

「……はしゃぎ過ぎて依頼を忘れないでおくれよ」

「分かってるって」

 

また何か企んでいるのだろう、嫌な笑みを張り付けて車両に乗り込む彼に小生も踵を返す。同車する人間が憐れだ、何せ昂った状態の彼の殺意を一身に受ける事になるのだから。

小生が乗り込んだ先には運転席に一人後部座席に二人乗っていたため助手席に座する。

 

「やあ、新人かい?」

「……ツレがどうしてもと言うものだからね。よろしくお願いするよ」

 

車内にいる人間は全員念使いだ。食えない笑みを浮かべた金髪の優男、野生染みた大男、黒づくめの3人らしい。全員強者だ。……ヒソカには劣るが。

 

「足手纏いになるんじゃねえぞ」

「ああ、勿論だ」

 

 

 

依頼は順調に進められている。といっても唯車に乗っていただけで、それから会場となる巨大な飛行船に移動しただけだが。先程車内で一緒になった者達とは1つの班になるらしくなるらしく、小生らは廊下で怪しい者がいないか突っ立っている。

船内は流石と言える。国の宰相が賓客として呼ばれるだけはあるのだろう。多少なりの粗末な知識しかない上ありきたりな言葉しか出てこないが、流石と言える。

 

「それにしても……唯のパーティで態態宰相が来賓で来る物なのかねぇ」

「知らねーのか小僧、今夜はお宝が出るんだぜぇ!」

「……ほう、宝、」

「ちょっと、それは言わないって暗黙の了解だろ」

 

金髪が大男に苦笑して言った。

 

「……ふん、脳筋……」

「あー?やんのかコラ」

「あーもー、二人が暴れると周りの物が全部壊れるじゃないか……」

 

黒づくめと大男は喧嘩腰にそう言うが、何処と無くじゃれあっているように見受けられた。

 

「三人は前々から知り合いなのか?」

「あー、まあね。仕事仲間かな?」

 

成る程、納得がいく。恐らく何時もの事なのだろう。

 

「というか、聞かないの?宝って何なのかーとか」

「生憎と興味が無くてね。愛玩動物でも愛でている方が好ましい」

「あははっ、可愛らしい趣味してるじゃん」

「ふふ、そうだろう?」

 

無論小生が愛玩するのは屍兵なのだが、知らぬが仏という話だ。

 

 

 

パーティが始まる頃になると大体の護衛も会場目立たない所で会場に入る事になる。

絢爛豪華と言っても過言ではない程の会場は、彼方此方にシャンデリアが下がり、会食型のテーブル一つまで美しい。楽しんでいる人間一人足りとも妥協している者はいない。

横から冷やかすような口笛の音がした。

 

「さっすがお偉いさんは違うなぁ」

「各国からパーティの名目で集まってるからねぇ」

「だけど全部宝目的よ」

「ふぅん……」

 

護衛の一部は皆会場に集められたらしい、遠目にヒソカが見える。特に隠しもしなかった為か、珍しくメイクなし・スーツ姿のヒソカはこちらに向けてにこりと笑った。例え表面上は爽やかでもオーラが昂っていれば変態は変態である。

 

「長らくお待たせ致しました!本日のメインイベントが始まります!」

 

途端に灯りが落とされ、壇上にいる男がマイクを手にして立っていた。

 

「ほら、彼がパーティの主催者のマルケティーニだよ」

 

司会の隣に立つ恰幅の良い高慢そうな男。

拍手喝采を受け満足そうに笑っているが、何処か底意地が汚いような顔付きだ。

 

「彼は世界有数の資産家でね、よくパーティを開いては自分のコレクションを自慢するのさ」

「コレクション?」

「そ。見栄を張って結構な額注ぎ込んでるらしいよ」

 

種類は様々、古代遺物や宝石、人体に至る迄蒐集しているという。

 

「人体ねぇ……」

「あれ、そういうの気になっちゃう系?」

「さあ、見てみなきゃあ分からないよ」

 

今後の参考になりそうで、ちょっと期待してるんだよね。

その時だった。

 

「さあそれでは最後になります、」

 

 

─────……バツン……ッ─────

 

 

一瞬にして、会場は闇に包まれたのは。




一体何旅団なんだー(棒)


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▼出来合いの悲喜劇 後編

やっとこさ更新です。


ざわざわと騒がしくなる会場。怒声、怯えが場を満たす。

 

「重鎮のタマ狙いか、宝狙いか……」

「取り敢えず依頼人の所に行くか?」

「んー、そうだね、」

 

落ち着いてそう言葉を交わす彼らは目が暗闇に慣れる間は《円》で周りを注意深く伺っていた。

張り詰める空気。

それを切り裂いたのは、人体を切り裂く音と悲鳴だった。

 

「ぎゃああああああ!!!」

「!殺りやがったか……!」

 

小生も《円》を広げて、前方から襲い来る複数の影を補足した。

 

「行くよ新人!」

「……了解」

 

いいなァ、戦いたいなぁ。先輩方の後を追って走りながら思う。感知できた人影のオーラは明らかに格上の物だった。それはヒソカに迫る程。彼らの肉体ならきっと上質な素材になるだろうし。……勝てる確率は限りなく低いのだけどねぇ。

客が逃げようと外への扉が開けられ、またもや悲鳴。

 

「おやおや……外の護衛も全滅かな」

 

そこかしこに血飛沫が飛び散り、調度品は鉄錆色に染まっている。

引き続き銃声罵声怒声悲鳴が響き渡る。

そして……明かりが戻る。

数は4……いや、廊下のを合わせて5。手練の念能力者。

殆どの客とその護衛は切り裂かれ引き千切られ爆散している。残るは半数以下にもなっている。

パーティ会場は無残にも砕かれ、テーブルも何もかもが滅茶苦茶にされて横たわっている。

前を走る先輩から盛大な舌打ちと悪態が漏れた。

 

「くそ……っ」

「アイツ……奇術師ヒソカ!やっぱり敵だった……!!」

 

互いにある程度傷付いてはいるが無事のようだ。

宰相に嬉嬉として襲い掛かっているヒソカと目が合う。

 

「……♦」

「……」

 

目は口程に言う。

小さく言葉を紡いで黒ずくめの男と対峙した。

 

「来るぞ!」

 

仕込み杖らしき、剣を構えて高速で向かってくる男に意識をやった先輩方は互いを邪魔しないようある程度横に広がりオーラを高めて迎え撃つ。

 

 

 

「……、え、?」

「な、」

「は、……?」

 

崩れ落ちる先輩方。

滴る血を払ったのは、小生だった。

 

「……。どういうつもりか」

 

何処か訛りのあるような公共(ハンター)語に小生は笑う。

 

小生も我慢の限界なんだよォ……

 

強い獲物は大体がヒソカのモノだ。小生が殺せるのは一般人やらアマチュアハンターやらで手応えの欠片もない。能力者も念に頼り過ぎて戦闘技術のない論外な人間ばかりなのだ。

 

─────小生はもう、普通の殺しでは満足のイカない身体になってしまっていたのだ。

 

当初は宰相の代わりにこの先輩3人を標的としていた為に大人しくしていたが、黒ずくめの男が現れて変更した。

 

「殺ろう……、小生を満たしておくれ」

「……フンッ」

 

嫌そうな顔をしつつ鼻で笑った彼はオーラを滾らせて凄まじい速さで駆けた。そのスピードは瞬き一つで目の前に現れた、と言っても過言ではない程。

危なげなくメスから具現化させた剪刀(巨大な鋏)に持ち替えて剣を受け止める。

成程、彼はスピード特化のようだ。手数も中々多い。

 

両手で剪刀を支えて刺突を防御し、柄を開いた剪刀を片手で無造作に振り回し横一閃。《周》をしているため触れるだけで人体を切断出来るそれは、首を身体から切り離す事が出来たなら良かったが、掠る事なく彼は即座に離れていった。

追撃するように急所目掛け左手でメスを指の間に具現化させて放つも、剣に遮られて地に落ちた。

 

強い。これで全力ではないと思われるから力量が察せるという物だ。

 

「コレで殺せる思たか」

「いやぁ?とんでもない。ふふ、格上と戦うのはやはり愉しいねェ……」

 

唯、小生はこの場で死ぬ訳にはいかない。

まだまだ殺したいし、悲鳴が聞きたいし。

何よりも小生はヒソカを殺したいのだから……。

 

 

「《狂った医者の手術室(マッドドクターズオペルーム)》」

「!」

 

 

技名を告げれば小生のオーラが肥大化していき、赤黒いそれがドロドロと地に広がった。

 

七大罪(SEVENS SIN)強欲(アウァーリティア)》《傲慢(スペルビア)》《嫉妬(インウィディア)》」

 

オーラから起き上がったのは3つの人形。

1つは身体中に金銀財宝を纏った包帯男。

1つは鳥のような大きな羽を一対生やした神父。

1つは蒼白い肌と球体関節の目隠しをした白髪の女。

 

「……念獣か、」

「まだ未完成だけど、彼らが相手だよォ」

 

人間の大罪を模したそれらは、それに見合った醜悪な声を上げた。

それぞれが己が武器を構えて、殺したいと生きている人間に憎悪を向けながら、小生の命を彼らは待ち侘びる。

 

 

「……彼を凄惨に殺してあげなァ……?」

「「「グギィギャアアアアアアアア!!!!」」」

 

 

さぁてと、それじゃあ始めようか……。

 

 

 

 

 

強欲(アウァーリティア)》が金で出来た大斧を力任せに振り下ろす。

傲慢(スペルビア)》が背中の翼で空を飛びながら弓でその隙間を縫って強襲する。

嫉妬(インウィディア)》が蛇腹剣で執拗に得物を狙う。

 

彼らは死体(素材)の性格に見合った大罪を名に持つ、意識はなくとも意思のある、ルカの人形である。

 

 

念獣となる前は弱くとも念能力者だった。

共通するのはヒソカを標的としていた事で、懸賞金の為に襲ってきたマフィア、旅の途中で詐欺に掛け殺そうとしてきた神父、一夜の相手で劣情を持った女といった具合である。それをヒソカはルカに対して戦闘用の相手として差し向けた結果、彼らは敗北し壊れるまでルカに従う人形と化したのだ。

 

その容姿は七大罪に適応した形に変えられ、人だった頃の名残は最早顔立ちと服装、オーラの質が1割程のみ。

残りはルカのオーラと想像力で構築され、生きとし生けるもの全てを憎悪する念獣と化す。

 

「《狂気の縫合術式(マッドネスサージェリィ)》……」

 

その戦闘の陰でもう一つの《発》を使ったルカは手元に術式道具を生み出し、両手にオーラを集中させる。

手には、針と糸。

対象は言うまでもなく、先程まで生きていた同じ班の先輩念能力者3人。

 

「……おや、やはり女か」

 

心臓を的確に貫いた黒髪の女性に近寄り、傷口を広げて禍禍しいそれを刺す。譲渡されていくオーラが晒された心臓に蓄積し、脈打つ。

 

「っ、っ……っ、」

 

四肢を痙攣させながら、化物へと変貌していく様は狂気なくして直視は出来ない。

体をうつ伏せにして背中からも縫合を成すと、ルカはオーラの糸を断ち切った。

 

「ふふふ……出来たァ、キミは七大罪《色欲(ルクスリア)》だよ……」

 

ルカはまた一人、血に染まった手を掛けた。

 

 

 

 

 

色欲(ルクスリア)》の後は金髪の男を《怠惰(アケディア)》、大柄の男を《暴食(グーラ)》へと造り変えて、漸く小生は彼と向かい合う。小生の能力は制限時間があり、それまでに死体に施術しなくては念獣に出来ないのだ。

オーラの大半を使い果たした物の屍兵は完成した。

 

「……っ、」

 

先行して戦っていた《強欲(アウァーリティア)》《傲慢(スペルビア)》《嫉妬(インウィディア)》を呼び寄せた。息は荒い物の浅い切傷のみしか怪我を負っていない彼に、素直に感嘆する。

 

「素晴らしいねぇ君……小生の人形がボロボロになってしまったよォ」

「は、知らないね。人形遊びなら他所でするがいいよ」

「生憎と小生の戦闘能力は劣っていてね……」

「減らず口を」

 

おどけてみたが不評らしい。残念。

 

「……《強欲(アウァーリティア)》《傲慢(スペルビア)》《怠惰(アケディア)》は小生と彼の相手、《嫉妬(インウィディア)》《色欲(ルクスリア)》《暴食(グーラ)》は今会場で戦ってる奴の中で弱い方(・・・)を仕留めてきな……」

 

押されているのは小生ら、護衛グループ。

嬉嬉として3体は護衛達を蛇腹剣で切り裂き、鞭で首を撥ね、裂けた大口で頭を喰らう。

 

「……仲間だたろ、どういうつもりか」

「元々こうするつもりだったらしいよぉ?」

 

医術用メスを大きく、刃渡りを長くしたようなナイフで斬り掛かりながら返答すると真横を細剣が小生の頬を裂いて通り過ぎた。お返しにそのまま指先でメスを眼球目掛けオーラを込めて投擲する。難なく顔を逸らすだけで避けた先、何も持っていない手で死角から手刀でもって脇腹辺りを掠める。

一度距離を開けて何合か打ち合い離れるを繰り返して暫く。

 

「ヒソカ」

「!」

「やっぱりグルだろォ?小生はヒソカに唆されたクチなのさァ」

 

 

「人聞きが悪いなァ♠ルカ」

 

 

「「!!」」

 

……どうやらタイムアップのようだ。何時の間にか会場に戦闘音はなくなっていて、数える程の生者のみが立っていた。ヒソカの後方では宰相は血溜まりの中に沈んでいる。

 

「……お前、ヒソカの何ね」

「ヒソカは小生の保護者兼師匠兼獲物だよぉ」

「そーいう事♥」

 

屍兵を呼び寄せて再びオーラを地に広げて、新たな《七大罪》と共に沈ませる。

 

「<術式完了>……」

 

全く、任務の裏にある思惑位、小生に教えてくれても良かっただろうに、ねぇ?

 

 




3000字超えた……。
戦闘描写は難しいです。

何時から先輩方が旅団だと錯覚していた……?(ドヤァ)

してなかった?すみません。



次は多分旅団アジトからです。


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▼12本足の蜘蛛の巣

書きました。待っていてくれてたのかぁ……


そこは廃墟だった。電気はおろか水すら通っていないような、コンクリートで固められた、嘗ては何かしらの施設であっただろう場所。小生は地に座りぐるりと"彼ら"を見下ろした。

 

いつもの奇術師スタイルになったヒソカ。

黒ずくめの仕込み刀の小男。

毛皮の腰巻の大男。

金髪の腹黒そうな優男。

顔に傷のある耳たぶの長い大男。

 

そして、黒いコートを身に纏い……不敵に笑う影のような男。

 

 

「初めまして、小生はルカ=ヒノハラという」

 

小生も堅苦しいスーツ等脱ぎ去って今は無難にワイシャツだ。

どうやら盗みたい物は根こそぎ持ち帰ったらしく、そこら中に木箱やら酒やらが散乱している。

 

「ヒソカ。お前が弟子を取るとはな」

「クックック♥ルカにはボクに通ずる物があるからね♣」

「人格破綻に於いては同意するけれど、小生は変態じゃあないよォ。勘違いするような言い方は良くないねぇ」

 

初対面で変態を見るような視線は、例え小生であっても遠慮したい所である。

そも、ヒソカは嘗ても弟子を取った事はあるのだが。総じて"潰された"が。

 

「小生としても、まさかヒソカが組織に属するとは、ね」

 

行きの車で聞き及んだ幻影旅団とやらか。ネームバリューと規模、力量からして合っているだろう。

こてりとわざとらしく首を傾げて口角を吊り上げる。

何はともあれ、こういう面白……重要そうな事は言っておいて欲しいものだが。……まあ、ヒソカだからしょうがないか。

 

「で?今まで招集に応じなかったてめぇが今になって参加して来たのはコイツが切っ掛けか?」

「んー、まあそうかな♦いつもの気紛れ♠」

「気紛れでおおよそ死にかけたんだけどねェ、小生。……強かったよォ、そこの人」

「……フン、お前が弱いだけね」

「おぉう辛辣ゥ」

 

だけど小生も人形を補充出来たから、その甲斐もあったというものか。

 

「中々面白そうな念だったよね。アレ何?死体を操るの?」

 

と、金髪の優男が無遠慮に能力を聞いてくる。……能力者の能力を聞いてくるなんてマナー違反じゃないかなぁ。なんて、屑と下衆の集まりに言っても仕方ないか。

 

「当たらずとも遠からずかねェ。小生は殺した死体を縫い合わせる事で動く死体を造るのさ。凄惨に死んだ死体を繕って死化粧を施す。そォするとその死体は生ある全てを憎みながら再誕するんだ。……ふふ、想像を絶する責め苦を味わった死体はとっても美しいよォ。その様子を色濃く残しながら、苦痛に呻き、世を呪って蘇る」

「成程、死者の念を纏う分生前より強力な念獣となるのか」

 

影のような男が顎に手を当てて小生を見た。

 

「当たりィ」

「ねえそれ言ってもよかったの?」

「聞いてきたキミが言うのかい?」

「それよりその死体?は強ぇのか?!戦ってみてぇなぁ!」

 

と、野性味のある大男が小生に詰め寄ってくる。

 

「残念ながら小生の人形達はまだ未完成でねェ。名を冠した人形(ネームド)はまだ1人足りないし、素体が小生でも倒せる位弱かったり充分な痛みを与えられなかったりで、キミ程の実力者は到底満足出来ないだろうねェ」

「つまんねぇの」

 

うーん、キミが素体になってくれれば素晴らしい人形になるんだけど。

……ところで、小生が責め苦とか痛みを与えるとか口にしたところで反応した彼はどうして小生をじっと見るんだろうか。

 

「ヒソカの弟子って事は協力者って事になるのか?」

「んん〜、それはキミ達次第だよォ。少なくとも小生は協力は吝かでもないよ。むしろ大歓迎ェ。キミ達と一緒にいたら強い人間と戦えそうだしねェ」

「お前に何が出来る?」

 

影の男が闇そのものとした目に小生を映す。……いや、本当に彼の目に小生は映っているのかすら怪しい、深淵のような昏い目だ。

 

「小生の人形達は念獣未満の動死体も支配下にあってね。遠距離からリアルタイムでの情報収集はお手の物ォ。数はあるから雑魚の掃除も死体処理付きで出来るよォ。死んでるから薬品持たせて神風特攻(バイオハザード)も簡単だ。小生は好きじゃないけどォ」

 

人骨で出来た小さな鼠を掌に掬いあげて笑う。これのモチーフは仏教の畜生道だ。うーん可愛い。

 

「情報収集か……例えば?」

「そうだねェ……二つ隣の町の地下水路が古代に滅びた帝国の地下墳墓に隣接しているのは知っているかい?」

「……」

「小生、死者の復活と安息を願うような安らかなミイラ(死体)には興味がないんだけどねぇ……どうにも念の籠った古文書があるらしいよォ。内容は……うーん、悪魔の召喚?胡散臭い魔法陣みたいなのがあるねェ」

 

小生が重要視してるのは人形達の隠れ家や通路。古臭い書や黴臭い壁画には興味が無い。……ああ、だけど古代の拷問器具とかには興味が持てそうだ。

 

「どうだい?有用そうかな」

「確かめ次第だ」

「……キミ達盗賊だよねェ?トレジャーハンターの真似事もするのかい?」

「広義的に盗掘も盗みだろう」

「あ、因みにオレはハンター資格持ってるよ」

 

盗賊がプロハンターだなんて世も末だねェ。

のんびりと足を組み直してにっこり笑う。

どうやら協力者としては認められそうだ。ヒソカにしては中々の良縁を運んできたらしい。悪縁にならなければいいけれど、そういう訳にもいかないか。ふふ、それも悪くないなァ。

死体になったキミ達の苦悶の顔はどれ程美しいだろう?

 

 

 

「ところで、小生。そろそろキミ達の名前が知りたいなぁ」

 

 

 



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▼悩める子羊

少しだけ長くなります


小生がヒソカの取り成しのお蔭で幻影旅団と渡りが付けられたとして、それでも小生の日常は変わらない。殺して、拷問して、人形を作って、また殺す。それに情報収集が追加されただけだ。

そこそこそれなりに悪くないとの事で、団員の好みそうなのを見繕って寄越した。

 

黒ずくめの小男(フェイタン)には特殊な拷問器具を一通り取り揃えていた殺し屋一家。

野性味のある大男(ウボォーギン)なら強そうな護衛のいる屋敷。

金髪の腹黒そうな優男(シャルナーク)はとある電脳ハッカーの直通アドレス。

 

そして影のような男、団長クロロには街の入り組んだ道の先、知る人が知るオーラの籠る書を取り扱う古書堂を。

 

 

人格破綻者であり彼らと同じく戸籍のない小生を、彼らはヒソカよりは使えると認識したらしい。……ヒソカは癖がありすぎて制御ができないのである。どこのコミュニティでも彼はどうしても浮いてしまうのだ。彼の場合人に合わせるよりも自分が愉しむ方に重きを置いているためであるが。

 

小生は彼らの連絡先を携帯端末に収めている。彼らは時たまに半死半生のアマチュア賞金首ハンターを駄賃代わりに寄越してくれるのである。……出来れば無傷で活きのいいのを嬲り(虐め)殺したいんだけど、それは文句言わない。

 

……フェイタンの拷問を受けたヒトは結構イイ人形に仕上がるから、彼のソレは結構気になっているんだよねェ……。

 

やっぱり新鮮な恐怖かなぁ。でも1度思いっ切り怒らせてその怒りの表情のまま殺してしまいたいんだよなぁ。

 

などと考えながら、小生は燦々と日の照る町を歩いている。

この町はそこそこ広く、しかし都会でもない。煉瓦の地面に行き交う車。子の数は少なくなくとも多くもない。周りは木材に適した木々に囲まれ、土木工事により町は今なお少しずつ広くなっているようだ。

穏やか且つ賑やかな、といったところか。殺しにはあまり向かない方に活気のある場所だ。地名は興味がないので忘れてしまった。

 

現在ヒソカは近くにいない。当然のように別行動である。何やらまた悪巧みをしているらしいが、彼の陶酔は彼の物。そして小生の悦楽は小生の物。相変わらず彼は猫のようだった。……いや、猫型の大型肉食獣……?思わずトランプ柄の豹を思い浮かべて、1人小さく笑ってしまうのである。

 

 

……ヒソカは小生を子供と言う。頭と身体ばかり大きくなっただけの稚拙な精神性は、一種の疾患だと。

殺人に矜持は必要なのか?

殺したいから殺していた小生にはよく分からない事だった。

やけに生ぬるい視線を小生に向けたヒソカは、ゆっくり考えていけばいいよなどと宣った。どうやら本当に小生は子供らしい。分かるのはそれさえ何なのか分かったらヒソカの食指が動く段階になれる事と、あまり焦らすとヒソカが小生を踏み潰してしまう事。結局快楽殺人鬼は自分本位なのだ。

 

 

 

 

 

ふらりと大通りを抜けて路地裏に赴き、素体を2つ拵えて顎に指を当てる。

初めの殺人は両親だった。

動機を思い出すのも一苦労だった。とうに過ぎ去った事だったし、あの人形は直ぐに警察に持っていかれて焼かれてしまったから。

だけど、ああ。どういった施術をしたのかは覚えている。

 

「ええと、此処を……こうだったかな」

 

泣き叫ぶ男女はどう見ても両親には似ていなかった。生かしたままの状態で人を捌くのは久し振りで、どうにも手を誤ってしまったらしい。女がか細い声を零して死んでしまった。

 

「ううん、最初は上手く出来たのになあ」

 

もっと、こう。なんて言うのか。そう。

違うのだ。

 

 

─────もっと生かそうとした。生かしたまま殺したかったのだ。

 

 

「生かす……生かすねえ……」

 

失敗作を指で突く。男の方は恐怖の顔を浮かべながら、恋人と同化した体を見て、うごうごと末端を蠢かせている。

 

「どうしてだったかなぁ。……うーん、」

 

考え過ぎて頭がこんがらがってきた。

打ち捨てられた木箱に腰掛けると、軋んだ音がする。

 

屍食犬(グールドッグ)甲骨蟲(ボーンインセクト)、食べちゃって……あ、頭は残しておいておくれよ。加工してお化けランタンにするから」

 

中身はどうでもいいけれど。

這い寄るように現れた腐肉に蛆の湧いた犬と骨の虫は、瞬く間に失敗作に群がっていく。

小生の()。─────医学。

 

 

─────お前は人を愛しなさい。

─────人を愛して、人を救いなさい。

 

 

……あなた達は()を愛さなかった癖に

 

 

 

 

 

億劫になりながらも立ち寄ったのは小さな書店だった。

覗き込んだのは医術書のコーナー。並ぶ文字はやはりあの世界の物とは違っていて、それでも似たような事が書かれていたり、違う見解もあったり。直ぐに夢中になっていった。

立ち読みに迷惑するような視線は知らないフリ。読了と共に次の本に手を伸ばす。

 

「あ」

「っと、すまねぇ」

 

漫画でありがちな手と手が触れ合うなんてベターな事が起こってしまった。残念ながら両人とも男だったが。

 

「小生の方こそすまないねェ。……医者志望かい?」

「ああ……そういうアンタもか?」

「さてねェ。そうかもしれないしそうじゃないかもしれないよォ」

「……なんだそりゃ」

 

変な人を見る目も気にならない。興味があるのは青年の手に抱えられた大量の問題集だ。

 

「内科かい?外科かい?なんか雑多にあるけどォ」

「え、いや……その。一応内科っス……」

「フンフン。臨床医学に社会医学。看護もあるねェ。総合診療科をより深くした感じかなァ」

 

特定の病気に寄っているようにも見受けられる。

少し罰が悪そうな顔で後頭部を掻く青年は、自分の無茶を自覚しているらしい。

 

「欲張りなのは分かってるんだが……」

「いいと思うよォ。やりたいようにやるのが1番サ」

 

はいこれ。積み上げた本の塔の一番上に、読もうとした医術書を置く。

 

「後悔はいつでも出来るんだから」

「!……おう」

 

眩しいねぇ。

 

 

 

 

 

─────小生にとって医学は娯楽であり将来だった。

医科家系で祖父母が医学界の権威であった為に、家には大量の医学書があった。幼い頃からそれは子守唄で、絵本で、遊びの道具。危ない事はさせてもらえなかったけれど、小生は本が擦り切れてしまうまで夢中になって読んだ。……両親は多忙で、あまり小生を構ってくれなかったし。

 

中身が、ただただ気になっただけだった。

実際に触れて、温かさを知った。それが転機。

 

書痴も宛らな小生を最初は気にしなかった両親も、小生が蛙や鼠や犬や猫をナイフで解体し始めた時に漸く、小生がおかしい事に気付いた。

 

 

小生を叱り、叩き、諭す。

医学は人を救う為にあるのだ。命を弄ぶ為にあるのではない。

 

─────お前は人を愛しなさい。

人を愛して、人を救いなさい。

 

……今思えば、両親は義憤に駆られただけなのだろう。こんな、いつか人を殺してしまいかねないニンゲンを、世に出してはいけないと。

ずっと、ずっと、僕に言い聞かせる(僕を怒鳴る)

 

命は軽んじてはいけないの。

命は尊いものなのよ。

お前は人を愛しなさい。

命を愛しなさい。

 

愛しなさい。愛しなさい。愛しなさい。

 

 

─────わからないよ。愛ってなぁに?心臓にあるの?それとも脳?猫や犬にはそんなもの(異物)はなかったよ。

人間には、あるの?

 

 

絶句した彼らは僕を閉じ込めてしまった。

僕を生んだのは間違いだったと囁いた。

 

どうしてこんな事をするのと聞いても、両親が僕に向ける目は、おぞましい何かに向けるそれその物だった。

恐怖。

怒り。

嫌悪。

おおよそ、悪感情と呼ばれるそれ。

生きたまま縫い付けられた彼らはずっと、僕を諭して叱る時も同じ目で、僕を見ていた。

 

 

それが愛ではないことを僕は自然と理解した。

 

 

─────なぁんだ。あなた達の方こそ、(ニンゲン)をアイしていなかったんじゃないか。

 

 

 

 

 

ぼんやりとオープンテラスのカフェで氷水になってしまったオレンジジュースを掻き混ぜていれば、何やら表通りが騒がしい気がして、ついとそちらに耳を傾けた。

轟音、悲鳴、泣き声、油のツンとした臭い、燃え盛る火の手。

 

「おやおや、事故かな?」

 

お代を置いて其方に足を向けると、大きな人集り。殆どは野次馬だろう。

血の匂い。それと人体の焼けた匂いがする。

 

「ちょぉっと通しておくれよォ……っと」

 

遠巻きにした野次馬から抜け出ると、そこには人影が3つ。

 

泣きじゃくる小さな子供。

焼け焦げた血塗れの男。

 

そしてそれを汗と泥と血にまみれながらも必死に手当をする、先程書店で会った青年だった。

 

「ねェ、救急車は呼んだのかい?この町に病院は?」

「あんた、外の人か?……無理だよ」

「……無理とは?」

「うちの町の医者は手術なんかしないよ……」

「ぼったくりの冷血漢さ。金がなきゃ絆創膏1つくれやしない。だから皆病気になったら隣町に行くんだ」

 

これは酷い。

 

「隣町の医者も、そんな重症人は診れないし、駆け付けるにも間に合わないって断られて……」

 

既に電話した後だったかあ。

見た所、交通事故のようでいて、不幸が重なってしまったようだ。

子供が轢かれそうになったのを男が助け、車は建設中の建物に衝突し。

その所為で建材である鉄骨が落下。男の下肢は下敷きに……。

かろうじて危険な場所からは連れ出せたらしく、血の道が建物付近から続いている。

 

流血は腹部、脚部。右脚は鉄骨により圧潰(あっかい)

腹部全体は中度の火傷。創傷部は赤い肉が剥き出して、何より重症なのは腹部の裂傷。これは臓器にまで達している。

 

……それを適切に応急手当した青年は良い筋をしていると思った。ただ、その手は止血の後、ぱたりと止まってしまうのだが。

 

 

「青年」

「っあ、アンタは……」

「手術、した事ないんだろォ。そりゃそうか、見た所医大生って訳でもなさそうだしねェ」

「っ!」

「このままじゃ助からないよォ。キミに出来ることはもうない。……諦めないのかい」

 

青年は汗を大量に額から流しながら、蟀谷に筋を立たせた。

 

「このまま見過ごせるわけねぇだろぉが!!今もこの人は戦ってる、生きようとしてる!オレが諦めたら誰がこの人を助けんだ!!」

「……」

「ここで諦めたら絶対に後悔する!!アイツ(・・・)に顔向け出来なくなる……!」

 

 

オレは!こういう時に!!こういう奴のためにッ!!医者を目指してんだァーーー!!

 

 

それこそ、魂からの叫びだった。

 

「ふ、ふふ……」

「何がおかしいんだ、てめぇ!!」

「ふ、ふはっ!」

 

……惜しいなぁ。心底惜しい。

このまま見殺しにしたら、この青年はもしかしたら、折れてしまうかもしれない。

若く、青い。だがそれがイイ。

 

「アッハハハハッ!!はは、ふ、ひひひっ……!!す、すまないねェ、あはは!あー、……ふふっ。キミの気持ちはよォく分かったよォ。……助けようじゃないか」

「な、ぁ……!?アンタ、医者、なのか?」

「安心しなァ。此処じゃあ無免許医だよォ……ヒヒヒ、」

「あ、安心できねぇ……!!」

「早くブルーシートでもいいから幕作りなよォ。このまま子供や大衆に発禁グロ見せたいのかいィ?」

 

野次馬に手伝わせて工事現場のブルーシートで天幕を張らせる。

 

「小型でも人工呼吸器(レサシテーター)持ってるなんて流石医者志望だね。鎮痛と筋弛緩は?」

「鎮痛剤はあるが、筋弛緩剤までは……」

「……血液型」

「っA!」

「上出来。あの野次馬から輸血募ってきて……あ、針も貸してくれよォ。糸は自前の吸収性(人体から作った有機体の)縫合糸使うからァ」

「そのトランクのは勝手に使ってくれ!」

「……感染症を意識して採血するんだよォ。血ぃ拭きなァ」

 

筋弛緩剤ないのか。

……仕方ない。反射で動かれても困る。

こういう使い方はした事ないけど、まあ本懐ではあるか。

 

「─────《狂った医者の手術室(マッドドクターズオペルーム)》」

 

《術式開始》。

 

 

 

圧潰した右脚は腿辺りでベルトによって固く締めて止血されている為に後におく。

 

腹部を開腹。実質臓器である腎臓が損傷している。体液、血液の流出確認。少し深いが、全摘する程でもない。

 

「腎臓部損傷、他臓器は出血無し。部分切除、縫合する」

 

メス、鉗子、剪刀。術式道具全て、それぞれに筋弛緩剤や鎮痛の効果を詰めて具現化した。

 

助手として優秀な青年は今もなお、疲労の残る様子で真摯に患者に向き合っている。

それをチラと見、小生は手を動かす。

 

いつもの感触。

いつもの匂い。

いつも通りではない、死を払い、生を掬いあげる感覚。

 

針を通し、体内で溶ける糸で縫い、結ぶ。

綺麗な裂傷で良かったね。目視で確認する上では中に異物は残っていない。

……小生、放出系統は苦手なんだよ。

 

 

「縫合終了。閉腹、」

「す、すげぇ……」

 

「感嘆してる場合じゃないよォ。次、脚。切るよォ」

 

「っ!」

「止血したお蔭で失血死は免れたけどォ、このままだと壊死して感染症を引き起こしかねないからねェ。……そう考えてここまでキツく締めたんだろ」

「……ああ」

どうやら事故当初、男の意識があったらしい。

助けた子供の心配、必死に手当する青年への感謝、……そして潰れた右脚への諦念。

 

「切ってもいい、って。生きたいって言ったんだ、この人」

「……良い覚悟だ」

 

完全に潰れてしまった膝下。

 

「動かないよう押さえられるかい」

「ああ……!」

 

取り出した鋸の刃が肉に食い込んで、骨に切込み、耳障りのする音を立てて、落ちる。

その手が血塗れになるのも厭わなかった青年は丁寧に脚の残骸を下ろすと、食い入るように断端を整える作業を見つめた。

 

「綺麗に縫ってあげるからねェ。義足を作る時驚かれるくらいに」

「義足……」

「彼次第だけど、きっと歩けるようになるさ」

 

骨を、神経を、血管を。綺麗に綺麗に縫い合わせて、丸く、袋を閉じるように。皮膚を留め、余分を残して切り落とす。

 

 

「はい、おしまい。……よく目を逸らさなかったね」

 

 

青年の顔色は真っ白で、恐怖と緊張に身体は慄き、それでも血走った目でその全てを見届けたのだった。

 

 

 

 

 

助けられた子供の親の善意でシャワーを借りれた小生は、病室代わりに宛てがわれた部屋の前に座る青年にカップを差し出す。

 

「飲みなよ、落ち着くよォ」

「……ああ」

 

甘い蜂蜜入りのホットミルク。

力なく受け取った青年に小生は笑って首を傾げる。

 

「今度隣町の病院に入院になるんだってさァ。全くこの町の医者ときたら、医者の風上にも置けないよねェ」

 

なんておどけて嘯く。

 

「……オレは……これで、良かったんだよ、な?」

「後悔してるのかい?」

「いや……後悔はしてない」

「それでいいんだよォ。医者になるんだったら、この先もこういうの、沢山あると思うけどねェ……あ、キミ内科だっけ?」

 

彼の隣に立って壁に背中を任せる。

 

「……友達を、」

「ん?」

「病気で……。……治せる病気だったのに、手術代が高くて、そのまま……」

 

ぽつりと呟かれたそれ。

 

「だからオレは医者になって、他にもそうやって苦しんでるやつを治して、金はいらねぇって言ってやりてぇ。だから……」

 

大きな安堵と、不安と、少しの弱音。

 

「……けど、大学に行くには金がいる。笑っちまうだろ?」

「いいや、笑わないさ」

「……そっか。……アンタ、さ。医者、なんねぇの?」

「ならないねェ。なる気がない。なりたくもない。今回のは特別サ」

「そーかよ」

 

なんだか、不服そうだ。

助けられるのだから助ければいいのにとでも言いたげで、それでも口に出さない点は彼の美徳だろう。

 

「で?キミはどうするんだい、これから」

「隣町の病院まで着いていくつもりだ。一応、当事者だし……」

「なら施術に加担した事は言うんじゃないよぉ?無免許手術は犯罪だからねェ。小生はとっととおさらばさせてもらうからァ」

「やっぱ勿体ねー……」

 

少しは元気が出たのかね。

ぐいっとミルクを飲み干した青年は小生に名を問う。

 

「ええー?名を聞くなら自分から、」

「レオリオ。レオリオ=パラディナイトだ」

 

遮られてしまった。

 

「ルカ。小生の事はルカちゃんと呼ぶといいよォ?」

「男をちゃん付けで呼ぶかっ!」

「ヒヒヒヒッ!面白いねェキミ。小生、キミのことはレオリオちゃん(・・・)って呼ぶ事にするよ」

「ちゃん付けすんな!鳥肌立ったわ!!」

 

カッコイイ名前だねぇ、見た目チンピラだけどォ。

誰がチンピラだ!

 

「頑張ってお金貯めるのかなァレオリオちゃん」

「ちゃん言うな!……いや、地道に貯めたとしてもキリがねぇ。オレはハンター試験を受けるつもりだ」

「……へぇ。死ぬかもしれないよ」

「医者になれねぇなら死んだも同然だ……!」

 

ハンター試験。正式名称プロハンターライセンス授与試験。

生死不確定、文字通り命懸けの試験だ。

怪物・財宝・賞金首・美食・遺跡・幻獣など、稀少な事物を追求するハンターという職種には勿論医療ハンターの枠組みもある。が、〇〇ハンターとはどういう仕事を重点的に行うかによる俗称であり、ハンター資格に種類があるわけではない、所謂通り名のようなものらしい。

ハンターになればハンター専用の情報サイトを利用できるようになる、各種交通機関・公共機関のほとんどを無料で利用できる、一般人立ち入り禁止区域の8割以上に立ち入りを許されるなどのメリットがある、国際的な資格である。ハンターの証であるハンターライセンスを売れば相当な高値になるとか。

 

その特典の中にはレオリオちゃんの目的である国立医大の高額な学費の免除も含まれている。

 

「頑張ってね、レオリオちゃん」

「おう!……だからちゃんって言うな!!」

 

 

 

 

 

「やあ♥見てたよ♠あの手際、素晴らしかったなぁ、思わず興奮しちゃった♥」

「覗き見は悪趣味だよヒソカ」

 

町外れの一角、待ち合わせ場所でトランプを弄んでいたヒソカは小生に笑いかける。

 

「何か見つかったって顔してるね♦イイ顔♣️」

「とっても不愉快な小生のルーツをね。お蔭で脳の中で幻聴がするよ」

 

 

命は軽んじてはいけないの。

命は尊いものなのよ。

お前は人を愛しなさい。

命を愛しなさい。

 

人を愛して、人を救いなさい。

 

 

「小生はヒトが好きだからね。だからヒトを殺すんだ。……まあ、殺さずにはいられないって事も大いにあるんだけど」

 

 

それは愛だった。

愛には蛆が湧いていた。

憎悪はなかった。

あるのは少しの恨めしさだけ。

 

 

「ヒトの死。小生はヒトを生きたまま殺したかった(死んでしまったたものを生かしたかった)んだよ」

 

 

だから、ずっと。

美しい(生ある)人形()を作り続けていた。

 




言われたとおりに、従順に
人を愛した男の話。


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ハンター試験
▼狂い医者の開始前


はいドン。


「ねえヒソカ。小生、ハンター試験に興味があるのだけど」

 

小生がそう口にすると、ヒソカは道化のメイクをする手を止め、鏡越しに小生に目を向けた。

 

「いいんじゃない♦」

 

小生は軽く血抜きされた腕を矯めつ眇めつ。能力を発動すると両手にオーラが集まり、手に握られる形でメスと針が現れる。

 

 

─────生きる死体を作る過程は簡単だ。

今回の素体は薬剤で感覚を鋭敏にして部分的に縛り、そこからゆっくりと血液を抜くという下準備をした20代の女性。充分に心胆寒からしめた恐怖が、死者の念を強くする。……と言っても、念能力者と一般人ではオーラ総量に大きく差が出る為、一般人を使って作ると小生がどれだけオーラを注ぎ込んだとしても念獣未満になってしまうが。

 

そのような経緯を経て出来たのが青ざめた死体。

つい5分前にシメたばかりの新鮮そのもの。まあ、肩から切断した右腕だけなのだが。

組織を潰さないようすっぱりと切り取られた断面を皮で覆い、オーラの糸で縫合する。

 

15針縫ったと同時、誓約が満たされた。ゆっくりとオーラを馴染ませた腕はビキビキと軋み上がり、先ず黒ずんだ爪が鋭利に伸び。指が関節を軋ませながら細長く長大に。

 

一際大きく指が痙攣すると静かに小生の手に収まった。

女性らしい骨格に歪な手指。

 

求血腕(ペイルアーム)ってところかなァ」

 

死者の念としては失われていく血液への執着……と、小生への憎悪か。いやまあ、小生のオーラが楔となる為にその憎悪は小生以外の生物に向けられてしまっているのだけどね。

うごうごと蠢く求血腕(ペイルアーム)を窓から路地裏に向けてポイと投げる。

 

「ポイ捨ては良くないよ♥」

「放流って言って欲しいなァ。勝手に生き物を放流するのは犯罪だけど」

 

死んでるから問題ないサ。あ、死体遺棄?……今更今更。大きくなって帰ってくるんだヨってね。因みに成長はしない。

 

「どんなに血を欲してもその身に血液が戻る事はない。だって死んじゃってるんだもの。……いじらしくて可愛いよねェ」

「♣️」

 

流石のヒソカもノーコメントらしい。

 

「ハンター試験についてはどれだけ知ってる?♠」

「一般的な大衆知識と資格概要、禁則事項は一通り。シャルナークからは所詮は念能力者でもない一般人が参加出来るような簡単なもの、とだけ。……ああそれと、試験会場は自分で見つけないといけない事とか」

「勉強熱心だね♦」

「そうかい?……性分だろうねぇ」

 

これでも幼少は医者になる為に無垢に勉強したものだ。今じゃこんなだけどネ。

ひらひらと指で摘んだ紙を揺らす。ハンター試験会場案内。応募カードを記入しハンター協会に送付し、送り返されたのがその紙だ。これには試験開始日時と大体の場所のみが記載されている。

 

「ヒソカはハンターだろう?参考までにどんな試験だったか聞いていいかい?」

「どうして僕がハンターだと思ったのかな?♣」

「それは当然、キミが戦闘狂の青い果実ハンターだからじゃないか」

 

命懸けの、という事は生存能力やそれに付随する何かが長けているということ。才能ある者や有数の猛者が集まるというハンター、及びハンター試験に、ヒソカという男が興味を持たない筈がない。

 

「♠……残念だけど僕はハンターじゃないよ♦」

「おや。小生の勘も鈍ってしまったかな?何故だい?聞きたいなァ」

 

ヒソカは隠す事が上手いからね。小生、これでも程々の修羅場は潜らされてるし。にやぁっと笑うとヒソカも負けず劣らずの柔和且つ気持ち悪い顔でにこやかに笑う。

 

「落ちちゃった♥」

「……キミが?」

「ボクが♣️」

 

……どうやら本当の事らしい。

 

「実は去年試験を受けに行ってさ♠雑魚がボクを査定してると思うと面白くなかったし、その試験内容も楽しくないし、美味しそうな果実もいなかったし……直ぐに飽きちゃった♦」

「あは、キミらしい動機だねェ」

 

ルカなら受かるよ、とヒソカは含み笑う。

 

「ンー?今何か含みを感じたねェ?また何を企んでいるのかなァ」

「くくく……ナイショ♥」

「ナイショかァ。知りたいなァ、気になるなァ」

 

でも内緒なら仕方ないなあ。

 

「そういうキミこそどうして今頃になってハンターに興味を持ったんだい?♣」

「あは。小生のトモダチがハンター試験を受けるんだってェ。だから冷やかし兼ねてちょっと遊んであげたくてェ」

「へえ……♦そこまでキミが気に入るヒトがいたんだねえ♠」

「小生ヒトに対してはいつだって興味津々だよォ」

 

殺す対象として?と言うヒソカに、小生は明言せず、ただ笑った。本当にヒソカは小生の事よく分かってるゥ。

 

 

 

 

 

そんな訳で身一つ、小生は空路から試験会場があるという都市まで向かっていた。

然しながら飛行船は現在空を右往左往としており、いつまで経ってもザバン市に着く気配がない。

 

「なァるほど、既に試験は始まっているのかァ」

 

短気な輩は機長室に怒鳴り込みに行っているが、相当堅固に作られているらしい扉はビクともしない。

……程近い場所に浮かんでいるのは間違いないし、しょうがないねぇ。

 

「小生は此処で降りるとしようねェ」

 

ああ、それは勿論試験自体をという訳じゃない。

ゆらりと立ち上がった小生を正気を疑うような目で見上げる男に笑い搭乗口に立つと、周辺にいたヒトは静まり返る。

分厚い鉄扉も念能力者からすれば紙も同然だ。

オーラを脚に込めて蹴りを放つ。

ドゴガァッ!!と、傍迷惑な騒音と共にひしゃげた扉をこじ開け、ビュンビュンと吹き込む風に髪を押さえて見下ろす。

流石に高いねェ……大体2000mくらいだろうか。ハンター試験のふるい落としの為だけに此処まで高く飛んでいるのだろう。普通は500mかそこらだった筈だし。

 

「これは独り言なのだけどォ」

 

地上を見下ろして風の音に負けない声で乗客を振り返る。

殆どが手や背に武器を備えたハンター志望者だ。

 

「大抵飛行船には備え付けのパラシュートがあるよねェ。飛行船の航行速度は大体時速65〜80km。降りれそうなヒトは頑張って降りてみたらどうかなァ」

 

パラシュートの個数は限られてるからねェ。早い者勝ちだよォ?

そう言って小生は外に足を踏み出す。

……上方、一転してけたたましく争い始めた気配にくすくすと笑いながら、肉の皮膜と毛髪で織られた翼を広げる巨大な鷹を撫ぜる。鷹と言っても頭は人間だけどね。口を裂いて喉を開いた為に、口からは鋭利な牙が覗き開かれた喉からは舌が零れている。

 

「目的地はアッチだよォ」

「ア゙〜っ!アァ゙!」

「ええ?肉が食べたい?……いいよォ。手頃な場所に降りようか」

 

飛ぶのは上手だけど獲物を捕らえるのは苦手な可愛いハゲタカちゃんである。

 

 

 

3日程余裕を持って現地に到着した小生は早速骨肉で作った小動物を町に放つ。小動物系は残念ながら知恵や意志は薄弱で、それ故に本能に従順だ。失った自分の何かを探してヒトを襲うが、念能力者をはじめとするより強いオーラを持つ生物や、自分と同じ死後の念などの方が優先順位が高い。

小生はそれらに群がっていくのを"円"で(自身の纏うオーラを広げて)人形に縫い込まれた小生自身の微弱なオーラを追うのだ。時間があるならば人形それぞれを呼び寄せてどこになにがあるのかを聞けばいい。後者は蜘蛛への依頼を達する際に度々利用していたりする。基本、人形達は小生に従順だ。……最期に刻まれた恐怖故、なのかもしれないねェ。

 

まあそんな訳で小生はザバン市ツバシ町全体を人海戦術で調べていた。……が、暇を持て余して散歩するさなか、とある店から伸びている怪しげな深ーい地下への穴を小生自身が偶然発見してしまったのだった。まさかと思い人形を忍ばせたところ、そのまさかであったらしい。

小生の"円"の範囲は15m。中々の偶然もあったものである。

……小生の人形達は下水道や廃屋やパイプなんかに潜伏しているから、遅かれ早かれだったけれど。

ともあれ合言葉まで入手できたのは僥倖だ。

 

 

 

─────肉を削ぎ、止血し、空になった輸血パックを取り替えてまた肉を削ぐ。

 

「やっぱり大きな都市は素体に事欠かないねェ」

 

ハンター試験会場が程近いという事もあってなのだろうか。

 

びちゃびちゃと滴る血液を美味しそうに舐め取る人皮の蛭(ダンピールリーチ)

両掌をフックで吊り下げられ、生きながらにして肉を削がれる男。猿轡は壊れてしまいそうな程に噛み締められ、目隠しからは滂沱と涙が溢れている。その首筋には輸血針が埋められ、失血で死ぬ事なく生かされていた。

 

「可哀想に。小生に絡まなければ怖ーい思いをしなくて済んだかもしれないのにねェ……ヒヒ、」

「ふーー……っ!ふーー……っ!!」

「安心しておくれ。小生、キミが出来るだけ長く生きていられるように頑張るからねェ」

 

途中痛みでショック死されても困るし、ほんの少し麻痺薬を使っているけれど。ジワジワと自分の身体が軽くなっていくのは分かるだろう?

足の末端、腕、顔。まだまだ剥ぐ所は沢山ある。

 

「最後は蟲に群がられるか野犬に貪られるかどちらがいい?綺麗に骨だけになるのは決定しているけれどォ」

 

綺麗な全身骨格が欲しいんだよねぇ。そう耳元で囁いて腹を厚めに削る。声にならない悲鳴が心地良い。

ガーゼで圧迫し包帯で固定。背部に回って血の滲むガーゼを剥ぎ、また削る。

 

びちゃり。

 

「おや、また失禁しちゃったのかなァ?」

 

カテーテルでも……いや、このままでも良いか。

 

「脚全部削ぎ落とすよォ。止血帯、キツくするからねェ」

 

失った血を、肉を、生を。

飢えて求めて彷徨う、生きた死体は酷く脆くて美しい。

 

 

 

 

 

嵐の海を越え、究極の2択に苦悶し、深い山中の行軍を経、魔獣の案内人に連れられてやって来た一行。

黒髪の少年、金髪の中性的な青年、スーツにサングラスの青年の3人を案内する糸目の青年である。案内人(ナビゲーター)である糸目の青年の正体は変幻魔獣 凶狸狐(キリコ)。人に化け言葉を操る成人男性より長身な空を飛べる狐の魔獣である。彼らはハンター試験の案内人を務めている。

 

一行はハンター試験会場だという変哲のない店の前で何とも言えない顔をして顔を見合わせる。

まさか世界各地の猛者の集うハンター試験会場が定食屋にあるとは思いもしないだろう。そういった人の常識の穴を突く為だと案内人である凶狸狐が笑う。

店の内装も不自然な箇所はない。客も一般人らしい。快活な店主の声には言葉も返せない。

 

「いらっしぇーい!御注文は?」

「ステーキ定食」

「……焼き方は?」

 

極小さな反応を返した店主に凶狸狐は指を立てて一言。

 

「「弱火でじっくり」」

 

「!」

 

その声に重なったのは若い男の声だった。

背後から投げ掛けられた声に振り返る。

 

背中を覆う青みを帯びた銀髪。同色の目は柔らかに細められ、その身はゆったりと余裕のある黒衣に包まれている。

 

「便乗してすまないねェ。小生もそう(・・)なんだ」

「ほう、自力で辿り着いたのか。中々やるね」

「君は……、」

「っ!アンタは……!」

 

金髪の青年の言葉を意図せず遮ったスーツの青年は驚きに指を差す。

 

「レオリオの知り合い?」

「あ、ああ……。久しぶりだな、ルカ」

「ツレナイじゃぁないかレオリオちゃん。小生の事は親しみを込めてルカちゃんとお呼びよと言ったじゃないかァ」

「……ちゃん言うな!」

 

こうして一方は予想だにしない、一方は意図的な再会と相成ったのである。

 

 

 

 

 

案内された一室はエレベーターになっているらしい。小生が偶然見つけた地下に伸びる穴は此処の事だった。

凶狸狐の来年も案内するといった旨を伝えられたレオリオちゃんが憤慨するも金髪の青年のハンター試験の合格率について聞いたと同時に閉口した。初受験で合格するのは3年に一人、ハンター試験に合格するのは毎年数人程度で、1人も合格者が出ない年があると考えると非常に難度が高いのだ。

 

「それで、貴方は?レオリオの知り合いと聞いたが……」

 

金髪の青年の言葉だ。小生はステーキ定食にナイフを入れる。

 

「小生はルカ。ルカ=ヒノハラ。流れのヤブ医者ってトコかなァ。レオリオちゃんとは旅先で会ってね」

「腕は確かだぜ。それはオレが保証する……ってちゃんって言うなって言ってんだろ!」

「免許持ってないけどねぇ。で、そういう君は?」

「ヤブとはそういう……私はクラピカだ」

「オレはゴン!よろしくね、ルカさん!」

「ばっかゴン!此奴もライバルになるんだぜ?!……ここだけの話、此奴かなりヤバい奴なんだぜ……もしかしたら切り刻まれるかも、」

「ルカでいいよォ。レオリオちゃんは後で小生の事をどう思ってるのか聞くからねぇ」

 

全く失礼な。小生が他人を蹴落として物を奪い取るような人間だと思ってるのかな。

もぐもぐとステーキ定食を味わう。

 

「ルカは……医者免許を取る足掛かりとしてハンター試験に?」

「いいや?小生は医者にはならないよォ。目的といえば、もう達成したとも言えるからねぇ」

「それは……どういう?」

「んっふふ……さあねェ、強いて言うなら好奇心かなぁ。そういう君達は?」

「……」

 

おやおや警戒心の強い事だ。

 

「オレは親父がハンターだったんだ!」

「おお、それは凄い。ゴンくんはお父さんに憧れて?」

「そう!どんな仕事なんだろうって思ってたらやってみたくなって」

「ふふ、そうかい。じゃあ頑張ってハンターにならないとねぇ」

「うん!」

「そうは言うが、単純なものでもないぞ」

 

クラピカくん曰く、新人の中ではあまりに過酷なテストに途中で精神を病んでしまったり、ベテラン受験者による新人潰しにより二度とテストを受けられない体にされてしまった人がざらにいるらしい。

 

「そうなんだ。でもさあ、なんで皆そんな大変な目に遭ってでもハンターになりたいの?」

 

……本当にハンターへの憧れだけでここまで来たんだねぇこの子。ある意味大物だなぁ。

勢い込んでレオリオちゃんとクラピカくんはゴンくんに説明する。レオリオちゃんはハンターによる金銭面の優越を。クラピカくんはハンターという職業の名誉を。

 

「どちらも然り、という所かねぇ」

 

ゴンはどちらのハンターになりたいか、という2人の言葉にゴンくんはとても困っている。

 

「!る、ルカはもしハンターになれたらどんなハンターになるの?」

「小生かい?……そうだねェ、医療ハンターになる気はないからねぇ。取り敢えず世界各地を回るかな。レオリオちゃんが言った通り公共施設はタダだし、今までで立ち入る事も出来なかった国も入れてもらえる場合があるしィ。……旅も中々イイものだよォ、超古代文明の遺跡とかとっても興味深かったねぇ」

「へぇ〜〜〜!」

 

そんなこんなでエレベーター表示がB100を示す。

部屋の入口が開くと、そこは大きな地下道が広がっている。

薄暗く、天井を多くのパイプが通り、その下では数百は居そうな受験者が小生らを値踏みしていた。

一般人以上、念能力者未満、か。見所のありそうな人もいなくもないが、……うん?

 

「一体何人くらいいるんだろうね」

「君達で406人目だよ」

 

と、小太りの男が話し掛けてくる。その胸には16番のナンバープレート。どうやら受験者はプレートを受け取って胸に付けなければならないらしい。黒衣の上に付けると同時、トンパと名乗った男が親切顔で分からない事は教えると口にした。

35回受けて落ちているのならそれは逆に才能なのでは。

 

 

103番蛇使いバーボン。

76番武闘家チェリー。

255番レスラートードー。

197~ 199番アモリ、イモリ、ウモリ三兄弟。

384番猟師ゲレタ。

 

彼らが常連らしい。

と、ここで一瞬の馴染みある殺意が走るのである。

 

「ぎゃああああああっ!!」

 

─────赤い髪の後ろ姿。トランプのスートの書かれた服。

 

「アーラ不思議♥腕が消えちゃった♠」

 

種も仕掛けもあるじゃないのさァ。

不愉快そうに見下ろした男には両腕がない。

馨しい血の匂いが埃っぽい空気を上塗りする。ナイスヒソカ。

……そういえば去年落ちたって言ってたっけ。

 

「気を付けようね♦人にぶつかったら謝らなくちゃ♣️」

 

「危ない奴が今年も来やがった……44番、奇術師ヒソカ。去年合格確実と言われながら、気に入らない試験官を半殺しにして失格になった奴だ」

 

ハンター試験に出禁はない。そして試験は試験官によって毎年変わる為、その年の試験官が合格を出せば誰だろうと、それこそ殺人鬼だろうと盗賊だろうと合格になる。

 

20人の受験生も再起不能にしたらしいが、ヒソカにしては自制した結果なのでは、と思ったけど、絶対それ試験官の目を盗んで何十人か殺ってるよね?

じっとそちらを見ていると視線に気付いたのかヒソカがこちらに視線を向ける。

 

「♠」

 

その指が口元に当てられる。

聞きたい事はまた後で、という事なのだろう。

 

 

「全くもう……言ってくれればいいのに。意地悪だなァ」

「……?どうした?」

「いやァ、何でもないけどォ」

 

トンパは話の流れを自然に断つと鞄から缶ジュースを5つ取り出す。

 

「どうだい?お近づきの印にさ」

 

そのひとつを開けて飲んだ彼に勧められるまま缶ジュースを受け取る。

微塵も疑っていないゴンくんとレオリオちゃんは望み薄、小生はクラピカくんと目を合わせる。

 

「……(どうする?)」

「……(やはり、疑わしいか)」

「……(当然だよねェ)」

 

と、ゴンくんがジュースを口に含んで、途端吐き出した。

 

「トンパさんこのジュース古くなってるよ!味が変!」

「えっ?!あれ?おかしいなぁーー?!」

 

……確かに微かに薬品の匂いがするような……?オーラで嗅覚を強化して漸くわかる程度のそれを、口に含むだけで察するゴンくんの野性味に完敗である。

 

「……凄いねぇ彼、見ていて飽きないよ」

「本当にな……」

 

ゴンくん含め、レオリオちゃんもクラピカくんも、才能が感じられてイイなぁ。ちょっとヒソカの気持ちが分かったかもしれない。

 

─────ジリリリリリリリリ!!

 

けたたましい音。

その先には試験官らしい、念能力者の男の姿。手元のアラームを止めた彼は表情の読めない顔で口火を切る。

 

「只今をもって受付時間を終了致します」

 

カイゼル髭の男はハンター試験の開始を宣言した。

─────遂に第287期ハンター試験が始まるのである。

 

 

 



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▼徒競走とハイライト

大したの書けなかったけど残念に思わないでね、なんてね。


 

只管地下道を走る無数の足音の中、ルカは中々理にかなった試験だと納得した。きっと最前列、大きなコンパスで歩いていくサトツという試験官は根が真面目に違いない。

 

第一次試験は、只管、試験官の後を追って走るだけ。

第二次試験会場にまで辿り着く事が一次試験の合格水準なのである。なお、到着場所とその時刻は伝えられない。延々と続くマラソンである。1時間で済むのか、何日も続くのか……それは全て試験官の匙加減に委ねられている。

 

 

 

外の景色の見えぬ広大であるが閉鎖した空間。周りはほぼ敵であり、それに伴って殺気すら漂うが故の緊迫感。じわじわと削られていく体力と気力に、増していく疲労と焦燥─────ルカにとっては、これ以上ない好条件である。

 

此処は巨大な手術室だ。

 

汗が噴き出すような緊迫感(プレッシャー)は命を扱う時のものと酷似。

削られていく体力気力は術中そのもの。

焦燥と疲労はより集中を深めるスパイス足り得る。

 

 

「そう考えると、ホラ。このマラソンも愛おしく思え、」

「る訳ねぇだろ馬鹿か!!」

 

 

そんなに怒鳴らなくたっていいのに、とルカは拗ねたように口を尖らせる。持久力試験という言葉には首を傾げるが、ハンターに必須な項目を問われていると言う点に於いてはルカも同意であった。

 

「こンのオペ中毒め……」

「ヒヒヒ、褒め言葉だよォ」

「ルカは今楽しいの?」

「ああ、とぉっても愉しいね。……というよりも、何事も楽しんだ方が得だろぉ?」

「……そっか!確かに!」

 

とうのルカが変人と言えるような擬態している事にはまだ誰も気付いていない。薄ら纏う血と薬品の匂いは医者独特の物と他者が勝手に勘違いするのだ。にこやかに笑う青年がまさか何百人もの人間を嬲り殺し、死体を冒涜する殺人鬼であるとは思いもしない。……限りなく素ではあるが。

 

と、一行の耳に車輪が転がるような音が聞こえ始める。

真横をスっと通っていった少年はスケボーに乗って進んでいたのだ。思わずレオリオの口から飛び出したのはそれに対してのブーイングだった。

 

「おいガキ!汚ねーぞ、そりゃ反則じゃねーかオイ!!」

「何で?」

「何でっておま……こりゃ持久力のテストなんだぞ」

「違うよ。試験官はついて来いって言っただけだもんね」

「小生もゴンくんに同意かねぇ……持ち込みがダメだなんて要項に一行たりとも書いてなかっただろォ?」

「んなっ……2人して、お前らいったいどっちの味方だ?!」

 

大人気ないなぁ、とクラピカに論破されるレオリオを眺める傍ら、ルカはその少年に目を向ける。その少年もルカを見ていたようで、視線がバッチリ合った。

 

「……何か用かい?」

「……いーや、別に」

 

第六感に近い嗅覚、とでもいうのか。互いに互いのニオイ(・・・)を嗅ぎ取ったのである。

少年はゴンの年齢を聞くと興味をそそられたのか、スケボーから降りて自分の名を名乗る。

 

「オレ キルア」

「オレはゴン!」

「オッサンと、そっちのオニーサンの名前は?」

 

 

ここでルカとレオリオが顔を見合わせる。

 

「……」

「オッサン?」

 

ルカがレオリオを指さすとキルアはこくりと頷いた。

レオリオは眉根を吊り上げる。

 

 

「オレはよォ!!これでもお前らと同じ10代なんだぞ!?」

「「「ウソォ!?」」」

 

「小生、もう成人してるのかと思ってたよォ……まさか小生と10歳以上離れてるなんて、」

 

「……、……はァァッ!?」

「えっ、あんた30歳なの?」

 

続くカミングアウトに、今度はレオリオが声を上げた。

 

「うん。小生今年で……えぇっと、34?くらいだったかねェ」

「オレと20歳差だ……!」

「どんだけ若作りしてんだよ!」

 

ルカは世界を渡る前と後では幾分若返っている上、念能力の習得により老化が止まっている。彼の容姿は18の頃と大して変わっておらず、大目に見て20歳か幾らにしか見えないのである。

 

 

 

 

 

既に数時間が経過しているが、未だに脱落者が1人も居ない。さもありなん、ハンター試験に集まった者は猛者ばかりなのだ。……滝汗を流して息を切らす者もいるが、ハンター試験常連者はほぼ全員が余裕のある顔をしている。

 

必死に食らいつくレオリオが荷物を放り投げて駆け出し、偶然か否か、クラピカと並ぶ。

 

 

クラピカはレオリオの必死の形相に目を丸くしながら、何時間か前に会ったばかりの男、ルカの顔を思い出す。

青白いまでの白い肌に長身。まさかこの容姿でゴンのように野山を駆け巡ったとは言うまい。佇まいは戦闘やそういった動きに慣れたそれそのもの。

 

あの男には底知れぬ何かがある。

 

クラピカとしては、ルカ=ヒノハラという人間は未だ、信じるには値していない。

 

 

 

 

 

「アイツは、さ」

 

ぽつりとレオリオはクラピカに零す。

医者になりたいと、その為に金が要るのだと歯を食いしばって言ったそれには、確かな信念が感じられた。自身の決意と優劣付け難いそれを、クラピカは認めていた。

 

アイツ、と。その人物が誰なのか、クラピカは直ぐにルカの事だとわかった。

 

「オレの夢を笑わないでくれたんだ」

「……」

「頑張れって、後悔はいつでも出来るからって。……アイツはオレにとっての目標なんだ。その技術もだが、何よりもだ。見ず知らずの人間を救い上げてよォ、なんにも要求しねぇんだぜ」

「レオリオ……、」

「なんだよこいつ、かっけぇじゃねぇかって思った!あの時こいつがいたらとすら思った!こいつみてぇになりてぇって!!」

 

レオリオはルカがあの時助けた男性が目を覚ましたところを思い出す。

脚を失くしたというのに泣きながらレオリオに感謝するのだ。助けてくれてありがとう、ありがとう、と、何度も何度も。自分のした事ではないと告げても、それでも礼を告げる男の声を、顔を、涙を、レオリオはきっと一生忘れない。

 

 

『お金ぇ?要らないよォ。というか貰っちゃったら小生無免許だってバレちゃうじゃないかァ』

 

 

まるで幼い子に言い聞かせるように、おどけたように笑うのである。

 

「手術狂の変人だけどな!!」

「……そう、か」

 

クラピカは思い直す。もう少しだけ、ルカを色眼鏡無しに見てみよう、と。

 

 

 

 

 

ルカ達の前には、まるで天へと伸びるかのような階段が立ち塞がっていた。

経過、約6時間。ここで篩い落とさんとするかのように第一次試験 試験官サトツは厚みのある段を2段飛ばしに登っていく。

 

「レオリオちゃんも酷いよねェ、小生の事置いてって」

「いつまで拗ねてんだよ……」

「あはは……」

 

軽やかに脚を動かすルカとキルアとゴン。階段に差し掛かったあたりから心が折れた受験生がそこら中に膝を着き、這い蹲っている。

 

「あ、レオリオ」

「げ……上半身裸だし……」

「……うーん、ちょっと話し掛けづらいナァ。このまま通り過ぎようか」

「さんせー」

 

ルカの言葉にキルアが同意する。

そのまま暫く3人は突き進み、とうとう先頭までやってくる。

 

「いつの間にか1番前に来ちゃったね」

「うん。だってペース遅いんだもん。こんなんじゃ逆につかれちゃうよなー」

 

そういうキルアの顔は涼しいもので、汗ひとつ掻かず、息ひとつ乱れていない。それはルカも同じようなものだ。

 

「結構ハンター試験も楽勝かもな。つまんねーの」

「キルアは何でハンターになりたいの?」

「オレ?別にハンターになんかなりたくないよ」

 

難関だと言われているから面白そうだと思っただけだとキルアは拍子抜けだと言い放つ。

 

「試験官が真ん前にいるんだけどなァ……」

「いーじゃん別に。で?ゴンとルカは?」

「オレは親父がハンターをやってるんだ。親父みたいなハンターになるのが目標だよ」

 

その親父さんがどんなハンターか分からない、というゴンの言葉にキルアは笑う。

ゴンは生まれてすぐ叔母の家で育てられた為、両親の顔を直接目にした事はない。父親の顔は写真で知ったのだという。

父親の弟子がゴンに話したあれこれの中、弟子は我が事のように師の偉業を誇っていた。

 

「それを見て思ったんだ。オレも親父みたいなハンターになりたいって。……ルカは?医者にはならないんでしょ?どうしてハンター試験を受けたの?」

「へー、あんた闇医者だったの?」

「医者として活動した事なんてあんまりないんだけどねェ……」

 

あの時のは慈善活動みたいなものだとルカはニッコリと笑う。

 

「小生はレオリオちゃんがハンター試験を受けるって聞いたから、ちょっと冷やかしにきたんだよォ。トモダチ思いだろぉ?」

「冷やかしって言ってんじゃんか」

「いやぁ〜、あの初さが懐かしくてね。ついお節介しちゃいたくなるのサ」

「じゃあ、レオリオの為って事?」

「切っ掛けはまあ、彼だねぇ」

「落ちるかもよ」

「その時はその時だよォ。助けはしない」

 

ルカにそこまでする気はない。諦めるならばそこまでだったという事。ルカの中でレオリオという存在が過去のものになるだけの話なのだから。

 

「レオリオの事、信じてるんだね」

「……ゴンくんが純粋で、小生とっても眩しいなァ」

「? ……あっ、もう出口だよ!」

 

そうこうしている間に辿り着いた地上。

周囲の受験生からは安堵が広がるが、続くのは更なる絶望だった。

 

 

 

 

 

地下道を抜け階段を登るとそこは広大な湿原が広がっていた。

ヌメーレ湿原。ザバン市から100km程離れた場所にある、弱肉強食の"詐欺師の塒"。

逃げ場を奪うかのように登ってきた階段に続く道にシャッターが下ろされる。目の前でハンターへの道が閉ざされてしまった受験生の悲痛な顔がとても痛々しい。

 

「この湿原にしかいない珍奇な動物達。その多くが人間をも欺いて食糧にしようとする、狡猾で貪欲な生き物です。十分注意してついて来てください。 騙されると 死にますよ」

 

 

「騙されるな!!」

 

 

よろよろと地下道に続く階段への建物脇から現れた男は大きく声を張り上げた。

 

「そいつは偽物だ!試験官じゃない!オレが本当の試験官だ!!」

 

その手には瀕死の人面猿が引き摺られており、如何にこの生物が狡猾かを説明する。人肉を好むが手足が細く非力である為に、人に扮して湿原に連れ込み他の生き物と連携し獲物を生け捕りにする。

真ん中分けに髭。

その人面猿、なんとサトツにそっくりであったのだ。

 

 

 

 

「なー、どう思う?」

 

小声でキルアがルカに話しかける。

 

「どっちが本物の試験官か、っていうやつかなァ?」

「そう」

「どうせキミも分かってるんだろぉ?笑っちゃうくらいお粗末なんだし」

「まーね」

 

分かりやすく暗く笑ったキルアに、ルカは変わらずヒヒヒと笑う。

 

「人の血のニオイじゃない、でしょ」

「ヒヒ。……更に言うならあの猿と男の傷はどれも浅い物だし。何よりも歯がねェ」

「……歯?」

「あの男の犬歯。鋭過ぎやしないかい?」

 

大きく口を開いて喋ってくれるお蔭でよく観察できたよ、とルカは指差す。

 

「横で伸びてる人面猿と同じ、喉笛を噛み千切れるくらいには鋭い牙じゃないか」

「、確かに」

「そもそもサトツさんが人面猿としたら、数時間もあのペースで歩ける筈がないよォ」

 

人面猿は非力だと男は言った。つまりそれだけの筋力がないという事。歩くという行為には相応の筋肉が働く。今までの距離を顔色を変えずに歩き切ったサトツには当てはまらない。……尚、念能力という一種のチートがあるが、それがあるならば大抵の生き物は敵ではない為にこのような迂遠な行動は取らないだろう。

 

と。

ひゅん、ひゅひゅん。

空を切り裂くような鋭い音と共に、男の顔面に何かが突き刺さる。まるで人体が柔いスポンジのようだった。瞬く間に顔面から血が溢れ出し、男は何が起こったのか分からないまま意識を闇に閉ざす事になる。

 

「くっく♠なるほどなるほど♣️」

 

仕立て人はやはりと言うべきか、赤い髪の道化師のような男、ヒソカであった。突き刺さった何かの正体は何の変哲もないトランプであり、一瞬にして、いっそ芸術的なまでに無造作にその命が踏み潰された。視線をくれる事なく死んだフリをしていた人面猿を同じように仕留めたヒソカはくつくつと笑う。

 

「これで決定♦そっちが本物だね♥」

 

サトツの方にもトランプを向けていたヒソカ。サトツは掴み取ったトランプを弾いて捨てる。

 

「試験官というのは審査委員会から依頼されたハンターが無償で任務につくもの♠我々が目指すハンターの端くれともあろう者が、あの程度の攻撃を防げないわけがないからね♣️」

 

要するに手っ取り早く判断してやった、と言いたいのだろう。

サトツに注意を受け、2度目はないという言葉におざなりに返事をしたヒソカはサトツに背を向ける。

 

「……おっかねー奴」

「うーん、実に白々しい台詞だったねぇ。……そろそろ自制が利かなくなってきてるみたいだし」

「え?何が?」

 

ゴンがルカの声に振り向いた。

 

「……これから荒れる、って事だよォ」

ルカの手には2枚のトランプが握られていた。

 

 

 

 

 

擬態に罠、知性に訴え掛ける動物達によるトラップが山とある。標的を騙して食い物にする生物の生態系。"詐欺師の塒"という由縁に相応しい場所。

ぬかるみの酷い地面でのマラソンは容易に受験生の体力を奪っていく。湿気が肌に張り付く中、霧に映り込む生き物の影に注視し警戒しながらという条件の追加。いよいよハンター試験の本番とも言っていいだろう。

 

────ああ、また1つ、音のない断末魔を上げて命が摘み取られた。

ルカは口元に浮かぶ笑みを保つのに必死だ。少しでも油断すれば嗤い出して周囲の人間を無差別に切り裂いてしまいかねなかった。

 

「ルカ?大丈夫?」

「ん、大丈夫だよぉ。まだまだ余裕はあるからねぇ」

 

そう、まだ大丈夫。ルカは我慢の出来る男だ。

現代日本において一般人として擬態してきた過去がある。制限ばかりの窮屈で肩身の狭い思いをしてきた、現代日本が生み出した最悪のサイコパス。普段は穏やかな優しい人間が一番恐ろしいものである。自制しなくてもいい環境に置かれたとしても、長年被ってきた仮面はまるで人皮のようにルカの顔面に張り付いている。

その為ゴンに僅かな変化を悟られた時、ルカは内心とても驚いていた。勘だと言うゴンに流石は野生児、などとルカは思いながら、外れちゃったねぇと返す。流れるように吐かれた嘘は処世術だった。『ボク、最初キミは変化系だと思っていたんだよ♦』とはヒソカの言である。

 

霧がかかり、周囲の様子が更に分からなくなってからが本番だった。

それはこの湿原に潜む詐欺師(生物)達にとっても、彼ら受験生にとっても、……そして腹を鳴らした奇術師にとっても。

 

 

 

 

 

キリヒトノセガメ、という亀がいる。全長約4~6m、背中にヒトニイチゴという寄生植物を群生させた肉食の亀である。霧の深い日にだけ活動し、その背のヒトニイチゴで人間を誘い込み、一息に飲み込むのだ。

また、マチボッケという大蛙がいる。動きが鈍いために普段は大口を開けて地中に潜み、獲物が上を通り掛かるのを振動で感知し、土ごと食する。

 

ホラガラス。ジライタケ。サイミンチョウ。

それぞれが思い思いに誘い、騙し、喰らう。それこそが詐欺師の塒の真骨頂。その手口は意図せず協力した形となった多種生物により更に巧妙と化していく。

 

 

「ゴン!ボヤッとすんなよ。人の心配してる場合じゃないだろ」

「!……うん、」

 

レオリオにクラピカ。2人は後方集団のパニックに巻き込まれてしまっていたのだ。キルアの声にゴンは前を向き直す。

が。間もなく、レオリオの悲鳴が霧の奥から響き、それを聞き分けたゴンが飛び出して行ってしまったのだ。

 

「レオリオ!!」

「あっ!おい、ゴン!!」

「おやおや……若いねぇ」

 

無謀な行動だ。

キルアはどこか寂しそうな顔をしながらも、首を振って切り替える。

 

「行っちゃったね、ゴンくん」

「ったく……なんだよ、自分の夢と命よりアイツらの命のが大切なのかよ」

 

キルアの表情は拗ねているような、惜しんでいるような、子供らしいものだった。

 

「……アンタは行かねーの」

「まあねぇ。気になりはするけど、死んじゃった時は死んじゃった時かなぁ」

 

そうじゃないかい?とルカはにこやかにキルアに問う。

 

「そう……だよな。オレもそう思う」

「寂しいのは小生も同じだよぉ」

「オレは別に……」

 

素直じゃないなぁ。ルカは苦笑する。

 

「まあ、なんだろうねえ。クラピカくんの頭とゴンくんの野生の勘ならなんとかここまで来れそうな気もするけど、気掛かりなのは、」

「ヒソカ、だろ」

 

真剣な顔になったキルアにルカは頷く。

 

「先ず本気で狙われたら勝ち目はない。ふざけた格好してても彼奴の実力は本物だ」

「うんうん。小生もそう思うよ」

 

だが、その考えはヒソカの性質、もしくは性格、またの名を性癖を度外視したものに過ぎない。

 

「……まあ、多分大丈夫だと思うけどねぇ」

「はあ?」

 

キルアはルカとヒソカの関係を知らない。

本気で訝しげな声を上げたきり、キルアとルカは会話を止めた。

 

 

 

 

 

第一次試験の終了の通達の後、暫くして、森の奥からゴンとクラピカの姿が覗いた時、キルアは目を見開いて喜色を浮かべた。

 

「ゴン……?!どうやってここまで、」

「……見込まれたかあ、彼らも災難だねぇ……。……キルアくん、声掛けてこよう」

「あ、うん」

 

隣にルカがいたのをすっかり忘れていたのか、少し照れたような仕草で頭を掻きながらキルアは2人の背後から声を掛ける。

彼らの視線の先にはレオリオが大きく顔を腫らして木に凭れていた。

 

「はあ?!香水の匂いを辿ったァ?!」

 

味覚だけではなく嗅覚まで優れていたゴンのお手柄のようだ。

 

あの後、ヒソカはレオリオとクラピカ、ゴン以外の後続組を殺戮したらしい。1度は逃げたもののレオリオがヒソカに一矢報いんと襲い掛かり、ヒソカに頬を殴られたようだ。

殺されかけたレオリオを救ったのがゴンである。その際、ヒソカに気に入られ、見逃された。

 

レオリオはヒソカに担がれて第二次試験会場まで連れてこられ、ゴンはレオリオに付いていた香水の匂いを辿ってこの会場に着いたところだと語る。

 

「ヒソカは試験官ごっこ、と」

「あはぁ、言いそうぅ」

 

ああ見えてお茶目なところあるんだよねぇ、ルカは内心にその言葉を留める。

 

「良かったじゃないか。つまり3人とも見所があるって言われたも同然だよぉ。殺されなかったって事はそういう事さ」

「……?その言い方、ルカはヒソカと何か関係が……?」

 

クラピカの言葉にルカは首を傾げる。

 

「ああ、言ってなかったかい?ヒソカは小生の─────」

 

その言葉の続きは、規定時刻となって扉が開かれた事によって阻まれた。

 

 

 

 




誤字報告ありがとうございます。助かります……


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▼嵐の前の晩餐会

バロットと聞いて嫌な予感がしたら検索するのはよした方がいいよ。そんな感じの二次試験。
穏やかなのはここまで(だと思う)


第二次試験会場の地はビスカ自然公園という。

建物からは延々と獣の唸り声のようなものが響いていたが、どうやらそれは凄まじいまでの腹の虫の声だったようだ。

 

3mはあるだろう肥満体型の巨漢と、緑の髪を特徴的に結った女性である。腹の音は巨漢のものだ。

ブハラとメンチ。美食ハンターを名乗る2人は、第二次試験は料理だと声をあげたのだった。

いやしかし、流石はハンター協会。中々良い人材が揃っている。ルカの目には試験官の身を覆う、美しいオーラが映っている。

 

 

料理、と呼ぶには男らしい。

1つ目の課題は豚の丸焼きだった。一斉に駆け出した受験生は思い思いに森に散り、ゴン達も同じくハントの為に森へ走る。

……尚、ビスカ自然公園にいる豚は一種類、世界で最も凶暴な豚、グレイトスタンプのみなのだが。

 

グレイトスタンプの特徴である前面を覆うような大きな鼻は表面が非常に硬質化しており、突進でもされれば人間など紙のように弾き飛ばされてしまう。

美食ハンターの2人を満足させる食事を用意する、という内容だが、さて。

 

 

 

まるでサイの様な獰猛な突進を一瞥したルカは、微笑みを浮かべたまま片手を差し出した。

 

「遅い、弱い、脆い。……こんなのでいいのかなぁ?」

 

押そうが引こうが動けないグレイトスタンプは目に見えて恐怖した。

びきり、と。ルカが掴んでいるグレイトスタンプの巨大且つ頑丈な鼻の表面に罅の入る音がするのである。

これには言葉を解さないグレイトスタンプも悲鳴をあげる。

 

「こうして見ると可愛らしいねぇ。……まあ、小生の人形たちに比べたら雲泥の差はあるけれどォ」

 

びき、びきびきびきぃっ。ぐちゃり。

肉を潰す湿った音と共に、遂に砕けた。

 

「ぶぎぃぃぃぃいいい!!」

「うぅん、イイ声」

 

けれどやはり、ヒトの悲鳴の方が甘美なものだ。

鼻を掴んだまま地に引き倒し、その額目掛けて脚を落とす。

オーラを含んだ震脚は瞬く間に薄い頭蓋に覆われた脳をぐちゃぐちゃに掻き乱し、グレイトスタンプは眼球と口から血あぶくを噴いて横倒れた。

 

「ええと、仕留めた後は、なんだったっけ。……ああ、そうそう、血抜きだ。肉に臭みが残ってしまうのだった」

 

手頃な木に逆さに吊り下げ、ある程度その下の土を掘り、胸のあたりを通る頸動脈を掻き切る。噴き出すようにまだ生暖かい血が堀った穴に滴り落ちる。

 

「人肉の加工と同じようにしていいのかな」

 

焚火を手早く作って火で表皮を炙り、皮を剥ぎ、腹に穴を開けて内臓を引き摺り出す。どちゃりと血の池の上に白とピンクと赤の内臓が零れ落ちた。取り敢えず好き嫌いの分かれる内臓は取り出しておく事にしたらしい。

そして近くにあった川で腹の中を洗い、念糸を使って支給された鉄の棒に固定して火に掛けた。

 

「それにしても大きい。試験官は此処で数人に数を減らすつもりなのか……」

 

急いだ方が良さそうだ、とルカは念糸を木に引っ掛けて豚の腹を横に向けると、切れ込みにオーラを纏った手を突っ込んでバーナーを近付けた。

 

 

 

 

 

まさに掃除機のようだった。

ルカは珍しく口を開けて瞬く間に平らげられていく肉の山を、それと同時に量産されていく骨の山を眺めていた。

既に50匹ものグレイトスタンプの丸焼きが全身骨格となって積み上げられていく。

 

「解剖したい……」

「やめておけ」

 

ジョーゥダンだよォ。

クラピカに笑いかけるルカ。

そう、冗談だ。恐らく念能力。それも主能力ではなく制約か誓約だろう。肉体的には人間と大差ない為に解剖はしない(つまらない)

ただ嬲り殺して人形にしてみたいだけで。まあ、その程度である。

 

 

「レオリオちゃん、湿布貼ってあげるよ。腕の傷も消毒する?縫う?」

「ちゃん言うな。……頼めるか?あとぜってぇ縫うな」

 

つれないなぁ。ルカは黒衣の内側から蒸留水のボトルを取り、軽く湿らせて頬の傷の土を拭う。

ブハラの試験の小休止(が終わる前)。ブハラが丸焼きを貪っている間に、ルカはレオリオの元に訪れて提案する。上機嫌となったルカにレオリオは若干後悔した。

 

ルカによる触診だ。

念能力者たるヒソカによるものと思えば、随分手加減されたものだった。ルカは嘗てのヒソカとの修業を思い出す。彼は自らの目と手で青い果実を見極めて残す為に、手加減の具合がべらぼうに上手かった。頬骨は骨折したという事もなく、本当に軽く殴られただけのようだ。

腕の切傷は3cm程の深さだった。恐らくトランプによるもの。血液はレオリオ自身のネクタイで圧迫止血されている為手当がしやすく、こびり付いた土と凝固した血液を流水で洗い流し、拭って消毒し、軽く包帯を巻く程度で済んだ。非常に厚みの薄いもので切った時の傷はよく出血するが治りやすい。

 

「はいオシマイ」

「お。流石にはぇえな。ありがとよ」

「……やっぱり縫、」

「縫わない」

 

薬効の高い薬草を練り込んだ湿布だ。1日貼っていれば痛みも腫れもなくなるだろう。

 

 

 

 

 

さて。

第二次試験2項目目。

メンチという女性による審査である。ブハラに対して審査基準が甘いと口にした彼女は、続く試験は辛口だと言った。

お題は“スシ”。ジャポン出身の某忍者と日本出身のルカ以外は全くわからない状態にあった。

 

ジャポンという国は辺境の島国とされており、その地での料理と言われても多くが分からぬも仕方がないのである。現にそこそこ美食家であるヒソカも僅かに眉を寄せているのがルカの目に映る。

メインとなる食材が肉なのか魚なのか他のなにかなのかもわからない。ただあるのはヒントとなる調理器具と調味料のみ。メンチは二本の棒を手に、小さな器に入った黒い水のような物を手元に置き、愉しげに笑っている。

 

「ンー……困ったねぇ」

 

ルカは長い髪を包帯で結い上げながら、ぽつりとそう呟く。

“スシ”が寿司である事はわかっているが、即興で作ったそれで美食ハンターが満足するだろうか。

今までの言動と彼女自身の実績から彼女は若くして成功した人間だ。自分の能力を誇りに思い、胸の内には譲れぬ矜持がある。熱くなりやすく、ひとつの分野に於いて妥協はしない。いや、出来ない、と言った方が正しいか。許容はするが、喧嘩は売られれば買うタイプ。

 

「……これはまた、早くに提出しなきゃならないねぇ……」

 

剃髪の忍ばない忍者を一瞥したルカは、速やかに“絶”を行うとこっそりと一団から離れるのだった。

 

レオリオの大声が聞こえてきたのはその直後の事である。

これによってルカは試行錯誤の時間を大幅に奪われ───例え提出されていく物がスシもどきだとしても、数打てば当たると先人は言う───結果で言ってしまえば他の受験者と同じく再試験となった。試験官の満腹という呆気ない終わりで。

 

 

 

崖の上から紐無しバンジーを敢行し、生存出来た者。賢しくも可能性を投げ捨てて生を選んだ者。そして身に合わぬ無謀に命を散らした者。それが第二次試験後半の大まかな内訳である。

マフタツ山の切り立った崖に巣を張ったクモワシの卵。それを入手し、ゆで卵にする事が再試験の内容だった。

マフタツ山の断崖絶壁の下は急流の川が流れており、ひとたび落ちれば数十km先の海まで流されてしまうとか。

 

「これ凄く美味しい」

 

とろりと溢れ出す黄身の濃厚なコクと自然な旨味。塩やマヨネーズを掛けずとも幾らでも食べられそうだ。

2、3個こっそり持ってきたのは正解だったらしい。

 

「あ、これ巷で言うバロットってやつだねぇ」

 

目が合う(・・・・)

茹でていたもうひとつの卵からは既に中身(・・)の形成された─────

 

 

 

 

 

軽い腹拵えも済んだところで、受験生を乗せた飛行船はゆっくりと空を進んでいく。と言っても大の大人や育ち盛りの子供には足りない量の間食だったため、皆それぞれ食事を行ってはいたが。

二次試験の再試験を試験官に言い渡したのはハンター協会会長であるアイザック=ネテロである。彼は次の試験も同行するとの事で、これから翌日の朝8時までは自由時間らしい。

 

「ねえ、厨房ある?」

「あっはい!注文して頂ければコックがお作りしますが……」

「ホントォ?助かるよぉ。折角だからコレでオムレツとか食べたくってぇ」

 

取り出したのはクモワシの卵だ。

 

「きっと美味しいよねぇ。楽しみだ」

 

ああ、トマトたっぷりのミネストローネも付けてね。

 

 

 

 

 

「や」

「ああ、ルカ♦久し振り……って程でもないか♠」

 

8段のトランプタワーを指で突いて悦に浸るヒソカは他の受験生に思いっ切り避けられていた。

 

「夕御飯かい?」

「うん。運動後の腹ごなし」

 

手にはオムレツとスープの入った皿の乗ったトレイ。肩にはタオルが掛けられており、その長髪は水で湿っている。

ヒソカの鼻先に馴染みのある甘い血の匂いが掠め、成程と頷いた。

 

「程々にしないと失格にされるかもよ♥」

「自由時間だって言ったのは彼らだよぉ?」

 

だから“好き(自由)にしてる”んじゃないか。

 

「証拠どころか、死体も見付からないさ」

 

ルカはにっこりと微笑んでヒソカの隣に座り手を合わせる。

 

「いただきます」

「前から思ってたけど、ソレ何?♠」

「食前の挨拶ゥ」

「♦ 律儀だね♣️」

 

半熟のオムレツの上には赤いケチャップが乗せられている。均一に焼かれたそれをぐちゃりと崩してルカは笑う。

 

「ん。……君が試験を受けてるなんて、小生知らなかったよぉ。言ってくれてもよかったじゃないか、水臭い」

「元々連れて行くつもりだったんだよ♥ちょうどいいから別行動してもらったけど♦」

「へーぇ?ちょうどいい、ねぇ。……まあ小生も子供じゃないから、どっちでもよかったけど」

 

いつまで経っても保護者同伴なんてどうかと思うし、何より獲物が被っちゃつまらないのだ。

……まあ、小生は既に何より優先する獲物というものを見つけているから、寛大になれるのだけどね、と。

ルカはオムレツを口に入れながらヒソカをじっと見つめる。

 

「物欲しそうな目で見てどうしたんだい♠」

「ヒヒヒ、面白い冗談だ」

 

いるかい?まだ何も食べてないんだろ?

差し出された手付かずのミネストローネはルカの好物である。

 

「♣️」

「嫌ならいいけどねぇ。ヒソカが作った方が美味しいと思うし」

「それはどうも♦」

「……世辞じゃないのにィ」

 

いつもの胡散臭い笑顔に対して含みを察したルカは頬を膨らませて拗ねた振りをして、口角を仄かに上げる。

 

「……まあいいや♠貰えるなら貰っておくよ♥」

「どーぞぉ」

 

 

 

 

 

PRRRRR!

 

「もしもしぃ」

『ワタシね。お前今何処いるか』

「んー……そうだねぇ、ヨルビアン大陸の上空ら辺かなぁ。小生ハンター試験中なんだァ」

『は。ならコレは要らないか』

「もしかして拷問してるのかい?いいなあ、欲しいなぁ……」

明日明後日(あしたあさて)で終わるのか?』

「……終わらないねぇ」

『じゃあ無理ね。それまで待てないよ』

「小生キミの作る死体が1番好きなのになぁ。……ねえ、本当にダメかい?オチマの方で良い拷問器具専門の鍛冶職人がいるんだけどぉ……」

『……、フン。此奴は適当に捨てとくよ。場所はアイジエンのガボール、ウィシュ市の巣に置いてるから勝手(かて)に入て取るね。……此奴が死ぬが早いかお前が来るが早いか……』

「わぁ、ありがとうゥ。そうとなれば早く終わらせなきゃねぇ……」

 

死んでたら笑てやるよ、と男は笑う。

 

『そういえばお前も次の招集来るか』

「ああ、ヨークシンだっけぇ?行くよぉ。暇だしねぇ」

『……アイツも来るか』

「うーんどうだろうねぇ?気が向いたら来るんじゃなぁい?」

『……、……お前、アイツ殺して4番にならないか』

「殺せると思うかい?」

『今のままなら無理ね。隠してる能力全部出せば分からないよ』

「小生、隠してる気は微塵もないよォ」

『ハ。よく言うね、お前。……“今何匹人形いるか”?』

「ひひひひ……!彼には有象無象がいくらいようと訳ないさ」

『ふん。切るよ』

「はぁい」

 

 

 

 

 



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▼ワイルドハント

遅くなりまして。


三次試験会場だと降ろされた場所は何処かの塔の頂上だった。

 

強い風に服がはためいている。ぐるりと辺りを見渡せば石造りの円状の足元がそこそこの広さで広がっており、ちょっとした運動なら余裕で出来そうなくらいだ。

 

トリックタワー。円柱状をした、天に向けて聳え立つ巨大な監獄。

その頂上から遥か下まで、生存した状態で降りる事。制限時間は72時間。

悪趣味な娯楽施設か何かのようだ。しゃがみ込んでコツコツと地面を手の甲で叩きながら、ルカは面白そうに笑う。

 

ヒトの血の匂い。多数の息遣い。暴力の気配。

過敏になった五感で感じ取れたそれは、まるでルカの掌の上にあるようなものだった。

 

「んん〜……ダメだねぇ、フラストレーション溜まっちゃって」

 

とん、とん、とん。あちこちの床を叩くルカを奇妙なものを見る目で見つめる受験生。

 

「よし、此処にしよう」

「あ、ルカさ─────」

 

カコン、という軽い音。振り返る時間すらなく、ルカの視界からツンツン頭と緑が消えた。

 

 

─────そろそろ解消しないと。アレだけじゃあ足りないから。

ゆらりと暗闇に着地しながら、くつくつと小さく嗤い始める。

 

 

キミ達(・・・)も、だろ?」

 

 

 

 

 

「あ、行っちゃった……」

「っかーーー薄情な奴だぜ!」

「レオリオ。これは試験だぞ?」

「んなこたァわーってらァ!」

 

ゴン達は塔の側面を降りて行っては怪鳥に食われた男を目にした。

 

「……ねえ、あの鳥たち、ちょっとおかしかったよね」

「おかしかったって、まー確かにめちゃくちゃ不気味だったな」

「いや、そうじゃなくて……」

 

「……正確には鳥の群れの中にいた1匹、か?」

 

クラピカの指摘にゴンは頷く。

 

「1匹だけ、なんていうか……種類が違ったんだ」

 

周りにいた怪鳥よりももっと人に似た人面に、舌が溢れた喉。大きな鉤爪。生々しい肉と、違和のある程に艶めいた長羽で出来た翼。濁っているのに異様にギラつく眼球。

 

「種類なんてどうでもいいだろォ?それより、早く降りようぜ」

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

─────そこは地獄だった。

 

臆病な性格の癖に、小さな悪事が辞められず。その性格のお蔭で長らく捕まらず。不相応にも懲役110年という超長期刑囚としてこの監獄に入れられた。

囚人達にも序列があった。“彼”のようなこそ泥は、一般人に毛が生えた程度のチンピラよりも価値が低かった。

 

─────ここは地獄だった。

 

賞金首ハンター兼刑務所長リッポーと交わした契約。ハンター試験受験生の足止め1時間につき1年の減刑という恩赦。それに心惹かれ、軽率に契約した。生死は保証しないと言われたが、此処で無意味に怯え、虐げられるよりはマシだった。

 

─────地獄が作られていった。

 

落ちてきたのは青年だった。まだ若く、身体もひょろりと縦長い。強そうとはとても言えない、少年と大人の合間のような、整った顔立ちの。

周りの嘲笑とは裏腹に、青白い髪と昏い光を宿す目からは、肌がひりつくような嫌な気配を感じた。いや、それは確信だった。あまりに鈍く潜められた殺意に、背筋を凍らせざるを得なかった。

 

─────地獄だった。

 

先ず“噛み砕かれた”のはオレの罪状をつまらないと笑った男だった。次に“引き裂かれた”のは顔を見た事がある程度の女だった。次に、その次に、またその次に。女も男も、痩せぎすも太りじしも、美女も醜男も、関係なく。

目の前で、“喰われていく”。

自分達が絶対的強者であると確信していた囚人達の顔が瞬く間に恐怖で青ざめていく様は見物であったが、そんなもの、今の状況で楽しめる筈もない。

 

だって、自分も喰われるのだ。この化け物共に。

喉が締まり、声を出すどころか息すら出来ないのは、数m先の剥奪者共による狂宴からはどうしようとも逃れられないのだと肉体が勝手に諦念してしまっているかのようで。

 

─────諦めていない。諦めていないのだ、オレは!

声を出さねば死ぬと言わんばかりに───出さなくともやがては死んでしまうだろうに───“彼”は喉を両手で押さえ、声を無理矢理ひり出した。

 

「し、し、しにた、く、な、なぃ」

 

─────死にたくない。

また1人、奇声をあげる巨大な人間の生首に生きたまま踊り喰いされる。

─────死にたくない。

また1人、醜悪な蟲に群がられて瞬く間に骨になる。

─────死にたくない。

また1人、臓物色の肉片に全身の体液という体液を吸い取られて乾涸びる。

─────死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 

 

「し、にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない……!!」

 

呪縛から放たれたかのように、身体は駆け出していた。

まるで風になったようだった。走っていたかった。快感にも似た解放感だった。例えそれが背後の地獄から逃げる為だとしても。例え走った先に道が無かったとしても。

この世を呪うでもなく、痛みを厭うでもなく、理不尽に怒るでもなく。

無常を嘆くでもなく、刑務所長に罵声を浴びせるでもなく。

ただただ歪な笑みを浮かべて、涙を流し、喉から()り上がる血反吐を撒き散らしながら!

 

「死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくな、ヒュッ……」

 

青白い悪魔は色の薄い唇を吊り上げて嗤う。

冷たい指が首に食い込んでぞわりとした。

止まらない震えと汗。得体の知れないものの唸り声。

 

殺せ、殺せぇ。死ね、死ね。妬ましいぃ。お前だけ逃がさないぃ。早く此方へおいでぇ。一緒になろうよおおぉぉぉ。

 

誰の声だ。混ざりに混ざったノイズのような悍ましい沼のような多重奏(おと)。聞き覚えのある声だ。金属の板を引っ掻くよりも耳障りで不愉快で醜いのに、何故か。

 

唐突に“彼”は理解した。……これは“オレの声だ”。

どろどろと蕩けたドブ色の腕が脚を引く。

青白い悪魔は“彼”を嗤う。

 

「なんで死にたくないんだい?」

 

その声にカッと脳裏が焼けた。

 

────死にたくない事に理由なんてあるか!!

目を丸くした悪魔は怖気の走る、いやに優しげな笑みを浮かべた。

 

「そうだね。そうだねぇ……確かに。君は正しいよォ」

 

小生だって、生かしてあげたいんだ。

 

まるで讃歌のようだ。

無垢で、純真。

 

何処か蠱惑的で、猛毒のように脳と精神の底をがりがりと掻き毟る─────悪夢のような、冒涜的な聲だった。

 

 

「────ッッおぇえェェ……っ、!!」

 

「……わぁお。肯定しただけで嘔吐されるなんて、小生初めてだよ」

 

蹲り、げぅげぅと胃の中の物全てぶちまけた“彼”の頭を、青年は愛でるように撫でる。

その感触すら気持ちが悪くて、“彼”は口から胃液すら出なくなるまで嘔吐し続けた。

 

饐えた臭いに眉ひとつ動かさず、口を覆う手から零れ落ちる吐瀉物を眺めては、生理的な涙を浮かべる“彼”をにこにこと覗き込む悪魔。

 

「可愛いねェキミ。ゲロ吐くくらい小生に怯えるクセに失神も放心もしないなんて、おかしな所で肝が据わってるトコポイント高いよォ……ひひひ」

 

怒っているのかい?苛立っているのかい?

無邪気に問いを繰り返す悪魔を見る“彼”の目には、弱者特有の逆恨みじみた怒りが滲んでいる。

 

「ひひ、ひひひ……イイね。キミ、生かしてあげようか。勿論君の言う意味の通りに」

 

ひたりと身体の震えが止まる。

 

「今からキミの精孔を抉じ開ける。それで生き残れたら、今この時、小生はキミを殺さないでおいてあげる」

 

悪魔が囁く。

 

 

「死んじゃったらその身体……小生におくれ」

 

 

契約を囁く。

 

「───────────」

 

─────────

 

──────

 

 

衝撃。脱力感、焦燥。

荒げた呼吸。

肌を濡らす体液の不快感に、伏せた身体を気怠げに起こす。

 

「─────ああ、凄いねキミ!オメデトウ。契約通り、キミは生かしておいてあげる」

 

頭を撫ぜる薄い掌の感覚。

 

「良い素体だ。惜しいな……でもソウイウ約束だからネ」

「……」

「また会いたいなァ。会えたその時にキミが今よりも美しい怒りに彩られていたら……きっと、小生は我慢できなくなってしまうだろうねェ」

 

体温の低い、胼胝のある掌。

 

 

「愛らしい、今はまだ小さな小さな……小生の【憤怒(イーラ)】」

 

 

ああ、自分はまた彼と出会うだろう。

それはまるで天啓だった。

 

化け物共を後ろにぞろぞろと引き連れた、人間の皮を被った悪魔は、化け物よりも化け物で。

 

 

 

─────とてもうつくしいかいぶつだった。

 

 

 

 

 

 

 

飛び散った血糊を消化液を纏う人皮蛭(ダンピールリーチ)が啜る。人間の食道から肛門までの長大な消化器官の胴体と入口出口両方に鋭い輪状の歯を持った臟蛇蟲(サーペンオーガン)が散らばった骨肉を美味そうに噛み千切って呑み込んでいる。

 

お掃除までしてあげるなんて小生って本当に優しいよねェ。……まあ多少消化液の匂いでツンとするけども。

 

 

小生が降り立った隠し扉の先は弱肉強食の道とやらで、そこにいたのは凶悪な犯罪者だった。どうやら超長期死刑囚のようで、恩赦と引き換えに雇われているのだそうだ。そいつらを薙ぎ倒すなり殺すなりすり抜けるなりして100m先の出口まで通り抜けられればいいというもの。

 

お腹が空いていた彼らには嬉しい間食だった。ああ、それに良いものにも出会えたしね。

ヒソカもよくやるだろう?獲物をわざと見逃して、美味しく熟成した所を食べてしまうなんて。

 

「皆も増えたものだねェ」

 

ここに居る小生の人形達は殆どが一般人から造ったものを後付けで強化し、念獣となったものばかりだ。念能力者から造ったネームドもいるが、圧倒的に前者が多い。

 

 

能力の研究も兼ねて調べたのだが、小生が対象に込めるオーラと対象が持つオーラは前者の量の方が多い。死後間もなくで無防備、且つ制約と誓約があったとしても、他者のオーラは他者のもの。それを無理矢理組み替えて小生が取り込めるようにして出来るのが念獣という訳だ。

込めるオーラが少なければ変換が不十分なので、肉体全てがオーラとならない。出来上がりと同時に“指向性のあるオーラ”・“制約と誓約”・“死者の念”等の影響で不自然に変形し、一般人の目にも見える人形が出来上がる。

要するに制約と誓約の(一定量の)オーラを込める、という内容が中途半端な形で働いた結果が念獣未満の人形達なのだ。

 

で、その念獣未満の人形を“後付け”する事で込められたオーラ量が一定量に達し、擬似的に念獣擬きにする事が出来る、と。

 

 

元が念能力者である人形は性質や個性が大きく左右するからかオーラにクセが強く統合は難しいが、一般人ならば不思議と“後付け”が出来る。相性関係無く数ばかりを重ねると愛らしい事に何も出来ない食べたがりの莫迦な子に仕上るが。

 

念獣とは術者のオーラを分け、具現化されるもの。

しかし小生の場合、念獣を作る際に込めたオーラ量と念獣を小生のオーラに仕舞う際の量が釣り合わない。おおよそ、“死者の念による強化の分”が。

念獣に宿るオーラがかさ増しされるという事は、人形を“仕舞う”際に小生に還元されるオーラが増えるという事。あくまで人形たちは小生の能力なのだから。

 

 

しかしそれは決して、“強化などではない”。

人を呪わば穴二つ。そう、これは、この能力は、紛れも無く呪いだ。デメリットだ。オカルトチックで笑えてきてしまうけれど。

 

 

死者の念はあまりに強力で禍々しい。生者にとってそれは害以外の何ものでもなく、それは小生も例外ではない。

人形達が動く為のエネルギー。動力源。制約と誓約でかろうじて扱えているような劇毒だ。

 

マ、とはいえ、人形達の原動力となる死者の念は言わば消耗品で、割と短期間で劣化してしまうので、彼らの結末(おわり)は執念を遂げられぬ無念の塵なのだ。喩えるならば……人形達の第二の生とは“燃え尽きる前の激しく燃焼する蝋燭の火”、のようなもの。

 

小生、そこらの人間よりかは死者の念に耐性があるようなのだけど、そろそろ人形を何処かで放流しなければ、小生が死者の念に支配されてしまう。流石にネームド以外は蓄えきれない。それは能力の範疇外だ。新しくそれ用の能力を組むにはメモリーが足りない。うぅんやはり、自分の非才さが憎い。

 

 

 

……ぶるりと身体を震わせる。

死後の念は酷く灼熱としていて、芯から凍るくらい冷たくて、どろりとした黒い色をしている。

ばくり、ばくりと人形達は生者の血肉と恐怖を喰らい。その身を蠱毒の器として。甲斐甲斐しく小生へと運ぶ。貢ぐ。捧げる。

ひとえに、自らの存在を遺す為に。小生に、もっと燃料(ちから)をくださいと媚びを売るように。

 

「まるで女王蜂と働き蜂のようだね」

 

ずるりと小生のオーラの中に、人形達が溶けていく。

高熱でも出ているかのような症状。自身のオーラと共に流れ込む死者の念に、小生はまた熱い息を吐いた。

 

「……扉、開かないんだけどォ」

 

 

 

 

 

 

 

たった20分程度であの道にいた30人以上を貪り喰らったらしい、念能力者である406番の監視カメラの映像を復帰させたリッポーの顔色はかなり悪い。

トリックタワーという名の監獄の管理人、そしてこのハンター試験 三次試験の試験官であるリッポーはとんでもない受験生が来たものだと冷や汗を搔いていた。

 

そう、彼は406番の所業を全てを見ていたのだ。カメラを通して映し出された映像は趣味の悪いスプラッタ映画そのもの……否、それ以上であり、職業柄暴力沙汰に慣れているリッポーにとってすら只管にエグい代物であった。現に彼は映像を止めたと同時に嘔吐したし、何なら先程まで口にしていた間食も食べる気になれず備え付けの冷蔵庫に押し込んだ。

 

コレは、何れ災厄になるだろう。ここで落としておいた方がいいのでは。そう思わせる程に邪悪な念能力者だと思ったのだ。リッポーにはそう思えるだけの良心があった。

然れど彼には406番を正式に不合格に出来る囚人に宛はなかったし、かと言って権力を行使して不合格にしようものなら……ぶるりと身震いする。

元は、この道に落ちてきた受験者は決して合格できないと設定していた。弱肉強食の道。別名を変災(悲運)の道だ。ハンターには時に、運を手繰り寄せる力が必要となる。それを、406番は力任せに引き千切り喰い破ったのだ。

 

アレは、生粋の殺人鬼だ。素養と、環境と、切っ掛け。全てが噛み合い併さって、それを導く何かしらの師がいる。なるべくして成った……存在自体が悪夢のような青年。

 

それを、こちらの独断で失格などにすれば……万が一にも殺されるだけでは済まないだろう。意に沿わぬ事をすれば気紛れに興味を寄せ、愉しげに嗤いながら嬲り、命乞いを踏み潰し、苦悶に歪む此方の顔を愛おしげに見つめるに違いない─────

 

今何も見なかった振りをしても、誰も咎める事はない筈だ。

リッポーはそう考えたと同時に眉間を押さえる。

ハンターとしての矜恃は彼我の練度の差に萎縮してしまっている。

そう、念能力だけではない、能力者としての基本能力である四大行とその応用に至るまで、406番はリッポーを大きく上回っていた。

 

「報告だけは……しておこう」

 

悍ましい蟲術(儀式)の器。

震えの止まらぬ身体と粟立つ肌を摩り、リッポーは目を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

漸く開いた扉の先をゆっくりと歩く。

どうやらこの道にはこれ以上の課題やギミックは無いらしい。このまま緩く長く螺旋を描く階段を降りていけばゴールに着きそうだ。恐らく、この道は塔の外周に沿っているのだろう……あちこちに監視カメラがあるが、所々ある階層の間らしき広い場所に機材が放置されていたりする所から、此処は関係者用通路なのではないかと推測する。

……もしかしたら、試験官はこの道に落ちた人間は全て失格させる気で設定したのかもしれないねぇ。いい度胸だ。小生は好きだよ?そういうの。

 

欲を言えばもっと楽しみたかったところだけどね。

かつん、かつんと足音ばかりが反射する。

 

「はァ……ちょっと休憩しようかな」

 

……身重にでもなった気分だ。

よっこいしょ、なんて掛け声と同時に、あと四分の一程度になったと思しき階段の先を座って眺める。

残り時間ならまだあるのだ。少しくらい構いやしない。

 

 

喰い喰われ。分母が多くなれば食い扶持も少なくなるからだろう。小生の目の外で、言葉も使えない惨めな畜生達が互いを喰らい合っては序列のようなものを作っているのを、小生は知っている。作品同士が貪り合うなんて小生は悲しくて悲しくて堪らないけれど、その死に様(生き様)すら愛おしくて、小生は悲哀と歓喜とで泣き出してしまいそうだった。若干の倒錯すら感じる。

 

だってソレは紛れも無く共食いで、我が子らが獣性と食欲と恐怖を剥き出しにして、(小生)の為に強くなろうとしている様に他ならないのだから。だって、消えたくないものね。

まさに一種の芸術だろう。小生そういうの大好き。

 

 

服の内側に仕込んでいた小袋から携帯食糧を取り出して口に放り込み、数口分の飲水の入ったボトルを呷る。

 

 

「さてと。そろそろ歩くの再開しようかねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

この後ルカは更に数時間掛けて地上に到達する事となる。

 

受験者番号406、所要時間7時間49分。

2番目の三次試験通過者であった。

 

 




出会う者に尽くSAN値チェックを強要していくタイプ


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